ダンガンロンパQQ (じゃん@論破)
しおりを挟む

Prologue
Prologue.1『覆水は盆には返れない』


 

 

 「そこを移動してくれないか」

 

 そいつはドアを向いたままの俺に、機械みたいな声でそう言った。たった今この中から出てきた俺にとって、お願いとも命令ともとれるその言い方は無性に腹が立った。俺は胸から湧き上がる苛立ちを乗せて、そいつの方を振り返りながら深くため息をついた。

 

 「お前も呼び出しを受けたのか。しかし深く思慮する必要性はない。教師の説教など、宇宙に数多存在する言葉の一つでしかない。宇宙の前に、人類の個体差など限りなく0に近い」

 「・・・」

 

 あからさまに苛ついてるって態度を見せても、そいつは聞いてもない話をくどくど話しだした。こいつの、機械みたいに無機質な声も、調子に起伏のない喋り方も、意味不明で回りくどい話の中身も、全てが耳障りだ。俺はさっさと言われた通りにそこをどいて、戻りたくもない所へ戻ることにした。俺がいなくなったドアの前でぶつぶつ独り言をつぶやくその声に、自然と歩調が強まった。

 

 「・・・ふむ、難解だっただろうか。しかしあの顔、既視感があるな・・・うん、確かに知っている」

 

 俺が去ってからも、そいつはドアには手も触れず考え込んでいた。ドアの真上に掲げられている「職員室」と彫られた石のプレートが、廊下の照明を受けて艶やかにきらめいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺がこの学園にいる理由なんて、とうの昔になくなった。それは俺自身が選んだことで、後悔なんてしてない。なのに、希望ヶ峰学園は俺を引き入れた。俺の”才能”を賞賛して、尊敬して、保護しようとした。それがどんな間違いからそうなったのかは知らんが、入学した段階で将来の成功が約束されるなんて言われるここは、俺にとって希望の学園なんかじゃない。生まれ持った”才能”に自惚れてるクソみたいな奴らだけを集めた、この世で俺が最も嫌いな場所だ。

 廊下を歩いて教室に行くまでの間に、そんなクソみたいな奴らと何回すれ違っただろう。どいつもこいつも俺の顔を見て、あからさまに態度を変えた。さっきまで楽しげに話してた奴らが、俺を見つけると途端に声をひそめてこそこそ話しだす。ときどき、鼻で笑ったり馬鹿にしてるような声も聞こえた。ここに来て数ヶ月が経った辺りから、学園の連中の俺に対する扱いはずっとこんな感じだ。けど寂しいとか辛いとか思ったことなんてない。こんなテメエの”才能”にあぐらをかいて性格が歪んだような奴らはこっちから願い下げだ。

 

 「おい、清水だ」

 「ああ・・・どうせまた職員室に呼び出されてたんだろ」

 「学園内であいつが他に行くところなんかあるかよ」

 

 俺の席は教室の一番後ろの窓側だった。教室に戻った俺が自分の席に座ると、教室の隅でたまってた秋藁佐六(アキワラサロク)とその取り巻きが、他の奴らと同じように俺の陰口を話し始めた。こいつらも自分の”才能”に酔って調子に乗ってるクソ野郎共だ。しかもこいつらは数人でつるんで強くなった気でいる、どこのクラスにもいる一番質の悪いクソガキだ。俺が席に着くまでより声の大きさは落としてたけど、すぐ近くにいた俺の耳にはその会話が全部聞こえてきた。

 

 「毎日毎日、よく懲りねえよな」

 「もう最近こいつ指されなくなってね?」

 「見捨てられたんだよ。あんだけ授業の邪魔すりゃ当然だろ」

 「なんでまだ学園にいんだよ・・・。普通にできる神経がわかんねえ」

 「でもこいつがいねえとクラスの平均点上がるぞ?」

 「そりゃ困るな」

 

 こんなくだらねえ奴らには勝手に言わせておけばいい。何を言ったところで俺は自分の”才能”を取り戻す気なんか微塵もないし、たとえ取り戻してもろくな”才能”じゃない。俺はもう、ただの一般人としてこの学園を卒業してやる。そのうち”超高校級の一般人”なんてあだ名でもつくんじゃないだろうか。

 

 「ってかさ?授業妨害、無断欠席、指導無視に仲良い奴なんか一人もいねえ、挙げ句”才能ナシ”だぞ?なんでこいつ退学にならねえの?」

 「希望ヶ峰学園ってスカウト制だからな・・・。退学になんかしたら学園の威信にかかわる汚点だろ。できっこねえって」

 「まあ俺らにとっても平均点下がるのとか、最底辺が近くにいるってのはありがたいけどな。俺あいつのこと見てるとまだマシだな〜って思うんだよ」

 「お前えげつねえな!」

 

 ”才能”を育てるのがこの学園の理念なら、"才能"なんかとっくに捨てた俺はそれに従う理由も義務もない。だからこの学園のルールなんかには縛られない。そもそも希望ヶ峰学園が勝手に俺のことを引き込んだんだ、俺が何をしようととやかく言われる筋合いはない。こいつらが俺を迷惑だと感じても悪いのは俺じゃない、まだ俺を退学にせずそのくせ勝手なルールを押しつけてくる希望ヶ峰学園だ。

 

 「つうか”才能ナシ”なのになんで希望ヶ峰に入れたんだよ?学園長の気でも触れたか」

 「裏口入学とかじゃねえの?うちも言ったって私立校だし、金積まれれば弱いだろ」

 

 馬鹿が。なんで俺がこんなクソみたいな場所に、わざわざ金積んでまで入学しなきゃならねえんだ。学歴至上主義のお利口さんとかならあり得る話か知らんが、俺の家は普通の一般家庭だ。希望ヶ峰の理事長クラスを動かすなんて国家予算レベルの金を用意できるわけがない。希望ヶ峰から来た入学通知に舞い上がった親が勝手に入学手続きをしてなきゃ、こっちから願い下げだっつうの。

 

 「俺ならあんな奴、何百万・・・いや何億積まれたって断るけどな。あいつといたら俺たちの”才能”までなくなりそうだぜ」

 「っていうかそこまでして希望ヶ峰ってネームバリュー取りに来るとか、どんだけ必死だし!まあそれもある意味、”才能”かもしれねーけどな!」

 

 お前らが”才能”をなくそうが俺には関係ない話だ。俺はただ一般人として振る舞ってるだけだ。それでなくなるようなしょうもない”才能”なら、そのまま持って卒業したって役に立つわけがない。もしもの時のいちゃもんつけられるのも癪だが、俺が自分の意思でここにいるわけじゃない以上、俺には何の責任もない。

 

 「そんなんで”才能”認定されんなら裏口入学した奴はみんな”超高校級の学歴信者”ってとこだな!くだらねー!」

 「それ高校生カンケーねえじゃん!」

 

 くだらねえ。俺が自分からこの学園に来るわけがねえだろうが。声がでけえだけでただの害悪どもが言えたことなのか。

 

 「なんにしてもいい加減にしてくれよな!”才能”もねえのにいつまでも居座られちゃ迷惑なんだよ!」

 

 いなくていいならいつだって出て行ってやる。俺だってこんなクソの溜まり場にいつまでもいたくねえ。

 

 「考えてみりゃあさ、こいつが入学してなきゃ一つ席が空いて、他のちゃんと”才能”を持った奴が入ってきたかもしれねえんだよな?」

 「確かに。うわあ〜、あんな奴のせいで希望ヶ峰に来るチャンス逃すとか可哀想過ぎる!」

 「ただ”才能”がないだけじゃなくて人一人分の希望を潰してるとか、どんだけクズだよ!?」

 

 俺が知ったことか。んなもん俺に席を取られるような奴の技量不足と学園側が悪い。俺は何も悪くない。勝手なことばっか言うんじゃねえ。

 

 「”才能”もねえくせに小狡い手で入学して希望一つ潰して他の”才能”も消そうとして、なのに平気な顔で毎日生きてるとか同じ人間とは思えねえな!あーぁ!退学でもなんでもいいからさっさと消えてくんねえかなあ!」

 「だまれ!!!」

 

 思わず俺は、秋藁たちのくだらない馬鹿話を止めさせた。ついでに日頃の鬱憤とかたまってるストレスとか、そういうものもまとめて吐き出そうと思って、腹の底から怒鳴り声をあげた。教室内だけじゃなくて、廊下や校庭からも一斉に視線が向けられるのを感じた。でもいまさら、目立つことを気にしててもしょうがない。俺がこの学園で生活してきた中で注目を浴びなかった日なんて、最初の数ヶ月しかない。むしろ最初の数ヶ月の方がマシだったかも知れない。

 そんなことはもうどうでもよくて、とにかく今はこの勝手なことばっか言ってる人の形をしたゴミクズ共に言い返さないと気が済まない。

 

 「あ?なんだよ」

 「だまれよ!!調子乗った馬鹿共があれこれほざきやがって!!誰がわざわざテメーらみてえなクズ共のいるとこに来ようと思うんだ!!何も知らねえくせに勝手なこと言うんじゃねえ!!」

 「はあ?」

 「テメーらはいいよな!!たまたま持って生まれた"才能"さえひけらかしてりゃ将来が約束されるんだからよ!!そうやって"才能"のない奴ら見下してバカにしてても勝手に成功してくんだろ!!努力なんかしたこともねえくせして偉そうなことばっか言ってんじゃねえクソ野郎ォ!!」

 

 呆気にとられた秋藁の間抜け面に、唾を飛ばしながら思いっきり喚き散らした。一気に言い切った後に息を吸った一瞬に、頭の中の熱がすうっと引いていくのを感じた。その後の誰も喋らない間は、俺の荒い息遣いだけが聞こえてきた。

 

 「出てけ」

 「・・・?」

 

 ぽつり、と秋藁がつぶやいた。その目は俺をどこまでも見下してた。軽蔑と拒絶に染まった、とても人間の相手に向ける目じゃなかった。秋藁はその後にすぐ語気を荒げて、その取り巻きから教室や廊下やグラウンドを巻き込んで、あっという間にその波は広がった。

 

 「出てけよ。俺らと一緒にいるのが嫌なんだろ?だったらすぐこの学園から出てけよ!」

 「そうだ!無能のくせに希望ヶ峰にいるなんて厚かましいんだよ!出てけ無能!」

 「お前みたいな奴もうたくさんだ!元の学校に帰れ!」

 「この学園に無能なんていらねえんだ!お前みてえなクズ必要ねえんだよ!」

 「出てけ!出てけ!」

 

 いつの間にか、さっきの俺の怒鳴り声よりずっとデカい声になってた。思わずぶちまけた俺の感情が、文字通り波紋を呼んだわけだ。群れた奴らの罵詈雑言と一緒にボールやら消しゴムやらが飛んでくる中、俺はその場にいる奴ら全員をぶん殴りたい衝動をなんとか抑え込んで、そいつらの要求に応えてやることにした。だいたいこいつらに言われなくても、こんな所はもううんざりだ。

 

 「テメエら全員、死んじまえ」

 

 吐き捨てた言葉は誰にも聞こえなかったと思う。俺は自分の机を蹴り飛ばして、何も持たずに教室を後にした。




実は主人公のフルネームも才能も本文の中に書かれてないっていうことに、できあがってから気付いてしまいましたので、その二つだけを後書きにでも書こうと思います。秋藁くんは、名前の由来が黒澤明である、ということだけ言えば分かっていただけるかと。

・主人公
清水翔(シミズカケル) ”超高校級の努力家”

画像はTwitterの方に上げようと思います。都合でpixivが見られない、見たくない、見えない、その他という方はそちらへどうぞ。
※注意※
作者が普段から使ってるアカウントなので、この小説と関係ない内容ばっかりです。ご理解の上でご覧下さい
→@substitute_jan


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Prologue.2『鳴いた雉から撃たれてく』

 

 クソみたいな学園のクソみたいな日が終わって、また朝になった。ふかふかのベッドにうつ伏せのまま眠ってた俺は、全身に肌寒さを感じて目が覚めた。時刻は既に朝礼の時間を過ぎていた。

 

 「ダリぃ」

 

 そういえば昨日は部屋に戻った後、制服をゴミ箱に突っ込んでそのまま寝たんだっけ。飯も食わずに長いこと寝たせいで、起き上がる気力もろくにない。取りあえず背中が寒いから、寝返りをうって仰向けになった。いつもと変わらない、見飽きた部屋だ。

 L字型の部屋には、簡素なベッドとタンスと勉強机、それからテーブル一脚と椅子が二つ。他の奴らは花やら小物やらで部屋の中を散らかすんだろうが、この部屋には一切そんな無駄な物はない。その代わりに机の上は風が吹けば崩れそうなほど、プリントだの教科書だのが積み上がってた。最後にあれと向き合ったのはいつだったか思い出せない。シャワーのドアは開けっ放しで、すぐ近くのカーペットは水で傷んでる。

 

 「・・・」

 

 俺はただ、仰向けのまま目を閉じた。二度寝でもして、今日は部屋にこもると決めた。昨日あんなことをして、気まずくて自分からのこのこ出て行けるわけがない。第一、俺は間違ったことは言ってないから出て行くにしても俺が何も気負いする必要はないわけだが。

 すう、と深呼吸して意識が沈んでいくのを感じながら脱力した。その意識は、突然の爆音に強引に引き上げられた。

 

 『ピンポンパンポーン!あー、あー、ホンジツハドンテンナリ!』

 「っ!?な、なんだ・・・?」

 『えー、オマエラ、おはようございます!ってあれ?なんだよ!まだ全員揃ってないんじゃないか!』

 「なんだこの放送。どこのバカだ」

 

 調整が下手くそでハウリングしまくりの放送が狭い部屋に響いた。寝入りを邪魔されたことにも腹が立ったけど、このふざけたダミ声は聞いてるだけで虫唾が走る。いたずらか何か知らんが、こんなことして後でどうなるか分かってないのは相当な馬鹿に違いない。

 

 『まだ来てない人!早く多目的ホールに来いよ!でなきゃ始まんないだろ!オマエに言ってるんだぞ!』

 「!」

 

 うるさいが俺には関係ない。そう思って無視して寝ようとしたが、無理だった。いきなり誰かが俺の部屋のドアを叩いたからだ。しかも激しく、何度も殴るようにノックしてるのが分かった。急にそんな調子でノックされたら誰だってビビる。びっくりしたけど、すぐにその意味が推測できた。もしかしてこの放送で呼び出されてるのって俺なのか?

 

 『早くしろよ!はーやーくー!』

 「ちっ・・・!うるせえな!人の部屋のドア殴んなボケ!」

 

 単純にうるさいのと寝起きってことで頭にきて、こいつの鼻っ面にぶつけるつもりで思いっ切りドアを開けた。けどそいつに当たるどころか、部屋の前には誰もいなかった。たった今ドアを破る勢いでノックしてたのに、廊下の先を見ても影も見えない。いや、それよりももっと変なことがある。

 

 「どこだここ?」

 

 部屋の前を横切る廊下は、うんざりするほど見てきた希望ヶ峰学園の廊下じゃなかった。変な模様のついた敷物が隙間なく貼られたいつもの廊下の面影は全然なくて、代わりに黒ずんだ赤い絨毯が敷かれてた。端っこのしわが寄ってめくれた所から、大理石っぽい冷たそうな石が見えた。白い蛍光灯の照明は、なぜか濃いめの紫色に変わってた。廊下を挟んだ向かい側の部屋のドアには、妙な絵と「ソネザキヤイチロウ」という文字がドットで描かれたパネルがかけられていた。そして両側に伸びていた廊下の片方はすぐ行き止まりで、反対側もすぐ曲がり角になってた。

 

 「どういうことだよ・・・?」

 『早く着替えて多目的ホールに来なさい。早くしないと、どうなってもし〜らないよ〜!』

 「はぁ・・・」

 

 なんでか、この放送をしてる奴には逆らえないと思った。この状況はまったく意味が分からんが、面倒臭いことはどうでもいい。来いと言われたから行く、そこでまだこいつがふざけるなら、その時はその時だ。朝っぱらからむかむかしながら、俺は着替えることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 妙なことに、寝る前にゴミ箱に捨てたはずの制服はきれいさっぱりなくなって、タンスの中の私服だけが残ってた。制服を隠す嫌がらせの一種かとも思ったが、元から捨ててあるものを隠したところで嫌がらせとして成立するわけがない。だから、制服がなくなったのは気持ち悪いが、集積所に持っていく手間が省けただけだ。それよりわけがわからんのが、いま俺がいるこの場所だ。

 

 「マジでどうなってんだ?なんなんだこれ?」

 

 俺の部屋と他に幾つかの個室らしきものが並ぶこの建物は、その個室と赤くてデカい扉しかなくて、両開きの引き戸だけがこの建物の出入り口だった。廊下はコの字に延びていて、背中のところが外に続いてる。そこを出ると目の前にガラス戸の小屋があって、この宿舎とちゃちい渡り廊下で繋がってる。その小屋の真ん前に矢印型の看板が立ってて、「多目的ホール」とだけ書かれてた。矢印の向く方には雑草だらけの原っぱに、土が剥き出しの線が二本、轍みたいに伸びてた。その線の先に、どっかの体育館をそのまま持ってきたような建物がある。どうやらあれが多目的ホールらしい。ついでにその多目的ホールの向こう側には、莫迦にデカい湖が広がっててる。もしかしたら海かと思ったけど、潮の匂いがしないからたぶん湖なんだろう。

 

 気になるといえば気になるところは山ほどある。けど俺がここでいくら考えたところで意味がないことは明らかだし、面倒臭いことは放っとけばいい。とにかく俺は、あのクソうるさい放送をした奴をぶん殴るために、多目的ホールの鉄扉を開いた。

 

 「むむっ、やっと来たな!」

 「これで全員・・・十六人ですか」

 

 外見が体育館だったから、中がそのまんま体育館だったのも予想通りだった。予想と違ったのは、だだっ広いホールの中にいたのは、たった十数人の奴らだけだったということだ。見た目からして、だいたい俺と同い年、たぶんあの希望ヶ峰学園の生徒なんだろう。一部の奴らは俺のことを知ってるみたいだったし、俺もこの中の何人かの顔には見覚えがある。なんなんだこれは。

 

 「なんか、いよいよどういうことか分かんなくなってきたわね・・・」

 「集められたのは”超高校級”の生徒だけではないということか」

 「・・・ちっ」

 

 多目的ホールに入った俺は一気に注目を浴びた。どいつもこいつも変なもん見るような目で見やがって。俺から周りのこいつらの方が、常人離れしててよっぽど気持ち悪い。けどまた余計な問題を起こしても無駄に時間を食うだけだ、俺は黙って入口のすぐ横の壁にもたれかかった。これから何が起きるのか知らんが、俺がそれに付き合ってやる義務はない。少しでもくだらないと思ったらすぐ帰れるように陣取った。

 

 「おやおや?おや〜〜〜あ?そのぴんと跳ねたアホ毛に猫より曲がった猫背は・・・もしかしてキミがかの有名な、清水翔クン?」

 「あ?」

 「いや間違いない!そんな立派なアンテナは他にない!いやあ、キミみたいな有名人にこんなところで会えるとは思わなかったなあ」

 「・・・なんだテメーは」

 

 いきなり俺に近寄ってきて顔を覗き込んできたそいつは、俺の頭の上から足の先までしげしげと眺めてから手に持ったメモと俺を交互に見て勝手にテンションを上げていた。正直むちゃくちゃムカつくが、俺はまだ少しだけ我慢することにした。どっかで先公が見てるかも分からん。

 

 「ボクのこと知らない?自分で言うのもアレだけど、ボクもそれなりに有名だと思ってたんだけどなあ。あ、顔は知らないのもしょうがないか。でも名前は絶対聞いたことあるはずだけど?」

 「質問に答えろ馬鹿野郎」

 「ん、ああそうか。改めまして。ボクは”超高校級の広報委員”こと曽根崎弥一郎(ソネザキヤイチロウ)。週刊『HOPE』の編集者さ。読んだことある?」

 「ない。失せろ」

 

 曽根崎は胸を張って自己紹介すると、ペンとメモを持って俺の方にまた寄ってきた。さっきまではまだ逃げられそうだったけど、いつの間にかそれもできそうにないくらいむちゃくちゃ近くにまで寄られてた。距離感ってもんがねえのかこの馬鹿には。

 

 「それで、ボクは前々から是非とも清水クンにインタビューしてみたいと思ってたわけ。”才能”を捨てたことについてどう思ってるのかとか、それでも希望ヶ峰に居続ける理由とか。自分から”才能”を捨てるなんて、希望ヶ峰の中じゃ特別な存在だからさ!」

 「曽根崎君、その辺にしておいた方が・・・。彼に失礼ですよ」

 「失礼かどうかは別として、声を落としてください。騒々しいですよ」

 「いやいやいや。これは取材なんだって!最近は広報誌もマンネリ化してきてるんだから、もっとセンセーショナルな内容を載せないとさ!」

 「うるせえんだよ緑色。話しかけんな」

 「あっ!なにするんだよ!」

 

 なんでこうも俺の神経に障る部分にずけずけと入ってこれるんだこいつは。わざとかと思うほど的確に俺が言いたくないところに突っ込んできやがる。こいつがどんな奴なのかなんて興味ないが、俺にこんな絡み方をしてくるなら払いのけるだけだ。だから俺は曽根崎の左手を強めに払って、持ってたメモ帳を吹っ飛ばした。やっぱり大事な物だったらしく、曽根崎は血相変えてメモ帳を拾いに行った。その瞬間、一気に空気が張り詰めてほとんどの奴が顔を上げたのを感じた。もうこの緊迫した空気には慣れたから俺はただ下を見ていた。でもその次に聞こえてきた声には、俺も思わず顔を上げた。

 

 『あ〜〜〜!ようやく集まったんだね!待ちくたびれたよ!あんまり長い時間待たされてるせいで足が棒になっちゃったよ!』

 

 その声が聞こえてきたのは、ホールの一番奥の舞台だった。普通の体育館と同じように両側に分厚いカーテンが垂れ下がってて、上のところに幕が少しだけ見える。舞台上に演説用の壇が置かれてて、そこにスタンドマイクがセットされてた。全員がそっちを向いて黙ってると、スピーカーからまたムカつく声が聞こえてきた。俺の睡眠を妨害しやがった、あの声だ。

 

 『何度も呼び出したのに来るのが遅い!遅すぎるよ!こんなに遅刻するなんてキミの人間性が心配だよ!』

 

 耳鳴りがするぐらいの大音量がホールに響いて、また俺は眉をひそめた。昨日から腹の立つことばかりで、いよいよこいつをぶん殴りたくなってきた。そんなことを考えてたら、急にまた大音量で奇天烈な音楽が流れてきて、それに合わせて壇の上に何かが飛び出してきた。舞台の袖から現れるとかじゃなくて、床を突き破って跳び上がってきたみたいな登場の仕方だった。そしてその現れた奴は、あまりにわけが分からなくて、なぜだかまたムカついた。

 

 そいつはまず、人間じゃなかった。パンダなのかタヌキなのか、左右でくっきり白と黒に色が分かれた、へんちくりんな生き物だ。遠くでよく分からんが、大きさは俺の腰までもないくらい。デブでチビなキモい生き物だ。いや、生き物ですらない、ただのラジコン人形かその辺だ。いきなり現れたそいつに、俺以外の奴らも戸惑ったりビビったりしてるのが分かった。

 

 「じゃじゃじゃじゃーーーん!!」

 「?」

 「な、なんだ・・・?パンダ?」

 「え〜、オマエラ、おはようございます!」

 「・・・」

 「おはようございますったら!キミたちはあいさつを返すこともできないのかい!これだからゆとり世代はダメなんだよまったく!さんはい!おはようございます!」

 「お・・・おはようございます・・・」

 「なにかしらこれ?希望ヶ峰はずいぶんファンタスティックなペットを飼ってるのね」

 「ぺ、ペットなんかじゃないよ!ボクはモノクマ!この合宿場の施設長なんだぞう!偉いんだぞう!」

 「クマぁ?ちっともうまくなさそうだけどな」

 「はうぅ!?ボ、ボクを襲うつもりかあ!?いきなり施設長に牙を剥くなんて、オマエラは本当に手がつけられないよ!カピバラの温厚さを少しは見習ったらどうなんだい!」

 

 ここまでわけが分からないと、逆に冷静になるもんなのかも知れない。モノクマと名乗るさっきの意味不明な人形は、他の奴らの一言一言に面倒臭く反応して真っ赤になって怒ったり冷や汗をだらだら流したりしてる。その中でそいつが言った、合宿とか施設長とかいう言葉が引っかかる。それを察してか知らんが、モノクマは大きく咳払いしてから改まって話し始めた。

 

 「え〜、話が逸れたので軌道修正しますよ。オマエラ静粛に!改めまして、ボクの名前はモノクマ。この合宿場の施設長なのだ〜!」

 「馬鹿でもあるまいに、一度聞けば覚える」

 「いやいや、その前に合宿ってなに?そんなの聞いてないよ!」

 「だからそれもいっぺんに説明してやるってんだよ!いいから黙って聞きなさい!」

 

 分かんねえなら余計なこと言って時間を無駄にさせんじゃねえ。状況が分かんねえんだからこいつに好き勝手喋らせとけばいいだろうが。

 

 「ではこれより、この合宿の目的を説明いたします。オマエラは、率直に言えば我が強くて、悪く言えばアクが強すぎる希望ヶ峰学園の生徒達の中でも、特に手に負えない強烈過ぎる生徒達なのです。教師たちの間では、”超高校級の問題児たち”と呼ばれておりま〜す!」

 「え!?そ、そうなんですか!?」

 「知らなかった・・・」

 「かわいそうに。教師たちは、表ではオマエラにいい顔をしてても、裏では問題児扱いしているなんて・・・。大人って汚いよね、教師と生徒との信頼関係は、まだうら若きオマエラの成長に多大な影響力を持っているというのにね」

 

 そんな風に呼ばれてることは知らなかったが、別にだからどうとも感じない。周りの奴らが俺を白い目で見てるんだから、先公どもが俺のことをそう呼んでても何もおかしくない。それにしても他の奴らとまとめて呼ばれるってことは、こいつらも俺と同じくらい厄介なんだろう。なんだか面倒臭そうなことになってきた。

 

 「なのでオマエラには、ここでオマエラだけで共同生活を送ってもらいます!それぞれがそれぞれの役割を果たして生活することで、オマエラ自身が抱える問題を解決し、学園生活に欠かせない協調性を養おうというのが目的なのです!」

 「なるほど。お前の言葉の意味は理解した。では、ここで明確にしておくべき事項が一つある。その共同生活が終了する具体的な日時の提示を求める」

 「はにゃ?ややこしい言い方だなあ。要はこの合宿の期限を知りたいわけでしょ?」

 「訂正を要する程度の相違はない」

 「ではお答えしましょう!この共同生活の期限はぁ・・・・・・ありませ〜〜〜ん!!無期限、無制限、フォーエバーなので〜〜す!!」

 「はあ?」

 

 共同生活?こんな奴らと?冗談じゃない。希望ヶ峰学園で部屋の外に出るのさえ憂鬱だったのに、こんな奴らとどこかも分からん場所で共同生活なんて、悪夢でしかない。その時点で俺にとっては最悪だったのに、その後にモノクマが言ったことはもっと最悪だった。

 

 「オマエラには一生、この合宿場で生活してもらいます!うっぷっぷっぷ!どう、ステキでしょ?もう受験戦争だとか就職氷河期だとか、面倒な社会のしがらみから一切解放されて、キミたちはここで一生自由に暮らせるんだよ!」

 「ちょ、ちょっと待ってよ!意味が分かんないんだけど!」

 「いきなりこんな所に連れて来て何言ってんだ!んなもん誘拐と一緒じゃねえか!冗談じゃねえぞ!」

 「冗談?冗談なんかじゃないよ!ボクはいつだって本気!本気と書いてマジと読むんだし、真剣と書いてガチと読むんだよ!オマエラの問題ってのは本当にひどくて、学園が頭を抱えてるのも事実なんだよ!オマエラが知らないうちに、どれだけの迷惑をかけてるかも知らないんだろう!」

 「だからと言って一生ここに閉じ込めるのは・・・私たちの意思も確認せずにとはさすがに乱暴過ぎます。責任者の方とお話がしたい」

 「もう!ホンット分からず屋だなあ!ボクがここの施設、そして合宿の責任者なんだってば!それに何を言われてもボクは一度言ったことは曲げない主義なんだよ!今日はその日なの!」

 

 俺はずっと黙ってモノクマと他の奴らのやり取りを眺めてたが、どうせこんなものは質の悪いいたずらか、希望ヶ峰学園が俺たちを懲らしめようとしてるイベントかなんかに決まってる。何にしてもあいつとまともに話し合うだけ時間の無駄だ。なるべく関わらないように放っといてやり過ごすに限る。すると、モノクマは散々ぶつけられた文句を聞き入れたらしく、急に態度を変えた。

 

 「でもまあ、キミたちが反発してくることは想定内だよ。だから心が太平洋・・・いや、アンドロメダのように広いボクは、キミたちがすぐに希望ヶ峰学園に帰れる制度を用意しているのです」

 「あんのかよ!だったらそれ早く言えよ!」

 「ボクが用意した特別ルール、それはねぇ・・・うっぷっぷっぷ♫」

 

 壇上で俺らを馬鹿にするように一回転して、モノクマはさっきまでの明るい間抜けな態度から、不気味でなんとなく冷たい雰囲気を出した。俺はそれに圧倒されて、帰る方法を聞く気なんてなかったのに、思わず固唾を飲んで耳を傾けた。でもまさかそんなことを言うなんて、その場にいた誰も思いもしなかった。

 

 「人が人を殺すことだよ」

 「は!?」

 「・・・殺す?」

 「凶器、現場、時間、その他殺害に必要なことは全て自由!思う存分、仲間同士で殺りあっちゃってください!ただし、一つの殺人で帰れるのは、直接手を下した実行犯一人だけです!首謀者や共犯者がいても、その人はクロとはなりませんので気をつけてよね!」

 「ちょっ、ちょ!待ってよ!なんだよそれ!?ささ、殺人なんて・・・正気!?」

 「さっきも言ったでしょ?ボクはいつだってだよ!オマエラは、一生ここで平和に暮らすか、誰かを犠牲にして希望ヶ峰学園に帰るか、二つに一つなんだよ!うっぷっぷっぷ!」

 「いい加減にしろよクソ野郎」

 「うん?」

 

 また、自然に口が動いてた。この意味が分からん状況に、ムカつく声でふざけたことを延々聞かされて、いつの間にか俺は我慢の限界を超えてた。壁にもたれた身体を起こして、俺は一歩一歩を床に叩きつけながらモノクマに近付いていった。他の奴らがビビってやらねえことを俺がやって、このふざけた状況を終わらせてやる。

 

 「合宿だの共同生活だの挙げ句殺人だの・・・ふざけたことほざくのも大概にしろよコラ!人形使ってくだらねえこと言ってねえで直接顔見せやがれ腰抜けが!!」

 「っ!うわあーーー!」

 「こいつを操作してる奴が近くにいるんだろ?これ以上まだふざけるってんならテメーを殺すぞ!!」

 

 俺は正面の階段から舞台に上がって、壇を蹴ってモノクマを叩き落とした。慌てて逃げようとするそいつの首を後ろから捕まえて、耳っぽいところに思いっきり怒鳴った。モノクマは短い手足をばたつかせるが、その程度じゃ何の意味もない。すると突然モノクマは、吊り上がって裂けた左目を赤く光らせた。

 

 「こ、こら!ボクへの暴力は合宿規則違反だよ!助けて!グングニルの槍!」

 「あ?・・・!!」

 「!?」

 

 モノクマがそう叫んでから後のことはよく覚えてない。ただ、気付いたら捕まえてたモノクマは足下から相変わらずの笑みで俺を覗きこんで、舞台の床からはぶっとくて長い槍が何本も突き出ていた。俺の周りを取り囲むように、ぎりぎり身体に当たらないところを貫いてる。一歩でもズレてれば、マジで冗談抜きで死んでたことは、今までそういうことに関わってこなかった素人の俺でも分かる。もう苛立ちとかの感情はなくなって、俺は真っ青になってその場から動けなくなった。舞台下で見てた他の奴らも、まさかこんなことが起きるとは思ってなかったらしく、小さく悲鳴も聞こえた。

 

 「これで分かったでしょ?ボクは本気だよ。キミたちにはボクの言うことをきく以外の選択肢はないんだよ」

 「あ・・・・・・ああ・・・・・・・・・」

 「そういえばキミ、寝坊したっけ。ボクへの暴力も規則違反だけど、ボクが来いって言った時間に来ないのも規則違反なんだからね。簡単に死なれてもつまんないから今回はこれで大目に見てあげるけど、次からは本当に許さないぞぉ!」

 「・・・」

 「うっぷっぷっぷ♫それじゃあオマエラ、有意義な合宿生活を!グッバ〜〜イ!」

 

 モノクマは表情も声も変えず、相変わらずの間抜けな声で言った。けどそれは、今の俺にはめちゃくちゃに迫力があって、説得力と現実味を帯びた本物の恐怖でしかなかった。こいつはきっと俺だけじゃなく、このホールにいる全員を、殺そうと思えば殺せるんだろう。そんな奴にこれ以上刃向かう気なんか起きなかった。それを確認してからモノクマは、けろっと態度を変えて、俺の足下の槍を一本引き抜いた。物々しい仕掛けの割に、意外と簡単に外れるみたいだ。モノクマはその槍を振り回しながら舞台の袖に歩いて消えていった。しばらくの間、俺も他の奴も、何も言葉を発せなかった。




この主人公、すごく動かしにくいってことに気付いた。そんな彼に良きパートナーが現れたようです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Prologue.3『窮しても通ぜず』

 

 ホールでの事件の後、俺を含めて集められた奴らは黙ってその場に居続けた。ただ一つ、この状況下で全員が共通して考えてる唯一のことは、モノクマが言った誰かを殺せばここから出られるってこと。この意味不明な状況で提示された「殺し」というキーワードが、見事に俺たちの間に不安を生んでる。

 取りあえず俺は自力で槍を全部引っこ抜いてそこから脱出した。もう今まで感じてたいらいらなんかどうでもいい。それよりももっとデカい問題が現れた。だがこんなデカ過ぎる問題、いくら考えても答えなんか見つかるわけがない。どうすればいいかまったく分からん。気付けば携帯とかの連絡手段もなくなってて、本格的に俺たちはここに攫われてきたらしい。

 

 「この周辺を探索することを提言する。ここがどこなのか、どんな場所なのか。それを理解できれば自ずとすべきことが導き出されるだろう」

 「そ、そうだな・・・。とにかく状況を把握することが先決だ。各自この周辺を探索し、後に報告会を開くとしよう」

 「いやいや、それ何の意味があんだよ?」

 「連れてこられたのなら、脱出する道もある。そんなことも分からないのか」

 「じゃあみんな探索が終わったらここに集まることにしない?他に入れそうな建物もないしさ」

 「よし!じゃあ早速行くぞ!」

 

 機械的な声で誰かが言って、それに別のが続けた。こんな中での冷静な意見に、誰からともなくそれに従って外に出て行った。俺もこんな物騒な建物にいつまでもいるのはごめんだったから、早いとこ部屋に戻ろうと思った。そんな俺を出口で待ち構えてたらしく、ホールを出た途端に曽根崎に捕まった。

 

 「ねえねえ清水クン!一緒に探索しよう!」

 「邪魔だどけ。話しかけるな」

 「つれないなあ。いいじゃん、ちょっと話聞きたいだけなんだよ。ボクさ、前からキミに興味あったんだよね。あ、別にヘンな意味でじゃないからね。ボクはちゃんと女の子が好きだから!ちなみにこのメンツだとやっぱ『女王様』穂谷サンが注目株だけど、石川サンはグラマーだし六浜サンも堅そうだけど案外チョロかったりするよ!晴柳院サンも清楚な感じで良いよね!明尾サンはテンション高すぎだし有栖川サンはちょっとケバ過ぎかなー、望月サンはちょっと・・・難しいかな。アンジェリーナサンは論外だね。男がいるみたいだし。・・・えっと何の話だっけ?あ、キミのことか。みんなキミのこと避けてるみたいだけどさ、だからこそ神秘的っていうか?謎を秘めてるっていうか?その辺が気になるから、とにかくキミのこともっと知りたいんだよ。だから変な目で見ないでよ、広報委員としてだって!あ、部屋にボクの広報誌あるけど読む?先週号の特集は「次の標的は希望ヶ峰学園!?あなたの近くに這い寄るテロリスト『もぐら』の正体に迫る!」だったかな確か。興味ある?他にも」

 「!」

 「どはあっ!なんで殴るの!?」

 「死ね」

 

 こんなムカつく奴といつまでも一緒にいられるか。くだらねえ話を耳元でやかましく喚くもんだから拳骨で黙らしてやったら、弱っちそうな悲鳴をあげた。それでも俺の後をちょろちょろついてくる。なんで俺なんかの後付いてくるんだ。どっか別の奴のとこ行けストーカー野郎。

 

 「とにかく、ボクたちも脱出経路を探そうよ。ここ割と広いみたいだから、一緒に探索した方が効率よく回れそうじゃない?」

 「・・・」

 

 殴ってもまだへらへらしながらついてくる。引き離せない、と直感した。どうせそのうち、俺についてきても面白いことなんか起きねえって分かるだろ。好きにさせて勝手に離れてくのを待つ方が良さそうだ。俺は黙って曽根崎を無視したまま、この辺りを調べることにした。

 

 

 多目的ホールを出てすぐ左は湖だ。向こう岸が見えないくらいデカくて、泳いで脱出なんてのは無理そうだ。船でもありゃ別だ、あったとしてそんなもん操縦できる奴がいればの話だが。

 そのまま右に進むと左側に白い小屋がある。さっきは中に人がいる気配はなかったけど、今は灯りが点いてる。正面に赤い十字のマークがあるから、保健室的ななんかだろう。俺がその前を通り過ぎようとしたら、後ろを歩いてた曽根崎がまた声をかけてきた。

 

 「あれ?清水クン、ここ見ていかなくていいの?」

 「・・・」

 「もしかしたらここに脱出の重要な手がかりがあるかも知れないのに・・・調査は足で、根気よく。だよ」

 「・・・ちっ、うるせえな」

 「ダメだよ。みんな手分けして探索してるのに、清水クンとボクだけ雑なことできないだろ?」

 

 だったらテメエが見ろ。勝手についてきてるクセに知るか。そう言おうと思った。けどその前にその建物から人が出て来た。真っ黒な髪と明らかに作り物の笑顔。さすがにこいつには見覚えがある。たぶんさっき集まってた中じゃ俺と同じくらい有名なはずだ。こいつが例の『女王様』か。

 

 「あら、まだこんなところをうろついてるんですか?近場ばかり見ても全く意味ありませんよ。もっと遠くを探索してください」

 

 

 『”超高校級の歌姫” 穂谷円加(ホタニマドカ)

 

 

 「やあ女王様」

 「そう呼ばれるのは好きではありません・・・・。いっそ金輪際、わたしを呼ばないようにしてくださる?」

 「うへえ!さすがだね。一言一言が突き刺さるよ。そんなことより、この建物で何か分かった?」

 「いいえ。安物のベッドや医療器具、薬品などがありました。医務室のようです。あいにく、お馬鹿さんに効く薬はないようです。残念でしたね」

 「医務室ね、なるほどなるほど。ありがとう女王様・・・じゃなくて、穂谷サン」

 

 なんでこいつは怒らねえんだ?この女、いちいち人を馬鹿にした言い回しをしてあからさまに俺たちを見下してやがる。怒るどころか最後にありがとうとか言いやがった。やっぱりこいつに普通の感覚を求めても意味がないらしい。穂谷の方とも話すのは止めとこう、さすがに女を殴ったら何言われるか分からん。

 

 

 医務室からまた小道を進んでくと、個室のある建物が左側にある。道を挟んで反対側にも建物があって、二つの建物は簀の子の床と鉄板の屋根でできた渡り廊下で繋がってる。個室のある方はいいとして、反対側の建物は最初に見たときは矢印看板でふさがれてたのが開放されてる。気になるから覗くことにした。スルーしたら曽根崎がうるさいとかは関係ない。

 この建物はどうやら食堂みたいだ。長テーブルと小綺麗な椅子がきれいに並べられてて、さっきの全員なら余裕で入るぐらい広いのはすぐ分かった。壁際に食器棚が並んでて、白い食器が積み重なってる。奥の方の椅子に座って、カップを傾ける外人の女がいる。こっちに気付くと笑って軽く手を振った。そいつが話しかけてくると、曽根崎は俺の背中を押して奥まで進んでった。

 

 「ハーイ、あなたたちもブレイクしにきたの?」

 

 

 『”超高校級のバリスタ” アンジェリーナ・フォールデンス』

 

 

 「別に」

 「良い匂いだなあ、それアンジェリーナサンが淹れたの?」

 「アニーって呼んでちょうだい。そうよ。コーヒーブレイクだもの、コーヒーがないと。ところで、そっちのアップルヘアーのあなたは?」

 「清水翔クンだよ」

 「勝手に紹介すんじゃねえ」

 「ウフフ・・・よろしく、カケル。そうだ、あなたたちもコーヒーはいかが?」

 「いらん」

 「ボクも遠慮しておくよ。まだ休憩するほど探索してないしね」

 「あらそう。日本のティーンはあんまりコーヒーを飲まないって聞いたけど、本当みたいね」

 

 そんなコーヒー誰が飲むか。毒が入ってるかも知れねえもんをそう簡単に受け取るとでも思ったのかこいつは。その残念そうな顔も演技くせえんだよ。だいたいいきなり下の名前で呼んだり自分からあだ名で呼ばせたり、馴れ馴れしい奴だ。

 

 「そこの奥の部屋は見た?」

 「ええもちろん。キッチンだったわ。フードもドリンクもすごいバラエティよ。クッキングも楽しめそうね」

 「そっか。ありがとアニーサン。清水クン、ここはもうよさそうだよ」

 「・・・」

 

 なんで俺に言うんだ。まるで俺がお前を連れ回してるみてえじゃねえか。お前が勝手に俺をつけ回してるんだろうが。勘違いされるようなこと言うんじゃねえ。俺はさっさとその場で回れ右して食堂を出た。曽根崎がアニーに一言言ってからすぐついて来た。テメエはコーヒー飲んでろ。

 

 

 渡り廊下を挟んで多目的ホールとは反対側の方も見ておくことにした。こっちの方が広いっぽい。目の前で道は二つに分かれてて、右側は正面の山に登る道、左側は山の麓に沿って湖との間の原っぱの真ん中を通る道。山登りなんてして無駄に体力使いたくねえから、俺は迷わず左の道を選んだ。

 個室のある建物のすぐ横を通って進んでくと、左側に建物が見えてきた。青黒い色の壁とガラスの建物で、なんとなく堅物みてえなイメージだ。その正面で、さっきの提案に補足した奴が立ってた。何か考え込んでるっぽかったから無視して行こうとしたら、曽根崎が勝手に話しかけに行きやがった。しかも俺のパーカーのフードを引っ張って。

 

 「ぐおっ!?テメッ・・・はなせボケ!」

 「六浜サン!何か分かったことある?」

 「むっ、曽根崎か。お、おい・・・そいつは大丈夫なのか?」

 

 

 『”超高校級の予言者” 六浜童琉(ロクハマドール)

 

 

 「いいのいいの」

 「よくねえ!」

 「・・・まあいい。どうやらこの建物は施錠されているようだ。暗くて中の様子は分からない、だがテーブルと椅子があることはうかがえる。それから建物を挟んで反対側、すなわち湖に面した方にもテーブルと椅子がある。現時点ではこのくらいだな」

 「すごいや六浜サン!なんて分かりやすい説明なんだ!」

 「結局何の建物か分からねえじゃねえか」

 「そうなのだ・・・。強引に侵入して問題になっても困る。どうしたものか」

 「お得意の予言でもしてみたら?」

 

 それっぽく説明してるが、結局何も分からずじまいだ。入れねえ建物をいくら調べたって意味ねえだろ。曽根崎の手を解こうとしながらそんなことを思ってると、曽根崎が口走った言葉で六浜の困った目つきが急に鋭く変わった。

 

 「呆け者!」

 「えっ?」

 「私の言葉を、根拠もなしに確証を持って言われる予言などと一緒にするな!私がするのは予言などではなく、根拠はあるが確証のない推測だけだ!」

 「あ・・・ああ、ごめんごめん。そうだったね」

 「じゃあ”超高校級の予言者”ってなんなんだよ・・・」

 「そう呼ばれてしまっているのだから仕方あるまい。希望ヶ峰学園が肩書きを変えて同一人物を勧誘したことは一度もない。入学するためにはその肩書きを背負わなければならなかっただけだ」

 「あはは、じゃあまた後でね六浜サン、ありがと」

 

 そう言って曽根崎は六浜から離れた。俺は曽根崎に引きずられたまま、その建物を迂回して湖側に出た。六浜の言う通り、しょぼいテントを屋根代わりにしたテラスっぽい場所があった。白い丸テーブルと細い鉄をねじ曲げて作られた椅子がそれぞれに四つずつ、合計16個ある。ここにも他の奴がいた。黒っぽい和服を着た、目つきの悪い感じの奴だ。

 

 「・・・そこからは近付くな」

 

 

 『”超高校級の棋士” 古部来竜馬(コブライリョウマ)

 

 

 「え?なんで?」

 「馬鹿が近くに寄ると馬鹿菌が感染る」

 「ひどいなあ古部来クン。そんな冷たいこと言わないで、仲良く協力しようよ」

 「協力はしてやる。だからその馬鹿をこっちに近付けるな」

 「あ?」

 「うん?・・・ああそっか!キミの言う馬鹿ってボクじゃなくて清水クンのことか!」

 「とにかくここにめぼしい物はない。さっさと失せろ」

 「まだまともに話はできなさそうだね・・・。じゃあもう行こうか清水クン」

 「いい加減離せよ!ふざけやがって!」

 

 俺と曽根崎を見た途端に拒絶してくる古部来とこれ以上話すことなんてない。曽根崎が戻ろうとした時の隙を狙って手を払ってやった。やっと解放された俺は、見たくもない面に背を向けて反対側に歩いてった。

 

 

 湖の岸に沿って歩くと、すぐに湖にせり出した桟橋があった。結構広くて、幅はだいたい3mくらいあるんじゃねえか。岸から離れた湖の上にある建物は煙突があって屋根は瓦、白塗りの壁となんとなく日本らしい。入口は木の引き戸で中は見えない。桟橋の隅っこで湖を覗き込んでる奴がこっちに気付いて、向こうの方から近付いてきて俺と曽根崎に頭を下げた。

 

 「あ、初めまして。えっと・・・ごめんなさい。名前・・・」

 

 

 『”超高校級の釣り人” 笹戸優真(ササドユウマ)

 

 

 「・・・清水」

 「ボクは曽根崎弥一郎。よろしく♫」

 「清水くんと曽根崎くん。うん、覚えた。僕は笹戸優真、”超高校級の釣り人”なんだ」

 「笹戸クンはここで何してたんだい?」

 「ちょっとあの建物が気になってね。排水とかで水質悪くしてたら、せっかくのきれいな景色が台無しだと思って」

 「あれはなんだ」

 「閉まっててよく分かんなかった。煙突から煙が出てないし、今は使われてないのかも」

 「ちなみにこの湖はどう?キミの腕は振るえそう?」

 「うん!魚もいっぱいいるみたいだし、水質も問題なさそう。ただ・・・船とかがないからこっちからの脱出は無理かな」

 「そっか。うん、ありがと。よかったらあとで釣り教えてよ」

 「え、えっと・・・そんな余裕あるかな・・・?」

 

 やっぱそうか。ここがどこかは知らんが、使える船をほったらかしにするような間抜けな誘拐犯もいねえか。嬉しそうな残念そうな顔をした笹戸に曽根崎が呑気に言った。この状況でのんびり釣りなんかしてられる神経が分かんねえが、あのモノクマって奴が言ってたことが本当なら強ち無理な話でもないのかも知れん。笹戸は苦笑いしながら、もう一度あの建物を調べると行って桟橋を歩いてった。

 

 

 桟橋から陸に戻って、すぐ横は砂利になっている。なだらかに湖の中まで続いていて、川辺のキャンプ場みたくなっている。さすがに湖の中に入ろうとは思わないが、その辺りに女子が二人いる。一人はケバい格好をして猿のぬいぐるみを抱えたツインテールの女、もう一人は巫女っぽい格好をしたちび女。ちびの方はぶつぶつなんか言ってる。

 

 「是即榊也封天門・・・請道満清明太歳神皆給護・・・」

 「みこっちゃ〜ん、この辺いてもあんま意味ないっぽくね?寒いし中入ろうって」

 

 

 『”超高校級の陰陽師” 晴柳院命(セイリュウインミコト)

 『”超高校級の裁縫師” 有栖川薔薇(アリスガワローズ)

 

 

 「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」

 「うわっ!びっくりした〜・・・」

 「ふう・・・取りあえず天門はこれでええ思います。あとは鬼門を封じたら、元のところ戻りましょう」

 「え〜、まだやんのぉ?」

 「張り切ってるね晴柳院サン。それ陰陽道のお祓い?」

 「ああ、さっきの・・・。これはお祓いやのうて封印の呪文です。湖や海は暗界に通じてて魔を呼びやすい所なんです」

 「さっきからみこっちゃん言ってること意味不明なんだけど。ちょっとデンパっぽくね?」

 「彼女は陰陽師だから、その儀式だと思うよ。有栖川サンは晴柳院サンと友達なの?」

 「別に、さっきが初対面。でもみこっちゃんちっこくて可愛いからついて来てんの」

 「みこっちゃんって晴柳院サンのこと?」

 「そ。みことだからみこっちゃん」

 

 晴柳院も訳分かんない奴につけ回されて気の毒な奴だ。だが陰陽師だどうだってのは曽根崎と同じくらい胡散臭い。どっちもどっちか。どっちにしてもいち早く誰かを味方に付けておくってのは、これからどうなるか分からない中では一つの選択肢かもしれない。とはいえ無条件に信じてくる奴は逆に怪しいが。軽く会釈してその場を離れるそいつらも、胸の内じゃ互いをどう思ってるかなんて分かったもんじゃない。

 

 

 砂利の湖畔の先は森だった。獣道すらない薄暗い森で、考えなしに入っていこうもんなら二度と戻っては来れなさそうだ。こっから先は探索できないと思って引き返そうとしたら、考えなしに森に入っていった奴がいたらしく、俺と曽根崎の前にいきなり人間が降ってきた。

 

 「っ!?」

 「うわあっ!?」

 「よっ!ん、お前らどっかで見たことあるな?」

 

 

 『”超高校級の野生児” 滝山大王(タキヤマダイオ)

 

 

 「い、いまどこから・・・?」

 「・・・なんだ。滝山クンじゃないか。驚かさないでよ」

 「えーっと、なんだっけ?ああ、にげられるとこさがしてるんだったよな。こっちからはムリそうだぞ」

 「みたいだね。”超高校級の野生児”をもってしても突破できないとなると・・・ボクらには到底無理だ」

 「な〜んかヤバそうなもんで囲まれてた。あっちの森に入ったつもりだったのに、よけてるうちにいつのまにかこっちまで来てたんだ」

 「は?」

 「も、もしかして食堂の横から山を回ってきたの?」

 「さあ?そうなんじゃねえの?」

 

 すっとぼけた面してるこいつは髪の毛も服もぼろぼろで足は土にまみれてる。たぶん山を回ってきたってのも普通に回ってきたんじゃないんだろう。降ってきたってことはたぶん、木に登ってそこを飛び移る的なことをしてたんだろう。どうやら常識が通用しないのはこの状況だけじゃなくてこいつもそうみたいだ。

 

 「滝山クン、ヤバそうなものってどんなの?」

 「なんかこういうやつ」

 「え〜っと・・・分かんないなあ・・・。悪いけど、もっとよく調べてきてくれる?」

 「おう、いいぞ」

 

 人差し指でバッテンを作られても意味が分からん。曽根崎に言われると滝山は素直に従ってまた森の中に突っ込んでった。なんでろくに知らない奴の言うことを聞いてこんなわけの分かんない場所に突っ込んでいけるんだ。どんだけ疑うことを知らないんだあいつは。それができちまうってのも気持ち悪いが。

 

 

 湖畔のそばの森に入っていった滝山とは反対に、俺たちはさっき来た道を引き返すことにした。来るときに通った道の一番奥に、壁にツタが蔓延ってところどころ錆びてるもの凄く古くさい倉みたいなのが建ってる。その前で何やら怪しげなことをしてるジャージ三つ編みは、曽根崎が声をかけると必要以上の声で返してきた。

 

 「おや?明尾サンだ。おーい明尾サン、そこで何してるの?」

 「ぬっ、おお!そこにおるのは曽根崎に・・・かの有名な清水じゃな!こんな僻地にまでよう足を運んだ!」

 

 

 『”超高校級の考古学者” 明尾奈美(アケオナミ)

 

 

 「うるせえ女だな・・・」

 「何も言わずともわしには分かるぞ!この倉に引き寄せられたのじゃろう!わしゃ骨董には詳しうないが、この錆び方といい退廃的な雰囲気といい、なんともそそられるではないか!」

 「そうかなあ?ボクはもっときれいな倉庫の方がいいけどな。ほこりっぽそうだし」

 「あの瓦の剥げ方、まるで散りゆく髪がごとき哀愁を醸しておる!このくすんだ壁、まさに老いのもたらすシミのようだ!そしてこの鉄扉にかけられた錆びまみれの南京錠のまとう憂いは、確固とした歴史の証であると共に脆く儚い未来を嘆くしわ深き横顔のそれである!なんと・・・なんと煽情的でけしからん建造物であろうか!」

 「あ・・・はは・・・。ちょっとボクたちには早すぎるみたいだね、清水クン」

 「俺にきくな」

 

 恍惚とした表情を浮かべてる明尾を見て一つはっきりしたことがある。こいつは真正の変態だ。ただの倉に欲情するのも十分キモいが、ハゲだのシミだのシワだの、こいつはジジイを恋愛対象として見てるらしい。喋り方といい無駄なテンションの高さといい、こいつと関わってるとこっちまでおかしくなりそうだ。俺と曽根崎はさっさとその場を離れた。明尾は俺たちがいなくなったらまた倉の中を覗こうとしてた。

 

 

 倉庫の前の道は真っ直ぐ分かれ道まで続いてて、その途中で食堂の前とは別の登山道があった。向こうよりも緩やかみたいだ。その前に黒い服を着たオールバックの野郎が立ってる。タキシードっぽい服装から、なんかマジシャンみたいだと思った。

 

 「あ。曽根崎君と・・・あなたが清水君でしたね。さっそく仲がよろしいようで、なによりです」

 

 

 『”超高校級のマジシャン” 鳥木平助(トリキヘイスケ)

 

 

 「勝手に決めんな」

 「ボクが連れ回してるっていうかつけ回してるっていうか」

 「そうですか。ああ、こちらの道は行き止まりでしたよ。ガラス張りの施設に続いていましたがその入口が塞がっていて、中は植物園のようでした」

 「そうなんだ。他になんか分かったことはある?」

 「いえ・・・少なくとも私の見た限りでは、脱出経路は存在しませんでした・・・」

 「・・・ちっ」

 「お役に立てず申し訳ありません」

 「いやいや、気にすることないよ鳥木クン。ボクらなんかこの辺うろついてるだけだから!」

 「はあ・・・ありがとうございます」

 

 さっきからこっちの方は鍵がかかってる建物が多い。唯一脱出の手がかりがあるとすれば、いま滝山が見に行ってる森の中だ。もしあいつが脱出口を見つけても、律儀に戻ってくる保証はない。でも、あの馬鹿正直っぷりからしてたぶん戻ってくる。

 

 

 こっちの方はあらかた探索し終わった。来た道を引き返して多目的ホールに戻ろうかと思ったその途端、また曽根崎がパーカーのフードを掴みやがった。小さな嗚咽と共に俺は、さっきの分かれ道の右側の道に連れて行かれた。少し急な登山道で、そこまで苦じゃないがフードを引かれた状態でまともに登れるほど楽じゃない。

 

 「まだ探索してない場所があるみたいだから、そっちも見ていこうよ」

 「だあっ・・・!わかった・・・!分かったから離せ!今すぐ離せ馬鹿野郎!」

 「逃げないでよね」

 「何してんのあんたたち・・・この状況でよくふざけてられるわね」

 

 

 『”超高校級のコレクター” 石川彼方(イシカワカナタ)

 

 

 「ケホッ・・・あ?これがふざけてるように見えんのかよ」

 「どう見てもふざけてるじゃない。まったく、これだから男って奴は」

 「石川さんだね?こっちの方はどう?」

 「・・・登山道から横道に逸れて脱出っていうのは現実的じゃないわよね。男子とかあたしとかならいいけど、女の子も多いし」

 「この先には行った?」

 「飯出と屋良井が一番に行って、望月ちゃんもその後についてったわ。それで十分だと思ったから、あたしは山道を詳しく調べてたとこ」

 「なるほど。ありがとう石川さん!じゃあ清水クン、ボクらも行ってみようか」

 「ちょっと。上は十分だって言ったでしょ」

 「うん、ありがとう!でもやっぱり自分の目で確かめたいよ、広報委員だからさ!」

 

 ポニーテールが目につく女が山道で待ち構えてた。俺と曽根崎のやり取りをみてふざけてるとかふざけたこと言いやがった。こちとらこんな奴につけ回されて迷惑してるっつうのに、そんなことも分からねえのかこの馬鹿女は。だけど、その馬鹿女の言い分を無視してわざわざ登ってくこいつはもっと馬鹿だ。

 

 

 山道は山の斜面を大きく迂回して、さっきの通りに面した斜面の上にある展望台まで続いてた。馬鹿と煙は高いところに昇るなんて言うが、ここにいる奴は全員馬鹿ってことなんだろうな。俺は曽根崎に連行されたから含めない。

 

 「お、また二人来た。なんかこっちはここで終わりっぽいぞ」

 

 

 『”超高校級の???” 屋良井照矢(ヤライテルヤ)

 

 

 「やあ屋良井クン。終わりってことは、ここはこの展望台だけ?」

 「みてーだな。こっちからは逃げられそうにねえ。くっそ、脱出口見つけてヒーローにでもなれるかと思ったんだけどな」

 「はは、そう簡単にはいかないよ。ところで、あっちの道には行った?」

 「ん?ああ、なんかガラスの建物まで続いてたけど、鍵がかかってたわ。なんかでっかい木が見えたぜ」

 「木ねえ・・・」

 

 登り切ったところを狙ってたんじゃねえかと思うくらいすぐに、じゃらじゃらアクセサリーがうるさい奴が近付いてきた。気の抜けたいい加減な雰囲気は信用できねえが、曽根崎は他の奴と同じようにへらへら対応してた。この二人でどっちかっていうと、曽根崎の方が異常なんだが。

 展望台は俺たちが登ってきた道の他にもう一本道があった。屋良井が言うにはガラス張りの建物まで続いてるっていうが、ってことは鳥木が言ってたとこと繋がってるんだろうか。それから木のテーブルと円柱型の椅子に被さるようにツタの天井があって、そこでは短髪黒髪の奴がデッカい紙を睨んでた。俺と曽根崎で覗き込んでみると、それはこの辺り一帯の地図だった。こんなもんをこの短い時間で描けるもんだろうか。

 

 「ほー、すごいや、もう地図が描けたの?」

 「むむむ・・・」

 

 

 『”超高校級の冒険家” 飯出条治(イイデジョウジ)

 

 

 「あれ?おーい。もしもーし、聞こえてますかー?ねえったら」

 「どはあっ!!!」

 「うわっ!」

 「んぬっ!ああ、お前たちか。驚かすな、俺は今この地図を描くのに忙しいんだ」

 

 声をかけた曽根崎を、紙の方見て無視してたそいつは、肩を叩かれるといきなりデカい声を出しやがった。俺と曽根崎もびっくりしたが、こいつもびっくりしてた。どんだけ地図に集中してたんだよ。

 

 「ごめんごめん。その地図、この辺りのでしょ?すごいや!」

 「いや、これは仮段階。後の報告会でより詳細なものを仕上げるつもりだ」

 「でももうほとんど出来上がってるじゃないか!さすがは”超高校級の冒険家”だね!」

 「ふふふ、そうだろう。しかしこの地図はやがてもっと意味を持つようになる!俺たちが力を合わせて作り上げた地図は必ずや、俺たちがこの閉塞空間から脱出する糸口を示すはずだ!」

 「その意気だよ飯出クン!」

 「お前たちも探索・調査に抜かりのないようにしろ!冒険とは常に気を張り続けることだからな!」

 「暑苦しい奴だな」

 

 おっきな身振り手振りで話すこいつは、言葉の通じねえ相手とでも喋ってるつもりなのか?それともこいつは人の言葉を分かってねえのか?たぶん後者の方が近いんだろう。さっきの変態女ほどじゃねえがこいつと話してても耳が痛くなるだけかもしれん。こいつには大人しく地図だけ描かせとくことにした。

 

 「清水翔・・・それがお前の固有名だったな」

 

 

 『”超高校級の天文部” 望月藍(モチヅキラン)

 

 

 「あ?・・・なんだテメエか」

 「なになに?望月サンと清水クンって元から知り合い?どういう関係?」

 「・・・曽根崎弥一郎、だったな。取り立てて特別という関係は構築していない。強いて挙げるとすれば、職員室の前で頻繁に顔を合わせていた事実がある」

 「あー、なるほど!二人ともよく呼び出されてたんだね!」

 「だまれ」

 「それより望月サン。これからよろしくね!」

 「よろしく・・・?何をよろしくする、という意味で言っている?」

 「そりゃもちろん清水クンのことを色々聞かせてもらうんだよ!たぶんこの中じゃ一番清水クンと関わりが深いだろうからね!」

 「清水翔についてか。私も深く知っているとは言えないが、お前の要求を拒否する理由はない」

 

 そう言って二人は俺の前で握手した。望月はぼーっと曽根崎の顔を見てたけど、曽根崎は望月の顔を見てにやにやしてやがった。勝手に期待してるみてえだけど、俺と望月は今言った以上の関わりはない。つうか誰がこんな電波女と関わるかってんだ。だがこれはこれで、しばらく曽根崎を望月に押しつけられるチャンスだから俺はその握手については何も言わなかった。

 

 

 まともに探索する気なんかこれっぽっちもなかったのに、曽根崎に連れ回されたせいで、気付けばあちこち歩き回ってた。挙げ句に曽根崎は満足したらさっさと多目的ホールに戻ろうとか言い出した。どんだけ身勝手なんだこいつは。脱出口を探るためにもホールに戻らないわけにはいかないから戻るは戻るが、なんかこいつに振り回されてるような気がして気に入らねえ。

 ホールに戻るともうほとんどの奴らは戻ってた。俺と曽根崎が戻ってきて、その後にまた何人かが戻ってくると、ホールにまた16人が集合した。それを確認するや、六浜が手を叩いてその場を仕切りだした。

 

 「再集合したようだな。ではこれより報告会を始める。誰か書記を務めてはくれないか、それぞれの情報をまとめておきたい」

 「ふふふ、書記など必要ない!お前たちの報告はこの飯出条治が、ただちにこの地図に描き込んでやる!俺たちが力を合わせた地図を作り上げるのだ!」

 「そうか、ありがとう飯出。ではこのホール周辺についての報告から始めてゆこう。ついでに簡単な自己紹介なんかもしていこうか」

 

 ホールの床に描きかけの地図を広げて飯出がペンを取った。それぞれが名前と肩書きを名乗った上で探索した結果を報告しあった。普通に報告してたけど、それについてくぐらい素早く飯出は手を動かしてどんどん地図を仕上げていった。一通りの報告が終わると飯出は手を止めて、出来上がった地図を広げてみせた。

 どうやら俺たちのいる場所は湖と山と森に囲まれてて、どこからも脱出できそうな道は見つからなかったみたいだ。

 

 「船がないから湖からの脱出は考えられないね」

 「となると山か森になるわね」

 「はあ?歩いて山こえろっての?マジで?」

 「ここに残りたいのならば強制はしない」

 「んっ!んなわけねえだろ!ヒールじゃムリだっつってんの!」

 「でも・・・確か滝山クンが森の中を調べてたんじゃなかったっけ?」

 「ん〜、やっぱりどこまで行ってもこういうのがあって出られそうなとこはなかったぞ」

 「それなんなんだよ・・・バツ?」

 

 また滝山があのバッテンを作った。だからそれじゃ意味が分かんねえっつったろ学習能力ねえのか。いや、そもそも学習能力のあるような奴はこんな格好でうろつかねえか。それにしても森も山も湖も無理となると、それが意味してるのはたった一つだけだ。

 

 「しかしこれは・・・地図を見る限りではだが・・・」

 「脱出不可能・・・のようですね」

 「オゥ・・・なんてこと・・・」

 「ウソだろォ!?じゃあオレたちはどこから連れてこられたんだよ!?」

 「船とちがいます?うちらを運んでその後・・・お、置き去りゆうことになりますけど・・・」

 「なんちゅうこった!そうじゃ!鳥木!お前さんマジシャンじゃろ!?脱出マジックの要領でここから出るというのはどうじゃ!」

 「あ、あの・・・夢を壊すようで申し訳ありませんが、マジックにはタネがありますので、こういう状況とは違います。お役に立てません」

 

 どうやら本当にここから外に出る手段はないらしい。認めたくないが、実際に無理みたいだ。ほとんどの奴は動揺して戸惑ってて、古部来や曽根崎も顔には出してないがたぶんうろたえてる。俺だってそうだ。これからどうすればいいのか全く分からん。けどこんな状況で、たった一人だけ動揺してない奴がいる。

 

 「脱出経路なら、明確に存在しているではないか」

 「はっ?」

 「なんだと・・・?本当か望月!?」

 「どこだ!教えろ!」

 「・・・?気付いていないのか?この場所は断じて閉塞空間ではない」

 「?」

 

 いい加減なことを言って、望月は一気に注目を浴びた。当然その場にいる全員の視線が集中する。望月はなんでこいつらは分からねえんだ、みたいな不思議そうな顔をして、詰め寄られてるってのに冷静に指を一本立てた。その腕を伸ばすと、全員がその指の方向を見上げた。

 

 「ここは二次元空間ではない。三次元空間である以上、脱出経路は確保されている」

 「・・・ふざけるのは顔だけにしてくださいな」

 「ふざける?なぜだ?」

 「も、望月ちゃん。じゃあどうやって空から脱出するつもり?なにか方法でもあるの?」

 「経路と手段が同時に存在する必然性はない」

 「つまり、空は封鎖されていないが脱出の手段はないということだな・・・。まあ、気休めにはなるか」

 「なるかよ!お前らこの状況分かってんのか!?結局出られねえのは一緒じゃねえか馬鹿か!」

 「馬鹿に馬鹿と言う資格はない」

 「あァん!?」

 

 くだらねえ、こいつのことだからそんなこったろうと思ったが、本気でそんなこと言ってんだとしたらやっぱりこいつはイッちまってる。しかも古部来が同意したせいで余計にややこしくなって、屋良井が古部来につかみかかった。何がしてえんだこいつら。慌てて飯出と笹戸が止めに入った。

 

 「落ち着け屋良井!この状況が分かっているなら仲間割れは止めろ!協力すべきときだろう!」

 「古部来くんも挑発しないで・・・。それより、気休めにはなるってどういうこと?」

 「間合いの外に切っ先はない。切っ先が敵の心臓に触れるということは、敵の切っ先も己の心臓に突き立てられている」

 「はあ?何言ってんのあんた?」

 「つまり、ここから空が見えるということは、空からもここが見えるということだ」

 「ああ!誰かが見つけてくれるかもしれないってことだね!」

 「そうか・・・確かに、助けを待つという手段もあるわ」

 「フードもドリンクもたくさんあったわ。何日かはそうね・・・困ることはないと思うわ」

 

 んな都合良く誰かが来るとは思えんが、何の希望もないままいるよりはマシか。自分から出ようとして遭難なんかしたら馬鹿らしくてつまんねえ洒落にもならん。

 さっそく男子たちでSOSの字を作りに行くことになった。けど、先導して外に出ようとした飯出が、玄関の方を見て悲鳴をあげた。

 

 「ぬわあああああああああああああああっ!!?」

 「ど、どうした飯出!?」

 

 また全員が同じ方を向く。ホールを出ようとする飯出の足下に、二度と見たくなかったその顔があった。裂けた目と口でにんまり笑って、飯出のことを見上げてる。白と黒に分かれた配色のせいで、なんとなくめまいもする。

 

 「うぷぷぷぷぷ♫」

 「んのああああああああああああっ!!?で、でたあああああああああああっ!!」

 「あ、悪霊退散悪霊退散!請道満清明護我!」

 「こらーーー!人を、いやクマをオバケみたいに言うなーー!」

 「い、いまどこから現れた貴様ァ!!いつの間に俺たちの後ろに!!?」

 

 このムカつく声は間違いない。モノクマだ。本当に幽霊かと思うくらい、気付かないうちに俺たちの後ろに回って待ち構えてた。さっきのことを思い出して、俺はモノクマから少し距離をとった。薄気味悪い野郎だ。

 

 「ボクとしたことが、ちょっと忘れてたことがあったんだよね。そんなおっちょこちょいなところもボクのカワイイところなんだけどね!」

 「忘れていたこととはなんだ。我々に何の用があって現れたのだ」

 「まったく現代っ子はすぐ結論を急かすんだから。一つ一つの過程を重んじないと、立派な結論になんてならないのにね。困ったもんだクマ」

 「くだらないことはいいので、早く済ませてくださいな」

 「・・・もう。しょうがないなあのび・・・のび育っちゃった問題児たちは。テッテレテンテンテ〜〜〜ン!でんしせいとてちょぉ〜〜〜!」

 

 全員、こいつのくだらない話にもとっさの誤魔化しにも触れないことにした。それよりこいつがどこからともなく取り出したのは、俺たちが学園で配られた電子生徒手帳だった。モノクマは一人一人に手渡して、渡された途端に手帳が起動した。メインメニューに表示されるのは名前と、クラスと、顔写真・・・そして肩書き。

 

 「我々の手帳ではないか!貴様なにをした!」

 「別に?危険なことはなんにもしてないよ。ただ、この合宿場の地図と、合宿生活におけるルールの項目を追加しただけ!ボクって、機械もいじれるスーパークマだからね!」

 「地図、作る必要なかったんじゃね?」

 「・・・」

 「それよりさあ、キミたち助けを呼びに行こうとしてたでしょ?」

 「ったりめえだろ!こんなとこ連れてこられて大人しくしてられる方がおかしいっての!」

 「うぷぷぷぷぷ!無駄なことしちゃってさ!さっきも言ったでしょ!ここから出る方法は一つだけ!この中の誰かを殺しちゃえばいいんだよ!」

 「!」

 

 冗談にしても質が悪い。俺たちを閉じ込めて、殺し合いをしろなんて馬鹿げてる。けどこいつはたぶん本気だ。本気で俺たちに殺し合いをさせようとしてる。目的もなんも分からねえが、たとえ外に出るためだとしてもこいつの思い通りになるのはごめんだ。

 

 「ふっざけやがってぇ・・・!」

 「うぷぷぷぷ!いくら呼んだって助けなんか来ないんだよ!ボクが決めたルールは絶対!どこぞの憲法みたいに変える変えないの議論にすらならないの」

 「・・・お前は何者なんだ?」

 「ボクはモノクマ、合宿引率兼、施設長兼、マスコットだよ。その他の詳しいことは電子生徒手帳にあるから読んどいて。今後の生活で必ず役に立つと思うから、大事にしててよね!それでは、ルールを守って楽しいコロシアイ合宿生活を送ってください!バイ、ナラ、シカ、クマ!」

 「き、きえた・・・」

 

 モノクマはいきなり現れて、用事が済んだらいきなり消えてった。助けを呼んでも無駄、出たければ殺し合いをしろ。言ってることが一貫してやがる。やっぱりあいつは本気だ。けど助けが来ないなんてのはあいつが言ってるだけ、もしかしたら誰かが気付くかもしれない。そう考えるしか、俺たちにこの状況を乗り切る方法はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

校則一覧

1.生徒達は合宿場内だけで共同生活を行いましょう。共同生活の期限はありません

2.夜10時から朝7時までを『夜時間』とします。『夜時間』は立ち入り禁止区域があるので、注意しましょう

3.就寝は寄宿舎に設けられた個室でのみ可能です。他の部屋での故意の就寝は居眠りとみなし罰します

4.ゴミのポイ捨てなど、合宿場の自然を破壊する行為を禁じます

5.施設長ことモノクマへの暴力を禁じます。監視カメラの破壊を禁じます

6.仲間の誰かを殺した『クロ』は希望ヶ峰学園へ帰ることができますが、自分が『クロ』だと他の生徒に知られてはいけません




これでプロローグもおしまい。キャラの画像はTwitterの方に載せてるのでよかったら確認してくださいね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

キャラクター紹介

清水翔(シミズカケル)

【誕生日】10月19日

【身長/体重/胸囲】161cm/52kg/73cm

【人称代名詞】一人称は「俺」、男女共に呼び捨て

【才能】超高校級の努力家

勉強、運動、芸術、人付き合いの全てにおいて平凡な生まれで、突出した”才能”などなかった。だが幼い頃、努力により勝ち取った喜びに心を奪われ、何事においても努力を以て解決、達成することで、人並みながらも人並み以上の結果を残してきた努力の天才。しかし高校入学後、努力だけでは越えられない”才能”という壁にぶち当たり、人生で初めての挫折を味わい、さらにその後も努力するだけでは上手く結果が残らなかったことから、報われない努力に絶望し、自ら努力することを止めてしまう。現在は周囲から”超高校級の無能”と呼ばれている。

【性格】嫉妬深いド卑屈人間

努力で切り開いた成功への道を”才能”の壁に阻まれ、半ば強制的に入学させられた希望ヶ峰学園では”無能”呼ばわりされるという経緯から、徹底的に踏みにじられた自信とあらゆる”才能”に対する妬みが合わさって、排他的で卑屈な性格になってしまった。不真面目で目つきや姿勢が悪く言葉使いも粗暴なため、多くの生徒から倦厭され疎ましがられている。

 

 

曽根崎弥一郎(ソネザキヤイチロウ)

【誕生日】1月28日

【身長/体重/胸囲】170cm/61kg/73cm

【人称代名詞】一人称は「ボク」、男性は「名字+クン」女性は「名字+サン」

【才能】超高校級の広報委員

身近に起きる出来事ならどんなことでも、誇張と言葉の綾と少しの真実を織り交ぜつつも絶対にウソはない記事にしてしまう文章力と、些細な特ダネの気配を見逃さない勘の良さを持つ。その”才能”による記事は人々の興味をそそり、個人的に発行している週刊誌は毎週完売になるほど。取材方法が極めて失礼なことで有名であり取材拒否されることもあるが、それすらも記事にしてしまうある種の逞しさも持つ。世間に流れているニュースや話題はほぼ網羅しており、それについて独自の調査を進めることもある。

【性格】話し好きなお調子者

人と会話したり議論することが好きで、自分を避けているような相手にも平気で話しかけて畳みかけるほど話し好き。一方的な会話であってもそれを楽しんでおり、相手がその話に乗ってくるとさらに加熱する。記事を貶されても怒ることはなく、しかし褒められると素直に喜ぶ。喋り方やまとう雰囲気は胡散臭いが、記事については決してウソはないと豪語し、ガセネタを徹底的に嫌い、それによる注目は卑怯で低レベルであると非難している。

 

 

穂谷円加(ホタニマドカ)

【誕生日】6月5日

【身長/体重/胸囲】164cm/38kg/76cm

【人称代名詞】一人称は「わたし」、男性は「名字+君」女性は「名字+さん」

【才能】超高校級の歌姫

日本国内だけでなく海外でもコンサートを開催し、その歌声は国境も人種も超えて愛される世紀の歌姫。その美しい調べに魅了される者は多く、世界中から公演のオファーを受けているが、その全てに応えるわけではない。歌声だけでなく容姿にも高いプライドを持っているため、それらの才能を軽々しく褒めることすら気分を害すことになる。その美しさを保つため身だしなみや健康には気を遣っており、食事から睡眠時間までしっかりと自己管理している。

【性格】微笑み絶やさぬ女王様

歌声と容姿に絶対の自信を持っており、対人関係においては基本的に相手を見下している。そしてその才能に魅了された近しい者たちを家来のように従えているため、『希望ヶ峰の女王様』の異名を持つ。貼り付いたような笑顔で放たれる、高飛車で傍若無人な発言がそれらの性格を如実に物語っている。公演中のステージで見せる淑やかで慎み深い態度は本人曰く『営業トーク』であるが、そのギャップから虜になる『特殊な方々』も多いそう。

 

 

・アンジェリーナ・フォールデンス

【誕生日】7月8日

【身長/体重/胸囲】168cm/49kg/84cm

【人称代名詞】一人称は「ワタシ」、男女共に「下の名前(カタカナ)」

【才能】超高校級のバリスタ

世界最高峰のバリスタコンテストを最年少で優勝したという超高校級の名に恥じない業績を持つ。コーヒーに関するありとあらゆる知識に精通し、彼女のオリジナルブレンドはハリウッドセレブにも大好評と言われている。コーヒーの一杯一杯に深い愛情を注いでいて、大量生産されるインスタントコーヒーをあまり快く思っていない。豆の焼き方から計量用のコーヒースプーンまでこだわることが自慢。将来の夢は自分の店を経営し、世界一のコーヒーショップにすること。

【性格】色気漂うお姉さん

どこで覚えてきたのか分からないような、大人っぽく色気のある言葉遣いをする。また、滅多なことでは動揺せず常に落ち着いた雰囲気を醸し出しており、それが母性を感じさせるのか人から頼られることが多く、学園では年齢問わず悩み相談をよく受けていた。そのため人の心の揺れ動きに敏感で、悩んでいるが行動できない人を見抜く鋭さも持つ。

 

 

六浜童琉(ロクハマドール)

【誕生日】8月9日

【身長/体重/胸囲】167cm/46kg/83cm

【人称代名詞】一人称は「私」、男女共に名字呼び捨て

【才能】超高校級の予言者

天気予報やテストの範囲はもちろん、競馬予想から株価変動まで、多くの分野において100%に近い確率で的中させる現代の予言者。だがそれは『予言』ではなく、膨大な過去の統計と途方も無い知識から論理的に導き出される、根拠はあるが確証のない『推測』であると主張して、根拠もないのに確証を持って言われる『予言』の類だと言われることを嫌う。『予言』の支えとなる記憶力には自信を持っていて、知らないことを知らないとはっきり言う一方、ど忘れしてもそれを認めようとしない。

【性格】生真面目シャイガール

その才能の基盤である記憶力や知識は勤勉さにやって培われたものであるが、その副作用として非常に堅い性格をしていて、とにかくモラルや他人への配慮にうるさい。その性格ゆえに疎ましがられることもあるが、逆に近寄ってくる人間に対しては耐性がなく、心配になるほど恥ずかしがる。他にも集中が乱されたり動揺すると早とちりや勘違いが多くなり、普段の凛とした態度は消え失せる。

 

 

古部来竜馬(コブライリョウマ)

【誕生日】10月21日

【身長/体重/胸囲】178cm/69kg/82cm

【人称代名詞】一人称は「俺」、男女共に名字呼び捨て

【才能】超高校級の棋士

幼い頃から将棋に親しみ、小学校入学時点で既にアマチュア棋士では全く歯が立たないほどの強さを誇った、生粋の棋士。相手の思考を分析し、既存の枠組みに囚われない大胆な手を打つことで相手を動揺させる心理戦のプロ。自らの棋譜で詰め将棋をすることで常に己の限界を超え続け、自身の目標である『神の一手』の探求に勤しんでいる。

【性格】超高圧的かつ強引

自身の経歴と思考に強いプライドを持ち、一度信じたものはなかなか覆らない。そのため周囲と軋轢が生じることも多々あり、単独行動も少なくない。さらに『馬鹿菌』が移るためと、一部の生徒のことを見下し毛嫌いして避けている。騒音や人混みが馬鹿の次に嫌いで、パーティーやイベントを倦厭しているが、自分なりに必要と判断した場合はその限りではない。

 

 

笹戸優真(ササドユウマ)

【誕生日】3月9日

【身長/体重/胸囲】156cm/47kg/75cm

【人称代名詞】一人称は「僕」、男性は「名字+くん」女性は「名字+さん」

【才能】超高校級の釣り人

川釣りから海釣りまで様々な環境での釣りを網羅する知識と、狙った獲物は逃がさないテクニック、そして緊張状態を長時間持続させる集中力を持つ。陸上だけでなく船上や泳ぎ釣りといった変則的な釣りも得意であり、場所や狙う魚によって変える釣り竿をゴルフバッグに入れて持ち運んでいる。愛用の『渦潮』は特に大事にしており、専用のケースに入れて毎日手入れしている。釣りはあくまでスポーツの一つと考え独自の流儀を持っており、釣った魚の命を奪ったり環境を汚すことはせず、生き餌を使う場合は一匹一匹を拝んで供養するほどの徹底ぶり。

【性格】優しい縁の下の力持ち

海や川の環境美化に尽力し、餌の虫が死ぬと心を痛めるほど、何に対しても誠意を持って接する優しい性格。その人の好さから貧乏くじを引かされることもあるが、自分さえ気にしなければいいと、それすらも受け容れてしまう広い心を持つ。表立って何かすることよりも陰で人の支えになっていることの方が多く、あまり注目されたりはしない。

 

 

晴柳院命(セイリュウインミコト)

【誕生日】3月24日

【身長/体重/胸囲】136cm/33kg/64cm

【人称代名詞】一人称は「うち」、男女共に「名字+さん」

【才能】超高校級の陰陽師

卑弥呼の血を引き、安倍晴明の流派を継ぐという日本屈指の陰陽道の名家、晴柳院家の一人娘。幼い頃から妖怪の類いに対抗する術を身につけてきたエリート陰陽師であり、非科学的な知識や作法について非常に詳しい。風水や占星術など様々な物を複合した独自の様式を確立しており、一見するとそれとは分からないものも実は儀式だったりする。霊的なものに対抗するプロの割に『そういうもの』は怖いようで、心霊写真でも見ようものならしばらく怯える夜が続くそう。

【性格】神経質な気配り屋

身体が小さいことと臆病なことから内向的かと思われがちだが、実は周囲に対して気配りを欠かさない積極的な性格。曰く『憑いてたり化けてたりしたら見るだけで分かる』そうなので、しつこく気を遣われたら素直にお祓いを受けた方がいいかもしれない。神経質であり細かいところにまで目が届くが、それは裏を返せば些細なことも大げさに取り立てて助言する面倒な性格をしているということである。

 

 

有栖川薔薇(アリスガワローズ)

【誕生日】1月11日

【身長/体重/胸囲】171cm/48kg/80cm

【人称代名詞】一人称は「アタシ」、男性は名字呼び捨て、女性はあだ名

【才能】超高校級の裁縫師

針と糸と布さえあれば、ほつれ一つなく完璧に縫い上げるスピードと技術を兼ね備えたスーパーギャル。あくまで手縫いにこだわり、着物や横断幕など大きな物を縫う時でさえミシンや機織り機は使わないのがポリシー。その気になれば衣類から旗まで何でも作れるが、本人はぬいぐるみを自作するうちに身につけた技術であると言い、お気に入りの一品を常に持ち歩くほどぬいぐるみには深い愛情を注いでいる。そのためぬいぐるみ製作だけはこだわりを持ち、寝食を忘れて取りかかることもある。

【性格】さばさばした寂しがり屋

自身の”才能”でもある裁縫に関することには真面目に取り組むが、興味のないことや嫌いなことに関してはいい加減で、必要以上に関わろうとしない。しかし一方で寂しがりな一面も持ち、お気に入りのぬいぐるみに防水加工をして一緒に入浴するほど。基本は外向的で、賑やかな人や自分を頼ってくる人に対して寛容に接し、逆に攻撃的だったり高圧的な相手には強く反発する。

 

 

滝山大王(タキヤマダイオ)

【誕生日】2月14日

【身長/体重/胸囲】188cm/80kg/86cm

【人称代名詞】一人称は「おれ」、男女共に「名字(ひらがな)」

【才能】超高校級の野生児

深い深い樹海で野生動物たちの王者となっていたところを発見、保護され話題になった本物の野生児。樹海の外での思い出の方が短いことや親の顔さえ知らないことを特に寂しいとは思っていない。大自然の中で生き残るためあらゆる感覚が動物並みに発達し、野生動物との戦いに負けない強靱な肉体を手に入れた。その代償として高校生なら身につけているべき常識やモラルはほとんど持ち合わせておらず、小学生レベル、と罵られてもその意味を尋ねるほど理解力がない。まだ科学文明に慣れきっておらず、電子生徒手帳の使い方も分からない。

【性格】ころころ変わる気分屋

保護されるまで全く自由奔放に生きていたため、自身の感情を制限するという考えは欠片もない。そのため集団生活においては空気が読めない程度の浮きっぷりではなく、単独行動も多い。また、ころころと気分が変わりやすいためその行動は短絡的ながら常人にはもはや予測不可能。ただ本人はできないことの方が多くそれを自覚しているので、困ったときはすぐ周りを頼る。

 

 

明尾奈美(アケオナミ)

【誕生日】12月19日

【身長/体重/胸囲】165cm/41kg/80cm

【人称代名詞】一人称は「わし」、男女共に名字呼び捨て

【才能】超高校級の考古学者

地層解析から遺跡調査まで、考古学に関する作業ならお手の物。豪快な発掘作業と丁寧なブラッシングから採取した化石は芸術品と見紛うほど美しく、また類稀なる考古学的センスによって都内の幹線道路を掘削するなど型破りな発掘を行うこともある。太古の時代に強い憧れを抱き、化石や地層といった発掘物を見ると著しくテンションが上がり、発掘せずにはいられないという。"考古学者"であるが屋内での研究や機械を使った分析はあまり得意ではなく、シャベルやツルハシを持って発掘作業をしていることの方が多い。

【性格】明朗快活じゃじゃ馬娘

発掘は根気と体力の勝負であるといい、普段から汚れた体操着に色褪せたジャージという女子力の欠片もない格好をしている。特別身だしなみに気を遣ったことはないといい、それを指摘されても軽く笑い飛ばしてしまうほど明るい。『思い立ったが吉秒』がモットーでとにかく行動派なため、発掘以外のことはあまり長続きしないのが悩み。

 

 

鳥木平助(トリキヘイスケ)

【誕生日】5月29日

【身長/体重/胸囲】181cm/72kg/91cm

【人称代名詞】一人称は「私」、男性は「名字+君」女性は「名字+さん」

【才能】超高校級のマジシャン

奇抜な演出と大がかりな仕掛けで注目を集める新進気鋭の若きマジシャン。人の注目を集め裏をかく、常識を武器に人を驚かせるといったことが得意で、それは裏を返せば人が注目しないものに気付き注目できるという才能である。手先が器用で工作も得意であり、マジックの小道具はほぼ自作。それらをどこにでも持ち歩くほど、常日頃からマジシャン『Mr.Tricky』を演じている。

【性格】礼儀正しい好青年

誰に対しても敬語で礼儀を欠かさない紳士的な態度は、マジックショーで演じている『Mr.Tricky』のキャラクターそのもの。マスクを付けると完全にスイッチが入り、大袈裟な喋り口調と派手な動きになる代わりに、集中力や洞察力が上がる。その二面性を本人も弁えていて、普段は素顔のままでいるが、注目されたり集中するときにはマスクを付けて行動する。

 

 

石川彼方(イシカワカナタ)

【誕生日】7月22日

【身長/体重/胸囲】173cm/53kg/87cm

【人称代名詞】一人称は「あたし」、男性は名字呼び捨て、女性は「名字+ちゃん」

【才能】超高校級のコレクター

切手や昆虫といったポピュラーな物から、シャンプーハットや延長コードといった変わった物まで、興味を持った品はどんな物でも収集する敏腕コレクター。品物を鑑定する鋭い観察眼とそれを扱う慎重さこそが彼女の才能であり、どこへ行くにもきれいな手袋を欠かさず鑑定時には眼鏡をかけることがその才能を物語っている。コレクションの種類は多岐に渡り、『コレクションオブコレクション』という個展を開いたこともある。噂によると一部の人間にしか見せない『超極秘コレクション』もあるらしく、そうした自らのコレクションを眺めていると心が癒されるという。

【性格】男勝りなしっかり者

男性にも気後れしないほど強気で自信に溢れていて、自分の主張ははっきりと口にする。豊満な胸と長い手足という魅力的なモデル体型で容姿も整っているためはっきり言ってモテるが、相手が誰であろうと外見だけで言い寄って来ていると分かるや一蹴する芯の強い人物。その強さから頼られることも多く、知らない間に慕われていることもしばしば。

 

 

屋良井照矢(ヤライテルヤ)

【誕生日】4月5日

【身長/体重/胸囲】172cm/65kg/86cm

【人称代名詞】一人称は「オレ」、男女共に名字呼び捨て

【才能】超高校級の???

自身の才能については本人と希望ヶ峰学園の一部の職員しか知らず、口外は絶対禁止とされている。そのため自己紹介の際や才能を尋ねられた際には適当なことを言って誤魔化す。主に使う誤魔化し方は、服装を指摘された際の”超高校級のファッションリーダー”、器用さを指摘された際の”超高校級の指圧師”、神出鬼没な行動を指摘された際の”超高校級の工作員”などなど。いずれも本人は気に入っているようで多用している。

【性格】いい加減な目立ちたがり

典型的な無責任型人間であり、ノリが軽く発言もいい加減。その発言のどれが本心でどれが建前なのかも分からないほどに渾然一体となっており、本人がそれを使いこなしているのかさえ不明。それと同時に注目を浴びたがる性格でもあり、場を仕切ることや派手なことをするのが好きで、雑用や後片付けといった地味なものは嫌う傾向にある。その不真面目さや見た目からよく不良と言われることが多いが、実はテストの点は良く集団行動時も自ら率先して行動するため、成績はむしろ良い方。

 

 

飯出条治(イイデジョウジ)

【誕生日】6月27日

【身長/体重/胸囲】173cm/68kg/79cm

【人称代名詞】一人称は「俺」、男女共に名字呼び捨て

【才能】超高校級の冒険家

持ち前の好奇心と情熱で風の向くまま気の向くまま、あらゆる自然と難関に挑み続ける逞しい"冒険家"。極寒の冬山から灼熱の地底まで様々な場所を冒険して周り、海洋学や歴史学など多様な分野の研究に貢献してきた開拓者である。"才能"と"肩書き"に誇りを持っていて、冒険の最中の失敗にも決してめげず一度立てた目標は必ずやり通すのが信条。そのため一つのことに没頭して周りが見えなくなることもあり、不注意から痛い目を見ることも。何事も周到に準備することを心がけていて、ポケットには常に何かが入っている。

【性格】不撓不屈の熱血漢

どんな難関や逆境に行く手を阻まれても、諦めるという選択肢は浮かべず、強引な突破や巧妙な回避を駆使してそれを乗り越え、必ず目的を達成する不屈の精神を持つ。力を合わせれば不可能なことはないと信じている仲間想いな一面もあり、率先して問題の解決にあたる頼もしい人物だが、突っ走りがちで周りを置いていくこともある。

 

 

望月藍(モチヅキラン)

【誕生日】9月25日

【身長/体重/胸囲】160cm/45kg/79cm

【人称代名詞】一人称は「私」、男女共にフルネーム

【才能】超高校級の天文部

地球から数億光年離れた宇宙の果てまでも見通す天文学のスペシャリスト。地球に降ってくる隕石の大きさと落下地点を正確に予測したり、火星に関する論文が某宇宙研究機構に立証されたりと、天文学の領域では高校生どころか世界でも有数の頭脳とセンスを持つ。天文学に関する知識量は膨大であるが宇宙への興味が絶える気配はなく、年中無休で夜空を眺めている。現在の研究テーマは『平行宇宙研究 〜事象の地平面の向こう側〜』と『地球外生命体来訪説』の二つで、これらを含めたあらゆる自身の研究は『宇宙の真理』を解明するために必要なものであるという。

【性格】マイペース電波系

もったいぶった堅苦しい言い回しをし、短くストレートに言うことをしない。また、基本的に合理主義者なため会話の内容に人間味がなく、平淡で無感情な話し方も相まって機械のような印象を受ける。話が噛み合っているのかすら分からない喋り方のせいで周囲と反りが合わず、集団からは浮き気味。だが本人はそういったことにとことん無頓着で、常に自身の研究テーマである宇宙について考えているため、急に意味深なことをつぶやくこともある。




キャラクター設定です。最悪、名前と才能とおおまかなイメージが伝われば。ビジュアルはTwitterとpixivに上げてありますのでご覧下さいませ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一章『忘れた熱さに身を焦がす』
(非)日常編1


 今日はいつもより目覚めが良かった。というより、逃げ込んでた夢からむりやり追い出された気分だ。受け止めたくない現実から目を背けて、無意識のうちに覚めてほしくない非現実へとすがったんだろう。けど逃げていられるのも限度があった。

 

 『オマエラ、おはようございます!朝です!起床時間ですよーーー!』

 「るっせえな・・・」

 

 朝の七時になると合宿場中にあいつの声が響き渡る。別にこの時間通りに起きなくても何も言われないが、これだけ音がデカいと否が応でも起こされる。腹も減ったし、食堂に行くことにした。ドアを開けると、モノクマとは別のムカつく顔があった。

 

 「おはよう清水クン!」

 「・・・」

 「よく眠れた?こういうときは気疲れしやすから、寝て気分をすっきりさせるのが大事なんだって」

 「テメエの面見たせいで朝っぱらから気分悪い」

 「じゃあ朝ご飯でも食べよっか!それとさ、せっかくだからみんなとも仲良くしようよ。これくらいのことでもないと、清水クンがみんなと一緒にご飯食べたりなんてしないでしょ?」

 「・・・マジで殺すぞお前」

 

 ため息交じりに言うと、曽根崎はわざとっぽく笑った。こいつの言うことは合ってる。だが余計なお世話だ。俺は別にあいつらと仲良くするために飯を食うんじゃない。腹が減ったから食うだけだ。まだ話しかけてくるこいつをガン無視して俺は食堂に行った。

 

 食堂には同じようにモノクマに叩き起こされた奴らが集まってたけど、何人か足りない。あの爆音の中で寝られるとかどんだけだよ。

 

 「清水君に曽根崎君、おはようございます」

 「やあ。みんなももう起きてたんだね」

 「二人とも、モーニングコーヒーはいかが?」

 「いらん」

 「ボクはもらおうかな。アニーサンのコーヒーが飲めるなんてうれしいよ」

 

 たぶんアニーは来る奴来る奴にコーヒーを勧めてるんだろう。既に食堂にいた何人かも同じようにコーヒーを飲んでた。本当に殺しが起きるとは思えないが、万が一って時の危機感がねえのかどいつもこいつも。

 ざっと見た限り、まだ来てないのは四人だ。放っとけばそのうち来るだろ。そう思ってた矢先に、屋良井が起きてきた。

 

 「ふあぁ〜っ、おお。みんな集まってんのか」

 「おはよう!まだ全員ではないがな!」

 「テルヤ、コーヒーはいかが?」

 「あ〜、オレ苦いのキライだからミルクと砂糖たっぷりたのむわ」

 「うふふ、オーケイ」

 

 こいつも危機感がなかった。あとは三人だ。だがそいつらが起きてくるより先に、飯出と六浜が立ち上がって全員に言った。

 

 「みんな、まだ来ていない者もいるが聞いてくれ」

 「なんだなんだ?」

 「昨日の段階で我々は、ここに閉じ込められ、脱出不可能な状況であるということが分かった。これは紛れもない現実。辛いだろうが、受け止めるしかないようだ」

 「な・・・なんでこんなことに・・・」

 「おいおい、なくなよ」

 「助けを求めるために湖畔の砂利にSOSの字を掘ったが・・・それが助けを呼ぶのもいつになるかはっきりとは分からん」

 「予言者のくせに分からねえじゃねえだろ」

 「予言ではない、推測だ。それに私の推測は私自身の記憶と過去の統計を基にしている。こんな状況は前例がない。正確に推測することは困難を極める」

 「すなわち、助けが来るまでの間・・・む、おはよう有栖川。どこでもいいから座っておけ。とにかく、俺たちはここでしばらくは共同生活をしなければならないわけだ」

 「そうだね」

 

 俺の呟いたことにいちいち訂正を入れてくる六浜に変わって飯出が続きを話し、その話の途中で入ってきた有栖川を適当に座らせて本題に入った。

 

 「そして、共同生活において重要なのは全員の連携、助け合いだ。そこで、朝昼晩の食事当番を決めようと思う」

 「うんうん!画期的な提案だと思うよ!」

 「んで?当番っつってもどうやって決めんの?」

 「くじ引きにでもする?」

 「あのさ・・・おれそういうかんじのことなんもできねえんだけど・・・」

 「確かに。滝山に料理を任せては二度と生物は食えなくなりそうじゃ」

 「じゃあ滝山君は抜いて、他の15人で当番を決めますか」

 「ファースト、ランチ、ディナーに1人ずつ、毎日3人の5日間ローテーションね」

 「それはいいんですけど・・・まだ望月さんと古部来さんが来てないんです」

 「その二人がいねえと決めるもんも決められねえじゃねえかあ!」

 「いつまで寝ているつもりだ・・・叩き起こしてやる!」

 

 とんとん拍子に話が進んで、いよいよ当番を決めようって時になって、まだ起きてない二人の存在に気付いた。さすがに遅い。六浜がいきり立って食堂を飛び出して二人を呼びに行った。やれやれと思ったら、それと入れ違いになるように望月が食堂に来た。

 

 「あれ、ヅッキーじゃん」

 「ヅッキー?」

 「私はそんな固有名ではない。望月藍というのが私の固有名だ」

 「あだ名だって」

 「望月ちゃん、いま六浜ちゃんに会わなかった?」

 「興奮状態だった」

 「てことはあとは古部来だけか。あいつ感じわりいくせに寝坊するとか、ホント団体行動乱す奴だな」

 

 ぼさぼさの髪を結いながら席に着いた望月に、アニーがコーヒーを勧めてる。たかが飯当番決めるってだけでどいつもこいつも勝手で騒がしい奴らだ。呆れて俺はため息を吐く。そんなため息をかき消すくらいのデカい声が、食堂の中まで響いてきた。

 

 「ああああああああああああああああああああああっ!!?」

 「!?」

 

 それは確かに六浜の声だった。声というより悲鳴に近い。食堂にいた奴らはみんなそれが聞こえたらしく、雑談の声がぴたりと止んだ。

 

 「な、なんだ今の・・・?」

 「六浜さんの声でしたね。気品さの欠片もありませんでした」

 「どうした六浜ァ!!大丈夫か!!」

 「あっ!ボ、ボクらも行こう清水クン!」

 「は?なんで俺・・・ぐえっ!」

 

 固まった食堂からまず飯出が青い顔して飛び出していった。その後に、野次馬根性丸出しって面で曽根崎が立ち上がって、俺のパーカーを引っ張りやがった。そのまま食堂を出て宿舎に駆け込んだ。こいつはいつか殺す。

 宿舎の廊下に入るとすぐ、廊下の壁にもたれて座り込んでる六浜が見つかった。そこに飯出が駆け寄って、呆然とした六浜の肩を揺すってた。

 

 「どうした六浜!何があった!」

 「こ、古部来・・・!」

 「古部来?古部来がどう・・・ぬおっ!?」

 「な、なんだこれ・・・?」

 

 へたり込んだ六浜は顔を真っ赤にして向かいの部屋を見てた。部屋というより、その入口に立ってあくびをしてる古部来をだ。何事かと思って飛び出した曽根崎は少しがっかりしたような息を吐いた。

 

 「き、き、貴様どういうつもりだ古部来!!いきなりそんな・・・そんな格好・・・!!」

 「いきなり来たのはお前の方だ。着るものをとやかく言われる筋合いはない」

 「古部来、昨日の着物はどうした」

 「寝る時にあんな重ね着する馬鹿はいない。考えろ馬鹿が」

 

 顔を赤くしてわなわな震える六浜は、どうやらいきなり現れた古部来の姿に驚いて悲鳴をあげたらしい。といっても、古部来の格好といえばタンクトップにスウェットの下だ。さすがに人前に出る格好じゃねえが、悲鳴をあげるほどか?

 

 「そんな不埒な姿を晒すとは貴様は変質者か!変質者だな!」

 「人を叩き起こしておいてよくそんなことが言えるな。それで、用はなんだ」

 「お前が起きるのがあまりにも遅いから呼びに来た。今後の生活について話し合うためにな」

 「・・・そうか。ならもう少し待っていろ。どこで話し合うつもりだ」

 「お前以外はみんな食堂にいる。早く支度しろ。立てるか六浜?」

 「あ、ああ・・・すまないな飯出」

 

 俺がここに来る意味あったのか?悲鳴を聞いた時は何事かと思ったが、蓋を開けりゃあこんなコントとは。よろけながら六浜は立ち上がって、飯出の手はとらずに食堂に戻ってった。飯出が行った後、曽根崎は嬉しそうな面して俺に言ってきた。

 

 「いきなりこんな特ダネに巡り会えるなんて、ラッキーだね」

 「特ダネ?」

 

 今の何が特ダネなんだ。ただ六浜が勝手にテンパって俺らが巻き込まれただけじゃねえか。そゆな俺の心中を見透かしたように、曽根崎はそれをメモ帳に書くと、ぱたんと閉じて言った。

 

 「六浜サンはむっつりだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 取りあえず古部来を叩き起こしてから、全員で飯食った後に当番を決めた。別に俺は他人が作らなくても自分で勝手に食う。言ったらまたややこしいことになるから言わねえが、何が入ってるか分からねえもん食うのも安心できねえ。滝山に至っては飯が出てくるや否や手づかみで食いやがって。

 

 「朝食は朝の七時半、昼食は正午、夕食は夜の七時半、いずれもこの食堂でだ。遅れたとして特に罰則があるわけではないが、全員の点呼と安否の確認を兼ねているため出席するように」

 「ところで、一人で十六人分の料理って大変なんじゃないかな?」

 「別に手伝ってもらう分には構わないだろう。あくまでこの当番制は、チームへの帰属意識を高めることが目的だ」

 

 別に何でもいい。さっさと部屋戻って寝てえ。さすがに食い終わった食器ぐらい片付けてやろう、と思ってキッチンに皿を洗いに行ったら、俺を追っかけて曽根崎が来た。テメエのメガネ流すぞコラ。

 

 「清水クン清水クン!この後って暇?暇だよね!コミュ障の清水クンにこの後予定が入ってるわけなぶへっ!!」

 「近寄るな」

 

 馬鹿にしにきたのかこいつは。ちょうど手元にコップがあったから顔面に水かけてやったらようやく黙った。だがポケットからハンカチ取り出してすぐにまた喋り始めた。なんだこいつ。

 

 「それでさ、飯出クンが男子みんなで体動かそうって言ってるんだよ。多目的ホールに行けばなんかあるでしょって。清水クンも行こうよ!」

 「行く意味も理由も義務もない」

 「意味も理由も義務もないのに部屋に戻って寝ようとしてるじゃないか」

 「どうしようが俺の勝手だ」

 「あ、いいのかなそんなこと言っちゃって」

 

 なんか意味深なこと言って、曽根崎はそれから黙った。マジでなんなんだこいつ、薄気味悪いな。取りあえず俺は食器を元に戻してからさっさと部屋に戻ろうとした。だが渡り廊下に出た途端、後ろから強く引っ張られる感覚がした。

 

 「ぐおぁっ!?」

 「そっちじゃないよ、こっちこっち」

 「そっ・・・テメッ!!離せコラ!!」

 「どうしようがボクの勝手だよ」

 「あぁっ!?」

 

 またかこの野郎。俺のパーカーのフードは引っ張るために付いてんじゃねえぞ。ぶん殴ろうとしてもぐいぐい引っ張られてバランスとれなくて当たらない。なんでこいつ引っ張り慣れしてんだよ。このままじゃ顔から地面にすっころびそうだ。

 

 「分かった分かった!行ってやる!行ってやるから歩かせろ!」

 「ホント?逃げたら次はアンテナ引っ張るよ」

 「だれがアンテナだ!!さっさと離せクソメガネ!!」

 「はいはい」

 

 やっと解放された。もう明日からパーカー着ねえ、と思ったがこれ以外の服なんかあったか?どういうわけか俺含めた全員が何着も同じ服持ってるらしいし、もしかしたらずっとこいつのフード引きから逃げられねえんじゃねえか、と思って背筋が寒くなった。

 

 多目的ホールにはもう俺以外の奴らがいた。言い出しっぺの飯出と、ノリだけで生きてそうな屋良井、あと動けんのか怪しい笹戸。俺と曽根崎を入れて全部で五人か、よくもまあこんだけ集まったな。

 

 「よし!清水も来たな!ミッション・コンプリートだ曽根崎!」

 「お安いご用さ」

 「これで五人かあ。素数じゃチーム分けしにくくないかな。滝山くんも呼んでくる?」

 「あいつは勝手に運動してそうだからいいだろ。古部来は一緒に遊ぶタイプじゃねえし、鳥木は?」

 「古部来に将棋に誘われたそうだ」

 「マジで!?あいつにそんなコミュ力あったの!?」

 「まともに指せる相手が欲しいそうだ。一人で棋譜とにらめっこでは暇つぶしにも限度があるのだろうな」

 

 人のこと馬鹿とか言っといて将棋の相手は欲しいのかあいつ。どんだけわがままなんだよ、寝坊もしやがるし。っていうか、そんな奴らはどうでもいい。ここに呼び出された意味はなんだ。

 

 「ではバスケでもするか!」

 「唐突だね」

 「一緒に運動することで友好を深めるのだ。共に汗を流せば大抵の人間は仲良くなれる。これは経験則だ」

 「飯出クンは動けそうだよね、冒険家だし。でもさすがに1−4は無理があるんじゃないかな?」

 「くくく・・・バスケを提案するとは分かってるじゃねえか飯出!ここは”超高校級のバスケ部”こと、屋良井照矢様がお前と組んでやるぜ!」

 「”超高校級のバスケ部”?屋良井クンってそうなの?」

 「いまに分かる!」

 「いや、できねえだろ」

 

 なんかどんどん話が進んでるけど、ここでバスケなんかできねえだろ。

 

 「なんだよ清水、水差すなよ」

 「ボールもねえのにどうやってバスケなんか・・・」

 「問題なんか何もないよーーーーーーーーーーーーー!!」

 「!?」

 

 状況も分かってねえ馬鹿共に現実突きつけてやったら、どこからともなくあの声が聞こえてきた。もうなんかびっくりするっつうよりうんざりした。他の奴らが驚いて辺りを見回してる中、そいつはゼッケンと水色のカツラを被って現れた。手にはバスケのボールが抱えられてる。

 

 「うんうん、友達とバスケをして汗を流す!まさに青春の1ページだよね!いいねオマエラ!」

 「で、でた・・・」

 「あ、バスケットボール」

 「鳴り響く応援、弾ける汗、固い友情・・・これぞまさにスポ根的青春だよ!そんなオマエラにボクは感動した!ほら、言いなよ!バスケがしたいって言えよ!」

 

 壇上に現れたモノクマは水色のカツラを放り投げて、どっかから丸眼鏡をかけた。何がしてえんだよ、こいつがバスケしたいだけなんじゃねえか、と思った。

 

 「モノクマ先生・・・バスケがしたいです!」

 「あきらめたらそこで試合終了だよ!」

 「噛み合ってない!」

 「そのボールを貸してくれるのか?」

 「はあ、しょうがないなあ。アメリカのストリートでさえボールがあるっていうのに、オマエラにないのはあまりにも可哀想・・・」

 

 そう言ってモノクマはすすり泣く仕草をした。どうせ涙なんか出ねえくせに、と思ったが汗が出るくらいだからマジで泣いてるのかもしれん。と思ったら急に壇から飛び降りて、舞台の横にあるドアの前に立った。

 

 「というわけだから、ボールとかネットとか、あとバットにラケットに卓球台にグローブに竹刀にエトセトラは全部ここに揃ってるよ」

 「あったのかよ!最初からそう言えよ!」

 「なぜ俺はあんな無駄な時間を・・・」

 「もういいよ」

 「あと運動靴は入口に揃ってるから」

 

 なんでこんな無駄に設備整ってんだ。つくづくモノクマの思考回路が分からん。ホールの倉庫にはマジで何でも揃ってたが、金属バットとか砲丸とか、物騒なもんがごろごろしてるのが気になる。こいつは俺らに運動させたいのかそれ以外のことさせたいのかどっちなんだ。ゼッケンとボールと運動靴で準備完了すると、いつの間にかモノクマがにやにやしながら混ざってた。

 

 「なんだ、モノクマもやりたいの?」

 「うぷぷぷぷ!オマエラに付き合ってやるんだよ!人数足りなくて困ってたんでしょ!」

 「ちょうどいい。3−3でできるな」

 「モノクマと飯出クンと屋良井クンが同じチームだと勝てそうにないなあ」

 

 やっぱこいつバスケやりたいだけじゃねえか。まあ、鬱憤晴らしぐらいにはなるかも知れねえからやってやる。まずは俺と笹戸と屋良井でチームになって、モノクマが指を鳴らすと試合開始のホイッスルが鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り16人

 

清水翔/六浜童琉/晴柳院命/明尾奈美

 

望月藍/石川彼方/曽根崎弥一郎/笹戸優真

 

有栖川薔薇/穂谷円加/飯出条治/古部来竜馬

 

屋良井照矢/鳥木平助/滝山大王/アンジェリーナ




pixivに上げる前提で書いてたので、改ページ用の長い空白があります。場面転換だと思って読んで下さい。最後に限り、アニメの最後にあった生存者数を示すアレです。今のところはみんな元気です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

(非)日常編2

 みこっちゃんとドールんとヅッキー、それからアタシで紅茶を飲みながらクッキーを食べてる。ロリっ娘と真面目ちゃんと不思議ちゃんと一緒に、こんな風にお茶できるなんてマジ夢みたい。こんなカワイイ空間にいられんなら、いっそ学園に帰んなくてもいいかもとか思っちゃったりして。

 

 「このお茶菓子、美味しいですね。六浜さんが焼かはったんですか?」

 「いや、食堂の棚にあったのだ。焼きたてのような良い香りがしたものだからな」

 「そ、それ大丈夫なんですか?モノクマが何か仕込んだり・・・そうでなくても賞味期限とか・・・」

 「だいじょぶっしょ。みこっちゃん心配しすぎ。不安ならおはらいしとけば?」

 「陰陽術じゃどうにもなりませんて・・・」

 

 みこっちゃんってばいちいち細かいところまで気にしちゃって、そうやってビビりまくってるところとかもカワイイからいいんだけど。

 

 「では毒が仕込まれていたと仮定しよう。モノクマが多目的ホールで私たちを生かしておきながら、こんな不確定要素に任せた殺害をするだろうか?」

 「ヅッキーってばさ、むつかしーことばっか言ってさ。つまりどゆこと?」

 「特別な理由がない限り、モノクマが我々に手を出すことはない。生徒手帳のルールにも載っていた、モノクマは基本的に我々に対し無害だ」

 「こないなとこに閉じ込めてる時点で無害やない思いますけど・・・」

 「そうか。この生活において、が頭に付くな」

 

 なーんかドールんとヅッキーはよく分かんないこと話してる。みこっちゃんは心配しすぎなんだって。そんなに不安になったってどーしようもないじゃん?

 

 「怖かったらアタシのぬいぐるみ抱いとけば?結構寂しさまぎれるよ」

 「ご、ごめんなさい・・・。生き物を象ったものはきちんと祓わないと邪魂が宿ります。式神と同じで」

 「えーと、分かんない」

 「気軽に受け取れない、ということだろう。有栖川はずいぶんとぬいぐるみが好きなのだな。昨日とは違うが・・・いつも肌身離さずなのだな」

 「うん。裁縫も、元々ぬいぐるみ作りが趣味だったから自然と身につけたってゆーか?今でも一日一個は作ってるし」

 「なるほど。であれば私と同様に、好きこそ物の上手なれタイプの才能だな」

 「うむ、実にうらやましい限りだ」

 

 今日はみんなとお茶だから、かわいさ重視でピンク色のポニーのぬいぐるみを持ってきた。中には綿が詰まってるから、ぎゅってするともっこもこでふっかふか。もうなんか、この空間を丸ごとぬいぐるみにしちゃいたいくらい、今って幸せ。

 

 「そーだ!せっかくだからみんなのぬいぐるみも作ったげよっか?」

 「いいのか?というか、できるのか?」

 「できるできる!アタシを誰だと思ってんのドールん!」

 「う、うちのはモノクマみたいな悪霊が憑くと困りますんで、清めた材料でお願いします」

 「気にしすぎだ晴柳院」

 

 まあアタシ的にはモノクマもナシじゃないんだけど。みんなのぬいぐるみ作るのなんて朝飯前。まあ丹精込めて作るし、さすがに一日で16個一気になんて鬼畜なことはできないけど。それでも、このみんながカワイイぬいぐるみなってずっとずっと・・・ず〜〜っとアタシのそばにいてくれるなら、アタシはすっごく幸せかな。ま、いまも結構幸せだけど。

 

 「この紅茶ってあの黒人ちゃんが淹れてくれたの?」

 「いや、私が淹れた。アニーならばもっと上手くできるのだろうがな」

 「身体の内側から温まる。冬場の天体観測は芯から冷えるからな、このようなものがあれば研究も捗りそうだ」

 「よければ今度淹れ方を教えてやろう」

 「それはありがたい。よろしく頼む」

 「みこっちゃん、はいあーん」

 「えええっ!?そ、そんなことしてもらわんでも自分で食べられますからあ!」

 「テレちゃってかーわーいーいー♫みこっちゃんがクッキー食べるとこ見たいなー」

 

 ドールんとヅッキーが話し込んじゃってるから、アタシはクッキーをみこっちゃんの前に出して口を開けるマネをした。そしたらみこっちゃん、顔を真っ赤にしてキョドっちゃって、今にもイスから転げそう。長くてつやつやした髪の毛とか真っ白な着物がふわふわ揺れて、めちゃくちゃカワイイ。ケータイがあったら動画に撮ってたのに。もっとクッキーを近付けるとそれから逃げるみたいにちっこくなって。ああもう、そんなんなったらガマンできなくなっちゃう!

 

 「ほれほれほれ」

 「あうぅ・・・あ、有栖川さん・・・いくらなんでもそれは・・・」

 「みこっちゃんのカワイイ顔が見たいからさー♫あーんしてあーん・・・」

 

 子供みたいにぷにぷにしたほっぺにクッキーを押しつけてもういっちょ畳みかける。真っ赤になったみこっちゃんが折れて口を開けようとしたその時、アタシの持ったクッキーが消えた。

 

 「ぱくっ!」

 「あん?」

 「ふえっ?」

 

 アタシとみこっちゃんのいちゃいちゃを邪魔したのは、ヅッキーでもドールんでもない。横からいきなり現れたそいつは、アタシの持ったクッキーに思いっきり食らいついてた。動物みたいに。ってこんな可愛くない動物がいてたまるかあ!

 

 「な・・・・・・な・・・た、た、た、たたたたたたたたたたたたたきやまああああああああああああああああああああああっ!!!」

 「んおっ!?な、なんだよありす!?どうした!?」

 

 こんのアホ猿!!アタシとみこっちゃんの甘い一時を邪魔した上にクッキーまで持ってきやがったな!!アタシが怒るとびっくりしたみたいに目を丸くしたけど、びっくりしたのはこっちだアホ!!

 

 「どうしたじゃねえこの野郎!!何勝手にクッキー食ってんだ!!縫い付けっぞコラア!!」

 「おお、一瞬で人類はここまで急激に感情を変化させることができるのか」

 「滝山・・・お前はいつの間にここに?」

 「なんかいいニオイがしたから。さっきまでずっとあっちの森にいたぞ」

 「・・・お前はこの距離でこのクッキーの匂いをかぎ取ったというのか?いくら野生児でも人間に可能な範囲を超えている気がするのだが」

 

 ドールんが滝山に呆れた顔して、ヅッキーはアタシの顔みて驚いたっつーか感心したっつーかそんな感じの顔して、みこっちゃんはビックリしすぎてなにがなんだか分かんないって顔してるし!!っつーか全部滝山のせいじゃん!!ふざけんなこの猿!!

 

 「あ、そうだありす!おまえふくとか上手なんだろ?森の中うろついてたらふくぼろぼろになっちゃってさ−。なおしてくれよ。ほら、パンツまで糸がちょろってなっちゃっててさー」

 「んなっ!?た、たたたたたたたきやま貴様ァ!!女性が4人もいる前で下着姿になるとはどういう神経をしているんだ!!」

 「あ、あのう・・・単にこの状況を分かってない思うんですけど・・・」

 「は?なんだよろくはま」

 

 何考えてんだこいつ!!アタシに服のことで頼ってくるのは億歩譲っていいとして、なんで今ここで上着とズボン脱ぐんだよ!!元から裸同然のかっこしてっけどこれは完全にアウトだろうがああああああああああああっ!!!

 

 「く、くるな!くるなああああああっ!!はうううううううううううううっ・・・・・・!!?」

 「六浜さんがああ!?」

 「動揺のあまり脳の処理限界を超えたか」

 「失せろ変態!!いやじっとしてろ!!縫う!!」

 「な、なんか分かんねーけどヤバそーだな・・・にげる!」

 「待てコラァ!!!なにみこっちゃんやヅッキーやドールんにきったねえモン見せてくれとんじゃあ!!腸の代わりに綿詰めて穴という穴縫い付けてやるから覚悟しろやあ!!!」

 「有栖川薔薇は野生児に走行速度で敵うと思っているのだろうか」

 「望月さん!六浜さんを医務室まで連れてくん手伝うてくださいよぉ!」

 

 お茶くらいゆっくり飲ませろや!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長考に好手なし。長考するということは、相手がそれだけの時間を使って先手を読めるということだ。長考した時点で、この局は決したも同然。一瞬で戦局を俯瞰し、恐れず踏み出せば、少なくとも敵に呑まれることはない。

 

 「ううん・・・」

 「これ以上は無意味だな」

 「・・・やはりそうでしょうか」

 

 盤面に並んだ駒は全て敵の王を討たんと槍頭を向ける。しかし既に鳥木の兵は負け戦に臨む敗軍、歩兵にすら怯える金将はあまりに矮小だ。鳥木は深くため息を吐いて頭を下げた。たとえ取るに足らない相手だったとしても、棋士として、対局相手に敬意を欠かすことはあってはならない。

 

 「参りました」

 「・・・」

 「リョーマ、ヘースケ、どっちが勝ったの?」

 「古部来君が。勝てるとは思いませんでしたが、ここまで圧倒的だとは・・・。ご期待に添えず申し訳ありません」

 「へえ。リョーマ、強いのね」

 「将棋で凡人に負ける棋士なんて、哀れ以外の何者でもありませんもの。当然です」

 

 勝敗が決するや、アニーがコーヒーを持ってやってきた。調理場で昼食の準備をする穂谷たちが、俺と鳥木の対局が終わったことを察して様子を見に来た。見せるような局ではなかったが。

 

 「リョーマはチェスもできるかしら?ワタシとやりましょう」

 「ふん、お前と真っ当な局が指せるとは思えん。それに、俺は将棋にしか興味がない」

 「敵前逃亡ですか?」

 「好きにとらえろ」

 

 やはりこいつらと指すより、俺の棋譜を詰めた方が力になる。鳥木がこの程度となると、他に相手になりそうな奴はいるだろうか。

 

 「六浜・・・あるいは曽根崎」

 

 あの騒がしい緑色はなかなか目敏く、理解が早そうだ。予言者とまで呼ばれる六浜ならば、あるいはまともに指せるかも知れない。

 

 「・・・」

 

 棋譜を頼りに過去の俺と将棋を指す。最大の敵は己自身、まさにその通りだ。過去の俺だけが唯一、俺と対等に指せる。過去の俺を超えた時、俺はまた一歩、目指すべき高みへと近付ける。

 

 「何か思い入れでも?」

 「?」

 「そのペンダント」

 

 無意識のうちに、俺は首に下げたロケットペンダントの先を指先で弄っていた。いつからだったか、集中しようとする時にはこうするようになっていた。よく気付いたものだ。

 

 「和装にペンダントですか?似合いませんね」

 「角の駒ね、結構古いものね」

 「・・・古くて当然。俺の棋士たる証だ」

 「あかし・・・つまり、大切なものってことね。どういうものなの?」

 

 そう言ってアニーは自分の手にはめられた指輪をなでた。それにどんな意味があるかは知らんが、俺のこれと同じく何か思い入れのある物なのだろう。それをわざわざ尋ねるほどの興味は湧かん。

 

 「父と俺にとっては縁深きもの、父が愛用していた駒だ」

 「確か、古部来君のお父さんも有名な棋士でしたね。相当な段位であったはずですね」

 「古部来角行、七段だ」

 「まさに筋金入りの棋士ということじゃな!」

 

 父は確かに立派な棋士だった。俺に将棋とは何たるかを教授してくれた、敬い尊ぶべき先人だ。既に俺の実力が父を超えたことは、過去の対局で証明された。だが所詮、そんなことは盤の上の話でしかない。敬うということに、棋士としての段位は関係ない。こういうことを言うと、いつも意外な顔をされるのだがな。

 

 「パパからのプレゼントなんてステキじゃない。うらやましいわ」

 「尊敬し、目標である人から託された物だ。プレゼントなぞの軽いものとは違う」

 「アニーの指輪もプレゼントなんじゃないの?」

 「ええ。でもパパからじゃなくて・・・大切な人からのなの」

 「ええっ!?なにそれなにそれ!大切な人って誰よアニー!誰からもらったのそれ!」

 

 一瞬にして場の空気が変わったのを感じた。それまでの集中に適した張り詰めた空気とは一転し、石川とアニーの喧しい雑音ばかりが耳障りに響く。

 

 「大切な人ってもしかしてアニーの彼とか」

 「やだカナタったら!そんなのじゃないわ!」

 「じゃあ誰からもらったのよ!教えなさいアニー!」

 「そ、それは・・・教えてあげない」

 「え〜!なに恥ずかしがってるのよ〜!」

 

 俺は棋譜と駒をしまって盤を持って席を立った。ここにいては将棋を指すどころではない。やはり馬鹿が近くにいると俺の思考まで鈍る。自分の部屋で一人で指している方がマシだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り16人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍   石川彼方  曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

 有栖川薔薇  穂谷円加   飯出条治   古部来竜馬

 

 屋良井照矢  鳥木平助   滝山大王  アンジェリーナ




ダンガンロンパのタイトルって、普通の時は(非)日常ってついて事件が起きると非日常になって、コロシアイ生活の中でも殺人は非常事態だって意味合いを感じるけど、案外みんな簡単に人殺すよね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

(非)日常編3

 ここに集められてから何日経ったか。最初はさすがにビビったが、案外人ってのは慣れちまうもんみてえだ。むしろ脱出脱出の飯出や、仲良く仲良くうるせえ晴柳院や笹戸の方が少数派になりつつある。別にここでの生活に満足してるってわけじゃねえが、死ぬほどの危険犯してまであの場所に戻ろうと思うほどひどくはねえ。どうせ戻ってもろくでもねえんだからよ。

 

 「助け、来ないね」

 

 ぽつっと曽根崎がつぶやいた。かれこれ三日くらいは経ったはずだが、湖畔に描いたSOSの字が有効に働いたことはない。気休めにはなると古部来は言ってたが、確かこの数日の間にここの上を飛行機やらヘリやらが飛んだこともない。よく考えてみたらこれってもっと焦るべきなのか?

 

 「寝る」

 「また寝るとか言って!何かと言えば寝る寝る寝るってキミはサイバー菓子かい!」

 「なにそのツッコミ」

 「食べ物も飲み物も毎日補給されとるようじゃな。まったく減る気配がない」

 「滝山が結構食べるのにね。これもモノクマって奴がやってるのかしら」

 「だとしたらずいぶんとマメで健気で愉快な誘拐犯だね」

 

 考えんのが面倒になって部屋に戻ろうとした。明尾と石川と曽根崎は仲の良いことにおやつなんか食ってる。女子二人はともかく、曽根崎は誰に対してもぐいぐいいくから俺みたいな奴じゃなきゃすぐああなれんだろうな。食堂を出て宿舎までの渡り廊下に出ると、宿舎から出てきた飯出と鉢合わせた。

 

 「おう、清水」

 「・・・」

 「清水よ。つかぬことを聞くが、晴柳院を見なかったか?」

 「・・・知らん」

 「そうか。部屋は留守のようだったし・・・引き留めて済まなかったな」

 

 そう言うと飯出はさっさと山の方に歩いてった。俺がいちいち他の奴らの行動なんか把握してるとでも思ったのかあいつは。まあ、そんなことはどうでもいい、晩飯まで寝て過ごす予定に変わりはない。宿舎の引き戸を開けて部屋に戻ろうとすると、廊下の向こうに真っ白い服が見えた。何気なくそっちを見たら、そいつは小さく悲鳴をあげた。

 

 「ひあっ!?」

 「・・・いんじゃねえか」

 「あ、あ、あのぅ・・・今どなたかと会いました・・・?」

 「飯出」

 「はあ・・・ほ、ほんまですか・・・。あ、あの、うちがおったことは、飯出さんには・・・なな、内緒にしといてもらえます?」

 「・・・」

 

 何してんだこいつら。別に聞かれなきゃ言わねえし言ったらめんどくさそうだからどっちにしろ言わねえ。けどその約束をするのも後々めんどくせえことになりそうだからしねえ。黙って自分の部屋の方に歩いてったら、後ろからひっくり返った声が聞こえてきた。

 

 「よ、よろしくお願いしますぅ!」

 

 晴柳院に背を向けて廊下を曲がった。部屋のドアには相変わらず自分のドット絵と名前が書かれたプレートがかけられてる。ただの名札じゃねえってのが気になるし、それが廊下の両側に並んでんのはなんとなく気味が悪い。そんなんも寝ればまた忘れられるはずだ。俺は部屋に戻ってすぐベッドに寝転がろうとした。けど、テーブルの上に置かれたものが気になった。なんだこれは?紙と機械だな。紙は二つ折りになってて何か書いてあるっぽい。

 

 『ピンポンパンポ〜〜ン!オマエラ!モノクマから大事なお知らせがあります!至急、多目的ホールにお集まりください!至急!至急!』

 「・・・またあいつか」

 

 俺がそれに気付いたのを見計らったみたいにちょうど良く、あいつが全体放送で招集をかけた。これから何が起きるんだか。行かなきゃ行かないであいつの機嫌損ねるわけだし、俺たちにはこれに従う他の選択肢は初めからない。仕方ない、と言い聞かせて多目的ホールに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「やあ清水クン、あの放送聞いた?」

 「聞かなきゃ来てねえだろ」

 「そりゃあもっとも!」

 

 多目的ホールに来てすぐに曽根崎が話しかけてきやがった。なんだってこいつは執拗に俺に絡んでくる。もう殴ってもいいよな?そろそろこいつの方が悪いよな?

 

 『はい!というわけで全員集合しましたね!』

 「ああ・・・また出てくるのですか・・・。悪霊退散悪霊退散」

 「今度は何の用かしら」

 「いきなり解放してくれたりしてな」

 

 最初にここに集まったときとは明らかに緊張感が違う。相変わらず張り詰めてはいるが、少しだけあの時よりも殺伐としてない。この数日の間に俺以外の奴らもここに慣れたらしい。

 腹太鼓みたいな奇天烈な音楽がホールに鳴ると、壇の後ろからモノクマがびょんと飛び出してきた。相変わらずにやにやした顔のまま俺たちを見下してやがる。ぶん殴ってやりたいところだがさすがに死にたくはない。

 

 「え〜、オマエラ、おはようございます!」

 「もう午後三時を過ぎましたよ」

 「うるさーい!ボクがおはようったらおはようなの!なんてったってアイドル・・・もといマスコット兼施設長なんだからね!」

 「さっさと用件を済ませろ」

 「ふゆう・・・まったくキミたちは冷たい奴らだよ。先生は悲しいです。やっぱりゆとり世代のキミたちはボクの方から手を差し出さないと動いちゃくれないんだね」

 「どういうことだ!また怪しげなこと考えてるんじゃねえだろうな!」

 「失敬クマー!ボクはただ、キミたちの部屋にささやかなプレゼントを贈っただけクマ」

 「プレゼント?」

 

 あのちっこい機械か。一昔前のゲーム機みたいに画面とボタンが何個かくらいのしょぼいもんだった。身に覚えがないと思ったらやっぱりこいつか。下手に触んなくてよかった。

 

 「この三日間・・・オマエラはべったべった馴れ合ったりひっついたりチチクリあったり・・・ヌルいにもほどがあるよ!オマエラ希望ヶ峰学園に帰りたいんじゃないの!?全然予定と違うよ!上手くいきすぎても退屈だけど、ちょっとは予定調和的になってよね!」

 「どういうことだ。何が言いたい」

 「平凡なシャケの切り身も粗塩というスパイスがあるだけで料亭の味に比肩するハーモニーを奏でるように、平凡な毎日も動機というスパイスによってスリルとショックとサスペンスに満ちた日々に大変身するんだよ!」

 「・・・動機?」

 「オマエラにとってはかな〜り大事な内容だから、みんな部屋に戻ったらチェックしておくように!後日テストするからね!ウソウソ!そんなめんどくさいことするわけないじゃ〜〜ん!それじゃ、楽しみにしてるよ!グッバイまた会う日まで!」

 

 わけのわかんねえことをぬかして、最後に捨て台詞を吐くとすぐにモノクマは落ちてった。後にはただ俺たちが立ち尽くしてるだけだ。全然わけがわかんねえ。動機ってなんだ?あの機械に何があるってんだ?意味が分かんねえから何もしないでいたら、いきなり誰かが多目的ホールを飛び出してった。

 

 「っ!」

 「わっ!?せ、晴柳院さん!?晴柳院さん!」

 「みこっちゃん!?み、みこっちゃん!?」

 「おい!晴柳院!待て!」

 

 出て行った奴の名前を叫びながら、飯出と有栖川が慌てて飛び出していった。出て行ったのはあのチビか。モノクマにビビってとかなら分かるが、なんで今なんだ?そんなに気になったのか?

 

 「なんだよあいつ・・・?」

 「あいつの言葉を間に受けたんでしょ。大丈夫よ。どうせウソなんだから」

 「いや、本当だ」

 

 まだほとんどの奴らが残ってる。静かな時に言ったから全員に聞こえてるはずだ。どいつもこいつも、曽根崎ですら、意外そうに俺の方を見てた。注目を浴びるのはともかく、説明がめんどくせえ。

 

 「待て清水。どこへ行くつもりだ」

 「・・・部屋に決まってんだろ」

 「なんのためにだ?冷静さを失って集団から離れるのは自殺行為だぞ」

 「あいつの言ってた動機ってのはたぶん本当だ。部屋に妙な機械があった」

 「マジかよ!?お、お前それ見たのか!?」

 「・・・」

 

 六浜に引き留められた。こいつをリーダーと認めた覚えはねえし、たとえ俺以外の奴らが認めてても俺が従う義務はない。笹戸や曽根崎と馴れ合ってたせいで忘れてたが、こいつらは所詮俺とは違う。”超高校級”の奴らは、何の変哲もない高校生の俺を見下して、優越感に浸るための道具としか見てない。俺としたことが、危うくモノクマのせいでそれにすら気付かねえ馬鹿になるところだった。俺はそいつらに背を向けたまま、黙って首を横に振った。

 

 「でも・・・ドミトリーに戻って確認はした方がいいんじゃないかしら?」

 「そうだな。ウソならばよし、本当にその機械があっても見なければいいだけの話だ」

 「そ、そうじゃな!なにも奴の言う通りにする必要はない!」

 「・・・」

 

 果たしてそんなことができるのか。俺はともかく、こいつらは希望ヶ峰学園に帰りたいって想いが強いはずだ。だったらモノクマの与えたものが本当の動機になる可能性だって高い。どうせそんなことに気付いてもねえんだろう。俺はさっさと部屋に戻って、俺の機械を確認するまでだ。気になって仕方ねえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋に戻るとやっぱりあの紙と機械が置いてあった。機械より先に畳まれた紙を広げると、きったねえ字がでかでかと書かれてた。読みづらいと思ったら上下逆か。ひっくり返すとその意味が通る。

 

 「・・・『清水家の日常風景』」

 

 なんだこのしょうもねえワイドショーのニュースタイトルみてえなのは。もしかしてこの機械にこめられてる動機のタイトルなのか?こんな風に自分の名前まで出されて、観ないわけにいかない。つうか最初っから観るつもりだ。俺は迷わず機械を手にとって、電源ボタンを押した。接続されてるイヤホンを耳に入れて音量調節する。

 

 最初に映ったのは俺の部屋だ。今俺がいるこの部屋じゃない、実家の部屋だ。相変わらず色気のねえ殺風景な部屋だ。けど俺にはそれでいい。物があって散らかるより百倍マシだ。次に廊下に出て隣の兄貴の部屋に入る。兄貴は趣味で下手くそなギターを弾いてた。俺の部屋よりは物に溢れてるその部屋で、兄貴はカメラを持ってる奴の方を見て軽く笑った。ふざけた顔すんな気持ち悪い。それから二階から一階に降りて居間に入る。そこでは親父がソファに座って新聞を読んでた。その背中だけ映して、カメラは次に、台所に立ってる母親を映した。

 

 っていうかなんだこれは。聞こえるのはカメラを持った奴が歩く足音だけ。家の中は特になんもおかしいとこはない。こんなんが動機?意味が分からん。適当な映像観させて時間無駄にさせやがって、ふざけんなあの野郎。と思ってたら、いきなり画面が乱れた。イヤホンから砂嵐の擦れる乾いた音が鳴り、画面は色を失って視界が一旦なくなってからまた同じ場所が映し出された。

 

 「・・・ん?」

 

 さっきとは何か違う、なんてレベルの違和感じゃなかった。映し出されてた台所にはやっぱり母親がいた。けどいつもと様子が違う。緑色のエプロンがお気に入りだったのに、なんで『真っ赤な』エプロンなんかしてるんだ?それになんでそんな場所で寝てるんだ?なんで腹に包丁なんか・・・。

 

 「・・・・・・死ん」

 

 自分の言葉を自分の口が遮った。目から入ってきた悪寒が脊髄を通って全身の末端まで行き渡った。いやな汗が額に滲んで、目の焦点が合わない。

 

 なんだこれは?わけがわからん。マジでどうなってる?なんで母親がこんな姿になってる?だって希望ヶ峰学園にいたころにはちょくちょく電話してた。こんなことがあったらすぐに分かる。分からないわけがない。

 

 次にカメラが振り返ると、テレビの正面のソファに親父が座ってた。だけど広げた新聞はもう読めないくらいに赤く濡れて、同じ液体に塗れた親父の頭は新聞が敷かれたテーブルに『落ちてた』。

 

 「んなっ!?」

 

 ウソ・・・・・・だろ・・・?こんなこと・・・ありえない・・・。なんで親父も母親も・・・こんなことになってる?なんなんだこれ?

 こみ上げてくるもんを抑える余裕なんてなくて、とっさにゴミ箱に吐いた。こんなもん観させられてこうならないわけがない。そんな俺になんてお構いなしとばかりに、カメラは廊下に出て二階へ上がっていった。映る廊下には赤い足跡が点々と残ってた。一階から二階に上がった足跡はあるが、降りてきた様子はない。カメラは迷うことなく兄貴の部屋に入ってった。

 

 「おい・・・いいかげんにしろ・・・・・・!」

 

 部屋に入ると兄貴はベッドで横になってた。怒りっぽくて真っ黒に日焼けした兄貴の赤黒い肌は真っ白に青ざめてて、赤い筋が口から垂れてた。首に巻き付いてんのは・・・ギターの弦だ。その表情は明らかに何も分かってないって面だ。体のあちこちをめちゃくちゃにひん曲げて、ぶっ壊れた人形みたいになってる。

 ウソだ・・・・・・ウソだウソだ・・・ウソだ・・・!!ウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだ!!!こんなもん信じねえ!!認めねえ!!なんでなんの説明もなくこんなことになってる!!まず説明をしろ!!状況を教えろ!!何が起きた!!!俺の家に何があった!!!

 

 「もういいやめろ・・・止めろ!!!」

 

 イヤホンを外して機械を握りつぶす勢いで掴んだ。ミシミシと音はたてるが全然映像は乱れない。俺は機械を掴んだままデタラメに腕を振った。別に運動神経が特別いいわけじゃねえが、これでぶっ壊れない機械はねえ。

 

 「もうやめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 機械はガシャン、と音を立てて床に叩きつけられた。それなのに・・・なのになんで止まらねえ!!なんでまだ家の中が映ってる!!もう止めろ!!止めろ止めろ止めろ!!!止めろっつってんのが分かんねえのかこのポンコツがあっ!!!

 

 「はぁ・・・!はぁ・・・!」

 

 何度踏みつけて止まらない。何度叩きつけても壊れない。なんなんだこの機械は。カメラは兄貴の部屋を出て俺の部屋の前に来ている。足跡はそこに入ってって止まってる。だからなんだってんだ。こんなもんもう観る意味はない。でもなんで俺は・・・これを踏みつける足をどかしてる?なんで機械の前で膝をついて覗き込んでる?なんでこんなもんを観たいと思ってるんだ・・・!!

 

 「・・・・・・・・・はっ・・・・・・?」

 

 ゆっくり部屋のドアが開いてく。部屋の中が見えてくるにつれてまた画面は乱れて、どんどん暗くなってく。視界は悪くなる一方で、もうほとんど見えない中でドアは全開になった。

 殺風景な部屋には似つかわしくない、えらく目立つものが、ぶらりと部屋のど真ん中にぶら下がってる。かろうじて見える画面下に映ったのは、人の足だった。

 

 そこで映像は途切れ、代わりに映し出されたのは『続きはお帰りの後で!』の文字。それでようやく映像は止まった。俺は息切れをしながらその場でうずくまっていた。

 

 「ふざけんな・・・なんなんだいったい・・・!あの野郎・・・あの野郎があああっ!!!」

 

 俺は自分でも気付かないうちに部屋と飛び出して、多目的ホールに突っ走ってった。宿舎を飛び出してからホールまで何があったか覚えてないが、引き戸を開けて中に入ってからはとにかく怒鳴った。誰かいたような気もするが構うもんか。

 

 「モノクマァ!!!出てこいこのクソ野郎!!」

 「し、清水クン!?」

 「さっさと出てこい!!いつも呼ばなくたって出るくせに呼んでも来ねえとかふざけんじゃねえぞ!!出て来て説明しろ!!!あの映像はなんだあ!!!」

 『あ〜もう!うるさいなあ。ボクはいまお昼寝中だったんだってば』

 「知るか!!どこにいる!!いいから出てこい!!」

 「こっちこっち。足下ウォッチッチだよ」

 

 間抜けな声がまたホールに響くと、足下を軽く叩かれた。このままブッ蹴飛ばしてぶっ殺してやろうと思ったがそれじゃダメだ。あの映像がなんなのか分からずじまいになっちまう。

 

 「答えろ!!あの映像はなんだ!!答えろぉ!!!」

 「もう。そんなに怒鳴らなくても聞こえるってばあ。どう?気に入ってくれた?清水くんの動機は特に難しかったんだからね!他のみんなと違って希望ヶ峰学園にこだわらないんじゃあね!」

 「ふざけんな!!このクソ野郎・・・!!」

 「それ以上はダメだ清水!!何を観たかは分からんが、いまはこらえろ!!」

 「離せクソ!!」

 「そんなに死に急いでどうしたのさ?別にキミが死ぬのはいいんだけど、規則違反で死ぬなんてつまらないよねえ。飯出くんグッジョブ!」

 「黙れ・・・もう二度と姿を現すな」

 「あっそう。じゃあボクは痛い目みないうちにおさらばするよ。こっちこそ寝る邪魔されたくねーっての!ばいちゃ!」

 

 モノクマをぶん殴ろうとした俺の腕を飯出が止めた。こんな時でも冷静な判断ができるのか、こいつの方がいかれてる。こいつはあの映像を見なかったのか。さっさとモノクマを追い払ってから俺を抑え込んで、冷静にホールを見回した。

 

 「落ち着け清水。感情に任せて動いても奴の思う壺だ」

 「テメエなんかに何が分かる・・・触んじゃねえ」

 「あ、あんた飯出に助けられたの分かんないの!?この前同じことしてどうなったか忘れた!?」

 「・・・っ!」

 

 石川の言葉であの光景がフラッシュバックする。身体中を槍に固定されたあの恐怖、不気味に笑うモノクマの笑顔。俺は自分の体から力が抜けてくのを感じた。飯出は俺を離し、ホールにいる奴らに話しかけた。

 

 「お前たちもおそらく映像を観たのだろう。だからこそここにいるんだと思う。だが恐れるな!奴は俺たちの統率が乱れ、疑心暗鬼になることを狙っている!奴の術中にはまっては破滅の一途を辿るのみだ!」

 「・・・よくそんな冷静でいられるなテメエ」

 「俺だって奴を殴れるのならそうしたい。あんなもの見せられて・・・・・・だがこういう時だからこそ冷静に努めなければならない」

 「それが冒険家だとでも言いてえのか?俺は冒険家じゃねえ・・・冷静にいろなんて無理だ。テメエらみてえな”才能”なんてねえからなあ!!」

 「!」

 

 振り向きざまに裏拳を食らわそうとしたが、飯出は簡単に避けやがった。これも危険を察知してのことなのか。なんにせよこいつらと同じレベルのことを俺に求めるなんてのがそもそも間違ってやがる。なんで俺はこんなところにいるんだ。おかしいだろ。

 

 「清水クン落ち着きなよ・・・ボクだってあんなの・・・」

 「黙れ!!テメエら頭イカレてんのか!!あんな映像見せられてなんでそんな落ち着いてられる!!モノクマの思う壺だの疑心暗鬼だのそんなん分かってんだよ!!それがどうした!!焦って何が悪い!!パニクって何が悪い!!俺はテメエらみてえな”才能”なんてねえ!!普通の人間なんだよ!!」

 「いい加減にしろ!!!」

 

 俺が怒鳴り散らすと飯出が一喝した。そんな声に怯んだりしねえ、でも息切れして一回言葉が途切れたところで言われたからそこで音は止んだ。飯出は相変わらず冷静に、でも顔を真っ赤にしながら俺の両肩を掴んでた。しばらくそのままでいると、飯出は俺を放って背を向けた。

 

 「そこまで言うなら好きにすればいい。だがそのままではいずれお前自身が身を滅ぼす。気をつけろ」

 「・・・」

 「あの・・・清水クン・・・・・・」

 「いい、曽根崎。放っておけ」

 

 ホールに俺を残して、飯出は他の奴らを先導してそこを出て行った。後に残された俺は黙って肩で息をしてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あいつには本当に気をつけた方がいい、絶対にそのうち誰かを傷付ける。あんな危険な奴、どうして今まで希望ヶ峰学園は退学処分にしなかったのかしら。

 

 「清水には気をつけよう。奴は精神が不安定だ」

 「ま、まってよ飯出くん・・・。清水くんは・・・彼は・・・」

 「なんだというのだ?あの動転っぷりであれが本音でないとでも?別に奴を否定したりはしない。だが今は危険であることは間違いない、何か違うか」

 「そ、それは・・・」

 

 笹戸は優しすぎるのよ、どうしてあんな奴のことを庇おうとするのかしら。だって、飯出の言う通りじゃない。あんな奴には近付かない方がいい。このままだったらそのうち本当に人を殺すわ。それよりも他の人がああならないためにしてあげないと。

 

 「晴柳院ちゃん、大丈夫かしら」

 「最初にモノクマに言われたときのことを考えると心配だな。俺が様子を見てくる、石川はこいつらと一緒に食堂に行っててくれ。アニーのコーヒーでも飲んで落ち着くとしよう」

 「そうね、分かったわ」

 

 やっぱり、飯出は頼りになるわ。六浜ちゃんと並んであたしたちのリーダーになってくれてる。あたしは曽根崎と笹戸、望月ちゃんと一緒に食堂に行った。やっぱりアニーはそこにいた。映像を観たのか分からないけど、いつもと変わらずにお気に入りのカップを揺らしてた。

 

 「あら、どうしたの?」

 「アニー、あたしたちの分のコーヒーを淹れてくれる?」

 「・・・あなたたちも観てしまったのね。オーケー。いまうんと甘いコーヒーを飲んで落ち着くのがいいわ」

 「ごめんね石川さん、アニーさん。僕は大丈夫。コーヒーはもらうけど、心配しなくても平気だよ」

 「清水翔を放置しておくべきなのだろうか」

 「いいのよ」

 

 あんな奴はどうにもならない。でも、あいつが何かしようとしてもあたしたちが避け続ければいい話。もし本当に人を殺そうとしても、近くに人がいなきゃ殺せやしないわ。そうやってやり過ごせばいい。それよりあたしは飯出と六浜ちゃんの陰から支えてあげなきゃ。みんながばらばらになるのは本当にまずい。だから、あの二人のリーダーに従うように、みんなを助けてあげなきゃ。それがいま、ここにいるあたしの使命なんだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さすがのボクもあの映像には肝を潰した。まさかあんなことが本当に・・・いや、あんなのモノクマのウソに決まってる。あり得ない。そう考えれば少しは気が楽になる。アニーさんが淹れてくれたコーヒーを飲んだ後、清水クンの様子を見に多目的ホールに行った。だけど彼はもうそこにはいなくて、部屋に戻ってるみたいだった。

 こんな時に彼のことをつけ回すことなんてできない。今の清水クンには休息が必要なんだ。でも部屋にこもるのもボクとしては落ち着かない。気晴らしに湖でも眺めに行こう。

 今朝も湖の畔を散歩しにきたけど、なんだか数時間前とは違う景色に見える。朝にはせっかく振り払った眠気をもう一度呼び覚ますように、一定のリズムで寄せては返す波の音が心地よく聞こえたのに。今はやけに荒々しく波が岸にぶつかって砕け散る音が目立った。桟橋にも湖畔の浜辺にも誰もいない、みんな部屋にこもってるのかな。誰かいないかと思ってテラスに行ってみたら、鳥木クンと屋良井クンと明尾サンがテーブルを囲んでた。

 

 「やあ、みんな」

 「お、四人目ゲット!こっち来いよ曽根崎!」

 「何やってんの?」

 「トランプです。マジック用のですが、普通に使えるものですので」

 「子供の頃にやって以来じゃったが、この年になっても案外面白いものじゃのう」

 「またそんな年寄りみたいなこと言って」

 

 みんなで大富豪をしてるみたいだ。ローカルルールの多いゲームだけどちゃんとできてるのかな。でもきっと、ここにいるみんな部屋にいても落ち着かないんだろうな。だからボクと同じようにここにいるんだよね。

 

 「意外にみんな大丈夫そうでよかったよ。清水クンや晴柳院サンが参っちゃってるみたいでさ」

 「あー、確かにその二人は豆腐メンタルだからなあ」

 「晴柳院の方は背負い込むタイプじゃからまだよしとして、清水は溜めて溜めて爆発するタイプじゃから面倒じゃなあ」

 「少しずつ発散させるしかないのでしょうか」

 「よーし、ここは”超高校級のセラピスト”と呼ばれたこの俺が・・・」

 「屋良井クン、この前は”超高校級のバスケ部”って言ってたよね?しかも全然バスケ上手くないし」

 「うるせー!」

 

 よかった、みんないつもの調子だ。明尾サンの言う通り、晴柳院サンはまだいい。でも清水クンは下手したら本当に・・・いや、良くないことばっかり考えるなんてボクらしくない。ポジティブに考えるんだ。清水クンはきっと部屋に閉じこもってる。基本的欲求が満たされない人間は荒れるって言うから、少し清水クンに甘いことをしてあげないと。

 

 「今日の晩ご飯の当番って誰だっけ?」

 「確かアニーさんでしたね」

 「それがどうしたんだよ」

 「いや、清水クンと晴柳院サンの好物でも作ってもらって、二人を元気づけた方がいいかなって思って」

 「なるほど!それは名案です・・・ところで、お二人の好物をご存知なのですか?」

 「それは・・・後で調べる!」

 「結局ノープランかい!」

 

 まあ、ボクの才能を持ってすれば好きな食べ物を調べるくらい朝飯前だし、それは追々でいいか。こんなことを清水クンの前で言ったらまた嫌な顔をされるから絶対に言わないけど。取りあえず清水クンの部屋にでも行ってみようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日起きた出来事は、俺たちにとってあまりに強烈過ぎた。激高する清水に閉じこもる晴柳院、言葉や態度に表していなくとも、奴らと同等にショックを受けた者は多いだろう。このままではいけない、モノクマの思う壺だ。

 

 「晴柳院!引きこもっていても何も解決しない!不安があるなら、俺に話してくれ!」

 「ご、ごめんなさい・・・!ごめんなさい・・・!」

 「ごめんでは分からんだろう。そんなに話しにくいことなのか?六浜を呼んでこようか」

 「も、もううちには構わんといてください・・・!心配してもらわんくても大丈夫ですから!」

 「ぬっ・・・!むぅん・・・」

 

 説得しようとドア越しに話しかけてみるが、晴柳院は部屋から出てこない。さすがにドアを隔てて大声で話し合うのは、今の精神状態では無理か。これ以上は逆効果だな。

 

 「有栖川もお手上げでは、今はそっとしておくべきか」

 

 一番仲の良い有栖川にも言えないとなるとよほどのことなのだろう。まさか既に映像を見てしまったのか?そうだとしたらまずい・・・のだろうか。そう言えばまだ部屋に戻ってなかった。

 

 「・・・いや、止めておこう」

 

 何が映されているかは知らないが、清水があれだけ興奮し、曽根崎や石川も気が滅入るようなものだったようだ。俺まで心を蝕まれては本当に分裂してしまう。だがどうすればいい?今、俺に一体何ができるのだ。

 

 「いてっ!」

 「っ!そ、曽根崎!すまん!」

 

 しまった、考え事に集中し過ぎた。自室に戻って映像を破棄しようと自然と足が向いていたのだろう。そしたら同じく廊下を歩いていた曽根崎とぶつかって転ばせてしまった。

 

 「いたた・・・い、飯出クンって結構重いんだね・・・インナーマッスルってやつかな」

 「すまん、不注意だった。そんなことより、怪我はないか?」

 「うん、大丈夫。ボクも気を付けるべきだったよ」

 

 こんな目立つ服を着た奴にも気付かないとは、我ながら俺の集中力は凄まじいようだな。

 

 「飯出クンが不注意なんて珍しいね。何かあったの?何かあったんでしょ?なになに?」

 「プライバシーの欠片も感じられんな・・・広報委員としてどうなんだそれは」

 「これが特ダネを掴むコツだよ!執こく粘ることこそインタビューの極意なりってね!」

 

 まさに、転んでもただでは起きない、というやつか。逞しいと素直に思えない性格をしているのはこいつの損な部分なのだろう。あまり心配を広げたくはないが・・・逃れられそうにもないな。

 

 「実は、晴柳院がだいぶ参っているようでな」

 「あ、やっぱり?」

 「話をすれば気楽になるとは言ったんだが、ドア越しに拒絶されてしまってな」

 「言っても女の子だし、男子には気が引けるんじゃない?」

 「いや、有栖川も手に負えないらしい」

 「なるほど・・・それは厄介だね」

 

 言葉では困ったようなことを言ってるが、その表情は頬の筋肉が緩み目尻が細く、いかにも、面白そうと思っている顔だ。他人事だが他人事とは言えんこの状況を軽んじているとしか思えん。まったく。

 

 「どうしたものかと思ってな・・・さながら天照大神だな」

 「似合いそうだよね、晴柳院サン」

 「これを聞いたからにはお前にも考えてもらうぞ曽根崎。どうしたら晴柳院が元気になるかを!」

 「清水クンは?っていうか、晴柳院サン限定なの?初恋なの?」

 「・・・晴柳院もとい、落ち込んでいる奴を元気にさせる方法をだ!!ペンを止めろ!!」

 

 俺としたことが、少し考えを狭めてしまっていたようだ。そう言えば清水も同様に参っていたな。奴と最も関わりのある人間と言えばこいつだ。曽根崎の案ならばあるいは、晴柳院、もとい他の奴にも通じるものがあるかもしれない。

 

 「そうだなあ、ちょうどボク、今から清水クンの部屋に行こうとしてたところなんだ。好物でもきこうと思ってね」

 「好物?」

 「そ、やっぱり誰でもいつでも食欲には従順でしょ。だから清水クンの好物きいて、アニーサンに作ってもらおうと思って」

 「それだ!!」

 

 思わず俺は手を叩いて大声を出してしまった。なるほど、食べ物とは思い浮かばなかった。子供のような案だが、実はそうしたシンプルなことの方が効果的なのかも知れない。とにもかくにも、まだ夕飯まで時間がある。アニーに言えば、いや、ここは俺自身が腕を振るってやるしかあるまい!

 

 「あー、びっくりした。廊下にこだましてるよ」

 「曽根崎、晴柳院・・・たちの好物を調査することは可能か?」

 「え?うん、できるよ。まあボクにかかれば好物どころか勝負下着まで」

 「それは実に興味深いな!だがそれは後々聞くことにしよう!」

 「(やっべ、冗談なのに)」

 「よーし、曽根崎よ。お前に重要なミッションを与えよう。二人の好物をきいてくるんだ!」

 「う、うん・・・っていうか元からそのつもりだったんだけど・・・」

 「よしよし。では頼んだぞ。俺はキッチンにいるから、調べたら教えにきてくれ」

 「うん、分かった。でも飯出クンって料理できるの?」

 「アニーはできるだろう!」

 

 何を注文されるか分からんから自信は七割程度だが、それでもこの案には乗るしかない!そう俺の冒険家としての直感が告げているのだ!ここは曽根崎に任せ、俺は俺のやるべきことをやるのだ!

 こういう次第で、俺は夕飯の手伝いをすることにした。時刻は午後四時過ぎ。今からならまだ融通が利くだろう。曽根崎の背中をバンと叩いて送り出し、俺は食堂の引き戸を開けた。まず目に飛び込んで来たのは、長テーブルに並べられたおびただしい魚たちだった。テーブルの左端で既に卸された魚の切り身が、どこぞの屋敷にでも飾ってありそうな金属の巨大な皿に並べられていく。

 

 「な・・・こ、これは・・・」

 「うん?あ、飯出くん。どうしたの?」

 「笹戸か。これは一体なんだ?」

 「お刺身。活け作りは可哀想でしょ」

 「いや、気になったのはそこではないのだが」

 

 生臭い臭いが立ちこめる食堂で、大量の魚の横で包丁を手にする笹戸はなんとも異様に思えた。普段の大人しい姿とは違って妙にテキパキと動いている。一匹を捌くのに一分とかかっていないのではないか?だがその表情はどことなく哀愁が漂っていた。次の魚をまな板に乗せるたびに、いちいち包丁を置いて手を止めている。

 

 「ちゃんと残さずいただきます。生まれてきてくれて、その身を僕に委ねてくれてありがとう」

 「何をしているんだ?」

 「供養だよ、晴柳院さんに教わったんだ。魚捌くのは得意なんだけど、やっぱり命だから大切にしないといけないんだ」

 「今日の料理当番はアニーではなかったのか?」

 「僕も手伝おうと思って。部屋に一人でいると・・・なんか落ち着かないし。釣りって気分でもないからさ」

 「まったく、他の男子も見習って欲しいわよ」

 

 奥から、うんざりしたような、笹戸を褒めるような声色で言ったのは、石川だった。こちらも手際よく包丁を動かしているが、刻んでいるのは野菜だった。魚に比べると実に彩りも飾り付けも華やかで、さすがは女子だと感心する。

 

 「石川も手伝いか?」

 「そ。アニーだけじゃ大変だし、あたしも手伝ってもらったから。あんたは何?」

 「俺も料理を手伝おうと思ったのだが、先を越されてしまったな」

 「アニーならキッチンよ。でもあそこ狭いし、あんまり人が多いってのもキツいかも」

 

 背を向けたまま石川が親指でキッチンを指した。ここのキッチンは、せいぜい二人ぐらいしか入らない広さだ。設備も食料も整っているが、そのせいで人が入らないとはなんとも本末転倒な設計だ。それにしても、刺身にサラダとはずいぶんと低カロリーなのだな。

 

 「笹戸が手伝ってくれて助かってんのよ。刺身なんてアニーにはできないし、あたし魚触るの嫌だし」

 「役に立てたなら嬉しいよ。それにしてもすごいよね、これ見てよ!大きなふぐ!」

 「ふ、ふぐは大丈夫なのか?」

 「免許あるから大丈夫!おいしいよ!」

 

 あまり危険な綱渡りはしたくないが、笹戸が大丈夫と言うのなら大丈夫なのだろう。よく見ると牡蠣もある。これらのリスキーな食材を平気で扱えるのはさすが”超高校級の釣り人”と言ったところか。いや、感心ばかりしていられない。俺も一緒にここで戦わなければ!石川に言われた通り、キッチンに入るとアニーがドデカい鍋で何かを煮込んでいた。俺に気付いて勧めてきたコーヒーを丁重に断り、俺の考えを伝えた。

 

 「そういうわけだ。俺に何か手伝えることはないか、アニー」

 「クッキングはできるのかしら?」

 「野草と魚ならある程度は鍛えた。肉はあまり扱わないが、味付けには自信があるぞ」

 「good!」

 

 冒険の間はレトルトや乾パン類などで食いつなぎ、必要になれば現地調達もしていたが、生憎それほどの技量は俺にはない。”超高校級の料理人”でもいれば別だが、俺のできる料理となるとそれほどレパートリーはないだろう。

 

 「今日はビュッフェにしようと思うの。色んなものを作るから、カナタとユーマも手伝いに来てくれたのよ」

 

 なるほど。やけにメニューに統一性がないと思ったらそういうことか。ビュッフェならば好物はなくとも苦手な物ばかりでもあるまい。

 

 「では俺は何をしようか」

 「ワタシはスープを作ってるから、ジョージはお肉を使って・・・ポトフなんてどうかしら」

 「汁物ばかりだなそれは・・・揚げ物ならなんとかなりそうだから、クッキングシートだけどこにあるか教えてくれ」

 「あらそう」

 

 唐揚げでも串カツでも天ぷらでも、揚げ物なら調理法も知っている。揚げ物が嫌いな男子などいないだろう、女子とて然り!早速俺は調理に取りかかった。まずは肉の下ごしらえからだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り16人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍   石川彼方  曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

 有栖川薔薇  穂谷円加   飯出条治   古部来竜馬

 

 屋良井照矢  鳥木平助   滝山大王  アンジェリーナ




さ、動機が発表になりましたね。清水の動機を考えるのは割と本当に苦労しました。だって『希望ヶ峰学園に戻りたい』って思ってないんだもん。そんな奴に『脱出するために人を殺す』なんて極まったことさせるにはどうしたらいいか、やっぱ家族ですよね。家族に手ぇ出されたら誰でも動揺しますよね
ちなみに他の人の動機は考えてません。(一部を除いて)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

(非)日常編4

 なんでこんなことになってしまったんか・・・うちはこれからどうなってしまうんか・・・。やっぱり、ここの土地には凶神が取り憑いとるんや!そのせいで・・・!

 

 「みこっちゃん?」

 「ひああっ!?は、はいぃ!」

 

 うちは思わずはしたない声を出してしまった。なんでうちはこんなに臆病なんや。魔の者を祓う方法だって教わったのに、教わる前よりずっと臆病や。

 ドア越しにうちを呼ぶ有栖川さんにやっとの思いで返事して、開ける前に悪霊退散の印を結んでからちょっとだけ開けた。ああよかった、ほんまに有栖川さんやった。

 

 「あ、有栖川さん・・・どうしたんです?」

 「どうもこうもないよ。みこっちゃん、あれからずっと部屋にこもっててさ・・・さすがに心配になるって」

 「う、うちは平気ですから・・・あ!い、いま開けますね!」

 

 ああ!やってもうた!これしか開けないとこのドアは隙間になってまう!霊界に繋がる前に開放せんと、どんどん部屋に霊が入ってくる!

 慌ててドアを開けて、有栖川さんを中に入れた。指紙は寝たまま、霊は入って来てないみたい、ほっと安心して、ドアを閉めた。有栖川さんはいつものようにぬいぐるみを抱えて、うちのベッドに座らはった。

 

 「な、なにか飲み物でも淹れましょうか?」

 「あー、いらない。なんか飲みたきゃ食堂行くし」

 「あ、あぁ・・・そうですよね。ごめんなさい・・・」

 「っていうか、さっきは全然返事なかったのに、今はあっさり入れてくれるんだ。ちょっとは落ち着いた?」

 「ええ・・・おかげさまで・・・」

 

 ほんまにさっきまでは余裕なんかなかった。時間が経って、少しずつ気持ちを整えられたから、今はもう大丈夫。心配そうな有栖川さんに笑いかけたら、有栖川さんは口を尖らせた。

 

 「みこっちゃんさあ、鏡見たことあんの?」

 「か、かがみですかあ!?あ、あんまり・・・べ、べ、別に身嗜みをしてへんとかやなくて!鏡は霊的な物に敏感やから、きちんと祓って清めたものでないと魔を呼んでしまうんでぇ!」

 「よく分かんないけど、そんな顔じゃアタシも誤魔化せないよ。そっちの方がオバケみたい」

 「ひっ!?」

 

 急にそんな霊具の話題になるなんて思ってなくて、またうちは動揺してしまった。有栖川さんはうちを怖がらそうとしてるわけやないって分かってるのに、どうしてうちはこんなに臆病なんや!あぁ、また嫌われる!また一人魔の者に心を蝕まれてまう!

 怯えるうちに、有栖川さんはいきなり手鏡を向けた。一瞬自分の顔が映ったのを見て、反射的に眼を逸らしてもうた。自分の眼を見ると魂が入れ替わるから・・・!そしたら眼を逸らすうちに、有栖川さんが鏡を押し付けてきよった。

 

 「こら!ちゃんと見なさい!見ろ!」

 「あうう・・・!」

 「みこっちゃん、あんた今ヒドい顔してるよ!そんなんじゃせっかく可愛いのに台無しじゃん!いっぺん見てみなさいって!」

 「なら先にお祓いさせてください!」

 「見てからおはらえ!一回見たらおはらいでもお清めでもなんでもしていいから!」

 

 清めてない鏡を見るなんてうちには・・・うちにはできない!でもうちの力じゃ有栖川さんには勝たれへん!どうしたら・・・!そう思ってたら、不意に有栖川さんはうちを押さえつけるのを止めた。ど、どうしはったんや?

 

 「みこっちゃん。あんたいつまでそうしてるつもり?」

 「そ、そうって・・・?」

 「いつまでアタシたちから逃げ続けるつもりかって聞いてんだよ!」

 「ひぃっ!に、にげる・・・?」

 

 力尽くで鏡を見せるのを止めた思ったら、今度は怒りだした。な、なんで怒ってはるん?うちは何も・・・何もしてへんのに・・・!

 

 「アタシはさ、みこっちゃんに元気になってほしいの。そんな暗い顔じゃなくて、笑った顔とか照れた顔とかを見てたいの。みこっちゃんだって、そんな顔したくないはずだよ!」

 「う、うちは・・・大丈夫ですから」

 「大丈夫な奴がんな引きつった笑顔になるかあ!みこっちゃんは無理してるだけ!その上、オバケがなんたら悪魔がうんたらって、なんでもかんでもビビり過ぎだって!」

 「せ、せやかて・・・うちは人一倍、霊能力が敏感やから・・・」

 「アタシは人一倍鈍感だから分かんない!ってかここにいる奴らみんなそう!」

 

 えぇっと・・・そんな自信満々に言われても・・・。有栖川さんは何をしようとしてはるん?うちはどうすれば・・・。

 

 「もう言っちゃうけど、アタシはみこっちゃんを励まそうとしてんの。なのに、みこっちゃんに嫌われちゃったら・・・アタシがただのウザキモいお節介焼きみたいじゃん」

 「き、きらうなんてとんでもないです!有栖川さんは・・・」

 

 その先が出てこなかった。有栖川さんを嫌ってるわけがないのに、上手く言葉が出てこない。ちょっかいをかけてくるし、心変わりしやすくて振り回されてばかり、うちとは違う世界の人みたいで・・・でも、嫌だと思ったことなんて一度もない。うちにとって有栖川さんは・・・。

 

 「いくら“才能”があってもさ、できることとできないことがあるんだよね。それは分かってる。でも、誰かを励ますことくらい、アタシにもできるかと思ってた」

 「えっ」

 

 緑のキリンのぬいぐるみを抱きしめて、有栖川さんはぽつりと言った。さっきまであんなに元気やったのに、なんでこんなに落ち込んではるん?

 

 「友達が悩んでる時に、ちょっとだけでも助けてあげられたら・・・支えになってあげられたら・・・そう思ってたんだけど、結構難しいね」

 「えっと・・・あ、あの・・・」

 「みこっちゃんのことは助けてあげたかったんだけど・・・やっぱ無理なのかなあ、アタシには」

 「そ、そんなことないです!有栖川さんはうちを想ってしてくれたんですから・・・!」

 

 いつもあんなに感情豊かで、ころころ表情が変わって、おっきい声で笑う有栖川さんなのに、今は虚ろな目で無感情に呟いてはる。あかん、うちのせいや。うちのせいで有栖川さんが・・・!

 

 「なーんてっ!」

 「へ?」

 「びっくりした?アタシがそんな簡単に落ち込むわけないじゃん!」

 「あ、ありすがわさん・・・?」

 「みこっちゃんにはみこっちゃんのペースがあるもんね!アタシが強引過ぎたわ、ごめん!」

 

 ええっと・・・有栖川さんは落ち込んでなかったいうこと?な、なんやったんや今の。

 

 「無理に元気付けたって意味ないよね。でも心配してるのはマジだよ?だから、悩みとかあったらアタシやドールんを頼っていいんだよ!」

 「はあ・・・」

 「はい、これ!」

 「え?な、なんですか?」

 「みこっちゃんのために、アタシの新作!牛、好きっしょ?」

 

 有栖川さんはにっかり笑って、懐から真っ白い牛のぬいぐるみを取り出してうちに渡してくれた。まん丸の目はビーズで、尾っぽの先はふんわりした毛、中に柔らかい綿が詰まってて、軽く握るともこもこで気持ちいい。牛も白い物も、うちの好きなものや。

 

 「・・・かわいい」

 「これが、アタシにできること。リクエストくれたら、また何個でも作ってあげる。だから元気出そ?」

 「あ、ありがとうございます!大切にします!」

 「えへへ、みこっちゃん可愛い!大好き!」

 「ひゃあっ!」

 

 触っただけで分かった。これはお祓いなんて必要ない。有栖川さんの優しい気持ちが、これに詰まってる。さっきまで有栖川さんに抱かれてた温もりの余韻を、頬っぺたで感じた。そしたらまた有栖川さんに抱き着かれた。つい声をあげてもうたけど、ちっとも嫌やなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あのふざけた映像の機械はゴミ箱に捨てた。モノクマの奴はあれが本物とも偽物とも言わなかった。確認したけりゃ誰かを殺して外に出ろってか。

 

 「くそが・・・くそがああああっ!!」

 

 一度部屋に戻ったが、気分が晴れることはなかった。俺は一人で多目的ホールに戻って、手当たり次第にボールを引っ張り出しては投げたり蹴ったりして気分を紛らわせてた。デタラメに投げたボールが、壁に当たって跳ね返った。

 

 「はぁ・・・!はぁ・・・!んんんんんんんんっ!!」

 

 足下に落ちてたバットを拾い上げて、返ってきたボールめがけて思いっきり振り抜いた。金属バットとボールが当たると同時に、重い衝撃と激しい痺れが手に伝わってきた。バットを離すとがらんがらんとうるさい音を立てて床に転がった。ボールはちょっとだけ飛んですぐ落ちた。

 

 「・・・くそっ・・・くそっ!くそっ!くそっ!!くそがあああああああああああああああああっ!!!」

 

 この程度じゃ全然ストレス発散にならねえ。思った通りに動かねえ体が憎い。だがそれ以上に、あのゴミ野郎をぶん殴れねえこの状況に一番ムカついてる。だがこれ以上何をすればこのむかむかは晴れるんだ。なんで俺がこんな目に遭わなきゃならねえ!!ふざけんな!!

 

 「何の球技に興じているのだ?」

 「・・・あ?」

 「ボールの種類も豊富だが、一人でできる球技というのは実に画期的だな」

 「何しに来た。おちょくるつもりなら帰れ」

 「おちょくる?私にお前を嘲る意思はないぞ」

 

 息切れして突っ立ってると、用具倉庫の中から望月が出て来た。何しに来やがったんだ、っつうか今まで何してやがったんだこのガキ。こいつすら俺を馬鹿にしにきたのか?どう考えてもいらいらして荒れてるって状況だろうが。わざわざ俺にそれを言わせるつもりなのか。

 

 「テメエの頭どつくぞ」

 「生憎だが、いまお前が私を脅す意味が理解できない。お前はこの場で私を殺して、希望ヶ峰学園に帰るつもりなのか?」

 「誰が・・・俺に関わんなって意味だ」

 「お前と関わりを持つことによって私に不利益が生じるということか?」

 

 いちいち人のことを煽るような言い方してきやがって、下手な挑発よりもムカつく。こいつには危機感ってもんがねえのか?誰もいない多目的ホールで、周りに散らばった大小のボールと金属バットを握った俺。無防備に近付いてくるこいつは、いま俺が本気で殺そうと思えば何度だって殺せる。

 

 「テメエといい曽根崎といい・・・なんで俺に寄ってきやがる」

 「・・・私と曽根崎弥一郎は、意味は違えど理由は同じだ。つまり、私たちはお前に興味を抱いている、清水翔」

 「あ?」

 「曽根崎弥一郎の興味を推察することは容易だ、お前もそれは理解しているだろう。しかし私の興味は、私自身でもよく説明できないのだ」

 

 何言ってんだこいつ。曽根崎も望月も俺に興味?どっちもただ俺のことを馬鹿にしているだけだろ。曽根崎の方がウザくて、望月の方が嫌みっぽいってだけだ。しかも自分でもよく分かんねえとか言い訳までつけて、ふざけてんのか。

 

 「くだらねえな」

 「そう思うか。私も、この興味が私の求めるものとは全く異なるものであると考えている。しかし、どうしても看過できない。実に不思議だ」

 「知るかボケ」

 

 何をわけのわからねえことをぐだぐだぐだぐだと聞かせやがって。テメエが近くにいるとバットも振れねえだろうが。さっさとどっか行け。ボールぶつけんぞコラ。

 

 「私のこの知的欲求は一体なんなのか。もしかしたら、何か大切なものなのかもしれない。だから、今後お前を観察することにした」

 「は?」

 「私の本領は天文学であるため、お前を観察しその経過を記録することで簡単に研究としたいのだ。お前は何も身構える必要はない。なので自然にいればいい」

 「待て。観察ってなんだ。ずっと引っ付かれたら迷惑だし気持ち悪いんだよ」

 「四六時中、というのは現実的ではない。社会性動物である以上は私とお前の間には決定的な差異も存在しているしな。だが安心しろ、その点は曽根崎弥一郎にも協力を仰ごうと考えている。それと、これが最も大事なことなのだが・・・」

 「?」

 

 おいおいおいおい、なんかどんどんヤベえ方向に話が進んでるような気がする。今でさえ曽根崎に付きまとわれてるっつうのに、それにこいつが加わるだと?しかもこいつに至っては俺を観察して研究とか、俺を動物園のゴリラかなんかだと思ってんのか?俺はそんなに胸囲はねえぞ。

 むかむかして冷静に考えられなかったせいもあるが、俺の頭の中はごちゃごちゃになって怒りっつうより混乱してきた。戸惑ってたら、望月が一旦しゃべるのを止めて、しっかり俺に聞こえるように言った。

 

 「死ぬな。研究対象であるお前が死ぬことは、私のこの知的欲求が永劫満たされないままになることを意味している。簡単に死んでくれるな」

 「・・・」

 「もちろん、生命体である以上は死を回避することは本能に組み込まれているだろう。言わずもがなだったか」

 

 なんなんだ、なんで簡単に死ぬとか死なないとかが言えるんだ。こいつは本当に今の状況を分かってんのか?そりゃモノクマが勝手に言ってるだけで、本当に殺しをしたからってここを脱出できるかどうかも分かんねえ。だが、初日に俺にしたことやあの映像を観たことは、あいつの言葉がマジだってことになるんじゃねえのか。それが分からねえほど馬鹿じゃねえだろこいつは。

 それは気迫なのか、緊張なのか、もしかしたら望月にビビってたのかも知れねえ。俺は何も言えず、何も動けず、その場に棒立ちになってた。望月は小さく、よろしく頼むぞ、とだけ言った。いっぺんにあんまり多くのことを言われて頭がパンクしそうだ。俺は・・・どうしたらいいんだ?

 

 「それより、この球技を教えてはくれないか。お前の特技か?」

 「いや・・・こ、これは・・・むかむかしてたからだ」

 「むかむかしていたから、か。外物体を仮想敵とみなして攻撃し擬似的に破壊衝動や憤懣を消化することにより精神的負荷を軽減させる行為、つまり八つ当たりか」

 「もういい、それでいい」

 

 こいつと話してた方が疲れる。適当に流しておけば突っ込まれることもないか、と思ってたらマジでこいつは予想の斜め上をいきやがる。

 

 「実に高度な心理性知的行為だ。私にも教えてくれないか」

 「は?教える?何を?」

 「八つ当たりをだ」

 「・・・お前マジで頭イってんのか?」

 「頭がいく?」

 

 会話にならねえ。っつうか頭イってるってのを理解できねえのはまだいい。八つ当たりを教えるってなんだ。教えるもんでも教わるもんでもねえだろ。俺はムカついたからここで発散してるだけ。それを八つ当たりと捉えるかどうかはこいつの自由だからどうでもいい。だがそれを教えろってどういうことだ。マジでわけわかんねえ、気持ち悪い。

 

 「運動靴も履いている。運動は得意ではないが、基本の動きならできるはずだ」

 「いやそういう問題じゃねえし」

 「必要ならば倉庫に道具もあるし、外に掃除用の道具も揃っているぞ」

 「なんでやる気まんまんなんだ八つ当たりによ!」

 「おお・・・今のはいわゆる『ツッコミ』というものか」

 「やめろ!!」

 

 ああくそ!調子乱されるどころの話じゃねえ!こんな奴といたらむず痒くて余計にストレス溜まる!んなきらきらした目で見るんじゃねえ!

 この後、滝山が晩飯だって窓から飛び込んで伝えに来るまで、俺は望月の口撃に晒され続けた。ここに来てから、こんなに晩飯の時間を待ってたことなんてねえんじゃねえか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テーブルに並んだ色彩豊かな料理の数々、どれも見ただけで口の中が切なくなるほど食欲をそそる。真っ白な皿と銀に輝く食器が慎ましく佇み、気の向くままに飾り立てられるのを待ちわびているようだ。素晴らしい、その一言に尽きる。

 

 「手伝えなくて済まなかった。古部来との一局がなかなか終わらなくてな」

 「気にしないでドール。ローズとミコトも手伝いに来てくれたから、これ以上いたらパニックになってたかも」

 「晴柳院はもう大丈夫なのか?」

 「はい・・・みなさん、特に飯出さんと有栖川さんには、大変なご迷惑、ご心配をおかけしました・・・」

 「いいのいいのみこっちゃん!困らせてナンボっしょ?」

 「つうかさ、もっと心配な奴はどうした?腹減ったぞ〜!」

 「部屋にはいなかったよ。まさか・・・あの清水クンが自分から外出するだなんて・・・!」

 「そこまで深刻なことなの!?」

 

 アニーを手伝うために、石川に笹戸に飯出、更に有栖川と晴柳院か。私と古部来が将棋を終えて来るまでに残りの面子も来ていたとなると、あの狭いキッチンはてんやわんやだな。過ぎたるは猶及ばざるが如し、というやつか。

 それにしても、私も清水と晴柳院のことは気にかけていた。だが私が何もせずとも、晴柳院は心配なさそうだ。有栖川の抱きしめるぬいぐるみに笑いかけながら、仲睦まじく話している。問題は残る清水か。奴はどこに行ったのだ。

 清水と、清水を呼びに行った滝山、あとは望月が来ていない。曽根崎は一大事とでも言うような顔で言うが、早く来ないと料理が冷めてしまう。そわそわしていたが、間もなくその三人も現れた。

 

 「うっまそーなニオイだなあ!おれのいないうちにくってんじゃねーだろうな!」

 「あんたがいたらつまみ食いするから、清水探させてる間にみんなで運んだの」

 「っはあ!なんつーチャンスを・・・!」

 「ずいぶんと豪華な晩餐だ。何かの祝い事か?」

 「話は後だ。料理が冷める前にいただくとしよう」

 

 どうやら石川の読みは当たっていたようだ。目をきらきら輝かせて口をだらりと開けているこの滝山に、料理を運ばせるなんてことはできないな。間違いなくその皿は空になるだろう。

 飯出が三人にグラスを持たせ、ずらりとやかんやペットボトルが並んだ飲み物コーナーから自由に選ばせた。三人が注ぎ終わると、料理の前に立って全員を見渡した。

 

 「お前たち、今日はアニーの計らいでビュッフェだ!各々が自由に、好きなように、楽しく過ごせるようにとの想いがあってのことだ!」

 「なんだよもったいぶんな!はやくくわせろー!」

 「まあ待て。これだけは言わねばならぬ、今日この時、この場所で言わねばならぬ!」

 「ならそれを済ませろ」

 

 お得意の演説か。私も空腹だが、今は聞いてやろう。飯出がこうして大勢の前で話すとき、それが無意味だったことはない。

 

 「このビュッフェを作ったのはアニーだけではない。そこのサラダは石川が丁寧に飾り付けたものだ。あの花のような刺身は笹戸が懸命に盛り付けたものだ。そしてみんなで食器を並べ、料理を運び、人を集めた。このビュッフェは、ここにいる全員が全員のために作り上げたものだ!」

 

 背を向けたまま、飯出は指であちこちを指して言った。手前のテーブルのボールひは、緑の葉っぱの中に赤いトマトや黄色のパプリカが散りばめられ、ドレッシングが明かりの下で煌びやかに光る。奥のテーブルで、まるで大輪の花がごとく美しいグラデーションを見せているのは、赤身が食欲をそそる刺身だ。他にも、こんもり山盛りになった白米や炒飯、香ばしい香りの漂う狐色の揚げ物コーナー、じっくり煮込まれたスープが湯気を立てている鍋。

 っと、いかんいかん、あまり見すぎると私まで我慢できなくなってくる。

 

 「今日起きた出来事は、俺たち全員にとって確かに辛い。モノクマの囁きに耳を貸してしまいそうになる気持ちも理解はしよう。だが!俺たちは決して惑わされたりはしない!これがその証だ!俺たちはこうして、互いを支え合い、励まし合い、手を取り合おうとしている!この気持ちを忘れてはならない!俺たちは決して敵対してはならない!共にこの絶望的な状況と戦う、仲間なのだ!」

 

 どんどん言葉が熱を帯びてくる。だが、確かにそうだ。アニー一人では、飯出一人では、我々一人一人では、こんなに豪勢な料理を用意することはできなかった。これこそ、我々が仲間である証明であると言えよう。

 

 「挫けても、倒れても、打ち拉がれても、それは断じて敗北などではない!一人でない限り、再び立ち上がれる!この結束を胸に、改めてここを脱出する決意を固めよう!」

 

 そう言って飯出は、グラスを少し掲げた。奴の意思は既に全員に伝わっている。私も同様にグラスを持ち直し、軽くあげた。飯出の一声に、我々は示し合わせなどなくとも従った。

 

 「乾杯ッ!」

 

 乾杯、とたくさんの声が重なった。グラス同士のぶつかる音の中、滝山が手掴みで料理を貪らんとするのをいち早く察知した石川がガードし、晴柳院と有栖川は別々の料理を持って分け合っている。予想通り清水と古部来は早々に離れた場所を陣取り、曽根崎は清水にべったりだ。

 

 「六浜さん。どうなさいました?そんなところに突っ立ってらっしゃると足を踏んでしまいますよ?」

 「・・・安心しているんだ」

 「?」

 

 いつものように絵に描いたような笑顔でグラスを当てに来た穂谷も、相変わらず私に憎まれ口を叩いた。いや、相変わらずだからこそ、私は安心しているのだろう。

 

 「飯出のしたことが空回りしなくて安心した。みんな相変わらずだ」

 「・・・暑苦しいし耳障りですが、彼の素質は私もそれなりに評価しています」

 「モノクマに脅かされず、集団としての結束を少しずつであるが築き始めている。良い兆候だ。私たちがここを脱出する日も、そう遠くはないかもな」

 「それは予言ですか?」

 「予言ではない・・・推測だ」

 

 食堂は藹々としたムードに満たされていた。私も空腹を満たすとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り16人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍   石川彼方  曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

 有栖川薔薇  穂谷円加   飯出条治   古部来竜馬

 

 屋良井照矢  鳥木平助   滝山大王  アンジェリーナ




更新ペースが早いことでお馴染みですが、書くのが早いわけではありません。下書きのストックをちょっとずつ出してるだけです。今は裁判終盤を執筆中ですがそろそろストックが切れてきました(早)
このままだと一章ごとに間隔を空けて連載するというLIARGAMEみたいなスタイルになってしまいます。悪くはない


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

非日常編

 昨日は楽しかったけれど、今日も良い朝だわ、久し振りにすっきり目が覚めたんだもの。いつもミッドナイトくらいまでコーヒーと一緒にいるおかげだと思うのだけれど、寝付きが悪いのはバリスタの運命かしら。でももうキッチンに行かないと。今日もみんなのために美味しいコーヒーを淹れるのよ。顔を洗ってしっかりブラッシングもして、うん、リップもパーフェクト。さあ、キッチンで待ってるワタシの可愛いカップたちにたっぷりおめかしさせてあげないとね。

 廊下はちょっとだけ息が白くなるくらい寒かった。ワタシは小走りになって外に出て、ドアを開けてダイニングの中に入ろうとした。だけど後ろからいきなり声をかけられて、思わずぴくっとフリーズしてしまったわ。別にジョークのつもりではないけれど。

 

 「おい!」

 「きゃっ!・・・アー、ダイオ。グッモーニン。急にびっくりしたわ」

 

 声をかけてきたのはダイオ。いつもワタシより早く眼を覚まして、ワタシがダイニングでモーニングコーヒーを淹れるころを狙ってコーヒーに合わせるスイーツを食べに来るんだったわ。なんだか、サンドウィッチのパンくずを食べにくる小鳥みたいでキュートだから、ワタシはウェルカムなのだけど。けれど今日はずっと早く来たのね。

 

 「どうしたの?まだコーヒーもスイーツも用意してないわ」

 「マジか・・・ってそうじゃねえや!あの、あのあれ!おれどうしたらいいかわかんねえんだよ!」

 「あれ?なんのことかしら」

 「と、とりあえず来てくれ」

 

 そう言ってダイオはワタシの手をとって引っ張っていった。ちょっと乱暴だけど、いつもキッズみたいな子なのに急に男らしさを見せられてちょっとハートが跳ねたり・・・なんてね。

 でもそんな余裕は一瞬で消えていってしまった。ドミトリーの陰に隠れて見えなかった道、ワタシたちのメイン・ストリートの真ん中に、それはあった。遠くから見ただけでもすぐに分かる。どうして分かってしまうのかしら、もう見たくないと思っていたのに、こんな形で、それも・・・仲間のそんな姿を見ることになるなんて。

 

 「・・・・・・アァ・・・!?」

 

 目にしたものとは正反対に、ワタシの頭からは血が消えていった。海の波の引きが強いほどビッグウェーブがくるみたいに、引いていった血の気が連れて戻ってきたのは自分でも信じられないような寒気だった。

 どうして?なんでこんなことに・・・ああ、どうか悪い夢なら覚めて。ワタシはこんな世界にいる場合じゃない、早く眼を覚まして、みんなのモーニングコーヒーを用意してあげないといけないのに。どうして・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ピンポンパンポ〜〜〜ン!オマエラ、緊急招集です!多目的ホールにお集まり下さい!ライナウッ!ライナウッ!ライナ〜〜〜ウッ!!』

 

 またモノクマの放送で叩き起こされた。なんだってんだちくしょう。どうせ起こすならもっと遅い時間に起こせ。わざわざモノクマの方も早起きしてまでなんでこんな放送してんだ。無駄なことしやがって。そう思いながら俺は時計を見た。なんだよまだ六時半にもなってねえじゃねえか。

 

 「ん?」

 

 なんだこの違和感は。時計は秒針までしっかり動いてる。たぶん普通通りに動いてる。じゃあなんなんだこの違和感は?

 

 「清水クン!清水クン大変だよ!清水クンってば!」

 「あ?」

 

 また曽根崎か。もう声だけで分かるようになっちまった。まだ俺に絡んでくるのか。けどなんだかいつものあいつと様子が違う。こんな言い方、俺があいつのことよく知ってるみてえで気持ち悪いが、でもなんか違う気がする。でも俺は不機嫌そうな顔を作ってドアを開けた。

 

 「うるっせえな。なんだ朝から・・・」

 「キ、キミ放送聞いてないの?とにかく大変なんだよ!早く来て!」

 「放送ってなん・・・うおっ!お、おい!?」

 

 そう言うと曽根崎は俺の腕を掴んでどんどん部屋を離れてった。その言葉を聞いてようやくさっきの違和感の正体が分かった。あいつの放送はいつも朝の七時のはずだ。六時半より前に起こされるわけがねえ。じゃあ、あの放送はなんだったんだ?夢か?

 曽根崎は宿舎を出たかと思うと、食堂じゃなくて中央通りの方に向かってった。いつの間にかここでは、南北のでっかい道をそう呼んでた。そこにはもう既に割と人がいた。けどその人だかりの外からでも、その注目を集めてるものははっきり分かる。それぐらい目立つ赤色をしてたんだ。

 

 「・・・」

 「だれが・・・・・・こんなことを・・・?」

 「酷いな・・・」

 

 中央通りの隅、山の斜面のすぐ前のところに、そいつはいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 周りに散らばった土や木の枝は自然界にはない赤色に染まってて、そいつの首から上も同じものに塗れてる。けどそっちは周りに散ってるものよりずっと鮮やかで、見るだけで同じものが体から奪われていくような感覚を覚えた。赤い塊に大きく開いた三つの穴は苦痛に歪み、消えていく命に沈みながらも、俺たちにそいつが何者なのかを示してる。

 

 「・・・飯出・・・・・・・・・なのか・・・・・・?」

 

 一目見るだけではっきり分かるほど派手に、無残に、凄惨に、“超高校級の冒険家”飯出条治はそこで死んでいた。虚ろな眼は焦点が合わずに地面を睨んで、裂けるぐらい開いた口から舌がだらしなく垂れてる。少し風が吹いたら血で固まってない髪がそよそよ揺れるだけで、瞬きもしない。

 

 「なんてことじゃ・・・!」

 「飯出君・・・・・・なんてむごい・・・」

 「オマエラ!何してんの!?早くホールに集合してよ!集団ストライキなんてされたらさすがのボクでも困っちゃうよ!」

 

 その凄惨な姿を前に呆然とする俺たちの後ろから、あの苛立つ声が聞こえてきた。反射的に振り返ると、モノクマがいつもの不細工な笑顔でそこに突っ立ってた。

 

 「っ!いやあああああああああっ!!!」

 「ちょっ!み、みこっちゃん!落ち着きなってば!」

 「貴様・・・モノクマ!これはどういうことだ!」

 「はにゃ?どういうことってどういうこと?質問するときはちゃんと何が分かんないのかを伝えないとダメだよ、六浜さん」

 「ふざけるな!!飯出を殺したのはお前だろう!!あれはお前がやったのだろう!!」

 「あらやだ奥さん、飯出さんとこの条治くんってば死んじゃったの?昨日まであんなに元気にしてたのに、人生って分かんないものねえ」

 

 もともとの気質のせいもあるがこんな状況のせいで晴柳院がビビりまくって、六浜は余裕なく怒鳴り散らす。それでもモノクマは煽るようなことを言いやがる。

 

 「冗談はさておき、まあここでもいっか。みんな揃ってるみたいだし」

 「な、なに始めるつもりだコノヤロ!」

 「始めるのはボクじゃなくてオマエラだよ。っていうかちゃんと人の・・・クマの話は最後まで聞くもんだよ!」

 

 そう言うとモノクマは六浜の横を通ってどんどん飯出に近付いてく。そしてその目の前でくるりと回って、全員に聞こえるような大声で言った。

 

 「ピンポンパンポ〜〜〜ン!死体が発見されました。一定の自由時間のあと、学級裁判を始めます!」

 「はあ?」

 「これからオマエラには、飯出くんを殺した犯人捜しをしてもらいまあす!オマエラを裏切って、自分だけ外に出ようと飯出くんを惨殺したにっくきクロをね!」

 「犯人捜し・・・だと?」

 

 何を言ってんだこのクマ。裁判?犯人捜し?どういうことだ?

 

 「これからの自由時間は捜査や取り調べにあてるといいよ!この後に行われる裁判では、そこで得られた情報が、文字通りオマエラの命を左右するんだからね!それと、ボクからプレゼントもあげちゃいます!後で電子生徒手帳を確認しておいてね!」

 「ふ、ふざけんなこのブサぐるみ!どうせあんたが殺したんだろ!」

 「ぷん!失礼しちゃう!ボクは規則違反をした奴には厳しいけど、そうでない生徒に危害を加えることはないんだよ!」

 「・・・それを信じろというのか?」

 

 モノクマはどんどん話を進めてくが、俺たちには何が何だか分からん。どういうことだ?飯出はモノクマに殺されたんじゃねえのか?この中の誰かが飯出殺しの犯人?俺らでそれを捜し当てる?何を言ってんだこいつは。

 

 「うぷぷぷぷ♫みんなのリーダーだった飯出くんが殺されて動揺してるねえ。しかもその飯出くんを殺したのは自分たちのうちの誰かだなんて、これこそまさに『絶望』だよね!ぶひゃひゃひゃひゃ!」

 「お前は俺たちに何をさせようと言うんだ」

 「馬鹿でもあるまいし、何度も聞かないでよね」

 「・・・」

 「この合宿場から希望ヶ峰学園に帰れるのはたった一人だけ。誰かを殺してみんなを欺いたクロの一人だけ!クロは希望ヶ峰学園に帰るために、みんなはクロが希望ヶ峰学園に帰るのを阻止するために、命懸けでその権利を奪い合ってもらうって寸法だよ!こんなスリリングなことないよ!ワックワクのドッキドキだよね!うぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷ!!ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

 「あっ!」

 

 ふざけた笑い声を残して、モノクマは消えた。後に残ったのは、もう二度と動くことのない飯出と、呆然とする俺たち。あいつは、俺たちにとって受け容れがたい事実を平然と言ってくる。飯出が死んだなんて。

 

 「・・・」

 「何をするつもりだ、古部来」

 

 六浜が冷たく言った。古部来は懐から取り出したたすきで袖を縛って動きやすい格好になって、飯出に近付いていった。いつもより顔は青ざめてるが、その目は真剣で本気だ。飯出の前にしゃがむと、勢いよく両手を合わせて飯出を拝んだ。

 

 「調べさせてもらうぞ、飯出」

 「なぜそんなことをする」

 「奴は最初に言った。いつでも本気だと。そしてあいつは、捜査が俺たちの命をも左右すると言った。これまでの奴の言動、あの映像、そしてこの事件。これほどの材料が集まっていて、何も分からないとは言わせんぞ、予言者」

 「・・・そうか」

 

 勝手に二人だけで会話済んじゃねえ。けど古部来の言おうとしてることは分かる。モノクマの言うことはまず間違いなく、今後本当に俺たちがやらなきゃならないことだ。どう俺たちの命が関わってくるのかは分からんが、捜査はしなきゃならんだろう。そして飯出殺しの犯人がモノクマでないとなると、答えはひとつだ。

 

 「みんなには申し訳ないが・・・聞いてくれ。飯出を殺した犯人は・・・どうやらこの中にいるらしい」

 「ちょっ・・・!?六浜ちゃん本気!?」

 「外部との交通が遮断された状態じゃし、モノクマが言うとったことからも・・・それは本当なんじゃろうな」

 「こ、この中に・・・殺人鬼がいるってのかよ!?マジか!?」

 「待ってよみんな!そんなこと・・・」

 「聞けぃ!!」

 

 六浜の言葉でまた俺たちは軽くパニックになる。けどこうしてる間にも時間はじりじりなくなってく。モノクマは一定時間としか言ってない。今すぐ終わってもあいつの気まぐれで通されそうだ。それを分かってるのか、六浜も強引に他の奴らを黙らせた。

 

 「事実だけを言おう。我々はその潜んだ犯人を突き止めなければならないようだ。そのためには捜査が必要だ。協力してくれ。飯出のためにも・・・」

 「・・・ボクは捜査するよ、六浜さん」

 

 俺の手を握ってた曽根崎はいつの間にかそれを離して言った。いつもは無理矢理俺を巻き込むくせに今そうしないのは、俺のことを気遣ってんのか?それとも単にふざけてる場合じゃねえって分かったからか?でも断る理由なんかない。どこの誰かも分かんねえ人殺しのせいでモノクマのおもちゃになってるなんて、考えるだけでムカつく。

 

 「私も協力を表明する。狭空間における不明瞭な事象の解明は最優先事項だ」

 「あ〜っ、しゃあねえなあ。まあ飯出に触んなくていいなら・・・」

 「・・・なにもせんと飯出さんの霊魂が化鬼するかもしれませんので・・・・・・お、お清めはさせてもらいます」

 「みこっちゃんマジだいじょぶ?ムリしない方がいいよ」

 

 曽根崎に続いて他の奴らも六浜に協力すると言い出した。どっちにしろ人殺しとこれから先、共同生活なんてごめんだ。どいつが犯人なのかは俺もはっきりさせたい。俺は特に何も言わねえが、協力だけはしてやる。そういう意味で一歩前に出た。

 

 「・・・ありがとう、お前たち。古部来、手を止めろ。捜査方法について私から提案がある」

 「言ってみろ」

 「全員の個室を捜査対象とする。ただし、その部屋の主以外が捜査をすることだ」

 「ん???ど、どういうことだ???なんでへや???」

 「犯人の部屋ならば何か証拠品が残っている可能性が高い。些細な異常に気付きやすくするため、また証拠隠滅を防ぐため、まずそれぞれが別の人間の部屋を調べてくれ」

 「せめて同性の部屋にしませんこと?男性がわたしの部屋にあがるなんて、考えるだけで鳥肌物です」

 「・・・まあいいだろう。その代わり、徹底的にやってもらうぞ」

 

 提案っていうのは、ここにいる全員の協力が必要だけど全員を疑ってるからこそのものだった。矛盾してるような気もするが、まあ合理的っちゃあ合理的だ。人が死んでんのによくここまで冷静に考えられるもんだな。

 その後少し話した結果、飯出の部屋は後で何人か連れで捜査することにして、名前順をずらして捜査することになった。俺が笹戸の部屋を捜査するってのは別にいいんだが、俺の部屋を曽根崎に捜査されるってのは気持ち悪い。証拠なんて何もないが、あいつが俺の部屋に入るってこと自体が嫌だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 笹戸の部屋はこれといって特に何もなかった。釣り関連の本とか道具、釣り竿を入れるためのゴルフバッグにバケツ、タンスの中には救命胴衣まで入ってた。凶器になりそうなもんっつったら釣り針くらいだろうな、釣り糸じゃ血はでねえだろ。っつうか笹戸みてえな弱そうな奴が飯出を殺せるとは思えねえし、笹戸が犯人だとしても部屋に証拠品なんか残さねえだろ。

 

 「・・・捜査かあ」

 

 具体的に何をすりゃいいのか分からん。部屋の捜査をしろってんなら怪しいもんを探すぐらいだが、いきなり外に放り出されて捜査しろって言われても。何気なく宿舎の廊下を見渡してたら、隅っこで頭を抱えてる晴柳院がいた。めんどくせえが、取りあえずきいてみることからか。ようやく曽根崎のしつこさが意味を成す時がきた。

 

 「おい」

 「ひゃああああああああああああああっ!!?」

 「ぁんだよデケえ声出して・・・」

 「ご、ごめんなさい!清水さんやったんですか・・・物の怪かと」

 「は?」

 「あっ、あっ、清水さんがそうやいうわけやなくて・・・これ」

 「なんだよ」

 

 こいつどんだけビビってんだよ。さすがに俺も落ち着いてるってのに、晴柳院はまだ指の先までぷるぷる震えてる。その指で指したのは、廊下の隅っこにあるくしゃくしゃの紙だ。人の手で曲げたっていうか自然となった感じだな。

 

 「ここに来てから毎日、盛り塩をしてたんです。うちの部屋、宿舎の鬼門にあたるから・・・。でも、今朝になったら塩がちょっと消えとったんです!これは間違いなく強力な凶神がこの場所に降りたいうことです!」

 「そうかい」

 「清水さんも気をつけてください。もしかしたら飯出さんの霊魂が化鬼して、それが清められてもうたんかも分かりませんので」

 「・・・くだらねえ」

 

 またぶつぶつ経文的なもんを読み上げ始めた晴柳院とは、これ以上話してても意味なさそうだ。こいつから有益な情報は得られないと分かったのが情報だ。宿舎の外に出ようとすると、飯出の部屋を捜査してる六浜がいた。もう自分の割り振られた部屋を捜査し終わったのか。だけど六浜は部屋の外でもどかしそうにしてるだけで、中に入ろうとしない。

 

 「めぼしいものはないか」

 「そのようですね。タンスの中も異常はありませんでした」

 「僕も特に気付いたことはないかな・・・」

 「・・・そうか」

 「なんで自分でやらねえんだ」

 「むっ、清水か。お前は終わったのか」

 「終わんなきゃここにいるわけねえだろ。で、なんで自分でやらねえ」

 

 部屋から出て来た鳥木と笹戸の報告を受けて六浜は少し残念そうに肩を落とした。俺があえて棘のある言葉で追究してみると、六浜はすぐ動揺した。こいつマジでチョロいな。

 

 「ほ、呆け者!男子の部屋は男子!女子の部屋は女子が捜査すると決めただろう!私にだけそのルールを破れというのか!」

 「六浜さんは、自分で男子の部屋を物色することに耐えられないようです」

 「・・・」

 

 また例のむつ浜か。もういい、どうせ意味のある情報がないならこれ以上ここに居続けても意味はない。俺はさっさとそこを離れて宿舎の外に出た。俺は次に食堂を見に行った。どこに何があるか分かんねえから一応見ておくだけだ。

 

 「・・・カケル」

 「なんだ。なんかあったか」

 「・・・」

 「やあやあ清水クン。キミがしっかり捜査するなんて意外だよ。てっきり部屋にこもって呼ばれるまで寝てるとでも言うと思ったからね!」

 「・・・ちっ」

 

 もうこいつと会っちまった。こんな気分でこんな風に絡まれたらぶっ殺したくなっちまうが、今はそんなこと冗談でもいえねえ。飯出まで俺が殺したと思われたらたまったもんじゃねえ。

 

 「何か証拠的なものは見つかった?」

 「まだ部屋しか探してねえ」

 「そう。じゃあボクとアニーサンで見つけた情報、聞く?」

 「黙って教えろ」

 「おっ!清水クンは探偵の素質があるのかな?いつもと違ってやけに積極的じゃないか!広報委員のボクはともかくとしてキミが情報をあつ」

 「お・し・え・ろ」

 「はい」

 

 頼むからこれ以上ムダな口をきくな。本当にぶっ殺したくなる。っていうかこいつはなんでこんないつも通りに振る舞える?もしかしてこいつが殺したのか?だから平然とできんのか?

 

 「実はさ、キッチンの包丁が足りないんだよね。一本だけ」

 「・・・包丁」

 「昨日の料理当番はアニーサンでしょ?だから聞いてみたんだけど、料理を作ってる間はちゃんと揃ってたんだって」

 「一番小さいフルーツナイフがなくなってたわ。昨日のディナーの前は絶対に揃ってたけれど、片付けの時にはもうなかったわね。洗い物があったし他のナイフもシンクにあったから気にしなかったの」

 

 壁に掛けられた包丁は10本くらいで、それぞれ大きさや種類が違ってて、料理によって使い分けるらしい。なくなったのは一番小せえやつ、果物ナイフか。

 

 「モノクマファイルによると死亡推定時刻は真夜中の二時頃。遺体の頭部には数ヶ所の刺し傷と全身に切り傷。凶器はそのなくなった果物ナイフだろうね」

 「待て、なにファイルだ?」

 「モノクマファイル。生徒手帳に追加されてたんだ。飯出クンの遺体の状況について簡単に載ってるよ」

 「・・・マジか」

 

 曽根崎に言われて生徒手帳を調べてみたら、マジでそんなのがあった。開くと飯出の死体の写真とそれについての情報、警察が調べるようなことじゃねえかこれ。俺たちには入手しがたい情報だけど、モノクマがそれを提供するってのはなんなんだ。あいつは俺たちと人殺しのどっちの味方なんだ。だがとにかく、凶器が分かったのはデカいだろうな、たぶん。

 

 「それ以外に怪しいところはないね。清水クン、よかったらこの後」

 「断る」

 「断られてもついて行く!」

 「・・・」

 

 じゃあ最初からきくな。勝手についてくる曽根崎を無視して、俺は食堂を出た。すると渡り廊下で、さっきまでいなかった穂谷と鉢合わせた。こいつですら外に出て捜査してんのか。

 

 「やあ穂谷サン」

 「あら・・・・・・曽根崎君と清水君でしたわね」

 

 ずいぶん間があいたな。まあこいつからしたら俺も曽根崎も覚えるに値しない道ばたの小石なんだろうな。今更それに腹立てる気すら起きねえ。

 

 「ボクたち捜査しなきゃだから今は失礼するよ」

 「お待ちなさい」

 「うん?」

 

 俺が無視して行こうとすると、穂谷が後ろからいつもより強めな口調で呼び止めた。あの『女王様』が俺を呼び止めるなんて、珍しいこともあるもんだ。振り返ると、穂谷は自分の足下を見てた。俺と曽根崎の視線も自然とそれにつられて下に向く。

 

 「あ?」

 「これはなんでしょう」

 「・・・水かな?」

 「正しくは水滴の跡、です」

 「そうだね。で、これはなんだい?」

 「いえ別に。重要なものかも知れないので証人が欲しかっただけです。もう行ってよろしいです」

 「あ・・・ああ、そう。ありがとうね穂谷サン」

 

 なんでこいつはいつもと同じ調子で喋れるんだ、俺たちをムカつかせてどうするつもりだ。曽根崎は相変わらずへらへらしながら受け流して、さっさとそこを離れた。その時になぜか俺のパーカーをひっつかんで、多目的ホールの方に向かいやがった。

 

 「なっ・・・なんだテメエ!離せ!」

 「まったく清水クンは。捜査っていうのはみんなが注目するところだけ見てればいいわけじゃないよ」

 「はあ!?」

 「飯出クンの遺体があったのは中央通り。自然と注目や注意はそっちに集まる。でも実際は、重要な証拠っていうのはみんなが注目しない方にあったりする。その方が犯人にとっても都合がいいしね」

 「だったらテメエだけで捜査しろ!俺を巻き込むな!」

 「一人より二人、だよね」

 「分かった分かった!分かったから離せボケ!」

 

 そう言うとようやく解放された。マジでこいついつかぶっ殺す、口にはしないが俺は心に誓った。それだけは全身全霊で誓う。何か証拠があるかなんて分かんねえが取りあえずホールに向かった。

 

 

コトダマ一覧

【盛り塩)

場所:宿舎の廊下

説明:晴柳院が、毎日部屋の前に供えていた盛り塩が一部消えていた。下に敷かれていた紙はくしゃくしゃになっていた。

 

【なくなったナイフ)

場所:キッチン

説明:事件前日の夕飯から当日の朝にかけて、キッチンの包丁が一本なくなっていた。なくなったのは一番小さな果物ナイフ。

 

【モノクマファイル1)

場所:なし

説明:被害者は飯出条治。死亡時刻は午前二時半頃。死体発見現場となったのは中央通りの展望台下辺り。大量出血による出血性ショック死であり、被害者の首から頭部にかけて複数の刺し傷がみられ、肩から先には切り傷もある。また、全身を打撲しており手首や胸を骨折している模様。

 

【水滴)

場所:渡り廊下

説明:多目的ホール側の地面に残っていた水滴の跡。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「まずは医務室から見ていこうか」

 「・・・」

 

 モノクマの捜査資料と他の奴らの探した証拠品がありゃあなんとかなるんじゃねえのか。わざわざこんなとこまで足運ばせて、面倒くせえ奴だ。見てみろ、誰も来てねえじゃねえか。

 

 「うん、ぱっと見たところ何も怪しげなところはないね」

 「だから言ったろ」

 「冷蔵庫の血液パックにも、薬品棚の瓶も特に異変はなさそう・・・かな」

 「無駄足だ」

 

 医務室なんて最初にちょっと覗いたくらいでろくに覚えてねえ。知らねえもんをいくら調べても意味なんかねえだろ。あちこちいじり倒す曽根崎は,最後にベッドを見て両手を挙げた。

 

 「うん、医務室は何もない。これも立派な情報だよ」

 「何がだ」

 「今回の事件とは関係ないということは、犯人の行動範囲は医務室に及んでないってこと。誰かのアリバイの根拠になり得る」

 「事件は夜時間だ。医務室にいても怪しいだけだろ」

 「そりゃあね。でも印象は大事だけど、事実は揺るがない。それは捜査の大前提だよ」

 

 何言ってんだか。事実が事実だって言える根拠もねえのによくそんなこと言えるもんだ。ま、それくらいの誇張がなきゃ広報委員なんてやってらんねえか。

 

 「それじゃ、次は多目的ホールだね」

 「まだ行くのかよ」

 「当たり前だよ。医務室より・・・むしろ多目的ホールの方が色々ありそうだからね」

 

 危険なものっつったら、ここには毒とか注射針とかも置いてあるだろ。ホールにある危険なものっつったら金属バットかそこら。っつうか飯出を殺した凶器は果物ナイフだってさっきテメエが言ってただろうが。何を調べてんだこいつ?

 取りあえず取りあえずっつって多目的ホールまで来たが、ここにも特別なにかあるわけじゃねえだろ。

 

 「もういいだろ」

 「そうかな?ボクはこここそ臭うけどね。じゃあ手分けして捜査しようか」

 「は?」

 「ボクは外の掃除用具と舞台を調べるから、玄関ホールをよろしく」

 

 調べろっつっても何を調べるっつんだよだから。そんなこと言う暇もなく、曽根崎はさっさと行っちまう。玄関ホールをどう調べればいいんだか。あるのは鉄の引き戸と両脇の靴箱、それから簀の子ってとこか。何が落ちてるわけでも何がなくなったわけでも・・・ん。

 

 「ん?いち、に、さん・・・」

 

 おかしい。確かモノクマは、16足あると言ってた。けど今この玄関ホールにある運動靴は、それには足りてない。

 

 「14足。二つ足りねえ」

 

 別にそれぞれに名前が書いてあるわけじゃねえし、足のサイズもバラバラだ。なくなったのがどんなサイズかは分からねえが、確かになくなってる。もしかしたら事件に関係あるかも知れねえな。曽根崎の言う通りだったのが癪だが、覚えとこう。

 

 「どう、清水クン?何か見つかった?」

 「くつ」

 「靴?・・・ああ、なるほど。これはいかにもって感じだね。こっちも発見あったよ。掃除用具のバケツに、一つだけ使った跡があった。具体的に言うと、このバケツ」

 

 持ってきたのかよ。バケツの底を見てみると、確かに新品とは思えないところが何個かある。底のところに水垢みたいに砂が付いてて、特に目立つのが端っこに付いた緑色の細いもの。なんだこりゃ。

 

 「藻だね」

 「藻か」

 

 ただの藻か。だが藻が付いてるってことは、掃除に使ったわけじゃなさそうだな。やっぱ癪だが、曽根崎の言う通りこっちまで捜査に来た甲斐はあった。

 

 

コトダマ一覧

【運動靴14足)

場所:多目的ホール・玄関ホール

説明:モノクマが用意した16足の運動靴のうち、2足がなくなっていた。

 

【使用済みのバケツ)

場所:多目的ホール・掃除用具置き場

説明:バケツのうちの一つの底に砂や藻が付いていた。他のバケツに同様の付着物はないため、事件に関係していると考えられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホールの方の捜査が終わったからもういいだろ、と思ったが、どうにも気になるから飯出の死体を見に行くことにした。曽根崎は俺のフード引っ張る気まんまんでいたのか、意外そうに声を漏らすから振り返って睨んだら手を引っ込めやがった。次引っ張ったら折る。

 中央通りに戻ったら、やっぱり飯出の死体はあった。最初に見つけた時と同じように、うつ伏せのまま倒れてるせいで頭は血と泥と草に塗れてる。直接それを捜査できる古部来はどういう神経してんだ。モノクマファイルもあんのに死体に触る必要があんのか?遠巻きに周辺を捜査してる明尾と有栖川が、なるべく死体を見ないようにしてる。

 

 「やあみんな。捜査の進捗はどう?」

 「・・・とても笑っていられる状況ではない」

 「そ、そうだよね。ごめんごめん。質問する時に笑っちゃうのはクセなんだ」

 「よく触れんな。モノクマファイル知らねえのかよ」

 「ふん、馬鹿が俺とまともに議論できるようにする程度のものだ。鞘無しの将は犬にも伏せる、況んや太刀を要さぬ足軽がいようか」

 「あ?」

 

 わけの分かんねえ言い回ししやがって。さり気に俺のことを馬鹿にしやがったな。

 

 「そこまで言うんだったら、何か見つけたんだろうな」

 「・・・馬鹿にはもったいない重要な証拠を見せてやる。死んだ飯出が持っていたものを取り出した」

 「所持品か。重要な情報かも知れないね」

 

 飯出の所持品か。そういや前からことあるごとに色々持ち歩いてた奴だったな。なんで持ってんだか分かんねえくらいわけ分かんねえもんまであって、なんでも入る超次元ポケット並にバリエーションがあったもんだ。並んでるもんは全部血が付いてたが、どうも使ってはねえみてえだ。

 

 「え〜っと、制汗スプレー、ミント味の清涼菓子、ポケットティッシュ。それから・・・あらまあ」

 「・・・?なんだこれ」

 「え・・・清水クン知らないの?」

 「だからなんだよ」

 「避妊具だ」

 「コンドームってやつだよ!コンドーム!」

 

 へえ、初めて見た。ってそうじゃねえ。なんであいつはこんなもん持ってんだ?あとなんで古部来は呆れ顔で俺を見て、曽根崎はにやつきながら俺を見てんだ。眼鏡叩き割って破片で目潰すぞこの野郎。

 

 「いやあ、清水クンって意外とピュアッピュアなんだね!もしかして、赤ちゃんはコウノトリさんが運んできたり手を繋いで寝たら妊娠するものとか思ってあぶない!!」

 「避けんじゃねえ」

 「なんで今のタイミングで目突こうとするの!?怖いよ!怖すぎるよ!」

 「捜査の邪魔だ。馬鹿共は失せろ」

 「いま古部来クンの中でとうとうボクが馬鹿にランクダウンした音がしたよ」

 

 うるせえなこいつ。

 

 「これのどこが重要な情報だ」

 「分からんのならもういい。これ以上お前たちと話すのは無意味なようだ」

 「ボ、ボクは聞く気あるよ!もうない?」

 「・・・一つある。これだ」

 

 そう言うと、古部来は紙切れを取り出した。もともと個室に置いてあったメモらしい。ぐしゃぐしゃに丸められた折り目と端に付いた真っ赤な血が目立つ。何か書かれてるな。

 

 「なにこれ?」

 「『飯出くんへ。二人きりで大事なお話があります。夜中の二時に展望台に来てください』。ここまで言えば馬鹿にも分かるだろう」

 「なるほど。これはいかにも事件に関係ありそうだね。しかも重要なやつ」

 「俺が見つけたのはこれくらいだな」

 「うん、色々と情報提供ありがとう古部来クン」

 

 ようやくこいつの気が済んだか。古部来もよくもまあ馬鹿と言いつつここまで色々教えたもんだ。これもこいつの“才能”なのか?巧みな話術で情報を引き出すとか・・・そんなわけねえか。穂谷もそうだったが、この状況下で情報を共有することは自分が犯人でない表明にもなる。証拠を見つけ出すってことはそういうことだろ。

 古部来への聞き込みを終えて、飯出に関してもうこれ以上情報はないと判断して戻ろうとしたが、一応近くにいた有栖川と明尾にも話を聞いてみることにした。そしたらまた曽根崎は慌てて手を引っ込めた。曽根崎の隙をつくのは難しそうだが、折るチャンスはそのうち来そうだ。

 

 「なんじゃ、清水はずいぶんと積極的に捜査するんじゃな」

 「悪いか」

 「なんつうか・・・意外。アンタってこういうのもなんか・・・どうでもいいって考えてるって思ってたから」

 「どうでもいいわけあるか、人殺しだぞ」

 「それを聞いて安心した。わしゃ今の今まで、てっきりお前さんは感情を持たない地底人の一種か何かかと思っとったぞ」

 

 それは冗談で言っているのか・・・?いくらなんでも空気読めなさ過ぎだろ。つか曽根崎もそうだが、俺が捜査するのが意外か。まあ自分でもそう思われても不思議じゃねえとは思うが、明尾はひでえな。頭の中が残念過ぎるだろ。

 

 「なみみん・・・それマジで言ってんの?」

 「んなわけなかろう」

 「そ、それより、二人は何か捜査の成果はあった?どんな些細なことでもいいんだけど・・・」

 「アタシは特にない・・・っていうか、そんな余裕ないよ。普通」

 「わしもじゃ。じゃが、強いて言えば一つある・・・」

 「なになに?」

 

 多目的ホールで証拠っぽいもんがあったくらいだからこっちもなんかあるかと思ったが、そこまであっちこっち行かねえか。明尾が気付いたことってのもあんまり重要そうじゃねえが、曽根崎は興味津々だ。俺も一応聞いておく。

 

 「現場の状況じゃが、他の場所と比べてこう・・・荒れとるとは思わんか?」

 「そうだね。それが気付いたこと?」

 「いかにも。土が見えたり枝葉が散っていたり、ただ誰かが暴れた以上の何かがありそうじゃ。まあ、さして重要とは言えんな。わしの見る目もまだまだか」

 「いや、そんなことないよ!きっと大きな証拠になるはずだよ!」

 「曽根崎、アンタうるさいよ」

 

 やっぱりか。そりゃ死体があんだから荒れてて当然だろ。殺しのあった場所だぞ。どっかで殺して持ってきたってんならまだしも、殺しがあったんならそれなりに犯人と飯出が暴れたはずだ。

 

 「二人ともありがとうね。じゃあ引き続き捜査よろしく」

 「うむ」

 

 俺は曽根崎がそう言うのを待たずしてさっさと宿舎の方に歩きだした。こっちの方には何もねえ。曽根崎もそれを分かってるらしく、フードを引っ張られることはなかった。

 

 

コトダマ一覧

【飯出の所持品)

制汗スプレー、ミント味の清涼菓子、ポケットティッシュ、避妊具など。いずれも使用した形跡はない。

 

【メモ)

飯出が持っていたメモ。「飯出くんへ。二人きりで大事なお話があります。夜中の二時に展望台に来てください」と書かれている。ぐしゃぐしゃに丸められた折り目と一部に血液が付着している。

 

【荒れた地面)

飯出の死体の周辺は、土や草や枝葉で散らかっていた。自然に散らかったのではないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからまた分かれ道に戻ってきたところで、俺は気配を感じて後ろを振り返った。また曽根崎は手を引っ込めた。これで三度目だ。いい加減に腹が立って曽根崎に言ってやった。

 

 「テメエ、いい加減にしろよ。次フード引っ張ったら腕折るぞ」

 「じゃあ清水クンももっとちゃんと捜査しなくちゃ。まだ調べてない場所があるでしょ」

 「あ?」

 「展望台。さっきのメモにも書いてあったでしょ?」

 

 ああ、そう言えば古部来が読み上げたメモの中に展望台が出て来たな。ってことは、そこも事件と何か関係あんのか?だったら捜査しといた方がいいかもしれねえ。少なくとも曽根崎に目を付けられた以上は逃げられねえな。

 

 「さっさと済ますぞ」

 「乗り気だね清水クン!」

 

 乗り気じゃねえ、うんざりしてんだよ。テメエが俺の後を勝手について来てやかましくガタガタ言うからな。ともかく展望台を調べりゃこいつもいい加減に気が済むだろ。俺は山道に足を踏み入れた。

 山道を登っていく途中で、妙な姿を目撃した。新手の未確認生物かなんかかと思ったら、道に這いつくばってうろちょろしてる滝山だった。何やってんだこいつ。コンタクト落としたとかじゃねえよなまさか、こいつがそんなもん使えるとは思えねえし。

 

 「あれー?何やってんの滝山クン?そんなところに食べ物は落ちてないよ!」

 「ん・・・やっぱお前らか」

 「やっぱ?」

 「くつの音がしたから」

 

 もうツッコミたくねえ。確かこいつは“超高校級の野生児”だったな。聴覚も嗅覚も視覚も、人間並じゃねえってことか。家じゃあるまいし、足音で誰かなんか分かんねえだろ普通。

 

 「邪魔だ。どけ」

 「じゃまとはなんだじゃまとは。おれはそうさしてんだぞ」

 「は?」

 「このへんで犯人とかのしょうこがねえかとおもってな」

 「なんで山道?飯出クンの死体は中央通りにあったんだよ?」

 「う〜んと・・・なんでだったっけ?」

 

 なんで自分が捜査してる理由が分かんねえんだよ。大丈夫なのかこいつ。ともかく、俺は展望台に行きてえのにそこに這いつくばられたら邪魔だ。さっさとどけサル野郎。

 

 「で、捜査の結果はどう?」

 「う〜ん、じつはなんも見つかってねえんだ。血でもおちてりゃよかったけど、そしたら見なくても分かるしなあ」

 「あっ、そう。確かに山道はキレイなもんだね。足跡があるくらいだ」

 「おれは目とはなにはじしんがあるんだけど、なんも見つかんねえとなるとやっぱりここはいみねーのかなあ」

 「どうかな」

 

 なんだそりゃ、俺らに聞いてんのか?滝山の言いたいことが分からん。それに何も見つかんねえって、こいつこそ本当に役立たずだな。“才能”があっても、それを活かすだけの頭がなかったってわけだ。くだらねえ、こいつは本当にくだらねえ。

 

 「いいからどけ。汚えかっこしやがって、目障りなんだよサル」

 「むっ!きたねえのはしょうがねーだろ!これはモノクマのせいだ!」

 

 怒るとこそこなのか。けどモノクマのせいってなんだ?

 

 「え?どういうこと?」

 「きのう、メシのあとに体あらおうとおもってみずうみに行ったんだよ。そしたらモノクマに、しぜんをよごすなっておこられたんだ」

 「何しようとしたの滝山クン?」

 「なんもしようとしてねーよ!ちょっと水あびしようとしただけなのに、足のさきも入れさしてくんねーんだぜ?おかげできのうから体がかゆくてかゆくて」

 「ええ・・・本格的に汚いよ・・・。部屋のシャワーはどうしたのさ・・・」

 「つかいかた分からん!」

 「マジか」

 

 思わず言っちまった。けどシャワーの使い方も分かんねえ高校生なんていたのか、しかも希望ヶ峰学園に。レバー捻るだけで水が出るって知ったら、こいつどんだけ驚くんだ。っていうか昨日モノクマに言われたってことは、もともとここに来てからの三日間は体洗う気すら起きなかったってことか。昨日普通に同じ場所でメシ食ってた時に知らなくてよかった。

 

 「自然を汚す行為は規則違反だったね。まあシャワーもあるし、泳ぐんならまだしも水浴びする人がいるとはモノクマも思わないだろうね。季節的にも」

 「だからさ、あとでそのシャワーのつかいかたおしえてくれよ。しみずでもそねざきでもいいからよ」

 「わ、分かったよ。だからあんまり触んないでほしい・・・かな」

 

 さすがにこれには曽根崎もドン引きみてえだ。そりゃそうだ。こんな奴とは同じ建物にもいたくねえ。こっちにまで臭いと汚れが移りそうだ。そのうち病気になって勝手にのたれ死ぬんじゃねえのか。そんなことでまたこんな捜査する羽目になんのはゴメンだぞ。曽根崎は困りながら笑って、さっさと滝山を振り切って俺の後から山道を登ってきた。

 それからすぐに山道は終わって展望台が見えてきた。前にここに来た時は、確か飯出が、あのツタ植物の屋根がついたテーブルでこの辺りの地図を描いてたな。つい数日前のことだが、今となってはそれが遠い昔に感じる。少なくとも、あの時の状況を再現するなんてことはできなくなっちまった。

 

 「あら、あんたたちも来たの。ここは五人もいらないわ」

 「やあ石川サン。それに屋良井クンも。実は古部来クンから聞いて、ここに何か重要な証拠がないかと思って来たんだ」

 「ああ、思いっきりあるぜ。そこに」

 「・・・!」

 

 俺と曽根崎を迎えたのは、ポラロイドカメラを持った石川だった。展望台の写真でも撮ってたのか、手には何枚か写真が握られてる。その隣にいた屋良井が、なるべく目を向けないように指さした場所に、確かに重要そうな証拠がでんと構えてた。それを見て思わず小さく声を漏らしちまった。

 

 「うわ・・・これ、血痕だよね?」

 「ああ。たぶん飯出のだな。他にケガしてる奴なんかいねえし」

 「だいぶ散ってんな」

 「ええ。あちこちにね」

 

 展望台の地面には、飯出のものと思われる血の痕があちこちに散らばっていた。テーブル近くから山道との境目、広場の方までだ。出血した飯出が、この辺りを移動した痕跡だろう。

 なんつうか、生々しい。血って、こんなにくっきりと痕が残るなんて思ってなかった。それにこの有様からして、飯出は犯人に襲われながら逃げ回ったってことになるんじゃねえか?テーブルの辺りに比べて、広場の方は血の量が明らかに変わってきてる。

 

 「むごい・・・よね」

 「ああ」

 「あと、この辺りにこれが落ちてたぜ。たぶん飯出が使ったんだろうな」

 「懐中電灯だね。モノクママークがあるってことは、支給品か。こんなものあったんだ」

 

 屋良井が見せてきたのは、同じく血にまみれた懐中電灯だった。柄の部分に貼られたモノクマのステッカーがふざけた笑顔を見せてる。ステッカーだから当然だが、血を浴びながら笑ってるそれに少しだけぞくっとした。

 

 「気になる点はこれだけではない」

 「ん?あ、あれ望月サン。いつの間に」

 「最初からここを捜査していた。お前たちが気付かなかっただけだ」

 「ああ、そう。それは失礼」

 

 俺も気付かなかった。っていうかこいつ存在感なさ過ぎんだよ。ホールの時も、話しかけられるまで本当にこいつがいることに気付かなかった。それより、証拠はこれだけじゃねえっつったか。

 

 「他に何かあんのか?」

 「柵を見てみろ」

 

 そう言って望月は、展望台と斜面を隔てる杭とロープの柵を指さした。ちゃちいし低いから、あんまり頼りにならねえ。よく見ると、ロープにも血の痕がある。それにその血が付いてる部分の近くの杭も、他とは違う点があった。

 

 「血の痕と・・・この杭、ガタガタだな」

 「その通りだ。ロープに付着した血液はすぐ気付くが、よく観察するとこの杭が刺さっている穴は、この杭より明らかに太いのだ」

 「どういうこと?」

 「最初にここを捜索した際はこうはなってなかった。事件と何か関連があると考えられる」

 「う〜ん・・・覚えておくべきかも知れないね。ありがとう望月サン」

 「いや、曽根崎弥一郎に言ったのではない。清水翔に言ったつもりだったのだが」

 「え」

 

 どっちでもいいだろ。とにかくここにも不審な点はあったわけだ。俺らが調べるまでもなくこいつらが調べてるんだったら、わざわざ来る意味なんてなかったな。石川がその写真も撮るって言うから、俺はそこをどいて屋根の下の椅子に腰掛けた。

 これで捜査は終わりだ。けど、そこで気付いた。犯人が分かってねえじゃねえか。こんだけ色々捜査して、結局犯人に繋がる直接的な手がかりはなかった。どういうことだ、犯人は何の痕跡も残さずに飯出を殺したってことか?自分に関する証拠を一切消して、見つかっても意味ねえ証拠しか残さなかったってことか?そんなことが、”才能”があるとはいえただの高校生にできんのか?

 そうやって俺が悩んでんのを見透かしてんのか、今も見てるんだろう。狙い澄ましたように合宿場中にその放送は響き渡った。

 

 『オマエラ、これより学級裁判を始めます!宿舎にある赤い扉の前に集合してください!』

 「・・・モノクマだね。学級裁判ってなんだろう?」

 「宿舎の赤い扉。気になっていた場所だ」

 

 曽根崎と望月は放送の内容に素直に従うようだ。ま、逆らったところでろくなことにはならねえだろうな。石川と屋良井もさっさと行って、二人も後からついていく。俺もそれに続こうと腰を上げたが、その時に視界の端にちょこっと何かが映った。

 

 「ん?」

 

 ツタ植物の屋根を支える四本の柱の一本、その根元んところに、何か落ちてる。土の上ではかなり目立つ、真っ白なものだ。摘まんでみると、それは粒だった。錠剤か何かか?もしかしたら毒かも知れねえな。取りあえず俺はそれをポケットに入れて、放送で呼び出された宿舎の赤い扉に向かった。

 

 

コトダマ一覧

【きれいな山道)

場所:山道・南

説明:宿舎と食堂の前の分かれ道から展望台までを繋ぐ山道。足跡以外に注目するところはない。

 

【展望台の血痕)

場所:展望台

説明:展望台の地面に残っていた血の痕。あちこちに散らばり、展望台の縁に近付くにつれて痕が多くなっていっていた。

 

【懐中電灯)

場所:展望台

説明:展望台に落ちていた、全員に支給された懐中電灯。血にまみれてガラス部分は割れている。

 

【ロープの血痕)

場所:展望台

説明:展望台の縁に張られたロープの一部に血が付着していた。地面に散った血と同じものと思われる。

 

【大きな穴)

場所:展望台

説明:展望台の縁にロープを張るために打たれた杭の根元にあった穴。杭より太く、元の穴から乱暴に拡張されたような痕跡がある。

 

【白い粒)

場所:展望台

説明:柱の根元に白い粒が落ちていた。錠剤のように、何かが固められたもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が赤い扉の前に到着した時、既にそこには俺以外の14人が揃っていた。もし飯出がいたら、全員揃ったことを確認してまた演説めいたデカい声でも出すんだろうな。だが誰も何も言わない。俺の方をちらと見て、すぐに扉の方に視線を戻した。モノクマのアナウンスはない。

 

 「一体・・・何が始まるってんだ・・・?」

 「・・・扉が!」

 

 全員揃ってからすぐ、赤い扉は自然に動き出した。ごろごろと音を立てて両側の壁に吸い込まれていき、奥に現れたのは、何個かの剥き出しの電球だけを照明にした、鉄の檻みてえな部屋だった。ここに入れってことだろうか。

 

 『オマエラ、そのエレベーターに乗ってください!全員乗ったら動き出しますからね!乗り遅れたらめんどくさいから早く乗れ!』

 「モノクマ・・・この先にいるのか?」

 「行ってみるしかないようですね」

 

 モノクマのアナウンスに促されるまま、誰からともなく一人、また一人と中に足を踏み入れてった。俺もそれに続いて行こうとしたら、また目の前で滝山が邪魔した。きょろきょろ辺りを見回してなんなんだ。

 

 「サル、邪魔だ」

 「ちょっとまて。なんか・・・こっちから・・・」

 「ちょっ・・・なに?なにしてんの滝山?」

 「どこ行くの滝山くん」

 

 滝山は周りの奴らなんてお構いなしに、鼻をふがふがさせながらうろちょろしだした。犬かこいつは。先に中に入った奴らが呆れてそれを見てる中、滝山はアニーに近付いて急にしゃがんだ。目の前の右手を取ると、プロポーズかなんかしてるような姿勢になった。

 

 「えっ?えっ?な、なにしてるのダイオ?」

 「滝山!いきなり女性の手を取るとは何事か!」

 「この手・・・」

 

 戸惑うアニーとなぜか動揺する六浜を無視して、滝山はアニーの右手を見つめてもう一度臭いを嗅いだ。うろうろしてた時の困惑した顔に確信の色が加わって、神妙な表情になって言った。

 

 「この手、血のニオイがする」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り15人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍   石川彼方  曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

 有栖川薔薇  穂谷円加  【飯出条治】  古部来竜馬

 

 屋良井照矢  鳥木平助   滝山大王  アンジェリーナ




事件が起きましたよ事件が。なんだかモノクマの影がもの凄く薄くなってきた気がします。モノクマの存在意義ってダンガンロンパっぽいシチュエーション整えるためだけな部分はある。困ったもんだクマ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

学級裁判編1

 エレベーターは降りていく。金属がぶつかり擦れる音が地下の硬い壁に反響して不気味に響く。地上を出発してから到着まで、このまま地の底まで降りるんじゃないかって思うぐらい長く感じた。

 

 「うっ」

 

 思わず声が漏れるような衝撃と共にエレベーターは停止した。がらがらと鉄格子の門が開くと、そこは今まで見たことのない部屋だった。

 やけに派手な模様の壁紙とカーペットで覆われて見るだけで目がちかちかする。だだっ広い部屋の真ん中には妙なデザインの円形のテーブルが置かれて、全部で16の仕切りで分けられてた。真っ正面にはそのテーブルよりずっと大きな椅子・・・まるで玉座だ、それが置かれていた。

 

 「・・・なんだここは」

 「やっと来たねオマエラ!うぷぷぷぷ!それじゃ、それぞれの名前が書いてあるところに立ってね!早く早く!」

 「モ、モノクマ・・・!」

 「大丈夫だ。言う通りにしよう」

 

 玉座の陰から、いつものようにふざけた笑みを浮かべたモノクマが顔を出した。六浜はそれにも臆さず、先陣を切ってモノクマに従う。俺たちもそれに続いた。

 俺の名前が書かれた場所に立つと、なぜかその光景に既視感を覚えた。円形に並んだ15人、そして俺のすぐ右の席に立てられた妙な写真。これは・・・。

 

 「飯出・・・」

 「な、な、なんのつもり・・・!?こんなの・・・!」

 「ひどいなあ、オマエラに気を遣ってやってるのに。死んだからって飯出くんだけハブるつもり?こわいなあ現代っ子って!飯出くんはオマエラのことを仲間だと思ってたよ、だからこうして連れてきてあげたのに!」

 「遺影か。良い趣味をしてるな」

 「マジで言ってんのかこぶらい・・・」

 「ひ、皮肉に決まってんだろ!決まってるよな?」

 「当たり前だ」

 

 飾られてたのは飯出の遺影だった。けど血のような赤色でその写真にバツマークがしてある。何が仲間を連れてきただ、モノクマは完全に飯出の死を馬鹿にしてる。こんなことになんで俺が付き合わされなきゃならない。

 

 「全員揃ったね。オホン、それじゃあ始めていこうか」

 「は、は、は、は、はじめるて・・・・・・なにを・・・?」

 「うぷぷぷぷぷぷ!が、が、が、が、学級裁判に・・・・・・決まってるじゃないか!」

 「・・・学級・・・裁判・・・・・・?」

 

 ビビりまくる晴柳院のマネをしてモノクマが嘲った。そこで気付いた。まるでこの部屋、裁判場みてえだ。ニュースで見るような地味で厳しい感じのする場所じゃねえけど、このテーブルも雰囲気も、なんとなく裁判場を彷彿とさせる。でも、裁判場って罪人を裁くところだろ?ここは一体何をするところなんだ?

 

 「まずは、学級裁判の簡単な説明から始めましょう!学級裁判の結果はオマエラの投票により決定されます。正しいクロを指摘出来れば、クロだけがおしおき。だけど・・・もし間違った人物をクロとした場合は・・・クロ以外の全員がおしおきされ、みんなを欺いたクロだけが、希望ヶ峰学園に帰ることができまーす!」

 「ク、クロ?おしおき?一体何を言ってるのモノクマは?」

 「クロとは・・・犯人のことだな?私たちにここで犯人捜しをさせるつもりか」

 「せいかーい!自由に議論し合い、追及し合い、騙し合い、疑い合い、クロを決定してください!」

 

 六浜が確認した。裁判ってのは例の犯人捜しのことか。ここで話し合いで犯人を見つけ出せってのか?なんでこんなゲームみたいなマネしなきゃならねえんだ。それに、もう一つ分からない言葉がある。

 

 「おしおきとはなんだ?」

 「うぷぷぷぷ♫そんなの分かるでしょ?人殺しであることがバレちゃったらどうなるか・・・」

 「・・・処刑か?」

 「そのとーーーーーーーーーーーーり!うぷぷぷぷ♫ちょーーーーーーーーーーうエキサイティーーーーーーーンなことうけあい!ワクワクとドキドキが止まらないスーパースペシャルな処刑で、オマエラのことをぶっ殺しちゃうことなのです!」

 「しょ、しょしょしょしょしょしょしょけいてええええええっ!!?」

 「飯出クン殺しの犯人を指摘できればその犯人だけが、それができなければ犯人以外のみんなが処刑される。こう言いたいの?」

 「何度も言うよ。オマエラは確かにボクを愛してる。じゃなかった、その通りだよ」

 「い、いのちがけってことですか・・・!」

 「な、な、なんだよそれ!!裁判とか処刑とか・・・聞いてないんだけど!!」

 「言ってないもん。心の中が読めるエスパーなら、知ってたかも知れないけどね!」

 

 モノクマが俺たちに要求したのは、この場で飯出殺しの犯人を見つけろ、それができなきゃ死ぬ、ということだ。理解はできるが納得できない。いや、ここに来てからこいつの言うことに納得したことなんてない。理解できるだけまだマシなんだろう。モノクマは楽しそうに玉座に腰を下ろして一息吐いた。

 

 「さ、くだらないおしゃべりももう飽きたんで、さっさと始めちゃってくださいな」

 「勝手だなお前ぇ!!」

 

 こんな条件で犯人捜しなんかしたくねえ。けどこうなった以上はやるしかないんだろう。こんなこと誰一人として本意なわけがない。命懸けの犯人当てゲームなんて。

 命懸けの議論、命懸けの弁明、命懸けの追及、命懸けの推理、命懸けの投票・・・頭がおかしくなりそうだ。それでも逃げるなんてできねえ。ここで、人殺しの正体を暴くまでは・・・!!

 

 

 

 

 

コトダマ一覧

【盛り塩)

場所:宿舎の廊下

説明:晴柳院が、毎日部屋の前に供えていた盛り塩が一部消えていた。下に敷かれていた紙はくしゃくしゃになっていた。

 

【なくなったナイフ)

場所:キッチン

説明:事件前日の夕飯から当日の朝にかけて、キッチンの包丁が一本なくなっていた。なくなったのは一番小さな果物ナイフ。

 

【モノクマファイル1)

場所:なし

説明:被害者は飯出条治。死亡時刻は午前二時半頃。死体発見現場となったのは中央通りの展望台下辺り。大量出血による出血性ショック死であり、被害者の首から頭部にかけて複数の刺し傷がみられ、肩から先には切り傷もある。また、全身を打撲しており手首や胸を骨折している模様。

 

【水滴)

場所:渡り廊下

説明:多目的ホール側の地面に残っていた水滴の跡。

 

【運動靴14足)

場所:多目的ホール・玄関ホール

説明:モノクマが用意した16足の運動靴のうち、2足がなくなっていた。

 

【使用済みのバケツ)

場所:多目的ホール・掃除用具置き場

説明:バケツのうちの一つの底に砂や藻が付いていた。他のバケツに同様の付着物はないため、事件に関係していると考えられる。

 

【飯出の所持品)

制汗スプレー、ミント味の清涼菓子、ポケットティッシュ、避妊具など。いずれも使用した形跡はない。

 

【メモ)

飯出が持っていたメモ。「飯出くんへ。二人きりで大事なお話があります。夜中の二時に展望台に来てください」と書かれている。ぐしゃぐしゃに丸められた折り目と一部に血液が付着している。

 

【荒れた地面)

飯出の死体の周辺は、土や草や枝葉で散らかっていた。自然に散らかったのではないだろう。

 

【きれいな山道)

場所:山道・南

説明:宿舎と食堂の前の分かれ道から展望台までを繋ぐ山道。足跡以外に注目するところはない。

 

【展望台の血痕)

場所:展望台

説明:展望台の地面に残っていた血の痕。あちこちに散らばり、展望台の縁に近付くにつれて痕が多くなっていっていた。

 

【懐中電灯)

場所:展望台

説明:展望台に落ちていた、全員に支給された懐中電灯。血にまみれてガラス部分は割れている。

 

【ロープの血痕)

場所:展望台

説明:展望台の縁に張られたロープの一部に血が付着していた。地面に散った血と同じものと思われる。

 

【大きな穴)

場所:展望台

説明:展望台の縁にロープを張るために打たれた杭の根元にあった穴。杭より太く、元の穴から乱暴に拡張されたような痕跡がある。

 

【白い粒)

場所:展望台

説明:柱の根元に白い粒が落ちていた。錠剤のように、何かが固められたもの。

 

 

 

 

 

 【学級裁判 開廷!!】

 

 

 「では、自由に議論してくださーい!」

 「いや自由にって言われても・・・どうやって何を話してけばいいの?」

 「なんで飯出くんがこんなことに・・・どうして・・・」

 「こ、こ、こんなの心を持ってる人間にできるわけありません・・・!きっと魔の者の仕業・・・全部妖怪のせいなんですううっ!!」

 「ははっ・・・晴柳院サンらしいけど話し合いようがないよねそれ」

 

 いきなり丸投げされても何すりゃいいのか分かんねえよ。だいたい捜査したとはいえ、殺人事件の犯人当てなんて素人の俺らにできんのか。いまさら不安になってきた。なんでこんな理不尽に命懸けなきゃいけねえんだ。冗談じゃねえ、ふざけんな。今すぐこんなところ出て行きたい。だがそれはできない。そのもどかしさが怒りになって俺は握り拳でテーブルを殴った。

 

 「議論も何も、犯人なんてもう分かってんじゃねえか!」

 「!」

 

 いきなり膠着状態に入った裁判場で、俺の真正面にいる屋良井が急にデケえ声を出した。密閉された裁判場で、その声はそこら中の壁に反響した。一斉に注目が集まる。

 

 「ほ、ほんまですか!?」

 「ほんまだ。この裁判の結論はとっくに、始まる前から出てたんだ!」

 「言ってみろ。飯出を殺した犯人とやらを」

 「じゃあ教えてやんよ!この事件の犯人・・・それはお前だあ!!」

 

 屋良井は全員の視線にも臆せず、デケえ声を出しながらビシッと指で指した。その先にいた奴は、突然の指摘に明らかに驚いてた。

 

 「えっ!?ワ、ワタシ・・・!?」

 「ああそうだ!お前が飯出を殺したんだろ!?アニーさんよぉ!」

 「ア、アニーが飯出を殺したって・・・マジで?」

 「ちょっと待ってちょうだい・・・テルヤ、どうしてワタシが犯人になるの?」

 「いきなり人殺し呼ばわりするからには、それなりの根拠と証拠がおありなんですよね?」

 「当然だ」

 

 屋良井に指摘されたアニーは、いつもと違って簡単に動揺した。この状況でそんな風に言われたらそりゃそうなる。けどなんでそういう推理になったのかが大事だ。テキトーなもんに命なんか懸けられねえ。屋良井は笑って俺の左隣の席を見た。

 

 「おい滝山、さっきの話してやれ」

 「え?はなし?はなしってなんだ?」

 「エレベーター乗る前のことだ。お前は確かに、アニーが犯人だっていう証拠を知ってるはずだぜ」

 「んん?アニーが犯人なのか?なんでそうなるんだよ?」

 「だからお前さっき言ってただろうが!!アニーの手から血の臭いがするってよォ!!」

 「・・・・・・ああ!おもいだした!そうだったそうだった!」

 

 大丈夫なのか。そんな重要なことを簡単に忘れる滝山は緊張感なさ過ぎだし、屋良井も屋良井で無駄にもったいぶったせいでまどろっこしいことになっちまった。

 

 「あのな、さっきここ来るまえにあかいドアのまえでな、ヘンなニオイがしたんだ。それをかいでな、ニオイの元さがしたらな、アニーの手だったんだよ」

 「わざわざ二度も話す必要のあることではありませんでしたね」

 「っていうか、屋良井クン格好つけようとし過ぎだよ」

 「う、うっせぇな!とにかく、手に血の臭いが付いてたことが何よりの証拠だ!飯出殺しの犯人は、アニーで決まりだ!」

 「そ、そんな・・・ワタシはジョージを殺したりなんかしないわ!いい加減なこと言わないで!」

 

 緊張してんのか、滝山は急に小学校の国語の授業みてえな喋り方でそのことを話した。確かに、エレベーターに乗る直前、こいつはアニーの手の臭いを嗅いでた。屋良井はそれが動かぬ証拠だっつってるけど、本当にたったそれだけで犯人が決まんのか?ただ手に臭いが付いてただけで?

 

 「では滝山は、アニーの手から“血の臭い”がしたと言うのだな?」

 「そうだ、いまもプンプンしてるぞ」

 「そして屋良井は、それが飯出殺しの犯人の証拠になると言っているのだな?」

 「ああ、そうだ。飯出は頭から大量に出血してただろ?“アニーの手だけ”に血の臭いが付いてるってことは、そいつが犯人だって証拠だッ!!」

 「んなわけねえだろ」

 

 六浜が確認のために、滝山と屋良井に同じ主張を言わせた。そこで俺は、その推理の綻びに気が付いた。そもそもこの事件がそんなあっさりした証拠で解決するとは思えねえ。モノクマがあんなにはしゃいでんだぞ。これで済むわけがねえんだ。

 

 「あん?なんだよ清水」

 「お前の推理が間違ってるっつってんだよ。手から血の臭いがしただけじゃ犯人なんて決められるわけねえだろ」

 「なにぃ?アニーを庇うってのか!?」

 

 庇うわけじゃねえ、最初のモノクマの説明を聞いてなかったのか?ここで犯人を間違えることは、俺たちの命が奪われるってことなんだぞ。もっと慎重に、じっくり話し合って推理すべきじゃねえのか。それにこの証拠は不十分だ。

 

 「屋良井、テメエは“アニーの手だけ”血の臭いがうんたらかんたら・・・そう言ったな?」

 「それの何がおかしい」

 「手に血の臭いが付いてんのはアニーだけじゃねえはずだ。少なくとも俺はもう一人、手が臭う奴を知ってる」

 「おおっ!清水クンがなんか探偵らしいことしてる!なんていうか、まるで推理小説かなにかの主人公みたいなこと」

 「だまれ」

 「はい」

 「し、しつけられてる・・・!?」

 

 アニーの手から血の臭いがするかどうかは俺には分かんねえ。だが血の臭いってのはなかなか落ちねえはずだ、だったらあいつの手からも血の臭いがしてなきゃおかしい。そしたら、俺が指摘するまでもなく、そいつは自分から名乗り出てきた。

 

 「俺のことか?」

 「むっ?どうした古部来?何がお前のことなんじゃ?」

 「手から血の臭いがするはずの人物が、だ」

 「ああ、飯出の死体をいじってたお前の手は血でベットリだったはずだ。血自体は落とせても、臭いはまだ付いてるんじゃねえのか?」

 「いかにも。滝山でなくとも、嗅げば分かる程度には臭っている」

 

 そう言って古部来は自分の両手の平を全員に見せた。血の赤い色は見えねえが、両隣の石川と屋良井はしげしげとそれを見てる。真反対にいる滝山は、鼻を両手で覆ってよく臭いを嗅ごうとしてる。

 

 「捜査中に俺が手を洗う暇があったにもかかわらず、もしアニーが犯人だったとして、その臭いを消そうとしないわけがあるまい」

 「バリスタなら手の清潔さには気を遣うだろうしね。コーヒーを使えば臭いの上書きもできるはずなのにそれをしないのも不自然だ」

 「で、でもそれだけで犯人じゃねえとは言い切れねえだろ!こういうことになるのを見越して敢えて臭いを残したのかも知れねえぞ!」

 「ちょっとテルヤ、いい加減にしてちょうだい。ワタシがジョージを殺すわけがないじゃない」

 「一つの情報ではあるが、犯人を決定する証拠とは言えんようだな・・・」

 

 確かに手に血の臭いが付いてたら怪しい。けどそんな露骨な証拠、大概の奴が人を殺すって時にまず気をつけるところだろ。そんなもん、死体を引きずって全員の前に出て行くのとほとんど変わらねえ。だがそこで、俺は何かが引っかかった。待て、なんかおかしいぞ。なんなんだこの違和感は?

 

   アニーの手から血の臭いがした

      →だからアニーが犯人だと疑われた

         →だが犯人ならそれに気付かないわけがない

            →だからアニーが犯人だとは言い切れない

 

 たったこれだけのことだ。特におかしい部分はないはずだ。アニーの疑いが晴れたわけじゃねえが、断定はできないってことだ。そこは別におかしくない。

 

 

 

 「・・・ちょっと待て」

 「うん?どうしたの清水クン?」

 「いや、今の話なんだが、そもそもこの話おかしいだろ」

 「は?アンタなに言ってんの?犯人決まんなかったのは残念だけど、別におかしいとこなんてなかったじゃん」

 「話の内容にはな。だが、この話がもともとウソだったとしたらどうなる?」

 「ウソだと?どういうことだ」

 

 そうか。あっという間に話が終わったから流しそうになっちまってたが、こうやって自分とは違う奴に疑いを向けることが犯人の目的だったんじゃねえか。そう考えたら怪しい奴が変わってくる。

 

 「おい滝山」

 「ん?なんだ?」

 「お前が嗅ぎ取った血の臭いって、マジでアニーの手からしてたのか?」

 「んん?アニーの手はちゃんと血のニオイしたぞ?」

 「清水翔、お前の発言の意図は何だ?」

 「古部来はともかく、アニーの手から血の臭いがするってのは滝山にしか分からねえことだろ?それがウソで、アニーに濡れ衣を着せようとしたんじゃねえかってことだよ」

 「・・・なるほど。そういう考え方もありますね」

 「え?え?なになに?つまるところ、しみずはだれがあやしいとおもってんだ?」

 「テメエだサル」

 「えええええ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!?おれかあああああっ!!?」

 

 なんでそのタイミングで驚いてんだ。自分が疑われてるってことすらまともに理解できねえのか、マジでサル並だな。だけど、その馬鹿さ加減がただの演技だって可能性もある。ここは徹底的に詰めるべきとこだ。

 

 「手から血の臭いがするなんて言ったら、そいつが怪しまれるに決まってる。滝山、テメエは犬みてえに鼻がいいってことを利用して、テキトーなこと言ってアニーを犯人に仕立て上げようとしたんだろ!テメエが飯出を殺したことがバレねえようにな!」

 「・・・・・・・・・な、なんでそんなこと言うんだよ!おれはそんなことしねえって!」

 「ずいぶん間が空いたな。動揺してんのか?」

 「理解するのに時間がかかっただけだと思うがの」

 「だってマジでニオイはするんだからしょうがねーじゃねーか!ホントのこと言ったらダメなのかよ!」

 「じゃあその臭いがするってことを証明してみろ。言っとくが俺は人並みの鼻しか持ってねえぞ」

 「しょ、しょうめいって・・・どうすりゃいいんだよそんなの・・・」

 

 本当にアニーの手から血の臭いがしてるかどうかなんて、滝山自身にしか分からねえことだ。アニー本人が自分の手を嗅いで首を傾げてんだ。証明できねえってことは、滝山がアニーを犯人にしようとしてたってことだろ。滝山はうんうん唸りながら頭を抱えてしゃがみ込んだ。ない知恵絞って考えるくらいなら、さっさと認めちまえ。そう思ってたら、横槍が入ってきた。

 

 「清水、あまり滝山に捲し立てるな。もし本当に犯人だったとしても、これでは議論にならん」

 「あ?うるせえな、何も分かってねえダメ予言者はすっこんでろ」

 「分かってない、か。確かにな。滝山が犯人であるとしたら、私にはどうも解せない箇所がある。滝山が犯人だと主張するのなら、まずはそれを解消してもらってからにしてもらおう」

 「・・・なんだよ」

 

 人が人殺しサル野郎を追い詰めてんのに邪魔すんじゃねえ。何が分からねえっつうんだ。こんだけ悩んでる奴が犯人じゃねえなら、他に誰が犯人だってんだ。臭いなんて曖昧な証拠で俺たちを騙そうとした奴だぞ?なんでそんな奴の肩を持とうとしてんだ。

 まあいい、どうせ滝山が犯人で決まりなんだ。分かんねえ部分を明らかにして納得させてやる。

 

 「そもそもからで済まないが、血の臭いがする者が犯人と疑わしい、という前提から問わせてもらおう。なぜ血の臭いがすると疑わしいのだと思う?」

 「テメエは飯出の死体見なかったのか?あんだけ血流してたんだぞ。それに他にケガとかしてる奴なんかいねえってのは見りゃ分かんだろ。血の臭いがするってことはそいつが血に触った証拠だからだ」

 「しかしお前は、血の臭いが付いたアニーや古部来は犯人ではないと言っているのだな?」

 「その耳は飾りか?アニーが犯人なら臭いを落とす時間はいくらでもあったのにそうしねえのは不自然だから犯人じゃねえ、それに古部来は捜査中に血に触ってたっつってたろうが」

 「では滝山が犯人だという前提で、血の臭いに話を戻そう」

 

 なんなんだよ、どこが分からねえ場所なんだ。さっきからの話聞いてりゃ全部分かるところだろうが。俺だけじゃなく他の奴らも、六浜が何を言いたいのか分からねえって顔をしてやがる。こんな無駄な話で時間を無駄に使わせんじゃねえぞ。

 

 「飯出の死体には大量の出血があった。つまり犯人が飯出を殺害した際、返り血を浴びたとは考えられんか?」

 「それがどうした」

 「滝山が犯人だとしたら、奴はどうやって返り血を処理したのだろうな?」

 「あ?んなもん、水で洗い落とせばいいだけだろ」

 「果たして、それができるかな?より具体的に話をしていこうか」

 

 マジで六浜は何が言いてえんだ?返り血なんか付いたら落とすに決まってんだろ。部屋のシャワー使えばそれくらい簡単にできる。こんなに長々と何をしたいんだ?

 

 「飯出を殺害した時、犯人は出血した飯出から“返り血を浴びた”はずだ」

 「だから、それがなんだってんだよ」

 「殺害後に返り血を落とすのに、犯人はどういった手段を用いたのだろうな」

 「シャワーってもんがあんのを知らねえのかよ。飯出を殺した後で“シャワーで血を落とせば”返り血なんて簡単に落とせんだろうが」

 「それは違うよ!」

 

 しつこく質問してくる六浜に嫌みを混ぜながら返してく。いくら慎重につってもこんなガキでも分かるようなことから確認しなくてもいいだろ。苛立ってきた俺がちょっと語気を強めて言うと、六浜じゃなくて曽根崎が口を挟んできた。

 

 「清水クン、自分で言ってて気付かないの?」

 「あ?なんだテメエ。横から口挟んでくんじゃねえ」

 「いいや、挟ませてもらうよ。だって清水クン、キミは既に自分の主張の矛盾に気付けるはずなんだよ」

 「矛盾・・・だと?」

 「滝山が犯人である、という前提で、どうやって返り血を落としたのか、を考えろ。ここまで言えば分かるはずだ」

 

 だからわざわざ確認するほどのことでもねえだろ。滝山が飯出をぶっ殺した後で、部屋に戻ってシャワーで血を洗い落としたんだ。サルほど馬鹿でも血を付けたまんまじゃ・・・あ。

 

 「シャワー・・・」

 「そう。滝山クンはシャワーの使い方が分からないんだ。だからシャワーで血を洗い落とすことはできないんだよ」

 「なんじゃそりゃああああああっ!!?」

 「不潔ですね」

 「ちょっ!アンタそれマジなの!?最悪なんですけど!!アンタもっとあっち行け!こっち寄るな!」

 

 そうだった。確かこいつはシャワーの使い方が分からねえし、ここに来てから体を一回も洗ってねえんだった。見るからに髪は木の枝と脂でボサボサだし体も薄汚れて、足なんか泥だらけだ。返り血どころか汚れすら落とせてねえ奴だ。

 周りの奴ら、特に滝山を挟んだ向こうの有栖川は拒絶反応を示してる。当たり前だな。そこに鳥木が追い討ちをかけるように手を挙げた。

 

 「そ、そう言えば。私は滝山君の部屋を捜査させていただいた時に、彼の部屋のタンスの中も調べたのですが、中には下着が何枚かあっただけで、他に上着やズボンの類は一切ありませんでした」

 「つまり、滝山の服はいま着ているもの以外にない、ということだな」

 「体はともかく服に付いた血はなかなか落ちないからねえ。一晩で完全に血を落として乾かしてまた着るなんて、洗濯機もなしには到底無理だね」

 「なはは・・・な、なんかおれセーフっぽい?」

 「不潔さで疑いが晴れるなんて・・・なんなのよこれ・・・」

 「今回はまだ良しとしますが、今後その不潔な姿で私の前に現れることを禁じます。滝山君」

 「え〜〜〜〜っ!そ、そんなあ!ありす!なんとかしてくれ!お前ふく上手なんだろ!?」

 「なんでアタシが・・・別に一着くらいなら後で縫ってあげるけどさ」

 

 何も反論できねえ。そりゃそうだ。滝山が返り血を浴びたならそれを落としたはずだが、それは滝山にはできねえし完全にとまでいくとこの中の誰にも無理だ。どんだけ動体視力と瞬発力があっても返り血を全部避けるなんてマネは・・・!

 

 「い、いやまだだ!滝山がそもそも返り血を浴びてなかったら、落とす必要なんかねえだろ!」

 「はあ?あんた何言いだすの。飯出の出血で返り血を浴びないなんて無理に決まってるじゃない」

 「頭からシーツかなんかを被って殺せば、返り血を防げる!ベッドにシーツがあるだろ!」

 「確かにそうですが、やはり彼の部屋から血の付いた物は発見できませんでした。その場合、どこにシーツを処分したのですか?」

 「森の中だ!滝山なら・・・むしろ滝山にしか捨てられねえ場所だろ!」

 「ブッブーーーーーー!そんなの無理に決まってんじゃーーーーん!」

 

 そうだ。最初から返り血を浴びてなきゃ落とすなんてこともねえ!シーツを傘代わりにして血を防いで適当なとこに捨てればいい!

 その主張は他の奴らじゃなくて、今まで黙って傍観してたモノクマに否定された。俺が睨んでもモノクマは平然と馬鹿にするような笑い方で続けた。

 

 「合宿の規則にもあるでしょ?ポイ捨ては禁止!たとえ殺害の決定的な証拠だったとしても、それを自然の中に捨てることはできません!残念だったね清水くん。また一から考え直してね!うぷぷぷぷ!」

 「・・・」

 

 黙れ、潰すぞクソが。どいつもこいつも寄って集って俺の話を否定しやがって。

 そうか、“才能”もろくに持たねえ俺の話なんか聞くに値しねえってことかよ。やっぱりこいつらはクソだ。こんな時にも“才能”がどうだこうだ言って、ハナからただの高校生の俺の話になんか耳を貸さねえってか。答えを間違えりゃ死ぬっつうのに、それでも“才能”の方が大事なのかよ。

 

 

 

 「えっと・・・じゃあ取りあえず、滝山くんは犯人じゃないってことでいいのかな?」

 「そのようだな」

 「こ、こんなに話し合ったのに、分かったんはたったそれだけですかあ・・・?」

 「推理は根気だ。それに、可能性が一つなくなったのは大きい」

 「では一段落ついたところで、私からみなさんに質問します」

 

 こいつらに話を聞く気がねえなら、俺はもう喋らねえ。これ以上なにしたってこいつらには邪魔でしかねえからな。もしこいつらが勝手に出した結論が間違ってても、参加してない俺にはなんの責任もねえし、処刑される理由もなくなる。最初からこうしとけばよかった、クソ共の議論にわざわざ口を挟むべきじゃなかった。

 

 「なあにマドカ?」

 「六浜さんの質問の繰り返しになりますが、犯人は返り血を浴びたということでよろしいのですよね?」

 「そうだな。あんだけ派手に出血してりゃ、どうしたって被るだろ」

 「でも、モノクマファイルによると犯行時刻は真夜中です。そして全員が現場に集合した時刻は、確か朝の六時半頃でした」

 「そうだったわね・・・」

 

 なんだってこうも勿体振るんだ。さっさと質問ってのをすりゃ済む話じゃねえのか馬鹿野郎が。こうやって無駄に時間を使ってくのが狙いか?じゃあ犯人は穂谷だな。

 

 「犯行時刻から発見時刻の間に、犯人はどうやって血を落としたのでしょう?」

 「いやだから・・・まどっちさあ、話聞いてた?普通にシャワーで落としたんだって」

 「いいえ、それはできないんです」

 「は?なんで?」

 「有栖川さんは文字が読めないのですか?これも規則にありますよ?」

 

 いちいち嫌味を挟んでくる奴だな。つかなんだその質問、シャワーで血を落とせないってどういうことだ。時間となんの関係があんだよ。首をひねる有栖川に代わって、六浜が答えた。

 

 「夜時間の間、シャワーは使用不可。これのことを言っているんだな?」

 「ああよかった。ちゃんと文字を解される方がいらしたのですね」

 「マドカの言葉はとってもスパイシーね・・・もっとマイルドにしてあげたいわ・・・」

 「夜時間は夜の10時から朝の7時。死体発見時も夜時間だったなら、シャワーは使用できなかった」

 「じゃがあの場で返り血を付けたままの奴などおらんかったぞ?」

 「どど、どういうことなんでしょう・・・?」

 

 シャワーが使えなかっただと?穂谷はそれがわかってたのか?だったらさっき滝山が返り血を落とせなかった理由なんて、何の意味もねえじゃねえか!滝山でなくてもシャワーが使えなかったんなら、条件は全員一緒だろ!

 

 「先に注意しておこう。夜時間であった事実を踏まえた上でも、犯人が何らかの方法で返り血を落としたことは明白だ。よって一度も体を洗っていない滝山に再び容疑がかかることはない」

 「・・・」

 「犯人が血を落とした方法か・・・確かに、それは明確にしておいた方がいいな」

 「みなさん、お粗末な頭を振り絞ってお考えくださいね」

 

 このアマ共・・・。俺に反論の余地すら与えねえってのか。いよいよ俺はここには不要の存在らしいな。だったらもういい、テメエらだけで勝手に考えて勝手に間違えて勝手に死ね。

 

 「犯人は夜時間の間に、どうやって返り血を落としたのでしょう?」

 「ひとばんかけて、ぜんぶ“なめた”んじゃね?」

 「乾かないうちになら、”タオルで拭き取れば”いいんじゃないかしら」

 「やっぱり、“水を使った”んじゃないかな?」

 「きっとそれだ!」

 

 なんの議論なんだこれは。くだらねえ考えばっかり言いやがって。血を落とすんなら水を使わねえわけにいかねえだろ。改めて議論することじゃねえ。

 

 「笹戸クンの言う通り、きっと水を使って洗い落としたんだよ」

 「ほ、ほんとに?曽根崎くん?」

 「でも夜時間はシャワーが使えないんだぜ?水なんてどこから・・・」

 「水なら、いくらでも調達できるじゃないか。ちょっと汚いけどね」

 「まさかアンタ、湖のこと言ってんの?」

 「そのまさか。あそこなら時間に関係なく水を使えるでしょ?」

 「待ちやがれ!」

 

 犯人は確かに水を使ったはずだ。だが曽根崎はそれが水だとか言いやがる。さすがに俺は我慢できなくなった。間違った推理のまま進んでくのを聞かされるこっちの身にもなれクソメガネ!!

 

 「血を落とすのに湖の水を使っただと?んなわけねえだろ!」

 「安心した!清水クンが反論してきたよ!てっきり自分の主張が却下されてヘソ曲げて、もう喋んないとか言い出すかと思ってたよ!で、どうしてそんなわけないのさ?」

 

 完全に馬鹿にしてんなこいつ。分かったよ、だったらテメエの大好きな論理でテメエのその鼻っ柱ブチ折ってやる!!

 

 「湖で血を落とすのは無理なんだよ。滝山が言ってたの忘れたのか?湖で体を洗おうとしたらモノクマに止められたって!犯人が湖で血を落としたってんなら、滝山がウソ吐いてるってことになるよなあ!」

 「いいや、たぶん滝山クンの話は本当だ。湖で体を洗うことは自然を汚すことになるからね。だけど、犯人は間違いなく水を湖から手に入れたはずだ」

 「テメエふざけてんのかよ!自分で矛盾してるって気付かねえほど間抜けか!?湖の水で血を落とそうとしたら、“湖に入るしかない”ことぐらい分かんだろ!!」

 「そこが盲点なんだよ!」

 

 俺が全力で反論しても、曽根崎は平気な顔してまたそれに返す。なんで、なんでそんなに自信たっぷりに言える!何の確証があってそんな無茶苦茶なことが言える!そうやって俺が焦ってきたところを狙ったかのように、曽根崎は急に大声で言い放った。一瞬だけ、裁判場が静まり返った。

 

 「清水クン、多目的ホールでボクが見つけたもの、覚えてる?」

 「あ?」

 「多目的ホール?なんでヤイチローとカケルはそんなところに・・・」

 「誰もおらん場所に二人きり・・・アヤしいのう」

 「かっこ意味深!?」

 「いやそこじゃなくて、バケツだよバケツ」

 「バケツだと?」

 

 そう言えば、ホールで曽根崎が言ってたな。掃除用具のバケツの一つに使われた痕跡があるって。確かに藻やら砂やらが底に付いてた。

 

 「多目的ホールの掃除用具のバケツに、湖の藻が付いてたんだ。これって、犯人がバケツで湖から水を汲んできた証拠じゃないかな」

 「水を汲んだって、どこに?」

 「もちろん部屋にだよ。わざわざ人目につく場所で血の処理はしないでしょ。その証拠もある」

 「証拠の証拠・・・だと・・・!?」

 「ああ・・・あの水滴の跡ですね」

 「そ。穂谷サンが見つけたんだけど、宿舎の前に水滴の跡があったんだ。あれは、水を運ぶ時にバケツから溢れたものだったんじゃないかな」

 

 得意げな顔して曽根崎が推理を言う。外で体を洗えねえのに、汲んできたってだけでなんでセーフになるんだ。んなわけねえだろ。湖の水を使うのは無理なんだよ。

 

 「水を汲んで使った場合は規則違反にならないのか?」

 「そうですね。湖を直接汚してるわけじゃないので、ギリギリセーフですね!」

 

 モノクマの確認もとれて、全員がそれで落ち着いたような空気を出してる。つい反論なんかしちまったが、やっぱりこうなるんだな。無駄な体力使っちまった。やっぱり黙ってるに限る。

 

 「つまり犯人は、飯出を殺した後に多目的ホールのバケツで水を汲み、部屋で血を落として再びバケツを戻したのか」

 「で?それだけ分かっても、それをやったのが誰か分かんなきゃ意味なくない?」

 「そ、それはそうだけど・・・」

 「それに、体に付いた血は水を使って落としたのだとして、服に染み付いた血はどう処理したんだ?」

 「うーん・・・そこはみんなで考えよっか」

 

 結局、偉そうに推理なんかしても大事なことが分かってねえじゃねえか。犯人を見つけられなきゃ血の落とし方が分かっても全然意味ねえ。今までの話は全部無駄だったってことだ。

 困り顔で笑う曽根崎に助け舟を出すつもりか、あるいは呆れ果てたのか、深いため息を吐いて、今まで黙って議論を聞くだけだった奴が顔を上げた。

 

 

 

 「どいつもこいつも・・・まるで乗り手を亡くした愚馬だな。これでは千日手だ」

 「え?」

 「なんだ古部来。久し振りに口を開いたと思ったら、ずいぶんな言い草だな」

 「お前たちの馬鹿さ加減に呆れ果てていたんだ。やれあいつが犯人だやれこいつが犯人だ・・・それは議論ではない、ただの喧騒だ」

 「な、なんだとお!?」

 「無闇に玉を討たんと勇んでも足袋に伏すのみ。将を射んと欲すればまず馬から射よ、という言葉を知らんのか」

 「しょ・・・なに?」

 

 ろくに議論にも参加しなかった役立たずのくせに言うに事欠いて議論になってねえだと?馬鹿にすんのもいい加減にしろよこの石頭野郎。

 

 「いきなり犯人を言い当てることができたら苦労はせん。犯人を明らかにしかつ論理的にそれを証明するには、犯行を順序立てて理解していくべきだ」

 「えーっと・・・つまりどういうこと?」

 「馬鹿が・・・。凶器や殺害方法、殺害現場などの詳細を明らかにしていけば、自ずと犯人が絞られるはずだと言っている」

 「な、なるほど!確かにそれはそうじゃな!」

 

 凶器や現場だと?それこそ飯出の死体を触ってた古部来なら議論の必要もなく分かることだろ。なんでそんな当たり前のことをわざわざ話合わなきゃならねえんだ。ったくくだらねえ。

 俺がいくら思ったところで口にしなけりゃ意味ねえし、したって意味ねえのは一緒だ。こいつらにとって俺の意見なんか寝言ぐらいにしか聞こえてねえんだろう。俺の言うことなすこといちいちケチつけて、最終的には完全否定しやがる。今度こそ、俺は何も言わねえぞ。

 

 「では古部来よ。まず何の話から始める?」

 「そうだな。最も理解しやすい凶器の話からがいいだろう。馬鹿にも分かるようにな」

 「いちいち一言多い方ですね」

 「ええ・・・穂谷さんがそれ言うの・・・?」

 

 凶器なんか分かり切ってる。確か曽根崎とアニーが言ってたはずだ。そんなこと、わざわざ取り立てて議論することなんか何もねえだろ。馬鹿はテメエだ。六浜もそんな奴の肩持ってどういうつもりだ。古部来と入れ替わりになるが、俺は何も喋らねえ。

 

 「まず、凶器が何なのかをはっきりさせるぞ」

 「モノクマファイルによると、飯出の死因は大量出血によるショック死だったな」

 「確か現場にゃ木の枝が散らばってたのう。おそらく飯出はあれで“頭を殴られて”死んだんじゃ!」

 「詰めが甘いッ!」

 

 現場の状況を思い出して閃いたようにデケえ声を出した明尾に、古部来が鋭い目線を送って言った。ってかこんなこと、明尾以外の全員が分かってたことなんじゃねえのか。むしろ明尾はなんでモノクマファイルを読んでねえんだ。最初から読んどきゃこんな無駄なことせずに済んだんじゃねえのか。

 

 「ち、ちがうのか?」

 「これもモノクマファイルに書いてあることだ。俺も確認したが、飯出の体には切り傷と刺し傷があった。つまり凶器は刃物ということになる」

 「傷の深さや形から考えて、小型のナイフが妥当だな」

 「ナイフ・・・ああ!そうだわ!」

 「へ?どしたのアニー?」

 「いま思い出したわ。キッチンからナイフが一つなくなってたの。昨日のディナーの時にはそろってたはずなのに」

 「それって思いっきり凶器の出所じゃないの!?」

 「今の今まで忘れてたわ・・・」

 

 今になってようやくアニーが例の包丁の話をした。キッチンから一本だけなくなってた果物ナイフは、捜査の時にもキッチンには戻ってなかった。これが凶器で決まりだろ。

 

 「おい、なくなったナイフというのはどんなものだ」

 「一番小さいフルーツナイフだったわ。昨日、デザートのタルトを作る時にフルーツを切るのに使って、そのままにしておいたの」

 「果物ナイフか。なくなっているということはそれが凶器だろうな」

 「晩ご飯の時に揃ってたいうことは・・・犯人が持ち出したんはそれより後ですか・・・?」

 「なくなったのに気付いたのは・・・ディナーの後片付けをしている時よ」

 「え・・・それってさ・・・」

 

 アニーの証言によると、ナイフが揃ってるのを最後に確認したのは晩飯の直前で、晩飯の後にはもうなくなってた。つまり、犯人がナイフを持ち出せたタイミングっつったら、もう一つしかねえ。

 

 「昨日の晩ご飯の途中で、犯人はもうナイフを持ってってたってことじゃね?」

 「まあ・・・そうなるよなあ」

 「あ、あの時に!?そんな・・・それじゃ、あの時犯人はもう飯出くんを殺すつもりだったってこと!?」

 「・・・」

 

 そうか、そうだったのか。昨日のあの晩飯の時、既に犯人は飯出を殺す気まんまんで、凶器の包丁をこっそり持ちだしてたのか。いつ飯出に殺意を抱いたのかは分からねえが、よく平気な顔で俺らと飯を食えたもんだ。表面上はへらへらしながら、腹の中じゃ飯出を殺して俺ら全員を騙す算段をしてたわけだ。

 今更分かったところで事件がなかったことになるわけじゃねえ。だが、あの時のことを思い出すと背筋がぞっとなったのは確かだ。実際に行動を起こすくらいの殺意がどんなものかなんて知らねえが、犯人はきっと狂ってやがる。そんなこと、普通じゃ考えられねえ。

 

 「しかし、犯人はその時キッチンに出入りした者、ということにはならんか?俺と六浜は夕飯の直前まで部屋で将棋を指していた。清水と望月は滝山に呼ばれるまでどこかにいた。こう考えればある程度犯人が絞られる」

 「ちょ、ちょっと待てお前ェ!自分らだけ容疑者から外れるつもりか!ズリいぞ!」

 「狡いも何も、誤った選択肢が減るのは全員にとって好都合なはずだ。飯出を殺した奴以外ならな」

 「な、なんだよ?それオレを疑ってるってことか!」

 「さあな」

 

 屋良井の動揺も分かるが、古部来の言い分もまあ分かる。俺はもちろん飯出を殺したりなんかしてねえし、ナイフを持ち出せなきゃ殺せるわけがねえ。ってことは、昨日キッチンに出入りしてた奴が犯人ってことになる。

 

 「いや、そう簡単にはいかんぞ古部来」

 「だよね・・・。キッチンに出入りした人って結構いるし」

 「最後にナイフを確認してからキッチンに出入りしたのは、料理をしてたワタシたちと手伝いに来てくれたみんなね。だから、持ち出すチャンスは誰にでもあったと思うわ」

 「そういうことだ」

 「なるほどな。まあ、後から来た者でも食事中にこっそり持ち出すことは可能だろうな」

 「なんだそりゃ!けっきょく犯人わかんねーままじゃねーかよ!」

 「黙れ山猿。凶器から割り出されるような間抜けが犯人ならとっくに分かっている」

 

 なんだよそれ。滝山の言う通りだ。結局、凶器を明らかにしたところで何も分かねえままじゃねえか。マジで無駄だな、何の意味があったんだ。

 

 「問題は、そのナイフが今も戻っていない、ということだ」

 「へ?」

 「犯人が飯出を殺害してから発見まで時間があったことは確認済みだ。その間にキッチンにナイフを戻さなかったということが、何を意味しているか、分かるか?」

 「えっと・・・飯出くんの血が付いたから戻さなかったのかな?水だけじゃどうしようもなくて・・・戻しに行くのも見つかるリスクがあるから・・・」

 「そうじゃない。なぜ戻さなかったか、ではなく、戻っていないことが意味することだ」

 

 はあ?マジで古部来は何を言ってんだ?なんで犯人がナイフを戻さなかったかは分からねえが、戻ってねえことがなんでそんなに重要なんだ?戻ってねえってことは、外にも捨てられねえとなると、一つしかねえだろ。

 

 「は、は、犯人がまだ・・・包丁を隠し持ってるいうことですかあ!?」

 「そうだ。ここに持ってきている可能性は低いが、少なくとも部屋に隠している可能性は十分に考えられる」

 「じゃ、じゃが六浜の言う通りに捜査をしたが、どこからも果物ナイフなど出て来んかったんじゃぞ?」

 「現状はな。しかし俺たちの捜査が完全にその部屋の全てを調べきったという保証などできまい。あくまで素人の手によるものなのだからな」

 「ってかさっきっからまどろっこしいこと言ってさ、アンタ結局何が言いたいの?」

 

 やっと俺がムカついてたことを有栖川が代わりに言った。古部来はこんなに俺らに無駄な議論をさせて、何をはっきりさせてえんだ?凶器は果物ナイフって決まったじゃねえか。だらだらぐだぐだと無駄話をしてる暇はねえんだぞ。

 

 「凶器はキッチンにあった果物ナイフ。犯人がそれを持ち出したのは昨日の夕飯直前からその間にかけて。そして現在もどこかに隠し持っている」

 「普通の捜査では見つからないような場所に隠したということか・・・。狡猾な犯人だ」

 「コーカツってなんだ?うまそうだな」

 「とうもろこしのフライだよ」

 「へえ、日本には色んな料理があるのね」

 「アニーまで引っかかってる!いい加減なこと言わないでよ屋良井!」

 

 だからそれが分かっても今から捜査し直せねえんだったら意味ねえだろ。犯人に繋がる手がかり以外はいらねえ、どうでもいいことばっかり分かったってそんなもん犯人にとっちゃ都合のいい時間稼ぎにしかならねえだろ。

 

 

 

 「凶器の線から犯人は見えてきそうにありませんね・・・。申し訳ありません、私がもっとよく気を配っていればこんなことには・・・!」

 「どうして鳥木君が責任を感じているのですか?自意識過剰な上に加害妄想癖があるんですか?」

 「穂谷サンはそれ励ましてるの?貶してるの?」

 「2:8くらいです」

 「どっちが!?」

 「あ、あのう・・・次の議題に話を移しませんかあ・・・?はよう犯人を見つけんと・・・い、飯出さんの霊魂がうちらを祟るかも分かりません・・・」

 「祟りはともかく、賛成だ」

 

 晴柳院がおそるおそる言って、ようやく全体が動き出した。もっと重要な手がかりとかそういうのが大事だろ。ったくいちいちどうでもいいことばっかり話しやがって。もうここにいる全員が犯人に見えてきた。そうやって時間を稼いで議論をうやむやにしようとしてるとしか思えねえ。マジでこんなんで犯人の正体にたどり着けるのか不安になる。

 

 「凶器は取りあえず分かったから、次は現場については?」

 「現場の状況もだが、飯出があの場に倒れていたことに関して話し合ってみましょう」

 「せいぜい実のある議論をしてもらいたいものだ」

 

 現場か。まあ凶器よりはマシだな。確か飯出は中央通りに血まみれで倒れてるところを発見されたんだったな。飯出があそこに倒れてた理由、それを明らかにしようってことだな。

 

 「飯出が発見されたのは中央通りだ」

 「“血まみれのまま”あそこに放置されていたんでしたね・・・」

 「現場の散らかり具合からして、飯出は“中央通りで死んだ”と考えられるのう」

 「犯人はキッチンから果物ナイフを持ち去った後、“中央通りで飯出を刺した”ということか」

 「引っかかったな!」

 

 議論の中で、六浜が呟いた言葉を待ってましたとばかりに屋良井が食いついた。嬉しそうに六浜を指さして大見得切りながらその間違いを指摘する。そこまで大したことしてねえぞお前。

 

 「飯出が刺されたのは中央通りじゃねえんだな!実は!」

 「はあ?アンタなに言ってんの?飯出の死体は中央通りにあったんだから、現場もあそこしかないっしょ?」

 「そーだそーだ!」

 「ちげえったらちげえんだよ!いいか?じゃあもしあそこで飯出が刺されて殺されたってんなら、なんで中央通りの地面には血が散ってなかったんだ?」

 「ほう、貴様がそれに気付いていたとは。意外だ」

 「そこはかとなく馬鹿にされてる気がする」

 

 確かに、飯出の死体の周りは土がほじくられたり枝が散ってたりと荒れてたが、血はあまり散ってなかった。少なくとも出血の量に対してはきれいなもんだった。だがその代わり、俺はもっと血が落ちてた場所を知ってる。曽根崎もそれに気付いてんのか、にやにやしながらこっちを見てくる。テメエのペンで両目潰すぞ。

 

 「言われてみればそうだな。私としたことが、飯出の死体を目の当たりにして動揺していたようだ」

 「それで、中央通りでないのなら、飯出君は一体どこで殺害されたと?」

 「へへっ、知りてえか?それはなあ・・・!」

 「展望台だ」

 「てんぼオオオオオオオオオオオオオオオオイッ!!!先言うなよオオオッ!!!」

 「突然絶叫するとは唯事ではないな、具合でも悪いのか?屋良井照矢」

 「テメエのせいだあ!!」

 

 屋良井がもったいぶって言わねえことを望月がズバリと言った。こういう空気を読まねえことはいつものことだ。別に肯定するわけじゃねえが、長引くよりはよっぽどいい。

 

 「展望台にはたくさん血が散らばってたわ・・・それこそ、あそこが現場だって証拠としては十分なくらいにね。写真も撮ったわ」

 「あれェ!?石川お前までれおの台詞取りやがったな!」

 「う、うちあんまりその写真見たないですぅ・・・」

 「中央通りよりも展望台の方が、地面に残った血痕は圧倒的に多い。犯行のほとんどが展望台で行われたことはもはや疑いの余地はない」

 「ツッコミ入れてる間に全部言われた!!」

 

 あんだけ血がありゃここに異論はねえな。これにケチ付けてくる奴もいるかと思ったが、石川が撮った写真が決め手になったのか誰も口を挟むことなかった。と思ったら、笹戸が納得いかなそうな顔をして言った。こいつらはいちいちケチ付けなきゃ死ぬ病気なのか?

 

 「っていうことは、つまり飯出くんは展望台で犯人に襲われたってことだよね?う〜ん・・・でもホントにそうなのかな?」

 「なにそれ、写真もあるのに何が納得いかないのよ」

 「だって、それだと飯出くんは展望台で殺された後に中央通りまで運ばれたことになるんだよ。犯人にとってそれって何の意味があるのかな、って思ってさ」

 「んなもん、ころしのあったばしょを下だとおもわせるためだろ」

 「あら、滝山君はそのちっぽけな脳の使い方を覚えられたのですね。おめでとうございます」

 「へへっ!どんなもんだい!」

 「褒められてねえからなお前!」

 

 屋良井はケチ付ける以前にいちいちツッコミ入れなきゃ死ぬ病気らしい。後で医務室でありったけの薬飲ませてやる。んなことより、笹戸の言いてえことはこういうことだ。殺害現場と死体発見現場が違うことは、犯人にとって何の意味があんのか。そりゃ確かに考えといた方がいいかもな。

 

 「展望台にあれほど大量の血痕が落ちていたのだ。消そうとした痕跡もないのに、犯行現場を誤認させようとした、と説明するのは無理がある」

 「じゃあ・・・他に目的が?」

 「案外、飯出が自力で展望台から降りてきたのかもよ」

 「そ、そんなゾンビみたいなことできっこないわ・・・。いくらジョージでもそんなタフネスは・・・」

 「そもそも、刺された後の飯出クンが普通に移動したとは考えられないよ。ね?清水クン」

 

 あれやこれやと意見が出るが、ここで曽根崎がまた口を挟んできた。最後に俺の方を見てきたのにイラッときたが、あいつの言いたいことは分かる。あんな血まみれの奴が展望台から中央通りまで降りてきたとは思えん。

 

 「普通に移動しなかった、とはどういうことだ?なぜそう思う?」

 「ボクよりも、清水クンに説明してもらおうよ。あんまり喋ってないと、また拗ねて面倒臭くなるよ?」

 「清水、言え」

 「・・・ちっ。展望台から中央通りまでの山道に、血の跡は一滴もなかった」

 「つまり、展望台で粗方の血を払える犯人はともかく、重傷を負った飯出クンが自力にせよ他力にせよ、山道を通った痕跡がないんだよ!」

 「なん・・・だと・・・!?」

 「えええええっ!?ま、まさか神通力で浮遊しはったいうことですかあ!?飯出さんにそんなことが!?」

 「いやそれはないっしょみこっちゃん!」

 

 結局曽根崎は自分で言うのか。なんなんだこいつマジで。とにかく、行きに飯出が山道を通ったか知らんが、帰りに通ってねえことは明らかだ。血が落ちてねえってことは、犯人は展望台で完全に血を払ってから降りたか、飯出を下まで移動させた方法で自分も降りたかだ。あんだけ血が散らばってりゃ、前者の可能性の方が高えけどな。

 

 「ん?ちょっと待って曽根崎。アンタ、犯人は血を払ったって言ったわよね?」

 「うん、そうだね。完全に落とすことはできないにしても、滴らない程度には短い時間でできるはずだよ」

 「それがどうしたのカナタ?」

 「あのね、犯人がそうやって血の跡を残さないようにできたなら、飯出も同じだったんじゃないかなって思ったの」

 「飯出も・・・とはどういうことだ?」

 

 初めて古部来から純粋な質問が飛んだ。確かに石川の言うことは意味が分からん。飯出が血の跡を残さなかったってことか?

 

 「えっと、飯出がそうしたってわけじゃないの。犯人が展望台で飯出を殺した後、血が乾くのを待ってから下まで運んだんじゃないかなってこと」

 「なるほど・・・それなら山道に血の跡がないことの説明がつくな」

 「いいや、それは違うぞ石川よ!」

 「へ?」

 「飯出が死んだのは展望台ではない。中央通りなんじゃ」

 「な、なんでよ?だって展望台に血痕があったじゃない。あれだけ血を流してたら、飯出があそこで殺されたのは明らかなはずよ!」

 「殺されたのは展望台じゃ。じゃが、飯出が死んだのは中央通りだったはずじゃ」

 「な、なにいってんだあけお?ころされたのとしんだの所がちがうって・・・どういうことだ?」

 「ちょっと変なこと言わないでよ!飯出が死んだのは展望台以外にあり得ないでしょ!」

 

 明尾の反論で、石川だけじゃなくその場のほとんどの奴が混乱していた。飯出が死んだ場所と殺された場所は違う、それは俺と明尾、後は二人か三人くらいしか分からねえことだ。普通に考えてわけの分からんことに石川は興奮して反論してきた。ちゃんと言わねえからこうなるんだ馬鹿が。

 

 「展望台には大量の血が散らばってて、ちゃんと血痕も残ってたの!さっき写真で見せたでしょ!他に血を出してる人がいないならあれが飯出の血だってことは間違いないよ!だから飯出はあそこで殺されたんだ!」

 「殺されたのはあの展望台じゃ、他にあれ以上の血痕が残ってる場所もないからの。しかし飯出は中央通りに移動してから少しの間は確実に生きていたはずじゃ。すなわち殺されたのは展望台じゃが、死んだんは中央通りってことになる」

 「はあ!?明尾ちゃん、自分で何言ってるか分かってんの!?殺された場所と死んだ場所が違うって意味が分かんないよ!だいたい、そこまで言える根拠って何!?“飯出が中央通りで生きてた証拠”でもあるの!?」

 「モロいぞ!」

 

 激しく反論してくる石川に、明尾は珍しく落ち着いて更に反論していった。そして石川が言った一言に、明尾は待ってましたとばかりに強く言い放った。こんなに勿体付ける奴だったか?そんなことより、飯出が死んだ場所が中央通りってことになると、話が変わってくる。ちゃんと伝えてもらわねえと困るぞ。

 

 「飯出が中央通りで死んだ証拠ならある。古部来、お前も気付いておるんじゃろう?」

 「おおよその見当はつく」

 「ちょっと!二人だけで話さないでその証拠ってのを教えてよ!」

 「よかろう!実はな、飯出の死体の周りの地面が非常に荒らされておったんじゃ!それこそ土は抉られ枝葉は散り、まるで誰かが暴れ回ったようにじゃ!」

 「ワンころでも来たか?」

 「来るわけねえだろ!」

 「おそらく飯出が死の直前、苦しみもがいた痕跡だろう」

 「よ、よくそんな落ち着いて言えるわね・・・クールなのはいいけどちょっとあなたも怖いわよリョーマ」

 

 そうだ、明尾が気付いて言ってた。飯出の死体の周りはひどい荒れ方だった。自然になったとは考えられないほどに。古部来の言う通り、死ぬ前に飯出が暴れ回ったんだろう。だからあいつの近辺しか荒れてなかった。それと同時に、暴れた跡があるってことは飯出が中央通りで死んだってことだ。

 

 「これで納得したか石川?」

 「ま、まあ・・・それならそうと早く言ってくれればいいのに」

 「ですがまだ解決していませんよ?飯出君が中央通りで亡くなったことが分かっても、展望台から移動した手段が不明確なままです」

 「だけど・・・暴れ回る体力が残ってたんなら、飯出くんが自分で移動したってことにならない?」

 「そうだが・・・だからこそその手段が分からんのだ。どうやって飯出は下まで移動したのか」

 「もう一度話し合う必要がありそうだな」

 

 飯出は展望台で襲われた後、何らかの方法で中央通りまで移動して死んだ。下で暴れ回る余裕があるなら助けを呼びに行くなり犯人の手がかりを残すなりできたはずだ。あっさり死にやがって、一番大事な時に役に立たねえ奴だな。

 

 「“山道を通らずに”下に降りる方法などあるのか?」

 「そう言えばガラス張りの建物の方にも山道が続いてたな」

 「あの建物はしっかりと“施錠されていた”はずです。倉庫付近からも山道が続いていましたが、あちらから入ることもできませんでした」

 「や、やっぱり“浮遊して”降りはったんじゃ・・・」

 「だからそんなわけないってば・・・マジで出来たら殺される前に逃げるっしょ」

 「そもそもケガを負った飯出クンが自力で下に行けるわけがないよ。しかもみんながいる宿舎じゃなくて中央通りに行くなんて不自然だ」

 「じゃあ飯出くんは襲われた後、“犯人に下まで運ばれた”ってこと?」

 「いや、違う!」

 

 笹戸の言った一言が俺の中で引っかかった。思わず叫んじまったが、それに反論する材料はある。それが反論として成立するかは、俺が決めることじゃねえ。癪だが、もう一回きくしかねえか。

 

 「犯人が飯出をあそこに放置できたはずがねえ。たぶん・・・そのはずだ」

 「は?だって飯出はあそこで見つかったんしょ?どゆこと?」

 「俺にもよく分からねえ、おいモノクマ」

 「ぐーすか・・・ぐー・・・」

 「モノクマ!!」

 「んはっ!な、なに?あんまりオマエラがのんびり議論してるから、退屈して寝ちゃってたよ」

 

 重要な話なんだ。寝てんじゃねえゴミクズが。

 

 「合宿規則にあるポイ捨て禁止ってのは、死体も含まれんのか?」

 「え〜?死体?モチのロンだよ!どんな理由があってもポイ捨てはダメ!絶対!死体遺棄も立派なポイ捨てなのです!」

 「じゃあ、犯人が殺した後に被害者が勝手に動いた場合はポイ捨てになんのか?」

 「う〜ん・・・なかなか突っ込んだ質問するなあ清水くんったら。どうしたの?急に名探偵の霊でも取り憑かれちゃったの?」

 「えええええええっ!?た、大変ですぅ!はよ除霊せんと・・・あ、でで、でも今は憑きっぱなしの方がええんやろか・・・」

 「質問にだけ答えろ」

 

 余計なこと言うからチビが反応しただろうが。テメエはただ聞かれたことだけ答えてりゃいいんだよクソぐるみ。黙って答えろ。

 

 「そうですね。屋外に限った話だけど、殺した後に遺体を捨てるのはポイ捨てになります。が、加害者が現場を離れた時に被害者が死亡していない場合、また被害者自身かそれ以外によって被害者が移動した場合はポイ捨てにはなりません」

 「それ以外・・・とはなんだ?」

 「それはオマエラで考えな!うぷぷぷ!」

 

 飯出は確かに展望台で襲われたはずだ。だが飯出の死体は中央通りにあった。普通なら山道を通ったって考えになるが、あんだけの出血だったにもかかわらず山道にも中央通りの他の場所にも血の跡はなかった。つまり、飯出は直接あそこに行ったんだ。それも、犯人の力を借りずに。

 

 「で、それがなんなの?」

 「飯出は展望台で襲われた後に中央通りまで移動した。だが犯人が飯出を移動させたんなら、それはポイ捨てになるってことだ」

 「なるほど!さすが清水クン!やればできるんだね!やらなきゃ何にもできゃしないけど!」

 「それだけではない。飯出条治は、飯出条治自身の力かそれ以外の要因で移動したということが明らかになった」

 「それ以外の要因?」

 「犯人でも被害者でもない、第三者。もしくはそれでもない力か・・・」

 「だあああああああああああっ!!わけ分かんねえよ!!もっと簡単に言えよ!!結局飯出はどうやって中央通りまで移動したんだよ!!?」

 

 その結論のところはまだ俺にも分からねえ。けどポイ捨てになってない以上、犯人が飯出を移動させたわけがねえんだ。そして飯出自身も山道に血痕を残さず移動するなんてことができるわけがない。つまり、飯出は犯人でも自分でもない誰かに移動させられたってことになる。

 でも、誰がそんなことを?犯人が展望台で飯出を刺した後、わざわざ飯出を中央通りに移動させた意味はなんだ?それも、山道にも中央通りの他の場所にも血の跡を全く残さずになんてどうやったんだ?飯出に何が起きたんだ?

 飯出の死体が中央通りで見つかった、ただそれだけのことなのに、こんなに次から次へと疑問が浮かんでくる。何が真実で何が間違いなんだ。漠然とした真っ暗な空間で見えない壁に押し潰されるみてえだ。どうすればいいかも、どうなってるのかも分からねえ。このまま正体不明の謎に捕まったまま逃げられないような気さえしてきた。

 けどそれは、俺が死ぬことを意味してる。そう気付いた瞬間、背筋が痛いほどに凍った。真実に向かって進む道標がいきなり狂いだしたことが、とんでもなく危険で不気味な状況なんだって分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り15人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍   石川彼方  曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

 有栖川薔薇  穂谷円加  【飯出条治】  古部来竜馬

 

 屋良井照矢  鳥木平助   滝山大王  アンジェリーナ




とにかく文字数が多いですね。流れ追うの大変だと思うので、話題が変わった辺りを間隔空けました。場面転換ではなく、ただ見やすくしただけです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

学級裁判編2

 やっほーーーーーーーーーーい!!オマエラ、ダンガンロンパQQをお読み頂いてありがとうございます!え?メタ発言は止めろって?何のこと言ってるか分かんないなあ。いつからボクがモノクマだって錯覚してたの?口調だけで判断するなんて浅はかだよ!!

 

 さて、冗談はこれくらいにして、このボク、モノクマと一緒にこれまでの学級裁判の粗筋でもお温習いしましょうかね。ぬるくならうって書いておさらいと読むんだよ。ボクも今知ったんだ。コンピューターってすごいよね。

 

 今回の事件の被害者は、“超高校級の冒険家”こと飯出条治くん。生前はみんなのリーダー的存在で、みんなをまとめながら合宿場から脱出する方法を模索してた暑苦しい子だったね。そんな彼がなんと、夕飯を兼ねた決起集会の次の日の朝に死体となって発見されたのでした!

 なんということでしょう!あんなに凜々しくて逞しくて頼りになった飯出くんは、頭を滅多刺しにされ大量の血を流した無残な死体へと変わり果ててしまったのでした!あの飯出くんがこんな姿になってしまい、しかも彼を殺したのは仲間の中の誰かだなんて、サイッコーに絶望的なシチュエーションだよね!胸がワクドキして、心臓が弾け飛んでシューティンスターだよ!うっぷぷぷぷぷぷぷ!

 生存中の残りの15人は、笑いあり涙あり希望ナシ絶望てんこ盛りの学級裁判へと身を投じ、疑い合いと信じ合いと騙し合いの議論を繰り広げるのでした!飯出くんを殺した凶器が果物ナイフと判明したところまでは順調だったものの、犯行現場の話題になった時に大きな壁が立ちはだかったのです!展望台の血痕と中央通りに倒れていた飯出くん!そして二箇所を繋ぐ唯一の山道には血痕一つない!この不可解な状況に、“超高校級”とその他+αの生徒達は困惑し、立ち止まるのであった!

 果たして彼らは真実へと辿り着くことができるのであろーか!注目の結末は本編で!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・ふぅ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飯出の死体が見つかったのは中央通り。現場の荒れ具合からして飯出は中央通りで死んだ、だが犯人が飯出を刺した現場はそこじゃなく、展望台だ。展望台の地面に散らばった大量の血痕がそれを物語ってる。

 でもじゃあ、飯出は展望台で刺されてから中央通りで死ぬまで、どうやって移動したんだ?犯人が遺棄したわけでも、自力で移動したわけでもない。つまり、犯人じゃない誰かが飯出を下まで移動させたってことなのか?

 

 「殺された場所と死んだ場所が違う・・・か。実に不可解だな」

 「こ、この中のだれかが・・・飯出さんの死体を見つけて下に移動させたとしか・・・」

 「なんじゃそりゃあ!?なんのために誰がやったんだよ!?」

 「ごご、ごめんなさいぃ・・・!でもそうとしか・・・」

 「もしそれが本当なら、それをした人物は飯出を殺す機会をうかがっていたのかもしれないな」

 「え?ど、どいうこと?なにそれ?」

 「飯出の体はひどい有様だった。刺し傷もそうだが、腕や脚の一部は骨が折れ、皮膚が破けている箇所もあった。とても刃物だけで傷つけられたとは思えん」

 「ひええええええええええええええっ!!も、もう止めてくださいいいいいいいいいいいい!!」

 「おい古部来!!みこっちゃんはそういうグロいのアウトなんだからもっとまろやかに言えよ!!」

 「知るか」

 

 確かモノクマファイルにもあった。飯出の体はこれ以上ないってくらいぼろぼろで、犯人は相当の恨みを持って飯出を殺したんだろう。けど凶器が刃物なのに、骨折とかの傷があるってことは、犯人以外にも飯出を痛めつけた奴がいたってことか?それほどあいつは恨みを買うような奴だったか?

 

 「・・・」

 「どうしたの清水クン?妙に考え込んじゃって。もしかして心当たりがあるの?」

 「マ、マジで!?」

 「いや・・・本当に飯出は誰かに運ばれたのかって思っただけだ」

 「まーたわけ分かんねえこと言ってやがるよチクショウ!!飯出自身に無理なら誰かが運ばなきゃしょうがねえだろ!!」

 「けど、もし飯出を移動させた奴がいたならわざわざ痛めつける意味がねえ。恨みを持ってたんだとしても、既に血まみれの飯出をボコるだけで済ませるか?自分が殺そうと何かしなきゃおかしい」

 「・・・確かにな。それは俺も気になっていた。意図はともかくあの状態の飯出を手当てせず移動させるほどの度胸があるのなら、直接命を奪う行動をとっているはずだ」

 「じゃあ、飯出はどうやって・・・」

 

 何かを閃きそうなんだ。飯出が自分の力でも、犯人の力でも、他の誰かの力も借りずに移動した手段が。もう少し考えれば・・・!

 山道を通らず・・・ぼろぼろの体で発見されて・・・周りの荒れた地面には土や枝葉が散らばって・・・展望台には・・・!!

 そうか、その手があったか。飯出は展望台から移動したんでも、移動させられたんでもない。きっと飯出があそこに移ったのは、飯出本人にも犯人にとっても自然なことだったはずだ。それが意図的にしろ、意図的でないにしろ、同じことだ。

 

 「もしかして飯出は、展望台で襲われた後に、そのまま展望台から中央通りまで転がり落ちたんじゃねえか?」

 「落ちた・・・だと?」

 「展望台の柵の一つにおかしな部分があった。そうだよな望月?」

 「へえ!清水クンが他人に証拠を要求するなんて!清水クンが自分から他の人に積極的に話しかけるなんて!こりゃあとんでもないことだ!」

 「例の杭のことか。もちろん記憶している」

 

 もうあの馬鹿には触れない。とにかく望月は頷いて、他の奴らにあの杭のことを話した。一つだけ、杭の刺さってた穴が強引にこじ開けられたように広がってて、杭がゆるゆるになってた。それにその周りのロープには血の跡も付いてた。あれは、刺された飯出が落ちた場所だったからじゃねえか?

 

 「なるほどな。確かにそう考えられる」

 「なぜそれを早く言わん。それほど決定的な証拠があれば、こんな馬鹿共と下らない議論をする時間をより有意義に使えたものを・・・」

 「だれがバカだこぶらい!お前だってそのことしらなかったんだからおたがいさまだろーが!」

 「滝山君、もっともな反論があるならあなた以外の方に言わせてください。発言の価値が下がりますので」

 「やめんか呆け者!とにかく、清水の考えに反対する者はいないのだな?」

 「ええ・・・他に考えつきませんので、おそらくそうなのでしょう」

 「刺した後に突き落とすなんて・・・犯人にハートはないのかしら・・・」

 「そんなに飯出くんが憎かったのかな?」

 

 珍しく一切の反論もなく、俺の意見が通った。まあ、他に手段が思いつかねえなら受け容れざるをえねえよな。どいつもこいつも気まずいっつうか不服そうな顔をしてる。そりゃそうだ、俺なんかの意見を通すしかねえってのはこいつらにとって屈辱でしかねえからな。ま、今はそんなことより、犯人を見つけることが優先だってこいつらも分かってきたってことだ。

 

 

 

 

 

 「まとめると、飯出クンは展望台で犯人に襲われた後、展望台の柵を超えて山肌を落下、中央通りまで移動してから死亡したってことだね」

 「反論なーし」

 「あ、反論じゃないけど、質問してもいい?」

 「くだらないことでしたら、それなりの謝罪を要求しますよ?笹戸君」

 「な、なんで僕だけそんなペナルティを・・・」

 「いいから言ってみろ」

 

 穂谷は野次を入れるだけなら黙ってろ。取りあえず一連の流れは明らかになったが、笹戸はまだ分からねえことがあるみてえだ。頭の悪い奴だ。これ以上何が分からねえってんだ。

 

 「あの・・・飯出くんはなんで展望台にいたのかな?犯行時刻って真夜中だったはずだよね?」

 「おお!それは確かに疑問じゃな!昨日の夕飯の後、わしなんか腹一杯ですぐ寝てしまったぞ!」

 「おれもだ!」

 「テ、テメエらしれっとアリバイアピールしてんじゃねえよ!オレだって寝たよ!」

 「展望台ということは、夜の散歩でもしてたのでしょうか?」

 「そ、そんな時間に出歩いたら妖に魔界へ誘われてまいます!逢魔が時と丑三つ時は特に危険なんですよぉ!」

 「妖怪はともかく、確かにその時間に外を出歩くのは迂闊と言わざるを得ないな。冒険家たる飯出が、それぐらいの危機管理もできないとは思えんが」

 

 なんで飯出が展望台にいたかなんて重要か?そこから犯人が分かるってんなら別だが、その理由ならもう俺は知ってる。

 

 「呼び出されたんだ」

 「ま、またお前かよ清水!お前どんだけ情報持ってんだよ!」

 「ボクがあちこち連れ回したからね〜」

 「じゃあなんで曽根崎は言わないの」

 「清水クンにいいかっこさせたいじゃん?普段できないんだから」

 「話を逸らすな。面倒だ」

 

 俺が一言だけ言うと勝手に話が進む。後は古部来に投げた方がいいだろ。話す奴が多いと馬鹿が野次を入れやすくなっちまう。

 

 「飯出の手にはこんなものが握られていた」

 「ひゃあっ!?ち、血まみれやないですかあ・・・」

 「そりゃ当然でしょ・・・あいつが持ってたんだから」

 「これは、飯出を展望台に呼び出すメモだ。書かれている時刻は犯行時刻の直前。犯人が飯出に宛てたものと考えていいだろう」

 「リョーマ、なんて書いてあるの?」

 「自分で読め」

 

 そう言って古部来は隣の屋良井にメモを渡してアニーまで送らせた。屋良井は戸惑いながらもメモを摘まんで隣に回していった。あのメモは飯出が犯人に呼び出された証拠だ。つまり飯出は自分から展望台に行ったってことだ。犯人に誘われるがまま。自分が殺されるなんて知らずに。

 そのメモを読めば、どんな馬鹿にもそのことが分かるだろ。滝山だけが理解できてなさそうだが、こいつは理解したところで意味がねえからもういい。

 

 「だけど・・・いくら呼び出したからって、そう簡単に行くかしら?ジョージだって気をつけてたはずよ」

 「そうですね。無条件で人を信じて馬鹿を見そうな方でしたが、さすがにこの状況で警戒しないわけがありませんね」

 「古部来くん、このメモ以外に飯出くんは何も持ってなかったの?」

 「いや、実に色々なものを持っていた。奴らしいと言えば奴らしいが、奴らしくないものもいくつかあった」

 「たとえば?」

 「そこの緑眼鏡がメモを取っていたはずだ」

 「緑眼鏡ってボクのこと!?ひどいなあ、緑は目にいいんだよ」

 「自己完結型で説得力なっ!!」

 

 そういえばそうだな。なんで飯出はメモで呼び出されたからって簡単に行っちまったんだ?普通、モノクマにあんなことを言われてる状況で真夜中に呼び出されて警戒しねえわけがねえ。だけどあいつの持ち物にそれらしいものはなかったはずだ。具体的に何を持ってたかは忘れた。曽根崎がメモを取り出してリストを読み上げた。

 

 「で、飯出クンの所持品だよね。え〜っとだね。制汗スプレー、ミント味の清涼菓子、ポケットティッシュ。それから避妊具だね!」

 「ひっ!?んな・・・な、な、なななっ!!なぜそそそ、そんなものをぉ・・・!?」

 「ドールんキョドり過ぎだって!」

 「ヒニングってなんだ?せーのってやつか?」

 「というか、そのラインナップって・・・」

 「明らかに女を意識してんな!これマジもんの戦闘態勢じゃねえか!」

 「その表現いいね屋良井クン!」

 

 ああ、そう言えばそうだった。『避妊具』の部分で俺の方をちらっと見てくるのがうぜえが、こういう時にあいつのメモは役に立つ。そのお陰で、ここで一つ重要なことが分かった。飯出が展望台で会ってた奴、つまり犯人に関する重要なことだ。

 

 「この持ち物を見る限り、犯人は女ということになるな」

 「にゃにゃ・・・にゃにをゆうかこぶらい・・・!!しょ、しょ、それだけで犯人を女とするとはそーけいな・・・!」

 「少し落ち着け六浜童琉。深呼吸をしろ」

 「早計なものか。メモの文体や飯出の所持品を見ても犯人が女であると推測できんのか?」

 「ふう・・・ふう・・・い、いや。メモなど男が書いても同じだ。丸文字など簡単にマネできるだろう。それに、飯出がお前と同じように早とちりをしたという可能性を棄却できまい」

 「ほう、ではお前は、女に呼び出されたと早とちりした飯出が、展望台で男に会って何の抵抗もなく殺されたと?どんな馬鹿でもそれほどのことがあって気付かないわけがない」

 「で、では展望台に女がいた証拠があるのか!飯出が襲撃された際に女がいたということを証明できるのか!?」

 

 今まで不気味なほどに冷静でちゃんと議論できてた六浜が、曽根崎のたった一言であっという間にこんな感じになりやがった。どんだけ精神的に打たれ弱いんだ。いや、打たれ弱いっつうより悪性のむっつりスケベが深刻なんだな。癌かよ。

 

 「俺は展望台に行っていないからな。望月にでもきいてみたらどうだ」

 「生憎だが、私は犯人が女であるという命題に対する有効な証拠を有していない」

 「あたしもそんなのは見なかったわ。むしろ飯出を油断させたり、そういうミスリードを誘ったりするためって考えた方がよっぽど自然だわ」

 「ちょっ待てよ!」

 「コレステロールのマネかな?似てないね」

 「いや、木村の方だと思うけど・・・」

 「普通に考えて犯人は女だろ!あんな丸文字書いたりよ!夜中に男に呼び出されたらこんな状況じゃなくたって逃げるわ!それこそコレステロールじゃねえか!」

 「人を選ぶ発言はやめんかああああ!!」

 

 何の話をしてんだこいつら。でもどっちの意見も納得はできる。犯人は男か女、そんなことは分かり切ってるが、どちらかだって分かるだけでもぐっと犯人像に近付くはずだ。これは重要なことだ。

 

 「結局のところ、犯人はどちらなんでしょうね」

 「メモの文字と内容、そして飯出が持っていた品々から察するに、“犯人は女”だ」

 「浅はかだぞ古部来!メモが見つかることは犯人も想定しているはずだ!そうした際にミスリードを誘うために女性らしい文章を書いたと考えられる!つまり“犯人は男”だ!」

 「夜中に男に呼び出されて警戒しない男がいるか?ここに来た日から殺人という考えは、常に全員の頭にあるはずだ。呼び出した“相手が男と判明した”時点で、飯出が対処しないはずがない」

 「なぜ自分の発言で気付けない!犯人は女を装うことで飯出を油断させて誘い出したのだ!それに犯行時刻は深夜、灯りのない展望台で“相手の顔が見えない”のなら男であっても飯出を十分に襲撃できたはずだ!」

 「そいつは違えぞ!」

 

 古部来と六浜の猛烈な言い合いに、屋良井が横から突っ込んだ。さすがにこればっかりは二人とも無視できなかったみたいで、同時に屋良井の方を見た。屋良井は最初にアニーを指名した時と同じように臆せず堂々とした態度で、自分が見つけた証拠品の話をした。

 

 「飯出が相手の顔を見なかったわけがねえ。犯人もあいつも、ちゃんと灯りを持ってたはずだ」

 「ほう、ではそれはなんだ屋良井!蝋燭の灯りだとでも言うのか!」

 「違えよ。部屋にあっただろ、懐中電灯だよ。モノクマ印の」

 「懐中電灯?・・・あ、ああ・・・そう言えば、引き出しに入っていたな」

 「犯人も飯出も、夜中に外に出る時にあれを使わねえわけがねえよな?現に、展望台に血まみれの懐中電灯が落ちてたぜ?」

 「なに!?本当か!!な、なぜそれを先に言わんのだ!!」

 

 机の引き出しにあった懐中電灯くらい、“超高校級の予言者”だったら気付かないわけねえだろ。まださっきの避妊具が後引いてんのか。面倒くせえ奴だな。とにかく懐中電灯が落ちてたってことは、少なくとも飯出は犯人の顔を見たはずだ。

 

 「し、しかしそれだけで本当に犯人が男でないとは・・・」

 「それだけじゃねえ。もう一つあるぞ」

 「なに?」

 「展望台の屋根の下に、こんなもんが落ちてた。これって、飯出の持ち物の中にあっただろ」

 

 まだ納得しようとしねえ六浜に追い討ちをかける。俺はポケットから例の証拠品を取り出した。小さくてよく見えねえのか、六浜は目をこらして俺の指先を見た。指先に乗るくらい小さい白い粒は、誰でも見りゃ分かる。

 

 「それは・・・清涼菓子の粒だね!いつの間に見つけたの清水クン?」

 「集合の前だ。テメエらの節穴みてえな目じゃ見つけられなかったもんを俺が見つけてやったんだよ」

 「ボクも自分の目には自信があったんだけどなあ。清水クンの他人の粗に対する目敏さに比べたらまだまだってことかな!」

 「そんなことより、それがなぜ女性がいた証拠になるのですか?」

 「たぶん飯出が落としたんだろ。展望台でこれを食ったってことは、女がいた証拠なんじゃねえのか?避妊具なんか用意してるくらいだから、口臭も気にするだろ」

 「ん?ん?」

 

 こういうこととはとことん無縁だろうな滝山は。他の奴らはだいたい察したみてえでこれ以上の説明はいらなさそうだ。とにかく、これではっきりした。犯人は女だ。それが分かったことはつまり、モノクマだけが知ってる解えに大きく近付いたってことだ。けど15分の1の正解が8分の1の正解になったからなんだってんだ。まだ九割近い確率で死ぬってことじゃねえか。冗談じゃねえ。

 

 

 

 

 

 「では・・・飯出を呼び出した奴が犯人ってことで良いんじゃな」

 「メモの筆跡から分からないのですか?」

 「インクが血で滲んでいる上にこの丸文字だ。高度な筆跡鑑定など俺の領分ではない」

 

 飯出を殺した奴、じゃなくて飯出にメモを出した奴、と言い換えれば、犯人像に違うアプローチができる。そこまではいいが、分からなきゃ結局同じことだ。筆跡鑑定とかができればいいが、んなことできる奴なんかいねえ。

 

 「誰がメモを書いたか、じゃなくて、誰なら飯出クンを呼び出せたか、ならボクは心当たりがあるよ」

 「え!?」

 「彼女なら、飯出クンを呼び出せたはずだ。彼女なら、飯出クンも疑いなく油断して展望台まで行ったはずだ」

 「そ、それは誰のことを言ってるの!?」

 「それはね・・・」

 

 急に曽根崎が意味深なことを言った。いや、むしろ直接的なのかも知れない。それは、いま俺たちが一番気がかりなことで、この話し合いの最終目標に迫ることだった。全員の注目が集まって、何人かの顔色が悪くなる。こんな状況でもし間違えた答えなんかに決まっちまったら・・・そう考えたら不安にもなる。

 だがそんな心配とは無縁そうにへらへらと笑いながら、曽根崎は舐めるように全員を見渡した後、指の代わりにポールペンでそいつを指した。指された奴は意外にも、指された瞬間は曽根崎の言ってる意味が分からないって顔をしてた。

 

 「キミならできたはずだよね?晴柳院命サン」

 「・・・・・・・・・へ?ふええええええええええええええええええええええっ!!?う、うちですかあああああああああああああああっ!!?」

 「は、はあ!!?みこっちゃんが!!?」

 「晴柳院さんが飯出君を・・・!?本当なのですか曽根崎君!?」

 「殺したかどうかは断言しないよ。だけど、晴柳院サンなら飯出クンを呼び出せたのは事実だ」

 「呼び出したということは殺したということだ。自分の発言に責任を持て馬鹿め」

 「ちょ、ちょ、ちょちょちょ!!待ってくださいよおおっ!!うちは・・・うううううう・・・うちはああああああっ・・・!!」

 

 指名された晴柳院は、一瞬だけ時間が止まったように呆然としたと思ったら、冷や汗で顔を真っ青にしてどもりまくりながら反論し始めた。反論になんかなってなかったが。他の奴らの視線も一気に晴柳院に向けられた。それは疑いよりも驚きの方が多くて、それを見返す晴柳院の目の方がよっぽど恐怖と混乱で濁りきってて、さすがに哀れになるくらいに泣いてた。

 

 「曽根崎ぃ!!あんたテキトーぶっこいてんじゃねえだろうな!!みこっちゃんあんなんなってんじゃねえか!!」

 「もちろん、確証があって言ってるよ。ボクが言う以上、これは絶対だ」

 「その確証とはなんだ?」

 「そそそ、そんなものあるわけないですぅ!!うちはほんまに・・・こ、こ、ころすなんておそろしいことあり得ませんてばあっ!!」

 「いいや、晴柳院サン自身は絶対に気付いてたはずだ。これを知ってるのは当事者の二人とボクくらいじゃないかなあ」

 「さっさと言え」

 「そうだね。なぜ晴柳院サンなら飯出クンを呼び出せたか、それはとても簡単で分かりやすいことなんだよ」

 

 動揺しまくった晴柳院は、それでも曽根崎に猛抗議する。だが曽根崎が持ってるっていう確証を説明されるまでは、それに賛成も反対もできねえ。

 曽根崎が持ってる確証ってのはなんだ?飯出と晴柳院の間に何があったんだ?もしかしてあの時のことと関係があんのか?

 

 「飯出クンは、晴柳院サンのことが好きだったからだよ」

 「なん・・・だと・・・!?」

 「ひいいいいいいいいいっ!!?そそ、そ、それはあ・・・!!」

 「好きだったからあ?そ、それってつまり・・・飯出は晴柳院が好きだったからほいほい出て行ったってことか!?」

 「そうだよ。思春期の男子にとって好きな子からのお誘いなんて、断る方がどうかしてるよね!」

 「すすす、すきやなんて大仰なあ・・・飯出さんはただうちを・・・うちを気にかけてはっただけで・・・!」

 

 たったそれだけか?たったそれだけの理由で殺されるなんてことも考えず夜中の呼び出しについて行ったのか?

 思わずどこぞの死神みてえなリアクションしちまった。屋良井は曽根崎の考えを復唱しただけだったが、その意味は俺の考えと同じだ。一方の晴柳院は、照れじゃなくて恐怖で更に動揺してた。だけど、俺はその推理の裏付けも知ってる。

 

 「そう言えば晴柳院・・・テメエ飯出のこと避けてたよな?」

 「ふぇっ!?」

 「なんだそれは。詳しく聞かせろ」

 「昨日の昼だった。飯出が晴柳院を探してたんだが、晴柳院は居留守して避けてた。おまけに俺にそのことを言わねえように釘を刺すくらいに徹底してな」

 「マジかよ!?そうなのみこっちゃん!?」

 「そ、そそそそそそ、それはあ・・・!!いいいいい・・・言わないって約束したやないですかあぁ・・・!!」

 「言うに決まってんだろ、こういう状況だ。それに晴柳院」

 「ふぇっ!?ま、まだ・・・まだ何かあるんですかあ!!?いい加減にしてください!!何を言われても、うちは飯出さんを殺したりなんかしてませんからあ!!!」

 

 晴柳院が飯出を避けてたのは事実だ。それがどういう風に殺しと繋がってるのかなんてのは、これから話し合えば分かるだろ。それに、晴柳院が殺したって裏付けはもう一つある。晴柳院自身がそれを言ってた。

 

 「テメエは言ってたよな?部屋の前の盛り塩のこと」

 「盛り塩?それがどうしたと言うのだ」

 「捜査の時、晴柳院が言ってたんだ。部屋の前に置いてあった盛り塩が少し消えてたってな」

 「盛り塩が消えただと?どういうことだ?」

 「犯人は返り血を落とすためにバケツで水を汲んで部屋まで運んだんだろ。盛り塩が消えたのは、こぼれた水に溶けたからじゃねえのか?」

 「・・・はっ!!」

 

 俺の推理に晴柳院はわざとらしく驚いた風な演技をした。あの証拠がある限り晴柳院が部屋に水を持ち込んだことは絶対に揺るがねえ。自分から決定的な証拠を言っちまうとは、なんて間抜けなことだろうな。

 

 「どうなんだ晴柳院。お前が飯出を呼び出したのか?」

 「ち・・・ち・・・ちがいます・・・!違うって言うてるやないですかあああああああああああああああっ!!うちは殺してなんかいません!!そんなメモも包丁もバケツも知りません!!うちは人殺しなんかやないですってばあ!!!」

 「じゃああの盛り塩はどう説明すんだ?それにお前が飯出を避けてた理由を言えんのか?」

 「もも、盛り塩は・・・飯出さんの霊魂が清められたんか・・・それともこの地に元からおった悪霊が祓われたんか・・・そのどっちかやと思います・・・」

 「話にならんな」

 

 やっぱり盛り塩のことは説明できねえんだな。つまりあれは本当に晴柳院にとって決定的な証拠になってるってことだ。もし違うなら、ちゃんと納得のいく説明ができるはずだ。それから飯出を避けてた理由ってのも言えねえみてえだ。

 もう諦めたのか、晴柳院は何も言わずにうつむいてた。小刻みに震えてるのは、今更自分のしたことを理解したからか。

 

 「じゃあ、これで決まりだな。晴柳院が飯出を殺した犯人だ」

 「・・・」

 「なんで・・・なんでなんだよ・・・!」

 「・・・・・・」

 「なんで何も言わねえんだよみこっちゃん・・・!!」

 「・・・・・・・・・」

 「みこっちゃん!!なんか言ってよ!!こいつらに言ってやってよ!!みこっちゃんはやってないってさあ!!」

 

 有栖川の叫びに、晴柳院はただ黙って辛そうに顔をしかめるだけだった。これだけ決定的な証拠を並べられれば、もう反論の余地はない。これ以上はただ自分の首を絞めるだけだ。晴柳院もそれに気付いたんだろう。そう思ってたが、俯くばかりだと思ってた晴柳院は急にまたしゃべりだした。

 

 「う、うちは・・・・・・うちは・・・飯出さんがこわかったんです・・・!」

 「え?」

 「ん?こわかった?」

 「飯出さんは・・・うちのこと気にかけてくれはったんですけど・・・こんなこと思ったら罰が当たるんですけどぉ・・・!このままじゃみなさん・・・しし、し、死んでまいますから・・・!」

 「それは自己弁護のつもりか?理解しかねるな」

 「い、いいから!もっとちゃんと説明してみこっちゃん!」

 

 晴柳院が言った言葉は、自己弁護か、反論か、それともただの自白か。それでも有栖川に言われるままに、晴柳院は続きを話す。

 

 「あ、あの・・・飯出さんはうちのことを心配して・・・夜中に何度も部屋まで来はったり、後ろを見たらいつの間にかついて来てたり、うちが留守の間に部屋にお守りや手紙を置いてくれはったりしてたんですけど・・・」

 「なっ!?ちょ、ちょっと待て!!それマジで言ってんのか晴柳院!?」

 「弁論も反論も不可能、だからありもしないウソを吐く・・・か」

 「ウ、ウソやないです!あの・・・しょ、証拠言うたらあれなんですけど・・・ちゃんと手紙もあるんです・・・!」

 「あ、あたしもそれ知ってる!その手紙だって・・・持ってきてるんだから!」

 「へ?」

 

 急に何を言い出すかと思ったら、晴柳院の言ってることは無茶苦茶だ。夜中に部屋に行ったり晴柳院をつけたり留守の間に物を残したり・・・そんなことがマジであったのか?そしたら有栖川がそれを援護するように、ポケットから紙切れを取り出した。それは俺たちにも、晴柳院にも予想外だった。

 

 「ごめんみこっちゃん・・・だけどあたし、言うよ!」

 「ちょ、ちょっと待ってください有栖川さん!それは・・・!」

 「これが、飯出がみこっちゃんに宛てた手紙だよ!おんなじものが何十通・・・何百通とみこっちゃんの部屋にあるんだ!本当はみこっちゃんとあたしの秘密だったけど・・・みこっちゃんが犯人にされちゃうんだったら言うよ!」

 「・・・見せてみろ」

 

 一旦は落ち着いて話し始めた晴柳院が、有栖川のせいでまた取り乱した。だが今はそんなことより、晴柳院の証言と有栖川の取り出した手紙の方がもっと気がかりだ。一体なんだってんだ。

 

 「・・・あははっ!こりゃずいぶんと熱烈な手紙だね!読んでるこっちが恥ずかしくなるよ!まさか飯出クンにこんな一面があったなんて!こりゃ次の広報誌の一面は『“超高校級の冒険家”飯出条治はストーカー気質!?飽くなき探究心の果てにどんな「じょうじ」を求むか!!』に決まりだね!」

 「いやはや、暑苦しうて諦めの悪い飯出らしい文章じゃ。まあ、それでも若いがな!」

 「なるほど。どうやらこれは本当らしいな。自白にしろ弁護にしろ、事実ということは認めてやる」

 「つまり、晴柳院さんは、飯出君からのストーカー行為に悩まされ、それで殺したと」

 「ス、ストーカーやなんてとんでもないですぅ!飯出さんはただうちのことを心配してはっただけで・・・!」

 「でも、あなたは飯出君に恐怖を感じていた、このことは事実ですよね?」

 「はうぅ・・・」

 「だ、だけど!みこっちゃんは殺してなんかない!自分からストーカー呼び出したりするかよ普通!」

 

 手紙に書かれてたのは、とんでもなく暑苦しくて、読んでる方がむず痒くなるほどしつこい言葉だった。誰が読んでも晴柳院のことが好きだって分かる上に、最後に飯出の名前が書かれてる辺り、本物なんだろう。ってことは飯出は晴柳院をストーキングしてたのか。そりゃ晴柳院も避ける。

 

 「残念だが有栖川、これはむしろ晴柳院の疑いをより深めるものだ」

 「はっ!?な、何言ってんのドールん!?」

 「ストーキング行為・・・これは立派な殺害動機になり得る。晴柳院の性格から考えて、飯出の行為には相当な恐怖を感じたはずだ。あのような凶行に及んでも不思議ではあるまい」

 「だ、だからって・・・みこっちゃんが本当に殺したっていう証拠なんてないでしょ!みこっちゃんにあんな殺し方無理だって!!」

 「じゃあ、他に誰が飯出を殺したってんだよ?」

 「そ、それは・・・!でもとにかく、みこっちゃんがあんな風に飯出を殺せたわけがないんだってばあ!!」

 

 有栖川はなんでこんなに晴柳院を庇うんだ?もうほとんどの奴は晴柳院が犯人ってことで納得してるのに、なんで一人だけこんなに反発する?友達だからとか、性格的に無理だとか、そんな下らねえ理由でこんなことしてるんだとしたらさっさと諦めろ。時間の無駄だ。

 

 「ごごご、ごめんなさい・・・うちがもっと・・・飯出さんとちゃんと向き合っとけばこんなことには・・・!!」

 「みこっちゃんにはあんな殺し方できっこないんだって!!みこっちゃんは犯人じゃない!!」

 「しかし飯出のストーキング行為と晴柳院がそれに怯えていたのは事実、その証拠はお前が持ってきた“手紙”だぞ」

 「だからみこっちゃんは飯出のこと怖がってたんでしょ!!だったらそんな奴と“たった二人だけで”夜中に会うなんてあり得ないっしょ!!」

 「でもこんだけ証拠が揃ってて、他に誰が犯人だって言えんだよ?」

 「そ、それは・・・!で、でもみこっちゃんだけはあり得ない!あんなに優しい子が・・・みこっちゃんが犯人なんてあり得ねえよ!!」

 「それも、彼女の演技なのではないですか?彼女が飯出クンを殺したという・・・無残にも“飯出クンの頭を滅多刺しにした”という事実を隠すための」

 「賛同しかねる」

 

 泣きじゃくる晴柳院は、有栖川になのか飯出になのかそれとも俺たち全員になのか、譫言のように謝るだけだった。しつこく激しく反論する有栖川は、しかしまともな反論はできてなかった。こんなんじゃただ見苦しいだけだ。晴柳院の代わりに有栖川が足掻いてるだけだ。そう思ってたら、望月が横槍を入れた。

 

 「・・・穂谷円加。お前の発言によって、このことについて再考する必要が生じた」

 「はい?私の発言の何が、そのショート寸前の思考回路に引っかかったというのですか?」

 「晴柳院命が飯出条治を殺害した、という仮定の元、犯行当時の状況を想像してみてほしい」

 「そ、そんなのイメージしたくもないわ・・・なんておそろしい・・・」

 「ナイフで飯出条治の頭を滅多刺しにするという今回の殺害方法が、果たして晴柳院命に可能だったのだろうか」

 「な、なに言ってんの望月ちゃん?」

 

 急に割って入ってきたと思ったら望月は何を言ってんだ?犯行当時の状況なんか想像してなんになるってんだ。ただ今までの推理をなぞってるだけじゃねえか。晴柳院が飯出を呼び出して、隠し持ってたナイフで頭を何度も刺しまくったっていうだけの話だろ。

 たったそれだけの簡単な話なのに、望月の隣で話を聞いてた六浜は、はっと何かに気付いたように顔を上げた。

 

 「望月よ・・・もしかしてお前は、身長差のことを言っているのか?」

 「その通りだ、六浜童琉」

 「身長差?」

 「晴柳院命と飯出条治の身長差で、本当に頭部を何度も刺すという殺害方法は可能だったのだろうか?」

 「ど、どういうことだよ?わけわかんねえぞ?」

 「プロフィールならボクに任せてよ!二人の身長差だね?」

 

 六浜の言葉に望月は冷静に頷いた。それと同時に古部来は納得したように頷いてるが、俺や他の奴はまだ合点がいってない。すると曽根崎がメモ帳をめくった。なんでそんな情報まで持ってやがるんだ。一体あのメモ帳にどんだけの情報が書かれてるってんだ。

 

 「え〜っと、飯出クンの身長は173cm、平均的な成人男性並だね。一方の晴柳院サンの身長は136cm、背丈で言うと小学四年生の女の子かそのくらいだ」

 「ちっさ!」

 「その差は37cmだ。ではもう一度想像してみろ。小学四年生の女子児童が、成人男性の頭をナイフで突き刺す場面を」

 「え・・・それって・・・」

 「そう、不可能なのだ。男が自ら刺されるためにしゃがむか、女子児童が踏み台に乗っていない限りはな」

 「な、なんじゃそりゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!?で、では晴柳院が飯出を殺したというのは・・・!?」

 「犯行不可能・・・晴柳院は犯人ではなかったということか」

 「そうなる」

 「マ、マジかよおおおっ!!?こんだけ話し合って!!?」

 

 マジか!?けど・・・望月の言うことも曽根崎の情報ももっともだ。あのチビが飯出の頭をブッ刺すなんてことできるわけがねえ。それに展望台の血痕からして、飯出は逃げ回った挙げ句に崖に突き落とされたはずだ。もし頭の上からナイフを突き刺す手段があったとしても、逃げる飯出を追撃するなんてことはできっこねえ。

 ようやく辿り着いたと思ったのに、こんなあっさり瓦解すんのか・・・!?こんな脆いもんが、俺たちがさっきまで信じてたものだったのか・・・!?

 

 「あ・・・せ、晴柳院さん。その・・・ごめん。僕てっきり、本当に晴柳院さんが殺したのだとばかり・・・」

 「私も誤解しておりました・・・申し訳ございませんでした・・・」

 「マジ許さないから・・・!!あんたら後で一生その服しか着れない体にしてやるから!!」

 「いいんです有栖川さん・・・。うちは、有栖川さんが庇ってくれただけで・・・すごく嬉しかったです」

 「そ、そりゃあ・・・アタシはみこっちゃんが犯人じゃないって・・・その、分かってたから・・・」

 「ふん、無駄な時間を使ってしまった」

 

 こんな簡単に捨て去れるもんだったのか?こんな風に消えてなくなるようなもんだったのか?あんだけ証拠を揃えて、推理して、話し合ったのに、やっとの思いで手に入れた結論は間違いだったってのか・・・?そんな・・・そんな馬鹿なことあっていいのか・・・!?

 

 「・・・ざけんな」

 「へ?ど、どうしたしみず?」

 「ふざっけんなよ!!なんだよそれ!!結局犯人じゃなかっただと!!?こんだけの証拠があってこんだけ話し合って、でもただチビだってことだけでその全部が否定されるなんてやってられっか!!だいたいテメエらこの状況分かってんのか!!?これは遊びじゃねえんだ!!命懸けの裁判なんだよ!!」

 「お、落ち着け清水。そうやって興奮しては犯人の思う壺だ」

 「これが落ち着いてられっか!!無駄な議論してる時間はねえんだ!!この中にいる犯人と俺たちは生きるか死ぬかの勝負をしてんだ!!なにが“才能”だ・・・なにが“超高校級”だ!!結局テメエらの出した答えは間違ってたってんだろうが!!なんで焦らねえ!!なんで動揺しねえ!!このままだとマジで死ぬんだぞ!!分かってんのか!!そんなのんびり構えてる場合じゃねえんだよ!!」

 「のんびり・・・だと?」

 

 こいつら全員イカレてやがる!!今にもモノクマが適当な理由付けて裁判を強制終了させてもおかしくねえんだ!なのになんでこいつらはヘラヘラしながら雑談なんかできる!?そんなもん後でいいだろうが!!今は誰が犯人なのかってそれだけだろうが!!

 俺がこの鼻の高え馬鹿共に怒鳴り散らすと、それが屋良井の琴線に触れたのか、俺を睨んで言い返してきやがった。

 

 「冗談じゃねえぞ!!全然犯人が分かんなくていらいらしてんのはテメエだけじゃねえんだ!!ここにいる全員そうなんだよ!!テメエだけ辛えとか考えてんだとしたら自分勝手が過ぎんぞ!!だいたいテメエだってろくな証拠も出さずにたまに口開いたと思ったら暴言ばっかり吐きやがって!!文句言うんだったらまともな発言の一つくらいしろよ無能!!」

 「なんだとこの軟派野郎!!テメエこそわけの分かんねえこと言ってアニーが犯人とか適当なことぬかしやがって!!何も分かんねえんだったら黙ってろ!!俺はテメエよりよっぽど色んな証拠出しただろうが!!テメエが今までの議論でどんだけ役に立ったっつうんだ言ってみろボケ!!」

 「まあ・・・なんて汚らしい、乱暴な言葉遣いでしょう。できれば今後一切口を開かないでいただけますか?鼓膜が汚染されてしまいます」

 「テメエも大概にしろよ穂谷!!なんか言ったと思ったらいちいち毒吐きやがって!!なにが希望ヶ峰の女王様だ調子乗ってんじゃねえぞ!!」

 「ちょ、ちょっと!穂谷ちゃんは関係ないでしょ!一回落ち着きなって!」

 「うるせえ馬鹿女!!テメエこそまともな推理の一つもできねえ上にろくな証拠も出さねえじゃねえか!!話し合いができねえなら黙って頷いときゃいいんだよ!!」

 「な、なにそれ!あたしに八つ当たりしたって犯人が分かるわけじゃないでしょ!」

 「うぷぷぷぷ。いいねいいね、せっかく築き上げた推理が、たった一つの簡単な理由で影も形もなくなる・・・今までのこと全てが無駄に思えて、焦りと恐怖のせいで冷静さを失って仲間を責める。これを絶望と言わず、なんて言うんだろうねえ」

 

 モノクマのうざってえ台詞は怒号の中に消えていく。だが不思議と誰の耳にもはっきりと聞こえて、まるで泥水みてえに耳から脳みそまで侵食してく。

 どいつもこいつも結局はそうか、俺が“才能”を持たねえからハナから相手にしねえ。何が冗談じゃねえだ。こちとらテメエらみてえに特別じゃねえってんだ。普通の高校生がこんなことに巻き込まれて、散々無駄話に付き合わされてキレたら無能だと?逆ギレもいいとこだ。

 

 「ふん、所詮は烏合の衆。これなら最初から俺一人の方がマシだったな」

 「なんだと古部来・・・!!テメエだって清水と同罪だからな!!言いてえこと好き勝手言ったと思ったら黙りこくって逃げやがって!!」

 「けけ、けんかはあきません・・・!」

 「アンタらおっきい声出すなよ!!みこっちゃんブルってんだろ!!」

 「ああ!?そもそもテメエが晴柳院は犯人じゃねえとかごねるからこういうことになったんだろうが!!テメエの責任でこういうことになってんのが分かってんのかこのクソビッチ野郎!!」

 「何言ってんの!!有栖川ちゃんが言わなかったらあたしたち全員間違った答えで処刑されてたんでしょ!!だいたいあんたは人に責任押しつけて、あんたが悪いとか考えないの!?ホント自分勝手だよ!!」

 「俺の何が悪いってんだよ!!こんな状況になったら普通こうなんだろうが!!テメエらの方がどうかしてるんだよ!!“超高校級”だかなんだか知らねえが、テメエらが人のこと見下すのは勝手だがテメエらの基準に合わせろとか無茶苦茶言ってんじゃねえぞクソ共が!!」

 「静まれっ!!」

 

 俺と屋良井、それに穂谷と石川と古部来と有栖川を巻き込んだ大喧嘩に、六浜がよく通る鶴の一声を上げた。言いたい放題言ってた奴らの声が止まり、俺も息継ぎのタイミングで黙ったところだったから、それは全員の耳にしっかり届いたはずだ。

 

 

 

 

 

 「近付いてきた真相が間違いだったことに揺らぐ気持ちは分かる。だが、だからこそ気をしっかり保ち、再び進むべきではないのか!犯人の誤認などよくある話だ、それで仲間割れなどしていては、それこそ私たちは全員破滅だ!」

 「仲間割れ・・・だと?いつ俺たちが仲間になったんだ。こんな奴らが仲間なもんか」

 「言葉選びなどどうでもいい。要は、今は全員が結束して犯人を暴くことが最優先だと言っている。全てが終わってから、罵り合いなり殴り合いなりすればいい。死んでしまえばそれすらもできんのだからな」

 「・・・」

 

 勝手に仲間になんてすんじゃねえ。俺はもともとテメエらみてえな奴らがこの世で一番嫌いなんだ。存在するだけでイラつかせやがって。

 だが、死ぬのはごめんだ。それに、俺一人で答えなんて分かるわけがねえ。飯出を殺したのは“超高校級”の誰かだ。凡人にそいつが仕掛けた謎が解けるわけがねえ。癪だが、こいつらと手を組むしかねえのは事実だ。

 

 「晴柳院は犯人ではなかった。このことが明らかになったのは決して後退などではない。この解を導いた議論の全てが否定されたわけでもなく、無実の者の容疑が晴れたことは真実の解に近付いたということでもある。臆するな、焦るな、己の足元まで見失うな!我々は確実に真実に近付いているのだ!」

 「そ、そうだよね・・・!晴柳院さんが犯人じゃなくても・・・推理の途中までなら、他の人にも言えることだよね」

 「もう一度、冷静に考えてみましょう」

 「諦める奴は諦めればいい。真相は俺が暴くのだからな」

 「僅かでも存在する疑念ならば膨らむ前に処理すべきだ。断じて無意味ではない」

 「飯出は我々を導こうとした。奴の生き様に報いよう、仇をとろう・・・我々の手で!」

 

 六浜の言葉に、喧嘩に参加してなかった奴らが賛同していった。一回俺らの向く先が完全にばらばらになったと思ったが、離れ切る前に六浜が強引に引き戻した。まるでリーダーだ、殺された飯出がそうだったように、俺たちを纏め上げようとしてんだ。

 

 「よし!もう一度この議論を最初から、判明したことをさらうぞ!これだけ長いこと話し合っとれば、思わぬ見落としの一つや二つあるじゃろうからな!」

 「メモならボクがとってるよ!野次の一つ一つ全てね!」

 「さすがヤイチロウね。じゃあ、みんなでやりましょう!」

 

 明尾の提案には賛成だ。全ての証拠が出揃った今、これ以上は煮詰まるだけだ。曽根崎のメモを頼りに、今までの話し合いの落ち目を探した方が効率良いだろ。もう一度、最初から、全部をだ!

 

 「まず最初に、テルヤとダイオがワタシを犯人だって言ったのよね?」

 「あ、ああ・・・滝山が、“アニーの手に血の臭いが付いてる”って言ってたからな」

 「だがそれは“飯出の死体に触って血が付いた”古部来も同じ。犯人ならそれに気付かねえわけねえから、決定打にはならなかった」

 「その次に清水クンが、滝山クンが犯人だって言い出したんだよね。臭いのことはデタラメだって」

 「けどこいつ、“シャワーを浴びられない”めちゃくちゃ不潔バカだったって分かったのよね。最悪なんですけどっ!」

 「飯出くんを殺した時の返り血は、湖の水で落としたんだよね。体の返り血はそうやったけど、“血を浴びた服は隠して”ごまかした」

 「うん、ここまでが序盤の流れだね。分かったのは、犯人は返り血を浴びた服を隠し持ってるってことくらいかな」

 「次に、凶器の話に移った」

 

 俺も少しずつ思い出しながら裁判を振り返る。その時のことをじっくり思い出して、慎重に発言や展開を精査する。おかしなところはないか、矛盾はないか、どこかで犯人の罠にかかってないか・・・?

 

 「モノクマファイルによると“飯出は刺殺された”とある。凶器が刃物と判明したところで」

 「アニーサンがキッチンから消えた果物ナイフのことを思い出したんだよね!なくなったのは昨日の夕飯直前からその間。犯人はボクらの目を掻い潜って“こっそり持ち出した”んだ」

 「ですがそれはほとんどの方に可能でした。それに“まだナイフが戻ってない”ので、犯人がまだ隠し持っているということになりました」

 「なんでもかんでもよくかくすなあ」

 「凶器から犯人を明確にするのは困難であると判断され、次に事件現場に関して議論することになった」

 「これだけ振り返ってもまだ何も引っかかりませんね。それだけ詰められた議論であると認めざるを得ません」

 「女王様がデレた!」

 

 凶器のところはそれが全てだ。特別手の込んだ仕掛けやトリックがあったわけでもねえ。それに、これが揺るがないならやっぱり晴柳院は犯人じゃねえ。

 

 「いーでが見つかったのは北に向かうみち。あいつがしんだのはあそこだけど、犯人にやられたのは山の上なんだよな?」

 「飯出は“展望台で刺された”けど死ぬ前に中央通りに移動してて、しかも山道には血の痕跡はない。つまり“誰かが運んだ”わけでも“自力で移動した”わけでもない」

 「彼は展望台で犯人と揉み合ううちに、“柵を越えて転落した”、という結論になりましたね」

 「奴が夜中に展望台にいたのは、“犯人がメモで呼び出した”から。のこのことそれに応じたのは晴柳院によるものかと思われたが、身長差の問題から奴に“犯行は不可能”」

 「き、きっと飯出さんは・・・うちやなくても・・・もちろん女性からの手紙やなくても行った思います・・・。あの・・・みなさんを心配する気持ちは本物ですから・・・」

 「うん、これで概略は終わりかな。何か“気になる点”はあった?」

 

 誰も口を開かない。誰も顔を上げない。議論を一から振り返ったが、何一つ不自然なところはなかった。矛盾も綻びも、何一つ。

 もう終わりか?これで全部か?あんだけ話し合って、結局これだけしか分からねえのか?これじゃ犯人なんて分かるわけねえ。気になる点なんか、誰も・・・。

 

 「ありゃあ?どうしたのみんな黙りこくっちゃって。まだ犯人見つかってないのに、もう飯出くんのお通夜ムードなの?」

 「証拠も出尽くした・・・このままじゃ犯人なんか分からずじまいだよ!」

 「万策尽きたって感じ?何もできないって感じ?うぷぷ!顔上げな!追い込まれたオマエラの顔をもっとよく見せてよ!」

 「・・・一つ、未解決な点がある」

 「うん?」

 「えっ?な、なんだ望月!なんでもいいから言ってみろ!」

 

 いつかも、こんな感じで全員が言葉に詰まった時、望月は一人だけ違う考えを持ってた。前は突拍子もないふざけた意見だったが、今はそれにすら頼りたい気分だ。その時もそうだった。これが何かの突破口になってくれればと、誰しもが祈って耳を傾けた。

 

 「アンジェリーナ・フォールデンスの手の血の臭いは、一体どこで付着したのだ?」

 「へ?」

 「飯出条治の死体に接触していない、にもかかわらず血の臭いが付着している。この不可解な状況に、どんな解答が考えられるかという議論は、もう一度なされるべきだと言える」

 「そ、そういえば・・・そうよね。飯出に触ってないはずのアニーの手に血の臭いが付いてるってやっぱりおかしいわ」

 「念のためにもう一度きくが、滝山よ、本当にアニーの手から血の臭いがしているのか?」

 「あ、ああ・・・まちがいねえよ。こぶらいの手からにおうのとおんなじだから、いーでの血のニオイのはずだ」

 

 望月の言ったことは、やっぱり突拍子もないことだった。それは一番最初に話した内容じゃねえのかと思った。だがよく考えてみたら、望月の質問に対してはっきりとした答えはまだ誰も言ってねえ。いつアニーの手に臭いが付いたのか、それが犯人に繋がる手がかりになるのか?

 話し合う前に六浜がもう一回確認すると、滝山が断言した。人の手に付いた血の臭いが誰のものかまで分かるのか。どんな鼻してんだマジで。

 

 「だ、だけどダイオ。あなた、ジョージが見つかる前、ワタシと会ってるわよね?」

 「そうなのですか?」

 「ん〜っと・・・ああ、あさに会ってたな。おれがいーでのしたいを見つけたあと、いそいでアニーにしらせにいったんだ」

 「その時、あなたは確かにワタシの手をとったわ」

 「なっ!?なんだと滝山!!貴様・・・私たちに下着姿を晒すだけでは飽き足らず、アニーの手を掴みとっただと!!どこまで不純な奴なのだ!!私は出自で人を差別したりはせんが、貴様はもう少し人間としての常識を身につけるべきだ!!」

 「六浜、黙れ。アニー、話せ」

 「もしその時にもう私の手に血の臭いが付いてたのなら、ダイオ、あなたの手からも血の臭いがするはずじゃないかしら。あなたの鼻なら、それくらいかぎ取れるはずよ」

 「ん〜〜〜・・・?」

 

 モノクマファイルの端っこの方に書いてあったか。確か第一発見者は滝山だった。ってことは今のアニーと滝山の話は本当だろ。毎朝一番に起きてコーヒーを用意してたアニーに、滝山が頼りに行くのは当然っちゃあ当然だ。そんで、その時に手に触ったってことは、滝山の手にも血の臭いが移ってなきゃおかしい。

 

 「え〜っと・・・アニーの手からニオイはするけど、おれの手からニオイはしねえぞ。それに、あさのときは手からニオイはしなかったはずだ。あんだけちかづいたらおれが分からねえわけねーんだよ・・・」

 「あ、あ、あんなに近付いただとぉ・・・!?」

 「六浜さん落ち着いてください!そういう話じゃありませんから!」

 「なんて脆い予言者なんだ」

 「結局のところ、滝山がアニーの手の臭いに気付いたのは、捜査終了後の赤い扉の前。しかし死体発見前の時点でアニーの手から血の臭いはしなかったのだな」

 「ってことは・・・」

 

 そんなもん、もう答えは一つだけだ。死体を発見してからは全員があの場に集まったはず、そして捜査中に飯出の死体に触ったのは古部来だけ。他に血の付いたものっつったら返り血を浴びた服や凶器の果物ナイフだ。このことから導かれる結論は、マジで簡単なもんだ。

 

 「アニーの手の臭いは、捜査中に付いたってことか!」

 「どのようにして付着したかは分からんがな。だが、アニーが捜査した場所が事件と深く関係していることは確かだ」

 「アニー、あなたどこを捜査してたの?」

 「ワタシは・・・ダイニングとキッチンを」

 「ボクもいたよ。でも、血の付いたものなんか見当たらなかったなあ」

 

 アニーが捜査当時のことを思い出すと曽根崎が入ってきた。俺も食堂には行ったが、見たところ怪しいところはなかった。アニーはともかく曽根崎の目から物を隠すなんて、できるわけがねえ。食堂とキッチンに凶器や証拠品が残されてるって風には考えられねえ。

 だが、アニーが捜査したのはそこだけじゃねえはずだ。俺は思わず身を乗り出してアニーに言った。

 

 「もう一ヶ所・・・捜査しただろ?」

 「え?」

 「飯出の死体を見つけて捜査が始まる前・・・六浜が言ってただろ。全員の個室を調べるって」

 「そうか。食堂の可能性がなくなれば、必然的に手に血の臭いが付いたのは・・・」

 「アニーが捜査した個室ってことになるな!」

 「確か、個室の捜査は名簿順をずらしてやった。だからアニーが、いや、アンジェリーナが調べた部屋の主は・・・」

 

 心臓が自然と興奮しだした。思いもしなかったところから、犯人に一気に近付く手がかりが得られた。そこから流れるように推理が進んでく。それこそさっきみたいな明後日の方を向いた間違いの可能性だってある。だけど一回信じたら、もうそれを頼るしかねえように思えて仕方ない。この本当にちっぽけで微かな希望にすら縋り付きたくなっちまう。それが希望なのか、絶望なのか、そのどっちでもねえのか。それは最後まで分からねえ。

 俺は意を決して、そいつの顔を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お前だよな?・・・有栖川」

 「・・・っ!は、はあ?」

 

 目線を送ると、有栖川と目が合った。俺が喋ってたからか、それとも自分が名指しされるって分かってたからか、俺の方を見てたってことだ。自分で確かめるように俺が言うと、有栖川は少し後ずさりして、険しい表情のまま聞き返した。

 

 「アニーの手に血の臭いが付いたのは、お前の部屋を捜査してる時じゃねえのかって言ってんだよ」

 「な、なに言ってんのアンタ?そんなんたまたまに決まってんじゃん・・・」

 「お前の部屋を捜査してたアニーの手に血の臭いが付いてたんだぞ。そんなたまたまがあるってのか?」

 「いや知らねーよ!ってか、たったそれだけの理由でアタシのこと犯人扱いする気?」

 

 指名されたことは意外そうだが、思いの外有栖川は冷静に俺に反論してきた。だが口元が引きつり眉尻は下がって少し顔が青ざめてる。胸のぬいぐるみを抱きしめる腕に力が入ってた。

 

 「これが偶然なわけあるか。お前の部屋以外にどこでアニーの手に血が付くってんだ」

 「だからんなこと聞かれてもアタシが知るわけねえだろ!だいたいなんなんだよアンタ!みこっちゃんの次はアタシのこと疑う気!?いい加減にしろよ!」

 

 もう俺の頭の中では一つの推理が出来上がってる。まるで誰かに吹き込まれたみてえに、犯人の当たりが付いた途端にまだ答えの出てない謎が全て明らかになった。後はそれが正しいかどうか、有栖川本人にきいてみるだけだ。反論されんのは当たり前、むしろその方が自然だ。

 

 「だ、だけど清水クン?彼女が飯出クンを殺す動機ってあるの?」

 「んなもん、仲の良かった晴柳院に付きまとう飯出をうざったく思った、で説明つくだろ」

 「んん・・・まあ、あれだけ熱烈なアプローチならば、考えられないということもありませんが・・・」

 「いや、それだけで殺すか普通?」

 

 動機なんかどうでもいいし考えたって分からねえ。モノクマが俺らに与えたあのビデオは、それぞれ当事者しか見てねえはずだ。んなことよりも、殺したか殺してないか、その一点だけだ。

 

 「ウ、ウ、ウソ・・・ですよね?有栖川さんが飯出さんを・・・ここ、殺したなんて・・・そんなわけありませんよね?」

 「あ、当たり前・・・当たり前じゃん!そもそもさ、アタシが犯人なんておかしくない?」

 「何がどうおかしいというのだ。この中の全員が平等に疑わしいのに、貴様だけおかしいというその理屈の方がおかしい」

 

 晴柳院が必死にフォローをいれる。さっき有栖川にされたように、今度は逆の立場になって助けようとしてる。それに後押しされるように有栖川がまた勢いよく怒鳴る。

 

 「うっせえバーーーカッ!!よく考えろよ!!飯出が犯人に呼び出された場所はどこだった!?展望台だろ!!」

 「それで?」

 「いいか?もしアタシが殺すとしても、夜中の展望台になんて絶対呼び出さねえ!!自分が行けねえ所に呼び出してどうやって殺すってんだよ!!」

 「いけない場所だと・・・?どういうことだ?」

 「なんでわっかんねえんだよ!!だったら教えてやるよ!!アタシが展望台に行けなかったワケをさあ!!」

 

 何を言い出すかと思えば、有栖川はわけの分かんねえことを言い出した。有栖川は展望台に行けなかっただと?山道を通れば誰だって行けるような場所に、有栖川が行けなかったわけがねえ。一体どんな反論を用意してるってんだ。そもそもこれは反論なのか?

 

 「飯出がメモで呼び出されたのも、犯人が待ち伏せてたのも、飯出が犯人に刺されたのも、全部“展望台で起きたこと”だろうが!!」

 「お前がそうしたのだろう。夜中のうちならばその目立つ姿も宵闇に隠せただろう」

 「だっからあ!!アタシが展望台に行けるわけがねえだろっつってんだよ!!しかもあんな“夜中に”!!」

 「どういうことだ。さっさと言え」

 「展望台までの道は“南の山道しかない”んでしょうが!!アタシが持ってるクツはハイヒールしかねえんだよ!!懐中電灯ごときの灯りだけで真夜中にハイヒールで山道なんか登れるか!!」

 「そ、そういえば・・・!」

 「“他の奴のクツを借りた”んじゃねえか?」

 「そんな怪しげな交換に応じる馬鹿がいるとは思えんな。そこのチビ女以外には」

 「だ、だけどうちはいつも草履ですから・・・ハイヒールほどやなくても歩きにくいのは同じですぅ・・・。というかクツの交換なんか知りませんてえ!!」

 「ほら見ろ!!アタシは“ハイヒール以外のクツを持ってない”んだからあの時間に展望台に行けるなんてあり得ねえんだよ!!」

 「っ!それは・・・違えぞ!!」

 

 なるほどな。実際の履き心地なんか知ったこっちゃねえが、爪先立ちみてえなもんだろ。そのままの状態で山道を登って飯出を殺してあちこち歩き回るのは、確かに面倒だし骨が折れるはずだ。だが、その反論は脆い。俺はその論理をぶっ壊すたった一つの事実を知ってた。

 

 「いや、有栖川。テメエは展望台に行けただろ」

 「はっ!?ア、アンタ聞いてなかったのかよ!!ヒール履いたことないくせに分かったようなこと・・・!!」

 「テメエは飯出を殺した時、ハイヒールなんか履いてなかった。そうだな?」

 「!」

 「え・・・そ、それってどういうこと清水くん?誰も靴の交換なんてしてないんだよ?」

 「交換しなくたって、勝手に持って行けただろ。多目的ホールの運動靴ならな」

 「んなっ!!?ななな・・・な、なんだよそれ・・・!?」

 

 明らかに有栖川は動揺してる。きっと俺の推理が正しかったってことだろう。多目的ホールの下駄箱からなくなってた二足の運動靴。その一つはたぶん有栖川が犯行に使って、血でも踏んで戻せなくなったから処分したんだろ。そしてもう一つの行方は、あいつだ。

 

 「おい望月。お前、昨日多目的ホールから飯食いに行くときに運動靴のまま行っただろ」

 「滝山に呼ばれた時だな。覚えているぞ。履き物に特別な関心を寄せてはいないが、昨日の夕飯の後にホールへ靴を取りに戻った。使った靴は後日洗って返却しようと思って持ち帰ったのだ」

 「下駄箱に並んだ靴が二足なくなってた。一つは望月が部屋に持ち帰って、もう一つは・・・有栖川。展望台まで行くのにテメエが使ったんだろ?」

 「んな・・・なな、なななななああああぁぁぁぁぁぁ・・・・・・!!」

 「ああ!なるほど!靴が減ってたのはそういうことだったのか!」

 

 今更合点がいったように曽根崎が手を叩いた。疑問が解決してすっきりしたような顔をしてる曽根崎とは対照的に、有栖川の顔はより青ざめて冷や汗が頬を伝い、目は大きく開いてる。愕然、という表現がぴったりな顔で俺を眺めてたが、また少しだけまた後ずさって、抱いたぬいぐるみに縋るように顔を伏せた。

 

 「晴柳院の部屋の前の盛り塩が減っていたのは、隣の部屋の有栖川が部屋に水を運ぶ際にこぼしたからだな。なるほど、隣の部屋の主ならばそれもあり得る」

 「これ以上の反論らしい反論がないのなら、有栖川が犯人という案で決定するぞ」

 

 追い討ちをかけるつもりか、自分たちの主張にすり替えるつもりか、六浜と古部来が俺の後に簡単に付け足した。なんとなく有栖川に注目が集まる中、晴柳院だけはさっきと逆に有栖川を庇うように問いかけた。

 

 「あ、有栖川さん・・・・・・ウソですよね?こんなん・・・間違うてますよね?あなたみたいな人が人を殺すなんてこと・・・あるわけないです・・・」

 「・・・・・・」

 「ちゃんと言うてください・・・!犯人やないって・・・!言うてください・・・!」

 「・・・・・・・・・」

 「な、なんか・・・・・・なんか言うてくださいよ有栖川さん・・・!さっきうちにも言うてくれたやないですか・・・!!お願いやから・・・有栖川さんは違うって!犯人やないってちゃんと言えよ!!」

 「・・・・・・・・・ちがう」

 「は?」

 

 黙りこくった有栖川に、晴柳院が呼びかける。ついさっき自分が有栖川に言われた言葉をそのまま返す。それはただ単にやられたことをそのまま返す恩返しなんかじゃない。有栖川が犯人じゃないって信じてて、有栖川は無実だって言いたくて、有栖川に潔白であって欲しいって願ってるからこそ、そうやって言ってるんだ。

 だが有栖川は、それに対する答えとしては妙なことを呟いた。ばっ、と顔を上げた有栖川の顔は、今まで見たことのない人間の顔をしてた。まるで、目の前にある全てを否定するかのような、敵意と憎悪に溢れた形相だ。

 

 「ちがう・・・・・・ちがう・・・ちがうっ!!ちっがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああうッ!!!」

 「ひいいっ!!?あ、ありすがわさん・・・!?」

 「ちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがう!!なんもかんも全部丸ごとちがうわこのドボケポンコツ共がああああああああああああああっ!!!」

 「ど、どうしたんだよありす・・・?」

 

 追い詰められたせいか、極端なストレスをかけられてるせいか、有栖川の理性を保ってた箍はもうとっくに外れて、まともな反論なんてできてない。癇癪を起こしたガキみてえに同じ事を繰り返して乱暴に流れをぶった切ろうとして、晴柳院にすら怒鳴り散らした。

 

 「黙って聞いてりゃ勝手にアタシを犯人に仕立て上げやがってふざけんじゃねえぞ!!アタシは何も知らない!!アタシは殺しなんかしてない!!」

 「ならアニーの手の臭いとなくなった靴はどう説明すんだ。どっちもお前以外に怪しい奴はいねえんだ」

 「だからそんなん知るかっつってんだろこの抜けスカ野郎!!テメエの頭カチ割って綿詰めっぞコラァ!!だいたいこのサルの言うこと全部信じていいのかよ!!ウソ吐いてる可能性だってあんだろうが!!」

 「滝山は犯人じゃねえ。この状況で犯人でもねえのにウソ吐く意味がねえだろ。答えを間違えたら全員死ぬんだ」

 「テメエが言い出したことだろうが!!このサルが犯人なんじゃねえのか!!ハナっからアニーの手から血の臭いなんてしてねえ!!全部全部こいつのウソなんだよ!!」

 「見苦しいな」

 

 今更滝山が犯人でウソ吐いてる可能性を持ち出してどうなる。こいつが犯人じゃねえならウソも吐かねえ。アニーの手には臭いが付いてるはずだ。飯出の血の臭いが。

 

 「で、で、ですが・・・あのぅ・・・」

 「うん?なあにミコト?何か言いたそうね」

 「あの・・・ああ、有栖川さんにはその・・・無理やった思うんです」

 「無理?無理って何が?」

 「あの、凶器の包丁を持ち出すことなんて・・・で、できなかったはずなんです・・・」

 「現場に行けないの次は凶器を持ち出せない、か。くどいな。なぜそう言える」

 

 急にまた口を開いた晴柳院は、有栖川を弁護しだした。こいつらが互いに互いを庇うほど、ますます有栖川が怪しくなってくる。晴柳院に無理な以上、有栖川が犯人って線が強くなる。

 

 「だ、だだ、だって・・・有栖川さんは昨日・・・ずっとうちと一緒にいてたんです・・・!」

 「なに?」

 「お手伝いの時から部屋に戻るまでずっと・・・一緒でした」

 「そ、そうだ!!アタシはずっとみこっちゃんと一緒にいた!!凶器のナイフが持ち出された晩御飯の時もずっとだ!!アタシがナイフなんか持ってたらみこっちゃんが気付かねえわけねえんだよ!!」

 「言われてみれば・・・私も二人が一緒に夕飯を食べている姿は覚えている。特に仲が良い二人だから、あの中でも目立っていたな」

 

 晴柳院の言葉に乗っかって有栖川がまた勢いを増した。確かに誰かの見てる前でナイフなんか持ってたら怪しまれるだろ。だが、そうじゃない。その反論には脆い場所がある。

 

 「いいや、有栖川はナイフを持ち出せたはずだ。晴柳院がいようがいまいが、関係なく」

 「えええっ!?な、な、な、なんでですかあ!?」

 「テキトーぶっこいてんじゃねえぞ!!みこっちゃんだけじゃなくアンタら全員アタシがナイフなんか持ってねえことの証人だろうが!!」

 「晴柳院、ずっと一緒だったってのは、本当にずっとか?」

 「へ・・・?そ、それどういう意味ですかあ・・・?」

 

 妙に冴える。犯人の目星が付いたからか?解決の糸口が見えて頭が本気出してきたのか?なんでもいい、とにかく、有栖川の化けの皮を引っぺがしてやるんだ。こいつが犯人だって証明してやる!

 

 「あそこのキッチンはかなり狭かった。せいぜい二人が限度だろ。そんな場所に、お前と有栖川が一緒に入れたのか?」

 「無理・・・ではないだろう。ただ入るだけならな」

 「何言ってんだテメエら!!無理じゃねえならんな話持ち出すんじゃねえよ!!いいから犯人探せ犯人を!!」

 「しかし、あの大きな器を持って出入りするとなると話は別だ。一人ずつでなければまともに動けまい」

 「そ、そうね・・・ワタシとカナタもいっぺんには入れなかったわ」

 「だからなんだってんだよ!!キッチンが狭いのはそこのクソぐるみのせいだろうが!!」

 「ク、クソぐるみだってえ!?ボクを、このハイパープリチーなボクを侮辱したなあ!そんな口の悪い奴には復讐しちゃうんだからね!」

 

 突然飛び火したことに驚いたのか、モノクマは飛び上がって怒り出した。そして意味深な捨て台詞を吐くと、玉座の背もたれを飛び越えて姿を消した。相変わらず突拍子のない奴だ。

 そんなことより、晴柳院が出した反論は有栖川の容疑を晴らすどころか、余計に濃いものにする糧に過ぎない。むしろこれで、こいつの犯行は確定したようなもんだ。

 

 「キッチンから料理を持ち出す時なら、少しの間お互いが見えなくなんだろ。その時に持ち出したんじゃねえのかよ、凶器のナイフを!」

 「えぁっ・・・!?そ、そ、それはあぁ・・・!」

 「バッカじゃねえ!!?もしそん時に持ち出したとして、晩飯の間ずっと隠し持つことなんてできるわけねえだろ!!服の下に隠したとか言うわけじゃねえよな!!?んなことしたら服がずり落ちてすぐバレるっつうの!!」

 「服じゃねえ。有栖川、テメエはこっそりナイフを隠し持ってたんじゃなくて、堂々と隠し持ってたんだ。俺たち全員に、隠す意味なんてなかったんだろ」

 「ナイフを堂々と隠す?さ、さすがにボクも分かんないよ清水クン・・・」

 

 分かんねえなら黙ってろ。これで間違いないはずなんだ。これがこいつの仕掛けた一番の謎だったんだ。それは、こいつがこの中の誰よりも自信を持ってるものだったからだ。これが・・・俺の答えだ!

 

 「有栖川がいつも持ち歩いてるぬいぐるみ・・・その中にナイフを隠せば、誰にも気付かれず持ち出せたんじゃねえのか?」

 「!!!」

 「ひえええええっ!!」

 「ぬいぐるみに隠して?すごいや!そんな発想をするなんて、さすが“超高校級の裁縫師”だよ!」

 「ぐ・・・ぐぐ・・・ぐぎぎぎいいいぃぃぃぃぃっ!!!」

 

 どうやら当たったらしい。有栖川と晴柳院はより一層青ざめて俺を見た。ここまでくればもう間違いない。飯出を殺した犯人は明らかになった。だが、呆然とする晴柳院に対して有栖川はまだ喚き続ける。真相を有耶無耶にしようと激しく抵抗する。

 

 「ウソだ!!ふざけんな!!なにもかもちっがああああああああああああああうっ!!」

 「黙れ。もう結論は出た。これほど確定的な状況を覆す証拠などない」

 「うるさいうるさいうるッッッさあああああああああああああいっ!!アンタら全員間抜けだ!!頭ん中空っぽだ!!下らねえ推理でアタシのこと疑いやがってえ!!黙らねえと服と皮膚縫い合わせて一体化させんぞおっ!!」

 「なら証明してやるよ・・・!テメエの言うくだらねえ推理が正しいってことを。テメエが犯人だってことを!」

 「やれるもんならやってみやがれこの無能野郎があああああああああっ!!」

 

 まともな話し合いができねえなら、今ある推理の全てをぶつけてやるしかねえ。もしこれが当たってたら、何も言わなくても有栖川自身がそう示すはずだ。自分のしたことを明らかにされ、全員に知らしめられるという、絶望を以って。

 

 

 

《クライマックス推理》

Act.1

 この事件は、遅くとも昨日の晩飯の時点ではもう動き出してたんだ。犯人は、アニーが作った料理を運ぶ手伝いをする時キッチンに忍び込み、そこから凶器である果物ナイフを持ち去った。狭いキッチンだったから、一人きりの状況は自然と作れたはずだ。

 そして犯人はナイフを隠し持ったまま、全員と晩飯を食った。その間まったく疑われなかったのは、ナイフを隠す物としては普通考えつかねえようなものだったからだ。

 晩飯を食って部屋に戻った犯人は、ほとんどの奴が寝てる真夜中に、予め多目的ホールから持ってきてた運動靴に履き替え、支給された懐中電灯とナイフを持って外に出た。運動靴に履き替えたのは、普段犯人が履いてる靴じゃ行けねえ、展望台に行くためだ。おそらく、自分に犯行ができなかったことの証明のために、わざわざそんな場所を選んだんだろう。

 

Act.2

 犯人が展望台で待ってるとそこにある人物が現れた。それは犯人が書いたメモで呼び出された、今回の被害者、飯出だ。飯出も犯人と同じように懐中電灯を持ってて、自分を呼び出した犯人を見て油断したはずだ。あいつの持ち物から考えて、完全にそのつもりで行ったはずだからな。

 そこで犯人は隠してたナイフで飯出に襲いかかった。油断してた飯出はとっさに逃げ回ったが、犯人は何度も何度も飯出を刺した。あんなにひどい出血だったのは、犯人が飯出に何らかの恨みを持ってからだろう。そして犯人と争ううちに、飯出は柵を越えて展望台から転落し、下の中央通りに倒れた。

 

Act.3

 飯出を殺した後、犯人はナイフや体に付いた返り血を振り払い、完全に洗い落とすためある場所に向かった。それは湖だ。多目的ホールのバケツで湖から部屋まで水を汲み、部屋で体に付いた返り血を落とした。だが服とナイフに付いた血は完全には洗い落とせず、仕方なく部屋に隠すことにした。

 だが、それが失敗だった。部屋を捜査した時に、うっかりアニーが触っちまったんだ。飯出の血が付いた服を生地にして作った、ぬいぐるみに。だからアニーの手に血の臭いが付いて、そこから犯行がバレることになった。

 

 

 「ナイフをぬいぐるみに隠したり、返り血の付いた服を即席でぬいぐるみにするなんてこと、この中にいるたった一人にしかできっこねえ。この事件の犯人は、お前以外に考えられねえんだよ!!有栖川薔薇!!」

 「!!?」

 

 

 

 

 

 全てを吐き出した。これで合ってるはずだ。これがこの事件の全てのはずだ。有栖川はもう青くならない。これ以上は血の気の引きようがないんだ。唇だけがぴくぴく動いて、何も言えず、卒倒しないのがやっとみてえに立ち尽くしてた。

 

 「・・・・・・しょ」

 「!」

 「・・・しょうこが・・・・・・ない・・・!しょうこ・・・!しょうこが・・・・・・!」

 

 自分で自分の言ってることも理解できてんのか疑問だ。うわごとのように証拠証拠と繰り返す有栖川には、もうそんなもの必要ない。だが、それを知ってか知らずか、急に裁判場のモニターが起動した。

 

 「?」

 「こ、これは・・・!」

 

 映し出されたのは、誰かの個室。テーブルやタンスやベッドと至るところに並んだぬいぐるみの数々が、その部屋の主を示している。有栖川の部屋だ。モニターの真ん中には、そのぬいぐるみに紛れてるつもりなのか、それっぽいポーズを決めるモノクマの姿があった。

 

 「やいやい!さっきはよくも言ってくれたな!」

 「モノクマ?一体何をしているんだ?」

 「仕返しに、お前のぬいぐるみを全部ぶっ壊してやるからなあ!このぉ!」

 

 そう言うと、モノクマはぎらりと爪を立てて手元にあったクマのぬいぐるみを八つ裂きにした。中から白い綿が飛び出て、無残に切り刻まれたクマの頭が中身と一緒に床に散らばる。

 

 「お、おい・・・やめろ・・・!やめろ!やめろおおおおおおおおおおっ!!!」

 「なんだこのおっきなキリン!も、もしかしてボクからマスコットの座を奪うために・・・?ええい!百万光年早いんだよ!!」

 「ま、待て!!離せ!!離せよ!!それに触るな!!」

 「とりゃーーーーーーーーーーーっ!!」

 「!」

 

 次々に八つ裂きにされてただの布と綿になっていくぬいぐるみ。モノクマはまるでアクション映画の主役にでもなったみたいに、手当たり次第にばったばったと切り刻んでいく。そして部屋のぬいぐるみの中でもひときわデカい、ピンク色に濃紅の斑がけばけばしいキリンに手を付けた。我に返ったように大声で叫んで止める有栖川には耳を貸さず、モノクマはそれを思いっきり切り裂いた。

 中に詰まった綿は、他のぬいぐるみに詰められてた物とは違って薄く赤みがかってた。そして宙を舞う綿を押しのけて真っ先に床に落ちたのは、汚れて鈍く部屋の明かりを反射する、鋭利な果物ナイフだった。

 

 「ありゃりゃ?なんかこんなんでてきましたけどーーーっ!!」

 「あっ!あれ、キッチンからなくなったナイフ・・・!」

 「・・・決まり、だな」

 

 古部来の言葉に反論する奴は、誰もいなかった。誰も喋らず、誰も目を合わせない。これでいいはずなのに、これが正解のはずなのに。謎に困惑し、互いを疑い合ってたさっきまでより、真実を暴いた今の方が、裁判場はよっぽど重苦しい空気でいっぱいになってた。

 

 「それではオマエラ、お手元のスイッチでクロと疑わしい人物に投票してください!」

 

 いつの間に戻って来てたのか。モノクマは玉座の上で笑いながら、俺たち全員に言った。テーブルに並んだ十六のボタン。円弧状に並ぶそれの一つ一つに、部屋にかけられたプレートと同じような絵と名前が描かれてる。俺は何の疑いもなく、有栖川のボタンに指をかけた。

 

 「投票の結果、クロとなるのは誰か!果たしてその答えは、正解か、不正解なのか!?」

 

 わざとらしく大袈裟な感じで、モノクマは俺たちの投票を煽る。もう誰が見てもこの状況で犯人なんかはっきりしてる。いまさら有栖川以外のボタンを押すなんてあり得ねえ。

 軽く力を込めてボタンを押し込む。ただそれだけの簡単なことだ。なのに、それなのに、俺の指はボタンに触れたまま固まっちまった。何の変哲もないボタンのはずだ、誰でも簡単に押せるボタンのはずだ。なのに・・・なんでこんなに重いんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り15人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍   石川彼方  曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

 有栖川薔薇  穂谷円加  【飯出条治】  古部来竜馬

 

 屋良井照矢  鳥木平助   滝山大王  アンジェリーナ




さて、最初の学級裁判もこれでおしまいです。犯人を予想していたあなたも予想していなかったあなたも当たっていたあなたも当たってなかったあなたも、全員絶望すればいいと思うよ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

おしおき編

 モノクマの座る玉座の後ろ、ドデカいモニターにスロットが映し出された。シルクハットに燕尾服なんてふざけた格好をしたモノクマの飾りがチカチカ光って、俺たちの顔が模様になってるスロットが目まぐるしく回り出す。徐々にスピードが落ちてきて、三つの回転盤が左から順番に止まる。有栖川の顔が一列に並ぶと、『GUILTY』の文字と共に大量のメダルがスロットから流れ出てきた。

 

 「うっひょーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!だいせいかーーーーーーーーーーーーーーいっ!!!」

 

 投票が終わってその結果が出ると、モノクマは待ってましたとばかりにテンションを上げて叫んだ。その表情は、なんとなく満足げな気がした。

 

 「今回、“超高校級の冒険家”飯出条治くんを殺したクロは、ななななんと!“超高校級の裁縫師”有栖川薔薇さんだったのでしたーーーーーーーーーー!!オマエラよく見破ったね!」

 「ち・・・ちがう・・・!」

 「そ、そ、そそ、そんなあ・・・!こんなん・・・ウ、ウソや・・・!」

 「ウソじゃないよ!ボクがこの円らでラブリーな眼ではっきりと見てたもん!有栖川さんが飯出くんをメッタメッタ刺しにしてるのをさ!」

 「見てた・・・だと?」

 「さ、殺人が起きてるのを・・・ただ見てたって・・・!?」

 「なんだよ、その目と言い方は?当たり前でしょ、ボクはこの合宿の責任者なんだから。オマエラの生活はあんなとこからこんなとこまで全部丸見え特捜部だよ!」

 「ひどい・・・・・・こんなことまでさせて・・・!」

 「ひどいぃ?」

 

 嬉しそうに発表するモノクマの面を今すぐぶん殴りたい。耳障りだ、目障りだ、存在がうっとうしい。あのふざけた声も仕草も全てが邪魔だ。だがそれはできない。それをしたところで、俺がどうなるかなんて分かり切ってる。

 

 「よく言うよなオマエラ!そんなこと言うオマエラの方がよっぽどひどいじゃないか!」

 「な、なにいってんだ!おまえみてーなわるいクマよりわるいやつなんかいるか!」

 「うぷぷぷぷ、あーやだやだ。そんな綺麗事ばっかり言って、オマエラ全員、有栖川さんに投票してるじゃないか!」

 「・・・っ!」

 

 もう黙れ、黙ってくれ。これ以上ムダに俺をイラつかせるな。お前が口を開くとそれだけで頭が痛くなる。

 

 「あ、全員じゃないか。二人だけ、違う人に投票してるよね」

 「二人?」

 「有栖川さんと、晴柳院さんの二人だよ!クロの有栖川さんはともかく、クロでも共犯者でもない晴柳院さんが自分に入れるなんて、イミワカンナーーーイッ!!」

 「!?」

 「はわあっ!?あ、あの、そそ、それはぁ・・・!」

 

 自分に投票だと?そんなことして何の意味がある?この裁判のルールだと、一番多く票を集めた奴は確実に死ぬんだぞ。なのに・・・どういうことだ。

 

 「おいチビ・・・なんのつもりだ。それで結果が変わってたらどう責任とるつもりだったんだよ!」

 「ひいいいっ!!ご、ごめんなさいぃ・・・!」

 「落ち着け、清水翔。晴柳院命に怒鳴っても意味がない」

 「み、みこっちゃん・・・なんで・・・?」

 

 何考えてんだこのチビ。テメエ一人の投票が答えを変えてたらどうするつもりだったんだ。

 自分に投票するなんてマネ、有栖川も予想外だったらしく、驚いた顔を上げた。こんなバカなこと、どんな理由があっても普通はしねえ。ほとんど自殺行為だ。

 

 「だ、だ、だって・・・うちは・・・!あ、有栖川さんが人を殺したなんて・・・信じたくなかったから・・・!」

 「なに?」

 「うちは・・・おお、陰陽師やから・・・!信じて、祈って、願えば・・・・・・その通りになるって思ったから・・・!」

 「そ、それだけ?たったそれだけの理由で、自分に?」

 「有栖川さんが人殺しなんてうちは認めない!!だからうちは、有栖川さんに投票なんて・・・絶対、絶対にしたなかったんです・・・!!」

 

 晴柳院は辛そうに、悲しそうに、涙を零しながら言った。テーブルに手を突いて、生気の完全に抜けた顔をした有栖川に向かって、怒りとも哀れみとも悔やみともとれるような、そんな叫びをぶつけた。

 それが、晴柳院の理由か?有栖川が人殺しをしたって事実を認めたくなかったって、それだけの理由か?答えを間違えることは、テメエだけじゃなく俺ら全員の命が消えるってことだぞ。そんな無茶苦茶な理由で、たった一人のために、あり得ない奇跡を願って間違えたってのか?

 

 「狂ってやがる・・・!」

 「狂いもするさ。こんなこと・・・正気の沙汰じゃない」

 

 俺のつぶやきに曽根崎が返した。それは晴柳院のことを言ってんのか、有栖川のことを言ってんのか、この状況の全てを言ってんのか。たぶん、その全部だろう。

 

 「認めたくない、だと?ふん、甘ったれたことを」

 「!」

 「お、おい!古部来!」

 「貴様が認めようが認めまいが、有栖川が飯出を殺したのは事実。俺たちはそれを明らかにするために命を懸けた。だのに、貴様ごときたった一人の小娘の私情に振り回されるとは・・・こんな屈辱はない。くだらん情を信じて死ぬのは勝手だが、それに俺を巻き込むな。死ぬなら一人で死ね」

 「ちょっ!ちょっと!アンタ酷過ぎるわよ!」

 「そうですよ!晴柳院さんは何も悪いことはしていません!彼女はただ・・・有栖川さんを救いたいと思っただけです!」

 「こいつに俺たちを惑わせるほどの力がなかったのは幸いだ。だが、事実を知りながら犯人を庇うことが、ただ思っただけで済まされるのか?」

 「ううう・・・はあああぁぁぁ・・・!」

 「もういいよ・・・。みこっちゃんは悪くない。やったのは全部・・・アタシなんだから・・・!」

 

 古部来の言葉に反論する奴が何人かいる。だが、そいつの言うことは正しい。晴柳院の行動は勝手以外の何物でもない。それにずっと有栖川と一緒にいた晴柳院なら、俺らより早い段階で気付いてたはずだ。有栖川が犯人だってことに。だからこそ、俺が有栖川を追及した時にあんな必死に弁護しようとしたんだろう。

 執拗なほど古部来に責められて焦る晴柳院を、項垂れてた有栖川が助けた。そうだ、やったのはこいつだ。晴柳院のしたことは問題だが、もっとデカい問題を持つ奴がいる。

 

 「そうだな。貴様が飯出を殺さなければ、こんなくだらん議論をすることもなかった。俺たちが命を懸ける必要もなかった。貴様はただ、貴様自身の弱さのために一線を越えた、身勝手な人殺しだ」

 「古部来!!」

 

 今度は有栖川に直接暴言を吐く古部来を、六浜がたった一言で戒めた。だが何も間違いじゃない。有栖川は人殺しだ。こんな奴に同情なんかする意味がない。

 冷たく、軽蔑の目で有栖川を睨む。だが有栖川は、古部来の言葉にキレたのか、わなわな体を震わせて口を開いた。

 

 「・・・アタシが・・・・・・身勝手な人殺し・・・?」

 「違うのか?」

 「ちっ・・・・・・!ちっ・・・!!ちがうわあっ!!ちがうに決まってんだろォ!!アタシが人殺しだったらあいつは・・・飯出は一体なんなんだ!!何も知らねえくせに!!」

 「飯出がなんだと言うのだ?」

 「アンタらは何も分かってない・・・!!あいつの正体を・・・知らねえんだよ!!」

 「飯出の正体だと?・・・有栖川。お前、一体何を知っている?お前と飯出の間に何があった」

 

 意外にも、有栖川はまだこんなにデケえ声で怒鳴る元気が残ってた。犯行を暴かれて廃人にでもなったかと思ってたが、まだしっかりと意識は保ってた。だがそれよりも気になるのは、有栖川の言った内容だ。これじゃまるで、まだ俺たちが知らない飯出のことを有栖川が知ってるみてえだ。何があったんだ?飯出の正体ってなんだ?

 

 「あいつだってアタシと同じだ・・・!!あいつは・・・あいつはアタシの友達を・・・!!千恵を殺したんだ!!」

 「はあ!!?い、飯出が殺し!!?」

 「なんですかそれは?故人をデタラメに誹謗するつもりですか?」

 「デタラメなもんか!!アタシは知ってる!!あいつも千恵を殺したんだ!!アタシが人殺しなら、あいつだって人殺しだ!!」

 

 なに言ってんだ?飯出が人殺しだと?あんな馬鹿みてえに他人を信用して、結束がどうの争いはどうの言ってた奴がか?

 到底信じられねえ。いまさら有栖川がデタラメを言って飯出を貶めてなんの意味があるってんだ。その場にいたほとんどの奴が理解できずにいたら、アニーが有栖川の言葉尻に反応した。

 

 「ローズ。チエってもしかして・・・ハカマダチエのこと?」

 「っ!?な、なんでアンタが・・・!?」

 「は!?お前なんか知ってんのかよアニー!?」

 「うわさで聞いただけだけなんだけど・・・確か、フラワーアレンジメントのお家の娘だったかしら」

 「“超高校級の華道家”、袴田千恵(ハカマダチエ)サンだよね」

 「そ、そねざきも!?」

 

 アニーに続いて曽根崎も声を上げた。袴田千恵なんて名前、聞いたことねえ。だが二人が口を揃えて同じ名前を言ってるってことは、有栖川の言ってることはデタラメじゃねえのかもしれん。もしかしたら、マジで飯出はそいつを殺したのか?

 

 「なんでアンタたちが千恵のことを知ってんだよ・・・!アンタらまさか・・・あのことに関わってんじゃねえだろうな!!」

 「あのこと?」

 「裏の取れてない話をするのは気が進まないんだけど、有名なうわさがあるのは事実だよ」

 「うわさとはなんだ?」

 

 メモ帳を見ながら曽根崎が言いにくそうに言葉を濁す。こんな奴が言いよどむってどんなことなんだ。その袴田って奴と有栖川と飯出の間に何があったんだ。それが、有栖川が飯出を殺した理由なのか?

 

 「彼女、ボクらがここに来る三ヶ月くらい前から、ずっと学園に顔を出してないんだ」

 「学園に?それがうわさか?」

 「うん。それにその前には何日も部屋に閉じこもって出て来なかったりすることもあったみたいで、うわさじゃ友達と喧嘩してから疎遠になって、それから勉強もふるわず退学になったっていう・・・」

 「ちがう!!」

 「えっ」

 

 曽根崎が言ううわさに、有栖川が強く言い放った。希望ヶ峰を退学だと?そんなことが許されんのか?いや、そんなわけがねえ。だって、もしそうなら俺はとっくにそうしてる。学園側からにせよ生徒側からにせよ、希望ヶ峰学園に退学なんて制度が存在するはずがねえんだ。

 だが、じゃあ袴田って奴はどこに行ったんだ?マジで飯出に殺されたってのか?

 

 「千恵は退学になったんじゃない・・・!!全部・・・全部飯出たちが悪いんだ!!あいつが千恵のことを追い込んだんだ!!」

 

 有栖川は興奮して怒鳴る。全く意味が分からねえ。飯出がその袴田って奴と何の関係があるんだ。有栖川はなぜそのことをここまで根に持ってる。

 曽根崎が話したうわさを否定して、有栖川は自分の口で語り始めた。

 

 「千恵は・・・アタシの親友だった。アタシと千恵は、希望ヶ峰に入学してすぐの時からずっと・・・ずっと一緒だった。大人しくて優しくて、アタシは千恵のことが大好きだった・・・いや、今だってそうだ。だから・・・だからあいつが許せなかったんだ!!」

 

 ーーーーー

 

 千恵はいつだって優しかった。アタシが宿題忘れたり授業聞かないでぬいぐるみ作ってたりしたら助けてくれたし、気が短いアタシがキレそうになったら代わりに怒ってアタシを守ってくれた。落ち込んだ時には慰めてくれたしいきなり部屋に行っても喜んで話を聞いてくれた。

 可愛くて優しくて大人しくて、アタシは何度も千恵に救われた。アタシは千恵のことを親友だと思ってたし、千恵もアタシのことを親友だって言ってくれた。だからアタシたちはずっと一緒にいようって、希望ヶ峰学園にいる間も、卒業してからもずっと、一緒にいようって決めた。

 

 「ローズさんの名前って、とても素敵な名前だと思います」

 「うん?どしたの急に」

 「しょうびの花・・・花言葉は愛情、美。西洋では純粋な愛の意味もあります。女性的で淑やかで、ローズさんにぴったりなお花だと思います」

 「・・・っはは!冗談!むしろアタシより千恵の方が似合うっしょ!」

 「うふふ・・・」

 

 千恵はいつもそうやってアタシの名前を褒めてくれた。アタシがぬいぐるみを作るとそれを可愛いって言ってくれたし、アタシは千恵のことが大好きだった。アタシが作ってあげたぬいぐるみを丁寧に撫でる優しい指先も、さらさらしてて蛍光灯の下で光る髪も、何度見ても思わずどきっとする伏し目も、全部が好きだった。

 だからこそ、アタシは一番最初に気付いた。いつも落ち着いた雰囲気の千恵が、近頃そわそわしてて様子がおかしいってことに。絶対何かあると思った。だからアタシは、千恵と二人きりで話した。

 

 「千恵、アンタ今日おかしいよ」

 「えっ・・・おかしい?そ、そうでしょうか?」

 「そうだよ。なんかあった?っていうかなんかあったでしょ」

 「い、いえ。大したことでは・・・」

 「大したことないなら教えなさい。着物縫ってあげないよ」

 「・・・」

 

 この殺し文句を出せば千恵はだいたい言うことをきく。いつもはすぐ答えるんだけど、このときはちょっと言いづらそうに顔を伏せてた。やっぱり本当に言いにくいことなんだ。けどここで引き下がったら、千恵は絶対何も言わないで一人で抱え込む。それだけはダメ。

 

 「えっと・・・実は最近、ちょっと眠れなくて・・・」

 「寝れない?」

 「夜中にずっと視線を感じてて、布団に入ってもなんだか落ち着かなくて・・・」

 「なにそれ!?怖い話!?」

 「あと、部屋に帰ったらポストに同じような手紙がたくさんあったり、お守りの入った封筒がいっぱい届けられたり、私が授業を休んだ次の日にはその日のノートが机に忍ばせてあったり・・・」

 「超怖え!!っていかそれ完全にストーカーじゃん!!それマジなの!?」

 「え、えぇ・・・で、ですがストーカーなんて・・・。お守りもノートも私のことを心配してくれての贈り物ですし、お手紙の内容からして・・・わ、私を好いてらっしゃるようですし・・・」

 「それをストーカーって言うんだよ!千恵、それっていきなり?誰かに告られたりやたら声かけられたりとか、そういう感じのことは?」

 「・・・・・・告白はされました」

 

 意外どころの話じゃない、千恵がそんな大変なことに巻き込まれてるなんて初めて知った。っていうかアタシだっていつも千恵の部屋に来てるし一緒にいる。もしかしてずっと千恵はアタシに隠して、そのストーカーに怯えながら暮らしてたの?何考えてんの!

 

 「で?その後は?」

 「いきなり告白された上に初めてお目にかかる方でした。それに立場上、お付き合いは困りますがお友達にならとお答え差し上げました」

 「つまりフったんだ。で、そのストーカーってのはいつから?」

 「その次の日からでした」

 「それもう答えじゃん!!絶対そいつが犯人だよ!!千恵、アンタそれ誰かに相談した?」

 「いいえ、ローズさんが初めてです」

 「はあ!?な、なんで!?なんでそんなこと誰にも言わないの!?先生とか警察とか相談しなよ!」

 

 悩みとか不安とかあってもあんまり表に出さないで気丈に振る舞うタイプだってのは知ってたけど、こんなことまで一人で抱え込むなんて絶対おかしい。そのストーカーってのは誰なんだ。見つけ出してアタシが二度と千恵に近付けないようそいつのベッドと体縫い付けてやる!!

 

 「そ、それは・・・できないんです」

 「できない?なんで?」

 「・・・実は、詳細はお話ししていないんですが、両親にお電話差し上げたんです。悩みがあるのですが、先生方に相談すべきかどうか」

 「なんでそんなことわざわざ・・・っていうか、親に相談すりゃよかったじゃん」

 「母も祖母も、他流派のお家の方々とのお話し合いや袴田流のご指導でお忙しいので、私のためにお時間を頂くなんてとても・・・。母のお答えは、相談すべきではない、とのことでした」

 「な、なんで!?」

 「先ほども申しましたが、袴田流をはじめ華道の流派は数多ございまして、それぞれの流派では諍いや合併などが起きています。そんな中、私が学園で問題に巻き込まれたとなれば、ますます母方は多忙になります。大事になって問題と共に私の名前が広がれば、袴田流の衰退に繋がりかねないとのことで」

 「そ、それって千恵の悩みより家の面目の方が大事ってこと?」

 「・・・」

 

 なんだよそれ。自分の娘がストーカーされてるってのに、家の名前がどうの流派がどうのって言って相談にも乗らず相談もさせないって・・・それが親の態度なのかよ。そいつらにとって千恵はなんなんだよ。娘じゃねえのかよ!

 

 「そんなの・・・そんなの絶対おかしいって!千恵!アンタの家に電話させて!」

 「えっ!?ダ、ダメです!こんな時間になんて!それに、これ以上私のことで迷惑をかけるわけには」

 「迷惑かけて何が悪い!!千恵は自分一人で背負い込みすぎ!!」

 「ロ、ローズさん・・・?」

 「千恵はなんでもかんでも自分の中にためこんで、周りのこと気遣い過ぎ!アンタのそういうところ、アタシ大好きだけど、もう限界!放っておけないよ!」

 「で、ですがまた家に電話してしまえば、これは私だけの問題ではなくなってしまいます」

 「それが分かってんなら電話しようよ!もっとアタシや周りに迷惑かけてよ!友達も親も、困らせてナンボっしょ!そんなんじゃいつかマジつぶれちゃうよ!?アンタ家と自分とどっちが大事なの!流派がうんぬんの前に、アンタは『袴田千恵』なんでしょ!?」

 「違います!私は『袴田千恵』である前に、袴田流華道の跡取りなんです!私情に流されて家の名に泥を塗るなど決して許されません!!」

 

 千恵とこんなに大声でケンカするなんてこと、今までなかった。千恵がこんなに追い詰められた顔で誰かに怒鳴るなんて見たことない。だけど、なんでアタシが千恵のことを心配してるのに、千恵は家のことを心配してるの?アンタは自分のことなんかどうでもいいの?アンタ・・・一体だれなの?

 

 「・・・失礼しました。部屋に戻ります」

 「ちょ、ちょっと待ちなさい!部屋に帰ったらまたストーカーが・・・」

 「これはまだ私だけの問題です。申し訳ありませんが、ローズさんのお力をお借りするわけにはいきません」

 「千恵!!」

 

 千恵はさっきまでと違って、すごく冷静で落ち着いた声で言った。だけど部屋を出る時に少しだけ見えた顔は、ものすごく複雑そうだった。迷ってる、千恵は今、どうしたらいいか分からないで迷ってるんだ。アタシに言ってくれたのは嬉しい、だけどどうしてそれ以上甘えようとしないの。どうしてもっとアタシを頼ってくれないの。

 親友だって言ったのはウソなの?

 

 

 

 

 

 アタシと千恵がケンカした次の日は、なんとなく気まずくて、教室まで行くのも一人、お昼食べるのも一人、放課後に過ごすのも一人だった。相変わらず千恵はそわそわして、誰にも相談なんかしてないんだ。アタシはできる限り千恵を助けてあげようとした。仲直りしようって言って、ぬいぐるみを作ってあげた。その背中にポケットを付けて、中にごめんねって手紙も入れた。

 なのに千恵は、それからもアタシを避けた。アタシと一緒にいると、甘えたくなるって、自分じゃ背負い込みきれない不安を打ち明けて、アタシに迷惑をかけるからって、そう書いた手紙を、ぬいぐるみのポケットに入れて返してきた。

 

 

 そして、アタシたちのケンカから一ヶ月もしないうちに、千恵は姿を消した。

 

 

 千恵の部屋は、いなくなる前と何も変わらなかった。キレイに片付けられた机、テーブルに置いてある活け花、シワ一つないベッドのシーツ。何もかも変わってない。ただ、ここに千恵がいないだけ。

 

 「なんで・・・?なんで千恵がいないの!?どこに行ったんだよ!千恵に会わせろよ!」

 

 アタシは教室でも廊下でも職員室でも、とにかく教師を見つけては問い質した。希望ヶ峰学園は絶対に何かを知ってるはず。千恵がいなくなった理由を。

 だけど何回きいても何も教えてくれない。家の事情でとはぐらかされる。また家・・・どうして?千恵はアタシの親友じゃないの?この学園の生徒じゃないの?千恵はもう、袴田って名前から逃げられないの?

 

 ーーーーー

 

 「アタシは自分で調べた・・・千恵の家のこと、千恵に付きまとってたストーカーのこと、千恵がどこに行ったのか・・・でも何一つ分からない!希望ヶ峰学園でいくら調べようとしても、学園に邪魔された!」

 「情報規制・・・確かに希望ヶ峰学園には不明瞭な情報が多いね」

 「だけど、アタシはあの映像を観て全てを知った!千恵がどうなったか・・・なんでそうなったか!!」

 「あの映像って・・・まさか!モノクマが言ってた動機!?」

 「そこに全部映ってたんだ・・・あいつらの薄汚え会話が・・・!」

 

 有栖川がぽつぽつと辛そうに、だが流れるように語る。希望ヶ峰学園がそういう体質だってのは、俺は前から知ってる。地位と名誉、この二つが、希望ヶ峰学園の名を世界に轟かせてるもんだ。そのどちらかでも失うことは、学園の崩壊と同じだ。

 そして有栖川が歯を食いしばるのを見て、モノクマは大きく欠伸をした。そしてどこからともなく妙なリモコンを取り出し、モニターにそれを向けた。

 

 「ああもう長ったらしいなあ。早く終わらせてよ。口で言うより、見た方が早いよ!ほら」

 「!」

 

 退屈そうに言ってスイッチを押すと、モニターに二人の人間が向かい合って座る映像が映し出された。背景にでっかく飾られたシンボルマークは、希望ヶ峰学園のものだ。たぶん応接間だろう。年のいった女と向かい合うのは、俺らのよく知ってる学園長だ。

 

 「学園長・・・!?なぜ学園長がこんな映像に・・・!?」

 「いや、アングルからして盗撮って感じだな。たぶん二人ともカメラにゃ気付いてねえ」

 

 さすがにこれには動揺する。なんで学園長がモノクマの用意した映像に出てる?しかも盗撮って、モノクマの正体がますます分からねえ。希望ヶ峰学園のセキュリティを、こんな簡単に破るなんて。

 俺らのどよめきに関係なく、映像は進む。銀髪で着物を着た女が、紙袋を差し出して頭を下げた。

 

 『お願い致します。どうか、どうか今回の一件は御内密に・・・!』

 『し、しかし・・・これはとても看過できることではありません。学園としては、千恵さんの自殺の原因を調査して、再発防止に努める義務があります』

 「・・・!」

 『先生、お願いします。千恵のことを知られてしまえば、袴田流は廃れるのみです。千恵も、それを望んではおりません』

 『ですが・・・』

 

 自殺、という言葉に、有栖川がぴくりと反応した。自殺・・・つまり袴田はもう死んだのか?

 

 『先生。こんなことを申し上げるのは大変不本意ですが、そちら様も私共と同じでありましょう?』

 『同じ?何がですか?』

 『千恵が亡くなる数週間前、本人から電話がありました。悩みがあると』

 『それが何か?』

 『ずいぶんと不安な様子でした。学園生活のことでひどく悩んでいるのに、学園は相談に乗ってくれないと』

 『はっ?』

 『このままでは希望ヶ峰学園にいられない、助けて欲しいという内容でした。そしてその後、千恵は自ら・・・』

 『そ、それは本当ですか!?そんな話・・・私は一切・・・!』

 『ご存知かどうかは問題ではありません。学園は千恵が心を病んでいるのを知りながら放置した、この事実が問題なんです』

 「ウソだ・・・!!ウソだ!全部ウソだッ!!」

 

 映像の女が妖しく笑う。それを殺すような目で睨んで有栖川は叫んだ。さっきの有栖川の話とは違う。袴田は学園に相談なんかしなかったはずだし、そうしないよう言ったのは親・・・たぶんこの女だ。

 

 『ね?袴田流も希望ヶ峰学園も同じなんです。千恵の件が公になれば、名前に傷がつく。そうなったらどちらも・・・絶望しかないんです』

 『・・・!』

 

 最後に言い聞かせるように女は言った。学園長は冷や汗をたらし、少しの間頭を抱えて悩んだ挙句、その女に言った。分かりました、と。そこで映像は途絶え、後には灰色の砂嵐だけが映っていた。

 

 「千恵は死んだ・・・殺されたんだ!ストーカーのことを誰にも相談できないで・・・悩むことも許されないで!!千恵を殺したのはあの家だ!!学園だ!!千恵の逃げ道を塞いだのはあいつらなんだ!!」

 「そんな・・・バカな・・・!?希望ヶ峰学園が・・・生徒の自殺を隠蔽じゃと?」

 「よくあることだ。名のある家柄と世界有数の進学校、ない方が不自然だ」

 「うぷぷ!残念だけどこれ、本当なのよね。こういう体裁ばっかり気にした奴って、どこにでもいるんだねえ。しかもしかも希望ヶ峰学園は事件を隠蔽するために、この事件に関わってる飯出くんと有栖川さんを問題児として処理しようとしたんだよね!!ねえどんな気持ち?信じてた希望ヶ峰学園の裏側を知って今どんな気持ち?」

 

 モノクマが含み笑いをして煽ってくる。それが飯出と有栖川の抱える問題ってやつなのか?それじゃあ“超高校級の問題児”なんて呼び方、学園が勝手に付けてるだけじゃねえか。それも、ただ自分たちの保身のために。

 だがそれにムカついてる余裕もない。こんなことがあっていいのか。仮にも学校が、生徒の自殺を隠すなんて。自分の娘が自殺しても、家柄を気にして秘密にしろだなんて。薄汚えどころじゃねえ、こいつらイカレてやがる。

 

 「アタシはあいつらに復讐してやるんだ!千恵の代わりに、希望ヶ峰学園とあの家に復讐して、千恵を追い込んだストーカーも一緒に殺してやろうと思った!!だけど、そのストーカーはもう目の前にいた・・・千恵のことを忘れて、もう他の女に同じことをしてやがった!!あんなクズ野郎、殺さないでいられっか!!」

 「それが飯出を殺した動機か。なるほど、ただ意味もなく殺したというわけではないようだ」

 

 つい、有栖川の言葉に納得しかけた。飯出のしたことに対する晴柳院のビビり方からして、その袴田って奴も相当精神的に参ってたんだろう。そして、親に逃げ道を塞がれ、死んでも悲しむどころか家と学園の名前を汚さないようなかったことにされる。こんなんで袴田が浮かばれるわけがねえ。

 あの紙袋を持って笑うクソババアと、額に汗かきながら自分は悪くないと責任逃れするような目をした学園長。あいつらにムカつくのは事実だ。だから有栖川の言い分も分かる。だが、分かるだけだ。

 

 「貴様の復讐心はもっともだが、そのために俺が命を捨てるのは御免だ。貴様は復讐に囚われて周りを顧みず、独り善がりに突き進み倒れただけの愚か者だ」

 「なんなんだよ・・・!!アンタは一体なんなんだよ古部来!!」

 「?」

 

 そうだ。たとえ有栖川の復讐心も憎しみも理解できたところで、納得なんかできるわけがねえ。こいつは飯出を殺して、更に俺たち全員を踏み台にしようとしやがった。

 そうして淡々と事実を言うだけの古部来に、有栖川がブチ切れて掴みかかった。テーブルを挟んで反対にいる古部来まで走って、襟首を千切らんほどに鷲掴みにした。

 

 「アンタに心はねえのか!!アタシだってホントは殺しなんかしたくなかった!!アタシの勘違いだったらって・・・飯出はストーカーじゃなかったらって思った!!だけど千恵のことで問い詰めたら・・・飯出の奴が認めたから・・・!!だから・・・!!」

 「だから殺意が湧き、殺したのか。入念に凶器や運動靴を用意しておいて何が本意ではなかっただ。都合が良いにもほどがある。何を言おうと、貴様は俺たちの命を踏み躙ろうとした愚かな殺人鬼だ」

 「それは違います!!!」

 

 掴みかかった勢いのまま捲し立て、だがすぐに力なくその場にへたり込んだ有栖川に古部来が更なる追い討ちをかける。こいつの言ってることは正論だ、だから反論なんてねえ。けどそんな俺の考えごと否定するように、弱々しい声が響いた。声の主は、晴柳院だ。

 

 「あ、有栖川さんは・・・殺人鬼なんかやありません・・・!」

 「まだ言っているのか。こいつは飯出を殺し、復讐のために俺たちの命をも捧げようとした。なんの躊躇いもなくな」

 「いいえ・・・!!有栖川さんは・・・ずっと後悔してたはずです!!辛かったはずです!!」

 「みこっちゃん・・・?」

 「有栖川さんが本当に復讐のことしか考えてなかったら・・・・・・どうしてうちを庇ったりしたんですか」

 「!」

 

 古部来に睨まれてまたビビる晴柳院が、懸命に言った。有栖川も晴柳院も泣きじゃくって、崩れた顔でお互いを見た。

 そう言えばそうだ。晴柳院が犯人って疑われた時、たった一人だけそれに異を唱えたのは、有栖川だった。あのまま裁判を終わらせてれば、こうはならなかったはずなのに。

 

 「有栖川さんは・・・飯出さんを殺してしまったことを悔いてたはずです。自責の念に駆られて、苦しかったはずです。せやないと・・・うちのことを助けたりなんてするはずがないんです・・・!」

 「みこっちゃん・・・」

 「有栖川さん・・・ごめんなさい」

 「えっ」

 

 いきなり、晴柳院は有栖川に謝った。有栖川は意外って顔してそのまま固まり、晴柳院が頭を下げたまま続けた。

 

 「うちが・・・うちが気付いてあげればこんなことにはなりませんでした・・・。うちが有栖川さんの苦しみを分かって、こうなる前に慰めてあげたら・・・」

 「み、みこっちゃんは・・・悪くないでしょ。やったのはアタシなんだから・・・」

 「うちじゃ、袴田さんの代わりになんてなれへんし・・・有栖川さんに優しくされてばっかりで頼りないし・・・」

 「やめてよ・・・。もういいよ、やめて」

 「だ、だけど・・・うち、有栖川さんのこと、大好きです」

 「・・・そ、そんなの・・・・・・アタシだってそうだよ・・・!アタシは・・・みこっちゃんに全部押し付けて出て行くなんて・・・それだけはしたくなかっただけ。みこっちゃんは悪くないんだもん・・・。もしアタシが勝ってもみこっちゃんだけは・・・みこっちゃんだけは助けてもらえるって思ってた・・・・・・みこっちゃんと一緒にここを出られるって・・・」

 

 晴柳院が責任を感じるのも、有栖川が晴柳院を庇った理由も、俺には到底理解できない。互いに懺悔するように泣きながら話す二人に、誰もかける言葉が見つからなくて黙ってた。その様子をずっとつまらなそうに見てたモノクマ以外は。

 

 「なに、もう終わった?まったくもう、オマエラだけで勝手に盛り上がっちゃってさ!久々のボクが目立つチャンスを潰そうとしてんじゃないよ!」

 「だ、だまれ!おまえまだなんかあるのかよ!ぜんぶおわったんだからもうどっかいけ!」

 「うん?何言っちゃってんの?まだとっておきのメインイベントが残ってるじゃない!」

 「なにっ?」

 「うぷぷぷぷ!秩序を乱し人を殺したことがバレたクロに待ってるものといったら、おしおきに決まってるでしょ〜〜〜ッ!!」

 「お、おしおきって・・・処刑!?本気なのか!?」

 「本気も本気!チョー本気!ってなわけで、早速いっちゃいましょーーーぅ!!」

 「ちょ、ちょっと待ってください!!有栖川さんは・・・有栖川さんはただ・・・!!」

 「ただ、なんだよ?どんな事情があろうとね、やったものはやったの。ルールを破ったら罰する、それが社会の決まりでしょ」

 

 極めて悪趣味に、冷徹に、モノクマが嗤う。一気に有栖川と晴柳院の顔色が青くなり、晴柳院のとっさの弁解も意味をなさなかった。

 こんな状況を作り上げ、こんな事件を起こさせ、こんな裁判をやらせて、おそらくおしおきってのも本気で有栖川を処刑するつもりだ。そんなこと、考えなくたって分かる。モノクマはいつでも本気だ。大きく開けた口に並ぶ牙の隙間から、悪意に満ちた笑い声が漏れ出す。

 

 「今回は、“超高校級の裁縫師”有栖川薔薇さんのために!!スペシャルな、おしおきを、用意しましたッ!!」

 「ま、待って・・・待ってください!!お願いします!!待って!!」

 「もういいよ・・・みこっちゃん・・・」

 

 げらげらと大口開けて笑い転げながら、モノクマは有栖川にじっくり言い聞かせるように言う。玉座の前の段が開き、真っ赤なボタンが小さいテーブルに乗ってせり上がってきた。

 晴柳院は必死に止めようとするがモノクマは完全にそれを無視し、有栖川はふらふらした足取りで立ち上がって晴柳院の頭に手を置いた。

 

 「こんなアタシのために泣いてくれて、ありがとう。いつもアタシのこと心配してくれてたのに、アタシからはなんにもできないままで・・・ごめんね」

 「そんな・・・!そんなこと言わんといてください・・・!!有栖川さん・・・!!」

 「それでは!!張り切っていきましょーーーぅ!!」

 

 モノクマがピコピコハンマーを取り出した。目の前には怪しげなボタン。そしてハンマーを振りかぶるモノクマ。何をしようとしてるのかは一目瞭然だ。

 晴柳院の頭を撫でて、有栖川は気丈に笑う。これから処刑されるってのに、なんでそんな顔ができるんだ。なんで晴柳院のことなんか考えてんだ。

 

 「ごめんね・・・アタシが馬鹿だった。千恵のことばっかり考えてて・・・みこっちゃんのこと何にも考えてなかった・・・。ごめんね・・・!本当に・・・ごめんね・・・!」

 「あ・・・あぁ・・・!!」

 「おしおきターーーーーーーーーーーーーーーーイムッ!!!」

 

 辛そうに、苦しそうに、有栖川は顔を歪めて泣いた。晴柳院を抱き締めて、捻り出すように謝罪した。そして謝罪の言葉を言い終わると、泣き崩れる晴柳院を離して距離をとった。これから起きることに晴柳院を巻き込まないよう備えたんだ。

 モノクマの叫びとともに、ハンマーがボタンに叩きつけられた。ぴこっ、という軽い音とともに、モニターにあのドット絵と文字が表示された。

 

 「有栖川さああああああああああああああああああああああああああああんっ!!!」

 

 晴柳院の叫び声は、爆音で流れる古臭い音にかき消された。モニターに表示された有栖川の絵が、同じくドットのモノクマに引きづられて画面外に消えていく。残された文字が意味するものは、有栖川と晴柳院だけじゃなく、俺たちにとっても絶望に等しいものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【GAME OVER】

アリスガワさんがクロにきまりました。

おしおきをかいしします。

 

 

 円形の裁判場に並ぶ15人の高校生。その中に一つ混じる血色のバツ印が書かれた遺影。彼を殺したのはこの中の誰かだ。円の中心からの視線が、その15人をルーレットのごとく眺め、やがて一人に目を留めた。狙いが定まったのだ。

 15人の中に潜んだ殺人犯、有栖川薔薇の後ろから鉄輪の付いた鎖が飛び出す。彼女を処刑場まで引きずる手のように、その細い首を、腕を、脚を、至る所を捕らえた。抵抗しようとする暇もなく、有栖川は鎖に連れられて壁の中に消えていった。

 鎖が戻っていくのは、青白いドアの中。有栖川が引きずり込まれるとドアはばたん、と閉まり、「手術中」のランプが赤く光った。気付くと有栖川は、手術室の台の上で大の字に拘束されていた。横に立つのは、手術医の格好をしたモノクマだ。手に握られたメスが仄暗い灯りの下で不気味に煌めいた。

 

 「ッ!!?ま・・・まさか・・・!!?」

 「うぷぷぷ♫」

 

 モノクマの意図を一瞬で察知した有栖川が思わず声を漏らす。無抵抗に身体をさらけている有栖川の顔は陶器のように蒼白となり、小刻みに震えて怯える有栖川を楽しむように、モノクマがにやりと笑った。

 

 

《可愛い可愛い♡薔薇乙女》

 

 

 振り上げたメスが有栖川の脚に突き刺さる。一瞬で全身を突き抜ける激痛に有栖川の身体が強張る。吹き出る血飛沫など気にもせず、モノクマはもう片方の手にもメスを持ち逆の脚に刺す。強く見開かれた眼は焦点が合わず、苦しみの悲鳴が手術室の中に反響し八方から耳を劈く。

 

 「ぅあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!」

 

 激痛と恐怖に悶え苦しみながらも鎖に繋がれた腕と脚は固定されて身動きがとれず、切り刻まれた部位はもはや力を入れることすらかなわない。徐々に身体から抜けていく血の生温さから実感を伴った死を悟る。もはや正常な思考などできない脳はただ恐怖と絶望に侵食されていくのみだった。

 つま先から大腿部までを切られ、徐々に腰、腹、胸、腕と施術部は移りゆく。喉に付けられた装置から流れる電流で痛みに気を失うこともできず、生きたまま有栖川は身体を弄ばれ徐々に蝕まれていく。そして有栖川は苦しみに瞼を閉じ、遠のく意識の中で微かに瞼が開いた。

 

 「・・・・・・ッ!!」

 

 眼を開くと、モノクマのメスは有栖川の額にあてがわれていた。次の瞬間、鋭い痛みとともに冷たい金属の感触が頭の中に入り込んでくるのを感じた。

 

 

 「手術中」のランプが消えて青白い扉から現れたモノクマは、有栖川の激しい血飛沫で血塗れになった手術着を放り捨てた。中が見えないほどの暗がりからキャスター付きの担架がゆっくり出てくる。有栖川薔薇は、その担架に座っていた。

 腕も脚も腹も、全身の至る所に雑な縫い跡が残り、一部の皮膚の隙間から赤黒い綿がはみ出ている。口は引きつった形に縫い付けられ、眼窩には眼球の代わりにビー玉が埋め込まれている。それは、間違いなく有栖川薔薇であった。血に塗れた不格好なぬいぐるみへと変わり果てて、再び全員の前に姿を現したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うっひょーーーーーーーーーー!!エクストリィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッム!!!」

 

 モノクマの悪趣味な笑い声が裁判場に響く。モニターにでかでかと映し出された有栖川のなれの果てを見て、アニメを見てるガキみてえに興奮してはしゃぎやがる。

 これがおしおきか・・・これがモノクマの言う、公開処刑なのか。こんなもん見せられて、俺たちはどうしたらいいんだ。有栖川が飯出を殺したのは事実だ。でも、この仕打ちはあまりに残酷過ぎる。生きたままぬいぐるみに改造されるなんて、ただ殺されるよりずっと惨い。体の中がむかむかする、吐かないよう堪えるので精一杯だ。

 

 「・・・あ・・・・・・あぁ・・・・・・・・・!!」

 「うぅっ・・・!!なな、なんだ・・・・・・これ・・・!」

 「・・・・・・」

 「うあああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 

 笑うモノクマなんかに誰も目もくれない。モニターを眺めて愕然とする奴、恐怖に眼を背けて震える奴、黙って不快感と絶望感に忍び耐える奴。誰もまともに声なんか出せる状態じゃなかった。だが一人だけ、晴柳院だけは感情が爆発したように叫んだ。

 

 「いやあ良い仕事したあ。どう?素材の良さを活かした等身大ぬいぐるみ!ま、素材が人殺しじゃ良さなんてあるわけないけどねーーーッ!!」

 「あああううぅっ!!!ああ・・・あ、ありすがわ・・・・・・さん・・・!!ああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 「貴様・・・これは一体どういうつもりだ・・・!!こんなことが許されると思っているのかッ!!!」

 「うん?どしたの六浜さん?こんなんじゃまだヌルい?まあ安心してよ、まだ一つ目のおしおきなんだからさ。次からはもっとコーフンして全身の体毛が逆立つようなのを見せてあげるからさ!ああでも六浜さんが見られるとは限らないか!ぶひゃひゃひゃひゃ!!」

 「ふざけるな!!こんな惨いこと・・・もうたくさんだ!!なぜ我々がこんな目に遭わなければならないのだ!!」

 

 今にも掴みかかりそうな勢いで六浜がモノクマに詰め寄る。だが決して手は出さない。そうしたら、たったいま有栖川がされたことと同じ事をされると知っているからだ。こんなもん見せられて、モノクマの笑顔が更に邪悪な雰囲気を帯びて見えた。

 

 「だからさあ、最初に言ったでしょ?この合宿はオマエラの抱える問題を解決するためのものなの。飯出くんと有栖川さんはその問題を解決できないままずるずる今まで生きてきたから、こんな形でツケを払うことになったの。殺されたりおしおきされるのが嫌なら、さっさと自分の問題を解決しちゃえばいいじゃーーーん!」

 「そうじゃない!!飯出が殺されたのはお前が有栖川を焚きつけたからだ!!こんな場所に監禁してあんな映像を見せて、一体何が目的だ!!貴様は一体なんなんだあ!!!」

 「うぷぷぷぷ・・・目的ねえ。そうだなあ、強いて言うなら・・・」

 

 鬼気迫る形相でモノクマを怒鳴る六浜に、モノクマは一切怖じ気づくことなく返した。そして邪悪な笑顔をより一層深く歪ませて言った。

 

 「『絶望』だよ!!うぷぷぷ・・・ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」

 「待て!!」

 

 ただそれだけ言い残して、モノクマは玉座を飛び降りて消えていった。陰湿な笑い声の反響だけを裁判場に残し、俺たちはその場に取り残された。晴柳院はもはや声も枯れ、静かにすすり泣きながら床に突っ伏していた。六浜はモノクマのいなくなった玉座の肘掛けを掴み、わなわなと体を震わせてやるかたない怒りに打ち拉がれていた。他の奴らは何も映らなくなったモニターを眺めて立ち尽くしたり、ただその場で重苦しい表情で佇んでいるばかりだった。俺はその中で、この胸の中のもやもやに思考を奪われていた。

 なんなんだこの妙な感情は。飯出と有栖川はモノクマに弄ばれて死んだ。あいつらに親しみなんて持ってなかったはずだ。なのにこの虚しさはなんだ。俺たちが落ち込んだ時、喧しい声で強引に奮い立たせる奴はもういない。泣き崩れる晴柳院をそっと慰める奴もいない。あいつらがいなくなっただけで、こんな感情になるなんて、どうなってやがる。それに虚しさや恐怖感だけじゃない。ほんの少しだけ、どうしてこんな感情があるのか分からねえってもんが、その絶望の中で蠢いていた。

 一体なんだってんだ。この清々しい達成感は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り14人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍   石川彼方  曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】  古部来竜馬

 

 屋良井照矢  鳥木平助   滝山大王  アンジェリーナ




第一章はこれにて終了ですが、第二章はいつになるやら。なるべく早くやるようにしますけど、まだ日常パートの途中なので長くなることは確か。ま、気長にお待ちを


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二章『能ある故に爪は尖る』
(非)日常編1


 何一つ前進してねえ。昨日は一日何をしてたっけ?誰かに記憶を抜き取られたように思い出せねえ。ただ、昨日の朝に起きたことは全部覚えてる。飯出の死体、有栖川の処刑、モノクマの嘲笑と晴柳院の噎び泣き。こんなことを繰り返さなきゃならねえのか。これだったら希望ヶ峰の方が何倍もマシだ。だけど、希望ヶ峰に戻るためにはやらなきゃならねえ。誰にも気付かれないよう、誰にもバレないよう、殺人をしなきゃならねえ。

 

 「・・・できるわけねえだろ」

 

 “超高校級の才能”を持った有栖川でさえ、犯行の全てを明らかにされたんだ。何の“才能”も持たねえ俺が何をしたところですぐバレるに決まってる。何より、あんな惨い殺し方をされるって考えただけで、殺しなんてする気にならねえ。

 どうすりゃいいんだ。モノクマは俺たちに何をさせてえんだ。何が目的なんだ。

 何もわからないまま、俺は食堂に向かった。足が重い。あんな極限の緊張感の疲れはまだ後引いてる。宿舎に出入りする時に視界に映る赤い扉が鬱陶しい。これはもう、単なる邪魔なもんじゃなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おはようカケル。コーヒーはいかが?」

 「コーヒー牛乳の甘いやつ」

 「オーケー」

 

 朝のこのやり取りはもう恒例だ。毎朝一番に食堂に来てるアニーが、後から来る奴らにコーヒーを勧める。十六個並んだカップのうち二つは、もう使われることはない。

 

 「古部来の奴はまた寝坊か。まったく、まるで機械のような若造じゃ」

 「案外落ち込んでたりしてな。昨日、有栖川と晴柳院にあんな言い方して罪悪感感じてたり」

 「・・・それはそれでらしくないわね。それより、晴柳院ちゃんの方が心配だわ」

 

 屋良井の言葉は現実味がない。罪悪感の部分じゃなくて、昨日までは有栖川が生きてたってことだ。もう遠い昔の気がする。けど飯出や有栖川の死体が鮮明に脳裏に浮かぶのは、それがまだ新しい記憶のせいってこともあるんだろう。

 

 「様子を見てこようか」

 「今はそっとしておいた方がいいと思うな。彼女の性格的に、心配してるのは隠しておくべきだよ」

 「そうか・・・」

 

 重苦しい空気が食堂にのしかかる。朝飯を適当に済ませてる間に、古部来と晴柳院が一緒に起きてきた。めちゃくちゃ意外だったが、たまたま廊下で会ったらしい。晴柳院の方は泣き疲れたのか、それとも寝てないのか、目の周りや足取りにそれが表れてた。古部来は晴柳院を気遣うこともなく、簡単に飯を済ませてさっさと部屋に戻ろうとした。それを後ろから六浜が呼び止めた。

 

 「待て、古部来」

 「・・・」

 「どこに行くつもりだ。また部屋にこもって詰め将棋か」

 「何が悪い」

 「お前は何も感じないのか。昨日起きたことにも、今の晴柳院にも」

 「俺なりに思うところはある。敢えて言うことでもないだけだ」

 「そうではない!」

 

 背を向けたままの古部来に、六浜が席を立って言う。昨日から古部来は、ここにいる全員を敵に回すような真似ばっかしてる。有栖川と晴柳院を非難したり、いつも通り何の感情も表に出さない。言葉もいつも通り刺々しい。ただ、何も否定する部分がない。

 

 「晴柳院に対して謝罪はないのかと言っている。何を謝ることがある、とは言わせんぞ。昨日の貴様の発言は度が過ぎていた。なぜあそこまで非難する必要があった!なぜそこまで周囲から孤立しようとする!」

 「・・・甘い。甘いぞ予言者。この状況を理解していればそんなことは言えん」

 「なに?」

 

 古部来の発言を追及する六浜を馬鹿にするように半笑いで、古部来は返した。

 

 「いま俺たちが置かれているこの環境、そしてモノクマと名乗るあの輩が殺し合いを強いる希有な現状。そして実際に殺人は起きた。これで貴様が理解できん方が俺にとっては不思議だな」

 「状況が分かっていないのはお前の方だ古部来。これだけ特異な状況だと分かっているならば、我々はなおのこと結束を深めるべきではないのか。自ら孤立するようなマネをして何の意味がある?」

 「俺が貴様らから離れているのではない、貴様らが俺を孤立させようとしているのだ」

 「・・・そうか」

 

 なんでこいつらはこんな冷静なケンカができんだ。そもそも古部来はつまるところ、何が言いてえんだ。それに、古部来が離れているんじゃなくて俺らが古部来を孤立させようとってどういうことなんだ。わけのわかんねえことばっか言って、結局大事なところが何も分からねえ。いつもいつもこいつらは自分たちだけで話を進めやがる。

 そうやって耳障りなケンカを傍観してたら、六浜は諦めたのか深くため息を吐いて言った。

 

 「なら古部来。私からも言わせてもらうぞ」

 「好きにしろ」

 「貴様はいずれ死ぬ。貴様がここを生きて脱出することはない」

 「・・・」

 

 六浜の言葉に、俺たち全員に戦慄が走った。“超高校級の予言者”にそんなこと言われたら、普通不安になるに決まってる。だが、古部来は鼻で笑って食堂を出た。どういうつもりで六浜が言ったのかは分からねえが、どっちも大概人間らしくねえな。

 

 「もういいよ六浜ちゃん。古部来なんか放っとこ」

 「・・・いや、私も少し熱くなった。あとで謝罪に行かなければ」

 「むつ浜が謝ることなんかねえよ!あいつが晴柳院に謝りゃ済む話だったのによ!」

 「そうだな・・・それより屋良井よ。私はむつはまではない、ろくはまだ」

 「え、あ、そっか。ま、気にすんな」

 

 今ので六浜は熱くなってたのか。裁判の時に動揺しまくった時の方がよっぽど顔が赤かったような気もするが、そんなことはどうでもいいか。

 

 「では、余計ないざこざを生む害虫が去ったようなので、私から皆さんにご報告があります」

 「が、がいちゅうって・・・相変わらずマドカはハードな言い方するわね」

 「で、報告ってなに?」

 「テラスのあった湖畔の建物ですが、鍵が外れて中に入れるようになっていました。お先に色々と中を見てきましたよ」

 「なにっ!?本当か!?」

 「湖畔の建物っていうと、あの二階建てのやつだね。よし、行ってみよう!」

 「ぐえっ!?・・・おい!」

 

 穂谷が言ってんのは、ここに来た日に六浜と古部来が調べてたあの建物か。ガラス張りだが中が暗くて全然見えなかったのを覚えてる。あそこの鍵が外れてるってのはどういうことだ?確か飯出の捜査の時もあそこは鍵がかかってて入れなかった。それに鍵を開けられる奴っつったら・・・あのエセパンダしかいねえ。

 単純にどんな建物か気になる、それに他の奴らが知ってて俺だけが知らねえのも後々面倒が起きそうだから見に行こうと思った。そんな俺の意向は無視して、曽根崎が俺のパーカーのフードを引っ張りやがった。後で湖に突き落としてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四角い建物の前に立つと、勝手にドアが開いた。ガラスの自動ドアか。足を踏み入れると勝手に照明がついて中の様子がよく分かるようになった。ぱっと見の印象は、図書館みてえだった。

 黒っぽいカーペットが隙間なく敷かれたフロアは反対側のテラスまでよく見える。入口を背にして左側にはいくつも本棚が並んで、そこには色んな種類の本や雑誌がキレイに並べられていた。手前にあるランプの置かれたテーブルは読書用のものだろう。なぜか入ってすぐ右手には受付カウンターみたいなのが置かれて、一応パソコンとかの用品は揃ってるみてえだ。右側の螺旋階段で二階まで行けるみたいだ。

 

 「わあ・・・図書館?なんでこんな建物が・・・」

 「むっ!それより、ここにインターネットが置いてあるぞ!これを使えば外と連絡が取れるのではないか!?誰かインターネットに詳しい奴はおらんか!」

 「明尾サン、インターネットは物体じゃないよ。それはコンピューター。でも連絡は取れるかもしれないね。ちょっと貸して」

 「引き出しとかなんか入ってたりしてねえか?」

 「もう少し奥の方も調べてみるとしよう。曽根崎と明尾と屋良井は入口周辺を調べてくれ」

 「おっす!」

 

 今時分厚い箱タイプのパソコンだが、電源は入るようだ。こういうのに強そうな曽根崎はそれをいじって中から情報を引き出そうとして、明尾と屋良井はカウンター内の資料や引き出しを調べることにした。六浜は一階をもっとよく調べようと奥に進む。俺はここが図書館らしいって分かっただけで十分だ。後のことはこいつらに任せて帰ろうとしたが、今度はフードじゃなくて裾を掴まれた。

 

 「あん?」

 「どこへ行く、清水翔」

 「・・・部屋」

 「なぜだ?お前はこの建物に関しての情報を満足に得たのか?」

 「ああ」

 「そうか。では質問しよう。この建物は一体何だ?」

 「図書館だろ」

 「なるほど。ではここに陳列された書籍類はどこから運搬されたものだ?」

 「んなこと知るか」

 「ではこの建物は、あのモノクマによって管理されているのか?」

 「知らねえっつってんだろ!」

 「・・・ということは、お前がこの建物に関して得た情報は現時点では不十分ということになる」

 

 めんどくせえ。曽根崎がパソコンを必死に調べてる今がチャンスだと思ったら、今度は望月に引き留められた。曽根崎だけじゃなくてこいつも俺を連れ回すのか。もう勘弁してくれ。

 

 「何かの手掛かりが存在する可能性がある。調査する手は多数の方が効率的だ。協力すべきではないか」

 「・・・っああ!」

 

 いらいらをため息に乗せて一気に吐きだし、俺は望月をどかして奥に歩いて行った。こうなったらさっさとここの捜索を終わらせた方が早い。ったくなんで俺はこんなめんどくせえ奴ら二人にも絡まれなきゃならねえんだ。

 ずかずか中に入ってくと、六浜たちが手分けしてフロア内を調べてるところだった。受付カウンターの向かいは磨り硝子で仕切られてて、その向こうは漫画喫茶みたいな個室が六個くらい並んでた。ドアは全部開いてて、一番手前の個室に入ってみた。「6」のプレートがかけられた重厚な造りのドアは黒光りして、内側の壁にぴったり収まってた。鍵は内側からしかかけられない造り、それからドアは鍵をかけなきゃ勝手に開くのか。普通逆だろ。

 中は填め込みの板をテーブル代わりに、薄型テレビと小さな本棚、それから色んな文房具や工具が立てられたペン立て、リクライニングで寝床にもなりそうなイスなんかがある。壁にはヘッドフォンがかけられて、引き出しの中には毛布が入ってた。

 

 「ここで寝てくれと言わんばかりの内装ですね。規則では個室以外での就寝は違反とされていましたが」

 「しかしこの毛布は有効利用できそうだ。こうすれば暖がとれる」

 

 勝手に毛布に包まる望月と、隣の部屋を捜索してた鳥木が言ってきた。毛布のタグやヘッドフォンの本体に番号が書かれてて、数字からして部屋番号と備品のチェックに使うんだろう。この六個の個室は全部同じ風になってんのか。番号がなきゃ区別つかねえな。

 さてと、個室も見たし本棚も特におかしなところはなさそうだ。後は二階か。俺は二階を見に行こうとした。が、また裾を掴まれた。

 

 「清水翔。あれを見てみろ」

 「あ?六浜じゃねえか」

 「六浜童琉が見ているものだ」

 「は?」

 

 望月に言われた先を見ると、六浜が突っ立ってた。本棚と壁の間に、吹き抜け構造になってる狭い空間がある。そこだけ壁の角に照明が置いてあって、壁を薄暗く照らしてた。それを見たのか、六浜は壁の方を見たまま呆然と立ってた。俺と望月が近付いてくと、その見ているものの全体が見えてきた。

 壁一面にでかでかと描かれたのは、シンボルマークだった。それはモノクマのものでも、初めて見るものでもなかった。俺が、俺だけじゃなくここにいる奴ら全員が同じはずだ、何度も見たものだ。

 

 「なぜ・・・こんなものが?」

 「このマークって・・・希望ヶ峰学園だよな?」

 「間違いない。電子生徒手帳に表示されるマークと完全に一致している」

 「どういうことだ・・・」

 

 そこにあったのは、プリントされたように少しの狂いもなく描かれた希望ヶ峰学園のマークだった。建物にマークがあるってことは、この建物は希望ヶ峰学園のものなのか?いや、モノクマが勝手に掲げてるって可能性もあるはずだ。だがなんだ?この妙な胸騒ぎは・・・。ただのマークなのに、少しの未練もなかったはずのマークなのに、なんでこんなにざわつくんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ん〜〜・・・なんか下は本とかいろいろたくさんあってムツかしそうなとこだったなあ。もっとおれでもたのしめそうなもんがねえかなって上にのぼってきたけど、こっちはなんだ?いろんなかたちのいろんなもんがいっぱいあるぞ。

 

 「滝山、あんた昨日ちゃんとお風呂入った?」

 「ん?いや、ねむかったからそのままねちった!」

 「道理で・・・。後で僕がシャワーの使い方教えてあげるよ」

 「そうか?ありがとなささど!」

 

 いきなりいしかわにおこられちった。でもふろはいるとぬれるからイヤなんだよなあ。でもほたにとかしみずに会うたびイヤなかおされるのもなんかこええし、あとでささどにおしえてもらおっと。

 

 「それにしても、下は図書館みたいだったけど、二階はまるで・・・」

 「トランペットにフルートにドラムセット、グランドピアノにエレキギターまで・・・まるで音楽室ね」

 「オーケストラとバンドが一緒くたになって、そのどさくさに紛れて民族楽器が転がり込んできたようなラインナップだね」

 「なんだこれ!たたくと音が出るぞ!」

 「うるさい!!シンバル叩くな!!」

 

 なんかヒョウタンに糸つけたり木やてつでできたいろんなものがならんでた。たいこくらいはおれにも分かるぞ。それからこのうすっぺらいやつはたたくとしゃんしゃんなっておもしれえし、くろいのとしろいののならんだやつもぽろんぽろんておもしれえ。でもあそんでたらいしかわにまたおこられちった。

 

 「うるさいですよお猿さん。静かになさい」

 「あっ、穂谷さん」

 「うん?あ、ほたに、おまえそれのつかいかたしってんのか?」

 「当然です。私を誰だと・・・いえ、獣に芸術を尋ねるなど愚問でしたね。失礼しました」

 「???・・・ま、いいってことよ!」

 「穂谷ちゃんって楽器もできるんだ」

 

 うしろからいきなりはなしかけられてびっくりした。ふりかえったら、ほたにが糸ヒョウタンをかたにのせてた。手に長いもんもってたからひっぱたかれるかとおもったけど、そんなことするほどひどいやつじゃないはずだ。ないはずだよな?

 

 「基本的なものを基本的なレベルでできるだけです。聴くのは構いませんが、練習の邪魔はなさらないようお願いします」

 「練習ってなんの?」

 「必要な時の、です。いつどこの公演でどんな楽器を弾くことになるか分かりませんから」

 「はあ・・・」

 

 なんかよくわかんねーけど、ほたには糸ヒョウタンに手の長いやつをあててこすった。そしたらその糸のところから、きいたことのねえ音が出た。たかくてキーンって耳が少しいてえけど、ずっときいてるとなんか体ん中があったまるっつうか、ほんわかしてくるみてえな。そんなようなかんじになった。

 

 「す・・・すげー!」

 「た、滝山くん。静かにしないと」

 「ここの楽器は触っていいんだ。飾ってあるものだったらモノクマに止められるかと思ったけど」

 「あなたたち・・・三味線の皮になりたいのですか」

 「ご、ごめんなさい!」

 

 いきなり音出すの止めたほたにがわらいながらおこってる。ヤベえとおもったらささどが先にあやまった。けどおれはさっさとそこをはなれた。おれのカンがここにいちゃいけねえって言ってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一階のブックシェルフにはたくさんの本が並んでたわ。だいたいワタシが思い付く種類の本はほとんど揃ってたし、だいぶ昔の本もきれいなまま並んでた。ここのオーナーはとても本が好きな人だと思ったけれど、よく考えたらここもモノクマの管理下にあるのね。さっきティータイムにしようとしたら、建物の中ではフードもドリンクもダメだって言われたわ。生徒手帳にもルールが追加されたのだし、よっぽどここが大切なのね。

 でもテラスがあるのは知ってたからティーブレイクセットを持ってきてよかったわ。元気がないミコトと一緒に、きらきら光る湖を見ながらティータイムにすることにしたの。ミコトがちょっとでもリフレッシュできるようにね。

 

 「まだちょっとだけ寒いけれど、コーヒーが美味しい温度ね。ミコトは、グリーンティーラテが好きだったわね」

 「・・・はい」

 

 お気に入りのティーカップにコースター、それからワタシが炒った豆をワタシのオリジナルブレンド専用のコーヒースプーンで合わせて心を込めたコーヒーミルで挽いて、香りを邪魔しない紙フィルターを敷いて取り寄せのミネラルウォーターを沸かしたお湯で丁寧に漉して。そして仕上げに特注のシュガーとミルク、それからミコトのにはグリーンティーパウダーもね。

 

 「はい。ホットだからベロを火傷しないようにね」

 「・・・ありがとうございます」

 

 この前カナタとドールにコーヒーを淹れた時は、ワタシのこだわりの品々に驚かれたものだけれど、ミコトはちっともリアクションがなかった。そんな余裕もないのね。だけど、このコーヒーを飲めば少しは変わるはずよ。ワタシの特製コーヒーだもの。

 

 「・・・あちっ!」

 「あらあら、ゆっくり飲まないとせっかくのブレンドも台無しよ。まずは豆のフレーバーから楽しまないと」

 「ケホッ・・・!ごご、ごめんなさい!」

 「あやまることなんてないのよ。ミコト、落ち着いて」

 

 いきなりカップを傾けるからびっくりしちゃったのね。ぴょこんと跳び上がって噎せるミコトは、ワタシが気分を悪くしたんだと思ってあやまった。だけどそんなことじゃ怒ったりなんてしないわ。ワタシはミコトに、このコーヒーをちゃんと飲んでほしいの。

 

 「ふう・・・ふう・・・」

 「お味はいかが?」

 「ん・・・。あっ・・・お、おいしいです・・・」

 「本当に?ミコトの正直な感想をきかせてちょうだい」

 「・・・・・・・・・に、苦いです。とても」

 

 ミコトは本当に正直な娘ね。だけど、その感想が聞きたかったの。だってこのコーヒーはワタシのスペシャルブレンド、ワタシが本当に助けてあげたいと思った人にしか出さない特別なものだから。

 

 「ミコト、あなたは優しい娘ね。人に優しすぎて、自分のことをいじめてしまうタイプね」

 「えっ」

 「ジョージのこと、ローズのこと、それにチエのことまでミコトは責任を感じてるんでしょう?」

 「あうぅ・・・そ、それは・・・。だだ、だけどうちが忘れてもうたら飯出さんも有栖川さんも・・・」

 「いいのよ、忘れなくって。むしろいつまでも覚えててあげれば、あの子たちも嬉しいんじゃないかしら」

 「あ、あのう・・・?」

 

 ちょっとハードなやり方だけど、ミコトが元気になるにはジョージやローズのことを忘れさせるより、受け容れさせないと。きっとミコトはまだ心のどこかで、ジョージが殺されてしまったこともローズがそれをやってしまったことも、自分のせいだと思ってる。

 

 「辛いことを言うけれど、ジョージもローズも、もういないの。それはどうしたって・・・神様にだって変えることはできないの」

 「・・・うぅ」

 「ミコトがあの子達のことを忘れないのは大切なことよ。だけど、そうやって悩み続けてばかりでもいけないわ」

 「で、でもうちがもっと飯出さんとお話してれば・・・有栖川さんが飯出さんに殺意を感じはったのはうちがきちんと・・・」

 「違うわ。ミコトがジョージにはっきり言っててもきっと・・・もう手遅れだったはず。なんでも自分のせいだと思うのは傲慢だ、っていう言葉を知ってるかしら」

 「へ?」

 「誰にだって出来ることと出来ないことがあるわ。だからなんでも自分のせいだと思い込むのは、自分がなんでも出来ると思い込むことと同じなの。だけど、それってちょっとプライドが高すぎじゃない?」

 「・・・はい」

 「出来ることしか出来ないんだから、無理をすることなんてないの。必要以上に責任を感じたって苦しいだけ。忘れろとは言わないけど、あなたが苦しんでてもローズやジョージは喜ばないんじゃないかしら?」

 

 ワタシがそう言うと、ミコトは静かになってうつむいた。余計に落ち込ませちゃったかしら。だけどため息をついたり肩を落としたりそういう気配はないわね。何か考え込んでるのかしら。

 

 「・・・アニーさんの言うこと、分かります」

 

 少しだけ顔をあげて、ミコトは小さくつぶやいた。うっかりしたら聞き逃してしまいそうなくらい小さな声だったけれど、ワタシはしっかり聞いたわ。

 

 「うち、このままではあかんのです。うちがくよくよしてたから、飯出さんはうちを心配して、特別に気に懸けるようになってしまった。うちがずっとびくびくしてたから、有栖川さんがうちの代わりに飯出さんに襲いかかった。うちがこんなままじゃ・・・あかんっていうのは分かってるんです・・・」

 「・・・そうね。今が一番、苦しい時よね」

 

 ミコトはもう気付いてる。ブルーになっているだけじゃ変わらないって。ミコト自身が変わらなきゃいけないって。だけど、そう簡単にできることじゃないわ。

 

 「うち・・・変われるでしょうか・・・。もう二度と、飯出さんと有栖川さんみたいなことにならんように・・・変われるでしょうか」

 「・・・さあ。それは分からない。でも、変わるための努力はできるはずよ、誰にだって」

 「・・・・・・はい。がんばります。お二人のために」

 

 とっても弱々しくて、頼りなさなんてない。少し叩けば壊れてしまいそうな気がする決意。だけど、その気持ちが生まれただけでも大きな一歩よ。真っ暗闇の中にあるマッチの灯りは、太陽の下のシャンデリアよりも輝いて見えるんだから。

 

 「ありがとうございます、アニーさん」

 「いいのよ。ワタシはあなたにマッチをあげただけ」

 「マ、マッチ・・・ですか?」

 「うふふ。じゃあまず、それを飲み切ってちょうだいね」

 「えぇ・・・」

 

 ちょっと冗談めかして言うと、ミコトは首を傾げた。こうやってこの娘の可愛い顔を見ると、ワタシも安心できるわ。やつれた顔なんてもう見たくないものね。

 ワタシが笑顔で残りのグリーンティーを勧めると、ミコトは恐る恐るそれに口を付けた。はっきり断れるようになるのは、まだ先かしらね。だけど一口飲んだら、ミコトはまた驚いた顔をした。

 

 「・・・あ、あれ?」

 「どうしたの?」

 「ちょっとだけ・・・さっきよりも甘いです。な、何か入れた・・・わけないですよね」

 「ほんの少しだけ入れたわ」

 「えっ!?」

 

 ミコトの希望っていう、仄かに甘いエッセンスをね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 引き出しの中にはなんかの書類。日本語のもんもありゃ英語のもんも。さっぱり読めねえ。読めたところで脱出やモノクマについての情報に繋がりそうもねえしな。やっぱ本命は、曽根崎が解析してるパソコンか。にしても時間かかるな。

 

 「どうだ曽根崎?なんか分かったか?」

 「いや・・・まだそれらしいものはないね。っていうかセキュリティが厳重で中身にアクセスすらできないね」

 「始まってもねえのかよ!」

 「でも大丈夫、広報委員会には“超高校級のハッカー”がいたからね。ボクもそれなりにできるよ」

 「屋良井の才能はパソコン関係ではないのか?」

 「ん?ははっ!オレの才能は“超高校級の翻訳者”だからな!パソコンは分からんがプログラミング言語だって訳せるぜ!」

 「ならばここにある資料の分析を頼んでも良いか?」

 「あ、わりい、ウソ。ごめん。本当は“超高校級のサッカー選手”」

 「あんまり信用ならないなあ。前言った“超高校級のバスケ部”ってのもウソだったし」

 「お前さんいまいち役に立たんのう」

 

 うっせ!オレだって本当の事言えんならそうしてえよ!できねえから誤魔化してんだろうが察しろ!

 ま、とにかくこっちは曽根崎に任せて、オレと明尾はカウンター周りをもっとよく調べねえとな。もしかしたら何かあるかも知れねえ。

 手当たり次第にどんどん引き出しを開けていく。やっぱりあんのは書類、書類、書類・・・ん?

 

 「なんだこりゃ・・・?」

 「どうした屋良井」

 「引き出しの中にこんなもん入ってた。モノクママークの・・・メダルか?」

 

 書類の山の中で指先に触れた冷たい金属の感触に少しだけ警戒しながら、オレはそれを手の平に乗せた。十円玉みてえな色で、どっかの寺の代わりにモノクマのマークが彫られてる。数字が書かれてないところからして、金ってわけでもなさそうだ。なんだこりゃ。

 

 「それならわしも持っておるぞ。山を少し掘った時に出て来たんじゃ」

 「マジか。持っててもなんも変なこととかねえよな?」

 「特にわし自身に何かあったということもなかったぞ。それに、確か石川も同じ物を持っておったはずじゃ」

 「なんでお前らそれを隠してんだよ・・・」

 「隠しておったわけではない。ただ、言う必要がなかっただけじゃ」

 

 なんだそりゃ、望月みてえな言い方してよ。学者ってのはみんなこんな感じなのか?ま、別に損したわけじゃねえからいいけどよ。でも、もしかしたらこのメダルが何かの手がかりになるかも知れねえ。オレはそれをポケットにしまった。

 

 「あっ、できた」

 

 なんでもないような風に曽根崎が言った。メダルのことも気になってたからうっかり流しちまったが、すぐ気付いてパソコンの画面に食らいついた。

 

 「マジか!!どうだどうだ!!なんか分かったか曽根崎!!」

 「こっから脱出する方法は!?希望ヶ峰に戻る方法は!?あのモノクマは一体なんなんじゃ!!」

 「うわわわっ!一気にきかないでよ!」

 「とにかく外部と連絡が取れればこっちのものじゃ!救出に来てもらおう!」

 「それが・・・このパソコン、インターネットに繋がってないんだよね。有線も無線も」

 「・・・ま、当然か。モノクマがこんな簡単な見落としするわけねえよな」

 「むしろこのパソコンは・・・良くない物が隠されてるかも知れない。何より、このデスクトップの壁紙、見てみなよ」

 

 そう言って曽根崎は一旦ファイルを閉じて、オレと明尾に画面を見せた。パソコンの画面は緑一色に染まってて、パソコン自体が古いのか砂嵐みたいなノイズが時々画面を走る。そんで、そのど真ん中には見慣れたシンボルマーク。白と黒のチェック模様で四マスに区切られ、それをまたいで万年筆と鋭い歪な線が交差する翼の生えた盾。オレたちはこれをよく知ってる。

 

 「これは・・・希望ヶ峰学園のマークか。どういうことじゃ?」

 「このパソコンが希望ヶ峰学園の所有物ってことだよ。そしてファイルの中には、この建物の情報やフロアマップが入ってた。ここはどうやら『資料館』らしいね。一階が本や新聞、映画などの大衆メディア、二階は音楽エリアみたいだ」

 「ってことは、お前さんの本領ではないのか。曽根崎よ」

 「まあね。もう少し詳しく調べてみる必要がありそうだけど、このパソコンにはこれ以上の情報はなさそうだ」

 「う〜ん・・・そんな期待してたわけじゃねえけど、残念だな・・・」

 

 希望ヶ峰のマークは気になるが、パソコンにあったのはこの建物の情報だけか。ちっ、まあいきなりこのパソコンで外と連絡とれて脱出できるなんて甘いことは考えてなかったけど、ここまで何もねえとやっぱり残念だ。やっぱ直接この中調べた方がいいのかもな。

 

 「あ、でも資料の検索機能はついてるよ。このパソコン」

 「いらねえよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り14人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍   石川彼方  曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】  古部来竜馬

 

 屋良井照矢  鳥木平助   滝山大王  アンジェリーナ




アニーさんの独白は書いてて恥ずかしいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

(非)日常編2

 僕は、湖畔で自慢の竿『渦潮』を振った。黒い竿から飛び出た糸の先に付いた釣り針と浮きは、きれいなアーチを空中に描いて、狙い澄ました岩場の陰に小さな波紋を残して水中に消えた。うん、今日も良い調子だ。

 

 「後は、魚が食いつくのを待つだけ。ああいう所にいる魚は警戒心が強いから、じっと根気で勝負するんだ」

 「なるほど・・・」

 「えーっ!まだまつのかよー!」

 「釣れても食べちゃダメだよ。釣りはスポーツなんだから、命まで奪うのはご法度です」

 「ちぇ〜」

 

 竿を寝かせて、湖の流れに糸を任せる。しばらく釣れないことを知って、横で見てた滝山くんが露骨にがっかりした声を出した。本当は自分で潜って獲った方が早いらしいけど、やっぱり湖に入るのはモノクマが許してくれないらしい。

 妙な奴だな。自然を守るのは良い事だけど、ちょっと過剰な気もする。いつの間にか資料館内では飲食禁止ってルールも追加されてたし、案外ただの潔癖症だったりして。

 

 「んはあ〜、でもはらへったよぉ。はらがへってはいくさができぬだよ」

 「あっ、た、滝山さん。よかったらうちが作ったお菓子食べます?」

 「おかし!」

 「おはぎです。きな粉もありますよ」

 「僕も一つもらおうかな」

 「どうぞ」

 

 晴柳院さんが袖からパックを取り出すと、滝山くんは分かりやすく喜んだ。言ったら悪いから思うだけにしておくけど、本当に犬かなんかの動物みたいだ。くんくん匂い嗅いでるし。

 晴柳院さんの料理はどれも優しい味付けで美味しいから、おはぎを見たらなんだか僕も食べたくなってきちゃった。僕も晴柳院さんのおはぎをもらって、たっぷりきな粉を付けて口いっぱいに頬張った。

 

 「ん?なあなあ、これ甘いニオイしないぞ」

 「ふえ?」

 「っ!?んむうううううううっ!!」

 「さ、笹戸さん!?」

 「し・・・しょっぱあ・・・」

 「どれどれ。んぺっ、ホントだ。くえたもんじゃねえや」

 「お塩とお砂糖間違えましたあ・・・」

 

 口の中に広がったのは餡子と餅米の優しい甘さのハーモニーではなく、口の水分を全部吸い取ってやろうというような渇きと塩気。思わずきな粉を噴き出して吐き出しそうになった。

 で、でもそれだけはダメだ!せっかく晴柳院さんが作ってくれたものなんだからそれだけは絶対ダメだ!落ち着け、これくらいのピンチ、大時化の海にバナナボートで漕ぎ出したあの時に比べればなんでもない!

 なんとか僕は、もはやおはぎではなく塩団子になっているそれを咀嚼して飲み込んだ。猛烈な喉の渇きと痛いほどの塩辛さで涙が出てきたけど、晴柳院さんにそんな顔は見せられない。

 

 「あ、あの・・・笹戸さん?ご、ごめんなさいぃ・・・。まさかこんなベッタベタな間違いをするなんて・・・」

 「はあ・・・はあ・・・、な、何が?」

 「え?」

 「とっ・・・ても、美味しかったよ・・・。晴柳院さんのしおだ・・・おはぎ」

 「笹戸さん・・・」

 

 おかしいな。拭いても拭いても涙が止まらないや。でもなんとか僕は乗り越えたぞ。“超高校級の釣り人”として、塩と砂糖を間違えるなんてくらいのピンチは容易く乗り越えられるさ。

 

 「マジかよささど。じゃあおれの分もやるよ」

 「え゛」

 「あ、あの滝山さん・・・それはさすがに・・・」

 「いただきます!!」

 「ええええええええっ!!?な、なんでですかあ!!?」

 「ぎゃっははははははははははははは!!!なんだそれささど!!おもしれーなあ!!」

 

 滝山くんに悪意はない!晴柳院さんにも悪意はない!ただこうなっただけだ!だったら僕が二人のミスをカバーしてあげるしかないじゃないか!大丈夫!これくらいのピンチ、釣り針が船のスクリューに絡まって沖まで引きずられた時に比べたらなんでもない!

 晴柳院さんはどうしていいか分からない様子でおろおろして、滝山くんは僕が悶える姿を見て爆笑してる。滝山くん・・・君はこうなることを知っててやったのかい。

 

 「何してるのあんたたち・・・笹戸はどうしたの」

 「あっ!あっ!石川さん!あ、あの!お水ありませんか!?」

 「あるわよ」

 「あるんだ!」

 「あ、あの・・・笹戸さんがうちの作ったおはぎを食べて・・・おはぎのお砂糖とお塩間違うて・・・」

 「なにそのベッタベタなミス。はい、お水」

 

 一人は慌てふためいて一人は悶絶して一人は爆笑してる、そんな奇妙な場所の横を石川さんが偶然通りかかった。一縷の望みを抱いて晴柳院さんが水を求めると意外と持ってて、変なラベルの水を僕は一気にあおった。それだけでもだいぶマシになる。

 

 「はぁ・・・はぁ・・・ありがとう石川さん。助かったよ」

 「あ、ありがとうございましたぁ」

 「いいのいいの。滝山、あんたは笑い過ぎ」

 「ひーっ!ひーっ!あ〜、おもしろかった。ささど、すげーなお前」

 「ごめんなさい笹戸さん・・・うちのせいでエラい目に」

 「だ、大丈夫だよ・・・」

 

 水を飲んだことがよかったのか、あっさり塩気は引いていってすぐに落ち着けた。まだ涎がどんどん出てくるけど、この調子ならもう大丈夫そうだ。

 

 「っていうか、よくそんな塩団子みたいなの食べられるわね」

 「ささどってへんなのすきなんだぜ!しょっぱいの分かっててたべたんだからさ!」

 「あんたバカ?笹戸は晴柳院ちゃんに気ぃ遣ったんでしょ。ま、優しすぎるって感じもするけどね」

 「そうかな?」

 「そうよ。だってあんた、この前捌く魚一匹一匹のこと拝んでたでしょ。優しいっていうか、ちょっと狂気を感じたっていうか」

 「あ、あはは・・・まあね。やっぱり、大切な命だから」

 

 ああ、やっぱり石川さんあの時引いてたんだ。魚を拝んだり捌いてる後ろから何か変な視線を感じてたから、もしかしたらまたドン引きされてるのかなって思ったけど、間違ってなかったみたいだね。でもしょうがないよね。みんなを元気づけるためだったし、魚たちだって尊い命なんだから。

 でもそんなことを言ったらまた引かれちゃう。最悪、晴柳院さんや滝山くんまでそうなっちゃうかもしれない。だからここは、乾いた笑いで誤魔化す。

 

 「でもよかった。晴柳院ちゃん、結構落ち着いたみたいで」

 「ふえ?」

 「いや、古部来にあんなひどいこと言われたから落ち込んでるかと思って。アニーも心配してたわよ」

 

 やっぱり石川さんも僕と同じこと思ってるみたい。僕のこと見て苦笑いする晴柳院さんの頭をぽんぽん叩いて、本当に安心したって顔をしてた。みんな表に出してたり出してなかったりだけど、晴柳院さんのこと心配してるんだ。何人かはどうだか分からないけど、でもほとんどの人がそのはずだ。

 

 「う、うちもまだ完全に乗り切れたいうわけや・・・ないんですけど・・・・・・。でも、うちが落ち込んでるばっかりやったら、またみなさんに心配かけしてまうって思って・・・」

 「まーでも、こぶらいとかしみずとかはわかんねーけどな!」

 「あいつらはいいのよ。自分のことしか考えてないんだから・・・まったく」

 「だけど、清水くんも古部来くんも、よっぽどなことはしないはずだよ。もう・・・あんなこと起きないよね」

 「あったり前じゃない!っていうか、あの二人にさえ注意してれば、もう余計ないざこざとかもないんじゃない?というわけで滝山!」

 「ん?」

 

 僕が心で思うだけにしてたことを、滝山くんは平気で口にしてしまう。それが滝山くんの良いところでもあって悪いところでもあって、でも石川さんの言う通りかも知れない。二度とあんなひどいこと、させちゃいけない。周りと衝突することが多いあの二人にさえ気をつけていれば、殺人なんてことはもう起きないはずだ。

 

 「今後あんたは清水と古部来がケンカしそうになったら止めるのよ!ケンカの臭いとか嗅ぎ取って!」

 「石川さんたまに無茶苦茶言うよね」

 「おう!とりあえずわかった!」

 「た、たぶんわかってません・・・」

 「あはは・・・ん?」

 

 冗談で言ってるのか本気で言ってるのか、石川さんは滝山くんに無茶苦茶なこと言って、滝山くんもそれに分からないまま元気よく返事した。ま、まあいいんじゃないかな。悪いこと考えてるわけじゃないし。

 ふと、背後に気配を感じた。すぐ振り返ると、さっき投げた餌に何か引っかかったらしく、リールから糸がもの凄い勢いで飛び出してた。これは大物の予感だ!

 

 「おっ!何かかかったよ!」

 「うおおっ!すげえ!なんだなんだ!くじらか!?まぐろか!?」

 「どっちも湖にいるわけないでしょ・・・あっ!でもこれはチャンス!」

 「あ、あれ!?石川さん!?どこ行かはるんですかあ!?」

 

 一気に飛び出していく釣り糸を見て、僕はすぐさま『渦潮』の柄を握って腰のホルダーにあてがった。これを支点にすることで、大きな獲物にも負けないしっかりした支えができるんだ。

 腰と腹筋、それから肩にしっかり力を入れて体勢を整えたら、強く『渦潮』を引いて弛んだ分の糸をリールを思いっきり巻いて引き戻す。岩場の陰から水飛沫があがって糸を強く引きながら湖を自由自在に泳ぎ回る。この魚の動きを先読みして、最も力を逃がさないように竿と体を動かし、意識を獲物に集中する。引く力が弱まった一瞬を見逃さず、ぐいっと糸を引き戻す。少しずつ、少しずつ、獲物が僕に近付いてくる。

 

 「おおっ!すげえすげえ!がんばれがんばれささど!!」

 「くっ!結構な大物だよ!」

 「おれもてつだうよ!そりゃっ!」

 「えっ!?ちょ、ちょっとやめて滝山くん!うっわ、すごい力!!」

 「ええええええっ!?あ、あのぉ・・・なんですかこれ!?どどどど、どうしたらあ・・・!?」

 

 魚影が湖畔まで近付いてくるとあともう少し。十分に近付いたら魚が弱ってきた証拠だから、ゆっくりと網で丁寧に掬ってあげる。そのビジョンが見えてたのに、いきなり後ろから滝山くんが僕の腰に手を回してきた。まずい、と反射的に思ったけども時既に遅し。

 僕と『渦潮』ごと魚を引き揚げようっていうつもりなのか、僕にバックドロップをしようっていうつもりなのか、もの凄い力で僕を持ち上げた。野生児だから力があるのは当然なんだけど、今までそんな面を見なかったせいか意外で、思わず僕も『渦潮』を引っ張った。

 

 「あっ!・・・うわあっ!?」

 「いでえ!!」

 

 目をつむって体を強張らせたら、『渦潮』にかかってた力が急に抜けた感覚を覚えた。でもそのすぐ後に、僕と滝山くんは重なって後ろに倒れた。下敷きになった滝山くんは、ぐえっと空気を吐き出して、僕は『渦潮』が傷つかないようにすることに集中してて、強く体を打ち付けちゃった。

 

 「い、糸が切れた・・・」

 「ああ・・・もうちょっとだったのに・・・」

 「お、おもてえよささどぉ・・・」

 「あっ、ご、ごめん滝山くん!」

 「逃げられちゃったわね。逃した魚は大きいってね」

 

 苦しそうな滝山くんの声を聞いて僕は慌てて起き上がった。途中で切れて先がバラバラになった釣り糸が、『渦潮』から切なく垂れてる。うん、しょうがない。どっちにしてもあれくらい大きな魚を狙うんだったら、もっと強い糸を用意しておかなきゃいけなかった。

 僕は集中してたから分かんなかったけど、魚がかかった途端になぜか桟橋に行ってたらしい石川さんが、簡易カメラを持って戻ってきた。確かあのカメラは、裁判の時の証拠写真を撮影したカメラだった。

 

 「あ、いしかわ。どこ行ってたんだよ。お前もてつだってくれてたらつれてたかもしんねーのに」

 「あんなむちゃなやり方したら釣れるもんも釣れないわよ。あたしはあたしで、ちゃんと“才能”活かす仕事してたのよ」

 「お仕事ですかあ?」

 「はいこれ。笹戸、これにサインしてくんない?」

 「え・・・どういうこと?」

 

 石川さんが僕に差し出したのは、一枚の写真と少し細めのサインペンだった。写真に映ってたのは、糸の先を見つめて『渦潮』を握る僕の顔。釣りの最中、僕ってこんな顔してるんだ。なんか改めて見ると気恥ずかしいというか、照れくさいな。

 

 「ちょうどカメラもあるし、せっかくだから写真のコレクションでもしようと思って、せっかくだから『超高校級の写真コレクション』にしようと思ったの」

 「せっかくすぎだろ」

 「みんなの顔写真とサイン、それをコレクションにするの。良い案だと思わない?」

 「ああ、それステキです!もうみなさんのは撮らはったんですか?」

 「えっと、今のところはアニーと明尾ちゃんと鳥木と、後は笹戸のが集まってるわね。あと・・・」

 

 そう言って、石川さんは五枚の写真を見せてくれた。アニーさんの写真は、テラスで優雅にコーヒーを淹れる姿が映ってて、指に嵌めた赤い宝石の指輪と胸から柄がはみ出た銀のコーヒースプーンが輝いててきれいだ。飯出くんの写真は、みんなに向かって結束を力説してるところで、写真の向こうから彼の熱意と誠実さが伝わってくるようだった。隅に走るサインペンの筆跡が、みんなの姿をより洗練された“超高校級”の姿にしてる。

 

 「飯出と有栖川ちゃんの分もあるからさ・・・全員分集めてコレクションにしたら、あたしたちがここを脱出した時に、思い出っていうか・・・なんか祈念の品みたいになるかなって」

 「・・・石川さん」

 

 お気に入りの、ピンク色の猿のぬいぐるみを抱きしめてる有栖川さんの写真を、晴柳院さんはじっと見つめた。やっぱりまだあのことが後を引いてるのかな。そりゃそうだよね。あの事件は僕たちに、とても深い心の傷を残したはずだ。当事者とまではいかないけど、深く関わってる晴柳院さんが立ち直りきれるのはまだ時間がかかるんじゃないかな。

 

 「うち、これステキやと思います」

 「本当?」

 「はい。うちらがここで、一緒に戦ったっていう証になります。二人の尊い命が奪われた証になります。うちらの団結の証になります。ですから、ぜひともこれを完成させてほしいです」

 

 ちょっと意外だった。晴柳院さんってもっと、精神的に打たれ弱いのかなって思ってたから、有栖川さんの写真を見て傷心に浸ってるのかなって心配だったけど、どうやら杞憂だったみたいだ。

 晴柳院さんはもう、二人の死を受け容れて前を向いてる。飯出くんが殺されたことも、有栖川さんが殺してしまったことも、ちゃんと事実として受け容れて、新しい犠牲者が出ないように、僕らが結束するようにという意思を持っている。もう、彼女なりに希望を持ってるんだ。

 真剣に、だけどなんだか心が安らぐような微笑みと声で、晴柳院さんは石川さんに言った。横で見てただけだけど、そんな晴柳院さんに僕はどきっとした。危うく落としそうになったペンを持ち直して、写真の端っこに簡単にサインした。

 

 「えへへ、そんな大層なものかな。でも、ありがと!そう言ってもらえたら、コレクター魂に火が点くわ!」

 「僕も良いと思うよ。古部来くんと穂谷さんが大変そうだけど・・・完成したら見せてよ」

 「おれもおれも!よくわかんねーけど!」

 「はいはい。じゃあ後で滝山と晴柳院ちゃんも写真撮らせてね」

 「へ・・・あ、え〜っと・・・写真はちょっと・・・。一回お清めせんと魂が欠けたりしてまうかもしれませんので・・・」

 

 やっぱり、あんまり変わってないのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 壁のくすみ具合、本棚の一番上に積もった埃の量、カーペットの傷み方。どれをとっても、まるでついこの間まで普通に使われていたようじゃ。思わずぞくぞくしてしまうような極端な風化もなく、かと言って新品さながらの小綺麗さもない。

 やはりこの合宿場でわしの興味を引くのは、あの倉庫しかないようじゃな。ここは開放されたが、あっちはまだのようじゃった。実に残念無念じゃ。

 

 「早う中を見てみたいもんじゃ」

 「うーん・・・」

 「なんじゃ曽根崎、今朝からずっとその調子じゃな。お前らしくもない。今日は清水を追っかけ回さんのか?」

 「それどころじゃないんだよ・・・。なんなんだこの建物。わけがわからないよ」

 「まったくじゃな」

 

 わしは、昨日の捜索だけでは不十分と感じた曽根崎と共に、資料館の調査をしている。本当ならこんな発掘日和にはツルハシでも持って出かけたいところじゃったが、そうしようとしたらモノクマに止められた。発掘も自然破壊に含まれてしまうのか!と抗議したら、手持ちのスコップしか認められないと。よく分からんの、境界線が。

 ところで、わしと共に捜索をしている曽根崎は珍しくじっと本や新聞とにらめっこをしておる。いつも清水と漫才のようなやり取りをしながら歩いとるもんじゃから、ただのそんな光景にも違和感があるのう。

 しかし、この建物がわけわからんというのは同意じゃ。このなんとも言えない感覚・・・生活感と似たようなものじゃろうか、人のいる雰囲気というようなものに溢れておる。遺跡発掘の時に感じる、遥かな歴史を隔てて日の元に再び現れた遺跡の、欠け崩れた深みのある老いと、なおも威風堂々とした幽玄さの欠片もない。何より、あの壁の刻印が不可解じゃ。

 

 「あのパソコンはこの建物用に作られてた。そして、デスクトップと壁に印されたマークはどっちも、希望ヶ峰学園のもの・・・これじゃまるで、この建物が希望ヶ峰学園のものみたいだ」

 「しかし、希望ヶ峰学園にこんな施設があるなど聞いたこともないぞ。こんな自然があればわしが黙っておらん!」

 「うん。しかも・・・」

 

 深刻そうな顔をした曽根崎は、手元にあった雑誌を持った。表紙には、遠目でも分かるほどにはっきりと、『次の標的は希望ヶ峰学園!?あなたの近くに這い寄るテロリスト「もぐら」の正体に迫る!』の文字。わしもよく知っておる、この雑誌を書いた人物を。

 

 「これは確かに、ボクが書いた記事だ。だけど、『HOPE』は希望ヶ峰学園の外には出回ってないはずなんだ」

 「なにっ!?」

 「この号の創刊はボクたちがここにくる前の週。今までボクの雑誌が学園外に出回ることはないし、あってもこんなに早いわけがない」

 「どういうことじゃ・・・?」

 「学園長と袴田サンの映像といい、学園外の人間には出来っこないんだよ。こんなこと」

 「そ、それは・・・曽根崎よ。お前さん、とんでもないことを考えてはおらんか?」

 「・・・つい誇張しちゃうのは、ジャーナリストの悪い癖だね」

 

 皆まで言わずとも、曽根崎の考えは分かる。じゃが、そんなことがあり得るのか?希望ヶ峰学園の内部の人間が絡んでいるというのか、この狂気の沙汰とも言える合宿生活に?あり得ん、と否定するべきじゃったが、曽根崎の表情は終始真剣じゃった。最後の軽口も、どういう意図かは分からんが、大した意味などないのじゃろう。

 わしも曽根崎も、それ以上何も言えない時間が続いた。最悪のシナリオが脳裏を過る。じゃが、そう断定するのはまだ早計じゃ。分からんことなど山ほどあるのじゃから。ふと、わしは曽根崎の持った雑誌を見た。

 

 「もぐら・・・か」

 「うん?」

 「テロリスト、もぐら。奴ならば、こんな大掛かりなこともできたりしてな」

 「・・・もぐらが?」

 

 昨今のテレビや新聞は、ほとんど同じことを書いておる。今注目の話題は、謎のテロリスト「もぐら」についてじゃ。曽根崎の雑誌でも、彼奴についてあれこれと推測がなされておった。

 

 「省庁の建物やランドマークみたいな目立つものばかり狙う神出鬼没の爆破テロリスト。毎度毎度、パニックを煽るように唐突なことばかりする奴じゃったな」

 「被害がなるべく多く出るように、大掛かりな爆弾と人を爆破範囲から出さない仕掛けが得意な奴だったね」

 「今の状況と似てはおらんか?わしらはこの合宿場に閉じ込められておる。モノクマは神出鬼没で、わしらの不安を煽ることばかりする・・・」

 「・・・確かに」

 

 「もぐら」の正体などわしには知る由もないが、モノクマの正体が「もぐら」だという推測にはある程度納得がいく。これもまだ浅い推理じゃが、警戒はしておいた方がよかろう。いつ山だの湖だのが爆発してもおかしくない、と。

 

 「もしそうなら、心の休まる暇なんてないね」

 「そ、そうじゃな・・・そうでないことを願うばかりじゃ」

 「ううん!むしろそうだった方がいいかもしれない!うん!すっごくイイと思うそれ!!面白い!!」

 「うんうん・・・は?」

 

 ん?ん?なんかおかしいぞ。わしは最悪の事態も想像して、らしくなく憂鬱な気分じゃというのに、曽根崎は目を輝かせてわしに詰め寄ってきた。どうしたんじゃ!?なにがイイと言うんじゃ!?

 

 「な、なんじゃなんじゃ?近い近い!離れんか!」

 「テロリスト「もぐら」が次に標的にしたのは希望ヶ峰学園!奴は生徒たちを誘拐して監禁し、そこで生徒たちによる殺し合いを強要する!しかし生徒たちは団結し、犠牲を出しながらも「もぐら」に打ち勝つ・・・サイッコーのシナリオだね!!」

 「・・・お、お前さん、何を言うとるんじゃ?」

 「こりゃあますます殺人なんて繰り返させるわけにはいかないね!「もぐら」に勝った高校生、それを導いたのは“才能”を失った少年・・・こんな面白い記事、想像しただけでワクワクが止まんないよ!!」

 「そ、それは清水のことを言うとるんか・・・?なぜお前の中で奴がリーダーになっとるんじゃ?」

 

 わしゃ何か余計なことを言ったのかの。曽根崎が妙なテンションに豹変してしもうた。わしでさえ昨日のこととこの建物のことで気落ちしているというのに、上には上がいるもんじゃな。というより、こういうモードに入った曽根崎ほど胡散臭く意味が分からないものはない。

 

 「ありがとう明尾さん!これは良い記事が書けそうだよ!もしそうだったら生還者インタビューとかも載せたいから、絶対生きてここを出てね!ボクもがんばるから!」

 「お、おおう・・・」

 

 かなり不謹慎なこと言うとると気付かんのか。じゃがわしは、なぜか曽根崎に圧倒されて思わず握手してしもうた。生還など当然じゃ。というか、なぜそんな第三者のような言い方ができる?命の危険があるのはお前もわしも等しいはずなのに、こいつは自分は死なないという確信でもあるのか?

 これではまるで、曽根崎がこれから先を見透かしているような言い方ではないか。まるで、また殺人が起きてしまうとでも言うようではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・」

 

 今日はよく晴れて風も弱い。実に惜しい陽気だ。こんな辛気くさい場所に閉じ込められていなければ、気分転換に散歩でもしていたというのに。せめて陽の下に出ようと展望台にまで足を運んだのは、気まぐれにもほどがあったか。

 おかげで、ろくに盤面に集中できん。

 

 「お前が自発的に外出など、明日は雨でも降るかな」

 「らしくないのはお互い様だろう」

 

 石川の写真に映っていた展望台の地面は血溜まりばかりで、望月の話では杭が一つ外れていたはずだ。今ではあの発言が嘘だったのではないかと疑うほどに、何事もなく元に戻っている。これもあのモノクマとか言う輩の仕業か。

 俺自身の棋譜を相手に詰め将棋をしていると、展望台の砂を踏みにじる靴音が耳障りに鳴った。たったこれだけのことで集中を乱されるとは、俺もまだまだ足りぬか。或いは、その音の主がこいつだったからこそ、集中が掻き乱されたのだろうか。

 

 「それで、我らがリーダー様が俺に何の用だ」

 「お前にも皮肉が言えるのだな。いやそんなことより、お前には言いたいことが山ほどある」

 「・・・聞いてやろう」

 

 片手間で越えられるほど、過去の俺は安易ではない。無論、今の俺に越えられぬ道理などないが、高い集中力と時間を要することに変わりはない。一度ここで打ち止めにしようかと棋譜を置いたが、六浜は俺の対面に座り、歩兵の駒に手を伸ばした。

 

 「まずは、先ほどのことを詫びよう。つい言い過ぎた、済まなかった」

 「気にしていない。ただの推測なのだからな」

 「ふん・・・」

 

 そう来たか。俺がこの合宿場内で死ぬという予言、それがどうしたというのだ。それが事実であれ嘘であれ、結局は二者択一なのだ。これほど簡潔な話はない。恐れるほどに迫るのが死というものだ。

 しかし、これはあくまで小手調べのようなものだ。こいつがわざわざ俺に詫びるためだけにここまで来るはずがない。すぐさま六浜は、本題に入った。

 

 「古部来。晴柳院に謝れ」

 「断る」

 「断るな」

 「断じて断る」

 「頑固だな貴様は」

 

 互いに一言ずつ小気味よく駒を動かす。木の盤を木の駒が叩く軽い音が、展望台の蔓屋根の下でこつこつと鳴る。実に心地よい音だ。相手がより腕の立つ棋士で、こんな下らない小言を言わなければの話だが。

 

 「では理由を説明しろ。俺があの小娘に謝る理由をだ」

 「本気で言っているのか?お前は義務教育課程を修了していないのか」

 「その程度で説明できるものならば、どうやら俺の考えている理由と同じだな」

 「そのままでは100%の語弊があるだろうから、私の方で訂正するぞ」

 

 まだ六浜はまともに会話が成立するだけ十分かもしれん。しかしこいつは俺になど構っていないで、その晴柳院や他の奴らに構えばいい。集団の和を乱しているというのなら、俺をそこから追放すればいい。今更、俺をどうしようというつもりなのだろう。

 この女、なぜ俺に固執する?なぜ俺を奴らの中に留めようとする?

 

 「お前は晴柳院に酷なことを言った。たとえそれが事実であれ、あの時あの場で言うべきことではなかった。そのことを謝罪しろ」

 「ふん、浅いな」

 「なに?」

 「浅い。甘い。弱い。故に足りん」

 「一体何が足りないというんだ」

 「認識だ。これまでこの合宿場で起きた、あらゆることに関してのだ」

 

 分かっていない。おそらく今の段階でこの状況を認識できているのは、俺と六浜、或いはあの緑眼鏡くらいか。だがどちらも足りん。命のやり取りを強要されている今、現状に対する認識を欠くことは即ち命を落とすことに繋がる。

 

 「外部との断絶、絶対的支配者の存在、軽々しく扱われる命。もはや奴に対してあらゆる常識は通用せん。むしろそれは俺たちを縛る鎖となる」

 「・・・何を言っている?」

 「お前たちは眼前のことしか見えていない。あのモノクマと名乗る、黒幕とでも言おうか、奴の術中にはまっている。だから有栖川は己の過去にとらわれ飯出を殺した。だから晴柳院は有栖川に対する情でお前たちの結束に背いた」

 「だからこそ我々は今一度団結するべきではないのか。もうこれ以上奴の思い通りにさせないように、二度と殺人など起きないようにするべきではないのか」

 「二度と殺人が起きなくて・・・どうする?一生をこの合宿場で過ごし、己の未来を自ら閉ざすのか?」

 「・・・・・・では、お前はどうする」

 「俺は留まらない。退く足があれば進む、閉ざす眼があれば敵を見る、折れる心があれば自らを鼓舞する。俺は・・・この茶番を終わらせる」

 

 俺たち全員を、一晩のうちに希望ヶ峰学園から誘拐し、完全に外部と切り離して閉じ込める行動力。これだけの施設を管理し、あの妙な人形を操作して監視する計画性。そして殺人に一切動じず、娯楽がごとく鑑賞し処刑すら実行する度胸。ただ者ではない、少なくとも俺の持っている常識の範疇では計れない存在であることは明らかだ。

 だが俺は屈さない、屈してはならない。こんなところに閉じ込められて生涯大人しくしていられるほど、俺は能天気ではない。

 

 「貴様らの、二度と余計な殺人を起こさない、という点には賛同してやる。だがそれだけで満足していては結果は同じ事だ。黒幕の正体を暴き、必要とあらば俺は・・・刀をとろう。王手」

 「・・・ふふっ」

 「?」

 

 俺は至って真面目に言い、六浜の玉将の首を捉えた。以前に王手をかけた時は、こいつは一瞬で最も模範的な解を導き出した。その記憶力と状況判断力は流石と言わざるを得ないが、模範であるが故に予測されやすい。予言者が先読みをされるというのも、滑稽な話だ。

 しかし六浜は駒を動かさず、俺の顔とその下あたりを見て小さく含み笑いをした。その反応は思いもしなかったが、別段精神を揺さぶられるようなことではなかった。

 

 「私はまだまだ知らないことが多いな。てっきり、お前は心が鋼鉄でできている機械のような人間だと思っていた」

 「その評価は俺よりも望月の方に相応しいな」

 「だから意外なのだ。お前がそんな風に突拍子もない、熱いことを言うとはな。それに、その発言をすることにまったく平常心でいるというわけでもないようだ」

 「・・・何を根拠に言っている」

 

 ぴくり、と耳の辺りがひくついたのを感じた。俺の考えが熱いかどうかは興味がないが、平常心でないというのは聞き捨てならん。棋士である俺が、対局中に心を揺るがされているだと?状況判断と理解が要となる将棋において、精神の安定は確固たる勝利の礎となる。逆に精神の不安定は敵将に礼するに等しい。

 これまでの対局で俺が心を揺るがされたのは、父との対局のみ。数局打てば討たれることはなくなったが、今でも父との対局は気持ちが安らがない。そうである限り、俺は真の意味で父を越えることはできていない。俺にとって心理戦とはそういうものだ。それを、高々“超高校級の予言者”ごときに揺らぐなど、屈辱の極みだ。

 

 「目つきが鋭くなったな。それに一瞬、言葉に詰まった。私に心理を読まれていることが悔しくてたまらない、といったところか」

 「・・・」

 「根拠を言ってやる。お前には心を落ち着かせる時の癖がある。自覚しているか否かは知らないが、おそらく無意識のうちにしているな」

 「癖・・・だと?」

 「お前が常に首にかけているロケットペンダント、それに触れるのがお前の癖だ。事件前の対局中から、裁判中にもお前はしきりにそのペンダントを弄っていた。気付いていなかったか?」

 「・・・無くて七癖、とはよく言ったものだな」

 

 六浜に指摘され、俺は己の指がその通りにしていることに気付いた。どうやら俺は無自覚にそうしていたようだ。ふと目線を落とすと、俺の左手の指先には件のケースがある。

 たこ糸を結んで輪にし、それに小さなプラスチックのチップケースを通してある。そのケースの中には、色褪せてすり減り丸みを帯びた角行の駒。小学生の工作程度のものだが、実際にこれを作ったのは小学生の俺だ。糸の調節が下手で、鳩尾下まで糸が伸びている。

 

 「そもそもお前のような奴がアクセサリーを身につけているという点から不自然なのだ。何か、思い入れのある品なのか?」

 「・・・父の愛用していた駒だ。棋士として俺がいつか越えるべき目標であり、棋士たる証だ」

 「ほう、なるほど」

 

 聞かれたから答えたまで、だというのに、六浜は俺の返答を聞いてにやりと笑った。盤面は変わらず六浜の負け戦。俺は眉一つ動かさずに奴を睨む。今更こいつに指摘された癖を憚ったところで意味はない。この先を読んで俺はまた集中する。

 

 「やはり私はお前を誤解していたようだ、古部来。お前にも人並みの感情はあるのだな」

 「無論だ」

 「ならば尚更、晴柳院に頭を下げさせねばな」

 「断る」

 「断るなと言っている」

 

 また同じことを繰り返すつもりか?俺が奴に頭を下げるなどあり得ない。それは自尊心ゆえでも、価値観ゆえでもない。

 

 「では、俺が謝ってどうなる」

 「ひとまず晴柳院は落ち着いて、集団のまとまりが強くなる」

 「それはお前の期待であって、実態を持たない意識の領域の話だ」

 「ならば返すぞ。お前が謝らない理由はなんだ」

 「晴柳院が奴自身を守るため・・・ひいては無駄な争いの種を潰すためだ」

 「は?」

 

 なるほどな、どうやらこいつが俺に誤解していたように、俺もこいつらを誤解していたらしい。どうもここにいる連中はどいつもこいつも、一から十まで説明してやらなければ刀の持ち方も分からない馬鹿ばかりのようだ。六浜だけはまだ話せる奴だと思っていたが、こいつもとはな。

 

 「六浜、お前もか」

 「晴柳院を守るため?どういうことだ?はっ!ま、まさか貴様・・・い、いい!飯出と同じく晴柳院をぉ・・・!?き、貴様は敢えて晴柳院に暴言を浴びせ、内心ではその興奮にほくそ笑んでいるというのか!!悪趣味甚だしいぞ!!」

 「集団の結束は、真に信頼し合うことができれば、最強の武器となる。だが、寄せ集めの俺たちが、既に一人の裏切り者が出た今、真に結束ができると思うのか?」

 「だだ、だからそれは・・・や、や、奴の言葉に耳をかさなかけれられられぬぅ・・・。いや、それよりお前は本当に晴柳院を・・・そ、その・・・すす、す、好いているとぉ・・・!?」

 「俺は軟弱者は好かん」

 「そ、そ、そうか・・・ならいい」

 

 聞いているのかこいつ。勝手に動揺するとは、こいつは少し己の感情を制御する術を学ぶべきではなかろうか。

 

 「付け焼き刃の結束で生兵法に則って挑んだところで、結果は見えている。ならば結束せずとも、俺たち個々が奴に打ち勝てばいい」

 「う、打ち勝つだと・・・?どうやってだ」

 「奴が俺たちに必要外に手を出してこない限り、俺たちが互いに不干渉を貫き、ただ脱出のために動く。それは黒幕にとってこの上なく不都合であるはずだ」

 「・・・それと晴柳院への暴言が、どう関係ある」

 「個々が確固たる意志を持ち、奴に靡かない芯の強さを確立することが必要だ。晴柳院にはその強さがない。己の弱さに立ち向かい、乗り越える強さが」

 

 有栖川という鎧を失い、晴柳院は無防備に戦場に放り出されているに等しい。だから俺は奴に刀を与えた。まともに持ち上げることすら労苦なる大太刀を。己の弱さを越えるには、己の弱さを知らなければならない。だから俺は、奴に発破をかけた。奴が奴自身を越えるための敵と武器を与えたのだ。

 

 「俺が指摘したのは奴の弱さ、そして事実だ。そのまま潰れるような奴であれば、所詮これから生き残ることなどできん」

 「・・・不器用な奴め」

 

 俺が言い終わると、六浜はまた笑った。どうやら、俺に腹を立てている場合ではないと気付いたようだ。こいつさえ分かっているなら、それでいい。

 六浜は駒を進める。だが既に勝敗は決した。予言者ならば分からないはずがない。

 

 「しかし、それを晴柳院が理解できているか、彼女にとって適切かという答えにはなっていない」

 「此の期に及んで適切か否かを問うている暇があると思っているのか」

 「私でさえ説明が必要だったのだからな。これは断言しよう、晴柳院はお前の意図を汲み取ってはいない。それはお前の落ち度ではないのか?」

 「・・・」

 

 なるほど。そう来たか。確かに、このまま晴柳院が己を越えられず潰れれば、俺にも一端の責はあろう。奴の力量を見誤り、大きすぎる荷を課したと。

 また一つ、奴の駒を奪う。飛車角落ちに片金将、これでまだ投了しないのか。

 

 「王手だ」

 「古部来、私はお前に対する考えを改めた。だから、お前も我々に対する考えを改めろ」

 「・・・王手」

 「無理に交われとは言わん。だが、我々を買い被るな。誰もが常に己の強さを求め、弱さに直面できるわけではない。それを理解しろ」

 「・・・ふんっ」

 

 もうこの角を打つのは何度目だろう。同じ配置、同じ棋譜、同じ結末。俺が最も得意とするこの陣形は、それでも足りない。初めて打った時から、この一手には光を感じない。『神の一手』が持つ光を。

 

 「詰みだ、六浜」

 「・・・」

 「愚か者め」

 

 もはや、相手を下すことに何の価値も感じない。勝負に勝つか負けるか、己を越えるか否か。そればかりだ。だから、詰んだ盤面の前で真剣に俺を見つめる六浜の目にも勝利の恍惚など一切受けない。もっと別の、深くから突き出る何かは感じるがな。

 

 「お前には芯があるな。その芯の強さに免じて、俺の落ち度を認めよう」

 「晴柳院に謝るか」

 「認めたからには果たす。古部来の名に泥を塗るわけがあるまい」

 「・・・そうか」

 

 ほっ、と息をついた六浜は、盤面を見てまた笑った。一度目は幼く、二度目は妖しく、そして三度目は凛々しく、六浜は俺に笑顔を向けた。よく笑う女だ。だが、こいつには強い芯がある。

 まったく、俺には寄り道をしている暇などないというのに。

 

 「・・・ふん、悪くないな」

 「うん?なんだ?」

 「駒を数えるのを手伝え」

 

 ぱちん、ぱちん、という木の音が軽く心地よい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り14人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍   石川彼方  曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】  古部来竜馬

 

 屋良井照矢  鳥木平助   滝山大王  アンジェリーナ




ダンガンロンパQQというタイトルの意味が分かる人は相当作者と思考が似ている人ということになります。当てないでね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

(非)日常編3

 寄宿舎の望月の部屋の隣にある、学校ならどこにでもあるようなロッカー。ただのちゃちいロッカーにしか見えねえが、それを開けると中には妙なガチャガチャマシーンが置いてあった。

 

 「なんだこりゃ」

 「モノクマが用意したらしい。石川彼方が捜査中カメラを使用していただろう。あのカメラはここから入手した物らしい」

 「メダル一枚でガチャガチャ一回だぜ。しかも元手タダ!こりゃやらねえ手はねえだろ!」

 「カメラなんかいらねえよ」

 「他にも色々出るんだって。んじゃ、取りあえずオレがやってみんぞ。良いモン出てくれよ!」

 「そう簡単に出るわけねえだろ」

 「バッカ!オレは“超高校級の名人”と呼ばれた男だぜ!ガチャガチャで目当てのもんを出すなんて朝飯前だよ!」

 

 なんだそりゃ。“超高校級”って付けりゃそれっぽくなると思ってんのかよ。だいたいこいつのその手の発言はもう信じねえことにしてる。こいつほど自分の“才能”を隠すのもわけ分かんねえが、それと似た“才能”かも知れねえし話半分で聞いてた。

 朝飯だけじゃ満足できなくて食堂でなんか食おうと行ったら、食器棚に隠されてたモノクマ印のメダルを見つけた。何かと思ってたらそこにモノクマが現れて、寄宿舎のガチャガチャで使えるものと説明された。暇だったから何の気なしにその場所に行ってみたら、望月と屋良井がちょうどガチャガチャに興じてるところだった。こいつらもどっかでメダルを探してきたらしい。

 屋良井は機械の前で二回手を叩いて、モノクマ印のメダルを入れてでっけえレバーを思いっきり捻った。がちゃがちゃ、っていうよりもっと変な音がして中のカプセルが暴れまくって、取り出し口に一個だけ落ちてきた。

 

 「さ〜て、何が出るかなっと。この瞬間がわくわくすんだよなあ」

 「所詮ガチャガチャのレベルだろ」

 「なんだこりゃ。タオルか?」

 

 屋良井がカプセルを開けた。中に入ってたのは、薄青いタオルだった。見るからに手触りが滑らかでふわふわしてそうな、気持ちよさそうなタオルだ。広げると、明らかにカプセルの体積よりデカかったけど、そこには突っ込まないことにした。今更モノクマにそんなこと通用しねえ。

 

 「最高級シルクのタオル、か」

 「ガチャガチャのレベルじゃなかった!」

 「いやすげえけど、オレこんなんいらねえよ。清水か望月いるか?」

 「いらん」

 「私も不要だな」

 

 欲しい奴は欲しいんだろうが、ここにこのタオルが欲しい奴はいなかった。っていうかシルクってタオルにしていいのか?よく分かんねえが、こんなもんをガチャガチャに入れとくって、モノクマはどういうセンスしてやがんだ。わけ分かんねえな。

 

 「っしょお!もっかい!」

 「ところで、お前は何を欲している?」

 「モノクマに聞いたらさ、すっげえかっけえデザインの万能ナイフがあるっつうからそれ狙ってんだ」

 「万能ナイフか、なるほど。もし私が引き当てたら譲ろう」

 「おっ!マジか。頼んだぜ望月!」

 

 そう言って屋良井はまた取り出し口からカプセルを取り出した。中に入ってたのは、やたらデカくて派手な色合いのデザインがされた物だった。なんだこりゃ。

 

 「それは一体何だ?」

 「十万時間電池。十万時間連続で使えるドデカい電池。専用ケース(別)で充電も可能・・・なんだよそれ」

 「セットで当てなきゃならんとは・・・セコい商売みてえだな」

 「っつうか十万時間って十年以上あんぞ。絶対ウソだろ」

 「実に画期的だな。しかし大きさが難点だな」

 

 同封されてる説明書を屋良井が読み上げた。こんなデカい電池使い道がねえよ。十年持つわけもねえし完全にハズレだなこれ。屋良井はそれもカプセルに戻してポケットにねじ込んで、最後のメダルを入れてレバーを回した。出て来た緑のカプセルは透けて、中が薄く見える。

 

 「もっこり丸。超特大のマリモ。なんだよこれ・・・」

 「本当になんだそれ」

 「実に多様だな」

 「タオルと電池とマリモってどんなラインナップだよ!!一個も欲しくねえよ!!」

 「普通にタオルは良さげだけどな」

 

 出てくるもんがゴミばっかってのは、やっぱモノクマが俺らに妙なプレッシャーをかけてんのか。てっきりナイフとかスタンガンとか武器が出て来て、これで殺し合え的なことになるかと思ってたが、本当にただのゴミ製造マシーンみてえだ。

 

 「では次は清水翔の番だな」

 「ああ」

 「っつうかお前ら何が欲しいんだよ!なんもいらねえならオレに回させてくれよ!」

 「いらねえもんはねえがテメエにくれてやるのは勿体ない」

 「モノクマは確か、全部で百種類のラインナップと言っていたな」

 

 とてもそんな数のカプセルが入ってるようなデカさのガチャガチャマシーンには見えねえが、あいつが言うならそうなんだろう。っつうか知らねえ内にこんなもん拵えてメダル隠してるくらいだから、モノクマがこっそり補充してんのか。変なところ真面目な奴だ。

 別に俺は何が出ようがどうでもいいから、適当にメダルを入れてレバーを回した。少し固くて突っかかるような感触に苛立ちを乗せて捻ると、さっきより一層妙な音を立ててカプセルが転がった。取り出し口にごろっと一つ出て来た。

 

 「またなんか妙なもんが出た予感するな」

 「それは・・・」

 「・・・どこでもプラネタリウム。世にも珍しいゴーグルタイプのプラネタリウム。かければいつでもどこでも満天の星空が眺められる」

 「普通にそういうのあるだろいま。安めのデパートで買えそうだ」

 「私は見たことがない。しかし、機械が実物の空を再現できるとは思えない」

 「お、望月こういうの好きそうだと思ったけどな」

 

 いよいよこのカプセルが四次元空間に繋がってるって疑いが強くなった。こんなゴーグル、カプセルん中入るわけがねえだろ。しかも一番欲しがりそうな望月がこう言ってちゃ、これは完全な外れだな。

 

 「捨てるか」

 「もったいねえなあ」

 「清水翔。不要とするのなら私が預かろう」

 「は?いらねえんだろ」

 「実物に劣るだろうという発言から、私がそれを不要と判断したという解釈を得ることは難しいと考えられるはずだ」

 「・・・じゃあ欲しいのか?」

 「研究対象として些細ではあるが、興味があることは認めよう」

 「めんどくせえなお前ら」

 「俺もか!?」

 

 めんどくせえのはこの電波だけだろ!なんで俺が一緒にされんだ!?

 ついびっくりして声を出しちまったが、とにかく欲しい奴がいるなら押し付けておく。ゴーグルを望月に渡すと、望月は興味津々にそのゴーグルを調べ始めた。テメエもさっさと回せよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それで、何が出てきたの?」

 「清水翔と屋良井照矢が所望していた品物は得られなかった」

 「俺は欲しいもんなんかねえよ」

 

 食堂に行くとアニーがコーヒー飲んでた。こいついつもコーヒー飲んでて飽きねえのかな。いつものようにオレらにも勧めてきたから取りあえずオレはめっちゃくちゃに甘いやつ頼んどいた。あんな苦い汁よく飲めんな、と思っても言わねえ。

 

 「“超高校級の幸運”と呼ばれたオレが狙いを外すとは。堕ちたもんだ」

 「テルヤは何が欲しかったの?みんなに言っておいてあげるわよ」

 「万能ナイフ!なんかこうシュッとしてて、ナイフもだけど栓抜きとか色々使えるんだぜ!なんかよくね!?そういうギミック的なの!」

 「屋良井照矢は機巧を好むか」

 「ノベルのタイトルみたいに言うわね、ラン」

 「にしてもひでえよな。オレなんかタオルとマリモと電池だぞ。タオルはともかく電池とマリモなんか誰が欲しいんだよ」

 「そうだ。アンジェリーナ・フォールデンスが欲しがりそうな物を引き当てたのだった」

 「へえ、なあに?」

 

 そう言って望月は一個カプセルを取り出した。アニーは少し嬉しそうに、でもだいぶ子供の相手をしてる大人的な雰囲気を出しながらそれを開けた。いつもこいつはオレたちにそういう感じに接するけども、別に嫌とかじゃなくてタメなのになんか違和感あるっつーか・・・。ま、いいんだけどよ。

 カプセルがぱかっ、と開いて中から出て来たのは、シェード付きの卓上ランプだった。高級な木製家具っぽいアームに花をモチーフにしたプラスチックのシェード、中の電球はそれ越しに見ると金色っぽくて、素材の割にだいぶ良い物に見える。でもよく見たらすぐ化けの皮が剥がれる。

 

 「名を、それっぽい卓上ランプ、だそうだ」

 「とてもシックでワタシの好みよ」

 「良い品かも知れないが、私の部屋では持て余す。清水翔も屋良井照矢も不要と言うのだ。アンジェリーナ・フォールデンスに譲ろうと思うが、どうだ」

 「ワタシに?それじゃ、遠慮無くいただこうかしら。ありがと、ラン」

 「なんの」

 

 望月が人の好みをだいたい把握してるってのは意外だった。まあ確かにここにいる奴らはどいつもこいつもクセの強い奴ばっかりだから、好みもはっきり分かれてそうだ。でもこれを引いてすぐアニーの所に行くあたり、結構こいつは自分の興味一直線っつうよりも周りを見てんのかも知んねえな。

 

 「何かお礼しなくちゃね。ランは好きな食べ物とかあるかしら?」

 「瓶牛乳とゆでタマゴは栄養効率や機能性の観点から重宝している。夜間の天体観測などで効率的にカロリーを摂取できるのは理想的だ」

 「そ、そう・・・」

 「牛乳とゆで卵って・・・爬虫類みてえな奴だな」

 「爬虫類生物の大多数の食性は、自分より小さな昆虫や哺乳動物または魚類などが主だ。加熱した卵は多くの生物に対して食べ難さや栄養面で、適しているとは言い難い」

 「そうかい」

 

 ・・・。

 

 「清水翔は生物にも興味を持っているのか?生憎だが私は基本的な知識しか持っていない。資料館に行けばその類の本は多くありそうだ。実は私もいま地球外生命体に関しての研究で、生命に関するより深い知識が必要なのだ。この後で資料館に行くか?」

 「行かねえ」

 

 ・・・・・・。

 

 「そうか。ところで今日の夕飯は何にするつもりだ?先に言っておくが、私はピーマンとパプリカが苦手だ。詳細に言えば他にも」

 「わかったわかった。テキトーに済ます」

 「カケルのご飯はどれも美味しいわよ。ワタシがあまり食べたことないものばっかりだもの。カケルはチャイニーズレストランでの経験でもあるのかしら?」

 「ねえよ。全部レトルトだ」

 「へえ!レトルトであんなに美味しいなんて、日本はやっぱりフード先進国ね」

 「初めて聞くな」

 

 ・・・・・・・・・。

 

 「清水翔、お前は食べ物では何が好きだ?」

 「貝じゃなきゃなんでもいい」

 「私は自分でよく食べるから味噌汁とコーンポタージュが得意なのだが、具は何が好きだ?」

 「なんでもいい」

 「そうか。ところで、六浜童琉によると今晩は快晴だそうだ。天体観測をしようと思うのだが、屋外で寝てしまわないよう付き添いを頼む」

 「断る」

 「お前ら仲良すぎだろ!!」

 

 思わず声をあげちまった。けどこんなもん目の前で見せつけられてオレはとても黙ってられねえ!いや別に清水がうらやましいとか望月が守備範囲にいるとかそういうわけじゃねえが、こんな環境で常に監視カメラで見られてて色々と発散できてねえっつう時にこんな風なんなってる奴が許せねえ!!

 

 「清水テメー望月と仲良すぎだろ!!なんだお前は!!なんかさんざん全員から嫌われてるオーラ出しやがって、結局ちゃっかり望月と仲良くなってんじゃねえか!!うらやましくなんかねーぞ!!」

 「は?なんだお前」

 「ど、どうしたのテルヤ?コーヒーでも飲んで落ち着いたら?」

 「・・・解離性障害か?」

 

 三人ともきょとんとした面向けやがって!チクショー!アニーと望月は別にいい!コミュ障で愛想無くて乱暴で“無能”で良いとこ無しの清水ごときにそんな面されんのがムカつく!なーんでこんな奴がモテてオレがほったらかしにされてんだ!オレだって石川とか穂谷とかむつ浜とかよぉ!!あの辺だったらアリなんだよ全然よお!!

 

 「ってやべえ、オレは飯出か。こんな必死になってたら寄るもんも寄らねえよな。うん、落ち着けオレ。今はそれどころじゃねえよな、ふう」

 「何を言ってるのかしら、テルヤは」

 「過度にストレスがかかる環境だから無理もないな。カウンセリング治療などが必要だろうか」

 「ほっとけ」

 「せめて監視カメラのねえ場所がありゃあなあ・・・」

 

 モノクマの野郎ぜってえ許さねえ・・・。健全な高校生をこんな二十四時間フル監視体制の元で共同生活させるなんて。しかも男だらけならまだ諦めもつくし女だらけだったらウハウハなのに、ちょうど男女一対一にさせるとか、心理戦としか思えねえよ。

 

 「もういい直接聞くわ!清水と望月はなんなんだよ!どういう関係なんだ!?」

 「テルヤ・・・いくらなんでもストレート過ぎるわ。デリカシーのない」

 「どういう関係・・・か。解釈の困難な質問だな。具体的に説明すれば、私は清水翔を重要な研究対象と考えている。実に興味深い」

 「カッコ意味深って付いてんだろその説明!!っざけんなチクショー!!テメエらいつからそんなんなってたんだよ!!」

 「私は学園で噂を聞いていた段階で、清水翔という存在には興味を抱いていた。研究対象としてはっきりと告げたのは、裁判の日の前日だったな」

 「恥ずかしげもなく言いやがって・・・う、うらやましくなんかねーぞ!うらやましくなんかねーからなぁ!!」

 「なんで二回言ったの?」

 

 清水は一切答えねえでコーヒー飲んで、望月はすらすらオレの質問に答えやがる!しかもどっちも表情一つ変えずに!なんだよこの安定感と信頼感!金婚式かテメエら!!っかあーーーーっ!!聞かなきゃよかった!!テメエら爆発しろ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かな空間と手入れの行き届いたテーブルが、行儀良く私の前に佇んでおります。皺一つないカーペットは靴音をはじめとするあらゆる雑音を吸収して、心地よくも張り詰めた独特の雰囲気を醸し出していました。

 よく切った53枚のトランプの上からカードを五枚取り出して、右から順番に並べていきます。これをしっかりと把握することが、トランプマジックを極める上での初歩となるわけです。私はその赤色の鮮やかなトランプに手をかけました。

 

 「・・・ハートの5、クラブのキング、ダイヤの3、ハートの10、スペードのA」

 

 心の中で暗唱するだけでは誤魔化してしまいますので、一つ一つ言葉にして順番にカードをめくっていきます。口にしたものと同じカードが、順番通りにテーブルの上に並びました。思い通りにカードを動かしているわけでも、袖に仕込んですり替えたわけでもありません。ただ初めの並びに規則性を持たせて切り方を工夫してやれば、少し複雑な暗記の問題になるわけです。それでも、これを完全に習得するのには長い時間を要しました。

 

 「素晴らしい」

 

 思わず呟いてしまいました。我ながら、ここまで的確に言い当てられる技能を持っているということは誇らしく感じます。しかし慢心は油断であり、失敗を招く原因になります。それにこれは初歩中の初歩、これを更に発展させていくのがマジシャンとしての腕の見せ所です。

 

 「ずいぶんと地味な手品をなさるのですね、Mr.Trickyともあろう方が」

 「!」

 

 ふと、私の耳に透き通るような声が聞こえました。お声の主はそれだけで分かります。希望ヶ峰学園の女王様こと、穂谷円加さん。“超高校級の歌姫”と呼ばれる彼女は、歌う時はもちろん話す時の声すら心を震わせるような美声でした。その内容が、小さな針でちくちくと刺すようなものでなければ、いつまでも聞いていたいものです。

 しかし、地味というのは確かですね。あくまでこれはマジシャンの練習であり基礎、とてもお客様に見せて笑っていただけるようなものではありません。

 

 「どうも、穂谷さん。確かに地味ですが、これはほんの手遊びです。よろしければ、こちらでご覧になりますか?」

 「そうですね。ちょうど休憩しようと思っていたところです。本当ならアニーさんのコーヒーを頂いて、ショパンでも聴きながら過ごしたかったところですが、良いでしょう」

 「恐縮です」

 

 もしこの場にいるのが私ではなく、古部来君や清水君だったら険悪なムードになっていたかも知れません。ですが、私はこれしきのこと、もう慣れっこです。駆け出しの頃は、散々お客様から野次を飛ばされたものです。

 私は胸ポケットから、白い目元だけのマスクを取り出しました。人前でマジックをする時には、これは手放せなくなりました。これをかけると、もう一人の私が姿を現すのです。誰かに尽くすことが楽しみであり、誰かに施すことが喜びであり、誰かを幸せにすることが幸せである私が。

 

 「では、初めていきます」

 「どうぞ」

 「・・・ハーーーーーーーーーーーッハッハッハ!!ごきげんよう!Miss.穂谷!それではこれより、私『Mr.Tricky』があなたを、奇跡と魔術の世界へご案内いたしましょう!どうか・・・一時の夢をお楽しみください」

 「急に大声を出さないでください」

 「おっと、これは失礼。それでは今回は、このトランプを使ったマジックをご覧にいれましょう。こちらに53枚のトランプがございます。その他は種も仕掛けもございません」

 「そうですか。では上着を脱いでください。それからシャツの袖はまくり、テーブルを一つ隣に移してください」

 「は、はあ・・・ずいぶんと徹底しておりますね。ですが、それでこそ私のマジシャン魂が奮い立つというもの!これだけでご満足なさるのですか?」

 

 トリックを見抜こうとしたり、マジックをできなくして困らせてやろうとするお客様は大変多くいらっしゃいます。ですから、穂谷さんがこういう注文をなさるのは想定の範囲内でしたが、些か過剰のような気がします。ですが服を脱ごうとテーブルを移そうと、その程度では『Mr.Tricky』の仮面は剥がれません。

 

 「ええ、取りあえず一度見せてください」

 「かしこまりました!それではまず、こちらをよく切ります。十分に混ざったことをご確認ください」

 「もう一度私が切ってもよろしいですか?」

 「どうぞ。お気の済むまで」

 

 やはりここはそう来ましたか。穂谷さんはとことん私のマジックを潰すおつもりのようですね。ですが、そうしたお客様こそ、マジシャンにとっては良いお客様なのです!

 穂谷さんは私が渡した山札を鬼のように切ってから、私にお返しいただきました。なるほど、この時点では私もどれがどのカードかまったく分かりません。ですがそれは何の問題もございません!

 

 「ではこちらから一枚、引いていただけますか?」

 「はい」

 「それを覚えましたら、山札に戻してよく切ってください」

 「水を差すようですが一応言いますね。私はこの手のマジックは何度も見ておりますの」

 「ご心配なく!Miss.穂谷。ここはあなたの夢の中、私はあなたに愉快な夢をみさせるマジシャンです。夢は常に、あなたの期待を越えるものです」

 「なるほど。ではどうぞ」

 「ありがとうございます。しばしのお付き合いをお願いいたします」

 

 どんなお客様であっても礼儀正しく、それが完璧なマジックをする上で、完璧なマジシャンを演じる上で大切なことです。むしろ私は、対抗心を剥き出しになさるお客様は大歓迎でございます!

 

 「ではまずは小手調べ。一番上のカードは、引いたカードと違いますね」

 「ええ」

 「しかしここで指を鳴らすと・・・いかがですか?」

 「・・・ええ、合ってます」

 

 一番上をめくるとスペードの6でした。ですが裏返しにしてぱちん、と指を鳴らすと、次にめくったときにはハートのキング。なるほど、穂谷さんらしいカードです。ですがこれはまだ簡単なものです。

 

 「確かにこれはMiss.穂谷が引いたカード、ですがもう一度指を鳴らすと・・・元通り」

 「本当ですね」

 「では次に、このトランプの裏は赤色になっていますが、このように少し撫でると・・・」

 「あら、青色に」

 「今は横に撫でましたが、縦に撫でると」

 「黄色です」

 「ではMiss.穂谷、あなたの好きな色はなんでしょうか?」

 「そうですね・・・濃い紫色、艶美で素敵だと思います」

 「かしこまりました。ではその色をイメージしながら、こちらのトランプの背中を軽く撫でていただけますか?」

 

 トランプマジックは私の得意とするところですが、なにぶん地味です。普段私がテレビなどで披露するのは、脱出マジックや消失マジックなど大がかりなものですが、私はこの、静かに落ち着いてできるマジックの方が好きです。あの大がかりなものは、より多くのお客様を楽しませるために編み出したものです。

 穂谷さんがトランプを撫でると、黄色かったトランプの色はみるみるうちに、水で薄めず絵の具を付けたような濃い紫色へ変化していきました。ここの色を変えるくらいはまだまだです。

 

 「なるほど。ですが、まだ私は満足いたしませんわ」

 「もちろんでございます。では、今撫でていただいたこのカード、なんだと思いますか?」

 「スペードの6でしたでしょうか」

 「正解です。ではこうして指を鳴らします。Miss.穂谷、何か適当なスートとナンバーを指定してください」

 「う〜ん・・・クラブのA」

 「ではこちらをめくっていただけますか?」

 

 穂谷さんが山札の一番上をめくります。そこにあったのはスペードの6ではなく、クラブのA。いつもならここで、お客様が少し怖がるほどなのですが、穂谷さんはまだ動じません。これはずいぶんと手強い。では、私も本気を出すしかありませんね。

 

 「さすがは“超高校級のマジシャン”です。地味ですが、確かに不思議です」

 「それでは最後に、思わずMiss.穂谷が驚嘆するようなマジックをご覧にいれましょう」

 「あら、楽しみですわ」

 「それではお好きなカードをおっしゃってください」

 「ハートのジャックをお願いします」

 「かしこまりました。それではそのカードをこちらにどうぞ」

 

 カードを指定させて指を鳴らすとそれが山札の一番上に。これをマジックの一部にしてしまうのは、私としてはかなり勿体ないのですが、彼女に喜んで頂くためには仕方ありません。そのカードを穂谷さんにお渡しして、しっかりと確認した後にそれをテーブルに伏せていただきました。

 

 「ではこちらのカードをよく切ります。こちらには、ハートのジャックの代わりにジョーカーが一枚入った52枚のカードがあることになりますね。見やすいように、一度順番に並べます」

 

 切ったばかりで不規則にカードが並んだ状態では、きちんと確認することもできません。デタラメに並んだトランプを、一度閉じて二度ほど振ると、スペードのAからクラブのキングまで順番に、そしてハートのジャックに当たる場所にはジョーカーが入った状態に変わりました。これも勿体ないのを堪えてやっているのです。

 

 「はい、確かに」

 「ではこれを閉じて、今からお呪いをかけます。Miss.穂谷。この山札に右手の人差し指を置いていただけますか?」

 「こうですか」

 「素晴らしい!それでは左手を伏せたカードにかざして、こうおっしゃってください。『このカードにならえ!』と」

 「・・・このカードにならえ!」

 「ありがとうございます。それではこちらの山札、見ていきましょう」

 「あら?」

 

 穂谷さんに命令されたカードがどうなったか。山札を広げて見てみますと、そこにあったのは全てがジョーカーになった52枚のカード。今までにっこりとした笑顔が貼り付いていた穂谷さんの表情が変わったのを私は見逃しませんでした。今こそ畳みかける時です!

 

 「おかしいですか?命令では、そのカードにならえとありましたよね。では、そちらを開いてください」

 「・・・なるほど」

 

 目の前にあったカードをめくると、穂谷さんはまた少しだけ目を見開きました。そこにあったのはハートのジャックではありません。派手な出で立ちをしたピエロのおどけ顔、ジョーカーです。

 

 「しかしこれでは使い物になりませんね。もう一度それを伏せて、先ほどと同じように『戻れ!』とご命令ください」

 「はい。戻れ!」

 「これで元通りになったはずです・・・おや?」

 「?」

 「申し訳ありません。少し戻りすぎてしまったようです」

 「あっ・・・」

 

 山札は先ほどと同じようにカードが整列していました。先ほどと違うのは、ジョーカーのある位置がハートのジャックではなく、一番最初に穂谷さんが引いたハートのキングの場所でした。そして穂谷さんの前に伏せられたカードをめくると、ジョーカーと入れ替わるように、確かにハートのキングがそこにおりました。

 

 「Miss.穂谷のお呪いは少々強力過ぎたようです。いかがでしたでしょうか。果たしてこれは夢か現か、いずれにせよまた、夢の中でお目にかかりましょう。ありがとうございました」

 

 最後に深々と一礼、これで簡単ではありますが、私のトランプマジックは終了となりました。穂谷さんにこれでご満足いただけたでしょうか。マスクを外して、私は顔をあげました。穂谷さんは、私をじっくりと見た後にカードを置いて、両手を三度ほど合わせました。

 

 「お見事、と言っておきます」

 「お粗末様でございます」

 「ほんの座興のつもりで見ていましたが、そんなレベルではありませんね。見せつけられた気がします」

 「女王様にそんなお言葉をいただくとは、もったいなく存じます」

 「ふふ・・・あなたは可笑しな人ですね」

 「?」

 

 思った以上に私のマジックは穂谷さんに好評価のようで危うく顔が綻びかけましたが、マジシャンたるもの、お客様のペースに引き込まれてはなりません。ここはぐっと堪えて、丁寧な姿勢は崩しません。しかし、そんな私を見た穂谷さんは軽く笑われました。

 

 「可笑しい、というのは?」

 「可笑しいじゃないですか。マジックは終わったのに、どうしてあなたはまだ仮面を被っているんですか?」

 「・・・」

 

 ふと、穂谷さんの笑顔はもう、純粋な笑顔から作り物の笑顔に戻っていることに気付きました。いや、よく見れば笑顔ですらありませんでした。まるで私の目から心を見透かすような、強く妖しい瞳をしておられました。

 

 「過剰なほど丁寧な言葉遣いをして、指先にまで礼儀正しくしようという意識が張り詰められています。大衆は騙せても、舞台に上がる者には通じませんよ」

 「お気に召しませんでしたでしょうか」

 「いいえ、その徹底ぶりが気になっただけです。だって、今はあなたは鳥木平助君としていてもいい時ではありませんか?それとも、そっちの名前が仮の姿なのですか?」

 「・・・どうなのでしょう。申し訳ありませんが、今の私にはお答えできません」

 

 教えたくないわけでも、隠しているわけでもありません。分からないのです。今の私は鳥木平助ではなく、『Mr.Tricky』です。それくらいは分かります。ですが、一体どちらが真に『私』と言える存在なのでしょうか。思えば、いつから私はこの仮面を被っておりましたでしょうか。久しく、鳥木平助という男は見ておりませんね。

 

 「失礼、私が言えたことではなかったかも知れませんね」

 「・・・穂谷さんのそれは、仮面なのですか?」

 「ええ。ですが、私はあなたと違って、自分の仮面に迷いなどありません。だから、あなたのよりも強く硬い」

 

 迷い、なのでしょうか。私は迷っているのでしょうか。自分という存在に、自分という生き方に、自分という感情に、私は一体何を以てして、私を私としているのでしょうか。

 穂谷さんは私にそれを問うているのでしょうか。それとも、私が勝手に悩んでいるだけなのですか?まるで今まで私を支えていた足場が音を立てて崩れていくような、しかし落ちることもなく、かといってその場に留まるわけでもなく。ただ宙に浮いているような、そんな不安を感じました。

 ですが、そんな不安を打ち砕くように、いや、もっと大きな不安で塗り潰すように、私たちの耳にあの悪魔のような声が聞こえてきたのです。

 

 『ピンポンパンポーーーンッ!!おい退屈なオマエラ!!至急多目的ホールにお集まりくださいやがれ!!こちとらホームドラマ撮ってんじゃねーんだぞ!!』

 「!」

 「・・・今度はなんでしょう」

 「分かりません。行くしかないのならそうしましょう」

 

 あの女王様ですら、モノクマには逆らえない。それは命がかかっているからです。ついさっきまで、この奇怪な環境や飯出君と有栖川さんのことは一時でも忘れられていたのに、たった一度の放送で現実に引き戻された気がします。

 私と穂谷さんは、何も言わないまま立ち上がりました。テーブルの上を片付け、私は上着を着直して、多目的ホールへ向かいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り14人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍   石川彼方  曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】  古部来竜馬

 

 屋良井照矢  鳥木平助   滝山大王  アンジェリーナ




日常編3。日常編は中だるみしやすいですので、色んな所に不穏な要素を撒いてます。基本的にみんな仲良いけどどこか壁があります


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

(非)日常編4

 多目的ホールの空気は、今までにないくらい張り詰めてた。集まったのは14人、その全員が、これから起きるだいたいのことを察してる。俺にだって分かる。これからまたあいつが現れる。そして、俺たちに動機をよこす。人を殺す動機を。

 奇天烈な音楽が流れたかと思うと、壇の後ろからあのムカつく顔が飛び出してきた。白と黒のツートンカラーが前よりも不気味に見えた。相変わらず不細工な笑顔で、俺たち一人一人の顔を品定めするように眺める。

 

 「じゃーん!」

 「何の用だ」

 「え?なに?六浜さん、いきなり結論求めちゃうの?あのね、そんなに世の中甘くできてないんだよ。色んな紆余曲折や挫折や断念や妥協を重ねて、結局は何も分からないまま終わることだってあるんだよ。それに、学校で習ったでしょ?途中過程も大事なの」

 「そういうのが無駄なんじゃねえのかよ・・・」

 「っていうかね!ボクはむしろオマエラに怒ってるんだよ!こんにゃろー!いい加減にしろ!」

 「なにおこってんだよ!おこるのはこっちの方だぞ!このオセロやろー!」

 「オ、オセロ!?失礼な!ボクはオセロなんかと違って裏表がないんだからね!上手い!座布団百枚!!」

 「そんな上手くもないよ」

 

 なんだろうな、この感じ。俺たちは全員あいつのことを憎んでるし、うざってえと思ってるし、嫌いなはずだ。なのにいつの間にかあいつのペースに持って行かれる。それがあいつの狙いなんだろうが、なんか俺たちにはどうしようもない何かのせいにも思えてくる。モノクマの正体ってなんなんだ。

 

 「無駄を言うなら口を閉じていろ、馬鹿共が」

 「で、本題に入るけど、ボクは早速オマエラの責任者としての自信を失ってしまいました。だってオマエラ、ホントに希望ヶ峰学園に帰りたいの?」

 「あ、当たり前でしょ!誰がこんなところにずっと・・・」

 「だったらなんで脱出しようとしないのさ。ボクはここ最近不安だったんだよ。オマエラ、本当にこの合宿場での生活を受け容れちゃったのかなって。でもそしたらさ、ボクとしては退屈なワケ。脱出しようと足掻くこともなく、コロシアイが起きることもないで、希望も絶望もなくただだらだらと過ごす。監視する方の身にもなれってんだよ!」

 「なら解放すればいいじゃろ!!」

 「やだよ。だって勿体ないもン」

 「知らねーよ!」

 

 おいおい・・・マジでこいつとお友達にでもなるつもりかこいつら。なんでこんなリラックスして話せるんだ。

 

 「で、そんな刺激のないオマエラに、ボクからスペシャルプレゼントを贈ろうってわけ!オマエラのこの無為な日常に、素晴らしいコロシアイという名の刺激を与えるためのね!」

 「ま、またなんか部屋に置いたあるんですかあ!?」

 「違うよ。こっそりオマエラの部屋に置き土産するの面倒臭いんだもん。だから、うぷぷぷぷ、これだよ!」

 

 そう言ってモノクマは、どこからともなく紙束を取り出した。よく見るとそれは封筒だ。それぞれの封筒には、俺たち一人一人の名前が書いてある。なんだありゃ?

 

 「これは、『秘密』だよ!知られたくない(/ω\)ハズカシーな過去、知られたら社会的に\(^q^)/オワタな事実、その他絶対にバレちゃいけない真実なんかだよ!」

 「ふん、くだらん」

 「おやあ?古部来くんは余裕そうだね。キミは後ろめたいこととか秘密とかないのかな?じゃあ読み上げちゃおうかな」

 「!」

 「うっ!?」

 

 一瞬、なんだか分かんねえが古部来からすげえ気配を感じたような気がした。殺気とも敵意ともつかないような強い迫力。向けられたモノクマは平然としてるが、その場に居合わせた俺たちのほとんどがそれを感じて、身を強ばらせた。

 モノクマはそんな古部来を真っ向から睨み返して、また新しく封筒を取り出した。そこに書かれた名前は、ここにいる誰のものでもなかった。

 

 「うぷぷぷぷ!なに本気にしちゃってんの!ジョーダンに決まってんじゃーーーん!いま発表しちゃったら、わざわざ封筒に入れてる意味なくなーーーい!?ぶひゃひゃひゃひゃ!!」

 「・・・」

 「でもま、もういない人のはいいよね。別に」

 「待て!貴様、これ以上まだあの二人を侮辱するつもりなのか!!」

 「気にしない気にしない。ほら、よく言うでしょ。死人に顔無し・・・あれ?耳無し?能無し?おもてなし?って何にもないか!」

 

 こいつは本当に、どこまで軽々しく命を扱ってやがんだ。この分だとそのうち本当に気まぐれで誰かを殺しそうだ。

 モノクマは六浜の制止もきかず、飯出の封筒から紙を取り出してそれを大声で読み上げた。

 

 「オホン、え〜、飯出条治くんの秘密。飯出くんは学園にいたころ、ストーカー行為で袴田千恵さんを自殺に追いやりました!」

 「はわああああっ!!そ、それはあああ!!」

 「ま、みんなも周知の事実だよねこんなの。でも、みんなのそれぞれにこれくらいのレベルのことが書いてあるから。他の人に見せるのは自由だよ、見せられたらの話だけどな!!ほうら受け取りやがれ!!」

 「お、おいおい!秘密投げちゃダメだろうがよ!」

 

 飯出の紙に書かれていたのは、俺たちにとってはもう分かり切ってたことだった。だけど、もしこれをあいつが生きていた時に発表されてたら・・・。きっとあいつは、忘れるってことで塗り固めてた屋根が崩れて、責任とか罪悪感とかで潰れてたはずだ。そんなのが書いてあんのかよ。

 簡単に説明したモノクマが、封筒を俺たちに向かってバラ撒いた。空気の抵抗を受けてひらひらと不規則に落ちていく封筒は、書いてある名前を無視して好き勝手に散らばる。俺は適当に目の前に落ちてきた封筒を拾い上げた。へったくそな字で書いてある名前は・・・。

 

 「!」

 「うおっ!」

 「あっ・・・ご、ごめん清水クン!」

 

 名前を見ようとした俺の手から封筒を強奪したのは、いつになく焦った様子の曽根崎だった。てっきりこいつはいつも通り飄々と構えてるもんかと思ってたが、俺の手から奪った紙を誰にも見せないように壁際まで走って行ってこっそり見てた。あいつ、何か心当たりでもあんのか?自分が絶対に知られたくない『秘密』なんかに。

 

 「清水、これを」

 「あ?」

 「お前の秘密だ。安心しろ、私は他人の秘密を勝手に見るようなマネはしない」

 「・・・当たり前だ」

 

 ぼーっと曽根崎を見てたら六浜に声をかけられた。俺の名前が書かれた封筒を差し出して、自分の封筒はしっかりと握って離さないようにしてる。どういうつもりでそんなこと言ったのか知らねえが、俺には別に後ろめたいことなんかない。どうせここに書いてあることも大したことじゃねえだろ。

 

 「・・・は?」

 

 そこに書かれてたのは、俺には全く身に覚えのない事実。いや、事実かどうかすら分からねえ。なんだこりゃ?

 

 ーーお前は知っているはずだ。この状況、そしてこの合宿場を。その記憶は決して夢などではない。それは現実だ。お前はこのコロシアイ生活の全てを知っているはずだ。ーー

 

 な・・・なんだこりゃ・・・!?どういうことだ?記憶ってなんだ?コロシアイ生活の全てを知ってるってなんだ?合宿場を知ってるはずって・・・ここに来たことがあるってことか?これが俺の秘密?どうなってんだ?

 

 「お、おい!なんだよこれ!こんなのオレ知らねーぞ!」

 「どういうことなのよ!あたしたちの秘密なんじゃないの!?」

 「うぷぷぷぷ、焦ってる焦ってる。焦ってるねえ。これだから人の・・・クマの話をちゃんと聞かない奴は困るんだよ」

 

 もしかしたら俺だけかと思ったが、他の奴らも俺と同じようなリアクションしてる。どうやらここにいる全員が、『自分じゃない誰かの秘密』を知ってしまったらしい。

 

 「名前の書かれた封筒にその人の秘密が入ってるなんて誰が言ったよ!オマエラが今読んだのは、他の誰かの秘密だよ!誰のかは分からないようにしてあるけどねー!」

 「貴様ッ・・・!どこまで人を馬鹿にすれば気が済むんだ!!」

 「んじゃ、ついでにもっと馬鹿にしちゃおうか。これから二十四時間以内にクロが現れなかった場合、この秘密が誰のものか発表しちゃいまーーーす!それも、全世界に向けてね!!」

 「な、な、なんじゃとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!?」

 

 なんだそりゃ。つまり、これから一日経つ間に誰も死ななければ、自分の秘密がバラされるってのか。しかも自分じゃその秘密が何なのか分からねえ上に、どこの誰のとも知れねえ秘密を知っちまってる。これが動機・・・秘密をバラされたくなきゃ誰かを殺せってことか。

 

 「うぷぷぷぷ、それじゃよろしくね!また二十四時間後に会いましょーう!グッバーーーイ!」

 「ま、待てよ!」

 

 モノクマはいつも通り、あっという間に消えた。後に残された俺たちは、すぐにその紙を封筒に戻してポケットや懐に仕舞った。これが誰のかは分からねえ。だが、誰にも知られたくない秘密を知ってるってだけで、十分に殺される可能性はある。だけど、誰が自分の秘密を知ってるのか分からねえ。

 お互いの顔を見る。どいつもこいつも不安で仕方ねえって顔をしてる。そりゃそうだ。こんなの極端な話、片っ端からぶっ殺して口封じすりゃいいわけだ。それを実行できるかどうかは別にして、いつ誰が誰を襲ってもおかしくないんだ。

 そういう状況で声をあげられるこいつは、やっぱり馬鹿なのか。

 

 「緊張しているようだな。しかし疑問だ、なぜお前たちはそこまであからさまに動揺している?」

 「ま、また望月ちゃん・・・?」

 「もういいよお前は!この前もそうだったけど、なんで焦らねえんだよ!おかしいだろ!もしかしてお前・・・あのクマとグルなんじゃねえだろうな!」

 「!」

 

 考えもしなかった。屋良井が言ったことは俺たちを余計に緊張させた。モノクマとグル・・・というか、モノクマを操ってる黒幕、その正体が望月?ちょっとしたパニックになって出た何の根拠もない発言だったが、それでも十分だった。

 望月は屋良井を見つめて、その後少し考えてから言った。

 

 「そうか。モノクマは単独犯ではなく複数犯によるものと考えた方が自然だな。或いは、多数の者からの協力を得られる立場の人間・・・」

 「は、はあ!?お前・・・なんで否定しねえんだよ・・・!?ま、まさかマジで・・・!?」

 「止めろ屋良井。疑い合っていてはモノクマの思う壺だ。有栖川がどうなったのか忘れたのか」

 「だっ、だけどよ・・・」

 「それより、望月の言う通りだ。動揺するな」

 

 望月に便乗して六浜が屋良井を押さえつけた。望月はマジでこの状況が理解できてねえんだろう。だが六浜は理解した上でこの態度だ。ますますわけが分からねえ。俺は大した秘密なんてねえが、俺の持ってる秘密の持ち主が俺を殺しに来るかも知れねえって考えるだけでたまったもんじゃねえ。今はそういう状況なんだ。

 

 「私たちは結束を新たにしたはずだ。飯出の事件、有栖川の過ちを繰り返してはならない。ここにいる全員でこの合宿場を脱出するのだ」

 「だ、だけどドール・・・このままじゃワタシたちの秘密が全部・・・」

 「気持ちは分かる。だが飲まれてはならない。そうだろう!」

 「・・・」

 

 いくらなんでも強引だ。たぶん俺だけじゃなく、ここにいる奴ら全員がそう思ったはずだ。互いに誰のもんか分からねえ秘密を握ってんだぞ。程度が違っても、たぶんモノクマが用意するくらいだからバラして何の問題もねえってもんじゃねえんだろう。つまり、いつ誰かが裏切ってもおかしくねえ状況ってわけだ。

 

 「だ、だけど、僕は自分の秘密がバラされるなんて嫌だよ・・・。だいたい予想付くし」

 「でで、でもぉ・・・ま、ま、またあんなこと・・・ぜ!絶対にあきません!!」

 「じゃあどうしたらいいのよ!」

 「・・・それぞれの秘密を明かし合うのだ。仲間と疑い合うよりはいいだろう」

 「バ、バカ言ってんじゃねえよ!!テメエ正気か!?」

 

 まさに苦汁の決断って感じか。六浜は難しい顔をしたまま提案した。明らかに、何の考えもなく前に出て、仕方なく捻りだした案だ。秘密を俺たちで共有なんてできるわけがねえ。それができねえから、モノクマは俺たちにこれを寄越したんだ。それにもしそうしたところで、何の解決にもならねえ。

 

 「ふん、所詮はこんなものか。言っておくが秘密の共有など俺は反対だ。俺が持っている秘密は公開してやらんこともないがな」

 「んなっ・・・!?」

 

 そう言うと、古部来以外のほとんどの奴が身構えた。もしかしたらあいつが持ってるのが俺の秘密かも知れない。そう考えたら思わず注目しちまった。

 こいつ、こんな奴だったか?今はちょっとした挑発でも即殺しに繋がるような状況だぞ。そんな自分から危険を呼び込むような馬鹿なマネするなんて考えられねえ。六浜もそうだが、こいつら最初と違う。変わったのか、これが本性なのか分からねえが、どうにもこいつらは何かあったとしか思えん。

 

 「オ、オレは部屋に帰る。これが誰のかは分かんねえけど、秘密にしといてやるからオレのも秘密にしとけよな」

 「私も。付き合っていられませんわ」

 「こんなもんびりびりにしてすてちまえばいいんだよ!」

 「ま、待てお前たち!そうやってばらばらになっては・・・!」

 「六浜さん。申し訳ありませんが、私も失礼いたします」

 「鳥木・・・お前まで何を言っている!」

 

 屋良井に続いて穂谷、滝山、鳥木とどんどんホールを出て行く。そりゃそうだ、飯出の事件の後から六浜は俺らをまとめ上げようとしてたが、今回はいくらなんでも無茶苦茶過ぎる。これ以上こいつに付き合ってらんねえ。俺もさっさとホールを出ることにした。

 

 

 

 「当然、と言わざるを得ないな」

 「なぜだ・・・!なぜ誰も・・・!」

 「・・・ドール、ちょっと落ち着いた方がいいわ。ダイニングに行きましょう。コーヒーを淹れるわ」

 「済まない・・・」

 

 私は間違っているのだろうか。ここに残ったのは古部来とアニーだけ。古部来が残ったのは意外だったが、他は全員出て行ってしまった。まんまとモノクマの術中にはまりおって。このままでは疑心暗鬼のまま一夜を過ごすことになってしまう。このままではまた、誰かが殺されてしまう。どうすればいい、どうすれば・・・!

 悩んでも悩んでも答えが見えてこない。確かに秘密をバラされるなどたまったものではない、多少の反発は覚悟の上だった。しかし、ほぼ全員が私に反対するのは予想外だった。なぜなのだ。このままではいけないとなぜ分からない・・・!なぜ誰も私を信じてくれない・・・!!

 

 「・・・。・・・はま。六浜!」

 「!」

 「確りしろ。食堂に着いたぞ」

 「す、すまないな古部来・・・もう大丈夫だ」

 「大丈夫?ドール、ずいぶんと疲れてるみたいね。ミルクたっぷりの一杯でリフレッシュなさい」

 「ありがとうアニー。申し訳ない・・・私がしっかりしなければならないというのに」

 「まったくだ。自分からリーダーに進み出ておきながらこの様とはな」

 「リョーマはコーヒーはいかが?」

 「俺は麦茶でいい」

 

 偉そうにふんぞり返りながら古部来が麦茶を要求する。よく考えてみれば、こいつが食事時以外に食堂にいるのは珍しい。いつも部屋で一人で詰め将棋をしているか、寝ているかなのに。なぜここにいるんだ?

 

 「だけど、意外だわ。リョーマが残るなんて」

 「ふん、この女だけでは説得できないと踏んで、気休め程度に残ったまでだ」

 「うふふ・・・優しいのね」

 

 ぐいっと古部来は麦茶をあおった。何が気休めだ。お前が残ったことで私の何が救われようか。

 

 「それで、どうするつもりだ。こうしている間にも時は過ぎていくぞ」

 「分かっている。秘密を守りつつ殺人を起こさせない方法・・・お前も考えてくれ」

 「・・・貴様、本当に予言者か?この俺でさえ読める未来をなぜ読めない」

 「なに?」

 

 私が未来を読めないだと?予言者という肩書きに違和感こそあるものの、少なくとも人より先見があるはずだ。なぜ私が未来を読めてないなどと言える。

 

 「モノクマは、殺人が起きなければ秘密を公開すると言った。それは絶対だ。何をしようと殺人が起きない限り、奴は秘密をバラす」

 「だからそれを止めるにはどうすればと」

 「・・・甘いな。やはりお前は、この状況を分かっていない。もう少し話の分かる奴だと思っていた」

 「くっ・・・!で、ではお前は分かっているというのか!」

 「ちょ、ちょっとドール。落ち着きなさい、リョーマとケンカしてる場合じゃないでしょ」

 「止めてくれるなアニー。大事なことだ」

 

 私は思わず立ち上がった。なんだというのだ。たまに私に与したと思えば、挑発し馬鹿にするようなことを!一体古部来は何を分かっているというのだ!秘密が重要な殺害動機になり得るこの状況で、秘密を守ることができないという事実を前にして、他に何があるというのだ!

 

 「少なくとも貴様よりは広い視野を持っている。それに、この程度で心を乱すようでは古部来の名が廃る。そんな醜態を晒せるか」

 「ならば聞こうではないか。お前の広い視野に何が映っているのかを!」

 「・・・そもそもからお前は勘違いをしている」

 「?」

 「鬼伏すと思えば辻も行かず、だ」

 「な、なにを・・・」

 

 また小難しいことを言うのか。肝心なところはいつもこうだ。その意味を深くきこうとしたが、その前に食堂の引き戸が開く音がした。見ると、石川がいた。

 

 「あ、あれ?六浜ちゃんと・・・古部来もいるんだ。珍しいね」

 「ハーイ、カナタ。コーヒーを飲みにきたの?」

 「えっと・・・えへへ、ちょっと小腹が減ってさ。どうせ今日の晩御飯じゃお腹いっぱいにならないし」

 「それじゃ、昨日焼いたカップケーキを持ってくるわね」

 

 この雰囲気を壊しに来たのか、と思うほど、アニーと石川は気の抜けた会話をする。古部来も気勢をそがれたのか深くため息を吐いた。

 

 「とにかく、思い込みに気付け。俺が言えるのはここまでだ。これ以上は奴に気付かれるからな」

 「ちょっ!待て古部来!きちんと最後まで・・・」

 「ん?なに?二人とも何の話してたの?」

 「い、いや・・・なんでもない」

 「カナタ、プレーンとチョコレートとストロベリー、どれがいいかしら?」

 「わあ!すごいアニー!」

 

 石川の姿を見ると、意味深なことを言い残して古部来はさっさと食堂から出て行ってしまった。前から思っていたが、奴が食堂にいないというよりも、古部来はアニーと石川を避けているようだった。それがなぜかは分からないが、今もまるで石川が来たから出て行ったような態度だった。そんなに石川が嫌いなのだろうか。困った奴だ。

 

 「六浜ちゃんも一緒に食べようよ、アニーのお菓子美味しいのよ」

 「じゃあドールにはもう一杯コーヒーを淹れないとね」

 「あ、ああ・・・頼む。ときに石川、お前は大丈夫なのか?」

 「うん?なにが?」

 

 先ほど多目的ホールから出て行った時の思い詰めた表情は消え失せ、今の石川はさっぱりと普段の快活さを取り戻しているようだった。良いことなのだが、この切り替えの早さは流石に不審だ。何かあったのだろうか。

 

 「いや、秘密の件だが・・・」

 「ああ・・・そりゃ秘密知られるのは嫌だけど、でも誰かが殺される方がもっと嫌だから。もうあんなこと嫌でしょ・・・」

 「そ、そうか。まあ何にせよ、大丈夫ならいい」

 

 思ったよりも石川はさっぱりした性格なのかも知れない。別段それで問題があるというわけではない。そんなことより私は、あの気難しい堅物が残した言葉の意味を考えなければ。奴が何に気付いたのか、それが分かれば、この絶望に瀕した危機的状況を打破する鍵が見えてくるかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 秘密をバラす。脅しとしてはとても初歩的なもので、ですがそれだけに効果は絶大です。その証拠に、私を含めて、ほぼ全員が疑心暗鬼に陥っています。自分の持つ秘密は誰のものなのか、自分の秘密を持つのは誰なのか。まるで暗い中で宙吊りにされたまま、どこから飛んでくるか分からない矢に怯えるようです。

 ですが、この私が人殺しなどという下劣な手段を行使することなどあり得ません。この私の美しく輝かしい経歴を、そこらの方の血で穢すなど愚の骨頂です。

 

 「・・・」

 

 グランドピアノの鍵盤と繋がった金属のコードが、私の指の動きに合わせて震えて一つの音が鳴る。そしてそれは同時に生まれたいくつもの音と重なり合い、混じり合い、一つの旋律となって私を包み込む。美しいほどに華やかで、とても静かな調べ。これこそ私の安らぎです。

 音楽をしている間は、世の憂鬱なことやしがらみから解放される。歌っている時の私は世界中の誰よりも魅惑的に魅惑され、演奏している時の私は世界中の誰よりも魅了的に魅了されている。音楽は私が私自身を陶酔させ、この窮屈で雑多な世界から解放するための手段。そしてそれ以上に、私は音楽という芸術に身を焦がしています。だからこそ、安らぎを求めて音楽に浸ってしまうのでしょう。

 

 「さすが、“超高校級の歌姫”と呼ばれるだけはあるな」

 「お黙りなさい。私の世界に土足で踏み入ることは許しません」

 

 顔を見ずとも、声だけで分かります。この機械的で平淡な声、望月さんに違いありません。この方は、芸術というものを全く理解できていません。私のこの調和の空間に、その秩序を破壊するような雑音を投げかけるなど、言語道断です。

 

 「これは失礼した」

 「お分かりいただけたのなら、さっさと立ち去ってください。集中が乱されます」

 「そうか。私も特にお前に用事があったわけではない。資料館に来たら音楽が聞こえたので来たまでだ」

 「聞いてもいないことをべらべらと・・・そういうことは、あなたの大好きな無能さんにお話してはいかがでしょうか?」

 「・・・大好き、か」

 

 図星、という顔ではありませんでした。ですが望月さんがその言葉に何か引っかかったようなことは確かです。どちらにせよ、私は彼女がその場から去ってくれればそれでいいのですが。

 私が手を止めて彼女に対してはっきりと拒絶の意を表すと、望月さんは素直にそこから立ち去って行きました。ふう、ともう一度私の世界を創り上げようと手を鍵盤の上に置いたところで、また邪魔な気配を感じてしまいました。どうにもこの場所は、私の邪魔をしたがる方が多いようです。

 

 「なんですか?」

 「うおっ!き、気付いてたのかよ!?」

 「音には敏感なもので。それで、私と望月さんの会話を盗み聞きして、一体どうするおつもりですか?」

 「い、いや別に・・・そういうわけじゃねえけどさ・・・」

 

 くたびれた少し固いブーツの靴がカーペットを踏む音、そして髪と布のバンダナが擦れる音。これは屋良井君ですね。

 

 「別にお前を見に来たわけじゃねえよ。ただ、望月が気になって・・・」

 「あら、お生憎ですが彼女はあの無能さんにお熱のようですよ。そもそも、あなたのようにいい加減そうで無駄に自分を大きく見せようとしている、フグのような方を眼中に入れている女性がいるかが疑問ですが」

 「そういうこっちゃねえよ!!っていうかオレの悪口は余計だろ!!」

 

 その発言が余計ですし、無駄に大声を出すのが嫌だと言っているのです。分からない方ですね。

 

 「んなことより、あいつにゃ気をつけといた方がいいぜ、女王様よぉ」

 「そう呼ばれるのは気分がよくありません。名字で呼ぶことを許可します」

 「そりゃどうも。って、オレの話聞いてんのかよ」

 「聞かせて欲しいとお願いした覚えはありません。お話ししたいのであれば、どうぞ」

 「ああ・・・」

 

 屋良井君に私の時間を割くのは至極勿体ないですが、彼は望月さんのことを警戒しているようでした。私も彼女のことは、無粋な方以上に不思議に思っています。あの喋り口や性格は、とても人間のものとは思えませんもの。

 

 「あいつ、ここに連れてこられた時もそうだったし、さっきも全然慌ててなかっただろ」

 「そうですね。ですが、それが彼女ではありませんか?」

 「いや、絶対あいつは何か裏がある。もしかしたら、モノクマを操ってオレたちをこんな目に遭わせてる奴があいつってこともあるかもしれねえ」

 「・・・単なる漠然としたイメージではありませんか?その拙い知恵を振り絞っても大した考えが出るとは思えませんが」

 「そう思うか?だったら、あれ見てみろよ」

 

 そう言って、屋良井君は楽器置き場の向こう、入口側の吹き抜けになっている場所を指しました。彼の言うことのためにわざわざ立ち上がるのも億劫でしたが、気にはなるので見ることにしました。こっそり下を見ると、先ほどここを立ち去った望月さんがいました。そして、その隣には左右で色の分かれた不格好なぬいぐるみ。

 

 「っ!望月さんと・・・モノクマですね」

 「あれが証拠だ。少なくともあいつは、モノクマと裏で繋がってる」

 

 さっきより屋良井君の言葉に説得力が感じられたような気がしました。確信というにはまだ曖昧ですが、疑うには十分なほど。

 私たちに気付いているのかどうかは分かりませんが、望月さんとモノクマは二三会話した後、すぐに解散しました。そして望月さんは閲覧用の個室に入っていき、モノクマは隣の個室に入って姿を消しました。一体何の話をしていたのでしょうか。

 

 「どーしたの穂谷さん?屋良井くん?下に何かある?うぷぷぷぷ!」

 「!!」

 「きゃっ!・・・な、なんですか・・・!?」

 

 いきなり背後から声が聞こえたことにも思わず身を強ばらせたのに、その声は間違いようもなく、ついさっき下の個室に消えていったモノクマの声でした。とっさに振り返ると、やはりそこにいたのはあの奇妙なぬいぐるみでした。にやにやとした笑顔が、いつにもまして不気味に感じました。

 

 「こんなところで二人っきりでさ、よければボクが楽器でムードでも作ってあげようか?この黄金の絶対音感を持つボクがさ!」

 「い、いま完全に・・・」

 「うん?なに?」

 「い、いや・・・なんでもねえ・・・」

 

 私たちが望月さんとのやり取りを覗いていたということは、悟られないようにしておいた方がいいかも知れません。屋良井君の言い分を信じるわけではありませんが、念には念を、です。

 

 「それより、二人ともこんなことしてていいのかな?」

 「は?ど、どういうことだよ」

 「だって、屋良井くんも穂谷さんも、『絶対他人に知られたくない秘密』があるんでしょ?うぷぷぷぷ!」

 「!」

 

 またその話ですか。予想はしていましたが、こうして私たちの疑心暗鬼を加速させていくおつもりですね。にやにやと下衆な目で私を見つめてくるモノクマを睨み返すと、きらりと目が光ったような気がしました。

 

 「は・・・ははっ、そりゃ秘密なんて誰にでもあんだろ!でもま、“超高校級の諜報員”のオレなら、あいつら全員の秘密を見抜くことなんか朝飯前・・・」

 「うぷぷ!のんびりしてるねえ屋良井くん!明日になれば、もうそんな嘘もつけなくなるんだよ!」

 「!」

 「・・・」

 

 いつものように軽い喋り口でモノクマの脅しを躱す屋良井君の表情が、一瞬で凝り固まりました。あまりにあからさまで、ちゃらちゃらした普段の雰囲気は消え去り、焦燥と恐怖に満ちた苦悶の表情になっていました。モノクマはそれを見てより一層口角を釣り上げて、次に私の方に発破をかけました。

 

 「穂谷さんだってそうだよ。もしキミの秘密が明らかになれば・・・うぷぷぷぷ!もう“超高校級の歌姫”なんて呼ばれることもなくなるかもね!」

 「・・・」

 

 まるで全てを見透かすような、どこまで暗く歪な視線で私を見つめるモノクマの目は、私の恐怖心をがっしりと掴んで離そうとしませんでした。それを顔に出さないよう努めていましたが、やはりそれすらもモノクマは見抜いているのでしょう。

 

 「うぷぷぷぷ!ま、どうしようとオマエラの自由だけどさ。ゆとり真っ盛りの現代っ子にあれこれ言ってもサザエみたいに殻に閉じこもっちゃうだけだからね!」

 

 そう言って、モノクマは唐突に現れたと思ったら唐突に消えました。残ったのは後味の悪い静寂だけ。モノクマが現れるといつもそうです。

 

 「不愉快です」

 

 私はそれだけ言って、苦悶の表情で頭を抱える屋良井君を置いてそこを離れました。もう音楽をする気分ではありませんでした。一刻も早く、自分の部屋に戻りたかったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもより遅いの夕食だった。今日モノクマによって新たな動機が与えられたことが影響しているというよりも、夕食の調理担当が清水翔だったことが主な要因だろう。その上、食卓に並んだのは各人茶碗一杯の白米と、中央の大皿に山盛りになった青椒肉絲。調理したてで湯気がたっており、濃厚な化学調味料の香りが食欲をそそる。

 

 「相変わらず清水クンの作るのって、貧相なメニューばっかりだよね」

 「文句があんなら食うな」

 「いや、これはひどいでしょ。あたしおやつ食べといてよかった」

 

 清水翔が調理担当の日のメニューは、この形式が最も多い。白米と大量のレトルト調理パックを使用した、単純明快にして濃い味付けの粗雑な料理。既に古部来竜馬や穂谷円加ら一部の人間は、別の卓で個別の料理を食べている。清水翔はそれを見て苛立った顔をしているが、文句がある場合は手を付けるな、という発言に従っているのに、何を気にすることがあるのだろうか。

 

 「チャイニーズはあんまり食べることないから、ワタシはカケルのご飯好きよ」

 「アニーさんいい人だね・・・」

 「くえりゃーなんでもいーだろ!いっただっきまーす!」

 「こら!せめて箸使え箸を!」

 「いでーっ!」

 

 いきなり青椒肉絲の山に手を突っ込もうとした滝山大王の手の甲を、石川彼方が強く叩いた。ろくに除菌洗浄もしていない滝山大王の手で触れられては、あの山丸ごと食用に適さない生ゴミに変わってしまっていただろう。

 

 「取りあえずそれぞれ取り分けてあげるから。お皿出しなさい」

 「清水君、ご飯はおかわりできますか?」

 「ある」

 「晴柳院さん、服汚れない?大丈夫?」

 「こ、これ以外ありませんので・・・気をつけて食べますぅ」

 「一汁一菜以前の話だな」

 「あはは!散々な言われようだね清水クン!」

 「うるせえ」

 

 反応は個々人によって多様だが、これ以外に食べる物がないため仕方なし、という様子は共通していた。しかし私にはこの空間は不可思議でならない。

 私を含めここにいる者たちは全員、有栖川の件を受けて結束を新たにしたはずだ。六浜がそれをよく口にしている。しかし、モノクマによって秘密を公開するという新たな動機が与えられるや、たちまち相互に疑心暗鬼になった。にもかかわらず今は、こうして同じ卓について食事を共にしている。結局ここにいる者たちは、互いを信頼しているのか、それとも猜疑しているのか。実に不可解だ。まるで一貫性がない。

 信頼するのであれば素直に信じ、疑うのであれば徹底するべきてはないのか?或いは、信頼か猜疑かとは異なる問題なのだろうか。心理というものは、実に難解極まる。合理性と非合理性の渾然一体となって混沌としている、なのに示されるのは単純明快なものばかりだ。

 

 「・・・おい。ぼーっとすんな。早く食え」

 「むっ」

 「あれ?なになに?清水クン、望月サンにあーんしてあげたりとかあっつい!!」

 「メ、メガネにご飯が・・・」

 「うははははっ!お前さんたちはいつ見ても愉快じゃのう!」

 

 つい深く思考していたら、清水翔に箸を進めるよう急かされた。それを曽根崎弥一郎茶化すと、清水翔が曽根崎弥一郎の茶碗を持った手を叩きあげて、盛られた白米が曽根崎弥一郎の顔面に接着した。米粒の付着した眼鏡のまま布巾で顔の熱を冷ます曽根崎弥一郎を見て、明尾奈美が笑い声をあげた。

 

 「ひどいよ清水クン!ちょっとした冗談じゃないか!」

 「さっさと食わねえと洗いもんが終わらねえだろうが。めんどくせえから残すんじゃねえぞ」

 「無視!」

 「うふふ・・・こうして見るとカップルっていうよりファミリーみたいね」

 「私と清水翔に血縁関係はないと思われる。カップルというのは、いわゆる恋愛関係にある男女という意味か?」

 「いや〜、若いのう」

 「え?なに?あんたたちもうそういう関係?」

 「やっぱそうなのかよ!!見せつけてんじゃねーぞチクショーッ!!」

 「水臭いなあ清水クンってば。ボクにも教えてよ」

 「心底めんどくせえなこいつら」

 

 騒々しい曽根崎弥一郎につられて、ほとんどの者が同様の話題に興味を持ったようだ。残念だが私と清水翔に、曽根崎弥一郎らが期待していると考えられるような関係は存在していない。清水翔は深くため息を吐き出して言った。

 しかし、私はそれよりもより気にかかることがある。清水翔はなぜ、青椒肉絲という料理を選択したのだろうか。そこには、単なる食事以上の意味があるように思えて仕方ない。

 

 「清水翔。私は何か、お前に嫌悪感を抱かせるようなことをしたか?」

 「は?」

 「え?え?なになに?ケンカ?痴話喧嘩?清水クンと望月サンの間に早速すれちがあっつい!!二回目!!」

 「何の話だ」

 「私は確かに伝えたはずだ。ピーマンが苦手だと」

 

 はっきりと覚えている。私は確かに清水翔にそう言ったはずだ。にもかかわらず、よりによってピーマンとそれ以外を選別するのが特に困難である料理を選択するとは、清水翔が私に対して何か不愉快な感情を抱いた証拠だ。いわゆる、当てつけというやつだろう。

 

 「覚えてねえよ。嫌なら食わなくていい」

 「そういうわけにはいかない。今夜は観測をする予定だ。カロリーを摂取しておかなければ、夜を越すことは不可能だ」

 「も、望月さん・・・こんな時に夜中に外にいてはるつもりですか・・・?」

 「そ、そんなの危険すぎるよ!夜中に・・・それも女の子一人だなんて!」

 「では晴柳院命か笹戸優真、或いはその両方も来るか?」

 「い、いえ・・・そもそも夜中に外なんてダメですよぉ・・・」

 

 私はどちらでも構わないのだが、そう提案すると笹戸と晴柳院はどちらも困ったように席に着き直した。夜中に外出せずにどう天体観測をしようと言うのだ。しっかりした設備も整備されていないというのに。まったく、ここにいる連中の発言は実に非合理的で理解に苦しむ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日ほど困難を極めた食事は初めてだ。青椒肉絲ひとつまみに対し白米を二口、これでなんとかピーマンの青臭さと苦みに耐え、多くの水を飲んだせいでほとんど食べ残してしまった。私が食事を終了させる頃には、私と清水翔、そして曽根崎弥一郎以外の面々は全て寄宿舎に戻っていたようで、その詫びというわけではないが、洗い物を手伝った。

 

 「なんでテメエもいんだよ」

 「いや〜、希望ヶ峰学園の問題児である清水クンと望月サンのスクープなんて、学園が揺れるからね!こりゃあ広報委員として取材しないわけにはいかないよ!」

 「お前が期待するようなものは一切ないと考えられるが」

 「まあまあ。ここはやっぱり女子の望月サンよりも清水クンに聞くべきだから、望月サンにあんまりしつこくするつもりはないよ!その代わり、清水クンについての情報はまた教えてもらうけどね!」

 「勝手にしろ」

 

 私が宇宙や星々に興味を抱くように、曽根崎弥一郎も清水翔という人間について相当な興味を持っているらしい。私には到底理解できない分野だが、どうやら私も当事者のようだ。私に不都合がない範囲では協力を拒む理由は存在しない。

 

 「ところで、清水翔。ついでに曽根崎弥一郎」

 「あ?」

 「なに?どしたの?」

 「私は今夜、夜通し天体観測をしようと考えている。それに際して、寄宿舎の私の部屋から東の平原まで必要な器具を運搬し、設置用意する必要がある」

 「それがなんだ」

 「私一人ではあの距離、そして物量を一度に運搬することは極めて困難と予想される。しかし一時的にでも屋外に物品を放置する行為はモノクマによる規則にあるポイ捨てに該当する」

 「そうだね」

 「そのため、器具の運搬及び一時的な監視に私以外の人間の協力が必要である」

 「いいよ!ボクも手伝ってあげる!」

 「俺はやらん」

 「清水クンもやるってっぷあ!?苦い!!」

 

 必要なことだけを的確に伝達したつもりだったが、清水翔の表情は明らかに途中から話に耳を傾けてはいなかった。そして曽根崎弥一郎が笑顔で私に協力する意思を明確にしたところ、清水翔がコップに溜まっていた石鹸水を曽根崎弥一郎の顔にかけた。

 

 「清水クンさあ、せっかく望月サンの方から言ってくれてるんだよ?ここで手伝わないと男が廃るってもんじゃない?」

 「なんで俺がこいつのために働かなきゃならねえんだ」

 「もちろん、それなりの謝礼はしよう。実はあの後、またモノクマメダルを拾得し、お前の趣味に合うと思しき品物を入手した。それを譲ろう」

 「いらん」

 「ええい!じれったいなあもう!望月サンの頼みだぞ!素直に星を見に行けよ!あれがデネブ、アルタイル、ベガって夏の大三角指差し覚えて空を見なよ!」

 「この時期には夏の大三角形は見えないぞ」

 「テメエが望月となんかあんのか知らねえが俺には関係ない」

 

 私としては少なくとも曽根崎弥一郎よりも体力のありそうな清水翔に手伝ってもらいたいのだが、協力の意思がないのなら仕方ない。こうなったら可能性は低いが、モノクマに見張りを頼むしかないか。

 人数分の茶碗とコップ、そして大皿が一枚という少ない量だったせいか、あまり私と曽根崎弥一郎の手伝いの影響もなく、手早く洗い物は終わった。古部来竜馬と穂谷円加は使った食器は自分で洗ったようだ。ずいぶんと律儀なのだな。

 

 「じゃ、ボクと清水クンで望遠鏡は用意しておくよ。それだけでいい?」

 「必要な器具は一纏めにしてある。それ以外に不要な物には触れないでおくこと」

 「うん、分かった!」

 「俺は部屋に帰っぐぇっ!?」

 「そうはさせないよぉ。ホントにご飯熱かったんだからさぁ」

 「何の話だよ!!」

 

 洗い物が終わるや、清水翔はすぐに食堂を出ようとしたが、それをすぐに曽根崎弥一郎が追いかけて捕まえていた。いつもより曽根崎弥一郎の顔に不穏なものを感じるのは錯覚だろうか。いずれにせよあの荷物は男子二人がかりであれば簡単に用意できる量のため、私が余計に気にかける必要はなかろう。それよりも、私も早く必要なものを取りに行こう。

 やはり重ね着だけでは十分な防寒とは言えず、食堂から資料館までの道のりの間に何度かシバリングを起こした。部屋のベッドの毛布はあまりに長すぎるため、屋外で使用するには却って不便だ。しかし資料館の個室にあった毛布なら、ちょうど体を包んで少し余裕がある程度で丁度良い。資料館は夜間でも昼間と同様に解放されているようであり、夜時間でも施錠はされないらしい。私にとっては好都合だ。

 

 「?」

 

 入口を通ってすぐ手前にある個室に入ろうとしたが、それは不可能だった。他の五つの個室は全てドアが開放されていたが、手前の一室だけは施錠され使用中だった。仕方がないので一つ隣の個室から毛布を拝借し、すぐに清水翔らが待っているであろう東の平原に向かった。

 今夜は快晴で星がよく見える。服の隙間から肌に触れる冷たい空気が、少しだけ心地よい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り14人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍   石川彼方  曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】  古部来竜馬

 

 屋良井照矢  鳥木平助   滝山大王  アンジェリーナ




動機回でっせ。基本的に思い付かないので無印と同じようにしてますね。第三章からは違うのにしていこうかな。どうしようかな


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

非日常編

 

 実に不可解だ。手元の時計は狂いなく動いている。望遠鏡のレンズには目立った傷も汚れもない。ということは、あれは疑いようのない事実なのだろう。

 

 「・・・」

 

 事実だからこそ、理解不能だ。一体何が起きている?この合宿場にはまだ何か秘密があるに違いない。もしかしたら、私たちは・・・。

 

 「あれ?・・・望月ちゃん」

 「ん、石川彼方か」

 

 不意に声をかけられて思考が途絶えた。思考と言ってもこれはまだ未完成な、仮説にすら至らない程度の疑念だ。直ちに明確な答えを要するものではない。

 次に、なぜ石川彼方がいるのか疑問に思った。しかし気付けば既に時刻は6時半過ぎ。朝食係ならば起きて食堂に向かう時刻だ。東側に山があるため日の出が遅く、早朝はまだ暗い。しかしもう空は明るくなっている。

 

 「おはよ。本当に天体観測してたんだ」

 「おはよう、石川彼方。いきなりだが、この望遠鏡を片付ける手伝いを求める」

 「え?いいけど・・・あ、じゃあ、後で朝ご飯の準備手伝ってくれる?」

 「交換条件か。了承した」

 「そんな大したもんじゃないわよ。じゃ、その毛布預かろっか?」

 「効率性を重視すれば、二人で器材を私の部屋に運搬した後、私が資料館に返しに行くという手順が望ましい」

 「んおっ、もちづきー!いしかわー!なにしてんだー?」

 「ちょうどいいところに男手が来たわ」

 

 石川彼方の力を借りて片付けをしようとしたところに、滝山大王が目を覚ましてきた。より効率的に片付けを済ませるため、滝山大王には少々精密機器の取り扱いに信頼性がないため折り畳み椅子やブルーシート類を、一方物品の扱いには信頼の置ける石川彼方には器材を任せ、私は毛布を資料館に返しに行った。

 時刻は夜時間の内だったが資料館はやはり開放されていて、自動ドアが自然に開く。

 

 「?」

 

 ふと違和感を感じた。早朝だというのに、資料館は、私が足を踏み入れる前から照明が点いていた。誰かが来ているのだろうか。しかしこんな早朝から何を目的に?

 

 「む」

 

 毛布のタグに記された数字に従い、五番の個室に毛布を返却した。石川彼方の朝食準備を手伝うため戻ろうとした時、隣の六番の個室のドアが閉まっていることに気が付いた。確か毛布を拝借しに来た時も閉まっていたはずだ。ここに誰かいるのだろうか。

 

 「おい。誰かは確認不可能だが、間もなく朝食になる。聞こえているか?」

 

 何度かドアを叩いて呼びかけた。しかし返事がない。眠っているのか、或いは映像資料でも観ているのだろうか。中にいるのが誰か確認できないため、私はその場を去った。いずれにせよ朝食には来るだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の朝ご飯は何にしようかしら。トーストと目玉焼きにちょっとしたサラダで洋風にしようかしら。それともご飯を炊いて味噌汁と納豆と卵で和風にってのもいいわね。食材がたくさんあって色々できるだけに毎回悩むわ。ま、取りあえずご飯洗うの面倒臭いし、トーストでいいわよね。

 

 「いしかわー。おれなんかくいたいー」

 「うるさいわね。みんな揃ってからでしょ。あんたも手伝いなさい」

 「うぅ・・・はらへったしねみいからうごけねーよ」

 「あんたはいつも通りねまったく・・・。何も悩みなさそうで羨ましいわ」

 「ふわあ・・・おはようございますぅ」

 「あ、晴柳院ちゃん。おはよ」

 「おはようございます。本日も良い朝ですね。何かお手伝いできることはありませんか?」

 「あ、とりきー。なんかくいもん出してくれよー」

 

 まだ7時前だけど、みんながどんどん起きてくる。希望ヶ峰学園にいれば自然と生活リズムが正されるはずなのに、いつも遅刻してくる奴らは今までどうやって学園で生きてきたのかしら?神経を疑うわ。

 そんなことを考えながら、食パンを切り出してバターを塗って馴染ませてからトースターに入れてタイマーをいれる。熱しておいたフライパンにベーコンを敷くと香ばしい匂いがキッチンに溢れだした。全員分作るのにコンロ二つを使ってフライパン一枚に四つ卵を落として、水を入れて蒸らしたら、後は焼き上がりを待つだけ。その間にレタスを千切って洗ってからお皿に並べて、プチトマトと輪切りのキュウリを添えてドレッシングで簡単に味付けすれば・・・うん、まあこれで文句はないでしょ。サラダができところで、チーンとトースターが音を出した。フライパンの卵も良い具合の半熟加減ね。

 

 「石川、何か手伝おうか」

 「あ、六浜ちゃんおはよう。じゃあ、牛乳とジャムと・・・それからその辺りのもの出しといてくれる?」

 「分かった」

 「遅れたな石川彼方。今戻った。私も何か手伝おう」

 「あ!望月ちゃん。え〜っと、それじゃあ・・・」

 「では私はプレートとグラスを用意しておこう」

 「そう?それじゃ望月ちゃん。牛乳とジャム出しといて」

 「牛乳とジャム。承知した」

 

 望月ちゃんが戻ってきて、六浜ちゃんがキッチンを出て行った。自分より体の小さい望月ちゃんの方が、あたしと一緒にキッチンに入るのに向いてると思ったのかな。体とか色んな所が大きいのってうらやましがられるけど、結構しんどいのよね。肩凝るし。

 でもやっぱりみんな手伝ってくれるから、10人以上のご飯を用意するのも意外と苦じゃない。食堂に行くと、もうほとんどみんな集まってた。でも何人か足りないわね。

 

 「あれ?誰が来てないのかしら」

 「私が最後に来て・・・それからは誰も来ていない」

 「清水クンと古部来クンはいつも通りだけど・・・アニーサンと明尾サンが来てないね。珍しいや」

 「男子はどうせ寝坊でしょ。明尾ちゃんもあんまり早起きする子じゃないけど・・・アニーが来てないのは珍しいわね」

 

 数えてみたら、食堂にいたのは十人。やっぱり少ない。望月ちゃんが最後に来てってことは、後の人はみんな遅刻?古部来と清水はいつものことだけど。

 

 「ふわあ〜〜〜・・・うむ、おはよう諸君!」

 「ん、明尾さん。おはよう」

 「いや〜、昨日はつい夜遅くまで化石磨きに没頭してしまってな。特にアンモナイトの美しい紋様は特に気を遣う!だが、それがいい!!」

 「朝からうるさい方ですね。私の前ではその五月蠅いお口を閉じていていただけますか?」

 「あ、清水クン」

 「遅いぞ二人とも!10分の遅刻だ!」

 「うるせえな・・・」

 

 もういる分の人だけで先に朝食にしてると、明尾ちゃんと清水が起きてきた。明尾ちゃんの大あくびや清水の寝癖は、本当に寝坊したみたいね。っていうか早くしないとトーストと目玉焼きが冷めちゃうじゃない。あと来てないのは・・・。

 

 「あとは古部来とアニーか。古部来はいつもの通りだが、アニーがこの時間まで起きてこないのは珍しいな。いつも朝一でコーヒーを用意してくれているのだが」

 「そうだよね。純粋な牛乳なんて久し振りに飲んだよ。アニーさんのコーヒーも美味しいんだけどね」

 「そっか!だからきょうはなんかものたりねーかんじがしたんだ!アニーのおかしくいてーよ!」

 「・・・」

 「あ、古部来君。おはようございます」

 

 また食堂のドアが開いた。入って来たのは、いつも通りの仏頂面の古部来だった。今日もやっぱり朝食の時間には遅刻だけど、今日は少しだけ早い。相変わらず遅刻したことに悪びれもしない態度で、偉そうにふんぞり返って水を飲んだ。こいつは本当に集団に馴染むっていう概念がないのかしら。

 

 「これで、後はアニーだけ・・・」

 「・・・妙だな」

 

 なんとなく、食堂に不穏な空気が流れ始めた。だって、いつも一番乗りのアニーが、誰にも何の連絡もなしに遅刻するなんて。それにたぶんみんなの頭の中には、昨日のモノクマの言葉が過ぎってるはず。秘密をバラされたくなければ誰かを殺せって・・・。

 

 「な、なな、なんか・・・う、うち、アニーさんのお部屋に行ってきます!」

 「あっ!ちょっと晴柳院ちゃん!」

 「ボクも行くよ!」

 「ぐえぁっ!テメエコラ!!飯くらい食わせろ!!」

 

 この雰囲気を察したのか、晴柳院ちゃんが慌てた様子で食堂を飛び出して、その後を曽根崎が清水のパーカーを引きずって追いかけて行った。その辺りから、みんなの顔が暗くなっていったのが見てて分かった。あたしもちょっと不安になってきて、なんとなく誰かに寄り添いたくて、だけどいつも安心させてくれるアニーはいなくて。なんだか不安がどんどん大きくなってきて、自然と息が詰まってきた。

 三人が出て行って、すぐに戻ってきた。出て行った時と同じように焦りが分かる足音で、食堂のドアがまた開いた時に見えた晴柳院ちゃんの顔は、可哀想なくらい青ざめてて、曽根崎と清水の顔からもただ事じゃないって気迫みたいなのが伝わってきた。

 

 「・・・あ・・・あぁ・・・・・・!あに・・・!!」

 「ど、どうしたんじゃ晴柳院!しっかりせい!何があった!?」

 「アニーさんが部屋にいないんだ!」

 「!?」

 

 漠然とした不安が怖いからなのかな、心臓の鼓動がどんどん早くなってくのが分かった。それに喉が自分でコントロールできなくなってきたのか、小さな言葉が勝手に口からこぼれてく。指先が小さく震えてお皿同士がかたかた音を立てる。

 曽根崎の言葉でその場にいた全員が緊急事態だってことを察知して、アニーの身に何かあったんだって分かった。だけど部屋にも食堂にもいなくて、アニーがどこにいるかなんて、みんな分からなくて次の行動に移れない。

 そう思ったけれど、すぐにあの子が声をあげた。やっぱり誰もそんなこと予想してなくて、目を丸くして耳を傾けた。

 

 「そう言えば・・・」

 「!」

 「な、なんだ望月!何か心当たりがあるのか!」

 「先ほど資料館に借用した毛布を返却に行った際、六番の個室が使用中だ・・・おうっ」

 「アニー!!」

 「い、石川!待て!曽根崎、清水!石川を追いかけろ!」

 「う、うん!行くよ清水クン!」

 「はっ!?ちょ、ちょっとま・・・いだだっ!!」

 

 あたしは望月ちゃんが言い終わる前に食堂を飛び出した。焦ってたせいか、望月ちゃんを突き飛ばしちゃったみたいだったけれど、今のあたしはそれどころじゃない。後ろから六浜ちゃんの声と、曽根崎と清水が追いかけてくる音がしたけど、そんなの関係なしに一目散に資料館に向かっていった。

 資料館はやっぱりいつも通りで、あたしを焦らすように自動ドアはゆっくりと静かに開く。自分の体をねじ込みながら中に入ろうとしたけど、胸がつっかえて上手くいかない。いつもだったら気にならない時間なのに、今はすごくもどかしい。そうやってようやく中に入ったら、すぐ個室の並びを見た。

 

 「あれ・・・?」

 

 思わず声が出た。確か望月ちゃんは、六番が使用中だったって言ってたはず。だけど、見渡すと全部の個室のドアが開いてる。使用中の部屋なんてどこにもない。でも望月ちゃんは、六番の個室って言ってた。一番手前の、部屋。

 

 「・・・」

 

 中に入ろうとしたけど、そこで足が止まった。こわい・・・信じたくない・・・どうしたらいいか分からない・・・部屋の目の前に立ってるのに、中を覗くのが怖くて、そこで立ち止まったままになった。脚が震えて、その先に行くのを拒んでる。

 

 「テメエいつかマジでぶっ殺してやっからな曽根崎ィ!!」

 「お、怒ってる場合じゃないでしょ!!緊急事態なんだから!!石川サン!!大丈夫!!?」

 「あっ・・・!」

 

 急に静かな資料館の中に響いたのは、怒った清水の怒鳴り声と曽根崎の慌てた声だった。それが後ろから聞こえてきて、あたしは正気を取り戻した。ここで怖がっててもしょうがないって、自分に言い聞かせた。

 それでもやっぱり震えは止まらない。だけどあたしは覚悟を決めて、一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あっ・・・!あっ・・・!」

 「い、石川サン!?石川サン・・・あっ!!」

 「・・・」

 

 望月の言葉で吹っ飛ばされたのかと間違うくらいの勢いで食堂を飛び出した石川は、その元気が嘘だったみたいに、その場でへたり込んで口元を押さえてた。その目は、六番の個室の中、外からは壁で見えない場所に向けられてて、強く見開かれてた。石川に駆け寄った曽根崎が同じ方向を見ると、やっぱり目を丸くした。

 それだけで、俺にはもうそこに何があるのか・・・いや、誰がいるのか予想がついた。だからなのか、個室の中を見た時、言葉も出なかった。

 

 「ア・・・ア・・・・・・アニー・・・・・・・・・!」

 

 必死に絞り出した石川の言葉が、その状況を一番的確に表した言葉だろう。俺と曽根崎はその場で、一歩も動くことができないような緊張感に縛られて、声さえ出なかったんだ。

 個室に用意されたリクライニングチェアが限界まで倒されて、その上に寝そべった状態で、アニーはそこにいた。全身に覆い被さる毛布と、頭にかけっ放しのヘッドフォン、そして完全に脱力した筋肉と閉じた瞼のせいで、まるでそこで眠ってるようだった。だが本当に眠ってるだけだったら、こんな放送は聞こえてこないはずだ。

 

 『ピンポンパンポ〜〜〜ン!!死体が発見されました!一定の自由時間の後、学級裁判を行います!』

 「あぁ・・・ア、アニー・・・!」

 「マ、マジかよ・・・。マジで死んでんのかよ・・・!?」

 「・・・みんなも今の放送を聞いてるはずだ。直に捜査が始まる。石川サン、立てる?」

 

 こんな時でも、曽根崎は落ち着いてた。目の前に死体があるんだぞ?昨日まで当たり前みてえに生きてた奴が、目の前で冷たくなってんだぞ?しかもそれをやった奴が俺らの中にいるんだぞ?だが、そこまで思ってから気付いた。

 俺も案外、落ち着いてる。まだアニーの死体を直視できるほど冷静にはなってねえが、曽根崎の態度の違和感、石川が曽根崎に支えられて連れて行かれるのを見てよっぽどショックがでかかったんだな、って想像できるくらいには。飯出の時よりも見た目がグロくないからか?

 ぼーっとしてたら、椅子に石川を座らせた曽根崎が俺の背中を叩いた。目だけで、捜査を始めよう、って言おうとしてるのが分かった。そうだ。ここで終わりじゃねえ。死体が見つかったってことは、またあのふざけた裁判が始まるってことだ。

 

 「もうモノクマファイルが追加されてた。それは後で見ればいい。取りあえず現場はこの個室だね。・・・毛布、取るよ」

 「お、おう・・・」

 

 曽根崎が最初に手をかけたのは、アニーの体をきれいに覆った毛布だ。両端を摘まんでめくった。そこにナイフでも刺さってりゃ死因は一発で分かったんだが、そんなことはなくて、普通通りの恰好しかしてねえ。マジでまだ眠ってんじゃねえかって思う。

 

 「目立った外傷、衣服の乱れもない。テーブルの上も整ってるね」

 「・・・テメエ、なんでそんな冷静に捜査できてんだ」

 

 俺はぽろっと、本音がこぼれた。極端な動揺は俺もしてねえが、こんな淡々と死体やその周りをいじれるほどじゃない。そもそも気味悪くて本当なら近付きたくもねえ。こんなの、よっぽどの場数を踏んでねえとできねえだろ。

 

 「まさかテメエ・・・」

 「・・・今はそれどころじゃないよ。時間がない、早く始めよう」

 

 それだけ言って、曽根崎はまた捜査を始めた。なんだか軽くかわされた感じだ。だがそれどころじゃねえってのももっともだ。確かに今はモノクマの言う一定時間の間に、出来るだけ多くの証拠を集めなきゃならねえ。

 

 「石川!曽根崎!清水!今の放送はなんだ!!アニーはどうした!!」

 「ろ、六浜・・・ちゃん・・・!」

 「石川!大丈夫か!」

 

 放送を聞きつけた残りの奴らが、どたばたと資料館に入ってきた。そして青ざめながら震える石川を見て、あの放送が嘘じゃないって察したらしく、ほとんどの奴が個室を直接見に来ることもなく状況を理解した。石川は明尾と穂谷に連れられて、外のテラスに連れてかれた。捜査の邪魔になるからな。

 

 「やはり起きたか・・・愚か者共め。あれと同じことを繰り返すとは、まだ分かっていないようだな」

 「曽根崎君、何か証拠品は見つかりましたか?」

 「特に怪しいってものはないね。だから、この現場の状況を詳しく記録しておく必要がある。石川サンがカメラを持ってたはずだから、それを借りてきてもらえる?」

 「か、かしこまりました」

 

 テキパキと指示を与えて曽根崎は捜査を進める。他の奴らはどうすればいいか分からず、分かってても躊躇われて、ただ周りで立ち尽くしているばかりだった。けど、このまま何もせずに時間になって、この中の誰かに裏切られたまま死ぬなんてゴメンだ。俺は俺で、何かを探さなきゃならねえ。取りあえず曽根崎の捜査が終わるまで、資料館の他の場所を探索してみるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 取りあえずさっき曽根崎が言ってたモノクマファイルを確認することにした。これに載ってることをもう一回調べても意味ねえし時間の無駄だからだ。電子生徒手帳を開くと、お知らせページにモノクマファイルが届いたことが表示されてる。

 

 「絞殺か・・・」

 

 モノクマファイルの死因の欄には、はっきり絞殺と書かれてた。そしてアニーの首筋に残った細い絞め痕の写真も載せられてた。晴柳院が見たらまた悲鳴をあげるんだろう。

 それから、死亡推定時刻は夜中の1時過ぎ。ド深夜だ。飯食って望月の準備手伝わされたのが9時過ぎくらい、死体発見がついさっきだから、アニーが殺されてからかなりの時間がある。

 

 「?」

 

 そしてモノクマファイルの一つに、気になる部分があった。こんなもんわざわざ書く必要あんのか?書くってことは事件と関係してるんだろうが、意味が分からん。

 

 「襟に濡れた跡?」

 

 アニーの襟の後ろに、濡れた形跡があるらしい。どういうことだ?髪を乾かさなかったのか?それだったら一発で気付くし、そんな状態で資料館にいるのはどう考えてもおかしい。

 まあ、今すぐ結論を出そうとしても無理だろうな。所詮は凡人の脳みそしか持ってねえんだ。アニーを殺したのだって“超高校級”の誰かなんだ。俺一人で解決できるようだったらその前にどっかでボロが出てるはずだ。姿を見られたり・・・。

 

 「ん?」

 

 姿を見られたり?それが妙に引っかかった。自問自答してるみてえで気持ち悪いが、そこから何か分かりそうな気がする。犯行現場は資料館で、犯行時刻はド深夜。そんで朝までに犯人は誰にも気付かれないようこっそり部屋に戻って、何食わぬ顔で食堂に行ったんだよな。

 

 「あ」

 

 そうだ。夜中にアニーを殺した後に犯人が寄宿舎に戻ったんだったら、あいつが見たはずだ。俺は生徒手帳をしまってそいつを探した。案の定、ほとんどの奴が注目してる個室の方じゃなくて、全然違う場所を探してた。本棚の方にいるそいつの所に行って話をきいた。

 

 「おい」

 「?」

 「お前、昨日の夜中に誰か見てねえか」

 「・・・質問の意図を理解しかねる」

 

 本棚の上の方を眺めて口をアホみたいに開けてた望月に話しかけたが、一回じゃ理解できねえとか言いやがった。やたら小難しいこと言ってるくせに人の話聞けねえのかこいつ。っていうか分かんだろ。

 

 「モノクマファイルだと、アニーが殺されたのは夜中だ。資料館で殺してから寄宿舎に犯人が戻るまでお前の近くを通らなきゃならねえだろ。誰か見たか」

 「・・・なるほど。理解した。結論から言うと、誰も見ていない。私は専ら望遠鏡を覗くか、手元の星図しか見ていない。暗がりで個人の顔の判別までも可能な状況とは言えなかった」

 「そうか。役立たずだな」

 「役立たずで思い出した。お前に器材の準備の報酬を支払っていなかった」

 「いらん」

 

 クソが。こいつが犯人の顔さえみてりゃ証拠集めも裁判も必要ねえっつうのに、肝心なところで役に立たねえ奴だな。っつうかこんなところで何してやがんだ。

 

 「なんで個室を調べねえ」

 「あそこは曽根崎弥一郎に主導させておくべきだ。狭い中に複数人が密集すれば却って作業効率は低下する」

 「じゃあ何か見つけたんだろうな」

 「・・・あの個室に関する情報なら有している」

 

 俺が問い詰めると、望月は少し考えた後に言った。あの個室に関する情報だ?モノクマファイルに書いてあることぐらいじゃねえのか。備品とか部屋の造りとかは、六つの個室全部同じだから、今更言うほどのことでもねえ。

 

 「昨日の晩に、お前と曽根崎弥一郎が器材の準備をしている間に、個室の毛布を持ち出しに来たのだ。時刻は夜の九時前後だった。その時に、六番の個室が使用中であることを確認した」

 「あの時か」

 「そして、今朝その毛布を返却しに来たのだが、その時にもあの個室が使用中であると確認した」

 「は?」

 「厳密に言えば、夜も昼も、扉が閉まった状態であることを目視した、に過ぎない。しかしあの扉の構造上、使用中であることと同義としても大きな相違はないとされる」

 「・・・ってことは、朝まであの個室に犯人がいたってことか?」

 「死亡したアンジェリーナ・フォールデンスに施錠、解錠をすることは不可能であることは明白だ」

 「ああ・・・」

 

 やっぱり回りくどくて小難しくてややこしい言い方をしてるが、言いたいことは分かる。昨日の夜中から今朝まで個室のドアは閉まってた。だが夜中に閉まってたってことはそこに犯人とアニーがいたってことなんじゃねえか?それで朝にも閉まってたってことは、犯人がその時間までいたってことか?

 

 「施錠の有無も確認できていればよかったのだが、殺人までは想定しなかった」

 「ったく、しょうがねえ奴だな」

 「ところで・・・」

 

 俺が考え込んでたら、望月がその思考を遮るように言った。俺の後ろを指さしてる。

 

 「笹戸優真はそこで何をしている?」

 「あ?」

 「んあっ・・・!ご、ごめん・・・なんか入りづらい雰囲気だったからさ・・・。いい?」

 「バカにしてんのかよ」

 「そ、そういうわけじゃないよ。気に障ったなら謝るからさ」

 「それで、何か用があるのか?」

 

 本棚の陰からこっそり俺と望月の方を見てた笹戸が、望月に指摘されてバツが悪そうに笑いながら話しかけてきた。昨日の晩からこいつらはマジで、俺と望月をどうしてえんだ。今はそれどころじゃねえから話だけは聞いてやるが。笹戸は腕にやたらとデケえ本を抱えてた。

 

 「うん、この本なんだけど・・・変だと思わない?」

 「何がだ」

 「この本、栞が付いてないんだ」

 

 笹戸が持ってきたのは分厚いファンタジー小説だった。確か映画化もされててあらすじは小耳に挟んだ程度だが、小学生のガキが異世界を冒険するような感じだったか。つうか内容はどうでもいい。笹戸が言う通り、その本には栞が付いてなかった。

 

 「栞のねえ本くらいあんだろ」

 「この本、前に読んだことあるんだ。それにこんなページ数があるのに栞がないなんておかしいよ」

 「それは確かに。もしかしたら何か関係があるかも知れないな。記憶しておこう」

 「それから・・・石川さんと晴柳院さんがすごく落ち込んでて・・・」

 「あ?」

 

 石川が落ち込んでるっつうのはなんとなく分かる。そういやアニーと仲良さげにしてたな。最初に死体を見つけたのもあいつだったし、曽根崎に支えられてやっと歩けるような状態だった。さすがに俺だって死体なんか慣れねえし、それが仲良い奴だったら尚更だ。それはともかく、晴柳院まで落ち込んでんのか。

 

 「有栖川さんの件からやっと立ち直ったところなのに、こんなことになって・・・。しかもアニーさんって、よくみんなの相談とか乗ってたから、余計にショックみたいなんだ」

 「それを聞かされてどうすりゃいいんだよ」

 「だ、だから・・・優しくしてあげてねって」

 「精神的に疲弊している状態の晴柳院命に対し、更なる刺激を与えないよう注意しろと」

 「うん」

 

 めんどくせえ、単純にそう思った。なんで捜査もしつつあんな豆腐メンタルのチビに気ぃ遣わなきゃならねえんだよ。つうかなんで笹戸が俺らに言うんだよ。ったく、テメエの都合で俺に余計なこと考えさせんじゃねえよ。

 

 「ところで清水翔。今回の件で一つ気になることがある。捜査に同行してくれるか」

 「・・・まあ」

 

 他に調べようと思うところもねえし、まあ手持ち無沙汰だから付き合ってやらねえこともねえ。それくらいのつもりで答えたんだが、後ろで笹戸が気まずそうな顔をしてた。勝手に妄想すんじゃねえ気色悪い。

 

 

コトダマ一覧

【モノクマファイル2)

場所:なし

説明:被害者はアンジェリーナ・フォールデンス。死亡推定時刻は午前一時頃。死体発見現場は資料館一階の閲覧用個室六番。椅子に寝そべってヘッドフォンと毛布をかけられた状態で発見された。目立った外傷はないが、首元に紐状のもので強く絞められた痕があり、呼吸困難による窒息死とみられる。また、後ろ襟に濡れた跡がある。

 

【望月の証言(夜))

場所:なし

説明:事件前日の夜九時頃、望月が資料館を訪れた際に六番の個室は使用中だった。それ以外の個室は全てドアが開いていたため、使われていたのは六番のみだった。

 

【望月の証言(朝))

場所:なし

説明:望月が資料館から持ち出した毛布を返却しに行った際、六番の個室は使用中だった。夜中からぶっ通しで使われていたと思われる。

 

【分厚い小説本)

場所:資料館一階、本棚

説明:複雑な家庭事情を持つ子供の異世界冒険譚。とんでもないページ数にもかかわらず栞が付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 望月の気になるところに行く前に、少し個室の様子を覗いてくことにした。そろそろ何か分かっただろ。と思って見てみたら、曽根崎が個室から追い出されて古部来と鳥木が中を捜査してた。何してんだあいつ。

 

 「おい、何か分かったか」

 「あ、清水クンと望月サン!」

 「個室の捜査は曽根崎弥一郎が担当していたのではなかったか?」

 「あはは・・・そうだったんだけど、ボク一人じゃ信用できないって古部来クンが言ってさ。そんで古部来クンと六浜サンで捜査しようってなったら、六浜サンが狭い個室で男女が密着するなど言語道断とか言い出してめんどくさいなーってなって、だったら鳥木クンならいいんじゃない?ってことになってじゃあそれでって」

 「なげえ」

 「なるほど」

 「で」

 「でっていう?」

 「質問に答えろっつってんだよカエル野郎」

 

 いらねえことばっかべらべら喋りやがって。六浜のくだりはマジでいらねえ。テメエは聞かれたことだけ答えてりゃいいんだよ。分かったことあるかって聞いてんだろうが。

 

 「カエルって!それ緑色ってだけでしょ!ボク全然目ぎょろっとしてないでしょ!」

 「いいから答えろ」

 「う〜ん、部屋の中はそれほど荒れてなかったし、争った形跡はないね。一番気になったのは、テーブルの上にこれが落ちてたことかな」

 「それは・・・天蚕糸か?」

 「プラスチックの糸だね。テーブルの隅っこにあったんだ」

 「確かアンジェリーナ・フォールデンスは絞殺されたのだったな」

 「ってことは、それが凶器か」

 「さあね。あとは、ゴミ箱に大量のティッシュがあったことが気になったかな。ボクの知る限り、あの個室だけ頻繁に使われたことはないのに、他の個室よりティッシュの消費量が異常なくらい多かった」

 「なるほど、それは興味深いな」

 

 テグスとティッシュか。望月の言う通り、テグスはたぶんアニーを殺すのに使ったんだろう。ティッシュがねえってのは、何かを拭いたのか。飲み物こぼしたとかそんくらいか?そのティッシュはもうちょっと調べとく方がいいな。古部来と鳥木の捜査が終わったら調べてみるか。

 

 「では、それ以外に何かなかったか?」

 「ざっくりとしたところだと、テーブルの上にDVDが三枚あって、一枚は再生が終わった状態でレコーダーから見つかったよ」

 「DVDというと、デジタルバーサティルディスクのことか」

 「そう、デジタルバーサティルディスクのこと」

 

 なんでもいい。部屋の造りで他の部屋と違うところなんかねえし、六番個室が現場になった理由っつったら、単純に入口に近くて使いやすかったからだろ。なんとなく個室の方を見たら、曽根崎の言うとおり古部来と鳥木が個室の中を捜査してた。

 それはまあいいんだが、その隣の五番の個室の中をうろうろしてる奴がいた。遠くから見ても分かるロン毛にごてごてちゃらちゃらした服装は、間違いなく屋良井だ。

 

 「おい、屋良井」

 「ん?うおっ!?な、な、なんだよ・・・」

 「何してんだ。こんなとこで」

 「そ、捜査に決まってんだろうがよ。現場が個室だったから、こっちにもなんかねえかなって」

 「現場は隣の個室だが?」

 「だから隣の個室と比べりゃおかしいところが分かんだろって。それに、ここの毛布は使った形跡があったぜ」

 「それは昨日私が使用したためだ」

 

 アニーの死んでる部屋の隣の部屋を調べて何になるってんだ。調べてるって感じだけ演出してんのか。見つけたら見つけたで分かりきったもんしか出て来ねえし。

 

 「あっそ・・・ま、こっちはこっちで調べとくわ」

 「そうか、では清水翔。行くぞ」

 「あ?お、おう・・・」

 

 一応捜査のスタンスはとってるが、屋良井からは大した情報は出なさそうだ。それを察した望月も屋良井を見限って、さっさと個室を出た。屋良井が苦々しい顔をして俺のことを見てたが、もう気にすることもねえ。曽根崎はてっきり俺と望月についてくるかと思ったが、まだアニーの死体を見たショックから立ち直ってない石川と付き添いの明尾と晴柳院の方で話を聞いたりしてた。俺に絡んでこねえなら別になんでもいい。

 望月はそれに全く興味を持たず、テラスじゃなくて二階に上がってった。なんで二階だ?資料館の中とはいえ、二階にも証拠があるとは思えねえ。

 

 「ここには多くの楽器がある。殺害の際やトリックを仕掛ける際に、非常に様々な器具が用意されているというのは犯人にとって都合が良く、利用した可能性も高い」

 「・・・けど絞殺だろ?ロープ的なもので殺したんだったら、楽器なんか使うわけねえだろ」

 「清水君の頭の中には、弦楽器という概念がないようですね」

 「あ?」

 「穂谷円加か」

 

 二階に上がったら、望月がまず楽器置き場を指さして言った。確かに楽器も使いようによっちゃあ人殺せるかも知れねえが、どうやって楽器で絞め殺すんだ。そう思ってたら、大型の楽器置き場から嫌みっぽい笑みを浮かべた穂谷が出て来た。手にはバイオリンと弓を持ってて、捜査っていうより今から舞台に上がっていきそうな勢いだ。

 

 「アニーさんは絞殺、つまり紐状の物で首を絞められたそうですね。ギターやバイオリンはもちろん、ヴィオラ、琴、三味線、ウクレレ、ハープ・・・糸を使った楽器は多くあります。更に言えば、そこのグランドピアノの内部にも金属の糸を使用しています。学のないあなたはご存知ないようですが」

 「そうかい。学のねえ奴にそうやってひけらかしていい気になってるどこぞの女王様も、よっぽどみっともねえがな」

 「うふふ・・・あなたに嫌みを言える知能があるとは、驚きです」

 「しかしそれらの糸を使用した形跡がなければ、凶器がそれとは言い切れないぞ」

 「ヴァイオリンの弦はE線、A線、D線、G線の四本の弦で構成されています。しかし、このヴァイオリンにはG線が張られていません。これでは、バッハの『管弦楽組曲第三番』、第二楽章『アリア』のウィルヘルミ編曲『G線上のアリア』が弾けません」

 「ほう、流石は“超高校級の歌姫”だな。そのゲーセンがないのはよほどのことなのか?」

 「決してあり得ません」

 

 きっぱりと穂谷は言い切った。その態度はいつもの不敵でクソみてえに嫌みな感じだったが、望月に対しては強気で、どこかキレてるような雰囲気もあった。やっぱ歌姫っていう“才能”なだけあって、楽器で人を殺したってことが許せねえんだろうか。ま、こんな奴がそこまで思ってるか分からねえけど。

 バイオリンの弦は外されたっつうよりも、何かで切られたみてえにすっぱりいかれてた。弦の材質は分からんが、ハサミかカッターかありゃ切れるもんなんだろう。

 

 「楽器で他におかしなところは見当たりませんでした。手っ取り早く凶器を用意した、というところでしょうか。あなた方のように芸術に理解のない残念な方ですね」

 「あなた方のように?私や清水翔が犯人でないと断定しているのか?」

 「いいえ。むしろあなた方こそ疑わしいです」

 

 そう言って穂谷は、バイオリンと弓を置いてにっこり笑った。裁判前から牽制されたのか知らんが、よくそんなこと面と向かって言えるな。望月は念のためと自分で楽器をいじって何かないか調べてたが、穂谷の言うとおりやっぱり何もなかったみてえだ。わざわざ俺らが来て調べる必要なかったな。

 

 

コトダマ一覧

【糸)

場所:個室(六番)

説明:個室のテーブルの隅で発見された半透明の糸。何かから刃物で切り取られたようだ。

 

【ゴミ箱)

場所:個室(六番)

説明:閲覧用個室の中にある小さなゴミ箱。大量の使用済みティッシュが入っている。

 

【DVD)

場所:個室(六番)

説明:アニーの見つかった閲覧室にあった。「THE・101」「デイビフォアイエスタデイ」「一週間だけフレンズ」の三本

 

【毛布(六番))

場所:六番個室

説明:閲覧用個室にもともとあったもの。遺体が寝ているかのようにかけられていた。

 

【テレビ)

場所:個室

説明:映像資料を見るためのもの。外の放送は受信できない。

 

【ペン立て)

場所:個室

説明:文房具や工具など様々な物が用意されてる。

 

【扉の鍵)

場所:個室

説明:閲覧室のドアを閉める鍵。レバーを回して金具を通すタイプで、自然に施錠も解錠もしないほど重い。

 

【番号シール)

場所:個室

説明:個室の扉や備品に貼られた数字の書かれたシール。閲覧室と同じ番号が振られている。

 

【使用された毛布)

場所:五番個室

説明:五番個室の毛布に使用された痕跡があった。望月が天体観測の際に使用したらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二階は調べ終わったが、まだ個室の捜査が終わってねえみてえだ。他に調べるところも大してねえし、どうしようかと思ってたら、階段を降りたところでテラスにいる石川たちが目に入った。別にそっちに行くつもりもなかったが、望月が袖を引っ張って行くから俺も行かざるを得なくなる。なんでめそめそ泣いてる女のとこに行かなきゃなんねえんだよかったりい。

 

 「事件が発生した当時、この場の全員それぞれが何かしらの活動をしていたはずだ。そこに証拠や情報がないとは言い切れない」

 「・・・ったく」

 「安心しろ。同性同士の方が話しやすいだろう、石川や晴柳院には私から聞く。お前は滝山らに話を聞いてくれ」

 「はあ・・・めんどくせえ」

 「そう言うな。死ぬよりマシだろう」

 

 なんでさらっとそういうことが言えんだよ。そりゃ確かにこの状況で情報一つ見落とすことが自分の死に直結しないこともないってのは分かってる。だからずっと緊張感持ってて落ち着かねえし、改めてそんなことも考えたくなかった。なのにこの無神経バカが言うから、またヤな感じになっちまったじゃねえか。

 テラスの一番手前のテーブルに、石川と明尾と晴柳院が座ってて、石川はテーブルに突っ伏して深呼吸して落ち着こうとしてる。晴柳院は明尾に背中をさすられてて、その隣のテーブルで滝山が何か食ってた。なんでだ。

 

 「おい、滝山。なんだそれ」

 「んあ・・・しみずか。あさめしだけじゃハラいっぱいになんなくてさ・・・」

 「よく飯なんか食えんな。あそこでアニー死んでんだぞ?」

 「う、うぅ・・・そうなんだよ。いっつもあさめしのまえはアニーからおかしもらってて、その分くってねえから・・・」 

 「そうじゃねえよ」

 

 こいつはどうやら、人が死んだ殺したよりも自分の胃袋の方が大事らしい。やっぱりまともな常識をこいつに求めても意味がなさそうだ。どうせ何の情報も持ってねえんだろ。コロネ置け猿。

 

 「念のためきいとくが、昨日の夜中とかなんかあったか?殺しに関係ありそうなこと」

 「ん〜・・・なんもわかんねえ・・・」

 「そうか、役立たずだな」

 「だってさあ、犯人のニオイでもありゃまだいいのに・・・なんもしなかったんだよなあ」

 「当たり前だろ」

 

 そりゃ少なくともアニーは一晩中あそこにいたんだ。犯人の臭い辿るなんて本物の犬みてえなことできんだったら手っ取り早かったが、それもできねえくらいに臭いが消えるに決まってる。つうかこの資料館、やたらと本の扱いに慎重なのか消臭剤とか埃取りとかすげえ用意してある。アホかってくらい。

 

 「あ、でもおれアニーのこといっこしってるぞ」

 「教えろ」

 「あのな、あいつすっげえんだぞ。こだわりっていうの?そういうのが」

 「こだわり?」

 「コーヒーってにげえから、さとういっぱい入れようとしたら、この分だけしかダメ!とかまずはニオイかいでからのめ!とか」

 「・・・」

 「あと、テキトーにコップとってきたら、このコーヒーにはこっちのコップがいい、とか」

 「すげえどうでもいいな」

 

 アニーのコーヒーに対するこだわりなんか今更だ。あいつは“超高校級のバリスタ”って言われてたほどだからな。俺も前にコーヒーを飲んだ時にあれこれ言われたもんだ。それはうざかったが、まあコーヒーは美味かったから別に気にしちゃいなかった。

 

 「ちっ、大事な時に役に立たねえ野郎だな」

 「んん〜〜〜・・・」

 

 妙な呻き声だけあげて、滝山はコロネを咥えたままテーブルに突っ伏した。これじゃしょうがねえから、俺も石川たちの方の話を聞くことにした。滝山よりはマシだろ。まともな会話ができる状態かなんて知らん。それどころじゃねえんだよこちとら。

 

 「むっ、なんじゃ清水。お前さんも話を聞きに来たんか」

 「別に。あの猿からはろくな話が聞けねえと思ったからこっち来たまでだ。同じならそれでいい」

 「石川彼方も晴柳院命も正常な捜査が行える状態ではない。明尾奈美はそれに付き添っているため、捜査の任務を免除されている状態だ。誰かが付いていなければ精神面で危うい状態にあるからな」

 「分かってんだよ、んなことは。チビはともかく、石川、お前は第一発見者だろ。なんか見たりしてんじゃねえか?」

 「ストレート過ぎじゃ!!もうちょっとコブラツイストに・・・ん?ビブラートか?ええい、なんでもいい!とにかくこう、まるっとせんかい!」

 「抽象的過ぎてまったく意図が伝達されていないな」

 

 一応落ち着いてる明尾だが、こいつは元から馬鹿で変態だから当てにはしてねえ。それよりも、手が付けられてない現場を見てアニーと仲が良かった石川なら、何か有力な情報を持ってるかも知れねえ。

 俺が質問すると、石川はゆっくり頭を上げて俺を見た。目元はまだ湿ってて、赤くなってた。ここまであからさまに泣いてましたって面は久々に見た。若干俺を睨んでる気がするが、俺は睨まれる筋合いなんてねえだろ。いいから何か教えろ。

 

 「・・・・・・なんにも覚えてないわよ・・・。だって・・・どうしてアニーが殺されなきゃいけないのよ・・・!アニーがあんたたちに何をしたのよ・・・!あんなに優しくて良い子が、どうして!!」

 「お、落ち着け石川!!ほら見ろ!!せっかく落ち着いたのにまたこの調子じゃ!!」

 「いつもみんなのために美味しいコーヒーを淹れてくれてたのに・・・みんなを心配して辛い時に相談に乗ってくれてたのに・・・あたしは犯人を許さない!!あの子を殺した奴を殺してやる!!あの子の写真だってあるんだ!!犯人が何をしたか思い知らせてやるんだ・・・!!」

 「い、石川!分かった!一度水を飲め。落ち着け、冷静にならなければいかんぞ。・・・考えたくはないが、わしらはいつまでも自由に捜査ができるわけではないんじゃ」

 「・・・」

 「アンジェリーナ・フォールデンスは石川彼方にとって相当に重要な人物であったのだな」

 「石川さんだけやありません・・・」

 

 俺はただ質問しただけなのに、石川はそれに答えるどころか見当違いのことを怒鳴り散らした。後ろのテーブルで滝山が驚いて椅子ごとひっくり返った音がした。そんなこと俺に言われても知ったこっちゃねえんだがな。明尾が慌てて石川を座らせて水を渡すと、今度は晴柳院が顔を上げた。もう俺この話に興味ねんだよな。

 

 「アニーさんはうちにも優しかったですし・・・昨日うちらがばらばらになった時にも、六浜さんのためにホールに残ってはりました・・・。あの人はいつも、うちらのために尽くしてくれてはりました・・・」

 「それは確かにのう。毎朝コーヒーを用意したり、わしも料理を手伝ってもらったもんじゃ。まったく・・・惜しい奴を亡くした」

 「感傷に浸っててえならそうしてろ。ちっ、何の情報もねえじゃねえか」

 「そうか?私は有益と思われる情報を入手したが」

 

 結局この三人から得られた情報は大したものじゃなかった。テラスにいる奴らはどいつもこいつも役に立たねえから資料館から追い出された奴らだったらしい。これなら屋良井みてえに他の個室を調べた方がまだ有意義だったかも知れねえ。時間を無駄にした、冗談じゃねえな。

 だが俺とは違い、望月は何か情報を得たらしい。一応滝山との会話も聞かれたが、それを聞いて望月はなんだか分かんねえが頷いてた。あの中の何が引っかかったんだ。

 

 

コトダマ一覧

【バリスタのこだわり)

場所:なし

説明:“超高校級のバリスタ”であったアニーは、普段からコーヒーに関して細部にまでこだわっていた。そのこだわりこそが彼女の淹れるコーヒーの美味しさの秘訣なのかもしれない。

 

【超高校級の写真コレクション)

場所:なし

説明:石川が集めていた生徒達のサイン入り写真のコレクション。明尾、アニー、有栖川、飯出、笹戸、晴柳院、滝山、鳥木のものがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さてと、本棚の辺りも二階もテラスも捜査はしたし、そろそろ個室の捜査も終わっただろ。相変わらず曽根崎は手持ち無沙汰そうに本棚の辺りをうろうろして、古部来と鳥木が個室の前辺りで話し込んでる。古部来が話してるって状況がなんとなく気持ち悪い。普段は誰かとあんなに話すなんてあり得ねえが、流石にそうも言ってられねえと分かったんだろう。

 

 「む、清水と望月か。お前たち随分と捜査に積極的だな。いや、頼もしい限りだ」

 「六浜童琉。お前は石川彼方たちについていなくていいのか?」

 「・・・どういう意味だ?」

 

 テーブルに紙と電子生徒手帳を置いて既に推理を始めてるのか、六浜は席に着いて考え事をしてた。俺と望月に気付いたらしく声をかけてきたら、望月がすかさず返した。なんでそんなこと聞くのかも、どういう意味なのかも分かんなかった。

 

 「お前は私たちのリーダーを買って出ていたと記憶していたがな。構成員が衰弱している際に鼓舞し、奮起させるのが役割だと推定される」

 「なんでいきなり嫌み言ってんだよ・・・」

 「嫌み、になるのか?」

 「いいんだ清水、望月に悪意はない。それに、この事件は私の失態によるものだ・・・」

 「は?」

 

 何を言い出すかと思ったら、六浜は急に真面目な口調で語り出した。聞いてねえっつうの。

 

 「みんなが私をリーダーと言うのなら、私はそうなろう。それに私自身、飯出の背を追った自覚はある。だから私には、お前たちの身の安全について責任がある。私がお前たちを守り、まとめ、協力させなければならなかった。にもかかわらず、昨日の私は何もできずにいた。それが私の失態だ」

 「気に病むことではない。十四人の人間を一度に統率するのは非常に困難だ。しかも社会的地位に明確な差がなければ、より一層それは難しくなる」

 「ふふ、望月は私よりよっぽど素直で分かりやすい奴だな。それに正直だ」

 「そうだろうか」

 

 望月が分かりやすいだと?こんな機械みてえでわけ分かんねえことばっか言うような奴のどこが分かりやすいんだ。こいつ、あんまりプレッシャーが重すぎて、その上殺しまで起きておかしくなったんじゃねえか。そう思ってたら、六浜はビニール袋を取り出した。よく警察とかが証拠品を入れるやつだ。なんで持ってんだよ。

 

 「励ましてくれた礼というわけではないが、先ほどこんなものを見つけたぞ」

 「なんだこれは。紙か?」

 「掃除する粘着テープのやつか」

 「ああ。この埃や毛は資料館のものだ。向こうの椅子の裏に貼り付けて隠してあった。どこを掃除したものかは・・・言わずもがなだろう」

 「でも髪とか付いてねえぞ」

 「それほど犯人は神経質になっていたということだ」

 

 いわゆる、コロコロってやつだな。けど貼り付いてるのはただの埃くらいなもんだ。大した証拠にはならなさそうだ。だいたい殺人なんかしたら自分の証拠を消そうとするのは自然なことだ、その上この状況じゃ徹底的にやるはずだ。神経質にもなんだろ。

 やっぱ本命は古部来と鳥木の捜査結果か。部屋には色々とあるはずだろ。俺は六浜はもうどうでもいいから、さっさと二人が話してるところに行った。

 

 「おい」

 「はい。なんですか清水君?」

 「捜査は終わったのかよ」

 「当然だ。今情報の整理をしている。馬鹿は去れ」

 「あ?テメエらが共犯って可能性もあるんだよ。情報があんなら公表しろ。それとも死にてえのかよ」

 「ま、まあまあ。いずれ皆さんにも公にすることですし、彼に教えても問題ありませんよね。古部来君」

 「・・・勝手にしろ」

 

 ったくめんどうくせえ奴だな。いちいち喧嘩腰にならねえとまともな会話もできねえのか。時間の無駄なんだよ、そんなことしたって。結局古部来は俺とは話したくないらしく、鳥木に丸投げして自分は黙った。ああめんどくせえ。

 

 「おおまかなことは曽根崎君が調べたと思うので、細かな部分だけ説明いたします」

 「それでいい」

 「まず、引き出しの中にティッシュ箱があったのですが、中のティッシュが全て使用されていて空でした。ゴミ箱に大量に捨ててあったので、何かに使用したと考えられます」

 「全部か」

 「ええ。ですが、代わりにこんなものが入っていました」

 

 そう言って鳥木は、取り出したティッシュ箱に手を突っ込んで、中から妙なものを取り出した。なんだか分かんねえがどうやら金属片みてえだ。ぐにゃぐにゃになってるが、何かで叩き潰したような形をしてる。一枚の板みてえになってて元々どんな形してたのか分かんねえ。だが、これで殴り殺したとか斬り殺したとかは無理だろ。投げつけりゃ痛そうだが。

 

 「犯行に使用した何らかの証拠と思われます。それから、個室の入口付近に糸くずが落ちていました。カーペットで見えづらかったのですが、隠したという風ではありませんでした。こちらです」

 「なんだろうな」

 「アニーさんは絞殺とありましたが、流石にこれは短すぎます」

 「だろうな。他は」

 「そうですね・・・テーブルに備え付けてあるペン立てには様々な文房具や工具がありましたが、隣の個室の備品と比べてみたところ、カッターナイフがなくなっていました。周辺も捜索したのですが、どこにもありませんでした。犯人が持ち去ったと思われます」

 「カッター・・・でもアニーは絞殺だろ?」

 「ええ。しかし敢えて犯人が持ち去ったというのは、何か重要な証拠であると考えられます」

 

 ティッシュ箱の鉄くずに糸くず、それから消えたカッターナイフか。全然分かんねえなクソ。っていうか曽根崎の捜査はどんだけザルだったんだよ。こんなにばかすか色んな証拠品出てくんじゃねえか。もっとちゃんと調べやがれアホ眼鏡。割るぞ。

 

 「それから・・・これは私の気のせいかも知れないので、あまり確信を持ってお教えできるものではないのですが・・・」

 「なんだよ」

 「アニーさんがかけていたヘッドフォンなのですが、少しそれで音を聴いてみました。しかし、ところどころで音が飛んだり雑音が混じったり、ふっと聞こえなくなったりと・・・ずいぶんと具合が悪いようでした。とても映像資料の視聴に使える状態とは思えません」

 「モノクマの管理が雑だったんだろ」

 「そうでしょうか・・・。それと、もう一つございます」

 「まだあんのか」

 「アニーさんのご遺体を一度動かしたのですが、その際に彼女が付けていた指輪がずり落ちてしまったのです」

 「それがなんだよ」

 「通常、指輪は指のサイズに合わせて作ります。指輪を作った時から極端に痩せた場合は別ですが。なので自然に落ちるなどあり得ないのです」

 「・・・あるんじゃねえの?そんくらい」

 

 指輪の勝手なんか知らねえが、他の連中にもきいてみりゃいいだろ。つうかアニーの奴、指輪なんかしてたか?そんなとこまで注目することなんてなかったから、あいつが指輪をしてるってこと自体が俺にとっては一つの情報だった。

 やっぱり個室には色々と証拠や情報があった。これからあの場所で推理をする時に参考になることは間違いないはずだ。そしてまた、モノクマの放送が資料館に響いた。

 遂にこの時が来ちまった、そんな雰囲気に包まれながら、俺たちは一人、また一人と寄宿舎の赤い扉に向かっていった。石川は相変わらずふらふらしてて、明尾に付き添われて歩いていった。ほとんどの奴は相変わらず、むしろ最初にここに来た時よりも不安そうに、赤い扉の前に集合した。扉の開くぎりぎりという音が、モノクマの悪意に満ちた笑い声に聞こえたのは、たぶん俺だけじゃないはずだ。

 

 

コトダマ一覧

【粘着ペーパー)

場所:資料館一階

説明:資料館内の椅子の裏に貼り付けられていた掃除用の紙。ほこりや紙くずが付着してる。

 

【ティッシュ箱)

場所:六番個室

説明:六番個室の引き出しにあった普通のボックスティッシュ。全てのティッシュが使用され、同個室のゴミ箱に捨てられていた。

 

【鉄片)

場所:六番個室

説明:ティッシュ箱の中に入っていた鉄片。歪に変形し原型が分からない。

 

【糸くず)

場所:六番個室

説明:六番個室の入口付近に落ちていた短い糸くず。両端は切断されたような痕がある。

 

【消えたカッターナイフ)

場所:六番個室

説明:全ての個室のペン立てに備えてあるもの。六番個室のカッターのみ、事件後にペン立てからなくなっていた。犯人が持ち去ったと思われる。

 

【壊れかけのヘッドフォン)

場所:六番個室

説明:アニーがかけていたヘッドフォンは調子が悪いようで、まともに使える状態ではなかった。他の個室のものは何も問題なく使用できる。

 

【アニーの指輪)

場所:六番個室

説明:アニーの人差し指に嵌められていた銀色の指輪。サイズが合っていないのか、自然に抜け落ちてしまうほど大きかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り13人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍   石川彼方  曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】  古部来竜馬

 

 屋良井照矢  鳥木平助   滝山大王 【アンジェリーナ】




事件です。事件が起きました。犯人は一体誰なのでしょうね。ところで今日は屋良井の誕生日です。今年に入って既に六人目です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

学級裁判編1

 

 エレベーターに乗り込む十三人。これに乗っちまったが最後、これから命を懸けて互いに疑い合い、話し合い、アニーを殺した誰かを突き止めなきゃならねえ。嫌な緊張感、そして恐怖がエレベーターに充満する。そして、前回と同じように、地下深くまで潜ってエレベーターは止まった。がしゃん、という音で扉が開くが、俺にはむしろ錠をかける音に聞こえた。檻から解放された俺たちは、誰に言われるまでもなく、エレベーターから降りた。

 

 「・・・」

 「待ってたよ。さ!席について、よーいドン!」

 「競争なのかよ!?」

 「アニーさん・・・あ、有栖川さん・・・」

 

 最初にここに来た時は、十六席の一つだけ、飯出の席に、奴の遺影が置かれてたはずだ。けど今は、その裁判で処刑された有栖川の席と、今回の事件で殺されたアニーの席にも、同じような遺影が置かれてた。相変わらずふざけてやがる。

 モノクマは俺らが席に着いたことを確認すると、満面の笑みで座り直し、いかにも興奮を抑えてますって声色で言った。

 

 「そんじゃま、念のためもう一回説明しとこっか!学級裁判のルール!」

 「・・・」

 

 誰も何も言わない。こんなところで無駄に話し合うことなんかない。モノクマの気が済むまで喋らせとけばいい。

 

 「では、学級裁判の簡単な説明からしていきましょう。学級裁判の結果は、オマエラの投票により、決定されます。正しいクロを指摘できれば、クロだけがおしおき。ただし、もし間違った人物をクロとしてしまった場合は・・・クロ以外の全員がおしおきされ、みんなを欺いたクロだけに、希望ヶ峰学園に帰る権利が与えられます!」

 「あのさ・・・クロってなんだっけ?」

 「お前バカすぎだろ!!犯人だよ犯人!!」

 「そんじゃまずは・・・事件発生時刻とかから、いってみよーか!」

 

 モノクマが笑いながら言って、全員の顔が引き締まった。この裁判は全部命懸け、失敗は許されない。必ず突き止めなきゃならねえんだ・・・この中に潜んでる、アニーを殺した犯人を!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コトダマ一覧

【モノクマファイル2)

場所:なし

説明:被害者はアンジェリーナ・フォールデンス。死亡推定時刻は午前一時頃。死体発見現場は資料館一階の閲覧用個室六番。椅子に寝そべってヘッドフォンと毛布をかけられた状態で発見された。目立った外傷はないが、首元に紐状のもので強く絞められた痕があり、呼吸困難による窒息死とみられる。また、後ろ襟に濡れた跡がある。

 

【望月の証言(夜))

場所:なし

説明:事件前日の夜九時頃、望月が資料館を訪れた際に六番の個室は使用中だった。それ以外の個室は全てドアが開いていたため、使われていたのは六番のみだった。

 

【望月の証言(朝))

場所:なし

説明:望月が資料館から持ち出した毛布を返却しに行った際、六番の個室は使用中だった。夜中からぶっ通しで使われていたと思われる。

 

【分厚い小説本)

場所:資料館一階、本棚

説明:複雑な家庭事情を持つ子供の異世界冒険譚。とんでもないページ数にもかかわらず栞が付いていなかった。

 

【糸)

場所:個室(六番)

説明:個室のテーブルの隅で発見された半透明の糸。何かから刃物で切り取られたようだ。

 

【ゴミ箱)

場所:個室(六番)

説明:閲覧用個室の中にある小さなゴミ箱。大量の使用済みティッシュが入っている。

 

【DVD)

場所:個室(六番)

説明:アニーの見つかった閲覧室にあった。「THE・101」「デイビフォアイエスタデイ」「一週間だけフレンズ」の三本

 

【毛布(六番))

場所:六番個室

説明:閲覧用個室にもともとあったもの。遺体が寝ているかのようにかけられていた。

 

【テレビ)

場所:個室

説明:映像資料を見るためのもの。外の放送は受信できない。

 

【ペン立て)

場所:個室

説明:文房具や工具など様々な物が用意されてる。

 

【扉の鍵)

場所:個室

説明:閲覧室のドアを閉める鍵。レバーを回して金具を通すタイプで、自然に施錠も解錠もしないほど重い。

 

【番号シール)

場所:個室

説明:個室の扉や備品に貼られた数字の書かれたシール。閲覧室と同じ番号が振られている。

 

【使用された毛布)

場所:五番個室

説明:五番個室の毛布に使用された痕跡があった。望月が天体観測の際に使用したらしい。

 

【バリスタのこだわり)

場所:なし

説明:“超高校級のバリスタ”であったアニーは、普段からコーヒーに関して細部にまでこだわっていた。そのこだわりこそが彼女の淹れるコーヒーの美味しさの秘訣なのかもしれない。

 

【超高校級の写真コレクション)

場所:なし

説明:石川が集めていた生徒達のサイン入り写真のコレクション。明尾、アニー、有栖川、飯出、笹戸、晴柳院、滝山、鳥木のものがある。

 

【粘着ペーパー)

場所:資料館一階

説明:資料館内の椅子の裏に貼り付けられていた掃除用の紙。ほこりや紙くずが付着してる。

 

【ティッシュ箱)

場所:六番個室

説明:六番個室の引き出しにあった普通のボックスティッシュ。全てのティッシュが使用され、同個室のゴミ箱に捨てられていた。

 

【鉄片)

場所:六番個室

説明:ティッシュ箱の中に入っていた鉄片。歪に変形し原型が分からない。

 

【糸くず)

場所:六番個室

説明:六番個室の入口付近に落ちていた短い糸くず。両端は切断されたような痕がある。

 

【消えたカッターナイフ)

場所:六番個室

説明:全ての個室のペン立てに備えてあるもの。六番個室のカッターのみ、事件後にペン立てからなくなっていた。犯人が持ち去ったと思われる。

 

【壊れかけのヘッドフォン)

場所:六番個室

説明:アニーがかけていたヘッドフォンは調子が悪いようで、まともに使える状態ではなかった。他の個室のものは何も問題なく使用できる。

 

【アニーの指輪)

場所:六番個室

説明:アニーの人差し指に嵌められていた銀色の指輪。サイズが合っていないのか、自然に抜け落ちてしまうほど大きかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「まずは整理からだ。被害者はアンジェリーナ・フォールデンス。モノクマファイルによると、死亡時刻は深夜一時だ」

 「その時間帯に資料館に出入りする人物を見た奴はいるか?」

 「いるよ!」

 

 まず六浜がモノクマファイルで事件の概要を説明した。目撃情報を整理しようとしたら、石川が食らいつくように言った。やたらと積極的なのは別にいいんだが議論を掻き回さないようにしろよ、馬鹿なんだからよ。

 

 「あの日、夜中に寄宿舎の出入り口を監視してた人がいる・・・そうでしょ!望月ちゃん!」

 「私か?」

 「望月さんが?一晩中お一人で監視をなさっていたのですか?」

 「監視ではない。医務室のある平原で天体観測をしていた」

 「ってことは、寄宿舎の出入り口を監視することもできたわけだな」

 「夜時間は消灯されて灯りがない状態になる。裸眼で寄宿舎の入口を監視など不可能だ。見えないものを見ようとしても意味がないだろう」

 「望遠鏡覗き込めばいいんじゃない?」

 「光源がなければ同じだ」

 

 石川の一言で急に望月が話題にあがった。当の望月はいつも通り冷静で受け答えしてた。天体観測してたのは確かだが、そりゃあんな外で真夜中に監視なんかできるわけがねえ。そもそも望月が犯人を見てたらあいつも殺されてんだろ。それに望月は何も見聞きしてねえって言ってた。

 

 「で、でも一晩中あそこにいたなら、何か見たりしてたんじゃないの!?」

 「ふむ・・・観測中に不自然な人影などは見られなかった。しかし、気になることはあるな」

 「なんでもいいぞ、言ってみろ」

 

 望月は俺に言ったのと同じようなことを他の奴らにもきっぱりと言ったが、少し違った。気になることがあると言って、六浜に促されるままに喋り続けた。

 

 「天体観測をするにあたって、昨日の夜の九時頃に資料館に毛布を取りに行った。その際、六番個室が使用中であった」

 「九時か。犯行推定時刻よりもかなり早い時間だな」

 「そして今朝、確か六時半頃だっただろうか。資料館に毛布を返しに行ったのだが、その時にも六番個室は使用中だった」

 「なに?それは確かか」

 「ちげえだろ。個室のドアが閉まってんのを見たってだけだろ?」

 「厳密に言えばな」

 「なんだ、清水はもう知ってたのかよ」

 「望月に聞いたんだ」

 「へ〜」

 

 にやにやしながら見てくんじゃねえクソ眼鏡。けど、望月の証言は既に俺が聞いたことだった。夜と朝に見た六番個室のドア。それは他の奴らにとって相当な情報になったはずだ。

 

 「だけど、ドアが閉まっているのを見たんなら、それだけで十分だよ」

 「え?そ、それは・・・どういうことですかぁ・・・?」

 「望月が毛布を資料館に返しに行った時、犯人は個室の中にいたということになる。これならかなり犯人を絞り込めるはずだ」

 「はっ!?ちょ、ちょっと待てよむつ浜!なんでそれだけで犯人を絞り込めるんだよ!?」

 「屋良井、私は六浜だ。なんだそのむつ浜というのは」

 「あ・・・いや、それは・・・」

 

 望月の証言を聞いて、曽根崎と六浜が勝手に頭の中で推理を組み立て始めた。しかも、六浜の中では既に犯人が何人かに絞られてるらしい。そこに飛んできた屋良井の発言に六浜が食いつくと、屋良井は明らかに動揺して言いよどんだ。そこに曽根崎が笑いながら助け船を出した。

 

 「ボクが付けた、六浜サンの仇名だよ!」

 「私に仇名だと?」

 「うん!むっつりスケベの六浜サン、だから縮めてむつ浜サン!」

 「だっ!誰がむっつりスケベだ!!私はそんな卑猥なことなど考えてはいない!!失礼な!!」

 「めちゃくちゃどうでもいい」

 「撤回しろ曽根崎!!私の名前は六浜だ!!断じてそんないかがわしい仇名は認めんぞ!!」

 「まあとにかく、むつ浜サンとボクは同じ事を考えてるらしい。あ、エッチなことじゃなくてね。犯人が絞られる根拠だよ」

 「根拠ですか・・・一体なんですか、それは?」

 「望月の証言とあの資料館の個室の特徴を考えれば、自ずとその根拠も明らかになる!!それに!!」

 「それに?」

 「私の名前は六浜だあああああああああああああっ!!!」

 

 六浜の絶叫が裁判場に響いた。心底どうでもいい。っていうかあの馬鹿眼鏡は何へんちくりんな仇名広めてんだ。テメエのせいでうるせえのがまた増えただろうが。

 そんなことより、六浜と曽根崎が考えてる犯人が絞られる根拠って一体なんなんだ?まずはそこを明らかにすることだな。そうすりゃ、案外この事件はあっさり終わるかもしれねえ。

 

 「六浜さんと曽根崎君のおっしゃる、犯人を絞り込む根拠とはなんですか?」

 「望月サンの証言を振り返れば、きっと気付くはずだよ」

 「そういうことだ。望月、悪いがもう一度証言を頼む」

 「承知した。まず、昨夜九時頃、私は資料館へ毛布を借りに行った。その時、“六番個室が使用中”であった。そして明朝六時半頃、私は“借りた毛布”を資料館へ返しに行った。その時にも、六番個室は使用中であった」

 「使用中って思ったのは、扉が閉まってるのを見たってことだろ?」

 「相違ない」

 「ま、待ってください!そそ、それだけでなんで犯人が絞れるんですかぁ・・・?」

 「早朝に個室の扉が閉まっていたということは、そこに“朝まで犯人がいた”証拠となる」

 「ですけど・・・“扉を閉めて出て行った”ってこともあるんちゃいますかぁ?」

 「それは違うぞ!」

 

 望月にもう一回同じ証言をさせて議論を繰り返す。より掘り下げて話していくと、晴柳院の発言に六浜が噛みついた。驚いた晴柳院がびくっと身を強ばらせて、六浜は軽く咳払いをして声高に説明しだした。

 

 「個室の扉が閉まっているということは、即ち個室の中に誰かがいた証拠となる」

 「・・・どういうこと?」

 「個室の扉は全て、鍵をかけていないと自然に開く造りになっている。故に、誰かが中で押さえているか内側から鍵をかけていないと、扉が閉まってる状態にはならない」

 「ほ、ほんまですか・・・」

 「このことから、望月が資料館に行った時点で犯人は個室の中にいたと言える」

 「なるほど。つまり犯人は、私が出るまで資料館を出ることはできなかったわけだな」

 

 確かに、あの個室の扉は放っとくと勝手に開く造りだった。殺された後のアニーに扉を固定するなんてできねえし、犯人以外の奴がアニーの死体と一緒に一晩個室の中でいるなんて考えられねえ。ってことは、望月が朝に資料館に行くまで犯人はそこにいたんだろうな。

 

 「じゃ・・・じゃあさ、望月さんは朝に資料館に行ってから、次どこに行ったの?」

 「私は、石川彼方の手伝いのために食堂に向かった。途中では誰にも会わなかったし、寄り道もしていない」

 「・・・ってことは、望月ちゃんより先に食堂にいた人は犯人じゃない・・・逆に、望月ちゃんより後に食堂に来た人が犯人!?」

 「そういうことになる」

 

 なるほどな。犯人が資料館にいたなら、望月より後にしか食堂には行けねえ。これなら何の手掛かりもないよりずっと犯人に近付ける。

 

 「望月ちゃんより後に来た人って確か・・・」

 「しっかり記憶している。明尾奈美、清水翔、古部来竜馬の三人だった」

 「つまり、アニーを殺した犯人はその三人の誰かだ!!」

 「はあ?」

 「ふむふむ、なるほど・・・ってなにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!?わ、わしも容疑者なのかああああああああああああああああああっ!!?」

 「うるせえなあ!!」

 

 相変わらず古部来は黙ってた。犯人だって指摘されてるにもかかわらず、俺や明尾みたいに動揺してるような雰囲気は全くなかった。と言っても明尾はテンパり過ぎだと思うが。マジでうるせえよこいつ。

 

 「で、それを踏まえた上でボクも証言を提出するんだけど、その中で取りあえず清水クンは潔白ってことでいいんじゃないかな」

 「な、なに!?なぜじゃ曽根崎!!なぜわしらは疑われたままで清水だけは容疑が晴れるんじゃ!!」

 「あの、明尾さん・・・もうちょっと声おさえてくれないかな・・・?」

 「だって昨日の晩、ボクと清水クンは望月サンと一緒にいたからね」

 

 そう言って、俺に話を促すように曽根崎はこっちを見た。その目はうぜえが、くだらねえ容疑を晴らすためだったら別にいい。

 

 「昨日の夜中に、俺と曽根崎で望月が天体観測するために必要な望遠鏡を、あいつの部屋から持ってくのを手伝った。望月が資料館に毛布を取りに行ってる間にな」

 「へ?そーなのか?」

 「そうだった。毛布を借りに行った際には既に個室の扉は閉鎖状態だった。つまり、その時点で私の部屋から器具を運び出していた清水翔は、犯人であり得ないと言えよう」

 「そういうこと」

 「なるほど。ならば清水は犯人ではないな。残る候補は古部来と明尾だ」

 

 てっきりもっと深く疑われるかと思ってたが、案外あっさりと俺の容疑は晴れた。どうせ俺がやったわけじゃねえからいずれは晴れるんだろうけど、こうも簡単だとなんだか拍子抜けだ。つかそんなことは今はどうでもよくて、これで容疑者は二人に絞れたわけだ。今回は早く終わるかもな。

 

 「ま、待て!わしは殺したりなどしておらんぞ!わしは昨日ずっと自室で化石を磨いていた!」

 「でもよぉ、部屋にいたんじゃアリバイを証明する奴なんかいねえだろ?そんなもんいくらでも言い訳できるじゃねえか」

 「う、うぬぅ・・・せ、繊細な作業じゃから集中してやるために一人でやるものなんじゃ!!知ったような口を利くな若造めが!!」

 「タメだろうが!!」

 「耳障りですね。建設的な議論ができないのであれば口を慎んでいてください」

 「焦るな明尾。なにも容疑者はお前だけではない」

 

 焦って勝手に喋る明尾と屋良井が衝突する。どっちも無駄に声がでけえせいで、しかも裁判場は音がよく響くから無茶苦茶うるせえ。穂谷の言葉をまんま俺も言ってやりたかった。そして青い顔をする明尾を宥めて、六浜が体ごと古部来の方を向いた。

 

 「前回の裁判の時と同じだな。何か言ってみろ、古部来」

 「・・・前回と同じなのは貴様らだ。同じ事を二度も言わせるな」

 「あんた・・・またそうやって意味深なことばっか言う気・・・!?ちゃんと話そうとしなよ!あんたがそんな態度とってたら・・・いつまで経っても犯人なんか分かんないままだろ!!」

 「馬鹿には何を言っても無駄か。まったく、愚盲も甚だしい」

 「このっ・・・!!もっと真面目にやれよ!!人が死んでるんだぞ!!」

 

 こいつもいつもと態度が変わらねえ。六浜に指摘されても、石川に怒鳴られても、望月とはまた違ったごちゃごちゃした言い回しをして俺らを馬鹿にしてる。明尾のパニクり方も怪しいが、古部来は見透かせなさすぎて怪しい。っつうか意味が分からねえ。

 

 「真面目どうこう以前に、貴様らは前回の裁判から何も学んでいない。初めから犯人を言い当てられれば苦労はせん」

 「だ、だけどキミと明尾さんの二人にまで絞れたじゃないか!」

 「それが愚盲だと言っている。個室の扉が閉まっていただけでは犯人が朝まで資料館に居続けた根拠として弱い。現行犯となる危険を冒してまで死体と一夜を明かすなど、愚かしいことこの上ない」

 「・・・それは、私の推理が根底から間違っているということか?」

 「話が早いな。無論だからと言って俺と明尾の疑いが晴れるわけではないが、他の奴らにも等しく容疑がかかる」

 「お待ち下さい!」

 

 これも前回と同じだ。古部来は六浜に指摘されてようやく話し始めて、しかもその内容はこれまで俺らが議論してきたことを丸ごとひっくり返すことだった。古部来と明尾の二人はともかく、なんで他の奴らにも容疑がかかるんだ?そんな俺らの疑問を代表するように、鳥木が声をあげた。そして不意に内ポケットに手を伸ばしたかと思うと、白いマスクを取り出して顔にかけた。

 

 「あ・・・そのマスクは・・・」

 「あ!あれは!鳥木クンがテレビや雑誌に露出する時に必ず着ける、『Mr.Tricky』のトレードマークになってる白マスク!」

 「なんでそんな説明口調!?」

 「説明しよう!マスクを着けると鳥木クンは『Mr.Tricky』のスイッチが入り、集中力や思考力が格段に上がるのだ!!」

 「やっぱ説明だった!!」

 

 白マスクを着ける鳥木にほとんどの奴が首を傾げてたら、曽根崎が妙な口調で解説しだした。なんでだ。けどそんな疑問を吹っ飛ばすように、鳥木がドデカい声で叫んで、急にテンションが上がった。

 

 「フフフ、古部来君!その意見は承服致しかねますね!先ほどまでの議論の中で、一体どこが根本から間違っているというのですか?是非ともご説明頂きたいものですね!」

 「ふん、六浜だけでなく貴様もか、鳥木よ。お前はもう少しできる奴だと思っていたが・・・俺の目も鈍ったものだ。よかろう、では俺が直々に教えてやる!」

 

 珍しく誰かに食ってかかる鳥木に、古部来もいつになく少しだけ興奮した様子で返した。俺はそんな珍しい光景と古部来のわけが分からねえ主張で顔をしかめてたが、明尾は古部来に期待するような顔で、他の奴らは訝しげな顔でそのやり取りを見てた。

 

 「ではまず、僭越ながら一から繰り返しご説明致します!望月さんの証言から、彼女が天体観測を初めてから明朝まで、寄宿舎を出入りした方はおりません!即ち、犯人とアニーさんは昨夜から今朝まで資料館内にいたということになります!」

 「ならば望月は個室内に犯人と被害者が一緒にいたのを確認したとでも言うのか?扉が閉まっているという事実があったところで、中に人がいたという証拠にはならない。それこそ思い込みにより、己の視野を狭めているに過ぎないとなぜ気付かん!」

 「気付いていないのは古部来君、あなたの方ですよ!資料館の個室の扉は、施錠していないと自然に開く造りになっているのです!つまり、扉が閉まっていたということはそこに誰かが潜んでいたということになるのです!」

 「施錠していないと、と言ったな。それこそがお前たちの思い込みだ!施錠していなくても、扉を内側から固定すれば見た目には同じこと。まるで施錠してあるかのように見せかけることも可能というわけだ」

 「なるほど。確かに古部来君の仰ることも理解はできます。しかし内側から扉を固定したとして、犯人はどのようにして部屋から出たというのですか!あの個室はとてもよじ登れるようなものではありませんし、他に出入り口もありません!それとも、“犯人が夜中の内に個室から立ち去った証拠”でもあるというのですか!」

 「隙ありだ!!」

 

 『Mr.Tricky』のスイッチが入った鳥木と古部来の言葉の応酬に、裁判場全体が注目してた。そして鳥木の発言に古部来が強く反論すると、裁判場は水を打ったように静まりかえって、古部来の言葉が鮮明に響いた。

 

 「ただでさえ朝まで犯人が現場に残り続けるという状況は考えにくい。その上、今回の事件の犯人はかなり焦っていたはずだ」

 「焦っていた・・・ですか。ではその根拠は提示していただけるのですね?」

 「当然だ。六浜」

 「ん、私か」

 「お前が見つけた証拠品を見せてやれ」

 

 犯人が焦ってた、と古部来は言い切った。なんでそんなことが言えるのかと思ったら、六浜を顎で使って証拠を出させた。資料館で六浜が見つけた、あの粘着ペーパーだ。

 

 「な、なにそれ?」

 「掃除用の粘着ペーパーだ。おそらく、現場を掃除したものと思われる」

 「それがなんで犯人が焦ってた証拠になるんだよ?」

 「これは、現場となった個室の近くの椅子の裏に貼り付けられていた。犯人が隠そうとしたのだろう」

 「それで?」

 「朝まで現場にいたのなら、この粘着紙の処理方法など他にいくらでも思い付くだろう。本の間に挟むなり、より見つかりづらくすることもできる。手近な椅子の裏に貼り付けるなどという雑な隠蔽方法しかできなかったのは、犯人がよほどの馬鹿か、一刻も早く現場から去りたいと考えていたからだ」

 「うん・・・確かに、びりびりにして他の個室のゴミ箱に捨てるだけでも見つかりづらくなるよね」

 

 そうか。確かに、この粘着ペーパーは六浜が簡単に見つけたもんだったはずだ。部屋を掃除したってことは、犯人が自分のいた証拠を消そうとしたってことだ。けどそれを現場の近くに残すなんて、よっぽど焦ってなきゃしねえ。

 

 「つまり古部来は、粘着ペーパーを隠滅する余裕もなかった犯人が、一晩中個室の中にいたとは考えられないというのだな?」

 「初めからそう言っている。それに、犯人が単純に望月より後に出て行ったのだとしたら、不可解な部分もある」

 「まだ何かあるの?古部来クンって結構真面目に事件解決しようとするよね!なんか一匹狼っぽく気取ってるけど、案外この状況にわくわくしてたりするの?」

 「言葉を選べ曽根崎。不謹慎だぞ」

 「どこの馬の骨とも分からん奴のせいで死ぬのは御免だからな。そして不可解な部分についてだが、現場の個室のペン立てからカッターナイフがなくなっていたということだ。そうだな鳥木」

 「え、ええ・・・」

 「単純に部屋に隠れざるを得なかったのだとしたら、カッターナイフを持ち去る理由がない。それに犯人を決定づける証拠があるというのなら別だがな」

 「で、でもそのカッターを持ってったのが犯人とは決まってないでしょ!」

 「だとしたら今すぐ名乗り出てもらいたいものだな。もちろん、なぜ持ち去ったのかの理由も含めてだ」

 

 曽根崎の横槍なんかものともせずに、古部来は極めて冷静に意見を述べる。指紋鑑定も血液鑑定もできねえこの状況で、カッターに犯人を決定づける証拠があるなんて風には考えられねえ。しかも古部来の言葉に、裁判場はまた静まりかえった。それはつまり、カッターを持って行った奴が犯人だってことを意味してた。

 

 「なるほど。古部来君の言うことも一理あります」

 「も、もしそれがほんまやったら・・・明尾さんと古部来さんだけやなくて・・・う、うちら全員に犯人の可能性が・・・」

 「おおおっ!よ、ようやった古部来!助かったぞ!」

 「貴様のためにしたのではない」

 「ですが古部来君、あなたの意見の場合、犯人はアニーさんを殺害した後に個室の扉を閉じた状態で固定したまま、望月さんの目を盗み寄宿舎に戻ったことになります」

 「分かっている」

 「彼女の目を盗むことは可能だったとしても、どのようにして扉を固定したのですか?」

 「・・・それこそが、犯人が苦し紛れに作ったトリックだ。いわゆる、密室トリックというものだ」

 「み、密室トリックぅ!!?んな小説みてえなことマジであんのかよ!!?」

 「何言ってんの!これは小説だよ!」

 「メタ発言は価値を下げるよ!」

 

 結局推理が振り出しに戻ったっつうのに、明尾は自分以外の奴に容疑が分散したことに喜んでた。状況分かってねえだろ変態。曽根崎とモノクマもわけ分かんねえことではしゃぐし、とんでもなくめんどくせえことになってきた。おまけに密室トリックだと?そんなこと現実にできるわけねえだろ。

 

 「個室の扉を閉め、鍵がかかっているように見せかけアリバイを作る。まさに密室トリックと言っても過言ではないだろう」

 「と、ということは古部来君には、そのトリックが分かっていると言うのですか?」

 「これも前回の裁判で言ったはずだ。密室トリックの解明は犯人にとって致命的なものになるはずだ。だがいきなりそれを明らかにしようとしても難航するのは目に見えている。まずは基本的なことを明らかにしてからの方が、より確実な手段だと」

 

 言ってたかそんなこと。っつうかテメエごときの発言いちいち覚えてねえっつうの。にしても、その密室トリックなんてのがマジであるんだとしたら、確かにそれが犯人の手掛かりになることはかなり期待できる。だが、結局分かったことは何もない。望月の証言も何の役にも立たねえし、時間の無駄だったってことか。

 

 

 

 

 

 「あれ?清水クン、やけに静かだね」

 「・・・は?」

 

 一人で考えてたら、いきなり曽根崎が俺を名指ししてきやがった。別に俺の話があがってたわけでもねえから予想外で、反応が少し遅れた。なんで曽根崎の奴、急に俺に話振ったんだ。何もねえぞ。

 

 「なんだか前回の裁判を思い出してさ。前の裁判で同じような流れになった時、清水クンが滝山クンの証言を疑ったから、今回は同じように望月サンのことを疑うんじゃないかなって思ってたんだけど」

 「あ?望月?」

 「そ、それはどういう意味ですかぁ・・・?」

 「だからさ。昨日の晩と今朝に資料館に出入りしたのも、その個室の扉が閉まってることを確認したのも、望月サンでしょ?だから今までの議論って、望月サンの証言に嘘がないっていう前提の話だよねって」

 「!」

 

 曽根崎は、なんでもないように軽く笑って言う。だがそれは俺たちの間に緊張を走らせた。そういやそうだ。事件の前後に資料館に出入りしたのは被害者のアニー、それと現場を外から見た望月と、犯人だけだ。もし望月が犯人だとしたら、証言なんてし放題。それに、望月は昨日の晩、自分の部屋にいなくても怪しまれなかったはずだ。

 

 「そう言えば・・・望月ちゃん、昨日の夜中は天体観測をしてたって言ってたよね。それも、夜中に出歩く口実だったってこと?」

 「望月サンが犯人だったら、密室トリックなんて使わなくても、そう証言するだけでボクらの考えを鈍らせることができる」

 「お、おいおい。マジかよ?どうなんだよ望月!」

 「・・・曽根崎弥一郎は、あくまで私がアンジェリーナ・フォールデンスを殺害したと主張するのだな?」

 「ううん、だけど望月サンが今の容疑者の中では、一番自由に行動できたと思うから言っただけだよ」

 「理解した。では反論だ。お前は今、私が昨日の夜中に自由に行動できたはずと言ったが、生憎全く以て事実と異なる。寧ろ私はあの平原から動くことは不可能だった」

 「えぇ・・・?ど、どういうこと望月さん?」

 「その理由は、お前たち全員が既に知識として所有しているはずだ」

 

 いつも通り、望月は落ち着いてるもんだ。急に曽根崎が俺の名前挙げてから望月を糾弾してんのは意味が分かんねえが、確かに言ってることは間違ってねえ。だが望月は真っ向からそれに反論してきた。自由に行動するどころか、平原から動けなかったってどういうことだ?全員の視線を浴びながら、望月は冷静に俺たちに言い聞かせる。

 

 「昨夜、確かに私は天体観測のため、“一晩中屋外で過ごした”。その間、私以外の誰かとコミュニケーションをとることもなかった」

 「事件前後に資料館に出入りして個室の扉を確認したのは“望月サンだけ”だ。もし彼女が犯人だとしたらこの証言は破綻する。“密室トリック”なんてなくても十分に議論を混乱させられるってわけさ!」

 「しかし生憎だが、私は昨夜は夜通し天体観測をしていた。早朝には石川彼方と滝山大王とも顔を合わせている」

 「そりゃ朝には元の場所に戻ってないと怪しまれちゃうからね!夜に天体観測をしてから、“一度資料館に行って”アニーさんを殺害してから、また元の場所に戻る。それだけの簡単なお仕事さ!」

 「それは違えぞ!」

 

 望月と曽根崎の言い合いに、俺は自然と割り込んでた。望月が怪しいっていう曽根崎の主張の、決定的にあり得ねえ部分に気付いたからだ。俺が叫ぶと、曽根崎以外の奴らが意外そうに俺を見た。当の曽根崎だけは、何か期待するように俺を見てる。

 

 「曽根崎、テメエわざとやってんのか」

 「うん?何の事?」

 「望月が天体観測の途中に移動できなかったのは、俺とお前が一番よく分かってるはずだろ」

 「清水クン、やけにもったいぶった言い方するね。もしかしてかっこつけてる?かっこつけてるよね?かっこつけてるでしょ!」

 「なぜ今その三段活用を・・・」

 

 へらへらしながら言ってくるあたり、こいつは確信犯だ。なんでわざわざ議論を起こしてまでこんなことを言わせたのか分かんねえが、別に言っといて損はねえし今のうちに知らしめといた方がいい。

 

 「望月はあの天体観測の器具を一人じゃ持ち運びできなかった。だから昨日俺と曽根崎に手伝わせたんだ。そんでこれがそのまま、望月が資料館に行けなかった理由だ」

 「どういうことでしょう」

 「一人じゃ持ち運びできねえなら、その場に置いて行くしかない。だけど外に物を放置して行くのは、ポイ捨てになるからできなかったはずだ。そうだなモノクマ」

 「はい!その通りです!たとえ一時的にでも、そこに置いて行くのはポイ捨てになります!」

 「ま、またポイ捨ての話か!」

 

 なんで俺がこんなこと説明しなきゃならねえんだ。曽根崎は絶対にこのことを分かってたはずだし、敢えて望月を疑って俺に言わせたに決まってる。何考えてんだこいつ。

 

 「じゃあ、誰かに手伝ってもらったとかは?一旦そこに誰かを代わりにおいて、それから資料館に行ったとか」

 「それじゃあ僕か私、手伝ったよーって言う人手を挙げて!」

 「いるわけがあるまい・・・」

 

 古部来の言う通り、誰も手を挙げなかった。これはつまり、望月が完全に潔白になったってことだ。一晩中天体観測をしていて、あの場所から離れられなかった望月には、資料館の個室にいたアニーを殺すことなんてできなかったわけだ。

 

 「いやあ、なるほどね!そう言えばそうだったね!」

 「曽根崎・・・お前どういうつもりだ。なんでこんな議論させた」

 「へ?何が?」

 「とぼけんじゃねえ!昨日は俺とお前で望月の手伝いしたんだよ!テメエがこのことに気付かねえわけがねえだろ!」

 「・・・うん。そだね」

 「はあ?」

 

 俺が叫ぶと、曽根崎はあっさり認めた。拍子抜けして気の抜けた声を出しちまったが、曽根崎は相変わらず妙な笑顔で話す。

 

 「そうだよ。ボクは一秒も望月サンを疑ってはいないよ。だって無理なんだもん!それにそのことはボクもよく分かってたよ」

 「何言ってんだよお前!言い出しっぺお前だろうが!」

 「古部来クンの言う通りに、基本的な事柄を明らかにしておきたかっただけさ。望月サンは疑われて然るべき行動をしてたからね。先に言っておけば、後から混乱することもないでしょ?」

 「だったら初めからそのことだけ言えば・・・なぜわざわざこんな回りくどいことをなさったのですか?」

 「あはは!そりゃボクだけが言っても信じてもらえないからだよ!だって、今ここにいる人全員が容疑者なんだよ?一人だけの主張を誰が信じると思う?」

 「な、なんかそねざきこええよ・・・。なんでわらってんだ?こんなときに・・・」

 

 とうとう脳みそまでおかしくなったかこいつ。望月が犯人じゃないことを伝えるためにそんなことしたのか?俺の反論がなかったらどうするつもりだったんだ。っていうかそこまでしなくても他にやり方なんかいくらでもあるだろうが。まどろっこしい上に自分が怪しくなるようなやり方しやがって、何が目的だ。こいつ、何を考えてんだ。

 

 「じゃ、望月サンは犯人じゃない。この前提の上で、次は凶器の話でもしようか」

 「ええ・・・そ、曽根崎さんが進めはるんですかぁ・・・」

 「何か問題でも?」

 「あ、い、いえ・・・問題というか・・・」

 「なんでもいい。さっさと始めるぞ」

 

 今に始まったことじゃねえが、曽根崎のわけの分からなさはこういう時にすげえ困る。曽根崎が犯人なら別にいいが、違うんだったら無駄に目立つようなことすんじゃねえよ。話し合おうってのにちゃんと全員が見えなくなんだろ。

 内心俺は頭抱えてたが、古部来がどんどん先進めるからついて行かざるを得なくなる。凶器はなんだったっけか。

 

 

 

 

 

 「アニーさんは、個室に寝た状態で発見されたのでしたね」

 「目立った外傷や衣服の乱れはなかった。一目見ただけでは本当に眠っているようにされていた。おそらく犯人がそうしたのだろう」

 「んじゃ、なんか“どくのまされた”んだ!」

 「それは違うよ!」

 

 よく考えりゃ、モノクマファイルにちゃんと書いてあったな。わざわざ時間かけて言うことでもなかった。あと滝山はちゃんと生徒手帳使えるようになれ。

 

 「アニーの死因は絞殺だって、モノクマファイルに書いてあるでしょ・・・首筋に紐状の痕だってある!犯人がやったに決まってるよ!」

 「そう声を荒げることでもない。問題は、犯人が使用した紐状のものが何か、だ」

 「ロープかなんかじゃねえのか?」

 「そんなものあったかのう?」

 「・・・あっ」

 

 一つ、思い出した。アニーを殺した時に犯人が使った紐状の凶器。現場に落ちてたものだったら、まず間違いなくそうだろう。

 

 「そういや、あの個室にはテグスが落ちてたはずだ。確か、テーブルの上に」

 「なに!それは本当か!」

 「ホントだよ!ボクが見つけたんだ!テーブルの隅の方で、目立たなーくしてあったんだ」

 「天蚕糸か。それなら首を絞めて殺すには十分だな」

 「しかしテグスなんて、どこから持ってくるのですか?普通は持ち歩くようなものではないと思いますが」

 「そんなの、いくらでも持ってる奴がいるでしょ・・・!」

 

 あのテグスは、アニーを殺すのに使われたはずだ。でなきゃあんな目立たねえところに隠したりしねえ。だがそれを誰がやったかはまだ分かんねえと思ってたが、石川は確信めいた言い振りで、そいつを指差した。

 

 「あんたのことだよ!笹戸!」

 「えっ・・・?」

 「テグスって釣り糸のことでしょ!“超高校級の釣り人”なら、好きな時にいくらでも調達できるじゃない!」

 「マ、マジで!?ささどがアニーをころしたのか!?」

 

 確かにテグスの使い道っつったら釣り糸ぐらいしか浮かばねえ。それに前に笹戸の部屋を捜査した時に、釣り道具が一式揃ってんのは確認した。テグスも何巻きもあったし、一つくらいなくなっても誰も気づかねえ。

 いきなり指摘されて動揺してんのか、笹戸は焦った様子で石川に反論する。それでも支離滅裂にならねえのは、釣りで鍛えた冷静さか。

 

 「い、いやいやいや!そんなテグス一本で僕が犯人になるって、飛躍し過ぎだよ!」

 「しかし・・・他にテグスなど持ち歩く奴がおるか?お前さんが誰かに渡したなら別じゃが」

 「っていうか!そもそも僕が使ってる糸は人を殺せるようなものじゃないんだよ!」

 「どういうことだ」

 「僕の『渦潮』は重くて硬いから、少し大きな魚がかかると糸が切れちゃうんだ。だから、もし切れても環境を汚さないように生分解性プラスチックの糸を使うようにしてるんだ。環境に優しい分、普通の糸より切れやすいから、人の首を絞めて殺すなんてできっこないんだって!」

 「初めて聞いたよそんなの!それを証明できんの!?」

 「い、石川さんだって見たでしょ!湖で僕の『渦潮』の糸が切れるところ!」

 

 追及する石川に、笹戸は必死に反論する。だがそんな糸の素材とかその強度とかなんて笹戸にしか分かんねえし、実践でもしねえと俺らが納得することなんてできねえ。だいたい、笹戸が犯人じゃねえならなんであんなところにテグスなんかが落ちてんだって話になる。

 

 「釣りをしていれば糸が切れることくらいあるだろう。それでは主張として弱い」

 「そ、そんな・・・。でも僕は違うよ!大事な釣り糸で人を殺すなんてあるわけないでしょ!」

 「おいおい、笹戸よぉ。そんな言い分じゃぁ誰も納得しねえぜ?他にテグスを持ってる奴がいねえんじゃ、お前以外に誰がいるってんだよ?」

 「だ、だったらそのテグスと僕の釣り糸を比べてみてよ!モノクマに頼めばそれくらい」

 「別に笹戸君に限らなくても、あの糸は用意できると思いますが。そもそも、あれはテグスではないと思います」

 「だから・・・・・・え?」

 「は?」

 「テグスではない・・・だと?説明しろ」

 

 確かに笹戸の主張は完全にあいつにしか分かんねえことばっかりで、筋は通るが納得はできねえ。それをあいつ自身分かってるからか笹戸の顔は青くなるばかりで、必死に反論してるがいまいち説得力もない。だが、そこに意外な奴が助け船を出した。そいつはやっぱり、不敵な笑顔を顔面に貼り付けてた。

 

 「ろくな教養も審美眼も持ち合わせていらっしゃらない皆さんでは、全く以て見当違いの見立てをしてしまうのも致し方ないことかと思いますが、ナイロン製の糸はテグス以外の製品にも用いられているのですよ」

 「テ、テグス以外というと・・・一体何じゃ?」

 「弦楽器、主にギターやヴァイオリンです」

 「楽器か・・・なるほどな。つまりそういうことか」

 「な、何がそういうことなの?」

 

 こいつの言葉から暴言を抜いたら何も残らねえってくらい、悪意に溢れた説明だ。いちいち人のこと不快にさせやがって、何が女王様だ。クソアマが。

 

 「馬鹿が。資料館の二階には楽器が用意されていた。そして個室のペン立てからはカッターがなくなっていた。この事実がありながら、それでもまだ分からんとは」

 「つまり・・・個室に落ちていた糸は釣り糸ではなく、資料館の二階の楽器から切り取ってきたものだということか」

 「ええ。G線が欠けたヴァイオリンも確認しました」

 

 そう言えば穂谷はそんなこと言ってたな。ゲーセンがどうとかこうとか。ってことは、曽根崎が見つけたあの糸は、犯人がわざわざバイオリンから切り取って来たものってことか。

 

 「え〜っと・・・つまりどういうことだ?アニーはだれにころされたんだ?」

 「お前は話分かってなさ過ぎだろ!!」

 「犯人は昨夜九時頃にはアニーと共に六番個室に籠もり、その後二階の楽器置き場から弦を切り取ってきて、それでアニーを絞め殺した。こういうことだな」

 「いいえ。そうも言えません」

 「なに?」

 

 六浜が今のところ分かってることをまとめて整理したと思ったら、また穂谷が口を挟んだ。今日はやけに突っかかってく。どうしたんだ?

 

 「六浜さんはお耳に垢でも詰まっているのですか?G線はヴァイオリンから切り取られていたのです。エンドピンからペグの間の、一部だけが」

 「それがなんだというのだ」

 「いくら絞殺とはいえ、一度アニーさんの首に巻いてから絞めるのであれば、それなりの長さが必要です。しかし、ヴァイオリンの弦の一部がその長さを満たしているとは思えません」

 「・・・そ、それって・・・どういうことですかぁ・・・?その糸は・・・凶器やないと?」

 「ええそうです。何より、崇高な楽器の弦を殺人に使うなどという下劣な発想は、私には到底受け容れられません」

 「貴様の感情論に振り回されるつもりはないが、確かに絞殺するためには短いな」

 

 穂谷の声色はほとんどいつもと変わらなかったが、少しだけ怒りを含んでるような気がした。捜査中に資料館の二階で聞いたあの声と似てる。こんな奴でも、自分の好きなものに泥を塗るようなことをされたら怒るのか。ほとんど感情論みてえなもんだったが、古部来がそれに同意した。

 

 「そもそも凶器をそのまま現場に放置するとは考えられん。いくら焦っていたとはいえ、部屋の掃除をするくらいの冷静さはあったようだからな」

 「じゃあ、凶器は既に犯人が持ち去っとるっちゅうんか?」

 「いいや。むしろ今回の事件においては、最も巧妙に隠してあると言っても過言ではないだろう。凶器はあの個室の中にあった」

 「み、見つけてんのかよ!?」

 「分かるはずだ。あの部屋を見れば、犯人が何を使ってあの女を殺したのかが・・・」

 

 なんで古部来はこんなもったいぶった言い方をすんだ。っつうかあの糸が凶器じゃなかったとしたら、どうやってアニーを絞め殺したんだ。隠してあるって、引き出しの中にも特に凶器になりそうなものなんてなかったはずだ。

 

 「個室にあった・・・隠してある・・・絞め殺せるもの・・・?」

 

 俺は古部来の言った言葉を復唱して、集中して考える。あの個室の状況をもう一度頭の中に思い浮かべ、細かい部分まで再現していく。あそこにある何かが、アニーを殺した凶器なはずだ。

 六番個室は資料館の入口を入って仕切りを挟んだすぐ左側だった。照明を浴びて黒光りする重い造りの扉に金メッキのドアノブ、それを開いて正面には填め込みテーブルと引き出しがあるはずだ。中にはボックスティッシュがしまってあった。リクライニングの椅子には、血の気が消えたアニーが毛布にくるまって寝ていて、その頭には確かヘッドフォンがかけられてた。

 

 「・・・あっ」

 「ん?どしたしみず?」

 

 見つけた。アニーを殺した凶器を。古部来の言う隠してあるって言葉の意味もそれで通るはずだ。

 

 「ヘッドフォン・・・アニーがかけてたあのヘッドフォンを使ったんじゃねえか?」

 「ヘ、ヘッドフォン・・・?そんなものでどうやって絞め殺すんだよ?」

 「テレビに繋ぐコードなら、人の首を絞めるのに十分な長さと強度があるだろ。しかもあれは元々個室に用意されてたもんだ。現場に残ってたって別に怪しく見えねえだろ?」

 「・・・どうやら気付いたようだな」

 「な、なるほど!だからあのヘッドフォンは壊れていたのですね!」

 「壊れていた、というと?」

 

 まるでアニーが使っていたかのように残されてたヘッドフォン。けどあれは、犯人がアニーを殺すのに使ったもののはずだ。俺が説明した通り、あそこにあったって誰も不思議がらねえし、既に用意してあったものなら犯人にとっても使いやすかったはずだ。

 俺が説明すると合点がいったように、鳥木がまた大声をあげた。こいつの証言も、ヘッドフォンが凶器だって説をさらに強めるはずだ。

 

 「捜査中、少し気になってあのヘッドフォンを使用してみたのですが、音が掠れたり飛んだり、ずいぶんと調子が悪いようでした。他の部屋のヘッドフォンはそのようなことはなかったので、事件と関係しているとみていました」

 「モノクマがメンテナンスしなかっただけじゃねえのか?」

 「コラ!失敬なことを言うのは誰だ!ボクはこの合宿場の責任者として、オマエラの生活から備品の一つ一つまで全て管理してるんだぞ!サボったりなんかしないよ!大変なんだからな!」

 「はいはい、悪かった悪かった」

 

 六番個室のヘッドフォンの調子が悪かったのは、あのヘッドフォンが凶器だからだ。アニーの首を絞めた時にコードの中が切れたり捻れたりとかしたんだろう。

 

 「っていうことはさ、テーブルの上に置いてあったDVDとか、ヘッドフォンがアニーサンの頭にかけてあったのは、犯人の偽装工作って考えられない?」

 「えっと・・・ど、どういうことですか?」

 「アニーサンはヘッドフォンで首を絞められて殺されたんだ。だけど現場には切り取られたヴァイオリンの弦、そして発見時には毛布とヘッドフォンをかけて、DVDまで置かれてた。まるで、一人でDVDを見ていたアニーサンがテグスで首を絞められて殺された、という事件があったような状況じゃない?」

 「そして犯人は現場を離れる際に密室トリックを残し、アリバイ工作をも行った」

 「なんちゅうややこしいことを・・・。ここまで頭の働く奴となると、自然と犯人は絞られるのではないか?」

 「そんな不確かな指標で俺の『詰め』を鈍らせることは許さん。確実な証拠と論理的思考に基づく推理でなければ、俺は絶対に納得などしない」

 

 当たり前だ。んなもんテキトーに犯人決めるのと一緒だ。もう三人も人が死んでんだ。今更いい加減な投票で命を懸けるなんてあり得ねえだろ。

 ここまで分かったのは、犯行が望月以外の誰にでも可能だったってこと。そして凶器は個室にあったヘッドフォンのコードってこと。たったそれだけだ。時間をかけたからって真相が簡単に分かるわけじゃねえってのは、前回の裁判で分かったことだったはずだ。なのに、たったそれだけのことしか分かってない今が不安に思えてしょうがねえ。

 

 「ん〜・・・なあ、わかんねーことがあるんだけどよ」

 

 行き詰まった議論の中では、こんな奴の言葉にすら耳を傾けちまう。絶対に犯人は見つかる、と思ってた裁判前の気概なんか消え去って、どうしようもない漠然とした不安と恐怖がじんわり心の中に広がっていってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り13人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍   石川彼方  曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】  古部来竜馬

 

 屋良井照矢  鳥木平助   滝山大王 【アンジェリーナ】




学級裁判編です。むしろ、学級裁判変です。なんか二章は個人的に好きな出来になったんですが、うまいこと書けてません。自分の中の理想が高いのかなあ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

学級裁判編2

 

 うっひょーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!どーもオマエラ、アニョハセヨ!ボクの名前はモノクマ!この合宿の引率兼、合宿場の施設長なのだーーーーーーーー!!

 ぶっちゃけ、合宿場ってなんなのかとか施設長って肩書きってなんだっていうのにはあまり突っ込まないでよね!ボクだってよく分かんないけど、なんか偉そうだから名乗ってるだけなんだからさ!でもでも、ルールを守らない悪い子にはちゃーんとおしおきするからね!この場合のおしおきはボクの大好きなおしおきの方で、オマエラ思春期の少年少女たちがついつい若気の至りで妄想しちゃうような、ビンビンウハウハなやつとは全然違うからね!!

 とまあ、中学校の朝礼みたいに特に面白味のないあいさつはこのくらいにして、今回もこのボクと一緒に前回までのお温習いをしようか!学級裁判は長いからね!

 

 さあ!遂に起きてしまった第二の事件!資料館の個室で首を絞められて殺されていたのは、“超高校級のバリスタ”ことアンジェリーナ・フォールデンスさん!みんなからはアニーっていう愛称で呼ばれてて(っていうか自分からそう呼ばせててwww)、他のメンバーと同い年とは思えないほど大人びた雰囲気から(ぶっちゃけ年増だよね!あと言葉遣いどこで覚えてきたんだし!)、みんなから相談を受けたりすることが多かった(むしろ自分から首突っ込んでってたような希ガス!!)、母親的存在だったね!

 学級裁判が始まって早々、犯人は古部来くんと明尾さんの二人に絞られ、裁判は最初からクライマックス展開を迎えたかに見えた!だけど古部来くんの見事な反論という名の話のすり替えによって、議論は一旦振り出しに戻る。新たに浮上したのは夜中に天体観測をしてた望月さん。この状況で何呑気なことしてんだか、そんなことしてるから疑われるんだよ!でもこれもボクが設定したルールのおかげで無実と断定。よかったね、望月さん。チッ

 そして裁判は凶器の話へと移り、そこで使用されたのは個室に用意されていたヘッドフォンのコードと判明!さらに古部来くんが、あの個室には密室トリックが仕掛けてあったとか言い出す始末!一体どうなるのォ〜〜〜!!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「わかんねえことがあるんだけどよ」

 

 珍しい奴から話を切り出した。理解力がなさ過ぎてさっきから話について来れてない上に発言の一つもなかったような滝山が、今更分からねえことがあんのか。何が分からねえのかすら分からねえんじゃねえのか。

 

 「アニーってずっとあのへやにいたんだよな?なんで犯人なんかといっしょにいたんだ?」

 「うん?」

 「ふつーじぶんのこところそうとしてるやつなんかといっしょにいねーだろ」

 「殺人が起こるまで、あの部屋の中で何が起きていたか、か。確かにそれは明らかにしておくべきだな」

 

 猿のくせに、意外とまともなこと言うんだな。確かになんでアニーが犯人と一緒に個室にいたのかは気になる。まさか自分を殺そうとしてるって知ってて、あんな狭い部屋にいるわけねえしな。一体何してたんだ?

 

 「アニーははんにんなんかといっしょになにしてたんだろーな」

 「望月が部屋を確認したのが九時頃、そして死亡時刻が深夜の一時。つまりこの四時間、“アニーは生きてたこと”になる」

 「犯人と一緒にいたとは限らねえだろ。“犯人が資料館のどこかに潜んで”後から個室に行って殺したとか」

 「失礼します!」

 

 次に大声出して注目を集めたのは、まだ白いマスクを被ってる鳥木だった。今回はやたらと目立ちやがるな。

 

 「アニーさんは殺害されるより前から、犯人と一緒にあの個室にいました!これは間違いありません!」

 「隣で大声を出されると非常に不愉快です。声を落としてください」

 「おっと、これは失礼!しかしですね、私は犯人とアニーさんが個室にいたという証拠を掴んでいるのです!」

 「それはなんだ?」

 

 穂谷に思いっきり怒られても、テンションが高いまま『Mr.Tricky』のキャラを崩さない。マスク取れようるせえな。

 

 「あの個室のゴミ箱に、大量のティッシュが捨てられておりました!その量たるや、丸々一箱分です!とてもお一人が数時間で消費しきれる量ではありませんね!」

 「ああ、それならボクも見たよ。すごい量だったよね、何回分だよって感じだったよ」

 「な、な、なんの話だ曽根崎!!止めろ!!」

 「出たよむつ浜」

 「私はむつ浜ではない!!六浜だ!!とにかく、それは本当だな鳥木!」

 「ええ。おそらく犯人とアニーさんが使ったと思われます」

 「ティッシュを一箱分もなんて・・・何に使ったんだろう?」

 

 短時間で一箱分ものティッシュを使うことなんて滅多にねえだろ。鼻炎や花粉症はなったことねえから知らねえが、だからってそこまでひどいもんだったら飯の時に気付かないわけねえよな。犯人が血を拭いたとかでもねえよな、絞殺じゃ血は出ねえだろうし。

 

 「一人だったらあたりも付くんだけどねえ」

 「け、けがらわしいことばかり考えるな曽根崎!!セセセ、セ、セクハラだぞ!!」

 「そんなこと何も言ってないよ・・・」

 「マジでこいつ・・・むつ浜だな」

 「むつ浜ではない!!六浜だあああああああああああああ!!!」

 

 曽根崎はもう余計なこと言うな。むつ浜がいちいちうるせえ。とにかく、ティッシュを何に使ったか、事件と関係あるかは分かんねえが、取りあえず話しといた方がいいかも知れねえ。

 

 「ゴミ箱いっぱいのティッシュ・・・これは“犯人とアニーさんが一緒にいた”証拠です!」

 「確かに、いくらなんでもあの量は“一人じゃ使い切れない”よね。どんだけ体力あったとしても」

 「な、な、何の話をしているのだ貴様ァ!!」

 「でもやっぱり、ティッシュだから“何かを拭いた”んじゃないかな?」

 「俺も見たが、血のようなものは見当たらなかった。それ以外の何かということになる」

 「“飲み物”でもこぼしたのかしら?」

 「っ!ち、ちゃいます!」

 

 血の他に何をわざわざ拭くんだ、と思って考えてたら、石川の言葉に晴柳院が待ったをかけた。こいつが口を挟んでくるなんて珍しいこともあるもんだ。

 

 「どうしたの晴柳院ちゃん?」

 「あ、あの・・・資料館は確か、飲食禁止になってたはずです。アニーさんが・・・言うてはりましたし・・・」

 「確かに、生徒手帳にもそう書いてあったのう」

 「じゃあ、そのティッシュは飲み物でも血でもない何かを拭いたってことだね」

 「なぞなぞかよ!そしたらもう汗とか涙とかしかねえじゃねえか!」

 「・・・・・・そうかも知れねえ」

 「あ?」

 

 飲食禁止の資料館は、飲み物なんかこぼす前に持ち込むこともできなかったはずだ。いよいよ何のために使ったか分かんなくなってきたが、屋良井が言った言葉で閃いた。っつうかもうそれしかねえ。

 

 「多分だけど、あのティッシュは犯人が涙を拭いたもんじゃねえのか?」

 「犯人が・・・涙?どういうことだ、清水翔」

 「理由は分かんねえが、犯人はアニーを殺した時、泣いてたんじゃねえかって思う」

 「???・・・なんでなきながらころしなんかするんだ?なにいってんだ?」

 

 妙なこと言ってるってのは自分で分かってる。一応証拠らしいもんはあるが、犯人が泣いてたらどうだってんだって風にも考えてる。こんなこと時間かけてまで議論する必要があることなのかも分からねえが、聞かれちまったからには答えなきゃならねえ。ここはそういう場だ。

 

 「モノクマファイルに書いてあっただろ。アニーの後ろ襟に濡れた跡があるって。ヘッドフォンコードで絞殺したんだったら、後ろからこうやって絞める姿勢になんだろ」

 「・・・確かに。仮に犯人が泣いていたとしたら、その時に襟に涙が落ちることも考えられる」

 「はあ・・・た、確かにそうだけど、犯人が泣いてたらどうだっての?っていうか、なんで犯人が泣くのよ?」

 「途中で殺すのにビビったんじゃねえのか?」

 「それだったら手を緩めれば済んだことだ。泣きながら殺したということは、犯人には強い殺意があったことを意味している。或いは、アニーが犯人の気に障るようなことをしてしまったか・・・」

 「ふん、その程度か」

 

 犯人が泣いてるから何がどうなんだ。そもそもなんで犯人が泣くことがあんだ。泣いてたって事実を証明できたところでそれが何の役に立つってんだ。答えだってそんなもん推測することしかできねえのに、それが意味のある事実を導き出すものかってなると余計に分かんねえ。けど古部来だけは、俺らの議論を鼻で笑って言った。

 

 「なんだよ古部来」

 「なぜ犯人が泣いていたか、はどこまでいこうと推測に過ぎん。だが、犯人が泣いていたということは、相当心理的に興奮していたことを示している」

 「確かにそうだな」

 「犯人とあの女はどちらも涙を流し、そして犯人は泣いたままヘッドフォンコードで首を絞めた。ハナから殺すつもりだったのなら、二人きりになった時点ですぐに殺せばいい。だが、犯人はそうしなかった。むしろ殺すつもりなどないかのように、二人で話をしたということだ」

 「回りくどいな。古部来、つまるところお前は何が言いたいんだ」

 

 こいつがまどろっこしい言い方しかしねえのは今に始まったことじゃねえ。賢ぶってんのか知らねえが、敢えて核心を突くのを避けてるようにも思える。そんなんだから最初に疑われたんだろうが。いいからさっさと言え。

 

 「今回の事件は、計画的犯行としては不自然で粗末だ。密室トリックがあるとはいえ、それを使って決定的なアリバイを作り出せていないことからも、急拵えといえよう。つまり、犯人は衝動的に殺人を犯したということだ」

 「衝動的犯行・・・なるほどな。って、それがなんだよ!犯人に繋がる手がかりでもなんでもねえじゃねえか!」

 「判明したから言及しておく。それだけだ。少しは自分の頭で考えろ。馬鹿が」

 「なんっだとコラ!オレだって考えてらあ!」

 

 衝動的犯行、カッとなって殺った、とかいうあれか。そんなもん犯人の手がかりにはならねえ。誰にだって犯人の可能性があるってことは変わらねえんだからよ。

 

 「いや、計画的犯行でないという事実は情報としては重要だ。犯行における事前準備などがないということは、ボロが出やすいからな。少なくとも、証拠品を資料館外へ持ち出すような余裕はほとんどなかっただろう」

 「でもさあ、それが犯人を特定する情報にならないんじゃ、あんまり意味ないんじゃないかな?捜査段階で分かってたならまだしも・・・」

 「確かにそうじゃのう・・・。というより、手掛かりも出切ったような気がしてきた。他に誰か何か気付いたものはないのか?」

 「ふふ、ご安心を!」

 

 計画的だろうが衝動的だろうがなんでもいい。要はその情報から犯人が割り出せねえなら意味がねえっつってんだ。そんなことよりもっとそれっぽい証拠とか出せっつうんだよ。

 一旦はまた熱を帯びてきた議論も、結局時間の無駄だったって分かって一気に冷めた。これ以上の手掛かりがねえといよいよ手詰まりだ。だが、鳥木はまだマスクを着けたままデカい声を出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「私は事件に関係すると思われる、ある重要な証拠を握っております!」

 「それがあるなら早く出せ」

 「これは私よりも女性の方がお詳しいと思いますので、女性の方は是非ともご静聴お願い致します!実は、アニーさんのお体を調べさせて頂いた際に、彼女が指に嵌めていた銀の指輪が自然に外れてしまったのです!」

 「自然に?それは不自然ですね」

 「自然が不自然ってか!こいつぁいいや!」

 「や、屋良井さんがブレてますぅ・・・」

 「指輪か。それがどうした」

 「女は女でもこいつはそういうの興味なさそうだな」

 「テメエら話聞く気ねえのか!!」

 

 なに全然カンケーねえ話の方で盛り上がってんだ。こいつらの雑談に時間割いてモノクマに打ち切られてテメエら責任取れんのか。っつうか鳥木もテメエの話聞かれてねえんだから怒れや。なんで代わりに俺が言わなきゃならねえんだよ、ちゃんと喋れボケ。

 

 「指輪が自然に外れるなど、普通では考えられません。それに、アニーさんは常に指輪をしておられたはずです。自然に外れるような大きさでは、バリスタとしてどころか日常的な作業にすら支障をきたします」

 「えっと・・・そういうデザインの指輪とかっていうのはないの?僕はアクセサリーとかよく分かんないけど、屋良井君なら詳しいんじゃない?“超高校級のファッションリーダー”とか言ってなかったっけ?」

 「ん?え、ま、まあ・・・そうだな。オレ的観点から言わさしてもらうと・・・・・・え〜っと・・・」

 「あり得ません!自然に外れる指輪など、勝手にずり落ちてしまうほど締めが甘いベルトのようなものです!」

 「だ、だよな!それに、“超高校級のバリスタ”のあいつがそんな緩いアクセサリー着けるなんておかしいよな!不潔だし!」

 「ではこの指輪に関して、話をしていこうか」

 

 いきなり笹戸に話を振られてあからさまに動揺する屋良井は、絶対“超高校級のファッションリーダー”なんかじゃねえ。そもそもあいつの自称の“才能”なんて一個も信用してねえから一緒だ。

 とにかく、自然に外れちまうような指輪をあいつが普段からしてるわけがねえ。だけど、だったらなんでそんなもんしてんだ?望月の一言で、指輪についての議論が始まった。

 

 「アニーさんの指には“銀色の指輪”が嵌められていましたが、自然に外れてしまったのです!これは明らかに不自然です!」

 「確かに不可解だ。“超高校級のバリスタ”が簡単に外れるようなアクセサリーを着けるとは考えにくい。それでなくても、じゃらじゃらと着飾る奴の気が知れんがな」

 「っつうかそもそも、あいつ指輪なんかしてたか?他人のアクセサリーなんか普通覚えてねえだろ」

 「はあ・・・これだからモテないんだよ清水クンは。女の子があんなにおっきな“宝石の付いた指輪”してたら取りあえず褒めておくものだよ?あ、でももうボクなんかからのアドバイスなんかいらないか」

 「なんだお前」

 「しかしこれには何かしらの意味があるだろう。着けていた指輪がなくなったのならまだしも、“着けていない指輪を新たに着けていた”、というのは、何か犯人の意図があると考えていい」

 「ぬはははは!!甘いぞ若造!!」

 

 議論の中で明尾が急に大声を出した。しかもそうやって食いかかったのは、古部来の発言にだった。明尾の笑い声が響いて静けさに吸い込まれていって、古部来が明尾をぎろりと睨んだ。関係ない俺らにも妙な緊張感が走るが、明尾だけはつばを摘まんで帽子を直してかっこつけながら言った。

 

 「古部来よ!アニーが嵌めていた指輪はお前さんにとってのそのネックレスと同じようなものじゃぞ!」

 「ネックレス?古部来竜馬が装飾具など着けているのか?」

 「・・・俺のこれは安いものではない。装飾具などと一緒にされるのは実に不愉快だ」

 「な、なんか意外ですね・・・。古部来さんがネックレス着けてはるなんて」

 「・・・」

 「ひあああっ!!ご、ごめんなさいぃ!!」

 

 古部来がネックレス着けてるなんて初めて知った。ほとんどの奴が意外そうに古部来の方を見ると、確かに首の所に凧糸が見える。ネックレスっつうよりガキが工作で作ったへったくそな首飾りって感じだ。ネックレスって言われて古部来は分かりやすく機嫌が悪くなって、小声で言った晴柳院を睨みつけた。

 

 「アニーは確かに指輪は着けておった!わしはしっかりと覚えておるぞ!石川!お前さんなら知っているじゃろう!アニーにとってあの指輪が大切な物であったことを!」

 「え?う、うん・・・確か、大切な人からもらったものだって言ってたわ」

 「なるほど!じゃあその指輪はアニーサンにとっては思い入れのある大事な品なわけだね!」

 「んで?それがなんだ?っていうかなんのはなししてたんだっけ?」

 「ややこしくなるだけだから滝山は黙ってなさいよ」

 「アニーは確かに指輪を着けておった。じゃがそれは、発見時にアニーが着けていたような自然に抜けてしまうような指輪ではなかった!ここから導き出される答えは一つじゃ!」

 「はんにんがゆびわをいれかえたってことだな!」

 「先に言われてもうたあああああああああああああああああああああああ!!!」

 「うるせえなあ!!」

 

 いつもの高えテンションで明尾が喋る。石川と滝山が口を挟んで最後に明尾がまた余計にデケえ声を出す。狭い裁判場だと音が響いてうるせえからデケえ声出すんじゃねえっつってんだろ。

 とにかく滝山の邪魔が入ったが明尾が言いてえのは、アニーが着けてた指輪と捜査時に着けてた指輪が違う、つまり犯人がアニーの指輪を違うもんに入れ替えたってことだ。けどどういうことだ?指輪を奪ったんじゃなくて指輪を入れ替えることに何の意味があるんだ?

 

 「でもさ、なんで犯人は指輪を入れ替えたりしたんだろう?」

 「そりゃもちろん・・・・・・・・・なぜじゃろな?」

 「そ、その指輪に・・・は、犯人の血が付いたりしたとか・・・」

 「絞殺で出血はしない。涙が付着したとしても奪取するほどの証拠とはなり得ない。DNA鑑定や指紋鑑定といった技術は、この場にいる誰も修得していない」

 「じゃあなんで指輪を?」

 「アニーがあの指輪を着けてたままじゃ、犯人にとって都合が悪かった。そうとしか考えられないわ。証拠品じゃないにしても、何か意味があったはずなのよ」

 「では新しく別の指輪を着けさせた意味はなんなのでしょう?」

 「普通に指輪を奪ったんだよ」

 

 アニーが以前と違う指輪を着けてたことに、あれこれ意見が出る。どれも推測に過ぎねえ意見だったが、確信めいた口調で言われた一言で議論は止まった。その声の主は、眼鏡の奥で真面目な眼をしてた。普段の底が浅くて軽々しい笑顔はない。

 

 「犯人は、アニーサンから指輪を奪ったんだよ。あの指輪に付いてた宝石か、それともあの指輪自体が目的か。いずれにせよ、犯人は指輪を入れ替えたんじゃない。奪った指輪の代わりを嵌めただけなんだ」

 「代わりの指輪・・・ですか?」

 「ドラマとかでよくあるでしょ?泥棒が盗む物そっくりの偽物を用意して、本物と入れ替えておくっていうやつ。今回の犯人は、それを実践したってことだよ。まあ、その偽物も宝石も付いてなきゃサイズも違うお粗末な出来損ないだったけどね」

 「ど、どうした曽根崎?やけに確信を持った言い方をするな」

 「だって、指輪が入れ替わってたってことは、犯人に繋がる重要な手掛かりになるでしょ?」

 「ん?」

 

 いつになく真面目な雰囲気の曽根崎は、手帳とペンを持ってペンをくるくる回しながら言った。なんでいきなりそんな態度になったと思ったら、指輪が犯人を特定する手掛かりだとか言いやがった。なんで指輪が入れ替わってただけでそんなことになるんだ?

 

 「指輪を入れ替えたってことは、犯人はもともとその指輪を持ってたってことでしょ?銀色の指輪をさ」

 「あっ・・・そ、そっか。元からないと指輪と入れ替えられないよね!」

 「つまり、アニーが嵌めていたあの指輪の持ち主が犯人だと言いたいわけだな。確かにそうだが、あの指輪が誰の物か分かるのか?」

 「指輪をしてる方なんて、アニーさん以外にいましたか?」

 「・・・」

 

 なるほどな、指輪なんてその辺に落ちてるもんじゃねえから、入れ替わった指輪の持ち主が犯人になるってわけだ。アニー以外に指輪を着けてた奴が犯人なんだな。

 指輪を着けるような奴なんかそんなにいねえだろ。男で着ける奴っつったら屋良井くらい、鳥木と曽根崎がもしかしたらか。女は大概着けてそうな気もするが、望月と明尾はそんなガラじゃねえ。一番怪しいのは穂谷か?

 けど、考えてみてもどいつも指輪を着けてたような覚えはない。こいつらをいちいちそんなところまで覚えてるわけもねえが、俺以外の誰も何も言わない。たぶん、全員心当たりがねえんだろう。なんだこれは。

 

 「ふん、当然だな」

 「何が当然なのだ、古部来」

 「指輪を入れ替えたとして、自身に直結する証拠を残すわけがなかろう。元々着けていた指輪を被害者の指に嵌めるなど、自らが犯人と名乗るに等しい」

 「でも、だとしたらあの指輪はどこから持ってきたの?」

 「なぜあれが指輪だと考えている」

 「へ?」

 

 また始まった。古部来の、俺は気付いてるけどお前ら分かってねえんだろ的主張。普通に意見の一つも言えねえのかよ。勿体ぶってねえでさっさと言えダサネックレス野郎。

 

 「鳥木。あの指輪は自然は外れるほど採寸があってなかったのだな?」

 「はい。見た目ではさほど大きすぎるということはありませんでしたが、動かしてみると簡単に抜けてしまいました」

 「すなわち、あれは指輪ではなく、輪の形をした別の物と考えられる」

 「・・・へえ。じゃあ古部来クン。その話、詳しく聞かせてもらおうか」

 

 いつものように偉そうな態度で話す古部来に、曽根崎が食ってかかる。前の裁判と違って、やたらと古部来や六浜の主張に反論が出てくる。こいつらが犯人じゃねえって確証があるわけじゃねえが、なんか妙な感じだ。

 なんか、それぞれが誰かの意見に乗っかるのを避けてるような気がする。

 

 「アニーサンの指に嵌められてた指輪・・・その持ち主がこの事件の犯人なんだよ!」

 「それって確か、“銀色の指輪”だったわね。自然に抜けるサイズってことは、犯人はアニーより指が太い人になるわ」

 「じゃ、“おとこ”か!」

 「馬鹿が。被害者の指に嵌められていたものが指輪であるとなぜ断言できる。“指輪の形状をした別の物”という可能性がある」

 「そんなもの、どこから持ってくるのですか?それに指輪でないにせよ、それの“持ち主が犯人”であることは同じではありませんこと?」

 「資料館の二階には楽器置き場がある。あれだけの楽器があれば、“指輪に似たものくらい”持って来れるだろう」

 「聞き捨てなりません!」

 

 流れるように自分の考えを話す古部来の意見が、凛とした声ではたき落とされた。裁判場の空気が一瞬にして張り詰めて、厳格な雰囲気に変わった。

 

 「指輪に似たものくらい、と申しましたか?古部来君」

 「ああそうだ。お前の方が詳しいだろう、穂谷。喇叭でも琴でも、輪状の何かを使った楽器はあるんじゃないか?」

 「浅薄な方ですね。確かにあります。ですが、銀製で装飾付き、そして人の指より少し太いとなると話は別です。何より、私がこの目で確かめました。事件後の楽器置き場で不審な点といえば、ヴァイオリンの弦が切り取られていたことだけです」

 「それを俺たちに無条件に信じろというのか。ではその指輪が一体何なのかは説明できるのだろうな?」

 「・・・もちろんです」

 

 たった一言で裁判場の空気を引き締めて、話を一気に詰める力強さは、それが穂谷の“才能”だからなんだろう。不思議と、間に割って入れねえって気にさせられた。鋭い目つきで睨む古部来と、いよいよ感情のないただの笑顔になった穂谷が意見をぶつけ合う。

 

 「被害者の指に指輪が嵌められていたなどと言うが、それが見つかれば指輪の持ち主が犯人と推測されるのは至極当然!そして何より、指輪を着けていたのは被害者のアニー以外にいない!この事実から、あれは指輪に似た何か別の物と言える!」

 「仮に指輪ではなかったとして、犯人は資料館内のどこからそれを持ってきたのですか?個室にはもちろんそのような物はありませんし、二階の楽器にも、金具が取り外されたり丸々なくなっていたものはありませんでした」

 「貴様一人の主張で通るものか。あれだけの楽器があればそこから似た物を持ち出すこともできる。では反対に、あれが指輪だったとしたら、それこそどこから出てきたのか教えてもらおうか」

 「いいえ。犯人はあの指輪を持ってきたのではありません。ないものを持ってくることはできませんから」

 「貴様・・・俺をおちょくっているのか?どこからも持ってきていないのならば、あれは一体なんだというのだ。“犯人があらかじめ用意していたもの”とでも言うのか?」

 「愚かな人・・・!」

 

 徐々に古部来の方が息を荒げていった。こいつがこんなに興奮するなんて珍しいが、無理もない。穂谷の言ってることはわけがわからねえ。

 アニーが嵌めてたのは指輪だが、犯人が持ってた物でもどっかから持ってきた物でもない?けど、アニーが元々嵌めてた指輪はなくなって、別の指輪が嵌められてたんだ。代わりの指輪がなきゃ成立しねえだろ。

 

 「今回は衝動的殺人、それは先ほどあなたが仰ったことですよ、古部来君。予め用意したというのは、あなたの意見と矛盾してはいなくて?」

 「・・・」

 「穂谷。なぜ核心を突かない。結局、お前はあの指輪は何だと言いたいんだ」

 「そうですね。では無知な皆さんに私が直々にお教え差し上げます」

 

 にっこりと、さっきより少し笑顔に感情を乗せて、穂谷が押し黙った古部来に言った。なんだこいつ、古部来で遊んでんのか?とんでもねえ女だな。

 それにしても反論はともかく自分の考えをなかなか言わねえ穂谷に痺れを切らしたのか、古部来に代わって六浜が穂谷に言った。そこでようやく、穂谷はまたいらねえ言葉を付け加えてから喋り出す。

 

 「あの指輪は、犯人がその場で作った物です。ペン立てにあった工具を使って」

 「は?つ、つくった?ゆびわを?」

 「はっはーーん!お前さんの言いたいことは全て分かったぞ穂谷よ!つまり、その場で指輪を作るほど器用な者!言うなれば“超高校級の指輪職人”なる者が犯人ということじゃな!!」

 「全く違います。お黙りなさい」

 「あべしっ!!!」

 「んな“才能”の奴いねえだろうがよ・・・」

 「ね、ねえ穂谷ちゃん。指輪を作ったってどういうこと?」

 

 突拍子もない穂谷の言葉に、俺たちは一瞬言葉をなくした。指輪をその場で作るってなんだよ?そんなことできる奴なんかいんのか?

 そして馬鹿デカい声で明尾が斜め上の推理をして一刀両断され、石川がまた深く突っ込む。指輪を作るなんてどうやってやるんだよ。

 

 「スプーンリング、というものは御存知ですか?」

 「ス、スプーンリング・・・?スプーン?」

 「金属製のスプーンの柄を切り取り、指輪状に曲げたものです。子供が遊びで作るような安いものですが、それなりの方が着ければそれなりに見えるものです」

 「ああっ!スプーンリング!そう言えば私も聞いたことがあります!安価で見栄えが良くなるので人気だと!」

 「まあ、部屋にこもって木の板と向き合ってばかりで装飾具についてまともな知識もない方には、縁遠いお話ですが」

 「まだ言うの!?」

 

 頭とケツに嫌味たつぷりの言葉をつけて、穂谷は古部来を見た。まだ穂谷に睨みをきかせてるが、減らず口の一つもない。グウの音も出ないって感じか。まさか古部来のこんな姿見ることになるとは思わなかった。

 つまるところ、穂谷はあれはスプーンリングっつうやつだって言いてえわけだ。だが、それだけじゃまだ納得できねえ。

 

 「おい穂谷。あれはホントにスプーンリングなのか?」

 「はい?古部来君だけでなく、あなたも自らの無知を晒すおつもりですか、清水君」

 「資料館は飲食禁止だ。んなところにスプーンなんか用意してあるわけねえだろ。工具があっても、肝心のスプーンがねえんじゃ、スプーンリングなんか作りようがねえだろ」

 「あ、あのぅ・・・」

 

 資料館には食器なんて置いてねえ。飲食禁止の場所に食器があるなんて意味分かんねえだろ。もし犯人がスプーンで指輪を作ろうと思ったとしても、そう簡単にそれができたとは思えねえ。むしろ、かなり難しい。

 

 「犯人がスプーンを使って指輪にしたってんなら、一旦資料館を出て食堂に行かなきゃならねえはずだ」

 「では食堂に行ったのではないですか?」

 「馬鹿か。昨日の晩はずっと望月が外にいたんだよ。食堂まで行けたとしても、明かりつけたらいくらあいつでも分かんだろ」

 「そうだな。照明もなしに食堂に侵入、スプーンを持ち出した場合はその限りではないが、食堂の照明が点けられれば見過ごすということはない」

 「衝動的犯行である以上、スプーンリングに必要なスプーンを調達するのは犯行後になるな。その場合、食堂以外からは考えられないが、望月の目を掻い潜る必要があったと」

 「あ、あのお!」

 

 犯人がマジでスプーンリングなんてもんを知ってたかは知らねえが、作るにしても材料は取って来なきゃならねえ。だがいくら望月でも真夜中に食堂の電気が点きゃ気付くはずだ。そこまで抜けてはいねえだろ。

 長々と時間かけた挙句に的外れなこと言いやがって、と穂谷に嫌味の一つでも言おうと思ったら、細くて弱っちい声に邪魔された。あのチビが、必死に声を張って会話に割り込んできた。

 

 「あ?なんだチビ」

 「晴柳院サンが何か意見出すなんて珍しいね。どうしたの?」

 「あ、え、えっとぉ・・・あ、あった思うんです・・・スプーン」

 「はあ?」

 「スプーンがあった?詳しい説明を頼む」

 「そのぉ・・・スプーンは食堂から持ってきたんやなくて、アニーさんが持ってたんを使うたんやと思います・・・」

 「被害者がスプーンを持っていた?」

 

 しどろもどろと怯えながら、晴柳院は説明する。使われたスプーンは食堂のもんじゃなくて、アニーが元々持ってたもんだと。

 

 「ア、アニーさんはいつも・・・自分のスプーン使うてコーヒー淹れてはりましたから・・・。たぶんそれを指輪にしたんちゃいますか?」

 「専用のコーヒースプーンというわけか。確かに、豆の煎り方や砂糖の混ぜ方にまでこだわっとったアニーなら、持っててもおかしいこたぁないのう」

 「そう言えば、うるさくて余計なお世話くらいでしたね。こだわりと面倒さは別なのですが」

 「だ、だから・・・食堂に行かんでも、その場にスプーンはあったかと・・・」

 

 知らねえよんなこと。あいつの面倒くせえくらいのこだわりなんか。いつでもコーヒースプーン持ち歩くとか、あいつもなかなか頭おかしかったんだな。けど、スプーンがあったってことは、穂谷の主張がもっと説得力を持つようになる。

 

 「みなさん。これでご理解なさいましたか?犯人はアニーさんから指輪を奪い、彼女が持っていたコーヒースプーンでスプーンリングを作って代わりに嵌めたのです。もしかしたら現場に、掬う部分の金属片でも落ちていたのでは?」

 「金属片・・・ああ!確かにありました!使い切ったティッシュ箱の中に、歪な形に変形した金属片が!」

 「へえ、なるほど。ってことはやっぱり、犯人の目的はアニーさんが着けてた指輪だったってことだね!」

 「けどよお、あの指輪ってなんなんだ?デケェ宝石が付いてたのは覚えてっけど、そんなもん盗ったってここじゃ意味ねえだろ」

 

 ああ、鳥木が見つけたあの金属片は、スプーンの掬うとこだったのか。ぼこぼこになつてたのはたぶん、スプーンだと分からせないためだな。ペン立てにゃ金槌もペンチもあったし、それくらい簡単か。

 だが屋良井の言う通り、宝石の付いた指輪なんか奪って何になるんだ。強盗なんて、逃げられる所でやらねえと意味ねえだろ。現に今、誰かは分からんがこの場に居させられてんだから。

 

 「衝動的殺人であれば、後先を考えず犯行に及んでもおかしくない。指輪を欲しがるような奴といえば、一人二人しか心当たらんが?」

 「な、なによ!あたしを疑うの!?ふざけないでよ!」

 「ふん、確定的な証拠もなしに決めつけはせん」

 「あ!も、もしかしたら、指輪を奪ったのは強盗に見せかけるためかも知れないわ!本当の目的は他にあって、指輪盗んだのはフェイクとか!」

 「現時点でそれを推理するに十分な情報は収集できていない。前回の裁判において、犯行の決定的な動機となった要因は、推理によっては明確にし得ないものだった。今回も同様という仮説の元で進めていくべきではないか?何より、憶測に基づく推理は詭弁だ」

 「つ、つまり、頭の片隅に置いとく程度にしとけってことでいいのよね?」

 

 さっき面目丸つぶれになった古部来が、性懲りもなくまた偉ぶり始めた。横目でぎろりと睨まれた石川は、別の事件性を持ち出して反論したが、望月にばっさりいかれた。こいつも面倒くせえ言い方しかできねえのはうざってえな。

 

 「指輪が盗まれたのは分かったが、まだ犯人を決定する証拠とはなり得んな」

 「う〜ん・・・結構色んな証拠も出してきたんだけど、やっぱりまだ誰にでもできることばっかりだ」

 「スプーンリングなんてもん普通知らねえだろ。それで絞り込めねえか?」

 「あら、私を疑うおつもりですか?生憎ですが私が犯人なら、彼とあれこれ議論をすることはなかったはずですが」

 「それが逆に、とかあり得ないかな?あ、で、でも穂谷さんが犯人だって言ってるわけじゃないよ!そんな怖い顔しないでよ・・・」

 

 犯人が泣いてた証拠、衝動的な殺人だって証拠、指輪を盗んだ証拠。色んなことが分かったが、どれも犯人に直結するもんじゃねえ。結局、そんなことは誰にでもできることだったんだ。今回はあっさり犯人が見つかるって楽観してただけに、ここまで長引くと精神的にキツい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「つうかさ、単純にこの事件って、犯人が自分の秘密を知られたくなかったから起きたんじゃねえの?」

 「ええっ!?今更そこ!?」

 「衝動的犯行とか、強盗のカムフラージュとか色々言ってっけどさ、アニーの紙に書いてある秘密が動機じゃねえのか?」

 「・・・しかし、犯人はどうやってそれを知ったのだ?」

 「うっかり本人が漏らした、或いは犯人が強引に見たか。そのどちらかだろう」

 「そうでもねえかも知れねえぜ?」

 「ぬ?」

 

 呆れた感じで話し出した屋良井は、急に今までの話をひっくり返すっつうか元も子もねえことを言い出した。それが分かりゃ苦労しねえっつうの。馬鹿が。

 周りの奴らは何を今更みてえな顔で屋良井を見る。けど屋良井は平然と、むしろ少し顔の筋肉を緩ませた感じで言った。まだなんか新しい情報、それも、事件の核心に迫るようなもんを持ってるって風だった。

 

 「アニーなら自分からぽろっと漏らす可能性もなくはない、つうか全然あり得る話だ。けど、それよりもっと確実に、あいつの握ってる秘密が誰のかを知ることだってできたはずだぜ?」

 「な、何言ってんのあんた・・・?そんなのどうやんのよ?」

 「こいつらの目はやり過ごせても、“超高校級の千里眼”のオレの目は誤魔化されねえ!!お前は誰が何の秘密を持ってるか、それがどんな秘密かまで全部知れたはずだ!!そうだろ!!」

 「はっ?」

 「んなっ!?」

 「ええ・・・?」

 

 大袈裟な言い回しと振りで、屋良井はびしっとそいつを指差した。その指は真っ直ぐに、ぼけーっと気の抜けた顔をしてる間抜けヅラに向かってた。自分が指差されてても至って冷静に、望月は切り返した。

 

 「私か?何の話だ」

 「しらばっくれても無駄だ!オレは見たんだよ!お前とモノクマが、事件の前の日に六番個室でこそこそ話してるところをなあ!!」

 「えっ!?それホント!?」

 「モノクマと・・・?屋良井、それは本当か」

 「ありゃ間違いなく望月だった。穂谷だって見たろ!」

 「ええ、確かに。一体、何の話をしてらしたのでしょう?」

 「ド、ドキィ!あ、あれ見られてたの!?もう!やんなっちゃうなあ!思春期だからって、覗くのは更衣室だけにしてよね!」

 「テメエあの後でオレらに話しかけてきたろうが!白々しいんだよ!」

 「おい望月・・・テメエ、マジなのか?」

 

 信じられねえ。こんな奴がモノクマからアニーの持ってる秘密を聞き出したってのか?っつうか、その気になりゃ俺ら全員の秘密と誰がどれを持ってるかまで全部分かるってことかよ。

 

 「でもボクは、オマエラを差別したりなんかしないよ!責任ある立場であるボクは、オマエラをびょうどうに、丁寧に指導する義務があるからね!清く正しく健やかなコロシアイを!道を外した奴には厳しい罰を!モノクマとの約束だよ!」

 「ってことは、望月はそもそもオレら側じゃねえのかもな」

 「うん?側、とは?」

 「だから、そもそも望月はオレらと立場が違うっつうことだよ。分かりやすく言えば・・・黒幕?」

 「っ!?」

 「ふえええええええええっ!!?」

 「な、なにそれ!?ウソでしょ!?」

 

 モノクマの冗談なのかマジなのか分かんねえ弁論に、屋良井はまた新しい意見で反撃する。それは、その場にいる誰もが薄々考えてたことだった。こうしてはっきり言われると、改めて驚いちまう。

 望月が黒幕・・・?俺たちをここに拉致監禁して、このコロシアイを主導した犯人?けど、今までの冷静さや夜中に天体観測なんかする危機感のなさは、モノクマと似た狂いを感じる。けど、こいつとモノクマじゃ性格が違い過ぎる。こんな機械みてえな人間と、人間みてえなぬいぐるみじゃ、真逆じゃねえか。

 

 「オレぁ前々から怪しいと思ってたんだよ、望月。ここ連れて来られた時だってそうだ。空に逃げ道があるとかなんとか、わけわかんねえことばっか言ってよぉ。しかも夜中に一人で天体観測しようなんて思わねえだろ普通!こんなもん、テメエはぜってえ殺されねえ確信がねえとできるわけねえ!お前以外に、誰が黒幕だってんだ!あぁん!?」

 「・・・随分と懸命だが、私がお前たちをここに監禁し、自らもその一員として命の危険に身を投じる意味がない。それに資料館でモノクマと話していたのは、毛布を借りる許可を申請していたに過ぎない」

 「嘘くせえし答えになってねえんだよ!!テメエは黒幕なのか黒幕じゃねえのか!!今はそこだろうが!!」

 「いいや、違う。今はアンジェリーナ・フォールデンスを殺害した犯人を追及する方が先決だ」

 「だから黒幕ならアニーの持ってる秘密を知れたし、何よりお前なら夜中にいつでも殺しに行くチャンスがあっただろうが!!」

 「屋良井クン、それはさっき違うって分かったでしょ?望月サンは一人じゃ器材を運べないから・・・」

 「黒幕なら規則なんてあってねえようなもんだろ」

 

 なんで屋良井がこんなに望月に固執すんのか分からねえ。モノクマと話してるとこを見たっつうが、それは毛布を借りるためっつった。一度はないっつった望月犯人説をまた持ち出してきて、妙に説得力のある言い方で突き詰める。

 ここまで言われると流石にマジかと思い始めてくる。望月が黒幕で、アニーを殺したって?けど、そんなのあり得ねえ。望月だからじゃなくてだ。

 

 「屋良井、それおかしくねえか」

 「は?何がだよ!お前もいい加減目ェ覚ませ清水!お前は望月に利用されてんだよ!」

 「そんなことはどうでもいいんだよ。黒幕とアニーを殺した奴が同じだってのがおかしいっつってんだ」

 「あん?」

 

 屋良井の必死さがイヤに伝わってくる。そこまで望月を責める意味はもういい。ただ、望月が黒幕でこの事件の犯人でもあるってのはどうしても納得できねえ。

 

 「黒幕の目的なんか知ったこっちゃねえが、今更黒幕が自分からアニーを殺すなんてどう考えてもおかしいだろ」

 「なんでだよ!どうせこんなことする奴だから、ただオレたちをぶっ殺してえだけだろ!」

 「ええええええっ!!?そ、そ、そんなあ!!イヤやぁ!!」

 「だとしても、昨日俺たちに秘密を持たせて、24時間なんて時間制限までしといて、自分で誰かを殺して処刑される危険まで冒すなんて意味が分からなすぎんだろ。だいたい、ばら撒いた中に自分の秘密を混ぜるのも理解できねえ」

 「確かにそうだね。それにしても今日は雪かな?清水クンが論理的な推理をしてるよ!」

 「黙れ潰すぞ」

 「け、けど!それだけじゃ望月が黒幕じゃねーとは言い切れねえだろ!!」

 「だが、犯人でないとは言い切れる」

 「え・・・はあ?な、なんでだよ・・・?」

 「黒幕が今、俺たちの誰かに手を出す理由がない。望月が黒幕ならば、今回の犯人ではあり得ない。犯人と仮定すれば黒幕でなければ実行不可能、故に否定される」

 「つまり、望月さんは犯人じゃないってことでいいんだよね。二回目だけど」

 「犯人ではない(黒幕じゃないとは言ってない)って感じだね!」

 「裏の意味みたいなのが聞こえたような気がするわ・・・」

 

 そりゃそうだろ。黒幕はその気になりゃいつだって俺らを殺せるんだから、ここでコロシアイなんてさせるのには何か意味があるはずだ。今更自分から、こんな手の込んだマネして殺すなんて考えられるわけねえだろ。

 望月は犯人じゃない。一回出た結論をわざわざもう一回出すなんて、とんだ無駄な時間だった。屋良井の野郎ふざけやがって、目立つのと死ぬのとどっちが大事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「もはや万策尽きたといったところか・・・一手を除いてな」

 「・・・古部来。テメエまだなんか隠してることがあんのか?」

 「俺が隠し事?心当たりがないな。必要なこと以外を貴様らにぺらぺら教えてやる必要がどこにある」

 「一手を除いてってなんだ。まだ話してねえ証拠があるんじゃねえかっつってんだよ」

 「どうやら貴様はただ馬鹿なだけでなく記憶力すら悲惨なほどないようだな。まだ未解決の問題が一つ残っているだろう」

 「・・・・・・お前の言っていた、密室トリックというやつか。古部来」

 

 六浜がそう言うと、古部来はふっと笑って頷いた。そうか。まだそれだけノータッチだったな。っていうかマジで密室トリックなんてもんが仕掛けられてるなんて確証もねえ。古部来が勝手に言ってるだけだ。

 

 「っつうか、密室トリックなんかマジであったのかよ?」

 「望月の目撃証言と実際の犯行時間、そして状況証拠から考えれば自然とそうなる。犯人が、扉が閉まった状態を維持させる仕掛けを作ったのは間違いない」

 「さっきあれだけ恥をかいて、まだそんな強気な態度に出られるのですね。感心します」

 「自らの誤りを証明されることを恥と思っている浅薄な者とは違うのでな」

 「止めろ。では、古部来の言う密室トリックがあるという前提の元で話を進めていこう。情報の整理からだ」

 

 穂谷と古部来はまた静かにケンカしてやがる。こいつら、マジで犯人見つける気あんのか?テメエらのくだらねえプライドなんかどうでもいいから、知ってることと考えてることだけ全部言ってろ。必要ねえことべらべら喋って邪魔すんだったらもう黙ってろ。

 

 「密室トリックがあった前提として、望月の証言をもう一度聞いておこう。夜中と朝の個室についてだ」

 「承知した。まず私は昨日の“夜の九時”に、天体観測をするための防寒具として、個室に毛布を取りに来た。しかしその時既に六番個室は使用中だったため、“五番個室から”毛布を借りて行った。その間、器材は清水翔と曽根崎弥一郎に一時的に預けた」

 「じゃあ、その時点で清水くんと曽根崎くんにも“犯行は不可能だった”んだね」

 「当たり前だ」

 「そして明朝六時半、毛布を返却しに行った時も件の個室は使用中だった。一応声をかけたが返事はなかった」

 「んじゃそんときはもう“犯人はいなかった”ってことだな。よばれたらへんじするもんな」

 「普通いてもいないふりすると思うけど?けど少なくともその時にアニーはもう・・・」

 「一晩中扉が閉まっていたということは、犯人は外から内側の“鍵をかける仕掛け”をしたと考えられるな」

 「見立てが甘いわよ!」

 

 何度目か分かんねえ望月の話を聞いて、取りあえず俺と曽根崎に犯行は不可能だったことを確認する。俺自身はアニーなんか殺してねえし、曽根崎は怪しいっちゃ怪しいが俺自身が証人じゃ疑いようがねえ。

 まずは密室トリックがどんなもんだったか、それを知ることだ。石川が、六浜の言葉に食ってかかる。

 

 「六浜ちゃん、違うわ。あの個室には・・・鍵なんてかかってなかったのよ」

 「そうなのか?」

 「今朝、あたしが資料館に行った時、個室の扉は開いてたの。だからあたしは・・・あそこにいるアニーに気付くことができた・・・」

 「扉が開いていた?望月の証言では、朝も扉は閉まっていたはずだが?」

 「やっぱ望月が嘘ついてんだって!」

 「いや、確かに閉まっていた。ノックまでしたぞ」

 「黙れ。ポイ捨て禁止のルールがある限り、望月が犯人ではあり得ない。無意味な発言をするな馬鹿が」

 

 テメエの最後の発言も無駄だろうが。んなことより、望月の証言と石川の証言は食い違ってる。望月が資料館で扉が閉まってんのを確認した後に犯人が出たってんなら筋が通るが、それは一番最初に古部来が否定してた。そもそもそうしたら密室トリックなんてなくなる。

 

 「じゃあやっぱり・・・古部来か明尾ちゃんのどっちかが犯人なんだ!」

 「い、いやまてまてまて!!扉が開いていたというのがお前さんの勘違いではないのか石川!!施錠されておらんならまだしも、完全に開いていたというのはおかしかろう!!」

 「おかしくないよ。だって扉が開いてなきゃ、石川サンがアニーサンを発見することはできなかったんだから。モノクマ」

 「うん?なあに曽根崎くん?トイレ?」

 「死体発見アナウンスが流されるのって、犯人以外の誰かが死体を目視したら、で間違いない?」

 「うーん、70点!ちょっと違うなあ!正確には、三人以上の人間が死体を発見したら、だよ!発見者が犯人かどうかについては、公平裁判のため、フレキシブルにと答えることにします!」

 「ふれき・・・?」

 「つまり、扉が閉まったままじゃボクらはアニーサンを目視できない、裁判にもならなかったわけ」

 「お三方のどなたかが、鍵を開けるか密室トリックの仕掛けを破られたのでは?」

 「やってないよ。石川サンだって気が動転してたし、やってたとしたら気付いてるはずでしょ。密室トリックに」

 

 確かあの時は、石川を追って俺と曽根崎で資料館に走ったっけ。石川がアニーを見つけた瞬間は見てねえが、時間差なんてほとんどなかった。その間に密室トリックを破って証拠までなくすなんてマネできるはずねえし、扉は自然に開いてたってことでいいだろ。

 

 「ということは・・・その密室トリックゆうんは、望月さんが資料館に行かはった時にはまだあって、その後勝手に解除されたんですかあ?ま、まさか!霊か式神でも使うたんかも・・・!!」

 「くだらん・・・。鍵がかけられていなかったのであれば、この密室トリックのタネなど単純だ。馬鹿に期待した俺が甘かった、些か期待外れだ」

 「な、なんだよ古部来・・・!お前もうその密室トリックってのが分かったってのかよッ!」

 「当然だ。お前たちとはあらゆる出来が違う。貴様らに教えてやろう、密室トリックのタネをな!」

 

 もう解けたのかよ!?こいつホントは最初っから全部分かってたんじゃねえのか?いちいちもったいぶった言い回しすんのも、俺らを馬鹿にするためだけに敢えてそうしてるだけで、本当はもう犯人も分かってたりするんじゃねえか?

 

 「六番個室には密室トリックが仕掛けられていた。少なくとも望月が資料館を訪れるまでは、しっかりと作用していたはずだ」

 「だ、だけどあたしが資料館に行った時には“扉が開いてた”わよ。誰かが開けたとしか・・・」

 「自然に解除されたのだ。望月が扉を叩いたことによってな」

 「はあ?全然意味が分かんねえんだが・・・もったいぶってねえで答えろよ!犯人はどうやって密室を作ったんだ!」

 「密室とは単なる言いようだ。要は扉を閉めた状態で固定すればいい、鍵をかけずにな」

 「ほう!!なるほど!!扉の後ろに“何かを置いて扉を固定した”のじゃな!!」

 「甘いッ!!」

 

 放っときゃ古部来の方から言うんだから黙って聞いてりゃいいんだよ。明尾も屋良井もいちいち古部来に突っかかってくことねえだろ。

 

 「内部に支えがしてあったとは考えられん。それでは望月が扉を叩いたところで自然に解除されはしない」

 「それでは・・・外側から固定していたのですか?」

 「それもないな。望月が気付かなかったのだ。扉を固定する仕掛けを見落とすような馬鹿ではあるまい」

 「私の記憶では特に異変は見当たらなかった」

 「で、でもそれだと、その密室トリックっていうのは何なの?扉の外側にも内側にもない仕掛けって・・・」

 「勿体付けないでさっさと言って頂けますか?無駄なストレスで増えた皺の数だけ鞭で叩かれたいのですか?」

 「なにそのプレイ!?」

 

 扉の外側からも内側からも固定されてないってどういうことだ?そりゃ朝に資料館に行った望月や第一発見者の石川がおかしなもんを見てねえってことは、そこには何も怪しげなもんはなかったんだろうが、だったらどうやって犯人は扉を固定したんだ?

 

 「なぜ分からん。扉に直接細工をしたのだ。扉が閉まる時に、枠と扉の間に何かを挟ませておくだけだ。簡単だろう?」

 「何かを挟ませる?」

 「あの扉はそれなりの重さだ。たとえば、雑巾なんかを挟ませただけでも、十分に扉を固定できる。外力が加わらなければな」

 「外力とは・・・望月のノックのことを言っているのか」

 「そうだ。おそらく、仕掛けの噛みが甘かったのだろう。望月が扉を叩いたことで僅かにずれ、時間をかけて開いたのだ」

 「なるほど・・・・・・と言いたいところだけど、じゃあ犯人は何を噛ませたっていうの?密室トリックである以上、犯人はそれを部屋の外からやってるんだよね?だけど外から何かを噛ませたのなら、望月サンが資料館に行った時に見逃すはずがないよね?その辺どう考えてるの?」

 「当然、犯人は部屋の外から内側に仕掛けをしたのだ」

 「は、はあ・・・?こぶらい、おまえとうとうおかしくなったか?」

 「滝山にだけは言われとうない台詞じゃな」

 

 隙間に何かを噛ませて、摩擦で扉を固定したってのか?あの扉は閉まれば枠との隙間はほとんどねえし、噛ませることさえできれば固定できねえことはねえだろうが、どうやってそんなもんを目立たねえように噛ませたっつうんだ。扉の重さや隙間を考えたら、よっぽどの力がねえとそんなの無理だ。

 

 「たとえばだ。扉に挟ませる物を外側から紐などで引っ張りある程度固定できたところで外から紐を切る。そうすれば、部屋の外にいながら内側からしか見えない仕掛けを作ることができる。ペン立てからカッターナイフが消えていたことの説明もつく」

 「ああ・・・そう言えばカッターが消えたなどと言っていたな。ということは、犯人がカッターを持ち去ったのは、密室トリックを作るために必要だったからということか」

 「はっ!!」

 「なんですか?大きな声を出さないでくださいと言ったことをもう忘れてしまったのですか?」

 「び、びっくりしましたぁ・・・ど、どうしはったんですか鳥木さん・・・」

 「失礼いたしました!ですが、捜査中に見つけた証拠を思い出したのです!あの個室の前に、これくらいの糸くずが落ちていたのです!」

 「部屋の前に糸くず・・・単なるゴミとは違うのか?」

 「切断された痕跡も確認しました。お、おそらく・・・古部来君の言う通りで間違いないかと・・・」

 「マジかよ!すげーなこぶらい!」

 

 古部来が自信ありげに話す推理に、後からそれを補強するような発言が次々出てくる。見えない仕掛けも、なくなったカッターも、部屋の前の糸くずも、古部来の推理なら全て説明がつく。だけど、そんな糸くずなんかどこから持ってきたんだ?

 

 「けど、あの個室に紐なんてなかっただろ。どこから持ってきたんだよ」

 「犯人が事前に用意していたとか?」

 「それはないと言っている。凶器や指輪と同様に、これもその場で用意したものだろう」

 

 衝動的犯行ってことは、犯人がこのトリックに使った紐を用意したのは、アニーを殺した後だ。ってことは、この紐も資料館のどこかから持ってきたに違いない。あの資料館のどこにそんな紐なんてあったんだ?

 

 「犯人は被害者を“殺害した後”、その場で密室トリックに必要なものを用意したのだろう」

 「個室の扉と枠の間を通るような紐など、“資料館のどこ”にあったんじゃ?」

 「部屋に落ちてたテグスみてえに、“楽器置き場から”持ってきたんじゃねえか?」

 「屋良井君は、私の意見を完全に無視してまで生産的なことが言えないのであれば、二度とお口を開かないでくださいますか?」

 「アニーのくびしめたのとおなじやつじゃねーか?“ヘッドフォンのコード”だっけ?」

 「本と紐と言えば、小説とかの“栞”じゃないかな?」

 「そうかもしれない・・・!」

 

 曽根崎が何の気なしにこぼした言葉に、笹戸が控えめに賛同した。曽根崎自身もあんまり期待せずに言ってたせいか、まさか肯定されるとは思わなかったらしくきょとんとしてた。

 

 「え?笹戸クンどうしたの?」

 「実は、捜査中に見つけて、清水くんと望月さんにはもう話したんだけど、栞のない本があったんだ」

 「生憎だが笹戸よ、全ての本に栞が付いているわけではないぞ」

 「私も笹戸優真が言及している書籍を見たが、数百頁はある長編小説だった。栞がなければ不自然であることは直感的に明白だ。清水翔も証人だ」

 「あ?ああ・・・そうだな」

 

 まあ、笹戸が分厚い小説本を持ってきたのは覚えてる。小説なんか読まねえから知らねえが、やっぱああいうくらいの本になると栞が付いてなきゃおかしい。はずだ。

 

 「つまり、部屋の前に落ちてたあの糸くずは、笹戸君が見つけたその小説本から切り取られた栞だということですね!」

 「そ、そうか・・・大きい本の栞なら十分長いし、扉の隙間も通るよね」

 「こ、古部来の推理通りじゃ・・・となると、やはり犯人は何かを扉に挟ませたのか?」

 「挟ませたってっつっても、何をだよ?扉に挟んで固定できるようなもんなんてあったか?」

 「紐もそうだが、これも簡単には考えつかんな」

 

 密室トリックの仕掛けに紐を使ったのはほぼ確定か。で、紐で何かを引っ張って扉に噛ませて固定した。じゃあその何かってなんだ?扉に噛ませて固定できるようなものっつったら、よっぽど強度がねえとダメだ。あの扉の重さじゃ木の板なんか挟んでもすぐ折れちまう。そもそもあんなところにストッパーなんてなかったはずだ。

 

 「では次に、犯人が扉に何を挟ませたかだな」

 「何かの“板”とかじゃねえか?」

 「少なくとも資料館内にあるものだ。“金属の本棚”なんか取り外せば使えそうだが」

 「硬いものは逆に割れたり折れたりしてしまう!もっと柔らかいものに違いない!部屋には“毛布”があったじゃろう!それを使ったんじゃ!」

 「アニーさんにかけてあったやないですか・・・。もっと目立たんような・・・“薄い本”とかやないですか?」

 「せせせ、晴柳院までそんないかがわしいことを言い出すのか!!いい加減にしろ!!」

 「ふええっ!?」

 「たぶん絵本とかそういう意味だと思うけど。っていうかやっぱりむつ浜サンはむつ浜サンだね!」

 「むつ浜ではない!!六浜だあああああああああああああああああっ!!!」

 

 板か?棚のプレートか?毛布か?本か?色んなもんが挙がるが、どれもイマイチ納得できねえ。木や金属の板は簡単に折れちまうし、毛布や本じゃ分厚すぎる。もっと薄くて、折れないような何かが必要だ。

 

 「挟めるくらいの丁度いい厚さ・・・糸を引いて耐えられる強度・・・一晩耐えられたのは単純に強かったからか?それとも・・・」

 「清水翔?」

 「望月サン、清水クンは集中して考えてるから声かけちゃダメなんだよ?捨てた“才能”とはいえ、“超高校級の努力家”の集中力は健在みたいだねえ。ま、でも」

 「うるせえな黙ってろクソ眼鏡」

 「あちゃあっ!」

 

 厚み、強度、耐久度、それらをクリアした上で、その場で使えるもんじゃなきゃいけねえ。それに糸を通して引いたってことは・・・鉄とか木みてえな硬い素材じゃねえってことだ。

 

 「たとえば・・・糸を通せる柔らかいもんで薄いもんっつったら・・・」

 「うん?」

 「もしかして・・・靴の中敷きか?」

 「は?」

 「ん?何がだ清水」

 「犯人が扉に挟んだもんだよ。糸を通せる柔らかさで、適度に厚みもある、それにゴム素材なら折れてもストッパーとして機能すんだろ?」

 「ふっ・・・馬鹿でも考えればそれなりにできるものだな」

 

 俺が言うと、古部来はふっと笑った。なんでまだ偉そうなこと言ってんだよ。俺がどんだけ考えて言っても、こいつは同じような態度で返すんだろう。ムカつく野郎だ。いらねえこと言わねえでちゃんと聞かれたことに答えろ。

 

 「褒美だ、一度だけ名前で呼んでやる。清水の言う通り、犯人は靴の中敷きに糸を通し、扉の外から糸を引くことで扉に中敷きを噛ませたのだろう。そして固定できたら糸を切ってその場を去れば、見た目には分からない密室トリックの完成というわけだ」

 「その程度で調子乗ってんじゃねえぞコラ、それだけじゃねえだろうが。中敷きだったら簡単に証拠隠滅できるし、だいたいあの場にあったもんで扉に挟めて、自然に外れるようなものっつったら布とかゴムとかになるだろ」

 「あの〜、ケンカしながら推理進めないでくれるかな?」

 「中敷きか。確かに、ゴム素材であれば強い負荷がかかっても柔軟に形状を変えるだけだな」

 

 どうやらこれで当たってるらしい。古部来は相変わらずクソ生意気な口を叩いて推理を進める。他の奴らも黙ってそれを聞いてる。

 

 「中敷きなんかなくなってても誰も気付きゃしねえから、こういう時にはうってつけだろ」

 「そうだよね。でもそうなると、犯人はだいぶ絞られるんじゃない?」

 「犯人が中敷きで扉を固定したんだとしたら、普段からスニーカーとか中敷きがある靴を履いてる奴が犯人ってことになる!」

 「そこから先はまだ早いわ!!」

 

 俺はスニーカーだが、革靴の曽根崎や草履の晴柳院とかは必然的に犯人候補から外れる。ここにいる奴らはほとんどが変な恰好してるから、スニーカーを履いてる奴なんて数えるほどしかいねえ。これならぐっと犯人に近付けるはずだ。そう思ったが、それを止める石川の声が横から飛んできた。

 

 「清水、あんた勝手に推理進めてるけど、そんなのにあたしはついてかないよ!」

 「はあ?なんなんだテメエいきなり。馬鹿女は黙ってついて来とけよ」

 「だって当たり前でしょ!命がかかってんだからもっとよく考えなさいよ!」

 

 急に割って入ってきて何言ってんだこの女。何が命懸けだ、最初っからそうだろうが。っつうかなんで今更この推理にいちゃもんつけてきてんだよ。他に考えようがねえんだからこれ以外にねえだろ。

 

 「中敷きを使ったなんて証拠がどこにあるのよ?あの扉に中敷きを噛ませて固定できるかどうかなんて、実際にやってみないと分からないじゃない!そもそも、中敷きじゃないゴム製の何かを使えば、スニーカーを履いてない人にだってそのトリックは可能だったわけでしょ!そんな安易に犯人を見過ごすようなマネしないでよ!」

 「テメエは馬鹿か、いや馬鹿か。やってみなきゃ分かんねえとか、身も蓋もねえこと言い出したら終わらねえぞこの裁判。鉄板じゃ糸を通す穴を開けられねえし、毛布や雑誌じゃ扉に挟むには厚すぎる。中敷きなら厚みも強度も丁度良いからそう言ってんだろ。ゴム製の他の何かってだいたいなんなんだよ。個室にも楽器置き場にもどこにもそんなもんなかっただろうが」

 「だから、それが何かを考えましょうって言ってるんでしょ!それに、あたしが個室に行った時にはその扉が開いてたのよ!そしたらそこに中敷きが落ちてなきゃおかしいじゃない!そんなのどこにもなかったわ!あんたと曽根崎だって、“部屋に何も落ちてない”のを見たでしょ!」

 「ふざけてんじゃねえぞ!!」

 

 これだから女はうぜえんだ。理屈っぽいことがたがた言って、そのくせ中身がねえ。人の意見に文句言うばかりでテメエが何も生産的なことは言わねえ。無責任に好き勝手言うんだったら、テメエの発言に気をつけやがれ。

 

 「おい石川、テメエ馬鹿にしてんのか?俺と曽根崎があの個室に行った時、テメエがアニーの死体見て腰抜かしてたんだろうが。その場に何が落ちてるかなんて見えるわけねえだろ」

 「うっ・・・!?」

 「一人じゃ歩けねえくらいになよなよしてやがったくせに、何も落ちてなかっただあ?テメエが見落としてただけじゃねえのかよ」

 「んぐっ・・・うぅ・・・!」

 「まあ清水、落ち着け。石川もこれで分かっただろう。犯人は中敷きを使って扉を固定した」

 「ですが、石川さんの言うことももっともだと思います」

 「ぬ?」

 

 あんな状態になっときながら、テメエの証言にまともな信憑性なんかねえんだよ。目の前で人が死んでるのを見て、そんくらい気が動転してりゃ見落としくらいあってもおかしくねえ。否定する十分な材料見つけてきてから出直して来い馬鹿女。

 これでやっと犯人を絞り込めると思ったが、今度は穂谷が待ったをかけた。なんなんだここの女共は。まともな奴は一人もいねえのか。

 

 「中敷きであれなんであれ、扉に何かを挟んだのであれば、扉が開いている時に何かが落ちていなければおかしいです。ですが、現場に落ちていたのは糸くず一つ。これは犯人が切り取って残したものだとして、当の中敷きはどこに消えてしまったのですか?」

 「直感的に考えて、犯人が捜査に紛れて回収したのだろう」

 「俺と鳥木、その前に曽根崎が調べたはずだ」

 「ってことは!最も疑わしいのは曽根崎ということになるのぅ!どうなんじゃ曽根崎!!」

 「ボク?まさか!ボクはジャーナリストとして、現場の保存には尽力したよ!それに捜査中に回収したところで、ボクが中敷きなんか持ってたら不自然でしょ?ボクは革靴なんだよ、ホラ」

 「脱がなくても分かる」

 

 こいつも長えな。まあ言いてえことは分かる。中敷きが落ちてたら、たとえカーペットと似てる色だったとしても捜査で見落とすなんてあり得ねえ。糸くずだって見つかるほど調べたんだ。だがそんなもんはどこにもなかったらしい。やっぱ犯人が回収したんだろう。

 疑われた曽根崎は、だがまったく焦った素振りは見せずに片方の靴を脱いで見せた。そこまでしなくたって足下は柵越しに見えてんだよ。

 

 「では、中敷きは一体どこに消えてしまったんじゃ?」

 「消えた、という程のことでもないと思いますね!一つの可能性ですが、マジックと同じ手法で簡単に回収することが可能です!」

 「いちいち声がデケえんだよ鳥木」

 「失礼!ですが、中敷きのような目立たない物である場合、密かに回収して消えたように見せることは案外簡単なのです!マジックでは常套手段なのですが、消したい物よりも目立つ物に注目させている間に隠せばいいのです!」

 「陽動、と言えば早い」

 「なるほど、戦争であれば陽動とも言えるかも知れませんね!この場合消したい物とは中敷きのことを指します!」

 「ほんなら、目立つ物ってなんですか?」

 「・・・え〜っと」

 「あの場で最も注目を集めるものといえば、アンジェリーナ・フォールデンスの死体だろう」

 「っ!!?ひあああああああああああああっ!!!そそそ、そ、そんなあ!!!」

 

 なんで晴柳院がそこまでビビる必要があんだよ。まあ望月の言い方もかなり引くが、けど確かにあそこで何にまず注目するかっつったら、やっぱアニーだろ。ってことは、あそこでアニーの死体に眼がいってる間に、犯人はこっそり中敷きを回収したってことか。だが、っつうことは・・・。

 

 「けどそれって、あの現場の初見の人に対してしか意味がないよね。捜査が始まったら絶対見つかっちゃうんだから」

 「・・・もしかして、犯人はあの時にはもうそれをやってたんじゃねえか?」

 

 あの部屋の捜査は、俺たちがアニーの死体を見つけたすぐ後に始まった。だから、もし犯人が鳥木の言うようなやり方で中敷きを回収したんだとしたら・・・犯人は一人しかいねえ。

 鳥木の意見を聞いた瞬間に、俺の頭の中で不明確だった犯人像が一気に鮮明になった。中敷きを使って、この手法で回収できた奴は、この裁判場にいる奴らの中で、たった一人にしかできねえ。そう分かった瞬間、また体が強張って鼓動が早くなった。前の裁判の時と同じ、究極に詰まった緊張感が全身を縛り付ける。やっと動く首で、なんとか顔を向ける。まさか・・・だけど、それ以外に犯人が浮かばねえ。こいつがアニーを殺したのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なぁ、石川」

 「・・・・・・えっ?」

 「誰よりも先に現場に入ったお前になら、中敷きを回収できたはずだよな?」

 「あっ・・・いや、な、なによそれ?」

 

 俺が名前を呼ぶと、石川はきょとんとしたような、動揺した風な感じで答えた。眼を見開いて冷や汗をかいてる。だが、こんなのはこの裁判場にいる奴らのほとんどがそうだ。こんなまともじゃねえ場所で、まともなままでいられる奴の方が少ねえ。

 

 「中敷きが落ちてて、それを誰にも見つからない内に回収できたのなんて、お前以外にいねえだろ?」

 「い、いや・・・そんなの曽根崎だって一緒じゃない」

 「だからボクは違うって言ってるじゃん。ホラ」

 「脱がなくていい」

 「最初に現場に入って、アニーを見て腰を抜かしたフリをしてその場にへたり込む。そうすりゃ、後から俺と曽根崎が来ても中敷きは見つからねえし、こっそり回収するのにも都合がいいはずだ」

 「や、やめてよ!」

 

 鳥木の言うやり方で中敷きを回収できたのは、捜査前に現場に入った石川か曽根崎。被害者のアニーはハイヒールを履いてたから、革靴の曽根崎にその場でスニーカーを用意することなんてできねえ。一方の石川はスニーカーだ。十分に条件を満たしてる。

 けど俺が問い詰めようとした矢先、石川は大声でそれを制した。その目には、うっすら涙が溜まってる。

 

 「なんで・・・なんでそんなこと言うの!?あ、あたしがアニーをだなんて・・・!そんなこと・・・そんなひどいこと・・・!!」

 「い、石川?なにも泣くことはなかろう・・・」

 「だって・・・!あたしはアニーのことが好きで・・・いつだって優しくしてくれるアニーが大好きで・・・本当に大事な友達だったのに・・・!本当はこんな裁判だって・・・・・・ちっともやりたくないのに・・・挙げ句犯人だなんて言われるなんてひどすぎるよッ!!」

 

 悲痛に、苦痛に、石川が叫ぶ。すすり泣く声が裁判場に響いて、晴柳院がもらい泣きしてる。そんなに俺に指摘されたのがショックか?この裁判に参加してる以上、そうなる可能性だってあっただろ。それに、今一番怪しいのはお前なんだぞ。

 そう俺が言う前に、古部来がまた追い討ちをかける。すぐ隣で泣いてる奴によくそこまで言えるもんだ。

 

 「お前とアニーは確かに懇意なようだったな。しかしだからこそ疑わしい。犯人はアニーと直前まで個室の中にいた。単純に考えて異性とあのような密室にいるとは考えにくい」

 「いっ!!?い、い、いいいいいいいいいいいいせいと密室だとおおおおおおおおおおっ!!?な、な、何を貴様そんないきなり言い」

 「その上、二十四時間以内に殺人を起こせとモノクマに脅迫されている状態。よほどの者でなければ、密室で二人きりになどならん。となれば、まず浮上するのが貴様だ。指輪を奪ったという事実も、貴様が犯人ならば実に納得できる。そうは思わんか?“超高校級のコレクター”」

 「いい加減にして!!あたしがどうしてアニーにあんなひどいことをしなきゃいけないの!?あたしはあの娘を心配して・・・アニーのためにがんばって推理とかしようとしてるだけなのに・・・“才能”だってたまたま持ってるだけなのに・・・どうしてそこまで言われなきゃいけないのよ!!そんなことだけで犯人扱いするなんて納得できるわけないでしょ!!」

 

 さっきより激しく石川が喚き散らす。古部来の冷徹な言葉がまるで刀のように石川に斬りかかり、それを石川は必死に耐える。普通に考えてアニーと二人きりになれる石川は怪しい。そして今はこれだけの証拠もある。

 だが、またこいつは口を挟んできた。

 

 「でも古部来クン、それだけじゃ石川サンが犯人だって決定付ける、確固たる証拠にはならないんじゃない?」

 「・・・!」

 「あ?なんだ曽根崎・・・石川を庇うのか」

 「庇うわけじゃないよ。でも彼女を犯人とするなら、はっきりさせなきゃダメじゃん?」

 「そ、そうよ!ただ怪しいってだけであたしのこと犯人にするなんて、そんなのダメよ!証拠って言ったってそんなのあんたたちの解釈でしょ!」

 「では、曽根崎は他に疑わしい者でもいると?」

 「石川サンよりも、こっちの方がもっと濃厚なんじゃないかな?」

 

 そう言うと、曽根崎はへらへらした顔を止めて急に真剣な顔になった。だがその表情の中にも、胡散臭え笑顔が見え隠れしてる。ここまで聞いて石川よりも怪しい奴なんているか?もう俺には石川以外に見えてねえんだが。

 

 「この事件は、アニーサンの指輪を狙って衝動的に行われた強盗殺人。つまり、犯人はあの指輪に相当な価値を感じてたはずだ。もちろん今も持ってるだろうし、あの指輪の正体にも気付いてたはずだ」

 「指輪の・・・正体、だと?」

 「アニーサンがあの指輪を着けてた意味、そしてあの指輪自体が持つ力のことさ」

 「はあ?お、お前なに言ってんだよ?」

 「ま、まさかアニーさんのあの指輪は霊具やったと!?」

 

 指輪の正体だと?あれに意味だのなんだのがあんのか?ただの飾りで着けてるもんじゃねえのか?っつうか、なんで曽根崎がそんなこと知ってんだよ。

 曽根崎は薄ら笑いを浮かべて、メモ帳を開いてわざとらしく、大袈裟に言う。

 

 「あの指輪は、アニーサンが大切な人からもらった物・・・あれは彼女が母国に残した旦那さんからもらった物なんだよ!」

 「・・・は?」

 「ぬ、ぬゎにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!?だだだ、だ、だん、だん、だ、だだだだ!!!」

 「だ、旦那さんって・・・それってつまりアニーさんって・・・!?」

 「けっこんしてんのかーーー!?オトナだなーーー!!」

 「馬鹿なああああああああああああああああああああああっ!!?」

 

 六浜が絶叫し、笹戸が改めて言おうとして、滝山が核心を突いた。もう一回六浜の叫びが響いて、裁判場はしんと静まり返った。

 

 「な、なんですかそれぇ!?ア、ア、アニーさんに・・・夫がいてはるなんてぇ・・・!!」

 「そ、そんなの初耳だぞ・・・!っつうか高校生で結婚とかあんのかよ!?」

 「法律上は可能だ。むしろ婚姻年齢は外国の方が低いため、日本よりも可能性は高い」

 「他人の婚姻に驚くほどのこともあるまい」

 「ちょ、ちょっと待ってよ曽根崎!あんたそれ何の根拠があって言ってんのよ!?」

 「アニーサンが言ってたんだ。本当は秘密だけど、ボクには教えてあげるって」

 「嘘だ!!」

 

 俺も驚いた。まさかアニーが結婚してるなんて思わなかった。だが案の定、望月と古部来は落ち着いたもんだ。六浜とは真反対だな。

 けど、そんなの曽根崎はどこから知ったんだと思ってたら、本人から聞いたとくる。なんでアニーが曽根崎みてえな胡散臭え奴に、そんなこと教えるんだ。だが、それは石川の強い口調で否定された。

 

 「そんなの嘘だ!!だって・・・アニーがあんたなんかに指輪のことを喋るわけがない!!あの指輪は結婚指輪なんかじゃない!!もっと大切なものなんだ!!」

 「ん?そうなの?でもボクはアニーサンに」

 「ウソだウソだウソだ!!アニーがあたしにウソを吐くはずない!!アニーの秘密はそんな軽いことじゃない!!あれはあの娘が恩人からもらった、大事な指輪なんだ!!」

 

 曽根崎の言葉を遮って、他の誰にも喋らせない勢いで、石川は捲し立てた。息を切らしながら唾を飛ばして、鬼気迫る表情で叫ぶ。その音すら、裁判場の静けさは吸収しちまった。

 残された石川の荒い息遣いに、曽根崎は簡単に、今まで聞いたことないような冷たい声で言った。

 

 「石川サン・・・どうしてキミが指輪のことを知ってるの?」

 「・・・へ・・・・・・・・・っ!!」

 「い、いしかわ・・・さん・・・?」

 「はっきりと言ったな。あの指輪の送り主と、アニーの秘密を知っている旨とを」

 「え・・・い、いや・・・・・・ち、ちがうわよ!あたしが言いたいのは・・・!」

 

 そこから先は、声にならない息しか出てこなかった。もう弁明も限界だ。アニーの指輪に込められた意味とかあいつの秘密なんて、指輪を奪った犯人にしか分かるはずがねえ。

 口を無意味にぱくぱくさせる石川に、曽根崎はあくまで無感情に言った。

 

 「びっくりだなあ。まさかこんな簡単に引っかかってくれるなんて」

 「ひ、引っかかった?どういうことだ曽根崎?」

 「密室トリックの仕掛けが分かった時点で、石川サンが犯人なのはほぼ確定だった。けど確定的な証拠がないと主張として弱かった。だから、石川サン自身に提出してもらおうと思ってね」

 「ブラフ・・・だったのですね。狡猾な人」

 「ひどいなあ。ボクはウソなんか吐かないよ。ま、確証のない噂や遠回しな表現は言ったりするかもだけどね」

 「同じだ」

 

 こいつ、ウソは言わねえはずじゃなかったのか?ブラフってことは・・・結婚指輪とかの件は全部でたらめだったのか?

 

 「じゃ、じゃあアニーさんが結婚してるっていうのは?」

 「勘違いだったみたいだね、ごめん!よく考えたら結婚指輪嵌めるのは右手の人差し指じゃなくて左手の薬指だし!」

 「なんじゃそりゃあ!!?わしらを騙したのか!!」

 「お陰で犯人が分かったのですから、今回は目を瞑って差し上げます。が、次はありませんよ」

 「もちろんだよ、ふりとはいえウソを吐くことのなんて気分の悪さ!もう二度としないよ」

 

 その言葉が嘘になる気しかしねえが、曽根崎は満足げに言った。一方の石川はまだ口を開けたまま、白い顔に冷や汗を垂らしてる。

 

 「ま、まって・・・あたしは・・・!」

 「往生際が悪いぞ馬鹿女。テメエのしたことは全部分かった。それを証明して・・・このくだらねえ裁判を終わらせる!」

 

 こんな、追い詰められた、今にも卒倒して死にそうな人間の面なんか見たくねえ。早く終わらせて、こんなウザってえことだらけのクソ裁判から解放されてえ。この事件の犯人は、こいつなんだ!

 

 

 

 

 

《クライマックス推理》

Act.1

 今回の事件は、犯人自身すら殺害の直前まで起きるとは思ってなかった、衝動的犯行だったんだ。だから、全てのことが資料館の中だけで行われた。

 被害者のアンジェリーナ・フォールデンスは、望月が資料館を訪れる夜九時より前に、ある人物と一緒に、映像資料閲覧用の六番個室に入った。その人物こそが、この事件の犯人だった。おそらく犯人とアニーは、お互いの秘密について話し合ったはずだ。二人きりで、部屋のティッシュを使い切るような内容っつったら、それくらいしか思い浮かばねえしな。

 

Act.2

 アニーと犯人、二人の密会は深夜にまで及び、やがてその時が来た。犯人は、どういう経緯か分からねえが、いきなりアニーに殺意を抱き、そして行動に移した。壁にかけてあったヘッドフォンコードでアニーの首を絞めて、その場で殺したんだ。

 犯人の目的は、アニーの嵌めてた赤い宝石の指輪を奪うことだった。死んだアニーから指輪を奪うと、その事実を隠すため犯人は、代わりの指輪を用意した。アニーが携帯してたコーヒースプーンを使った、サイズの合わねえスプーンリングを。

 

Act.3

 次に犯人は、自分がその場にいた証拠を消し、かつ捜査を撹乱するための偽装工作を始めた。アニーの体を椅子に寝かせ、毛布と凶器に使ったヘッドフォンをアニーにかける。DVDと二階の楽器置き場からバイオリンの弦を切り取って現場に残し、部屋の床を掃除して証拠隠滅をした。

 そしてアリバイ工作として、犯人はその個室を密室にする仕掛けも作った。小説本から切り取った栞を自分の靴の中敷きに通して部屋に残し、扉の反対側から栞を引いて中敷きを扉に噛ませる。そして部屋から持ち出したカッターで栞を切れば、密室の完成だ。

 

Act.4

 だがこの仕掛けは人の力で簡単に外れちまうもんだった。だから、朝に望月がノックした衝撃で少しズレ、俺たちが向かった頃には完全に開いてた。犯人は、そこで密室トリックがバレるのを防ぐため誰よりも早く現場に突入し、死んでるアニーに注目が集まってるうちに中敷きを回収したんだ。

 被害者のアニーと元から仲の良かった奴なら、真っ先に現場に入るのも、そこで腰を抜かすのもなんも不自然じゃねえからな。

 

 

 

 

 

 「アニーと二人きりの状況を作り出せるのも、靴の中敷きをトリックに使えたのも、何より一番に個室に入ったのも、全部お前が犯人だっていう証拠だ!!これでもまだなんか言うことがあるか!!石川彼方ッ!!」

 「・・・・・・・・・ッ!!!」

 

 確かに、手応えを感じた。俺の言葉がまるで弾丸・・・いや、砲弾みてえに、石川の中の固く守られてたものをぶっ壊した感覚。驚愕して、怯えて、呆然としてる石川の顔に浮かぶ、敗北の色。力強くて、欠片も崩れることのない推理にうなづく周りに漂う支配力。

 確か前にこれを感じたのは・・・ちょうど今と似たような時だった。何重にも張られた罠を突破して、強固に閉ざされた真相を光の下に引きずり出す。この勝利感と達成感。痛えほどの緊張があって、だけどどこか爽快で、いい気分だ。

 

 「・・・ソ・・・ウソよ・・・!こんなの・・・おかしいわ・・・!」

 「石川・・・はっきりしてくれ。本当にお前なのか・・・?違うなら違うと、もし本当なら・・・素直に認めてくれ」

 「・・・うぶっ!?げあっ・・・!はぁ・・・はぁ・・・!」

 

 六浜が、辛そうに頭を下げる。此の期に及んで、今更違うなんて言葉に説得力はない。

 白くなってた石川が、少しだけ生気を取り戻したようになった。呼吸も忘れて絶望してたのか、肩で息をしながら両手をテーブルに突いた。

 

 「ぐっ・・・!清水ゥ・・・!あんたの推理は・・・・・・ぜんっぜん強くない!」

 「あ?」

 「あんたが言ってんのは状況証拠だけの推理・・・あたしがアニーと仲が良かったことと最初に現場に入ったことしか事実じゃない憶測の塊!!だいたい密室トリックとか凶器のヘッドフォンとか小説の栞とかッ!!全部あたしがやった証拠なんてどこにもないじゃないのよォ!!!」

 「い、石川さん・・・!」

 

 悪あがきだ。どんだけ石川が喚いたところで、この推理は覆らない。決定的な証拠は、石川自身が持ってるはずだ。

 

 「あたしがあの時間に資料館にいた事実でもあんの!!?写真があんの!!?指紋が出たの!!?目撃者がいるの!!?出してみなさいよッ!!」

 「む、むう・・・そ、それは確かに強力な証拠じゃが・・・わしは持っとらん」

 「私も同様だ」

 「いや・・・つうか、あったら最初に言ってるっつうの・・・」

 「あっははははははははははははは!!ほら!!あたしがいた証明なんてできるわけないわよねぇ!!!当然でしょ“超高校級の努力家”さん!!?だってあたしは資料館になんて行ってないんだから!!!アニーを殺したのはあたしじゃない!!!“あたしが犯人だって証拠”なんか、どこにもあるわけないのよおおおおおおおっ!!!」

 「もういい・・・黙れッ!!」

 

 白い顔のまま苦しそうに反論してきたかと思ったら、みるみるうちにその額に青筋が走り始めて声に怒気が込められた。かと思ったら次には高らかに笑い声を上げて、挑発するように眼をひん剥いて俺を見てきた。だが、もうこいつが何をやっても哀れなだけだ。

 遠吠えですらない、負け犬の悲しげな鳴き声にしか聞こえねえ。

 

 「そこまで言うなら石川・・・テメエ、今すぐ靴を脱げ」

 「あはははははははははははは!!!・・・ははは・・・・・・は・・・・・・・・・・・・はい?」

 「中敷きを見りゃ、テメエが犯人かどうかは一発だ。もし違ってたら謝ってやるよ」

 「・・・あ・・・い、いや・・・・・・えっと・・・あは?あはははは・・・」

 「どうやら、見せられないようですね」

 「これで決まりか・・・」

 「ふぅ、やっと終わったみたいだね!長すぎるよオマエラ!かつてない長さだよ!前の1.5倍はかかってるよ!まあいいか。では、投票タイムに移りますよ!オマエラ!お手元のスイッチで、犯人と疑わしき人に投票してください!投票の結果、クロとなるのは誰か〜〜〜!!果たしてそれは正解か、不正解なのかぁ〜〜〜!!?」

 「あは・・・・・・・・・あはは・・・・・・あはははははははは・・・!」

 

 石川の渇いた笑い声を無視して、モノクマが叫ぶ。石川以外の全員が、顔を伏せて息苦しそうな顔をしながら手元のボタンを押した。かちっ、と無機質な音を立てたスイッチは、前よりも押しやすくなってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り13人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍   石川彼方  曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】  古部来竜馬

 

 屋良井照矢  鳥木平助   滝山大王 【アンジェリーナ】




脅威の三万字越え。できればこれも分割したかったんですが、前回の投稿から間隔空いてしまったので、これで一つお詫びとしようと思うです。あと分けて投稿するのめんどくさいです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

おしおき編

 

 激しく回るスロットマシーン。タキシードを着たモノクマの飾りが眼に刺さる光を発し、回るスロットをステッキでぶっ叩く。その衝撃でスロットは回転速度を落とし、ゆっくりと同じ絵柄が一列に並ぶ。それは、石川の顔だった。『GUILTY』の文字が輝いて、大量のメダルがスロットマシーンから流れ出る。

 

 「うっひょーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーぃ!!!だいせいかーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!」

 「・・・」

 「今回、“超高校級のバリスタ”アンジェリーナ・フォールデンスさんを殺したのは、なんとアニーさんの大の親友であったはずの“超高校級のコレクター”石川彼方さんだったのでしたあ!!」

 

 モノクマの笑い声だけが裁判場に響く。石川は呆然と白い顔で天井を眺めて、他の奴らは俯いたまま唇を噛みしめてた。けど俺は、妙に気分が良かった。“超高校級”の奴が仕掛けたトリックを、謎を、俺がこの手でぶち破った。この俺が、“超高校級の才能”に勝った。有栖川のおしおきを見た後に感じてた爽快感の正体は、これだったんだ。今までうざったく思ってた“才能”に一矢報いたことが、この上なく快感だったんだ。

 

 「石川・・・なぜお前のような奴が殺しなど・・・それも、アニーをだなんて・・・」

 「・・・」

 「こんなことするなんて・・・絶対何かの間違いだよ・・・。石川さん、言ってたじゃないか!みんなで生きてここから脱出するって!そのためにみんなの写真だって撮ってたのに・・・あれはなんだったの!?ウソだったってこと!?」

 「・・・ウソなんかじゃ・・・・・・ない・・・」

 「な、なんでアニーをころしたんだよぉ・・・。やくそくしたじゃねえか・・・」

 

 まるでありとあらゆる気力が抜けたように虚ろな石川、殺人を起こさせないと誓ったにもかかわらずこんなことになったことを悔やむ六浜、石川がアニーを殺した事実を受け容れられない笹戸、今にも泣き出しそうになりながら呟く滝山。この裁判場は、絶望だらけだ。

 なぜこんなことになった。それは、石川とアニーにしか分からねえ。だが間違いなく、こいつらの持ってる秘密に関係してるはずだ。

 

 「うぷぷぷぷ♫いいねいいね♫オマエラいい絶望してるね!ぼかぁしあわせだなぁ、こんなどろどろでぐちゃぐちゃになったオマエラの絶望顔を存分に楽しめるなんてさ」

 「・・・い、石川さん・・・!どうして・・・!」

 「よっぽどバラされたくなかったんだろ。秘密ってやつをよ」

 

 悲しみに暮れてんのか、どいつもこいつもどうしてだなんでだしか言わねえ。けど、こいつがアニーを殺した理由なんか決まってる。こいつの持つ秘密がバラされんのを防ぐため、自分のためにアニーを殺したんだ。

 

 「・・・秘密?」

 「モノクマに配られた中のどれかは知らねえが、お前は自分の秘密を守るためにアニーを殺した。そうだろ」

 「・・・・・・くっ・・・っふふふ・・・秘密?違うわ・・・あはっ、あははははははっ!」

 「?」

 「な、なにわらってんだよいしかわ・・・?なんだよ、どうしたんだよ!?」

 

 遂に気でも狂ったか。全く感情のこもらない笑い声で、石川は俺の言葉を否定した。相変わらず肌は白くて、その表情は怯えながらも俺を憐れんでる風だった。

 

 「あんたなんかには分かんないわよ・・・・・・“無能”のあんたにあたしの・・・あたしたちの苦しみなんて分かるわけないでしょォッ!!」

 「っ!?」

 「あたしは“超高校級のコレクター”なの!!だから希望ヶ峰学園にいられるの!!希望ヶ峰学園にいる間は“超高校級のコレクター”らしく振るまわなきゃならないし、“超高校級のコレクター”であり続ける義務があるの!!あんたみたいに簡単に“才能”を捨てた奴なんかに、この気持ちが分かるわけないでしょうがァッ!!!あたしはッ・・・!!うっ・・・ううぅっ・・・!!」

 

 さっきと同じだ。急に笑い出したと思ったら今度は喉が潰れるくらい怒鳴り散らしてくる。かと思ったらぽろぽろ涙を流し始めて、一気に静かになった。なんだこの情緒不安定っぷり。これが徹底的にイカれた人間の姿なのか?

 

 「あたしは・・・!今までずっと耐えてきたのに・・・!」

 「・・・石川。お前、一体何者だ?なぜそこまで肩書きに固執する。それがアニーを殺した理由だとでも言うのか?」

 「ううぅ・・・うああああああああああああああああああっ!!!」

 「ひいいっ・・・い、石川さん・・・!しっかりしてくださいぃ・・・!!」

 

 すすり泣いてた石川は、大声で泣き喚き始めた。これじゃ話なんてできねえ。別に俺は、こいつがアニーを殺した理由なんてどうでもいい。もうこの事件は終わったんだ。

 

 「ありゃりゃ、壊れちゃったみたいですねえ。じゃあ石川さんに代わって、ボクがお話しましょう!石川さんの秘密と、あの夜何が起きたのかをッ!!」

 「なにっ!?」

 「おっと、止めたって無駄だよ。たまにはボクだって喋りたいし。何より、オマエラだってこのままじゃ気持ち悪いでしょ〜〜〜!!」

 

 石川の代理としてモノクマが名乗りをあげた。石川の秘密と、事件の夜の出来事を話すと。するとモノクマは、石川の名前が書かれた封筒を取り出し、そこから紙切れを一枚取り出した。あの時多目的ホールで配られたものとそっくりだ。そして後ろのモニターには、モノクマが読み上げたのと同じ言葉が映し出されていく。

 

 「そ、それは!」

 「?」

 「えーっ、“超高校級のコレクター”石川彼方さんの秘密。『石川さんは薄汚い女!強盗、詐欺、密輸、人身売買!お前はあといくつの罪を犯すつもりだ!』以上!」

 「あ・・・あがっ!あぐぁあああああっ!!!」

 「な、なにこれ・・・!?これが石川サンの秘密なの・・・!?」

 「そのとーーーり!!石川さんの秘密は『罪』!彼女が“超高校級のコレクター”として、“超高校級のコレクター”であるために犯したたくさんの『罪』こそが、彼女の絶対に知られたくない秘密なのでぇす!!」

 「馬鹿な・・・!?石川は、肩書きのためにこんなことをしたとでも言うのか!!」

 「うぷぷぷ、希望の証とも言える“超高校級”の肩書きのせいで罪を重ねて、挙句に親友まで殺すなんて、サイッコーだよね!希望が生み出した絶望なんて、極上だよね!!」

 

 全てが読み上げられ、石川はまた奇声をあげる。もはやただの嗚咽だ。モノクマは嬉々として、俺たちにその事実を突き付けてくる。石川がアニーを殺した理由、それは、自分の“才能”だった。

 確かに俺には理解できねえ。“超高校級”なんて囃し立てられた単なる“才能”のために人を殺すことが理解できるわけねえ。

 モノクマはもう一度大きく笑って、事件の夜を語り出した。こいつには全部お見通しってわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事件のあった夜、最初に声をかけたのはアニーさんの方でした。彼女は気丈に振る舞う石川さんの、心の奥底にある恐怖に気付いていたのでしょう!

 

 「カナタ?元気ないわよ」

 「えっ?そ、そんなことないわよ」

 「・・・ワタシに隠し事できると思うの?あなた、ちっともコーヒー進んでないじゃない」

 「あっ・・・。あ、あはは・・・やっぱアニーには無理か。うん・・・本当のこと言うと、ちょっと怖いな」

 「ワタシでよかったら話を聞くわ。だけど、今ここでじゃ話しにくいわよね」

 

 そう言って、アニーさんは晩御飯の後に資料館の個室で、石川さんと会う約束をしました!そこで相談をさせた石川さんに殺されて、自分で自分の墓場を指定したことになるなんて、ミジンコほども思わずに!うっぷぷぷーーーッ!!

 そして約束の時間に六番個室に入った二人は、そこでお互いの秘密を打ち明け合うことにしました。愚かにもボクの脅迫から逃れようと、先にバラして恐怖心をなくそうとしたのです!猪口才でずる賢くて卑怯だよね!石川さんはそんな卑怯なことをしたせいで、恐怖心がなくなるどころか余計に怯えてしまいました!

 

 「あ、あ・・・あたし・・・・・・!ううぅっ・・・こんなこと・・・こんなことバラされたら・・・!」

 「落ち着いてカナタ。大丈夫よ。よく話してくれたわ」

 「あたしは・・・・・・どうしたらいいの・・・?ただ珍しいものが・・・きれいなものが欲しいだけなのに・・・・・・それを手に入れないと、あたしがあたしじゃなくなっちゃう気がして・・・“才能”を失くすのが怖くて・・・!」

 「泣かないで、大丈夫よカナタ。そんなことはないわ。何があったって、あなたはあなた。“超高校級のコレクター”、石川彼方じゃない」

 「ううっ・・・・・・ひぐっ・・・ううああああっ・・・!」

 

 ぶっちゃけこの辺は見てて飽きてきたよ!石川さんが自分の犯してきた罪と“才能”コンプレックスを告白した辺りはボクの綿の心臓もバックンバックンしたってのに、その後ずっと泣きじゃくる石川さんと慰めるアニーさんの絵面なんだもん!ゴールデンタイムに流しても視聴率2%いかない勢いだよ!

 

 「はぁ・・・はぁ・・・・・・アニー・・・。あなた、どうしてそんなに落ち着いていられるの?アニーの秘密って・・・なんなの・・・?」

 「・・・そうね、今度はワタシが話す番ね。ワタシの秘密は・・・」

 

 ティッシュ箱が空になるほど涙を流す石川さんにそう言って、アニーさんはようやく語り始めました。彼女が持つ、『絶対に人には知られたくない事実』をね!こっからがいいとこなんだよ!

 

 「カナタ・・・あなたのその名前は、本当にあなたの名前なのかしら?」

 「え?・・・ど、どういうこと・・・・・・?」

 「・・・・・・ワタシはね、カナタ、ワタシの本当の名前を知らないの。アンジェリーナ・フォールデンスっていう名前は、生まれ持った名前じゃないの」

 「ほ、ほんとうの名前じゃない・・・?どういうこと・・・?アニー・・・あなた何者なの?」

 

 アニーさんの秘密、それは、『彼女の過去』でした!オマエラ、アニーさんの生まれた国がどこか知ってる?アニーさんの実家がどこにあるか知ってる?アニーさんの家族のことって知ってる?知らないよね!だって、それが彼女の秘密なんだからさ!

 

 「ワタシの生まれた国は・・・今はもう存在しない。南の大陸にあった、とってもかわいそうな国」

 「消えた?消えたって・・・?」

 「侵略よ。それも、たくさんの国からの。ワタシの生まれた国を占有しようと、周りの国々が奪い合った。土地も、家も、食べ物も、人も・・・・・・何もかもね。そこにいた人たちはみんな、その先は二つしかなかった」

 「・・・」

 「侵略してきた国に奴隷として売られるか。苦しみの未来を捨てて殺されるか。その時はまだ自分の指も数えられない年だったワタシは、他の人たちと一緒に遠い国に売られたらしいわ」

 「じ、じゃあアニーの秘密って・・・」

 「・・・奴隷だった過去。もしそんなことが知られたら、ワタシは希望ヶ峰学園には・・・いえ、この地球から居場所なんてなくなるわね。あの場所以外には、だけど」

 「そんな・・・学園はそのこと知ってんの!?知ってて何もしないの!?」

 「知らないんじゃないかしら。だってオーソリティーが希望ヶ峰学園が一番大事するものだもの。元とはいえ奴隷なんかの入学なんて、認めてくれるはずがないわ」

 「?」

 

 アニーさんの秘密は絶望的な過去!奴隷として売られて自分の名前さえ分からないなんて、なかなか絶望的な人生じゃない?自分が何者なのか、なんで虐げられるのかなんて考えることすら許されず、ただ他人のためにひたすら自分の体を、命をすり減らす!そんな絶望を味わってるなんて、アニーさんって絶望的な星の下に生まれてきたんだね!

 さて、お互いの秘密を告白した石川さんとアニーさん、だけどアニーさんの秘密はそれだけで終わるような軽いものじゃありませんでした。だからボク的には石川さんよりアニーさんの方がもっと動揺するかと思ったんだけど、あんにゃろずっと落ち着いてやがったんだよね。まあ結局、その余裕のせいでこんなことにもなった節はあるけどさ!

 

 「続きになるんだけどね、ワタシは奴隷として遠い国に売られた後、そこの国のお金持ちに買われて、その人のコーヒー農園でずっと働かされてた。朝も昼も夜も・・・ろくに着るものもなくて、みんなタオルを巻いて働いてたわ」

 「コーヒー農園・・・?もしかして・・・」

 「そう、ワタシのバリスタとしての“才能”は、きっとそこで生まれたんだと思うわ。あの時は見張りの人のムチが怖くて一生懸命だったけれど、コーヒー豆と触れ合う内に少しずつフレーバーやスケール、豆のバラエティの違いが分かるようになってきたの」

 

 うぷぷぷ!故郷を侵略される絶望、理不尽に家族を失う絶望、奴隷という絶望・・・そんな絶望の中で、アニーさんは“才能”という希望を手に入れたのでした!なんということでしょう!

 

 「その時はバリスタなんてもの知ることもなかったけれど、捨てられたコーヒー豆を拾ってきて、自分でブレンドコーヒーを淹れることもあったわ。そうしてたら、そこのオーナーに目を付けられたの」

 「オーナー?農園主のこと?」

 「そうね。彼は言ったわ、『お前の、いや君の“才能”は素晴らしい!今まで君を奴隷として働かせていた自分は、橋のかかった河の深さを測る愚か者だった!』って。彼はワタシの“才能”をとても気に入って、きれいな服と一日三回の食事をくれて、それに学校にも行かせてくれたわ」

 「・・・アニー、あなた、なんでそこまでのことがあって、そんなに平気なの?」

 「うん?」

 「今だってそうよ。そんな秘密がバラされようとしてるのに、どうして落ち着いていられるの?あたしは・・・今この瞬間だって怖いわ」

 

 互いに秘密を告白した二人、だけどその後の二人は正反対。まだ涙が止まってない上に、怯えて小さくなってる石川さん。いつもと変わらず悠然として、むしろ石川さんを慰めるアニーさん。狭い閲覧用個室の中で向き合う二人が同じ立場にあるとは、とてもじゃないけど考えられなかったね。

 

 「今にだってあたしは・・・何かが欲しくなっちゃうかも知れない。そしたらあたしはそれを自分の物にしないと・・・・・・自分が自分じゃなくなっちゃうような気がして・・・怖くて怖くて・・・!そうやって何度も・・・何度も・・・・・・!」

 「・・・カナタ、いい?後悔しても、過去の事実は変わらないわ。ワタシも奴隷だった頃がなくせるものならなくしたい・・・だけど、そうしたらワタシはきっとここにいない。カナタだって、その秘密はイヤなことばかりじゃないでしょ?」

 「・・・!怖いことも苦しいことも・・・本当に嫌なことだってたくさんあったよ・・・・・・だけど・・・だ、だけど・・・・・・ううっ・・・」

 「なあに?」

 「そうやって手に入れた物なのに・・・いっぱい傷ついたはずなのに・・・・・・!集めるのが楽しくて・・・コレクションを見るのが嬉しくて・・・・・・・・・あたし・・・コレクターじゃなくなるのなんて絶対イヤなのぉ・・・・・・!」

 「そうでしょ?その気持ちまで消してしまったら、それこそカナタはカナタじゃなくなっちゃうんじゃない?」

 「あうぅ・・・」

 

 この時はさすがに、くどいよ!って言っちゃったね。“才能”に縛られ振り回される絶望と絶望から生まれた“才能”の絡み合いは見てて楽しいけど、石川さん泣きすぎだよ!なんなの!?

 

 「辛い時は後ろを振り返りたくなるものよ。だけど、後ろにもっと辛いことがあったら余計に悲しくなるわ。そういう時は、前を向くしかないの。今よりきっとステキな未来があるって、信じるしかないの。いい?」

 「ぐすっ・・・・・・うん・・・」

 「いい子ね。あなたはきっと、この絶望的な今を切り抜けられる。ワタシは知ってるわ。カナタはもっと強くて、ステキな子だって」

 「・・・アニーの方がよっぽど強いわ。どうしてそんなに前向きなの・・・?分かってたって・・・なかなかできないわよ・・・」

 

 ホント、なんでアニーさんが絶望に染まらなかったのか不思議でしょうがないよ。っていうか希望ヶ峰学園に入らなくても絶望してないのおかしいけどさ!

 

 「簡単なことよ。ワタシには、約束した夢があるの。ワタシの大切な人・・・オーナーとのね」

 「えっ・・・!?ア、アニーの大切な人?それって・・・その指輪の贈り主よね?え?オーナー?」

 「そうよ。ワタシの“才能”を認めて、育ててくれた人、フォールデンスさん。これはね、ワタシが希望ヶ峰学園に入学するために日本に行く時にくれたの。ワタシが世界一のバリスタになって、自分のコーヒーショップを開くっていう夢が叶うようにって。ワタシのふるさとで採れた宝石を贈ってくれたの」

 「ふるさと・・・?」

 

 ケーッ!自分を奴隷としてこき使ってたオーナーでさえ、“才能”を見つけてくれた恩人だとか言う始末!ホントどこまでお人好しなんだっつー話だよね!その辺の感情とか一切ないんじゃないの!?

 だけど・・・うぷぷ♫この話はこれじゃまだ終わらないんだよね。むしろこっからが本番!この時すでに石川さんは、もう後戻りできないところまで来てたんだよ。そして最後の一歩を、彼女は自分から踏み出してしまったのでした!

 

 「アニー、あなたの生まれた国って・・・」

 「今はもうない、昔の国。その名前は・・・」

 「っ!!」

 

 ねえねえどんな気持ち?聞かなきゃまだ留まれたかも知れないのに、知っちゃったからこそ戻れなくなってどんな気持ち?見るからに戦慄が走ったって顔の石川さんは、どんな気持ちだったの?まあ何にしても一緒か!

 その気持ちは石川さんが何度も味わって、恐れて、その度に渇望した気持ち。そしてそれは今までにないくらい石川さんに強く突きつけられたんだよ!

 

 「・・・・・・そんな・・・!」

 「・・・?カナタ?どうしたの、具合でも悪い?」

 「どうしよう、アニー・・・!!あたし・・・・・・そ、その指輪が欲しい・・・!!」

 「えっ?」

 「あなたの指輪・・・その宝石、欲しく・・・なっちゃった・・・・・・!」

 

 プププーーーッ!!まるで子供だね!人の物が欲しくなっていてもたってもいられなくなるだなんてさ!しかも今までの話を聞いた上で欲しくてたまらないだなんて、わがままを通り越してスーパージコチューだよ!電気ビリビリネズミかよっての!

 ただ欲しいだけなのに顔を青くして震えて、だけど視線はしっかり指輪を捉えてるんだよ。アニーさんの意思なんてカンケーなく、とにかく指輪、つうか宝石が欲しいだけなんだね!親友(笑)の大事なものなのにさ!

 

 「お、落ち着いてカナタ。ダメよ。その気持ちはあなたの大切な気持ちだけど、それに負けちゃダメ。コントロールして、今はおさえて」

 「欲しい・・・欲しいよアニー・・・!コレクションにしたい・・・!磨いて飾ってあたしの物に・・・お願い・・・!お願い!!」

 「聞いてカナタ!欲しくても耐えるの!これ一つ手に入れなくても、カナタはカナタのまま!誰もあなたを責めたりしないわ!だから落ち着いて!」

 「はあ・・・はあ・・・!アニー・・・・・・お願いだから・・・!これで・・・最後にするから・・・!」

 

 発作を起こしてあっさり土下座する石川さんと、慌てて石川さんを宥めるアニーさん。こんな土下座に価値なんかあるわけないよね!土下座は偉い人がやるから意味があるのに、こんな薄汚れた女がやるんじゃ、友達と喧嘩して先生に無理矢理握手させられた小学生の『ごめんね』より意味ないよ!

 

 「・・・ごめんなさい」

 「っ!」

 「いくらカナタのお願いでも、これはあげられないわ。これはワタシとオーナーの約束の指輪・・・ワタシにとっては何にも替えがたいものなの」

 「・・・・・・命にも?」

 

 這いつくばったまま言った石川さんの言葉は、たぶん聞こえてなかったね。聞こえてたらまた違った結末だったかも知れないのに、アニーさんのツキもここで尽きたみたいだね!

 

 「ダイニングに行きましょう。コーヒーを飲めば落ち着くわ」

 「・・・ごめん。・・・ごめんなさい、アニー。そんなの無理よね」

 

 部屋を出ようとするアニーさんに、石川さんはそう言いました。扉を向いて石川さんに背を向けたまま、アニーさんは悲しげに言葉を返します。

 

 「・・・そうね。・・・とても残念だけど」

 「そう・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ・・・・・・あたしも残念だわ」

 

 次の瞬間、アニーさんの首に細くて堅い感触が走ったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うーっぷぷぷぷぷぷ!!これが事件の直前に起きたこと!!そして石川さんがアニーさんを殺した動機だよ!!」

 「ううっ・・・ああああああああああああああああああああっ!!!」

 

 モノクマの笑い声、石川の叫び。それ以外は静寂だけだ。モノクマの口から語られた事件の全容は、俺が・・・たぶん俺たちの想像を超えてた。

 思ってたよりずっと、残酷で、痛ましくて、悲しくて、そして救いようがなかった。結局、石川がアニーを殺した動機は、宝石欲しさ、単なる物欲のためだった。

 

 「うぷぷぷぷ!!これってチョー絶望的だよね!!希望の象徴のはずの“才能”に溺れて人を殺すなんて、サイッコーに絶望的で大笑いだよね!!」

 「たかが“才能”ごときでそこまで・・・」

 「たかが“才能”ごとき・・・!?あんたに何が分かるのよッ!!」

 「っ!」

 「あたしは“超高校級のコレクター”!!それ以上でもそれ以下でもない!!だから希望ヶ峰に入れたの!!この肩書きがある以上、あたしはコレクターとして生きなきゃいけない!!中途半端な蒐集なんか認められないし少しでも欲しいと思ったら絶対に手に入れなきゃいけないのよッ!!」

 「だからって犯罪までしたのかよ・・・。そこまでしなくても」

 「そんな妥協は許さない!!妥協したらあたしは・・・“超高校級"じゃなくなっちゃう・・・!」

 

 何が分かるって?何も分からねえよ。こいつの“才能”に対するコンプレックスも、“超高校級”の肩書きの重さも、そのために人を殺す気持ちなんか・・・分かるわけねえだろうが。

 けど俺以外の奴らはみんな、古部来や望月でさえ、浮かねえ顔をして俯いてた。これが“才能”を持つ奴らの正体ってわけだ。どれだけ外見を取り繕っても、結局はテメエの“才能”ありき。そのためだったら人も殺しかねねえ。

 

 「ホント、なにが希望の象徴だよって感じ。“超高校級”なんて持て囃すから、思春期のオマエラは調子に乗って、プライドばっかりデカくなってさ。そのせいでこんなことになるんだから、虚しいったらないよね」

 「ふざけるなッ!!全てお前のせいじゃないかッ!!」

 「っ!」

 「石川を追い込んだのはお前だ!!お前が我々を『秘密』なんぞで強請ったからこんなことになったのだ!!お前があんなことをしなければ誰も死ぬことになどならなかった!!お前のせいだ!!」

 「おー怖い怖い。優等生のむつ浜さんってば、ボクに手をあげたらどうなるか忘れたわけじゃないよね?」

 「ぐっ・・・!!ぐうううううううっ!!!貴様ぁ・・・!!」

 「っていうかさ、その『秘密』だって、オマエラの勘違いだって風には考えなかったの?」

 「はっ?」

 「えっ・・・な、なにそれ?勘違いって・・・意味が分かんないんだけど・・・」

 

 呆れた風に言うモノクマに、六浜は我慢の限界とばかりに突っ込んで行った。顔を真っ赤にして玉座に詰め寄り、肘掛けを強く握って怒鳴り散らす。だがモノクマはわざとらしく怖がる真似だけして、片足で小躍りして六浜を侮辱する。

 そして思い出したようにモノクマが言った台詞は、そこにいた俺たちを混乱させるのに十分、意味深でわけがわからなかった。

 

 「そのままの意味だよ?あれ、もしかして気付かなかった?ボクがオマエラに、敢えて『誰かの秘密』を握らせた意味が!」

 「なんだと・・・!?」

 「・・・誰一人として、封筒に書かれた『自分の秘密』が何かを把握していない状況か」

 「うぷぷぷ!そうだよ!」

 「ッ!まさか貴様・・・!」

 

 なんだ?モノクマは何を言ってんだ?誰かの秘密を握らせた理由なんて、疑心暗鬼を増幅させる以外の意味があんのか?

 望月が冷静にそう言うと、六浜は何かを察したのか、驚きと怒りの混ざった表情でモノクマに顔を寄せた。それを嘲笑うモノクマが、淡々と事実を告げる。

 

 「ボクは、封筒に入ってた秘密がオマエラのものだなんて、一言も言ってないよ!」

 「・・・・・・え?」

 「あれは、オマエラ以外のどっかの誰かさんの秘密。誰でも知られたくない秘密の一つや二つ持ってるからねえ。他人の秘密を見せられたオマエラが、オマエラ自身の最悪の秘密を知られたと勝手に思い込んでただけだよ!まったくもう、想像力ばっかり逞しくなっちゃって、そんなんだから現実が見えずに痛い目をみることになるんだよ!」

 

 それってつまり、俺たちが見たのは俺たちの誰のものでもない秘密だったってことか?勝手にあれがここにいる誰かのだと思い込んで、勝手に自分の秘密を知られたと思い込んで、勝手に追い込まれてたってことなのか?

 

 「け、けどあれは・・・!?飯出クンの秘密は・・・!?」

 「飯出くん?もうとっくの昔に死んじゃった人の話なんかして何になるの?ってゆうか、確かに飯出くんの秘密は読んだけど、他のもオマエラのだなんて言ってないし」

 「だだ、だ!だましたなあああああああああああああああっ!!!」

 「じ、じゃああそこに書かれてたのは、わしらに全く無関係のことじゃったのか!!?」

 「うぷぷぷぷ!思い込みって怖いよね!」

 「ちょ、ちょっと待ってよ!!」

 

 やられた。素直にそう思った。飯出の封筒から飯出の秘密が書かれた紙が出てきた時点で・・・いや、マジで書いてあったのかさえ怪しい・・・モノクマは二重に俺たちを騙してた。封筒に書かれた名前と中の秘密の持ち主が違うということ、そしてその持ち主が俺たちじゃないこと。それに気付かず俺たちは、知られてもない秘密を知られたと思って、互いを疑ってた。こんな馬鹿なことねえ。

 あんなアホ面のぬいぐるみに騙されたってだけでクソ腹立つのに、大笑いするそいつが余計にムカつく。今すぐあいつをぶっ殺してやりたい。そんな想いを邪魔するように、悲痛な声が飛んできた。

 

 「な、なによそれ・・・!?秘密が・・・・・・あ、あたしたちのじゃないって・・・!?それじゃああたしとアニーがしたことは!?お互いの秘密を打ち明けたのはなんだったの!?アニーはあたしが悩んでたから・・・!」

 「なにって、一時の気の迷いでついついやっちゃったんでしょ?テスト前に部屋の掃除して気を紛らわすアレみたいなもんじゃない?」

 「そんな・・・!?」

 「い・・・いいッ!いい加減にしろおおおおおおおおおおおあおッ!!!」

 「待てッ!!」

 

 びっ、と残響が耳に飛び込んだ。堪忍袋の尾が切れた六浜がモノクマに掴みかかろうとしたのを、強く鋭い声が止めた。声の主は、玉座にゆっくり歩いて行く。からんころんと軽い下駄の音が、なぜか威風を感じさせる。

 

 「およ?」

 「貴様が冷静さを失ってどうする。奴は嘘を言っていない、騙される方が悪い」

 「古部来・・・!」

 「お、おいおい!騙される方がってマジで言ってんのか!?」

 「よく分かってるね古部来くん!ボクがインチキ言ってたらボクも悪いけど、誠実さは墨汁付きのボクは本当のことしか」

 「!」

 「えっ!?うわーーーっ!!」

 「ッ!!?」

 

 六浜とモノクマの間に割って入ったのは、いつもの顰めっ面をしてる古部来だ。だけどいつもより、表情が険しい気がする。

 怒りと悔しさで冷静さをなくした六浜に厳しい言葉を放った。騙される方が悪いなんて、本気とは思えねえ。だがその発言に笑いながら喋るモノクマを遮るように、古部来は激しく玉座を蹴った。衝撃でモノクマが地面に落ちる。

 

 「なっ・・・!?古部来!!何を・・・!!」

 「造りものの卑しい獣風情が調子に乗るなよ・・・!」

 「ひえええええええっ!?ここここ、ここ、こっ!古部来さん何してはるんですかああああああああっ!!?」

 

 馬鹿な、俺はその言葉すら出てこなかった。古部来は玉座を蹴ってモノクマを転がり落とし、仰向けに倒れたモノクマのすぐ横の床を踏みつけた。その角度からどう見えたのか分からねえが、横から見てる俺でさえ、その表情がヤベエもんだと分かる。

 殺意と怒りと威圧感の塊、まさに鬼の形相だ。

 

 「貴様の人心を惑わす力は認めてやる。だが俺たちの“才能”を侮辱し、『秘密』で強請ったやり方が気に食わん」

 「はわわわぁ・・・!こ、こんなの!許さないぞぉ!ボクは施設長なんだぞぅ!こんなの施設長であるボクへの暴力だ!規則違反だ!」

 「『施設長ことモノクマへの暴力を禁止する』。俺は椅子と床に足をついたに過ぎん。いつ暴力を振るった」

 「はっ!こ、この若ハゲがぁ・・・!!」

 

 一言一言が重い。ドスを利かせたとか、そんなレベルじゃねえ。関係ないとこで見てる俺でさえ、その声色に背筋が凍った。マジギレした古部来はこうなんのか。そんな中でもモノクマを黙らせるなんて、ヤバすぎる。

 

 「うぐぬぬぬっ!へんっ!」

 「うわあっ!」

 「このお!だったらいいよ!『施設長ことモノクマを脅すことを禁止する』って付け足しとくから!覚えてろよ!」

 「・・・」

 

 悔しげに歯を食いしばるモノクマは、小生意気な掛け声でその場から跳びあがり、また玉座に座った。そして新しい規則を言うと、電子生徒手帳がピロリン、と鳴った。もう同じ手は通用しないってわけだ。

 

 「あーあ、せっかくいい気分だったのに台無しだよ!もう変な感じになっちゃったから、ちゃっちゃと終わらせてかーえろ!」

 「っ!」

 「お、終わらせるだと!ふざけるな!まだ話は・・・」

 「ダメダメ!そうやって引き延ばしてもいずれ時はやってくるんだよ。これ以上はボクの身が危ないからね!」

 「ちょ、ちょちょ・・・ちょっと待って!待って待って!待って!!」

 

 古部来がモノクマの機嫌を損ねたのか、普通にモノクマが飽きたのか、どちらにせよ、もうタイムリミットだ。どこからともなくモノクマはまた、ピコピコハンマーを取り出した。石川はそれを真っ青な顔をして止める。

 

 「あ、あたしはアニーを殺す気なんてなかったの!!じ、事故なの!!」

 「事故?私の聞く限り、そんな言葉で済ませられるような真相ではありませんでしたが?」

 「そそ、そうじゃなくて・・・!!本当はあたしは人殺しなんてするつもりはなくて・・・・・・あたしは・・・!!」

 「もうよしなよ、石川サン。これ以上は辛いだけだよ・・・もうこれ以上、“超高校級のコレクター”のキミが堕ちていくのは見たくないよ・・・」

 「うぷぷぷぷ!ほんじゃま、いってみましょーか!今回は、“超高校級のコレクター”石川彼方さんのために、スペシャルな!おしおきを!用意しました!」

 「待って・・・イヤ!!お願いやめて!!あたしは・・・あたしはまだ・・・!!」

 

 石川の叫びをモノクマは完全に無視して進める。せり上がってきたボタンが何のボタンかは、もう既に全員が知っている。石川はそれを見て小さく悲鳴をあげて、より一層顔を青くして叫ぶ。

 

 「それでは、張り切っていきましょう!」

 「や、やめて!!やめてやめてやめて!!イヤだ!!死にたくない!!あたしはまだ死にたくない!!お願いだから!!やめて!!」

 

 涙と冷や汗でぐちゃぐちゃになった顔で、血の気の引いた肌色が玉座の前の床に這いつくばる。その姿に一瞥もくれずに高笑いするモノクマに、石川は必死に命乞いをする。

 情けねえ、みっともねえ、この上なく哀れで見苦しい。これが“超高校級”と呼ばれた奴の末路なのか。だが一番残酷なのは、こんな姿を晒したところで全く揺るがないこいつの悪意だ。振り上げたピコピコハンマーが寸分違わず標的のど真ん中を捉えた。

 

 「おしおきターーーーーーーーーーーーーーーーーーイムッ!!」

 

 ぴこっ、と鳴った音は、これから起きる出来事に反して軽い。その音は俺たちにとって、絶望以外のなにものでもなかった。その拍子に壁から飛び出してきた鎖に五体を掴まれた石川の体が、抵抗することすらできないまま軽々と引きずられていく。

 

 「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」

 

 耳を劈く高い悲鳴が、ねっとりと鼓膜に貼り付いたような気がした。石川の遺した残響を断ち切るように壁が封鎖されたが、それだけじゃ消えない気持ち悪さが裁判場にはっきり残った。そして消えていった石川の姿は、ドデカいモニターに映された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    【GAME OVER】

イシカワさんがクロにきまりました。

   おしおきをかいしします。

 

 

 モニターに映し出されたのは、恐怖と絶望に染まった表情の石川彼方。連れて行かれたのは、汚れた薄暗い小劇場。小さな椅子に縛り付けられた石川の目の前に聳えるスクリーンはノイズが混ざりながら少しずつ鮮明になり、その横ではタキシードを着たモノクマが吊り上がった口元から牙を覗かせている。スクリーンに映し出された仄かな影は、やがてはっきりと読める文字になっていた。

 

 

  《転落人生コレクション》

 

 

 モノクマが手元のリモコンのボタンを押すと、ぱっとスクリーンの画面が切り替わる。映し出されたものは、石川にとって忘れるはずもない物、今でもはっきりと覚えている。それは、石川が初めてコレクションとして手に入れた、おまけ付きお菓子のシールだ。

 次の場面に切り替わる。きれいに整理して並べられた世界各国の硬貨が、硝子のプレートの向こう側で光沢を放つ。そしてまた場面が変わる。希望ヶ峰学園から届いた入学通知の前で、石川が晴れやかな笑顔を見せている。

 

 「・・・?」

 「うぷぷぷぷ♫」

 

 初めて希望ヶ峰学園の土を踏んだローファー。学園でできた友達と交換したヘアゴム。映し出されるものはどれも、“超高校級のコレクター”石川彼方が歩んできた人生を表す品々だ。それを見る現在の石川の表情は固く、意味不明の現状に怯えている。

 モノクマが不敵に笑うと、場面は再び切り替わる。そこに映る品に石川の目が見開かれた。忘れもしない。石川が初めて、犯罪に手を染めて手に入れた、ある文豪の使っていたという万年筆だ。そしてまた変わる。次に映し出されたのは、偽物のアイドルのサインを使って友達を騙しているところだ。更に切り替わり、次に映ったのは石川が金を得るために自分自身を傷付けているところ。いずれもさっきとは打って変わって、石川にとっては思い出したくもない醜悪な過去。

 

 「イ・・・イヤ・・・・・・ッ!やめて!見たくない!!こんなの見たくない!!やめてッ!!!」

 

 スクリーン上で目まぐるしく変わっていく場面と品物。そこに映るものは全て石川の人生の汚点。悲痛な声で叫んでも映像は止まらずどんどんスクリーンを切り替えていく。冷たい手錠、割れたレコード、血まみれのハンカチ、そしてコードが捻れたヘッドフォン。その映像が心に深く突き刺さり、石川は苦しげに目を瞑った。

 次の瞬間、スクリーンがめきめきと音を立てて奥に倒れ始め、小さな暗い劇場の前に雄大な自然が現れる。目の前には湖が広がり、石川の座る椅子に巻き付く鎖は湖の中に繋がっている。

 

 「ひっ・・・いぎっ!!?」

 

 鎖が猛烈な力で石川の体を椅子ごと引きずる。抵抗する間もなく、石川は飛沫とともに湖に消えた。

 

 「・・・・・・っ!!」

 

 泥と藻で濁った水の中で開いた石川の眼に、不気味な塊の姿が飛び込んで来る。それは、さっきまでスクリーンに映し出されていた品々の塊だ。その塊は石川の体に巻き付いた鎖を引いて、ずぶずぶと黒い深みに沈んでいく。藻掻くことも、悲鳴をあげることもできないまま、石川は冷たい暗黒に消えていく。

 誰もいなくなった劇場で、映写機の止まる音が全ての上映の終わりを告げた。モノクマが映写機から取り外したテープのタイトルは『最期』。それが、“超高校級のコレクター”石川彼方の人生をかけたコレクションの、最後の一品となるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うぷぷぷぷぷぷぷ!!ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!あんなのが希望だなんてちゃんちゃら可笑しくてヘソでお風呂が沸かせちゃうよね!!」

 「い、いしかわさん・・・!!いしかわさんがああぁっ・・・!!」

 「惨すぎる・・・なぜ彼女がここまでされなければならないのですか・・・!!」

 「そうだ・・・全てお前のせいではないか!お前が訳もなく我々を監禁して!!動機などと言って焚きつけて殺人を起こさせ!!我々自身に犯人を探させ!!一体どういうつもりだ!!いい加減にしろ!!」

 「あーあーもう、そんなの聞き飽きたよ。こちとらもう、興奮した思春期のがきんちょの相手なんかうんざりなの。それにボクは動機を与えたけど、実際にアニーさんを殺しちゃった石川さんが悪いんでしょ?どんな理由があっても、罪は罪なの」

 

 モノクマは腹を抱えて高笑いする。石川は・・・石川も死んだ。コレクションという自分の“才能”を、過去の罪という絶望に侵されながら。あいつにとって最悪な死に方なことは、誰の目にも明らかだ。

 鳥木や六浜はモノクマの仕打ちを非難するが、俺は正直石川には同情できない。あいつがアニーを殺したのは、完全な自分勝手な理由。指輪ごときのためにアニーを殺して、その上開き直って“才能”のためとか言い出す始末だ。俺が最も嫌いな人種、“才能”を鼻にかけて調子乗った奴らの典型だった。

 

 「ま、でもよかったんじゃないの?希望ヶ峰学園にとっても、特に厄介な問題児が一度にいなくなったんだからさ」

 「ふざけるなッ!!!なにが問題児だ!!!お前がこんなことをしなければ誰一人死ぬ必要はなかった!!!お前のせいだ!!!希望ヶ峰学園にいればこんなことには」

 「なんでそんなことが言えるのかなぁ?」

 「はっ?」

 

 喚き散らす六浜の怒号が、冷たいモノクマの一言で止まった。張り合うほどの大声でもなかったのに、なぜかその声は響く怒鳴りの隙間をすり抜けて俺たちの耳に入り込んできた。

 

 「希望ヶ峰学園にいたままだったら、本当に誰も死なずに済んだのかなぁ?」

 「なにを言って・・・あ、当たり前だ!!」

 「うぷぷぷぷ♫まあそう思ってればいいよ。だけどオマエラはきっと最後には考えを改めることになるよ!『ああ、希望ヶ峰学園はなんてひどいとこだったんだ!』って思うだろうさ!」

 「馬鹿な・・・」

 「そんじゃま、ボクはもう帰るからね。めんどくさいから一回しかエレベーターは動かさないよ!乗り遅れないように!」

 

 指もない小さな手を一振りして、モノクマは玉座の裏に消えた。第二の殺人、石川の死、そしてモノクマの捨て台詞。どれも俺にとってはどうでもいい話だ。事件は全て石川の自分勝手、モノクマの言葉が本当だとしても、俺はハナから学園に戻る気なんてねえ。死ななきゃいい。俺はエレベーターに向かった。

 一度しか動かさないとモノクマが言ったせいか、その後すぐにほとんどの奴がエレベーターに乗り込んだ。がらがらという鎖の音が、来た時よりも重く感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り12人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】  古部来竜馬

 

 屋良井照矢  鳥木平助   滝山大王 【アンジェリーナ】




第二章終了です。おしおきもっと短くすればよかったかな。っていうかおしおきの後にもう少し色々書きたかったんですけど、第三章に回そうと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三章『白羽の矢に射貫かれる』
(非)日常編1


第三章に突入ということで、キャラクター人気投票なんぞをしようと思います。詳しくは後書きで!


 私はなぜこんなにも無力なのだ。なにが“才能”、なにが予言者だ。明日の天気が分かっても、いま何をすべきか分からない。私は何のためにここにいるのだ。

 時刻は既に夜時間の終わりを告げ、朝のモノクマアナウンスもとうに聞こえた。それなのに、鉛のようにベッドに沈んだ体の中で、私の意識は未だ夢現の混濁した世界を彷徨っている。握った拳がシーツを巻き込んで皺を作る。頭が、体が重い。

 

 「私は・・・一体なんなのだ・・・。なぜ私はこんなにも・・・・・・」

 

 きっと皆、昨日のことで体力的にも精神的にも疲弊しきっているに違いない。それなのに私は、飯出のように皆をまとめて勇気づけることも、アニーのように弱っている者に手を差し伸べることもできない。だから有栖川の憤りにも、石川の迷いにも気付くことができなかった。私がもっとしっかりしていれば、あんな悲劇が二度も起こることなどなかったはずだ。

 

 「・・・・・・無意味だ。これ以上は何もかも」

 

 もう私の言葉など何の意味もない。私の意思など何の力もない。いっそこのまま寝て、ベッドと一つになってしまいたい。何も感じず、何も言わず、ただそこに存在するだけとなってしまえば、こんなに苦しむこともないだろう。

 

 「おい、起きろ六浜」

 「んっ・・・・・・・・・んぃっ!!?」

 

 ふと私の名を呼ぶ声がした。薄く開いた瞼の隙間から、その声の主を見た。白いぼんやりとした影が、私の部屋の中央に立って私を見下ろしている。その影が何か分かった瞬間、私は文字通りベッドから飛び起きた。

 

 「んなっ!!?な、ななな!!こ、こここ、ここぶこぶっ!こぶらい!!?」

 「何度呼んでも返事の一つも寄越さず寝坊とは・・・まあ、俺が言えたことではないか」

 「な、な、なんだその恰好は!!なぜ私の部屋にいる!!何の用だこの呆け者!!」

 「寝起きで一度に質問するとは忙しい奴だな。着物では料理がしにくい。お前が鍵もかけずに寝たのだろう。朝食の時刻を過ぎても姿を見せんから起こしに来た」

 

 はっきりと見えた古部来の姿は、いつもの灰色の着物ではなかった。白いタンクトップに紺色のジーンズパンツ。首から角行のペンダントが下がっていて、それと下駄以外は何も身につけていない。そんな恰好の男が私の部屋にいるなど、夢にもみたことはない。なんという無礼で不純な姿なのだ!

 

 「ちょ、ちょうしょく・・・ああ、そうか」

 「とにかく、お前以外は全員集まっている。今後は自分が決めた集合時刻くらい守ることだな」

 「・・・す、すまん」

 

 そう言って、古部来は部屋を出て行った。本当に起こしに来ただけか。別に何を期待していたとかいうわけではないが、私とて一応は女だ。部屋に勝手にあがって寝姿を見られて、あそこまで平然とされているのも悔しい。

 って私は何を考えているのだ!こんな時に不謹慎ではないか!いやそんなことではなく、不純極まりない!なぜ私が古部来などとそんなことに・・・ああああっ!!!いかん!一度シャワーを浴びて頭を冷やそう、いやそうしたらまた古部来が呼びにくるかも・・・ぬああああああああああああああああああああああっ!!!

 

 「どうすればいいのだぁ!!」

 「早く来い!!」

 

 私の叫びに重なるように古部来の声が廊下から聞こえた。いかんいかん、どうやらまだ寝ぼけているようだ。しっかりとドアを閉じて、私は顔を洗ってから着替えと身嗜みを済ませた。まったく、古部来のせいで朝からいらぬ体力を消耗してしまった。無礼な奴め。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食堂の扉を開くと、古部来の言った通り私以外の十一人は既にそこにいた。ここに来ると必ずコーヒーを勧めてくる優しいアニーも、食器棚の奥から見つけてきたティーカップの品定めをする石川も、もうここにはいない。

 

 「ようむつ浜!目ぇ覚めたか?」

 「何度も言うが屋良井よ。私はむつ浜ではない、六浜だ」

 「席に着け。冷飯は体に悪い」

 「むっ・・・すまんな」

 

 促されるまま、私は空いた席に座った。既に古部来が作った朝食が用意されている。今朝の献立は茶碗一杯の白米に豆腐の味噌汁、塩鮭の切り身に納豆とたくあん。なるほど、古き良き日本の朝食といった感じだ。古部来らしい。それより、奴に味噌汁が作れたことが意外だ。

 

 「それで古部来クン、話ってなに?」

 「ん?話?」

 「あれ、むつ浜サン聞いてないの?古部来クンが、話があるからってみんなを集めたんだよ。朝ご飯ついでに」

 「さっさと終わらせろ。俺は昼寝してえんだ」

 「しみずそればっかじゃん」

 

 古部来の方から話があるとは、ましてや我々全員に向けてなど、思ってもみなかった。今朝は寝起きから驚きっぱなしだ。私は箸を進めながら、古部来の話を聞くことにした。

 と、奴が皆の前に出た瞬間に猛烈な不安を感じた。確か前回の裁判が終わった後、こいつが食堂で皆に言い放った言葉は、我々が結束するにあたって非常に障害となるものだった。まさかこいつ、今度こそ完全に孤立するなどと言い出すのではないだろうか、そう考えると箸が止まり、水も喉を通らなくなった。

 

 「こ、こぶらい。お前、よく考えて言葉を選べよ?」

 「・・・ああ、もちろんだ。安心しろ六浜。俺は考えを改めた」

 「え?」

 

 考えを?改めた?古部来がか?こんな頑固と冷徹と無神経を絵に描いたものが紙から抜け出して喋りだしたような奴が、考えを改めるなど予想だにしなかった。

 たったの一言なのに、私はそれで完全に黙らされてしまった。そして古部来は、姿勢を正すとゆっくり前傾姿勢になり、つむじを我々に向けて静止した。あの古部来が、我々に頭を下げた。

 

 「御免・・・ッ!!」

 「っ!!?」

 「なっ!?こ、古部来!?何の真似だ!」

 「これまでの俺の言動、態度、考え、全てを省みて己に問うた。俺たちが置かれている状況、現状に対しすべきことを。もはやこれは、個人の意思でどうにかなる問題ではない。集れば疑心暗鬼、離れれば己に敗れる。ならば付かず離れず、俺たちに必要なものは、結束だ」

 「い、今更何言ってんだよ!それは飯出が最初に言ってたことだろうが!」

 「ああ。俺が馬鹿だった。俺は・・・何も分かっていなかった。殺しなど起きるわけがないと高を括り、実際に殺しが起きれば有栖川を必要以上に非難した。誰でもない、俺自身が納得するために、意味不明の現状に潰されないように」

 「弱い犬ほどよく吠える、とはよく言ったものですね。あなたは自分が、矮小で吠えることしかできない哀れな犬だった、とでも言うのですか?」

 「大差はない」

 

 信じられない、古部来が頭を下げるばかりか、我々に謝罪するなど。晴柳院への謝罪は取り付けた覚えがあるが、全員へとなると自発的にか。

 

 「よく言うぜ。今まで散々馬鹿だなんだ言っといて、考え直したからごめんってか。で、何がしてえんだお前」

 「このままでは全員で死を待つばかりだ。俺たちは結束し、黒幕に対し抗わなければならない」

 「ふざけんなよ」

 

 頭を下げたままの古部来に、脚を組んだままの清水が冷たい言葉を放つ。衝撃で忘れていたが、古部来の今までしてきたことは確かに、簡単になかったことにできるものではない。

 

 「謝ったから全部チャラにして仲良くしようってか?ずいぶん都合がいいな。どっちにしろ俺はテメエらなんかと友達ごっこするつもりなんか毛ほどもねえが、そんなこと頼まれるだけで反吐が出らあ」

 「言い過ぎだよ清水クン!古部来クンだって謝ってるじゃないか!」

 「謝って済むのか?もう四人死んでんだぞ。今更こんな奴信じろってのか?謝ったからってこんな奴簡単に信じられっか」

 「・・・言い訳も弁明もせん。俺が今できるのはこれだけだ」

 

 相変わらず清水は刺々しい言葉を投げる。古部来はそれに言い返すことも睨むこともなく、いつもより小さく見えた。口には出さないが、清水以外の数人も古部来に対して敵意を持っているのは明らかだ。だが、その沈黙は彼女によって破られた。

 

 「うちは・・・こ、古部来さんのこと・・・信用してええ思います」

 「えっ?」

 「ああして謝ってはりますし・・・そ、そ、それに・・・仰ってることはうちも思いますしぃ・・・」

 「晴柳院さん・・・」

 「私も、晴柳院さんに賛成します。許す許さないではなく、今は私たちが分裂すべきではないと考えます」

 「おれは、ごめんっていったらいいよっていわなきゃいけねーっておそわったぞ。だから、こぶらい、いいよ」

 「客観的、合理的理解の元では、現状不要の敵対は避けられるべきだ。従って、古部来竜馬の謝罪は一度保留し、意思統一を進めることが優先されるという結論が導き出される」

 

 晴柳院に続き、次々と古部来を受け入れる旨の発言が発される。許すとか許さないとか、感情的になっていてはいずれまたモノクマに利用される。だから冷静に、我々は今一度結束すべきなのだ。

 

 「みんながいいならボクはいいよ。また誰かがいなくなることの方がイヤだし、そのために必要ならしょうがないよね」

 「うむ、若気の至りというやつじゃな。きちんと自省し身の振り方を改めるのであれば、許してやろう。若いのじゃから、取り返す時間はまだまだあるしのう!」

 「ここで反対したらボクの方が村八分になっちゃうかな・・・。それにこっちの方が良い記事書けそうだし、古部来クンもボクの取材に応じてくれるならいいよ!」

 「えええマジかよ!?そんな言ってオレがダメっつったらオレが悪者みてえになるじゃねえか!ちくしょー!オレだって言いたいことあんだぞ!あるけど・・・・・・ここ出るまでお預けにするしかねーじゃんか!」

 「かたじけないッ・・・!!」

 

 私は、こんな状況を少しも予見していなかった。やはり私には予言者としての“才能”などないようだ。だが、これは予想していなかっただけに、なおさら希望を感じた。

 一番の懸念材料であった古部来が、皆に赦され輪に入ろうとしている。未だ難色を示している者はいるが、大きな前進と言える。古部来を許したことで、他の皆同士の結束も強くなったはずだ。

 

 「でさ、古部来クン。結束って具体的にどうするの?」

 「うむ。言葉だけの結束は、残念ながら簡単に崩れてしまう。故に俺は、代表を立てることを提案する」

 「リーダー、ということですね」

 「なるほどな!じゃあこの“超高校級の士官”こと屋良井照矢がお前らのリーダーを」

 「俺は六浜を推そう」

 「はっ!?んぐっ!!」

 

 いきなり名前を出されて米が喉に詰まった。呆け者め!目配せなりなんなりして心の準備というものをさせる気遣いくらいあってもよいではないか!

 

 「むつ浜かよ!」

 「そうだね。ボクもむつ浜サンに一票。ボクらの中じゃ一番リーダーに向いてそうだし」

 「むつはまリーダーだ!なんかナントカレンジャーみたいでかっこいーなー!」

 「む、むつ浜ではない!!六浜だ!!そんなことより、私をリーダーに推すだと!?どういう風の吹き回しだ古部来!」

 「そのままの流れだ。最もリーダーとしての素質がある。何よりお前は、既にリーダーとして動いていただろう」

 「な、なにを・・・。私は別に、そんな烏滸がましいことはしていない」

 「ならば、これからすればいい。お前になら、俺だけではなく他の奴らも従おう」

 「従う、というのは承服し兼ねますが、六浜さんをリーダーとするらことには反対しません。どうぞご自由に」

 

 ど、どういうことなのだこれは・・・私はまだ夢を見ているのか?古部来が我々に頭を下げ、私をリーダーに推している。他の皆も、反対するどころか諸手を挙げて賛成といった様子だ。なぜだ。なぜ今更私なんぞにそんな大役を任せられるのだ。

 

 「なぜ・・・私なのだ?」

 「うん?」

 「私はお前たちが考えているような人間ではない。予言者としてお前たちに何もできない、飯出の代わりにお前たちを導くことも、アニーのようにお前たちを支えてやることもできない。古部来のようにモノクマに一泡吹かせることも、望月のように冷静でいることもできない。こんな私に、お前たちは一体なにを期待しているのだ?」

 「・・・何を言うか」

 

 我ながら卑屈だと思う。だが事実だ。“超高校級の予言者”と言われながら殺人の兆候すら気付けず、届かない声をあげることしかできず、膝を地につく仲間に心を痛めることしかできない。理不尽で絶対的な支配に、反発の声をあげるだけで行動することができない。こんなできないことだらけの私に、一体何をしろというのだ。況してやリーダーなど、一体どうすればいいのだ。

 しかし、この男は、それすらもあっさり否定する。

 

 「さっきも言ったが、お前はこの中の誰よりもリーダーの資格がある。事件が起きれば強く悔やみ己を責め、モノクマの理不尽に真っ先に声を上げる。被害者や沈んでいる者に心を寄せ、離れていく者と真っ向からぶつかってきたではないか」

 「そうですよ。あのモノクマにあんな風に仰ることが、どれだけ私たちを励ましてきたか。六浜さんはいつでも私たちの想いを代表なさっていました!」

 「うむ、昨日の古部来も肝を潰したが、六浜がモノクマに向かっていくのは見ていて気分が良いぞ。何より六浜、古部来が暴走した時に止められるのはお前くらいじゃ。その意味でもお前さんがリーダーというのは適しておるぞ」

 「う、うちも・・・六浜さんにだったら任せられます」

 「しかし・・・!」

 「しかしもヘチマもありません。私がやりなさいと言っているのです。面目を潰さないでいただけますか?」

 

 穂谷に関しては半ば脅迫めいているが、いずれにせよ私がリーダーとなることに反対する者はいないらしい。私はそんなに頼もしかっただろうか、私に何ができるのだろう。未だ私は逡巡している。

 

 「ええい焦れったいのう!何を恐れておるんじゃ!」

 「あ、明尾・・・」

 「わしら全員がお前さんを推しとる!反対意見などないではないか!それに六浜よ、勘違いしとるようじゃが、わしらはお前に誰かの代わりをしろと言っているわけではない!」

 「えっ・・・な、なんだそれは」

 「真面目なお前さんのことじゃ、飯出のようにまとめ、アニーのように支えなければと思っておるのじゃろう。じゃがな、わしらはそんなことを言っているのでは断じてないぞ」

 「・・・」

 

 そうではないのか?リーダーとは飯出のような者のことではないのか?アニーのように支える者ではないのか?では私は、何をすればいいのだ。どうすることが、私のリーダーとしてあるべき姿なのだ。

 

 「まとめるのも支えるのも、お前一人に任せたりなどしない。わしらの各々が結束し、肩を組んでお前さんについて行く。お前さんはわしらに、次の一歩を踏み出す場所を示してくれれば良い。身構えることも奥手になることもない!若者が失敗を恐れてどうする!当たって砕けてもまた寄り集まればよかろう!」

 「明尾さんの言う通りだ。僕らは、六浜さんにリーダーになって欲しいんだ。誰かと比べたりなんかしないよ!」

 「・・・ここまで言わせて分からないとは言わせんぞ、予言者」

 「つか強引過ぎんだろ。六浜の意思カンケーなしか」

 

 古部来に背中を押され、明尾に勇気づけられ、私は何が何だか分からなくなっていた。皆が私を頼る理由も、私がリーダーとなってしまう状況にも。しかし清水が言った一言で、私はふと悟った。

 そうか、私の意見は関係ないのか。私が何を言おうが、皆は私をリーダーとしたいわけだ。私は自分の“才能”すら信じられず、この閉塞し殺伐とした空間に絶望していた。私以外の皆も、同じように感じていると勝手に考えていた。だがそうではない。皆、ここを脱出しようと前向きに考えているのだ。“才能”など関係ないのだな。

 

 「いや、いいんだ清水。心配はいらない」

 「は?してねえよ」

 「やはり私には、予言者の“才能”はないらしい。思ったよりも事態は悪くないみたいだ」

 

 皆は絶望するどころか、古部来の謝罪もあってか今一度結束しようとしていた。私がうじうじしてそれに水を差すこともできんな。

 

 「皆、ありがとう。そこまで言うのなら、務めさせてもらう」

 「うむ、頼んだぞ!」

 「奴らの死は無駄にしない。私はお前たちを信頼する。必ずここから生きて出よう。みんなで!」

 

 至極簡単な所信表明演説だ。飯出のように長々と喋れるわけでもないし、このくらいが私の身の丈に合っている。

 さて、これから具体的に何をしていこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝食を済ませ、私たちはひとまず解散となりました。六浜さんが私たちの要請を受け容れてリーダーになってくださったことは、非常に嬉しく存じます。まだ何が変わったというわけではありませんが、これで少しはよくなるのではないでしょうか。少なくとも私たちは、古部来君も含め一つになることができました。

 これからは私もしっかりと皆様を陰から支えなくてはなりませんね。六浜さんや笹戸君ばかりに負担をかけるわけには参りません。

 

 「・・・おや?」

 

 と、いきなり意気込んばかりでも仕方がないので、まずは気分をリフレッシュさせるために波音でも聞きながらマジックの練習でもと思って湖畔へ参ったのですが、早速お困りの方を見つけました。この方の眉尻が下がっているのはいつものことではございますが、ここは一人の紳士として見過ごしてはおけませんね。

 

 「晴柳院さん、どうかなさいましたか?」

 「あ、鳥木さん・・・。い、いえ、別に何っちゅうわけやないんですけど・・・」

 

 私が声をかけると、晴柳院さんはやはり困ったようにお答えになりました。場所は、最初に捜索した際に南京錠で閉められていた倉の前。ですが、ふと倉を見ると扉が開いていました。本日は心地よい陽気につき、中が暗くて外からでは様子が伺えませんでした。

 

 「ここ来てからしばらく経ったんで、結界印を新ししよう思いまして。そしたらあの・・・ここが開いとるんが見えまして」

 「結界印?ああ、湖畔や展望台にあるあの榊のことですか」

 「はい。あの榊は晴柳院家の家山から採ってきた神聖な霊樹なので、よくないものがここに入ってけえへんようにと」

 「お一人でなさっているのですか?いくら合宿場内とはいえ、女性が草鞋で回るのは骨が折れると存じますが」

 「心配せんでも大丈夫ですよぉ。あとは湖畔の所だけですから。ありがとうございます」

 

 これはとんだお節介でした。身嗜みに関して以外は女性の頑張りには気付いて差し上げるべきでしたが、私もまだ至りませんね。

 

 「それに一人やありませんから。今は明尾さんの用事に付き合うてるところです」

 「明尾さん・・・ああ。そう言えば彼女、この倉に並々ならぬ愛情を注いでおられましたね」

 「ぬがああああああああああっ!!!」

 「ひっ!?」

 

 倉の前で晴柳院さんと他愛のないお話をしていると、突然倉の中から空気の震えるような叫びが聞こえてきました。悲鳴というよりも、若干の怒りと困惑を込めたような声色でしたので、不穏なことは想像しませんでしたが、どうやら明尾さんが発せられたようでした。

 

 「んぬうううう!!どうなっとるんじゃあここはあ!!」

 「こんにちは明尾さん。今日もお元気そうでなによりでございます」

 「ど、ど、どうしはったんですかあ?」

 「ぬっ、鳥木か。ちょうど良いところにきた。頼みがある!」

 「頼み、ですか」

 「ちょっと来てくれい!」

 

 倉の中から頭を抱えて出て来た明尾さんは、私を見るや手招きをして再び倉の中へ戻っていかれました。なんのことでしょう、と晴柳院さんとお顔を見合わせましたが、お呼びになっているので中へ入ってみました。

 土壁の倉は陽の光を遮っており、中の照明は小さな傘と裸の豆電球が天井からぶら下がっているものだけでした。紐を引いて切り替える単純な造りのもので、資料館の技術レベルを考えるとかなりギャップがありました。

 そして内部は鉄格子で三つの区画に分けられており、錆びた鉄扉の前から正面の鉄格子までの狭い空間が、かろうじて通り道になっている程度でした。長い間放置されていたのでしょう。埃っぽく、黴臭く、土煙が立ちこめる、呼吸すら憚られるようなところでした。晴柳院さんは袖で口元を押さえ、暗がりが怖いのか入口のところから奥へは進めないようでした。

 

 「どうやら、モノクマがあの南京錠を解錠したらしい。開放するのならわしに錠を譲ってくれればよかろうに」

 「南京錠。あの扉にかけられていたものですか」

 

 あの南京錠に果たして意味はあったのでしょうか。ボロボロに錆びていて、金槌で叩けば簡単に壊れてしまいそうな哀愁を帯びていた覚えがありますが。私は呼吸とともに喉に入り込んだ土埃を、小さく咳払いをして放出してから本題に入りました。

 

 「失礼。それで、どうなさいましたか?」

 「お前さんマジシャンじゃろう?わしは実際に観たことはないんじゃが、脱出マジックなども得意なのじゃろう?」

 「そうですね。ありがたいことに、"超高校級"と称される評価を頂戴しております」

 「マジックの要領でここの鍵を開けてくれ!」

 「鍵?」

 

 明尾さんが指さすのは、鉄格子の一部が改造された扉。その部分だけ見るとまるで牢獄のような物々しい雰囲気を醸しておりましたが、施錠しているのがダイヤル式の簡易錠となるとどうにもミスマッチのような気がします。南京錠は明尾さんがご所望になるほど古めかしいものでしたが、三つの鉄格子に付けられたダイヤル錠はどれも新しいものでした。

 

 「さっきからずっと色んな番号を試しとるんじゃが、一向に空く気配がないんじゃ!考古学上の重要な西暦年は全て試してみたがどれも違うた!もうお手上げじゃ!」

 「考古学的推測では意味がないと思いますよ」

 「頼む!なんとか開けてくれ!」

 「あ、あの・・・ご期待に添えずかつ夢を壊してしまうようで大変申し訳ないのですが、脱出マジックはそれなりの準備というものがございまして、この場で開けろとおっしゃられてもお力になりかねます」

 「なぬぅ!!?魔法的なことではないのか!!」

 「私も大変心苦しいのですが、現実は非情でございます」

 

 マジシャンとして、タネも仕掛けもある、なんてことは口が裂けても言えませんでしたので、それらしい言い回しでお伝えするしかございませんでした。明尾さんは現実的でお若い割に達観した方だと存じておりましたため、大変驚かれた様子の彼女を見て心が痛みました。人を落胆させるマジシャンなど、エンターテイナーの風上にもおけません。

 

 「お力になれず、大変申し訳ございません」

 「そうか・・・いや、わしも無理を言ってすまん。しかしこれはどうしたものかの。せっかく開放されたというのに、これでは何も変わらんではないか」

 

 見たところ、鉄格子の向こうには区画毎にいろいろな物が収蔵されているようでした。明尾さんが前で頭を抱えているのは、ハンマー、木杭、シャベルにツルハシなどの土木用具が並べられておりまして、いかにも明尾さんがご興味を惹かれそうなものばかりでした。これが入って右の区画。

 入口に背を向けて左の区画が、こちらも埃を被っておりますが将棋盤や碁盤、萎んだ浮き輪などがあり、どうやら娯楽品の類があるようですね。フラフープや一輪車などが時代を感じますが、これもモノクマの趣味なのでしょうか?

 そして正面奥に見えるのは、私の見間違いでなければですが、あまり穏やかでないものばかりでした。真正面の壁にかけられているのは、石川さんが鑑定していれば相当な値をつけそうな古い日本刀。棚に並んだのはサーベルや手斧、更にはモーニングスターといった奇天烈なものまで。こちらはどうやら、凶器の区画のようですね。

 

 「お困りですか〜?うぷぷのぷ〜〜〜!」

 「ふえ?ひゃあああああああああああああああああっ!!?」

 「っ!!」

 

 私たちが倉で立ち尽くしていると、入口の方からまた唐突に悲鳴が聞こえてきました。最初に、例の悪意と絶望色に満ちたあの声が少し聞こえたかと思うと、たちまちそれは晴柳院さんの甲高い悲鳴に掻き消されてしまいました。とっさに振り向くと、倉の入口であのモノクマが箒を片手に目にも留まらぬ早さで足を動かして掃除しておりました。

 

 「ななな・・・!い、いつのまにぃ・・・!?」

 「うぷぷ♫足音もなく背後に立つくらい、無口な凄腕スナイパーでなくても容易いことだよ。そんなことより、オマエラよくここに気が付いたね。気付かれなかったらどうしようかと思ったよ」

 「何用じゃ!お前はお呼びではないわ!」

 「ふえええっ!ち、ちかよらんといてくださいよぉ!」

 「しょぼ〜〜ん・・・引率なのに、こんなに生徒たちに嫌われてボクは悲しいです。せっかくボクがオマエラの手助けをしてやろうと思ったのに、オマエラはその手を払いのけるわけですか。ああそうですか」

 「手助け、と仰いますと?」

 

 分かりやすく体全体で落ち込んだ雰囲気を表すモノクマは、おそらく内心ではそんなことはないのでしょう。しかし、彼がこうして意味深なことを仄めかす時は、何か重要なことを隠している時であるはずです。私は晴柳院さんと明尾さんの前で盾となり、警戒しながらお伺いしました。

 

 「オマエラがこんな狭くてむさいところで悩んでるのが可哀想だから、そのダイヤルの番号を教えてあげようと思ったのにさ!そんな態度だったらもういいよ!もう教えない!」

 「済まなかったモノクマ、いやモノクマ先生。何卒、教えてくれぇ・・・!!」

 「早いですよ明尾さあん!!」

 「そんなにですか」

 

 私たちの警戒心にヘソを曲げたらしいモノクマに、明尾さんはすぐさま頭を下げられました。このまま手を付いてしまいそうな勢いに思わず止めようと思いましたが、ジャケットの裾を晴柳院さんに握られてその場から動けずにいました。

 モノクマはそんな明尾さんを一瞥し、ふっ、と少しだけ嘲笑を含んだため息を吐いて言いました。

 

 「先生・・・うぷぷ♫先生だなんて参っちゃうなあ!今まで誰もそんな風に呼んでくれなかったから嬉しいよ!明尾さんのボクを尊敬する気持ちに免じて教えてあげるよ!」

 「かたじけない!」

 

 そう言ってモノクマは土木作業用具類の区画の鍵に手を伸ばし、ダイヤルを回しました。ほどなくカチッ、という音とともに鍵が外れて、金具の擦れる音が倉の仄闇に不気味に響きました。念のためダイヤルを確認すると、番号は『3679』でした。

 

 「おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!開かずの扉が遂に開いたぞ!!!」

 「大げさだなあ。こんな倉の中でそんなおっきな声出したら、ボクの耳が爆発してショックの涙で体が青くなっちゃうよ!」

 「耳がキーンってしますぅ・・・」

 「あ、他のところの番号も一緒だから!ボクのオススメは一番奥のエリアね!オマエラも元気で快適なコロシアイ生活をお楽しみください!」

 「はあ・・・」

 「それから、規則に『施錠された鍵を破壊することを禁じます』っての追加しとくから!滝山くんとかに注意しといてよね!それじゃ!」

 「おう!助かったぞ!」

 

 すっかりモノクマに感謝してしまっている明尾さんは、消えるモノクマに笑顔で手を振っていました。この方は本当に、発掘のこととなると一直線ですね。羨ましい反面、目が離せない気がします。ツルハシなども、使い方を誤れば危険物ですから・・・。

 

 「鳥木、番号は覚えたな?」

 「え、はい。『3679』でした」

 「『3679』・・・三つとも同じか。しかしこのタイプは簡単に番号を変えられてしまうからな。後で六浜に報告の後、全員で共有しておくべきじゃな」

 「意外と冷静ですね」

 

 資料館ほどの広さもなく、今ざっと見渡しただけでほとんどのことが分かってしまうような場所でしたため改めて捜索する必要は感じられませんが、報告だけはしておく必要がございますね。明尾さんは嬉々とした表情でシャベルやツルハシを眺め、晴柳院さんは倉の中の雰囲気に耐えきれず外に出て行ってしまったので、おそらく報告は私の仕事になるのでしょう。

 小さな事ですが、僅かでもお役に立てるのであれば、役目に不平など言っては罰が当たりますね。私は早速六浜さんを探しに倉を出ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り12人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】  古部来竜馬

 

 屋良井照矢  鳥木平助   滝山大王 【アンジェリーナ】




心理描写が上手くなりたい。切に、切に。


で、前書きにありましたようにキャラクター人気投票をしようと思います。
投票期間は5/13~5/20の一週間!
ダンガンロンパQQに登場したキャラクターの中からお気に入りのキャラに投票してください。
一位に輝いたキャラにはなんかします。番外編なり外伝なり

投票方法はいくつかあります。
ハーメルンのコメント機能、pixivの方のコメントまたはメッセージ、作者のTwitterにリプライなど
ちなみに作者のTwitterアカウントは→@substitute_jan

たくさんの投票待ってまーす


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

(非)日常編2

 今日も良い天気だ。ここに来てから毎日陽気が良くて、きっと魚たちも元気に泳ぎ回ってるんだろうな。僕は、たまには『渦潮』を休ませてあげようと、展望台の良く陽が当たる場所に来た。リールやグリップを分解して、丁寧に手入れしてあげると、『渦潮』は気持ちよさそうに黒光りしてた。

 

 「ここを出て、また一緒に釣りをしようね」

 

 キレイになった『渦潮』のグリップを寝かせて、中に入り込んだ砂粒一つまで振り落とす。きめ細かな手入れが、大物を釣るパフォーマンスに影響してくるから、釣りは奥が深い。『渦潮』の手入れもだけど、僕自身も体を手入れしないと成立しないから面白い。僕と『渦潮』はパートナーだ。どちらかが欠けてもいけない。

 

 「昼寝でもしようかなあ・・・あ、個室以外で寝ちゃいけないんだった」

 

 思わず自分が妙な空間に閉じ込められてるってことを忘れるくらいに、ほのぼのした世界だった。

 

 「・・・・ぉぉぉぉぉぉ」

 「うん?」

 

 ふと、遠く方で何か聞こえた。雄叫びのような、気合い入れる声のような、なんだろう。なんだか、だんだん近付いてくるような。

 

 「ぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

 「いちばんのりーーーーーーぃ!!!」

 「うわああああああああああああああああああっ!!?」

 

 僕が声に気付いて階段の方に目をやると同時に、ロケットみたいな勢いで滝山くんと明尾さんが飛び出してきて僕にぶつかってきた。受け身もとれずに地面に頭をぶつけちゃったけど、デリケートな『渦潮』のリールだけはなんとか死守できたみたい。

 すぐに起き上がると、明尾さんは激しく肩で息をしながら担いだツルハシを振りかざした。滝山くんは僕を敷いてることなんか気にせずに辺りに目を光らせてた。

 

 「な、なになに!?どど、どうしたの二人とも!?」

 「あれ!?あっ!やべ!みちまちがえた!!」

 「いつものくせで展望台に来てしもうたわ!戻るぞ滝山!」

 「あいあいさーーー!!」

 「何してんの!?」

 

 いやいやいや!突然ぶつかってきて突然いなくなられても混乱しか残らないから!なんか異様な雰囲気を感じたし、放っておけないよ!

 

 「ん。なんだよささど。おまえもいくか?」

 「行くってどこに?」

 「斯く斯く然々というわけじゃ」

 「小説じゃあるまいしそれだけじゃ分かんないよ!」

 「あんな、あけおがな、モノクマにな、ガーッ!っていったらな、モノクマがな、しょーがねーなあっつってな、山んなかでな、ほるのゆるしてくれたんだ」

 「うん、分かんないや」

 

 必死に思い出して説明してくれるのはいいんだけど、悪いけど滝山くんの説明じゃ何にも分かんないよ。明尾さんもなぜかちゃんと説明してくれないし、なにこれ。いじめ?僕いじめ受けてるの?

 

 「この恰好を見て分からんか!発掘しに行くんじゃ!」

 「え?でも、発掘は確か自然破壊にあたるからダメだって言われたんじゃなかったっけ?」

 「うむ。しかしな、倉に発掘道具が揃っていたのでもうわしの欲望が止まらんようになってな。直訴したら山の中に発掘場を用意すると言ったんじゃ。そこでなら発掘も許可されるそうじゃ」

 「ないてどげざしたら、さすがにかわいそーだからっつってくれたー」

 「そこまでしたの!?」

 「お前こそ、釣り竿も魚籠も餌もあって水場がなければもどかしいじゃろう」

 「ん・・・まあ、分からないでもないけど・・・」

 「そういうわけで、ちょうど人手が欲しかったところじゃ!笹戸も来い!」

 「いこーぜ!」

 「ええっ!?ボ、ボクは『渦潮』の手入れがあるんだけど・・・」

 「いーからいーから!あたらしいとこの方がたのしーぜ!」

 

 そう言って滝山くんは無邪気に僕の腕を引っ張る。はあ、これはもう逃げられないな。分かったよ、って言ってから、『渦潮』を組み直して専用のケースに仕舞った。今夜にでも続きをやればいいか。

 それにしても、今まで資料館や倉庫が解放されたのは決まって裁判の後だった。もしかしたら、裁判の度に新しく施設が解放されるのかな、なんて思ってたけど、明尾さんが裁判なんてなくても発掘場をもぎ取ったっていうことは、そうでもないのかな。

 そう言えばここに来る途中で、工事の作業員みたいな恰好したモノクマがベソかきながら木材を運んでたけど、明尾さんのためにわざわざ新しく造ったのかな。すごいなあ。

 

 「発掘場一番乗りじゃ!掘って掘って掘りまくるぞぉ!!」

 「おーーーっ!」

 「うわあ・・・す、すごいなあ・・・」

 

 そんなことを考えてると、展望台から発掘場までは近かったからあっという間に着いちゃった。宿舎から展望台に向かう山道を登って、新しくできた分かれ道を右に行くと、山の中に広い更地ができてた。木を切り倒して雑草を払って、工事現場にあるようなバリケードで周りを囲ってある。広さはだいたい学校のプールくらいかな。モノクマの行動力は相変わらずすごい。

 

 「新しく校則が追加、変更されとる。後で確認せねばならんが、発掘場内ならばポイ捨てや掘削も認められるとのことじゃ。ゴミを捨てるようなマネはこのわしが許さんがな!」

 「よーしほるぞー!」

 「待てぃ!闇雲に土を穿り返すことは発掘ではないぞ!まずは区画を決めて、発掘計画を立てて、それから掘るんじゃ!」

 「えーーーっ!?きたらすぐほるんじゃねーのか!?」

 「若いのぅ。それでは公園の砂場と変わらんではないか。発掘は歴とした学術調査じゃ、手順と様式というものがある」

 「ちぇっ、つまんねーの」

 

 そう言うと滝山くんは、その辺の木に登って横になった。寝るのは禁止されてるけど、あれなら寝そうになってもすぐに落ちるから校則違反になることはないかな。でも、明尾さんが一旦冷静になったのは僕も意外だった。てっきり辺り構わず掘り返すものだと思ってた。

 

 「1m間隔で目印をつけ、そこにトレンチを掘っていく。笹戸、計測を手伝ってくれ」

 「え、ああ・・・いいよ。明尾さん、やっぱり考古学者なんだなあ」

 「なんじゃ今更!わしほど考古学者然とした考古学者はおらんぞ!シルクハットを被った英国紳士でも想像しておったか!?」

 「そこまで極端じゃないけど・・・いつもなんか、突っ走りがちっていうか、感情そのままみたいな印象だったから」

 

 発掘場に入る前はあんなにテンション高かったのに、いざ発掘って時になるとすごく冷静だ。拾ってきた化石を美術品並みにキレイにする繊細さを垣間見た気がする。

 

 「無論!発掘調査は二面性を持つ魔性の学術調査じゃ。固く偉大な大地に隠された、脆く繊細な化石を掘り出さねばならん。焦らず大胆に、丁寧な豪快さこそ求められるんじゃ。実に奥が深い」

 「それが、明尾さんが考古学者になった理由?」

 「ん?」

 

 僕は何の気なしに聞いたつもりだった。いつもと違って大人しく語る明尾さんが珍しかったからかな。口が勝手に質問したってくらい無意識だった。

 明尾さんは僕の質問に、きょとんとした顔になった。その顔は、年相応な女子高校生のそれで、思わず目を逸らした。でもすぐに、にかっと笑った。

 

 「んははははははははははは!!学者になる理由など、そうそう大それたもんじゃないわ!!わしは化石が好きじゃ!太古のロマンが好きじゃ!発掘が好きじゃ!子供が玩具を欲しがるような、単なる好奇心でしかないわ!」

 「ええ・・・そ、それだけ?もっとこう、ナゾ解明したいとか、超文明の遺産を見つけたいとか・・・」

 「もちろんそれも面白そうではあるが、わしは化石を掘って磨いている時が幸せなんじゃ。功績など、付属品でいい!ま、趣味が高じて“才能”になったんじゃから、わしらは運が良かったとは思うのう!!」

 「わしら?」

 「お前さんは違うのか?」

 

 明尾さんに言われて、僕は少し考えた。僕の、“超高校級の釣り人”っていう“才能”・・・どうして僕は、そんな風に呼ばれてるんだろう。釣りを始めた理由ってなんだっけ。希望ヶ峰学園に入学した時、どんな気持ちだったっけ。僕は、釣りが好きなのかな。

 

 「・・・あれ?」

 

 なんでだろう、分からない。釣りは楽しいし、“超高校級”なんて呼ばれるのはくすぐったいけど、悪い気はしない。

 だけど、もし僕がただの釣り人になったら?“超高校級”じゃなくなったら・・・僕はそれでも釣りを続けるのかな。いま釣りをしてるのは、誰のため?もしかしたら僕は・・・石川さんと同じなのかもしれない。

 

 「僕って・・・本当に釣り人なのかな?」

 「うん?どうした笹戸。シャキッとせい!若いもんがボーッとするな!」

 「・・・ねえ、明尾さん。僕たち、本当に希望ヶ峰学園に・・・」

 「うぎゃああっ!!」

 「っ!?」

 「うおっ!?なんじゃ滝山・・・あだあっ!!?」

 「うわああっ!!ご、ごめん明尾さん!!」

 

 僕が明尾さんに質問しようとしたタイミングで、滝山くんが木から落ちてきた。びっくりして僕も明尾さんもそっちに気がそれて、思わず手放したメジャーは鞭みたいに明尾さんのおでこを打った。

 

 「大丈夫二人とも!?えぇっとえぇっとぉ・・・」

 「・・・・・・ぷっ・・・フッ、うははははははははははっ!」

 「へ、へへっ・・・くくくっ、あっはははははははははははっ!」

 「えぇ・・・?」

 

 仰向けに倒れた二人は、示し合わせたみたいに笑い出した。どっちもかなり痛いはずなのに、なんで笑ってるの?頭打ったかな?

 

 「と、取りあえず医務室行こう!特に滝山くん!」

 「へーきへーき!ほら、ささどよりよっぽどつえーよおれは!」

 「うははは!笑っとけ笹戸!こんなくだらんことで笑えるとは、なんと幸せなことではないか!」

 「え?え?」

 

 滝山くんは無動作で起き上がって、おっきな体でぴょんぴょん跳ねた。本当に子供みたいだなあ。明尾さんはむくりと起き上がると、やっぱり底抜けに明るい笑顔で僕に言った。

 

 「お前さんは暗い顔をしすぎじゃ!若いくせに悩むでないわ!わしや滝山くらい、能天気に生きてみい!愉快じゃぞ!」

 「だ、だけど・・・今はそんな場合じゃ・・・」

 「何を言う!ここはお前さんの人生のほんの一部分なんじゃろう?泣けど笑えど一日は一日じゃ!ならば笑わにゃ損損!」

 「わらうアホーにみるアホー!おなじアホでもアポアポわっしょい!」

 「・・・あははっ、なにそれ」

 「にひひーっ!ささどがわらうとおれもうれしーんだ!あけおがわらうとおれもたのしーんだ!」

 「うむうむ、さあ!仕切り直しじゃ!滝山も手伝え!今日からここは宝の山じゃぞ!」

 「あ、やっぱりそうなるんだ」

 

 なんだかよく分かんないけど、勢いで押し切られたような気がするけど、やっぱりこの二人といると自然と笑っちゃう。根拠なんてないけど、僕らはきっと大丈夫だって、必ず一緒に希望ヶ峰学園に戻れるって思った。

 そうしたら、今度はみんなで釣りに行こうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 また妙な面子だ、俺はそう思った。

 裁判が終わった翌々日、俺は六浜に呼び出されて倉庫に向かった。時刻は九時の少し前。普段なら朝食の後、もう一眠りするところなのだが、今回ばかりはそうもいかん。自分からあんなことをしておいて、和を乱すようなこともできん。

 倉庫の扉はガラガラと重く音をたて、噎せるような土埃を舞上げる。六浜は確かにいたが、他にもいた。清水と晴柳院だ。なんとも、統一性のないどころか、扱いづらい奴らばかりだ。六浜が呼び出したのか?

 

 「遅れずに来たな。第一段階クリアだ」

 「見くびるな。睡魔などに負ける棋士がどこにいるか」

 「いるだろそこに」

 「と、取りあえず古部来さんもかけてください」

 

 俺はこいつらと協力し、共にあの黒幕に立ち向かうと宣言した。一度言った以上、古部来の名にかけてそれは絶対に貫徹する。しかし、だからと言って馬鹿を許容することはできん。これは俺のプライドにかけてだ。ひとまず六浜の隣に座り、六浜の話を聴くことにした。六浜は倉庫の扉を閉め、埃っぽい倉庫は密室となった。

 

 「なんで閉める」

 「ここなら、奴にも気付かれずに話ができる」

 「奴?」

 「・・・そう言えば、ここには監視カメラがないな」

 「あっ・・・ほ、ほんまや・・・」

 

 六浜に言われて倉庫内を見回し、合点がいった。なるほど、この汚れた空気の中では、監視カメラを設置することもできなかったのだろう。盗聴器の類もおそらく同様。即ちここは今の所、唯一黒幕の目を免れる場所というわけだ。

 ということは、呼び出されたのはそれなりの話をするためか。俺はともかく、清水と晴柳院がいるのは理解に苦しむ。

 

 「それで、用はなんだ」

 「昨日あんな風にリーダーを名乗り出て、みんなを信頼すると言ったばかりだが、早速私はその言葉を裏切るかもしれない」

 「裏切っちゃうんですかあ!?」

 「うるせえな・・・響くからデケェ声出すなチビ」

 「はわあっ!ご、ごめんなさいぃ・・・」

 

 清水に睥睨され、晴柳院は袖で口を塞いだ。窓すらない倉庫では、音は何度も反響して耳障りだ。無駄に大声を出せば黒幕に気付かれる恐れもある。

 それはそれとして、堅物で軟弱な六浜が昨日の今日で発言を撤回しようと、俺にはなんら不思議ではない。むしろそうして迷う分、こいつは他の奴らよりも現状に真摯に向き合っていると言えよう。もっとも、弱音を吐くようなことはこの俺が許さん。

 

 「我々がここに閉じ込められて、既に数週間、未だ外部から何ら接触の兆しすら感じないということは、やはり我々が自ら脱出しようとするしかないわけである」

 「無論だ」

 「そして申し訳ないが・・・私は、まだ全員を信じることができない」

 「・・・なるほどな。つまり、まだ信じきれねえ奴らを集めて仲良くしましょう、ってとこか。幼稚園かそこらのガキと同じレベルだな」

 「いや違う。今日集めたのは、私が信頼している者だけだ」

 「・・・・・・・・・は?」

 「ん?」

 

 思わず俺も疑問を声にしてしまった。信頼している者だけ、と言ったか?そのままの意味で考えれば・・・それ以外の意味など考え付かんが、この三人を六浜は信頼しているというのか?

 

 「信頼、というと乱暴かも知れん。少なくとも、私の中で、黒幕と関わっていないと言える人物だけだ」

 「た、たったこれだけですか・・・?六浜さんが信じてはるんは、たった三人なんですか!?」

 「色々と疑問はあるが、取りあえず話せ」

 

 晴柳院の言うことも一つあるが、なぜこいつは清水を信頼している?黒幕と関わりがあろうがなかろうが、こいつに期待できることなど何もない。いま生き残っているのが意外なほどだ。

 だが逐一話を切っていては木どころか枝葉しか見えん。

 

 「うむ。私もできることなら全員を信じている、と断言したい。あんなことを言っておいてなんだが、今の私たちの結束は上辺だけでしかないと感じる」

 「だろうな。俺もテメエらと仲良くするつもりはねえ」

 「そ、そんな冷たいこと言わんと・・・仲良うしましょうよ」

 「信じろと言われて信じられるなら苦労せん。陽が沈めば影が消えるように、相反するものがあってこそ成立するものもある。刀を持たない者に戦場で背中を預けられまい」

 「っつうかどこまでいこうと頭ん中までは見られねえだろ。思考が見えるってんなら信じてやってもいい」

 「んな無茶な・・・」

 

 馬鹿に同調するのは非情に不本意だが、意見は違えど立場は同じらしい。信じたければ疑う、疑うからこそ信じる。相反することだが、これはいつの世も同じだ。

 

 「逆に言えば、今ここにいる面子は全員、一度六浜に疑われていたということになるな」

 「えええっ!?古部来さんと清水さんはそうやとしても、うちもですかあ!?」

 「本音が出ているぞ晴柳院・・・。古部来はじっくり話し合った結果、実は無害だということが分かった。清水はここに来た初日の行動や普段の態度からみて、ある意味で裏表がない。どちらも背を預けるに値する」

 「う、うちは・・・?」

 「私は非科学的なものに基づく論理は信じない。故に初めは晴柳院の言動が理解できなかったが、二度の裁判を通して信じてよいものと判断した」

 「なんか複雑です・・・」

 「本来なら飯出とアニーも共に結束したかった・・・悔やんでも仕方ないのは分かっているのだがな」

 

 なんだ、こいつは通夜でもしに来たのか。飯出とアニーは気の毒だが、黒幕に唆された有栖川と石川に気付けなかった奴らにも落ち度がないとは言えん。それを言うとまた拗れるだろうから内に秘めておくが。

 

 「それで、ここに集めた理由はなんだ。信頼できる者だけでしか話せないこととなると、大凡の見当は付くがな」

 「ああ。私がリーダーを務めるにあたって、皆のことを徐々に信用していきたい。そのためには、一度徹底的に疑う必要がある」

 「それをなんで俺らに言うんだよ」

 「私や古部来だけでは限界もあるし、警戒されては困る。そして仲間は多い方がいい。いま、人手は力だ」

 「つまり・・・みなさんを疑いながら少しずつ信じていくために、うちら全員でがんばっていくと?」

 「より具体的に言えば・・・『黒幕』とその関係者をを炙り出す」

 「!」

 

 六浜の言葉に、晴柳院は忽ち顔を青くし、清水は表情にこそ出さないが纏う雰囲気が明らかに動揺していた。その言葉から何を感じ取ったのかは知らんが、俺たちにとってその言葉は決して寝耳に水ではない。

 

 「我々をここに監禁し、猟奇的で異常なことをさせている諸悪の根源・・・それこそが黒幕だ」

 「あ、あ、ああ・・・炙り出すいうんは・・・もも、もしかして・・・?」

 「・・・ああ。我々の中に、黒幕と繋がっている者がいる可能性は十分ある」

 「ひいっ!?」

 「・・・」

 

 晴柳院はあからさまに怯え、困惑し、戸惑っている。一方の清水は、案外落ち着いたものだ。沸点の低い奴はいつ怒るか分からん上に、沸騰すれば理屈を通さんから面倒だ。最後までこの調子でいればいいが。

 

 「もちろん、あくまで可能性の話だ。私の思い違いであればいいのだが・・・」

 「予言者のくせして思い違いだの可能性だの、無責任だな」

 「予言ではない、推測だ」

 「念には念をだ。それに、黒幕が単独犯でないことは既に明らかだろう」

 「は?」

 「分からんのか。この合宿場の整備、監視、懲罰・・・これらを一人で一睡もせずにできるわけがない。その上、監視カメラのみによる管理などザルにも等しい。実際の目による監視もあると考えられる。そして彼奴はモノクマという共通の傀儡を通じ、何らかの組織が関わっていると考えるのが妥当だ」

 

 こんなことを説明してやらねば分からんとは、先行きが不安で仕方ない。清水も晴柳院も、六浜までも馬鹿のように口を開けているが、本気でこう考えたことはないのか?

 

 「も、もし・・・」

 

 しん、と音の消えた倉庫内では、囁くような晴柳院の言葉もよく聞こえた。

 

 「もし・・・う、あう、う、裏切り者がいてるとして・・・・・・だ、誰なんですか?」

 「それが分かりゃ苦労しねえだろバカが」

 「あ、ご、ごめんなさいぃ・・・」

 「・・・私が今言えることはこのくらいだ。後は・・・これも確証のないことなのだが・・・」

 「構わん、言え」

 「・・・あくまで一つの可能性として聞いてほしい。この事件に大きく関わっていると考えられる者の名前だ」

 「?」

 

 張り詰めた空気、しかし棋盤についた時とは全く異なる緊張感。六浜は一息吐き、意を決したように言った。

 

 「・・・テロリスト『もぐら』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 はー、つまんね。もういい加減飽きてきたな、この合宿場も。まあ、気分が悪いのはそれだけの理由じゃねえけどよ。ガラにもなく資料館になんか来ちまった。映画でも観よっかねえ。

 資料館の自動ドアが開くと、カウンターで古臭いパソコンに貼り付いてにらめっこしてる緑色がいた。こいつもまあ飽きねえな。

 

 「よう曽根崎。作業捗ってっか?」

 「あ、屋良井クン。うーん、あんまりかな。相変わらずパソコンの中にはこれといって情報はないし・・・」

 「そうか。っつうかお前、清水のことはいいのか?最近あんましべったりじゃなくなったな」

 「望月サンもいるし、清水クンもだんだん回避スキルついてきたのかな?部屋に行ったけどいなかったんだ」

 「そりゃあんだけ付きまとわれたらな」

 

 下手すりゃあんなのストーカーと変わんねえぞ。まあオレには関係ねえ話だけどな。

 

 「しっかし、マジでなんなんだろうなあここ。脱出するつっつったってよ、ここ出てもどっちに歩いてきゃいいかも分かんねえんだろ?」

 「まあね。けど、みんなでいれば大丈夫なんじゃない?」

 「楽観的だなあオイ。つうか、そのみんなが信用ならねえんだろうが」

 「ま、もう二回も裏切られたわけだしね・・・」

 

 相変わらず曽根崎は分からねえ。結局こいつはどっちの立場なんだ?それに信用ならねえっつうのはどいつもこいつもって意味じゃねえ。まさかこの前の裁判のことを忘れたわけじゃねえだろうな。

 

 「そうじゃねえだろ。望月だよ、望月」

 「・・・」

 「あいつがモノクマと話してたのは穂谷も見たんだ。それは絶対に間違ってねえ」

 「でも、それは毛布を借りるためだったんでしょ?疑いすぎるのはよくないよ」

 「だったら、お前はあいつの態度がおかしいとは思わねえのか?」

 

 ここに最初に連れてこられた時の、まるで緊張感のない態度。この異常な状況に、何も感じてねえって言動。怪しむなっつう方が無理があんだろ。清水と曽根崎はやたら望月と一緒にいることが多いが、こいつらが気付いてねえわけねえ、曽根崎は特にだ。

 

 「まあ・・・常人離れはしてるよね。でも、"超高校級"の人なんてだいたいそんなもんじゃない?一癖も二癖もある人ばっかりだよ」

 「・・・オレはお前もわけわかんねえよ。何考えてっか分かんねえ奴ってのはどうも苦手だ」

 「フフッ」

 

 オレがなんとなくそう呟くと、曽根崎は小さく笑って、細めた目でオレを見た。なんか品定めされてるような、心の奥底まで見透かされるような、そんな感じの目だ。

 

 「な、なんだよ・・・?」

 「屋良井クンも、ボクにとっては興味深いリサーチ対象だよ。素性を明かそうとしないくせに、それ以外のことはストレートに言うなんて、まるで裏表がない人格を演じてるみたいじゃないか」

 「は・・・は?」

 「"才能"が言えないってことはさ、希望ヶ峰学園の生徒としてはかなり異常なことなんじゃないの?」

 「・・・・・・オレだって、言えるなら言いてえっていつも言ってんだろ。それができねえから辛えんじゃねえか」

 「辛い、か。ボクはウソが嫌いだよ」

 

 なんなんだこいつ。そりゃ清水もイヤになるな。たぶんこいつは、自分の中でもう勝手に結論を出してる。それにそぐわねえ受け答えをしたって右から左なんだろうな。

 

 「あははっ、今朝団結を約束したばっかりなのに、もうこんな腹の探り合いみたいなマネ、なんか笑っちゃうね」

 「笑えねえよ!っつうかお前オレの何知ってんだよ!?」

 「なーんにも。だからこそ興味が湧くんじゃないか。取材でもさせてくれるの?」

 「や、やめとくわ・・・」

 「そうだよねえ。今取材したって希望ヶ峰に帰らなきゃ『HOPE』も書けないし。あ、向こうにバックナンバーあったよ。今度読んでね」

 「さり気に売り込みやがった!さっきまでの雰囲気なんだったんだよ!?」

 

 マジでなんなんだよこいつ!マイペースってのかこれ!?

 

 「でもさ、ボクなりに考えてもいるんだよ。この合宿場の主・・・モノクマの正体とかさ」

 「え?あっ・・・え?マジめな感じ?」

 「かな」

 「お、おう・・・全然タイミング掴めねえ。お前の切り替えスイッチどこにあるんだよ・・・」

 「みつけ〜て〜あげるよ〜♫」

 「なんか知らんが押しちまった気がする!!」

 

 だああああああああああああああっ!!!こんなんだから清水から暴力めいたツッコミ受けるんだろうが!!!ムカつくこの野郎!!!

 

 「屋良井クンさ、『もぐら』って知ってるよね」

 「っ!」

 

 その一言で、オレはその場の空気が一気に変わったのを感じた。曽根崎は相変わらず食えねえ薄ら笑いを浮かべて、オレの次の言葉を待つように黙ってる。やっぱりこいつのオンオフのタイミングはよく分かんねえ。けど、今のこいつがマジモードだってのは、オレにもすぐ分かった。

 

 「ああ。例のテロリストだろ」

 「幹線道路沿いの高速道路、都心のターミナル駅、大企業が集中する総合ビル・・・そんな、嫌が応にでも目立つような場所ばかりを破壊する、超偏執的なテロリスト。特別な主張や訴えがあるわけでもなく、現場をただ破壊することだけを目的とした愉快犯。次はどこがターゲットになるか、なんて騒がれてて穏やかじゃないよね」

 「それがどうしたんだよ」

 「ボクの調べによるとね、『もぐら』の次のターゲットは希望ヶ峰学園なんだよ」

 「は、はあ?なんだそりゃ?」

 

 『もぐら』が希望ヶ峰学園を狙ってる?なんだそりゃ。そりゃ目立つような場所ばっか標的になってきたし、希望ヶ峰学園は世界でもかなり有名なところだ。そういや、『もぐら』のターゲットになってもおかしくねえな。おかしくはねえけど、そんなん初めて聞いた。

 

 「どこ情報だよそれ」

 「ヒ・ミ・ツ」

 「しばきてえ!!」

 「あはは、屋良井クンまで清水クンみたいになられたらボクの体もたないよ。あ、ついでに言うと『HOPE』の最新号にもその記事あるから読んでみてね」

 

 そりゃしばかれるようなことするからだろうがよ。つうか、『もぐら』がどうしたんだよ。希望ヶ峰学園を狙ってるのは取りあえずまあいいとして、今その名前を出したってことは、つまりそういうことだよな?

 オレがそれっぽい雰囲気作って曽根崎を睨み返すと、曽根崎の笑顔から無邪気さがすっと消えて冷たさだけが残った。

 

 「・・・お前の言いてえことは分かるけどよ、『もぐら』ってこんな回りくどいことする奴か?誘拐に監禁に脅迫・・・どれもテロリストっぽいっちゃあそうだけど、『もぐら』っぽくはねえよな」

 「まあね。けど、『もぐら』の次のターゲットが希望ヶ峰学園だったことはボクは自信を持って言える。だから、この件に関しても一枚噛んでるとは思うね」

 「マジかよ・・・。さすがに“超高校級の英雄”のオレでも『もぐら』相手じゃ下手なことできねえな」

 

 『もぐら』はマジでやべえ。正体不明、神出鬼没、そんな言葉ばっかりがくっ付くような、謎まみれのテロリスト。曽根崎の言うことを丸々信じるわけじゃねえが、そんな奴が絡んでるとしたら相当だ。

 

 「けど、わけわかんねえな。なんでいきなりこんなまどろっこしい、手間のかかることしたんだ?いくら『もぐら』でも、希望ヶ峰学園を敵にすんのはまずいだろ」

 「さあね。むしろボクは、主犯は他にいると思ってるけど・・・」

 「しゅ、主犯?『もぐら』以外にか?」

 「・・・」

 

 気になることだけ言って、曽根崎は黙りやがった。なんだよそれ。オレらの敵は『もぐら』だけじゃねえってのか。つうか『もぐら』を手下にしちまう奴なんかいんのか?

 

 「ま、気にしないで。ぜーんぶボクの妄想だからさ」

 「なんだお前」

 

 オレがあれこれ悩むのを打ち切るように、曽根崎はまた無邪気に笑って言った。気にしねえわけねえだろ・・・常識的に考えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 細い腕で重い鍋を抱える姿を見ると、はらはらしてとても見ているだけでは落ち着きません。女性に労働をさせてしまうこと自体が心苦しいですが、給仕を当番制にするというのはやはり変えることはできません。私個人の意見よりも、全体の合意の方が力を持っています。

 私ができるのは、望月さんのお体を労り、お力添えをして差し上げる程度です。あくまで主導をするのは望月さんで、私はお手伝いであるという形はとらなければならないのが難しいところです。

 

 「一汁三菜、汁物は塩分を抑えた野菜スープ。副食惣菜は栄養バランスを考慮し、味を濃くしないよう注意。新鮮でない食材は絶対に避け、豚肉は使用禁止。鶏卵は三つまでとする」

 「ずいぶんと詳細に書かれたメモですね。普段のお食事もこれらを参考になさっているのですか?」

 「当然です」

 

 望月さんが読まれているのは、昼食の当番として台所に立つ際に穂谷さんから受け取られたものでした。今まではアニーさんが常に台所でお料理の主導をなさっていたため必要がなかったそうですが、今後はこれを冷蔵庫に貼り付けるおつもりだそうです。

 

 「質問を挙げればキリがないが、塩分濃度の目安は何%だ?それから栄養バランスを明確に示した表と味の濃淡を客観的に示す指標概念、及び新鮮であることの定義を求める」

 「お口ばかり達者ですこと。そこまで些細なことを気にしているようでは、さぞ日常のコミュニケーションにご苦労しているのでしょうね」

 「お前が提示した条件を正確にクリアするためには、最低限必要な要素だと考えられる」

 「し、失礼!味付けや食材選びは私が責任を持って代行しますので、望月さんは調理をお願いします!」

 「む?そうか。それは助かる」

 「あら、いつから鳥木君は望月さんの専属料理人に就任されましたの?」

 「いえ・・・そういうわけではございませんが・・・」

 

 単純に、一昔前のドラマにあるような嫁と姑の諍いで板挟みになる男のような心中を感じたのでございます。これはとんでもなくいたたまれないものです。どちらかの肩を持つこともどちらかを諫めることも適わないもどかしさは、筆舌に尽くしがたい居心地の悪さでございました。

 

 「では、今日の昼食のことは鳥木君に任せました。もしもの時はそれなりの責任も・・・とっていただきますね」

 「・・・か、かしこまりました」

 「鳥木平助。まずは献立を決定する必要がある。副食惣菜は具体的に何が適切と考える?」

 「しょ、少々お待ち下さい!汚れてはいけないので・・・失礼します」

 

 こんなこともあろうかと、拾い集めたモノクマメダルで『花柄エプロン』を引き当てておいて正解でした。備えあれば憂い無しとは至言でございますね。

 両手の白い手袋を丸めてエプロンに変えると、望月さんが一瞬目を見開いたような気がしました。取りあえずワイシャツの上からエプロンをかけて、少し手狭な台所へ入っていきます。

 

 「それで、今日は何を作ろう」

 「みなさんの食品の嗜好は、おおよそ記憶しています。それらのいずれにも引っかからず、どの方にも美味しく召し上がっていただけるものとなると、自ずと絞られますね」

 「因みにだが、私はピーマンとパプリカが苦手だ。鳥木平助は何が嫌いだ?」

 「恥ずかしながら、ハーブやミントなど香草の類が・・・」

 「では青椒肉絲と香草焼きが候補から外されるな」

 

 外れなければ作るおつもりだったのでしょうか?それはともかく、最も難しいのが、穂谷さんのご注文を踏まえた上でこれを成立させなければならないことです。今更になってですが、アニーさんの偉大さを実感しています。あの方はどのような想いでこの台所に立っていたのでしょうか。

 

 「取りあえず今回は昼食ですので、夕食があることを前提に考えてみてはいかがでしょうか。腹持ちせず、味を控え、簡単に済ませることのできるものです」

 「必然的に、焼き肉や煮込みの類も除外されるわけか。この調子ならすぐに献立は決まりそうだ」

 「献立を決めるだけで昼食の時間になってしまいそうです」

 

 望月さんは実に合理的で論理的な思考を常に維持するという、素晴らしい冷静さと賢さをお持ちですが、実生活となるとそれが逆に障壁となってしまうことが多々ございます。それをご自分で自覚なさっていないのが、特に手強い部分です。

 ここは私が決めて差し上げなければ、本当に昼食の時間まで献立が決まらないままです。

 

 「では望月さん、主菜をスープにするというのはどうでしょう」

 「スープ、野菜を入れてか?」

 「はい。野菜とベーコンを煮込み、少々の塩と胡椒とブイヤベースで味を整えます。これにパンを添えれば、ひとまず献立としては成立します」

 「なるほど。汁物である野菜スープに固形物である野菜が多く含まれている点に着目し、小麦粉製品のパンを主食として付属させることで、副食惣菜としての性格を強調し、一汁三菜の基本形式に則りながらもその形を崩すということか」

 「その解釈で間違いはないかと」

 

 正直半分は聞き流してしまいました。申し訳ありません、と心の中で謝罪し、あと二品の添え物を考えることにしました。スープとパン、では残りも洋風にまとめるべきですね。

 

 「・・・ずいぶんと真面目だな、鳥木平助」

 「え・・・それはもちろん、こうしてお手伝いをしているわけですから、片手間ではいけません」

 「そうではない。そもそも私たちに、穂谷円加の注文を全てクリアする必要性があるのか?明らかに条件を限定し過ぎているとは考えられないか?」

 「そうでしょうか?」

 「お前は、この条件をクリアするだけの自信と義務を感じているのではないか?」

 「・・・どういうことでしょうか」

 

 私の考え込む顔を覗き込むようにして、望月さんはそう仰りました。穂谷さんの条件をクリアするだけの自信と義務とは、一体なんでしょうか。お客様の反応を伺って心理を読んだことは多々ありますが、あまり私の方が読まれることはないので、少し緊張してしまいました。

 

 「穂谷円加の提示した条件から察するに、穂谷円加は食品の健康に対する影響に非情に敏感だ。気分や嗜好で説明するには無理があるほどに。このことから、穂谷円加は自らの健康について深く配慮していると言える。これを毎食だとすれば、一時的な体調不良などの理由も排除される。ここから、こうした結論が導き出されることに矛盾はない」

 「はい」

 

 台所の雰囲気が張り詰めたのを感じました。望月さんは、日頃何を考えてらっしゃるか分からないだけに、こうした推理をなさる時にはまるで違う人物のような威圧感を醸し出されます。私も自分の体格には自信がある方なのですが、なぜこんなにも力を感じるのでしょうか。

 望月さんは、ゆっくりと口を開いて、私の目を見て仰いました。まるで、私を追い詰めるように。

 

 「穂谷円加は、長期的に肉体に負担を強いられる傷病を患っているな?」

 「・・・望月さん。そのご質問に答える前に一つ、私からの質問にお答えいただいてよろしいでしょうか」

 「問題はない」

 「なぜ、私に仰るのでしょうか」

 

 望月さんの仰ることは、およそ想像に難くないことです。あれほど細かな注文をメモにして渡すなど、よほどの偏食家か、或いはお体に不具合を抱えていらっしゃる方のどちらかです。しかし、望月さんはそれに全く合理的な説明を付け加えて仰います。単なる連想ではなく、論理としてその事実を私に突きつけてきました。

 少し怯みましたが、私はどうにも不思議に思って、失礼とは知りながら質問に質問で返してしまいました。

 

 「あくまで私が観測した中でだが、穂谷円加と共に行動する機会が多い人物が鳥木平助だったからだ」

 「つまり、私なら穂谷さんについて多くを知っていると思われたわけですね?」

 「可能性としてだがな。私の必要とする情報を有しているかは別の問題だ」

 「申し訳ございませんが、私は望月さんの期待なさっているような者ではございません。穂谷さんは至って健常に見受けられます」

 「・・・そうか。面白そうだ」

 

 それを最後に、望月さんは私の目から視線を外しました。面白そう、というのはどういうことでしょうか?それを尋ねるのはなんとなく憚られ、私はそのまま言葉を失ってしまいました。穂谷さんのお体に関しては、私もよく存じません。ですが、望月さんのご推察を否定することはできませんでした。果たしてこれが適切なことだったのかどうか・・・。

 

 「そうこうしているうちに、時間は過ぎていくな」

 「はっ!!そ、そうでした!えーっと・・・と、とりあえずスープを作りましょう!」

 

 深く考え込みすぎて時間を忘れてしまっておりました!急いで作らなければ!もう昼食の時間が迫ってきております!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り12人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】  古部来竜馬

 

 屋良井照矢  鳥木平助   滝山大王 【アンジェリーナ】




さて、(非)日常編を書くのが凄まじく苦手ということに気が付きました。どうすりゃいいんだこれ。
人気投票の件ですが、結果は聞かないでください。皆違って皆良いんです。察してくださいこの涙から


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

(非)日常編3

 くそっ、あんな話まともに聞くんじゃなかった。六浜の野郎、黒幕の手先が俺たちの中にいるかも知れねえから気を付けろだなんて言いやがって、今までより余計に周りの奴らの扱いに困るじゃねえか。それに、一番黒幕っぽい奴らが・・・両方とも俺に付きまとってきやがる。

 

 『オマエラ、おはようございます!朝です!今日も一日張り切って、合宿ライフを絶望的にエンジョイしてください!』

 

 相変わらず、喉の奥に手ぇ突っ込んで声帯をぶっこ抜きたくなるクソみてえな放送だ。いっそのこと部屋のスピーカーぶっ壊してやろうか。けどんなことやったら、またモノクマに難癖つけられそうだ。クソッ、ムカつくからもう一眠りするか。

 俺はもう一度目を閉じて、スピーカーに背を向ける体勢に寝返りを打った。まだ眠てえんだよ。こんなくだらねえ放送で起こすんじゃねえ。深く一息吐くと、周りの音が気にならないくらいの眠気に襲われて・・・。

 

 『え〜、朝っぱらからなんですが、オマエラ!至急多目的ホールにお集まり下さい!おいでよ!っつうか来いよ!』

 「・・・」

 

 俺の意識はベッドの下まで沈む前に無理矢理引っ張り出された。ついでに忘れてたムカつきも一緒に釣れたらしい。さっき目を覚ました時よりもずっと腹が立つ。これじゃ誰かに殺される前にどっかのボニファティウスみてえに憤死しちまう。マジでぶっ飛ばしてやろうかあのクソクマ。

 ベッドのバネを潰すつもりで手で杖を突き、俺はベッドから跳び起きた。最近は身嗜みを整えてねえと六浜や曽根崎がうるさくなってきた。どんだけ梳かしてもムース付けようとこの癖っ毛だけは直らねえんだっつうの。馬鹿にしやがって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 多目的ホールには、案の定ほとんどの奴がいた。まだ来てねえのは古部来だけだ。あいつはあんな風に言った後も平気で遅刻できんのか。大した奴だな。そのせいで前回の裁判で容疑者になったの覚えてねえのか。

 

 「おはようございます清水君」

 「これで、古部来クン以外は全員だね。いつも通りだ」

 「しょうのない奴じゃのう。しかしこうも毎日寝坊とは、一周回って不自然じゃの」

 「ちゃんとおきられねーやつはこどもなんだってアニーがいってたぞ!」

 「うわあ・・・それ滝山にだけは言われたくねえ」

 「すまん。遅れた」

 

 そんな風に雑談してると、古部来が当たり前のように扉を開けた。入ってくる時に小さくだが謝ったのは、こいつにしちゃあ相当な前進なんだろう。大概の奴が気付いてねえが、古部来もだいぶ丸くなった。最初の馬鹿馬鹿連発してた頃に比べりゃな。

 

 「清水クンは未だにツンケンしてるけどねえ」

 「余計なお世話・・・あ?テメッ、いま心ん中読んだろ!」

 「はあ?あっはは!何言ってんのさ、そんなことできるわけないじゃん!エスパーじゃあるまいし!」

 「・・・そんなんだから胡散臭えって言われんだろうが」

 

 このメガネ野郎なら、人の心を読むくらいのことやってのけそうだから信用ならねえ。そこで俺は、昨日の六浜の話を思い出した。そうだ、怪しい雰囲気で言ったらこいつはこの中でぶっちぎりだ。この前モノクマが偽の秘密をバラ撒いた時の態度もそうだし、裁判中の態度もそうだ。

 黒幕と直接結びつくような証拠はねえが、引っかかる部分が多すぎる。だいたいこいつ、俺のことは根掘り葉掘り聞くくせに、テメエのことは何にも話そうとしてねえじゃねえか。こいつは一体何者なんだ?

 

 「ん?なあに?ボクの顔に何か付いてる?それとも、ボクのメガネに映る自分の顔に酔いしれてる?」

 「・・・ふん」

 「ありゃ。スルーされちゃった」

 

 無意識の内に曽根崎を睨んでた。それに気付いても曽根崎はへらへら笑って軽口を叩きやがる。マジで秘密がバラ撒かれたあの時の怯えた顔は、見間違いだったんじゃねえかって思えてくる。

 

 『はい!全員集まったね!それじゃあ満を持してボク登場!』

 「相変わらず間抜けな登場の仕方だな」

 「じゃじゃじゃじゃーーーん!!まったくさあ、オマエラ、なんか結束しようとしたり疑い合ったり別にいいんだけどさ、刺激が足りねーっつってんだろ!」

 「そ、そんな理不尽な怒り方されても・・・」

 「こちとらオマエラのほのぼの青春白書を観てえんじゃねーっつーの!!高級住宅街気取りか!!麻布十番か!六本木か!白金台か!」

 「なんで南北線沿いなの?」

 「うるせー!とにかく、オマエラののんびりライフを観てるほどボクは暇じゃねーっつうんだよ!というわけで、今回もやって参りました!オマエラに動機をあげてあげましょう!」

 「いらねーよそんなもん!いいからひっこめー!」

 

 ずいぶんローカルなネタを仕込んできやがったな。そう言えば希望ヶ峰学園の最寄り駅はどこだったか。って今はそんなことどうだっていい。やっぱりまた動機を発表しやがるつもりか。どうせ次の動機もウソだろう。さすがに三度目でそんなウソに惑わされる馬鹿がいるとは思うが、周りの奴らが分かってりゃ問題ねえだろ。小学生の大口みてえに百億円でも積まれりゃ別だが。

 

 「付き合ってられん。まともに取り合うだけ時間の無駄だ」

 「と思うじゃん?でもボクだって勉強しました!オマエラゆとり世代は、叩いてばかりじゃすぐ潰れちゃうんだってね!だから今回は、ボクからアメをあげることにしました!」

 「どうせろくでもない物に決まっている。みんな、耳を貸すな」

 「アメくれんのか!わーい!」

 「そのアメじゃないよ!?」

 

 アメだと?人を殺させるような動機に、飴も鞭もあるわけねえだろ。今度は何が出るってんだ。

 モノクマは口元を手で押さえて、怪しげなボタンを取り出して足で踏んだ。たちまち天井から何か降ってきたと思うと、それは天井に届きそうなくらい積み上がって山になった。遠目には、それが本だってことしか分からねえ。

 

 「じゃーーーん!オマエラが望んで止まない、外の世界の情報でーーーす!いつかオマエラに見せようと、スコールにも負けずトルネードにも負けずあっちこっちの書店から買い集めて、ボクもうすっかり財布がすっからかんになっちゃって・・・感謝して読めよオマエラ!」

 「は・・・はあ?外の世界の情報?」

 「オマエラがここに来てからの新聞、週刊誌、ニュースサイトのコピー、その他メディアを掻き集めてやったんだよ!これだってほんの一部なんだからな!資料館に置いとくから読みたきゃ読めよ!」

 「そんなもので、今さら外に出ようと抜け駆けする者が現れるとでも思っているのか!」

 「うぷぷ・・・今さら、ねえ。うぷぷ!うぷぷぷぷぷぷぷぷ!!」

 「えー?アメは?ほんなんかよめねーよ」

 

 六浜の言葉に、モノクマは笑いながら消えてった。本も一緒にはけたってことは、資料館に置きに行ったんだろう。わざわざ面倒くせえことして、ご苦労なこった。

 だが、あんなもんが動機になんのか?外の世界の情報を見せて、すぐに出たいなんて思わせることが目的なら、最初の映像の方が効果的だ。だいたいここに閉じ込められてから一ヶ月も経ってねえのに、大した情報なんて・・・ん?

 

 「いや待て・・・おかしいだろ」

 「どうしたの、清水クン」

 「俺らがここに来てから、まだ一ヶ月経ってねえはずだろ・・・。なんであんなに山積みになるんだ」

 「えっ・・・?」

 

 自分で言ってて気付いた。あんまりにも濃い日が続いてて忘れてたが、俺らがこの生活を始めてからまだ精々二週間。新聞なんて掻き集めても百部かそこら、週刊誌なんかそれよりずっと少ねえはずだ。なのに、なんで見上げるほどに積み上げられるんだ。

 

 「・・・奴の言葉を真に受けるな。どうせ妄言に決まっている」

 「しかし、私たちはもうその可能性を知ってしまいました。どうなさるおつもりですか、六浜リーダー?」

 「んん・・・」

 

 六浜がきっぱりと言い切った。だが、その後の皮肉気味な穂谷の質問には、答えに詰まってた。そりゃそうだ。あんなもん気になるに決まってる。それにモノクマは今までウソは言ってきたが、冗談を言ったことはない。あいつが動機として持ってきたんなら、間違いなくそれは俺たちの誰かにとって動機になり得るもんだ。もしそいつがあれを手にとって、マジで誰かを殺すつもりになったら、また同じ事を繰り返すだけだ。

 

 「ひとまず資料館に行って確認をすべきだ。処分するなり封印するなり、俺たちからあれを遠ざける方法はいくらでもある」

 「・・・そうだな。移動しよう」

 

 古部来はいつものように落ち着いてる。俺の言ったことにほとんどの奴が動揺してんのに、一人だけ冷静ってのも不気味だ。

 六浜が出て行くのについてって、俺たちは全員で多目的ホールから資料館に移動した。別に六浜に従ったとかいうわけじゃなくて、単純に新しい動機が気になったからだ。俺が違和感を覚えたあれは、まだ未解決だしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全員で資料館に来るなんて、まだアニーサンと石川サンが生きていたころを思い出す。そんなことを考えるのは不謹慎なのかな。でも、彼女たちだって確かに僕らの仲間だった。アニーサンはみんなを支えていたし、石川サンだって自分のやり方で、みんなの絆を強く固くしようとしていた。ただ、“才能”というプレッシャーに耐えきれなくなっちゃっただけなんだ。最後の一線を越えさせたのは、モノクマだ。

 ボクは、ここにいないみんなのことを考えることを不謹慎とは思わない。だったらそれを口にしてしまえばいい、いつもみたいに軽々しく言えばいい。でもそうしないのは、やっぱりボクもそれを不謹慎だと思ってるからなのかな。

 

 「改めて見ると・・・ようかき集めたもんじゃな」

 「本当にそのまんま置いてあるとは・・・。誰が片付ければいいのだ」

 

 資料館のテーブルは、さっき多目的ホールで見た山積みの本や雑誌で埋め尽くされていた。清水クンが違和感を覚えた通り、その量は確かにおかしい。たった二週間やそこらじゃ、いくらありとあらゆる情報をかき集めたからって、ここまでの量になるはずがない。

 それにしても、読もうにも一冊抜き取っただけで全部崩れてしまいそうだ。どこから手を付ければいいのさ。

 

 「・・・読むべきだと思うか?」

 

 なんとなく、みんなでその山を囲んで、それからは誰も行動を起こそうとしなかった。だって、これは『動機』なんだから。これを読むってことは、モノクマが言うコロシアイをするための、『動機』を手に入れるってことだ。それはつまり、またボクたちの間に疑心暗鬼を生むことになる。

 頭では理解してても、脳はお構いなしに体に命令する。その本を取れ、中に書かれていることを確認しろ、知りたくてしょうがないって。それは、ボクが広報委員だからっていうわけでもないはずだ。ここにいるみんなが思ってる。それに待ったをかけた古部来クンは、さすがに緊張感に慣れてるだけある。

 

 「仮にこの場で解散し、誰も手を付けずに資料館を後にしたとしても、未処理のままではそれだけで疑念を生むぞ。いっそ全員で読み情報を共有するか、或いは誰も読まずに処分するか」

 「しかし古部来。これが本当に、動機となり得ると思うのか?」

 「それは読んでみるまで分からん。だが読んで動機となれば、また心安らがぬ日々を過ごすことになる。まさにジレンマだ」

 

 目の前に大量の情報が分かりやすく存在してるのに手を付けないなんて、広報委員の名が廃るよ。だけど六浜サンはまだどうすべきか迷っている。

 

 「読むべきではないだろうか」

 

 気持ち悪い静けさに、また彼女が一石を投じた。みんなは目を向けたり、ため息を吐いたり、反応もバラけてきた。

 膠着した時に最初に口を開くのは、いつも彼女だ。読むべき、っていうのは、彼女なりの考えがあるんだろうけど、どういうことなんだろう。

 

 「私たちがここに監禁され、少なくとも一週間以上が経過している。これに対し希望ヶ峰学園は、何らかの行動を起こしていると考えられる。それを把握することは、私たちがここから脱出するための足がかりになると言えよう」

 「だ、だけどそれが載ってるなんて確証はないじゃないか。モノクマがその部分だけ切り抜いてたりしたら・・・」

 「それに、動機と分かっているものに敢えて触れるような危険を冒すことは合理的ではない」

 「合理的でない?私にはお前たちの方が、よほど非合理的であるように見えるが。いや、理性的でない、という表現の方が適切だ」

 

 相変わらず、人間味のない冷たい喋り方だ。それに、状況を理解しているのかしてないのか分からない主張、淡々と人を敵に回すような発言。望月サンはブレないなあ。

 今まで二回の事件を通して、ボクたちの内面には少なからず変化があったはずだ。なのに望月サンだけは、まるで機械みたいに変わらない。だからこそ不気味で、怖い。そんな不安が、いつしかボクたちの中にあった。それを代表するみたいに、古部来クンが望月サンを睨んだ。

 

 「理性的でないのはお前だ、望月。冗談ならば笑えんぞ」

 「私は冗談を言うのが苦手だ」

 「まあ落ち着け古部来。望月の主張も分かる。読んでしまうのも一つの方法ではある」

 「一つ質問したい、六浜童琉。それらに目を通さず処分するメリットとは何だ?」

 

 うわあ、ここまであからさまにケンカを売るなんて、本当に望月サンはブレない。もしかしたら、ケンカを売ってるってことにすら気付いてないのかもしれない。見ててひやひやする。

 

 「誰も動機に触れない。それは、これ以上の悲劇を回避することに繋がる。分かるだろう」

 「誰も動機に触れない、という状況は、観測不可能だ」

 「・・・?」

 「仮にこれを処分するとして、焼却にせよ裁断にせよ、処分の過程で何者かがその内容を目にし理解する可能性は十分にある。誰も動機に触れないためには、直ちにこの書類の山に火を点けるというような方法しかない」

 「そんな現実的でないことを言うなど、お前らしくないな。望月」

 「反語的表現だ。つまり、誰も動機を得ないという事象の均質化は、事実上成立し得ない。だが、全員が情報を共有するという事象の均質化は成立可能だ。なにより動機も不明なままでは、それこそ有栖川薔薇や石川彼方と同じ過ちを」

 「望月サン、そこまでだ」

 

 だんだんと六浜サンと古部来クンの表情が険しくなる。二人だけじゃない、周りで聞いてるみんなの顔も、次第に暗くなってきている。望月サンにそのつもりがなくても、これ以上喋るのはボクらにとっても、望月サンにとっても不利益にしかならない。ボクはストップをかけた。望月サンは、また機械みたいに喋るのを止めた。

 

 「それで、どうする」

 

 静かになった瞬間を見逃さず、古部来クンが改めて六浜サンに尋ねた。こんな状況じゃあ、どっちの決断をするのも苦でしかない。いちいち責任感が強い六浜サンには酷だ。

 

 「・・・オレは読むぜ。ここまでされて、読まねえ方が気持ち悪い」

 「私も。あなた方と違って、私が失踪したとなれば国際機関が黙っていませんわ」

 「また大袈裟な・・・。でも、ボクも読んだ方がいいと思う。このままじゃ、誰がどんな情報を持ってるか分からないことになる。秘密をばら撒かれた時と同じように」

 

 大事なのは、そこに書かれてることじゃない。全員が同じ状態にならないといけない、ってことだ。それが疑心暗鬼の素になるってことは、みんな分かってる。だけど、外の世界の情報を前にして、清水クンの違和感を聞いて、ボクたちはもう足を取られてたんだ。この、深い深い、好奇心という名の沼に。

 

 「目に暖簾、口に留め金、耳に蓋・・・か」

 「仕方ない・・・分かった。我々はこの情報を共有することとする。読むなりなんなり・・・好きにすればいい」

 

 ボクたちは、その山に手を伸ばした。そこに眠る絶望に、吸い寄せられるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「っ!?ど、どうなってやがる・・・!?」

 「・・・モノクマの偽造だ。そうに決まっている!」

 「それならどれだけいいことだろうね。ご丁寧に、『HOPE』まで置いてある。編集者のボクがいるのに・・・いや、いるからこそ、なのかな」

 

 手に取った本や新聞、週刊誌・・・それらの内容は、いずれも怪奇を極めた。なぜ私の知らないことが載っている?なぜ私の知らない事件が、既に起きたことになっている?どういうことだ。

 これが意味すること、そして全ての物に記されている、大きな問題が、じわじわと背後から近付いてくる気がした。

 

 「・・・これらの文献から推測するに、私たちは、少なくとも三年先の世界にいるということになるな」

 「馬鹿なことを言うな!!」

 

 どこまでも冷静な望月に、私は思わず声を荒げた。なぜそんなに落ち着いていられる!?あり得んだろう!!なぜどの新聞も雑誌も、日付が三年後なのだ!!

 

 「な、ななな、なんで・・・!?三年なんて・・・!?」

 「・・・いかん!いかんぞ!信じてはいかん!どう考えてもおかしかろう!わしは脳まで老化した覚えはないぞ!確かにわしらがここに来てから、二週間ほどしか経っておらん!」

 「なら、この山はどう説明するの?新聞や雑誌は捏造があったとして、これだけはどうやっても説明つかないはずだよ」

 

 そう言って、曽根崎は何冊もの『HOPE』を見せた。いつもの飄々とした態度は失せ、薄く青ざめている。自分が編集者であるにもかかわらず、見覚えのない冊子の数々。この中で最も動揺して然るべきだ。

 

 「ボクは『HOPE』を編集して、奥付に手書きでサインをするようにしてる。ここにあるのは、ボクらがすっ飛ばしたはずの三年分の『HOPE』、その全部にボクのサインがあったんだ」

 「そんなもの、モノクマの手にかかれば模倣など簡単にできるのではないですか?」

 「コピーだって言うつもり?ボクに、万年筆のインクとプリンターのインクの違いが分からないとでも?筆跡をコンマ1ミリ単位で見分けられないとでも?」

 「有栖川のメモがあいつのだって見破れなかっただろうが・・・」

 「だって彼女の字を知らなかったんだもん」

 

 おそらくモノクマは、この『HOPE』こそが、曽根崎こそが、この混乱の根拠となるように図ったのだろう。我々がどうしても、この不可解で、不条理で、馬鹿げた事実を受け入れざるを得ないように。

 

 「ボクも知らない事件、ボクも知らない記事、ボクも知らない日付・・・だけど記事の書き方といい構成といい、何よりサインも、全部ボクのものとしか思えない」

 「貴様は・・・」

 

 望月が乗り移ったのか、曽根崎は淡々と述べる。私だって信じられん。新聞の一面に載るような事件も、株価の大変動も、自然災害も、私が推測していないことが起きている。そしてそれには、不気味なほどに筋が通っている。全てを予見するなど傲慢なことを言うつもりはないが、ここまでのことを今まで知らなかったということが信じられん。

 『HOPE』を見ながら冷や汗を垂らす曽根崎に、古部来が口を開く。

 

 「俺たちがその三年間の記憶を、丸ごと失っているとでもいうつもりか」

 「・・・それが一番現実味がなくて、一番納得できる解釈だね」

 「わ、わけがわからないよ・・・。どういうこと?僕らがいる今は、いつなの?」

 「少なくとも、ボクらが学園にいた時から三年後・・・ってことになるかな」

 「馬鹿げている!!そんな阿呆な話があってたまるか!!」

 「・・・」

 

 信じられるか!!信じてたまるか!!丸々三年も記憶がないだと!?どれだけ馬鹿げたことが起きようと、私の記憶まで疑うなど、馬鹿馬鹿しいにも程がある!!そんなわけがない!!

 

 「落ち着け六浜。これが事実か否か、確かめる方法はない。踊らされるな」

 「だ、だよな!いきなり三年後とか少年漫画じゃあるまいしな!確かめる方法なんて・・・」

 「ここから脱出し、直に外の世界と接触する以外にない」

 「!」

 

 また望月か。一体こいつは我々をどうしたいのだ。そんなこと分かっている。最も手っ取り早くこの複雑で憂鬱な気分を晴らす方法は、モノクマのルールに従うことだ。だが、絶対にそんなことは許されない。もう絶対にあんなことを繰り返すわけにはいかない。

 

 「・・・ひとまず、知ってしまったものは仕方ない。愚かな考えを浮かべんよう、各々気を確り持つんだな」

 「も、もちろんですけど・・・」

 「ふう、やはり室内で考えてばかりではいかん。発掘にでも行くか」

 「馬鹿の一つ覚えのように同じ事しかしないのですね。私も、部屋に帰ります」

 

 結局、古部来がその場を締めた。私はいったい何をしているのだ。いくら理解不可能な事象を前にしたからと言って、リーダーになっておきながら冷静さを欠いて大声を出すなど。

 私に呆れたのか、この重苦しい雰囲気がいたたまれないのか、一人また一人と資料館を後にしていく。残ったのは数人だ。みな、受け容れたくないのか、気にしていないのか・・・気にしていないわけがあるまい。何も知らないうちに三年もの時間が過ぎていたなど、どう受け止めれば良い?どう納得すればいい?

 

 「フンッ・・・馬鹿め」

 「なにっ?」

 「六浜、一局付き合え。貴様に、リーダーのなんたるかを教えてやる」

 「は?」

 

 唐突に何を言い出すのだこいつは。私はいま将棋なんぞ打っている場合ではない。一度はまとまりかけた皆が、再び離れようとしている。前回私は、ただそれを嘆き悩むことしかできなかった。だから今度は、何か行動を起こさねばならないのだ。しかし何をすればいいのか。それを考えているのだ。

 

 「悩むばかりがリーダーではない。いいから来い、責任を果たしてやる」

 「せ、責任?」

 「貴様に足りないことを教えてやると言うのだ」

 

 よく分からんが、古部来の表情は真剣だ。この男のふざけた顔など見たことがないが、目の奥から本気であることが伝わる。私は従うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 知らない間に三年もの時間が過ぎてるなんて、普通は信じられません。けど、ここに来てからは信じられないことばっかり起きてる。もしかしたら、あの雑誌や新聞も本物・・・?ほんまにここは、三年後の世界なんやろか。

 

 「晴柳院さん?」

 「ふえっ!?」

 「大丈夫?ずっと青い顔してるけど・・・でも晴柳院さんって元が白いから、あんまり分からないね」

 「・・・さ、笹戸さんこそ大丈夫なんですか?」

 「うん。びっくりしたけど、不安にばっかりなってられないかなって。本当に三年経ってたとしても、時間は巻き戻せないんだから、これからのことを考えないとって思ってさ」

 

 笹戸さんは、そう言って空元気を見せました。簡単に切り替えるなんてことできるはずありません。やっぱり見ない方が良かったんやろか。こんなに不安になってまうって知ってたら、あんなの絶対見いひんかったのに。

 

 「はあ・・・」

 「きっと、あれを読まなくても同じだったよ」

 「へ?」

 「みんなで読まないことを決めても、誰かが裏切って読むんじゃないかって、そんなことを考えて、結局今と変わらなかったと思うよ」

 「え?え?いや・・・そんな・・・って、なんで分かったんですかあ!?」

 「何が?」

 「う、うちが・・・読まんかったらよかった思ってたこと・・・」

 「あははっ、そんなの分かるよ。晴柳院さんのことなんて」

 「ええ・・・?」

 

 軽く笑顔を見せる笹戸さんは、ちょっと不気味に見えました。切り替えが早いゆうても、今は笑える気分やないのに。それに、どうしてうちの考えてることが分かったんやろか。

 

 「モノクマが動機を発表した時点で、僕らはもう、疑い合うことを強いられてたんだ」

 「そそ、そんなこと・・・!」

 「だからこそ、晴柳院さん、僕は君が心配なんだ」

 「ふえ?う、うちが?」

 「誰よりもこのコロシアイに怯えて、誰よりもこの疑心暗鬼を悲しんでる君が。僕は心配なんだよ」

 「さ、笹戸さん?」

 

 笹戸さんの目は、ほんまにうちを心配してる目でした。真剣に、真面目に、うちから目を離そうとしませんでした。

 

 「糸ってね、張り詰めてるとすぐに切れちゃうんだ」

 「は、はい?」

 「だから、釣りで大物がかかった時は、相手のペースに合わせて糸を少しずつ手繰り寄せて、絶対に力ずくで勝負なんてしない。負けるのが目に見えてるからね」

 「はあ・・・そ、そうなんですか」

 「だから晴柳院さん、もっと気を緩めてよ。ここに来てから、緊張しっぱなしでしょ?」

 「き、きを・・・?」

 「僕らの相手は、黒幕っていう大きな敵。緊張して疑って怯えることは、黒幕に弱みを見せることになるんだ。張り詰めた心の糸は、簡単に切れる。釣り糸なら修復できるけど、心の糸は・・・二度と戻らないんだ。だから、もっと気楽になっていいんだ。いや、ならなきゃいけないんだ」

 「そ、そうなんでしょうか・・・?」

 

 な、なんだかこんな笹戸さんは初めて見ます。気楽に言う割に、笹戸さん自身が焦ってはるような。きっと、うちに気を遣ってくれてはるんや。うちがいつまでも暗い顔してるから・・・もう落ち込まないって決めたのに、これじゃうちは変わらんままや。

 

 「そう・・・ですよね。暗い顔したらあきませんよね」

 「うん、晴柳院さんは笑った方がステキだよ。きれいなんだからさ」

 「へっ!?あ、あ、いえ・・・そそそ、そん、そんな・・・うううぅ・・・」

 

 なな、なんでいきなりそんな恥ずかしいことを、そんな当たり前みたいな顔して言うてまうんですかあ!?笹戸さんってこんな人でしたっけ!?そんなこと言われたら、もう笹戸さんの顔見られないやないですかあ!そんな風に言ってくれたんは・・・有栖川さんだけやったから・・・。

 

 「むっ、丁度良いところに!おい笹戸!晴柳院!」

 「うぁっ・・・?明尾さん・・・?」

 「ちょうど人手が欲しかったところじゃ!発掘場で大量のモノクマメダルを見つけてな、あんなにいらんから譲ろうと思っとったんじゃ。寄宿舎まで運ぶ駄賃にくれてやるから手伝うてくれ!」

 「そ、そそ・・・そうなんだ・・・・・・う、うん。手伝うよ・・・」

 「何を真っ赤になっとるんじゃお前さんら。暑いのか?」

 「い、いえ・・・」

 

 間が良いのか悪いのか、明尾さんが声をかけてくれたお陰で、妙な雰囲気のまま笹戸さんと二人でいる必要もなくなりました。だけど・・・これから顔を合わせるのがちょっと気恥ずかしくなってまうような気がして、やっぱりまだ気まずいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り12人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】  古部来竜馬

 

 屋良井照矢  鳥木平助   滝山大王 【アンジェリーナ】




久し振りの更新です。スクールモードばかりではいけませんね。本編もようやく進みました。日常編なので物語的にはそこまで進んでません


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

(非)日常編4

 「うおおっ・・・き、きもちわりぃ・・・」

 「もう食えねえ・・・うぷっ」

 「何してんの?」

 

 みんなが行った後、ボク一人でしばらく資料館で雑誌類に目を通してたけど、やっぱりボクの目に狂いはなかった。それ以上調べても有益な情報はないと判断して、あと気分が悪くなってきたから、食堂で休憩でもしようと思ってやって来た。

 そしたら、そこで異様な光景を目にすることになった。テーブルの上には深皿に山になるまで積み上げられた黄色の塊。そのお皿の横で、黄色のクマみたいに手をハチミツに塗れにした滝山クンが次から次へと一切れずつ口に運び、隣のテーブルには青い顔に黄色い口をした清水クンと屋良井クンが累々と横たわってた。

 

 「あっ、ほれあき。ほうひら?」

 「むしろこっちが聞きたいよ。どうしたの?」

 「おやふ。おりりがふくっえくえあんら。え〜っも・・・フエ、フゲ?」

 「口に物を入れたまま喋らない。フレンチトーストです。曽根崎君もいかがですか?」

 

 なるほど、この甘く香ばしい匂いはそういうことか。キッチンから出てきた鳥木クンが、フライパンから新しいフレンチトーストを皿に投入した。黄金色のパンに付いた程よいキツネ色の焦げが、まるで模様のように見える。ハチミツの甘い香りに食欲をそそられ、ボクももらうことにした。けど、まだ気になることがある。

 

 「あそこの二人は?屋良井クンはともかく、清水クンまでどうしたの?」

 「話すと長いのですが・・・」

 「いいよ。あ、だけどゆっくり話してね。メモ取るから」

 「こんなん記事にすんじゃねえ・・・」

 

 なんか聞こえてくるけど、知らない。今の清水クンなら何しても怒られないもんね。

 

 「私が部屋で小道具の手入れをしていると、滝山君におやつを作って欲しいと頼まれたのです。どうやら私の料理がお気に召したらしくて」

 「アニーのがうまかったけどな!」

 「正直だね、滝山クン」

 「そこで食堂に来たところ、清水君がいらしてたので、ご一緒にいかがですかと誘ったのです」

 「え、乗ったの?清水クンが!?あの清水クンが!?まさかの!?」

 「うるせえな!!おうっ・・・デケェ声出したらますます・・・」

 「どうやらお持ちの飴がお口に合わなかったらしく、お口直しにいらしてたようなので、一緒にいただくことになりました」

 「ひろったもんくったらダメなんだぞ」

 「テメエと一緒にすんな・・・!ガチャガチャのおまけで出たんだよ・・・!」

 「ツイてんだかツイてないんだか、ややこしい景品だね」

 

 っていうか、その飴よっぽど不味かったんだ。清水クンが人と一緒におやつしようと思うほど。うーん、いや、これは清水クンの内面的成長と捉えるべきなのかな?

 

 「そして、私がキッチンでフレンチトーストを作っていると、途中から屋良井君もいらしたようで。なにやら興奮気味でしたので理由を伺うと」

 「倉庫のパーティーグッズの棚によ・・・大量のモノクマメダルが入った箱があったんだよ。だから・・・ガチャガチャ回そうと思って・・・食堂なら誰かいんだろと思って来たんだよ」

 「なるほどね。で、なんでくたばってんの?」

 「このメダル全部独り占めもどうかと思ったわけよ。んで、ちょうど滝山と清水っつうレアコンビがいたわけだから、いっちょ盛り上げてやるか!と思って」

 「大食い勝負でも始めたの?」

 「ビンゴすんな!」

 「より多く食べた人から鷲掴みでもらえる制度にしたそうです。屋良井君はもちろん出資者ですから張り切っておられたようで、清水君も飴のリベンジに燃えていたそうで」

 「変なとこムキになるんだから」

 「うるせえ、暇だから付き合ってやっただけだ」

 「で、今に至ると。なるほど、決着着いたのに滝山クンがまだ食べてるのは」

 「ふぁいえーあらな」

 「飲み込んでから喋る。ですが今ので食パンが切れてしまいました」

 「えーーーーーっ!!?」

 「そんだけ食べりゃあね。っていうかまだ食べるつもりだったの」

 「なんであいつら滝山の言ってることが分かってんだ?」

 「さあ・・・」

 

 大体のことは分かった。大した記事にはならなさそうだけど、まあ話の種くらいにはなるかな。結局滝山クンは、お皿にあったフレンチトーストは全部食べきって、それでも少し物足りなさそうにしてた。

 

 「はやくひるめしにならねーかなー」

 「オレ昼飯いらねえ・・・くそぅ、“超高校級のフードファイター”のオレがこんなことになるとは・・・」

 「そんなに食べないでしょ屋良井クン。好き嫌いもあるし」

 「やはりこの時間に間食は避けるべきでしたね。滝山クンはまだまだ大丈夫そうですが」

 「それより、勝負着いたんでしょ?ガチャ回しに行かないの?」

 「そーだった!そねざきととりきもいこーぜ!」

 「折角のお誘いですが、私は洗い物が残っておりますので。みなさんでいってらっしゃいませ」

 「オレもうしばらく動けなさそうだわ・・・」

 「自分から言い出しといて。ボクは行くけど、みんなはこのまま?」

 「取りあえずは」

 

 そういうわけで、ボクは屋良井クンからメダルの入った箱を受け取って、滝山クンと食堂から寄宿舎まで移動した。ロッカーの中のモノモノマシーンは相変わらず満タンで、これをモノクマがいちいち補充してるんだと考えると、なんだか黒幕なのに感心する。他にも食べ物や生活用品、合宿場の清掃に備品チェック、それからこの前は明尾サンのために発掘場まで造ったんだよね。もしかして黒幕って、頼まれたら弱いのかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相変わらず、こいつの指す手はどれもこれもありきたりだ。最善手であることには間違いないが、所詮は教科書通りに盤面を見ているに過ぎん。そんなものは、こいつの将棋とは言えん。そして教科書を相手に敗れる棋士など棋士ではない。敵を知り己を知れば百戦危うからず、敵の知識と想像を凌駕する手を指してこそ、対局となるのだ。

 

 「お前は、あまりに固執している」

 「固執だと?」

 「予言者と言う割に、お前は自分の言葉を言わんのだな。全て過去の統計と記録から推測した、一般論に過ぎん。“才能”としては評価してやるが、面白い相手ではないな」

 「ずいぶんな言いようだな。この前の謝罪はなんだったんだ」

 「飴を与えているだけマシと思え。俺は褒めて伸ばすなど甘えた考えは持たんのでな」

 「はあ・・・お前がいるだけで私の悩みは尽きなさそうだ」

 「悩むことが馬鹿だと言っているんだ」

 

 学園にいたころは、六浜童琉と言えば明晰な頭脳を持った聡明な女と思っていたが、現実はこんなものか。記憶力と論理性は備えているようだが、まだ足りんな。

 

 「リーダーとは何たるかを教えるのではなかったか?私を負かして貶すことがしたかっただけか?」

 「ほう、お前の耳には今の俺の言葉が中傷に聞こえるか」

 「ではなんだ?」

 「・・・六浜よ、お前はリーダーというものをはき違えている。実に自虐的にな」

 「は?」

 

 まるで俺が異国の言語を喋っているとでも言うような間抜け面だ。なぜ理解できんのだ、と言おうとしたが、それが理解できるのならばこんなことをする必要もないか。分からないからこそ、こうして改めて盤を挟んでいるのだ。

 

 「お前は悩み過ぎだ。リーダーたる者、率いる者たちに頭を抱えることもあろう。だが悩むことは立ち止まることだ。長考して盤面が変わるわけではない、むしろそれは相手に同じだけ先読みの時間を与えることとなる」

 

 以前に鳥木と対局した時と同じことだ。素人は長考すれば良いと思っている。実に馬鹿馬鹿しい。長考することは己の無知を晒し敵に備えをさせる行為だ。悩み、立ち止まり、動き出せねばただの的。そんなものはリーダーではない。差し詰め、戦場に迷い込み行く手を見失った子供。流れ弾で落命するのも時間の問題だ。

 

 「樫と柳の喩え話に準えるならば、悩み苦しみ続ける貴様は樫だ。堅く強固な幹は折れずとも、末端の枝葉はいとも簡単に折れる。幹ばかりが残ろうとも、繁ることはないのだ」

 「私がそうだと言うのか」

 「今のお前は、樫の木だ。風雨に抗い、豪雪に耐え、頑固に強く繁ろうと躍起になり、却って枯れ時を早めている偏屈な樫だ」

 「お前にだけは偏屈だの頑固だのは言われたくない!」

 

 ぴいぴいとろくなもんじゃない。そういう細かいところがいかんと言うのだ。このままではいずれ末端の枝葉は折れる。接ぎ木では間に合わんほどに、次から次へと風雨にさらわれることとなる。

 

 「六浜、柳になれ。風雨を流し、豪雪に枝垂れ、それでも強く根を張る柳に。それが、ここで俺たちが生き残る道だ」

 「や、やなぎ・・・?」

 「お前が幹で、俺たちが枝葉だ。折れた枝は二度と戻らん。有栖川は憎しみという風雨に靡いて散った、石川は“才能”という重雪に埋もれて折れた。同じ過ちを繰り返さんために、お前が柳となれ。憎しみあれば水に流させろ、重圧があれば払ってやれ。それがいま必要なリーダーだ」

 「・・・・・・こ、古部来・・・」

 

 何をきょとんと間抜けな面を晒しおって。全ての負担を肩代わりすることがリーダーの役目だとでも思っているのか。こんな喩え話を知らんとは、一体どういう教育をされてきたのやら。

 

 「ふふっ・・・」

 「む?」

 「やはり、お前は熱い奴だ。冷徹に振る舞っていても、真剣になると素に戻る。ギャップというか・・・面白い奴だ」

 「・・・フンッ、知恵を貸してやっているのだ。馬鹿に分かりやすくしようと口数を増やせば、自然と熱も籠もる」

 「その減らず口も、いつものお前らしくはないぞ」

 「!」

 

 しまった、つい口答えしてしまった。俺としたことが、説教中につい冷静さを欠いてしまったようだ。俺もまだまだ足りんということか。だがこいつに笑われるのは実に不服だ、不服極まりない。他の何に対してこいつが笑おうと知ったことではないが、俺をして笑うなど許さん。

 

 「だが、感謝する・・・いや、ありがとう、古部来」

 「ん?」

 「もう堅苦しいのはナシだ。それに自覚があるのか?お前が一番厄介な枝なのだぞ」

 「フンッ、清水に比べれば些かマシだろう」

 

 自覚はある。モノクマの言う“超高校級の問題児”というのも、自分では納得しているしな。だが、その通りであれば俺は黒幕を倒さん限り一生ここから出られんことになるな。いずれ倒すのだから問題ではないが。

 盤面はいつの間にか俺に不利に進んでいる。未だ詰み筋はないが、単純に戦力差だな。この程度を逆転するなど容易だが、俺がここまで追い込まれているというのは、それだけ六浜に動揺させられたということか。

 

 「それにな、私は悩んでいるだけではない。確実に前進している」

 「何の話だ」

 「・・・例の、黒幕の話だ」

 

 監視カメラを一瞥し、六浜は身を乗り出して耳打ちした。あからさまに監視カメラを意識しては意味がないということも分からんのか。まったく、いつまで経っても成長せん奴だ。

 

 「私はあの資料の全てに目を通した。その中で『もぐら』について言及している記事は全て記憶している。どんな些細なこともだ」

 

 自信ありげに、六浜は自分の頭を指さして言った。速読と記憶力はこいつの本領と言う訳か。それぐらいは信じてやろう。そして『もぐら』と言えば、先日こいつが黒幕として挙げた例のテロリストのことだ。

 

 「それで、何が分かったというのだ。どうせ、重要な部分は奴に抜き取られていただろう」

 「いや、不自然な切り抜きなどは一切なかった。あの雑誌類自体が不自然ではあるのだが・・・これを聞けば、お前も納得するだろう」

 「?」

 

 俺が目を通したのはいくつかの雑誌のみ。あれが動機となり得るものであるならば、次に黒幕の甘言に惑わされる馬鹿を予測するためにも全てに目を通しておくべきだったが、現実的に不可能だった。その意味では六浜がいて助かったが、その六浜が意味深なことを言う。なんだと言うのだ。

 

 「以前も言ったが、私は『もぐら』が黒幕ではないかと考えている。あそこにあった記事はその予想をより強固にするに足るものだった」

 「ほう?」

 「『もぐら』は、私たちの学園での最後の記憶、つまり三年前を最後に、一切の活動を打ち止めている。それが奴の意思なのか、或いは強制か、はたまた死んだか・・・様々な憶測が飛び交っているが、いずれにせよ奴が表立った破壊活動をしていないのは事実だ」

 「・・・それがどうした」

 「気付かんのか?フン、馬鹿め」

 

 ほう、それは知らなかった。あの『もぐら』ともあろう者が、三年もの間一切の破壊活動を行っていないとは、奴はてっきり建築物を破壊することに快楽を覚える変態だと思っていたのだがな。だがそれがどうした。『もぐら』の行く末でも分かっていればまだしも、肝心な部分は曖昧なままではないか。

 俺が尋ねると、六浜は勝ち誇ったような顔で、冗談めかして言った。こいつごときが俺を馬鹿呼ばわりなど、冗談でなければとんだ自惚れだ。

 

 「実際に既に三年の月日が流れていたとしよう、そして私たちが希望ヶ峰学園から攫われたのが三年前だとしよう。もし『もぐら』が黒幕であれば、この間、全く活動をしていないことの説明がつくとは思わんか?」

 「お前は馬鹿か」

 「はっ?」

 「仮定の話であることは今更咎めはせん。だがお前の推理では、三年もの間、俺たちはどこで何をしていたのかが抜けている。攫われたのが最近だろうが三年前だろうが、この二週間ほどの記憶しかないことはどう説明するのだ」

 「・・・」

 

 なるほど。確かに『もぐら』と言えど、この生活の管理、監視と破壊活動を並行することは難しかろう。だが三年という時間は、忘れたや勘違いでは済まされん。これしきの返しに詰むようでは、その推理は気にかける価値もない。

 六浜は黙って王手をかけると、小声で言った。

 

 「記憶操作技術」

 「ん?」

 「脳の、記憶を司る部位の神経及びシナプスに働きかける施術や投薬により、記憶を抹消、造成する精神医学の技術だ。実証不可能性や成果保証、倫理上の問題から実用化研究は事実上凍結しているが、技術レベルで言えば十分可能だ」

 「いつからお前はSFマニアになった。そんな荒唐無稽な話、誰が信じられる」

 「荒唐無稽ではない。これは事実だ。そして三年の時間があれば、特定の記憶を抹消する技術の開発は可能だった。王手」

 「だった?それは・・・三年前に、お前がそう予言したとでもいうのか」

 「予言ではない、推測だ。そら、また王手だ」

 

 合理性も突拍子も脈絡も論理性も説得力もなかった。記憶操作だと?こいつは、俺たちがその妙な手術か何かで、三年間の記憶を抹消されたとでもいうのか。あり得ん。

 

 「『もぐら』がその技術を有しているとでも?奴はただの異常な破壊者だ」

 「この件には何か巨大な組織が絡んでいる。お前が言った言葉だ」

 「『もぐら』と何かの組織が組んでいる・・・?あの異常者が破壊活動を中断してまでこんなことをする理由があると?」

 「曽根崎の記事では、『もぐら』の次の標的は・・・希望ヶ峰学園だった。破壊があった記事はなかったが、今の我々の状況を考えれば、ある程度の整合性はあろう?」

 「・・・そんなことをして、『もぐら』の目的はなんだ?今までテロリストとして派手で目立つ破壊活動ばかりしてきた奴が、こんな回りくどいやり方をする意味があるのか」

 「そこは推し量るしかあるまい。私を以てしても困難を極めるがな」

 

 全て憶測であり推測だ。根拠といえばこいつの記憶とあの雑誌の山、直感にも等しい何もかもが不確かな推理。『もぐら』に関して俺が知っていることなど月並みだが、この推理が突拍子もない戯言であることは間違いない。

 だが同時に、それを否定する根拠もない。それが真実かどうかを確かめることはまだ出来ない。それまではこの推理でさえも、一つの可能性だ。可能性である以上は棄却すべきではない。

 

 「・・・」

 「どうだ?私とてただ悩んでいるだけではない。着実に前進しているのだ」

 「なるほどな。ならば馬鹿というのは撤回しよう」

 「やはりお前は不器用な奴だ。皆を心配しているなら、心配していると素直に言ったらどうだ?」

 「馬鹿馬鹿しい。優れた棋士は武士と同じだ。心配するくらいならば行動に移す。負け戦ならば潔くそれを受け容れる。一矢報いる程度の足掻きはするがな」

 「そうか?ならそろそろ投了したらどうだ。今回はお前の采配にもヤキが回ったようだな」

 

 自慢げに、得意げに、勝ち誇った笑みを堪えたように、六浜はまた王手を指した。先ほどから執拗に俺の王に食らいついてくる。逃げ道がある間の深追いは厳禁。戦場で敵しか見ぬ者は己に殺められる。実際の戦では飢えと隙に、盤面で言えば・・・禁じ手だな。

 

 「お前は熱い奴だな。俺が手を下すまでもなく、隙を晒し敗れるとは」

 「は?」

 「よく盤面を見てみろ」

 

 王を討たんと勇む金将が、己の玉の敵刃に晒されるに気付かず、その道を拓いてしまう。盲目に敵を討たんとするばかりでは大成せん、むしろ死を早めるばかりだ。しばらく不可思議な顔をして盤面を見ていた六浜だが、ようやくその過ちに気が付いたようだ。

 

 「バ、バカな!こんなところに角行が・・・!?」

 「ふん。そのザマでは当分は俺に勝てんな、俺が手を下す必要すらない」

 「ぬぐぐっ・・・!」

 

 俺が最も得意とする指し手『伏せ角』。あまりに有名になり過ぎて最近はただの陽動にしか使えなくなったが、こうも鮮やかに決まると清々しい。とはいえ、相手が六浜では、単純にこいつの力不足でしかないのだがな。

 

 「冷静に周りを見られるようになったら、また挑むがいい。何度でも叩きのめしてくれる」

 

 とはいえ、教科書通りでない手を指せたことは評価してやるか。こいつなりに先手を読み考えた上での敗北ならば、それは決して負けではない。その違いをこいつが理解できたのなら、次の一局はもう少し楽しくなりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クソッ、俺としたことがこんなくだらねえことでこんなザマになるとは。何が大食い対決だ、あの妙な飴のせいでテンション上がってた。飯のことで滝山に勝てるわけがねえのは分かり切ってたはずなのに。

 

 「あー、くそ、水も飲めねえ」

 「かなりの量を召し上がっていらっしゃいましたからね。大丈夫ですか?」

 「うっかり寝ねえようにしねえと・・・こんなアホみてえなことで規則違反はゴメンだぜ」

 「初日のアレは虚仮威し・・・なわけねえよなあ」

 

 屋良井の言葉で、初日のアレがフラッシュバックした。俺がモノクマに掴みかかって、本気で殺されかけたアレだ。今考えてもゾッとする。警告で済んだのは幸運だった。

 

 「そう考えたら、やっぱあいつのあの行動はおかしいよなあ。気付かねえ内にうっかり・・・なんて考えつかねえわけねえのに」

 「あいつのあの行動、というのは?」

 「望月が天体観測してたことだよ」

 

 またその話か。捜査の時も裁判の時も散々話したし、とことん疑った。結果的にあいつが天体観測をしてたのも、真相を暴くきっかけの一つだったわけだが、そりゃ怪しまれて当然か。

 にしても屋良井は石川の事件からずっとそうだ。やけに望月を疑ってる。モノクマと話してたってのも、個室の毛布を借りる話をしてただけなんだろ?

 

 「ただでさえいつコロシアイが起きてもおかしくねえ状況だぞ?それなのに夜中に外で一人とか、どう考えてもおかしいだろ」

 「だからそれはよ・・・」

 「私も疑問に思っていました。彼女は、あまりに人間離れしています。いえ、人間味に欠ける、と言うべきでしょうか」

 「あ?」

 「ここに誘拐された時、飯出君のご遺体が発見された時、学級裁判の時・・・いつでも彼女は、冷静でお慌てにならず、合理的かつ論理的でおられました。まるで機械のように・・・」

 「機械?」

 

 屋良井につられて、鳥木も訳のわかんねえことを言い出した。機械?望月が機械だとか言うつもりか?三年の時間が過ぎてたとか、もうそんなSFチックなもんはいいんだって。

 

 「ま、まあ流石にロボットってことはねえだろ。バズーカ食らって改造されたわけじゃあるまいし。けどだからこそ不気味じゃねえか。あれが生身の人間だって事実がさ」

 「はあ・・・結局、お前は何が言いてえんだよ」

 「やっぱあいつ・・・この事件と関わってんだって。オレらよりもっと根深いところから」

 「・・・」

 

 ゆっくり言い聞かせるように、屋良井は言った。それに対して、鳥木は否定も肯定もせず、ただ聞いていた。まだ判断つかねえ・・・むしろ可能性はあるって考えてるってことかよ。

 

 「あのな、確かにあいつは気持ち悪いし意味わかんねえことばっか言うし読めねえ奴だし馬鹿で間抜けでアホでドブスだ」

 「そこまでは言ってません!」

 「けどあいつが裏で俺ら以外の誰かと繋がってるなんて根拠ねえだろ。だいたいモノクマとあいつのキャラ考えろや。真逆だろ」

 「別に、望月が全部やってるって限らねえだろ。黒幕がいて、望月は監視かなんかで」

 「ちょーーっと待ったあーーーっ!!」

 

 俺と屋良井が寝そべったまま議論してると、その間に唐突にモノクマが現れた。いまさらこいつの脈絡のなさに驚きなんかしない。俺も屋良井も、鳥木さえもうざったそうに睨んだ。

 

 「そこから先はダメだよ屋良井くん!最初っからでもなく、こんなハンパなところでクライマックスなんてツマラナイよ!ああ、ツマラナイ、ツマラナイ」

 「何しに来たんだよ」

 「ありゃりゃ?お呼びでない?お呼びでない?こりゃまた失礼しましたーーーッ!」

 

 そう言ってモノクマはまた脈絡なく消えた。今更だが、ぬいぐるみってことすら怪しくなってきた。幽霊かなんかじゃねえのか?まあ晴柳院がいるから有り得ねえ・・・つうかそもそも幽霊なんて有り得ねえか。

 

 「・・・怪しいな」

 「は?」

 「今のタイミング、オレが望月の話の核心に迫るのを邪魔したみてえだ。いや、むしろそうとしか考えらんねえ!」

 「そうでなければ、間が良すぎますね」

 「おいおい、いい加減に」

 「逆に清水よお、お前はなんでそこまで望月を庇うんだよ?」

 「え?」

 

 なんで庇うのか?別に俺は望月を庇ってるつもりなんかない。ただ、あいつが黒幕と関係してるなんて、どうしても思えねえだけだ。

 でも、なんで思えねえんだ?あいつと行動した時間もそこそこあったし、話だってした。けどそれは、この合宿場にいる奴らのほとんどがそのはずだ。

 

 「って、んなの決まってっか。あーあ、お熱いこった。ちくしょう!そのまま過熱膨張の果てに物理的に爆発しろ!」

 「ま、待て、何の話だ」

 「私も、屋良井君の思い過ごしであるようにと願っています。望月さんのために、そして清水君のためにも」

 「だから何の話だ!」

 

 なんかいつの間にか話の軸がブレてる。屋良井と鳥木は勝手に納得して、なんとなくお節介染みた言葉を向けてきやがる。なんなんだ、テメエらと一緒にすんじゃねえボケ。

 

 「光あるところに影があるように、希望の側には絶望があるのです。そして惚気話には嫉妬がつきものなのでーーーす!」

 「なんだ次から次へと」

 「ちょうどいいや、試したれ」

 「た、試す?」

 「おいモノクマ、清水と望月ってどんな関係なんだ?お前なら全部見てんだろ?」

 「もちろんですとも。ボクはこの合宿場の施設長として、オマエラのあーんなとこやこーんなとこを隅から隅まで舐めるように・・・」

 「気色悪いなッ!用件だけ言ってさっさと失せろッ!」

 

 さっき出たばっかなのにまた出やがった。ただ嫌がらせしにきただけか?屋良井の余計な質問に答えられる先に、さっさと追い返してやる。

 

 「清水くんと望月さん?そりゃああれだよ、切ったら切り離される関係っていうの?展開によってはくっ付いたりくっ付かなかったり」

 「なーんかそれっぽいじゃねえか!テメエやっぱりそうなんだろ!自分の口から言っちまえよ!」

 「本家でいう、ボクの大っ嫌いな愛すべき敵役、N木くんとK切さんみたいなことだよね」

 「どなたのことですか?」

 「あーいいのいいの、オマエラは知らなくて。分かる人だけ分かればさ」

 

 意味の分かんねえことばっか言いやがって。こいつが出てきたってことはなんかあるんだろ?直接来たってことは、またコロシアイみてえなことじゃねえだろうが、嫌な予感しかしやがらねえ。

 

 「で、本題なんだけど、新しい規則を作ったから、ちゃんと確認しておいてよね!知らなかった、なんて言い訳は通じないよ!宿題はやったけど家に忘れてきた、みたいにねーーーッ!」

 

 なんでもないように、モノクマはさらりと言って、ケタケタ笑っていた。新しい規則って、それ無茶苦茶重要なことじゃねえか!うっかり破ったらわけも分からず問答無用で処刑とか洒落にならねえ。そういうことこそアナウンスして知らせろよ、と思った。が、その時点で俺はモノクマの支配下にあることに何の疑問も持ってないことに気付いてなかった。

 とにかく俺は、すぐに電子生徒手帳を取り出して、規則をページを開いた。ここに来てから何度か規則の追加はあったみてえだが、どれも俺には関係ないことだと思って流し読みしてた。だが、今度はそうもいかないらしい、一番新しく追加された規則を読んだ俺は、背筋に嫌な寒気を感じた。

 

 規則『同一のクロが殺せるのは二人までとします』

 

 「え・・・?」

 「お、おいおいおいおい!なんだよこの規則!」

 「はにゃ?なんだよってなんだよ?読んで分からない?なるべく分かりやすいようにしたんだけどなあ」

 「そうではなく!なぜ今になってこんな規則を追加なさったのですか!」

 

 俺だけじゃなく、屋良井と鳥木も同じように寒気を感じたんだろう。さっきより顔を青くしたり冷や汗をかいたりしながらモノクマに質問する。当のモノクマは、にやにやと俺らの顔を見ながら、なんでもないように答える。

 

 「だってさ、いくらコロシアイをしろって言っても、ボクがオマエラにしてほしいのは、あくまでルールの中でのコロシアイなんだよね。ただ一人が全員を殺戮しちゃうようなスプラッターは求めてないの!だけど一人ずつじゃつまんないから、妥協して二人までってね!言っとくけど、これ以上は増やせないよ」

 「違う!なんで今更そんなことを規則で決めたんだっつってんだ!これもお前の気紛れだってのか!?」

 「なーんだ、そんなこと。そんなの決まってんじゃん」

 

 それも当たり前って風に、モノクマは答えた。

 

 「オマエラの中の誰かが、全員をぶっ殺そうとしてたからだよ」

 「んなっ!?」

 「ウソだろ・・・!?」

 「嘘でもはったりでもデタラメでもインチキでも夢でもないよ。責任者の立場としては、可愛い生徒の質問にはきちんと答えて、対策を打ってあげないとね!」

 「生徒の質問・・・まさか、その方はあなたに直接きいたというのですか!?」

 「おかげで止めに行くようなことにならなくて済んだよ。ま、その人も念には念を入れるつもりだったんだろうね!」

 

 馬鹿げてる。そんなことあっていいわけがない。誰かが全員を殺そうとしてるだと?しかもそいつは自分からモノクマにそれを確認したってのか?誰が?そんな残酷なことを考えてる奴が、俺たちの中にいるだと?そんな馬鹿な。

 

 「んじゃ、そういうことなんで、誰かを殺す時はくれぐれも気をつけてくださいね!学級裁判もなしにクロをおしおきなんて、そんなのお魚抜きの海鮮丼だからね!」

 

 どっかで聞いたようなフレーズを残して、モノクマはまた唐突に消えた。何なんだあいつは、こうやっていつも何の前触れもなく、理不尽に嫌な考えだけを起こさせて、そして放置する。俺たちが疑心暗鬼になって互いを警戒するように仕向けて、その後は放置する。なんなんだよ、マジでなんなんだよあの野郎はよ!

 

 「クソッ!」

 「今のこと・・・おそらくモノクマは他の方々にもお知らせするでしょう」

 「だろうな。オレらだけに言っても意味がねえ。あいつはオレたち全員が疑い合うことを狙ってんだからよ」

 「ふざけやがって!誰がそんなこと考えてやがる!」

 「落ち着けよ清水、どうせモノクマの嘘だろ。誰かがモノクマに聞いたって根拠がねえ」

 「だといいのですが・・・ここに来てから都合の良いことばかりではありませんでした。むしろ、都合の悪いことばかりだった気がします」

 

 屋良井は嘘だと流そうとしてるが、だったらあいつが気紛れにこんなルールを思い付いたってのか?その方が考えつかねえ。だってあいつが考えてんのは、疑心暗鬼、コロシアイ、学級裁判、処刑・・・そんな絶望。俺たちを絶望に導くためならなんだってする。そんな狂気的な奴だ。そんなのイヤと言うほど分かってる。だからこれだって、きっと嘘じゃねえんだ。

 

 「あー、そろそろ動けっかな」

 

 嫌な沈黙に閉ざされた食堂の空気を、屋良井が強引に破った。のっそりと椅子から起き上がると、腹をさすって立ち上がった。

 

 「あいつら全然戻って来ねえし、もしかしてメダル全部使ってんじゃねえのか?」

 「そう言えば、滝山君と曽根崎君は長い間モノモノマシーンに夢中なようで」

 

 今となってはモノモノマシーンなんてどうでもいい。あの動機のことでもわけ分かんねえのに、望月のことや新しい規則のことでまた複雑になってきた。クソッ、どいつもこいつもはっきりしねえで紛らわしいことばっかり。今はまだ考えても仕方なさそうだ。

 

 「寝るか・・・」

 

 屋良井が食堂を出て行ったのはちょうどいい機会だ。俺も部屋に戻って、しばらく休もう。俺の中で、もう少し整理が付くまで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り12人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】  古部来竜馬

 

 屋良井照矢  鳥木平助   滝山大王 【アンジェリーナ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

規則一覧

1,生徒達は合宿場内だけで共同生活を行いましょう。共同生活の期限はありません。

2,夜10時から朝7時までを『夜時間』とします。『夜時間』は立ち入り禁止区域があるので、注意しましょう。

3,就寝は寄宿舎に設けられた個室でのみ可能です。他の部屋での故意の就寝は居眠りとみなし罰します。

4,ゴミのポイ捨てなど、合宿場の自然を破壊する行為を禁じます。ただし、発掘場を除きます。

5,施設長ことモノクマへの暴力や脅しを禁じます。監視カメラの破壊を禁じます。

6,仲間の誰かを殺した『クロ』は希望ヶ峰学園へ帰ることができますが、自分が『クロ』だと他の生徒に知られてはいけません。

7,合宿場について調べるのは自由です。特に行動に制限は課せられません。

8,モノクマが生徒に直接手を出すことはありませんが、規則違反があった場合は別です。

9,生徒内で殺人が起きた場合は、その一定時間後に、生徒全員参加が義務づけられる学級裁判が行われます。

10,学級裁判で正しいクロを指摘した場合は、クロだけが処刑されます。

11,学級裁判で正しいクロを指摘できなかった場合は、クロだけが卒業となり、残りの生徒は全員処刑です。

12,資料館内での飲食は禁止です。

13,同一のクロが殺せるのは、一度に二人までとします。




久し振りのハイペース更新です。そしてこのルールはやはり必要なのかもしれません。そりゃ全員ぶっ殺しゃいいじゃんって発想になるわ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

(非)日常編5

 「今晩、パーティーをしませんか?」

 

 朝食会で、鳥木は唐突にそう言った。はあ?という俺の言葉が飛び出す前に、六浜が先に口を開いた。

 

 「なぜだ?」

 

 パーティーってこと自体に疑問は持たねえのか、それともパーティーをやるにしてもその意味を知っておきたいのか。どっちにしてもただパーティーをやるなんて意味が分からねえことには賛成できねえ。

 

 「私は考えたのです。先日の新規則の一件で、私たちの間には既に疑心暗鬼が広がっていると」

 「しんきそく?なんだっけ?」

 「同一のクロが殺せるのは二人まで。内容はともかく、それが制定されるに至った経緯が問題だ」

 「その経緯をわざわざ私たちに知らしめたというのは、モノクマの策略に他なりません。なので、逆にこの新規則を逆手に取って、間違いのないようにしてしまうのです」

 「逆手に取るって、それがパーティーの件と関係があるの?」

 「大いに!」

 

 こいつまだマスク付けてねえよな?なんか、あのやたら声と身振り手振りのデカいうぜえ奴っぽくなってきてる気がするんだが。

 

 「自分以外の全員抹殺が不可能になった以上、私たちが集団でいれば、誰もが相互に手出しできなくなるわけです。衆人環視の中で殺人などあまりにリスクが大きすぎますし、一度に二人までと制限がある以上、そんなことを行えば必ず目撃者が存在することになります」

 「それがパーティーということですか。ですが、パーティーをしたとしても、その後までは分かりませんよ」

 「ご安心下さい。このパーティーは夕方の六時から夜時間である夜十時まで行います。夜時間には一部の地域の立ち入り禁止、及び水道の停止といった様々な制約が課せられます。これにより、誰かが犯行を行おうとしても、多くの制約の中での縛られた犯行となります!これは犯人にとってかなりリスキー!むしろ、誰にも目撃されずに犯行を行うことが不可能となるわけです!」

 「あー、うるせえ」

 

 寝起きだっつうのにテンション高く喋ってんじゃねえよ。つうか夜時間まで四時間もの間パーティーだと?んなこと現実的じゃねえ。考えただけで憂鬱なイベントだ。

 俺は黙って不機嫌そうに眉を顰めて反対の意を示した。だいたい、夜時間になったからって殺人が起きない保証なんてねえだろ。前の二回はどっちも夜時間中に起きたんだ。まあ、それが事件解決の足がかりになったってのも否めねえが。

 

 「パーティーならメシいっぱいくえるよな!やろーぜやろーぜ!」

 「相互監視というのは賛成だ。夜時間になった後で部屋に籠もれば、誰も下手なマネはできんだろうしな」

 「でもよ、四時間ずっとメシってのは退屈じゃね?」

 「それはそうじゃな。そんな早くからやる必要があるのか?」

 「なるべく時間は長い方が良いです。それだけ行動が制限されるのですから」

 「じゃあ別にメシじゃなくてもいいんわけだよな。倉庫に花火があったから、あれやろうぜ!湖畔でなら心配ねえだろ!」

 「花火かあ、いいね」

 

 俺が本当に嫌な時に限って、どいつもこいつもめちゃくちゃ乗り気になる。世界はどうやら俺の考えを否定するために存在してるらしい、なんて中二臭えことを思っちまうくらいにはムカついた。どうせ俺一人が反対したところで変わらねえし、曽根崎が無理矢理に俺も賛成ってことにするんだろう。だったらもうどうでもいい。その場にいるだけで余計ないざこざに巻き込まれねえならな。

 

 「では決定ですね。みなさん、ありがとうございます」

 「ふむ、では夜に備えて各自準備をしよう。料理は私も手伝うぞ。古部来も力を貸せ」

 「・・・よかろう」

 「後で倉庫を物色してみるかのう。花火以外にも使える物があるかもしれん」

 

 俺が何もしなくても話が進んでるってことは、少なくとも俺はこの準備を手伝う必要はねえな。と、油断してたらどうせまたカエルに掴まるから、さっさと部屋に戻ろうとした。が、席を立つ俺の肩を待ち伏せするように、そいつの手が置かれた。ほぼ同時に舌打ちしたが遅かった。

 

 「清水クンも手伝うよね?」

 「勝手に決めんじゃねえ。だいたい手伝わなくたって人手は足りてんだろ」

 「分かってないなあ。こういうのは準備こそ楽しむものじゃないか。ほら、文化祭とか体育祭とかも、当日よりその前の練習とか準備の方が楽しかったりするじゃん」

 「知るか」

 「あ、ごめん。清水クンにそんな思い出を共有できるようなともダビデッ!!」

 

 最近になって分かったことだが、曽根崎を黙らせるには変に嫌み言うよりも拳骨一発食らわせる方が早い。そろそろ懲りてもいいころだと思うが、相変わらず同じ調子で話しかけてくる。学習能力ねえのか。

 

 「だいたいパーティ自体俺は乗り気じゃねえんだ。んなもんを手伝う理由がねえだろ」

 「清水クン話聞いてた?パーティーをやって皆が集まれば、もうあんなこと起きないだろうってことだよ」

 「だからって毎晩毎晩アホみてえにパーティーすんのか?」

 「取りあえず今日だけでもやろうよ。っていうか出席しなかったらそれはそれで怪しいよ」

 「出席はする。準備は手伝わない。なんかおかしいか」

 「人として」

 

 ごちゃごちゃとうるせえ奴だ。もう一発ブチ込んでやろうか、と思ったら、他の奴らが準備に取りかかり始めた。その流れでなんとなく俺と曽根崎も巻き込まれ、食堂から必要な食器やら何やらを発掘場まで運ぶ係になっちまった。ああくそ、めんどくせえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんだかイヤなチームを組まされちゃったなあ。イヤって言ったら二人に悪いけど、でも相変わらず清水くんはツンケンしてるし、曽根崎くんはなんとなく胡散臭い。清水くんだけじゃなく、僕も曽根崎くんに質問攻めにされると困るな。

 僕と清水くんと曽根崎くんは、パーティーのために発掘場に食器やら調理用具やらを丸ごと持って行く係になった。後は丸椅子とかテーブルとかもで、結構な荷物だから何度か往復しなくちゃかな。

 

 「なんで俺がこんなことやらなきゃいけねえんだ」

 「まだぶつくさ言ってんの?面倒臭いことも嫌なことも割り切らないと苦労するよ?」

 「曽根崎くんは苦労知らずって感じがするけど」

 「テメエらみてえに“才能”に恵まれた奴が、軽々しく苦労だなんだ口にすんな。本物の努力なんか知らねえんだろ」

 「そんな憎まれ口ばっか叩いて。ボクらだって努力したよね?」

 「う、うん・・・」

 

 ボクらって言われても、僕は曽根崎くんの過去なんか知らないし、曽根崎くんも僕の過去なんか知らない・・・はずだ。断言しないのは、知ってるっていうのも強ちない話じゃないからだ。でも、僕だって“超高校級の釣り人”なんて呼ばれるのに相応しいかは分かんないけど、自分でも努力はしてきたと思う。

 

 「僕はもともと釣りが好きだったから、小学生の頃から近所の釣り堀に通ってたし、それもあると思うな。だから一絡げに努力って言うのもちょっとなあって感じ」

 「聞いてねえよ。テメエみてえに好きなことやってるだけで“才能”になる奴なんかにゃ特に分かんねえだろ」

 「ご、ごめん・・・」

 「う〜ん、やっぱり分かんないなあ。どうして清水クンはそこまで“才能”を毛嫌いするのさ。希望ヶ峰学園にスカウトされるくらいなんだから、キミだって素晴らしい“才能”を持ってたはずなのに」

 

 曽根崎くんは珍しく真面目なトーンで言った、たぶんそれも作った真面目さなんだけど。でも、言ってることはそれもそうだなって思う。清水くんは学園にいた頃、“無能”だとか“才能ナシ”って有名だったけど、それでも希望ヶ峰学園は不自然なくらい“才能”には真摯に向き合ってる。そんな希望ヶ峰学園が清水くんを留まらせるってことは、彼にもちゃんと“才能”があるってことなんじゃないかな。

 清水くんは、やっぱり曽根崎くんの質問に眉をひそめた。けど、その後に少し沈んだ表情になって口を開いた。

 

 「・・・努力なんか“才能”じゃねえ。努力して何かを得ても、そんなもん偽物だ。いくら努力したところで本物の“才能”には絶対敵わねえ」

 「そうかな?」

 「努力で何かできるようになっても、んなもん付け焼き刃でしかねえんだよ。“才能”を持ってる奴と同列に並ぶには努力し続けなきゃならねえ。“才能”を持ってる奴が何もしなくても持ってるモンを、俺ら凡人は必死こいて努力しなきゃ手に入れられねえんだよ。それが気にくわねえ」

 「要は僻んでんだね!」

 「ちょっ!?曽根崎くん!そんなストレートに・・・」

 「それが分かったら二度と俺にそんなこと聞くんじゃねえ。“才能”の話なんか反吐が出らあ」

 「でも話してくれたよね。清水クンもだいぶ丸くなったんじゃないかな」

 

 僕、本当に曽根崎くんのこういう人の気持ちとか関係なくずけずけ行ける精神力というか図々しさって尊敬するな。今更かもしれないけど、“超高校級”のみんなって本当に自由でクセが強くて、なんだか良い意味で自分勝手なんだよね。色んな形で自分を理解してるっていうか、周りに流されない強さみたいなのがある。それは古部来くんの頑固だったり、晴柳院さんの心配性だったり、滝山くんの突き抜けた奔放さだったり、曽根崎くんの飄々とした胡散臭さだったり。羨ましいな、僕にはそんな個性なんてないから。

 でも目の前で曽根崎くんがビンタされてるの見ると、素直にそう思えないんだよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おおっ!こんなところからまた新たに出て来たぞ!しかもかなり大きい!これはなかなか手強そうじゃぞ!」

 「おい明尾!土ほじくってねえでさっさと片付けんぞ!」

 「ちょっと待て!あと三時間ほどでこの化石を完璧な形で掘り出せるんじゃ!」

 「三時間もちょっとで待てるか!オレも滝山もお前の手伝いで来てんだよ!」

 「まったく、若いというのにせっかちな奴らじゃ」

 「はらへったー!」

 「さっき朝飯食ったばっかだろ。なんでもう腹減ってんだよ」

 「おれのいぶくろはチョーはたらきやなんだ!」

 「意味分かんねえ!!」

 

 屋良井に急かされて、わしは名残惜しさを耐えて掘った穴から這い出た。これと同じような穴が発掘場のあちこちにある。うーむ、それにしても、つい張り切ってあちこちに穴を掘ってしもうた。後で板で蓋をしておかねば、誰か嵌まってしまうかもしれんな。地中に眠った化石が踏まれて割れたりしたら一大事じゃ。

 清水と曽根崎と笹戸がパーティーに必要な食器やらを運んでくるまでに、わしが持ってきた発掘用具を一時的に倉庫に片付けるために、わしと屋良井と滝山で発掘場に来た。屋良井はともかく、何が何やら分かっていない様子の滝山は道具をいちいち興味深そうに眺めたり振り回したりしておる。子供の玩具ではないんじゃぞ。

 

 「うおっ!あぶねえな滝山!お前それ一歩間違えたらマジでヤベえからな!」

 「お、おう!そ〜っと、そ〜っとな」

 「いやあ、やはり男手があると早いのう。これだけの数を一人で運ぶのは骨が折れるからのう」

 「え!?ほね折れんのか!?」

 「たとえだよ。いいからお前はこっちのハンマーとか運べよ。ツルハシとかは危なくて持たせられねえんだから」

 「丁重に扱うんじゃぞ。ツルハシの錆びは100万年の歴史をも埋めるからの」

 「お前の手伝いしてんだよ!明尾も指図するだけじゃなくて働けよ!」

 

 まったく、若い上に力もある男が二人もおって、これしきの発掘道具も運び出せんのか。情けない奴らじゃのう。しかし、今夜ここでパーティーをするとは思えん荒れ具合じゃ。全部わしがやったことじゃがの。

 

 「清水たちが来る前にここ片付けとかなきゃ、またあいつうるせえぞ。これ全部倉庫から持ってきた奴だよな?」

 「そうじゃ。ああ、木槌とツルハシだけはわしの自前じゃぞ。後で部屋に持って行くから脇に避けておけ」

 「あけおは色んなもんもってんなー」

 「いいからマジで早くしようぜ。かったりいったらねえよ」

 

 ひとまずわしの私物以外の道具は纏まったかの。多いとは言え、わし一人が使う分じゃから三人がかりで運べん量ではなかった。ハンマーやシャベルなど重いものは滝山と屋良井に持たせ、わしは手押し車に細かい物を乗せて山道を下っていく。その途中で、件の清水たちとすれ違った。

 

 「むっ、早いのう」

 「ありゃ、鉢合わせちゃった」

 「まだ片付けてなかったのかよ。さっさとしねえからこうなるんだろうが邪魔だな」

 「いちいち毒吐かなきゃ死ぬ病かお前!穂谷かよ!」

 「え!?しみずどくはいたのか!?そういうときはションベンかけるといいんだぞちょっとまってろ!」

 「うわわわわわっ!!ダメだよ滝山くん!そうじゃないから!」

 「喧しい!こういう時は登りが優先じゃ。はよ行けい」

 

 狭い山道で大荷物を運ぶ集団がぶつかれば面倒じゃが、たったそれだけのことで一瞬でパニックになれるというのも希有なもんじゃ。賑やかなのはいいがこれではただうるさいだけじゃ。取りあえず先に清水たちを行かせてしまってから下ることにした。

 

 「ああ、そうじゃ。発掘場に穴が開いとるが、くれぐれも入るなよ。落ちたら二度と這い上がってはこれん深さまで掘ったからの」

 「ええ!?明尾さん怖いよ!!」

 「なっはっは!冗談じゃ!まあ、そこまででなくとも落ちたら脚の一本は覚悟しておくべきじゃがな」

 「むちゃくちゃだろ・・・洒落になってねえよ」

 「後で板で塞ぐから、すまんがそれまで待って手伝ってくれんかの」

 「いいよ!」

 

 おそらく曽根崎は清水と笹戸を代表して言ったつもりじゃろう。そして清水はそれに文句を言うが、結局は待っておるじゃろう。早めにしてやらんとな。

 慌てて脚を踏み外せばそれこそ本当に脚をなくすことになりかねんが、注意しながらなるべく早く山道を降りて倉庫まで荷物を運んだ。相変わらず倉庫の中は籠もった空気に満たされて、なんとも言えぬ性的な匂いがする。差し込む光の筋に漂う土埃といい錆びついた錠前といい、まるで建物の形をした媚薬じゃ。

 っていかんいかん、こんなところでよがっている場合ではない。屋良井と滝山までこの雰囲気に呑まれてしまう前に、さっさと出なければ。

 

 「明尾・・・オレ忘れてたけど、お前やっぱ真正の変態だわ」

 「は?唐突に何を言うかと思えば、わしのどこが変態だと言うのじゃ」

 「変態じゃなきゃこんな埃っぽいところに入って顔を赤くしたりしねえ。あと息づかいも荒くならねえ」

 「けほっけほっ、おれここきらいだよ」

 「ふぅ、若いというのは価値があるが哀しいものじゃのう。ここの魅力が分からんとは」

 「あと何十年経とうがお前みてえにはならねえよ!」

 

 これじゃから若いもんは哀しいというのじゃ。この倉庫の魅惑的な雰囲気を感じられんとは。まったく、少しはわしのこの気持ちを共有できる者はおらんのか、これが侘しさというものか。

 

 「んー、これどーやってあけんだよー」

 「数字を教えたじゃろうが。ダイヤルを3679に合わせるだけじゃ」

 「す、すう・・・?ダイ・・・ヤル・・・?」

 「マジか」

 「ええい、わしがやる。まったくお前さんは本当に希望ヶ峰学園の高校生か」

 「特別入学だけどなそいつ。むしろ野生児っぽい方がらしいんじゃね?」

 

 簡単なダイヤル錠を前に悪戦苦闘し、わしの至極単純な説明もろくに理解できておらんとは、とても同い年とは思えん。そんなことは最初に顔を合わせた時から思っておったことじゃが、こうした生活の節々で改めて実感させられる。

 滝山をどけて扉を開けてやって、運んできたものを丁寧に並べる。乱雑に扱っては今後の発掘に影響が出てしまう。頑丈と言えど優しく扱ってやらねば。わしが発掘道具を並べている間、屋良井と滝山はパーティーグッズを大量に引っ張り出してきてがやがや騒いでおる。

 それから穴に蓋をするための板を何枚か持って行かねばならんな。

 

 「ふう、二人ともご苦労じゃったな。ところで板を持って行きたいんじゃが、手伝ってはくれんか」

 「あばよっ!」

 「よっ!」

 「そんな早く走れたのかお前たち!」

 

 きちんとツルハシも金槌も並べ整えて、最後に手押し車を空いた空間に嵌め込んでから、壁に立て掛けてある板を何枚かロープで縛って持って行こうとしたら、屋良井と滝山は猛烈にダッシュして行ってしまった。そんなに手伝いとうないか!と言うよりそんな元気が余ってるんじゃったら手伝え!おのれ、後で六浜に叱ってもらわねば。

 

 「仕方ない、わし一人で運ぶか・・・いっ!」

 

 束ねた板を運ぼうと抱きかかえた時、指先に鋭い痛みが走った。思わず手を離して痛む指を見ると、どうやら木のトゲが刺さってしまったらしい。思わずため息が出る。

 

 「はあ・・・こたえるのう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飯出が決起集会をした時の料理のバリエーションにも目を丸くしたが、それを支えるこの食材の豊富さにも改めて息を呑む。スーパーに並ぶありふれたものはもちろんのこと、ドリアンやパッションフルーツといった南国フルーツ、青カビチーズに鯨肉にエスカルゴ、トリュフ・キャビア・フォアグラの世界三大珍味もある。こんなもの集める方が大変だろう、石川ならば珍味コレクションなどと言ってゲテモノばかりを取りそろえそうだ。以前に飯出がビュッフェを開いた時よりも種類が豊富になっているようだったが、これもモノクマが言っていた裁判を乗り越えたご褒美なのだろうか。

 

 「高級食材や珍味は惹かれるものがありますが、さすがに持て余しますね」

 「アニーならばいくらかマシに扱えただろうがな」

 「糠床まであるぞ。うむ、よく漬かっている。これもあのモノクマが用意したとしたら、なかなか見込みのある奴だ」

 「さすがに古部来は糠が似合うな」

 「褒め言葉になっていない」

 

 しかしこれだけのものがあってもやはり困るな。パーティー会場は屋外で、テーブルの上に置いておける分だけだろう。カセットコンロはあるし、発掘場には電気も通っていたはずだから電子レンジやトースターも使えるはずだ。選択肢の幅が広がると余計に困る。

 

 「メニューを絞ってここで作って持って行くか、それとも食材を持って行って向こうで調理するかだな」

 「せっかくですから食材ごと持って行きましょう。夜中になるので、山道を行き来するのは避けた方がよろしいかと」

 「しかし・・・ここまでの量となると三人がかりでも時間がかかるな。それに、先にテーブルやテントを設営しておかなければならん」

 「籠に入れて持って行けば問題なかろう。それより、食材をあそこに放置していると滝山が勝手に食べそうだ。その方が問題ではないか?」

 「案山子でも置いておけ」

 「そうか。それだけで十分に抑止力になりそうだ」

 「お二人の中で滝山君の評価はどうなっているのですか」

 

 滝山が恐れているものの人形でも作って置いておけばいいのだが、そういったことは有栖川の領分だったな。むしろ有栖川本人こそ滝山が恐れているものだったような気もするが・・・いや、これ以上は暗くなるだけだ。

 

 「見張りが必要なのであれば私が致します。ですが、いくら滝山君といってもそこまで非常識ではないと思いますが」

 「いや、分からんぞ。奴は主賓が誕生日ケーキの蝋燭を吹き消す前に食い散らかしてしまうほどだからな」

 「そんなデータまであるのかお前の頭には」

 「とにかく滝山君の件は私が見張りをするということで、メインディッシュだけでも今のうちに決めて取りかかりましょう」

 「何にする?確か前は刺身の盛り合わせやサラダや揚げ物や・・・」

 「と言っても簡易テーブルではそこまで大きな物は乗せられまい。そこまで大がかりでなくてもよかろう」

 

 以前は屋内でしかもしっかりとしたテーブルに並べられたが、今回は簡易テーブルだ。皿も一回り小さく、料理の種類もそこまで多くはできない。こういうものは普通女性の方が得意そうなものだが、食事に関しては私より鳥木の方が手際が良い。ここは任せるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の提案は、今夜限りのものであるでしょうが、それなりに有効な手段だと思いました。だから私も反対せず、ひとまず様子見ということで参加を承諾しました。しかし、夜時間までお食事をするということは、少なからず私の生活リズムに支障が出ます。せめて九時までというわけにはいかなかったのでしょうか。

 不備や落ち度を指摘すればキリがありませんので今回は何も言いません。その代わり私は手伝いよりも先に、私自身のことを優先しなければいけません。この医務室のお世話になるのは、これで何度目でしょう。

 

 「残り僅かですね・・・」

 

 三つに仕切られた棚の、1番の棚にあったビンを取り出して、成分表と名前を確認すると、いつの間にかだいぶ中身が少なくなっていることに気が付きました。これを使うのは私くらいなので、自分でも意識しない内に随分な量を服用していたようです。

 必要になった時になくては困るので、すぐにその場で小さく手を挙げました。ですがそれに気付いていないのか、意味を理解していないのか、モノクマが来る気配はありません。不出来な綿埃ですこと。

 

 「モノクマさん。出て来なさい」

 「あ、それボクのこと呼んでたんだ。なんのことかと思ったよ」

 「ウェイターや召使いを呼ぶ時のマナーです。そんな最低限のマナーも知らないのでは、貴方のお里も知れたものですね」

 「で、なに?毒舌を聞かせたいなら鳥木くんでも呼びなよ」

 「あら、ここまで来て察することができないなんて、本当に躾のなってない方ですね。これと同じものを新しく用意しなさい」

 「クマ?」

 

 私が手に持ったビンを差し出すと、モノクマは小首を傾げてそれを見てから、ため息を吐いて聞いてもいないことを喋りだしました。

 

 「はあ〜あ、ボクの存在ってなんなんだろ。ボクはオマエラの責任者で引率なのに、まるで召使い以下のようなこの扱い・・・。朝から晩までオマエラのことを見守って、快適な合宿生活のためにオマエラの意見を積極的に取り入れてるっていうのに」

 「無駄口を叩く暇があったら、早くしてくださいませんか?」

 「確かにボクはプリチートモダチフクワウチだけど、そこまで怖がられないのもなんだか自信なくしちゃう・・・。はいはい、分かりましたよ。体壊して病死でもされたらつまんないしね」

 「・・・無駄口は止めなさいと言ったのが理解できませんか?」

 「うぷぷ、死ぬ時はちゃんと誰かに殺されてよね、穂谷さん!キミには色んな意味で期待してるからね!」

 

 そう言ってモノクマは消えました。ただ頷いていればいいものを、余計なことを言わないと気が済まないのでしょうか。あれでは日常生活に支障を来すでしょうに、困ったものです。

 ふと、消えたモノクマと入れ違いになるような形で、医務室の入口の扉が開きました。私以外にここを利用する方なんて珍しいと思って見ると、いつもの汚らしい格好をした明尾さんがいらっしゃいました。数少ないトレードマークの軍手を外し、睨むようにしていました。

 

 「あら、残念ですが明尾さんがお探しのものはありそうにないですよ」

 「ん?おお、穂谷か。ここに来れば刺抜きくらいあるかと思ったが、他に宛てなどないし・・・参ったのう」

 「刺抜きですか?それならそこの引き出しにあると思いますよ。てっきりご自身のために馬鹿に付ける薬でも探しておられるのかと」

 「んはは・・・相変わらず鋭い罵倒じゃのう。冗談が言えるようになったとは、お前さんも少し変わったのではないか?」

 「冗談ではありませんが」

 「そんな真剣な目をされるとこっちが辛いわい」

 

 誰にアピールするおつもりか、痛そうに指を立てながら引き出しを探ってピンセットを取り出すと、キャスター付きの椅子に座ってご自分の指と格闘し始めました。軍手をしているはずなのにトゲが刺さるだなんて、どこまで不器用な方なのでしょう。寧ろ器用なのかも知れません。

 

 「ところで、穂谷はこんなところで何をしとるんじゃ?」

 「質問に質問で返すのは失礼と承知の上で言いますが、私はあなたに行動の全てを報告しなければならないのですか?」

 「そういうわけでもないんじゃが、単純に気になっただけじゃ。パーティーの手伝いをせんのは百歩譲っていいとして、女王様が医務室に何用かと思ってな。気に障ったか?」

 「・・・いいえ。私は貴女方と違ってデリケートで上品な生活リズムを基盤としているので、今夜のパーティーの前に体調を整えておく必要があるのです」

 「ああ、それで栄養剤か。なるほどの」

 

 ご自分から尋ねておいて、気の利いた返事の一つもできないというのは、どこまで無神経なのでしょう。詮索されるのも煩わしいですが。すると、明尾さんは刺抜きで試行錯誤しながら、誰に言うともなく喋りだしました。

 

 「若いのに大変そうじゃのう。わしゃ音楽はあまり分からんが、世界の歌姫ともなると苦労することも多かろう」

 「・・・そうですね。例えば指にトゲが刺さった時、貴女ならご自分で粗末な器具を使って処置するでしょうが、私の場合は病院で専門医から処置を受けたでしょう」

 「大袈裟じゃのう。トゲなんぞ五円玉でもあれば済む話じゃぞ」

 「円よりもドルの方が肌に合っていますので」

 「いやはや。世界が違う、というやつじゃな。お前さんはこの時代の宝ということか」

 

 それは皮肉なのでしょうか。それとも何も考えずにおっしゃっているのでしょうか。目線は一度も私に向けられることなく、ひたすらトゲを睨んでいます。失礼な方ですが、その言葉には裏を感じられません。年不相応で可笑しな喋り方で、年不相応な安定感を感じます。まるで、見た目だけが同年代に戻ったお年寄りのような。そんなわけがないのですが。

 

 「では失礼します。それから」

 

 ここに居続ける意味もないので、資料館でヴァイオリンでも弾こうと思って医務室を出ようとしました。そこで、一つ明尾さんに言っておくことを思い出しました。

 

 「このことは他言無用でお願いします」

 「うむ、構わんぞー」

 

 分かっているのでしょうか。空返事だけを返した明尾さんに一抹の不安を覚えながらも、私は懐に仕舞ったビンを確認して医務室を後にしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は夕方の六時に迫り、約束の時間が近づいてきた。朝の鳥木の提案から始まって、一日かけて準備したパーティーが始まろうとしてた。昼前に発掘場に食器類を運んだ後は面倒臭えから部屋で寝てたが、さすがに時間通りに現れなきゃまた曽根崎やむつ浜にうるせえこと言われる。だから十分前には部屋を出て発掘場に向かった。視界の端でうざったく存在を主張する赤い扉に背を向けて、ガラス戸を開いた。その時、後ろから声をかけられた。

 

 「よお、しみじゅ。まあこんなろこいらんかよ」

 「なんだサ・・・なんだそれは」

 

 別におかしいわけじゃねえが、こいつが屋内にいるっていうのがなんとなく不自然な気がした。しかも自由時間にだ。それだけでも妙な感じだが、こいつの喋り方が気になって振り向くと、また妙なものを見つけちまった。

 

 「これか?いいだろー、ばくだんおにぎり!あげねーぞ!」

 「・・・」

 

 にかっと笑って自慢するようにドデケえのを俺に見せつけてくるが、カスほども欲しいと思えねえ。それよりもツッコミ待ちかと思うくらい突っ込めるところがあり過ぎる方が気になる。

 これからパーティーでメシ食うっつってんのになんでおにぎりなんか食ってんだ。それにそれどんだけデケえんだよ一合や二合じゃきかねえぞ。食うのはまだいいとして顔面に米粒付けすぎなんだよ病気の植物か。だいたいテメエの食いかけなんか腹減ってたっていらねえわ。あと具が詰まってるおにぎりは爆弾じゃなくてかやくおにぎりっつうんだよ。

 

 「んで、しみずどこ行くんだ?」

 「は?お前パーティー行かねえのかよ」

 「パーティー・・・ああ!あれか!そっかそっか!みんなでうめーもんくえるんだよな!」

 

 全く趣旨を理解してねえが、そういう奴だったよな。まあなんでもいい。こいつだったらどうせパーティーのこと知らなくてもメシの匂いで気付くはずだ。

 外に出ると陽は山の向こうに消えて、夕焼け色の空だけが尾根から合宿場を覆っていた。暖かくも寒くもない中途半端な気温で、なんとなくじめった浮かねえ外気だった。今まで寝てただけあって体が重てえ。伸びをしながら発掘場に向かった。

 案の定、発掘場にはもうほとんどの奴がいて、既に調理なんか初めたりして既にがやがやと騒がしい。匂いからして、どうやらあのデケえ鍋で煮込まれてんのはカレーだな。まあマズく作る方が難しいとか言うし、メニューとしては安牌か。

 

 「あ〜いいニオイ!はらへったー!」

 「ほっぺに米粒付けて何言ってんのさ。カレー手で食べたら熱いから気をつけてね」

 「簡単だがサラダバーとドリンクバーも用意したぞ。他にもおかずを用意した」

 「飯出君が主催した時には見劣りしますが、仕方ありませんね」

 

 豆電球を連ねた工事現場なんかでたまにみる照明を飾り付けみてえに周囲の木にかけて、簡単なテントで折りたたみ式テーブルに屋根を造り、そこに料理を並べるだけ。パーティーなんて大袈裟なもんじゃなく、むしろ炊き出しみてえだ。パーティーっぽいところと言ったら、調味料や食材が無意味なほど豊富なところくらいか。

 いつもの朝食と違って今回は時間通りに人が集まって、時計がねえから正確な時間は分からねえが、ほぼ時間通りに全員集まったらしい。グラスを持った鳥木が、その場で声を張り上げた。

 

 「ただいま、六時になりました。全員揃ってらっしゃるようですね。本日は私の提案に賛同しここにお集まりいただき、誠にありがとうございます。しばしの間、お付き合いくださいませ」

 「いいからさっさとくわせろー!」

 「デジャヴか」

 「取りあえず乾杯だ。華の時間は長いようで短いぞ」

 「そうですね。それでは、グラスをお持ちください。私たちの明るい前途を祈念して、かんぱーい!」

 「いえーーーい!!」

 「ひゃああああああああああああああっ!!?」

 

 鳥木がグラスを掲げるのとほぼ同時に、激しい炸裂音が発掘場に響いた。それと同時に晴柳院の悲鳴が聞こえた。音のした方を見てみると、イタズラっぽい笑顔を見せる屋良井と滝山がいた。その手から大量のクラッカーの紐が垂れてる。

 

 「び、び、び、びっくりしましたあ・・・・・・!」

 「へへへ!やっぱパーティーだったらこれがねえとな!」

 「だいせいこーう!」

 「二人ともいつの間にそんなの用意してたの?」

 「倉庫にあったんだ!ほとんど湿気て使い物にならなかったからこれしかねえけどな!」

 

 ちょっとびっくりしたが、晴柳院ほどじゃねえ。それに外で鳴らすとクラッカーって案外しょぼいんだな。それをカバーするためにあんな大量に一気に鳴らしたのか。それが分かると誰からともなく仕切り直すようにグラスをぶつけ合う音がしだした。

 俺は別に、疚しいことがねえってことを証明するためだけにここに来たんだ。誰にも何の用事もなく、ただいたずらにここで時間を潰すってのも暇だ。よそったカレーとドレッシングに浸したサラダを持って、発掘場の端にあるベンチに座った。確か同じものをモノクマが汗だくで造ってるのを見たな。あいつはなんで明尾に対してそんなに弱気なんだ。

 

 「おい清水!」

 「んあ?」

 「ベンチに座るのは構わんが、その辺の板は踏み抜いてくれるなよ!化石を踏み割ったりしたら許さんからな!」

 「あ、ああ・・・分かってるよ」

 

 ベンチのすぐ横に、ベニヤ板で雑に覆われた穴がある。言われなくてもわざわざこんなところ踏む馬鹿いねえっつうの。俺はベンチにどっかと座って、カレーを一口食べた。

 

 「・・・甘え」

 「ふむ、清水翔はカレーは辛い味付けが好みと」

 「失せろ寄ってくんなメモとんな」

 「曽根崎弥一郎に依頼されたのだ。清水翔の様子を詳細に記録しておけと」

 「曽根崎に?あいつはどこ行ったんだよ」

 「向こうで屋良井照矢や笹戸優真と歓談している。広報委員として、このパーティーの様々な場面を記録したいと言っていた」

 「わざわざ付き合ってやることねえだろ、あんな奴の頼みなんざ」

 「お前を観察するという共通意思が存在している故、今後の協力関係を維持する為に受諾することが有益と判断した」

 「おかげで俺は気持ち悪い」

 

 だいぶこいつの話し方にも慣れてきた。堅っ苦しい言い回しなんかも、よくよく聞けば分からねえ言葉じゃねえし、そこまで頓珍漢なこと言ってるわけでもねえ。カレーの味の好みまで勝手にメモられんのは気色悪いし、わざわざ隣に座ってくるのも邪魔だ。皿置いてんだろ。

 

 「私もこうした繁華な催事は苦手だ」

 「そうか・・・・・・いや待て、なんだ『も』って。俺なんも言ってねえだろ」

 「始まったばかりにもかかわらず、食事だけ確保して他者との会話を避けるように会場の隅に座っていたからそう判断した。違うのか?」

 「まあ・・・違わねえ」

 「よかった」

 「ん?」

 

 いまいち会話が噛み合ってねえような気がしたが、やっぱりどうでもいい。ぼーっとし過ぎてうっかり寝ちまわねえように気をつけてさえいればいいだろ。俺は何も考えず、ただぼんやりと発掘場を見渡した。

 曽根崎は屋良井と笹戸を相手にぺらぺらと何か喋ってる。二人の戸惑い方からして詰問でもしてんだろうか。ああいう時は顔面に一発ブチ込めば大人しくなるんだ。少し離れた場所では、鳥木が晴柳院と明尾に得意のマジックを見せてる。なんとなく音楽が流れてる気がすると思ったら、その後ろで穂谷がヴァイオリンを弾いてた。あいつがパフォーマンスするなんて珍しいこともあるもんだ。六浜と古部来は何やら話してたが、そのうち六浜が取り乱してずっこけた。何してんだあいつ。

 

 「似ているな」

 「あ?何がだよ」

 「この状況が、飯出条治が有栖川薔薇に殺害される前夜にだ」

 「っ!・・・だからなんだ?また殺人が起きるとでも言いてえのか?」

 「不確定な未来は想像し、警戒することまでしかできない。だが、その警戒を軽々と超越するのが人間の可能性というものだ」

 「???」

 

 やっぱりわけが分からねえ。何言ってんだこいつ。何にしてもこんな時に飯出の話なんかすんじゃねえよ。まさかって思うが、それこそ未来のことなんて分からねえ。何もなきゃそれでいいんだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このパーティーには、相互監視以上の意味がある。だって夜時間になったからって誰かを殺そうとしてる人がそれを思い留まらせる理由としては弱い。だって有栖川サンも石川サンも夜時間に犯行を犯してるんだからさ!それを分かってて敢えて言わなかったのは、こうしてみんなが一堂に会して食事するっていうことが重要だと思ったから。

 

 「“超高校級の歌姫”なのにヴァイオリンも素晴らしいし、それを伴奏にして“超高校級のマジシャン”のショーが見られるなんて最高だね!」

 「ほんまですねえ」

 「むむむ・・・ど、どうなっとるんじゃ?鳥木!どういうタネを使ってるんじゃ!マジックには必ずタネがあるんじゃろう!?」

 「Mr.Trickyとして否定も肯定も致しませんが、Miss明尾のようなお客様は大歓迎でございます。皆様、是非ともこのMr.Trickyのタネを暴こうと躍起におなり下さいませ!徹底的にお疑い下さいませ!その想像を超える奇跡をお約束致しましょう!」

 「無粋なお客ですわ。私に見破れなかったタネが分かるはずもありませんのに」

 

 屋良井クンと笹戸クンから話を聞いた後、良い感じになってる清水クンと望月サンのところに凸るのも流石に空気読めないし、鳥木クンのマジックを取材することにした。最初の方は手垢の付いたマジックや簡単な小技、そしていきなり見たこともないタネの見当も付かない突拍子のないマジック、そしてそれらを伏線として客を巻き込みながら次々と奇妙な出来事を起こしていく。まさにMr.Trickyのやり方だ!テレビでやるド派手で見た目を意識したものとは違って、彼の真髄である不気味さすら感じる本物の魔法のような繊細で不可思議なマジック。ボクだからこそ言える!本気のパフォーマンスだよこれ!お金取るレベルだよ!

 

 「なあなあそねざき!」

 「うん?」

 「あのな!あのな!これあげる!」

 

 鳥木クン、もといMr.Trickyのマジックに目をうばわれてると、後ろから肩を叩かれた。振り返ると滝山クンが、なにやら飲み物を持ってきてくれたみたいだ。滝山クンにしちゃ気が利くなあ、と思って受け取ると、一瞬滝山クンの口元が歪んだ。

 

 「ん?なに?」

 「なにってなにが?いいからのめよ!グイッと!うめーぞそれ!」

 「ふーん」

 

 少しだけ、声がうわずってる。それに目の開き具合が大きくなって、呼吸のリズムが乱れた。明らかに何かあるねこれ。っていうか、滝山クン自身堪え切れなくなって小さく笑っちゃってる。ここまでされて飲むわけにはいかないなあ。

 

 「ぬああああっ!!分からん!!」

 「す、すごいです!どうやったんですか!?」

 「フフフ、残念ながら教えることは致しかねます」

 「あ、滝山クン、あっちで鳥木クンがすごいことしてるよ」

 「ん!?なんだなんだ!みせてみせてー!」

 

 チョロいなあ。まあ子供みたいな滝山クンをあしらえなくて広報委員もなにもないよね。それにしてもこれどうしようかな。見た目は美味しそうなんだけど。

 

 「ぬぬぬ・・・も、もう一回じゃ鳥木!今度こそ見抜いてみせるぞ!」

 「畏まりました。ではまず、こちらから一枚を抜き取って、私に見えないようご確認ください」

 「これじゃ!お前さんたちもよう見とけよ!」

 「しかくい3!」

 「戻してもう一度お引きください」

 

 言っちゃダメだよ滝山クン。明尾サンが改めて引き直すと、スペードの7。鳥木クンには見えないように山札に乗せて、そこから鳥木クンが何度かトランプを切る。ふーん、なんだ、それだけね。

 

 「今、明尾サンが引かれたカードは・・・こちらの、スペードの7ですね」

 「・・・・・・わっからんッ!!!なぜ分かった!!?分からん!!」

 「う、うちも・・・」

 「すげーとりき!まほうつかえんのかよ!」

 「さすがは“超高校級のマジシャン”だ。子供騙しレベルのマジックをここまでのものに昇華するとは」

 「それはお褒めの言葉と受け取ってよろしいのですね、古部来君!」

 「お前にはタネが分かったのか古部来!」

 「実はボクも」

 「私は以前に見たことがある」

 「曽根崎さんと六浜さんも!?」

 「教えてくれ!どうやったんじゃ!?」

 

 そんなに必死にならなくてもさ・・・。いつの間にか見てた古部来君と六浜サンにもタネはバレてたみたいだね。あんまりにも明尾サンがお願いするから、古部来クンがため息混じりに答えた。

 

 「山札の一番上に戻した時点でカードの在り方は分かっている。そこから、無作為に切るように見せかけてある場所から動かさなければいいだけだ」

 「あ、ある場所?」

 「だいたい、山札の下から三、四枚目くらいかな!切る時の最初の一回で一番上のカードだけを下に送って、後は適当に切る。何回繰り返しても、下から数枚を残して切ればいいだけ」

 「タネは単純だが、実際にやると意外に難しい。さらにこれを芸として成立させるには、見せ方というものを工夫する必要がある。流石の一言に尽きるな、鳥木」

 「お見それ致しました。全てその通り!いやはや、お三方には少々簡単過ぎたようですね!」

 

 古部来クンの方からこんなに喋るなんて珍しい。テンション上がってんのかな?得意になってんのかな?なんにしてもこれくらいじゃあボクの目は誤魔化せないよ。

 

 「俺が楽しめるようなものを見せてもらいたいものだな」

 「ほほう!私に、このMr.Trickyに挑戦なさるのですね!いいでしょう!」

 「あまり熱くならないでください、ヴァイオリンの音が聞こえません」

 「鳥木クン気合入ってるねー。古部来クンも挑発なんてらしくないなあ。テンション上がってる?」

 「賑やかなのは嫌いではないのでな」

 

 まったく素直じゃないなあ!図星突いても取り乱さないから清水クンより分かりづらいよ!まあでも、前だったらこのパーティーに来たかどうかも怪しいし、遅刻もしなかったし、何より自分から準備を手伝ってたし、古部来クンも変わったなあ。あ、そうだ。

 

 「いやあ、なんか暑いよねえ。喉渇いてない?飲み物あるけどいる?」

 「もらおうか」

 「はい」

 

 極めて自然に、何の気なしに、取り留めもなく、さっき滝山クンに渡されたグラスを古部来クンに横流しした。鳥木クンの方に集中してたせいか古部来クンはそれをあっさり受け取って、何の疑いもなくそれを口に運んだ。

 次の瞬間、古部来クンが世にも珍しい声をあげた。

 

 「んぼはああっ!!?」

 「ぬおっ!!?な、なんだ!!?」

 「わっ!」

 「・・・くっ」

 

 真っ白に濡れた古部来クンの顔面と、胸元まで垂れたジュース、地面には吹き出したような跡が残ってる。そして辺り一帯に漂うこの臭いが、そのジュースの正体を物語ってた。

 

 「くっっっっっっさ!!!」

 「この臭い・・・ドリアンですか・・・」

 「どうなさいましたか古部来君!?大丈夫ですか!?」

 「うおおっ・・・!くさ・・・きさまぁ、そねざきぃ・・・!!」

 「えっ!?あ、ち、違うよ!これは滝山クンが持ってきたんだ!でも怪しかったから飲みたくなかったからさ!ちょうど古部来クンが喉渇いてたらしいから」

 「問答無用!!貴様が飲め!!」

 「わあああああっ!!臭いが移る!!」

 「まで垂れ古部来!先にジュースを拭け!走り回るな呆け者!!」

 「ぎゃははははははははっ!!だいせいこーーー!!やったな!!」

 

 ジュースでドロドロになった顔で睨まれると、笑いと恐怖が一気に込み上げてきてややこしい。六浜サンが持ってきたタオルに目もくれず、古部来クンは残ったジュースをボクに飲ませようと追いかけてきた。

 これ持ってきたの滝山クンだからボクは悪くないよ!むしろ被害者だよ!滝山クンあんなに笑い転げてるじゃん!追いかけて来ないでよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずいぶんと時間が経った。いま何時だ?鳥木のマジックショーやイタズラして回る滝山のお陰で退屈こそしなかったが、そろそろモノクマのアナウンスがあっても良い時間じゃねえか。

 

 「あとどんだけ続くんだこれ・・・」

 「残り一時間弱だな。現在時刻は夜九時を過ぎた頃だ」

 「あ?なんで分かるんだよ」

 「向こうに夏の大三角が見える。方角と角度さえ把握できれば、時間の概算など容易い」

 「きもっちわりぃ・・・」

 

 何気ない独り言にわけの分かんねえ返しをしてきた望月を適当にあしらい、残り一時間もこうしてなきゃならねえことにうんざりしてきた。流石にあと一時間なら帰ってもいいんじゃねえかと思ったその時、鳥木が俺たちに呼びかけた。

 

 「さて、時刻は午後九時と四分。宴もたけなわでございます。残り少ないこの時間は、場所を移して今一度楽しもうではありませんか!」

 「場所を移して?どこにだ?」

 「湖畔だよ!花火もやるっつったろ?」

 「はなびはなびーーー!やろーぜ!」

 「おお!いいのう!湖畔ならば小火の心配もないしのう!」

 「で、ですけど・・・あそこはポイ捨て禁止区域ですよぉ・・・」

 「多目的ホールの掃除用具にバケツがあったよね。あれ取ってくるよ」

 「それでは皆様、湖畔の方へご移動ください!こちらの片付けは明日に回すので、ご心配なく」

 「よっしゃ!きょーそーだぞ!よーいドン!」

 「なんで競争だよ!?」

 

 残り時間が少なくなってグダるのを見越してたのか、花火をするとか言い出した。そう言えば倉庫に花火が大量にあったな。クラッカーが湿気てたんだろ?あの花火使えんのかよ。だがまあ取りあえず、そういうことなら俺も行くしかねえか。

 

 「清水君と望月さんもご移動くださいませ。暗いので、足下にお気をつけて」

 「おう。なあ鳥木、ところでこれ毎日やんのか?」

 「ひとまずやってみて今後も続けるかを判断することにしております。お気に召しませんでしたでしょうか」

 「いまいちな」

 「左様でございますか・・・ご意見ありがとうございます。ですが今夜は、どうか最後までお付き合いください。お願い致します」

 「わあったわあった」

 

 そこまで深々頭下げられてもうんざりはうんざりなんだよ。しかし参るな。この調子じゃあいつらほとんど連日のパーティーに反対しなさそうだ。これからずっとこんなのが続くとなると、それこそ俺のストレスが限界を迎えそうだ。そんなことを考えながら歩いてたら、木におもっくそぶつかった。

 今夜の湖は風もなく、さざ波が耳にちょうど良いリズムで聞こえてくる。花火するには丁度良いな。滝山は物珍しそうに花火の一つ一つを眺め、曽根崎が持ってきたバケツに湖の水を掬った。そう言えば、有栖川は飯出を刺した返り血を落とすために同じことをやったんだったな。それとこれとじゃ全然違って見える。

 

 「そう言えば火がねえぞ火が。誰かライターかマッチか持ってねえか?」

 「うちロウソクなら持ってますけど」

 「では晴柳院さん、ロウソクをこちらへ」

 

 一人一人に取りあえず花火を持たせたところで、肝心の火がねえことに気付いた。アホか、と思ってたら、鳥木が晴柳院のロウソクを借りて、その先を指でこすり始めた。まさかその摩擦で点けるとか言うわけじゃねえだろうな。んなわけなくて、こする指から煙が出始めたかと思うと、もうそこには火が点いてた。マジどうやったんだこれ。

 

 「ええええええっ!!?」

 「さすが“超高校級のマジシャン”だね!」

 「そ、それだけで済むようなもんやなかったと思うんですけどぉ・・・」

 「なんでもいいじゃねえか火が点いたんだからよ!サンキュー鳥木!」

 「よーしはなびだー!」

 

 細けえことは気にしねえとばかりに、滝山と屋良井がロウソクの火を花火に移した。すぐさま火は火薬まで到達して、棒の先から赤や青や緑や白の火を噴き出し始めた。鳥木は晴柳院から他にも二本ロウソクを借りて、別々の場所に火元として設置した。どうやらこれはポイ捨てにならないらしい。

 

 「ほれほれ!二本持ちじゃ!見よこの二刀流花火術!」

 「おっ!だったらこっちは三刀流だぜ!両手と口に一本ずつこう持って・・・焼きおにぎり!!」

 「無茶するな屋良井」

 「あっつ!!」

 「言わんこっちゃない」

 「花火なんて久し振りだなあ。打ち上げ式のはよく見るんだけど、手持ちのって案外ないんだよね」

 「私も、演出以外で花火に触るのは久し振りです。こんなに派手だったでしょうか」

 「こんなに煙の出るもの、私は初めてです」

 

 ガキみてえなことしてる屋良井とは対称的に、曽根崎たちはしんみり話し合ったりなんかしてる。一口に花火っつっても色々と楽しみ方があるもんだな。ここにも、妙な楽しみ方してる奴がいる。

 

 「炎色反応の組み合わせだけでここまで多様な色彩を表現するとは・・・花火というものの持つ可能性を軽視していた」

 「花火も見たことねえのかよ」

 「地上の光よりも空の光に興味があるのでな」

 「望月のクセにちょっと気の利いたっぽいこと言ってんじゃねえよ」

 「しみずー!もちづきー!そっちいったぞー!」

 「は?行ったって・・・うおっ!?ねずみ花火かよ!!」

 「火薬の爆発放出を原動力として推進力を得、円形の一方向のみに放出することで回転運動を加えた玩具花火か。面白いな」

 「冷静に分析してねえで避けろアホ!火傷すんぞ!」

 

 ねずみ花火も知らねえのか!っつうか滝山はぜってえ後でぶん殴る!さっきからイタズラも大概にしろよあのアホザル!ぼーっとしてたら望月の奴も燻った花火ほったらかしにしてやがるし、危ねえったらねえ。消えたらバケツに突っ込んどくもんなんだよ。

 

 「清水くん、大変そうだね」

 「はあ・・・はあ・・・クソッ、まさか花火でこんな体力使うとは思わなかった・・・」

 「お疲れ様」

 「はあ・・・あん?お前は花火も持たずに何してんだ?」

 「え、僕?な、なんでもないよ。うん、ごゆっくり」

 「は?」

 

 ったく、なんだって俺がこんなことしなきゃならねえんだよ。いつの間にか俺が望月の世話係みてえになってるけど、冗談じゃねえ。ため息を吐いてると、俺と同じように輪から少し外れた所にいた笹戸が同情するように話しかけてきた。

 手には花火じゃなくて、なぜか火消し用とは別のバケツが提げられてた。暗くて中がよく見えなかったが、笹戸はそれを覗こうとする俺からその中身を隠すように体の後ろに回した。そしてそれを持ってさっさと桟橋の方に行っちまった。なんだってんだ。

 

 「笹戸優真はどうした?」

 「知らねえよ」

 

 行っちまった笹戸の後ろ姿を見送って、俺はもう一本花火でもしようと思って袋に近付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、俺が袋を拾い上げるより先に、目の前にあった自分の手が見えなくなるのが先だった。

 

 「えっ!?」

 「うおおっ!!なんだこの煙!!?」

 「くせーーーっ!!」

 

 さっきまでその声には、賑わいがあった。だが今聞こえてくるものは、それとは明らかに違った。なんだか分からねえが、どこからともなく大量の濁った煙が噴き出して来て、自分の手も見えねえくらいに視界を覆う。しかも火薬臭え。

 なんだこれ。花火とは明らかに違う、なんなんだよこれ!

 

 「み、みなさま冷静に!煙を吸わないように姿勢を低く!その場から動かずに!」

 「まさか、モノクマが花火に妙なモンでも混ぜやがったのか!?」

 「ひえええええっ!!臨兵闘者皆陣列在前!!」

 

 煙幕で塞がれた視界の向こうから、声だけが聞こえてくる。慌てふためく声や俺たちを案じる声。砂利を踏みしめる音が聞こえるってことは、誰もじっとなんかしてられねえんだろう。っつうかしてられるわけねえだろこんなの!そこでまたむつ浜が叫んだ。

 

 「落ち着け!ただの煙だ!晴れるまでじっとしていれば」

 

 最後の方は聞こえなかった。耳を塞いだわけじゃない。むつ浜の声を掻き消すほどの、強烈な炸裂音が煙を突き破って耳を劈いた。その音と一緒にうっすら見えたのは、激しい閃光。まるで雲の中で轟く雷のような、一瞬だが途方もない力の塊を感じた。

 

 「はわあああああああああああああああああっ!!?」

 「な、なんじゃ今のは!!?」

 「みんなどうしたの!?この煙・・・どうなってるの!?」

 「と、とにかく落ち着け!冷静になれ!もう煙が晴れる!大丈夫だ!」

 

 なんだ今の。なんでもねえのか?いや、そんなわけがねえ。この煙が湖畔全体を包み込んだのとほぼ同時に妙な光なんて、偶然なわけがねえ。嫌な予感がする。けどそんなことあり得ねえと思いたい。もうあんな、馬鹿で理不尽で意味不明で絶望的なこと、誰もするわけがない。するわけが・・・。

 そして俺の意思とは全く無関係に、煙は徐々に晴れていく。視界が奪われた直後はさっさと消えろと思ってたが、あの光を見た瞬間から、まだ晴れるなと思い始めた。この煙がなくなったら、嫌でも向き合わなきゃならなくなる。最悪の現実と・・・絶望的な現実と。

 

 「煙が晴れてきたな・・・誰か怪我はしていないか!誰かとお互いに無事を・・・・・・・・・ぶ、ぶじ・・・・・・を・・・」

 「・・・・・・えっ?」

 「ううっ!?」

 

 煙が晴れた。聳える山まではっきり見えるようになった。だがそのせいで、また俺たちは思い知ることになった。ここがどういう場所なのかを。ここでは、何が起きてもおかしくないんだっていうことを。これが現実なんだってことを。

 俺たちはもう、この悪夢から逃れられないんだ。いや、悪夢の方がマシだ。夢だったら、こんなもの聞こえてくるわけがねえ。

 

 『ピンポンパンポ〜〜ン!死体が発見されました!一定の自由時間の後、学級裁判を開きます!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り??人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】  古部来竜馬

 

 屋良井照矢  鳥木平助   滝山大王 【アンジェリーナ】




日常編がいつもより長くなってしまいました。二万字を超える字数になってしまいましたが、なんとか事件までこぎ着けました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

非日常編1

 『死体が発見されました!一定の自由時間の後、学級裁判を開きます!』

 

 陽が沈んで星がちらちら瞬く暗い空の下、まだ火薬の臭いが漂う湖畔に、その放送は広がった。その場にいた全員が、言葉を失ったまま立ち尽くしていた。ただ一人、その全員の注目を浴びたそいつだけは、変わり果てた姿で土の上に転がっていた。

 

 「なっ・・・・・・・・・ななな・・・な、なんだよこれええええええええええええええええええええええええっ!!?」

 「お、おいおいおいおい!?なんでだよ!?だってさっきまで・・・!!」

 「そんな!!こんなことが・・・なぜ・・・・・・!?」

 「あああああうううううううううっ!!!ウ、ウソやあ・・・!!ウソやああああああああああっ!!!」

 

 一人の悲鳴をきっかけに、それは連鎖するように広がった。目の前で起きた人の死、その恐怖、当惑、悲痛・・・その全てが混濁した、どす黒い絶望が。

 夜の冷たい空気に乗って、明らかに火薬とは違う、思わず鼻を摘まみたくなるような悪臭が漂ってきた。肉が焼け焦げ、血の鉄臭さが混じった、死体の臭い。その姿を見て、モノクマの死体発見アナウンスを聞いて、更に追い討ちをかけるように漂ってきたその臭いに、その絶望感はますます強くなった。

 

 「何をしている・・・!!ふざけるな・・・!!」

 

 パニックになる湖畔で、そいつは歯の隙間から捻り出すように言った。ショックのせいか、覚束ない足取りで俺たちの中から歩み出すと、横たわるそいつの元まで歩いて、その隣に座った。座ったと言うより、跪いたと言った方が正しいかも知れない。ぎりぎりで保っていた支えが、無惨な現実でふっと外れたような。

 

 「なぜこんな姿になっている・・・!!なぜ・・・こんな簡単に死んでしまう・・・!!お願いだ・・・お願いだから・・・嘘だと言ってくれ・・・・・・・・・古部来ぃ・・・!!古部来いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!!!」

 

 問いかけるように、囁くように、六浜はその横で言葉を漏らす。そして堰を切ってあふれ出した涙と共に、その名前を叫んだ。痛々しくて、あまりにも惨めで、どうしようもない現実。二度と動かなくなった古部来は、頭にかかる涙を払うことすらしなかった。

 

 「うぷぷぷぷ!オマエラ、絶望してますか!してるよね!この込み上がる気持ちが絶望じゃないなら、何が絶望か分からないほどだよね!」

 「ぎゃああああああああああああああああっ!!!で、でたああああああああああああああああっ!!!」

 「そんなオマエラにボクから、愛を込めてザ・モノクマファイルを!理由なんて聞かなくても分かり切ってるよね!」

 

 まただ。死肉を啄むハゲタカみてえに、誰かが死ぬとモノクマが現れる。そしていつものとことん悪趣味な笑顔で、俺たちの電子生徒手帳に新しいデータを渡した。何の感情も無い電子生徒手帳は、無慈悲に事実だけを表す。絶望感に打ち拉がれて泣き崩れる六浜の隣に横たわるのは、やっぱり古部来だったんだ。

 

 「また・・・あれをやるんだね・・・!」

 「トーゼンじゃん!いつもより長めに待ってるんだから、今回もエキサイティングな学級裁判を期待してますよ!」

 「ウソだろぉ!!?もう勘弁してくれよ!!なんでオレらがこんなことに巻き込まれなきゃならねえんだ!!ふざけんな!!」

 「もう、今更そんな文句言ったって何も変わらないでしょ。こうしてる間にも、捜査時間はじわじわと削れていってるのですよ。現実逃避するのは自由だけど、そのツケを払うのも自分自身なんだからね」

 「うううう・・・・・・もうヤダよぉ・・・たすけてくれよぉ・・・!」

 「助かりたければ学級裁判を生き残ること!もう二回も経験してれば分かるよね?そんじゃま、そういうことで〜〜〜!」

 

 厳しく辛い現実、それを俺たちに突きつけて、モノクマは消えていった。俺たちの一人が死んだ、そしてそれをやったのは俺たちの中の誰か。そんなこと、今まで二回も思い知らされた。三回目になって理解してないわけじゃない。受け容れられねえだけだ。

 

 「では捜査を始めよう。清水翔、曽根崎弥一郎。お前たちで六浜童琉を移動させてくれ。あそこにいられては捜査が十分に行えない」

 「っ!テメエは・・・なんでそんな簡単に言えるんだよ!」

 「簡単?」

 「捜査するってことがどういうことか分かってんのか!六浜がなんで泣いてんのか分かってんのか!あのクソ野郎の言うことに何の疑問もねえのか!なんでそうやって平気な面してられんだよ!!」

 「捜査をするのは古部来竜馬を殺害した犯人を明らかにするため、六浜童琉の涙は死に対する人間の感情的生理現象に起因している、モノクマに関して疑問は多くあるがそれより優先すべき事項が存在している。私も、至って平常心というわけではないのだが」

 「そういうことじゃねえんだよ!!!」

 「よしなよ清水クン。望月サンもちょっと黙っててよ。みんなキミみたいに合理的に考えられるわけじゃないんだ・・・」

 

 痛いほど冷静に、望月はこの状況を即座に理解して、次の行動に移る。分かってる、こうなったらやることは同じだって。また俺たちは命を懸けなきゃいけないんだって。分かってる。頭じゃ全部、分かってるんだ。

 

 「だれだ・・・!だれがやった・・・!」

 「お、おいむつ浜・・・大丈夫かよ?」

 「誰が古部来を殺したッ!!出て来い卑怯者!!あんな煙に紛れて殺すなど下劣な手を使いおって!!」

 「六浜さん!落ち着いてください!滝山君!彼女を抑えるのを手伝ってください!」

 「えあっ・・・!?あ、う、うん!」

 

 モノクマから捜査資料を受け取ると、全員やることは一つだと理解した。六浜だけが、ただ古部来の横で喚き、鳥木と滝山に両脇を抱えられて押さえつけられた。あの調子じゃ、まともな捜査なんかできっこねえ。二人に連れられて、六浜はテラスまで引きずられていった。まさかあいつが、あそこまで取り乱すとは。

 

 「無理もないね。六浜サンは古部来クンと仲良かったみたいだし」

 「仲良かった?あいつが?」

 「比較的、ね。そうでなくても、彼女をリーダーに推したのも古部来クンだし、その責任感もあるんでしょ」

 「仲が良かったか・・・石川ん時と同じじゃねえだろうな」

 「・・・それは後で調べとく必要がありそうだね。ともかく、まずは現場からだ」

 

 発狂した六浜を見たせいか、なんだかんだで俺ももう冷静になっちまってた。まさもう二度も同じことを経験したせいか、シャレにならねえが、人が死ぬことに慣れちまってる気がする。それを差し引いても、目の前に横たわる古部来の死体は思わず目を背けたくなる酷たらしさだった。

 

 「じゃあ、捜査を始めようか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《捜査開始》

 

 取りあえず、モノクマファイルを確認しとくか。前回もその前も、それなりに重要なことが書いてあったわけだしな。電子生徒手帳を起動させ、モノクマファイルを開いた。その途端、画面一杯に古部来の凄惨な死に姿が容赦なく表示される。その次のページには、その詳細が綴られてた。いつの間に調べたってんだ。

 

 ーーー被害者は“超高校級の棋士”、古部来竜馬。死亡時刻は午後九時四十分頃。死体発見場所は資料館北の湖畔。頭部から胸部にかけて激しく損傷し、胸部の火傷は内臓まで到達。数カ所に鋭利な物体が刺さっており、骨折も複数ある。ーーー

 

 一通りの記述を読んで、俺はあることに気付いた。読み落としたのかと思ってもう一回読んだが、やっぱり書いてねえことを確認したのとますます気分が悪くなるだけだった。そこには今まで当たり前に書かれてたことが当たり前のように書かれてなかった。

 

 「死因が書いてねえ・・・おいどういうことだ!モノクマ!」

 「はいはい、モノクマですよ」

 

 俺が呼ぶと、どこからともなく出てくる。こういう時にだけ融通が利きやがるのがムカつくがしょうがない。取りあえずこの疑問をぶつけるのが先だ。

 

 「おい、資料作るならちゃんと作りやがれ役立たず。死因が書いてねえじゃねえか」

 「それがなんだい?なんか問題?いやいや無問題(モーマンタイ)!」

 「問題大アリだろうが。死因が分かんねえんじゃ凶器も特定できねえし殺し方も分からねえじゃねえか」

 「・・・まったくもう、これだからゆとりはやんなっちゃうんだよ!教科書や資料集に全てが書いてあると思うなよ!むしろそんなのは現実のほんの一部分、しかも上澄みにしか過ぎないんだよ!それにね、ボクはクロとシロのどっちの味方でもないの!それはあくまで、犯人とオマエラが学級裁判で平等に対決できるようにするための、ボクからの温情なのね」

 「血も涙もねえ埃の塊が何言ってやがる」

 「なので、死因についてはオマエラで捜査して考えてください。今後もモノクマファイルについての質問は受け付けないので!そんじゃ!」

 

 一方的に話を切り上げて、モノクマはどっかへ逃げた。死因は勝手に捜査して考えろだと?今まで教えてたくせに、なんで今回になっていきなりそんなことになってんだ。あいつの気紛れもここまでひでえとは思わなかった。

 自分で調べろってことは、古部来の死体に、少なからず触ることになるんだよな。いざそれが必要になると、やっぱり手が進まねえ。そう考えると、飯出が殺された時に真っ先に死体を捜査した古部来はかなり思い切りが良い奴だったな。今じゃ自分が調べられる側になってるなんて、クソほども笑えねえが。

 

 「しかし・・・ひでえなこりゃ。わざわざこんなグロい殺し方しやがって・・・」

 「火傷、裂傷、銃創、その他多数・・・胸部はともかく、頭部はほぼ原型がない。相当な衝撃だったのだな」

 「原型なしって!?なに怖えことそんな普通に言ってんだよ!!」

 「それより望月サン、銃創って言った?」

 「それに類似する傷が存在している。本物の銃火器というよりも、それに準ずる凶器と考えるのが妥当だ」

 「内部組織にまで達するなんて、本当に人を殺す目的で作られた物でないと不可能なんじゃないかな」

 「うっ・・・オ、オレ一旦トイレ・・・」

 

 うつ伏せになった古部来を、なるべくそのまま調べた。仰向けにしたら、屋良井だけじゃなく俺まで捜査どころじゃなくなるかも知れん。それくらい、古部来は酷い殺され方をしていた。

 望月は淡々と古部来の状態を調べ、曽根崎が推測や疑問点と一緒にメモをする。こいつらに任せときゃ俺いらねえんじゃねえか。と、一歩外れた所から様子を眺めてると、古部来の周りに散らばった何かに気付いた。

 

 「何かのカスか?やけに散らばってんな」

 「燃えカス・・・だね。明らかに不自然だ。覚えておいた方がいい」

 「不自然か?花火やってりゃ燃えカスくらい出るだろ」

 「出たとしても、こんな広範囲に大量になんておかしいよ。古部来クンの周りにあるなら、事件に関係してると考えた方が自然じゃない?」

 「・・・そうか」

 

 黒く煤けた厚紙みてえなカスやら、キラキラ光るカスやら、細長い何かやら、色んなもんがある。どれも古部来の周りに散ってるってことと、燃えたような焦げたような痕跡がある。やっぱ関係あんのかな。それから、燃えたわけじゃねえけど、明らかに元からここに落ちてたもんじゃねえってものもある。

 

 「なんだこれ・・・?」

 「だいぶ細かくなってるけど、ガラス・・・・・・かな?」

 「ガラス?なんでそんなもんがこんなところに落ちてんだよ」

 「さあ?」

 

 ものすごく細かくなってて、ただこの辺で誰かがガラス製の何かを割ったとか、そういうレベルじゃねえ。文字通り、木っ端微塵だ。しかも茶褐色ってことは、メガネとか窓ガラスとかそういうもんでもねえ。なんなんだこりゃ?

 一応事件と関係あるかも知れねえから覚えとこうと、曽根崎がメモを取った。しばらくそのメモ帳を見て、曽根崎は思い出したようにぽつりと言った。

 

 「・・・花火と言えば、あれはなんだったんだろうね」

 「あれってなんだよ?」

 「ほら、事件の直前に煙が出たでしょ。火薬臭かったし、あれは花火の煙だよ」

 「ああ・・・あれか。確かに妙だったな。ただの花火じゃなかった、まるで古部来を殺すのに顔を見られねえようにしたような・・・」

 「ま、普通に考えて犯人が用意したものだよね。でなきゃおかしいもん」

 「・・・」

 

 分かってんなら聞くな。だが、確かにあの煙は不自然だ。花火やってりゃ多少の煙は出るが、次の一歩すら見えねえほど濃い煙で湖畔がいっぱいになるほどなんて、どう考えても誰かが細工したとしか思えねえ。それに、あれも理由の一つだろう。

 

 「あの光を隠すためだったとしたら、辻褄が合うな」

 「ん?清水クン、光ってなに?」

 「煙が噴き出して少しした時、デケえ音がしただろ。あれとほぼ同時に、古部来が倒れてた辺りが光ったんだ。一瞬だったが確かに見た」

 「ああ、音は聞いたよ。けど光は見なかったなあ・・・あれじゃ右も左も分からない状態だったから、違う方向いてたら見えないかもね」

 

 周りが全く見えなくなるほどの煙を出す花火、煙の中で響いた音と激しい光、そこで死んでた古部来。これらが関係ねえわけねえな。覚えといた方がいいな。

 古部来の周りをある程度調べ終えると、やっぱり直接調べなきゃならねえのか。飯出の時もアニーの時も、なんやかんやで間近では見たものの直接触ったりなんかしなかった。今になって、それも、明らかに刺殺や絞殺じゃねえ、鼻を突く異様な臭いの漂う死体を調べなきゃならねえとは。俺は取りあえず平常心に戻るため、深呼吸して気持ちを落ち着かせようとした。

 

 「清水翔、何をしている」

 「あ?見て分かんねえのかよ。古部来の死体調べんのに心の準備してんだろうが。話しかけんな」

 「その必要はない。既に私が一通り調べた。専門知識はないが、モノクマファイルの記述とほぼ一致している」

 「は?」

 

 マジか。こいつに人間味がねえことは前から分かってた。だけどこんなグロい死体を前にして、平然と調査をできるなんて、いよいよこいつは人間じゃねえ気がしてきた。無感情、無表情、ただのアホ面だと思ってたその面が、今はなんとなく怖く見える。

 

 「もう調べ終わったんだ!早いね望月サン!」

 「ほとんどモノクマファイルの内容の確認でしかなかったため手早く終わったのだろう。しかし、モノクマファイルにはなかった情報も入手した」

 「ホント?教えて教えて!」

 

 さっきまでの雰囲気からコロッと変わって、曽根崎は望月の調査結果に興味津々に尋ねた。なんでだ。取りあえず望月はまた情報は共有するべきだとかなんとか言って、新しく見つけた情報ってのを見せた。古部来の反対側に回り込んで、死体から見て左側に来ると、確かにモノクマファイルには載ってねえ重要そうな証拠を見つけた。

 

 「なんだこりゃ」

 「明らかに、自然に形成されたものではない。おそらく古部来竜馬が何かを伝達しようとしたのだろう」

 

 望月が指さしたのは、古部来が倒れている場所のすぐ近く。ちょうど頭の真横あたりにある、線がガタガタでまともな形をしてない・・・辛うじて円に見える何かだ。いやそれよりも、目を引くのはその円の一箇所に意味ありげに置かれた、古部来の指だ。その先には、どう見ても自然に付いたとは思えないような血が付いてる。

 

 「歪んだ円、その一箇所に血の付いた指か。う〜ん、確かに意味深だね」

 「どういう意味だこれ」

 「それは現時点で断定することはできていない。しかし、古部来竜馬以外の誰かにこの記号を作製することは不可能だったと言える」

 「そりゃ、みんなの注目されてる中で堂々とそんなこと・・・・・・できないか。さすがにここまであからさまなのはね」

 「ってことはこれは・・・やっぱあれなんかな」

 

 曽根崎が少し言い淀んだのは、たぶんあのことを考えたからだろう。石川がやったことの逆で、犠牲者のそばに寄り添うフリをして証拠を捏造するってことだ。俺も同じ事を考えてた。だが、普通に考えてこれは古部来が遺したもんだろう。なんだったか忘れたが、推理小説とかミステリー映画とかじゃよくあるやつだ。

 

 「ダイ・・・ダイ・・・」

 「ダイニングコテージだね!」

 「んな小洒落たカフェみてえな名前じゃねえ」

 「ファイティングバンデージだったかな」

 「普通のバンデージじゃねえか」

 「ミーティングパッセージのはずだよ」

 「もう意味分かんねえ」

 「じゃあダイイングメッセージかな」

 「んな物騒な・・・それだ」

 「何をしている」

 

 なんで急にふざけてきたんだこのアホメガネ。まあ今更どうでもいい。とにかくこれは、古部来が遺したダイイングメッセージだ。これが犯人を指すのか、それとも他の何かを指すのか。それは分からねえが、事件の解決に繋がる重要な手掛かりなんだろう。覚えとくべきだな。

 

 「それともう一つ、不審な点がある」

 「教えろ」

 「見て分かるように、古部来竜馬はうつ伏せの状態で死亡している。しかし、モノクマファイルや私の捜査において、古部来竜馬の死因となった外傷の類は、その前半身にしか存在していない」

 「それがどうした」

 「傷を見る限り、古部来竜馬は相当な衝撃を受けて殺害された。前方から衝撃を受けたにもかかわらず、前方に倒れて死亡するというのは明らかに不自然だ」

 「・・・ああ、なるほどな」

 「いや、分からないよ。殺した後に犯人が傷を隠すためにうつ伏せにしたのかも知れないし」

 「その可能性も排除される。証拠も存在している」

 

 後で好きなだけできるんだから、この時点で話し合いなんかしてる場合じゃねえだろうが。望月の言うことはもっともだってのに、それに対して曽根崎が待ったをかけた。そして望月が新しい証拠を出してそれに反論してきた。

 

 「こんなものが落ちていた。ダイイングメッセージに重なる位置にだ」

 「あ?将棋の駒?」

 「角行だね。う〜ん、この汚れ具合、もしかして、古部来クンが身につけてたやつかな」

 「私もそう推測している。これは、もともと古部来竜馬の首に提げられていたものだ。にもかかわらず、古部来竜馬の前方にあった。これは、古部来竜馬が死亡する際に飛び出したと考えられる。少なくとも、古部来竜馬の体を反転させただけではこうはならない。その上、ダイイングメッセージを遺したのが古部来竜馬である以上、古部来竜馬は前傾倒したということになる」

 「・・・つまり、駒やダイイングメッセージの位置から考えて、古部来クンは前から殺されたにもかかわらず前に倒れた。それが不自然だってこと?」

 「簡潔にするとそうなる」

 「お前よく分かるな」

 

 未だに望月の回りくどくて長ったらしい話し方に、俺はいまいち慣れない。なのに曽根崎はそれを簡単に要約しやがった。俺にとっちゃ助かるが、望月は少し不服そうな顔をして、だが間違ってはないと言った。

 

 「ちなみに、その駒ってどの辺に落ちてたの?」

 「古部来竜馬の指の近くに落ちていた。詳細に言うと、古部来の指先を原点とした場合第二象限のX軸の漸近線上、ベクトルはその漸近線に対してほぼ垂直で裏向きに・・・」

 「そこまで細かくは聞いてねえよ!」

 

 よくもまあ、ただ落ちてた将棋の駒の説明をここまで難しくできるもんだ。めんどくせえことになる前にストップをかけて、取りあえず望月の報告はそれで終わった。

 さすがに殺されてすぐ捜査したせいか、死体の周りにはたくさん証拠が残ってた。だがこれだけじゃまだ何も分からねえ。他の場所も捜査する必要があるな。あとどこを調べるべきだ?

 

 「おい曽根崎」

 「う〜ん、正直言うと、ボク今回はあんまりどうしていいか分かんないんだよね」

 「は?」

 「だからさ、今回は清水クンが頑張ってよ。事件と関係ありそうな場所や、証拠が残ってそうな場所を考えて、捜査するの」

 「テメエが分からねえわけねえだろ。なんでわざわざ俺がそんなことしなきゃならねえんだ」

 「・・・なんだかヤな予感がするんだよね。事件はこのままじゃ終わりそうにないっていうか」

 「は、はあ?お前何言ってんだよ」

 「まあ、気のせいだとは思うよ。だけど念のために、清水クンは一人で頑張って。ボクも別で捜査するよ」

 

 深刻そうな顔したと思ったら、いきなりケロッと笑って無責任なことを言い出した。だがその軽い笑顔の底に、絶対譲らねえっつう強引で勝手な意思を感じる。狙いを定めてインタビューをするって時のこいつの顔だ。これ以上は時間の無駄だな。

 

 「・・・ちっ」

 

 俺は曽根崎に背を向けて、取りあえず桟橋に向かうことにした。心当たりっていうわけじゃねえが、気になることがあって近場にあるのがそこだっただけだ。俺を見送りながら曽根崎が何か言った気がしたが、よく聞こえなかったから無視した。

 

 「ボクの勘は当たるからね」

 

 

獲得コトダマ

【モノクマファイル3)

場所:なし

詳細:被害者は“超高校級の棋士”、古部来竜馬。死亡時刻は午後九時四十分頃。死体発見場所は資料館北の湖畔。頭部から胸部にかけて激しく損傷し、胸部の火傷は内臓まで到達。数カ所に異物が刺さっており、骨折も複数ある。

 

【何かの焼けた跡)

場所:湖畔

詳細:古部来の死体の周辺に散っていた燃えかす。木っ端微塵になっているが、かなりの種類と量がある。

 

【粉々のガラス)

場所:湖畔

詳細:古部来の周りに大量のガラスの破片が大量に落ちていた。古部来の体にもいくつか突き刺さっている。

 

【花火の煙)

場所:湖畔

詳細:事件の直前に、遊んでいた花火が突如として大量の煙を噴き出した。もともと煙が出やすい種類の花火だが、通常なら視界を遮るほどではない。

 

【煙の中の閃光)

場所:湖畔

詳細:煙幕の中で清水が見た強烈な閃光。同時に炸裂するような音もした。古部来が倒れていた辺りに見えたため、事件と関係していると思われる。

 

【古部来のダイイング・メッセージ)

場所:湖畔

詳細:歪な形の円が描かれていて、円周の一点に血が付いている。古部来が何かを伝えようとしていたようだ。

 

【うつ伏せの古部来)

場所:湖畔

詳細:古部来の死体はうつ伏せに倒れていた。死因となった火傷や裂傷は全て前面にしかなかったため、不自然であると言える。

 

【角行)

場所:湖畔

詳細:古部来の前方に、ダイイングメッセージと重なる場所に落ちていた。生前の古部来が大切にしていたもの。傷やシミが年月と威風を醸している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 取りあえず桟橋に来た。別に特別に怪しいと思ってるわけじゃねえが、気になることはある。事件に深く関わってりゃ儲けものってくらいの確信だ。少なくとも俺たちに隠し事があるってのは確定してるから、それを引き出すために曽根崎が必要だったんだが、こうなったら俺がやるしかねえか。

 

 「おい」

 「!」

 「んなところで何してる。なんで捜査すっぽかして湖見てんだよ、笹戸」

 「あ、し、清水くん・・・。べ、別に僕は・・・すっぽかしてるわけじゃないよ。ちょっと今は大事なことがあるっていうか・・・」

 

 俺が声をかけると、笹戸は驚いて肩を竦ませた。桟橋から湖を覗き込むようにして座り込んで、捜査らしいことなんか一つもしてねえ。この行動も意味分かんねえが、事件直前のことも気がかりだ。こいつは確実に、何かを隠してる。

 

 「あ、あれ?曽根崎くんか望月さんと一緒じゃないの?」

 「話を逸らすな。いいからここで何してるか言え。それから、事件前にお前だけ湖畔から離れたろ。あの時のバケツに何入ってたか言え」

 「・・・こ、これって尋問なのかな?」

 「拷問になる前に答えろ」

 「うっ・・・」

 

 妙に話したがらない笹戸を脅すつもりで、拳骨に息を吐きかけた。いい加減に俺の我慢の限界を超える前に大人しく答えた方が賢いと分かったのか、笹戸は観念したようにため息を吐いて話し始めた。

 

 「・・・あのバケツには・・・死体が入ってたんだ」

 「は!?し、死体!?古部来の・・・いや、んなわけねえな。誰の死体だ!」

 「だ、だれのって、ひ、人じゃないよ!僕がそんなことするわけないじゃん!」

 「はあ?じゃあ何の死体が入ってたんだよ」

 「・・・・・・打ち上がってたんだ、湖畔に。ピラルクーが」

 「あ?ピラ・・・なんだ?」

 「アロワナ科アロワナ目の淡水魚で、世界最大の淡水魚の一種。シーラカンスと同じ『生きた化石』で、ワシントン条約で保護指定もされてるんだ。南米アマゾン川原産で、こんな湖に生息してるなんて普通は考えられないはずなんだけど・・・」

 「テメエは望月か。んなオタク知識はどうでもいいんだよ」

 

 聞いたことねえ名前が出て来て思わず聞き返すと、笹戸は急にべらべら喋りだした。その調子でさっさと俺の質問に答えやがれ白髪野郎。

 

 「で、そのピクルスがどうした」

 「ピラルクーだってば。その死体が湖に打ち上がってて可哀想だったから、水葬にしようと思ってバケツで運んだんだ。で、今それをしてたところだよ」

 「んなもん放っときゃいいだろうが・・・」

 「だって死んで放ったらかしなんて可哀想だったから、ちゃんと最期も見送ってあげたかったんだ。みんな花火を楽しんでたから、水を差しちゃいけないと思って僕だけでやるつもりだったんだ。それに、ちょっと変な死体だったし」

 「変っつうとなんだ」

 

 死体だの最期だの、こいつは魚と人の区別がつかねえのか。ややこしい言い方しやがって、そんなんだから無駄に疑われて尋問なんかされんだろうが。気の遣い方が下手くそなんだよ。そんなことよりも、笹戸が最後に呟いた一言が気になった。魚の死体に変もクソもあんのか。

 

 「ピラルクーは大人になるとだいたい2mから3m、大きいものだと4mを超えることもあるんだ。前に僕がアマゾンで釣った時は5m以上あったなあ。鱗がすごく硬くて艶もキレイで、筋肉もしっかりしてて格好良かった!まあ、保護対象だからすぐに返して魚拓も取れなかったんだけどね」

 「よーし歯ぁ食いしばれ。一発ぶん殴る」

 「わっ!わっ!ごめんなさい!余計な話してごめんなさい!えっと・・・そう!大きさだったよね!大人のピラルクーなら2mは超えるのに、打ち上がってたのは僕より小さかったんだ。1m強ってところかな」

 「じゃあ単純にガキの魚だったんじゃねえのか」

 「そうなんだよね。でもピラルクーの稚魚は親の真上で群れを成して生きるし、成長はすごく早いんだ。食性は肉食性、体はオタマジャクシのような黒。体の大きさもあるし、たぶんこの湖じゃ最強種だったはずだよ。そんな魚が外傷もなく子供のまま死ぬなんておかしいよ」

 「・・・」

 

 よく分からねえが、要するにそのデケえ魚の子供が死んでんのがおかしいってことか。その程度のことでわざわざ花火を抜け出して、そのタイミングで事件が起きるなんざ、こいつも大概ついてねえな。まあそれが本当かも分からねえし、偶然だったのかも怪しいところだがな。

 

 

獲得コトダマ

【笹戸の証言)

場所:桟橋

詳細:事件発生直前、笹戸は湖畔に打ち上げられていたピラルクーの死体を供養しに桟橋に行っていた。死体は、成熟していないまま死んでいたにもかかわらず、特に襲われた痕跡などはなかったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この後はどうするべきか。一応気になってた笹戸についての捜査は終わった。湖畔に戻るともう曽根崎はいなくて、戻ってきた屋良井と望月で死体の見張りをしてた。ただでさえエグい死体が転がってるってことと、前から望月を疑ってたせいで、屋良井は渋い顔をしてた。

 

 「お、おーい清水ぅ!代わってくれよ!オレこんな空気耐えられねえよ!」

 「は?ふざけんな、誰が好きこのんで死体とブスチビと一緒にいるか」

 「オレの身になって考えてみろよ!っつうかお前容赦ねえな!」

 

 横を通り過ぎようとする俺に、屋良井が小声で話しかけてきた。無視するって手もあったがウザかったから捨て台詞を吐くつもりで言ったら、更にそれに返してきた。こいつも大概めんどくせえな。っつうかいたくねえんだったらさっさと他の所行きゃあいいじゃねえか。

 

 「お前がさっさと捜査に行きゃあいいだろ。なんでここにいるんだよ」

 「それがさ、望月が色々言ってきて、ここにいろってうるせえんだよ。ビビってんだぜきっと。清水の方がいいんじゃねえか?」

 「しばくぞ」

 「照れ隠しか?あぶねっ!!」

 

 俺の平手が空を切った。この野郎、曽根崎並の反射神経してやがる。何が照れ隠しだ馬鹿野郎。いい加減、俺と望月をワンセットで考えるこいつらのそういう感じに我慢が利かなくなってきた。たぶんこいつが元凶なんだろう。もうそれでいい。

 

 「おいおい照れんなって!今更隠したってしょうがねえだろ!?どうせ曽根崎に根掘り葉掘りインタビューされてんだろ!?」

 「潰されてえみてえだなコラ!!」

 「お前たち、騒々しいぞ」

 

 毎度思うが、屋良井のこの普通の男子高校生っぽいノリには苛立たされてばっかだ。なんでこんな奴が“超高校級の才能”持ってて俺が持ってねえんだマジでムカつく!!テメエのせいで望月に注意されたじゃねえか!!

 

 「とにかくさ、マジでオレこんなとこいたくねえから、頼むよ清水。これ真面目な話」

 「ふざけんな。俺は俺でテメエと違って捜査するんだよ。大人しくいろ」

 「いや勘弁してくれって。この際だから望月と色々と話せよ。そういう仲なら募る話もあんだろ?」

 「TPO考えろや」

 

 マジでこいつと話してると無駄な時間だ。それに、前回前々回と思い返してはっきり分かってる。どっちみちこいつにゃまともな捜査なんかできねえんだから、死体の見張りでもしてた方がよっぽど役に立つってもんだ。俺は屋良井を捨て置いて、さっさと他の場所を捜査しに向かった。

 さてどうしたもんか、と考えたら、あの煙幕を思い出した。そう言えばあれは花火から出た煙だったな。花火はもともと倉庫にあったもんだったっけか。そういやあそこにゃ大量の武器もあったし、一回調べに行っといた方が良さそうだな。俺は湖畔をスルーして、倉庫に向かいかけた。だが途中で、倉庫には灯りがなくて夜中だとマジで何も見えねえことを思い出した。

 

 「・・・めんどくせえなあ」

 

 確か部屋にモノクマから支給された懐中電灯があったな。一旦それを取って来ねえと、まともに捜査なんかできねえか。めちゃくちゃめんどくせえが、仕方ねえか。倉庫を捜査するために、一度個室に戻ることにした。

 どいつもこいつもどこ捜査してんだか分からねえが、あちこちに散らばりやがって、中央通りは人気が全然なかった。夜中だと足下が悪いせいか、いつもより時間がかかる気がする。ようやく寄宿舎に着いたと思ったら、向かいの食堂の灯りが点いてるのに気付いた。こんな時間にこんなところにいる奴なんて、だいたい分かる。捜査サボって残飯あさるようなクソザルを怒鳴るつもりで、食堂のドアを勢いよく開けた。

 

 「おい!捜査サボってんじゃねえよ!」

 「のあっ!?」

 「あ?」

 「し、清水君・・・驚かさないでください。夜中に大声を出すと近隣の方の迷惑になりますよ」

 「こんなところで何してんだよ鳥木。てっきり滝山がまた残飯あさってんのかと思ったじゃねえか」

 「またって・・・彼はそんなことをしたことはありませんよ。おそらく」

 

 食堂にいたのは滝山じゃなくて、鳥木だった。なんだってこいつはこんな時にこんな所にいるんだ。こいつは残飯あさるようなキャラじゃなかったと思うけどな。

 

 「で、こんなとこで捜査か?六浜看てんじゃなかったのか」

 「ひとまず落ち着いたようなので、後は晴柳院さんと曽根崎君にお任せして、私と滝山君は捜査に戻りました。その際に滝山君が、お腹を空かせたと仰ったので、食堂で何か繋ぎの物を探すのにご一緒したという次第で」

 「あ?曽根崎?あいつ、六浜んとこ行ったのか」

 「おや、ご存知なかったのですか?てっきりお二人で手分けして捜査しているのかとばかり」

 「俺とあいつをセットみてえに考えんの止めろ。反吐が出る。で、滝山が見当たんねえぞ」

 「ここには何もないようなので、発掘場の方へ行かれました。私はもののついでに、こちらを捜査しているのでございます」

 「こんなところに手掛かりなんかあるわけねえだろ」

 「いえいえ、こうした目立たない所、意外な所、一見関係ないように見える所にこそ、タネがあるのですよ。マジックの場合は大抵これで暴けます」

 

 殺しとマジックを一緒と考えてる時点でこいつはマジシャン失格だろ、あと思考がサイコっぽい。まあんなこたどうでもいいんだが、食堂なんかに証拠があるとは思えねえ。ついでとは言え、こんなの時間の無駄だ。

 

 「こんな事件と関係ねえところまで捜査たあ、ずいぶん気合い入ってんな」

 「・・・私には今回、犯人を突き止める責務がございますので」

 「ん?」

 

 俺はただの皮肉のつもりで言ったんだ。事件と関係ねえところをいくら捜査したって手掛かりなんか見つかるわけねえだろ、ってつもりで。それを汲み取れないほど馬鹿な奴じゃねえと思ってたが、思いの外、鳥木は真剣なトーンで返して来た。

 

 「私があのパーティーを提案したのは、全員が同じ場に居続けることでこのような事態になることを防ぐためだったのです。それなのに・・・まさか、あの花火を利用されるとは・・・!この鳥木平助、一生の不覚です!私の想像力の至らなさのために、古部来君を喪うなんてッ・・・!」

 「アホか」

 「え?」

 「あんなもん想定しろっつう方が無茶苦茶だろ。推理小説じゃあるまいし、全員の視界をなくして殺すなんて普通思い付いてもマジでやる奴が出るなんて考えるかよ」

 「ですが、しっかりとした危機管理と不測の事態への対応ができなかったのは、私の不徳の致すところ・・・」

 

 そうか、こいつはそういう風に自分のせいだと考えて落ち込むタイプのMなんだな。穂谷とよくいるってことはやっぱりこいつはそうなのか。あのパーティーの主催者だからっつって、そこまで責任感じることねえと思うけどな。

 

 「全身全霊、粉骨砕身を以て、捜査と推理に尽力する責任があるのです!私にできることは、それだけです・・・」

 「じゃあそうしてろ。で、ここでなんか見つかったのかよ」

 

 落ち込むのも気合い入れるのもなんでもいいが、だからって食堂なんか調べてても意味ねえだろ。俺と無駄話してる暇があったら別の場所捜査しに行け、と俺が言おうとしたら、その前に鳥木が何かを取り出した。

 

 「清水君、こちらなのですが・・・」

 「あ?」

 「アルミホイルです」

 「見りゃ分かる。それがなんだ」

 「いえ、こちら、どう見ても新品ですよね?」

 「ああ、そうだな。だからなんだよ。珍しいもんじゃねえだろうが」

 「おかしいですね・・・パーティーの準備中に私と六浜さんと古部来君でこちらで食材をまとめていたのですが、その際にアルミホイルを使ったんです。これ以外が見当たらないとなると・・・」

 「使い切ったんじゃねえのかよ。こういうのはモノクマが補給してんだろ?」

 「はい、そうですよ。ボクはオマエラが快適なコロシアイ合宿生活をできるように、寝る間も惜しんで昼夜問わず社畜よろしく働いてるんだよ。ちなみにそのアルミホイルも、もうなくなっちゃったから新しいのと交換してあげましたー!」

 「らしいぞ」

 

 どこからともなく湧いてきて、ふざけた調子で喋ってすぐ引っ込む。あいつをいちいち気にしてる方が疲れちまう。必要なことだけ耳が漉し取って、それをそのまま鳥木に投げた。だがそれでも、鳥木は腑に落ちない顔をしてる。なんなんだよ。

 

 「ですが、確かに私はこれを棚に戻しました。使い切ったらその場で捨てます」

 「じゃあ他に誰かが使ったってことか」

 「そうなりますね。どのように使ったかは分かりませんが・・・」

 「アルミホイルの使い道なんて焼き芋かおにぎりだろ。それなら心当たりがある。事件にゃ関係ねえよ」

 「そうですか。どうやらここの調査は徒労だったようですね。他の場所を調べます」

 

 鳥木はそう言うと、肩を落として食堂を出て行った。そりゃこんなところ事件とは関係ねえに決まってんだろ。ったく、それにしてもあいつはどんだけ食い物周りで俺らに迷惑かけりゃ気が済むんだ。あのクソザル野郎が。確か発掘場に行ったっつってたな。倉庫調べる前に、そっちにも行っとくか。一応事件直前に全員がいたところだしな。

 

 

獲得コトダマ

【夜中のパーティー)

事件当日の夜、鳥木の提案で全員参加のパーティーが開かれた。発掘場で食事を楽しんだ後、湖畔に移動して花火をした。

 

【アルミホイル)

場所:食堂

詳細:食堂にあったアルミホイルが新品になっていた。モノクマが補充したらしいが、鳥木によれば準備の時点では特になくなりそうな気配はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 六浜があんな調子だから、今は全員の個室の捜査なんかできる状態じゃねえ。それに事件が起きてから捜査まで、個室に戻った奴なんかいねえから、やる必要もねえだろう。古部来の部屋くらいならやっとく必要があるかも知れねえが、今は人手がねえ。後でいい。ひとまず自分の部屋の引き出しから懐中電灯を取り出して、俺は倉庫に向かうことにした。

 相変わらず倉庫は陰気な雰囲気を醸し出してて、扉は開けるだけで錆びで手が汚れるし、中は息が詰まるほど埃っぽい。照明がないから、夜中だとマジで本当の暗闇になる。そのおかげでここには監視カメラや機械類が置けず、密談にはうってつけの環境になってるわけだが、もうちょっとなんとかしてくれねえとこっちの身が持たねえ。

 

 「ケホッ、ケホッ・・・クソが。なんで俺がこんなことする羽目に・・・」

 

 ぶつくさ文句を言っても埃が収まるわけじゃなく、懐中電灯から発せられる光線が埃で実体化したように見える。ガキの頃はこれが面白くてライトナントカっつって遊んで、埃のせいで喘息になったりしたっけ。んなことを思い出しながら、パーティーグッズが仕舞われてる区画のダイヤルロックを回した。

 

 「えーっと11037・・・あれ、ちげえな。なんだったっけか」

 「3679じゃ」

 「367・・・うおおおっ!!?」

 「おうっ!?な、なんじゃ急に大きな声を出しおって!」

 

 当たり前みてえに後ろから声をかけられて、一瞬流しちまいそうになったがすぐに体が勝手に反応した。そりゃビビるわこんなもん。真っ暗な誰もいねえはずの倉庫で返事が聞こえたら誰だってこうなる。向こうも同じくらいびっくりしてるがテメエのせいだろうが。

 

 「なんだよ明尾か・・・ビビらすんじゃねえ馬鹿野郎」

 「こっちの台詞じゃ!人が親切に教えてやったのに感謝の一つもないのか!これじゃから最近の若いもんは礼儀を知らんと言われるんじゃ」

 「同い年だろうが。っつうか、いるならいるって言えよ。灯りもなしに何やってたんだよ」

 「ん?灯りならあるぞ。わしはたった今来たところじゃ。わしが調べるより先に誰かおったので声をかけてみただけじゃ。清水とは思わんかったがの」

 「どういう意味だ」

 「お前さんが曽根崎も望月も連れず一人で捜査など、珍しいこともあるもんじゃと、この年で妙に感心してしまってな」

 「だから同い年だろって」

 

 どうにもこいつと会話すると、同い年を相手にしてると思えねえ。節々に年寄り染みた言い回しが仕込まれてて、マジでババアを相手にしてるみてえだ。にしても、こいつと言えば最近は発掘場に入り浸ってたみてえだが、この前まではずっとこの倉庫にベタベタして発情してた。そんな、特にここには思い入れが強そうな奴が俺より後に捜査するなんて、そっちの方が妙な感じだ。

 そうは思ったが、やっぱり別にどうでもいい。さっさとダイヤル錠を開けて、パーティーグッズの棚を物色した。確か少しだけ使い物にならねえもんがあるっつってたな。この辺か?

 

 「何を探しておるんじゃ?」

 「花火だよ。古部来が殺される直前に、不自然なくらい煙を噴き出したやつがあったろ。元々ここにあったやつなら、何か手掛かりがあると思って探しに来たんだよ」

 「ふむ、なるほどな。花火じゃったらそこではなく、正面の棚の一番下の段の左側の段ボールにまとまっとったぞ」

 「あ?正面の下の左の段ボール・・・これか。あ、ホントだ。よく知ってんな」

 「ふっふっふ、この倉庫についてわしが知らんことは何もない!ナカもソトも、痒いところに手が届くこと孫の手の如し!ついでに、発掘場に持って行ったパーティーグッズ類は右の棚の下から三段目にあったものじゃ」

 「さすが骨董フェチのジジ専ド変態だな」

 「いやなに、そこまで大したことではないわい!もっと褒めてもええぞ!んはははははははははは!!」

 

 褒めてねえ、引いてんだよ。笑うんじゃねえ、デケえ笑い声出すとこの中響いて耳が痛えんだよ。だがまあ、暗い中であちこち無駄に探し回らずに済むのは割と助かる。こいつがこんな所に興奮する変態で助かった。

 

 「じゃあついでに聞くが、事件前と事件後で、この倉庫で何か変わったことはなかったか?手掛かりになりそうなことだけ言え」

 「お前さんは相も変わらず高圧的じゃのう。年を重ねた老公ならば風格もあるが、若いもんではただの悪印象じゃぞ。気を付けい」

 「で」

 「そうじゃな。外はいつもと変わらず、渋みと威風と哀愁をまとった麗しいものじゃった。夜じゃと雰囲気も相まって、いかん気を起こしてしまいそうになるの。中も見たところ特に変化はない。一応もう少し捜査はするがな」

 

 ちっ、特に手掛かりになりそうなもんはなしか。段ボールの中には開封済み花火がいくつかが残ってただけで、それ以外には何もない。明尾に言われた通りパーティーグッズのしまってあった棚も調べたが、テーブルクロス以外は全部持ち出したみてえでめぼしいものはない。何かあると踏んでただけ、収穫ナシだと精神的に厳しい。一応武器の方の区画も調べてみたが、こっちは埃がもっとひどくて、使われた形跡はない。そもそもこんな埃まみれのもん使えるのかどうかすら怪しい。ここには特に何もなさそうだな。

 

 

獲得コトダマ

【ダイヤル錠)

場所:倉庫

詳細:倉庫の格子戸を施錠している鍵。番号は全て3679で統一されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 倉庫の捜査は終わった。いまいち調べ足りねえ気もするが、明尾が残って調べるっつうから、同じ場所を捜査するよりは別の所に行った方がいいだろ。現場と倉庫と、笹戸と、事件に関係ありそうな所で他に思い当たる所を考えてみた。こういう時は事件発生から遡って考えると糸口が見つかるって、どっかのクソメガネが言ってたな。

 

 「花火やってて・・・その前は、パーティーか」

 

 そういうわけで、俺は発掘場に向かうことにした。猿にアルミホイルの件を確認するのと、他に何か手掛かりがねえか調べるためだ。

 

 「おおう・・・そういや時間的にはもう夜時間だったか。さすがに雰囲気あんな」

 

 暗い山道はそれだけで不気味だ。風がなくて音がしねえもんだから、遠くで木が揺れたり石が転がり落ちたりする音もイヤによく聞こえて、そのせいでますます不気味さが増す。こんなことなら曽根崎でも望月でも連れてくるんだった。怖えっつうわけじゃねえが、なんとなく背中が落ち着かねえ。こんなとこで後ろから襲われたりしたらひとたまりもねえな。

 俺は懐中電灯で段差を照らして、足早に山道を駆け上がって発掘場に向かった。こんなことでコケて怪我でもしたらアホくせえな。なんてぼんやり思いながら、まだ灯りの点いてる発掘場に着いた。テーブルにはまだここを出たままの状態で、鍋やらボトルやら食器やら炊飯器やらが置かれてる。それに発掘場中に、日本人には馴染み深いカレーの匂いが漂ってて、思わず涎が出る。

 

 「・・・って俺は滝山か。カレー食ってる場合じゃねえ。おい滝山!どこだ!」

 

 うっかりミイラ取りがミイラになるところだった。一瞬でこんなことを思わせるなんて、このカレー作ったの誰だ。アニーの料理でもここまでなったことはねえぞ。

 って飯のことはどうでもいいんだ。ここには確か滝山がいたはずだ。だが滝山は見当たらない。飯食ってるかと思ったが、もう食い終わってどっか行ったか?まさか森の中に入ったりなんかしねえよな。そう思いつつ一応、発掘場の板を踏み抜かねえように気をつけて、俺はぐるりと一周して森の中にも声をかけた。

 

 「おーい滝山!いるならさっさと出て来い!カレーあるぞ!」

 

 そうやってごく自然に歩いてると、ごく自然にテーブルの反対側に回り込むことになる。そうなるとごく自然に、山道側からは見えなかったテーブルの死角が見えるようになる。俺は、特に考えることなく、何気なくそこを一瞥した。本当に、ごく自然に、そこを見た。そして、それもごく自然に、時間が止まった。

 

 「・・・・・・・・・・・・なっ・・・・・・?」

 

 山道側からはちょうど死角になる、テーブルの真横。発掘用の粗末な光を全方向から浴びて、まだ地面に染み込みきってないそれが、ヌメヌメとした煌めきを湛えてる。赤いその染みが黒く見えるほど濃くなっていく方を辿ると、そこにはその源が転がっていた。鮮やかな服と髪の色彩が、強く散ったそれの補色となって互いをより鮮明にしている。

 

 いつもいつも、あのイラつく笑顔をちらつかせてたはずのあいつが。曽根崎弥一郎が。そこに転がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り??人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎   笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

 屋良井照矢  鳥木平助   滝山大王 【アンジェリーナ】




更新が長引いた気がするけど気のせいだ。次回も捜査編です。裁判はまだ始まらない


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

非日常編2

 「ーーーーっ!!!!」

 

 それは叫びというにはあまりに乱雑で。どこでもない場所から。だけど確実に俺の内側から。俺じゃない誰かの悲鳴のように聞こえて。俺の意思とは無関係に。俺から出て行くように。発掘場を満たすほどに。生み出されるように。俺は絶叫した。

 

 「な、なんだよこれ・・・!!なんで・・・!!?」

 

 なんでこんな所で?なんでこの時間に?なんでこんなに血を流して?なんでこいつが・・・?

 疑問は答えを得られないまま、次々と浮かんで消えないまま頭を埋め尽くす。慣れたと思ってた。三度も目の当たりにして、すっかり慣れた気でいた。だが違う。他人事だっただけだ。俺にとってどうでもいい奴らばかりだったから、なんとか冷静でいられただけだ。本当のそれは・・・本物は、こんなにもおぞましい。

 

 「どうなってやがる!!テメエさっきまで・・・なんでこんなことになってんだよォ!!!なんでなんだよおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 分からない。分からない。何も。なんで。どうして。これは夢か。夢じゃない。痛え。頭が。脳が揺れる。なんなんだ。どうすれば・・・。

 

 「どうなさいましたか!大丈夫ですか!清水君!」

 「清水うううううううううううっ!!!!さては板を踏み抜いたな!!だからあれほど散々言ったじゃろうが!!わしの大事な化石になんちゅうことをしてくれるんじゃ!!」

 

 どれくらいの時間、そこで尻餅をついたままだったのか。自分じゃ分からねえ。だがさっき俺から出て行った叫びを聞きつけた鳥木たちが到着するくらいの時間は、そこに居続けてたらしい。急いでも数分はかかるはずだ。時間を忘れるってのはこういうことか。

 やっぱり山道側からじゃそれは見えないらしく、俺に駆け寄ってテーブルの反対側に回り込んだ奴から順番に、驚いたり顔を青くしたりしてる。まず鳥木、次に明尾、その次に笹戸、それから屋良井、穂谷、滝山。結構な数が来たが、なんとなく少ねえ気がする。ああ、こいつと俺を含めればそれくらいだったっけ。

 

 「そっ・・・・・・曽根崎君・・・!?」

 「な、な、なんちゅう・・・なんちゅうことじゃああああああああっ!!!古部来に続いて曽根崎までもがああああああああっ!!!」

 「ウソだろ!!マジで死んでんのかよ!!?なんでだよ!!二人目なんておかしいだろ!!ふざけんなよおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 「・・・?みなさん、お静かに」

 

 駆けつけた奴らが、曽根崎の無惨な姿を目撃して悲鳴をあげる。当たり前だ。それが普通だ。だから穂谷みてえに、少し顔をしかめて怪訝そうにするだけなんてリアクションの薄い奴の方がおかしいんだ。その上、この状況で静かにしろとか言ってきやがる。

 

 「しずかになんてできねえよお!!なんで・・・なんでまたしんでんだよ・・・・・・。も、もうおれいやだよぉ・・・たすけてくれよぉ!!」

 「黙りなさいッ!!」

 「!」

 

 泣き崩れる滝山に、穂谷が一喝する。すると滝山は縮こまって口を塞いだ。しゃくり上げてるが、さっきより大分静かにはなった。絶叫の次に訪れた静寂は、不気味で不自然で不可解なほど冷たかった。しばらくしてから、穂谷が口を開いた。

 

 「・・・死体発見アナウンスが聞こえません」

 「えっ?」

 「三人以上の人間が死体を発見すると、モノクマさんのアナウンスが流れるはずです。私たちが発見してもそれが放送されないということは、曽根崎君はまだ・・・」

 「生きてんのかよぉ!!?マジか!!?」

 

 生きてる?曽根崎が?こんなに血を流してんのにか?だが、穂谷の言う通り、モノクマのあのクソ声は聞こえてこねえ。“超高校級の歌姫”の耳を以てして聞こえねえなら、たぶんマジで放送はされてねえんだろう。ってことは、マジで、曽根崎が生きてるってことなのか?

 

 「ええっとおおお・・・こ、こういう時はまず落ち着くためにフィボナッチ数をじゃな!」

 「今すぐ医務室からタオルと包帯と担架、キッチンからキレイな水を盥に入れて持って来て!急いで!」

 「は、はい!畏まりました!」

 「滝山君、お願いします」

 「おれかよお!!いきゃいいんだろいきゃあよお!!」

 

 役に立たねえ明尾を突き飛ばして、笹戸が鳥木たちに命令した。鳥木は一心不乱に、滝山は泣きながら、あっという間に発掘場を飛び出して行った。屋良井と笹戸は曽根崎を広い場所にそっと移動させ、笹戸は曽根崎を仰向けにすると、テーブルからバターナイフを持ってきて自分のハンカチに穴を開け、それを曽根崎の顔にかけた。

 

 「笹戸君?何をしてるのですか?」

 「まだ曽根崎生きてるっつってんだろ!それじゃ死んだみてえだぞ!」

 「いいから!二人とも、何か敷くもの持ってきて!」

 「し、敷くもの?曽根崎の上にか?」

 「下だよ!なんでもいいから!」

 「べ、ベニヤ板なら余ったのを隅に置いてあるはずじゃぞ・・・」

 「それでいいよ!」

 

 いつになく声を荒げる笹戸は、一定のリズムで曽根崎の胸に当てた手を押し込んでる。体が小せえくせに、なんとなく迫力がすごくて、穂谷ですら少し尻込みしてる。屋良井と明尾が発掘場の隅からベニヤ板を数枚持ってくると、その上に曽根崎を移して笹戸はまた同じ事を始めた。そして深くため息を吐くと、意を決したように息を吸い込んで・・・。

 

 「なっ!?」

 「ぬおっ!!?」

 「まあ」

 「・・・っぷは!はあ・・・はあ・・・ふうっ!」

 

 心臓マッサージからの人工呼吸。それって溺れた奴にやるやつじゃなかったか?けど笹戸は一生懸命、それを曽根崎に繰り返した。どれくらいの時間が過ぎたか、けど滝山も鳥木も戻ってないってことは、そんなに大した時間じゃねえんだろう。

 

 「・・・・・・・・・うぅ」

 「あっ!」

 「うっ・・・ゲホッ!ぐっ・・・・・・うあ・・・?」

 「まさか・・・本当にまだ亡くなってなかったのですか」

 「曽根崎が目を覚ましたぞおおおおおおおおおおおおっ!!!ようやった笹戸ォッ!!!」

 「うるせえよ!!」

 「よかった・・・!喋らなくていいから!じっとしてて!気をしっかり持って!」

 

 小さな嗚咽と咳をこぼして、曽根崎は意識を取り戻した。テメエで言っといて穂谷は意外そうに呟き、明尾は大声で歓喜し、笹戸は一瞬安堵の表情を浮かべると、すぐに真剣な目つきに戻って次の手当に移った。そして、鳥木と滝山は戻ってきた。二人が持ってきた水やタオルを受け取ると、今度は曽根崎を横向きにして、後ろ頭に水を染み込ませたタオルを当てて手当しだした。

 

 「な、なにやってんだ・・・?」

 「止血。それから、もう一個タオル出して。包帯巻くから手伝って」

 「滝山君、ここは私が」

 「包帯巻いたら担架で医務室まで運ぶから、準備しといて」

 「わ、分かった!清水!いつまでもそんなところで腰抜かしてる場合ではないぞ!」

 「お、おう・・・」

 

 明尾に言われて、俺はそれまで自分がずっとそこに座り込んでることに気付いた。急いで立ち上がって、滝山が持ってきた担架を広げて曽根崎の横に置いた。笹戸は鳥木に手伝ってもらいながら、頭にタオルを当てたまま曽根崎の頭に包帯を巻いた。一通りの手当が済むと、体のデケえ鳥木と滝山で曽根崎を担架に移して、大急ぎで山道を駆け下りた。俺たちは、一応医務室までそれに付き添った。そのままそこの捜査をしとくべきだったんだが、全員行くっつうから勢いで来ちまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 医務室は前に来た時と変わらず落ち着いた雰囲気で、白いベッドや壁紙が清潔さを感じさせる。照明も床も白くて、担架で運ばれてきた曽根崎がその中で嫌に際立った。

 

 「ひつ!?そ、曽根崎さん・・・ああうう・・・な、なんでこんなことに・・・」

 「大丈夫、まだ生きてる!ベッドに寝かせて、タオルを取り替えるよ!」

 「う、うん・・・・・・ごめんね・・・てまかけさせて・・・・・・・・・」

 「いらん心配をするな!怪我人は黙って治療されるもんじゃぞ!」

 「っていうかタオルさっき付けたばっかだろ?もう取り替えんのか」

 「僕ができるのは応急手当だけだから・・・少しでも清潔な状態を維持しないと!」

 「ですが、応急手当だけで助かればドクターは要りませんよ」

 

 医務室では、晴柳院が待ってた。六浜は気を持ち直して、捜査を始めたらしい。こいつがいてもあたふたして邪魔なだけだ。

 そして慌ただしく指示する笹戸に、穂谷が冷徹な言葉を投げた。言った瞬間に笹戸の顔が強張り、他の奴らも、俺も、そのことに気付いて愕然とした。そりゃそうだ。あれだけの怪我を素人に治せたら苦労しねえ。このままじゃいくら手当したところで、結果は同じだ。

 

 「無駄だってのかよ」

 「奇跡、もあるかも知れません。まさに奇跡的な確率でですが」

 「そんなことをしていたら捜査時間が終わってしまう!こんな状態でアレをやれっちゅうんか!」

 「な、な、な、なんでだよ!ささど!そねざきたすかるんじゃねえのかよ!」

 「・・・僕は・・・僕は、医者じゃないッ!」

 

 命が懸かってる、だからこそ冷静にならなきゃいけない。だが穂谷は冷静過ぎだ。これが全部無駄かも知れねえなんて、今の今まで誰も考えなかったはずだ。考えないようにしてた。ここで人が死ぬっていうのは、それだけで全員の命が脅かされるってことなんだ。そんな絶望的な沈黙を、違う絶望の塊がぶち殺した。

 

 「うぷぷぷぷ♫いやー、大変なことになってきましたねえ。オマエラ、どうですか!この絶望を満喫してますか!」

 「こんな時に・・・!何の用だ!」

 「いやいや、オマエラの絶望してる顔をもっと近くで見ようと思ってね。だからボクの目はこんなに円らでキューティーなんだよ!ちなみに口が大きいのは、オマエラを食べるためなんだぞー!ガオーッ!」

 「ぎゃあああああっ!!た、たすけてえ!!」

 「テメエらの遊びに付き合ってる暇はねえんだ!!失せろ!!」

 「おーこわこわ。でもさ、もし曽根崎くんが死んだら、またモノクマファイルを作らなきゃいけなくなるからさ。そのためにはしっかり間近で検死する必要があるんだよね。カメラ越しにじゃ、限界があるからね!」

 「いい加減にしろクソ野郎!!曽根崎はまだ死んでねえ!!消えろ!!二度と出てくんじゃねえ!!」

 

 どれだけ怒鳴っても、どれだけ喚いても、こんな時だけ感情のない機械みてえに、モノクマは平然として動じない。いつもは無駄に感情豊かなクセして、今はただのぬいぐるみに成り下がる。そして俺の息継ぎのタイミングを狙って、またクソ悪趣味なことを言いやがる。

 だがその言葉に、また穂谷は冷静に言った。

 

 「検死・・・ができるのですか?」

 「はにゃ?ボクは勇者だよ。剣士なんて二番手キャラは、輝かしい魅力溢れるボクには役不足だよ!マリモにでもやらせときゃいーの!」

 「お願いします!彼女の質問に答えてください!」

 「ノリ悪いなあ。はい、できますよ。目を瞑りながらでもできますよ。絞殺と首吊りの痕の違いを間違えるなんてヘマはしませんよ」

 「ということは、相応の医療知識と技術をお持ちなのですね?」

 「あったりまえじゃーん!ボクは検死から水汲みまで何でもできる未来のクマ型ロボ・・・ってコラーーーッ!夢を壊すようなこと言わせるな!」

 「では曽根崎君を治すこともできますね?」

 「へ?」

 

 冷静に、落ち着いて、論理的に、穂谷はモノクマに言った。モノクマはきょとんとして、しばらく考え込んでから、できるよ、と答えた。

 

 「そりゃあまあね。病死なんてされちゃ、学級裁判が盛り上がらないからね。治したり感染させたり、手術だってできるよ。人をロボやぬいぐるみにしたりね!」

 「はうう・・・!」

 

 いらねえところで不意に、モノクマはまた有栖川の死を侮辱した。だが、曽根崎を治せると聞いた今はそんなこと大して気にならねえ。

 

 「だったら治せ!!今すぐ曽根崎を助けろ!!」

 「え?なんで?」

 「はっ?なんでって・・・?」

 「だって、曽根崎くんを治してボクにメリットがあるの?ボクに曽根崎くんを治す理由があるの?」

 「り、理由とかメリットとかそんなこと必要ない!命を助けるのに理由が必要なのか!」

 「必要だよ。オマエラお肉食べたことないの?家畜の動物たちはオマエラに食べられるために生まれて、殺されてるんだよ。死刑囚が殺されるのは、オマエラの平和な暮らしを守るためなんだよ。ホラ、命を奪うのには色んな理由が要るでしょ?だから命を救うのにだって、理由は必要なんだよ。命は平等なんだから、奪う命も救う命も平等に扱わなきゃね」

 「いやいやいや!それとこれとはまるで話が違うではないか!屁理屈じゃ!」

 

 なんなんだその理屈は。そりゃ曽根崎の命と豚や牛の命が同じだって言ってんのか。全然違えだろ!こんな時にまでふざけてる場合じゃねえんだ!そう俺たちが抗議しても、モノクマはあっけらかんとしてる。そう言えばそうだ。こいつにとっちゃ俺たちが生きるのも死ぬのも大した問題じゃねえ。でなきゃハナからこんな狂ったコロシアイなんてさせるわけがねえ。

 だったらもう、諦めるしかねえのかよ。このまま曽根崎が死んでいくのを、指くわえて見てるだけだってのかよ。

 

 「・・・・・・・・・きみは・・・・・・ボクをたすけるさ・・・・・・・・・モノクマ」

 「う〜ん?」

 「そ、そねざき!」

 

 ニヤニヤしながら、曽根崎が事切れるのを今か今かと待ち構えるモノクマ。だがその静寂に、微かな、弱々しい、危うくしたら聞き逃しちまうくらい細々とした声が広がった。ベッドに横になっている曽根崎が、瞼を僅かに開きながら、ぼそぼそと呟く。隙間から覗く眼に瞳はなく、そこには虚無しかなかった。これが、瀕死の人間の目なのか。

 

 「曽根崎君、しっかりしてください。なんとかします、必ず、必ず助かりますから!」

 「おどす・・・のは・・・・・・きそくいはんだよね・・・・・・・・・。だから・・・・・・こ、これは・・・ボクのひとりごと・・・・・・・・・・・しにぞこない・・・の・・・・・・うわごと・・・」

 「もうしゃべんなって!マジでお前死ぬぞ!」

 「お待ちなさい。彼は何かを言おうとしています」

 

 規則違反とか、独り言だとか、こんな状態になっても、曽根崎はまだ無駄に舌が回る。俺は今更ながら感心した。こいつは本物の、“超高校級の広報委員”だ。こんな状態で、こんな状況で、死にかけてるっつうのに、モノクマと、黒幕と口で駆け引きをしようとしてる。

 

 「こ、このまま・・・・・・しぬくらいなら・・・ボクは・・・・・・・・・ボクは・・・・・・がっきゅうさいばんを・・・ぶっこわす・・・・・・!」

 「はっ!?」

 「学級裁判をぶっ壊すぅ?何言っちゃってんのかなあ?死んだら学級裁判には参加できないの!ゾンビにでもなる気?そんなB級スプラッター映画みたいな展開、誰も望んじゃいないんだよ!」

 「はんにん・・・・・・・・・ボクをおそった・・・はんにんを・・・・・・みた・・・!」

 「うぷ?」

 

 なんだこれは。今ここで何が起きてるんだ?話してるのは、死にかけて譫言をぼそぼそと呟く曽根崎と、吊り上がった口角が少しだけ下がったモノクマ。そこに居合わせた俺たちは、何もできないままその場の緊張感に呑まれていた。

 

 「・・・・・・だまってころされる・・・なんて・・・・・・・・・くやしい・・・から・・・・・・・・・・・・しぬ・・・・・・くらいなら・・・さいご・・・・・・・・・に・・・」

 「も、もうやめてくださいぃ・・・!ほんまに曽根崎さんが死んでまいますよぉ!!」

 「どーすんだよマジで!笹戸!お前なんとかしろよ!取りあえず応急処置はできるんだろ!?」

 「これ以上は応急の域を超えてるよ!僕は・・・もう何もできない・・・!」

 「・・・・・・あーあー!まったくもうこの死に損ないが!分かったよ!まさかそんな風にボクを強請るなんて思わなかったよ!」

 「えっ?」

 

 徐々に薄れていく曽根崎の意識が、短くなる息に表れる。時はマジで一刻を争う。するとモノクマは、乱暴にそう言った。あまりに唐突に、あまりに脈絡もなく、あまりに勝手に、モノクマは観念したんだ。そしてどこからともなく聴診器を取り出して耳にかけると、遠くの方から聞き慣れた音が聞こえてきた。このサイレンの音は、まさか・・・。

 

 「ボクには学級裁判を公正に行う義務があるからね!分かったから命は助けてやるよ!」

 

 その言葉が終わるが早いか、医務室の前でサイレンは止まった。ドア越しに、でっかい救急車みたいなもんが停まってるのが見える。なんなんだありゃ。医務室の前に救急車が来るって、これは今度はどこに行くんだ。

 

 「緊急搬送!緊急搬送!至急、この患者を『モノクマ救命センター24時』に搬送します!あとは、殺人ドクターの異名を持つボクに任せて!」

 「殺人ドクターって、どっちだよ!」

 「任せて大丈夫なのですか?」

 「ボクは言ったことには責任を持つよ。しょーがねーから、曽根崎くんの命は保証しましょう」

 「マ、マジか!だったらはやく!そねざきをなおしてくれよぉ!!」

 

 どっかで聞いたような台詞、どっかで見たような光景。モノクマはふざけた格好のまま、ベッドごと曽根崎を救急車に運ぶ。あの小せえ体のどこにそんな力があるんだって思ったが、そんなことで時間食わせるわけにもいかねえから、喉から出かけたところを飲み込んだ。

 

 「うっ・・・・・・し・・・しみず・・・・・・・・・・・くん・・・・・・!」

 「し、清水・・・?清水!曽根崎が呼んどるぞ!」

 「は?」

 

 明尾に言われて、俺はようやく曽根崎の声に気付いた。それくらいか細い声だった。そんなまともに声も出せない状態で、なんで俺のことなんか呼ぶんだ。運ばれる曽根崎に付き添うように、俺はその横についた。曽根崎は顔をぴくりとも動かさず、真上を向いたまま自分のポケットを弄って、何かを取り出した。

 

 「こ・・・・・・これ・・・!」

 「な、なんだよこれ?」

 

 曽根崎が弱々しく震える手で俺に渡したのは、使い古された小汚え手帳だった。俺にも見覚えがある。曽根崎がいつも手に持ってる、見るだけで忌々しい手帳だ。こんなもんを他人に渡すなんて、こいつもいよいよまともな思考ができてねえらしい。

 

 「・・・ぼくの・・・・・・・・・かわり・・・に・・・・・・・・・・・・きみが・・・・・・きみがやるんだ・・・!」

 「や、やるって何を・・・俺が?」

 「たのんだ・・・・・・よ・・・!」

 

 それだけ言い残して、曽根崎はモノクマに搬送されていった。ばたん、と閉まる救急車の扉が、俺を混乱と困惑の中から現実に一気に引き戻し、その場で俺は去って行く赤いテールランプを見送った。置き土産の静けさは、それまでの緊張感がウソのように落ち着いていた。手元の手帳だけが、さっきまでの出来事が現実だったんだと証明してた。

 

 「・・・い、行ってしまいましたね」

 「あの救急車はどこに行ってしまったんじゃ?」

 「ほ、ほんまに大丈夫なんやろか。モノクマなんかに任せてもうて」

 「ああするしかなかったんだったらしょうがねえだろ?もう後は神のみぞ知る・・・いやモノクマ次第か」

 「それが分かってらっしゃるのなら、さっさと捜査を再開した方がよろしいのではないですか?現状、ここにほとんどの方が集まってしまっていますよ」

 

 救急車の後ろを、医務室にいた全員で呆然と見送った。穂谷に言われるまで忘れてたが、この状況で捜査をしてるのは望月と六浜だけだ。曽根崎が行動不能になって人手がまた減っちまったってのに、こんな所で油売ってる場合じゃねえ。

 

 「そ、そうだよな・・・」

 「ったくよぉ、古部来が殺された上に曽根崎までこんなことになるんじゃ、どんだけ捜査しても足りねえよ!時間来ちまう!」

 「そう思うのなら屋良井君もキリキリ動いてください。私は医務室で休みますので、みなさん頑張ってくださいね」

 「なんでお前休むんだよ!!」

 

 ひとまず曽根崎が完全に一命を取り留めるところまでは、モノクマの気はそっちに向くはずだ。あれだけの大怪我だったらそれが今すぐってこともねえだろうし、しばらくはまだ余裕がある。俺以外の奴らは文句を言ったり心配そうにしながらも、散り散りに捜査を再開し出した。古部来と曽根崎に手をかけた犯人がいるってのに、これ以上ばらけて大丈夫なんだろうか。

 

 

獲得コトダマ

【曽根崎のメモ帳)

場所:なし

詳細:曽根崎が愛用している革カバーのメモ帳。捜査の途中経過や発掘場でのパーティーの詳細な様子も記されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に行くところなんて、悩むべくもない、決まりきってる。湖畔で古部来が殺された時と同じように、発掘場で曽根崎が倒れてたなら、そこをまず捜査すべきだ。

 

 ーーー情報やニュースはなるはやで、新鮮なうちに調べておけばそれだけ取っ掛かりも増えるーーー

 

 曽根崎のメモ帳にはそう書いてある。あいつの言うことに従うわけじゃねえが、それも一理ある。そういうわけで、俺はもう一度発掘場に向かった

 暗い山道はやっぱり早足になって、照明が点きっぱなしの発掘場まで駆け上がった。そこは俺が曽根崎を見つけた時と同じでカレーの匂いが漂っていて、残った血の跡だけがさっきまでと違っていた。いや、さっきとは違って、滝山がそこに呆然と突っ立ってた。

 

 「・・・?」

 

 あまりに静かに、幽霊みてえにぽつねんと突っ立ってたもんだから、ちょっとビビった。それが望月とか晴柳院みてえな根暗だったらまだしも、いつもそれこそ猿みてえに喧しい奴がそんな調子だったから、余計に不気味だった。足音や臭いで山道を登ってくる奴が分かるっつうのに、俺が発掘場に来ても何のリアクションもねえ。

 

 「お、おい。滝山、そこで何やってんだよ」

 「・・・・・・」

 

 返事がない。なんか気味が悪いからこっそり後ろに回りこんでみた。滝山が見つめてるのは、曽根崎が倒れてた場所。まだ独特のぬめやかな艶が残ってて、カレーの匂いで鉄臭さは感じねえものの、見てて気分が悪い。滝山の鼻だったら、血の臭いもはっきりと嗅ぎ取ってんじゃねえだろうか。

 

 「おい・・・おい滝山!」

 「ひっ!?・・・・・・・・・し、しみず・・・!い、いつのまに・・・!な、なな、なんだ・・・よ・・・・・・?」

 「こんな所で何してんだよ。っつうか、俺に気付いてなかったのか?」

 「う、うん・・・。いちおう・・・・・・そうさ・・・」

 「ただぼーっと突っ立ってるだけで捜査になんかなるかよ。俺がやるからそこどけ」

 「ご、ごめん・・・」

 

 俺が少し強く言うと、滝山は擬態語が聞こえてきそうなくらいおろおろした調子でそこをどいた。俺だって本当はこんな所の捜査なんかしたくねえ。だが、犯人をはっきりさせなきゃ俺が死んじまう。見るだけで吐き気がするが、ちゃんとここの捜査はしなきゃならねえ。

 

 「しかしまあ・・・よく生きてたな。マジであいつゴキブリ混ざってんじゃねえか?」

 

 まだ芳しいカレーの香りが漂ってくるテーブルのすぐ横の地面に広がった、赤黒くてぬめぬめしい中途半端な溜まり。よく観察しようとしゃがんでみると、人間の血液の鉄臭さが鼻を突いた。マジでこれだけの量の出血でよく生きてたもんだ。笹戸の応急手当のお陰だけってわけじゃねえだろう。

 変色した土は不気味で、夜中の山の中なんて場所で見ると冗談抜きで背筋が凍る。それを堪えてよく見てみると、生乾きの血溜まりの中に、明らかに血とは違う煌めきを持つ何かに気が付いた。それを手に取ろうとすると、鋭い痛みが指先に走った。

 

 「いっ!なんだよガラスか・・・クソッ」

 「だ、だいじょうぶかしみず?」

 「なんてことねえよ、このくらい。ガキじゃあるめえし」

 

 少し指を切った程度なら、唾でも付けときゃ治るだろ。しかし、なんでこんな所にガラスの破片が落ちてんだ?薄暗い中、血の染み込んだ土の上だと分かりづらい色をしてる。少し赤っぽい茶色のガラスか。どっかで見たような気がすんな。今は・・・思い出せねえ。

 別にここで全ての答えを出さなきゃいけねえわけじゃねえ。後でいくらでも時間はとらされるんだ。今は手掛かりだな、他に何かねえか。

 

 「そうだ。滝山、お前、曽根崎が見つかる前にここに来てたらしいな」

 「・・・え?お・・・・・・おれが?」

 「鳥木が言ってたんだよ。食堂で食い物探してからこっちに来たって。その時に誰かもういたりしたか?」

 「え・・・えっと・・・」

 「おいおい、しっかりしろよなぁ。お前は推理なんかカスほどもできねえんだから情報集めなきゃしょうがねえだろうが」

 「で、でも・・・おれこんな・・・・・・こんなのイヤだよ・・・。みんなどんどん死んでって・・・・・・・・・あそこじゃこんなのいつものことだったのに・・・・・・ここだとすっげえこわくて・・・かなしくて・・・」

 「なんの話してんだお前。テメエの樹海の話なんか誰も聞いてねえんだよ」

 

 ダメだこりゃ。飯出の時は調子よく色んな証拠集めてきてたりしたけど、アニーの時といい今回といい、いい加減こいつもこの環境に限界を感じてきてんのか。一番そういうのとは縁遠い奴だと思ってたが、割とその辺は俺らと変わらねえらしい。

 

 「だって・・・だって・・・」

 「デケえ奴がガキみてえにメソメソしてんの見るといらいらすんだよ。しっかりしやがれ猿」

 「うっ」

 「いつもうるせえくらいに元気なくせに、こういう時だけ役に立たねえんじゃ、マジで喋る産廃じゃねえか。犬みてえに臭いで犯人当てるとか、テメエにしかできねえことあるんだからちゃんと働けや」

 「・・・う、うん。ごめん」

 

 俺よりもずっとデケえくせになよなよしやがって。当てつけかそりゃ、この忌々しい癖毛込みでもテメエに届かねえ俺への当てつけかコラ。ケツに一発蹴り入れると、滝山は気合い入ったのか、泣くのを止めて覚悟を決めたらしい。古部来の方も調べさせようかと思ったが、そっちは望月と六浜がいるから問題ねえか。

 

 

獲得コトダマ

【血溜まり)

場所:発掘場

詳細:曽根崎の血が半端に地面に染み込んだ跡。生々しく鈍い光沢を放っていて、強い血の臭いを漂わせている。

 

【粉々のガラス)

場所:湖畔、発掘場

詳細:古部来の周りに大量のガラスの破片が大量に落ちていた。古部来の体にもいくつか突き刺さっている。発掘場で倒れていた曽根崎の周辺にも散らばっていた。赤みがかった茶色をしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 発掘場を後にした俺は、その足で資料館に向かった。事件と関係あるかどうかは分からねえが、曽根崎のメモ帳には、「資料館」とだけ書かれたページがあった。前後のページから、この事件の捜査中に書かれたもんだったから、あいつが何か手掛かりがあると踏んだ所なんだろう。調べといた方がいい、くらいの気持ちで行ってみた。

 自動ドアが開いて、柔らかい灯りの点いた資料館に入った。何の変哲もない、前と変わらない光景しかない。

 

 「チッ、あの野郎テキトーなこと書きやがって・・・何もねえじゃねえか」

 

 いつもの静かな空間、すぐ隣の湖畔で事件が起きてるなんて微塵も感じさせねえ落ち着いた雰囲気、事件と関係ねえ場所なら当然なんだが、何とも言えねえ気まずさみてえなものを感じる。曽根崎はなんでこんな場所に目星を付けたんだ?

 

 「はあ・・・やるっきゃねえか」

 

 勝手に色んな所を調べてくれる目玉の虫を従えてるわけでも、有力な情報をわざとらしく教えてくれる小学生のガキがいるわけでもねえ。ただの凡人の俺にできることは、虱潰しに怪しいところを調べていくしかねえ。分かり切ってたことだが仕方ねえ、そんな不満をため息に乗せて吐き出して、俺は手始めに受付カウンターを調べることにした。

 

 「そういや、このパソコンはあいつが解析してるんだったな」

 

 カウンターの上に設置されてるパソコンは、誰もいねえのに勝手についてる。希望ヶ峰学園のシンボルを映し出して、微かなモーター音だけが少し聞こえる。検索機能といい文書作成ソフトといい、この資料館内でしか意味がねえ機能ばっかりだ。外と連絡が取れるかもと期待するだけ無意味だろうな。

 カウンターには特に何もなかった。強いて言えば、引き出しの中に英語の資料がたくさんあったことぐらいだ。事件に関係あるとは思えねえけど、何が書いてあるか分からねえと妙に気になっちまう。

 

 「引き出しにも何もなしか。ちっ、適当なこと書きやがってあの野郎・・・何にもねえじゃねえか」

 

 メモ帳に書かれてた一言だけで無駄な時間を使わされるのは我慢ならねえ。もう一回メモ帳をめくって、あいつが調べようとしてた場所を洗い出そうとした。使い古されてるくせにやたら革が堅え。めくってる途中で押さえてる方が一気にめくれちまう。

 

 「あっ・・・ん?」

 

 一番最後のページの反対側のページ、定期券とかを挟んどくビニールのところに、堅え感触があった。明らかに革やプラスチックとは違う、金属の感触だ。見ると、銀色の小さな鍵が挟まってた。持ち手に彫られたのは希望ヶ峰学園のマーク、そして『ソネザキヤイチロウ』の名彫り。

 

 「鍵か」

 

 俺も見たことがある。この形といい大きさといい、あれしかねえ。希望ヶ峰学園が生徒に与えた勉強机の引き出しには、埋め込みの錠前が付いてる。一緒に支給される小せえ鍵で開けられるようになってて、盗難防止に個人の名前も彫られてる。これはきっと、あいつの部屋の引き出しの鍵だろ。

 

 「見られたくなくても、抜かなかったあいつが悪いよな」

 

 そんな言い訳めいた独り言を呟いて、俺は寄宿舎のあいつの部屋に行こうとした。だがそこで、視界の端に誰かが映った。

 

 「・・・」

 「ああ、六浜・・・か」

 

 こっから資料館を更に捜査していっても有力な情報が出てくるとは思えねえ。っつうかさっきからどこ行ってもそんな気がする。やっぱり、いつも積極的に捜査してたあいつらがあんな調子だからなのか。その一人が、資料館のテーブルでぐじぐじしてるからだろうな。

 

 「・・・大丈夫なのかよ」

 

 気になって気になってしょうがねえ。黙って真剣に何かを書いてる。髪はぼさぼさに乱れて姿勢も悪く猫背になって憂鬱な雰囲気が漂ってる。これがあの六浜なのか?なんかクソ根暗でネガティブ思考の文章家みてえな感じだ。俺の呼びかけにもいまいち反応が薄い。

 

 「お、おい、六浜?・・・なにやってんだ、こんなところで」

 

 俺が声をかけても、六浜はいまいちいつもの覇気がなくて、ぼーっとした雰囲気で振り返った。さっきの滝山より、よっぽどこっちの方が幽霊みてえだ。

 

 「・・・清水か。曽根崎は・・・どうした?」

 「は?お前、知らねえのかよ」

 「知らない・・・とはなんだ?」

 

 虚ろな眼で、じっと俺を見つめてきたと思ったら、頓珍漢なことを言いだしやがった。マジで大丈夫なのかこいつ。古部来が殺された時から、ずっと様子がおかしい。さすがにリーダーとしての重圧が重すぎたか、しかも古部来はこいつが特に信用してた内の一人だったな。確かにありゃ参る。

 

 「曽根崎は・・・犯人に殺されかけた」

 「・・・・・・・・・は?」

 「発掘場で血ぃ流してぶっ倒れてた。お前と望月以外の奴らは全員知ってる。それから、モノクマが治すっつって連れてった。どうなってたかは知らねえが、命だけは保証するらしいぜ」

 「・・・そうか」

 

 また取り乱すかと思ったが、案外落ち着いてた。もう暴れ回る元気もねえのか。ただ呟いて、手元のノートを眺めた。よく見たら、そのノートを持つ手は震えて、堅く握られてる。まだ感情をコントロールするぐらいの余裕はあるってことか。

 

 「命あるなら何よりだ・・・奴のことだ、平然と戻ってくるだろう。帰ってくればまた・・・やり直せるだろう」

 「・・・」

 

 虚ろなまま、虚無に向かって言葉を漏らし続ける六浜の姿は、なんとなく胸が痛んだ。俺がこいつに対してそんな風に思うなんて、あり得ねえと思ってた。だがこいつの今の姿は、あまりに悲惨だった。これがあの六浜なのかって、自分の記憶が疑わしくなるくらいには。

 

 「それで、お前は曽根崎から捜査を、ひいてはこの事件の真相を解き明かす使命を託されたといったところか」

 「よく分かるな」

 「・・・その手に持っているメモ帳、お前には珍しい単独での捜査、お前と曽根崎の関係。これだけ揃えばその程度の推測は容易い。では、私もこのノートはお前に託した方がよさそうだな」

 「ノート?」

 

 そう言って、六浜はそれまで握ってたノートを閉じて俺に手渡してきた。軽く胸に押し当てられたそのノートは、強く皺が付いて少し千切れてる。なんで、なんでこんなに見窄らしくなってるこいつに、俺は気圧されてんだ。その眼はどこも見てねえ、だが、俺にそのノートを開けろと訴えかけてくる。俺は自然と、それに従った。

 見開きで書かれてたのは、簡単な地図と十個くらいの文字が書かれたマークみてえなもんだった。その中の一つだけ、『古』の字が書かれたマークだけが、片方のページでバツ印を付けられてた。それが何を意味してたかは、一目瞭然だった。

 

 「これ・・・俺らか?」

 「・・・奴が、古部来が殺される前後の全員の立ち位置を簡潔にまとめたものだ」

 「こんなもん何の役に立つってんだよ」

 「犯人はあの煙で全員の視界を奪った上で犯行に及んだ・・・事件前後の立ち位置に犯人を突き止める手掛かりがあるのではないかと・・・・・・曽根崎がな」

 「あいつが?」

 「事件前の図は奴が、事件後の図は私が描いたものだ。それぞれがそれぞれを記憶していたことと、捏造を防ぎ信憑性を高めるために、と言ってな。もちろんだが、ウソはない」

 

 あいつが別々に捜査しようって言いだしたのは、これが目的だったのか?っつうかこれを頼んだ時、六浜はまだ古部来の死から立ち直ってねえ状況だったんじゃねえのか。あいつの図太さは相変わらずみてえだな。だがこれはかなり大事な証拠になり得る。見たところあんまし立ち位置が変わってる奴はいねえ、むしろ全員が少しずつ動いてる。だが、単純にあの時、古部来の近くにいた奴が分かるってのはデケえはずだ。

 

 「・・・助かる」

 「どうということはない。これも・・・犯人を白日の下にさらすため。奴への手向けのためだ」

 

 

獲得コトダマ

【資料館のパソコン)

場所:資料館一階

詳細:曽根崎が解析中の旧式パソコン。資料館専用のものとなっていて、資料検索や文書作成などの便利な機能もついている。

 

【略地図)

場所:なし

詳細:煙が発生する直前と死体発見時の全員の位置をまとめたもの。曽根崎と六浜が協力して書いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 六浜は俺にノートを手渡すと、それまでの鬱蒼とした雰囲気が信じられないくらいに、勢いよく立ち上がった。ガタッ、という椅子の音が資料館に静かにこだまして、びっくりした。

 

 「な、なんだよ」

 「清水。私はこれから寄宿舎へ行って、古部来の部屋を捜査するつもりだ・・・ついて来てくれるか」

 「はあ・・・?急にどうしたんだよ」

 「真相を暴く上では、現場や被疑者のみならず被害者に関する捜査も重要だ。彼の連続殺人鬼の事件も、被害者が男性という共通点からの捜査が進んでいると聞く」

 「だから古部来の部屋も調べるってか」

 

 喋り方はいつもの六浜だ。だが見た目はどうも普段と雰囲気が違う。まるで、六浜の姿をした別の何か・・・いや、逆だな。六浜が乗り移った何かみてえな・・・そんな気までしてきた。一体なんだってんだこりゃ。

 だがまあ、寄宿舎には俺もちょうど行くつもりだった。曽根崎のメモ帳に挟まってた鍵で、どんな情報が得られるのか、確かめるために。

 

 「別にいいぞ」

 「ありがとう。では行こうか」

 

 たまたま行き先が被ったんだから、断る理由は特にない。今にも、またぶつんと支えを失って跪きそうに六浜が歩く。見てるだけでそわそわする。マジでこんな調子で捜査なんかできんのか。同行することは受け容れたが、介護までやるっつった覚えはねえぞ。

 倒れそうな六浜に注意しながら、後ろからついていく。六浜が資料館の出入り口マットを踏んだ。微かな駆動音だけを響かせてガラスの自動ドアが開くと、外の空気が一気になだれ込んでくる。それを掻き分けて、六浜が一歩外へ踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その先で、鈍い衝撃が待ち受けてるなんて思いもせずに。

 

 「うあっ・・・!!?」

 「なっ!?」

 

 しゅっ、という空気を切る高い音が聞こえた。重く柔らかい物体に鈍器がぶつかる音と、ガラスが砕ける甲高い音が後に続く。後ろで見ていた俺にもその衝撃が伝わってくる。脳みそを突き抜ける重みが六浜の支えを真っ二つに折った。

 

 「六浜ッ!!」

 

 俺は思わず叫ぶ。六浜は返事もせず土と草の地面に倒れた。体が固くてデカい地面にぶつかって少し弾み、六浜はそこにうずくまった。

 

 「ぐっ・・・あああっ・・・!?」

 「クソがッ!だ、だれだッ・・・!!」

 

 やっと絞り出した言葉は、何の意味もなさない。誰かがそれに答えるわけでもなく、倒れ込んだ俺は六浜に眼を奪われてた。思わず六浜の頭に回した手が、ぬるりと生暖かいものに触れた。

 

 「うっ・・・!?」

 「なんだよこれ・・・!!クソが!!」

 

 反射的に引っ込めた手には、べっとりと赤い血が付いていた。六浜は苦しそうに一つ呻いて、そのまま息を切らせる。なんとか支えようと地面に膝をつくと、ちくりとした痛みが走った。

 

 「いっ・・・!あ?」

 

 膝に何かが刺さった。硬くて鋭い感触。手で払うと、からんと音を立ててそれは地面に落ちた。六浜の体に被さるように散らかったそれは、俺の頭の中に似た二つの光景をフラッシュバックさせた。

 

 「ま、また・・・このガラスかッ・・・!!」

 

 赤茶色いガラスの破片、湖畔の古部来の体に刺さってたものと、曽根崎の流した血溜まりに沈んでたものと同じ、ガラスの破片だ。なんでまた、これがこんなところにあるんだ。なんで・・・。

 

 「はあ・・・はあ・・・!くっ・・・!」

 「ッ!お、おい六浜!しっかりしろ!」

 

 一瞬呆然としたが、苦しみ悶える六浜の呻き声で俺は正気に戻った。こんなガラスより今は、六浜をなんとかすることが先だ。俺は何も考えられず、とにかくなんとかしねえとと、六浜を負ぶった。なんで咄嗟にそんなことができたのか、自分でも分からねえ。でもとにかく、こいつを医務室に連れて行かなきゃ、と体が勝手に動き出した。

 

 「ぬううぅ・・・!な、なにをする・・・・・・!おろせ、女子を背負うなど・・・ほうけものォ・・・!」

 「こんな時にまでむつ浜出してんじゃねえアホ!!こっちだって好きで負ぶってんじゃねえんだよ!!」

 

 幸か不幸か、六浜は抵抗する力も出せねえみてえだ。こんな時に暴れられたらたまったもんじゃねえ。とにかく、俺は六浜を負ぶったまま全速力で医務室までダッシュした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「驚きました」

 「俺の方が驚いた。なんでテメエがいる」

 「夜中に外を土臭く動き回るなんて、私のキャラクターじゃありませんもの」

 

 六浜を連れて医務室に来た俺は、すぐにそこにいた穂谷に六浜を任せた。俺じゃどうすりゃいいか全く分かんなかったし、穂谷にさせた方が六浜も無駄に暴れたりしねえだろ。その元気があるかは別だが。

 なんでずっと穂谷が医務室にいたのかは分からねえが、俺としては一応助かった。血を流してる六浜の手当をして、笹戸と同じように頭に包帯を巻いた。穂谷が言うには、曽根崎と違って六浜は軽傷で済んだらしい。だからモノクマの手当も必要ねえらしい。それにしても、笹戸は分かるが穂谷もずいぶんと手当に慣れてたようだった。女王様ともあろう奴が、そんなことするのか?

 

 「で、六浜はどんな状態なんだ」

 「分かりません。ですけど、大丈夫なのではないですか?少し休めば回復するでしょう」

 「テキトーだな」

 「私は医者ではありませんし、彼女は家族でもなんでもありませんので、無意味に気に病むのは精神的にストレスになるだけです」

 「冷てえな。どっちにしろ、捜査はできねえってことか。めんどくせえことになりやがったなぁ・・・」

 

 俺は舌打ちして、ベッドで眠る六浜を見た。頭にぐるぐると包帯を巻いた姿は、なんとも痛々しい。このまま六浜は裁判までこうしておいた方がいいんなら、この後行こうとしてた古部来の部屋の捜査は俺一人でやらなきゃならねえってことか。ったくめんどくせえ。

 

 「あ、そうだ。穂谷、お前捜査手伝え」

 「お断りします」

 「なんでだ」

 「ここを離れたくありませんもの。六浜さんも心配ですし、調べることもありますので」

 「さっき心配なんかしねえっつったばっかりだろ。ウソ吐くならもっと上手く吐け、捜査もろくにしやがらねえで」

 「では、手掛かりが見つかった、と言ったら信じますか?」

 

 こんな状況だってのに、穂谷は相変わらずマイペースに不敵に笑う。そして意外にも、医務室で何かを見つけたらしい。そんなことあんのか?こんなところに古部来殺しの事件と関係する何かがあるってのか?

 

 「なんだその手掛かりってのは。教えろ」

 「・・・私への態度がなっていないことは、今は目を瞑りましょう。私の寛容さに感謝なさい」

 「自分で言うか」

 

 穂谷は不遜な態度のまま、薬品棚に近付いた。色んな色の色んなデカさの瓶がたくさん並んで、それぞれ説明書きやイラストが描いてあるが、一個も分からねえ。穂谷は、一番右の棚のガラス戸を開けた。一箇所だけ、瓶が抜き取られたように空間が空いている。

 

 「この意味ありげなスペース、なんだと思います?」

 「・・・もともとは瓶があったけど、誰かが持って行ったってことか」

 「ええ。私はパーティーの準備の際にもこちらに足を運んでいるので、ここに瓶があったことははっきり覚えています。念のため、毎日チェックしていましたから」

 「念のためって、どういう意味だ」

 

 いちいちこいつは意味深な言い方をしたり、嫌みを言ったり、ストレスしか溜まらねえ。なんでこんな奴が世界中で歌姫なんて持て囃されてんだ。こんなに性格悪いんじゃ、どこ行ったって嫌われモンになるだけだろ。

 

 「こちらの棚は全て、劇物または毒物です」

 「毒・・・まあ、予想はしてたけどな」

 「あら、意外です」

 「けど毒がなくなってようが関係ねえ。古部来の死因は明らかに毒じゃねえだろ」

 「・・・そうですね、古部来君ではありません」

 

 ったくこの女、捜査もまともにやりやがらねえ。毒がなくなってたのは確かにヤベえことかも知れねえが、古部来の死因は毒ではあり得ねえ。この女はマジであの死体を見て毒死だとでも思ったのか?この前の裁判で死んでったあいつ並に馬鹿だな。

 

 「あ〜、ちなみに聞くが、その瓶の色って覚えてっか?」

 「こうした毒物は常温程度の熱や光を浴びることでも性質を変化させるものが多いのです。それを防ぐために、褐色の瓶に保存したり冷蔵したりします。この毒物も例に漏れず、褐色の瓶に入れてありました」

 「無駄な尾ひれ付けやがって、曽根崎かテメエ」

 「失礼、“無能”さんには少々難しかったでしょうか」

 「そうだな。もう二度とテメエの話し相手になりたくねえって思うくらいには難しかった」

 

 穂谷の嫌みには嫌みで返す。もうこいつの暴言は聞き飽きて、なんとも思わなくなってきた。呼吸をするように悪態をつくこいつは、たぶんその言葉にも何の感情も込めてないんだろう。まともに相手にするだけ無駄だ。

 

 「そういえば、今回の事件と関係あるのでしょうか」

 「あ?」

 「モノクマさんが新しい規則を定めることとなった、張本人です。モノクマさん曰く、その方は自分以外の全員を殺害しようと企んでいたそうではないですか」

 「んなこと言ってたっけか・・・じゃあ関係ねえんだろ。だったらあの煙ん中でもっと殺してる」

 「そうでしょうか」

 「は?」

 

 ああもう、わけわかんねえ。やっぱりこいつとサシで話しててもイライラするだけだ。別段重要そうな手掛かりもねえみてえだし、さっさと古部来の部屋を捜査しに行った方が有意義だなこりゃ。まだ六浜が意識を戻さねえが、時間にはかえられねえ。俺は医務室を出た。

 

 

獲得コトダマ

【粉々のガラス)

場所:湖畔、発掘場、資料館

詳細:古部来の周りに大量のガラスの破片が大量に落ちていた。古部来の体にもいくつか突き刺さっている。発掘場で倒れていた曽根崎や、資料館の外で襲撃された六浜の周辺にも同じものが散らばっていた。赤みがかった茶色をしている。

 

【消えた毒の瓶)

場所:医務室

詳細:医務室の薬品棚から毒の瓶が一本持ち去られていた。パーティー準備中に穂谷が全て揃っているのを確認したため、それ以降に持ち出されたと考えられる。

 

【合宿場規則13)

場所:なし

詳細:規則13,『同一のクロが殺せるのは、一度に二人までとします。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 古部来の部屋と曽根崎の部屋、一人で二部屋も捜査しなきゃならねえってのはものすげえめんどくせえ。しかも、体感な上に曽根崎の件を考えねえ場合での話だが、もうそろそろ捜査時間も終わりだ。さっさとしねえとだ。

 寄宿舎の扉を開いて、まずどっちにしようかと悩んだ。古部来の部屋と曽根崎の部屋。それは裁判場行きのエレベーターを挟んで別の廊下にある。クソめんどくせえ配置しやがって、どっちにするべきか。

 

 「あっ・・・」

 「あん?」

 

 俺がしばらく入口の前で悩んでたら、廊下の陰から小さい声が聞こえた。前にもこんなことがあったなあ、そん時もこいつだった。いつもいつもウジウジしやがって、見ててムカつくんだよ。

 

 「何やってんだチビ」

 「あ、あのぅ・・・キレイな水を持って来よう思いまして・・・」

 「水?」

 「そのぉ・・・ここ、古部来さんのお部屋に禊ぎをせんとあかんくて。あそこ、ほんまにすごい念を感じます。だだ、だから・・・・・・古部来さんの魂が地縛してまう前に、念ごと成仏させたらんと・・・」

 「はぁ・・・まだそんなこと言ってんのかよ。テメエがそんな風に余計なこと教えっから、笹戸まで捜査サボって魚の葬式するようになるんだろうが」

 「へ?魚?」

 

 晴柳院はまたわけの分からねえこと言ってる。んなもん塩撒いときゃ終わりだろ。っつか、こいつ古部来の部屋行ってたのかよ。俺や六浜より先に捜査・・・なのかどうかは微妙だが、古部来の部屋に行ってる奴がいるなら話が早え。

 

 「おいチビ、お前古部来の部屋でなんか見つけたか。事件に関係ありそうなもんとか、証拠とか」

 「ええ・・・そ、そんなものは見当たらなかったです・・・・・・。そ、それよりも古部来さんの・・・執念が恐ろしくて・・・」

 「執念?」

 「あ、あのですね・・・古部来さんの部屋に、夥しい数の棋譜が貼られてたんです」

 「棋譜って、将棋の記録したやつか」

 

 そりゃ、あいつは確か“超高校級の棋士”だったからな。将棋するしか能のねえ奴なんだったら、部屋に棋譜があったところで特におかしくもなんともねえだろ。俺は思った事をそのまま晴柳院に言った。だが晴柳院は、違うと言うように小さく首を横に振った。

 

 「それが・・・そ、その棋譜、ほんまにあちこちに貼ってあるんです。入口の扉とか勉強机だけやなくて、タンスの引き出し開けたら服の仕切りに棋譜が貼ってあったり、トイレの蓋や扉の裏、あとベッドの上の天井にも・・・」

 「は、はあ・・・なんだよそれ」

 「し、し、し、しかもその棋譜・・・・・・・・・全部古部来さんが負けてるんです」

 「は?」

 

 想像して、純粋に気持ち悪いと思った。部屋の至る所に棋譜を貼るなんて、いくら棋士だとしてもマジでイッてる奴としか思えねえ。しかも、その全部があいつの負けた時の棋譜だと?どういうことなんだ。そんなもん貼ってどうしようってんだ?そん時の悔しさでも思い出してよがってんのか、Mだったのか。

 

 「きっとあの部屋に漂ってた執念からして・・・古部来さんはずっと戦ってはったんやと思います」

 「戦ってたって、棋譜とか?」

 「ご自分と、です。負けた時の棋譜を身の回りに置いて、常に自分の敗因を研究して、盤の上で復讐する。きっと、そうしてはったんです」

 「そりゃイタコ的な能力使って知ったのか」

 「い、いえ!その・・・古部来さんなら、そうするかなって・・・」

 

 なんだそりゃ、お前が古部来の何を知ってるっつうんだよ。別に俺も大して知らねえが。そんな異常な部屋、捜査したくもねえな。

 

 「なんでもいい、ちょうどいいから、お前そのままあいつの部屋捜査しとけ」

 「へ?ちょ、ちょうどってどういう・・・?」

 「俺は曽根崎の部屋に用があるから、古部来の部屋の捜査はお前に任せる」

 「ふえええっ!?う、うち一人でですかあ!?」

 「当たり前だろ。それに・・・俺もお前も、古部来も、一応あそこにいたんだしな・・・。六浜が捜査を任せて一番納得すんのは、お前だろ」

 「あ、あのう・・・六浜さんは大丈夫なんですか・・・?うち、もう平気や思うて離れてまいましたけど・・・」

 「後悔してる時間が勿体ねえんだよ。いいから行け」

 

 ったくめんどくせえ奴だな。古部来が殺されて曽根崎も六浜も行動不能、今俺らにゃ人手が足りねえし時間もねえんだ。うじうじしてる暇あったらさっさと行け。

 戸惑う晴柳院に古部来の部屋は任せて、俺は曽根崎の部屋に向かった。後ろから小さく呼び止める声がしたが、聞こえないふりをした。

 そういや、あいつはよく俺の部屋に来るけど、俺があいつの部屋に来たのは初めてだったな。内装は基本どの部屋も同じだが、あいつの部屋に入るといきなり何かを蹴った。それは、所狭しと並べられてる本立てだ。壁に寄せてあったり、キャスター付きで部屋中移動したり、店に置いてあるようなデカいやつまで。どんだけあんだよ。

 

 「・・・あいつらしいな」

 

 新聞や週刊誌、希望ヶ峰の同窓会の会報誌や、機内誌まである。どっから集めて来たんだこんなに。それから、一番高い棚、もはや神棚にも見える位置に並べられてるのは、あいつが編集長を務めてる、『HOPE』だ。初号から最新版まで勢揃いか。まあ、その最新版も三年前の最新版なんだが。

 

 「万年筆にインクって・・・どこの文豪だよ」

 

 勉強机の上に、きれいに整頓されてる色んな筆記具は、たぶん血以外の書けるものならなんでも揃ってる。あいつ、こんなにたくさんのペンを使い分けてたのか?何がどう違うのか、名前すら分からねえ俺にとってはガラクタも同然だな。

 

 「・・・ここか」

 

 俺は早速、曽根崎の手帳から鍵を取り出した。鍵が付いてる引き出しの位置は俺の部屋と同じ、机のすぐ下にある書類棚の一番上だ。

 鍵はスムーズに挿し込まれて、軽くひねるとカチッという音がした。ただの引き出しだっつうのに、嫌に緊張する。別に悪いことしてるわけでもねえのに、やたらと背後が気になる。あいつが常に鍵を携帯して守ってた秘密を、見ようとしてるからか?もしかしたら、あいつの怖れてる秘密が、この中にあったりすんのか?

 引き出しを引く手が重い。立て付けが悪いんじゃなくて、ただ俺が躊躇ってるんだ。なんで、あいつなんかのために緊張しなきゃならねえんだ。何を緊張する必要があるんだ。そう自分に言い聞かせて、俺は引き出しを開けた。

 

 「・・・?」

 

 決心すれば簡単なもんで、引き出しはすっと音もなく開いた。中にあったのはそう大層なもんじゃなく、原稿用紙の束だった。クリップで纏められて、一枚目の用紙には大きく、そのタイトルが書かれていた。

 

 ーーー『希望ヶ峰学園スキャンダル集、超高校級の青春録』記事案ーーー

 

 俺は全力でそれを床に叩きつけた。拍子でクリップが外れて紙が散ったが、軽いからいまいち勢いがなくて、これじゃ冷めやらない。

 

 「なんっっっっだこれッ!!ふざけてんのかあの野郎ッ!!」

 

 久し振りにマジであいつをぶん殴りたくなってきた。こんだけ期待持たせて、こんだけ時間使わせて、こんだけ緊張させといて蓋開けてみりゃこれかッ!!んな紛らわしいもん大事そうにしまってんじゃねえッ!!時間とページ返せボケッ!!

 

 「クソがッ!!こんな時にまで踊らされて馬鹿みてえじゃねえか。こんなくだらねえもんのために・・・」

 

 床に落ちたそれを仕舞おうと拾い上げた。何気なく、そこに書かれてることが目に入った。その時、俺の感情が全部リセットされた。

 

 「・・・ん?」

 

 妙な違和感。なんだ?こんな言葉、今のふざけたタイトルの記事に使うか?なんかおかしい。思わず、もう一枚拾い上げて、そこにも目を通した。その内容は、タイトルよりも、さっき読んだ内容の方に筋が通ってる。別のもまた別のも。

 結局、表紙代わりにされてたあのムカつく原稿用紙以外は、全部一つのことに関して書かれてた。それは、タイトルとは全く関係ないことで、あんなもんよりよっぽど興味を惹く内容だった。

 

 「な、なんだ・・・こりゃ・・・?」

 

 俺はそれまでの怒りも時間も忘れて、その原稿用紙を読み進めていた。

 

 

獲得コトダマ

【曽根崎の原稿用紙)

場所:曽根崎の個室

詳細:曽根崎が独自に集めた情報をまとめたファイル。鍵付きの引き出しに仕舞って、表紙にフェイクを仕込むほど、曽根崎は隠そうとしていたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ふい〜!一仕事終わった後の一杯はサイコーだよね!全身に水分が染み渡るこの潤いの感覚!やっぱり疲れた体には新鮮な生イカに限る!さ、そういうわけで、オマエラの疲れた体には学級裁判の緊張感がちょうどいいってわけ!寄宿舎の赤い扉の前にお集まりください!』

 

 個室の中にまで、あいつの声が聞こえてくる。まだもう少し、あともうちょっとだけ、そんな気持ちのままこの放送を聞く奴もいるんだろう。俺も、もっとゆっくりこの資料を読んでいたい。だが、あいつはそんなもんお構いなしに、残酷に時が来たことを知らせる。もういちいち反応したり苛立つのも面倒くせえ。俺は手に持った資料を持って部屋を出た。

 曽根崎の個室にいた分、他の奴らより少しだけ早く集まれたみたいだ。晴柳院もすぐに来たが、浮かない顔をしてるってことはたぶん大した手掛かりはなかったんだろう。その後から、いつものように不安そうな顔をした笹戸や明尾や屋良井、悩ましげな鳥木と六浜、六浜は頭に巻いた包帯が痛々しい。滝山はこんな時にまで何かをラッパ飲みしてやがる、能天気な奴だ。一番不気味なのは、こんな時でもいつもと表情が全く変わらない穂谷、それから何考えてっか分からねえ望月だ。この中に、古部来を殺した奴がいるってのか?それとも曽根崎が・・・。

 

 「・・・ちっ」

 

 考えてても分からねえ。全ての答えはこの扉の先にある。それが正解か不正解か、俺たちにとってはどちらであっても、絶望でしかない。絶望を辿る道を強いられてるこの状況こそが、一番の絶望なのかも知れない。

 最後に望月が来ると、赤い扉はまた不快な音を立てて開く。真っ赤な口を開けて中に見えたのは、無機質な鉄の檻。一人ずつそれに乗り込むごとに、冷たい靴音や金属の軋む音が、深い深い穴に響く。

 

 「六浜さん・・・そ、その包帯は?」

 「・・・後で話す。早く、行こう」

 「おいおい、曽根崎だけじゃなくむつ浜もかよ!マジどうなってんだって!」

 「いいからさっさと乗れ。ここで話してても意味ねえだろ」

 

 頭に包帯を巻いてる六浜に、俺と穂谷以外の奴らが目を丸くする。曽根崎はモノクマに搬送されてここにいねえが、あいつが襲われたことはもう全員に知れ渡ってた。だが六浜が襲われたのは、関わった二人以外は知らなかった。

 そんなことをエレベーターの前で話し込んでても意味がねえ、どうせこれに乗って下に降りたら、それも含めた全部を明らかにしなきゃいけねえんだ。

 

 「必ず・・・」

 

 凛とした声で、そいつは呟いた。だがその声は、シャッターの閉まる金属音に掻き消されて、エレベーターは歪な騒音を巻き込みながら地下へと動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り11人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

 屋良井照矢  鳥木平助   滝山大王 【アンジェリーナ】




第三章だから長くなってしまいました。第三章だからって原作と同じ展開とは限らないのですよ。
都合のいいところは根拠とし、都合が悪いところは反例とする。バカとハサミは使いようなのです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

学級裁判編1

 ごうんごうんごうん・・・冷たい鉄の檻が地下深くへ下っていく。反響する音が耳障りにあちこちに満ち、遠のいていく空に真っ黒な不安を感じる。心なしか、以前より深い場所に降りているような気がした。

 

 「・・・古部来ッ」

 

 エレベーターの乗降口の前で、無機質な土の壁を見ながら六浜が呟いた言葉が、俺の耳に入り込んできた。その肩を小刻みに震えさせているのは、たぶん恐怖じゃない。もっと別の感情のはずだ。

 しばらくの憂鬱な移動の後には、空気の読めない絢爛さの部屋が待ち構えていた。最初は堅い雰囲気の裁判場、その次は夕焼け色の海辺を連想する壁紙だった。今度は、銭湯の壁に描かれてるような、日本風な景勝地の壁紙だ。単純にその柄は良いものだが、中央に並んだ十六の議席と、立てられた五つの遺影と重ねると、ふざけた悪趣味な空間にしか見えない。

 

 「さてと、今回はオマエラも大変だっただろうから、少し捜査時間を長めにとってやりました。ボクってクマ一倍優しい性格だって、アマゾンでも有名だったんだからね!」

 「アマゾンにパンダはいないと思うけど・・・」

 「いいから名前の書かれた席につけー!こちとら待ちくたびれてんだよ!」

 「急にキレた!?」

 「それより、一つよろしいですか?」

 「なあに穂谷さん?ボクは鮭が好きだけどお肉も好きだよ。ワイルドに骨付き肉なんてのもいいなあ」

 「曽根崎君は、亡くなったのですか?」

 

 穂谷の一言に、モノクマ以外の全員の空気が張り詰めた。確かに、さっきのエレベーターに乗り込んだのは10人だけ。曽根崎がどうなったのかは、モノクマにしか分からない。

 

 「ストレートだなあ。もっとカーブとかフォークとかホワイトボールみたいな変化球も身に付けないと、オトナ社会じゃ苦労するよ」

 「ど、どうなんだよ!そねざきはしんだのか!?」

 「まだ生きてるよ。ご覧の通り、遺影がないでしょ?でも流石にあんな状態じゃ裁判には来られないだろうから、今回は特別に免除してあげるの」

 「至極当然の判断ですね。無理をさせてはそれこそ命取りです」

 「ま、裁判の結果によっては、彼のおしおきもあり得るけどね!さあ、曽根崎くんがくたばっちゃう前に、早く始めなよ!」

 

 相変わらずこのクソクマは、人の命をなんとも思ってねえらしい。そんなの今更か。俺は深い不快感の中、指定された証言台に立つ。右手に見える、誰も立たない、何も立たない席を見ると、あのウゼエ眼鏡面が浮かぶ。

 って、なんだそりゃ。まるであいつが死んだみてえだ。いやそれよりも、俺があいつがいねえのを気にしてるみてえじゃねえか。ふざけんな。今はそれどころじゃねえと、大きく頭を振って俺は集中し直した。この中に潜んだ薄汚えクロを暴かなきゃ、俺たちが死ぬんだ。んなことあってたまるかよ!

 

 こうして、また俺たちは命を懸けさせられる。躊躇う時間なんてない。理不尽でも不条理でも、もう逃げることなんてできない。命懸けの推理、命懸けの弁論、命懸けの言い訳、命懸けの嘘・・・全てが命懸けの学級裁判からは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コトダマ一覧

【モノクマファイル3)

場所:なし

詳細:被害者は“超高校級の棋士”、古部来竜馬。死亡時刻は午後九時四十分頃。死体発見場所は資料館北の湖畔。頭部から胸部にかけて激しく損傷し、胸部の火傷は内臓まで到達。数カ所に異物が刺さっており、骨折も複数ある。

 

【何かの焼けた跡)

場所:湖畔

詳細:古部来の死体の周辺に散っていた燃えかす。木っ端微塵になっているが、かなりの種類と量がある。

 

【花火の煙)

場所:湖畔

詳細:事件の直前に、遊んでいた花火が突如として大量の煙を噴き出した。もともと煙が出やすい種類の花火だが、通常なら視界を遮るほどではない。

 

【煙の中の閃光)

場所:湖畔

詳細:煙幕の中で清水が見た強烈な閃光。同時に炸裂するような音もした。古部来が倒れていた辺りに見えたため、事件と関係していると思われる。

 

【古部来のダイイング・メッセージ)

場所:湖畔

詳細:歪な形の円が描かれていて、円周の一点に血が付いている。古部来が何かを伝えようとしていたようだ。

 

【うつ伏せの古部来)

場所:湖畔

詳細:古部来の死体はうつ伏せに倒れていた。死因となった火傷や裂傷は全て前面にしかなかったため、不自然であると言える。

 

【角行)

場所:湖畔

詳細:古部来の前方に、ダイイングメッセージと重なる場所に落ちていた。生前の古部来が大切にしていたもの。傷やシミが年月と威風を醸している。

 

【笹戸の証言)

場所:桟橋

詳細:事件発生直前、笹戸は湖畔に打ち上げられていたピラルクーの死体を供養しに桟橋に行っていた。死体は、成熟していないまま死んでいたにもかかわらず、特に襲われた痕跡などはなかったらしい。

 

【夜中のパーティー)

事件当日の夜、鳥木の提案で全員参加のパーティーが開かれた。発掘場で食事を楽しんだ後、湖畔に移動して花火をした。

 

【アルミホイル)

場所:食堂

詳細:食堂にあったアルミホイルが新品になっていた。モノクマが補充したらしいが、鳥木によれば準備の時点では特になくなりそうな気配はなかった。

 

【ダイヤル錠)

場所:倉庫

詳細:倉庫の格子戸を施錠している鍵。番号は全て3679で統一されている。

 

【曽根崎のメモ帳)

場所:なし

詳細:曽根崎が愛用している革カバーのメモ帳。捜査の途中経過や発掘場でのパーティーの詳細な様子も記されている。

 

【血溜まり)

場所:発掘場

詳細:曽根崎の血が半端に地面に染み込んだ跡。生々しく鈍い光沢を放っていて、強い血の臭いを漂わせている。

 

【資料館のパソコン)

場所:資料館一階

詳細:曽根崎が解析中の旧式パソコン。資料館専用のものとなっていて、資料検索や文書作成などの便利な機能もついている。

 

【略地図)

場所:なし

詳細:煙が発生する直前と死体発見時の全員の位置をまとめたもの。曽根崎と六浜が協力して書いた。

 

【粉々のガラス)

場所:湖畔、発掘場、資料館

詳細:古部来の周りに大量のガラスの破片が大量に落ちていた。古部来の体にもいくつか突き刺さっている。発掘場で倒れていた曽根崎や、資料館の外で襲撃された六浜の周辺にも同じものが散らばっていた。赤みがかった茶色をしている。

 

【消えた毒の瓶)

場所:医務室

詳細:医務室の薬品棚から毒の瓶が一本持ち去られていた。パーティー準備中に穂谷が全て揃っているのを確認したため、それ以降に持ち出されたと考えられる。

 

【合宿場規則13)

場所:なし

詳細:規則13,『同一のクロが殺せるのは、一度に二人までとします。』

 

【曽根崎の原稿用紙)

場所:曽根崎の個室

詳細:曽根崎が独自に集めた情報をまとめたファイル。鍵付きの引き出しに仕舞って、表紙にフェイクを仕込むほど、曽根崎は隠そうとしていたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【学級裁判 開廷!】

 

 「まずは、学級裁判の簡単な説明から始めましょう。学級裁判の結果は、オマエラの投票により決定されます。正しいクロを指摘できれば、クロだけがおしおき。でも、もし間違った人物をクロもしてしまった場合は・・・クロ以外の全員がおしおきされ、みんなを欺いたクロだけに、晴れて希望ヶ峰学園に帰る権利が与えられます」

 「一言一句変わらんのう。いちいち言う必要があるのか?」

 「う、うるさいなあ!必要がなきゃやんないよ!ゴホン、では気を取り直して、どうぞ、議論を開始してください!」

 

 いつもの調子で、モノクマが学級裁判のルールを簡単に説明する。毎回毎回、嫌ってほど実感してるルールを説明する意味がどこにあるんだ。誰に向かっての説明なんだそりゃ。

 

 「始める前に、みんなに一つ言っておきたいことがある」

 「なんだよむつ浜、まだなんかあんのかよ」

 「むつ浜ではな、六浜だ。今回の裁判の結論や、議題の決定などといった事柄は、全て私に任せて欲しい」

 「はあ?いきなり何言ってんだお前。ふざけんな、これは遊びじゃねえんだ、命懸けなんだぞ!テメエ一人に任せて、俺らの命懸けろってのか!」

 「そうだ。頼む」

 「なっ!?バ、バカじゃねえか・・・!?」

 

 始まるや否や、六浜が唐突に宣言した。急にそんな馬鹿なこと言い出す奴だとは思ってなかった分、即答されて焦った。こいつ、古部来が死んだからってそこまでおかしくなっちまったのか?なんでテメエ一人に全員の命預けなきゃいけねえんだよ。

 俺だけじゃない、納得できない奴は他にもいる。

 

 「承諾に足るだけの必要性や有意性の説明を要求する」

 「必要性も有意性もない。ただ、この事件は私の手で解決したいのだ。奴を・・・古部来を殺した犯人を・・・!!私が明らかにしたいのだ!!」

 「ど、どうしてそこまで・・・」

 「私は、奴に何も返せていない。不満も憎まれ口も・・・恩義もだ。だからこの件は、私がけりを付けたいのだ!せめて最後に、奴への手向けをしてやらねば・・・!」

 

 なんだそりゃ、古部来の敵討ちってことかよ。そんなもん、六浜がどうしようが結局は俺たち全員で考えることだろ。六浜が議長になって何が変わるってんだ。一人に任せてたら間違いに気付かないまま進むことだってあり得る。

 だが、あんまり深く考えてねえのか、そのまま頷く奴らがいる。

 

 「・・・複雑な心中、お察しします。畏まりました」

 「あら、よろしいのですか?彼女が犯人ではないという保証はどこにもないのですよ?」

 「そりゃそうじゃ。じゃが問題あるまい。あくまで仕切る係じゃろう?議論はわしら全員で行うんじゃ。議長と言えど、おかしな点は容赦なくぶっ放せば良い」

 「ぶっ放すって何を・・・?」

 「心のダンガン的な何かじゃ!日本刀でもよいぞ!」

 

 言われなくたって議論はする。だからって六浜に任せちまうのはいまいち気が進まねえ。なんつうか、不安なんだ。

 

 「ねえねえ、なんでもいいけどさ、早く議論を始めてよ。Xボタンで飛ばされる会話に割くページが勿体無いでしょ?」

 「では、まずは今回の事件を整理しよう。今までと違い、被害者が多い。まずはその整理からだ」

 

 結局なあなあで六浜が議長になったっぽいが、明尾の言う通りおかしいと思ったらすぐ突っ込まねえとダメだ。こうなりゃ俺がちゃんとやるしかねえか。

 まずは事件の被害者の整理からだ。六浜がモノクマファイルを手に話し出した。

 

 「まず最初の被害者は、古部来竜馬だ。湖畔で、全員参加の花火大会をしている最中、突如として発生した煙で視界を妨げられた数分の間に殺害された」

 「あの花火大会は、確か鳥木が主催してたんだったな」

 「ええ、夜時間まで行動を見張られていれば、大それた行動には出られないと思いまして。それがこんなことになろうとは・・・なんという考えの甘さ!大変申し訳ありませんでした!」

 「今は事実確認をしている。お前個人の感情を吐露するべきではない」

 「し、失礼いたしました・・・」

 「次の被害者は、曽根崎弥一郎。古部来の死体が発見された後の捜査中、発掘場にて清水が発見。死んではいないが、こうして学級裁判を免除されるほどの大怪我を負っている」

 「ホントに、生きてるのが不思議なくらいだったよ・・・。きっと、しばらくはベッドから動けないと思う。可哀想に・・・」

 「うぜえのがじっとしてて丁度いいじゃねえか」

 「そ、そんなひどいこと言わんであげてください・・・」

 「最後に、私、六浜童琉だ。資料館前で襲撃され、曽根崎ほどの怪我ではなかったが、すぐ清水により医務室まで運ばれたそうだ」

 「そうだ?なんでそんな他人事なんだよ」

 「頭を強打したせいだろう・・・記憶が曖昧なのだ」

 「ひとまず、これで今回の事件の被害者は全てじゃな。三人も襲うとは、なんちゅう凶悪な犯人じゃ!まさに外道ッ!」

 

 六浜が話し終えて、俺はそれぞれの現場を思い出した。悪臭と煙の漂う湖畔に倒れる古部来、頼りない照明にテカる血溜まりに倒れる曽根崎、資料館前で頭を押さえながら苦しむ六浜。一度にこれだけの数の人間が被害に遭うなんて、今までなかった。

 

 「今までの事件とはわけが違うわけです。どう切り込んでいけばいいものやら・・・」

 「まずはこの事件で最も特徴的な、被害者の数、ということに焦点を当てていこう。そこから何か分かるかも知れない」

 「よォし!ひとまず意見を出しまくるんじゃな!」

 

 やっぱりまずはそこから話し合うべきか。結局この裁判場からは、石川を除いて二人が消えた。曽根崎は生きてこそいるものの、いつ戻って来られるかも分からねえ状態だ。なんでこんなことになったのかを明らかにすれば、事件の全容に近付けるかも知れない。

 

 

 

 【議論開始】

 

 「今回の事件に被害者は三名。“古部来竜馬”、“曽根崎弥一郎”、“六浜童琉”だ」

 「これほどまでの被害が出るとは思わなんだ・・・しかし、逆にこれで事件の全体像をはっきりと見据えることができるぞ!」

 「ふええっ!?ほ、ほんまですか!?」

 「何を隠そう、これは無差別連続殺人だったんじゃ!!犯人はわしらを片っ端から殺害し、“最後の一人となって”ここを脱出するつもりだったんじゃ!!」

 「冷静になれ」

 

 

 

 不敵に笑う明尾の言葉に、晴柳院以外の奴らはあまり期待してないように見えた。こいつはたまにまともなことを言うが、こういう時にまともなことを言った試しはない。あるかも知れねえがそれが霞むくらいには、ただ騒音をバラ撒くだけの存在になってる。案の定、その次に発した言葉も六浜に冷たくあしらわれた。

 

 「それは演技か?それとも本気か?もし本気なのだとしたら、お前は学者を名乗るには記憶力がなさ過ぎるぞ」

 「ぬはあっ!?どうした六浜!!わしにそんな冷たい言葉を浴びせるとは!!仕方なかろう!年寄りは物忘れをするものじゃ!!昨日の晩食がなんだったかも思い出せんでな・・・」

 「だからお前まだ高校生だろうが!」

 「ちなみに、昨日の晩ご飯はとんかつでしたぁ」

 「どうでもいいよ・・・」

 「ともかく、犯人が我々を皆殺しにしようとしていたなどあり得ん。モノクマが新しく規則を設けただろう」

 

 そう言って六浜は、昨日の晩飯の話で盛り上がるアホ共に電子生徒手帳を見せた。規則一覧の項目、13ページ目に、『同一のクロが殺せるのは、一度に二人までとします。』と明記してある。つまり、生存者が3人くらいならまだしも、12人もいる時に皆殺しなんてできねえってことだ。

 

 「そもそも今回死んだのは古部来くん一人だから、連続殺人ですらないもんねーーー!!うぷぷぷ!さっきから聞いてたら、オマエラもう曽根崎くんが死んだものと思ってない?オマエラが望むのなら彼の身などいつでも差し出していいんだけど?降り注ぐ火の粉の盾にしちゃうんだけど?」

 「燃え尽きろ綿埃」

 「むう・・・ともかく規則上不可能じゃったということは、犯人には別の目的があったということじゃな」

 「だけどそうなると、なんで三人も被害者が出たんだろうってことになるよね?だって、クロが一度に殺害できるのは二人までなんだよ?曽根崎くんまでは分かるけど、六浜さんが襲われた理由ってなんなの?」

 「曽根崎を殺し損なったからだろ。しかもモノクマが命を救うって保証までしやがった。だから犯人は焦って、六浜を殺そうとしたんじゃねえのか」

 「あら、その言い方だとまるで、犯人は複数の被害者を出す必要があった、ととれるのですが」

 「好きにとれよ」

 

 と反射的にぶっきらぼうに返したが、穂谷の指摘は少し喉に引っかかった。確かに、皆殺しができない状況で、犯行を重ねればそれだけ状況証拠も物的証拠も増えるはずなのに、なんでわざわざ犯人は三人も殺そうとしたんだ?

 

 「早速行き詰まってンなあ。じゃあここで、オレが一つ画期的な案を出してやんよ!」

 「はあ?貴方がですか?」

 「明らかに期待されてねえ!オレは水泳好きでもなきゃバカでもねーぞ!」

 「その発言が知性を感じられないということに気付かない内は、本当に馬鹿と形容せざるを得ないな」

 「なんだろう、望月の方が傷つくんだけど」

 「いいからその案ってのを教えろ」

 

 どうでもいいことばっかり話広げやがって。なんでもいいから言いてえことあんならさっさと言えっつうんだ。

 

 「逆転の発想だよ。どうやって殺したのかじゃなくて、誰なら殺せたかを考えてみろって」

 「は?」

 「古部来の時は全員が居合わせたから取りあえずいいとして、曽根崎とむつ浜をそれぞれぶっ殺せた奴が誰なのかを考えれば、自然と犯人は絞られんだろ?」

 「ほう、なるほど。それは素晴らしい発想の転換ですね、屋良井君」

 「だろーがだろーが!」

 「しかし、それで本当に犯人が絞られるのかな?さっき穂谷さんが言ったけど、みんな捜査のために散り散りになってたんだよ?」

 「絞られるんだな〜、それが」

 

 状況証拠から当たりをつけてくってことか。まあ、どう考えても犯行不可能だった奴らを無駄に疑うよりはマシか。けどそんな奴いるのか?

 

 「じゃ、取りあえずオレと望月はシロでいいよな?どっちもずっと古部来の死体の見張りしてたから、発掘場にも資料館にも行けなかったんだ」

 「この事実は双方が証人になる。十分に有意性が認められるだろう」

 「そこはアヤの付けようもないの、じゃが二人だけとなるとまだ・・・」

 「付け加えると、笹戸優真も捜査時間中は桟橋にいたことを確認している。清水翔の悲鳴が聞こえてくるまで、目視で確認できた」

 「ぼ、僕はあんな酷いことしないよ!」

 「救命措置を行っていましたし、笹戸君を疑う余地はなさそうですね」

 「念のため言うが、曽根崎とむつ浜は除外するぞ。片や瀕死で片や資料館に籠りっきりだったからな」

 「そんなこと、言わずもがなだ」

 

 ちょっとずつ、犯人候補が狭まっていく。屋良井と望月と笹戸、それから曽根崎と六浜を除いた六人。もちろん俺はやってねえから、結局あと五人か。まだ全然だ。

 

 「ま、ここまで狭まりゃ十分だろ。つうか、ハナから犯行が可能だった奴なんて一人しかいねえわけだからな!」

 「ええっ!?そ、そうやったんですかあ!?」

 「じゃあなんで犯人候補狭めたりしたんだよ・・・無駄なことして馬鹿じゃねえか」

 「馬鹿じゃねえ!逃げ道を塞いで、言い逃れできねえようにするためだよ!だから認めちまえよ、もうお前に逃げ場なんかねえんだよ!」

 

 得意げな、自信満々な、浮かれた調子の声で、屋良井が無駄に仰け反ったり振り被ったりして注目を集めながら、細っこい人差し指を向けた。あっち向いてホイさながらに、全員が同じ方に視線を送った。

 そんな中、俺だけはその指の先を見つめ返していた。

 

 「なァそうだろ!!?清水翔!!」

 「はあ?」

 「清水君が・・・犯人だということですか・・・?」

 「ったりめえだ!曽根崎の時もむつ浜の時も、どっちの現場にも清水はいたんだろ!?だったらこいつしかいねえじゃねえか!!」

 「おい待て。んなふざけた理由で俺が犯人だあ?ナメてんじゃねえぞむさロン毛」

 「誰がむさロン毛だこのアホ毛!」

 「癖毛だ馬鹿野郎!!」

 「なに毛でもいい。清水、反論があるなら言え」

 

 クソが。俺がこの癖毛にどんだけ悩まされてると思ってやがる。癖のねえストレートの髪の毛をわざわざいじってヘンテコな髪型にしやがって。当てつけか蛍光色馬鹿が。

 

 「反論も何も、俺が曽根崎を見つけた時にはもうぶっ倒れて血ぃ流してたし、六浜の時も俺は資料館の中にいたろ」

 「資料館の中にいた、ってどういうこと?」

 「俺と六浜は資料館から寄宿舎に移動するとこだったんだ。六浜が先に行って、後ろから俺がついてった。六浜が頭かち割られたのは、資料館を出てすぐのとこだ。資料館の中から外の六浜どつけるかよ」

 「入り口近くなら中も外も大して変わんねえだろ。だいたい、お前が六浜を襲ったんじゃなかったら、そん時に犯人見てるはずだろ?」

 「いや・・・上から降ってきたんだ。何か、固いもんが。それが六浜の頭に直撃して・・・」

 「上からあ?おいおい、今日の天気は鈍器のようなものじゃねえぞ!んなアホくせえ言い訳で誰が納得すると思ってんだよ!」

 

 ありのままを言ったまでだ。それが信じられねえんなら、このアホはまんまと犯人の思い通りに、俺に疑惑を向けてるってわけだ。曽根崎の時は偶然だとしても、その次に六浜を狙ったってことは俺を犯人に仕立て上げるためだろう。ったく、面倒くせえことになりやがった。

 

 「上から降ってきた?それは本当か、清水翔」

 「嘘なんか吐くわけねえだろ、考えろ間抜けが」

 「辛辣過ぎますよぉ・・・」

 「お、おいおい!こんな奴の言い訳を信じるってのかよ!?」

 「仮に清水翔が六浜童琉を襲撃したのだとした場合、確実に自分にしか不可能であることが明確な状況で実行するだろうか?古部来竜馬が殺害された際は、濃煙で自らの姿を隠すほどの周到さを伺わせた犯人が?」

 「そうだな。被害者を複数出すつもりだったにせよ、私個人を狙ったにせよ、その後の行動も含めてなおざりな犯行と言える」

 「その後の行動、とは?」

 「負傷した私を医務室まで運んだのだ。あまり覚えてはいないが・・・殺すつもりならトドメを刺せる状況だったことは間違いない」

 

 その時の状況をよく思い出してみた。あん時は間違いなく、上から何かが降ってきた。それで六浜は怪我をして、咄嗟に医務室まで運んだんだ。

 

 「因みにですが、私が証人になります。医務室にいたら、六浜さんを負ぶさった清水君が来て驚きましたわ」

 「六浜さん、おんぶされてたんだ・・・」

 「やめろッ・・・!!その話はッ・・・!!」

 「助けてやったんだ、文句言うんじゃねえ」

 「と、取りあえず、そういうことなら、清水さんも犯人やないってことで・・・」

 「ちっ、いい線いってたと思ったんだけどなあ」

 「どこがだ、勘違いむさロン毛馬鹿が」

 「ぜってえ言い過ぎだッ」

 

 アホのせいで寄り道しちまった。とにかく結構な数まで犯人は絞れたが、まだ特定するには情報不足だ。もう少し何かないか。

 屋良井のクソどうでもいい叫びと共に少しだけ裁判場は静まり、その静けさを破ったのは、やっぱりあいつだった。

 

 

 

 

 

 「ところで、この議論は重要なのか?」

 「ん?」

 

 またいつものように、機械的な声に淡白な調子、意味不明な発言。こいつが女じゃなきゃとっくにぶん殴ってるくらいには、いい加減こいつにはムカついてる。

 

 「重要でない議論はしません。内容を理解していないのなら、その汚いお口は永遠に閉ざしていてください」

 「内容は理解している。だが、この議論は建設的と言えるのか?この結果出た結論が、裁判の意義に沿うとは考えにくい」

 「・・・説明してくれないか、望月。なぜこの議論が重要でないと思うのか」

 

 穂谷の毒舌も、六浜の冷たい怒りも、なんとも思わないように受け流しつつ、望月は冷静に話す。

 

 「私や清水翔の容疑を確認しているのは、あくまで曽根崎弥一郎と六浜童琉を襲撃した犯人か否かという範疇の話だ。それは、この裁判の趣旨から外れるものではないか?」

 「なぜですか?犯行時刻やタイミングからして、一連の事件が無関係に、偶発的に起きたとは考えられません。ならば、後者について議論も必要ではありませんか」

 「曽根崎弥一郎と六浜童琉の件についての議論は必要だが、それが古部来竜馬を殺害した犯人を断定することにはならない。襲撃犯ではないからと言って、容疑が完全に晴れたと誤認するのは適当でない」

 「望月、単刀直入に言え。お前は、何が言いたい?」

 「・・・今回の一連の事件、同一の人物によって発生したものとは考えにくい」

 「えっ!?」

 

 これまた、とんでもねえこと言いだしたぞこの女。同一の人物によるものと考えられねえってことは、そりゃつまり別人が引き起こした事件だってことかよ。たった今、鳥木がその可能性は否定したばっかだろ。

 

 「続けてくれ」

 「それぞれ別の人物が実行した犯行であると仮定すれば、古部来竜馬の殺害後にアリバイがあろうと、完全に潔白であるとは言えない。そしてその仮定の下で、二つの事件が近時に発生したということは・・・」

 「勝手に進めてんじゃねえ!!」

 

 さすがに見過ごせねえ。望月だろうがなんだろうが、そんな馬鹿なことを認めちまったら、今までの議論もこれからの議論もガタガタになるに決まってる。その先に待つ結論は、絶対に間違ってる。んなもんどうしたって受け容れられるわけがねえ。

 

 「テメエ一人で突っ走ってんじゃねえぞ望月!」

 「む?今は私の意見を聞く場ではなかったのか?」

 「うるせえ!そのくだらねえ仮定で話を進める前に、その仮定の根拠ってのを言ってみろ!それができねえならそんな馬鹿げた推理に聞く価値なんかねえってことだろうが!!」

 

 

 

 【反論ショーダウン】

 

 「そもそも曽根崎と六浜を襲撃した奴を明らかにする議論が無駄だと?今更何言ってやがんだ!!古部来を殺した奴と別の奴がわざわざ捜査時間中に事件起こすなんてあり得ねえだろ!!っつうか今までのをまるっきり切って捨てて一からやり直すつもりかよ!!」

 「重要なのは費やした時間ではなく正確さだ。それに議論が無駄であるとは言っていない。清水翔、お前は主張こそ理解しがたいのだが、なぜ実行犯が複数存在するという可能性を排除している?」

 「当たり前だろうが!!普通に考えたら、他人の罪まで被る危険を冒してまで中途半端に曽根崎や六浜を生かすようなマネするか!!っつうかそう言うテメエこそ、“実行犯が二人いる証拠”なんかねえんだろうが!!」

 「事実を見誤っている」

 

 

 

 俺は自然と言葉に力がこもり熱を帯びていく。一方の望月は極めて淡々と事務的に切り返し、挙げ句短く一蹴しやがった。俺だけ必死になってるみてえで馬鹿らしい。この野郎、人のこと馬鹿にしやがって。そうやってムカつかせてるってことにすら気付いてねえんだろう。だからこそ余計にムカつく。

 

 「仮定として進めた上で筋道を立て、最後にその証拠を提出することで説得力と論理性を強調する方針だったのだが、反論が出た以上は変更せざるを得ないな」

 「なんだそりゃ。時間稼ぎして証拠をなんとかでっち上げようとしてたって聞こえんぞ」

 「では、尚更直ちに提出するべきか。実行犯が複数いるという証拠を」

 「あ、あるんですかあ!?」

 

 いきなりわけの分からねえ話を打っ込んできたくせに、こういう時はもったいぶっていらねえ前置きをくどくど話しやがる。犯人じゃねえなら無駄に怪しまれるようなマネするんじゃねえアホ。

 

 「古部来竜馬の殺害手法、それと曽根崎弥一郎と六浜童琉を襲撃した際の手法。これらはあまりにも手段としてかけ離れている」

 「ん?手法?」

 「確か曽根崎君は、発掘場で後頭部から出血、六浜さんは資料館前で頭部負傷、でしたね」

 「こ、こ、古部来さんは・・・・・・半身に大火傷と切り傷が無数に・・・あうぅ、惨すぎますぅ」

 「うん、言われてみれば、曽根崎くんと六浜さんは似通った被害で、古部来くんは一つ抜きん出てる感じがする」

 

 古部来の状況はモノクマファイルでいつでも何度でも確認できるが、曽根崎と六浜は死んでねえからモノクマファイルがねえ。自分たちの記憶を頼りにするしかねえってのが、モノクマの融通の利かねえ使えねえところだ。それぐらいぱぱっと作れるだろうがボケが。

 

 「でも、こんなの犯人が殺し方を変えただけかも知れねえじゃねえか。むしろテメエみてえな馬鹿が、別人のせいかと勘違いするように仕向けたんじゃねえのか」

 「だとすれば、犯人は随分と計画性に欠けると言える。古部来竜馬を一瞬のうちに確実に殺害する手段と状況を用意しておきながら、曽根崎弥一郎と六浜童琉を即死させるだけの備えをしていなかったのだから」

 「・・・ッ!」

 「そりゃ不自然じゃのう。古部来を殺した時の周到さがあるのなら、曽根崎と六浜も確実に殺せる準備をしておくはずじゃな」

 「殺すつもりもなくそんなことをすれば、無意味に疑惑の幅を狭めることに、ひいては犯人と指摘される可能性を上げることになってしまいますね」

 

 参ったな、言い返す言葉がねえ。望月の言うことを補強するように、明尾と穂谷が発言する。曽根崎や六浜を殺すつもりなんだったら、確かに古部来を殺した時と同じような方法をとればいいだけだ。古部来と、曽根崎と六浜の被害を比べてみると、確かに同じ奴がやったにしては後者は殺意がいまいち弱い気がする。なんつうか、殺気がブレてる。

 

 「望月よ。お前が言いたいのはつまり、古部来を殺害した犯人と曽根崎と私を襲撃した犯人は別にいる。その根拠は、前者と後者の殺害方法があまりにも異なるから、ということでいいな?」

 「訂正の必要はない。私は、その殺害方法に解決の糸口があるとみている。端的に言えば、凶器だな」

 「ほう、その理由は?」

 「・・・直感、では不十分か?」

 

 静かに、六浜と望月は会話する。俺は、たぶん俺以外のほとんどの奴らも、まだついていけてねえ。犯人が複数人いるなんて簡単に言ってやがるが、そんなことが実際問題としてあり得んのか?望月の指摘した矛盾には一応頷けるし、主張にも矛盾らしい矛盾はない。だけど、別々に事件が起きるなんてことが本当にあったのか?

 複雑化、混沌化していく脳内の思考の整理がつかない内に、望月の提案で議論は凶器の話へ移っていった。

 

 「いや、十分だ。それに、犯人を明らかにしかつ論理的にそれを証明するには、犯行を順序立てて理解していくべきだからな」

 「えっと・・・取りあえず、凶器を明らかにするってことでいいんだね!よ、よし!」

 「ああ・・・マジで頭こんがらがってる・・・!わけわかんねえぞ今回!」

 「凶器を明らかにするには、まず死因をはっきりさせることだ。古部来の死因について話し合うぞ」

 

 分かってんだか分かってねえんだか、それも分からねえまま、議論は地に足が付かない気持ち悪さを伴いながら移りゆく。なんでこんなにまとまりがねえんだ。古部来が死んだからか?曽根崎がいねえからか?どちらにせよ、俺たちはまだ何も掴めてない。気持ち切り替えて、本気でやるっきゃねえ。

 

 

 

 【議論開始】

 

 「まずは古部来の死因をはっきりさせるぞ」

 「モノクマファイルには“書かれてない"けど、何か意味があるのかな?」

 「学級裁判を公平に進めるためとかなんとか言ってたぞ。分かってるなら書けってんだ」

 「もしかしたらモノクマも分かっとらんのではないか?古部来が殺される瞬間、わしら全員が煙で“何も見えなかった”からのう」

 「っ!それはちげえぞ!」

 

 

 

 耳を澄ませて、一言一句に気を付けて聞いてると、些細な間違いにも気付ける。反射的に、俺の口からそんな言葉が飛び出した。

 

 「いや、俺は見たぞ。古部来が殺される瞬間に・・・たぶん」

 「なっ!、マ、マジかよ!何を見たんだよ!?」

 「光だ」

 「光?それは比喩ですか?それともその節穴が勝手に捉えたデタラメですか?」

 「黙ってろ能面女」

 「悪口の切り返しだけは“超高校級”だな・・・。あの煙の中で、光を見たのか?」

 

 穂谷もだが、六浜にもさり気なく馬鹿にされた気がする。テメエこそ“超高校級のむっつり”に鞍替えしろむつ浜が。っつかんなくだらねえことでいちいち俺の話止めてんじゃねえぞ。

 

 「煙で前が見えなくなった後に、一瞬だけ強い光が光ったのが見えたんだ。場所もたぶん、古部来が死んでた辺りからだった」

 「ま、まさか古部来が死の瞬間に全身から光を・・・!?」

 「オカルトじみているが、可能性は0ではない。実際、線虫やゾウリムシなどを用いた実験では、紫外線を照射することで死の瞬間に細胞が青く発光する現象を観測することに成功した。これと同様に、細胞がヒトの可視領域の光線を発する生物がいても不自然ではない」

 「オカルトだかSFだか分かんねえ話だな」

 「両者は実に紙一重だが、科学的根拠の有無と可能性で区別される」

 「呆け者ォ!!そんな話はどうでもいい!!古部来はUMAや宇宙人の類ではない、我々と同じ人間だ!!」

 

 あり得ねえことを深く突っ込んで議論して何の意味があるんだ間抜けどもが。なに今回の豆知識みてえにうなづいてる。古部来がホタルか何かだったら意味ある話し合いかも知れねえけどな。

 

 「そ、そういえばうちも・・・・・・ここ、古部来、さんがいてはった辺りから・・・」

 「え、晴柳院さんも光を見たの?」

 「あっ、ちゃ、ちゃいますちゃいます!えっと・・・音が・・・」

 「音?」

 「家鳴りとも鬼の鳴く声ともつかへんような・・・おどろおどろしい音が・・・・・・。もも!もしかしてえ!古部来さんの霊魂を食べに来た鬼霊やったんかもぉ!!?」

 「それなら、私も聞いたな。悪霊かは分からんが、何かこう、雷のような重い音だ」

 「てか、あんだけデケェ音だったら全員聞いたろ」

 

 音か。やっぱ俺の気のせいじゃなかったんだ。あの音も光も間違いなく煙の向こうで何かがあった証拠だ。それが古部来のいた辺りからってことは、答えは一つしかねえはずだ。

 

 「となると、それらはどちらも、古部来の死因に関係している、と考えるのが普通だな」

 「ええっ!?」

 「タイミングも場所も、事件と無関係とする方が不自然だ。何より、一瞬の光と激しい音、これから分かる殺害方法なら、あの不可解な状況にも説明がつく」

 「殺害方法が・・・分かるだと・・・?」

 

 当たり前のように六浜は言った。たったそれだけの情報で、犯人がどうやって古部来を殺したか分かるってのか?

 

 「現場の状況、古部来の状態、光と音の目撃情報。可能性の一つに過ぎなかったが、ここまでくればもはや疑う余地はない」

 

 六浜が辿り着いた答えはなんなんだ?今言ったもので分かるってんなら、六浜だけに分かって俺に分からねえわけがねえ!

 

 

 

 【思考整理】

 

 まず現場の状況は・・・

     ・・・紙くずやらゴミの欠片やらでやたらと散らかってた

 

 死んだ古部来は・・・

     ・・・体に重度の火傷、それから切り傷や刺し傷も無数にある

 

 俺が見た光と聞こえた音がしたのは・・・

     ・・・ちょうど古部来が倒れてる辺りだった

 

 このことから分かる古部来の死因は・・・

 

 「こうとしか考えられねえ・・・!」

 

 

 

 「おい六浜・・・もしかしてお前、爆死とか考えてんじゃねえだろうな」

 「へっ?ば、ばくし?ばくしって・・・?」

 「・・・その通りだ、清水」

 

 冷や汗がこめかみから頬まで伝う気持ち悪さが、六浜の首肯で冷たく締まった気がした。古部来の死体を最初に見た時から不思議に思ってた。どうやって一瞬のうちに、あんだけの傷をつけられたのか。そういうことなら、納得できる。

 

 「つまり、古部来はあそこで、爆殺されたってことだ。俺たちのすぐ近くでだ」

 

 そんなこと、まさか本当に起きるなんて、況してやこんな身近な場所で起きるなんて、考えたこともなかった。それは俺以外の奴らにもそうだったらしく、混乱の波が広がっていくのが見えるようだった。

 

 「ば、ばばば、爆殺うううううううううっ!!?爆殺とはあの爆殺か!!?チョーサクリンか!!」

 「んなこと現実であり得んのかよ!!爆殺って、もはや異能力バトル漫画並みの死因だぞ!!」

 「突飛を通り越して、もう呆れてしまいました。真実にしろ嘘にしろ、もうここまで来てしまったのですね」

 「ひどいよ・・・!そんな惨いことするなんて・・・犯人は命をなんだと思ってるんだ!」

 

 あれやこれやと色んなこと言ってるが、六浜の言うことを考えてみりゃ、それしか見えねえ。音も光も、古部来の体の大火傷も説明がつく。むしろそれ以外の殺し方なんて、思い付かないくらいに。

 

 「爆殺は多くの場合、爆発物を仕掛けたり目標目掛けて投擲することで行われ、専ら暗殺の手段として用いられる。そんな手段を、敢えて衆人環視の下で行う必要があったのか?」

 「必要があったのではない。犯人は、その殺害方法が一番確実性が高いと感じたのだろう。平たく言えば、自信があったのだ」

 「自信だと?爆殺にか?」

 

 爆殺に自信があるなんて、どういうことだよ。普通の高校生は爆発になんて縁もなく生きてくんだよ。

 

 「その性質上、爆発に伴う爆音や閃光は誤魔化しようがない。だから犯人は、犯行に際してあれだけの煙を発生させた」

 「あの煙は確か、着火したヘビ花火から大量に出て来たんですよね。本来はあそこまで出るものではないのですが・・・それも犯人の仕業だと?」

 「おそらく、犯人は事前に倉庫にあった花火を、煙が大量に出るように細工したのだろう。爆弾を作成する技術があるのなら、それくらいの火薬の取り扱いは出来てもおかしくない」

 

 古部来の死因、殺害方法が決まった途端、この事件の謎が氷解するように、あらましが見えてきた。花火中に急に発生したあの煙は、犯人の姿以上に、どうしても目立つ爆殺の瞬間を見られないようにするためってことか。

 

 

 

 

 

 「もしそんなことが可能なら、ですよね?」

 「む?」

 「うふふ・・・六浜さん、先ほどから爆弾がどうのこうのと、随分と物騒なことを言っていますが、もしその推理を進めるとしたら、重大な欠陥は見過ごせませんよね?」

 「重大な欠陥?それってなに?」

 「本当に爆弾は作成可能だったのか。もし作れたとして、犯人はどこにそんなものを忍ばせていたのか。花火中は、夜中とは言え全員が湖畔に集まっていたのですよ?そんな場所で爆弾なんて物騒なものを持っていて、誰にも気付かれずにいられるものでしょうか?」

 

 穂谷が、不敵な笑みとともに六浜に反論する。笑う必要はねえが、そこが一番の問題だ。爆弾なんかマジで作れんのか、どうやってそれを持ち込んだのか。それが分からねえんじゃ、こんな突拍子もない推理、とてもじゃねえが通らねえ。

 

 「んまあ、作り方くらいだったら、資料館行けばいくらでも調べられそうだよな。あんだけの本がありゃ、どうにでもなるだろ」

 「問題は材料です。爆弾には実に様々な種類がありますが、撮影などには派手さを重視したものが、こういった場合の殺傷能力を重視したものが・・・この場合は後者なので、火薬と起爆装置、内部に仕込む飛散物、そして強固な外装の三つは不可欠でしょう」

 「やたらと詳しいな鳥木。もしかしてテメエか?その爆弾作ったのってよ!」

 「と、とんでもない!ショーに使うために勉強しただけです!事故があってはいけないので」

 「いかがですか、六浜さん。これでもまだ、この合宿場内だけで、爆弾の作成に必要なものなど揃えられるとお思いですか?」

 

 じっくりと、六浜が言い返せねえと踏んだのか、既に勝ち誇ったような声色で穂谷が言う。無駄に透き通ってはっきり耳に深く残る声なせいで、自分が言われてるわけでもねえのに寒気を感じる。たぶん未だに崩さねえあの能面笑いのせいもある。

 そんな穂谷に対して、六浜は怒るでもビビるでもなく、ただ少し考え込むように俯いたと思ったら、ぱっと顔を挙げた。その表情は、何かを閃いた奴の顔だ。

 

 「・・・できるかも知れない」

 「はい?」

 「いや、できる。人を殺めるのに十分な爆弾を作る材料は、整っていた」

 

 さっきからとんでもねえこと言い出すなこいつ。爆弾を作る材料が整ってただと?漫画でイメージするようなあの黒い球みてえなのさえ無理そうなのに、手榴弾とかダイナマイトみてえな本格的な爆弾なんか作れるのか?

 

 「うふ、うふふ・・・うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」

 「え・・・な、なに穂谷さん?なんで笑ってるの・・・?」

 「なんか怖いですぅ・・・」

 「失礼。ですが、思い込みもここまで激しいと、つい堪えきれなくなってしまいまして。では、ご説明いただけますか?犯人が行ったという、爆弾の作り方をッ!!」

 

 相変わらず眉一つ動かさない笑顔で、意味なんてない音だけの笑いを響かせる。不気味だ、すげえ不気味だ。なんでそんな風に笑えるのか、どういうつもりで笑ってるのかすら理解できねえ。まるで、どう足掻いても六浜にはそんなこと証明できるわけねえと確信しているような、そんな余裕すら感じる。

 

 「まず重要なのは火薬だ。点火することで急激な燃焼反応を引き起こすためには、ただ燃えやすいだけの物では代用不可能だ。これは、倉庫にあった花火を使えばいい」

 「そう言えば、花火は最初から開封済みじゃったな。ま、まさか、わしより先にあの倉庫の初物を奪った輩が・・・!?」

 「い、いかがわしい表現を使うな呆け者ォ!!」

 「むつ浜はいいから次だ、次」

 「むつ浜ではない!!六浜だ!!」

 

 あんだけ埃だらけの場所に、開けっ放しで放置されてりゃ誰にでも持ち出せただろうな。湿気たやつがいくつかあるっつってたが、一度バラして再調合とかすりゃ使えるもんなのかも知れねえ。とにかくあの煙を作りだしたんだから、火薬に関して犯人は苦労しなかったはずだ。

 

 「次に飛散物だ。これは爆発によって飛散することにより殺傷力を上げるためのもので、通常の爆弾ならばごく小さな鉄球や釘が用いられる。だが今回は、古部来の体にあった裂傷、それから現場に散らばっていた欠片から察するに、ガラスの破片を使ったのだろう」

 「ああ、それなら俺も見た。文字通り粉々になってたけど、爆弾で吹っ飛んだってんなら辻褄が合うな。んなもんでもおもっくそぶつけられりゃ、古部来のひでえ有様にもならあな」

 「よく川に捨てられてるんだけど、結構危ないよねあれ」

 

 現場を捜査した時に不自然なくらい大量に散らばってた、もはや粉と言ってもいいくらいに砕けたガラスの破片。きっと爆弾の中にあった時には、もっと荒く砕けた状態だったんだろう。そんなもんが爆風の勢いに乗って体に打ち付けられたら、どうなるかなんてガキでも分かる。

 

 「それから起爆装置だが、これは時計や信管などの精密な機巧を使うことが多い。その方が、犯人がその場にいなくても起爆させることができるからだ。だが今回は、煙で目隠しをしたことから想像できるように、犯人は直接爆弾を起爆させたようだ」

 「そ、それって大事なことなんですか・・・?」

 「自動で爆発するものでないのなら、簡易爆弾に最適なものがある。これも倉庫から調達できたはずだ」

 「爆弾に最適なもの?そんな危険なもんあったか?」

 

 倉庫で危険なものっつったら、一番奥の区画にあったあの武器の山だろ。けど爆弾ってことは、そういうことじゃねえよな。何かあったか?爆弾の起爆装置に応用できそうなものなんて。

 俺は脳みそをむちゃくちゃに回転させて、あの倉庫の中を思い返してみた。もう少し。もう少しで何か閃きそうだ。六浜が想像してる、その答えを。

 

 

 

 【閃きアナグラム】

 爆弾・・・・・・火薬を使ったもの?

 じゃあ花火か?いや、花火じゃ改造しても限界がある。もっと勢いが強い、何かのはずだ。

 それから隠し持てる大きさのもの。中にガラス片が入るくらいのスペースがある。

 何か・・・弾けるような・・・爆発するもの・・・!

 

 「そうだッ!」

 

 

 

 「もしかして、犯人はクラッカーを改造したんじゃねえか?」

 「はあっ!!?ク、クラッカー!!?」

 「あれなら、最初から起爆する仕掛けもあるし、中にガラス入れるくらいのスペースもある。持ち運びにも困らねえサイズだ」

 「おまけに、もし見つかってもパーティーグッズだと誤魔化せる。失敗した時も抜かりはないというわけだ」

 

 俺の推理に、六浜が一つだけ付け加えた。どうやら当たったらしい。そりゃあまさかクラッカーで人が殺せるなんて思わねえし、自分で言っといてなんだが、とてもあんな傷負わせられる凶器とは思えねえ。反論の一つや二つ、当たり前に出てくるだろうとは思ってた。

 

 「だ、だけど、クラッカーが本当に爆弾代わりになるの?だって、とても人を殺すほどの威力があるようには・・・」

 「だから改造したのだ。火薬の量を変え、中身を変え、ただの玩具を凶器にまで作り変えた」

 「いくら火薬の量を変えたって、クラッカー程度と人殺す爆弾じゃ威力が違い過ぎんだろ。おまけに花火の火薬だぜ?爆発力にも限度がある」

 「いや、クラッカーというのはわしも納得じゃ。むしろ、クラッカーだからこそ、花火程度の火薬でも古部来を殺せたのじゃろう」

 「だからこそ、と仰いますと?」

 

 なんだか知らねえが、妙に納得した風な明尾が、鳥木に尋ねられてフフン、と笑った。あ、これめんどくせえパターンだ、と思った。

 

 「普通のクラッカーに使われている火薬はごく僅かじゃ。にもかかわらず、あれだけ激しく音が鳴り、中身が弾けるのには、実は複雑な物理作用が働いておるからなのじゃ!その名も、モンロー・ノイマン効果という!!」

 「円錐形の内部にかかるエネルギーが、凝縮されて一方向に射出される現象だな」

 「そうそう、ってくらぁむつ浜ァッ!!わしの数少ない学者らしい台詞を奪いおって!!このままではわしゃ発掘好きキャラのイメージにしかならんじゃろうが!!」

 「無駄にお声が大きい弩の付く変質者キャラですから、ご安心なさって」

 「そ、そうか?ならいいんじゃが・・・」

 「いいんだ!?」

 

 こんなメガネにおさげにジャージなんつうクソだせえ奴のキャラなんかどうだっていい。んなことより、そのなんちゃらかんちゃらってのがどう関係してくるんだよ。

 

 「で、そのモン・・・ナントカ効果がなんなんだよ」

 「まあ要するに、力を増幅させることができるわけじゃ。クラッカーはその現象を利用した装置である。だから火薬をちょいといじれば、爆弾並みの威力を出すことも可能じゃ」

 「明尾奈美も、爆弾に精通しているのだな」

 「発掘のお供と言えば、一にツルハシ、二にダイナマイトじゃからな!ちなみに三四がドリルで、五に重機じゃ!!」

 「発掘いうより解体屋みたいな標語ですね・・・」

 

 なんでこんな奴が“超高校級の考古学者”なんて呼ばれてるんだ?ただなんもかんもぶっ壊してえだけなんじゃねえのかこいつ。

 って、結局メガネブスのキャラで頭がいっぱいになっちまった。んなことより、クラッカー爆弾の話だ。

 

 「とにかくこれで、凶器がクラッカーを改造した爆弾だということは、皆納得して・・・」

 「最後まで気は抜けないよ!」

 

 六浜がひとまじ話に区切りを付けようとすると、またそれは止められた。それまで議論の展開に驚きっ放しで全然役に立たなかったそいつが、はじめて六浜に噛み付いた。

 

 「まだ解せないことがあるのか?笹戸」

 「もちろんだよ!だって、クラッカーを爆弾にするなんて、そもそも無理なんだ!」

 「そ、そこから否定してまうんですかあ!?」

 「今までの私の説明では不満か?一体何が納得できていないんだ」

 「分かるはずだよ!僕がそれを証明してみせる!」

 

 いつになく、笹戸が強気だ。推理を主導するどころか、反論だってこんなに目立つようにしたことはなかったんじゃねえか。よっぽどこいつには、六浜を言い負かす自信があるらしいな。命懸けってことも忘れて、思わず見入っちまっと。

 

 

 

 【反論ショーダウン】

 

 「火薬とか、ガラス片とかを用意できて、クラッカーを改造して使ったとしても、古部来くんだけをあんな風にすることなんてできたはずないよ!犯人が使ったのはもっと別の手段だ!」

 「今までの説明の何が分からないというんだ?爆弾の作成に必要なものは全て説明しただろう」

 「倉庫にあったのはただのクラッカーなんだよ!?あれを使ったんなら、犯人だって爆発で大火傷してなきゃおかしいよ!だって、“厚紙でできた”クラッカーが、人を殺すほどの爆発に耐えられるわけがないんだ!」

 「視野が狭いぞッ!」

 

 

 

 互いの主張をぶつけ合い、しのぎを削りながら鍔迫り合う。発展して広がった議論の中にある僅かな隙を、六浜は正確に突き仕留めた。反論していた笹戸の体が、気圧されたように強張る。

 

 「確かに笹戸の言う通り、普通のクラッカーならば爆発の衝撃には耐えられないだろう。古部来を殺すどころか、犯人自身も中途半端に共倒れだ」

 「だ、だからクラッカーなんておかしいって・・・」

 「だから、犯人はクラッカーを強化した。可能な限り本物の爆弾に近付け、威力を最大限利用するために」

 「クラッカーを強化ですか?まさか鉄製のものを用意したわけでも・・・ああっ!!」

 「こ、この私に同じことを言わせるつもりですか・・・?次に許可なく大声を出したら、貴方の髪が全てヴァイオリンの弓になりますよ」

 「も、申し訳ございません!」

 「髪なんてどうでもいいから、何か思い出したんなら言えよ」

 

 急に大声を出した鳥木に、穂谷が青筋を立てて言った。オールバックのせいか、鳥木は生え際が割と頭のてっぺんに近いような気がする。んなこと気にしてる奴がオールバックなんて髪型選ぶわけねえか。

 鳥木が大声をあげたタイミングで、たぶん俺も同じ事を思い出した。事件とは何の関係もねえと思ってたけど、もしかしてあれって凶器に使われてたのか?

 

 「六浜さん、私とあなたと古部来君で、食料品を運んだ時のことを覚えていらっしゃいますか?」

 「ああ。かなりの量で苦労したな」

 「あの時、私は食堂にあったアルミホイルを少しだけ使ったのですが、捜査時間中に改めて確認したところ、新品のものに代わっていました」

 「新品に?なくなっていたのではなくてか?」

 「消費財は使い切ったそばから、モノクマが補充しているらしい。一流ホテル並の気遣いだ」

 「そりゃあもちろん!ボクは、オマエラが清く正しく美しく、希望の栄えないコロシアイをしてくれるよう常に気配りを忘れないからね!」

 「こここ、こんなの、清くも正しくも美しくもないですよぉ!」

 

 あの時は、こいつの無駄な仕事に呆れたりイラついたりもしてたが、案外何がどこでどう繋がってるかなんて分からねえもんだな。あんなものまで凶器に利用するなんて、犯人はどんだけ目敏い奴なんだよ。こんな応用力持ってる奴なんて、そう多くねえはずだ。

 

 「ちなみに製品は全てモノクママーク入りだよ。マスコットシンボルのブランド力に物を言わせて、大したクオリティでもないものを高値で売って売って売りまくるんだ!儲かりまっか〜!」

 「ボ、ボチボチでんなあ・・・」

 「小さく返すくらいならはっきり言ってしまえ、晴柳院」

 「関西人の悲しき性じゃのう」

 「ウソ吐け!お前ら近畿地方を敵に回す気かよ!」

 

 ちょっと考え事してたらこうだ。どういう話の流れで俺らが近畿地方と戦わなきゃいけなくなったんだ。

 

 「あのさ・・・そんな冗談はいいから、アルミホイルなんかで何をしたっていうのさ」

 「クラッカーの筒にアルミホイルを貼り付けたのだ。一枚では脆いが、三枚四枚と重ねていくと案外頑丈になるぞ。そうすることで犯人は、ただのクラッカーを爆弾として機能する容器に改造したのだろう」

 「爆弾として機能しさえすれば、爆発で粉々に破壊されてしまったとしても問題ない。むしろ、その方が証拠隠滅も兼ねて都合が良かっただろう」

 「そこまで計算して、犯人はクラッカー爆弾を凶器に選んだっていうこと!?」

 「さあな。だが状況を合わせて考えると、非常に狡猾で手の込んだ手法と言える。恐ろしいほどにな」

 

 考えられねえが、嫌に現実味がある。普通なら考えもしねえし馬鹿げた話だと一蹴するだろう。けど、今までだってそんな馬鹿げた話が真実だった。信じたくないような現実を突きつけられてきた。これだって、ここまで証拠が揃ってて、妄想で片付くようなものじゃねえ、それくらい分かる。

 

 「しかし、クラッカーを改造して作った爆弾であるのなら、どこかに仕掛けておいて自動的に爆発、というわけにはいきませんね」

 「そうだな。引き金である紐は自分の手で引かねばならないし、口を標的に向けて固定する必要がある」

 「つまり犯人は、殺害の際に古部来君に接近したというわけですね」

 「あの煙の中をですか?そんなん無理ですって・・・」

 

 クラッカー爆弾が普通の爆弾と違うのは、それを使う奴がその場にいなきゃいけねえってことだ。それが分かってたからこそ、犯人は目くらましに花火の煙を使ったんだろうが、あんだけの煙じゃあ自分の顔は見られねえが、犯人だって古部来まで近付いて行くことなんてできねえ。不自然に動いたりしたらそれこそ計画が破綻する。

 

 「もしかしたら、古部来が殺されたのは偶然だったのかも知れねえなあ」

 「なんだと?」

 「だってよ、あの煙で狙った奴のところまで正確に辿り着くなんて、どう考えても無理だろ。あのタイミングで、手近な奴を適当に殺したとかじゃねえの?」

 「無差別殺人ということか!?な、なんと恐ろしい・・・!!」

 「む、無差別・・・?古部来が・・・・・・偶然殺されただと・・・!?」

 

 屋良井が何の気なしに言った言葉に、六浜はぴくりと反応した。あの状況で離れた奴を狙い撃ちするなんて無謀だし、下手に標的を決めたらそれ以外の奴を間違って殺す可能性だってある。ってことは、ハナから標的なんていなかったんじゃねえか。というより、俺たち全員が標的だったんじゃねえか。そう考えた方が自然だ。

 そうだ。モノクマが新しい規則を急に追加したのも、元はと言えば誰かが皆殺しの計画を立てたからだ。それができなくなったら、無差別殺人をしたっておかしくねえ。

 なんとなく、その意見にほぼ全員が納得しかけた。だが、完全に浸透する前にそれは止められた。

 

 「ふざけるなッ!!」

 

 びりっ、と空気が震えた。無差別殺人という漠然と見えていた答えが、その一言で粉々に砕け散ったような。

 

 「偶然など・・・そんな馬鹿げた理由で!!そんないい加減な理由で古部来が殺されてたまるか!!」

 「む、むつ浜?どうしたんだよ?」

 「古部来は殺されたのだ!!卑劣な殺人犯に!!この中の誰かに!!殺すのは誰でもよかったなどと呆けたことを言ってみろ!!私は絶対に許さん!!奴の死が無意味だったなどと、ただの偶然だったなどと言うのは、奴への侮辱だ!!」

 

 突然ブチぎれた六浜が、屋良井に怒鳴り散らした。あまりの迫力に屋良井はひっくり返りそうになって、俺も思わず仰け反った。六浜ってこんなに熱い奴だったか?いくら古部来が死んだからって、そんな言葉一つにここまで語気を荒げるなんて。

 

 「そう大きな声を出さなくても聞こえていますわ。それにお気持ちも分かります。無差別殺人の被害者、なんて、あまりに救いようがなくて浮かばれませんものね」

 「ろ、六浜さん。落ち着いてください・・・冷静にならんと、ちゃんと話し合いが」

 「話し合いならできる」

 

 心配げな晴柳院に短く言って、六浜は一つ深呼吸をした。取り乱したのを自覚して冷静になったのか、さっきまでの迫力はだいぶ収まってる。それでもなんとなく、ものすごく体がデカくなったような威圧感だけはあった。

 

 「無差別殺人などという主張は私は認めない。それは古部来の名誉にかけてだ」

 「おまっ・・・!急にそんな感情論でおまっ・・・!」

 「・・・いや、案外そいつの言ってることは正しいかもな。無差別殺人だったとしたら、たぶん被害者は古部来じゃなかった」

 「あぁん!?お前までどうした清水!なんか根拠でもあんのか!?」

 「屋良井、もっぺん言ってみろ。お前が、この事件が無差別殺人だと思うって理由を」

 「あ?ちっ、分かったよ。納得するまで何度でも言ってやるから覚悟しろやァ!!」

 

 なんで六浜に張り合う勢いで屋良井までヒートアップしてんだ。いや、ちょっと笑ってるからありゃ大袈裟に振る舞ってるだけだな。取りあえず、あいつの主張の矛盾をつついてやれば、簡単に崩れるだろ。

 

 

 

 【議論開始】

 

 「凶器と思われるクラッカー爆弾は、起爆者が被害者に“近付く必要がある”!」

 「花火中のあの煙は、“一歩先も見えない”ほど濃かったよね」

 「あの煙の中で標的を探して、接近して殺害するなんて、本当に可能なのでしょうか?」

 「いやいやいや!無理に決まってんだろ!犯人は煙が出たタイミングで、“たまたま近くにいた”古部来を被害者に選んだってことだろ!」

 「テキトーなこと言ってんじゃねえ!」

 

 

 

 「たまたま近くにいた奴を殺そうと思ってたなら、犯人が古部来を選ぶわけがねえんだよ」

 「は?なんでだよ。あいつの迫力にビビったとか言うわけじゃねえよな?」

 「当たり前だ。ここに、その根拠がある」

 「っ!それは!」

 

 俺が取り出したのは、一冊のノートだ。資料館で六浜が書いてた、曽根崎と六浜の作った証拠。

 

 「な、なにそれ?」

 「曽根崎と六浜が書いた、事件前後のそれぞれの位置をまとめたもんだ。証拠として問題ねえよな?」

 「お二人が書かれたのなら、問題ないでしょう」

 「位置が分かるんだったら、それで犯人も分かるじゃねえか!見せろ!」

 「いいけど、恥かくだけだぞ」

 

 立ち位置をまとめた略地図に屋良井が食いついた。見せろっつうからノートを投げてよこしてやったが、その地図を見て屋良井の顔からみるみる自信の色が消えていった。当たり前だ。

 

 「事件の直前、古部来は一人で中心の輪から外れたところにいたんだ。ま、あいつが花火やってる中に飛び込むようなキャラじゃねえのは分かってたけどな」

 「・・・あ、あれ?」

 「ほ、ほんまですかあ?」

 「ふむ、間違ってはおらんようじゃ。物理的に一番近いのは穂谷じゃが・・・」

 「それでも煙の中を手探りで近付いたというには無理があるな。一歩先も見えない中では特に」

 「この私が、そんなレスキュー隊のようなむさ苦しい肉体労働の真似事なんて、するわけがないじゃありませんか。不愉快です」

 

 地図の上で、古部来は一人離れた場所にいる。手探りで捜し当てたっつうには距離があり過ぎて納得はできねえな。

 

 「ところで・・・あ、あの、穂谷さんは・・・そのぉ、なんでそんな離れた所にいてはったんですか・・・?」

 「花火なんてしたら、煙の臭いが服に移るじゃありませんか。アロマキャンドルなら構いませんけど」

 「夜中にアロマキャンドルとは・・・百物語にしても雰囲気出んのう」

 

 この地図を見る限り、煙の中で古部来に近付いて殺すなんて無理そうに見える。穂谷だって、古部来より俺や望月の方が近くにいたんだ。

 

 

 

 

 

 だが略地図を改めて見て、俺は一つ、閃いた。至極簡単な、ある事実に。

 

 「なあ、仮にだけどよ。犯人が煙の中を移動したんじゃなかったとしたら・・・どうだ?」

 「うん?煙の中じゃない、というと?」

 「煙が出たのは、鳥木や晴柳院が花火してる、この辺りからだ。そこから離れた場所なら・・・煙の届かなかった場所なら、古部来にも近付けただろ」

 「えっ、し、清水くん・・・それって・・・」

 

 俺の推理にいち早く反応を見せたのは、六浜でも望月でもなく、俺が指摘しようとしてる奴だった。自分のことだって分かってるってことは、怪しい自覚があるんだな。この中で古部来を殺せたのが自分だけだってことを。

 

 「ああ、お前のことだよ。笹戸」

 「!!」

 「はっ・・・!?さ、笹戸?笹戸じゃと!?」

 「なるほど。事件の前後で、笹戸優真は桟橋にいたと記されているな。ここなら、煙に覆われることはなかっただろう」

 「・・・そ、そんな!」

 

 疑いの目を向けられて、笹戸は痛そうに、苦しそうにたじろいだ。一度でもこうなると、もうそこから完全に信頼を回復するのはほぼ不可能だ。真犯人が分かるまで。

 

 「ぼっ、僕じゃないよ!!僕はそんな・・・ひどいことなんてしないよ!!」

 「では、ここには笹戸君は桟橋にいらっしゃったと書かれております。なぜ花火中にそんな所におられたのか、ご説明願います」

 「それは・・・その、魚を供養してて・・・」

 「魚の供養?意味を理解しかねるが」

 「湖に魚の死骸が打ち上げられてたんだと。それを桟橋から捨ててたってんだろ?」

 「す、捨てたんじゃないよ!水葬だよ!」

 「その証拠は?」

 「えっ」

 「証拠はあるのですか?あなたが桟橋で魚を供養していたということの証拠は、魚の死骸でも供養の道具でも写真でも構いません、それはどこにあるのですか?」

 「そ、そんなの・・・あるわけないじゃん・・・!」

 

 理由はなんとでも後付けできる。俺だってこいつが見つけたっていう魚の死骸を見たわけじゃねえし、弔ってるところを見たわけでもねえ。そもそも肝心な、煙が出てる間に何をしてたかなんて、誰もが視界を奪われてたのに立証のしようがねえ。

 

 「言い訳もろくにできないのなら、疑う余地はありませんね。古部来君を殺した犯人は、笹戸君で決まりです」

 「っ!ダ、ダメ!違う!僕じゃないよ!ホントに・・・ホントに僕はピラルクーを水葬にしてたんだ!信じてよ!」

 「笹戸が命を重んじる性格なのは知っている。だが、それだけでシロクロを付けられるほど、この裁判は甘くないんだ・・・!」

 「ううぅ・・・う、うちはぁ、信じたないです・・・!信じたないですけど・・・・・・でも・・・」

 

 今、裁判場の視線の全てが笹戸に向いていた。どう考えても笹戸が一番怪しい。水葬してたってことを証明できない限りその疑惑は晴れねえが、そんなもん証明できるわけがねえ。

 

 「せ、晴柳院さんまで・・・!なんで・・・・・・なんで信じてくれないんだよォッ!!」

 「ぬおっ!?さ、笹戸?」

 「僕は殺しなんてやってない!!あんな煙なんて知らない!!全部本当なのに、なんで信じてくれないんだ!!」

 「力業で押し通せるものではない。もし本当にやっていないと言うのなら、それを論で立ててみろ!」

 

 とうとう、笹戸も声を荒げた。いつもなよなよしてこんなにテンション上げることなんてねえのに、流石にここまでのストレス下では耐えきれなかったらしい。だがそんなもんで曲がる議論じゃねえ。無実なら無実と証明できなきゃ、全員が道連れになるだけだ。

 

 

 

 【議論開始】

 

 「僕は犯人なんかじゃないんだって!!信じてよ!!」

 「だがこの略地図は“私と曽根崎で描いた”ものだ。お前は間違いなく桟橋にいたのだろう?」

 「そ、それはそうだけどッ・・・!あれは魚を水葬にしてただけで、煙が晴れるまで“ずっと桟橋にいた”よ!」

 「“証拠もなしに”そんなことを言われて、誰が信用できるのでしょう。むしろ、出任せの聞き苦しい言い訳にしか聞こえませんが?」

 「でもそんなこと言ったら、僕が犯人だっていうのも“証拠がない”じゃないか!」

 「煙の外にいたってだけで十分な証拠だろ。魚の死骸なんて“最初から用意しとけばいい”だろうしな。笹戸、お前はそれを理由に桟橋まで行って、煙が吹き出たタイミングで古部来の“後ろに回り込んで”から、爆弾をぶっ放したんだ!」

 「看過できない」

 

 

 

 もはや議論の結末は決まってたようなもんだった。そのはずだったのに、相変わらず空気を読まねえ望月がその議論に横槍を入れた。笹戸すら、思わぬ助け船に戸惑ってる。青白い顔のまま、なんとなく漠然と裁判場全体をぼーっと眺めてた。

 

 「・・・なるほど。やはり、どんな些細なことであっても議論はすべきだな。僅かな矛盾は意外に気付かないものだ」

 「なに一人でぶつぶつ言ってやがる。話を止めたからには、何か言いてえことがあるんだろ?」

 「まさかとは思うが、笹戸に犯行は不可能だったと言い出すのではあるまいな?」

 「まさか、という程のことでもない。どんなに濃い疑惑も、断定できなければ可能性でしかない。笹戸優真が犯人だという決定的な証拠がなく、その仮定に矛盾が生じたのであれば、一から推理を立て直す他にあるまい」

 「矛盾などありましたでしょうか?申し訳ありませんが、私は気付きませんでした」

 「モノクマファイルをよく見てみろ」

 

 望月のその言葉に、俺たちは一斉に電子生徒手帳を見た。モノクマファイルを開くと、また古部来の悲惨な姿が表示された。火傷を負った前半身がうつ伏せになってるだけ、まだ直視できる状態なんだろうな。で、これがなんなんだ。

 

 「笹戸優真が桟橋から古部来竜馬の側まで近付いて、先ほどの凶器、クラッカー爆弾を起爆させたとしたら、この写真はあまりに不自然ではないか?」

 「んん?何がじゃ?」

 「煙の外側から近付いたのなら、必然的に古部来竜馬の背後に回ることになる。そのまま起爆させたのでは、古部来竜馬の体はこうはならなかったはずだ」

 「後ろから吹っ飛ばされたら前に倒れるだろ。何がおかしいんだ」

 

 うつ伏せに倒れた古部来。血が体の下から僅かに地面に染みて、焼け焦げた袖が少しだけ覗く。この体の下は、見るに堪えないほど惨い有様になってるはずだ。

 

 「っ!いや・・・違う。そうか、そうじゃないか!」

 「気付いたようだな、六浜童琉」

 「もし背中側から爆弾で殺されたなら、こんなにキレイなままでいるはずがない・・・!」

 「・・・あっ!た、確かにそうです!」

 「古部来竜馬の負傷は、全て前半身にあった。これは実に特徴的だ。しかし今の推理によると、笹戸優真は煙の外側、すなわち古部来竜馬の背後から殺害したということになる。これは明らかな矛盾ではないか?」

 

 言われるまで、マジで気付かなかった。それは、笹戸が犯人だってどっかで決めつけてたからか。それとも単純に俺の目が鈍いだけか?そう言えばそうだった、古部来の死体の周りを捜査した時に、望月が言ってたことだ。

 古部来は前から爆殺されたのに、うつ伏せに倒れたってことだ。凶器が分かった今になると、なおさらその状況が不自然に思えてくる。

 

 「なるほど。確かにそれでは矛盾してしまいますね。でしたら、前に回り込めばいいだけの話です。古部来君の元まで近付き、彼の前方に回り込んで殺害。その後に桟橋まで戻ったというのは」

 「逆ならまだしも、わざわざ殺す奴の前に回り込む意味があんのか?」

 「何か、のっぴきならない事情でもあったんかの?」

 「不意を突くつもりならば不自然だ。それに、被害者にわざわざ自分の姿を目撃させるリスクを超えるほどの意味が、その行動にあったとは考えにくい」

 「だ、だから僕じゃないんだって・・・。だいたい、煙の外からじゃどこに誰がいるのかなんて全然分からなかったんだし、古部来君を狙うなんて無理だよ」

 

 中にいる奴でも一歩先が見えないほどの濁った煙。それを、中心から外れたところにいたとはいえ、外から探し出して、その上わざわざ正面から殺すなんて、確かにおかしいな。それに前から殺したってことは、犯人だって煙の中にいたって証拠だ。一度煙の中に入っちまったら、その後は犯人だって俺たちと同じように何も見えなかったはずだ。

 

 「ダメだ。やっぱ笹戸が犯人だとしたら筋が通らねえし、強引過ぎる」

 「当たり前だってば・・・ホント、勘弁してよ」

 「じゃが、そうなるといよいよわけが分からんぞ。犯人は、あの煙の中にいながら、古部来を狙って殺したということになる」

 「実際、そうだったのだろう」

 「馬鹿か!あんな煙の中でどうやって歩き回るっつうんだよ!」

 

 複雑化する議論の中で、人は三つのタイプに分かれる。一つは明尾や晴柳院みてえに難しく考え込んで黙りこくる奴。一つは屋良井と穂谷みてえに人の発言を否定しては疑いをバラ撒く奴。一つは望月みてえにわけの分からねえことを適当にほざく奴。どいつもこいつも、有象無象がピーチクパーチク言い合ってるだけじゃ真実なんて分からねえ。

 議論が行き詰まるこの言い知れねえ不安は、ますます脳みそに鞭をしならせて、思考を支離滅裂に分断していく。まずい、このままじゃ答えが出ないまま時間だけが過ぎる。

 

 「あまり、難しく考える必要はない」

 「・・・あ?」

 

 滞った裁判場を軽くほぐすような、リラックスさせるようなことを、ぼそっと言った。

 

 「議論は言葉により成り立つ、考え込んで言葉を失えば議論は止まり、真実は遠くへ逃げ去る。我々がすべきなのは、正しい答えを見つけることだ。それをするためには、とにかく目の前の一歩を探り当てることだ。なんでもいい、発言し、意見し、そして見つけ出すのだ。薄汚い人殺しなんぞの知性に、我々は負けない!負けてはならない!!」

 

 尻上がりに声を張り上げて、六浜は最後に重く響くように言った。このやたら暑苦しい演説めいた喋り方、さり気なく敵を蔑んで自分を上げる言い方、まるで、もうここにいねえ奴らが言葉を吹き込んでるような。だけど不思議と、その言葉で俺の思考は一度整理された。

 

 「・・・もう一度、議論をしよう。どうすれば煙の中でも古部来を狙えたのか、それだけを集中して考えればいいのだ!」

 「ど、どうしたんですか六浜さん・・・?」

 「私は、こんな所で立ち止まっていられないのだ。この事件の全てを明らかにするまでは、絶対に足を止めてはならないのだ!!」

 

 力強く、叫ぶ。六浜のその気迫に、俺たちは気圧されるどころかなぜか背筋が伸びた。まるでデケえ力に姿勢を正されたような。そして議論が始まる。六浜の強い力がそうさせる。俺たちは止まっていられない、歩き続けることを強いられる。それはすごく頼もしく見える一方で、俺たちの理解を超えた狂気があるような気もした。

 

 

 

 【議論開始】

 

 「議題を簡潔に示そう。どうやって犯人は煙の中で古部来を狙うことができたのか!みんなの考えを聞かせてくれ」

 「えっと・・・略地図を見る限りじゃ、適当な“近くにいた人殺害した”、ってことじゃないんだよね」

 「煙が出る前に“立ち位置を把握していた”のではないでしょうか?」

 「せやかてあんな濃い煙じゃあ、右も左も上も下も“前も後ろも分かりません”よ・・・」

 「じゃあやっぱ“目印”でも付けたんじゃねえか?」

 「そんだけ目立ってたら花火中に誰か気付んじゃね?やっぱテキトーにぶっ殺したのかなあ」

 「“視覚以外に働く標識”という可能性はどうだ」

 「いい意見だ」

 

 

 

 まるで川に流れる泡のように、あれこれと意見が出ては可能性が潰れていく。その中で六浜は、一つだけに可能性を見出した。次の案を考えるのに必死で聞き流してたが、改めて説明した上で六浜は次の話に移った。

 

 「視覚情報以外に訴えかける印か。鋭い視点だ、望月」

 「視覚以外?犯人は何も見えねえのに古部来を見つけたのか?」

 「はあ!?アホか!んなわけねーだろ!何も見えねーんじゃ、古部来に近付いたことすら分からねーじゃねえか!」

 「そうでもないかも知れないぞ。もう少し、深く考えてみようか」

 

 視覚って、見ることだよな?確かにあの煙の中で、目で見て確かめる目印なんて付けてたら犯人以外にもバレちまう。だからそれ以外の方法をとるってのは考えられねえこともねえが、だとしたら犯人は何を使って古部来を見つけたんだ?

 

 

 

 【議論開始】

 

 「目で見なきゃ古部来かどうかなんて判断できるわけねーだろ!」

 「いや、あの煙がその視覚を奪うために用意されたと考えれば、犯人が他の手段を用いたと想像できるはずだぞ」

 「視覚以外の情報となると、何があったっけか」

 「う〜ん、コウモリやイルカは“超音波”で獲物や障害物を感知するんだよね」

 「ということは、やはり古部来竜馬は“人間の姿をした異生物”・・・!?」

 「そんなわけあるか呆け者!!目を輝かせるな!!」

 「常識的に考えれば、五感を使ったのでしょう?視覚以外なのであれば、“聴覚”、“嗅覚”、“味覚”、“触覚”。そのうちのどれかを使ったのでは?」

 「っ!それだ!」

 

 

 

 「きっと犯人は・・・嗅覚で古部来を見つけ出したんだ」

 「嗅覚、ということは、臭いを嗅いで古部来君の元まで辿り着いたというのですか!?そんな馬鹿な!」

 「にわかには信じがたいが・・・清水、根拠はあるのか?」

 

 この反応は予想してた。そりゃ普通に考えたらどれもあり得ねえ。古部来の声を頼りに近付いたと言っても、臭いを辿ったと言っても、手探りだと言っても、味覚なんて論外だ。だがこの中でもし、一つだけ可能性があるとしたら、これしかねえ。その根拠を持ってるのは、俺じゃねえ。

 まさか、こんな所であいつの手を借りることになるとは。気分悪いが、そう言ってる場合でもねえ。俺はポケットから、あれを取り出した。

 

 「そ、その手帳は・・・?」

 「あいつの・・・曽根崎の手帳だ。捜査中のことまで記録してある」

 「それが根拠ですか?一体、どういうことでしょう?」

 「こん中には、発掘場でのパーティーのことも書いてあった。どうでもいいことだらけだが、小せえやり取りの一つ一つまで細かく書いてある」

 

 息を呑んで俺の挙動を見守る裁判場で、俺は手帳のページを少しずつめくる。そして、目当ての記述を見つけた。パーティー中に起きた、本当に些細な事件。マジでどうでもいい、馬鹿らしい出来事を。

 

 ーーー『パーティー中、古部来クンが突然飲み物を噴きだした。本人も予想外だったみたいで、真っ白になった口元を拭くことも忘れて怒って、ボクはその後しばらく追いかけ回された。もの凄く臭かったから、たぶんあれドリアンのジュースかなにかだ』ーーー

 

 「ああ、そう言えば古部来の奴、なんか曽根崎にキレてたな」

 「普段の彼からは想像も付かないほど、みっともなくて汚らしい姿でしたね」

 「そっちはどうでもいいんだよ。問題はこのドリアンジュースの方だ」

 

 直に見たから俺も覚えてる。それまでは普通に鳥木のマジックを観てた古部来が、唐突に飲み物をぶちまけたんだ。何が起きたか分からなかったが、ここに書いてある通り無茶苦茶臭かった。果物の王様なんて言われてるが、あんなことになったらただの異臭物だな。

 

 「古部来がドリアンジュースを飲んで、それを噴きだした。当然、噴いたものがあいつの体にかかって、服にもドリアンジュースが染み込むはずだ」

 「ってことは・・・もしかして犯人は、古部来さんの体にかかったドリアンの臭いを辿って、あの煙の中を近付いたいうことですか?」

 「そういうことになるな」

 「な、なななななんじゃそりゃあ!?ドリアンの臭いを探り当てたじゃと!?」

 「も、申し訳ございません・・・私、あまりの展開について行けてないのですが・・・」

 「たぶんオレもだわ」

 

 馬鹿げてる、俺だってそう思う。けど、殺された古部来が、その直前にドリアンジュースを飲んであんなザマになってた。前の見えない煙の中じゃ、視界に頼ってあいつまで辿り着くのは不可能だ。そうしたら、事件と無関係だなんて言えるわけねえじゃねえか。

 どいつもこいつも、頭を抱えて混乱してる。そりゃそうだ。無茶苦茶過ぎる。ドリアンジュースを殺人の布石にするなんて、考えたってやらねえ。だが犯人はそれをやった。そんなもんを殺人計画の中に組み込むってことは、犯人は自信があったんだ。臭いを使えば、確実に古部来を狙って殺せるってことの。

 

 「い、いやいやいやいやいやいやいや!!やっぱり無理じゃ!!ちょっと考えてみたがそんなことはあり得ん!!」

 「なんでだ」

 「あの時、湖畔では皆で花火をしとったんじゃぞ!?煙のせいで視界が奪われたが、それは嗅覚とて同じことではないのか!?屋外では臭いが拡散しやすい上に、あれだけ火薬の臭いが漂っておったんじゃぞ!?」

 「で、ですよね・・・いくらドリアンが生臭いいうても、それを嗅ぎ取るなんてこと、普通できませんて・・・」

 「ああ、できねえよ。普通は」

 

 当然だ。火薬の臭いを抜きにしたって、外の離れた場所にいる奴の臭いを嗅ぐなんてことできるわけがねえ。普通の人間には、到底無理なことだ。だが、そんな不可能も可能にしちまえる奴がいるだろうが。ここにいる奴らは、普通の人間じゃねえんだ。“超高校級”なんだ。そしてだからこそ、土壇場でその能力を頼る。それが致命的な弱点になるなんて、思いもせずに。

 次第に荒くなる呼吸のリズムが、心臓を弾ませる。脳みそはフル回転して、次の言葉を言えと俺の喉を急かす。この緊張感、この達成感、この勝利感・・・俺の指一つで、“超高校級”の奴の表情が一変する。バレるわけがねえと高を括っていた奴の牙城が、がらがらと音をたてて崩れる。最大限の集中力を費やして、俺はその『答え』を指さした。

 

 「だけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お前にならできるだろ。滝山」

 「・・・・・・っ!」

 「!!」

 

 重苦しく、冷たく刺さるように、そして感情をなくすように努力して、その言葉を吐いた。俺のすぐ左隣にいる奴は、その言葉に少しだけ身を跳ねさせただけで、一つ声をあげることすらしなかった。

 そういえばこいつ、この裁判で一度でも喋ったか?

 

 「“超高校級の野生児”の鼻だったら、あの火薬の臭いの中でも、古部来を探り当てられたはずだぞ。違うか?」

 「・・・」

 「な、なに言ってんのさ・・・清水くん・・・!」

 

 まず反論してきたのは、滝山本人じゃなくて笹戸だった。さっき自分が疑われた時のまま、血の気の引いた顔をして軽く声は震えていた。

 

 「そんな・・・そんなこと、できるわけがないよ・・・!いくら滝山くんでも、煙の中で臭いを嗅ぎ取るなんてこと」

 「可能だろうな。かつて滝山は、倉庫付近の森の中から資料館のテラスで私たちが食べていたクッキーの臭いを嗅ぎとったこともあった」

 「あ、あの距離でクッキーの臭いを!?」

 「最初の学級裁判の際には、滝山大王の嗅覚によってアンジェリーナ・フォールデンスの手に血が触れたことが判明した。この事実を踏まえれば、火薬の臭いの中でドリアンの臭いを嗅ぎ取ることは可能と判断してもよいだろう」

 

 できるんだ、こいつになら。こいつにしか、できねえんだ。それはこいつの自信の表れであって、自惚れたための失敗でもある。他の誰にもできないからこそ、気付かれた時点で全てが終わる。

 

 「ほ、本当なのか・・・?滝山が・・・古部来を殺したっちゅうんか?」

 「彼に殺人計画を立てるだけの知性があるとは思えないのですが」

 「だからってこいつが犯人だって可能性がなくなるのかよ。馬鹿が腹の底で何考えてるかなんて、俺らにゃ分からねえこった」

 「ウソだ・・・!こんなの、絶対におかしいよッ!」

 

 喋らねえ滝山に代わるように、笹戸が声をあげた。いつかの裁判みてえに容疑者じゃない誰かがそいつを弁護する。だがそんなことは何の意味もない。他人がどんだけ声を張り上げようが、所詮は他人事。たった一つの矛盾で、そいつだって認めざるを得なくなっちまう。

 それを明らかにしてやれば・・・もうこんな裁判、すぐに終わっちまう。

 

 

 

 【議論開始】

 

 「犯人が滝山くんだなんて・・・そんなのおかしいよ!」

 「・・・」

 「多くの証拠と堅実な議論の末に出た結論だ。これを覆すのは、ほぼ不可能だぞ」

 「そんなこと関係ない!違うんだ!違うよね滝山くん!こ、こんな推理・・・絶対に何かが間違ってるんだ!」

 「・・・」

 「略地図を見ても、滝山は事件の前後で大きく移動してた。目の前も見えねえ状況で、よくこんなに動き回ったもんだな」

 「だって・・・・・・滝山くんは・・・シャワーの使い方だって、やっと覚えたくらいなのに・・・!」

 「馬鹿だと思われてたからこそ、古部来の意表を突けたんじゃねえのか。本当は何もかも、馬鹿にみせるための演技だったんじゃねえのか」

 「ウソだッ!!そんなことあり得ない!!だって滝山くんは・・・人を殺すなんて、そんな酷いことするような人じゃない!!」

 「そんな感情論じゃ何も変わらねえ!!テメエはただ事実を信じたくねえだけだ!!」

 「だったら証拠はあるのかよ!!滝山くんが犯人だっていう証拠が!!彼が“事件と関わってる証拠”があるっていうのかよッ!!!」

 「もう諦めろ!!」

 

 

 

 自分が疑われた時よりも。強く、激しく、執念深く、熱く、笹戸が吠える。こいつにとって、滝山ってなんなんだ?なんでそこまで守ろうとする。もう、滝山の疑いを晴らすものなんてないのに。どうして自分から、この推理を確固たるものにする証拠を出させるんだ。

 もう、勝負は着いたんだ。

 

 「曽根崎の手帳に書いてある」

 「・・・!?」

 「古部来がドリアンジュースを噴きだした直前だ」

 

 もう一度取り出した曽根崎の手帳をめくる。そこに書かれた文字が、俺の推理が正しいものだと示してる。短く、簡潔で、だけど確かな言葉で。

 

 ーーー『滝山クンから飲み物をもらった。何のジュースか分からないけど、なんだか白くて臭う』ーーー

 

 「曽根崎は滝山から、飲み物を渡されてた。それが、古部来が飲んだドリアンジュースだったんじゃねえのか?」

 「っ!!」

 「ど、どういうことですか?なぜ曽根崎君が渡されたジュースを古部来君がお飲みになったのですか?」

 「さあな。色々あったんだろ。だがどっちにしろ、これではっきりしただろ。滝山が事件に関わってるってことが。ドリアンジュースで臭いを付けたことが!」

 「ううっ・・・!!」

 

 これほどの証拠はねえ。今この状況で曽根崎の記録を疑ったって意味がねえことは誰にだって分かる。あいつは今回の事件の被害者なんだ。嘘を書くわけがねえ。何よりそれは、あいつが最も嫌ってることだ。

 

 「後は、滝山が認めればいいだけの話だ。もっとも、この状況で言い逃れしようなんて考える馬鹿がいるとは思えねえがな」

 「そんな・・・た、滝山さん・・・」

 「お、おい!どうなんだよ!言えよ滝山!マジでお前がやったのか!?」

 「・・・」

 

 もう終わりだ。この場で弁論ができる奴なんているわけねえ。滝山は何も言い返さず、ただ項垂れて、枝垂れた長い乱れ髪が顔を覆い隠してる。かたかたと微かに聞こえるのは、震える滝山の体が証言台を揺らす音だ。

 

 「・・・・・・・・・さい・・・」

 

 ふっ、と。下手をしたらすぐ隣で聞いてる俺でさえ聞き逃しそうなくらいの小さな声で、滝山は何か呟いた。それは本当に呟きだったのか、もしかしたら口から漏れる息の音だったんじゃないか。そう思えるくらい微かな声だった。

 だがそれを皮切りに、滝山はその時、初めて言葉を発した。

 

 「・・・ごめんなさい」

 

 それは、懺悔の言葉だった。粗末で、簡略で、幼くて、意味なんてまるでない、謝罪の言葉。

 

 「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」

 

 機械的に、滝山は同じ言葉を繰り返す。壊れた人形みてえに、全く同じ調子の同じ言葉を、同じ間隔でただ繰り返す。意味をなさず、誰にも届かず、その声は虚しくこだまする。

 そして言葉は、滝山の喉の奥で増殖し、一気にあふれ出した。

 

 「ご、ごめんなさい・・・ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

 その顔が髪の隙間から覗いた瞬間、俺は猛烈な寒気を覚えた。

 ボサボサの髪を振って更に乱し、べたついた髪の塊が隙間を生んで、その下の顔を露わにする。剥き出た眼球はただ恐怖の色に染まり、視点の合わない目は虚空を泳ぐ。真っ白になった顔は人のそれに見えなくて、かたかた震える顎が歯を鳴らす。滲む汗と涙が綯い交ぜになって滴る度に、言い様のない恐怖が近付いてくるような、そんな気がした。

 

 「うあっ!!?」

 

 思わず声が漏れた。こんな鬼気迫る表情の人間を、俺は初めて見た。有栖川も石川も見せなかった、本物の恐怖。野生動物が本能的に持つ、純粋で屈託のない絶望という感情が、そこにあった。

 

 「お、おいおいおいおい!滝山の奴ブッ壊れちまってんぞ!」

 「過度のストレスに耐えきれなくなり、通常の思考を停止させたか。高度な精神構造を持つ生物としては賢明な判断だな」

 「冷静に言ってる場合ではありませんよ!」

 「ありゃりゃ。こんなになるなんて、“超高校級の野生児”も、意外と弱っちいんだなぁ。んじゃ、このまま放って置いても一緒みたいなんで、いつもは清水くんが推理の総括をするけれど、今回はちゃちゃっと投票タイムに移っちゃってもいいっすか?マジいっちゃっていいっすか?」

 「ええ。私もこれ以上、彼のノイズを耳にしたくありませんので」

 「も、もう限界だ!!さっさと終わらせちまうぞ!!」

 

 確かに、この状態の滝山からは何を聞き出そうとしても無理そうだ。これも演技なのか、それともマジで心がぶっ壊れたのか、どっちにしろ話が聞けねえんじゃ、裁判の結論は変わりそうにねえ。モノクマの確認に、俺は黙って頷いた。

 

 「えー、それではオマエラ!お手元のスイッチで、怪しいと思う人物に投票してください!投票の結果、クロとなるのはだ」

 「おれは・・・」

 「!」

 

 モノクマの宣言の途中で、今度ははっきりと聞き取れる大きさの声で、そいつは呟いた。既にほとんどの奴が自分の手元を見ていたにもかかわらず、その言葉に全員が顔をあげて、そいつを見た。

 生気の感じられない虚ろな顔のまま、そいつは虚空を見ながら、何かを読み上げるように言葉を続けた。

 

 「ちょ、ちょっとなに!?ボクが喋ってるのに割って入ってこないでよ!人の話は最後までちゃんと聞きましょうって習ったろ!」

 「おれは・・・・・・ころしてない・・・」

 「・・・何かと思えば、そんなことしか言えないのですか?知性も清潔感も常識もなければ、ユーモアもセンスも血も涙もカルシウムもないのですね」

 「おれじゃ・・・ないんだ・・・!」

 「た、滝山くん・・・もう、やめて・・・・・・!」

 「みんな・・・ごめん。こぶらい・・・・・・ごめん。それから・・・ごめんなぁ・・・・・・」

 

 相変わらずふらふらと足場も視線も定まらず、滝山は水中で波にもまれるように揺れながら、少しずつ言葉を吐き出していく。

 

 「・・・聞くだけ無駄だろうな。つかもう聞きたくねえよ」

 「ぜんぶいうよ・・・ほんとうのこと。やっぱりみんなにウソつくのなんて・・・むりだったんだよ・・・・・・。おれ、ばかだからさ・・・」

 

 訥々と話す滝山の口調は、辛気くさくて鬱な雰囲気をまといながら、どこかまだ何か怯えているような。開き直って自白するっていうのでも、適当に話をでっち上げて騙してやろうっていうのでもない。本当に、ただ何かを話そうとしているだけのような。

 その滝山の態度がなぜか気にかかった俺は、ボタンにかけていた指を離した。滝山は、まだ何か隠してる。直感的に、そう思った。

 

 「みんな、ごめん。おれ・・・わるいことしちまった」

 「そんなこと分かっています。何があっても、人殺しは罪です」

 「ちがう。おれはやってない。こぶらいをころしたのは、おれじゃない」

 「今更なにを・・・」

 

 いつも以上に言語に不自由してそうな、カタコトにも近い喋り方だ。緊張してんのか、ビビってそんな喋り方になっちまってるのか、だが滝山はそのまま続けた。そして、はっきりと言った。

 

 「おれは、そいつをしってる」

 

 その言葉に、俺たちは固まった。なんだと?どういうことだ。滝山は何を言ってる?自分は犯人じゃない、それだけじゃなく、本物の犯人を知ってるっつったか?

 錯綜する俺たちの思考を無視して、滝山はゆっくりと顔を上げた。

 

 「こぶらいをころしたのは・・・・・・はんにんは・・・・・・・・・!」

 

 滝山は、震える人差し指を伸ばす。俺たちに真実を教えようと、この事件の『本当の犯人』を指そうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、その指は届かなかった。

 

 「うぐっ・・・・・・・・・カハッ・・・!」

 

 指が誰かを指すより先に、名前を言うより先に、滝山の口が床に赤い模様を生んだ。その残液が、口角から顎へと、滝山の薄く日焼けした肌を伝う。

 

 「はっ?」

 「え?・・・え?え?え?あれ?なんで?なんでだ?なんで・・・・・・ぐふっ!?」

 「!?」

 

 異変に気付いた滝山は、まるで体が固まったように目だけで、床に散った自分の血を見た。そして次にこみ上げてきたものに、思わず口を塞いだ。だが、それだけで止まるものじゃなかった。腹を抱えた滝山は俯き、そしてその不快の塊を吐き出した。

 

 「ぐぶぅ・・・おぐっ!うっ!ぇあっ、げあああああああああああっ!!!」

 「ぎゃあああああああああああああっ!!?た、滝山が吐きよったあああああああああああああっ!!?」

 「な、なんだ!!何が起きてる!!」

 「・・・!」

 

 俺は思わず証言台を降りて距離をとった。ただならぬ雰囲気に、体が自然とそうなった。滝山の足下から証言台の前まで、目を疑う量の吐瀉物が床に広がった。それは明らかに、ただのゲロじゃなかった。不自然なほど、不可解なほど、不気味なほど、赤く染まっていた。

 明尾は絶叫し、屋良井は顔を青ざめさせて、望月でさえ戦慄してる。この場には、誰一人として平常心でいられる奴なんていなかった。いや、一人だけいるか。

 これをやった奴が、この中に一人だけ。

 

 「はあ・・・はあ・・・・・・ぐっ、ううっ・・・ううっ・・・ひぐっ・・・・・・!」

 

 また俯いた滝山の漏らす声から、その感情を察することは簡単だった。だが、ゆっくりと上げた滝山の顔にあったのは、今まで見たどんな表情とも違うものだった。絶対的な恐怖、悲愴なんて言葉じゃ足りない程の痛み、徹底的に歪んだ苦悶。それは、完全な絶望に支配された表情だった。

 

 「み、みんなぁ・・・・・・」

 

 蚊の羽音が勇ましく聞こえるほどの弱々しい声。それでも、そこに込められた力は俺たちを戦慄させるのに十分過ぎるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お、おれ・・・・・・・・・しにたくねえよぉ・・・・・・!」

 

 次の瞬間、自分の吐き出した血と胃液の中に、滝山は墜ちていった。糸の切れた操り人形が関節をひしゃげながら倒れるように。手も足も投げ出して。何の抵抗もなく。

 ごしゃ、と重い音がした。そこからは、時間が止まった。意味が分からない。そんな言葉さえ出て来なかった。

 そして止まった時は、無情にも再び動き出す。

 

 『死体が発見されました!一定の自由時間の後、学級裁判を開きます!』

 

 

 【学級裁判 中断】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り10人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

 屋良井照矢  鳥木平助  【滝山大王】【アンジェリーナ】




今回から学級裁判の見た目をちょっと変えてみました。多少は見やすく、分かりやすくなったかな?
え?それよりも文字数が多いって?ちょっとはりきってしまいました、てへぺろ。
信じられるか?これ・・・前半なんだぜ?(作者が絶望)

犯人や事件の推理とか送っていただけると作者は喜びます。
もし送っていただける場合は、感想欄等の公開された場への投稿は控えて、メッセージでお送りくださるようお願いします。これもアンケートの一部になるのかなあ?なんて思ってたりもするので


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

非日常編3

 

 何が起きたか理解するのに、どれだけの時間がかかったかは覚えてない。ただ気付いた時には、裁判場の一角が濁った赤色に埋め尽くされていて、その真ん中に滝山が倒れていた。汚物にまみれてるってのに、眉一つ動かさず、ただそこに、横たわって、存在していた。

 

 「・・・っ!ひっ、いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」

 「うおおおおおおおおおおッ!!!なんじゃ!!!なんじゃこれはあああああああああああああああああああッ!!!」

 「ウソだ・・・こんなのウソだ!!全部あり得ない!!夢・・・きっと夢なんだ!!夢でなくちゃおかしい!!覚めろッ・・・覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろッ!!!覚めろおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」

 

 たった今、目の前で、何の前触れもなく、滝山は死んだ。死体発見アナウンスなんてなくても、この血反吐と滝山を見れば誰の目にも明らかだった。だからこそ、恐怖と絶望は瞬く間に広がって、裁判場に響き渡る。

 

 「どういうことだ・・・!?滝山は古部来を殺した犯人ではなかったのか!?なぜ・・・なぜ死んでいるッ!!」

 「未来なんて予想できない、一分後のことだって誰にも分からない。だからこそ人は悩み苦しみ成長し、そして絶望するんだね!」

 「ッ!テ、テメエの仕業かモノクマ!!これが滝山の処刑ってことかよ!!」

 「は?」

 

 戸惑いたじろぐ俺たちに、モノクマはいつものように意味深な言葉をほざきながら近付いてくる。そして滝山の死体の元まで歩み寄ると、形だけの鼻を摘まんで眉をひそめる。俺がその飾り気のねえ背中に言うと、短い言葉とともに振り返った。

 

 「何言ってんの?投票も終わってないのにおしおきなんてしないよ。それにボクのおしおきは、こんな程度で済むほど優しくはないからね!もっと血とかはらわたとかが飛び散って、悲鳴と絶叫の渦がハリケーントルネードするような、アドレナリンもドーパミンもグルコサミンも大放出されちゃう、超エクストリームなのをおしおきって言うんだよ!」

 「だったらこれはなんなんだよ!!」

 「うぷぷぷぷ♫分かってるくせに、ボクに言わせたいの?もう、この変態さんめっ」

 

 まるで今起きたことを楽しんでるような言い方だ。実際、楽しんでるんだろう。こいつにとって俺たちの命はそういうもんなんだ。誰かが死んだってことは、それが意味することは一つ。だからこそこいつは、学級裁判を止めてまでこんなことをしてる。

 

 「というか、捜査時間はもう始まってるんだよ?オマエラぼーっとしてるけど、捜査時間中は基本的に自由行動だよ」

 「なっ・・・そ、捜査って・・・・・・それじゃまるで・・・」

 「まるでもバツでもないんだよ!滝山くんは、誰かに殺されたの!オマエラの中の誰かに!」

 「っ!」

 

 考えられねえような、考えたくもねえことを、モノクマは改めて俺らに突きつけてきた。やっぱり、そうなのか。これは、この中の誰かがやったことなのか。クソが・・・!

 

 「捜査は構わないが、学級裁判はどうなる?中断、ということでいいのか?」

 

 そしてやっぱ望月は、冷静に空気を読まねえ。滝山が死んだことに関してモノクマは楽しんでるが、望月はなんとも思ってないってことなのか。人間らしさがねえなんて思ってたが、どうやらこいつはそもそも生物としておかしいみてえだ。

 

 「そうだね!オマエラだって、こんなきったないゲロまみれの死体と一緒に裁判なんてしたくないでしょ?それに滝山くんのモノクマファイルを作らなきゃいけないから、オマエラは合宿場に戻って捜査をしていいよ」

 

 古部来殺しの学級裁判は一旦お預けってことか。モノクマがここまでするってことは、やっぱり滝山を殺した奴がこの中に潜んでるってことか。けど、一体誰がやったんだ?そもそも、いつの間に滝山を殺したっていうんだ?こんな全員が全員を監視できる状況で、誰にも不審に思われずに、滝山を殺すなんて、どうやって・・・。

 

 「清水」

 

 床を見て考えてると、六浜に声をかけられた。顔を引き締めて凛とした表情を作ってるが、その額には汗が滲んで、顔色も悪い。目の前であんな死に方されたら、誰だってこうなる。

 見ると、俺と六浜以外はもうエレベーターに乗り込んでた。捜査時間が勿体ないってのもあるが、一刻も早くこんなゲロと死体のある部屋から逃れたいって気持ちもあるんだろう。滝山が浮かばれねえが、死に方が悪かったんだな。

 

 「それじゃ、アナウンスしたらいつも通り集まるんだよ!あ、あとそれから」

 

 エレベーターの扉が閉まる前に、モノクマが付け加えるように言った。

 

 「滝山くんの死体を捜査したい人がいたら多目的ホールに来てね。モノクマファイルを作り終わってからだったら、好きな時に連れてってあげるから」

 

 そう言って親指を立てるモノクマに、俺は中指を立てた。死体の捜査は事件の解決に必要なことだが、そういう風に言われると余計に良い気分がしない。そんなモノクマと俺たちを分断するように、エレベーターの鉄の柵は閉じる。重く耳障りな音とともに、その容れ物は上昇する。

 その時感じたのは、全てが終わった後の解放感なんかじゃなくて、ここに降りてきた時よりもずっと混濁した感情だった。晴れやかなことなんて一つもない。ただ暗いその道中の闇よりも、もっと黒ずんだものが頭を埋め尽くしてる。

 

 「・・・」

 

 一言も、誰も言わなかった。昇るエレベーターの後には、疲れた体をゆっくり休められる時間が待ってると思ってたのに、今度はそうじゃない。この後に待つのは、また同じことだ。捜査して、推理して、疑って、全てが命懸けの命のやり取りだけだ。そう思うと、エレベーターとは逆に気持ちは深く沈んでいく。

 やがて減速したエレベーターは、がしゃんと音を立てて止まった。鉄の柵が開き、真っ暗な中に縦の灯りが見える。寄宿舎の赤い扉が開くにつれて、廊下の蛍光灯が出す紫色の光が差し込んでくる。

 

 「っ!えっ・・・?」

 

 そこに見えるのは、寄宿舎唯一の出入り口になってるただのガラスの戸・・・だけじゃなかった。開いた扉の前に、待ち構える影があった。細いシルエットのそいつを認識するまで、間が空いた。

 だってこいつは、こんな所にいるはずがねえのに。こんな所で、そんな風に薄ら笑いを浮かべてる場合じゃねえのに。手持ち無沙汰そうに回してたペンを胸ポケットに差し込んで、そいつは軽く手で挨拶した。

 

 「やあ。みんな、おかえり」

 

 “超高校級の広報委員”曽根崎弥一郎が、裁判場から帰ってきた俺たちを出迎えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「曽根崎!?お前・・・なんでここにいるんだよ!!」

 「なんでって、みんなが戻ってくるってモノクマに言われたからさ。疲れてるだろうし、せめて労ってあげようと思って」

 「そうじゃないよ!あんな怪我してたのに、寝てなきゃダメだよ!」

 「ああ、怪我ならもう平気だよ」

 

 まさか曽根崎がいるとは思わなくて、俺たちは目を丸くした。一方の曽根崎は、なんでもないことのように言って俺たちに後頭部を見せた。

 

 「ホラ、すごいでしょ。縫い目もないよ。命を救うためとは言え、この歳で部分ハゲなんて嫌だなあと思ってたんだよね。モノクマには感謝しなきゃ」

 「バカな・・・信じられん。いくらなんでもこんな早く、そんな精度で治療など・・・!」

 「ますますわけがわからん奴じゃのう、モノクマとは」

 

 曽根崎の後頭部は、マジで怪我なんて嘘だったみてえに完治してた。思わず目を疑う。だって、医務室から運び出されてから、まだ半日も経ってねえんだぞ?医学の知識なんてなくても分かる、早過ぎだ。

 

 「って、ボクの話なんて後でいいから、早くやっちゃおうよ」

 「は?やっちゃう?」

 

 少し恥ずかしそうに言って、曽根崎は手拍子で気分を切り替えた。へらへらしてた面に、僅かな真剣さが差す。けど今は、その純粋な感情に寒気を覚えた。

 

 「殺されたんでしょ、滝山クン」

 

 至極当然とばかりに、曽根崎は軽く言った。あまりに緊張感のないその声色は、まるで知り合いの近況を確認してるような、話題のニュースの話をするような、そんな取り止めのなさを宿してた。

 

 「なっ・・・なぜそれを・・・!?」

 「死体発見アナウンスがしたから。あ、滝山クンの部屋はさっき調べたよ。ホントになーんもなかったけどね」

 「い、いやいやいやいや!アナウンスは死体が見つかったってだけで、死んだのが滝山だなんて言ってなかったろ!」

 「時間が勿体無いよ。なんでもいいからさ、捜査、しよ?」

 

 なんの後ろめたさも、怯えも感じない。ただ目の前にある謎を明らかにしようとする純粋な探究心。それをやった奴がこの中にいるってことを忘れるくらいの能天気さ。

 なんだこの感じ?なんなんだこれ?もしかして、俺は曽根崎にビビってんのか?

 

 「清水クン」

 「!」

 

 解散していく奴らの中から、曽根崎は俺に声をかけた。俺は思わず身を強張らせた。なんで、こんな奴に緊張してるんだ。

 

 「ありがとう、生きててくれて」

 「・・・は?」

 「手帳返して。あと鍵と、引き出しから持ってったやつも」

 「えっ?あ、ああ・・・」

 

 意味不明なことを言われたと思ったら、すぐに事務的な態度に変わりやがった。なんだったんだ今の?なんて考えるのも忘れて、俺は曽根崎の手帳と鍵と、原稿用紙を返した。

 

 「ちゃんと気付いてくれたんだね」

 「テメエが気付かせたんだろうが」

 「あはっ、バレた?」

 

 あはっ、じゃねえアホ。こちとらついさっき人が死ぬとこ見たんだ。そんなテンションじゃねえんだよ。

 

 「それじゃ、取りあえずボクの部屋行こうか。裁判の話も聞きたいし・・・これについても、あまり人に聞かれたくないから」

 「?」

 

 なんで捜査開始早々、こいつの部屋に行かなきゃならねえんだ。前の捜査時間に行ったから新しい発見なんてなさそうだが、曽根崎が意味ありげに付け足した一言が引っかかった。曽根崎の机の引き出しに隠してあった原稿用紙、そこに書かれてることについて、何かあんのか?

 

 「いいよね、清水クン。どうせ一人じゃ新しい発見なんて見つけられやしないんだからさ」

 

 余計な一言の数だけ、こいつのメガネは割れる。曽根崎は内ポケットから予備を取り出してかけ直し、俺たちは曽根崎の部屋に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここを捜査した直後に裁判をしたから、大して変化があるわけでもない。強いて言えば、復活した曽根崎が先に片付けたんだろう、部屋のあちこちに散らばってた可動式のブックラックが、壁際に整頓されてた。曽根崎は勉強机の椅子に腰掛けて、俺は来客用のちゃちい椅子に座った。

 ふう、と一つため息を吐いて、曽根崎は俺の目を見た。その瞬間、なぜかドキッとした。なんだか胸の中まで見透かされてるような、ウソを吐く前からバレてるような、隠し事のできない雰囲気。まるで尋問だ。

 

 「それで、裁判はどこまでいったの?まだクロは見つかってないみたいだね」

 

 そんな切り出し方あるか。どこまでいったって、最後までの流れを知ってるみたいな言い方しやがって。

 

 「クロは見つかった。滝山が古部来を殺したクロだ。けど投票の前に血ぃ吐いて死んだんだ」

 「滝山クンがクロ?なんで?」

 「・・・説明すんのめんどくせえなあ」

 

 なんでって聞かれたら、欠席してたお前が悪い、としか言えねえな。あんな長え裁判の説明を俺一人にやらそうなんて、こいつ馬鹿なのか?さっき全員いた時に聞きゃよかったじゃねえか。

 

 「確認なんだけどさ、取りあえず古部来クンは爆殺ってことでいい?」

 「んっ!?」

 「爆殺。爆弾や爆撃で殺すことだよ。え?もしかしてそれも分かってなかったとか?」

 「い、いや待て!なんでそれを知ってる!?」

 

 突然何言い出すかと思ったら、古部来が爆殺ってなんだよ。それはさっき裁判で俺たちが出した結論で、捜査中は死因なんてはっきりしてなかっただろ。けど曽根崎は、慌てる俺にすらりと言った。

 

 「だってあの火傷だし、清水クンが一瞬だけ光を見たって言うから、じゃあ爆殺かなって思ったんだけど」

 「いや飛躍し過ぎだろ!だからってなんで急にそんな発想になるんだよ!」

 「逆に他に殺し方なんてある?」

 「いや・・・爆殺であってるはずだ・・・」

 「だよね!よかったあ、そんなリアクションするから、あれだけ人が集まってこんなことにも気付いてないのかと思ったよ!」

 

 なにさり気なく毒吐いてんだ。俺らが議論を重ねてやっと閃いたことを、こいつは簡単に思い付いたみたいな言い方しやがって。だが、こいつの推理はまだ終わらなかった。

 

 「で、古部来クンにだけ被害が集中してるところを見ると犯人が使ったのは広範囲爆弾じゃないはずだ。つまり小型手榴弾的なもの、倉庫にあったクラッカーなんかちょうどいいね。クラッカーを爆弾にする火薬の知識があれば、あの煙も犯人が仕掛けたものって説明がつく。だけど、それじゃああの煙の中で古部来クンの元まで移動しなきゃいけない。そこで犯人は、予め古部来クンに付けてたドリアンジュースの臭いを頼りに移動した。ここまでオッケー?」

 「あ、ああ・・・」

 

 なんだこいつ、マジであの裁判場にいなかったよな?なんでこうもすらすらと裁判の流れをなぞれるんだ。全部一人で推理したってのか?そんなの・・・あり得ねえ。

 

 「滝山クンが犯人だと思ってるってことは、そこで滝山クンを犯人と断定しちゃったわけか。なるほどねえ。ま、無理もないか」

 「無理もないってなんだよ。上から目線でもの言ってんじゃねえぞコラ」

 「あ、ごめんごめん。でもさ、ボク一人がこの小一時間で立てた推理が、まさかキミたちが二時間かけて築き上げたものと同じとは思わなくて」

 「バカにしてんのかよ!」

 「落ち着きなって!いや実際、ボクだってほっとしてるんだよ」

 「はあ?」

 

 上から言いやがって、こんなのエレベーターホールで言ってたら大変なことになってたな。それにしても、ここまでのことをたった一人で推理するなんて、こいつの頭はどうなってんだ。俺らの苦労がバカらしくなってくるくらいだ。

 思わず声を荒げると、曽根崎は焦った調子で俺を止めて、言った。

 

 「投票の前に滝山クンが死んでくれてさ。そのままだったらボクまで処刑されてたと思うと、ゾッとするよ」

 

 俺は耳を疑った。今、こいつなんつった?滝山が死んでほっとした?あの壮絶な死に方も見ずに、また一人俺らの中から人が死んだってのに、ほっとしただと?

 

 「テ、テメエ・・・!それ本気で言ってんのか!!」

 「本気に決まってるよ。冗談じゃない、自分が参加してもない議論のせいで殺されるなんて」

 「ふざけんな!!」

 

 思わず手が出た。曽根崎の襟首を掴んで机に押し付けて、そのまま一発殴ろうとした。だが、なんでこんなに怒ってんのか、自分でも分からねえ。滝山は死んだ、それを何と言おうが曽根崎の勝手だ。俺はあいつの家族でもなんでもねえ。なのに、なんでこいつをブン殴ろうとしてるんだ。

 

 「離してよ」

 「どういうつもりか知らねえが、俺の前で二度とそんなこと言うんじゃねえ。気分悪い」

 「そう、ごめん。もう言わないよ。ま、そんなことより、裁判の流れは分かったよ。ありがとう」

 

 早速そんなこと扱いしてんじゃねえかクソ野郎。こいつ、どうしちまったんだ?モノクマに妙な洗脳でもされたか。明らかに様子がおかしい。

 俺は曽根崎を離して椅子に座りなおして睨んでた。曽根崎はそんなのお構い無しに、原稿用紙の表紙を取り払って、俺に見せた。

 

 「次はこれの話だ。清水クン、これがなんなのか・・・分かるよね?」

 「・・・」

 

 俺は黙ってうなづいた。そこに書かれた、その原稿の本当の題目。曽根崎がそれに興味あることは知ってたが、ここまでしてはるとは思わなかった。けど、それが今、何の意味を持つのかまでは分からねえ。

 どうして今、『正体不明のテロリスト「もぐら」』について、考える必要があるのか。

 

 「これは、ボクなりに集めた『もぐら』の情報と、そこからプロファイルした『もぐら』の正体について考察したものだ」

 「テメエ、いつの間にそんなもんを」

 「ここに来る前から少しずつね。ま、今となっては『三年前の説』になっちゃってるけど。スクープの消費期限は長くても一ヶ月程度なのに、三年前のに頼るしかないなんて悲しいよ」

 「で、何が書いてあるんだよ」

 

 いかにも心苦しいといった風な言い方をして、曽根崎はため息を吐いた。知らねえよんなこと。今は三年前でも最新の情報だ。いいから話せボケ。

 

 「と、その前に『もぐら』についておさらいしておこう。ボクらとみんなで知識にズレがあるといけないからね」

 「みんなってなんだよ」

 「いや、こっちの話」

 

 曽根崎の妙な言い方が気になったが、これ以上は深く突っ込めない不思議な力が働いた。

 実は俺も『もぐら』について大した情報はない。六浜が倉庫で何か色々言ってたが、あんまし覚えてねえ。この機会に確認しとくか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「『もぐら』は、二年くらい前から話題になってる正体不明のテロリストのことだ。性別不明、年齢不明、目的不明、何もかもが謎に包まれた存在。だからこそ、人々の興味と恐怖を引きつけるんだね」

 「確か、日本人っていう話じゃなかったか?」

 「『もぐら』のテロリストデビューは、都内環状線連続爆破事件、だね。都心のターミナル駅が順番に火の海になって、死傷者多数の大惨事だった。初っ端がこれって、相当頭イっちゃってるよね!」

 「聞けよ」

 

 その事件はよく覚えてる。まだ俺は中学生で都内にゃいなかったが、首都圏全体に影響が出た大事件だった。今でも、つっても三年前だから今は知らんが、その爪痕が残ってるほどだ。

 

 「他の主要な事件としては、県庁連続爆破事件。この事件から、『もぐら』は犯行予告を送るようになった。この時は警視庁に、『馬鹿でも分かる社会のお勉強』とだけ書かれた予告状が送られて、その次の日に長崎県庁が爆破。その次の日が京都府庁、東京都庁、宇都宮県庁、山形県庁、高松県庁と一日ごとに爆破されていって、最後に津県庁が大小合わせて四十一回爆破された。この時点で、世界的に『もぐら』というテロリストの異常性と危険性が有名になったんだ」

 「ありゃ悲惨だったな」

 

 日に日に北上してく爆破地域に、北海道から逃げる奴が急増したってニュースも聞いた。実際には県庁所在地の名前でしりとりをしてただけだから北海道は関係なくて、山形の次に香川で事件が起きて余計に被害が大きくなったんだっけ。

 わざわざ予告状を送ったり、わざとかたまたまかミスリードを誘うやり方したり、馬鹿なのか狡猾なのか分からねえ。

 

 「後は、『もぐら』の犯行の中で最悪と言っていい事件、都心マラソンテロ事件。都内を巡るマラソン大会中に予告状が届いた。内容は『もぐらと人間の徒競走。もぐらは邪魔が大嫌い』。その直後から、一定時間ごとにコースがスタート地点から爆破されていった。『もぐら』のテロに追い抜かれるか、それとも先にゴールするかの競争・・・悪趣味にもほどがあるよね」

 「いよいよぶっ飛んでやがる。警察はなにやってんだかって散々叩かれてたよな」

 「これが、『もぐら』の仕業とされる事件だ。三つとも被害レベルや凶悪性が高くて、なのに目的がはっきりしてない。お金の要求や政治的メッセージがあるわけでもなく、ただただ破壊と殺戮をするだけの最悪のテロリストだ」

 

 今更だがゾッとする。そんな奴が今も日本のどこかで、次のテロを考えてニヤついてると思うと、よくそんな中で普通に生活してたもんだ。まあ希望ヶ峰学園にいりゃあ、取りあえずは安全だろうが。

 

 「他にも副都心タワー崩落テロや首都高無差別テロなんかも『もぐら』の仕業だ。ここからはボクの予想だけど、次の標的はたぶん希望ヶ峰学園だね。世界有数のエリート学校かつ人類の希望の象徴なんて、いかにも『もぐら』が狙いそうだよね」

 「けど、モノクマのよこした雑誌じゃ、『もぐら』はもう何もしてねえみてえだぞ。捕まったんじゃねえか?だいたい希望ヶ峰学園なんか吹き飛ばしたら、いよいよただの快楽犯罪者じゃ済まねえ」

 「捕まってなんかないさ・・・少なくとも三年前の時点ではね。『もぐら』についてのボクの推理、聞く?」

 「聞かすんだろ」

 

 無駄にもったいぶらねえで一気に話せやうっとうしい。つかもう『もぐら』の話なんかどうでもよくなってきてる。捜査時間中にする話じゃねえだろこんなの。

 

 「順番に話すね。まず、『もぐら』の最初の事件は都内環状線連続爆破事件じゃない。それより前に、『もぐら』はもう動き出してたんだ」

 「は?お前さっきと言ってることが」

 「あれはあくまで世間での話。事実はそうじゃない」

 

 原稿用紙の束をめくって、曽根崎は続きを読む。世間とは違うって、世間の話をかき集めて垂れ流すのがお前の“才能”なんじゃねえのかよ。

 

 「『もぐら』が起こした最初の事件とされている都内環状線連続爆破事件の少し前、とある中学校で小火騒ぎがあった。細かくは報道されてないし、学校側も事を荒立てないよう尽力してたから、犯人も公にされてない」

 「犯人がいるってことは、事故じゃねえんだな。それに学校が隠すってことは、犯人はそこの学校の生徒・・・」

 「おっ、清水クンも推理力がついてきたね。その通りだよ!ニュースでは事故扱いになってたけど、その小火の犯人は学校内部の人間、それもその学校の生徒だ。つまり、中学生なわけ」

 「それがどうした」

 「中学生が学校で小火騒ぎを起こす、まあ今時はあり得ないことじゃないよね。けど、その学校はもっと大事なことを隠してたんだ」

 

 いかにも楽しそうに言いやがって、早く済ませろ。テメエばっかに構ってられるか、ここ以外にも捜査しなきゃならねえ所があるんだよ。

 

 「表向きには小火ってことになってるけど、実際の状況を厳密に表すなら・・・爆破なんだよねえ、あれ」

 「はっ?爆破?」

 「火元は部室棟のサッカー部部室。火の気どころか蛍光灯の電気しかないような所で、自然に発火するなんてまず考えられない。サッカーボールに紛れて焼夷型爆破物が仕掛けられてたんだ。爆破時刻は部活動が終わってみんなが部室で帰り支度をする午後六時過ぎ。被害者は火傷で済んだけど、中学生が起こしたにしてはレベル高すぎるよ。死人が出なかったのが不思議なくらいだ、出てた方がセンセーショナルで、もっと話題になってたろうけどね」

 「なんでそんなに詳しいんだよ。まさか、お前もそこの生徒だったとか・・・」

 「あははっ!ないない!ま、直接取材には行ったけどね」

 「行ったのかよ」

 

 いやそれより、そんな事件、全然覚えてねえ。ただの小火騒ぎだと思ってたからだろうが、よくそんな事件をこいつはここまで根掘り葉掘り調べてくるんだな。何の執念だそれは。

 

 「でさ、この事件って『もぐら』の片鱗を感じない?」

 「片鱗?どういうことだよ」

 「モグラなのにウロコとはこれいかに、って?うーんなにか上手い答えが閃きそうななさそうな・・・あ、ごめんちゃんと答えるからぶたないで!ぶたなブスッ!!」

 「次ふざけたらもっかい頭割んぞ」

 「もっかいって、最初に割ったのキミじゃないじゃないか・・・」

 

 ごちゃごちゃどうでもいいことばっか言いやがって。ことあるごとにグーパンしなきゃ先進めねえ性分なのか?だったらお望み通りいくらでもぶち込んでやんよ。

 

 「片鱗っていうのは、事件の特徴のことだよ。爆破っていう『もぐら』の常套手段もだけど、わざわざ人が多くいる時間帯を狙ったり、被害を大きくするため初犯にも関わらず手に入りにくい焼夷剤を使った手法にしたり、サッカーボールに紛れさせるのもかなりの手間とリスクがかかるのにやってのけたり・・・狂った勤勉さと残酷な遊び心?」

 「・・・そりゃ、言われてみりゃそうかも知れねえけど、それがなんだっつうんだ?その小火が『もぐら』の最初の事件だとしたらどうだってんだよ」

 「え・・・は〜ぁ、がっかりだなあ。清水クンの推理力はまだメガネの小学生以下ってことか」

 「頭脳は大人だろそいつ。で、じっとしてろ。テメエの頭脳がどんなもんか見てやる、物理的に」

 「キミ本気でクロにでもなる気なの!?」

 

 なるわけねえだろ、ただでさえ俺は疑われやすいんだ。何やったって“超高校級”に勝てるわけねえんだから、大人しくしてるしかねえんだよ。だから余計な暴力振るわせんなクソメガネ。

 

 「あのね、最初に言ったけど、その事件が大事にならなかったのは、学校側が工作したからなの。理由は、そこの生徒が犯人だと特定したから。あくまで現場の状況からそれしか考えられなかったからで、実際は個人までは特定できてないんだけどね」

 「ん?待てよ、その事件の犯人って、『もぐら』だったんだろ?なのに犯人が生徒って・・・っ!」

 「そう、それが意味することは、『もぐら』は当時中学生だったということ。そしてその事件の数ヶ月後には、『もぐら』は本格的にテロリストとして活動を始めている」

 「ってことは・・・『もぐら』はまだ中学生のガキだってのか!?あんだけの事件を起こしてる奴が!?」

 

 思わず俺は腰を上げてた。曽根崎の推理が正しければ、『もぐら』の正体は中学生ってことになる。イカれたおっさんとか、外国人とか、複数人の掲げる架空の人物とか色んな噂があったが、その推理に俺は一番驚いた。だって、あんなことがただの中学生にできるわけがねえ。ただの人間には絶対無理だ。

 愕然とする俺に、それでも曽根崎は冷静にチッチッチと指を振る。ムカつくな、折ってやろうか。

 

 「当時は中学生だった、が正しい。事件の時期を追ってみると、『もぐら』は頻繁に事件を起こす中で、ある期間だけぽっかりと無活動期間を設けてる。偶然とは、思えないよねえ」

 「ある期間?」

 「ちょうど、ボクらが希望ヶ峰学園に編入した時期だ」

 

 ああ、あの時期か。あん時は希望ヶ峰学園に移るっつって慌ただしくて、ニュースなんかあんまし気にしてなかった。その時期に『もぐら』は鳴りを潜めてたのか。けど、たまたまそんな時期にイカれたテロリストがたまたま何もしなかったなんて、どう考えてもおかしい。何か理由がなけりゃ・・・。

 

 「あの頃、『もぐら』はきっとテロができない状況だったんだ。ある組織の圧力を受けて」

 「ある組織、ってまさか・・・」

 「そう、希望ヶ峰学園だよ」

 「!」

 

 やっぱり、とも思ったが、同時に悪寒も走った。希望ヶ峰学園が『もぐら』に圧力をかけた、つまり学園はどういうわけか、『もぐら』の正体に気付いてるってことか。そいつを警察にでも突き出せば、学園の名前はもっと広まってますます強い力を持つはずだ。なのにそれをしたなんて話は聞かねえ。

 おまけに学園は、当時中学生でそんなことができる奴を突き止めてて、『もぐら』が一旦大人しくなった時期がちょうど希望ヶ峰学園の編入時期だなんて、話ができすぎてる。不気味なくらいに、不自然なくらいに、信じたくないくらいに。

 けどこれだけの事実を並べられれば、誰だって勘づく。あり得ねえくらいイカれた、そのことに。

 

 「希望ヶ峰学園が・・・『もぐら』を引き込んだ?」

 「そう、“超高校級のテロリスト”とでも言ったのかな。もちろん、表向きはそんなのじゃなく、もっとそれっぽい肩書きを与えたんだろうけど」

 「マジかよ・・・!?しかも俺らが編入したのと同じ時期ってことは・・・!」

 「ボクらと『もぐら』は同窓生ってことになるね」

 

 あまりに平然と、なんでもないように言う曽根崎が信じられねえ。いやもしかして、とっくにこいつはこの結論に辿り着いてたんじゃねえか。だからこんなに落ち着いてられんのか?けど、今考えてもゾッとする。俺らと同じ場所に、あのイカれたテロリストが平気な面して潜んでたってのか。希望ヶ峰学園は、それを知ってて何も言わなかったのか。

 混乱する俺の心情なんて察することもなく、曽根崎は原稿を懐にしまった。そして俺の気をしっかりさせようと、大きく一つ拍手をした。

 

 「はい、これでボクの話はおしまい。どう?面白かった?」

 「お、おもしれえかだと!?笑えるかこんなもん!『もぐら』が希望ヶ峰学園の生徒で、しかも俺らと同期!?冗談にしてもタチ悪いし、マジならヤバいどころの騒ぎじゃねえぞ!!」

 「そう喚かないでよ。あくまでボクの推論なんだからさ、ホントの『もぐら』は、もっと年取ったベテランスパイとかかも知れないじゃん」

 「どの口が言ってんだ!!」

 

 今更そんな馬鹿みてえな予想されても現実味なんか欠片もねえ。それにわざわざ原稿にしてダミーの表紙で隠すなんて、よっぽどそれに自信があるからだろうが。こいつは間違いなく、『もぐら』が学園にいることに確信を持ってる。

 

 「さてと、じゃあそろそろ捜査しに行きますか!」

 「はっ!?」

 「捜査だよ。今は滝山クン殺しの犯人を突き止める捜査でしょ。ヤだよ、捜査不足のせいで答えを間違えたりなんかしたら」

 

 起き抜けに一仕事しに行くような気怠さをちらつかせながら、曽根崎は席を立ってドアに歩く。俺はその切り替えの早さについて行けなくて、何の気負いもないその背中に怒鳴った。

 

 「いや待て!『もぐら』が学園生だってんなら、テメエはその正体を」

 「清水クン」

 

 がなる俺の声をたしなめるように、曽根崎は短く、なのに強い口調で俺を呼んだ。ゆっくり振り返ったその眼は、相手に有無を言わせない強気な眼光を秘める。

 

 「行こ」

 

 それだけ言って、曽根崎はドアを開けた。紫の照明の中で緑一色のそいつの姿は、不気味に際立って見えた。

 

 

獲得コトダマ

【テロリスト『もぐら』の資料)

場所:曽根崎の個室

詳細:曽根崎が独自に集めた情報をまとめたファイル。世間を騒がせている謎の連続テロリスト『もぐら』について、最初の事件から最新のターゲットまでを事細かに調査・記録してある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 曽根崎の部屋を出て、最初に向かったのは滝山の部屋だ。あいつが古部来殺しに関わってるのは確実だし、今回死んだんならどっちみち調べとく必要がある。

 

 「なんもないって言ったのに」

 「なら勝手に余所を捜査してろ」

 

 ぶつくさ言う曽根崎を無視して、俺は滝山の部屋のドアを開けた。そして、曽根崎の言ってたことを再確認した。

 マジで何もねえ。来客用のテーブルや椅子、それから勉強机の上の本棚、棚の上、一切合切が殺風景な部屋。誰も使ってねえんじゃねえかと疑うほどだが、床やベッドに汚れがあるし、シャワールームが開けっ放しで、辛うじてそこに生活感があった。

 

 「証拠になりそうなものはないよ。本当に何も」

 「マジで何もねえのか・・・。クソッ、じゃあどこ捜査すりゃいいってんだ」

 「隣だし、古部来クンの部屋でも見る?」

 「ああ・・・そういやまだ見てなかったな。あん時はチビに任せたし」

 

 滝山の部屋のすぐ隣が、古部来の部屋だ。裁判前は曽根崎の部屋を捜査するために晴柳院に丸投げしたから、直接見るのは初めてだ。

 ドアを開けてみると、エレベーター前で晴柳院に聞いた通りの部屋だった。来客用のテーブルに将棋盤が置かれてて、壁といい机といい棚といい、あちこちに棋譜が貼られてる。全部見る気も起きねえが、適当に見た一枚の棋譜は、あいつが言ってた通り古部来の負けと記録されてた。

 

 「むむっ!こりゃあ面白そうな部屋だね!うわっ!ドアにも、枕にも、トイレにまで貼ってある!おやおや?しかもよく見たら、これ全部古部来クンの負けじゃないか!」

 「うるせえな!テンション上げてんじゃねえ!」

 

 正直、先に晴柳院から知らされてたにも関わらず、俺は背筋が寒くなった。あいつが言ってたことの意味が、なんとなくわかるような気がした。ここには奴の、古部来の執念が溜まってる。プライドの高いあいつが、自分が負けてる棋譜に囲まれて生活してるなんて、頭のネジ飛んでるとしか思えねえ。いつも一人で棋譜を見ては詰将棋をしてた古部来の姿が、執念と復讐心を原動力にしてるなんて、思ってもなかった。

 

 「ふーん、なるほど。自分に対する戒め、それと強さに対する固執か。彼らしいね」

 「んなことより、証拠かなにか探すのが目的だろ。お前も手伝えよ」

 「いや、もう十分だよ。たぶんここには何もないしね」

 「は?なんでだよ」

 「いいからいいから。捜査時間は限られてるよ、有効に使わないとね」

 「お、おい!」

 

 そう言って、曽根崎は強引にそこの捜査を止めさせた。何か見られたくないもんでもあるのかと思ったが、さっきのリアクション的にここに来るのは初めてみてえだし、何より今回の被害者であるこいつがそんな怪しげな真似するわけねえ。ただの勘かとも思ったが、取りあえずついて行ってみることにした。

 

 

獲得コトダマ

【古部来の部屋)

場所:古部来の部屋

詳細:夥しい数の棋譜が部屋のあちこちに貼られている。部屋の持ち主の凄まじい執念が垣間見える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《捜査開始》

 

 

 曽根崎がまず向かったのは、展望台に続く山道の分岐を右に行ったところ、こいつ自身が生死の境を彷徨ってた発掘場だ。事件の後は、死体や血痕といった事件に関係するものは全部、モノクマがきれいさっぱり掃除するんだが、投票の前に捜査が始まったせいか、まだ曽根崎の流した血の跡が、禍々しく残っていた。

 

 「うわあ・・・よくこんなに血を流して助かったよね」

 「テメエの血だろうが。なんで他人事だ」

 「いまいち実感ないんだよねえ。だってつい三、四時間前には、ここで死にかけてたわけでしょ。ボク今ピンッピンしてるもん!」

 「ちょっとくらい後遺症残りゃあよかったのに」

 

 自分がぶっ倒れてたところだってのに、曽根崎は何とも思ってねえように捜査を進める。前にここに来た時は、曽根崎が倒れてたり滝山がぼーっとしてたりで、結局まともに捜査はできなかったんだっけ。今までの裁判の流れを踏まえた上で捜査しようと考えると、まずはテーブルだな。

 

 「もうこのカレーも食えたもんじゃねえな」

 

 残ったカレーは、もうとっくに冷めて脂を浮かべて鍋の底に沈んでる。パーティーの最中に食ったこれはまあまあ美味かったが、今となってはこんなところに放置されたカレーなんか手も付けたくねえ。どうせ曽根崎の血もモノクマが掃除するんだから、その時これも処分させればいい。

 

 「ドリアンジュースは・・・このミキサーで作ったのか。そのまんま放置しやがって・・・」

 

 コードで電気を供給されていたミキサーは、今は生ゴミみてえな臭いを微かに漂わせながら佇んでる。これを犯行に利用するなんて思い付くか普通。食い物粗末にするんじゃねえ、あの馬鹿猿め。

 テーブルの上にある物は、ドリアンジュースのせいでどれもこれも怪しく見える。何がどういう風に犯行に関係してるか分からなくなった。だからといって全部を細かく調べてるほど時間に余裕はねえ。どうしたもんか。

 

 「うわあああああああああああああああああああああっ!!?」

 「ぬああああああああああああああああああああああっ!!?」

 「うおっ!?」

 

 考え込む俺の思考を邪魔するように、発掘場に悲鳴が二つ響いた。反射的に緊張して俺も小さく声を漏らした。しょうがねえ、時計はもう二時近く、ド深夜もいいとこだ。そんな時間に外出歩くのだってかったりいし気持ち悪いのに、急にデケえ声出されたらビビるに決まってる。

 

 「び、びっくりしたあ・・・」

 「こっちの台詞だアホメガネ!!なんなんだ一体!!」

 「言うに事欠いてアホメガネとは何事じゃ!!仕方なかろう!!お前さんたちがいると分かっていればわしだって一言かけるわい!!」

 「あ?・・・なんで明尾がいるんだ?」

 

 声のした方に怒鳴ると、ベニヤ板で蓋をしてあったらしい穴の前で腰を抜かした曽根崎と、その穴から顔を出した明尾がいた。何やってんだこんな時間にそんな所で。

 

 「危うく落ちて腰を打つところじゃったわい。ぎっくり腰にでもなったらどうしてくれるんじゃ」

 「それはそれで面白いと思うけど」

 「ババアか」

 「ちょうどいい。曽根崎、上がるのを手伝ってくれ。さすがに疲れと眠気でしんどい」

 「だったらそんなところ入らなきゃいいのに・・・ボクらが来なかったら大変だったんじゃないか」

 「穴の中で何してたんだよ。アホみてえに落ちたか」

 「違うわ!捜査じゃ!断じて、化石の状態が心配じゃったからこっそり様子を見に来たなどというわけではないぞ!!わしはそんなふしだらな女ではない!!」

 「それのどの辺がふしだらなのか分かんないし、たぶん明尾サンはボクが知ってる中ではふしだらな部類に入る女性だよ」

 

 話せば話すほどツッコミ所が出てくるな。ツッコミ練習マシンかこいつ。っつうかいくら化石フェチのド変態とは言え、よくこの時間にこんな人気のない場所で一人で穴に入ろうとか思うな。肝っ玉だけは素直にすげえと思うが、びっくりするぐらい憧れねえ。

 よっこらしょ、とまた年寄りくせえことを言いながら、明尾は穴から出て来た。化石は無事だったらしく満足げな顔をしてたが、捜査の進展がねえんじゃどうにもならねえな。ついさっき目の前で滝山が死んだってのに、こんなに欲望に素直でいられるってのはサイコパスなのかこいつは。

 

 「・・・ふぅ。すまんな曽根崎」

 「別にいいけど、化石は大丈夫だったの?」

 「無問題じゃ。実を言うと傷でも付いていたらどうしようかと気が気でなくて・・・って!何を言わせる馬鹿者ッ!これは捜査じゃ!捜査なんじゃ!!」

 「うるせえ・・・」

 「それが証拠に、わしは遂に偉大な発見をしたぞ!これで一気に事件は解決へと向かうじゃろう!」

 「穴の中に何かあったんだ?」

 「見るがいい!」

 

 そう言って明尾は、ジャージのポケットから何かを取り出した。仄暗い電球の照明しかない発掘場で、それは鈍い光沢を持ってぬらりとした形を闇夜に浮かび上がらせる。丸く滑らかな箇所があると思うと、その先は歪に鋭く途切れている。砕けたんだな。

 

 「ガラス瓶だね。砕けてる」

 「誰かパーティー中にでも割ったんじゃねえの?」

 「そうか?だとしたら、なぜこれは穴の中にあったんかのう」

 「ま、普通に考えたら、誰かが隠したんだよね。見つかったら都合が悪いものだから。例えば・・・ボクの頭を叩き割った凶器とか」

 「!」

 

 またこいつは、言うにも聞くにもモラルとかそういう縛りがねえのか。テメエのこととは言え、死にかけてたって分かってねえんじゃねえか。

 そうやって曽根崎の心配ばっかしててもしょうがねえから、もう口には出さねえ。とにかく、これは見るからに凶器だ。曽根崎を殴った後に穴の中に捨てれば、取りあえずは証拠隠滅になる。ここならポイ捨てにもならねえしな。

 

 「まったく、この穴はゴミ捨て場ではないっちゅうに。だがわしがいる限り、ここの捜査は万全じゃ!こうして見つかるのじゃからな!」

 「ん・・・?おい明尾、ちょっとそれ貸せ」

 

 自慢げに掲げる明尾から砕けた瓶をもらってよく観察してみた。原型を留めてる箇所からして、細くなった口の部分を持ち手に胴の部分で殴ったわけか。しかしこの瓶、どっかで見たような・・・。

 

 「あ。これ、水のボトルじゃねえか?」

 「うん、そうだね。まだテーブルの上に残ってるけど、同じもので間違いないはずだよ」

 「やはりか!わしの睨んだ通り!ではこれで、凶器の件は完璧じゃな!」

 「いや、これ滝山クンの事件の捜査だから。たぶんこの瓶カンケーないから」

 「なぬっ!?そうなのかあ!?」

 

 それなりに使える発見かとも思ったが、滝山の死に砕けた瓶が関係あるとは思えねえ。っつうかこの一連の事件で瓶が出てくるところなんて、一つしか浮かばねえんだ。

 明尾は得意げにふんぞり返ってたが、喧しいくらい驚愕すると少し肩を落とした。分かりやすい奴だな。こんなとこにばっかいるからそんな頭が悪くなるんだ。

 

 「まあ、発見ではあるかな。ありがとう明尾サン」

 「もうここの捜査はいいのかよ」

 「うん。今のうちにボクが襲われた時の状況を確認したかっただけだから。さ、次だよ次」

 

 ぱぱっと手早くメモを取ると、曽根崎は発掘場を出た。まるでここで得られる情報はこれだけだと知ってるかのように、あっさりと次の場所に行く。もう少し念入りに調べた方がいいんじゃねえのか。

 

 「清水クン、何してんの。早く行こうよ」

 「・・・なんで当たり前のようにお前と一緒に行動することになってんだよ」

 「二人で捜査した方が見落としがないでしょ?それに偽証を疑うことも疑われることもなくて済む」

 「だったら別に俺じゃなくていいだろ」

 「え?清水クン誰かと捜査する予定でもあるの?」

 

 予定がなきゃテメエと一緒に行かなきゃいけねえのか。こいつ、もういっぺんここで頭ぶん殴られた方がいいんじゃねえか?だいたいこういう時は殴られる前と性格ががらりと変わるもんだろ。なんで殴られる前と全然変わらねえんだよ。変わられても調子狂うが、ここまで何事もなかったみてえに振る舞われるとそれはそれで調子狂う。

 

 

獲得コトダマ

【砕けたビン)

場所:発掘場

詳細:胴体部分が跡形もなく砕け散ったビン。口の方は原型を留めている。明尾が掘った穴の中に隠すように捨てられていた。

 

【水のボトル)

場所:発掘場

詳細:パーティー用に食堂から持って来られていた水の入ったガラス製のボトル。モノクマキャップがキュートな茶褐色ボディは、ただのガラスなので耐久性はいまいち。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り10人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

 屋良井照矢  鳥木平助  【滝山大王】【アンジェリーナ】




三度目の捜査編です。帰ってきますねあいつは。そして捜査はまだ終わりません。思ったより長くなっちゃいました。てへぺろ(^_^)v


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

非日常編4

 発掘場での捜査の後、てっきり曽根崎は多目的ホールに行くもんだと思ってたが、山道を降りるや右に曲がって資料館に向かった。いまさらそっちに方に何の情報があるってんだ。そっちはもう古部来が死んだ時に散々調べ尽くした。新しい情報なんて出てくるわけねえだろ。

 

 「おい曽根崎、そっちはもう調べたぞ」

 「え?まだ発掘場にしか行ってないじゃん。それとも清水クン、ボクが山道を降りる間に瞬間移動したとか・・・?」

 「アホか。テメエがぶっ倒れて使い物にならなくなってる間に捜査しきったっつうんだよ」

 「ああ。でもそれ裁判前の話でしょ?今回は、まだ捜査してないじゃん」

 「なんも違わねえだろ」

 「いいや、何も分からない状態で捜査するのと、ある程度の予測を立てた上で捜査をするんじゃ、見える世界が全然違うよ」

 

 そう言って資料館に歩いて行く。見える世界も何も、今は真夜中だからまともに見える場所の方が少ねえよ。気怠くついて行く俺の前をさっさと歩いて行って、曽根崎は資料館の前で立ち止まった。ちょうど、俺の目の前で六浜が襲撃された場所だ。ああ、その件についてはこいつはまだ何も知らないんだったな。

 

 「ここに散らばってるのは・・・ガラスの破片かな?懐中電灯で照らすと細かいのまで見えるね」

 「そりゃ六浜がやられた時のやつだ。俺もそこにいたから分かる」

 「六浜サンがねえ、あの包帯はそういうことか。でもやられたって言う割には元気そうだったけど」

 「すぐ医務室で穂谷に手当してもらってたからな。それに直接殴られたわけじゃねえから、軽く済んだんじゃねえの」

 「直接じゃないって言うと?」

 「俺が見た限りだと、資料館から出た六浜の真上から、いきなり何かが降ってきたんだ。それで頭打った六浜がその場に倒れた。ついでに言うと医務室まで六浜運んだのは俺だ」

 「へえ。男の清水クンに運ばれるってことは、軽傷だけど意識は微睡む感じだったのかな」

 

 必要なことだけ言わせて、そこから推測を広げて実際の状況を頭の中で再現する。そして気になるところや証拠品をメモにとる。曽根崎のやり方は至って普通なはずだ。たったこれだけのことでなんで、そこまで推理できるんだ?なんかコツでもあんのか。

 資料館の前は簡単に調べて、灯りの点いてる中に入ってみる。いつでも空調の効いたこの中は、薄ら寒くも湿っぽくも蒸し暑くもない、適度な気温と湿度を保っていた。中に入ると、俺たちの耳に思ってもなかった音が響いてきた。音と音が交差しあって複雑な感じがするのに淀みなく流れるような調べで、一つ一つの音は重厚なのに軽やかな感じもする。これは、ピアノの音だ。音源は決まってる、二階の音楽資料館だ。

 

 「おや、こんな時間にピアノの音がするよ。なんだか学校の七不思議みたいだね、夜な夜な階段が一段増えた理科室でピアノを練習しながら鏡の中に引きずり込まれるトイレの花子さん!」

 「詰め込みすぎだ」

 「お前たち、やはり一緒にいたか。ここは私と穂谷で捜査している。時間もない、他の場所へ行け」

 「あれ、六浜サンいたの?」

 

 真夜中の資料館にしっかりはっきり響くピアノの音。よくよく考えてみりゃ不気味だし雰囲気もばっちしだが、正体が分かってるから特にビビることもねえ。そして受付でパソコンを睨んでいた六浜に気が付いて、余計にその気持ちが冷めた。

 

 「やっぱ穂谷か。こんな時に何やってんだ」

 「自分なりに考えをまとめているらしい。楽器を弾いている時は集中できるそうだ、夜中に鳴り物を鳴らすとヘビが出ると言ったのだが・・・」

 「いや子供じゃないんだからそれじゃ止めないでしょ」

 「それより、お前は何してんだ。パソコンで調べたら犯人が分かるのかよ」

 

 裁判の時からちょっと様子がおかしかった六浜だが、今もなんか刺々しい。時間が時間で眠気もあるし、何よりこいつだって被害者の一人だ。流石に苛立つ気持ちもまあ汲んでやらんこともない。それにしたって、“超高校級の予言者”とまで呼ばれる頭持った奴がこんな時にパソコンに齧り付くなんて、よっぽど参ってんだな。

 

 「気にするな。そんなことより、切羽詰まった今、時間を無駄にすることだけは避けるべきだ」

 「そうだね。じゃあ清水クン、穂谷サンに話を聞いてきてよ」

 「あ?なんで俺が」

 「ぶっちゃけ、ボク穂谷サンのこと苦手なんだよね。怖いじゃん。清水クンだったらそんなんカンケーないでしょ」

 

 どういう理屈だ。俺だって穂谷なんかと話さなくていいならそれに越したことはねえよ。あんな女王様気取りの偏屈ドS女、誰が好き好んで話すっつうんだ。

 そう思う俺の頭に浮かんだ鳥木をぶん殴って片隅に追いやり、有無を言わさない曽根崎の言い方に観念して二階に上がって行った。抵抗は時間の無駄、無視は情報不足の可能性。どっちにしろ話は聞くべきか。

 

 「・・・おい穂谷」

 

 階段を上がって楽器置き場の方を見ると、やっぱり穂谷はピアノの前に座ってた。俺がそう言葉を発した瞬間、ピアノを弾く指が止まって音が広がり消えてった。少し肩で息をしてるってことは、よっぽど長い間弾いてたのか、それとも激しく弾いてたのか。

 

 「せっかくのモーツァルトを邪魔するなんて、貴方には芸術が全く分からないのですね」

 「こんな時間にうるせえって文句言いに来たんだよ。ピアノ弾いてる暇あったら捜査しろ」

 「この私が直々に、彼らのためにレクイエムを弾いてるというのに。無情な人ですこと。それに、ただ弾いてるだけではなくってよ」

 「下で六浜に聞いた。考えんのは後でいいだろ。何か分かったってんなら別だが」

 

 モーツァルトとかレクイエムとか俺が知るわけねえだろ。ピアノ弾いて犯人が分かりゃ苦労しねえっつうの。こんな所でじっとして捜査時間を無駄にするくらいなら歩いて手がかりでもなんでも探せ。

 

 「・・・では、特別に教えて差し上げます。私は先ほどここに来た時、テラスを調べてみました」

 「で」

 「貴方も行ってみるといいでしょう。万が一貴方がまだ真面な人間であるなら、すぐに気付きます。たとえば、手すりとか」

 「もったいぶってねえで直接教えろや」

 「うるさいですよ」

 

 そう言って穂谷は、またピアノを弾き始めた。言うだけ言って放置するたあ良い身分だなクソ女。こいつが殺されればよかったのに、なんて思っちまうくらいにムカつく。実際ここまで敵作るような態度とってられる神経が分からねえ。テメエの方がまともな人間じゃねえだろ。

 馬鹿と話してる時間がもったいねえから、俺は仕方なくテラスに出た。資料館の灯りを少しだけ反射する波とその音でようやく、そこに湖があるってことが分かる。真っ暗でまともに証拠なんて探せそうにねえ。やっぱ無理矢理にでも穂谷を連れてくるべきか?

 

 「手すりなんかがなんだってんだ・・・」

 

 落下防止かただのデザインか、テラスにある手すりは腰より高くて頑丈になってる。まあここから勝手に落ちて死ぬなんて間抜けな死に方じゃあ、モノクマ自身もつまらねえからだろうな。その割に展望台の柵は大したことなかったが。

 穂谷が仄めかしてた通りだと手すりに何か情報が残されてるらしいが、特にどこかが壊れてるとか怪しげなロープとか削れた痕が残ってるなんてこともねえし、適当言いやがったかあの女。

 

 「・・・ん?」

 

 何も具体的なこと言わねえ穂谷のせいで、俺はわざわざ端から手すりを調べる羽目になった。懐中電灯があるとはいえ視界は悪いし、何より手すりがどういう風に証拠と関わってんのかも分からねえ。分かってるのにあいつはなんで言わねえんだクソが。ふざけやがって。

 頭の中で穂谷のことをボロクソに言ってると、手すりにかけて滑らせてた手に、それまでは感じなかった妙な感覚を覚えた。滑らかに削られた手すりと違ってざらついてて、少し冷たい。触れた瞬間はちょっとビビったが、血とかそういうもんでもなさそうだ。懐中電灯を向けて照らしてみると、そこにべっとりと付いたものの正体が分かった。

 

 「土か?なんでこんな所に」

 

 風に乗ってとかそんなレベルじゃなく、誰かが押しつけたように土が付着してた。なんだこりゃ。証拠なのかどうかは微妙だが、確かに不自然だな。っつうか『つち』の二文字も言えねえのかあの馬鹿は。

 

 「しかも二箇所か。明らかになんかあるっぽいな・・・」

 

 何の気なしに、その土の付いた手すりの近くにあるテーブルを見てみた。そこには、手すりと同じ色の汚れが付いてた。懐中電灯で照らしてみてみると、それは手すりに付いてるただの汚れみてえなもんじゃなく、ちゃんと意味のある汚れだった。

 

 「足跡・・・か?」

 

 なんとなくその場で断定しちまうのを躊躇って、かろうじて疑問系に留めた。だけどそれは疑いようもない足跡だ。それも靴跡じゃなくて、指の一つ一つまではっきり残った裸足の足跡。土の具合といい、手すりに付いてるのと同じもんだろう。ってことは、こっちも足跡ってことになるな。

 

 「・・・」

 

 資料館の入口、階段、二階の床、そして窓から手すりまでのテラスの床。そのどこにも、こんなべっとりと目立つ土は見当たらなかった。つまりこの土の足跡は、手すりとテーブルだけに付いてるってことだ。どういうことだ?まるで逆だ。普通足跡があるべき所に足跡がなくて、あるべきじゃない所にある。

 

 「一応、言っとくか」

 

 別に意見を求めるわけでも、考えを聞くわけでも、捜査に協力するわけでもない。ただ不自然に思ったから話すだけだ。誰があんなカエル野郎に協力なんかしてやるか。ともかく俺は、もう一度そこの足跡を確認して資料館に戻った。まだピアノを弾く穂谷を一瞥して、入口で待つ曽根崎の所に戻っていった。

 

 

獲得コトダマ

【テラスの足跡)

場所:資料館二階・テラス

詳細:手すりとテーブルに土の足跡が付着していた。靴を履いた形跡はなく、どちらも裸足のものと断定できる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「清水クンもちゃんと捜査できるんじゃない」

 「上から言ってんじゃねえぞコラ」

 

 資料館の入口に戻って曽根崎と合流した俺は、取りあえずテラスで見つけた妙な土のことを話した。どうせ隠したところで意味なんてねえし、曽根崎だって何かあると踏んで俺に捜査させたはずだ。実際に証拠があろうがなかろうが根掘り葉掘り聞かれるんだったら、最初から洗いざらい吐いた方がいい。主に精神衛生的な意味で。

 発掘場、資料館の捜査を終え、次に俺たちは桟橋に来た。事件発生直後にも来たが、その時にもいた奴とその時にはいなかった奴の両方がいた。どっちも黒に沈んだ湖を覗き込んでる。

 

 「ここに放置したのだな?」

 「放置って・・・まあ、そうだけどさ」

 「あまり視界が良くないな。改めて釣り上げることは可能か?」

 「そんな酷いことできないよ!墓荒らししろって言ってるようなもんだよ!?」

 「可能か不可能か」

 「不可能だってば。自分から食いつくこともないし、明かりもこれだけじゃ引っかけて揚げることもできないよ。それにもう・・・食べられちゃってるかも知れないし」

 「そうか」

 

 懐中電灯を湖の中に向けた笹戸が明かりを担当し、望月がまじまじと水面を見つめてる。やっぱここに来たってことは、あの笹戸の証言が事実かどうかを捜査しに来たんだな。普通に考えて、魚を弔ってたなんて言い訳が通用するわけがねえ。あの時はたまたま望月が指摘したから逃れたが、その望月に疑われてんじゃどうしようもねえな。

 

 「二人ともなにやってんの?」

 「あ、曽根崎くんに清水くん・・・」

 「笹戸優真の証言、アリバイの裏付けをするため、ピラルクーの死骸を確認しようとしているのだが、どうやら期待できなさそうだ」

 「はあ・・・こんなことより他の場所を捜査した方が絶対いいって」

 「笹戸クンのアリバイ?ちょっとそれ詳しく聞かせてよ」

 「清水翔は曽根崎弥一郎に何も伝えていないのか?」

 「めんどくせえからな」

 

 笹戸が犯人だって疑われた所は話してなかったっけか。ったく、なまじ実際の裁判と同じ結論まで出てた分、途中経過の所が抜けてて噛み合わねえ。つくづくめんどくせえ奴だなこいつは。

 

 「事件の時に煙が出たでしょ?あの時、僕だけ桟橋にいて、煙に巻き込まれずに済んだんだ。ただ打ち上げられてたピラルクーを水葬にしてただけなんだけど・・・みんなに疑われちゃってさ」

 「ん?でも清水クンからは滝山クンが犯人って結論が出たって聞いたけど?」

 「笹戸優真が犯人だった場合を想定すると、古部来竜馬の負傷状態を合理的に説明できない。背理的に笹戸優真の潔白が証明されるというわけだ。あくまで背理的なため、ここで水葬をしていた事実があって初めて説得力を持つのだが・・・この有様だ」

 「古部来クンの負傷状態って言うと、前半身だけ火傷をしてたこと?」

 「ああ。煙の外部から古部来竜馬を殺害した場合、煙の内部を向いていた古部来竜馬の背面から働きかけることとなるからだ」

 「確かにそれはおかしいね。敢えて前に回り込んだってことも絶対ないとは言い切れないけど・・・ま、滝山クンが臭いを辿ったって方がまだ現実味あるね」

 

 望月と曽根崎の会話は何度聞いても頭がこんがらがる。望月のわけの分からねえ言い方もそうだし、なぜかそれに普通に返せてなおかつ内容にもついて行けてる曽根崎が分からねえ。俺はもう何度目かのことで聞き流すことを覚えたが、笹戸はそのやり取りに入ることもできずおろおろしてた。

 

 「取りあえずありがとね。それじゃあ二人とも、特に笹戸クンはアリバイ作りがんばってね」

 「そんな犯人に言うみたいなこと言わないでよ!」

 「あははっ、それじゃあね」

 

 けらけらと軽く笑い、曽根崎は望月と笹戸に背を向けた。普段だったらもっとしつこく捜査したり尋問したりするはずなのに、なんでここだけこんなにあっさりしてんだ?

 

 「おい曽根崎、ここはもういいのかよ」

 「ああ、そうだね。十分だよ」

 「いや望月から裁判の話聞いただけじゃねえか」

 「自分がいなかった時の裁判の話なんて、何よりの情報だよ。みんなの細かい表情とか声色とかまでは流石に無理だけど、話の流れを知れたことはもの凄い収穫だよ。やっぱこういうのはキミより望月サンの方がしっかり丁寧に教えてくれるから助かるよ!」

 「さり気に人のこと馬鹿にしやがったな」

 「そう?むしろ露骨に馬鹿にしたつもりだったんだけドッ!?」

 

 つむじにチョップしてやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 桟橋から戻ったその足で、曽根崎は湖畔に向かった。とっくに火薬の臭いもあの煙も消え去ったが、焦げ臭い腐敗臭と顔が歪むような鉄の臭いだけは残ってた。明かりがうごめいてる辺りに言ってみると、まだ放ったらかしにされてる古部来の死体に、晴柳院と鳥木が手を合わせてた。

 

 「おいおい・・・それ今することかよ」

 「うひっ!?あ、し、清水さんに曽根崎さん・・・お、驚かさんといてくださいよぉ・・・」

 「あの、晴柳院さん。ご安心なさったのなら私の上着の裾を離していただけますか?あまり強く握られると伸びてしまいますので・・・」

 「はうううっ!!ご、ごめんなさいいいっ!!」

 「笹戸は魚がどうだこうだ言うし、お前らは古部来かよ」

 「いやあれと一緒くたにしちゃダメでしょ流石に。人として」

 「お前が言うな」

 

 滝山が死んでよかったとか言ってたのどこのどいつだ馬鹿野郎。にしても、鳥木はともかく晴柳院まで古部来を弔ってるなんて意外だ。こいつ、最初の裁判が終わった後に晴柳院にボロクソ言ってたはずだぞ。恨むのが筋違いだとしても、怒るとか嫌うとかあるんじゃねえのか。

 

 「おいチビ、お前古部来に何も感じてねえのかよ」

 「は、はい・・・?どういうことですか?」

 「有栖川のこととか、お前が弱いとか、そういうこと言ってただろこいつ。なのに、なんで捜査時間削ってまでそんなことしてんだよ」

 「あうぅ・・・す、すみません・・・でで、ですけど、そういうことって・・・・・・今言ってもしょうがないやないですか・・・」

 「は?」

 「ひいっ!」

 

 相変わらずたどたどしくて弱っちくて逆にムカつく喋り方なのに、言い方に若干の違和感を覚えた。なんだ?このチビにしてはいつもより強気というか、そんな感じがする。思わず聞き返したら、俺がキレたのかと勘違いしてビビられた。そっちの方がムカつく。

 

 「だ、だだ、ってぇ・・・!こ、古部来さんは・・・ただうちが恨めしいてあんなん言う人やないから・・・・・・!ちゃんと意味があるからって・・・ろ、六浜さんが言うてはったし・・・」

 「ああ、あいつか」

 

 なんだ、結局六浜か。あんだけのこと言っといてそんなのフォローにもなってねえと思うが、こいつにはばっちり効いたみてえだな。どんだけ単純だこいつ。

 

 「それに・・・古部来さんはうちにちゃんと謝ってくれました。食堂でやなくて、ちゃんと、正式に」

 「えっ?そうなの?」

 

 謝った?古部来が、晴柳院に?そんな話初めて聞いた。食堂で俺たちに頭を下げたのも意外だったし、あいつの性格上、絶対考えられなかったってほどのことなのに、それとは違う場所で晴柳院にも頭下げてたのか?どんどん俺の中の古部来像が崩れていく。頑固が字面から抜け出してきたような奴だと思ってたのに、話を聞くほど違った奴に見えてくる。

 

 「で、でももう・・・その古部来さんまで・・・・・・うぅっ」

 「晴柳院さん。ご無理はなさることはありませんよ」

 「だから・・・古部来さんを憎いなんて思ったことないですし・・・もういない人をそういう風に言うんはあきません・・・・・・」

 「優しいね、晴柳院サンは。で、鳥木クンはどうしたの」

 「夜中にお一人では危険ですので、付き添いを」

 

 まあ普通だったら、真夜中に一人で死体と一緒にいようなんて気色悪い趣味の奴はいねえよな。かと言って捜査の手数減らしてるからどうとも言えねえが。いまさら古部来の死体を捜査したところで、新しく何か情報が出てくるとは思えねえ。

 

 「弔うのはいいけど捜査もしないと。改めて古部来クンの死体を捜査して、何か分かった?」

 「い、いえ・・・やはり最初の捜査が丁寧になされていたようで、新しい発見は私の方では何も・・・」

 「やっぱりあのぉ・・・」

 

 新しい発見もなしにこんな所に居続けても時間の無駄だ。そう言おうとした矢先に、晴柳院が遠慮がちに古部来の死体に目をやった。皆まで言わなくても、古部来の死体の周辺でまだ調べられそうな所っつったら、一つしかねえか。まだその意味を理解しきれてねえところが残ってる。

 

 「ダイイングメッセージだよね。これを解けば犯人にグッと近付けるはずだ。けど、今んとこさっぱりなんだよねえ。一体何を意味してるのやら」

 「犯人じゃねえのか。名前か何かそういうようなもんだろ」

 「ざっくりした推理だね。そりゃ犯人の手掛かりだろうけど、それが分からないから苦労してるんじゃん」

 「つうかこんな意味深なもん書くくらいなら、手っ取り早く名前でも書けっつうんだ」

 「で、できたらしてますて・・・」

 「ミステリーではこうした暗示的なものが主流ですからね。もちろん小説やドラマは推理に重点を置くための演出ですが、隠滅や捏造を防止するためという意味では実用的と言えますね」

 「俺らにも意味が分からねえんじゃ本末転倒もいいとこだ。だいたい、死に際に余計な知恵働かせてんじゃねえよ」

 「どんどん口がひどくなるね」

 

 しょうがねえだろ、元はと言えば古部来が殺されたりなんかしなけりゃこんなことする必要もねえんだ。生きてても死んでも手間掛けさせやがって。あんだけ自分勝手なマネしてきた奴に、死んだ後で少しくらい言ったって罰当たらねえだろ。

 晴柳院の怯える視線、鳥木の困ったような視線、曽根崎の引いてる視線を受けつつ、俺はいかにも気怠いといった視線を古部来の遺したダイイングメッセージに向けた。歪に描かれた丸の円周上に人差し指で血を付けただけのシンプルなマーク。だけど意味は全然分からねえ。そばに乱暴に転がった角行の駒が、唐突に殺された古部来の無念を訴えてるようで、ただの駒なのになんとなく不気味に見える。

 

 「まあ、相手は“超高校級の棋士”だからね。しかも古部来クンは先読みとロジックの天才だ。むしろ火事場の馬鹿力よろしく、今際の際に立たされて脳が活性化したかも知れない。そうそう簡単に解ける謎じゃないんじゃないかな」

 「っていうか、古部来殺したのは滝山で決定だろ。よく考えたらダイイングメッセージなんてもう解く意味すらねえじゃねえか」

 「あっそう。じゃあ清水クンはもう忘れていいよ」

 

 曽根崎があっさり言って、言われた通り俺は考えるのをやめた。危うく目的を間違えそうになってた。これは古部来殺しの捜査じゃなくて滝山殺しの捜査だ。古部来を殺した滝山を、たまたま誰かが別の場所で殺そうとしてて、ああなった。そう考えれば辻褄が合う。何より余計なことを考えずに済んで、思考が整理しやすくなる。

 まだ無駄なことを考え続けてる曽根崎をよそに他に証拠が残ってそうな場所がねえか、頭の中で合宿場のあちこちを回ったが、他に特に怪しいところはない。けどまだ捜査時間に余裕はありそうだ。今まで行ったところを改めて捜査してもいいかもしれねえ。そう考えてたらポケットから、ピロリン、という電子音がした。

 

 「ん」

 

 その場にいた全員が、自分の電子生徒手帳を取り出した。モノクマの面を模したアイコンの右上に、『New』の文字がうざってえくらいに目立つ色でくっついてる。これはつまり、滝山の検死が終わったってことを意味する。すぐに俺はそれを開いた。

 

 「滝山クンのモノクマファイルが出来たみたいだね。せっかくだから、今ここで確認しあおうか」

 「ええ。晴柳院さんは・・・よろしいですか?」

 「は、はい!できるだけがんばりますぅ」

 「どれどれ」

 

 四人で生徒手帳を開き、『モノクマファイル4』と題されたファイルを開いた。画面いっぱいに表示される滝山の死に様は、直に見るよりは幾らかマシとはいえ、それでも写真だけで吐き気を催す酷さだった。血の混ざった汚物の中に倒れて、口も目も中途半端に開いたその姿は、本当に突然の死だったことをリアルに伝えてくる。

 

 「ううぅっ・・・た、滝山さん・・・」

 「やあ、これはひどいね。で、詳細がっと・・・。死亡時刻が今までと違って分単位ではっきりしてるね。ま、全員の目の前で死んだわけだし、誤魔化しも推定も必要ないか。それから痙攣に吐血に嘔吐、死斑ときたか。薬物による中毒死・・・うん、なるほど」

 「凄惨・・・なんてものではないですね。ご本人も直前まで状況が理解できなかったご様子でしたし、本当に突然の死になってしまったわけですか・・・」

 「毒死ってことは、何か飲んだり食ったり打ったりしたわけだろ?普通だったら食い物に毒を混ぜて・・・」

 「はえええええっ!!?うちら全員同じお鍋からカレー食べてまいましたよぉっ!!?」

 「い、いや、カレーに毒が混ざってたらボクら全員同時に死んじゃってるから」

 

 早とちりでデケえ声出すんじゃねえチビ。カレーなんかに入れたら食っても死ぬし食わなきゃ怪しいしで、自分から疑われにいくようなもんだろ。あそこには他にも色んな食い物があったし、何より滝山ならそこら辺にあるものでも適当に食いそうだ。あいつに毒を飲ませること自体は特に難しくなさそうだな。問題はそれを誰がやったかだ。

 

 「それじゃあ次は現場を捜査しに行こうか。ここじゃなくて、裁判場をね」

 「そうか。お前はあの現場にいなかったんだったな」

 「モノクマファイルは精密だけど、やっぱり自分の目で見ないと」

 

 曽根崎を覗く俺たち全員の前で死んだ滝山について、あれこれ余計な誤魔化しをしても余計に怪しいだけだ。それをモノクマも分かってたみてえで、モノクマファイルはシンプルで正直に書いてある。けどやっぱり、死体を直接捜査することにはなんのか。何度やってもこれだけは気が乗らねえが、仕方ねえ。

 早速と裁判場に行こうとした曽根崎だが、少し歩いてから振り返った。

 

 「あれ?そういえば裁判場ってあのエレベーターで行けばいいのかな?」

 「・・・モノクマが、捜査したきゃ多目的ホールに来いっつってたぞ。どうせエレベーターは使うだろうけどな」

 

 

獲得コトダマ

【モノクマファイル4)

場所:なし

詳細:被害者は“超高校級の野生児”、滝山大王。死亡時刻は午前一時十五分。死体発見場所は学級裁判場。軽度の痙攣と吐血、激しい嘔吐の後に死亡。特徴的な死斑が確認できることから、薬物による中毒死と断定される。この死斑は、頸部、腕部、腹部と広い範囲にみられる。吐瀉物に血液が混ざっているため、胃袋などの内臓から出血していると推測できる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺と曽根崎は、滝山の死体を直に捜査するために、モノクマが指定した多目的ホールに来た。鉄の扉を開けると、そこには既にモノクマが待ち構えてた。そして入口のすぐ横の壁に六浜が神妙な顔をしてもたれかかってて、モノクマと微妙な距離感で笹戸が立ってた。

 

 「あれ?六浜サンに笹戸クンも来たんだ」

 「当然だ。なるべく時間が経たないうちに捜査をしたいからな」

 「ぼ、僕は・・・滝山くんのことが気になったから・・・」

 「いらっしゃーい!曽根崎くんに清水くん!んじゃ、これ以上待ってもあんまり来そうにないから、とっとと行っちゃいましょーか!学級裁判場殺人事件ツアーに!」

 「相変わらず反吐が出るほど悪趣味だな」

 

 にこにこと笑うモノクマは、張り切った様子でその場で一回転した。こちとらそんな気分じゃねえんだよ。いいからさっさと連れてけクソぐるみ。

 

 「そんじゃあオマエラ!今から寄宿舎のエレベーターまで移動するからついて来てね!」

 

 じゃあ最初っから寄宿舎のエレベーターに集合でよかったじゃねえか。無駄なことさせやがって。なんてことを言ったってしょうがねえってのも分かってるから、俺たちは黙ってモノクマの後に続いて寄宿舎のエレベーターまで移動した。他の奴らはまだどこかで捜査をしてるらしい。

 寄宿舎に着いてすぐ、赤い扉が開いて中のエレベーターが待ってましたとばかりに俺たちを迎え入れた。モノクマはそこで、先に行くからと消えた。たった四人で乗り込むエレベーターは、なんとなく物寂しい。初めてこれに乗った時は、もっと人数がいたのに。そんな煩雑な考えを掻き消すように、甲高い金属音とごうごうという暗い音が辺りに響く。そして再び華やかな照明で目の前が開けたかと思うと、そこには凄惨な姿の滝山が在った。

 

 「うっ・・・!」

 「はい!とうちゃーく!こんな所で捜査時間を打ち切っていちいちエレベーターを動かすのも面倒臭いから、さっさと捜査は終わらせちゃってね。ただでさえ学級裁判を打ち止めにされて、ボクだって消化不良なんだから!肉食のボクが野菜を食べたらお腹を壊しちゃうようにね!」

 「そういいながらもろきゅうを食べてるのはどういうことなの」

 「最近は暑いからさっぱりしたい気分なの!」

 

 理由になってねえじゃねえか。っつうかそもそも綿埃のテメエに食性なんかねえだろ。よくゲロまみれの死体を前にしてんなもん食えるな。モノクマの、ひいては黒幕の感性を疑う。ものすげえ今更って感じだが。

 変わり果てた滝山を前にして、笹戸は思わず目を背け、六浜は辛そうに軽く項垂れると、すぐに捜査を開始した。俺たちも、いつまでもモノクマに苛ついたり滝山の死に怯んでる場合じゃねえ。そんなちょっとした足止めさえ、この空間はさせてくれねえんだ。

 

 「う〜ん、これはひどいね。見た目もそうだし、時間が経って臭いまでキツい。鼻ピン持ってくればよかったかな」

 「言葉に気を付けろ、曽根崎。この程度で音をあげるな。滝山はもっと辛かったはずだ」

 「そ、そうだよね・・・六浜さん。ここは僕にやらせて」

 「なぜだ?」

 「だってホラ、六浜さん女の子だから、あんまりこういうの触りたくないでしょ。それにさ・・・滝山くんのことは、僕がやってあげたいから」

 

 死体の周りにゲロが広がって、いまいち近付きづらい。流石の六浜も曽根崎も躊躇った様子だったが、そこで笹戸が率先して前に出た。やっぱりゲロに足を踏み入れるのは躊躇ってたが、懐からビニール袋を取り出してそれを足に結んだ。簡易長靴ってところか。

 

 「ホラ、僕は大丈夫。だから、ね?」

 「・・・そこまで言うのなら任せた。我々も尽力するが、ここはお前を頼るとしよう」

 「勇気あるねえ笹戸クン!“超高校級の釣り人”の根性ってところかな?」

 「そんなんじゃないよ。僕はただ、滝山くんの友達として、ちゃんと彼の死と向きあってあげたいんだ。最期に滝山くんが言った言葉を・・・忘れたくないんだ・・・」

 

 滝山の最期の言葉か。俺もはっきり聞いた。あいつのあんな声はじめて聞いたし、最期のあいつの顔も覚えてる。つうか忘れられるわけねえ。

 もう二度と動くことのない滝山のそばにしゃがんで、笹戸は手を合わせてから調べ始めた。俺たちも少し離れて、できるだけの情報は集めよう。

 

 「痙攣や吐血があったってことは、滝山クンも分かってたんだろうね。自分がもう死ぬってこと」

 「野生の勘とかじゃねえの?ネコだって死に目に姿を消すっつうしな」

 「見てよ、この悲惨な死に顔。ゲロもそうだけど、涙もよだれも冷や汗も・・・顔から出るもの全部出てる」

 「それも毒のせいか?」

 「いや、単純に滝山クンが死ぬことを怖がってたからだろうね。それにしても、どんな毒を使ったんだろう?」

 

 こんな人間の表情は初めて見た。恐怖なんてもんじゃねえ、自分の死を悟り、怯え、怖れ、絶望した顔。もともと滝山はガキっぽかったから泣くことは不思議じゃねえが、あんなにか弱い奴じゃなかった。少なくとも、何も分からない裁判中でも黙ってられないような奴だった。

 にしても毒殺なんて、ずいぶん妙な真似をする犯人だ。人を刺したり首を絞めたりするのと違って、毒殺はその効果も発現するタイミングも、普通は知らねえ。それも滝山が死んだのは学級裁判中だ。即死する毒ならまだしも、しばらくは生きられるような毒なんか色々と怖くて使えねえよ。

 

 「ん、ねえみんな。これ見てよ」

 

 そう言って笹戸は、滝山のズボンのポケットから何か取り出した。こいつのボロボロのズボンにまだポケットとして機能する布が付いてたのか。見てみると、それはいかにも毒物然としたラベルの貼られたビンだった。その色は濃い茶褐色で、中身は空になってる。ほんのちょっと底の方に残ってるって感じか。

 

 「それは・・・毒か?」

 「うん。細かい字だけど色々書いてあるよ。このビンに入ってたのは毒だったみたい」

 「まだ底の方に残っているな。貸してくれ」

 

 四人で覗き込んでみると、ラベルには明らかにヤバそうな化学薬品の名前と、人体に及ぼす影響と取り扱い上の危険なんてのが書き込んである。飲まなくたってこの薬がどんだけヤベえもんかは分かる。すると六浜はビンを借りて、中に残ったうちのほんの数滴を手の甲に垂らした。

 

 「うぉいっ!?な、なにやってんだよ!?」

 「ろろろろろ六浜さん!!?なに素手で触ってんの!!?毒だよそれ毒!!」

 「安心しろ、毒と言っても強酸性・強アルカリ性というわけではない。それに多くの毒物は体内に摂取することで効果が発現する。まあ、触らないに越したことはないが・・・これは皮膚に触れても大して害はないから問題ない」

 「何より褐色ビンに入ってるってことは、化学的に不安定な物質ってことだもんね」

 「あっそう・・・ならいいんだけど」

 

 ついに気でも触れたかと思ったが、そういうことか。ちょっと覗いただけであんな細かい注意書きに目を通したってのかよ。ほんとそういうところだけは超人的だな。それで何をするかと思えば、その数滴を臭ったり手の甲でこねくり回したりして観察した。

 

 「ふむ、なるほどな」

 「何がなるほどなの?」

 「これは水だ」

 「あん?」

 「これは毒物などではない。完全なる水だ。水道水だ」

 

 六浜は何を自信満々に言ってやがんだ?水道水だと?このビンに入ってるのがか?いやいやいや、毒の名前が書いてあるだろ。ラベルにはっきりとよ。

 

 「ホントに?妙だね、滝山クンは毒殺された。飲んだと思われる毒のビンは彼のポケットにあった。でもその中身はただの水道水・・・う〜ん、水道水でキレイに洗ってリサイクル、なんてわけないか」

 「ちゃんと考えてよ曽根崎くん!」

 「ははは、冗談だよ。でもま、やっぱり直接調べに来てよかった。色々と面白いことが分かったしね」

 

 面白いことなんてなかっただろ。わけ分からねえことが増えただけだ。滝山は殺されたんじゃなかったのかよ、なんで毒の瓶がこいつのポケットから出てくるんだ。それに、この瓶には見覚えがある。確か、古部来殺しの犯人を見つける学級裁判の直前、こいつが必死になって飲んでた奴だ。遠目からじゃラベルまでは分からなかったけど、これに間違いない。そうすると、こいつが毒を飲んだのって・・・。

 

 「あ、あとこれ・・・」

 「ん?それは」

 「滝山くんの電子生徒手帳。たぶん・・・まだ本人も使ったことないと思うけど」

 「だろうね。で、それどうするの?」

 「電子生徒手帳は個人のプライバシーに深く関わる物なので、ボクが回収します!いくら友達だからって人の電子生徒手帳まで勝手に持ち出しちゃダメだよ!カギの交換は友達以上から!」

 「恋人未満でもいいんだ」

 「そんな含みのある発言ではなかっただろう!不純だぞ貴様!」

 

 笹戸が取り出した滝山の電子生徒手帳を、モノクマが横からひったくった。まあ一度も起動してないんだったら、あそこに事件の手掛かりが残ってるとは考えられねえな。

 

 

獲得コトダマ

【滝山の違和感)

場所:なし

詳細:天真爛漫で無邪気な滝山は裁判中もとにかく落ち着いてはいなかったが、前回の裁判中は一言も喋らないほど大人しかった。花火中はいたずらを仕掛けるなどして普段と変わりなかった。

 

【小瓶)

場所:滝山のポケット

詳細:いかにもヤバそうな名前の毒物のビン。中身はほとんど空になっていて、僅かに残っていたのはただの水道水だった。

 

【電子生徒手帳)

場所:なし

詳細:希望ヶ峰学園の生徒に一つずつ配られる電子タイプの生徒手帳。規則や合宿場の地図を確認したり、メモ機能やロック機能もついている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もともと滝山自身が物を持たねえ奴だった上に毒殺なんて殺し方だったから、裁判場での捜査は思ったより早く終わった。再びエレベーターで地上に上がると、まだもう少し捜査の時間はあるようだ。エレベーターを降りてすぐ、笹戸はまた桟橋で望月の手伝いをすると言ってそそくさと行っちまった。もう諦めて他のことした方がいいんじゃねえかあいつ。

 

 「お前たちは、これからどうする。まだ時間があるようだが」

 「そうだね・・・まだ行ってないところを捜査しようと思うよ。たとえば、毒殺といったら薬、薬といったら医療、というわけで医務室とか」

 「その連想ゲームいらねえからさっさと行くぞ」

 「うわあ!清水クンがボクをリードして捜査してるよ!すごい!こんなこトロスッ!!」

 「トロスッ!?」

 

 うるせえ馬鹿の口をガラス戸で思いっきり閉じてやった。顎でも外れて喋れなくなればいいと思ったが、閉める力が弱かったみてえだ。次の時のために体でも鍛えるか。

 予想してたことだが、六浜も同じように医務室を捜査しようと考えてたらしく俺たちについて来た。医務室に来てみると、さっきモノクマに連れられてここを歩いた時には点いてなかった医務室の明かりが、今は煌々と輝いている。誰か中にいるのか、と戸を開けてみると、思ってたのと違う奴がいた。

 

 「うおっ!?」

 「あ?穂谷じゃねえのか」

 「な、なんだよ清水・・・あいつの方が良かったのか?」

 「んなわけねえだろ。穂谷がここに入り浸ってたからそう思っただけだ、つかなんでそんなこといちいちテメエに説明しなきゃいけねえんだ」

 「お前が勝手に言ったんだろ!オレのとっさのボケにも淡泊に返しやがってこんにゃろう!」

 「ボ、ボケにしては冗談が過ぎるような気もするがな・・・」

 「だって清水クンには望月サンっていう嫁がもうげふんげふん」

 「よ・・・・・・め・・・・・・!?」

 「むつ浜は今いいよめんどくせーよ!!」

 

 超めんどくせえ。俺だけもう別の場所の捜査に行きたくなった。けど気になるからここは調べねえわけにはいかねえんだよな。先に来てた屋良井は、やっぱり薬品棚からいくつかビンを取り出してラベルを読んでたみてえだ。モノクマファイルにも毒殺って書いてあったし、やっぱここ来るよなあ。

 

 「あ、穂谷で思い出した」

 「えっ!?なに清水クン!もしかして望月サンと『星空がキレイ』〜『お前の方がキレイだよ』的なやり取りをする傍ら、音楽資料館で穂谷サンと『私と貴方でラヴァースコンツェルトを奏でましょう』〜『デュエットにしちゃ激しくなるぜ』的なことも」

 「やああああああめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 「さすがに清水と穂谷じゃそんなこと、西から昇った太陽がまた西に沈んでってもねえと思うけどな」

 「いやあ、アンテナの人は天然タラシって相場が決まってるんだよ。だから案外晴柳院サンとか明尾サンとかとももうす、あっ!ご、ごめん清水クンごめんホントごめん。謝るよ謝る!ちゃんと謝るから腕外してよねえったら!このままじゃ外れるから!!ホントヤバいから!!もうホント外れァッ」

 

 いつも余裕のある曽根崎が珍しく本気で焦った様子になって俺にあれこれ言ってきたが、そろそろこんくらいのことしねえと。こいつも調子乗ってきたからな。

 

 「はあ・・・はあ・・・よくやった清水・・・・・・後でその辺の話は聞かせて貰うぞ」

 「むつ浜もこいつの妄言いちいち間に受けんじゃねえ」

 「むつ浜ではない!!六浜だッ!!」

 「お前らおもしれーな」

 

 見た事ねえ方向に曲がってる肩に悶絶する曽根崎は置いといて、何の話だったか思い出す。ああ、穂谷がここで見つけた手掛かりのことだっけ。クソ野郎の余計な一言のせいで話が横道にずれちまった。

 

 「確か、穂谷がそこの棚から毒の瓶がなくなってるっつってたんだ。裁判前の捜査の時に言ってたから、その前からなくなってたんだな」

 「そうなのか。穂谷がその瓶を最後に見たのはいつだ?これと同じ物だったか?」

 「あんまし詳しくは聞いてねえけど、褐色のビンとは言ってたぞ。それから、なくなったのはパーティーの準備中だみてえなこと言ってたような気がする」

 「つ、つまり滝山クンが毒を飲んだのも、うぅ・・・パーティーの準備中からパーティー直前にかけてってことになるね・・・いたた」

 「あ、自力で治した」

 「ひどいよ清水クン!いくらなんでもジャーナリストの肩外しちゃダメでしょ!しかも右腕って!キミは鬼か!あ、角は立ってたね」

 

 今度は左肩を外してやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『「我思う故に我在り」の対偶は「我在らざる故に我思わぬ」。存在すらしないものは考えることもないんだよ。でもそれって、存在するものはみんな考えるってことになるのかな?考えないものは存在しないってことになるのかな?頭を働かせろ!考えるのを止めるな!考えるのを止めた時、オマエラはもう存在していないってことなんだよ!というわけで、寄宿舎の赤い扉の前に集合してください!オマエラの存在を証明してやりましょう!え?誰にかって?オマエラで考えな!うぷぷぷぷ!』

 

 無駄に長いアナウンスが医務室に響く。遂に二度目の捜査時間も終わった。長かったような、短かったような。なんで今回に限ってそんなことを思うんだ?いつもと違って特殊なパターンだったからか?分からねえ。とにかく、俺たちはもう寄り道することもなく、ただ一箇所に集められるだけだ。

 

 「・・・うぜえな」

 「コギト命題を引き合いに出す必要はあったのだろうか」

 「あいつどうせ何も考えてねえだろ。ヘソ曲げられちゃたまらねえし、さっさと行こうぜ」

 「お、おーい!誰でもいいから助けてよぉ!」

 

 わざとらしく痛がる曽根崎の肩を乱暴に嵌めてやると、また妙な呻き声をあげて肩を摩りながら立ち上がった。余計なこと言う前にぶん殴るつもりで睨み付けたら、さすがにこれ以上痛い目みたくねえのか両手を挙げて降参した。最初っからそうしてりゃいいんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寄宿舎の赤い扉はまた開く。もうこれで四回目だ。乗る度に周りの人間が減っていく。次にこのエレベーターに乗る時には、またここから一人減ってるのかと思うと、あの独特の緊張感と興奮が胸の奥底から湧き上がってきた。

 

 「やってやろうじゃねえか」

 「ふふっ・・・その意気だよ、清水クン」

 

 正体の分からないクロに向かって言った俺の言葉に反応したのは、土の壁を眺める曽根崎だった。薄ら笑いを浮かべてペンを回しながら、手帳に連ねた手掛かりを眺めてる。こいつの頭の中では、もう既にこれらの手掛かりから推理が始まってるんだろう。この中に潜んだ、人殺しの正体を暴くために。

 エレベーターの止まる重い衝撃が、俺たちに覚悟を決めろと叫ぶ。裁判場から差し込むまばゆい照明が、俺たちに逃げ場はないと釘を刺す。性根から歪んだモノクマの笑顔が、俺たちの命を弄ぶ興奮を待ちわびている。踏み出す一歩に、いつも以上の力がこもった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り10人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

 屋良井照矢  鳥木平助  【滝山大王】【アンジェリーナ】




前回の分割した分をちゃちゃっと直しただけなので間隔が詰まってますね。なぜすぐに更新しなかったかというと、次もそんなペースで更新されると思われると困っちゃうからです。マイペースにいきませう


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

学級裁判編2

 俺の隣の証言台には、血と吐瀉物に沈んだ滝山の死体はもうなくて、代わりにやたらと高い遺影が置かれていた。濁った血の色でバツ印を描かれたモノクロの中で、滝山は不満そうに口を歪めている。少なくともこの写真を撮られた時の滝山は生きていた。今はもう、死体すら見ることはできなくなってしまったってのに。

 

 「モ、モノクマ。滝山くんの死体は・・・どこに行ったの?」

 「え〜?笹戸くんってば、ゲロや死体と一緒に裁判したいの?せっかくボクが、オマエラが快適に議論できるようにしてあげたっていうのに!変な趣味!」

 「そういうことじゃなくて!」

 

 笹戸の言わんとしてることを敢えて察してない風に、モノクマは悪質な笑みを浮かべる。分かるだろ。あれだけのゲロと人間一人の死体だぞ。掃除して見た目はきれいに見えても、臭いとかまでは消せない。晴柳院じゃねえが、残留思念的な何かがあったりするんじゃねえのか。

 

 「心配する必要はない、笹戸」

 「えっ?」

 「ここは前回とは違う裁判場だ。エレベーターの降下速度と降下時間が違った」

 「マジかよ・・・そんなところ全然気にしてなかった・・・」

 「裁判を重ねるごとに、壁紙だけでなく床の模様まで変わっていたのが気になってな。一度染みができてしまえば張り替えるのはそう簡単ではない。試しに計ってみたまでだ」

 

 いや、疑問には思ってたけどそんなことしようとは普通思わねえよ。にしてもそんな単純なカラクリだったのか。要するに地下一階以下の階を似たような造りにしてるってだけだ。別にそれが分かったところで、犯人がトリックに使うとかいうことはねえよな。裁判場は完全にモノクマの支配下にあるんだ。

 

 「えー、ではでは、これより中断していた学級裁判を再開していこうと思います!せっかく曽根崎くんが戻ってきたっていうのに、結局人数は変わらなかったんだなあ、モノを」

 「くだらねえこと言ってねえで、さっさと始めんぞ」

 「やる気まんまんだねえ、清水クン」

 

 一人減って一人戻った。結局この裁判場には、前と同じ10人が立っている。そしてこの中から、また一人消える。その消える一人が誰か決めるのは、俺たち自身だ。

 狂気と猜疑の裁判場が、俺たちの命を乗せて回る。全てが終わった後に待つのは理不尽な絶望と、ほんの少しの勝利の味。それが分かってても、分かってるからこそ、俺は呼吸を整えて臨む。この裁判でも、勝つのは俺だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コトダマ一覧

【モノクマファイル3)

場所:なし

詳細:被害者は“超高校級の棋士”、古部来竜馬。死亡時刻は午後九時四十分頃。死体発見場所は資料館北の湖畔。頭部から胸部にかけて激しく損傷し、胸部の火傷は内臓まで到達。数カ所に異物が刺さっており、骨折も複数ある。

 

【何かの焼けた跡)

場所:湖畔

詳細:古部来の死体の周辺に散っていた燃えかす。木っ端微塵になっているが、かなりの種類と量がある。

 

【花火の煙)

場所:湖畔

詳細:事件の直前に、遊んでいた花火が突如として大量の煙を噴き出した。もともと煙が出やすい種類の花火だが、通常なら視界を遮るほどではない。

 

【煙の中の閃光)

場所:湖畔

詳細:煙幕の中で清水が見た強烈な閃光。同時に炸裂するような音もした。古部来が倒れていた辺りに見えたため、事件と関係していると思われる。

 

【古部来のダイイング・メッセージ)

場所:湖畔

詳細:歪な形の円が描かれていて、円周の一点に血が付いている。古部来が何かを伝えようとしていたようだ。

 

【うつ伏せの古部来)

場所:湖畔

詳細:古部来の死体はうつ伏せに倒れていた。死因となった火傷や裂傷は全て前面にしかなかったため、不自然であると言える。

 

【角行)

場所:湖畔

詳細:古部来の前方に、ダイイングメッセージと重なる場所に落ちていた。生前の古部来が大切にしていたもの。傷やシミが年月と威風を醸している。

 

【笹戸の証言)

場所:桟橋

詳細:事件発生直前、笹戸は湖畔に打ち上げられていたピラルクーの死体を供養しに桟橋に行っていた。死体は、成熟していないまま死んでいたにもかかわらず、特に襲われた痕跡などはなかったらしい。

 

【夜中のパーティー)

事件当日の夜、鳥木の提案で全員参加のパーティーが開かれた。発掘場で食事を楽しんだ後、湖畔に移動して花火をした。

 

【アルミホイル)

場所:食堂

詳細:食堂にあったアルミホイルが新品になっていた。モノクマが補充したらしいが、鳥木によれば準備の時点では特になくなりそうな気配はなかった。

 

【ダイヤル錠)

場所:倉庫

詳細:倉庫の格子戸を施錠している鍵。番号は全て3679で統一されている。

 

【曽根崎のメモ帳)

場所:なし

詳細:曽根崎が愛用している革カバーのメモ帳。捜査の途中経過や発掘場でのパーティーの詳細な様子も記されている。

 

【血溜まり)

場所:発掘場

詳細:曽根崎の血が半端に地面に染み込んだ跡。生々しく鈍い光沢を放っていて、強い血の臭いを漂わせている。

 

【資料館のパソコン)

場所:資料館一階

詳細:曽根崎が解析中の旧式パソコン。資料館専用のものとなっていて、資料検索や文書作成などの便利な機能もついている。

 

【略地図)

場所:なし

詳細:煙が発生する直前と死体発見時の全員の位置をまとめたもの。曽根崎と六浜が協力して書いた。

 

【粉々のガラス)

場所:湖畔、発掘場、資料館

詳細:古部来の周りに大量のガラスの破片が大量に落ちていた。古部来の体にもいくつか突き刺さっている。発掘場で倒れていた曽根崎や、資料館の外で襲撃された六浜の周辺にも同じものが散らばっていた。赤みがかった茶色をしている。

 

【消えた毒の瓶)

場所:医務室

詳細:医務室の薬品棚から毒の瓶が一本持ち去られていた。パーティー準備中に穂谷が全て揃っているのを確認したため、それ以降に持ち出されたと考えられる。

 

【合宿場規則13)

場所:なし

詳細:規則13,『同一のクロが殺せるのは、一度に二人までとします。』

 

【テロリスト『もぐら』の資料)

場所:曽根崎の個室

詳細:曽根崎が独自に集めた情報をまとめたファイル。世間を騒がせている謎の連続テロリスト『もぐら』について、最初の事件から最新のターゲットまでを事細かに調査・記録してある。鍵付きの引き出しに仕舞って、表紙にフェイクを仕込むほど、曽根崎は隠そうとしていた。

 

【古部来の部屋)

場所:古部来の部屋

詳細:夥しい数の棋譜が部屋のあちこちに貼られている。部屋の持ち主の凄まじい執念が垣間見える。

 

【砕けたビン)

場所:発掘場

詳細:胴体部分が跡形もなく砕け散ったビン。口の方は原型を留めている。明尾が掘った穴の中に隠すように捨てられていた。

 

【水のボトル)

場所:発掘場

詳細:パーティー用に食堂から持って来られていた水の入ったガラス製のボトル。モノクマキャップがキュートな茶褐色ボディは、ただのガラスなので耐久性はいまいち。

 

【テラスの足跡)

場所:資料館二階・テラス

詳細:手すりとテーブルに土の足跡が付着していた。靴を履いた形跡はなく、どちらも裸足のものと断定できる。

 

【モノクマファイル4)

場所:なし

詳細:被害者は“超高校級の野生児”、滝山大王。死亡時刻は午前一時十五分。死体発見場所は学級裁判場。軽度の痙攣と吐血、激しい嘔吐の後に死亡。特徴的な死斑が確認できることから、薬物による中毒死と断定される。この死斑は、頸部、腕部、腹部と広い範囲にみられる。吐瀉物に血液が混ざっているため、胃袋などの内臓から出血していると推測できる。

 

【滝山の違和感)

場所:なし

詳細:天真爛漫で無邪気な滝山は裁判中もとにかく落ち着いてはいなかったが、前回の裁判中は一言も喋らないほど大人しかった。花火中はいたずらを仕掛けるなどして普段と変わりなかった。

 

【小瓶)

場所:滝山のポケット

詳細:いかにもヤバそうな名前の毒物のビン。中身はほとんど空になっていて、僅かに残っていたのはただの水道水だった。

 

【電子生徒手帳)

場所:なし

詳細:希望ヶ峰学園の生徒に一つずつ配られる電子タイプの生徒手帳。規則や合宿場の地図を確認したり、メモ機能やロック機能もついている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【学級裁判 再開】

 

 

 「さて、まずはみんなに一つお願いがあります」

 「またお願いかよ!デジャヴかよ!」

 「改まってなんだ曽根崎。聞くだけ聞こう」

 

 前回同様、裁判が始まるや否や一人が声をあげた。前は六浜だったが、今回は曽根崎だ。お願いって、今更なんなんだよ。

 

 「一応だいたいのことは清水クンや望月サンから聞いたんだけど、やっぱりちょっと不安だからさ、悪いんだけど前回の裁判の流れ説明してくんない?」

 「やはりか、構わんぞ。我々にとっても空いてしまった捜査時間は無視できない。一度裁判をさらおうと思っていたところだ」

 「二度も同じ話をするのは億劫なので、みなさんにお任せします」

 「いきなりサボり宣言すんなよ!」

 

 言われなくてもやるっつうんだよ。どうせ曽根崎にとっちゃ大した意味はねえんだろうが、俺たちはまるまる前回の話を覚えてるわけじゃねえ。改めて確認しとかなきゃ、後で余計な食い違いがあったらうざったくてしょうがねえ。

 

 「まず最初に被害者の整理をした。湖畔で古部来竜馬、発掘場で曽根崎弥一郎、資料館前で六浜童琉がそれぞれ被害に遭った。それまでの事件と異なり複数の被害者が出たことはこの事件の特徴だが、なぜ複数人の被害者が出たかについては結論が出ないままだった」

 「確かにそうだね。クロになる条件を満たすなら、古部来クンを殺した段階で十分だ。やっぱり他に目的があったのかな」

 「まあその辺の話は今はいいだろう。続きを話すぞ」

 

 なんで被害者が何人も出たか、確か答えは有耶無耶になってたような気がする。どうだったっけか。やっぱり改めて流れを整理することになってよかった、と内心ほっとした。

 

 「古部来の死の状況と、曽根崎と私の負傷状況があまりに異なることから、二つの事件を起こしたのは別の人物であるという説が出た。そしてそのために、古部来の死についてより深く考えていくことにした」

 「彼の負った大きな火傷と全身の傷、そして煙が発生した際に鳴った音などから、古部来君の死因は爆殺だと断定されましたね。凶器となった爆弾は、クラッカーをアルミホイルなどで改造したものということが判明しました」

 「ふむふむ。クラッカーに花火の火薬、それからアルミホイルか。誰にでも持ち出せたっていうことは凶器から犯人を絞るのは無理か」

 「あ、あんな煙の中で誰かを狙うなんて・・・それもお一人で離れてた古部来さんだったいうことで、手近な人を無差別に手にかけたんやなくて、最初から古部来さんを狙うてたってことになったんですよね・・・」

 「しかしあの煙の中で特定の誰かを、ましてや古部来を狙うなど至難の業じゃ。そこで犯人はどうしたか!そう!嗅覚を頼ったんじゃ!」

 「発掘場でのパーティーの最中に古部来くんが噴き出したドリアンジュースの臭いが、古部来くんの服に染み付いてたんだ。あの強烈な臭いなら、体臭とかよりも確実性が高いから」

 「とは言っても、外で火薬の臭いも混ざってるあんな中で臭いを頼りに古部来の所まで行くなんて、普通の人間にゃ無理だ。けど逆に、それができる奴が犯人ってことになる。そんなことができんのは、“超高校級の野生児”で犬並の嗅覚がある滝山だけだ!」

 「ですが投票を目前にして、滝山君は亡くなってしまいました。古部来君を殺害したのは自分じゃない、真犯人を知っている、という言い逃れにしては出来の悪い言葉を遺して」

 

 穂谷がそう締めくくって、裁判の復習は終わった。曽根崎は俺らが話すペースに全く遅れないスピードでペンを動かしてたが、裁判場が静かになると同時に手を止めた。これが大まかな流れだ、結局分かったのは古部来を殺した凶器とどうやってあの煙の中で古部来に近付いたか、だ。凶器はともかく、後半の部分はマジで滝山にしかできない。だから古部来殺しの犯人は滝山しかいねえはずだ。

 

 「これが前回の裁判の流れだ。曽根崎は今ので十分か?」

 「そーだね。結局みんな、犯人は滝山クンって結論に満足してる感じ?」

 「いや、そりゃそーだろ。他にあの煙ン中で狙って殺す方法なんてねえって。ドリアンジュースのことも偶然にしちゃ都合が良すぎる」

 「ドリアンジュースのことの根拠は?」

 「お前が俺に渡しただろ、手帳。あん中に書いてあったんだよ。っつかお前が書いたことだろ」

 「あ、そっかそっか」

 

 二つだけ質問して、曽根崎は納得したように頷いてもう一度ペンを止めた。ようやく全員が同じ条件で議論が始められる。誰かが発言するより先に、六浜がよく通る声を発した。

 

 「ちなみに今回の裁判でも、私に議論の主導させてもらうぞ」

 「あ、じゃあ議長!早速いいですか!」

 「うぜえ黙っとけ」

 「いいぞ言ってみろ」

 「いきなり真っ二つではないですか・・・!」

 

 改めて始まるや否やえらくテンション高く言った曽根崎にムカついた。どうせこいつに何か言わせたところで議論が混乱するだけだから何も言わせたくねえんだが、他の奴はそうでもないらしい。曽根崎は俺の意見は無視してぺらぺらと話し出す。

 

 「前回の裁判ではギリギリのところで滝山クンが死んだから投票してないってことだったけど、みんなは滝山クンが古部来クンを殺した犯人っていうことでもうオッケーなわけ?死の直前に古部来クンを殺した真犯人がいるって言い遺してたのに、その可能性は最初っからアウトオブ眼中?確かに煙の中で古部来クンを探すことなんて、超人的な五感を持ってる滝山クンにしかできないことだとは思うけど、でもそれってあくまで状況証拠じゃん?物的証拠がないんじゃ決めつけるのは危険だと思うけど。だってこれ命懸けなんだもん!目に見えて手に触れる確かな根拠がないとボクは納得できないなあ」

 「ホントよくしゃべんなお前」

 「要するに、滝山が古部来を殺害した犯人だという結論に異を唱えるわけだな」

 「そ!」

 

 たった一言で済んだじゃねえか。何をべらべらくちゃくちゃと余計なことを付け足しやがって、曲がりなりにもジャーナリストならもっと簡単に分かりやすく言えアホ。そんでもって、今になって滝山犯人説に待ったをかけるとか、どういうつもりなんだ。やっぱり大声出してでもこいつの発言は邪魔するべきだった。

 

 「いまさら滝山が犯人ってこと疑ってどうすんだよ。あいつ以外に誰が煙の中で臭いを嗅ぎ分けられるんだ」

 「“超高校級の調香師”とかならありそうだけどな!オレは違えけど」

 「それに滝山君が犯人でないとしたら、彼が発掘場であなたにドリアンジュースを渡したことはただの偶然だったということですか?あまりにも都合が良すぎる話ではないですか」

 「どうだろね。滝山クンがボクにジュースを渡したのは事実だし、そこは疑いようのないことだ。けど今回の事件の流れで、本当に滝山クンはクロになることができたのかな?」

 「・・・どういう意味ですかぁ?」

 「せっかくだから、いつもみたいに事件の流れを最初っからおさらいしてみようよ。滝山クンが犯人だと仮定した上で、実際の犯行の順序に沿ってさ!」

 

 なんだそりゃ。さっき裁判の流れを確認したばっかなのに、なんでもう一回事件の流れを振り返らなきゃいけねえんだ。二度手間だろうが。誰がなんと言おうと、臭いで古部来に狙いを付けたってことが揺るがねえ以上、滝山が犯人ってことは変わらねえ。無駄な部分だからさっさと終わらせてやる。

 

 

 【議論開始】

 

 「それじゃ、滝山クンが犯人っていう前提のもとで、最初から事件の流れをおさらいしてみよっか」

 「彼が行動を開始したのは、パーティーの最中です。まず彼はドリアンジュースを用意して“曽根崎君に”飲ませようと渡したのです」

 「それを曽根崎が古部来に渡したから、結果的にあいつが殺されることになったんだな。で、古部来がドリアンジュースを飲んだのを確認して、あいつは“古部来に狙いを定めた”んだ。花火中に殺すってのを計画した上でだ」

 「湖畔で花火をしつつ、滝山大王は予め仕込んでいた花火の煙が噴き出す瞬間を見計らって、古部来竜馬の臭いを嗅ぎ取って近付き、“倉庫から持ち出した”材料で改造したクラッカー爆弾で奴を殺害した」

 「その発言、待ったじゃ!!」

 

 

 

 

 

 「うむ、おかしい・・・やはりおかしい!実におかしい!いや、絶対におかしいぞ!もしや曽根崎よ、これがお前の疑問の根拠か!?」

 「ど、どないしはったんですか明尾さん・・・?いまの何がおかしいんですか?」

 「滝山が犯人だと仮定した上で、犯行に不可欠なクラッカー爆弾を用意するとなると、やはり奴には無理なのではないかと思ってな。いや無理じゃ!」

 「それはなぜそう思うのだ?」

 「なぜならば、クラッカー爆弾を作るには花火やクラッカーを事前に倉庫から持ち出さねばならんじゃろう?倉庫からそれらを持ち出すには、格子のダイヤル錠を外さねばならん。しかしの、滝山にはそれができんのじゃ!」

 「できない・・・というのは、どういう意味合いででしょうか?」

 「それを言わせるの鳥木クン。要するに滝山クンにダイヤル錠は難しすぎたってことだよ!」

 

 言わずもがなだが馬鹿馬鹿しい。ダイヤルを回して数字を合わせるってだけのめちゃくちゃシンプルな錠前だが、滝山にそれが理解できなかったと言われても違和感はない。むしろそっちの方が自然だ。数字が三つ以上あるもんを、あいつが使いこなせるとは思えねえ。

 

 「わしはパーティーの準備中にこの目ではっきりと見たぞ!わしは地中の化石すら見通すほど目に自信があるでな、信用するがいい!」

 「メガネかけてんじゃねえか」

 「にわかには信じがたいな、あの程度の機器なら問題なく使用できると考えられるが」

 「いやでも・・・シャワーも使えなかった滝山クンだからなあ。ダイヤル錠なんて複雑過ぎるかも」

 「滝山にダイヤル錠が開けられなかったとしたら、倉庫から火薬やクラッカーを盗むことは不可能だな。まさか都合良く誰かが持って行ったわけでもなかろうに」

 

 猿同然のアホさ加減だった滝山が、人目を盗んでダイヤル錠を開けて必要な物を持ちだしてまた錠をかけてなんて器用なマネするところ、想像できねえ。誰かが代わりに開けてやったとしても、そんな怪しげな動き見逃すはずがねえ。そこは分かる。けどそれに付いてくる結論だけは、まだ俺には納得ができねえ。

 

 「そもそもあの滝山クンにダイヤル錠を開けたりクラッカーを改造したりする以前に、ここまで殺人計画を立てられる知恵があるとは思えないよね!」

 「不必要に死者を冒涜するな。だがお前の言う通り、滝山が一人で古部来の殺害を実行するには障害が多すぎるな」

 「でしょっ?だからさ、みんな一回頭ン中リセットしてみなよ!滝山クンは犯人じゃない、古部来クンを殺したのは別の・・・」

 「だが、まだその時ではないッ!!」

 

 またしても平然と滝山を馬鹿にする曽根崎を六浜が止めた。確かに滝山にとっては色々と無理がありそうなやり方ばかりだ。だがそれは、あいつが本物の猿知恵しかなくて犯行計画すら立てられねえって話だ。それこそ状況証拠にすらならねえただの憶測だ。もっと決定的な事実を俺たちは知ってる。六浜がそれをぶつけた。

 

 「曽根崎よ、張り切るのは分かるが、あまり焦っても良いことはない。冷静になれ」

 「うん?ボクはずっと冷静だよ。むつ浜サンこそ何さ。ボクの意見に賛成じゃなかったの?」

 「むつ浜ではない!六浜だ!お前の言いたいことを言う前に、まだ解決していないことを明らかにするべきだ!復帰早々悪いが、試させて貰うぞ!」

 

 

 【反論ショーダウン】

 

 「滝山が古部来を殺害した犯人だと仮定した上で、その犯行に障害が多くあるというのは確かに見逃せん。だがしかし!それでもまだ決定的な事実が残されている!」

 「ここまで話してまだ納得いかないの?六浜サンはもうちょっと頭が柔らかいと思ってたのになあ。その決定的な事実ってなに?」

 「古部来は湖畔で花火から噴き出した煙に紛れて殺害された。全員が視界を奪われた中で犯人は臭いを頼りに古部来に近付いたのだ!これをできたのが“滝山しかいなかったという事実こそ”が、滝山が犯人であるという揺るがざる証拠だッ!!」

 「惑わされちゃいけないよ」

 

 

 

 

 

 「どうやら、みんなは根本的に勘違いをしてるみたいだね。いや〜、参った参った」

 「根本的に・・・だと?」

 

 強く、厳しく、鋭利な言葉で曽根崎に斬りかかる六浜の論をひらひらとかわすように笑いながら、曽根崎はその論の一縷の隙に付け入る。カウンターのごとく切り返すと、またへらへらしながら軽く言う。

 

 「確かに、あの煙の中で古部来クンを狙うことができたのは滝山クンだけだ。ドリアンジュースの件も偶然なんかじゃなくて、犯行計画の中に組み込まれてたもので間違いない。だけど、それだけじゃ滝山クンが犯人だなんて言えないはずだよ」

 「ど、どういうことですかぁ・・・?滝山さんにしかできへんかったら、他に犯人なんて・・・」

 「ああ、それも勘違い。犯行ができることと、犯人であることは必ずしも同じじゃない」

 「ええい!何を言っとるかちんぷんかんぷんじゃ!!まどろっこしいことで誤魔化さんとズバッと教えんか!!」

 

 ずっと曖昧で不確実なことしか言わねえ曽根崎に俺たちは頭を抱える。何が言いてえんだこいつは。滝山にしかできねえなら滝山が犯人じゃねえのか。曽根崎はペンを回しながら、自分では教えねえって無言で主張してくる。他の誰かが気付くまでこのまま続けるつもりか。ふざけやがって。こんなところで止まってる場合じゃねえんだよ。

 

 

 【思考整理】

 

 曽根崎の言い分は・・・

     ・・・滝山は古部来を殺した犯人じゃねえ

 

 煙の中で古部来を特定できたのは・・・

     ・・・滝山以外には不可能だった

 

 滝山に犯行は可能だったか・・・

     ・・・古部来を特定する以外のことは滝山には無理がある

 

 滝山はどういう風に事件に関わってるか・・・

     ・・・犯人でも被害者でもないが事件には関わってる存在

 

 つまりこの事件の中で滝山の立ち位置は・・・

 

 「そういうことかッ・・・!」

 

 

 

 

 

 「滝山は・・・共犯者だったってことか?」

 「んんっ!その通りだよ清水クン!」

 「きょ、共犯者ぁ?」

 

 色々と複雑に考えてたが、一度整理して考えてみたら、自分でもびっくりするくらいあっさりと閃いた。むしろ今まで閃かなかったのが不思議になるくらいに、曽根崎の全ての発言が繋がってきた。滝山は古部来を殺した犯人じゃなくて、共犯者だったんだ。

 

 「滝山クンには不可能な犯行の準備、滝山クン以外には不可能な殺害の実行。この矛盾を成立させる答えは一つ、彼は誰かと共犯関係にあったってことだ」

 「そ、そんなことあり得るのですか!?共犯など・・・にわかには信じがたいのですが・・・!」

 「っていうか、共犯者ってクロとは違う扱いになるんじゃなかったっけ?よく覚えてないけど・・・」

 「んもう!最初に言ったでしょ!クロは直接手を下した人のことで、共犯者はいくら手伝っても、殺してない限りはクロになりません!」

 「つまり、犯行を幇助することで共犯者が得るメリットはない、ということか。クロを知りながら黙秘することは、自らの命を捨てるに等しい」

 

 笹戸の質問に、モノクマが頭から湯気を出して怒る。そこまでのことじゃねえだろ。だが共犯者がクロにならねえとなると、望月の言うとおりそこにメリットはない。どうせ学級裁判になったらクロを処刑しなきゃ自分が死ぬことになるんだ。テメエの命捨ててまで誰かを生かそうなんて発想、自分が可愛いこいつらに浮かぶわけがねえ。

 

 「ではこの論は破綻だ。滝山大王が共犯者である可能性はあり得ない」

 「いきなり一刀両断じゃな!」

 「なんでさ」

 「共犯者として事件に関与したところで、滝山大王はこの場所から脱出できるわけではない。別の犯人が学級裁判に勝利することはつまり、共犯者である滝山大王の死も意味する。全く以て不合理だ」

 「それは確かに。いくら彼でも、その程度の不合理は理解できましょう」

 「全くその通りだな。それについてはどう考えているのだ、曽根崎」

 「そうだね。ボクよりみんなの方が分かってるんじゃないの?」

 「はあ?」

 

 いくら猿並みの滝山でも、クロに協力して死ぬことが自分にとって不都合だってことぐらいは分かるはずだ。それなのに共犯なんて、マジであり得るのか?そもそも、あの体だけでっかくなったガキみてえな奴が、殺人に加担すること自体が妙に引っかかる。滝山はクロか否か、本当はどっちなんだ?

 

 

 【議論開始】

 

 「“滝山くんが共犯者”で、古部来くんを殺す手伝いをしたなんて・・・信じられないよ!」

 「お前は奴が犯人だという話の時も反対してただろう。感情論は無意味だ」

 「学級裁判の制度がある以上、犯行を手伝うことで共犯者に利益があるとは考えられない。この事件は“滝山大王の単独犯行だ”と断言できる」

 「ホントにそうかなあ?まあ、普通ならこんな状況で“共犯関係なんてのはあり得ない”よね」

 「そんなにあっさり認めてしまうのですか!?」

 「言うてしまえば、滝山は相当知恵が足りん奴じゃったからのう。話を持ちかけられても、“共犯関係を理解できなかった”のではないか?」

 「それだッ・・・!」

 

 

 

 

 

 「あんなガキみてえな奴に、共犯なんて小難しい関係が理解できたわけがねえ。そこだけは絶対だ」

 「ならば、やはり滝山大王は共犯者では・・・」

 「ただ、共犯関係だと思ってなかったとしたら・・・可能性はある」

 「?」

 

 冷静に淡々と話す望月を遮って、俺は自分の推理を話す。望月は割り込んだ俺に苛つくでもなく、言っている意味が分からねえのか首を傾げた。反論されたら自分が話し中でも黙るところがこいつの良いところだ、本当にそこだけだ。

 

 「花火中のあいつのおちゃらけた態度と、古部来が死んだ後の捜査中から裁判中までのあいつの態度は明らかに違った。そうだよな?」

 「た、確かに・・・思い返してみれば、滝山さん・・・前の裁判の時は全然喋ってませんでしたね・・・」

 「何も分からねえから喋れなかっただけじゃねえの?」

 「いえ、彼はそれまでは不必要に中身のない発言を騒々しい声で喚き散らしていました。私が言うのですから、間違いありません」

 「自信過剰にも程があるよ・・・!」

 「たぶん滝山は、古部来が死ぬまで自分が共犯者になってるなんて理解してなかったんだろ。真犯人が上手いこと唆せば、臭いを辿って古部来を探すくらいのこと、あいつならやりかねねえ」

 「普段より元気がないとは思っていましたが、共犯者となってしまった後悔や恐れのせいだったということですか・・・」

 

 捜査中の様子を思い出して、鳥木が強く頷く。そこまで気付いてたなら推理するまでもなく分かんだろアホ。とにかく、滝山は共犯者だってことを知らずに、古部来殺しに協力してたってわけだ。他の奴ならいざ知らず、滝山ごとき騙すのなんてチョロいもんだろ。

 

 「どういう風にやったのかは分からないけど、たぶんイタズラしてやろうとかくらいのことを言ったんじゃないかな。そうすれば、テンション上がった滝山クンなら騙せるでしょ」

 「・・・確かに、筋は通っているな。滝山のような人間に計画を立てることや、殺人を躊躇なく実行することができるとは、私も考えにくい。共犯者だとすれば・・・納得はできる」

 「ぬうぅ!純朴で無邪気な滝山の気持ちを弄び、剰え殺人に利用するとは・・・まさに外道ッ!!鬼畜の所業ッ!!ゲスの極みおのれええええええええっ!!!」

 「お、落ち着いてください明尾さん・・・」

 

 一人で勝手に怒りに燃えてる明尾は放っといて、六浜も望月も納得したらしい。滝山は古部来を殺した犯人なんかじゃなかった、真犯人に騙されて共犯者にさせられたんだ。たぶん古部来の死体を見た時、あいつ自身も驚いたはずだ。どう騙されたのかは分からねえが、少なくとも自分が古部来の死に関係してるってことは分かったはずだ。

 

 「しかし、その根拠は一体なんなのですか?態度だとか、彼には難しすぎただとか、それこそ曽根崎君の言う状況証拠のようなものではないですか?確固たる何かがなくては、その論こそ信憑性に欠けます。違いますか?」

 

 そこに空気を読まず、穂谷がまた反論してくる。こいつは今回に限らずいちいちねちっこく、重箱の隅を突くようなことばっかり言いやがって。議論を進めたくねえのか、進められたら都合が悪いことでもあんのか。

 だが質の悪いことに、穂谷の突くところは見過ごせねえ。元々滝山が犯人じゃねえって話を始めた時に曽根崎が言ったことをそのまま返す辺りに性格の悪さがにじみ出てるが、言ってることは的確だ。

 

 「物的証拠ってこと?う〜ん、それはないかなあ。だって直接古部来クンを殺したのは真犯人なわけだし」

 「な、なんですかそれぇ・・・話が二転三転してますよぉ」

 「では、滝山君が共犯者だということも確定できないのではないですか?」

 「・・・でもね、できるんだよ」

 

 鋭い穂谷の指摘に、意味深に返す曽根崎。どっちもいつもの通りで、傍目に見てるだけで凄まじくむかっ腹が立つ。こいつらの議論に俺が付き合わなきゃいけねえって状況が苛ついてしょうがねえ。

 そんな俺の苛立ちに気付く由もなく、曽根崎は僅かに口角を上げて俺たちを舐めるように見渡し、そして口を開いた。

 

 「なぜなら・・・ボクを襲ったのは滝山クンだから」

 「はっ!?」

 「発掘場でボクの頭に鈍器を叩きつけた犯人・・・それが滝山クンなんだよ。だから、彼は古部来クンを殺した犯人じゃない」

 「え?お、おいおい!さらっと言ってっけどそれマジなのかよ!?」

 「マジだよ。キミたちの推理じゃ、古部来クンを殺した犯人とボクと六浜サンを襲った犯人は違うってことだったよね?ボクを襲ったのが滝山クンである以上、滝山クンが古部来クンを殺した犯人だっていうのはあり得ない」

 

 なんでこのタイミングなんだ?なんで今更そんなこと、そんな簡単に言うんだ?なんでこいつは今までそれを隠してたんだ?滝山が曽根崎を殺し損ねた犯人?資料館で俺の目の前で六浜に怪我をさせた犯人?そして古部来を殺した奴の共犯者?・・・・・・何がどうなってんだ?

 曽根崎のたった一言で俺の頭の中には疑問が駆け巡った。滝山が古部来を殺したっていう考えが否定されただけじゃなくて、本当は滝山は真犯人に騙されてた共犯者で、曽根崎と六浜を殺そうとした犯人で、でももうそいつも死んじまってて・・・一体何を明らかにすれば良い?何を話せばいいんだ?

 

 「い、一旦整理させてくれ曽根崎。お前はその・・・なぜ滝山がお前を襲った犯人だと断定できる?」

 「見たんだって言うだけじゃ信じてもらえないだろうから、その時のことも話すね。古部来クンが殺された後の捜査中、ボクが発掘場に行ったら滝山クンがいたんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「やあ、滝山クン」

 「ひぅっ!?そ、そねざき・・・!?」

 「うん?どうしたの滝山クン、顔色悪いよ」

 「えっ・・・・・・ほ、ほんとに?そんなこと・・・ねえよ・・・」

 「ま、無理もないか。まさかこのタイミングで古部来クンが殺されるなんて、ボクもちょっとびっくりしたよ」

 「・・・そう、だよな・・・・・・ひどいこと、だよな」

 

 発掘場にいた滝山クンは、ひどく落ち込んだ様子だった。ただならぬ雰囲気は察してたんだけど、ボクも注意力が足りなかったかな。でもスクープってキケンな所に潜んでるものだし、虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うしね。そこでボクは滝山クンと二人きりで、発掘場を捜査することにしたんだ。

 

 「湖畔でいきなり犯行を思いついたとは考えられないよなあ。ってことは、パーティー中にはもう誰かを殺す気でいたわけだ。殺意をおくびにも出さずに紛れ込むなんて、なかなか狡猾だね」

 「あくび?コーカツ?」

 「あ、でも有栖川サンと石川サンの例もあるし、案外できるものなのかな。人を殺しても、誰にも気付かれないでいられるものなのかな」

 「っ!さ、さあ・・・わかんねえよ・・・」

 

 思えば、ちょっとはボクにも責任あったのかなーなんて。別に決めつけてたわけじゃないけど、滝山クンはあからさまに怪しかったから気をつけるべきだったよ。知らず知らずの内に、精神的に彼を追い詰めるようなことばっか言ってたや。そりゃ滝山クンには厳しいよね。

 

 「とにかく、計画的犯行になるわけだ。ここにも何か証拠が残ってたりしないかな」

 「な、ないとおもうな・・・だって、こぶらいがしんだの・・・ここじゃねーし・・・」

 「だけど手がかりくらいはあるはずだよ。そうだ、滝山クンなら分かるんじゃない?“超高校級の野生児”なんだし、目も耳も鼻もいいはずだよ」

 「えっ・・・!?」

 「あの煙の中で何かおかしな所があったとか・・・この発掘場で何かの臭いがするとかさ。そんなの、ない?」

 「っ!?う、うぅっ・・・!ううああぁ・・・!!」

 

 この辺りで、滝山クンは限界を迎えたんだろうね。自分が古部来クン殺しに加担してしまった恐怖、ボクに追い詰められていく恐怖、死に対する漠然とした恐怖・・・。そう考えると、なんだか彼が気の毒になってくるよ。

 

 「そねざき・・・お、おまえ・・・きづいてんのかよ・・・!!」

 「え?なに?」

 

 いつもの滝山クンよりずっと小さい声で、彼は言った。だからボクも気付けなかった。彼の様子がおかしいってことに。滝山クンがボトルを持ってボクの後ろに近づいてるってことに。

 

 「はあ・・・はあ・・・お、おまえ・・・!しってるんだな!!」

 「・・・え?」

 「こいつを・・・こいつをころさなきゃ・・・!ころさなぎゃ・・・ころず!ごろずッ!!」

 

 ボクが振り返りざまに見た滝山クンは、ボトルを握った手を高く振り上げていた。瞳孔が開いた眼から大粒の涙がこぼれて、力んだ腕の逞しい凹凸が歪に見えた。彼は叫んでいた。

 

 「がああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 

 そこにいたのは、本物の野生児だった。自分が生きるために目の前の敵を殺す、本能的な死の恐怖に敗北した猛獣だった。人間離れした怪力が、ボトルを伝ってボクの頭蓋に流れ込んできた。最後に聞いたのは、動物なんかにはないはずの感情が混じった、滝山クンの荒い呼吸だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「っとまあこんな感じだよ」

 「っとまあ、じゃねえよ!!こんな感じだよ、じゃねえよ!!なんだその話!!めちゃくちゃヘビーじゃねえか何百キロ級だよ!!」

 「滝山はそんなに追い詰められていたのか・・・!だというのに、私はなんと不甲斐ないッ・・・!」

 

 曽根崎は重苦しい口調で話し終わったかと思ったら、あっけらかんとした軽い口調で締めた。その後、そこでぶっ倒れた曽根崎を俺が見つけたわけか。そんなことが起きてたなんて知らなかった。どよめく裁判場に、曽根崎は大した話でもないという風に眉をひそめる。大した話だボケ。っつうかそんな大事なこともっと早く言え。

 

 「なんでそんなこと、今まで黙ってたんだ。お前を殴ったのが滝山だって分かってたら、こんな無駄な議論しなくて済んだだろうが」

 「え〜、だっていきなり言っても、頭かち割られて復帰早々そんなこと言って、みんな信じる?脳みそやられておかしくなったって考えるでしょ、普通」

 「元からおかしかったっつうんだよ」

 「しかし、今の話はとても嘘やデマカセには聞こえませんでした・・・」

 「そりゃそうだよ、ホントの話だもん。あと、滝山クンが襲ったのはボクだけじゃないよ、六浜サンもだよ」

 「ほ、ほんまにそうなんでしょうか・・・?」

 「うん?」

 

 発掘場で曽根崎を殺そうとしたのは滝山、それはもうほぼ確定だ。曽根崎自身が言ってるんだから間違いねえ。ってことは六浜を襲ったのも滝山ってことになるが、そんな疑いようのないことにまでケチをつける奴がいた。穂谷か望月かその辺りだろうと思いきや、それは晴柳院だった。ビビりでチビのこいつに議論を邪魔されると、それはそれでまたムカつく。

 

 「だ、だって・・・曽根崎さんのお話を聞く限り、滝山さんは追い詰められたから・・・・・・そ、そのぉ、あんなことしはったんやないですか・・・?六浜さんが襲われた時って・・・滝山さんはそこにいてへんかったんちゃいますか・・・?」

 「その時の状況については、私よりも清水の方が詳しいはずだ。どうなんだ清水、滝山はいたのか?」

 「いたら言ってるっつうんだよ、あのメガネ馬鹿と違って無駄にもったいぶることなんかするか」

 「その後に続く余計な一言さえなくなれば、ぎりぎり聞くに値するのですが」

 「説得力が行方不明じゃ・・・!」

 「えと・・・で、ですからぁ・・・・・・曽根崎さんが襲われたんに理由はあったとしても、六浜さんが襲われる理由って・・・その、ないんちゃうかな・・・って・・・・・・」

 「大丈夫だ晴柳院。お前の言うことも一理ある。現場に残っていたボトルの破片から曽根崎の事件との共通点は認められるが、私の件の場合は滝山が犯人だという証拠があるわけではない」

 「だけど、ここまできてまさか三人目の共犯者なんているのかな?」

 「一般的に、犯行にかかる人員数や時間はその犯罪の成功率と反比例する。つまり、共犯者が更に存在する可能性は棄却される程度に低い」

 「いやでも、証拠がねえんじゃどっちとも言えねえよなぁ・・・」

 

 ああ、イライラする、クソ共が。いまさらこの事件に滝山以外の共犯者がいる可能性なんて考える必要ねえだろ。六浜を資料館前で襲ったのも滝山に間違いねえんだ。俺がこの馬鹿共に思い知らせてやる。

 

 

 【議論開始】

 

 「六浜さんを資料館前で襲ったんが滝山さんって、ほんまに言い切れるんでしょうか・・・?」

 「神聖なる発掘場で“滝山が曽根崎を襲った”のならば、奴が同様に六浜を襲ったことも考えられるぞ!いやむしろ、他に考えられまい!」

 「ですが彼が曽根崎君に殺意を抱いたのは、“彼が共犯者である”ことに対するプレッシャーを与える発言に因ります。資料館にこもっていた六浜さんの他には清水君しかいらっしゃらなかったのなら、滝山君は“なぜ彼女に殺意を抱いた”のでしょう?」

 「そこは問題じゃないよ。いま大事なのは、六浜サンを襲った犯人は滝山君かどうか。ボクは滝山クンが犯人だと思うけどね」

 「だーかーらー!“その証拠がねえ”から困ってるっつってんだろうが!」

 「黙ってろボケッ!!」

 

 

 

 

 

 「証拠ならある。要は滝山が捜査時間中に資料館にいた証拠がありゃいいんだろ」

 「ん〜、微妙に違うけど、証拠によるんじゃないかな?」

 「証拠があるのか、清水」

 「ああ。穂谷と曽根崎はもう知ってんだろ。っつうか、敢えて言わねえだけだろ?」

 「え?知らないなあ、なんのこと?」

 「私、そんな血生臭いお話はしたくありませんの」

 「どっちもくたばれ」

 

 ムカつかせる天才かお前ら。とにかく、滝山が資料館に来てた証拠があれば、他の怪訝な顔した馬鹿共も納得するだろう。

 

 「資料館二階のテラスに、妙なもんがあった。テラスの手すり部分に土が付いてたんだ。それと、近くのテーブルの上にも同じような土が、まるで足跡みてえにな」

 「土?足跡?」

 「テーブルの上ならともかく、手すりにそんなもんが付いてるなんておかしいだろ?っつうかそもそも、素足に土が付くなんてこと自体、普通は考えられねえ。誰だってクツぐらい履くだろ」

 「ってことは、その足跡の正体って・・・」

 「・・・滝山しかいねえわな」

 

 あれは、滝山が二階のテラスから資料館に侵入した証拠だ。入口から普通に入ったんじゃ、一階にいる六浜に気付かれちまう。だから二階のテラスの手すりに足をかけて登ったんだ。

 

 「二階のテラスに上がった滝山は、テーブルを踏み台にして更にその上まで行ったんだ。たぶん、誰にも姿を見られないようにするためだろうな」

 「二階より上って・・・屋根の上まで!?そんなところ行けるはずないよ!テーブルを足場にしてジャンプしたって・・・」

 「無理だよねぇ。だけど人並み外れた身体能力を持つ、“超高校級の野生児”なら話は別だ」

 「むっ!そ、そうか!だから清水が見た六浜の襲撃現場は、突然何かが降ってきて六浜に当たったように見えたというわけじゃな!屋根の上から、六浜目掛けてボトルを落としたんじゃ!」

 「ただ落としたというよりは、投げ落としたのでしょう」

 「馬鹿みてえな話だな・・・」

 

 本当に、マジで馬鹿げた話だ。馬鹿げたというより、とんでもねえ。今までで分かったことの中で、犯人は一体何をした?発掘場で曽根崎にドリアンジュースを手渡すのも、煙の中で古部来を見つけるのも、その後で曽根崎と六浜を殺そうとするのも、全部滝山にやらせてる。せいぜいこの計画を立てるのと、滝山を騙して共犯関係にするくらいじゃねえか?

 雲を掴むような話だ。本当に真犯人なんて存在するのかすら怪しくなってくる。どれだけ議論を重ねても、どれだけ証拠を掻き集めても、どれだけ推理を組み立てても、犯人に近付いてる気がしねえ。姑息に、狡猾に、巧妙に、手探りする俺たちの手をすり抜けて、自分も周りが見えてねえ面をする。全てを知ってるのに、何も知らねえフリをする。

 

 「こんなのアリかよ・・・いくら考えたって、結局は滝山がやったってことにしかならねえじゃねえか・・・!マジで真犯人なんかいるのかよ!」

 「これまでの議論を踏まえればそうなる。私は今までの議論に致命的な欠落はないと考えるが、気付かれない欠陥は欠陥に非ず、という言葉がある」

 「そ、それって、もう一回最初から考え直すってこと!?」

 「なにぃ!!?それこそ馬鹿げた話じゃ!!ここまで来てふりだしに戻るじゃと!!?出来の悪い双六ではないんじゃぞ!!」

 

 まずい、足並みが乱れ始めた。あまりに正体の掴めない犯人を前にして、進むべき方向を見失った。どれだけ突き詰めても同じ景色しか見えて来ないことに嫌気が差した。見ることも触れることもできない真実に惑わされることに疲れ切った。このままじゃいつかと同じことになる。論もへったくれもない、ただの疑い合い。根拠なんてなくて、感情論が何よりも説得力を持つ混沌。だがそんなものが生み出した結論に、命なんか懸けられねえ。

 

 「・・・クソッ!」

 

 吐き出した言葉に意味は無い。拳を叩きつけた証言台は悲鳴の代わりにガタンと渇いた音を出す。どうすればいい。何を考えればいい。分からない。何も。焦燥と不安ばかりが頭を支配する。考えようとするのにそれすら邪魔される。脳みそがぐちゃぐちゃにかき混ぜられるみてえだ。

 俺たちは、一体どこに向かってるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「恐れるな」

 

 その声は、不思議とはっきり聞こえた。不安、恐怖、悲痛、困惑、迷い・・・そんな有象無象が形もなく飛び交う円の中を突き抜けるように、そいつの声は俺たちに届いた。

 

 「行く足の鎧甲の戦節月ぞ曇れど道まで隠れじ・・・名も無き武人が詠んだとされる歌だ」

 「・・・どういう意味ですか?」

 「進軍する馬や兵の足音、鎧兜が擦れる音が、まるで戦に向かう自分たちを鼓舞するために歌っているようだ。これほどの力があれば恐れるものなどない。月が曇って隠れてしまっても、暗闇に怯えて道まで見失うことはないだろう」

 「そ、それが今の僕たちとどう関係あるのさ・・・」

 

 いきなり短い言葉を発したかと思ったら、今度は一句詠んだ。だがどうやら引用らしい。その意味を聞いても、いまいちなんでそんなことを今言ったのか分からねえ。やけに難しい言葉を引き合いに出すなんて、まるで古部来みてえだ。

 

 「我々がしてきたことは、決して無駄なことではない。我々は自らの目で捜査し、手で証拠を集め、そしてここで互いに議論し推理をしてきた。この事実こそが我々の強さだ!眼前の謎に諦めることなく、僅かな情報を頼りにここまでの犯行を白日の下にさらしてきた!今ここで膝をついてどうする!まだ諦めるのは早い!」

 「んなこと言ってもよぉ・・・もうマジでわけ分かんなくなってきたぞ。滝山が犯人じゃねえとなると、他に誰が・・・」

 「それを明らかにするのが学級裁判だ。信じたくはないが、犯人はこの中にいる。それは紛れもない事実だ。だからと言って悲しむ理由にはならない!迷う理由にはならない!古部来の無念を晴らすため、我々が被害者とならないために、決して諦めてはならないのだ!!顔を上げろ!!恐れるな!!」

 

 六浜の言葉は厳しかった。この中の誰かが犯人だという事実、わけの分からねえ謎が残ってるという事実、それを真っ正面からぶつけてきた。だがそれを上回るだけの、叱咤激励も飛んできた。強引で、無茶苦茶で、感情論で、熱苦しい。だけど気付いたら、俺たちはみんな六浜の言葉通り、顔を上げていた。

 

 「我々は負けてはならない・・・絶対にだ。私はお前たちを信じる。この絶望的な状況を打破できると。だからお前たちも、私を信じてくれ」

 

 最後に優しい言い方で、俺たちに語りかけた。信じるって、この中に殺人犯がいるって分かった上でか?どういう意味で言ってるんだ?俺たちが六浜を信じて、何が変わるっていうんだ。

 

 「どうか、諦めないでくれ。私が導いてやる」

 

 なにがなんだか分からねえが、不思議と、頭の中を埋め尽くしてたもやもやが晴れた気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り10人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

 屋良井照矢  鳥木平助  【滝山大王】【アンジェリーナ】




今までで一番長い学級裁判、なんとまだ終わらないんですねえ。誰が犯人なのかな?たぶんもう気付いてる人がいるんじゃないでしょうか。そんなこと言っちゃダメかな?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

学級裁判編3

 イエーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーイッ!!!オマエラ、元気してる!!?ボク?ボクは今日もMAXパワー張り切りテンションぶっちぎりだぜェィエイ!!!テンション高すぎ?そりゃそうだよ!!!無理矢理にテンション上げてんだもん!!!もうこんなんやってらんないぜ!!!飲まなきゃやってらんねえよ!!!無理にでもテンション上げないと、こんな長すぎてダルい展開について行けないよ!!!

 

 今回の被害者は古部来竜馬くん!“超高校級の棋士”だったんだけど無駄に偏屈で独りよがりで集団行動ができないゆとりのオマエラそのまんまみたいな奴だったけど、なんか急に角が取れてみんなの前で謝ったりとかしちゃうキャラブレブレマンでした!みんなで楽しくパーティーなんかしてたら、突如発生した煙に紛れて殺害される!!曇る湖畔に迸る光は何を示すか!!まあ爆殺って答えがもう出てるんだけどね!!

 そしてその学級裁判中に起きた第二の殺人!!被害者は“超高校級の野生児”こと滝山大王くん!生前はデカい図体のくせに子供みたいなことばっかり言って、わけの分からないことになってる子だったね!!裁判中にわけの分からないことを口走ったかと思ったら、突然大量のゲボをぶちまけて死んだはた迷惑野郎!!誰が掃除すると思ってんだ!!

 

 一体何がどうなってるの!?裁判の行く先は!ここからまた被害者は出るのか!!姿の見えないクロに対し、シロのみんなはどう戦うのか!!そしていつ終わるのか!!長いよ!!ボクの粗筋も長い!!時代はスピードなんだよ!!だからさっさと行きましょう!!学級裁判、後編スタートだよ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 六浜の言葉によって、一度はばらばらになりかけた裁判場の足並みが整い、思考がある程度整理された。だが、次に何を考えればいいのかは分からねえ。こういう時に俺たちに議題を提示するのが議長の仕事だ、全員が六浜の次の言葉に耳を傾ける。

 

 「ここまで明らかにしてきたことはどれも、滝山が実行したことばかりだ」

 「だからややこしいんだよね。滝山クンは共犯者なのに、ほとんどの仕事をしてる。だから真犯人の動きが見えて来なくて、正体が掴めない」

 「その通りだ。だが問題を解決するにあたって最も困難なのは、問題を明らかにすることだ。ところが今は問題が分かっている。真犯人の動きが分からないために真相が分からない、ならば真犯人の行動を整理すればいい。それだけのことだ」

 「し、真犯人の動き言うても・・・その手掛かりもないやないですかぁ・・・」

 「いや。間違いなく、一つある」

 

 今のところ、事件に関係して分かったのは滝山に関することばかりだ。古部来を煙の中で特定した方法、その下準備としてドリアンジュースを手渡したこと、曽根崎と六浜をボトルで襲ったこと。犯人の手掛かりになりそうなことは全部、真犯人は手を下さず滝山にさせた。かなり狡猾だと言っていい。

 だがそうやって姿を見せない真犯人でも、全く何もしなかったわけじゃねえ。むしろこの事件の核となる部分は、真犯人以外にやる奴なんかいねえ。

 

 「共犯者である滝山が殺された。古部来を殺した犯人を突き止める学級裁判中にだ。これが偶然とは考えられない。おそらく滝山は、真犯人に殺されたのだ」

 「敢えて明言する必要もありませんね。口封じのつもりなのでしょう」

 「口封じねぇ・・・まあその辺は追々明らかにしていけばいいか」

 

 相変わらず穂谷は余計なことを言って、曽根崎は意味深な言葉を付け足す。こいつらの発言をいちいち気にしてたら毛根が幾つあっても足りねえ。いっそストレスでこの癖毛の部分だけでも死なねえか。

 んなことはともかく、真犯人が最低限やらなきゃならなかったことは、犯行計画を企てて古部来に直接手を下すことと、滝山を殺すことだ。前者はほとんど滝山の行動がブラインドになってほとんど手掛かりが見当たらねえ。だけど滝山の死に関しては、間違いなく真犯人が深く関わってるはずだ。

 

 「っつうことは、滝山の死を詳しく見てけば犯人が分かるってことか?はあ・・・地味だなァ」

 「地味ではあるが確実な方法だ。滝山の死についてしっかり議論していこう」

 

 止まっていた裁判が再び回りだす。目まぐるしく巡る言葉の中に潜んだ矛盾を、手掛かりを、綻びを見つけ出す。捜査で得た手掛かりや証拠を思い返し、見えない標的に狙いを定めた。

 

 

 【議論開始】

 

 「滝山の死について整理しよう。そこに真犯人の手掛かりがあるはずだ」

 「取りあえず、滝山の“死因は毒死”ってことでいいよな」

 「ありゃあ悲惨なもんじゃったのう・・・じゃが死因が分かったところで、そこからどう犯人を探るんじゃ?」

 「毒死であるならば、何らかの方法で体内に毒物を摂取したはずだ。その毒の出所として何が考えられるだろうか」

 「も、もともと“犯人が持ち込んだ”とか・・・?」

 「それは違えぞッ!」

 

 

 

 

 

 「最初っから毒持ってる奴なんかいるわけねえだろ。合宿場のどっかから持ってきたに違いねえ」

 「や、やっぱりそうですよねぇ・・・ごめんなさぃ」

 「毒物が合宿場内に放置されているのか?モノクマの危機管理能力が不十分であると言わざるを得ないな」

 「さらっとディスられたよ!不十分じゃないよ!ボクはオマエラに健全なコロシアイをしてもらうために設備を整えてるんじゃないか!」

 「倉庫にあれだけの危険物を放置する時点で、健全も何もあったものではありませんが」

 

 ありもしねえことを言うならせめてもっと自信持って言え。自信もクソもなくあり得ねえことで議論の邪魔するなチビ。あの滝山の死に方で死因が分からねえ馬鹿はいねえが、凶器になった毒がどこにあったのかが分からねえ奴はいてもおかしくねえか。だがほとんどの奴は当たりがついてるはずだ。

 

 「毒なら、医務室にいくつも並んでいた。誰でも持ち出すことができたはずだ」

 「い、医務室に!?消毒液やかゆみ止めばかりではなかったのか!」

 「棚は仕切られていたが、注意しなければ事故もあったかも知れんな。まったく、杜撰な管理だ」

 「じゃあよ、医務室からこそこそ出て来た奴を見たとか、医務室で怪しげなことしてる奴を見たとか、誰かねえのか?」

 

 医務室から無くなってた毒のビン。あそこにあったもんが、滝山の殺害に使われたもので間違いねえはずだ。それを持ってった奴が真犯人だ。けど、医務室なんてそれこそカギもかかってねえし、滝山並の知能でも持ち出せただろう。そして医務室に出入りしてた奴っつったら、あいつしかいねえ。

 

 「・・・おい穂谷」

 「はい、なんですか?」

 「なんですかじゃねえよ。何か知ってるんじゃねえのか。医務室に入り浸ってたお前ならよ」

 「・・・後ほど、口の利き方を躾ける必要がありますね」

 「ほ、穂谷さん・・・どうか堪えてください」

 

 無感情な笑みで当たり前のように言われると、少しだけぞっとする。裁判が終わった後は鳥木が止めてる間に逃げる必要がありそうだな。

 

 「清水君にはお話しましたが、確かに医務室からは毒のビンがなくなっていました。どのような毒かは分かりかねますが、間違いないでしょう」

 「そんなこと話してたの!?清水クンなんでボクらが医務室に行った時に教えてくれなかったのさ!」

 「いや、言ってたぞ」

 「お前が余計なことを言って肩を外されて聞いてなかったのだろう」

 「僕らの知らない内に医務室で何があったの!?」

 「補足ですが、その毒が持ち出されたのはパーティーの準備中でしょう。その前までは確かにありました」

 

 ちょっと突いてみたが、穂谷の証言は捜査中に聞いたのと全く同じだった。ここから新しい情報は得られねえか。取りあえず、犯人はパーティーの準備中に毒を持ち出して、どうにかして滝山に飲ませたってことだな。

 

 「じゃあ、その準備中に医務室に行った奴が犯人だ!穂谷!誰か来たか!?」

 「そうですね。みなさんはお風邪を召されないようなので、あそこを利用するのは私ばかりでした。ですが・・・」

 

 いちいち人を馬鹿にする言葉を挟みながら、穂谷は思い出したように右を見た。敢えて目を合わせないようにしてたそいつは、名指しされたことで軽く飛び上がった。誤魔化せてると思ってんのか、下手くそに口笛を吹いて知らんぷりをしてる。

 

 「明尾さん」

 「・・・ヒュ〜ヒュ〜♫あ〜、今日も発掘日和じゃな〜」

 「パーティーの準備中、貴女は医務室に来ましたよね?指にトゲが刺さったとかで・・・」

 「ト、トゲ?なんのことじゃ?そんなもの五円玉でもあれば医務室に行かんでも」

 「貨幣の類も全て没収されていたはずだが」

 「明尾、正直に言え。医務室に行ったのか、行ってないのか」

 「はい、行きました」

 「あ、白状した」

 

 誤魔化せてねえ誤魔化しに苛つきながらも、六浜が一言で白状させた。パーティーの準備中はほとんどの奴らが手分けして作業してたから、一人で医務室にいることなんてほぼなかったはずだ。そんな中で明尾が医務室に行ったなんて情報は、かなり重みを持って聞こえた。

 

 「じゃ、じゃが行ってトゲを抜いただけじゃ!あ、血も少し出たから絆創膏も貼ったぞ!しかし薬品棚など触っとらん!本当じゃ!信じとくれ!」

 「そうやって必死になるほど怪しいよ・・・」

 「落ち着け明尾。冷静に話せば自然と真実は見えてくる。お前が医務室に行ってからのことを、ゆっくりでいいから話してみろ」

 「ぬう・・・ちょいと待て。老体に記憶を辿らせるのはしんどいのじゃぞ・・・」

 「もうつっこまなくていいよな」

 

 マジで高校生なのかこいつ、ってもう飽き飽きするくらい言ってるからもういいか。明尾は両人差し指をこめかみに当てて、むむむと言いながら記憶を巻き戻す。この芝居がかった仕草で本当に思い出せんのか、と呆れながら見てたら、いきなりぐわっと目を開いて大声を出した。

 

 「よォし!!思い出したぞ!!」

 「ひゃああっ!!そ、そんなおっきい声出さんでも分かりますよお・・・!」

 「ベニヤ板を発掘場に運ぶ時に指にトゲが刺さってしまっての、医務室に刺抜きを探しに行ったら穂谷がおったんじゃ。そこでしばらくトゲと格闘しておったら、穂谷はわしより先に出て行ってしまったのう。資料館に行くなど言うておったはずじゃ。その後はしばらく一人でおったが・・・棘が抜けて絆創膏を貼って、そのままパーティーまでやることもなかったから、部屋に戻って化石を磨いておったの」

 「なるほど。となると、穂谷と明尾以外に医務室に行った者はいない・・・或いは誰にも気付かれずに出入りした、ということか」

 「ですが、私が出て行く時にはその毒のビンはあったはずです。明尾さんが犯人でないとなると、そこから手掛かりは得られそうにありませんね」

 

 そう言われると、明尾が犯人なんじゃねえかと思えてくる。だがわざわざ理由を付けて医務室に行って穂谷に目撃されて、そんな怪しい状況で毒なんか持ち出すか?誤魔化し方も下手くそだし、明尾が犯人だとしたら間抜けすぎて逆に見えて来ない。それに、証拠もなく決めつけるのは危険だ。

 

 「毒を持ち出したところからはあまり分かりそうにないね。まあ、あんなに周到な犯人がこんなところでボロを出すわけないか」

 「そうか・・・」

 

 

 

 

 

 今のままじゃ、他のことと同じように滝山に持ち出させた可能性も考えられるし、あんましここを考え続けても有力な手掛かりを得られなさそうだな。他の線から探っていかねえと、このずる賢い犯人までは辿り着けなさそうだ。足踏みする俺らに、白い手が挙げられた。

 

 「あの、お話が途切れたようなので、質問をしてもよろしいでしょうか?」

 「鳥木クンが質問なんて珍しいね。なになに?」

 「滝山君は医務室にあった毒で殺害されたとのことですが、そうなると彼はいつ毒を摂取したのでしょうか。詳しくは存じませんが、ドラマなどで見る毒殺はかなり即効性のあるものばかりなので、死の直前と考えると些か犯人は絞られるのではないかと」

 「ああ・・・そうですねぇ。滝山さんはいつの間に毒なんか飲まはったんでしょう・・・」

 

 そういやそうだな。毒なんかよく知らねえが、普通飲んですぐ死ぬようなもんなんじゃねえのか?なのに滝山は突然血を吐いたりして死んだ。あいつは一体いつの間に毒なんか飲んでたんだ。

 

 「あっ」

 

 頭に電流が走るってのはこういう時のことを言うんだろう。マジで瞬間的に閃いたことが、一気に頭の中を支配して、それ以外の考えを全て追い出した。滝山はいつ毒を飲んだか、その答えの瞬間を、俺は見ていた。

 

 「そう言えば裁判直前のエレベーター前に集まった時、滝山の奴が何か飲んでるのを見たぞ」

 「えっ!?そ、そうなの清水くん!?」

 「絶対だ。何を飲んでるかまでは分からなかったが、小さいビンをラッパ飲みしてたってのだけ覚えてる。きっと滝山はあの時に毒を飲んだんだ」

 

 裁判前の滝山が何かをラッパ飲みしてる光景、あれがただ喉が渇いたから何かを飲んでるだなんてどう考えてもあり得ねえ。きっとあの時、滝山は毒を飲んだんだ。それなら裁判中に死んだのも、時間的に辻褄も合うだろう。だが、そんな俺の推理にまたケチを付けてきた。

 

 「で、でも・・・それって、滝山さんが自分から毒を飲まはったってことですか・・・?」

 「あ?当たり前だろ」

 「その、それだと・・・た、たた、滝山さんは誰かに殺されたんやなくて・・・・・・じ、自殺ってことになるんとちゃいますか・・・?」

 「・・・あ?」

 

 晴柳院の指摘で、なんとなくその場の空気が凍り付いた気がした。このクソチビ、空気読んで物を言えや。滝山が自殺なわけねえ。あいつの死に際の言葉が何よりもそれを表してた。

 

 「滝山は最期に『しにたくねえ』っつってただろ。自殺する奴がそんなこと言うわけねえだろ。だいたい、あいつに自殺なんかする理由がねえ」

 「い、いや・・・でも滝山くんは、捜査中ずっと落ち込んでたんだよね・・・?だったら・・・責任を感じて・・・」

 「それでも辻褄が合わん。滝山が自らの意思で自殺を選んだということは考えられん」

 「そらみろ」

 「だがな清水、お前の推理もまた間違いだろう。滝山が毒を飲んだのは、更に前のはずだ」

 「は、はあ?」

 

 しっかり俺の考えを理解してるかと思いきや、六浜まで妙なことを言いだした。なんなんだこいつら。人の言うことにいちいち文句付けてきやがって。反論するのが趣味かボケ。何考えてるか知らねえが、テメエらの中身のねえ馬鹿げた反論なんか、木っ端微塵に吹き飛ばしてやる。

 

 

 【議論開始】

 

 「滝山が毒を飲んだのは裁判の直前だ!俺がこの目ではっきり見たんだ!文句なんか言わせねえぞ!」

 「文句ではない。お前の推理は間違っている」

 「ふざけたこと言ってんじゃねえぞ、だったら他にいつ滝山は毒を飲んだっつうんだ!エレベーター前で飲んでた“あのビンに毒が入ってた”に決まってんだろ!」

 「見誤るなッ!」

 

 

 

 

 

 「落ち着いて、冷静に考えろ清水。お前が見た滝山は、そのビンの中身を飲んだ後にどうした?」

 「どうしたって、そのままエレベーターに乗ったに決まってんだろ。あいつは少なくとも裁判中までは生きてたんだ」

 「だとしたら、そのビンも滝山によって裁判場まで持ち込まれていることになるな」

 「・・・それがなんだよ」

 「清水クンってば忘れたの?ボクとキミと笹戸クンとむつ浜サンで捜査したじゃん。滝山クンの死体をさ」

 

 忘れるわけねえだろ、そんな大事なこと。ゲロの中にいた滝山にはあんまり触れなかったが、あの時あいつのポケットにその小ビンが入ってたはずだ。

 

 「馬鹿にすんじゃねえ、覚えてるに決まってんだろ。そんで、あの時あいつのポケットから出て来た小ビンがあっただろ」

 「これのことか」

 

 俺の言葉尻をとらえて、六浜が証拠品のビンを取り出した。片手で包み込めるくらいの大きさで、いかにもヤバい毒の名前が書かれたビン。これがあいつを殺した毒の入ってたビンで間違いねえ。

 

 「お前はここに入っていた毒で、滝山が殺されたと言うのだな」

 「ああ。直前に滝山がそれを飲んでたし、そのラベルに書かれてんのも毒で間違いねえだろ。どうだ、どこに疑う余地があるってんだよ」

 「残念だがな清水、ここに入っていたのは毒などではない。ただの水だ」

 「・・・は?」

 「清水クン、やっぱり忘れてたんだね・・・」

 

 六浜は至って冷静に、諭すように俺に言った。少しムカついたが、曽根崎が呆れたように言う方がもっとムカついた。関係ねえ奴は黙ってろカエル野郎。

 んなことより、毒のラベルが貼られたビンの中に入ってたのが毒じゃねえってのはどういうことだ。モノクマが偽のラベルを貼ったってことか?

 

 「なぜかは分からんが、滝山のポケットに入っていたビンには微量の水道水が残っていた。ラベルに書かれた毒は非常に強力な遅効性の毒だが、我々が捜査した時点でのビンの中身に殺傷力は皆無だった」

 「・・・つまり、裁判直前に滝山大王が飲んでいた液体も、ただの水道水ということになるな」

 「な、なんだそりゃ・・・なんであいつは水道水なんか飲んだんだ?っつうか、毒のラベルが貼られてるもんを飲むって、どういうことなんだよ?」

 「滝山クンはきっとそれが水道水だなんて思ってなかったはずだよ。分かってたら飲む意味ないもん」

 「それもまた、犯人に騙されていたのでは?しかし、毒を飲ませるのならともかく、ただのお水を騙してまで飲ませるなんて、一体何の意味があるのでしょう?」

 

 医務室からなくなった毒のビン。それは死んだ滝山のポケットから見つかった。だがその中に入ってたのは、毒性もなにもないただの水。意味が分からねえ。だったら、元々入ってた毒は一体どこに行ったんだ?滝山が死んだ毒は、いつあいつの体内に忍び込んだんだ?

 

 「一度、情報を整理しよう。犯人は医務室からこの毒のビンを持ち出してこれを滝山に飲ませた。その過程のどこかで、ビンの中身は毒から水道水に入れ替わった」

 「裁判前に滝山クンは、これを飲んでたわけだ。どういう風に思ってたかは分からないけど、中身は毒でも水でもない別の何かだと思ってたはずだよね」

 「更に言えば、滝山大王がそのビンに入っていた毒を摂取したのはそれよりも前であると考えられる。パーティーの準備中にビンが持ち出されてから、捜査の終了するアナウンスまでだ」

 

 情報を整理しようって、全然整理できねえよ。考えることが多すぎる。結局滝山が毒を飲んだのはいつなんだ?なんで毒を使った後に、犯人はビンの中に水道水を入れて滝山に渡したんだ?分からねえ、他に何かねえのか。何か手掛かりは。

 

 

 【議論開始】

 

 「ぬううっ!!あまりに複雑でわしゃもう頭がパンクしそうじゃ!!」

 「焦ってはいかん。落ち着いて、一度に全てを考えようとするな。まずは、滝山はいつ毒を盛られたか、を明らかにするんだ」

 「滝山大王が毒を飲んだのは、“パーティーの準備中から捜査終了の間のどこか”。その間はいつでも可能性はある」

 「広いね。もうちょっと狭められないかな?」

 「大まかに分けると、パーティー中か捜査中かのどちらかになりますね。言い方を変えれば、“古部来君の殺害前”か、“古部来君の殺害後”か・・・」

 「そ、そうだと思う!」

 

 

 

 

 

 「きっと・・・毒が使われたのは古部来くんが殺されるより前だったと思う・・・」

 

 何かを閃いたらしい笹戸が言った。どことなく自信なさげなのはこいつの性分なんだろうが、毒が使われたタイミングの証拠なんてあったか?

 

 「なぜそう思うか、聞かせてくれ」

 「・・・湖畔で花火中に見つけたピラルクーの死体だけど、なんかおかしかったんだ。目立った外傷もないし、まだ幼魚だったから寿命なんてこともないはず。病気だったら一匹だけなんてあり得ないし、何か不自然なんだ」

 「また魚の話か。で、それがなんだよ」

 

 さっきの裁判で、今でも怪しいっちゃ怪しいが、笹戸が疑われる原因になった、ピラニアとかなんとかの死体。死に方がおかしいって話は捜査中にも聞いたが、もともと魚に詳しくねえ俺らにはそれがどうおかしいのかなんて分からねえ。

 

 「もしかしたらあのピラルクーの死因も・・・毒死なんじゃないかなって思って・・・」

 「・・・なに?」

 「ピラルクーって、群れで生活する大型の肉食魚なんだ。あの湖にどんな魚がいたかは分からないけど、たぶん食物連鎖の上位にいたはず。なのにあんな死に方するなんて、どう考えてもおかしいんだ。だから・・・毒死かなって・・・」

 

 話していくうちにみるみる笹戸の気勢が落ちていく。自信のなさの表れなのか知らねえが、言うなら言うではっきりしろ。聞いてる方がムカついてくる。にしても、魚が滝山と同じ毒で死んだなんて、仮にそうだとしてもそんなことして犯人は何がしてえんだ?いくら魚を殺したって、クロの条件は満たせねえだろ。いまいちに飲み込めねえ推理だが、六浜はふっと笑った。

 

 「なるほどな、鋭いぞ笹戸」

 「えっ?」

 「毒ビンの中身が水道水に入れ替わっていた。これはつまり、犯人がビンを水洗いしたということだ。その際に中身に残っていた毒が水に混じって捨てられた可能性は高い」

 「むしろ“超高校級の野生児”の滝山クンに毒を盛るなんてリスキーなことするなら、毒の量は致死量最低限にする必要があるよね!でも中途半端に使ったビンを戻しても証拠が残るし、余った中身丸ごと捨てたって考えた方が自然だね!」

 「や、やっぱりそうなんだ・・・ひどいよ・・・。毒を捨てて湖を汚すなんて・・・絶対許せないッ!」

 「怒るポイントそこなんですかぁ・・・?」

 

 微妙に笹戸はズレてたが、そこはどうでもいい。毒を流して捨てて中身を入れ替えたから、排水された毒が湖に流れ出て、その結果あの魚が死んだってことか。まあ曽根崎の言う通り、犯人がこうなることを予測してたかは分からねえが、一番リスクの低い方法とも言えるな。それに水道で洗っただけなら、モノクマが決めた規則にも触れない。

 

 「大型とは言え幼魚と人間の滝山大王では、同じ毒を摂取したとしても効果の発現までの時間に差は生じる。おそらく先に毒を摂取したのは、滝山大王だろう。この毒は遅効性で、人間であれば摂取してから数時間で効果が表れる」

 「ということは、パーティーの準備中からパーティー直前まで、という程度には絞られますでしょうか」

 「そこまで絞られれば十分だ」

 

 パーティーの前にはもうあいつは毒を飲んでたのか。けどパーティー中や湖畔での態度からは、それに気付いてる様子はなかった。どんなバカでも、毒を飲めばどうなるかは分かるはずだ。ってことは、滝山は自分が共犯者にされてるどころか、既に毒を飲まされてあと数時間しか生きられねえってことも分かってなかったのか。それを知ってたのは、そこまでして平気な面で俺たちの中に紛れてた真犯人だけ。

 もう自分でしつこいと思うくらい感じたことだが、なんて奴だ。姿を見せねえどころか、俺たちの誰よりもこういう状況になることを予測しておいて、当たり前の面をしてやがった。人が死ぬことが分かっててなんとも思ってねえみてえに。

 

 「・・・ふざけてやがる」

 「ふざけてなんかないよ。本気さ。ボクらも、クロも」

 

 俺のつぶやきを耳聡く拾って曽根崎が返した。当たり前だ、冗談で命なんか懸けられるか。冗談で命を奪えるか。クロだって今、俺たちと同じように命を懸けてここに立ってる。既に二人分の命を足蹴にして、俺たちの中に潜んで、平気な面をして。そんな奴にくれてやる命なんかもうねえ。

 

 「で、でもよ・・・滝山が毒を飲んだタイミングはだいたい分かったけど、それで犯人が絞れんのか?」

 「より精度を高めて特定できればそれも可能だが、この程度では困難だ」

 「ダメじゃん!」

 「真犯人の行動を洗い出しているのだ。焦る必要はない」

 「それじゃ、次は何について話し合う?」

 

 一応毒のことはだいたい分かったが、そこからは犯人は特定できそうにねえ。相変わらず正体の掴めねえ奴だ。毒を持ち出して滝山に飲ませること以外に、真犯人がやったと確実に言えること。あの事件の中で、真犯人が僅かに残した痕跡を必死に探す。

 

 「よーし!へへ、お前らよーく聞け!要は犯人にしかできなかったことを探せばいいんだよな?だったら、毒なんかよりもっと分かりやすいのがあるぜ!」

 「なんですか屋良井君、そこまで言うからには覚悟をしておきなさい」

 「なんでしょうもないこと言う前提!?いいから聞けよ!一旦聞けよ!」

 

 こいつは毎度毎度、余計な前置きをしねえと喋れねえのか。さっさと喋れば邪魔されることもねえだろうが、いいから言えクソロン毛。

 

 「あのな!あの煙幕花火とかクラッカー爆弾とか、そんなもんが滝山に作れたはずがねえだろ!もし資料館で調べたとしても、あいつがそんな複雑な本読めると思うか!?」

 「ああ・・・そだね」

 「うん」

 「それはそうだな」

 「リアクション薄過ぎんだろッ!!いじめかお前ら!!いじめなのか!!」

 「いや、張り切って言ったわりには普通のことだなって」

 「ほっとけ!!」

 

 まあ、真犯人だってただ古部来を殺すためにこんなまどろっこしいことしたわけじゃねえだろう。古部来を殺して、学級裁判を生き抜いて、ここから出るためにやったんだ。だからいくら滝山を利用したとしても、古部来を殺す時に直接手を下す必要がある。それに火薬の調合なんてマネは滝山にはできるわけがねえ。

 

 「しかし良い着眼点と言えるな。花火を改造して人を殺すほど火薬の扱いに長けた者など、そう多くはないはずだ」

 「だが私の記憶では、今回の事件以外で火薬を使用した者は心当たりがない。どのように判断するつもりだ?」

 「使ったことがなくたって使えるかどうかの判断ならできるだろ。お前らが一番信用してる、“才能”が何よりの根拠だ」

 

 見たことなんかなくたって分かる。火薬なんて普通扱わねえもんだからこそ、それに慣れてるかどうかはこいつらが持ってる“才能”を考えれば簡単に分かる。滝山だってそうだった。“才能”に頼ることが、言い逃れなんてできねえ証拠になるのが、こいつらの最大の弱点だ。

 だが余計なことを言った。曽根崎がにやつく瞬間にそう思った。こいつの俺をムカつかせる行動に敏感になっちまったのは、こいつのせいだ。その事実も俺を苛つかせる。ここまでストレスでしかねえ存在なんてのも珍しい。

 

 「清水クンがそんなこと言うなんて珍しいね。ちなみに清水クンの“才能”は努力家だよね。まあ資料館を使えば火薬を扱えるようになることもできるとは思うけど・・・でも努力って積み重ねでしょ。あれだけのことするには練習もしなきゃいけないだろうから、そう考えると清水クンの線は薄いね」

 「そう言う広報委員は、取材とかしてりゃ火薬の知識くらいならあったんじゃねえか?」

 「知ってるけど使えないものばっかりだよ、火薬に限らずね!読めるけど書けない漢字みたいな感じで。あ、今のダジャレじゃないよ!」

 「本当にうるさいのう、お前さんらは・・・」

 

 努力家なんて呼ぶんじゃねえ。テメエらみてえな“才能”と並べ立てられて、いい恥さらしだ。何が努力だ、そんなもん“才能”じゃねえ。努力もしねえ奴らが努力を“才能”と呼ぶんじゃねえ。テメエらに分かるわけがねえ、俺がこの“超高校級の努力家”なんてもんのせいでどんだけ苦しんだか・・・どんだけ悔しい思いをしたか。

 

 「まあここまで来たらほとんど答えは決まったようなもんだろ!火薬を扱える奴なんてそういねえ!それっぽい“才能”を持ってんのは・・・お前らだ!」

 「んなっ!!?・・・ま、またわしかぁ!!?」

 「なぜ私まで・・・」

 

 暗く濁る俺の感情に気付くこともなく、議論は無情に進む。どいつがどんな“才能”だったかなんていちいち覚えてねえが、屋良井が指さした二人にはまあ納得だ。オーバーリアクションで仰け反る明尾と、意外そうに戸惑う鳥木。火薬を使いそうな奴らはこの二人くらいか。

 

 「明尾はクラッカー爆弾の話の時になんか言ってたよな!ナントカカントカ効果って!ありゃあ爆薬に詳しい証拠じゃねえのか!?それにダイナマイトも使うみてえなことも言ってたよな!」

 「い、いや・・・わしはダイナマイトはたまにしか使わん!使うのは愛用のツルハシじゃ!それに考古学者と言えど、自分で発破を作って勝手に使うことなどないぞ!そこは知り合いの専門家に頼んで監修してもらい立ち会いのもとでじゃな・・・」

 「鳥木だって火薬は使うだろ!お前のマジックショーはテレビでよく観たぜ?あんな派手に火柱が噴き出すような火薬使ってんだったら、人より扱いが上手くて当然だろ!」

 「確かに火薬は頻繁に使用しますし、小道具はほとんどが私が手ずから作ってございますが、火薬は自分で作っているわけではございません。私も専門家の先生の監修の元で、安全には特に気を遣っております」

 「う〜ん、どっちももっともだけど、他に火薬を使える人なんていないし・・・」

 

 病的なまでに発掘好きな明尾なら、ダイナマイトも頻繁に使うだろ。ど派手な演出が売りのマジシャンの鳥木なら、火薬の扱いには慣れてるだろ。どっちもそれっぽくて説得力があるが、どっちの言い分ももっともだ。いまいちどちらとも言い切れねえ気がする。

 

 

 

 

 

 「まあ、火薬に長けてる部分を見せてないだけかも知れないよね」

 「ん?どういう意味だ、曽根崎」

 

 そこにまた口を挟んでくるのは、にやにやと俺の方を見る曽根崎だ。なんで俺を見てんだ。いちいち人を苛つかせんじゃねえアホ。そういう意味を込めて思いっきり睨み返してやると、曽根崎は懐から紙の束を取り出した。クリップで留められた、あの原稿用紙だ。その一瞬、曽根崎の目付きが変わった気がした。能天気な緩い目から、鋭く冷血な目に。

 

 「ちょっと本筋からは外れるんだけど、ボクの話聞いてくれる?もしかしたら・・・みんなにも深く関わることかも知れないからね」

 「な、なんですかぁ・・・?」

 

 取り出した原稿用紙を手に開き、曽根崎は裁判場を見渡す。異様な雰囲気を察した俺以外の奴らも、思わずごくりと唾を飲む。この妙な緊張感を一瞬で生み出すのは、こいつの広報委員としての“才能”の一部なんだろうか。つい話を注意して聞こうと思っちまう、こいつから目を離しちゃいけねえ感じがする。

 一言で言うと、こいつに呑まれた感覚だ。

 

 「明尾サンの専門は破壊用の爆薬、鳥木クンの専門は演出用の花火。どちらも確かに火薬だけど、今回の事件は煙幕と爆弾、つまり演出と破壊の両方の火薬が使われたことになる。このことから犯人は、単純に火薬に長けているというよりも、火薬の扱いを専門にした人と考えられる」

 

 ぺらぺら原稿用紙をめくりながら、曽根崎はゆっくりと言い聞かせるように話しだす。これから話す内容は俺には全て分かってた。あの原稿用紙と、曽根崎が重要なことを言う時の意味深で回りくどい言い方。あの話をするつもりなんだ。

 

 「それはもちろんなのですが、それが今回の事件とどのように関わっているのですか?」

 「・・・みんな、テロリスト『もぐら』は知ってるよね?」

 「!!」

 

 六浜と晴柳院が、曽根崎の発言にあからさまに反応した。それは、古部来が殺されるより前、俺と古部来と晴柳院の三人が倉庫で六浜から聞いた、この事件の首謀者と思われる人物の通称。つまりは黒幕の可能性がある奴だ。その名前がいま曽根崎の口から出たことに、違和感と緊張を感じずにいられねえんだ。

 

 「ここに来る前からずっと話題になってた・・・テロリストのことだよね?」

 「そう。これは、ボクなりにその『もぐら』について調べたことのまとめなんだ。それでね・・・」

 

 そこから曽根崎は一人で話し始めた。長々と、だが聞きくたびれることのないように、できるだけ要約して、はっきりと。

 『もぐら』がどんだけイカレた奴か。『もぐら』が最初に起こしたとされる事件と、本当の最初の事件。そしてそこから推理した、曽根崎が想像する『もぐら』の人物像。他の奴らはそれを聞きながら一様に、驚きと困惑の混じった表情をしていた。『もぐら』の起こした事件までは理解できても、その後についてきた『もぐら』の人物像に関しては、そう簡単には飲み込めるもんじゃない。俺だって最初はそうだった、今だって信じられねえ。

 

 「バ、バカな・・・!『もぐら』が希望ヶ峰学園の生徒だなんて・・・そんなわけがないッ!」

 「しかし、曽根崎君の調べた情報が正しいのなら、どう考えてもそうとしか思えません」

 「あああ、あ、あ、ああ、あんなことした人がが・・・うう、うちらの近くにいてたってことですかぁ・・・!?そ、そんなこと・・・!」

 「ないとは言い切れない。曽根崎弥一郎の客観的事実に基づく推理に対し、我々が今ここで持ち出せる反論はほぼ感情論に依るものになる。少なくとも、可能性が高いと言わざるを得ない」

 「で、でもよ!オレらと『もぐら』が学園で同期だったとして、それがなんだってんだよ!『もぐら』は確かにヤベえ奴だけど、今カンケーねえだろ!」

 「いや、関係はあると思うな」

 

 冷静に聞いていられたのは、望月と穂谷だけだった。望月はともかくとして、穂谷だって内心は焦ってるはずだ。それを顔に出してねえだけだ。俺だって二度目なのに、またもう一回驚いた。けど曽根崎の話は、さっき言ってたところまででは終わらなかった。

 

 「あくまでボクの推測だから聞き流してもいいよ。でもボクは思うんだ」

 「・・・な、なにが?」

 

 粘り着くような声色が、背筋に寒気を呼ぶ。曽根崎が次に言う言葉が、なぜか頭の中に閃いた。さっきの捜査中には言わなかった結論を、こいつは今から言おうとしてる。

 嫌な汗が額から垂れた。曽根崎の口は放たれる言葉に対して、阿呆みたいに軽く開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「『もぐら』は、ボクたちの中にいる」

 

 不思議とその場は静まりかえっていた。驚嘆して大声を上げる奴も、荒い呼吸が止まらなくなる奴も、こんがらがる思考に戸惑う奴もいなかった。落ち着いてたわけじゃない。ただの思考停止だった。考えてはいても対応できなかった、イカレたテロリストがこの中に潜んでるなんてこと。

 

 「・・・なぜそう思うのかも、教えてくれ」

 

 音が膠着した裁判場に、六浜の言葉だけが響いた。『もぐら』が希望ヶ峰学園の生徒だってことは百歩譲っていいとして、なんでそんな奴がこの中にいるとまで言えるのか。いくら“超高校級”を集めた精鋭の学園とは言え、学園の生徒は優に百を超える。それをなんで、ここにいるたった十人に絞れるんだ。

 

 「『もぐら』が希望ヶ峰学園の生徒ってことは納得してくれるってことでいいんだよね」

 「あぁ・・・・・・そうだな」

 「大量破壊、無差別殺人を、たった数年の短い期間に何件も起こすなんて、史上最悪と言ってもいいテロリストだ。希望ヶ峰学園に招き入れたとして、学園はその生徒を間違いなく警戒していたはずだ」

 「あ、当たり前だよ!そんなのと僕らを一緒にするなんてどう考えてもおかしいじゃないか!」

 「一緒にされたんだよ。ボクらも、『もぐら』も・・・“超高校級の問題児たち”に含まれてたはずだよ」

 「ド、ドキィッ!!」

 

 曽根崎が重みを付けて言った言葉に、誰よりもモノクマが過敏に反応した。それはあからさまにわざとらしくて、だからこそ、それが真実だという意味を含んでた。張り詰めた空気の漂う裁判場には場違いなほど気の抜けたひょうきんな声なのに、なによりの説得力を持って聞こえた。

 

 「石川サンが過去に犯した罪のことで問題児として警戒されていたんだ。『もぐら』の罪は石川サンの比じゃない。問題児とされないことの方が、おかしいってもんじゃないかな」

 「と、ということは・・・まさか本当に・・・!?」

 「そんな・・・ウソでしょ・・・!?この中に『もぐら』が・・・!?」

 「・・・理にかなってはいる」

 

 淡々と告げられた真実は手に余るほど重い。築き上げてきたものと組み合わせるのを躊躇う。けど火薬の知識と技術があって、全く姿を見せずに、突然にイカレた凶行に及ぶ手口が、その事実が抱える重みに、圧倒的に絶望的な現実味を持たせる。

 

 「古部来と滝山を殺した奴が・・・『もぐら』だって言いてえのか・・・!」

 「そうだね」

 

 簡単に言いやがる。馬鹿げた事実をもっともらしく。

 

 「でも、『もぐら』を見つけようとしたってダメだ」

 

 ついていけない俺たちを強引に引きずって進む。

 

 「『もぐら』が誰かなんてこと、この情報からじゃ割り出せない」

 

 その先に答えがあるのかなんてお構い無しに。ただ自分の推理を告げる。冷静に、淡白に。

 

 「だけど『もぐら』がこの中にいるってことは、誰にでも犯人の可能性はあるってことだよ。自分の正体を偽ってるってことも・・・あるからねぇ」

 

 せっかく辿り着けそうだったのに。ようやく姿を捉えたと思ったのに。あと少し手を伸ばせば届きそうだったのに。その答えは嘘だと、こいつに踏み躙られた。あと一歩のところで引き戻された。『どっちか』から『だれか』に。

 

 「って!だからなんなんだよッ!!」

 「!」

 

 いつの間にか曽根崎の独壇場となっていた議論を、乾いた声がぶち破った。止まっていた議論が、再び息を吹き返して動きだす。

 

 「曽根崎ッ!お前なにがしてえんだ!?ただ議論を掻き乱してるだけじゃねえかよ!」

 「え?そうかな?ボクはボクの推理を言ったまでだよ。むしろ議論には貢献的と言ってほしいね」

 「なあにが貢献だ!お前の言うことなんて、一切合切全部丸ごと間違ってるってんだよ!」

 

 テメエの推理が否定されたからか、それともただ曽根崎に噛みつきたいだけか、屋良井がやけに喧しく喚く。無駄だ、曽根崎の言うことは全部根拠がある。それが形のないものだとしても、納得できるだけの事実も、俺たちはもう知ってる。いくら反論しようが、無意味なんだ。

 

 

 【反論ショーダウン】

 

 「そもそも『もぐら』がオレたちと同級生だあ?ふざけたこと言ってんじゃねえ!!あんなん高校生どころか並みの人間のレベル超えてるっつーの!!そんな奴がここにいるとかどんだけ超展開だよッ!!」

 「残念だけど、これは全部、客観的事実と経験を根拠にした推理だ。信じられようが信じられまいが、奇跡も魔法も超展開もあるんだよ」

 「いやぶっ飛びすぎだろ!!二話まで日常ほのぼのアニメだったのに三話でいきなりダークファンタジーに突入するくらいぶっ飛んでんじゃねえか!!つうかもし全部お前の言う通りだとしてもだ!結局は犯人が分からなくなっただけじゃねえか!!もうちょっとであの二人のどっちかが分かりそうだったのによ!!」

 「それ、屋良井クンは明尾サンか鳥木クンのどちらかが犯人だって確信してるってこと?そっちこそ根拠はあるの?」

 「根拠が・・・あるかってぇ・・・?あるあるあるある!!あるに決まってんだろォ!!古部来の死因は爆殺だぞ!?火薬の扱いに慣れてるっつうことが、あいつらが犯人だっていう根拠だ!!“これ以上の手がかりが他にあるかァ”!!?」

 「見逃せないなッ!」

 

 

 

 

 

 「手がかりならまだ遺されてる。むしろ、今までで一番重要な手がかりがね」

 「なに・・・!?」

 

 また曽根崎が言わんとしてることが、俺の頭の中に閃いた。きっとあれだ。曽根崎はまたしても俺に言わせようと黙った。だが俺がそれを言う前に、考えてるのと同じことが横から聞こえてきた。

 

 「奴の・・・古部来の遺したダイイング・メッセージだな」

 「ダ、ダイニング・パッケージじゃと!!?」

 「もういいよそれ!ダイイング・メッセージだってば!」

 「古部来君がそんなものを?あの一瞬でダイイング・メッセージなど用意できるとは思いませんが」

 「いや、奴は“超高校級の棋士”だ。不意を突かれたとはいえ、速考で奴に勝る者はいない。私でさえ・・・勝つことはできなかった」

 「ずいぶんな自信だな予言者様よォ。で、そのメッセージの意味は分かってんのか?」

 

 さり気に自信たっぷりな言葉を混ぜた六浜に、俺は皮肉を込めて返した。だが六浜は静かに首を横に振るだけで、意味までは理解できてねえらしい。じゃあ意味ねえじゃねえか。つうかダイイング・メッセージなんて残す余裕があんなら犯人の名前でも書いとけっつうんだ。推理小説みてえに回りくどいもん遺しやがって。

 

 「そのダイイング・メッセージというのは、どのようなものなのですか?」

 「極単純なものだ。歪に描かれた円と、その円周上に印が一つ。線が歪んでいるのは死に瀕した中で砂利に描いたせいと考えられるため、古部来竜馬自身は通常の円を遺そうとしたと考えられる」

 「だとしてもそれだけじゃ意味が分からんぞ。丸・・・円・・・輪・・・色々あるのぅ」

 「こういうのは発想が大事なんだ。どんどん意見を言えばきっと何か分かるはずだよ」

 

 ドラマとか小説によくある、死に際だってのに妙にとんちを利かせたまどろっこしいもんとは違いそうだ。むしろむちゃくちゃ単純だ。なのに、いやだからこそ、何を言おうとしてるのか分からねえ。解釈によってどうにでもとれる。だからこそ、可能性をできるだけ多く検討する必要がある。ったくあの野郎、面倒くせえもん遺しやがって。

 

 

 【議論開始】

 

 「さあ、みんなの力を合わせて古部来クンのダイイング・メッセージを解こう!」

 「円、丸、何かの“記号”とちゃいますかね?も、もしかして!来世の生まれ変わりを占う“輪廻転生の陣印”!?」

 「そんなわけなかろう・・・何か我々にも分かる意味のはずだ」

 「ここはストレートに、“犯人の名前”を示唆しているのではないか!?」

 「しかし丸が一つだけでは名前というのも難しいのではないでしょうか?カタカナで名前でも書けばいいものを」

 「でも、丸一つに印一つじゃ意味が分かんないよ・・・何がなんなのか・・・」

 「う〜ん、やっぱ“たったこれだけ”じゃ何も分かんねえよ」

 「それは違えぞッ!」

 

 

 

 

 

 「いや違う、これだけじゃねえ」

 

 歪な円と円周上の一点。これ以上ないほどシンプルで、解釈の仕方はいくらでもありそうに見える。だがそうじゃなかったんだ。このダイイング・メッセージは、それだけじゃなかったんだ。

 

 「おい望月、お前捜査の時言ってたよな?古部来の近くに落ちてたもんがあるって」

 「む?あれのことか?」

 「あれ?あれとはなんじゃ?」

 「ダイイング・メッセージに重なる位置に、古部来竜馬が生前から身につけていた、角行の駒が落ちていたのだ。殺害時に弾みで落下したものだと思われるが」

 「そうじゃねえ。あれはきっと、古部来が自分で置いたもんだ」

 「えっ?」

 

 望月だけじゃなくて、六浜や曽根崎もが驚いた顔で俺を見た。捜査時に望月が再現したダイイング・メッセージの『本来の姿』。それは、地面に書かれた歪んだ円と、その円周の上に付けられた血の印と、そのすぐ横には角行の駒が落ちていた。

 ただあれは、落ちてたんじゃない、置かれてたんだ。

 

 「望月、お前捜査中に言ってたよな?古部来の死に方はどこかおかしいって」

 「お、おかしい・・・?一体何がおかしいと言うのだ!奴の死を侮辱するようなことは許さんぞ!」

 「そうじゃねえ。おい望月、もう一回説明しろ」

 「承知した」

 

 古部来の死体の周辺を捜査した時のことを思い出し、俺は望月に確認した。ダイイング・メッセージの謎を解き明かすために必要なことだ。もし俺の考えてる通りだとしたら、望月の感じた違和感の答えもすぐに出るはずだ。

 

 「これまでの議論で、古部来竜馬の死因は爆殺であると断定された。そして死体の損傷状態から、古部来竜馬は正面からクラッカー爆弾を用いて爆殺されたと推察できる。しかし、正面から爆弾で殺害されたにもかかわらず、古部来竜馬の死体はうつ伏せの状態で発見された。これは明らかに不自然であると言えよう」

 「うつぶせ・・・?そ、それのどこが・・・」

 「・・・あっ!そうか!正面から激しい衝撃を受けたんなら、普通後ろに倒れるもんね!」

 「そうだ。だが古部来は煙が晴れた時にはもううつ伏せだった。つまり、前のめりに倒れたってことだ」

 「ですが、それがダイイング・メッセージと一体何の関係が?」

 

 相変わらず長ったらしくて無駄に言い回しが複雑だが、要は古部来がうつ伏せに死んでたのがおかしいんだ。衝撃を食らったらそのまま後ろに吹っ飛ぶなんて、ガキでも考えることなく分かることだ。なのに現実として古部来はそうなってない。

 

 「犯人が古部来をうつ伏せにしたんじゃねえの?怪我した面を見せないようにするとか」

 「あれだけ激しい損傷では、その程度の細工は意味を為さないと思いますが」

 「あいつが前のめりに倒れたのは犯人の仕業なんかじゃねえ。共犯者の滝山だって、そんなことする意味はねえ。だいたいあいつは古部来が殺されるってことすら知らなかったんだ」

 「じゃ、じゃあ・・・なんで古部来くんはうつ伏せになってたの?」

 「考えられるのは・・・古部来が自らそうなることを選んだ、ということだな」

 「はあっ!?」

 

 そうだ。自然にはそうならねえし、犯人がそうしたところで何の意味もない。となると可能性はあと一つ。古部来が殺される瞬間に、自分から前のめりになったってことだ。

 屋良井が素っ頓狂な声をあげるが、そりゃそうだ。正面からいきなり爆殺されて、そのまま一分もしないうちに死ぬんだ。その時古部来がどんな感情を抱いたかは分からねえが、少なくとも平常心でなんかいられねえはずだ。なのに、自然に吹っ飛んで倒れることにすら抵抗するなんて、一体どういう根性してたんだ。

 

 「自分からうつ伏せになったかぁ・・・ま、根拠はいいとして、それになんの意味が?」

 「ダイイング・メッセージを遺すため、だろう」

 「えっ?ちょ、ちょっと待ってよ。それじゃまるで、古部来くんが自分が死ぬことを分かってたみたいじゃないか・・・」

 「実際、そうだったのでしょう。ですから、あんな意味深なメッセージを遺したのではないですか?」

 「で、でも!煙が出てから晴れるまでほんのちょっとだったんだよ!?あんな短い時間で・・・しかも爆弾でやられた瞬間に自分が死ぬことを察して、メッセージを遺すために倒れる向きまで強引に変えるなんてこと・・・」

 「奴ならやりかねん。古部来はそういう奴だ」

 

 当たり前だ、自分で言っといてなんだが普通はどう考えてもおかしい。笹戸の言う通りだ。自分が死ぬこと、犯人の正体を示すメッセージ、それを遺すために必要なこと。こんなのを一瞬のうちに考えて、瀕死の体で爆発の勢いにまで抗って。常識じゃとても理解できねえ。だが六浜は、落ち着いてあっさりそれを肯定した。こういう現実離れしたことは、一番理解できなさそうなのに。

 

 「いつもいつも・・・我儘で、強引で、傍若無人で、型破りで、常識外れで、壮烈で、勝手な奴だった。言動の一つ一つが、私には到底理解できん領域の人間だった。だがだからこそ、我々では思いもよらないようなことが、あり得ないことができる。だからこそ奴には、それができたはずなのだ」

 「へえ〜、六浜サン、古部来クンのことよく知ってるんだね」

 「ふん、私以外に奴とまともに会話ができる者などおらんだろう。まったく、世話の焼ける奴だ・・・最期まで、な」

 「で、じゃあそれがどうなの?古部来クンが死に際にど根性ファイト一発でうつ伏せに倒れて、それでもってダイイング・メッセージを遺したってことになると、何か分かるの?」

 

 とうとうと語る六浜に曽根崎が茶々を入れるが、それでも六浜落ち着いていた。むつ浜はどこいったんだ。あいつの数少ないキャラクターだろうが。ってそんなことはどうでもいいんだ。

 あのダイイング・メッセージが古部来が意図的に作ったもんだとすると、あの円も、血の印も、印と一緒に円に乗っかってた駒さえも、あいつが作ったメッセージの一部ってことになる。それは今まで俺たちが考えてた『不完全な姿』じゃなくて、古部来が遺した『本来の姿』なんだ。

 

 「あいつが作ったダイイング・メッセージには、円と、血の印だけじゃなくて、あいつが身につけてた角行の駒も含まれてたんだ」

 「古部来が胸に提げておったやつじゃな。奴には装飾品など似合わんと思ったのでな、よう覚えとるぞ」

 「望月。それを踏まえて、お前が見たダイイング・メッセージはどんなんだったか、できるだけ細かく言え」

 

 ここでもう一回、望月にバトンを渡す。古部来の作ったダイイング・メッセージの完全な状態を見たのは、あの時動揺してまともな状態じゃなかった六浜を除けば、望月しかいねえんだ。こいつの証言を信じるしかねえ。

 望月はその時の状況を思い出してんのか、だらしなく口を開けながらぼんやりと宙を眺めて、そして俺に言われた通りに説明した。

 

 「古部来竜馬がうつ伏せに倒れており、その左側前方にダイイング・メッセージが記してあった。うつぶせの状態で指を動かしたのだろう。線が歪んでこそいるものの、それが円であるとは認識できる。そして古部来竜馬はその円周上の一点に血の付いた人差し指を置いて示していた。その指のすぐ横、古部来竜馬と同じ姿勢になった時に、指の左側に、駒が落ちていた。円の内側を向いた状態で、裏向きだった」

 

 淀みなくすらすらと、同時にねちっこく細々と、望月は自分が見たものを説明した。その状況を頭の中で組み立てる。そしてそこに込められた意味を、古部来が俺たちに伝えようとした犯人の正体を探る。周到に逃げ回ってた犯人の尻尾を掴む、大きな手掛かりを汲み取る。

 

 

 【議論開始】

 

 「以上が、ダイイング・メッセージの詳細だ。清水翔、今の説明で十分か?」

 「ああ。やっぱり、その“将棋の駒も含めて”ダイイング・メッセージだったんだ。それがこのメッセージの完成形だ」

 「完成形でも完全体でもいいけどよ、だからって何が分かるんだ?将棋の駒一つ増えただけじゃ、相変わらず意味不明だって!」

 「円、血の印、裏向きの駒。ううむ・・・なぞなぞの類でしょうか?“言い方を変える”などして言葉を作るような」

 「そんな頓知を利かせている暇などなかろう。しかしその駒が重要な意味を持つことは間違いなさそうじゃな」

 「なんだろう?あの将棋の駒は古部来クンが大事にしてたものだしね・・・思い入れもあるみたいだったから、“彼の分身”と言っても過言じゃないよ」

 「その通りだ・・・!」

 

 

 

 

 

 「分身、か。なかなか気の利いた表現をするではないか、曽根崎」

 「そう?まあこれでもジャーナリストだから、文章力は自然と鍛えられるよね」

 「多少意味のズレはあるが、私が考えていることとほぼ同じだ。あの将棋の駒は古部来の分身・・・奴自身を暗示するものなのだろう」

 「奴自身・・・古部来さん自身をですか・・・?」

 

 曽根崎は六浜に軽く返したが、目は笑ってない。その先の、六浜が言わんとしていることを聞き逃すまいと、メモ帳とペンを手に六浜の一挙手一投足に目を配っている。それに気付いてんのか気付いてねえのかは分からねえが、六浜はそっと話し出した。思わず俺は歯を食いしばった。

 

 「裏返った角の駒はすなわち、成った角、竜馬を示す」

 「えっ!?そ、それ・・・竜馬って・・・!」

 「そう。奴の名だ」

 

 古部来の名前、古部来竜馬。あいつが死の淵に遺したメッセージで、わざわざ駒を裏返して置いたのは、絶対偶然なんかじゃねえ。自分と同じ名前の駒をメッセージに組み込むことで、その図が示す意味を完成させたんだ。

 もう俺の頭の中には、そのダイイング・メッセージの意味が閃いている。だけどそれが本当だとすると、いよいよ常識離れした古部来の力が恐ろしくなってきた。マジであいつは、こんなことを考えてたのか。自分がもう死にそうだっていう時に、ここまで考えてメッセージを作ったのか。これが“超高校級の棋士”と言われる、あいつの“才能”なのか。

 

 「で・・・駒が古部来のことを意味してたらなんだってんだよ?」

 「分からないか?その駒は大きな円の一部に重なっていたのだ。駒が古部来だと考えて、想像してみろ」

 

 あいつの思考回路はどうなってやがったんだ。生と死のギリギリの状態だったはずなのに。なんでここまで先を読むことができる?なんでそんなどうでもいいことまで覚えてる?なんでその時にそんな発想ができる?

 

 「駒と同じように円周上に記された血の印の意味を。そしてその二つともが組み込まれている、巨大な円が一体何かを」

 

 古部来竜馬ってのは一体、何者だったんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「学級裁判場・・・・・・だよな・・・」

 

 背筋に悪寒を感じながら、震えそうになる声を必死に堪えて、俺は答えた。とっくに辿り着いていた結論を言葉にした。その瞬間に、古部来のダイイング・メッセージと俺たちが今いるこの場所が頭ン中でダブって、妙な感覚に襲われた。なんだこれ?死んだのは古部来の方のはずなのに、殺した奴は俺じゃない他の奴のはずなのに。まるであいつの思い通りになっているような、形のない被支配感。

 どうして、なんで俺は、既に死んでる奴にビビってるんだ。

 

 「なっ・・・!?バ、バカな!?学級裁判場じゃと!?そんな・・・そんなバカな!!」

 「バカでもアホでもねえ。それ以外に考えられるか。ここ以外に、人よりずっとデケえ円なんてあるかよ」

 「そ、それはそうですが・・・なぜ古部来君が死の間際にこの場所のことを思われるのですか?学級裁判場は、殺人を犯した犯人を探し出す場所・・・被害者である古部来君がここにいらっしゃることはないということなど、彼ならすぐにお分かりになるはずでは・・・!?」

 「分かっていたからこそ、この場所を示したのだ」

 

 信じられねえって面をした奴らが、俺の言ったことに反論する。当たり前だ。俺だって本当はそっちの立場なんだ。けど他に考えられねえだろ。死のギリギリに、もう自分とは関係ない裁判場を使って犯人を示そうなんて、そりゃおかしいと思う。でも六浜が、俺の意見を後押ししやがる。正しいと肯定しやがる。だからもう、そうとしか言えねえんだ。

 

 「奴は自分の死によって、再び学級裁判が開かれることを予見したのだ。だからこそ奴はこの場を示すことで、メッセージを解読した時に犯人の逃げ道を奪うことができると考えたのだ。絶対に誤魔化しの利かない動かぬ証拠をここに生み出したのだ」

 

 駒が古部来、円が学級裁判場を示すとしたら、あいつが記した血の印が意味するものはもう分かりきってる。そしてそれが示す奴も、しっかりと見据えることができる。駒のすぐ右隣に記された血印。それが今この場で示す人物。そいつもそれを理解してたのか、俺が顔を上げた時には見るからに狼狽えてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺より先に、そいつと目を合わせた六浜が言った。

 

 「そうだろう、屋良井」

 「ッ!?」

 

 駒の隣の血。それは間違いなく犯人を意味する印だ。学級裁判場の席順なんて、俺たちにもクロにもどうこうできるもんじゃねえ。だからこそ動かぬ証拠になる。古部来のすぐ横に並ぶ奴が犯人だという、絶対的な証拠になる。

 

 「ダイイング・メッセージの解釈がこの通りだとすれば、犯人はお前ということになるな」

 「・・・は、はあ?おいおい、なんか盛り上がってるみてえだけど、ちょっと無理あるんじゃねえか?だって学級裁判場だぞ?死に際にそんなこと考えられる奴なんているかよ」

 

 思った通りの反論だ。そりゃそうだ。普通はそんなこと考えられねえはずだ。けどそれは説得力のある憶測でしかない、俺たちがいま屋良井に突きつけてんのは絶対的な証拠だ。

 

 「そんなものは実際に死に瀕してみなければ分かるまい。そんなものは単なる憶測だ。お前に反論するなら、古部来の頭脳ならそれができた、で事足りる」

 「だッ、だとしてもよッ!メッセージの読み方が間違ってるってこともあるだろ!将棋の駒がどうこうなんてただの偶然かも知れねえじゃねえかよ!」

 「では他にあのダイイング・メッセージをどう解釈するというのだ?古部来を示す駒、裁判場を示す円、犯人を示す血。これ以上に我々が納得できる答えをお前が持っているのか?」

 「い、いや・・・それを考えようぜってことだろ。なんで犯人って疑われただけでオレ一人で考えなきゃいけねえんだよ。いくらなんでもひでえぞそりゃ!!」

 

 あくまで落ち着いてて、弁明するばかりじゃなく六浜の追及に対して反論もしてる。だけどそれくらいじゃこの論は曲がらねえ。それに、この学級裁判の場で一度怪しくなるとその疑いを完全に晴らすことは難しい。その上、この状況で屋良井だけは別格に怪しい。むしろ今までこの話題が上がらなかったことが不思議なくらいに、屋良井は怪しいんだ。

 

 「おい屋良井、お前自分が犯人じゃないって言うんなら、俺らに言うことがあるんじゃねえのか?」

 「は?な、なんだよ清水。お前までオレのこと犯人だっつうのかよ!むつ浜に乗っかって図に乗ってんじゃねえぞ“無能”風情が!」

 「俺が“無能”なら、お前は何なんだ?そろそろ言ってもいいだろ。お前の本当の“才能”をよ」

 「ッ!!」

 

 明らかに屋良井は言葉に詰まった。たったこれだけのことを追及されただけで、屋良井はあからさまに動揺した。“才能”なんて、希望ヶ峰学園に在籍してる奴にとっては何より重要なことで、同時にそいつが何者かを一番強烈に示す肩書きだ。なのに屋良井だけはそれを明かさない。ここに来た日からずっと、適当なことばっか言って茶を濁してる。

 

 「な、なんだよそれ・・・!?なんで今オレの“才能”なんかが・・・」

 「さっき言ったよね。この事件の犯人は火薬の扱いに慣れてる人、だからこそ明尾サンと鳥木クンに容疑がかかったわけだし」

 「いやいやいや!だからってオレの“才能”言う必要なんかねえだろ!火薬の扱いに慣れてるかどうかなんて、“才能”だけで決められるこっちゃねえだろ!」

 「なら正直に言えばいい。我々は犯人は火薬に関する“才能”を持っていると考えている。故にお前の“才能”如何によっては容疑が晴れる可能性もあるぞ。それとも、“才能”が言えない理由でもあるというのか?」

 「んぐぐっ・・・!!」

 

 どんだけ言い返そうが、どんだけ逃げ回ろうが、もう屋良井はこの追及からは逃れられない。そもそも今までずっとテメエの“才能”を隠し続けてきたこと自体が不自然なんだ。そんなもん希望ヶ峰学園の生徒にとっては、名前を名乗らないくらいおかしいことなんだ。命を捨ててまで隠す“才能”なんてあるわけねえ。

 

 「なに黙ってんの屋良井クン?」

 「こ、こんのォ・・・!!どいつもこいつも寄って集ってェ・・・!!」

 「どうしたのですか?ご自分の“才能”も言えないのですか?」

 「ぐぅっ・・・!!ク、クソがッ!!」

 「ま、まさかほんまに屋良井さんが・・・犯人なんですかぁ・・・?」

 「んぬっ・・・!ううっ・・・!」

 

 どんどん逃げ場を失っていく屋良井は冷や汗を流して、血の気が引いて、口からは呻き声しか出てこねえ。そこまで追い詰められてること自体が、こいつの“才能”がこの事件と深く関わってるって何よりの証拠だ。自分でボロを出してることにすら気付いてねえのか。

 

 「屋良井、お前の“才能”はなんだ。答えろ!」

 「・・・ちっ」

 

 最後に六浜が一押しすると、屋良井は俯いたまま舌打ちした。遂に諦めたか、と思わず身構える。だがなんとなくそいつが醸す雰囲気は観念したというよりは、まだ何か隠してるような感じだ。こいつはまだ諦めてねえ、ここまで言ってもまだ“才能”を明かさないつもりか。

 暗く重い雰囲気をまといながら、屋良井は口を開いた。

 

 「ったくしつけえなお前ら・・・そんなにオレの“才能”が知りてえのかよ」

 「言いたくないならそれでいいよ、でもそうなるとキミがクロでほぼ確定ってことになるけど」

 「・・・わあったわあった、言うよ。そこまで言うなら教えてやらぁ。あーぁ、仕方ねえけど、こんなところで明かす羽目になるなんてなぁ」

 

 腹の底から空気を入れ換えるような深いため息を吐いて、屋良井は言った。うんざりという言葉を体言するような態度で、後頭部を乱暴に掻きむしりながら言った。

 

 「お前ら、陸賀流って知ってっか?」

 「は?」

 「陸奥の陸賀流、まあ伊勢の伊賀流とか甲斐の甲賀流に比べりゃ知名度は低いから、知らなくてもしょうがねえか。けど、歴史を裏から支える生業だってのに有名ってのも可笑しな話だよな。だからオレらくらいの方が丁度いいんだろうよ」

 「陸賀流?歴史の裏?い、一体何をおっしゃっているのですか屋良井君?私たちはあなたの“才能”をお尋ねしているのですが・・・」

 「だから言ってんだろ。それに誤魔化してたのは“才能”だけじゃねえ。『屋良井照矢』ってのもオレの本当の名前じゃねえ。だってしょうがねえだろ?本当ならオレは、希望ヶ峰学園に入学するなんてことすら、限りなくアウトに近いセーフなんだ」

 

 さっきまで俺たちの詰問に狼狽えていた屋良井は、もういなかった。今は流れるようにぺらぺらと話してる。だがその内容は、俺たちが期待していたようなもんじゃなかった。陸賀流だとか歴史の裏だとか、なんかスケールのデカそうな、けど今の話の流れとは全然関係ねえことばっかりが出てくる。おまけに、『屋良井照矢』って名前もウソだと?何を言ってんだこいつは?

 

 「特別サービスだ。ふふふ・・・改めてオレの、本当の自己紹介をしてやるよ!」

 

 何かが吹っ切れたように、屋良井は、それでも前と同じように無駄に大袈裟な動きをして大声を出す。なんだ?いま俺たちは何を目の当たりにしてるんだ?こんなこと期待してなかった。なんで俺たちは、今こいつの話なんかを聞いてんだったっけ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「オレは!!陸賀流御影一族が第八十三代当主、“超高校級の忍”こと御影不動ミカゲフドウだ!!忘れる程度に覚えとけ!!ふっはははははははははははっ!!」

 

 高らかに笑うそいつは、今まで俺たちが『屋良井照矢』だと思っていた男は、初めて聞く名前を叫んで名乗った。妙な言い回しも、笑ってる理由も、全くの期待外れの返しも、全てが一気に頭に雪崩れ込んでくる。どういうことなんだ。こんなはずじゃなかった。

 

 「し、しのびじゃと・・・それはつまりお前さん、忍者っちゅうことか?」

 「ああ。ったく、仕方ねえとはいえ忍者が自分は忍者ですって言うなんて、バカバカしいにも程があるぜ!」

 「に、に、忍者やから・・・今まで“才能”も言わんと、嘘の名前で過ごしてた言うんですか・・・?」

 「当たり前だろ。忍んでこそ忍者なのに自分から言ったりするか。まあ名前は・・・騙してて悪かったよ。別にこれからも屋良井のままでいいぜ!世を忍ぶ身としちゃあオレもそっちの方が都合いいしな!」

 

 極めて軽く、あっさりと言いやがる。本当に最初の自己紹介みてえに、へらへら笑って手なんか振りやがる。なんなんだ、こいつのこの深刻さの欠片もない態度は。マジでこいつは犯人じゃねえのか?“超高校級の忍”ってのが、こいつの本当の“才能”なのか?

 

 「しかし、忍者というと火薬を扱うイメージがありませんこと?その“才能”なら、犯人候補として申し分ないと思います」

 「はあ・・・出た出た。創作の中のことを本当だと勘違いしてイメージ押し付ける奴。あのなあ、忍者だからってキツネの化け物が封印されてたり特別な赤い目を持ってたりするわけじゃねえんだよ。虚仮威し程度の爆薬ならまだしも、クラッカー改造するなんてマネ、忍者にできると思うか?」

 「できるかどうかは分かりませんけど・・・似合いませんね・・・」

 「人目を忍んでこそ忍だろ。煙幕も爆弾も目立ってしょうがねえ、実際はそんなもん使わねえよ。少なくともうちの流派は、煙幕使って逃げなきゃいけねえような三流の仕事はしねえよ」

 

 こいつの普段の態度はとても忍者のそれには見えない。目立つ目立つって、お前は無意味なくらいに目立つことをしてきただろ。むしろ目立とうとしてるとしか思えないくらいに。それも、“才能”を悟らせないためにしてきたことだってのか?

 もっともらしい弁論に不自然な態度。俺たちはどっちを信じればいい?マジでこいつは『御影不動』なのか?こいつの“才能”は本当に、“超高校級の忍”なのか?

 否定することも、肯定することも躊躇われる。何を言えばいいのか分からない。そんな膠着状態を、破ったのは、またあいつだった。

 

 「屋良井・・・いや、御影不動。お前は本当に、“超高校級の忍”なのだな?」

 「さっきから言ってんだろ?あと、屋良井でいいぜ」

 「そうか。なら一つ訊こう、屋良井。お前が本当に“超高校級の忍”だと言うのなら、『九字』の印とその意味を言ってみろ」

 「・・・は?」

 

 屋良井、いや御影は頓狂な声とともに、ぽかんという表情になった。御影だけじゃなくて、六浜以外の奴らもわけが分からなそうな顔をしてた。クジってなんだ?

 

 「忍者の間で使われたとされている呪文だ。忍者と言えば『九字』だろう。忍の道にある身ならば答えられないわけがあるまい」

 「・・・へへっ、だからよむつ浜、そういうのは後の時代の創作で、実際の忍者は」

 「これが記された歴史文書も存在する。なんならその題目と成立年まで言ってやろうか」

 「は、はあ・・・?お前、何言ってんだよ・・・?」

 

 急にわけ分からねえことを言い始めたと思ったら、笑い飛ばそうとする御影に釘を刺した。これは確実に、こいつを追い詰めようとしてるんだ、とすぐに気付いた。けどクジってもんが分からねえから、会話の内容にまでついていけねえ。

 

 「何を躊躇っている?“超高校級の忍”ともあろうお前が、こんな初歩的な質問に答えられないのか?」

 「バ、バカじゃねえのかお前・・・?そんなもんで誰が・・・」

 「答えられないのなら、お前の言っていることは信用に値しない。つまりはウソということになる」

 「ウソだと!?ふ、ふざけんな!なんでそんなことでしつこく疑われなきゃいけねえんだよ!だったらテメエが答えてみろや!クジをよォ!!」

 「・・・はあ。分かった、やはりお前は、“超高校級の忍”などではない」

 

 隠し続けてきた“才能”を明かしたにもかかわらず六浜に食い下がられ、御影は激昂して六浜を指差した。だが六浜はそれに怯むこともなく、ただ冷淡な目でその指を見返して、そう言った。

 そこに込められていたのは、ものすごく純粋な侮蔑の色。呆れ果てて、完全に相手を見下した感情だ。こんな目を、六浜がするのか。

 

 「なん・・・だと・・・!?テメエ、女だからって調子に乗りやがって・・・いい加減にしろや!!」

 「晴柳院」

 「ふえぇっ!!?は、はいぃっ!!」

 

 苛立ちがピークを迎えたのか、証言台の柵を握って身を乗り出した御影が六浜を威嚇する。だが六浜はそんなもんどこ吹く風とばかりに、隣にいる晴柳院を呼んだ。あまりに突然のことで、晴柳院はまさに飛び上がるほど驚いた。

 

 「この無知な忍者に教えてやれ」

 「はあ?」

 「・・・え、えっとぉ」

 

 短く皮肉を込めて言った六浜に、晴柳院はおそるおそる御影を一瞥してから、全員に見えるように両手を複雑に合わせ始めた。

 

 「く、九字は九つの文字を並べた呪文で、それぞれに印という指の組み方がありますぅ。順番に、臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前と・・・こういう風に印を結びます。簡略化した九字切りというこういった作法もあって、どちらも意味は、『臨む兵、闘う者、皆陣を列べて前に在り』で、魔除けの力があるといいます・・・」

 「なっ・・・!?」

 「あ、あのう・・・これでいいですか?六浜さん」

 

 一つ一つ、晴柳院は何がどうなってるか分からねえような指の組み方をしたり、指を素早く胸の前で動かしたりして、最後に六浜の方をちらと見て言った。俺たちは全員ぽかんと口を開けて、六浜は満足そうに小さく笑って頷いた。そして改めて御影を睨み、凛とした口調で言い放つ。

 

 「どうだ、“超高校級の忍”。これが九字だ」

 「は、はあっ!?」

 「そもそも『九字』は陰陽道のもの。後世の創作とはいえ、忍道の呪文であるという私の発言からして否定できなかったお前が、本当に忍者と言えるのか疑問だな」

 「なんだよそれ・・・?むつ浜よぉ・・・お前マジでさっきっから、何言ってんだ?」

 「なあ屋良井。ここまでして己の“才能”を隠す意味とはなんだ?いい加減に教えてはくれないか、お前の本当の、嘘偽りのない正体を」

 

 一体何が起きたんだか、全く分からん。ただ六浜は勝ち誇った顔をして、御影はさっきまで浮かべていた余裕が消え去り青い顔をして震えてる。俺を含めほとんどの奴は茫然とそれを見てるが、曽根崎は全てを理解したように、にやりと笑った。

 

 「なるほど!カマかけたわけだ!いやあ、さすがにボクも何がなんだか分かんなかったよ。リンピョートーってあれ、九字っていうんだ!また一つ賢くなったね!」

 「ぐぐっ・・・!」

 「危うく流されちゃうとこだったよ。でもまあ、よく考えてみれば今までずっと適当なこと言って“才能”を誤魔化してきたんだもんね。奥の手としてそれっぽ〜い“才能”を用意してるってことも考えられるし、証明する手段だってないもんね!」

 

 冷静に端的な言葉で追い詰める六浜に対して、曽根崎はあれこれべらべら喋りながら遠回しに追い詰めていく。こいつら二人に同時に矛先を向けられたら、犯人だろうが犯人じゃなかろうが言葉に詰まる。さっきまでの勢いがウソのように御影は黙りこくった。が、すぐに食いしばった歯の隙間から声が噴き出す。

 

 「ふ・・・ふふッ・・・ふふふッ!!ふっざけんなあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」

 

 奴の喉から飛び出た叫びは怒りと動揺と焦燥が綯い交ぜになって、奇妙な色を醸しながら裁判場を揺らした。だが俺はその声の中には少しだけ、何か奇妙な感情が交じっていることに気付いた。なんでそんなことを感じ取ったのかも分からねえ、気のせいだとすぐに忘れてしまえばいいほど場違いな感情だ。

 そうやって少しでも違うことに気を取られていると、あっという間に議論は進んで置き去りにされる。御影は絶叫したすぐ後に、唾を飛ばしながら六浜にがなり立てる。

 

 「ふざけんなふざけんなふざけんな!!テメエら何さっきからわけの分からねえことばっかり言いやがってそんなにオレを犯人にしてえのか!!なんかオレに恨みでもあんのかクソ野郎共!!」

 「恨みつらみの問題ではない。最も疑わしかったお前を叩いたら埃が出た、だからお前が犯人である可能性がより一層強まった。それだけのことだ」

 「何がそれだけのことだボケェ!!クジがどうだこうだってその程度のことで人のこと好き勝手言いやがって!!テメエら何にも分かってねえ!!テメエらが何をどんだけ言おうとオレは“超高校級の忍”なんだよ!!」

 

 まるっきり形勢が逆転した。余裕ぶっていた御影は汗を滲ませて喚き、反論に黙りこくっていた六浜は極めて冷徹な目でそれを眺める。古部来のダイイング・メッセージの件から激しく移り変わる議論の場に、ついて行けてる奴はどれくらいいるんだ。この裁判場で何が起きてるんだ?

 そうやって置き去りになっている俺たちを無視して、六浜と御影は互いの言葉をぶつけ合っていく。答えなんかもうほとんど出てるのに、この勝負の行く末が何か決定的な意味を持っているような、そんな気さえしてくる。

 

 

 【P.T.A】

 

 「ふざけたこと言ってんじゃねえぞッ!!」

 

 「私はいたって真面目だぞ。ふざけているのは“才能”すら明かさないお前だろう」

 

 「だからさっきっから忍者だっつってんだろ!!なんで信じねえんだよ!!」

 

 「信じたくても信じられん。もはやその主張に説得力はない」

 

 「わけ分かんねえんだよ!!そっちこそ説得力なんかあるか!!」

 

 「少なくとも私は自分の“才能”を正直に明かしている。そんなことは私と同じ立場になってから言うんだな」

 

 「うるせえうるせえうるせえうるせえ!!黙れェ!!」

 

 「もう諦めろ。足掻くほど醜いだけだ」

 

 「分かったようなこと言ってんじゃねえ!!テメエにオレの何が分かるってんだよ!!」

 

 「貴様が我々の敵であること・・・下卑た殺人犯であることだッ!!」

 

 「テキトーこいてんじゃねえぞ!!さっきから聞いてりゃそっちの言い分だって大した根拠もねえじゃねえか!!誰がなんと言おうとオレの才能はオレにしか分からねえんだ!!“オレが忍者だっつったら忍者なんだよ”!!」

 

 「お前はもう詰んでいるッ!!」

 

 

 

 

 

 灼けつくような熱を帯びた御影の言葉の弾丸を、凍てつく冷気を纏った六浜の言葉の刃が斬り捨てていく。もう既に御影にそこから逃れる手はなかった。どこまで逃げても逃げられず、どれだけ刃向かってもねじ伏せられる。そして六浜は、その見苦しい悪足掻きに決着を付けた。

 

 「そこまで言うのなら屋良井・・・いや、御影不動よ。お前の電子生徒手帳を見せろ」

 「ああッ!!?」

 「電子生徒手帳は起動時に、所有者の本名と“才能”が表示される。もしお前が本当に“超高校級の忍”で御影不動であるならば、それを以て証明してみせろ」

 「はあッ!!?・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 

 たったそれだけのことで、御影はまた黙った。だが今度の沈黙は、さっき六浜にカマをかけられた時のものとは違った。苦し紛れに呻く声も、身に纏った不穏な雰囲気が周りの空気を揺らす緊張感も、必死に次の抵抗を考える息遣いも、何も聞こえない。

 完全に論破された。生気が抜けて茫然とした人間の残滓がそこに突っ立っていた。六浜はそうなってしまった御影に捨てるようにため息を吐いて、俺たちを見た。そこに言葉はなかったが、その目配せの意味は全員が理解できた。

 

 「モノクマ」

 「・・・・・・え?ああっ!はいはい!全然終わる気配がなかったからサバンナに思いを馳せてたよ!」

 「結論が出た。投票を始めろ」

 「な、なんだよその言い方!投票に移るかどうかはボクが決めることなの!オマエラが指図すんじゃねーバカヤロー!解散!」

 「解散させちゃうの!?」

 「ウソウソ。こんなハンパなところで終わらせられるわけないでしょ。ではでは、ごほん。オマエラ、お手元のスイッチで、クロと疑わしい人物に投票してください!投票の結果、クロとなるのは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ちょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっと待ったああッ!!!」

 「!?」

 

 至極簡潔に、六浜がモノクマに投票タイムへの移行を促す。久々に喋ったと思ったらやっぱりモノクマはふざけたことしか言いやがらねえで、けど結局は言う通りに宣言しようとした。

 だが、前回と同じようにその宣言は邪魔された。滝山の時のようなか細い声とは全然違う。聞いただけで身が強張るような、悪意に満ち溢れた狂喜の声色に。

 

 「はあ〜・・・参った参った。ホントに参った。まさかだよ。まさかここまで来るとはなァ・・・くくっ、うくくくくくっ!やっぱりお前らすげえよ。ぶっちゃけナメてたわ。きひひ・・・!」

 「ちょ、ちょっとなにもう!二回目だよこれ!同じ展開なんていらないんだよ!どんだけボクの鼻を挫けば気が済むのさ!勘弁してよ本当に!」

 「ぁんだようっせェな・・・お前が勝手に話し終わらせようとしてただけだろ?まだだ・・・まだ終わらねェよ。まだ・・・・・・まだ・・・まだ、まだまだッ、まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだ!!!終わるわけにはいかねェだろうがよォッ!!!!」

 

 言葉の端々からイカレた笑い声を漏らしながら、茫然と天井を眺めていたはずのそいつは激しい怒号と共に議論の場に戻ってきた。白くなっていた肌は赤くなって額には青筋が浮かび、がっちりと証言台を掴んだ手はめりめりと音を立てる。大きく開いた口から唾を飛ばして、そいつはまた六浜に向かって怒鳴った。

 

 「なっ・・・!?ど、どうされたのですか屋良井君・・・!?」

 「ひいいっ!」

 「くっくく・・・まさかオレの『とっておき』まで見破られるとは思わなかったぜ!!本当にお前はすげえよむつ浜ァ!!ぎゃははははははははははははははァッ!!!そのしつこさに免じて・・・ついでにここにいる他のアリ共にも教えてやるよ!!オレの本当の“才能”を!!!」

 「ア、アリ?何を言うとるんじゃ・・・お前さん?」

 

 狂ったような笑顔を浮かべながら、堪えきれない笑い声を漏らしながら、そいつは声高に叫ぶ。なんだってこいつは、こうも整合性がねえんだ。抜けた魂が化けて戻ってきたような、豹変なんて言葉じゃ表しきれねえほどの変貌ぶりだ。その口から吐き出される言葉が、どれもこれも常軌を逸した悪意を纏っていることが、肌で感じられる。

 そこにいたのは、俺たちの知っている男じゃなかった。だけど、ここにいる全員が知っている男だった。そいつはもう隠すこともなく、どす黒い悦びと共にそう叫んだ。

 

 

 

 

 

 「この世に蔓延るクソくだらねえアリ共を、見えねえ暴力でぶち殺すッ!!!腑抜けた平和を踏み潰し、この世に悪ありと知らしめるッ!!!史上最悪のテロリスト『もぐら』!!!またの名をッ!!“超高校級の爆弾魔”屋良井照矢様だァ!!!死ぬまでその脳に刻み込んどけェッ!!!!」

 

 どこまでも意味不明な言動。噴き出す悪意。反響する混乱。そのど真ん中で、そいつはとことん歪んだ表情をしていた。それをどう表現すればいいんだろう。狂喜?恍惚?いずれにせよ、今まで俺たちが見てきた、追い詰められた人間の表情は、そこにはなかった。

 

 「ば、ばば、爆弾魔ァッ!!?“超高校級の爆弾魔”って、そんな“才能”ありなのかよ!?」

 「アリアリアリアリアリーヴェデルチッ!!!“無能”のテメエなんかよりよっぽど優れた“才能”だぜ!!」

 「先ほど、『もぐら』という言葉も出て来ましたが。貴方がその正体であると?」

 「慎みやがれ、テメエらは『もぐら』の前にいるんだ。なんなら見せてやろうか!!『もぐら』の力を!!」

 「コ、コラーーーッ!!ここで爆破なんかしちゃダメだよ!!そんなことしたら、裁判の結果を待たずにおしおきしちゃうからね!!」

 「おっと、ストップがかかったぜ。へへっ、まあオレの偉業が見たけりゃ資料館の新聞でも引っ張り出してみな。どれもこれも来る日も来る日も、オレのことばっか書いてあんぜ!!ぎゃははははははははははははははははははっ!!!たまんねェよなッ!!!」

 

 今まで見たこともないくらいのハイテンションで、屋良井は饒舌に喋る。“超高校級の爆弾魔”?あのテロリスト『もぐら』の正体?そんなバカなことがあんのか。マジで俺たちの中にあのイカレた危険人物が潜んでたってのか。信じられねえ。けど、屋良井がここぞとばかりに掲げたあいつの電子生徒手帳には、はっきりと示されていた。『“超高校級の爆弾魔” 屋良井照矢』と。

 

 「遂に白状したか。まったく、骨の折れる奴だ」

 「すごいや!ボクの推理ドンピシャじゃないか!あのテロリスト『もぐら』の正体は希望ヶ峰学園の生徒だった!!こんなネタ、まだどこの誌も掴んでないよ!!日本一、いや世界一のビッグニュースだよ!!うわわわっ!!鳥肌立ってきたあ!!」

 「興奮してる場合じゃねえだろアホ!!」

 「しかし屋良井照矢、わざわざ投票を止めてまでそれを言う必要があったのか?」

 

 テンションの高え屋良井と張り合うくらいに、跳びはねながらペンとメモ帳で既に取材モードに入った曽根崎が屋良井を好奇の目で見つめる。俺たちはその奇妙極まりない状況にただ唖然とすることしかできない。そして六浜と望月だけは相変わらず冷静に、屋良井に冷たく言葉をかける。それに対して屋良井は、ぎろりと視線を光らせて反応した。

 

 「ったりめえだろうが!!確かにテメエらの推理は認めてやるよ!!オレは“超高校級の爆弾魔”、この中の誰よりも火薬に詳しいし、『もぐら』として何度も爆弾作りも火薬調合も大量破壊もやってきた!!クラッカーごとき爆弾に改造するなんざ寝ながらでもできらあ!!」

 「それは自白ととってよろしいのですね?」

 「よろしいわけねえだろアホか!!」

 

 必要以上の大声で、豹変する前以上の目立ちっぷりで、屋良井は自白ともとれる発言をした。だが穂谷の確認にだけは、はっきりと否定した。そのせいでたちまちわけが分からなくなった。これが自白じゃなきゃなんなんだ。

 

 「オレに犯行が可能だったってことは分かった。だがそれだけじゃ、オレがやったって証拠にはならねえだろ!!なぜかって?火薬の調合の仕方、爆弾の作り方なんてもん、資料館に行けばいくらでも調べられたはずだろ!!だったら火薬の扱いに慣れてた鳥木と明尾だって犯行は可能だった!!ひゃはははははははッ!!!オレだけが疑われる筋合いはねえなァ!!」

 

 驚くほど論理的に、屋良井は反論した。理性もなにもブッ飛んで壊れちまったんだと思ってた。けどそれすらも俺の勘違いだ。これが、このトチ狂った悪意こそが、こいつの本性だったんだ。

 

 「で、でもさぁ・・・調べれば可能だった普通の人たちと、調べなくても可能だった犯罪者とだったら・・・どう考えたって犯罪者の方が怪しいよ」

 「おいコラ笹戸ォ!!お前そりゃ犯罪者差別だぞ!!テメエらがそういう色眼鏡を外さねえからオレみてえなのが出てくるし、社会復帰ができねえで再犯するんだぞ!!」

 「それどういう気持ちで言ってるの!?」

 「って!調べたところでわしらにそんなことができるわけがなかろう!!この状況で他に誰が犯人だなどと言えるんじゃ!!悪足掻きが過ぎるぞ屋良井!!」

 「悪足掻きだと思うんなら、オレにしか犯行ができなかった根拠を言ってみやがれ・・・それがテメエらアリ共ごときにできればの話だけどなァッ!!!ひひっ・・・ぎゃはははははははははははははははァッ!!!!!」

 

 めちゃくちゃだ。やっぱりこいつに理性なんてなかった。どう考えても犯人としか考えられねえ奴がいるのに、それ以外の可能性を完全に潰さねえと納得しねえなんて。しかもできなかったことの証明なんて、そんなの無理に決まってんじゃねえか。なんて言うかは忘れたが、不条理なことの代名詞的な言い方があったはずだろ、確か。

 

 「ならば言ってやろう」

 

 そんな俺のもやもやをぶち破るように、六浜は短く言い放った。あまりにもあっさりと、当然のことのように。その瞬間、屋良井の耳障りな笑い声が止まった。高笑いのまま瞬きすらせず、首だけ動かして六浜を視界に捉えた。隣にいた晴柳院が声も出さずに跳び上がって縮こまった。それくらいその時の屋良井の表情は鬼気迫っていた。

 

 「おいむつ浜ァ・・・お前いまなんつった?よく聞こえなかったんだけどよォ」

 「爆音ばかり聞いて耳が遠くなったのではないか?お前が犯人である証拠を教えてやると言ったのだ」

 

 晴柳院とは対称的に全く怖じ気づいたりする気配もなく、六浜はそう言った。屋良井は言葉を失ったのかそれともできるわけないと高を括ってんのか、何も言わずに六浜にガンを飛ばしてたが、ほどなく肩を揺らし始めた。

 

 「・・・っくく!くはははははははあッ!!!おもしれえじゃねえか!!だったら聞かせてくれよ!!その証拠ってやつをよォッ!!!」

 

 

 【反論ショーダウン】

 

 「テメエはどうあってもオレを犯人にしてェみてェだがよむつ浜ァ・・・!!無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄なんだよォ!!!できねェことをどうやって証明しようってんだァ!!?寝言は寝て言いやがれ!!」

 「無駄なのはお前の悪足掻きだ。私は何の根拠もなくこんなことは言わん」

 「ぎゃっはははははははははははははッ!!!はったりかましてんならそろそろ潮時だぜ!!?恥かく前に退いとけって!!テメエはむつ浜なんだからよォ!!!」

 「むつ浜ではない、六浜だ。退くわけがあるまい!貴様の言葉ごときで崩れる私の『推論』ではないわッ!!」

 「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れェッ!!!オレが犯人なんて証明できるわけねェんだッ!!!“オレ以外には犯行が不可能だって証拠”なんかあるわけねェだろうがッ!!!」

 「貴様の負けだッ!!」

 

 

 

 

 

 途切れることなく次々と撃ち出される屋良井の言葉は、一切六浜に意味を為していなかった。ただの雑音であり、醜い悪足掻きであり、無意味な時間稼ぎだった。研ぎ澄まされた刀が一振りで標的を真っ二つに割るように、六浜の言葉はそれだけで屋良井の全てをぶっ壊すのに足りた。奴の悪意に満ち満ちた言葉は、もう俺たちに対しても意味を失っていた。

 

 「クラッカーから爆弾を作れたのは、“超高校級の爆弾魔”であるお前だけだったんだ、屋良井」

 「嘘だッ!!デタラメだッ!!デマカセだッ!!!」

 「なぜなら、資料館に爆弾製作に関する資料はなかったのだから」

 「・・・あぁっ?」

 

 六浜が言ったのは至極シンプルな答えだった。爆弾を作ることができたのは屋良井だけ、それは屋良井にその“才能”があって、他の奴にはなかったから。マネしようとしても、それができるだけの環境がなかった。だから屋良井にしかできなかった。たったそれだけのこと。けどそれをどうやって証明するってんだ。そんなんじゃ屋良井は納得するわけねえ。

 

 「だったらむつ浜ァ・・・テメエはあの資料館の本全部読んだっつうのかよッ!!たとえ読んだとしても、そんな言い分誰が信じると思ってんだ!!」

 「資料館のカウンターに設置されていたパソコンには、館内の資料検索機能がついていた。あれで調べれば読む必要などない。十分あれば全て調べることは可能だ」

 「パソコンは何世代も前の物なのに、検索機能だけはいっちょ前なんだよねあれ!タイトルや著者はもちろん、参考文献に注釈まで網羅してたよ!あれ欲しいなあ」

 「なっ・・・!?曽根崎、お前知ってたのかよ・・・!?」

 「捜査の時にむつ浜サンに聞いたんだ。清水クンが穂谷サンと話してる間にね」

 「あ、あの時か・・・!」

 「そんなこと言わなくても、あのパソコンもボクがメンテナンスしてるんだから、精度は保証しますよ。残念ながら思春期のオマエラが期待するようなR指定の本はないけどね!」

 「こ、こんな状況でそんな期待しないって・・・」

 

 注釈みてえな細けえところで検索するバカなんていんのか。けど、そこまで神経質な精度の検索機能を持ってるなら、あのパソコンで調べた資料は信用していいってことだな。で、それがそのまんま六浜の推理の裏付けになる。“超高校級の爆弾魔”である屋良井にしか犯行が不可能だったっていうことの、屋良井が古部来と滝山を殺した犯人だっていうことの。

 

 「どうだ、これでもまだ何か言うことがあるか?『もぐら』」

 「・・・ッ!!」

 

 完全に詰みだ。誰が見たって間違いない。ここまで言い逃れのできない状況に追い込まれて、それでも屋良井はまだ抵抗せんとばかりに歯を食いしばってる。どこまで諦めの悪い奴なんだ。

 

 「ふざけんじゃねえ・・・!!そんなんじゃ認めねえぞ・・・!!その程度の言葉で、オレが納得できるわけねえだろうがッ!!!」

 「はあ・・・もう飽き飽きです。こんなに諦めが悪いだなんて、こちらがうんざりしてしまいますわ」

 「諦めが悪いだと?分かってねえ!!テメエらは何にも分かってねえ!!オレが求めてるのはそんなもんじゃねえんだ!!!おいむつ浜ァ!!」

 「?」

 「オレを犯人だと思うなら説明しろ!!全部を、一から、最初からだッ!!テメエがッ!説明するまでッ!!裁判をッ!!!やめないッ!!!!」

 

 とことんまで面倒くせえ奴だと思ったが、何か妙だ。その言葉には、今までの悪足掻きのような引き延ばしみてえなものを求める感じがしなかった。むしろ、この裁判を締めくくるって仕事を任せるような。このイカレきった裁判の判決を下せと言わんばかりの。

 

 「やってあげたら?六浜サン」

 「・・・どういうつもりか分からんが、やってやろう。これで貴様に、引導を渡してやるッ!」

 

 

 【クライマックス推理】

 

Act.1

 まず、この事件には二人の人間が関わっていた。犯人と、知らず知らずの内に共犯者にされていた男。それは滝山だ。犯人は滝山を騙して、自らの殺害計画に協力させることを企てていたのだ。

 

Act.2

 犯人が行動を起こしたのは、鳥木が主催した発掘場でのパーティーからだ。犯人は殺人の下準備として、滝山を唆して曽根崎にドリアンジュースを手渡させた。これを飲むことで、後にターゲットとして狙うために臭いを付けるつもりだったのだ。そう、この時点で犯人のターゲットは曽根崎だった。だがその思惑は外れた。不審な気配を察知した曽根崎が、ドリアンジュースを古部来に飲ませたのだ。そのせいでターゲットの指標となるドリアンの臭いは曽根崎ではなく、古部来に付着した。

 

Act.3

 一同が花火をするために発掘場から湖畔に移動すると、犯人はあらかじめ用意しておいた煙幕花火に火を点け、そこから噴きだした煙で全員の視界を奪った。その煙に乗じて犯人は滝山を利用し、ドリアンの臭いを辿り、懐に忍ばせていたクラッカー爆弾で古部来を殺害した。そして煙が晴れる前に、再び元の場所に戻って何事もなかったかのように振る舞った。こうして古部来の殺害に成功した犯人だが、その悪意はここでは終わっていなかった。

 

Act.4

 犯人は捜査時間中に、共犯者となった滝山に自らの所業とパーティーの準備中に滝山に毒を盛ったことを伝え、曽根崎と六浜を殺せとでも命じたのだろう。騙されていたとはいえ殺人に加担し精神的に憔悴しきった滝山は、その言いなりになってしまい、発掘場で曽根崎を、資料館前で私を襲撃した。だがどちらも死に至ることはなかった。今となっては確認することもかなわんが、人を殺すことに滝山はギリギリまで抵抗していたのだと思う。でなければ、“超高校級の野生児”である奴が無防備な我々を仕留め損なうことなどあり得ん。

 

Act.5

 こうして曽根崎と私の殺害には失敗した犯人だったが、最後に計画していた殺人は成就した。それは、共犯者である滝山の殺害だ。証拠隠滅、口封じ、裁判の混乱・・・犯人の思惑は見事に成功し、我々の動揺を誘った。こうして犯人は自らはほとんど表に姿を現すことなく、四人もの人間を殺害しようと企み、うち二人を殺害した。

 

 

 「狡猾で卑劣で姑息で陰険で邪な計画と、花火から爆弾や煙幕を作成する技術。この両方ができたのは、“超高校級の爆弾魔”であるお前しかいない!もはやお前に逃げ場はない!!観念しろ!!屋良井照矢!!」

 

 

 

 

 

 改めて聞くと、本当にこの殺人計画の卑怯さを強く感じる。犯行の準備を着々と進めながら、滝山をギリギリまで利用し尽くし、最後にはあんな悲惨な殺し方をする。古部来だって本当なら死ぬはずじゃなかった。それでも躊躇いなく殺したってことは、屋良井にとって殺す相手は誰でもよかったんだ。曽根崎だけを殺すつもりだったら滝山になんか任せないで、自分で確実に殺しにいったはずだ。

 ずっと六浜の推理を仏頂面で聞いてた屋良井は、さっきまでの喧しさが嘘のように一言も口を挟むことなく聞き終えた。そして一瞬だけ流れた嫌な沈黙の後、その口が裂けんばかりに吊り上がった。

 

 「くっ・・・くくっ・・・!ぷっくくく・・・!くはっ!!ひゃはははははははははははははははははははははァッ!!!」

 「!?」

 「ひいいいっ!?な、なななな、なっ、なんですかあああああっ!!?」

 「こ、こわれた・・・!!」

 

 屋良井の浮かべた笑みは、穂谷のそれとはまた違った不気味さを醸していた。はっきりとそこには感情があった。俺が少し前に感じた、あの場違いな感情だ。その笑い声に込められた悦が、俺たちの背筋に寒気を呼ぶ。

 

 「すげえ・・・すげえよむつ浜ァ・・・!!ああぁ・・・たまんねェよ・・・!くくくっ!やべェ、こんなん味わったことねェ・・・なんだよこれ?すげえ!すげえよ!!」

 「なにそれ?イッちゃったの?流石にこれ以上はボクも付き合いきれないな。もう新しい情報は出そうにないしね」

 「いや、安心しろ。もう終わりだ。お前ら・・・この事件の犯人は誰だ?その名を言ってみろ!」

 「な、なにを・・・」

 「言えッ!!!」

 

 その時俺が感じたのは、腹の底から全てを吐き出したくなるような不快感だった。なんで、なんで自分が犯人だと暴かれて笑ってるんだ?なんで恍惚の表情なんか浮かべてんだ?なんで今更、お前の名前なんか言わなきゃいけねえんだ?

 

 「何度も言わせるな。薄汚い殺人鬼の正体は貴様だ、屋良井照矢」

 

 誰も発さない言葉を出すのはやっぱり六浜だ。そして冷たく突き放すように言われたその言葉に、屋良井は満足げに頷いて、コンクリートに塞がれた天を仰いで笑い声を上げた。

 

 「くくくくっ!ぎゃはははははははははははッ!!!そうだ!そうだよッ!!オレだッ!オレが殺したんだッ!!古部来と!滝山を!そしてお前らが求めてた真実だッ!!それがオレだ!!お前らが渇望した『答え』が!!このオレなんだ!!!」

 

 途切れることのない嗤い、そしてねじ曲がった究極の悪意。それは何度も壁に、床に、天井に跳ね返って俺たちの耳に囁きかける。誰も何も言わない。言葉を失ってた。もう奴の姿を視界にとらえたくない。奴の声を耳に入れたくない。奴と同じ場所に居続けることが苦痛で仕方ない。

 そんな俺たちを苦しみから解放するための声を上げたのは、他でもない、その元凶だった。

 

 「おいモノクマァ!!投票タイムだ!!派手に頼むぜ!!このオレの声を!顔を!存在を!こいつらにもう一度痛えほどに知らしめてやるんだ!!さあお前ら!!さっさと投票しやがれェ!!!」

 「えええええええええええええっ!!?ボ、ボクの台詞をとったなあ!!コンニャロー!!前回の裁判からやりたい放題やり過ぎか!!ボクの存在がますます小さくなっていく・・・このままじゃミクロどころかナノまで縮んで白血球に食べられちゃうよ・・・」

 

 二つの悪意は、全く性質が異なる故に、ぶつかり合って噛み合わない。その中に巻き込まれる俺たちは、もはや顔を上げることすらできずに、ただ投票ボタンに指をかけていた。十票全ての投票が終わると、モノクマの後ろにあるモニターが静かに起動した。

 

 「ああっ!オマエラまでボクを差し置いて先に進んで!え、えっと!投票の結果クロとなるのは誰かその結果は果たして正解か不正解なのかワクワクのドキドキだよねッ!!!」

 

 モニターに巨大なスロットマシーンが映し出される前に、モノクマはいつもの煽り文句を早口で言った。どうしてもそこは譲れないなのか。そんな呆れた感情さえも、動き出した機械音に掻き消されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さァ・・・!!刮目せよッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り10人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

 屋良井照矢  鳥木平助  【滝山大王】【アンジェリーナ】




長いですね〜。しかしこれでようやく第三章の裁判も終わりです。長かったですねえ。しかもこれでもまだ全貌が明らかになっていないんですね。次回で全て明らかにしますけれども


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

おしおき編

 目に刺さるくらい煩く光る巨大なスロットマシン。モニターに映る三つのレーンが激しく回転し、徐々にスピードを落としていく。漫画みてえに気の抜けた音とともに回転を止めたマシンは、周りの装飾に劣らない目立つ色の顔を並べた。

 きらきらと重苦しく輝く『GUILTY』の文字、血のように真っ赤なテープと煌びやかな金色の紙吹雪を撒き散らすクラッカー、溢れ出てくる黄金のメダルは画面の外へ流れ落ちていく。下劣で悪趣味で反吐が出るその映像に歓喜する声が、裁判場に二つ。

 

 「うっひょーーーっ!!これまただいだいだいせいかーーーーーーーーーーーーーい!!“超高校級の棋士”古部来竜馬くんをぶっ殺し、“超高校級の野生児”滝山大王をも手にかけた恐るべき殺人鬼は、“超高校級の爆弾魔”屋良井照矢くんだったのでしたあっ!!!」

 「くっ・・・くくくっ・・・!!ひひっ、ひゃはははははははははははははははははははははははははははあっ!!!!!」

 

 場違いに能天気で底知れねえ悪意を孕んだ声と、ぶっ壊れて狂いまくった笑い声。今この裁判場にあるのは、それに打ち拉がれるどろどろとした形のないどす黒い感情。むりやり一言で表すなら、絶望。俺たちはそれに対して何もできない。疑い疑われ、糾弾と批難と猜疑の中を突き進んだ先にあった真実は、俺たちを嘲るように残酷な形をしていた。

 

 「おいおいお前らァ、どいつもこいつも辛気くせえ顔してどういうつもりだ?古部来と滝山の仇を討ったんだろ?真実を暴いたんだろ?お前らは学級裁判に勝ったんだろ?なんで下向いてんだ!!そこにはきったねえ床しかねえぞ!!オレを見ろ!!テメエらが暴いた『真実』の正体を直視しろ!!」

 「外道がッ・・・!!」

 「あれあれあれ?なんでクロを指摘できたのに、クロの屋良井くんが笑っててシロのオマエラがしょぼくれてんの?」

 「黙ってろクソぐるみ野郎」

 「はううっ!?ひ、ひどい!なんたる暴言!ボクはオマエラの勝利を祝ってやろうと思っただけなのに!人の・・・いやクマの厚意を無碍にするなんて!」

 「こ、こ、こんなもの・・・勝利でもなんでもありませぇん!」

 「おいゴルアァッ!!オレを差し置いてそんな綿埃ごときが目立つなんて認めねえぞ!!オレを見ろ!!」

 

 やかましく笑うモノクマに、輪の中心から外れて怒鳴る屋良井。うるせえ、なにもかもが雑音だ。今すぐこんなこと終わらせろ。もうこんな下衆なことは終わりにしろ!

 

 「もういい!モノクマ!さっさと済ませろ!早いとこあのイカレ野郎を処刑して・・・!」

 「待て」

 「ああっ!?」

 「まだ・・・終わらせるわけにはいかない」

 

 俺の言葉を遮ったのは、まだ下を向いて証言台の柵を握り締めている六浜だった。俯いてるにもかかわらずはっきりと声が聞こえたのは、それだけこいつが言葉に込めた意思が強かったからだ。

 

 「な、なにを言ってるの六浜さん・・・?もう犯人は屋良井くんで決まったんだよ?」

 「そうではない・・・!まだ明らかになっていないことがある・・・そいつに聞かねばならないことがある!」

 「あ?なんだ?なんでも答えてやんぜ!最期の最期の出血大サービスだ!」

 

 屋良井は下卑た薄笑いで、のろりと顔を上げた六浜を見た。その六浜の顔は、今まで俺たちが見たこともない表情をしてた。

 眉のしわが顔の中央に深い影を作り、瞳孔の開いた瞳が真っ直ぐに屋良井の顔を捉えてる。口は真一文字に結ばれて、腕や脚や腰を複雑に捻った妙な立ち方なんかしてねえのに、空気が震えるような重苦しい音が聞こえてくる気がした。

 

 「・・・・・・なぜ殺した」

 「ん〜?」

 「なぜ殺したと訊いている!!なぜ奴を狙った!!なぜ奴があんな凄惨な死に方をせねばならなかった!!答えろ!!なぜ古部来を殺したのだ!!!」

 「は?なぜって・・・んなもんここから出るために決まってんだろ?お前らの誰かを殺さなきゃ出られねえんだからよ」

 「違う!!!なぜ古部来なのだ!!!奴が貴様に一体何をした!!!なぜ・・・・・・な、なぜ・・・私じゃなかったのだ・・・!!!」

 「お、おいおい。どうしたんだよむつ浜。さすがに泣かれると困るぜ」

 

 憤怒、どす黒く禍々しいそれが、六浜に乗り移っていた。突進するように屋良井に掴みかかり、壁に押しつける。それでも屋良井は余裕の笑みを崩さず、怒れる六浜に当たり前のように答えた。まるで、なぜ飯を食うのに箸を持つのか、という問いに答えるような、ごく自然で疑う余地のないことみてえに。

 そして六浜は、どっと気が抜けたようにその場にへたり込む。嗚咽が混ざる言葉は、まだ屋良井を追及している。

 

 「答えろッ・・・!なぜ・・・・・・古部来を・・・!!」

 「・・・逆に、分かんねえのか?オレがどんな奴らを殺そうとしたのか」

 「な、なんだと・・・!?」

 「あ〜いや、オレが、じゃねえか。オレと滝山が、だな」

 

 屋良井と滝山が殺した奴らの共通点だと?そんなものがあんのか?屋良井が殺したのが、古部来と滝山。滝山が殺そうとして失敗したのが、曽根崎と六浜。共通点なんて・・・。

 

 「あ、分かった」

 「え?」

 「滝山クンは共犯者だから特別に除外するとして、古部来クンと六浜サンとボクに共通する事柄。なるほどねえ、確かに明確で分かりやすい共通点だ。それに、理由も屋良井クンらしい」

 「なんだよ!その共通点ってなんなんだよ!」

 「自分で言うのもなんだけど、でもまあ事実だからしょうがないよね」

 

 曽根崎は相変わらず飄々と能天気な口振りで、少し照れたように頬をかいて言った。

 

 「ボクたち三人はね、単純にこの学級裁判において、クロにとって厄介な存在だったんだよ」

 「・・・は?」

 

 それは冗談のような自賛の言葉だった。クロにとって厄介な存在ってどういうことだよ。その三人は屋良井にとってなんだったんだ?そいつらと屋良井の間に何があったってんだ。

 

 「なーんだ!分かってんじゃねえか!っていうか、そういうの自分で言って恥ずかしくねえのかよ曽根崎」

 「そうだねえ、自分から『もぐら』とかいうセンスの欠片もない仇名つけて、見えない破壊者とか中二病臭いことして周りに迷惑かけていい気になるよりは恥ずかしくないかな!」

 「ハッ、テメエにゃ分からねえよ。オレの気持ちなんざ・・・テメエみてえな奴には一番分かりっこねえよ!」

 「ちょ、ちょっと待ってくださぁい!うちらをおいてかないでくださいよぉ!」

 

 どっちもイカレ野郎だから、耳障りでムカつく会話が続く。そこに晴柳院が声を上げて、ようやくそれは収まった。そしてまだ納得できてねえことをもう一度問い質す。

 

 「古部来さんと六浜さんと曽根崎さんが屋良井さんにとって厄介って・・・どうしてなんですかぁ?」

 「いや分かれよ!ここまでヒント出してんだからよ!」

 「分かれと言われても・・・テロリストの思考回路など理解致しかねます」

 「歯に衣着せてるんじゃないの?言っちゃいなよ、頭の良い人が狙われたってさ」

 「は・・・はあああああああああああああああああああああああああああああっ!!!?あ、頭の良い人じゃとお!!?」

 「新進気鋭の棋士、的中率100%の予言者、情報整理と尋問が売りの広報委員・・・少なくとも臆病な陰陽師や集中力だけは良い努力家よりは、推理において優秀でしょ?」

 「な、なにそれ・・・!?」

 

 いまさら曽根崎の失礼千万な言葉選びに苛つきなんかしない。問題はそこじゃねえ。頭の良い奴から狙われたなんて、馬鹿げたこと理由だ。そんなことで古部来は殺されて、曽根崎と六浜は危うく死ぬところだったのか?

 それはつまり学級裁判を勝ち抜くための殺人、全く純粋に利己的な殺人を意味する。信じられなかった。有栖川や石川は少なくとも殺すことには抵抗を感じてた。だから必死に正当化しようと言い訳を口にしていた。だがこいつは罪悪感なんか持ってない。人を殺すことをなんとも思ってない。だから言い訳もしない。それを潔いなんて言えねえ、そんな次元じゃねえんだ。

 

 「今すぐここから出るには誰かを殺すこと!!だからオレはここにいる奴ら全員皆殺しにすりゃ早えと思ったのさ!!ちょうどお誂え向きに火薬も手に入るようになったしなあ!!だってのに・・・それすらもできねえなんざおかしいと思わねえか!!?」

 「当たり前でしょ!皆殺しなんていう面白味もなければワクドキもない展開なんて冗談じゃないよ!!ルールにないからって何してもいいわけじゃないんだからね!!」

 「つまりオレがここを出て行くには必ず学級裁判に勝たなきゃならねえ。でもオレが裁判に勝つためには六浜と曽根崎と古部来が邪魔だった、こいつらの頭が相手じゃどんだけ複雑な計画を立てても絶対に暴かれるって確信してたからだ」

 「『もぐら』にそこまで思われるなんて、ちょっと自信ついちゃうな」

 

 皆殺し、その言葉を聞いただけで、俺は猛烈な恐怖を感じた。こいつは屋良井照矢であり、テロリスト『もぐら』なんだ。ここにいる全員を皆殺しにするなんて簡単なことだ。実際にこいつはそれ以上のことを何度もやってきた。俺たちはそれを痛いほどに知っている。

 

 「けど一人のクロが殺せるのは二人まで、オレ一人じゃどう頑張ったってその内二人しか殺せねえ。だからオレ以外のクロが必要だった。そんで騙しやすい滝山がいたから利用したんだ」

 

 人を騙すことにも殺すことにも何の抵抗もない。分かり切ってたことなのに、こいつの口振りは改めてそれを実感させる。あまりに現実離れした存在。理解の範疇を超えた存在。もうすぐこいつは俺たちの前で殺されるってのに、途轍もない恐怖を与える。

 

 「なんで・・・なんでそんなことできるんだよッ!!」

 「あ?」

 

 そんな異質極まりない屋良井に声を荒げたのは、意外にも笹戸だった。裁判の終盤はずっと六浜や屋良井に圧倒されてほとんど何も言えてなかったのが、今になって爆発したんだろうか。

 

 「キ、キミは・・・人を殺したんだぞッ!!騙して、利用して、あんなひどいやり方で!!なんでそんなひどいことをして平気でいられるんだ・・・!どうして滝山くんが・・・あんな目に遭わなきゃいけなかったんだ・・・!!」

 「なんだそりゃ。滝山に同情でもしてんのか?んなもん騙される方が悪いんだよ。だいたいあいつだって曽根崎とむつ浜を殺す気でいたろ」

 「・・・キミがそうさせたんでしょ?滝山クンを、毒のことで脅して」

 「くくく・・・!ああ、そうさ!古部来を殺した後であいつに言ってやった!テメエに毒を飲ませた、少なくとも裁判が終わるまでにお前は死ぬってな!あん時のあいつの表情ったらなかったぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぷるぷる震えながら、血の気も生気もありとあらゆる生命力が抜けたツラ!!傑作だッ!!だがこのままじゃこいつは泣いたり喚いたりしてうるさくしやがる。だからオレは滝山に『逃げ道』を与えた!!生き残るためのたった一つの手段を!!

 

 「い、いやだ・・・!やだよ・・・お、おれまだ、しにたくねえよッ!なんでだよッ!なんでおれがどくなんか・・・たすけてくれよ!!」

 「黙れ。いいか、テメエに飲ませた毒を無効化する解毒剤をオレァ持ってる・・・この合宿場でオレしか持ってねェ」

 「げ、げどく・・・ざい・・・?」

 「要は、これを飲めば生きられるってことだよ」

 「!」

 

 せっかくドス効かせて言ってやったのに、あいつが解毒剤を理解できねえせいでシラけちまったよ。まあそこは計画に関係ねえからどうでもいいんだけどな。

 

 「や、やらい!それ・・・!」

 「くくっ、やっぱ馬鹿だなテメエは。オレがただで寄越すわけねェだろ。これが欲しけりゃ・・・死にたくなけりゃ、今からオレが言う奴らを殺せ」

 「・・・えっ?」

 「オレに協力した時点でお前は共犯者、つまりオレと同じなんだよ。このまま裁判になって毒で死ぬか、オレの言う通りにして一緒に生きてここを出るか。どっちがいいか、お前の頭でも分かんだろ?」

 「・・・ッ!うっ・・・で、でも・・・!それって・・・み、みんながしんじゃうんだろ・・・?おれたちじゃない・・・みんなが・・・」

 「それがなんだ。どっちにしろここから出るには他の奴らを蹴落とさなきゃならねえ。それが今だってだけだ。別に断るのは自由だ。そん時ゃお前が死ぬだけだ。じわじわと、全身に回る毒に、むっちゃくっちゃ苦しい思いをして・・・死ぬだけだ」

 

 もうここの会話は駆け引きにすらなってなかった。オレがあいつの耳元で、じっくり死の恐怖を教え込んでやったら、あいつはすんなり受け入れたよ。とことんまでオレに利用されるってなァ・・・ひゃははははっ!!涙ながらに、震えながら、真っ青な顔で、祈るように懺悔しながら!!やっぱ人間、欲求には正直だよな!!死にてえなんて思ってる奴なんていなくて当然!!そんな奴ァとっくにこの世にいねェんだ!!

 そして捜査時間中、滝山は約束通り曽根崎とむつ浜を殺そうとした。だがいつまで経っても死体発見アナウンスが流れねえ。しくじりやがったんだと気付いた時には、もう捜査が終わる寸前だった。

 

 「曽根崎だけじゃなくむつ浜も仕留め損ねるたあ・・・テメエそれでも“超高校級の野生児”か!!ジャングルで獲物仕留めんのと何が違えんだ!!」

 「だ、だ、だって・・・だって・・・!そねざきも・・・ろくはまも・・・・・・ころしたくなくて・・・!やろうとおもっても・・・からだがうごかなくて・・・こわくて・・・!!」

 「ちっ、こいつがここまで腑抜けてるのは計算外だ。しかももう裁判になっちまう・・・。曽根崎だけでもいねェうちに終わらせるっきゃねェか・・・」

 「な、なあやらい!あれ、くれよ!どくなくすやつ!なあ!」

 「あん?」

 

 人が考えてんのにずけずけ話しかけてきやがってよ!誰のせいでこうなってると思ってんだっつう話だよな?しかもこちとらそんな話とっくに忘れてるってのに。

 

 「ああ、そうだったな。まあいいよ」

 

 曽根崎とむつ浜を殺す計画は失敗したが、渡さなきゃ渡さねえでこいつはまた騒ぐ。だから約束通りくれてやった。あいつが解毒剤だと思い込んでる・・・ただの水をなァ!

 普通考えりゃ分かるだろ!?共犯者なんてのは裏切られるのが世の常だ!オレが古部来を殺したと知ってる奴を生かしておくわけねェだろ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それなりの策は考えてあったが、あいつが裁判中だんまりだったのは好都合だったぜ。毒で死ぬ前にさっさと投票したかったんだが・・・ま、誰にでもミスはあらあな」

 

 そんな簡単な一言で締め括られたが、内容はそれに余る。同時にあの小ビンの謎が解けた。滝山は裁判前に小ビンの水を解毒剤だと思い込んでたんだ。だからあんな必死な顔をして飲んでたんだ。だから死ぬ瞬間に動揺してたんだ。解毒剤を飲んだのに毒で死ぬなんてあり得ねえから。

 

 「そんな・・・!そんなこと・・・ひどすぎる・・・!!あんまりだよ!!」

 「げ、外道です!獄魔です!賤鬼です!人の所業じゃありませんんッ!!」

 「そんなもんじゃ済まんぞ貴様・・・!!貴様それでも人間かあああああああああッ!!」

 「随分と自分勝手な台詞だなァ、オイ・・・!!それでも人間かだと?やっぱりテメエら何にも分かってねえ・・・分かってねえよッ!!!」

 

 なんでもないことのように屋良井は言った。実際、こいつにとっては人を殺すことなんて今更なんでもないことなんだろう。それが、たまたま爆破した建物に居合わせた他人だったか、たまたま同じ場所に閉じ込められてた隣人だったかの違い。

 そうやって平気な面をしてたのに、明尾たちの言葉に対してはやたらと反応した。その程度の言葉、それこそ今更じゃねえのか。こいつの犯行は誰もが口を揃えて批難してたはずだ。

 

 「テメエらは受け入れたくねえだけだ!信じたくねえだけだ!オレという存在を!!オレという人間を!!あまりに逸脱した行動、常識外れの思考、絶対的に強烈な悪意ッ!!そんな奴が自分と同じ人間であることが怖くてたまらねえんだ!!だから認めようとしねえ!!ただ言葉だけで拒絶をして、オレの存在を曖昧に誤魔化した!!それが『もぐら』だ!!『もぐら』を生み出したのはオレを認めようとしねえお前ら自身だ!!オレの存在を無視し続けてきたお前らの行いこそが、『もぐら』に恐怖し怯えるお前らの心こそが『もぐら』の正体だ!!オレが人間かだと!!?答えはノーだ!!だがオレを人間じゃねえ存在にまで昇華させたのは、紛れもなくお前らだ!!」

 

 裁判が終わってクロが決まった。そのクロを待つのは、玉座で笑うモノクマによる残虐の限りを尽くしたおしおきという名の処刑。だってのに、屋良井はそんなことはどうでもいいという風に、声高に演説する。『もぐら』の正体が俺たちの心だと、『もぐら』を生み出したのは俺たち自身だと、屋良井はもう人間なんかじゃねえと。一体なんなんだこいつは。理解できない。できる気もしない。別次元の生き物のようで気味が悪い。この感情さえも、『もぐら』の一部だってのか。

 

 「い、意味が分かりません・・・!理解不能です!身勝手過ぎます!あなたは一体・・・なんなのですか!?」

 「お前らを恐怖させ、怯えさせ、悩ませ、常にどこかに潜む存在。消えない人間の悪意そのものだ」

 「まるで妄想に取り憑かれた中学生のようですね。貴方のような人間の“才能”さえも評価した希望ヶ峰学園は、これが明るみになった時どのように責任をとるつもりなのでしょう」

 「中二病上等ッ!!妄想上等ッ!!何とでも言え・・・お前らが拒絶すればするほど、否定すればするほど、お前らの中のオレという存在は強く、濃くなっていく!!オレを受け入れられずに拒絶すればオレはより鮮烈にお前らの中に息づき!!オレを受け入れることは人間の悪意に飲み込まれることを意味する!!オレを知っちまった以上、お前らはもうオレからは逃げられねえんだよ!!ひゃははははははははははははははははははッ!!!」

 

 うるせえ、もう喋るな。早くここから消えてくれ。もうこれ以上お前の存在を俺たちに認知させるな。全てこいつの言う通りだ。俺の記憶から必死にこいつを消そうとしても、こいつに対する感情を潰そうと思っても、それをするほどにこいつは俺の頭の中で歪な笑い声をあげる。どれだけ藻掻いても、こいつの呪縛から逃れられない。そう実感させられる。

 俺と同じような状態になってんのか、この裁判場で屋良井以外に頭を抱えてねえのはモノクマと望月だけだった。予想通りとはいえ望月はこんな時にも人間らしさの欠片もなく、純粋な疑問を親にぶつけるガキのように、屋良井に語りかけた。

 

 「実に希有なケースだ。ここまで極端に社会性を逸脱した人間を、私は今まで見たことがない」

 「へへへ・・・お前もブレねえなァ望月ィ。ここまでして一切調子崩さねえと、こっちの調子が崩れちまう。冷静なのはいいが、ノリが悪いと面白くねえぞ?」

 「同調圧力に従う必要を感じないだけだ。それより、私はお前にも興味が湧いたぞ。屋良井照矢」

 「あァん?」

 

 目の前に判然と存在する具現化した人間の悪意、それに対して望月は臆するどころか興味を抱いてやがる。前から異常な奴だと思ってたし、同じようなこと言って俺をつけ回すのがうっとうしいと思ってた。なのにそんなことを今言ったら、まるで俺とこいつが同じだと言われてるようで、この上なく不快で、口からクソが出て来そうなくらい気持ち悪い。

 

 「可能ならばじっくりと研究したいところだが、生憎お前に残された時間はもう僅かだ。この場でできるだけ詳細に話してはくれないか?お前が『もぐら』と呼ばれる存在になるに至った経緯を」

 「はぁ?おいおい、流石に意味が分からねえぞ。なんだそりゃ。なんでオレの貴重な数分を、思い出話なんかに充てなきゃならねえんだ・・・ああ、いや。それも面白えかも知れねえな。どうせもう少ししたら話したくても話せなくなるんだしな。いいぜ、話してやる」

 「感謝する」

 

 屋良井とは違った形で、望月もこの後の処刑に対して淡白な見方しかしてないような物言いをする。どこまでも冷徹な言いぐさなのに、屋良井はそれすらも何とも思ってないように応対する。ずっとだ。さっきからずっと俺たちには理解できない。

 複雑に絡み合う色々の感情、どれもこれも不快な感情なことに違いはねえが、その混濁した思考をぶった切るように、屋良井は俺たちに話す。聞きたくもねえこいつの過去の話を。

 

 「そもそもオレが爆弾を作り始めたきっかけから話してやろう。あれはオレが中坊だった頃、まだ自分が『もぐら』になるどころか希望ヶ峰学園に入学することになるなんて思ってもなかった頃だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オレの通ってた中学は、その辺りじゃ有名な底辺校だった。中学だから生徒なんて地区で決まるってのに、たまたまそういう年だったのか、オレがいた頃は風紀なんて言葉も裸足で逃げ出すほど荒れてた。ケンカ、いじめ、不登校なんてのは可愛いもんだ。毎日のように教師と生徒の殴り合い、窓ガラスは割られるためにあって、凶器になるからって消火器やホウキも撤去されて、あるのは必要最低限の机と椅子だけ。酒も煙草も賭博もなんでもあり、無法地帯ってのァああいう場所のことを言うんだな。

 

 そんな場所で、オレがどんな存在だったか分かるか?どんだけ辛い時間を過ごしてきたか分かるか!?あんなクソふざけたことが許されると思ってんのか!!?

 オレがそこでいじめられてたと思った奴、お前は何も分かってねえ。

 オレが不良共と同類だったと思った奴、あんな小物共とオレを一緒にすんじゃねえッ!

 オレが勉強や部活で挫折したと思った奴、そんな甘っちょろいもんじゃねえんだよッ!!

 

 そこに『オレ』という男は存在してなかった。『オレ』という人間はそこにいる誰にも認識されてなかった。不登校だったわけじゃねえ、無視されてたわけじゃねえ、“ただ認識されてなかった”んだ!何をしようと、何を言おうと、オレは極端に目立たなかった!!誰かがオレを認識できるのは出席確認の時くらいだ!!どういうことか分かるか!!

 自分が存在するのかすら疑わしくなる感覚ッ!同じクラスの奴らと単なる知り合いにすらなれねえ孤独ッ!そんな生活が二年も続いた!!テメエらに分かるか!!何をしようと認められるどころか気付いてすらもらえねえ辛さが!!

 

 オレはなんとかオレという存在を知らしめたかった!!気付いて欲しかった!!誰でもいい!!不良にパシられてる下っ端でも、入学直後から不登校の陰湿オタクでも、生徒にゴミを見るような目を向けるクズ教師でも、誰でもよかった!!オレのことを見て欲しかった!!なのに誰一人として!!オレを認めない!!気付かない!!だからオレは考えた!!オレに気付いてもらえるように!!どんなことをしてでも!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「まあそっから紆余曲折あったが、なんやかんやで爆弾まで行き着いたってわけだ」

 

 テメエの昔話を長々と力説してた屋良井は、いきなり面倒臭くなったのか話をぶった切って強制終了した。なんでそこからいきなり爆弾まで行き着くんだ。どんな思考回路だ。

 

 「いきなり話が飛んだぞ!?爆弾など作らんでも手段は山ほどあったじゃろ!!」

 「それでも気付かれねえからだろうが・・・そこまでオレを追い詰めたのは誰だ!!あの学校の奴らだろうが!!あいつらがもっと早くオレに気付いてればこんなことにはならなかった!!『もぐら』は生まれなかった!!けど今じゃ感謝してるぜェ、こんなに面白えことに気付かせてもらえたんだからなあ。今思えば、あれは運命だ。オレが『もぐら』になるための、この世界の綻びが気付かれるためのだッ!!」

 「運命だと・・・!?」

 

 口を開きゃ自分勝手なことしか言わねえ。何が追い詰められただ、何が運命だ。ふざけたことぬかすんじゃねえ。

 

 「曽根崎。お前の言う通り、オレが最初に爆弾でぶっ壊したのは、あのサッカー部の部室だ。ちょろいもんだったぜ・・・なんせ誰もオレには気付きゃしねえんだからなァ!!一応爆弾は偽装しといたが、オレが部室に出入りしようが誰も気にしねえ!!そして爆破した後は思い通り、どこもかしこも何日も何日もこの話で持ちきりだった!!あんときゃたまんなかったぜ!!ようやくオレのしたことが認められたってなァ!!」

 「ゆ、ゆがみきってますよぉ・・・そんなの、認められたんやありません!こわがられてるだけです!」

 「それでもいい・・・あいつらは確実にオレを認識してた。屋良井照矢としてじゃなく、姿の見えない爆弾魔としてだったが、十分だ。なぜなら、そこでオレは確信したからだ!!オレの中の爆弾魔の“才能”を!!誰にも気付かれない程の影の薄さもッ!!簡単に爆弾を作り上げる器用さもッ!!全てはこのためにあったんだ!!オレは『もぐら』になるために生まれてきたんだってなァ!!」

 

 もうこいつには何を言っても無駄だ。性格が、根性が、思考が、信念が、こいつを構成するありとあらゆるものがぐにゃぐにゃにひん曲がってやがる。矯正なんてしようとも思わないほどに捻れて、外れて、堕ちた存在、それがこいつだ。『もぐら』の正体は俺たちが想像してた以上だった。もはや善悪の概念すら、こいつにとってはどうでもいいんだ。

 

 「そこからはおんなじ事の繰り返しよォ!!オレが“才能”を使えば使うほど、このふざけた世界をぶっ壊せばぶっ壊すほど、学校だけじゃねえ!!この世界全体がオレの存在を意識する!!どこへ行こうとオレはそこに存在する!!ひゃっはははははははははははははははははッ!!!オレはただ周りの奴らに気付かれるなんてレベルをとっくに超越してたッ!!!それができるだけの“才能”がオレにはあった!!クセになるぜェ、まるでこの世の全てを支配したような・・・快感!!圧倒的快感ッ!!」

 「クソッ・・・なんなんだよこいつは!!意味わかんなすぎるぞ!!イカレきってやがる!!」

 「そう思うのはお前らとオレの次元が違うからだ・・・!地面を這いつくばるしかねえアリは、地中に蠢くもぐらにゃ気付けねえ!!苦心の末に造った巣も、時間をかけて築いた塚も!!もぐらは簡単にぶち壊す!!この『もぐら』様にとって、テメエらは所詮アリなんだよォッ!!」

 「・・・なるほどな」

 

 反吐も出ねえ。こいつに関するあらゆる思考を脳みそが拒否する。一瞥すらこいつにはくれてやらねえ。それほどまでに嫌悪されるべき存在なのに、望月だけは冷静に言葉を返した。今までの長広舌に対しては簡潔過ぎるほど、短い言葉で。

 

 「つまりは、目立たないことから生じたアイデンティティの危機への反動からくる極端な自己顕示欲、それに社会に対する認知不満が発達した破壊衝動が加わった情動。それが『もぐら』の正体だったということか」

 「んん〜?」

 「定義付けは完了した。ではもう一つ訊きたい。なぜお前は殺人を起こした?この合宿場から脱出して、何を外界に求めていた?」

 「・・・けっ、その態度が気に入らねえ。なぜオレにビビらねえ?なぜオレを恐れねえ?なぜオレに絶望しねえ!!」

 「私の知的好奇心が、他のいかなる感情よりも優先されるからだろう」

 

 極めて無感情に望月は答えた。そりゃそうだ。望月に人間の感情なんかありゃしねえ、あったらこんな風に会話することだってできねえはずだ。だから『もぐら』の正体が分かったところで、どんだけ圧倒的な悪意を見せつけたところで、望月には何にも意味がねえんだ。

 

 「くくくっ・・・クソムカつく奴だなァ・・・!なぜ殺したかって?テメエは今まで踏み潰したアリの数を覚えてんのかァ?」

 「?」

 「オレにとって誰かが死ぬなんてのはその程度のことなんだよ!!たまたま同じ場所にいたただのアリが死ぬことと!!オレがこの世から忘れ去られることと!!どっちが重要だ!!?忘れられることの方に決まってんだろォが!!」

 「わ、わすれるって・・・忘れられるわけがないじゃないか・・・!『もぐら』は史上最悪のテロリストだよ・・・!?もう何人も、何千人も、何十万人もの人が犠牲になってるんだ!忘れるわけがないよ!!」

 「忘れんだよ・・・・・・忘れてんだよ・・・忘れちまってんだよ!!この退屈な三年間で、テメエらはきれいさっぱり忘れちまったんだよッ!!だからあそこには何一つ!!オレが出て来ねえ!!『もぐら』の『も』の字さえ!!どこにも!!」

 

 そこでようやく繋がった。なぜ屋良井が古部来を殺し、滝山を利用してまでここから出ようとしたのかが。『もぐら』の正体と、モノクマが動機として渡したあの雑誌の繋がりが。確かにあそこに『もぐら』なんてのは見当たらなかった。屋良井はそれを読んだはずだ。そして知ったんだ、『もぐら』がもう過去の存在になってるってことに。

 

 「三年ッ!たった三年で世界はオレの存在を忘れやがった!!ようやくオレが見出した輝ける場所を見失ったッ!!オレのたった一つの居場所を掻き消したッ!!そんなこと許されねえ!!このオレが許さねえ!!だからオレはもう一度・・・世界に知らしめてやるんだッ!!『もぐら』はまだ生きてると!!忘れることなんて許さねえと!!」

 

 あの雑誌の中に『もぐら』は出てこなかった。こいつにとっては快楽と愉悦と存在の象徴である『もぐら』は、もうそこに生きてなかった。それはこいつにとってまさに死活問題だったはずだ。こいつが部室を爆破してから今日まで築き上げてきた悪名の全てが消滅して、元の場所に引きずり下ろされるってことだったはずだ。だからここまで必死になったんだ。

 

 「その予定だったんだが・・・どうやら変更しなきゃいけねえみてえだな。あ〜あ、やっぱりむつ浜と曽根崎も確実に殺しとくんだったぜ。あの猿野郎、最後の最後でチキりやがって。おかげで外に出てからのオレの計画も丸ごとパァだぜ」

 

 それが打ち砕かれた、跡形もなく。それだけじゃねえ。こいつの命さえももうすぐ消える。それなのに屋良井は、涼しい顔でため息なんか吐いてる。

 

 「だがまァ、こういうのもいいかもな」

 「はっ・・・?」

 「外の世界の奴らには忘れられたが・・・ここにいるお前らは確実にオレのことを覚えてる。忘れたくても忘れられねえほど強烈に!くくく・・・これならオレがいなくなっても、『もぐら』は安泰だ」

 「な、何を言うとるんじゃ!『もぐら』はお前さんじゃろう!お前さんが死んだらもう『もぐら』は終わりじゃ!!」

 

 急に熱が冷めたと思ったら、それでもまだ意味不明だ。『もぐら』である屋良井が死んだら、『もぐら』はもうこれ以上何もすることはできねえ。なのに屋良井はどこか満足げな表情をしてた。悟ったというより、わがままが叶って喜んでるガキのような感じだ。

 

 「言っただろ?『もぐら』はお前らの心の中にいる、人間の悪意の象徴だって。お前らの記憶の中に『もぐら』は刻まれた。絶対に消えねえほど色濃くな。お前らがオレを忘れない限り、オレを嫌い憎み続ける限り、『もぐら』は死なねェ。人の悪意が消えなければ、『もぐら』はまたいつだって現れる」

 「・・・」

 

 もう屋良井の言葉に反応する奴は誰一人いなかった。屋良井の、全て出尽くした後の搾りカスみてえな笑いだけ、静かに響いてた。その静けさが意味することはあまりに多い。

 圧倒的な悪意を見せつけられたことへの拒絶、最後までこいつに翻弄され続けた俺たちの敗北、そして屋良井の最期の瞬間だ。

 

 「はい!もう話は終わったかな?いやー、毎回のことだけど、投票が終わった後のこの時間って、全てを見てたボクにとっては暇でしかないんだよね。お預け食らわされて参っちゃうよ!」

 「もう十分だ。我々から言うことは何もない」

 「ひゃははっ!いいぜ、派手におっぱじめようじゃねェか!今回はどんな仕掛けを用意したんだ?」

 「こ、こらこら!ボクの台詞を全部持ってく気!?こんにゃろー!そうは問屋がオロナ〇ンだぞ!どっちか分からないんだぞ!」

 「意味わかんねーよ」

 

 処刑執行人と処刑される罪人。本来なら決してこんな軽快な会話なんてする関係じゃない。それがされているこの空間に、今という時間に現実味がなくて、足場が崩れるような感覚さえ覚える。

 

 「えー、ではでは!」

 

 これから起きることが楽しみだと言わんばかりに笑うモノクマが咳払いして、目の前のボタンにハンマーを振りかぶる。屋良井はそれに黒い笑顔で応える。

 

 「今回は!“超高校級の爆弾魔”屋良井照矢くんのために!!スペシャルな!!おしおきを!!用意しました!!」

 「おう!ありがとよ!ああ、それから・・・」

 

 徹底的に歪んだそいつは、とっくに人間をやめていた。

 

 「お前ら!!一生忘れるんじゃねえぞ!!このオレを!!『もぐら』を!!」

 

 最期の最期まで、そいつは狂ってた。

 

 「オレが存在した意味を伝えろ!!生き延びて!!ここを出て!!絶対にだ!!」

 

 その言葉はいつの間にか、俺たちへの激励に変わっていた。

 

 「では、張り切っていきましょーーーーーーぅ!!

 「愛してるぜアリ共ォッ!!!せいぜい長生きしなァッ!!!ひゃっはははははははははははははははッ!!!!」

 「おしおきターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーイムッ!!」

 

 モノクマがボタンを叩くと同時に飛び出した鎖が屋良井に絡みつく。恐怖を、悲痛を、憎悪を、悔恨を、慟哭を、絶望を。人間の暗い感情を飲み込み続けてきたきたその口に、新たに歓喜が混ざって消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    【GAME OVER】

ヤライくんがクロにきまりました。

  おしおきをかいしします。

 

 

 高い、高い、見上げるほどに高い塔。それは全部で十層に分かれていて、それぞれ色が違う。一番下が「10」、その上が「9」、上にいくにつれて一つずつ数字が減っていく。「1」の上に突き出した塔の中心を貫く柱には、屋良井照矢が縛り付けられながら笑顔を浮かべている。それはまるで、巨大なだるま落としだった。

 ふと屋良井は下に目を遣る。「10」の層から延びた線を辿る。その先に待っていたのは、白衣と眼鏡と付け髭で着飾ったモノクマだ。線はモノクマが持つ赤いボタンがついた装置に繋がっている。モノクマがゴホン、と咳払いした。

 

 

 《天罰へのカウントダウン》

 

 

 モノクマが赤いボタンを押す。その瞬間、火花が走りだした。細い線に沿ってあっという間に塔の足元に辿り着く。

 

 「ッ!!」

 

 突然の爆音。そして浮遊感に続く、下から突き上げる衝撃。弾け飛んだ「10」の層が欠片となって散る。もう一度同じ爆音と浮遊感、衝撃。「9」の層は影も形もない。なるほど、と屋良井は思った。

 

 「8」が木っ端微塵に吹き飛ぶ。屋良井は大きくため息を吐いた。

 

 「7」が轟音と共に消え去る。音がさっきより近付いてきた。

 

 「6」が跡形も無く弾ける。空気の焦げるにおいがした。

 

 「5」が激しく炸裂する。弾けた破片が頬を掠めた。

 

 「4」が粉々に砕ける。間近に死が迫ってきた。

 

 「3」が塵埃と化す。屋良井は目を閉じた。

 

 次の「2」は爆発しなかった。火花はそこで激しい炎に姿を変えた。その勢いは凄まじく、低くなった塔を発射させるには十分だった。

 

 「ッ!!?んぐっ!!?ぐあああああああああああああああああああああああああああっ!!!?」

 

 生身の屋良井を載せて、残り一層になった塔は空へ昇る。上昇の反動が屋良井の体を引き裂こうとのしかかる。皮膚と空気の間で燃えるような熱が生まれ屋良井を苛む。やがて薄くなる空気が屋良井に呼吸を止めさせる。木を超え、山を越え、雲を超え、屋良井を載せて塔は昇る。最後の「1」の層が更に火を噴いて勢いを増す。

 

 「・・・!」

 

 気付くと屋良井の眼前にはまばゆく輝く球があった。暗黒の空間を照らし出すように息づく神秘の光。その光を直接浴びた屋良井は、小さく口端を上げた。

 一切の音もなくロケットは爆発した。夜空の片隅で一瞬の閃光が儚く消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「へっ、きたねえ花火だ。うぷぷぷぷぷ!」

 

 昇っていった先で、屋良井を載せたロケットは一瞬だけ光った。それが何を意味するかは全員が理解できた。“超高校級の爆弾魔”は死んだ。刑死なんて大仰な死に方は、あいつにとっては本望だったかも知れない。最後にあいつが感じたのは恐怖なんかじゃなく、悦びだったかも知れない。

 けどだから何だって言うんだ。俺たちが何を得たっていうんだ。俺たちはただ失っただけだ。三人も。短いながらもここで共同生活をしてきた奴らを。

 

 「胸くそわりぃ・・・」

 

 前の二回の時に感じた爽快感はなかった。それが屋良井が特殊だったせいか、それとも俺自身の心境の変化のせいか。それは分からない。だけど俺はようやく、他の奴らと同じことを考えるに至った。

 もうこんなことは繰り返させねえ。こんな気分の悪いこと、もう二度とゴメンだ。

 

 「うぷぷ!まあでも、前の二人よりはマシだったんじゃない?屋良井くんはここから出ようと思ってコロシアイをしたんだからさ!」

 「人殺しにマシもなにもない」

 「そうかなあ?友情パワーで覚醒してぶっ殺すとか、希望の象徴である“才能”に押し潰されて絶望とか、そんなんよりよっぽど素直でよかったと思うけど?まあいいや!ボクが求めてるのはもっともっと大きな絶望だからね!『もぐら』なんて小物はハナからどうでもいいの!」

 「『もぐら』が小物?・・・貴方は一体、何者なのですか?」

 「うぷぷぷ!そうだなァ、まあ三回も学級裁判を勝ち抜いてきたわけだし、特別に少しだけ教えてあげちゃおっかなあ!」

 

 そんな俺の気持ちを嘲笑うかのように、モノクマは相変わらず悪趣味でクソみてえなことを言う。こいつにとってクロは嘲笑の対象、被害者はそんな奴らのために無駄死にした敗者。『もぐら』もある意味人智を越えた存在だったが、こいつだって同じだ。

 こいつの正体がなんであれ、こいつは俺たちにとって排除すべき敵だ。それ以外の何者でもない。

 

 「言ったよね?ボクはオマエラに絶望してほしいって!オマエラの絶望に打ち拉がれたところを見たいって!」

 「そんなこと言われなくても覚えてるよ」

 「だけどね、ボクが求めてるのは単なる絶望なんかじゃない。ボクはただの絶望フェチなんかとはわけが違うんだ」

 「・・・?意味がよく分かりませんが」

 

 何が絶望だ。大袈裟な言い回ししやがって。俺たちを拉致監禁してコロシアイをさせて喜んでるような変態野郎の正体なんざ、どうせろくでもねえに決まってる。人が死ぬのを見てけらけら笑ってるような、外道すらまともに見えるほどのクズなんだろ。

 心の中で散々毒づいてモノクマを睨んだ。だが次にモノクマが発した言葉は、思わず聞き直しちまいそうなほど予想を外れていた。

 

 「憎悪の絶望、重圧の絶望、孤独の絶望、死の絶望。オマエラがそういう絶望を味わった先にある、大いなる希望こそが、ボクの求めるものなんだ」

 「・・・は?」

 「絶望は手段であって目的ではない。ボクの目的は希望なんだ。ドゥーユーアンダスタン?」

 「アンダスタン・・・って分かるわけないよ!何それ!?」

 「うぷぷぷぷぷ!そんじゃまた、そういうことで!また明日ぁ〜〜〜!」

 

 意味不明な言葉を残して、モノクマは消えた。いつものように俺たちに混乱だけを与えて。残された俺たちには生き延びたことを喜ぶ暇さえない。安堵することさえ許されない。

 絶望は手段であって目的ではない?あいつが求めてるのは俺たちの希望?なんだそりゃ?どういうことだ?あいつは俺たちの苦しむ様を見て面白がってるってだけじゃねえのか?俺たちにまだ何か、求めるものがあるってことか?

 今ここで黒幕なんかについて考えたってしょうがない。黒幕は『もぐら』じゃなかった。俺たちが掴んだと思っていた手掛かりは全くの別物だった。無力感とも疲労感ともつかない沈んだ心持ちのまま、俺たちの足は自然とエレベーターに向いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は既に丑の刻をまわり、エレベーターを降りた晴柳院が大急ぎで部屋に戻ったのを皮切りに、私以外の七人も各自の部屋に戻った。思えば今日はパーティーの準備から今の今まで忙しなかった。心身の疲労がたまった上に極度の緊張に晒されていたのだ。解放と同時に訪れた睡魔は強烈だろう。

 

 「・・・」

 

 私の足は自然と、自室を過ぎて斜向かいの部屋の前に向いていた。ドアにかけられた質素な姿絵とカタカナ表記のプレートが、その部屋の主を示している。もうこの世にいない主を。

 

 「当たってしまったな・・・あの時の言葉が」

 

 もう遠い昔に思える。初めての学級裁判を終えた翌朝、私が言った言葉。自分の言葉なのにひどく残酷に思えて、現実となったことが信じられなかった。まったく、やはり私には予言者などという肩書きは似合わんようだ。予言が当たることを拒む予言者がどこにいるか。

 

 「結局私はお前に勝つことはできなかったな。お前は己の弱さを知っていたから。理屈よりも大切なものを知っていたから・・・。お前が死んでそれに気付くとは、情けない」

 

 確かにお前は問題児だった。集団行動ができない、頑固で我が強い、刺々しくて協調性の欠片もない。いつもいつも身勝手に私を困らせて、最後に遺したのはこんなやるせなさだ。我ながらこんな自分が滑稽だ。だが、それでも・・・。

 

 「感謝する。お前と過ごせた数日間を。お前に出会えたことを」

 

 もはや涙も出尽くした。私はもう泣かん。お前が見せた傲岸に倣って。私はもう折れん。お前の教えてくれた頑固に誓って。必ずここから生きて帰る。お前と、お前たちが命を懸けた未来を生きる。

 

 「さらばだ、古部来」

 

 ようやく私は、また歩きだせそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り9人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

【屋良井照矢】 鳥木平助  【滝山大王】【アンジェリーナ】




第三章おわりー!!こんなにたくさんパロディ打っ込んだのは初めてです!荒木飛呂彦先生に感謝ッ!
パロディは読んでても書いてても楽しくなる魔法の技術ですね。幾つ見つけられるかな?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四章『鼠の嘘から出た犠牲』
(非)日常編1


 俺は自分の部屋で寝てた、肢体を投げ出した無防備な姿勢で。掛け布団は床にずり落ちて、枕は端に押しのけられて全く意味がない。そんな惰眠から俺を目覚めさせたのは、乱暴に部屋のドアを叩く音だった。

 

 「おい清水!起きろ!」

 

 どっかで聞いた暑苦しい声。こんな風に叩き起こされるのは大っ嫌いなはずなのに、俺はひとあくびすると起き上がってドアに近付いて行った。無視してればいいのに、律儀にドアを開いた。その向こうにいたのは、朝っぱらからうっとうしいくらいの目力を向けてくる奴と、無駄にスタイルがいいポニテの女だった。

 

 「ったく、これで十日連続寝坊だぞ!いい加減に気ぃ引き締めねえか!」

 「みんな朝ご飯待ってんのよ。早くしてよ」

 「・・・おう」

 

 勝手に起こしに来てやかましくするこいつらに、まともに取り合う筋合いなんてねえ。なのに俺は無視するどころか肯定の返事をした。体が勝手に動く。寝間着から普段着に着替えて、また一つあくびをしながら部屋を出た。

 廊下は薄黄色の照明に照らされて、留まっていた眠気を飛ばすように明るい。ガラス戸の向こうの空はほどよく雲が漂う快晴で、涼しい風が木を揺らしてざわざわと小さいながら壮大な音を奏でていた。俺は迷うことなく渡り廊下から食堂への扉を開いた。中にはさっき俺を呼びに来た二人を含めて15人が、食卓に着いていた。

 

 「おっ!やっと来たな!」

 「おせーぞしみず!はらへったー!メシくわせろー!」

 「グッモーニン、カケル。ミルクとシュガーは入れておいたわ。今日はいつもとブレンドを変えてみたのよ」

 

 さっきの赤目が俺を見て声を出すと、図体のデケえ半裸の奴がガキみてえに騒ぎ、コーヒーサーバーを持った黒人が俺に湯気立つコーヒーカップを差し出す。食卓に並んだ朝食は、良い感じに焦げ目がついたトーストにバターが一欠片とろけていて、彩りのいいサラダとソーセージが添えられた目玉焼き、フルーツがたっぷり入ったヨーグルトと、朝から食欲をそそられる。

 

 「無為に惰眠を貪って俺たちの時間を浪費させるな、馬鹿が」

 「アンタだって寝坊してるでしょ。治しなさいよ」

 「馬鹿の寝坊と俺の寝坊は性質が違う」

 「寝坊って認めてんじゃねーかよ」

 「いいからはーーやーーくーー!!メシーーー!!」

 「朝からおっきい声出すな!口縫いつけんぞ!」

 

 あちこちから色んな奴の言葉が聞こえてくる。どれもこれも聞いたことあるし見たことある。そいつがどんな奴なのかだって分かる。なのに、なんでか俺には、そいつらが俺とは違う場所にいるような気がした。すぐ近くにいるはずなのに、そこにはどうやっても超えられない隔たりがあるような。

 

 「どうしたの清水クン?」

 「っ!」

 

 何がどうなってんだか、ただ声をかけられただけなのに俺は身を固くした。緑のそいつはいつもの胡散臭い笑顔のままこっちを見てきてて、違和感はない。まだ寝ぼけてんのか?

 

 「清水クンは特に頑張らなくちゃでしょ。次こそは希望ヶ峰学園に帰りたいじゃん?」

 「・・・は?」

 「でももう二回もやって誰も『卒業』できてないし、今度もダメかなあ」

 「な、なに言ってんだよ・・・?」

 

 いつも意味不明なことばっか言う奴だけど、これはとびきりに意味が分からねえ。希望ヶ峰に帰る?『卒業』?何の事だ?もう二回もやったって、何をやったんだ?

 

 「ボクの予想ではね、一番『卒業』に近いのは・・・キミじゃないかな、清水クン」

 「えっ?」

 

 何言ってんだこいつ?俺が『卒業』に一番近い?意味が分からねえ。そもそもこの状況も、何か違和感がある。なんで俺はこんなところにいるんだ。いや、俺だけじゃない。あいつらがああやって普通に喋ってるのは絶対におかしい。だってあそこにいる奴らはもう・・・。

 歪んで混ざり合っていく視界の中でそいつは笑う。目だと思ってるところが口に、口だと思ってるところが耳に。世界がぼやける。どろどろにほぐれていく。形を失い、色を失い、意味を失い・・・やがて奇異な黒一色に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・ちっ」

 

 夢の中と同じ姿勢で目覚めた。けどドアを叩くやかましい音は聞こえない。ああ、こっちは現実か。

 妙な夢だ。この合宿場に来てからもう何日経ったか分からねえが、あんな風に全員が集まって和気藹々としてた日なんてなかった。そしてこれからも、もうそんな日は絶対に来ない。あそこにいた奴らの内、半分近くはもういねえんだ。

 朝からやかましく声を張る飯出も、晴柳院にベタベタする有栖川も、コーヒーのことになるとうるさいアニーも、やたらと俺に突っかかってくる石川も、頑固で協調性のない古部来も、ガキみてえにはしゃぐ滝山も、いい加減でテキトーな屋良井も。みんな死んだんだ。俺の目の前で。

 

 「・・・ふんっ」

 

 死んだ。言うのは簡単だし、ここに来るまで特に深く考えたことなかった。冗談でも言うし、本気で思ってもマジで殺そうなんてまで考えるわけねえ。それが普通で、日常だったから。

 けどここでは、それは他のどんな言葉よりも重みを持って聞こえる。死は実感を伴って目の前に横たわる。殺しは息を潜めて後ろから忍び寄る。いつ誰がその一線を越えてもおかしくない状況では、余計にあの夢が馬鹿馬鹿しく思えてきた。

 

 「しーみーずーくーん」

 「帰れ」

 「ブランチだよブランチ。もう正午も過ぎてるんだから、お腹減ったでしょ」

 「行ってろ」

 

 ドアの向こうから曽根崎の声が聞こえてきた。こいつはまだ生きてたな。よく分かんねえこと言ってるが、取りあえず腹は減ったから起き上がった。

 確かあの学級裁判が終わったのが二時か三時くらいだっけか。にしても寝たなあ。相当俺らの体に疲れが溜まってたんだな。着替えて一つ伸びをしてから、俺は食堂に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食堂には見慣れた面子がいた。もう三回もあんなこと繰り返してりゃ、残ってる奴らなんか印象に残るに決まってる。俺を入れて九人、最初の十六人に比べるとずいぶん少なくなった。それをこいつらも察してんのか、なんとなく空気は重い。

 

 「おはよう、清水」

 「おう」

 「これで全員・・・だよね」

 「ずいぶん減ったなあ。さすがに三回もあんなことやると物寂しくなるね」

 

 言葉とは裏腹に、曽根崎は重苦しい空気を気にしてないように笑顔を見せる。すっかりこの食堂も広くなった。元から十六人が座っても余裕があるような広さだったのにそこから七人も減って、今じゃ一人で椅子二つ使ってもまだまだ余裕だ。だからって何も得した気にならねえ。その椅子はつい最近まで誰かが座ってた椅子だ。

 

 「それにしてもこの前の裁判はファンタスティックだったね!テロリスト『もぐら』の素性や背景、それに信条から最期の瞬間!もうしばらくはネタに困らないよ。帰ったらすぐ号外刷って特集組んで・・・こりゃあ忙しくなるぞ!」

 「口を慎め、曽根崎」

 「へむっ!」

 

 誰がつぐめっつったんだよ、慎めっつったんだアホ。わざとかなんなのか分からねえふざけ方をする曽根崎を冷たく睨んで、諌言した六浜はため息を吐いた。一気に三人も人が死んだってのに、こいつはそれを面白がるようなこと言いやがる。妙な奴だなんてこと今更だが、少なくともあのクソパンダモドキみてえに殺し合いや死を侮辱するようなことは言わなかったはずだ。

 

 「屋良井の本性がどうあれ、奴は罰を受けた。悪として死のうが正義として死のうが、故人の冒涜は許されない」

 「あら、彼は古部来君を殺害し、貴女をも手にかけようとしたのですよ。随分と大きな方ですこと」

 「古部来と滝山、だ。私は情で人を差別したりしない」

 

 曽根崎を諫める六浜に、また穂谷が無駄に突っかかる。どうせ最後の一言も皮肉なんだろ。言い方で分かる。それに対する六浜の返しもなんとなく棘があって、食堂の雰囲気が悪くなる。起き抜けになんでこんなギスギスしたとこにいなきゃならねえんだ。元はと言えば余計なこと言った曽根崎のせいだ。後で一発殴る。

 

 「う、うむ!なんにせよ、大きいことは良いことじゃ!というわけで今日の昼はわし特性のジャンボハンバーグじゃ!たんと食らえ!」

 「寝起きでハンバーグかよ・・・」

 「脂の多いものは口に合いません。量も不必要に多いですし、私は結構です」

 「そう仰ると思いまして、別の御膳をご用意いたしております。挽肉に豆腐を混ぜてカロリーと脂を抑え、彩りにビタミンの豊富な野菜を添えました」

 「明らかにそっちの方が豪勢やと思うんですけど・・・」

 「なら貴方もご自分で作ればよろしいでしょう」

 「いや、穂谷さん自分で作ってないよね?」

 

 明尾がテーブルの真ん中に置かれたドーム型の蓋を取ると、まるで大食い選手権で出てくるような、デカいハンバーグが何枚も積み重なった山が姿を現した。途端に肉と脂の香ばしい匂いが広がり、肉汁が深めの皿の底にたまってタレみたくなってる。申し訳程度に千切ったレタスが添えられてるが、ついさっき起きてきた口にこんな脂っこいもんはしんどい。美味そうは美味そうだけどな。

 

 「すごいや明尾サン!こりゃフードファイターもインド人も世界的ゴリラもびっくりだね!」

 「野菜ジュース飲もうかな・・・」

 「うちもいただいときますぅ。一応」

 「ありがとう明尾。では、いただこう」

 「皆様、お皿をこちらへ。私が取り分けますので」

 「ボク一番おっきいのがいい!」

 

 どんな状況でも、人間自分の欲求には正直なんだな。確か屋良井もそんなようなことを言ってた。あん時は胸糞悪いふざけた言葉だと思ってたが、こんな状況だとそれもそうかと思える。ひとまず嫌な雰囲気も、飯にすると言った途端に解れた気がする。相変わらず穂谷だけは少し離れた場所で、鳥木が作った別の料理を食べてる。『女王様』はこんな時でも良い身分だな、まったく。

 

 「おぅっ・・・ふぅ。あ〜、クソ。朝っぱらから重てえな」

 「既に正午を過ぎている。朝とは言えない時間帯だが」

 「黙って食え」

 「お味はよろしいですか、穂谷さん」

 「ええ。さすが、と言っておきましょう」

 「勿体ないお言葉、恐縮です」

 

 美味そうだとは思ったが、やっぱり胃袋はいきなりのハンバーグにびっくりして食道に押し戻してくる。それを水で流し込んでムリヤリ消化を始めさせる。ったく、こんなんじゃ一日中胃もたれすんぞ。高校生だからってなんでも食えるわけじゃねえんだ、その辺若いからっつって勘違いするあたり、マジで明尾は脳みそだけ老化が激しいみてえだな。

 

 「すっかり穂谷の執事じゃのう、鳥木の奴」

 「本人たちがいいならいいんじゃないかな?別に僕たちに何かあるってわけじゃないし」

 「残りの人数も少なくなってきたしね。清水クンと望月サン、鳥木クンと穂谷サンってなると、あと男子はボクと笹戸クンだけか。いや〜、ほぼ一対一となると『こうどなじょうほうせん』ってやつになってくるかな!」

 「な、なんの話をしてはるんですか?」

 「何ってそりゃあ・・・ねえ?年頃の男女がこうしてクローズドサークルの中ですることと言えば二つしかないでしょ!一つはもうやってきたわけだし、そろそろもう一つも」

 「だ、だから何の話してるんだってば!」

 「いやあ、若いのう。わしも燃えてきたぞ!まだまだ現役、いや生涯現役じゃ!しかし残念じゃのう、お前さんたちでは若すぎて相手にできんわい。頭が白くなったら相手してやるぞ」

 

 カオスな空間だな。さっきまでの空気はなんだったんだ。さらっと俺と望月をペアにしてる辺りには、もう突っ込むだけ火に油を注ぐことになるから無視することにした。別にこいつと気まずい空気になることなんてねえし、なったとしても何の問題もねえからだ。

 ふと、こんな話題に一番デカく反応しそうな奴が静かなことに気付いた。いつもなら顔を真っ赤にして曽根崎の言葉にオーバーリアクションするはずのあいつをちらっと見ると、黙々とハンバーグを食べていた。今の会話が聞こえてないわけねえんだが。

 

 「ろ、六浜さん・・・?」

 「・・・」

 「おい、六浜」

 「んっ?な、なんだ?すまない、少し考え事をしていた」

 「別に何ってわけじゃねえけど・・・こんな時にお前が黙ってるなんて珍しいと思っただけだ」

 「こんな時・・・か。確かにそうだな。すまんな清水、こういう時こそ私がしっかりしなくてはならないというのに、考え事をして立ち止まっている場合ではないな」

 「違うそうじゃない」

 

 妙な勘違いをされたらしいが、別にこいつが落ち込んでようが気張ってようが、俺に迷惑にならなきゃどうだっていい。でもま、案外どいつもこいつも普段通りなんだな。つい数時間前には命のやり取りをして、その結果も見届けたってのに。この極端に狂った環境に適応してきたってことか?人としてヤバい方向に進んでるような気がするな。

 そんな風に呑気に考えながらハンバーグ食える俺も、もう既に取り返しのつかないところまで来てんのかも知れねえな。

 

 「皆、食べながらでいい。聞いてくれ」

 

 なんだか知らねえが六浜はいきなり立ち上がると、全員に向けてしゃべり出した。どうせ話すことは決まってる。

 

 「この後、もう一度合宿場を探索する。全員でだ」

 「探索ですか?なぜ今になってそんなことをする必要が?」

 「ここから脱出し、希望ヶ峰学園に帰るためだ」

 

 またか。そりゃここから出られるなら出てえが、あいつがそんなこと許すはずがない。それにもう一回探索して出口が見つかるようなら、最初の探索の時に見つかってる。山は険しくて高電圧鉄条網が囲っていて、湖は泳ぐにしては広すぎて船もない。救助どころかこの合宿場の上空を飛行機やヘリが飛んだところなんて見たことない。ここが外界と完全に隔離されてるなんてことは、今までで嫌と言うほど分からされてきたはずだ。

 

 「仲間を喪い落ち込む気持ちはあろう。三度もあんなことを繰り返し、状況に絶望してしまいそうになっている者もいよう。だがそれこそ黒幕の思う壺だ。張り詰めていた緊張を誰かが破り、連鎖するように次々と小さな争いの火種が大きく燃え盛り、身を滅ぼしていく。我々がそうなってしまうことが、黒幕の目的だ。だが、ここにいる皆はそれに耐えることができると私は信じている。奴の言葉に惑わされず、踊らされず、しっかりと仲間と協力することができるはずだ。だからこそ、ここにいるのだ。去って行った仲間のためにも、我々は今一度奮起して」

 「仲間仲間と・・・もう耳にたこができるほど聞きました。ですがその言葉がどれほどの意味を持っているというのですか?」

 

 相変わらず六浜の演説は、励まそうという意気込みを感じながらもどこか焦っているように聞こえる。俺たちが二度とコロシアイなんてことをしないようにしつつ、だからといって無気力にならないように、全てを諦めてしまわないようにするために必死なんだ。コロシアイと学級裁判、処刑を経て緩んだ理性の箍を修復するのに神経をすり減らしてる。その箍が外れることを一番恐れてるのは、六浜自身なんだろう。

 そんな緊張しきった六浜の言葉を遮って、離れた席から穂谷が無神経な言葉を浴びせる。六浜は口を塞がれたように言葉を止めて、澄まし顔で水を飲む穂谷を見た。

 

 「ほ、穂谷さん・・・?」

 「有栖川さんが飯出君に殺意を抱いた時点で、仲間などという意識は既にこの合宿場から消えました。人の過去や欲望、感情は仲間を敵にします、いとも簡単に。それを三度も見てきて、まだそんな甘いことを仰るなんて、予言者のくせに見立てが甘いと言わざるを得ませんね」

 「私は予言はしない。お前の言うことも一理あるとは思う。だがそれに屈していては、また惨劇を繰り返すことになる。あんな残酷なこと、したくないだろう。そのためにはいま動かねばならない!」

 「私だって、したくてしてきたわけではありませんわ。そうせざるを得なかっただけです。結果の望めない博打をする気にはなれません」

 

 六浜にそれだけ言うと、穂谷は食器を片付けて食堂を出て行った。協調性がないとか態度が悪いとか以上の問題だ。あいつはここから出たくねえのか?『女王様』のわがままも随分つけあがったもんだ。

 

 「ほ、穂谷さん・・・どうしはったんでしょう・・・?」

 「過度に精神的負荷がかかる環境だ。社会性を喪失する個体が生じても何ら不自然ではない」

 「そういう問題ではない。古部来も難物だったが、穂谷もああいう奴だったと忘れていた。早急に奴を説得しなければ・・・」

 「ほっとけ。あんな調子乗りわがまま女」

 「そうはいかん。はっきり言うが、いま我々の団結は非常に不安定だ。僅かな綻びでさえ、モノクマは見逃さずに煽ってくるぞ。そうなれば」

 「グッドモーニングスチューデンツ!ハウアーユー!」

 「わあっ!?」

 

 出て行った穂谷のせいで食堂は微妙な雰囲気になっちまった。いらねえ置き土産しやがってあの女。頭を悩ませる六浜がぽろっと言った名前を聞き逃さず、笹戸の椅子の下からモノクマが飛び出した。テーブルに乗ったモノクマの後ろで笹戸の足がひっくり返って見える。

 

 「で、出たな!何の用じゃ!お呼びでないぞ!」

 「・・・」

 「いたた・・・な、なに黙ってんの?変なことしないよね・・・?」

 「・・・・・・しょぼ〜ん」

 「しょぼん?」

 

 咄嗟に俺たちは椅子から立ち上がって身構えた。こいつが俺たちに何の理由もなく危害を加えたことはねえが、それでも体が自然と防御反応を取っちまう。その様子を見たモノクマは、出てきた時の勢いはどこへやら、分かりやすくしょぼくれた。頭に青い線が入って見えるのは気のせいか?

 

 「すっかりオマエラには嫌われちゃったなあ。うん、仕方ない。先生っていうのはえてしてそういうもの・・・悲しき性なのです。ドラマのようにはいかないのです」

 「何しに来た。用がねえならとっとと失せろ。こちとらテメエ見てるだけでストレスなんだよ」

 「はううっ!なんという暴言!ボクの綿のハートが砕けて散りそうだよ!」

 「綿は砕けないと思いますが」

 

 テンション高えのか低いのか分かんねえな。落ち込んだり汗垂らしたり泣き真似したり、結局俺らをおちょくりに来たのか?

 

 「で、結局なに?」

 「うんとね、良いニュースと悪いニュースがあるんだけど、どっちから聞きたい?」

 「どうせどちらも悪いニュースだろう。どっちでもいい、両方話してくれ」

 「失礼な!じゃあ良いニュースから教えてあげるよ!まったくもう!聞いて驚け見て笑え!学級裁判を乗り切ったオマエラにご褒美として、また新しく建物を開放してやったんだよ!」

 「建物の開放・・・やはりか。資料館も倉庫と発掘場も、それぞれ学級裁判の次の日に開放されていた。褒美とは思えんがな」

 「今回は、オマエラお待ちかね、桟橋の先にある大浴場を開放してやったよ!」

 「なに!?大浴場!?本当か!」

 

 新しい建物の開放か。裁判の度に行けるところが増えてくからもしかしたらと思ったが、今回もそうか。桟橋の先のあれは大浴場だったのか。そう聞くと、あの場違いに和風っぽい造りや煙突もなんとなく分かるような気がした。そして大浴場という言葉に、なぜか明尾が反応してる。

 

 「疲れた体には熱いお湯、そして風呂上がりの冷たいビン牛乳!これ鉄板!」

 「うんうん!」

 「暖簾に木造ロッカーにタイル張りの富士山!これぞ古き良き日本の大衆浴場って感じだよね!」

 「おおおっ!お前さんなかなか分かっとるのおモノクマ!そんな場所を今まで閉鎖していたとは憎い奴め!よし!お前たち行くぞ!銭湯準備じゃ!」

 「うわあ、そんな使い古されたダジャレを・・・」

 「で、でも広いお風呂はいいですねえ・・・お部屋だとお湯溜めなあきませんし、うち一人で浴びるの毎日大変ですし」

 

 こいつのせいで俺たちここに閉じ込められて、挙句コロシアイさせられてんだぞ。デケエ風呂はいいが、呑気なこと言ってる場合じゃねえだろ。それにまだこいつの言う、悪いニュースってのが残ってんだ。

 

 「良いニュースは分かった。それで、悪いニュースとはなんだ?」

 「六浜さん、口を挟むようで恐縮ですが、そんなことを聞いても私たちに不都合なだけでは?」

 「不都合だからこそ聞くべきだ。良くないことは早めに知っておかねば、直前では対処しきれん場合がある」

 

 モノクマが持ってくる悪いニュースなんて、ろくでもないもんに決まってる。良いニュースってのも大して良いわけでもねえし、六浜の言うことも分かるが、実際のところ全く聞きたくねえ。俺たちの不安を煽るように、モノクマは含み笑いをして言った。

 

 「で、悪いニュースなんだけどねえ・・・うぷぷぷぷ♫」

 「なんだよ」

 「ボクは学んだんだよ。新しい動機を与えるのは早い方がいいってね。人の気持ちの揺れ動きは時に激流のように速く時にさざ波のように穏やかだからねえ、待ってちゃダメダメ迎えに行こうって思ったわけ!というわけで!新しい『動機』を、大浴場のある場所に隠しておきました!新エリア探索も兼ねて、他の人を出し抜けるようがんばりな!」

 「はあ・・・やはり動機か」

 

 新しい動機か。予想してただけ驚きは少ない。それでも、これでまたコロシアイを起こそうなんて馬鹿が出て来ねえとも限らねえ。しかも新しく開放した大浴場のどこかに隠したなんて回りくどいマネしやがって、何の意味があるんだそれに。

 

 「そんなこたあどうでもいいんじゃあ!!」

 

 早速頭を悩ませるモノクマの発言をものともせず、明尾がデケえ声で流れをぶった切った。いつの間に持ってきたのか、手にはタライと手拭いと石鹸と諸々が抱えられてる。マジでいつの間に用意したんだ、漫画みてえな奴だな。

 

 「はしゃぐな明尾」

 「ここに来てから連日連夜、悲喜交々の大騒ぎ・・・老体に鞭打って突っ走り続けてきたが、やはり肉体的にも精神的にも疲労はたまる。加齢と共に新陳代謝も衰えるでのう、部屋のシャワーばかりでは満足できん体になってしもうたんじゃ。そんな折りに!大浴場を開放され!これがはしゃがらいれりろるれらいでかァ!!」

 「あはは・・・相当嬉しいんだね。言葉遣いおかしくなってる」

 「元からおかしいだろ頭が」

 

 またこいつの妙なスイッチが入っちまったみてえだ。相変わらず年寄り臭え言葉並べ立てやがって、こんな声のデケえ老いぼれいねえよ。

 

 「それにのう、六浜よ。裸の付き合いという言葉もあるじゃろう」

 「ッ!?な、なな・・・!!急に何を言い出す呆け者ォ!!そんな不埒な話を聞く耳は持ち合わせていない!!」

 「武器を放し、兜を脱ぎ、鎧を捨て、一糸まとわぬ無防備な姿で語らえば、どんな相手とも心を通わせることができるということじゃ。このような状況ではそれも必要だとは思わんか?」

 「?」

 

 突然真面目なトーンになったかと思ったら、明尾は深く頷きながら語り始めた。裸の付き合いって、それ普通は男が使う言葉じゃねえか?こいつにとっちゃそんなもんどうでもいいのかも知れねえな。っつうか女子力の欠片もねえ上に男よりもギラギラしてる奴だから、六浜にそんな説教できんのか。全く憧れねえ。

 

 「新しい動機が何かは知らん。穂谷が浮いていることも現状は仕方あるまい。じゃがまずはわしらが一丸となることじゃ。そのためには信頼が必要ではないか?心身共に互いの全てをさらけ出せば、わしらの結束は確実に今より強うなるぞ。それに休息も必要じゃ」

 「む・・・ま、まあ・・・・・・お前の言うことも理解できる」

 「大変なご高説でございます明尾さん!素晴らしい!確かに風呂場は誰にとっても憩いの場、邪な想いも和らぐことでしょう。我々男性陣もいかがでしょうか?」

 「一緒にお風呂入るってことだよね?うん、僕も賛成」

 「くだら」

 「清水クンも賛成だって!」

 「言い切ってからねじ曲げろ!」

 

 明尾に同調した鳥木のせいでなぜか俺まで風呂に入ることになった。クソしょうもねえが、よく考えたら昨日はパーティーでなんだかんだあって、最後にシャワー浴びたの一昨日だったな。どっちにしても風呂は入っといた方がいいか。わざわざ部屋で済むものを違う場所でなんて、クソかったりいけどな。

 

 「うぷぷぷぷ・・・動機が何かは見てのお楽しみだけど、ある資料だっていうことだけは伝えておくよ」

 「行くぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 「伝わってない!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食堂を飛び出してった明尾の後を追うように、俺たちは桟橋に向かった。中央通りを通って、資料館の前を過ぎて、湖畔の側にある桟橋まで着いた。明尾はもう中に入ってるのか、姿がない。

 昨日まで封鎖されてたから寂れた印象しかないが、今は妙に瓦や壁なんかも手入れが行き届いてて、煙突からは灰色の煙がもくもくと立っている。今まさに湯を沸かしてるところってことか。銭湯どころかスーパー銭湯にも行ったことがねえから、こんな感じで正しいのかどうかも分からねえ。

 

 「う〜ん、あれ大浴場だったんだね。そうと分かると何となく、この橋渡るべからず的な、息を止めて渡る的なことを考えちゃいそうだよね」

 「そ、それより穂谷さんがいてへんのですけど・・・」

 「お部屋に伺ったのですが、興味がないとのことでした」

 「大方、大衆浴場などという下賤の者の老廃物が集う場所の空気など吸いたくもない、というようなことでも言ったのだろう?」

 「その通りです。流石でございます、六浜さん」

 「容赦ないよね・・・まあ、女王様が銭湯なんてのも似合わないけど」

 

 いつまで桟橋の前で話し込んでんだよ。あの女がどうしようが知ったこっちゃねえし、あんなのいても空気悪くなるだけだろ。

 

 「倉庫の魅力には敵わんが、こっちもなかなかのものじゃな。喩えるなら、倉庫は深い皺と整った髭をたくわえた厳格な米寿の老公、大浴場は還暦を迎え第二の人生をこれから歩まんと滾る好々爺といったところか」

 「なるほどわからん」

 「はっはっは!わしはどちらでもイケるぞ!どれ、大浴場の奥の奥までじっくり味わってやろうではないか!」

 「そろそろこいつ黙らせた方がいいんじゃねえか」

 

 わざわざ気色悪い言い回しをしながら、明尾は大浴場の扉を開いた。がらがらぴしゃん、と聞き慣れてるのに初めて聞いたような音を立てて開いた扉の向こうには、小学校にあるようなちゃちい下駄箱と外見から想像できるような木造のホールがあった。ずいぶんと広い。

 

 「うわ、本当に銭湯みたいだ・・・暖簾までちゃんとある」

 「ふむ・・・どうやら手分けして探索する必要があるようだな。私は暖簾の向こうを調べるが、他に行く者は?」

 「それ男女問わず?」

 「問うに決まっているだろ呆け者!!」

 「私が行こう。まずは最奥部をしっかりと確認したい」

 

 八人全員が立っても、まだまだ余裕があるくらいにこの大浴場は広い。たぶん、この倍の人数が使っても余裕だろう。けど探索なんかしなくても、大浴場で二つに分けられた暖簾の向こう側なんて分かり切ってる。それにその暖簾の奥とホール以外に部屋はないみてえだし、来ただけでここの探索は終わったようなもんだな。

 

 「まあ建物の構造はだいたい分かるけど、重要なのはそこじゃないよね」

 「・・・動機の件ですか」

 「モノクマが言うには大浴場のどこかに隠されてるってことだけど、少なくとも男女で仕切られる場所じゃないと思うんだよね」

 「なんで?」

 「だって動機のあるなしが性別で分かれちゃったら、いざ誰かが殺された時にそれだけで犯人候補が絞られちゃうじゃないか!そんなのモノクマが面白くないでしょ?」

 

 曽根崎の言うことはもっともだ。それはそれでモノクマの考えそうなことではあるんだが、言い方が気にくわねえ。まるでここにある動機とやらで、またコロシアイが起きるって言ってるみてえだ。そんなこと妙に明るく言うもんだから、余計にムカつく。

 

 「取りあえず探索はしてみるけど、動機見つけたら・・・言った方がいいかな?六浜サン」

 「そうだな。もし見つけた時は私を呼んでくれ」

 

 動機なんか無視しとけば、もうコロシアイが起きることもねえはずだ。見つけたその場で燃やすなりしまっとくなりしときゃあいいが、だからって誰かに任せんのは信用ならねえ。そいつがこっそり動機を知って、また殺しなんか企まねえとも限らねえ。クソが、めんどくせえマネさせやがってあの綿埃野郎。

 

 「じゃあ取りあえず、ボクらは男湯の方調べてみよっか、清水クン!」

 「は?なんで俺が」

 「いいからいいから!でなきゃ清水クン勝手に帰るでしょ!笹戸クンと鳥木クンはこのホールお願い」

 「畏まりました」

 「分かったから押すなバカ!!押すなって!!」

 「それ押せって意マゴッ!?」

 

 あんまりにもムカつくから、眉間に肘鉄入れた。すぐ大人しくなった。やっぱバカは力でもって黙らすのが一番だな。とにかく、妙なもんがあったらゆっくり風呂にも入れねえし、一応浴室は見ておくか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入口の正面に、向かって左側に男湯の青い暖簾、右側に女湯の赤い暖簾がかかってる。この辺は和風でガラス付きの引き戸になってるが、開けようとすると鍵がかかってるみてえだった。けど鍵なんか持ってねえし、鍵穴もない。それ以上に目を惹くのが、男湯と女湯の入口のちょうど真ん中の天井から下がってる、見るからにヤベえ機関銃だ。動く気配はねえが、だから余計に無機質で物々しい雰囲気を醸してる。

 

 「なんでこんなもんが銭湯にあるんだよ・・・」

 「むっ、閉まっているな」

 「そっちも?鍵なんか持ってないし・・・どういうことなのかな?モノクマ」

 

 なんで誰も機関銃につっこまねえのか分からねえ。鍵なんかよりよっぽど目立つし気になるだろ。なんて呆れてたら、曽根崎の呼びかけに応じてモノクマがどこからともなく現れた。呼んだらすぐ来るのだけが取り柄のくせに、姿を見た瞬間にストレスしか感じねえからやっぱこいつはクソだ。

 

 「はいは〜い!呼ばれて飛び出てハイパープリチーマスコット、モノクマだよ!」

 「ここ鍵かかってるけど。開放されてないの?」

 「あぁン!?オマエラ馬鹿じゃねーの!この先は脱衣所と浴室なんだよ!?オマエラみてーな思春期連中が使うのに鍵かけないわけねーだろ!一夜の間違い起き放題じゃねーか!」

 「まっ!?ま、ままま、まま、まち、間違いなど・・・起きてたまるかアアァッ!!!」

 「それに鍵なかったらなかったでこうやってむつ浜さんがうるさいでしょ」

 「むつ浜ではない!六浜だ!」

 

 超うるせえ。でもモノクマの言うことも確かに分かるな。そうでなくても裸になって無防備になるんだから、鍵があった方が安心っちゃ安心か。ここにいる奴らでそんな間違いなんて起きそうにもねえけどな。

 

 「と、いうわけでこの入口の所にはそれぞれ、個室の鍵と同じように電子生徒手帳で開け閉めできる電子錠を設置しておきました!男湯の鍵は男子の生徒手帳、女湯の鍵は女子の生徒手帳で開けられるようになってます!でも、気を付けないとダメだよ?異性の方の鍵を開けようとするような不埒な輩は、天井のモノクママシンガンが成敗しちゃうからね!」

 「蜂の巣どころじゃ済みそうにないね・・・」

 「つまり異性の脱衣所には入れないようになっているのか。うむ、それなら安心だ」

 

 鍵はともかくマシンガンは絶対やり過ぎだろ。まあ覗きなんかで、ただでさえ張り詰めた空気を余計に険悪にするようなマネする馬鹿はいねえだろうし、命懸ける価値もねえ。

 

 「ではこういう場合はどうなる?例えば私が清水翔に私の電子生徒手帳を貸し、それを用いて清水翔が女湯の鍵を解錠した場合は、処罰の対象となる得るのか?」

 「な、なにぃ!?き、貴様ら風呂場で一体何をするつもりだ!!不埒な!!私は断じてそんな関係は認めんぞ!!」

 「人を勝手に引き合いに出すんじゃねえ。みろ、めんどくさい奴がめんどくさくなった」

 「んもうまったく!オマエラはここに来てからずっといちゃいちゃしやがって!見てるこっちの身にもなれってんだよ!そんなこと許すわけねーだろ!」

 「そりゃそうだよね」

 

 生徒手帳を貸し借りしてまで違う方に侵入する奴がいるとは思えねえが、確かに今モノクマが言ったルールにはそんな抜け穴がある。あるならあるで放っといた方が、後々こいつの裏をかけそうだったのにわざわざ言うとか、バカ真面目な奴だ。案の定モノクマは的外れな怒り方して、頭から湯気を出してる。こいつが機械ってことを考えると、あの湯気も本物の湯気なんじゃねえか、なんて呑気なことを考えられるくらいにはもう慣れた。

 

 「ったく!近頃の若え奴は根性がないくせに悪知恵ばっかり働きやがって!あとで規則を追加しとくから確認しとけよ!とにかく、異性の方の鍵を開けようとしたら即ミンチだからな!覚えとけ!」

 

 そう言ってモノクマは姿を消した。まためんどくせえ規則が増えるのか。最初っからこの程度のこと想定する頭はねえのか。まあとにかく、鍵の開け方と気を付けなきゃいけねえことは分かった。ここで余計な死人を出して、犯人のいねえ学級裁判なんかする羽目にならねえようにしとかねえとな。

 ポケットから電子生徒手帳を取り出して、男湯の入口横にある装置にかざしてみると、高い電子音と共に金具の外れる音がして、脱衣所の扉は簡単に開いた。

 

 「今ならルール違反にならずに、六浜サンや望月サンも男湯に入れるよね」

 「呆け者!!そ、そんなこと・・・!!」

 「だよねえ、危ない橋は渡らないに限る。やめといた方がいいね」

 「・・・・・・そ、そうだ!その通りだ!」

 「六浜童琉、早く行こう」

 

 もういいだろってくらい入口だけで六浜をイジり倒して、ようやく暖簾の向こう側に入ることができた。六浜と望月も同じように赤い暖簾の向こうに入っていった。どういう造りかは想像するしかねえが、たぶん左右対称な感じになってんだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暖簾の向こう側は、至って普通の大衆浴場って感じだ。入ったら右は壁、左は木製の仕切りに阻まれて、細い一本道になってる。真っ正面にはたぶん掃除用具とかを入れるためのだろう、ロッカーがあって、その手前は仕切りが途切れてる。そこを抜けると、服とか貴重品を入れるための小さいロッカー、デケえ鏡が置かれた洗面台、それから風呂場に通じる曇りガラスの扉がある。ホテルとかにある風呂場そのまんま持ってきたみてえだ。そんなに快適そうな感じもしねえが。洗面台にはドライヤーはもちろん、フェイスタオルとかクシとか霧吹き、あとポマードやらヘアアイロンなんてもんまである。こういう変なところ充実させてんのはモノクマの気遣いか?

 

 「う〜ん、こういう慣れ親しんだ脱衣所っていうのもいいけど、奇を衒った何かがないと面白味にかけるよね。倉庫は武器庫があったから調べ甲斐があったけどさ」

 「分かりやすくていいだろ」

 

 何かないかと好奇心丸出しの目で洗面台の引き出しを開けてる曽根崎に素っ気なく返しながら、ロッカーの方を調べた。これも至って普通のロッカーだ。特筆するところと言ったら、鍵がゴムバネの付いた金属製のもんじゃなくて、四角い木製ってところか。脱衣所の壁一面にあるから、一から十六まである。こんな古いタイプなのもあいつの趣味なんだろうか。一応中も見てみたが、全部空っぽだ。

 

 「どう、清水クン。何か見つかった?」

 「なんもねえよ」

 「そっかあ。じゃあ次はいよいよ浴室だね」

 「いよいよってほど期待してねえよ」

 

 なんだかんだ言いつつ楽しそうに髪をセットする曽根崎を殴りたい衝動を抑え込みながら、俺は浴場の方に入っていった。

 こっちも特に変わったところはねえな。鏡とシャワーとたらいと椅子と石鹸類一式、それが一つのセットになって壁に沿って六つ。そんでタイル張りの床を押しのけてデッカい風呂桶がどんとある。もう既に湯気が立ちこめてるから、すぐ入れるようにモノクマが湯を湧かしといたんだな。気が利くんだか利かねえんだか分からねえな。後はもう、それ以外には特に見るところもねえな。

 

 「清水ク〜ン、どんな感じ〜?」

 「こっちも特に変なところはねえな。外が見えねえってことぐらいだ」

 「え〜、じゃあ露天風呂ないの?」

 「ねえな。ここ以外は出入り口っつったら排水溝くらいだろ」

 「出られても入れないなあそこからは」

 「出れもしねえよ。っつかテメエで見に来いよ」

 「ダメだよ。メガネ曇っちゃうもん。ボク裸眼じゃ何にも見えなくなっちゃうんだよ」

 「そうかい」

 

 ってことは今度からこいつ黙らせるにはメガネ取り上げればいいって話か。いっそ叩き割るってのもありだな。脱衣所から中にいる俺に話しかけてメモ取ってるが、そう言えばこいつ風呂入る時メガネ外すよな?そん時になったらどうするつもりなんだか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 脱衣所と浴室の感じは大体分かった。モノクマが言ってた動機ってもんはなかったが、脱出の糸口とか、この合宿場についてのこととかも何も手掛かりはなかった。デケえ風呂が開放されたからまあよしとするか。後は玄関から暖簾までの間のホールだな。ずいぶんと広いが、鳥木と笹戸と明尾と晴柳院が四人がかりで探索してるはずだ。

 

 「こっちはみんなが探索してくれてるはずだよね。さて、まずはどこから聞きに行く?」

 

 ざっと見たところ、ホールは左右に寄せて色んなもんが置いてある。真ん中はだだっ広く何もねえ空間で、申し訳程度に観葉植物が置いてある。やっぱモノクマの趣味とか思考は分からねえ、気遣いとか気配りにムラがあり過ぎるんだよ。

 

 「こっちから見てくか」

 

 まずは暖簾を背にして左側だ。見たところデケえ棚やガラス張りの保冷器があって、そこに飲み物やスナック菓子、ちゃちい玩具なんかが並んでる。そこだけ絨毯が敷いてあって、カゴもあるし会計台もある。それから、寄宿舎にあったあのガチャガチャマシーンがここにもあった。

 こっちは笹戸と鳥木が調べてんだったな。で、何か見つかったんだろうか。鳥木の姿が見えねえが。

 

 「おい笹戸」

 「あ、二人とも。もうお風呂場の探索終わったの?」

 「うん、実際特に変わったところはなかったよ。使いやすくていいけどね。脱出とか、ボクらにとって有益な情報はなかったけど」

 「そっか・・・まあ、しょうがないよね」

 「で、ここはなんだ」

 「見ての通り売店だよ。一応お店みたいだけど、並んでる品物はなくなれば補充するから勝手に持って行っていいってモノクマが言ってたよ」

 「ずいぶん気前が良いな。カスほども喜べねえけどな」

 

 保冷器の中には、銭湯らしくビン牛乳が並んでる。普通の白い牛乳はもちろん、フルーツ牛乳、コーヒー牛乳、低脂肪牛乳、飲むヨーグルト、それ以外の基本的な飲み物まで揃ってる。菓子コーナーには袋入りのスナック菓子や、昔懐かしの駄菓子やアメもある。玩具もおまけ付き菓子のおまけレベルのものから、竹とんぼとかパチンコとかベーゴマとか・・・昭和時代かって言うようなラインナップだ。凝ってんなあ。

 

 「ところで鳥木クンは?一緒に探索してたんじゃないの?」

 「ああ、鳥木クンならそっちのソファで休んでるよ」

 「休んでるって・・・なんかしたの?」

 「ええっと・・・ちょっとはしゃぎすぎて」

 「はしゃぎすぎたぁ?」

 

 思いがけない笹戸の言葉に、俺と曽根崎は同時に疑問系で復唱した。はしゃぎすぎたってどういうことだよ。しかもあの鳥木がはしゃぐところなんて、いまいち想像できねえ。ここにいる面子の中じゃ、比較的まともな奴だと思ってたんだが。

 

 「なんか駄菓子とか玩具に興奮しててさ。すごいテンション上がってたから付き合ってたんだけど、急に落ち着いたと思ったら向こう行っちゃって」

 「そう。ま、別に鳥木クンはどうでもいいんだけどね。何か見つかった?」

 「いや・・・こっちも収穫無しだよ。モノクマメダルはあったけど。いる?」

 「いらん」

 

 ここまで俺たちを翻弄し続けたモノクマが、今更になってこんな所に手掛かりをうっかり残すなんて凡ミスはしねえだろうな。端っから期待なんかしちゃいねえから、収穫無しって結果に特にがっかりもしねえ。こんな時だと、そっちの方が精神衛生的にマシなんだろう。だから露骨に肩を落としてる笹戸がバカみてえだ。

 売店の方は後で見ればいいか。どうせあってもモノクマメダルぐらいだし、駄菓子なんて今あったってしょうがねえしな。一応、売店横にあるソファで休憩してる鳥木にも話を聞いておくことにした、曽根崎発の意見で。

 

 「やあやあ鳥木クン、珍しいね。そんなにぐったりして」

 「あっ・・・お二人とも戻られたのですか」

 「笹戸クンから聞いたよ。はしゃぎすぎたって、どうしたの?」

 「ああ、いえ、大したことではございません。実は私、あのような駄菓子や玩具の類に心躍るもので、つい探索を忘れてしまった次第でございます。ご心配くださりありがとうございます」

 「心配なんかしてねえよ」

 「はあ、左様でございますか」

 

 ソファに座った鳥木は、はしゃぎすぎたって割には涼しい顔をしてた。人前でそういうのを見せないようにしてんのか、それとももう落ち着いたのか。どっちでもいいが、気が済んだんならさっさと探索しろや。

 

 「でも意外だね。鳥木クンがはしゃぐなんて思ってなかったよ。それも駄菓子で」

 「あんなちゃちいもんではしゃげるなんて、安上がりだな」

 「仕事柄、お菓子や玩具の素晴らしいものは様々拝見して参りましたが、やはり私にとってはあれらこそが最上の嗜好品でございます。幼い頃からの憧れというものは強烈なものと実感しております」

 「なんか分かるなあ。紐の付いたクジになってるアメとか好きだったよ」

 「どうでもいい。っつうか呑気に世間話なんかしてんなよ。探索しねえのか」

 「あっ、そうでございました。休息も十分に頂きましたし、もう一度売店の周辺を探索いたします」

 「はしゃぎすぎないように気を付けてね」

 「ありがとうございます」

 

 鳥木の身の上話とか、曽根崎の好きな駄菓子とか、そんな最高にどうでも良い話で時間食ってる場合じゃねえだろうが。鳥木は俺と曽根崎に会釈して売店の方に戻っていったはしゃがねえように念を押したが、戻る鳥木の足取りはやたらと浮かれてるように見えた。

 こいつら、もしかしてこの状況に慣れだしてんじゃねえか。拉致監禁されて、もう七人も人が死んで、モノクマが新しい殺人の動機を与えようとしてるこの状況に。と言いつつ、俺自身もその状況に前みたいな危機感を抱いてるわけでもなく、動機なんか見つからなけりゃ殺人なんて起きねえ、なんて安易なことを考えてる。俺たちが仲間なんて反吐が出るが、少なくとも協力関係にあると思ってるこの考えは、穂谷の言うように甘っちょろいもんなんだろうか。

 

 「清水クン」

 

 自分でも気付かないうちに考え込んじまってたみてえで、曽根崎に名前を呼ばれて我に返った。考えてても仕方ねえかと、取りあえずそこで考えることは止めた。気分悪くなるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 売店エリアはもうこれ以上の発見はねえだろうな。暇つぶしの道具や駄菓子があるってのはまあ、悪くはねえな。だからって何の役にも立たねえし、あとあのクソ女がこんなもんで機嫌良くなるとも思えねえ。本当にただ鳥木がはしゃぐだけのコーナーかよ。

 

 「後はホールの反対側だけだね」

 

 建物自体は広いくせに大して探索するところがねえのは、本当にただ単なる大浴場だからか、それともモノクマが敢えて俺たちに何も教えまいと情報を隠してんのか。分からねえ。そういえばあいつが言ってた動機ってのはどこにあるんだ?女湯の方になかったとしたら、こっちの方にあるはずだが。

 

 「あっちが売店で・・・こっちはなんだろう。いかにも銭湯の娯楽スペースって感じだね」

 

 ざっと見ただけでも、こっちの方にも大したものはなさそうだ。入口側の壁に沿って三つ金属製の安いロッカーが並んで、その前には卓球台が二台並んでる。ラケットやピンポン球はロッカーの中か。そして男湯の壁の方には、モノクマメダルで動くマッサージチェアが二台、それとバリバリ昭和の雰囲気がするアーケードゲーム機だ。平成生まれのはずなのに見ただけでなんとなく懐かしさを感じるのはなんでなんだろうな。案の定そのゲーム機に明尾が座ってて、横から晴柳院がそれを覗いてる。

 

 「ぐぬううっ!!何度やってもここでゲームオーバーになる!!どうすればいいんじゃ!!」

 「もう諦めて探索しましょうって・・・。メダルもありませんし・・・怒られますよぉ」

 「負けたままでは引き下がれん!!」

 「なに遊んでんだよ」

 「ひああっ!!し、清水さん!!あ、あのちゃうんです!!うちはちゃんと探索しようって言うてるんですけど・・・あ、明尾さんが夢中でゲームしてはって・・・!!」

 「見てたらだいたい分かったよ」

 

 声をかけたら晴柳院があからさまにビビった反応をした。予想はしてたが、なんか俺に対してビビってるような気もしないでもない。一方の明尾はポケットを弄ったりゲーム機の底を覗いたりしてメダルを探し始めた。どんだけこのゲームにハマってんだよ。

 

 「探索などせずとも、ここは一目見ればだいたい分かるじゃろう。卓球台にマッサージチェアにレトロゲーム、まさに銭湯そのものじゃ」

 「一昔前のね。そのゲーム何?」

 「モノクマメダル一枚でできるぞ。見た目はレトロじゃが、中身はずいぶんと進んどる」

 「ずっとしてはるんですよぉ」

 「サボってんじゃねえよ」

 「はあ・・・お前さんはちっとも分かっとらんのう清水よ。ここがどれほど恵まれた環境なのかということが」

 「あん?」

 

 俺は別に何も間違ったこと言ってねえと思うんだが、明尾は呆れたようにため息を吐いた。俺が全然分かってねえって、ここが銭湯でそれっぽいものはだいたい揃ってて、明尾がクソボケド変態だってことは分かってる。それ以外にこの状況で何か言うことがあんのか?

 

 「のびのびできる大きな浴槽、冷たいビン牛乳、卓球台にレトロゲームにマッサージチェア・・・これを前にして何もせんという方が馬鹿げた話!!据え膳食わぬは武士の恥というじゃろう!!相手がその気なんじゃから覚悟決めんか!!それでも男か!!」

 「途中から急に話が変わったね」

 「ともかく、これほど整った環境を用意されているのなら、楽しまねば損じゃ。ひいてはこの銭湯に失礼というものじゃ」

 「どうでもいいが、さっきから銭湯銭湯言ってっけどここ大浴場だぞ」

 「大欲情?はっはっは!六浜が聞いたらまた面倒になりそうじゃのう!!」

 「ダメだこいつ」

 

 まったく話が通じねえ。中身だけじゃなく耳まで老化してんのか。たかがこんだけの設備にどんだけテンション上がってんだよ。なんでもいいが、こんなところで油売ってたらそれはそれで六浜がうるさくなるだろうが。それに、モノクマが言ってた動機ってのもこの辺りにあるはずなんだ。それを見つけることが先だ。

 

 「このゲームが動機とか、そんなパターンはないよね?」

 「普通の射撃ゲームじゃ。幻夢的な音楽があるわけでも鬼のような弾幕があるわけでもない」

 「だったらもう、あそこしかねえだろ」

 

 あからさまに怪しい箇所が一つある。脱衣所や玄関にあるならまだしも、こんなところに不自然に置かれてるロッカーが何も意味を持たねえわけがねえ。

 明尾たちの反応を待たずに、俺はロッカーの方に近付いた。近付いても見た目は全く普通のロッカーだ。だからこそ逆に怪しいわけだ。

 

 「あ、あのう・・・開けるんやったら六浜さんとか呼んできてからの方が・・・」

 「知るか。動機を確認してから呼べばいいだろ」

 

 いちいち六浜の意見なんか求めなくていいんだよ。どんだけあいつが信用されてるかなんか俺に関係ねえし、俺は六浜のことを完全に信じてるわけじゃない。むしろあんな奴がプッツンした時の方がやべえんだ。

 ビビる晴柳院の意見なんか聞きもせず、俺はロッカーを開けた。中はほとんどがらんどうだった。元々は雑巾とか箒とかをしまうためのロッカーなんだろうが、今この中にあるのは、いかにもな雰囲気を漂わせてる黒いファイルだけだ。

 

 「・・・どんぴしゃだね」

 「ま、思った通りだから別に驚きゃしねえけど、読むのは後でいいな」

 「ろ、六浜さん呼んできますぅ!」

 

 焦った様子で晴柳院は女湯の暖簾の向こうに消えてった。ひとまずそれ以外のロッカーも全部開けたが、それ以外には何も入ってなかった。やっぱこれが動機か。中身も気になるが表紙はもっと気になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「しかしなぜこのファイル、希望ヶ峰学園のマークがあしらわれてるのじゃろうな?」

 「知るかよ」

 「資料館とパソコンにもシンボルがあったし・・・内容によっては、今までの考え方がひっくり返るかもね」

 「ど、どういうこと?」

 「モノクマの正体とか、この合宿場とかについてさ」

 

 ひとまず立ちっぱなしじゃしんどいから、売店コーナーの休憩スペースに移動して、ついでに笹戸と鳥木も呼んで、六浜と望月を連れて戻ってきた晴柳院も合わせて、八人でテーブルの上のファイルを囲んだ。

 いつになく真剣な面した曽根崎は、やっぱり意味深な言葉を吐くだけで、いまいち掴めない。六浜は険しい表情でファイルを手に取り、表紙のシンボルを撫でた。

 

 「あくまで私の推測・・・いや、ほとんど予感でしかないが、この中身は見ない方がいい気がする」

 「殺人の動機となり得る事実は関知しないに越したことはない。これを焼却処分なり裁断処分なりで消失させた方が、今後の安全を考えた時に有意義であることは明白だ」

 「そうではない。なぜかは分からんが・・・ここに書かれていることを知ってしまえば、我々はもう二度と戻れないような気がする」

 「・・・?なんだか矛盾を覚える言い方ですが、私もこのまま捨ててしまうことに賛成です」

 「そ、そうですよぉ・・・。こんなのは封印しておくんがうちらのためですってぇ」

 「むむむ・・・じゃが気にはならんか?なぜ希望ヶ峰学園のマークがついたファイルが動機になり得るのか・・・」

 「うーん、それはそうだけど・・・」

 「うんうん。まあただ見た目整えただけって可能性はあるけど、モノクマのことだからたぶんそれでも何かしらの意図があるはずだよ。なんにせよ、中を見ないことには判断できないけど」

 

 意見が分かれた。動機なんかハナから知らなきゃ、これ以上バカやろうとする奴なんていねえだろう。でも希望ヶ峰学園のマークがついたファイルが俺たちの動機になり得るってのもよく分からない。中に何が書いてあるか知らねえが、少なくとも俺たちにとって重要なことなのは間違いねえ。でなきゃ動機になんかならねえはずだ。

 自分に関することが、ここにはある。この合宿場についてか?まだ俺たちの知らないお互いの秘密か?学園や外の世界のことか?それとも黒幕についての何かか?考えれば考えるほど、ファイルの中にある情報が重みを増してくる。まだ何が書いてあるかなんか分からねえのに、もの凄く意味があることのような気がしてくる。

 

 「・・・清水、お前はどう思う?」

 「見る。こんなもんどう考えたって希望ヶ峰学園が関わってんじゃねえか。放っとけるわけねえだろ」

 

 自分でも驚くほどあっさり答えが出た。これは間違いなく俺の本心だが、それを躊躇う理由だってある。なのにそれを無視して口が勝手に動いた。だが言っちまった以上はもうそれで通すしかねえか。処分して希望ヶ峰学園の何かしらを見過ごすのも癪だし、見た方がいい。

 

 「そうか」

 

 六浜は俺の答えに、特に反論することも残念そうにすることもなくそう言った。この場にいる八人ではこれで見る派と見ない派でちょうど半分だ。わざわざ俺の意見を聞いたってことは多数決にでもしようと思ったんだろうが、これじゃ決まらねえ。

 

 「どうしたものか・・・」

 「見たい人だけ見ればいいんじゃないかな?」

 「いや、できるだけ我々は足並みを揃えるべきだ。なんであれ不平等は疑心暗鬼を招く」

 「ではどうする。生憎じゃが、わしは一度気になってしまったものをそのまま切り捨てられるほど素直な性格はしておらんぞ。こんな時では尚更じゃ」

 「う、うちかて動機なんてもの絶対見たくありませんてぇ!」

 

 八人の意見は真っ二つに割れた。動機と分かり切ってるものを前にして、余計な火種を得ることを避けようと拒む奴。希望ヶ峰学園のシンボルが意味することを知ろうと、覚悟してそれを受け入れようとする奴。こんな時だと、どっちも正論に聞こえる。だが俺たちは選択しなければならない。これをどうするのか。

 

 「一体何をしているのです」

 「っ!」

 

 その膠着は、いとも簡単に壊された。一人だけここの探索には参加していなかった、九人目によって。

 

 「ほ、穂谷さん・・・?お部屋に戻られたのではありませんでしたか?」

 「モノクマに呼ばれましたの。新しいエリアと動機を与えるから桟橋の先の建物に来いと。その様子ですと、そのファイルが動機で間違いないようですね」

 「お前さんも大浴場が気になったクチか穂谷よ!やはり大きな風呂の魅力にはさしもの女王様も勝てんか!」

 「私がこんな低俗で時代遅れな大衆浴場を使用するとでも?冗談はお顔だけにしてください。こんなところでは汚れを落とすどころか得体の知れない雑菌にまみれてしまいそうです」

 「それはさすがに言い過ぎだよ!?」

 

 いつものハイヒールと違って安物のスリッパを履いてると少しだけオーラが掠れたような気もするが、よく通る高い声はそれでも穂谷のふんぞり返った態度を表していた。相変わらず口を開けば毒を吐いて、二言目には暴言、発言の節々に罵詈雑言が顔を出す。よくこんなんで今まで大した問題も起こさず歌姫なんかやってられたな。この汚ささえなけりゃ素直に良い声だって言ってやれるのに。

 

 「私は動機とやらを確認しに来ただけです。施設の概要は外見で大凡分かっていましたから。それで、そこには何が書かれていたのですか?」

 「まだ確認していない」

 「はい?」

 

 望月の言葉に穂谷は短く威圧で返した。たった一言だけだが、そこに色んな意味が込められてることはすぐに分かった。なんでまだ見てねえんだクズ共って意味とか、わざわざ来てやったんだからさっさと見せろって意味とか、これ以上テメエらに付き合ってられねえよって意味とかだ。とにかく、悪意しかねえのは明らかだ。

 

 「穂谷よ。お前の言う通り、これはおそらくモノクマが用意した動機だ。だがそれをわざわざ見る必要があると思うか?新しく疑心暗鬼の種を拾うことになるのかも知れんのだぞ」

 「私は、私以外の全員が動機を得て、私だけがそれを知らないという状況を避けるために来たのです」

 「ではお前は、動機を見ないことに賛成なのか?」

 「いいえ」

 

 六浜が軽く今までの状況を説明して、ここで固まってる理由を説明した。そして穂谷は動機を見ることに賛成なのか反対なのか、それを問うと、びっくりするぐらいあっさりと答えが返ってきた。ほぼ即答だ。

 

 「そのファイルにある希望ヶ峰学園のシンボルも気になりますが・・・それ以上に、モノクマに逆らうのは危険です。動機を与えられたなら、それを確認してそれで終わりにすればいいことです」

 「ど、動機なんか見んかっても、モノクマさんは何もしませんて!」

 「そうとは言い切れないよね。あのモノクマのことだもん」

 

 モノクマに逆らう。モノクマに対する暴力や恐喝の禁止、学級裁判におしおきという名の処刑、そしてこの監禁されてる状況。あいつが圧倒的な力で俺たちを支配しているのは事実だ。あいつはいつだって俺たちを殺そうと思えば殺せる。それをせずこんな生活をさせてる理由は、俺たちにコロシアイをさせたいから。冗談じゃねえが、あいつは本気でそう言ってる。そしてコロシアイに必要なのが、この動機だ。

 

 「モノクマはどんな手を使っても、私たちにコロシアイをさせようとしてくるでしょう。このファイルを処分したところで、また別の手段を使ってくるだけです。エスカレートしたモノクマは何をしでかすか分かりません、もしかしたら、誰かを殺さなければ全員が処刑される、なんてことも言いだし兼ねません」

 「そ、そんな・・・!」

 「可能性としては低くない。むしろ十分にあり得る」

 「そうなってしまえば、もはや疑心暗鬼どころではありません。それは貴方の本意ではないでしょう、六浜さん」

 「・・・確かにそうだ。お前の言うことも正しい」

 

 もし動機を処分したらどうなるか。そんなの考えたこともなかった。モノクマは動機で俺たちに殺人のきっかけを与えようとしてる。それを無視して処分したら、モノクマは俺たちには手を出せねえが、新しく別の動機を用意してくるだろう。それも無視してって、そのやり取りの最後に待つのは直接的な命のやり取り。生きるために殺すか、何もせず殺されるか。そんな結末になりかねねえ。

 

 「無視するか受け入れるか、それを選べるうちに受け入れてしまった方が、結果として私たち自身のためになると思いますが?」

 「・・・それは・・・間違いない」

 「えっ、ろ、六浜さん!?見てしまうのですか!?」

 「いま穂谷が言ったことは正しい。それにモノクマが直接的にコロシアイを引き起こすような動機を用意することも十分に考えられる。そうなれば、ここを脱出するなどと考えることすらままならなくなる」

 「それはそうかも知れないけど・・・」

 「ここに何が書かれているかは分からない。だがとても嫌な予感がする。それでも我々は・・・見ないわけにはいかないようだ」

 

 口調は落ち着いていて、悲観的ながらも達観してるような感じだ。だがその表情は苦悶を極めてた。六浜本人がこのファイルから感じた予感と、これを捨てた先に予想される未来。どっちも不確実で、だが迷い続けることは結局全員にとって破滅の未来になることは目に見えていた。だからこそ六浜は、今この場で決断するしかなかったんだ。動機を新しく得るということを。

 

 「望月、鳥木、晴柳院。済まない。お前たちも辛いだろうが・・・分かってくれ。どうか、この動機を受け入れることを」

 

 苦い顔をした六浜は、言葉だけで反対派の三人に謝った。鳥木も晴柳院も不安そうにその背中を見つめ、意を決したように目を閉じたり拳を握ったりして覚悟を決めたみてえだ。望月だけはその状況をすんなり受け入れたのか、無表情のままファイルに目を遣る。全員に見えるようにテーブルの上に寝かせて、六浜がゆっくりとそのファイルを開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り9人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

【屋良井照矢】 鳥木平助  【滝山大王】【アンジェリーナ】




あんまり進展はありませんね。取りあえず新エリア開放と新しい動機です。動機の詳しい内容は次回のお楽しみということで、予想してみるのも面白いんじゃないでしょうか。
近頃、キャラの“才能”をもっと活かしてやらねばと思い始めてきました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

(非)日常編2

 新しく開放されたのは、湖のど真ん中に建てられた和風な造りの大浴場だった。内装まで微妙にこだわってたりいい加減だったりして、昭和の銭湯をそのまま持ってきて所々に強引なアレンジを加えたって感じだ。おまけにモノクマがそこに新しい動機を隠すなんて少しだけ手の込んだことをしたせいで、探索っつうより動機探しになっちまった。

 そしてようやく見つけた動機は、テーブルの上でその正体を俺たち全員に明かした。だがそれが意味することを俺たちが動機として理解するのは、もう少し後のことだ。

 

 「なんだこれは・・・?」

 

 希望ヶ峰学園のシンボルがあしらわれたファイルを開いて1ページ目には、厳つい字体の『秘』の判子が朱で捺されていて、その下には堅苦しい黒い文字が並んでいた。

 

 ーー“超高校級の問題児たち”修正・改善プロジェクトーー

 

 「“超高校級の問題児たち”って・・・僕たちのことだよね・・・?」

 「初日にモノクマさんからそのように説明されましたね。修正・改善というのは?」

 「問題児ことボクら自身がそれぞれ抱えてる問題のことだろうね。でも・・・」

 

 “超高校級の問題児たち”ってのは、この合宿場に集められた16人の生徒たち、つまり俺たちのことだ。それの修正・改善プロジェクトってことは、察するに俺たちの問題を解決するために学園が何か計画を進めてたってことだな。となるとこのファイルはそれに関する資料か。

 

 「学園の内部資料といったところか。わしらのような一介の生徒には滅多にお目にかかれるものではあるまいのう」

 「で、それがなんだってんだよ」

 「続きがある」

 

 物々しい『秘』の判子が、この資料が本来ならこんなところに無造作に放置されるべきものじゃねえってことを表している。これが本物だとしたら、やっぱり動機は俺たち自身に関することか。だが希望ヶ峰学園が作ったはずの資料に、人を殺す理由が載ってるとは思えねえ。有名なだけに色々と悪い噂は絶えねえが、流石にそこまでえげつねえ場所じゃねえはずだ。

 とはいえ不安と言えば不安だ。モノクマが動機として提示するくらいだから、それなりの内容なんだろうな。六浜がゆっくりと次のページを開く。そこには、『目的』と題されたしち面倒くさそうな文章が書かれてた。

 

 ーーこのプロジェクトは、いわゆる“超高校級の問題児たち”と呼ばれている生徒たちを指導し更正させ、他の生徒たちと共同学園生活を送るにあたっての障害を取り除くためのものであり、またこれを以て希望ヶ峰学園の教育、生活指導に関する参考とする。このプロジェクトは、当該生徒及び職員以外の者には、生徒、学内職員、その他関係者に依らず厳重に秘すること。ーー

 

 「実に形式張った堅苦しい文章だな。要するに、“超高校級の問題児たち”を一般生徒と同化させようというのだろう」

 「堅苦しいとかお前が言うな。つうかそんなプロジェクト知らねえぞ。ここに書かれてる通りなら、俺たちはこれを知っててもおかしくねえんじゃねえか?」

 「うるさいお口ですね。無益なことしか言えないのなら噤んでいなさい」

 「あ?」

 「まあまあ、一回全部読もうよ」

 

 六浜が読むその内容は、特におかしなところはなかった。前にモノクマが言ってたこととほぼ一致するからだ。希望ヶ峰学園は俺たちのことを問題児と呼んで厄介者扱いしてた。それに今まで死んでった奴らの抱えてた『問題』から考えるに、それをなんとか改善しようとするのは当然だろう。次に六浜がページをめくると、そのプロジェクトの概要が記されていた。

 

 ーー希望ヶ峰学園が所有する第一合宿場(○○県××群)にて、“超高校級の問題児たち”に共同生活を送らせる。この共同生活は、彼らの抱える問題や障害を自覚させ、解消させることを主な目的とする。必要となる食糧やインフラの供給は学園側が行い、原則として彼らの生活に学園は干渉しない。また、更正及び希望ヶ峰学園に対する帰属意識の確認のため一ヶ月ごとに彼らに対し個別面接を行い、実行委員会の承認を得た生徒は翌日から一週間ほどのリハビリテーション期間を経たのち、学園生活に戻ることとする。ーー

 

 「・・・どういうことだ。これは一体?」

 「合宿場とか共同生活とか・・・それってさあ・・・」

 「まさに今の状況と合致しているな」

 「つ、つまりその・・・今ここで行われていることは・・・学園が関与しているっちゅうことなんかあ!!?」

 「・・・」

 

 長ったらしい文章の意味はハンパにしか分からねえが、その内容が今の状況とかなり似通ってるってのは理解できた。“超高校級の問題児たち”って呼び名も、生徒だけの共同生活も、その共同生活の目的も、初日にモノクマが俺たちに説明した内容と一致している。新しい情報と言えば、この合宿場はどうやら希望ヶ峰学園の所有物らしいってことだ。

 

 「ここが学園の所有地なんだったら、資料館のシンボルマークのことも納得だね。むしろ何の不自然もない」

 「それどころではありませんよ・・・この資料が正式なものだとしたら、ここで行われていることを希望ヶ峰学園が知らないはずがありません。いえ、むしろこれでは・・・学園が主導しているような意味合いさえ感じられます」

 「こここ、こんなことをぉ・・・!?希望ヶ峰学園がぁ・・・!?」

 

 政府から特権的な扱いを受けてる希望ヶ峰学園は、ただでさえ教育機関としての枠を超えた権利や影響力を持ってる。それに教育機関として以外に研究機関としての顔を持つことも知ってる。金が足りねえから金を毟り取るだけの予備学科を設置してある、なんて噂もあったな。とにかくただの学園と呼ぶには色々と常識外れな、特別な場所だった。だからこそ卒業するだけで成功したも同然なんて都市伝説が生まれたりしたんだろうが。

 だが、だからと言って、所詮は民間の機関だ。高校生を一箇所に集めて共同生活までならまだしも、コロシアイなんてことをさせて警察や世間が黙ってるわけがねえ。それにここに書いてある文章によると、コロシアイなんて言葉は一つも出て来ねえ。どういうことだ?希望ヶ峰学園の敷地で、希望ヶ峰学園の施設を使って、希望ヶ峰学園の生徒にこんなトチ狂ったことをさせてる奴の正体がまた分からなくなった。

 後ろで聞いてた奴らがざわめき立つのを無視して、六浜と穂谷は不自然なくらい落ち着いてた。あと曽根崎もだな。望月でさえ少しだけいつもと表情が違うような気がした。そして六浜は次のページを読む。

 

 ーーまた、この共同生活内における“超高校級の問題児たち”の生活態度や協調性をより詳細に監視し、生活内で起こりうるトラブルを未然に防ぎ、学園に経過を逐次報告することを目的とした監視役を設置する。ーー

 

 「監視役・・・?」

 

 ーー監視役は、より生徒に密着した指導及び問題解消の手ほどきをする役割もあるため、問題児たち同様に希望ヶ峰学園の生徒から、信頼のおける生徒を希望ヶ峰学園生徒会より一名選出する。またこの資料は、共同生活中は当該生徒が保有・管理すること。次頁に、“超高校級の問題児たち”、15名に関する資料を載せる。ーー

 

 「15名?私たち16名が“超高校級の問題児たち”なのではないのですか?」

 「・・・ただの書き間違え、というわけではなさそうだな」

 

 一通りの文章を読み終わった六浜が呟いた。15名ってなんだ?最初にこの合宿場にいたのは、モノクマを外して16人だ。モノクマは確かに言ったはずだ、『オマエラは“超高校級の問題児たち”と呼ばれている』って。どっちかが間違ってるってことだよな?けどモノクマが間違ってるとしたら、あの中に問題児じゃない奴がいたってことか?

 

 「な、なんじゃ・・・?監視役?生徒?何がなんだか分からんぞ!誰か整理してくれ!」

 「信頼のおける生徒を生徒会から選出・・・そしてこのファイルはその生徒の持ち物だってことだよね。ってことは・・・」

 「私たちが知らされていないとなると、この場所や共同生活の目的を知ることができたのは、その監視役だけというわけですね」

 「え?え?ちょっと待って。一気に色々ありすぎてわけがわからないよ・・・どういうこと?」

 

 共同生活がどうの、“超高校級の問題児たち”がどうの、監視役がどうの、分からなかったことが分かりすぎて、分からねえことがまた増えて、何が分かってて何が分からねえのか、それすらもごちゃごちゃになって何が確かなことなのかもあやふやになってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うぷぷぷぷッ!!こんがらがってるね!!脳みそがふにゃふにゃにとろけて自分という存在が曖昧になって世界が溶けて一つになるような感覚!!これぞイッツアスモールワールド!!世界は小さくて一つなんだ!!」

 「で、出たぁ!!」

 「モノクマ・・・これは一体どういうことだ。こんなもの、どこから持ってきた」

 「どこから?やだなあむつ浜さんったら、分かり切ってるくせに!」

 

 どいつもこいつも頭を抱える中、この混乱に輪をかけるようにモノクマが現れた。今はこんな奴の相手をしてる場合じゃねえ、こちとらテメエがよこした情報のせいでわけわかんなくなってんだよ。黙ってすっこんどけゴミ以下のくせに。

 

 「オマエラの中の誰かの部屋から持ってきたに決まってるじゃーーーん!!だってだって、これは“超高校級の問題児”以外の誰かが持ってるってことになってるでしょ?」

 「ウ、ウソをつけ!!お前さんが適当に作ったのじゃろう!!ここが希望ヶ峰学園の敷地なんじゃったら、学園がこんな外道なことをさせるわけがない!!縦しんば直接手が出せんとしても、何も行動を起こさぬわけがなかろう!!」

 「はううっ!?ま、まぶしい!まぶしいよ!オマエラの学園を信じるその気持ちが、心が、正直さが!!ボクにはまぶしくてまぶしくて・・・胸が痛いよ!!ボクは綿のハートのはずなのに・・・どうして涙が出るの・・・」

 「ふざけてないで質問に答えてよ」

 

 珍しく曽根崎が落ち着いた口調で、明らかに苛立って、モノクマに言った。戯けた調子で出てもねえ涙を拭ったモノクマは、にやにやと口角を釣り上げながら俺たちの顔を見回す。こいつがこういう感じの時は、ろくなことがなかった。今度も嫌な予感しかしねえ。しかもその予感は、バカみてえに命中する。

 

 「希望ヶ峰学園がこんなことするわけない、希望ヶ峰学園は自分たちを助けてくれるはずだ、希望ヶ峰学園は味方だ。そんな証拠がどこにあるの?今までのことを振り返っても、まだそんなこと胸張って言えるの?そうだとしたらオマエラ、相当な馬鹿正直だよねーーーッ!!」

 「なんだと・・・!?」

 「生徒の自殺の隠蔽!犯罪者の隠匿!都合が悪い生徒の疎外!問題児を隔離して共同生活させて、挙げ句の果てにそこの管理すら怠って、たった一人の生徒に丸投げする体たらく!こんなの教育機関どころか人としてどうなのさ!?オマエラはそんな奴らを信用するっていうの!?今までオマエラが目の当たりにしてきた紛れもない真実よりも、実体の無い曖昧な信頼をとるっていうの!?バッカじゃねーの!?」

 

 モノクマの口から飛び出したのは、希望ヶ峰学園の『闇』だった。有栖川が飯出を殺した原因の事件、石川と屋良井の経歴、そしてこの共同生活。特権的な学園だからこそなのか、だからといって見過ごせねえほどの闇を抱えてるってのは事実だ。それを俺たちは、まさにこの共同生活でイヤってほど目の当たりにしてきた。けどだからって、いくらなんでもコロシアイなんて、ぶっ飛びすぎてる。

 

 「仮に希望ヶ峰学園がここで行われていることを黙認しているとして・・・ならばお前がその監視役だということか?モノクマ」

 

 そんな状況でも六浜は冷静に質問する。仮にって、その前提からして既に俺たちには理解不能だ。もしその仮定が本当なんだとしたら、希望ヶ峰学園ってのは一体なんなんだ?こんなことして、学園に何の得があるってんだ?

 

 「あらら・・・流石のむつ浜さんも思考回路がショート寸前みたいだね。素直じゃなくてごめんねなのね。ボクが監視役なわけないでしょ?生徒会なんてクソめんどくさそうなことなんてゴメンだし!それにボクが監視役だったら、最初に多目的ホールに集まった『16人目』は一体誰なのってことになるじゃない!」

 「それはつまり・・・やっぱりそういうことなんだね?」

 

 モノクマは極めて自然に、流れるように喋ってたはずなのに、その『16人目』って言葉がやけに重く聞こえた。“超高校級の問題児たち”は全部で15人、だがそいつらを集めたはずのこの合宿場にいたのは16人。それが意味することは、もう多分俺以外の全員も理解してるはずだ。そして正解は、モノクマの口から告げられる。

 

 「オマエラの中の誰か一人が、希望ヶ峰学園が選出した『監視役』ってことだよ!もっと分かりやすく言うなら『裏切り者』ってわけ!」

 

 それは、答え合わせという名の動機の提示。しかもその動機は、呆れるくらい純粋なものだ。外の世界に出ようなんて渇望でもなく、秘密をばらすなんて脅迫でもなく、単純に自分以外の誰もが怪しく見えてくるような、屈託の無い疑心暗鬼。今更になってそんなもんを出してくるなんて思わなかった。

 

 「うぷぷぷぷ!!どう?燃える展開でしょ!今まで当たり前に隣にいた奴が、急に怪しく思えるなんてさ!原点回帰って感じ?一周回って面白くなってきたってとこかな?」

 「い、いいえ!騙されてはいけません!裏切り者だなんて言い方をして不安を煽っているだけです。監視役という方がこの中にいらしたとしても、その方が我々に危害をお加えになるわけではありません」

 「た、確かにそうだ・・・そうだよね。ただ監視してるだけなんだったら、別に今に始まったことじゃないし・・・」

 「そうでしょうか?」

 

 動機に狼狽える俺たちを前に小躍りしながらモノクマが笑う。必死になって鳥木が正気を取り戻そうと諭そうとするが、それを否定したのは穂谷だった。なんだってんだこいつは。今朝から余計な不和をバラ撒きやがって。何がしてえんだ。

 

 「どんな形であれ、希望ヶ峰学園はこの合宿場と共同生活に関わっています。おそらく今までのことも知られているでしょう。そしてその『裏切り者』は、希望ヶ峰学園からここの監視を任されている。どんなにお粗末な頭で考えても、『裏切り者』がこの生活の根幹と関わっているという結論に至るはずですが?」

 「こ、この生活って・・・」

 「コロシアイ合宿生活にってことだよね。『裏切り者』がボクらの中に潜んでて、この共同生活を管理する側にいるとしたら、当然希望ヶ峰学園だけじゃなく・・・キミとも関係があるってことじゃないかな?」

 「うぷぷぷ!さあ〜て、どうだろうね!その辺もひっくるめてよ〜く考えな!本当に信じるべきはどっちなのか!そして誰が『裏切り者』なのか!ぶひゃひゃひゃひゃひゃ!!あーっひゃっひゃっひゃっひゃ!!あ、それから規則をいくつか追加したから見といてね。第四章にもなって規則違反で退場なんてぶっちゃけアリエナーーイ!なんだからねッ!」

 

 曽根崎がモノクマに問う。だがモノクマは適当にはぐらかして、耳障りな笑い声を撒き散らしながら消えた。分かり切ってたことだ。モノクマが俺たちの質問にまともに答えるわけがねえ。いつもいつも、急に現れては意味深な言葉と不快な疑問だけを放り捨てて帰って行く。

 ファイルを見ることに賛成した時点で、確かに覚悟を決めたはずなのに、結局また俺たちは揺らがされてる。疑心暗鬼を煽られて、互いに対する信頼も協調も見失って、孤独に戸惑ってる。穂谷っつうイレギュラーはいたものの、ようやく同じ方向を向き始めたと思ったのに、いとも簡単にその結束はモノクマに乱された。

 

 「クソッ・・・なんだってんだよ・・・!!」

 

 思わずソファを蹴飛ばしたが、自分の足が痛くなるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モノクマから動機が発表された後、明尾さんと鳥木さんがそれぞれ一緒にお風呂入って気分を変えようって言うてくれはった。うちはもちろん皆さん賛成やったけど、穂谷さんがやっぱり断らはって一人で出て行ってしまいました。六浜さんは今は放っておけばええ言うてましたけど、うちはどうしても気になって後を追って資料館まで来てまいました。きっと穂谷さんは不安で仕方ないんです。可哀想に、『裏切り者』なんて動機に怯えてしまってるんです。

 『裏切り者』が誰かなんてこと、考えても分かるはずありませんし、そんな風に人を疑うてはいけません!きっとその『裏切り者』さんも、そのうち自分から言うてくれるはずです。これ以上、あんなことを繰り返すわけにはいきません。六浜さんを助けるためにも、うちが何かお手伝いをせんと。うち、がんばります!

 そう思うて来てみたはええけど、どうやって声をかけたらええんか・・・。い、いきなり難易度高すぎですって・・・。

 

 「何をしにいらしたのですか?」

 

 遠くからこっそり見てるはずやったんですけど、なんでか穂谷さんはうちに気付いてはったみたいでした。いきなり声をかけられて、思わず跳び上がって尻餅をついてまいました。資料館の中いっぱいに響いていたキレイな音楽はぴたりと止んで、現れた静けさがどうにも怖くて、何か言わんとと口をぱくぱくさせても、出るのは掠れた吐息ばかりで。

 変に間が空いてもうたから、今から何言うても変な感じになってまうような・・・かと言って黙ったままじゃ、穂谷さんを冷やかしに来たと思われてまいますし。なんとか会話を始めんことにはどうもこうもやし・・・!

 

 「あ、あ、あのぅ・・・きき、キレイな音楽だったから・・・」

 「貴女はウソが下手ですね」

 「ふぇっ!?あっ・・・いや・・・ご、ごめんなさい・・・」

 「何の用ですか。貴女がここにいると演奏の邪魔です。一刻も早く資料館を出て行ってくださらないこと?」

 「いやその・・・今朝から穂谷さんの様子がおかしかって・・・えっと、し、心配やったから・・・・・・」

 「心配?・・・貴女が?私を?」

 

 ウソではなかったんですけど、とっさに言うたことやったから指摘されて慌ててもうて、よく分からんかったけど謝ってまいました。穂谷さんは相変わらず怖い言い方をしてはって、はっきり喋れへんけどなんとか話を進めようとしたら、急に穂谷さんはうちを睨んできた。睨んだいうても表情にあんまり変化はなくて、なんとなく穂谷さんの纏気に陰色が差したいうか、言霊に邪があるというか・・・。

 

 「身の程を弁えなさい。貴女程度に心配されるほど私は落ちぶれておりません」

 「お、落ちぶれるて・・・?」

 「貴女が私を心配して何になるというのですか?私が危うい時に貴女が助けられるとでも?傲り高ぶり、身の程知らずも甚だしいことこの上なしです」

 「おごりなんて・・・う、うちはそんなつもりで言うてません・・・」

 「でしたらもっと質の悪いことですね。無自覚だなんて、流石に名家のお嬢様は違いますね」

 「ッ!」

 

 心配って言葉にこんなに反論されるなんて思ってもませんでした。穂谷さんは『女王様』なんて呼ばれてるほどの人で、それくらいプライドが高くて、だから・・・うちみたいなんに心配されること自体が嫌やったんや。なんとか釈明しようとしても、逆にもっと怒らせてもうたみたいで・・・。

 

 「お、お嬢様なんて・・・うちはそんなんちゃいます・・・」

 「まあいいでしょう、ですが覚えておきなさい。私は、貴女たちのような人が一番嫌いです。貴女たちの存在そのものが、私たちに対する侮辱に他なりません」

 「ぶ、侮辱って・・・」

 「血筋、伝統、権力、名声・・・そんなものの上に成り立つ栄光など虚栄でしかありません。そんなものが希望であるなど許しません。苦悩と挫折を知らない貴女に心配される筋合いなどありません。この私を誰だと思っているのですか」

 「ううぅ・・・」

 

 う、うちは別に・・・晴柳院の名の栄光に縋ってるつもりも、晴柳院の名を傘にしてるつもりもありませんでした。陰陽師として、家柄で評価されるのが正当とちゃうって思ってたから。だからここでなら、お爺様のことを知らない皆さんとだったら、普通のお友達として接することができると思うてたんやけど・・・いや、むしろこれが今のうちの限界?陰陽道どころか、友達の一人とろくに会話をすることもできひんちっぽけな・・・そんなんがうちの正体ってことなんやろか・・・。

 

 「それほどのコネと後ろ盾があれば、学園から『信頼のおける生徒』と見なされることもありましょう」

 「・・・へ?」

 「軽はずみに他人に干渉することは自身への疑いを深めることになりますよ。『裏切り者』なら、もっと慎重になるべきですね」

 「うっ・・・うらぎりって・・・!うちは・・・・・・うちはそんなんとちゃいます!」

 「どうでしょう。口ではなんとも言えます。まあ、貴女のような方に15人もの人間の監視を任せるというのも愚かしいお話ですが」

 

 心配してたことは事実やった。穂谷さんが皆さんから離れていくんを引き留めようとしてたんも事実や。せやけど、まともに説得もできんと、逆に穂谷さんに言われた言葉が胸に刺さって、うちは頭の中がこんがらがって・・・。何も考えられんと、穂谷さんがうちの横を通り過ぎるまで、ずっと床を見つめてた。

 

 「貴女は何も分かっていない・・・覚えておきなさい」

 

 すれ違いざまに穂谷さんに突きつけられた言葉が、耳の中で幾重にも響いた。

 

 「希望の裏には、必ず絶望があるということを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はふ〜〜〜・・・気持ちいいなあ」

 

 湯船に浸かると、全身が熱めのお湯に包まれて、肌を通して熱が骨まで染みるような感覚がした。立ちこめる湯気がお湯の届かない顔にかかって、目を閉じるとなんだか暖かいお湯の中にゆっくりと寝てるような、うっかり寝ちゃいそうになる。規則なんかなくてもお風呂で寝るなんて危ないから、気を付けないと。

 

 「お風呂入ってると眠くなることあるでしょ?あれって寝るっていうより失神なんだって」

 「なんでいま言うのそんな知りたくない豆知識!?あれ!?っていうか僕いま口に出してた!?」

 「ううん、気持ちよさそうにしてたから眠くなってるんじゃないかな?って思っただけだけど」

 「ああ・・・そ、そっか」

 

 いきなり耳元でシャレにならないことを言われてびっくりした。曽根崎くんはヘラヘラしてるけど、こんなところで失神なんかしたら溺れちゃうよ。眠気は飛んだけど、できればそんなこと知りたくなかったなあ。

 驚いた勢いでお湯がちょっとこぼれたけど、湯船には新しいお湯が止めどなく流れ込んでくる。普通なら木や石でできた湯口から出てくるはずだけど、ここの温泉の湯口は金属でできたモノクマの口から出て来てる。割とざっくりしてるのになんでこんなところだけ細かいんだ。

 

 「響くから静かにしてろよ、うるせえな」

 「良いではありませんか、清水君。こうして共に入浴するのは日本の古き良き交流の形です。それに心身共にさっぱりとすれば、些細な諍いも減るはずです」

 「ああ分かった分かった、風呂でまでお前の説教なんか聞きたくねえよ」

 

 並んで頭を洗ってる清水くんと鳥木くんが、仲が良いんだか悪いんだか分からない会話をしてる。いつものオールバックを崩した鳥木くんの髪は意外と長くて、毛先までしっかりと洗って手入れしてるのは、さすが日本を代表するエンターテイナーって感じだ。細かな心配りができてる。隣の清水くんはろくに泡も立てずいい加減に洗ってる感じがするけど、トレードマークの癖毛だけは水にも負けず泡にも負けず、相変わらずビーンと立ってる。たぶん地雷だから触れないけど、笑いそうになった。

 

 「でもさ、こうやって一緒にお風呂に入れるってことは、お互いのこと信用してるって証拠でしょ?変な感じでずっといるよりよっぽどいいよ!後で背中の流し合いでもする?」

 「やんねえよアホか」

 「アホはキミのつむジャバウォック!!!」

 「うわああああああああああッ!!?曽根崎くうううううううううんッ!!?」

 

 全部言い切る前に曽根崎くんの口を塞ぐようにたらいが飛んできて、聞いたことない悲鳴をあげて曽根崎くんがお湯の中に沈んでった。後ろ向きのままこの反応速度で、隣に僕がいるのに正確に曽根崎くんの顔面にたらいを投げるなんて、清水くんの“才能”って本当に“超高校級の努力家”なのかな?

 

 「地雷って分かってて踏みに行くってどういうことなの!?」

 「手厳しいですね」

 「頭かち割られて死なねえんだからこれくらいで丁度良いだろ」

 「傷が開くよ!優しくしなきゃダメだって!」

 「けほっけほっ・・・いたた、容赦ないね清水クン」

 

 なんだろう、僕がおかしいのかな。清水くんも曽根崎くんも、鳥木くんさえも特に何のリアクションもしないで普通にしてた。でも考えてみれば、こんな風に清水くんが曽根崎くんに暴力を振るうのも、この合宿場では日常の光景だった。それがいいのかどうかは分かんないけど、きっとこれも一つの信頼の形なんだ。だからみんな普通の感じでいられるんだね。そう思うことにしておこう。

 

 「曽根崎くん、大丈夫?」

 「全然平気!このくらいでやられてちゃ広報委員なんてやってらんないよ!みんなが思ってる三倍はハードな仕事だからね!」

 「ならもう一発いっとくかコラ」

 「やめて!それとこれとは話が別!」

 「それにしても、未だに信じがたいですね。あれほどの怪我を負って、今こうして同じ湯に浸かっているなど、常識外れもここまでくると清々しいというか・・・」

 「ボクの悪運と、滝山クンの迷いと、モノクマの腕前のおかげだね」

 「そ、そうだね・・・・・・。滝山くん・・・やっぱり迷ってたんだよね・・・」

 

 他愛もない話だったはずなのに、彼の名前が出て来た途端に自分で分かるくらいに気分が落ち込んだ。屋良井くんにとことん利用されて殺された滝山くんの顔が、お湯の波紋の中に浮かんで消える。笑顔も、泣き顔も、困った顔も・・・最期の顔も。同い年とは思えないくらい子供っぽくて無邪気で、でもとっても純粋で人を疑うことを知らなくて・・・曽根崎くんに怪我を負わせたけども、滝山くんだって辛かったんだ。本気で曽根崎くんを殺そうとしたんじゃない、屋良井くんに脅されて仕方なくやっただけなんだ。

 

 「笹戸君?」

 「んぇっ!?」

 「大丈夫ですか?なにやら放心していらっしゃいましたが、逆上せられたのでは?」

 「そ、そう?うん・・・じゃあちょっと休もうかな」

 

 逆上せてはなかったけど、あんまりみんなに心配かけさせちゃいけないから、取りあえず湯船の縁で半身浴することにした。清水くんも鳥木くんも気持ちよさそうに肩まで浸かって、つい昨日にあんなことがあったなんて信じられないくらいにのんびりとした顔をしてる。

 

 「いや〜、それにしてもさっきの鳥木クンにはびっくりしたよ。まさかキミがあんなんでテンション上がるキャラだったなんてさ!」

 「え、ああ、あのことですか。お見苦しいところを・・・」

 「ううん、そうじゃなくて、意外というか、イメージと違うというか。あそこにある駄菓子とか玩具ってどれもちゃちいよ?もしかしてレトロマニアとか?」

 「そういうわけではないのですが・・・幼い頃はああいったものに囲まれて育ったものですから、童心に返ったと言いますか、懐かしいと言いますか・・・よく兄弟と一緒に遊んだものです」

 「へー、鳥木クンって兄弟いたんだあ」

 「ええ。弟が三人と妹が二人」

 「予想外に多い!五人もいたの!?」

 

 なんとなく寛いだ空気から、自然と鳥木くんの身の上話が生まれた。みんなで大浴場を探索してる時に、駄菓子や玩具に興奮する鳥木くんには僕も驚いた。テレビで観た時の、華やかなステージの上に立って派手で奇抜なマジックをするマジシャンのイメージとはあまりにかけ離れていて、何が起きたか分かんなくなるくらいには度肝を抜かれた。大家族っていうことも、なんとなくイメージと違った。

 

 「なんだかイメージと違うなあ。別に具体的なイメージがあったわけじゃないけど、なんとなく鳥木クンって大家族って雰囲気じゃないよね。ね?清水クン」

 「そうでしょうか?」

 「なんで俺に聞くんだよ・・・けどま、そんだけ年下の兄弟がいりゃあ穂谷の世話続けられてんのも納得だな。普通は無理だろ」

 「そういえば、鳥木くんって料理上手いよね。マメだし器用だし、よく考えると生活感があるような」

 「思えば、マジックを始めたのも元々は弟たちを喜ばせるためでした。まさに今の私があるのは、家族のお陰ということですね。決して余裕があるわけではございませんが・・・」

 「またまたあ謙遜しちゃって!一時期はテレビ点ければ『Mr.Tricky』ってくらいに露出してたじゃん!ぶっちゃけこっちの方もたんまりと貰ってるんじゃないの?」

 

 穂谷さんの召使いみたいになってるところを初めて見た時は、あの『Mr.Tricky』がこうなるなんて、『女王様』って怖いなあ、って思った。けどよく考えてみたら、あの穂谷さんが召使いとして認めるスペックって並大抵の高校生が身につけてるものじゃないよなあ。深く考えたことはなかったけど、もしかして鳥木くんって僕が思ってる以上にすごい人なのかも。

 なんて感心してたら油断大敵、曽根崎くんがいきなりゲスい顔になって人差し指と親指で輪を作りながら、鳥木くんに耳打ちするポーズをとった。全然声を抑える気ないみたいで、僕らにもガッツリ聞こえてたけど。鳥木くんも流せばいいのに、律儀に答えるし。

 

 「実際、テレビというものの凄さを痛いほどに思い知りました・・・。希望ヶ峰学園に移る前は大道芸をしたり町内イベントなどに出演していたりしたのですが、その頃とは比べものにならないほどのギャランティが。初めて頂いた時の封筒の重みと厚みは今でも忘れられません」

 「と、鳥木くん・・・?そんな生々しいこと言わなくていいんだよ?」

 「ふむふむ、現金手渡しだったんだね。それでそれで?一番多く貰った番組は何で、いくら貰ったの?あと他に芸能界の裏話的なものとかも」

 「やめとけ」

 「あ、あまりその辺りのことはお話しないよう言いつけられておりまして・・・ですが、口にするだけでひっくり返るような金額だったとだけ」

 「お前、楽しそうだな。にやけてんぞ」

 「そ、そうでしょうか?失礼」

 

 ぐいぐい聞いてくる曽根崎くんに、鳥木くんは案外満更でもないような感じで答える。清水くんに指摘されるまで、口の端が少し上がってることに気付いてなかったみたいだった。なんだろう、どんどん鳥木くんのイメージが崩れていく。あんまりお金の話なんかしないけど、この話題でキャラが変わる人にろくな人はいないって聞いたことがあるような気がする。

 

 「希望ヶ峰学園に移ってから、テレビの仕事なんかも増えたわけだ。なるほどね、やっぱり希望ヶ峰のネームバリューってすごいんだなあ」

 「ゴホン・・・ま、まあ私も今や“超高校級”の称号を賜って、多くのお仕事を頂いているのは嬉しく存じます。ギャランティはあくまで対価であって、エンターテインメントとして皆様を笑顔にすることが私のマジックの真価でございます故、あまりお金の話はすべきではないと、エンターテイナーの先輩方からはご教授たまわりました」

 「強引に終わらせるなあ。本当は話したいくせに」

 「時には自制も必要でございます」

 「話してえことは話してえのか」

 「あはは、でもなんだか、鳥木くんのこと色々知れてよかったよ。なんか今まで、違う世界の人だと思ってたけど、なんていうか、人間味があって親近感が湧いたっていうか」

 「私はそんなに取っ付きにくい人間でしょうか・・・」

 「主に敬語のせいだと思うよ」

 

 そろそろ本当に逆上せてきそうだから、みんなであがることにした。ほんの少しだけ、他愛ない話をしただけだけど、すごく大切な時間だったような気がする。こうやって話ができるだけでも、僕たちはまだ大丈夫だっていうことの証明になる。たとえ希望ヶ峰学園に問題児と言われようとも、僕たちは希望なんだ。こんなところで諦めるわけにはいかない。

 希望は前に進むんだって、昔誰かが言っていた。今ほどこの言葉が頼もしく思えたことはない。みんなのためにも僕たちは、暗くなってちゃいけないんだ。だから僕らは希望を信じて、前を向いて行かなくちゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り9人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

【屋良井照矢】 鳥木平助  【滝山大王】【アンジェリーナ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

規則一覧

1,生徒達は合宿場内だけで共同生活を行いましょう。共同生活の期限はありません。

2,夜10時から朝7時までを『夜時間』とします。『夜時間』は立ち入り禁止区域があるので、注意しましょう。

3,就寝は寄宿舎に設けられた個室でのみ可能です。他の部屋での故意の就寝は居眠りとみなし罰します。

4,ゴミのポイ捨てなど、合宿場の自然を破壊する行為を禁じます。ただし、発掘場を除きます。

5,施設長ことモノクマへの暴力や脅しを禁じます。監視カメラの破壊を禁じます。

6,仲間の誰かを殺した『クロ』は希望ヶ峰学園へ帰ることができますが、自分が『クロ』だと他の生徒に知られてはいけません。

7,合宿場について調べるのは自由です。特に行動に制限は課せられません。

8,モノクマが生徒に直接手を出すことはありませんが、規則違反があった場合は別です。

9,生徒内で殺人が起きた場合は、その一定時間後に、生徒全員参加が義務づけられる学級裁判が行われます。

10,学級裁判で正しいクロを指摘した場合は、クロだけが処刑されます。

11,学級裁判で正しいクロを指摘できなかった場合は、クロだけが卒業となり、残りの生徒は全員処刑です。

12,資料館内での飲食は禁止です。

13,同一のクロが殺せるのは、一度に二人までとします。

14,生徒間での電子生徒手帳の貸し借りを禁止します。

15,夜時間内の大浴場での入浴を禁止します。また、同時間内は浴場を施錠します。

16,鍵付きの扉及び鍵の破壊を禁止します。

17,『クロ』による殺害から学級裁判終了までの間、学級裁判を妨害する行為を禁止します。




いつもより文字数少なめですが、どうかお納め下さい。
日常編が日常編じゃなくなってる気がしますが、どうなんでしょうね。今になって舞台設定を間違えたかな〜なんて思ったり。ウソウソ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

(非)日常編3

 名前:飯出条治

 性別:男

 才能:超高校級の冒険家

 『袴田千恵』の件に関わっている。異性に対し偏執的な好意を持つ傾向あり。

 有栖川薔薇との和解を以て『可』とする。

 

 名前:有栖川薔薇

 性別:女

 才能:超高校級の裁縫師

 『袴田千恵』と親交の深かった生徒。事件に関する情報を探っているため要注意。

 飯出条治との和解を以て『可』とする。

 

 名前:(仮名)アンジェリーナ・フォールデンス

 性別:女

 才能:超高校級のバリスタ

 本名及び基本的個人情報の多くが不明。

 生徒名簿資料の全項目の記入を以て『可』とする。

 

 名前:石川彼方

 性別:女

 才能:超高校級のコレクター

 窃盗、詐欺などの前科多数。蒐集品に強く執着し、衝動制御障害とみられる行動あり。

 衝動制御障害の完治の確認を以て『可』とする。

 

 名前:古部来竜馬

 性別:男

 才能:超高校級の棋士

 生活態度及びコミュニケーション能力に大いに問題あり。協調性を伸長する必要あり。

 生活態度の是正、協調性の十分な発育を以て『可』とする。

 

 名前:滝山大王

 性別:男

 才能:超高校級の野生児

 著しい社会性の欠如がみられる。精神的未熟さによるトラブルに注意。

 一般常識と基礎学力の定着、十分な社会性の発育を以て『可』とする。

 

 名前:屋良井照矢

 性別:男

 才能:超高校級の爆弾魔

 テロリスト『もぐら』として活動中。異常な自己顕示欲を持つ。

 学園への従属と破壊活動を禁止する誓約を以て『可』とする。

 

 

 

 

 

 モノクマが『動機』として提示した希望ヶ峰学園の内部資料には、既に死亡した生徒らの顔写真と情報が記載されていた。これを管理していたのが所謂『裏切り者』ならば、ここに記載のない者が『裏切り者』なのではないかと考えたが、やはりその程度のミスはモノクマはしていなかった。

 全員に問題児たる所以と改善の指標があるということは、少なくとも今までの死亡者の中に『裏切り者』は存在しなかった、ということが判明した。が、現状に変化はない。空白の八ページが、未だ『裏切り者』が生存している何よりの証拠だ。

 

 「ふむ」

 

 鳥木平助や他の者たちが主張するように、『裏切り者』がその他の生徒にとって有害な存在である確証は得られていない。一方で穂谷円加が主張するように、この合宿場で行われている非人道的な生活を希望ヶ峰学園が『裏切り者』を通して認知している可能性は否定できない。

 いずれにせよ、モノクマの存在が不明瞭だ。この資料内の記述から『裏切り者』は希望ヶ峰学園生徒会の役員であると言えるが、モノクマと『裏切り者』、モノクマと希望ヶ峰学園の繋がりが判然としない。仮に希望ヶ峰学園が私たち全員を秘密裏に抹殺しようとすれば、コロシアイ合宿生活などと不確実で時間がかかる手段を執る理由がない。

 

 「『裏切り者』・・・か」

 

 思えば、なぜモノクマはその監視役を『裏切り者』と呼称したのだろう?始めから私たちとは立場が異なるのであれば、裏切りという表現は適切とは言えない。潜伏者又はスパイといったようなニュアンスを持つ呼称の方が妥当だ。ただ単に私たちが監視者に対して警戒心を抱くように、意味深な表現をしたに過ぎないのだろうか。そう仮定しても、『裏切り者』という言葉は何か異なる意味を含んでいる気がしてならない。『裏切り者』が裏切ったのは私たちだと考えていたが、それを改める必要があるのだろうか。だとすれば、『裏切り者』は一体誰を裏切って、誰の元に就いたのだ?

 考え得る可能性は少ない。この合宿場で起きていることに関わる主体は片手で数える程だ。各場合について考察すれば、少しは真実に近付くことができるのではないだろうか。だがその前に、一つすべきことがある。

 

 「モノクマ」

 

 私は静かな資料館で、さもそこに誰かいるかのように呟いた。しかしそれは断じて独り言ではない。呼ばれた時には既に、そう呼ばれた者はそこに出現するからだ。見たところ、少し顔面を紅潮させて両手を振り回し牙を剥き出しにしている。怒りのポーズだな。

 

 「なんだよコンニャロー!!てやんでぃべらぼうめぃ!!」

 「・・・一体何に激昂しているのだ?」

 「ない胸に手ェ当てて考えてみろ!オマエラはボクのことなんだと思ってんだ!大した用もないのに呼びつけやがって!呼んだらすぐ来る都合いい女か!セ〇レなのか!」

 「生物でないお前とセッ〇スフレンドになることができる生物は存在しないと思うが」

 「怖い物なしかテメエエエッ!!規制かけなきゃいけなくなるだろ!!一般公開できなくなるだろ!!」

 

 先にその発言をしたのはモノクマなのだがな。何を公開するのかは今ひとつ得心しないが、興味も無いので追及はしない。モノクマはどうやら私に呼び出されたことに腹を立てているようだが、仮にもこの合宿場の所長であるならばその程度のことで立腹していては精神的負荷が止まないだろう。

 

 「で、何の用?ボクだって暇じゃないんだからね!」

 「曽根崎弥一郎がどこにいるか教えてくれないか」

 「は?曽根崎くん?」

 「聞きたいことがある」

 「あっそう、曽根崎くんならさっき・・・って知らねーよ!!なんだよそれ!!そんなん自分で探しゃいいだろうが!!わざわざボクを呼びつけるほどの用事か!!」

 「私が一人で捜索するより、合宿場全体を監視しているお前に尋ねた方が効率的と考えたのだが」

 「あのねえ、ボクはオマエラのために監視してるわけじゃないんだよ!用があるなら自分で探せ!もし次も下らない用なんかで呼びつけたりしたら、罰を与えるんだからね!」

 「処刑か?」

 「え?いや、それじゃ面白くないから・・・そうだなあ、ま、後で考えとくよ!っていうかボクの迷惑も考えろっつってんだよ!いいか!?いいな!」

 

 ぎゃあぎゃあと喚き立てながら、モノクマはテーブルの下に消えてそのまま消滅した。この仕組みだけは何度見ても解明できる気がしない。この手のトリックには目が利きそうな鳥木平助ですら首を捻っているのだから、考えるだけでは解明しないのだろう。モノクマの行動の謎や違和感は今に始まったことではないが、困ったことに曽根崎弥一郎の現在位置は不明なままだ。

 なるほど。クロにもシロにも公平な立場であるというモノクマのスタンスからしても、殺人中のクロの居場所を教えるようなことは避けたいはずだ。つまりどんな場合であっても、特定の人物の居場所をモノクマが他言することはないということだ。罰則規定はないようだが、覚えておこう。

 はて、そう言えば私は何をしようとしていたのだったかな。

 

 「そうだ。六浜童琉に夜の天気を訊かねば」

 

 ガラスの窓を叩く数多の水滴に、今夜の空模様が気になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここに来てからはあまり天気が荒れたことはなかったのじゃが、今日は生憎の雨じゃ。せっかく発掘場があるのに、これではツルハシを振るうこともできん。大浴場のゲームもメダルがなくては遊べんし、年甲斐もなく外ではしゃいで風邪を引いてはつまらんから、大人しく部屋の中に引っ込んでおくことにしよう。丁度良い機会じゃから、部屋に寝かしてある化石をたっぷりと可愛がってやるか。ワインと化石は寝かせるほど味が出ると言うからの。

 

 「どれから手を付けてやろうかのぅ。うむ、まずはこの間掘り起こした化石の整理をせんと・・・ああ、そう言えば骨格復元が途中じゃったな。ぬあっ!これは失くしたと思っていた三葉虫!とっさにベッドの下に隠したままになっておったか・・・おおそうかそうか、よしよし、寂しい思いをさせたのうすまんすまん。いま削って磨いて飾ってやるからの」

 

 箱に収まった幾つもの化石たちの早う磨いてくれと口々に呼ぶ声が聞こえるようじゃ。中途半端なまま放置された骨格標本が仕上げてくれと何度も頼む声が胸を締め付ける。長い間忘れ去られていた三葉虫の化石からすすり泣く声が耳から離れん。どうやらやることは山積みなようじゃ。これでは全て終わらせる前に雨があがってしまう。流石のわしでも一人では無理があるのう。それに、この部屋は狭い。

 

 「よし、場所を移すぞお前たち。今日は徹底的にお前たちの世話をしてやるからのう!」

 

 どこからともなく歓声が聞こえてくる。年を重ねれば耳は遠くなっていくが、反比例して化石の声は段々はっきりと聞こえてくるようになった。これに共感する者とは未だに巡り会っておらんが、それはつまりわしが化石にとって特別な存在であるということにもなる。共感を得られぬ物寂しさはあるが、特別という響きに悪い気はせんな。

 ひとまずこの化石を移動させなくてはな。手当たり次第に箱に詰め、余ったものはポケットに詰め、それでも余ったものは・・・どうしようかのう。ああ、そうじゃ。丁度良いものを持っている丁度良い奴がおったな。思い立ったが吉秒、早速わしは寄宿舎の反対側の廊下まで飛んでいき、その部屋のインターホンを鳴らした。やはり此奴も外に行く用がなく部屋で時間を持て余していたようじゃ。

 

 「はーい。やあ、明尾さん。どうしたの?」

 

 ドアを開けて出て来た笹戸は、どうやら自慢の竿の手入れをしているようじゃった。この雨では釣りもできるまいに、部屋にいても釣りのことばかり考えておるとは、変わり映えのない奴じゃのう。しかし好きなことに一途というのは感心じゃ。若いもんは飽きっぽくすぐに浮気をするからの。感心感心。

 

 「笹戸よ、お前はいま暇か?」

 「え・・・う、うん。特に用事は・・・ないけど?」

 「よしよし!ではお前に頼みがある!手伝ってくれ!」

 「手伝うって・・・今日は発掘ができる天気じゃないと思うけど」

 「んははは!土を掘るばかりが考古学ではないわ!掘った化石を復元し、太古の世界に思いを馳せるのもよいものじゃぞ!」

 

 これじゃから素人は、考古学が発掘ばかりと思うておる。なぜかわしが会う者は特にそう考えている者が多いが、ものを知らないとは悲しいものじゃのう。妄想を膨らませイロイロなことを考えるのも悪くないぞ。これはロマンじゃ、人類のロマンじゃ!トランク一つだけでイン・ザ・スカイできるほどのロマンなのじゃ!

 

 「ど、どうしたの明尾さん?僕に何を聞かせたいのさ」

 「おっと、声が出てしまっていたか。まあとにかく、今日のわしは化石を磨くことにしたんじゃ」

 「へえ、がんばってね」

 「そこでお前さんに手伝ってもらおうと思ってな」

 「え゛」

 

 露骨に嫌そうな顔をしてすぐに元に戻した笹戸の変化を、わしは見逃さんかった。こっそりドアを閉めようとするがわしは一度決めたらしつこいぞ!

 

 「よいではないかよいではないかああああっ!!暇なんじゃろ!?どうせ暇してたんじゃろおおおっ!!?」

 「ぼ、僕だって『渦潮』たちの手入れしてあげなきゃいけないから!悪いけどお断りだよっ・・・!」

 「いだだだだだッ!!挟まっとる挟まっとる!!指がつまる!!ホールまで化石を運ぶだけでええんじゃ!!バケツ持っとるじゃろ!!?」

 「絶対それだけじゃ済まないよ!なんだかんだで最後まで付き合わすでしょ!」

 「おのれェ・・・!年寄りには優しくするものじゃぞおお・・・!!」

 「同い年でしょ!!」

 

 いつもはこれくらい強引に誘えば付き従うのじゃが、今日はやけに粘りおる。笹戸のくせに生意気な!こうなりゃわしも意地じゃ!この部屋から笹戸を引きずり出してくれる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 多目的ホールに着くまでにえらく体力を消費した気がするが、まあよかろう。これから楽しいことがあるんじゃからな。

 

 「強引過ぎるよ明尾さん・・・部屋に居座られるか手伝うかなんて・・・」

 「明日の朝食にゆで卵一個付けると約束したろう。それに話し相手が欲しいんじゃ」

 「だったら曽根崎くんの方が適役だと思うけど」

 

 雨の中では荷物の移動も一苦労じゃから、若いもんの力が必要なんじゃ。両手に化石、頭上に傘で往復するのはホネじゃからな。

 寄宿舎から草原に出て医務室を過ぎ、多目的ホールまでの道を足早に行く。その途中、自然と踏み固められた轍道から外れた草原のど真ん中に、ぽつねんと佇む人影を見つけた。こんな雨の日にあんなところで何をしとるのか、物好きな奴もいたもんじゃ。どれ、一つ声をかけてやろう。

 

 「おーい!そこの!そんなところで何をしとるんじゃ!」

 「っ!」

 

 わしが声をかけると、番傘の人物はこちらを向いた。なんじゃ、ただの晴柳院ではないか。こんなところで何をしてるのかと思えば、手には何やら短冊らしきものが握られておった。また儀式やお祓いの類の何かでもしておったんじゃな。

 

 「明尾さん、笹戸さん・・・どうしたんですか?雨の日にそんな大荷物で」

 「雨で発掘ができん寂しさを慰めるために、古き友と共に過ごそうと思うてな」

 「それに付き合わされてるんだ。晴柳院さんこそ、何やってたの?」

 「うちは・・・・・・その、ちょっと考え事いうか・・・」

 

 はっきりと言わず口籠る様から、明らかにして何か思いつめていることが見て取れる。なるほど、雨というものは何かと妙な気分になるからの。思春期の女子ならば悩みの一つや二つあってもおかしくあるまい。そしてそれを知って左様かと去るは人道に非ず!

 

 「悩みがあるならば聞くぞ、晴柳院」

 「へ?」

 「悩んでるって顔に書いてあるよ。そんなとこ見ちゃったら放っとけないよ」

 「・・・相談してもいいですか?」

 「もちのろんじゃ!」

 「なにそれ」

 

 こんな雨の日に外に一人でいる晴柳院を放っておくことなどできるわけがあるまい。今はただでさえ気の立っている奴がおることじゃし、不審な動きは避けるべきじゃ。そして悩みがあるのならさっぱり解消せんことには、次のことを考えることなどできんしな。

 ひとまず多目的ホールに入ってから、舞台袖の倉庫からビニールシートを引っ張り出してきてそこに化石と釣り具と短冊を並べ、各自の作業環境を整えた。うむ、奇妙奇天烈極まりないが、不思議と壮観じゃ。まずは何から手を付けようかの。

 

 「やはり最初は、放ったらかしにしていた三葉虫じゃの。よぉし、今からお前さんの全身をブラシで撫で回して体の隅々までほじくってやるからのう。ふふふ・・・覚悟せい!」

 「ひとりで何言ってんの明尾さん・・・晴柳院さんの話聞くんじゃなかったの?」

 「じゃがわしもやることがあるでな、話は聞くから一方的に喋ってくれぃ」

 「まさかの態度だよ!?」

 「ええっと・・・う、うちは話すだけでも気が楽になる思いますから、それでもいいです」

 「ぼ、僕はちゃんと聞くよ晴柳院さん!うん、は、話してみて」

 

 化石を磨きながら相談を受ける程度のこともできんでどうする。かの聖徳太子は十人の話を一度に聞き、その全てを理解し適切な指示を与えたという。千年以上昔の人間にできて今の人間にできんわけがあるまい!生き物は時と共に進化し続けるのじゃからな!太古の進化していない生物の方が見た目は惹かれるがの。

 ブラシで丁寧に磨き、隙間にたまった埃や土をほじくり、脚が折れないように丁寧に塗料でコーティングしていく。これだけで一日が潰れそうな勢いじゃが、それは並の考古学者の話!わし専用の技術を以てすれば、通常の三倍の早さで可能じゃ!!

 

 「え、えっと・・・そのぉ、うち、ホンマに今の状況が嫌で・・・『裏切り者』を探るようなことしてるんがホンマに・・・なんだか、皆さんがどんどん敵になってくみたいで、なんとかせなって思うてるんです。それで、穂谷さんのとこに行って大丈夫やって安心させようと思うたんですけど・・・一蹴されてもうて」

 「いきなり最難関に挑むとはな。ありゃあわしでも説得できる気がせんわい。鳥木なら或いは・・・といったところじゃな」

 「穂谷さんだって不安なはずなんです。だから一人になって身を守ろうとしてはるんです。誰かが助けてあげんことには・・・このままじゃ穂谷さんが危ない目に遭うような気がして・・・」

 「確かに、一人になるのは一番安全かも知れないけど、裏を返せばすごく危険だよね。いざっていう時にはさ」

 

 まあ、仮に誰かが穂谷を殺そうと思えば、一人でいるのは危険じゃな。穂谷一人で自分の身を守れるとは思えんし、何より近くに人がおらんのは殺人にはうってつけじゃ。

 

 「だからなんとか励まして、説得して、安心させてあげたいんですけど・・・うちの力じゃそれもできんくて・・・。そ、それに穂谷さんは・・・」

 「うん?」

 「あ、あの・・・うちの家のこと知ってはって・・・そのことをすごく気に入ってへんようで」

 「晴柳院の家のこと?代々陰陽道の家系というのは聞いとるが、それがなぜ穂谷の気に触るんじゃ?」

 「あっ、そ、そこやなくて・・・えっと・・・・・・、お、お二人は、日青会って知ってます?」

 

 晴柳院は恐る恐る、といった調子で尋ねた。疑問系ではあったが、今時分で日青会を知らん者はおらんじゃろう。日本では有数の仏教系集団で全国に信者がおり、直属の大学を持ち、どこかの政党に資金援助をしているとも聞いた。終戦後に仏教の一派から独立し、戦後日本で徐々に規模を拡大して、いまや政治と経済に少なからぬ影響力を持つ一大宗教団体じゃ。

 しかしそれと晴柳院に何の関係があるんじゃ?

 

 「日青会・・・聞いたことはあるの。かなり大きな仏教系宗教団体じゃったか、良い噂はあまり聞かんな」

 「う、うちのお爺様・・・晴柳院義虎は、そこの会長なんです。それと、そこの幹部の晴柳院龍臣はうちの父で・・・」

 「えっ!?・・・そ、それって、晴柳院さんってもしかして、あの日青会の会長の孫なの!?」

 「うぅ・・・ほ、穂谷さんはうちが・・・お爺様の権力で希望ヶ峰に来られたと思てはって・・・それが気に入らないと」

 「ふむ、なるほどな。確かにあれだけの規模の団体なら、希望ヶ峰に圧力をかけることも可能か。噂じゃが、希望ヶ峰にも太いパイプを持っているとかなんとか」

 「そ、そんなすごいとこの会長の孫って、すごいじゃん晴柳院さん!」

 「しかしそれだけの後ろ盾があれば、妬み嫉みを受けるのも致し方ないと言うか、まあ自然じゃな」

 

 笹戸は興奮した様子で晴柳院に目を輝かせているが、実際は辛いこともあろう。晴柳院自身が日青会で一定の地位に就いているわけではなかろうが、それでも無視できるレベルのものではない。それにしてもこれは魂消たのう。由緒正しき家柄とは聞いていたが、まさかそこまでとは。正直それで箔がついても、晴柳院にはそれを笠に着ている様子はないが、なぜ穂谷はそれを毛嫌いするんじゃ?

 

 「しかし穂谷とてそれに劣らぬ名声を手に入れておろう。何しろ“超高校級”、世紀の歌姫じゃからな、世界規模で活躍しているのではなかったか?ならば日青会を忌避する理由はないように感じるが」

 「いや、穂谷さんが怒ってるのは、その名声で晴柳院さんが希望ヶ峰に入れたと思ってるからだよ。そんなわけないのに!」

 「で、でもお爺様がうちの知らん間に何かしてたり・・・それに、晴柳院の名前もきっと、学園は知ってたはずやし・・・」

 「だからって学園がそんな簡単に“超高校級”なんて呼ぶはずがないよ!!あり得ない!!」

 

 どうも晴柳院は、穂谷にそのことを指摘されて自信を失っておるようじゃ。自分の“才能”は本物なのか、ただ権力で入学できたに過ぎず、実際の自分は大した人間ではないのではないかと。元々自信を持てんような性格に、どストレートにそんなことを言われればそりゃ落ち込むか。

 これは難しい問題じゃな、と思っていたら、笹戸が急に大声を出した。晴柳院も驚いたようじゃが、わしも驚いた。

 

 「だって“超高校級”は、希望の証なんだよ?人類の未来を担う人にしか与えられないんだ!学園だって慎重になってるだろうし、晴柳院さんが学園に入れたのは、絶対に権力とかそんなんじゃない!そんなの、希望じゃない!」

 「ふ、ふえぇ・・・?」

 「晴柳院さんは自信がなさ過ぎるんだよ!心配性で神経質で打たれ弱すぎだよ!穂谷さんに何か言われたからって、どうして自分の全部を否定しちゃうのさ!」

 「ど、どうした笹戸?あ、あまり揺らすな。骨格標本が崩れるじゃろう」

 「僕は知ってるよ。晴柳院さんがここに来てからずっと、みんなのことを心配して気にかけてたの。コロシアイなんてひどいことさせないようにって、いつも頑張ってたことも。あれはなんだったの?最初の事件が起きた時に流した涙は、キミが悔しくて、悲しくて、辛かったから流したんじゃないの?」

 「おい笹戸!晴柳院を追い詰めるな!それにあの話はご法度ではなかったのか!」

 「晴柳院さんが僕らを心から気にかけてるなら、僕らだって心から返さないといけない。遠慮なんかしたら晴柳院さんに失礼だ!」

 

 どうもおかしい。なぜ笹戸はここまでムキになる。言っていることは分かるが、何も有栖川の件を引き合いに出さんでもよかろう。このままでは晴柳院を励ますどころか、より追い詰めてしまうことになるのではないか。

 

 「たとえ穂谷さんが晴柳院さんを信じなくたって、僕は信じてる。だって晴柳院さんは、この合宿場でまだ希望を信じてるから。みんなを希望に導こうとしてるから。有栖川さんの絶望を乗り越えて、前に進もうとしてるから。だから僕は、何があってもキミを信じてる!晴柳院さんは自信を持っていいんだ!希望を持ち続ける気持ちが、何よりの希望だから!キミはこの場所で一番、希望になれるから!」

 

 いつの間にかわしは手を止めて、晴柳院の肩を掴んで力説する笹戸に見入っていた。希望希望と連呼する笹戸の表情は真剣で、適当なことを言っているようには見えん。こいつは本気で、晴柳院を信じとる。リーダーの六浜を差し置いて一番希望に近いとは、随分と晴柳院を信頼しとるんじゃな。確かに裏表のなさそうな晴柳院なら、『裏切り者』でもあるまいに信じられるが・・・それにしても熱烈じゃ。わしが化石に向ける情熱に比肩する。

 

 「あ、あの・・・えっと、笹戸さん、肩・・・痛いです」

 「えっ・・・うわわっ!ご、ごめん!気付かなかった!つい力が入っちゃって!」

 「ふふふ、俺が信じるお前を信じろ、か。良い台詞じゃな。わしの中に眠る螺旋の力が目覚めそうじゃ」

 「え、ええっ!?僕そんな熱血アニキキャラ的な喋り方してた!?」

 「大意はそういうことじゃったぞ。お前さんもなかなか熱い奴よの。ただの釣りキチではなかったわけじゃ」

 「釣りバカのもう一個上の段階だと思われてたんだ・・・」

 

 釣りキチと釣りバカの優劣関係は分からんが、笹戸の言うことも一理ある。穂谷は元から言葉にトゲがある奴じゃ、そんな奴の言葉を馬鹿正直に受け止める必要もあるまい。やはり晴柳院は、気にしすぎじゃ。

 

 「と、とにかく、そういうことだから・・・元気出してよ。晴柳院さんが落ち込む必要なんてないからさ」

 「ふゆぅ・・・さ、笹戸さんが信じてくれるんは、ありがたいんですけど・・・・・・や、やっぱりうちは、みなさんを支えてあげんといけんくて」

 「よし、できた」

 

 少しずつでも、晴柳院が自分の中の不安や悩みを吐露していくのは良いことじゃ。こういうタイプの人間は、内に感情を溜め込みすぎるからの。なんでもかんでも吐き出せば楽になる、これは人類の経験則じゃ。そして笹戸の力説と晴柳院が未だ納得し倦ねている間に、三葉虫の化石を形にすることができた。そっと置くと、ギリギリの均衡の上に立つ姿にえも言われぬ恍惚を覚えた。うむ、素晴らしい。

 

 「どうじゃお前たち、この三葉虫の美しい姿。わしが今まで発掘した中で一番の出来じゃ!」

 「え・・・そ、そうですねぇ・・・」

 「さてと、次は骨格標本じゃな。体の内側から手取り足取りわし色に染めて・・・ぐふふふふ、たまらんのぅ!」

 「明尾さん。今の晴柳院さんの話聞いてた?っていうか、相談乗ってあげるんじゃなかったの?」

 「何を言う笹戸。わしはちゃんと聞いておったぞ」

 

 無粋な奴じゃのう、人の話は最後まできちんと聞かんと恥をかくぞ。それにわしはちょこちょこ相槌は打っていたろう。ひとまずは、幾星霜を超えて現代に見えたこの三葉虫に讃美の言葉を与え、命朽ちてなお凜々しくそそり立つこの姿に感嘆のため息の一つでも零すのが、この星に生きた大先輩に対する礼儀というものじゃろう。

 

 「時に笹戸よ、お前は今まで、狙った魚は全て釣ってきたか?そしてそこに、常に満足はあったか?」

 「え?狙った魚は・・・そりゃ何度も釣ってれば、逃げられたことも、釣るチャンスすらなかったこともあるよ。引き揚げたら思ってたより小さかったこともあるし、ずっと満足かって言われたら違うけど」

 「うむ。わしも同じようなものじゃ。土の下に何があるかなど誰にも解らん。じゃからこそロマンがあるのじゃが、ロマンは夢と徒労の重なり合いじゃ。ひたすらに土を掘って何も出なかったこともある。間違って化石や土器を粉々にしてしまったこともある。新種かと思って磨いたら、単なるわしの知識不足じゃったこともある。わしとて己のしてきたこと全てに満足しているわけではない。同じ事を六浜や鳥木や・・・穂谷に尋ねても、同じように答えることじゃろう」

 「そ、そうですね・・・」

 「やること全てが上手くいく者などおらん。失敗も挫折も苦難もなく生きてきた者なんぞおらんじゃろうし、わしはそんな奴は信用できん。わしらとは根本的に違う人間じゃからな」

 「はあ」

 

 今ひとつ晴柳院は解せんような顔をしておった。例えが違ったかの?野暮ったいが、もう少し分かりやすく言ってやるしかないか。格好がつかんのう。

 

 「人ならば失敗は当然する。いちいち気にして引きずっていてはキリが無いということじゃ。転ぶのが怖くて歩けるか!失敗の理由が分かっているならば、寧ろそれを次に活かす手段を考えた方が良いぞ」

 「失敗の理由って・・・そ、そんなのどうしようもないやないですか。うちが晴柳院家の人間やから穂谷さんはうちを嫌ってて、それをどうにかなんてどうしたって無理やないですか・・・」

 「いいや、それは違うぞ!」

 「へ?」

 

 思った通り、晴柳院はもはや自分が晴柳院家の人間である前提で物事を考えてしまっている。名前の支配から抜けだそうと足掻けば足掻くほど、その名前が強く引き留める。穂谷が晴柳院という大きな家柄の力を嫌うように、晴柳院自身もその名前に飲み込まれておる。晴柳院の名前に囚われ、そのことを自覚しながらもどうにもできずにいる。自らの名に抗う牙を乳歯のうちに折ってしまうのが、こういったドデカい権力の怖ろしいところじゃのう。

 

 「よいか?名前は本質ではない。お前は晴柳院の名前が強い権力を持っていて、そのせいで自分が色眼鏡で見られてしまうことが分かっておる。そしてそれが嫌ならば、名前など気にせず生きていけばいいではないか」

 「気にせんと生きるいうても・・・そんなこと無理です。うちはどうしたってお爺様の孫ですし、しきたりがある以上は直系の血縁があるうちが名前を継いでくことになるんです。だから・・・うちは晴柳院の名前からは」

 「そうではない!だから言っておろうが、名前など他人がお前を識別する標しでしかないんじゃ。晴柳院の名前を持つからと言って、なぜ仕来りに従う義務がある。お前が生まれてきたのは家の系譜を引き継ぐためか?千年以上の時の流れに寄り沿う、ほんの一部の中継役になるためか?違うじゃろう。お前は生まれるべくして生まれてきたんじゃ、古今東西のあらゆる命がそうであり、そうであったように」

 

 しきたりだの、ならわしだの、慣例だの、わしに言わせればそのほとんどは凝り固まった古い考え方じゃ。わしは古いものは好きじゃが、古い考え方は改めるべきと思うておる。所変われば品変わり、時が変われば常識も変わる。況んや秋の空の如く刻々と移り変わる人心を、千年前の仕来りで丸め込めようか。晴柳院家は神にでもなったつもりか、厚かましい!

 

 「お前さんは晴柳院家の人間ではあるが、晴柳院家のやり方しかできんわけではあるまい。陰陽道を使えばわしらの心一つ掌握することなど容易いかも知れんが、それはお前の技術ではない。家柄の技術じゃ。仮にそんなもので穂谷を説得できたとしても、真にお前さんが穂谷を救うことになると思うか?」

 「そ、それは・・・」

 「お前さんの目的は、晴柳院として穂谷を説得することではないじゃろう?お前さんだからこそ、晴柳院家の誰でもない、お前さんが穂谷を説得することのはずじゃ。家柄の慣習を持ち出して説得すれば、それは穂谷とて良い気持ちはせんじゃろう。いらぬカウンセリングを受けさせられるようなものじゃからな」

 「た、確かにそれは苦痛だね」

 

 ただでさえ自信のない晴柳院は、既に功績のある家柄の力に頼りがちになってしまう。おどおどした態度では説得できるものもできんじゃろうし、その上に自分の言葉ではなく家系のやり方などされれば、そんなもの上手くいかなくて当然じゃ。自信をつけるために必要な『誰かからの信頼』は、笹戸が言ってくれた。じゃからわしは、自信を持った上で『自分で考える』ことを教えてやろう。

 

 「つまるところ、お前はお前のやりたいようにやればいい。家柄だの名前だのに囚われず、自由に、自分が一番真っ直ぐに相手とぶつかり合える方法で、説得すればいいんじゃ。分かったか?せい・・・いや、みことよ」

 「えっ・・・み、みことって」

 「ううむ、この流れで苗字で呼んでは説得力がなくなるからの。よいではないか!」

 「うん!僕もそっちで呼んだ方がいいと思う!みことさん!」

 「は、はいい!」

 

 今になって呼び方を変えるというのは、なんとなく気恥ずかしいものがあるが、わしが恥ずかしがっていてせい・・・みことが真剣になれるか!真剣と書いてマジと読むんじゃ!1000パーセントどころか2000パーセント、いや3000パーセントなんじゃ!!

 

 「うむ!あれこれと言葉を並べても、そう簡単に殻をぶち破ることはできんな!何よりも実践じゃ!体を動かし実感を得んことには始まらん!!」

 「え・・・?そ、それはどういう・・・」

 「今から穂谷のところへ行って、改めて説得するんじゃ!!みことのやり方でな!!」

 「えええええええええっ!!?い、今すぐですかあ!!?そ、そんな急に!!」

 「気持ちが冷めやらぬ内にいかねば後悔するぞ!思い立ったが吉秒!やらずに後悔するよりやって後悔!元気があれば何でもできる!タムラで金、タニで金、ママでも金じゃ!!」

 「ちょっと待って明尾さん色々と混ざりすぎ!!あとみことさん引きずっちゃダメだから!!」

 「だ、だれかたすけてええええ!!」

 

 なんじゃ、みことは思った以上に軽いのう。笹戸に言われるまで引きずっていることに気付かんかったわい。とにかく当たって砕けろじゃ!何度砕けようと、人の根幹の部分はそう簡単には崩れん!砕けて砕けて最後に残った部分が、本当にそいつを表すもの、そいつの本質じゃ!

 じゃからわしは言うぞ!若人よ!当たって砕けろ!!剥がれた欠片なんぞ放って何度でも立ち上がれ!!自分の本質を見つけるまで戦い続けるのじゃ!!わしも負けてはおれんな!!よォし!!あの夕陽に向かってダッシュじゃあああああああああああああああああああッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日も一日が終わる。時間の流れは人の心などどこ吹く風とばかりに変わらず、冷酷かつ温和に刻まれていく。人類の最大の発明とも言える『時間』という概念は果たして我々にとって、責め苦なのか、癒やしなのか、それともここでは何の意味も持たないのだろうか。

 

 「・・・はあ」

 

 古部来が死んでしまい、『裏切り者』が現れたことで晴柳院も清水もより一層精神的に不安定になってしまった。あれ以来私たちは倉庫に行っていない。もうあそこで何を話そうと意味が無くなってしまった。私が今までしてきたことの一切が水泡に帰した。無力感などに打ち拉がれている場合ではないというのに、ため息は自然と出てくる。

 ふと時計をみた。そろそろ夕食の時間か。今日の当番は確か・・・穂谷だったな。ああして私たち全員に敵意を露わにした穂谷が、律儀に当番制を守るとは思えん。仕方の無い奴だ。

 

 「『裏切り者』か・・・」

 

 何のヒネりもない、それだけに予測が不可能で危険な動機。疑心はあらゆる不和の源だ。本当にいるかも分からない『裏切り者』に振り回されて乱されるなど馬鹿馬鹿しい、だが侮れん。ひとまずは小さな信頼から築き上げていくしかないか。私が穂谷に代わって美味いものでも振る舞ってやれば、多少はプラスに働くだろうか。そんなことをぼんやり考えながら冷蔵庫の中を漁っていたら、食堂のドアが開く音が聞こえてきた。鳥木か笹戸が手伝いに来たのだろうか。

 

 「あら。何をしてらっしゃるのですか」

 「んっ!?ほ、穂谷か!」

 「何か私に見られるとまずいことでもしていたのですか?」

 「いや・・・意外だな、お前のことだから食事当番は鳥木に任せて部屋か資料館にいるとばかり」

 「もう自分で作ったもの以外を口にできる状況ではありませんので。ああそれと、『裏切り者』の毒殺に利用されても困りますので、私は私自身の分しか作りませんので、あしからず」

 「当たらずしも遠からずではないか。相変わらず疑り深い奴だ、『裏切り者』が我々を殺そうとしているとも決まっていないだろう」

 「用心に越したことはないので」

 

 キッチンに現れたのは穂谷だった。意外な人物だったが、いつもと変わらない無表情な笑顔と素っ気ない態度で食材を選び出したその姿に、私はなぜか安堵していた。変に思い詰めたり挙動不審になっているよりはマシだが、ここまで普段と変わらないと不気味にすら思えてくる。そうした心の僅かな動きでさえ笑顔の仮面に隠してしまうのは、穂谷の“才能”の一部なのだろう。

 

 「お前が鳥木すら疑うとは、よほど徹底しているのだな」

 「彼なら食堂にいますが」

 「ん?」

 

 穂谷に言われて食堂を見てみると、確かに鳥木が律儀に直立不動で佇んでいた。私と目が合うと軽い会釈をして、近くの椅子に手のひらを向けて私を促した。出てきて座れ、ということか。ひとまず私は狭いキッチンを出た。

 

 「申し訳ございません、穂谷さんがご自分のお夕飯をお作りになると仰るので」

 「ああ、それは聞いた。なぜお前がいるのにやらせないのだ?疑っているなら連れてこないだろうし、信じているならやらせない理由が分からん」

 「念には念を、だそうです。因みに私は、ボディーガード代わりにと」

 「・・・本当に疑り深い奴だ」

 

 結局、一番心を許していると言える鳥木すら、信じているのか疑っているのか分からん状態ということか。ここまで人を振り回せるのも“才能”だとでも言うつもりなら、心底困った奴だ。

 

 「はあ・・・」

 「お疲れ様でございます、六浜さん。お夕飯は私が作りますので、お部屋で休まれていてはいかがですか?出来たら呼びに参ります」

 「いや結構だ。ありがとう。鳥木こそ、毎度毎度穂谷に付き合わされて疲れんのか?」

 「いえ、振り回されるのには慣れております。それに穂谷さんは慎重な性分でいらっしゃるだけで、皆様を攻撃する意図はございません。考えることの多い立場におられる方です、複雑な気持ちを抱くこともありましょう。少々不器用なところはあるかも知れませんが、真摯に接すれば決して」

 「鳥木君」

 「っ!」

 

 相変わらず鳥木は腰が低い。それに穂谷のフォローをしようといつもより言葉数が多くなって、なかなかの長広舌を披露し始めた。だがまだまだ続きそうな話を、穂谷の冷たい一言が唐突に断ち切った。ぴったりと止んだ鳥木の言葉は余韻も残さず、一瞬で静まり返る。穂谷の持つプレートにはごく簡単な夕食が並んでいた。

 

 「紳士は沈黙を語るものです」

 「し、失礼しました!」

 「キッチンが空きました。お先にいただきます」

 「穂谷さん。差し出がましいようですが、量も栄養バランスも適切ではないかと」

 「・・・」

 

 この短時間で拵えたものでは、大したものはできていないだろう。日頃から栄養や量、素材に特に気を遣っていた穂谷にしては、随分と等閑な夕食だ。鳥木の指摘にも耳を貸さず、穂谷は隅の席について一人で夕食を摂り始めた。

 それと同じようなタイミングで、食堂に明尾と笹戸と晴柳院、そして清水と曽根崎が入ってきた。望月を残して、勢揃いだ。

 

 「どぉこじゃああああああああああっ!!!穂谷ッ・・・いた!!穂谷!!」

 「あ、明尾さぁん!待って!ちょっと待ってくださいぃ!!」

 「おい穂谷!!やい穂谷!!ヘイ穂谷!!お前さんに用があったんじゃ!!みことが!!」

 「なになになにどうしたの?穂谷さんがなんかやった?やらかした?」

 

 入ってくるなり騒がしい。明尾は晴柳院と笹戸を引っ張って食事中の穂谷に詰め寄り、曽根崎はその騒動に意地汚い目で飛びつく。清水だけは黙って席についた。穂谷はほぼ密着状態の明尾から遠ざかるように仰け反って、目だけで威圧していた。明尾にそれが効くかは微妙なところだが。

 

 「む、なんじゃお前さんもう晩飯か!んん?パン一つにインスタントスープに塩を振ったキャベツの葉4枚・・・なんじゃこれは?繋ぎにしてもひどいもんじゃな」

 「ホントだね。『女王様』の食事とは程遠いや!」

 

 効いてなかった。曽根崎は敢えて無視しているのだろう。

 

 「貴女がいると余計に不味くなります。即刻この食堂から消えてください」

 「いやいや、そうもいかんのじゃ。お前さんにみことが用があっての。わしと笹戸は付き添いじゃ」

 「はい?」

 「ひえっ!ああうう・・・あ、あぁ・・・・・・あのぅ・・・」

 

 どうやら晴柳院が穂谷に話があるようだが、明尾のテンションについて行けていないのか、穂谷に怖じ気付いているのか、おそらく両方だろうが、とにかくとても話ができる状態ではない。

 

 「どうしたみことォ!大丈夫じゃ!わしと笹戸がついておるぞ!やりたいようにやり、言いたいことを言え!」

 「え、えぇっとぉ・・・そのぉ・・・」

 「お、落ち着け明尾。お前と晴柳院の温度差がひどいぞ。とにかく椅子に足を乗せるな」

 「む、なんじゃ六浜、それに鳥木。おお!曽根崎に清水に望月にモノクマ!お前さんらいつの間に!」

 「遅ェ」

 「どんだけ夢中だったの・・・」

 「ひどいよねえ。こんなにオーラ全開のボクを見逃すなんてさ、さては戦闘力5か!ゴミめ!」

 「えっ?」

 「はにゃ?」

 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!?」

 「うぎゃああああああああああああああああっ!!?」

 

 熱くなると周りが見えなくなるのもここまでひどいとはな。とにかく冷静にならんことにはまともな話し合いなどできん。と思ったら、いつの間にやらモノクマが現れていた。思わず叫び声をあげて清水は椅子から転げ落ち、なぜかモノクマまで悲鳴をあげた。

 

 「なっ!?き、貴様いつの間に!!」

 「なんだよテメェ!おどかすんじゃねェぞボケ!!」

 「あー、びっくりしたあ。おどかさないでよ清水くん。ボクの綿のハートはデリケートなんだから」

 「テメェがいきなり出てくっからだろ!」

 「何の御用でしょうか・・・?動機ならもう受け取りましたが?」

 「やだなあもう、ボクが出てくるとみんなやれ動機だやれ不幸の知らせだ・・・ボクは死神かなんかかっつうんだよ!」

 「似たようなものだよ!」

 

 胸を押さえて呼吸を荒げるマネからの泣いたフリからの怒ったポーズ、なんて感情の移り変わりの激しい奴なんだ。

 

 「人が殺せるノートも持ってなきゃ斬魄刀も持ってないボクを死神扱いですか、そうですか。せっかく良いニュースを持ってきたってのに」

 「十中八九良いニュースではなかろうが、なんだそれは」

 「あ、気になる?気になるよね〜?じゃあせっかく全員揃ってることだし、教えてあげましょう!」

 「全員?望月がいねえぞ」

 「私ならここにいるが」

 「これまたいつの間に・・・」

 

 モノクマの騒ぎに乗じてか、望月まで突然に現れていた。いるならいると言えばいいものを、黙っていては分からんだろうに。

 

 「オマエラの強い要望にお応えして、大浴場のゲーム機を大型アップデートいたしました!新たに7種類のゲームを追加!難易度の調整に加え、モノクマメダルなしでもプレイできるようになりました!」

 「なにぃ!?メダルいらずじゃと!?で、ではわしが今までつぎ込んだ分はどうなる!!」

 「知らねーよ勝手にやったんだろ!こんなことなら、普通にモノモノマシーンにでも入れとけばよかったのにねぇ・・・うぷぷ♫」

 「な、な、な、納得できるかああああああっ!!詫びメダルよこせ詫びメダルを!!」

 「うるさいなあもう!メダルはまた隠すから自力で見つけろってんだよ!」

 「それだけのことを言いに来たのか?我々にとってはどうでもいいことだな」

 「ん〜?本当にそれでいいのむつ浜さん?まだもう一つ、追加要素があるんだけどなあ?」

 

 モノクマの口から飛び出したのは何かと思えば、大浴場の隅に置いてあったレトロゲーム機のテコ入れについてだった。一度だけやってみたが、レトロゲームはもちろん見た目に反して現代的なゲームも搭載されていて度肝を抜かれたな。だがプログラムとアルゴリズムパターンが分かってからは実につまらないものだった。クリアこそできなかったものの、特にあれに対して明尾のように執着があるわけではない。それは私以外も同じのようで、一様に肩透かしだと言わんばかりの顔をしていた。

 だがモノクマはその様子を察してか、或いは見越してか、意味深に含み笑いをして私に言った。

 

 「追加要素とはなんだ?と聞かれたそうな顔だな。それと私は六浜だ。むつ浜ではない」

 「え〜?知りたいの?しょーがないなあむつ太くんは」

 「とうとう『六浜』が影も形もなくなっちゃった」

 「あのゲーム機をクリアした人に、ボクから特別なスペシャルプライズを差し上げちゃいまあす!限定先着一名のみ!二人目からはいかなる例外も認めないから、早い者勝ちだよ!」

 「ゲームをクリアじゃと!?あんな難しいゲームをか!?」

 「だから難易度調整したっつってんだろうが!うぷぷぷぷ♫なにが貰えるかはお楽しみだよ♫きっとオマエラの役に立つことは間違いないけどね!」

 「用が済んだなら早く立ち去りなさい」

 「ぐへぇっ!?辛辣ゥ!!穂谷さんの鋭い言葉の破片がボクの胸へと突き刺さるゥ!!Staaaaaaaaaaaaaaay with meeeeeeeeeeeee!!」

 

 “一緒にいろ”といいながらモノクマは消えてしまった。そんなことより、ゲーム機をクリアしたら景品を渡すか。良からぬ香りしかしないな。モノクマが言う役に立つは、間違いなく殺しの役に立つという意味だろう。特殊な凶器か、それとも他の何かか。いずれにせよ良い物ではないことは間違いなかろう。

 

 「いつも通り意味が分からない捨て台詞だったね」

 「そんなことより、こんな唐突に変更して補填もないとは・・・けしからん奴じゃ!わしはもうやる気をなくしたぞ!もう二度とやるかあんなゲーム!」

 「それやるやつな気がするんだけど」

 「下らねェ。あいつの思い通りになりたくなかったらやんなきゃいい話だろ」

 「で、ですよねぇ・・・」

 

 そう、ゲームをやらなければいい。たったそれだけのことなのに、その言葉にはどうも説得力がなかった。モノクマの言う『調整』のせいで、誰でも簡単にゲームをクリアして景品を手に入れやすくなったのだ。この中で誰かが景品を手に入れないとも限らない。抜け駆けをする、今の張り詰めた状況では、たったそれだけのことで疑いは強く、濃くなる。

 

 「私には関係のない話でしたね。ごちそうさまでした。私は部屋に戻ります。皆さん、おやすみなさい」

 「むっ!ま、待て穂谷!みことが用があると言っておろうが!」

 「なんですか。十秒で済ませなさい」

 「ふえええっ!?」

 

 モノクマの乱入で忘れていたが、晴柳院が穂谷に用があると言っていたな。本人は相当尻込みしているようだが、穂谷は容赦なく短すぎる制限時間を設けた。焦って余計にどもりがひどくなった晴柳院を前に、何の躊躇いもなくカウントダウンを始める。

 

 「10・・・9・・・8・・・」

 「え、えっとぉ・・・!あ、あの、えっと・・・!」

 「みことさん早くしないと!がんばって!」

 「7・・・6・・・5・・・」

 「しっかりせいみこと!お前ならできる!お前のやり方でなら通じるはずじゃ!!」

 「4・・・3・・・2・・・」

 「あっ、い、い・・・いいいッ!」

 「1・・・ゼ」

 

 「いっしょにおふろにはいってくださァい!!!」

 

 「・・・?」

 「はあ?」

 

 追い込まれすぎたのだろう。十秒を数え終わるギリギリで、晴柳院は悲鳴のような声をあげて、穂谷を誘った。穂谷はプレートを持ったまま、いつもの無表情を崩してきょとんとした顔をしていた。限界を突破したのか、晴柳院は魂が抜けたようにその場にへたり込んだ。

 

 「大浴場で!一緒にお風呂に入って!お話ししたりして、心を開いて・・・えと、その、皆さんのこと疑うのやめて・・・・・・と、友達になってください」

 「・・・」

 

 勢いでいつにない大声を出していたが、どんどん尻すぼみになって、最後はいつもより小さい蚊の鳴く声ほどになってしまった。穂谷はきょとんとした顔をみるみる元の無表情に戻して、上目遣いになり震える晴柳院に口を開いた。

 

 「言いたいことは終わりましたか?」

 「・・・うぅ」

 「では、もう二度と貴女と言葉を交わすことはありません」

 「えっ・・・!?ほ、穂谷・・・さん?」

 

 強く、断定的な口調だった。眉一つ動かさず穂谷はキッチンに入って洗い物をしてから、さっさと食堂から出て行ってしまった。晴柳院は穂谷を目で追うもその場から動けず、穂谷がいなくなってしばらく経ってから、膝から崩れ落ちた。

 

 「あうっ・・・うっ・・・・・・うううううううぅぅぅぅ・・・!」

 「み、みことさん・・・」

 「なになに?晴柳院サン急にどうしたの?」

 「俺が知るか」

 「みこと!よくやったぞ!お前はよく頑張った!お前は悪うない!悪うないぞ!」

 

 よほどショックだったのか、それとも大声を出した反動か。晴柳院は泣き崩れ、笹戸と明尾がすぐに駆け寄った。一体全体何がなんだか分からないが、おそらく晴柳院と穂谷の問題に明尾と笹戸が助言をして、改めて親交を図ろうとして失敗したのだろう。今の晴柳院に事情も知らない私が口を出しても逆効果でしかないだろう。明尾と笹戸に任せるしかない。

 

 「えっと・・・み、みんなごめん。僕らは一旦部屋に戻るよ。ご飯、先食べてていいから」

 「晴柳院命はなぜ大声で穂谷を入浴に勧誘したのだ?」

 「黙っとけ」

 「うっ」

 

 晴柳院を抱えた笹戸が言うと、望月は遠慮無く直球の質問をした。すかさず清水が小突いて黙らせた。奴が人に気を遣うなど、珍しいこともあるものだ。明尾と笹戸は申し訳なさそうな顔をしながら食堂から出て行き、残された私たちは何とも言えない空気のまま放置された。一体何が起きたのだ。

 

 「・・・で、では!お夕飯の支度をいたしますね!何かご希望はございますでしょうか!」

 「う〜ん、晴柳院サンもなかなか大胆だよね。みんなの前で穂谷サンをお風呂に誘うなんてさ。もしかして晴柳院サンってソッチ?有栖川サンから穂谷サンに乗り換え?いやあ、そうなると笹戸クンは」

 「曽根崎ッ!!」

 「ひえっ」

 「そうだな。寒くなってきたから、味噌汁を作ろう」

 

 ふざけた口をきく曽根崎を黙らせ、強引に鳥木が作りだした話を続けた。奴らの問題について我々があれこれ考えても仕方ないし、口を出す権利もない。今はとにかく、冷静になることだ。冷静になってきちんと話をすれば、余計な諍いもなくなる。そう、大丈夫だ。

 誰に言うともなく、私は胸の内で同じ言葉を繰り返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り9人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

【屋良井照矢】 鳥木平助  【滝山大王】【アンジェリーナ】




つい文字数が多くなってしまいました。どうなることやらですね。
まったくうちのキャラは全員思った通りに動いてくれないから困る


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

(非)日常編4

 「おはようございます」

 「お、おはようございます・・・」

 

 晴柳院さんと穂谷さんの一件から一夜明け、私は食堂にて晴柳院さんをお待ちしておりました。順番ではこの日の朝食は、晴柳院さんのご担当と記憶していたので、先回りしていたのです。私が既にいることに、晴柳院さんは驚かれたご様子でした。目が赤いのは、寝起きに目を擦ったわけではありませんでしょう。お気の毒に、お夕飯も召し上がられなかったはずです。

 

 「あのっ・・・ど、ど、どうしてもういてはるんですか・・・?」

 「一つ、晴柳院さんにお話しなければならないことがございまして」

 「は、話?」

 「ええ。あまり他の方には聞かれたくないので、勝手ながら、今お話ししておこうと。時と場所を弁えず唐突な申し出になってしまい、大変申し訳ございません」

 「そ、そんな・・・とんでもない・・・・・・です」

 

 まずは一つ、深く頭を下げて晴柳院が気を悪くされないようにします。立ち上がった私に晴柳院さんはまたも驚かれておりました。あまり動くと余計な不安を与えてしまうようなので、なるべくこの場から動かないようにしなくては。私は今一度頭を上げ、襟を正します。

 

 「それで、お話いうのは?」

 「晴柳院さん。昨日の穂谷さんとの一件、大変悩まれたことと存じます」

 「えっ・・・あっ、いや・・・あれはうちが・・・。頓珍漢なことを言うてもうたせいで・・・」

 「いえ、晴柳院さんが穂谷さんのことをご心配なさっていることが強く伝わって参りました。こんな時にもかかわらず・・・いえ!こんな時だからこそのあのお優しいお言葉!私、感服いたしました!」

 「う、うちは別にそんな大したこと・・・それに、ほ、穂谷さんに・・・嫌われて・・・ううっ・・・」

 「ええ、昨日の彼女の、晴柳院さんに対する不遜な態度、辛辣な暴言、身勝手な絶縁宣告・・・枚挙に暇のないほどの失礼の数々!この鳥木平助、穂谷に代わって謝罪申し上げます!」

 「ふえ?」

 

 自然と自分の言葉に熱がこもっていくのが分かりました。朝から大きな声を出すべきではないと思いますが、いつの間にかなってしまっていたものを今更引っ込めたところで、微妙な空気になってしまうだけです。勢いのまま私は、晴柳院さんに向かってもう一度、深く、深く頭を下げました。

 

 「誠に、誠に申し訳ありませんでしたァッ!!」

 「へ・・・?え?え?」

 「この鳥木に免じて、どうか穂谷をお許しください!彼女にお情けを・・・どうかお願い致します!」

 

 以前、ここで古部来君が同じようなことをしていたのを思い出します。彼も穂谷さんと同様に晴柳院さんに厳しい言葉を浴びせ、後に自らの過ちを認めて、全員の前で謝罪したのでした。できることなら穂谷さんにも、ご自分で頭を下げていただきたかったのですが、今の彼女にそれができるとはとても思えません。

 

 「と、鳥木・・・さん?なにを・・・」

 「私の頭一つで、晴柳院さんのお心が晴れるなどと烏滸がましいことは申しません。ただどうか、今は穂谷を責めないでいただきたい。身勝手で都合の良いことを言うようですが、どうか・・・どうか一つ・・・」

 

 ここで共同生活を送る以上、不和や対立は絶対にあってはならないこと。私の謝罪などですべて丸く収まるとは思えませんが、せめて少しでも晴柳院さんのお気持ちを軽くすることができれば・・・穂谷さんが戻ってこられるような場を維持することができれば。

 頭を下げたままでは晴柳院さんのお顔色を伺うことはできませんが、晴柳院さんは怒るというより戸惑っていらっしゃるご様子でした。ですが私が頭を下げたまま動かずにいると、大きく深呼吸するような音が聞こえてきました。

 

 「あのぅ・・・あ、頭上げてください。うち別に、穂谷さんのこと悪く思ったりとかしてませんから」

 「えっ」

 「昨日のことは悲しいですけど・・・穂谷さんだけが悪いわけやありませんし・・・。そ、それに、うちがもっと頑張ればいい話ですから!穂谷さんが認めてくれるまで、なんべんでも頑張ればいいことですから!」

 

 私が抱いていた晴柳院さんのイメージでは、あんなに酷いことを言われたら晴柳院さんは深く落ち込まれて、自信を失ってしまう繊細な方だったのですが、いま目の前にいらっしゃる晴柳院さんは、とても気丈に振る舞われていて、無理をしていらっしゃるようにもお見受け致しません。

 

 「ゆ、許していただけると・・・?」

 「許すもなにも、うちが謝らなあかんくらいです。せやから鳥木さんも、謝るなんて止めてください。鳥木さんこそ、何も悪ないんですから」

 「ありがとうございます・・・あの、失礼ですが、昨日明尾さんや笹戸君がそう仰ったのですか?」

 「へ?」

 「あっ、いえ!す、すみません!あまりにも私の中の晴柳院さんのイメージと違い過ぎて、ご本人の言葉と素直に受け入れ難く、つい・・・わ、忘れてください!」

 

 私は一体何を言っているのやら・・・まるで晴柳院さんが自力で立ち直られることが不自然だというようではありませんか!そんな失礼なことを、なぜ私は言ってしまったのだ!晴柳院さん自身がご成長なさりあそばされていらっしゃったという解釈で良いではありませんか!いえそれは決してはじめの晴柳院さんが全く頼りにならなさそうでおわしませていただかれたということではなく!

 

 「半分は、お二人に言われたんです」

 「え」

 

 プチパニックになった私を、晴柳院さんはたった一言で宥められました。お二人に、というと、笹戸君と明尾さんのことでしょうか。ああ、やはりお一人で立ち直られたわけではなかったのですね。お夕飯も召し上がられなかったのですから、致し方ありますまい。

 

 「うちは自信がなさ過ぎるって、せやから陰陽師のやり方に縋ってて、“才能”に逃げ込んでるって、笹戸さんと明尾さんに言われたんです。穂谷さんはそんなうじうじしたうちが嫌やったんやと思います。だから、咄嗟にあんなおっきい声で・・・」

 「あ・・・ああ、なるほど。確かにあれはおまじないの類ではありませんでしたね」

 「うち、あんな風に陰陽道に頼らんと何か大きなことをするなんて初めてでした。いつも御守りとか霊具とかおまじないとかでなんとかしようとしてましたから・・・。まあ、失敗してもうたんですけど、でもなんだかもう一回頑張ろうって気になれたんです!やり方も言葉選びも作法もなんも分からんのですけど、違うやり方を試そうって思えるようになったんです!」

 「それは素晴らしい。あなたのようにお優しい方が、不撓不屈のお心を持たれるなんて、もう心配することは何もございませんね」

 「そんな・・・。あ、でも鳥木さん、またうちが失敗しても、謝ったりせんといてくださいね。うちは穂谷さんと、一対一でお話ししたいんです」

 「左様でございますね。この度はどうも、出過ぎたことをしてしまいまして、大変失礼致しました」

 

 私は改めて、晴柳院さんに頭を下げました。謝罪としてだけではなく、敬意を込めたお辞儀です。晴柳院さんは変わられた。私が思っている以上に、彼女は強く逞しく、そしてより一層優しくなられた。きっとその間には数々の苦難もありましたでしょうが、それを乗り越えて強くなられた晴柳院さんは、おそらく私などが心配することも必要ないでしょう。

 

 「あの・・・ついでに一つ聞いてもいいですか?」

 「はい?なんでしょうか」

 

 改まって晴柳院さんは、遠慮がちに人差し指を立てて仰いました。こうしたさり気なく幼い仕草が、明尾さんや笹戸君の庇護欲求を掻き立てているのでしょうか。これを無意識になさっていると思うと、案外侮りがたい方なのかも知れません。

 それを知ってか知らずか、晴柳院さんはやはり声を抑えて、内緒話でもするように私にご質問されました。

 

 「鳥木さんは、なんでそんなに穂谷さんのことを気に懸けてはるんですか?」

 「え・・・と仰いますと?」

 「いつも一緒にいて、ご飯作ってあげてたりして、さっきなんて全然関係ないのに代わりに謝ったり。なんか、単なる友達いうか・・・それよりもっと深い間柄とか・・・・・・えっと・・・あっ」

 「晴柳院さん?」

 

 いまいち質問の意図を理解しかねておりますと、晴柳院さんはなぜかどんどん声が萎んでいって、最後は何かお一人で納得されたように口を抑えられました。まるで言ってはいけないことを言ってしまったかのように。そして先ほどの私のように、プチパニックになって支離滅裂なことを仰り始めて、みるみるうちにお顔が紅潮されていきます。

 

 「ええっとぉ!そ、その!そんな、うち穂谷さんと鳥木さんのことに首突っ込むとかそういうわけと違うんですけどぉ!ちゃうんですちゃうんです!あの、単純に気になったいうか、別にそんな遠慮せんくてもええし・・・ああそういうこっちゃなくてえ!!」

 「あのぅ、何か勘違いをされていらっしゃるのでは?」

 「か、勘違い・・・?」

 「私と穂谷さんは、特別な関係ではございません。私が穂谷さんを深く信頼し、穂谷さんもまた私を信頼してくださっている。それだけのことです」

 「信頼しあってる・・・ほ、ほんまにそれだけなんですか?穂谷さんが誰かを信頼って・・・今は特に思えへんのですけど」

 「そうですね。では信頼、という言葉では言い表し得ない、別の関係なのでしょうか。信頼であり、友愛であり、尊敬であり・・・」

 「う、う〜ん?」

 

 まるで曽根崎君にからかわれている時の六浜さんのようです。晴柳院さんが考えていらっしゃることを察することは容易でした。まあ晴柳院さんも年頃の女性、同じ年代の男女が懇意の仲であると聞けば、多少は空想を膨らませてしまうのも致し方ありますまい。ですが私は、あくまで穂谷さんを一人の人間として尊敬しているのです。彼女が女性として魅力的であることはもちろんですが、それとこれとはお話が別。

 

 「で、でも分かりません。穂谷さんはここに来てからずっとあんな感じで、他の人とあんまり仲良くせんようにしてて・・・なんで鳥木さんだけ、そんなに仲良うなれたんですか?」

 「・・・そうですね。真意を知るのは穂谷さんご自身だけでございましょう。ですが私が知る限りでは、穂谷さんは“私とだけ仲を深めた”のではなく、“私にしか心を開けなかった”のではないでしょうか」

 「心を開けなかった?ど、どういうことですか?」

 「あまりご本人のいらっしゃらないところで言うのは憚られますが・・・」

 「ああ・・・あっ、いえ!う、うち、またそのうち穂谷さんを説得します!せやからその・・・バク転洗う家族的なことで!お願いします!」

 「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず、ですか。仰らんとしていることは分かります。そういうことなら・・・」

 「そういうことなら、言うのですか?」

 「ッ!!」

 

 この合宿場に来てから、穂谷さんはあまり他の方とお喋りになる方ではございませんので、なんとなく皆様から孤立していらっしゃいました。ですが彼女がそれを悲しんでいられたわけではなく、むしろ心地よいとすら感じていたのです。そこまで他人との関わりを避ける彼女が、なぜ私にだけは心を開いてくださったのか。その理由は、私と彼女以外は知り得ないことで、理解し難いことだからです。だからこそ私は穂谷さんを理解できて、穂谷さんも私の気持ちを理解してくださった。

 これは決して彼女の名誉を傷付けるのではなく、晴柳院さんのため、ひいては穂谷さんご本人のために明かすのです。と私が言葉を並べる前に、食堂の入口から聞き慣れたお声が。

 

 「あっ・・・ほ、ほ、穂谷さん・・・!!」

 「一体、これはどういうことですか?なぜ貴方が、ここにいるのですか?」

 「それはっ・・・」

 「ち、ちゃうんです穂谷さん!これは鳥木さんがうちに・・・」

 「あら、この食堂には随分と声の大きい鼠がいるのですね。うるさくて鳥木君のお話が聞けませんわ」

 「穂谷さん!そんな言い方は・・・!」

 「ああ、失礼。気にしないでください、ただの独り言です」

 

 目の前にいらっしゃる晴柳院さんには一瞥もくれず、ただ私のことを射貫くような冷たい視線で睨んでおられました。私が晴柳院さんと二人で食堂にいたことも、余計に彼女の神経に障ってしまったのでしょう。それに加えてたったいま私が言おうとしていたことを、間違いなく穂谷さんも耳に入れておられたはず。彼女の、人に聞かれたくないことを言おうとしていたことを。

 

 「それより鳥木君。貴方、随分と頭の中がお花畑のようですね。鼠とお話するなんて、ここは海を潰して建てた夢の国ですか?」

 「・・・私は鼠となど話しておりません。私がお話していたのは、晴柳院命さんです」

 「まあ怖い。そんな強い声を出されると目眩がしてしまいそう。うっかり言ってはいけないことの一つでも溢してしまいそうですわ」

 「申し訳ございません。ですが私は晴柳院さんだけではなく、穂谷さんのことを思ってこそこれを」

 「私との約束を破って、ただで済むとお思いですか?この合宿場で信頼を失うことの意味が、分からないわけではないでしょう?」

 「私以外からの信頼を全て拒絶してきた貴女が言うセリフじゃないッ!!!」

 

 私はいつの間にか、大声を出していました。他でもない、穂谷さんに。彼女は相変わらず無表情を絶やさず、私に対して敵意の眼差しを向けておられました。晴柳院さんは私と穂谷さんの間に立っているのに絶えきれず隅に避難していらして、私は隔てるものなく穂谷さんと向かい合いました。

 

 「はあ・・・やってくれましたね。私に取り入るためか、はたまた孤立させるためか。分かりませんが、外堀を埋める作戦に出たわけですか。まったく、追い詰められた鼠ほど厄介なものはありませんね」

 「これは私の意思です。それに追い詰められているのは穂谷さん、貴女の方です」

 「そうですか。ですが私は自分の身は自分で守ります。こうなった以上、やはり誰かに守ってもらうというのは甘い考えと分かりました。取り返しのつかない事態になる前に分かって良かったですわ」

 「穂谷さん」

 

 涼しいお顔の穂谷さんは、そのまま私の横を過ぎてキッチンに入っていかれました。またご自分で朝食をお作りになるのでしょう。昨日のお夕飯の出来からして、今回もあまり適切な食事とは言えないものになることでしょう。しかし私が作って差し上げても、彼女が口を付けないことは分かり切っております。彼女はすっかり信頼を捨てました。私ですら、もうお側にいることは許してもらえないでしょう。

 穂谷さんはもう、疑うことを止めたのでしょう。常に誰かを疑い、怯え、危険に神経を研ぎ澄ませることに疲れてしまったのです。だから疑うことを止めたのです。誰も信じないという手段で。信じることがなければ、疑うこともない。疑うことがなければ、信じることもない。全てを割り切って、ただ孤独に生きることを決めたのです。ですが彼女の言う通り、いま分かって良かった。このままでは本当に取り返しの付かないことになってしまいます。その前に、なんとかしなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 資料館は実に静かだった。今日は穂谷が二階のグランドピアノを演奏する美しい音色も、曽根崎がせわしなくパソコンのキーボードを叩く小気味よい作業音も聞こえない。この資料館内にいるのは、私と望月だけだった。当然、望月は無駄口を叩く奴ではないし、私も無意味に世間話をするような柄ではない。先の事件の動機となった大量の本と、新たな動機として与えられたファイルやパソコンから得られた情報のまとめを前にすると、自然と無口になるものだ。

 曽根崎がパソコンを調べて得られた情報は、やはり希望ヶ峰学園についてのことばかりだった。学園の沿革、理念、学園長の言葉、過去の生徒会役員名簿、そして未だにロックのかかったよく分からないフォルダが一つ。これはまだ調べられそうにないな。私は生徒会役員名簿を見た。私たちの一つ前の代までの役員たちが、名前と“才能”、そして顔写真を並べている。

 

 「誰なのだろうな」

 「さあな」

 

 見当も付かない、というのはやめておいた。見当は付いている。いまこの合宿場で生存している9名の人間のうち、誰かが『裏切り者』だ。モノクマのことだからそれすらも嘘の可能性はあるが、希望ヶ峰学園が用意した資料というのは本当のようだ。だから奴が私たちを煽るために適当なことを言っていると済ませることもできない。妙に説得力があるのだ。15人もの問題児たちを、学園が完全放置するわけがない。問題を解決するには、必ず第三者的立場かつ大きな力が必要なのだ。それが難しい年代の私たちの抱える問題となれば、尚更のこと。

 

 「お前はどう思う?」

 「・・・『裏切り者』について現在判明していることは一つだ。動機として与えられたファイルの記述によれば、『裏切り者』は学園から信頼の置かれた、希望ヶ峰学園生徒会の役員であるとのことだ」

 「う、うむ。やはりそうなるか。しかし現在の希望ヶ峰学園生徒会は構成員が多い。学園から信頼を受けているということは、少なくとも六課役員以上の地位には就いているだろうが・・・」

 「それだけの影響力を持っていれば、学園内で顔を知らない者はほとんどいないだろうな」

 「そのはずなのだ」

 

 そう、それが問題なのだ。あのファイルをモノクマが弄ったという可能性は、もう既に考えるに値しない。故にあのファイルに書かれていたことは全て真実なのだろう。しかしそうなると、『裏切り者』について疑問が生じる。我々の中に紛れているという『裏切り者』は、生徒会役員だったという。学園において生徒会役員は、影響力も権力も大きく、そして卓越した“才能”を振るう能力もそこらの生徒とは一線を画す特殊な存在だ。故にたとえ興味がなくとも、その顔と名前くらいは誰でも知っているはずなのだ。況してやこの私がそれを忘れるはずがないのに。

 

 「どうしても・・・思い出せんのだ。我々の代の生徒会役員が・・・一人も」

 「実は私も同様だ。曽根崎弥一郎も覚えておらず、資料の類もなくなっていたらしい。六浜童琉、これは偶然と言えるか?」

 「そんなわけなかろう・・・!私とて自分の“才能”にプライドがある、曽根崎もそのはずだ。そんな私も曽根崎も覚えていない、関係する資料は昨年までのもの・・・明らかに作意がある」

 「おそらく清水翔らも同じだろう。我々は『裏切り者』の正体を、忘れてしまったということだ」

 「モノクマめ!やはり我々の記憶に何かをしたな・・・!この私が一度覚えたことを失念するなど、なんたる屈辱ッ!!」

 「・・・いよいよ三年という言葉も現実味を帯びてきたな。ここの生活の『初日』までの三年間の記憶だけを抜き取られたと考えていたが、どうやら他にも奪われたものがあるようだ」

 

 こんなことができるのは、この合宿場でただ一人、モノクマだけだ。私たちの記憶を奪い、ここに閉じ込め、コロシアイなどとふざけたことを強要する。それに一体何の意味があるというのだ。記憶を操作する技術など、取扱説明書を見れば誰もができるような簡単なものではないのだ。それを我々全員に、今まで意識すらしなかったほど整合性を持ってなど、三年どころか三十年あっても習得には足りん。モノクマとは一体何者なのだ。

 

 「ではどうやって『裏切り者』を見つければいい!我々は互いの学園での素性はろくに知らんのだぞ!一部の者は名前こそ知れどそれまで!」

 「不可能だろう。自白などするはずもないし、状況証拠から割り出そうにも学園の記憶まで奪われては、正確に判断できるとは言えん」

 「・・・存在が分かっていて、不安材料だと分かっていて、放置するより他にないというのか!!いま危険なのは『裏切り者』ではない!!『裏切り者』が誰か分からず疑い合う状態なのだ!!このままではいずれまた・・・!!」

 「お前が思うのならそうなのだろう。また殺人は起こる」

 「ッ!?」

 

 反論しようとした。私はそんな風に考えてはいない。しかし自分の発言を顧みれば、それ以外に私が何を言えようか。既に疑心暗鬼に陥っている者たちの顔が脳裏に浮かび、その結末まで鮮明に見えるようだ。

 つい激昂していたが途端に冷静になった。いや、血の気が引いたというのが正しい表現か。

 

 「“超高校級の予言者”であるお前がそうなると予想しているなら、ほぼ間違いなくそうなるのだろう?それが望ましいものか否かは関係ない。来るべき事態が分かっているなら、私も備えをしよう」

 「さ、殺人は・・・・・・起こさせない・・・!」

 「それは予言か?私には、お前の願望にしか聞こえないが」

 

 なぜ私は、起きない、と言えなかったのだろう。望月はきょとんとした顔で首を傾げる。予言と呼ばれた私の推測は、その時点で確定しているのだろうか。未来を変えることは、不可能なのか?望月はなぜそれを知って、人が死ぬ未来に恐怖しない。

 

 「私もお前の予言に賛成だ、六浜童琉。私には過去を見る力しかないので殺人が起きるかは分からないが・・・『裏切り者』が危険でないというのは理解する」

 「?」

 「一つの仮説が浮かんだのだ。是非お前の知恵を貸して欲しい」

 

 望月は冷静に、淡々と言う。そこには焦りも不安も高揚も歓喜も希望も絶望もない。純粋無垢な子供が母親に問うように、素朴なふりをした鋭利な言葉を投げる。

 

 「記憶を奪われたのは私たちだけなのだろうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また夢を見た。この合宿場で見知った奴らと、覚えのねえやり取りをする夢だ。夢ん中でわけわかんねえことするなんて珍しいことでもなんでもねえが、いつも妙にリアルだった。言い回しから何気ない仕草の一つまで、まるで本物みてえだ。

 

 「『卒業』なァ」

 

 夢の中で度々出てくるこの言葉。言葉の意味は分かるが使い方の意味が分からん。俺たちはこの合宿場に閉じ込められてて卒業どころの話じゃねえっつうのに、まるで間近に迫ってるみてえに使われる。一体なんなんだ。

 

 「気にしすぎだな」

 

 あんまりやることがなさ過ぎておかしくなってるんだな。飯も食った、寝るのも飽きた、大浴場に行く気もねえし、資料館も穂谷や望月が居座ってて居心地が悪い。やることがなくてベッドの上にごろ寝してると、夢の内容を思い返すくらいしかやることがなくなるんだ。この俺が部屋から出ようなんて思う日が来るとはな。何もかも面倒くせえが暇すぎるのも参る。

 そういや昨日モノクマが大浴場のゲームを自由に出来るようにしたっつってたな。暇つぶしにはなるか・・・いや、あんな怪しげなもんあり得ねえな。やるだけでバカが余計に騒ぎそうだ。

 

 「ここから出る方法か・・・」

 

 このところそれどころじゃなくて忘れてたが、この合宿場から脱出する方法はどこかにねえか。いまさら秘密の抜け道とか言われてもうさんくせえが、倉庫に行きゃあ何か使えるもんでも転がってねえだろうか。暇だし行ってみるか。

 

 「よっ、と」

 

 部屋から出て廊下を歩く。ロッカーの中に居座ってるモノモノマシーンは寂しげに口を開けて、廊下の絨毯は乱れもなく大人しい。どいつもこいつも部屋にいんのか見当たらねえ。よく考えりゃあ、最初にいた奴らの内、七人も減ったんだ。物寂しくもなるか。

 乾いた無舗装の道を歩き、変わり映えしない湖を横目に見ながら、埃と錆と黴でできたようなクソボロい倉庫に着いた。ここに来るまでも誰もいねえなんて、珍しいこともあったもんだな。キィキィと鉄の扉はやかましく、相変わらず陽の光しか明かりがない倉庫内は、光の筋をくっきりと示す。懐中電灯の紐を鉄格子に括って固定すれば、両手で作業できるくらいにはなった。

 

 「けほっ、けほっ・・・ふぁっ、っだあくしょん!あ〜っ、あっしょい!ぐえっ、クソが」

 

 医務室からマスク持ってくりゃよかった。最近来てねえからここの埃っぽさ忘れてたぜちくしょう。さてと、何の考えもなしに来たが、調べるにしても土木庫は明尾が散々弄り倒しただろうし、パーティーグッズ庫は屋良井が利用し尽くした。後は、誰も弄ってねえのが一つだけ。一番奥にある、武器庫だ。見るからにヤバそうな武器が並んでるが、鍵の様子からしてもここに誰かが踏み込んだ形跡はない。

 

 「番号は確か・・・11037÷3だから・・・」

 

 モノクマに聞いた覚え方で数字を揃えると、鍵が耳障りな金属音を立てて開いた。一応誰かに見られると面倒くせえから、倉庫の扉は閉めとくことにした。真っ暗な中に懐中電灯の明かりだけが灯って、余計に後ろめたい感じがしてきたが、いまさら引き下がるのも癪だ。俺は武器庫に入った。

 改めて見ると、なんでこんなに武器があるのか分からねえくらい、品揃えが良い。だが日本刀やら斧ならともかく、鎖鎌だのヘンテコなナイフだの名前も分かんねえようなデケェ得物だの、こんなもん誰が使うんだ。よく見たら手裏剣まであるじゃねえか。

 

 「ここって希望ヶ峰学園の敷地だよな?武器っておかしいだろ」

 

 よく考えてみれば、希望ヶ峰学園がこんな武器を持ってるわけがねえし、あったとしてもこんな誰でも持ち出せるようなところに保管するわけがない。見たところ、どれもこれも古いもんじゃなさそうだ。手入れがされてるっつうよりは、まだ作られて日が浅いって感じだ。

 

 「ん・・・?」

 

 なんだ、この違和感。武器庫なんてもん自体が違和感の塊なんだが、それだけじゃねえ。なんかおかしいぞ。

 

 「俺たちがここに来たのって・・・」

 

 つい最近のことだ。だがそれは俺たちの記憶の話で、実際には三年が過ぎてるっつう話だ。その時点でこの合宿場が今のままだとしたら、この倉庫は三年前、たぶんそれよりずっと前からあったんだろう。つか造りがもう昭和とかの時代だ。

 

 「なのに武器は最近の物ばっか・・・」

 

 希望ヶ峰学園が武器を所有してるとしても、銃とか投網とか、もっと警察が持ってるようなもののはずだ。こんなもん持ってたらむしろ警察の世話になるはずだ。つまりこの武器は学園のものじゃない。モノクマが、俺たちがコロシアイしやすくなるよう用意したんだろう。ってことは、武器がここに持ってこられたのはつい最近、俺たちがここでコロシアイを強いられ始めるその前後。

 

 「違いすぎるな・・・」

 

 あまりに一致しない。この倉庫のこの区画が存在した時間と、武器がここに保管されている時間が。はじめっから武器庫だったなんて可能性はあり得ねえ、モノクマが持ってきたに決まってる。

 じゃあその前には何があったんだ?何も入ってないなら他の区画と同じ鍵をかける意味がねえ。必ずここには何かがあったんだ。

 

 「どこ行ったんだ?っつうか、なんでこの区画だけなんだ?」

 

 ここに保管してあった何かは、モノクマが武器と入れ替えたんだ。コロシアイを望むあいつなら当然やっておかしくない。けどなんで倉庫全部じゃなくて、この一区画しか入れ替えなかった?そんでここにあったもんはどこ行った?ここにある武器はどっから来たんだ?

 

 「まさか・・・」

 

 もしかしたらこの武器庫に元々あったもんは、俺たちに見せたらまずいものだったのか?コロシアイどころじゃなくなるような、それかモノクマにとって都合が悪くなるような何かが。そう考えると、もう一つここには他とは違うところがある。それも含めて考えたら・・・。

 

 「しーみずくん!なにしてるのー?」

 「ッ!」

 

 俺の思考を邪魔するように、あのムカつく声が聞こえてきた。自分でもびっくりするくらい考えることに集中してたのに、その一声で積み上げてた考えの全部が蹴り砕かれたようだ。声のする方を睨むと、倉庫に入る一歩手前で、モノクマが扉に片手を突きながらポーズを決めてた。余計に腹立つ。

 

 「消えろ」

 「なにもう、ご機嫌斜めだなあ!あ、もしかしてポーズ違った?こっちの方がよかった?」

 「話しかけんな今すぐ消えろ」

 「だが断る!」

 

 俺の言葉を無視して、モノクマは奇妙なポーズになって言い放った。なんなんだそれ。つうか俺は確かに扉閉めたはずだぞ。いつの間に開けたんだ。

 

 「いやー、いよいよ清水くんが誰かを殺す準備を整え始めたらしいから、楽しみになってさ!下馬評は最悪だったから今まで大人しくしてたのが意外だったんだよね」

 「ふざけんな。今さら殺しなんかするか」

 「えー?そうなの?つまんないなあ。誰にも見つからない今ならチャンスだと思ったのに」

 

 そう言ってモノクマは、分かりやすく不満そうな態度になる。俺がこのこから武器持ち出して誰かを殺したとして、裁判ですぐバレるに決まってる。凡人は“超高校級”には勝てねえんだよ。

 ふと、俺はチャンスって言葉に閃いた。そうだ、たった今こいつに聞けばいいことじゃねえか。この倉庫の謎を解くチャンスだ。

 

 「おいモノクマ、質問があるから答えろ」

 「牛若丸とチンギス=ハンが同一人物だってのは有名だけど、ボクはアレキサンダー大王も同一人物だと思うよ。奴はきっと人より長い時間を生きられる超人類だったんだよ。宇宙人よりはリアリティあると思わない?」

 「この武器庫にはもともと何があった。それは今どこにある」

 「完全なる無視ですか・・・そうですか。ワカメ頭なら話は聞いてくれたのに」

 「答えろ」

 

 こいつがくだらねえ話で有耶無耶にしちまう前に、全部明らかにしてやる。ここには絶対、何か秘密があるんだ。もしかしたらこの合宿場に関する秘密かも知れねえが・・・とにかくモノクマに吐かせる必要がある。

 

 「ったく揃いも揃ってボクに質問ばっかしやがって!んなもん答えろと言われてホイホイ答えられるかってんだ!答えて欲しかったら一千万円寄越せーーーッ!!」

 「ガキかテメェは。いいから言え」

 「あのねえ、何を勘違いしてるのか知らないけど、ここにオマエラが期待するようなものなんてないから!ボクが武器庫だっつったら武器庫なんだよ!それ以上でもそれ以下でもないの!」

 

 うるせえな、まともに答えやしねえしギャーギャー喚くしなんなんだよこいつ。テメェの態度そのものが、ここに何かあるって言ってるようなもんじゃねえか。けどこれ以上は聞き出せそうにねえな。それにこいつの声で誰かが来たら、余計な疑いかけられそうだ。ここで引き際をミスったら、それだけでやべえことになりそうだから、ここらで止めとくか。

 

 「分かった分かった。ここは武器庫なんだな。分かったよ」

 「あっそう。それで、うぷぷぷぷ、誰を殺すの?どうやって殺すの?いつ殺すの?」

 「殺さねえっつうんだよ。帰って寝る」

 「・・・か〜〜っ!つまんねー奴らだなホントに!いいよいいよ!つまんねーもん同士仲良くしてつまんねー付き合い方してつまんねー家庭作ってつまんねー最期迎えやがれ!はううっ!?な、なんてイヤな奴・・・!!」

 

 懐中電灯を解いてポケットにしまい、鍵を閉めて俺はモノクマを蹴らねえように気を付けながら倉庫を出た。喧しく俺の背中に喚くモノクマに中指を立ててやると、意外とすんなり黙った。こいつにこのジェスチャーが今さらどんだけ意味があるんだと思ったが、あいつの感性はやっぱりなかなか理解できねえな。

 それにしても、やっぱあの武器庫には何かがあるみてえだ。モノクマの監視下ではなかなか調べられねえかも知れねえが、幸いあそこには監視カメラがねえ。誰かがモノクマの気を引いてる内に調べられるかも知れねえな。あいつがあんだけ誤魔化すんだ。もしかしたらここから出る方法とかの手掛かりがあったりするかも知れねえ。そうしたら・・・。

 

 「た、助けてええええええええええええっ!!!」

 「ッ!?」

 

 寄宿舎に向かう俺の足取りは遅い。行きには空っぽだった頭に、倉庫で色んなことを詰め込んだからだ。そうやって考え事をしながらゆっくりゆっくり歩いてたせいで、こんな下らねえことに巻き込まれることになったんだな。

 何事かと思ったら、大浴場前の桟橋を曽根崎が走ってくる。靴のかかとを踏んでるせいで走りづらそうにして、髪も上着も乱れてネクタイが曲がってる。アホみたいに分かりやすく焦りを体現してるな。

 

 「なんだ曽根崎か」

 「あっ!し、清水クンちょうどよかった!助けて!」

 「喋るな喧しい。ひっつくな鬱陶しい」

 「いきなり全否定!?そ、そんなことより助けてよ!」

 「なんだよ」

 「こ、このままじゃボク殺されちゃうよ!」

 

 急になんだと思ったら、その一言で俺は固まった。殺されるって、こいつが?こんな明るい時間に、こんな大声で逃げ回ってる奴がか?冗談ってわけでもねえようだし、それにここでは殺しってのがない話じゃない。息切れしながら泣きそうな目で見てくる曽根崎に、俺は思わず緊張した。こいつの言うことが本当なら、大浴場にはこいつを殺そうとした誰かがいるってことになる。

 

 「お願いだから助けて!匿って!弁護して!」

 「落ち着けよ。殺されるってお前、逃げて来れてるじゃねえか」

 「いや、それが・・・」

 「そおおおおおおおおおおねざきいいいいいいいいいいいッ!!!!」

 「うわああああああああああああああッ!!!きたあああああああああああああッ!!!」

 「あん?」

 

 公衆の面前で殺しなんかしてどうなるか分からねえ奴がいるわけもねえから、ここまで逃げれば安全だろと思った。だがそいつは大浴場の扉をぶっ壊さんばかりに勢いよく開け、猪突猛進とばかりに曽根崎に突っ込んできた。何か違和感があんのは、普段の三つ編みを解いて長い黒髪をたなびかせてんのと、いつも被ってる茶色の帽子じゃなくてラーメン屋の大将みてえにタオルを頭に巻いていたからだな。

 

 「くらァ貴様!!わしから逃げるたあいい度胸じゃなあ!!!」

 「うひゃあああああっ!!ごめん明尾さん!!許して!!」

 「お、おいお前ら何やってんだ!!俺を巻き込むな!!」

 

 突撃してきた明尾を見て曽根崎は俺を盾にしやがった。そして突っ込んできた明尾から、俺を挟んで逃げ回り続け、明尾もそれにつられて俺の周りを回り始めた。コントかこいつら。バターになるまで回るつもりかよ。

 

 「そこ動くなよ清水ゥ!!!わしゃこいつは許しておけんのじゃ!!!」

 「助けて清水クン!!明尾さん取り押さえて!!あわよくば身代わりになって!!」

 「曽根崎ふざけんな!!」

 「待てコラ曽根崎いいいいいいいいいいいいいッ!!!」

 「いやだあああああああああああああッ!!」

 「ん」

 「えっ!?あだあっ!!?」

 

 ぐるぐる俺を軸に回るこいつらにいつまでも付き合ってられねえし、そもそも意味が分からねえまま文字通り巻き込まれるのは腹が立つ。だから曽根崎の足を引っ掛けてやると、顔面から倒れこんだ曽根崎がコースアウトした。明尾はそれにすぐさま飛びついてマウントをとった。こりゃすげえ迫力だ。

 

 「よォしナイスじゃ清水!!助かった!!」

 「いやなんなんだよお前らマジで」

 「清水クンの鬼!人でなし!性根腐りマン!変なアホ毛!」

 「明尾、殴っていいぞ」

 「ていっ」

 「あべし!」

 

 なんでこの状況で俺を敵に回すのか分からねえが、言われた分は返しとかねえとな。それよりも、何がどうなってこうなってんだ?どうも殺す殺されるなんて状況には見えねえが。

 

 「で、明尾。何したんだ。殺されるとか言ってたぞ」

 「ふんっ、場所が場所なら確かに死んでいたじゃろう!ただし社会的にな!」

 「はあ?」

 「こやつめ、あろうことか女子風呂を覗きおったんじゃ!!」

 「ギャーーーッ!!社会的に死ぬううううッ!!」

 「よし分かった。俺も殴る」

 「ひでぶ!」

 

 久し振りにキレちまったよ・・・。何事かと思ったら覗きか。くだらねえことで騒がせやがって、ふざけんなこのクソメガネ。っつうかよりにもよって明尾の風呂なんか覗いたのか。頭湧いてんな。

 

 「まったく、発情するのは思春期男子ならば仕方無かろうが、覗きを働くなど最低じゃぞ!わしがどれだけ普段から我慢していると・・・」

 「僻みなの!?」

 「やかましい!わしだけならともかく、晴柳院の心に傷を負わせおって!」

 「チビもいたのか。色々と業が深いな」

 「清水クンも何言ってんの!?」

 

 まあ曽根崎の性癖とかなんか鼻くそほどの興味もねえし、俺が関わっていい話題でもなさそうだ。俺は最後に曽根崎に軽蔑の視線を落としてから、さっさとその場を離れた。

 

 「あれっ!?清水クン殴らないの!?手も出されないって精神的にクるよこれ!!清水クン!!清水クーーーン!!」

 「これはこれは・・・語るに落ちるという奴じゃのう。こりゃあわしだけでは済まんようじゃ。六浜に突き出してしっかりこってり絞ってやらねばならんようじゃのう・・・!!」

 「た、たすけてえええええええええっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り9人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

【屋良井照矢】 鳥木平助  【滝山大王】【アンジェリーナ】




書き方が変わってきて、前までの区分の仕方だと1ブロックが長くなってしまうようになってきました。ハーメルンにもページ機能が欲しいなあ。もしかしたらあるのかな。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

非日常編

 

 考えはぐるぐる同じ所を巡って前に進まず、ただただ無駄な時間だけが過ぎていく。どうしたもんか、脱出の手立ても立たず、誰も何も行動を起こさない見えない膠着状態が続いて行く。何も起きないだけならまだしも、モノクマはこの膠着を破ろうと執拗に働きかけてくる。うざってえ奴だ。

 

 「けほっけほっ・・・ぐあぁっ・・・」

 

 どうも喉の調子が悪い。倉庫でなんか変なもんでももらってきたか。喉とか鼻が悪くなると、やけに埃に敏感になる気がして、ろくに寝返りもうてねえ。ちくしょうが、やっぱりあの時マスクして行けばよかった。

 

 「しゃーねーか」

 

 俺は咳き込みながら医務室に向かった。風邪薬かなんかあるだろ。呼吸すら痛みを伴うようになってきたらいよいよまずい。医者がいねえなら自分で治すしかねえよな、ったく面倒くせえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 医務室に来んのは何度目だったか、思ってたより来てんな。最初の探索の時は素通りで、飯出の事件の捜査では中をざっと見ただけ。後は曽根崎が死にかけた時だったな。意外と来てるもんだ。なんてことを考えながら医務室の扉を開けた。そこでようやく、灯りが点いていることに気付いた。中に誰かいるのか。

 

 「・・・」

 「ん」

 

 見ると、穂谷が簡易テーブルの前で水の入ったコップを傾けてた。俺に気付くと一瞥しただけで声も出さず、その後はガン無視してなんかの錠剤をしまった。こいつも風邪か?そりゃ歌姫なんて呼ばれてりゃあ普通より自分の喉に気ぃ遣うだろうな。

 

 「・・・っと」

 

 俺だってわざわざ穂谷と話すことなんてない。無駄に話しかけてくる奴よりよっぽど静かでいいが、後ろで黙っていられると妙に意識して居心地が悪い。薬飲んだんならさっさと出てけ。

 なるべく穂谷を意識しないように薬品棚で風邪薬を探す。だがどれもこれもわけのわかんねえ名前ばっかりで、ラベルにも何が書いてあんのかいまいち分からん。分かりづれえ説明書きやがって、分からせなきゃ意味ねえだろ、アホかこれ書いた奴。

 

 「なんだこりゃ・・・」

 

 出てくるのは複雑な名前が書いてある液体だとか、ドロドロに溶けた金属みたいな物質だとか、いかにもヤバそうな白い粉だとか。どれもこれも風邪どころじゃなくなりそうなもんばっかりじゃねえか。風邪を治すもん探してんだよこちとら。

 あ、そうだ。ここの棚のことよく知ってる奴がいたな。そこにいるだけならせめて役に立ってけっての。

 

 「おい穂谷、お前いま飲んでたの寄越せ」

 「お断りします」

 「喉痛えんだよ。それ風邪薬だろ?いいから寄越せっつうんだよ」

 「まるで見当違いの強迫ですね。そんな安っぽい物は持ち合わせていません。ご自分で探しなさい」

 「ねえから言ってんだろ。じゃあどこにあるか言え」

 「さあ。少なくとも毒薬棚にはないのではありませんこと?」

 

 穂谷に言われて、俺は思わず棚を確認した。並んでる薬品はどれもこれも人体には劇薬にしかならなさそうで、ドクロマークのついたラベルもちらほら。どうやらここは毒薬棚らしい。つうか分かってたなら最初に言えや。性格悪い女だな。俺に睨まれても穂谷は平然としていて、なぜかそこから動こうとしない。なんなんだマジで。俺が喉痛めながら薬探すのがそんなに楽しいか。ホント性格クソだな。

 

 「ったく分かりづれえ上に、気の利かねえとこだな。入り浸る奴も大概だ」

 「薬と間違えて毒を飲もうとするなんて、お猿さんの二の舞になるところでしたね」

 「誰かをバカにして偉ぶらねえと気が済まねえお山の大将か。『女王様』ってのァ惨めなもんだな」

 「なんて品のない言葉遣い・・・服装に態度に身嗜みもなってないなんて、お里が知れますわ」

 「穂谷ィ!!おるかあ!?」

 「ッ!?」

 

 俺と穂谷の誰に言うともなく吐き捨てる暴言合戦は、突如として医務室に乱入してきた明尾の威勢の良い声で掻き消された。思わず持ってたビンを落としそうになるが、なんとか持ち直して耐えた。穂谷も細い椅子の上で軽く跳びはねて、入口でかっかっかと笑う明尾を睨んだ。

 

 「やはりおったか!むっ、なんじゃ清水までおるのか、珍しい。腹でも壊したか?」

 「うるせえなこいつ・・・」

 「普段から体を動かさず軟弱なままでいるから体を壊すんじゃぞ!わしと一緒に発掘をしよう!体を鍛えるんじゃ!」

 「関係ねえだろ、喉痛えんだよ」

 「なんじゃ風邪か?なら首にネギでも巻いておけば治るわ。これじゃから若いもんは、自力で治す努力をせずすぐ薬に頼るのう。知恵袋という名の民間療法は案外侮れんぞ」

 「テメエだってここ来てんだろうが」

 「わしゃ指に棘が刺さったから抜きに来たんじゃ」

 「はあ・・・またですか」

 

 来るや否やうざってえ説教する明尾は、軍手を外して親指を見せてきた。サムズアップでもされてるみてえだ。確かに親指のど真ん中に黒っぽいもんが見えるが、こいつの棘事情には何の興味もない。ため息を吐いて改めて風邪薬を探し始めた。

 その後ろで明尾は穂谷とテーブルを入れ替わって、自分の指と格闘し始めた。穂谷は特にそれを手伝うわけでもなく、ベッドの方に腰掛けた。なんで出て行かねえんだ。

 

 「清水はともかく、穂谷よ、お前さんはいつもここにおるのう」

 「そうですね、そのせいで貴女とは嫌でも顔を合わせることが多いです」

 「わしも怪我が絶えん方じゃからな!しかし怪我は挑んだ証!かすり傷程度ならむしろ誇らしいぞ!」

 「同じような怪我をする学習能力のない貴女にとってはそうかも知れませんね」

 

 さっきの俺と明尾では穂谷に対する態度が全然違う。明尾はさり気なく悪口を言われてるのに気付いてんのか気付いてねえのか知らねえが、全く意に介さず指に集中してる。一方的に嫌みを言う穂谷も特にそれを虚しいとか思ってるわけでもなさそうで、自然と受け入れてる感じだ。マジでこいつらここでよく会ってたんだな。

 

 「しかしのう穂谷、医務室と部屋と資料館ばかりでは体を壊すぞ。お前さんはそれでなくとも細いのじゃから、体も壊しやすかろう」

 「さあ、どうでしょう」

 「清水もこうして体を壊しておるじゃろう。運動をせんからじゃ。一見ひ弱な笹戸や望月が病気をせんのは、あいつらは意外に体を動かしておるからじゃぞ。お前さんらぐらいじゃ、一日中部屋の中でじっとしておるのは。若い活力を一人の営みに浪費するものではないぞ」

 「余計なお世話焼き、ご苦労様です」

 「じゃからのう穂谷よ。少しは他の者と共に外に出ぃ。運動せんくても、そうじゃな・・・大浴場の風呂に入るだけでも気分が変わるぞ!あそこは良い風呂じゃった!ちょうどいい!今から行こう!」

 「お断りします」

 

 聞こえてねえのか、気にしてねえのか、こいつの悪口に対するスルースキル半端ねえな。それと穂谷に対する遠慮のなさっつうか打ち解け具合というか・・・この場合は馴れ馴れしさっつった方がいいのかも知れねえな。一方の穂谷も慣れた調子で即答してるから、たぶん似たようなやり取りを何回もしてんだろうな。

 

 「あんな古臭くて、世俗的で、時代遅れな建物、モノクマに言われなければ一歩も足を踏み入れたくありませんでした。汚れを落とすどころか余計なばい菌をもらって来そうです。行きたければお一人でどうぞ」

 「つれない奴じゃのう。六浜も望月もみことも快諾してくれたぞ?」

 「私には関係ありません」

 

 確かにあの建物はクソボロいが、それにしても穂谷はボロクソ言うな。脚伸ばして風呂入れるのは意外といいぞ。湯を沸かす手間も省けるし、口やかましい奴がいなけりゃなかなかいい。どっちにしろ俺とこいつらとじゃ風呂の場所が違うから知ったこっちゃねえが。そういや風呂と言えば、あの話はどうなったんだったか。

 

 「つうかよ明尾、曽根崎の覗きはもう解決したのかよ」

 「のっ・・・はあ、呆れました。覗きだなんて下劣なことを許す場所なんて、尚更行けませんわ」

 「覗き?はて、何の話をしておるんじゃ?」

 「なんでお前が忘れてんだよ」

 

 ダメだこりゃ。どうやら記憶力まで老化してるらしいなこいつ。あんだけ騒いどいてもう忘れてるとかどうなってんだ。この様子だと、六浜にもチクってねえみてえだな。別に俺には関係ねえからどうでもいいが、あいつのせいで俺に何か不都合があるようなら躊躇なくぶん殴る。まあこの調子なら大丈夫そうだが。

 

 「とにかく私は、そんな何の対策もされていないようなところで肌を晒すほどふしだらではありません」

 

 そう言い切って穂谷は、これ以上話しかけるなって雰囲気を出しながら黙りこくった。話がしたくねえなら出て行きゃいいのに、そうしねえのはなんなんだろうな。明尾は残念そうにピンセットをカチカチさせてたが、観念したのか肩を落として自分の親指の棘と格闘を再開した。

 

 「・・・残念じゃのう。ああそうじゃ、清水。風邪薬なら棚ではなく引き出しにあるぞ」

 「ん、そうか」

 

 明尾に言われて木製の引き出しを開けてみると、見慣れたパッケージの風邪薬がびっしりと詰まってた。あるにしたって極端だな。とにかくこれで喉のイガイガは収まるな。俺はそこから一つ取り出してポケットにしまって、さっさと医務室を出た。こっちのイガイガなんか俺の知ったことじゃねえし、巻き込まれたくねえからな。これ飲んでさっさと寝れば明日には風邪も治ってんだろ、なんて呑気なことを考えながら、俺は水をもらいに食堂に寄ってから部屋に帰ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深い眠りはまるで冷たい水のように体を沈め込み、起き上がろうとする力すら起こさせない。全身を押さえつけられるような重たい感覚は、すべてがどうでもよくなる心地よさを持って俺を縛り付ける。このまま今日は一日中ベッドの上で過ごしてもいいな、なんて思ってた。

 今思えば、この時の俺はどうかしてた。どうしてこの状況でそんなことを考えられるのか、自分で自分がイカレてると思う。きっと無意識の内に、現実から逃げようとしてたんじゃねえだろうか。ドアの前まで迫った『その時』からは、どう足掻いても逃げられるわけもないのに。

 

 「ーーーッ!!」

 

 俺は激しくドアを叩く音に跳び起きた。ただの音のはずなのに、まるで誰かの叫び声のように何かが込められてる気がして、無視できるようなもんじゃなかった。ベッドから起きてそのノックに応えようとする前に、俺は気付いちまった。誰かが人の部屋のドアをこんなにノックするなんて、何かがあった時しかない。その何かも、俺がいま想像してる最悪の事態で、たぶん間違いない。

 

 「誰だ」

 

 俺はドア越しに問うた。無意識のうちに警戒していて、あんま意味がない質問だってことも考えずにただ問いかけた。俺の質問を聞き取ったのか、ドアをノックする音は途絶え、返事が返ってきた。

 

 「と、鳥木です!清水君!出て来てください!」

 

 ドアの向こうにいたのは鳥木だった。落ち着いた雰囲気を纏ったいつもの声色は影も形もなく、焦りと混乱が分厚い板越しに感じ取れる。できればいつもの調子であって欲しかった。ドアを強く叩くのも焦った声も、俺が寝ぼけて勘違いしてるだけであって欲しかった。けど鳥木は、あまりに正直に非常事態を報せてきた。

 

 「大変なんです!とにかく開けてください!」

 「・・・」

 

 俺は慎重にドアを開けた。明らかに今の鳥木は普段と違う。それが演技で、このドアを開けた瞬間に襲いかかってくるかも知れねえ。そんな可能性まで考えて、ほんの少しだけドアを開けた。そんな細い隙間から見えた鳥木の表情は、青ざめて冷や汗を浮かべてて、どうにも危険な感じはしねえ。

 

 「な、なんだよ」

 「あっ!清水君ご無事でしたか!おやすみのところ申し訳ございません!ですが緊急事態でございまして・・・!!」

 「おい落ち着け。どうしたんだ」

 「そ、それが・・・!!あ、あちらに・・・!!」

 

 焦ってるくせに妙に腰の低い態度は変わらず、ストレートに要件を伝えてこねえのも、寝起きなせいでイライラする。すると鳥木は震える指と声で俺の目線を促した。俺の部屋の入口からは、その部屋の様子はよく分からねえが、ドアが開放されてるのは分かった。そこに何があるのか、鳥木は皆まで言わねえが、それは聞くだけ無意味だろう。

 俺は何も言わず、その部屋に向かった。このドアの、壁の向こう側にあるものはもう想像がついてる。だからってなんとも思わねえわけじゃねえ。想像が付くからこそ、その先をこの目で確認することが躊躇われる。もし見ちまったら、これが夢じゃねえって証明されちまいそうな気がして、その一歩手前で踏みとどまる。けど、いつまでもそのままでいられるわけもねえってことも分かってる。

 

 「マジかよ・・・!!」

 

 モノクマに動機を与えられて数日間、誰もそんな行動を起こさなかったから、そんな心配する必要ねえって高を括ってたのかも知れねえ。それとも、同じことを何度も乗り越えたせいで、慣れちまってたのかも知れねえ。いざ現実を前にすると、脚が震えてその事実を受け止めることもできねえくせに。

 

 「清水クン?」

 「何をしている」

 

 開いたドアで部屋の中が死角になっている場所に立ち尽くしたままの俺の真横を、そいつらは簡単に通り過ぎた。俺が躊躇った一歩を、震えて踏み出せなかった一歩を、いとも容易く乗り越えた。たぶん乗り越えたとも思ってねえんだろうな、こいつらは躊躇なんてしない、そういう奴らなんだ。だからこの現実も、きっとただそういうものとしてしか受け止めてねえんだろう。

 

 『ピンポンパンポ〜〜ン!!死体が発見されました!!一定の自由時間の後、学級裁判を開きます!!』

 

 今更こいつらのことを冷たい奴だとか思ったりしない。頭上から突きつけられた現実を悲観することもしない。それどころじゃねえよ。たったいま現実だと証明されたその事実を、自分の中で整理を付けて理解するので手一杯だ。なんでこんなことになっちまったんだ。一体誰がやりやがった。こんなこと、何度繰り返すつもりなんだ。

 

 「あっ!し、清水くん!望月さん!曽根崎くん!えっ・・・う、うあああっ!!?」

 「笹戸優真か。現場には入らないようにしろ」

 「そんな・・・!!な、なな、なんで・・・!!?」

 

 モノクマの死体発見アナウンスを聞きつけたのか、廊下の反対側から笹戸が飛んできた。だいぶ慌てた様子で、無事を確認するように俺たちの顔を覗き込んできたが、部屋の中の光景を見てうわずった声が更にひっくり返って、情けない声をあげた。けどこんな有様じゃ、無理もない。

 開け放たれたドアの向こう側は、まさに『惨劇』って言葉が相応しいほど荒らされてた。ぐちゃぐちゃに乱されたベッドのシーツ、歯抜けになってる本棚はその足下に陳列物を放り出して、ひっくり返った椅子が無造作に倒れてる。そのどれもこれもが、まだぬめりを帯びた真っ赤な色を纏っていて、生臭い鉄の臭いが部屋に充満している。その部屋のど真ん中で、“超高校級の考古学者”、明尾奈美は倒れてた。その部屋の何よりも紅く染まり、四肢は力なく投げ出されて、目を閉じて仰向けになっていた。

 

 「ウソだ・・・ウソだ!!な、なんで、明尾さんまで・・・!!?」

 「ん?」

 「どうしてこんなこと・・・!!こんなのってないよ・・・!!」

 「笹戸クン。明尾サン“まで”ってどういうこと?」

 

 明尾の部屋を見た笹戸が呟いた言葉尻を、曽根崎は聞き逃さなかった。こんな部屋を前にしてもそんな冷静に耳聡くいられるのは、たぶんこいつの“才能”だけのせいじゃねえだろう。笹戸はその質問で何か思い出したように肩を跳ねさせて、上手く回らなくなった舌を回そうとした。

 

 「え、えっとだから!その・・・!明尾さんもそうだけど、だから・・・あっちで!あっちで鳥木くんが!みんなが!」

 「せめて基礎的な文法を押さえて説明しろ。鳥木平助がどうした」

 「と、鳥木くんじゃないよ!ええっと、みんな来てて・・・あっちでもだから!穂谷さんが!」

 「穂谷?」

 

 これじゃ話にならねえ。パニックになってる時に自分よりもパニックになってる奴を見ると冷静になれるっつうのはマジだな。明尾の死体を見ちまったから完全に落ち着いてるわけじゃねえが、少なくとも今すべきことを考えられる程度には落ち着いた。どうやら笹戸は寄宿舎の反対側の廊下でも何か見たらしい。目の前に死体があるのにそんなことを言うってことは、それが意味することは一つだ。

 

 「まさか、穂谷も殺されたのか!?」

 「・・・ッ!そうみたいだから・・・!!と、とにかく来て!!」

 

 俺が笹戸の言わんとしていることを代わりに言うと、笹戸は辛そうに顔を歪めてからそう言って廊下を走り出した。まさか、と心がざわついた。そんなわけない、と頭の中で自分の考えを否定するが、いまいち払拭しきれない。なにはともあれ、笹戸の言う通り向こう側に行かなきゃ始まらねえ。笹戸の後に続いて俺たちは反対側の廊下に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なッ・・・んだよ・・・・・・これ・・・!?」

 「・・・血液だな」

 

 忌々しい赤い扉の前を通り過ぎ、八つの個室が並ぶもう一方の廊下の姿を目にした瞬間、俺の脚は自然と止まった。そこに踏み入ってはいけないような、その廊下の全てを俺の体が拒絶しているような、そんな気がした。

 真ん中に敷かれたカーペットとそこからはみ出して見えた石造りの床、それぞれの名前と似顔絵が描かれたプレートがかかった個室のドア、そして悪趣味な色の灯りに照らされた壁と天井、この廊下を構成する全てのものに、明尾の部屋いっぱいに飛散していたものと同じ紅い液体がぶちまけられてた。ある場所は思いっきり叩きつけられたように飛沫が飛び、ある場所は流れ出た血がたまって丸く形を成していて、床と壁には何かを引きずった跡のようなものまで見える。臭いどころじゃねえ、こんな空間にいるだけでおかしくなりそうなほど、そこには禍々しい何かがあるような気がしてならなかった。

 それでも、望月は迷いなく足を踏み入れ、曽根崎は鼻を摘まんで眉をひそめながら血の少ない場所を選んで爪先立ちで入っていった。俺はその二人の後ろ姿と、奥の部屋の前でその中に目を遣る笹戸たちを見て、仕方なく臭いを我慢することにした。

 

 「みんなもう来てたんだ」

 「お、お前たち!無事でなにより・・・おい、明尾はどうした?」

 「明尾さんは・・・!」

 「自身の個室で死亡していた」

 「えっ・・・?」

 

 俺たち三人の姿を確認すると、六浜がすぐにここにいない明尾に気が付いた。曽根崎が言いにくそうに口ごもるが、望月は何の躊躇いもなく事実だけを告げる。途端に六浜と晴柳院の顔が強張った。そうか、こいつらは明尾の死体をまだ見てないんだったな。

 

 「な、なんで明尾さんまで・・・!?なんでですか!」

 「うわっ、ちょっ、待ってよ晴柳院サン。ボクにだって分かんないよ・・・!」

 「うっ!?な、なんだこりゃ・・・!?おい、あいつもしかして・・・」

 「・・・」

 

 明尾の訃報を聞いて、晴柳院は思わず曽根崎に掴みかかった。望月は部屋の前の人だかりをかわして中へ入り、俺は後ろから覗き込んだ。中には、さっき俺たちを呼びに来た鳥木と、その腕の中で眠るように横たわってる穂谷の姿があった。

 さっき明尾の部屋を見た分、穂谷の部屋の有様を見てもそこまで度肝を抜かれるようなことはなかった。それでもひどいもんだ。部屋の入口からベッド、タンス、テーブル、勉強机、シャワールームまで、ありとあらゆる場所に、夥しい数の傷や破壊の跡が残ってる。誰かが暴れたっつうより、格闘の後みてえだ。あちこちの壁と家具にヘコみと血痕が散らばり、穂谷が倒れてる辺りにも小さい血溜まりができてる。

 

 「穂谷さん!しっかりしてください!穂谷さん!」

 「くっ・・・どうして穂谷さんが・・・一体誰がこんなひどいことを!」

 「うぷぷぷぷ!いいね〜笹戸くん!ようやくこのコロシアイに馴染んできたって感じかな?ボクとしてはもっと早めにその気になってもらってもよかったんだけどね!」

 「ッ!モ、モノクマ・・・!!」

 「まったくもうさあ、こんなに部屋も廊下も汚しちゃって。後で掃除する身にもなってほしいよ。あ、でも今回のクロが学級裁判で勝ったらもう掃除しなくていいんだ!やったね!」

 「貴様ァ!!」

 

 鳥木は抱きかかえた穂谷に必死に呼びかける。全く返事をしない穂谷を揺する表情は、とんでもなく痛々しくて見てられねえ。そして奴はそれを楽しむような言葉と共に現れて、反吐が出るほど外道なセリフを吐き散らす。こいつが出て来た理由はもう分かってる、六浜みてえにいちいちキレてたらキリがねえから、出すもん出してさっさと失せろ。

 

 「おっとっと。そんな怖い顔しないでよむつ浜さん。そのクロに対抗する手段を持ってきてあげたんだからさあ」

 「くっ・・・!!外道めが・・・!!」

 「まあ持ってきたっつってもデータだからモノはないんだけどね。ってことで、じゃじゃじゃじゃ〜〜〜ん!!ザ・モノクマファイルその5〜〜〜!!」

 

 モノクマがそう言って両手を挙げると、俺たちの生徒手帳が電子音を出した。新しく規則が追加されたりする時に出るこの音は、この状況ではつまり、モノクマの検死報告書のデータが追加されたってことだ。そんなもんをチャットのスタンプ感覚で送ってきやがる。ふざけやがって。だがこれがあるお陰で、今までの裁判を乗り越えられたのは事実だ。逆にこれがなきゃ、俺たちには死因も死亡時刻も割り出す術はない。結局モノクマの力に頼るしかねえのが、歯痒くて仕方ねえ。

 

 「私はこのファイルを見る度に貴様に敗北したような気分になる。いずれこの気持ちはすべて貴様にぶつけてやるつもりだ。人の命を弄ぶ罪、存分に思い知らせてやる」

 「うぷぷ、威勢の良いことで。じゃあその前に、この後の学級裁判はどうしても勝たなきゃね!ワクワクドキドキして待ってるよ!あ、あと前回からモノクマファイルについての質問は受け付けないから!疑問があったらオマエラで解決しな!アバヨ!」

 「あれ?」

 

 凄まじい形相で六浜はモノクマを睨み付ける。だがモノクマはそれが見えてんのか見えてねえのか分からねえほど気楽に流して、俺たちに逃げられない現実をぶつけて帰って行った。そしてそれと入れ違いになるように、曽根崎は生徒手帳を見て疑問符を飛ばした。

 

 「どうしたの?」

 「モノクマファイルが・・・明尾サンの分しかないんだ」

 「ええ・・・?それがどうしたんですか・・・?」

 「穂谷サンの検死結果がないんだよ。どこにも」

 「・・・!ということは・・・!!」

 

 曽根崎に言われて全員が自分の生徒手帳を確認する。モノクマファイル5と題されたそのデータには、被害者は明尾としか書かれてない。写真を見ても、文字情報ページを見ても、穂谷の名前は影も形もない。それが意味することを理解したのか、六浜は慌てて部屋に飛び込んで穂谷に駆け寄った。

 

 「穂谷さん!目を覚ましてください!」

 「落ち着け鳥木!いいかよく聞け、穂谷はまだ生きている!」

 「ええっ!?な、なに言ってるの六浜さん!?穂谷さんはいまそこで・・・!」

 「だがモノクマファイルに記載がないのならそうとしか考えられん!死人を誤魔化してもいずれバレること、モノクマがそんなことをする理由がない!」

 「じゃ、じゃあホンマに・・・?」

 「穂谷さん・・・!!お願いです・・・起きてください!穂谷さん・・・!」

 

 部屋の外から見てるだけだったから、鳥木に抱えられた穂谷がどんな状態かは分からねえ。取りあえず現場を保存しようとしてた笹戸たちだったが、穂谷が生きてるとなれば話は別だ。全員で部屋の中に入って、穂谷の様子をうかがう。きっちりした服はシワや汚れが目立ち、数ヶ所破けてる。それに手は赤く腫れてて、顔に血も付いてる。生きてるにしたって相当弱った状態だ。このままじゃ危険なことは素人の俺にだって分かる。

 

 「どうか目を覚ましてください穂谷さん・・・!!お願いします・・・!!どうか・・・!!」

 「しっかりしろ鳥木!」

 「ッ!」

 「・・・生きているのならまだ手の打ちようがある。医務室に運ぶんだ。あそこなら清潔なベッドと医療品がある」

 「か、かしこまりました!それでは・・・いッ」

 「!」

 

 悲痛な面持ちで穂谷に語りかける鳥木を、六浜が一喝して宥めた。正気にさえなりゃ役に立たねえ奴じゃねえんだ、とにかく今はこの荒れた場所から安静にできる場所に穂谷を移すことが優先だ。六浜に諭されて我に返ったのか、鳥木は了解すると穂谷の体の下に手を差し込んだ。すると驚いたように小さく声をあげると、素早く手を引っ込めた。指先から血が出てる。

 

 「大丈夫か」

 「ガラス片か何かでしょう・・・この程度、穂谷さんのお怪我に比べれば何でもございません。皆様はくれぐれもお気を付けください・・・それでは、失礼します」

 「ホ、ホントに大丈夫?僕もついて行った方が」

 「お気遣いありがとうございます。ですが、捜査の手を減らすわけには参りません。申し訳ございませんが、穂谷さんがこのご様子である以上、私は今回捜査に参加できるか分かりませんので・・・」

 「穂谷サンは鳥木クンに任せよう。ただでさえ、人手が減ってるんだ。時間もない」

 「・・・では任せたぞ、鳥木」

 

 ここで無駄な問答をして時間を潰すより、穂谷は鳥木に任せてさっさと捜査を始めた方がいい。曽根崎の言う通り、もうここには六人しか捜査できる奴がいねえんだ。おまけに今回は現場が二箇所ある。明尾の部屋に見張り役を配置したら残るのはたった四人だ。四人なんかでまともに捜査ができんのか?

 そんな心配をよそに、鳥木は軽く一礼して部屋を出て行った。誰も口には出さなかったが、穂谷が死にかけてることについては全員複雑な感情を抱いてるはずだ。あんだけ人から嫌われるようなことをしてりゃあ、いずれはこうなるだろうとどこかで思ってたからだ。

 

 「・・・ったく、モノクマの野郎、めんどうな規則作りやがって」

 

 今回は曽根崎の時みてえにモノクマに助けてもらうなんてことはできねえだろう。あれは曽根崎が自力でモノクマと交渉したからこそできたもので、同じ手はできねえように規則が追加された。『学級裁判を妨害する行為を禁止する』、何が該当するかはモノクマの裁量次第っつう曖昧で無茶苦茶なルールだ。それでも、裁判場以外での犯人の暴露なんてモロにアウトだろう。

 

 「穂谷が助かろうと助かるまいと、犯人は分からないわけだ。どのみち捜査はしなければならない」

 「当たり前だ。で、誰が向こうの見張りをする?」

 「僕がやるよ。たぶん晴柳院さんには刺激が強すぎるし・・・曽根崎くんと六浜さんには色んなところ捜査して欲しいから」

 「私と清水翔より優先される理由はなんだ?」

 「清水クンはボクと捜査するからだよ」

 「は?」

 

 とにかく早いとこ見張り役を決めて捜査を始めなきゃならねえ。誰を見張り役にするか相談しようとしたら、まず名乗りをあげた笹戸と曽根崎の発言でほぼ決まった。条件反射で疑問系に威圧しちまったが、別に俺は誰と捜査しようがどうでもいい。

 

 「では私と笹戸優真で明尾奈美の遺体を見張ることにする。笹戸優真、行くぞ」

 「えっ、あ・・・う、うん」

 「思いの外あっさりと引き受けるのだな」

 「あ、あのぅ・・・う、うちはなにをすれば・・・?」

 「では晴柳院は、私と一緒にこの部屋と廊下を捜査してくれないか。流石に一人で見るには時間がかかる」

 「じゃあボクたちは一旦別の場所を捜査しよっか。人が多いと逆にやりにくいからね」

 

 全員、捜査に慣れてきてるのか、テキパキと役割と分担を決めて捜査を開始する。六浜と晴柳院が北側の廊下を捜査してる間に、俺と曽根崎は南側の廊下を捜査することにした。ひとまず俺は、この二つの意味で血生臭い現場を離れられることに一安心した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《捜査開始》

 

 

 もう毎度のことだが、まずはモノクマファイルの確認だ。電子生徒手帳には、血の海に沈む明尾の姿が映し出されてる。こんな写真を撮ったり検死をしたり、いつ見ても悪趣味な野郎だ。目の前で人が死ぬ瞬間を笑いながら見てて、その死体を利用して俺たちを弄ぶ。胸糞悪いなんてもんじゃねえぞ。だがそれだけにこのファイルから得られる情報は重みがある。いつもはそうだったんだがな。

 

 ーーー被害者は“超高校級の考古学者”、明尾奈美。死体発見場所は明尾奈美の個室。身体の各所に殴打痕・内出血・骨折などの負傷がみられ、頭部の損傷が最も激しい。ーーー

 

 

 「ん?」

 

 モノクマファイルに書かれてたのは、たったこれだけだった。被害者の身元と現場、それから怪我のちょっとした説明。こんなもん、わざわざ説明されなくても調べりゃ分かる。死因とか死亡推定時刻とか、そういう俺たちが調べるには難しいもんを共有すんのがこのファイルの役割じゃねえのか。なんだこの雑な出来は。

 

 「こりゃあまた、あからさまに情報不足だね」

 「おいコラ!モノクマ!」

 「・・・無駄じゃないかな。モノクマファイルについての質問は受け付けないって言ってたし」

 「勝手にも程があんだろ!こんなもんでどうやって犯人突き止めろっつうんだよ!」

 「ボクに言われても困るってば。それにさ清水クン、ちょっとキツいことを言うようだけど・・・」

 

 俺は近くにあった監視カメラに向かってモノクマを呼ぶが反応がない。シカトきめるつもりだなあの野郎。一方的に質問は受け付けねえとか言って、こんななおざりなもん寄越しやがって。悪徳商法か。そうやって抗議しようとする俺に、曽根崎はため息を吐いて、妙にもったいぶって言った。

 

 「同じことに何度も何度も文句ばっかり言ってさ、キミ学習能力がないの?」

 「・・・」

 

 その言葉を理解するまで、俺は少し時間がかかった。いたって真面目な目でそんなことを言われたら、冗談だとも思えなくてまともにリアクションできねえ。学習能力がない、学ばねえってことか。俺が学ばねえってか、なるほどな。

 

 「なるほどじゃねえ馬鹿野郎!!」

 「いたっ!?なるほどなんて言ってないよ!?」

 「誰が学習能力ねえだコラァ!こんな中身すっかすかのもんよこされて文句言わずに捜査できるかってんだよ!」

 「モノクマファイルはあくまで捜査の補助とシロとクロの公平性を保つための資料だよ。中身があってもなくてもちゃんと意味はある」

 「だったらテメエはこんだけのことだけ言われて何か分かったのかよ!」

 「うん、これのおかげで捜査の方向性が決まった」

 「はあっ!?」

 

 額にナックルしてやると、曽根崎は見事にひっくり返った。この野郎、受け身の取り方を会得してきやがったな。そんなことより、たったあれだけのことしか書いてねえモノクマファイルに、なんでこいつは文句もなく、逆にあれのおかげで捜査の方向性が決まったなんて言ってやがんだ。こんなファイルじゃ何にも知らねえのとほとんど一緒じゃねえか。

 

 「分からないかなあ。キミは古部来クンのモノクマファイルを読んだ時から何も学習してないよ。何が分かったかじゃないんだって」

 「あ?何が分かったかじゃないって、じゃあなんなんだよ」

 

 俺がそう言うと、曽根崎は電子生徒手帳の画面を見せて、余白だらけの報告書の部分を指さした。

 

 「死因も死亡推定時刻も書かれてない。検死報告書としては明らかに不完全で不自然だ」

 「だから文句言ってんだろうが」

 「覚えてないかも知れないけど、古部来クンのモノクマファイルにも死因は書かれてなかった。そして彼の死因は、クラッカー爆弾での爆殺。どういうことか分かる?」

 「分からん」

 「つまり、モノクマファイルに死因や死亡推定時刻が書かれてないってことは、それが事件の重要な鍵を握ってるってことだよ。古部来クンの場合は死因と殺害方法が犯人を推測するのに重要だった」

 

 そうだったか?ついこの間まで同じ場所で生きてた奴の検死報告書なんて、エグすぎてすぐにでも忘れてえようなもんだ。そんな細かいところまで覚えてるわけねえだろ。けどま、言ってることは分かる。要するにモノクマは、俺たちが簡単には犯人が分からねえように敢えて死因と死亡推定時刻を書いてないってことなのか?

 

 「逆に言えば、そこを重点的に捜査すれば、何か大きな手掛かりが手に入る可能性が高いってことだよ。この場合は死因と死亡推定時刻だから、どっちにしろ明尾サンの遺体を直接調べる必要がありそうだ」

 「な、なるほどな・・・じゃあまず明尾の部屋の捜査からか」

 「そうなるね。じゃあ行こうか」

 

 モノクマファイルの明らかな説明不足は、モノクマが意図的にぼやかしてるってことだ。あいつはシロとクロに公平だとか言うけど、それってつまりぼやかしてるところが明らかになると犯人が分かるってことなのか?曽根崎の言うことに納得しつつもいまいちにしっくりこないまま、俺は曽根崎の後に続いた。

 

 

獲得コトダマ

【モノクマファイル5)

場所:なし

詳細:被害者は“超高校級の考古学者”、明尾奈美。死体発見場所は明尾奈美の個室。身体の各所に殴打痕・内出血・骨折などの負傷がみられ、頭部の損傷が最も激しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さっき見た時と変わりはなく、明尾の部屋は血の色と臭いが満ちてた。明尾の部屋に入るのはこれが初めてだが、変わり果てた部屋の中を見てるとこっちでも相当な乱闘があったみてえだ。自分から現場の見張りを買って出た笹戸は、ど真ん中で息絶えてる明尾を正視できずに血まみれの部屋を手持ち無沙汰に眺めてた。一方の望月は、なるべく現場の保存に徹してるのか、明尾の死体を間近で観察してはいるがあまり動きはない。

 

 「うっ・・・ひでえもんだなこりゃあ。飯の後じゃねえのが救いだ」

 「この後のご飯は食べられそうにないけどね」

 

 そんな軽口を叩く曽根崎の表情は真剣だった。ここで真面目に捜査しねえと後で飯が食えるかどうかも分からねえからな。それにしても、何度目の当たりにしても人間の死体は慣れねえ。全身血まみれ怪我だらけで横たわる明尾の側に片膝をつくと、曽根崎は両手を合わせてから捜査を始めた。

 

 「あれ?」

 「どうした」

 「う〜ん・・・ねえ、二人とも明尾サンの死体を動かしたりした?」

 「えっ、そ、そんなことしないよ」

 「現場保存は捜査の基本だからな。体の下を見るために肩を持ち上げたが、それだけだな」

 「そう・・・ふーん、そっか」

 「いいからさっさと捜査しろよ」

 「・・・そうだね」

 

 まだ手も触れてねえのに、曽根崎は勝手に納得したように頷いてた。捜査でもなきゃ好きこのんで死体に触る奴なんかいねえだろ。そんな分かり切ったこと訊いてどうしようってんだ。黙る曽根崎を急かすと、少し間をおいてから曽根崎は明尾のジャージを脱がし始めた。

 

 「えっ、何してんの曽根崎くん・・・?」

 「モノクマファイルに書かれてることの確認。あとそれ以外に手掛かりがあるかもしれないでしょ」

 「あ、ああ・・・そう。あっ、清水くん、僕らは部屋の捜査しよう。その、凶器とか落ちてるかもしれないから」

 「ん?ああ、そうだな」

 

 曽根崎が捜査を始めると笹戸は露骨に明尾から目を逸らした。そりゃ死んでるとはいえ女の体ベタベタ触るのは俺だって気が引けるが、そんなこと言ってる場合じゃねえだろ。死人に気ぃ遣ってどうすんだよ。そんな笹戸にはお構いなしに、曽根崎は冷たくなった明尾の体を捜査する。それが終わるまで、俺と笹戸と望月で明尾の部屋を捜査することにした。

 

 「ああ臭え。それにどこ見ても血がテカって気持ち悪い」

 「ひどいよね。こんなに血を撒き散らすなんて、きっと相当激しく闘ったんだ」

 「こんだけ血を撒き散らしたんなら、犯人は返り血くらい浴びてるはずじゃねえか?」

 「でも、さっき集まった中に血が付いた人なんていなかったよ」

 「・・・そうだな」

 

 ふと思った疑問を解消するため、さっき穂谷の部屋に集まった奴らの服装を思い返す。詳しくは覚えてねえが、この部屋で明尾とやり合った奴なら一目で分かるくらいの血が付いてるはずだ。そんな奴がいたらいくらあの混乱の中でも気付く。それどころか服に血が付いてる奴なんて一人もいなかったな。さすがにその程度の証拠隠滅はしてるか。

 部屋が荒れてるせいか床もごちゃごちゃしてて、血のせいでどれも同じ色になってやがるから何がなんだか分からねえ。這いつくばって捜査すりゃ何か見つかるかも知れねえが、明尾の血で全身汚すのは抵抗がある。半端に乾いてるせいでめちゃくちゃ気持ち悪い。

 

 「うわっ、靴の裏血だらけだよ・・・。後で洗わないと」

 「七時までまだ二時間ほどある。学級裁判が始まるまでは水道は使用不可能だな」

 「ええ・・・そんなあ」

 

 笹戸のぼやきに望月が返す。時計なんか気にしてなかったが、そんな朝早かったのかよ。どうりで眠いわけだ。つうかそしたら学級裁判までずっと、血まみれの靴で歩き回らなきゃならねえのか。

 

 「なぁところでよ、血が固まってねえってことは、明尾が死んでから時間が経ってねえってことじゃねえのか?」

 「血液の量や気温などによって変化するが、一般的に血液が凝固するのに要する時間は数秒から五分程度と言われている」

 「そんな短いの!?じゃ、じゃあこの血が撒き散らされたのって、さっきのことなんじゃ・・・」

 「ただしこれは、生体に循環する血液に限った話だ。血小板の働きによって痂皮が生成されるのに要する時間、ということだな」

 「同じ血じゃねえか。かさぶたとどう違うんだよ」

 「血液の生物学的性質と化学的性質の違いだ」

 「あ?」

 

 出やがった、望月のわけの分からねえくどい言い回し。擦り傷程度の血の量とこの部屋に撒き散らされてる血の量とじゃ乾く時間が違うってのはなんとなく分かるが、性質がどうのこうのってのはどういうことだ。

 

 「だがいずれにせよ、それほどの時間が経過していないというのは間違いないようだ。椅子の脚や机の縁から血液が滴下した痕跡がある」

 「具体的な時間は分からない?」

 「曖昧な知識による不確実な情報を共有することは避けるべきだ」

 「分からねえんだな」

 

 分からねえなら分からねえとストレートに言え、テメエの余計な言い回しで混乱して証拠を見落としたらどうすんだ。こんだけ血まみれの部屋じゃ、普通にやってても見落としそうだってのに。しかもこの血から明尾の死亡推定時刻を割り出すこともできねえんじゃ、マジでただの邪魔じゃねえか。

 ただの荒れた部屋ならまだしも、血まみれになってるせいでシーツをめくるのもドアを開くのもいちいち躊躇う。それだけならまだしも、部屋中探してみてもどこにも何もない。証拠になりそうなもんだとか、個室にあるはずのないものだとか、誰か別の奴の持ち物だとか。その辺の床に落ちてるものがねえんなら、後は勉強机の周辺くらいしか調べられそうな場所はねえな。

 

 「話しかけんなら何か見つけてからにしろ。集中しねえと見落とすだろうが」

 「証拠らしき物品なら見つけたぞ。勉強机の上にあった」

 「あ?」

 

 見つけはしたが現場保存がどうのこうので持ってきてはねえらしい。いちいちめんどくせえ奴だな。だが証拠らしいもんだって言われて流すわけにもいかねえから、一応確認するために勉強机を見に行った。椅子はひっくり返されて周りと同じ赤色に染まってて、机の上にはわけの分からねえもんがたくさんあって、ただ単に散らかってんのか荒らされてんのか分からねえくらいだ。その中でもテーブルの棚には、石に埋まった虫とか骨だけの恐竜とかが並んで、赤い照明の下でつやつやときらめいてる。

 

 「気味が悪いな」

 「血が付いてるからだよ。明尾さんの標本って美術品として展示されるくらいキレイなんだよ。本人が言ってた」

 「ウソなのかマジなのか際どいところだな」

 

 部屋に骨だの虫だの飾ってる奴なんかの気が知れねえ。石化してたら平気になるって感覚もいまいち分かりづれえ。俺はこういうもんには縁の無いタイプだな、と自分で思った。望月は望月でそんなもんには目もくれず、机と壁の間に押し込まれたように丸まってるもんを指さした。

 

 「これは明尾奈美の私物であるように見えないのだが、何であると考える?」

 「ええ・・・?なんだろう、ゴミじゃないかな?」

 「引っこ抜いてみりゃ分かんだろ」

 

 目の前にあるもんに手を触れずあれこれ考える望月と笹戸、馬鹿なのかこいつら。気になるなら取ってみりゃいいじゃねえか。俺はそんな考えるなんて面倒くせえことはせずに、手っ取り早くそこに押し込まれてたもんを取り出そうとしてみた。

 

 「んっ?」

 

 乾きかけの血で固まってんのか、壁と机の隙間に押し込まれてるせいか、詰まってるみてえで上手く引き出せねえ。ちろっとしか出て来てねえゴミを引き出そうとしても、手が滑って爪同士で指先を引っ掻いちまう。いってえなクソが。全然できなくてイライラしてきた。

 

 「ちっ!邪魔くせえ!」

 「ちょっ!?清水くん!机蹴っちゃダメだよ!」

 

 うるせえ、こんなところで時間食ってられねえし俺の指が痛えんだよ。机を蹴ると壁との間に隙間ができて幾分か取り出しやすくなった。血にまみれたなんかの固まりかと思ったら、摘まんだ途端にばらばらに散らばった。真っ赤でよく分からねえが、どうやらビニールらしい。

 

 「ただのゴミじゃねえか」

 「かなり乱雑に引き千切られているように見られるが、一般的な廃棄物の処理方法として不適切ではないか?」

 「こんだけ散らかってんだから、あってもおかしくねえだろ」

 「でもゴミ箱があるのに、わざわざこんなところに押し込むかな?」

 「じゃあなんなんだよ」

 「・・・証拠品と考えられるが、この場で答えを求めるのは早急だ。記憶するまでに留めておくべきだ」

 

 慎重になってんのか、望月はまわりくどい上にもたついたことを言う。ビニールくずは明らかに誰かが引き千切ったように乱暴な痕跡を残していて、もともと何のビニールだったのか分からねえくらいになってる。心なしか特別に血がたっぷり付いてるような気がするが、気のせいか。

 

 「あっ・・・し、清水くん・・・」

 「あんだよ」

 

 考え込みかける俺に、笹戸が不安そうな声をかけてきやがった。なんだと思って笹戸の方を見ると、困った様子で明尾の机を指してた。血の色の中にも土っぽい感じがすんのは、あいつがほじくり返してきた化石でもいじり倒してたんだろ。その上に、特に土色を感じる塊があった。妙につやつやしてんのは、なんかの塗料でも付けてあんのか。

 

 「なんだこりゃ、きったねえな。明尾はこんなもん机の上に散らかしてたのかよ」

 「ちがうよ!これ明尾さんが大事にしてた骨格標本!飾ってあったの!」

 「骨格標本・・・ああ、なるほどな」

 「ピンときてない!!」

 

 うるせえな、要するに地面に埋まってた骨だろうが。昨日の晩飯の魚の骨と何が違えんだ。石に埋まってようが虫は虫だし、珍しかろうが骨は骨だろ。自分の体の中にもあるじゃねえか。

 

 「で、標本がなんだってんだよ」

 「さっきまで飾ってあったのに崩れちゃったんだよ!清水くんが机蹴るから!」

 「俺のせいかよ」

 「キミのせいだよ!明尾さんこういうの丁寧に扱ってたし大事にしてたんだよ!どうするのこれ!明尾さん大事にしてたのに!」

 「・・・まあ、捜査中の事故だ。忘れろ」

 「逆にキミはなんでそんなに落ち着いてられるのさ!?」

 

 何かと思ったらとんだ因縁だ。俺が蹴ったくらいで崩れるようなモロい支えにしてる明尾が悪いし、机と壁の間にゴミをねじ込んだ犯人も悪い。捜査の途中でこうなっただけなんだから、俺は何も悪くねえだろ普通。で、曽根崎の検死はまだ終わらねえのか。

 

 「だいたい机の上こんな散らかして、道具もほったらかしにしてる奴が大事にしてるなんつっても説得力ねえよ」

 「でもだからってさあ・・・」

 「・・・?笹戸優真、お前は明尾奈美の発掘活動によく同伴していたな?」

 「ん?そうだね。強引に付き合わされたりしてたよ。でも・・・今はもっと一緒にやってあげてればよかったなって思うよ」

 

 机の上を観察していると望月が小首を傾げた。何に気付いたのか分からねえが、めんどくさそうな雰囲気しかしねえ。

 

 「明尾奈美は発掘作業に金槌を使用していなかったのか?」

 「え、いやそんなことないよ。よくあれでノミ叩いたりしてるの見たよ」

 「机の上に見当たらないが」

 

 金槌なんか発掘の現場だとよくありそうなもんだ、むしろ工具で一番有名なくらいメジャーなもんじゃねえか。見当たらねえわけねえだろと机を上を眺めて金槌を探してみたが、確かにどこにもねえ。崩れた化石の裏や引き出しの中も手分けして捜索してみたが、見たこともねえような器具ばっか出て来て、探し物は見つからなかった。

 

 「やっぱりどこにもないよ。おかしいなあ」

 「みんな、モノクマファイルの確認終わったよ」

 「ようやくか。で、なんか分かったか」

 「やっぱりウソはないよ、側頭部に何かで殴られたような傷があって、体に付いてる血はそこから出てるものがほとんどみたいだ。致命傷かどうかは分からないけど」

 「殴られた傷・・・ってことは撲殺か?」

 「殴殺とも言うね。あとは首、腕、脚、お腹の順番で傷が多いかな。顎から首にかけて圧迫痕みたいなものがあるし、それなりに長い時間を色んな体勢で闘ったんじゃないかな」

 「それじゃ、誰かが助けに行くこともできたかもしれないんだね・・・」

 「さあ?」

 

 殴殺か撲殺か、防げた事件かどうか、どっちだっていいだろそんなもん。もう明尾は殴り殺されて、事件は起きてんだ。どうしようもねえことをウジウジ考えて時間を無駄にするわけにはいかねえんだよ。それにしても撲殺か。ちょうど今、明尾の金槌がどこにも見当たらねえことを話してたところだ。撲殺死体と消えた鈍器、こんなもん繋がりがねえって言う方が無理がある。

 

 「なるほどな。ここにあった金槌を凶器にしたわけか」

 「え?なになに?金槌がどうしたの?」

 「めんどくせえ・・・笹戸、説明しとけ」

 「僕が!?」

 

 早くも明尾の死因と凶器がはっきりしてきた。死亡推定時刻はまだ分からねえが、こんだけ血がありゃそんなに前じゃねえってこともだいたい分かる。こりゃ案外簡単な事件かも知れねえな、まだ犯人像は絞れてねえが、まだ明尾の部屋しか調べてねえんだ。寄宿舎の反対側にも現場はあるし、何より穂谷がさっさと回復すりゃ強い証言が手に入る。

 

 「ふむ・・・明尾奈美は撲殺された、か・・・」

 「あ?なんだよ。何が腑に落ちねえんだ」

 「何か、上手く言葉にまとめることのできない違和感を覚えるのだ」

 「なんだそりゃ」

 「いずれにせよここは学級裁判場ではない。ここでは答えを出するより、より多くの証拠品や現場の状況を捜査することが求められている」

 

 こんだけの情報がありゃ、今のところの俺の考えに反論する余地なんかねえだろ。っつうか俺でなくても誰でも考えつく。望月はそれがいまいち納得いかねえように唸ってるが、知ったことか。どんだけ悩んだって事実は変わらねえんだよ。さてと、現場の捜査はこんくらいか。

 

 「なるほどねえ、ありがと笹戸クン!じゃ、清水クン!ここの捜査はだいたい終わったみたいだから、今度は穂谷サンの部屋見に行こっか!あんまりここにいるとスーツに血の臭いが付いちゃうや」

 

 曽根崎の一言で、俺は慣れてた血の臭いにまた噎せ返った。余計なこと言うんじゃねえ。真っ赤な部屋の中で緑色の曽根崎はやけに目立ってた。あの時もそうだ、こいつはやたらと血に映える。

 

 

獲得コトダマ

【部屋の荒れ具合)

場所:明尾の個室

詳細:布団が乱れ、椅子やテーブルがひっくり返り、かなり激しく荒らされている。部屋全体に血が飛散しているため血の臭いが充満している。

 

【乾ききっていない血)

場所:明尾の個室

詳細:現場に足を踏み入れた笹戸たちの靴に血が付着した。どうやら現場の血は散ってから時間が経っていないようだ。

 

【ビニールくず)

場所:明尾の個室

詳細:明尾の部屋に落ちていたビニールのくず。意図的に千切られていて原型を留めていない。大量の血が付着している。

 

【骨格標本)

場所:明尾の部屋

詳細:明尾の部屋に飾られていた骨格標本は非常にバランスが悪く、ちょっとした震動で崩れてしまうほどだった。清水のせいで崩れてしまい、血に塗れた今では大事にされていた頃の面影はない。

 

【化石発掘セット)

場所:明尾の部屋

詳細:明尾が愛用していたツルハシ、研磨用のブラシ、ピンセットなどの工具類をまとめたセット。“超高校級の考古学者”の情熱と愛が籠もっている。金槌だけがなくなっている。

 

【明尾の負傷)

場所:明尾の部屋

詳細:明尾は体全体に激しい多数の傷を負っていた。また、モノクマファイルには書かれていないが、明尾の顎から首にかけて傷と圧迫痕がみられる。他の怪我とは異なるものだろう。

 

【望月の疑問)

場所:なし

詳細:現場で明尾の死体を間近に見た望月が抱いた疑問。明尾の死体の状態に関することらしいが、はっきりとは言っていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 血の臭いが充満した明尾の部屋から出ると、少しだけ空気がすっきりしたように感じた。さすがにあんな場所にずっといたら頭がおかしくなりそうだ。死体まで触ったっつうのに、曽根崎はけろりとしてやがる。なんでこいつはこんなに平然としていられるんだ。

 

 「まさか四回も事件が起きるなんてねえ。さすがにもうないと思ってたよ」

 「は?」

 「だって学級裁判からのおしおきの流れを、もう三回もやってるんだよ?人数も少なくなってきたし、こんな状況でコロシアイなんかしたって抜け駆けできる可能性低くない?」

 「そういう問題じゃねえだろ」

 「そういう問題じゃないのかな」

 

 何言ってやがんだこいつは。犯人がどういうつもりで明尾を殺したかなんか分からねえし、ただ単にこっから出たい以上の理由があったっておかしくねえだろ。もうそういう奴らを何度も見てきたってのに、まだ分からねえのか。

 

 「明尾サンの部屋もそうだし、こっちの廊下ももの凄い血の量だ。よくこれで誰も気付かなかったね」

 「部屋に籠もるとノックでもされねえ限り外の音は全然聞こえねえからな」

 「さすが清水クン!よく知ってるねバブ!?なんでぶつの!?」

 「その言い方は他意がある」

 

 こいつは何かにつけて俺を馬鹿にしてくる。だから嫌みったらしいことを言われる前に先手を打った。言わば正当防衛だ。まあそんなことはどうでもいいんだが、寄宿舎の東側の廊下は、明尾の部屋ほどびっしりってわけじゃねえが、それでも見たことないくらい血で汚れてる。紫色の照明がおどろおどろしく、こびり付いた血を人間じゃない化物の血みてえに妙な色に染めてやがる。その廊下の真ん中で、六浜は壁や天井を見ながらぶつぶつ何か言ってる。幽霊か。

 

 「それにしても派手にやったね。天井にまで飛んでるよ」

 「例えば、何らかの形で口に血を含んだ状態で顎を蹴り上げられれば、天井にまで吐血しうる。あるいは血の付着した物を振り回した時に飛散したか、または出血の勢いそのままに天井に到達したか・・・」

 「なかなか怖いこと考えてるね、むつ浜サン」

 「今までにない上に、私の知る限りでも希有な状態だからな。できるだけ現場を見た上である程度の可能性は考えておくべきだし私はむつ浜ではない!!六浜だ!!」

 「チビは一緒じゃねえのか」

 「血に耐えられんらしくてな、中を捜査してもらっている。入るなら気を付けろ、ガラスやら木やらの破片で怪我をせんようにな」

 「うん、ありがと」

 

 うるせえな。もう何回その件やるんだよ、持ちギャグか。こんな血まみれでしかも照明が暗い廊下なんか、チビみてえなビビりじゃなくてもいたかねえや。せっかく明尾の部屋から解放されたってのに、ここでもまた血の臭いを嗅がなきゃいけねえのかよ。

 

 「中には血ないの?」

 「それなりの量だな。ここほどではない」

 

 部屋に入る前、曽根崎は六浜にそうきいた。あのチビが一人で捜査できるってことは、中はそれほど血がぶちまけられてるわけでもなさそうだし、あいつが面倒臭くなるようなことはねえだろう。ドアは開け放たれて、一歩入ると中の様子が改めてよく分かる。

 

 「・・・ふぅん」

 「なんだよ」

 「いや別に。ただなんとなく・・・こんな感じなんだなあって」

 「はあ?」

 

 

獲得コトダマ

【廊下の血痕)

場所:寄宿舎廊下

詳細:東側の廊下は、床全体が血に染まるほど荒れていた。一方明尾の部屋がある方の廊下は、数滴の血痕がある以外の異常はなかった。

 

【曽根崎の違和感)

場所:寄宿舎

詳細:現場検証をした曽根崎が感じた違和感。二つの部屋を見て何かを感じたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 穂谷の部屋は明尾の部屋ほど血に塗れてるわけじゃねえが、それでもかなり荒らされてて血もいくらか散ってる。靴を履いてるから足がずたずたになるなんてことはねえが、歩きにくいことは確かだ。こんなところで格闘なんかしてたら、相手に勝とうが負けようが傷だらけだな。

 

 「やあ晴柳院サン。捜査は順調?」

 「あっ、曽根崎さんに清水さん・・・ええっと・・・あんまり順調やないかもしれません・・・」

 「はっきりしねえな。なんか見つけたもんはあるのかってことだよ」

 「あううぅ・・・ご、ごめんなさいぃ」

 

 ごめんじゃ質問の答えになってねえんだよ。もう捜査なんて三回もやってんのにまだビビるって、こいつには慣れってもんがねえのか。

 

 「部屋がご覧の通りで、なくなったもんがあっても何があって何がないんか分かりませんし、それに草鞋やとあんまり・・・危のうて動き回れへんのです」

 「じゃなんでこっちの捜査してんだよ」

 「ろ、廊下は血が・・・」

 「晴柳院サン、キツいことを言うけどもうボクたちも人数が少なくなってきたんだ。キミもしっかり捜査してくれないと、証拠を見落としたりするかもしれないよ」

 「ご、ごめんなさい・・・できるだけがんばりますんで、怒らんといてください・・・」

 「別に怒ってはないよ。がっかりしてるの」

 「はぅあぁっ!!?」

 

 曽根崎は曽根崎で容赦ねえ。どっちにしろ晴柳院が役立たずなのは同じだけどな。そんなにわらじが不便だったら普通のクツ履けよ。

 

 「すごい荒れ具合だ、足の踏み場もないってのはこのことだね」

 「明尾の部屋より血が少ねえのはどういうことだ?」

 「というより明尾サンの部屋の方が思い切ってるんだけどね。まるで下手くそなおばけ屋敷だよ」

 「そ、そんなに血だらけなんですかぁ・・・?」

 「そりゃもう、イカの陣取り合戦くらいには血で塗り潰されてたよ」

 「ふえぇ・・・」

 

 確かにありゃ不気味だし居心地悪いし、見てて気分のいいもんじゃねえ。とは言え、まだ見てもねえチビがこんなにビビるって、こいつ大丈夫なのかよ。だがやっぱりあれを見た後だと、穂谷の部屋は荒れ具合はひでえが血はそんなに大した量は出てない気がする。六浜が言うには穂谷はまだ生きてるらしいから、この血の量の差が生死を分けたってところか。そうなると明尾の死因は撲殺の失血死ってことになるが、どっちにしろ凶器は同じか。

 

 「家具も壁もボコボコになってて、近付くんがこわぁて・・・。形が崩れたもんは怨恨の念と混ざりやすいんです、廃屋なんていい例です」

 「きいてねえ」

 「ははっ、こりゃひどいや。シャワールームのドアまで割られてる。それにほら、血痕がこの辺りから始まってるよ」

 

 勝手に穂谷の部屋を漁りまくってる曽根崎が、シャワールームの方で楽しそうな声を出した。何が楽しいんだ捜査だろこれ。見てみると、曽根崎が言った通り、シャワールームに血の乾いた跡と、そこから部屋の中に向かって滴り落ちた血痕があった。曽根崎は俺と晴柳院がその血の痕を見て考え込むのを余所に、どんどん別の場所を捜査していく。

 

 「よっぽど激しい戦闘があったみたいだけど、よく穂谷サンは生き延びたね。戦闘どころか運動会すらまともにできなさそうなのに」

 「こんだけ荒れてんだ、穂谷が部屋中逃げ回ったんじゃねえのか。それか犯人がマヌケか」

 「マヌケねえ・・・どうなんだろうね」

 

 あの有無を言わさない性格のせいで『女王様』だなんだ言われてるが、よくよく考えりゃああいつ自身にはそれこそバイオリンより重いものを持ち上げる力があるようには思えねえ。よく医務室に行ってたらしいし、たぶん体はかなり弱い方だったはずだ。そんな奴を仕留めることもできずに、こんだけ部屋を荒らす羽目になった犯人は、そんな穂谷よりもかなり身体能力が劣る奴ってことになるだろうな。

 

 「マヌケかどうかは分からないけど、こんなに目立つ証拠を残すくらいには焦ってたんじゃないかな」

 「あん?」

 「そ、それは・・・木の札ですか?あっ、もしかして」

 「陰陽道的な何かじゃないことは確かだね」

 

 何をしてるかと思えば、ガラスの破片をどけて床に這いつくばった曽根崎は、シーツがぐちゃぐちゃになったベッドの下から何か取り出した。手の平に収まるくらいの木の札で、『四』の字が彫られてる。四角の一辺だけが人為的にぎざぎざに削られてる。同じもんを俺らはよく知ってる。特に珍しいもんでもねえ。

 

 「鍵じゃねえか。脱衣所のロッカーの」

 「うん。ベッドの下に落ちてた・・・っていうより、隠されてたって言った方がいいのかな?とにかく見つけたよ」

 「なんでそんなんが穂谷さんのお部屋にあるんですかぁ・・・?」

 「おかしいよね。事件に関係あるのはほぼ確実だ。これはボクが証拠品として持って行くけど、いいかな?」

 「はあ、ど、どうぞ」

 

 大浴場の脱衣所のロッカーの鍵だ。古いタイプのロッカーで、鍵が木製だったからよく覚えてる。でも覚えてただけだ。そんなもんがここにあるなんて思わなかったし、これが現場に残されてるってことは、必然的に捜査範囲が広がる。正直、めんどくせえ。犯行の全部が寄宿舎内で起きてればこれ以上の捜査は必要なかったってのに。

 

 「清水クン、捜査において面倒は禁句だよ」

 「言ってねえだろ」

 「思ってはいたでしょ」

 「・・・」

 

 なんで分かるんだよ。

 

 

獲得コトダマ

【争いの跡)

場所:穂谷の個室

詳細:穂谷の部屋は非常に激しく荒らされており、ガラスの破片や乱れたシーツが散乱している。シャワールームには血痕がある。

 

【木の鍵)

場所:穂谷の個室

詳細:『四』が彫られた木製の鍵。脱衣所のロッカーの鍵だが、なぜか穂谷の部屋のベッドの下に落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 穂谷の部屋は死体がなかったことや荒らされすぎてたことで、早々と捜査を切り上げた。犯人に繋がるような証拠があるとしたら、やっぱ明尾の部屋か。だがもうあんな血まみれの場所に行くのは勘弁だな。

 

 「おい曽根崎。明尾の部屋の捜査は望月と笹戸に任せて、俺らは他のとこ行くぞ」

 「え?」

 

 一応曽根崎にそれだけ言って、俺は寄宿舎を出ようとした。ここにいたらどっちにしろあの部屋はいずれ再捜査ってことになりそうだからな。出て行こうとする俺の背中を見ながら、曽根崎はぽかんとした表情を浮かべたかと思ったら、すぐに意味深な笑顔に戻った。

 

 「おっ、こっから先は清水クンがリードしてくれるの?やった!じゃあどこ行こっか・・・なんでっ!!?あうちっ!!」

 「言い方がムカついた」

 

 気色悪い言い方しながら付いてくる曽根崎に、振り向きざまに裏拳を食らわせようとしたら空振った。そのまま一回転する勢いを利用して軽く蹴りを入れたらちょうど膝に入って、へなへなとその場に倒れ込んだ。こいつに付き合ってたらイライラが収まらねえが、なんとなく格闘術のセンスが磨かれてきたような気がする。

 寄宿舎を出たはいいが、特にどこを捜査しようとは考えてねえ。一箇所は確実に捜査しなきゃいけねえ場所があるが、捜査時間はまだある。外に出ると、東の山の向こうは太陽が昇ってるらしく、山端が白んで朝が来ることを報せてる。青い暗がりの中、医務室の灯りが目立つ。そういや鳥木が穂谷のことを看てるんだったな。穂谷が目覚めたなら有力な手掛かりが手に入りそうだ。行ってみるか。

 

 「ま、まって清水クン・・・!おいてかないでよ・・・!」

 

 後ろから声をかけられたが無視した。来るならさっさと来い。なに痛そうに膝さすってんだバカ。

 医務室の扉を開けようとしたら、曽根崎が中の物音を聞いて状況を判断しないと取り返しの付かないことになるとか言い出したが、構わず普通に開けた。ベッドの上で穂谷は大人しく眠っていて、鳥木はその顔を心配そうに見ながら深刻な顔をしてた。そりゃそうだ、こんな時に死にかけの穂谷を看なきゃならねえなんて不安にしかならねえわな。

 

 「おや、清水君・・・曽根崎君は何をしていらっしゃるのですか?」

 「アホのポーズ」

 「ひどい!!ボクは二人の尊厳を守るために・・・!!」

 「穂谷は起きたか」

 「いえ、まだお目覚めになってません。どうやら気絶なさっているようで、今は眠っておられるだけです」

 「呑気なもんだな。こんな時に寝てるなんざ」

 「清水クンがそれ言う?」

 

 寝てるっつってもその顔色は悪い。呼吸は荒く、胸の辺りが忙しなく上下してる。モノクマが手を出さなくてもなんとかなるレベルではあったらしいが、それでも相当なストレスなことに変わりはねえか。無理して死なれても困る。が、裁判までに起きるんだろうなこいつ。

 

 「ね、ね。たぶん起きたら絶対許してくれないだろうから、今のうちに穂谷サンの体とか調べちゃわない?」

 「はっ!?な、なにを言い出すのですか曽根崎君!?今はそんな場合では・・・!!」

 「『女王様』の体を自由にできるチャンスなんてもう二度とないだろうしさ。それに死体にはたくさん情報が残ってるからね」

 「穂谷さんは亡くなっておりません!」

 「被害者だってのは一緒だろ。まあ俺は後が面倒臭えからやらねえ」

 

 いくらなんでも、いつ起きるか分からねえ穂谷の体を調べるなんてことはできねえ。触るどころか近付くだけで嫌悪感剥き出しの奴にそんなことをしてバレた日なんか、後で何されるか分かったもんじゃねえ。戸惑いながらも止めようとする鳥木を軽くいなして、曽根崎は眠る穂谷の体を調べ始めた。俺は関係ねえぞとばかりに、ベッドからなるべく離れたところを捜査することにした。

 

 「ほうほう、頭と肩と腕とお腹と・・・たぶん脚にも怪我はあるね。そこまでひどいものじゃないけど、自然にできた程度じゃないなあ」

 「そ、曽根崎君。その辺でお止めになった方が・・・」

 「もう、鳥木クン。健全な男子高校生がこんなキレイな女の子が目の前で寝てるっていうのに何もしないなんて逆に失礼だよ。据え膳食わぬは武士の恥だよ」

 「違うと思いますが!?」

 

 調べるのは勝手だが声にすんな。あと盛るなエロガエル。そういやこいつ覗きもしてたな。どんな方向性なんだよ。

 特に宛てがあったわけじゃねえが、薬品棚を眺めてみた。ガラスの向こう側に並んだ薬品瓶はどれもこれも前に見た時と変わりがないように見える。ろくに覚えてねえが、何かがなくなったような痕跡はない。前の時には穂谷がそれを覚えてたな、後で見せりゃいいか。

 

 「んっ?」

 

 暇だから医務室の中を適当にぶらぶらしてたら、小さいテーブルの脇に置いてある冷蔵庫の扉が半開きになってるのに気付いた。あからさまに誰かが何かに使ったってことだよな、何が入ってるんだっけか。しゃがみ込んで冷蔵庫を開いてみると、俺は思わずぎょっと目を丸くした。

 

 「・・・血のパック?」

 

 中に入ってたのはいくつかの血液パック、もしもの時の輸血用だろう。ここは確か前にも見た、だから血の入ったパックがたくさんあることには驚かなかった。だがなぜか、今この光景を見たことで俺の中で何かが引っかかった。それとついでに、冷蔵庫の横にかけてあるグラフみたいなのが書かれた紙を見つけた。AとかOとか書いてあるから、たぶん血液型ごとの個数を管理してるんだな。

 

 「んん・・・?」

 

 なんだか分からねえが、妙にそれが気になって一応個数を確認してみた。色んな記号が不親切に何の説明もなく書かれてるだけですげえ見にくいし分かりづらかったが、一個一個引っ張り出して並べる。そうすると、何度数えても数が合わねえ。

 

 「二つ足りねえ・・・なんでだ?」

 

 輸血に使う注射器や点滴用の器具に使った形跡はない。っつうか輸血が必要なくらいの大怪我をして誰にも知られないまま治すことなんてできるわけねえ。過去に輸血が必要なくらいの大怪我をした奴っつったら、一人だけだ。

 

 「おい曽根崎」

 「ん?どうしたの?」

 「お前の血液型なんだ」

 「AB型だよ」

 

 AB型の血液パックは、手元の表に書かれた数とぴったり同じだ。確かO型はどの血液型にも使えるはずだったな、と思い出して確認してみたが、そっちも同じだ。なくなってんのはどっちもA型の血液パックだ。元々の数が一番多かったやつだからまだたくさん残ってるけど、二つもなくなってんのはどういうことだ?

 

 「おい鳥木、お前これ」

 「ああっ!!!」

 

 俺が鳥木に輸血パックいじったか聞こうとした矢先、ベッドから叫び声があがった。体が震えるくらいびっくりしたが、その後に耳に残った声の響きに驚いた。何度も聞いたことのある声なのに、それに込められてた感情は今まで聞いたこともないほどの拒絶に満ちていた。皮肉も嫌悪も軽蔑もない、もの凄く純粋な拒絶。ベッドの上で毛布を手繰り寄せながら、穂谷は虚を衝かれたような表情で曽根崎を見てた。

 

 「なっ・・・!!なにを・・・!!」

 

 穂谷の声は震えていた。妙なことをされてたって勘違いしてるだけじゃ説明が付かないほどに。そもそもこいつはそういうことをされてたら怯えるよりキレるタイプだ。じゃあなんで今は、こんなに青ざめてんだ?

 

 「ほ、穂谷サン?えっと、ごめんね。これ全然ヘンな意味じゃなくて、ただ捜査のためにキミの体の傷を」

 「傷を・・・・・・み、見たのですか・・・!?」

 「えっ・・・う、うん、まあ。腕とか頭とかだけで、別に脱がしたりとかしてないから、そこは誤解しないで。鳥木クンが証明してくれるから」

 「ど、どういうことですか?あ、貴方がた・・・一体何をしているのですか・・・?私に何を・・・」

 「穂谷さん。ひとまず落ち着いてください。今は・・・捜査時間です」

 「捜査・・・?」

 

 状況が掴み切れてねえ穂谷は、鳥木と曽根崎、それから俺の顔を順番に見て混乱した様子でぼそぼそと呟く。こんなに弱った穂谷を見るのは初めてだ。やっぱ犯人に襲われたショックが残ってんだろうか、それに今がどういう状況かも理解しきれてねえらしい。そう言えば死体発見アナウンスも聞いてねえんだったな。

 

 「実は、大変残念なことに、明尾さんがお部屋で亡くなっておりました」

 「あ、明尾さん・・・が、亡くなった・・・!?」

 「それで今は捜査時間。穂谷サンは部屋で気絶してたから、鳥木クンがここに運んできて、いま目を覚ましたってこと。ボクと清水クンは捜査して回ってるんだ」

 「明尾さんが亡くなった・・・捜査・・・ま、またあの・・・・・・裁判紛いのことをしなくてはならないのですか・・・?」

 「当たり前だろ。ここではモノクマがルールなんだ」

 

 徐々に状況が理解できてきたのか、突然に告げられた明尾の死と自分の置かれた状況、そして間近に迫った学級裁判にみるみる穂谷の顔色が悪くなっていく。元から悪かったが、余計に青白くなっていった。取りあえずまだ全快してない穂谷は、すぐに力が抜けたようにベッドに横になった。

 

 「そうですか・・・」

 「基本的なことはモノクマファイルで確認できると思うよ。キミの体に残った怪我から、事件当時のことも分かるかと思って、勝手に調べさせてもらってたよ。ごめんね」

 「いいえ。図らずも私は、貴方がたに命運を託すことになってしまいました。目が覚めるまで待つことができなかった忍耐力のなさにはこの際、目を瞑って差し上げましょう」

 「そりゃ寛容なこった」

 「あ、じゃあ目を瞑るついでに一つ聞きたいことがあるんだ。これ何か知ってる?」

 「はい?」

 

 そう言って曽根崎は、ポケットから薄汚え木の板を取り出した。穂谷の部屋から出て来た証拠品だ。こんなもんが落ちてること自体がおかしいが、穂谷はそれを見て全くピンときてなさそうに眉をひそめた。本当に何か分かってねえらしい。

 

 「なんですか、その小汚い木片は。私はそんなもの知りません」

 「それは・・・男子脱衣所のロッカーの鍵ですね。一体なぜそんなものが?」

 「これ、穂谷サンの部屋で見つけたんだ」

 「は?」

 

 曽根崎が出所を説明すると、穂谷が素っ頓狂な声を出した。身に覚えがないってことだろうな。そりゃ大浴場のものを穂谷が知ってるわけがねえ、こいつはあの場所を毛嫌いしてたはずだ。けどそんな奴の部屋に鍵が落ちてることが、また怪しい。どういうことなんだか。

 

 「穂谷サン、大浴場に行ってこっそりお風呂入ってたんじゃない?」

 「あり得ません。私はあんな汚らしい場所で入浴することはありません。本来なら一度として足を踏み入れたくない場所でした」

 「まあ動機があるなんて言われたら行かないわけにいかないもんね!そっかそっか。じゃあやっぱり犯人が落としていったものなのかなあ」

 

 木の鍵を見ながら曽根崎は独り言なのかなんなのか分からねえことを言う。分かんねえな、こいつのやることは。分かんねえがまだ穂谷を寝かせるわけにはいかねえ。ため息を吐いて布団にくるまろうとする穂谷に、俺は待ったをかけた。

 

 「で、まだ聞きてえことがあるんだ。寝るのはそれに答えてからにしろ」

 「少し甘くするとすぐに付け上がってしまうのですね。きっと大変なご苦労をなさることでしょう、今までも、そしてこれからも」

 「そんだけ嫌み言う余裕があるなら答えられんな」

 

 落ち着いたかと思ったらいつもの穂谷節を炸裂させてきやがった。切り替え早えなこいつもこいつで。俺が近付いたらまた毛布を首の所まで上げて訝しげな目で見やがった。どんだけ俺のこと嫌いだ。

 

 「お前が犯人に襲われた時のことを教えろ。顔を見たとか、どういう風に襲ってきたとか」

 「はあ・・・そうですね。あまり覚えてないのですが・・・」

 「あまりご無理はなさらずに。できる範囲で構いませんので、お教え願います」

 

 きっと頭を殴られただろうから、そのショックで忘れたとか言われたらめんどくせえなとか思ってたが、どうにか思い出そうとしてるようだ。さすがの『女王様』もこんな時にふざけてられねえとばかりに、なかなか真剣な顔になってる。それで少し間があいてから、ようやく話し出した。

 

 「私はあの時・・・ベッドにいました。ちょうど今と同じようにブランケットを被って、寝ていました。突然にドアの開く音がして、廊下の灯りが差し込んできたのが分かって、驚いたのを覚えています。夜中に女性の部屋に上がり込むのはどんな無礼者でしょうと思い、その方の顔を見ようとしたのですが・・・」

 「見たの?」

 「いえ・・・部屋が暗くて逆光になっていたこともありますが、何か顔に被っていたようではっきりとは見えませんでした」

 「顔に被ってた?覆面とかそんなんか?」

 「おそらくその類でしょう。そして唐突に私に襲いかかってきて・・・咄嗟に逃げようとしたのですが、抵抗する間もなく頭を打って気を失ってしまいました。気付いた時には、ここにいて・・・」

 「えっ?それだけ?他に何かないの?犯人の身長とか分かんなかった?」

 「横になった状態でしたので、それも不確かで・・・」

 「全然情報ねえな」

 「仕方ないではありませんか。貴方も真夜中に寝込みを襲われてみなさい」

 

 期待外れもいいとこだな。有力な手掛かりどころかまともな情報が一つもねえ。犯人の体格とか凶器とか殺害方法とか、何にも分からねえ。被害者なんだったらもっと重要な情報の一つや二つ握っとけ役立たずだな。これじゃ生き延びた意味がねえじゃねえか。

 

 「がんばって穂谷サン!もう一言なにかない!?思い出してよ!」

 「そんなことを言われても・・・」

 「暗くても何か犯人に関して分からなかった?性別くらいは?」

 「性別・・・」

 「おっ、何か引っかかったっぽい?いいよいいよそれ頂戴!」

 「曽根崎君、医務室なのでお静かに願います」

 

 曽根崎もうるせえが鳥木もどこ気にしてんだよ。別に今は俺ら以外いねえからいいじゃねえか。それはともかく、必死に何か手掛かりを捻り出させようとする曽根崎の言葉に、穂谷は何かを思い出しそうに表情を歪めた。

 

 「襲われる時に犯人の呼吸や唸りが聞こえたのですが・・・おそらくあの低さは、男声のものかと」

 「男声ってことは、男ってこと!?」

 「ええ。極端に声が高かったり低かったりすると聞き分けるのは困難なのですが、思い当たる方はここにはいないので、おそらくそうでしょう」

 「ってことは、犯人は男ってことになるね。ふむふむ、それなにげにすごい情報じゃない!?」

 

 嬉しそうに見るなボケ。まあかなり有力ってことには変わりねえが、そんなのがあるんなら最初に言えよ。

 

 「他にはなんかない?」

 「えっ、そ、そんなにたくさんは・・・」

 「曽根崎君。穂谷さんはさっきお目覚めになったばかりで、お疲れです。証言なら裁判の時にもできますので、今はまだお休みにならせて差し上げてください」

 「うぇっ?あっ、ちょっ、まだ質問は終わってないですよー!報道の自由を妨害するのかー!質問に答えてくださーい!ああもうこの際マネージャーさんでもいいや!」

 「マジシャンです!」

 

 あんまり矢継ぎ早に質問するもんだから、それまで横で見てた鳥木が力尽くで曽根崎を医務室の外に押し出した。やられながらここぞとばかりにジャーナリストっぽさを出してくる曽根崎は、それでも力及ばず放り出された。弱えなあいつ。

 

 「清水君も、申し訳ございませんがそろそろ御出でくださいますでしょうか?」

 「ああ。あのアホ見てたらアホらしくなった」

 

 医務室の外で服に付いた土を払ってる曽根崎と同じようなマネはとてもできねえと、俺は大人しく医務室を出た。そりゃあんだけやりゃあ鳥木もさすがにああ言う。どうせ後で同じ話は何回でも聞けるっつうのに、一気に聞こうとしすぎだ。

 

 「気ぃ済んだか」

 「う〜ん、そうだね。まあ今日のところはこのくらいで勘弁してあげようか」

 

 なんだそりゃ、コケればいいのか。思ったより情報は少なかったが、それでもかなり有力な情報は手に入った。あの証言だけで犯人候補が半分以下にまで絞れる。そっから先がどうかは知らねえが、残り少ない捜査時間でそれを見つけ出す手掛かりを探し出さなきゃならねえ。

 

 

獲得コトダマ

【穂谷の負傷)

場所:なし

詳細:腕や腹に痣ができており、鈍器による打撲と思われる。

 

【輸血パック)

場所:医務室

詳細:医務室の冷蔵庫に保存されていた輸血用のパック。始めに用意されている数よりも少なくなっている。

 

【穂谷の証言)

場所:なし

詳細:穂谷は部屋で寝ていたところを急に襲われた。電気を消していたため相手の顔は見えず、必死に逃げようとしたが途中で気を失ってしまった。しかし僅かに聞いた声は男性のものだったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後に俺と曽根崎は、大浴場を調べに来た。こんなところ、本当なら来る予定じゃなかった。けど穂谷の部屋から見つかった鍵が、一体何なのか調べないわけにはいかねえから、仕方なく来た。今は夜時間のはずだが、入口の鍵が開いてんのはモノクマが捜査しやすいようにしてたんだろう。ヘンな気遣いばっかだな。

 一応大浴場の脱衣所前のホールも調べてみたが、特におかしなところはなかった。そう言えばモノクマがゲーム機をアップデートしたっつってたな、あれ以来誰かがやってるとこは見なかった。あいつのしたことは全く無駄だったってことだ。

 

 「ま、そりゃそうだよな。こんなボロ臭えゲームなんか誰もやらねえか」

 「開いたよ、清水クン」

 

 曽根崎に言われて、マシンガンの銃口の前を素通りしながら脱衣所に入った。中は相変わらず古くさいロッカーと小綺麗な洗面台が向かい合う妙な空間だった。真ん中に線引いて昭和と平成を比べてるみてえだ。曽根崎が持ってる鍵に対応する『四』番のロッカーは、しっかりと施錠されてた。

 

 「うん、ここで間違いない。じゃあ開けるよ」

 「勿体ぶる意味あんのか」

 

 中に何が入ってるか分からねえが、今更何が出て来たって驚きやしねえ。あんだけ血まみれの死体を見たばっかだし、もっとひでえ有様も何度か見てきた。慣れたっつうのは気分が悪いが、それでも多少は耐性がついてきたっつうんだよ。

 鍵を差し込むと、ごとっという重い音がして錠が外れる感覚がした。曽根崎がゆっくり開くと、中からはついさっき明尾の部屋に充満してたのと同じ臭いが流れ出てきた。思わず鼻呼吸を止めて、中にあるものを目で確認した。なるほどな、ここに隠すつもりだったわけか。

 

 「あ〜、血生臭いなあ。清水クン、取ってよ」

 「なんで俺が」

 「ボク両手塞がってるんだよね。扉と、メモ帳とペン」

 「ちっ」

 

 別に血の臭いが籠もってたからどうってわけじゃねえが、ロッカーの中の空気は俺の手にまとわり付いてくるような気がして、重い木と金属の物体ごと俺の手にこびり付いたような気がした。

 

 「ハンマー・・・モロに鈍器だな」

 「血も髪の毛も付いてるし決定的だ。これが今回の凶器だね」

 「ここに隠しときゃバレねえと思ったんだろうな。鍵を落とすなんてマヌケなことでもしなきゃ、確かに見落としてたかも知れん」

 「いや、鍵なくてもボクは捜査しに来たけどね」

 

 ロッカーの中にあったのは、もう固まって錆のように張り付く血と僅かな黒い髪の毛にまみれた金属のハンマーだった。血だけならまだしも、髪の毛があるせいで余計にグロく見える。手に伝わる重みを実感すると、これを頭に叩きつけられた奴がどうなるかなんて想像するのも気持ち悪い。今すぐにでもこれを手放したかったが、証拠だからそれはできない。

 

 「それにしてもこんなところに隠すなんて、犯人は何を考えてたのかな?」

 「あ?だからバレねえと思ったんだろ?」

 「そうかな?むしろリスクの方が大きいと思うんだけどなあ」

 「・・・どういうことだよ」

 

 突然何を言い出すかと思ったら、ここに隠すのがリスクだと?現場から離れて、鍵さえ持って行っちまえばかなり捜査を邪魔できる、こんな凶器を隠すのに最適な場所にリスクがあるってのか?強いて言えば見つかる可能性だが、そんなん犯行のどのタイミングでもそうだ。

 

 「ボクの予想だと、きっと浴室の方にも何かあると思うな。清水クン、調べて来てくれない?」

 「お前が行けよ」

 「だから、メガネが曇っちゃうって言ったでしょ」

 

 曇ってもいいわアホ。なんで俺がこいつのパシリみてえなことしなきゃならねえんだ。文句を言うが、曽根崎は有無を言わさず俺を浴室に押し込む。少し濡れたタイル張りの床は、もちろん俺の足を掬ってひっくり返した。

 

 「うおっ!?」

 「あっ、やべっ」

 「くっ・・・!おいこらァ!!テメエが押すからだろうが・・・あ?」

 

 押したらコケることくらいガキでも分かるわボケが!ふざけやがって、湯船に突き落としてやる!そう思って起き上がったが、曽根崎はもうそこにはいなかった。脱衣所の中を見渡しても影がねえから、このほんの一瞬で外まで逃げたかあの野郎。ふざけやがって。

 

 「ぜってえ湖に叩き落とす・・・!!あんのクソボケガエル・・・!!」

 

 逃げたあのバカを追いかけるのは後でいい。どうせ後で嫌でも顔を合わせることになるんだ。今は捜査をするべきだな。とは言っても、浴室で調べることなんて大してない。シャワーはどれもきれいに並んでるし、タライや風呂いすもおかしいところはない。浴槽の湯は抜かれてて、特に何かあるわけでもない。つうかこれならマジでメガネが曇ることなんてねえし、あのクソメガネ、マジでぶっ飛ばす。

 

 「で、あいつどこまで逃げたんだ」

 

 適当に浴室の捜査は切り上げて、俺は脱衣所から大浴場ホールに出た。死角のないここからでも、曽根崎の姿は確認できない。まさか大浴場の外まで逃げたのか。どんだけ逃げ足早えんだ、と思ったが、玄関にはあいつのクツが残ってる。まさか裸足でかけてくなんて世田谷の主婦みてえなことしねえよな。

 

 「あの野郎・・・どこ行った」

 

 まだ大浴場のどこかにいるってことだよな。捜査時間が終わるまでに見つけて湖に突き落とさねえと気が済まねえ。しかし脱衣所にもホールにもいねえとなると、一体どこ行きやがったんだあいつ。念のためもう一回脱衣所を見に行くか。と、脱衣所の鍵を開けてドアを開けると、忌々しい緑色が目に飛び込んで来た。

 

 「あっ」

 「あっ!うわわっ!し、清水クンごめん!わざとじゃないから!わざとじゃないから!」

 「関係あるか・・・あん?っつうかテメエどこにいた?」

 「えっ・・・ボクはずっと脱衣所にいたよ?」

 「は?いや、さっきいなくなってただろ」

 「ああ、ホント?いや、まあうん、時々消えたいことってあるよね」

 「はあ?」

 

 何をわけのわからねえことを。さっきのことをはぐらかそうと必死になってんのかなんなのか知らねえが、いまいち曽根崎は何を言ってんのか分からねえ。この野郎、どっちにしても許さねえからな。妙なことして逃げようとしやがって。

 

 

獲得コトダマ

【血まみれハンマー)

場所:大浴場・男湯脱衣所

詳細:男湯の『四』番ロッカーに隠されていた血の付いた金属製のハンマー。明尾の傷と形が一致した。倉庫にあったものとは違うもののようだ。

 

【消えた曽根崎)

場所:大浴場

詳細:清水が目を離した一瞬の隙に曽根崎は姿を消した。そして脱衣所で見失った曽根崎が再び現れたのは、同じ脱衣所からだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『真実と虚構は混じり合いその境界を失っていきます。ホントがウソに、ウソがホントに。そのウソホント?ホントのホント、ホントの大嘘だよ。もはやどっちがどっちでも変わらないほどにこんがらがってしまうのです。ゴミ袋を固結びした後になって新しいゴミが出て来ても、もうそれは来週のゴミの日まで放置なのです。オマエラにはもう一分の猶予もないんだよ!寄宿舎の赤い扉の前にお集まりください!』

 

 相変わらずモノクマのアナウンスは理解に苦しむ。意味が分からねえ。それでも時間が来たことを告げる役割だけはきちんと全うしていた。それを聞いた瞬間に、俺の中で何かが吹っ切れた。これ以上捜査することができない、今まで集めた情報だけで犯人を突き止めなきゃならねえ。ありとあらゆる感性を研ぎ澄ませて、極限まで思考を突き詰めなきゃならない、あの時間をまた繰り返さなきゃならねえ。

 

 「来たか。お前たちで最後だ」

 

 大浴場から寄宿舎に戻ると、既に俺と曽根崎以外の全員が集まってた。晴柳院は気分が悪そうにして望月に支えられて、穂谷は一人で立ってるがすぐ隣で鳥木が不安そうにしていた。笹戸は誰とも目線を合わせないように俯いていて、六浜は全員の顔を確認してから赤い扉に向き合った。その表情は覚悟を決めてはいるが、いい知れない憂いを含んでた。またこうして全員がここに集まるなんてこと、誰一人として望んでなかったんだ。

 誰も何も言わない時間は短く、俺たちが着いてからすぐに赤い扉は、重い音を立てて開いた。金属のエレベーターの扉がガラガラと開いて俺たちを迎える。これに乗るのは五回目だ。靴越しに伝わる固くて無機質な感触に、言いようのない不気味さを覚えて仕方がない。そしてエレベーターは動き出す。けたたましい程の金属音がまるで、得体の知れねえ悪魔の笑い声のように耳を打ち始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り8人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命    【明尾奈美】

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

【屋良井照矢】 鳥木平助  【滝山大王】【アンジェリーナ】




えらい長く書いてしまいました。最初のくだりは日常編に入れときゃよかったかな、なんて今になって後悔。けれども思い切って公開。関係ないけど大航海


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

学級裁判編1

 このエレベーターも随分と広くなった。初めにこのエレベーターに乗った時の半分まで人が減っちまった。深く、深く、まだまだ深く降りていく途中で、色のない土の壁を見てると、消えていった奴らの顔が、声が、記憶が蘇ってくる。

 

 「深いなあ。鼓膜が痛くなってきたよ」

 

 緊張感の欠片もない曽根崎の呟きは、全員の耳に入ったが、誰も答えなかった。何が起きるか分かりきってても、分かり切ってるからこそ、この緊迫の中では呼吸にすら体力を消費する。そしてエレベーターは唐突に降りるのを止めた。鉄の柵と土の扉は俺らに道を開ける。眩しいくらいに光溢れた、絶望の裁判場への道を。

 

 「うぷぷぷぷ!オマエラ!お久し振りです!ファンのみんなお待ちかね、数少ないボクの出番ですよ!」

 「ファンなんかいるか」

 「いるよ!このボクのプリティーでキュートな愛くるしい見た目の虜になる人は多いんだからね!そしてこの独特の声!老いも若きもノスタルジーを感じずにいられない温かみがあるよね!」

 「なぜだか後半は否定できません・・・」

 「なんでも構いません。私は早く休みたいのです」

 

 玉座の上で忙しなく動くモノクマを白い目で見ながら、俺たちはいつも通り、自分の席についた。今になって思うと、俺のこの席はなんて気分が悪いとこなんだ。右隣は燃えるような赤い目を灰色に濁した飯出の遺影、左隣は焼けた肌が色を失くした滝山の遺影、真正面には意味深でぶっ壊れた微笑を浮かべる屋良井の遺影。どこを見てもろくな奴がいねえ。

 そして左の方には、前回まで鮮やかな赤色のジャージを着てた明尾が、喪服のように黒いジャージに着替えていた。まるでその遺影は自分の喪に服してるようで、その色合いに背筋が寒くなった。

 

 「明尾さん・・・うぅっ、明尾さん・・・」

 「半分に減っただけなのに、遺影が多くあるように見えるね。でもね、ここまできたら佳境だよ。この裁判をオマエラがどういう結果を出すかによって、今後のあり方が大きく変わってくるんだよ」

 「半分に減っただけ、だと?」

 「なぁに六浜さん。またボクにお説教して熱いことでも言うの?もうね、そんなの飽きちゃったの、くどいの。長くて読む気してこないの!」

 「もう貴様に何を言っても無駄なことくらい分かっている。まだ冷静でいられるうちに、さっさと裁判を始めよう」

 

 モノクマが頭おかしいことなんて最初からわかってた。六浜ももう諦めてるらしい。変に挑発されて興奮した状態じゃあきちんとした議論ができなくなる。そう感じた六浜は、うんざりした言い方でモノクマを促した。

 逃げようとなんて考えもしなかった。無駄なことだと分かってるからだ。真実を突き止めて誰かを殺すか、何も分からないまま誰かに殺されるか。二つに一つ。ただ、俺は死ぬ気なんかさらさらねえ。クロが勝手に殺して勝手に死ぬだけだ。命懸けの証言、命懸けの推理、命懸けの嘘、命懸けの追及、命懸けの言い逃れ・・・・・・目が回りそうな学級裁判の幕は、静かにあがる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コトダマ一覧

【モノクマファイル5)

場所:なし

詳細:被害者は“超高校級の考古学者”、明尾奈美。死体発見場所は明尾奈美の個室。身体の各所に殴打痕・内出血・骨折などの負傷がみられ、頭部の損傷が最も激しい。

 

【部屋の荒れ具合)

場所:明尾の個室

詳細:布団が乱れ、椅子やテーブルがひっくり返り、かなり激しく荒らされている。部屋全体に血が飛散しているため血の臭いが充満している。

 

【乾ききっていない血)

場所:明尾の個室

詳細:現場に足を踏み入れた笹戸たちの靴に血が付着した。どうやら現場の血は散ってから時間が経っていないようだ。

 

【ビニールくず)

場所:明尾の個室

詳細:明尾の部屋に落ちていたビニールのくず。意図的に千切られていて原型を留めていない。大量の血が付着している。

 

【骨格標本)

場所:明尾の部屋

詳細:明尾の部屋に飾られていた骨格標本は非常にバランスが悪く、ちょっとした震動で崩れてしまうほどだった。清水のせいで崩れてしまい、血に塗れた今では大事にされていた頃の面影はない。

 

【化石発掘セット)

場所:明尾の部屋

詳細:明尾が愛用していたツルハシ、研磨用のブラシ、ピンセットなどの工具類をまとめたセット。“超高校級の考古学者”の情熱と愛が籠もっている。金槌だけがなくなっている。

 

【明尾の負傷)

場所:明尾の部屋

詳細:明尾は体全体に激しい多数の傷を負っていた。また、モノクマファイルには書かれていないが、明尾の顎から首にかけて傷と圧迫痕がみられる。他の怪我とは異なるものだろう。

 

【望月の疑問)

場所:なし

詳細:現場で明尾の死体を間近に見た望月が抱いた疑問。明尾の死体の状態に関することらしいが、はっきりとは言っていない。

 

【廊下の血痕)

場所:寄宿舎廊下

詳細:東側の廊下は、床全体が血に染まるほど荒れていた。一方明尾の部屋がある方の廊下は、数滴の血痕がある以外の異常はなかった。

 

【曽根崎の違和感)

場所:寄宿舎

詳細:現場検証をした曽根崎が感じた違和感。二つの部屋を見て何かを感じたようだ。

 

【争いの跡)

場所:穂谷の個室

詳細:穂谷の部屋は非常に激しく荒らされており、ガラスの破片や乱れたシーツが散乱している。シャワールームには血痕がある。

 

【木の鍵)

場所:穂谷の個室

詳細:『四』が彫られた木製の鍵。脱衣所のロッカーの鍵だが、なぜか穂谷の部屋のベッドの下に落ちていた。

 

【穂谷の負傷)

場所:なし

詳細:腕や腹に痣ができており、鈍器による打撲と思われる。

 

【輸血パック)

場所:医務室

詳細:医務室の冷蔵庫に保存されていた輸血用のパック。始めに用意されている数よりも少なくなっている。

 

【穂谷の証言)

場所:なし

詳細:穂谷は部屋で寝ていたところを急に襲われた。電気を消していたため相手の顔は見えず、必死に逃げようとしたが途中で気を失ってしまった。しかし僅かに聞いた声は男性のものだったという。

 

【血まみれハンマー)

場所:大浴場・男湯脱衣所

詳細:男湯の『四』番ロッカーに隠されていた血の付いた金属製のハンマー。明尾の傷と形が一致した。倉庫にあったものとは違うもののようだ。

 

【消えた曽根崎)

場所:大浴場

詳細:清水が目を離した一瞬の隙に曽根崎は姿を消した。そして脱衣所で見失った曽根崎が再び現れたのは、同じ脱衣所からだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【学級裁判 開廷!】

 

 

 「まずは、学級裁判の簡単な説明から始めましょう。学級裁判の結果は、オマエラの投票により決定されます。正しいクロを指摘できればクロだけがおしおき。でも、もし間違った人物をクロとしてしまった場合は・・・クロ以外の全員がおしおきされ、生き残ったクロだけに、希望ヶ峰学園に帰る権利が与えられます!」

 「何度聞いてもひどいルールだよ・・・どうして僕たちがこんなことを・・・」

 「今更言ってもしょうがねえだろ。やらなきゃ死ぬだけだ」

 「やっても死ぬかもね!」

 「黙れ曽根崎」

 

 死ぬか死なないかなんて、この場所に立った時点でもう三途の川に飛び込んでるようなもんだ。ここから俺たちが死ぬ気で考え抜いた結果にどっちの岸にしがみつけるかは、今考えてもしょうがねえ。やるしかねえんだ。

 

 「うぷぷぷぷ♫それにしても前回の屋良井くんといい今回の明尾さんといい、賑やかしが減ってテンションが下がって来てる気がするけど、みんな頑張ってね!」

 「いや、こんなもん犯人なんか分かり切ってんじゃねえのか」

 「ほう、当たりが付いているのか清水」

 「いやいや待ちなよむつ浜サン。裁判が始まってすぐのこういう発言は的外れフラグだよ」

 「余計なこと言うんじゃねえ!」

 

 人が減ったのは誰のせいだ、こんなもんテンションどうこうの問題じゃねえんだよ。黙っとけクソ埃。俺の中ではそんな言葉が次々に浮かんでいくが、誰もモノクマの茶々には反応しない。したって無駄だと分かってるし、それより先に迫った問題があるからだ。

 

 「なんで明尾が殺されたのかは分からねえが、今更になって誰かを殺そうとする奴なんて、『裏切り者』って奴しかいねえんじゃねえのか」

 「『裏切り者』・・・や、やっぱりその話になるよね・・・」

 「そ、そんな人、ほんまにいてるんですか・・・・・・この中に?」

 「よせ。正体の分からん者を犯人と疑っても仕方がない。その程度で簡単に分かるならば、『裏切り者』の正体など既に明らかになっている」

 

 俺の一言で一気に裁判場の雰囲気が悪くなった気がする。ただでさえ人殺しが潜んでるっつうのに、『裏切り者』ってのも乗っかって更にギスギスしてきた。六浜は静かにその感情を言葉で制して、学級裁判を冷静に進めていく。どこ吹く風とばかりに望月はそれに続く。

 

 「まずは事件の前後関係を整理する必要がある。被害者の状態及び殺害前後の動向、基本的な事件の要旨を明確にすることだな」

 

 『裏切り者』が誰かなんてのは、裁判の流れでいずれ分かるか、クロが決まってから明かされるはずのことだってか。まずは明尾を殺した奴が誰かをはっきりさせることが最重要だと、話は『裏切り者』とは関係なく進んでいく。結局いつもと同じかよ。

 

 「ではまず、明尾さんのご遺体が発見された辺りから確認して参りましょう」

 「第一発見者はお前だったな、鳥木。発見までの経緯を、できるだけ詳細に頼むぞ」

 「畏まりました」

 

 鳥木は恭しく頭を下げた。こいつが俺の部屋のドアをノックしたのは、まだモノクマアナウンスどころか夜明けすら訪れてない夜とも朝ともつかない時間帯だ。そんな時間になんでこいつは明尾の部屋の異変に気付けたのか。確かにそこははっきりさせとかなきゃならねえな。

 

 「まず私は朝食の準備をするために、早めに起床して身支度を整え、食堂に参ろうと部屋を出ました。時刻は五時頃でした。その時点では廊下に異変はなく、確認はしておりませんが、おそらく明尾さんもご存命でいらっしゃったと存じます」

 「それで?」

 「キッチンで準備をしていたのですが、ほどなくして食堂に出た時に寄宿舎の方から不穏な音が聞こえてきました。物が壊されるような、激しい音でした。何事かと様子を見に行ってみますと、明尾さんの部屋のドアが開いていることに気付き、中を見ると・・・あの様子でした。そして皆様を起こしにお部屋を回ったという次第です」

 「なるほどな。ということは犯行時刻もその周辺か。その時間、他に目を覚ましていた者はいるか?」

 「いるわけねえよなぁ・・・鳥木の言い分の確かめようもねえか」

 「早朝では全員アリバイなしか。ある程度は予測がついていた。だがいま重要なのはそんなことではない」

 「え?」

 

 鳥木の証言は、もし本当なら明尾の死んだ時間を絞る有力な証言になるが、逆にまるっきりでたらめだったらまずい。早朝で人がいねえんじゃ証言が本当だと証明する奴もいねえし、かといってそんなこと言ってたら議論なんか始まらねえ。どこかで取捨選択しなきゃならねえ。どうすりゃいいんだ。誰の証言なら信じていいんだ。

 

 

 【議論開始】

 

 「鳥木の証言によると、明尾が殺害されたのは“早朝”だ」

 「そ、その時間ですと・・・事件の前後に明尾さんを見てた人とかはいてませんよね・・・?」

 「あとアリバイがある人もいないね!どうにもなんないや!」

 「“他の証言”でもあればいいんだけど・・・」

 「それだ!」

 

 

 

 

 

 「証言ならまだあるはずだ。こっちから言わなきゃ言わねえってのもおかしな話だけどな・・・とっとと話せよ」

 「ど、どうしたの清水くん?誰に言ってるの?」

 「穂谷だよ!」

 

 鳥木の証言はウソかホントか分からねえ。こいつが犯人じゃないって確証がないからだ。けど今回の事件で死にこそしなかったものの、被害者になった穂谷の証言なら信用できる。部屋で気絶してたこいつに明尾を殺すことなんてできねえし、共犯者なら滝山みてえにとっくに殺されてるはずだ。

 

 「・・・はあ。当事者とはいえ、なぜ私がこんなことをしなくてはならないのでしょうか」

 「当事者だって分かってんだったらぐだぐだ文句言うな。いいから黙って言え」

 「どっち!?」

 

 穂谷は頬に手を当ててため息を吐いた。被害者なのに言い渋る理由なんかねえだろ。さっさと終わらせてえなら言うこと言え。

 

 「ではお話しして差し上げます。私は昨日、夕食後に部屋に戻り、シャワーを浴びた後ベッドに入りました。夜時間のアナウンスを聞いた覚えはありませんので、十時にはもう眠っていました」

 「随分早いね!でもそっか、夜更かしは美容の大敵って言うしね!」

 「何時かは分かりませんが、部屋のドアを開ける音で目が覚めました。起き上がって何方か確認しようとしたのですが、部屋の電気を消していたので、顔を見ることはできませんでした。そして徐ろに襲いかかってきて・・・私は逃げようとしましたが、途中で気を失ってしまいました」

 「その証言だけで犯人を特定することは難しいな。犯行時刻も夜時間前後となると、範囲が広い」

 「いや、そこじゃねえ。穂谷はまだもう一つ、デケェ情報を握ってる」

 「そ、そうなんですか・・・?」

 

 医務室で聞いた時も、穂谷は辿々しく曖昧な喋り方をしてた。記憶が混濁してんのか、ショックで本調子じゃねえのか、けど情報を持ってることに変わりはねえんだ。持ってるもんは全部吐き出してもらわねえと困る。

 

 「言えよ、穂谷。犯人の手掛かり、持ってんだろ」

 「・・・・・・犯人に襲われた際に・・・声を聞きました」

 「声?」

 「正確には、呼吸音や息遣いに伴う唸りのようなものです。個人を特定することはできませんが・・・あれが男声であったことは、間違いありません」

 「男声。男の声ということだな?」

 「なるほど!つまり穂谷さんを襲撃した犯人は男性である、ということですね!」

 「男の身で夜分に女の部屋に忍び込むとは・・・な、なんと不埒な!!」

 「そこじゃないと思うよ六浜さん」

 

 六浜はなぜか違う方にキレてる。そもそも人殺そうとしてる時点で不埒どころの問題じゃねえだろ。

 

 「穂谷円加の証言は理解した。しかし、それは真に有力な情報と言えるか?」

 「と、仰いますと?」

 「“超高校級の歌姫”の聴力ならば、呼吸から声の性別を判ずることは可能だろう。しかしその声の主は、今回の裁判で明らかにされるべきクロと同一人物なのだろうか?」

 「で、出た〜〜〜〜〜!今までの議論根本から否定やつ〜〜〜〜〜〜!うぷぷ!望月サンはホントに空気読まないよね!」

 

 モノクマみてえに大げさなリアクションはしねえが確かに、また出た、とは思った。前回も被害者が複数いて、それぞれの犯人が同じ奴かどうかを突っ込んできたな。しかもいい感じに話が軌道に乗りかけた時に。言うなら最初に言いやがれ、わざわざ勢を挫くようなことしやがって。

 

 「た、確かに・・・穂谷さんを襲った犯人と、明尾さんを襲った犯人が同じやとは・・・」

 「そうかな?僕は同じだと思うけどな。だって夜中に二人も人が動いてたら、誰か気付いてそうなもんじゃない?」

 「私もそう感じます。加えて、二つの事件が別々の犯人によって引き起こされたとしたら、あまりに犯人にとってタイミングが良うございます。共犯者という可能性も・・・今はとても考えられません」

 「だがそれを断定する確証もないだろう。この事件が同一犯か複数人による犯行か。いずれかによっては今後の議論の方向性が大きく変わってくるはずだ」

 「どっちとも言えないのも気持ち悪いしね・・・」

 「それでは、その点について議論して参りましょう!」

 「いつの間に『Mr.Tricky』に!?」

 

 望月の疑問、同一犯か複数犯か。事件が二つありゃそういう疑問が浮かぶのはそりゃ当然っちゃ当然だが、いきなりそんなことを議論しようって言われてもどうしようもねえ。それでも一度動き出した裁判場はもう止まらない。互いの表情の変化まではっきり見えるこの場所で、議論から逃げることは許されない。緊張で心臓の鼓動が高まるのにつれて、裁判場全体が突き上げられるような感覚を覚えた。

 

 

 【議論スクラム 開始!】

 

 「穂谷円加を襲撃した犯人と、明尾奈美を殺害した犯人。この両者が同一人物であるか否かは、今後の議論において重要な意味を持つだろう」

 

 「やっぱり犯人は一人だよ。どっちの事件も寄宿舎の中で起きてるんだし、別々に起きたんだとしたらどっちかの犯人が行動を起こす前にもう片方の事件に気付くはずじゃない?」

 「曽根崎君の仰る通りでございます!!穂谷さんのお部屋がございます東側の廊下は、皆様ご存知のように大変汚れておりました!!また私が明尾さんのご遺体に気付くことができたのは、彼女のお部屋の扉が開放された状態だったからでございます!!」

 「共犯者っていう可能性はほぼ考えられないよね・・・メリットがないし、お互いに裏切られる危険が出てくるよ」

 

 「二つの事件に時間差があれば、片方の犯人が行動を起こす前に踏みとどまることも考えられる。しかし、どちらの事件も発生時刻は不明瞭だ。ほぼ同時に発生したという可能性も考えられる。なにしろ、穂谷円加の部屋と明尾奈美の部屋は寄宿舎の反対側。片方の事件に気付かなかったとしても、なんら不自然ではない」

 「む、むしろ・・・寄宿舎のほぼ反対側の部屋でいっぺんに事件が起きるなんて・・・一人の人がやったんやとしたら・・・そそ、そっちの方が変や思います!」

 「同一犯であるという“根拠がない”のなら、これらの事件は別々に起きたと考える方が自然だな」

 「見逃せません!!」

 

 

 

 

 

 二つの主張がぶつかり合う。高揚する気分と共に緊張が全身を縛る。一言も聞き逃せないような激しい議論の最中で、鳥木の声は、まるで噴き出すトランプを剣で突き刺すように、六浜の些細な言葉を貫いた。無駄に大きな身振りや声量は、あの仮面のせいか。

 

 「失礼、六浜さん。ですが私の主張にも根拠はございます!!」

 「同一犯であるという根拠がか?一体なんだ」

 「それではここに、ご覧にいれましょう!!穂谷さん、申し訳ございませんが、少々ご協力願います!!」

 「はい?」

 

 何かと思えば、鳥木は隣の穂谷に頭を下げて、腕をまくる仕草をした。穂谷に腕を見せろって言ってるらしい。あからさまに穂谷は嫌そうな面をしたが、渋々って感じで腕を見せる。そこには、まだ治ってない青あざがいくつも浮かんでる。晴柳院の息を飲む声が聞こえてきた。

 

 「こちらの麗しき白肌にございますアザ、これは打撲により生じたものでございます!!すなわち、穂谷さんがお部屋で犯人に襲撃された際に、鈍器類で打たれて付いたものなのです!!」

 「そうだろうな。刃物や銃器では付かないものだ」

 「そして明尾さんのお体に付いたアザ、こちらは電子生徒手帳で確認することができますが、こちらも同様に打撲によるアザではありませんか?そう、穂谷さんの腕にあるものと同じなのです!!これが何を意味するか、聡明な皆様方ならば、もうお分かりになっていることでありましょう!!」

 「同じ凶器で襲われた・・・ってこと?」

 「That's right!!まさにその通りでございます!!同じ凶器、これは二つの事件が同一犯によるものであることの、充分な根拠と言えます!!」

 「なるほど。確かに同一、或いは類似した凶器による犯行だな」

 「ならやっぱ、犯人は一人ってことになるな」

 

 モノクマファイルには明尾の死体の傷が鮮明に写し出されて、生々しい傷口をモロに突きつけてくる。その写真と穂谷の体についたアザは、確かに同じようなもんだ。穂谷は他人に肌をじろじろ見られんのが気持ち悪いのか、すぐにまくった袖を戻した。けど、これでもう異論はねえだろ。

 

 「つまるところ、今回の事件は単独犯。穂谷の証言が正しければ、犯人は男ということになるな」

 「う、う〜ん・・・絞れはしたけど、まだ足りないよね。それにまだ、凶器も分かってないし」

 「凶器ならある」

 「えっ、そうなの?」

 

 穂谷と明尾の怪我から、凶器は鈍器だってことが分かる。そうでなくても、俺と曽根崎は決定的なほど凶器然としたもんを見つけた。現場なはずの寄宿舎からはかなり離れた場所で、だが。

 

 「大浴場の脱衣所のロッカーに、血の付いたハンマーがあった。隠されてたんだ」

 「ボクと清水クンが見つけたんだよ!あそこに隠せば見つからないと思ったんだろうけど、ちょっと甘過ぎかなあ」

 「脱衣所のロッカー・・・お前たちが見つけることができたということは、男湯の方のロッカーに隠してあったのだな?」

 「ほ、穂谷さんの言うてはることと一致します・・・!ほな、やっぱり犯人は男の人・・・!」

 「まだ言ってんのかよ。まあとにかく、これで凶器は分かったわけだが」

 「軌道修正が必要だ」

 

 血と髪の毛が付着したままの状態で見つかったハンマー、これが凶器じゃねえわけがねえ。誰がどう見たってそうだし、ほとんどの奴らも全員納得したように頷いてた。だが、望月だけはまだしつこく食い下がってくる。なんなんだ一体。

 

 「なんだ」

 「脱衣所で不審なハンマーが見つかったこと。そしてそのハンマーが今回の事件に関係しているということは認めよう。だが、本当にそのハンマーが明尾奈美を殺害した凶器であると言えるだろうか?」

 「はあ?あのなあ、あの怪我見りゃ分かんだろ。このハンマーが凶器じゃねえってんなら、他にどう説明付けられんだ!」

 「・・・より複雑な場合を想定することを回避し、短絡的な事実を期待するか。興味深いが、この場においては修正する必要があるな」

 

 

 【反論ショーダウン】

 

 「明尾と穂谷の体には、どっちも同じアザがある!どう見たって重てえもんでぶん殴られた痕だろ!ハンマーが凶器じゃなかったら他に何があるってんだ!」

 「現時点で確定事項として言えることは、そのハンマーが事件に関係した物であるということまでだ。穂谷円加や明尾奈美の身体の創傷はいずれもそのハンマーによるものということは言えるが、それが明尾奈美を死に至らしめた原因、すなわち死因であるとは言い切れない」

 「だったらなにか?テメエはハンマーで身体中にアザが出来て頭かち割れるほどぶん殴られて、それでもまだ“明尾は生きてた”っつうのか!?んなわけねえだろ!死体も部屋も凶器も、どれを見ても“明尾の死因が殴殺だってすぐ分かる”ことだろうが!」

 「見落としに気付くべきだ」

 

 

 

 

 

 「現場を見れば、明尾奈美の死因が殴殺であると直感的に想像するだろう。だが、それでは説明の付かないことがある」

 「はあ?なんだそりゃ」

 「清水クン・・・キミ、本当に学習能力ないのかもしれないよ・・・」

 「あ?」

 

 まったく声は張ってねえのに、望月の言葉には妙に力がこもってた。横から曽根崎がバカにしてくるが、同じようなことを最近聞いたような気がするな。

 

 「それで、説明の付かないところって?」

 「今回、モノクマから交付されたモノクマファイルは、明らかに情報が不足している。これは単なる情報不足ではなく、モノクマが意図的に情報を隠蔽しているためと考えられる」

 「い、隠蔽なんて人聞きの悪いこと言わないでよ!ボクはあらゆる生徒に平等に愛を振りまいているだけなのです!人を殺したくらいや生きてるか死んでるかなんかで差別するのは可哀想でしょ?」

 「区別くらいはしてよ!」

 「うぷぷ♫それにボクだってなんでもは知らないんだよ。知ってることだけ!」

 「監視カメラで四六時中監視している奴が、死因や死亡時刻が分からんわけがあるまい。古部来の検死ファイルでも、意図的に死因が伏せられていた」

 「え、えっとぉ・・・ど、どういうことですかぁ・・・?」

 「モノクマはあくまでシロとクロに平等な立場だって言ってる。だから、死亡時刻や死因が伏せられてるってことは、これを教えることはクロが不利になるってこと」

 「クロに不利?」

 「そうだな・・・例えば、明尾奈美は殴殺ではなく別の方法で殺害された。クロはそれを伏せるために『部屋で殴殺された明尾奈美』を演出し、そしてモノクマがクロの意向を尊重した。しかし殴殺と記すことは虚偽の報告をすることになるため、結果的にモノクマファイルに死因が明記されなかった」

 

 なんかだらだらと説明してるが、つまりモノクマファイルに死因が書いてねえのは明尾が殴殺じゃねえからってことか。確かに今回のファイルは明らかに情報不足だったが、それだけで明尾の死因が殴殺じゃねえなんて言えんのか。

 

 「だ、だけど、望月さんも見たでしょ?明尾さん血まみれだったし・・・他の死因なんてあり得るのかな?」

 「可能性はある」

 「えっ」

 「大量の血痕や明尾奈美の凄惨な有様が、真の死因を隠蔽するための偽装工作であるとした上で、私から一つ証拠を提出する」

 「一体なんでございましょうか?」

 

 犯人が明尾の死因を誤魔化した?そんなことして何の意味があるんだ。だいたい明尾には現に殴られた痕がいくつもあった。なのに他の死因なんて、本当にあり得んのか?

 そんな基本的な疑問は全部すっ飛ばして、望月は電子生徒手帳のモノクマファイルをいじって、俺たちに見せた。赤く汚れた明尾の死体が映ってる。

 

 「ぅひっ!?」

 「っ!そ、そんなものをわざわざ見せて、どういうつもりですか!」

 「明尾奈美のここに注目しろ。血液で分かりにくいが、下顎部から頸部全体にかけて特徴的な傷痕がみられる。これは殴打によるものではなく、圧迫することによって生じる類の痕だ」

 「あ、あっぱく・・・?い、一体何を言っているのですか・・・?貴女は、何を言いたいのですか!」

 「明尾奈美の死因は殴殺ではない。モノクマが意図的に隠蔽した、明尾奈美の真の死因は他にある」

 

 望月はあくまで淡々と言う。明尾の死体のどアップを俺たちに見せつけ、目立たない首の痕に気付くほど調べ上げ、真っ赤な部屋でその真意を冷静に考えられるほどに、落ち着いていた。たじろぐ俺たちに疑問すら感じるように、もう一度それを言い直した。俺たち自身にその答えを言わせるつもりなんだろうか。

 

 

 【思考整理】

 

 望月が見つけた痕ってのがあったのは・・・・・・・・・明尾の首の部分だ

 

 その痕は、ハンマーみてえな鈍器では付かないような痕・・・・・・・・・圧迫痕だ

 

 だとしたら、望月が言いてえ明尾の本当の死因ってのは・・・・・・・・・!!

 

 「そういうことか・・・!!」

 

 

 

 

 

 「明尾が・・・絞め殺されたって言いてえのかよ・・・!!」

 「厳密には扼殺と言えよう。絞殺が紐などの細長い物体で絞めて窒息させるのに対し、扼殺は手で直接気道を圧迫することを指す。故にいずれも窒息死となるが、頸部に残る痕跡から区別が可能だ」

 「わざわざ説明することもない、常識だ」

 「常識じゃないし知りたくないよそんなおぞましい豆知識!」

 「お、お待ちなさい!明尾さんが・・・絞め殺された?一体何を言っているのですか!」

 「穂谷さん?どうなさいました?」

 

 絞殺でも扼殺でも一緒だ。どっちにしろ明尾は窒息死したってことになる。未だに信じられねえが、俺よりもっと信じられないって奴がいた。穂谷が眉を顰めて声を荒げるなんて意外だった。だがすぐに、いつものつまらなさそうな顔に戻って、落ち着けと自分に言い聞かせるようにゆっくり喋りだした。

 

 「・・・失礼、少々取り乱しました。皆さんが、そのあまりにも酔狂なお話を簡単に信じてしまいそうになっていましたもので」

 

 薄ら笑いで、同じ目線から見下してくるような視線を向けてくる。なんでお前が取り乱すんだよ、明尾がどう死のうが関係ねえんじゃねえのか。

 

 「酔狂か?少なくとも私は望月の意見はもっともだと思うぞ。この痕を見れば、扼殺の可能性があがるのは当然だ」

 「うふふ・・・そんなもの、明尾さんが動かなくなった後で付けることもできましてよ。それに何より、先ほど貴女方は言っていたではないですか。私と明尾さんを襲ったのは同一人物だと」

 「何が言いたいのさ?」

 「清水君が凶器の証拠として提出したハンマー、これは間違いなく私を襲った犯人が使用した物でしょう。それならなぜ犯人が同じ凶器を使わず、わざわざ扼殺などを選びましょうか。それとも、この私の言葉を疑うつもりですか?」

 

 んなボロボロの体で威張られても箔が付かねえ。少なくとも明尾がハンマーで襲われたことは事実なわけだから、最終的にどういう殺され方しようと同じ奴がやったって言えるはずだ。

 

 「あのお・・・た、たぶんなんですけど・・・手段を変えることで、他の人の仕業に見せようとしたんとちゃいますか・・・?」

 「部屋があれだけ荒らされて血まみれだったんだよ?それは無理があるんじゃないかな」

 「現にさっきまで、俺らは明尾が殴り殺されたと思ってたわけだしな」

 「し、失礼しましたぁ・・・」

 「いいえ!とても貴重なご意見です、晴柳院さん!そして私は閃いてしまいました!!なぜ明尾さんはハンマーではなく、直接首を絞めて殺害されたのか・・・その理由を!!」

 「私に口答えするのですか?そんな理由などあるはずありません・・・いい加減なのはその似非多重人格設定だけにしなさいな!」

 

 指先まで自由自在とばかりに動かして、長くきれいな指を立てて鳥木が叫ぶ。それにつられるように穂谷の声も強くなる。普段デケェ声を出さねえ奴らだが、どっちもこんだけ張り上げてもよく通るからその言い合いも落ち着いてるように聞こえた。

 

 

 【議論開始】

 

 「明尾さんが扼殺だなんて・・・本気で言っているのですか?彼女は部屋で血まみれで倒れていたのでしょう?」

 「望月も言っていたが、明尾の“首にある圧迫痕”、これは扼殺に特徴的なものだ。間違いない」

 「私と明尾さんは同じ犯人に襲われたのです!同一人物の犯行なら、同じ凶器を使わない理由がありません!犯行の時間帯も犯行現場も似通っているのに、わざわざそんな手間をかけるお馬鹿さんがいますか?」

 「いいえ穂谷さん。おそらくその犯人は、敢えて扼殺を選んだのではなく、扼殺を選ばざるを得なかったのでしょう」

 「なんだそりゃ?ハンマーがあるのにか?」

 「たとえハンマーを持って明尾さんに襲いかかったとしても、彼女とて必死に抵抗したはずです!その際、犯人は持っていたハンマーを落としてしまい、咄嗟に首を絞めたのではないでしょうか!」

 「え・・・でも明尾さんだって寝込みを襲われたんじゃないかな。それだと“大した抵抗はできない”と思うけど」

 「その点は、まさに現場が物語っております!あの激しい荒れ方を見れば、あそこで相当の“格闘があった”ことは一目瞭然でしょう!」

 「その言葉、ウラがないよ!」

 

 

 

 

 

 穂谷の諦めの悪い主張と鳥木の新しい主張、この二人がこんなに言い合うなんて珍しい。どっちが勝つのか見届けてやろうと思ったが、それに曽根崎が割って入って、強制終了になった。

 

 「犯人が凶器を落として仕方なく首絞めかあ。まあ悪くない推理だけど、根拠がアレだからなあ」

 「根拠がアレ、とはどういうことでしょうか?」

 「だってさ、キミのその推理って、明尾さんの部屋の状態を踏まえたものじゃないじゃん!」

 「・・・どういうことだ」

 

 悪くない推理と言いつつ曖昧な理由で否定し、へらへらと曽根崎は笑う。その言葉尻に、現場を直接見てない穂谷以外の全員が首を捻った。現場の状態を踏まえた推理じゃないって、今の鳥木の推理のどこら辺がそうだってんだ。

 

 「ボクは捜査の時からずっと思ってたんだよね。明尾さんの部屋が、なんかおかしいなあって」

 「随分とあやふやなことを仰いますね。申し訳ありませんが、私の経験上、断定口調をしない記者は信用に値しません!」

 「あっそ。じゃあはっきり言うよ。鳥木クン、キミの推理だと、明尾サンは自分の部屋にいたところを襲われたことになるけど、ボクはそうは思わない」

 「はっ!?」

 「彼女が襲ってきた犯人と争ったのは確かだろうね、だけどそれは本当にあの部屋だったのかな?もっと言えば、明尾サンは殺された時、どこにいたんだろうね?」

 「なにを・・・!?あ、あのお部屋の様子をご覧になって、その上での発言とは思えませんね!」

 

 つまるところ曽根崎は、明尾が殺されたのは明尾の部屋じゃねえって言いてえのか?あんだけ荒らされて、血まみれで、凄惨な有様になったあの部屋を見て、なんでそんな発想が出てくるんだ。鳥木じゃなくてもあの部屋を見た奴なら狼狽えて当然だ、こいつ頭おかしいんじゃねえのかって思う。

 けどそんな曽根崎の肩を持つ奴もいた。

 

 「ふむ、曽根崎弥一郎、興味深い視点だ。私もその線に乗ろう」

 「えっ!?も、望月さん!?なんで!?」

 「どうした笹戸優真。何を驚いている」

 「驚くよそりゃ!だってキミも明尾さんの部屋を見たでしょ!あそこが現場じゃないわけがないよ!あんなにひどい荒れ方・・・!」

 「私は部屋の状態はよく捜査していないため不鮮明だ。が、私が抱いている疑問が解消される可能性がある方に賛同したまでだ」

 「望月サンなにそれ?ツンデレ?ツンデレなの?」

 「なぜ気候帯の話になる?」

 「ツンドラだそれは。なんとベタな天然ボケを・・・」

 「一体何の話をしておられるのやら・・・!議論を撹乱するおつもりなら、どうか大人しく引き退って頂きたいものですね!」

 

 曽根崎だけじゃなくて望月もかよ。こいつらがわけわかんねえこと言い出したら、もう気の済むまで喋らせときゃいいって俺は覚えた。なのに鳥木も笹戸も頑張って声をあげる。どちらかが論破されるまで、何度も同じことを繰り返す。主張が分かれた裁判場は熱を帯びて衝突する。

 

 

 【議論スクラム 開始!】

 

 「鳥木クンの推理は、明尾サンが犯人に襲われて殺されたのが明尾サンの部屋っていうことを前提としてるけど、それじゃあボクは納得できないよ」

 「曽根崎弥一郎の言う通り、明尾奈美の部屋には不審な点がいくつかあった。格闘が行われたか否かはとにかく、私も鳥木平助の推理には賛同できない」

 

 「で、でも、明尾さんの部屋はあちこち荒らされてて、“全体が血まみれ”だったじゃないか!みんなも見たでしょ!なのにあそこが現場なのがおかしいって、意味が分かんないよ!」

 「現に明尾さんは彼女のお部屋で発見されました!彼女の部屋の様子こそが、あの部屋が犯行現場であることの、動かぬ証拠と言えます!明尾さんと同じく襲われた穂谷さんのお部屋も、血液量こそ違えど“同じように荒らされていた”ではありませんか!」

 「ボクの目は誤魔化せないよ!」

 

 

 

 

 

 「穂谷さんの部屋と明尾さんの部屋が同じ?ふーん、鳥木クンの目にはそう見えたんだ」

 

 鳥木を馬鹿にする含みのある言い方で、曽根崎が冷たい視線を向ける。けど鳥木の言い分に矛盾なんかないように聞こえた。血の量こそ全然違えが、明尾の部屋も穂谷の部屋も同じような感じだったじゃねえか。

 

 「曽根崎、お前は何が言いたいのだ」

 「なんかみんな、明尾サンの部屋と穂谷サンの部屋が同じみたいに捉えてるけどさ、ボクからしたら全然そんなことないんだよ!むしろ、まるっきり違うじゃないか!」

 「ええ・・・ど、どこがさ?」

 「血の量とか言ったらぶっ飛ばすぞ。んなもん見りゃ分かる」

 「いいや、もっと決定的に違うものさ」

 

 ちっちっち、と指を振って小馬鹿にする感じが腹立ったから、どっちにしろこの裁判が終わったらぶっ飛ばす。んなことより、決定的に違うことってなんだ。

 

 「穂谷サンの部屋は確かに荒らされてたけど、明尾サンの部屋は荒らされたっていうより、ただ散らかってたって感じなんだよねえ。まるで、誰かがあの部屋を現場だと思わせようとしたみたいに、不自然な荒らされ方だった」

 「不自然な荒らされ方?」

 「言っとくけど清水クン、キミだってその違和感はあったはずだよ」

 「あ?」

 「あの部屋でキミは、荒らされた部屋ではあり得ない現象に遭遇してるはずなんだ」

 「なんなんだよ、もったいぶった言い方しやがって」

 

 部屋の荒れ方に自然も不自然もあんのか。明尾の部屋はシーツもぐちゃぐちゃ、椅子もテーブルもひっくり返って本棚は歯抜け、おまけに血まみれだ。これのどこが不自然なんだよ。それに俺があの部屋で何に遭遇したかって、マジなんなんだよそれ。

 

 

 【議論開始】

 

 「明尾サンの部屋は明らかに不自然だった。キミたちは気付かなかったの?」

 「私は主に“明尾奈美の死体”ばかり観察していたな」

 「部屋中血だらけで、“ベッド”もめちゃくちゃだったじゃないか!机の上も“散らかり放題”だったし・・・何もおかしいところなんてないよ!」

 「矛盾!撃ち抜かずにはいられない!」

 

 

 

 

 

 一つ一つ、この目で見た情報と耳に入ってくる情報を照らし合わせる。笹戸の言う通り、引っかかるところなんて何もなかったが、曽根崎は不意に笹戸の言葉を射抜いた。

 

 「笹戸クン、よく思い出してごらんよ。本当にあの机の上は散らかってたのかさ」

 「散らかってただろ。本も放ったらかし、工具も放ったらかし、化石も放ったらかしでひでえもんだ」

 「いやいやいや!化石は清水クンが机を蹴ったから崩れたんじゃないか!」

 「ん?笹戸、今なんと言った?」

 「えっ、化石は清水クンが蹴って崩れたんだよって・・・」

 「それは明尾の机の上に飾ってあったものか?」

 「そうだよ。キレイだったけど、丁寧に扱わないとすぐ崩れちゃうんだ」

 「明尾さん・・・とっても大事そうにしてはりました・・・」

 

 なんだか分からねえが、六浜が笹戸の言葉に食いついた。あの化石がどうかしたのかよ。明尾が地面からほじくり返してきた石だろ。

 

 「そうか・・・これがお前の言い分の根拠か、曽根崎」

 「そっ。おかしいでしょ?」

 「一体何がおかしいというのでしょうか?」

 「あの部屋で明尾と犯人が暴れたとしたら、ベッドや本棚よりまず、その化石が崩れてなきゃおかしい。清水がそれほど強く机を蹴ったとは思えん」

 「清水クンが机を蹴っただけで崩れちゃうくらい不安定なんだよ?清水クンが蹴っただけで!」

 「そんなに俺の脚は弱えと思ってんのか」

 「うへー!こりゃ後で蹴られるね!」

 「分かってはんねやったら言わんかったらええのに・・・」

 「他にも理由はあるよ。どの家具もめちゃくちゃになってはいたけど、どれも壊れてはなかった。穂谷サンの部屋には色んな破片が散らばってたのに、明尾サンの部屋は血しかなかった。ハンマーを落とすほどの格闘があったなら、椅子の一つも壊れてないのは不自然だよね!」

 

 曽根崎の言う通りに現場の状況を思い返してみると、妙に当てはまって説得力があった。足の踏み場もないくらいだった穂谷の部屋に比べて、明尾の部屋は血を気にしなければ特に困らない。家具も、位置を直せば元通りに使える状態だった。そう言われてみると確かにそうだ。あの部屋は、不自然だ。

 

 「だから鳥木クンの推理は、前提から間違ってるの。あの部屋で犯人と明尾サンは争ったわけじゃない」

 「・・・さ、左様でございますか」

 「ではついでに、私の疑問について話をさせてもらう」

 「望月の疑問というのは、部屋の荒らされ具合とは違うのか?」

 「私はむしろ、明尾奈美の死体に関することだ」

 「・・・なんでしょう」

 

 あんまり話が長えから忘れてた。鳥木の推理を否定してる話だったな。明尾と犯人が明尾の部屋で争ったことを否定してるわけだ。なんでそんな話になったんだったか。

 

 「傷の形状や全身の負傷などから、明尾奈美は全身を殴打された後に扼殺されたと考えられる」

 「その順序は確定でよかろうな。それで、何が疑問なのだ」

 「扼殺というのは一定以上の力を集中して、かつ継続的に加えなければならない。故に明尾奈美はなんらかの形で体を固定されていたはずだ」

 「う、うーん?」

 「とすれば、あの死体の周辺には、そこにあるべきものがなかった」

 「あ、あるべきものがなかった?」

 

 なんだこいつももったいぶりやがって。なんでわざわざ俺たちに考えさせる。思ってることがあんなら言えばいいだろうが。あるべきものがなかったって、あの部屋に何がなかったってんだよ。

 

 

 【議論開始】

 

 「明尾の部屋にはなかった、あるべきものってなんだよ」

 「事件の順序は、明尾奈美は全身を“殴打された後に”扼殺された。その際に、どこかに体を固定しなければならない」

 「首には“痕跡があった”し、明尾サンの死体もちゃんと部屋にあったよね」

 「きょ、“凶器のハンマー”はお部屋にはなかったらしいですけど・・・別になくても変やないですよね・・・」

 「じゃあ他に何があるってんだよ。現場に“死体”も“血痕”もあって、これ以上なにがいるってんだ」

 「それは事実と異なる」

 

 

 

 

 

 「あの部屋になかった、あるべきもの。それは血痕だ」

 「はああああッ!!?」

 「な、何を仰るのですか!?あのお部屋をご覧になったでしょう!血痕だらけではありませんか!」

 

 ついにトチ狂ったか。明尾の部屋は吐き気を催すほど、視界が緑がかって見えるほど血だらけだった。それに望月は明尾の死体を見張ってたはずだ。なのにあの部屋に血痕がなかったって、とうとうおかしくなったとしか思えねえ。

 

 「ダメだこりゃ。もう使い物にならねえ」

 「正確に言えば、非必然の血痕は大量にあったが、必然の血痕はどこにもなかった」

 「い、言ってる意味が分かりません・・・ち、血の痕に・・・必然なんかあるんですかぁ・・・?」

 「血溜まりか」

 「え?」

 

 話を聞くまでもなく、こいつはもうダメだと諦めたが、六浜はそれに理解を示したらしい。なんでだ。

 

 「明尾奈美の死体周辺の床には、壁面や天井面と同様の血痕しかみられなかった。殴打の後に扼殺されたのなら、頭部から相当量の出血があるはずだ。その状態で、たとえば床に仰向けのまま扼殺されたとしたら・・・」

 「頭の下、あるいはすぐ横に血溜まりができ、大きな染みになる。壁に押し付けられた場合でも、特徴的な血痕と壁伝いに流れる血の跡が残るはずだ」

 

 望月だけだったら妄言で済むかも知れねえ。けど六浜がそれを補足するだけで、妙に説得力のある言葉に聞こえてくる。俺は血の形とか量とかなんて覚えてねえし、そこから殺し方や死んだ時の状況が分かるなんて思いもしなかった。

 

 「つ、つまり・・・貴方は何が言いたいのですか!それが一体なんだというのですか!」

 「明尾奈美の個室は、殺害現場でも襲撃現場でもない。その両方であるかのように見える、単なる発見現場でしかないということだ。すなわち」

 「お待ちなさいッ!!」

 

 曽根崎が抱いた違和感、望月が感じた疑問。この両方から導き出される答えと事実が、望月の口から出ちまいそうになるのを、穂谷が止めた。それは透明感のある凜とした声じゃなくて、相手の言葉を認められないヒステリックさに満ちていた。

 

 「随分と想像力豊かなのですね。お空ばかり見つめていて、現実が見えなくなってしまったのではありませんか?」

 「私は現実に基づいたことしか言わない。空想を根拠とする発言は非合理的だ」

 「お黙りなさい!!貴女の推理には欠陥があります!!それを説明できなければ、そんなものはただの貴女の妄想です!!」

 

 

 【反論ショーダウン】

 

 「明尾さんの部屋が殺害現場でも襲撃現場でもない?一体なんの冗談ですか!同じように襲われた私の部屋と、現場の状態はほぼ同じだそうですね!では当然そちらも現場であることになるはずです!」

 「それは直感的かつ一般的見解に過ぎない。証拠品や不自然な箇所などを考慮すれば、異なる可能性を想定することは至って普通のことではないか?」

 「口答えは許しません!!誰に向かって口をきいているのです無礼者!!でしたら説明してご覧なさい!!ただの発見現場に過ぎないそのお部屋が、“明尾さんの血に塗れていた”理由を!!」

 「視点を変えろ」

 

 

 

 

 

 キィキィと喧しいネズミみてえに甲高く喚く穂谷は、肩で息をしながら望月を睨む。頭に血が上ってんのか少しふらついてるのを、隣の鳥木が心配そうに見る。向かい合う望月はそれを見ても眉ひとつ動かさず、優越感も嫌悪感も一切ない目で、声で、淡白に話す。

 

 「あの部屋に散布していた血痕は、おそらく明尾奈美のものではないだろう。犯人が部屋を犯行現場と思わせるための偽装工作と考えられる」

 「偽装工作?じゃあ、あの血って誰の・・・」

 「誰のでもねえ・・・」

 

 偽装工作?そりゃそうだ、犯人はなんらかの形で現場を作り替えてるはずだ、自分の都合のいいように。もしマジで明尾の部屋は現場じゃないんだったら・・・だったらあの部屋の、あからさまなほどの血は、あれこそが偽装工作ってことになるじゃねえか。それができる方法も、確かにある。

 

 「医務室に保管されてた輸血パックが減ってたんだ。あそこに入ってる血の量なら、十分に部屋を血まみれにできる」

 「輸血パック・・・なるほど!だから清水クンったら、急にあんなこと聞いてきたんだ」

 「その根拠は?」

 「明尾の部屋に、細切れにされたビニールの欠片があった。たぶん輸血パックだったもんだろ」

 「ああ!あれ、輸血パックだったんだ!」

 「証拠隠滅の方法としてはいい加減なものだな。だが清水翔の意見を立証するのには十分だ」

 

 適当に破って机と壁の隙間に押し込まれてたビニールくず。特に血にまみれてたのは、あれが輸血パックの残骸だからだ。バラバラだったはずの証拠品が、一つの推理の元に集まって意味を成し始める。

 つまりあの部屋は、明尾の殺害現場でも襲撃現場でもない。あそこに散った血は輸血パックの中にあったもので、荒らされてるように見せかけられた、ただの発見現場に過ぎなかったんだ。でも、じゃあ明尾は・・・。

 

 「そうなると、明尾はどこで殺されたんだ?」

 「ッ!」

 「そんなもの決まりきっている。明尾の部屋が捏造された現場であるとすれば、他に真の現場があることになる」

 「し、真の現場って・・・?」

 「先に言っておく。同じように血が散っていた東側の廊下も、犯人が同様に血を撒いたと考えられる」

 「って、ていうことは・・・!!明尾さんが殺されたんは・・・!!」

 

 明尾の部屋、寄宿舎の東側の廊下、そのどっちにも派手に血が散ってた。明尾の部屋と同じように廊下の血も、犯人の偽装工作だとすれば、もう選択肢は一つしかない。俺は思わず顔を上げて視線を一方に向けた。俺だけじゃなく、他の全員が同じ奴を見てた。一斉に注がれる視線に、そいつは初めて見せる戸惑いを浮かべた。

 

 「お前の部屋しかないよな・・・穂谷」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り8人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命    【明尾奈美】

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

【屋良井照矢】 鳥木平助  【滝山大王】【アンジェリーナ】




まだ全然どういうものか分かってないですけど、議論スクラムってこんな感じなんじゃないかなって取り入れてみました。イメージは、主張が二つに分かれた時に発生する感じ?複数のコトダマ連射で論破!とかだったら面白いですよね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

学級裁判編2

 は〜い、オマエラどうも。毎度恒例、モノクマの前回までのあらすじのコーナーだよ。今日はいつもよりローテンションでお送りしてま〜す。なんでかって?ボクは今、この上ない悲しみに包まれているのです。みんなしてボクの自慢のモノクマファイルに難癖を付けまくるのです。すべての生徒に平等に接するというのは難しいのです。教師というのは報われない仕事なんだね。それでもボクは負けない!全ては究極の絶望と至高の希望のために!!うぷぷぷぷぷ!!何言ってるか分かんなくなってきちゃったね!!

 

 通算五人目の被害者となってしまったのは、“超高校級の穴掘り名人”・・・じゃなくて、“超高校級の考古学者”の明尾奈美さん!!精神年齢どうなってんだよで骨董品に欲情するド変態な上に常にハイテンションでうるさいことで有名だよね!え?違う?愛用のツルハシで心臓を一突き・・・じゃなくて、真っ赤っかに汚された自分の部屋で横たわってるのを発見されたんだったね!そうそう、確かそうだったよね。

 みんなの中に潜んだ『裏切り者』の正体の件でもっと議論が複雑になると思ったんだけどねぇ・・・あのむっつりのせいで大した文字す、時間が稼げなかったんだよ!!時間が!!でもね、明尾さんの死の状況はなかなか面白かったよ。

 もう一人の被害者である穂谷さんの証言で、犯人は男という可能性が浮上。だけど議論が進んでいく内に、明尾さんの死因や殺害現場についての疑問や矛盾が出て来たんだよねえ。どういうわけだか望月さんと曽根崎くんのタッグによって、殺害当時の状況は一変!部屋で寝込みを襲われて殴殺されたはずの明尾さんは、実は部屋じゃない場所で首を絞め殺されたということが分かったのです!うぷぷぷ!!良い調子だねぇ、このままいけば、まさかまさかの四連勝もあったりしちゃう?だけどクロにももうちょっと頑張ってもらわないとねぇ。うぷぷぷぷぷぷ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・何か言いましたか?清水君」

 

 疑問形だったが、そこにはこれ以上ないほど高圧的な言外の意味が含まれてた。黙れ、口を開くなという圧力が。

 

 「明尾が犯人と戦ったのがあいつの部屋じゃねえとしたら、その痕跡が残ってるお前の部屋しかねえだろっつってんだよ」

 

 今更こいつのそんな言葉に押し負けるわけがねえ、疑わしきは徹底追及だ。

 

 「・・・」

 「どうなんだ・・・!答えろよ!!」

 「ほ、穂谷さん・・・?」

 

 穂谷は黙りこくる。俺の声なんか聞こえないみたいに、目を閉じて俯き微動だにしない。全員の視線を浴びながらも、そこに存在しないかのように一切の動きをみせない。

 

 「・・・それで?」

 

 かと思ったら、不意に短く呟いた。危うくしたら聞き逃しそうなほど唐突で、折れそうなくらいか細い声だ。

 

 「それが一体なんだと言うのですか?明尾さんが私のお部屋で殺されたら、何か分かることでもありまして?」

 「お前が嘘吐いてるってことになるだろうが」

 「はい?なぜそうなるのですか?そのお粗末なアンテナで何か電波でも受信してしまいましたか?」

 「だとしたらテメエの証言はおかしいだろ。テメエは犯人に寝込みを襲われて何もできずに気絶したっつったんだ。そしたらあの部屋の荒れ方はどう説明すんだ」

 「そんなもの・・・私が気絶した後で明尾さんが騒ぎを聞きつけて来たのではありませんか?」

 「き、寄宿舎の反対側にいてたはずの明尾さんが気付かはんねやったら、うちら全員気付くんじゃ・・・」

 「そもそも犯行時間はド深夜から早朝でしょ?そんな時間に都合良く気付くなんてことあるかなあ?」

 「仮に穂谷が気絶した後に明尾が偶然通りかかったなどしたとしてもだ。部屋全体を荒らしながら穂谷に足跡の一つもつけないなどと器用な格闘ができるものか」

 

 穂谷の証言の矛盾を突っつくと、穂谷以外の奴らが矢継ぎ早に疑問と反論を投げかける。穂谷は答える間もなく、次から次へと浴びせられる疑惑を孕んだ言葉に、少しずつ表情が固くなってきた。元から薄気味悪い微笑みで固まってたのが、徐々に怒りを帯びてきて複雑な面持ちになってきた。

 

 「よくもまあそんなにピーチクパーチクと。貴方がたはご自分の意見というものがないのですか?何を勘違いなさっているのやら、私の身体にあるこの忌まわしい怪我こそ私が被害者であることの動かぬ証拠と言えましょう」

 「ということは、分かっているのだな?今この場で、お前が犯人であると疑われているということが」

 「その問いかけは答える必要がありまして?」

 

 六浜の質問にどう答えようが状況は変わらねえし、そこまで分かってるからこそそういう返事なんだろう。けどそれにしちゃあ穂谷は落ち着いてる。さっき鳥木と繰り広げてた言い争いからのギャップには違和感がある。

 

 「し、しかし皆様・・・一度冷静にお考えください。私たちが穂谷さんのお部屋に集まった時、確かに彼女は気絶しておられました。それだけは確かでございます。気を失っていた穂谷さんに、現場の偽装や明尾さんのご遺体を運ぶといったことは不可能なのでは?」

 「その気絶ってのも演技だったんじゃねえのか。っつうかお前は穂谷が死んでるってまで思い込んでたじゃねえか。明尾の死体や血まみれの廊下なんてもんを見た後だったら、そんな三文芝居にも騙されるもんじゃねえのか?」

 「いや・・・そ、そんなはずは!」

 「あ、あのう・・・」

 「なんだチビ」

 「ひっ!!あ・・・や、やっぱいいですぅ・・・」

 「威圧するな清水。何か気になったことがあるなら言え、晴柳院」

 

 威圧って、別に俺はちょっと睨んだだけだろ。このくらいでビビる程度の自信なら言ったってしょうがねえことだろどうせ。

 

 「あの、穂谷さんが犯人なんやったら・・・分からないことがあるんですけど・・・」

 「未だ犯行の全容が明確にされていないが、取りあえず言ってみろ」

 「えっと・・・犯人が使うた凶器いうのが・・・清水さんと曽根崎さんの見つけはったハンマーなんですよね?」

 「うん!脱衣所のロッカーに隠してあったよ!」

 「今となっては直接の死因ではないが、犯行に使用されたことは確かだろう」

 「ほ、穂谷さんが犯人なんやったら・・・男子の脱衣所なんかに隠せへんと違いますか・・・?」

 「・・・はい?」

 

 そういえば、俺と曽根崎が凶器らしきハンマーを見つけたのは男子脱衣所だった。あそこは常に鍵がかかってて、男子脱衣所は男子の生徒手帳でしか、女子脱衣所は女子の生徒手帳でしか解錠できなかった。おまけにマシンガンの見張り付きだ。よっぽどの馬鹿じゃなけりゃ逆パターンを試そうとすら思わねえ。

 

 「機関銃に睨まれていることを気にしなかったとしても、穂谷の生徒手帳では男子脱衣所には入れない。なるほど、確かにそうだ。まさか穂谷が性別を偽っているわけもあるまいに」

 「それなんてプログラマー?」

 「電子生徒手帳を改造すれば可能ではないだろうか」

 「やっぱプログラマーじゃないか!」

 「穂谷がそんなに高度な技術を持っているとは思えん。なによりその程度で男女の間に隔たるセキュリティという名の壁が壊されてたまるかあ!!それでは今後大浴場が使えなくなるではないか!!」

 「あのさあ、なんだか勝手に盛り上がってるみたいだけど、電子生徒手帳は改造不可能だよ。勝手に中を変えたらブザーが鳴る仕組みになってるから」

 「ならよし」

 「ってことは、穂谷さんには凶器のハンマーを男湯の脱衣所に隠すことなんてできなかったのかあ」

 「私としたことが忘れておりました。穂谷さんの証言と、清水君と曽根崎君が男湯の脱衣所でハンマーを見つけたこと、これらで犯人が男性であることはほぼ確定ではありませんか」

 

 また出たな、モノクマの妙な凝り性。電子生徒手帳の中を開く奴なんかいるか、っつうかそんなことできるほど機械強え奴がいるわけねえだろ。一人いたが自分の生徒手帳を爆弾に改造するような馬鹿でもなかったし、大浴場が開放される前に消えた。

 ようやく犯人の正体を突き詰めたと思ったのに、さっき自分で言ったことがここに来て自分の首を絞めてきやがった。男湯の脱衣所のロッカーで見つかったハンマーは、間違いなく犯行に関係してる。直接の死因じゃなくても、あれが明尾や穂谷の身体に傷を付けたものってことはほぼ確定だ。あれが男湯側にあったってことは、やっぱり犯人は男ってことなのか?

 

 

 【議論開始】

 

 「ボクと清水クンがハンマーを見つけたのは、“男湯側の脱衣所のロッカー”でだよ」

 「だけど、そのハンマーは本当に事件と関係あるのかな?」

 「まだそんなことを言っているのですか笹戸君。私の“身体の傷”を見てなぜそんな疑問が浮かぶのでしょうか?」

 「明尾の身体にも同様の傷があったことからも、ハンマーが凶器に使われたことは確かだろう」

 「ではもはやそこに議論の余地はないのではございませんか?男性は男湯に、女性は女湯に、それぞれが“完全に分断されている”以上、その事実が彼女の無実を証明しているではありませんか!」

 「まだ終わらせねえぞ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「まだだ!その程度じゃまだ穂谷の容疑は晴れねえ」

 「な、なんでしょうか清水君?これ以上は流石に無駄と言わざるを得ないのでは?」

 

 黙りこくる穂谷の代弁をするように、鳥木が穂谷は無実だと主張する。確かにあのマシンガンと電子ロックのセキュリティはほぼ完璧だ。監視カメラもあるし、あれをかいくぐって男が女湯に、女が男湯に入るなんてのは無理な話だ。

 

 「もし・・・もしもだ。二つの脱衣所を行き来する方法があったとしたら・・・穂谷が犯人の可能性は消えねえよな?」

 「だッ!!?だだ、脱衣所を・・・行き来する方法だとォッ!!?ふざけるな!!そんなものがあってたまるか!!」

 「なんで六浜サンが一番動揺してんの?」

 

 だから今まで俺も、犯人が男ってことに疑いはなかった。あのハンマーが男湯側にあったことが、穂谷なんかの証言よりよっぽど力を持つように思えた。けど部屋の状況から穂谷の信頼が地に墜ちた今、脱衣所間を移動する手段が分かれば、その仮説を丸ごとひっくり返さなきゃならねえこともあり得る。

 でも、脱衣所の移動なんてどうやってやるんだ。俺にはそのやり方はさっぱり分からねえ。けどその方法を知ってる宛てなら、たった一つだけあった。

 

 「ヘラヘラ笑ってんじゃねえ、曽根崎。テメエの話してんだよ」

 「・・・・・・うん?」

 

 興奮する六浜を指さして笑う曽根崎を名指しした。俺が何を言ってんのか分かってるくせに、何を言ってんのか分からねえっていう面でこっちを見る。だが忘れたとは言わせねえぞ。

 

 「テメエなら知ってるはずだろ、脱衣所を行き来する方法」

 「そうなのか?」

 「し、清水君なにを仰っているのですか・・・!根拠もなしにそんなことを」

 「そうだよ、なんでボクがそんなこと知ってるのさ」

 「テメエ女風呂覗いたろ」

 「へぁっ!?」

 「のッ!!!!!?のぞっ・・・き・・・・・・?のぞき・・・な、なるほどなあ!!東北の話か!!秋田県や山形県にそのような地名があり同名の無人駅も存在している!!さらに米沢藩には書きは異なるが同名の姓の大名もいたとされ」

 「六浜さんが壊れたあ!!っていうか曽根崎くん覗きって本当なの!!?」

 「ええ・・・な、なんのことか分からないなあ・・・やめてよ清水クンってばもう」

 

 しらばっくれるつもりか覗き野郎。あの時俺に助け求めといて知らないじゃねえだろ。明らかに動揺してんじゃねえか。

 

 「証人だっている。おいチビ」

 「はっ!はい!」

 「晴柳院さんが証人?ってことは・・・ま、まま、まさかあ!!?」

 「・・・は、はい。あの、お風呂から上がろうとしたら、そ、曽根崎さんが」

 「曽根崎いいいいいいい!!!貴様あああああああああああああ!!!遂にやったなこの呆け者めがあああああああああああ!!!」

 「そ、そんな・・・!晴柳院さんが・・・・・・曽根崎くんに汚されちゃったなんて・・・!」

 「罪状が重くなってる!!違うよボクは覗きなんかしてないよ!!不可抗力なんだって!!」

 「嘘は吐かねえのがポリシーじゃなかったのかよ。いいから洗いざらい吐け」

 「うう・・・」

 

 何が不可抗力だ、そりゃもうほぼ認めてるのと同じだろ。確か明尾もこいつに覗かれたっつってたけど、死んじまったんじゃ証言なんてできねえよな。曽根崎もそれが分かってるからこそ、気まずそうに晴柳院を見て言い淀んでんだろう。

 

 「の、覗いたわけじゃないよ・・・少なくとも晴柳院さんは見えてないから安心して」

 「晴柳院さんは?」

 「明尾も一緒にいたんだと」

 「ふ、ふ、二人も手にかけたというのか曽根崎ぃ!!!なんと罪深い男なのだ!!いや最早ケダモノだ!!許しておけん!!」

 「少し口を閉じろ、六浜童琉」

 「遂に望月さんに突っ込まれてるよ・・・!!」

 「その・・・教えてもらったんだ。モノクマから。脱衣所を行き来する方法。で、試してみたら、たまたま明尾さんがお風呂から出て来て・・・で、覗きと間違われて」

 「男であるお前が女湯に立ち入った時点で大差ないのではないか?」

 「いやそんなことより、モノクマに教えてもらっただと?」

 

 曽根崎の覗きなんかどうでもいいんだ、大事なのは脱衣所を行き来する方法だろうが。どうやったのか分からんが、こいつは実際にそれをやったんだ。その情報の出所が、モノクマだとは思わなかったが。

 

 「どういうことだモノクマ!なんで曽根崎にだけ教えたんだよ!」

 「はにゃ?何の話?ボクは曽根崎くんにだけ教えるなんて不公平なことしないよ。たまたま知ったんじゃない?」

 「仰っていることが食い違っていらっしゃいますが・・・!?」

 「おい曽根崎!テメエ嘘こいてんじゃねえぞ!」

 「嘘じゃないって!モノクマから知らされたんだってば!まあ・・・うん、そうだよ」

 

 いまいち歯切れが悪い曽根崎は、何か伝えようとしてんのか、それとも隠そうとしてんのか。モノクマから教わったって曽根崎の言い分と曽根崎だけに教える不公平はしねえってモノクマの言い分と、その両方が成立することなんてあんのか。

 

 

 【思考整理】

 

 曽根崎が二つの脱衣所を行き来する方法を知ったのは・・・・・・・・・モノクマに教えてもらった

 

 モノクマの言い分は・・・・・・・・・一人に教えるなんて不公平なことはしねえ

 

 モノクマは全員にその方法を知らせてて、たまたま曽根崎だけが意味を理解したってのか?

 

 モノクマが全員に知らせてることで、一人だけ知ることができるもの・・・・・・・・・?

 

 「・・・!もしかして・・・あれか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おい曽根崎。お前まさか・・・あのレトロゲームやったんじゃねえだろうな?」

 「ギ、ギクゥッ!!?」

 「図星が口に出てはりますよ・・・!?」

 

 やっぱりか。俺たち全員に知るチャンスがあったものっつったら、モノクマがアップデートしたとかなんとか言ってたあのレトロゲームしかねえ。余計な疑心暗鬼のタネになるからって誰も触らなかったはずなのに、曽根崎はいつの間にクリアしてやがったんだ。

 

 「レトロゲームとは、大浴場のホールに設置されていたあの機械か」

 「モノクマ。あのゲームの賞品ってのは、脱衣所を行き来する方法なのかよ」

 「それを言っちゃったらクリア特典にならないでしょ?だから言いません!でも、既にクリアした人が現れたのはお知らせしてあげましょう!」

 「テメエはあのゲームの景品として、脱衣所を行き来する方法を知った。それで覗きなんかしたんだろ曽根崎。いや、ここは敢えてソノゾキと呼ばせてもらおうか」

 「覗いてないってば!やめてよ変なあだ名付けるの!」

 「むつ浜の名付け親は貴様だろうが!!」

 

 脱衣所の行き来ができるんだとしたら、捜査の時こいつがいなくなったのも納得できる。あいつは何らかの方法で、女湯の脱衣所に隠れてたんだ。行き方を知らねえ奴にはどうやったって見つけられねえわけだ。

 

 「えっと・・・何の話だっけ?」

 「覗きは立派な犯罪だ。曽根崎には然るべき罰を受けてもらう」

 「だから不可抗力なの!ボクが試しに女湯の方に行ってみたら、たまたま明尾さんがお風呂からあがってきて・・・でも明尾さんも明尾さんでタオルは頭に巻くんじゃなくて」

 「それ以上言うなこの覗き魔ァ!!!」

 「話を戻してください!!清水君、あなたは一体何を仰りたいのですか!!」

 

 笹戸と鳥木が言わなかったら、このまま有耶無耶になってたかも知れん。元の話はなんだったっけか?曽根崎が女湯に行けたってことは、二つの脱衣所を行き来する方法がある。ってことは、男湯の脱衣所に凶器のハンマーがあったからって、女は犯人じゃねえとは言えねえわけだ。で、今この場で一番疑わしい奴がいる。

 

 「穂谷が男湯の脱衣所にハンマーを隠すこともできたわけだ。つまり、穂谷の容疑は晴れない」

 「むしろ両脱衣所が分断されているという前提があるのなら、敢えて異性の方の脱衣所に証拠を残しておく方が、自身への容疑を逸らすことができる。更に被害者を装い偽証をすることで、説得性を持たせた上でミスリードをさせることも可能。まさに、先ほどまで穂谷円加がしていたことだな」

 「・・・そうなのか、穂谷。お前がやったのか?」

 「・・・」

 

 短くまとめた俺の言葉を、望月が敢えて説明した。黙ってそれを聞く穂谷に七人分の視線が向けられる。もはやそこに疑いの色はほとんどない。それが、ほぼ確定した事実のせいなのか、これからこいつを待ち受ける処刑のせいなのか、俺たちが疑うことに疲れ果てたせいなのか。たぶん、きっとその全部だ。

 

 「・・・はぁ」

 

 緊張の糸が張り詰める音だけが残る裁判場で、そのため息はやけに大きく聞こえた。だがそのまま穂谷は、まただんまりを決め込む。

 

 「穂谷さん、どうして・・・どうして何も言わないんですか・・・。なんか言うてくださいよ・・・!」

 「下手に喋ってボロ出すより、黙ってた方がマシだと思ったんだろ」

 「ま、まだ穂谷さんが犯人やなんて・・・!!」

 

 なんで晴柳院は、こんなに人を信じられるんだ。信じた奴に裏切られて殺され、裏切った奴も惨たらしく殺される、そんなのを今まで何度も見てきたはずだ。誰かが誰かを殺した時点で、俺たちの間で信用なんて言葉は死んだんだ。庇うなんて無駄だし利用されるだけだ。穂谷はその信頼を利用してまた逃げるだけだ。そう思ってた。

 

 「実に不愉快です」

 

 それだけ言って、穂谷はまた深くため息を吐いた。けどその声色は、いつもの人を見下す雰囲気じゃなかった。なぜかそれだけは、いつもと違うことが分かった。

 

 「この私を人殺しなどと疑い、あれこれと証拠と論を並べ立てて、挙句の果てにお粗末な弁護まで・・・一体どれだけ私を辱めようというのですか」

 「だが説得力はある」

 「・・・何より不愉快なのは貴方です。清水君」

 「あ?」

 

 今までの議論を丸ごと否定することを言い出したが、そんなのいつものことだ。俺を名指しで不愉快と言ってくるのも別に今更だし、何やったって不愉快になるだろ。それくらいの気持ちで俺は話半分に聞いてた。

 

 「“才能”もなく、努力もせず、自らの恵まれていることにすら気付けず、責任も負わず、不平ばかり口にして逃げ続ける貴方のような最低の人間に犯行の全てを見抜かれたことが、私は不愉快でなりません」

 

 言いたいだけ言えばいい、どんだけ言い逃れようがもう結果は同じだ。と聞き流してた。危うくしたらスルーしそうになるくらい自然に、穂谷はその言葉を言った。

 

 「・・・ん?」

 「ほ、穂谷・・・?いま、なんと言った?」

 「同じことを何度も言わせないでください。清水君程度の人に見破られたことが不愉快極まりない、と言ったのです」

 「ええっと、穂谷さん?それってさ・・・もう自白ってことになっちゃわない?」

 「醜く足掻くなんてこと、私のプライドが許しませんの」

 

 思った以上にあっさりと穂谷は自供した。言い逃れも言い訳もせず、不気味なほどに潔く。糾弾されてる立場なのにもかかわらず、その立ち姿は気高さすら感じさせる。あんまりにも堂々としてるから、まるでこっちが追い詰められてるみてえだ。

 

 「そんな・・・穂谷さん!!何を仰っているのですか!!あなたが人殺しだなんて、そんなこと冗談でも聞きたくありません!!撤回してください!!」

 「鳥木君」

 「ッ!」

 

 穂谷はただ鳥木の目を見ただけなのに、鎖で縛られたように鳥木は固まった。俺の位置からは穂谷の目の色は分からねえが、その声色が重い威圧感に満ち満ちてることは感じ取れた。言い訳することはおろか、誰かに庇われることすら、『女王様』のプライドは許さねえってことか。

 

 「じゃあ、もういいよな?投票だ」

 「そうですわね。構いません」

 「あらそう、もう裁判は終わりなのね。それでは!」

 「ま、待って!」

 「でじゃゔっ!!」

 

 景気良く投票に移ろうとした裁判を、笹戸の一声が止めた。モノクマは悲鳴らしきものをあげてひっくり返り、玉座の向こうに転げ落ちてった。誰もそんなもんは見てなかったが。

 

 「なんですか?まだ何かありまして?」

 「投票の前に教えてよ。穂谷さん・・・キ、キミが・・・裏切り者なの?裏切り者だから、明尾さんを殺したの?」

 「・・・・・・そんなこと、どうでもよろしいではありませんか」

 

 肯定も否定もしない。ほとんど死んだような目で、穂谷は答えた。明尾を殺したのは裏切り者、そんな証拠はどこにもねえが、全員薄っすら思ってたはずだ。この事件には、裏切り者が関わってるって。

 

 「さあ、もう全て明らかになりました。早く終わりにしてくださるかしら」

 「当然だ。自白したんだから、もう改めて言う必要もねえよな?さっさと投票を終わらせて」

 「これで終わりだなんて、認めるわけに参りません!!」

 

 苦い顔をしてる奴もいたが、穂谷を含めた全員がこの結論に納得してるはずだった。なのにモノクマの号令を待たず投票に移ろうとした俺の指は、鳥木の鬼気迫る声に止められた。本人だって認めてるのに、なんで無関係の鳥木が認めたがらねえんだ。思いっきり睨み付けてやったが、マスク越しに見えるその眼は強く、口から出かけた言葉は喉の奥まで逃げ込んだ。代わりに鳥木に対峙したのは、すぐ隣で眉を顰めた穂谷だった。

 

 「皆様、今一度お考え直しください!!穂谷さんが犯人だなんて、おかしいではありませんか!!彼女にはこのような犯行は不可能なはずです!!」

 「鳥木君。わざわざ投票を止めてまで私を辱めるなんてどういうつもりですか。私に人が殺せないと、本気でお思いですか?そんな甘い考えでは、いずれ痛い目をみますよ」

 「申し訳ございません穂谷さん。ですが私とて退けない理由がございます!!私はここで貴女に負けてはならない!!私と、そして貴女のために!!」

 

 

 【反論ショーダウン】

 

 「貴方が私に刃向かう理由なんて毛ほどの興味もありませんが、これ以上私に生き恥を晒させないでくださいな。潔く去ることも気品あればこそです」

 「いいえ、貴女はまだそんな残酷な運命に進むべきではありません!!そんな最期は断じて美しくない!!」

 「貴方に私の何が分かるのですか!知ったような口をよくも・・・!そんな不届きな方だなんて思いませんでした!幻滅です!」

 「構いません。これで、貴女を救えるのであれば」

 

 【発展!】

 

 「救うとは滑稽なことを言うのですね。私が明尾さんを殺害したのだと、この私が言っているのです!何を疑うことがありますか!」

 「貴女が正しいと仰った、清水君の推理。そこには見逃せない欠落がございます!未完成な推理を肯定してしまった貴女が、犯人であるはずがないのです!」

 「未完成?彼の推理のどこに不足があったというのですか?“犯行現場”も、“被害者の死因”も、“凶器の隠し場所”も、必要な要素は全て揃っていましてよ!」

 「真実はそこにございます!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いいえ穂谷さん。貴女は・・・いえ、貴女方は見落としていらっしゃる!!穂谷さんに犯行が不可能だった根拠を!!」

 「穂谷円加に犯行が不可能だったとは考えられないが」

 

 きっぱりと言い切る鳥木に、望月もきっぱりと言い切った。今までの推理通りに動けば、穂谷が犯人で間違いないはずだし、穂谷にしかこの犯行はできなかったはずだ。なのに穂谷に犯行が不可能だってことになったら、いよいよ犯人なんて見つからねえぞ。

 

 「清水君と曽根崎君が犯行に使用されたハンマーを発見なさったのは男子脱衣所。通常女性は入ることのかなわぬ場所です!!」

 「入ってたまるか!!」

 「入ったんだろ。そこの女王様が、こそこそとよ」

 「しかし行き来の方法をご存知だったのは曽根崎君ただ一人!!曽根崎君!!貴方はそのことをどなたかに漏らしましたか!?」

 「え?うーん・・・みんなにバレるまで漏れてはなかったね」

 「知っていたらそんなもの封鎖していた!!なぜ報告しなかったのだ曽根崎!!」

 「面白いかと思って」

 「封鎖されたら覗けなくなるからだろ」

 

 脱衣所の行き来の方法なんて、知ってたらもっと騒ぎになってたっつうの。曽根崎以外の誰も、そんなもんは知るはずがねえ。簡単に知れるようなことだったら、モノクマがゲームの景品に用意した意味がなくなるから。

 

 「ん?・・・いや、だとしたら」

 「そうです清水君!曽根崎君以外の誰もその方法を知らなかったのであれば!!穂谷さん!!なぜ貴女がそれを犯行に利用できたのですか!!」

 「えっ・・・!?」

 「貴女は、貴女が知り得ない方法で凶器を隠したと!そう仰っているのですよ!!」

 「いやっ・・・!そ、それは・・・!!」

 「いかがですか!!納得のいく説明を!!」

 「うっ・・・!」

 

 そうだ。モノクマは確かに、ゲームの景品を受け取れるのは先着一人と言った。曽根崎がその獲得者なら、穂谷が脱衣所の行き来の方法を知ることなんてできねえ。おかしい。じゃあ穂谷はどうやってその方法を知ったんだ?

 鳥木の指摘に、穂谷の動揺が口から漏れた。女王たる佇まいに陰りが指す。穂谷の何かが、少しずつ崩れていってるような。絶対だったはずの要塞が、脆く破壊されていくような。そんな気がしてきた。

 

 

 【議論開始】

 

 「二つの脱衣所を行き来する手段は、曽根崎君しか知り得ませんでした!!そんな情報を犯行に組み込むなんてこと、貴女にできるはずがなかったのですよ!!穂谷さん!!」

 「それって曽根崎くんが犯人って暗に言ってるようなものだけど・・・」

 「ふぁっ!?矛先が急にボクに!?」

 「いずれにせよ鳥木の主張に“誤りはない”ようだ。となると、穂谷はシロということになる」

 「そ、そんなもの・・・モノクマなんかに頼らなくても、自力で見つけ出せましてよ!私は貴方方とは違うのです!」

 「自力で?」

 「一人で“大浴場に行った”時に、たまたま脱衣所を移動する手段を見つけました!本当にたまたまでしたのよ!」

 「ボロが出たね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「一人で大浴場に行ってたまたま見つけたかあ・・・小学生じゃないんだからさ、もうちょっとマシなウソでも言えば?」

 

 追い詰められた穂谷は、明らかに苦し紛れな説明わした。偶然だのたまたまだの、そんなのは誰にも証明もできなきゃ嘘とも言い切れない、一番扱いに困る言い訳だ。嘘が嫌いだと言ってたくせに、曽根崎はそんな穂谷の嘘に楽しそうに突っ込んだ。

 

 「捜査の時に、キミは言ったよね?大浴場に行ったのは動機の発表の時っきりだって。言ってること違うじゃないか」

 「ああ、そりゃ俺も聞いたな」

 「我々はよく利用していたが、穂谷、お前とは一度も共に行ったことはないな。明尾もよくボヤいていた」

 「っ!!そ、それは・・・!!」

 「そっちの証言の方がウソだったってこと?凶器を隠したことがバレないように」

 「笹戸さんは穂谷さんを責めるいうんですか!?」

 「いやだって自白してるし・・・」

 

 捜査の時、確かに穂谷は言ってた。大浴場に行ったのは動機の発表の時だけで、本来ならあんなことでもなきゃ一度も足を踏み入れたくない場所だって。あれはとてもブラフとは思えねえほど嫌悪感と侮蔑に満ちてたが、強烈だとしても状況証拠は決定打にはならない。物的証拠でもありゃまだマシなんだが。

 僅かでも疑念があって、穂谷がこの調子じゃ議論は進まない。どうにかしてこいつから決定的なボロを出させなきゃならねえ。そこで、今まで積極的に穂谷を疑うことをしなかったそいつが動いた。

 

 「穂谷が本当に脱衣所を行き来する方法を知っているか、確かめる方法ならある。穂谷、今ここで教えてくれ。二つ脱衣所を行き来する方法を」

 「・・・・・・え?」

 「お前が明尾を殺し、凶器を男湯の脱衣所に隠したのなら、当然行き来の方法も知っているだろう。現にお前はそう言っているしな。教えてくれないか」

 「そ、そんなことを今言う必要がありまして?どのような方法かなんて、大した問題ではありません。大事なのは二つの脱衣所を行き来できたという事実であって」

 「お前は犯人なのだろう?どうせ処刑されるのであれば、六浜童琉の質問に対して茶を濁す意味などなかろう。それに今後はその方法を封じる必要が生じた」

 「・・・しかし」

 「答えられないのであれば、申し訳ございませんが、穂谷さんの主張は到底信じることはできませんね!!自白までした犯人がなぜそんなことを隠したがるのか、理解に苦しみます!!」

 「理解など必要ありません!!いいから貴方方は大人しく私に投票していればいいのです!!さあ!!早く投票を!!」

 「埒があかん」

 

 六浜たちがしつこいくらい穂谷に脱衣所の行き来の方法を尋問するが、穂谷はそれに食い下がって答えようとしない。しまいにゃさっさと投票しろだ。こんな状態で結論なんか出せねえ。それに少なくとも、穂谷はもう犯人には見えなくなってきた。どういう理由があるかは知らねえが、こいつは自分が明尾を殺したと思い込んだりしてやがんのか?

 

 「もういいんじゃない?穂谷サンが可哀想だよ」

 「え・・・ど、どういう意味ですか、曽根崎さん?」

 「脱衣所の行き来の方法が知りたいならボクが教えてあげるよ。もともとボクはちゃんとした方法で知ったわけだしね」

 「は?なんでお前が」

 「実はね」

 

 急に口を挟んできたと思ったら、曽根崎は穂谷に代わってその方法を答えると言い出しやがった。いやいや、お前が答えたら意味ねえだろ。どっちにしろ穂谷は答えられそうにねえからいずれはそうなるだろうが、このタイミングは早すぎる。今じゃ穂谷に利用されるだけだぞ。そう言おうとした俺を遮って、曽根崎は続ける。

 

 「大浴場のレトロゲーム機の下に隠し階段があってさ。そこを下って隠し部屋から両方の脱衣所に入れるんだ。洗面台の下に秘密の出入り口が隠してあったよ」

 「ゲ、ゲーム機の下に隠し階段に隠し部屋!?あの大浴場にそんな場所があったの!?」

 「ね。穂谷さん」

 「・・・そ、その通りです!地下の隠し部屋からどちらの脱衣所にも自由に出入りできますのよ!誰にも見られずに移動することなど容易いことです!」

 

 まんま、曽根崎の言ったことに便乗して穂谷が言った。ゲーム機の下の隠し階段に隠し部屋、そこから両方の脱衣所に上がれる?本当か?あの大浴場はかなり古い造りだったし、下は湖だぞ。地下に部屋を造って繋げるなんて、いくらモノクマでもそんなことできんのか?強ち出来なくもなさそうだから余計にこんがらがる。

 

 「・・・そうか。それでいいのだな?」

 「はい?なにがです?」

 「本当にそれでいいのかときいている。大浴場には両方の脱衣所に行き来できる隠し部屋があるのだな」

 「何を言いたいのか理解しかねますが・・・曽根崎君もそう言っているではありませんか。私以外にも証人がいて、それでまだお疑いでしょうか」

 「あっ、間違えた」

 

 そう言い切った穂谷から一拍置いて、六浜は意味深に穂谷に確認をとった。それにはっきりとは答えず、穂谷は曽根崎を頼りにしようとしたが、その曽根崎はタイミングを計ったように間抜けな声をあげた。全員の頭に?マークが飛び出して、穂谷の動きが固まったのが見えるようだった。六浜だけは、ため息交じりに曽根崎と穂谷を交互に見ていた。

 

 「これ前に読んだ推理小説のトリックだったや、ごめんごめん。いやあ、こんな後出しトリックじゃ読者は納得しないよね。それがまかり通っちゃったらなんでもアリになっちゃうじゃんってね!」

 「は?あ、あなたは・・・一体なにを言って・・・?」

 「で、穂谷サン。大浴場の地下に隠し部屋?ゲーム機の下の階段から行き来できる?本当に?ボクはあの機械をクリアしたし、その周りも隅々まで調べたけど隠し階段なんてなかったよ?ボクがモノクマから教えてもらった方法も、そんなんじゃなかったし・・・何の話してたの?」

 「鬼畜や・・・」

 

 こ、この野郎・・・またやりやがった。石川に自白させる時にも同じことをして、その時に二度とウソは吐かねえと約束したにもかかわらず、また同じ方法で同じ目的のためにウソ吐きやがった。しかも俺たち全員を巻き込んで。しかもまんまとその罠に引っかかった穂谷を必要以上に質問責めにしてやがる。穂谷は状況を理解したのか、顔を青くして何か呟いてるが、その声は聞こえない。どっちにしろまともな言葉を発しちゃいねえだろう。

 

 「この程度のカマかけに引っかかるようでは、疑う余地はないな。穂谷は脱衣所を行き来する方法を知らなかった」

 「それはつまり、穂谷さんに凶器のハンマーを隠すことは不可能だった!!すなわち犯人ではないことになります!!」

 「ええ・・・ここまで来てそんな。で、でもそうだよね」

 「よく曽根崎の嘘が分かったな、六浜」

 「嘘じゃないよ!!天然で間違えちゃったんだよ!テヘペロ!」

 

 なんか言ってるが嘘は嘘だ。嘘は嫌いだなんだと言いながら結局また使ってんじゃねえか。そのおかげで穂谷がシロだってのもはっきりしたわけだし、別に俺はどうでもいいが。だがそうなると、本当の犯人は誰になるんだ?

 

 「で、本当はどうなのだ」

 「へ?」

 「二つの脱衣所を行き来する方法とは、なんだ。言っておくが、私にはお前の適当な物言いは通用せんぞ」

 「え・・・あ、ははは・・・目が怖いよむつ浜サン。メガ怖い、なんちゃって・・・」

 「・・・」

 「しょうがないなあ。言うよ。あのね、隠し部屋はなかったけど隠し扉はあったんだ。ロッカーの中に」

 「ロッカー?」

 

 六浜にじっくりとガン付けられて、曽根崎の顔からへらへらと腑抜けた笑顔が徐々に消えていくのが分かった。こんなところで誤魔化してもしょうがねえと、あっさり観念したようだ。

 

 「鍵付きの方じゃなくて、入って正面にある小さい方のロッカーだよ。あれ、中に何にも入ってないんだ」

 「そ、そんなロッカーありましたっけ?」

 「あまり気に懸けたことはございませんね。いえ・・・だからこそ秘密の抜け道に適当だったのでしょう。誰も気にしないところにこそトリックはある!マジックでも基本でございます故!」

 「それで、脱衣所を仕切ってる壁のところに小さい引き戸があって、そこを通ればもう片方のロッカーの中に入れるってわけ」

 「実にシンプルだな」

 

 小さいロッカー、初めて行った時にちょっと見たくらいだろうか。マジであんなもん気にしてなかったし、あれが隠し扉を隠すためのダミーだなんて考えもしなかった。あれを通って行き来できるなんて、ゲームの景品にしなくても気付く奴はいたんじゃねえのか?

 

 「はい、この話はこれでおしまい!さてと、穂谷サンがどういうつもりで自分を犯人だって言ってたのかは知らないけど、それも真実とは違うと分かったことだし、そろそろ結論を出そうか」

 「へ?け、結論て・・・?」

 「明尾サンを殺した、真犯人を暴くんだよ!」

 「もとよりそのつもりだ。穂谷円加が掻き乱したことで不明瞭になりつつあるため、今一度整理すべきと考える」

 「うん。僕もう何が何だか分かんなくて・・・」

 「う、うちもです・・・」

 

 強引に話を区切って、曽根崎は改まって裁判の本旨を示した。穂谷がシロだと分かりはしたが、これからあいつの発言はもう聞く価値もない。また自分が犯人だなんて言いだしたら余計ややこしくなるから、無視に限る。それがなんとなく決まると、一旦、これまでの議論を振り返ることになった。何が分かって何が分からねえんだったっけか。

 

 

 【議論開始】

 

 「まず、被害者の明尾サンが発見されたのは、血まみれになった彼女の部屋。これは“犯人が現場を偽装した”もので、本当は明尾サンの部屋は事件と関係ないんだ。本当の現場は寄宿舎の反対側の穂谷サンの部屋、もしくはその前の廊下だ。穂谷サンは、自分の部屋の真ん中で“気絶してた”」

 「明尾奈美と穂谷円加には、身体に“同様の殴打痕”が見られる。同一犯による犯行であると考えられるが、明尾奈美の死因は撲殺ではなく首を絞められたことによる窒息死だ」

 「今となっちゃあ穂谷の証言も意味ねえよな・・・むしろ犯人が男ってのも怪しくなってきた。嘘の自供なんかしてまで犯人を庇うってことは、そこも嘘なんじゃねえのか?」

 「しかし凶器のハンマーは男子脱衣所で見つかったのだぞ。二つの脱衣所を行き来する方法はあったが、それを知っていたのは“曽根崎だけ”ではないか」

 「一つ、いいかい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ちょと待ってちょと待ってむつ浜サン!」

 「なんだ、その一年を飾るかと思われたがすぐに忘れ去られ下半期には影も形もなくなった芸人のような呼び止め方は」

 「なんでそんな具体的なの!?」

 「脱衣所の行き来について、ちょっと訂正・・・というか捕捉しておきたいことがあってさ。なんかみんな勘違いしちゃってるみたいだから」

 「勘違い?」

 

 妙な呼び止め方したと思ったら、脱衣所の行き来についての補足ってなんだ?俺たちが何を勘違いしてるっつうんだ。

 

 「あのね、隠し扉のことなんだけど・・・あれを知ってたの、ボクだけじゃないんだよね」

 「なに?さっきと言ってることが違うではないか」

 「違くなくなくない!?ボクの言ったことをみんなが勝手に解釈しただけでしょ!ボクは隠し扉のことが、『みんなにバレるまで漏れてなかった』って言ったんだよ!ボクだけが知ってたってこととはイコールじゃないじゃん!」

 「いやだって元々知ってたのが曽根崎くんだけなんだから、みんなにバレるまで漏れてなかったって、キミしか知らなかったってことにならない?」

 

 笹戸の疑問はたぶん俺たち全員が感じてるもんだ。バレるも漏れるも同じだろ。脱衣所の行き来ができることがバレるまで、曽根崎が誰にも言ってなきゃ漏れるはずが・・・。

 

 「ん?いや、おい曽根崎。お前、隠し扉のこと誰かに言ったのか?」

 「言っちゃった!」

 「ふええっ!?だ、誰にですかあ!?」

 「いやあ、まあ言うには言ったけど、結果的にみんなにはバレなかったみたいだし、結局言ってないのと同じ?」

 

 なんでこいつはいちいち掴み所のないことを言って話をまどろっこしくさせやがるんだ。人に言ったのに誰にもバレてなかったって、そいつが秘密を守ったってことなのか?けど曽根崎は、さっきまで誰にもバレてなかったとも言ってた。どういうことだ。

 

 

 【思考整理】

 

 脱衣所の隠し扉のことを知ってたのは・・・・・・・・・曽根崎ともう一人、誰かだ

 

 その誰かは曽根崎から教えて貰ったはず・・・・・・・・・そいつは誰にも口外してない

 

 ついさっきまで隠し扉のことを知ってたのは・・・・・・・・・ここには曽根崎しかいなかった

 

 じゃあ、曽根崎以外に隠し扉のことを知ってた奴は・・・・・・

 

 「そういうことか・・・!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「曽根崎が隠し扉のことを教えた奴ってのは・・・明尾か?」

 「ギクゥッ!!?な、なんで清水クン知ってんの!?」

 「え!?そうなの!?」

 

 馬鹿にしたようなオーバーリアクションが全てを語ってる。やっぱりこいつ、明尾に隠し扉のこと話してやがったのか。死人に口なしなんてよく言ったもんだ、曽根崎以外には殺された明尾しか知らなかったんだったら、俺らにそのことが漏れるわけがねえよな。つうかストレートに言えっつうの。

 

 「ええ・・・?か、隠し扉のこと知ってたんが、曽根崎さんと、な、亡くなった明尾さんって・・・」

 「いやあ、ボク実は、間違えて女湯に入っちゃった時に明尾サンに捕まっちゃってさ。みんなにチクられたくなかったら、どうやって入ったか教えろっていうから・・・」

 「く、口封じに教えたというのか!!」

 「だってみんなにバレたら今後ボク白い目で見られ続けるじゃん!」

 「そうでなくても見られている節はあるような」

 

 俺は現行犯で捕まってんのを見た気がするけどな、それに晴柳院だって被害者じゃなかったか?別にそこはどうでもいいが、だから明尾は医務室では覗きのことすっとぼけてたのか。

 

 「とまあ、ほんの訂正だよ。それだけ」

 「つまり隠し扉のことを知っていたのは、すなわち二つの脱衣所を行き来することができたのは、曽根崎か明尾の二人だけ、というわけか」

 「でもそれって、ほとんど犯人決まったようなものじゃない?だって、明尾さんは今回の事件の被害者なわけだし・・・」

 「最も犯人と疑わしいのは、曽根崎弥一郎ということになるな」

 「あれぇ!?なんで!?」

 「いえ、曽根崎君が犯人であるならば、凶器のハンマーを男子脱衣所に隠すのはあまり意味がないかと。それに、ご自分で見つけられたのではありませんでしたか?」

 「そ、そうだよ!ボクが何にも言わなかったら清水クンだって大浴場を調べようなんて気にならなかったんだから、ボクが犯人だったらわざわざ清水クンなんて証人まで誘って大浴場を調べに行かないよ!むしろ大浴場から遠ざけてもっと意味のないところを捜査するように仕向けたり色々できるじゃん!」

 「途端に饒舌だな」

 

 ふざけてやがんのか、それとも本気なのか、分かりやすいくらい慌てる曽根崎は一旦さておくことにする。鳥木の言うことも一理あるしな。けどそうなると、脱衣所の隠し扉を知ってた奴はどっちも犯人じゃないってことになるんじゃねえか?あれは事件と関係ねえのか?

 

 「あ、あのぅ・・・う、うちが聞き逃したんか、もう結論が出てるんか分からないんで質問なんですけど・・・」

 「うん!なになに晴柳院サン!なるべくボクの疑いが晴れるような質問してね!」

 「テメエは黙ってろ」

 「えっと、確か犯行現場は明尾さんのお部屋やのうて、穂谷さんのお部屋でしたよね・・・?その、なんでその時、明尾さんが穂谷さんのお部屋にいてはったんかなって・・・」

 「・・・?あ、そっか。犯行時刻はみんなが寝てた夜時間なんだし、そんな時間に寄宿舎の反対側にいるなんておかしいよね」

 「騒ぎを聞きつけた、なんて説明では無理があるな。部屋が隣の私すら気付かなかったのだ」

 「確かに疑問が残るな」

 

 別に俺も気にしてなかったが、改めて聞かれると分からねえ。明尾が事件当時のド深夜に、なんで穂谷の部屋にいるんだ。部屋が隣でも向かいなわけでもなく、その二人が特に仲の良い関係だったとも思えねえ。むしろ穂谷は今までより警戒を強めてたはずだ。だったら、なんで明尾は穂谷の部屋を訪ねられたんだ。

 

 

 【議論開始】

 

 「事件が起きたのは真夜中、普通ならみんな寝てる時間だ。なんでそんな時間に明尾さんは穂谷さんの部屋に行ってたんだろ」

 「単なる早起きではありませんでしょう。すなわち、何か“大切なお話”をなさるためでございます!」

 「用があったんだと思うけど、まさか夜中に“発掘”に誘ったわけじゃないよね・・・」

 「もしかしたら、穂谷が犯人に狙われてんのを嗅ぎつけて、“様子を見に行った”のかもな」

 「単独でそんなことをするほど見立ての甘い奴ではあるまい。もっと他に、よほどの事情があったはずだ」

 「何も真正面から穂谷円加を訪ねたと決定したわけではない。“部屋への侵入”、あるいは待ち伏せの可能性も考えられる」

 「それだと思うよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 敢えて誰も触れなかったことを、望月は平気で言った。分かってんだよ、真夜中に他人の部屋を訪ねる奴が、ろくな考えを持ってなかったってことくらい。だけどほとんどの奴が、それを信じたくなくて、そんな馬鹿なことを受け入れたくなくて、なんとか他の可能性を捻り出してんだ。なのに真実ってのはいつもこうだ。ここに来てから俺たちは、期待を裏切られっぱなしだ。

 

 「そうだね。明尾サンはきっと、穂谷サンの部屋に侵入したんだよ。彼女に気付かれないように、こっそりとね」

 「そ、そんなまさか!なぜ明尾さんが穂谷さんのお部屋に侵入する必要が・・・!!」

 「真夜中にこっそり人の部屋に忍び込む人が何考えてるかなんて、わざわざ言わなくても分かるでしょ。それとも、言っちゃっていいの?」

 「・・・し、しかし、それは憶測だろう?当事者である穂谷の意見はどうなのだ」

 「わ、わたしは・・・!!」

 「今更あいつに話させたって意味ねえだろ。つうか実際に事件が起きてるわけだし、状況的におかしいことじゃねえんじゃねえか?」

 「それにさ、もし明尾サンが穂谷サンの部屋に行ったんだとすれば」

 「お考え直しくださいませ!」

 

 もし穂谷がまともな状態だったら、明尾と何があったかを聞くこともできた。だけど今の穂谷にそんなことさせられねえし、適当な嘘吐かれて余計にこんがらがるくらいなら、そういうことで話を進めた方がマシだ。けど、それに納得しない奴もいた。鳥木はマスク越しに焦りが伝わるような目の色で、曽根崎に反論してきた。

 

 「曽根崎君、あまり強引にお話を進めても真実は遠のくばかりですよ!もっと慎重になるべきです!」

 「ボクは強引に進めたつもりなんかないけど?むしろ鳥木クンの方が強引じゃないか。ボクの推理のどこに反論する要素があるっていうのさ」

 「では僭越ながら私が指摘いたしましょう!ご静聴願います!」

 

 

 【反論ショーダウン】

 

 「確かに明尾さんが殺害されたのは穂谷さんのお部屋のようです。犯人は犯行現場を偽装することで、明尾さんを殺害した容疑を穂谷さんに向けさせたのでございます!ではなぜ事件当時、明尾さんは穂谷さんのお部屋にいらしたのでしょうか!?答えは至極単純にして実に明快!!お二人は何か大切な、秘密のお話をなさろうとしていたのです!!だから真夜中に、個人の部屋である必要があったのです!!」

 「秘密の話ってなにさ?っていうか話をするだけなら昼間でもできるじゃん。そんな小学生みたいな反論じゃボクの推理は崩れないよ。それに穂谷サンが、真夜中に誰かを自分から部屋にあげるなんてことあるわけないじゃん。彼女の警戒心の強さは鳥木クンだって知ってるでしょ?」

 「ああ!曽根崎君!貴方は論理という名の堅牢強固なる盾の陰に隠れて、とても頑固になってしまっております!!ですがその背は剥き出しに晒されてございます!!頑丈な鎧がなくてはその論は実に脆いもの!!そんな鎧、即ち明尾さんのご意思を示す“証拠”があるというのですか!!」

 「その通りだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「証拠なら、もうみんな分かってるはずだよ。この事件で明尾サンが、ただの被害者じゃないっていうことの証拠をさ」

 「なん・・・だと・・・?」

 

 明尾のこの事件への関わり方は薄々感づいてはいたが、証拠なんてあったか?しかももう俺たち全員が知ってるなんて、そんな分かりやすいもんだったのか。思い返してみるが、俺がそれを思い付くより先に曽根崎が答えを言った。

 

 「凶器のハンマー。誰もあのハンマーの出所を聞かなかったから、もう気付いてるのかと思ったけど、違うの?」

 「ハンマー?」

 「あっ!!そ、そうか!ハンマーって・・・もしかして明尾さんの!?」

 「ハンマーが明尾のなんだというのだ」

 「明尾さんの部屋を捜査した時に、発掘セットの中から金槌だけがなくなってたんだ。清水クンにも話したよ。裁判まで部屋の中は捜査してたんだけど、結局見つからなかったから気にはなってたんだけど・・・すっかり忘れてた」

 

 言われるまで俺は、どうやら曽根崎以外の誰も、凶器のハンマーについて特に考えてなかったみてえだ。どこから出て来たもんなのか、考えてみりゃ簡単なことだ。明尾の部屋から消えてた発掘セットの一つだったんだ。そしてそれは、明尾が穂谷を殺そうとしてたってことをほぼ決定づける証拠にもなった。反論してた鳥木も、ぐうの音も出ねえとばかりに黙り込んだ。

 

 「なくなった金槌、犯行に使われたハンマー、明尾奈美の不自然な行動・・・これらが結びつかないわけがないな」

 「きっとあのハンマーを凶器に選んだのは明尾サン自身だったんだよ。でなきゃ、彼女のハンマーがあんなところにあるわけない」

 「し、しかし・・・犯人が明尾さんのお部屋から盗み出したという可能性は」

 「現場は穂谷の部屋、明尾の部屋は偽装された無関係な部屋だ。先に明尾の部屋に侵入していたなら明尾は自分の部屋で殺害されていたはずだな・・・」

 

 俺はちらりと、渦中の明尾の写真を見た。常に大口を開けて喧しく騒いでたそいつは、今はモノトーンの中でクチを閉じて澄まし顔をしてる。自分がしようとしてたことが明らかにされたってのに眉一つ動かさず、殺されたことにすら気付いてないような、なんの感情も抱いてない表情、そんな風に見える気さえした。ただうっとうしかっただけのあいつが、なぜか今では不気味に思える。

 

 「そ、そんな・・・明尾さんが穂谷さんを・・・そんなこと、どうして・・・」

 「あの明尾が一体なぜそこまでのことを?にわかには信じられんが・・・」

 「信じる必要なんかないさ。でも事実だ。それに今ボクらが明らかにすべきなのは、その明尾サンを殺した犯人だ。それももう、ほとんど分かってるけどね」

 「ええ!?そ、そうなの!?」

 

 いつも俺の考えてることの数歩先を行くのが曽根崎だ。俺はまだ誰が明尾を殺した犯人なのかなんて分からねえ。ある程度の推理はできてても、犯人だと決定づける証拠もなければ論理もない。今までの議論の中に、犯人を特定できる根拠なんかあったのか?

 

 「みんな分からないのかな?じゃあヒントね」

 「ヒ、ヒントではなく答えを教えていただきたいのですが!?」

 「ボクは明尾サンに脱衣所の隠し扉のことを教えた。そしてそのことは裁判前にボクと彼女しか知らなかったはずだ。そんなトリックを犯行に使わない手はないよね。だって上手く利用すれば犯人の性別を偽装できるんだからさ!ま、その場合はボクか明尾サンのどっちかが死んでる必要があったんだけど!」

 「笑えん冗談だな」

 「そ、それが何のヒントなの?」

 

 不謹慎な発言はちょっと前から多くなってきたから、今更突っ込むことでもない。んなことより、隠し扉のことがバレてなかったってことが、犯人とどう結びつくんだ?知ってたのは曽根崎と明尾だけだったんだろ。

 

 「明尾サンが犯行計画に織り込んだ隠し扉・・・彼女を殺した犯人は知らなかったのかな?」

 「は?」

 「殺害状況が分からないから何とも言えないけどさ、明尾サンと犯人は最初から殺意を持った関係じゃなかったと思うんだよね。だから口頭か、それとも明尾サンが何かにメモしてたのか知らないけど、何らかの形で犯人が隠し扉のことを知った可能性はあるよね」

 「そ、そうなのか?」

 「だってそうじゃなきゃ、犯人がわざわざ脱衣所にハンマーを隠す意味がないじゃないか。下手すりゃ誰かの目に付くし、もっと安全に隠せる場所はあったはずだよ」

 「確かに」

 

 前提が曽根崎自身の証言と推理によるものだからか、なんとなく地盤が緩い気もするが、けど筋は通ってる。確かに犯人が脱衣所にハンマーを隠す理由なんて、本来ならない。隠し扉のことを知らなけりゃ、凶器を隠す候補にだってあがらねえはずだ。だったら武器庫にでも隠した方が目立たねえ。

 

 「つまるところ、曽根崎は誰が犯人だと考えているんだ」

 「犯人は脱衣所の隠し扉のことを知っていた。もっと言えば、二つの脱衣所に入ったことがある人物のはずだ。あ、ボクは違うよ。だってボクが犯人だったらわざわざこんな推理の進め方しないでしょ?」

 「なんかズルい逃げ方だなあ・・・」

 

 ちゃっかりしてやがる。そこはさすがと言うべきか、やっぱりと言うべきか。いずれにしろ確かに曽根崎が犯人だとしたら、あまりにこいつは捜査に積極的過ぎた。脱衣所のハンマーだって、こいつが言い出さなきゃ誰も気にしなかったことだしな。

 んなことよりも、脱衣所の隠し扉のことを知ってた奴が犯人って、そんな奴がまだいるってのか?この中で、脱衣所を行き来したってことが言える奴なんかいたか?

 

 「そんな言葉で逃げ切れるとお思いですか・・・!!ここまで推理を進めて、事件の解決に貢献していることをアピールしたに過ぎないのでありませんか!!」

 「もういい、穂谷・・・。頼むから黙っていてくれ」

 

 いよいよ犯人が明らかになりそうって時に、穂谷がまたヒステリックな声をあげた。さっきまで自分が犯人だと言ってた奴が、今度は曽根崎が犯人だなんて言い出す。それも大した証拠のない、ほとんど言いがかりみたいなもんだが。

 

 「隠し扉のことを知ってしまった明尾さんが邪魔だったから殺害したのでしょう!!彼女が私を襲ったのも、貴方が唆したのではないですか!!」

 「穂谷さん・・・もうお止めください。貴女のそんな姿を、私は見たくない」

 「そもそも本当に隠し扉なんてものがあるのですか!?曽根崎君しか知らないだなんて、なんとでも言える不確かなことです!!そんな推理に命をかけるなんてことができまして!?いえ、これは曽根崎君の策略です!!」

 「ならボクの推理を最後まで聞いてみてよ。この事件の犯人、ボクの他に脱衣所を行き来した人がいるんだ」

 「そんな嘘は!!聞かない!!貴方の話なんて!!私は認めない!!」

 

 黙ってた分を発散するように、穂谷は激しく喚く。けどそれは支離滅裂で、そんな言葉に靡く奴なんか今更ここにはいない。曽根崎の視線は舐めるように裁判場を巡り、ある一点を狙い澄まして止まった。そいつが、この事件の犯人だ。

 

 

 【犯人指名】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そうだよね、鳥木クン」

 「ッ!!」

 

 誰も曽根崎の言う犯人を突き止められず、穂谷のがなる声だけが裁判場に広がっていた。そんな中に、曽根崎は鋭く冷たい言葉を投げた。たちまち穂谷は息を飲み、まるで鏡のような水面に雨の雫が一滴垂れるように、その言葉はじわじわと波紋を広げていった。

 

 「キミが、明尾サンを殺したんだよね?」

 「・・・なぜ、私なのですか?」

 「な、なにを・・・!!そんな・・・!!あ、あり得ません・・・!絶対に!!あり得ません!!」

 

 名指しされた鳥木は冷静で、少しだけ目が丸くなっただけだった。その隣の穂谷は、青白い愕然とした表情を浮かべたかと思ったら、また喚きだした。曽根崎は鳥木の質問にだけ答える。

 

 「医務室でボクと清水クンと話をした時、ボクがこれを見せたの、覚えてるよね?」

 

 そう言って曽根崎はポケットから、小汚え木の板を取り出した。でかでかと『六』が書いてあるそれは、確か穂谷の部屋で見つけたもんだ。そして、ハンマーが隠してあるロッカーを示すもんでもあった。

 

 「えっ・・・?そ、それは・・・ロッカーの鍵?ですか?」

 「そのようだ。だが・・・」

 「ボクがこれを出した時、鳥木クンは確かに言ったよ」

 

 見るからにロッカーの鍵だ。なのに晴柳院も六浜も、よく見えねえのか首を傾げてる。曽根崎はこれを医務室で見せた時に鳥木が何か言ったっつうが、何か言ってたか?あの時、鳥木はなんつったっけか。

 

 

 ーーーーーー

 

 「あ、じゃあ目を瞑るついでに一つ聞きたいことがあるんだ。これ何か知ってる?」

 「はい?なんですか、その小汚い木片は。私はそんなもの知りません」

 「それは・・・男子脱衣所のロッカーの鍵ですね。一体なぜそんなものが?」

 「これ、穂谷サンの部屋で見つけたんだ」

 

 ーーーーーー

 

 

 「鳥木クン、キミはこの木の札を見ただけで、『男子脱衣所のロッカーの鍵』って言ったんだ。『脱衣所のロッカーの鍵』じゃなくてね」

 「・・・ッ!!」

 「うん?どうしてそれが証拠になるの?別に付けてもそこまでヘンな気はしないけど?」

 「実はね」

 

 俺と笹戸は首を傾げる。なんでその発言でそこまで言えるんだ。確かに男湯のって部分は言う必要ねえと思うが、だからって犯人なんて言えるほどの違和感でもねえだろ。

 

 「男湯と女湯では、鍵番号の書き方が違うんだよ」

 「ん?」

 「男湯は漢数字で『一、二、三』ってなってたけど、女湯はアラビア数字で『1、2、3』なんだよ。そうだよね、みんな」

 「あ、ああ・・・漢数字の鍵など初めて見た」

 「このことは、両方の脱衣所に行ったことのある人にしか分からないことだよ。わざわざ鍵番号の話なんかする人いないよね」

 「だから、わざわざ男子脱衣所っつった鳥木の発言はおかしいってことか。女湯と鍵番号の書き方が違うって知ってたから、口が滑ったってところか」

 「・・・」

 

 曽根崎に名指しされてから、鳥木はほとんど喋らねえ。いつものこいつなら別におかしくねえが、今はマスクを付けた『Mr.Tricky』になってるはずだ。舞台の上で華やかな演出を浴びながら、観る者を魅了するマジックを繰り出す超一流のマジシャン、『Mr.Tricky』のはずだ。なのに口を噤んで推理を聞くなんて、何を企んでやがるんだ。

 

 「せ、せやけど・・・それが曽根崎さんが深読みしてるだけやったら・・・」

 「そうです・・・たったそれだけのことで、彼が犯人だなんて、こじつけも甚だしい!!聞く価値もない妄言に過ぎません!!やはり犯人は貴方なのです!!彼に罪を被せようとしているのでしょう!!」

 「鳥木クンは明尾サンの死体の第一発見者だ。あの時間に起きてたのは、朝食の当番だったからってだけじゃ納得できないなあ。いくらなんでも早すぎるよ。前の日の晩から準備するっていうなら分かるけどね」

 「だとしても!!彼の犯行を決定づける証拠がない限り、そんな推理など認めません!!」

 「なら鳥木クンに聞いてみようか」

 

 黙りこくってる鳥木よりも、穂谷の方がよっぽど喚いてる。しかもやたらと曽根崎を敵視して、鳥木のことを疑うつもりはまったくないみてえだ。そんな穂谷には一瞥もくれず、鳥木はただ黙って曽根崎を見つめる。反論のひとつもなく、その質問にただただ耳を傾ける。

 

 「捜査時間中にも、ボクは女湯の脱衣所に捜査に行った。犯人が隠し扉のトリックを使ったのなら、そっちに証拠品がある可能性もあるからね」

 「なッ!!?」

 「どうどう」

 

 至って真面目な顔でそんなことを言うから、六浜がまたキレようとするのを望月が制した。この場でそんなん言われてもテンションが違う。

 

 「そしたらあったよ。どういうつもりか、ハンマーが隠してあった男湯のロッカーと同じ、『6』番のロッカーの中に・・・血のついた白い手袋とタオルがさ」

 「・・・ッ!!そ、それは・・・!!」

 「タオルは食堂かどこかから持って来られるけど、この手袋は、鳥木クン、キミがいつも嵌めてたものだよね?」

 

 曽根崎の懐から出て来たビニールの中には、赤い染みのついた手袋とタオルが入ってた。それが犯行に関わってると、一目で分かるくらいに鮮やかな色だ。鳥木は眉一つ動かさず、ただそれを見ていた。曽根崎と合ったままの目で、何かを語っているのだろうか。少しの沈黙の後、曽根崎は突然に切り出した。

 

 「そう・・・。そうだね、もういい。こんなこと、もう終わらせなくちゃいけない。ボクらは、全部を知ってしまったんだからね」

 「全部だと?」

 「この事件の全てを・・・もう一度説明して、それで終わりにするんだ」

 

 この二人は、言葉もなく一体何を通じ合ってやがるんだ。全部を知ってしまったなんて含みのある言い方されたら、この事件は一体何だったんだって不安になる。それでも曽根崎は、この裁判を一から振り返って結論を出す。

 

 

 【クライマックス推理】

 

Act.1

 事件が起きたのは真夜中。ボクらのほとんどは自分の部屋に戻ってて、廊下や外には誰もいなかったんだろうね。もちろん穂谷サンも明尾サンも自分の部屋にいた。だけどその晩、ボクらに気付かれないように殺人行動を起こそうとしてる人がいたんだ。それが今回の事件の被害者、明尾サンだ。彼女は自分の発掘道具のハンマーを持って、ターゲットの部屋まで行った。そのターゲットが、穂谷サンだったんだね。

 

Act.2

 そして明尾サンは、穂谷サンの部屋に入ることに成功。部屋の荒れ具合からして、穂谷サンは間違いなく起きてたはずだ。部屋中を逃げ回りながら抵抗したんだろうね。二人ともその時に激しく負傷したんだよ。その結果、襲撃者だった明尾サンは何かの拍子に自分の頭にハンマーの攻撃を受けてしまった。それが事故だったのか、穂谷サンがハンマーを奪い取ったのかは分からないけど、どちらにせよ彼女は返り討ちにあってしまったんだ。それでもまだ、明尾サンは死んではいなかった。致命傷ではあったけど、辛うじて生きてたはずだよ。

 

Act.3

 明尾サンを撃退した穂谷サンは部屋で気絶、返り討ちに遭った明尾サンはそこで虫の息。あるいは両方とも死んでたかも知れないね。そこに、今回の事件の本当の犯人が現れるまでは。犯人はその場で弱ってる明尾サンを見て驚いたはずだ、だけど同時に殺害も思い付いた。そしてすぐに、それを実行したんだ。きっと頭を打った明尾サンに抵抗することなんてできなかったよ。

 

Act.4

 その後に犯人は、明尾サンの死体を彼女の部屋に運んで、輸血パックの血を使って部屋と廊下を荒らすことで現場の偽装をした。次に、明尾サンが使う予定だった脱衣所の隠し扉を利用して、血のついた手袋とタオルを女子脱衣所に、凶器のハンマーを男子脱衣所に隠し、男子脱衣所のロッカーの鍵を穂谷サンの部屋に隠したんだ。

 

Act.5

 仕上げに、適当な時間に慌てた様子でみんなを起こして回れば、明尾サンの死体の第一発見者を装うことができる。みんなの前で穂谷サンを心配する様子を見せれば、事件とは無関係な人間だと印象づけることもできる。こうして犯人は、突発的で単純な殺人を複雑に見せかけたんだ。シンプルなタネを派手な演出で飾るようにね。

 

 

 「キミは明尾サンを殺す必要なんかなかった。その場ならまだ手の施しようがあったかも知れないのに、キミは殺害衝動に抗えなかった。とても・・・残念だよ、鳥木平助クン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一通りの推理を聞いても、鳥木はまだ黙ってる。マジで急にどうしたんだこいつ。自分が犯人だって言われてんのに、何のリアクションもない。おかしいだろ。だって、今の推理の中で鳥木が犯人だって証拠なんてなかった。鳥木じゃなくたって誰にだってできる。結果的に鳥木が当てはまりはするが、でもそんなの決定的な証拠じゃない。

 

 「う、うううううう、う、うう・・・・・・ウソだッ!!!!!」

 

 まるで鳥木を代弁するように、穂谷は声をあげた。『女王様』の面影なんてない、ただの金切り声だ。

 

 「ほ、穂谷さん・・・!?」

 「そんな・・・そ、そんなものが・・・!!!証拠になるはずがない・・・!!!お前がでっち上げたんだ!!!」

 「でもこの手袋、鳥木クンが嵌めてたものと一緒だよ?」

 「ウソだウソだウソだウソだウソだあ!!!!手袋を持ってる奴なんて他にもいるはずです!!!明尾さんだって石川さんだって手袋を持ってる!!!その部屋からお前が盗み出したんだ!!!!それは彼の手袋じゃない!!!!」

 「・・・それじゃあ聞こうか。鳥木クン、キミは普段から手袋をしてたはずだ。でもなんで今は外してるの?」

 「えっ・・・!!?」

 「今だけじゃない。穂谷サンを部屋から医務室に運ぶ時、キミは指を怪我してたよね。手袋をつけてたらそんなことにはならないはずだ。どうしてあの時、手袋をしてなかったの?」

 「そ、そういえば・・・」

 

 曽根崎が指摘するまで、まったく気にならなかった。鳥木が手袋をしてるかどうかなんて気にも留めてなかった。当の鳥木は、全員に見やすいようにか、証言台の柵の上に両手を置いてた。指に巻かれた絆創膏が曽根崎の追及からの逃げ道を塞いでる。穂谷はそれを見て、開いた口が塞がらないようだった。

 

 「なるほど。どうやら鳥木平助が犯人で間違いないようだ。手袋を外していたことの合理的な説明ができればあるいは、といったところか」

 「・・・」

 「ど、どうしてなんですか鳥木さん・・・。どうしてそんな・・・明尾さんを、そんな、ひどいこと・・・」

 「・・・」

 「なぜ何も言わないのだ鳥木・・・頼むから、何か言ってくれ。お前が犯人なら・・・そんな意味のない悪足掻きはしないでくれ・・・!!どうしてお前のような奴が、殺人など・・・・・・」

 「・・・・・・哀れなことに」

 

 この中の誰かが犯人、それを承知で臨んだはずだ。なのに鳥木が犯人だってことを、俺はまだ受け入れきれずにいた。こいつが、しかもそんないい加減なやり方で殺人をするなんて。色んなことを考えてると、鳥木はようやく口を開いた。

 

 「哀れなことに、その男は声を失ってしまいました。悲しみに声をあげることも、助けを求めることも、自らの過ちを悔いる言葉を口にすることもできなくなってしまったのです。これは罰です。その男が犯してしまった罪に対する、最初の罰なのです」

 「は、はあ・・・?」

 「どうか皆様のその手で、彼に言葉を取り戻させてください。簡単なことです!ただその男の名を示せばよいのです!!お手元にあるそのスイッチで、彼の名を選択すればよいことなのです!!さあ!!皆様のお力をお貸しくださいませ!!」

 「なに・・・言ってんの・・・?鳥木くん、どうしちゃったのさ・・・?」

 「投票しろって・・・そういうことだよね。鳥木クン」

 「結論の出た裁判は閉められなくてはなりません。振り上げられた裁きの槌は、断罪の音を以て納められるのです」

 

 冷静過ぎる。なんでだよ、このまま投票したら、確実に鳥木は犯人にされる。それが正解か不正解かなんて関係なく、鳥木は処刑されるんだぞ。なのに鳥木はなんでそんな風にいられる?さっきまであんなに黙ってたのに、今度は『Mr.Tricky』みたいな言い回しをしやがる。俺だけじゃない、他の奴らも茫然としてる。どうすればいいのか分からねえ。このまま鳥木が犯人だとしていいのか。でも、さっきの質問は決定的だ。他に犯人だって奴なんか考えられねえ。

 

 「はあ〜〜〜、ボクはこんなやっすいヒューマンドラマを見るために裁判を開いてるわけじゃないんだけどなあ」

 

 そこに口を挟んでくるのが、あの忌々しいモノクマだ。

 

 「じゃあ結論も出たようだから、ちゃちゃっと投票いっちゃおうか?どっちの方ももうこれ以上言うことないみたいだし、もういいよね?いいってことにしちゃうから!」

 「ま、待ちなさい・・・!!まだ・・・!!」

 

 投票に移ろうとするモノクマを、憔悴しきった穂谷が止める。幽霊のように長い髪を揺らして、憎しみのこもった声をぶつける。けどそれは、より大きな絶望の塊には何の意味もなさない。

 

 「それではオマエラ!!お手元のスイッチで、犯人と疑わしき人に投票してください!!」

 「やめなさい!!!違います!!!彼は犯人じゃない!!!私が・・・私が明尾さんを殺したんです!!!私が・・・!!!」

 「投票の結果、クロとなるのは誰か!!果たしてその答えは正解か、不正解なのか〜〜〜?どっちなんでしょーね?うぷぷぷぷ!!ほんじゃま、いってみましょーか!!みんなで元気に、レッツとーひょー!」

 

 モノクマの笑い声に穂谷の叫び声。裁判場はそれを必要以上に響かせて、俺たちの耳にまとわりつく不協和音を生み出す。結局、そんな土壇場で結論を変えるなんてことできるわけがない。すべてに納得したわけじゃねえのに、俺は曽根崎の結論に従わざるを得ない。

 投票のボタンは、思ったよりすんなり押せた。もっと重たかったはずなのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り8人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命    【明尾奈美】

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

【屋良井照矢】 鳥木平助  【滝山大王】【アンジェリーナ】




この話では四章は終わりません。当たり前ですか?当たり前ですね。それでも、事件の全容が明らかになるのはおしおき編にてです。年内に投稿できるといいな(するとは言ってない)。
皮肉なことに、更新日が明尾の誕生日という。狙ったわけじゃないんです、たまたま今日書き上がったんです。本当なんです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

おしおき編

 

 「うっぷぷぷぷぷぷ!!!いやー流石オマエラだね!!!四回連続大正解ィィイイイイイッ!!!」

 「黙りなさい・・・・・・!」

 

 穂谷の言葉はけたたましいファンファーレに掻き消される。

 

 「今回、“超高校級の考古学者”明尾奈美さんをブチ殺したにっくきクロの正体はあ〜〜〜!!」

 「やめなさい・・・!!」

 

 震えた声には力なんかない。

 

 「“超高校級のマジシャン”、『Mr.Tricky』こと鳥木平助くんだったのでしたあ〜〜〜ッ!!」

 「・・・どうして・・・・・・どうして私ではないのですかッ!!!」

 

 目に刺さるほど眩く光るディスプレイ、七色の光を好き勝手に放つスポットライト、視界を遮らんばかりの金銀のテープ。華やかで、煌びやかで、場違いなほどに絢爛だ。

 証言台を支えにやっと立っていた穂谷は、乱暴に叫んだ後、力が抜けたようにしゃがみ込んだ。歌姫の面影なんて欠片もない、悲痛で歪んだすすり泣きが聞こえる。能面のように変化のなかった表情は悲しみに崩れてた。

 

 「と、鳥木くん・・・ほ、ほんとにキミが・・・明尾さんを殺したの?」

 「申し訳ございません。謝って済む問題ではないことは重々承知の上でございます。しかし他に術は無かった・・・すべて覚悟しております」

 「承知の上だとか覚悟だとか・・・んなこと言ってんじゃねえんだよ!!これはテメエだけの問題じゃねえんだぞ!!」

 「・・・」

 「そうです・・・!!なぜ貴方が・・・なぜ貴方が犯人なのですか!!!貴方は関係ないでしょう!!!どうして・・・・・・なんてバカなことを・・・!!」

 「どういうことなのか、説明してくれないかな。どうしてキミが人殺しなんかしたの?キミは、そんなに外の世界に出たかったのかい?」

 

 静かに佇む鳥木、泣き崩れて支離滅裂なことを叫ぶ穂谷、鳥木に冷たい問いを投げる曽根崎。それ以外の俺たちは、この状況を理解できずにただそこにいた。モノクマはまだ処刑を始めない。クロである鳥木に話をさせようとしてんのか。だとしたら、その内容は間違いなく俺たちを絶望させるものだ。

 

 「いいえ。出たくないと言えば嘘になります。ですが、私が明尾さんを殺めてしまったのは決して私自身のためではございません」

 「自身のためではない?」

 「曽根崎君の推理通り、明尾さんは穂谷さんを襲い、そして逆に致命傷を負ってしまわれた。私が何をしても彼女は助からなかったでしょう」

 「そりゃ言い訳か?どうせ助からなかったから殺してもいいってことか?」

 「・・・明尾さんはあの時、私に全てをお話しくださいました」

 

 そう言って鳥木は、事件のことを話し始めた。曽根崎の推理では分からなかった、なぜ鳥木が明尾を殺したのかを。現場の偽装や脱衣所の隠し扉を使ったトリックを。

 

 「あっあっ、これもしかして回想いっちゃうパターン?ボクがまた暇になっちゃうパターン?」

 

 空気をぶち壊すモノクマの言葉に耳を貸す奴はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事件のあった夜、私はキッチンで翌朝の朝食の下拵えをしておりました。一通りの準備を終えた後、確か時刻は零時を越えて少し経った頃でした、部屋に戻って寝ようと思い、食堂を後にしました。寄宿舎の扉を開けて、自分の部屋のある廊下に踏み入った瞬間、私は自分の目を疑いました。

 そこには、廊下に伏せて必死に這う明尾さんがいらっしゃいました。よく見ると、頭が真っ赤に血で汚れてしまっておられ、満身創痍といったご様子でした。

 

 「あ、明尾さん!?どうなさったのですか!?」

 「・・・!?ううぅ・・・・・・と、とりき・・・か・・・・・・?」

 「はい!鳥木でございます!一体何が・・・ど、どうしてこんな・・・!!」

 「う、うらぎり・・・ものじゃ・・・・・・!やつが・・・!!」

 「裏切り者・・・!?」

 「裏切り者は・・・・・・穂谷だったんじゃ・・・!!」

 「えっ・・・!?な、なにを仰っているのですか・・・?」

 

 駆け寄った私の声だけを頼りに、明尾さんは訥々とお話しになりました。思いがけない言葉に私はますます混乱してしまいましたが、その時はすぐに正気を取り戻したのです。そんな場合ではないと。

 

 「い、いまはそんなことを仰っている場合ではございません!明尾さん、医務室まで運びますので、お気を確かに!」

 「まて・・・!!もういいんじゃ・・・わしはもう・・・・・・しぬ・・・!」

 「そんな・・・弱気になってはいけません!!」

 「聞くんじゃ、鳥木よ・・・・・・。ほ、ほたには・・・なにか・・・・・・かくしとる・・・!ふろで・・・・・・はだを、さらせぬわけが・・・!いまもどこかに・・・!」

 「なぜ明尾さんがそんなことを・・・!!そ、それに、このお怪我は・・・?」

 「ほ、ほたにに・・・・・・・・・やられたッ・・・!せんてをうったが・・・・・・なさけない・・・なさけないのう・・・・・・!」

 

 そう言いながら、明尾さんは血の混じった涙をこぼしておられました。体温が徐々に下がって、小刻みに震えているのが手から伝わり、私はいよいよどうすればいいか分からなくなってしまいました。ただ、明尾さんの言葉だけはしっかりと聞き取れたのです。

 

 「しかし・・・・・・さいわいじゃ・・・!とりきよ、お、おまえがいて・・・・・・・・・わしはあんしんじゃ・・・・・・!鳥木!」

 「ッ!!」

 

 最後の力を振り絞り明尾さんは顔をあげて、初めてそのお顔を私にお見せになりました。その瞬間、私は寒気を覚えました。

 強く打った所は赤く腫れ、乱れた髪が血と涙でお顔に張り付いておりました。その目は・・・死が目前に迫って尚、強く私を睨んでおりました。真っ黒な色の瞳からは、彼女の想いが噴きだしているようでした。

 

 「ほたにがクロじゃ・・・・・・!!わしをころしたのは・・・・・・・・ほたにじゃ!!」

 

 それを聞いた途端、私はもう全てがどうでもよくなってしまいました。目の前で明尾さんが息絶えそうになっていることも、キッチンの火を消し忘れたような不安も、何もかもが。ただ一つだけ、激しく湧き上がる感情が頭を支配しました。

 このままでは、穂谷さんが処刑されてしまう。それを理解した次の瞬間、私はまた一つ理解しました。

 

 「・・・・・・そうか、僕が殺せばいいのか」

 

 おそらく明尾さんにその言葉は聞こえていなかったでしょう。なぜならそれを呟くと同時に、私は彼女の首に手をかけていましたから。

 

 「がッ・・・!?な、と、とり・・・き・・・・・・!!なに・・・・・・を・・・!!」

 「ごめんなさい、明尾さん。僕はあなたを救えない」

 「・・・ッ!?」

 「だから僕があなたを殺して、彼女を救うッ」

 「あッ・・・ぐぅ・・・・・・!!っは・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うっぷっぷっぷっぷ!!あ〜あ!殺〜っちゃった〜殺っちゃった〜!!せーんせーに言ってやろーって先生はボクだった!!見たぞ見たぞ鳥木くん!ボクは全て見てたぞ!」

 

 気が付いたのは、そんな声が背後から聞こえてきた時でした。その途端に息が詰まるような気がして、私は必死に呼吸を取り戻しました。気を失っていたのでしょうか、それからどれくらい時間が経ったのか、よく覚えていません。

 

 「・・・はっ!うっ・・・あ、あけお・・・・・・さん?」

 

 私は、自分の手が目の前の明尾さんの首を絞めていることにそこでようやく気が付きました。真っ赤に染まった手袋に驚いて、思わず明尾さんの上から飛び退いてしまいました。ぐったりと動かなくなった明尾さんは、廊下の真ん中に転がって指一本動かしません。

 

 「なに今更ビビってんの?“あれ”はキミが殺したんだよ」

 「わ、わたしが・・・?明尾さんを・・・?」

 「その様子じゃ、無我夢中だったって感じ?でも許さないよ!キミはもう立派なクロ!朝になって誰かがこの死体を見つけたら学級裁判が始まるんだよ!うぷぷぷぷ!こんな展開ファンタスティ〜〜〜ック!!」

 「学級裁判・・・私がクロ・・・そ、そうだ。私が殺したんだ・・・」

 「あれ?といや!」

 

 私は全てを見ていたモノクマに言われて、思い出しました。私が明尾さんを殺してしまった。それは決して事故などではなく、私の意思です。それを思い出して、私はすぐに立ち上がって、近くの部屋のドアをノックしようとしました。しかしそんな私を、モノクマがタックルで止めたのです。

 

 「うあっ!?な、なにを・・・!?」

 「オマエ今なにしようとした!!まさかとは思うけど・・・!!」

 「・・・自首です。私は明尾さんを殺してしまいました。だから、皆様に裁いていただくのです。学級裁判なんてさせません。私はただ、皆様に全てをお話しして、貴方に処刑されるのです」

 「こ、こ、このバカチンがああーーーーーーッ!!そんなこと許さねーぞ!!自首なんて!!あり得ない!!ボクのお楽しみの時間を奪う気か!!犯罪者のくせにどこまで横暴な奴なんだ!!」

 「お邪魔をしないでください。私はもう覚悟はできております」

 「あっそう。じゃ、止めないけど」

 

 体当たりをするほど激昂していたにもかかわらず、モノクマは私が真剣に言うと、あっさりと引き下がりました。私としては好都合だったのですが、モノクマに限って折れるなどということがあるわけもなく、私は少し警戒していました。そうしたら、案の定、モノクマは不敵に笑って言ってきたのです。

 

 「じゃあ別に自首すんのは止めないけどさ、でもいいの?自首した瞬間にキミは規則違反でおしおきだよ?」

 「・・・規則違反?」

 「合宿規則その17『『クロ』による殺害から学級裁判終了までの間、学級裁判を妨害する行為を禁止します』!!クロが自首するなんて、まさに学級裁判を妨害する行為だよね!!もし自首なんかしたら、その場で自慢のボクのライフルがキミのありとあらゆる場所をぶち抜くよ!!全身に穴を増やしてやるよ!!」

 「構いません。処刑は覚悟の上です」

 「うぷぷぷぷ♫でも、いいのかな〜あ?キミが処刑されても、学級裁判は開かれるよ」

 「?」

 

 私はいまひとつモノクマの言うことが理解できず、考え込みました。私が自首した瞬間に処刑されて、学級裁判が開かれて一体何があるというのでしょう。

 

 「うぷぷぷぷ♫死んだ明尾さん、めちゃくちゃな穂谷さんの部屋、凶器も現場もそのまんま。この状況を見たら、鳥木くんの一言なんて霞んじゃうよね!穂谷さんが犯人だと疑われること必至!穂谷さんだって自分が犯人だと思うはずだよ!だって自分が致命傷を与えた明尾さんが、部屋の前で死んでるんだもん!」

 「・・・!?」

 「だけど真実を知る鳥木くんは、その頃呑気にゴートゥーヘヴン!あ、いや、ヘルかな?どっちでもいいや!死人に口なしって言うし!」

 「そ、そんな・・・!」

 

 モノクマが言うことに、私は心が揺らいでしまいました。仮に私が自首をしたとしても、それを信じていただけるだろうか。この状況を全て理解して、私の考えを汲んでもらえるだろうか。穂谷さんが、自分がクロだと思い込んでしまわないだろうか。選択を誤って、穂谷さんが処刑されてしまわないだろうか。そんなことを考え始めると、私はどうしても、自分を信じることができなくなってしまいました。今、自首するのはあまりに危険です。

 

 「で、ではどうすれば・・・!?私は・・・自分のしたことを話すこともできないのですか!?」

 「安心してください、話せますよ。ただし投票が終わってからだけどね!!」

 「投票が終わってからって・・・それでは遅いではありませんか!」

 「知らねーよそんなの!!だいたいクロが自首したがるなんてボクも想定してなかったんだよ!!ただボクはオマエがつまんねーことしねーように忠告だけしにきたの!!じゃあなあばよ!!」

 

 そう言うと、モノクマはポーズを取りながら廊下の向こうに消えてしまいました。この罪を告白することもできない、絶望に打ち拉がれた私を残して。私はそれから、悩み続けました。どうすればいいのか、どうすれば穂谷さんを救うことができるのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そして私は閃きました。私だけが加害者になればいいのだと。明尾さんも穂谷さんも、私に襲われた被害者になればいいのだと。そうすれば被害者の穂谷さんが追及されることはなくなり、私だけが処刑されるのだと」

 「それが現場偽装の動機か・・・なるほど」

 「じゃ、じゃあ、明尾の部屋に雑に証拠残したのも、鍵を見てわざわざ男子脱衣所のだっつったのも・・・」

 「皆様がお気付きになったのは幸いでした。ですが、明尾さんが穂谷さんを襲撃なさったことまで明らかにされてしまったのは想定外です」

 「犯人入れ替えマジックって言ったところかな?あんなお粗末なタネじゃあすぐバレちゃうよ、キミらしくもない」

 「では・・・脱衣所の隠し扉はいつ知ったのだ?」

 「明尾さんをお部屋に運んだ際、テーブルの上にメモがあり、そこで。彼女の計画もそれで知ったのです」

 「明尾さんも明尾さんで雑だね。彼女らしい」

 

 鳥木は落ち着いて喋ってたが、狂ってやがる。鳥木は、穂谷の身代わりに死ぬつもりだってのかよ?本当なら穂谷が殺してたはずの明尾をわざわざ殺して、『クロ』の立場を奪いやがったのか。なんでだ、なんでそんなことしたんだよ。

 

 「なんでそんなことができんだよ!お前は穂谷の身代わりになって死ぬんだぞ!なんで他人の穂谷のために・・・そんなことができんだよ!!」

 「ど、どうしたの清水くん・・・?」

 「人のために命張って、余計なマネして俺らを振り回しやがって!!どういうつもりなんだ!!テメエは穂谷のなんなんだよ!!」

 「落ち着け、清水。確かに鳥木がこの事件に関わったことで複雑にはなった。だがもう解決したことではないのか。なぜお前がそこまで声を荒げる」

 「・・・ッ!!ムカつくんだよ!!人のためにしか動けねえ奴が!!なんでテメエは自分のことを考えてねえんだ!!明尾を殺した理由も!自首しなかった理由も!裁判中の態度も!今だって!なんでテメエは自分が死ぬことを考えねえ!!なんで穂谷のことばっか考えてやがるんだよ!!」

 

 

 

 

 

 「・・・生きていて欲しい。彼女は私の、一番大切な人です。それだけの理由では、いけませんか?」

 

 一切の迷いもなく、鳥木は答えた。なんだそりゃ。一番大切な人って、そんなの命懸ける理由になってねえじゃねえか。生きていて欲しいって、ほとんど死にかけてる穂谷がこの先も生きてて何の意味があるんだ。そんな言葉は頭の中を巡っては、声にならずに消えていく。鳥木の真剣な目付きに、俺は何も言えなくなった。

 

 「一番大切な人?理解しかねるが、どういう意味だ?」

 「命を懸けても守りたいという意味です。彼女は・・・私を必要としてくれた。マジシャン『Mr.Tricky』ではなく、鳥木平助として」

 「?」

 

 意味が分からねえ。鳥木平助としてって、『Mr.Tricky』は鳥木だろ。どっちがどっちでも同じじゃねえのか。

 

 「私がマジシャンとしてデビューしたのは、実家の近くの公園でした。その日に食べるものも苦労していた家計を助けるためにお布施を集めるためでした。幸いなことに、評判は上々、あっという間に私の名は知られていきました。有難くもテレビ局の方にお声をかけられお給金をいただけるほどになり、果ては“超高校級”の肩書きまで。ですが、光が強いほど影は濃くなるものです」

 

 話を聞きながら、他の奴らが唾を飲む音が聞こえた。緊張してやがる。どいつもこいつも心当たりがあるのか?そんな周りの様子をうかがいながら、強く握った拳に俺自身も緊張してるのに気付いた。“才能”を持つことの裏返し、そんなのは俺だって痛いほど分かってる。

 

 「私のマジックをご覧になる観客の皆様、ご協力いただくテレビ局やスタッフの方々、希望ヶ峰学園の方々、そして私の家族さえも・・・私が『鳥木平助』であることなど忘れてしまっていました。私は“超高校級のマジシャン”『Mr.Tricky』、それ以外の名前などどうでもいいのです」

 「どうでもいい・・・?」

 「ステージで華々しく輝き、観る者を魅了し、奇跡を起こし、多くのお金を稼ぐ『Mr.Tricky』こそが、彼らの必要とする“私”でした。『Mr.Tricky』でない鳥木平助など、必要のない存在なのです」

 「そ、そんなことないですよ!だって・・・鳥木さんは鳥木さんやないですか!」

 「ふっ、いいのですよ。私からマジックの“才能”を奪ったら何が残りますか?鳥から翼を奪ったら一体何になるというのですか?それは、“なんでもない存在”になるしかないのですよ」

 

 薄く笑ってそんなことを言う鳥木は、全てを悟ったような、なにもかもを諦めたような顔をしてた。涼しい顔なのに、そこからは何か狂気みたいなもんが滲み出てるような、そんな気がした。

 

 「私はそれに気付いた時から、“鳥木平助を演じる『Mr.Tricky』”として生きてきました。私は私であってはならない、皆様の望む“私”は『Mr.Tricky』だと知ったからです。ここに来て皆様とお会いした時も、私は“私”でいました」

 

 こいつはずっと、そんな風に生きてたってのか。自分じゃない奴を演じながら、自分を偽って、本当の自分を見せないようにしてたってことなのか。理解できなかった。だってこいつがそんな無理をしてるなんて感じなかった。自然で、当たり前にそうしてた。

 

 「ですが彼女だけは・・・穂谷さんだけは、そんな私の仮面を見抜かれました。『鳥木平助』の仮面を被る、『Mr.Tricky』という仮面の下にある、本当の私の存在を。そして私に気付かせてくれた。既に二つの存在が私の中で融け合い、その境を失いかけていることを・・・“私”が、本当の私を失ってしまう前に」

 

 だんだんこんがらがってきた。今のこいつは鳥木と『Mr.Tricky』のどっちなんだ。鳥木は鳥木じゃねえのかよ。『Mr.Tricky』なんてステージの上で演じてるキャラクターじゃねえのか。必要とされたから本当の自分を抑えつけるなんて、なんで鳥木はそこまで他人のために生きられるんだ。

 

 「・・・お前の言うことを否定するわけではないが、それでも私には理解できんな。穂谷に救われたと言うが、それは命を懸けるほどのことなのか?穂谷のためにお前が身代わりになるほど、お前は穂谷に感謝しているというのか?」

 「感謝・・・というだけではございませんね。それはきっかけに過ぎません。私が、穂谷さんを心からお慕い申し上げることの、ほんのきっかけです」

 「と言うと?」

 「・・・・・・穂谷さん、お話ししても構わないでしょうか。貴女のことを」

 「・・・」

 

 鳥木の問いかけにも穂谷は答えない。ぴくりとも反応せず、こっちの方が先に死んじまったんじゃねえかってくらい静かだ。けど、微かに呼吸をする音だけは聞こえてくる。返事をしねえのは声が聞こえてねえのか、それとも答えるのも苦しいくらいに弱ってんのか、無言で許してんのか。なんにしてもこのままじゃ話が進まねえ。鳥木はため息を吐いて、勝手に話し始めた。

 

 「穂谷さんも、私と似ているのです。いえ、似ていると言うには全く異なりますね。ですが、彼女もまた、仮面を被っているのです。“超高校級の歌姫”の仮面を」

 「仮面・・・穂谷さんの、仮面?」

 「優雅で、高潔で、気高く、気品に満ちた歌姫の仮面です。それは、穂谷さんの弱さを封じるための、強く厚い仮面です」

 

 初めて会った時から、穂谷の無機質な笑顔には違和感を覚えてたんだ。何の感情も無い、形だけの笑顔。それこそまるで仮面みてえに揺るがなくて、イラつくこともあったが不気味に思うこともあった。その裏に何が隠れてるかなんて、考えたこともなかった。人を馬鹿にするだけの奴だと思ってたからだ。

 

 「・・・弱みと言うと、穂谷円加の抱える疾患のことか?」

 「ッ!?な・・・なぜ望月さんがそれを・・・!?」

 「えっ・・・も、望月さん何か知ってるの!?」

 「やはりか。私は専門ではないから詳細は不明だが、神経系の疾患か?」

 「どういうことだ望月・・・!!なんでテメエが穂谷の弱みなんか知ってんだよ・・・!!」

 

 穂谷の抱える弱み、それが鳥木の口から語られる前に、望月の口から飛び出した。鳥木の反応からしてそれは当たってんだろう。けど、なんで望月がんなこと知ってんだ。穂谷が話すわけねえし、唯一知ってたらしい鳥木もそんな秘密をべらべら喋る奴じゃねえ。

 

 「生活習慣を観察すれば容易に推測できることだ。食事に細かな規定を設けたり、医務室にも頻繁に出入りしていた。最近は食事が粗末になるにつれて医務室への出入りも増えた」

 「ストーカーみたいだね」

 「テメエが言うな」

 「穂谷さんは・・・・・・脊髄を患っておられます。放置しておけば自力では動けなくなってしまう、治療の困難な病気です。もう十数年もの間、彼女はその病気と闘っておられるのです」

 

 脊髄の病気、ほっとけば動けなくなるという言葉はいまいち現実味がなかったが、穂谷が重い病気を抱えてること自体は妙に納得できた。そう言えばこいつはずっと医務室にいた。毒薬でも物色してんのかと思ってたが、そう考えると栄養剤や鎮痛剤でも探してたんだろうか。

 

 「穂谷さんはそのご病気を誰かに知られることを極端に嫌いました。難病に冒されていることを知られ、同情や興味を集めてしまうことを嫌ったのです。自尊心の高い方でいらっしゃいますから、ご自分の“超高校級の歌姫”の肩書きに泥を塗ることになってしまうとお思いになったのでしょう。なので穂谷さんは、そのご病気を隠すため仮面を被り、治療のためご自分で努力なさいました。歌姫の“才能”で得たお金で困難な手術を繰り返し、少しずつ治療していったのです」

 「・・・それと、キミが穂谷サンのために命を懸けることと何の関係があるの?」

 「穂谷さんはそのことを私に打ち明けてくださいました。自分の弱さに仮面を被せて取り繕っていることが、過去を抱えて独り生きていこうとしていることが、私たちは似ていると仰ってくださいました。私には・・・もったいないお言葉です」

 

 そこで深く息を吸って、鳥木は意味深に間を置いてから言った。

 

 「初めてなのです、私が心から愛おしいと感じた方は」

 

 そう言って横にへたり込む穂谷を見て、鳥木は物悲しそうな目をした。まだすすり泣いてる穂谷を前にして、どうすればいいか分からないみてえだ。

 

 「どうか、穂谷さんをお許しください。彼女は被害者なのです。明尾さんもまた被害者・・・お二人は何も悪くないのです」

 「で、でもそもそも、明尾さんが穂谷さんを狙ったのは、その・・・『裏切り者』だと思ったからでしょ?も、もし穂谷さんが『裏切り者』だったら、キミのしたことは・・・!!」

 「いいえ、それは明尾さんの勘違いです。明尾さんは仰っておりました。穂谷さんが手術の痕を隠したり、夜中に医務室にお薬を取りに行ったりなさることが、『裏切り者』だと思わせてしまったのでしょう」

 「だから穂谷は大浴場に行きたがらなかったのか・・・裸になれば、手術痕など隠しようがないから」

 「そ、そんなのも全部そいつのプライドの問題じゃねえか・・・!!明尾はそのせいで勘違いして、こんなことになったんだぞ!!穂谷が何も悪くねえなんて言えんのかよ!!」

 

 勘違いって、たったそれだけで明尾の死は片付けられんのか。勝手に勘違いした奴が勘違いさせた奴を庇った他人に殺されたなんて、そんな風に片付けんのか。そんなの、全部穂谷に振り回されただけじゃねえか。そんなの、許されていいのか。

 

 「初めから全ての罪は私が償うつもりでした。明尾さんからお話を聞いた時点で、もはや私以外に罰を代わることができる者はおりませんでした」

 「全ての罪を背負うなんて、キミはキリストにでもなったつもりかい?明尾サンにトドメを刺したのはキミだけど、穂谷サンだって致命傷を負わせてる。それにこの事件を仕掛けたのは明尾サンだ。キミがその罪を代わりに償うなんて、傲慢じゃないか」

 「傲慢でもなんでも、私は構いません。それで彼女が生きられるならば・・・私は」

 

 鳥木の覚悟は本物だ。本気でこいつは、穂谷の身代わりになることを望んでる。もう三度も見てきて、思い出すだけで鳥肌が止まらなくなるあの処刑を受けることを、本望だと感じてる。曽根崎は傲慢だっつうが、俺にはもっと、得体の知れねえ不気味な何かに思える。

 

 「勝手なことをッ!!!」

 

 そんなよく分からねえ感覚も、耳を劈くような声で吹き飛んだ。全員が一斉に、その声を発した穂谷も見た。

 

 「私は・・・そんなこと望んでいないのに・・・!!これは私の問題なのに・・・・・・どうして貴方が罰を受けなければ!!ならないのですか!!」

 「穂谷ッ・・・!もうやめろ・・・!もう遅いんだ・・・!!」

 「分かっていましたよ!!明尾さんの死因を知った時から!!犯人が私ではなくなっていることに!!貴方が・・・・・・私を生かそうとしていることに・・・!!」

 「犯人が分かっていて、自身がクロだと主張したのか?理解に苦しむな」

 「私は貴方の助けなんか必要なかった!!私は貴方を犠牲にして、こんな身体で生き永らえたくない!!貴方が死んで私なんかが生きるなんて・・・そんなの・・・・・・そんなのおかしいじゃないですか・・・!!わ、わたしは・・・!あなたに生きていてほしいのに・・・!!」

 

 乱暴に、いい加減に、調和の欠片もなく響く悲鳴のような叫びは、弱々しく震える身から発せられる。自分を犠牲にして大切な誰かを生かしたい、その想いをぶちまける。こんなの、痛くて聞いてられねえ。穂谷と鳥木は、互いに本当のことを知りながら互いを生かそうとしてたんだ。相手を想うあまりに、嘘と真実で自分を殺そうとしてた。

 

 「申し訳ございません、穂谷さん。身勝手ではございますが、最期に一つ、お願いをきいて頂けないでしょうか」

 「・・・最期なんて、認めません・・・・・・!」

 

 鳥木は穂谷の隣に跪き、力の抜けた白い手を取った。骨の浮き出た弱々しい手は、指の長い整った手の上で解けるように開いて閉じた。

 

 「生きてください。美しくなくても、強くなくても、私は、貴女に生きていて欲しい。誰よりも愛おしい、貴女だから」

 「と・・・とり、き・・・・・・くん・・・!!」

 

 もしここがステージの上だったら、壮大な音楽と共に万雷の拍手が二人に浴びせられたかも知れない。こんな悲劇めいた結末なんか、舞台の上だけでたくさんだ。だがここは地下深くに造られた裁判場。これは演目じゃない、まぎれもない現実だ。

 

 「はい!この話は終わり、ちゃんちゃん!悲劇の歌姫と殺人マジシャンのラブストーリー?ケーッ!ありきたりだなあ!やるならもっとこう、血沸き肉踊り血で血を洗うようなドロドロ昼ドラ的展開をだね」

 「・・・!」

 「な、なんだよその目は!みんなしてもボクを睨んでさ!ボクは傍観者として意見を言ったまでだぞ!そんな目でボクを見るなーーーッ!!」

 

 もう言葉で抗議する奴はいなかった。穂谷と鳥木以外の全員から敵意の眼差しを向けられて、モノクマはわざとらしくビビる。どうせこいつにとって俺たちなんて、恐れる必要もない奴らなんだ。それを示すように、すぐにケロっと態度を変えた。

 

 「さて、そんじゃクロの自白という名の軽いコントも終わったようなので・・・さっさと皆さんお待ちかねの、おしおきタイムに突入しましょーか!!いっちゃいましょーか!!」

 「くっ・・・!なぜこんなことに・・・!」

 「と、とりきさぁん・・・!」

 「・・・皆様、笑顔でとは申しません。せめて最期は涙を見せず、お別れしましょう。マジシャンが舞台を去る時!!それはお客様に一時の夢を見せた時でございます!!我らが『Mr.Tricky』は永久に不滅です!!またいつか、夢の世界でお会いすることでしょう!!」

 

 いびつに笑うモノクマの声をかき消すように、外していたマスクをもう一度付けた鳥木が声を張る。それは、俺たちが知ってる『Mr.Tricky』そのものだった。今にもド派手なマジックをしそうなほど、そいつは堂々と胸を張ってそこにいた。

 

 「不意に訪れた今生の別れ・・・お先に失礼いたします。皆様どうか、どうか・・・!」

 

 深々とお辞儀をしたそいつは、ゆっくりマスクを外して床に置いた。次に顔を上げると、そこにいたのはマジシャン『Mr.Tricky』なんかじゃなく、普通の高校生『鳥木平助』だった。

 

 「生きて・・・!!もう二度とこんな・・・むごいことは・・・!!」

 「ッ!鳥木・・・!必ず!必ず約束だ!我々はもう、二度とここには戻らない!きっとだ!」

 

 さっきまでの威勢はまるで失われて、震えた声の鳥木がいた。今まで崩れなかった鳥木の落ち着きが、もうどこかに消え失せてた。だが、その目はどこまでも澄んでた。

 

 「今回は!“超高校級のマジシャン”鳥木平助くんのために!!スペシャルな!!おしおきを!!用意しましたあ〜〜〜ッ!!」

 

 無慈悲にハンマーを振り上げるモノクマの意に反して、鳥木はその運命を悲観していない。最後にちらと穂谷を見て、満足気に目を閉じた。

 

 「それでは!張り切っていきましょーーーぅ!!おしおきターーーイムッ!!」

 「みんな・・・さようなら」

 

 鳥木はそう呟いて、真っ暗な壁の向こうに消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       【GAME OVER】

   トリキくんがクロにきまりました。

     おしおきをかいしします。

 

 吸い込まれそうな黒の衣装に身を包んだ鳥木平助は、五色のスポットライトに照らされる。光沢の美しい銀の鎖が腕と脚に巻き付き、絢爛な意匠にその身体を固定する。華やかで煌びやかで眩しいその十字架が立つのは、無機質なコンクリートと金網に閉ざされた空間だった。演者は場違いなほど派手に、観客は耐えがたいほど悲痛に、その時を待っていた。シルクハットを被ったモノクマが数え切れない程のトランプを取り出し、赤と黒の入り交じるその中にたった一枚だけ、踊る道化のカードを混ぜた。やがてけたたましいブザーとともに演目の題がモニターに映し出される。

 

 

     《SHOOT THE JOKER!!》

 

 

 トランプの束をシルクハットに入れ、その口は鳥木に向けられた。片手に持つステッキでその口を叩く。3,2,1。四度目にハットを叩いた瞬間、トランプが勢い凄まじく飛び出した。

 

 「ッ!!」

 

 鳥木は思わず目を閉じた。トランプが空気を切り裂き鳥木の頬を掠め鋭い痛みが走る。生暖かい液体の感触に気付いた時には、既に無数のトランプが眼前に迫っていた。

 縦横無尽に焦点を巡らせる照明が、鳥木の姿を一瞬だけ映し出してはまた暗闇に隠す。トランプの飛び交う音だけが暗い処刑場に響く。皺一つない衣装に次々切り込みが刻まれていく。無防備にさらけ出された皮膚をトランプが刻み、こぼれ出す血が弾け、傷口から肉が削ぎ落とされていく。肩が、脚が、腕が、腹が、首が、耳が、頭が、少しずつ切り刻まれていく。途切れることなくトランプが鳥木の身体を傷付ける。黒かった服はいつしか細かな断片となって散り、赤く変わり果てた身体に鋭い紙片が突き刺さる。

 

 「・・・!!!」

 

 未だに切り刻み続けられる身体は痛み以外の感覚を失い、磔の苦しみで息が詰まる。それでも鳥木は声をあげない。固く目を閉じてひたすらに耐える。

 そしてシルクハットから最後のトランプが飛び出すと、モノクマはもう一度ステッキで叩いた。銀色の刃が一瞬だけ照明の光に輝き、全ての光が消えた。

 

 

 黒一色の世界に鉄の臭いがどこからともなく漂う。暗闇にドラムロールが蠢く。スポットライトの光の下でモノクマは誇らしげに胸を張って、ステッキで処刑場の中央を指さした。スポットライトはその後を追って、そこにあるカードを照らし出した。銀のナイフに鳥木平助の心臓ごと貫かれた、たった一枚のジョーカーのカードを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うっぷぷぷぷぷ!!マジックだいせいこーーーーーぅ!!てじな〜じゃん!ってとこかな!!でもあのトランプはもう汚くて使えないなあ。はあ、もったいないもったいない」

 「鳥木ッ・・・!」

 「あああううぅ・・・と、鳥木さんまで・・・こんなことに・・・・・・!!」

 

 大袈裟な装置と眩しいくらいの光と感情を高ぶらせるような音、それはまさに『Mr.Tricky』が得意としたド派手なステージマジックの手法だ。ただあいつの死を侮辱するためだけに、モノクマはここまでの準備をしてたっつうのか。どこまでも常識が通用しねえ奴だ。

 全身を刻まれて目も当てられない姿になった鳥木を、穂谷は一度も見ようとしなかった。だが何が起きたかは分かってるはずだ。もはや叫ぶ元気もないらしく、一層の涙をこぼしてた。

 

 「いやあ、それにしても今回は退屈な事件だったね。クロ以外に真相を知ってる人がいて、クロ自身がハナから生き残る気なかったなんてさ、やっぱあの規則作っといて正解だったや。でも、もうこんな事件はやめてよね?オマエラ、殺るからには徹底的にだよ!持てる全てをぶつけて相手をぶっ殺して、だまくらかして、でなきゃ意味ないじゃ〜〜ん!」

 「もういい加減にしてよ・・・!!これ以上、僕らをどうしようっていうのさ・・・!!」

 「だから言ってるじゃん。ボクはオマエラに絶望して欲しいわけ、全ては大いなる希望のためにね!!うぷぷぷ!!」

 「意味分からねえよ・・・ふざけやがって!こんなこと、いつまで繰り返させるつもりだ!!」

 「落ち着きなよ清水クン。モノクマの言うことが意味分からないのは今に始まったことじゃないでしょ。冷静にならないと・・・思う壺だ」

 「ぜ、絶望とか希望とか、なんの話ですかぁ・・・・・・。希望のために絶望してほしいって・・・どういうことなんですかぁ・・・」

 「うぷぷぷぷ!!」

 

 気分が悪い。処刑を見ただけのせいじゃねえ。モノクマの掴み所のねえ言い方も、ムカつくほど能天気で明るい笑い声も、イラついて仕方ねえ。何がそんなにおかしい。全部テメエのせいだ。

 

 「何か可笑しいことでも言ったか?」

 「どうせまた良からぬことを考えているのだろう」

 「いやね、ここまで生き残ってきたオマエラに、少しはご褒美でもあげちゃおっかなと思ってね!もう四回も学級裁判を勝ち抜いてきたんだから、何かないとオマエラのモチベーションももう続かないでしょ?いや〜、そんなところに気が付くボクってやっぱりデキるクマ?デキクマ?」

 「ご褒美って、嫌な予感しかしないね」

 

 そんな気持ち悪い笑い方でご褒美なんて言われてもなんの期待もできねえ。モノクマが俺たちに寄越したもので良かったものがあった試しなんてねえ。全てが俺たちをコロシアイに向かわせるものだ。どうせまた動機みてえなもんを寄越すに決まってる。

 

 「ちなみに受け取り拒否はできないから!っていうか、みんな気になってるでしょ。今年の汚れは今年の内に落とすの精神だよね、大掃除的発想だよね」

 「本当に意味分かんないよ・・・なんのこと言ってんの?」

 「うぷぷぷぷ!忘れたとは言わせないよ、『裏切り者』の存在をさあ!なななんと大出血サービス!今ここで、その正体を発表しちゃいたいと思いまあ〜〜〜す!!」

 「はっ!?」

 

 それはあまりに唐突な宣言だった。動機として発表された『裏切り者』の存在、俺たちを監視するために紛れ込んだ希望ヶ峰学園からの差し金。モノクマと繋がってんじゃねえかとか、希望ヶ峰学園と連絡を取り合ってるとか、色んな疑惑でいつの間にか危険視されてるそいつの正体は、遂に分からねえままだった。そもそも明尾がこの事件を仕掛けたのも、穂谷を『裏切り者』だと思い込んだからだ。

 

 「ちなみに明尾さんでも鳥木くんでもないからね。うぷぷぷ!もう死んでるなんて間抜けなこと、ボクが許さないんだからね!」

 「・・・!」

 

 俺たち一人一人の顔を確認するように、モノクマはじろじろと見てくる。マジでこの中に『裏切り者』がいるってのか?そいつが名乗り出てさえいれば防げたかも知れねえ事件で、もう二人の人間が死んだ今、まだ息を潜めているってのか?それを暴露するなんて、それこそ新しい疑心暗鬼の種にしかならねえじゃねえか。

 

 「お、おい!まっ・・・!」

 

 やべえと感じた俺が止める間もなかった。モノクマはあっさりと、『裏切り者』を指さした。

 

 「オマエラの中に潜むずる賢い『裏切り者』の正体はぁ・・・オマエだよッ!!うぷ!うぷぷぷ!うぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り7人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命    【明尾奈美】

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

【屋良井照矢】【鳥木平助】 【滝山大王】【アンジェリーナ】




年内に第四章を終わらせることができた!!よかったあ!!これが2015年最後の投稿(の予定)です!!来年から五章、そしてクライマックスまで一気にいきたいと思います(いけるとは言ってない)
それではみなさん、よいお年をお迎えください!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五章『傀儡の炎に罪を拾う』
(非)日常編1


 俺はなぜか、ボロい鉄パイプの椅子に座ってた。綿が固くてケツが痛えし、錆びたねじがきしきし音を立てて耳障りだ。心許ねえ背もたれに体重を預けるのが不安で、ろくにくつろげもしねえ。人を呼び出しておいてこんな扱いあるか。

 ここはたぶん希望ヶ峰学園の廊下だ。たぶんってのは、俺自身なんでここにいるのか分からねえからだ。ただ誰かに呼び出されて仕方なく来たことだけははっきりと分かる。目の前には小窓に黒いカーテンがかけられたドアの教室がある。教室の名前は薄暗くてよく見えねえな。中から人の声が聞こえる気もするけど聞き取れねえ。

 

 「いつまで待たせやがんだ・・・」

 「静かに待ってろ」

 

 誰に言うともなくつぶやいた言葉に返事が返ってきた。驚いて横を見ると、黒いスーツを着た男が俺を監視するようにぴったり横に立ってた。なんで今まで気付かなかったんだ。それにしてもこいつ、どっかで見たような気がする。もう少し顔をよく見れば思い出せそうな気がするんだが・・・。

 

 「・・・」

 

 俺がそいつの顔を確認するより前に、部屋のドアが開いて変な奴が出て来た。短髪でいかつい顔をした奴だった。なんで制服じゃなくて地味な和服なんだよと思ったが、それよりもそいつの人を馬鹿にしたような目つきが気に入らねえ。ムカついたからガン飛ばしてたら、そいつは俺を一瞥しただけで何も言わずに歩き去っていった。感じ悪い奴だな。

 

 「お前の番だ。入っていいぞ」

 

 和服の奴に気を取られてたら、またその男に声をかけられた。促されるまま教室の中に入っていく時に顔を見ようとしたが、すぐにドアを閉められて見損ねた。まあ、別にいいか。

 いきなり人を呼び出しておいて薄ら寒い廊下に散々待たせたクソ野郎は、一体どんな面してやがるんだ。俺はそんな不満とその他諸々のむかつきを全部ぶつけてやろうと、思いっきりガンつけて振り返った。そいつは、小さな机を挟んで、俺をしっかりと見据えてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんなんだ、また妙な夢だ。まるで面接でもしてるみてえだったが、希望ヶ峰学園にいたころにあんなことあったか?学園に入学するときに面接入試なんてした覚えねえし、出て来た奴らの顔も思い出せねえ。わけわかんねえ。まあ、夢に意味を求めても無駄か。それよりももっと重大な問題が、今の俺たちにはある。

 

 「ちっ」

 

 今日も無事に目覚めちまったことに、俺は舌打ちしてベッドから身体を起こした。いっそ狂っちまえばこんなにストレスだらけの毎日を過ごさなくてもよくなるんだろうか。眠ってるうちに殺されちまえば、余計な苦しみもなく解放されるんだろうか。

 極限のストレスの中で思考は正常さを失い、ごちゃごちゃになったまま曖昧な答えを出し続ける。夢の中に居続ければマシだったものを、目覚めちまったせいで腹の虫は鳴る。食堂に行かざるを得ない。

 

 「やあ、清水クン。おはよう」

 「・・・おう」

 

 廊下で曽根崎と望月に会った。こいつらも顔色はよくない。望月は元から不健康そうな面してたし、どうせあの話も響いちゃいねえんだろう。いつもより遅めの朝飯を食いに、そいつらも食堂に行くところだった。気が重い。

 食堂の前でドアを開けようとしたら、中から騒がしい声が聞こえる。それからテーブルを蹴る音や椅子の倒れる音がしてくる。誰かが暴れてやがるのか?俺は不安半分、面倒くせえ半分でドアを開けた。

 

 「・・・何やってんだよ」

 「ッ!お、お前たち・・・!」

 

 食堂にいたのは二人、穂谷と六浜だった。無様に力なく床にへたり込む穂谷と、それを心配そうな顔で見る六浜。だが、六浜の手に握られた包丁は鋭く光る。どっちも肩で息をしてるところを見るに、一悶着あったんだろう。

 

 「そんな危ないもの持って何やってんの?」

 「あっ・・・!ち、違う!これは穂谷を止めて・・・決して私はそんな・・・!」

 「なんなんだよ・・・なんなんだよこの状況はッ!」

 

 慌てて釈明しようとする六浜に、いつの間にか俺たちの後ろにいた笹戸が声を荒げて返した。一緒に来たらしい晴柳院は怯えた目で食堂を伺って、六浜の顔色はどんどん悪くなる。

 

 「・・・穂谷を止めたのだ、これで自分を刺そうとしていた。そんなバカなこと、見過ごせないだろう!」

 「ほ、穂谷さん・・・!」

 「・・・」

 「どこへ行くのだ笹戸」

 「ごめん。僕、今日は朝ご飯いらない・・・」

 

 六浜は危険がないことを示そうと、包丁を穂谷の手の届かないテーブルの上に置いた。それでも笹戸は訝しげな顔をして踵を返した。六浜が背中に声をかけても、ろくに振り返らずに言うだけだった。

 

 「キミのこと、もっと考えなくちゃいけないから・・・」

 

 笹戸はそのまま自分の部屋に帰っていった。それを追うこともできず、六浜は食堂で悔しげに唇を噛む。ひとまず飯を食おうと思っただけなのに、こんな気分になるんじゃたまったもんじゃねえな。その後、穂谷は音もなくふらふらとどっかに出て行っちまって、晴柳院がそれを追っかけた。結局食堂には、俺たちと六浜だけが残った。

 

 「お前たちは・・・私を避けんのか?」

 「避けたってしょうがねえだろ。どうせ逃げ場なんかねえし」

 「『裏切り者』が即ち危険であるとは言えない。六浜童琉が私に危害を加えたことはないし、その可能性も無いに等しい。接触を避ける理由がない」

 「六浜サンの頭脳は色々参考になるからね。今後のためにも、ハイリスクハイリターンってやつ?」

 「望月以外はフォローになっていないな・・・いや、それでもありがたい。こんな時ではな」

 

 飯を食う間も六浜はずっとしょぼくれてて、こっちまで気分が滅入る。こんな表情のままいられるくらいだったらお前も部屋帰って寝てろよ。どうせ今は何したって裏目に出るんだからよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーーー

 

 鳥木が処刑された後、モノクマは嬉しそうに笑いながら『裏切り者』の正体を明かした。俺たちを疑心暗鬼に陥れた存在で、明尾が穂谷を殺そうとまで思った理由の正体で、たぶんこのコロシアイ生活の何か重要な事実を知っている、『裏切り者』。その正体が明らかになることは、俺たちにとって良かったのか悪かったのか。今となっては悪かったんじゃねえかとすら思える。

 

 「『裏切り者』は・・・オマエだよ!うぷぷぷぷ!」

 

 モノクマの爪は真っ直ぐに示す。俺たちの中に潜んだ『裏切り者』に向かって。その先に立たされた人物は、事態が飲み込めないと、らしくないほどの間抜け面を晒してた。指先から伸びた線を追った俺たちも、その正体に思考がまたリセットされた。なんで・・・なんでお前が『裏切り者』なんだ。

 

 「なっ・・・なにを馬鹿なことを・・・!!」

 

 そいつは一歩後ずさった。かかとが証言台にぶつかって音を立てる。追い詰められたように目を剥いてモノクマを見るが、自分に向く指はぴくりとも動かない。紛れもなく自分を指したものだと理解しているからこそ、六浜は動揺を隠せずにいた。俺たちだってわけわかんねえのに、本人もどういうことか分かってねえようだ。

 

 「六浜さんが『裏切り者』、ってこと?」

 「うぷぷぷぷ!そう!そうだよ!オマエラ“超高校級の問題児”たちを監視していた希望ヶ峰学園の差し金!『裏切り者』の正体は、六浜童琉さんその人だよ!!うぷぷぷぷ!!」

 「ば、馬鹿なことを言うなッ!!!」

 

 悪意たっぷりに笑うモノクマに、六浜は必死に叫んだ。モノクマが適当にウソを吐いてるんだと、でたらめなんだと言うように頭を振って睨み付ける。けど否定するならなんでそんなに動揺してるのか分からねえ。普段の六浜だったらこういう時、冷静に反論するはずじゃねえのか。

 

 「わ、私が・・・『裏切り者』だと・・・!?ふざけるな!!私は・・・監視など、学園の差し金だなんて・・・!!」

 「なにその顔?よかったじゃん。逆に言えば、この中で六浜さんだけは問題児じゃなかったってことだよ。それどころか学園から信頼されて、こんな大事な仕事を任されたんだから、優等生と言ってもいいよね!豚もおだてりゃチョモランマってとこかな?」

 「わ、私は・・・私は・・・・・・!!」

 「んじゃまあ言うことは言ったし、ボクは次の章の準備があるからお先に失礼!いつものようにエレベーターは一度しか動かさないから、ちゃんとみんな乗ってね!」

 

 青ざめた顔で足取りも覚束ない六浜と、その様子を何も言えず眺める俺たち、投票からずっとうずくまったままの穂谷を残して、モノクマは裁判場から消えた。いつもいつも自分勝手な奴だ。エレベーターに乗れとは言ったが、今の俺たちにあんな狭い密室にずっといろってのか。こんな、何が何だか分からないけど、誰を信じていいのか分からなくなった俺たちに。

 

 ーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれからほぼ一日経って、今日はこの有様だ。俺たちが六浜を疑うのは勝手にしても、なんで六浜が『裏切り者』だってことにも『裏切り者』じゃねえってことにも自信が持ててねえのか分からねえ。この三年間だけじゃなく『裏切り者』の記憶までモノクマに奪われたってことか?だとして、モノクマはなんのためにそんなことするんだ?

 

 「『裏切り者』が私なのか・・・私には分からない。だが私は、『裏切り者』ではないということも自信を持って言えないのだ」

 「どういうことなんだよ。要は学園から俺たちの監視を任されてるって話だろ?」

 「・・・記憶が曖昧なのだ。はっきりと任された記憶はないが、言われてみればそのような気はする・・・不思議な気分だ」

 「記憶に絶対の自信を持つはずの“超高校級の予言者”が、随分と気弱なのだな」

 「我々の記憶に関して、モノクマはかなり手を加えているようだ。ここで過ごした三年の時間だけでなく、私の場合は希望ヶ峰学園にいた頃の記憶すら、曖昧に暈かされているようだ」

 

 俺たちが希望ヶ峰学園からここに連れて来られて目覚めるまでの記憶の間に三年の時間が過ぎていると、モノクマは言った。到底信じられねえ話だが、実際にそれが原因で殺人は起きたし、あの大量の雑誌が本物らしいってことは六浜と曽根崎が認めてる。本当にモノクマが俺たちの記憶をいじる方法を持ってるなら、『裏切り者』って記憶も消すことくらいできるだろう。

 

 「半ば夢物語のような話だが、全くの荒唐無稽話というわけでもない。むしろモノクマなら何をしても可笑しくはないのだから、あらゆる可能性を考慮すべきだ」

 「記憶消すなんて常識外れの相手にどうしろっっつうんだよ」

 「消されたことに気付くだけでも大きな一歩だ。そう簡単に返してくれるわけもないだろうが・・・奴は必ず消された我々の記憶を利用してくるだろう。気を付けておくべきだ」

 「そうだね」

 

 気付けば六浜はいつもの調子に戻ってた。俺らが落ち着いて話してたからか、落ち込んでる場合じゃねえと思ったのか。どっちにしろ俺たちはどうにかしてモノクマに対抗する手段を探すだけだ。もうこれ以上あんな下らねえ裁判なんかしたくねえからな。

 

 「ところでお前たちは植物園には行ったか?」

 「ん?植物園?」

 「学級裁判を一つ経るごとに建物が一つ開放されることにはもう気付いているだろう。展望台奥の建物が唯一未開放だったから、早朝に行ってきたのだ」

 「あの建物、植物園だったのか。なんでそんなのが合宿場にあるんだろ」

 「念のため見てくるといい。できれば笹戸や穂谷も連れて行ってくれないか。私では連れ出せそうにないのでな・・・」

 「承知した」

 

 言われなくてもいずれモノクマに言われるだろうし、ムリヤリにでも全員に見せつけてくるだろうが、見るだけ見ておく。笹戸や穂谷は今すげえ面倒くせえから無視してやりゃいいのに、望月が勝手に承知しやがった。胃痛だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おい、笹戸。開けろよ」

 「・・・清水くん?なにか用?」

 「新しく建物が開放されたから探索する。お前も来い」

 

 笹戸の部屋のドアをノックして呼んだら、少しだけ開いた隙間から笹戸が覗いた。どんだけ警戒してんだよ。本当だったらこんな奴無視してもいいんだが、六浜に言われたし望月にも任されたし、後で口うるさく言われるよりはマシだ。

 

 「六浜さんは一緒じゃないの?キミ一人?」

 「六浜以外でだ。穂谷とチビは曽根崎たちが呼びに行ってる。さっさと出て来い、手間かけさせんな」

 「うぇっ?わっ!わっ!」

 

 ドアの隙間に足を突っ込んでこじ開けて、よろめいた笹戸の腕を掴んで引きずり出した。もたもたしてるとまたモノクマが余計なことしてくるはずだ。大したことはできねえが先手を打つに越したことはねえ。

 

 「自分で歩けんだろ。テメエを引きずりながら山登りなんてごめんだからな」

 「強引だなあ・・・なんかさ、清水くんって変わったよね」

 「ん?」

 

 肩を痛そうに回しながら、笹戸はそう言った。なんのことか分からなくてつい聞き返したが、別に興味もねえ。俺はなんにも変わってねえし変わるつもりもねえんだ。そもそも今更どう変わればいいってんだ。

 

 「最初は他の人と仲良くするとか、部屋まで行って探索に誘うなんてことしなかったじゃん。自分で言うのもあれだけど、むしろ僕の方がしてたというか。いつの間にか立場が逆になっちゃったなって思って・・・」

 「なんだそりゃ。事情があるんだ、しょうがねえだろ」

 「その事情も曽根崎くんたちとの約束でしょ?ちゃんと守るなんて偉いよね」

 「俺はガキか」

 

 何をくだらねえことを言ってやがるんだ。約束を守るくらい小学生じゃあるまいしできるっつうの。俺は黙って親指で寄宿舎の出入り口を指して笹戸を促した。部屋から引きずり出されて観念した、というよりもう少し積極的な感じで、笹戸はそれに従った。

 

 「最初に会った時は、なんとなく怖い人だなって思ってたんだ。気難しくて・・・あんまり人と話すのが好きじゃないのかなって。それにその・・・キミのあだ名も気になってたから」

 「“無能”か。別に気ぃ遣う必要ねえぞ。事実なんだから言わせとけばいいだろ」

 「キミは“無能”なんかじゃないよ!なんだかんだ皆に協力してくれるし、頭だっていいじゃないか。裁判中もがんばって推理してて・・・僕なんか、怖くてずっと真っ白になっちゃって、何にも考えられないのに」

 「的外れな推理ばっかりな」

 「キミは“超高校級の努力家”なんでしょ?努力の天才なんてすごいじゃないか。それって、どんなことにも努力してがんばれるってことだよ。羨ましいよ」

 「そりゃ嫌みか?“才能”のねえ奴がいくら努力したって、テメエら“才能”にはぜってえ勝てねえ。凡人と天才は生まれた時から出来が違うんだよ」

 「それは違うよ!好きなことを努力してこそ“才能”になるんだよ!“超高校級”なんて呼ばれる人たちは、みんな努力して“才能”を手に入れてきたんだよ。みんなが努力家なんだ。その中でもキミは“超高校級”ってことなんじゃないの?」

 

 寄宿舎を出て展望台への山道を登ってく途中、笹戸はずっと俺にそんなことを話してた。なんなんだ急に、曽根崎みてえになりやがって気色悪い。何を言われようと俺はいまさら“超高校級”になんか戻らない。俺はもう努力なんかできない。

 

 「あっ・・・なんかごめんね。一人で熱くなっちゃって。清水くん、そういう話イヤだったよね」

 「そうだな。反吐が出る」

 「でも、僕がさっき言った気持ちは本当だよ。別に今すぐじゃなくていいから、清水くんもいつか、もう一度・・・“超高校級の努力家”になれるはずだから。考えておいてくれないかな?」

 

 展望台に着くあたりで、笹戸はそんなことを言った。そのまま無視してもよかったんだが、なんとなく癇に障って何か言い返したくなった。

 

 「なんなんだお前、気持ち悪いな。そんなに喋る奴だったか?俺が“才能”の話すんの嫌いだって分かっててやってんなら、ケンカ売ってるってことか?」

 「えっ、いや・・・そんなつもりじゃ」

 「俺はぜってえにお前ら“超高校級”とは馴れ合わねえ。こんな状況だから力は貸してやるが、仲間になんかなるつもりはねえから勘違いすんじゃねえぞ。それと、俺の“才能”のことで知った風な口きくんじゃねえ」

 「・・・ご、ごめん」

 

 それだけ言い返してやると、笹戸は落ち込んだ様子で謝った。曽根崎よりあっさり引くだけマシか。なんとなく張り合いがねえ気がする。だからって気を遣うとかなんてあり得ねえが。

 展望台はいつかの血痕もきれいに消え去って、モノクマが修理した柵はしっかり縁に並び、ツタの屋根は粗末な木のテーブルと椅子に影を落としてた。曽根崎とはここで待ち合わせの予定だから、あいつらはまだ穂谷とチビに手こずってるってことか。穂谷の様子がおかしかったから、見つけて連れ出すのに手間取ってんだろう。俺は椅子に座って待つことにした。笹戸は所在なさげにうろついてから、同じように木の椅子に腰掛けた。

 

 「・・・」

 

 俺も笹戸も何も話さない。当然だ。待ってる間は暇だが、こいつと話すことなんてない。どうやってここから脱出するか、どうやってモノクマを操ってる奴を引きずり出すか、どうやって記憶のこととか問題児のこととか分かってねえことを明らかにするか。それを考えるために費やした方がいい。

 

 「あ、あのさ・・・・・・清水くんは・・・」

 

 集中して考えようとした矢先に、笹戸が緊張した風な声で切り出した。聞こえないふりしてなんのリアクションもしなかったが、言い方が妙に気になる。俺は黙って考えるのをやめて、笹戸の次の言葉を待った。

 

 「清水くんは、怖くないの?」

 「は?」

 

 思わず返事をしちまった。意味が分からん。笹戸は急に何を言い出すんだ。疑問しか頭に浮かばないまま投げた視線は、俯いて拳を握る笹戸をとらえた。なんだこいつ、やっぱ緊張してんのか。

 

 「もう・・・みんな死んじゃったんだよ?ついこの間まで一緒にいたみんなが・・・どんどん殺されて、処刑されて・・・・・・そんなことを繰り返して、もう七人しか残ってないんだよ?」

 「さ、笹戸?」

 「みんなで脱出しようって約束したのに・・・殺人なんかしないって信じてたのに・・・・・・裏切られたんだよ?何度も・・・何度も何度も何度もッ!!」

 「ッ!?」

 

 急にデケえ声出しやがるもんだから、思わず身体が強ばった。下を向いたままそんな風につらつら言う笹戸は、少し震えてるのが分かった。マジでどうしたんだ。さっきまで好き放題呑気なこと喋ってたじゃねえか。

 

 「だけど、ここまで生き残ってるみんなだから信じられるって、そう思ってた。『裏切り者』が誰であっても、今まで僕らと一緒に生活してきて、何もしなかったから大丈夫だって、覚悟したつもりだった。なのに・・・六浜さんが『裏切り者』だって聞いた時、僕はもう・・・何を信じていいのか分からなくなったんだ・・・」

 

 六浜が『裏切り者』だって事実に狼狽えてんのは、当の六浜を含めて全員同じだ。けどなぜか笹戸は、特にそのことに驚いて受け入れ切れてねえらしい。というより、穂谷はそれどころじゃねえし晴柳院もそっちが気がかりっぽくて、俺と曽根崎と望月は自分なりに納得してっから、むしろ一番普通の反応なのかも知れん。

 

 「僕、六浜さんのことすごく信じてたんだ・・・飯出くんの代わりにみんなをまとめようとして、古部来くんが殺されてもそこから立ち直れたから、すごい人なんだって思った。だけど『裏切り者』だって聞いたら・・・・・・今までのことはなんだったんだって、もう何も信じられなくなって・・・どうしたらいいのか・・・」

 

 今にも泣き出しそうなくらいに張り詰めた声色で、笹戸はそんなことを言う。こいつにとって六浜はそれくらい絶対的に信じられるもんだったのか。『裏切り者』なんてのはモノクマが勝手に言ってる呼び方に過ぎねえが、それでも信じてた奴にそんな秘密があれば揺らぐのも仕方ねえか。

 

 「だから・・・さっき僕、清水くんと話してて、ヘンなんだけど、なんかほっとしてさ」

 「ん?」

 「清水くんは信じていいんだって、なんかそんな風に思えたんだよね。裏表がない感じって言うかさ・・・きっと、人を騙すことなんてしなさそうだなって」

 「・・・?」

 「だからさ・・・頼りにしてもいいかな?僕のこと裏切らないって、約束してくれる?」

 

 少しだけこっちを向いた笹戸の顔は、かなり思い詰めてた。なんのきっかけか知らねえが、こんだけ自分の気持ちぶちまけるような状態なんだ。よっぽどこの状況に参ってんだろう。けどだからってなんで俺が笹戸に頼られなきゃならねえんだ。つうか裏切らない約束ってなんだよ。

 

 「お前馬鹿だろ?裏切る奴が裏切るから約束できませんなんて言うかよ」

 「・・・うん、だからそう聞いたんだ。やっぱり清水くんなら、僕はもう一度信じられる」

 「あ?」

 

 なんか知らねえが一人で納得してやがる。結局その裏切らねえ約束はしなくていいのか。俺の返答の何がそんなに気に入ったのか全く分からねえが、笹戸はまだ顔色は悪いが落ち着いたみてえだ。勝手に動揺したり安心したり情緒不安定かよ。今まであんま注意してなかったが、やっぱこの合宿場にまともな奴はハナからいなかったらしい。

 なぜか勝手に笹戸から頼られることになっちまって、なんとなく居心地の悪い待ち時間は長く感じた。展望台までの階段を望月と晴柳院が二人がかりで穂谷を歩かせて、それを後ろから曽根崎が不安げに支えてた。今朝のことだけが原因ってわけじゃねえだろうが、穂谷はふらふらとして足下が覚束ない。展望台から落ちて死んだ奴がいるってのに、あぶなっかしいな。

 

 「ごめんね、連れてくるのに時間かかっちゃった」

 「ほ、穂谷さん連れてきてよかったんでしょうか・・・。お部屋に帰すとか」

 「手間は省くことができるが、おそらくお前たちが最も望まない結果となるはずだ」

 

 そんなことを言いながら、ほとんど引きずったまま穂谷を展望台の奥の植物園まで連れて行った。リハビリツアーじゃねえぞコラ、テメエで歩け。だんまり決め込みやがって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 展望台奥の小道は、ガラス張りのどデカイ建物まで続いてた。山の中に突然こんなものがありゃどうやったって目立つだろうに、今まで特に気にならなかったのが不思議なくらいデケエ。建物は馬鹿デケエのに、入り口は人一人分の幅しかねえ簡素なアルミとガラスのドアだ。取っ手を捻って開けると、中の様子がよく分かる。

 

 「なんだこりゃ・・・ジャングルかよ」

 

 入ってすぐ目に飛び込んで来たのは、鬱蒼と茂った原生林のような森だった。シダか何か分からねえ汚ねえ植物が膝上まで繁殖して、長く伸びた木はツタが絡まってんのかツタの集合体なのか判別つかねえ。しかも幹もツタも足元もコケだらけだ。それでもコケの隙間から覗く人工の道が奥まで続いてることは分かる。アーチに絡んだ植物から変な蔓が垂れて気持ち悪い。妙な感じだ。ここが建物の中だってことも、密林の中にちゃんと道があるのも。

 

 「飯出クンが喜びそうな場所だね」

 「もしかしてずっとこんなか?虫除けスプレーなんかねえぞ」

 「しーーーんぱーーーいないさーーー!!」

 「うわあっ!?そんなとこから!?」

 

 まともな植物園じゃねえだろうと思ってたが、まさかジャングルがあるとは思わなかった。つくづくなんでもありだなと考えてたら、草むらの中から野生のモノクマが飛び出してきた。いつか来ると思ってた。

 

 「オマエラ!おはようございます!今日もすこぶる良い陽気で、絶好の探索日和だね!屋内だけど!」

 「心配ないということは、ここに害虫は生息していないのか?」

 「完全スルーーーッ!!落ち込んじゃうよ、落ち込んでもいいの?あーあ、落ち込んだ。このまま地の底まで沈み込んで地球と核融合する勢いだよ」

 

 身体中に付いた葉っぱを払いながら、モノクマはぶつぶつとわけわからんことを言う。用があるから出てきたんだろうが。さっさと用だけ伝えてすぐ消えろ。目障りな奴だ。

 

 「オマエラが虫に刺されて死んだり、病気になって勝手に死んだりしたら面白くないでしょ。だから変な病気持った虫も毒持った虫も放ってないよ。特に害のない奴はわんさかいるけどね。GとかGとかGとか!!」

 「ひゃあああっ!!キモいいいいっ!!」

 「あと、この植物園はジャングルばっかりじゃないからね。生徒手帳も更新しといたからちゃんと見てね」

 「ゴキブリ捨てろ。気持ち悪い」

 「ここでモノクマ豆知識。ねえ知ってる?ここの虫や植物はボクが育てたものだから、規則にある自然環境には当たりません。だからここの動植物に対する行動に規制はしないけど、あんまりひどいことはしないでね。ボクにだって自然を愛する気持ちがあるのです」

 「人工物が何言ってんだ」

 「痛いとこ突かれたぐえーーーっ!!ひっじょーーにキビシーーーッ!!!」

 

 そう言うとモノクマは通路の奥に消えてった。言いたいことだけ言って帰ってったが、つまりこの植物園に刺されてまずいような奴とかはいねえんだな。自然破壊も認められてるらしいが、あいつが言う場合そりゃつまりここにある植物を使ってコロシアイしろって意味だろ。害のある虫はいねえが、害のある植物がないとは言ってねえからな。

 

 「この植物園、見かけより広いみたいだね。バラバラに探索して報告しあった方が効率良さそうだ」

 「穂谷さんがいてるんで、三人一組にしてください。できれば、曽根崎さんが手伝うてくれたら助かるんですけど・・・」

 「僕と清水くんってそんな不甲斐ない・・・?」

 「まとめんな」

 「そ、そういうわけやなくて!あの、一番身体が大きいから・・・」

 「的を得ている」

 

 お前が人の身長イジんじゃねえチビ、と言おうと思ったが今の面子の平均身長を考えたら何も言えなくなった。確かにこの中じゃ曽根崎が一番背は高えし、何より俺は穂谷なんか介護しながら探索したくなかったから別にいい。

 地図によると、植物園は中央の大花壇の回りを通路が一周して、出入り口は俺らが通ってきた南側と、あのクソボロい倉庫の横にある山道に出る西側があるらしい。そういうわけで、俺と笹戸と望月は西回りに、曽根崎と晴柳院と穂谷は東回りに植物園を探索することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャングルの中を抜けると道が左右に分かれてた。左に進むと西側出入り口に、右に進むと栽培室の方に向かうわけだ。左に進むと熱帯植物だらけのジャングルは消えて、代わりに足下が藪だらけの竹林やなぜか六本だけまとまって植わってる松、それに季節外れの桜や梅なんかの和風な植物が目立ってきた。西側出入り口に着く頃には、すっかり辺りは和風の空間になってた。どっかの屋敷の庭みてえだ。

 

 「熱帯植物と温帯植物が同じ場所に生育しているとは、相変わらず常識が通用しないのだな」

 「この出入り口は倉庫の方の山道に繋がってるんだね」

 

 竹藪の隙間からジャングルが見えるってのは、今後一生見ることのねえ光景だろう。それにしてもかなり広い植物園だってのに、ジャングルと和風庭園でほぼ半分使っちまってる。おまけに、園のど真ん中には妙な色の花がでかでかと咲いてる。触れたら負けな気がして見ないようにしてたが、園のどこにいてもちらつくその存在感はハンパねえ。どうせモノクマが育てたろくでもねえ花なんだろ。

 

 「なんだか風情のあるところだけど、やっぱり植物しかないや」

 「なんかの手掛かりどころか興味もねえな。あってもなくても一緒だろ、こんなくだらねえ植物園」

 「この合宿場内で最後に開放された施設だ。モノクマに何らかの思惑があったと考えられる」

 「あ?なんでだよ」

 「・・・さあ」

 「なんだそりゃ」

 

 適当なこと言うなアホ。一番最後に開放したからどうこうって、そもそも俺らが学級裁判を生き残ってなきゃ開放もクソもねえんだ。そんな不確実な理由でモノクマがわざわざ開放する建物を選ぶような面倒なマネするか?

 

 「望月さんは、何か脱出の手掛かりとか、情報見つけた?」

 「直接繋がるような情報は見られなかった。だがこの植物園内の環境は実に不可解だ。生態系の概念を挑発しているようだ。更に中央にあるあの摩訶不思議な花・・・モノクマが開発したものだとすれば、いくつかの情報は得ることができたと言える。植物に精通している、という程度のことだがな」

 「マジでどうでもいいな」

 「ただの植物好きの人がこんなことするとは思えないけど・・・それはそうかもね」

 

 モノクマの中の奴は植物に詳しいってのが植物園を探索して得た情報かよ。そんなクソどうでもいいことのために俺はこんな面倒なことをしてんのか。馬鹿げてやがる。もっと有益そうなこと見つけろよ。

 

 「もう少し奥も探索してみようよ。そしたら何か分かるかも!」

 

 ともあれまだ植物園の全部を見たわけじゃねえ。望み薄だが、隅々まで探索してみねえことには諦めるに諦めきれねえか。西側出入り口から伸びる道を、北側に向かって歩いてみる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山の中からジャングルにワープしたと思ったら、今度はそのジャングルの中にヘンな部屋が現れた。部屋というより小屋かな?建物の中だから一応部屋って言い方が正しいんだと思うけど、植物園の天井が高いから屋根まで付いてて小屋っていう見た目してるから・・・ま、どっちでもいっか。それよりも、ドアにでっかく貼られたシールに書かれてる『毒』の字の方が強烈に気になる。

 

 「な、なんでしょうこの小屋・・・?」

 「いかにもって見た目だね。窓もないしヘンな感じだなあ」

 

 大きさは十畳くらい、それなりに広いけど小屋にしては小さいね。ちょっと自立歩行ができない穂谷サンを晴柳院サンに預けて、ボクがその小屋の扉を開けてみた。窓がないから中は蛍光灯の明かりで満たされてて、中には背の高いラックがびっしり並んでた。ラックには透明なケースに入った植物が並べられてて、大きい物は下段に、小さい物は上段に、って風に並べられてた。毒々しいキノコにヘンな苔にケバい花になんの変哲もない雑草みたいな植物と、色んなものがケースの中で栽培されてた。

 

 「ん〜?ほうほう、これはドクツルタケ。こっちはトリカブト。うわっ、芽だらけのジャガイモだ。気持ち悪いなあ」

 「こ、これって・・・もしかして全部・・・?」

 「有毒植物だね。それも生半可なものじゃない、致死性の高い強力な毒ばっかりだ」

 「はわわわ・・・こ、こんな所いたないですぅ!はよ行きましょうよぉ!」

 

 赤とか黄色とかの見るからに危険な植物とか、見た目には特に可笑しなところのない植物とか、どれもこれも猛毒があるって一点だけの共通点でここで栽培されてるんだ。モノクマらしいや。この植物園にあるものは自然には当たらないってわざわざ言うくらいだし、ここの毒も使っていいってことだよね。医務室にあった毒が化学物質中心だったから、こっちは自然界の毒物ってわけだ。

 

 「この小屋自体には鍵がないし、ちょっと厄介だね」

 「や、厄介って・・・?」

 「誰でも使えて、かつ悪用されても気付きにくいってことだよ。部屋の中の写真でも撮っといた方がいいかな」

 「はあうぅ・・・・・・そ、曽根崎さん・・・なんでそんなこと言うんですか・・・」

 「何が起きてもおかしくない状況なんだから、危険なことはできるだけ想定しておいた方がいい。晴柳院サンみたいに、無条件にみんなを信じられた方がむしろ幸せなのかも知れないけどね」

 「ううぅ・・・」

 

 ボクは自分で自分の考えは冷静だと思うけど、晴柳院サンはあんまりいい顔をしてない。毒が悪用される危険なんて考えるのもイヤだけど、そんなこと言ってる場合じゃないからね。今になってもまだ素直に皆を信じられる晴柳院サンの方が異質なんじゃないかな。

 

 「うふ・・・ふふふ・・・うふふふふふ」

 「?」

 

 そんな話をしてたら、すごくか弱くてちょっと怖い笑い声が聞こえてきた。誰のものかはすぐ分かったけど、なんで笑ってるのかは分からない。

 

 「ほ・・・穂谷さん・・・?」

 「貴女は本当にお馬鹿さんですね、晴柳院さん。もう遅いんです。貴女のお友達がきっかけを作ったばかりに、憎しみと恐怖は連鎖して増幅し、もう誰にも止められない・・・すべてが絶望の底に沈むのです。大いなる絶望はもうすぐそこに迫っているんですよッ!あはッ、あははははははははッ!!」

 「え?え?穂谷さん・・・?どうしはったんですか?」

 「次は何方が殺されるのでしょうか!何方が何方を!いつどうやって!同じことです!私たちはもう絶望という迷宮を彷徨い続けるしかないのです!願わくば今すぐにこの地獄から救い出してほしいものです!見ているのでしょう!モノクマ!」

 「完全にぶっ壊れちゃったみたいだね・・・なんて置き土産だよ、ホントに」

 

 ぶつぶつ呟き、けらけら笑い、心の底から呪いのような絶望の言葉を撒き散らす。今まで一切崩れることのなかった鉄の微笑みは跡形もなく、人間らしい絶望の表情をしてる。狂ったというよりは、これが穂谷サンの素の部分なんだろう。必死に押し殺してた悲しみや恐怖が一気に放出された状態、いわば感情のオーバーヒートだ。しばらく放っとけばマシにはなるかな。

 

 「常に誰かを見張りに付けとく必要がありそうだね。後でみんなにも報告しておかなくちゃ」

 「ううぅ・・・こ、こんなの、あんまりですぅ・・・」

 「うふふふ・・・!」

 

 やっと人間らしくなったと思ったら、絶望だなんだって物騒なことばっかり。これならお伽話の悪い女王様の方がまだ扱いやすいよ。晴柳院サンには荷が重いだろうから、ボクが運ぶのを代わってあげて小屋から続く道を進んだ。

 ジャングルの植物が覆い被さってる小屋の反対側は、なぜかヤシの木が生えてすぐ隣にある水生植物コーナーとの仕切りになってた。二段構造で、奥にある上段は蓮、手前の下段はマングローブとワカメ的な海藻が生えてる。ついでに蓮の近くには柳も生えてる。うん、もう分かんないや。ここは特に触れることもなさそうだし、どんどん先に進んじゃっていいよね。

 なんだか道の先に悪趣味な生垣が見えるけど、そろそろ植物園を半周するくらいじゃないかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 西側出入り口から北側の道は、園の中央にある妙な花が咲く花壇沿いに延びてた。ずっと気になってたが、この花壇やけにデカくて花の種類も多い。百花繚乱とばかりに咲き誇る花々は、花壇沿いの道の先を死角にして、まるで行く手を阻んでるようだ。

 少し歩くと、左手に妙な生垣が見えた。洋風の庭園にあるキレイに刈ってある生垣なんだが、その上に乗ってる丸い枝葉の塊はどう見ても、あのクソ野郎だ。

 

 「モノクマの生垣だな。いや、生垣のモノクマか?」

 「どっちでもいいけどすごい精巧だね」

 「趣味悪いな。で、こりゃなんだ」

 

 自分を草で作るなんざ、随分と手が込んでんな。そう言えばここの植物には何してもいいんだよな。ストレス発散用のサンドバックにはなるかもな。

 そんなことはどうでもよくて、その生垣で土と仕切られた建物の方が気になる。高さはなかなかあって、えらく幅がある。扉代わりのデカいシャッターが二枚必要なほどだ。

 

 「あっ、清水クンたちだ。おーい」

 「曽根崎弥一郎たちが合流したぞ。穂谷円加は未だ復活していないようだ」

 「どうでもいい。んなことより、このシャッターどうやって開けんだ?」

 「こっちにスイッチがあるよ。開けるね」

 

 道の向こうから穂谷を抱えて曽根崎と晴柳院が歩いてくる。向こうもほぼ同じ時間で半周してきたってことは、ろくな手がかりは得られなかったってことだな。

 笹戸が生垣の近くにあるスイッチを押すと、がらがらと耳障りな音を立ててシャッターがゆっくり上がっていった。手前半分だけ開いたところを見るに、建物の反対側に同じようなもんがあるんだろ。

 

 「いやー、猛毒植物の栽培室以外は大したものはなかったね。ここに来てモノクマが脱出の手がかり見せてきたらそれはそれで怪しいけど、やっぱちょっと期待しちゃうよね」

 「こちらも特別な発見はなかった。西側出入り口は確かに倉庫付近の山道に繋がっていた、ということ程度だ」

 「さらっとえげつないものが聞こえたんだけど!?」

 

 猛毒植物の栽培室か。モノクマのことだからそれくらいあっておかしかねえと思ったがやっぱりな。それは後で話を聞くとして、今はこの建物だ。開いたシャッターから中に入ってみたが、暗くてよく見えねえ。園の明かりで微かに壁際にスイッチみたいなもんが見えるから、適当に押してみた。

 次の瞬間、俺たちは思わず耳を塞いだ。

 

 「うっ・・・!?」

 「わああっ!?な、なにこれ!?」

 「ひいいいいっ!?」

 「うるさいクマーーーッ!」

 

 突然、身体の芯から震えるような振動を感じた。耳から入ってくる騒音で頭の中で特大スーパーボールが跳ね回るような感覚を覚えて、どこからともなく現れたモノクマがスイッチを切るまで身動きが取れなかった。モノクマがスイッチを切ると嘘みたいに騒音はぴたりと止んだが、耳に付いた甲高い残響が痛え。

 

 「音でか過ぎなんだよ!びっくりしただろ!騒音被害で訴えるぞくぬやろー!」

 「あぁ・・・?なんだよ」

 「なんだってなんだ!いきなり大音量で音楽かける奴があるかって言いに来たんだよ!」

 「知らねえよ、勝手にかかったんだろ」

 「違うよ!これは音響操作盤!明かりはこっち!リピートアフターミー!」

 「なんで繰り返さなきゃなんねえんだよ」

 

 どうやらモノクマはだいぶ怒ってるらしい。うるせえはこっちのセリフだっつうの。照明盤と音響操作盤並べたら間違えるに決まってんだろ。分かりやすくしとけ。

 

 「あー、びっくりした。なに今の?」

 「モーツァルトの29番ですか?あまりにひどくてとても同じものとは思えません」

 「あれ!?穂谷さんもう平気なの!?」

 「うぷぷ!これはボクがモーツァルトの影響を受けて作曲したんだよ!植物はクラシックを聴かせるとよく育つっていうでしょ?」

 「盗作にしてもお粗末です。音楽の冒涜もここまで来ると・・・うふふふ、笑えてきます」

 「うぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷ・・・」

 「うふふふふふふふふふふふふふふ・・・」

 「穂谷円加は元の調子を取り戻したようだな」

 「どこが!?」

 

 毒舌たっぷりの穂谷節は戻ってきたようだが、なんか様子がおかしい。音楽のことになると毅然とする奴だったが、今は冒涜とか言いながらモノクマと笑いあってやがる。気持ち悪いな。

 

 「ちなみに今みたいに手動でかけることもできるけど、安定した生長のため五時間ごとに自動でかかるようになってるから、音量には気を付けてね!」

 「んなことどうでもいいんだよ。で、ここはなんなんだ?」

 「ここは園芸倉庫だよ。あそこに並んでるのは芝刈り機と散水車、乗ってもいいけど安全は保障できませーん!」

 「園芸倉庫ねえ」

 

 園芸倉庫内をぐるりと見渡してみると、モノクマの言うように壁に沿ってデカいホースの付いた車と小さい芝刈り機が何台か並んでた。金属製の棚にはじょうろやバケツだけじゃなく、くわやのこぎりや枝切り鋏なんかもある。それに音響操作盤と照明スイッチがシャッターの横にあって、暗いとどっちがどっちか分からねえ。

 

 「向こう側も似たような空間だ」

 「こっちは道具用、隣は肥料や薬品用だよ!整理がめんどくさいから使う時は戻す場所を間違えないでね!」

 

 望月が隣のシャッターを開けて中の様子を伝えてきた。なるほど、向かって左側にしまってあったのとは違って、肥料や土の入った袋、殺虫剤や除草剤なんかの農薬的なもん、それに砂利やレンガや鉢もある。こっちはそういう細々したもんがしまってあんのか。別にこんな時にガーデニングしようなんて呑気な奴はいねえだろうから、まったく無意味だろうが。

 

 「これで植物園はだいたい探索し終わったね」

 「やはり脱出の手がかりは無しか。想定通りと言えば想定通りだ」

 「で、テメエはいつまでいるんだ」

 「クマ〜・・・一応オマエラに言っておかなきゃと思ってさ。気になってるでしょ?あれ」

 

 ため息ばかりの報告を終えて、締めにまた一つ深いため息を吐いてから、ずっと帰らねえモノクマを睨んだ。するとモノクマは、にやにやしながら園の中央にある奇妙な花を指差した。やっぱ触れるのな。

 

 「気にはなってたけど、どうせいいものじゃないんでしょ?」

 「何をおっしゃるウサギさん!あれこそこのボクが日々研究を重ね、たゆまぬ努力と苦心の末に完成させた、世界にひとつだけの花なんだよ!その名も、モノクマフラワー改二!!」

 「元を知りませんからなんとも・・・」

 「もともと特別なオンリーワンだったモノクマフラワーを近代化するような改修をしたのです。改修の甲斐あって、こんなに大きくなりました!」

 「何言ってるか分かんないよ」

 「ああ、安心してね。食人植物なんて危ないものじゃないから。こいつは世にも珍しい草食系植物なのです!光合成もしないのです!」

 「もはや植物かなそれ!?」

 

 高い植物園の天井にまで届きそうなほどデカいモノクマフラワーは、どうやら目障りなだけで特に害はないらしい。しかしモノクマみてえな白と黒のツートンカラーじゃ、確かに光合成なんかできやしねえよな。

 

 「人を食べたりはしないけど、モノクマフラワーの食事の時には気をつけてね」

 「それはどういう意味だ?」

 「うぷぷぷ!それはその時までのお楽しみ〜〜!!」

 

 なにやら意味深なことをわざと俺らが気付くように言ってから、モノクマはすたこら去って行った。何が世界に一つだけの花だ。妙な薬でも使って作ったんだろどうせ、でなきゃこんなデタラメな植物ができるわけがねえ。食事の時は気を付けろなんて言ってたが、いつどうやって食事をするのか分からねえんじゃどうしようもねえ。

 ひとまず、さっき曽根崎が言ってた猛毒の栽培室でも見に行くか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り7人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命    【明尾奈美】

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

【屋良井照矢】【鳥木平助】 【滝山大王】【アンジェリーナ】




明けましておめでとうございました。さすがにもうございますとは言えませんね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

(非)日常編2

 たくさんの本が並んでいる。敷き詰められた絨毯は足音を吸収して、この建物の中に誰かが潜んでいる可能性を意識させる。それでも何者かに命令されたように、視線は自ずとそこに近寄っていく。ここには何かがある。その確信は空から降ってきたように覚えがなく、共に生まれ落ちたように疑いようがなかった。

 そして“自分”は、慣れた手つきで壁に手をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 災難としか形容のしようのない病、幾度かのコロシアイによる過度のストレス、これらに何の感情も思考も想起しない者は、およそ人間と呼ぶことは適当ではないだろう。穂谷円加も、人間であったということだ。鳥木平助が処刑されたことで精神的支柱の喪失、精神崩壊を経た今、その行動は全く予測不可能だ。私たちが交代で見張りをしておかなければならない。

 

 「・・・笹戸君を呼んでください。あそこに、見えますか?彼が、平助さんがいるんです」

 

 大浴場へと繋がる桟橋から湖を覗き込み、穂谷円加は言った。食事は摂取するようになったが、以前のような毅然とした姿勢は失われた。そんな妄言を口にするほど、心身ともに疲弊しきっているらしい。

 

 「幻覚だ。鳥木平助は死亡した。或いは何らかの比喩表現か?」

 「うふふ・・・幻覚、そう幻覚です。世界は私と彼だけのもの。こんな山も湖も、貴女も本当は私の見ている幻なのでしょう?」

 「・・・?要領を得ないのだが」

 「幻のくせに口答えをするのですか?あははッ!ではお話をしましょう。平助さん、お茶を」

 

 そう言って穂谷円加は、桟橋から身を乗り出して湖を更に深く覗き込んだ。あの目には湖水しか映っていないのだが、まるで本当に鳥木平助がそこにいるかのように振舞っている。これ以上は危険だと判断するには十分だ。穂谷円加の肩を掴んで桟橋に引き戻そうとした。

 

 「落ちるぞ」

 「平助さん。何をしているのですか?お茶はどうしたのです」

 「姿勢を正せ。そこに鳥木平助はいない」

 「どこへ行くのですッ!!」

 「ぅおっ!?」

 

 唐突に激昂した穂谷円加は、頭から湖に落ちた。無論、強く肩を掴んでいた私も巻き添えを食らい、桟橋から真っ逆さまだ。冷たい。それに巻き上がった泥や水草の欠片が顔にまとわりつく。

 

 「ああああああッ!!冷たい!!イヤッ・・・!死にたくない!!イヤだ!!」

 「冷静になれ。十分浅い。暴れるな」

 「はあ・・・はあ・・・!お、お前のせいだ!なぜ私がこんなことに・・・!このっ!」

 「お前が自分から落ちたのだろう。必要以上に口を開くと泥水を飲むぞ」

 

 浅いところで助かった。落ちてすぐは暴れていた穂谷円加も、しばらくして体力が尽きたのか或いは水深が浅いことに気付いて落ち着いたのか、とにかく大人しくなった。あまり力仕事はしたくないのだが、なんとか穂谷円加を桟橋に押し上げて、私もあがった。モノクマが現れないことや処刑が行われないことから、不注意による湖への転落は自然破壊に該当しないようだ。滝山大王の経験から推測するに、直接湖水を汚染しようとしなければ問題ないのだろうか。

 

 「ああ・・・さ、さむい・・・!」

 

 桟橋に転がりながら、穂谷円加は震えていた。今の時期に水に浸かったのだ、当然だろう。私も著しく体温が低下しているのを感じる。風邪で済むだろうか。取りあえず、私は穂谷円加を連れて目の前の大浴場に入っていった。入浴介護までしなければならないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よいしょっ・・・ふう」

 

 最後にお札を供えて、ようやっと完成しました。ここではこんな簡単なものしかできませんけど、必ずきちんとした慰霊壇を作りますさかいに、今はどうかこれで我慢してください。

 

 「手伝うてもらってすいません、笹戸さん」

 「ううん。逆に手伝わせてくれてありがとう。こういうの僕じゃ分かんないから・・・きっとみんな喜んでるよ。晴柳院さんにこんなことしてもらえてさ」

 「うちに?どういう意味ですか?」

 「えっ?ああ、いや・・・べ、別に深い意味はない・・・と思うよ?」

 

 うち一人やったらきっと、応急の慰霊壇も作れへんかった。笹戸さんが台の組み立てを手伝うてくれたから、ちゃんと十人分収まる大きさのが建てられた。ここが自然に含まれんかったんは、うちにとっては助かることやった。

 

 「何かお礼せなあきませんね。ええっと・・・うぅ、モノクマメダルしかありません・・・」

 「別にいいよ。僕が好きで手伝ったんだから」

 「せやけど、せっかく手伝うてもらったのになんもせんのはダメです!」

 「じゃ、じゃあそのメダルもらおうかな」

 

 ついさっき花壇で見つけたものやから、あんまりお礼として差し上げるんは気が引けるんやけど・・・でも、笹戸さんも優しいからこれでええって言うてくれた。やっぱり笹戸さんに頼んでよかった。改めて出来上がった慰霊壇を見て、手を合わせた。

 

 「建物の中ですけど、花もあって陽が差すええとこです。皆さんのこと・・・うちら絶対忘れません。もう二度とあんなこと繰り返したりしませんから・・・草葉の陰から見守っててください」

 

 ほんまやったらお骨とか、生前その人が大切にしてた品物なんかを供えるんですけど、今はその代わりに皆さんのお名前を書いた身代人形を置いてます。何から何まで取りあえずで申し訳ないです。すぐにでもちゃんとしたものを建てたいんですけど、やっぱり材料が足りなくて。

 

 「晴柳院さんは優しいね。みんなを平等に弔うなんてさ」

 「え?」

 「正直僕は、クロになったみんなを弔う気持ちにはなれない。特に屋良井くんは、完全に自分のために二人もの命を巻き込んだんだ。犠牲になった二人と一緒にするのはなんだか・・・納得いかないっていうかさ」

 「・・・確かに、ここにいてはる何人かの人は他人の命を奪いました。うちかて、それをなかったことになんてできません」

 「じゃあ、どうして?」

 

 それは、命の大切さをよう知ってはる笹戸さんやからこその疑問かも知れません。どんな理由があっても、うちは命を奪うことを正義やなんて言えませんし、犠牲になった人と並べることに疑問を感じるのも分かります。せやけど、うちはこうしたいんです。別々にすることなんてしたないんです。

 

 「笹戸さんは、どうして人が死者を弔うか分かりますか?」

 「え?それは・・・だって、そうしないと死んだ人が可哀想だし、いつまでもそのままにしておけないから・・・じゃ、ないかな?」

 「そうです。人はいつか死ぬもの、必ずどこかで別れるものなんです。せやけど、葬儀は死者のためのものと違うんです。残された人のためのものなんです」

 「残された人?」

 「死んだ人との永遠の別れ、肉体から精神の解放、異なる存在への転生・・・形は違えど、残された人々は『死』と『別れ』を儀式化することで、心に区切りを付けてるんです。悲しんでも悲しみきれないことを悲しみきるために、人は死者を弔うんです」

 

 うちは陰陽師。葬儀は専門と違うけど、魂や物の怪のそばには得てして『死』が付き物。陰陽道は人の心に寄り添うことやって、昔の偉い人が言うたんです。『死』に向き合い人の心を平ずことこそ、陰陽師が必要とされる理由なんです。

 

 「この慰霊壇も同じです。これは、うちらのためにあるもの。クロの人たちは殺人を犯しました、でも皆さんが等しく犠牲者やと思うんです。この、理不尽で外道なコロシアイ生活の」

 「!」

 「このコロシアイ生活を終わらせるためには、うちらは団結せなあかんと思います。せやからこの慰霊壇は、うちらがモノクマと戦うための、決意の儀式です。だから、クロとか被害者とか、そんな風な区別はしたないんです。ここにいるみんなが犠牲者で、うちらがその想いを継いでいくんです」

 

 こんなことを言えるんは、うちが陰陽師やからなんかな。もう何度もこんな疑問を感じて、その度に考えて悩んで、うちなりに出した答えやから納得できるんかな。これが笹戸さんに、もっと言うたら皆さんにとっても、納得できる答えやなんて保証はないのに、なんでうちはこんなに自信満々に言うてもうたんやろ。今更になって少し恥ずかしなってきた。

 

 「あっ・・・って、こんなんうちの独りよがりかも知れませんね。笹戸さんの言うことの方が、皆さん同じように思わはるやろし・・・」

 「そ、そんなことないよ!」

 「はぇ?」

 

 なんかうち、喋りすぎたみたい。ぼかーんとしてはる笹戸さんを見てたらどんどん冷静になってきて、なんか言わなと思って、そしたら途端に口が回らんくて・・・。けど、笹戸さんは真面目な顔でこう言わはった。

 

 「やっぱり、晴柳院さんはすごいな。ちゃんと全体が見えてるっていうか・・・こんな時でも、しっかり考えて前を向いてる。僕とは全然違うよ」

 「そ、そんな・・・うちは陰陽師の心得的なんを言うただけで、そんな大層なことは・・・」

 「僕、自分の身を守ることばっかり考えてたよ。滝山くんが屋良井くんに利用されて・・・明尾さんが穂谷さんを殺そうとして・・・それに六浜さんが『裏切り者』だなんてさ。信じてた人にどんどん裏切られた気分になっちゃって、一人で追い詰められてた。何を信じていいのか分かんなくなっちゃって・・・見えなかったんだ、希望が」

 「き、希望・・・」

 

 うちかて六浜さんが『裏切り者』なんて驚いたし、信じたない話や。でも六浜さん自身の心が揺らいでるのも、今まで六浜さんが『裏切り者』として何かをしたわけやないのも、なんだか変な感じがして、まだ答えは出せへんけど・・・でもきっと、うちらは六浜さんと助けあわなあかん。あの人なしでモノクマに立ち向かえるなんて、うちには思えへん。

 

 「でも、清水くんや晴柳院さんを見てたらさ・・・こんな状況でも、いや、こんな状況だからこそ、前を向いてモノクマと戦おうとしてるキミたちが、なんだか眩しく見えて・・・なんだか、本当に希望を持てるような気になってくるんだ」

 「清水さんも・・・?」

 「だから僕も、また信じてみようかなって思ったんだ。清水くんと、晴柳院さんと、キミたちが持ってる希望を」

 

 それでも、まだ信じられるのはうちと清水さんだけなんですね。六浜さんと、穂谷さんと、曽根崎さんと、望月さんを信じられるようになるのは、もう少し先になるんですね。それでもいいです。笹戸さんが独りぼっちになってしまわん内に、うちらが救い出せたんなら。それを口には出さんと、うちはただ笑った。

 

 「良い雰囲気のところ済まないが、私にも花を供えさせてはくれないか?」

 「!」

 

 急に聞こえてきたうちと笹戸さん以外の人の声に、少しだけびっくりして振り返った。いつからそこにいてはったんか、手に花束を持った六浜さんがうちと笹戸さんに申し訳なさそうに近寄ってきました。

 

 「ろ、六浜さん・・・そのお花は?」

 「モノモノマシーンから出て来たのだ。奴にしては悪くない品物とは思わんか?」

 

 この前は笹戸さんに露骨に疑われて意気消沈してはったのに、今は軽口を言えるくらいに気持ちを取り直しはったみたいや。うちはちっとも構わへんのやけど、一緒にいてた笹戸さんは苦い顔をして六浜さんから距離を取ろうとしてはった。やっぱりまだ、六浜さんのことを警戒してはるみたい。

 

 「何しにきたの?」

 「供花だ。曽根崎から、お前たちが植物園で作業をしていると聞いたからな」

 「なんで曽根崎くんがそんなことを知ってるんだ・・・」

 「晴柳院と笹戸が植物園に行ったのならば、おそらく死者を弔うために何かをしに行ったのだろうと『推測』したまでだ。そう難しいことではない。屋外を除けばこのようなものを設置できるのはここだけだろうからな」

 「そ、そうですか。あ、お花やったら前のところに置いといてくれたら大丈夫です」

 

 いつの間にうちら見られてたんやろ。曽根崎さんも流石ですし、六浜さんも流石です。うちらがこんなことしてるなんてことまで予言しはるなんて。でも六浜さんは涼しい顔で花束を壇の前に供えてしゃがみ込む。

 

 「・・・晴柳院さん、ごめん。僕もう部屋に戻るね。また後で」

 「えっ?笹戸さん?あの・・・」

 「いいんだ」

 

 急にそこからいなくなろうとした笹戸さんをうちが引き留めようとするのを六浜さんが引き留めて、笹戸さんはすぐに植物園を出て行ってしまいました。どう考えても、六浜さんを避けてる。それを六浜さんが分からんはずないのに、なんで笹戸さんを行かせてもうたんやろ。

 

 「ろ、六浜さん?」

 「疑われるのも無理はない。こんな状況では『裏切り者』も希望ヶ峰学園も信じられなくなって当然だ」

 「せやけど・・・いつまでもこのままじゃ」

 「分かっている。穂谷と笹戸は精神が不安定になっている。無理に落ち着かせようとしても逆効果だ。私は私にできるだけのことをする。いつか奴らが自分なりの答えを出してくれるまで、それが私たちにとって良い結果になるように努めることしかできん」

 「・・・」

 「少なくとも笹戸はまだ希望を失っていない。清水とお前が支えになってくれているからだ。私はお前たちに救われてばかりだ」

 

 救われてばかりなんて、そんなことないです。六浜さんがいなかったら、今頃うちらはどうなってたか。どんなに絶望的な状況でも六浜さんがうちらのことを心配して、率先して導いてくれたから、うちらは今まで諦めずに生きてこられたんです。だけど、それを言っても今はただの気安めなような気がして、出かかった言葉をなんとか飲み込んで止めました。

 

 「すまん。邪魔をしたな」

 「えっ、もう行かはるんですか?」

 「もう一度、この合宿場を隅々まで調べようと思ってな。ここは元々希望ヶ峰学園の私有地だと言うが、それにしては気になる点がいくつかある」

 「・・・あ、あの!それ、うちがついて行ってもいいですか?」

 「ん?構わんが、それはもういいのか?」

 「はい。ずっとここで拝んでたら、何もせんのと同じですから。それに皆さん、六浜さんを応援してくれてはるみたいですよ」

 「そ、そうか。頼もしいな。では行こうか」

 

 立ち上がって調査に向かおうとする六浜さんを、うちはすぐに追いかけた。せっかく慰霊壇まで建てたのにお部屋に戻って休んでるわけにもいきませんし、うちももっと皆さんの役に立ちたいんです。流れ始めたクラシック音楽を聴きながら、まずはこの園内を探索することにしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の夢はやけに頭に残った。どうせなら楽しい夢でも覚えておけばいいのに、あんな謎な内容のを覚えてるなんて、どういうことなのかな。もしかしたらあれは、夢じゃないのかも知れない。そんなことを考えて、ボクはここに来た。資料館一階にある、希望ヶ峰学園のシンボルの前だ。

 はじめてここを探索した時からやけに目立つなあとは思ってたけど、今日の夢に出て来たのは確かにこの場所だ。印象には残ってるけど特に思い入れがあるわけでもなんでもないここが夢に出てくるってことは、あの夢には何か意味があるかも知れない。そうなると、次にボクがすべきことは一つだ。

 

 「確か、この辺りの壁かな・・・?」

 

 夢の中のボクが手をかけた辺りの壁を、現実のボクも探ってみた。見たところ普通の壁でしかないけど、あの時ははっきりとした確信があった。この壁に何かがあるって。だから詳しく見てみて、とにかく触って何かとっかかりがないか調べてみる。

 

 「おっ」

 

 伊達に広報委員やってるわけじゃないからね、視力は悪いけど目聡さなら自信あるよ。そのおかげで、壁のわずかな穴に気付くことができた。とても自然に開いたものとは思えない、きれいな丸の形をした穴だ。覗き込むとか指を入れるとかそんなこともできないくらい、周りの壁の造りに紛れて見落としてしまいそうなくらい小さな穴だ。穴には細長いものを挿し込むものだよね、ちょうどシャーペンの芯なら通りそうだ。折れないようにそっと、そお〜〜〜っとその穴に芯を入れていく。

 カチッという音と共に、穴の真下の壁が少し浮き上がった。驚いて芯が折れちゃわないように注意しながら引き抜いて、浮き上がった壁を調べる。リモコンの蓋みたいにパカパカしてるけど、一度閉じたら周りの壁と同化して全然分かんない。見事なもんだね。

 

 「“Enter the name”・・・」

 

 蓋の裏にはそんな言葉が書かれてた。それと小さなディスプレイにアルファベットキーが並んでる。名前を入れろ、か。意味ありげな文章だなあ。さてどうしよう。ここで自分の名前を入れてセキュリティトラップ的なものがボクに向いたら嫌だし、可能性としてまず考えておくべきは『裏切り者』だよね。というわけで手始めに六浜サンの名前を入れてみた。小さいから指じゃ押し間違えちゃいそうだ。入力した名前は何度か点滅して消えた。何も起こらない。

 

 「違うってことかな?」

 

 六浜サンの身に何かあったなら誰かの声が聞こえてくるはず、取りあえずは一度の失敗は大丈夫そうだ。さっき植物園に追い払ったし、晴柳院サンか笹戸クンがいるからそう考えていいよね。それにしてもボクがこんな怪しげなことをしてるのにモノクマも出て来ないし、何のアナウンスもない。てことは、これはモノクマがボクにこんなことをするよう誘導してるってことなのかな?でもなんでボクだけに?『裏切り者』の六浜サンにさせた方がよっぽど疑心暗鬼を深められるのに。

 

 「うーん、六浜サンじゃないなら問題児の誰かなわけないし・・・」

 

 夢で見た時はここにある何かに辿り着けて当然な気がしてたのに、その一歩手前で立ち止まってるのがもどかしいし悔しい。と言うより、ここまで夢の通りなんて正夢にしたって変だ。そもそもこんなところに何かが隠されてるなんて、ボクも考えたことがない。じゃあ、あれが夢じゃないとしたら?

 

 「・・・」

 

 試しに、ボクの名前を入れてみた。少し不安だったけどそれ以外に有力な候補もないし、六浜サンに何かあった時にボクも同じ目に遭うのが筋だしね。嫌だけど。そんなちょっとした覚悟を嘲笑うように、ボクの名前はあっさり消えた。これも違うか。

 

 「ボクじゃないの?じゃあもう分かんないや」

 

 これが仮にモノクマが用意したものだとしたら、ここに入れる名前はその正体ってことになるのかな。それじゃあ当てようがない。そもそもこの名前って、人の名前とも限らないしなあ。

 考え過ぎるとダメだ。一旦冷静にならないと。ここにあるものがなんであれ、それはパスワードと仕掛けで隠されるようなものだ。隠してるのは、モノクマ?いや、隠すならいくらでも隠し場所はあるはずだ。早い段階でここを開放して見つかるリスクに晒すのも変だ。じゃあモノクマじゃない誰か・・・ボク?ボクが何を隠すって言うんだ?誰から?どうして?

 

 「いやいやいや!あり得ない。こんな目立つやり方・・・ボクがするわけない・・・」

 

 独り言なのに、自信がなくなって声が小さくなるのが分かる。ボクは何かを隠すならこんな仰々しいやり方はしない。もっとベッドの下とか引き出しの中とかタンスの裏とかにカムフラージュして隠す。木を隠すなら森の中、やましいものを隠すならやましいものの中。まあ『もぐら』の資料は清水クンに見つかっちゃったけど。

 けど、なぜかその可能性を否定できない。もしかしたら、じゃない。なんとなくそんな気がするだけなんだ。六浜サンが言ってた、記憶に自信を持てない妙な感じってこんな感じなのかな。物凄く曖昧であり得ないはずなのに、否定し切れない。

 

 「他・・・他の可能性は・・・」

 

 そんな気持ち悪さを払拭するように、ボクは必死に違う可能性を考えた。ここに何かを隠せる誰か・・・ボクでもモノクマでもないとしたらそれは・・・。

 希望ヶ峰学園。それが強烈に浮かんだ。そもそもこのシンボルは学園のものだ、その近くに何かを隠すのは学園ってまず考えることだ。でも学園が隠してるとしたら、なんでこんなところに隠すんだろう。パスワードで守ってあるとはいえ、学園じゃなくて問題児を収容する合宿場に隠すなんて、どう考えてもおかしい。それに、学園が誰かから隠したいことって一体・・・?

 

 「・・・やっぱり、そうなのかな」

 

 ここに隠されてるものが何なのか。隠してるのは可能性は二つ、だけど隠されてるものはどちらの場合も同じ。ボクと、希望ヶ峰学園の両方が、お互いに、そして誰にも隠しておきたいこと。もしそうなら、パスワードもこれで合ってるはずだ。この名前で。

 

 

 

 

 

 小さな電子音がしたかと思うと、希望ヶ峰学園のシンボルはひとりでに動き出した。やっぱりこの名前で合ってたんだ。つまり、これを監視されてる時点でボクはもう逃げられない。最悪の場合は同じ結末を辿ることになるかも知れない。でも・・・。

 

 「・・・っふふ」

 

 にやける口を抑える事ができなかった。腹ペコの時に骨つき肉を与えられた犬みたいに、目の前に置かれた大好物を我慢することなんてできない。危険を冒して秘密の情報を手に入れるこの興奮に、わくわくせずになんていられない。ここにあるものがたとえ知らなければ幸せなものだとしとも、知らないことを知る喜びと知られたくないことを覗き見る興奮に替わるものじゃない。

 シンボルの裏には、資料館らしく本棚があった。そこに並んでる本は、どう見たって図鑑や教科書や辞書なんかじゃない。真っ黒な背表紙には白い数字だけが割り振られたファイルで、前回の動機のファイルを思い出させる。それもあって見るからに閲覧禁止書類って感じが、またそそられる。軽率だとも思ったけど、ボクは迷わず1番のファイルを取り出してみた。表紙には希望ヶ峰学園のシンボルマークがあしらわれてるだけで、タイトルも書いてない。怪しさMAXッスって言ってるようなもんだね。

 

 「なになにえ〜っと、“超高校級の絶望”?」

 

 いきなり目に飛び込んできたのは、そんな中学生の妄想みたいなタイトル。誰かの黒歴史ノートにしちゃあ厳重だし、こんなことを大人が冗談でなく言うってことは、つまりそれだけのものだったってことだよね。

 

 「『“超高校級の絶望”はまさに、人類の天敵と言える存在である。天災・人災を問わずあらゆる災いを渇望し、ただ己の欲望が満たされることのみを求め、しかし肉体の死を以てしても飢えが止むことはない、悪意そのものである。もしあの忌まわしき歴史が繰り返された時、希望のために戦う者たちが決してその希望を失ってしまわないよう、これを残す。』」

 

 どうしよう、ツッコミどころしかないや。まず、なんで希望ヶ峰学園が認めた“才能”にだけ与えられる“超高校級”の称号を、絶望なんてものに冠してるの?絶望って“才能”なの?仮にそうだとしても“超高校級の絶望”って希望ヶ峰の生徒ってことになるじゃん。こんなこんな危険な奴をなんで学園は引き入れたの?あと何なのこの厨二臭い文章は。人類の天敵って何さ?忌まわしき歴史が何かも分かんないし、それが繰り返される可能性があるわけ?っていうかここまで言われる“超高校級の絶望”について具体的なこと何も書いてないし!

 

 「気にはなるけど読んでて気持ち悪いなあ。最後の一文が特に」

 

 何はともあれ、こんな面白そうな情報が隠されてるなんて、やっぱり学園にはまだまだ知られてない闇があるみたいだ。それにパスワードから察するに、これだけじゃ済まないものもあるはずだ。このファイルは部屋に持って帰った方がいいかな?それとも・・・。

 

 『緊急放送!緊急放送!オマエラ、至急多目的ホールに集合してください!はよぅバンバン!!』

 

 どうやら深く考える時間はないみたいだ。いつもより少し急いだ様子のアナウンスに、また嫌な予感しかしない。ひとまずこの資料はあんまりほったらかしにしておくべきものじゃない。多目的ホールに向かう前に元の状態に戻しておいて、後で部屋に持って帰ってゆっくり読もう。できるだけこのことは内緒にしておけるといいんだけどな。そんな期待も簡単に粉々にしてしまうのがモノクマだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緊急招集を食らって集まってみたものの、ここに来ると改めて人数が減ったことを痛いほどに感じさせられる。そして呼び出した当のモノクマはまだ姿を見せてない。どうせまた動機の発表なんだろ。今度はどんな手で俺らを疑心暗鬼にさせる気だ。そうでなくてもヤバくなってる奴は二人いるが。

 

 「望月、穂谷は大丈夫だったか?」

 「一度湖に落ちた。大浴場で身体を温めたからひとまずは心配ない」

 「普通に言ってるけどなんで湖に落ちちゃったの!?」

 「おいお前ら、後にしろ。おでましだ」

 

 なんで穂谷が湖に落ちたのかはだいたい想像付くから聞かなくてもいい。それよりも、教壇の裏からびょんと飛び出して来たモノクマが発する次の言葉の方が気になる。既にボロボロの俺たちにダメ押しで何をさせるつもりだ。

 

 「まったくもう。オマエラはボクの苦労を少しは知るべきだよ。こんなに広い合宿場を管理するのって大変なんだからね!あっちこっちで好き勝手し過ぎなんだよ!」

 「そんな説教を聞かせるために呼んだんじゃねえんだろ?っつうかお前が好き勝手していいっつったんじゃねえか」

 「そりゃそうだけどさあ・・・まあいいや。そんなことより、きちんと説明しておかなきゃいけない事態が発生したので、オマエラにご報告です」

 「せ、説明せなあかん事態・・・?なんですかそれぇ・・・?」

 「実はですねえ、オマエラに配る予定だった次の動機なんだけど」

 「いらねえから捨てとけ」

 「そうだね、じゃあ次の燃えるゴミの日にでも・・・ってなんでやねーーーん!捨てるか!バカ!」

 

 やっぱ動機の話か。なんか頭から湯気立ててるが、そんなもんいるなんて言う奴いねえだろうが。テメエがバカだ。それにしても妙な前置きをしてすんなり動機を出さねえモノクマの姿勢はなんとなく不気味だ。配る予定だったってことは、今は配るつもりはないってことか?なんの心変わりがあったんだ。

 

 「オマエラさあ、もう気付いてるよね。自分の記憶がすっぽり抜け落ちてるってことに。まるでレンコンのように!頭ン中スッカスカってことに!」

 「き、記憶・・・?」

 「最後の記憶からここで目覚めるまでの間に三年の時間が経過しているという話だ。それが本当ならば、確かに三年分の記憶はない」

 「うぷぷぷぷ!あれぇ六浜さん?本当にその記憶だけぇ?もっと他に忘れてることがあるんじゃないの?」

 「なに?」

 

 確かこの合宿場で目が覚める前の最後の記憶は、学園でいつも通りに過ごして部屋で寝たって感じだったか。あれが今から三年前だとすると、マジで俺にはその間の記憶はない。どこで何をしてたか、どんなことがあったか、まるで三年間寝てたみてえに覚えてねえ。

 けどそれと同じようなことを言った六浜に、モノクマはまた意味ありげな言い方をした。もっと他に忘れてることだと?

 

 「・・・?全然分かんない」

 「うぷぷぷぷ!分かんないか!そうだよね!当然だよね!だってその記憶もボクに奪われちゃったんだもんね!」

 「言わんとしていることが理解できないのだが?」

 「理解できるはずないよ!この三年間とは別に、オマエラにとって一番の記憶を抜き取ったんだからね!うぷぷぷぷ!」

 「一番の記憶?多義的な表現で掴み所がない」

 「そりゃそうだよ。一番の意味は人によって変わるものだからね。果たしてオマエラが失ったのは、一番大切なものの記憶かな?一番嬉しかったこと記憶かな?一番悲しかった時の記憶かな?一番の親友の記憶かな?それは思い出してみてのお楽しみィィイイイイイイイッ!!!」

 「ちょ、ちょっと待って!記憶を奪ったとか一番の記憶とか・・・まだよく分かってないんだけど!?なんでモノクマにそんなことができるのさ!記憶を奪ったり、奪う記憶を選んだり・・・」

 「うぷぷ!企業秘密だよ!」

 

 また妙な動機を寄越してきたもんだ。俺たちから一番の記憶を奪って、それを返して欲しけりゃ誰かを殺せってとこか。妙だが、今更そんなもんで人を殺す奴がいるのか?そもそも覚えてもねえ記憶のために人を殺すことなんかあり得ねえだろ。それが自分にとってどんな一番かも分からねえのに。

 

 「っていう風に思ってる清水くんもいるわけでしょ?それにさ、どっかの誰かが先走って余計なもの見つけちゃったわけ!だから、今回の動機は急遽変更とします!」

 「ッ!?エ、エスパーかテメエ!」

 「モノクマじゃなくても清水クンが考えそうなことはだいたい分かるよ」

 

 どうもモノクマと曽根崎は俺の頭の中を見透かしてるらしい。曽根崎はともかくただの機械のモノクマにまでバレてるってのが気持ち悪い。機械のくせに人間みてえな奴だ。って、動機を変更ってことは別にあるってことか?

 

 「今回は特別大サービス!オマエラにその一番の記憶をお返ししちゃおうというのです!!ババーーーン!!ボクって優スィ?優スィよねーーー!!」

 「き、記憶を返す・・・?」

 「でも普通に返すんじゃつまんないよね。だから、ちょっとやり方を工夫しました。オマエラの頭の中に、記憶を取り戻すパスワードをそれぞれ設定してみました。そのパスワードを目にした瞬間、オマエラの中に眠る記憶が呼び戻されるってシステムなのです!そうなのです!」

 「またパスワードか」

 

 記憶を返す?俺たちから奪った記憶を返すって、そういうことか?それに頭ン中にパスワードを仕込んだって、んなもんいつの間にやりやがったんだ。

 

 「そのパスワードってのはなんだ」

 「うぷぷ・・・それは思い出すまで分からないんだよ!いつ何時、どこで誰がどんな記憶を何によって呼び起こされるのか!誰も知らない誰も分からない!合宿場での記憶探しゲームだよ!わっくわっくのどっきどっきだよね!!」

 「くだらん。仮に記憶を取り戻したとして、それでなぜ我々が殺人などすることになるのだ」

 「で、ですよねぇ・・・屋良井さんみたいな人はもう・・・いてませんよねぇ・・・?」

 「・・・大丈夫じゃないかな?分かんないけど」

 「うぷぷぷぷぷ!それじゃ、記憶探しがんばってねー!!」

 

 言いたいことだけ言ってさっさと帰って行ったが、まだ俺はいまいち分かってねえ。とにかくあいつはこの合宿場のどこかに、俺たちが記憶を取り戻すためのパスワードを仕込んだらしい。けど別に早い者勝ちってわけでもねえようだし、その一番の記憶ってのが直接殺人に関わるってことなのか?それってどんな記憶なんだ?

 

 「ちっ・・・参った。奪われた記憶の内容が分からねえ上に、パスワードも分からないんじゃ気を付けようがねえじゃねえか」

 「というか、記憶が戻ってうちらにあかんことがあるんですかね・・・?だって希望ヶ峰学園にいてたころにはその記憶は持ってたわけですし・・・」

 「記憶そのものが動機になるというわけでもないだろう。有栖川と飯出のように、まだ我々が気付いていない因縁がないとも限らん」

 「今更過去の記憶など取り戻して、一体何になると言うのでしょう?遅かれ早かれ運命は一つ。いくら希望を持とうと支え合おうと同じことです。でしたら私たちは今、ただただ絶望の中で踊るしかないのではありませんこと?」

 「あ?なんだテメエ。ついに頭いったか」

 

 わけ分かんねえこと言いながらその場でくるくる回る穂谷は、例の鉄の微笑みじゃなくて完全に筋肉の緩んだ笑顔をしてた。薄気味悪いし気持ち悪い。

 それはともかく、学園にいたころの一番の記憶ってなんなんだよ。それがどんなものかも分からねえし、どんなタイミングで戻るかも分からねえなんて、まるで時限爆弾でも仕込まれたみてえだ。モノクマも手を変え品を変えやってきたが、今回は不確定要素が多すぎる。どうやって対処すりゃいいんだ。

 

 「モノクマの狙いは私たちが記憶を取り戻すことによってコロシアイをすることではない。そう思わせ、不確定な情報に疑心暗鬼を募らせることだ」

 「そ、そうだよね・・・今まで僕らはそんなことしなかったんだから・・・・・・きっと大丈夫だよね・・・?」

 「それはどうかなあ」

 

 冷静な望月の意見、それに便乗して不安を誤魔化そうとする笹戸、そして意味深に否定する曽根崎。既に今の状況がさっきまでと違う。モノクマが用意する動機はいつだって、俺たちの中の誰かを確実に殺人に向かわせるものだった。どれだけ気休めを言おうとどれだけ予防策を張ろうと無駄だった。今回に限って大丈夫だなんて、誰が言えるんだ。

 

 「仮にモノクマの目的が望月サンの言う通りだったとしても、取り戻した記憶が全く影響のないものだとも思えない。ボクらは学園にいた頃のお互いを知らないわけだし、この三年間に何があったかも分からない。モノクマがそこに何も仕掛けてないわけはないよ」

 「・・・じゃあ、どうするんだ」

 「いつ誰がどんな記憶を取り戻すか分からないから不安になるんだよ。いっそのこと、みんなで記憶を取り戻しに行く?」

 「は?」

 

 今、曽根崎はなんつった?記憶を取り戻しに行くだと?そんな軽いノリでか?どこに?そもそも記憶を取り戻すためのパスワードだって分からねえのに。

 

 「実はモノクマから呼び出しがかかる前、資料館で変なものを見つけたんだよね。内緒にしておきたかったけど、こうなったら話は別だ。あれは十中八九、今回の動機と関係してる。絶対とは言えないけど、みんなの記憶のパスワードもあそこにあるはずだ」

 「記憶を取り戻してどうするのですか?もう帰れない場所の記憶など今更取り返して、一体何になると言うのですか?ああ、そうか、これは罠ですね。曽根崎君は私たちを殺すための算段をもう立ててしまったということですか!うふふふ、では参りましょうか!黄泉国への弾丸ツアー決行です!」

 「お前もう黙っとけ」

 「ま、どうするかはみんなの自由だけど。でも今ボクがこれをみんなの前で提案したことの意味は、分かって欲しいな」

 

 資料館で変なもんを見つけたって、あそこが開放されてから散々調べたはずだ。今更あそこから何が出てくるっつうんだ。それでも、他に記憶の手掛かりなんてない。曽根崎が秘密にしておきたかったものを公開するってことは、それくらい自信があって、これ以上のコロシアイをさせないようにってことだろう。

 

 「俺は行くぞ、曽根崎」

 「清水?」

 「記憶が戻ってコロシアイになるんだったら、俺はここに来た日に誰かを殺してる。今更コロシアイで出て行こうとしたって無駄だって、“無能”にだって分かる。奪われたもんをそのままにしとくのも癪だしな」

 「確かに!清水クンが人を殺せないヘタレでよかったね!」

 「誰か殺す時はテメエを殺してやるよ」

 

 どっちにしろこの動機に誰も触れなかったらモノクマは別の手段を考えるはずだ。だったらこの動機のうちに済ませとけば、誰かが殺しを企んでも止められる奴が残ってるかも知れない。大丈夫だなんて風にはまったく思えねえが、何かが起きるって覚悟を決めることはできるはずだ。

 

 「清水翔がそうするのなら、私もそうしよう」

 「も、望月さんも・・・?」

 「私たちの最終目的はここから脱出し学園に帰還すること。学園の記憶がその手掛かりになる可能性がある」

 「これで多数決だったら見に行くで決定だね。で、三人はどうするの?」

 「・・・私も、行こう。曽根崎が見つけたものに興味がある」

 「ぼ、僕も!」

 「あわわわわ・・・」

 

 次々と賛同していくと、残った奴にはほとんど選択肢はなくなる。特にこんな時に一人だけ情報を得られないなんて状況、不安で仕方ねえ。結局全員で、曽根崎が言う記憶の手掛かりを見に行くことになった。その結果どうなるかなんて、今は考えられねえし考えたくもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 資料館に大きく掲げられていた希望ヶ峰学園のシンボル、そこは仕掛け扉になっていて、裏に隠されていた本棚には見るからに触れがたいファイルが並んでいた。どうやら希望ヶ峰学園によってまとめられたファイルのようだが、学園は何を考えているのだ?こんなものを合宿場に隠すなんて、考えが読めん。

 

 「これが、みんなの記憶の手掛かり。中はまだボクも読んでないけど、学園にとって知られたくないことであるのは間違いないだろうね」

 「今までだって十分学園が知られたらまずいこと知ってきたぞ。それ以上のもんがあんのか?」

 「読めば分かる」

 

 異様な仕掛けと、異様な雰囲気を纏うファイル。それにまったく怖じ気づかず、望月は『1』のファイルを取り出した。相変わらずだ。望月がそのファイルをテーブルに開いて全員で覗き込む。そこに書かれてたのは、首を捻るようなものだった。

 

 「“超高校級の絶望”?」

 「ッ!?」

 

 その文字を見た瞬間、誰かの息を呑む音が聞こえた。何事かと思って周囲の顔色を伺うと、同じように何か聞き取って辺りを見回す者の中に、一人だけ、明らかに様子のおかしい奴がいた。目を丸くさせて口をぱくぱくさせて、そいつは雷に打たれたように棒立ちになっていた。だがその目だけは、真っ直ぐファイルの文字をとらえている。

 

 「・・・ッ!!“超高校級の”・・・“絶望”・・・ッ!!?」

 「ん?どうした?」

 「?」

 

 少しの間固まっていたかと思うと、今度はふらふらとよろめきだして、近くにあった椅子に崩れるように腰掛けた。明らかに様子がおかしい。

 

 「お、おい?」

 「え?え?な、なに・・・?」

 「・・・」

 

 問いかけても何も答えない。疲れ切ったように椅子に座ったあと、重たそうな頭を抱えたまま一つ深呼吸した。俯いて目元を隠した髪から、不気味に瞳が覗く。

 

 「“超高校級の絶望”、か・・・・・・思い出したぜ」

 

 清水がにやりと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り7人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命    【明尾奈美】

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

【屋良井照矢】【鳥木平助】 【滝山大王】【アンジェリーナ】




はえ〜、最初の頃と比べて更新スピードが格段に落ちましたが、もう五章なんですねえ。どうしよ。どうしたろうかな


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

(非)日常編3

 

 清水クンは椅子に座って俯いたまま、くっくっくと歪んだ笑いを漏らしていた。清水クンが笑ってるところなんて初めて見た。できればこんな、怪しげで意味深で屈託だらけの笑いじゃない方がよかったんだけど。

 

 「し、清水くん・・・?大丈夫・・・?」

 「ああ、もうなんともねえ。モノクマの野郎・・・記憶戻る時に頭痛くなるなら先に言っとけっつうんだ」

 「随分と呑気で冷静なことを言うのですね。貴方もしかして清水君ではないのでは?彼は笑いませんし、況してやそんな・・・ああもう、うるさいです!誰ですかこの下品な笑い声は!黙りなさい!」

 「お前の方がうるせえっつうんだよ」

 

 “超高校級の絶望”、ファイルに記されたその文字を見た瞬間、清水クンはふらふらになって様子がおかしい。そして今、記憶が戻ったようなことを言った。ということは、これが清水クンの記憶のパスワード。思い出される内容もおそらくそれに関係することだと思うけど、だとしたら清水クンは“超高校級の絶望”と何か関係が?

 

 「ともかく、これじゃますます俺がこんな所にいる理由はねえな。まあ、俺を学園から出て行かせる建前かも知れねえが・・・」

 「え?」

 「あ、あのぉ・・・清水さん?何言うてるかよう分からんのですけど・・・?」

 「清水クン、何か知ってるんだね。“超高校級の絶望”について」

 「・・・ああ」

 

 何かを悟った様子の清水クンは、いつもの自虐的な言い方をした後、真顔に戻ってファイルを睨んだ。望月サンはまだ先のページに進まず、“超高校級の絶望”と書かれたページを開いたままにしてる。ボクは目だけで訴えた。取り戻した記憶を、“超高校級の絶望”はなんなのかを、教えて欲しいと。

 

 「希望ヶ峰学園には“超高校級の絶望”って集団がいるんだよ。いや、ありゃもう宗教だな。完全に頭のネジ飛んじまった奴らだ。二十人くらいいたっけか・・・」

 「そ、そんな話聞いたことがないぞ!二十人もの人間がそんな怪しげな行動を取っていて学園が気付かないわけがない!」

 「知らねえよ。まだ潰されてねえんなら気付いてねえってことなんじゃねえのか?少なくとも俺がここに来る前にはまだあった」

 

 今日の清水クンはやけに饒舌だ。つつかなくてもどんどん出てくる。変な感じもするけど、今は一旦全部吐かせた方がいいかな。

 

 「聞いた話じゃ、ずっと昔から希望ヶ峰学園にはあって、それなりにデカい活動もしてたらしい。詳しいことは知らねえが、とにかく希望ヶ峰学園を転覆させようとかヤベェこと言ってた。俺が知ってんのはそんくらいだ」

 「そ、それだけですか・・・?」

 「それだけだよ。ヤベェとは思うが、ほんのちょっと関わりを持った俺を問題児だっつってここに閉じ込めんのはやり過ぎだろ。どっかのバカの方がよっぽど危険だ」

 「・・・今の話では私が予想していた事実が確認できなかった。改めて確認する」

 「?」

 「清水翔。お前は、“超高校級の絶望”なのか?」

 

 望月サンの最初に核心を突く質問を打っ込む肝っ玉はさすがだ。ジャーナリスト向いてるかもね。そんなことより、“超高校級の絶望”が集団だということは清水クンもその一人の可能性はある。だけど清水クンは眉一つ動かさずに返した。

 

 「アホか。俺があんなイカレ頭共と仲良くするわけねえだろ」

 

 あっさり否定されちゃった。眉の動きから瞼も目の動きも唇も指先も頬の筋肉の動きも、人が嘘をつく時に変化が表れやすいところの一切合切が、本当のことだって言ってる。こんなに上手に嘘を取り繕うことが清水クンにできるわけないし、ホントに“超高校級の絶望”ではないのかな?

 

 「で、でもこの言葉で記憶を思い出したんでしょ?だったら・・・!」

 「ああ、思い出した。だが俺はあいつらの仲間じゃねえ。直に見たことはある」

 「詳しく聞こうか」

 

 まだ“超高校級の絶望”がなんなのかもいまいちよく分からないけど、清水クンの話とファイルがあればある程度の姿をとらえることはできるかな。清水クンが本当に“超高校級の絶望”じゃないかどうかはまだ分からないけど。

 

 「まあ簡単に言うと、誘われたんだよ。“超高校級の絶望”に入らねえかって。なんで俺なんかに声かけたのかは知らねえが、学園の敵だとかなんとか言われてたから勝手に仲間だと思われたのかもな。胸糞悪い話だ」

 「それで?」

 「キモかったからシカトした。そしたらどっかからお仲間が湧いてきて、絶望がどうだ人類がどうだってとち狂ったこと話されて、邪魔だったから一人ぶん殴って逃げた」

 「トガってるなあ・・・関わり持ったのはそれだけ?」

 「ああ。別にそれから何かあったわけでもねえし、“超高校級の絶望”って名前もそれから後は聞かなかった」

 

 思ったより情報なかったや。要するに清水クンはその“超高校級の絶望”に目を付けられて勧誘されたけど一蹴したってだけだよね。まあ一匹狼という名のぼっちの清水クンがそう簡単に靡いて徒党を組むわけないか。それにしても話を聞く限りだと“超高校級の絶望”は希望ヶ峰学園に対して物騒なことを考えてるみたいだけど、本当にどういう団体なんだろう?

 

 「で、でもモノクマはその記憶が動機になるって言ってたけど?」

 「仮に“超高校級の絶望”が我々にとって危険な存在だとして、未だ学園で存続しているのならば、十分動機になり得る」

 「・・・どういうことですかぁ?」

 「この中に“超高校級の絶望”が紛れている可能性があるということですよ!既に絶望に囚われた私たちの中に更に絶望がいるだなんて!!なんて絶望的なのでしょうか!!」

 「あくまで可能性だ。“超高校級の絶望”がどのような組織かを判断するには情報が乏しい。やはり頼りになるのはこのファイルか」

 「頼りなくて悪かったな」

 「うむ。では読むぞ」

 

 清水クンってやっぱり望月サンには手あげないんだ。一応女の子だし当たり前だけど、たぶん同じことをボクが言ってたらもうちょっと対応違ったんじゃないかなあ、なんて思ったり。

 

 

 

 

 

 「『“超高校級の絶望”はまさに、人類の天敵と言える存在である。天災・人災を問わずあらゆる災いを渇望し、ただ己の欲望が満たされることのみを求め、しかし肉体の死を以てしても飢えが止むことはない、悪意そのものである。もしあの忌まわしき歴史が繰り返された時、希望のために戦う者たちが決してその希望を失ってしまわないよう、これを残す。』・・・これは序文か」

 「人類の天敵、悪意そのもの、忌まわしき歴史・・・ただの高校生の集まりにしては随分と大袈裟な言い方だよね。それに、まるで過去に“超高校級の絶望”と“希望”が戦ったみたいな言い回しだ」

 「あ?俺が知ってるのはそんな大したもんじゃねえはずだぞ」

 「次に、『首謀者、“超高校級の絶望”江ノ島盾子』とある。『あらゆる絶望の根源であり元凶であるのが、江ノ島盾子である。彼女は生まれながら絶望であり、常に絶望を求め続け、その圧倒的なカリスマ性から周囲に対しても絶望的な影響を与え、行動を開始してから驚くべき早さで人類を絶望の淵に陥れたのである。以下に連ねる事件は、彼女及び“超高校級の絶望”が関わっている主な事件である。』・・・多いな。この名は初めて聞くが・・・清水翔は何か知らないか?」

 「江ノ島・・・?いや、知らねえな。誰だこいつ」

 

 何だか清水クンの話との関連が見えないなあ。清水クンは“超高校級の絶望”を、希望ヶ峰学園のアングラなカルト集団だって言ってる。でもこのファイルによると、“超高校級の絶望”は江ノ島盾子という人物の肩書きで、希望ヶ峰学園どころか人類全体に強い影響力を持つものらしい。まだ情報が足りないや。っていうか、なんで“超高校級”の称号が付けられてるってことは、絶望って“才能”なの?なんなの?

 それはさておき、ファイルに載ってる写真の女の子を見てると、なんだか変な感じがする。ぱっちりした円らな瞳は海のようにキレイだけど、同時に底知れない深みを感じる。写真なのに、目が合ってると頭がくらくらしてくる。豊満なバストをざっくり見せつけて、血のような赤いマニキュアでおしゃれした爪が鮮やかなピンク色の髪に映える。この人が江ノ島盾子かな。顔にも見覚えないなあ。

 

 「ずいぶん多くの事件を起こしているようだ。『希望ヶ峰学園史上最大最悪の事件』、『予備学科生集団自殺事件』『人類史上最大最悪の絶望的事件』、『コロシアイ学園生活』、『塔和大虐殺事件』、『コロシアイ修学旅行』・・・これで“主な事件”か」

 「ッ!!ううっ・・・!?」

 「ひっ!?ろ、六浜さん・・・!?」

 

 資料を読み上げる望月サンの後ろで、六浜サンが頭を押さえてふらつき始めた。さっきの清水クンと同じだ。何か記憶を取り戻したんだろう。すぐに晴柳院サンが椅子を持ってきて、六浜サンはそこに座り込んだ。またこの状態で話が止まっちゃうのはテンポが悪いな。

 

 「あら、六浜サンまで記憶が戻ったのですか?どのような記憶ですか?私はまだ戻っていませんよ?何を忘れたのかも忘れました。そもそも私の記憶は本当に私の記憶なのでしょうか?」

 「・・・だ、大丈夫ですか六浜さん?」

 「ああ・・・問題ない。望月、続けてくれ。聞くだけならこのままでもいい」

 「そうか。では続ける」

 「ま、待って!この『コロシアイ学園生活』と『コロシアイ修学旅行』って・・・」

 「各事件の詳細は別資料を参照、と記述があるな。これ以外のファイルに記されているのではないか?」

 「こ、この事件を全部この人がやったんですか・・・?」

 「とても一人でできるようなものじゃないと思うけど。彼女及び“超高校級の絶望”って書いてあるし、清水クンの話と合わせて考えると、“超高校級の絶望”は彼女だけじゃないってことじゃない?」

 

 ちょっとだけ情報を手に入れても余計に疑問が浮かぶ。そしてますます真相は分からなくなってくる。知るなら髄まで一気に知ること、特にジャーナリストは中途半端な情報で早とちりしちゃいけないからね。ひとまず望月サンと一緒に“超高校級の絶望”に関する資料を読むことにしよう。笹戸クンや晴柳院サンは他のファイルを広げてる。

 

 「『江ノ島盾子の圧倒的な絶望は、希望に満ちていたはずの希望ヶ峰学園の生徒及び予備学科生たちにまで、まるでウイルスのように感染した。彼女の途方もない絶望にあてられた彼らは、ある者はその絶望から逃れようと、ある者は更なる絶望を手に入れようと、ある者は彼女の絶望に心酔し崇拝するため、絶望を求めた。絶望という感情のために命すら投げ打つ彼らは自ら“超高校級の絶望”と名乗り、組織化された“超高校級の絶望”は瞬く間に希望ヶ峰学園外にまで波及し始めた。これが後に人類全体を巻き込んで起きることとなる、「人類史上最大最悪の絶望的事件」の引き金である。』」

 「物凄く浮き世離れした話だね。絶望って感情が個人だけのものじゃなく人類に広がるなんて・・・しかもそれが元々一人の女子高生から影響したものだなんて、信じられない」

 「『江ノ島盾子は自らの企図した「コロシアイ学園生活」にて死亡。指導者を失った“超高校級の絶望”の残党たちは、それ以後の事件に関わりつつも、希望ヶ峰学園の卒業生らにより希望の名の下に組織された未来機関の活動によって徐々に規模を縮小していき、現在の勢力は非常に弱いあるいは完全に消滅したものと考えられる。希望ヶ峰学園内に未だ存在する可能性は排除できないが、実態は不明。』・・・これは先ほど清水翔が言っていたことだな」

 「つまるところ、あいつらはそんなヤベえ奴らの残党ってことか」

 「ん〜・・・と、いうか、残党の残党?って感じかなぁ?まあ、大本の江ノ島って人が死んだんじゃ残当だよね・・・」

 

 なるほどね。希望ヶ峰学園にとってはその“絶望”は根絶したいもの。それに接触した清水クンもただじゃおかないってことか。ボクの考えによると清水クンの問題は単なる生活態度の問題だと思ったけど、それ以上に“超高校級の絶望”と関係がある可能性の方が学園にとっては問題なのか。それにしても・・・未来機関か。そういえば確か希望ヶ峰学園は一回“超高校級の絶望”のせいで崩壊してて、この未来機関が建て直したのが今の希望ヶ峰学園なんだった。もしかしたらこの資料の中にその辺についての情報もあるかも知れない。

 

 「“超高校級の絶望”に関する記述はこのくらいだ。未だ完全な正体を定義するには不十分だが、非常に脅威的な存在であることは認識可能だな。モノクマがたびたび口にする絶望という言葉も、これが関係していると考えられる」

 「ってことは、あのアホクマ操ってんのは俺が学園でぶん殴った奴らってことか?」

 「それも一つの可能性ではあるけど・・・しっくりこないよね。もう少し何かある気がするんだけど・・・」

 

 なんだか一気に知りすぎて、脳みそが揺さぶられるみたいだ。流れ込んでくる情報とわき起こってくる感情が複雑に入り組んで、自分の脳で勝手に問題が大きくなってくる。これがどうして殺人の動機になるんだろう?“超高校級の絶望”はいま学園で何をしているんだろう?これほどの事件をなんで学園は秘密にしてるんだろう?誰がどこまで知ってて、どこまでが真実なんだろう?

 そんな次々と浮かんでは積み上がるだけの疑問を一気に崩壊させるように、後ろからまた悲鳴が聞こえてきた。

 

 「うあッ!!?」

 「ひゃあっ!?さ、笹戸さん・・・!?」

 「ううっ・・・!」

 

 どうやら笹戸クンが記憶を取り戻したらしい。弾みで落ちたファイルの表紙には、『コロシアイ学園生活、コロシアイ修学旅行』と書かれていた。確かボクらがいま置かれてる状況が『コロシアイ合宿生活』だから、きっとそのルーツとなる事件なんだろう。

 落ちたファイルを拾って中をぺらぺらといくつかめくる。さっきのファイルにも載ってた江ノ島盾子をはじめ、希望ヶ峰学園の生徒たちが閉鎖空間でモノクマにコロシアイを強制されるというものらしい。延長コードで磔にされた血まみれの“超高校級のプログラマー”や毒を飲んで椅子に座ったまま事切れている“超高校級の格闘家”、テーブルの下で突っ伏したまま血の海に沈む“超高校級の詐欺師”、袋を被ったまま首を吊った患者服姿の“超高校級の軽音部”と柱に縛り付けられた“超高校級の日本舞踊家”・・・眺めてるだけで気分が悪くなる。それぞれの死体の写真の側には、それぞれの事件を起こしたクロの死に様の写真も一緒に載せられていた。おしおきされてるってことは、誰一人として『卒業』は叶わなかったわけか。

 

 「つまり・・・過去にボクらと同じことをしていた人たちが、少なくとも二組あるわけだ。どちらも“超高校級の絶望”に関係していた。これが偶然なんてわけないよね」

 「も、もううちなんも見たないです・・・!どうしてこんなこと・・・もうわけわかりません・・・!」

 「はぁ・・・はぁ・・・!」

 「晴柳院サンは何か思い出したわけじゃないの?」

 「ま、まだなんも・・・け、けどうち、もうこんなの・・・読みたないです・・・!記憶なんてもうええから・・・」

 

 一人ならまだしも、六浜サンも笹戸クンもこの様子じゃあ記憶を取り戻すことに抵抗が生まれても仕方ないか。さっきのファイルもこのファイルも、たぶんこれ以外のファイルも、晴柳院サンには刺激が強すぎるはずだ。残りのファイルは二冊。開くとファイルのタイトルが書いてある。

 

 「それ以上はやめておけ」

 「?」

 「取り戻せる記憶は奴の用意した動機だ。ろくなものではないぞ」

 「もう落ち着いたの、六浜サン」

 

 ファイルを読もうとするボクに後ろから待ったをかけたのは、さっきまで蹲ってた六浜サンだった。清水クンと同じでまだ顔色は良くないけど、ずいぶん呼吸は落ち着いて冷静になった。何を思い出したのか分からないけど、やっぱり清水クンと同じでろくな内容じゃないんだろうな。教えてくれるかな。

 

 「・・・思い出した。そして、モノクマが用意した動機が何かも、今ならばはっきりと分かる」

 「ん?記憶のことではないのか?」

 「“超高校級の絶望”、これが奴の用意した動機だ」

 「どういうこと?六浜サンの記憶とそれと、どう関係してるわけ?」

 「私の記憶にも、“超高校級の絶望”が関わっている。清水の記憶も同様だ。そしてこのファイル・・・あからさまな程だ」

 「ということは?“絶望”が今更動機になどなるのですか?いいえ、もはやそれは動機ではなく宿命です!絶望の渦に巻き込まれてしまえば、もう二度と抜け出せはしません!他人の絶望など興味ありませんわ」

 「そろそろ殴るぞテメエ。黙っとけっつったろ」

 

 六浜サンの記憶にも“超高校級の絶望”が関係してるらしい、だから“超高校級の絶望”は全員の記憶に関わってて、動機になる可能性があるってこと?ボクたち全員がどこかで“絶望”と関係を持ったってこと?そんなわけないはずだけどなあ。

 

 「『希望ヶ峰学園史上最大最悪の事件』、この名前を見た瞬間に記憶が蘇った。これは今の希望ヶ峰学園では、職員を除けば私たちしか知り得ないことだ」

 「私、たち?」

 

 なんだか意味深な言い方をするんだなあ。記憶が戻ったらしいけど、希望ヶ峰学園の職員と一部しか知らない情報を、一介の生徒である六浜サンが知れるはずはないんじゃないかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「私は、希望ヶ峰学園生徒会の役員だ」

 「・・・えっ?」

 

 希望ヶ峰学園生徒会。“超高校級”の高校生が集まる希望ヶ峰学園の中でも特に優れた十人前後の生徒で構成される団体で、学園の運営に生徒の目線から携わることで職員たちからの信頼も厚く、学園ではかなりの影響力を持ってる。そんな生徒会の一人が、六浜サンだって?そんなバカな。生徒会なんて有名どころど真ん中の面々の顔をボクが忘れるはずがないのに。

 

 「今の今まで忘れていたが、今からははっきりと、胸を張って言える。希望ヶ峰学園生徒会・学生課生活指導係、それが私の肩書きだ」

 「・・・ということは、認めるのだな?」

 「ん?何をだ?」

 「お前が『裏切り者』であるということをだ」

 「ああ、そうだな。間違いない、私は『裏切り者』だ。学園からお前たちの生活態度を報告するよう、ここを任された」

 

 ボクでさえ戸惑ってるっていうのに、望月サンは相変わらず淡々と、事実だけから合理的に考えて的確に次の言葉を発する。見習いたいくらい、でも気持ち悪いくらいに冷静だ。それはともかく、確かに生徒会の役員であることは『裏切り者』であることを認めることになる。

 

 「えっ!?な、なんでですか・・・?なんで生徒会の人やったら、『裏切り者』なんてことになるんですか・・・?」

 「『裏切り者』に関するファイルに書かれていただろう。監視役には生徒会役員から一名を選出すると。この中に私以外の生徒会役員はいない」

 「じゃあやっぱり・・・『裏切り者』だったんだ・・・!!キミが・・・!僕らをこんな目に遭わせたのか・・・!!」

 「ひっ!?さ、笹戸さん・・・!まだ座っといた方が・・・!」

 「私の役目は監視に徹すること。学園の目的はお前たちの問題を解消すること。コロシアイなどと人道に背くようなことはさせん」

 「そんなの信じられないよ!キミは『裏切り者』なんだろ!!学園の差し金なんだろ!!僕たちの敵じゃないか・・・!!」

 「落ち着け、笹戸優真」

 「落ち着けないだろ!!こいつのせいで!!明尾さんと鳥木くんは死んだんだ!!なんで今まで黙ってたんだ!!もっと早く言ってれば・・・明尾さんは死なずに済んだんじゃないのか!!鳥木くんが無駄死にすることもなかったんじゃないのか!!」

 

 急に興奮した笹戸クンが六浜サンに食ってかかる。確かに六浜サンが『裏切り者』だって告白してれば、明尾サンの誤解もなく、鳥木クンが穂谷サンの身代わりになることもなかったかも知れない。でもそんなこと、いま責めたってどうしようもない。六浜サンだって曖昧なままの記憶で無駄な混乱を呼ぶのは避けたかったはずだ。

 

 「鳥木君・・・無駄死に?貴方は何を言っているのですか?鳥木君は生きていますよ?ほら、そこにいるではないですか。向こうのテーブルにも、二階にも、外のテラスにも、あちこちに・・・こんなにたくさん生きているではありませんか!!」

 「笹戸クン、気持ちはわかるけど落ち着いて。いま六浜サンを責めても仕方ないでしょ?キミはまず休んで」

 「さ、触るなッ!!」

 「うぁっ!」

 「フゥーッ・・・!フゥーッ・・・!ぼ、僕は・・・僕はもうお前なんか信じない!僕は絶望なんかに負けない・・・!」

 

 ふらついてるから助けてあげようとしたのに、笹戸クンはボクの手を払って、息を荒くしたままそこから去っていった。資料館のドアが閉まる音がして、ボクらは追いかけることもできなかった。だってあんなに気が動転した笹戸クンは初めてだったんだもん。

 

 「お、おい・・・あれ放っといていいのかよ」

 「実に理解し難い。ファイルを一読したのなら、コロシアイは“超高校級の絶望”によるもので、生徒会役員である六浜童琉はそれと対立関係にあると考えられるはずなのだが」

 「そ、そんな冷静に考えられません・・・!笹戸さんはきっと・・・パニックなんです。あ、あのぅ・・・六浜さん、あんまり笹戸さんに腹立てんでくれませんか・・・?」

 

 あんまりな豹変ぶりに、清水クンですら戸惑ってる。人に気を遣えるくらいには清水クンも変わってきたんだなあ、なんて思ってたら、おそるおそる言った晴柳院サンに六浜サンは優しく答えた。

 

 「腹など立てん、笹戸の言うことも尤もだ。失って簡単に取り戻せる信用など脆いものだ。あれほど拒絶されていれば、これからまた信用されるかは私次第というわけだ。お前は何も気にやむ必要はない」

 「で、笹戸クンいないけど、取りあえず教えてよ。キミの記憶と“超高校級の絶望”とどう関係してるの?」

 「ああ、そうだったな」

 

 相変わらず六浜サンはストイックだなあ。責任感が強すぎるのか、なんでもかんでも自分で背負い込もうとする。前までは強い人だなって思ってたけど、たぶん今でもいっぱいいっぱいなんだ。それでもまだたくさん抱え込もうとするんだから、心配だや。でも聞けることは聞くからね。

 

 「学園の職員と我々生徒会の役員以上のメンバーしか知らない学園の歴史が、『希望ヶ峰学園史上最大最悪の事件』だ。全容は明かされていないが、実に凄惨な事件だったと聞く」

 「どんな?」

 「ある一人の生徒の手によって、当時の生徒会15名のうち13名が希望ヶ峰学園内で殺害されたのだ」

 「ッ!!?た、たった一人の人が・・・13人も・・・!?」

 「私の記憶によれば、その生徒は“超高校級の絶望”に加わっていたらしく、またその事件により“超高校級の絶望”は学園内及び予備学科内でもその勢力を増したらしい。希望ヶ峰学園にとってはその名の通り最悪の、後に起きる“絶望”との闘争の歴史の幕開けとなる事件だ」

 「ただの殺人事件でも大層だってのに、生徒会がほぼ全滅ってどんだけヤベえんだよ・・・そんだけの事件起こした“超高校級の絶望”が、なんで今は俺なんかを勧誘するくらいに落ちぶれたんだ?」

 「さあな。私の思い出した記憶はその事件のことと、私がここの監視役を任されたということだけだ」

 

 これはまた、すごいことを聞いちゃったなあ。もうそんな面影はないし、今まで知らずにいられるほど学園内でその秘密は徹底して守られてきたみたいだけど、そんな事実があったとなっちゃただじゃ済まないよね。学園も、それを知ってる生徒会も、ボクらに暴露しちゃった六浜サンも、聞いちゃったボクらも。ついでに言うとこのファイルを用意したモノクマだって、そのことは知ってるはずだ。むしろ“超高校級の絶望”の関係者って考えられるけど、どこまで知ってるんだろう?

 

 「まだお前たちは何も思い出してはいないのだろう。それなら、そのままでいい。やはり争いの種を余計に蒔くことなどないのだ。この記憶は、私たちが思っていた以上に危険だ」

 「危険かどうかは思い出してみないことには分からないではないですか。それに貴女が『裏切り者』だなんてことはとっくに分かっていました。今更そんな記憶を思い出したと言われても、本当かどうか確かめようがありません。私たちを騙すつもりなのではないですか?」

 「騙すつもりなら『裏切り者』だと名乗りはせんだろう。黙っていたことは済まなかった。忘れてしまっていた私の落ち度だ」

 「忘れていたのではなく、忘れさせられていたのだろう?お前は記憶を操作することができるのか?でなければ不合理かつ不条理な謝罪だな」

 

 今日はみんなよく喋る。記憶が戻ってテンション上がってるのかな?取りあえず今のところ記憶を取り戻したのは、清水クンと六浜サンと笹戸クンの三人か。笹戸クンは記憶が戻ってからやたらと六浜サンに敵意丸出しになってたけど、彼は彼でどんな記憶を取り戻したんだろう?そういえば、笹戸クンの抱える問題ってなんなんだろうな。今までの生活みててもあんまり問題児って感じしないんだけど。

 

 「うふふふ・・・何をしおらしくなっているのやら。興醒めです。もともと私は忘れてしまう程度の記憶に固執するような見苦しく狭量な質ではなくってよ。今ここから先こそが人生です!わずかですが残りの命を楽しむことにします!モノクマ!」

 「ばびょーーーん!呼んだ?」

 「ひゃあっ!?な、なんで上から!?」

 「上の倉庫にはありませんでしたが・・・貴方のことだからどこかに持っているのでしょう?アルモニカをここに持ちなさい!」

 「ア、ア、アルモニカァ!?穂谷さん・・・アルモニカをどうしようっていうのさ・・・!?」

 「なんだアルモニカって」

 「さあ?楽器かなんかじゃないの?」

 「知らねえのかよ!いまの知ってる感じなんだったんだよ!」

 

 以前に輪をかけて穂谷サンは行動が読めなくなってきた。記憶に興味が無くなったって言ってモノクマを呼びつけて、変な楽器を注文した。モノクマは首を傾げて穂谷サンにあれこれ聞いてたけど、やがて納得したように手を叩いて消えていった。たぶんそのアルモニカって楽器を取りに行ったんだろう。歌姫様の演奏大会の始まりだ。

 清水クンはもう部屋に戻る気まんまんだ。穂谷サンに付き合ってられないし、何より記憶を取り戻したらもうファイルには用はないって感じだね。六浜サンと晴柳院サンも顔色が悪いみたいだし、ボクはボクでこのファイルは一人でじっくり読みたい。望月サンは、今までの流れに我関せずとばかりにファイルを読み続けてる。どうやらここに残って記憶を取り戻すまで帰るつもりはないみたいだ。

 

 

 

 

 

 「望月。忠告するが、本当に記憶を取り戻してもろくなものではないぞ。動機を得ずにいれば余計な間違いも起こらない。そうは思わないか?」

 「仮に私が取り戻した記憶によって殺人を犯したとしても、それが私の合理的思考の結果であるならば、納得せざるを得ない」

 「あ?・・・テメエ今なんつった?」

 「それよりも私は、失ったものを失ったと気付かないことの方が耐えがたい。どのような記憶であろうと、それは私のものだ。奪われたままにしておくことなど許せない」

 

 なんだかいま、望月サンがさらっとらしくないことを言ったような。今までのことを振り返ってみても殺人なんかとは遠い位置にいたはずの望月サンが、殺人を肯定する発言をした。何かおぞましいものを感じて、その場にいたボクたち全員(穂谷サンは明後日の方を見て笑ってるからノーカン)、望月サンから一歩下がった。だって望月サンは今までは、誰かを殺すだけの理由がなかったから、誰も殺さないだけの理由があったから、何もしなかったってことだから。その何か一つでも変わってしまえば、望月サンは平気で人くらい殺してみせるんじゃないか。そんな不安がボクらにのしかかった。

 

 「滅多なことを言うものではないぞ望月・・・それではまるで、お前が人の命を何とも思っていないように聞こえるぞ」

 「そうか?ではそこだけは否定しよう。私は人の命を何とも思っていないことはない」

 「ううっ・・・うち、もう帰ります・・・!」

 「せ、晴柳院!」

 

 冷や汗を浮かべながら言う六浜サンとは対称的に、望月サンは平然と返す。その返事も至って冷静で真面目な口調なんだけど、馬鹿にしてるとしか思えない言い方で、たぶん本人の意思とは関係なくボクらはますます気持ち悪さを感じた。耐えられなくなった晴柳院サンがふらつきながら資料館を去って行き、心配した六浜サンもそれについて出て行く。穂谷サンもいつの間にかいなくなってて、二階にでも行ったんだろう。そこに残ったのは、ボクと清水クンと望月サンの三人だけだ。

 

 「望月、テメエが冗談なんか言わねえ奴だってのは知ってる。さっきのも本気なんだろ?」

 「私はいつでも真面目に本心を言っている。果たして私のような人間に心が存在すると言えるかはまた別の話だがな」

 「だったら誰かを殺すかも知れねえなんてことぜってえ言うべきじゃなかっただろうが。こちとらテメエだったらやりかねねえって今日から気が気じゃねえよ」

 「・・・・・・例えば今すぐに私が殺人によってここから脱出を計った場合、清水翔、お前は殺害の標的にはなり得ない。六浜童琉と曽根崎弥一郎が大きな障害となるため、その二人を排除することを考えるだろう。その意味で屋良井照矢は適切な行動をしたと言えよう」

 「ふざけんなッ!!!」

 

 清水クンがテーブルを殴った。衝撃で望月サンとファイルがちょっと跳び上がったような気がしたけど、望月サンに限って驚くなんてことないだろうからたぶん気のせいだ。すぐ怒るのが清水クンの悪い癖だけど、でも今回ばかりは怒っても仕方ない。今の望月サンは、人の気持ちに鈍感過ぎる。

 

 「・・・」

 「なんとか言えよ」

 「なんとかと言われてもな。私はお前がなぜそんなにも怒っているのかが理解不能だ」

 「ンだとこの野郎ッ・・・!!」

 「まあまあ清水クン!落ち着いてよ!女の子殴るのはダメだって!なんの解決にもならないし、手ェ出したらキミの負けだよ」

 「勝ち負けなんかテメエが勝手に言ってろ。俺はムカつく奴には一発食らわさねえと気が済まねえんだよ」

 「そこをなんとか、どうどう。望月サンもちょっと黙っててくれないかな?清水クンこんなんなっちゃったじゃんか」

 「・・・そうか、私のせいなのか。では」

 「謝らなくてもいいから!このタイミングのごめんは逆効果だから!」

 「では黙る」

 

 ぶっちゃけ何言っても逆効果だし、清水クンを宥めるには望月サンから引き離すしかない。望月サンは話すことはないと分かった途端にファイルを読むのを再開するし、清水クンはその態度にまたキレるし、ホントこの二人相性悪すぎだよ。誰だよ清水クンと望月サンがデキてるなんて噂流した奴!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後何発かいいの貰いながらも、なんとか清水クンの怒りをひとまず鎮めて、一度資料館の外に連れ出すことに成功した。これだけでもうボク誰かから褒めて貰いたいよ。

 

 「なんでテメエが望月のこと守るんだよ。関係ねえだろ」

 「余計な亀裂を生むのはモノクマの思う壺だよ。それにあのまま殴らせてたら望月サンが清水クンを殺す理由を作っちゃうでしょ」

 「は?」

 「理由は分からないけどとにかく自分のやることなすことにいちいち怒って殴りかかってくる、そんな人、望月サンじゃなくても排除するべきだって考えるよ」

 「あいつがふざけたこと言うからだろうが」

 「本人は大真面目なんだって。知ってるんでしょ?望月サンには感情らしい感情がないの」

 「・・・まあ」

 

 望月サンが清水クンを殺すなんて構図、今まで考えたこともなかった。だって望月サンは清水クンを気に入ってて、清水クンもなんだかんだで結構望月サンには付き合ってあげてる。清水クンがあんなに望月サンに怒ったのも、余計なことを言って望月サンが危険な目に遭うことを心配してるからなんだと思う。それくらいこの二人はこの生活の中で自分を変えながら関係を築いてきた。なのに望月サンの言葉は、それらの全てを水泡に帰すような、今までの全てを否定してしまうようなものだった。

 清水クンがそういう理由だけで怒ってるわけじゃないだろうけど、それにしたって望月サンの無神経さはひどい。今まで問題にならなかったのが不思議なくらいだ。今だってみんなが記憶を取り戻すのをやめた中で、一人だけファイルを読み尽くして記憶を取り戻そうとしてる。そこに彼女の感情はないのかな。それを確かめる方法はいまのところないから、どうしようもないけど。

 

 「で、どうするんだ?お前は記憶取り戻さなくていいのかよ」

 「あはは・・・キミらの様子を見る限り、記憶を取り戻すには頭痛薬がいるみたいだから、一回医務室に寄ってからまた出直すよ。できれば望月サンがいない時に」

 「そうかよ。じゃあちょっと来い」

 「へ?」

 「クソくだらねえ“超高校級の絶望”に付き合ってやるくらいなら、俺の用事に付き合えって言ってんだよ。気になるもんを見つけた。お前ならなんか分かるんじゃねえのか」

 「・・・はあ」

 「あ?なんだその気の抜けた返事は」

 

 思わず生返事で応えちゃったけど、そりゃボクだってぽかんともするさ。だってあの清水クンが自分から、しかも自分の用事で誰かを誘うなんて、考えられなかった。この生活の中で色んな面で変わってきたとは思ってたけど、ここまでなんて思わず呆気にとられちゃった。寄宿舎の方に向かってた清水クンは踵を返して倉庫の方に向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り7人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命    【明尾奈美】

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

【屋良井照矢】【鳥木平助】 【滝山大王】【アンジェリーナ】




長くなってしまいましたが、ほとんどが原作をプレイした方なら二度目の説明になっちゃってますね。もちろんここに出て来てる用語や人名は原作の話ですよ、同じ名前のパラレルワールドとかそんなんじゃないですよ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

(非)日常編4

 「良い朝だな、晴柳院」

 

 新しくて清々しい陽の光りが植物園に降り注いで気持ちいい。後ろから聞こえてきた声は、優しくしようと気張ってしまってどこか不自然な、そんな六浜さんの声やった。朝いうてもまだ六時くらいで、こんな時間に起きてきて植物園にいる人なんてうちくらいなもんやと思ってたから、声をかけられるなんて思ってなくて、驚いた顔のまま振り向いてしまった。

 

 「ろ、六浜さん・・・おはようございます」

 「お前だったんだな、毎朝ここの花を取り替えてくれていたのは」

 「え」

 

 慰霊檀の前に備えてあるお花を見て、六浜さんは言わはる。手には瑞々しい新鮮なお花を持ってて、所在無さげに頭を垂れる花がしおらしく揺れてます。ついさっきうちが交換したばっかりやから、うちの手には古いお花がありました。

 

 「ああ、このお花ですか。そうですよ。きれいで新鮮なお花にしとかんと、せっかくの供養も台無しになってまいますから」

 「いつ来ても新しい花に替えられているから、お前がやってくれているのだろうと思ってな。先回りしてやろうと思ったが、私もまだまだのようだ。毎朝この時間に来ているのか?」

 「ええ。朝に良いことすると、その日の運びがようなるんです」

 

 古いお花やからってぞんざいにしたらバチが当たります。ゴミ箱なんかに捨てんと、ちゃんとこれも供養したらんと。ここに慰霊壇を建てた日から毎日同じことをしてて、もうすっかり早起きにも慣れました。ここに来てからぐっすり眠れた日なんてないですけど・・・。

 

 「ところで、古い花はどうするのだ?」

 「ほんまやったら御神船に乗せて川に流すんですけど、ここではできひんので向こうの池に沈めてます」

 「あの鯉がいる池か。沈めると言っても花は勝手に沈まないだろう」

 「水を吸うと自然に沈んでくんです。ときどきご飯と間違うて鯉が食べてまいますけど」

 「沈むかどうかは鯉の気分次第というわけか」

 

 慰霊檀も仮。花の供養も仮。こんなところやと、完璧に型に則ったやり方はあんまりでけへんけど、形だけでも寄せれば少しは意味があるんちゃうかと思います。というよりこれは、うちらがそこに意味を感じんことには始まらんのやから、意味があると思いこまなあかん。亡くなった人はもうしゃべられへんけど、一緒に過ごした思い出ならうちらが持ってますから。安心して成仏してください。そう思い続けることしか、うちにはできないんです。

 

 「それにしても、どれだけ鬱屈した時でもこうした作法に頼るというのは・・・“超高校級の陰陽師”ゆえというか、ある意味でお前もかなりマイペースと言えるな」

 「ほえ?」

 「一つ一つの所作が丁寧で指先まで無意識に意識されている。さすがは晴柳院家の令嬢だ」

 

 令嬢、なんて風に言われるんは好きやない。晴柳院の名前に不満があるわけでも、悪いことを言われてるわけでもないけど、なんだかうちがうちじゃなくなるような・・・そんな不安な気持ちになるんです。

 うちの気持ちもそうですけど、でもこの話をしたのは元から知ってはった穂谷さんと、それから明尾さんと笹戸さんの三人だけ。なんで六浜さんがそのことを知ってはるんやろ・・・。

 

 「え・・・せ、晴柳院家のって・・・う、うち六浜さんにそんな話・・・」

 「なに、思い出しただけだ。晴柳院という名は学園でも有名だからな。お前の祖父にあたる晴柳院義虎も、父である晴柳院龍臣も、希望ヶ峰学園の卒業生だ。私が歴代卒業生の顔と名前くらい覚えていないと思ったか?特に晴柳院義虎に関しては今でもなお、学園に少なからぬ影響力を持っているという噂だ。印象に残る」

 

 六浜さんが急にうちの家系の話なんてしはるから、うっかり持ってた花を落としてまいそうになった。思い出したって、六浜さんが思い出したのは生徒会に関係する記憶だけやったんとちゃうんやろか。それに今になってこんなことを言い出すなんて、一体何を言われるんやろ。うちのお爺様とお父様の名前も言い当てはったし、二人が学園の卒業生ってことも・・・。

 

 「お前はまだ思い出していないだろうが、私は学園で、一度ここの全員に会っている。その時に学園から一通りのことを知らされてな。お前の家柄のこともだ。あの『日青会』のトップの孫とは、私も驚いたぞ」

 「あ、あんまり知られたないんです・・・そのこと。うちが義虎爺様の孫やって知られると・・・みんなうちのことをヘンな風に見るようになるから・・・」

 「安心しろ。言いふらしたりはせん。もっとも、清水も望月もそうした話には興味はなさそうだし、穂谷と曽根崎はもう知っているようだ。笹戸には自ら話したのだろう?」

 「・・・な、なんでそこまで分かるんですかぁ?」

 「これでも“超高校級の予言者”だ」

 

 なんだか納得できるようなできひんような答えやなあ・・・。でも、確かに穂谷さんには直接言われたし、曽根崎さんやったら最初からなんでも知ってそうや。うちの名前を聞いて義虎爺様、それに『日青会』を連想しててもおかしない。それでもうちに普通に接してくれてはるんは、曽根崎さんが優しいからですね。あんまり大っぴらにされたないんですが、曽根崎さんはきっとそんなことしてません・・・はずです。

 

 「でも、なんで急にそんな話をしはるんですか?」

 「我ながら、記憶という領域に関して私は恵まれていると思う。実際にモノクマに封印されていた記憶は生徒会に関するものだったが、それと関連する記憶の情報量が膨大でな。連鎖的に色々と思い出したのだ」

 「・・・それって、六浜さんがただ忘れてはったことなんじゃ」

 「忘れさせられていた、もしくは思い出せなくされていたと言ってくれ」

 

 あんまり違いがよう分からんけど、六浜さんは頭が良いですから、きっと一個のことを思い出しただけでたくさんのことが分かったってことでしょう。

 

 「その中の一つで、ある噂を思い出したのだ。晴柳院家が中心となっている宗教団体『日青会』と、希望ヶ峰学園との妙な関係の噂をな」

 「妙な噂・・・?な、なんでしょう?うちのことやないですよね・・・?」

 「何か心当たりがあるのか?」

 「い、いや・・・その、『日青会』と学園の繋がりなんて、今やったらうちが学園にいることくらいやろなあって・・・思って・・・」

 「さっきも言ったが、晴柳院義虎は学園に強い影響力を持っている。それは、学園の一部に太いパイプを持っているから、という噂だ。お前がそのパイプであるというのは・・・否定はできん、という程度のものだな」

 

 そんな噂ありましたっけ?思い出してないだけで、うちも知ってるのかも知れへんけど、自分の家に関する記憶を封印されるんもよう分からん。確か、前に明尾さんも同じようなこと言うてはったような気がしますし、明尾さんや六浜さんが知ってはるのに、晴柳院家の人間のうちが知らん噂っていうのもヘンな話やけど、そういうもんなんやろか。

 

 「晴柳院家は名門と呼ばれる家柄の一つだ。希望ヶ峰学園に多少なり関係が生まれるのはなんら不自然ではないが、そんな家柄は他にもある。なぜ晴柳院家だけがそんな噂がたつほど深い関わりを持っているのか、それが疑問だ。そこで、お前は何か知らないか聞こうと思ったのだ」

 「うう・・・そ、そんなん言われましても・・・。うちは晴柳院家の人間ですけど、『日青会』にはなんも関わってませんから・・・」

 「そうなのか?『日青会』の幹部役職はだいたい晴柳院家、またはその分家で構成されていたはずだが」

 「組織の運営とか管理とか難しいことはお父様が中心にしはって、会員の方の前で話すんはお爺様のお務めです。あとは叔父様や従兄弟やお母様が・・・うちは、学園を卒業してからお手伝いをする予定やったんです」

 「まあ・・・“超高校級”とはいえまだ高校生、卒業をもって認められるのは当然か。では学園にいた頃には何かなかったか?例えば・・・『日青会』の会員に話しかけられたとか、二次団体、三次団体の噂などなにかないか」

 

 うちの家柄が大きいことは重々承知です。せやから穂谷さんにあんなことを言われたり、ヘンな噂がたったりしてる。うちがまだまだ未熟なんも分かってますし、学園に会員の方のお子さんが通われることもそう珍しいことやないです。

 分からへんのは、六浜さんがなんでこんなに詳しく聞いてくるのかや。

 

 「あ、あのう・・・質問に質問で返すのも気が引けるんですけど・・・なんでそんなに聞かはるんです?」

 

 六浜さんがこうして質問する時は、何かを考えててその答えを導くのに必要やから聞いてはるんや。でも、そのために晴柳院家と希望ヶ峰学園の関係を明らかにせなあかんことって、なんやろう。ほんまにうちは心当たりないし、それが今、六浜さんのするべきことやとも思えない。

 

 「・・・済まん、気を悪くさせたな。気になっただけだ」

 「あっ、あっ、べ、別にそんな・・・!う、うちもただ・・・気になっただけですんで・・・」

 「しかし今のお前が何も知らないということが分かった。それだけでも十分な収穫だ。邪魔をしたな」

 

 ちょっと気になったからって口にしても、いらん気を遣わせてまうだけやなあ。でも六浜さんは満足したように、って言うより満足したと自分で決めたように頷いてから、植物園の出入り口の方に向かって行かはった。まだ朝ご飯の時間にも少し早いのに。

 

 「え?どちらへ行かはるんですか?」

 「なに、ただの調べ物だ。心配するな」

 

 また、つい気になったから言うてもうた。六浜さんはうちの質問に振り返って、軽く笑った。今まで話してたこととか、穂谷さんや笹戸さんのこととか、この場所から出る方法とか、色々悩んではるはずやのに、なんでかその表情は軽やかで、無理してるようにしか見えんかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドアを三回ほど、一定の間隔で叩く。無機質な私が発した無機質な音は、角ばった廊下に反響して私の耳に戻ってくる。程なくしてドアは開き、覗いた緑色は私の顔を見て少しだけ表情が変わった。それがどのような変化なのかを知ることは、私には不可能だった。

 

 「珍しいね、望月サンがボクのとこに来るなんて」

 「5冊目のファイルを読みにきた。貸してほしい」

 

 用件だけを伝えると、曽根崎弥一郎はまた表情が変わった。目が少し広がり、すぐに元に戻り、意味のない笑顔になった。なぜ笑うのか理解できないが、曽根崎弥一郎はこの表情でいるのが基本だ。

 

 「え〜っと・・・なに?いま会話を拒絶されたような気がしたんだけど」

 「資料館に隠されていた動機となるファイルの5冊目を借りにきた。お前が持っているのだろう?」

 「いろいろ突っ込みどころ多過ぎるんだけど・・・。取りあえず、中入って座る?立ち話もなんだしさ」

 

 曽根崎弥一郎はそう言って私を部屋の中へ促した。安易に隙をみせるのは危険だが、自室で殺人を犯すリスクを理解しないほど曽根崎弥一郎は無考えではないと推察される。ひとまず中に入り、勧められるまま椅子にかけた。

 

 「コーヒー飲む?アニーサンほど美味しく淹れられないけど」

 「手短に済ませたい。ファイルはどこにある?」

 「・・・あのね、望月サン。なんでボクが資料館にあるはずのファイルを持ってると思ってるわけ?ヘンな電波受信しちゃった?」

 「ファイルを最初に発見したのはお前だ。持ち出す機会は他の者より圧倒的に多い」

 「いやそうだけど・・・清水クンかも知れないじゃん」

 「私の知る清水翔はそれほど器用な人間ではないが」

 「そうだね。でも六浜サンや穂谷サン、笹戸クンも晴柳院サンもいるじゃないか」

 「可能性はあるが、お前がそれに気付かないとは考えられない。“超高校級の広報委員”の眼を誤魔化す者がいたと思うのか?」

 「そう言われちゃうとなあ・・・ボクにもプライドあるし」

 「仮に気付いていて敢えて見逃したとしても、その理由が理解できない。考えられるとすれば、お前も同様に何かを隠していたため、他者を追及できなかったということだ」

 「逃げる気のない逃げ道を潰された!どっちにしろボクが疑われるわけだね。なるほど」

 

 なるほど、と口にしてはいるが、その態度は未だ認めようとしない考えが滲み出ている。何かを食い止めようと必死に取り繕う人間というのは、何度見ても面白みのないものだ。

 

 「でもなんでファイルを持ってると思うのさ。もしかしたらトイレに行きたかったのかも知れないし、気まぐれで思わせぶりな風にしてたのかもよ?ボクはさながら風のように気ままだからね〜」

 「収納されていたファイルを全て読んだが、私の記憶は戻らなかった。そして棚に戻した際に不自然に広い隙間ができていた。その時点で少なくとも一冊ファイルがなくなったことは明白だ」

 「読み落としてたんじゃないの?だいたい5冊目のファイルなんてあったかな?元から4冊じゃなかった?」

 「不毛だ」

 

 往生際が悪いとはこのことだ。ここまで言えば認める他にないと思うのだが、曽根崎弥一郎はまだ認めない。持ち去ったことを指摘すればすんなり渡すかと思っていたが、思いの外意思は固いようだ。

 

 「長い間放置されていたファイルの背表紙には、埃が付着し、また多少の変色も見られた。しかし壁や隣り合うファイルと密着していたそれぞれの表紙、裏表紙は背表紙よりもその劣化は軽度だ。4冊目のファイルも同様に、裏表紙の劣化はそれほど進行していなかった。壁に密着せず空気に晒されていたにもかかわらずだ。故にここにもう一冊ファイルがあると推測することができる。一目瞭然だろう」

 「その恐ろしいほど細かいことに気付く観察眼があればね。参ったなあ・・・」

 

 眉尻を下げて、曽根崎弥一郎は頭をかいた。降参ということだろうか。これでまだ納得しなければ、この部屋を徹底的に捜索する強硬手段に出ざるを得ないのだが、できればそんな非生産的なことはしたくない。果たして曽根崎弥一郎は認めるだろうか。

 

 「六浜サンだけ警戒してたけど、望月サンの執念がここまでとはね。そんなに自分の記憶に興味ある?」

 「興味ではない。本来知っているべきことを知らずにいるのは不合理だ。故に再び知る必要がある」

 「動機ってことは関係ないわけね。望月サンのそういう、ウソつかないとこはボク好きだよ」

 「軽薄な言葉だ」

 「あはは・・・まあ正解。確かにあそこからファイルを持って行ったのはボクだよ。ファイル5はボクが持ってる。だけど渡すわけにはいかないなあ」

 

 ウソを吐く理由など私はこれまで考えたことがない。事実と異なることを事実として認識する理由が分からないし、他人にそれを強いる意味もない。不合理で、不条理で、全くもって無意味だ。その点では私と曽根崎弥一郎はどうやら共通しているようだが、なぜこんなにも曽根崎弥一郎の考えが分からないのだろう?

 

 「前の4冊にないなら、望月サンの記憶のパスワードは確かにここにあるんだろうね。でもだからって・・・なおさら、見せるわけにはいかない。どんな記憶か知らないけど、それは絶対にキミを不幸にする」

 「・・・なぜ言い切れる?」

 「1冊目は“超高校級の絶望”、2冊目は“絶望”が関わる事件、3冊目は未来機関の歴史、4冊目は希望ヶ峰学園の内情。どれもこれも希望ヶ峰学園と“超高校級の絶望”の戦いの歴史だ。しかもどんどん深い部分に入り込んでる。つまり5冊目のファイルに書かれてることは、この希望と絶望の戦いの最深部なんだ。それを読むことが何を意味するか分かる?」

 

 私もファイルには全て目を通したから、それくらいのことは理解している。江ノ島盾子を筆頭とする“超高校級の絶望”、私たちが現在置かれている状況に酷似したコロシアイ生活、“超高校級の絶望”に抵抗し現在の希望ヶ峰学園を設立・運営している未来機関、その希望ヶ峰学園内に存在するいくつかの組織。ファイルはそれらに関するレポートだ。全て読んだ。

 最後に何が載っているかは不明だが、おそらく曽根崎弥一郎の言うように、このレポートが書かれた核の部分があるのだろう。歴史を3冊目までで歴史を解説し、4冊目で現在の状況を説明。ならば5冊目では未来の話だろうか。

 

 「まだ間に合う。この問題はキミが・・・キミたちが関わるには闇が大き過ぎるんだよ。記憶なんて諦めた方がいい。言い訳で言ってるんじゃない、警告してるんだ」

 「お前は関わっているというのか?」

 「・・・まあ、ね」

 「私の記憶がそこにあることは、私はその件に関わっているという証明になる。私も関係者だ」

 「失った今なら引き返せるって意味でもあるでしょ。知らない方がいいことだってある」

 

 先程までとは語調が異なる。逃げ道を探しているというより、私を食い止めているようだ。よほどな内容ということか。一体何が書かれている?希望と絶望の戦いの最深部とはなんだ?

 

 「もし思い出しちゃったらお互いのためにならない。このままでいいんだ」

 「どうしても見せないのか」

 「そうだね」

 「・・・どうやら諦めざるを得ないようだ。今日のところは、な」

 

 これ以上は本当に無意味だ。そう判断し、今日のところは断念することにした。ファイルの在り処が分からないのでは自力で見つけるか白状させるしかないが、どちらもできそうにない。曽根崎弥一郎の顔が少し晴れた。

 

 「では代わりに一つだけ答えろ」

 「いいけど、ファイルの場所は言わないよ」

 

 部屋から出る前に、何か収穫をしてでなければ帰れないと、一つだけ尋ねてみることにした。ウソを吐かない曽根崎弥一郎ならば、正直に答えるだろう。

 

 「曽根崎弥一郎、お前の記憶はどこにあった?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちょっと前までだったら、こんなこと考えられなかった。たぶんこの先も二度とないんだろうけど、でも今はできてる。ダメ元で誘ってみてよかった。僕一人じゃどうにもできなかったから。

 

 「どうすんだよこれ・・・」

 「捨てちゃうとモノクマに怒られるから・・・なんとかしないとね」

 

 テーブルに山積みになったモノモノマシーンのカプセル。大量に手に入ったメダルを全部使ってみたらこんな量になっちゃった。イイものが出る気がして回してみたんだけど、そうでもなかったみたい。

 

 「ぬいぐるみだ、置物だ、よく分かんねえマロンだかロマンだかだ・・・マジでお前ふざけんなよ。捨てろよ」

 「捨てたらモノクマに嫌がらせされそうじゃん。何個か引き取ってよ、お願い」

 「ったく、こんなことしてる場合じゃねえだろうが」

 

 そう言って清水くんは、カプセルを一つポケットに入れた。もうちょっと引き取って欲しいなあ、って言ったら睨まれたけど、渋々な感じでまた一つ入れた。なんだかんだで優しくしてくれるから、思わず笑ったら、また睨まれた。

 なんで資料館でこんなことをしてるかと言うと、手入れした『渦潮』の具合を確かめるために釣りをしてたら、釣り上げたヘンなものからモノクマメダルがいっぱい出てきたからなんだよね。幸運なんだか不運なんだか分かんないけど、きっと幸運だと思う。

 

 「だいたいなんでこのタイミングで釣りなんかしてんだよ。お前さっさとむつ浜んとこ行って仲直りしてこい」

 「え?むつ・・・六浜さん?」

 「『裏切り者』だなんだ言われて、あいつだって滅入るだろうが。お前らギクシャクしてたら飯が不味いだろ」

 

 そんなどストレートにそんなことを言われるなんて思ってもみなかった。しかも、ご飯がどうとか言ってるけど、清水くんが僕と六浜さんのことを心配してくれるなんて。やっぱり、清水くんは変わった。

 

 「でも彼女は『裏切り者』だったんだよ?それって、僕らを騙してたってことになるんじゃないの?」

 「本人は覚えてなかったっつってた。記憶力に自信あるクセにそんなこと言うって・・・よっぽどガチってことじゃねえか?」

 「・・・口だけならなんとでも言える。そんな言葉で帰ってこないんだ。明尾さんと鳥木くんは」

 「卑怯もんが」

 

 モノクマのことだから、本当に六浜さんが『裏切り者』としての記憶を失くしてたこともあり得る。でも彼女だって“超高校級の予言者”なら、自分のことを推理することだってできたはずだ。それをしなかったのは彼女の怠慢・・・いや、やっぱり分かっててしなかったんだ。『裏切り者』の追及を避けてたのも、自分で自分を追い詰めることになるから。だとしたら六浜さんは、誰かが事件を起こすまで明かすつもりはなかったんじゃないのかな?だから裁判が終わった後になってモノクマが六浜さんを名指しした、いや、六浜さんが名指しさせたんだ。

 

 「じゃあ、清水くんはどう思うの?六浜さんが『裏切り者』だってこと。記憶が戻ったかなんていうのも、全部六浜さん本人にしか分からないことなんだよ?そんな言葉を簡単に信じちゃっていいの?」

 「別に、なんとも思わん」

 

 一蹴された。しかも結構食い気味に。なんで?僕がこんなに悩んでるのに、どうして清水くんはそんな一瞬で答えが出せるの?『裏切り者』がいたことにも、そのせいで明尾さんと鳥木くんが死ぬ羽目になったことにも、なんとも思わないの?

 怒るなんてこと、僕にはできない。きっと支離滅裂になっちゃう。だから流れ出そうな言葉の波を押さえ込んで、必死に意味を込めた一言を言うのが精一杯だった。

 

 「・・・なんでさ」

 「なんでって・・・ぁあ、そうだな。まああれだ。今から言うことは全部、クズがクズらしく偉そうにほざいてるだけだと思え」

 「?」

 

 絞り出した僕の言葉に対して、清水くんは詰まりの悪そうな言い方で返した。クズがクズらしくって、清水くんは他人への評価はいいのに自己評価がすこぶる悪い。謙虚なんじゃない、別の理由なんだろうなあ。

 

 「まず死んだ奴はどうしたって生き返らない。だったらそんなもんさっさと忘れちまえばいい。次に俺らはこのまま死ぬかも知れねえがそんなのは御免だ。だから死なねえ方法をまず考えるべきだ。できればクソクマ野郎に一泡吹かせてな。そんでクソクマに対抗するには俺ら全員が同じ方を向くのが都合いい。単純に数が多けりゃ強くなる。自分の死ぬ確率も減る。だから・・・過ぎたことねちねち言ってねえで仲直りしてこいっつうんだよ」

 「・・・」

 

 それだけ言って、清水くんはそっぽを向いた。肘掛に肘をついて、脚を組みながら背もたれに肩をよりかけたまま、癖っ毛をゆらゆらさせている。それは機嫌が悪いんじゃなくて、どう見ても僕のことを直視できないって姿勢だ。説教したのが恥ずかしいのか、それとも本当に自信がないのか。でも。

 

 「分かってるよ・・・そんなこと」

 「だろうな。当たり前のことしか言ってねえ」

 「もう誰も帰ってこない・・・一度消えた命は二度と戻ってこない!だから大切なんじゃないか!それをもてあそぶモノクマは絶対に許せない!!『裏切り者』なんかよりずっと許せない!!六浜さんに責任があろうとなかろうと、元凶は間違いなくモノクマなんだ!!六浜さんばっかり責めるのは間違ってる、そんなこと分かってるよ!!」

 「でけえ声出すなよ・・・」

 

 モノクマを責めたって何も変わらないし、到底かないっこない。だから無意識のうちに六浜さんに逃げてるんだ。どれだけ力を使っても倒せない巨木から、少し頑張れば折れてしまいそうな枝に。でもそれは巨木にとって大した意味なんかない。それどころかその枝は巨木の枝ですらない。僕はずっと、的外れなことに躍起になってたんだ。そんなこと、最初から分かってた。

 

 「もう限界なんだよ・・・信じるのも、裏切られるのも、諦めないのも、助けを求めるのも・・・全部疲れたよ・・・」

 「そりゃいい。俺もお前に頼られてちゃしんどい」

 「何を信じていいか分かんないんだよ・・・。六浜さんみたいに、また裏切られたらって思うと・・・。今度こそ僕はもう耐えられないかも知れない」

 「・・・耐えるって、何をだ?」

 「え?」

 

 何も分からなくなる。ここに来た日からずっと、誰かが消えていくたびにずっと、僕は耐えてきた。どんなに辛くても、苦しくても、悲しくても、絶望に負けちゃいけない。希望を失っちゃいけないって。無意識に戦ってきたんだ。それが間違ってるなんて思わない、むしろ正しいことだと思ってた。でもだからこそ、僕はもう限界なんだ。これ以上は戦えないかも知れない。また誰かに裏切られたら、今度こそおしまいかも知れない。そう思うと、何もできなくなるんだ。

 

 「何をって、今までの絶望に決まってるでしょ。ここに閉じ込められて、コロシアイをさせられて、犯人探しなんかさせられて、最後はその人も処刑されて、それを繰り返して・・・」

 「それをお前、耐えてたのか?」

 「だって、そうしなきゃモノクマの振りまく絶望に侵されちゃうから・・・」

 「で、自分の中でぐちゃぐちゃになって、むつ浜に八つ当たりか。明尾と鳥木まで持ち出して」

 「っ!そ、それは・・・!」

 

 八つ当たり・・・になるのかな。確かに清水くんの言う通り、僕は今まで耐えてきたことで胸にもやもやがあったのは確かだ。それが、六浜さんが一番分かりやすい形で立場が違うと分かった途端に溢れ出した・・・。これが八つ当たりじゃないんだとしたら、他になんて言えばいいんだろう。

 

 「お前はバカか。なに勝手に限界迎えてんだよ」

 「勝手にって・・・それは僕の感覚の問題だから・・・」

 「ちげえだろ。お前が一人で悩んで、誰にも相談しねえから、爆発した時に周りが意味がわからねえんだよ。もっと分かりやすく悩めっつってんだ」

 「分かりやすく・・・?」

 「なにをカッコつけてんのか遠慮してんのか知らねえがな、俺に言わせりゃ全部くだらねえ。ムカついたらキレて、苦しかったら喚き散らして、辛かったら文句ぶちまけて、それでいいだろ。思った通りにすりゃいいし、やりたいようにやれよ。耐えてりゃ解決すると思ってんのか?バカが」

 

 一瞬たりとも目を合わせないまま、だらけきった姿勢のまま、清水くんは不平不満を言うように、僕に言った。それなのに、説得力があった。清水くんはいつでも感情をさらけ出してきた。怒ったり、イライラしたり、怒鳴ったり、暴力を振るったり・・・あんまり違いはないけど、それでも感情を抑え込むなんてことをしてる風には見えなかった。それでも、彼は絶望してるだろうか。希望を失くしてしまっているだろうか。

 

 「僕は、いまさらなれるのかな?」

 「あ?」

 「清水くんみたいに、なれるかな・・・?」

 「俺・・・?なんで俺になるんだよ。お前はお前が感じたようにすりゃいいだろ。それで文句言う奴ぁいねえよ」

 「・・・そっか。そうなんだ」

 

 感じたように、やりたいように、思ったこと、か。簡単だね。すごく。こんな簡単なことに気付けなかった僕は、清水くんの言う通りバカなのかな。じゃあ、バカはバカなりに頑張んないと。

 

 「うん、よかったよ」

 「なにが」

 「清水くんと話せてさ」

 「つまんねえ冗談だな。俺にボロカス言われてよかったのか?」

 「まだ気持ちの整理つけるのは時間がかかるけど、なんか吹っ切れたよ。ありがとう」

 「・・・何の礼なんだよ」

 

 姿勢が悪いから、清水くんはもぞもぞと動いてさっきよりももっとそっぽを向いた。感情はむき出しなのに、素直じゃないんだから。だから曽根崎くんにイジられるのに、気付いてないのかな。

 そんなことはもういいや。僕も僕のやりたいことをしなくちゃ。だけどその前に、清水くんに一番大事なことを聞かないと。

 

 「清水くん、一つ聞いてもいい?」

 「ダメだっつってもきくだろ」

 「うん。僕は僕のしたいことをするからね」

 「なんだ」

 

 気怠げなままの清水くんは、目だけでちらりと僕を見た。その一瞬を逃さず、目と目が合ったと同時に僕は尋ねた。

 

 「清水くん、キミは希望を信じる?」

 「はあ?・・・なんだそりゃ。お前、まだ俺が“絶望”のなんかだと思ってんのか?」

 「答えてよ」

 

 清水くんがあんなのの仲間だとは思わない。でも本人も接触があったことは認めてる。だから確かめるんだ。清水くんはどっち側なのか。

 僕の質問に少し戸惑いながらも、ちょっと考えてから清水くんは答えた。

 

 「希望は怠い、絶望はキモい。俺は俺自身に失望しきったんだ」

 「・・・」

 

 その時だけは、清水くんは目を逸らさなかった。冗談やカッコつけで言ってるわけじゃない。本心だ。それだけははっきり分かった。それだけが分かれば十分だ。

 

 「そっか。じゃあね」

 

 清水くんにそれだけ言って、僕は資料館を後にした。持ってきたカプセルの山も、少しだけ軽くなってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り7人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命    【明尾奈美】

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

【屋良井照矢】【鳥木平助】 【滝山大王】【アンジェリーナ】




ラストに向けて突っ走っていると、他のオチが閃きます。そのオチをしたいがために二作目、三作目をぼんやりと考えている次第です。書くとは言ってない書くとは


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

(非)日常編5

 なんと異様な光景でしょうか。これを異様と言い表さないのであれば、その感性こそが異様と言わざるを得ません。それほどに異様ではありませんか。

 私の指先は冷たい水に潤い、末端から伝わる振動と感触は心地良い。音色につられて湧き上がる歌声は澄みきって、奏でられ紡がれた音は粗末な壁に反響し、私の耳に戻ってきます。まるでオルゴールの中にいるようです。美しい音色に彩られたその世界の中で、彼らは全員、無彩色の表情で私に眼を奪われていました。この私の演奏と歌声に、なんの感動も称賛も心酔もないと?

 

 「穂谷よ、なにをしているのだ?」

 「“あれは陰謀だ!毒蛇の頭上に輝く王冠は、偽りと欲望に穢れている!”」

 「意味不明極まれり、だな」

 「“国を望むこの椅子も、王妃共々奪い去られ、身も心も穢れたまま、奈落の底へと叩き込まれたのだ!なんという裏切りであろうか!なんという、なんという愚かな!”」

 「なにをしているのだ!」

 

 声を荒げてどうされたのやら。私はただ、ランチの後にすぐ演奏できるようにここに楽器を移し、具合を確かめていただけですのに。

 

 「あら、分かりませんか?皆さんの教養のなさは重々承知のつもりでしたが、シェイクスピアもご存知ないとは」

 「(シェイク・・・甘ったるそうだな)」

 「悲劇も良いものですね、人間というものの醜い部分が絶望的な色味を帯びて表現されています。今の私は、さながら父の復讐に燃えるハムレットといったところでしょうか」

 「ハムレットねえ・・・で、なんで食堂で一人ハムレットしてるわけ?」

 「どちらで何をしていようと私の勝手では?貴方がたにとやかく言われる筋合いはありませんわ」

 「食堂でそんなに場所をとってやられると、はっきり言って迷惑だ。そういうのは資料館でやってくれないか」

 「うふふ、それは無理な相談です」

 「なぜだ」

 「まだお昼を頂いてませんので」

 

 くすりと笑うと、皆さん間の抜けたお顔のまま固まってしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鳥木クンが処刑されてから、穂谷サンは変わっちゃった。仕方ないとは思うけどね。穂谷サンにとっては似通った境遇で育った唯一心を許せる相手で、両想いだったみたいだし、そんな人が自分のために殺し殺されて・・・さすがにキツいよ。

 

 「さあ皆さん!絶望に乾杯しましょう!しかしそれは希望です!絶望という名の希望、希望の皮を被った絶望、どちらがどちらでも同じですか?いいえ、それらは等しいものです!」

 「単純にうるせえよ」

 「味噌汁で乾杯ってどうなの」

 「穂谷さん・・・お労しいです」

 「同情は逆効果だろうな。今は、触らぬ神に祟りなし、だ」

 「すっかり絶望に染まっちゃって・・・『女王様』のあだ名は見る影もないね」

 

 みんな言いたい放題だなあ。ま、かくいうボクも言いたいことはあるけどね。穂谷サンのトチ狂いっぷりはボクたちにとって、大きな障害ではあるけど、越えなきゃいけないハードルじゃない。むしろ穂谷サン自身が克服すべき問題なんだよね。

 

 「しかし笹戸君、これは一体どういうつもりです。この私に下賤の料理を口にさせるつもりですか?」

 「下賤って・・・もしかしてコイ食べたことないの?美味しいよ」

 「鱗もとっていない泥魚を味噌汁に投入しただけ!こんなものを私が食べるとお思いですか!」

 「さっき乾杯してただろ」

 「支離滅裂だな」

 

 あんなんで克服できるのかなあ。

 

 「ところで、晴柳院命と穂谷円加は記憶を取り戻したのか?」

 「い、いえ・・・うちはなんにも」

 「記憶ですか?そうですねえ・・・はい、興味がありませんね」

 「戻ってないのは曽根崎くんもじゃないの?」

 「んぇっ?」

 「ん?あぁ、そうだ。そうだったな」

 「あー、ボクもさっぱりだよ。もしかしたらパスワードってのはあのファイル以外にあるのかもね」

 

 笹戸クンに言われるまで忘れてた。ボクもまだ記憶を取り戻してない、ってことになってるんだった。望月サンに追及されてつい答えちゃったけど、まだ他の人には言ってないみたいだね。まったくもう、ややこしいことさせるよなあ。

 

 「じゃ、ごちそうさま」

 「え・・・笹戸さん?どこ行かはるんですか?」

 「部屋だよ。僕は僕のしたいことをする、決めたんだ」

 「そんな・・・」

 「うおぁっ!?何してんだお前!?」

 

 急に席を立った笹戸クンを晴柳院サンが引き止める。どっちも悲しげな目で見つめ合うけど、素直におしゃべりどころか一言も交わせないみたいだ。そして清水クンがいきなり驚きの声をあげたかと思うと、穂谷サンがテーブルにトマトジュースをぶちまけてた。手をそのジュースで濡らしては舐めて濡らしては舐めて・・・ホントに何してんの?

 

 「あはははっ!これは宣告です!私はいずれこの手を汚します!このように!その時は皆さん、どうか私に全てを捧げることをお忘れなく。このようにね・・・。うふ、うふふふ」

 「飛び散るだろうが!やめろ!」

 「発狂というより、ストレス性の障害を負ったか」

 「冷静でいられるなら、どうか分析するだけでなく解決策を教えてくれ・・・」

 「私は医者ではない」

 

 うーん、カオス。意思統一が実現できてないとか、個性が強いとか、そういうレベルの問題ですらない。まさに混沌だ。ここまでまとまりがないものかね。ボクが人のこと言えたもんでもないけどさ。

 

 「・・・離してよ、晴柳院さん」

 「うう・・・ご、ごめんなさい・・・」

 

 冷たく言う笹戸クンに、晴柳院サンは従わざるをえなかったみたいだ。しょぼくれた晴柳院サンを見てるとこっちまで滅入る。子供をいじめてるみたいで後味が悪いよ。

 

 「もう、あかんのでしょうか。みなさんがバラバラになって・・・もう元には戻らないんでしょうか・・・」

 「そんなことは」

 「根拠がない予言はしないでよね」

 「・・・っ!」

 

 そんなことはない、って言うのは簡単だ。でもそんな気休め言ったところで状況は変わらない。気休めならまだいい。ヘンに慰めて、安心して、油断して、状況が悪化しつつある今に見て見ぬフリをしてしまうことの方がよっぽどいけない。六浜サンは決まり悪そうに黙って、もう喋らない。

 

 「も、もう・・・うちらに希望はないんでしょうか・・・?」

 

 重たいなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この合宿場から脱出する手段は、大きく分けて二つ。一つはモノクマの言うルールに従って、誰かをぶっ殺して学級裁判を乗り切る。けどそんなことできるわけねえ。もう一つはモノクマを、その裏で糸を引いてる、要は黒幕をぶっ殺してここを出る。まあゲームのボスじゃあるまいし死んだら仕掛け扉が開くみてえなことはねえだろうし、そもそも俺らで黒幕に勝てるかどうかも分からねえ。そいつがその気になりゃ俺ら全員今すぐにでも殺されるんだ。

 

 「・・・」

 

 ここでもう一つ、秘密の抜け道を見つけてそこから脱出って案が浮かぶ。前に滝山が森の中を見てきた時には、高圧電流の流れるフェンスがあってどこからも出られなかったらしい。曽根崎によれば電流以外にもネズミ返しに有刺鉄線に落とし穴に・・・ベルリンの壁か。だからとにかく森はなし。湖は対岸が見えねえくらい広いし、船なんかない。万が一あったとしても途中で何かしら手を打たれて終わりだ。湖もなし。

 

 「ダメだな」

 

 同じ考えをぐるぐるぐるぐる続けて、もう何日経った?何人死んだ?いま俺たちは何をするべきで、何ができる?まだ生き残ってる七人が全員で脱出するのに、どうやってモノクマの目を欺く?そうやって逃げることが正解なのか?そもそもこのコロシアイの目的はなんなんだ?モノクマは“超高校級の絶望”と関係があんのか?

 

 「どうすりゃいいってんだよ・・・」

 

 考えることが多すぎる。答えが出ないものが多すぎる。もうこの合宿場にあるものはほとんど解放されたってのに、俺らに与えられた選択肢はずっと同じだ。殺すか、殺されるか。馬鹿馬鹿しいと思ってたルールが、絶望的なまでの現実味を帯びて、今にも思わず手を伸ばしてしまいそうなほどすぐそばまで近付いてる。

 ベッドの上でごろ寝すると、テーブルの上に転がったカプセルに気が付いた。昨日笹戸に押しつけられたもんだ。そう言えばまだ開けてなかったな。

 

 「モノクマが用意したもんだろうから、どうせろくなもんじゃねえだろうな」

 「失礼しちゃうなあもう!ボクだってオマエラの射幸心をジャブジャブ煽っちゃうような景品を考えて作るの大変なんだからね!」

 「うおっ!?また急に出て来やがったなこの野郎・・・」

 

 静かに正面から出てくるってことをしねえのかこいつは。分かりやすく怒りのポーズをしてるが、何を考えてんのか分からねえ。わざわざ出て来たってことは、俺に何か用があるのか?

 

 「何の用だ」

 「用なんかないよ。ただ清水くんのことが気になったから、来ちゃった♡」

 「一日中どこ行ったって監視カメラで見てるくせに何言ってやがる。用がねえなら帰れ」

 「つまんねーなあ清水くんは相変わらず」

 

 テメエが面白いかどうかなんかどうだっていいんだよ。いるだけでムカつかせる害悪野郎が。何もする気がねえなら俺が何かしてご機嫌とる必要なんかねえし、無視して一つ開けてみた。なんだこりゃ。ロボットのおもちゃか?いつも思うが、なんでカプセルの中にこんなもんが入るんだ。

 

 「またゴミか」

 「っはあ〜〜!まったく清水クンは見る目がないよ!それがただのおもちゃに見えるなんてさ!まあおもちゃなんだけど」

 「おもちゃじゃねえか」

 

 ついでにリモコンと電池が入ってるってことは、ラジコンか何かだな。一緒に入ってる紙切れには『リトル28号』と書かれてる。突っ込みどころがキリねえな。

 

 「こんな小さいけど、これこそボクのトンデモ科学の粋を集めた超傑作!強力電波により数キロ先でも操作可能!僅かな電気でも稼働する小型モーターは十万馬力、そして電池がすっからかんになるまで使えるから環境にも優しい!モノクマオリジナル配合によるどんな熱にも衝撃にもビクともしないハイパーモノ合金製ボディ!今なら当選者限定で半ズボンも付けるよ」

 「デタラメが過ぎる」

 

 何がハイパーボディだ。思いっきりネジと板金で固定されてんじゃねえか。しょうもねえもん作りやがって、今時小学生でも喜ばねえぞ。

 期待の混じった眼差しで見てくるモノクマに構わず、カプセルごとそいつをゴミ箱に突っ込んだ。まだ二つあるな。居座ってるモノクマを見るに、いちいち解説してくるんだろうか。嫌がらせのために来たんじゃねえのかこいつ。

 

 「・・・アメ?」

 「うぷぷ!ただのアメじゃないよ!その名も『不思議のアメ・ルモ』!赤い飴玉を一つ舐めるとあら不思議!10歳若返った気分になれるスグレモノ!」

 「今からそんな戻ったらクソガキになるだけだな」

 「じゃあ青い方は?10歳年をとった気分になるよ」

 「いらねえ」

 

 なんで10歳単位なんだよ。しかも気分だけって。なんかやばいもんでも入ってんじゃねえのか。こんな怪しげなもんいるわけねえだろ。こいつも問答無用でゴミ箱行きだな。勢い余ってさっきのラジコンとぶつかったガラスが甲高い音を立てる。ビンにヒビでも入ったかな。

 

 「物の扱いが雑だなあ清水くんは!そんなんじゃ気になるアノ子とも上手くいかないよ?」

 「俺がいつ誰をどう気になったっつうんだよ」

 「じゃあ気に入られてんのかな?でなきゃこんなギスギスした空気の中で自分から訪ねたりしないよね」

 「はあ?何言ってんだお前」

 

 こいつの意味不明さはいつも通りだが、それに加えて脈絡がない。っつうより会話として成り立ってない感じがする。なんの話をしてんだ?俺とこいつで話してる内容がどうも違うような気がする。そんな疑問を感じた瞬間、ドアをノックする音が聞こえた。

 

 「?」

 「うぷぷぷ・・・じゃ、あとは若い二人で」

 

 仲人のババアか、と突っ込む間もなく、モノクマはさっさと姿を眩ました。何しに来たんだと思ったが、まさか本当に嫌がらせだけが目的だとは。モノクマが消えていったシャワールームの方をぼんやり眺めてると、またドアがノックされた。誰だか知らねえが何の用だ?別に無視する理由もなかったし、一人でいると考えがこんがらがって気持ち悪くなってくる。取りあえず出てみた。

 

 「・・・お前かよ」

 

 開いたドアの向こうは全てが無機質だった。廊下も天井もカーペットも、そこに立ってる人間も、全てが。無機質な声色で、味気ねえ態度で、無色無臭の言葉を吐くだけの望月がそこにいた。この間こいつに怒鳴ってから一言も話してねえだけに、こいつの方から来られると色々とマズい。気まずい。

 

 「意外か?」

 「そうだな。で、用はなんだ」

 

 どうせこいつはなんで俺が怒鳴ったのかすら分かってねえんだ。あんなこととうの昔に忘れてんだろ。余計に拗れる前に俺の方が忘れちまえばいいだけの話だ。だからここは、なるべく手短に用件を済ませるしかねえ。今はこいつと関わるのはイヤだ。

 

 「清水翔、お前と話がしたい。可能な限り、密かに」

 「はっ?」

 

 こいつが俺と話をしようとか、天体観測を手伝えとか、あれこれ強要してくるのは毎度のことだ。別段驚くこっちゃねえ。だがなんだこの妙な感じは?こいつの眼差しは真剣じゃなくて無機質で、声色は緊張してなくて淡白だ。いつものこいつと何一つ違わねえのに、なんでこんなにいつもと違うんだ?

 

 「速やかにかつ内密に話すことがある。話すというより・・・相談、と言うのが適切だろうか。いずれにせよお前以外の人間の耳に入れることは避けようと思う。日中は危険だ、夜時間が適当だろう」

 「か、勝手に話進めんな!相談だと?むつ浜じゃなく、俺にか?」

 「六浜童琉よりもお前の方が適任だと、私が判断したのだ」

 

 こいつが相談だなんて、明日は雪でも降るんじゃねえのか。相談どころか悩みの一つも持ってなさそうな奴が、しかも俺にだと?人に聞かれたくねえってのもそれっぽいが、なんでいま俺にそんな話を持ちかける?何を考えていやがる。

 

 「今夜は天体観測には向かない。場所は多目的ホールがいい。寄宿舎から存在を気付かれにくい」

 「・・・」

 

 誰にも邪魔されない夜中、二人以外の誰にも話さず、寄宿舎から気付かれにくい多目的ホールに呼び出すだと?それって・・・それじゃまるで・・・。

 

 「来るか来ないかはお前の自由だが、私は是非とも話したい」

 

 それだけ言うと、望月は自分からドアを閉めた。この状況で、余計に疑問を増やすようなことだけを言って、俺を部屋の中に閉じ込めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アーミーナイフ。それが最後のカプセルに入ってた景品だった。モノクマの顔が彫られたケースに、頑丈そうな金属がぴったりと収まってた。小さくて手に持っても隠せる。けど殺傷能力はモノクマが保証してるらしい。ついさっきまでだったらこんなもん、ラジコンやあめ玉と一緒にゴミ箱に捨ててたはずだ。なのに、今はそれができない。飛び出したナイフの切っ先のきらめきが、本来それが持っているそれよりも鋭く見える。

 

 「・・・まさか、な」

 

 俺は何をトチ狂ったことを考えてんだ。あの望月に限ってそんなことあるわけねえだろ。資料館でも言ってたじゃねえか。今まで学級裁判に勝つ算段がなかったから殺さなかった。曽根崎と六浜がいる限りは自分に勝ち目はねえって。だったら俺よりその二人のどっちか、それかもっと殺しやすそうな晴柳院あたりを狙うはずだろ。俺に話すってこと自体が、あいつが殺しを計画してねえって根拠だ。

 

 「あんなひょろっこい奴が、それも多目的ホールなんて何もねえ場所で・・・」

 

 何もない、そうだ。多目的ホールはマジで何もねえ。玄関から入れば隠れる場所なんて一つもないだだっ広い空間があって、舞台があるだけだ。

 そう言えば舞台には緞帳と、袖に隠れられそうなカーテンがあったな。だからなんだってんだ。

 舞台の両脇は用具庫になってて、釘バットやら見たこともねえ鈍器もあったな。でも、あいつにそんなもんを扱うなんて無理だ。望遠鏡すら運べねえんだぞ。

 あんまり気にしたことはねえがドデカい照明もあるな。いつも落ちねえか気になってたんだ、ぶち当たったらたまったもんじゃねえからな。だが照明なんか落としたら当たる前に気付かれるし、建物を壊されてモノクマがうるさそうだ。

 それにモノクマが俺らを呼び出すのはいつも多目的ホールだ。そして行ったらだいたいいいことはねえ。床からは見るからにヤバい槍が大量に飛び出す仕掛けもある。それを望月が操れるわけねえんだが。

 

 「・・・・・・なんなんだよ」

 

 何もねえはずだろ、あそこには。逃げる場所も隠れる場所もねえ、誰かをあそこで殺そうとしたって無理な話だろ。鉄の扉に挟んで体を粉々にするとか、バスケットゴールに仕掛けをして首を吊るとか、できるわけねえのに、なんで俺はあの場所で人を殺すことばっか考えてんだ。

 マジでなんなんだよ。なんであそこで人を殺す方法が次々に沸いてくる?どんだけ否定しても、それを更に上から否定するように湧き上がってくる。

 

 「くっ・・・!」

 

 望月は、俺を殺そうとしてんのか。

 

 「そういうことなのかよ・・・!」

 

 そのことを口にした瞬間に驚くくらい納得できた。今まで否定してたのが嘘みてえに。

 

 「あいつは・・・!!」

 

 まるでなんでもないように、あいつは俺を殺すんだろうか。自分の目的を達成するための過程として、何の感情もなく、何の迷いもなく。いや、もしかしたらあいつは多目的ホールにすら来ないかも知れない。罠を仕掛けて、ただ俺が引っかかって死ぬのを寝ながら待つだけなのかも知れない。

 

 「・・・・・・意味、分かんねえな」

 

 あいつはそういう奴だ。そんなん最初から分かってたし、この前も痛いくらいに分かった。意味が無いから殺さない、意味さえあれば殺す。そういう奴だ。人を裏切ったって何も感じない。裏切ったとも思ってない。ただそういう現実が、こういう理由を持って起きただけ。あいつの見てる世界ってのは、とことん乾ききってんだ。そんなことずっと分かってた。そのはずなのに。

 

 「クソがッ・・・!!ふざけんな・・・!!」

 

 ただ望月に裏切られるだけだってのに、なんでこんなに苦しいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだ夜中は寒い。ずり落ちて首が露わになると冷たい空気が巻き付いて、ぞっと寒気がまとわりつく。襟を引き揚げて少し縮こまったまま、暗闇の中を歩く。

 

 「さびぃ」

 

 一方的な約束だ、守る理由なんてない。殺される可能性が少しでもあるならぶっちして、次の日の安全な時に問い詰めればいい。わざわざこんな怪しげな時間に、怪しげな奴に指定された怪しげな場所に、のこのこ行くなんて、よっぽどの命知らずのバカか死にたがりのどっちかだ。でも俺は自分をそのどっちとも思えなかった。ただ、行かなきゃならない気がしただけだ。

 

 「・・・」

 

 ここで望月から逃げることを、俺は許せなかった。あいつがもし本気で俺を殺そうとしてるんだったら、それはあいつが命懸けでもここを脱出する必要があるって判断したからだ。今までは、裁判の勝ち目がないからとか、強硬手段で脱出する必要がなかったからとか、そんな理由で誰も殺さなかったあいつが、そこまで追い詰められてるってことだ。無感情で、冷たくて、サイコパスで、合理的で、いつも平常心で、自分の考えを絶対的に信じるあいつが、俺でも分かるくらいバカバカしい賭けをしようとしてる。

 

 「ちっ」

 

 これじゃまるで、俺があいつを心配してるみてえじゃねえか。他人の事より自分の事を心配しとけよ。俺はもうこの夜に死んじまうかも知れねえんだぞ。なのに望月が心配なのか?ふざけんな、俺がなんで他人の心配なんかしなきゃいけねえんだ。俺はただ気になるだけだ。望月が命を懸けるものが何かが。あのバカを突き動かすものが何なのかが。

 一寸先まで闇の中、目立たないように懐中電灯も持たずに、多目的ホールの影だけを目指して歩いて行く。ようやく近付いてきたホールはいつもより禍々しく見える。

 

 「・・・ふん」

 

 怖じ気づいて帰ろうと思ったのなんて部屋を出てから何度もあった。けどここまで来て今更帰るなんてあり得ねえだろ。俺はあんな奴からは逃げねえ。死んでもだ。一つ息を吐いて意を決してから、俺は鉄の扉を開けた。

 

 「ッ!・・・・・・はぁ」

 

 僅かに開いたドアの隙間、そこからちらりと見えた影に思わず俺は飛び退いた。誰にも聞こえない悲鳴をあげて。情けねえ、みっともねえ、クソくだらねえ。ありゃただのホウキじゃねえか。なんだってあんなもんにビビってんだ俺は。望月が何をするつもりか、まだ疑ってんのか。そんなのもうどうでもいいって納得したはずだってのに、身体は勝手に防御反応をとっちまうし、警戒を解かずに緊張し続ける。

 

 「ああクソッ!ふざけやがって!」

 

 手がカタカタと震えて力が入らねえ。扉を開けるのに全身で体重をかけなきゃならねえとは。足の先までビビり倒して片足でバランスが取れねえ。靴を脱ぐことすらまともにできねえとは。頭でしようとしてることを身体ができねえってのはどういうことだ。ムカついてしょうがねえ。脱いだ靴を床に叩きつけて、玄関とホールを区切る鉄の扉に手をかけた。

 

 「来たか、清水翔」

 「ッ!」

 「よく来てくれた。私が言うのもなんだが、実に非合理的な選択だ。しかし期待していい可能性だった」

 

 まるで扉の向こうからこっちが透けて見えてるみてえに、望月は俺に気付いて扉を開けた。マジでこいつ多目的ホールにいやがった。また反射的に身構えちまったが、扉の向こうから現れた望月は普段と変わりない。しかも向こうから近付いてくるってことは、何か罠を仕掛けてるわけでもなさそうだ。

 

 「非合理的だと・・・?テメエから呼び出しといて呆けたこと言ってんじゃねえぞ」

 「だから私が言うのも、と前置きしただろう」

 「なんで俺が来たことが分かった。どっかになんか仕掛けてあるんじゃねえだろうな」

 「あれだけ騒がしければな。扉の音然り」

 

 ぐうの音も出ねえ。バカか俺は。余計なことでも喋らねえと落ち着かねえ。緊張してんのか。クソッ、考えようとしてもノイズが邪魔する。動揺が顔に出てねえかも気になる。

 

 「警戒はもっともだ。だが私は誓ってお前の殺害を企図していない」

 「そんな言葉に意味があると思うか」

 「ふむ、それもそうだ。やはり感情というものは実に解しがたい。円滑なコミュニケーションを促すと同時に阻害もするとは」

 「俺はさっさと寝てえんだ、さっさと済ませろ」

 

 こいつは嘘を吐けるほど器用な奴じゃねえし、マジで殺そうとしてたらこんな無防備に俺の前に出てくることなんてするわけがない。だからその言葉は本当だろうが、はいそうですかと信じる気にもなれない。こんなところにこんな時間に呼び出すからだろうが。

 ちょっとせっついてみると、望月は素直にその言葉に従った。俺がこんだけ警戒してるっつうのに、なんでこいつは俺が殺そうとしてるって考えてねえんだ。もしいま俺がその気になれば、こいつを殺すくらいわけねえ・・・だろうな、多分。

 

 「実は、相談がある。というのは日中に話したな。その相談の内容についてだが、まずはお前も私に与えられた動機を知っておく必要がある。私には理解できなかったものだが、お前になら可能かも知れない」

 「は?ってお前、これ・・・」

 

 またこいつはまどろっこしくてややこしいことを。動機っつったか。そう言えばこいつは資料館で全部のファイルを読んだんだったな。だったら記憶も取り戻してるはずだよな。そのことで相談って言われても、お前の話なんか俺の知ったこっちゃねえだろ。

 なんて思ってたら、望月がポケットから取り出したのは資料館のファイルじゃなかった。何かと思えば、俺はもちろん、ここにいた全員にとって見覚えのある『動機』だった。本体いっぱいに四角い画面が広がった簡単なプレイヤーと、そこから伸びるイヤホン。モノクマが俺たちに一番最初に与えた『動機』だ。

 

 「お前まだこんなもん持ってたのか」

 「動機として理解不能だったので、何度か再生して考察を重ねていた。なぜこれが私にとって動機になり得るのか、それがどうしても理解できない」

 「・・・気持ち悪い奴だな」

 

 自分の動機が理解できないってのも、それが気になるってだけで何度も何度も動機を繰り返し見ることも、終いにゃ俺に相談するってのも、全部気持ち悪い。こいつマジで人間か?俺は自分の分と有栖川の分しか知らねえが、どっちも二度と見たくねえくらいのもんだった。俺だって自分の映像の意味なんか分かんなかったが、こいつが言ってるそれとは違う。

 戸惑いきれねえくらい不気味な奴だ。そいつは当たり前のようにイヤホンを片方俺の耳に突っ込んで、もう片方を自分の耳に突っ込んだ。なんで一緒に見るんだよ。

 

 「では再生するぞ」

 

 他人の動機を見るってのも気が引けるが、本人が見せたいっつってるし見なきゃ見ないで始まらねえし、仕方ねえか。ため息を吐いて画面に目を向ける俺とは対照的に、望月は慣れた手つきで何の印もないボタンを操作して音量を調節してから、淡々と再生した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『え〜っと、時刻は光文22年9月31日0時05分・・・20秒、場所は希望ヶ峰学園第一棟屋上の生物室の真上、方角は北14度東、風は西北西から微風、気温は摂氏19度2分、湿度44.6%』

 

 真っ暗な映像の中で、声だけが聞こえてくる。日付に場所に気象状況、なんかの記録映像だってことはすぐに分かる。ただ声の主が姿を現さない。声から女らしいってのは分かるが、どうも聞いたことあるようなないような声だ。

 

 『天気は、快晴!満天の星空!今日もキラッキラ!』

 

 待ってましたとばかりにそう言うと、カメラを覆ってたらしい黒い布が外された。向いてるのは相変わらずの真っ暗闇。なんとなく画面の下の方に山の輪郭が見えるから、たぶん星空を映そうとしてんだな。だがテレビとかに使われる奴ならまだしも、ちゃちいデジカメで星空なんか撮れるわけがねえ。月すら映ってねえじゃねえか。

 

 『秋が近付いてきてなんとなく涼しくなってきた気がしないでもない今夜は、カシオペア座の観察をしたいと思いまーす。見えるかな?見つけやすい初心者向きの星座で、Wの形をしてるから分かりやすいよ』

 

 だからなんも映ってねえっつってんだろマヌケが。それにしてもこの画面の反対側にいる俺らに喋りかけるような口調、どういうつもりだ?一人でラジオ気取りか。イタいなこいつ。

 

 「あっ、あった。このWの右から二番目がα星の、つまり一番明るい星ってことなんだけど、シェダルっていう星。それにしても、いや〜今日も魔性の美に溢れてるね〜、カシオペア」

 

 結局何も映さないまま映像は進む。ラジオ気取りのくせに実況は全くしねえのか。というかまだ何も映ってないことに気付いてねえのかよ。どんだけポンコツだこいつは。しかも星座に話しかけるように独り言呟いてるぞ。開始早々もう色んな意味で見てらんねえ。

 

 『みんな知ってると思うけど、カシオペアは神話の王妃の名前ね。それもすっごく美人で、自慢屋さんだったんだって。それでポセイドンの奥さんより美人だって言っちゃったから、怒ったポセイドンに娘のアンドロメダを生贄に差し出せって言われちゃって、言われた通り差し出したってヒドいと思わない?自分のせいで怒らせて娘に責任とらせるってさ!まあ娘はペルセウスって勇者に助け出されたわけだけど』

 

 よく喋るなこいつ。しかも神話をひどいかひどくないかって言われても、そういうもんだろ昔のアホが考えた話なんか。

 

 『で、カシオペアは北半球から観察すると水平線より下を巡ることはないんだけど、これは海の神のポセイドンがカンカンだから海に入って休みをとれない罰なんだって。カシオペアもカシオペアだけど、奥さんより美人だって言っただけで何億年も休ませないポセイドンの器も小さいと思わない?ブラック企業も真っ青な働かせ方よ。黒が青くなるくらいの衝撃よ』

 

 なに言ってんだか。マジでこいつ、っつうかこの映像なんなんだ。そりゃ望月も意味分からねえだろうよ。俺だって意味分からん。こんなもんがどう転んで人を殺してでも外に出たくなる動機になるっつうんだ。そんな疑問に何も答えを出さないまま、動画は続く。つまんねえものほど時間が遅く感じるが、それにしても長え。うんざりしてきた頃に、ようやく動きがあった。

 

 『ふぁ〜あ〜、ちょっと寒い・・・夏だからって薄着すぎたのかな?明日も早いし・・・今日はこの辺で帰ろうかな。私はカシオペアと違って身の程を弁えてるから、しっかり休めるもんね』

 「なんだそりゃ」

 

 思わずつっこんじまった。結局真っ暗で何も映さねえまま終わるのかよ。ほとんどこいつが喋りっぱなしだったし、マジで意味が分からねえなこの動画。固定カメラを取り外したのか、画面が揺れてる感じがする。カメラは右も左も上も下も分からねえ暗闇を右往左往する。

 

 『はい、というわけでお付き合いいただいたみんな、ありがとうございました』

 

 〆の言葉も、マジでラジオのパーソナリティみてえだ。なんて思ってたら、足下を映したカメラに妙な機械が映り込んだ。よく見えねえがマイクか何かか?もしかしてマジでこの独り言を電波で発信してたのか?こんな真夜中に誰がテメエの独り言なんか聞くんだよ。イタいにも程があるぞ。

 

 『深夜の星空観察、今日はこの辺でさよならしましょう。明日はきりん座の観察するね、晴れたらだけど』

 

 どうやら本当にこれで終わりみてえだ。ようやく終わる、そう思ってイヤホンを外しかける。その時、闇を映し続けていたカメラの中に、急に鮮やかな色が映り込んだ。

 

 『お相手は、1年3組の“超高校級の天文部”こと望月藍でした♫バイバイ♫』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇に浮かび上がる強い紫色の髪。染まり始めた夜のような群青色の瞳。そして何よりカメラに向けられる、屈託のない笑顔の色。その顔に俺は釘付けになった。あり得ない、と反射的に思った。思いっきり頬を引っぱたかれたように茫然とする。それくらい信じられなかった。けどその目も、髪も、口も、声も、同じだった。

 映像は徐々に暗くなっていって、最後には暗闇を映して終わった。そして暗闇に浮かび上がる『Let's 卒業!』の文字。そこは俺の時と同じだった。けどそんなことどうだっていい。最後に映ったあれは誰だ?分かってるはずなのに分からねえ。なんでだ?あまりにも違いすぎる。画面の中の望月と、すぐ隣にいる望月が。そしてこれが、モノクマが望月に与えた『動機』か?どういうことだ?

 

 「どうだ?簡単でも構わない。考察を頼む」

 「・・・」

 「ん?清水翔?聞いているか・・・おい」

 「あっ・・・な、なんだ?」

 「この動画について、どう考察をする?どう解説を与える?」

 

 どうって言われても、さっきの今で何も答えなんか出てねえよ。出るわけねえだろ、こんなの。意味不明を通り越してバカバカしい。率直に考えるにはあまりに荒唐無稽で、言ったら頭おかしい奴だと思われる。絶対にあり得ねえからだ。だがさっきのと同じ群青色の瞳で真っ直ぐ見つめられたら、思った事をそのまんま言うしかないような気になる。

 

 「い、いや・・・今の、お前なのか?ずっと喋ったの・・・それに、笑ってたの」

 「断定はできない。モノクマによる捏造の可能性を棄却する根拠がない」

 

 捏造の可能性があるって・・・だったらそれでいいじゃねえか。わざわざ俺に見せて考えを聞くなんてことせずに、嘘だから気にしねえでいいじゃねえか。なのにこいつはこれを最初に見てから今まで、ずっと気にし続けてきたんだろ。だったらその言葉は、嘘ってことになるんじゃねえのか。捏造だって割り切れられねえから、俺に相談してきたんじゃねえのか。

 

 「ま、待て。考えがまとまらん。先にお前がどう考えてんのか言ってみろ。これはお前の問題だろ」

 「ふむ。それは至極全うだな。では前提として、この映像が捏造ではないとするぞ。捏造であるならばあまりに意味不明で『動機』としての効果が期待できない」

 「・・・」

 

 どっちなんだよ。捏造かも知れねえっつったり捏造じゃねえっつったり。それにこの無味乾燥な感じ、淡々と目の前のことにだけ取り組む感じ、何の情感も持たねえ無表情、やっぱり望月はどう見ても望月だ。ますます映像の中の望月が誰なのか分からなくなる。悩み悶える俺に、望月はお構いなしに自分の考えをただ言う。

 

 「まず、あの映像が本物であるなら、映っていたのは過去の私ということになる。“超高校級の天文部”望月藍は、私を置いて他にいない。しかし理解できないのが、映像の中の私があまりに非合理的・・・と言うべきか、もしくは理解不能であるということだ」

 

 出たな。合理的かどうかなんて知らねえよ。とことん理に適った行動をし続けると人と馴染めないってのはお前を見りゃ誰だって分かる。

 

 「まず圧倒的に知識に乏しい。カシオペア座について解説をするなら、α星シェダルよりβ星カフ、もしくはγ星ツィーの方がより特徴的だ。神話の説明もケフェウス座やケートス座についての言及がなく、天球を全体ではなく星座個別にしか捉えられていないとみえる。天体を簡素なカメラの動画で記録する、防寒対策を怠るなど初歩的なミスに加え、1時間足らずで観察を終えるのは十分とは言えない。要約すると、“超高校級の天文部”を名乗るには多くの面で不全と言わざるを得ない」

 「・・・それだけか?」

 「現在の私との相違点を挙げればキリがないが、いずれにせよこの動画が私に対し『動機』として与えられたことが、私には理解できない。清水翔、お前は何か分かったか?」

 

 ああ、なるほど。こいつにとってあの映像はそれだけのもんなのか。観察の仕方とか説明不足とか撮影技術の拙さとか、そういうところしか気になってねえのか。だから理解できてねえんだな。モノクマが望月に与えた『動機』の意味に。こいつはそれに気付いていても、ただの違いとしか認識できねえんだ。こいつにとってそれは、本当にどうでもいいもんだったんだ。

 

 「・・・ああ、分かった。分かってた。今のお前はそういう奴なんだったな」

 「では言ってみろ」

 「とんでもなく現実味のねえことだぞ」

 「構わない」

 

 そう前置きしておかないと、こんなことマジでは言えねえ。けど映像と目の前の現実を見比べると、どうしたってそういう結論にしか行き着かねえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お前、感情失くしたんだな」

 

 感情を失くすなんてこと、漫画とか小説の中だったらよくある話だ。信じられねえくらいのショックを受けたり、悪い奴の何かしらを食らったりだとか。けどそんなんは夢物語、空想の中だけの話だ。実際に感情がなくなるほどの出来事に遭ったら、今ここにこんな風に平然といられるわけがねえ。はずだ。

 

 「それとお前、動画の中のお前は全然知識がねえっつったよな。けどあいつには確かに感情があった」

 

 直接顔が映ったのは最後の最後だけだ。その時はカメラに向かってにこやかに笑いかけてただけだったが、今の望月よりも人並みの感情があったことは明らかだ。神話に腹を立ててみせたり、悲しんでみせたり、楽しそうに話したり。

 今の望月がそんなことをするところなんて、想像もできない。ただ淡々とわけの分からねえ専門用語を並べ立てて、神話だってただの話としてしか話さない。目の色一つ、声色一つ、眉一つ動かさずにだ。

 

 「真逆だ。動画のお前と、今のお前と」

 

 そこに関係があるのかなんて分からねえ。関係あるとしたって意味が分からねえ。けど、そう思わずにはいられなかった。

 

 「お前、“才能”のために感情を捨てたのか」

 

 あまりにも飛躍してる。けど人並みの感情があって“才能”の劣る普通の女と、感情の欠片もないような“才能”が優れた女。この二人が同一人物だってことを説明をするには、これくらいしか思い浮かばねえ。我ながら自分の考えが正しいのか頓珍漢なのかも分からねえ。

 突拍子もない俺の考えに、望月はきっぱりと否定の言葉を言うもんだと思ってた。あり得ない、と一言で切り捨てられるんだろうと思ってた。けど、望月はそうしなかった。

 

 「・・・分からない」

 

 しばらく考えこんでから、ようやく望月は言った。

 

 「感情を捨てた、ということの記憶は私の中にない。感情を捨てる、ということがどういうことなのかも私には分からない。そもそも私には、感情がどういうものかすら分からない」

 「・・・」

 「感情とは一体なんだ?なぜ人は感情というものを持っている?脳という器官が高度に発達したことによって生じた副産物に過ぎないのか?或いは自然選択説に基づくならば、喜怒哀楽を表出することで複雑かつ円滑なコミュニケーションを可能にすることができるため、ヒトという種が持つ高度な社会性を機能させるために進化した脳の機能と考察することができる。しかし、感情が必ずしも社会的生物としてヒトのコミュニケーションを可能にするものとは言えない。むしろ著しく社会性を逸脱する行為にも繋がり得る」

 「また複雑なことを・・・」

 「有栖川薔薇は友情と復讐心、石川彼方は自尊心と強迫観念、屋良井照矢は自己顕示欲と承認欲求、鳥木平助は恋慕と庇護心・・・この合宿場で逸脱してしまった者は、全て己の感情を制御できずにそうなってしまった。ならば感情とはヒトという種になくてはならないものなのか?感情が欠如しているとされる私はヒトとして不完全な存在となるのか?」

 

 たぶん、こいつなりにパニックになってるんだろう。傍目からはぶつぶつと小難しいことを考えてる、学者然とした奴にしか見えない。相変わらず無表情で声の調子も平淡で、何を考えてるか分からねえ。

 

 「清水翔、どう思う?私は不完全なのだろうか。感情を捨てて“才能”を発達させることは、ヒトとして破綻しているのだろうか」

 

 けど思えば、こいつがこうやって俺に質問してくることは何度かあっても、答えを俺に任せるなんてことははじめてかも知れねえ。いつも二三質問したら勝手に納得するくせに、まるで歯が立たない難問を前にしたみてえに、俺に頼ってくる。こいつにとってはそれくらい理解できねえ問題だってことか。

 

 「別に、感情がなくてもお前は人間だろ。感情のない奴が気持ち悪いってのは変わらねえし、“才能”のためにそこまでする奴の気持ちは俺なんかにゃ到底分かりっこねえよ」

 「?」

 

 感情があってもなくても別に人間としてどうとかなんてことは言えねえ。“才能”と感情を引き替えにするなんて考えも俺には理解できねえ。俺はただ、俺の思ったことをそのまま言うことでしか、こいつの望むように答えることはできねえんだろう。

 

 「ただ、動画の中のお前と今のお前だったら、動画の中のお前の方が人間らしかった・・・って思う」

 

 なんだそりゃ、フォローのつもりか。なんでこんなことが口を突いて出て来ちまったんだ。今更そんなことを言ったってこいつは何も感じねえし、そもそもこいつは俺の言った答えで納得するのか?難しいことはマジで分からねえが、感情のないこいつに感情を分からせることが俺にできるのか?

 

 「・・・人間らしい方がいいのか?」

 「あ?」

 

 一人で悩んでたら、望月はそれだけ質問してきた。今まで考えてたことを全部捨てて、ただそれだけをきいてきた。もう分かったのか。

 

 「そりゃあ、お前も分かってんだろ。人間らしい方が他の奴らだって話してて気持ち悪くねえだろうし・・・」

 「そうではない」

 

 なにを当たり前のことを聞いてるんだ、と思いながら答えたら、きっぱり違うと言われた。何が違うんだ。望月は続けて口を開く。

 

 「お前は、人間らしい私の方がいいのか?」

 「はっ・・・?」

 

 真っ直ぐに俺を見て、堂々と言いやがる。なんだその質問は。なんて答えればいいんだ。なんでそんなこと、俺にきくんだ。分からん。こいつは何がしたい?何を考えてやがる。こいつにとって俺はなんなんだ?

 

 「い、いや・・・・・・」

 

 言葉が出ねえ。なんでだ?別に望月が人間らしかろうがどうだっていいだろ。だったらそう言えばいい。なんでそう言わねえ?なんで言えねえ?

 

 「やはり」

 

 再び望月が口を開いたのと同時に、俺ははっと我に返った。なんで俺がこいつにパニクらされなきゃならねえんだ。

 

 「お前は面白いな、清水翔」

 「あっ・・・?」

 「ここから私一人で脱出しても、この興味は満たされないだろう。出るならお前がいなくては」

 

 そんなことを、あっさり言いやがる。別に俺はこいつにそれを言われたところでなんとも思わねえ。こいつが単に学問的興味にしか考えが向いてねえってことが分かってるからだ。だからこの言葉にも深い意味なんかねえ。ただそう思ったから言っただけだ。こいつは、そういう奴なんだ。

 

 「考えを改める必要があるな」

 

 深い意味はねえが、こいつが誰かを殺して出て行こうとすることはなくなるって意味はある。資料館であんだけブチ切れといて今更俺は何も言えねえ。ただ、少しだけ、こいつの相談に乗っただけの価値はあったかと思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ケーッ!真夜中に二人っきりで多目的ホールなんか行くから、何してんのかと思って見てたのにさ!ちゅーとはんぱなラブコメしやがって!もっと激しく愛しあったり遭い死あったりするのかとワクワクドキドキして損しちゃったよ!ボクだって一度に二箇所も見られないんだからね!

 もう、つまんねー奴らだな!まあいいや、本命はこっちじゃないもんね!うっぷぷぷぷ!明日の朝覚えとけよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り7人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命    【明尾奈美】

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

【屋良井照矢】【鳥木平助】 【滝山大王】【アンジェリーナ】




春ですね。花粉症の人は辛そうです。いつ自分が花粉症になるかビクビクしながら毎年春を乗り切ってます。やだもんあんな鼻水だらだら


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

非日常編

 突然の炸裂。胸の奥まで轟く爆音。全てを飲み込む黒灰と覗く赤い影。なにもできない。目の前に広がる惨劇に自分の無力さを痛いほど感じる。ごめんなさい、ごめんなさい。謝ることしかできない。ごめんなさい、助けて・・・・・・誰か・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『死体が発見されました!一定の自由時間の後、学級裁判を開きます!』

 

 寝ぼけて微睡んだ世界の中に響いてきたモノクマのアナウンスは、目を覚ますのにはいつもの放送よりよっぽど効果的だった。一瞬で眠気は飛び、思わず何もないスピーカーに目を向ける。けれどもそこにはただの機械が居座ってるだけで、それ以上何も教えちゃくれない。

 

 「!」

 

 寝起きの身体とは思えないほど全身まで神経が行き渡る。すぐに扉を開けて廊下に出た。見渡してみてもおかしなところはない。寄宿舎の反対側からは金属同士が激しくぶつかる音とともに、狂気に満ち満ちた笑い超えが聞こえてくる。

 

 「はははっ!!!あっはははははははははははははは!!!絶望!!!絶望ですよ!!!また一人死んだ!!!絶望の足音が!!!呼吸が!!!聞こえますか!!!もうすぐです!!!すべてが絶望に飲み込まれるまで!!!」

 

 どうやらアナウンスを聞いた穂谷が、また発狂したらしい。一応様子をみてみると、どっから持ってきたのかフライパン同士をぶつけて騒音を奏でてる。なんのつもりだか分からねえが、それ以外におかしなところはねえ。寄宿舎から出ようとしたところで、同じく部屋から出て来た望月と鉢合わせた。

 

 「状況が分かるか、清水翔」

 「さっぱりだ。取りあえず穂谷は生きてた」

 「他の者は」

 「反応がねえ。けどアナウンスが鳴ったってことは、死体が見つかってんだろ。いねえ奴らの誰かが見つけたってことだ」

 「死亡したのも、我々以外の何者かだな」

 

 冷静に状況整理する望月に突っかかる気も起きず、俺はすぐに寄宿舎を出た。どこだ。多目的ホールか?いや、昨日の晩まで俺と望月がいた場所で、入れ替わるように殺人が起きたとも考えにくい。だったら展望台・・・それも、一回殺しがあった場所は警戒するからナシだ。じゃあ資料館か、大浴場か、植物園か・・・ダメだ、候補が多すぎる。食堂でもねえみてえだし、どこだ。

 

 「清水翔。軽率な行動は控えるべきだ。死体が発見されたのなら捜査をしなければならない。一度冷静になることだ」

 「お前はもう少し・・・焦ってもいいだろ」

 「さあさあお退きなさい!!!私が通りますよ!!!」

 「うおっ!?」

 

 相変わらずの望月と俺を割って、穂谷がフライパンを叩きながら飛び出した。迷うこともなく渡り廊下を左に曲がって、資料館の方に向かって行く。まるで目的地が分かってるかのように。

 

 「お、おい穂谷!どこ行く気だ!」

 「・・・は?死体が見つかったのですよ?絶望の学級裁判が開かれるのですよ?手遅れになる前に、死体を前にした方々の絶望を見に行くに決まっているではないですか」

 「だから・・・!!それがどこか分かってんのかよ!」

 「ええ。絶望は絶望を呼ぶのです。では、ごきげんよう」

 

 細っこくて危なっかしい背中に問いかけると、穂谷はきょとんとして当然のことのように答えた。狂った奴のことを間に受けてもしょうがねえが、このまま放っておいて勝手に死なれても困る。めんどくせえことにならねえように見張ってなきゃならねえじゃねえか。

 

 「行くぞ望月」

 「なぜ穂谷円加を気にかける?」

 「いいから来い!」

 

 この期に及んでまだ部屋で待機なんかするつもりか。気乗りしねえ望月にそれだけ言って、穂谷を追いかけた。ガンガン音がするから少しくらい離れても場所が分かったのは幸いだ。穂谷は中央通りを突き抜けて資料館を通り過ぎ、大浴場を通り過ぎ、倉庫の方まで向かって行く。うっかりフライパンを落としたら、モノクマが難癖付けて処刑されそうだ。穂谷はそのまま倉庫の手前で急に方向転換して、山道に入った。この道は、植物園に続く道だ。

 

 「マジでこいつ、事件の起きた場所が分かるっつうのか・・・?」

 「清水翔、植物園の上空を見てみろ」

 「・・・?」

 

 先にぐんぐん行く穂谷に対して、俺は望月を引っ張りながら山道を登るから全然追いつけねえ。自信満々に歩いて行く穂谷の背中にそう言うと、望月が妙な場所に目を向けさせた。言われた通りに正面の植物園の上に目を向けてみる。夜時間も過ぎて朝だってのにまだ暗い。天気が悪いんだ。そう思ったら、灰色の曇天の中で植物園の存在を知らしめるように、どす黒い雲・・・いや、煙だなこりゃ。

 

 「黒煙、特に火災現場にみられるものだ」

 「火災・・・マジかよ」

 

 この黒煙が火事で出たものかは分からねえが、死体が見つかったってことはたぶんそういうことなんだろう。そうなると厄介だ。火事なんてことになるといつもの捜査通りにはいかねえ。経験はねえけど、そんな気がする。

 

 「っはははははははははははははははははは!!!!死体!!!!まさしく死体です!!!!なんと悲惨で!!醜悪で!!絶望的なのでしょう!!」

 

 道の先から穂谷の声が聞こえる。空ばっか見てる望月の手を引いて一気に植物園まで駆け上がる。登り切った先、植物園の入口で待ち構えてた白い着物には見覚えがある。俺たちの足音に気付いたのか、そいつはおそるおそる山道の方に顔を向けた。遠くからでも分かるぐらいに真っ赤に目を腫らして、くしゃくしゃになった顔を濡れた袖で拭って、それでも溢れてくる涙が地面に染みをつくってた。

 

 「ううっ・・・・・・し・・・みず、さん・・・・・・。もぢづぎさあん・・・・・・!」

 「おうチビ。無事・・・でもねえみてえだな」

 「晴柳院命、死亡したのは誰だ?」

 「お前な・・・」

 「あああううぅ・・・あああああああああッ!!ぅあああああああぁぁああああぁぁぁぁぁぁ・・・・・・!」

 「号泣されてはまともに話も聞けない」

 「聞き方ってもんがあんだろ」

 

 状況から考えてこいつは死体発見者の一人だ。望月の質問でそれを思い出したのか、また大声で泣き出しやがった。これじゃチビからは何も聞き出せそうにねえ。見たところ植物園の西側出入り口周辺は特に異常はねえみてえだし、じゃあ現場は反対側か。

 チビに構ってる暇はねえ。一応放っとくのも気が引けるから、望月をそこに置いて俺はモノクマフラワーの裏側に回り込んだ。

 

 「・・・?」

 

 歩き進むほどに空気が変わる。妙に鼻につく臭いがして気分が悪くなる。なんとなく肌にまとわりつく空気がべたつく気がする。それにモノクマが管理してた花壇の花が、東側だけ真っ黒く焦げて崩壊してる。地面に広がった煤と炭化したガラクタが散乱して、ところどころがまだ赤い火種を抱えてる。誰がどう見たって、ここで火事があったことが分かる。

 

 「なんだこりゃ・・・?」

 「・・・清水、無事だったか」

 「どういうことだよこれは」

 「・・・」

 

 かろうじて原形を保った小屋の前で、六浜が立ち尽くしてた。すっかり生気がなくなったように愕然として、悔しそうに歯を食いしばったり、青くなった頭を抱えたり、何をしていいか分からねえのか、ただそこにいた。そのすぐ近くで、服や顔に煤を付けた穂谷が相変わらずフライパンを振り回して笑ってる。この中に入ったのか。

 

 「つい先ほど、モノクマが鎮火した。私は無力だ・・・この程度の火すらまともに消すことができない・・・!!」

 「ここが現場なんだな?」

 「・・・・・・止めはしない。ただ気を付けろ、刺激が強い」

 

 六浜から注意を受けるまでもなく、もう予想はついてる。ここが事件現場なら、死体がどんな状態になってるか。死体を何度も見たとは言え、こんなのは経験がねえ。それでも退くわけにもいかねえ。俺たちはこれから、こんな事件を起こした奴のために命を懸けなきゃいけねえんだ。

 黒ずんだ小屋に近付くとまだ少し熱気がある。灰で濁った水がズボンの裾を重くして、これ以上進むのを止めさせようとしてるみてえだ。瓦礫と滴る水に注意しながら、中に入ってみた。確かここは前、栽培室だったな。中は火事のせいで全てが炭になって、おまけに崩壊してる。何がなんだかわからねえ。ただ、その中に佇む人影だけは、いやに目立った。その背中に何も言葉をかけず、そいつの隣に並んだ。ちょうどそいつが見下ろしてた死体を、真っ正面から見据える。

 

 「・・・ッ!!」

 

 思わず声が漏れそうになった。慣れたと思ってた焦げ臭さに吐きそうになる。熱気のせいで目がくらむ。蒸し暑い中にいるはずなのに寒気が止まらねえ。目の前に横たわるそれに・・・業火に骨の髄まで蝕まれたであろう人間の変わり果てた姿に、思わず絶望を感じた。

 

 「かわいそうに」

 

 不意に聞こえた言葉に、俺は我に返った。一目見ただけで、まるで自分が焼き殺されるような錯覚さえ覚えた。六浜の忠告を耳に入れとけばよかった。こいつは、今まで見てきた死体の中で、いちばん惨い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「苦しかっただろうね、笹戸クン・・・」

 

 栽培室の壁に寄りかかって腰を下ろした姿勢のまま、手足を投げ出してそいつは絶命してた。色の抜けた灰色の髪も、澄んだ水のような色の瞳も、男のくせにちっこくて丸っこかった手足も、何もかもが焼き剥がされて、真っ黒に焦げた人型だけが残っていた。もう、見ただけじゃそいつが誰か分からないくらいに。きっと生きたまま何もかもを炎の中に奪われて、その苦しみの中少しずつ息絶えてったんだろう。

 

 「ボクたちが見つけた時は、瓦礫の下敷きになってたんだ。きっと助けも呼べなかったんだろうね」

 「くっ・・・!」

 「無理しない方がいいよ」

 

 炭化した笹戸の髪が、はらはらと崩れた。思わず目を背ける。見てられねえ。

 

 「いやいやいやいや、まったく。派手なことしてくれるよね!今回のクロはさ!」

 

 重すぎる沈黙を破ったのは、またあいつだ。消防士の格好をしたモノクマが、額に滲む汗を拭ってわざとらしく大きなため息を吐く。一仕事終えたみてえな面しやがって、何のマネだ。

 

 「ひどいことするよね、よりによって植物園で火事を起こすなんてさ!ボクが大事に大事に真心込めて育ててきたモノクマフラワー改二を消し炭にされちゃたまったもんじゃないよ!鎮火が間に合ったからよかったようなものの!」

 「・・・」

 「無視!?ボクのがんばり無視!?オマエラがこうやって捜査できるのもボクのお陰なんだからな!当たり前と思うなよこんちくしょーめ!!」

 

 無駄に絡むと思わず手が出ちまいそうになる。こんな奴は無視して喋らせとくに限る。どうせこいつが出て来た理由ってのも、俺らを小馬鹿にするのと、例のものを渡すためなんだろう。

 

 「というわけで、オマエラお待ちかね!恒例のモノクマファイル〜〜!第6弾!いや〜、ずいぶん番号が大きくなっちゃったね!まあオマエラのせいだけど!」

 

 モノクマの発表と同時に、電子生徒手帳が鳴った。すぐさまそれを取り出して、ファイルを確認する。忌々しいが、これがねえと俺たちが人殺しの正体を見抜けなくなるのも事実だ。だから余計に質が悪い。結局俺らはモノクマの手の上で踊らされてるってわけだ。

 

 「時間がない。ボクはこの栽培室の中を捜査する。清水クンは、みんなの話を聞いてきてくれないかな?」

 「・・・」

 「心配いらないよ。ボクは、大丈夫」

 「・・・じゃあ、頼んだ」

 

 目を見ただけで俺の言いたいことを察したらしい、さすがだな。けどその返し言葉にはなんの根拠もない。だが曽根崎の言う通り時間が無い。こんなところでまごまごしてて時間を潰すわけにはいかねえ。だから俺は、そこを曽根崎に任せて、外に出た。ちょうど、六浜がファイルを確認して中に入ろうとしてるところだった。

 

 「大丈夫か、清水」

 「どうでもいいだろ、俺のことなんて。お前こそ顔色悪いぞ」

 「・・・言葉もない。私はなにもできない。悩み、惑うばかりで、踏み出すことさえできない。自分で自分が情けない、不甲斐ない・・・悔しくてたまらないのだ・・・!清水・・・私はどうすれば・・・」

 「うるせえよ」

 

 今にも泣き出しそうな六浜は、歯を食いしばって震えてる。とうとう俺に助けを求めるまでこいつも落ちたか。だが不思議なもんだ。六浜がこんなに取り乱してるってのに、俺みたいな奴がこんなにも冷静でいられてるってのは、なんでなんだろうな。

 

 「今はお前の気持ち聞いてる時間はねえんだよ。今まで何も出来なかったんなら、今からなんかしろ。中に曽根崎一人なんだよ。お前見張っとけ」

 「・・・!すまん・・・ありがとう、清水」

 

 当たり前のことを、当たり前のように言っただけだ。なのに六浜は目を丸くして大きく頷いて、一言の礼を残して中に入っていった。取りあえずこれで中は問題ねえだろう。あとは、外にいる三人の話を聞くことだな。

 

 《捜査開始》

 

 

獲得コトダマ

【モノクマファイル6)

場所:なし

詳細:被害者は“超高校級の釣り人”、笹戸優真。死因は焼死。死体発見場所は植物園内の栽培室。死亡推定時刻は七時五分ごろ。全身の火傷の他に細かな切り傷や打撲痕が多数みられる。薬品を服用した痕跡はなく内部の損傷も少ないが、毒物を摂取した形跡がある。

 

【笹戸の死体)

全身を火傷に覆われていて、見た目では誰だか分からないほどの有様だった。壁にもたれる姿勢で、倒れた棚やガラスケースの下敷きになっていたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 栽培室の外にいたはずの穂谷はいなくなってた。どこ行きやがったあいつ。一番うろつかれちゃ困る奴だってのに、ちゃんと見ておくんだった。もうフライパンの音も聞こえねえ。とことん思い通りにならねえし思いも寄らねえ奴だ。

 

 「ちっ・・・」

 

 どこにいるか分からねえ奴を捜し回るより、どこにいるかはっきりしてる奴らの話を聞きに行く方が効率いいな。ひとまずは晴柳院の話を聞きに行くとするか。あの様子じゃ、今でも入口のところで泣いてるだろう。モノクマのアナウンスから時間が経ってるし、あとどれくらいで裁判が始まるか分からねえ。植物園の中は意外と広くて、自然と駆け足になる。まさか俺が捜査のために走ることになるなんてな。

 チビは、まだ出入り口のところで泣いてた。望月はどうしていいか分からねえのか、取りあえず頭を撫でてた。それでどうなるってんだ、ガキじゃねえんだよ。ついでにその近くに穂谷も見つけた。まとまってんなら別にいい。

 

 「おい、いつまで泣いてんだよ」

 「あうう・・・ご、ごめんなさい・・・。で、でも・・・笹戸さんが・・・」

 「死亡したのは笹戸優真だそうだ。遺体は確認したか?」

 「ファイルも更新されてる。焼死とはまた大掛かりなことしてくれたぜ・・・ったく」

 「うちは・・・うちはなんもできんくて・・・。笹戸さんが苦しんでるのに、うちはなんも・・・」

 「状況から察するに、発見者は晴柳院命、六浜童琉、曽根崎弥一郎の三名だ。なぜ早朝に、植物園の火災に気付くことができたのかは分からない」

 「泣くのは後だ。詳しいことを聞かせろ」

 

 まだまだ晴柳院は泣き止む気配はない。今まで人が死ぬたびに泣いてて、まだ涙が涸れねえのか。泣くなとは言わねえが、いい加減にしとけくらいは言ってもいいだろ。とにかく発見者の一人なら何か手掛かりを握ってるはずだ。

 

 「う、うちは笹戸さんをちらっと見て・・・あとはずっとここに・・・」

 「ろくに捜査もしてねえのか」

 「一瞬見ただけでなぜ笹戸優真だと見抜いた?写真の様子では判別不可能に思えるが」

 「さ、最初に見た曽根崎さんが、笹戸さんやと言わはったんで・・・。なんでかは・・・」

 「後できくか」

 

 望月が突っ込まなきゃスルーしてるとこだった。確かにあの死体に笹戸の面影は全くない。何もかもが消し炭になったんだ。生前の特徴なんかほとんど残ってない。それを見ただけでなんで特定できたんだ?まさかとは思うが、疑いが出ちまった以上は潰さなきゃならねえ。

 

 「捜査してねえなら、アリバイだな。なんでこんな朝早くに植物園にいた?」

 「あ、あの・・・そこに、慰霊壇あるの、分かります?あれにお花を供えに来てたんです」

 「毎朝交換してると言っていたな。習慣というわけか」

 「はい」

 「じゃあ、お前ならいつでも火事を起こせたんだな」

 「そ、そんな!うちが・・・うちが笹戸さんを・・・そんなの・・・・・・あんまりです・・・!」

 「な、泣くなよ・・・。可能性の話してるだけだろ。実際に火事は起きてんだしよ」

 「うう・・・」

 

 まあ、このチビに人を殺す気概があるとは思えねえが、疑うだけ疑っとかねえとな。それより、もっと当時の状況を知りてえ。このままじゃまだ犯人なんか分かるわけねえ。

 

 「じゃあお前がここに来てから、笹戸の死体見つけるまでのこと教えろ」

 「は、はい・・・。うちはいつも通り、新しいお花を持ってここに来ました。それでお祓いとお手合わせをしてから、古いお花のお供養をしようとしたんです。そしたら・・・」

 「火事に気付いたのか」

 「い、いえ・・・あの、物凄く大きな音でスピーカーが鳴ったんです」

 「スピーカー?」

 

 晴柳院が指さした先には、天井近くに設置されたメガホンみてえなスピーカーだ。そう言えば植物園にはあんなもんがあったな。なんでだったか理由は忘れたが、モノクマが置いたもんだからろくなもんじゃねえだろ。

 

 「開放された際にここの捜索をした時も、爆音が鳴ったな」

 「そ、そうです!あんな感じです!突然やったからびっくりして・・・操作盤があることを思い出して、慌てて止めに行ったんです」

 

 クラシックだか聖歌だったか忘れたが、なんとなく不気味な音楽だったことは思い出した。あれが大音量でガンガンかけられたら堪らねえな。

 

 「それで、あそこの倉庫でスピーカーを止めたんです。音量のツマミが最大になってました。その後にお供養しようと戻ろうとしたら・・・栽培室の方から、ゴオオオって音がして・・・・・・み、見に行ったら・・・」

 「燃えてたんだな」

 「・・・」

 

 晴柳院は首肯して、また涙ぐむ。そんな唐突に火事に出会して、そりゃパニックにもなる。しかも早朝ってことはまだ夜時間、水も使えねえんじゃどうすることもできねえよな。

 

 「その後は・・・同じようにお参りに来た六浜さんが火事を見つけて、曽根崎さんがその後から来て・・・結局モノクマさんに鎮火してもらいました。うちらじゃどうすることも・・・」

 「水生植物エリアの水を使えばよかったろう」

 「そんなことも忘れてました・・・」

 

 つまり火事の第一発見者は晴柳院だが、死体の第一発見者は曽根崎になるってわけか。

 

 「他に何か気になったことは?」

 「気になったこと・・・そう言えば、今日はいつもより鯉が元気でした。ここの鯉が跳ねたのなんて初めてです」

 「・・・そうか」

 

 突っ込むところなのか?こいつ、マジで言ってんのか?時々こういう呑気で天然なとこ見ると、こいつが何者なのか分からなくなる。それでも、向こうでフライパン持ってる女王様よりはマシだが。

 

 「清水翔、私はどうすればいい?晴柳院命の見張りを続けるべきか?」

 「聞けることは聞いた。後は自分で考えろ」

 「では現場を見てくる」

 

 そこは晴柳院に付いとくもんだ。相変わらずマイペースな奴だな。俺も晴柳院に構ってる場合じゃねえから、あんまり言えねえが。

 

 

獲得コトダマ

【スピーカー)

場所:植物園

詳細:植物園の天井に設置されている。音量は倉庫内の機械で調節することができる。

 

【晴柳院の証言)

場所:なし

詳細:早朝、植物園のスピーカーから突然の爆音が響いてきたという。倉庫で音量のツマミを下げた後に、火事に気付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんかしてて気になるから聞くが、穂谷の話って聞く必要あんのか?寄宿舎にいたよなこいつ。

 

 「おい穂谷、なにしてんだ」

 「ああ、ちょうどいいところにいくらか使えそうな方が来ましたね。貴方、これを取りなさい」

 「あ?」

 「このフライパンが、ドアにくっ付いて離れないのです。黄金の鵞鳥が如しです」

 「なに言ってんだ。んなわけねえだろ」

 

 確かに見た目はフライパンが、植物園のドアにくっ付いてるように見える。だがそんな馬鹿なことあるわけねえ。外そうとしてると結構固い。だが原因は少し調べるとすぐわかった。

 

 「なんだこりゃ・・・磁石?」

 

 フライパンとドアに挟まれて、なかなかデカイ磁石があった。両面テープでドアに固定されてるようで、フライパンはこれに捕まったわけだ。なんでこんなもんがこんなとこにあるんだ?妙だな。

 この磁石はかなり強力だが、踏ん張れば外せないこともない。取っ手の根元が少し曲がっちまった。

 

 「おらよ」

 「よくやりました。褒めて使ます」

 「そりゃどうも」

 「調子に乗るなリンゴ頭!!!」

 「なにがしてえんだよ!?」

 

 褒めたりキレたり忙しい奴だなおい。トチ狂った奴にあれこれ言うつもりもねえが、もう少し統一感ぐらい残しとけなかったのかよ。

 

 「こんなとこで油売ってねえで、お前も少しは捜査しろ。今は馬鹿でもキチガイでも手は欲しいんだ」

 「お断りします!この絶望の中でもがく貴方方こそ絶望そのものです!素直に全てを受け入れなさい。いくらか楽になることでしょう」

 「・・・諦めろってのか?」

 「聞けば、笹戸君は焼死だそうじゃないですか。火は証拠さえも燃やし尽くしてしまいます。街中ならともかく、こんなところでは証拠もなにもあったものではありません」

 

 意外と筋が通ってた。確かに証拠を火の中に放り込めば、それすらも燃えちまって、証拠なんか残らねえ。だが、それでもまだ何かがあるはずだ。クロの手がかりが。

 

 「お前と話すほど無駄な時間はねえって分かった。俺はまだ諦めきれねえ」

 「うふふ・・・既に“超高校級”であることを諦めた貴方が、そんなことを言うのですね」

 「・・・命まで捨てる気はねえんだ」

 

 背中に笑いかける穂谷にそう吐き捨てて、俺は捜査に戻った。入り口付近に何かあるかも知れねえ。

 

 「ん?」

 

 俺も捜査の勘ってのが付いてきたのかも知れねえな。できれば関わり合いになりたくなかったもんだが、今は役に立つ。入り口すぐそばの草むらに、明らかに不自然なもんがある。あるというより、ついてる。

 何か、そこまで重くはねえ何かを引きずったような跡だ。なんだか分からねえが、モノクマが整備してる以上は、こういうところまで几帳面なのがあいつだ、これを見逃すはずがねえ。

 

 「一応、覚えとくか」

 

 

獲得コトダマ

【磁石)

場所:植物園

詳細:植物園の西側出入り口のドアに貼り付けられていた、強い磁力を持つ磁石。

 

【草むらの跡)

場所:植物園

詳細:西側入口付近の草むらに、何かを引きずったような跡が残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事件は植物園で起きてる、だから手掛かりのほとんどは植物園内にあるとみていい、だが前回のこともあるし、ここにしかないと考えんのは危険だ。だからっつって時間に余裕があるわけでもねえ。

 

 「どこを探すかな・・・」

 「お悩みのようだね、清水クン」

 「モノクマかテメエは」

 

 途方に暮れてるってわけではねえが、次にすることを考えあぐねてたら、いきなり曽根崎に話しかけられた。栽培室の捜査してたんじゃねえのかよ。

 

 「どう?晴柳院サンから証言はとれた?」

 「まあな。気になるとこもいくつかあった」

 「そっか。じゃあそれは裁判場できくよ。あ、それから栽培室での捜査結果は六浜サンにも伝えてあるから、彼女から聞いて。それとボクは晴柳院サンに聞きたいことがあるから、しばらくここを離れるね」

 「もう終わったのか」

 「実を言うと、焼死じゃ証拠が取りづらいんだよ。なにもかも燃えちゃうからさ」

 

 さっき穂谷が言ってたことそのまんまだな。あるあるみたいに言うこいつもこいつだが、『女王様』もその気になりゃまあまあ洞察力あるってことだな。

 

 「だから直接的証拠よりも、間接的証拠から攻めてくのさ。ああ、それと清水クン、倉庫の中はもう調べた?」

 「倉庫?」

 「きっとあそこにも手掛かりはある。ボクはそう思うね。ってことで任せたよ。よろしく」

 

 いつもは俺にまとわりついてくるくせに、今回はやけにあっさりと去ってく。何を考えてやがるんだ。いい予感はしねえが、時間も人手も無駄にできねえ。癪だが、あいつの言う通りに倉庫を見てみるか。

 確か晴柳院がスピーカーのツマミをいじったんだったな。確かに一番下まで下がって、音量0になってる。自動じゃなく手動で調整するってことは、誰かがこのツマミをいじって最大にしてたってことだよな。そいつがクロか?

 

 「なんのためにだ?」

 

 一人で考えたって答えは出ねえことはもう知ってる。よしんば出たとしても、それが正しい保証もねえ。曽根崎が言ってた手掛かりってのはこれか?ずいぶん曖昧な手掛かりだ。

 

 「・・・」

 

 そう言えば、倉庫はもう一つあった。こっちは機械類がいっぱいあるが、もう片方は園芸用具とかばっかだ。シャッターを開けて中に入ると、埃っぽくて息苦しくなる。こんなところに手掛かりなんかあんのか?

 

 「別になんもねえよな・・・?」

 

 見渡してみてもおかしなところはねえ。曽根崎の勘なんか無視するべきだったか?いや、あいつの目聡さは一級品だ。“超高校級”ってのはそういうことだ。ってことはやっぱここには何かあるはずだ。

 

 「おっ」

 

 壁に、この用具倉庫の備品リストがあった。ちょうどいい。手にとって、備品の数をひとつひとつ調べてみる。あいつが言ってたんだ、徹底的に調べとかねえと後で困る。

 バケツ、肥料、ジョーロ、ツルハシ、クワ、シャベル、鉢、プランター、腐葉土、鎌、枝切り鋏、殺虫剤・・・ん?

 

 「殺虫剤・・・」

 

 棚に並んだ数とリストにある数は同じだった。ただ、殺虫剤だけを除いて。倉庫の中をどれだけ探しても、リストにあるはずの殺虫剤が一本もない。それ以外が全部揃ってるだけに、これはおかしい。

 

 「これのことか・・・普通にそう言えっつうの」

 

 よくできました、と曽根崎の拍手が聞こえてきそうだ。わざわざ遠回しに言いやがって。それにしても殺虫剤なんか何に使ったんだ?それもリストにある本数を全部となると結構な数だ。覚えとこう。

 

 

獲得コトダマ

【倉庫の備品リスト)

場所:園芸倉庫

詳細:備品リストと実際の倉庫とでは、殺虫剤の個数が合わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 倉庫を出た後は、入り口付近に戻っても意味はねえから、必然的に栽培室の方を捜査することになる。あの笹戸の死体があるところだ。気は向かねえが、仕方ねえ。

 栽培室はやっぱり真っ黒になってて、まだ焦げ臭い。こんな狭い小屋の中で、笹戸は火に囲まれて死んでいったんだ。俺ならそんな死に方は御免だ。あいつの苦しみの一片だって分かりゃしない。

 

 「来たか、清水。曽根崎から話は聞いたか?」

 「ああ。お前に全部預けてったらしいな」

 

 中には望月と六浜がいた。足の踏み場もない場所に三人も人が入ると余計に狭く感じる。一番奥には笹戸の焼死体が転がってて、居心地は悪いなんてもんじゃねえ。最悪だ。

 

 「手短に話そう。まず笹戸の死体だが、ファイルにある通りだ。他に手掛かりを見つけ出す技量は私にはなかった。ただ、一つ不可解なものがある」

 「不可解なもの?」

 「笹戸の死体の側に、こんなものが転がっていた」

 

 六浜が取り出したのは、これまた真っ黒になって、ただ辛うじて元の姿が分かる、キノコだ。焦げてるせいか、毒々しい見た目になってる。しかも完全な姿じゃねえ。傘の一部がなくなってる。

 

 「千切られたキノコだ。一体どこから持ってきたのか、片割れがどこに行ったのか、分からない。詳細は曽根崎が調査してくれるそうだ」

 「そりゃいい、キノコは嫌いだ」

 「私にピーマンは出すのにか」

 

 望月が口を挟んできた。いつの話引きずってんだよ。キノコなんて、キッチンかどっかから持ってきたんじゃねえのか。何のためかは知らねえが、笹戸の側に転がってるってのはどういうことだ?

 

 「それと、燃えた物の中から気になるものをいくつか見つけた。まず、これだ」

 「なんだこりゃ?缶?」

 「ああそうだ。あちこちに散乱していた。特別なものではないようだが、やはり正体は分からない」

 「よく見つけたな」

 「これで全てかも分からない。さすがにこの栽培室を調べる時間はなさそうだからな」

 「そうか。で、あとはねえのか」

 「もう一つある」

 

 並べられた缶は、5本か6本くらいある。縦長のデカめの缶だが、なんでこんなもんが栽培室で丸焦げになってんだ。考えそうになるのを止めて、次に六浜が見せてきたものを調べようと思った。だがどこから手を付けていいものやら分からなくなった。

 

 「なんだよこれ・・・?」

 「なんだか分からない、だから気掛かりなのだ」

 

 大真面目に言われると納得しちまいそうだが、六浜が分からねえんじゃ俺にはさっぱりだ。

 黒くなってんのはやっぱり焦げたからなんだろう。それはいい。黒い塊の両端からコードみてえなもんが二本伸びて、行き場を失ったようにそのまま放ったらかしにされてる。さらに分からねえのは、その黒い塊に、黄ばんだプラスチックがどろどろになって覆いかぶさってるってことだ。一体全体なんなんだこりゃ。

 

 「犯人が炎で隠滅しようとしたのだろうが、消えてなくならなかったのは幸いといえよう。だが正体が分からなくする程度の効果はあったようだ」

 「なにを冷静に分析してやがる。このプラスチック剥がしゃマシになんだろ」

 「証拠の破損など論外だ。それに、もともと一体だったのかも知れん。下手なことはしないことだ」

 「ん・・・そうか。他には?」

 「済まんが、もうない。後は砕けたガラスや焼けた金属製の棚・・・栽培室の火災で生じたガラクタばかりだ」

 「は・・・ウソだろ?」

 

 六浜は申し訳なさそうに言ったが、俺はすぐには理解できなかった。冗談じゃねえぞ、たったこれだけか?今まで死体の周りには嫌になるほど手掛かりが残ってたじゃねえか。それなのに、正体の分からねえ物体にゴミにキノコだと?それだけで何が分かるってんだよ。

 

 「分からないことが多過ぎる。私が火事に気付いた時には栽培室の外まで火の手があがっていた上に、その場には晴柳院しかいなかった」

 「なんで消火しようとしなかった」

 「晴柳院を避難させるので手一杯だった。モノクマの気紛れで消火されてなければ、今も捜査どころではなかっただろう」

 

 クロはこれを狙ってやったのか?夜時間に、こんな合宿場の隅で、モノクマの手を借りねえと消せねえほどの火事を起こすなんて、たかが一人の笹戸を殺すためにしてはあまりに手がこみすぎてる。クロは本当に笹戸だけを殺すつもりだったのか?それ以外に何か目的が?分からねえ・・・。

 

 

獲得コトダマ

【キノコ)

場所:栽培室

詳細:笹戸の死体のそばに転がっていた、千切られたキノコ。焼け焦げているが、食欲はそそられない。

 

【正体不明の物体)

場所:栽培室

詳細:二本のコードが伸びた謎の物体。真っ黒になった上に溶けたプラスチックを被っていて正体が分からない。

 

【溶けたプラスチック)

場所:栽培室

詳細:正体不明の物体に被さっているどろどろのプラスチック。原型を留めていないため、元が何なのかは分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『火遊びするとおねしょするって言われたことはない?小学五年生までおねしょするような子にはならないようにね!うぷぷ!どうせするなら芸術的なおねしょをすればいいんだよ!世界地図でもヒエログリフでもさ!真っ白な布団がキャンバスに見えてくるね!だけどお前らには布団より先に棺桶に入ってもらおうか!ぎひゃひゃひゃひゃひゃ!!学級裁判ダヨ!寄宿舎の赤い扉前に全員集合!!』

 「いつにも増して下卑た放送だ」

 「しかし、従わざるを得ない。気が変わらない内に行くのが得策だ」

 「くそっ!たったこれだけかよ・・・手掛かりは・・・!」

 

 少ない、しかも分からない。こんなんじゃ手掛かりなんてほとんどないのと同じじゃねえか。そもそも、クロなんかマジでいんのか?この期に及んで、まだ俺らを出し抜いて一人で出て行こうとする奴なんかいるのか?いなきゃこんなことになってるはずがねえのに、いるとも思えねえ。何を考えりゃいいんだ。何が答えで何が分からねえんだ。

 手掛かりは少ねえのに考えは複雑に入り組んで、今ある場所すら見失う。こんなんでクロなんか見つかるのか。そんな不安を抱えたまま、足が自然と寄宿舎に向かう。

 

 「やあ清水クン。ちょうどいいや。手伝ってくんない?」

 

 資料館の辺りを通りかかった時に、曽根崎が話しかけてきた。手には、あの黒いファイルが抱えられてる。

 

 「そんなもんどうすんだ」

 「証拠になるかと思ってね。ないよりいいでしょ?」

 

 分からねえが、モノクマが認めるんなら手掛かりは多い方がいい。俺は黙ってそのファイルを持った。

 

 「さて・・・覚悟はできてるよね?」

 

 気付けば、いつもの赤い扉の前にいた。手には黒いファイル、その間の記憶が抜け落ちたように、俺は何も考えてなかった。なんでだろうか、今は一瞬でも惜しいのに。

 まだ覚悟を決めきれてない奴もいる、捜査が足りなかったんじゃないかと不安気な奴もいる、絶望に嗤う奴も何も感じてない奴もいる。それらを一緒くたに食らおうと、扉は真っ黒い世界を広げ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り6人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命    【明尾奈美】

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎   【笹戸優真】

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

【屋良井照矢】【鳥木平助】 【滝山大王】【アンジェリーナ】




四章からずっと死ぬ死ぬ言われてたあいつが遂に死んだ!思えば無印といいスーダンといい、五章は火ってはっきりわかんだね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

学級裁判編1

 

 またこのエレベーターは広くなった。乗るたびに少しずつ人は減っていき、間を埋めるように沈黙は重く、固くなる。集まった証拠はわずか。分かってることは、ほとんど何も分かってないってことだけだ。そんな中で命懸けの学級裁判に挑まなきゃならねえ。これを絶望と言わず、なんて言うんだ。

 エレベーターはまだ止まらない。深い深い闇の底へ俺たちを引き摺り下ろす。このまま地獄の底まで行くんじゃねえかと不安になるくらいに。だがそんな時間さえも、唐突に終わる。

 

 「さあさあ!5回目の学級裁判だよ!うぷぷぷぷ!!もうすっかり遺影ばっかりになっちゃったけど、めげずに頑張りましょう!!クロはクロのために!自分は自分のために!!誰も信じられない絶望の時間の始まりだよ!!」

 「あらモノクマさん、この遺影はどういうつもりですか?鳥木君の証言台になぜこんなものを・・・立てているのですか!!」

 「穂谷・・・!」

 「うわーーーっ!?何してんの!?折角ボクが仲間はずれを作らないために気を利かせたのに!?」

 

 裁判場は、またいつもと違った趣向で造られてた。壁一面に広がるのは、睨み合う風神と雷神、互いを仕留めんと牙を剥く龍と虎、仁王に閻魔大王に名前も分からねえバケモン・・・ずいぶんとやくざなデザインだ。

 それらには目もくれず、穂谷は裁判場に降り立つと真っ先に鳥木の証言台に近寄って、そこにあった遺影を放り捨てた。モノクマは大慌てだが、俺らは誰一人声をあげない。もう見てられねえんだよ。

 

 「縁起でもない、趣味の悪い冗談です」

 「こっちのセリフだよ!お前こそそろそろ目ェ覚ませっつーの!いつもは面白いから放っとくけど、学級裁判の妨害は規則違反なんだぞ!!」

 「遺影が倒れただけだ。裁判を行う上で問題はないだろう」

 「そもそも遺影があること自体おかしいのです。遺影とは故人のためのものではありせんか」

 「はあ・・・見苦しいよ、穂谷サン。辛いのは分かるけど、受け入れて欲しいな」

 

 血の色でバツ印が付けられた遺影が、また二つ増えてた。鳥木も笹戸も死んだ。穂谷は鳥木の死を未だに受け入れようとせずに喚くが、これ以上はモノクマに殺されそうだ。結局、鳥木の遺影は立てたまま、穂谷はぶつぶつうわ言を言いながら証言台に立った。俺たちもそれぞれの場所に立つ。

 

 「さあ、ここが正念場だよオマエラ!覚えてることを全て活用して頑張ってね!うぷぷぷぷ!まだ何も思い出してない人もいるっぽいけど!」

 「じゃあ、始めようか。学級裁判」

 

 曽根崎の一言で、一瞬にして俺たちに緊張が走る。生きるか死ぬか、殺すか殺されるか、そんな命のやり取りがまた始まる。この裁判が終わった後、ここに立ってるのはクロの一人か、それとも俺たちクロ以外か。誰も抗えない学級裁判の幕が、再び上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コトダマ一覧

【モノクマファイル6)

場所:なし

詳細:被害者は“超高校級の釣り人”、笹戸優真。死因は焼死。死体発見場所は植物園内の栽培室。死亡推定時刻は七時五分ごろ。全身の火傷の他に細かな切り傷や打撲痕が多数みられる。薬品を服用した痕跡はなく内部の損傷も少ないが、毒物を摂取した形跡がある。

 

【笹戸の死体)

全身を火傷に覆われていて、見た目では誰だか分からないほどの有様だった。壁にもたれる姿勢で、倒れた棚やガラスケースの下敷きになっていたらしい。

 

【スピーカー)

場所:植物園

詳細:植物園の天井に設置されている。音量は倉庫内の機械で調節することができる。

 

【晴柳院の証言)

場所:なし

詳細:早朝、植物園のスピーカーから突然の爆音が響いてきたという。倉庫で音量のツマミを下げた後に、火事に気付いた。

 

【磁石)

場所:植物園

詳細:植物園の西側出入り口のドアに貼り付けられていた、強い磁力を持つ磁石。

 

【草むらの跡)

場所:植物園

詳細:西側入口付近の草むらに、何かを引きずったような跡が残っていた。

 

【倉庫の備品リスト)

場所:園芸倉庫

詳細:備品リストと実際の倉庫とでは、殺虫剤の個数が合わなかった。

 

【キノコ)

場所:栽培室

詳細:笹戸の死体のそばに転がっていた、千切られたキノコ。焼け焦げているが、食欲はそそられない。

 

【正体不明の物体)

場所:栽培室

詳細:二本のコードが伸びた謎の物体。真っ黒になった上に溶けたプラスチックを被っていて正体が分からない。

 

【溶けたプラスチック)

場所:栽培室

詳細:正体不明の物体に被さっているどろどろのプラスチック。原型を留めていないため、元が何なのかは分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【学級裁判 開廷!】

 

 「まずは、学級裁判の簡単な説明から始めましょう。学級裁判の結果は、オマエラの投票により決定されます。正しいクロを指摘できればクロだけがおしおき。でも、もし間違った人物をクロとしてしまった場合は・・・クロ以外の全員がおしおきされ、生き残ったクロだけに、希望ヶ峰学園に帰る権利が与えられます!」

 「被害者は、言うまでもなく笹戸優真だ。植物園内の栽培室の火災で死亡。焼死だ」

 「死体も現場も証拠も、なにもかも燃えちゃって手掛かりはいつもよりかなり少ないね。だからみんなで頭を振り絞って、発想と推理で頑張るしかないね」

 「私は、改めて事件発生から死体発見までの経緯を確認することが必要であると考える。すでに未確認で進行形のものもある」

 「その話だったら、チビから聞いた方が早そうだな」

 「ふえっ・・・!?は、はい・・・」

 

 裁判が始まってすぐに、改めて晴柳院の口から事件発覚までの流れが語られる。俺と望月、そして穂谷は発見者じゃない上に、火事そのものだって目にしてない。もしかしたらまだ俺らの知らない情報が出てくるかも知れねえから、そこは今一度確認しとくべきだ。

 

 「う、うちは・・・朝起きて、いつも通り慰霊壇のお花を取り替えるために植物園に行きましたぁ」

 「いつも通り?毎朝植物園に行っていたというのですか?」

 「それは私が保証しよう。晴柳院は毎朝、誰よりも早く健気に弔いを続けていたのだ。まったく頭が上がらん」

 「そないに大層なことでは・・・」

 「んなことどうでもいいだろ、続きを話せ」

 

 ちょっと放置するとすぐ話が横道に逸れる。呑気なのかなんなのか、そんな時間はねえんだよ。晴柳院が朝に植物園に行ってることはほとんどの奴が知ってることだ。

 

 「それで・・・今朝も同じようにお花を交換しよう思うて、植物園に行ったんです。その時はなんもおかしいことはなかったです。煙があがってたら、さすがにすぐ気付きますし」

 「ということは、その時点で火災は起きてなかった。笹戸クンも生きてたかも知れないってわけだね」

 「それでその後・・・いつも通り慰霊壇の前のお花を交換して、それから古いお花をお供養しよう思うて、鯉のいる池に行こうとしたんです。そしたら・・・と、突然その・・・音楽が鳴りまして・・・」

 「音楽?そういえば、植物園には定期的に音楽が流れる仕掛けがしてあったな。それのことか?」

 「物凄く大きな音やったから、なんのことや分からなかったんですけど・・・たぶんそうやと思います。あんまりにもうるさかったから、倉庫に音を消しに行きました。音を消してから・・・栽培室が燃えてることに気付いたんです。そ、その後は・・・・・・あんまり覚えてなくて」

 

 そこまで思い出して話してから、晴柳院は頭を抱えた。目の前であの小屋が燃えてるなんて、そりゃチビじゃなくたってパニックにもなる。しかし第一発見者の晴柳院がその調子じゃあ、その後に六浜が植物園に着くまでの間は何も分からねえ。

 

 「急に終わってしまうのですね。随分と無責任な証言ですこと」

 「えっ・・・」

 「そもそも音楽が鳴ったことなど、貴女以外には確認のしようがないではありませんか。嘘にしても意味が分かりませんが・・・貴女が犯人でない保証がない以上、その言葉は信じるに値しませんね」

 「ウソって・・・う、うちはほんまのことしか言うてません!ほんまに音楽が・・・大音量で・・・!」

 「では他にその音を聴いた方がいるのですか?」

 「そ、それは・・・」

 

 まだチビの話を整理してる段階だってのに、穂谷がいきなり核心を突きやがった。確かにチビが本当のことを言ってる保証はねえし、それを証明する証拠もねえ。もしこいつが犯人だったら、俺たちなんかいくらでも騙される。虫も殺せなさそうな奴だが、腹の底で何考えてるかまでは分からねえってのはイヤになるほど思い知ってきた。

 

 「第一発見者が真犯人。ミステリーでは古典的な手法ではありますが、実際にはかなり有効な手ではありませんか?被害者が笹戸君であったことも、彼女の犯行の裏付けになります!」

 「なにそれ?どういうこと?」

 「聞きたいですか?聞きたいですよね?ではお話ししましょう。ですが聞くからには、一言たりとも聞き逃すことは許しませんよ!」

 

 心底めんどくせえ。だがチビが犯人かどうか分からねえままだと、議論の根幹がしっかりしねえ。そのままじゃ犯人を見つけるどころじゃなくなりそうだ。集めた証拠が少ねえ分、ひとつひとつをよく覚えてる。ちっとやってみるか。

 

 

 《議論開始》

 

 「晴柳院さんが犯人ではないことは、誰にも証明できません!むしろ彼女が犯人であるとすれば、辻褄の合うこともあるのではありませんか!?」

 「辻褄が合うこととはなんだ?」

 「今は分からないことだらけだよ。“火元”もそうだし、“笹戸クンが栽培室にいた理由”も、“現場周辺”もおかしなところはあった」

 「そんな細かいことはいいのです!“被害者が笹戸君”であり、“現場が植物園”であること。それが全てです!」

 「聞くだけ聞くとしよう」

 「うちはほんまにやってません・・・あんなひどいこと、で、で、できるわけないやないですかぁ!」

 「お黙りなさい!そんな顔をしても私を騙すことはできません!貴女は早朝に植物園に行き、笹戸君を待ち伏せしたのです!そして彼を誑かして“栽培室に閉じ込め”、火を放ったのです!」

 「ちょっと待て」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なるほどな、現場もろくに見ずに推理するとこういう恥かくわけだな」

 「はい?林檎さんが私の言葉を遮るとは、随分と偉くなったものですね・・・砕かれ砂糖水で煮られてパンに塗られたいのですか!?あぁ!?」

 「リンゴwww」

 

 穂谷の間違いを指摘したはずなのに、なんで俺が笑われてんだ。ただ笑ってんのはメガネガエルだけだが。なんにせよ穂谷の推理には大きな間違いがあるし、説明の付かないことがある。

 

 「笹戸は栽培室の中にいたが、閉じ込められたってのは聞き逃せねえな。現場を見りゃ分かることだろうが」

 「現場は栽培室なのでしょう?では閉じ込める以外にどうするというのですか?」

 「テメエの推理だとチビが笹戸を騙して栽培室に閉じ込めたみてえだが、そんな状態で火ぃ点けられたら、普通逃げようとするだろ」

 「当然です」

 「だが、笹戸の死体は栽培室の奥で、壁にもたれて座った姿勢で見つかった。もし栽培室の中で意識があったんなら、1つしかねえ出口のそばで死体が見つかるはずだろ」

 「確かにそうだな。どのような状況であったとしても、あの空間で奥に行くことは賢明な判断とは言えん」

 

 実際の焼死体なんか見たことねえし火事の現場にだって立ち会ったことすらねえ。だが火の中に放り込まれた人間のとる行動ならおおよその予想はつく。ガラスケースや金属棚で入り組んだ栽培室の奥に行くよりも、出口のすぐ側にいた方がずっと生き残れそうだ。

 

 「では、不意打ちして笹戸君を気絶させたのでは?そして栽培室の奥に運び・・・」

 「不意打ちって、どうやって?笹戸クンは男子にしちゃ細かったけど、晴柳院サンが気絶させられるとは思えないなあ」

 「手段はいくらでもあります。鈍器で頭を殴ってもいいですし、スタンガンのような道具を使ってもいいでしょう。あるいは薬品を使って眠らせれば外傷がありません」

 「モノクマファイルを確認すれば、それらは全て否定される。気絶するほどの殴打があれば傷痕が残り、スタンガンはどのようなものであれ人体内部に損傷を残す。また、薬品の服用も含めてこれらは否定されている」

 「うふふふふ・・・あれもダメ、これもダメ・・・・・・。ずいぶんとお上手にお殺しになったのですね、晴柳院さん」

 「だ、だからうちやないですってぇ・・・」

 

 穂谷がチビを目の敵にしてることは前から分かってたことだ。その上、今はまともな思考力もクソもない。言ってることは案外まともな方だが、どれだけ否定されても諦めねえのは、何が何でもチビを犯人にしてえのか。そう考えると今度は穂谷が怪しくなってくる。余計なことすんなよな。

 

 「晴柳院は確かに第一発見者で、疑わしいかも知れない。だがクロならば栽培室に放火した後にすぐその場を離れず、立ち尽くしていたことの説明ができない。自分自身にしか真偽の分からない証言をすることも、現場と時間を自分にとって都合が良すぎるように設定することも、疑ってくれと言っているようなものだ」

 「露骨に疑わしい、故に潔白ですか?納得できませんね」

 「この場に立つ以上、全員がグレーだ。疑うことも信じないことも自由だが、盲目になれば真実は見えん」

 「失礼ですね!これでも目は開いていますよ!」

 

 いちいち突っ込むのももう疲れた。チビが怪しいのは分かったが、クロだって確定するほどでもねえ。俺を含めて他の奴らだって潔白なわけじゃねえ。参った。穂谷に掻き回されるせいで、思ったより話が進まねえ。

 

 「そもそも花まで交換して自分がいた証拠を残してるわけだから、クロとしては意味不明過ぎだね!」

 「もういいだろう。それより私は、曽根崎弥一郎、お前に聞きたいことがある」

 「え?ボク?」

 

 晴柳院が犯人じゃねえってことだけで随分時間使っちまったが、まだほとんど話は進んでねえ。分からねえことは多いし、疑わしい奴も晴柳院だけじゃねえ。そこに早速望月が切り込んでいった。

 

 「ここにいるほとんどの者は直接現場を見た。ならば私同様の疑問を持つはずだ」

 「まあ疑問は持つだろうけど、なんでボクに?」

 「曽根崎弥一郎、お前は鎮火後の死体を発見した際に、なぜ笹戸優真だとすぐに断定することができた?」

 「あっ、そ、そういえば・・・」

 

 燃えた栽培室で見つかった笹戸の死体、あれはあまりにも惨く、目も当てられないほどだった。炎に全てを奪われた笹戸は、一目見ただけでは誰なのか全く分からない状態だった。なのに曽根崎は、その場にいなかった俺や望月や穂谷の可能性をまったく無視して、笹戸だと言い当てたそうだ。

 

 「確かに、迷いがあった風には見えなかったな。まるではじめから、そこに笹戸がいたのが分かっていたようだった」

 「あれ?もしかして今ボクが怪しい展開?ちょっと待ってよ!」

 「被害者を言い当てるなど、犯人以外にはできない芸当ですね。これはもう決定的ではありませんか?」

 「聞いてよ!別に笹戸クンって分かってたわけじゃなくて、靴を見て笹戸クンだなって思っただけだって!」

 「靴?」

 

 前にもこんな展開があったような気がする。ただでさえ胡散臭えくせに怪しくみられるような言動するからだろうがバカメガネが。それはさておき、靴を見て判断したってのはなんだ?

 

 「焼死体じゃ顔や体付きから判断するのは難しいでしょ。だから靴を見れば分かると思ったわけ。清水クンはスニーカー、望月サンはムートンブーツ、穂谷サンはハイヒール、笹戸クンはトレッキングブーツ、ね?みんなバラバラだし、素材や大きさも違うから全部燃えた後でも見分けつくだろうなあって。で、実際に見てみたら足がそのままの形で大きく膨らんでたから、たぶん分厚くて頑丈な靴だったんだろうなあって思って、だから笹戸クンって思っただけだよ!」

 「なんで俺らの靴を全部把握してんのかは置いといて、一瞬でそこまで推理したってのか?」

 「信じられませんね。言い訳に決まっています」

 「だが筋は通っている。疑わしいことは疑わしいが、時間を割いて追及するほどではないだろう」

 「で、でも他に何を話せば・・・?」

 「何か疑問に感じることがあれば言うことだ」

 

 最初からずっと現場にいた晴柳院も、焼死体を見て笹戸と見抜いた曽根崎もどっちも怪しい。証拠が少ねえ上に全員がアリバイを証明できないんじゃ、どうしたって疑いがバラける。俺らだって死体発見時に現場にいなかったって理由で疑われたっておかしくねえんだ。

 クロを見つけ出す以上に、自分の潔白をまず証明しなきゃならねえ。でなきゃこのまま誰にも決まらねえまま裁判が終わっちまう。とにかく考えるんだ。何か、真相に迫る、クロの正体を暴くための手掛かりを見つけ出すしかねえんだ。

 

 「ん・・・ちょっといいか」

 

 焦り始める脳に気付けをして、改めて証拠品を確認してみる。すると、気になるもんを見つけた。今までも納得いかねえことは何度かあったが、モノクマが質問を受け付けなくなったくらいからか、妙な言い方が増えてきたような気がする。

 

 「笹戸が薬で眠らされたりしてねえってのはモノクマファイルで分かるが、ファイルにはこうも書かれてんぞ。毒物を摂取した形跡がある・・・これは一体なんだ?」

 「ど、どく・・・って、なんで笹戸さんがそんなものを・・・」

 「もしかしたら笹戸は火で焼け死んだんじゃなくて、その毒を盛られて死んだって可能性も・・・」

 「それはないね!」

 

 モノクマファイルにある妙な記述。『薬品を服用した痕跡はなく内部の損傷も少ないが、毒物を摂取した形跡がある。』って、薬品と毒物をわざわざ別に書くことになんの意味があるんだ?モノクマファイルはクロとシロが対等に議論するための資料、だからモノクマはここにウソは書かねえと断言した。だとしたらこの書き方は余計に引っかかる。

 そんな俺の疑問を、曽根崎が一刀両断しにきた。

 

 「目の付け所がトガってるね清水クン!確かにその書き方は気になるけども、だからって笹戸クンの死因までは揺らがないよ!」

 「またテメエか。噛みついてきたからには、俺の聞いたことにゃ全部答えられるってことなんだろうな」

 「当然!清水クンが疑問に感じることならボクも捜査中に疑問に感じてるハズ、つまり答えはもう出てるからね!」

 「なら全部答えてみろや!!ハンパなこと言って誤魔化すんじゃねえぞ!!」

 

 

 《反論ショーダウン》

 

 「モノクマファイルには笹戸が毒を盛られたって書いてある。これが笹戸の死因に関係してるってことは考えられねえか?むしろ栽培室の炎は、笹戸を毒殺した証拠を消すためのカモフラージュだろ!!」

 「ん〜おかしいなあ。モノクマファイルには確かに薬品と毒物の両方が書いてあって気になるけど、同じように死因が焼死ってこともファイルに書いてあるからね。毒が本当の死因とは考えられないよ。それくらいは分かってほしいな」

 「モノクマが死因を書き間違えた可能性だってあんだろ!栽培室の監視カメラだって火事で燃えたんだ、笹戸が死ぬ瞬間まで監視できてなかったとしたらテキトー書いてるかも知れねえだろ!」

 「もしそうだとしても、毒が笹戸クンの死因だとは、絶対に考えられないんだよ」

 「絶対に・・・だと?だったらテメエがなんでそこまで断言できるのか、根拠を言ってみろや!“毒の正体”も分からねえのに、なんで死因にならねえって言えるんだよ!!」

 「はい、論破っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 にこやかに、あっさりと、曽根崎は俺の言葉を斬った。分かり切ってた結果とはいえ、いざやられるとやっぱりムカつく。そんなことを言ってる場合じゃなくて、この疑問を論破したってことは、こいつはモノクマファイルのその記述の意味が分かってるってのか?

 

 「笹戸クンが服用したと思われる毒の正体・・・聞かれると思って事前に資料館で調べときました!」

 「だったら最初に言えバカ野郎」

 「なるほど、ろくに捜査もしないとこのように恥をかくわけですね」

 「あぁっ!?」

 「ケ、ケンカしてる場合とちゃいますよぉ!」

 「まずは毒の出所だけど、医務室にある毒はすべて化学薬品だ。つまり、ここでの毒の出所は別の場所。化学由来じゃない毒とすれば、生物由来の毒。つまりは」

 「栽培室か」

 

 モノクマが用意したこの合宿場には、人を殺すための道具や仕掛けがあちこちに散りばめられてる。その中で毒が用意されてたのは、医務室の棚と、植物園の栽培室だ。わざわざファイルには薬品じゃねえ毒って書いてあるってことは、笹戸が盛られた毒は、栽培室にあったものになるってことか。

 

 「栽培室にはすごく色んな毒があったよね。きっと今回使われた毒はあそこにあったものだよ」

 「しかし、出所が分かったとしても毒の種類までは明確に断定することはできないのではないか?」

 「もちろんそこもばっちりだよ!笹戸クンが摂った毒の正体はすべて丸っとお見通しなんだよ!」

 

 望月の言うとおり、出所が分かったところで、栽培室にあった毒性植物の種類はめちゃくちゃ多い。しかもどれがどんな毒かなんて把握しきれてるわけがない。なのに曽根崎にはその中の何かが分かってるらしい。いつの間にそんなこと調べたんだ。

 

 

 《議論開始》

 

 「笹戸クンが摂った毒の正体はもう分かってるんだ!それがどんな毒かもね!」

 「出所が“医務室”ではなく“栽培室”であることだけでは、毒の種類や効能まで断定するのはほぼ不可能だ」

 「そもそも毒の元である植物が“燃え尽きてしまっている”のですから、最初から断定のしようがありませんわ」

 「それは違うよッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「笹戸クンが摂取した毒の正体は、きちんと現場に残されてた。むしろ分かりやすくね」

 「ほ、ほんまですかぁ?」

 

 笹戸の摂取した毒が栽培室にあったものだとしても、栽培室自体が燃えちまってんだから、もともとどんなもんだったかの知ることはできねえはずだ。だが曽根崎にはそれすらも分かってるらしい。現場に毒の正体が残されてただと?何もかもが灰になっちまったあの現場に残ってたものってなんだったか。

 

 「笹戸クンのそばに落ちてた、あのキノコ。あれが毒の元だ」

 「キノコ?何の話ですか?」

 「笹戸の死体のすぐ側に、燃えたキノコが転がっていたのだ。形状からして千切られた後に燃えたようだが、言われてみれば栽培室の植物の中であれだけは原形を留めていたのは妙だな」

 「正体が気になったからちょっと資料館で調べてみたんだよね。植物図鑑を開いたらすぐ出て来たよ!」

 「燃えていたのに、種類が判別できたのか?」

 「大きさや傘の形からね。間違いないと思うよ」

 

 死体のすぐそばに転がってたキノコか。忘れてたが、言われてみればあれは不自然だ。栽培室ではキノコだけじゃなくコケだとかトリカブトみてえな雑草の類だとか、色んな植物が栽培されてた。なのにあのキノコだけが、見た目で分かるくらいには元の形のまま残ってた。

 

 「じゃあ、そのキノコの毒のことまで分かってんだな?」

 「もちろん!だからこそあのキノコが、つまり毒が死因じゃないって言えるわけだよ」

 

 燃えかす同然のキノコの種類を判別して、さらにその毒がどんなものかまで調べ上げてるとは、こいつはどんだけ頭の回転が早えんだ。捜査時間なんてほとんどなかったのに、現場の状況を調べるだけじゃなくて裁判で必要になる情報まで事前に準備してるなんて、気持ち悪いくらいだ。クソ気持ち悪い。

 

 「あのキノコが持つ毒は、筋肉や神経に働きかける即効性の毒だ。でも大した毒じゃないよ。持続時間は短いし死に至るほどのものじゃない。手足の痺れ、全身の筋肉の弛緩が主な症状だね。長くても一時間くらいで和らぎはじめて、もう一時間で回復する、本当にその程度の毒だ」

 「つまり、摂取後の二時間ほど、自立行動が不能になるだけの毒ということだな?」

 「そだね」

 「はじめて望月の説明の方が分かりやすかった」

 

 一口食っただけで確実に死ぬような毒キノコもあると聞いたことがあるが、あそこに落ちてたキノコの毒ってのはその程度なのか。間違って食っても居眠りしてる間に抜けるような、大したことねえもんなのか。

 そんな風に考える奴は一人もいなかった。なぜなら、その毒の効果を聞いた瞬間にその場の全員が理解したからだ。なぜ笹戸にそんな毒キノコを食わせる必要があったのか。その意味を。

 

 「で、ですけど・・・その毒を笹戸さんに食べさせる意味って・・・」

 「・・・」

 「まあ、今みんなが浮かべてる理由で間違いないと思うよ。実際、焼殺ってやり方はリターンも大きいけど、不確実性の多いやり方なわけだし・・・」

 「笹戸優真にこの軽微な毒を摂取させた目的、それは・・・」

 

 笹戸が逃げられねえようにするためだ。そんなこと口にしなくたって全員理解してた。だから言う必要もなかったし、敢えて言うことでもなかった。それを口にすることは、そこにあった殺意を肯定することになるし、この中の誰かがそれを持ってたことすらも肯定することになるからだ。

 

 「どのような手段で笹戸優真を栽培室に移動させたかは不明だが、意識があろうとなかろうと、身体に毒が回った状態では笹戸優真には現場から避難することも、外部に救助を要請することも不可能だった」

 「保険というわけですね!実に理に適った行動です!しかも毒の正体が明らかになったところで、出所が栽培室であればクロの正体に繋がるものでもありません!」

 「毒の効能から考えて、笹戸が毒を摂取してから栽培室で焼殺されるまでの時間は長くて一時間ほど。互いにアリバイがない上に直前の笹戸の行動が分からない現状、誰にでも可能だったと言える」

 「この線から犯人を絞るのは無理かあ。せっかく調べたのに」

 

 現場の状況から分かることはやっぱり少ねえ。全てが燃えちまってる上に、誰もアリバイがない時間帯に誰でも行ける場所で起きた事件だから、この話のままじゃ先に進めそうにねえ。

 何度も学級裁判をやって分かったことは、一つのことに囚われて考えてちゃ真相は見えて来ねえってことだ。今は意味が分からねえことでも、他のことを考えてく内に明らかになったり、知らず知らずに犯してた間違いに気付いたりするもんだ。

 

 「夜時間でほとんどの者は部屋にいたはずだ。アリバイを立証することは、よほど確定的な証拠がない限り不可能だろう」

 「そ、そしたら・・・どうするんですかぁ?」

 「じゃあボクから提案!次は凶器について話し合ってみない?」

 「凶器?」

 

 話が行き詰まりかけてきたところでの曽根崎から新しい話題の提案があったことは、裁判が膠着しないためには必要なことだった。だが、こいつの口から出て来たってことが気に食わねえ。捜査時間、いや、前回の裁判の時からだ。こいつにはまるで、全てが見えてるような気がする。全てを見た上で、俺たちを自分の向かわせたい方向に誘導してるような気さえしてくる。

 

 「凶器とはなんだ?笹戸優真の死因は焼死だ。それ以外には目立った外傷もない上に、摂取した毒物も行動不能にさせる軽度の物のみだ」

 「うん。だから、栽培室の火事について話し合うんだよ。今回の場合はあれが凶器になるでしょ」

 「火事・・・ですかぁ」

 

 笹戸を殺した凶器、それは包丁でもロープでも毒でもなく、炎だ。仮に人を殺そうと考えた時に、選択肢としてそんなもん浮かぶか?曽根崎が何度も言ってたが、犯人は火で証拠の隠滅も兼ねて笹戸を殺したっていうらしいが、あんなに目立つやり方がそもそも必要だったのかも疑問だ。ひとまず、思い付くことを話し合ってみるか。

 

 

 《議論開始》

 

 「今回の凶器は、“栽培室の火”だ。もちろん自然に発火したものじゃなくて、犯人が意図的に起こした火だろうね」

 「単なる殺害という目的だけでなく、炎による証拠の隠滅や、具体的な犯行発生時刻を曖昧にするという目的もあるのだろう。事実、未だに分かっていない」

 「火事の火元も不鮮明だ。そもそも栽培室に“火気はなかった”はずだ」

 「犯人が“放火”でもしたんじゃねえのか?」

 「ち、ちゃうと思います!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「も、もし放火やったらクロの人は栽培室にいてたはずですし・・・それやったらうちらが見てるはずなんちゃうかなって・・・思うんですけど・・・」

 「南側の出入り口から出て行ったんじゃねえのか?」

 

 晴柳院と犯人が同時に植物園にいたとしても、あの広さと植物の多さなら姿を見られずに別の出入り口から出て行くことだってできる。その後に部屋に戻るなり、何食わぬ顔で合流するなりすれば、無関係の奴を装える。そんな反論は簡単に打ち砕ける。だが、その後に六浜が続けた。

 

 「逃げることは簡単だ。だが放火だとしたら犯人が直接火を点けているだけでなく、家屋とその周辺に特徴的な燃え跡が残る。栽培室は倒壊していたが、周囲にそのような跡はなかった」

 「ずいぶんと火事にお詳しいのですね六浜さん!ご経験があるのですか?焼き殺されたのですか?焼き殺したのですか?どちらでしょうか?」

 「で、その特徴的な跡って?」

 「放火ということは、どこかに火種を設置したということ。つまり家屋のある一点のみ、他の部分よりも強く長く火に晒されるということになる。そうすると、周囲より濃く焦げ跡が残るわけだ」

 「なるほど」

 「栽培室周辺にそのような焼け跡は見られなかった。どちらかというと、栽培室全体が満遍なく燃えていた印象だ。仮に放火だとすれば、多くの火種を同時に設置するというやり方でなければ、ああはならないだろう」

 「実際、そうした可能性ってのはねえのかよ」

 「ないな。壁の下に火種を敷き詰めるようなやり方が必要になる。現実的ではない」

 

 さすがに六浜は色んな事を知ってやがる。普通は焼け跡の残り方で放火かどうかを判断するなんてこと、知るはずねえだろ。まったく、こいつの頭の中はどうなってやがんだか。だが火の元が放火じゃねえとなると、一体犯人はどうやって栽培室に火を点けたんだ?

 

 「ふむふむ、満遍なく燃えてるとなると、犯人が点けた火は栽培室全体で一斉に燃え上がったってことになるね。うんうん、そうなると自ずと手段は絞られてくるんじゃないかな?おまけに、この合宿場内に限られた話になれば、さらに絞られそうだ」

 「あ?テメエ話聞いてねえのか。それは無理だって今言ったばっかだろ」

 「ん?何それ?清水クンこそ、人の話ちゃんと聞きなよ。そんなこと誰も言ってないよ?」

 「はあ?」

 

 たったいま六浜が否定したことを前提にして、曽根崎が勝手に話を進めようとしやがった。なんで放火ができなかったって話から犯行手段が絞られるんだよ。そもそも一斉に燃え上がること自体が現実的じゃねえっつっただろ。そう突っ込んだら、逆に曽根崎の方が俺をたしなめてきた。なんでだ。

 

 「六浜サンが言ったのは、あくまで栽培室全体で一斉に火の手があげるために、火種をバラ撒くことが現実的じゃないって話でしょ?でもそれは、栽培室全体で一斉に火の手をあげることが不可能っていうのとは同じじゃないじゃないか」

 「テメエの話聞いてると頭が痛くなってくる」

 「え、えっとぉ・・・六浜さんが言うてはる以外にやり方があるってことですか・・・?」

 「そりゃあね。要は、栽培室全体に一瞬で火を行き渡らせればいいってことでしょ?それだったら別に火種をたくさん用意することもないよ」

 

 まさか晴柳院の説明に気付かされるとは思わなかった。なにを焦ってんだ俺は。六浜の言葉を丸々、それどころか誇張して鵜呑みにするなんて、危険にもほどがある。こいつだって犯人じゃねえ可能性はねえし、そうでなくても間違ってるかも知れねえんだ。

 

 「ボクが思うに、火元はたった一つ。犯人はその一つを一気に燃え上がらせることで栽培室を火の海にしたんだ。何を使ったんだと思う?あ、もちろんこの合宿場にあるものでだよ?」

 「まるで答えを知っているかのような口振りですね!これはボロが出たと捉えてよろしいでしょうか?」

 「よろしくないよ!ただ質問してるだけじゃん!」

 「合宿場にあるもので、火を一気に拡散できるもの・・・そんなもん・・・」

 

 思い付く限りじゃ一つしかねえ。別に特別なもんでもなんでもねえし、曽根崎の言うものにもぴったり当てはまる。言うだけ言ってみるか。

 

 「油・・・しかねえよな。ここにあるもんじゃ」

 「そうだね!よくミステリーやリアル事件とかで出てくるのは灯油だけど、ここにあるものだとサラダ油くらいかな。キッチンにあるものを持ってくればいいんだから、誰にでもできるよね」

 「サ、サラダ油で火事になんてできるんですかぁ・・・?」

 「もちろんだ。どんなものでも扱い方によっては凶器にもなる」

 「だよね!」

 「しかしだ、曽根崎よ」

 

 ほぼ曽根崎の話に乗っかってた六浜が、そこで一呼吸置いて曽根崎を睨んだ。だいたい何を言いたいかは分かる。曽根崎の今の話には、一番大事なもんがない。

 

 「犯人は短時間で火を広げるために油を使用した、その推論の根拠はあるのか?」

 「証拠ってこと?」

 「油なんて燃えてしまえば跡形も残りませんし、いずれにせよあんな風に崩れた栽培室でそんな証拠なんて見つけられるわけがありません!逆に言えば、適当なことを言っても通じてしまうのではないでしょうか?」

 「失礼だなあ、証拠ならちゃんとあるよ。もちろん捜査中に見つけたものがね」

 「油が使われたという証拠・・・何かあったか?」

 

 穂谷の言う通り、油なんて燃えちまえばそこにあった証拠なんて残らねえ。もし何か証拠があったとしても、火事で全て燃えちまってんだから捜査中に見つけたとしてもそれが本当に油を使ったことの証拠になるかどうかは分からねえはずだ。一体何がある?

 

 

 《証拠提出》

【モノクマファイル6)

場所:なし

詳細:被害者は“超高校級の釣り人”、笹戸優真。死因は焼死。死体発見場所は植物園内の栽培室。死亡推定時刻は七時五分ごろ。全身の火傷の他に細かな切り傷や打撲痕が多数みられる。薬品を服用した痕跡はなく内部の損傷も少ないが、毒物を摂取した形跡がある。

 

【笹戸の死体)

全身を火傷に覆われていて、見た目では誰だか分からないほどの有様だった。壁にもたれる姿勢で、倒れた棚やガラスケースの下敷きになっていたらしい。

 

【スピーカー)

場所:植物園

詳細:植物園の天井に設置されている。音量は倉庫内の機械で調節することができる。

 

【晴柳院の証言)

場所:なし

詳細:早朝、植物園のスピーカーから突然の爆音が響いてきたという。倉庫で音量のツマミを下げた後に、火事に気付いた。

 

【磁石)

場所:植物園

詳細:植物園の西側出入り口のドアに貼り付けられていた、強い磁力を持つ磁石。

 

【草むらの跡)

場所:植物園

詳細:西側入口付近の草むらに、何かを引きずったような跡が残っていた。

 

【倉庫の備品リスト)

場所:園芸倉庫

詳細:備品リストと実際の倉庫とでは、殺虫剤の個数が合わなかった。

 

【キノコ)

場所:栽培室

詳細:笹戸の死体のそばに転がっていた、千切られたキノコ。焼け焦げているが、食欲はそそられない。

 

【正体不明の物体)

場所:栽培室

詳細:二本のコードが伸びた謎の物体。真っ黒になった上に溶けたプラスチックを被っていて正体が分からない。

 

【溶けたプラスチック)

場所:栽培室

詳細:正体不明の物体に被さっているどろどろのプラスチック。原型を留めていないため、元が何なのかは分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「火事現場で見つけた、正体不明の機械があったでしょ?あの機械に被さってたどろどろのプラスチックって、もともとは油のボトルだったんじゃないかな?」

 「・・・あっ、あれか!」

 「ええ・・・な、なんで油のボトルが、どろどろになって変な機械に被さってるんですかぁ・・・?」

 「高温によるプラスチックの融解、それを利用した証拠隠滅及び破壊だろう。確かにこうすれば、内容物と容器の両方を認識させづらくすることができる。しかし、それはあくまで推測に過ぎないのではないか?」

 「ああっ!!思い出しました!!」

 

 言われて思いだしたが、栽培室にあった妙な機械にはプラスチックの溶けた奴が被さってた。あれがボトルだとすれば、確かに油が使われた可能性ってのは高くなる。だがそれは全て曽根崎の推理にすぎねえ。プラスチックが証拠だっつっても、あれが本当に油の入ってたもんかどうかは、燃えちまった今ではよく分からねえ。煮詰まりかけた議論をぶち壊すように、穂谷がよく通る甲高い声をあげた。

 

 「そう言えば私、今日は朝ご飯を作ろうと思って食堂に行ったのです。けども油がなくなっていて何も作ることができませんでした。料理の作れないフライパンなんて、叩くためにあるようなものではありませんか?」

 「フライパンが調理器具か楽器かはさておき、油がなくなっていたというのは本当か?ここの備品は全てモノクマが管理・補充をしているのだろう」

 「はい、そうですよ!いつでもどこでもどんな時も、TPOを弁えないことでお馴染みのモノクマライフサービス!清潔で美しく健やかなコロシアイを目指します!」

 「つまり・・・あるはずの油がボトルごとなくなっていた。火事の発生に使用されたためと推理できるわけだな」

 

 似たような流れを前にも見た気がする。備品はモノクマがうっとうしいくらい確認しては補充を繰り返してるはずだから、油がボトルごとなくなってるなんてことはないはずだ。それが起きたってことは、確実に笹戸殺しに使われてるって言えるわけか。なるほどな。けど、曽根崎の推理に足りねえ重要なことはもっとある。

 

 「よし、油がなくなってて使われたんだろうってとこまでは分かったし、間違いはなさそうだ。だが、まだテメエの推理は完璧じゃねえ。分かってんだろ曽根崎」

 「なんで?油を使えば小さな火からでも火災になるでしょ。サラダ油を使ったことはほぼ確定なんだから、おかしいところなんて何もないじゃないか」

 「じゃあ聞くが、そもそも犯人は最初の火をどうやって点けたんだ」

 「・・・ああ、それね。さあ、どうやったんだろうねえ」

 「はあ?」

 

 なんだよそれ。一番大事なところじゃねえのか。どんだけ油を撒こうが、肝心の火が点かねえと何にもならねえじゃねえか。火事になった以上、絶対に犯人は何らかの方法で火を起こしてんだ。てっきり曽根崎はその方法にも目星が付いてるもんだと思ってたが、どうやらマジで分かってねえらしい。メモ帳をしかめっ面で睨んだり、ペンを走らせたりして思案してる。

 

 「直接放火したって線はさっきの議論でなし。だとすればあらかじめ火を点けておいて時間差で火事になるように仕掛けたか、時限式の発火装置を仕掛けたか」

 「それだけではない。私は現場を調べたのだが、その上で一つの可能性を提示したい」

 「まだ何かおありですか?」

 「現場の荒れ具合、死体の損傷、栽培室周囲の瓦礫の状態・・・いずれも単なる火災にしてはかなり原状からかけ離れていた。ただ燃えた、というだけでは説明のつかない荒れ方をしていたことは無視できない」

 「・・・何が言いてえんだ?」

 「栽培室では、火災だけでなく爆発も起きたはずだ」

 「爆発・・・」

 

 現場の状況なんかろくに見てねえし、普通の火事の現場だってよく知らねえから、六浜の言うことはいまいちピンと来なかった。というか、納得できるわけがねえ。爆発なんてもんが起きてたら、あいつの言ってたことは明らかにおかしくなるじゃねえか。

 

 「それがどうしたのですか?爆発くらいあるでしょう、火事なのですから」

 「ただ油を撒いて火を点けただけなら、爆発など起こらない。もともと栽培室の中に可燃性の危険物などなかったのだ。爆発が起きたということは、そのようなものが新たに持ち込まれたことを意味する」

 「そんな危険なもんがそこらにゴロゴロしててたまるか!っつうかそもそも爆発なんか起きてたわけねえだろ!」

 「なぜだ?現場には確かに爆発痕が残っていたぞ」

 「知らねえよんなこと。おいチビ、お前はずっと植物園にいたんだよな?そん時、爆発なんかあったか?」

 「はええっ!?う、うちですかぁ・・・!?ば、爆発なんかあったら気付かないはずありませんて・・・。うちが火事に気付いてからは、六浜さんや曽根崎さんも来ましたから、その間に爆発なんかは・・・」

 「なかったね!」

 

 そらみろ、火事が起きる前から鎮火までずっと植物園にいたチビが気付かなかったんなら、爆発なんか起きなかったって言える。早朝で物音もしねえような中で爆発の音が聞こえなかったなんてわけがねえし、六浜の説はこれで完全に潰れた。

 

 「しかし現場には確かに爆発痕があったのだ。すまないが晴柳院、もう一度事件当時のことを教えてくれないか」

 「え、ええ・・・わかりましたぁ」

 

 

 《議論開始》

 

 「あのぅ・・・うちは今朝もいつも通り、植物園のお花を交換に行きました。その時はまだ“火事は起きてへん”かって、特におかしな様子はなかったです」

 「火事が起きてたら“煙があがる”から分かるよね。それもなかったんなら、やっぱり火事はまだ起きてなかったと言っていいだろうね」

 「それで、慰霊壇に備えてあるお花を交換して少ししてから、お池に古いお花を供養しようとしたところで・・・いきなり“スピーカー”からおっきい音がしました」

 「例の音のことか。それもよく分かんねえけど、今はおいておくか」

 「彼女の嘘かも知れませんですね!むしろ私はその可能性の方が高いと思いますが!」

 「う、嘘やないですってぇ!ちゃんと音量のつまみも下ろしたんです!で・・・その後に火事に気付きました。植物園に来てからそんなに時間は経ってないです」

 「聞く限りじゃ、チビが植物園に来てから火事に気付くまで“爆発なんてなかった”ってことになるな」

 「待っただ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 捜査時間中から数えて何度目かの晴柳院の証言を聞く。何度聞いてもやっぱりその証言の中に、爆発を臭わせるようなことなんかなかった。いくら栽培室を吹っ飛ばす程度とは言え、さすがに爆発なんかありゃ音も揺れも誤魔化しようがねえ。爆発って言葉だけで脳裏にちらつくあの馬鹿にすらできなかったことをここにいる誰かができたわけねえんだ。

 と思ってたのに、俺の考えをぶち殺すようにあいつが声をあげた。こいつはいつもそうだ。俺が当たり前のように考えてることを当たり前のように否定してくる。

 

 「晴柳院命。お前が植物園に着いた時に火災が発生していなかったのは確かなのだな?」

 「えっとぉ・・・煙が上がってへんかったって記憶だけなんで・・・確かかどうかは分かりません・・・」

 「十分だ。ではもう一つ、植物園に着いた時の時刻は覚えているか?」

 「あんまりはっきりとした時間は・・・ごめんなさい。けど、部屋を出たのが七時ちょっと前やったと思います」

 「六時前・・・とすると」

 「おい、なんなんだ望月。何か言うことあるんだったらさっさと言え」

 

 チビにいくつかの質問をしてから、望月は何もない空を見つめながら指折り何かを数え始めた。否定されたまま放っとかれてイラついてきたから急かすと、望月は数え終わったのか、俺を見て言ってきた。

 

 「おそらく、爆発は確かに起きた。それも、晴柳院命が植物園に着いた後に」

 「・・・取りあえず、理由を言ってみろ」

 「爆発があったとすれば、晴柳院命が植物園に着いた頃から火災を発見するまでの間だ。考えるに、爆発があったのは七時からの二、三分の間のどこかだろう」

 「そんなピンポイントに分かるとは・・・さては、貴女がその爆発を起こ」

 「馬鹿か!爆発があって気付かねえほどチビが間抜けだとでも言うつもりか!?」

 「ふええっ!?」

 「いくら広いつったって植物園にいて植物園で爆発が起きて、音にも気付かねえなんてことあるわけねえだろ!」

 「気付かない、というのは適切な表現とは言えない。正しく言うのならば、聞こえなかったのだろう」

 

 意味が分からん。爆発だぞ、気付かないなんてことあるわけねえだろ。栽培室を吹っ飛ばす程度の爆発がどのくらいのもんか知らねえが、少なくともそれなりの音と震動があるはずだ。いくらなんでも、チビがそれにも気付かねえほどの間抜けだなんて言うわけがねえだろうな。

 

 「気付かねえも聞こえねえも一緒だろうが!どっちにしろ、チビが爆発に気付けなかったわけがねえんだよ!」

 「例えば・・・爆発音を別の音と勘違いしたとか、そういうことは考えられない?」

 「は?・・・は?」

 「晴柳院命の証言の中にあった、明らかに不自然な大音量の音楽。時刻から推察するに、これが爆発と関係していないと考える方が無理がある」

 「何が言いてえんだ」

 

 じわじわと反論の余地を潰しながら、核心には触れずにいつの間にか追い詰めてる。論理的なのに回りくどくて分かりづらいこいつの説明を聞いてるとイラついてくる。爆発とスピーカーの間にどういう関係があるってんだ。

 

 「晴柳院命が聞いた大音量の音楽は、栽培室からの爆発音を掻き消すために仕掛けられたものだということだ」

 「・・・そんなことできんのかよ」

 「初めて植物園に行った時にも音楽かかったよね!物凄くうるさくて目眩がしたよ。むしろあれが爆発音なんじゃないかってくらいだったね」

 「改悪されたものとはいえ、音楽と爆発音の違いくらい聞き分けられないものでしょうか?貴女方の耳は節穴ですか!?耳は元から穴ですが!うふふっ!あっはははははははははははははは!!ケッサクですね!!」

 「聞き分けられるような気持ち悪い耳持ってんのはテメエくらいだ・・・。っつうかそれ以前に、まだ問題があるだろうが!」

 

 曽根崎に言われて思いだした。植物園のスピーカーから出た音は、確かに爆音って喩えがしっくりくるくらいにはうるさかった。だがそれはあくまで喩えだ。しかもスピーカーの音と爆音を被せて爆発に気付かせないようにって簡単に言いやがるが、そんなこと狙ってできるもんじゃねえだろ。

 

 「あの音楽は毎日毎日、モノクマが流してたんじゃねえのか。いつ鳴るかなんて分かりゃしねえもんを使って爆発に気付かせねえなんて、そんなことできるわけねえだろ!」

 「あっ・・・そ、そうですよ・・・。だってうち、いつも同じくらいの時間に行ってますけど、音楽が鳴る時と鳴らない時があって・・・」

 「二人とも、それ本気で言ってんの?モノクマが最初に説明してたでしょ。あの音楽は五時間おきに鳴るようになってるって」

 「ん?」

 

 そんな説明されてたか?クソどうでもいいことだと思って聞き流してたような気もする。

 

 「んもう!清水くんってば話聞いてなかったな!テストに出るから覚えとけっつったろうが!激怒ぷんぷん丸だよ!!」

 「もはや古さすら感じる」

 「五時間おきってことは、ある日とその次の日では鳴る時間が一時間ずれるってことだよ。五日で元に戻るまで、規則的に一時間ずつ遅くなる。晴柳院サンみたいに鳴る時と鳴らない時があるのは、二十四時間が五時間じゃ割り切れないから起きることなんだよ」

 「ああ・・・な、なるほど」

 「だ、だからなんだってんだよ!五時間おきに鳴ってたってそんなもん、事件当日の何時に鳴るかは当日にならねえと分からねえんじゃねえのか!!」

 「分かるよ?一度でも音楽がかかったのを確認すれば、そこから五時間間隔で鳴るんだから、五日間の時間のローテーションは計算できる」

 「それと、清水がしている大きな勘違いの解消もしておこう。犯人が音楽が鳴ることを計画に組み込んでいたのならば、爆発の時刻を音楽がなる時刻に合わせたということだ。どのように爆発を起こしたのかはまだ分からないが、犯人はあらかじめ、誰かが植物園の火災に気付く可能性をできるだけ排除しようとしたのだろう。スピーカーの音量をいじっていること然り、犯行時刻然り、な」

 

 馬鹿にするような言い方より、本気で心配されるような言い方をされる方がムカつく。つうか犯人はわざわざそんな面倒なことしたのか。スピーカーの音で爆発音を掻き消すなんて、植物園に人がいなきゃ何の意味もねえことだ。たまたまチビがいたわけだから、無駄にはなってなかったようだが。

 

 「まったく、貴女方がお粗末な耳を持っているばかりに、犯人の思う壺になってしまうだなんて・・・情けないことですね」

 「だったらテメエも少しはまともな推理してみせろや、イカレ女が」

 「あら?いつ貴方がまともな推理をしたのですか?これだけ話し合って、まだ爆発の原因すら突き止められていないのに、それがまともな推理だと?ずいぶんと呑気なのですね」

 「ああっ!?ケンカ売ってんのかコラ!!」

 「し、清水さんも穂谷さんもやめてくださいぃ・・・そんなんしてる場合とちゃいますよぉ」

 「清水の怒りももっともだが、穂谷の言うことも一理ある。爆発が起きたということと、それが気付かれなかった理由は分かったが、肝心のなぜ起きたかが分からなければ、この先の議論などしようがない」

 「やっぱそうなるんだね」

 

 ふざけやがってクソが、テメエはくだらねえことを喚き散らしてるだけなのに、俺らのこととやかく言える立場かよ。調子乗りやがって。だったらもうぐうの音も出ねえように、今ここで爆発の原因を突き止めるしかねえ。

 

 

 《議論開始》

 

 「爆発が起きるには起爆剤が必要だ。“大量の可燃性物質”があれば爆発は起きるが、油のような液体では起きにくい。火薬の類でもあれば話は別だが」

 「ふふふ、爆薬なら倉庫に“花火”があるではありませんか!貴女の大切な古部来君の命を奪ったあの爆薬が!!」

 「あ、“油をもっとたくさん”撒いて、爆発させたんちゃいますか・・・?」

 「なにも自然に爆発させたと決定したわけでもあるまい。“爆弾”を仕掛けたことによる爆発も十分に考えられる」

 「そこまで大がかりなことするかなあ。もっと“植物園にあるもの”で爆発を起こすこともできそうだけど」

 「・・・そうだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ああ、そうだな。爆弾なんかなくったって、爆発は起こせる。植物園にあるものでな」

 「ふええっ!?ほ、ほんまですかあ!?そんな危ないもの・・・ありましたっけ・・・?」

 「私の記憶ではなかったがな」

 「どんなもんでも使い方次第なんだろ。捜査時間に植物園の倉庫を調べたんだが、備品リストと実際の在庫で数が合わねえもんがあった。あそこにあるもんもモノクマが補充してんだろ?」

 「モチのロンです!一部例外を除き、消耗品はなくなったらすぐに補充するよ!ま、コロシアイが起きた時はクロとシロの公平を期すためにしないけどね!」

 「で、そのなくなっていたものとはなんだ?」

 

 別に俺が自分で見つけたわけじゃねえ。捜査時間が始まってから、曽根崎に言われて倉庫を調べてる時に気付いたんだ。だから曽根崎が言うもんだと思ってたが、俺の話に耳を傾けてるところを見ると、特に確証もなく俺に捜査させてたようだな。

 

 「殺虫剤と除草剤、どっちもスプレー缶タイプのもんだ。それが倉庫からまるまるなくなってた」

 「スプレー缶・・・ああ!なるほどね!」

 「何がなるほどなのですか?」

 「ああいうスプレー缶の中身ってのはよく燃えるんだよ。ライターの火に吹きかけて遊ぶガキなんかよくいるだろ」

 「ホントはとんでもなく危ないんだけどね。中身に引火すれば缶ごと爆発して、まず無事じゃ済まないから」

 「倉庫にあった殺虫剤と除草剤も同じようなもんだったはずだ。あの中身を栽培室いっぱいに撒き散らしてから火を点けりゃ・・・爆発だって起きんだろ」

 「しかしその場合、点火後すぐ爆発が起きる。放火にしろ何にしろ、火を点けた犯人自身も危険な方法と言わざるを得ないが?」

 「缶のまま火にくべても爆発はするよ。その場合は時間差があるから、今回はそうしたんじゃないかな?」

 

 爆発の原因は、これでよさそうだ。スプレー缶を爆薬代わりにするなんて、イカレたこと考えやがる。あの瓦礫の中じゃ粉々になった缶の欠片なんか気付きやしねえし、もし曽根崎が俺に倉庫を調べるように言ってなかったら、こんなことにも気付けなかったかも知れねえ。改めて思うが、証拠が少なさすぎる。こんな綱渡りみてえな議論を続けるだけで、精神力ががんがん削られてく。

 

 「火事が起きた状況も、爆発の原因も分かった。しかしやはり、もともとの火がどうやって点けられたのかがまだ分からない・・・」

 「放火とちがうっていうんはもう、決定・・・で、いいんですよね・・・?そしたらやっぱり・・・なんかの仕掛けを使ったんちゃいますか・・・?」

 「その仕掛けが判明していないのだ」

 

 長いこと議論してたような気がするが、結局今までに分かったのは、笹戸が火事の中でどうしてたかと火事の経過くらいだ。そもそも火事をどうやって起こしたかが分からねえんじゃ、議論は進んだとは言えねえ。複雑に入り組んでるわけでもねえのに、議論が長引く。どうなってやがる。

 

 「ボクが思うに、犯人は機械を使って火を点けたんだと思うよ。ほら、油のボトルが溶けて被さってたあの機械でさ」

 「私もそれに賛成だ。何の意味も無く置いてあったとは思えない。しかし、一体なんの機械なのか、心当たりでもあるのか?」

 「さあね。でも、分かることを少しずつ明らかにしていけばいいんじゃないかな。たとえばホラ、この機械から二本のコードが伸びてるのとか、なんかありそうじゃない?」

 

 曽根崎が取り出した真っ黒の機械は、最初に見た時よりも多少見やすくなった。煤が落ちてきたんだろう。それでもまだ何の機械か分からねえが、二つの箱がくっついたような手の平サイズの本体から虫の脚みてえにひょろっこいコードが二本伸びてる。なんだこりゃ。

 

 「それ以外に特徴ないし、これを明らかにすれば機械の正体も分かるんじゃないかな」

 

 そこまで単純かどうかは分からねえが、とにかくこのコードが何なのかは気になる。機械、コード、二本・・・なにかが閃きそうだ。この機械の正体に繋がる何かが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「もしかしたら・・・このコードは回路なんじゃねえのか?もともと電気が流れる部分だったとかよ」

 「回路?」

 「機械なんだったら電気が必要だろ。だったら、このコードはコンセントっぽくねえし、回路の一部なんじゃ・・・」

 「口を挾ませてもらう」

 

 機械から伸びたコードって時点で、これが電気の流れるところなんだってことは想像つく。だがこれがコンセントだとすると二本もあるのはおかしい。何より栽培室は電気こそ通ってたが、コンセントなんかなかった。だとすれば俺が思い付くのはそれくらいだが、そこに六浜が突っ込んできた。

 

 「清水、お前なりに考えたのだろうが、それは私も思い付いた。そしてすぐ否定されたのだ」

 「あ?なんでだよ」

 「今から説明してやろう」

 

 こいつがこんなに突っかかってくるのは珍しい。あれが回路だとしたら何か都合が悪いのか?それともマジで、絶対に回路じゃねえ証拠でもあるってのか?けどあの機械の正体には触れねえあたり、まだこいつにもあれがなんなのか分かってねえってことだ。それなのになんであんな自信たっぷりに否定できんだ。

 

 

 《反論ショーダウン》

 

 「栽培室に残っていた正体不明の機械、そこから伸びる二本のコード、お前はあれが回路の一部だと言いたいわけだな」

 「そうだっつってんだろ。俺には他に思い当たらねえし、どう見たってあそこに電気が流れてたって考えるのが普通だろ」

 「思い付くことは普通かも知れんな。だがその可能性を否定できないことはないはずだぞ。改めて見てみれば分かるだろう!あれは絶対に回路たり得ない!」

 「ずいぶん自信があるようだが、だったらなんで回路じゃあり得ねえか言ってみろや!」

 「こんなものは中学生の理科の時間で習うはずだぞ。回路ということは電気が流れるということだ。電気が流れるためにはただコードがあるだけではいけない」

 「じゃあ他に何が必要だってんだよ!あそこには機械とコード以外に怪しげなもんは“なんもなかった”だろうが!」

 「その矛盾だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「機械と、二本のコード、それしかないことが、あれが回路になっていない決定的な理由だ」

 「はあ?」

 「どのようなものであれ、電気が流れるためには回路が閉じている必要がある。つまり電気を生み出す機関や変換器、電線などが環状に繋がっていることが条件だ。しかしあのコードは好き勝手に伸び、繋がっていなかった。空気は不導体であるから回路の一部にはなり得ない。だから回路であることは否定されるのだ」

 「んっ、んなもん、犯人が捜査中に一部だけ抜き取ったのかも知れねえだろ!」

 「一部だけ持ち去るのなら全て持ち去る。火を使って証拠隠滅を図った犯人だ。証拠を持ち去れる機会があれば見逃すはずがあるまい」

 「んぐぐっ・・・!!」

 「こりゃ負けちゃったね清水クン。まあ六浜サンが相手じゃキミじゃ敵わないよ」

 「うるせえ!」

 「というよりボクは両成敗でいいじゃないと思うんだけど」

 「・・・また何か言いたいことがあるのだな?」

 

 またまた曽根崎が口を挟んできた。はじめっからずっと、この裁判の行方を支配してるようなこいつに、なぜか刃向かう気になれない。こいつにはとっくに真実が見えてるんじゃねえのか。その上であえて俺たちが何も分からねえのを眺めてるんじゃねえのか。

 

 「六浜サンの言う通り、このままじゃこのコードは回路として機能しないよ。でも清水クンの言うことも切り捨てられないんだよね」

 「理解できないな。回路か、回路ではないか、そのどちらかではないのか?」

 「それは今の話でしょ。ボクはさあ・・・事件当時、これはまだ回路だったんじゃないかと思うんだ」

 「なに?」

 「このコードとコードを、電気を良く通す『何か』で繋ぐ。そして火事によってその『何か』は燃えてなくなる。こうすれば、回路だったものが役目を終えて回路じゃなくなる、こういう仕掛けができあがるわけだよ」

 

 ずいぶん曖昧な推理だな。その『何か』が分からねえんじゃ、都合のいいこと言ってるだけじゃねえか。だが、強ちない話とも思えない。事実、今までの議論の中に出て来た物の中には、証拠として残っているはずなのに火事のせいで見つけられなかったもんが幾つかあった。ってことは、他にも何か、証拠になるはずだったものがあってもおかしくねえ。

 

 「だからみんなにちょっと話し合ってもらいたいんだよね!この『何か』がなんなのか!」

 

 またしても曽根崎の思うように議論が進む。こいつがクロだって証拠もなけりゃ、シロだって確証もねえのに、俺たちの感情なんかお構いなしに、議論は別の生き物みてえに勝手に動き出す。

 

 

 《議論開始》

 

 「もともとこれは“一つの回路だった”と思うんだよね。火事のせいでその一部が燃えてなくなった!だからその“なくなった部分”がなんなのかを話し合ってみてほしいんだ!」

 「あったものがなくなって、なくなったものがあって・・・こんがらがってきましたね。ただそこに物があり、私がいる。それだけではいけませんか?存在など、単なる人間の認識に過ぎない。本当にそこに存在するかどうかは誰にもわからないのですよ!」

 「床一面に撒かれてた“油”とかは・・・」

 「栽培室には“鉄製の棚”が大量にあったな。金属はよく電気を通すから、あれではないか?」

 「“蛍光灯”はどうだ」

 「電気は通すが、燃焼によってなくなるものではないな。例えば紙などの燃えやすいもの、あるいは“強烈な熱化学反応を示す”物質などが適切だろう」

 「それに賛成っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「望月サンの意見いいね!それかもしれない!」

 「それかも知れないって・・・なんておっしゃったんかうち、いまいち分からないんですけど・・・」

 「強烈な熱化学反応を示す物質、と言った」

 「要するに、よく燃えて光って熱を出すものということだろう。具体的に何だと考えている?」

 「そうだねえ。やっぱり身近なものがいいんじゃないかな。電気を流すとよく燃えて、なおかつ最後にはなくなっちゃうもの!」

 「そんなもん・・・」

 

 燃えてなくなる、電気で燃えるもの・・・。そういえばさっき六浜が、中学生の理科がなんとか言ってたな。なんとなく印象に残った。もしこの仕掛けにも、中学生の理科レベルのことが利用されてるんだとしたら・・・身近なもので、電気を流すことで強く反応するようなもんがあるとしたら・・・。

 

 「鉛筆の芯・・・」

 「あっ・・・!た、たしかにそれなら・・・芯も木も燃えたらなくなります!」

 「どちらかというとシャーペンの芯の方が満点解答かな。見たことない?電気でめちゃくちゃに燃えてるシャー芯」

 「なるほど」

 

 どっかのバカがやって火傷してたような気がするな。シャーペンの芯は電気を流すと思った以上に燃える。最後には折れて電気も流れなくなるが、あれはつまり芯が燃えてなくなったってことだ。曽根崎が言ってた条件にばっちり合う。

 

 「そうか!その仕掛けを使えば、芯で生じた電熱で油に火を点けることもできる!そうすればあとは燃え広がった炎で芯は焼失し、スプレー缶に引火して爆発・・・証拠の隠滅も兼ねるというわけか」

 「実に込み入ったことをするのですね。最初から放火してしまえばこんな仕掛けをする必要もなく、証拠が増えることもなかったというのに」

 「それは確かに気になるけど、犯人には犯人の思惑があったんだろうね」

 「・・・あれ?あ、あの・・・ちょっといいですか?」

 「どうした、晴柳院」

 

 シャー芯に電気を流して、油に火を点けて、スプレー缶を爆発させて、その音をスピーカーで掻き消して・・・。確かに言われてみりゃ妙だ。普通に火を点けて笹戸を殺すだけなら、こんな仕掛けをしなくてもいい。ロープかなんかで笹戸を動けなくしてから、火を点けてあとは逃げちまえばいい。なんで犯人はわざわざここまでの仕掛けを用意したんだ?

 そんな疑問とは別に、晴柳院が何か気になったらしい。今度はなんだ。

 

 「あの、今までの推理、全部すごく納得できたんですけど・・・あの、一つだけ分からへんことがあるんです・・・」

 「遠慮せずに言ってみろ」

 「えっと・・・火を点けたり爆発させるまでの一連の仕掛けって、そもそもその機械を動かして火を点けるところから始まるんですよね・・・?」

 「そうだな。火を点けなきゃ火事なんか起こらねえからな」

 「だったらあの・・・・・・その機械を動かすための電気って・・・どこから引いてきたんですか?」

 「・・・あ」

 

 やっと議論が動き出したと思ったら、またすぐに止まった。もう何度この繰り返しをした?どんどんイラついてくる。一体俺たちは何をしてんだ。本当に真実に向かってんのか?それとも遠ざかってんのか?同じ所を回ってるだけじゃねえのか?議論は進んでんのか膠着してんのか、意味があるのかねえのか、分からなくなってくる。

 

 「電池・・・ではないか。点火時、犯人は既に現場を離れてた可能性が高い」

 「栽培室にコンセントはなかったんだろ?時限式の電力装置ってことか?」

 「しかし他に機械らしき焼遺物はなかった。あるタイミングで電力を供給したのか、あるいは電流を阻害していた絶縁体を取り除いたのか・・・」

 「さっぱり分かりませんね!事件当時の犯人の動きも!どのように電気を生み出したのかも!何もかも!私たちは何も分からず、ただ絶望に飲み込まれていってしまうのでしょうか!」

 

 ちょっと議論が行き詰まると、すぐ穂谷は不吉なことを言い出す。だが実際、俺たちに進むべき道はないように思えてくる。話し合いで分かることは、犯人の行動とは関係ないことばっかだ。笹戸は動けないまま火に焼かれて死んだ、火を生み出してから爆発までは全自動で、その間に犯人がどこで何をしてたのかは分からねえ。このままじゃマジでどうしようもねえ。

 

 「そもそも、私たちが分からないのは犯人だけではありません!私たちはもっと根本的なことを分かっていません!」

 「根本的なこと?なんだそれは」

 「貴女方は全て分かった気になっているのでしょう?ですが実際にはどれだけのことを知っているのですか?私は何も分かりません。今となっては彼の声すらも、曖昧なままです!」

 「彼って・・・?」

 

 急に饒舌になったと思ったら、穂谷は笑いながら言った。俺たちはまだほとんど何も明らかにできてない。だが根本的に分かってねえことってのはなんだ。犯人の正体か?事件が起きた理由か?この裁判の行方か?

 穂谷の口から飛び出したのは、そのどれでもなかった。

 

 「私たちは彼について・・・笹戸優真君について一体どれほどのことを知っているというのでしょうか!?」

 

 この発言から裁判が一気に動き出すなんて・・・その先に待ち受けてた真実なんて、俺たちは予想だにしていなかった。この事件が、俺たちが思ってる以上にデカい意味を持ってることも、この時の俺たちはまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り6人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命    【明尾奈美】

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎   【笹戸優真】

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

【屋良井照矢】【鳥木平助】 【滝山大王】【アンジェリーナ】




もっとさっくりいってしまわないか心配してたら、逆に文字数がえらいことに。これで半分とか自分がおそろしい。
なんでこんな長くなっちゃったんだろ。次はもっとスリムにしたいけど、どうせまたすごいことになるんだろうなあ・・・


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

学級裁判編2

 じゃじゃじゃじゃーーーん!!オマエラ!!元気してる!?そう、モノクマだよ!学級裁判もとうとう五回目!人数は順調に減って六人にまでなってしまいました。そろそろ佳境かな?と思ったら裁判はまさかの膠着!今回の被害者は“超高校級の釣り人”笹戸優真くん!!え?知らない?そうだよね、だってホントに目立たない生徒だったもんね!!ボクも大した思い出ないや!!

 そんな地味な彼も死に方はかなり派手!!彼の死因はなんと焼死!!植物園の栽培室ごと燃えて死んじゃったんだよね!せっかくボクが可愛がってた猛毒植物たちも道連れになっちゃって・・・ホント悲しいよ。でもいいもんね!!モノクマフラワー改二と絶望さえあればボクは満足なの!!うぷぷぷぷ!!この先に待ち受けてる絶望と希望も、素敵なことになりそうだね!!

 何もかも燃えちゃって証拠も少ない上に、人数も少なくなって(しかも一人は使い物にならないwww)裁判はなかなか進まない。それでも少しずつクロは追い詰められ、シロは彷徨っていく!うぷぷぷぷ!クロ負けシロ負けどっちも勝てない!!それこそ絶望だよね!!うぷぷぷぷ!!うぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「私たちは笹戸君のことをどれほど知っていると言うのでしょうか!いいえ!私も貴女方も、彼のことを何も知らない!一体彼は誰だったのでしょうか!?」

 

 穂谷は歪に笑いながら高らかにそう叫ぶ。狂人の戯言だ、と切り捨てることはできなかった。その言葉には強い説得力があったからだ。もう死んじまってここにはいないあいつを、笹戸のことを、俺たちは本当に知ってると言えるのか?

 

 「今回の被害者は、“超高校級の釣り人”笹戸優真。希望ヶ峰学園の生徒だ」

 「そんなことは分かっている。そうではなく、笹戸という男がどういう人間だったのか、ということだろう」

 「確かにあんまりじっくり話したことないなあ。いつも一緒にいた滝山クンや明尾サンは・・・二人とももう死んじゃったや」

 

 ここにいる奴らは、合宿生活の中でほとんど笹戸と絡んでたことがない。死んでから気付くなんてのも皮肉な話だが、曽根崎すらもあの様子じゃ相当だったようだな。

 

 「私も、笹戸とじっくり話し合ったことはない。奴がなぜここにいるのかも、私には心当たりがない」

 「ど、どういうことですか・・・?」

 「この合宿に参加している私以外は全員、“超高校級の問題児”であるはずだ。しかし笹戸がそのように見られているとは到底思えない。奴は希望ヶ峰学園にとって、そんなに危険な存在だったのか?」

 「言われてみればそうだな。問題児っつっても色々だが、あいつはまだマシな方じゃねえか?少なくとも、学園から隔離されるほどヤバい奴には見えなかった」

 

 別に合わせてるわけでも、あいつに気を遣ってるわけでもない。マジで笹戸が“超高校級の問題児”にされる理由が、俺には分からねえ。自分で言うのもなんだが、俺や古部来みてえに人間性に問題があるわけじゃなく、石川や屋良井みてえに犯罪を犯してるわけでもなさそうだ。

 だったらあいつは、なんで俺たちと同じ扱いをされてるんだ?

 

 「そういえば、笹戸優真は確か、今回の動機である学園での記憶を取り戻していたな」

 「は、はい・・・急に思い出したようで、びっくりしましたぁ」

 「その内容について、聞いた者はいるか?」

 

 誰も手を挙げない。全員がお互いの顔を伺う。つまり、誰も聞いてねえってことだ。晴柳院なら聞いてるかも知れねえと思ったが、そうでもなかった。笹戸は誰にも自分の記憶のことを話さないまま死んじまった。今ではその内容は知る由もないってことか。

 

 「ま、動機なんざ知ったところでどうにかなるもんじゃねえし、あいつの記憶が事件と関係してるとも限らねえしな」

 「果たしてそうでしょうか!?記憶を取り戻したからこそ、今回貴方がたの誰かはこのような事件を起こしたのではありませんか!?内容すら知らないのに、笹戸君の記憶に手掛かりがないなどとなぜ言い切れるのですか!」

 「そうだよね。それに、知ることはできないけど、推測することならできるよ」

 

 単純に穂谷はうるせえ。死んじまった奴の頭の中のことを推測するっつったって、一体どんな手掛かりがあるってんだ。

 

 「記憶を取り戻したことが確定してるのは、清水クンと六浜サンと笹戸クンの三人だ。清水クンと六浜サンの記憶の内容は聞いたよ。それと、その引き金になったパスワードも」

 「私が“希望ヶ峰学園史上最大最悪の事件”で、学園で最も恐怖した記憶。清水が“超高校級の絶望”で、学園で最も困惑した記憶だったな」

 「困惑っつうかなんつうか・・・まあ違いねえけどよ」

 「内容から察するに、パスワードと記憶の中身は強く関係してるよね。詳しいことまでは無理だけど、だいたい何に関する記憶かは分かるんじゃないかな」

 「それは既に共有事項ではなかったのか?」

 「う、うちは知りませんでした・・・ごめんなさい」

 「つまり、笹戸が記憶を取り戻したパスワードが分かりゃ、あいつが何を思い出したのか、だいたいの予想がつくってことか?」

 「手掛かりレベルだけどね。ボクもはっきりとは言えないや」

 

 だが今はマジで手掛かりも何もない。少しでも可能性があるんなら、それに頼るしかねえ状況だ。厄介だな。ろくに話したことも、知りもしない奴が死んだら、こんなにも分からねえことだらけになるのか。せめて何を思い出したのかくらいは言っとけっつうんだ。

 

 「問題は、笹戸優真が何を以て記憶を取り戻したか、その手掛かりがないことだ。おそらくファイルの中の一部だと考えられるが、それでも五冊ある内のいずれかかは不明だ」

 「ではこのやり方はダメですね。手掛かりの手掛かりがないのですから、お話しになりません」

 「・・・そうでもねえんじゃねえか?」

 

 何かを知ろうとすると、それを知るための手段を探すところから始まるのが厄介だ。だが、今回の場合は、意外とすんなりいくかも知れねえ。笹戸が何を見て記憶を取り戻したか、はっきりと知ってるはずの奴がいるからだ。そいつに聞けば案外パスワードくらいはすぐ分かるかも知れねえ。

 

 「お前なら、知ってるはずだ」

 

 

 《人物指名》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あっ・・・あの、えっと・・・ちゃんと覚えてるか分かりませんけど・・・」

 

 俺の視線を感じ取ったのか、晴柳院はそう返した。ファイルを見た笹戸が記憶を取り戻して声をあげた時、こいつも一緒にいたはずだ。パスワードが分からなくても、どのファイルのどのページを読んでたのかくらいは分かるはずだ。

 

 「構わない。少しでも思い付くものがあれば、なんでも言ってくれ」

 「まず・・・笹戸さんが読んではったんは、“超高校級の絶望”が起こした事件についてのファイルです。確か、うちらと同じような状況になってた人たちのページを見てました・・・」

 「ということは、『コロシアイ学園生活』または『コロシアイ修学旅行』についての記述のいずれかということになるが・・・それは確かなのか、晴柳院」

 「は、はい・・・」

 

 俺たちと同じように、希望ヶ峰学園の生徒たちが閉じ込められてコロシアイを強要された事件が、過去に二度もあったらしい。それについて晴柳院に聞く前に、六浜が念を押した。それがなぜかは俺にだって分かる。その2つのコロシアイが起きたのは、『旧希望ヶ峰学園』での話だからだ。

 “超高校級の絶望”、『人類史上最大最悪の絶望的事件』、江ノ島盾子・・・その時代の希望ヶ峰学園は、一度完全に崩壊した。そして今の希望ヶ峰学園は、その絶望との戦いの中で生まれた、『未来機関』って奴らが新たに建てたもんだ。全部ファイルに書いてあった。つまり、『コロシアイ学園生活』も『コロシアイ修学旅行』もずっと昔の、今とは別もんの希望ヶ峰学園で起きた出来事ってことだ。

 

 「『旧』希望ヶ峰学園が壊滅してから『現』希望ヶ峰学園が建てられて、今に至るわけだ。そこには数十年では足りない程の歴史がある。『現』学園すら既に、晴柳院家当主が三世代にわたって入学するくらいには歴史がある」

 「うちはまだ当主と違いますけど・・・で、でもお爺様とお父様は卒業生です・・・」

 「ファイルにある『コロシアイ』はどっちも『旧』学園での出来事だ。そんな昔の出来事と、なんで笹戸クンが関係してるのかな?」

 「デタラメを言っているのではありませんか?」

 「で、でたらめとちゃいます!う、うち・・・見ました・・・。笹戸さんが記憶を取り戻したところ・・・そのページも・・・」

 

 そう言えば、捜査時間中に曽根崎が晴柳院を資料館に連れてってたな。もしかしたらあの時、自分の調べ物のついでに晴柳院にファイルの話をしてたのかも知れねえ。またこいつの先読みが功を奏したってわけか。気に食わねえな。

 

 「実際のファイルも持ってきたよ。晴柳院サン、ちょっと写真がキツいかも知れないけど、そのページを教えてくれる?」

 「はい・・・」

 

 曽根崎から真っ黒なファイルを受け取って、晴柳院がページをめくる。そこに載ってるのは、過去のコロシアイの記録だ。死体はもちろん、凶器や動機、殺人の経緯に、クロが受けた処刑の様子まで載ってる悪趣味っぷりだ。特に晴柳院にはキツいもんがあるはずだ。それでも晴柳院は、顔を苦痛に歪めながら、ページをめくる。そして、笹戸の記憶のパスワードが載っているページを見つけた。

 

 「あっ・・・!こ、これです・・・!笹戸さんの記憶に関係してるページは・・・・・・こ、ここです」

 

 よっぽど凄惨な写真が載ってるんだろう。より一層表情を険しくして、晴柳院は震えながらそのページを開いたまま、ファイルを俺たちの方へ向けた。薄暗い中で真っ赤に弾けた血飛沫が毒々しい写真を。四肢を縛られ、槍で腹を一突きにされた無惨な男の死体の写真を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「『コロシアイ修学旅行』。事件No.5。被害者は“超高校級の幸運”、狛枝凪斗。クロは“超高校級のゲーマー”、七海千秋。被害者の死因は毒性の気体を吸引したことによる毒死」

 

 六浜が、その事件の概要を読み上げる。話を聞くと、その『コロシアイ修学旅行』ってのは“超高校級の絶望”15人を更正させるために作られた仮想空間内で起きた事件らしい。そしてその七海千秋って奴は実際の生徒じゃなく、ゲーム内で生徒たちを監視するために作られたコンピュータープログラムだとか。色々とブッ飛んでやがるな。プログラムごときが人を殺したってのかよ。

 

 「“超高校級の幸運”なら、ここにいる全員が知っているだろう。毎年一人、抽選で入学を許可される一般の高校生のことだ。狛枝凪斗は、旧希望ヶ峰学園の第77期生だ」

 「よくご存知で!なぜそんな大昔の生徒の名前など知っているのですか?妙ですね!」

 「希望ヶ峰学園の生徒会役員、それも学生課だぞ。第1期生から現在の生徒たちまで、顔と名前、“才能”くらいは覚えていて当然だ」

 「そりゃお前だけにしかできねえことだろうが。っつうか、このページが笹戸の記憶の手掛かりだとしても、何が記憶のパスワードなのか分からねえじゃねえか」

 「それがそうでもない」

 

 穂谷の言う通り、旧希望ヶ峰学園の生徒同士のコロシアイなんて、俺たちは普通知るはずがねえことだ。そもそも昔の希望ヶ峰学園でコロシアイが起きてたことすら、このファイルを見た時にはじめて知ったんだ。本当にここに書かれてる内容で、笹戸は記憶を取り戻したってのか?

 

 「この、狛枝凪斗という男はこの時点で確かに死んだ。だが、此奴はそれだけで終わるような男ではなかったのだ」

 「というと?」

 「普段の狛枝は、どちらかと言えば能天気で、マイペースな男だった。飄々と振る舞い、しかし人当たりが悪いようでもなかった。それも奴の一側面ではあったのだろう。だが、奴の真の顔はそれとはまた異なる」

 「真の顔?」

 「狛枝は“超高校級の才能”およびそれを有する希望ヶ峰学園の生徒というものを非常に強く崇めていた。“才能”を人類の希望と掲げる希望ヶ峰学園の思想を体現しているかのように、“才能”を『希望』として崇めていたようだ。反面、絶望というものを激しく嫌悪していたらしい」

 

 また妙な奴が出て来たな。“超高校級”ってのはみんなそうなのか?特に“才能”を崇めてたなんて、そいつと同じ世代じゃなくてよかった。たぶんその狛枝って奴と俺は、何があっても相容れないだろうからな。

 

 「私が知っているのはあくまで記録でしかないため確証がないことを前提に聞いて欲しい。狛枝のこの思想は希望ヶ峰学園の理念に近しいものだが、奴はこうした学級裁判の場において“才能”と“才能”がぶつかり合うことを促したり、『希望』のためには自らの命すら惜しまない危険な領域にまで発展していた。多くの者はこの考えを非難したが、賛同する者は僅かながら存在した」

 「そ、そんな怖い人がいたんですかぁ・・・」

 「“才能”だの希望だの、反吐が出そうな野郎だな。その上、学級裁判だの自分の命も惜しまねえだの・・・」

 「まるで“超高校級の絶望”のようですね!希望を愛するあまり、彼が嫌悪していた絶望と同じ行動を取るだなんて、それは果たして希望なのでしょうか!?或いは絶望なのでしょうか!?」

 「その思想に賛同してた人って、誰だか分かるの?」

 「個人では分からないが、狛枝の死後にその思想を受け継いだ生徒たちが集団で活動していたという事実は、いくつかの記録から推察できる。希望ヶ峰学園が再建された後にも、それらしき活動が窺える」

 「それほど影響力のある生徒だったのか。狛枝凪斗・・・初めて聞く名前だが」

 

 六浜自身が言ってるように、全部ただの記録だ。だがそんな記録が残ってる時点で、そいつがかなりヤバい奴だってことの証明になる。何が“才能”だ、何が『希望』だ。結局は自分の命を捨てようとしたり学級裁判を楽しんだりと、今の穂谷と何が違えんだ。完全にイカレてやがる。

 

 「って、その白ワカメがイカレ野郎だってことが、今回の事件とどう関係あるんだよ?」

 「通常、何十年も昔の、それも『旧』学園の生徒のことなど我々『新』学園の生徒が知るはずもない。私のように調べもしなければな。ならば、笹戸がこのページを見て記憶を取り戻したというのは、実に不可解ではないか?」

 「そりゃそうだね!それに今回の動機である記憶は、ボクたちの学園での一番の記憶!ちょっとやそっと調べた程度の知識が引き金になるわけがないね!」

 「と、というのは・・・?」

 

 まあ、俺の記憶とパスワードがそこまで俺に関わりあるかっつうと疑問だが、モノクマの気まぐれにいちいち理由なんか求めてらんねえし、笹戸とその狛枝ってのが関わり合いがあるのは確かだ。

 

 「笹戸が直に狛枝と接触したという可能性はあり得ない。本人はとうの昔に死亡している。ならば奴が関われる、狛枝に関連するものと言えば・・・」

 「さっき言ってた、狛枝の思想に賛同してた集団か」

 「そう見て間違いないな」

 

 俺の言葉に、六浜は淡白な肯定で返した。マジか、そんな単純なことなのか。

 

 「希望ヶ峰学園内には、生徒が組んだ集団がいくつも存在する。公的に認可された部活動や委員会をはじめ、明確な学園の敵である“超高校級の絶望”までな。笹戸が関わった集団もその一つだ」

 「少しお待ち下さる?なにやら勝手に話が進んでいますが、今確実に言えることは、笹戸君はこのページを見て記憶を取り戻したということ。ならばその狛枝凪斗とかいう生徒以外のパスワードの可能性はありませんこと!?」

 「ない、とみていいだろう」

 「ほう・・・貴女が言うからには、論理的な説明ができるのですよね?望月さん!?ええっ!?」

 「なんでキレてんだよ」

 「無論だ。このページから抜き出せるパスワードの候補は、『狛枝凪斗、七海千秋、アルターエゴ、“超高校級の絶望”、未来機関』の五つだ」

 「ま、他にそれらしい言葉もねえしな」

 

 いきなり話をぶった切ってきた穂谷に応戦したのは、望月だった。こいつは意外と六浜の説に賛成してるようだ。不確定なことがあるから、てっきり疑ってくると思ってたんだが。

 

 「ファイルを読む限り、七海千秋とはプログラム上の存在で実体を持たない。また、この『コロシアイ修学旅行』で完全に消去されたという。故に笹戸優真が関わることは不可能だ」

 「プログラムなのでしょう!?いくらでも複製したり再生したりして同じものを量産することが可能なのでは!?」

 「七海千秋は、アルターエゴと呼ばれるプログラムを基にしているらしい。これを開発したのは『旧』学園の生徒であり、『コロシアイ修学旅行』の時点では既に死亡している。同様のプログラムの作製はほぼ不可能ということだ」

 「七海千秋、アルターエゴ、ともにパスワードとして考えにくいというわけか」

 「“超高校級の絶望”は俺のパスワードだし、笹戸は反応してなかったよな。これもなし」

 「まだあるではありませんか!この、未来機関とはどういうことですか!?学園の運営者である未来機関がなぜパスワードになり得るのですか!?」

 

 ヒステリックに穂谷が叫ぶ。未来機関ってのは、『新』学園を運営してる団体だ。『旧』学園の卒業生が中心になって活動してるとか色々聞くが、これがパスワードになることなんてあんのか?こんなもん、気にはならなくても忘れることはねえだろ。

 

 「なり得るのではない、既になっている」

 「・・・はい?」

 「ボクだよ」

 

 妙に勿体ぶった言い方をした望月のフォローをするように、曽根崎が手を挙げた。その二人だけ、目配せして意図が伝わったらしい。俺らはなにがなんだか分からねえ。何が曽根崎なんだ?既になってるって、どういうことだ?

 

 「未来機関は、ボクの記憶のパスワードだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 記憶のパスワード、それってつまり、曽根崎は記憶を取り戻してたってことか?いつの間に?っていうか、なんで記憶が戻ったことを言わねえんだよ。なんで望月だけはそれを知ってんだ?

 

 「ど、どういうことですか・・・?うち、曽根崎さんが記憶を取り戻したなんて・・・は、はじめて聞きましたけど・・・」

 「・・・あはっ、ごめんね。隠してた」

 「ならば、なぜいま暴露した」

 「議論が横道に逸れちゃいそうだったし、穂谷サンを納得させるには一番手っ取り早いと思ったからさ。どの道もう少ししたら言うつもりだったし」

 「なんで望月は知ってやがる」

 「記憶が戻ったって見抜かれたんだよ。いやあ、まさか望月サンにバレるとはね」

 

 相変わらず飄々としてやがる。こんな状況では、少しでも自分に疑いが向くようなことは避けるべきだってのに、隠し事してたのを何の遠慮もなく開き直りやがった。肝が座ってんのこ、何も考えてねえのか・・・或いは、まだ何か隠してやがるのか。

 

 「だったら曽根崎、お前の記憶はなんなんだ。未来機関がパスワードってことは、テメエ学園と何かあったのか」

 「・・・それは・・・・・・禁則事項ですっ」

 「あ?」

 「今はまだ言えないよ。ボクにも事情があるのさ。それに学級裁判中でしょ。とにかく、これで笹戸クンのパスワードは狛枝凪斗だってはっきりしたね!」

 

 なんの真似だそれは。記憶を取り戻したってことだけ打ち明けて、内容までは言えねえだと?しかも強引に裁判を本筋に戻した。なんなんだこいつ。

 

 「笹戸クンは狛枝凪斗の思想を受け継いだ団体と関わりがあった。それは間違いないね!」

 「で、でも笹戸さんがどれくらい関わってたかまでは分からんのとちゃいますか・・・?」

 「清水翔のように勧誘された程度の関わり合いということも考えられる。或いは・・・」

 「その集団に所属してたとか?」

 「まあ!笹戸君がですか!?あの笹戸君が、そんな得体の知れない団体にですか!?突拍子もない荒唐無稽な推測ですね!」

 「案外、そうでもないかも知れん」

 

 笹戸のパスワードが分かったところで、あいつがその集団とどれくらい関わってたのかは分からねえはずだ。俺だって“超高校級の絶望”とはあれっきりなのに、そんなん推測もクソもねえんじゃねえのか。

 

 「私はこのファイルを読んだのは今が初めてだ。その上で、率直な感想を言わせてもらう」

 「感想?殺人の記録に感想文を出すのですか!最近の夏休みの宿題は過激なのですね!」

 「この、狛枝凪斗が殺害された事件、そして今回笹戸が殺害された事件。死因こそ違えど、妙に共通点が多い」

 「共通点?」

 

 俺はそのファイルを流し読みしただけだから、事件の細けえ部分なんか覚えてねえ。共通点が多いって、狛枝の死因は毒殺で、笹戸の死因は焼殺だろ。全然違うようにしか思えねえが。

 

 「まず、狛枝凪斗の死因は毒だ。摂取すればたちまち意識を混濁させ、死に至らしめる強力な猛毒だという。今回、直接の死因ではないが笹戸も毒を摂っている」

 「ああ、あの毒キノコだね。まあ確かに」

 「笹戸は栽培室の火災で殺害されたが、狛枝凪斗の事件でも火が使われたそうだ。撹乱するためのものでしかないがな」

 「ど、毒と火・・・た、確かに一致してますけど・・・」

 「それだけではない」

 

 毒だけだったら。火だけだったら。たまたま一致しただけだろうで済ませられた。だがその二つが、まるで死因を交換したように一致するなんて。しかも六浜はまだ他の共通点を見つけてるらしい。

 

 「狛枝凪斗はモノクマ製造工場倉庫の奥で、笹戸は植物園内栽培室の奥で、それぞれ気付かなければ発見が難しい場所で死亡している。にもかかわらず、狛枝と笹戸の事件は共に、その付近に生存者を誘導するような手法がとられている。また、現場に大音量の音楽がかかっていた点も同じだ」

 

 ただの偶然だ、と切り捨てられる奴はいただろうか。無関係な奴が人を殺そうとして、ここまで何かが一致するような偶然があるのか。こんな、まるで・・・。

 

 「まるで狛枝君の事件をオマージュしているようですね!見立て殺人?模倣殺人?いいえ!これはもはや、再現に近いです!」

 「過去の殺人の再現・・・悪趣味だけど、確かにそうみえてくる。というか、もはやそうにしか思えないね」

 「つ、つまり笹戸さんは狛枝さんの事件を再現するために殺された・・・?なんのために?」

 「それは・・・」

 「納得できるか!」

 

 二つの事件の共通点、それが意味することは、はっきりとは分からない。だがそこに何か関係があることは確かに分かる。笹戸が死んだこの事件は、この合宿場内で終わる話なんかじゃなかった。もっと昔から、希望ヶ峰学園と“絶望”との戦いに根深く絡んだ事件なんだ。

 その考えに染まりつつある裁判場に、俺は一人だけ異を唱えた。このままじゃ、勘違いしたまま裁判が進んじまう。

 

 「ちょっと待てよ。確かに毒や火の共通点はあるかも知れねえが、だからってこの二つの事件が関係してるなんて言えんのか?」

 「あれ?清水クンは割と納得してくれてると思ったのに、反論なんかしちゃうんだ」

 「当たり前だ。そもそも、テメエらは目の付け所を間違えてる。根本から間違えてんだよ!俺が分からせてやる!」

 「いいだろう。私に好きなだけぶつければいい、お前の言葉を!」

 

 

 《反論ショーダウン》

 

 「笹戸の死に様と狛枝の死に様が似通ってるってことは、六浜の言う通りだ。こいつらの殺され方はそっくりだ」

 「ならば何も反論する余地はないだろう。笹戸はなんらかの形で狛枝凪斗という生徒を記憶に刻みつけている。そしてこの事件の共通性・・・もはやこの二人の関係がかなり深いものであるとの推測に揺らぎはないぞ!」

 「バカか!俺が言いてえのはそこじゃねえ!そのファイルにある事件では、狛枝は被害者なんだろ!?笹戸も今回、殺された側だ!だったら考えるべきは被害者の共通性じゃなくて、クロと“狛枝を殺した奴”との共通点じゃねえのか!」

 「斬らせてもらう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 言いたいことは全部言った。絶対に六浜なら、俺の言わんとしてることの意味を理解したはずだ。その上でこいつは、俺の反論を潰せると言う。意味が分からん。殺し方が似てるのは、殺した奴の問題じゃねえのか。俺も途中まで気付かなかったが、被害者が何をしたって、殺した方を似せることなんてできるはずがねえのに・・・。

 

 「この事件の概要は、はじめに話したな。被害者は“超高校級の幸運”狛枝凪斗、クロは“超高校級のゲーマー”七海千秋。この七海千秋は、プログラム上の存在だ」

 「それがどうした」

 「『希望更生プログラム』。未来機関が“超高校級の絶望”の残党に与えた、精神更生のプログラムだ。七海千秋はその監視役である。すなわち、本来ならば殺人などするはずがないのだ。どのような理由があろうとな」

 「ですが、彼女は殺人に手を染めてしまった!絶望に侵されてしまったのでしょうか!?あるいはバグかなにかで!?」

 「厳密に言えば、七海千秋は狛枝を殺したのではない。狛枝に殺させられたのだ」

 「・・・ん?」

 

 いま、聞きなれねえ言葉を聞いた気がする。いや、聞こえるわけがねえ。そんなバカみてえな言葉。だってそうすると、おかしなことになるだろ。殺させられたって、そんなこと。

 

 「狛枝は己の思想を貫こうとしたのだ。自分自身と、七海千秋を除く“超高校級の絶望”全員の死亡を以って、“絶望”を駆逐しようとした」

 

 イカレてやがる。

 

 「そして学級裁判のルールを利用するため、七海が自分を殺すように現場と凶器を用意し、誘導して、自分自身を殺させた」

 

 マジで、狂ってやがる。

 

 「犯人すら殺害方法の分からない中での学級裁判・・・限りなく自殺に近い他殺の体をとった自殺という名の他殺。それがこの事件の真相だ」

 

 希望のために、絶望と自分を殺させるだなんて・・・そんな絶望的に理解の範疇を超えたこと、あり得ねえ。

 

 「な、なな・・・なんですか・・・それ・・・?そんな・・・・・・お、おそろしいこと・・・!」

 「希望を愛した絶望の末路、か。反吐が出るような話だね。結局やることは絶望と同じじゃないか。そんな希望なら、いらないよ」

 「これが清水の反論への答え。そして、この事件の核に触れる話だ」

 「えっ?」

 

 イカレ野郎だとは思ってたが、そこまでだとは思わなかった。こんな奴がかつて希望ヶ峰学園にいて、しかも俺たちと同じようにコロシアイを強いられて、死んでったなんて、そんな現実がどうしても信じられなかった。そして六浜は続ける、この事件の核に迫っていく。

 

 「狛枝の事件と笹戸の事件は酷似している。そして狛枝は、自分自身を殺させるために事件を起こした。そうなれば、浮き上がる可能性は一つだ」

 

 バラバラになっていたピースが一つになるような。今まで繋がりを持たなかった点が、急に一つのストーリーに組み込まれていくような。一瞬にして全てが頭に流れ込む感覚、脳の奥から湧き上がる感覚。

 こんな事実じゃなければ、もう少し感動できたのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「全部・・・笹戸が仕組んだってことかよ・・・!この事件も・・・!」

 「そ、そんな・・・!笹戸さんがそんな・・・そんなことを・・・!?」

 「うふ、うふふ、うふふふふふふ!!それが真実だとすれば、なんと皮肉な話でしょうか!!誰よりも命を尊び、コロシアイを拒絶していた笹戸君が、自らの命を捨てるだなんて!!それほどまでになっていたとは、彼もまた絶望していたということですね!!」

 

 この不可解で難解な事件を裏から操っていたのは、被害者である笹戸自身だってのかよ。狛枝がやったように、笹戸も自分の命を捨てるようなマネまでして、貫きたい何かがあったってことなのかよ・・・!

 あいつがそこまで追い詰められてて・・・なんで俺は何も気付けなかったんだよ!!

 

 「ということは今回の事件の犯人は、被害者である笹戸君ということですか!!こうなると処刑はどうなるのですか!?代わりに彼の釣竿でもへし折るのですか!?」

 「いや、クロは笹戸クンじゃないよ。だよね、モノクマ?」

 「うーん、自殺の場合は被害者がクロになるから、その質問は自殺か他殺かを問うに等しいんだけど・・・まいっか!そうですよ!クロはきちんと、オマエラの中に潜んでいます!」

 「え、えっとお・・・よく分からんくなってきたんですけど・・・」

 「狛枝は他人が自分を殺害するように誘導したのであって、直接手を下すというクロの条件を満たさない。笹戸も同様に、自ら火を点けない限りは、クロになり得ない。すなわち、自殺の扱いにはならないということだ」

 

 めちゃくちゃじゃねえか。笹戸は死ぬつもりで、誰かに殺人にをさせたんだろうが。だったらクロになってる奴は、完全なとばっちりじゃねえか。そんなんで命かけさせられんのか。やっぱこいつらの論理はイカレてる。

 

 「理解不能だ。思想を突き通すだとか、第三者に殺害させるだとか、自らが死亡することを交換可能な取引材料とみなす考え方が、率直に言って異常だ。生物である以上、一部例外を除き、自身の死は絶対に避けるべきことだ。でなければ医学など生まれない」

 「・・・あるんだよ、世界にはね。命を賭けても譲れないものが」

 

 望月の言うことはもっともだが、今じゃその言葉に説得力はない。この合宿場では何が起きてもおかしくねえ。他人のために死んでった奴だっている。命を賭けて消えてった奴らもいる。ここでは、命の価値は途轍もなく軽くなる。

 

 「そ、それじゃあ・・・・・・笹戸さんは、うちらの誰かに自分を殺させたっていうことですか・・・?一体、誰に・・・?」

 「それが分からないことが、最大の問題だ。どうやって殺させたのか、誰が殺させたのか。被害者が全てを握っていたのでは、突き止めようがない」

 「誰が、は一旦置いといてさ、笹戸クンが糸を引いてた前提で、どうやって殺させたか、を考えてみようよ」

 

 結局、考えることは同じだ。誰が笹戸を殺したのか・・・誰が笹戸に殺させられたのか。それを突き止めるまで、この裁判は終わらねえ。

 そして曽根崎の進言で、まずは笹戸の死と現場の状況についてさらうことにした。

 

 「まず笹戸クンは、栽培室の奥で死んでた。側には神経性の毒を持つキノコがあって、たぶん笹戸クンは自分であれを食べたんだろうね」

 「それだけでかなり常軌を逸しているがな・・・。現場に巻かれた油と、爆薬代わりのスプレー缶も自ら用意したのだろう」

 「そしてシャーペンの芯を使った回路で点火をし、後はあらかじめ爆発音をかき消すために音量を設定した音楽で時間を稼いだというわけですね!」

 「問題は、どうやって回路に電流を流したかっつうことだな・・・」

 

 火事の火元、爆発の原因、点火の仕方。散々話しあって少しずつ分かってきたが、それでもまだ最後の部分が分からねえ。点火に必要な電気を、どうやって引いてきたのかが分からん。

 

 「仮に笹戸優真が第三者に自身を殺害させたのだとしたら、犯人が介入できるのはその電気を生み出す行為だろう。そこから連鎖的に火事が起これば、自動殺人の仕掛けが発動するというわけだ」

 「電気を生み出すっつったって、んなこと普通にしててやるわけねえだろ」

 「た、たとえば雷とか静電気みたいなのを利用するとか・・・そしたら電気を生み出せませんか?」

 「かなり不確定だな。落雷の地点とタイミングを予測するのも手間がかかるのに、静電気など予測を立てるだけで日が暮れる」

 「普通は無理って言うところだけどね」

 「そもそも電気を生み出せたとして、どうやって殺意のないクロに栽培室の機械まで電気を通させるのですか!?」

 「それも問題なのだ。クロ自身に殺意がない、殺害に気付いていない。それだけでトリックの構築は格段に困難になる」

 

 むちゃくちゃだろ、そんなこと。自分が人を殺したことにすら気付かないまま、電気を生み出して、しかもそれを栽培室のわけの分からん機械にまで通すなんて。そもそもあの機械はなんなんだ。ただの回路ならどんな機械だっていいはずだ。あの機械にはそれ以上に何かあったんじゃねえのか。笹戸がトリックを作る上で、都合のいい何かが。

 

 「・・・そもそもあんな機械、この合宿場のどこから持ってきたんだ?」

 

 この合宿場には、自分が学園で使ってたものくらいしか持ち込めねえ。配られた電子生徒手帳は改造不可能だし、他に機械なんてねえ。あいつが元から何かの機械を持ってたか?いや、俺はあいつの部屋を捜査したことがある。そんなもんはなかった。じゃあ、あいつがあの機械を手に入れられた場所は・・・。

 

 「・・・モノモノマシーン、しかねえな」

 

 そう言えばこの前、笹戸は大量のカプセルを持て余してた。あのカプセルの中に何らかの機械が混ざっててもおかしくねえ。いや、俺は一つだけ確実に知ってる。モノモノマシーンから出てくる機械を。

 

 「あのラジコンか・・・!!」

 

 笹戸からもらったカプセルから出てきた、ちゃちいラジコン。あれは確か電気で動く代物だった。板金とネジなんてしょうもねえ造りだったから、ドライバーがあれば簡単に分解して機械を取り出すことができるはずだ。

 

 「もしそうなら、あの機械を使ったんなら・・・!できる!」

 「どうしたの清水クン?」

 「できるんだよ、栽培室まで行かなくても電気を通す方法がある。笹戸は、ラジコンのモーターを使ったんだ」

 「ラジコン?そんなものがどこにあるのだ?」

 「あいつは死ぬ何日か前に、アホみてえにモノモノマシーンを引いてた。俺はその内のいくつかをもらったんだが、ラジコンがあったんだ。笹戸が同じものを持ってても不思議じゃねえ」

 

 そしてシャー芯を繋いだ回路が使われてるのは、ラジコンのモーター部分の機械のはずだ。それを使えば、犯人に気付かれないまま、回路に電気を流すことができる。ラジコンの特性を活かせばできる・・・!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ラジコンのモーターの回路を設置しておけば、犯人が別の場所で生み出した電気で遠隔操作ができる。そうすれば、栽培室から離れてても犯人に仕掛けを発動させられるじゃねえか」

 「なるほど!ラジコンで遠隔操作かあ!そんなものがあるなんて知らなかったし、なきゃ思い付かないよねそんなこと!」

 「現場におらずして仕掛けを発動させることができるのは、笹戸にとってありがたかったはずだ。犯人自身に犯行を自覚させない点において、これ以上のものはないだろう」

 「しかしそれでも、電源は栽培室内部から外部に移動しただけだ。笹戸優真がどのように電源を起動させる方法をとったのかが不明なままだ」

 

 笹戸が誰かを誘導した以上、犯人は栽培室には近付かずに犯行をやらされたことになる。中に入れば、油まみれの床と毒で痺れた笹戸がいるはずだ。そんなもんを見て放っておくような奴は・・・いねえはずだ。だが栽培室の外なら、電気を引くのはいくらか簡単になるはずだ。

 

 「栽培室の外に電源を持って行っていいなら、やり方はいくらでもあるね!犯行の幅が広がった!」

 「で、でもますますわけわからんくなってまったような・・・」

 「しかし、犯人が意図せず仕掛けを発動させられたということは変わらん。おまけに笹戸は、ラジコンのコントローラーを使ったのだろう。どうカムフラージュしても、それを犯人自身の手で起動させることは難しいのではないか?」

 

 電源が離れることは笹戸にとって便利だったかも知れねえが、六浜の言う通りでもある。笹戸は犯人が仕掛けを発動するように誘導したはずだ。だったら、これ以上複雑な仕掛けを作ったりしたら、失敗する可能性も高まる上に、犯人が違和感を抱くかも知れねえ。

 

 「栽培室から離れた場所で電気を生み出すというのは納得だ。しかし離れ過ぎればコントローラーからの電波が受信できなくなったりなど、万が一の際に笹戸優真は何もできなくなる」

 「毒キノコで行動不能になるくらいですからね!相当自信があったのでしょう!」

 「っていうことは・・・栽培室の外ではありますけど、あんまりそこからは離れてない場所に・・・そういう仕掛けがしてあったいうことですか・・・?」

 「そうなるね」

 

 計画を悟られないように栽培室からは離れた場所で、だが時間や仕掛けの制約があるせいでそこまで遠くにはならねえ場所。そうなると、電源があったのは自ずと栽培室があった植物園の中に絞られてくる。だが植物園内で笹戸が自由に使える電源なんてなかったはずだ。そもそも寄宿舎の個室にあるコンセント以外の電気系統は、ほとんどがモノクマの支配下にある。

 

 「既に合宿場内に存在している電気系統からの電気の供給はほぼ不可能だ」

 「ええっ!?そ、そこから否定してまうんですかあ!?」

 「モノクマの支配下にある電気を改造するなんてこと、笹戸クンにはできないよね。だからもし電気を持ってきたいなら、他の手段を考えるしかないよね」

 

 電池を使った装置で、犯人にスイッチを入れさせるって方法もある。だがそれだと犯人が、スイッチを入れるって行為に疑問を感じる可能性がある。抜けたプラグをコンセントに指すくらいの自然な行動じゃねえと。だが既にある電気を使えねえんだとしたら、笹戸が、犯人が使える電気なんて・・・。

 

 「18世紀フランスの王妃、マリー・アントワネットは言いました。『パンがなければケーキを食べればいいじゃない』。高い身分の女性が庶民の貧しい暮らしを理解していない愚かな言葉として有名ですが、私はそうは思いません!食べ物にも困るような生活をするくらいなら、どんな手段を使ってでも私のいるところまでのし上がってくればいいではないですかと!!そして累々と横たわる飢えた庶民の亡骸を眺めながら共にケーキを食べようではありませんかと!!そういう意味で言ったのだと思います!!」

 「またおかしなことを」

 「気にしたら負けだよ、言わせておけばそのうち収まるよ」

 

 ちょっとの間まともな議論ができてると思ったら、いきなり穂谷がわけの分からねえことをまた言いだした。クソが。黙ってろや。くだらねえこと言ってねえでどうやって電気を生み出すことができるかを考えやがれってんだ。

 

 「欲しいものがないのならば、自ら掴み取ればいいのです!!必要なものがないのならば、自ら作り出せばいいのです!!そのためならば他人を蹴落とそうが陥れようが、なんら問題ありません!!」

 「考え方がヤバい方向に行き始めてるね」

 「作り出せばいいって、作れもしねえから困って・・・」

 

 作り出せばいい、その言葉が妙に引っかかった。と思った瞬間、頭の中で閃光が弾けた。だがどうやってそんなことができるんだと少し考える。ひとつだけ、その考えを裏付けるようなもんが浮かんだ。そう言えば、あれはまだ話に上がってねえ。

 

 「おい、もしもだが・・・もし、電気を作ることができるとしたら、この計画はかなりやりやすくなるよな?」

 「え?電気を作る?」

 「発電ということか?発電自体は不可能ではないが、それには他のエネルギーをどこかから供給し、基本的には水または水蒸気によりタービンを回すことによって」

 「・・・なにか、根拠か心当たりがあるのか?」

 

 また長々と解説しそうになる望月を制するように、六浜が短く質問した。根拠ってほど大層なもんじゃねえし、心当たりってほど薄ぼんやりとしたもんじゃねえ。ただ、思い当たるもんはある。

 

 「植物園のドアの内側に、でけえ磁石が貼り付けてあった。なんなのか分からねえが、結構強力なやつだった」

 「磁石・・・だと?そうか・・・・・・ならば、そういうことか」

 「どういうことですか!?ご自分一人で納得してしまわないでくださいな!!」

 「電気を生み出したという清水の仮説だが、おそらく的中している」

 「ええっ!?ほ、ほんまに電気を作ったんですかあ!?どうやってそんなこと・・・」

 

 電気を作るなんてこと、どうやったらできんのか。火力発電だの水力発電だの、あんな大がかりな装置が必要になるって思っちまう。だがもっと簡単に、単純な仕掛けで電気を生み出すことだってできる。それこそ、中学生レベルの知識でだって可能だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「電磁誘導だ」

 「へ・・・?で、でんじ・・・?」

 「あっ・・・ああああっ!!その手があったかあああああっ!!!」

 

 六浜の言葉に、曽根崎は仰け反って叫び、望月はまた何かを考え初め、晴柳院と穂谷は首を傾げた。俺だってあいつがなんて言ったか分からねえ。だが、たぶん考えてることは同じだ。中坊の頃の『努力』がこんな風に活きてくるなんて思いもしなかった。気に入らねえ。

 

 「あのう・・・でんじなんとかってなんですかぁ・・・?」

 「磁束の変化する環境下において、導体に電位差すなわち電圧が生じる現象のことだ。また、この現象によって発生した電流を誘導電流と呼ぶ」

 「えっとぉ・・・」

 「もっと分かりやすく平たい説明ができませんか!?」

 「要するに、磁石とコイルを使って電気を生み出すことができるということだ。中学校の理科で馴染みがあると思うのだが・・・忘れている者もいるようだな」

 「ご、ごめんなさい・・・」

 「そんな理屈っぽい話は私には似合いませんもの!もっと煌びやかで美しいものこそ私に似合う、違いませんこと!?」

 「知るか」

 

 俺だって大して覚えてねえが、六浜と曽根崎と望月はしっかり覚えてたようだ。テストでアホみてえに聞かれたから少しは思い出せる。磁石を動かして電流の向きがどうのこうのとか、そういう話だったな。

 

 「植物園のドアに磁石が貼り付けられていたのなら、笹戸がこの現象を利用したことが考えられる。ドアに磁石を貼り付けた状態で閉め、そばにコイルを設置しておく。そうすれば、磁石が動くことでコイルに電気が流れ、電流が生まれる」

 「しかしそんな実験教室まがいなことをしたところで、栽培室の仕掛けが発動するとは思えませんが!?」

 「電磁誘導の装置は多くの電気機器の動作原理だ。つまり、およそ電気機器と呼ばれるものならば、この装置を搭載しているということだ。ラジコンのコントローラーにも当然、コイルが内臓されている」

 「っていうことは磁石だけは別で用意して、コントローラーのコイルを側に設置したわけだよね。後はドアが勝手に開かれて磁石が動くのを待てばいいってわけか」

 「そうなるとこの事件・・・」

 「お待ちなさい!!」

 

 とうとう電気を生み出す仕掛けを明らかにできた。どうやって火事を起こしたのかって疑問からずるずると謎が続いてたが、ここでようやく最後だ。電気を生み出す仕掛けから火事までの一連の流れはもう分かった。後はそれを誰がやったのかってことになる。なのに、また穂谷が俺の話を止めた。なんなんだこいつは。

 

 「電磁誘導ですか!中学時代を思い出しますね!実に滑稽で愚かしく荒唐無稽な推理です!!いいえ、それはもはや推理とも呼べません!!」

 「なんだコラ、黙ってろ」

 「なぜなら貴方の推理には欠陥があるからです!!説明のつかない部分があるからです!!それを説明してから私に説き伏せられることですね!!」

 「なんだお前」

 

 

 《議論開始》

 

 「ドアに貼り付けた磁石と、ドアの側に置いたコイルで電気を生み出し、仕掛けを発動させた?うふ、うふふふふふ・・・・・・バカバカしいにもほどがありますね!!」

 「穂谷円加、何を根拠にそこまで否定する?」

 「あったりまえではありませんか!!仮にそのようにして電気を生み出したとしましょう!!そして笹戸クンは見事殺されることに成功したとしましょう!!ではその後で、どのようにして証拠を隠滅するというのですか!?」

 「証拠隠滅?どういうことだ?」

 「植物園のドア付近にそのような装置があれば、捜査時間に誰も気が付かないわけがないではありませんか!!みなさんは今まで4つもの殺人事件を解決してきた優秀なる“超高校級の問題児”たちなのでしょう!?その目をどのようにして誤魔化せるというのですか!!」

 「死亡した笹戸優真自身に隠滅は不可能だ。確かにそれは考えるべきだな」

 「考える必要などありません!!そんなものは誤った推測に過ぎないからです!!もし清水クンの説が正しいのならば、証拠となる装置がドアのそばに“残っているはず”なのです!!」

 「ちったあ考えろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その程度のことも考えつかねえのか。ここまで巧妙に手を尽くした笹戸が何もしないまま証拠を放置するわけがねえだろ。っつうかそんなモロに証拠っぽいもんが残ってたらここまで悩むこともなかったんだよ。

 

 「植物園のドアの近くの草むらには、何かを引きずったような跡が残ってた。誰かが草を踏んだ跡じゃねえかとも思ったが、今なら分かる。あれは、そのコイルを引きずった跡だ」

 「引きずった跡・・・コイルを引きずったって、どういうこと?」

 「どういうこともなにも、そのまんまじゃねえのか」

 「いや、笹戸クンは装置を設置することはできたと思うけど、回収はできなかったよね。だからどうやって証拠隠滅したのかなって。仕掛けを発動した上で装置を回収ってかなり難しいと思うんだけど」

 「うっ・・・け、けど草むらに変な跡があったのは絶対だ!」

 

 曽根崎に言われて思わずたじろいじまった。けど言ってることは筋が通ってる。事前にどんな準備をしようが、仕掛けが発動した後で笹戸は死ぬしかねえんだ。離れた場所にある装置を隠すなんてことできるわけがねえ。けど、だったらなんであんなところに磁石が貼り付けてあるんだ?どうやって電気を生み出すことができたってんだ?

 

 「できる。奴ならばな」

 「え?」

 「引きずった跡があるということは、装置は手で運ばれたのではなく、どこかへ無理矢理移動させられたということだ。それに、この事件を仕組んだのが笹戸だと言う前提があれば、その手段は自ずと導かれるだろう」

 

 極めて落ち着いてたのに、その口調はどこか痛みに耐えるような苦しみを感じた。この事件を笹戸が仕組んだってことが、装置を隠滅した手段のヒントになるって、どういうことだ。

 

 「事件を仕組んだのが笹戸って前提があれば分かること・・・?笹戸にしかできなかったことってことか?」

 

 いや、笹戸自身だって栽培室の中で動けねえ状態だったんだ。あいつにできることなら俺たちにだってできるはずだ。

 

 「笹戸だからこそできたことってことか?」

 

 笹戸だから・・・笹戸じゃねえとできねえこと?俺たちにはできなくて、笹戸だけにできること・・・あいつが誰よりも自信を持ってたこと。そんなもん、1つしかねえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「釣り・・・?」

 「その通りだ」

 「釣り?何の話だ?」

 「笹戸が装置を回収した方法だ」

 「まさか、栽培室から釣り糸を伸ばして釣り上げたなんてことじゃないよね?」

 「そんなわけあるまい。奴は釣り竿を使ったのだ」

 

 笹戸から連想できることを言っただけなんだが、六浜的にはこれで十分だったらしい。釣りで証拠隠滅って、そもそも装置は陸の上にあるんだぞ。釣り竿を持つ奴もいねえ上に陸にある装置をどうやって釣るってんだ。

 

 「コイルを用いたコントローラーをドア付近に固定して設置し、釣り糸を繋いで釣り竿を遠く離れた場所に固定しておく。ドアが開かれると同時にコントローラーを固定していた釣り糸が切れるようにしておけば、ドアが開かれればコントローラーに電気が流れ、同時にコイルは釣り竿に向かって引きずられていく」

 「しかし、釣り糸は頑丈に作られている。ドアを開けた程度で切れるようなものでは」

 「ああっ!で、でもそうかもしれんです!笹戸さんの使ってはった釣り糸って、環境に優しいせいで切れやすかったんです!」

 「では回収した釣り竿と装置はどこへ消えたというのですか!そんなものが転がっていればすぐに気付くはずです!」

 「隠せる場所なら・・・あるだろう。園内に」

 

 行く末の分からねえ議論に俺たちが頭を悩ませる中、六浜の様子がさっきからおかしい。何かに耐えるような、必死に堪えるような表情をして、なんとか言葉を絞り出してるようだ。なんなんだ。こいつ、まだ何か隠してんのか?

 

 「園内には池があっただろう・・・!あの縁に釣り竿を固定しておけば・・・装置を回収した反動でともに池の中に落ちて沈む。池の中など・・・何かあると知らなければ誰が気にかけようかッ!」

 「六浜童琉?」

 「奴は利用したのだッ!!植物園を・・・!!あの場所にある何もかもを!!」

 「池の中に・・・そう言えばあそこのコイが珍しく跳ねてましたけど、落ちてきた装置にびっくりしてはったんですね・・・!」

 「ッ!!」

 「・・・?コイが、跳ねたの?」

 「ええ。そんなこと今までなかったからよう覚えてます」

 

 ぴくり、と裁判場の空気が変わった。六浜の雰囲気が変わったからじゃねえ。それよりもっと大きなうねりが、議論の中に生まれた気がした。

 

 「そうか・・・そうなんだね」

 「・・・」

 「これは、確定的だな」

 「え?え?」

 「何が確定的なのですか?」

 「お、おい・・・テメエらだけで勝手に納得してんな!俺らにも説明しろ!」

 

 辛そうに唇を噛む六浜、悲しそうに目を瞑る曽根崎、全てを理解しわずかに目が大きくなる望月。それ以外の俺たちは、こいつらが何を考えてるのかまだ分からない。確定的って、何が分かったんだ。どこで、何が、どうやって分かったんだ。

 

 「では、結論から言おう」

 

 誰も口を開こうとしない裁判場で、望月だけは淡々と続ける。そんないきなり分かったのかよ。俺たちが散々話しあって、まだ正体の掴めねえそれが、こいつらは今の一瞬で分かったってのかよ。結論って・・・まさか、こいつが次に口にするのは・・・この裁判の結論。つまり・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「晴柳院命。笹戸優真を殺害したクロは、お前だ」

 

 クロの名前だった。

 

 「・・・・・・・・・え?」

 

 返されるのは短い声。言葉にもならないほどか細い声。困惑と、恐怖と、驚愕と、混乱と、何がなんだか分からねえ感情の声。

 

 「な・・・なにが・・・・・・なにがですか・・・?」

 「笹戸優真を殺害したクロ、この殺人事件の犯人、今回の学級裁判で私たちが追及すべき存在。その正体がお前だ」

 

 ただ当然のことを言うように、望月は鋭い言葉を投げ続けた。まだ状況を理解することもできてない晴柳院に、突き刺さるような言葉を浴びせる。こいつはマジで、なんでこんなことができんだ。

 

 「なんで・・・なんでそんなこと言うんですかぁ・・・?う、うちは殺してなんか・・・!」

 「気付いていないのか?お前は既に、自供に等しい発言をしている」

 「えっ」

 

 戸惑う晴柳院に、望月はあくまで冷徹に言葉を吐く。それが当然のことだとでも言うように。いや、あいつにとっては当然のことなんだろう。人を殺した奴を、学級裁判で追及する。今まで何度も繰り返してきたことと同じ事を、今もしてるだけだ。あいつはそういう奴だ。

 

 「この事件は、笹戸優真による計画的犯行だ。これまでの仕掛けの性質上、クロとなる人物の条件はただ1つ。笹戸優真が植物園内に仕掛けを設置してから、最初に仕掛けが設置されたドアを開いて植物園に入った人物。これがクロだ」

 「・・・えっ?」

 「晴柳院命、お前は園内に祭壇を建てて、毎朝参拝していたそうだな。その事実を知る者はいても、お前より先に植物園に行く者はいなかった。当然、事件当日もお前は誰よりも早く植物園に入ったと考えられる。これは、お前がクロである十分な証拠ではないか?」

 「・・・・・・えっ?えっ?」

 「しかし、これだけではそれ以前に植物園に出入りした人物がいたことは否定できない。だがお前は他にも決定的な証拠を提出している。晴柳院命、ついさっきだ。お前は植物園の池で鯉が跳ねたと言ったな」

 「な、なんなんですかそれ・・・!?うちはそんなこと・・・!だって・・・!!」

 「事件当時、あの池に鯉はいなかったはずだ。いや、確実にいなかった」

 「あり得ません・・・!認めません・・・!納得できません・・・!だってうちは・・・うちは人殺しなんか・・・!!」

 「その前の晩に、笹戸優真が調理して、私たちが食したからだ」

 「絶対におかしいです!!う、うちは・・・笹戸さんを殺してなんかないです!!絶対に!!」

 

 まったく調子の変わらない望月に対して、晴柳院はどんどん必死に声を荒げていく。そりゃそうだ。俺たちは今まで目を背けてた、この残酷な真実から。こんなの誰が犯人だって同じだろう。

 笹戸は殺されたんじゃない。殺させたんだ。犯人は殺したんじゃない。殺させられたんだ。今までのクロは殺そうと思って殺したんだ。だがこの事件のクロは違う、殺すつもりなんかねえのに、命をかけて誰かを殺すつもりなんてまったくねえのに、無理矢理立たされたんだ。生きるか死ぬかの淵に。

 

 「否定するのも当然だな。この事件は晴柳院命の意思は一切介入していない。お前は、ただ仕掛けを発動させる存在としてだけこの事件に関与している。ただ、モノクマの尺度で捉えるならば、その仕掛けを利用して笹戸優真の死を引き起こした殺人者となる。それだけの話だろう」

 「そ・・・!?それ、だけって・・・!?それだけってなんですか・・・!それじゃあうちは・・・うちはどうなってまうんですか!!」

 「クロということは、この後の投票で最多得票者となり、処刑されるだろう」

 「しょ、処刑・・・!!?」

 

 なんでもないことのように言いやがる。それが当たり前のように。ふざけんな・・・そんな当たり前があってたまるか!晴柳院は・・・あいつが人を殺すなんてこと、信じられるかッ!!あんな虫も殺せねえような奴がッ!!

 

 「あはっ・・・あはははっ!!あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!!」

 

 また笑い声が高まる。歪で甲高い金切り声が裁判場に響き渡る。

 

 「やはり私の見立ては間違っていませんでしたね!言ったではありませんか!!晴柳院さん、貴女が犯人だと!!」

 

 違う。穂谷が言ってたことは違う。こいつはただ闇雲に、何の根拠もなく晴柳院が犯人だって言ってたんだ。けど今はそれより最悪だ。根拠がある、証拠もある、確証もある。だが俺には、俺たちにはどうしたって信じられなかった。納得できなかった。できるわけがねえ。

 なんでこんな真実のせいで、晴柳院が死ぬ羽目にならなきゃならねえんだ。

 

 「で、でも・・・でもうちは・・・・・・!!うちはそんなこと・・・!!」

 「まだ納得できないのか?ならば、はじめから事件の詳細を説明していこう。そうすれば、納得できるはずだろう」

 

 それも、違う。お前が言う納得は、今までの推理を理解して正しいと受け入れることだろうが。それがその先にある処刑を意味することなんか、こいつはこれっぽっちも考えちゃいねえ。それを分かってるからこそ、こんな理不尽で、不条理で、馬鹿げてる話、納得できるわけがねえんだ。

 

 

 《クライマックス推理》

Act.1

 この事件は、これまでのどのような事件よりも奇怪を極めた。なぜなら、被害者である笹戸優真自身がこの事件の首謀者だったからだ。笹戸優真はどういうわけか、このように考えた。自分ではない誰かに自分を殺害させるように仕向け、学級裁判を混乱に陥れようと。奴が記憶を取り戻すきっかけとなった狛枝凪斗の影響か、あるいは他の理由か、それは今となっては不明だ。しかし1つ確かなことは、この事件の犯人はその意思とは一切関係なく、クロとなったということだ。

 

Act.2

 笹戸優真はまず、植物園内の栽培室を犯行現場に選び、死因には焼殺を選択した。おそらく火による証拠の隠滅も兼ねたのだろう。事前にモノモノマシーンから入手していたラジコンを改造し、コントローラーはコイルを剥き出しにして西側出入り口のドア付近に設置、同時にドアに磁石を貼り付けることで、電磁誘導による電流の発生の仕掛けを整えた。また、コントローラーには釣り糸を結び、ドアが開くと同時に釣り竿によって装置が回収され、園内の池に落ちて隠滅される仕掛けもされてあった。

 

Act.3

 続いて植物園内倉庫で、スピーカーの音量を最大にした。これは火事の際に起きる爆発音を掻き消し、発見を遅らせるためのものだろう。さらに倉庫から殺虫剤などのスプレー缶を持ち出し、火災の発生に必要な準備を整え始めた。手始めに、キッチンから持参した食用油を栽培室内に撒いて火が燃え広がりやすい環境を作り、その油に点火するため、ラジコンのモーターにシャープペンシルの芯を繋いだ機械を設置。

 

Act.4

 全ての準備を整えた笹戸優真は、仕上げに栽培室内にあった神経毒を有するキノコを一口かじり、本能的にするであろう生存への行動を封じた。そして笹戸優真は静かに、その時を待つだけとなった。

 

Act.5

 そして今回の事件のクロは、何も知らないまま植物園を訪れた。毎朝植物園に行くことは、クロの日課だった。笹戸優真はそれを知っていたのか、あるいは偶然か。いずれにせよ、クロはドアを開き、一連の仕掛けは発動した。最後に爆発と同時にスピーカーから大音量の音楽が流れることで、笹戸優真の計画は完遂され、クロは何も知らないままに笹戸優真を殺害させられたのだ。

 

 

 「ドアを開ければ問答無用で発動する仕掛けならば、自ずと犯人は植物園に誰よりも早く行く人物となる。これまでの習慣が裏付けになれば、言い逃れなどは不可能だ。これで納得したのではないか?晴柳院命よ」

 「・・・ッ!!うああっ・・・あうぅ・・・!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんなの、推理じゃねえ。裁判じゃねえ。一方的に責め立ててるだけだ。罪のないただの子供を・・・罪を犯すことを強いられ、知らず知らずのうちに人を殺しちまった奴を。そんな残酷なことがあるか?

 

 「実に巧妙と言えよう。なぜならば、クロは本来自らの犯行を隠匿するために嘘を吐くことやボロを出すことがあるが、クロすらも事件の概要を知らないのであればボロなど出しようがない。加えて事件解決へ積極的にもなる。周囲の人間に対する不信感の類は実に低次に抑えられよう。しかし、故にその発言が自らの犯行を裏付けることになるとも気付かない。メリットも大きいがデメリットも大きい、賭けのようなやり方だ」

 「もういい!!」

 

 六浜が叫んだ。俺も同時に、同じ事を叫んだ。もう、たくさんだ。何度考えても、望月の推理に綻びはない。そりゃそうだ、俺たちが作り上げた推理なんだ。犯人も、無関係な奴らも、一緒になって考えたんだ。間違ってるはずがねえ。間違ってるはずがねえからこそ、こんなことはもう止めにしたかった。

 

 「テメエは・・・何も感じねえのかッ!!!」

 「何も感じない、とは?」

 

 絞り出した怒鳴り声に、流れるような無機質声で返す。こいつはいつだって人の感情を度外視して、目の前の事実しか見ねえ。周りの人間の表情なんか、ただの筋肉の動きくらいにしか思ってねえんだろ。こいつの顔はいつ見ても同じだ。

 

 「晴柳院は・・・殺したんじゃねえ!!殺させられたんだ!!笹戸は殺されたんじゃねえ!!殺させたんだ!!」

 「分かっている」

 「殺意のねえ奴が知らねえ間に仕掛けを発動したからって、そんなもんが罪になるわけねえだろ!こんなもん事故と同じだ!クロだってんなら笹戸の方だ!!」

 「分かっている」

 「ここにいる奴は誰一人納得なんかしてねえ!!テメエだけだ!!こんなもん筋が通るわけねえだろ!!」

 「分かっている」

 「イカレてやがるんだよどいつもこいつも!!こんなこともうたくさんだ!!もういい!!こんな裁判終わりにしろ!!投票なんかするか!!こんな裁判はなにもかもが」

 「黙れッ!!」

 

 俺の言葉に、望月はただ首肯する。何を言っても、どれだけ喚いても、それは変わらない。感情論でしかない俺の言葉が、感情のない望月にどうやって伝わるってんだ。それでも俺は叫んだ。こんなことで人が死んでいいわけがねえ。

 そんな俺の言葉は、力強い大声で止められた。他でもない、望月に。

 

 「合宿規則17『『クロ』による殺害から学級裁判終了までの間、学級裁判を妨害する行為を禁止します。』。その先の発言は、この規則に抵触しかねない」

 「・・・ッ!!」

 

 なんだその言い方は。それじゃまるで、テメエが俺の命を救ったみてえじゃねえか。俺は無茶苦茶な言葉でテメエを責め立ててたんだぞ。それを、なんでテメエに助けられなくちゃならねえんだ。

 ちらっとモノクマの方を一瞥すると、残念そうに怪しげなボタンから手を離してた。まさか本当に俺は殺されるところだったのか。マジで俺は望月なんかに助けられたってのか。なんなんだ。

 

 「はあ〜、ちっくしょう。もうちょっとで静かになるところだったのにさ。まあいいや、学級裁判の結論も出たみたいだしね!いや〜今回はすごく長かった!今回だけでいつもの二倍はあったんじゃないの?まあ真相が真相なだけに仕方ないよね。でも、裁判自体はここ1,2時間のはずなのに、半年くらいかかってる気がするよ」

 「機械であるお前が、時間感覚が狂うことなどあるのか?いや、感覚という言葉も不適切か・・・」

 

 俯いて、言葉もなく、ただただ痛ましく、俺たちは耐えるしかなかった。この理不尽だらけの事件に。絶望的な結末に。結局悪いのは誰なんだ。クロの晴柳院か?事件を企てた笹戸か?無慈悲に晴柳院を追及した望月か?こんな状況を作り出したモノクマか?何もできずにスイッチを押すことしかできない・・・俺たちなのか?

 

 「それではオマエラ!お手元のスイッチで、クロと思われる人物に投票してください!投票の結果、クロとなるのは誰か〜〜〜!その答えは、正解か、不正解なのかあ〜〜〜?ではいってみましょーーーう!!」

 

 命を左右するボタン。押せばこの中の誰かの命を差し出すことになる。押さなきゃ自分の命を捨てることになる。こんなプラスチックの塊が、何人もの人間の命を奪ってきた。いや、奪ったのはモノクマだ。差し出したのは俺たちだ。

 俺たちはなんなんだ。事件を止めることもできず、クロを救うこともできず、ただ目の前で命が消えていくことに必死になって・・・自分の命を繋ぐことしかできなくて・・・今はただ、このボタンを押すことしかできない。

 

 「すまねえ・・・」

 

 あっけなく沈むボタンの音は、誰かの悲鳴にも聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り6人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命    【明尾奈美】

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎   【笹戸優真】

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

【屋良井照矢】【鳥木平助】 【滝山大王】【アンジェリーナ】




いやあ長かった。でもここからも長いんです。いろいろやらなきゃならないんで。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

おしおき編

 

 「ううっ・・・!!ああうぅっ!うああぁぁ・・・!!」

 

 弾けるファンファーレ、溢れる大喝采、止めどない絶望色の歓喜。これは紛れもなく、俺たちの敗北だった。だが、誰が勝ったっつうんだ。

 

 「これまたこれまた大大だいせいかああああああああああああああっい!!!実に五連続正解!!!素晴らしい記録だね!!トップタイだよ!!!ぶひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」

 

 笑うのはモノクマ。造り物の牙の隙間から悪意の高笑いを吐き散らす。奴にとって裁判の決着なんかどうでもいいはずだ。どんな答えが出たって、奴がすることは同じなんだ。それに俺たちは今、間違いなく、絶望してる。

 

 「“超高校級の釣り人”笹戸優真くんを殺した・・・殺してしまったクロの正体は何を隠そう!“超高校級の陰陽師”晴柳院命さんだったのでしたあ〜〜〜!!大人しい顔して腹の底じゃ何考えてるか分かんないね!!」

 「・・・ち、ちが・・・・・・!うちは・・・!うちは・・・!!」

 「くっ・・・!」

 

 まともな反論もできず、逆上して喚くこともできず、クロに指名された晴柳院は、閉じない口からただただ息を漏らしてた。悔しそうに唇を噛む奴もいる、申し訳なさで顔を見られない奴もいる、事実に打ち拉がれて泣き続ける奴もいる。何をしても俺たちの中の敗北感は拭えない。晴柳院がクロに決まったってことは、俺たちは晴柳院に投票したってことだからだ。

 

 「まさかまさかの満場一致!いや〜、こんなことってあるんだね!クロ以外の全員どころか、クロ自身も自分に投票するとはね!」

 

 心臓を切り裂かれるような、冷たい感覚が走った。モノクマの言葉が孕む、俺たちの絶望の感触。何への絶望かなんて、一つしかない。無実のクロを差し出すしかない、俺たち自身への絶望だ。

 

 「うううぅぅ・・・・・・!!あああああああああああああああああああっ!!!」

 「まさかこの仕掛けを見破るとは思わなかったよオマエラ!!生徒の力を見くびってはいけませんね。先生は嬉しいです」

 

 耳を塞ぎたくなる晴柳院の絶叫と、ふざけたモノクマの戯れ言。それでも、俺たちはその全てを耳に受け入れるしかないような気がした。この絶望的な現実から逃げることは簡単だ。その簡単なことも俺たちはすることができない。

 

 「なんでだよ・・・!!」

 

 自然と口から言葉が漏れた。今更何を言ったところで何も変わらない。過去は覆らないし、今は好転しないし、未来もきっとそのままだ。俺には、ただじっと耐えるのが正しいのか、感情をぶちまけるのが正しいのか、それすらも分からねえ。

 

 「なんでこんなことになったッ!!!どこで間違えたッ!!誰のせいだッ!!」

 「ううぅぅ・・・ご、ごめんなさいぃ・・・!!ごめんなさい・・・」

 「あやまんなッ!!」

 「ひぅっ!?」

 

 俺の叫びに返ってきたのは、晴柳院の弱々しい謝罪の声だった。違う。晴柳院が謝ったところで何も解決しない。そもそもお前が謝ることなんて何もねえんだ。ただ、反射的に謝ってるだけだ。

 

 「そうですよ、謝って笹戸君が生き返りますか?貴女のしたことは絶対に取り返しのつかない、外道の行いなのですよ。貴女の謝罪には何の意味もないのです。お分かりですかあ!?温室育ちのお嬢様がよォ!!」

 「あああぁぁ・・・うううっ・・・・・・うっ、ひぐっ・・・!ああううぅぅ・・・」

 「穂谷、止めろ」

 「その涙はいったい何の涙ですか?泣けば許されるとでも?今までのように、誰かが助けてくれるとでも!?だから貴女は甘いのですよ!ここには貴女を守る人など誰もいません!うふふふふ!!皆さん死んでしまいましたからね!!貴女が殺したんですよ!!」

 「ああぅ・・・そ、そんな・・・!」

 「コロシアイを止めるだとか、誰も悲しませないだとか・・・そんなことを言うばかりで何もできず!誰も救えず!頼れる人は全て死に!なんと惨めで哀れで愚かなのでしょうか!!そもそも最初に飯出君が殺されたのも、貴女にも責任があったのではありませんか!?口火を切った有栖川さんを止められなかったのは貴女ではありませんか!!挙げ句の果てには笹戸君を殺して・・・貴女の存在そのものが絶望ではありませんか!!」

 「穂谷ッ!!!」

 

 もはや証言台に縋らないと立ってられないほどの晴柳院に、穂谷は言葉で追い討ちをかける。ただひたすらに、悪意だけで。そんな残酷なことがあるか。なんでそこまでイカレたことができるんだ。六浜の絞り出すような制止は、乱射される穂谷の悪意の前で何の力もなく掻き消される。

 

 「晴柳院サンを責めてもしょうがないよ。彼女は、はめられたんだ」

 「そうでしょうか!?むしろ、全ては晴柳院さんの策略とも考えられませんか!?」

 「・・・どういうことだ?」

 「簡単なことです。この計画を笹戸君に持ちかけ、協力させたのです。そうでなければ、笹戸君が不確実な計画のために命を投げ出すなどあり得ません」

 「その言い方だと、まるで晴柳院命のためならば笹戸優真は自害も辞さないようだが?」

 「事実そうでしょう!?こうなってしまったのです!怪しげな術式を扱うことにかけては、彼女の右に出る者はいません!“超高校級の陰陽師”なのでしょう!?」

 「・・・どうでもいいんじゃないかな、そんなこと」

 

 もう決着はついたのに、既に終わりが見えてるのに、穂谷は執拗に晴柳院を責め立てる。笹戸がどういうつもりでこんなことをしたのか、本当に晴柳院はこの事件でただ利用されただけなのか。確かにそれは不明瞭なままだ。だが、それでいいじゃねえか。もうこれ以上、この事件を明らかにして誰が得をする。

 

 「何を言ったところで、全てを知ってるのは笹戸君なんだ。もういない人から聞き出すことなんてできないよ」

 

 そうだ。この事件を仕組んだ笹戸は、その事件で死んだ。限りなく自殺に近い形で。だから、もう奴の口から何かが語られることはない。これ以上はもう・・・。

 

 「あ、なに?みんな笹戸君の話が聞きたいの?聞きたい系?うんうん、そうだよねえ。いきなり死んじゃって、言い残したことも聞き残したこともあるよねえ。かしこまっ!」

 「ッ!?」

 

 沈んだ空気に能天気な声。裁判場の空気をぶち壊して、モノクマがリモコンを取り出す。その行動が何を意味するのか、何をしようとしてるのか、俺たちは直感的に理解した。この気持ち悪い今を、絶望的なこの状況を、こいつはまだ終わらせようとしない。それどころか、まだ俺たちを追い込むつもりだ。こいつが望むのは、そんなもんばっかりだ。

 晴柳院の顔が並んだモニターが暗転し、砂嵐混じりの画面がじわりと浮かび上がる。その向こう側で佇んでるのは、まだ俺たちが知る頃の・・・知ったつもりになってた頃の笹戸だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『モノクマ・・・いや、“超高校級の絶望”さん。見てるんでしょ?』

 

 映像の中の笹戸は、開口一番にそう言った。カメラを見てはいねえが、その向こうに誰かがいることを確信してる言い方だ。そして、頼み事があると続けた。

 

 『僕の姿を録っておいて欲しい。僕の言葉と想いを、伝えなくちゃいけないんだ』

 

 この映像が残ってるってことは、モノクマは笹戸の言う通り録画をしたんだろう。笹戸に言われたから従ったのか、それとも俺たちに見せるためにわざわざ録ってたのか。どちらでも同じことだ。モノクマがすることは全て、俺たちを絶望させるためにしてることだ。

 

 『まずは、みんなに謝らないといけないね。清水君、望月さん、曽根崎君、六浜さん、穂谷さん・・・それに晴柳院さん、ごめんね。勝手なことをして。晴柳院さん以外のみんなには謝っても謝りきれないよね。なんで死ななきゃいけないんだって、怒ってるよね』

 「ブフゥーーーーーーーーッ!!!なに当たり前みたいに言ってんだか!!真逆の結果になっちゃってるのにさ!!はずかし!!」

 「黙れ」

 

 映像の中の笹戸は、普段と変わりない様子で話す。ただ、口にする言葉は不穏な意味を含んでる。こいつはこの時点で既に、学級裁判の後の光景を描いてやがる。それも、晴柳院が学級裁判を生き抜いて、俺たちが殺される未来をだ。こいつはそれを分かった上で、この態度なのか。

 

 『仕方が無いんだ。これは決して僕だけのためじゃない、晴柳院さんだけのためでもない・・・未来の人類のため、世界の希望のためなんだ。どうか分かって欲しい。キミたちは犠牲なんかじゃない、キミたちの命は、キミたちの魂は、キミたちの希望は、すべてが糧になるんだ。だから、消えてしまうことを怖がらないで受け入れてね』

 

 俺たちのよく知ってるあの笹戸の喋り方そのもの・・・だった。自己主張が弱くて、やたらとしどろもどろ喋って、どことなく自信なさげな喋り方だった。だからこそ、そんな口調の中に出て来た言葉に、俺たちは耳を疑わずにいられなかった。今、こいつなんつった?未来の人類?世界の希望?魂が糧になる?なんだその、曖昧で、胡散臭くて、不気味な羅列は。

 まるで死に行く俺たちへの手向けのような、死んでいった俺たちへの弔辞のような、そんな言葉を簡単に口にした後、笹戸はすっかり雰囲気を変えて切り出した。

 

 『それじゃ、改めて自己紹介から始めようか。はじめまして、晴柳院命さん。僕は笹戸優真。そして晴柳院さん。キミは僕たちの“希望”だ』

 「・・・えっ?」

 

 急な自己紹介に、名前を呼ばれた晴柳院は小さく声を漏らした。そして笹戸は自分のことを複数形で名乗った。なんだそれは。晴柳院が希望って、どういうことだ。

 

 『もしかしたら、まだ思い出せてないかも知れないね。だけど僕は思い出したよ。僕らのことも、キミのことも。僕らはずっとキミのことを見てた。合宿場にいるときも、学園にいたときも。そう考えると、僕はすごく幸せ者だ。最後の瞬間まで、キミという希望の側にいることができたんだから。これは運命なんかじゃない、僕らはキミに導かれて希望ヶ峰学園にやって来た。全てはキミの意思だ。でも、キミは何も知らなくていいんだ、キミがキミであるだけで、僕らは救われる』

 

 違う。こいつは笹戸じゃない。少なくとも俺たちの知ってる笹戸じゃなかった。顔も声も喋り方も、全てが笹戸とそっくりなのに、こいつの雰囲気は全く違った。まるで何かが乗り移ったような・・・それとも、この姿が本来の笹戸なのかも知れない。少しずつ、俺の中の笹戸が崩れていく。

 

 『晴柳院さん、安心して。キミがいつどこで誰と何をどんな理由でどうしていようと、僕らはずっとキミのことを信じてる。いつでも僕らはキミを崇めるよ。僕は・・・僕らは、「希望の徒」』

 

 大人しくて、穏やかで、流れるような言い方なのに、その言葉はねっとりと耳に粘り着く。精神にまとわりついてじわじわと蝕まれるような、嫌な感覚。そして笹戸はまた、名乗った。初めて聞く名前を。ただ録画しただけの映像だったはずなのに、モノクマが余計な編集をしたんだろう。エコーがかかった笹戸の言葉とともに、その名前が文字で表示された。『希望の徒』、見るからに胡散臭え名前だ。

 だがそんな感想も吹き飛ぶことが、目の前で起きた。

 

 「・・・ッ!!?ああっ!!あぅぁあああっ!!!」

 「ッ!」

 「うぷぷぷっ!」

 

 画面に浮かび上がった『希望の徒』の文字。それを見た瞬間に、晴柳院が頭を抱えて叫んだ。大きな力ではね飛ばされたように後ろに仰け反って、数歩さがる。苦しそうな表情の中でぐるぐると脳が揺さぶられているように息が荒れる。間違いない。今、晴柳院の記憶が戻った。

 

 「はあ・・・はあ・・・あ、ああぁ・・・・・・」

 「晴柳院!しっかりしろ!」

 「・・・うっ、ううぅ・・・・・・そ、そんな・・・」

 「今のは?記憶が戻ったのですか?ということは今の言葉が、彼女の記憶のパスワードということですね!『希望の徒』なる団体の名前がなぜ貴女と関係しているのですか!?繋がりがややこしくなってきました!うふふふ!」

 

 うずくまる晴柳院を無視して映像は進む。今の状態からして、晴柳院と笹戸の間に怪しげな関係があったことは事実で間違いねえようだ。とすると、マジで笹戸はそんな頭のおかしい理由でこんな事件を起こしたってのか。

 

 『「希望の徒」は、真の希望を追い求めるんだ。旧希望ヶ峰学園の狛枝凪斗先輩がそうであったように、生ぬるい希望なんかじゃない、希望ヶ峰学園が理想に掲げる最大の希望を追い求める。だけど、人によって希望の形は違う。狛枝先輩のように“超高校級”の“才能”に希望を抱く人もいれば、とにかく誰かのために尽くすことを希望とする人もいる。何も起きないことこそが真の希望と唱える人もいる。だけど、そんな僕たちが共通の希望として掲げている一人が、キミだ。晴柳院命さん』

 「・・・ッ!」

 

 再び名前を呼ばれて、晴柳院は肩が跳ねた。これは完全に、怯えてる。なんなんだこれは。晴柳院は何をどこまで思い出したんだ?『希望の徒』って連中はなんで晴柳院を崇めてんだ?そもそも、こんな連中がなんで希望ヶ峰学園にいるんだ?

 

 『まだ僕たち「希望の徒」が、新希望ヶ峰学園の中でまとまって行動することがなかった頃。僕らに共通してたのは、狛枝凪斗という偉大なる希望の信者を敬う心だけだった。だって彼は“才能”故に壮絶な人生を歩み、最後は自ら絶望に身を落としながらも、それでも希望を信じることをやめなかった。旧77期生で唯一、希望を絶やさなかった人なんだから。だけど、信じるだけじゃ何も変わらないし、救われない。当時、僕たちは、周りの生徒からも、学園からも、異端扱いを受けていた』

 「やはり狛枝凪斗は関係していたか」

 

 映像の中の笹戸は、まるで自分のことのように話した。新希望ヶ峰学園が建てられてからもう何十年と建って、もはや歴史の教科書にだって載ってる。そんな時のことを話してるのに、まるでついこの間のことだと錯覚しちまう。なんだ、気持ち悪いにもほどがある。

 

 『そんな僕たちの前に現れたのが・・・晴柳院さん、キミのお爺さんだ』

 「よ、義虎お爺様・・・?」

 『“超高校級の陰陽師”として入学した義虎様は、同じ志を持つ僕たちに呼びかけた。自らの信じる希望を追求すればいい、そうすればいずれ希望ヶ峰学園を真なる希望の学府に至らせることができる。希望なき者には救済を、希望を追う者には誇りを、絶望には希望的破滅を。そうして義虎様は、僕たちを希望へ導いてくれたんだ』

 「・・・ち、ちがう・・・・・・!!」

 『義虎様は、希望ヶ峰学園が僕たちを迫害しようとしてると言った。真の希望を目指す僕たちは、学園にとって都合の悪い存在だ。なぜなら、新希望ヶ峰学園は一枚岩じゃないんだ。絶望に敗れたにもかかわらずハリボテの希望に縋る旧学園派と、絶望の過去を捨て去りたい未来機関の息がかかった新学園派が内部で密かに争ってる状態だ。だけど僕たちに言わせれば、そんなものはどちらも希望じゃない。絶望に敗れた希望なんて認めない、絶望から逃げる希望なんてあり得ない。真の希望は、義虎様率いる僕たち「希望の徒」だ』

 「もう・・・・・・やめてください・・・!!」

 『義虎様は希望ヶ峰学園を変えるために、僕たち「希望の徒」を導いてくれた。学園内で少しずつメンバーを増やして、生徒会にメンバーを忍び込ませることもできた。そして卒業後も密かに希望ヶ峰学園の暴走を抑え続け、息子の龍臣様が入学した頃には希望ヶ峰学園の理事会にまで入り込んでた。全ては希望のため、僕たち「希望の徒」のため、人類が二度と絶望に侵されてしまわないようにするため・・・!!』

 「ウソや・・・!!ウソや!全部ウソやッ!!」

 

 恍惚の表情で語る笹戸に対して、晴柳院の顔色は青ざめる一方だ。晴柳院のじいさんが希望ヶ峰学園の卒業生だって話はどっかで聞いたが、そんなことまでしてたのは知らなかった。それより、なんで笹戸はこんなに学園のことに詳しいんだ。学園の内部のことなんて、俺たち生徒だってよく知らねえ。

 晴柳院の態度からもなんとなく分かる。こいつら、希望ヶ峰学園について何か知ってやがる。俺たちが知らない、たぶん学園が世間には知らせたくねえ部分のことを。

 

 「よ、義虎お爺様は・・・そんなこと考えてません・・・!」

 「・・・」

 「お爺様は・・・・・・晴柳院の名前が力を持つことしか・・・人を利用することしか考えてません・・・!お婆様もお父様もお母様も・・・うちかて、みんなあの人に使われてた・・・!晴柳院なんて名前のために・・・!!」

 『そろそろ思い出したかい?今度はキミの番なんだ。義虎様が僕たちを結びつけてくださったように、龍臣様が僕たちを導いてくださったように・・・キミも晴柳院家の跡取りとして、「希望の徒」を導く者として、行動するべきなんだ。こんなところにいちゃいけない、キミは学園に戻るべきなんだ』

 

 静かに、しかし強く、笹戸は言う。晴柳院の悲痛な言葉なんか想像もしてねえんだろう。まるでそれが当然なことのように、自分が死ぬことで晴柳院をクロにすることに何の疑問も抱いてない。『希望の徒』は、笹戸の心にガチガチに根を張ってる。

 

 『まあ・・・だからと言って、僕のしたことを理解してくれるとは思わないよ。殺意はなくても誰かを殺してしまうことも、モノクマのルールに従うことも、それで自分以外の全員が死んでしまうことも、希望的とは言えない。だけど、必ずしも絶望的かと言うとそうでもない』

 「ううう・・・?」

 『僕は思うんだ。この世のありとあらゆる生命は、それだけで尊いものなんだって。消えていい命なんかありはしないし、命には優劣も貴賎もない。それが絶望を呼ぶものだとしても、命それ自体を否定することはできない。僕は生命こそが真の希望の姿だと思うんだ』

 

 急に話の脈絡がぶっ壊れた。何言ってんだこいつ。自分で自分を殺しておいて、晴柳院をそれに巻き込んでおいて、それを否定するんだか肯定するんだか分からねえような言い方をする。希望だ絶望だと、そんな言葉がどんだけの意味を持ってるってんだ。

 

 『あらゆる命は平等であり、そして希望だ。命が失われることは例外なく悲しいことだ。だけど、その命が失われることによって他の命が救われたとしたら?誰かの命を繋ぐために失われた命は消えて無くなると思うかい?それは違うよ。犠牲という名の命は、生き残った命の中に根差していくんだ。誰かの犠牲の上に生きる命は、それ以外の命よりも強く、大きく、輝いてるんだ。それがいくつも重なってごらんよ。たとえば15もの命が、たった一つの命の犠牲になったとしたら・・・その命は、偉大な希望の塊だ』

 「は・・・?」

 『それがキミだよ。晴柳院命さん。キミは僕と、僕以外のみんなの命を糧に、希望ヶ峰学園に帰るんだ。そして「希望の徒」を、希望ヶ峰学園を、人類を導いていくんだ。僕たちの命を消してしまわないように、僕たちの死を無駄にしないために、キミは今すぐここから出て行くべきなんだ』

 

 憂いを帯びた表情から恍惚へ、そして今の笹戸は澄んだ真っ直ぐな眼をしてた。不気味なくらい、屈託なく何かを信じてる眼だ。だからこんなに力強く、いい加減で、不明瞭で、勝手なことが言えるんだ。今更になって分かった。これは遺言じゃねえ。もっと別の、絶望的な事実の羅列でしかない。

 

 「な、なんで・・・なんでうちがそんなこと・・・・・・!うちはそんなこと・・・望んでないのに・・・!」

 『ここまで聞いて、キミならこう思うだろうね。「なぜ自分じゃなきゃいけないのか」って。でも晴柳院さん、それはキミがキミだからだ。キミが晴柳院命だからだ。それ以上の理由なんてないし、それだけで十分なんだ。それに、もう僕たちの中に、希望を背負える人なんていなかったんだ』

 

 まるで晴柳院の言葉が聞こえてるようなタイミングだ。だがその答えはいまいち的を射てない。笹戸が崇拝してる晴柳院と、俺たちの目の前で泣き崩れてる晴柳院が同一人物だなんて、いまだに信じられねえ。あの笹戸にはどうやら、自分勝手な幻想しか見えてねえらしい。

 

 『穂谷さんは鳥木君を喪って、呆気なく絶望に染まってしまった。分かってないよ、なんで鳥木君があんなことをしたのかをさ。明尾さんを殺して、自分が犠牲になって、全部穂谷さんのためなんだよ。二人分の命も背負っただけで絶望するんじゃ、とても僕たち全員分の命を背負えやしない』

 「・・・は?鳥木君が犠牲?うふ、うふふふ!いよいよ聞く価値はありませんね。こんな狂った言葉」

 

 お前が言うな、と思ったが口にはしないことにした。この部分だけは笹戸の言うことも分かる。死にたがったり殺したがったり、殺されたがったり、死にたくねえと言ったり、鳥木がなんのためにあんなことをしたのかを分かってねえ。こんな奴のために死にてえと思う奴はもういねえだろう。

 

 『六浜さんは生徒会の人間、つまり希望ヶ峰学園側の人だ。学園は「希望の徒」を疎ましがって、本当の希望を分かっちゃいない。学園側の人間はみんな、希望の器じゃないんだ。だから、少しでも希望ヶ峰学園と繋がってる人は真の希望にはなれないんだよ。曽根崎さんも、望月さんも、おんなじだ』

 「・・・ッ!」

 『隠してたのか、それとも思い出してなかったのか、どっちでも同じことだよ。彼らは僕ら側じゃない、学園側の人間だ』

 「・・・?」

 

 六浜が学園と繋がってるってのは、もう分かってたことだ。だから別段驚かねえ。だが、その後に笹戸が連ねた名前に、思わず反応しちまった。反射的にそいつらの方を見た。

 どちらも落ち着いてた。だが、曽根崎は落ち着いてる素振りをしてるように見えた。内心は穏やかじゃねえが、なんとか今は落ち着いていようとしてるような、何かを覚悟した表情だ。望月は相変わらず何を考えてるか分からねえ。また何も感じてねえのか。

 

 『最後に、清水君。僕は・・・もし誰かが晴柳院さんの代わりに希望を背負うのなら彼だと思ってたよ』

 「・・・?」

 

 急に俺の話になった。しかも、他の奴らとは違う導入から。勝手に器じゃねえと言われるのも気分が悪いが、そうじゃねえからって気分が良いわけじゃねえ。

 

 『彼は希望ヶ峰学園に反抗してた。それがどんな理由であれ、偽りの希望に立ち向かう姿は、偽りの希望に囚われてる人よりも希望に近い。清水君はなんにも特別じゃない、自分に失望しきってる。そう言ったんだ。彼はそんな状況でも、モノクマに一泡吹かせてやりたいと思ってた。もはや希望と言うより、おそろしいほどの執念だ。絶対に諦めない、いつまでも根に持つ。少し歪んでたけど、彼には希望の素質があった』

 「・・・勝手言いやがって」

 『だけど彼は絶望を拒むだけじゃなく、希望を背負うつもりもなかった。彼にとっては希望も絶望も同じものだったんだ。残念だよ、もしもっと時間があれば・・・彼も素晴らしい希望の導き手になることができたかもしれないのにね。惜しい人を亡くしたと思うよ』

 

 最初にも感じたことだが、こいつはもう既に晴柳院以外の全員が死んだものとして話してやがる。それだけ晴柳院が学級裁判に勝つことを確信してたのか。それとも、何の確証もなく、晴柳院のことを盲信してただけなのか。そんな奴には勘違いでも信じられたくねえ。

 

 『まあ、過ぎたことをくよくよしてても希望的じゃないよね。昔の人の言葉を借りれば、希望は前に進むんだ。いずれにせよ、キミが希望の導き手になることは変わらないよ、晴柳院さん。キミなら、キミこそが、キミじゃないとダメなんだ。喜んでくれるよね?だってキミは晴柳院さんなんだから。希望のために生まれ、希望に尽くし、希望の栄えることこそが幸福なんだから』

 「ああうぅぅ・・・!!」

 『不安なこともあるかも知れないね。だけど考えてごらんよ、その不安を乗り越えた先には、偉大なる希望が輝いているんだよ!僕だってそうだ。これから僕はキミのために絶望の極みを味わうことになる。だけど・・・はははっ、すっごく清々しい気分なんだ!たとえ僕が絶望に飲み込まれてしまっても、その絶望が行き着く先にはキミという名の希望がいるんだもの!キミの希望のために、僕は絶望すら受け入れるよ!あっはははははははははっ!!狛枝先輩は希望の踏み台になろうとしていた。だけど僕は違う!違うよ!僕は踏まれて置いて行かれるだけの踏み台にはならない!究極の希望の中で共に生き続ける、希望の糧になるんだ!』

 

 油の入ったボトル、分解された妙な装置、愛用の釣り竿。すべてこの後、笹戸自身が死ぬために利用されるものばかりだ。自分自身への殺意と、狂信色の眼を光らせて、笹戸は高らかに笑う。

 

 『晴柳院さん、キミは言ったよね?もう私たちに希望はないのかって。だけど・・・それは違うよ。希望は与えられるものでも、まして降ってくるものでもない。自ら生み出すものだ。だから、晴柳院さん』

 

 まるで目の前に晴柳院がいるかのように、笹戸は語りかける。その一言だけは、笹戸以外の誰かの声も重なって聞こえた。

 

 『キミが希望になるんだよ』

 

 言うべき事は全て言った、とばかりに、笹戸はその一言を最後に歩みを進めた。奴が希望と信じて疑わない絶望への道だ。一切の迷いも躊躇いもなく、徐々に色をなくしてバラバラになっていく世界に、笹戸は消えていった。それが奴の最後の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「プププーーーッ!!こんなん笑うしかないよね!!笹戸くんってばとんだ皮算用しちゃって、大真面目な顔で的外れなことしゃべっちゃって、はずかし!!死んだら絶望も希望もないのにね!!しかも結局はその目論みも壊されちゃってさ!!」

 「ううぅ・・・!こ、こんなの・・・・・・あ、あんまりです・・・!」

 「笹戸の大馬鹿者がッ・・・!!」

 

 誰もモノクマの言葉に言い返せない。笹戸を庇うことなんかできねえし、モノクマに反論することも、うなづくこともできない。笹戸は身勝手な幻想を晴柳院に押しつけて死んだ。俺たちがその真実を見抜いたことで、その晴柳院は知らぬ間に被せられた罪のために同じ運命を辿ろうとしてる。

 

 「晴柳院家と希望ヶ峰学園の繋がりの噂は聞いてたけど、まさかそこまで根が深いなんて・・・」

 「これだから・・・やはり名家など信用ならないのです。学園内で他人を誑かして怪しげな徒党を組んで、洗脳までしてしまうだなんて。陰陽師と名乗りながら邪な働きをするのですね」

 「・・・・・・よ、義虎お爺様は・・・そういう人なんです・・・。いつも自分のことと、晴柳院家のことばっかりで・・・学園のことだって、晴柳院家の力を誇示するためのものとしか思ってないんです・・・」

 「キミはそうじゃないの?」

 「う、うちは・・・晴柳院の名前なんて・・・・・・そんなのどうでもいいんです。うちはただ・・・!ただ・・・!」

 

 言葉に詰まって、代わりに溢れ出るのは涙ばかり。晴柳院のじいさんにとっちゃ真実の希望がどうとか、絶望とか、そんなものすら方便だったんだ。笹戸も、晴柳院も、利用されてただけだ。希望とも絶望ともつかない、たった一人の人間の思惑に。

 

 「う、うちは学園でずっと『希望の徒』に・・・追いかけられてました・・・。どこに行っても、何をしてても・・・いつもうちは見張られてて・・・・・・!!うちはそんな・・・そんなこと望んでなかったのに・・・!!」

 「望んでいないのなら拒めばよろしいのに!それをしなかったのは、満更でもなかったのではありませんか!?崇め奉られ、崇拝されることに酔いしれていたのでは!?」

 「違いますッ!!」

 

 今更、穂谷の言葉に深い意味なんかない。ただ晴柳院を否定するだけの、形だけの言葉だ。だがそれでも晴柳院は強く否定した。涙を流して、血の気が引いて、カタカタと震えても、晴柳院はもう言葉を途切れさせることを許さなかった。

 

 「・・・・・・こ、怖かったんです・・・!お爺様が・・・家の人たちが・・・『希望の徒』の人たちが・・・どうなってしまうんか・・・」

 「・・・」

 「う、うちの本音を言うてしまったら・・・みなさんの想いを裏切ることになるから・・・!晴柳院家の歴史が・・・・・・『希望の徒』の人たちの全てが・・・壊れてまうような気がして・・・!せやからうちが・・・う、うちが耐えて・・・卒業するまで辛抱すればって・・・・・・!!」

 「・・・ッ!!呆け者め・・・ッ!!」

 

 震えながら晴柳院は語る。家柄なんて自分じゃどうしようもねえのに、笹戸たちからの期待なんて勝手にされてるだけなのに、それすらもこいつは裏切れねえってのか。どうしてそんな風に思えるんだ。じいさんに利用されてるって分かってるなら、文句の一つでも言えばいいじゃねえか。『希望の徒』につけ回されるのが嫌ならそう言って突き放せばいいじゃねえか。なんで自分が耐えるなんてことになるんだ。

 

 「希望だとか絶望だとか、なんだかいよいよクライマックスっぽくなってきたね!そろそろボクとオマエラも決着を付けなくちゃいけないころかな?これ以上は引っ張れそうもないしね!」

 「なんだと・・・!?どういう意味だ・・・!」

 「うぷぷ!物語も大詰めってことだよ!言ったでしょ?ボクの目的は絶望じゃない、その先にある大いなる希望だって!ここまで人数が減っちゃったらもうこの先の展開に期待はできないから、ボク直々に与えてやるってんだよ!圧倒的な絶望と、希望をさ!」

 

 うるせえ。希望だの、絶望だの。もうたくさんだ。意味が分からねえんだよ。希望ってなんなんだ、絶望ってなんなんだ。“超高校級の絶望”は絶望のために人類に災厄をもたらした。『希望の徒』は希望を掲げてこんな事件を起こした。何が違う。希望も絶望も、人を狂わせてばかりじゃねえか。

 

 「だからさ!景気づけに一発いっとこうか!終わりの始まりに相応しい、スペシャルエクストリームなおしおきを!!」

 「ッ!!」

 「・・・待て、モノクマ」

 

 忘れてたわけじゃねえ。考えねえようにしてただけだ。それが何かの意味を持ってたわけじゃねえ。惨すぎる現実から、自然と脳が逃げようとしてたんだ。そしてそんな現実に待ったをかけるのはいつだってあいつだ。

 

 「どうしたの六浜さん?またボクに怒るわけ?毎度毎度やられちゃさすがに湯たんぽよりも温厚なボクも怒っちゃうよ?」

 「違う。処刑したければすればいい。だが、晴柳院ではなく、私をだ」

 「はあ?」

 「えっ・・・」

 「晴柳院は笹戸に利用されただけだ。殺意はなかった。もうこれ以上・・・理不尽に命が奪われて良いわけがない・・・!!」

 「ならば貴女が処刑される理由もありませんね!矛盾していませんこと!?」

 「この合宿場では五度もの殺人が起きた。すべて、私の管理不行き届きに責がある。学園から監視役として派遣されておきながらだ。守れなかった命は帰って来はしない。だから、いま守れる命を守ることでしか、贖えないではないか」

 

 六浜の顔は、澄ましていた。身代わりの処刑を買って出てるってのに、それがどうしたと言わんばかりの落ち着きようだ。それだけ、こいつの覚悟は固いってことか。穂谷は首を傾げ、曽根崎は沈痛に顔を背け、望月はモノクマの様子をうかがう。俺は、誰とも目を合わせずに、自分の足下を見てた。

 なんなんだ、どいつもこいつも。なんでそう簡単に命を投げ出すんだ。他人のためだなんだと理由をつけて、自分が死ぬことをどうやって正当化できるってんだ。なんで他人のために自分が死ななきゃならねえ、なぜ他人が勝手にしたことのために死ななきゃならねえ。死ぬことに納得なんかできるわけねえだろ。それでも、モノクマは残酷にその時を連れてくる。

 

 「ふ〜ん、そういうこと言い出すわけね。うぷぷぷ、六浜さん」

 「そ、そんなのダメです!六浜さんはなんもしてないやないですか!なんで六浜さんが・・・う、うちの代わりに・・・!」

 「何も言うな、晴柳院。私はもう、こうすることでしか誰のことも守れやしない」

 「だからって・・・そんなことしたら、みなさんは誰を頼ったらいいんですか!六浜さんがいてはったからここまでみなさんは生きてられたのに・・・!そんなの・・・!」

 「晴柳院ッ!!」

 「ッ!」

 

 進み出た六浜に、晴柳院が縋り付く。覚悟を決めて死のうとしてる六浜と、それを必死に止めようとする晴柳院。晴柳院の方は、自分の行動が何を意味してるかまでは、また想像してねえんだろう。二人とも、目の前の命を死なせないようにしてるだけだ。

 

 「お前は覚悟をしているのか・・・!私と同等の覚悟を・・・!」

 「ふえ・・・うっ、ううぅ・・・!ひぐっ、ううあぁ・・・!ああああああああああああああああああああああああッ!!!」

 

 冷静な中に、一抹の不安が覗く。それを感じ取った晴柳院は、六浜の言葉にすべてを理解した。自分のしてることと、六浜の覚悟を。そしてその言葉に泣き崩れた。

 

 「見ての通りだ。さあ、早くはじめろ」

 

 改めて六浜はモノクマに向き直る。完全に覚悟を決めたその視線に、モノクマは真っ向から向き合う。そして、いつだってこいつはそうだ、すべてを嘲笑う。

 

 「なぁに言っちゃってんのォ?」

 「・・・!」

 「クロを見逃せ?クロの身代わりに自分を処刑しろ?そんな要求が通ると思ってんの?合宿規則は絶対なんだよ!たとえボクでも逆らえないの!クロがバレたのにクロがおしおきされないなんて、ありえねーーーッ!!逆立ちして鼻からスパゲッティを食べるくらいありえねーーーッ!!」

 「クロは晴柳院ではない!これは他殺ではない!自殺だ!クロが誰と言うなら、笹戸自身がクロではないのか!」

 「ぶひゃひゃ・・・だとしたらオマエラ全員おしおきだよ。自殺なら自殺者自身をクロとして指名しないといけないのに、オマエラは晴柳院さんをクロだって指名したじゃんか!論破ッ!」

 「ぐっ・・・!」

 「だいたい、お前の言い分はめちゃくちゃだよ。たとえ事故だろうが過失だろうが、悪いことをしたら罰を与えるのは社会の根底秩序じゃんか。それをお前の私情で覆そうっていうの?そんなの、外の世界で通用すると思ってんの?もちろんここでも通用しねーけどなッ!!」

 「私は外の世界には出ない!!私は・・・もう誰も死なせたくない・・・!!だから・・・!!」

 「六浜さん・・・」

 

 六浜の思ってることは分かる。モノクマなんかの肩を持つつもりはねえ。だが、どうしてもモノクマの言うことの方が正しい気がしてくる。どこまでも絶望的なくせに、言葉ばかりは真っ当なモノクマに、感情と正義感と僅かばかりの理由だけでは勝てはしない。徐々に余裕が失せていく六浜の顔に、声がかかった。

 

 「大丈夫です。うちは・・・大丈夫です」

 「・・・せ、晴柳院?」

 「うちなんかのために・・・うちなんかを庇ってくれて、ありがとうございます・・・」

 「ま、待て!どうしてお前が・・・!」

 

 さっきまで泣き崩れてた晴柳院は、六浜の袖を引いて後ろに下げようとしていた。その表情は六浜と似てた。少しだけ、六浜よりも崩れやすそうな、頼りない顔だ。

 

 「うちが・・・晴柳院家の娘やから・・・!うちは生まれた時から・・・希望に呪われてたんです」

 

 それが、晴柳院の全てだった。日本一デカい名家の娘に産まれて、日本中が憧れる学園に入学して、誰よりも人から頼られて、晴柳院にとっては何一つ喜べるもんじゃなかった。そんなバカな話があるか。こんなバカなことがあり得てたまるか。

 

 「うぷぷぷぷ!まったくもう!結局こうなるんだから、最初っから諦めちゃえばいいものをさ!まあいいや、殺ること殺ったら落とし前つけないとね!」

 「ごめんなさい・・・お爺様、お婆様、お父様、お母様。うちは・・・・・・晴柳院家の娘の務めを果たせませんでした・・・」

 「今回は!“超高校級の陰陽師”、晴柳院命さんのために!スペシャルな!おしおきを!用意しましたァ!」

 「・・・六浜さん」

 

 目の前で繰り広げられる人間の葛藤にも、命のやり取りにも、モノクマにとっては何の意味もなさない。ベニヤ板の向こう側でぬいぐるみが話してるのと同じように、そこで何が起きても所詮は物語でしかない。だからそんな無慈悲に笑うことができんだろ?

 そんなモノクマに抗うように、晴柳院は小さく声を溢した。その声は、痛々しいほど震えていた。

 

 「穂谷さん、清水さん、曽根崎さん、望月さん・・・ごめんなさい。うちはみなさんと一緒に学園に帰れなくなってまいました・・・」

 「・・・!」

 「そ、それでもうちは・・・みなさんに生きてて欲しいです・・・!うちのことを引きずってほしないです。うちは過去の人になってまうけど・・・みなさんは未来に生きてほしいです。せやから・・・うちの命を背負わんでください」

 「晴柳院・・・!!」

 

 震える声で、泣き腫らした目で、晴柳院は不器用に言った。

 

 「それでは、張り切っていきましょーーーーーーーーーーーーーーーーーーぅ!!!おしおきターーーーーーーーーーーーーーーーイムッ!!!」

 「どうか、うちを忘れてください・・・」

 

 別れの言葉にしては無愛想な言葉の奥にある眼は、助けを求めていた。無理矢理に作った薄っぺらな笑顔は涙に上書きされてた。晴柳院は最後まで、自分の気持ちを隠し続けていた。他人のことばっかり考えて、自分の感情を押し殺したまま、冷たい鎖に連れ去られて壁の向こうに消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      【GAME OVER】

セイリュウインさんがクロにきまりました。

    おしおきをかいしします。

 

 闇で塗り潰したような暗い部屋。その真ん中に小さな陰陽師、晴柳院命のシルエットが浮かび上がる。やがて部屋を取り囲む紅蓮の灯りが、その内側を照らし出す。

 四角い部屋の中央に、円形の舞台がある。四方の壁には一面に星形の魔方陣が描かれ、曲玉がデザインされた舞台の周りからは炎が昇り、その中心にいる晴柳院は不安げに周囲の様子をうかがう。背後にあるのは、晴柳院自身を模した巨大な像だ。

 ここは、希望の象徴を祀るための儀式場だ。祀られるのは晴柳院命。祀り崇めるのは、様々な格好をした怪しげな人形たち。その中には、水色のジャケットに灰色のかつらを被ったものもいる。

 

 

     《レッツゴー!晴柳院》

 

 

 儀式が始まった。人形たちは奇妙に踊って祭壇の周りを巡る。晴柳院は舞台の中心で立ち尽くし、その不気味で恐ろしい踊りから目を逸らす。人形たちは晴柳院を崇めてさらに踊りを激しくし、それにつられて舞台を取り囲む炎も大きく勢いを増す。人形が踊る。炎が燃え盛る。晴柳院はただただ立っている。しかしその儀式が執り行われている一方、モノクマの不敵な笑みが映る。その手は何かのレバーを握り、そして押し込んだ。

 次の瞬間、儀式場が大きく揺れた。人形たちは踊りを止め、晴柳院はより一層怯える。人形の一人が、舞台の後ろの壁へ駆けだした。そしてその後に続くように、人形が次々に同じ方へ走り出した。晴柳院は反射的に後ろを見た。その瞬間、晴柳院は青ざめた。

 人形たちは、全員で舞台後方の壁を支えていた。その壁の向こう側から、何かが出て来ようとしている。薄い壁を押しのけて、その向こうから赤い瞳が見える。その一瞬で、晴柳院には何が出て来ようとしているのかが分かった。

 

 「・・・ッ!あっ・・・ああぁぁ・・・・・・!!」

 

 思わず晴柳院の脚が動いた。このままではモノクマの倒した壁と自分の巨像が倒れてくる。そう直感した。舞台から逃げようとした。しかしすぐにその脚は止まる。舞台を囲む炎は、既に激しい業火へと姿を変えていた。この中に飛び込んで無事に済むわけがないことは一目で分かる。晴柳院はその場でへたり込む。背後から聞こえる巨大な何かが壁を叩く音、軋んで少しずつ傾いていく壁、炎は勢いを弱めることなく部屋を覆っていく。

 やがて、音が止んだ。もう壁を叩く音も、壁が軋む音もしない。晴柳院はそれに気付くと同時に、いい知れない恐怖を覚える。ゆっくりと、振り返った。

 壁の向こうから現れたのは、巨大なモノクマロボだった。頭部に乗ったモノクマがレバーで操縦し、壁のあった方向からこちらに近付いてくる。足下にはさっきまで壁を懸命に支えていた人形たちが、真っ黒な灰に姿を変えて転がっていた。舞台を囲む炎はいつの間にか、部屋全体を飲み込んでいた。

 そしてモノクマロボは突き進む。目の前に聳えていた晴柳院の巨像を押しのけて、祭壇の中心に鎮座する。押しのけられた像は、ゆっくりと倒れていく。歪んだその光景を、茫然と眺めることしかできない小さな自分に向かって、容赦なくその全てを押しつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺たちは無力だ。生きたいと願う奴の一人も救えない。いま自分たちが生きてて、晴柳院が死んじまったのが、悔しくてたまらない。舞台と巨像の間に散った赤い飛沫の中に浮かぶ艶やかな黒髪が、その死を鮮明に知らしめる。

 

 「うぷぷぷぷ!!ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!我ながらサイコーケッサクだね!!どんなに崇められてもあんな簡単に死んじゃうんだよ!!人間なんてどいつもこいつも同じ!!タマゴみたいに簡単に潰れちゃうんだよなあ!!」

 「こんなこと・・・・・・こんなこともう終わりにしろ!!なぜ晴柳院が死ななければならなかったのだ・・・!!」

 「・・・」

 

 こんな結末に納得したことなんて一度もない。納得しないまま、全てを諦めきれないまま、俺たちはここまできた。たった五人になるまで、殺した奴も殺された奴も、誰一人としてこんな結末は望んでなかった。

 

 「それじゃあ、おしおきも終わったしいよいよクライマックスに突入しようか!物語の大詰めはすべての謎が明らかになるって決まってるんだよ!」

 「どういうことだ」

 「うぷぷぷ・・・このボクが相手してやるって言ってるんだよ」

 「相手するって、どうするつもり?」

 

 晴柳院の処刑が済んだモノクマは、あっさりと先の話を始めた。俺たちはまだその死を受け入れ切れてねえのに、モノクマはいつだって俺たちを置いていく。

 

 「ボクとオマエラの決着を付けるのさ!この合宿場の、このコロシアイ合宿生活の真相の全てを、オマエラに解き明かしてもらうんだ!うぷぷぷぷ!オマエラがこの真相を解き明かした時、オマエラの希望は華々しく輝くんだろうね!徹底的に絶望してもらうよ!!」

 

 牙の間からモノクマが笑う。意味不明で不穏な言葉は、俺たちに途方もない絶望の気配を感じさせる。学級裁判は終わったが、まだモノクマは俺たちに何かさせるつもりらしい。漠然とした絶望感が、俺たちに重くのしかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り5人

 

  清水翔   六浜童琉  【晴柳院命】   【明尾奈美】

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎   【笹戸優真】

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

【屋良井照矢】【鳥木平助】 【滝山大王】【アンジェリーナ】




ここまでで半年かかりました。話の概要はほとんど決まってたのに、書く時間が思ったよりもとれなくて・・・。言い訳はいいわけ!っつってね
はい、クライマックス頑張ります


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六章『一寸先を照らす灯火』
捜査編1


 「うぷぷぷぷ!そろそろ決着を付けようじゃないの!ボクとオマエラ、どっちの希望と絶望が勝ってるか、比べようってことだよ!」

 

 冷たい学級裁判場に、モノクマの笑い声がこだまする。こいつの言ってることの意味が分からないのは今更だ。だが、今度はそれに輪をかけて分からねえ。

 

 「オマエラには、この合宿場のすべての謎を解いてもらうよ!そして全ての真実を暴くことができたらオマエラの勝ち!全員を希望ヶ峰学園に返してやるよ!ただし当てられなかったら、オマエラ全員すぐにおしおきだからね!」

 「はっ!?ちょ、ちょっと待て!なんだそれ!急に何言ってやがる!なんでテメエの気紛れなんかで命かけなきゃいけねえんだ!」

 「いやいや、今までだってそうだったでしょ?オマエラの誰かが勝手にやった殺人で、オマエラが命をかけて学級裁判に挑む。結果、全勝だったけどね!だから今度はボクがオマエラに挑むんだよ!オマエラがボクに挑むんだよ!うぷぷぷぷぷ!!」

 「なんで今更になってそんなこと言い出すの?」

 「クライマックスは突然に・・・いやいや、ボクもただ従ってるだけさ。希望と絶望の戦いは、常に決められたレールを走るように同じシナリオを辿ってるんだ。人数も減ってきたし、ちょうどいいタイミングだと思うよ!」

 

 よく喋るようになったと思ったが、まだいまいち掴めない。まるでモノクマは、自分以外の誰かの意思でこうしているとでも言うようだ。人数が減っただけの理由で言いだしたわけじゃない、もっと大きな、別の理由があるような感じだ。

 

 「とにかく、今からボクはこの合宿場に、オマエラが最後の学級裁判に挑むための資料をバラ撒いてくるよ!ボクはいつでもフェアだからね!真実のヒントくらいはくれてやるよ!」

 

 そう言ってまた唐突に、モノクマは消えた。理不尽過ぎる真実に打ちのめされてる時間さえ、俺たちには与えられねえ。すぐにまた命懸けの学級裁判に臨むことを強いられる。それも、今度はモノクマの正体、このコロシアイの黒幕を当てろときた。

 裁判場に取り残された俺たちは、まだ整理のつかない頭の中を必死に整えようとしていた。

 

 「どういうことだよ」

 「私が分かるとでもお思いですか?またいつもの気紛れではありませんこと?」

 「気紛れで命までかけなきゃならねえとはな。それも今更だが・・・なんで今になってあいつの正体なんて当てなきゃならねえんだ」

 「これ以上誰かが殺されては学級裁判のルールが成り立たなくなるので先手を打ったのでは?あるいは時間切れですか?」

 「時間切れだと?なんだそりゃ」

 「何度も同じことを言わせないでください。私に分かるわけがないでしょう」

 「テメエが言ったんだろ!」

 「理由などなんでも構わない」

 

 できるのは不毛な議論ばかり。奴がいきなりこんなことをしてきた理由なんか、いくら考えたって分かるわけがねえ。ただの言葉の投げ合いが無意味な熱を孕む前に、六浜が断ち切った。

 

 「向こうがその気ならこちらは受けて立つ。それしかできまい。どのみち逃げることなどかなわないのだろう」

 「強制的な参加は容易に想像可能だ」

 「つまり、いま我々は本当の意味で一つにならなくてはならない。モノクマが我々の共通敵であることを、向こうから示してきたのだ。分かりやすくなったではないか」

 「共通敵・・・ね」

 

 見渡せば、ずいぶんと人が減った。16の席に立つことができているのはたったの5人。あとは遺影だけだ。殺した奴も、殺された奴も、今となっては同じに見える。死んじまえば何もかも終わりだ。

 だが、ここまで数が減った俺たちでさえ、まだ一つになることはできてない。モノクマというデカすぎる敵を相手にするには、俺たちの結束はあまりに脆弱だ。

 

 「すべてをはっきりさせようではないか」

 

 直接誰かに言ってるわけじゃなかったが、その言葉の向く先は分かりきってた。俺たちがまず明らかにしなきゃならねえこと。本人たちにもそれは分かってるはずだ。

 

 「・・・」

 「聞いてんのか。お前らに言ってんだよ」

 

 ずっと俯いたまま黙りこくってるのが気味悪い。いつもが無駄に喧しいだけに、余計にそれが異質に見える。俺がそいつらを見て言うと、曽根崎はため息を吐いて俺と目を合わせ、望月は小首を傾げた。

 

 「思うところあってのことだろうが、お前自身も私たちに隠していることがあるはずだ。証拠としてはあまり信用できないが・・・それでも、笹戸が映像の中でお前たちの名前を出した上で『学園側』と称したことは見逃せん。それに曽根崎、お前は記憶が戻ったことを隠していただろう。それも、“未来機関”という言葉で記憶が戻ったのだったな。なぜ隠す必要があった?お前は一体何者だ?」

 

 ここぞとばかりに、六浜は容赦なく二人を、特に曽根崎を追求する。今まで胡散臭えことや怪しげなことをして不信感を買ってた奴だけに、ここに来てその存在が一気に分からなくなる。曽根崎って奴の背後には一体何が隠れてるってんだ。

 

 「“超高校級の問題児”・・・か」

 

 ため息混じりに曽根崎が言った。この合宿場に来て最初の日に聞いた言葉だ。俺たちは全員、学園から目をつけられてるってことだ。どんな理由かは様々だが、どいつも学園じゃ手に負えねえレベルの問題を抱えてる。

 

 「ずいぶんな言われ方だよね。ボクが問題児扱いされてるってことは、ボクもそろそろまずいのかな」

 「まずい?」

 「いまは貴方についての話なのですよ!別段、興味もありませんが!」

 「なら止めといた方がいい。ボクはキミたちとは違う」

 

 裁判が終わってから妙に口数が少なくなったと思ったら、こいつはそのとき既にこうなることを先読みしてたんだろうか。六浜より先に先を読むなんて洒落にもならねえぞ。まるで何がどうなるか知ってるみてえだ。いつもの馴れ馴れしい態度は消えて、どことなく段違いな雰囲気を醸し出す。

 

 「正確には、ボクたちの抱える問題はキミたちの問題とは違う。なにもかもがね。それを話せって言ってるんでしょ?だけど、それはできない」

 「なぜだ」

 「キミたちは覚悟ができてないからさ。モノクマなんかよりも、もっと大きなものを敵に回す覚悟がさ」

 「話が見えないな。曽根崎弥一郎、端的に言え。お前は一体何者だ?」

 

 自分は回りくどく小難しい言い方しかしねえくせに、人には簡潔な説明をさせるのもどうかと思うがな。だが今はそれでもいい。そろそろはっきりさせなきゃいけねえ。この曽根崎って野郎が一体誰なのか。

 曽根崎は観念したのか、それとも呆れたのか、深呼吸した。

 

 「なら先に教えてよ。キミたちは、何を聞いても絶対に逃げ出さないって約束できるのかい?たとえ・・・希望ヶ峰学園のすべてを敵に回しても逃げ出さない覚悟ができるのかい?」

 「あ?」

 

 意外にも曽根崎の口から出て来たのは、俺がちょっと予想してたことだった。前々から希望ヶ峰学園の不穏な部分には気持ち悪さを感じてたし、ここ最近は特にそれが顕著だ。あの怪しげなファイルや、このコロシアイ生活に希望ヶ峰学園の闇が関わってることはほぼ間違いねえわけだ。

 俺が理解できねえのは、曽根崎が既にその希望ヶ峰学園を敵に回してるっていうような言い方だ。こいつは俺たちと何が違う?こいつの抱える問題ってのは、そんなにデケえもんなのか。

 

 「希望ヶ峰学園のすべてを敵に回すとは・・・どういう意味だ?」

 

 曽根崎の纏う雰囲気が変わる。考えてみればこいつは、飄々として人のことばっかり突っ込むくせに、自分の話はほとんどしない。笹戸と同じだ。俺たちはこいつのことを知ってるつもりで、何も知らない。こいつは明らかに何かを隠してる。そもそも、こいつが抱える問題ってなんなんだ?

 

 「未来機関って・・・知ってるよね」

 「現在の、新希望ヶ峰学園を設立し運営している機関だな。構成員は全員、新旧希望ヶ峰学園の卒業生だと聞く。教師の一部も未来機関のメンバーだという」

 「人類史上最大最悪の絶望的事件において、“超高校級の絶望”の制圧に動いたと聞く。いずれにせよ、“絶望”の敵であり、希望ヶ峰学園にとっては非常に重要な機関であると言える」

 

 未来機関。あのファイルにも名前が出て来た組織だ。今の希望ヶ峰学園に通う奴だったら、その名前を知らないはずがねえ。希望ヶ峰学園とは切っても切れねえ関係の組織だ。だが今の俺たちにとってはそれ以上の意味を持つ。どうやらそれが曽根崎の正体と関係あるみてえだが。

 

 「ボクは未来機関のメンバーだ」

 「はあ?」

 

 反射的に声が出た。だっておかしいだろ。未来機関は、希望ヶ峰学園の卒業生の組織なんだぞ?曽根崎は俺たちと同じ学年で、卒業なんかまだしてねえはずだろ。

 

 「ふざけているのですか!?貴方は希望ヶ峰学園の卒業生ではありません!でなければ“問題児”などと呼ばれたりはしないでしょう!世間に出ればそれは『非常識』または『社会不適合者』となるのです!」

 「うん、だから正確に言えばメンバー候補、無事に卒業すれば組織に入れる内定持ちってところかな?」

 「話が見えんな。どういうことだ?」

 「ボクは、未来機関からの依頼を受けて、学園の動向を生徒の目から探ってる。広報委員って立場上、多少の過剰な捜査も不自然には映らないから都合が良くてね」

 「学園の動向を探る?」

 

 なに言ってんだこいつ、と唾棄することはできなかった。そんな話、ウソだとしたら出来が悪すぎる。そんなウソを吐くくらいなら適当に誤魔化す方がまだマシだし・・・俺の経験上、こいつはウソだけは吐かない。意味深で思わせぶりなことは言うが。

 

 「待てよ。未来機関って、学園を運営してる奴らだろ?なんでそんなことする必要があんだよ」

 「さっき、笹戸クンが映像の中で言ってたよね。希望ヶ峰学園は一枚岩じゃないって」

 「あんなものは彼の妄言に決まっています!信じるに値しませんね!」

 「妄言なんかじゃないさ。新希望ヶ峰学園は、ある問題を巡って内部で二つの派閥に分かれてる。旧希望ヶ峰学園派と、未来機関派の二つに。ボクは未来機関から頼まれて、旧学園派について調べてたんだ」

 

 ついさっき、映像の中で笹戸が狂気の眼差しで語った希望ヶ峰学園。内部分裂してるなんて、俺の記憶の中じゃそんなこと微塵も感じられなかった。そもそも俺はそんな学園の体質なんかには興味なかったが。

 

 「なぜ学園が二つに分裂する必要がある?希望ヶ峰学園の理念は一つ、未来の希望である“才能”を保護し育み人類文明の進化・発展に寄与すること、だろう」

 「ゴールは同じだよ。でもコースが違う。それだけで人は対立するものさ」

 「コースとはなんだ?」

 「みんな知ってるよね、希望ヶ峰学園は教育機関であると同時に、研究機関でもある。研究対象は、人が持つ“才能”だ。未来ある若き“才能”を側において、間近で研究するために学園制度をつくったんだよね。高校生をモルモットにしてるなんて批判もあったけど、そういう人ほど学園のネームバリューを強く意識してるもんだよ」

 「話を逸らすな。今は、学園内部の旧学園派と未来機関派とはなにかという話だ」

 「それは・・・」

 

 少し考えるように、曽根崎は俺から目を逸らした。その瞬間、俺は違和感を覚えた。思えば、こいつと話してる時に、こいつの方から目を逸らすことはなかった。追い詰められてるのか?この曽根崎が、口で?

 

 「ハイッ!オマエラ!!お待たせしましたあ!!」

 

 クソ間の悪いタイミングでモノクマが戻ってきた。なんでこんな中途半端なところでだ。結局、曽根崎はその正体を曖昧にしたまま裁判場から去ることができるようだ。六浜は納得してねえだろうが、モノクマがこうなった以上は俺たちに与えられた時間は有限だ。

 

 「ま、この話はまた今度にしようか。みんながどうしても知りたいって言うなら、ボクもちゃんと説明するから」

 「ずいぶんと親切だな」

 「ジャーナリストだからね、知る権利は尊重するよ。権利に見合う責任が果たせるなら」

 「ん?なにこの感じ?ボクが準備してる間に、なんかイイ感じに荒んだ空気になってるっぽい?ギスギスドロドロアンタッチャブルな感じ?」

 「準備ってなんの準備だよ」

 「そりゃ決まってるでしょ!最後の学級裁判の準備だよ!この合宿場全体に、モノクマファイル特別号をバラ撒いたよ!それを手掛かりにこの合宿場で何が起きたのか、ボクは一体何者なのか!そのすべてを解くためのヒントをね!」

 

 曽根崎のこと以外にも話を聞かなきゃならねえことはいくつもあるのに、モノクマはそんなこと関係なしに話を進めていく。俺たちはどうすることもできず、指図されるがままだ。そして今回の捜査範囲は、合宿場全体ときた。今までは事件現場とその周辺くらいだったが、相手が同じ高校生じゃなくモノクマになると違うってことか。

 

 「ちなみに制限時間はボクが飽きるまで。うぷぷぷぷ!今すぐ飽きちゃおっかな?明日にしよっかな?それとも100年後?」

 「お前次第でいつでも強制終了することが可能というわけか。悠長にしている時間はないようだ」

 

 先陣を切る望月がエレベーターに乗り込むと、曽根崎も六浜も穂谷もそれに続いた。モノクマはさっさと行けとばかりにエレベーターのレバーに手をかけてる。やっぱり俺たちに選択肢はねえのか。こんなに唐突に、物語は結末に向かって動き出すものなのか。俺はここで生きてるはずなのに、何か大きな力に有無を言わせず従わされてるような。さも自分の意思のように、他人の意思を実行してるような。そんな気分だ。そして俺はいつの間にか、エレベーターに乗り込んでいた。

 

 「はい!それじゃ行ってらっしゃいまし〜〜〜!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 問答無用で俺たちは送り出された。エレベーターは喧しい音だけをたてて昇っていく。周りは真っ暗な世界。上も下も果てのない虚空。一度だけ、エレベーターとは反対の方向へ過ぎ去っていく釣り合いの重りとすれ違う。あとはただ土の壁だ。そんな無機質な空間も、ある時突然に終わる。眼に刺さる陽光は、一日の半分が過ぎようとしてることを告げていた。そんなに長い時間、俺たちは裁判場にいたらしい。

 

 「さて、それでは私はお部屋に戻って寝ます。起き抜けに不快なものを見たので、今日という日をリセットです」

 「話聞いてねえのかテメエは」

 「制限時間が分からない今では、一分一秒が惜しい。モノクマファイル特別号なるものがどこに、いくつあるのかも分からない。手分けして捜索するのが最も効率的だろう」

 「単独行動は避けたいところだが・・・仕方あるまい」

 

 地上に出てすぐ、俺たちはバラバラに合宿場を探し回ることにした。モノクマが、最後の学級裁判のためにバラ撒いたっつうモノクマファイル特別号。このだだっ広い合宿場のどこにあるのか、何の見当もつかねえ。次の瞬間には捜査時間が終わるかも知れねえってのに、どうすりゃいいんだ。

 

 「ひとつ、お前たちに言っておく」

 

 取りあえず、地道に探すしかねえと覚悟決めようとしたところで、六浜が言った。

 

 「探すのは、ポイ捨て禁止の規則に抵触しない場所だけでいい」

 「は?ポイ捨て?」

 「裁判場でモノクマが言っていただろう。奴自身ですら、自分で決めた規則には従わなければならない。ポイ捨て禁止の規則があるのならば、奴とてそれはできない」

 

 そんなこと言ってたか?相変わらず、こういう細々したところから推理するのは、六浜らしい。それこそが予言者の“才能”なんだろう。

 ポイ捨ては、自然に存在するもの全てに適用されるんだったな。ってことは、探すのは建物の中だけか。それでもかなり骨が折れそうだ。思わずため息が出る。

 

 「あら、もうピアノのお時間ですね。それではみなさん、ごきげんよう」

 

 一人だけ的外れなことを言って、穂谷はさっさと寄宿舎から出て行っちまった。あいつ、モノクマファイルを見つけても誰にも教えねえで捨てそうだな。学園のこと言えねえな、俺らは一枚岩どころか完全にバラバラだ。それでもやるしかねえと、曽根崎も望月も六浜も、次々に寄宿舎から出て行って捜索を始めた。

 

 「さて・・・」

 

 まずはどこから行くかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 合宿場の中を探し回るなんて、いつ以来だったろう。目的ははっきりしていて、捜索すべき場所もはっきりしてる。けども、何か漠然とした不安と曖昧な絶望感のせいで、途方もないことに思えてくる。いや、やめよう。希望だの絶望だの、俺はそんな下らねえことには左右されない。希望なんかとっくに捨てたし、絶望に堕ちるなんて気味悪いことにはならねえ。

 俺は希望に頼ることも絶望に縋ることもしない。

 

 「・・・」

 

 特に考えてることはなかったが、寄宿舎のすぐ目の前にあったから、まずは食堂に入ってみた。並んだ椅子は、もうしばらく使われることがなかったものもある。たった5人の生き残りに対して、椅子は変わらず16人に足りるだけの数がある。寂しいとは思わない。ただ虚しさだけだ。ここにいた誰かが、他の誰かを殺して、殺されて、死んでいく。何もかもが今となっては過去だ。虚しい。

 

 「おーんやぁ?清水クン!なんだか哀愁の漂う雰囲気を醸し出しそうな顔色だね!落ちてるもの食べた?」

 「・・・」

 

 今ここにいるこのぬいぐるみ野郎を踏み潰したら、俺は確実に死ぬ。だがこいつはまた新しいスペアを用意して、それがこいつに変わって働くだけだ。操ってる奴は誰なんだ?なぜこんなことになってる。

 

 「なあ、お前は一体なんなんだ?」

 「はい?なんなんだと聞かれたら答えてあげるが世の情けだけど、教えてあげませーーーん!!それはオマエラがこの捜査時間で見つけるべき答えの一つなんだよ!!ラスボスがいきなり自分の正体明かさねーだろ!!」

 「ラスボスを倒したらゲームクリアってのが常識だ。クリアしたら俺たちは学園に帰る、じゃあお前はどうなるんだ?」

 「・・・うぷ、うぷぷぷぷ!なぁに?心配してくれてるの?大丈夫だよ!たとえボクでも規則は規則!きちんも学級裁判のルールに則って、エクストリームなおしおきを受けちゃいまぁす!!」

 「死ぬってことか」

 「ボクが死んでも代わりはいるもの」

 「スペアモノクマがいても、動かす奴がいねえだろ」

 「痛いところつくなあ。いつもみたいにもっと大声出してキレてかかってこないの?つまんないよ」

 「気になったから聞いただけだ」

 

 正直、なんで気になったのかは分からない。モノクマを裏で操ってる馬鹿がどうなろうが、俺には関係ねえ話だ。死にたいなら死なせてやりゃいい。ただ、なぜこんなゲームめいたことをするのかが分からねえ。こいつの目的は単なる殺戮じゃねえ。絶望を越えた希望ってなんなんだ。

 

 「ふーーーん、つまんねーの!」

 

 つまんねえなら他の奴のところに行きゃあいいのに、俺の前でうじうじしてる。チラチラ顔を見てくるんじゃねえうっとうしい。忘れるところだったが、もともとここにはモノクマファイルを探しに来たんだった。見たところ食堂にはなさそうだが、キッチンにはあるかも知れねえな。

 狭いキッチンのドアを開けると、案の定、というか何のヒネりもなく、まな板の上に例のファイルが乗ってた。表紙と背表紙には『モノクマファイル特別号!!1巻』と書かれてる。

 

 「あっ、見つかっちゃった♡んもう清水クンってばそんなところまで・・・大胆なんだから!」

 

 何が書かれてるか知らねえが、1巻ってことは最初のやつを引いたってことか。ちょっとだけラッキーだったのかもな。俺はそれを手にとって、食堂の椅子に腰掛けて中を読んだ。

 

 「『すべての答えはここにあり!コロシアイ合宿生活の謎!』・・・くだらねえサブタイトルつけやがって」

 

 最後のモノクマファイルの内容は、ずいぶんとアバウトなもんだった。このコロシアイ生活の全貌を明らかにする裁判をするんだから、当然こういう内容ではあるだろうが、それにしたって雑だ。そもそもこの意味の分からねえコロシアイ生活に、謎なんて大それたもんがあんのか。モノクマの悪趣味でしてるだけなんじゃねえのか。

 その謎も、このモノクマファイルを読めば多少は晴れてくのだろうか。少しだけ期待しちまってる俺にも気付かず、俺はファイルの先を読んでいく。

 

 

 

 ーーー

 『新希望ヶ峰学園における“才能”研究の概要』

 希望ヶ峰学園は、人類の希望を保護し育む希望の学府であり、教育施設であると同時に研究施設である。

 学園の創始者である神座出流は、人の持つ“才能”の研究を行っていた。“超高校級”と呼ばれる生徒たちはみな“才能”に溢れ、未来人類の希望であると同時に学園にとっては興味深い研究対象である。この研究の目的は、人の持つ“才能”を完全にコントロールすることである。すなわち、内に眠る“才能”を引き出し覚醒させるだけに留まらず、“才能”を個人から抽出あるいは個人に付与することをも可能にすることである。これは言わば、“才能”の物質化である。あまねく人々は、自らの望む“才能”を得ることができ、また持て余す“才能”を他者へ分け与えることができるようになる。これこそ、新たなる人類の進化の形と言えよう。故に希望ヶ峰学園は未来の希望である“才能”を保護し育む機関であると同時に、希望ヶ峰学園そのものが人類の希望となるのである。

 この研究の最終的な目標は、ありとあらゆる“才能”を有した人間を造り出すことである。神座出流はそれを、“超高校級の希望”と呼んだ。しかし旧希望ヶ峰学園は“超高校級の絶望”との争いの中で、志半ばでその研究を断念せざるを得なかった。

 ーーー

 

 

 

 吐き気がした。こんなに読んでて気分が悪くなる文章は初めてだ。何回“才能”っつってんだよ。それに、“才能”を人から人に移す?内に眠る“才能”を覚醒させる?何を言ってんだ。“才能”なんてもんがやり取りできるようになっちまったら・・・そんな世界、想像すんのも気持ち悪い。俺みてえな無能がますます惨めになるだけだ。

 最後に出て来た、“超高校級の希望”ってのだけはなんとなく分かった。確か旧希望ヶ峰学園は、“超高校級の絶望”ってのにぶっ壊されたんだった。だから“超高校級の希望”は、“絶望”に対する抵抗勢力か何かってとこだろ。どちらにせよ、“超高校級の絶望”にぶっ潰されたようだが。

 

 「うぷぷぷ!!いい感じに胸糞ってツラだね!!そりゃそうか!!“無能”の清水くんには耳が痛い内容だもんね!!」

 「こんなもんが、テメエの正体を暴く手掛かりになるってのか?」

 「さあね。オマエラはボクの正体を追及するけど、その途中で必ず大きな絶望という壁にブチ当たるはずだよ!!その壁を乗り越えるための手助けをしてあげてるんだから、そっから先は自分で考えやがれ!!」

 

 唐突に口が悪くなったモノクマは、そそくさと姿を消した。モノクマファイルはこれだけじゃねえから、他のをさっさと探せってことか。意図が分からねえ。あいつにとってこの後の裁判は、自分の命をかけた裁判になるはずだ。それなのに俺たちの手助けをするなんて・・・。いや、もともと俺たちはあいつの手の平の上にいる。チャンスを与えて弄んでるだけか。

 一冊だけじゃまだ全体像が見えて来ねえ。他のファイルは他の奴らが見つけてると思うが、時間には余裕があるみてえだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 涼しい空気に乗って耳に流れ込む、美しく調和のとれた雑音。この音はバイオリンか。歌声も聞こえてくる。あの女がまともに捜査なんかするはずねえと思ってたがやっぱりか。邪魔されるよりマシだが、このままあいつを放っておいてもいいが、無性にムカついて放っとけなかった。

 二階に上がると、やっぱりバイオリンを弾いてたのは穂谷だった。この曲は聴いたことがある。小学生の時に音楽の時間でやったような気がするが、なんて曲だったかな。少なくとも、こんな聞いてて不安になってくる曲じゃなかった気がする。

 

 「おい穂谷。テメエいい加減にしろよ」

 

 俺の声を合図に、穂谷は演奏を止めた。メチャクチャで意味不明で混沌とした旋律の中にあった秩序は消え去り、大きな不協和音でその曲は終わった。振り乱した髪を直すこともせず、穂谷はじっと俺を睨む。

 

 「モノクマファイルは見つけたのかよ。遊んでる暇なんかねえんだぞ」

 「遊ぶ?私が遊んでいるように見えるとでも?」

 「口答えはいいからさっさと動けよ。テメエ自身のためでもあるだろうが」

 「はっは!!私のためとは笑わせてくれますね!!私の怠慢によって情報不足のまま裁判になり、困るのはどなたですか?貴方がたでしょう!!私はいつこの身滅びても構わないのです!!」

 「放っときゃ動けなくなる身体のくせに、やけくそになってるだけにしか見えねえんだよ」

 

 狂ってるくせに言うことは核心をついてくる。確かに、穂谷が何もせずにモノクマファイルを見逃してもこいつ自身は困らねえ。絶望だなんだと口にして死ぬことを拒んでねえからだ。こいつがサボって困るのは俺たちであって、こいつのことを心配してるわけじゃねえ。だが今はそんな話はどうでもいい。

 

 「そんな汗をかいて動き回るなんてことは私ではなく、鳥木君にでもやらせてください。彼なら貴方がたよりもよっぽど要領よく熟してくれることでしょう」

 「まだそんなこと言ってんのか。鳥木は」

 「彼はまだ生きていますッ!!」

 

 言うより先に否定した。狂った笑顔から一転、具合の悪そうな怒気を含んだ顔色になった。それだけで、穂谷自身が一番鳥木の死を痛感してることを表してる。必死にその死を否定するが、どう足掻いたって現実は変わらねえ。無駄なことだ。

 

 「そうやって否定するお前が一番、現実を思い知ってんだろ」

 「・・・ッ!!無能なリンゴ頭さんが、いつから私に口答えできるほどに偉くなったのですか?」

 「元からお前がそれほど上じゃねえってだけだよ」

 「ふふふ・・・ふふ、あっははははははは!!上じゃない!!確かにそうですね!!むしろ私は底辺でしょう!!底辺にして頂点!!最下層にして最上級!!矛盾する、故に人々の心の琴線を振るわせる!!それが私でしょう?」

 「さあな」

 「現実はいつもひとつ!しかし真実はいつもひとつとは限りません!私が貴方がたにとって歌姫だとしても、私にとって私はただ剥奪される者でしかない!!哀れで!惨めで!ちっぽけな存在です!縋った藁すら波に攫われてしまうような、無力な存在なのです!」

 

 何を言ってるのか分からねえ。だが違和感はあった。プライドばっかり高くて、人のことを見下してた女王様が、ずいぶんと謙遜するんだな。

 

 「ああ、貴方ごときには分かりませんでしょう。すべてを奪われ、虚栄しか残らない哀れな存在のことなんて」

 「お前と話してても時間の無駄だってことは分かった。もういい、歌うなり演奏するなり好きにしてろ。もうアテにしねえ」

 

 つい話し込んじまった。本当に無駄な時間だった。ファイルの手掛かりどころか、聞こえてくるのはこいつの暴言ばかり。なんでこんな奴が生き残ってんだ。なんでこんな奴とさえ協力しなきゃいけねえんだ。こいつよりも生き残るべき奴らなんか、もっといただろうに。

 

 「清水君」

 

 背を向けて去ろうとする俺に、穂谷は急に声をかけた。こいつの方から声をかけるなんて、しかもきちんと名前で呼ぶなんて、予想だにしてなかったから驚いた。思わず振り返ると、穂谷はさっきまでと変わらない微笑のまま、鍵盤に視線を落としていた。

 

 「私には彼女のように、形のないものの声を聞くことはできません。ですが、考えることはできます。悪趣味なモノクマが、私たちに何をさせたいか」

 「は?何が言いてえんだ」

 「誰かの殺意を思い起こさせる・・・結束しようとしている貴方がたにとってこれ以上の妨害と絶望はないでしょう?モノクマはそれをやる人ですよ」

 

 誰かの殺意を思い起こさせるってなんだよ。そんなもん、モノクマにされなくたって、この合宿場のあちこちで思い出させられてる。どこに行ったって、そこで誰かが死んでる。うんざりするくらいに事件は起きてんだ。

 

 「・・・」

 

 そういえば、この資料館もそうだ。ここで起きた事件は、俺にとって一番反吐が出る。“才能”なんてもんがあるせいで人が死んだんだ。その現場もよく知ってる。目と鼻の先だ。

 

 「誰かの殺意・・・」

 

 妙に耳に残ったその言葉が、俺を自然とその現場に導いたような気がした。資料館に入って、すぐ右の個室。“才能”に希望を持った奴と、“才能”に絶望させられた奴らが、絶望的な結末を迎えた場所。

 

 「・・・マジか」

 

 別に穂谷の言葉を信じたわけじゃねえが、モノクマがこういう所にファイルを置くことは納得できなくもない。半信半疑で覗いてみただけだ。そのテーブルの上には、キッチンでみたのと同じファイルが寝かせてあった。マジで穂谷の言った通りだ。

 

 

 

 ーーー

 『希望プロジェクト プランD経過報告書』

 XXXX/〇〇/△△ 報告者:晴貫 邑吉  被験者:(真っ黒に塗り潰されてやがる)

  ①前回からの経過

  AH-0625による変化は少しずつ、しかし確かに表れています。課題であったプランへの疑念は軽減あるいは消失したものと思われ、それ以外にも言動・思考に変化が表れ始めています。“才能”の伸長という点においては非常に大きな結果を残しています。定期健診の点数も日が経つに連れて向上し、既に入学時の2倍に及ぶポイントを示しています。

  また、抗絶望性は基準値を大きく上回る値を示しており、旧学園における験体『(ここも真っ黒だ)』や他験体で課題となっている抗絶望性に対する一つの解決策を提示しているものと考えられます。

 

  ②プランの問題点または失敗点

  定期的な投薬による身体への影響が懸念されます。現時点で確認できる身体的異常はありません。一方、AH-0625の効果による精神的変化から、複数の生徒に怪しまれています。以前に報告した、引地佐知郎からのマークが懸念されています。

 

 

  ③その他の報告事項

  引地佐知郎の他に、不穏な動きを見せている生徒がいます。詳細は添付の資料をご確認ください。

 

 ーーー

 

 

 

 いかにも怪しげな名前だ、『希望プロジェクト』。プランDとかAH-0625とか抗絶望性とか妙な言葉が飛び交って、被験者だの定期健診だの験体だのいかにも叩けば埃が出そうだ。それにこの、引地佐知郎って誰だ?つかなんて読むんだ?

 

 「分からねえ・・・情報がなさすぎる。もしこれがあいつの記憶に関係してるんだとしたら・・・・・・いや、それだったらあいつは記憶を戻さねえ方が・・・」

 

 こんがらがってくる。ダメだ。一人で考えこんだって俺の頭じゃろくな結論が出て来ねえ。できねえことをしたってしょうがねえ。今はただ、歩き回って手掛かりを集めることだけだ。次に探すべき場所はどこだろうか。手掛かりは二つ。六浜の言ったことと、穂谷の言ったこと。

 

 「建物の中で、誰かの殺意を思い出させる場所・・・か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「む、清水か。調子はどうだ」

 「・・・むつ浜」

 「むつ浜ではない、六浜だ」

 「二つ見つけた。1巻と2巻を順番にな」

 「そうか。なかなかお前は運が良いようだな。ちょうどここに3巻がある」

 「どこにあったんだ」

 「発掘場だ。あそこもポイ捨てルールの適用外となっている」

 

 資料館を出てすぐ六浜と鉢合わせた。手に持った黒いファイルには、確かに3巻と書かれていた。建物内だけ探せばいいっつったクセに、ちゃっかり発掘場も探してんのか。つうかよくそんなことまで覚えてたな。

 

 「資料館にあったあの黒いファイルと同様の内容だろう。厚みや装丁からして、あれらよりも更に詳細が書かれていたようだ。タイトルは『コロシアイ』だな。読むか?」

 「・・・当然だろ」

 「ならば少々覚悟が要るな。見るに堪えないぞ」

 

 そう言えば、六浜は気丈に振る舞ってはいるが、顔色が悪い。あいつはあの時これを読んじゃいなかったな。俺だってたった1ページだけで吐き気がした。モノクマファイルとして用意された以上は、目を通す必要くらいはあるだろうが・・・正直、触れたくもねえ。

 

 

 

 

 

 ーーー

 『コロシアイ』

 ・コロシアイ学園生活

 人類史上最大最悪の絶望的事件による世界の崩壊から“才能”あふれる希望ヶ峰学園生を守るため、当時の希望ヶ峰学園学園長、霧切仁氏は生徒の了承の下で、彼らを希望ヶ峰学園に幽閉した。彼らは外部からの影響を受けず、また外部への影響を与えることもなく、学園の中で人類の希望を保持し続けるという計画であった。

 しかし、学園内に残った生徒の中に身を潜めていた江ノ島盾子と戦刃むくろにより、希望のシェルターは絶望のコロシアイ場へと姿を変えた。江ノ島盾子は共に幽閉されたクラスメイト全員の記憶を奪い、外へ出ようとする彼らの感情を煽りコロシアイを強いたのである。結果として江ノ島盾子は自害し、超高校級の絶望の根源は絶たれたが、彼女を含め10名の死者を出す大惨事となった。

 次のページより、コロシアイ学園生活内に死亡した生徒の詳細を記述する。

 

 【舞園さやか】 死因:腹部を刺されたことによる失血

 “超高校級のアイドル”。桑田怜恩の殺害を計画するも反撃に遭い、桑田怜恩によって殺害される。中学時代の同級生でありクラスメイトの苗木誠に濡れ衣を着せようとするが、自身が死亡したことによりトリックが未遂に終わり、失敗する。

 

 【戦刃むくろ】 死因:全身を槍で貫かれたことによる出血性ショック死

 “超高校級の軍人”。“超高校級の絶望”メンバーであり、江ノ島盾子の姉。江ノ島盾子による処刑のデモンストレーションにより死亡。江ノ島盾子になりすましてクラスメイトに接触し、死亡することによって江ノ島盾子が全ての黒幕であるという事実を隠匿するために参加していた模様。頭部が一部焼失している。

 

 【桑田怜恩】 死因:全身の粉砕骨折と打撲

 “超高校級の野球選手”。舞園さやかを殺害したため、処刑される。

 

 【不二咲千尋】 死因:頭部殴打による心機能の停止

 “超高校級のプログラマー”。大和田紋土によって殺害される。自身の死を予測し、事前に人格をプログラミングにより再現し、アルターエゴを作成する。江ノ島盾子は後にこれを利用し、コロシアイ修学旅行を引き起こす。

 

 【大和田紋土】 死因:内臓破裂と全身四散

 “超高校級の暴走族”。不二咲千尋を殺害したため、処刑される。壮絶な処刑が行われたため死体が原形を留めていない。

 

 【石丸清多夏】 死因:脳挫傷

 “超高校級の風紀委員”。山田一二三によって殺害される。

 

 【山田一二三】 死因:脳挫傷

 “超高校級の同人作家”。安広多恵子に石丸清多夏の殺害を教唆され、実行後に安広多恵子によって殺害される。

 

 【安広多恵子】 死因:轢死

 “超高校級のギャンブラー”。山田一二三を殺害したため、処刑される。

 

 【大神さくら】 死因:毒物の摂取

 “超高校級の格闘家”。自ら毒物を摂取し、死亡。死亡直前に葉隠康比呂・腐川冬子・朝日奈葵と会い前2名から頭部に殴打を受けるが、死に至るものではなかった。

 

 【江ノ島盾子】 死因:多様な傷痕があり、また死体の損傷が激しいため検証不可。

 “超高校級の絶望”。自分自身を処刑にかけ、死亡。通常の肉体ではあり得ないような傷痕が複数みられ、死亡当時の状況の詳細は解明途中である。記憶操作の研究を幇助した松田夜助を殺害したことが確認されている。また、験体『(ここも読めねえ)』に自らの絶望性を一部移植したとの研究結果がある。

 

 

 ・コロシアイ修学旅行

 未来機関が作製した『希望更正プログラム』によって、江ノ島盾子の手で絶望に堕とされた旧希望ヶ峰学園77期生を“超高校級の絶望”から更正させようという計画が執り行われた。この計画を主導したのは、先のコロシアイ学園生活を生き延びた者のうち、苗木誠・霧切響子・十神白夜の3名である。

 仮想空間内で共同生活を送ることで汚染された精神を矯正する目的で行われたものであったが、このプログラムが執り行われる直前、77期生の一人である日向創がプログラムにバグを混入させた。このバグこそが、不二咲千尋が発明したアルターエゴを改造した、江ノ島盾子のアルターエゴである。これにより、『希望更正プログラム』は江ノ島盾子に乗っ取られ、77期生は電脳空間内でコロシアイをすることになる。

 次のページより、コロシアイ修学旅行内に死亡した生徒の詳細を記述する。

 

 【(読めねえ)】 死因:脳機能の停止

 “超高校級の詐欺師”。花村輝々によって殺害される。プログラム内では、腹部を刺されたことで死亡処理が行われている。常に自分以外の他者の姿を模倣しており、プログラム内では十神白夜の姿に変装していた。

 

 【花村輝々】 死因:脳機能の停止

 “超高校級の料理人”。(読めねえ)を殺害したため、処刑される。プログラム内では、急激に高熱に晒されたことで死亡処理が行われている。

 

 【小泉真昼】 死因:脳機能の停止

 “超高校級の写真家”。辺古山ペコによって殺害される。プログラム内では、頭部を殴打されたことで死亡処理が行われている。プログラム内で、九頭龍菜摘の事件に関与している証拠が発見される。

 

 【辺古山ペコ】 死因:脳機能の停止

 “超高校級の剣道家”。小泉真昼を殺害したため、処刑される。プログラム内では、全身を刀で刺されたことで死亡処理が行われている。プログラム内で、九頭龍菜摘の事件に関与しているとの証拠が発見される。

 

 【澪田唯吹】 死因:脳機能の停止

 “超高校級の軽音部”。罪木蜜柑によって殺害される。プログラム内では、気道が長時間圧迫されたことで死亡処理が行われている。プログラム内で、九頭龍菜摘の事件に関与している証拠が発見される。死亡直前、バグに感染していたことが確認されている。

 

 【西園寺日寄子】 死因:脳機能の停止

 “超高校級の日本舞踊家”。罪木蜜柑によって殺害される。プログラム内では、頸動脈を損傷し大量に出血をしたことで死亡処理が行われている。プログラム内で、九頭龍菜摘の事件に関与している証拠が発見される。

 

 【罪木蜜柑】 死因:脳機能の停止

 “超高校級の保健委員”。澪田唯吹・西園寺日寄子を殺害したため、処刑される。プログラム内では、致死量の薬物投与をしたことで死亡処理が行われている。プログラム内で、九頭龍菜摘の事件に関与している証拠が発見される。

 

 【弐大猫丸】 死因:脳機能の停止

 “超高校級のマネージャー”。田中眼蛇夢によって殺害される。プログラム内では、全身殴打で生命維持機能が停止したことで死亡処理が行われている。田中眼蛇夢による殺害以外に、強い衝撃と熱刺激を受けて死亡処理が行われるも中断された形跡がある。

 

 【田中眼蛇夢】 死因:脳機能の停止

 “超高校級の飼育委員”。弐大猫丸を殺害したため、処刑される。プログラム内では、激しい衝撃を受けたことで死亡処理が行われている。

 

 【狛枝凪斗】 死因:脳機能の停止

 “超高校級の幸運”。更正補助プログラム「七海千秋」によって殺害される。プログラム内では、毒性物質を吸引したことで死亡処理が行われている。七海千秋が自身を殺害するように誘導した。

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 読まなきゃよかった。できるだけ写真が目に入らねえようにしてたつもりだが、どうしても目に飛び込んでくる。鮮血が飛び散ったバスルームも、もともと人間だったのかすら分からねえ肉の塊も、あらゆるものが吐き気を伴う事実を突きつけてくる。今まで俺が目にしてきた『死』と同じか、それ以上の絶望がそこにあった。

 

 「大したものだ。すべて読み切るとはな」

 「冗談じゃねえな。二度とゴメンだ」

 「そうもいかない。私はこのファイルから、モノクマの正体の片鱗が掴めた。他にも何か分かるかも知れない」

 「・・・そんな簡単に分かるのかよ?」

 

 今更、こいつの飛躍した理論には特別驚かねえ。こんな趣味の悪い写真集からどうやってモノクマの正体の手掛かりを掴むっつうんだ。江ノ島盾子って女か、“超高校級の絶望”と関係してるってのは間違いなさそうだが、それ以上何かあったか?

 

 「勘違いをしてしまう前に言っておくが、モノクマは江ノ島盾子ではない。また、“超高校級の絶望”とも言えないな」

 「・・・」

 

 やっぱり分からねえ。

 

 「今すぐに理解する必要はない。一秒を惜しんで情報をかき集めるべきだ。整理など後からいくらでもできる」

 「これ以上増えたら頭パンクしそうだ」

 「お前も2冊ファイルを持っているな。貸してくれないか?」

 「好きにしろ」

 

 そう言って六浜は俺の持ってたファイルを一冊取って中に目を通す。俺はさっさと次の目星をつけてる大浴場に向かう。その後ろを六浜はついて来て、なんかぶつぶつ言ってる。

 

 「大浴場か。おそらく脱衣所より先は探しても無意味だろうな」

 「・・・」

 

 ファイルを読みながら、俺の向かう先を勝手に言い当てて、探し方まで指図して、ぶつぶつ独り言も言いながら、砂利の道を危なげなく歩いてやがる。こいつの頭はどうなってやがんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り5人

 

  清水翔   六浜童琉  【晴柳院命】   【明尾奈美】

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎   【笹戸優真】

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

【屋良井照矢】【鳥木平助】 【滝山大王】【アンジェリーナ】




六章がはじまって、広げまくった風呂敷と伏線を回収しまくらないといけないので、ヒィヒィ言ってます。
ゆっくりたっぷりのんびりいきましょう


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

捜査編2

 大浴場の雰囲気はいつもと同じだ。これから俺たちを待ち受ける学級裁判のことなんかどこ吹く風とばかりに、レトロな佇まいでそこにある。

 

 「モノクマファイルがあるとすれば、このロビーのどこかだろうな」

 「なんでだよ」

 「脱衣所より先に隠してしまえば、ただでさえ人数が少ないのに更に発見される可能性を小さくしてしまう」

 「だったらモノクマには好都合じゃねえか」

 「いいや、奴は学級裁判で私たちと勝負するつもりだ。この捜査時間も、奴が何かを準備するために用意したのだろう。私たちと奴が、それぞれ万全を期してぶつかり合うことを望んでいる。確証はないが・・・少なくともモノクマファイルは誰にでも見つけられるような場所にあるはずだ」

 

 予言じゃなくて、推測か。だがこいつがそこまで根拠を持って言ってんなら、信じていいんだろう。取りあえずこいつの言う通り、ロビーの中を探すことにした。と言っても、商店ブースと卓球台、アーケードゲーム、ロッカーくらいしか探す場所はない。だから、ロッカーの中に隠されてた4巻を見つけるのもあっという間だった。

 そう言えば、はじめてここに来た時にも、このロッカーにファイルがあったな。その時は、俺たち“超高校級の問題児”の抱える問題が書いてあったんだったな。今度は何が書いてあるんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 『“超高校級の問題児たち”』

 以下に、『“超高校級の問題児たち”修正・改善プロジェクト』参加者を列記する。尚、各自が有する問題については極秘事項であり、原則的に当事者・非当事者を問わず秘匿すべし。

 

 氏名:明尾奈美

 性別:女

 才能:超高校級の考古学者

 事由:学園内での危険物所持。主にツルハシや電動ドリル、ノミとカナヅチなどの発掘作業用工具。再三の注意にも耳を貸さず、特別対応が必要と判断。また、希望ヶ峰学園理事会員及び一部教職員に対し、生徒にあるまじき態度を見せるとの報告多数。

 卒業条件:工具不携帯による通常生活の遂行及び、希望ヶ峰学園生としての慎ましく誠実な精神養育の確認を以て『可』とする。

 

 氏名:有栖川薔薇

 性別:女

 才能:超高校級の裁縫師

 事由:「袴田事件」の中心人物である、袴田千恵と親交の深かった生徒であり、事件について過剰に関与しようとしているため、静観すれば危険な生徒。少々ヒステリックな面があるため、接触時には注意されたし。また、飯出条治との接触には十分に注意すべし。

 卒業条件:「袴田事件」への関与を抑止し、飯出条治との対話・和解を以て『可』とする。

 

 氏名:(仮名)アンジェリーナ・フォールデンス

 性別:女

 才能:超高校級のバリスタ

 事由:本名及び基本情報の著しい欠損。ティムール・フォールデンスは養子と主張しているが、保護機関や出身国などの情報の提供を頑なに拒絶。同氏の農園では複数の奴隷の就労が確認されているため、様々な可能性が考えられる。

 卒業条件:当生徒の生徒基本情報文書の作成を以て『可』とする。

 

 氏名:飯出条治

 性別:男

 才能:超高校級の冒険家

 事由:異性に対し偏執的な好意を持つ傾向があり、複数の女生徒から苦情が寄せられている。また、「袴田事件」と関係しているとの報告もあり、有栖川薔薇との接触には十分に注意すべし。

 卒業条件:希望ヶ峰学園生としての誠実かつ清廉な交際を支える精神改革、及び有栖川薔薇との対話・和解を以て『可』とする。

 

 氏名:石川彼方

 性別:女

 才能:超高校級のコレクター

 事由:窃盗、詐欺、売春など、判明しているだけで十数件の前科有り。珍品や自身の蒐集品に強い執着を持ち、特にこれらが関係する事柄において衝動制御障害とみられる言動が報告されている。突発的な傷害行為や暴力行為に十分に注意すべし。

 卒業条件:本人による窃盗品を返却することの承認及び衝動制御障害の完治あるいは緩和を以て『可』とする。

 

 氏名:古部来竜馬

 性別:男

 才能:超高校級の棋士

 事由:極端な自尊心による他者との隔絶。また、他者とのコミュニケーション能力に大いに問題があり、集団生活の基礎となる協調性の著しい欠如を認める。加えて生活態度に問題があり、特に睡眠時間に関しての改善が望まれる。

 卒業条件:生活態度の是正、協調性の十分な発育を以て『可』とする。

 

 氏名:笹戸優真

 性別:男

 才能:超高校級の釣り人

 事由:学園内の過激派思想集団に所属しているとの情報があり、学園に対して反抗的な思想を抱いている。晴柳院命に強く執着しており、一般的な学生の交際範囲を大きく逸脱している。通常は大人しく柔和な性格であるため、慎重に対処すれば安全と考えられる。

 卒業条件:学園に対する反抗思想の消滅、過激派集団の離脱を以て『可』とする。

 

 氏名:清水翔

 性別:男

 才能:超高校級の努力家

 事由:生活態度に著しい問題あり。授業妨害、指導無視、集団逸脱が多く、円滑なクラス運営に大きく障害となる生徒。また、自らの“才能”を発揮することを放棄しており、これは学園の理念である“才能”を保護し育成することに真っ向から背くものである。“超高校級の絶望”との接触歴ありとの情報有り。本プロジェクトにおいて最優先で是正すべき生徒である。

 卒業条件:絶望因子の排除、通常の学園生活を送ることができるだけの精神構造の是正、“才能”の再保有を以て『可』とする。

 

 氏名:晴柳院命

 性別:女

 才能:超高校級の陰陽師

 事由:晴柳院義虎の孫であり、同氏が過去学園内に創設した思想集団の意思統一の象徴として奉られている。笹戸優真はこの団体のメンバーである。当人は非常に主張が弱い性格であるため、問題児の中で満足に生活できるかという点には疑問が残る。多面的なサポートが必要と考えられる。

 卒業条件:強い意思表示が可能な性格の構築、それに伴う笹戸優真や晴柳院義虎に毅然たる対応を以て『可』とする。

 

 氏名:曽根崎弥一郎

 性別:男

 才能:超高校級の広報委員

 事由:引地佐知郎との密な関係を持っていたとの情報有り。件の生徒と同様に、未来機関からの諜報活動を依頼されたものと推測される。通常の学園生活においては広報委員としての過剰な取材により、複数の生徒から苦情が届いている。

 卒業条件:未来機関との関係を明確にすること、場合によってはその関係を断絶させることを以て『可』とする。

 

 氏名:滝山大王

 性別:男

 才能:超高校級の野生児

 事由:特殊な出生に由来する、著しい社会性の欠如と精神的未熟さがみられる。身体的には高校生の平均を大きく上回るため、トラブルの際には取り扱いに十分に注意すること。

 卒業条件:高校生として最低限の基礎学力の定着、学園生活を送るにあたっての十分な社会性の発育を以て『可』とする。

 

 氏名:鳥木平助

 性別:男

 才能:超高校級のマジシャン

 事由:長期に亘る『Mr.Tricky』としての活動による出席不足かつ欠席理由が不明瞭。学園生活には特記すべき事項はないが、学外での活動が多いため有事の際の行動は不明。また、学園内で無許可の営利活動を行っていたとの情報アリ。

 卒業条件:欠席理由の明確化および欠席必要性の解消、営利活動に関する報告書の作成を以て『可』とする。

 

 氏名:穂谷円加

 性別:女

 才能:超高校級の歌姫

 事由:新52期生であるが、現在は新53期生と同学年である。欠席過多から、進級ができていない状況にある。欠席原因は持病によるものとの連絡が多いが、診断書類の提出はないため事実確認ができていない。また、複数の生徒と学生らしからぬ交際関係があるとの報告多数。詳細は不明である。

 卒業条件:欠席理由の明確化、進級資格認定試験への合格を以て『可』とする。

 

 氏名:望月藍

 性別:女

 才能:超高校級の天文部

 事由:詳細不明。『計画』に関与している可能性ありとの報告が上がっている。複数の生徒や教師から入学時と人格が大きく変化しているとの報告があるため、『計画』に関して非常に深い部分まで進行している可能性がある。場合によっては、特別処置が必要と考えられる。

 卒業条件:経過観察中につき、条件未定。

 

 氏名:屋良井照矢

 性別:男

 才能:超高校級の爆弾魔

 事由:テロリスト『もぐら』として大量破壊・大量殺戮を繰り返している、非常に危険な生徒。再三に亘る学園からの警告にもかかわらず、学園内でテロ行為を敢行している。異常な自己顕示欲を示しているため、扱いには特に注意すべし。

 卒業条件:テロ行為の全面的な中止、大幅な精神改革を以て『可』とする。

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 書かれてたのは、六浜以外全員の抱える問題だった。既に死んでいった奴らはもちろん、まだ生きてる俺たちのことも書かれてた。曽根崎は未来機関のスパイだってことだ。穂谷は性格の問題と出席率の低さなんて、案外普通の高校生みてえな問題だった。ひとつ気になるのは、残る望月の問題だ。

 

 「なんのつもりだか・・・わざわざこんなところに置いとくか」

 「以前に見つけたものよりも詳細だな。私以外全員の問題が書いてある。清水、お前は最優先で是正すべき生徒だそうだ」

 「そんなこと今はどうでもいいだろ」

 「まったくだ。今この時点では、お前よりも望月の方がよほど問題児だ」

 

 詳しいことはまったく分からねえが、どう考えても望月のところに書いてあることは俺なんかの問題よりヤベえことだ。他の全員に設定されてる卒業条件が、望月だけはない。それになによりここの記述・・・『入学時と人格が大きく変化している』。

 多目的ホールで見せられた、あの映像がフラッシュバックした。真夜中、星空を見上げながら夢見がちに語る女。ロマンティックな神話にうっとりして、星々の煌めきにいちいちはしゃいで、無計画に、ただ楽しそうにしてる望月の映像。見た目は全く同じなのに、言動はかすりもしない。もしかしたら、あれが入学した時の望月なのか?

 だとしたら、この合宿場にいる望月はなんなんだ。完全にただの女子高校生だったあいつが、なんであんな機械みたいな奴になったんだ。あいつに何が起きた。

 

 「おい、清水?」

 「んっ・・・な、なんだ」

 「ずいぶんと思考に没頭していたようだが、考えていても知識は増えんぞ。私はもう暗記したから、このファイルはお前が持っているといい」

 「ああ・・・分かった」

 「・・・望月と何かあったのだな。何も言うな。奴が敢えて内密にしたのなら、お前にはそれを守秘する義務がある」

 

 自分でも気付かないうちに、かなり考え込んでたみてえだ。脳みそが熱い。頭がぐわんぐわんして思考が整理できねえ。それもこれも、望月が俺にあんな映像を見せたせいだ。おまけに、六浜には全部お見通しか。わけがわからねえ。曽根崎のことも、望月のことも、ますます分からなくなってくる。

 考えてみりゃ、曽根崎も望月もしょっちゅう俺に絡んできたクセに、俺には自分たちのことを何も話さなかった。いや、違うか。あいつらは俺を知ろうとしてたのに、俺はあいつらを知ろうとしなかった。あいつらだけじゃねえ。他の奴らのことも、俺は何一つ知ろうとしなかった。

 なんでだ。興味がなかったからか?あいつらだって俺みてえな“無能”に興味がなんかあるはずねえ。じゃあなんでだ。俺はなんで知ろうとしなかった。俺は・・・。

 

 「不思議なもんだな」

 「なにがだ?」

 「俺は、お前らみてえな“超高校級”は反吐が出るほど嫌いなんだ。“才能”も憎たらしいし、希望ヶ峰学園もクソだと思ってる」

 「ああ。学園でも有名だったな。覚えていないだろうが、我々生徒会も手を焼いたものだ」

 

 いまさらになって分かった。なんで俺は何も知ろうとしなかったのか。なんで俺はいつまで経っても“才能”から逃げられねえのか。

 

 「くだらねえし笑えねえ・・・・・・結局俺も、“超高校級”なんて肩書きに囚われてんじゃねえか」

 「・・・」

 

 俺の背後で、六浜がため息を吐いた。たぶん、呆れてんだろう。それか、安心してんのかもな。

 “超高校級”なんて、ただの呼び方に過ぎねえ。“才能”なんて、ただの肩書きだ。あいつらはそんなもの関係なしに、俺に直接触れようとしてきた。拒んだのはいつも俺だ。卑屈さを盾にして、“無能”の壁を築いて、とっくになくなってたはずの小せえプライドに固執してただけだ。

 俺はあいつらとは違う、勝てなくて当然だ。そうやって自分から降参して、恥をかかないように逃げてた。みっともねえ。くだらねえ。しょうもねえ。汚え。小せえ。ダセえ。うぜえ。

 

 「ムカついてくるな。いつの間に俺は負け犬になってたんだ」

 「・・・負け犬は負けていることに気付いていない。既にお前は負け犬などではない」

 

 安易な慰めなんて、六浜らしくもねえ。いや、六浜でさえどうしたらいいか分からねえくらい、俺は取り返しの付かねえところまで歪んでたってことか。こうやって後ろしか見ねえところが負け犬なんだって、分かってる。

 

 「ここには、お前を肯定こそすれ否定する者などいない。歓迎こそすれ拒絶する者もいない。やりたいようにやり、したいようにすればいい」

 「・・・」

 

 ファイルを閉じて六浜に渡した。後は全部任せた。学級裁判前に、やることができた。今から何をしたって手遅れかも知れねえ。今更取り返したって意味なんかねえかも知れねえ。今すべきことはもっと他のことかも知れねえ。

 知ったことか。すべきことを捨てて、勝手なことしたっていいだろうが。俺は“超高校級の問題児”だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 軽い扉はキィと音を立てて開く。立ち込める匂いは、まだ焦げ臭い。だが奥にある栽培室は、まるで時間を戻したように元通りの姿で佇んでた。中には毒性植物のケースが夥しく、つい数時間前にここで笹戸が焼け死んだことなんて、夢だったのかと疑うほどだ。

 そこでひとり、モノクマファイルを持って思案に暮れる曽根崎は、俺に気付いて目線を上げた。

 

 「やあ、清水クン。どうしたの?肩で息して。捜査は順調かい?」

 「・・・まだ、話が終わってねえだろ」

 「話?何の話?」

 「お前の話だよ。お前が誰で、なんで学園にいて、何をどうしようとしてんのか。お前の全部を教えろ!」

 

 我ながら下手くそだな。でも仕方ねえ、俺はそういう奴なんだ。改まって自己紹介なんてこと柄じゃねえ。だからか、曽根崎は面食らった面でファイルを閉じた。

 

 「全部っていうのは・・・何もかもってことだよね。裁判場でも言ったはずだよ。ボクの話を聞くことは、希望ヶ峰学園の全てを敵に回すことだって」

 「俺が学園の敵じゃねえって言いてえのか?」

 「レベルが違うってことさ。下手をすれば・・・キミという存在は消えて無くなる」

 「死ぬなんて今さらじゃねえか」

 「違う。消えて無くなるんだ」

 

 この合宿場で何度となく人の生き死にを見てきたんだ。その度に、死って言葉は鉛みてえに重くのしかかって、空っぽのバケツみてえに軽薄に響くようになってきた。

 それでも、曽根崎の言葉には底知れない重さを感じた。そこで確信した。こいつは、学園の闇に通じてる。それも、俺が思ってる以上に深く、暗い部分まで。

 

 「マジでなんなんだ・・・お前」

 「ボクのことを知りたいんだね。嬉しいな。清水クンが人に興味を持つなんて、思ってもみなかったよ」

 「なッ・・・!?別にそういうわけじゃねえよ・・・!!あんなハンパに話終わったから、気になっただけだ」

 「そう。なら、一つだけ答えてよ」

 

 影を帯びた表情から一気にカラッと明るくなる。かと思ったら、また真剣な顔になる。作った表情だってことくらい分かる。それでも、その表情にいちいち振り回される自分が情けねえ。

 

 「清水クン、キミはボクと一緒に死ねるかい?」

 

 身体が縛られたような感覚だ。こいつの抱える闇が、信念が、言葉にできないような妙なもんが、全て俺を捕らえたような。ハンパな覚悟で逃さねえ絶対的な何かが襲ってきたような気がする。

 

 「・・・な、なんだそりゃ」

 「言葉通りの意味だよ。ボクが死ぬ時、キミも一緒に死んでくれる?簡単なことさ、答えれば話してあげる」

 「死ぬのはごめんだな。けど話は聞かせてもらうぞ」

 

 そのまんま正直に答えた。適当こいて後からマジにされても困る。ただ、こいつの話を聞けなくなるのも困る。でなきゃ曽根崎が何者なのか分からねえままだ。ひとまず答えられねえもんは答えられねえままで。

 

 「そっか。それじゃあ死なないように頑張んないとだね」

 「ん?」

 「いいよ。話してあげる。未来機関と、希望ヶ峰学園と・・・“超高校級の希望”のこと」

 「は?お、おい待て。今のでいいのか?お前とは死なねえっつったんだぞ」

 「いいよ。言ったでしょ?“答えれば”話してあげるって。まあ答えによってやることは変わるけど・・・どっちにしろキミには話さなきゃなって思ってたから」

 

 なんだそりゃ。なんかおちょくられたような気がする。じゃあなんの意味がある質問だったんだ。

 

 「取りあえずさ、このファイル読む?」

 「あ?」

 

 ここに来たのはファイルのためじゃねえんだが、さっきまで曽根崎が読んで考えてたファイルだし、なんか関係あんのかな。

 

 「『希望プロジェクト』・・・『プランS』?」

 

 確かさっきも、似たような何かを読んだ気がする。『希望プロジェクト』ってなんなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 『希望プロジェクト プランS経過報告書』

 XXXX/〇〇/▽▽ 報告者:魔達 居龍  被験者:ーーー

  ①前回からの経過

  非常に順調です。前回に引き続き、学園生との接触及び観察を継続しています。定期健診においては、新たに"超高校級のパティシエ"、"超高校級の師範"の"才能"が発現し、いずれも認定規定値まで達しています。発現した"才能"、及びその練度についての資料は、所定フォルダ内のデータを更新しております。ご査収ください。

 

  ②プランの問題点または失敗点

  プランの進行に伴い被験者の性格、言動、精神状態に変化が表れています。健診項目を追加してデータを収集したところ、少しずつ摩耗しているように見られます。成果が表れている一方で、危険な状態に移行しつつあることに留意すべきと言えます。

 

 

 『希望プロジェクト プランS経過報告書』

 XXXX/▢▢/◎◎ 報告者:魔達 居龍  被験者:ーーー

  ①前回からの経過

  新たに"超高校級の理髪師"、"超高校級のスイーパー"、"超高校級の彫り師"の"才能"が発現し、既にオリジナルに近いレベルにまで達しています。以前より発現する"才能"の数が増え、修得の早さが加速しています。被験者の負担を軽減すべく、学園生との接触を減らし観察のみに移行しています。彼自身が持つ“才能”が成長しているものと考えられます。また本人が、より高効率かつ確実な“才能”の修得について考えていると話しています。具体的なことは不明です。

 

  ②プランの問題点または失敗点

  前回報告した、精神状態の摩耗が進行しています。この状態が継続して一定の水準にまで下降した場合、プランの進行について再考を要する可能性があります。

 

 

 『希望プロジェクト プランS経過報告書』

 XXXX/☆☆/@@ 報告書:魔達 居龍  被験者:ーーー

  ①前回からの経過

  前回から5つの“才能”が発現しています。これほどの進度で“才能”を修得することは、他に例がありません。被験者の負担を考慮し、学園生との接触を中断し観察に費やす時間を減らしたにもかかわらず、この数字は明らかに異常です。プランの休止と再考を進言します。

 

  ②プランの問題点または失敗点

  各精神値が危険域に接近しています。既に被験者はかなりの段階まで進んでいますが、このままでは危険です。

 

 

 『希望プロジェクト統括部長へ』

  私は、彼がこれ以上“才能”を修得し続けることに反対します。プランの中断と彼の治療を独断で決定しました。すでに彼は学園外へ連れ出し、適切な処置を受けさせています。『希望プロジェクト プランS』は失敗です。“超高校級の希望”は他の方法で創ってください。申し訳ありません。

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後の一枚だけは、他のとは違った。どうにもただならねえ雰囲気だけは伝わる。希望プロジェクトって一体なんなんだ。“超高校級の希望”って・・・前にもどっかで見た気がするが、なんか関係あんのか?

 

 「どう?」

 「いや、どうって言われても・・・意味分かんねえってしか」

 「だよね。順番に話そうか」

 

 色んな情報が入り乱れすぎてる。何がなんだか分からねえ。情報が入り乱れてごった煮みてえになった俺の頭の中を、少しずつ整理していくように話し始めた。

 

 「裁判場でも言ったけど改めて言うね。ボクは未来機関から依頼を受けて、希望ヶ峰学園であることの調査をしてる。学園を運営してる未来機関がなぜわざわざスパイを送るのか・・・それは、希望ヶ峰学園の理事会や教師陣が二つの派閥に分裂しているからだ。未来機関と旧学園派は、ある人物を巡って立場が対立してる。ボクが調査してるのも、そのことについてだ」

 「そこまでは聞いた。派閥が分かれてるのが、誰かが原因ってのは今知ったけどな」

 「そうだね」

 

 学園内で分裂が起きてるなんて笹戸の妄言かと思ってたが、曽根崎はそれを肯定する。その上で、曽根崎が自分の秘密を明かそうとしてる。まるで笹戸があの発言をしたときから、全てが繋がっているような、何となく気持ち悪い感じになった。

 

 「二つの派閥の中心、渦中の存在となっている生徒。それが、“超高校級の希望”カムクライズルだ」

 「カムクライズル?“超高校級の希望”ってのは・・・」

 「ありとあらゆる“才能”を持った、究極の人類。希望ヶ峰学園が旧学園時代から研究してきた、最強の希望だ」

 

 “超高校級の希望”ってのは、確か食堂で見つけたファイルに、そんなようなことが書いてあった。すべての“才能”を持ってる人間だとか・・・学園がそのせいで対立してるってどういうことだ?そんな“才能”の塊なんて、学園が喉から手が出るほど欲しいはずだろ。

 それにカムクライズルって、希望ヶ峰学園の創始者の名前じゃなかったか?

 

 「マジでそんな奴がいたのか?」

 「いるわけないよ。本来なら、あらゆる“才能”を持つ人間なんてあり得ない。だから学園は創ったんだ。そんな人間を」

 「創った?」

 「旧学園時代の話だけどね。とある、なんの“才能”も持たない空っぽの凡人が、希望ヶ峰学園に入学した。まあボクらみたいな本科生じゃなくて、予備学科生としてだけど。彼は“超高校級”の肩書きや“才能”というステータスに憧れを抱いてた。そこで、希望ヶ峰学園は彼に“才能”を与えることにした。人間の根幹である、脳を改造して」

 「改造って・・・んなバカな。漫画やゲームじゃねえんだぞ。脳みそいじって“才能”を与えるなんてことできんのか」

 「できるさ。もちろん“才能”っていうモノがあるわけじゃない。経験、知識、技術、センス、そして合理的な思考・・・それらを脳に移植すれば、総合的に“才能”を獲得することができる。それを何十回、何百回と繰り返すのさ」

 「・・・」

 

 信じられねえな。希望ヶ峰学園が、生徒を使ってそんな手術をしてたなんて。ファイルに書いてあった『“才能”の物質化』が、旧学園時代になんの“才能”もねえ生徒を使って形になってたのか。何百回と脳をいじられて、そいつはまともなままでいられんのか?

 

 「まとも、とは言えないね。その生徒は多くの“才能”を手に入れた。だけど“才能”を入れるために、脳の容量を空けたんだ。記憶や感情、いわゆる人間らしさを全て取り除いた。どこまでも“才能”と合理的思考に忠実な人間の完成だ」

 「“才能”と・・・合理的思考・・・」

 「すべては希望のため。彼らは本気で、それが人類のためになると考えてたんだ。だけど皮肉なことに、“超高校級の希望”であるカムクライズルは、江ノ島盾子のせいで“超高校級の絶望”になった。それが、どれほどの脅威か分かるかい?」

 

 “超高校級の希望”が、“超高校級の絶望”に?学園が研究し続けて、ひとりの人間をぶっ壊してまで創った“超高校級の希望”が、あんな陰気な集団に堕ちたってのか?

 

 「あらゆる“才能”を持つ希望ならば、希望ヶ峰学園にとっては研究の集大成、未来への光だ。でもあらゆる“才能”を持った絶望は、危険であり脅威でしかない。その証拠に、『人類史上最大最悪の絶望的事件』や『希望ヶ峰学園史上最悪の事件』『コロシアイ修学旅行』。これらの事件に、当時のカムクライズルは首謀者の一人として関わっている」

 「・・・」

 

 思わず生唾を呑み込んだ。あらゆる“才能”っつっても漠然としてるが、そこにはマジシャンとか陰陽師みたいなもんばっかりじゃなく、爆弾魔とかのヤベえ“才能”も含まれてたはずだ。そんな奴が絶望思考を持ってると思うと・・・確かに、ぞっとする。

 

 「人類の叡智は必ず人類の脅威になる。そして二つの立場が対立する。その叡智を完全に支配下に置こうと躍起になる人たちと、その脅威を完全に封じ込めようと必死になる人たちだ」

 「それが、旧学園派と未来機関派か」

 「うん。旧時代の研究を引き継いで、『絶望しない“超高校級の希望”カムクライズル』を創ろうとしている旧学園派。カムクライズル研究はおろか、その存在した痕跡すら抹消しようとしている未来機関派。どっちもどっちさ。盲目で、神経質なんだ」

 「・・・で、お前は未来機関派か。そのカムクライズルって奴について調べて、チクるのがお前の仕事ってわけか」

 「そういうこと。でも、もうそれもおしまいだ。ボクは旧学園派に目を付けられた。だから“超高校級の問題児”としてここにいる。ここを無事に出られたとしても、ボクは間違いなく元の学園生活には戻れない」

 

 さらっと言ってるが、それはつまり、希望ヶ峰学園が曽根崎を消すってことだろ。大浴場で見たファイルからしても、こいつは旧学園派にスパイだって勘付かれてる。だとしたら、なんでこいつはここを出ようとしてる?このままモノクマに飼い殺されるか、学園に戻って学園に殺されるか、その二択だ。

 

 「不思議そうだね」

 「当たり前だ。どっちにしたってお前の周りは敵ばっかじゃねえか。学園から逃げても、モノクマから逃げても、結局は同じ未来だ。俺が言うのもなんだが・・・なんで絶望しねえ?」

 「・・・人はさ、希望と絶望だけじゃないんだ。みんな忘れがちだけどね」

 

 清々しいほどの笑顔で、曽根崎はあっけらかんと答えた。未来機関のスパイになって、旧学園派から目ェ付けられて、こんなところでコロシアイさせられて・・・挙げ句の果てにはどっちにしろ消される未来だ。そんなふざけた運命、なんでこいつは受け入れられんだ。

 

 「カムクライズルに関わった時から、こうなることは決まってたんだ。ボクの先輩もそうだった」

 「?」

 

 遠くを見る目で、曽根崎はそんなことを言う。

 

 「ボクはジャーナリストだ。隠されたことがあるなら明らかにしたい。みんなに真実を伝えたい。希望ヶ峰学園の存亡に関わるネタなんて、命を懸ける価値があると思わないかい?」

 

 さあな、と俺は言いそうになって、言葉を飲んだ。そんな大事に俺を巻き込んだのか、とも思ったが言わなかった。それを言っちまったら、また俺はこいつを逃しちまう。

 

 「話が逸れたね。とにかく、そういうことさ。このまま学園にカムクライズル研究を進めさせてたら、きっとまた人類は絶望する。それを止める手立てを探すのが、ボクの仕事だ」

 「人類とか絶望とか・・・もううんざりだ。何を隠してるかと思ったら、お前もそんな奴だったんだな」

 「他人事みたいだね」

 「他人事だったらどんだけよかったか。今の話聞いた以上は、俺ももう当事者なんだろ」

 「う〜ん」

 

 スケールのデカ過ぎる話に、もううんざりしてきた。それに巻き込まれたってことにも、なんとなく耐性がついてんのかも知れねえ。命懸けってのも今更過ぎて、いまいち緊張感にかける。それもこれも、実感が湧かねえからだ。

 

 「それで、当事者になっちゃった清水クンはこれからどうするの?まだ捜査時間は終わりそうにないけど」

 「ファイルが他にもないか探すっきゃねえだろ。今はこれしか手掛かりがねえ」

 「だったら、ちょっと付き合ってくれない?確かめたい場所があるんだ」

 

 そう言うと曽根崎は、立ち上がってさっさと栽培室から出て行こうとする。俺がついてくることが当然とばかりに、見向きもしやがらねえ。合宿場はあらかた探したし、六浜やそれ以外の奴らも別に動いてる。わざわざ俺が行かなくても、ファイルがありゃ見つけるだろ。

 モノクマの気が変わらねえうちに、曽根崎について行ってみるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り5人

 

  清水翔   六浜童琉  【晴柳院命】   【明尾奈美】

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎   【笹戸優真】

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

【屋良井照矢】【鳥木平助】 【滝山大王】【アンジェリーナ】




うまく書き進められませんねえ。時間と計画性をください。切に


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決断編

 

 植物園から出た曽根崎は、山道を降りてすぐ止まった。資料館や大浴場に行くわけでもなく、すぐその場で近くにある建物を見た。サビと、コケと、ツタと、ホコリと泥にまみれた最悪な環境。鉄の扉は開け閉めする度にキイキイとやかましく音を立てる。ホコリが喉に刺さった。

 

 「ケホッ・・ああクソ」

 「前に清水クン言ったよね。この場所が気になるって」

 「よく覚えてんな」

 

 いつだったか、この場所に妙な違和感を覚えたときに、調べてみようと曽根崎に行ったことがあったな。二人で倉庫の中を調べてみたが、出てくるのは古くせえパーティーグッズかシャベルやらツルハシやら、あとは名前も分からねえような武器ばっかだった。きっと気の迷いだと思って忘れてたんだが、曽根崎はそうは思わなかったらしい。

 

 「ちょっと考えてみたんだ。キミがあの時感じた違和感のこと」

 「なんだったか・・・忘れちまった」

 「この合宿場はもともと希望ヶ峰学園の所有物だ。色んな“才能”を持つ人がいるとはいえ、コロシアイのために用意されたような武器庫なんて、本来あるはずがない。じゃあ仮にこれを用意したのがモノクマだとしたら、それより前、本来ここには何があったんだろう?そう言ったんだよ」

 「ああ・・・そうだったかもな」

 

 ぶっちゃけそれすらも覚えてねえんだが、確かに言われてみりゃそうだ。俺がそんなこと言ったような気もする。“超高校級の絶望”やら、カムクライズルやら、そんなもんを聞いた今は武器庫くらいあってもおかしくねえような気もするがな。だが曽根崎は武器庫を開けて、そこを検め始めた。

 

 「前に調べた時は、もともとここにあったものが他の場所に移されたんじゃないかとか、武器の裏に隠してあるんじゃないかとか、そんなことばっかり考えてたッ・・・!だ、だけど・・・そうじゃなかったんだ。ここで、考えるべき事は・・・!!」

 「・・・かせ、一人で持てるわけねえだろ」

 

 おもむろに床を物色し始めたと思ったら、その周辺の武器を片付け始めた。一人じゃ持てるわけもねえデカい箱を抱えようと躍起になってたから、少しだけ手を貸した。別に手伝うわけじゃねえ。話の続きが気になった。

 

 「ふぅ・・・ありがと、清水クン」

 「いいから続けろ。どうせその話とここ片付けんのと、関係あんだろ」

 「うん」

 

 うっかりすると剣で手を斬りそうになるし、鈍器を落としたら歩けなくなるどころじゃねえな。古風な拷問器具は見たくもねえから、代わりに忍者が使いそうな暗器をまとめて段ボールに突っ込む。誰かを殺すために作られて、誰かの殺意を具現化したようなもんばっかりの空間に二人きり。互いに背中を向けて、いつだって相手を殺せる状態だ。

 もしこれが望月や穂谷だったら・・・六浜でもどうだろう。ここまで無防備にいられるもんだろうか。だが不思議と、曽根崎に殺されるかも知れねえなんて考えは微塵も浮かばなかった。殺せる状況は完全に整ってるのに。

 

 「清水クンは、考えたことある?」

 「なにをだよ」

 「モノクマについてだよ」

 「あん?今更あんな奴のこと考えてどうすんだよ」

 「逆々。今だからこそ考えるんだよ」

 

 こんな問答してっから話が長くなんだろうが。単刀直入に言うってことをしねえのはわざとなのか、それとも無意識なのか。だからこいつと話してるとイライラするんだ。

 

 「まさかモノクマ自体が命を持ってるわけじゃない。合宿場全体を監視しながら、モノクマを操作して、誰にも目撃されずに食材や消耗品を供給し、今もこの合宿場に潜んでいる『誰か』がいるはずなんだ」

 「黒幕ってことか?」

 「たぶんそうだと思うよ」

 「それだってずっと前から分かってたことじゃねえか。俺らをここに連れてきた誰かがいるってのは」

 「じゃあその黒幕はどこにいるんだろうね?16人もの人間がたったの一度もその痕跡を見つけられない、だけど確実に存在してる」

 「・・・」

 「それと合わせて考えてみてよ。わざわざ倉庫を武器庫に変えてまで、黒幕はいったいここで何をしたかったんだろうね?」

 「そりゃ・・・いや、ここが・・・まさか」

 

 このコロシアイ生活の首謀者、すべての事件の裏に潜んでいる『黒幕』。そんな奴がいるって漠然と考えてたが、言われてみりゃこの合宿場に誰かがずっと隠れていられる場所なんてなかったはずだ。だったら黒幕はどこにいる?俺たちに見つかることなく、ずっと俺たちを見続けられる場所なんてどこにある?

 曽根崎がそれと同時に言ってきたってことは、黒幕の居場所とこの倉庫のことは関係してるってことなんだろ。倉庫を武器庫に変えて黒幕は何をしたかったのか。そんなの、一つしか考えられねえだろ。

 

 「あ、あった」

 

 デカい木箱をやっとこさどかしたら、その下に目的のものを見つけた。ホコリを被った倉庫の中で、そこだけは頻繁に使われたように小綺麗だった。床のある範囲だけを切り取って、よく見ねえと分からねえが取っ手をつけて開閉するように改造してある。見るからに怪しげだ。

 

 「合宿場にいながら、ボクたち全員に見つかることなくなおかつ簡単に行き来できる場所。それはもう、地下しかないよね」

 「こんなんありかよ・・・そんな発想あるか普通」

 「清水クン、みんなを集めてこようよ。少なくともボクたちの中に黒幕はいないってことは確定させようね」

 

 現れたのは、倉庫から地下へと続く階段だった。ただでさえ暗い倉庫の中で、階段の下は真っ暗闇で何も分からねえ。それでも、そこは確かに誰かが使っている形跡が残ってる。マジで黒幕がこれを使ってたんだとしたら、俺たちは一気にその正体まで辿り着いちまうんじゃねえのか。それくらい黒幕の存在が肉迫してる感じだ。

 取りあえず俺と曽根崎は合宿場中に散った残りの女共を集めてきた。望月に至っては多目的ホールにまでいやがって、無駄に時間がかかった。だがそんな中でもモノクマは捜査時間の終了を告げない。とっくにいつもの捜査時間は過ぎてるってのに、まだアナウンスがないってのはどういうことだ?

 

 「この場所を武器庫にしたのは、ボクたちをこの隠し階段から遠ざけるためだったんだね。もっとも誰かを殺そうとして武器庫を使う人に、これを見つける余裕はないだろうけど」

 「ううむ・・・言われてみれば武器庫は不自然だな。そんなことにも気付けないとは、私も気が動転していたようだ」

 「地獄の底に続くようですね。こんなホコリっぽいところにいるくらいなら鉄釜で茹でられる方が幾分かマシだと思いますが」

 「この先に黒幕がいるというのか?」

 「たぶんな」

 

 今、この合宿場で生き残っているはずの人間が5人。そして黒幕が少なくとも1人。俺たち以外の誰かがこの先にいる。モノクマはまだ捜査時間を打ち切らない。それだけが不気味だ。自分の正体がバレることになっても問題ない自信を持ってるんだとしたら、俺らにとってこれ以上ないくらい絶望的だ。

 それでも、目の前に与えられたすべての真実への入口を放置することなんかできなかった。

 

 「うだうだしてても意味ねえよ。俺は行く」

 「待て。黒幕のいる場所なら、セキュリティや罠が仕掛けられている可能性は十分に考えられる。むしろあると考えなければならない。慎重に行けよ」

 「そりゃどうも。なんならお前が露払いになるか?」

 「構わん。私が先に様子を見てこよう」

 

 女に先陣切らせるのはどうかと思ったが、俺の言葉を間に受けるような六浜だし別にいいか。今更になってモノクマが俺らに手を下すことも考えにくい。セキュリティはあってもまず大丈夫だろう。

 階段を降りていく六浜の姿はすぐ見えなくなり、靴音の響きだけが返ってくる。どうやらかなり広い場所らしい。ただの地下室かと思ってたが、もっと色んな施設があるのかも知れねえ。妙に緊張した空気の中、六浜の声が聞こえてきた。

 

 「大丈夫だ。階段には何の仕掛けもない」

 「だってさ、じゃあ行こうか。思ったよりも広そうだよ。手分けして探索しようよ」

 「承知した」

 「エスコートもなしに階段を降りろだなんて・・・なんて不躾な人たち。鳥木君ならばきっと・・・」

 

 素直に階段を降りる望月と、文句を言いながらだらだら降りて行く穂谷、そして曽根崎は心なしか浮ついた表情をして降りて行く。黒幕にとってここに俺たちが踏み入るのは緊急事態のはずだ。なのにモノクマは全く止めに入らねえし、捜査時間も十分過ぎるほど用意されてる。武器庫でカムフラージュしてまで遠ざけてたのに、今は野放しにしてる。矛盾してやがる。この場所の違和感が解消されたと思ったら、今度は黒幕の態度に違和感を覚え始めた。クソが、モヤモヤしっぱなしだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 階段を降りた先は、薄暗えホコリくせえ倉庫から続いてるとは思えねえほど、無機質で整然としていた。どこぞのSF映画にでも出て来そうな、何の色もない真っ白な廊下と、いくつかの部屋に続くドア。それだけだ。

 

 「なんでしょうここは・・・?病院かなにかですか?」

 「遠近感覚に支障を来す造りだ。こんなところに黒幕がいるというのか?」

 「黒幕がいるだけ・・・ってわけでもなさそうだね。いろいろと見つかりそうじゃないか」

 「どうでもいい。いるなら見つけてふん縛ってやりゃ解決だろ」

 

 マジで何もない空間だ。画一的で真っ白なせいで罠が仕掛けられてりゃすぐ分かるし、他に誰もいないことも分かる。こんな場所が合宿場の地下にあるなんて、想像だにしなかった。考えてみりゃ、裁判場も地下にあったな。黒幕の野郎はミミズかなんかか?俺たちから姿を隠すにしたって、なんで地下なんだ。

 

 「気を付けろお前たち。本来ならここは黒幕以外は立ち入れない場所。奴の懐中に飛び込んだのだぞ」

 「しかし追い込まれているのは黒幕も同じではありませんか!?私たちが危険を冒せば黒幕も首が絞まる!なんでしょうか、この奇妙な関係は!どうでもいいことですが!」

 

 地下のせいか、穂谷の声がよく響く。とにかく、ここまで来たからにはぜってえに引き下がらねえ。黒幕が見つかればそれでよし、見つからねえなら見つからねえでまたやり方を考えるだけだ。

 

 「では、手分けして捜索するとしよう。私は奥の部屋を」

 「少しくらいは危ない橋渡らないとね」

 

 望月の一言で、俺たちは地下エリアの捜索を始めた。望月と六浜と曽根崎はエリアの奥へ、穂谷はすぐ近くにある部屋を捜索することにした。俺は、少し離れた部屋から見ていくことにした。

 真っ白な廊下に真っ白なドア、離れてると気付かなかったが、ドアには小さなプレートが付けられてて、そこが何の部屋なのかを示してた。俺が最初に手を付けた部屋には、『資料室』と書かれていた。資料って、何の資料だ。なんとなく嫌な予感というか、妙に近寄りがたい雰囲気を感じる。それでも、その気持ち悪さをおさえてドアを開いた。

 

 「・・・?」

 

 鬼が出るか蛇が出るか、そんな気持ちでドアを開いたもんだから、中の様子を見て肩透かしを食らった気分だ。簡易デスクに簡易椅子、簡易本棚に簡易照明、資料室って名前にぴったりな、味気なくて質素な空間だ。棚には黒い紐でまとめられた数枚の紙がびっしり並んで整頓されてた。つい最近まで誰かが使ってたことが分かるが、一切の乱れなく片付けられてる。

 

 「何の資料だこりゃ」

 

 手近な資料に手を伸ばして引き抜いた。ひらがなの書かれた付箋で五十音順に並べられてて、資料の表紙は履歴書みてえな写真付きの紙だった。だがそれが履歴書じゃねえことは、見てすぐに分かった。

 

 「新希望ヶ峰学園第4期生“超高校級の仲人”藍弾結・・・」

 

 それは、希望ヶ峰学園に通う“超高校級”な奴らのデータだった。顔写真と名前とプロフィールだけじゃなく、出身中学校や家族構成、“才能”にまつわる経歴に学園生活の詳細、卒業後の進路、果ては好き嫌いや口癖まで書いてある。

 ただの紙の集まりのはずなのに、まるで“超高校級”の奴の『人生』がその薄っぺらい紙の束に込められてるような、そんな薄気味悪さすら感じた。何より分からねえのは、その表紙にはでかでかと『済』のハンコが捺されてることだった。

 

 「気持ちわりいな・・・」

 

 紙束を棚に押し込んで戻す。ふと、部屋の真ん中に置かれたデスクに目が向いた。よく見るとそこにも、同じような紙の束が何部かある。それにデケえハンコもだ。いい加減にデスクに放置された紙束が気になった。何気なく視線を落とす。

 その途端、強烈な寒気を感じた。なんでかは分からねえが、恐怖すら覚えた。俺たちに向けられた背後の視線に気付いちまったような、そんな感覚だ。

 

 「マジかよ・・・!!」

 

 俺は、俺と目が合った。俺を見る俺の視線は冷ややかで、そこには何の色もない。恐怖、混乱、当惑、絶望・・・そんな感情が綯い交ぜになった俺のことなんかお構いなしに、ただ無意味に視線を返す。

 そこに書かれていたのは、まさに俺の『人生』だった。いつどこで生まれたのか。いつ1人で歩けるようになったのか。はじめて喋った言葉は。通った幼稚園は。小学校は。中学は。何が好きで何が嫌いか。誰と出会って何を感じたか。なぜ希望ヶ峰学園に来たのか。どうしてこの合宿場にいるのか。まだ生きてるのか。

 

 「・・・ッ!!」

 

 思わず後ろを振り向いた。当然誰もいない、何もない。自分の人生がそのまま集約されたこの紙は、今この瞬間にも書き加えられそうな程、細かく書かれてる。気味が悪い。

 思わず他の紙を見た。俺以外にもまだいくつかの『人生』が、そこにはあった。

 

 「曽根崎・・・!?六浜・・・!穂谷・・・望月・・・」

 

 ただの紙の束のように、そいつらの『人生』は乱雑に散らされてた。それだけじゃない。それ以外の『人生』には、最初に見たような『済』のハンコが捺されてた。

 

 「明尾・・・滝山・・・晴柳院、石川、屋良井、有栖川、飯出、古部来、笹戸、アニー、鳥木・・・・・・こいつら全員・・・!!」

 

 『済』のハンコが捺された奴と捺されてない奴の違いは明白だった。このハンコの意味は、もしかしたらそういうことなのか?だが、だとしたらここにある資料ってのはどれもこれも・・・そんな馬鹿な話があるか。これだけの数の学園生が俺らみたいな目に遭ってたら知らねえわけがねえ。だが、違うとしたら他にどんな意味があるってんだ。

 

 「・・・!」

 

 頭の中がガンガンして、思わず目を背けた。そしたら、足下に転がった黒いファイルに気が付いた。地上のあちこちに散らされてた、俺らに与えられたものと同じだ。ここにあるってことは、もしかして黒幕にとって俺らがここに辿り着くことは想定の範囲内だったのか?

 ファイルのタイトルは、『“超高校級の希望”』だった。もう絶望だ希望だってのは聞き飽きた。なにがなんだか分からねえ。希望ヶ峰学園にとって“絶望”は反乱分子、“希望”は研究目標。ただそれだけに収まらねえからややこしい。俺にとっちゃどっちがどっちでもいい話だ。

 

 

 

 

 

 ーーー

 『“超高校級の希望”』

 希望ヶ峰学園は、創始者であり初代学園長である神座出流が、“才能”を育成・研究するための施設として建てたものである。彼はありとあらゆる“才能”を持った究極の人類の創造を悲願とし、希望ヶ峰学園が行う研究の最終目的はそれに同じく、“超高校級の希望”を生み出すことである。

 “超高校級の希望”、すなわちあらゆる“全能”の人間を生み出すことは容易ではなく、“才能”についての研究及び“才能”を人為的に発現、移植する技術などの開発が不可欠となった。希望ヶ峰学園の歴史は、“才能”実験の歴史と換言できる。ある時は多岐に渡る“才能”を有したサンプルに特殊訓練を行って破壊し、またある時は催眠的手法により“才能”を植え付けようとして破壊してきた。完全な成功と言える研究は、未だに現れない。

 唯一、“超高校級の希望”の成功例として現れたのが、『験体ヒナタ』である。予備学科生として入学した、一切の“才能”を持たない脳に、“才能”を移植することに成功し、術後の容態も非常に安定していた。しかし、彼は“超高校級の絶望”に染まってしまったため、その能力を人類の“絶望”のために振るってしまった。

 新希望ヶ峰学園では、旧学園でのデータから“超高校級の希望”研究を継続して行っている。完成品としての“超高校級の希望”、その絶対条件は、『絶望しないこと』である。絶望的状況に屈しない精神力や、絶望的状況を察知し回避する適応力、そのような素質を数値化し、抗絶望性として実験データへの追加項目とした。

 研究開始、及び中途開始実験は数十ケースに及ぶが、現在、希望ヶ峰学園で行われている“超高校級の希望”研究は以下にまとめる通りのみである。ただしいずれも、“超高校級の希望”を完成させるための実験であり、最終的には失敗に終わる前提で行われていることに気を付けたい。

 『プランD』

 験体:(黒く塗り潰されてる)

 “才能”指数:下

 実験内容:投薬により精神的エントロピーを減少させることで、保有する“才能”の伸長を観察する。

 

 『プランS』

 験体:(黒く塗り潰されてる)

 “才能”指数:中

 実験内容:験体が保有する“才能”により、一人の人間が保有可能な“才能”数の限界を調査する。

 ーーー

 

 

 

 

 

 『プランD』と『プランS』。どっちも聞いたことがあるような気がした。モノクマの気紛れで始まった学級裁判の捜査のはずなのに、あちこちで手に入る情報が互いに絡み合って複雑になっていく。どうなってんだ。“超高校級の希望”ってなんなんだ。

 

 「あったまいてえ」

 

 俺の脳みそじゃこれ以上は処理しきれねえのか、狭苦しい場所にずっといたからなのか、頭が痛くなってきた。取りあえずこのファイルは曽根崎たちに見せなきゃならねえ。あいつが話してた内容がウソじゃねえってことを、このファイルが証明してる。このコロシアイにも深く関わってるはずだ。

 資料室を出た俺は、他の部屋を捜査してる奴らの様子を見に行くことにした。手近なところだと、丁度廊下の奥にある部屋だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『霊安室』とネームプレートがかけられた部屋のドアは開放されてて、中はひんやりと薄気味悪い寒さに満たされてた。厳かな意匠でささやかに飾られた棺が16個、そのうちの5つは蓋がされてない。圧倒的な存在感を放つ棺桶の真ん中に、そいつはただ立っていた。

 

 「おい」

 「・・・?」

 

 何か用か、とでも言いたげな顔でそいつは振り向いた。こんな居心地の悪いところ、一刻も早く出てえ。何の手掛かりもなさそうだしな。けどそんな場所でも相変わらずの顔色で突っ立ってるそいつを、そのまま放置していくことはできなかった。

 

 「何やってんだ」

 「反省だ」

 「あ?」

 「私も冷静さが欠落していたようだ。改めて考えてみれば、死体が跡形もなく消滅することなどあり得ない。全く消えたことに疑問を抱かなかったのは、冷静に状況を見極めることができていなかったからだろう」

 

 何も言う気になれねえ。俺もそうだったし、けど今はそんなこと考えたくもねえからだ。ここには間違いなく、11の死体がある。どの棺桶も静かにそこにあるだけだが、こんなことを考えてたら今にも何か妙なことが起きそうでおどろおどろしい。

 

 「なんと表現すべきか・・・処刑映像や本物の死体を目の当たりにするよりも、死の儀礼に身を置く方がより死を強く感じる。これを不気味というのだろうか」

 「何も感じてねえくせに」

 「そう見えるか?」

 

 無表情の中にも、きょとん、という音が聞こえそうな顔を覗かせる。そんな面して、一人でこんな所いて、何が不気味だ。今まで何の感情もなく、淡白にやりてえことだけやってきたくせに。

 考えてみれば、俺はこいつのことも何も知らねえ。つうかそもそも何を考えてるか全然分からねえ。あの映像といい、無感情といい、卒業条件といい、こいつは謎が多い。もしかしたら、このコロシアイの何かを知ってやがんのか?そうだ。今生き残ってる奴らで、唯一こいつだけはどの殺しにも関わってこなかった。まさか、マジでこいつは・・・。

 

 「どうした?」

 「いや・・・別に。お前に人間らしさがねえことなんか、今更だ。んなことより今はもっとやることがある」

 「黒幕との学級裁判か。お前は本当に行われると思うか?」

 「は?なんだそれ」

 「黒幕はモノクマとして、今まで絶対安全な立場から学級裁判を俯瞰していた。なぜ今になって、処刑される可能性のある場に自ら降りてくるのだろうか。コロシアイの謎を明らかにできるか否かを試すだけならば、他に方法があるだろうに」

 「知らねえよ。気紛れだろ。コロシアイなんてイカレたことする奴の考えなんか分からねえよ」

 「全く以て非合理的だ・・・疑問を持たないのか?」

 「持たねえな。そもそも合理的もクソもねえんだよ。物事ってのは理不尽で不条理なもんだ」

 「そうだろうか」

 

 モノクマの考えることなんか、俺らがいくら考えたって分かるわけがねえ。すべてあいつの気紛れで片付けてきたが、それがどんな意味を持つか考えることから逃げてるだけなのかも知れねえ。こいつといると、気にしなかったことまで気になってくる。妙な奴だ。妙な奴ついでに、こいつを黙らせてやるか。

 

 「なら逆にきくぞ。お前はなんで疑問を持つんだ。知らなくてもいいことを知ろうとして、それがお前の言う合理的なことか?」

 「・・・なぜ、疑問を持つか?それもまた疑問だな」

 

 余計な一言を言った後、望月は押し黙った。そんなもんに答えなんかあるわけねえ。馬鹿真面目に答えを出そうとしてる限り、こいつは余計なことを言わなくなるだろう。と、安易に考えてたが、どうやら俺はまだまだこいつのことを分かってねえらしい。

 

 「知り・・・たい、から。だろうか?」

 

 いつものように淡白で味気ない言い方じゃなかった。言い淀むような、言葉を探るような、言葉に詰まるような、言いにくそうな。何にせよ、こいつらしくない言い方だった。はっきりとした結論だけを口にする奴が、曖昧で不確かなことを口にした。

 

 「知らないものが眼前に存在している。それが何なのか、どのような物なのかを知りたいと考えているのかもしれない。知らずにおくと非常に気掛かりで、何かが不足しているように錯覚する。星々の運行や天体の性質、宇宙の真実・・・これは世界の始まりから存在して、数多の人間が知ろうと探求してきた。それでも解明できない巨漠な謎が常に私の頭上にある。興味を抱かずにはいられない。研究対象とするには十分過ぎるとは思わないか?」

 「知らねえよ」

 「適切かどうかは分からない。私にその感情はないからだ。しかし敢えて言うのなら、私が研究対象に抱いているこの感覚こそが、疑問を抱く理由だろう」

 

 長い独り言をぶつぶつと言って、望月はいつの間にか結論を出した。

 

 「『好き』だから知りたい、知りたいから疑問を抱く。それでは不十分か?」

 

 こいつには何の感情もないはずだ。なのにそう言ったそいつの表情は妙に晴れやかで、薄く笑っているような気さえした。そんなわけはねえ。ただ、あの映像に出て来た望月に似た女の顔が、やけに今の望月とダブる。

 不十分か、なんて聞かれても、俺は本気でこいつから答えを聞きたいから質問したわけじゃねえ。その答えに納得することも否定することもしねえ。ただ、こいつにそんな真っ直ぐな眼で言われたら、受け入れるしかねえじゃねえか。

 

 「いや、十分だ」

 

 辛うじてそれだけ言えた。どうも俺はこいつが苦手だ。考えが読めねえし、そのくせ俺に構ってきやがるし、女のくせに背丈も俺と同じだし、人間らしくねえと思ってたら急にそんなこと言いやがるし。思わず眼を逸らした。これ以上直視してたら、こいつに圧倒されそうだ。

 

 「話が長くなった。どうやらここに、学級裁判の手掛かりになるようなものはないらしい。死体が一つでも消えていれば別だが」

 「・・・確認しろってか」

 「万が一の可能性でも、検証しておく方が合理的だ」

 

 生意気なことを言って、望月は俺に棺桶の中身を一つずつチェックさせた。望月は望月で俺と一緒に中身を確認する。だったらお前一人でやりゃいいだろ、とは言わなかった。さすがに俺だって、こんな場所に一人で棺桶を10個以上開ける度胸はねえ。望月がいるせいで逃げ道を塞がれてるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何度吐きそうになったか。思わず眼を背けて鼻を摘まんだか。結局、死体は全部そこにあった。改めて11人の死を強制的に実感させられた。あそこは本当に、死体を安置するだけの部屋らしい。

 資料室に興味があると言いだした望月を引き留めて、気分が悪くなった俺はまた別の部屋を調査することにした。望月は勝手に俺の後ろをついてくる。

 

 「なんだこの部屋」

 「モニター室、と書いてあるな」

 

 白いドアを開けると、眼から脳みそまで一気に強い刺激が突き抜けたような感覚を覚えた。薄暗い部屋中に設置されたモニターと、キャスター付きの椅子の前にずらりと並んだ色とりどりのボタンやレバーやスイッチ。安っぽい映画に出てくる宇宙船かっつうくらい機械が所狭しと並んでる。

 そして、ここを調査してたのは六浜だった。モニターを見て何か考えてるみてえだ。

 

 「なんか見つかったか」

 「・・・清水に望月か。この部屋はモニター室、合宿場中の監視を担う部屋だな。また、モノクマ操作室でもあるようだ。このボタン類から見て分かる」

 「妙な記号ばかりだな。まったく意味を為していないように見えるが?」

 「暗号だろう。万が一、私たちにモノクマを操作されたら黒幕と私たちのパワーバランスが崩壊する。解読してみたが、それがまた異なる形の暗号になっているようだ。おまけに操作には指紋認証が必要・・・無駄なほどの徹底ぶりだな」

 「さらっと解読してんじゃねえよ」

 

 どこぞの国の言語みてえなわけわからん記号だらけで、それを解読する六浜もバケモノ級だが、これを使ってモノクマを操作してたっつうんだから黒幕もバケモノ級だ。おまけにこのモニターから考えて、俺らの様子を全て見張りながら、操作してたってことか。

 

 「では、その操作者は基本的にここにいたわけか。何か情報が残っている可能性があるな」

 「いいや。髪の毛すら落ちていない。本職の鑑識でもいれば別だが、情報らしい情報はないな」

 「っつうか黒幕はどこ行ったんだよ。俺らの監視も、モノクマの操作もほっぽり出して」

 「さあな。私たちがここに来ることが分かっていれば、事前にどこへでも逃げられる。あるいは・・・すぐ近くに隠れていたりするのかも知れんな」

 

 機械が大量に設置されたこの部屋なら、どこかに身を潜められそうだ。あとは、俺たちが気付いてない隠し部屋か、ここより地下の部屋か。いずれにしても俺たちが直接黒幕の正体を拝めるのはもう少し先になるんだろう。

 

 「まあいい・・・私は今、胸を痛めているのだ」

 「胸部に疾患でもあるのか?」

 「モニターに映った場所が分かるか?展望台、資料館、湖の畔、寄宿舎、植物園、裁判場・・・処刑場まで映っている。私たちの友が、仲間が、喪われていった場所だ」

 「・・・」

 「奴らの無念を思うと胸が張り裂けそうだ・・・!私はもっと必死になるべきだった!殺しなど起きるはずがない、そう信じていたと思っていた!だがそれは、逃げていただけだ。人は人を殺すという現実から。それを止めることのできない私自身の弱さから・・・!口先で協力しようと言いながら、行動を抑えることなどできなかった!私は裏切り者などではない・・・最初から奴らの味方などしていなかったのだ!裏切る資格さえ、私には・・・!!」

 「勝手にヒートアップしてんじゃねえようるせえな。テメエの独白聞くために来たんじゃねえっつうの」

 「んっ・・・!す、すまん。周りが見えなくなるのは治そうとしているのだが・・・」

 「六浜、お前めんどくせえな」

 

 思ったことを率直に言った。こいつなら、その意味を理解すると思ったからだ。こいつはいつもそうだ。人の前に立ちたがって、人のことを気に懸け過ぎて、自分のことを責め過ぎて、関係ねえことにも責任を感じ過ぎて、後悔ばっかしてやがる。ムカつく奴だ。

 

 「お前よぉ、前から思ってたんだが、生徒会の役員なんだよな?学園の生徒会ってのはお前みてえな奴ばっかりか?」

 「い、いや・・・私のような若輩者なんぞより優秀な方はたくさんいらっしゃるぞ」

 「お前の肩書きなんっつったっけか?ナントカカントカ係とか」

 「希望ヶ峰学園生徒会・学生課生活指導係だ」

 「そりゃなんだ?」

 「学園生活を送る上で生徒が不自由をしないよう、また快適でいられるように学園と生徒との間を取り持つ、生徒会の中では最も一般性ととの関わりが多い仕事だ。また、素行不良の生徒への指導も行う。むしろその方がイメージとしては普及しているな」

 

 よくある生徒会のイメージ。風紀を守り、清く正しく美しく、真面目で誠実で、勉強をがんばって、みんな仲良く過ごして、素敵な学園生活を送り、人生における大切な青春の1ページを作りましょう、ってか。んな吐き気がするような爽やかさじゃねえにしても、そういうイメージでいいんだな。じゃあ俺の言いたいこと言っていいよな。

 

 「だったらなんでテメエはそんなに偉そうなんだ。俺はな、テメエみてえな奴が一番嫌いなんだよ」

 「へっ?」

 

 思った事をそのまんま、そいつにぶつけた。俺より目線が高えから偉そうっつってるわけじゃねえ。こいつ自身が、どう見ても偉そうに振る舞ってるからそう言ったまでだ。間抜けな声を出して六浜は明らかに動揺してた。意味が分からねえって面だな。

 

 「・・・ゴホン、偉そうに見えたか?」

 「見えるな。偉そうで、ふんぞり返って、俺みてえな何もできねえ奴を見下してやがる」

 「私はそうは考えないが」

 「テメエなんかに何が分かる。何も感じねえ脳内プラネタリウムは黙っとけ」

 「お前も変わらんな清水。“才能”への妬み嫉みは失せたと思っていたが」

 「他人に興味がわいただけだ。“才能”うんぬんの話はまた別だろ」

 「まあ、肩書きがある以上は偉そうと思われても仕方あるまい。お前が私を嫌う理由も理解できる」

 「いいや理解してねえ」

 「ほう。私が何を理解してないと?」

 「テメエ自身だよこの野郎。やたらめったら“才能”見せつけて周りを見下した上、生徒会かなんだか知らねえが上から指図なんかして挙げ句の果てにゃ謙遜通り越した嫌みで他人の劣等感煽りまくってくれやがったなぁオイ」

 「ずいぶんと早口で捲し立てるな。どれもこれも身に覚えがない」

 「だから分かってねえってんだよテメエは」

 

 自分でも不思議なくらいに言葉が出てくる。俺じゃねえ誰かが乗り移ったみてえだ。六浜もさっきの間抜け面から、既に議論モードに変わってやがる。だが俺はこいつと議論する気はねえ。かといって難癖つけるわけじゃねえ。どうとるかは六浜次第だ。俺は俺の言いたいことを言いたいように言うだけだ。

 

 「本心を言えよ。自分ならなんでもできると思ってんだろ?」

 「馬鹿な。私は何もできん。取り柄と言えば天気予報くらいだ」

 「本気を出せばなんでも解決できると思ってんだろ?その気になりゃ他人を思い通りにすることだってできんだろォ!?」

 「私に解決できることなど、私でなくても解決できる。人を思い通りに動かすことなどできてたまるか!人はそんなに簡単なものではない!」

 「自分の言うことに素直に従ってりゃ全員幸せになれるって思ってんだろ!?“超高校級の予言者”だもんなァ、未来が分かんだから自分の言うことが絶対正しいに決まってんだもんなァ!!」

 「私は予言者ではない!!未来に何が起きるかなど誰にも分からん!!」

 「だったらなんで全部背負い込みやがる!!!」

 「・・・ッ!!!・・・・・・?」

 

 しん、と空気が止まった。

 

 「お前は万能じゃねえ。誰かがお前に代わっても事足りる、他人を思い通りに動かせねえ、未来に何が起きるか分からねえ。俺らと何が違う?俺らとお前との違いはなんだ?」

 「・・・・・・私は、希望ヶ峰学園生徒会の役員として」

 「この合宿場でそんな肩書きに意味はねえ。それに俺は生徒会役員様におききしていらっしゃるわけじゃねえ、お前にきいてんだよ。六浜童琉さんよ」

 「・・・」

 「俺らと何も違わねえお前が背負い込むんだったら、俺ら全員も背負わなきゃなんねぇだろ。俺らは荷物持ちすらできねえ、むしろテメエがお荷物になってる赤ん坊か?ナメてくれんなよ」

 

 出そうになる言葉を抑えてるのか、返す言葉を必死に絞りだそうとしてんのか。六浜はまだ喋らない。

 

 「“才能”とか肩書きとかに責任感じんのは勝手だけどな、他人の責任まで背負うってそりゃ結局、何も持ってねえ俺をナメてるってことじゃねえのか?俺だって気絶したお前を運ぶくらいの根性はあらあ」

 「うむ、清水翔がいなければ観測器具の運搬も一苦労だ」

 「テメエは違う方向性で俺をナメてんだろ」

 

 どいつもこいつも、人が“無能”だからってナメやがってよ。まさかここまでとは思わなかった。ムカつくったらねえや。

 

 「お前、“超高校級の予言者”なんだろ?未来を100%的中させる現代の予言者、結構じゃねえか」

 

 もうこいつの顔は見たくねえ。今のところはな。

 

 「だったら過去(うしろ)ばっか見てねえで、未来(まえ)向けよ。重てえ荷物なら俺らが持ってやる」

 

 人形みてえにそこに突っ立ってるだけの六浜に、どこまで届いてるかは分からねえ。別に届いてなくてもいい。俺がムカついてることを言っただけだからな。これ以上この部屋に情報はなさそうだし、あっても問題ねえだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「やあ、清水クン。六浜サンとの話は済んだの?」

 「いつから聞いてた・・・」

 「『六浜、お前めんどくせえな』ってとこから」

 「ふざけんなテメエ!」

 「『だったら過去(うしろ)ばっか見てねえで、未来(まえ)向けよ。重てえ荷物なら俺らが持ってやる』。かっこいい〜!」

 

 こいつに聞かれてると知ったらあんなこと言わねえのに、それを分かってわざと盗み聞いてやがったなこいつ。

 

 「あと清水クンさ、敬語ぐらいはちゃんと使えるようにしようよ。きいていらっしゃるって・・・ボクあそこで一旦冷めちゃった」

 「うるせえな!用はなんだよ!」

 「あとの二箇所は調べ終えたよってだけ。ボクが調べたのは管理室。まあ、合宿場全体のインフラを管理してるところだね。電気・水道・ガスはもちろん、空調・エレベーター・植物園の育成環境、何から何までだよ。ちなみに使えそうな情報はナシね。一番奥は冷蔵室。食糧とか日用品とかが氷漬けになってた。穂谷さんがうっかり馬鹿でかいドライアイスに触っちゃってブツブツ文句言ってたよ」

 

 聞かれてたやら、モノマネがイラつくやら、仕事が早えやら、何をどういう順番で処理していいか分からねえ。だが処理しきれなくとも、期待してたことはなかったみてえだ。この地下エリアで得た情報らしい情報は結局、俺が資料室で見つけたことだけだ。それに、幸か不幸か、誰もここでは黒幕と鉢合わせなかったらしい。

 

 「ほらよ」

 「なにこれ」

 「お前が俺に話したことの証拠だよ。資料室にあった」

 「何の話だ?」

 「お前は見なくていい」

 「おむっ」

 

 ファイルを覗き込もうとする望月を制して、曽根崎と目線で話した。これは、俺と曽根崎だけが知ってればいいことだ。ファイルを一読した曽根崎は、ふっと笑ってファイルを閉じた。すべて分かっている、とでも言いたげな眼だ。

 

 「望月サンには話してないんだ?」

 「お前が秘密にしてること、俺が勝手に言うわけにいかねえだろ。面倒事なら尚更だ」

 「ありがと。それじゃ、みんな集めて上に戻ろうか」

 

 裁判場でモノクマが一方的に全面対決を宣言してから、もう随分と時間がたった。それでもまだモノクマは裁判開始を告げない。いや、告げられないんだろう。いまモノクマを操ろうとしたら、黒幕はどうしたって俺らの前に姿を現さなきゃならねえ。ここに交代で誰かを見張りにつけてりゃ、黒幕はずっと動けねえってことになるが、その程度のことを黒幕が想定してねえとは思えねえ。それにしても、捜査時間がえらく長いんだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 確か裁判の直後から捜査時間が始まって、裁判自体は朝からだったから、結局その日一日のほとんどが捜査時間だった。しかもまだ終わってねえ。モノクマは何をしようとしてるんだ?この時間の間に俺らが何かしねえって確信でもあんのか?モニター室や操作室まで手の内を明かしてそう思われてちゃ、俺らは相当ナメられてんな。

 

 「さてと、これからどうしようか?」

 「ひとまず集めた情報を整理しないか?いずれ来たる学級裁判では、我々全員が共有しておかねばならないことだ」

 「んー、でもまだ他にあるかも知れないよ?そっち探さない?」

 「そういうわけにもいかない。特に曽根崎、裁判場での続きを是非ともお前に聞きたい」

 「・・・」

 

 まただ。あの時と同じように、また曽根崎は目を逸らした。未来機関と“超高校級の希望”に関する話になると、途端に曽根崎は腰が引ける。俺に話すときの雰囲気もいつものふざけた感じとは違った。こいつにとってはそれくらい重てえもんってことか。

 

 「私は彼の秘密なんてこれっぽっちの興味もありません。話したければ勝手にどうぞ」

 「学級裁判に必要な情報であるならば、事前に共有しておかなければモノクマの後手に回る可能性がある。それは私たち全員にとって不都合なのではないか?」

 「・・・どうすんだよ」

 

 合宿場の全体を探した。新しく見つけた地下室も手分けして捜査したばっかりだ。これ以上の情報が転がってねえことは誰にだって分かる。曽根崎はなんとかして逃れようとしてたらしいが、この状況じゃ無理だろうな。曽根崎のことだ、俺は曽根崎に委ねる他ねえ。小声で言うと、曽根崎は顔色を変えた。

 

 「ボク、言ったよね?知る権利は尊重するよ。ただし、権利に見合う責任が果たせるならって。責任を果たすっていうのは簡単なことじゃない。もしかしたら、聞いた後で後悔するかも知れない。聞かなきゃよかったって思うかも知れない。それでももう後戻りはできない。知るってことは、絶対に取り戻せないギャンブルなんだよ」

 「構わん。いまさら何を重荷に感じようか。お前の態度から私が『予言』してしまう前に、話してくれ」

 「・・・それじゃ、先に答えてよ」

 

 直接問われてない俺でも、また寒気が走った。こいつがマジな表情でヘンな質問しやがるから、思わず身が強張る。聞いたが最後、絶対に逃げられねえことを改めて思い知らされるような、妙な感覚。六浜も穂谷も望月も、全員がその質問には同じ答えだった。

 

 「っぷ、はははっ。みんな清水クンと同じ答えじゃないか。うん、いいよ。死なないようにがんばってね」

 「質問の意味が理解できないのだが」

 「なんの質問なのですか?結局、話すのですか?話さないのですか?」

 「話すよ。希望ヶ峰学園と、未来機関と・・・“超高校級の希望”のこと」

 「“超高校級の希望”?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、六浜の目の色が変わった。まさかこいつも一枚噛んでやがるのか、とも思ったが、その後の曽根崎の話を聞いて、資料室で見つけたファイルを読んで、みるみるうちに表情が変わっていった。どうやらこの話は知らなかったらしい。穂谷は途中から話について行けなくなったように、自分の髪をいじってた。望月はうなずきながら聞いてたが、どこからどこまで理解してんのか分からねえ。

 一通りの話が終わった後は、情報をまとめて整理する・・・と思いきや、言い出しっぺの六浜が急に解散しようと言いだした。

 

 「・・・す、すまない。少し休ませてくれ」

 

 さすがの六浜でもここまでの情報量を一気に与えられちゃ混乱したのか、具合悪そうに言った。ファイルの全てに目を通しはしたが、この調子じゃ完全には理解しきれてねえんだろう。ふらつく足取りのままその場を去る六浜に続いて、誰からともなく、俺らは解散した。学級裁判のことなんて忘れたかのように、自然に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、俺は部屋じゃなくて、多目的ホールにいた。好きでいたわけじゃねえ。呼び出されたんだ。

 

 「お前が俺に何の用があるんだよ」

 「第一声がそれか。まったく・・・変わったのか変わっていないのか、分からん奴だ」

 「お前に分からねえことなんかあんのかよ。なんでも分かるんだろ?」

 「なんでもは分からん。分かることだけだ」

 

 ホールのど真ん中に立ってた六浜は、昼頃の青ざめた顔色は消え失せて、すっかり体調が元に戻ったらしい。あれからずっと休んでたんだ。一時の混乱も落ち着いたんだろう。今はずいぶんと血色がよくなって、いつもの凛とした気の強そうな表情に戻ってた。

 

 「用というほどでもないが・・・少し話をしておこうと思ってな」

 「話すんのにわざわざホールか」

 「狭い場所は落ち着かなくてな。すまんな」

 「まあ、別にいいけどよ」

 

 ホールの中は、外より風がない分だけいくらかマシな程度だと思ってたが、意外と温まってた。見たところストーブとかの暖房は入れてねえみてえだが、ずいぶんと気が利く。

 

 「ところで、少し暑くなってきたな。上の窓を開けてくれないか?風通しがよくなるように、少しだけでいい」

 「あん?暑いんなら自分でやりゃいいだろ」

 「・・・いや、お前にしてほしいんだ」

 

 真剣な眼差しで言ってくるもんだから、理由は分からねえが従っといた方がいいと感じた。別に上にあがって窓を開いてくだけだから、そんなに手間でもねえ。確かにホール内は温まってると言うよりも、少し暑いくらいだった。だったら空調切ればいいだろとも思うが、俺は深く考えずにホールの窓を開けた。

 ついでに足下の小窓もいくつか開けた。穏やかな風が抜けていって、空気が入れ替わっていくのが分かる。

 

 「なんだかんだで付き合いの良い奴だな。曽根崎も望月も、穂谷さえも、お前には心を開いているようだ」

 「買い被りすぎだ。あいつらはあいつらで勝手に俺に関わってきてるだけだ」

 「どちらでもいい。リーダーとはそういうものだ、自然と人を引き付け、支えとなり、導く者のことだ」

 「俺とは程遠いな」

 

 なんなんだ?呼び出したと思ったら急に俺を持ち上げやがって。何を考えてやがるか分からねえが、こいつは今更になって妙なことしだす奴じゃねえと分かる。何か狙いがあるな。

 

 「清水、私はな、お前の可能性に期待しているのだ」

 「あ?可能性?」

 「“超高校級の努力家”という“才能”、それはつまり、あらゆる可能性を内に秘めているということだ。お前は気付いていないのだろう」

 「・・・俺に“才能”なんかねえよ」

 

 なにかと思えば、“才能”の話か。俺がこの世で最も嫌いな、凡人が一生足掻いても越えられねえ壁のことだ。やっぱり俺はこいつみてえな奴が一番嫌いだ。天才は凡人を知ったように語りやがる。テメエの“才能”を差し置いて、同等の能力を求めやがる。

 

 「“才能”は持って生まれるものではない。“才能”なき者とは努力をしない者のことだ」

 「凡人の努力は天才の“才能”に簡単に捻り潰される。俺はそれを見てきた。凡人が努力で越えられるのは凡人だけだ」

 「天才などいない。知識と経験と技術、それを身につける努力の積み重ねこそが“才能”の姿だ。お前は“才能”を身につける“才能”を持っている」

 「そんなもんがあったら俺はなんでこんなことになってんだ!テメエに俺の何が分かる!」

 「何も分からんさ。だが、お前が己の力を見誤っていることくらいは分かる。清水翔、お前が思うより遥に、お前は力がある」

 

 こいつは、なんでここまで俺の癇に障ることを言ってくる?自分でも抑えきれねえ苛立ちが、自然と口を動かす。まるでこいつに操られてるように。そして脳みそは勝手に昔の記憶を甦らせる。クソほど腹立たしくなる出来事も、今でもぶん殴りたくなるような面も、大声で掻き消したくなる言葉も。

 

 「力があるだと?ふざけんな!テメエは熱出すくらい教科書読み込んだことあんのか!身体ぶっ壊すまで地味な筋トレしまくったことあんのか!学校中の奴らひとりひとりの名前覚えて挨拶回りしたことあんのか!全部ぶち壊されてきた!!“才能”ある奴らにだ!!俺が必死にしてきた努力を、“才能”は軽々越えていった!!それが現実だ!!努力なんかしたって無意味なんだよ!!虚しさしか残らねえ!!その上身勝手に叱られるんだ!!『なんで努力をやめた。もっとがんばれ』『あんなにがんばってたんだから次もがんばれ』『お前ならできる。今度こそできる』、無責任なんだよ!!励ましてるつもりの言葉がプレッシャーになるなんて気付かねえ自己満野郎なんかが、全てを否定されたこの感情に気安く触れるんじゃねえ!!」

 

 思わず声を荒げた。六浜は身じろぎ一つせずに聞いてた。自然と動いてた口はやがて静まり、俺は肩で息をしながら六浜を睨んだ。

 

 「・・・フンッ」

 「ありがとう」

 

 誰かにこんなにキレたのは久し振りな気がする。キレた後はいつも空気が淀んで、バツが悪くなる。こんなくだらねえ話なら、来るんじゃなかったと背を向けてホールから出ようとした。そんな俺に、六浜は短く言った。

 

 「やっとお前の声を聞けたぞ、清水」

 「気のせいだろ」

 「失敗は成功の母、挫折は達成の元、苦節は栄光の糧・・・やはりお前は信頼できる」

 「俺は成功にも達成にも栄光にも興味がねえ」

 「それらは得てして、興味のない者がいつしか手にするものだ。頼んだぞ・・・お前には、重い荷物を背負わせることになるが」

 

 それだけ言って、六浜は話を終えた。素振りも顔も見えなかったが、雰囲気だけでそれは分かった。さっきまでの怒りがウソみてえに、なんだかスッキリした気分だ。抱え込んでたもんを全部投げ捨てて、手ぶらになったような。妙な気分だが、重てえ荷物持つのにはちょうどいいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 っぷ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うぷ、うぷぷ、うぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷ!!!!ぶひゃ、ぶひゃ、ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なん・・・で・・・!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんで・・・なんでだ!!!!!なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでウソだウソだウソだうそうそうそうソウウソウソウソウソウソウ嘘嘘嘘嘘嘘嘘ッ!!!!あり得ないあり得ない絶対絶対ウソに決まってるこんなことウソだバカげてる夢だ夢夢夢夢夢夢こんな・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冷たい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『死体が発見されました!死体が発見されました!死体が発見されました!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死体?死体・・・死体死体死体死体死体死んでる死んでる死んだ死んだ死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たのむからウソだと言ってくれ

 

 

             起き上がって、冗談だと笑ってくれ

 

 

                           お前がいなくなったらどうすりゃいいんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なあ・・・答えてくれ、六浜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り4人

 

  清水翔  【六浜童琉】 【晴柳院命】   【明尾奈美】

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎   【笹戸優真】

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

【屋良井照矢】【鳥木平助】 【滝山大王】【アンジェリーナ】




よいお年を。2016年を越えられなかった彼・彼女らに合掌


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

殺意編

 

 「ッソがあぁ・・・!!!クッソがあああああああああああああああああッ!!!!」

 

 俺が吐き出したものは、ホールの壁に反響してあえなく消えた。いくら喉を痛めても、床を踏みつけても、手のひらに爪を食い込ませても、目の前の現実は無情だ。そこにある死は鮮やかに脳裏に張り付いて、真っ暗な闇が背後に忍び寄るような不安を押し付ける。これが絶望だ。

 

 「・・・?おい、清水翔」

 「ふざけんなよ!!もう終わりじゃなかったのかよ!!モノクマと裁判して終わりじゃねえのかよ!!なんでまだ死人が出なきゃならねえんだ!!!」

 「ハハハハハ!!アハハハ!!ハハハ、ハハ・・・なんですかこれは?六浜さん?死体というのは・・・彼女のことですか」

 「ッ!!テメエ!!!嘲ってんじゃねええええええッ!!!」

 「あ゛あぅっ!!」

 

 思わず手が出た。ただただ悪意しかない笑い声と、冷酷な言葉に。今まで何度も見てきた奴らと同じように、俺もそうなってたんだろう。冷たいほどの悲しみと、血が沸き立つような怒りと、何かに突き動かされて勝手に動く身体。曽根崎と望月に二人掛かりで押さえ込まれて、ようやく落ち着きを取り戻した。

 

 「ハァッ!ハァッ!」

 「清水クン、落ち着いて。動揺する気持ちは分かるけど、それじゃダメだって分かるでしょ?」

 「大丈夫か、穂谷円加」

 「い、痛い・・・!このわ、私にぃ!!手をあげるとは!!」

 「どうどう」

 「裏切り者が死んだのです!笑わずにいられましょうか!」

 

 俺を挑発するように穂谷はまだ六浜を嘲る。曽根崎に襟首さえ掴まれてなきゃ、何してたか分からねえ。冷たくなった六浜を前にして、冷静に考えて行動することなんて無理だった。なのに、奴は何度目か分からねえ同じことを繰り返し、繰り返させる。

 

 「ハイハイハーーーイ!ストップストップ穂谷さん!清水くん!このままじゃまた人が減りそうだからそこまでにしといて!」

 「モノクマ・・・!!大人しくしてたと思ったら、これはどういうつもり?」

 「ん?質問の意味が分からないなあ曽根崎くん!どういうつもりも何も、ボクは相変わらずオマエラのことを見守ってただけだよ!そこで何が行われようとも!」

 「・・・」

 「それにしても、裏切り者の六浜さんが死んでこんなにみんなが混乱するとはね。やっぱキャラは第一印象が大事だよね!裏切り者だろうが殺人鬼だろうが黒幕だろうが、第一印象がキャラのほぼ全てを占めるよね!」

 「失せろ!!」

 「ヒ、ヒドイ言い草・・・!綿のハートに突き刺さるゥ!!はいはい、モノクマは去りますよ。ファイルは生徒手帳に送っておいたから」

 「ファイルがあるということは、やはり・・・」

 「モッチローーーン!!オマエラには最終決着の前に、もう一度学級裁判をしてもらうよ!六浜さんを殺した犯人が誰なのかを、オマエラだけで!」

 「ッ!?ッだと!!ふざけんな!!話がちげえだろ!!」

 「話が違うはこっちのセリフだっつーの!!わざわざボクとの最終決着の場を設けてやったのに、オマエラはそれを無視してまたコロシアイをしたんだ!せっかく用意したお年玉を携帯ゲームのガチャに突っ込まれた気分なんだよ!!」

 「痛み入ります!!」

 

 俺以外の奴らは特に動揺した素振りもなく、モノクマの言うことを受け入れた様子だ。ふざけんな、晴柳院が犠牲になった裁判が最後じゃねえのか。モノクマを直接ぶっ飛ばす裁判になるはずじゃなかったのか。

 

 「ま、なんだかんだ五回連続正解で生き残ってるオマエラだし、こんな事件はテキトーにこなしちゃって、さっさとボクに挑戦しておいでよ」

 「簡単に言ってくれるね」

 「うぷぷ!じゃ、また後でーーー!!」

 

 言うだけ言って、モノクマはさっさと行っちまった。ふざけた話だ。俺たちの中にまだこんなことをする奴がいるなんて信じられねえ。たった四人になって、自分の隠れ蓑なんてほとんどねえのに、バレないまま学級裁判を生き延びるなんてことできるわけがねえ。どいつか知らねえが、そいつこそ立派に裏切り者だ。正体暴いて地獄に叩き落としてやる。

 

 「離せ、曽根崎」

 「大丈夫?」

 「ああ。やらなきゃしょうがねえだろ。クロが合宿のルールで六浜殺して出てこうとしてんなら、俺は同じルールでクロをぶっ殺してやる」

 

 どうせ逃げ場はねえんだ。俺たちにも、クロにも。それじゃあ、捜査を始めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《捜査開始》

 

 

 「モノクマファイルは・・・相変わらず情報が少ねえな」

 「情報が少ない、ってことも情報だよ。それにしても、外傷がまったく無いっていうのは気になるね」

 

 七つ目になったモノクマファイルには、六浜の死体の写真と死の状況がざっくりとした情報とともに載っていた。唯一の情報といえば、六浜の身体には何の外傷もなく、きれいな状態だったってことぐらいだ。それでも、血の色がなくなって蝋人形みてえに白くなった肌を見ると、その死がじんわりと心臓を締め付けるような気がしてくる。間違いなく、六浜は死んでる。

 

 「多目的ホールって、夜時間は鍵がかかってんじゃなかったか?」

 「そういう決まりはないよ。内扉の鍵をいつもかけてただけで。まあ、夜時間に多目的ホールに行くのも怪しいし、万が一のためだったんだろうね」

 「その鍵はどこにある」

 「これだよ。普段は六浜サンが管理してたんだけど・・・」

 

 そう言って曽根崎はポケットから鍵を取り出した。外の鉄の扉に鍵はないが、内側の木製の扉は簡単な鍵がかけられるようになってる。六浜が見回りついでに施錠してたらしいが、その六浜はホールの中で死んでた。妙だな。

 

 「ねえ清水クン、ボクはちょっと他のところを捜査しに行きたいから、ここの捜査は任せてもいい?」

 「他のところ?どこだ」

 「気になるところがいくつかあるんだ。捜査時間もあまりなさそうだし、頼むよ」

 「まあ、別に構わねえが」

 

 多目的ホール以外に捜査する必要のある場所なんて浮かばねえが、曽根崎の勘はよく当たる。こいつが犯人だって可能性もなくはないが、ここまで来てこんなことするほどバカじゃねえとも思える。どっちにせよ人手が少ねえ。任せてもいいか。

 

 「それじゃ、また後でね」

 

 それだけ言うと、曽根崎は足早に多目的ホールを去って行った。俺はそれを見送るまでもなく、ホール内におかしなところはないか見渡した。フロアに色とりどりのテープでラインが引かれてる意外には何もない。ど真ん中に倒れた六浜の死体を除けば、特に異変はないように感じる。

 

 「ん?」

 

 ぶるっ、と身震いして気が付いた。上の窓も下の窓も開けっ放しだ。外からの風がホール内を巡って外へ出て行く。だから肌寒いんだ。そういえば、昨日六浜と話した時に窓を開けさせられたんだったな。こいつはあの時からずっとここにいたんだろうか。もしあの時、俺が帰らずにいたら、こいつが死ぬこともなかったんだろうか。

 そんなことを考え始めるとキリがねえ。意味なんかねえって何度も思い知らされてきたはずだ。今は、ただ目の前の事実だけを受け止めてりゃいい。

 

 「窓は開けっ放し・・・なのに、なんなんだこの暑さ」

 

 ホール内は風が吹くと震えるほど寒くなるが、すぐに暑いくらいの空気に取り囲まれる。自然にこんな気温になるわけがねえ。空調が操作されてやがるな。ただの暖房なら六浜が付けたで済んだんだが、ここまで暑くする必要があるのか?

 

 「空調は確か・・・あの地下室でコントロールしてるんだったな。後で調べてみるか」

 

 目には見えないことでも重要なことがある。少しでも違和感を覚えたら逃さず覚えておかねえと、後で泣くのは自分だ。それはさておき、事件が起きたら必ず、捜査しなきゃならねえもんがある。目の前で横たわってる、変わり果てた姿の六浜だ。

 

 「・・・むつ浜」

 

 すかさず否定するあいつの声はもう聞こえない。冷たい床にうつぶせのまま、藻掻くような体勢で動かなくなった六浜の肌は、蝋燭のように白い。血の通わねえ人間の肌は、寒気を覚えるほど無機質な色になる。そんな六浜の手を取って、俺は六浜を調べた。と言っても、モノクマファイルにほとんどのことは書いてあるから、持ち物を調べるくらいしかやることはねえが。

 

 「・・・ん?」

 

 六浜の遺留品には別に事件の手掛かりになりそうなものはなかった。出て来たものといえば、ボールペンとメモ帳くらいだ。これが手掛かりになるとは思えねえが、遺留品は遺留品だ。一応覚えとくか。

 

 「相変わらずモノクマファイルは情報不足が否めない。私も直に六浜童琉を捜査したいのだが、いいか?」

 「好きにしろ」

 

 いちいち俺の了解なんかいらねえだろ。望月は死んだ六浜を前にしてもまったく動じず、その顔を覗き込んだ。目を閉じて静かに眠ってるようにさえ思えるほどの無表情だった。望月はその後、六浜の髪を触った。モノクマファイルには白い粉末がくっついてると書いてあるが、確かに半透明な粒がついてる。なんだこりゃ。

 

 「これが例の粉末か・・・どれ」

 「ッ!!?」

 

 望月は、六浜の髪からひとつまみそれを取ると、なんの躊躇いもなく舐めやがった。気持ち悪さと驚きで、思わず後ずさっちまった。普通こんな得体の知れねえもん舐めるか!?

 

 「ほう」

 「お、お前・・・正気か!?毒とかだったらどうすんだ!」

 「食塩だ」

 「あぁ!?」

 「ただの食塩に過ぎないが・・・それがなぜ頭髪に付着しているのだろうか」

 

 俺の言葉を無視して望月は一人で考える。白い粒の正体よりこいつの行動の方がよっぽど意味分かんねえ。得体の知れねえもんを、しかも死体の髪についてたものなんか普通舐めねえだろ。それで死なれてもどうすりゃいいか分からねえ。そもそもなんで俺がこんな奴のことを心配しなきゃならねえんだ。

 

 「ふむ、では後はあそことあそこを捜査して・・・」

 

 ぶつぶつ何か言いながら、望月は多目的ホールを出て行った。俺のことはさっぱり無視して、捜査のために気になるところを調べに行った。なんなんだあいつ。いい加減にしろ。もうどうでもいい、俺は俺で六浜を調べなきゃならねえ。

 冷たい肌の質感が、改めて六浜の死を否応なく実感させる。なんでこいつが死ななきゃならなかったんだ。俺は結局、こいつが背負ってた重荷の一つも背負わせてもらえなかった。全ての重荷を抱えたまま、こいつは死んだんだ。最期の瞬間、どんな想いだったんだ。

 やっと楽になれると清々しかったんだろうか、無責任に死んじまうことを悔やんでたんだろうか、ただただ死の恐怖に怯えてたんだろうか。それさえも分からないまま、俺らはこいつの死と向き合うことを強いられてる。向き合うことでしか、こいつに顔向けできねえ。

 

 「・・・今更言っても遅えよな」

 

 まだこいつに言わなきゃならねえことはあった。けど、それはもう意味を成さない。これは俺が抱え込んでりゃいいことだ。んなことより、今は捜査だ。いつかの六浜の二の舞にはならねえ。

 現場の捜査はあらかた終わったが、これだけで済むような事件じゃねえはずだ。それに、もし犯人が短い時間の中で犯行をしたのなら、この近くに証拠品を処分してる可能性は高い。現場だけじゃなくその周辺も捜査しておくべきだ。

 

 「?」

 

 案の定だ。多目的ホールの舞台袖、スポーツ用品が仕舞われてる小せえ倉庫に、バケツが落ちてた。このバケツには見覚えがある。ホール横の掃除用具庫にあった物だ。本当なら、こんなところにあるものじゃねえ。

 

 

獲得コトダマ

【モノクマファイル7)

場所:なし

詳細:被害者は“超高校級の予言者”六浜童琉。死体発見場所は多目的ホール。死亡推定時刻は午前1時ごろ。目立った外傷、衣服の乱れ、薬物を服用した形跡は一切ない。頭髪に白い粉末が付着している。

 

【多目的ホールの鍵)

場所:多目的ホール

詳細:多目的ホールの内扉を開閉する鍵。六浜が管理していたが、死体発見時には曽根崎が持っていた。

 

【全開の窓)

場所:多目的ホール

詳細:死体発見時、多目的ホールの窓はすべてが開放されていた。外から風が吹き込んできて風通しがよくなっている。

 

【室温)

場所:多目的ホール

詳細:ホール内は空調が効いていてとても暖かく、よく乾燥している。窓が開けられていてわかりにくいが、温度の設定はかなり高めにされている。

 

【六浜の死体)

場所:多目的ホール

詳細:血の気が引いて冷たく硬直しているが、死斑以外に目立った外傷などはない。髪の毛に付着していた白い粉末は塩。

 

【六浜の遺留品)

場所:多目的ホール

詳細:六浜が使用していたボールペンと小さなメモ帳。見た目だけは立派なモノクマブランド。

 

【バケツ)

場所:多目的ホール

詳細:多目的ホール内の用具倉庫にて発見。本来はホール横の掃除用具入れにあるはずの物。底に水滴が残っており、使用した形跡がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 多目的ホールで気になるのはこの辺か。いつの間にか、穂谷もどっか別の場所に捜査に行ったらしい。俺が出て行くと多目的ホールには誰もいなくなるが、調べることは全部調べた。時間も限られてるわけだし、さっさと次の捜査場所に行くか。ちと遠いが、例の地下室に行くか。多目的ホールだけじゃなく合宿場の空調設備は全部あそこで管理されてたはずだ。多目的ホールのあの妙な室温の謎が解けるかも知れねえ。

 埃臭え倉庫を通り過ぎて、下手をすると気が狂いそうな真っ白な地下室に来た。空調をはじめとしたあらゆる電子機器を管理してる管理室に入ると、もうそこには先客がいた。こいつがいるとは予想外だ。てっきり近場しか捜査してねえんだと思ってたが。

 

 「お前がいるとは思わなかった、穂谷」

 「いては迷惑ですか?」

 「別に」

 

 薄暗い部屋の中でやつれたこいつがぽつんと立ってると、なんとも言えねえ静かな迫力がある。だが、一人でこんなところまで来れるってことは、前みてえなトチ狂った行動は収まったのか?

 

 「多目的ホールの空調は確かにここで操作されています。誰にでも操作が可能だったようですね」

 「そりゃ、あの気温が六浜殺しに関係してると思ってるってことか?」

 「あら、その程度のことも分からないのですか?モノクマは私たちの生活に関してはかなり気を配っていました。あんな乾燥して気温の高い不快な空気、誰かが操作したとしか思えませんわ。そうでしょう?」

 

 その程度のこと、俺にだって分かる。だが分からねえのは、穂谷がいつの間にか完全に元の調子に戻ってるってことだ。鳥木が死んでからのあれはなんだったんだ。

 

 「ずいぶんと調子がいいみてえだな、女王様よォ」

 「はい?なんですか?」

 「つい昨日までのキチガイっぷりがウソみてえだっつってんだよ。まあ、ずっとあの調子よりはマシだが・・・どういうつもりだ?」

 「どうもこうも、私は決めたのです。こんなところに閉じ込めた黒幕を見つけ出してやると。彼を、平助さんを死に追いやった者を許さないと・・・!必ずこの手で・・・!!」

 

 立ち直ったわけじゃねえんだな。鳥木が死んだのはあいつが明尾を殺したからだ。だが、そんな状況を作ったのはそもそも穂谷が妙な隠し事をしてたせいだ。憎らしそうに言う穂谷に微妙な感情になったが、あのままよりは同じ方向を向いて立てる方がまだいい。

 

 「それに、彼が仰ったんですよ。もうコロシアイは起こさないで欲しいと。だからこのコロシアイを終わらせるために・・・できることをするしかないでしょう?それが私の、彼の気持ちに応えるただ一つの方法なのだから・・・!!」

 「笹戸が余計なことする前にそうなってりゃよかったな」

 「彼らには興味がありませんでしたので」

 

 元に戻ったというより、前よりサイコな面が強くなっただけかも知れねえ。ただ、その殺意が黒幕に向いてんのなら俺らにとっちゃ好都合だ。

 

 「清水くんは私のことを信用されていないようですね」

 「まあな」

 「当然ですね。これまで私は貴方がたに敵意しか向けてきませんでしたから・・・」

 「俺が言えたことじゃねえが、仕方ねえな」

 「貴方がたの、私に気に入られる努力が足りないのではありませんこと?」

 「マジか。逆の流れだと思ってた」

 

 どうも反省してねえらしいな。やっぱり俺の言えたことじゃねえが、こいつには協調性ってもんがまるでねえ。だがまあ、敵じゃねえなら別にいい。

 

 「ところで、多目的ホール以外に操作された空調はあるか?」

 「どうごご覧になってください。過度の暖房機能も乾燥機能も、多目的ホール以外には働いていません。それに多目的ホールにはその二つ以外の空調機能は働いてないようです。まあ、犯人が六浜さんを殺した後で元に戻しただけかも知れませんが」

 「妙なことするんだな」

 

 やっぱあの室温はここで意図的に操作されたもんか。誰がどういう意図でやったか知らんが、元に戻さなかったってことは、あの室温は殺人に必要だったってことか?

 

 「それと、大したことではないかも知れませんが、六浜さんの部屋には行きましたか?」

 「あ?」

 

 

コトダマアップデート

【室温)

場所:多目的ホール

詳細:ホール内は空調が効いていてとても暖かく、よく乾燥している。窓が開けられていてわかりにくいが、温度の設定はかなり高めにされている。空調機能を管理している管理室は誰でも入ることができ、そこで暖房と乾燥機能のスイッチが入れられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事件に関係してそうな場所は一通り調べたが、曽根崎と望月はそのどちらの場所にもいなかった。どっか別に、手掛かりが残されてる場所があるってのか?思い当たる場所といえば、被害者である六浜の個室だ。穂谷はそこで何か見たらしいが、手掛かりになるかも知れねえ。ひとまず寄宿舎まで戻った。

 六浜の部屋に入るのははじめてだったな。よく掃除が行き届いてて、物が整理されてる。他の女子の部屋は知らねえが、やたらと少女趣味なもんはない。あるのは無機質な事務用品ばっかりで、あいつらしいと言えばあいつらしい。

 

 「花?」

 

 そんな部屋だからか、小さなテーブルの上に飾られた白い花がやけに目につく。浅い皿に薄く水を張って活けられてるが、普通こんなもん部屋に置くか?あいつが部屋に花を飾るような奴とも思えねえし、水や花がまだ新しい。

 

 「これがなんだってんだ」

 

 穂谷が言ってたのはたぶんこれのことだろう。けど意味が分からねえ。妙っちゃ妙だが、これが事件に関係してるとは到底思えねえ。まさか花を凶器にしたわけでもあるまいし。

 

 「無駄足だったか」

 

 他に気になるところはねえし、タンスやベッドの下を調べてみても特に怪しいものは出て来なかった。この場所の捜査は打ち切って、もう一度多目的ホールの六浜を調べに行こうと廊下に出た。そしたら寄宿舎の出入り口で、望月と鉢合わせた。

 

 「清水翔か。六浜童琉の個室でも捜査していたか?」

 「そうだが、お前はどこ捜査してんだ」

 「少し気になったことがあってな。なぜ動機が与えられなかったにもかかわらず殺人が発生したのか・・・あるいは我々の関知しない間に、誰かが動機を得た可能性もある。そして、各人が最初に配られた動機は保有したままではなかったかと思い出した」

 「それを調べてたのか。まあ、最初の動機でいまさら人を殺すなんてのも妙な話だが・・・なくはねえな」

 「しかし、私のもの以外は発見できなかった」

 「なんだそりゃ」

 

 そう言う望月の手には、例の動機のビデオがあった。その内容も気になるが、今は六浜の事件だ。結局、寄宿舎には大した手掛かりはなかったみてえだ。

 

 「他に手掛かりがあるとすれば・・・資料館などはどうだろうか」

 「あんな場所に何があるんだよ」

 「六浜童琉は、曽根崎弥一郎から希望ヶ峰学園や未来機関についてを聞いた次の日に殺害された。犯人が曽根崎弥一郎の話に何か感化された可能性は十分に考えられる。資料館にはそれに関連する資料が蔵されていたはずだ」

 「・・・」

 

 なんとなく、今の話の流れに作為めいたものを感じた。殺しが起きた時、いつもモノクマは動機を与えてた。だが今回の事件に関しては動機は発表されず、むしろモノクマは最終裁判だと言って生存者全員と学級裁判で戦うつもりだった。だが、もしかしたらこの事件の動機は・・・。

 

 「時間は限られている。行くぞ、清水翔」

 「ん、お、おう」

 

 望月に声をかけられて、俺の思考は強制的にストップした。いつ終わってもおかしくねえ捜査時間に、考えて立ち止まってる暇なんかねえ。とにかく手掛かりをかき集めるんだ。

 

 

獲得コトダマ

【白い花)

場所:六浜の個室

詳細:白い花びらで中心が黄色い花。もともと六浜の部屋にあったものではなく、新しいものである。合宿場に自生している種類ではない。

 

【望月の動機ビデオ)

場所:なし

詳細:コロシアイ合宿生活でモノクマから最初に配られた動機のビデオ。望月のものには、望月にそっくりだがまったく異なる性格の人物が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 積み上げられたファイルは崩れそうで、整理されてねえように見える。なのに曽根崎は、必要なものをその山から一発で引き出して開く。

 

 「ここに仕舞われてたファイルはこれで全部だよ。モノクマが最後に配ったファイルは、ここにあるファイルをまとめたものだね。どれもこれも希望ヶ峰学園にとっては、1ページでも流出したら大火傷なものばっかりだ」

 「これで全部なのか?」

 「うん、これで全部」

 「そんなものがなぜここに集められているのでしょう?モノクマは希望ヶ峰学園にとってどういう存在なのですか?」

 「知らねえよ。俺はこんなもん調べにきたわけじゃねえんだよ」

 

 資料館には曽根崎がいて、地下室を調べ終わった穂谷も来てた。図らずも全員集合ってわけか。ただ、このファイルは、モノクマとの最終決戦で必要になるもんだ。いま、俺らは六浜を殺した犯人を見つけなきゃならねえ。こればっかりに構ってる暇はねえんだ。

 

 「やはり、“超高校級の絶望”とやらが関わっているのではないですか?」

 「どうかな。それはここで考えてても仕方ないことだと思うよ。取りあえずボクは、この資料も事件の手掛かりとして持って行こうと思ってる。みんな手伝ってね」

 「これらが六浜童琉殺害に関係しているということですか?」

 「ないとは言えないはずだよ」

 

 さっき望月が言ってたように、六浜が死んだのは曽根崎からカムクライズルの話が出て翌日だ。六浜を殺した奴は、その話で何かに気付いたか、それとも六浜が何かに気付いて口封じに殺したか。“超高校級の絶望”やら未来機関やら、わけの分からねえ組織が絡んできて頭が痛くなってくる。

 まあ、今までだって動機を考えたって大した手掛かりにはならなかったんだ。人が人を殺す理由なんて色々だって、5回も繰り返してりゃイヤでも分かることだ。しかし困った。もうこれ以上の手掛かりがある場所なんて思い付かねえぞ。

 

 「ん?おい曽根崎、これはなんだ?」

 「ああ、それ?ボクが来た時にはもうあったよ」

 

 資料館の机の上に、あるページを開いたまま伏せられているハードカバーの本。タイトルは『人類の生活』。どうやら人類が生まれてすぐの古代文明の生活から、現代までについて書かれてるらしい。ずいぶんと分厚い。開かれたページのまま、本をひっくり返す。インドあたりの文明での生活が書かれてた。機械もなしに、飲み水を確保したり氷を作ったり物を運んだり灯りを点けたり・・・別段興味もねえが。

 

 

獲得コトダマ

【“超高校級の絶望”)

場所:なし

詳細:旧希望ヶ峰学園での事件を発端として人類を壊滅寸前まで追い込んだ、人類史上最大最悪の絶望的事件を引き起こした主犯格。江ノ島盾子個人を指す場合もあれば、彼女を崇拝する集団や思想そのものを指す場合もある。新希望ヶ峰学園ではかつての勢力は見る影もなく、細々と活動する数名が残るだけである。

 

【『人類の生活』)

場所:資料館

詳細:四大文明や幻の古代文明などの生活から現代までについてまとめられた学術的にも価値の高い1冊。インドで栄えた文明の生活様式について書かれたページを開いて伏せて置かれていた。象が踏んでも潰れないハードカバーで綴じてある。

 

 

【スペシャルファイル①『新希望ヶ峰学園における“才能”研究の概要』)

場所:食堂

詳細:希望ヶ峰学園は、人類の希望を保護し育む希望の学府であり、教育施設であると同時に研究施設である。

 学園の創始者である神座出流は、人の持つ“才能”の研究を行っていた。“超高校級”と呼ばれる生徒たちはみな“才能”に溢れ、未来人類の希望であると同時に学園にとっては興味深い研究対象である。この研究の目的は、人の持つ“才能”を完全にコントロールすることである。すなわち、内に眠る“才能”を引き出し覚醒させるだけに留まらず、“才能”を個人から抽出あるいは個人に付与することをも可能にすることである。これは言わば、“才能”の物質化である。あまねく人々は、自らの望む“才能”を得ることができ、また持て余す“才能”を他者へ分け与えることができるようになる。これこそ、新たなる人類の進化の形と言えよう。故に希望ヶ峰学園は未来の希望である“才能”を保護し育む機関であると同時に、希望ヶ峰学園そのものが人類の希望となるのである。

 この研究の最終的な目標は、ありとあらゆる“才能”を有した人間を造り出すことである。神座出流はそれを、“超高校級の希望”と呼んだ。しかし旧希望ヶ峰学園は“超高校級の絶望”との争いの中で、志半ばでその研究を断念せざるを得なかった。

 

 

【スペシャルファイル②『希望プロジェクト プランD経過報告書』)

場所:資料館

詳細:XXXX/〇〇/△△ 報告者:晴貫 邑吉  被験者:(真っ黒に塗り潰されてやがる)

  ①前回からの経過

  AH-0625による変化は少しずつ、しかし確かに表れています。課題であったプランへの疑念は軽減あるいは消失したものと思われ、それ以外にも言動・思考に変化が表れ始めています。“才能”の伸長という点においては非常に大きな結果を残しています。定期健診の点数も日が経つに連れて向上し、既に入学時の2倍に及ぶポイントを示しています。

  また、抗絶望性は基準値を大きく上回る値を示しており、旧学園における験体『(ここも真っ黒だ)』や他験体で課題となっている抗絶望性に対する一つの解決策を提示しているものと考えられます。

 

  ②プランの問題点または失敗点

  定期的な投薬による身体への影響が懸念されます。現時点で確認できる身体的異常はありません。一方、AH-0625の効果による精神的変化から、複数の生徒に怪しまれています。以前に報告した、引地佐知郎からのマークが懸念されています。

 

  ③その他の報告事項

  引地佐知郎の他に、不穏な動きを見せている生徒がいます。詳細は添付の資料をご確認ください。

 

 

【スペシャルファイル③『コロシアイ』)

場所:発掘場

詳細:・コロシアイ学園生活

 人類史上最大最悪の絶望的事件による世界の崩壊から“才能”あふれる希望ヶ峰学園生を守るため、当時の希望ヶ峰学園学園長、霧切仁氏は生徒の了承の下で、彼らを希望ヶ峰学園に幽閉した。彼らは外部からの影響を受けず、また外部への影響を与えることもなく、学園の中で人類の希望を保持し続けるという計画であった。

 しかし、学園内に残った生徒の中に身を潜めていた江ノ島盾子と戦刃むくろにより、希望のシェルターは絶望のコロシアイ場へと姿を変えた。江ノ島盾子は共に幽閉されたクラスメイト全員の記憶を奪い、外へ出ようとする彼らの感情を煽りコロシアイを強いたのである。結果として江ノ島盾子は自害し、超高校級の絶望の根源は絶たれたが、彼女を含め10名の死者を出す大惨事となった。

 次のページより、コロシアイ学園生活内に死亡した生徒の詳細を記述する。

 

 【舞園さやか】 死因:腹部を刺されたことによる失血

 “超高校級のアイドル”。桑田怜恩の殺害を計画するも反撃に遭い、桑田怜恩によって殺害される。中学時代の同級生でありクラスメイトの苗木誠に濡れ衣を着せようとするが、自身が死亡したことによりトリックが未遂に終わり、失敗する。

 

 【戦刃むくろ】 死因:全身を槍で貫かれたことによる出血性ショック死

 “超高校級の軍人”。“超高校級の絶望”メンバーであり、江ノ島盾子の姉。江ノ島盾子による処刑のデモンストレーションにより死亡。江ノ島盾子になりすましてクラスメイトに接触し、死亡することによって江ノ島盾子が全ての黒幕であるという事実を隠匿するために参加していた模様。頭部が一部焼失している。

 

 【桑田怜恩】 死因:全身の粉砕骨折と打撲

 “超高校級の野球選手”。舞園さやかを殺害したため、処刑される。

 

 【不二咲千尋】 死因:頭部殴打による心機能の停止

 “超高校級のプログラマー”。大和田紋土によって殺害される。自身の死を予測し、事前に人格をプログラミングにより再現し、アルターエゴを作成する。江ノ島盾子は後にこれを利用し、コロシアイ修学旅行を引き起こす。

 

 【大和田紋土】 死因:内臓破裂と全身四散

 “超高校級の暴走族”。不二咲千尋を殺害したため、処刑される。壮絶な処刑が行われたため死体が原形を留めていない。

 

 【石丸清多夏】 死因:脳挫傷

 “超高校級の風紀委員”。山田一二三によって殺害される。

 

 【山田一二三】 死因:脳挫傷

 “超高校級の同人作家”。安広多恵子に石丸清多夏の殺害を教唆され、実行後に安広多恵子によって殺害される。

 

 【安広多恵子】 死因:轢死

 “超高校級のギャンブラー”。山田一二三を殺害したため、処刑される。

 

 【大神さくら】 死因:毒物の摂取

 “超高校級の格闘家”。自ら毒物を摂取し、死亡。死亡直前に葉隠康比呂・腐川冬子・朝日奈葵と会い前2名から頭部に殴打を受けるが、死に至るものではなかった。

 

 【江ノ島盾子】 死因:多様な傷痕があり、また死体の損傷が激しいため検証不可。

 “超高校級の絶望”。自分自身を処刑にかけ、死亡。通常の肉体ではあり得ないような傷痕が複数みられ、死亡当時の状況の詳細は解明途中である。記憶操作の研究を幇助した松田夜助を殺害したことが確認されている。また、験体『(ここも読めねえ)』に自らの絶望性を一部移植したとの研究結果がある。

 

 ・コロシアイ修学旅行

 未来機関が作製した『希望更正プログラム』によって、江ノ島盾子の手で絶望に堕とされた旧希望ヶ峰学園77期生を“超高校級の絶望”から更正させようという計画が執り行われた。この計画を主導したのは、先のコロシアイ学園生活を生き延びた者のうち、苗木誠・霧切響子・十神白夜の3名である。

 仮想空間内で共同生活を送ることで汚染された精神を矯正する目的で行われたものであったが、このプログラムが執り行われる直前、77期生の一人である日向創がプログラムにバグを混入させた。このバグこそが、不二咲千尋が発明したアルターエゴを改造した、江ノ島盾子のアルターエゴである。これにより、『希望更正プログラム』は江ノ島盾子に乗っ取られ、77期生は電脳空間内でコロシアイをすることになる。

 次のページより、コロシアイ修学旅行内に死亡した生徒の詳細を記述する。

 

 【(読めねえ)】 死因:脳機能の停止

 “超高校級の詐欺師”。花村輝々によって殺害される。プログラム内では、腹部を刺されたことで死亡処理が行われている。常に自分以外の他者の姿を模倣しており、プログラム内では十神白夜の姿に変装していた。

 

 【花村輝々】 死因:脳機能の停止

 “超高校級の料理人”。(読めねえ)を殺害したため、処刑される。プログラム内では、急激に高熱に晒されたことで死亡処理が行われている。

 

 【小泉真昼】 死因:脳機能の停止

 “超高校級の写真家”。辺古山ペコによって殺害される。プログラム内では、頭部を殴打されたことで死亡処理が行われている。プログラム内で、九頭龍菜摘の事件に関与している証拠が発見される。

 

 【辺古山ペコ】 死因:脳機能の停止

 “超高校級の剣道家”。小泉真昼を殺害したため、処刑される。プログラム内では、全身を刀で刺されたことで死亡処理が行われている。プログラム内で、九頭龍菜摘の事件に関与しているとの証拠が発見される。

 

 【澪田唯吹】 死因:脳機能の停止

 “超高校級の軽音部”。罪木蜜柑によって殺害される。プログラム内では、気道が長時間圧迫されたことで死亡処理が行われている。プログラム内で、九頭龍菜摘の事件に関与している証拠が発見される。死亡直前、バグに感染していたことが確認されている。

 

 【西園寺日寄子】 死因:脳機能の停止

 “超高校級の日本舞踊家”。罪木蜜柑によって殺害される。プログラム内では、頸動脈を損傷し大量に出血をしたことで死亡処理が行われている。プログラム内で、九頭龍菜摘の事件に関与している証拠が発見される。

 

 【罪木蜜柑】 死因:脳機能の停止

 “超高校級の保健委員”。澪田唯吹・西園寺日寄子を殺害したため、処刑される。プログラム内では、致死量の薬物投与をしたことで死亡処理が行われている。プログラム内で、九頭龍菜摘の事件に関与している証拠が発見される。

 

 【弐大猫丸】 死因:脳機能の停止

 “超高校級のマネージャー”。田中眼蛇夢によって殺害される。プログラム内では、全身殴打で生命維持機能が停止したことで死亡処理が行われている。田中眼蛇夢による殺害以外に、強い衝撃と熱刺激を受けて死亡処理が行われるも中断された形跡がある。

 

 【田中眼蛇夢】 死因:脳機能の停止

 “超高校級の飼育委員”。弐大猫丸を殺害したため、処刑される。プログラム内では、激しい衝撃を受けたことで死亡処理が行われている。

 

 【狛枝凪斗】 死因:脳機能の停止

 “超高校級の幸運”。更正補助プログラム「七海千秋」によって殺害される。プログラム内では、毒性物質を吸引したことで死亡処理が行われている。七海千秋が自身を殺害するように誘導した。

 

 

【スペシャルファイル④『“超高校級の問題児たち”』)

場所:大浴場

詳細:以下に、『“超高校級の問題児たち”修正・改善プロジェクト』参加者を列記する。尚、各自が有する問題については極秘事項であり、原則的に当事者・非当事者を問わず秘匿すべし。

 

 氏名:明尾奈美

 性別:女

 才能:超高校級の考古学者

 事由:学園内での危険物所持。主にツルハシや電動ドリル、ノミとカナヅチなどの発掘作業用工具。再三の注意にも耳を貸さず、特別対応が必要と判断。また、希望ヶ峰学園理事会員及び一部教職員に対し、生徒にあるまじき態度を見せるとの報告多数。

 卒業条件:工具不携帯による通常生活の遂行及び、希望ヶ峰学園生としての慎ましく誠実な精神養育の確認を以て『可』とする。

 

 氏名:有栖川薔薇

 性別:女

 才能:超高校級の裁縫師

 事由:「袴田事件」の中心人物である、袴田千恵と親交の深かった生徒であり、事件について過剰に関与しようとしているため、静観すれば危険な生徒。少々ヒステリックな面があるため、接触時には注意されたし。また、飯出条治との接触には十分に注意すべし。

 卒業条件:「袴田事件」への関与を抑止し、飯出条治との対話・和解を以て『可』とする。

 

 氏名:(仮名)アンジェリーナ・フォールデンス

 性別:女

 才能:超高校級のバリスタ

 事由:本名及び基本情報の著しい欠損。ティムール・フォールデンスは養子と主張しているが、保護機関や出身国などの情報の提供を頑なに拒絶。同氏の農園では複数の奴隷の就労が確認されているため、様々な可能性が考えられる。

 卒業条件:当生徒の生徒基本情報文書の作成を以て『可』とする。

 

 氏名:飯出条治

 性別:男

 才能:超高校級の冒険家

 事由:異性に対し偏執的な好意を持つ傾向があり、複数の女生徒から苦情が寄せられている。また、「袴田事件」と関係しているとの報告もあり、有栖川薔薇との接触には十分に注意すべし。

 卒業条件:希望ヶ峰学園生としての誠実かつ清廉な交際を支える精神改革、及び有栖川薔薇との対話・和解を以て『可』とする。

 

 氏名:石川彼方

 性別:女

 才能:超高校級のコレクター

 事由:窃盗、詐欺、売春など、判明しているだけで十数件の前科有り。珍品や自身の蒐集品に強い執着を持ち、特にこれらが関係する事柄において衝動制御障害とみられる言動が報告されている。突発的な傷害行為や暴力行為に十分に注意すべし。

 卒業条件:本人による窃盗品を返却することの承認及び衝動制御障害の完治あるいは緩和を以て『可』とする。

 

 氏名:古部来竜馬

 性別:男

 才能:超高校級の棋士

 事由:極端な自尊心による他者との隔絶。また、他者とのコミュニケーション能力に大いに問題があり、集団生活の基礎となる協調性の著しい欠如を認める。加えて生活態度に問題があり、特に睡眠時間に関しての改善が望まれる。

 卒業条件:生活態度の是正、協調性の十分な発育を以て『可』とする。

 

 氏名:笹戸優真

 性別:男

 才能:超高校級の釣り人

 事由:学園内の過激派思想集団に所属しているとの情報があり、学園に対して反抗的な思想を抱いている。晴柳院命に強く執着しており、一般的な学生の交際範囲を大きく逸脱している。通常は大人しく柔和な性格であるため、慎重に対処すれば安全と考えられる。

 卒業条件:学園に対する反抗思想の消滅、過激派集団の離脱を以て『可』とする。

 

 氏名:清水翔

 性別:男

 才能:超高校級の努力家

 事由:生活態度に著しい問題あり。授業妨害、指導無視、集団逸脱が多く、円滑なクラス運営に大きく障害となる生徒。また、自らの“才能”を発揮することを放棄しており、これは学園の理念である“才能”を保護し育成することに真っ向から背くものである。“超高校級の絶望”との接触歴ありとの情報有り。本プロジェクトにおいて最優先で是正すべき生徒である。

 卒業条件:絶望因子の排除、通常の学園生活を送ることができるだけの精神構造の是正、“才能”の再保有を以て『可』とする。

 

 氏名:晴柳院命

 性別:女

 才能:超高校級の陰陽師

 事由:晴柳院義虎氏の孫であり、同氏が過去学園内に創設した思想集団の意思統一の象徴として奉られている。笹戸優真はこの団体のメンバーである。当人は非常に主張が弱い性格であるため、問題児の中で満足に生活できるかという点には疑問が残る。多面的なサポートが必要と考えられる。

 卒業条件:強い意思表示が可能な性格の構築、それに伴う笹戸優真や晴柳院義虎に毅然たる対応を以て『可』とする。

 

 氏名:曽根崎弥一郎

 性別:男

 才能:超高校級の広報委員

 事由:引地佐知郎との密な関係を持っていたとの情報有り。件の生徒と同様に、未来機関からの諜報活動を依頼されたものと推測される。通常の学園生活においては広報委員としての過剰な取材により、複数の生徒から苦情が届いている。

 卒業条件:未来機関との関係を明確にすること、場合によってはその関係を断絶させることを以て『可』とする。

 

 氏名:滝山大王

 性別:男

 才能:超高校級の野生児

 事由:特殊な出生に由来する、著しい社会性の欠如と精神的未熟さがみられる。身体的には高校生の平均を大きく上回るため、トラブルの際には取り扱いに十分に注意すること。

 卒業条件:高校生として最低限の基礎学力の定着、学園生活を送るにあたっての十分な社会性の発育を以て『可』とする。

 

 氏名:鳥木平助

 性別:男

 才能:超高校級のマジシャン

 事由:長期に亘る『Mr.Tricky』としての活動による出席不足かつ欠席理由が不明瞭。学園生活には特記すべき事項はないが、学外での活動が多いため有事の際の行動は不明。また、学園内で無許可の営利活動を行っていたとの情報アリ。

 卒業条件:欠席理由の明確化および欠席必要性の解消、営利活動に関する報告書の作成を以て『可』とする。

 

 氏名:穂谷円加

 性別:女

 才能:超高校級の歌姫

 事由:新52期生であるが、現在は新53期生と同学年である。欠席過多から、進級ができていない状況にある。欠席原因は持病によるものとの連絡が多いが、診断書類の提出はないため事実確認ができていない。また、複数の生徒と学生らしからぬ交際関係があるとの報告多数。詳細は不明である。

 卒業条件:欠席理由の明確化、進級資格認定試験への合格を以て『可』とする。

 

 氏名:望月藍

 性別:女

 才能:超高校級の天文部

 事由:詳細不明。『計画』に関与している可能性ありとの報告が上がっている。複数の生徒や教師から入学時と人格が大きく変化しているとの報告があるため、『計画』に関して非常に深い部分まで進行している可能性がある。場合によっては、特別処置が必要と考えられる。

 卒業条件:経過観察中につき、条件未定。

 

 氏名:屋良井照矢

 性別:男

 才能:超高校級の爆弾魔

 事由:テロリスト『もぐら』として大量破壊・大量殺戮を繰り返している、非常に危険な生徒。再三に亘る学園からの警告にもかかわらず、学園内でテロ行為を敢行している。異常な自己顕示欲を示しているため、扱いには特に注意すべし。

 卒業条件:テロ行為の全面的な中止、大幅な精神改革を以て『可』とする。

 

 

【スペシャルファイル⑤『希望プロジェクト プランS経過報告書』)

場所:植物園

詳細:XXXX/〇〇/▽▽ 報告者:魔達 居龍  被験者:ーーー

  ①前回からの経過

  非常に順調です。前回に引き続き、学園生との接触及び観察を継続しています。定期健診においては、新たに"超高校級のパティシエ"、"超高校級の師範"の"才能"が発現し、いずれも認定規定値まで達しています。発現した"才能"、及びその練度についての資料は、所定フォルダ内のデータを更新しております。ご査収ください。

 

  ②プランの問題点または失敗点

  プランの進行に伴い被験者の性格、言動、精神状態に変化が表れています。健診項目を追加してデータを収集したところ、少しずつ摩耗しているように見られます。成果が表れている一方で、危険な状態に移行しつつあることに留意すべきと言えます。

 

 

 『希望プロジェクト プランS経過報告書』

 XXXX/▢▢/◎◎ 報告者:魔達 居龍  被験者:ーーー

  ①前回からの経過

  新たに"超高校級の理髪師"、"超高校級のスイーパー"、"超高校級の彫り師"の"才能"が発現し、既にオリジナルに近いレベルにまで達しています。以前より発現する"才能"の数が増え、修得の早さが加速しています。被験者の負担を軽減すべく、学園生との接触を減らし観察のみに移行しています。彼自身が持つ“才能”が成長しているものと考えられます。また本人が、より高効率かつ確実な“才能”の修得について考えていると話しています。具体的なことは不明です。

 

  ②プランの問題点または失敗点

  前回報告した、精神状態の摩耗が進行しています。この状態が継続して一定の水準にまで下降した場合、プランの進行について再考を要する可能性があります。

 

 

 『希望プロジェクト プランS経過報告書』

 XXXX/☆☆/@@ 報告書:魔達 居龍  被験者:ーーー

  ①前回からの経過

  前回から5つの“才能”が発現しています。これほどの進度で“才能”を修得することは、他に例がありません。被験者の負担を考慮し、学園生との接触を中断し観察に費やす時間を減らしたにもかかわらず、この数字は明らかに異常です。プランの休止と再考を進言します。

 

  ②プランの問題点または失敗点

  各精神値が危険域に接近しています。既に被験者はかなりの段階まで進んでいますが、このままでは危険です。

 

 

 『希望プロジェクト統括部長へ』

  私は、彼がこれ以上“才能”を修得し続けることに反対します。プランの中断と彼の治療を独断で決定しました。すでに彼は学園外へ連れ出し、適切な処置を受けさせています。『希望プロジェクト プランS』は失敗です。“超高校級の希望”は他の方法で創ってください。申し訳ありません。

 

 

【スペシャルファイル⑥『“超高校級の希望”』)

場所:地下資料室

詳細:希望ヶ峰学園は、創始者であり初代学園長である神座出流が、“才能”を育成・研究するための施設として建てたものである。彼はありとあらゆる“才能”を持った究極の人類の創造を悲願とし、希望ヶ峰学園が行う研究の最終目的はそれに同じく、“超高校級の希望”を生み出すことである。

 “超高校級の希望”、すなわちあらゆる“全能”の人間を生み出すことは容易ではなく、“才能”についての研究及び“才能”を人為的に発現、移植する技術などの開発が不可欠となった。希望ヶ峰学園の歴史は、“才能”実験の歴史と換言できる。ある時は多岐に渡る“才能”を有したサンプルに特殊訓練を行って破壊し、またある時は催眠的手法により“才能”を植え付けようとして破壊してきた。完全な成功と言える研究は、未だに現れない。

 唯一、“超高校級の希望”の成功例として現れたのが、『験体ヒナタ』である。予備学科生として入学した、一切の“才能”を持たない脳に、“才能”を移植することに成功し、術後の容態も非常に安定していた。しかし、彼は“超高校級の絶望”に染まってしまったため、その能力を人類の“絶望”のために振るってしまった。

 新希望ヶ峰学園では、旧学園でのデータから“超高校級の希望”研究を継続して行っている。完成品としての“超高校級の希望”、その絶対条件は、『絶望しないこと』である。絶望的状況に屈しない精神力や、絶望的状況を察知し回避する適応力、そのような素質を数値化し、抗絶望性として実験データへの追加項目とした。

 研究開始、及び中途開始実験は数十ケースに及ぶが、現在、希望ヶ峰学園で行われている“超高校級の希望”研究は以下にまとめる通りのみである。ただしいずれも、“超高校級の希望”を完成させるための実験であり、最終的には失敗に終わる前提で行われていることに気を付けたい。

 『プランD』

 験体:(黒く塗り潰されてる)

 “才能”指数:下

 実験内容:投薬により精神的エントロピーを減少させることで、保有する“才能”の伸長を観察する。

 

 『プランS』

 験体:(黒く塗り潰されてる)

 “才能”指数:中

 実験内容:験体が保有する“才能”により、一人の人間が保有可能な“才能”数の限界を調査する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『希望とは何か、絶望とは何か。それは人によって簡単に変わるものなんだ。ある人の希望はある人の絶望であり、ある人の絶望はある人の希望でもあるんだ。じゃあ希望と絶望は表裏一体なのかな?実はそうでもないんだよね。光と影であり、コインの裏と表であり、本質的には同じものなんだ。だから希望を求める人々は絶望しているし、絶望してる人に希望は必ず存在してる。だからボクは、オマエラの希望を信じるよ。夢中で頑張るオマエラに大いなる絶望を!!寄宿舎にある赤い扉の前にお集まりください!』

 

 タイムアップを告げるモノクマの放送。手にした手掛かりだけで六浜を殺した犯人が分かるのか?いや、そもそも犯人なんていんのか?もうたった4人にまで減っちまった生き残りの中に、そんなことをした奴がいるなんて信じがたい。だが、信じる信じないにかかわらず、真実は俺たちの知らない場所で待ち構えている。俺たちは、そこに挑んでいかなきゃならない。

 

 「時間になったようだ」

 「ああ」

 「うふふふ・・・!もうすぐ・・・もうすぐこの手で、あの人の敵を討てるのですね・・・!!」

 「それじゃ、行こうか」

 

 あの赤い扉に向かう緊張感は、何度やっても慣れない。これが最後になるんじゃねえか、これで最後にするんだ。そう思って何度も繰り返してきたことは、いよいよ現実味を帯びた『最後』を纏って俺たちに突きつけられる。これが終わることを望んでたはずなのに、いざその時になると心臓が潰れそうなほど締め付けられる。勝手に歩を進める足の上で、俺は気持ちの整理ができずにいた。

 

 「六浜・・・!」

 

 地上を離れる最後の瞬間、俺はまた六浜のことを思い出した。無駄に責任感が強くて、やたらと石頭で、いつも俺たちのために何ができるか悩んでて、むつ浜なんて呼ぶと律儀に訂正してきて・・・誰よりもコロシアイに苦しんでたあいつが、殺された。最後の決戦を前にして。どんだけ無念だったんだ。どんだけ悔しかったんだ。そんな気持ちさえあいつは俺らに悟られないようにするんだろう。

 

 憤り、恐れ、悼み、哀しみ、そんな感情がぐちゃぐちゃに混ざり合って胸を重くする。この感情を掻き消すたった一つの方法、それをもう俺は知っている。

 

 クロを、六浜を殺した犯人を、この手でぶっ殺すんだ。学級裁判という場で、そいつの全てを破壊してやるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り4人

 

  清水翔  【六浜童琉】 【晴柳院命】   【明尾奈美】

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎   【笹戸優真】

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

【屋良井照矢】【鳥木平助】 【滝山大王】【アンジェリーナ】




ダンガンロンパQQ3周年!そして2017年最初の投稿です。今年中には終われそうですが、いつになることでしょう。目指せ上半期完結!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

学級裁判編1

 

 鋼鉄の籠が地下へと降りて行く。ごうごうと唸る機械よりも、自分の心臓が騒ぎ立てる鼓動の方が耳障りだ。前よりもずっと広くなったエレベーターの中は、息遣い一つ響かないほど静かだった。そしてエレベーターは唐突に降下をやめて、口を開ける。日常の終わりから非日常のはじまりへ。この場所で誰かが終わる。誰かの命を終わらせた代償に、あるいはそれを踏み台に、誰かの命が終わりを告げる。その誰かになるのは俺たちか、それとも誰かの命を奪ったクロか。その行く末を知る者はいない。

 

 「はあ・・・せっかく最後の学級裁判になると思って用意したのに、こんな事件のために使われちゃうなんて・・・。テンションさげぽよだよ」

 

 床には白と黒のチェック模様、青い壁紙に赤いカーテンで目隠しをされた通路、赤い壇上に組まれた16席の証言台。うち12席には、悪趣味な血の色が目に付く遺影が立てられている。その側にある玉座に座るモノクマは、つまらなさそうに俯いている。

 

 「ったく!ボクはオマエラと決戦がしたかったんだよ!直接議論して、論破!ってしたかったのに!それは違うよとか言ってみたかったのに!こんな時にコロシアイなんてしてんじゃないよ!」

 「貴女が今まで散々やれやれと言っていたからこんなことになったのでは?」

 「TPOくらい弁えろっての!時と場合とオケージョンを弁えたコロシアイをしろよ!」

 「無茶苦茶だな」

 「まあ、でもこれはこれで面白い展開ではあるけどね。うぷぷ!最終裁判直前に起きたコロシアイ!ここでクロが勝っちゃったりしたら色々と絶望的だよね!ボクもそんな展開は望んでないんだけど!」

 「キミがそれを言っちゃうの?クロとシロに公平な立場はどうしたのさ」

 「もちろん公平だよ。でも、傍観者にも心があるのさ。怪獣にもロボットにも心があるように、モノクマにだって心があるんだよ」

 「どうでもいい。誰だか知らねえが、どうせこの中にいるんだろ?そのクロが」

 「・・・」

 

 単純に考えて、適当にやってもクロを当てる確率はかなり高い。さすがにそれじゃ命まで懸けられねえが、それぐらいクロにとってはリスクの高い殺人だってことだ。しかもモノクマでさえ、クロに負けて欲しいと明言してやがる。だったら学級裁判なんてやらずにクロだけ処刑すりゃいいと思うが、ルールにこだわる以上は必要なんだろう。

 俺たちはいつものように、それぞれの証言台に立った。視界に映る証言台のほとんどは遺影になってる。ここからさらに人が減るなんて考えるだけで暗くなるが、そんな呑気に言ってられる場合じゃねえのも分かってる。俺らが生きるために、一人だけ生き残ろうとした奴を殺す。ここはそういう場所だ。

 

 この中に、潜んでやがるんだ。六浜を殺した犯人が!そいつの化けの皮を剥いで、すべてを明らかにしてやる!この、学級裁判で!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コトダマ一覧

【モノクマファイル7)

場所:なし

詳細:被害者は“超高校級の予言者”六浜童琉。死体発見場所は多目的ホール。死亡推定時刻は午前1時ごろ。目立った外傷、衣服の乱れ、薬物を服用した形跡は一切ない。頭髪に白い粉末が付着している。

 

【多目的ホールの鍵)

場所:多目的ホール

詳細:多目的ホールの内扉を開閉する鍵。六浜が管理していたが、死体発見時には曽根崎が持っていた。

 

【全開の窓)

場所:多目的ホール

詳細:死体発見時、多目的ホールの窓はすべてが開放されていた。外から風が吹き込んできて風通しがよくなっている。

 

【室温)

場所:多目的ホール

詳細:ホール内は空調が効いていてとても暖かく、よく乾燥している。窓が開けられていてわかりにくいが、温度の設定はかなり高めにされている。

 

【六浜の死体)

場所:多目的ホール

詳細:血の気が引いて冷たく硬直しているが、死斑以外に目立った外傷などはない。髪の毛に付着していた白い粉末は塩。

 

【六浜の遺留品)

場所:多目的ホール

詳細:六浜が使用していたボールペンと小さなメモ帳。見た目だけは立派なモノクマブランド。

 

【バケツ)

場所:多目的ホール

詳細:多目的ホール内の用具倉庫にて発見。本来はホール横の掃除用具入れにあるはずの物。底に水滴が残っており、使用した形跡がある。

 

【室温)

場所:多目的ホール

詳細:ホール内は空調が効いていてとても暖かく、よく乾燥している。窓が開けられていてわかりにくいが、温度の設定はかなり高めにされている。空調機能を管理している管理室は誰でも入ることができ、そこで暖房と乾燥機能のスイッチが入れられていた。

 

【白い花)

場所:六浜の個室

詳細:白い花びらで中心が黄色い花。もともと六浜の部屋にあったものではなく、新しいものである。合宿場に自生している種類ではない。

 

【望月の動機ビデオ)

場所:なし

詳細:コロシアイ合宿生活でモノクマから最初に配られた動機のビデオ。望月のものには、望月にそっくりだがまったく異なる性格の人物が映っていた。

 

【“超高校級の絶望”)

場所:なし

詳細:旧希望ヶ峰学園での事件を発端として人類を壊滅寸前まで追い込んだ、人類史上最大最悪の絶望的事件を引き起こした主犯格。江ノ島盾子個人を指す場合もあれば、彼女を崇拝する集団や思想そのものを指す場合もある。新希望ヶ峰学園ではかつての勢力は見る影もなく、細々と活動する数名が残るだけである。

 

【『人類の生活』)

場所:資料館

詳細:四大文明や幻の古代文明などの生活から現代までについてまとめられた学術的にも価値の高い1冊。インドで栄えた文明の生活様式について書かれたページを開いて伏せて置かれていた。象が踏んでも潰れないハードカバーで綴じてある。

 

 

【スペシャルファイル①『新希望ヶ峰学園における“才能”研究の概要』)

場所:食堂

詳細:希望ヶ峰学園は、人類の希望を保護し育む希望の学府であり、教育施設であると同時に研究施設である。

 学園の創始者である神座出流は、人の持つ“才能”の研究を行っていた。“超高校級”と呼ばれる生徒たちはみな“才能”に溢れ、未来人類の希望であると同時に学園にとっては興味深い研究対象である。この研究の目的は、人の持つ“才能”を完全にコントロールすることである。すなわち、内に眠る“才能”を引き出し覚醒させるだけに留まらず、“才能”を個人から抽出あるいは個人に付与することをも可能にすることである。これは言わば、“才能”の物質化である。あまねく人々は、自らの望む“才能”を得ることができ、また持て余す“才能”を他者へ分け与えることができるようになる。これこそ、新たなる人類の進化の形と言えよう。故に希望ヶ峰学園は未来の希望である“才能”を保護し育む機関であると同時に、希望ヶ峰学園そのものが人類の希望となるのである。

 この研究の最終的な目標は、ありとあらゆる“才能”を有した人間を造り出すことである。神座出流はそれを、“超高校級の希望”と呼んだ。しかし旧希望ヶ峰学園は“超高校級の絶望”との争いの中で、志半ばでその研究を断念せざるを得なかった。

 

 

【スペシャルファイル②『希望プロジェクト プランD経過報告書』)

場所:資料館

詳細:XXXX/〇〇/△△ 報告者:晴貫 邑吉  被験者:(真っ黒に塗り潰されてやがる)

  ①前回からの経過

  AH-0625による変化は少しずつ、しかし確かに表れています。課題であったプランへの疑念は軽減あるいは消失したものと思われ、それ以外にも言動・思考に変化が表れ始めています。“才能”の伸長という点においては非常に大きな結果を残しています。定期健診の点数も日が経つに連れて向上し、既に入学時の2倍に及ぶポイントを示しています。

  また、抗絶望性は基準値を大きく上回る値を示しており、旧学園における験体『(ここも真っ黒だ)』や他験体で課題となっている抗絶望性に対する一つの解決策を提示しているものと考えられます。

 

  ②プランの問題点または失敗点

  定期的な投薬による身体への影響が懸念されます。現時点で確認できる身体的異常はありません。一方、AH-0625の効果による精神的変化から、複数の生徒に怪しまれています。以前に報告した、引地佐知郎からのマークが懸念されています。

 

  ③その他の報告事項

  引地佐知郎の他に、不穏な動きを見せている生徒がいます。詳細は添付の資料をご確認ください。

 

 

【スペシャルファイル③『コロシアイ』)

場所:発掘場

詳細:・コロシアイ学園生活

 人類史上最大最悪の絶望的事件による世界の崩壊から“才能”あふれる希望ヶ峰学園生を守るため、当時の希望ヶ峰学園学園長、霧切仁氏は生徒の了承の下で、彼らを希望ヶ峰学園に幽閉した。彼らは外部からの影響を受けず、また外部への影響を与えることもなく、学園の中で人類の希望を保持し続けるという計画であった。

 しかし、学園内に残った生徒の中に身を潜めていた江ノ島盾子と戦刃むくろにより、希望のシェルターは絶望のコロシアイ場へと姿を変えた。江ノ島盾子は共に幽閉されたクラスメイト全員の記憶を奪い、外へ出ようとする彼らの感情を煽りコロシアイを強いたのである。結果として江ノ島盾子は自害し、超高校級の絶望の根源は絶たれたが、彼女を含め10名の死者を出す大惨事となった。

 次のページより、コロシアイ学園生活内に死亡した生徒の詳細を記述する。

 

 【舞園さやか】 死因:腹部を刺されたことによる失血

 “超高校級のアイドル”。桑田怜恩の殺害を計画するも反撃に遭い、桑田怜恩によって殺害される。中学時代の同級生でありクラスメイトの苗木誠に濡れ衣を着せようとするが、自身が死亡したことによりトリックが未遂に終わり、失敗する。

 

 【戦刃むくろ】 死因:全身を槍で貫かれたことによる出血性ショック死

 “超高校級の軍人”。“超高校級の絶望”メンバーであり、江ノ島盾子の姉。江ノ島盾子による処刑のデモンストレーションにより死亡。江ノ島盾子になりすましてクラスメイトに接触し、死亡することによって江ノ島盾子が全ての黒幕であるという事実を隠匿するために参加していた模様。頭部が一部焼失している。

 

 【桑田怜恩】 死因:全身の粉砕骨折と打撲

 “超高校級の野球選手”。舞園さやかを殺害したため、処刑される。

 

 【不二咲千尋】 死因:頭部殴打による心機能の停止

 “超高校級のプログラマー”。大和田紋土によって殺害される。自身の死を予測し、事前に人格をプログラミングにより再現し、アルターエゴを作成する。江ノ島盾子は後にこれを利用し、コロシアイ修学旅行を引き起こす。

 

 【大和田紋土】 死因:内臓破裂と全身四散

 “超高校級の暴走族”。不二咲千尋を殺害したため、処刑される。壮絶な処刑が行われたため死体が原形を留めていない。

 

 【石丸清多夏】 死因:脳挫傷

 “超高校級の風紀委員”。山田一二三によって殺害される。

 

 【山田一二三】 死因:脳挫傷

 “超高校級の同人作家”。安広多恵子に石丸清多夏の殺害を教唆され、実行後に安広多恵子によって殺害される。

 

 【安広多恵子】 死因:轢死

 “超高校級のギャンブラー”。山田一二三を殺害したため、処刑される。

 

 【大神さくら】 死因:毒物の摂取

 “超高校級の格闘家”。自ら毒物を摂取し、死亡。死亡直前に葉隠康比呂・腐川冬子・朝日奈葵と会い前2名から頭部に殴打を受けるが、死に至るものではなかった。

 

 【江ノ島盾子】 死因:多様な傷痕があり、また死体の損傷が激しいため検証不可。

 “超高校級の絶望”。自分自身を処刑にかけ、死亡。通常の肉体ではあり得ないような傷痕が複数みられ、死亡当時の状況の詳細は解明途中である。記憶操作の研究を幇助した松田夜助を殺害したことが確認されている。また、験体『(ここも読めねえ)』に自らの絶望性を一部移植したとの研究結果がある。

 

 ・コロシアイ修学旅行

 未来機関が作製した『希望更正プログラム』によって、江ノ島盾子の手で絶望に堕とされた旧希望ヶ峰学園77期生を“超高校級の絶望”から更正させようという計画が執り行われた。この計画を主導したのは、先のコロシアイ学園生活を生き延びた者のうち、苗木誠・霧切響子・十神白夜の3名である。

 仮想空間内で共同生活を送ることで汚染された精神を矯正する目的で行われたものであったが、このプログラムが執り行われる直前、77期生の一人である日向創がプログラムにバグを混入させた。このバグこそが、不二咲千尋が発明したアルターエゴを改造した、江ノ島盾子のアルターエゴである。これにより、『希望更正プログラム』は江ノ島盾子に乗っ取られ、77期生は電脳空間内でコロシアイをすることになる。

 次のページより、コロシアイ修学旅行内に死亡した生徒の詳細を記述する。

 

 【(読めねえ)】 死因:脳機能の停止

 “超高校級の詐欺師”。花村輝々によって殺害される。プログラム内では、腹部を刺されたことで死亡処理が行われている。常に自分以外の他者の姿を模倣しており、プログラム内では十神白夜の姿に変装していた。

 

 【花村輝々】 死因:脳機能の停止

 “超高校級の料理人”。(読めねえ)を殺害したため、処刑される。プログラム内では、急激に高熱に晒されたことで死亡処理が行われている。

 

 【小泉真昼】 死因:脳機能の停止

 “超高校級の写真家”。辺古山ペコによって殺害される。プログラム内では、頭部を殴打されたことで死亡処理が行われている。プログラム内で、九頭龍菜摘の事件に関与している証拠が発見される。

 

 【辺古山ペコ】 死因:脳機能の停止

 “超高校級の剣道家”。小泉真昼を殺害したため、処刑される。プログラム内では、全身を刀で刺されたことで死亡処理が行われている。プログラム内で、九頭龍菜摘の事件に関与しているとの証拠が発見される。

 

 【澪田唯吹】 死因:脳機能の停止

 “超高校級の軽音部”。罪木蜜柑によって殺害される。プログラム内では、気道が長時間圧迫されたことで死亡処理が行われている。プログラム内で、九頭龍菜摘の事件に関与している証拠が発見される。死亡直前、バグに感染していたことが確認されている。

 

 【西園寺日寄子】 死因:脳機能の停止

 “超高校級の日本舞踊家”。罪木蜜柑によって殺害される。プログラム内では、頸動脈を損傷し大量に出血をしたことで死亡処理が行われている。プログラム内で、九頭龍菜摘の事件に関与している証拠が発見される。

 

 【罪木蜜柑】 死因:脳機能の停止

 “超高校級の保健委員”。澪田唯吹・西園寺日寄子を殺害したため、処刑される。プログラム内では、致死量の薬物投与をしたことで死亡処理が行われている。プログラム内で、九頭龍菜摘の事件に関与している証拠が発見される。

 

 【弐大猫丸】 死因:脳機能の停止

 “超高校級のマネージャー”。田中眼蛇夢によって殺害される。プログラム内では、全身殴打で生命維持機能が停止したことで死亡処理が行われている。田中眼蛇夢による殺害以外に、強い衝撃と熱刺激を受けて死亡処理が行われるも中断された形跡がある。

 

 【田中眼蛇夢】 死因:脳機能の停止

 “超高校級の飼育委員”。弐大猫丸を殺害したため、処刑される。プログラム内では、激しい衝撃を受けたことで死亡処理が行われている。

 

 【狛枝凪斗】 死因:脳機能の停止

 “超高校級の幸運”。更正補助プログラム「七海千秋」によって殺害される。プログラム内では、毒性物質を吸引したことで死亡処理が行われている。七海千秋が自身を殺害するように誘導した。

 

 

【スペシャルファイル④『“超高校級の問題児たち”』)

場所:大浴場

詳細:以下に、『“超高校級の問題児たち”修正・改善プロジェクト』参加者を列記する。尚、各自が有する問題については極秘事項であり、原則的に当事者・非当事者を問わず秘匿すべし。

 

 氏名:明尾奈美

 性別:女

 才能:超高校級の考古学者

 事由:学園内での危険物所持。主にツルハシや電動ドリル、ノミとカナヅチなどの発掘作業用工具。再三の注意にも耳を貸さず、特別対応が必要と判断。また、希望ヶ峰学園理事会員及び一部教職員に対し、生徒にあるまじき態度を見せるとの報告多数。

 卒業条件:工具不携帯による通常生活の遂行及び、希望ヶ峰学園生としての慎ましく誠実な精神養育の確認を以て『可』とする。

 

 氏名:有栖川薔薇

 性別:女

 才能:超高校級の裁縫師

 事由:「袴田事件」の中心人物である、袴田千恵と親交の深かった生徒であり、事件について過剰に関与しようとしているため、静観すれば危険な生徒。少々ヒステリックな面があるため、接触時には注意されたし。また、飯出条治との接触には十分に注意すべし。

 卒業条件:「袴田事件」への関与を抑止し、飯出条治との対話・和解を以て『可』とする。

 

 氏名:(仮名)アンジェリーナ・フォールデンス

 性別:女

 才能:超高校級のバリスタ

 事由:本名及び基本情報の著しい欠損。ティムール・フォールデンスは養子と主張しているが、保護機関や出身国などの情報の提供を頑なに拒絶。同氏の農園では複数の奴隷の就労が確認されているため、様々な可能性が考えられる。

 卒業条件:当生徒の生徒基本情報文書の作成を以て『可』とする。

 

 氏名:飯出条治

 性別:男

 才能:超高校級の冒険家

 事由:異性に対し偏執的な好意を持つ傾向があり、複数の女生徒から苦情が寄せられている。また、「袴田事件」と関係しているとの報告もあり、有栖川薔薇との接触には十分に注意すべし。

 卒業条件:希望ヶ峰学園生としての誠実かつ清廉な交際を支える精神改革、及び有栖川薔薇との対話・和解を以て『可』とする。

 

 氏名:石川彼方

 性別:女

 才能:超高校級のコレクター

 事由:窃盗、詐欺、売春など、判明しているだけで十数件の前科有り。珍品や自身の蒐集品に強い執着を持ち、特にこれらが関係する事柄において衝動制御障害とみられる言動が報告されている。突発的な傷害行為や暴力行為に十分に注意すべし。

 卒業条件:本人による窃盗品を返却することの承認及び衝動制御障害の完治あるいは緩和を以て『可』とする。

 

 氏名:古部来竜馬

 性別:男

 才能:超高校級の棋士

 事由:極端な自尊心による他者との隔絶。また、他者とのコミュニケーション能力に大いに問題があり、集団生活の基礎となる協調性の著しい欠如を認める。加えて生活態度に問題があり、特に睡眠時間に関しての改善が望まれる。

 卒業条件:生活態度の是正、協調性の十分な発育を以て『可』とする。

 

 氏名:笹戸優真

 性別:男

 才能:超高校級の釣り人

 事由:学園内の過激派思想集団に所属しているとの情報があり、学園に対して反抗的な思想を抱いている。晴柳院命に強く執着しており、一般的な学生の交際範囲を大きく逸脱している。通常は大人しく柔和な性格であるため、慎重に対処すれば安全と考えられる。

 卒業条件:学園に対する反抗思想の消滅、過激派集団の離脱を以て『可』とする。

 

 氏名:清水翔

 性別:男

 才能:超高校級の努力家

 事由:生活態度に著しい問題あり。授業妨害、指導無視、集団逸脱が多く、円滑なクラス運営に大きく障害となる生徒。また、自らの“才能”を発揮することを放棄しており、これは学園の理念である“才能”を保護し育成することに真っ向から背くものである。“超高校級の絶望”との接触歴ありとの情報有り。本プロジェクトにおいて最優先で是正すべき生徒である。

 卒業条件:絶望因子の排除、通常の学園生活を送ることができるだけの精神構造の是正、“才能”の再保有を以て『可』とする。

 

 氏名:晴柳院命

 性別:女

 才能:超高校級の陰陽師

 事由:晴柳院義虎氏の孫であり、同氏が過去学園内に創設した思想集団の意思統一の象徴として奉られている。笹戸優真はこの団体のメンバーである。当人は非常に主張が弱い性格であるため、問題児の中で満足に生活できるかという点には疑問が残る。多面的なサポートが必要と考えられる。

 卒業条件:強い意思表示が可能な性格の構築、それに伴う笹戸優真や晴柳院義虎に毅然たる対応を以て『可』とする。

 

 氏名:曽根崎弥一郎

 性別:男

 才能:超高校級の広報委員

 事由:引地佐知郎との密な関係を持っていたとの情報有り。件の生徒と同様に、未来機関からの諜報活動を依頼されたものと推測される。通常の学園生活においては広報委員としての過剰な取材により、複数の生徒から苦情が届いている。

 卒業条件:未来機関との関係を明確にすること、場合によってはその関係を断絶させることを以て『可』とする。

 

 氏名:滝山大王

 性別:男

 才能:超高校級の野生児

 事由:特殊な出生に由来する、著しい社会性の欠如と精神的未熟さがみられる。身体的には高校生の平均を大きく上回るため、トラブルの際には取り扱いに十分に注意すること。

 卒業条件:高校生として最低限の基礎学力の定着、学園生活を送るにあたっての十分な社会性の発育を以て『可』とする。

 

 氏名:鳥木平助

 性別:男

 才能:超高校級のマジシャン

 事由:長期に亘る『Mr.Tricky』としての活動による出席不足かつ欠席理由が不明瞭。学園生活には特記すべき事項はないが、学外での活動が多いため有事の際の行動は不明。また、学園内で無許可の営利活動を行っていたとの情報アリ。

 卒業条件:欠席理由の明確化および欠席必要性の解消、営利活動に関する報告書の作成を以て『可』とする。

 

 氏名:穂谷円加

 性別:女

 才能:超高校級の歌姫

 事由:新52期生であるが、現在は新53期生と同学年である。欠席過多から、進級ができていない状況にある。欠席原因は持病によるものとの連絡が多いが、診断書類の提出はないため事実確認ができていない。また、複数の生徒と学生らしからぬ交際関係があるとの報告多数。詳細は不明である。

 卒業条件:欠席理由の明確化、進級資格認定試験への合格を以て『可』とする。

 

 氏名:望月藍

 性別:女

 才能:超高校級の天文部

 事由:詳細不明。『計画』に関与している可能性ありとの報告が上がっている。複数の生徒や教師から入学時と人格が大きく変化しているとの報告があるため、『計画』に関して非常に深い部分まで進行している可能性がある。場合によっては、特別処置が必要と考えられる。

 卒業条件:経過観察中につき、条件未定。

 

 氏名:屋良井照矢

 性別:男

 才能:超高校級の爆弾魔

 事由:テロリスト『もぐら』として大量破壊・大量殺戮を繰り返している、非常に危険な生徒。再三に亘る学園からの警告にもかかわらず、学園内でテロ行為を敢行している。異常な自己顕示欲を示しているため、扱いには特に注意すべし。

 卒業条件:テロ行為の全面的な中止、大幅な精神改革を以て『可』とする。

 

 

【スペシャルファイル⑤『希望プロジェクト プランS経過報告書』)

場所:植物園

詳細:XXXX/〇〇/▽▽ 報告者:魔達 居龍  被験者:ーーー

  ①前回からの経過

  非常に順調です。前回に引き続き、学園生との接触及び観察を継続しています。定期健診においては、新たに"超高校級のパティシエ"、"超高校級の師範"の"才能"が発現し、いずれも認定規定値まで達しています。発現した"才能"、及びその練度についての資料は、所定フォルダ内のデータを更新しております。ご査収ください。

 

  ②プランの問題点または失敗点

  プランの進行に伴い被験者の性格、言動、精神状態に変化が表れています。健診項目を追加してデータを収集したところ、少しずつ摩耗しているように見られます。成果が表れている一方で、危険な状態に移行しつつあることに留意すべきと言えます。

 

 

 『希望プロジェクト プランS経過報告書』

 XXXX/▢▢/◎◎ 報告者:魔達 居龍  被験者:ーーー

  ①前回からの経過

  新たに"超高校級の理髪師"、"超高校級のスイーパー"、"超高校級の彫り師"の"才能"が発現し、既にオリジナルに近いレベルにまで達しています。以前より発現する"才能"の数が増え、修得の早さが加速しています。被験者の負担を軽減すべく、学園生との接触を減らし観察のみに移行しています。彼自身が持つ“才能”が成長しているものと考えられます。また本人が、より高効率かつ確実な“才能”の修得について考えていると話しています。具体的なことは不明です。

 

  ②プランの問題点または失敗点

  前回報告した、精神状態の摩耗が進行しています。この状態が継続して一定の水準にまで下降した場合、プランの進行について再考を要する可能性があります。

 

 

 『希望プロジェクト プランS経過報告書』

 XXXX/☆☆/@@ 報告書:魔達 居龍  被験者:ーーー

  ①前回からの経過

  前回から5つの“才能”が発現しています。これほどの進度で“才能”を修得することは、他に例がありません。被験者の負担を考慮し、学園生との接触を中断し観察に費やす時間を減らしたにもかかわらず、この数字は明らかに異常です。プランの休止と再考を進言します。

 

  ②プランの問題点または失敗点

  各精神値が危険域に接近しています。既に被験者はかなりの段階まで進んでいますが、このままでは危険です。

 

 

 『希望プロジェクト統括部長へ』

  私は、彼がこれ以上“才能”を修得し続けることに反対します。プランの中断と彼の治療を独断で決定しました。すでに彼は学園外へ連れ出し、適切な処置を受けさせています。『希望プロジェクト プランS』は失敗です。“超高校級の希望”は他の方法で創ってください。申し訳ありません。

 

 

【スペシャルファイル⑥『“超高校級の希望”』)

場所:地下資料室

詳細:希望ヶ峰学園は、創始者であり初代学園長である神座出流が、“才能”を育成・研究するための施設として建てたものである。彼はありとあらゆる“才能”を持った究極の人類の創造を悲願とし、希望ヶ峰学園が行う研究の最終目的はそれに同じく、“超高校級の希望”を生み出すことである。

 “超高校級の希望”、すなわちあらゆる“全能”の人間を生み出すことは容易ではなく、“才能”についての研究及び“才能”を人為的に発現、移植する技術などの開発が不可欠となった。希望ヶ峰学園の歴史は、“才能”実験の歴史と換言できる。ある時は多岐に渡る“才能”を有したサンプルに特殊訓練を行って破壊し、またある時は催眠的手法により“才能”を植え付けようとして破壊してきた。完全な成功と言える研究は、未だに現れない。

 唯一、“超高校級の希望”の成功例として現れたのが、『験体ヒナタ』である。予備学科生として入学した、一切の“才能”を持たない脳に、“才能”を移植することに成功し、術後の容態も非常に安定していた。しかし、彼は“超高校級の絶望”に染まってしまったため、その能力を人類の“絶望”のために振るってしまった。

 新希望ヶ峰学園では、旧学園でのデータから“超高校級の希望”研究を継続して行っている。完成品としての“超高校級の希望”、その絶対条件は、『絶望しないこと』である。絶望的状況に屈しない精神力や、絶望的状況を察知し回避する適応力、そのような素質を数値化し、抗絶望性として実験データへの追加項目とした。

 研究開始、及び中途開始実験は数十ケースに及ぶが、現在、希望ヶ峰学園で行われている“超高校級の希望”研究は以下にまとめる通りのみである。ただしいずれも、“超高校級の希望”を完成させるための実験であり、最終的には失敗に終わる前提で行われていることに気を付けたい。

 『プランD』

 験体:(黒く塗り潰されてる)

 “才能”指数:下

 実験内容:投薬により精神的エントロピーを減少させることで、保有する“才能”の伸長を観察する。

 

 『プランS』

 験体:(黒く塗り潰されてる)

 “才能”指数:中

 実験内容:験体が保有する“才能”により、一人の人間が保有可能な“才能”数の限界を調査する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【学級裁判 開廷!!】

 

 「では、学級裁判の簡単な説明からはじめましょう。学級裁判の結果は、オマエラの投票により決定されます。正しいクロを指摘出来れば」

 「クロなんて、分かり切っているようなものではありませんか!」

 「ちょ、ちょっと!まだボクが話してる途中でしょうが!」

 「六浜さんを殺害したのは・・・貴女しかいないでしょう。モノクマ」

 「ええっ!?ボ、ボクが犯人だったの!?」

 

 お決まりのモノクマの挨拶をぶった切って、穂谷は結論を口にした。六浜を殺した犯人はモノクマだという。モノクマ、つまりはその向こうにいる黒幕のことか。

 

 「なんでそう思うの?」

 「本来なら私たちはここで、モノクマとの直接対決をするはずだったのですよ。しかし今回の事件によってそれは阻止された。六浜さんは大きな力になることが容易に予想できます。モノクマが、厄介な相手を消しに先手を打ったのでしょう!」

 「しかし直接対決となる学級裁判を宣言したのはモノクマだ。そのモノクマがわざわざ自らの行う学級裁判を阻害するような行為をするのは合理性がない」

 「合宿規則17抵触ギリギリのことだしねー。だいたいモノクマはボクらに手を出さないはずじゃなかったっけ?」

 「そうだよ!ボクが学級裁判をやろうって言ってるのに、六浜サンを殺して何になるのさ!ボクはルールには特に厳しいって有名なんだからね!規則は絶対遵守してるよ!コンプライアンス!!」

 「どうでしょうか?裁判の目的も、規則を守っているというのも、所詮はモノクマの言葉を信じるしかありません。そんなものが通じるのならば、今までの学級裁判でしてきたことは一体なんだったのでしょうか?」

 「どっちにしろ、今はまだ結論出せねえだろ。話し合えることはとことん話し合う、それが学級裁判だろ」

 

 まあ、モノクマが犯人だったとして、それを学級裁判で認めさせるのは相当骨が折れるだろうな。今ある証拠から地道に推理してくしか、やっぱり道はなさそうだ。

 

 「で、じゃあ最初は何から話そうか?」

 「六浜童琉の死体の顕著な特徴としては、そこに一切の外傷がないことだ。死斑以外に異常がないという記述こそが異常と言わざるを得まい」

 「外傷どころか出血もなくて、おまけに毒や薬を飲んだ形跡もない。確かに、死因がはっきりしないね」

 「けど、それなら死因もほぼ決まったようなもんじゃねえか?」

 「そうなのですか?」

 

 

 【ノンストップ議論】

 

 「モノクマファイルによると、六浜童琉の死体には“一切の外傷がない”そうだ」

 「“刺した“り、“殴った”り、“撃った”り、“斬った”り、“潰した”りはしてないってことだね!ついでに“毒を飲んだ”り怪しげな“薬を飲んだ”ってこともないみたい!」

 「まるでその場で“突然に死んでしまった”気さえしてきます。一体六浜さんの死因はなんなのですか?」

 「外傷が残らねえ殺し方だってある!多目的ホールは何もねえように見えたが、見えねえ凶器があったんだ!」

 「見えない凶器?」

 「ガスだ!犯人はガスを使って六浜を酸欠にして、“窒息死させた”んだ!」

 「それは違うぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なるほど、窒息死ならば外傷は残らない。苦しみ悶えた被害者が自らを傷付ける可能性は否定できないが・・・いずれにせよ窒息死は考えられない」

 「だよね」

 「窒息死とは考えられないからこんなに考えているのです。それすらも気付いていなかったのですか?なんのためのリンゴ頭なのですか」

 「ぜってぇ必要ねえ暴言だろそれ!!」

 「死体発見時、多目的ホールはすべての窓が開放された状態であった。換気作用がしっかり働いている空間でガスによる窒息が起こる可能性は非常に低い」

 「じゃ、じゃあ犯人が六浜に無理矢理息を止めさせたとか」

 「その場合は六浜サンに抵抗されながら口と鼻を同時に押さえ続ける必要があるね。少なくとも1,2分は。格闘したにしては六浜サンの死体はキレイなものだったね」

 

 全員が全員否定するもんだからムキになっちまったが、確かにあの環境で窒息死はムリだろうな。だがだとしたら、いよいよ六浜の死因がなんなのか分からねえ。窒息以外に外傷が残らない死因なんてあるか?

 

 「そういえば、なぜ多目的ホールの窓が全開になっていたのでしょうか?普段は閉じていますよね?」

 「ああ、そういえばそうだね!さすが復活した穂谷サン!目の付け所が鋭角だね!」

 「なんらかの意図があったのだろう。意味も無くすることではないだろう」

 「さあな、それより今は六浜の死因だろ」

 

 話が多目的ホールの窓に移りそうになったから、少し強引だが死因のままに留めた。そこから先の話は、今はまだする気にならねえ。面倒だし、なにより気が乗らねえ。

 

 「ふっふーん、それじゃあボクの意見を出そうか」

 「まともなんだろうな」

 「もちろん!窒息死っていうのは惜しかったね!六浜サンの正しい死因は・・・溺死だよ!」

 「で、溺死ィ?」

 「六浜さんは溺れて死んだと?多目的ホールでですか?」

 「まさか!この合宿場で溺れる場所といったら、あのバカでかい湖しかないでしょ!」

 「しかし、あの湖は進入禁止ではなかったか?以前、滝山大王がモノクマに制止されたと聞いた覚えがある」

 「そ、そうだ!殺しのためとはいえ湖には入れねえはずだぞ!」

 「・・・って言ってるけど、どうなのモノクマ?」

 「合宿規則4『ゴミのポイ捨てなど、合宿場の自然を破壊する行為を禁じます。ただし、発掘場を除きます。』。この規則に則って、湖で身体を洗う行為は自然を破壊する行為として禁じました。(入ってはいけないとは言ってない)」

 「汚れを落とすのではなく、ただ水に触れるだけならセーフということですか」

 「そういうこと!自然のものを自然に返す行為や、自然の持つ性質を変えない範囲ならセーフとなります!」

 「つまり湖で溺れさせることも?」

 「もちろん、セーフ中のセーフ!」

 

 なんか都合が良い話のような気もするが、確かにそう言われると納得できる気もする。だがそうすると他にも奇妙な点が出てくる。

 

 「では、なぜ六浜童琉の死体は多目的ホールに移動させられたのだ」

 「そりゃ死体は放って置いたらポイ捨てになっちゃうからね。飯出クンの時とは違うんだから」

 「溺死させられる場所といえば湖畔だろう。そこから多目的ホールは非常に距離がある。吸水して重量の増した六浜童琉を運ぶのであれば、より近接している倉庫や資料館でも問題ないように思われる」

 「それもそうですね」

 

 多目的ホールに運ぶ特別な理由でもあったんなら納得できるが、六浜は何もない場所に放置されてただけだった。あれじゃ、別の建物に運ばなかった理由が説明できねえ。

 

 「多目的ホールじゃなきゃいけない理由でもあったのかな?」

 「それより、そもそも六浜さんの死因が溺死であることの証拠がないじゃありませんか。外傷がない死因なら他にも考えられます」

 「・・・いや。ある、かも知れねえぞ。証拠」

 「はい?なんですかリンゴさん?」

 「なぜ清水翔は林檎と呼ばれているのだ?」

 「うるせえ!溺死ってことは、要は溺れさせりゃいいんだろ!だったら・・・!」

 

 【証拠品選択】

 A.【六浜の遺留品)

 B.【『人類の生活』)

 C.【バケツ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「多目的ホールの用具倉庫にバケツがあった。あれはもともとホールの横の掃除用具にあったもんだろ。それがホールの中にあったってことは、あれで六浜は溺死させられたんだ!」

 「バケツ・・・なるほど。バケツに汲んだ水で六浜サンを溺れさせたんだね!それなら湖畔から六浜サンの死体を運ぶ必要はなくなるよね!」

 「本当にそのバケツは六浜さんを溺死させるために使われたのですか?」

 「他に使い方なんかねえだろ。バケツがあんなところにあるってことが、六浜が溺死させられたって証拠だ」

 「・・・根本的な疑問なのだが」

 「なんだよ」

 

 自分のことだが、少し強引な推理な気がする。けどバケツがあるってことはやっぱりそういうこと以外に考えられねえし、六浜の死因は溺死なはずだ。それ以外にあるわけがねえ。それがこの事件の真相なはずなんだ。

 だが、そんな結論を望月が許すはずがなかった。

 

 「なぜ六浜童琉は多目的ホールで死んでいた?」

 「やっぱそこかあ!」

 「六浜童琉の死因が真に溺死であるかは一旦さておいて、なぜ六浜童琉の死体は多目的ホールに放置されていたのだ?あの場所で殺されたのか、あるいは別の場所で殺されたのか。いずれにせよ、死体をあの場所に放置することにも意味があったのではないか?」

 「あら?お待ちなさいな」

 

 何もないホールのど真ん中に、外傷のない六浜の死体。奇妙といえば奇妙過ぎる現場の状況に疑問を抱いてるのは望月だけじゃねえ。だが誰もそこには触れようとしなかった。まだ分からねえことが多すぎたからだ。それを空気を読まねえで突っ込んでくのは、らしいっちゃらしい。そして、そこに真っ向から刃向かってく穂谷も、やっぱりらしい。

 

 「六浜さんの死因をさておいて?今は彼女の死因を特定させる話をしているのですよ?強引に話題を変えるなんて、本当の死因を明らかにされては困ることでもあるのですか?」

 「死因を特定させるために必要だと考えるから提案したのだが、理解していないのか?現場の状況には不明確な点が多い。これを明確にすることが、六浜童琉の死の状況、すなわち死因を特定する大きな手掛かりになるのではないか?」

 「ちょ、ちょっと落ち着いてよ二人とも。いっぺんに違う話をされても」

 「今すべき話は“死因”についてに決まっているでしょう!」

 「“死体発見現場”こそ優先的に議論されるべきだ」

 

 勝手に話はじめてんじゃねえぞ。いっぺんに話されてもこっちは一つの話しか聞けねえっつうの。そう言って止めるような奴らならこんなに苦労してねえ。どうにかして、こいつらの話を1度に片付けられねえか。

 

 

 【ダブル議論】

 

 「まだ六浜さんの死因がはっきりしていません。それを無視して議論は進められません」

 「死体発見現場は明らかに異常だ。死因によらず六浜童琉を多目的ホールに放置した理由は明確にさせておくべきだろう」

 「死因は溺死だと思うけどなあ。外傷がない上に服毒の形跡もないんじゃ、それくらいしか浮かばないよ」

 「無傷の死体があんな何もねえ場所に転がってるってだけで十分意味不明だ。クロにとっちゃ、それだけで理由になるんじゃねえか?」

 「確かに溺死なら外傷は残らないでしょうが、外傷が残らないからといって溺死であると決めるのも早計ではありませんか!?そもそも六浜さんの死体は“まったく濡れていなかった”ではありませんか!」

 「単に奇妙な現場を演出することが目的だったということか?奇妙な現場を生み出せば議論されることは明白だろう。なにより仮に清水翔の言う通りだとしても、放置する場所が“多目的ホールである必然性がない”ではないか」

 「この議論ッ!!ぶち抜いてやるッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おいお前ら、いい加減にしろ。黙れ。まとめて説明してやる」

 「えっ?清水クンにできるの?ボクでもどうすればいいか困ってるのに、清水クンにできるの?」

 「なんで二回言った!!」

 「まとめて説明・・・してもらおうか」

 「まず、六浜の死体が濡れてなかったってことだが、それは単純な話だ。乾いただけだろ」

 「ぷっ!うふっ、うふふふふふふふふふっ!!あっはははは!!冗談は頭髪だけにしてください!溺死であれば少なくとも頭はずぶ濡れになるはずですよ!?」

 「誰の髪が冗談だッ!!」

 「たとえ一晩放置したからといって、タオルもドライヤーもなしに髪が簡単に乾きますか!?六浜さんの髪は決して短くありませんでしたよ!?」

 「そうだよね。外ならよく乾くと思うけど、ポイ捨てはできないし・・・」

 「だから多目的ホールを選んだんだろ。あそこなら窓を開けりゃ風通しが良くなる。外に放置できねえなら、外と同じ環境にできる多目的ホールを選ぶのは当然だ」

 

 六浜が溺死したことを隠すんなら、死体を乾かすのは絶対に必要だ。死体に付きっきりで乾かす以外の方法だったら、自然に乾くのを待つしかねえ。だから犯人はあの多目的ホールを選んだんだ。物がないのも、ホールのど真ん中に放置されてたのも、窓を開けてたのも・・・・・・え?

 

 「なるほど。確かにその条件を満たすのは、開放して外気を取り込むことが可能な多目的ホール以外にない」

 

 ちょっと待て。やっぱおかしいぞ。

 

 「しかし、計画的なのか杜撰なのかはっきりしない犯行ですね。考えがあって現場を決めた割に、その考えが大雑把過ぎます」

 

 そうだとするとなんであいつはあんなこと言ってたんだ。

 

 「まあ犯人の気持ちなんてボクらには考えても分からないよね。だけど、溺死っていう死因と多目的ホールの状況を考えるに、犯人は六浜サンと最後まで一緒に」

 「それだけじゃねえ!!」

 

 思わず叫んだ。考えもなしに、咄嗟に、議論を止めるために。

 

 「は、犯人が多目的ホールを選んだ理由はそれだけじゃねえ!!」

 「そんなにおっきな声出さなくても聞こえるって。どうしたの清水クン?」

 「六浜を溺死させてからあいつの死体が乾くまで、多目的ホールに出入りされたら意味ねえだろ!・・・だから、確実に誰にも見つからねえように多目的ホールを選んだんだ!」

 

 納得しかけてた周りの空気が変わった。不要なことだったかも知れねえ。けどこれで議論が変わる。

 

 「誰にも見つからない、とは?多目的ホールは誰でも出入りできますよ」

 「いや、多目的ホールは誰も入れねえようになってたはずだ」

 

 それは・・・

 

 A,犯人が多目的ホールの入口を見張ってたから

 B,犯人が多目的ホールの鍵を持ってたから

 C,犯人が多目的ホールの近くに罠を仕掛けていたから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「多目的ホールの内扉には鍵がついてたはずだ!犯人はその鍵を持ってたんだ!」

 「ふぅん」

 「六浜を殺して乾かす準備を整えた後、犯人は多目的ホールの内扉に鍵をかけて出てった。そうすりゃ、朝まで誰もホールに入れなくなるだろ」

 「内扉の鍵なんてあったのですか?まったく知りませんでしたが」

 「使う人なんてほとんどいなかったけどね」

 「いつも六浜が夜の見回りの時に鍵をかけてたんだ。だからその鍵は六浜が持ってたはずなんだ」

 「なるほど。リンゴさんは自分が何を言っているのか理解しているのですか?六浜さんは鍵のかかった多目的ホールの中で死亡していたのに、その鍵は六浜さんが持っていた。それでは今朝、どうやって私たちはホールの中に入ったのですか?」

 「鍵を六浜が持ってたのは昨日までの話だ。今朝、その鍵は別の奴の手に渡ってた。そいつが多目的ホールに鍵をかけた、つまり六浜を殺した奴ってことになる・・・そうだ!そうに違いねえ!!」

 「・・・ってことは、清水君には犯人の目星がついてるってことじゃない?結局、誰が犯人だと思ってるわけ?」

 

 結論を急くように曽根崎が言った。だが、その目は言葉とは逆にまったく俺の主張を聞き入れようとしてねえ。次に俺が言うことが分かってるからだ。そんなこと、それぐらいのこと、俺にだって予想できる。だから俺は、徹底的にやってやんぞ。

 

 【人物指名】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「曽根崎・・・今朝、多目的ホールの鍵を開けたのはテメエだろうが」

 「え?なにそれ?」

 「と、とぼけんじゃねえ!多目的ホールで六浜を見つけたとき、お前が鍵を開けただろうが!お前が俺に言ったんだよ!」

 「なんの話か分からないなあ。急に何を言い出すの清水クン?ボクを犯人に仕立て上げて・・・何を焦ってるの?」

 「ッ!?はあ!?焦ってねえよッ!!」

 「お二人だけで盛り上がっていないで、私にも分かるように話しなさい。結局、曽根崎君が内扉の鍵を持っているというのは事実なのですか?」

 「事実だ!!当たり前だろ!!こいつは認めるしかねえんだ!黙って待っとけ!」

 

 ぶん殴って認めさせてやりてえが、学級裁判の場でモノクマがそんなことを許すわけがねえ。曽根崎に口で勝つしかねえのか・・・!

 

 

 【ノンストップ議論】

 

 「今朝、内扉の鍵を開けたのは曽根崎だ。鍵は“もともと六浜が持ってた”はずだろ。曽根崎が六浜をぶっ殺して奪ったんだッ!」

 「ひどいこと言うなあ。ボクは殺してなんかないってば」

 「鍵は一つだけだったのですか?“スペアキー”などがあれば誰にでも施錠も解錠も可能だったということになりますが」

 「あれはみんなを監視する立場の六浜さんだけに与えられた学園からの支給品なので、世界にアレ一つだけでーす!」

 「やっぱり六浜が持ってたもんじゃねえか!」

 「もともとあったのが一つでも、複製できないわけじゃないよ。そもそも清水クンの証言だけじゃ信憑性ないでしょ。“他に証拠がない”のに決めつけないでほしいな」

 「それは違うぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 追及しても糾弾してものらりくらりと相手にしない曽根崎の目の色が変わった。その視線を受けても望月は表情一つ変えずに、淡々と述べる。

 

 「証拠なら存在している。何かの役に立つかも知れないと思って、曽根崎弥一郎の個室の屑入れを捜査していたのだが・・・的中したな」

 「屑入れ・・・?なぜそんなところを?いえ、理由などどうでもよろしい。何か見つかったのですか?」

 「このようなメモが見つかった」

 「!!」

 

 全員によく見えるように望月が見せたのは、何度か破かれたのをテープでどうにか貼り合わせたメモ紙だった。そこに書かれてることが意味することは、もはや考える必要もなかった。

 

 「『今夜、私の代わりに合宿場の見回りを頼む。この鍵は多目的ホールの内扉の鍵だ。施錠を忘れないように。六浜童琉』。これは証拠として十分に働くのではないか?」

 「文を読むに、鍵も一緒に渡されているようですね」

 「あるじゃねえか・・・!!証拠がよ・・・!!」

 「“超高校級の広報委員”にしては証拠品の処分方法が雑と言えなくもないが、証拠品であることに代わりはない。しかし」

 「その推理は校正する必要があるね!」

 

 望月の話を遮って、曽根崎が叫んだ。既に逃げ場を失ってるはずなのに、曽根崎はまったく退こうとしない。それどころか、何かを企むように不敵な笑みを溢す。抑えきれずにあふれ出す高揚を反論の言葉に変えてるみてえだ。

 

 「清水クンの推理に、望月サンからそれを支えるような証拠が出てくるんだね。そんなもの簡単には信じられない!あまりに都合が良すぎる!できすぎてる!まるで示し合わせたみたいじゃないか!そうでしょ!?」

 「私と清水翔は何も示し合わせていないが?同じ事実を語れば辻褄が合うのは自然なことではないか?」

 「ボクはね、もう飽き飽きなんだ。都合の良い『事実』はさ!作られた『真実』は!!」

 

 

 【反論ショーダウン】

 

 「何が出てくるかと思ったらそんなボロ紙切れ一つだなんて、期待してただけにガッカリだね!ボクを追い詰めたいなら、もっと強力な証拠を出してよ!強力なッ!確固たるッ!決定的なッ!絶対に揺るがないッ!そんな証拠をさ!!」

 「このメモが強力な証拠かどうかは不明だが、曽根崎弥一郎が六浜童琉から多目的ホールの内扉の鍵を受け取った証拠にはなるのではないか?」

 「分かってない・・・分かってない分かってない分かってなさ過ぎるよ望月サン!!証拠は信じるものじゃない!!疑うものなんだよ!!誰かを疑うために証拠を利用するなら、証拠だって疑わなきゃいけない!!本当にその証拠は本物なのかい!?誰かが・・・望月サン自身が“捏造した証拠”なんじゃないの!?」

 「無駄な抵抗だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「曽根崎弥一郎、お前ならば分かり切っているはずだ。このメモ帳が何なのか。このメモに使われたペンがどのようなものなのか」

 「それがどうしたの」

 「この紙は六浜童琉が使用していたメモ帳のもの。ペンは六浜童琉が使用していたもの。いずれも遺留品となっている。下手な言い訳をしても照合すれば簡単に分かることだ」

 「・・・ありゃりゃ。そういうのはボクの専売特許だったのに。望月サンってば隙がないなあ」

 「なに余裕ぶっこいてんだ・・・!テメエ、今の状況分かってんのか?」

 「分かってるさ。うん、バレちゃったか。そうなんだ、実は六浜サンから鍵と見回り役を預かっててさ、昨日の夜は言われた通りに見回りしてたんだ」

 「しているのではありませんか。やはりウソでしたか」

 「ウソは吐いてないよ!まあ隠し事はするかもだけど」

 「どっちだっていい!認めたってことは、テメエが犯人ってことになんだぞ!」

 「そうだね。キミが“導きたかった”結論そのものじゃないか、やったね清水クン」

 「あぁっ!?」

 

 意味深な言い方で俺を見る。どう考えても追い詰められてるのはこいつのはずなのに、その目で見られると逆にこっちが追い詰められてるような気がしてくる。なんなんだこいつのこの余裕?何を企んでやがる?何を隠してやがる?

 

 「じゃあ、みんなの主張をまとめてみようか。“清水クンの発言から明らかになった真実”をさ・・・」

 「なぜ曽根崎弥一郎が主導する?諦めたのか?」

 「まあまあ、ボクは一旦全部話を聞いてから言いたいことを言うタイプなの。だから聞かせてよ、キミたちの“真実”を!」

 

 妙に高揚した曽根崎だが、ここからどうやって反論するってんだ。それに、こいつが犯人で間違いねえはずだ。内扉の鍵を持ってたってことが何よりの証拠だ。そうだ、それで間違いねえ。

 

 

 【ノンストップ議論】

 

 「さあ!キミたちの真実を聞かせてよ!」

 「曽根崎が六浜をぶっ殺したんだ!多目的ホールで“溺死させた”んだろ!」

 「彼女から夜の見回りを任され、“ホールの内扉の鍵を持っていた”曽根崎君は、彼女を多目的ホールで殺害した後、内扉の鍵をかけてホールを密室にしたのですね」

 「密室とは厳密には異なる。六浜童琉が溺死した事実を隠蔽するため、“曽根崎弥一郎は多目的ホールの窓を開放して”死体が乾燥しやすい環境を造ったのだ」

 「それは・・・違うよッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そうだよね、そうなるよね。でもね、そうじゃないんだ。キミたちの“真実”は事実とは違う。」

 「何をわけの分からないことをブツブツ言ってらっしゃるのですか?気持ちの悪い」

 「私の発言に、何か事実との相違があったか?」

 

 自分が始めさせた議論を自分でぶった切りやがった。望月の言葉を耳聡く拾い上げて、自分の立場を一転させる議論を始めるために。

 

 「その推理だと、ボクが犯行の全てをやったってことになってるけど、違うんだよ」

 「何が違うのですか?」

 「多目的ホールの窓を開けたのはボクじゃない。開けたのは別の人だ。本人が一番よく分かってると思うけどね。しかも窓を開けた時、六浜サンはまだ生きてたはずだ」

 「ッ!!」

 「なに?どういうことだ?」

 「ボクは夜の見回りをしてて、最後に多目的ホールを見に行ったんだ。そこでホールの灯りが点いてることに気付いたんだ。しかも窓が開いてるってことにもね。明らかに誰かがいるって思ったよ」

 「ウソだ!!デタラメだ!!そんなデマカセ誰が信じるってんだ!!」

 

 クソッ!!これ以上曽根崎に喋らせたらダメだ!!こいつの言葉を他の奴らに聞かれたらまずい!!そう思って苦し紛れに大声を出すが、そんなもんで止まるような奴じゃねえのはイヤってほど分かってる。やめろ!!!それ以上はやめろ!!!

 

 「妙な予感がしたから、ちょっと様子をうかがってたんだ。そしたら、ホールから歩いてくる人影が見えてさ。とっさに隠れて顔を確認したんだ」

 

 そこで曽根崎の目を見た瞬間、俺は一瞬で悟った。やられた。さっきと立場がまるで変わってる。こいつは自分が追及されることも含めて、想定内だったんだ。敢えて俺に追及させたんだ。俺が曽根崎にしたように、曽根崎も俺に同じことをするつもりだったんだ。しかも俺の追及を踏み台にして。

 

 「ねえ、清水クン。どうしてキミはあの時間帯に多目的ホールから出て来たの?」

 「くっ・・・!!」

 

 この野郎・・・性格悪いなんてもんじゃねえぞ!今までの議論を全部、俺に対する疑惑に変えるつもりだ!全部を俺の陰謀ってことにして、俺をこの裁判でクロにするつもりだ!なにが『作り話には飽きた』だ!なにが『ウソは吐かない』だ!馬鹿にしてやがる!!

 

 「?」

 「六浜サンの死亡推定時刻からは少し外れるけど、窓が全開になった多目的ホールから、真夜中に、たった一人で、何をしてたの?」

 「テメエ・・・はじめっからそのつもりだったんだなッ!!俺をハメやがったなッ!!」

 「それは答えになってないよ。後ろめたいことがないなら、正直に話してよ。ねえ、どうして清水クンはあの時間に多目的ホールにいたの?どうしてそれを黙ってたの?どうしてアリバイの話を飛ばしてまで、ボクが犯人だって結論を出したの?どうしてそんなに動揺してるの?」

 「ぐっ・・・!こ、この野郎ッ・・・!!」

 

 決して畳み掛けるような勢いじゃない。相手の答えを聞く意思も感じる。嘘もデタラメもない。なのに曽根崎の言葉は何よりも強く脳みそを揺さぶり、鋭く心臓に突き刺さる。答えようとしても言葉が出る前に掠め取られるみてえに消える。

 

 「なんですかそれは?リンゴさんが多目的ホールに行っていたなど初耳ですが」

 「窓が開放された多目的ホールから出てきたと言っていたな。清水翔は窓が開放されていることに疑問を抱かなかったのか?」

 「疑問を持たないのは、窓を開けた本人だけだよ。決定的な証拠はないのが惜しいところだけど・・・でもさあ、清水クンってボクと同じくらい、クロいんじゃないかなあ?」

 「クロい・・・だとッ・・・!?」

 

 穂谷と望月の疑惑が、曽根崎から俺に移った。それだけは、肌で分かるくらい感じた。それだけで、身体が震えた。たった、それだけだ。簡単だ。ひとがブッ壊れる原因なんて。

 

 「ふっ、ふふっ、ふふざっ、ふざっ、ふふふふざふっ、ふざざっ、ざけっ、ざっ、ふざっ・・・!!!ふっざっけんっなぁぁあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 目の前にいるのは全て敵。だが俺にはたった一人の奴しか見えてなかった。俺を追い込んだ奴だけが、俺をぶっ壊した奴だけが、俺がぶっ殺さなきゃならねえ奴だけが。

 

 「んなクソみてえな推理で誰が納得するんだゴルァッ!!ホールから出てくる俺を見ただぁっ!!?じゃあ俺が出てくるとこを見たテメエはそれを証明できんのかッ!!テメエがクロだったらそんなデマカセいくらでも言えんだろうがッ!!テキトーこいて逃げようとしてんじゃねえぞボケェッ!!!」

 「ボクの言うことがデマカセだったらそんなに動揺する理由がないよね?キミが導いた議論の流れは明らかに不自然だ。まるで何かからボクらを遠ざけようとしてるみたいに・・・」

 「黙れ黙れ黙れッ!!!俺がホールで何してようがテメエらには関係ねえだろ!!それにどう考えたって怪しいのは内扉の鍵を持ってた曽根崎だろうがッ!!」

 「これでは話し合いになりませんね。私は、鍵を持っていてホールを唯一施錠することができた曽根崎君が怪しいと思いますが、いかがですか?」

 「清水翔による議論の誘導や事実の隠蔽があったのは間違いないようだ。さらに無実ならばこれほど精神的に乱れることも考えにくい。したがって、清水翔が疑われるべきだと考える」

 「うーん、参ったなあ。ボクと清水クンで真っ二つだ」

 「真っ二つ?いま、真っ二つって言ったね?よくぞ言ってくれました!ではここで、この最終裁判用法廷のスペシャル機能をお見せしましょう!今度はバッチリ再現するよ!当たってんだか当たってないんだか分からない予想なんかじゃなくてね!」

 「何の話だ?」

 「スイッチ!オーーーーーンッ!!」

 

 立場が割れる。真っ二つになった議論を割って、モノクマが嬉しそうに笑う。玉座の前のスイッチを叩くと、俺たちの証言台が動き出した。二つに対立した意見を示すように、向かい合って二列に証言台が並び直す。俺たちは、ここで互いの意見をぶつけ合わされるんだ。直感的にそう理解するくらいに分かりやすい。

 

 

 【議論スクラム】

『六浜童琉を殺した犯人は?』〈曽根崎だ!〉VS《清水だ!》

 

 ーー議論ーー

 〈今までの議論から曽根崎が怪しいって結論になったんじゃねえのか!〉

 《その議論は、清水クンが誘導して作ったものだったよね》

 

 ーー容疑者ーー

 〈容疑者である曽根崎君の証言など、信じるに値しません〉

 《全員が容疑者であると言える学級裁判においては、その選択こそが重要だ》

 

 ーー証拠品ーー

 〈内扉の鍵や犯行に用いたバケツなどの証拠品は、清水君が明らかにしたものです〉

 《そりゃあある程度の証拠品がないと、ボクを犯人に仕立て上げられないもん》

 

 ーー隠し事ーー

 〈曽根崎は多目的ホールの内扉の鍵のこと隠そうとしてただろうが!〉

 《清水翔も、夜中に多目的ホールを訪れていたことを隠蔽していたのだろう?》

 

 ーーアリバイーー

 〈曽根崎君は夜に見回りで多目的ホールに行ったアリバイがあるのでしょう?〉

 《清水クンには、事件当時ボクの証言以外のアリバイはないよね》

 

 ーー六浜童琉ーー

 〈俺がホール行ってたとして、六浜と会ってた証拠でもあるってのかよッ!!〉

 《昨日の六浜童琉の足跡を辿れば、明らかになるだろう》

 

 「これがボクたちの答えだッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 打ち出す言葉は悉く撃墜され、一つも奴らの主張をぶち壊す力を持たない。押し切られるように、ねじ伏せられるように、俺らは言葉を失った。

 

 「どう?納得してくれた?」

 「はあ・・・決定的な証拠がないのが気がかりですが、確かにどちらかと言えば清水君の方が怪しくなってきたような気がします」

 「んぐぐっ!!ど、どいつもこいつもォ・・・!!」

 「清水クン、早く楽になっちゃいなよ」

 「楽にだと・・・!?バカかテメエは!楽もなにも俺はやってねえんだよ!」

 「だから、まだ隠してることがあるんでしょ?大人しく白状してってば」

 「んなッ!?」

 「はい?まだ何かあるのですか?」

 

 この野郎・・・!!どこまで俺を追い込むつもりだ!!その哀れむような目を止めろ!!そんな目で俺を見るな!!

 

 「清水翔が隠蔽していることとは、これのことか?」

 「ッ!!?なッ・・・!?テ、テメエなんでそれを・・・!!?」

 

 既視感のある流れから、また望月が何かを取り出して言った。見せびらかすように揺らしてるのは、クシャクシャになったメモ紙だった。さっき、曽根崎を追及したときと同じ種類の紙で、違うのは破られてねえってことくらいだ。

 

 「清水翔、お前は事件のあった夜、六浜童琉と密会しているな」

 「んんぐぁっ・・・!!そ、それは・・・!!」

 「はっ?はあああああっ!!?なんですかそれは!?このリンゴ頭、あれだけ言って結局、六浜さんと会っていたのですか!!?」

 「やっぱりね」

 「なん、な、ななん、なんでェ・・・!!も、もちづきィィイイイイッ!!!なんでテメエがそれを持ってやがる!!」

 「お前の個室の屑入れを捜査した。曽根崎弥一郎の時と同様に、証拠品がある可能性があったからな」

 「またゴミ箱ですか!なんなのですかあなたは!?ゴミ箱の妖精かなにかですか!?」

 「なんでもいいけどさ。清水クン、キミは犯行時刻の昨日の夜に、犯行現場である多目的ホールで、被害者の六浜サンと、二人っきりで会っていた。しかもそれを隠して、その上議論を誘導し、剰えボクを犯人に仕立て上げた。キミがクロじゃないって言うなら、なんでこんなことをしたのか不思議で不思議で仕方ないんだけど?納得いくように、分かりやす〜〜い説明を、ボクら全員に、してくれないかなあ?」

 「ううぅっ!!んぎっ、くうぁあ・・・!!」

 

 俺は呪った。曽根崎弥一郎を。望月藍を。穂谷円加を。六浜童琉を。モノクマを。学級裁判を。コロシアイを。希望ヶ峰学園を。俺(シミズカケル)を。何もかも、全て、終わった。

 

 「ん?議論は終わった感じ?結論が出た感じ?はい!それじゃあ投票いっちゃいましょう!こんなヤッツケ裁判さっさと終わらせて、希望と絶望のぶつかり合うマックスエクストリームな最終裁判に」

 「こう、なりたくなかったんだよ・・・!!」

 「あっ、これまだ続くやつや!モノクマは学習して成長するんだ!」

 

 別に話したって何かが変わるわけじゃねえ。けど、全部もうバレた。洗いざらいぶちまけた方が楽になるかも知れない。どうにもならなかったら、それはそれだ。

 

 「六浜に呼び出されて、死ぬ前のあいつと会った。別に隠すつもりはなかった。でも議論が進んでくうちに、俺が六浜を殺した犯人に近付いてく気がして・・・!!こ、このままじゃ俺が犯人になっちまうって思った。それで思わず声が出て・・・!退けなくなった」

 「思わず?証拠品といい議論の流れといい、貴方のような方が思いつきでやったようなものではなかったと思いますが?」

 「たまたまだ。曽根崎が六浜から見回りを頼まれてたなんか知らなかった。鍵を持ってたのも、完全に六浜が勝手にやったことだ」

 「多目的ホールの窓を開放したのは、清水翔なのか?」

 「ああ。妙だとは思ったが・・・六浜に気圧されてやっただけだ。あいつがマジな顔して頼むから」

 「頼むから?」

 

 ウソはねえ。自分で振り返るほどに、馬鹿なことをしたと思う。素直に言ってれば違ったはずだ。ヘンに曽根崎を犯人にしようとしたり、反論したりしなければあいつに反撃の余地を与えることはなかった。俺は六浜を殺してない、はずなのに、そんな当たり前のことにさえ自信が持てねえ。もしかしたら知らねえうちにあいつを殺しちまってたのかも知れねえ。そんなバカげたことを否定できねえほどに、俺は自分のことも分からなくなっていた。

 

 「窓を開けたのは、清水クンの意思じゃなかったってこと?」

 「ああ。六浜に頼まれてやっただけだ」

 「六浜さんに頼まれた?彼女は被害者なのですよ?なぜ彼女が窓を開けるように頼むのですか」

 「さあな・・・もうどうでもいい。考えんのも面倒になった」

 「・・・なんか、変だね」

 

 そんなこと分かってる。何かがおかしい。何か、大きな間違いをしてるような気がする。けどだからなんだってんだ。どうせ全部終わりだ。終わったんだ。

 

 「清水クン、一つ聞かせて」

 「なんだ」

 「キミは、六浜サンを殺したのかい?」

 「なんですかその質問は?聞く意味があるのですか?」

 「まあまあ。ね、答えてよ」

 「・・・さあな。殺してねえつもりだが、殺してるかもしれねえな」

 「ひどく曖昧な回答だ。肯否を判断しかねる」

 「やはり無意味な問答でしたね。さあ、さっさと彼に投票して終わりにしましょう!」

 「待って」

 

 曽根崎の質問は意味が分からなかった。殺したか、なんて聞いてはいそうですと答える奴なんかいるわけがねえ。穂谷の言う通り無駄な質問だ。そのはずなのに、曽根崎は投票に移ろうとする議論を止めた。まだ何かあんのか。

 

 「ねえみんな、もう一回考え直してみない?このまま投票するのはボク反対だな」

 「考え直すとは・・・?」

 「ボクらはいま犯人が清水クンだって思ってるけど、そうじゃないのかもしれないよ」

 「は、はあ?あなたが彼を犯人だと言ったのでしょう!?私はそれに付き合って議論してきたのですよ!結論も出て、清水クンも半ば認めたようなものです!これ以上、何があるというのですか!?」

 「だって清水クン、分からないって言ったんだよ?本来は否定するはずの質問に、そんな曖昧な答え方しないよ普通。よっぽど狡猾な犯人か、自覚がない犯人か、犯人だと思い込んでるシロか・・・いずれにせよ、まだ何か隠されてることはあるはずだ」

 「学級裁判は、犯人を見つけ出すことが目的であって、事件の真相解明は副次的なものに過ぎない。清水翔が犯人ならば投票しても支障ないのではないか?」

 「とんでもない!副次的なんかじゃないさ!真相が分からなきゃ犯人は分からない。犯人を見つけ出すことは真相を解明することと同じ、だからボクらは推理するのさ!だからまだ明らかになってない謎があるなら、議論を続けるべきなんだよ」

 

 謎が残ってるから投票はできない。曽根崎は俺が犯人だと思ってるんじゃねえのか。議論を止めて、半分殺されたような状態で、まだ議論しなきゃならねえのか。けど、議論が続くってことは、俺がクロじゃなくなる可能性も出てくるかもしれねえ。そう気付いた瞬間、思わず曽根崎の意見に乗っかってた。

 

 「・・・明らかになってない謎って、なんだよ」

 「たとえば・・・さっきからボクはずっと不思議だったんだ。ボクがホールの鍵を持ってたってことの証拠と、清水クンが六浜サンと会ってたことの証拠についてさ」

 「その二つは紛れもない事実なのでしょう?いまさら疑う必要などありません」

 「事実は事実だけど、捜査の段階ではまだボクと清水クンがそれぞれ自分のことしか知らなかったはずなんだ。なのに、それに関する証拠を見つけてくるなんて、なんだか話が出来すぎてない?まるで、その事実をはじめから知ってたみたいにさ・・・」

 「はじめから、知ってた?」

 

 そういえばそうだ。曽根崎が鍵を持ってるのは、朝に多目的ホールで六浜の死体を発見したときに分かったことだとしても、それを六浜が曽根崎に渡してたなんてことは考えもしなかった。俺がホールで六浜と会ってたことだって、俺自身しか知らなかった。曽根崎が俺を見たと言ったが、それでも六浜と会ってることの確証には至らねえはずだ。そうじゃねえか。だったら、その証拠を見つけてくるってのは、はじめからそれが分かってたってことになるのか?その証拠を持ってきた奴って・・・。

 

 「・・・お前だよな、望月」

 「間違いない」

 

 三人から一斉に疑惑の視線を受ける。それでも望月は動揺の欠片さえ見せず、堂々と、飄々と、淡々と答えた。

 

 「我々全員が容疑者であるのだ。捜査で容疑者の個室を捜査することが不自然か?」

 「ゴミ箱で細切れになってるメモを修復するなんて、確信でもねえとそこまで普通やらねえだろ!望月、テメエまさか・・・知ってやがったのか!?」

 「・・・結局、お前たちは何が言いたいのだ?」

 「ボクと清水クンの個室に、証拠となるメモが残されてる確信があったからこそ、キミは個室を捜査した。それはつまり、キミは六浜サンの行動を知ってたんじゃないの?もっと言えば・・・キミはそれを利用して、殺人計画を立てることも可能だったんじゃないの?」

 

 率直に曽根崎は切り込む。俺と曽根崎の後ろに隠れて、妙な行動をしていた望月に。徐々に俺の中の疑惑は薄れていった。六浜を殺したのは俺じゃないのかも知れねえ。もしかしたら俺がそう思うことまでも、犯人の思惑の一部なのかも知れねえ。だとしたら犯人は、俺を犯人に仕立て上げようとしてたのか?俺と曽根崎のやり取りまでも、想定してたってことか?

 

 「六浜童琉が昨晩、どこで何をしていたのか、私は関知していない。清水翔や曽根崎弥一郎と六浜童琉の昨晩の行動も、捜査でこの証拠を発見し、この場で議論したことにより明らかになった。私は、六浜童琉を殺害していない」

 「確信があったからこそ、キミはボクと清水クンの個室を捜査した。六浜サンからメモで指示があったって確信があったんだ」

 「私が捜査したのはお前たち二人の他に、穂谷円加の個室と六浜童琉の個室だ」

 「あっそう。どっちにしろキミは、はじめから分かってたんじゃないの?六浜サンがボクたちに宛てたメモがあるはずだって」

 「・・・」

 「キミは、はじめから証拠品がある前提で捜査してたんでしょ?だから真っ先に個室を捜査しに行けた。違う?」

 「根本から論じよう」

 

 当然、望月は曽根崎の推理を否定する。だがそれじゃ、なんで個室のゴミ箱なんか捜査したのか説明つかねえ。多目的ホールの捜査もそこそこに、資料館も捜査せず、どうしてそんなところを捜査しようと思ったんだ。それを追及していくと、望月はようやく明確に反論した。

 

 「曽根崎弥一郎。私は確信を持って個室を捜査したわけではない。そこに証拠が存在している蓋然性が高いと判断したため、捜査したに過ぎない。捜査とは本来そうあるものではないか?証拠を集めるために捜査することが疑いの対象になるのであれば、なぜ個室の捜査だけが特別に糾弾されるのだ?」

 「らしくないなあ望月サン。なんで自分だけが疑われるんだって、キミにしては反論が幼稚じゃない?」

 「私の疑問への回答になっていない。さらに質問を付加しよう。お前は私が個室に証拠がある確信を持っていたと主張しているが、なぜそう考える?その根拠をお前が提示できないのであれば、お前の推理も根拠のない確信ありきのものと言わざるを得ない」

 「だったら俺が相手になってやるよ!」

 「えっ、清水クン?」

 「要は、望月が確信持って捜査してたってことを認めさせりゃいいんだろ!」

 

 

 【反論ショーダウン】

 「捜査は本来、証拠品が存在すると推定される場所を訪れて調査することだ。寄宿舎の個室も例外なく事件に関与している可能性がある。パーソナルな空間であれば証拠品を隠滅しやすいとも考えられる。なにを不自然なことがある?」

 「ゴミ箱の中で細切れになってるメモを修復するなんて、確信がなきゃ時間削ってまでしねえだろ!っていうか望月、テメエは捜査したっつってるが、結局はそのメモを回収するために個室に行っただけじゃねえのか?」

 「実に心外だな。私は生存者及び六浜童琉の個室を隈無く捜査した。それぞれの個室で証拠品と思われるものは“これらのメモしかなかった”。そこに恣意性はない」

 「その言葉、斬るッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「証拠品はそのメモだけじゃねえはずだ。六浜の個室に、明らかに妙なもんがあっただろうが」

 「・・・?六浜童琉の個室に、か?」

 

 望月の表情は、素直に疑問を抱いてるもんだった。もっともそんなウソを吐いたところであいつには意味がねえ。やっぱりこいつは、メモ以外の証拠品なんか探す気がなかった。

 

 「白い花だ。水を張った皿に浸けてあっただろ」

 「もともと六浜童琉の個室にあったものではないのか?」

 「私も見つけましたが、摘んで間もないようでしたし、自生している種類でもなかったようです。あの部屋に行けば誰でも分かりそうなことですが」

 「・・・」

 「望月、テメエはハナっからメモを探すことしか頭になかったんだ。だからあんな分かりやすく妙なもんを見逃した。つまりテメエは、六浜が誰かにメモを出してたことを知ってたってことになるだろ!!」

 

 あの花が事件にどう関係してんのかは知らねえが、普通に捜査してあれを見落とすことなんてねえ。望月は前から捜査はしっかりやってた。だからこそ、今回の捜査は妙なんだ。俺が言ってやると、望月は少し考えこむように顎に手をあてて、空を見つめた後、言った。まったく、いつもの調子で。

 

 「認めよう。私は恣意的に捜査を行った。六浜童琉のメモが証拠品となることを捜査開始時点で理解しており、各々の個室に存在していることにある程度の確信を抱いていた」

 「相変わらずあっさりしていますね。それで、なぜそんな確信を抱いていたのかが問題になるわけですが」

 「曽根崎が言ってたように、昨日の夜に六浜の行動を知ってたってことじゃねえのか?」

 「直接六浜さんと会うか話すかして知ったか、偶然見かけたか盗み見たか・・・なんでそれを隠してたのか、も気になるところだ。ね、清水クン」

 「ッ!」

 

 嫌みを言ってきやがったから思いっきり睨んでやったが、曽根崎はのらりくらりと俺の視線をかわしやがる。一方の望月は淡々と、こっちの理解を待たずにどんどん話しやがる。認めた途端に吹っ切れたように。

 

 「昨夜、私も曽根崎弥一郎や清水翔と同様に、六浜童琉からメモにより指示を受けた。その内容が意味不明だったため、私と同様に六浜童琉から指示を受けた者がいる可能性があると推測した。私自身は昨晩、六浜童琉とは会っていない。事実を話さなかったのは隠蔽していたわけではなく、共有することでお前たちを混乱させてしまうと考えたため、お前たちに配慮して話さなかった」

 「配慮?」

 「私は六浜童琉を殺害した犯人ではない。故に私への不要の疑惑は時間の浪費であると共に、精神的疲労の蓄積にしかなり得ないと判断した」

 「それはテメエが決めることじゃねえ!」

 「会ってないなんて言葉、誰が簡単に信じますか!」

 「でも六浜サン、昨日の夜はずっと他の人と会うのを避けてたみたいだし、ない話じゃないと思うよ」

 

 どっからウソでどっからホントなのか分からねえ。こいつも俺や曽根崎と同じように、六浜からなんらかの指示を受けて、その通りに行動してただけ。だから六浜が殺されたことについてなんか知らねえと。ずいぶん都合が良くて勝手な話だ。でも、疑ってちゃ話が進まねえ。とにかくこいつの話を解きほどかねえと。

 

 「・・・で、意味不明な指示?なんだそれは」

 「念のため、私のメモも証拠品として持参している」

 「あったのかよ!」

 

 当たり前のように、望月は自分が不利になると分かり切ってる証拠を見せてきた。

 

 「『妙な頼みをして済まないが、多目的ホールの暖房を点けてほしい。地下の管理室に行けば空調を操作できる。今夜は冷えるから、35℃にしておけば丁度良いだろう。六浜童琉』これだけだ。妙だろう?」

 「で、その通りにしたの?」

 「断る理由がなかった。地下の管理室で空調を操作し、そのまま個室に戻った」

 「だからホールがあんなクソ暑かったのか・・・」

 「ああ、あれは変だなと思ってたんだよね。望月サンの仕業だったんだ。メモも筆跡も六浜サンのものだし、ウソじゃなさそうだ」

 「これで私に対する疑惑は晴れただろうか?」

 「いいや、もし望月サンが素直に個室へ戻ってても、六浜サンを殺せた可能性はある。たとえば、多目的ホールになんらかの仕掛けをしておいて、気温を上げることで発動させたりとか。あるいは外との寒暖差を利用して・・・」

 「暖房を点けるように指示したのは六浜童琉だ。しかもこのメモは、夜時間になる少し前に確認したものだ。多目的ホールに仕掛けを施すことは現実的には不可能だろう。それらしきものは多目的ホールには見られなかった」

 「だからテメエの捜査は信用ならねえっつってんだろ。まあ、俺もそんな心当たりはねえが」

 「室内の温度を変えただけで人が死亡するなど、そうない。況してや六浜童琉は特別な虚弱体質でも疾患を抱えているわけでもない。私の行為は直接関係していないだろう」

 「・・・ん?」

 

 冷静に考えれば、暑いといえば暑いが蒸されて死ぬような暑さでもねえ気温だ。それで六浜がぶっ倒れて死ぬなんて、ちょっと考えればあり得ねえと分かる。望月の捜査が信用おけねえことと、望月が怪しくなったこと以外は何も変わらねえ。だがその中で、妙に耳に残る言葉があった。

 

 「おい、望月。テメエ、この期に及んでウソ吐いてねえよな?」

 「ウソ?まだ私の発言に何か疑問があるのか?」

 「さっきのメモ見せてみろ。テメエはそこに書いてあることしかしてねえんだろうな?」

 「勿論だ。余分なことをする理由がない」

 「それがなんだというのですか?この方はそういう方だなんてこと、分かり切っていたでしょう!」

 「・・・だったら、誰なんだよ」

 「誰って、何が?」

 「昨日の夜、管理室に行った奴がいるだろ・・・望月以外にも!」

 

 間抜け面でとぼけやがって。化けの皮を剥がしてやる!

 

 

 【ノンストップ議論】

 

 「昨日の夜、望月以外にも管理室に行った奴がいるはずだ・・・!どいつだ!出て来い!」

 「ちょ、ちょっと待ってよ清水クン?なんでそんなこと言えるの?」

 「何を根拠に議論しているのか不明確だ」

 「もし望月が本当に多目的ホールの“温度しかいじってねえ”なら、現場の状況の説明がつかねえんだよ!」

 「何を仰っているのですか?“室温が高く”、“窓が開放されて”、“内扉が施錠されていた”。まったく、議論について来られないなら話さないでください。“全て説明がついている”ではありませんか!」

 「それはちげえぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「鍵がかかってたこと、窓が開いてたこと、クソ暑かったこと・・・あのホールで妙な部分はそれだけじゃねえ!まだもう一つ、妙なことがあるだろ!」

 「妙なこととはなんだ?」

 「俺は管理室も捜査したんだが、そこでは確かに室温のパネルがいじられてた。だがそれ以外に、乾燥機能のパネルもいじられてたんだ。ホールに入ったときに、やたら空気が乾いてたのが気になってたんだ」

 「空気が乾いてた・・・へえ!暑いのは分かったけどそれは気付かなかったや!さすが清水クン!アンテナのおかげで人より敏感なん・・・ごめんッ!」

 「だから望月が室温しか上げてねえなら、他にもう一人、乾燥機能のパネルを操作した奴がいるってことだ」

 「どうせモノクマが誤って操作してしまったのでしょう?」

 「むっ!失礼な!ボクはオマエラが快適にコロシアイできるように細心の注意を払ってるっつーの!乾燥なんかしてたらボクのモコモコふんわり愛くるしい肌が、がさがさになって剥がれ落ちて・・・ギエーッ!スプラッターッ!てなわけで、ボクはいじってませんよ。いじってもすぐ元に戻すもんね!」

 「では曽根崎君でしょう。見回りの時にそれくらいの時間はあります」

 「乾燥機能のパネルは私が管理室を訪れた時点で既に機能していた。それが夜時間の30分ほど前だ。曽根崎弥一郎が見回りに来たのは、先ほどの清水翔を目撃した証言から考えて夜時間直前。前後関係を見れば、私より先に曽根崎弥一郎が管理室を訪れたとは言えない」

 「では誰がパネルなんかを捜査するというのでしょう?謎ですね」

 「テメエしかいねえだろ穂谷」

 

 曽根崎や望月の話を聞いた後じゃ、穂谷の苦し紛れの言い訳なんかつまらなく感じる。分かり切った結論の前で足踏みさせられることほどイラつくことはねえ。

 

 「望月より先に管理室に行って、ホールの空調の乾燥機能を点けたのはテメエだろ。他にいねえ」

 「・・・証拠、はあるのでしょうね」

 「穂谷円加の個室を捜査・・・いや、訂正しよう。穂谷円加の個室へメモを探しに行ったところ、発見した。他二人と同様にゴミ箱に破棄されていた」

 「なになに。『頼みがある。管理室に行って多目的ホールを乾燥させてほしい。それだけだ。お前にしか頼めないことだ、穂谷。よろしく頼む。六浜童琉』。ばっちり乾燥機能のことじゃん!」

 「ええ、そうですよ。私が乾燥のパネルを操作しました」

 「すぐ認めた!」

 「否定はしていませんでした。証拠まであるのに悪あがきする意味がありませんので」

 「だったら、テメエが望月より先に管理室に行って多目的ホールの乾燥パネルをいじった。それでいいな」

 「穂谷円加が、六浜童琉の指示に素直に従うだろうか?正常な責任能力が欠如していたのではないか?」

 「失礼ですね。私を誰だと思っているのですか。私は気付いたのです、辛い現実から逃げていても、何もできないし変わらないと。この悲しみを克服しないと、私は前に進めないと!」

 「語るのはいいけど、それは六浜サンの指示に従う理由になってないんじゃない?」

 「私たちの中で黒幕に打ち勝つ希望となるのは六浜さんだと感じていました。だから、彼女の言うことならばと従ったまでです。これで・・・彼の仇を討てると、そう思っただけです」

 

 結局鳥木か。別に立ち直ったんならなんでもいいが。望月より先に管理室に行ったってことは、その後で俺が六浜と別れるときまで時間があるな。その後で六浜を殺すとなると、曽根崎の目も欺いてホールに忍び込まなきゃならねえ。そこまでのことが、穂谷にできんのか?

 

 「・・・で、これどういう状況?」

 「あ?」

 「清水クンは窓を開けて、ボクは見回り、望月サンは暖房、穂谷サンは乾燥機・・・昨日の夜、全員が全員、別々に妙な行動をしてた。しかもすべて六浜サンに指示されたことで、彼女が死んでた多目的ホールに関することだ。これは・・・世にも奇妙な偶然の一致、で片付けられるわけがないよね」

 「あ、あぁ・・・確かに」

 「・・・多目的ホールで殺人を企てていたのは、私たちの中の誰かではなく、六浜童琉だったのではないか?」

 「・・・ッ!!」

 

 なるべく考えまいとしてたことをしゃあしゃあと言うのは、いつも望月だ。頭に浮かんだ可能性を無視しようと必死になってるところを、わざわざ拾い上げてくる。そんなこと、さっきからずっと分かってたことだっつうんだよ。

 

 「六浜童琉は私たち各々に一見意味不明な行動をさせ、多目的ホールを殺人に適した状況へ変化させた。そして誰かを呼び出し、殺害するつもりだったのだろう。しかし実際には逆に殺害され、ホールに置き去りにされた。これが現時点での私の仮説だ」

 「んッなわけねえだろ!あいつが・・・あの六浜がッ!殺人だと!?」

 「この合宿場にいる以上、完全にあり得ない、なんてあり得ないんだよ。彼女だっていろいろ溜まってたはずだからね。責任感強い人が吹っ切れて・・・よくある話さ」

 「けど・・・あの六浜だぞ!?リーダー張ってた、責任感ムダに強くて、そのくせ自分のことは後回しにして、いつもいつも悩みっぱなしで、口うるさくて・・・むっつりで・・・そんな、奴なんだぞ・・・!」

 「どうしても信じられない?」

 「その信頼が危険だと、私は忠告したはずです。笹戸君が晴柳院さんの無害さを利用したことを忘れましたか?」

 「だからって・・・!っつうか、そもそもなんで多目的ホールの状況が殺人に適した状況なんだよッ!」

 「え?」

 

 六浜が誰かを殺そうとしてた・・・そんなバカなことがあるわけねえ。だってあいつは、そんな奴じゃねえはずだ。そんな弱え奴じゃねえはずだ。あいつが黒幕なんかに・・・絶望なんかに折れるわけがねえんだ!

 

 「清水君、気持ちは分かりませんが、貴方一人が喚いても意味がないと思いますよ」

 「うるせえ!望月の戯言なんかに乗せられやがって!だったら俺がテメエらをねじ伏せてやる!六浜は殺人なんか考えてねえ!ぜってえにだ!」

 「おー?これはまたまた意見が分かれた感じ?しかも1対3?うぷぷぷ!もちろん、人数が偏っててもいけますよ!うぷぷぷぷぷ!」

 

 

 【議論スクラム】

『六浜童琉は殺人を計画していたか?』〈計画してない!〉VS《計画してた!》

 

 ーーホールの環境ーー

 〈多目的ホールの状況が、殺人のために作られたなんて言えんのかよ!〉

  《あれは溺死体を乾燥させるために準備されたと、結論が出たはずです》

 

 ーー実行犯ーー

 〈けどそれは、俺らがそれぞれにやったことだろ!六浜は何もしてねえ!〉

  《ボクらに指示を飛ばしたのは六浜サンだよ》

 

 ーー協力者ーー

 〈俺らが素直に従うかも分からねえのに、わざわざメモで指示するなんてどう考えても変だろ!〉

  《証拠となるメモを処分し偽造すれば、疑惑を全員に分散させることが可能だった》

 

 ーー動機ーー

 〈六浜がそこまでして殺人なんかする理由がねえ!あいつはそんな弱え奴じゃねえんだよッ!!〉

  《今まで与えられた動機は残っています。それに彼女の気持ちが清水君に分かるのですか?》

 

 ーー信頼ーー

 〈あいつが殺人なんかするような奴だと思うか!?考えられねえだろうが!〉

  《笹戸優真は晴柳院命の信頼を利用した。あり得ない、ということはない》

 

 ーー証拠ーー

 〈そもそもテメエらの推理には証拠がねえじゃねえかよ!!あいつが殺人を計画してたって証拠がよ!!〉

  《証拠なら、あるよ》

 

 「これがボクたちの答えだッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「しょ、証拠が・・・あるだと?」

 「資料館に本があったよね。開いた状態で伏せられてた、不自然な本が」

 「それがなんだってんだッ・・・!!」

 「『人類の生活』。古代の人々の暮らしについて書かれた本なんだけど、開かれてたページにある記述と、あの多目的ホールの環境が、一致してるんだ」

 「は・・・?」

 「記述と環境が一致、とはどういうことだ?」

 

 資料館に行ったときに、テーブルの上に放置されてたあの本。頭の片隅に追いやってたが、あんなもんが証拠になるだと?記述と環境が一致してるだと?なんの話だ。そんなくだらねえ本一冊で、六浜の何を証明できるってんだ。

 

 「『それは、このような方法だ。素焼きの壺を水で満たし、窓を開けて換気しやすくし、床に乾燥した藁を敷き詰めた部屋に一晩放置するだけだ。こうすることで、翌朝には表面に氷が張るほど冷たい水を得ることができる。電気も製氷技術もない時代、一年中高温で乾燥した地域に暮らす人々はこうした知恵を生み出した。』」

 

 曽根崎が本の内容を読み上げた。一字一句漏らさず、明瞭に。その意味が全員に分かるように。

 

 「窓を開けて換気しやすい環境だった。乾燥した藁の代わりに乾燥機を使ってホール内は乾いた環境だった。高温の外気は暖房を使うことで再現できた。どう?見事にコピーできてると思わない?」

 「・・・ッ!い、いや!最初になんか言ってただろ!素焼きの壺って・・・そんなもんホールのどこにもなかったぞ!」

 「素焼きの壺なんかないよ。だってそれは、犯行前に準備できるものじゃないからね」

 「はあ?な、なんだそりゃ・・・意味分かんねえぞッ!!」

 

 窓を開けたのは・・・俺だ。室内を乾燥させたのは・・・穂谷だ。暖房を点けたのは・・・望月だ。俺たちが六浜に言われたやったことの一つ一つが、曽根崎が今読んだことと対応してるような気がしてきた。だって、そうでなきゃわざわざ空調効かせたのに窓を開ける意味が分からねえし、全部の窓を俺一人にやらせる意味もねえ。

 

 「だってこの犯行でいう素焼きの壺っていうのは、被害者自身のことを指すんだから」

 「はっ・・・!?」

 「どういうことですか?被害者は・・・溺死体ということでしょうか?」

 「ううん、違うね。ごめんねみんな、どうもボクは、とんでもなく大きな勘違いをしてたみたいだ」

 「・・・?曽根崎弥一郎、お前は何に気付いている?」

 

 こいつ、何を考えてる?何に気付いてる?何を見て、何を聞いて、何を思って、何を感じて、何を言おうとしてる?

 

 「ボクも途中で気付いたんだ。六浜サンは溺死なんて浅薄なこと考えてなかった・・・もっと、もっと突拍子もないことを考えて、この仕掛けを作り出したんだ」

 

 この仕掛け?多目的ホールの状況がか?さっきの本の内容と一致してるってことと関係あんのか?だとしたら、そこに答えがあんのか?だったら、六浜が狙ってた死因ってのは・・・。

 

 Q『六浜が画策していた殺害方法は?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ねえ、気付いてるんだよね?」

 

 呼びかけが自分に向けられたものだと、不思議と分かった。自然と、口にしてた。その答えを。

 

 「凍死・・・?」

 「・・・・・・はっ?凍死?」

 「そうだよ。それこそが、六浜サンが企ててた死因だ」

 

 自分でも信じられねえ答えなのに、曽根崎は否定しねえ。あり得ねえと思ってるはずなのに、それが答えだと言いやがる。

 

 「あっ・・・ああっ・・・ありッ得ないッ!!凍死だなんてッ!!あんな暑い部屋で!!あんな格好で!!凍えて死ぬなんてあり得ませんッ!!」

 「そう、あり得ないと思うよね。だからこそ六浜サンはそれを選んだ。仕組みを知らなければ辿り着きようのない死因を」

 「仕組みとは?ホールの環境を利用した以外に何か別の要素があるのか?」

 「六浜サンが利用した、素焼きの壺の現象。これはね、暑くて乾燥して空気がしきりに入れ替わる、つまり水が蒸発しやすい環境を作ることで、冷水を生み出す技術なんだ。素焼きの壺から少しずつ染み出した水が少しずつ蒸発していく。そうすると気化熱で水の温度が下がっていくってワケさ」

 「暑さで汗をかいて、その気化熱で凍死ですか!?バカバカしい!そんなフィクションのような話がありますか!」

 「汗じゃないよ。多目的ホールの状況を考えれば、『染み出した水』に代わるものは簡単に分かるはずだよ」

 

 汗が蒸発して凍死なんて、そんなバカな死に方あるはずがねえ。曽根崎が言ってる『染み出した水』に代わるものってのは、たぶんあれのことだ。

 

 A.窓から吹き込んだ雨水

 B.バケツに汲んであった水

 C.スプリンクラーの消火水

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「バケツの水・・・か」

 「そうか。六浜童琉が溺死でないとするならば、バケツで汲んだ水をどこかで使用するはずだ。おそらくは水を頭から被り全身を濡らすことで、素焼きの壺を再現しようとしたのだろう」

 「そんな馬鹿な・・・だいたい、もしそうやって凍死を計画していたのだとしても、人が死ぬほどの低温になるのですか?せいぜい0℃前後ではありませんか?」

 「だから、水に塩を混ぜたんだろうね。塩を混ぜるだけで水が凍る温度は大きく下がる。つまり水も冷たくなりやすいからね」

 「六浜童琉の頭髪に食塩が付着していたのはそれが理由か」

 「し、しかし・・・もし六浜さんが殺害相手をバケツで濡らしたとしても、被害者はホールでじっとしている必要があるはずです!そんなことせずにさっさと逃げればよろしい!」

 「そうしないために、ボクに鍵をかけさせたんだろうね。しっかり被害者が凍え死ぬまで、あの巨大な凶器から逃さないために」

 「うっ・・・!し、しかしそもそも!被害者はそのホールの状況を不審に思ったはずです!そんな意味不明な状況、少なからず警戒するはずです。そんな相手にバケツで水をかけるなんて・・・できるはずありません!」

 「しかし、六浜童琉が自らの仕掛けを利用されて殺害されたのなら、被害者は六浜童琉に水を被せたことになる。水をかけようとしてくる相手に、逆に水を被せるということも同様に不可能に思えるのだが」

 「・・・・・・・・・逆じゃ、ないのか」

 

 じゃあ、六浜ははじめっからそのつもりで?でもなんで・・・なんでこんなわけわかんねえことを?無意味なのか?そうする必要があったのか?もしそうならあの現場は・・・そういうことなのか?それがあいつの目的なのか?こんな結末を・・・あいつが望んだってのか?なんで・・・?

 憶測は、妙な確信を持って推理に化ける。推理は、根拠を引き連れて解えに変わる。解えは、事実と融け合って真相に届く。

 俺は呟く。真相に成り果てた、ただの憶測を。

 

 「全部、あいつの計画通りだったんだ・・・!」

 

 望むなら、これが俺の思い違いであって欲しい。

 

 「丸っきり・・・はめられたッ・・・!」

 

 これは、俺たち全員の、完全な敗北だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「六浜はッ・・・!あいつはッ・・・!自分で水を被ったんだ・・・!!」

 「自分で?なぜそんなことをする必要がある?」

 「それが六浜の狙いだったんだ・・・!あいつは自分が水を被ることで、あの仕掛けを完成させたんだ・・・!」

 「何を言っているのですか?六浜さんが水をかけようとしていたのは、殺そうとしていた相手でしょう?」

 「そうだ。だからあいつは水を被った。自分を殺すために、自分の意思で水を被ったんだッ!!」

 

 裁判場が静まり返る。突拍子もないことを言ってる自覚はある。意味が分からねえし冗談じゃねえしあり得ねえのに、不思議な確信があった。

 

 「六浜サンは、自殺したって?」

 「自殺?なぜ六浜童琉が自殺する?散々私たちに指示を飛ばし、挙句自殺では・・・行動に合理性がない」

 「自殺じゃねえ・・・!六浜のしたことは、自殺なんて簡単なことじゃねえ!!」

 「・・・はあ。清水君ももう使い物になりませんね。おかしくなってしまいました。自殺なのに自殺じゃないなんて・・・謎かけですか?」

 「1つ・・・確認するぞ」

 

 自殺なんて結論、俺が許さねえ。あいつは誰かを殺して生き延びようなんてする弱え奴じゃねえし、自分一人だけ死んで逃げ出すほど無責任な奴でもない。だから、確かめる必要がある。あいつが、どうやって死んだのか。

 

 「曽根崎、さっきの壺がどうのって話、もっかいしろ」

 「素焼きの壺ね。昔の人が冷水を作るために生み出した技術だよ。素焼きの壺を水でいっぱいにして、高温乾燥で風通しが良い部屋に一晩放置しておくだけで、水の温度が下がって冷水ができるんだ。気化熱を利用した技術さ」

 「六浜童琉はそれを利用して殺害を行おうとしていたという話だった」

 「多目的ホールを、壺を置く部屋とほぼ同じ条件にして、ずぶ濡れの奴を放置しておけば、勝手に冷えて凍死するってことだよな」

 

 ってことは、六浜を殺した凶器ってのは・・・。

 

 「つまり・・・もしこれが殺人だったら・・・六浜を含めた多目的ホールの環境全部が凶器、ってことだよな?」

 「環境が・・・凶器?六浜さん自身が・・・凶器?」

 「その辺の扱いは、モノクマ次第じゃないかな?」

 「どうなんだよモノクマ・・・!」

 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 俺の質問に、モノクマはぼーっとした顔を返す。聞いてんのか、聞いてねえのか。

 

 「あのさあ、オマエラ何か勘違いしてない?オマエラが今すべきなのは、クロを見つけてこの裁判を終わらせることなんだよ?凶器が何かなんて、ボクにとってはどうでもいいことなの。オマエラが誰を選ぶかが大事なの」

 「・・・じゃあ聞き方を変えてやるよ」

 

 はっきり答えねえってことは、やっぱりそこに何かあるんだ。六浜を殺した凶器が俺の考える通りだったら・・・まだ聞き出さなきゃならねえことがある。

 

 「モノクマ、もしクロが二人以上いたときは、シロはどうすればいいんだ」

 「クロが二人以上?うぷぷ、つまり同時に複数の殺人が起きちゃった場合だね!そういう時は・・・早い者勝ちです!コンマ1秒でも先に殺人を犯した人がクロとなり、遅かった方は殺し損、被害者は殺され損!そゆことー!」

 「違う。二人以上の奴らが、一人の奴を殺したら、どうなるんだ」

 「・・・共犯者ってこと?前にも言ったでしょ!共犯者はクロになりません!クロとなるのは直接手を下した・・・!」

 「直接手を下したっていうのも曖昧だよね。屋良井クンは滝山クンに直接毒を飲ませたわけじゃないし、晴柳院サンは直接放火したわけじゃない」

 「焦れったいですね。清水君、貴方は何を考えているのですか?何かに気付いているのでしょう?言いなさい」

 

 気付いてる・・・とっくに。マジでそうなんだったら・・・どうすればいいか分からねえくらいだ。

 

 「あいつを、六浜を殺したクロは・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・俺だ。俺たちだ」

 「えっ・・・?」

 「俺らが、殺した・・・あいつが、殺させた!俺らはあいつに、六浜に六浜を殺させられたんだッ!!!」

 「・・・は?わ、私たちが?殺した?殺させた?六浜さんが?六浜さんを殺したのは六浜さんで、私たちで・・・」

 「理解不能だ。詳細な説明を要求する」

 

 ・・・。

 

 「六浜の死因は凍死、多目的ホールが壺の仕掛けと同じ条件になってたせいで、中でずぶ濡れになってた六浜は体温が下がって・・・死んだ」

 「そうなるように指示をしたのは六浜サンだ。暖房は望月サンに、乾燥機は穂谷サンに、窓の開放は清水クンに、水は自分自身で。着々と、殺人の仕掛けを準備していった」

 「六浜を殺したのはあの環境、その環境を用意させたのは六浜だ!ご丁寧に逃げられねえように曽根崎に鍵までかけさせやがった!あいつははじめからこうするつもりだったんだ!自分が死ぬための仕掛けを・・・俺たち全員に手伝わせた!俺たち全員、知らねえうちに六浜殺しに加担させられてたんだッ!!」

 「目的が不明だ。それでは清水翔、お前の言っていることは・・・」

 「んなこと分かってらあ!!」

 

 俺が言ってることがどういうことかなんて、分かってる。

 

 「六浜を入れた俺ら全員・・・クロだってことだろッ・・・!!」

 「はっ!?」

 「・・・」

 「理解していたか。では、なぜそうする必要があったのか、説明可能か?」

 

 生存者全員が犯人だなんて・・・一昔前のミステリー小説じゃあるまいし、このコロシアイのシステム上あり得ない。そう思ってた。だから奴はそうしたんだ。俺らに、この謎を解かせる気がなかったんだ。俺らはクロだから・・・!

 

 「ねえ、清水クン。キミは何を言ってるの?」

 「・・・!」

 「ボクたち全員が犯人?クロしかいない学級裁判?そんなこと、あるわけないじゃないか」

 「そ、そうです・・・!たとえ彼女がそうしたとしても・・・私たちは彼女に害を与えてません!なぜクロなどと呼ばれなければならないのですか!」

 「そもそも六浜童琉がそうすることに理由があるのか?合理的な理由が」

 「・・・うるせえ」

 

 うるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえ!!!!

 

 「テメエら全員、黙らせてやる・・・!!かかってきやがれ!!」

 

 

 【議論スクラム】

『クロは六浜を含む生存者か?』〈反対〉VS《賛成》

 

 ーー生存者の行動ーー

 〈私たちは人を殺すようなことはしていません!〉

  《直接殺すんじゃなくて、人が死ぬ環境を作らされたんだよ》

 

 ーークロの条件ーー

 〈直接六浜さんに手を下したわけではないなら、クロの条件を満たしてません!〉

  《晴柳院だって直接笹戸を殺したわけじゃねえのにクロだっただろ!》

 

 ーークロの人数ーー

 〈共犯者に関する規則では、クロは単一に限定されるのではなかったか?〉

  《クロの人数についての規則はねえはずだ。直接殺人に関わってりゃあいい》

 

 ーー順番ーー

 〈最後に水を被った六浜サンの自殺って扱いになるんじゃないの?〉

  《あの仕掛けはどれか一つでも欠けたら六浜は死ななかったはすだ!順番は関係ねえ!》

 

 ーー六浜の指示ーー

 〈ボクたちに指示をした六浜サンがクロになるんじゃないの?〉

  《あいつがやったのは水を被ることだけだ。誰に何を言おうがクロにはならねえ!》

 

 ーー目的ーー

 〈こんなことをする理由が六浜童琉にあったのか?〉

  《学級裁判にシロがいねえんなら、あいつが言ってた目的が達成できるはずなんだ!》

 

 

 「これが俺の答えだッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「六浜には確信があったはずだ。でなきゃこんなことしねえ。だから、もう一回聞くぞ、モノクマ!」

 「・・・」

 「クロが二人以上いるとき、どう投票すればシロの勝ちになるんだ」

 「・・・ああもう、まったく質悪いったらないよ。シロのいない学級裁判?真相を知らないクロ?茶番にも程があるよ。こんな裁判とっとと終わらせたいのに、そういうわけにもいかないし・・・」

 「答えやがれ!!」

 「そんなの考えてなかったに決まってんだろ!思いついたって普通やる奴なんかいねーっつーの!反則だよ!と、昨日までのボクなら答えてたでしょう。でもね、この質問はオマエラで2回目なんだよね」

 「2回目・・・?で、では1回目は・・・?」

 「六浜童琉か」

 「そのとーり!だからボクはこう答えてやったよ。『該当クロの全員が同じ票数になれば、最多得票者が誰かにかかわらずシロの勝ち』ってね!」

 「全員が同じ・・・ってことは、0票でも同じならクロは処刑なんだな」

 「どしたの清水くん?やけに聞いてくるね。もちろん得票数にかかわらず同じならシロの勝ちだから、0票でもクロは処刑されちゃうよー!」

 「つまり・・・どういうことだ?」

 

 モノクマも言った通り、六浜も確実にこのことを知ってたはずだ。これをあいつが聞いたってことは、やっぱり間違いねえ。

 

 「あいつはこの学級裁判で・・・コロシアイを終わらせる気なんだ・・・!俺ら全員をクロにすることで、確実に学級裁判で勝てる状況を作り出したッ!」

 「それが・・・今だと?」

 「・・・そっか。ボクたち全員がクロなら、わざわざ処刑される道を選ぶわけがないもんね」

 「全員が1票以上獲得するには全体の票数が不足している。0票ならば可能性はあるが、その場合私たちの投票先は全て晴柳院命以前に死亡した誰かになる。状況としては、あり得ないと言える」

 「俺らがここまで辿り着こうが着くまいが、あいつは俺らがどう投票しようが、この学級裁判でコロシアイ合宿生活を終わらせるつもりなんだッ・・・!!」

 「学級裁判で勝利したクロは、希望ヶ峰学園に帰ることができる。ボクたち全員がクロなら・・・ボクたち全員が生きて帰れるってわけだね」

 「それが彼女の選択なのですか・・・?彼女自身の命を捨ててまで・・・私たちを希望ヶ峰学園に返すために・・・!?」

 

 無駄に責任感が強いあいつだからこそ、誰よりもコロシアイに苦しんでたあいつだからこそ、“超高校級の予言者”のあいつだからこそ、こんなバカげた計画を考えて、実行したんだ。それが、モノクマのルールに従って逃げる手段だったとしても、一番多くの人間が生き残ることを優先した。黒幕との戦いを避けて、生き残ることを第一に考えた。

 これは、俺たちの完全な敗北だ。俺たちはただ、用意された逃げ道を歩むことしかできない。

 

 「では、私たちは誰に投票すればいいのだ?」

 「・・・彼女の意思を尊重するなら、誰か一人に票を集めるなり、適当に散らすなり、とにかく私たち全員が同票にならないようにすることですね」

 

 本当にそれでいいのか?このまま六浜の思惑通りに・・・俺たちはモノクマと対決することもなく、合宿場について何にも明らかにしないまま、希望ヶ峰学園に帰るのか?そもそも、六浜がこんなことしたってのは・・・!

 

 「待てよ」

 「なんでしょう?」

 「このままじゃ・・・終われねえ。この裁判はまだ、終わらせねえ!」

 「清水クン、どうしたの?」

 

 六浜にハメられて、俺たち全員がクロになった。このまま適当に投票すれば、俺らはモノクマのルールに従って学園に帰れる。だが本当にそれでいいのか?モノクマの正体は?合宿場の謎は?“超高校級の問題児”ってなんなんだ?“超高校級の絶望”と未来機関の関係は?ここで死んでいった奴らの意味は?

 このまま逃げたら、何かが失くなるような気がした。このまま六浜の言う通りにしてたら、俺は・・・また負けっ放しになる。

 

 「あの馬鹿が・・・六浜がなんでこんなことをしたのか・・・!あいつが自分の命を諦めて俺たちだけを生かすなんてことする理由がなんなのか・・・分からねえまま終わるなんて、許さねえ!!」

 「理由など・・・なぜそんなことを明らかにしなければならないのです?どんな理由があろうと、事実は変わらないのではありませんか?」

 「このままじゃ・・・気分悪いんだよッ!あいつが用意したシナリオ通りになんのが気にくわねえ。あいつは・・・何かに気付いた。だからこんなことしたんだ。それを知らねえまんま学園に戻るって・・・なんか、全部あいつに押しつけてるみてえで・・・あ、後味悪いんだよッ!!どうせ結論が分かってんなら、別にいいだろ!!」

 「・・・ボクも知りたいな。彼女が何を知って、どうしてこんなことをしたのか。六浜サンが、ただ手っ取り早いなんて理由でこんなことするなんて思えない」

 「無意味です」

 「六浜童琉の動機についてある程度の推測は可能だ。そして今回の場合、真相を知っているはずの六浜童琉は既に死亡している。ここで推理をし、その目的形成の順序を明確にしておくことで、六浜童琉の真意を知ることが可能かも知れない。それに」

 「それに?」

 「モノクマはまだ投票に移る気はないらしい」

 

 歪んだ目をいつもより赤く光らせ、不細工な口は大きく吊り上がって、悪意のこもった笑い声が抑えきれずにこぼれてくる。さっきまで黙って裁判の行方を眺めてただけのモノクマは、いつの間にか学級裁判の参加者の一人として、玉座の上に屹立してた。

 

 「うぷ・・・うぷぷ、うぷぷぷぷぷぷぷ!!あーっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!!」

 

 俺たちがこうなることを、六浜は予言してたんだろうか。モノクマとの直接対決を避けるために六浜は命を懸けたのに、それを無視するようなことをする資格が俺たちにあるんだろうか。

 けどそんなもん知ったことか。あいつは勝手に俺たちに命を懸けた。だったら俺たちだってやってやる。自分勝手に、我が儘に、身勝手に、テメエが辿り着いた『真実』を暴いてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り4人

 

  清水翔  【六浜童琉】 【晴柳院命】   【明尾奈美】

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎   【笹戸優真】

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

【屋良井照矢】【鳥木平助】 【滝山大王】【アンジェリーナ】




題して、『みんなでつくるコロシアイ』。そんな学園モノありそうだよね。
ななんと4万字ということに・・・コトダマだけで1万字ちょっとあるけどね!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

学級裁判編2

 

 はぁ〜い、みんなお待ちかねのモノクマだよ〜。はあ・・・え?なんでそんなにテンション低いのかって?そりゃテンションも下がるよ!だって、前回で六浜さん殺しの事件の謎はほとんど解かれちゃったんだよ?あいつらの辿り着いた、生存者全員がクロ、それが六浜さんの目的だってことは揺るぎないよ。でもそう考えるとだよ?あいつらがどう投票しようが、クロをおしおきする流れにならないんだよ!イコール全員希望ヶ峰学園に生還するんだよ!ボクが決めたルールとはいえこんな風に利用されたら悔しくて悔しくてギシギシ歯ぎしりで前歯が粉々になっちゃう!ちくしょー!六浜さんめ!猪口才なマネを!

 でもでも、なんだか聞いてたら全部が全部六浜さんの思い通りになってないみたいだし?なんかこのままクライマックスの謎に挑むっぽいし?うぷぷぷぷ!案外ここが最後の学級裁判になる感じなのかな?そしたらボクもそれなりの準備をしとかなきゃいけないね!うぷぷぷぷ!うぷぷぷぷぷぷ!あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 色を失い、血のような色の×の向こうで薄く微笑む六浜。あいつが最後に知ったことはなんなのか。回りくどくて、無謀で、綿密で、巧妙な計画を実行するほどの『何か』の正体を、俺たちで暴いてやる。それは決して六浜のためなんかじゃなくて、死んでった奴らのためでもなくて、俺たち自身のためでもない。

 何も知らないままここを出て行くのが気にくわねえ、それだけの理由だ。

 

 「そんなこと、どうでもいいではありませんか」

 

 いつものように、穂谷は心底呆れ果てた口調で言った。裁判の流れをねじ曲げたい時、穂谷はいつもそう言って自分の意見を押し通す。

 

 「六浜さんは、自分を含めた生存者全員をクロにする計画を考案し実行した。最低限の犠牲で最大の生存者を出すために。それでいいではありませんか。これ以上何が要るというのですか?」

 「六浜童琉の真意を知ることで何か明らかになることがある可能性がある。私たちがまだ何かを見落としている可能性は否定できない」

 「望月さん。貴女ともあろう人が、こんな非合理的な展開になびくのですか?」

 「・・・非合理を無闇に否定することもまた、非合理だ。その気になればあらゆるものに意味づけが可能だ」

 「何言ってっかわかんねえよ。どっちにしろ、投票タイムにならねえんじゃ議論を続けるしかねえんだろ?ウダウダ言ってねえで気張りやがれ」

 「貴方にだけは言われたくありませんね」

 

 といいながら、穂谷は渋々やる気を起こしたらしい。確かに、犯人の動機なんて今までろくに考えてなかったし、考えて分かった試しもない。それでも、考えて、議論すれば、何かの結論が出るはずだ。

 

 「うぷぷぷぷぷ!!なんかオモシロソーな展開になってきましたね!!もしかして、ここで全てが明らかになっちゃうのかな?どうなのかな?コーフンしてきたよ!こんなにコーフンしたのは活きの良い鮭を丸かじりした時以来だよ!」

 「キミはそれでいいのかい?おそらくここから先は、キミが本来この後の裁判でやろうとしてたことだけど?」

 「いーんじゃない?仕切り直すのも面倒だし、オマエラがやる気になってるし!何より、オマエラにあげられる情報はすべてあげたからね!」

 「さらっと重要なこと言いやがる・・・」

 「しかしそれならこちらとしてもやりやすい」

 

 後からモノクマしか知らねえような新事実なんて出されても、俺らにはどうすることもできない。今分かってることが全てなんだったら、それはそれでマシだ。モノクマからのストップもかかりそうにねえし、これで存分に六浜の奴が何考えてたかを議論できる。

 

 「でだ。六浜はなんでこんなことしようと思ったんだ?」

 「目的は明らかですね。謎が解けようが解けまいが、私たち全員を生きて希望ヶ峰学園に返すためです。他に手段がないとはいえ、六浜さんも相当追い詰められてたのでしょう」

 「それは違うぞ」

 

 早速というか、唐突にというか、望月が穂谷の言葉に待ったをかけた。

 

 「六浜童琉が自殺紛いなことをしなくても、私たちは全員で希望ヶ峰学園に生還することができる可能性は存在していた」

 「モノクマが言ってる、最後の学級裁判ってやつか」

 「晴柳院命が処刑された直後、モノクマは確かに言っていた。この合宿場の謎を全て解き明かし、学級裁判に勝利すれば希望ヶ峰学園に生きて返すと」

 「非常に今更な提案でしたが・・・なぜそんな気になったのですか?」

 「うぷぷ!言ったでしょ!ボクはただレールをなぞってるだけなの!タイミングを見計らって、然るべきことを然るべき時にやるだけの簡単なお仕事だよ!」

 「しかもその謎解きのために必要な情報は、ファイルで全部よこしたんだろ?なんでそんなことしたんだ?」

 「それも、ボクの意思じゃないよ!決められたことを決められた通りにするだけ!」

 

 意味が分からん。今に始まったことじゃねえが。

 

 「聞きたいことは山ほどあるけど、いきなり話が逸れそうになったね。モノクマはボクらに希望ヶ峰学園に帰るチャンスを与えてた。その条件は、合宿場の謎を全て解き明かして、モノクマとの学級裁判に勝つこと」

 「六浜さんもそれを分かっていたでしょう?でしたら、こんな大袈裟なことをしなくとも学級裁判に勝てばいいでしょうに」

 「簡単に言ってくれるなあ。ボクもしかしてナメられてる?」

 「モノクマは、必要な情報は全て与えられたと言った。これらの情報から、合宿場の謎やモノクマの正体に関して正確に推理することが可能だという意味か?」

 「モッチローン!ま、それがオマエラにできればの話だけどね!」

 「いや、できたはずだ。あいつなら」

 

 あくまで情報に関してはフェアだってことか。ウソや間違いはねえが、曖昧な情報はある。俺たちが勝つために必要な材料は全て与えられてるってことは、後は俺たち次第だったってわけだ。

 

 「六浜なら・・・“超高校級の予言者”のあいつならできたはずだ」

 「そうだよね。予言者って言っても、やってることは統計や分析、それから計算。頭の中で全部やっちゃうんだからとんでもないけど・・・裁判までに一通りの仮説を立てて検証して、自説を作ることくらいはできちゃうでしょ」

 「曽根崎弥一郎がファイルに記載されていた情報は全て共有したため、不完全な根拠ということもない。しかしそうなると、より理解不可能なことがある」

 「まったくですね」

 

 むつ浜だなんだ言ってて忘れてたが、あいつは“超高校級の予言者”だ。俺たちの中の誰よりも、頭を使うことにかけて秀でてる。だからあいつがファイルだけである程度の推理ができたことは疑う余地もねえことだし、特段驚くことでもねえ。望月が言ってる、更に理解不可能なことってのは、その後だ。

 

 「六浜童琉は、学級裁判に勝利する条件を満たしていながら、私たちを巻き込んで自殺したのだ」

 「意味が分かりませんね。学級裁判に勝利すれば、六浜さんも生きて帰ることができたというのに・・・わざわざこんな手に出る理由があるとは思えませんが」

 「うぷぷぷ!簡単に言ってくれちゃうね!ボクがそんなにチョロいクマだと思う?」

 「でも事実、学級裁判に勝てる可能性があるのにそれを選ばずに自分の命を投げ捨てるようなことをするなんて、どういうことかな?」

 

 普通に考えたらあり得ねえことなのに、そんなあり得ねえことが起こっちまってる。どういうことだ。六浜はなんでモノクマとの学級裁判をしなかったんだ?

 

 

 【ノンストップ議論】

 「合宿場の全ての謎を解き明かし、おそらくモノクマの正体にも六浜童琉は辿り着いていた。しかしながら、私たち全員をクロにする手段を選んだ。これはどういうことだ?」

 「学級裁判に勝利することができれば、全員が生きて帰ることができたのです。彼女は何かを知って、学園に帰ることを拒んだのではありませんか?」

 「だったらボクたちを説得して他の方法をとるはずだよ。彼女は全てを知って、“学級裁判で勝つ条件を満たしていた”のに、こんなことをしたんだ」

 「・・・それは、違えぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「もしかしたら・・・六浜は、モノクマと学級裁判を避けたんじゃねえか?」

 「避けた?なぜですか?ここから出るには何らかの形でモノクマを打ち負かさないと出られないのですよ?」

 「モノクマ、俺らがここから出る条件をもう一回言え」

 「うぷぷぷぷ!いいけど、怒らない?」

 「どういうこと?」

 「いいから言え」

 「オマエラが希望ヶ峰学園に帰る条件は、この合宿場の謎を全て解き明かし、ボクとの学級裁判に勝利することだよ!」

 「分かり切っていることですね。ただその一つのためにこんなことになっているわけですが」

 「いや違う。一つじゃねえ」

 

 望月と穂谷が首を傾げ、曽根崎がはっとした顔の後にモノクマに一瞥くれた。たぶん俺と同じことに気付いたんだろう。ったく、底意地の悪い言い方しやがる。

 

 「俺たちに与えられた条件は二つあったんだ。一つがこの合宿場の謎を全て解き明かすこと、これはファイルを使えばできることだ。もう一つが、モノクマとの学級裁判に勝つことだ」

 「その二つは同一のことではないのか?」

 「謎を明らかにすることと、学級裁判に勝つことは違うことだよ。前者がファイルだけで推理できることなら、裁判を開く必要がないしね。それに裁判の結論は投票で決まる。謎を明らかにしただけじゃ投票結果は確定しないでしょ?」

 「ありゃりゃ、バレちゃったか!うぷぷ!そうなんです!オマエラは謎を解くこととボクを倒すことを同時にしなくちゃいけないのです!そりゃそうでしょ。謎を解き明かしたくらいで出て行かれちゃたまんないよ!」

 

 含み笑いが耐えきれなくなって、モノクマは一気に吹きだした。バカにしやがって。実際にその裁判が始まって謎が解けてから言うつもりだったなこの野郎。ギリギリで勝ったボスに第二形態があったみてえな絶望感とかなんとか言うつもりだったんだろ。そうはいかねえ。

 

 「まるで詐欺師のような言い分ですね。で、それが六浜さんとどう関係あるのですか?」

 「六浜もそのことに気付いたはずだ。謎を全部明らかにした上で、モノクマを倒す必要があることに。だからモノクマとの学級裁判を回避しようとした」

 「回避、というのは何か含意があるような言い方だが」

 「謎を解くところまでは、六浜サン自身できると思ってたはずだ。でもそこから先、学級裁判でモノクマに勝つことには、自信が持てなかったんじゃないかな。いや、“超高校級の予言者”の六浜サンに自信なんて似合わないね」

 「何を一人でぶつぶつ言っているのです!端的に言いなさい!」

 「六浜サンは、モノクマには勝てないと予言して、最後の学級裁判の議題を上書きしたんだ」

 

 曽根崎は穂谷の注文通り、端的に言った。それが今の俺たちの推理だ。

 

 「か、勝てない・・・?六浜さんが・・・そう考えたと?」

 「なるほど、筋は通る。“超高校級の予言者”がそう結論付ければ、その後の行動にもうなずける」

 「黒幕との勝ち目のない学級裁判に挑んで全滅するか、自分一人が命を落として他全員を超高確率で生還させるか。六浜サンならどっちを選ぶかは明らかだよね」

 「・・・」

 

 同じ考え方だったとは言え、その推理に俺は思わず拳を握った。理由も分からず俺たちをこんな目に遭わせたモノクマへの憎しみもあった。何の相談もなく勝手なことをして死んだ六浜への怒りもあった。だが何より、六浜一人に全部背負わせちまった自分の不甲斐なさが悔しかった。あいつはいつもいつも自分一人で全部背負い込んで、勝手に人のこと心配して、俺たちを置いて行く。

 

 「そうなんだよね〜、あんちきしょうめ!せっかくボクがお膳立てして華々しく立ち振る舞って、オマエラを絶望のどん底に突き落としてやろうと用意してたのにさ!あんなことされたボクだって学級裁判を開かざるを得ないし!」

 「では、彼女は本当にすべて分かっていたのですね・・・?自分の命を懸けるほど、その推理に確信を持っていたのですね?」

 「そういうことになるな。そうでなくては自殺する理由など存在しない」

 「・・・なんなんだよ」

 

 自然と言葉が漏れる。脳みそに口が生えたみてえに、思った事が、考えたことがそのまんま出て行く。

 

 「なんなんだよ!誰なんだよ!何勝手なマネしてんだよ!ふざけやがってバカ野郎が!役立たずが偉そうな口ばっかききやがって・・・!!なにやってんだよ・・・!」

 「そうだよ。ボクらは六浜サンの力にはなれなかった。助けを求められることもなく、ただ護られるだけの存在だったんだ。彼女はボクらのことを思ってしたことだろうけど、こんな残酷なことはないよ。一緒に戦ってきた仲間だと思ってたのにさ」

 

 六浜を恨む気にはならない。“才能”の塊みてえなあいつが、俺みてえな無能を見下すことは当たり前のことだ。“才能”のねえ奴が“才能”のある奴にバカにされるのが世の常だ。そんなこと分かってた。ずっと前から分かってた。

 なのに、なんでこんなに悔しいんだ。いつから俺は悔しがれる身分になった?いつからあいつを助けられると思ってた?いつからあいつと同列になったと思い込んでた?つけあがって、調子に乗って、いい気になって、うかれて、図に乗って、舞い上がって、自惚れて、バカみてえにはしゃいでただけじゃねえか。これが現実だ。こっちが現実なんだ。なにを勘違いしてたんだ・・・。

 

 「ん〜?なになに?清水くん、勝手に絶望してる?仲間だと思ってた六浜さんに見下されてたことに気付いて悔しがってる?隣に立ってるつもりが同格にすら扱われてなかったことに気付いて悲しんでる?有頂天になってた自分に嫌気が差してる?うぷぷぷぷ!」

 「六浜サンはボクらを見下してなんかないよ。たぶん、義務感だったんだ。自分がリーダーで、ボクたちを引っ張らないとっていう責任感だよ」

 「でもそれって、オマエラが一人で歩くことができないと思ったから、やってたわけでしょ?いいって言ってんのにやたらと世話焼いてくるお母さんみたいにさ!少なくとも同格だと思ってる相手にそんなことしないでしょ!」

 「ふざけやがって・・・!!」

 

 見下してるってのも、ナメてたってのも、あいつがそんなつもりでこんなことをしたんじゃねえことぐらい、俺が一番よく分かってる。けどモノクマの言うことを否定することもできない。俺は、六浜に頼られるような存在にはなれなかった。

 

 「何者なのだ?」

 「何が?」

 「六浜童琉が私たちとモノクマの直接対決を避けたことは理解できた。しかしそれは、私たちではモノクマに勝利することができないと考えたからなのだろう?では、モノクマとは、このコロシアイの黒幕とは一体何者なのだ?」

 「何者って・・・それは分からないけど、なんでそんなことを?」

 「合宿場の謎を全て解き明かせば、残るは学級裁判でモノクマに勝利する条件のみ。おそらくそれは、投票によってモノクマを処刑する結論を出すことだと考えられる。私には、それが六浜童琉の計画よりも不可能なこととは考えられない」

 「確かに・・・むしろ謎を全て明らかにするよりも簡単ではありませんか?モノクマが参加した時点で、私たちの投票先は決定しているようなものです」

 「だけど六浜サンはその裁判を避けた。それが黒幕の正体に繋がってるって思うの?」

 「直感的な推測だ」

 

 こんなときでも、望月は冷静だ。こいつにとって、他人からどう思われてるかなんてどうだっていいんだろう。六浜に対して何の感情も抱いてなかったんだろう。今となっちゃそれが良かったのか悪かったのかなんて分からねえ。ただ議論を進めるだけだ。

 

 「でも確かに、黒幕がどんな奴なのかは気になるね。あらゆる可能性を想定できる彼女が、それでも勝負を避けるような相手ってなんなんだろう」

 「え、もしかしてこれ、ボクの話になってる?あわわわわ!いきなり議題に取り上げられてビックンビックンしちゃうよぉ・・・!この裁判はいきなりクライマックスだぜ!」

 

 このコロシアイの黒幕、モノクマの正体、六浜が勝負することすら諦めた存在。そんな奴の化けの皮を、剥がせるのか?俺なんかが?誰にもあてにされねえ、頼りにされねえ、期待されねえ俺が?

 

 「・・・」

 

 

 【ノンストップ議論】

 「このコロシアイの黒幕・・・六浜サンですら勝てないと判断するなんて、並大抵の相手じゃないってことだよね」

 「あら、黒幕の正体など、既におおよその当たりはついているものだと思っていましたが」

 「穂谷円加には心当たりがあるのか?」

 「え!?そうなの!ヤッベ!」

 「勿論です。資料館のファイルに、過去のコロシアイの資料があったでしょう。あの凄惨な事件はいずれも、超高校級の絶望、あるいは江ノ島盾子によって引き起こされたものです。この合宿場で起きたコロシアイは、あのファイルと非常によく似ています」

 「全員が希望ヶ峰学園の生徒、人数、学級裁判におしおき、モノクマ・・・確かにそっくりだ」

 「こんな意味不明で残酷なことをさせるのは、“超高校級の絶望”しかあり得ません!」

 「でもそれは違うよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 資料館の隠し本棚にあった、希望と絶望の戦いの記録についてのファイル。そこには、過去2回起きたコロシアイ事件についてのものもあった。あれを見れば、このコロシアイが似たような事件だってことは一目瞭然だ。だが、その論は曽根崎があっさり否定しやがった。

 

 「確かに過去のコロシアイは“超高校級の絶望”が引き起こしたものだけど、今回は違うと思うよ。2度目に起きたコロシアイ修学旅行でさえ、旧希望ヶ峰学園時代のものだ。清水クンが学園で出会った“超高校級の絶望”はとてもこんな大それた事件を起こせるような力はなかったんでしょ?」

 「そうですとも。あんなちんけな連中と一緒にしないでよ!確かに“超高校級の絶望”はかつて猛威を振るった集団だけど、今じゃコンビニ弁当のかまぼこくらいどうでもいい存在になってるんだからね!」

 「しかし、集団としての“超高校級の絶望”と江ノ島盾子は異なるものなのだろう?資料では、1度目のコロシアイで死亡した江ノ島盾子が、2度目のコロシアイでも暗躍していたはずだ」

 「データ上の存在としてね。でもそれさえも完全に消滅した。江ノ島盾子はこの世から完全に消えたんだ。今回のコロシアイに直接関わってるとは思えないよ」

 「・・・けどよ、笹戸だって大昔の狛枝って奴を崇拝してたんだろ?同じように、江ノ島盾子を崇拝してるような奴が他にいたっておかしくねえんじゃねえか?」

 「それは否定しきれないけど・・・でも、そもそもが何十年も前の出来事だ。その時の記録は希望ヶ峰学園によって厳重に管理されてたから正確な情報を外部の人間が得るのは難しいよ。それに」

 

 絶望だの、江ノ島盾子だの、コロシアイだの、現実離れした現実の話に頭がついていけなくなる。やたらと饒舌な曽根崎はあの手この手で江ノ島盾子が関与することを否定してるが、まだなんかあんのか。

 

 「ボクらがここに来てから3年の時間が経ってるんだよ。その間、“超高校級の絶望”絡みの事件は何も起きてないみたいだし、やっぱりその線は薄いんじゃないかな」

 

 さらりと言いやがった。俺たち全員が忘れかけてたことを。あまりに非現実すぎて、忘れようとしてたことを。

 

 「あ、当たり前みてえに言うが、それマジなのかよ・・・?3年だぞ?そんな時間が、俺たちの知らねえうちに経ってたってのかよ?」

 「お伽噺ではないのですよ!タイやヒラメの舞い踊りも見ていないのに、そんな時間が過ぎていたなんて、信じられません!」

 「仮に3年の時間が経過していたのなら、私たちの身体に何かしらの成長、あるいは変化が起きているはずだが」

 「さあ、その辺の詳しいことは、そっちの黒幕サンの方に聞いた方がいいと思うよ」

 「うぷぷ・・・」

 「それよりも問題なのは、なんで3年もの時間が経っていることを、ボクたちが言われるまで気付かなかったかってことだ」

 「・・・どういうことだ?」

 

 毎日の繰り返しの中に訪れた突然の非日常、それがこの合宿場だ。目覚めたらいつの間にか連れて来られてた。その間に3年もの時間が経ってたなんて信じられねえくらい、呆気なく。そもそも俺らは3年も寝てたってのか?

 

 「モノクマが動機として与えたあの資料の数々・・・あれがなければ、ボクらは今のこの時間が希望ヶ峰学園で生活してた続きだと、3年前の最後の記憶の続きの日々だと疑いもしなかった。いや、ボクたちにとっては間違いなくそうなんだ。だって、その3年間をボクらは知らないんだから」

 「何を言っている?曽根崎弥一郎、お前は何を言いたい?」

 「まさか、俺ら全員揃って記憶喪失だとでも言いてえのか?そんな偶然あり得てたまるかよ」

 「偶然じゃない。この記憶喪失が・・・人為的に引き起こされたものだったら?」

 「え、ええ〜?記憶喪失を人為的に〜?そんなのあるわけないじゃあ〜ん」

 「白々しいですね」

 「過去に行われたコロシアイでも、記憶を操作していたような記述がある。1度目は“超高校級の神経学者”の技術によって、2度目はプログラムによって、どちらもコロシアイ直前の数年の記憶を消されてたみたいだ」

 

 ファイルに目を通しながら曽根崎は言う。記憶を消すなんてバカげた発想、普通あってもやろうとしねえ。だがこんだけむちゃくちゃなことをできる奴、黒幕なら、マジにやったっておかしくねえのかもしれねえ。けど分からねえことがある。

 

 「けど、なんでそんなことしたんだ?俺らの記憶を消す意味なんてあったのか?」

 「そもそも3年の間、私は一体どこで何をしていたのですか!なぜその記憶が消されているのですか!」

 「何言っちゃってんの?記憶がない3年間、その手掛かりは、もうオマエラ全員が知ってるじゃないか!」

 「俺たちが、知ってる・・・?」

 

 3年間もの記憶がなくなってることの手掛かりを、俺たちはもう知ってる?ただ過去のコロシアイに似せるためにしてるんじゃねえのか?もしこの3年間に、黒幕にとって都合の悪いことが起きてたとしたら?記憶を消すことでその不都合を消していたとしたら?

 

 「“超高校級の問題児”更正プログラム・・・」

 「それがなにか?」

 「俺たちは3年間・・・この合宿場で過ごしてたのか?“超高校級の問題児”として」

 「はあっ!?なにをバカなことを。私はこんなお粗末な合宿場、ここに来た日に初めて知ったのですよ。無論、貴方方のことなど頭の片隅にすら置いていませんでしたし置く必要すらありませんでした!」

 「知っていたとしても、その記憶すら奪われているのではないか?故に、ついこの前を初めてと錯覚しているに過ぎない。そう言いたいのか?」

 「詳しいことは知らねえよ。けど、もしここで俺らがコロシアイが始まる日より前に3年も共同生活をしてたとしたら・・・そこのクソぐるみにとって都合が悪いのは明らかだろ」

 「3年も一緒にいて、今更コロシアイなんてするとは思えないしね。過去のコロシアイでも、同じクラスの生徒同士でコロシアイをさせるために記憶を奪ってたみたいだ」

 

 穂谷が言うように、俺だってこんなところで3年も過ごした覚えなんてこれっぽっちもねえ。だが、大浴場で見つけたファイルや“超高校級の問題児”って名前から考えて、希望ヶ峰学園によってここで俺たちの共同生活が計画されてたのは確かだ。順当に考えりゃそこを黒幕が乗っ取ったってことになるが・・・。

 

 「この合宿場がもともと学園のものだってことは疑いようがないし、更正プログラムに関しては六浜サンが責任者として参加してたんだから、実際に行われてたと考えるのが自然だね」

 「・・・その3年の記憶があると、私たちはコロシアイをしないと想定されるのか?」

 「さあ。ボクにもないから分かんないや」

 「仮にそうであるなら、その3年の間に私たちは一定以上の関係を築いたということになる。少なくとも、互いに疑心暗鬼になるような関係ではない程度には」

 「なんだよ。そりゃ3年も共同生活してりゃ関係も変わってくんだろ。変か?」

 「いや、なんでもない」

 「うぷぷぷぷ!まあぶっちゃけちゃうとその通りだよ!この合宿場は、本来希望ヶ峰学園がオマエラの抱える問題を解消するために用意した場所なんだよね!しかも、オマエラはここで3年もの間、共同生活を送ってたんだよ!コロシアイなんてない、退屈で無意味で冗長な毎日をね!だからボクはそこに刺激を与えるためにですね・・・おっと、これ以上はまだやめとこうね!」

 

 議論した矢先にモノクマがあっさりと肯定してくる。それなのに話は一向に見えて来ない。謎は解けてるはずなのに、まったく進展がない。言いしれねえ気持ち悪さが胸の中で渦巻いてる。

 

 「それにしても、“超高校級の問題児”だなんて大仰な名前を付けて、こんなところに隔離するだなんて・・・希望ヶ峰学園は何を考えているのでしょう。ただの生徒指導にそこまでする必要があるのでしょうか」

 「ただの生徒指導じゃねえだろ。この更正プログラムにはまだ裏があるはずだ」

 

 記憶がなくなってるとか、3年の時間が過ぎてるとか、もしそれが本当だったとしても記憶がねえんじゃ考えたって仕方ねえ。記憶があろうとなかろうと確実に分かることに時間を割くべきだ。だから、言葉尻を捉えるようだが、この更正プログラムがただの生徒指導だとかレクリエーションの類なんかじゃねえって話をした方がいい。

 

 

 【ノンストップ議論】

 「ここにいる俺らは全員、学園にとっちゃ不都合な存在だったんだぞ?単なる厄介者どころじゃねえ・・・明るみになりゃ学園の威信に関わるような奴らだっていたはずだ!」

 「まあ、屋良井クンや笹戸クンに比べたら清水クンのなんか大したことないけどね。それでも、割と真っ当なプログラムだったんじゃない?少なくともコロシアイなんかよりはね」

 「真っ当と言いますが、生徒だけをこんな合宿場に閉じ込めて監禁するようなこと、それこそ学園の威信に関わります!」

 「いいや、きちんと方針は立てられてたよ。ボクたちがそれぞれ抱える問題を解決したとき、卒業という名目で学園に帰れる制度が用意されてた。ちゃーんと“ボクたち全員に帰るチャンスはあった”んだよ」

 「それはちげえぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 卒業制度。更正プログラムで、学園から課せられた条件を満たせば学園に帰ることができる制度。その可否を決めるのは六浜と学園だ。“超高校級の問題児”である俺たちには、それぞれ違う条件が課せられて、卒業までの道が示されてた。だが、全員じゃない。

 

 「更正プログラムのファイルの中で一人だけ・・・望月だけは、卒業条件がはっきり書かれてなかった」

 「・・・そうだったな」

 「“超高校級の問題児”の中でも、特に異常だということですね。まあそんなことはずっと前から分かっていたことですが」

 「単純に、私の問題が学園にとって安易には受け入れがたいものであるというだけではないのか?」

  「テロリストの屋良井だとか、学園の闇に通じてる曽根崎だとか、“才能”なんかとっくに捨てた俺にだって帰るチャンスがあったんだぞ!それなのに、なんで望月だけそれがねえんだ!」

 「卒業条件もそうだけど・・・そもそも望月サンの抱えてる問題自体、はっきりしないままだね」

 「・・・」

 

 自分のことなのに、望月は他人事のように冷静に言う。この合宿場で俺らがやってることが更正プログラムだろうがコロシアイだろうが、帰る手立てがないなら同じようなもんだ。そのことになぜ望月は疑問を持たねえ。なんでこんな理不尽を理屈で説明しようとしやがる。

 

 「私には何の問題もない。“超高校級の問題児”と呼ばれる理由は不明だ。私と希望ヶ峰学園には何の軋轢もない」

 「貴女のような人間が軋轢なく過ごせるわけがないでしょう!更正プログラムのファイルには、『計画』に関わっているとも書かれていました!『計画』とはなんですか!」

 「何も問題がない人はここにいないよ。キミだって希望ヶ峰学園に入学してから何かあったはずだ」

 「・・・私の素性が明らかになっていないことは否定しないが、それが今議論すべきことなのか?今は、このコロシアイの黒幕について話し合う時ではなかったのか?」

 「そうだよ。だからキミについて話し合うんだ」

 

 今までの裁判でも何度かあった。そこまでの話を根底からひっくり返す、望月の根本的な疑問。それに対して曽根崎は、真っ向からぶつかっていきやがった。その意味するところは理解できるが、納得はできねえ。だが議論を続けるためには、その流れを受け入れるしかねえ。それくらい俺にも分かる。

 

 「望月サン、この合宿場は閉鎖空間なんだよ?その中でコロシアイをさせられて、今ここに生き残ってるってだけで、ボクたちは等しく黒幕と疑われても仕方がない。その中でもキミは、特に素性が明らかになってない。黒幕を追及する議論の場で、キミを置いて他に誰について話し合うっていうんだい?」

 「素性が明かされていないのは私に限った話ではない。第一、私はコロシアイなど首謀していない」

 「それを決めるのは貴女ではありません!私は前から睨んでいたのです。貴女の行動は私たちとは全く異なります!夜中に一人で天体観測をしたこともありましたね?誰もがパニックになるような状況でたった一人冷静でしたね?疑われるには十分ではありませんか!」

 「なるほど・・・合理的行動に徹していたつもりだったが、合理的故に非合理的な思考では理解できないということか。しかし、それだけで私が黒幕だと言うには、論理が飛躍しているのではないか」

 「だからそれを話し合うんだよ。キミは果たして、黒幕なのか、そうじゃないのか。“超高校級の天文部”望月藍サン・・・キミは一体誰なんだい?」

 

 疑問系ではあったが、話し合うとは言ったが、二人は完全に望月が黒幕だって前提で話そうとしてる。決めつけてるわけじゃねえが、十中八九そうだろうと思ってる。俺だってそうだ。こんなわけのわかんねえ状況を強いるような奴の正体は、わけのわかんねえ奴に決まってる。俺らの中で一番わけがわからねえのは、望月だ。だが、何かが引っかかる。望月が黒幕だって言い分の何かが、喉に引っかかって飲み込めねえ。

 

 

 【ノンストップ議論】

 「望月藍さん!貴女はこの合宿場に来てからずっと冷静で、コロシアイにも全く動揺していませんでした!危機感もなく夜中に“一人で”行動したり、あまりにも異質です!貴女がこのコロシアイの黒幕なのではありませんか!?」

 「状況を分析するのに動揺は障害となる。天体観測は安全と判断したので行った。異質かどうかの判断は各自に委ねるが、私は過剰に警戒するお前たちの方が非合理的だと考える」

 「素性が分からない上に、更正プログラムの中でも“卒業条件を保留にされてた”なんて、学園からも特別な扱いを受けていた証拠だよ」

 「卒業条件を保留にされていた理由は不明だが、学園が私に対して何らかの特別措置を講じているのであれば私が関知していないはずがない。問題児とされたとしても、私には“特別なことなど何もない”」

 「それは違えぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 追及されることを何とも思っていない。事実を事実としてしか捉えられねえ無機質な奴だ。それが望月という人間だ。だが、今俺の目の前にいる望月の姿に、少しだけ綻びが見えたような気がした。

 

 「望月。お前いま、ウソついただろ」

 「ウソ?望月サンが?」

 「私は嘘など吐かない。意図的に事実を隠匿あるいは歪曲することにより不測的変化を誘発することは非合理的かつ非生産的だ。仮に事実と異なることを述べていたのだとしたら、それは私がその事象を誤って観測しているか理解に必要となる知識を有していないが故の錯誤に過ぎない」

 「だったら見せてみろよ。お前に配られた、最初の動機を!」

 「・・・ッ!」

 

 そのとき、望月の表情が変わった。ほんの僅かだけ、眉がぴくりと動いた程度だ。だが今まで目の前で人が死のうが、自分が殺人犯だと疑われようが、何が起きても無表情を貫き通した望月に揺らぎが見えた。

 

 「最初の動機?あの出来の悪いビデオのことですか。望月さんのビデオがどうかしたのですか?」

 「どうということはない。私に殺人を教唆する内容として与えられたものだ。得られる情報など皆無だ」

 「それを決めるのはお前じゃねえ。そいつの内容が、テメエのウソを証明するんだよ。いいから見せやがれ!」

 「・・・時間を浪費するだけだ」

 

 そう言って望月は、ポケットからプレイヤーを取り出した。まだ誰も死ななかった時に部屋に置かれてたのと同じ、笹戸が死んだ夜に多目的ホールで見せられたのと同じ、あのプレイヤーだ。俺がモノクマに目配せすると、モノクマはやれやれという風にため息をついて、望月の手からプレイヤーを奪ってスクリーンに繋げた。荒い砂嵐が数秒続き、真っ黒の映像と風の音が再生され始めた。

 

 『え〜っと、時刻は光文22年9月31日0時05分・・・20秒、場所は希望ヶ峰学園第一棟屋上の生物室の真上、方角は北14度東、風は西北西から微風、気温は摂氏19度2分、湿度44.6%』

 

 聞き馴染みのあるような、初めて聞くような、そんな声が聞こえてくる。画質が荒いせいで星空が暗闇にしか見えねえ。ラジオ気取りで話すその声の主に、初めて見る穂谷も曽根崎もとっくに気付いてた。目を丸くしたり口をバカみてえに開けてたり、射貫くような視線で眺めてたり、関心なく手持ち無沙汰になったり、映像が終わるまで俺たちは一言も話さなかった。

 

 『お相手は、1年3組の“超高校級の天文部”こと望月藍でした♫バイバイ♫』

 

 そう言って映像は暗闇に戻った。そして、これで望月のついた嘘が明らかになった。

 

 「ウ・・・ウソでしょう・・・?でも今のお顔は・・・いえ、でも・・・!」

 「そうだったんだね。もう、そんなところまで・・・」

 「望月、今そこに映ってたのは間違いなくお前だ。これがお前の動機で、笹戸が死んだ夜に俺に見せてきた。テメエはこの映像を観て、昔の自分と今の自分が全然違えことを俺に相談してきた。忘れたとは言わせねえぞ!それでもまだ、特別なことは何もねえとか言いやがるのか!!」

 「・・・それはあくまで、この映像が本物であった場合の話だ。モノクマによる捏造である可能性を否定できない内は、これが私が学園で変化したことの証拠にはならない」

 「けど、テメエがウソついてこれを隠そうとした証拠にはなるよな?隠そうとしたってことは、テメエはこの映像に何かを感じてたはずだ。それにもし、今の映像が本物だとしたら、もう一つ納得できるもんがある」

 「納得できるもの?」

 

 こいつは確実にウソを吐いた。なんでそんなことをしたのか、それで何を隠そうとしたのか、そんなことはどうでもいい。こいつがウソをつくってことは、非合理的で不確かなことをするってことは、機械的で無機質じゃねえ『望月藍』が出て来始めてるってことだ。

 

 A,【スペシャルファイル①『新希望ヶ峰学園における“才能”研究の概要』)

 B,【スペシャルファイル②『希望プロジェクト プランD経過報告書』)

 C,【スペシャルファイル⑤『希望プロジェクト プランS経過報告書』)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「『希望プロジェクト プランD経過報告書』・・・大層な名前の上に意味の分からねえ中身だったが、今の映像と合わせて考えたら気色悪いほど説明が付くんだよ!」

 「希望プロジェクト・・・!じゃあやっぱり望月サンは・・・!」

 「記憶にないな」

 

 こんな堅そうな資料なんて持つだけでムズムズするが、これを使えばできる。まだしらばっくれる望月を、自分で自分を見失ってる望月を、変わり始めてる望月を、完膚なきまでに論破できる!

 だが問題は、ここに書いてある小難しい用語の意味が分からねえってことだ。だからここは、その手に詳しそうな奴に任せとこう。

 

 「おい曽根崎、この実験がどんな内容なのか説明しろ」

 「えっ、ボク?なんでボクが」

 「いいから説明しろ」

 「・・・ここに書いてあることを読む限り、プランDは、特殊な投薬によって被験者の精神的エントロピーを減少させ、相対的に脳機能の“才能”が占める割合を増やすことで“才能”を成長させる実験みたいだね」

 「で、平たく言うとどういうことだ」

 「分かってないなら自信満々に証拠として提出しなければよろしいのに」

 「うるせえ!それしかねえんだしょうがねえだろ!」

 「えーっと、平たく言うとね」

 

 読まれてもまったく分からん。穂谷に図星を突かれたが、これで望月の本性を暴けるならどうだっていい。曽根崎がため息をついて、今の内容をまとめた。

 

 「記憶や感情、思考、葛藤・・・そういったものが詰まってる脳の中身を空っぽにして、“才能”を伸ばすことにだけ専念するように薬で人を改造する計画ってこと」

 「感情や記憶を・・・薬で消すということですか!?そんな名探偵も腰をぬかすような代物、あり得るのですか!?」

 「できなくはないと思うよ。精神安定剤や睡眠薬みたいに脳や感情に働く薬は実際にある。まあ、“才能”以外の全部を消すとなると、相当な劇薬には違いないだろうね」

 「それが私とどう関係しているのだ?」

 

 ここまで言って、望月の頭で理解できねえわけがねえ。こいつはまたウソを吐いた。何も分かってねえってウソだ。だったら分からせてやる。もうテメエは言い逃れできねえってことを!

 

 「今の映像とこの資料、そして今のお前の態度。合わせて考えりゃ、誰でも分かることだろうが!」

 「何が分かるというのだ」

 「このプランDの資料、被験者のところが黒く塗り潰されてやがる。だが今なら分かる。この実験を受けてたのは・・・テメエだ、望月!」

 「私が?投薬実験を受けていた?」

 

 とぼけた様子で望月は繰り返した。本当に分かってねえのか、分かってねえフリをしてんのか。どっちか分からねえのは、こいつ自身が確信を持ててねえからだ。こいつはまだ、俺たちとは違う。俺たちが持ってるものを、こいつはまだ持ってねえ。

 

 「映像のお前は感情があって“才能”が未熟だった。今のお前は感情がなくて“才能”は圧倒的に伸びてやがる・・・殺人が起きてもお構いなしに夜中に天体観測するなんて、“才能”のことしか考えてねえってことだろうが!」

 「合理的に判断すれば私が殺害される理由がなかった。故に安全と判断して行ったまでだ。“才能”など関係ない」

 「テメエはこの実験で“才能”を伸ばす代わりに感情を失くすことを選んだ!さっきの映像でテメエは確実に『感情』を持ってた!他愛ねえ独り言も、天体観測の実況中継も、いい加減で不完全な星座の知識も、あんな真っ直ぐな笑顔も、今のテメエには何一つねえだろうが!同じ人間なんて思えねえくらいに違った!」

 「同じ人間ではない。それだけだ。それ以外の答えなどない」

 「“超高校級の天文部”望月藍が、テメエをおいて他に誰がいるってんだ!!」

 

 どんだけ否定しても、もう撤回はできねえ。望月は確実に、この希望プロジェクトってもんに関わってる。間違いねえ。そんなことは考えりゃ分かるし、望月だってそれが分からねえほどバカじゃねえ。なのに否定する理由は一つだ。

 

 「望月、テメエは言ったよな?理解するのに必要な事実を知らなけりゃ間違うって」

 「当然だ。前提知識もなく物事を理解することはできない。お前のその論も、物的証拠が存在したとしても、そんな計画が存在したことも、私が過去に感情を持っていたことも証明できなければ、その知識がなければ単なる憶測の域を出ない」

 「証明すりゃいいんだろ・・・?」

 

 これは賭けだ。俺の論を証明するのは俺じゃねえ。望月自身だ。

 

 「モノクマ」

 「ん?なに?もう投票タイム?」

 「望月の記憶のパスワードを教えろ」

 「ほへ?」

 

 一瞬、モノクマはきょとんとした表情をした。あの時モノクマが俺たちに与えた五つ目の動機。希望ヶ峰学園にいたときの記憶がその正体だ。だが、望月はまだその動機を受け取ってねえ。パスワードを目にしねえと、その記憶は眠ったままだ。

 その記憶が証拠になるかどうかは知らねえ。だが、こんな実験に参加したことが望月にとって些細な記憶であるはずがねえ。何らかの形で記憶の中に眠ってるはずだ。

 

 「んー、あんまり望月さんの動機ばっかりバラすのはどうかと思うけどねー。それってなんか不公平じゃない?他にも隠し事してる人だっているんだから・・・」

 「そんなもん後でいくらでもバラせばいいだろ。いいから見せろ」

 「・・・んまあいっか!どうせこれが最後の裁判っぽいしね!出血大サービスで、“超高校級の天文部”こと望月藍さんの記憶パスワードを大公開しちゃいまーす!」

 

 ついさっき望月の動機ビデオを流したスクリーンに再び砂嵐がかかる。晴柳院の時みてえにあそこにパスワードを映し出すつもりか。どんな言葉が出るか、それによって呼び起こされる記憶は何か、その結果望月がどう変化するか。何が起きるか分からねえが、もうこれに賭けるしかねえ。

 

 「では、いってみましょーーーう!オマエの記憶のパスワードはこれだよ!」

 

 モノクマが指を鳴らす仕草をすると、かかってた砂嵐の向こう側にうっすら文字が浮かび上がる。ノイズは徐々に晴れていき、やがてその言葉ははっきりと読めるくらいになった。

 

 

 

 

 ーー カ ム ク ラ イ ズ ル ーー

 

 

 

 

 「!」

 「カムクラ・・・イズル・・・?これは・・・確か・・・!」

 「・・・ッ!!ぅうううっ!!んぐぅっ・・・!!?」

 

 映し出された文字に、全員が身構えた。これは人の名前だ、俺たちがよく知ってる名前だ。希望ヶ峰学園にとっては・・・希望の象徴であり、絶望の権化でもある。

 その名前を見た瞬間、望月は呻き声を上げた。冷や汗をかいて、頭を押さえ、大きくふらついた。表情は見えねえ。だが漏らす息が、腕の隙間から覗く目が、仰け反るような姿勢が、明らかに『動揺』を表していた。その望月は確かに、感情を持っているように見えた。

 

 「カムクライズルが望月サンの記憶のパスワード・・・!ってことはやっぱり望月サンは・・・!」

 「この名前は確か、曽根崎君が話していた希望ヶ峰学園の研究目的とかなんとか・・・」

 「んな話は今どうだっていい!おい望月!何を思い出した!」

 「ぐぅっ・・・!うっ・・・くっ、はぁ・・・はぁ・・・!!」

 

 息を切らしてふらつく望月は、今まで聞いたこともねえような声色で溢す。

 

 「お、もいだした・・・!わ・・・わたしは・・・!わたしは・・・!!」

 「!」

 

 なんとか倒れずに踏みとどまった望月は、伏せた顔を手で覆ってて顔色が見えねえ。漏れる声からは動揺だけじゃなく、焦りと、混乱と、驚きがうかがえる。覆ってた手をゆっくりと外したその表情は、相変わらず無機質で締まりがない。だが薄ぼんやりと、表情を見ることができた。

 

 「私は・・・カムクライズルになろうとした・・・!!」

 「えっ・・・?」

 「曽根崎、弥一郎の言う通りだ・・・!妙な薬を渡され・・・それを飲んだ。胸の窮屈さが・・・身が軽くなったような錯覚を覚えた・・・。“才能”が劣っていたことを気にしなくなり・・・興味深い授業にも意欲が失せ・・・だが点数は向上した・・・。周囲との繋がりに意味を求めるようになって・・・再び孤独になって、誰もいないと・・・夜空が、澄んで見えた」

 

 ぽつぽつと語る口調が明らかにおかしい。回りくどくて、やたら堅くって、意味が分からねえ言い方じゃなかった。ただの高校生が話すような口調と、望月の無機質な喋り方がごちゃ混ぜになったような。まださっきまでの喋り方が抜けてねえのか。それとも、望月自身がまだ混乱してるのか。

 

 「“才能”のことだけ思案するようになり、その他のことは何一つ問題ではなくなって、自己を見失ったように曖昧な・・・私に何が起きたのだと、不安定になった。だが、もう一度あの薬を飲んだら・・・それすらも思考を放棄して・・・天文学以外のことは考えないようになっていた・・・」

 「プランDの報告書に書いてある通りだ。本当に“才能”に関すること以外を脳から消すなんて・・・」

 「カ、カムクライズルになろうとしたというのはなんですか!そんなことをして、結局貴女は自分が望月さんであると自覚しているではないですか!」

 「私は・・・単なる実験台だ。そんなことは理解していた・・・なのに、“才能”を伸ばすことができると唆され・・・一時の安堵で不安を掻き消して・・・いつの間にかそのどちらも感じなくなっていた・・・」

 「・・・バカ野郎が」

 

 ファイルにも書いてあったが、この実験はただ薬の効果を見るためだけの実験だ。その結果、望月が“才能”を極めようが、潰れようが、どうだってよかったはずだ。まさかモルモットにお前はモルモットだなんて言うはずがねえ。あの感情がある望月を誑かしたんだろう。自分から実験に参加するように。

 

 「じゃあ望月サン、キミは何も知らないわけだね?プランD以外の実験についてとか、カムクライズルについてとか」

 「そんなわけないでしょう!カムクライズルになろうとしたって言っていましたよ!貴女、カムクライズルについてどこまでご存知なのですか!すべて話しなさい!」

 「今までの話を総合し、自分の身を振り返ったとき、最も端的に表す言葉だと判断したまでだ・・・。でも私は、他の実験については何も知らないし、曽根崎、弥一郎から聞いた以上の情報は知らない」

 「そうなんだ・・・旧学園派がその手の実験をしてることは知ってたけど、望月サンも被害者の一人だったとはね。これで卒業条件が明記されてない理由も分かったよ。カムクライズルの可能性を持つ生徒なんて、新学園派は何があっても戻したくないだろうしね」

 「正体の分からない不気味な方でしたが、暴かれてしまえばどうということはありませんね!所詮貴女も、“才能”なんかのために身を滅ぼしたお馬鹿さんだったということです!そこの彼のように!」

 

 穂谷の言う通りだ。簡単な話だ。望月は、“才能”を得るために人格を捨てた。“才能”のために過去の自分を捨てた。そこまでして手に入れた“才能”を喜ぶための感情も捨てた。結局こいつに残ったのは、中途半端な人間味と“才能”だけだ。

 

 「それがキミの正体ってわけだ。それで、キミは黒幕なのかい?」

 「・・・え?」

 「カムクライズル創造の実験台だったんでしょ?ファイルにもあるけど、望月サンが受けた実験は端からカムクライズルを造るための実験じゃない。中途半端にカムクライズルになったキミが、自分を切り捨てた学園への復讐として、学園生のボクらにこんなことをさせてると考えれば、動機の説明もつく」

 「って、んなわけねえだろ!六浜は黒幕との直接対決を避けて自殺したんだぞ!あいつが、望月なんかに負けたってのか!」

 「カムクライズルの可能性まで彼女が予言してたならあり得るよ。“超高校級の希望”でありあらゆる“才能”の保有者・・・六浜サンが勝負を投げる相手としては申し分ないと思うけど?」

 「だとしても、望月はカムクライズルのなり損ないだ!六浜はそんな奴に勝負を投げたりしねえ!望月は黒幕じゃねえ!」

 「どうしてそんなことが言えるの?」

 

 いつもいつもそうだ。曽根崎は自分勝手に真相に辿り着いて、それを他人に押しつけようとする。相手がどんだけ理屈を並べても、感情で責めても、自分の結論と違うものを認めようとしねえ。それこそ、決定的な証拠でも叩きつけてやらねえとこいつは曲がらねえ。そんなもんがねえことは、俺もよく分かってる。

 

 「・・・んなもん、納得できねえからだ。納得できねえことには賛成できねえ。望月が黒幕じゃねえって証拠も・・・実際のところねえしな」

 「ダメだね、議論にすらなってないよ」

 「元からまともに議論ができる方ではありませんでしたが」

 「だけどな、望月の他にも怪しい奴はいるぞ・・・カムクライズルに関係してる奴なら、誰だってその可能性はあるんだろ!」

 「へえ」

 

 呆れたような言い方だったが、曽根崎の視線が望月から俺に移った。カムクライズルの名前を出せば、曽根崎はその話に食いついてくる。

 

 「望月が受けてたプランDの報告書と、更正プログラム参加者の中に同じ名前がある。このインジサチロウってのは誰だ」

 「インジ?・・・すまない、私は関知していない」

 「誰ですかそれは?」

 「インジじゃない、ヒキジだよ。引地佐知郎」

 

 なんて読むか分からねえから適当に読んだ。それだけで、曽根崎は敏感に反応してきた。プランDの報告書の中で、実験を嗅ぎ回ってる奴として、そして更正プログラム参加者名簿の中には、曽根崎が関係を持ってる可能性がある奴として、その名前があった。こいつは、一体なにもんだ。

 

 「引地佐知郎は、ボクの2つ上の学年の先輩だよ。“超高校級のハッカー”として、希望ヶ峰学園に入学したんだ」

 「・・・それだけではないのだろう?私が受けていた実験の報告書に記名があるということは・・・少なくとも旧学園にとって何らかの影響力を持っていたはずだ」

 「更正プログラムの名簿には、お前と引地との関係を切ることが卒業条件になってた。お前はこいつのことをもっと知ってるはずだ。場合によっちゃ・・・カムクライズルにも関係してくるんじゃねえのか!」

 「もしそうなら、曽根崎君、貴方も私とは異なる立場であると考え直す必要がありそうですね」

 

 ただの学園生じゃねえことはもう分かり切ってる。問題は、曽根崎とどういう関係にあったか、カムクライズルのことをどこまで知ってたか、そして今どこで何をしてるのかってことだ。希望プロジェクトが生徒に知られた時点で、そいつも問題児として隔離されたっておかしくねえのに、この合宿場に引地佐知郎なんて奴はいねえ。

 今俺たちがそれについて手にできる手掛かりは、曽根崎だけだ。

 

 「先に言っておくよ、清水クン」

 

 その言葉からは、その言葉が意味する以上の意思が伝わってきた。全てを話してやる、だが絶対に譲らないって強い意志だ。

 

 「引地先輩が黒幕だって言うんなら、それは絶対にあり得ない」

 

 用意してた武器を一つ、出す前に封じられた。カムクライズルに関係しててこの場にいねえ奴は、黒幕としてこれ以上なく疑わしい。だが十分に議論する前にその可能性を曽根崎は潰してきた。

 

 「引地先輩は、ボクと同じ学園で広報委員だった人だよ。ただそこに書いてある通り、ボクが入学する前から、未来機関のスパイとして学園で活動してたんだけどね。もちろんカムクライズルのことは未来機関から聞いて知ってたよ。そもそも未来機関からカムクライズルのことまで、ボクに教えてくれたのは引地先輩だからね」

 「そんなことは私の実験について調べていたことから推察可能だ。私が問題児としてここにいるのは、引地佐知郎の調査によるものということだな」

 「だろうね。先輩は望月サンが希望プロジェクトに関わってることを知って、それを未来機関に報告した。だけどそれと引き替えに、先輩も未来機関のスパイであることを旧学園派に知られたんだ。キミと先輩の間に何かあったかは知らないけどね。だけど、ボクはキミがそういう人間だっていうことは知ってたよ。ここに来た時からずっとね」

 「し、知っていた・・・?で、ではなぜそれを言わなかったのですか!彼女は私たちとは違うと!」

 「言ってどうなるの?いきなりこんな話をして、それをキミたちは信じたかい?それに望月サンがボクたちとは違うってことは知ってたけど、未来機関のことは忘れてたんだ。いや、忘れさせられてたんだ。曖昧な部分のある情報を伝えるわけにはいかないよ、ジャーナリストとしてね」

 「あのファイルでお前が取り戻した記憶は、それか」

 「はっ!?お前記憶取り戻してたのかよ!聞いてねえぞ!」

 「話す人を選ぶことだったからね。結局みんなに知られちゃったけど・・・」

 

 微妙に話がズレてきたが、どうやら望月が問題児として学園にマークされるようになったのは引地佐知郎のせいってわけか。未来機関の差し金で曽根崎の先輩ってことは、新学園派の方ってことになる。だがそれだけじゃ黒幕じゃねえ根拠にはならねえ。

 

 「で、それがなんだってんだ!引地が未来機関のスパイだってのは学園にバレてたんだろ!同じ立場のお前が合宿場にいるのに、なんでこいつはいねえんだ!」

 「厳密には同じ立場じゃないよ。先輩は望月サンの件で完全にバレちゃったけど、ボクはその時まだ何も行動はしてなかった。先輩との繋がりを問題視されてる段階だ」

 「大差ありませんね。むしろ引地さんの方が問題としては重大なのではありませんか?なのに、なぜいないのですか?」

 「死んだからだよ」

 

 端的で、ストレートで、明確だ。その言葉を発する曽根崎の目は、少しも揺れてない。事実を事実として受け入れる、あの目だ。

 

 「先輩は“知りすぎた”んだ。望月サンの件で旧学園派にバレてからは、それ以上深くまで知るべきじゃなかった。だけど先輩は希望プロジェクトで何人もの生徒が実験に参加してることを突き止めて、その全てを調査しようとした。そんな動きをして、旧学園派が何もしないわけないよね。ハッカーである以上、身元がバレたらおしまいなのに」

 「では死んだというのは・・・旧学園に口封じをされたということですか?まさか、たかが研究のためにそこまで・・・」

 「希望ヶ峰学園はなんでもやるよ。自分にとって都合の悪いことには特にね。先輩だってそれを知ってた。だからこそ敢えて目立ったんだ。そのおかげで・・・ボクがここにいるんだから」

 「囮になったってことか?」

 「うん、初めからそのつもりで、ボクを引き入れたんだと思う。いつバレるとも分からない中で、任務を引き継げる誰かを探してたんだ。それがたまたまボクだったってだけだよ」

 「そりゃあ・・・お前もこの話に巻き込まれたってことになるよな?お前が俺らを巻き込んだように、お前だってこんな話知らなきゃこんなところには・・・!!」

 「だけどボクは、先輩を恨んだりしないよ。だって先輩は、ボクを庇ってくれたんだから。単なる任務の引継役じゃなくて、広報委員の後輩として、学園の生徒としてボクに色んなことを教えてくれた。だからボクは、その使命を受け継ぐ義務がある。旧学園派の闇を暴いて、カムクライズル研究を止めさせる義務がある。だから、望月サンがどこまで知ってるのか興味があったんだけど・・・どうやらここまでみたいだね」

 

 だから曽根崎は、引地が黒幕じゃねえと言い切ったのか。曽根崎が問題児と認識される前に死んだ奴なら、ここにいなくても納得だ。そして同時に、曽根崎もこれ以上望月を追及しても無駄だと分かったらしい。

 

 「ありゃりゃ?行き詰まっちゃった感じ?議論ストップで投票ゴー?こんな中途半端なところでやめられたらやだよ!ボクだっていくなら最後までいきたいよ!」

 「だったら貴方の方から証拠や議題を提供しなさい」

 「それはボクの立場上できません!オマエラががんばってるところに野次を飛ばしたり茶々を入れたりするのがボクのキャラなんだから!大体必要な情報は全部あげたって言っただろ!」

 「それはつまり、俺たちの集めた情報の中にお前の正体の手掛かりがあるってことか?」

 「どうかなー?」

 

 モノクマははっきりとは言わねえが、意味してるところは同じだ。今まで俺たちが集めてきた証拠の中にモノクマの正体に繋がる手掛かりがあるはずだ。だが今までに出た証拠じゃ黒幕まで辿り着けねえ。他に何かねえか。黒幕の正体に繋がる何かが。

 

 A.【スペシャルファイル③『コロシアイ』)

 B.【六浜の遺留品)

 C.【スペシャルファイル⑤『希望プロジェクト プランS経過報告書』)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そういえば・・・望月が実験台になってたやつ以外にも、似たようなファイルがあったよな?」

 「似たようなファイル?なんですかそれは?」

 「望月サンが参加していたのがプランD。もう一つは・・・プランS」

 「プランS?」

 

 希望プロジェクトという名前で、同じような名前で、関係がないはずがない。プランDで望月がカムクライズル化の踏み台にされてたんなら、このプランSの目的も、おおよその予想はつく。問題は、その報告書がどうやって続いてるかだ。

 

 「資料から読み取る限りでは、プランSは一人の人間が保有できる“才能”の限界数を調べるものみたいだね。カムクライズルはありとあらゆる“才能”を持つ存在だ。普通の人間の限界を調べて、どう改造するべきかの参考にしようと思ったんだろうね」

 「し、しかし・・・この“才能”とは“超高校級の才能”を指すのだろう?一人一つがほとんど、二つ持つのも稀だというのに、その限界などどう調査するというのだ。それにその言い方では、まるで“才能”を後天的に得ることが可能であることが前提となっているようだ」

 「“才能”を後天的に得る?それはどういうことですか?“超高校級の才能”はそう簡単に手に入れられるものではありません!だからこそ希望ヶ峰学園が特権的な学園たりうるのです!」

 「ああ、普通はな。けどこれは、希望プロジェクトだ。カムクライズルなんてもんを造り出そうとするようなヤベえ奴らだぞ?どうにかして“才能”を手に入れる方法を確立してたとしたら・・・ッ!」

 「そんなの確立されてたら、カムクライズルなんてすっ飛ばして“才能”の物質化の第一歩クリアしてるじゃないか!」

 

 自分で言ってて、脳みその中で急に点同士が繋がった気がした。プランSの報告書を見る限り、旧学園派は何らかの方法で“超高校級の才能”を植え付けてたらしい。

 

 「プランSの報告書には、“才能”が一ヶ月単位で何個も開花したって書いてあった。こんなもん、明らかになんか妙な手を使ってるとしか思えねえだろ!」

 「でもそれ以上のことはこの資料からは読み取れないね。最終的にはこのプランも失敗に終わってるみたいだし」

 「“才能”をいくらでも身につけることができる人間・・・ですか。確かに曽根崎君の言うカムクライズルになり得る人間ですが、どうやら既にどこかに連れて行かれてしまっているようですね」

 「・・・どこか、じゃねえ」

 

 身体が震えてきた。なんでだ。今まで学級裁判で同じようなことを何度もやってきたじゃねえか。この仮説があってるかどうかなんて何の保証もねえ。根拠というのも憚られるような、直感の集まりみてえな主張だ。だが・・・真実を捉えてる。そういう感覚には覚えがある。

 

 「どこか、じゃないとはなんだ?」

 「・・・何か、気付いたの?」

 「いや・・・」

 「気付いたのなら、言いなさい。なんでもいいです」

 「とんでもなく、バカげてるぞ」

 

 自信がないわけじゃねえ。あんまりにもバカバカしくて、突拍子も脈絡もなきゃ、不条理の極みみてえな話だ。だからそう前置きでもしねえと、自分の気持ちを落ち着けて話せねえ。

 

 「プランSに参加してた奴は・・・何らかの方法で“超高校級の才能”を手に入れることができた。それはもともと持ってた“才能”を開花させたわけじゃねえ。むりやり手に入れたんだ」

 「・・・?」

 「地下の資料室を見たか?あそこにあったのは、今まで希望ヶ峰学園に入学した“超高校級”の奴らの名簿だった。それがいくつもあって・・・俺たちのものもあった」

 「ああ。あれね。棚にあったものは一通り目を通したけど、全部に『済』のハンコが押されてたね。ボクらの分だと、もう死んじゃった人たちにだけに押されてたよ」

 「なんですかそれは。ずいぶんと悪趣味な部屋ですね」

 「あの『済』のマークの意味・・・死んだ奴らの分に押されてるのかと思ってたが、そうじゃねえ。死んだ奴らは、もう“才能”のサンプルにならねえって意味の『済』だったんだ」

 「“才能”のサンプル?清水、翔。お前は何を言おうとしている?」

 「黒幕がもともと、たった一つの“才能”しか持ってなかったとしたら・・・!そいつが他の“才能”をサンプルにして・・・新しく“才能”を手に入れられるような奴だったとしたら・・・!だ、だから・・・!黒幕は・・・!黒幕も・・・希望ヶ峰学園の生徒だってことは・・・黒幕が持ってた“才能”が・・・!」

 

 自分で言ってて、あり得ねえと思った。そんな話あるわけがねえ。だってそれじゃまるで・・・まるで俺が・・・!

 

 

 Q『黒幕の“才能”は?』

 

 【“超高校級の歌姫”)

 【“超高校級の陰陽師”)

 【“超高校級の棋士”)

 【“超高校級の考古学者”)

 【“超高校級の広報委員”)

 【“超高校級のコレクター”)

 【“超高校級の裁縫師”)

 【“超高校級の釣り人”)

 【“超高校級の天文部”)

 【“超高校級の努力家”)

 【“超高校級の爆弾魔”)

 【“超高校級のバリスタ”)

 【“超高校級の冒険家”)

 【“超高校級のマジシャン”)

 【“超高校級の野生児”)

 【“超高校級の予言者”)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ち、“超高校級の”・・・“努力家”だったとしたら・・・!!」

 「・・・ッ!!」

 「他人の“才能”をそのまま学習するような“才能”だったとしたら・・・説明がつくだろ・・・!」

 

 勝手に止まろうとする言葉を無理矢理に吐き出した。こんな推理が合ってるなんて自分でも思いたくねえ。だけどあの資料室にあったものや、プランSの報告書を読んだら、一度仮説を立てちまったら。もうそうとしか思えなくなっちまった。言うしかなかった。

 

 「・・・な、なにを言っている・・・?」

 「黒幕が“超高校級の努力家”・・・それってつまりさ・・・。キミは、キミ自身が黒幕だって」

 「ッなわけねえだろ!!!」

 

 何の意味もねえのに、その言葉を遮った。ついさっき自分が言ったことと同じことなのに、他人から言われるとそれがもう間違いのねえ事実のように思えて、つい否定した。

 

 「そんなバカなこと・・・あるわけねえだろ!!なんで俺がそんなことする必要があるんだ・・・!!俺にこんなことできるわけねえだろ・・・!!俺はなんの“才能”もねえんだぞ・・・とっくの昔にそんなもん捨てたんだぞ!!ただの“無能”なんだぞ・・・!!」

 「黒幕が“超高校級の努力家”だと、貴方がいま言ったのではありませんか!言うなり否定して、何がしたいのですか!」

 「知らねえよ!!ただそう思ったから言っただけだ!!俺だってこんなこと信じられねえよ!!もしそうだったら・・・六浜はなんで・・・なんで俺なんかに・・・!!」

 

 身に覚えがねえ。何も知らねえ。それなのに、“超高校級の努力家”なんて肩書きだけで、俺は今までのこと全てが自分の上に乗っかってきたような、重圧を感じた。マジでそうなのか?黒幕がこんなことしたのは、全部そんなことのせいだってのか?その黒幕は・・・。

 

 「ねえねえ、あのさあ」

 

 どこかに飛びそうな意識が、間抜けな声で呼び戻された。対面の玉座に座るそいつは、シンプルな言い方で俺に尋ねた。

 

 「なんかまとまりがなくなってきたからちょっと口出させてもらうけどさ、オマエラ、なんか早とちりしてない?」

 「え?」

 「なんで清水くんがオロオロしてんの?もしかして、実は自分が黒幕でした!!ってオチを想像してビビっちゃった?」

 「は?な、なにを・・・?」

 「うぷぷぷぷ!それじゃあオマエラのために、ボクが一肌脱いであげましょうか!文字通り、こんな綿だらけの身代わりなんか捨て去っちゃってね!」

 

 モノクマはそう言うと、玉座の上で跳び上がった。次の瞬間、玉座が大きく揺れて床の下に沈み込み、モノクマも続いてその中に消えた。

 

 「はっ!?」

 

 真っ暗な穴が裁判場に忽然と現れた。どこまでも深く続いていそうな、どこまでも暗い闇だった。モノクマが消えてすぐ、穴から噴き出すスモークが周囲一帯を白く塗り潰した。その向こうでさっきの玉座がゆっくりとせり上がる影が見える。

 そこには、明らかにモノクマとは違う誰かが腰掛けてた。左足を右膝に乗せて、空いた膝に肘をついて頬杖をついてた。所在なさげにぶら下げた右腕と、スモークが晴れた向こうに見えた退屈そうな眼、長い黒髪を乱雑に伸ばした風体なのに、シワ一つない希望ヶ峰学園の制服に身を包んでた。

 

 「んなっ・・・!?」

 「これは・・・!」

 「・・・」

 「ま、まさか・・・!」

 

 まともに口が動かず、言葉を失う俺たちを一瞥して、『そいつ』はため息交じりに言葉を発した。

 

 「どうも、黒幕です」

 

 至極面倒だ、とでも言いたげな声色だった。なおも呆気にとられる俺たちに畳みかけるように、『そいつ』はまた口を開いた。

 

 「『“超高校級の希望”になる者』と呼んでください」

 

 意味が分からなかった。いきなり出て来て、『そいつ』は自分が黒幕だと名乗った。“超高校級の希望”になる者ってなんだ?っていうか、さっきまで黒幕は“超高校級の努力家”だって話だったのに、なんでいきなり出て来た?

 

 「清水翔くん。キミの推理は正解です。私はもともと“超高校級の努力家”という肩書きで希望ヶ峰学園に入学しました。もっとも、キミたちとは離れた学年だったので、ほとんど知らなかったことでしょう」

 「“超高校級の努力家”・・・!お、お前が・・・?」

 「そう驚くことではありません。“超高校級の幸運”のように、同じ“才能”をスカウトすることはあり得ることです。まあキミの場合は、少々事情が異なりますが」

 「黒幕と・・・言いましたね・・・。それはつまり・・・貴方がこのコロシアイを企てたと?」

 「もちろんです。合宿場を乗っ取り、希望ヶ峰学園との繋がりを断じて、過去のコロシアイを模倣しました。モノクマというゲームマスターは江ノ島盾子のものを再現してみたのですが、上手くできていたでしょうか」

 「記憶を奪って、学級裁判を仕切って、処刑をして・・・全部お前一人でやったということか?」

 「はい。私は一人であって一人ではありません。資料室を見たんですよね?今までこの努力の“才能”によって培った無数の“才能”を使えば、難なく実行することができました。時間こそかかりましたが」

 「希望プロジェクトでカムクライズルになろうとして・・・失敗したって書いてあったけど、死んでなかったんだね」

 「ええ。私はあのまま続けていても問題なかったのですが、当時の担当者の方がひどく心を病んでしまいまして、私の“努力”を中断させてしまったのです。ああ、彼はもう生きてませんよ。あのまま生きていても気の毒なので、私の“努力”ついでに殺してあげました」

 

 聞かれたことを、聞かれてないことも含めて、ペラペラと『そいつ』はしゃべり出す。その言葉は淡白で、自然で、異常なことなのに異常なくらい異常さを感じさせねえ。

 

 「どうして今になって急に出て来たの?」

 「本来は姿を現すつもりはなかったのですが・・・清水翔くんがあまりにも自分を追い込んでいるように見えて、このままでは出る機会を逃してしまうと思ったので出ました。議論も煮詰まりかけていたので、答え合わせついでにでもと。他に何か質問はありますか?」

 

 まるで、さっさとこの場を終わらせてえというような意図を感じる。答え合わせだと?今までの議論全部に、明確な答えを出すのか?投票も終わってねえのに、なんでそんなことをする?

 

 「六浜サンを殺したのは、キミなの?」

 「いいえ。あの時点で私は真っ当に学級裁判を開き、初めから姿を現して皆さんと対決する予定でした。しかし六浜童琉さんが私の正体に気付いてあのような行動に出て、予定を変えざるを得ませんでした。厳密には彼女が気付いていたのは、私が『“超高校級の希望”になる者』だという事実にだけでしたが、同じ事ですね。私との直接対決に勝ち目がないと判断したのでしょう」

 「しかしそれは、お前の意思に反する行動だろう。止めはしなかったのか?」

 「いついかなる時であっても、殺人に関する行動をモノクマが止めるわけにはいきません。あくまでコロシアイのルールを守る必要があったので、看過するしかありませんでした。そういう意味では、六浜童琉さんにはしてやられました」

 「ではやはり六浜さんは・・・私たち全員を生きて帰すために・・・!」

 

 違う、そうじゃねえ。そんなことじゃねえ。俺らが聞かなきゃいけねえのはそんなことじゃねえ。どうだっていいんだ、『そいつ』が何をしたか、誰かのか、なんでカムクライズルなんかになろうとしたのか、そんなことはどうだっていい。今きくべきなのは・・・!!

 

 「なんでだ・・・!!」

 

 『そいつ』が出て来た瞬間、黒幕がいたことに俺は安心してた。俺は黒幕じゃなかった。記憶を失って自分で自分の首謀したコロシアイに巻き込まれるなんて、そんなバカげた話じゃなくて良かった。それと同時に、怒りが湧いてきた。なんで俺らがこんな目に遭わなきゃならなかった。なんで俺らが命を懸けなきゃいけなかった。なんで奴らが死ななきゃならなかった。なんで・・・!!

 

 「なんでコロシアイをさせた・・・!!テメエの目的はなんなんだ!!」

 「“努力”ですよ」

 「・・・あ?」

 

 即答されて、思わず普通に聞き返した。

 

 「私の目的はただ一つ、『“超高校級の希望”カムクライズルになること』です。それはすなわち、ありとあらゆる“才能”を手に入れること。この“超高校級の努力家”の“才能”のおかげで、時間さえかければどのような技能技術も、どのような思考や精神や信義も、どのような“才能”も修得することができました。しかし問題はそのモデルです。世の中にどのような“才能”があるのか、その“才能”はどういった要素で構成されているのか、“才能”の保有者はその“才能”に対しどのような考え方を持っているのか・・・こうした、知らなければ予測し得ないものを修得するために、モデルが必要でした。私にとっては、希望ヶ峰学園がそれにあたります」

 「“超高校級の才能”を集めた学園・・・なるほど、打って付けの場所ってわけだ」

 「私は希望プロジェクトの一環で学園生活を監視しながら“才能”を修得する“努力”をしました。それらはプランSの報告書にある通りです。しかし、高校生活をダラダラと見続けるだけではあまりに非効率的でした。その上、プランS自体が没になる緊急事態。これにはさすがに参りました」

 

 やれやれ、というジェスチャーで『そいつ』は話す。当たり前のように言ってるが、他人の“才能”を努力で修得するなんて、そんなブッ飛んだ話、にわかには信じられなかった。

 

 「そこで私は、コロシアイに目を付けたのです。過去行われたコロシアイでは、“超高校級”の生徒たちが己の“才能”を使い、命を懸けてぶつかり合ったと聞きます。自分の命を懸けて“才能”を駆使する姿・・・それこそ、私が知りたかった“才能”の核となる部分が最も強く表れる姿です。だから私も、それを真似してみました。ちょうど、手頃な閉鎖空間と手頃な生徒たちがいたので」

 「・・・は?」

 「結果は上々です。これまでに亡くなった皆さんの“才能”に対する姿勢、考え方、行動、とても勉強になりました。これでますます洗練された“才能”を身につけることができます」

 「では・・・私たちがコロシアイをさせられていたのは全部・・・!?」

 「すべては、私がカムクライズルになるための“努力”の一環です。命懸けで付き合ってもらって感謝してます」

 

 ふざけんな、と言いたくなったのに、その言葉すら出て来なかった。人の生き死にを特に何とも思ってねえというような、当たり前の口調。重みもなにもない、感慨もクソもない、ただの音声の羅列。そんな声だった。

 

 「他に質問はありませんか?」

 「もうありません・・・もう、たくさんです!早く終わりにしましょう!こんな人、早く処刑して・・・!!」

 「それはできないよ。彼はあくまでモノクマの立ち位置。裁判の傍観者だ。参加してない人に投票することはできない。そうだよね?」

 「その通りです。それに、お忘れですか?この学級裁判は、私が予定していた議題とは違います。『六浜童琉さんを殺した犯人は誰か?』。それが今回の議題です」

 「六浜は・・・六浜自身と、俺たち全員に殺された・・・」

 「確認なのだが、私たち全員がクロである場合は、全員が同票で正しい指名という認識でいいのだな?」

 「ええ。間違いありませんよ」

 「クロ5人に対して票数は4票。誰か一人でも生存者に投票した時点で、クロの勝ちが確定するわけだ。でもそんな展開って、キミにとっては不都合なんじゃないの?」

 「ルールを変更することはできません。それに私は、皆さんの生死には興味がありませんので」

 「だからって・・・!!それでいいのかよ!!」

 

 黒幕が自分から正体を明かした。合宿場の謎をすべて話した。この裁判には俺たちが勝ったも同然だ。だから黒幕の奴をぶっ殺そうと思った。なのに、それができねえ。六浜が最後の最後にあんなことをしたせいで、裁判の議題が上書きされた。しかも、どういう結果になってもここでコロシアイが終わる形で。

 

 「クロの勝ちだと!?俺ら全員生きて希望ヶ峰学園に帰るだと!?そんなもん、逃げてるだけじゃねえか!!黒幕が目の前にいて!手の届く場所にいて!生身の人間だって分かってんのに!!死んだ奴らを捨てて俺らだけ逃げんのか!!しかも六浜に騙されて・・・俺らは知らねえうちに逃げ道を用意されて、知らねえうちに黒幕から背を向けさせられてて、知らねえうちに逃げさせられかけてた!!けどもう気付いちまった!!どうすりゃいいんだよ!!このまま俺らは何もしねえまま、ただ逃げんのか!!冗談じゃねえ!!」

 「ではどうするのですか?私たち全員、正しくお互いを指名して、全員処刑されようとでもいうのですか?それこそ冗談ではありません。貴方一人死ぬのならまだしも、残念なことに私たちは一蓮托生の身です」

 「だからって・・・このままじゃ六浜の思う壺じゃねえか!!そんな情けねえ話あるか!!そんな風に生き延びて・・・俺らは・・・!!」

 「そんな風に生き延びるのが、彼女の願いなんだよ。そのために六浜サンは命を懸けた。納得できるかどうかじゃないんだよ」

 「・・・・・・そんなこと・・・分かってんだよ・・・!!あいつの、気持ちは・・・俺が一番・・・!!」

 

 理不尽に突きつけられた、選択になってない究極の選択。六浜の命を無駄にして全員で死んで黒幕だけが勝つ結末(オチ)か、六浜の願いを受け止めて合宿場で起きたことを一切背負わずに逃げて生き延びる結末(オチ)か。そんなもん・・・選ぶ道は一つだ。だからこそ、俺は納得できねえ。できねえのに・・・。

 

 「念のため確認だ。どのように投票する?」

 「下手に投票をバラけさせると、万が一ってことがあるからね。誰かに集中させたいけど・・・いい気分はしないね」

 「でしたら・・・六浜さんに投票すればいいのでは?この計画を企てたのは彼女です。それにもし彼女が生きていたら、きっと自分に投票するように仰ったでしょう」

 「それでは皆さん、お手元のスイッチで犯人と思われる人物に投票してください。投票の結果、クロとなるのは誰か?果たしてそれは、正解か?不正解なのか?どちらでしょうか。ワックワクのドッキドキですね」

 

 『そいつ』は決められた台詞を、決められた通りに発する。これで全てが終わるなんて微塵も感じさせないほど、あっさりと。

 俺たちは誰一人、晴れ晴れしい顔なんてしてなかった。かといって悲痛に顔を歪めてたわけでもねえ。コロシアイから生還する喜び、命のやり取りから開放される安堵、黒幕を前に逃げるしかない悔しさ、死んでった奴らへの悼み。それらは全て、曖昧で釈然としない濃さで脳を埋め尽くす。

 こんな結末でいいのか。こんな不完全な形で、俺たちの物語が終わるのか。

 

 頭が痛くなるほど迷いながら俺はボタンを押し込んだ。無味乾燥で小さな音が、俺たちのコロシアイの終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り4人

 

  清水翔  【六浜童琉】 【晴柳院命】   【明尾奈美】

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎   【笹戸優真】

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

【屋良井照矢】【鳥木平助】 【滝山大王】【アンジェリーナ】




さよなら、ダイナミズム。いや〜大変でしたわ〜。面白い物語になったと信じてる。反省することも多いですが。
一番の反省は、これ書いてるとき風邪気味だったってことですね。気味でした。マジ風邪ではないです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

真相編

 

 激しく響くノイズの隙間を縫って間抜けな音楽が聞こえてくる。照明は真っ赤に色づいて視界から一切の色彩を奪う。自由な生を獲得した罪人への祝福なのか、裏切りと偽りの中に死に行く奴らへの嘲笑なのか、形を得ないファンファーレが裁判場を埋め尽くす。

 

 「な、な、な、なんと。まさかまさかの指名しっぱぁ〜〜い」

 

 玉座に腰掛ける『そいつ』は、ぶっきらぼうにそう言った。モノクマのままだったら、もっと楽しそうに言ってたかも知れない。黒幕が正体を明かしたために、自分で仕掛けた演出のほとんどをぶち壊すことになった。それすらも何とも感じてないらしい。

 

 「今回、六浜童琉さんを殺した犯人は、六浜童琉さん自身、つまり自殺ではありませんでした」

 

 そんなこと分かってる。あいつは俺たち全員を巻き込んで死んだんだ。俺たち全員が犯人なんだ。それを、俺たちはわざと間違えた。あいつの作った逃げ道に甘んじた。

 

 「・・・これで・・・終わったのですね」

 

 終わった。何もかも。理不尽に押し込まれた合宿場の生活も、一時も心の安らぐ暇がないコロシアイも、昨日まで同じ飯を食ってた奴の処刑を目の当たりにする絶望も。この瞬間を、俺たちはずっと目指してきてたはずだ。だがそれは、こんなはずじゃなかった。こんな、無責任な終わり方じゃなかった。

 

 「これが、六浜サンの望んだ結果だよ。これでよかったんだ」

 「いいわけあるか!!・・・こんなの・・・ふざけてやがる!!」

 「・・・」

 

 納得できるわけがねえだろこんなの!!六浜は勝手に一人で全部背負って、俺たちには何も言わねえで、俺たちはそれを知っても何もできずに、何も懸けずに、ここからいなくなる。そんなの・・・。

 

 「コロシアイから無条件に離脱したようなものだ。六浜童琉の意思を汲むのであれば・・・これが最善策と言わざるを得まい」

 「分かってんだよんなことは!!!!当たり前だろ・・・!!だから・・・なんでこんなことしたんだって・・・なんで俺らに何も言わなかったんだって・・・!!」

 「言えば貴方がたは邪魔をするでしょう。六浜さんは貴方がたを生かしたいからこそ隠したのです。それ以外の方法はありませんでした。貴方に何かできたと思うのは傲慢でしかありません」

 

 そりゃそうだ。“無能”の俺なんかにあいつの計画をねじ曲げて、筋書きを変えるなんてことできるわけがねえ。他に全員で脱出する方法なんて思い付くはずもねえ。だから、これが一番現実的な方法だったのかも知れねえ。けど・・・。

 

 「そりゃ・・・何も考えずに出て行けたらいい・・・!!いま生きてる奴らだけならよかった・・・!!けど・・・これで出てったら、死んでった奴らはどうなるんだよッ・・・!!」

 「・・・」

 

 テメエのことながら、俺は何言ってんだ。そんな柄じゃねえのに、死んだ奴らに今更何ができるわけがねえのに、なんでそんなこと言い出すんだ。

 

 「お互い知らねえままだったら!!昨日今日会った程度だったら!!名前も知らねえ奴らだったら!!簡単に切り捨てられた!!なんでだよ・・・!!“才能”なんか嫌いなのに・・・!!“超高校級”の奴らなんかクソなのに・・・!!あいつらの何も背負わねえで出て行くのが悔しくてたまらねえんだよッ・・・!!なんてあいつらのことなんか考えてんのか・・・俺だって意味分かんねえよ・・・!!」

 

 なんで今になって、こんなこと言い出すんだ。この感情はなんだ。あんな奴らのことなんか、なんとも思ってなかったはずなのに・・・なんでこのタイミングでそんな感情が湧き上がる。忘れちまえばいいのに・・・それを俺自身が拒んでやがる。

 

 「責任を感じるのも傲慢です。貴方が彼らに親しみを覚えていたのは意外ですが、今となっては手遅れです。なにもかも」

 

 手遅れ・・・そうかも知れねえ。俺たちに選択肢は残されちゃいねえ。たぶんそうなんだろう。そうなんだとしても。

 

 「いや・・・」

 

 そんなこと、許せるわけねえだろ。そんなこと、認められるわけねえだろ。そんなこと、納得できるわけねえだろ!

 

 「まだだ・・・!まだ・・・終わらせねえ!」

 

 こんな終わり方は選ばねえ。こんな結末は選ばねえ。用意された選択肢なんか知ったことか。他に選択肢がねえなら、俺が作ってやる。

 

 「学級裁判は・・・終わらせねえ・・・!!もう一回、学級裁判を開く!!」

 「ッ!?な、なにを言い出す?清水、翔・・・!」

 「もう一回裁判を開くって、どういうこと?」

 

 望月も曽根崎も穂谷も、俺の言葉に目を丸くしてる。『そいつ』だけは、相変わらずの退屈顔で聞いてた。いや、聞いてるのかもはっきりしねえ。

 

 「ここで終わったら、今までのコロシアイが全部無駄になる!死んだ奴らの想いが消えて無くなる!だから・・・『そいつ』をぶっ殺さなきゃ、俺はここから出て行けねえだろ!!」

 「キミには似合わない台詞ですね。しかし、キミにそんなことができるのですか?キミが勝手に宣言しただけの裁判に私が参加する必要はないと思います」

 「んぐっ・・・!?」

 「そうかなあ」

 「ん?」

 

 あっさり『そいつ』に言い伏せられそうになった俺に、思いがけない支援があった。曽根崎が、完全に『そいつ』を言い負かすモードに入ってやがる。

 

 「ボクたちはもう学級裁判に勝利したクロ、希望ヶ峰学園の生徒だ。キミも、モノクマというゲームマスターの仮面を脱ぎ捨てた時点で、ただの希望ヶ峰学園の生徒だ。六浜サン殺しの裁判に参加する義務はなくても、ボクたちがキミに対して開いた裁判には参加してもらうよ。それが、ルールだから」

 「・・・」

 

 早口に、隙間なく、強気に曽根崎は言葉を乱射する。しかも『そいつ』が絶対に逃げられねえような言葉を、意味ありげに最後に添えた。今に始まったことじゃねえが、汚え。だからこいつにあれこれ聞かれたり言われたりするのは嫌なんだ。今はそれが助けになってる。こんな時が来るなんて思いもしなかった。

 

 「仮に裁判を開くとして」

 

 『そいつ』は静かに言った。その言葉には、曽根崎に言い負かされた、って含みがあった。

 

 「議題はなんですか。今までの学級裁判は明確な議題を以て行われました。しかし今は、誰も死んでいない。誰も殺していない。そんな学級裁判で、一体何を話し合うのです」

 

 すぐさま『そいつ』は質問を変えてきた。言葉の綾だけじゃどうにもならない、具体的な答えを求めて来やがった。だが、そんなもんは予想してた。学級裁判には必ず謎が必要だ。だがその謎には裏があるときもある。誰かの思惑のために・・・謎が存在すること自体に意味があることだってある。

 俺は『そいつ』と目を合わせた。ここは絶対に退けねえ。絶対に、このチャンスを逃すわけにはいかねえ。

 

 「このコロシアイの、本当の黒幕についてだ」

 

 退屈そうな『そいつ』の目が、一瞬だけ見開かれた気がした。すぐに元に戻ったが、確実に食いついた。

 

 「本当の・・・黒幕?」

 「お前はさっき、自分が黒幕だっつったが・・・それはウソだ。このコロシアイには、他に黒幕がいる」

 「えっ・・・?」

 

 落ち着け。動揺すんな。ここで動揺を見せたら、『そいつ』は動かねえ。このまま卒業しねえためには、もうこれしかねえんだ。俺が『そいつ』をねじ伏せるためには・・・これしか。

 

 「どういうことです」

 「そもそもがおかしいんだ。さっきテメエは黒幕だと名乗ったが、テメエが正体を現す必要なんてなかった。議論が煮詰まって、俺たちの話が終わりそうになったタイミングで、テメエは現れた。自分が黒幕だと、俺らに見せつけるために」

 「それはつまり・・・ダミーということですか?」

 「さあな。それだけじゃねえ、テメエが黒幕だとしたらおかしなことが他にもある」

 「・・・なんでしょう」

 「それを議論するために、俺は学級裁判を開く。テメエが本当の黒幕じゃねえってことを・・・本当の黒幕の正体を暴くために、学級裁判を開く!テメエだって当事者なんだ。参加しねえとは言わせねえぞ・・・!!」

 

 俺以外の奴ら全員が、俺に訝しげな視線を送る。こんな話、いきなりしたって信用されるわけがねえ。

 

 「なるほど。このコロシアイの謎を、徹底的に議論するということですね。しかし分かっていますか?この場所で行われる学級裁判に負けた者は、例外なくおしおきを受けることになります」

 「テメエもな・・・!!」

 「全ての謎を明らかにすればキミたちの勝ち、私が処刑される。それができなければ私の勝ち、キミたちが処刑される。そう言いたいのですね」

 「当たり前だ。テメエと黒幕と、まとめて死んでもらうからな。それと、裁判の前にもう一度合宿場を捜査する時間ももらうぞ。確かめてえことがある」

 「・・・仮に裁判を行う場合、他の皆さんはそれで納得しますか」

 

 現状、学級裁判を開くと言ってるのは俺だけだ。『そいつ』はどうあっても学級裁判を開かせたくねえらしい。『そいつ』以外の誰かが反対しちまえば、この裁判は開く理由がなくなる。俺は『そいつ』を言い負かす覚悟はあっても、俺以外の奴らを説得する準備はしてなかった。

 だが、そんなもんは愚問でしかねえ。

 

 「納得するに決まってるさ。希望ヶ峰学園の闇が生み出したコロシアイ、絶望を撲滅するために生み出された“超高校級の希望”による絶望、そして真の黒幕・・・こんな特ダネ、逃したら死ぬほど後悔するよ」

 「それは、賛成ということですか?」

 「もちろん。それが“超高校級の広報委員”としてのボクの覚悟だよ」

 

 そんなもん建前だ。分かってる。こいつは目の前にいるカムクライズルを逃がさねえために、裁判に参加するしかねえ。それが義務じゃなく、こいつ自身が望んでることだから、信頼できる。曽根崎は、間違いなく俺と同じ方を向いてる。

 

 「清水翔がそのつもりなら・・・私は最後まで付き合う」

 「望月藍さんもですか。合理的な理由はないように思いますが」

 「理由など・・・ない。強いて付ければ、私は清水翔の側を離れたくない」

 「はっ?」

 「私の正体が分からなくても、私がカムクライズルになれなかった者であると知っても・・・お前は私を見捨てなかった。合宿場での生活で、私はお前から色々なことを学んだ。私は・・・お前に感謝しているのだ。清水翔」

 

 なんだそりゃ。下手くそに顔を緩ませやがって。俺はただ、望月が黒幕だってことを認めなくなかっただけだ。俺はこいつの前で、ただ怒りや悔しさを吐きだし続けてただけだ。それが望月にとって、どれほどのことだったのかは知らねえ。けど、望月を疑う理由はねえ。こいつは、意味もなく命を懸けるような奴じゃねえ。

 

 「あとはキミだけです。穂谷円加さん。キミはどう思いますか」

 「・・・愚問ですね。彼の遺志をおいてここを去るなんてあり得ません。彼の仇を討たないと、私は前に進めないんです」

 

 それは、暗に俺たちに賛成してるってことだろうか。死んでった奴らのためになんてのも気恥ずかしいが、否定はしねえ。鳥木だって穂谷を生かすために命を懸けた。それに応えねえと、あいつが死んだ意味がねえ。穂谷はあくまで自分のために、俺たちと並んで立つ。

 

 「賛成多数だ。まだなんかいちゃもん付けんのか」

 

 『そいつ』はぽかんとした表情から一変して、何かを考え始めた。考えたって無駄だ。もう『そいつ』は、俺たちの開く学級裁判に参加せざるを得ない。それがここでのルールだ。

 

 「なるほど。クロにこのように言われた場合、私は断ることができません。勉強になりました」

 「じゃあ、やるんだな」

 「私としても“才能”の可能性を知ることができるのならば、卒業が確定した生徒と新たに学級裁判を開くことにやぶさかではありません。お互いに利があるのならばするべきでしょう」

 

 あくまで黒幕だと名乗る以上、他にも無茶苦茶な条件吹っかけてくるかと思ったが、案外すんなり受け入れた。だがこれで、ようやく俺たちは黒幕と戦える。六浜が用意した逃げ道から外れて、正々堂々正面から、この合宿場を出て行ける。それができるかどうかは俺たち次第だ。

 

 「じゃあ清水クン、まずはどこを調べるの?」

 「ひとまず資料館だ。あそこに行きゃあなんかしらの情報があるはずだ」

 「手分けして捜査した方が効率的ではないか?」

 「・・・本当の黒幕が何してくるか分からねえ。めんどくせえことにならねえよう、まとまってた方がいい」

 「そうですか。・・・変わりましたね。清水君」

 「変わらされたんだよ、テメエらと、あいつらに」

 

 俺の隣には、曽根崎がいる。望月がいる。穂谷がいる。“才能”なんかに頼ってるわけじゃねえ。俺みてえな“無能”にだって、できることがある。その可能性を与えたのが“超高校級の希望”を名乗る『そいつ』ってのは、なんかの皮肉か。

 なんだっていい。“才能”なんかクソ食らえ。俺はそんなもんに頼らねえで、“超高校級の希望”をぶっ倒してみせる。

 

 「お話しはまとまったようですね。それでは」

 「ああ。首洗って待っとけクソ野郎」

 

 

 

 「今回は、“超高校級の広報委員”曽根崎弥一郎くんのために、スペシャルなおしおきを用意しました」

 

 

 「・・・は?」

 

 

 「それでははりきっていきましょう。おしおきタイムです」

 

 

 「えっ・・・?なにそレッ・・・!!!」

 

 俺の隣から曽根崎の声が消えた。無情な金属音と共に最後に見たのは、曽根崎の脚が暗闇に消える寸前の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

         【GAME OVER】

 ソネザキヤイチロウくんのおしおきをかいしします。

 

 

 理解するより先に身体は縛られ、目の前の光景は裁判場から処刑場へと変化していた。曽根崎弥一郎は円形の広場の真ん中で、十字に身体を縛られていた。眼下に広がる観衆の群れは、一様に赤い左目を怪しく光らせている。

 

 

 《真っ赤な嘘吐き》

 

 

 いい加減な罪状が読み上げられ、観衆からは大きな罵声が飛ぶ。嘘吐き、卑怯者、詐欺師、インチキ、ホラ吹き・・・その悪意の一つが、形を伴って飛んできた。それは曽根崎の額を捉える。

 

 「うっ!」

 

 足下に落ちていくそれは、『月刊HOPE』、曽根崎が書いた本だった。その一投を皮切りに、あらゆる書物が罵声と共に投げられる。本が、新聞が、雑誌がペンが手帳が糊が修正液がハサミがインク瓶がタイプライターが、曽根崎の記事を生み出していたあらゆるものが、いま曽根崎の身体を“赤”く染めていく。ハサミが肌に線を刻み、インク瓶が骨まで響いて割れ、万年筆が身体に突き刺さる。残骸は力なく落ちていき、気付けば、足下にはガラクタの山ができていた。

 そこへ目抜きマスクを被ったモノクマが、“赤”い光を近付けた。弱々しい白線を立て、山の中から影を覗かせ、その“赤”はごうごうと音を立てて曽根崎に迫ってくる。

 

 「・・・」

 

 虚ろな眼をした曽根崎は、身じろぎすることもなく、その“赤”に呑み込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「エックスットリィィイイーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッム。これぞおしおき、ですね。とても興奮しています」

 

 言葉が出ねえ。何が起きた?俺の隣にいたはずの曽根崎の声はもうしない。処刑場の真ん中で赤黒い塊と化した。俺たちの目の前で。抵抗する間もなく。

 

 「テッメエエエッ!!!!!!」

 「!!」

 

 理解するより先に身体が動いてた。玉座でだらけた姿勢の『そいつ』に飛びかかって胸ぐらを掴む。高え場所から引きずり下ろして寝転んだ『そいつ』に跨がる。

 

 「テメエなにしてやがる!!!なんで殺した!!!」

 「やめてください、清水翔くん。ゲームマスターへの暴力行為は規則違反となり」

 「なんで殺した!!!!」

 

 なんで曽根崎が殺された!!!なんであいつが死ななきゃならねえ!!!ふざけんな!!!なにかの間違いだ!!!こんなことあっていいわけが・・・!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 How honest is the pain

 

 That falls equally on the deep court

 

 But high upon the ground

 

 There's empty world with the nobody

 

 Oh, she had been bound to kill

 

 The crimes that lost their leader

 

 Some magic from our love

 

 Made them pay for their unmerciful heart

 

 

 俺の怒りを掻き消すように、それは静かに狂気を孕んで、聴き惚れるほどきれいに、全員の耳を支配した。

 

 「こういうことですわ。清水君」

 「・・・・・・穂谷?」

 

 歌声の主、穂谷円加は、小さく笑って俺を呼んだ。曽根崎が死んだことなんてなんとも思ってないように、その顔色は普段と変わらない。張り付いたような笑顔も、初めて会ったときとまったく同じだ。

 

 「学級裁判で誤った人物をクロと指名した場合、クロ以外の全員が処刑される。いまさら分かり切ったルールではありませんか」

 「誤った人物・・・?い、いや・・・・・・そうではないのか・・・?六浜童琉は・・・私たち全員をクロとして・・・!私たちは全員・・・クロとして卒業を・・・!」

 「それは違います」

 

 狼狽えてしどろもどろになる望月を、穂谷は短い言葉で黙らせた。それが意味することを、俺は直感的に理解した。

 

 「クロは、私一人です」

 

 俺たちは、まんまとこいつに騙されたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「今回、六浜童琉さんを殺害したクロは、穂谷円加さんです」

 

 

 「ど・・・どういうことだ・・・?穂谷円加がクロ・・・?六浜童琉の計画は・・・?私たちの議論は・・・!?」

 

 

 「ウソではありません。監視カメラの映像と検死結果を合わせて考えれば、六浜童琉さんを殺害したのは穂谷円加さんただ一人です」

 

 

 「違う!!!六浜は俺たち全員をクロにした!!!俺たち全員があいつに仕向けられてあいつを殺させられた!!!!」

 

 

 「もちろん、それが彼女の計画でした。皆さんがそこに辿り着いたことは、私も感服しました。しかし彼女の計画の緻密さや複雑さが、却って付け入る隙を与えてしまったことは、皮肉な話です」

 

 

 「付け入る隙・・・?」

 

 

 「六浜さんの計画には私たちの協力が不可欠。逆に言えば、全員が協力するか、計画を知らないままでいなければ・・・簡単に崩壊してしまうものなのですよ」

 

 

 「・・・・・・意味を理解しかねる」

 

 

 「彼女の部屋にあった花を覚えていますか?白く可憐で、小さな花です。名をキスツス・・・花言葉は、『私は明日死ぬだろう』」

 

 

 「・・・!?」

 

 

 「私は、植物園から彼女があの花を持ち出すところを見かけました。おそらく事件後、自分の部屋が捜査されることを見越して、ヒントにでもしようと考えたのでしょう。その意味を理解すれば、彼女の計画に気付くのは容易いですから」

 

 

 「そこでテメエは・・・全部気付いたってのか・・・!?たったそれだけで・・・・・・あいつの計画を全部知ったってのか!!!」

 

 

 「まさか。しかし、彼女が何かを企んでいることくらいは分かりました。少なくとも、彼女が死のうとしていると。そんなの・・・許せるはずないじゃありませんか」

 

 

 「?」

 

 

 「彼女は自ら命を絶とうとしていたのですよ?身勝手に、我が儘に、死のうとしていたのですよ?そんなこと・・・絶対にさせたくありませんでした。彼女は・・・私が殺さないと意味がないのに・・・」

 

 

 「・・・は?」

 

 

 「彼女が、貴方たちが何をしたかお忘れですか?貴方たちは・・・私にとっては殺すべき相手なのですよ?だって彼は・・・鳥木君は、貴方たちのせいで死んでしまった・・・・・・貴方たちに殺されたのですよ!!!」

 

 

 「鳥木・・・平助・・・!?私たちが殺した・・・!?」

 

 

 「鳥木君は・・・死ぬ間際に言っていました。なぜ自分が死ななければならないのだと。自分の運命を恨み、理不尽を憾み、殺した貴方がたを怨み・・・・・・私の胸の中で亡くなりました。なぜ彼があんな目に遭わなければならなかったのですか!!あんな悲劇がありましょうか!!だから貴方がたは・・・私に殺されなければならないのですよッ!!!!!」

 

 

 「鳥木平助くんは明尾奈美さんを殺害し、学級裁判で指名を受けたのでクロとして処刑されました。自分の死を受け入れてましたし、死ぬ瞬間に穂谷円加さんと会話などしていませんでした」

 

 

 「六浜さんの命を踏み台にして、全員で希望ヶ峰学園に帰る?冗談ではありません!!貴方がたは一人残らず殺されるのです!!この私に!!そうでなくては私が生きる意味などありません!!私は貴方がたを全員殺さないと・・・生きることも死ぬこともできないままなのですよォッ!!!」

 

 

 

 

 

 バカげてる・・・ふざけてやがる・・・・・・なにが殺されなきゃならないだ・・・なにが卒業だ・・・・・・なにがコロシアイ・・・なにが学級裁判・・・なにが・・・・・・・・・“超高校級”だ・・・。

 命のやり取りを前にして、人は簡単に狂う。“超高校級”も“無能”も・・・なにが違う。

 

 「ふっざっけんなァァアアアアアアアアアッ!!!!!!」

 「ッ!!」

 

 この感情はなんだ。腹の底に鉛を沈められたような重みと、抜け殻になったような空虚と、ふつふつと湧き出てくる衝動。気付くと俺は『そいつ』を捨てて、穂谷に殴りかかってた。が、俺の手は届かなかった。

 

 「裁判後の乱闘はやめてください。おしおきが完了するまでに死者が出ては、判断に困ります」

 「は・・・!!はな・・・せ・・・!!」

 

 俺の身体はいつの間にか、鎖で雁字搦めになってた。壁の奥から伸びてくる、絶望の鎖。

 

 「うふ・・・うふふ・・・!あっははははははははは!!!“無能”の負け犬にはお似合いの姿ですわ清水君!!もののついでです。どうやって彼女を殺したか教えて差し上げますわ!!」

 「黙れ!!!クソ野郎!!!!テメエは・・・!!!テメエはぁぁあああ!!!!!」

 「彼女の死因は凍死などではありません。彼女は、窒息死したのですよ!」

 「・・・ッ!?」

 

 その愉快そうに笑う顔を歪ませてえ・・・!!その耳障りな声を引き千切りてえ・・・!!その細くて白い首をへし折りてえ・・・!!穂谷という存在のすべてを、俺の手で破壊し尽くさねえと気が済まねえ!!!

 

 「彼女の計画通り、六浜さんが弱って立てなくなった頃に、私は多目的ホールの窓を閉めました。と言っても、足下の小さな窓だけですが。しかしそれだけで十分でした。私が多目的ホールにバラ撒いたドライアイスが彼女から呼吸を奪うには・・・!」

 「ドライアイス・・・!?」

 「地下の・・・冷蔵室か・・・!!」

 「弱った彼女が私に気付いたかどうかは分かりませんが・・・彼女は苦しむ様子もなく、いつの間にか死んでいました。再び窓を開けておけば、ドライアイスは換気され、ホールは元通り。うふふ・・・どうですか?素晴らしいとは思いませんか?」

 「しかし・・・ホールは施錠され、鍵は曽根崎弥一郎が保有していた。窓は鉄柵で通行不可能・・・一体どこから侵入したというのだ・・・?」

 

 嬉々としてテメエの殺人を語る穂谷。『そいつ』が訂正しねえってことは、それは間違いなく本当のことなんだろう。だからこそ許せねえ・・・!!こいつは六浜がそこまでして・・・命を捨ててまでテメエを助けようとしてることを知っておいて六浜を殺した!!イカれたテメエの妄想のために!!!

 

 「扉と窓以外にも・・・出入り口はあります。私たち全員がそれを目の当たりにしたではありませんか。ここにきた、最初の日に」

 「・・・ッ!!!まさか・・・!!!あそこを・・・!?」

 「ええ。モノクマが現れた壇上の隠し通路です」

 

 そんなバカな・・・!!デブっつってもぬいぐるみだぞ・・・!?それが通るような通路なんて、見つけたとしても通れるわけが・・・!!

 

 「忌々しい細身だと思っていましたが・・・役に立つこともあったのですね」

 

 たったそれだけのことで、六浜の計画は台無しになった。穂谷に花を持ち出すところを見られたから・・・こいつが狂ってることは分かってたのに・・・こんなことしてくるなんて・・・!!!

 

 「もうよろしいですか、穂谷円加さん」

 「ええ。早く処刑してしまいましょう。私はまだ・・・貴方を殺さなくてはならないので」

 「では・・・」

 「ああ、待ちなさい。清水君を処刑するのは後にしてください」

 「んなっ・・・!?」

 

 退屈そうな『そいつ』が穂谷を催促した。それに対して穂谷は、殺害予告と命令を同時に言いやがった。狂ってる。なにもかも、こいつらは、狂ってる。

 

 「かしこまりました。それでは先に望月藍さんのおしおきを執行します」

 「・・・!!」

 

 ただ愕然としてた望月の顔が、一気に青ざめた。

 

 「まっ・・・!!ふざけんな!!!なんで俺らが殺されなきゃならねえ!!!テメエが!!!テメエが死ね!!!六浜が誰のために死んだと思ってんだッ!!!俺らはなんのために今まで!!!!」

 「・・・し、しみず・・・!しみず・・・!!」

 

 六浜の想いを踏みにじったこいつを殺す!!俺たちを裏切って笑ってやがるこいつを殺す!!そう怒鳴っても、どんだけ叫んでも、喉が痛むほど喚いても、身体を縛る鎖はびくともしねえで、俺の激昂を煽る。

 なのに、名前を呼ばれて触れられた瞬間、高ぶった感情が一気に失せた。か細くて弱々しい、怯えた声だ。

 

 「清水・・・翔・・・!わ、わたしは・・・・・・わからない・・・!!今となっては・・・これでよかったのか・・・!」

 「なっ・・・!?い、いいわけあるか・・・!!こいつは・・・!!」

 「し、しみず・・・!!わた、しは・・・・・・!!こわい・・・!!」

 「ッ!?」

 

 俺の服を握る腕の隙間から、望月の顔が見えた。青くなった顔を、二つの目からこぼれる涙がぬらしてた。カタカタ震える手に、うわずった声。今、望月は間違いなく・・・恐怖してる。

 

 「死は・・・すべての生き物に等しく訪れる・・・!!自然の摂理だ・・・!!死は・・・自然なことだ・・・!!いずれ訪れるものをおそれるのは・・・理解しがたいことだ・・・・・・!!なのに・・・死が目前に迫って・・・いまさらになって・・・私は死が怖い!!これが『感情』なのか・・・!!」

 「・・・!」

 「だとしたら・・・いっそ『感情』などないままの方がよかったのか・・・!!なににも怯えず・・・おそれず・・・ただの生理現象として死を迎えた方が・・・しあわせだったのか・・・・・・!!もう・・・・・・わからない・・・!!」

 「今回は、“超高校級の天文部”望月藍さんのために、スペシャルなおしおきを用意しました」

 

 やめろ・・・!もうやめてくれ・・・!なんなんだこれは・・・!俺たちがなにをした?俺たちはなんで殺されなきゃならない。なんで・・・こんなことに・・・!

 

 「それでは、はりきっていきましょう。おしおきタイムです」

 

 『そいつ』がボタンを押すと同時に、壁からまた鎖が伸びてくる。それは望月の首に、腕に、腰に、脚に巻き付いて、俺と望月を引きはがす。

 

 「まっ!!まて!!!望月!!」

 「しみず・・・!!」

 

 簡単に剥がされた望月の手が、空を掴もうと藻掻く。

 

 「た・・・・・・たすけ・・・て・・・・・・!!」

 

 

 「やめろぉぉおおおおおおッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       【GAME OVER】

 モチヅキランさんのおしおきをかいしします。

 

 

 望月藍は抵抗した。ガムテープとロープで固定された身体を捩らせた。ペットのように繋がれたロープは、隣に立つモノクマの手に握られている。金髪の長いカツラに黒いコートを着たモノクマは、客車のドアを開いて望月を押し込む。

 耳を劈くような汽笛を唸らせ、鋼鉄の機関車は動き出す。行き先の案内板が回り、望月藍の運命を示す。

 

 

 『Journey to the Stars』

 

 

 汽車はもうもうと煙を吐いて速度を上げる。客車の窓から見える景色は徐々に色を失い、やがて小さな光が散らばる漆黒へと姿を変えた。車掌モノクマはまだまだ速度を上げようと石炭をくべる。ぐんぐんと速くなる機関車の中で、望月はただ顔を青くして震えている。金髪モノクマはそんな望月を嘲笑うように未知の惑星の話を耳元で囁く。

 やがて前方に惑星が見えてくる。それは巨大なモノクマの頭部だった。慌てて車掌モノクマは急ブレーキをかける。不意の衝撃に、望月はいとも簡単に飛んでいき、機関車から飛び出した。

 

 「・・・!?」

 

 飛び出した勢いのままふわふわと、徐々にモノクマ惑星に漂っていく。モノクマはそんな望月を笑うように大口を開けた。望月の身体はモノクマの口元へ吸い込まれていく。

 

 「!!」

 

 まずい、と感じた次の瞬間、モノクマは勢いよく口を閉じた。真っ赤な飛沫が飛び散り漂う。

 咀嚼音のような、巨大な機械が稼働するような音がしたかと思うと、モノクマは再び口を開いた。先に散った赤い飛沫の後を追うように、小さなネジが飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ギャラクシカル・ウルトラ・エクストリーーーーーーーーーーッム。宇宙の神秘を感じますね。この世は謎に満ちています」

 「ああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!」

 

 ウソだウソだウソだウソだウソだ!!!!全部何かの間違いだ!!!これは夢だ!!!覚めろ!!!今すぐ覚めろ!!!こんなの現実なわけがねえ!!!早く覚めてくれ!!!これは・・・!!!

 

 「現実ですよ」

 

 冷たいのに、透き通った声。脱力した俺をなおも縛る鎖。いつの間にか立てられた二人分の遺影に囲まれて・・・俺は独りになった。

 

 「苦しいですか?悲しいですか?辛いですか、痛いですか、悔しいですか、寂しいですか、虚しいですか、腹立たしいですか。これが、死です」

 

 もう穂谷が何を言っても聞こえねえ。俺はこいつを殺す。殺さなきゃダメだ。六浜も曽根崎も望月も、みんなこいつに殺された。殺さなきゃダメだ!!!

 

 「貴方にとっては、曽根崎君や望月さんの処刑も辛いでしょうね。現実を受け入れられない貴方だからこそ・・・“才能”に敗れたときのまま、現実を見ようとせず敗れたままの貴方だからこそ、あの二人に救われていた貴方だからこそ、辛いでしょうね」

 「コロス・・・!!!テメエ・・・!!ぜってえに・・・!!!コロス!!!」

 「無様ですね。流石に嫌悪を感じます。このような人間が私と同じ“超高校級の努力家”と呼ばれることが不愉快です」

 「なにが“超高校級”だ・・・!!なにが“才能”だ!!“才能”なんかクソ食らえ!!!」

 「知らないと思いますので教えてあげますが、キミは私の後継者として学園に来たのです」

 

 『そいつ』は俺を見下しながら言った。襟を正して、袖についた埃を払う。

 

 「私という成果を生み出した旧学園派は、“超高校級の努力家”にカムクライズルの可能性を見出した。不思議に思いませんでしたか?スカウト時点で既に努力を止めたキミが、なぜ“超高校級の努力家”として入学できたのか。なぜ“才能”を捨てたキミが学園から追放されなかったのか。キミをカムクライズルにするためですよ。新学園派はそこまでは気付いていなかったようですが」

 「殺す!!!殺してやる!!!ぜってえ殺してやる穂谷!!!!」

 

 くだらねえ・・・そんなこと、どうだっていい。俺はただ、こいつを、穂谷を殺さねえと・・・!!あいつらの仇をとらねえと・・・俺は・・・!!!

 

 「今回は、“超高校級の努力家”清水翔くんのために、スペシャルなおしおきを用意しました」

 「殺させろ!!!そいつを!!!今すぐ!!!俺がそいつを殺す!!!」

 「それでは張り切っていきましょう。おしおきタイムです」

 「清水君、さようなら」

 「穂谷ィィイイイイイイイイイイイッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       【GAME OVER】

 シミズカケルくんのおしおきをかいしします。

 

 

 円形の盤上に立つ清水翔。盤は細い足場の上に、絶妙なバランスで乗っている。少しでも動けば盤は揺れて落ちてしまいそうだ。手を後ろに縛られて、周りを人形に囲まれている。合宿場で同じ日々を過ごしてきた面々の面影を持っている。

 

 

 『覆水は盆には返れない』

 

 

 ギリギリのバランスを保つ盤の上に、何かが降ってくる。人形と同じ大きさの、モノクマ人形だ。盤に着地したモノクマは大きく足場を揺らし、二つの人形が落ちた。黒い短髪とピンクのツインテールの人形だ。

 

 また人形が落ちてくる。今度は色黒の人形とポニーテールの人形が消えた。

 

 みたび落ちてくる。ぼさぼさ髪の人形と着物を着た人形と派手な服装の人形がまとめていなくなった。

 

 まだまだ落ちてくる。赤いジャージの人形とオールバックの人形が盤上から姿を消す。

 

 また一つ落ちてくる。転がって落ちた灰色の髪の人形を追うように白く小さい人形も落ちた。

 

 残った4つの人形がモノクマ人形に詰め寄られる。清水は思わずモノクマの群れに突っ込んだ。揺れる足場も気にせず、モノクマ人形の爪も牙も気にせず、人形たちを救うために。

 

 「邪魔だ!どけ!」

 

 傷つき、倒され、嘲笑われても、清水は進んだ。やがて掻き分けたモノクマの群れの向こう側に辿り着く。立ち塞がる最後のモノクマを突き飛ばして、清水は群れを抜けた。

 そこには、何もいなかった。もう既に、人形たちは落ちていた。青い髪の人形も、緑色の人形も、紫の髪の人形も。ただ一つ、黒く長い髪を靡かせる人形だけが、清水の背後に立っていた。

 

 「!」

 

 振り返る間もなく突き飛ばされた。足場を失った身体はどんどん盤から離れていく。一瞬だけ見えた人形は、残りのモノクマも突き飛ばし、ただ一人盤の上で笑っていた。

 落ちる、落ちる、落ちていく。暗闇は無限かと思いきや、すぐに底についた。冷たく絡みつく感触。重く、じわじわと身体を蝕んでいく。それは泥のように清水を呑み込んでいく。

 

 「クソッ!!こんなもん・・・!!うぐぅっ・・・!!」

 

 抵抗すればするほど、藻掻けば藻掻くほど、ずぶずぶと清水を呑み込んでいく。腰が沈み、胸が囚われ、首まで達したとき、清水ははっきりと感じた。自分が死ぬという絶望を。

 そして暗闇の中に、清水翔の姿は消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 声の消えた学級裁判場は静かで、たった今この場で3つの命が消えたことなど、本当に夢か幻かとさえ思えてきます。それほど私の心が澄んでいるのは、おそらく私がもはや正気ではないからでしょう。

 

 「“超高校級の歌姫”穂谷円加さん。あなたは晴れて卒業となります。おめでとうございます」

 「一つ答えなさい」

 

 建前の意味さえなくした無駄な言葉など聞くに値しません。それよりも、私は知らなければならないことがあるのです。

 

 「本当の黒幕とは、なんですか?本当にそんなものがいるのですか?」

 「いいえ。このコロシアイの黒幕は私だけです。おそらく、清水翔くんが適当に言ったのでしょう。学級裁判を行うには議題が必要ですから」

 「そうですか」

 

 あの清水くんが、駆け引きでハッタリを使うなんて、人の変化は分からないものです。しかしそれがハッタリなら、結構なことです。

 

 「これで心置きなく、貴方を殺せます」

 

 隠し持ったカッターナイフを取り出して向ける。裁判場の照明が反射した刃は鈍い光沢を持って、私の殺意を煽る。

 

 「私は彼らと同じ扱いですか」

 「当然です。貴方がコロシアイなどしなければ、誰も死なずに済んだのです。貴方を殺さなければ、コロシアイは終わりません」

 「そうかも知れませんが、私を殺しては希望ヶ峰学園へどう帰るというのです。自力で脱出できないからこそ、コロシアイと学級裁判が意味を持つのです」

 「鳥木君のいない世界に、私が生きる意味などありません。どうせ病に侵された身。永くない命です。惜しくなどありません」

 「それは困ります」

 

 自分に殺意が向けられていようとも、一切態度を変えずに会話をする。とても理解しがたい精神力です。ですがそんなことはどうでもよろしい。私はここで全てを終わらせるのです。

 しかしそんな私の想いに反応するように、先ほどまで清水君を捉えていた鎖が、私の身体に巻き付いてきました。

 

 「うぐっ・・・!?あ、あなた・・・これはどういう・・・!?」

 「安心してください。おしおきなどしません。放っておいては殺されそうなので、少々手荒ですが取り押さえさせてもらいます」

 「こんなことして・・・!!ただで済むと思っているのですか!!」

 

 ふわあ、と一つ大きなあくび。私がコロシアイを終わらせようとしているときに、『その方』の中では何かが終わっていました。

 

 「落ち着いてください。希望ヶ峰学園に戻れば腕の良い医者もいます。3年の時が過ぎたのです。貴方の病に治療法が確立されているかも知れませんよ。希望を捨ててはいけません」

 「黙りなさい!!私は希望など信じない・・・!!」

 「なんとも皮肉な話ですね。これは希望の、希望による、希望のためのコロシアイだったはずですが。私が“超高校級の希望”を目指せば目指すほど、周囲は絶望していく。不思議です」

 「今すぐこの鎖を離しなさい!!」

 「そうは言っても、卒業生は必ず希望ヶ峰学園に帰す、それがルールです。だからキミを殺すわけにも、殺されるわけにもいかないのです。ご理解ください」

 

 理解などできるわけがありません!ここで殺さなければ、私はなんのために六浜さんを殺したのか分からなくなります!

 

 「心中お察しします。キミの鳥木平助くんに対する執念と愛情の深さには驚かされるばかりです」

 「よくもそんな口を・・・!」

 「それがキミの“才能”と何かしらの関係を持っているのか・・・まだまだ研究する価値がありそうです。何よりキミはまだ生きています。“才能”を行使することができます」

 「・・・!?」

 

 この期に及んでまだ“才能”など!“超高校級の希望”などもはや何の意味も持ちません!私は彼のために殺し、彼のために死ぬことでしか、彼を愛すことができないのです!

 

 「私は、キミの“才能”を観察したいです。キミの“才能”の限界を知りたいのです」

 「くっ・・・!なにを・・・!?」

 「ですから、キミは希望ヶ峰学園に帰るべきです」

 

 それだけ言うと、話は終わったとばかりに『その方』は手を挙げました。鎖に縛られる私に対して、期待とも退屈ともつかない目を向けて、一言言います。

 

 「それでは、穂谷円加さん。ご卒業ならびにご進学、まことにおめでとうございます」

 「はっ・・・?」

 

 パチン、と指の鳴らす音を最後に、私の意識は途絶えました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

 卒業生:穂谷円加

 

 【清水翔】 【六浜童琉】 【晴柳院命】   【明尾奈美】

 

 【望月藍】 【石川彼方】【曽根崎弥一郎】 【笹戸優真】

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

【屋良井照矢】【鳥木平助】 【滝山大王】【アンジェリーナ】




穂谷が歌ってた歌の歌詞です。英語版は原曲の替え歌です。そのままのメロディーで歌えます。

Lover’s concert 〜レクイエムバージョン〜

How honest is the pain
That falls equally on the deep court
But high upon the ground
There's empty world with the nobody

Oh, she had been bound to kill
The crimes that lost their leader
Some magic from our love
Made them pay for their unmerciful heart

That crimes belong to me
From this day until forever
Just accept The Reaper
And I’ll give to you such a requiem

Oh, don’t to tears for despair
It hurts lonely days without you
Please stay in love with me
Keep this day in our heart eternally

The grief for you shall return
To this soul crazy and sinful
I’ll not fall in despair
Neither get the hope any once again

I'll stay within your love
And say again, again I love you
And if I could see you
Everything will be just as wonderful



 痛みというのはなんと律儀なのだろう
 地下深い裁判場にまで等しく降ってくる
 だけど遥か高くの地上は
 誰もいない空虚な世界

 彼女は覚悟を決めた
 導き手を失った罪人たちを裁く覚悟を
 私たちの愛が為したいくつもの奇跡が
 彼らに己の無慈悲さを思い知らせた

 その罪は私のもの
 今日からずっと、永遠に
 ただあなたたちは死を受け入れなさい
 そうすればレクイエムくらいは歌ってあげます

 どうか私に失望しないで
 貴方のいない孤独な日々が辛くてたまらないの
 私を愛したままでいて
 今日を二人の記念日にしましょう

 貴方を喪った悲しみはまた込み上げてくるでしょう
 この狂気に満ちた罪深い心にも
 私はもう絶望せずに
 しかし希望を抱くこともしません

 私は貴方の愛を捨てたりしない
 貴方を愛していると何度でも言います
 もしまた会えた時には
 すべてが素晴らしく映ることでしょう


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Epilogue
Epilogue.絶望の廉には希望来たる


 

 固い感触、張り詰めた静寂、冷たい鉄の温度。少しずつ覚醒する私の意識を、それらの世界が取り巻き始める。

 

 「・・・?」

 

 眠っていた、にしては気怠い感覚。それに私はこんなところでは寝るはずがありません。これではまるで、授業中に居眠りをして放課後まで放って置かれたようではありませんか。私が目覚めたのは、よく見慣れた教室でした。

 

 「ここは・・・」

 

 並んだ机、無地の黒板、監視カメラに鋼鉄の窓枠。見慣れた景色の中に異質なものが混ざっています。なぜ窓に鉄板をはめているのでしょう?監視カメラにマシンガンなど付ける意味があるのですか?それに、私はなぜこんな場所で眠っているのでしょう。服装は普段着と変わりませんのに、この状況が全てを奇妙なものに変えているようです。

 

 「!」

 

 足下にひらひらと落ちた一枚の紙に目が留まりました。拾ってみると、クレヨンで書いたような形の崩れた字で埋め尽くされていました。

 

 ーーオマエラ、おはようございます。8時に全体ミーティングを行ないます。体育館に集合してください。ーー

 

 ところどころ間違っているのはわざとでしょうか。それより、全体ミーティングとはなんでしょう。現在時刻は7時55分。ギリギリですね。集合というからには、私以外にも同じような状況の方がいるということですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 取りあえず、描いてある地図に従って体育館にやってきました。時刻は8時を少し過ぎたころ。時間には遅れてしまいましたが、現れるのがこの私なのですから、許されてしかるべきでしょう。それにしても、私が到着したのにドアも開けないとは、どういうつもりなのでしょう。試しに、ドアをコンコンと叩いてみました。

 

 「おや、また誰か来たようだね」

 「えー、なんで開けないのかな?恥ずかしがり屋さん?」

 「きっと女性で重たい扉を開けることができないのですね!開けてさしあげましょう!」

 

 何人かの声が聞こえてきたかと思うと、鉄の扉が重い音を立てて開かれていきました。その向こうには、こちらへ視線を向ける顔が15人分ありました。怯えた顔も、好奇の目を向ける顔も、心配そうな顔も、敵意を剥き出しにした顔も、様々です。私を見て、驚いたように目を見開くものもありました。

 

 「これはこれは・・・またとんでもないビッグネームが来たものだ」

 「な、なな、なによ・・・!穂谷円加なんてきたら・・・またあたしの影が薄くなるじゃない・・・!」

 「・・・」

 

 どこを見ても、全員同じくらいの年頃の高校生ばかり。誰もかれも、我の強そうな方ばかりですね。

 

 「これで16人か。なかなかの人数になったもんじゃな!」

 「全員・・・揃った・・・」

 

 一様に、この不可解な状況に警戒している様子です。場所は、よく知った希望ヶ峰学園であるにも関わらず、窓の鉄板や監視カメラについたマシンガンが奇妙さを引き立てています。そんな奇妙な状況の中におかれた16人の高校生。

 

 「アーッ!アーッ!マイクテスト!マイクテスト!」

 「!!」

 

 突然、体育館中に大きなハウリング音と不快な声が響き渡りました。急なことに思わず耳を塞ぐ人もあれば、より一層警戒を強めて周囲を見回す人もいます。空気が震えるような爆音の中、奇天烈な音楽は止むことなく私たちを取り囲み続けます。

 

 「これ、聞こえてるよね?大丈夫だよね?よーし!それじゃ、早速はじめちゃいましょーか!」

 「な、なんだなんだ!?誰だこの声は!?」

 「狼狽えるな、見苦しい。それより・・・あそこを見ろ」

 

 誰かが指さした先は、スピーチなどを行うための壇。その一言に吸い寄せられて、私たちの視線が一箇所に集まりました。それを見計らったかのように、それは姿を現しました。

 

 「じゃじゃじゃじゃーーーん!!オマエラ!おはようございます!」

 

 

 「・・・は?」

 

 

 「うぷぷぷぷ!!あひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

 

 

 「なっ・・・!?なんだ・・・これ・・・!?」

 

 

 「うぷぷ!それではオマエラ!はりきっていきましょーーーう!!」

 

 

 「コロシアイ第二回戦、開会なのだァーーーーッ!!」

 

 見たこともない白と黒のそれは、高らかにそう宣言しました。

 

 

 

 

 

 16人の“超高校級”の生徒たち。これから彼らに待ち受けているのは、悲劇か、喜劇か、惨劇か。何も知らない16人は、しかし各々に物語を持っている。物語の勝者として、新たな戦いを強いられる。かつて同じ舞台に立った15人の命を背負いながら。

 

 これは、16分の1の物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

 卒業生:穂谷円加

 

 【清水翔】 【六浜童琉】 【晴柳院命】   【明尾奈美】

 

 【望月藍】 【石川彼方】【曽根崎弥一郎】 【笹戸優真】

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

【屋良井照矢】【鳥木平助】 【滝山大王】【アンジェリーナ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【コロシアイ学園生活】

生き残り人数:残り16人




これにて『ダンガンロンパQQ』は完結です!ご愛読ありがとうございました!
またどこかでお会いしましょう!

ちなみに最後に喋ってる彼らは没キャラ達です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

スクールモード
スクールモード 四月編


4/1 お題「嘘」

 

曽根崎:「エイプリールフールだから冗談は言うけど嘘は言わないよ」

 

清水 :「いつも通りじゃねえか」

 

曽根崎:「ん?それって、清水クンはボクの普段の言葉に嘘はないって信じてくらぱあっ!!?舌噛みかけた!!」

 

清水 :「噛め」

 

曽根崎:「かみまみた!」

 

 殴られた。

 

 

 

 

4/2 お題「入学」

 

 高く聳える赤茶色の校舎。あたしは今日のために新しく買ったローファーで、その大きな校門の前に立ってた。

 

石川:「ここが・・・希望ヶ峰学園・・・!」

 

 着慣れない制服が少し窮屈で、胸元の校章が目に入った。

 

石川:「"超高校級のコレクター"、か・・・えへへ」

 

 これから呼ばれる肩書きが、誇らしい分ちょっとくすぐったかった。

 

 

 

 

4/3 お題「ハワイ」

 

 ーーハワイに行ったら何したい?ーー

 

飯出:「ハワイと言ったらキラウエアだろォ!!火口に降りて見るマグマは値千金の絶景だ!!」

 

望月:「景色ならば、マウナケアから見る満天の夜空に尽きる。日中は仮眠をとる」

 

明尾:「ホットスポットでやることと言えば発掘のみじゃろ!!発掘発掘!!」

 

笹戸:「いや海行こうよ・・・」

 

 

 

 

4/4 お題「あんパン」

 

晴柳院:「意外とコーヒーと合いますね、あんパン」

 

アニー:「あんこってはじめて食べたわ。思ったより甘さ控えめね」

 

有栖川:「みこっちゃんの愛情たっぷりだかんね!おいしいっしょ!」

 

晴柳院:「恥ずかしいこと言わないでくださいよぉ・・・」

 

アニー:「っ!あんことコーヒーであんコーヒー!どうかしら!」

 

有栖川:「どうって言われても」

 

 

 

 

4/5 お題「主人公」

 

屋良井:「主人公はやっぱ格好良くなきゃな」

 

滝山 :「もっとげんきいっぱいじゃねーとな」

 

屋良井:「一個くらい特技とか特徴とかなきゃな」

 

滝山 :「あとみんなともっとなかよくしねーとな」

 

屋良井:「ヒロインがいても鈍くて気付かなかったり」

 

滝山 :「いちばんにあくとーにたちむかってったり!」

 

清水 :「なに見てんだよ!」

 

 

 

 

4/6 お題「お花見」

 

 なんか今日は、みこっちゃんがアタシを見てる気がする。なんでだろ、可愛いな。

 

有栖川:「どしたのみこっちゃん、アタシの顔になんか付いてる?」

 

晴柳院:「あ、い、いえ。ちゃいますよ。その・・・」

 

有栖川:「?」

 

晴柳院:「・・・・・・お、お花見・・・なんて・・・」

 

有栖川:「???」

 

 みこっちゃんはたまに分かんない。

 

 

 

 

4/7 お題「赤いマフラー」

 

 吹く風は冷たく、湯冷めしてしまいそうだ。盥の石鹸が鳴り、私は赤い手拭いをマフラー代わりに首に巻いて待っていた。

 

古部来:「待たせたな」

 

六浜 :「遅いッ!」

 

古部来:「中にいれば寒くないだろうに」

 

六浜 :「薄壁一枚で仕切られていると考えると落ち着かんのだ・・・」

 

 まったくこいつは、いつもいつも人を振り回しおってからに。

 

 

 

 

4/8 お題「ジャム」

 

石川:「こら滝山!冷蔵庫漁るなって言ってるでしょ!」

 

滝山:「ぎゃっ!バレた!」

 

石川:「あああっ!!あたしががんばって作ったジャム舐めてんじゃないわよ!!明日の朝ご飯に使おうと思ってたのに!!」

 

滝山:「やっべにげる!あ、ジャムうまかったぞーーー!」

 

石川:「え、やだうれしい・・・じゃなくて待ちなさい!!」

 

 今日もキッチンはにぎやかね。

 

 

 

 

4/9 お題「キルリアンカメラ」

 

望月:「鳥木平助」

 

鳥木:「はい?」

 

 望月さんにお声をかけられ、振り向くとカシャリと音がしました。どうやら彼女の構えているカメラから発せられたようです。

 

鳥木:「それは・・・キルリアンカメラのようですが」

 

望月:「実験だ。私の新説では、生命活動を伴わない地球外生命体の存在が明らかになったのでな」

 

鳥木:「なるほど。素晴らしい」

 

 それでなぜ私の写真を、というのは伺わない方がよい気がしました。

 

 

 

 

4/10 お題「名刺」

 

曽根崎:「はい、これボクの名刺」

 

穂谷 :「受け取る必要が?」

 

曽根崎:「インタビューの時には渡すのがマナーだよ」

 

穂谷 :「ふと思ったのですが、広報委員はあなた以外にいらっしゃるのですか?」

 

曽根崎:「ん?・・・まあ、いないことはないかな」

 

穂谷 :「曖昧ですね」

 

曽根崎:「ボクは答える側じゃなくて質問する側だからね」

 

 ーー希望ヶ峰学園広報委員会、週刊『HOPE』編集者 曽根崎弥一郎ーー

 

 ただのインクの線が、少し寂しげに見えました。

 

 

 

 

4/11 お題「ガッツポーズ」

 

飯出 :「今日の晩飯はお好み焼き!!イエッス!!」ガッツ!

 

明尾 :「氷の下から恐竜を発掘する夢をみた!!イエッス!!」ガッツ!

 

有栖川:「朝イチでみこっちゃんに会えた!!イエッス!!」ガッツ!

 

穂谷 :「うらやましい人たちですね」

 

 

 

 

4/12 お題「モノモノマシーン」

 

屋良井:「こい!万能ハサミこい!」

 

 ガシャン、と音がして転がってくるカプセル。開いて中を見ると、オレの欲しいもんじゃなかった。

 

屋良井:「水笛って・・・縁日じゃねえんだからよ」

 

笹戸 :「残念だったね」

 

屋良井:「いらねえや。お前にやるよ」

 

笹戸 :「え、いいの?ありがとう屋良井くん!」

 

 笹戸はすげえ嬉しそうに、早速食堂に試しに行った。そんな嬉しいか?

 

 

 

 

4/13 お題「ブランコ」

 

曽根崎:「古部来ブランコぶらぶら漕ぐ

     古部来ブランコぶらぶら漕ぐ

     古部来ブランコぶらぶら漕ぐ」

 

滝山 :「こぶらいぐらんぼがらがら・・・こ、こらんぼぶらぶら・・・」

 

六浜 :「流石に曽根崎は舌が回るな。とても言えそうにない」

 

曽根崎:「即席の早口言葉だけど、想像したらシュールで面白いね」

 

古部来:「人の名前で遊ぶな」

 

 

 

 

4/14 お題「金」

 

石川:「暇だわ。鳥木、何かマジックしてよ」

 

鳥木:「と、唐突ですね・・・。では500円玉を拝借してもよろしいですか」

 

石川:「いいわよ、はい」

 

鳥木:「それではこちらを握りまして、カウントします。1,2,3!」

 

石川:「あっ、消えた!すごい!どこに行っちゃったの?」

 

鳥木:「マジックの見物料として、私の財布の中に」

 

 返してとは言えなかったわ。

 

 

 

 

4/15 お題「実験体」

 

鳥木:「あの・・・望月さん?何をなさっているのですか?」

 

望月:「実験だ」

 

鳥木:「なるほど。その詳細は教えていただけますか?」

 

望月:「ガチャガチャで出たのだが、地球外生命体に近付けると発光する石らしい」

 

鳥木:「小石のオーパーツですか」

 

 やはりなぜ私なのかは伺わない方が良いのでしょうか。

 

 

 

 

4/16 お題「さらし」

 

滝山 :「じゃーーーん!」

 

笹戸 :「ど、どうしたの滝山くん。その恰好。ふんどし?」

 

滝山 :「あっちにおちてた!いーでにやってもらったんだ!じゃーな!」

 

笹戸 :「行っちゃった・・・六浜さんが見たら怒るだろうなあ」

 

古部来:「おい笹戸」

 

笹戸 :「うん?やあ古部来くん」

 

古部来:「俺の晒が見当たらないんだが、見てないか」

 

笹戸 :「・・・み、見てないなあ」

 

 滝山くん、気をつけてね。

 

 

 

 

4/17 お題「閃きアナグラム」

 

清水 :「何か・・・何か閃きそうだ・・・!」ブツブツ

 

曽根崎:「説明しよう!清水クンは"超高校級の努力家"の"才能”により、集中力を高めると亜空間でサーフィンしたり文字を狙い撃ちしたりすることができるのだ!」

 

清水 :「うるせえんだよ!!」

 

屋良井:「曽根崎には何が見えてんだ」

 

 

 

 

4/18 お題「体育会系」

 

 ーー多目的ホールにてーー

 

明尾:「やはり運動はいいものじゃ!部屋の中で研究などやってられん!」

 

飯出:「考古学者の台詞とは思えんな。笹戸も意外と体力がある」

 

笹戸:「釣りやってると自然と体が鍛えられるんだ」

 

明尾:「自然に鍛えられた奴もおるがの」

 

滝山:「おーいみろよー!ニンジャニンジャ!」

 

飯出:「壁走り!?」

 

 

 

 

4/19 お題「クライマックス推理」

 

六浜 :「すなわち私たちの敵は、お前以外にいないのだ!穂谷円加!」

 

穂谷 :「っ!」

 

アニー:「マ、マドカが!?本当なの!?」

 

六浜 :「そういうわけだアニー、穂谷に投票だ」

 

穂谷 :「・・・無念です。こんなに簡単に決着が着くなんて」

 

 ーー投票ーー

 

晴柳院:「投票の結果、穂谷さんが追放されましたあ。村人陣営の勝利です」

 

六浜 :「よし!」

 

穂谷 :「このままでは引き下がれません。もう一度です」

 

アニー:「ミコト、次はワタシがマスターをやるわ」

 

晴柳院:「お願いしますぅ」

 

 

 

 

4/20 お題「銀」

 

アニー:「リョーマってチェスも強いのね。ちっとも勝てないわ」

 

古部来:「当然だ」

 

アニー:「ところでリョーマってチェスでも、ビショップが好きなのね」

 

古部来:「動きが角行と同じだから扱いやすいだけだ」

 

アニー:「そう。じゃあ、ワタシを将棋の駒にたとえたら何になるのかしら?」

 

古部来:「・・・銀将だな」

 

アニー:「ギン?」

 

 不成に好手あり、最も扱いの難しい駒と言えよう。

 

 

 

 

4/21 お題「白うさぎの耳当て」

 

有栖川:「ドールん、これあげる」

 

六浜 :「む?これは・・・耳当てか。可愛らしいデザインだな」

 

有栖川:「ホントはみこっちゃんに作ってあげたものなんだけど、なんか照れちゃって受け取ってくんないの」

 

六浜 :「晴柳院にか。因幡の白兎の話でも持ち出して、縁結びにかけて照れたのではないか?」

 

有栖川:「え、ヤバ!ドールんなんで分かったの!?」

 

 言ったのか。

 

 

 

 

4/22 お題「透明」

 

 ーー透明人間になれる薬があったらどうする?ーー

 

晴柳院:「そそ、そんな得体の知れんもの、お祓いして封印しますよぉ!」

 

望月 :「どのようなメカニズムかを医学的に研究し効用、及び副作用を調べる」

 

石川 :「S級珍品として丁寧にコレクションするわね」

 

清水 :「飲んで何するかじゃねえのか」

 

 

 

 

4/23 お題「シークレットブーツ」

 

屋良井:「じゃーん、これからはシークレットブーツの時代だぜ」

 

明尾 :「底上げズックか」

 

屋良井:「タートルネックとかレギンスとかはもう古いぜ」

 

明尾 :「とっくりにステテコか」

 

屋良井:「後はベストなんかもこれからは着こなせるようになっとかねえとな」

 

明尾 :「うむ、チョッキはわしも好きじゃ」

 

屋良井:「言い方全部古くせえんだよ!!」

 

 

 

 

4/24 お題「パーカー」

 

穂谷:「清水君、よろしいですか?」

 

清水:「あ?」

 

穂谷:「その・・・触らせていただいてよろしいでしょうか。それ」

 

清水:「(んなアホ毛が珍しいかよ)・・・勝手にしろ」

 

穂谷:「では」グイッ

 

清水:「ぐおっ!!?パーカーの方か!!」

 

穂谷:「あら、本当に怒りましたわ。曽根崎君の言うとおり」

 

清水:「あいつぶっ殺す!!」

 

 

 

 

4/25 お題「インテリ系」

 

鳥木:「おや?飯出君、どうしたのですかそのメガネ」

 

飯出:「もちろん伊達だ!ガチャガチャで出たからかけてみたのだ!これで俺もインテリ系に見えるだろ!」

 

石川:「声量がインテリジェンスのなさを物語ってるわ」

 

鳥木:「そう言えば石川さんもメガネをかけてらっしゃいましたね」

 

飯出:「ほう!お前もインテリに目覚めたか石川!」

 

石川:「あたしのは鑑定用よ。ま、なくてもあんたよりは」

 

飯出:「それ以上は言ってくれるなあ!」

 

鳥木:「切実ですね」

 

 

 

 

4/26 お題「はっぱふんどし」

 

 なんということだ。この私がこんなものを引き当ててしまうとは。

 

六浜 :「どうすれば・・・」

 

屋良井:「おう六浜!いいもん持ってんじゃねえか!」

 

六浜 :「屋良井か。とてもこれが良い物には見えんのだが」

 

屋良井:「じゃあオレの引いたのと交換しねえ?それおもしれーからくれよ!」

 

六浜 :「構わんが、お前は何を引いたんだ?」

 

屋良井:「支配者のTバック」

 

六浜 :「いいいいいいらんわ呆け者ォ!!!」

 

 セクハラも大概にしろどいつもこいつも!!

 

 

 

 

4/27 お題「ピクニック」

 

有栖川:「ピクニックはできないけど、お弁当作って外で食べたらそれっぽいよね」

 

晴柳院:「気持ちいいですねぇ。望月さんのお弁当は何ですか?」

 

望月 :「握り飯だ」

 

アニー:「ワイルドね。サンドウィッチとコーヒーはいかが?」

 

有栖川:「それいつもの食堂のメニューじゃん・・・」

 

晴柳院:「いまいちピクニック感が出ませんねぇ・・・」

 

 

 

 

4/28 お題「ごめん寝」

 

穂谷:「私の演奏を邪魔した罪はカスピ海より深いですよ滝山君。きちんと頭を下げてお謝りなさい」

 

滝山:「うぅ・・・ご、ごめんな・・・さ・・・・・・い・・・」

 

穂谷:「滝山君?」

 

滝山:「ぐぅ・・・」

 

 この状況で、この一瞬で寝るとは、一体どういう神経を通わせているのでしょうか。

 

穂谷:「あなた、反省してないようですね・・・!」

 

滝山:「いだだっ!!?」

 

 無防備にさらした頭など、踏むためにあるようなものではありませんか。

 

 

 

 

4/29 お題「カニ」

 

明尾・飯出・曽根崎:「・・・」

 

笹戸 :「カニを食べると無口になるって言うけど、この面子が押し黙るとすごい不気味だね」ヒョイパクヒョイパク

 

鳥木 :「見事な手捌きですね笹戸君」

 

 ーー10分後ーー

 

明尾 :「ぬああっ!!じれったくてかなわん!!」

 

飯出 :「殻ごと食っちまえば関係ね・・・ごあっ!!痛え!!」

 

曽根崎:「あははっ!そりゃ流石に無茶だよ!」

 

笹戸 :「結局こうなるんだね」ヒョイパクヒョイパク

 

鳥木 :「ずいぶん慣れましたね笹戸君」

 

 

 

 

4/30 お題「アンテナ」

 

曽根崎:「清水クンのそのアンテナは何を受信してんの?」

 

清水 :「しばくぞ」

 

古部来:「どこぞの妖怪の子供のような奴だ」

 

曽根崎:「引っ張ったら猫型ロボットよろしく電池切れたりしてね」

 

アニー:「犬のしっぽみたいに感情が表せたら便利よね。カケルはいつも同じ顔をしてるから」

 

清水 :「何の話だ」




あくまで本編とはパラレル的なものと捉えて頂ければ。スクールモードなのでね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

スクールモード 五月編

5/1「裸足」

 

石川 :「古部来ってなんでいつも裸足なの?」

 

古部来:「馬鹿には見えない下駄ではないはずだがな」

 

六浜 :「いや、それでも足袋を履くものではないのか?」

 

古部来:「靴下や肌着は蒸れるだろう」

 

石川 :「えっ?それって・・・」

 

六浜 :「こ!ここここぶらいまさかきさまあ!!」

 

古部来:「何を勘違いしているか知らんが、褌くらいは締めている」

 

石川 :「ツッコミきれないわよォ!!」

 

 

 

5/2「煙管」

 

 ガチャってみたらなんか出てきた。

 

有栖川:「これキセルじゃね?どうしろってのよ」

 

屋良井:「シャボン玉のおもちゃだと。ご丁寧に石鹸水もあんぞ」

 

 試しに外でやってみた。ぷうと吹くと、ふわっと飛び上がった。

 

有栖川:「へー、けっこーおっきいのできんじゃん」

 

屋良井:「あ、もう割れた」

 

有栖川:「もろいなぁ、シャボン玉って」

 

 もう一回やってみよ。次のは高く飛べるかな。

 

 

 

5/3「蚕蛾」

 

穂谷 :「あなたはこういう類は苦手な方だと思ってました」

 

晴柳院:「蚕って、弱い虫なんです。せやから、人の手で育てたらんと、絹を出すどころか生きてくことすらできないんです」

 

 そう言って彼女が差し出す桑の葉に齧り付く蚕は、まだ目も開かない赤子のようで。もし蚕に心があれば、こうして生かされていることをどう思うのでしょう。

 

 

 

5/4「海」

 

 ざばっ、と水中から浮上した明尾さんは、慣れた調子ではしごを登る。

 

曽根崎:「意外だなあ」

 

明尾 :「む?何がじゃ?」

 

曽根崎:「明尾さんっててっきり泳げないキャラかと思ってたよ」

 

明尾 :「何を言う!海の底に眠る古代品や化石の数と規模を如何に知るか!まさにロマンではないか!泳げもせずに何が考古学者か!」

 

 ガチガチのウェットスーツに身を包み、タオルで乱暴に顔を拭う彼女は、やっぱり女の子らしくない。

 

 

 

5/5「こどもの日」

 

飯出:「こどもの日といえば柏餅だな」

 

滝山:「パサパサしてんなー」

 

笹戸:「葉っぱごと食べちゃダメだよ滝山くん・・・」

 

飯出:「目にする機会は少ないが、ちまきも端午の節句の食べ物だ」

 

滝山:「うえええぇぇっ!口んなかきったあ!」

 

笹戸:「葉っぱごと食べちゃダメだよ滝山くん!!」

 

 

 

5/6「花」

 

鳥木:「お好きな場所に花を咲かせてみせましょう」

 

望月:「ならば、清水翔の癖毛の先など御誂え向きだろう」

 

清水:「あァッ!?」

 

鳥木:「それでは清水君。失礼します」

 

 私は清水君の癖毛の先に指を向け、カウントの後に指を鳴らしました。

 

鳥木:「ワン、ツー、スリー!」

 

 想像以上にピクミンでした。

 

 

 

5/7「一番」

 

 じっくりローストしたオリジナルブレンドをスプーン一杯、丁寧に挽いてから80℃のお湯をハーフカップ注ぐ。少しおいてフレーバーを感じたら、ミルクをカップに沿って1周半。

 

アニー:「・・・Good」

 

 いつか世界で一番のコーヒーショップを持つんだもの。これくらいのこだわりがないとね。

 

 

 

5/8「サーフボード」

 

 飯出 :「ぬああっ!!」

 

 清水 :「飯出が落ちた・・・」

 

モノクマ:「オマエラ、そんなにハッスルしてどーしたの?」

 

屋良井 :「飯出がガチャのサーフボードで湖に出たら波に煽られてひっくり返ったあ!!」

 

モノクマ:「ありゃ。早く助けないと、ネッシーの親分的な奴の餌になっちゃうよ。うぷぷ♫」

 

屋良井 :「笹戸呼んでこい笹戸ォ!!!」

 

 

 

5/9「瞑目」

 

望月 :「古部来竜馬が瞑目している」

 

曽根崎:「あれは次の一手を考えてる顔だね」

 

望月 :「アンジェリーナ・フォールデンスが瞑目している」

 

曽根崎:「あれはコーヒーの香りを鼻で味わってるんだね」

 

望月 :「清水翔が瞑目している」

 

曽根崎:「あれはものすっごいムカついてる顔だね」

 

石川 :「アンタすごいわね」

 

 

 

5/10「母の日」

 

滝山 :「きょうはハハノヒだって。でもおれおかーさんしらねーんだよなあ」

 

アニー:「ママの代わりに育ててくれた人はいないの?」

 

滝山 :「あんましおぼえてねーんだよなあ。だから、ほい」

 

アニー:「あら、カーネーション」

 

滝山 :「いちばんたいせつなひとにあげるんだって。アニー、いつもありがと!」

 

アニー:「も、もう・・・ダイオったらそんなのどこで覚えてきたの?ありがとう、嬉しいわ」

 

 子供なのか大人なのか分からないわね、この子。

 

 

 

5/11「尻尾」

 

晴柳院:「な、なんですかあこれ?」

 

有栖川:「うさ耳と尻尾。みこっちゃん似合うって絶対付けてみて!」

 

笹戸 :「有栖川さんって器用なんだなあ」

 

晴柳院:「え、えっと・・・こうですか・・・?」

 

有栖川:「んあああああああああっ!!!みこっちゃんヤバ可愛ああああああああああっ!!!///」

 

笹戸 :「うわあ・・・こ、これすごいね///」

 

晴柳院:「ううぅ・・・///」

 

 

 

5/12「ファストフード」

 

明尾 :「おおっ!古部来いいところにおったな!」

 

古部来:「む」

 

明尾 :「しばらく泊まり込みの発掘でな、食糧を買い込んだんじゃ!運ぶの手伝うてくれんか!」

 

 両手に大袋二つずつとは、何日泊まるつもりなのだ。いちいち豪快な奴だ。これを一人で運ぶつもりとは、中々根性がある。

 

明尾 :「ふぅ、助かったぞ古部来!ほれ、駄賃じゃ!」

 

古部来:「・・・貰っておく」

 

 味の濃いものは好かんが、労働の対価には丁度良いかも知れんな。

 

 

 

5/13「日焼け」

 

穂谷:「日焼けはシミの原因や発ガン物質の生成を招きます。私のこの美肌や美声が日焼けなんかで損なわれるのは絶対に避けられるべきです。ですが用あって外出しなければなりません。日傘は重いので、六浜さん、お持ちくださいませんこと?」

 

六浜:「断る!」

 

穂谷:「世界の宝である私が陽害に晒されても構わないと?」

 

六浜:「そういうのは鳥木の役だろう!」

 

鳥木:「えっ」

 

 

 

5/14「虎」

 

曽根崎:「滝山クンは動物好き?」

 

滝山 :「おう!クマとかオオカミとかうめーぞ!」

 

六浜 :「おかしい。既におかしい」

 

曽根崎:「じゃあ一番好きな動物ってなに?」

 

滝山 :「トラはくうとげんきになるからすきだなー」

 

六浜 :「ほ、呆け者ォ!!!ととと、とーとつになにを言うかあッ!!!」

 

曽根崎・滝山:「は?」

 

 虎肉には滋養強壮効果がある。

 

 

 

5/15「日の丸」

 

 各自がお弁当を作って交換して食べることになりました。

 

飯出 :「日本男児たるもの弁当と言ったら日の丸弁当だろォ!!!」

 

清水 :「こんくらいでいいだろ」

 

古部来:「無意味に飾り立てるような馬鹿なマネはせん。これが最も効率的だ」

 

石川 :「それぞれだと予想通りなのに三人被ると意外ね」

 

明尾 :「おかずすらないとは」

 

 

 

5/16「違反」

 

ーー天体観測中ーー

 

 望月 :「・・・」

 

 うつらうつらと舟を漕ぐ。どれだけ興味があろうと、睡眠欲という生理的欲求には抗いがたい。毛布があって防寒には困らない。このまま眠ってしまっても・・・

 

モノクマ:「コラーーーッ!」

 

 望月 :「!」

 

モノクマ:「寄宿舎の個室以外での就寝は規則違反ですよ!寝たら死ぬよガチで!」

 

 望月 :「おお、危ないところだった。感謝する・・・いや、ルールの改変をすれば万事解決だ」

 

モノクマ:「認めません」

 

 望月 :「堅い奴だ」

 

モノクマ:「お前が言うなーーーッ!!」

 

 

 

5/17「ビニールプール」

 

鳥木 :「倉庫にビニールプールがあったので、簡易納涼場を設置してみました」

 

屋良井:「うちわに風鈴にスイカ!ぶたの蚊取り線香までありやがる!やったぜ鳥木!」

 

アニー:「ジャパニーズテイストの夏の過ごし方ね。ステキだわ」

 

ーー数時間後ーー

 

屋良井:「あちこち刺されたああっ!!」

 

アニー:「刺されても大丈夫かしら!?ヘンな病気もってないかしら!?」

 

鳥木 :「ムヒ持ってきます」

 

 

 

5/18「ライバル」

 

 丁寧に布で竿を磨く笹戸さんは、なんだか楽しそうで、うちに気を遣うこともなく集中してはりました。

 

晴柳院:「あ、あのう・・・笹戸さん?なにもうちの部屋に来てまで釣り竿の手入れせんでも・・・」

 

笹戸 :「うん・・・けど大切にしないといけないからね。肌身離さずってくらい」

 

 もしかしたらうちのライバルって、釣り竿なんちゃうか、って思ってしまいました。

 

 

 

5/19「徹夜」

 

有栖川:「・・・おはよ、まどっち」

 

穂谷 :「あら、有栖川さん。出来損ないのパンダのようになっていますよ」

 

有栖川:「夢中でぬいぐるみ作ってたら朝になってた・・・」

 

穂谷 :「夜更かしは美容にも健康にもよろしくないのに。信じられませんね。だからそんなケバケバしいお化粧をする羽目になるんです。それでもくまが隠し切れてませんが」

 

有栖川:「眠いとまどっちのムチもどうでもよくなるんだね」

 

 

 

5/20「窓」

 

晴柳院:「な、なにしてはるんですか望月さん?」

 

望月 :「おお、晴柳院命。明日の天体観測に備え、てるてる坊主を下げている。助力を要請する」

 

晴柳院:「あ・・・も、もしかして食堂の窓にびっしり下げてあったのも・・・」

 

望月 :「私だ。六浜童琉の予報でははっきりしない天気になるそうだが、これだけあれば期待できるだろう。こういう類はお前の方が詳しいと思うが、どうだ?」

 

晴柳院:「(本来は生贄を使った願掛けなんてとても言えません・・・)」

 

 

 

5/21「足組み」

 

六浜 :「ああ、あ、有栖川ァッ!!なんだそのふしだらな恰好は!!」

 

有栖川:「は?どしたのドールん?」

 

六浜 :「あ、足を組むな。その・・・見えているぞッ」

 

有栖川:「へ?ああ、これ別に見せパンだからいいよ。見たい?」

 

六浜 :「みっ!!?バ、バカなことを言うな!!人の下着に興味などないわ!!」

 

有栖川:「っていうかドールんのもたまに見えてるよ。気付いてないと思うけど」

 

六浜 :「わあああああああああああああああああああああっ!!!!(恥死)」

 

 

 

5/22「かんざし」

 

明尾 :「どうじゃ?ガチャで出たから簪を刺してみたぞ」

 

曽根崎:「なんかお下げじゃない明尾サンって新鮮だね!似合ってるよ!」

 

石川 :「うん、明尾ちゃん素材がいいから女子力上げれば絶対可愛くなるわよ」

 

明尾 :「む?そ、そうか・・・?なんだかこそばゆいのぅ」

 

曽根崎:「普段が女子力皆無だからたまに見ると見栄えがはぶしっ!!」

 

 平手打ちなんて久し振りに食らったよ。

 

 

 

5/23「ベッド」

 

清水 :「滝山の部屋ってなんもねえな。予想通りっちゃ予想通りだけどよ」

 

屋良井:「いやいや、意外とこういうところにイロイロ隠してあったり・・・」

 

滝山 :「わああっ!!やらい!!ベッドの下みんなよ!」

 

清水 :「え、マジで?滝山がエロ本なんか・・・」

 

屋良井:「・・・木の実が大量にあった」

 

清水 :「犬かよ」

 

滝山 :「おれんだからな!あげねーぞ!」

 

清水・屋良井:「いらねえよ!」

 

 

 

5/24「鯛焼き」

 

アニー:「タイヤキっておいしいわね」

 

飯出 :「何をちまちまと食ってんだ笹戸ォ!男なら頭からガブッといけ!」

 

笹戸 :「あ、その話する?頭からなんて可哀想だよ。カリカリの尻尾から少しずつ餡子の割合を増やしながらがいいんじゃないか」

 

飯出 :「尻尾の餡子のねえ部分は口直しだ!鯛焼き食うなら甘い部分からだろ!」

 

アニー:「二つに割って食べればいいんじゃないかしら」

 

 

 

5/25「照れ隠し」

 

 あれは、ある日の夕方のことでした。

 

穂谷:「たまには展望台の上で紅茶を飲むのも良いものですね」

 

鳥木:「ええ。お足元の段差にお気を付けください。見えづらくなってきています」

 

穂谷:「ありがとうござ・・・きゃっ!」

 

鳥木:「おっと!」

 

 足を踏み外した穂谷さんを支えようとして、思わず腕を背中に回してしまいました。私の胸に顔を埋める穂谷さんは、少し呆然としてから勢いよく離れ、私の額をぺちんと叩かれました。

 

穂谷:「い、いつまで支えているつもりですか!無礼者!私が足を踏み外さないように歩きなさい!」

 

鳥木:「あ・・・し、失礼いたしました」

 

 理不尽な言葉をかける彼女の顔は、夕陽のように赤くなっておられました。再び歩き出す道を、行く手に昇る月が照らしています。

 

 

 

5/26「寿司」

 

 ーー好きな寿司ネタは?ーー

 

滝山 :「にくののったやつすきー!」

 

アニー:「コーンサラダなんてヘルシーで美味しいわ」

 

屋良井:「タマゴ寿司は外せねえだろ!」

 

穂谷 :「アメリカで頂いたカリフォルニアロールが忘れられませんわ」

 

 

 

古部来:「許せんな」

 

笹戸 :「うん」

 

 

 

5/27「睥睨」

 

曽根崎:「今日こそ清水クンについて根掘り葉掘りインタビューするぞ!」

 

飯出 :「結束のためにも相互理解は必要だからな!俺も協力するぞ曽根崎!」

 

曽根崎:「あ、清水クンだ!さっそく突撃だ!清水クーーンッ!」

 

清水 :「・・・チッ」

 

曽根崎:「ついさっき食器棚の角に足の小指ぶつけたから機嫌悪いみたい。ここは出直そう」

 

飯出 :「一瞥だけでそこまで分かるのか、気持ち悪いぞ」

 

 

 

5/28「狸寝入り」

 

 みこっちゃんのベッドに潜り込んでみた。

 

晴柳院:「あ、有栖川さぁん!そこうちの寝床ですってぇ・・・」

 

有栖川:「スヤァ」←寝たふり

 

晴柳院:「もう・・・落っこちても知りませんよ・・・」モゾモゾ

 

晴柳院:「お、押さないでくださいねっ。抱きつかないでくださいねっ」

 

有栖川:「(ヤバい・・・!!鼻血出そう・・・!!)」プルプル

 

 この後めちゃくちゃ寝た。

 

 

 

5/29「てへぺろ」

 

 失敗した時に男子はてへぺろってされると弱いんだ by曽根崎

 

六浜 :「(いつも傲岸不遜極まりない古部来を、少しからかってやれ)」

 

古部来:「おい六浜、それは二歩だぞ」

 

六浜 :「あ、しまった。・・・て、てへぺろっ☆」

 

古部来:「・・・?」

 

六浜 :「ぬあああああああああああああああっ///(逃亡)」

 

古部来:「投了か」

 

 

 

5/30「沢」

 

明尾:「いやあ、子供の頃が懐かしいのう。よく沢に行ってザリガニなんかを獲ってたわい」

 

石川:「明尾ちゃんの家って田舎なの?」

 

明尾:「何を言う!ザリガニ釣りは子供の通過儀礼ではないか!」

 

石川:「い、いやあ・・・虫は触れたけどさすがにそこまでは・・・ねえ鳥木」

 

鳥木:「ええ・・・私は精々コイを獲ったくらいです」

 

明尾・石川:「!?」

 

 

 

5/31「エラー」

 

曽根崎:「なんだか望月サンって機械みたいだよね」

 

望月 :「そうだろうか」

 

曽根崎:「もしかして意味不明なこと言ったら、システムエラーでも出たりして」

 

望月 :「私は機械ではないぞ」

 

曽根崎:「qあwせdrftgyふじこlp」

 

望月 :「・・・エラーです。もう一度しゃべってください」

 

 想像以上に驚かれた。




久し振りの更新が番外編でごめんなさい。日常編がんばって書いてます。その先の方はだいぶ出来上がってます。日常編という壁が隔たっているのです。がんばってその壁を崩壊させてベルリンと並んで歴史に残る出来事にしたいです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Twitterネタまとめ

小ネタを一日一つ考えるのは難しかった・・・というわけで、五月末あたりから九月末までのおよそ四ヶ月間に、Twitterで発信したつぶやき、もといキャラたちの日常をまとめたものを、スクールモードとしてまとめます。
中身は、Twitterのハッシュタグや祝日ネタ、その他適当に思い付いたことなどです。あくまでもTwitter内で書いたものなので、広い心でお読み下さいませm(_ _)m

最後のやつはTwitterにはないおまけです。


5/29(鳥木の誕生日)

鳥木「合宿場を隅々まで探し尽くし、集めに集めたりモノクマメダル100余枚!これくらいしか私にできることはございませんが・・・来る穂谷さんのお誕生日のために、穂谷さんがお喜びになる品を引き当てるために努力は惜しみません!くれぐれもこのことは穂谷さんに気付かれないようにしなくては・・・」

 

 1回目

 「ローラースリッパ・・・これは危険ですね」

 2回目

 「オモプラッタの極意?オ、オモプラッタ?」

 3回目

 「炎のハチマキ、これは古部来君に差し上げましょう」

 4回目

 「卵のスーパーボール・・・投げるのが躊躇われます」

 

六浜「何をあいつは一人でぶつぶつと言っとるんだ・・・」

 

 

鳥木「手首が痛くなってきた・・・くっ、またうごくこけし・・・」

 

穂谷「何をなさっているのですか?」

 

鳥木「え・・・おおうっ!?ほ、穂谷さん!?」

 

穂谷「人の顔を見て叫ぶなんて、いつから鳥木君はそんな不躾な方になってしまったのですか?なんなら、私が躾て差し上げますが?」

 

鳥木「け、結構でございます!」

 

 

鳥木「思わず景品を持って逃げてしまいましたが、目当てのものが引けないうちに鉢合わせるとは・・・斯くなる上は、どなたかに譲っていただくしかありません!穂谷さんが以前から欲しがっておられた、きらめきオルゴールを!」

 

明尾「お、ちょうど良いところに鳥木よ」

 

鳥木「はい?どうなさいましたか明尾さん」

 

明尾「六浜からモノモノマシーンを回しまくっとると聞いてな。わしの要らんものと交換してくれんかと思うてな」

 

鳥木「ええ、構いませんが、一体何を?」

 

明尾「水晶ドクロなどあれば欲しいのう。代わりにお前さんの好きそうな、ほれ、花咲かステッキをやろう」

 

鳥木「は、はあ・・・ありがとうございます」

 

 

鳥木「つい交換してしまった・・・」

 

滝山「おっ!とりき!それなんだ!?すげー!」

 

鳥木「ああ、滝山君。これは花咲かステッキといって・・・」

 

滝山「すげーすげー!それほしい!くれよ!」

 

鳥木「ストレートですね」

 

滝山「あ、でももらうだけはわりーから、これやるよ!さっきしみずにもらったんだ!」

 

 

鳥木「赤いマフラー・・・これを欲しがる方と言えば」

 

屋良井「お!鳥木いいもん持ってんじゃん!」

 

鳥木「やはり屋良井君ですね。交換に応じますよ」

 

屋良井「ただでくれねえのかよ。じゃあ・・・これ要らねえからやるよ。木刀」

 

鳥木「今までとは一線を画すものですね」

 

屋良井「修学旅行の土産と思って、交換してくれよ!」

 

 

鳥木「ふう、少し休憩でも・・・おや、古部来君」

 

古部来「む、鳥木か。ん?お前、そんなもの持ってどうした。体でも鍛えるのか」

 

鳥木「いえ、これは色々あって・・・」

 

古部来「要るのか?」

 

鳥木「それほどの興味はないですね」

 

古部来「そうか」

 

鳥木・古部来「・・・」

 

鳥木「何かと交換していただけますか?」

 

古部来「よかろう」

 

 

鳥木「晩秋の黄昏とはまた・・・レアなものをお持ちですね」

 

有栖川「あれ?鳥木じゃん」

 

晴柳院「こんにちわあ」

 

鳥木「有栖川さんに晴柳院さん、こんにちわ。相変わらず仲がよろしいようで」

 

有栖川「あっ!それ!みこっちゃん!これそうじゃね?鳥木それどったの!?」

 

鳥木「そ、それとは?」

 

晴柳院「その・・・ススキです」

 

鳥木「ああ、これは古部来君から交換していただいたのです。よろしければ、どうぞ」

 

晴柳院「ふえ?あ、い、いえ、そんなつもりじゃ・・・」

 

有栖川「いいじゃんもらっちゃいなよ!」

 

晴柳院「で、ですけど悪いですよお・・・」

 

有栖川「んじゃ、代わりに鳥木にはこれあげる。交換ならいいっしょ?」

 

晴柳院「で、でも有栖川さんが」

 

有栖川「いいじゃん!アタシのものはみこっちゃんのもの!みこっちゃんはアタシのもの!いや?」

 

晴柳院「微妙に違いますぅ!イ、イヤじゃないですけど・・・」

 

有栖川「てなわけで、鳥木、交換ね。ありがと!」

 

鳥木「はあ・・・(私は一体何を見せつけられていたのでしょうか)」

 

有栖川「コリオリベイだって面白いよこれ」

 

 

鳥木「これを欲しがる方は・・・明白ですね」

 

望月「私に何か用か?鳥木平助」

 

鳥木「実はかくかくしかじか・・・なので何かと交換していただけないかと」

 

望月「そう言えば、さっききらめきオルゴールを入手した。そういうことなら、相互に利害が一致するな」

 

鳥木「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!」

 

 

 そういうわけで、多くの方にご協力いただき、穂谷さんの誕生日までにきらめきオルゴールを入手することに成功したのです。

 

鳥木「夜遅くにお部屋のお邪魔するわけにも行きませんし、静けさを好まれる方ですから、やはり直接手渡しがよろしいでしょう。マジックで渡すとご気分を害してしまう確実に」

 

 

 

6/5(穂谷の誕生日)

 そして一週間後。私は穂谷さんのお部屋のドアを叩きました。

 

穂谷「どなたですか?」

 

鳥木「鳥木です。少々お邪魔してもよろしいでしょうか?」

 

穂谷「と、鳥木君?・・・ええ、どうぞ」

 

鳥木「お邪魔します・・・ほ、穂谷さん?どうなさったのですか!?」

 

穂谷「何がですか?」

 

鳥木「その・・・右手首の包帯は・・・!?」

 

穂谷「なんでもありません」

 

鳥木「で、ですが」

 

穂谷「ナン・デモ・ナイ。よろしいですね?」

 

鳥木「はあ・・・さ、左様ですか」

 

 他にも妙なダンボールも気になったのですが、お伺いできるご様子ではありませんでした。機を失って気まずい沈黙が流れた後

 

鳥木・穂谷「あのっ・・・」

 

 穂谷さんと同時に口を開きました。

 

鳥木「し、失礼。お先に・・・どうぞ」

 

穂谷「・・・鳥木君。無礼を承知で言います。お誕生日、おめでとうございました」

 

鳥木「えっ」

 

穂谷「一週間前、誕生日でしたよね。他の方々から祝われてらしたのを覚えていますが・・・私は何もできませんでした。ごめんなさい」

 

鳥木「ほ、穂谷さん?どうなさったのですか?」

 

穂谷「一週間も過ぎて今更ですが・・・ようやくプレゼントを用意できたので・・・・・・遅ればせながら差し上げます」

 

鳥木「・・・」

 

 そう言って穂谷さんが差し出したのは、漆黒タキシード。モノモノマシーンの景品ですが、ついぞ私は引き当てられなかった品。

 

鳥木「い、頂いてよろしいのですか?」

 

穂谷「は、早く受け取りなさい!」

 

鳥木「はっ!し、失礼!ありがとうございます!大切にします!」

 

 見た所サイズも問題ないようで、吸い込まれるような黒は神秘的な美しさすら覚えます。

 

穂谷「お誕生日、おめでとうございました」

 

鳥木「ありがとうございます・・・」

 

 なるほど、これで合点がいきました。穂谷さんの手首の包帯や、あのダンボールの中身は・・・彼女が頑張った証ですね。

 

穂谷「それで、鳥木君の御用はなんですか?」

 

鳥木「あっ、そ、そうでした!えっと・・・今というのも大変決まりが悪いのですが・・・」

 

穂谷「えっ」

 

鳥木「本日は、貴女のお誕生日でしょう。おめでとうございます」

 

穂谷「それは!」

 

鳥木「ここでは、私にご用意できるのはこれくらいですので・・・」

 

穂谷「わ、私の・・・ために・・・?」

 

 なんとも、格好のつかない渡し方になってしまいました。お互いがお互いに秘密で、こんなに苦労して、しかも同じ時に贈り合うとは。

 

穂谷「あ、ありがとうございます・・・」

 

鳥木「いいえ、こちらこそ」

 

 なんとも遠回りな一週間でした。(オチはない)

 

 

 

 

 

#酔ったうちの子

古部来「ぬう・・・眠い。もうここで寝るぞ」

曽根崎「オロロロロロロロロロロロロッ」

望月「問題・・・ない。アルコールのせっしゅで・・・めいへいひへるらへら・・・」

六浜「なぜ私はこんなにもヘタレなのだ!!年頃だというのに!!なぜなのだ!!うおおおおおっ!!」

 

 

 

 

 

小さい地震が起きた時のつぶやき

有栖川「あ、今ちょっと揺れた」

六浜「台風の到来時期も火災の発生確率も落雷の時間と位置も推測は可能だが、地震ばかりは困難だ。だから予言者と呼ばれるのは好かんのだ」

滝山「なんかゆれそうなきがしたんだよな」

飯出「獣の直感ってのァすげえな」

 

 

 

 

 

#健全なお米のジュースを飲んだうちの子の反応

清水「・・・っは!うあっ!あ゛あ゛っ!ぅぇ」

望月「内側から体温を上昇させるのに有効な手段ではありゅがどおやらわらひにあつよすぐ・・・Zzz」

曽根崎「痛い痛い痛い!ベロと喉が痛い!」

 

 

 

 

 

#リプできたうちの子と原作キャラが絡む

鳥木&葉隠

「マジックでオメーの内臓と俺っちの内臓取り替えてくれ!頼むべ!」

「(なんだこの人)」

 

 

曽根崎&左右田

「えーっと、上下田クン」

「左右田だ!」

「実家は一輪車屋で」

「自転車やだよ!」

「内臓フェチなんだよね」

「骨格だ!!」

「おかしいな。モブの情報とはいえこのボクがこんなに間違うなんて」

「モブって言うな!!」

「泣いちゃった」

 

 

穂谷&桑田

「ふいーーーっ!どーよ穂谷ちゃん!俺のギターの音!」

「まず和音が不揃い、調律すらなっていません。そもそも貴方の声質や嗜好には、シングルコイルホロウボディのギブソン系が合っています。素人に生えた毛を全て燃やした程度の技量です」

「アポォ」

 

 

古部来&辺古山

ー道場にてー

「ふむ、なかなか筋がいいな」

「武道は棋士として然るべき嗜みだ。剣道の基礎くらいできる」

「そうなのか・・・」

 

ー将棋盤を挟んでー

「ふん、それなりにできるではないか」

「将棋は幼い頃から多く見てきた。人間を使った将棋もな」

「そうなのか・・・」

 

 

有栖川&江ノ島

「私様がこんな低俗で礼儀知らずで知性も教養も感じられない汚ギャルの仕立てたボロ服に包まれてるなんてッ・・・!しかもそれを気に入ってしまってるなんて!超・絶・望・的ィィイイイイイッ!!」

「喜んでもらえるの嬉しいけどその喜び方はキモい。よだれふきな」

 

 

六浜&花村

「実に美味いソーセージステーキだ」

「お粗末様。で、どうだい?鉄板だけじゃなくて、ベッドでもボクの特性ソーセージを戴いてはどうかな」

「な、何を言うか呆け者!止めろ!」

「それと一緒で中から白いトロトロチーズが」

「本当に止めろッ!!!」

 

 

明尾&石丸

「学生というのは〜〜」クドクド

「ええい若いくせに講釈垂れおって!青春時代は短い!外に出て大いに遊び、恋し、発掘せよ若人!書を捨てツルハシを持てぃ!」

「こ、これは兄弟のチームの刻印ッ!?」

「思う存分、それで掘るがいい」

「は、はい!」

 

 

滝山&舞園

「はーらへーったー」

「〜♫」

「あー、まいぞのなにつくってんだ?」

「クッキーです。食べますか?」

「いる!わーい!」

「和風にしようと思って、めんつゆ味や麦茶味を試してみました」

「ブバーーーーーーッ!!まずーーーーーーーーッ!!?」

 

 

有栖川&江ノ島(残姉)

「あ!じゅんじゅんそのリボン!」

「この前アンタにもらったやつ付けてみたけど、どう?」

「ヤバ可愛い!じゅんじゅんってギャルでケバい化粧してるけどさ、その方が似合うよ!すっぴんだともっと大人しい顔でしょ?」

「(な、なんで分かるの・・・)」

 

 

晴柳院&小泉&西園寺

「おねえー!帯結んでー!」

「いま命ちゃんの手伝ってるから、後でね」

「ふざけんなこのウジ虫女!あんたなんか耳かきで鼓膜突き破れ!」

「そ、そんなぁ・・・あ、じゃあ、うちが西園寺さんの帯結びます」

「それ名案だよ!」

「くぅ〜!ムカつく!」

 

 

鳥木&田中

「ふははは!刮目せよ!これが俺様の力だ!」

「マフラーからハムスターが。なるほど、ピジョンマジックの応用ですね。実に素晴らしい」

「なっ!?き、貴様!俺様と同じ魔道に堕ちし者か!」

「いえ、マジシャンです」

「闇魔術師(ダークマジシャン)か」

 

 

 

 

 

#創作論破学園祭

〜おばけ屋敷編〜

晴柳院「ほんまのが出たらあきませんので、御札は本物でお願いします。あと盛り塩と身代人形と蝋燭と・・・」

有栖川「それはそれで雰囲気ありそうだからもうみこっちゃんプロデュースしなよ。降霊できるっしょ」

晴柳院「できますけど洒落ならんやないですかあ・・・」

 

〜喫茶店編〜

アニー「せっかくだから、ヤイチローに手伝ってもらって、プリティッシュスタイルのコーヒーハウスにしてみたの」

曽根崎「ボク、ボーイ」

六浜「曽根崎の記事では、どうせスキャンダルばかりなのだろう」

曽根崎「むつ浜サン読む?」

六浜「むつ浜ではない!六浜だ!読まん!」

 

〜展覧会編〜

明尾「みよ!この美しき化石と情熱的な複製骨格の数々!そして研究成果を!」

石川「こんなのまだまだ序の口よね。こんな教室じゃあ、あたしのコレクションを並べるには狭すぎるわ」

屋良井「足の踏み場くらい作っとけよ!物置か!」

 

〜ステージイベント編〜

鳥木「段取りの方はよろしいでしょうか」

穂谷「ええ、ですが、この私がアシスタントをするのですから、1ミクロンのミスも許しませんよ。私に恥をかかせないようお気を付けなさい」

鳥木「き、肝に銘じておきます(倍緊張する・・・)」

 

〜プラネタリウム編〜

望月「あれがデネブ、アルタイル、ベガ。これが夏の大三角」

滝山「ぐぅ・・・」

飯出「おい望月ィ!もっと感情こめねえと眠たくなんぞ!滝山が落ちた!」

望月「これがいわゆる織姫、そして彦星。間にあるの天の川は、天の川銀河の断面図であり・・・」

滝山・飯出「ぐぅ・・・」

 

 

 

 

 

#うちの子たちでジャバウォック島に来ました

飯出「火山にジャングルに洞窟!!手つかずたあ随分と気が利いてんなあ!!」

明尾「考古学者魂が高ぶって血が沸騰してきたぞお!!!」

笹戸「楽しみだな、どんな魚が釣れるかな♫」

望月「空気が澄んでて星がよく見えそうだ」

アウトドア組は元気

 

石川「曽根崎、ちょっと付き合って」

曽根崎「なに石川サン。南国に来て開放的になっちゃった?悪いけどボクはもうちょっと控えめな体の方が」

石川「冗談!ガチャコンプするために隠れモノクマ探すのよ。アンタ手伝いなさい」

曽根崎「勘弁してよ・・・」

 

 

 

 

 

#うちの子達でCM

 こどもだって〜うーまいんだもーぉん♫

  のんだらーこういっちゃうよお〜

 

アニー「・・・good」

 

 っとおいしいGoo。フレンチロースト、出た

 

 

「せーのっ」

「ガールフレンドQQ!」

「穂谷円加です」

「彼方っ!」

「藍・・・」

「み、命です」

「六浜童琉っ!」

「ローズよ」

「白髪になってから出直せいッ!!」

「ガールフレンドQQ!!」

「じゃんロンで、検索検索ッ」

ボーイフレンドも遂に出た!

 

 

滝山「はーい!」

燃焼系♫燃焼系♫ダーイオ式♫

燃焼系♫燃焼系♫ダーイオ式♫

こんな運動しーたくても♫

飯出「やってやれねえことはねえ!!」

燃焼系♫燃焼系♫ダーイオ式♫

滝山「ちゃん!」

(この後飯出は脚を折った)

 

 

 

 

 

#創作論破SASUKEパロ

滝山  → へらへらしながらクリア

飯出  → 勝手に追い込まれつつクリア

古部来 → 執念深く挑むも失敗

笹戸  → 気合いが足りず難関に食われる

鳥木  → 要領よくこなすも難関で失敗

曽根崎 → 涼しい顔で普通に失敗

屋良井 → 突っ走ってコケて失敗

清水  → 最初の仕掛けで失敗

 

 

 

 

 

七夕編

曽根崎「七夕と言えば青春の一大イベント!というわけで、望月サンは、星を見ながら語れるような七夕にまつわる話とか、持ってない?」

望月「彦星ことアルタイルは精々10億歳、織姫ことベガは3.5億歳。両星の距離は約17光年、およそ16京0828兆9830億mだ。しかしベガの方が半径も質量も値が大きい。簡単にだが、こんなものだな。どうだ?」

曽根崎「まつわってはいるけどロマンチックとは程遠いや」

望月「やはりダメか」

 

滝山「ちゃーっす!とりきー!」

鳥木「おや滝山君、まだお昼ではありませんよ」

滝山「んっと、タマゴのカラあるか?あと、わごむとたべるラーユと」

鳥木「あの、滝山君?一体何を?」

滝山「せーりゅーいんがタナバタのハレゴイするんだって!そのざいりょうあつめ!」

鳥木「晴乞いですか(何に使うのでしょう)」

 

六浜「これでよし」

飯出「待て六浜ァ!そりゃ願い事じゃねえだろうな!」

六浜「そうだが?」

飯出「望みがあんなら自分の手で掴み取ってこそだろうが!神頼みなんて甘えことすんな!」

六浜「ならお前が下げている十字架はなんなのだ」

飯出「ぬあっ!?クソ!!こんなもおおおんッ!!」

六浜「千切るとは思わなかった!」

 

アニー「あらローズ、何してるの?オリガミ?」

有栖川「えへへっ、みこっちゃんからこれ貰ったんだ」

明尾「七夕の吹き流しか。確か、織物が上達するように、という願掛けの意味もあったのう。有栖川にぴったりじゃな」

有栖川「そっ!嬉しいからお返しに、鶴飾りをいっぱいあげることにしたの」

明尾「それは見舞いじゃな」

 

笹戸「うわあ、いい竹だなあ。長さも撓りも太さも良い感じ」

屋良井「さ、笹戸、もうよくねえか?」

古部来「情けないな。これしきでヘバるとは」

笹戸「うん、これには『高波』がぴったりだ」

屋良井「ここで名付けんな!七夕用のだけでいいんだろ!」

古部来「それも刈るのか。どけ」

屋良井「竹取ジジイみてえになってんぞ古部来」

 

石川「てるてる坊主コレクションってのもオツね」

清水「黙って作れ」

穂谷「こんなもので晴れたら苦労しません。これだから世俗文化は浅ましいのです」

晴柳院「簡略化した供物儀式ですけど効果はありますので。後で正式なのもやりますから、できたらご協力・・・」

清水・穂谷「「断る(ります)」」

石川「いやいやいや!してあげなよ!」

 

 

 

 

 

もしもアニーがMAX COFFEEを飲んだら

アニー「MAX COFFEE?日本の缶コーヒーはハイクオリティらしいけれど、どうかしら」

プシュッ、コクッ・・・

アニー「んぶっ!!?...oh my god…how sweet…I can’t drink any more…」

石川「そんなに?」ゴクゴク

 

 

 

 

 

#うちの子たちで逃走中

ハンターの動きを先読みし発見すらされない六浜

走らないが気迫で触らせない穂谷

身を隠すも寂しさからぬいぐるみを作りまくる有栖川

モノクマ「オマエラ普通にやれよ」

 

ミッションと聞いて黙っていられない飯出

「うおおおっ!!」

「デケェ声出すんじゃねえアホ!」

「屋良井くんもだよ!」

「ほう、このミッションはもう一人必要なのか。お前たち」

「「ごめんっ!!」」

「まてえええええっ!!!」

この後めちゃくちゃ確保された

 

「こんなん隠れてりゃしまいだろ」

「あのね清水クン、草むらに隠れるのはいいんだけどさ」

「黙れうるせえ、あっち行け、二人いたらバレんだろ」

「うん・・・そうする」

アホ毛が飛び出てるんだけどなあ、とは言えない曽根崎であった。

 

六浜「はぁ・・・はぁ・・・!」

古部来「ふん、これしきで草臥れるとは、日頃の鍛錬が足りんのだ」

ハンター「待ち伏せしてるやで^^」

古部来「んっ?」

六浜「済まん古部来!お前の分まで走るっ!」

古部来竜馬、確保

 

 

 

 

 

7/22(石川の誕生日)

「カナタ、ハッピーバースデー」

「えっ?な、なにこれ? 」

「ガチャガチャのプライズのシークレットよ。一つしかゲットできなかったけれど・・・」

「アニー・・・!あ、ありがと!さすがアニーね。あたしの欲しいの分かってる!」

「そ、そう?よろこんでくれたなら嬉しいわ」

「もちろんよ!(既にシークレットコンプして二周目とは言えない)」

 

 

 

 

 

もしもうちの子たちが人狼をしたら

『運命の最終日』

曽根崎「割とボク色んな人のこと疑って質問したり、積極的に村に貢献してたつもりなんだけどなあ」

穂谷「決定的な証拠もなしに、この私を処刑するというのですか?」

鳥木&笹戸「(穂谷さんに入れたいけど後で何されるか分からない!!)」

 

『役職CO』

六浜「私が予言者だ!」

他「知ってた」

晴柳院「れ、霊媒師COしますぅ」

他「知ってた」

古部来「騎士は俺だ」

他「字が違う」

 

『人狼達の過ち』

滝山「じんろう?ってかいてあったんだけどなんだこれ?」

有栖川「ちょ、夜時間あんなに言うなって言って聞かせたのにアンタ!」

明尾「有栖川!滝山!わしらが人狼だって事がバレてしまうぅぅううっ!!」

他「・・・」

穂谷「・・・(^_^#)」ピキッ ←狂人

 

 

 

 

 

土用の丑の日

古部来・鳥木・明尾「・・・」

笹戸「あの、見られてると気になって集中できないんだけど」

飯出「土用の丑の日だからな!!今晩の飯は笹戸の腕にかかってんだ!!気合い入れて釣れ!!」

笹戸「おっきい声出したら逃げちゃうよ・・・それにウナギは仕掛けを一日置かないと無理だよ」

「「えっ」」

 

有栖川「キモいいいいいいッ!!無理無理無理ッ!!」

晴柳院「ぬ、ぬるぬるで掴めません・・・ひあああッ!!逃げちゃいましたあ!!」

アニー「ウナギなんてどうすればいいのか分かんないわ。ウナジューとかカバヤキにするのは知ってるけれど」

笹戸「あ、やっぱり僕がやるんだ」

 

六浜「やはり今晩は鰻か。期待して昼を少なめにした甲斐があった」

滝山・屋良井「ウナギ!!ウナギ!!」

清水「ガキみてえにはしゃぐんじゃねえ!」

六浜「無理もない。なかなか食べられるものではないからな」

曽根崎「夏バテ防止スタミナ満点、あと精力増強効果も」ボソッ

ガシャーーンッ!!

 

穂谷「今日は珍しく笹戸君が頑張った日ですね。メニューは何がありますか」

笹戸「蒲焼き、うな重、肝吸い、う巻き・・・握りとかひつまぶしもリクエストがあれば。もちろん全部天然鰻だよ」

穂谷「良い出来です」

笹戸「あとシャレでうなぎパイも」

穂谷「気が変わりました。0点です」

 

 

 

 

 

#うちの子達の猫派犬派について

石川「猫可愛いわよ猫。大人しいし手がかかんないし、ソーセキの猫なんて小説のモデルよ!」

古部来「犬ほど従順な生物はいない。手名付ければこれ以上ない動物だ。隆盛公の犬は主と共に銅像になっている」

滝山「ハラふくれりゃどっちでもいいよ」

「「まって」」

 

 

 

 

 

#うちの子が10万渡されたら

穂谷「私の歌声がたったこの程度の価値だとでも?」

飯出「フンッ、金なんて小せえ世界に囚われてて何が冒険家だッ!!」

石川「えっ・・・?も、もらっていいの?ありがと!ホントありがと!」

鳥木「どっひゃーーーっ!!(腰を抜かす)」

 

 

 

 

 

#うちの子が悪夢を見た時の反応

 仄暗い中で艶やかに煌めく舞台。その袖に設置された階段を、照明の点かないうちに一段ずつ昇る。やっと一番上に着いた時、客席が少しざわついた。それが静まりかえるまでの時間は、一瞬にも数十分にも感じられる。私の歌声に魅了された方々が、早く歌ってくれとせがむような視線を浴びせる。

 正直、その態度は気に入らない。だけどこうすることが私の役目であり運命。すう、と静かに息を吸い、いつものように素直な気持ちで喉が美しい旋律を奏でる、はずだった。奇跡と称された私の喉は、鈴を鳴らすような美唱の代わりに、捌くの砂のように乾ききった嗚咽を漏らした。

 立て付けの悪い引き戸が詰まるような、やすり同士を擦り合わせたような、聞くに堪えない耳障りな音だけが、私の口から勝手に出て行く。たちまち照明は点き、醜い呻きの正体は大勢の眼前に晒された。突き刺さる視線が、私のあらゆるものを見透かすようで、何もかもを曝し出されるようで。

 痛みが、苦しみが、哀しみが、更に私の声を掻き乱す。声はまだ止まない。自分の足下の遥か下から、小さなものが壁に当たって砕ける音がした。誰かがオペラグラスを投げたのだろう。それを皮切りに、次々と私めがけて、彼らの怒りが飛んでくる。ある物は靴を、ある物は紙くずを、それぞれ象っていた。

 私の声が私を苦しめる。私の声が彼らを悩ませる。声すらも拒絶される。ついさっき私が投げかけていた侮蔑を、今は私がこの身に受けている。屈辱なんて言葉じゃ足りない。苦しいなんて言葉じゃ足りない。もっと大きな、圧倒的に黒い感情に苛まれながら、まだ喉は歌うのをやめない。

 

 「っ!」

 

 気が付くと、私はベッドの上にいました。病院に運ばれたという意味ではなく、この上なく不快極まりない悪夢から解放されたという意味で。背中に気持ちの悪い汗が滲み、喉はからからに渇いていました。少しだけ息が切れているのは、あの悪夢のせいでもあるのでしょう。

 もし今、大丈夫。全て夢だった、なんて軽々しい慰めをかけられたら、私はその方を許すことはできないでしょう。現実でなかったことは安心すべきことですが、こんな夢をみてしまったこと自体が、あまりに情けなくて、受け入れがたい現実なのですから。いつもの夢のようにすぐ忘れてしまいたい。思い出そうとしても思い出せないほど、記憶の隅に押し込めてしまいたい。なのに、額にじんわり滲む汗が、手に固く握り締める汗が、背筋を不愉快に伝う汗が、屈辱を伴って私にまとわりついてくる。

 シャワーでも浴びよう、と私はベッドを抜けました。さっぱりすれば気分も変わるでしょう。この忌まわしい思いから逃げることはできないと知りながら、そうせずにはいられませんでした。

 

➡結論:穂谷は悪夢を見るとシャワーを浴びる

 

 

 

 

 

8/9(六浜の誕生日)

〜夕食前〜

六浜 「さて、今日の献立は何にしようか・・・」

古部来「六浜」

六浜 「む、なんだ古部来。まだ夕食はできていないぞ。今から作り始めるところだ」

古部来「どけ。お前は座っていろ」

六浜 「は?」

古部来「お前の味付けは濃いのだ。俺が手本をみせてやるから、お前は今日のところは手を出すな」

六浜 「?」

 

〜夕食後〜

六浜 「ごちそうさま」

古部来「お粗末。おい、何をしている」

六浜 「なにって、食器を洗うのだが?」

古部来「後でまとめて洗う方が水も洗剤も節約できる。俺がやっておくから置いておけ」

六浜 「・・・普段はそんなことしないではないか」

古部来「黙って食器を置け。節制もできん奴は口答えをするな」

六浜 「??」

 

〜夜の見回り編〜

六浜 「ここも問題なしと」

古部来「こんな夜更けに外で何をしている」

六浜 「就寝前の見回りだ。お前こそこんな遅くに起きているなど珍しいな」

古部来「灯りを貸せ。こんな重要なこと、お前に任せられん」

六浜 「人より早く寝るお前に言われたくないな」

古部来「いいから今日のところはさっさと部屋に帰れ」

六浜 「???」

 

〜翌日〜

有栖川「ドールん昨日誕生日だったんだって?教えてくれりゃいいのにさあ!」

明尾 「一日遅れになってしまったが仕方あるまい!今日一日はわしらが働こう!」

石川 「本当なら昨日いつもの仕事とか代わってあげたかったのに・・・ごめんね六浜ちゃん!」

六浜 「・・・あぁ、なるほど」

まったく、不器用な奴め。

 

 

 

 

 

#うちの子が絶望病に罹ったら

鳥木(忘れ病)「えっと・・・どなたでしょうか?初対面ではございませんか?私は・・・わ、わたしは・・・・・・私は一体誰でしょうか?そう言えばここはどこです?ええっと・・・申し訳ありません。何も分かりません・・・」

 

曽根崎(卑屈病)「ハハハ・・・ボクが何言ったって、どうせみんな聞いてくれないよ。『HOPE』だって惰性で読んでるだけなんだ。嘘ばっかりだと思ってるんでしょ?ホントのこと書いても嘘書いても嘘って言われるんだったら、もうボクの言葉なんて何の意味もなさないただの空気の振動だよ・・・」

 

 

 

 

 

私立希望ヶ峰学園が廃校に!?俺たちの母校がなくなるなど断じて認められん!斯くなる上は、俺たちが広告塔となり(資金源である)予備学科生を集めるしかない!!叶え!俺たちの夢!!

『コ ブ ラ イ ブ !』

 

古部来「笑顔を崩すな!仏頂面のアイドルがどこにいるか!」

鳥木「(・8・;)」

晴柳院「み・・・みっこみっこみ〜・・・」

望月「らんらんらーん。」

アニー「かしこいかわいいアニーチカ」

古部来「声が小さァいッ!!」

明尾「イミワカラン」

 

 

 

 

 

今日の危機一髪

曽根崎「清水クンって相当性格悪いよね」

清水「何をいまさら」

曽根崎「姿勢も悪いし目付きも悪いし言葉も汚いし」

清水「言ってろ」

曽根崎「こういう人のこと、つむじが曲ガッ」

危うく前歯折られるところだったよ

 

 

 

 

 

#うちの子麻雀

晴柳院「((((゜д゜;;))))」ガタガタガタガタ

飯出「晴柳院が震えてんぞォ!!どうしたってんだ一体!!」

明尾「純正九蓮宝燈を天和したらしい」

 

東一局

曽根崎「天和・大三元・字一色・四暗刻単騎・八連荘!!六倍役満!!九万六千オール!!」

清水「やってられっか!!!」

 

滝山「キレイなのいっぱいだー」

アニー「赤いのがひとつも読めないわ」

穂谷「卑賤な遊戯です、代打ちをお願いします」

鳥木「はあ・・・」

笹戸「ええっと・・・ロン、あ間違えた、ツモ。ん?あ、鳴いてた・・・」

 

屋良井「へへへ!スジ引っかけに簡単に引っかかるから望月はカモだな!」

望月「確率的に安全とみなしたのだが」

石川「意外と奥が深いのね・・・雀牌コレクションなんてステキだわ」

飯出「ぬあああああっ!!俺の混一三暗がああああああッ!!!」

 

曽根崎「麻雀って楽しいよね!」

六浜「牌の並びが分からなくなるほど複雑に混ぜればな」

古部来「普通は分からん」

鳥木「(手牌どころか山まで見抜かれては積み込みもすり替えもできない・・・)」

 

 

 

 

 

#リプできた二人をCPにして書く

明尾&穂谷

「おー、いてて。すまんのう穂谷」

「いつもいつも利き手を怪我して・・・なぜ私が処置をしなくてならないのですか」

「文句の数だけ毛が抜けるぞ。不健康な白肌しおって。お前さんもたまには発掘場にでも来て汗を流さんか?」

「敢えて汗と埃にまみれる意味が理解できません」

「(´・ω・`)」

 

鳥木&有栖川

「鳥木ってデカいし体しっかりしてるからモデルっぽいんだよね。おしゃれとかしないの?」

「いえ、私にはこの衣装さえあれば・・・」

「もったいねーなー。良い素材なのに」

「流石にお目が高くていらっしゃる。こちらは特注品で、私には勿体ないほどの品なのです」

「(服じゃねーよアンタだよ)」

 

飯出&晴柳院

「あのう・・・飯出さん・・・」

「なんだ晴柳院!お前から俺に話しかけるなんて珍しいじゃねえか!!俺はいつでも準備万端だぞ!!」

「な、なんのことか分かりませんけど・・・その、おまじゅう作ったんで食べます?」

「ッ!!もちろんだァ!!俺は嬉しいぞォ!!」

「そ、そんなに・・・?」

 

古部来&アニー

「リョーマの淹れたジャパニーズティー、とってもおいしいわ」

「毎朝の労いだ、茶請けもある」

「一目見た時から、リョーマはイメージ通りのジャパニーズだって思ったのよ。すばらしいわ」

「作法無くして業無しだ」

「ところでリョーマは、サムライとニンジャどっちなの?」

「棋士だ馬鹿者」

 

 

 

 

 

敬老の日編

明尾「敬老の日と言うことじゃなからな。今日はお前さんらに老齢の魅力というものを懇切丁寧に教えてやろう」

晴柳院「(えらいことになった)」

笹戸「あはは・・・ぼ、僕にはまだ早いかな・・・」

望月「老齢の魅力か。確かに若いものより老いたものの方が、研究対象としては興味深いな(星の話)」

 

 

 

 

 

秋分の日編

【食欲の秋】

笹戸「秋はサンマが美味しいけど、ホッケやシシャモ、あとカツオなんかも旬だよ」

アニー「日本はお魚がおいしくてうらやましいわ。こういう時はコーヒーよりティーね」

清水「このカキ当たらねえよな?」

滝山「かてぇ。ささど、これとって」

笹戸「殻くらい自分で剥いてよ・・・」

 

【スポーツの秋】

明尾「秋は天気が良い!書を捨て町へ出よ若人!そして掘れ!」

石川「掘らないけど運動は大事よね。脚には自信あるわよ?滝山以外には負けないから」

飯出「そいつァ聞き捨てならねェな石川ァ!女にナメられて黙っちゃいられねェ!勝負しろ!」

屋良井「やめとけ飯出。多分泣く」

 

【読書の秋】

曽根崎「ボクは読むより書く派だけど、みんなも本なんか読むんだあ。なんか意外だねっ」

古部来「黙れ」

穂谷「耳障りです」

望月「・・・」

曽根崎「ご、ごめん・・・(やりづらい・・・)」

 

【芸術の秋】

六浜「裁縫とは難しいものだな」

鳥木「習うより慣れよです。焦ることはありません」

晴柳院「できましたあ」

有栖川「怖ッ!?なんで顔ないのこの人形!?」

晴柳院「顔があると・・・ふ、浮遊霊が宿ってまうから・・・」

有栖川「自分で作った人形にビビってどうすんの・・・」

 

 

 

 

 

9/25(望月の誕生日)

望月「目測でだが・・・私の身長より高いとみられるな。このケーキは」

アニー「大変だったわ。バランスとか、デコレーションとか」

曽根崎「清水クンが『どうせ全員で食べるから目一杯の粉使おう』とか言いだしてさ!モノクマに怒られちゃった!」

清水「テメエが粉の袋に穴開けるから使い切るしかなかったんだろうが!」

六浜「見てて圧倒されるケーキは初めてだな・・・」

 

曽根崎「清水クン。あーんしてあげなよあーん」

清水「よーし口閉じんなよ。フォークなら山ほどあるんだ」

笹戸「まあまあ・・・」

屋良井「これ以上見せつけられてたまるかよ!オレは部屋に帰る!」

石川「アンタそれ死ぬやつだよ!こういう場合だと非リア的な死・・・」

清水「何をわけの分かんねえことを・・・」

望月「『アーン』、とはなんだ?」

「「えっ」」

 

飯出「し、知らねえだと・・・!?あの幻の行為を!?究極のイチャイチャの完成形を!?」

六浜「どうした飯出!?何に打ち拉がれている!?」

有栖川「じゃあアタシとみこっちゃんでお手本みせたげる」

晴柳院「ふええっ!?なんですかそれぇ!?」

有栖川「いーじゃんいーじゃん。あーんからのわざとほっぺたにクリーム付けてクリーム付いてるよまでがワンセットっしょ?」

屋良井「お前・・・それ晴柳院にやって楽しいか?」

穂谷「お部屋でやりなさい」

 

鳥木「まあ簡単に言えば、相手の口元に食べ物を差し出すことです。受け取る側が口をあーんと開けるのでそう呼ぶのです」

望月「なるほど。要するに食事補助か」

曽根崎「一気に事務的になった」

望月「今は私は食事に不自由はないため、その『あーん』は必要ない」

笹戸「あまつさえ事務的な感じで断ったね」

望月「だがもし仮に何らかの理由で、例えば老化による筋力の低下などの理由から食事に支障を来すことがあれば・・・その際の食事補助は頼んだぞ」

清水「あ?」

曽根崎「んん?そ、それってさ、『今は照れくさくてできないけど、私がおばあさんになった時に側にいてあーんしてね』ってことだよね?ね?ね?」

 

六浜「ッな!も、望月・・・それではま、まるで・・・!!」

曽根崎「おばあさんになるまで側にいてねって、軽くプロポーズだよね!」

屋良井・飯出「「ぐわあああああああああああああああああああッ!!!(吐血)」」

笹戸「どうしたの二人とも!!?」

アニー「まあ。これがうわさの肉食系ってやつかしら?」

有栖川「ヅッキーやるゥ!」

望月「?」

清水「お前なぁ・・・面倒増やすなよ」

 

明尾「若いというのはええのう」モグモグ

古部来「これだけ糖分を摂れば今夜は休む必要はなかろうな」モサモサ

滝山「あめー!うめー!」ガツガツ



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Twitterネタまとめ2

#弾丸論破才能総入れ替え企画

晴柳院(天文部)「夜中に出歩くなんて怖くてできません」

屋良井(バリスタ)「ちょっとスタバ行ってくる」

アニー(棋士)「コマが読めないわ」

飯出(歌姫)「ボエエエエエエッ!!!」

六浜(野生児)「できるかあッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

#ピュアなうちの子がクズ発言

晴柳院「目障りなんじゃワレ、消えろ」

滝山「馬鹿から搾取した金で食う飯が最高に美味い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

#うちの子でお伽噺パロ

 昔々、貧しい身なりをした、白雪命(しらゆきのみこと)という女の子がいました。

 

晴「よ、汚れは下賤の悪霊を現世に留める力がありますぅ!きれいにせんとぉ!」

 

 そう言って誰も頼みもしないのに、お城のあちこちを掃除しては盛り塩と護符を置いていました。そんな城には、女王様が君臨します。女王様の名はマドカと言いました。マドカは魔法の鏡に言います。

 

穂「この世で一番美しいのは私ですか?」

有「みこっちゃんマジ天使」

 

 即答でした。

 

穂「不出来な鏡ですこと」

 

 女王様は怒って、従者に命令しました。

 

穂「晴柳院さんを始末してください。この世から永久追放です」

鳥「流石にそれは」

穂「従者の身で、拒否権があると思って?」

鳥「も、申し訳ございません・・・」

 

 結局従者は命令を受けてしまいました。そして白雪命に言います。

 

鳥「女王様がお怒りです。どうかお逃げください」

晴「そんなぁ・・・」

 

 白雪命は森へ逃げ、森の中で小さな家を見つけました。

 

晴「除霊せんと休憩もできません」

 

 護符を貼ってから白雪命が小屋で休憩していると、小屋の住人たちが帰ってきました。

 

屋「あーだりー」

清「ねみぃ」

ア「コーヒー飲みたいわ」

滝「ハイホー!ハイホー!」

石「今日も宝石コレクションが潤うわ」

飯「列にならんかお前らァ!!」

古「くだらん」

 

 全員小人で、癖が強すぎました。

 

晴「お、お邪魔してますぅ」

滝「ぎゃーっ!きょじん!くちくくちく!」

屋「家があああああ!?」

石「うっさい!女の子なんだから優しくしろっての!」

ア「コーヒーいかが?」

飯「困ったことがあったら俺を呼べ!すぐ助けてやる!」

 

 白雪命は小人たちにもてなされ、そこで匿われることになりました。その頃お城では、マドカがまた鏡に尋ねます。

 

穂「この世で一番美し」

有「みこっちゃんかわいいよみこっちゃん」

穂「・・・どういうことですか鳥木君?」

鳥「わ、私は鳥木ではございません!『Mr.Tricky』でご」

穂「命令に背きましたね?」

鳥「申し訳ございませんでしたああああっ!!!」

 

 白雪命が生きているとを知ったマドカは毒林檎を作り、老婆に変装して小人の家を訪ねました。

 

明「そこのわっぱよ!わしのこの毒入りリンゴを食うてみい!」

 

 ハイテンションで訪ねました。

 

晴「ど、毒入りって言うてもうてるやないですか・・・そんなんいりませんて」

明「まどろっこしいこと言わんで、若いんじゃからガブッといかんかい!」

晴「はぐぅっ!?」

 

 毒林檎を食べた白雪命は眠りにつきました。

 

清「こんなんあったら気分わりぃだろ」

 

 アホ毛小人の提案で硝子の棺に収めることにしました。そこへ、馬に乗った王子が現れました。馬に乗ったというより、馬のひくソリに乗っていました。

 

望「馬はこれでいいのだろうか」

笹「女の子に運ばれてるってだけで罰ゲームだよ・・・」

曽「似合ってるから無問題だよ!」

 

 王子は硝子の棺ごと白雪命を城に連れ帰ろうと、付き人に運ばせました。

 

曽「さ、さすがに重いぃ・・・!」

笹「曽根崎くん大丈夫?」

曽「もう無理ッ!」

笹「あっ!」

晴「ひゃああああああああっ!!?」

 

 付き人が棺を落とすと、ショックで白雪命は蘇りました。

 

笹「どういうこと!?」

曽「原作準拠だよ」

晴「はうあぁ・・・こ、ここは?」

笹「あ、あの、僕のお城に来てくれるかな?」

晴「ふえぇ!は、はいぃ・・・!」

望「曽根崎弥一郎、ソリをひくのを手伝え」

曽「ええ・・・ボク馬役じゃないのに」

 

 蘇った白雪命を連れて、王子は国に帰り、二人は末永く幸せに暮らしましたとさ。

 

 

六「こいつらにやらせたのが間違いだった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

#うちの子の秋

ア「日本は秋が一番キレイだって聞いたわ」

六「そうだな。紅葉狩りなどの行楽も風物詩だ」

ア「狩り・・・タカショーね」

六「その狩りではない。銀杏を眺めるのだ」

ア「イチョウ・・・スモウレスラーを見に行くのかしら?」

六「それも銀杏だが違うそうじゃない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明尾「最期まで愛する人と共にいて先に逝くことと、愛する人の最期を見届けて少し長く生きること、どちらが幸せかのう?」

六浜「簡単に答えなど出せんが、明尾の場合はもれなく後者になるだろう」

明尾「そうなのか。うむ、六浜に言われては覚悟しなければな」

笹戸「たぶん僕でも分かるよ・・・」

 

望月「清水翔。ちょっと私を壁際に追い詰めて壁に片手を突いてみてくれないか」

清水「(壁ドンってやつか・・・)」ドンッ

望月「私に乱暴するつもりなのだろう。エロ同人誌みたいに」

清水「誰に教わった」

望月「曽根崎弥一郎だ」

曽根崎「言わないって約束し」ボキッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曽根崎「今日はメガネの日なんだって。あとネクタイの日でもあるんだよ」

アニー「コーヒーの日とも聞いたわ」

曽根崎「新聞を片手にカップを傾ける意識高い系ボク。どう?」

清水「うぜえから死ねばいいと思う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「笹戸君が羨ましいです」

「え、なんで?」

「魚を調達する術と知識を豊富にお持ちだからです。野草ばかりではタンパク質が摂れません故、魚が釣れるというだけで栄養バランスは大きく調整されます。ああ、あの頃は大豆に大変お世話になりました」

「私もあの頃、そんな知識を持っていれば、より良い生活ができていたのか、と思うと」

「よかったら釣り、教えてあげようか?」

「素晴らしい。ですが私も、泥鰌やザリガニやタニシなら多少の心得がございます」

「なんだろう、すごく涙を誘われるや・・・」

 

「鳥木くんはすごいなあ」

「何がでしょうか?」

「だって鳥木くん、自力でマジシャンに、しかも“超高校級”にまでなって家計を支えてるなんて」

「いえ。私にできたことが、偶然皆様の目に留まっただけのこと。私より優れたマジシャンは星の数ほどいらっしゃいます」

「鳥木くんって腰低すぎないかな。一周回って嫌みになっちゃう勢いだよ。敬語なくして喋ってみたら?」

「い、嫌みだなんてとんでも・・・ああ、この敬語がいけないのでございますね。ええっと・・・何を喋ればよろしいのでしょうか。あっいや」

「無理みたいだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

逆上がり編

曽「いやー昔はできたんだけど最近ご無沙汰だからなーできるか分かんないやー。ホント、小学生の頃なら何回でもできたのになーあの頃戻りたいわー懐かしいわー」

石「できないならできないって言いなさい」

#今日は体育の日

 

卓球編

屋「ど、どうなってやがる!?」

明「どこに打ってもわしの手元に戻る!わしは一歩も動くことなく打ち返し続けられるのじゃ!これぞ、明尾ゾーン!」

屋「卓球をしろ卓球を!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

#一番目にリプきたキャラと二番目にリプきたキャラの性格を入れ替えて文章を書く

「みこっちゃ〜ん♡」

「ぬあああっ!!抱きつくな有栖川!!止めろ!!呆け者ォ!!」

「!!」Σ(゜д゜)ガーンッ

 

「おい六浜、一局付き合え」

「ふえ・・・お、お手柔らかにお願いしますぅ・・・」

「なんだその軟弱な態度は。気色悪い」

「はうぅ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10/19(清水の誕生日)

「はい清水クン、誕生日プレゼント。誕生日だから清水クンが一番欲しそうなものだよ」

「(どうせアホ毛いじりで整髪剤かなんか・・・)なんだこれは」

「セノビック」

翌朝、曽根崎が無惨な姿(セノビックまみれ)で発見された。

 

「清水翔、誕生日ケーキだ」

「ろうそくぶっ刺さったチーズケーキってのは初めて見た」

「アンジェリーナ・フォールデンスにお前の好みを踏まえて教えてもらった」

「なんであいつが俺の好み知ってんだよ」

「味はどうだ」

「普通にうまい」

「レシピ通りに作ったからな」

「そうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10/21(古部来の誕生日)

「今日は古部来が誕生日だからな。お前の好きなサンマの塩焼きを作ったぞ」

「秋刀魚は海水魚のはずだがな」

「私もそこはよく分からん。で、どうだ。脂ののった新鮮なサンマだぞ」

「やはり魚料理は笹戸が一番腕が良い」

「ぬ・・・そうか」

「(六浜さん、暗に褒められてるの気付いてないね)」

 

「おい古部来」

「なんだ」

「俺ら呼ばれてる」

「なぜ俺とお前が?」

「誕生日が二日違いだからいっぺんに祝おうとしてやがんだ」

「よりにもよってお前と纏められるとはな」

「こちとらの台詞だボケ」

「馬鹿が。暴言で祝おうとしている奴ら気分を損なわせるなよ」

「テメエが言うな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

#たまごかけご飯の日

石川「卵かけご飯の可能性はみんな見直すべきよ。醤油もめんつゆもポン酢も納豆もキムチも山葵も合う万能食なんだから」

清水「だからっつって晩飯が飯と卵だけってなんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ハロウィン前日の一幕』

「(›´ω`‹ )」ゲッソリ

「だ、大丈夫か有栖川?かなり疲れているようだが、どうしたんだ?」

「ハロウィンの仮装の衣装作ってんの・・・3日前から徹夜で」

「そ、そうか。どれ、私も手伝おう。どれくらい進んでいるんだ?」

「まだみこっちゃんの服のデザインまでしか」

「おい」

 

「だってみこっちゃん何着せたって似合うし可愛いじゃん!?デザインだけで3日くらい使うっしょ普通!」

「知るか!踏んでもいない地雷を勝手に起爆させるな!」

「その他14人分はもうできてんの。あとはみこっちゃんとアタシのペア仮装だけなんだけど・・・」

「本当にブレんなお前は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10/31(ハロウィン)

 「はろいん」(・_・)

 「ハロウィン、10月末はそういうお祭りなんだよ」

 「まつりかー、まつりはいいよな。まつりすきだ」ε= ( ´ ∀ ` )

 「でね、みんなからお菓子がもらえるんだって」

 「おかし!」Σ(°∀°*)

 「ちゃんとトリックオアトリートって言えればね」

 「・・・手にかいてくれ」(・∀・)_

 「ちょっと賢くなったね滝山くん」

 

 油性ペンでさらさらり。『とりっく おあ とりーと』。

 

 「ほぅほぅ、とりっくおあとりーと!」( `・ω・´ )

 「そうそう」

 「よし!言えたからおかしくれささど!」( `・ω・´ )_

 「そうくると思って用意してたよ。はいこれ」

 「アメだー!」\(°∀°*)/

 「塩飴。夏場はお世話になるんだ。一気に舐めるとしょ」

 「しょっぱーーーーっ!!?」Σ °.・ ( °ε° 川)

 「やると思ったよ!!」

 「あまくないぞ!しょっぱいぞ!」ε=( ` д ´ )

 「うーん、しょうがないなあ。普通のアメもあげるよ」

 「わーい!なあささど!これなんかいやってもいいのか?」( ´ ∀ ` )

 「まあ、みんなに一回ずつはできるかな」

 「じゃおれとささどじゃないやつがいち、にぃ・・・うん、いっぱいもらえる!」( `・ω・´ )

 「そうだね(諦め)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『駄菓子談義』

明尾「駄菓子はスナック菓子よりよっぽど安うて経済的じゃぞ。白飯と合わせたり茶請けになったり汎用性も高い」

鳥木「分かります!!とても!!うまい棒ふりかけやベビースター丼のなんと美味なること!!因みに私のお気に入りは梅ジャム茶漬けです!!」

明尾「こやつできるッ・・・!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

11/11 #リプできた二人にポッキーゲームさせる

石アニ編

「食べ物であそべるなんてニッポンは幸せね・・・」

「重ッ!?」

「だけど楽しそうだからやるわ。せーのでいくわよ」

「いいよ、負けないから!」

 ーーーーー

「あれー?アニーサンも石川サンもなんで目合わせないの?ねえねえなんでなんで?」←見てた

「うっさい!!」

「ぎゃふんッ!!?」

 

 

穂鳥編

「こういう時は男性からと決まっています」

「え、えーと・・・失礼します」

「鳥木君、目を閉じなさい」

「ふぁっ!?は、はあ・・・では。(ん?ポッキーがどこにも・・・)あの、穂谷さん?」

「もう開けてよろしいですよ」

「え?・・・あっ」

「甘いです、鳥木君」モグモグ

 

 

古部笹編

「ど、どうしようか古部来くん・・・ッ!?」

「・・・」(ゴゴゴ・・・)

「(なんでもうくわえてるの!?やる気なの!?・・・いや違う!!完全に威圧してるこれ!!)」

「先手必勝、勝負の基本だ。さあどうする」

「・・・ま、負けでいいよもう」

「よし」(もぐもぐ)

 

 

あけみこ編

「ではよいな晴柳院!」

「ふぁい・・・」

「よーい始め!」(サクサクサクサク)

「はわわあっ!?」

「なんじゃもう終わりか、呆気ないのう」

「明尾さん躊躇わなさすぎですって・・・」

「今のではつまらん、もう一番じゃ!」

「か、堪忍してくださぁい!」

 

 

モノ清水編

《心ポッキーゲーム》

「おいコラなんのマネだ!!なんで俺が処刑なんか」

「うぷぷ、安心してよ。ボクからのプレゼントで死にはしないからさ!いいから咥えろよ!」

「んぶっ!?」

「それでは、張り切っていきましょーーーぅ!」ハァハァ

「ん゛ん゛ん゛ー!!!」

アーッ!

 

 

有栖川&有栖川編

「またぬいぐるみ作って徹夜しちゃった・・・ポッキー食べて寝よ。ん」

ふと鏡に映る自分と目が合う。咥えたポッキーと映るポッキーが一直線になるよう位置を調整。食べきる。

「なにやってんだろアタシ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『星を見に行こう』

 

 俺は、夜空というものをよく知らない。月が輝き、星が瞬き、後は深い黒だということは知っている。だがこの目で直に見たことは殆どない。俺の知っている空には、常に太陽がいた。

 

 「すぐベッドに入っちゃうからじゃない?」

 「・・・」

 

 俺はそこらの馬鹿と違い、常に脳を全力で働かせている。過去の俺自身を超えるには、過去の俺を上回る思考が必要だ。十手先より百手先、百手先より千手先を読み続けようとしていたら自ずとそうなった。それだけのことだ。だが常人以上に働かされる脳は、常人以上の休息を要した。八時間では足りん、少なくとも半日近くは休む必要があった。それでも通常の三倍の速さで考えれば常人よりも先を読める、俺はそれを受け入れた。

 その生活によって失われるものなど、考えたこともなかった。そんなことよりも如何に過去の俺を詰めるかの方が、俺には重要だったからだ。

 

 「夜はステキよ。シックでアダルティな時間だもの。夜空を見上げて星を数えながら、大好きな彼と・・・キャッ」

 「ふん、表で女といちゃつくような軟派者のどこが大人だというのか」

 「あらそう?ロマンティックだと思うけれど。だけど、みんなで星を見るのもいいわよ」

 「星と聞いて」

 「「っ!!?」」

 

 日本茶と珈琲を淹れてアニーとチェスに興じていたら、台所から望月が現れた。いたのか貴様。

 

 「六浜童琉の予言によれば、今夜は晴れて、風は穏やか、気温も申し分ない、絶好の天体観測日和だそうだ。そして今日は西の空に流星群が現れる。またとない機会と言えよう」

 「リュウセイグン?」

 「流れ星が多く出現するということだ」

 「アー!メテオスウォームね!ステキだわ!」

 「英語だとそんなに物々しいのか」

 

 唐突に現れたと思ったら今夜の空模様について説明しだした。直接は言わんが、俺とアニーを天体観測に誘っているのか?色々な意味で豪胆な奴だ。俺とは対照的にアニーは気が乗っているようだが。

 

 「実はニッポンの星空って一度見てみたかったの!ウサギが川の向こうの恋人にオリオンをなぞって会いに行くのよね?」

 「色々と混ざり過ぎているな」

 「ねえラン!ワタシたちも行っていいかしら?」

 「むしろ歓迎する。望遠鏡や防寒具や撮影機材などを展望台まで運ぶのに、私一人では手に余るのだ」

 「任せて!ワタシ、これでもフィジカルワークには自信があるの!」

 「それは好都合。古部来竜馬にも手伝いを依頼する」

 「休息時間を削ってまで見る価値があるとは思えんな」

 

 興味がない、というと嘘になる。だが流星群と言えどつまりは隕石の燃焼、俺の脳に鞭を打ってまで見る必要も理由も感じない。

 

 「・・・そうか。まあ気にするな、お前はダメ元だ」

 「ん?」

 「そうよね。リョーマったらママの言いつけを守る子どもみたいに寝るの早いもの。ミッドナイトなんて起きていられないわよね」

 「んん?」

 「機材もかなり重いものだ。普段から将棋ばかりしている古部来竜馬では運べないかも知れないからな・・・」

 「望月、待て」

 

 残念無念といった雰囲気は噯にも出さず、淡々と望月は言って食堂を出ようとした。何故だか俺は、その背中をそのまま行かせてしまうことが堪らなく許せず、つい引き止めてしまった。俺自身の行動に理解が追い付かなかったが、ここで引き下がってはそれこそ恥だ。

 

 「この俺に、高が普段より数刻長く活動することができないだろう、だと?将棋ばかりで撮影機材を持って山を登る程度のことができまいと?随分と侮ってくれるではないか・・・!」

 「違うのか?」

 「ふん!馬鹿にナメられて黙っていられるほど気は長くない!よかろう、貴様らにこの俺の本気を教えてやる!今宵は覚悟しておけ!」

 「(チョロい)」

 「(チョロいわ)」

 

 斯くして、俺は軽率にも無意味な夜更かしと馬鹿の為の労働を自ら宣言してしまった。あれしきの挑発に乗ってしまうとは、俺も未だ未だ未熟ということか・・・!だが武士に二言はない。こうなれば奴らが感服する程の働きをして、奴らの度肝を抜いてやらねば。

 そして、その日の夜。夜時間を報せる放送を聞くのは久し振りだ。それでもまだ望月との約束の時刻まで二時間ある。既に瞼が石のように重い。

 

 「・・・・・・んゴッ!い、いかん!寝るな、起きることに集中するのだ・・・集ちゅう・・・・・・・・・ふガッ!くっ!す、睡魔め・・・小癪な!貴様ら如き盤上でならば束になっても負けんというのに(?)」

 

 いかんいかん、寝まいと集中しようとすると余計に眠りに誘われる。慣れんことをしている所為で思考も鈍っているようだ。この俺が取り付けた約束を寝過ごして反故にするなど許されるべきでないし俺自身が許さん!

 

 「んん・・・ゆるさんぞゆるさん・・・・・・うおっ!?ね、寝言・・・だと・・・?」

 

 寝言で眠らんぞとはこれ如何に。寝言は寝て言え馬鹿め、いや寝言を寝て言っているから正しいのか?違う寝てはいかんと言うに!兎に角寝るな、寝るな古部来竜馬!高々一時間の我慢を二度すればいいのだ。

 

 「そうだ・・・・・・たったそれだけのはn・・・ブはっ!」

 

 愈々本格的に対策をせねば、約束を反故にするどころか碌な睡眠すら摂れずに双方共倒れになってしまう。しかしどうすれば・・・そうだ。確か個室以外での睡眠は禁止だったな。つまりこの部屋を出て行けば、寝てしまおうなどと軟弱な誘惑に靡くこともなくなろう。

 

 「よし」

 

 俺は早速部屋を出、生徒手帳で部屋に鍵をかけた。これで寝るに寝られんぞ。ただ表にいるだけでは手持ち無沙汰なため、馬鹿でも将棋に付き合う奴はいないかと食堂に行ってみることにした。夜中に出歩くなどいつ以来だろう。何故こんなことになったのやら。悔いても仕方ない、一先ず水でも飲もうと食堂の扉を開いた。

 

 「あらリョーマ。待ってたわ」

 「?」

 

 よく見ると灯りが点いていた。誰かいるのかと思えば、アニーが座っていた。硝子のコップに入った珈琲をストローで回し、水差しになみなみ入った珈琲の香りを吟味してから、もう一つ空のコップに注いだ。

 

 「ベストタイミングよ。これだけ冷たければ目も覚めるわ」

 「お前は鼻で温度まで分かるのか」

 「うふふ、バリスタはコーヒーのことならなんでもわかるのよ。どう?」

 「頂戴する」

 

 受け取ったコップ越しに、珈琲の冷たさが指先から伝わる。一口含むと、冷たい感覚が一気に口から喉、そして胸へと落ちていき、同時に脳まで冷たさに驚いて叩かれたように目が冴えた。深みのある苦味、そしてコクが後から舌を過ぎて鼻から抜けていくのを最後に、その一口は後を濁さずに消え去った。

 

 「おお・・・!」

 「どう?とっても深いビターテイストの豆と後味のいい豆をブレンドしたの。目は覚めたかしら?」

 「あ、ああ。かなりマシになった。忝い」

 「いいのよ。ワタシも退屈だったから・・・リョーマ、リベンジしてもいいかしら?」

 「いいだろう」

 

 やはり飲み物はアニーが一番だな。あれだけの眠気をたった一杯で吹き飛ばすとは、流石は“超高校級”だ。チェスをしていればこのまま眠気に纏わり付かれることもあるまい。俺はアニーの向かいに座り、冴えた脳をまた働かせ始めた。

 盤と向かい合っている間は、雑念は消え失せて純粋な思考ができる。先まで少し気を抜けば飛んでいきそうだった意識は確りと冴え渡り、盤上の全ての駒の動きを支配しているかの如き優勢だ。当然だがな、たとえ疲弊した脳と言えど、この俺がこの程度の相手に敗れるわけがない。こうなると、時間が経つのは早いものだ。

 

 「アンジェリーナ・フォールデンス、古部来竜馬。共にいるな。それにしても、昼間と同じ光景だな」

 「む、望月か」

 「ハーイ、ラン。眠気はどう?ウェイクフルブレンドコーヒーはいかが?」

 「私は慣れている。それより機材を運ぶのを手伝ってくれ」

 「いよいよね。それじゃあリョーマ、このゲームはオアズケにしない?」

 「必要ない。お前はあと十手以内に詰む」

 「えっ」

 

 さっさと行くぞ、幾ら睨んでも盤面は変わらん。

 

 

 

 

 

 「流石だな古部来竜馬。私とアンジェリーナ・フォールデンスだけでは二往復は要しただろう」

 「フゥーーーッ・・・フゥーーーッ・・・と、当然だ・・・!!」

 「リョーマ大丈夫?コーヒーでも飲んで落ち着く?」

 「お前はそれ以外にないのか・・・!!」

 

 脚立付きの望遠鏡と天体用カメラを合わせると、まあそれなりの重さになった。それでも両腕に抱え肩に提げ残りを背負えば、一度に運べんこともないものだ。望月の奴め、自分が運ばないと思って余計なものまで運ばせおって。

 

 「設置は私一人で行った方が効率がいい。お前たちはその間自由に休んでいろ」

 「ホットコーヒーもあるわ。寒いからブランケットもしないとね」

 「その前に汗を拭わねば、このままでは風邪をひく。風邪など馬鹿が引くものだ」

 「新説だな」

 

 俺が運んできた望遠鏡を望月が組み立てている間、俺は展望台の椅子に腰掛けて体を休めることにした。手拭いを持ってきておいてよかった。それからアニーが水筒に入れて持って来た熱い珈琲で体を温める。望月の準備が終わるまでの間、森の中から聞こえる虫の声にでも耳を傾けていようか。

 

 「よし、設置完了だ」

 「もう?」

 「情緒のない奴め・・・」

 

 手際が良い、と言えばそうかも知れんが、秋の寒夜に虫の声を聞きながら待つ、ということの趣深さを何故分かろうとせんのだ。

 

 「見てみろ。直に流星群が始まる。肉眼で観測できるのは数分ほどだろう」

 「まったく忙しない、本当に情緒のない奴だ」

 「うふふ、楽しみだわ」

 

 労働の休息もそこそこに、望月が用意した望遠鏡の横に立って西の空を見上げた。果てしなく広がる湖の水平線は夜空の黒と混じり合い判然とせず、其処彼処に瞬く星々がその境界を越えて並ぶ。夜の闇とは少しだけ違い青みがかった闇の中に、一際大きく光を湛える星の瞬きが、然し他の星を邪魔することなく目立つ。

 

 「Wow・・・so beautiful・・・」

 「六浜童琉の予言通り、実に快晴だ」

 

 こんな夜空を見たのは何時以来だっただろうか。幼くして将棋の道を究め始め、それからは昼夜を問わず盤に向かい、軈て夜空を見ることもできん程に脳を酷使し、見ようとも思わなくなった。それで失うものなどないと考えていたし、失ったものが何かを知ることもなかった。だが、俺は自分が思っていた以上に、偉大なものを今まで知らずにいたのかも知れん。

 

 「・・・そうか。これが夜空か」

 

 自分の口から出た言葉に、胸の内で静かに感嘆した。俺は、夜空というものをよく知らない。月が輝き、星が瞬き、後は深い黒だということだけは知っていた。だがそれは、俺が勝手に決めつけていたものでしかなく、実に無知なものだったようだ。夜空はこんなにも眩しく、果てしない。

 

 「あっ」

 

 隣のアニーが小さく声を上げた。指さす先には広大な闇。その黒を渡る一筋の光が煌めいた。それらは絶え間なく暗闇から音もなく生まれ、そして刹那に消える。とどのつまりは隕石の燃焼だなどという理屈を並べる余裕はなかった。そんな暇を与えん程に流星は群れを成して夜空を渡る。

 

 「星が流れるまでに三回願い事を唱えると叶う、という民間信仰を知っているか」

 「あら、紙に書いて竹にぶら下げてお願いするんじゃなかったの?」

 「これ程に絢爛な空だ。利益があると考えるのも頷ける。可能かどうかは知らんがな」

 「思い浮かべるだけでもいいらしい」

 「じゃあ、ワタシたちもやってみない?」

 

 どうせ望月はその類の伝承など信じてはいまい。俺とて自ら動かずに神頼みなどせん。だがこの夜空に、己の目標を宣言することもまた一興。次に夜空を見るまでに、俺は必ずそれを達すると誓おう。

 

 西の地平に向かって、一際大きな星が駈けていった。




好評だったためスクールモード代わりのネタまとめ。
最初のいくつかはかなり昔のものを引っ張り出してきたので、自分で読んでて楽しくなっちゃってました。
パンツの話がないのは、清水じゃパンツを集められそうにないからです。それでもがんばって次のまとめには載せられたらいいなあ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Twitterネタまとめ3

『語呂合わせ』

曽「343343+343343+343343=1030029(刺身刺身、刺身刺身、刺身刺身。とおさんはおにく)

184+184+184+184+184+184=1104(嫌よ、嫌よ、嫌よ、嫌よ、嫌よ、嫌よ。いいわよ)」

望「乗法ならばより簡潔に表せるが?」

曽「あのさぁ」

 

 

 

 

 

『予言者の視線』

清「ふざけやがってクソが!」

六「落ち着け清水。あまり苛立っているとストレスで若いうちに禿げるぞ」

清「イライラするだけでハゲるわけあるか。ハゲる奴はどっちみちハゲるから関係ねえ」

六「・・・そうかも知れんな」

鳥「六浜さん!?今なぜ私を見たのですか!?六浜さん!!」

 

 

 

 

 

『勤労感謝の一日』

笹「おっきい鯉だね。どうしたのそれ?」

滝「つった!」

明「勤労感謝の日じゃから、笹戸のために自分で魚を獲りたいと言ってのう」

笹「こ、これ僕に?でも釣ったってどうやって」

滝「メシくうとこにあった」

笹「『高波』持ってったのキミらか!!」

明「驚いたろう!」

笹「驚いたよ!!」

 

石「えっと、豆を砕いてお湯でドリップして」

清「先に炒るんじゃねえのか?」

曽「っていうかブレンドどうすんの?」

清「テキトーでいいんだ、んなもん」

石「炒るのってフライパンでいい?油は?」

曽「そんな本格的に炒めるんじゃないと思うけど・・・」

ア「(見てられないわ)」ソワソワ

 

晴「あ、あのぅ・・・ヘンなんなってもうたんですけど・・・」

有「みこっちゃんがアタシのために・・・!!ぬいぐるみ作ってくれた・・・!!」

屋「しっかりしろ有栖川ァ!!ホレ、オレの作った奴も見ろよ!!お前カタツムリ好きだろ!!」

有「は?なにそれ、モヤシ?」

屋「カタツムリ!!」

 

望「穂谷円加。焦げる臭いがするぞ」

穂「うるさいですよ。貴女こそご自分の指でサラダでも作るつもりですか」

古「所詮は烏合の衆か。これでは今日の晩飯は期待できんな」

穂「貴方も口より手を動かしたらどうです」

古「俺は見回り代行だ」

望「散歩係ではなかったのか」

古「馬鹿か貴様」

 

六「たまには一日他の奴らに任せておくのもいいものだな」

鳥「多少不安はございますが」

飯「俺の人生に休みなんかねえ!!一瞬一瞬を死に物狂いでだな!!」

鳥「どうどう」

六「だが、奴らには勤労感謝の日でなくとも感謝されたいものだ」

鳥「それはご尤もで」

飯「はっはっは!皮肉かよ!」

 

 

 

 

 

『#絶対に笑ってはいけない創作論破』

明「考古学史に残る大発見、猿から進化したばかりのヒトじゃ。入って来い!」

滝「ウッホウッホ」

六「・・・ふふっwww」

六浜OUT

明「実はもう一人おった。お前も来い!」

穂「・・・」

六、鳥「ブフゥッ!!wwww」

六浜 鳥木 OUT

 

古「うちの屋良井は生半可には鍛えておらん。股間とて例外ではない」

屋「んなマシン屁でもねえぜ!!かかってこいやあ!!」

六「下劣な。見ておれん」

曽「3!2!1!ドーン!」

屋「ぬぁうすッ!!!!?」

六・清「どぅっふwww」

六浜 清水 OUT

 

曽「こっちの飯出クンだって、お尻でロケット花火を受け止められるんだぞ!」

屋「テメエ言ったな!!ならこいつを受け止めてみろやァ!!」

飯「よし来いオラァ!!」

屋「発射!」

飯「いつぁばすっ!!!!」

六清鳥「ふふっwwwくっwww」

全員OUT

 

 

 

 

 

『冬の光景』

石「きゃあああああああああッ!!?」

六「ど、どうした石川!!大丈夫か!!」

曽「なになに事件!?なんかあったの!?」

ア「すっごく大きい声だったけど、何があったの?」

石「な、なんでもない!だいじょぶ!(座ったトイレが冷たくてびっくりしたなんて言えない・・・)」

 

穂「あら、清水君。それはこたつですか。どちらにありましたの?」

清「倉庫。布団がボロボロだけどないよりマシだろ」

有「こたつ布団くらい、アタシなら一時間で直せるよ。やったげよっか?」

清「いらん」

穂「なぜですか?」

有「さてはアンタ、こたつ出られない病でしょ」

清「うるせえ」

 

晴「道満晴満雲鱈観鱈」

滝「れんぽーとーさんかさんさいさい」

屋「なに人の部屋に念仏唱えてんだ縁起悪ぃ!」

晴「た、滝山さんが、ここに結界が張ってあるいうて・・・解法せな屋良井さんが危ないと・・・!」

滝「ドアあけよーとしたらな!バチッてした!バチッて!」

屋「そりゃ静電気だ!」

 

明「今日も元気に発掘発掘!」

笹「誰!?明尾さん!?メガネは!?」

明「暖房との気温差で曇ってうっとうしくてな、今日は試しにコンタクトじゃ!似合うか?」

鳥「いつもとまったく雰囲気が違う・・・これがメガネ効果ですか!!信じられない・・・!!」

明「お前さんに言われたくないわ!!」

 

飯「ふ、ふふふ・・・!!ここ、古部来・・・!!顔がが青いぞ・・・!!そろろそろ、そ、限界じゃねえのか?」

古「なんのこれしき!貴様こそ・・・震えて呂律が回っとらんぞ飯出・・・!!もう投了した方が身のためだろう・・・!!」

望「かれこれ一時間も寒中水泳か。意地は限界を超えるのだな」

 

 

 

 

 

『#リプで来た話をうちの子にさせる』

『目玉焼きにはなにかける?』

清「おい、醤油」

明「ぬっ!?清水!お前さん目玉焼きに醤油派か!そこはソースじゃろ!」

飯「塩と胡椒一択!贅沢言うな!」

石「えっ?マヨネーズじゃないの?」

笹「ポン酢も美味しいよ」

有「溶かしバター以外ないっしょ!」

滝「(めだま・・・やき?)」Σ(((⚪︎Д⚪︎ ;)))

 

『恋バナ(ただし最後は「その点トッポってすげーよな。最後までチョコたっぷりだもん」で終わらせること)』

曽「まず明尾サンと望月サンは無理だよね」

屋「アニーと晴柳院も釣り合い取れそうにねえぜ・・・」

飯「穂谷は性格最悪だし有栖川は軽すぎる」

鳥「六浜さんは少々扱いにコツが要りますね。石川さんも時々目が恐ろしいです」

清「その点トッポってすげーよな。最後までチョコたっぷりだもん」

 

穂「飯出君と屋良井君と清水君は論外です」

石「滝山は汚い、笹戸は頼りないわねー」

ア「ヤイチローはちょっとおしゃべりすぎるわ」

晴「古部来さんは怖いですし・・・鳥木さんも時々変なんなります・・・」

有「その点トッポってすげーよな。最後までチョコたっぷりだもん」

 

『クリスマス』

六「♪クーリスマスが今年もやあてくるー」

晴「飾りとかプレゼントとか、あと美味しいご馳走も楽しみです」

飯「あとはサンタだな!!今年こそ逃さねえ!!」

曽「一大イベントだよね。そんなわけで、クリスマスベイビーの二人はどう思う?」

清・古「こっち見るな」

 

『福山ロス』

石「♪恋と知っていたーのにー春はやってくるーのにーウーイエー」

ア「カナタずっとあの調子なのよ。どうしたのかしら」

六「福山ロスというやつだろう。そっとしてやれ」

穂「彼女ファンだったんですの?初耳です」

石「♪家族に〜なろぉーおよー(泣」

 

 

 

 

 

『#うちの子Twitter事情』

有栖川:写真と顔文字多めで頻繁に呟く。

屋良井:どうでもいいことばっかりな上スパム垢にフォローされまくり。

鳥木:公式アカウントのみで専ら広報。手品動画もあげる。

曽根崎:クソリプしまくりで即凍結。すぐに作り直してまた凍結。

 

 

 

 

 

『寿司』

笹「活きの良い魚が獲れたから今日はお寿司だよ。へいらっしゃい!」

曽「まずはカッパ巻きだよね」

滝「たまごたまご!」

ア「カリフォルニアロールいただくわ」

望「コーン軍艦を頼む」

屋「焼き肉寿司!!肉だ肉!!」

古「納豆巻き」

石「おいなりさん食べたい」

笹「なに?いじめ?」

 

 

 

 

 

『12/19(明尾の誕生日)』

「明尾ちゃん、お誕生日おめでとう!はいこれ」

「なんじゃ?」

「メイクセット、明尾ちゃんお化粧してみない?」

「はっはっは、気持ちは嬉しいがわしゃこういうのはどうものう」

「はい明尾サン、ガチャから出て来た研磨ブラシとハンディドリル」

「ふぉおおおおッ!!!」

「絶対逆よ!」

 

 

 

 

 

『冬至』

笹「ゆず湯に入ると、一年間風邪を引かなくなるんだよ」

鳥「もったいない・・・」

清「ゆずごときで変わんねえだろ」

飯「こういう風呂もいいもんだなぁ!!」

屋「ゆずだー!おら滝山!くらえ!」

滝「すっぺー!やらいこんにゃろ!」

曽「それっ!」

古「んごッ!?」

「「あっ」」

この後むちゃくちゃ怒られた

 

有「かぼちゃプリンおいしー」

ア「ちょうどパイも焼けたわ」

六「こっちは煮付けだ」

明「フライも揚がったぞ!」

晴「お芋と黄粉と一緒に牛乳でジュースにしてみましたあ」

石「かぼちゃって結構色々できるのね」

穂「あんな堅いものをどうやって」

明「わしのツルハシに割れぬものはない!」

 

望「冬至といえば日照時間が一番短い日、すなわち夜が最も長い日でもある。故に観測が最も長く可能な日といえる。数分の誤差だがな。このちょっとした日を特別に扱うことが青春の1ページになると曽根崎弥一郎も言っていた。というわけだ、清水翔、今夜も観測の手伝いを」

清「曽根崎しばいて寝る」

 

 

 

 

 

『#うちの子がサンタを信じなくなった瞬間』

清「朝、部屋に落ちてたオモチャ屋のレシートを踏んづけた瞬間」

有「ぬいぐるみの生地と綿で売り物って気付いた瞬間」

六「一晩で世界中の子供にプレゼントを配る行為を現実的に考えた瞬間」

鳥「贈る側になった瞬間」

曽「レベル高い(色んな意味で)」

 

穂「私が両親の稼ぎを上回った日に母からその事実を突きつけられた瞬間」

屋「クリスマスプレゼントを忘れられた瞬間」

曽「大人の事情って言葉を知った瞬間」

望「天体観測がてら夜通し起きていて夜が明けた瞬間」

晴「(か、かわいそう・・・)」

 

飯「冒険で行った現地の子供にサンタの概念が通じなかった瞬間」

笹「海釣り用の竿をお願いしたのにオモチャの竿が来た瞬間」

石「欲しい物はサンタさんにお願いしなくても手に入れられると気付いた瞬間」

明「貰った化石が明らかにレプリカだった瞬間」

六「ピンと来ない」

 

晴「う、うちは仏教系なんで、そういう風習は一切したことないです・・・」

古「寝ている間に施しを受けるなどと甘い考えはしたことがない」

ア「クリスマスを知ったのはつい最近だから・・・」

滝「ろーす?にく?にくくえるのか?」

笹「なんかごめん・・・」

 

 

 

 

 

『#うちの子プレゼントリレー』

清水→穂谷

「なんで俺がお前なんかにプレゼント用意しなきゃならねえんだ」

「多数決の暴力です。そんなことより・・・なんですかこれは」

「もじゃもじゃボール。ガチャから出た」

「なるほど、ありがとうございますッ(ゴミ箱にズドン)」

「容赦ねえな」

 

穂谷→曽根崎

「穂谷サンのプレゼントなんて期待しちゃうなあ!」

「どこぞのパーティでご一緒した方から頂いたものです。未開封のまま放置していたので差し上げます」

「ナントカ鑑定団みたいだなあ・・・で、ハンカチかなこれ?」

「不満でも?」

「いや、別に(いじるところないなぁ)」

 

曽根崎→アニー

「アニーサンにはこの、ルアックコーヒーをあげるね」

「あら、ステキなプレゼントね」

「嬉しい?」

「ええ。生まれて初めてトモダチからもらったクリスマスプレゼントだもの、うれしくないわけがないわ」

「よ、よかったよ・・・(ガチャで適当に引いてきたから心が痛いよ)」

 

アニー→古部来

「ハーイ、リョーマ。プレゼントがあるわよ」

「俺にか」

「プレゼントといえばテアミのセーターってカナタが言うから、ローズに教えてもらって編んだのよ」

「案も技も受け売りか。それになんだ、その桃色の柄は」

「キュートでしょ?きっとリョーマに似合うわ!」

「・・・」

 

古部来→六浜

「俺には無用の長物だ。貴様にくれてやる」

「相変わらず素直には渡さんのだな。ほう、花の髪飾りか。確かにお前には無用の長物だな」

「気を付けろよ、枯れた花を差すような馬鹿な姿を見せたら許さんぞ」

「えっ、これ生花なのか。すぐに枯れるではないか、どうしろと」

「知らん」

 

六浜→笹戸

「よかった、六浜さんならまともなのくれそうだ」

「言外に敵を作っているぞ、気を付けろ。ほら、今日にでも使うといい」

「えっと・・・トリートメントシャンプー?」

「お前の髪は傷んでいるからな。私の見立てでは・・・いや、これ以上はやめておこう」

「え!?なに怖い!!」

 

笹戸→晴柳院

「これは・・・苗ですか?」

「うん、ひまわりのね。晴柳院さんにぴったりだと思って」

「うちに?」

「あ・・・花なんてベタだったかな?季節も全然違うし・・・ごめんね」

「あっ、いえ!う、うれしいです!ひまわりってすごくステキやと思います!」

「そ、そう?よかったあ」

 

晴柳院→滝山

「あ、あの、うちそんな気の利いたこととかできんくて・・・せやから、栗の甘露煮作ってきましたあ」

「カンロニ?しろいふわふわのやつか?」

「たぶんマカロニや思いますけど・・・栗の甘く煮たんです」

「あまいのか!わーい!ありがと!」

「は、はしるところびますよぉ」

 

滝山→有栖川

「ハッヒーメイーウニウナフ」

「なんか食ってんだろアンタ!なんで栗食ってんだよ!」

「せーりゅーいんからもらった」

「なにそれうらやまあ!!アンタそこ代われ!!」

「はい、これプレゼント」

「・・・・・・なんだこれ」

「きれーないし!」

「ガキか!!」

 

有栖川→鳥木

「トリッキー!はい!メリクリ!」

「ありがとうございます。ぬいぐるみですね」

「トリッキーをイメージして作ったの!黒くて鳥だからカラスだけど、サテンにラメ入れてキラ付けしたの!暗いところで光るんだよ」

「私のためにそこまで・・・い、一生大切にします!」

「重いよ!」

 

鳥木→明尾

「ほほう!手作り感満載じゃな!」

「日々お疲れだと思いまして、足つぼ板をお作りしました。明尾さんはこういったものがお好きと思いまして」

「なるほど!!さすがじゃな鳥木!!わしの好みのつぼまでしっかりおさえとるとはな!!がっはっはっはっは!!」

「ははは(ドン引き)」

 

明尾→屋良井

「若いもんの趣味はいまいち分からんくてのう。なんじゃ、バナナか?」

「発想が古いわ!今時バナナじゃ猿も喜ばねえよ!!」

「冗談じゃ。ガチャから出たヴィンテージダメージジーンズをやろう。こういうものがナウいのじゃろう?」

「もはや古着じゃねえか・・・まあ、もらうけど」

 

屋良井→石川

「あんま期待すんなよ?ほら、駄菓子のおまけシール10枚」

「え・・・?これ、ぎっくりちゃんシールよね?」

「ああ、大浴場にあったやつ」

「ウソ!?ぎっくりちゃんシールにこんなのあったの!?初めて見る!!なにこれ!?テンションあがってきた!!」

「どうしたんだよ!?」

 

石川→飯出

「アンタあたしの性分知ってるでしょ?後で欲しくなったら困るし、物をあげるなんて考えられないから」

「ふぁっ!?マジか!?」

「だからなんか好きなもの作ってあげるわ」

「じゃ、お好み焼き麺抜き豚マシマシマヨソースぶっかけかつぶしダブル!!」

「日本語でオーダーしなさい」

 

飯出→望月

「贈品の授受は家族以外だと初めてだな」

「年頃の女が切ねえことを言うんだな。まあ俺もお前のイメージは分かってる、だからこいつをやろう。とある遺跡で見つけたもんだが、いわゆるオーパーツってやつだ」

「オーパーツ・・・!実に興味深い・・・!」

「お前そんな目輝けんのか!」

 

望月→清水

「曽根崎弥一郎に作法を学んできた」

「またあいつか」

「プレゼントは、わ・た・・・」

「私、とか言うなよ」

「綿の帽子だ」

「そうきたか」

「被れるか?」

「被れるわ。俺の癖毛なんだと思ってんだお前らは」

「似合うな」

「そうか?まあだいぶ暖けえな。もらっとく」

 

 

 

 

 

『大晦日の光景』

〜大掃除編〜

飯「これは必要かも知れんだろ。これもだ。ああ、こんなのもこの先」

石「捨てるくらいならあたしに頂戴よ。キレイにして飾るからさ」

清「めんどくせえ」

明「こ、これは散らかっているのではない!その・・・考古学的芸術じゃ!ありのままの姿を見せているんじゃ!!」

六「いいから掃除しろ」

 

〜おせち作り編〜

ア「オセチなんてはじめて作るわ。メニューはなあに?」

晴「栗きんとん、だし巻き卵、数の子、佃煮、エビ、れんこん、黒豆・・・いっぱいですねえ」

笹「せっかくだからイクラとかウニとかも入れちゃう?」

望「向こうでトリュフやフカヒレを見つけた」

鳥「す、すみません、少し目眩が・・・」

 

〜年越し蕎麦編〜

屋「年越しそばって昼飯でもいいのか?」

滝「いーだろ!うめーうめー!」

古「年越しそばは長らくの縁を祈願するものだ。噛み切らず一気に啜らねば意味がないのだ」

屋「縁も切れちまうからか。なるほどな」

古「ズズッ・・・っぐぇほ!げっぐふぇ!えっほ!」

曽「切れるどころじゃなくなった」

 

〜晴れ着織り編〜

穂「晴れ着を手縫いとは・・・毎年こんなことをしているのですか?」

有「今年はみんなと過ごすから特別!先月からやってんだけど、結構ギリまでかかるね!」

穂「間に合いそうにありませんが。なぜこれだけ異彩を放っているのですか」

有「みこっちゃんのだから!!」

穂「聞くだけ無駄でしたか」

 

 

 

 

 

『#うちの子カラオケ事情』

飯「歌ってのァいいぜ。世界中どこ行ったって歌は通用するからな」

明「なるほど!つまりお前さんは世界を股にかけるのど自慢っちゅうわけじゃな!では一曲頼む!」

飯「よしきた!ボエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!」

明「どわああああああああああッ!!?」

 

穂「〜♫」

鳥「大変美しい歌声です。聞き入ってしまいました」

石「カラオケで聞ける完成度じゃないわよ・・・さすが歌姫よね」

穂「お粗末様でした。ではお次をどうぞ」

笹「うぅ・・・穂谷さんの後に歌うの怖すぎるよ・・・」

 

 

 

 

 

『七草粥』

晴「七草粥つくりましたよぉ」

曽「春の七草ってなんだっけ?」

屋「えーっと、セリナズナ、ゴウヨクタイダ、ホトケノザ、スズナスズシット・・・」

曽「大罪が混ざってる気がする」

 

 

 

 

 

『1/11(有栖川の誕生日)』

晴「有栖川さん、お誕生日おめでとうございます」

有「ありがとぉみこっちゃ〜ん♡」

晴「あ、あのぅ、うち有栖川さんみたいに何か作ったりできんくて・・・して欲しいこととか、欲しいものとかあります?」

有「うーん、じゃあみこっちゃんのファッションショーが見たい!」

晴「・・・え?」

 

 

 

 

 

『雪』

滝「ゆきだーーーッ!!」

屋「雪だーーーッ!!」

ア「ユキね!!」

明「雪じゃーーーッ!!」

六「あの中にアニーがいるとは。乱心したか」

石「雪見るのはじめてなんだって」

 

 

 

 

 

『#うちの子が絶対に言わなそうなことを言わせてみる』

清水「ふえぇ」

晴柳院「ほざけよ」

鳥木「おっぱい」

 

 

 

 

 

『#求婚の日』

飯出「一緒にこのチューリップを」

晴柳院「それは球根です」

有栖川「一緒に火を吹くキツネを」

晴柳院「それはキュウコンです」

笹戸「毎朝僕にお味噌汁を作って・・・なんて///」

晴柳院「そ、それはほんまの求婚ですぅ!///」

飯・有「ボケてる場合じゃなかった!!」

 

 

 

 

 

『数え歌』

滝「いっぽんでーもにんじん♪」

曽「なに歌ってんの?」

滝「あけおとささどにおしえてもらった!かぞえうたですうじべんきょーしてんだ!」

曽「へえ」

滝「にはいでーもあんみつ♪さんほんでーもしらたき♪よんこでーもゴマだんご♪」

曽「(滝山クンのために歌詞替えてる・・・!!)」

 

飯「一球でーも入魂!!」

曽「二人だけーで密会♪」

石「三角関係ヨン様」

清「なんの歌だ」

モ「四章でーは誤解♪」

清「やめろ!!」

 

 

 

 

 

『ツインテールの日』

明「ツインテールとは要するに二つ結びじゃろ?わしも仲間じゃろ?」

有「いやお下げとは違うからなみみん!」

望「私の髪型は何に分類されるのだろう」

有「アタシも詳しくないけどヅッキーはピッグテールっぽい」

石「なになに?ヘアスタイルの話?」

有「かなっちは紛れもないポニーでしょ!」

 

 

 

 

 

『節分』

屋「このお面付けてれば美味い豆が勝手に飛んでくるぜ」

滝「マジか!やったー!やるやる!」

屋「(バカめ・・・豆の総攻撃でヒィヒィ言わせてやるぜ・・・)ククク」

〜1時間後〜

屋「滝山の野郎がありったけの豆を食い尽くして投げるもんがなくなった!」

六「滝山をナメ過ぎだ」

 

笹「はい魚」

古「酢飯も完璧だ」

飯「卵もキュウリもかんぴょうも!」

石「海苔も」

晴「無言で食べきってくださいねぇ」

モグモグ

曽「あれれー?何みんなして太巻き食べてんの?ねえなんで?なんでしゃべんないの?なんでなんでなんで?」

この後無言でめちゃくちゃ殴られた。こわかった

 

鳥「で、できません!!私には豆を投げるなんてこと・・・できません!!」

穂「私の部屋に豆をバラ撒くとはどういう了見ですか?口で掃除しなさい」

清「なんだこいつら」

 

 

 

 

 

『#餃子女子会』

ア「オゥ・・・すごいにおいね」

六「こっちにニンニク少なめのもあるぞ」

有「はいみこっちゃん、あ〜ん♡」

晴「あっつ」

穂「世俗的な食べ物ですこと」

石「どんどん焼くわよ〜!」

望「羽根が美味い」

明「うおォン!!わしはまるで人間火力発電所じゃ!!」ハフッハフッ

 

 

 

 

 

『建国記念日』

飯「んん!!眩しい!!だがそれがいい!!い〜い日の出だァッ!!建国記念日に相応しい日本の夜明けぜよォ!!幕末志士の熱い想いが今日も世界に朝を」

清「朝っぱらからうるせえ!!」

飯「むがふっ!!」

望「(寝るか)」

 

 

 

 

 

2/14(滝山の誕生日)『バレンタインデー』

ア「はいダイオ」

滝「わーいチョコだー!」

有「アタシらからもあげる」

滝「うまうま」

穂「貴方には勿体無い程のチョコです。よく味わいなさい」

滝「ンマー」

屋「ちくしょう!!なんで滝山がモテるんだ!!あんな奴が!!あんな奴が!!」

曽「(まだ誕生日って教えないでおこう)」

 

穂「いいですか」

鳥「重々承知しております」

穂「勘違いをなさらないように」

鳥「有難く頂戴します」

穂「たまたま余った部分のお零れということをお忘れなく」

鳥「(ここまで丁寧に梱包していて!?)畏まりました」

穂「鳥木君。なにをにやついているのです?」

鳥「あっ」

 

六「チョコなど戯けた物、況してやバレンタインなどと浮ついた行事に託けて徒らに飾られた物を食えるか、と言いたそうな目だな」

古「流石だ。だが一つ違う」

六「ほう」

古「糖分は脳の栄養だ。有難く食う」

六「そう言うと思って板チョコを持ってきた」

古「・・・流石だな」

 

有「できた!スーパーデラックスデコチョコレートデラックス!みこっちゃんと一緒に食べよっと。どこ行ったのかな?」

曽「晴柳院サンなら大浴場の方にいたよ」←チョコで釣った

有「デコり過ぎて重た・・・割らないように気を付けないと。みこっちゃ〜〜ん♡」

〜大浴場〜

晴「あ、あのう・・・は、はじめて作って・・・おいしいか分かりませんけどこれ・・・」

笹「えっ!?」

晴「あっ!あの!いつもみなさんにお世話になってるから!みなさんにあげてるんですよ!ホンマですよ!」

笹「あぁ・・・う、うん、ありがとう!嬉しいよ!」

有「(゜Д゜三)」パリーン

 

明「チョコはうまい。しかし意中の相手に渡すには安易ではないかの?」

飯「じゃあもうなんでもいいからチョコくれよ!」

明「とは言っても飴しかないぞ。いるか?」

屋「孫かオレらは!!チョコじゃなきゃ意味ねえんだよ!!」

石「あんたら必死過ぎ。だから貰えないのよ」

飯・屋「ぐはっ!!」

 

ア「コーヒー豆をチョコでコーティングしたお菓子よ」

滝「うめーうめー!」

ア「それから、ホットチョコレート。昔の人はチョコを飲んだのよ」

滝「あまくてあったけえ!」

ア「どうかしら?」

滝「アニーのくれるやつはなんでもうまいな!おれはしやわせだ!」

ア「うふふ、ありがとう」

 

清「またメガネに入れ知恵されたのか」

望「忠実に実行するのは流石に憚られるので、これは私個人の判断だ」

清「(どんだけエグいこと言ったんだあいつ)で、これはなんだ」

望「♡の型があったからな。深い意味はない」

清「・・・」

望「どうした?食さないのか」

清「リアクションに困る」

 

 

 

 

 

『3/9(笹戸の誕生日)』

飯「笹戸!目立たねえがお前にゃいつも世話になってる!ありがとうな!」

石「笹戸がいないと魚食べられないし」

晴「フグ捌けるん笹戸さんだけですもんね」

滝「ささどのメシうめーんだぜ!」

古「笹戸の魚ならば間違いないのは確かだ」

笹「あ、ありがと・・・(僕の存在意義って・・・)」

 

 

 

 

 

『#円周率の日』

望「3.1415926535。下10桁までしか記憶していない」

古「馬鹿が。百桁程度も覚えられていないのか。よく聞いて覚えるがいい、3.1415926535897932384626433811」

六「待て古部来、小数28位は2だ」

曽「格の違いを見せつけられてる」

 

 

 

 

 

『#創作論破レストラン』

ア「まずコーヒーはいかが?」

ア「前菜の後にお口直しのコーヒーはどうかしら」

ア「デザートによく合うおいしいコーヒーがあるのよ」

屋「コーヒーで腹一杯になるだろ!!」

 

笹「魚料理だったらなんでもいけるよ。お寿司に焼き魚に刺身に鍋、海鮮シリーズなんかも」

飯「ジャングルでもどこでも作れるサバイバルレシピなら任しとけ!慣れりゃ美味えぞ!」

明「笹戸の方がええわ」

有「断然笹戸」

穂「飯出君には道端の雑草がお似合いですね」

 

 

 

 

 

『#子供の作り方を聞かれたうちの子の返答』

六「ほっ!!ほっ!!呆け者ォォオオオオオ!!!」

曽「それしか言えないの?」

六「ううっ・・・!?そ、そんなこと言われても・・・!!」

曽「他になんかないの?ねえねえ?なんかないの?」

六「・・・!!もうやめてくれ・・・!!」

 

 

 

 

『#料理のさしすせそ言えるかな』

ア「サラダ、シチュー、スパゲティ・・・」

滝「さんどいっち!しょーとけーき!」

望「酢酸、食塩、スクロース、」

古「挑戦するのはいいが人選が壊滅的だ」

 

 

 

 

 

『風呂覗き』

・女子風呂覗きツアー

清水 ←連れてかれる

曽根崎←超乗り気(後にトカゲの尻尾)

古部来←行かない

笹戸 ←行ったはいいが申し訳なくて見られない

滝山 ←声がでかい

鳥木 ←ドン引きして不参加

屋良井←主催

飯出 ←ガチ勢

 

・覗かれた女子勢

晴柳院←悲鳴をあげる

望月 ←スルー

明尾 ←風呂に飛び込み騒ぐ

アニー←諭す

石川 ←殺す

穂谷 ←殺す

有栖川←晴柳院を見たのなら殺す

六浜 ←恥ずかしくてぶっ倒れる

 

・男子風呂覗きツアー

穂谷 ←行かない

アニー←行かない

六浜 ←行かない

晴柳院←行かない

有栖川←行かない

明尾 ←行かない

石川 ←行かない

望月 ←行かない

 

・覗かれた男子勢

清水 ←そっと中指をたてる

曽根崎←眼鏡なくて何が起きてるか分からない

笹戸 ←パニック

古部来←ガン無視

滝山 ←「みてねーでこっちこいよ!」

鳥木 ←風呂に入ってやり過ごす。後にガチ説教

屋良井←順当に興奮する

飯出 ←むしろ見ろ

 

 

 

 

 

『 #もうすぐ子どもの日なのでうちの子で子ども時代の姿が見たい子いますか』

鳥木編

〜公園〜

『ミスタートリッキーのマジックショー』

「(思ったよりあつまっちゃった・・・キンチョーするなぁ。)それではみなさん、このタテジマのハンカチ、タネもしかけもありません。これを丸めると・・・なんとヨコジマになりました〜!」ブーブー

「(もっとれんしゅうしなきゃ・・・)」

 

穂谷編

〜音楽室〜

「あーるーあーさめーざめたらーとーおくにーキャーラバンのー♫」

「音は外すし声も小さいしてんでダメ、まるでニワトリ小屋ね。こんなのといっしょに歌えないわ」

「なんでわたしがピアノにさせられるの?わたしがいちばん上手に歌えるのに。みんなは下手な歌がききたいの・・・?」

 

清水編

〜清水家〜

「おとーさん!おかーさん!テストいちばんだったよ!がんばってべんきょうしたんだよ!」

「にーちゃーん!キャッチボールしよ!れんしゅういっぱいしてやきゅうせんしゅになるんだ!」

「おれはやればできるんだよね〜、だからなんでもがんばるんだ。次のテストもいちばんとるぞ!」

 

有栖川編

〜自室〜

「いてて・・・んっとんっと、あれ?おかしいな・・・」

「できたあ〜〜!かわいい!名前は、ん〜、ウサギさんだから、ピョンピョン!アタシのペットでともだちね!どこ行くのもいっしょだよ!」

「ピョンピョンがおふろ入ったらバラバラになったぁ・・・うえぇん・・・」

 

晴柳院編

〜集会場〜

「臨兵闘者皆陣列在前。道満晴満南太良冠太良」

「しんじゃのみなさん、おつかれさまです。お茶をおもちしましたぁ」

「おじいさま、おとうさま、ばんごはんですよぉ」

「ふえぇ・・・ごはんたべたらまた修行ですかぁ・・・?(がっこうのしゅくだいいつやったらええんや・・・)」

 

古部来編

〜町の将棋クラブ〜

「王手。詰みだ」

「俺より数十年長く生きて、こうも弱いのか。話にならん」

「(やはり本気で指せるのは、父以外にいないのか。それでは俺は、父と同格以上の棋士にはなれない。さらに高みに行けはしないのか・・・)」

「きゅうくつな場所だ」

 

 

 

 

 

小話『明尾改造計画!!』

 

 その日、わしはいつも通り発掘をしておったんじゃ。愛用のツルハシで土を掘って掘って掘りまくっておった。汗だく、埃まみれ、熱気を纏うわしのこの身体!ウオォン!!わしはまるで人間掘削機じゃ!!しかし夏の暑い陽射しを受けながらでは無理は禁物、適度に水分補給をしながら休むことも必要じゃ。

 額から頬へと伝う汗をジャージの袖で拭い、口の中に入った砂を唾棄する。冷たい水を頭からぶっかけて汗と土埃を洗い流すこの爽快感!この時にしか味わえぬ感覚じゃ!

 

 「む、塩飴が残り少ないのう。また笹戸にもらいに行かねば」

 

 この夏の暑さで笹戸は少しヘバってしまって、今日の発掘にはわしと滝山の二人しかおらん。まったく最近の若いもんはだらしがないのう。暑いからと言って直射日光の下で帽子を被らんのは、自分から熱中症に罹るようなものじゃ。それにしても、滝山はどこに行ったかのう。

 

 「お〜い滝山!少し休憩じゃ!お前さんの分も塩飴があるぞ!どこに行った!」

 

 発掘場を見渡すが、滝山の姿はない。おかしいのう。森の中に入ってしまったか?食べ物に反応しないとは奴らしくないの。まあそのうち戻ってくるじゃろう。そんな風に思っていたわしは、今思えば軽率じゃったのかも知れん。この時既にあの計画が動き出していたとは、わしは思いもしなかった。

 

 「うわああああっ!!!」

 「ふぉおっ!!?」

 

 急に大声が聞こえたかと思ったら、背後から何者かに抱きつかれた!驚いて手に持っていたペットボトルを落としてしまい、身体が強張る!何事じゃと思ったが、耳元で聞こえる幼い声の荒呼吸と、力強くわしの身体にしがみつく浅黒い腕が犯人を示しておる。これでも学者として“超高校級”の名を冠するんじゃ!頭を使うのは苦手ではないぞ(得意とは言っておらん)!!

 

 「な、な、何をする滝山ぁ!?わしゃそっちの趣味はないぞ!!」

 「ううっ・・・!!ぬがあああああああああああっ!!!」

 「へっ?おっ!?おっ!?のあああああああっ!!?」

 「でええい!!」

 

 必死に脱出しようと藻掻くが、わしが学者で“超高校級”ならば滝山は“超高校級の野生児”、力の差は歴然じゃ。暴れようが何をしようが腕はビクともせん。そして滝山は雄叫びをあげながら、わしの身体を思いっきり持ち上げよった。足が地面から離れてわしはパニックになり、たちまち天と地がひっくり返る。そして・・・。

 

 「ひでぶ!!!?」

 

 思いっきり後頭部を地面に叩きつけられた。見事なバックドロップじゃ・・・そう思ったのを最後に、わしの意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なあ〜、ちゃんとあけおつれてきたろ〜。やくそくやぶるのいけないんだぞ!」

 「誰が気絶させろっつったよ!いちいちやり過ぎなんだアンタは!」

 「滝山大王に完璧を求めること自体が間違いではないのか」

 「たかがキャラメル一つ、乞う方も渋る方も等しく醜いです」

 「明尾さん暴れると思いますし・・・可哀想ですけど、仕方なかったんちゃいますか?」

 「そうよねえ。まあ、だからってバックドロップはやり過ぎだと思うけど」

 「いいじゃないローズ。ダイオだってがんばったんでしょ?キャラメルくらい、あげたらどう?」

 「計画とは関係のない部分でもめるとは・・・先行きが不安だな」

 「・・・・・・んぅ?」

 

 なにやら話し声が聞こえる。聞いたことのある声ばかりじゃ。うっすらと目を開けると、薄黄色の生地に花柄の模様があしらわれたカーペットが見えた。なんじゃこの床は?そしてその上にはいくつもの足。なるほど、誰かおるんじゃな。顔をあげようとするが、まだ少し頭が痛む。そう言えば、何やら身体が自由に動かん。どうなっとるんじゃ?

 

 「・・・はっ?」

 「あっ!あ、明尾さんの目が覚めました!」

 

 な、なんじゃこの状況は?わしは椅子に座っている、否、座らされておる。身体に巻き付いていたのは滝山の腕ではなく、白く太いロープじゃった。ぬおっ!?よく見ると脚も縛られておるではないか!そう言えばわしのツルハシはどこに行った!?なぜわしは手ぶらなのじゃ!い、いかん!パニックじゃ!こういう時は落ち着かねば!素数を数えるんじゃ!2,3,5,7,11・・・。

 

 「気絶から復帰していきなり騒がしい・・・心配する気も失せてしまう」

 「明尾ちゃん、大丈夫?」

 「ろ、六浜!石川!晴柳院にアニーに穂谷に有栖川に望月・・・それから滝山ぁ!お前さんまでどういうつもりじゃ!」

 「あけおー!ありすひでーんだぜ!おれにキャラメルくれねーの!おまえちゃんとつれてきたのに!」

 「な、なぬぅ?」

 「ターゲットに言ってどうすんだ!マジでアンタ使えねーな!」

 「もういいじゃないローズ。ねえダイオ、キャラメルならあげるし、あとでココアも淹れてあげるわ。だからゴキゲンヨウして」

 「微妙に使い方がおかしいです。なぜ挨拶をさせるのですか」

 

 どういうことじゃ?見たところわし以外の女子全員と滝山が、何やら結託してわしをこんな状況にしたようじゃが・・・ま、まさかこやつら、わしに乱暴をするつもりなのか!エロ同人誌みたいに!

 

 「そんないかがわしいことをするか呆け者ォ!!確かにお前の不意をついて誘拐するような卑劣なマネをしたかも知れんが、私たちがそんなことをするように見えるのか貴様は!!」

 「どうどう。六浜童琉、落ち着け」

 「(エロ同人誌って言葉知ってること自体がもうお察しよね・・・六浜ちゃん)」

 「ああもう!余計に話がこじれる!あのねなみみん!こう・・・スパッと話すよ!」

 「単刀直入ですか?」

 「それで話すよ!」

 

 心の声のつもりじゃったが、思わず声が出てしまっていたようじゃ。しかし一体全体これはどういうことじゃ?わしはなぜこんなところに・・・。

 

 「なみみん、アタシらはアンタのことが心配なの」

 「ほ?心配?」

 「そうだよ!だって明尾ちゃん、びっくりするぐらい女子力ないじゃん!」

 「じょ、女子力・・・?」

 「いわゆる女性らしさ、女性としての品格、男性にアピールするチャームポイント。そのようなこと全般を、語彙力のない方々が漠然と言い表した言葉です」

 「チャームポイント」

 「女性である以上まったく無いとは言わないが、一般平均から比べて著しく欠如していると言えよう」

 「なんのことか分からんが望月だけには言われとうない!」

 「だからね、ワタシたちで話し合ったの。ナミはもっと女の子らしくなるべきだわって。きっとすごくプリティなウーマンになるわ!」

 「いや、気持ちはありがたいがの・・・」

 「こ、これは明尾さんのためなんです・・・!だから・・・だから許してください!」

 「お前さんは何をそんなに鬼気迫っとるんじゃ!目が怖い!」

 「しかしお前に真正面からぶつかっても言い聞かせることは不可能だと判断した。だからこうして少々強引な手段でだな」

 「バックドロップで気絶させるのは少々どころではないぞ!?」

 「おれはあけおをつれてきたらキャラメルくれるっていうからおてつだいだ」

 「わしはキャラメル一個で売られたのか!!」

 

 単刀直入と言う割には長く話しているような気がするぞ!つまるところわしはその、女子力というものがなさ過ぎて心配され、キャラメル一個で滝山に売られ、女子諸君の前に連れて来られたということか!徐々に明らかになってくるが、同時に嫌な予感もしてきてたまらん。わしはこれからどうなってしまうのじゃ!

 

 「だ、だって・・・しかたねーだろ!しおあめもうあきたし、キャラメルの方がうめーんだよ!」

 「なんじゃそのストレートな感情は!」

 「でね、なみみん。アタシらはこのままなみみんが女子力の欠片もないままJKとして生きていくのが可哀想だと思ったし、なんとかしてあげなきゃって思ったわけ」

 「有栖川よ、お前さん少しは歯に衣着せてもいいんじゃぞ」

 「ガングロメイクとは言わん。せめてもう少し女子高生らしい格好をしてみてもいいのではないかと思ったのだ」

 「六浜さんの女子高生イメージも少しだけ古いような・・・」

 「だから今日アタシたちは、ここでなみみんを生まれ変わらせる!JKとしてのなみみんの魅力を最大限に活かして、女の子らしいなみみんを誕生させる!名付けて明尾改造計画!!わかった?」

 「なるほどわからん」

 

 わしを改造じゃと?世界征服を目論む悪の組織でもあるまいに、バッタの能力を持ったバイク乗りにでもさせるというのか?まあそんな冗談はさておき、どうやらわしをこやつらの思う、女性というものにしたいのじゃろうな。確かにこいつらに任せれば、わしとてそれなりにはなろう。今時の女子高生というのは色々とすごいらしいからの。

 

 「ほ、本当にわしを今時の女子高生らしくしてくれるというのか・・・?」

 「もちろん!」

 「じゃが断るッ!!」

 「なんで!?脈絡は!?」

 「確かにわしは実年齢は女子高生じゃ。しかし心は永遠の還暦!!奈美はまだ60じゃから!!いくら外見を若くしたところで」

 「いつから明尾ちゃんに拒否権があると錯覚していた?」

 「んっ?」

 

 なにやら有栖川と石川から物凄く黒い雰囲気を感じるのじゃが気のせいじゃろうか。いや気のせいではない!その証拠にこやつらはわしの意見などお構いなしに、いきなりわしのジャージに手をかけよった!

 

 「ぬあああああああああああああっ!!?な、なにをしとるかお前らあああああああああああっ!!!///」

 「まずは汚れた服を脱いで、さっぱりするところから。なみみんついさっきまで発掘してたんでしょ。一旦シャワー浴びなって」

 「や、やめろおおおおおおおおおおおおっ!!!服を剥ぐなど若い女子のすることではないぞおおおおおおおおおっ!!!」

 「ちゃんと恥ずかしがってるじゃないの。なんだかんだ女の子なんだからっ!あ、結構可愛い下着つけてるのね」

 「あああああああああああああああああああああああああああっ!!!////」

 「ひどい絵面ですね」

 「じょ、女性同士でも・・・服を脱がすっていうのはちょっと・・・」

 「ナミ、お願いだからあばれないで。あぶないわ。ドール、押さえてくれない?」 

 「わ、私は化粧と服を手伝うことにする・・・」

 「うへ〜、おっかね〜」

 「貴様はキャラメル持ってさっさと出て行かんかあ!!!」

 「ぎゃいん!」

 

 い、いきなり縛られた女子の服を脱がしにかかるとはなんということか!六浜も晴柳院も望月も穂谷も遠巻きに見ていないで助けてくれんのか!いや、そうか!ここにはわしの敵しかおらんかった!!くうううなんちゅうことじゃ!!こうなったら誰でもいい!!滝山でも笹戸でも飯出でも古部来でも鳥木でも屋良井でも清水でも最悪曽根崎でもいい!!助けてくれえええええええええええ!!!

 

 「結構イイ身体してんじゃん明尾ちゃん!女の子同士だし恥ずかしがることなくない?」

 「下着も洗濯だねこれ。アタシの貸してあげるから、まずはシャワーね!アニーよろしく!」

 「オッケーまかせて。そういうことだからナミ、じっとしててね。床のタイルをかぞえてるあいだにおわるから」

 「お前さんのそういう言い回しはどこで覚えてくるんじゃ!?」

 

 なすがまま、いやなされるがままわしは一糸纏わぬ姿にされ、椅子から解放はされたもののこんな格好ではこの部屋から一歩も出ることはできん・・・。服は望月がまるごと洗濯に持って行ってしまったし、大人しく風呂に入るしかないのか。こんな不本意な風呂ははじめてじゃ!

 

 「ヘアケアとスキンケアはワタシとマドカでやるわね」

 「わたしが手を煩わせることに感謝しなさい。石鹸もシャンプーもリンスもコンディショナーもタオルもクリームも、本当なら貴女のような方に使うのは勿体ない一流品です」

 「くうぅ・・・銭湯で裸の付き合いならば緊張することはないのじゃが・・・」

 「では、はじめましょうか」

 

 【イメージ効果音】

  ユッリユッラッラッラッラユルユリ♫ユッリユッラッラッラッラユルユリ♫ダッイッジケッン♫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人前で髪をおろし、メガネを外すのはいつ以来じゃろうか。普段ならば寝る直前にしかしないというのに、今日はまだ日が高い内からしてしまっておる。妙な感覚じゃ。それにシャワーからあがったわしの姿を、女子一同が食い入るように見るのも落ち着かん。そんなに珍しいものでもなかろう。それにしても石川のコンタクトでは微妙に度が合わんぞ。

 

 「すっご!なみみん肌超キレイになったよ!すべすべじゃん!」

 「髪もこんなに多かったのか・・・おさげでは意外に分からないものだな」

 「これだけ長ければ色んな髪型ができますねえ。うち、色々持ってきましたよ。髪ゴムとかヘアピンとか簪とか・・・」

 「さっすがみこっちゃん!ありがと!」

 「わたしにも感謝してはどうですか?まったく、上から下まで汚れの塊のようでしたわ。貴女、本当にお風呂に入ったことありますの?」

 「失敬な!あんな徹底的にアグレッシブな洗い方は普通せんじゃろう!!名前もよく分からん道具まで持ち出しおって!!」

 「だけど、おかげでスミからスミまでキレイになったわね」

 

 シャワーから浴びてタオルで揉みくちゃにされていたと思ったら、いつの間にかまた例の椅子に縛り付けられておった。なんじゃこの奇術は!鳥木の奴め、何か仕込んだのか!しかし暴れても仕方ないことはさっき既に思い知らされておるし、全裸ではないが未だに人前に出て行ける格好ではない。

 今はじろじろと視線を浴びながら穂谷に髪を乾かされている状況じゃ。居心地が悪いしツルハシがないから落ち着かんぞ!

 

 「お前さんら、わしのツルハシはどうした?持っていたはずじゃろう」

 「それなら、滝山がお前と一緒に持ってきた。お前の部屋にあるんじゃないのか」

 「勝手に部屋の鍵まで開けよったな!お前さんらモラルはどこに置いてきた!わしに人権はないのか!?」

 「ナミ。全部ナミのためなの、だからガマンして」

 「もっともらしく言っておるが、もしかしてお前さんら、わしをオモチャにして遊んでいるだけではないのか?」

 「・・・・・・さ、じゃあ次はお化粧ね!」

 「否定せんのか!!」

 

 明らかに不自然な間が空いておるではないか!妙に世話を焼くと思ったら暇か!暇なのか!そんなことに突っ込む余裕も与えずに、続いて有栖川と晴柳院と石川が何やらごちゃごちゃした箱を持って近付いてくる。そ、それは世に言う、化粧箱と言うものか!

 

 「じっとしててくださいね明尾さん。動くとヘンな風になってまいますよぉ」

 「い、いやじゃいやじゃ!わしゃ化粧はいやじゃ!」

 「ちょっ!暴れないでってば!」

 「粉だの液だのクリームだのを顔面に塗りたくっては落ち着かんじゃろう!わしゃありのままの姿見せるのがいいんじゃ!ありのままの自分になるんじゃ!」

 「ちょっとくらい化粧して色気出すもんなのよ女の子は!いいから任せなさい!」

 「なみみんはまずこのそばかすを消すところからだね。顔色は悪くないし健康的だから、あんまり乗せずにコンシーラーで整えよっか」

 「でもちょっとシミもあるのよね。だから、リキッド系のファンデを薄くして全体的に色を合わせてからにした方がよくない?」

 「も、もはや何を言うておるのやらさっぱりじゃ・・・」

 「とにかくまずは下地ですね。うちええの持ってきましたよ」

 「ぬおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 パフパフする例のやつだの化粧に使う筆だのが迫ってくる!なんか怖い!!やはりこやつらわしをオモチャにして遊んでおるだけではないか!!他人に顔をいじられる上によく分からんものを塗られるううううううう!!

 

 「ちゃんと洗ってあるから塗りやすいね〜」

 「なみみん、暴れたら目に入るよ。余計危ないよ」

 「いやじゃいやじゃいやじゃあああああああああっ!!化粧されるくらいならんむううううううっ!!!」

 「子供みたいに嫌がらないの!大人しくしなさい!!」

 「qあwせdrftgyふじこlp!!」

 「まだ時間がかかりそうだから、先に服を選んでおくか」

 

 身体を縛られ髪を乾かされ三人がかりで化粧をされるとはなんの罰ゲームじゃ!!わしが一体何をしたというんじゃ!!どうなってしまうんじゃわしはあああああああああああああっ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うん!イイ感じに仕上がったわ!」

 「なみみん素材いいからあんまり時間かかんなかったね。目ぱっちりしてるし血色いいし」

 「ヘアセットの準備もばっちりね。あとはマドカにバトンタッチするわ」

 「結わんと落ち着かん・・・化粧した感じもなんとなくそわそわするぞ・・・」

 「大丈夫大丈夫、みんなやってるし嫌になったらすぐ止められるから」

 「それアカンやつ!!」

 「髪の毛も化粧もできたから、あとはセットと服だけね。どーるんとヅッキーが服を選んでくれてるはずだけど」

 「有栖川薔薇がイメージスケッチを描いていたおかげで、簡単に決定することができた。一通りのものは用意したぞ」

 

 派手にセットされてしまったが、わしはまだ下着のみの状態。はよう服を着んと風邪をひいてしまう!しかしいつもの体操服とジャージは洗濯されてしまい、ここはわしの部屋とは寄宿舎の反対側の有栖川の部屋・・・ダッシュで部屋に行くにしてもリスクは高い。ぐぬぬ・・・完全犯罪ではないか!!

 そんなことを思っておる隙に、望月が小さく畳まれた服を持って来おった。わしのイメージカラーといえば赤じゃろう!!なのになぜ赤い服ではないのじゃ!!

 

 「まだ逃げるチャンスをうかがっているのか。観念しろ明尾。もはやお前に逃げ場はない」

 「まだじゃ!!まだ終わらんぞ!!」

 「もう一回滝山君の技を受けたいのですか?」

 「そ、それは御免じゃ!!本当に痛かったんじゃぞ!!」

 「合宿場にいる限り、滝山からは逃げられん。大人しくしていれば余計に痛い目をみずに済むぞ」

 「ただの遊びがとうとう脅迫になってしまった!!」

 「さ、いいからなみみん、着替えちゃお!ユー着替えちゃいなよ!」

 「ひゃあああああああああああああああああっ!!!」

 

 わしは今日何回の悲鳴をあげておるんじゃ!!着替えじゃと言うとるのに有栖川はどさくさに紛れてどこを触っておる!!わしとて女じゃ!!女子力とやらは知らんが人並みの恥じらいぐらいあるんじゃぞ!!

 それにしてもなんじゃこの服の生地は!!わしゃ体操服の分厚いエコノミー感のあるあの素材がええんじゃ!!ジャージの少しざらついた肌触りが好きなんじゃ!!こんなスベスベでスースーするものは着たことがないぞ!!

 

 「お、おい!この服の袖はどこにいった!?」

 「袖なんかないよ。キャミソールだもん」

 「キャミ!!?」

 「ほ、穂谷よ!お前さんはわしの髪をどうしようとしとるんじゃ!?考えたこともない方向に引っ張られておるような気がするぞ!!」

 「騒々しいですね。根こそぎ引き抜かれたくなかったら黙って委ねてくださいな」

 「・・・ッ!!こ、この感覚は・・・ま、まさか!望月!晴柳院!お前さんらわしに・・・!!?」

 「スカートを履かせている」

 「そんな短ないから心配せんでも大丈夫ですよぉ。それにフリル付きですごく可愛らしいです」

 「そこではない!!そこではないんじゃあああああああっ!!!」

 

 ぐああああああああああああああああああっ!!!まさかとは思ったが本当に乙女の象徴であるスカートをこんな形で履くことになるとはあああああああああああっ!!!やめろおおおおおおおおおおおおおっ!!!

 

 「やめろお前らああああっ!!わしにはそんなもの似合わん!!わしゃ土臭くて汗まみれでざらざらのあの服がいいんじゃ!!こんな服は好かんのじゃ!!」

 「冬はともかく真夏でもあんな格好して、見てるこっちのが暑くなるよ!もっと涼しくて清楚な感じでさ!イメチェンしちゃいなって!」

 「古くさい髪型も思い切って変えてしまいなさい。染めたりワックスをつけたりはお勧めしませんが、髪型を変えるくらいなら気分転換になりますよ」

 「気分転換ならツルハシを変えるだけで十分じゃ!」

 「ピンと来ないわ」

 「しかしこの嫌がり方ははっきり言って異常だな。そこまでの理由があるのか?」

 「・・・・・・あ、ある・・・」

 

 暴れても大声を出してもどんどん服を着せられてしまう!このままではいかん!これはあまり言いたくないことじゃったが、このままイマドキJKっぽくされてしまうくらいならいっそのこと言ってしまうぞ!やはり言わない方がいいんじゃろうか・・・いいや限界じゃ!言うね!

 

 「え・・・?り、理由って・・・なに?」 

 「ワタシも気になるわ。ナミがこんなにガーリーなのをいやがるわけが」

 「わ、わしは・・・!わしは・・・!」

 

 喉まで出かかる言葉が、やはり出るべきではないと喉の奥へ引っ込もうとする。しかしわしは言わねばならん・・・もはやこれは黙っていられることではない。意を決するのじゃ明尾奈美!このままではわしはこやつらのオモチャにされて一生の恥をかくぞ!ならば今、一時の恥をかいて場を収める方が賢明ではないか!そうじゃ!言うんじゃ!

 

 「明尾・・・?」

 「あ、明尾さん・・・?」

 「な、なんなのなみみん!そんなに深刻なことなら言ってよ!」

 「わしは・・・!」

 

 注がれる視線に抗うが如く、わしは顔をあげて発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「わしは“そういうの”じゃないじゃろ」

 

 一瞬の沈黙。集まる視線。わし以外の全員が同時に頷く。

 

 「理解不能だ。止める理由がないと判断する」

 「黙って言う通りにされなさい!」

 「なみみんもう喋んなくていいから!」

 「明尾さんごめんなさい!でも明尾さんのためなんです!」

 「そんなシャイになることなんてないわよ!」

 「諦めろ明尾!」

 「大丈夫!全部あたしたちに任せればいいんだから!」

 「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!?な、なぜじゃああああああああああああああああっ!!?」

 

 女子とはいえ動けぬわしに七人もの人間が一斉に襲いかかるのは恐怖でしかないぞ!?というかわしの言葉がなぜ響かんのじゃこやつら!!鬼か!!鬼の子なのか!!

 

 「やっ、やめっ!ほんとにちょっ!こらどこを触って・・・ああ待てそれ以上は!やめてくれ後生じゃ!そんな格好はとても・・・おおおうっ!?な、なんじゃそれは!?それだけはやめてくれ!!頼むそれだけは!!それだけはああああああああああああああああああっ!!!!」

 

 アーッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「すっごく可愛くなりましたよ明尾さん!服も髪もお化粧も・・・キレイです!ほんまに!」

 「当然です。私がセットした髪型なのですから、毛の一本も崩れることは許しませんよ」

 「無茶苦茶を言うな。だが、確かにいつもの姿からは想像できなかったほどの変貌ぶりだな」

 「メイクもすごくキレイだし、肌もキレイでにあうわ。オーシャンビューが似合いそうね」

 「生憎海はない。湖ならあるが」

 「セイソ系?でもなみみんの素がテンション高め明るい子だから、そのギャップもいいんじゃない?これならマルキュー前とか原宿通りとかもいけるって!」

 「ステキよ明尾ちゃん!手伝ってあげるから、もうずっとこの感じでいけば?」

 「いっそころせ・・・」

 

 結局なんの抵抗もできぬまま、あれからこやつらのオモチャにされ、何度も服を着替えさせられるわ化粧は直されるわその度に髪型まで変えられるわ・・・いつじゃろうか、わしは考えることを止めた。もはや好きにしてくれ・・・その後でわしは舌を噛んで死ぬ。

 

 「こんなに変わるんだったらアタシたちだけで楽しむのはゼータクよね!というわけで今日一日それで生活してもらうかんね、なみみん」

 「ふぁっ!?」

 「手始めに、手伝ってくれた滝山に見せに行ってみよっか」

 「そんな軽いノリで行くのか!?というかわしはこれからこの姿を男子に晒されるのか!?」

 「いいからいいから!行きましょ!」

 「よせえええええっ!!だれかたすけてえええええええええええっ!!!」

 

 散々出たかったあの扉も今では近づきたくもないというのに!それとは逆にわし以外の女子は全員わしを扉の外に押しだしてくる!!こんな恥ずかしい姿、もう他の誰にも見られとうない!!特に・・・特に一番見られたくない奴なんぞに出くわした日にはわしは・・・!!

 

 「ん?」

 

 わしを先頭にして有栖川が扉を開いて道を作りおる。こんなにされて嫌なエスコートなぞないじゃろ!!と、今思えばそんな呑気なことを考えている場合ではなかった。どうやらわしはわし以外の奴らのことを見くびっていたようじゃ。

 

 「あっ・・・!!?」

 「あれれ〜?なんか合宿場が妙に男臭いと思ったら、女子全員こんなところに集まってたんだ〜。で、みんなして何してたの・・・あれ?」

 「あ・・・!?ああっ・・・!?」

 「・・・」

 

 わしと完全に目が合った。そして奴は・・・曽根崎は懐からカメラを取り出し、シャッターを押した。

 

 「ボクちょっと用事ができたから後はみんなで楽しんでね。それじゃっ!」

 「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああんっ!!!!!!!!」

 

 よりによって一番会いたくない奴に一番最初に会ってしまった!!!こんな格好のところを見られた!!!というか写真を撮られた!!!曽根崎に!!!鳥木や笹戸ならばまだ気休めになりそうなことを言うてくれたじゃろう!!!清水や古部来ならば普段のわしを肯定するようなことを言うじゃろう!!!滝山や屋良井や飯出ならば何の気遣いもなく普通に接してくれたじゃろう!!!!なのにあの男は!!!!あの男はああああああああああああああああああああああああっ!!!!

 

 「待てや曽根崎ィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!!!カメラを寄越さんかああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」

 「きゃっ!?ちょ、ちょっと!?明尾ちゃん!?」

 「どこ行くのナミ!?ハイヒールで走ると危ないわよ!」

 「あ、脱ぎ捨てた」

 「うわわわわわわっ!!!あはははっ!!!やっぱ明尾サンなんだあれ!!こりゃあ絶対捕まるわけにはいかないや!!!みんなに見せないと!!!」

 「そおおおおおおおおおおおおおおおお!!!ねえええええええええええええええええ!!!ざああああああああああああああああ!!!きいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!!!!」

 「うひゃーーーーーーーーっ!!!」

 

 結局その後、合宿場中を舞台にした曽根崎弥一郎と明尾奈美の鬼ごっこは男子全員の前で繰り広げられた。最終的には調子に乗りすぎた曽根崎弥一郎が女性陣に捕まり袋叩きにされた挙げ句、件の明尾奈美の姿は男子全員の目に焼き付けられるという敗者しかいない結果となり、明尾奈美の前でこの話はタブーとなった。(by望月藍)




半年ぶりにTwitterネタまとめです。前より書くことがなくなった気がしますが、過去最大の容量になってしまいました。たぶんだいたい小話のせい。でも楽しかったです。
ハーメルンだと挿絵ってできるんだっけ?まあTwitterの方に小話のイメージ画像は上げますが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Twitterネタまとめ4

 

『#リプきたうちの子に能力者漫画っぽい能力を与える』←結局全員来た

清水翔(能力:無能)

意図したことが「できなくなる」能力。どれだけ真剣に取り組もうと、あらゆる手を尽くしても、意図したこととは違う結果になってしまう。頭で考える結果ではなく本心で望む結果に働くため、本当に邪魔にしかならない能力。

「無能にも意地ってのがあるんだよ」←決め台詞

 

曽根崎弥一郎(能力:コトダマ)

紙に文字を書くことで、その力を紙に宿すことができる。元の紙の性質は完全に無視し、文字が持つ意味だけに忠実になるが、文字と関係のない大きさや厚みなどは変わらない。また、書き間違えに厳しい。

「ペンは剣より強し!ちょっと意味は違うけどね!」←決め台詞

 

穂谷円加(能力:歌う女王)

命令、または歌うことで、聴いた者に行動を強制することができる。行動のみを強制するものであり思考まで強制することはできないが、どんな理不尽な行動でも強いることができる。声が聞こえる範囲にしか効果がない。

「聴き惚れなさい、その身が尽きるまで」←決め台詞

 

アニー(能力:バリスタの指)

指を鳴らすことで、対象と定めたものに対して「炒る・砕く・絞る・泡立てる」の四つの力を行使することができる。それぞれの力はある程度の融通が利くが、生物に対しては効果が薄れる。

「いつでもどこでも最高のコーヒーを、バリスタですものね」←決め台詞

 

六浜童琉(能力:過ぎ去った未来)

十分後の相手の行動を完全に予知することができる。この予知は、未来を変えようとする行動の影響を含めた結果であるため、絶対に的中する。しかしそれまでの経緯は見えず、見える未来も十分後の数秒間だけという制限がある。

「予言ではない、予知だ」←決め台詞

 

古部来竜馬(能力:成)

危機に陥るほどに身体能力が強化される。些細なピンチから命の危険まであらゆる危機に自動的に反応し、危険度と強化具合は比例する。危機を凌ぐと途端に効果が消える。自傷でも効果はあるが治癒力も強化される。

「刀は敵に振るうものだ」←決め台詞

 

笹戸優真(能力:輝水)

水中でも陸上と同じように行動することができ、また身体を水に変えることができる。水の状態では凍結や流れに逆らえなくなるなどの危険はあるが、物理的な干渉はほとんどが意味をなさなくなる。

「水は命の源って言うからね。でも甘く見たら危ないよ」←決め台詞

 

晴柳院命(能力:魂魄繰符)

霊的な力を込めた護符を使い、物体を使い魔にしたり、結界を作って行動を制限したりできる。物が多い場所や入り組んだ場所では無敵に近いが、本人は一切強化されないのが弱点。能力の読み方は自由。

「晴柳院の護符はなーんでもできるんですよぉ!」←決め台詞

 

有栖川薔薇(能力:騎繰身)

自作したぬいぐるみに限り、自分の精神を乗り移らせて行動することができる。身体能力はぬいぐるみに依存するため人間時に劣るが、隠密行動には向いている。また生理現象はぬいぐるみ時にも継承される(髪が伸びる等)。

 

滝山大王(能力:無邪気バリア)

自分にかかる能力を全て無効化し、その影響を一切受けない。例外はなく本人による調節も不可能。自分が能力の対象にされている場合にしか効果がなく、他の対象への能力の影響は無効化できない。

「むつかしーことはわかんね!おれバカだから!」←決め台詞

 

明尾奈美(能力:生きた化石)

触れた化石を生物に戻す、触れた生物を化石に変えることができる。対象は生物に限られる上に、化石から戻した生物を必ずしも従えられるわけではない。半端な石化や蘇生で止めることも可能。

「目覚めよ古代!一億と二千年後も愛してるぞおおおおっ!!」←決め台詞

 

鳥木平助(能力:消失&出現)

手で握ることであらゆる物体を消失させることができ、また消した物体を出現させることもできる。手の平より大きなものでも握った部分から消失/出現させることができるためサイズに制限はない。読み方は「むすんでひらいて」。

「ほんの手慰みでございます」←決め台詞

 

石川彼方(能力:蒐集家の勘)

読み方はダウジング。自分が求める物がどこに存在しているかを察知することができる。直感的な理解であるが正確に目的の物までの距離や方向、目的の物の状態及び周囲の状況まで把握することができる。

「どこにあるかさえ分かればこっちのもんよ!」←決め台詞

 

屋良井照矢(能力:アイアムヒーロー)

背後で爆発が起きる、両側から火花が噴き出す、激しい効果音がするなど、主人公チックな演出を起こすことができる。ただし視覚的な演出はできず、変身などは自力でやるしかない。

「このオレにぴったりの能力!こりゃまさに運命だ!」←決め台詞

 

飯出条治(能力:鉄火熱血)

超高温に熱された血液により体温を上昇させ、身体を発火させることができる。また血液を精錬して鉄器を造ることもできる。感情の昂ぶりに左右される能力であり、テンションが下がると効果が切れる。

「俺のこの手が真っ赤に燃える!勝利を掴めと轟き叫ぶ!」←決め台詞

 

望月藍(能力:衛兵流星群)

自分の身体を中心としてエネルギー体をいくつも飛び回らせ、自在に操る。エネルギー体なのでどのようなエネルギーにも変換でき、自由度は高い。しかし常に身の回りにあるため日常生活には途轍もなく不便。

「地球の衛星は月ただ一つ。だが私の衛星は無限だ」←決め台詞

 

 

 

 

 

『#リプ来たうちの子を酔わせる』

穂谷編

穂「〜〜♫うふふふふ♫楽しいですね♫」

鳥「(あ、あの穂谷さんが鼻歌!?スキップ!?一体なにが・・・!?)」

穂「今日は良い日です。みなさん私の歌をチケットも買わずに聴けるのですから」

鳥「あのぅ、穂谷さんもしかして、酔ってらっしゃいますか?」

穂「そんなことないですよぉ♫」

 

鳥木編

鳥「私はねえ、固定観念を肯定するつもりはありませんがね、否定するつもりもないわけですよ。普通とは、つまり、一定に評価されているからこそ普通であってですね」

滝・明「はあ」

鳥「つまりぃ、あなたたちも高校生としての品格とか常識をですね」

滝・明「(こいつめんどくせえ)」

 

古部来編

古「馬鹿が。一気飲みなど己の体調管理も碌にできん馬鹿か、酒の飲み方を知らん馬鹿がやる馬鹿な行為だ。馬鹿馬鹿しい。酒ごときに呑まれる馬鹿も実に馬鹿げた奴らだ。百薬の長である酒を馬鹿な道楽に使うなど馬鹿のすることだ」

六「(こいつも呑まれているな)」

 

 

 

 

 

『#リプきたキャラ2人を無理矢理なにがなんでもCPにする』

Mr.Trickyと鳥木

T「いつもいつも穂谷さんや他の方々に構ってばかり!少しはマジックの練習もしないと鈍ってしまいますよ!」

鳥「そうは言っても今はそれ以上にすべきこともございます」

T「私にも構っていただきたい!暇だとお思いですか!?いいえ嫉妬です!」

鳥「私は貴方ですから嫉妬もなにもないでしょう」

 

 

 

 

 

『三人の男子』

屋良井「大変だ滝山!モノクマが妙なことしてオレとお前の身体が入れ替わっちまった上に心まで入れ替えられた!」

滝山「えええっ!?マジかよ!?」

屋良井「鏡みてみろ!オレの言うことがホントなら滝山が映るはずだぞ!」

滝山「う、うわあああ!!おれがうつってる!!?」

清水「(平和だ)」

 

 

 

 

 

『甘い話』

(望)「月がきれいだ」

(清)「あんなもん大したことねえよ」

(望)「なぜだ?夜空で最も輝く天体だぞ」

(清)「お前の方がよっぽど輝いてるからだよ」

曽「あまーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいっ!!」

曽「っていうのを二人にしt」( っ・_・)≡⊃ ゜∀゜)・∵.

 

曽「あまーーーーーーーーーーーーーーいっ!!」

滝「あまーーーーーーーーーーーーーーいっ!!」

古「あまああああああああああああああいっ!!」

ア「みっつとも意味がちがうからジャパニーズはむずかしいわ」

 

 

 

 

 

『#兄の日だから下の子が兄を紹介する』

清水「なんの取り柄もねえ、ただの大学生だよ。努力もしねえ、“才能”もねえ、そのくせ気楽にギターなんか弾いてやがる。ま、ガキの頃はでっかく見えたけどな。今はちゃらんぽらんにしか見えねえ」

曽根崎「お兄ちゃん大好きじゃん」

清水「・・・」

 

「ごはんおいしーしねー」

「やさしくてかっこいーよ!」

「キラキラしてるー」

「まほうつかえるよね!」

「じまんのおにーちゃんだよ!」

「「トリッキーおにーちゃん!!」」

鳥木「・・・」

 

 

 

 

 

『#うちの子の花火大会』

ア「ねえカナタ、もういいんじゃない?ハナビはじまっちゃうわ」

石「景品全部獲るまで絶対やめない!みんな先に行ってていいから!」

曽「これはスイッチ入っちゃってるねー。ホントに全部獲るまで終わらないかも」

明「もっと腰を落として脇をしめろ!直感で撃つんじゃ!」

 

飯「祭りと言えば焼きそばに焼きもろこし!ホラ、俺のおごりだ!」

有「みこっちゃんの誕生日でくじ引いたら可愛い帽子当たったよ!あげる!」

晴「あわわっ・・・そ、そんなに持てませんよぉ」

笹「金魚掬いとヨーヨー釣りで無双してきたよ」

晴「もういいですってえ!!」

 

滝「ぴっかぴかだー!でけー!きれー!」

屋「(ちゃちいハジけ方だなぁ・・・オレならもっとド派手なの作るけどな)」

古「絢爛だな。夜に咲く繚乱の儚さがひと夜を幾星霜に渡らせるか」

六「お前がそんな詩的なことを言えるとはな」

古「・・・忘れても構わんぞ」

 

穂「綿菓子もなかなか侮れませんね」

鳥「口元が汚れていますよ、お手拭きを」

穂「ん・・・コホン、結構。他に何かありますか?」

鳥「りんごアメとチョコバナナ、かき氷もございます」

穂「全て花火が見える所まで持ってきなさい」

鳥「やはりそうなるのですね」

 

望「赤はLi、黄色はNa」

清「ぜってえその話すると思った」

望「花火はあまり好ましくない。光や煙が星の観測を困難にする」

清「ま、星バカのお前にとっちゃ邪魔だろうな」

望「そういうわけだ。花火が終わってからも、ここにいてくれないか?」

清「気が向いたらな」

 

 

 

 

 

『飯出がちっちゃくなっちゃった』

古部来「なぜ俺が飯出の子守など・・・」

六浜「なぜか一番懐かれているのだから適任だろう」

ちび飯出「リョー!かたぐるまして!かたぐるま!」

古部来「ええい!じゃれるな!歩かせるぞ!」

ちび飯出「ててつないであるく!」

古部来「・・・じっとしていろ」

六浜「押され気味だな」にやにや

 

 

 

 

 

『#うちの子とポケモン』

清水→ポチエナ

負け犬っぽいところがぴったり。「やつあたり」の威力高そう。

 

曽根崎→コンパン

オレンジ諸島編で偵察係みたいなイメージがついたから。曽根崎はむしタイプ使う。

 

穂谷→プクリン

歌つながりで。たぶん穂谷はプクリンの丸いデザインを気に入ってない。

 

アニー→ベイリーフ

癒しっぽいイメージで浮かんだポケモン。ハーブティーなんかも作れたりするのかな。

 

六浜→ネイティ

予言者だからエスパータイプ。肩の上にとまってたら賢そうだけど頭の上だとアホっぽいね。

 

古部来→テラキオン

いわタイプだしかくとうタイプだしゴツいから。伝説系だけど気にしない気にしない。

 

笹戸→ラプラス

釣り、海と言えばラプラス以外にいないでしょう。戦ってみると割と強い意外性も。

 

晴柳院→ユキメノコ

見た目似てるし、ゴーストタイプっていうのがぴったりだった。持ち物はきよめのおふだ固定。

 

有栖川→イーブイ

愛玩用でしょう。着せ替えで色んなポケモンのコスプレしやすそうなシンプルなデザインだし。

 

滝山→ルチャブル

滝山が既にポケモンみたいなところある。一緒にかっこいいポーズ決めてたり。

 

鳥木→ニャオニクス

二足歩行で見た目とタイプもマジシャンっぽい。オスかメスかはどっちがどっちか忘れたからどっちでもいい。

 

明尾→ズガイドス

やっぱ化石ポケモンだよね。めちゃくちゃ岩盤とか破壊してテンション上げてそう。

 

石川→ドードリオ

なんとなく走るイメージがあるので。細身な感じも石川に似合ってる。

 

屋良井→マルマイン

主に爆発するのが役目。ド派手に、ど迫力に、それが屋良井&マルマインのスタイル。

 

飯出→ダグトリオ

じめんタイプの渋さと汗臭さが飯出によく似合う。一匹一匹に名前つけたりするのかな。

 

望月→ルナトーンとソルロック

もはや他に浮かばないほどハマってる。ラスボス感がものすごい。

 

 

 

 

 

『#コピペネタ』

曽根崎「なめられると、たっちゃう体の部位ってな~んだ?wwwwww」

清水「中指」

 

有栖川:みこっちゃんは怖い映画を見た日の夜、お風呂のふたとかトイレのふたを開ける前に、「めぇつ!」って大声出してふたを叩いてから開けるんだ。

 

 

 

 

 

『#リプできた子に似合う曲を歌わせる』

古部来「何度ミスして落ち込んだとしても、諦めちゃダメだ。前を向こう。大切なもの守るこの使命をオオオオオオオッ!!思いっきり抱きしめて・・・真っ赤なァちかあいィ!!」

(真っ赤な誓い:福山芳樹)

 

明尾「さあ心の目見開いてしかと今を見極めろォ!!(イエエッ!!)失うものなんかないさ!いざ参ろう!We are fighting dreamers!!高みを目指してェ!!」

(GO!!:FLOW)

 

 

 

 

 

『アニーの誕生日を忘れていたQQメンバー』

石「ごめんアニー!忘れてたわけじゃないんだけど・・・」

ア「いいのよ、カナタ。バースデーなんて、今までいわってもらえることの方が少ないんだし・・・そもそも自分のバースデーを知ったのがこのあいだのことだし・・・」

石「ご、ごめんなさい・・・本当にごめんなさい。そ、それじゃ、アニーがいま欲しいものってなに?」

ア「欲しいもの?そうね・・・ものじゃないけど、家族っていうものは感じてみたわね」

石「(また重たい・・・)」

ア「ごめんなさい、ヘンなこと言って。やっぱりなにか・・・」

石「大丈夫!あたしがなんとかする!」

ア「え?」

 

明「聞いたぞアニー!祝い忘れとは済まんかった!」

ア「ナミは今日も明るいわね。何かくれるの?」

明「いつもはアニーの世話になっとるからの!今日はわしに甘えてよいぞ!こうして頭を撫でられることもないじゃろう」

ア「・・・うふふ、なんだかくすぐったいわ」

明「よしよし、良い子良い子」

 

笹「どうかな?アニーさん、生魚食べられないから、ニシンをパイにしてみたんだけど」

ア「ユーマが作ったの?すごいわね」

笹「きっとコーヒーに合うと思うんだ。ううん、アニーさんの“才能”ならこれに合うコーヒーだって作れるよ!僕にはこれくらいしかできな」

ア「OK、もう十分よユーマ」

 

有「ラテアートはちょっとやったことあるんだ。アニーが好きなものラテアートで描いてあげる」

ア「そうね・・・ワタシのためにがんばってくれるローズのことが一番好きよ」

有「えっ、な、なにそれ!アタシ似顔絵ラテアートなんてできないよ!ってかなにそれ!」

ア「ジョークよ、ちょっとだけね」

 

滝「アニーアニー!たんじょーびプレゼントやるよ!」

ア「ダイオもなにかくれるの?」

滝「アニーは花の色はなにがすきだ?あかか?きいろか?」チラッチラッ

ア「・・・ダイオのとってきてくれたお花なら、何色でも好きよ」

滝「えーっ!?なんで花って分かったんだ!?」

 

清「カップと皿、いらねえからやる」

ア「ありがとう、カケル。じゃあコーヒーはいかがかしら?」

清「砂糖と牛乳入れとけよ」

ア「カケルはスイーティが好きなのよね」

清「悪いか」

ア「そんなことないわ。でもちょっとシックな苦いのもためしてみる?」

清「・・・」

ア「うふふ、OK」

 

飯「アニー!!アフリカの奥地で飲まれてるコーヒーを知ってっか!?小せえクモを湯がいた汁を飲むんだ!!」

ア「それコーヒーなのかしら?まさかそのボトル・・・」

飯「いや、こいつは中国茶だ。たまにゃ茶も飲んだ方が舌が肥えるだろうと思ってな」

ア「ジョージの不器用さはひどすぎるわね」

 

ア「ラン、なにしてるの?」

望「石川彼方から、お前が家族を欲していると聞いた。厳密な家族の定義を調べている。血縁者が欲しいだけならば、簡単だろう」

ア「なにがイージーかはきかないでおくわ。だけど、ありがとう。うれしいわ」

望「私はまだ何もしていないぞ」

ア「気持ちがうれしいのよ」

 

六「アニーも髪型をいじってみてはどうだ?キレイな黒髪をしていて、羨ましいものだ」

ア「ドールだってステキなヘアーしてるわ。どうやってそめてるの?」

六「地毛だこれは・・・。髪留めを貸してやろう。なかなか印象が変わるぞ」

ア「せっかくだからドールのヘアーもセットしてあげるわ」

 

晴「あ、あのう・・・アニーさんお疲れやと思いますんで、晴柳院流の按摩祓術を」

ア「ここにねればいいのね」

晴「うんしょっ、うんしょっ」

ア「う〜〜ん、ミコトってマッサージも上手なのね」

晴「惰霊がおちて気の流れがようなるんです。全身コースもありますけど」

ア「おねがいするわ」

 

曽「アニーさんってあんまりオシャレしないけど、オシャレな感じ出てるよね」

ア「まあ、ムードにはこだわってるわね」

曽「伊達メガネでもかけて名実ともにオシャレになっちゃいなよ、you」

ア「グラスははじめてかけるわ・・・どうかしら?」

曽「(うん、すごくいいよ)うっわエロッ」

 

ア「あ、また負けたわ」

古「ふん、何度やろうと俺に勝とうなど百年早いわ」

ア「だけどリョーマ、さそったらことわらないわよね」

古「たまたまだ。暇よりはいい」

ア「それじゃあ、ワタシがかつまでやってもいいかしら?」

古「・・・遊びとは言え、手を抜く俺ではないぞ」

ア「うふふふ」

 

屋「おいアニー!そりゃ!」

ア「きゃっ!?」

屋「ぎゃははっ!紙クラッカーでビビってやんの!」スタコラサッサー

ア「び、びっくりしたわ・・・。もう、こんなにちらかして・・・あら?」

『いつもコーヒーうめえぜ、Sank you』

ア「・・・テルヤったら。スペルがちがうわよ」

 

穂「アニーさん、貴女のコーヒーを淹れる“才能”は認めます。私の毎朝のコーヒーを淹れることを許します」

ア「うれしいわ。マドカにのんでもらえるなんて・・・世界一の幸せものね」

穂「無論です」

ア「だって毎朝、世界一の声のおはようが聞けるのよ。幸せものだわ」

穂「幸せものですね」

 

ア「ねえヘースケ。ワタシ、チーズケーキが好きってあなたに言ったかしら?」

鳥「Mr.Trickyは、アニーさんの好みをテレパシーで知ることもできるのです」

ア「それじゃあ、ワタシがチーズケーキにあわせるドリンク、わかる?」

鳥「・・・コーヒー、でございますか?」

ア「そうよ♫」

 

石「ごめんアニー・・・色んな人に頼んでみたけど、やっぱ家族は・・・」

ア「あらカナタ。ステキなプレゼントありがとう。今日は一日とても楽しかったわ」

石「えっ、プレゼントってあたしは何も・・・」

ア「みんなにワタシの誕生日のこと言ってくれたんでしょう?それにちゃんと家族も感じたわ」

石「へ?」

ア「いつもいっしょで、楽しいことも苦しいこともシェアして。おこったり、すなおじゃなかったり・・・でも、何をしてても家族のことが好きなんだって分かる。ここのみんなが、ワタシの家族だわ」

石「アニー・・・!」

ア「だから、もうワタシのことわすれないでね?」

石「あ、うん」

 

 

 

 

 

『#あの子の瓶詰め』

「こちらが望月藍の瓶詰めになります。詰めたのは一週間ほど前になりますね。望月藍を傷めないよう綿を詰めています。」あなたがその分厚いガラスで出来た瓶を手に取ると、瓶の中の望月藍はあなたの手の上でうとうとと眠り始めた。

 

 

 

 

 

『がんばれ望月さんツンデレ編』

「なんだこりゃ」

「クッキーだ。ただ勘違いするな。たまたま余ったものを寄せ集めただけだ」

「マジで粉々の欠片しか入ってねえ・・・」

「なにホントに余りの寄せ集め渡してんの!?そこはちゃんと作ったのを余り物って誤魔化すからあべしっ!」

 

 

 

 

 

『恋人らしく振る舞おうと頑張るのってよくない?』

六「こ、こういう時は・・・てっ、手を繋いだ方がいい・・・の、だろうか・・・?」

穂「恋人同士になったのですから、下の名前で呼びあいませんか?」

望「周りはしているそうだ。明日から弁当を作ってくる。早起きは努力する」

 

 

 

 

 

『明日があるさ(QQメンバーVer)』

愛する気持ちまっすぐに

送り続けたラブコール

君が好きだ君が好きだ

届いてくれたかな

明日はない明日はない彼女の明日はない

 

大事な親友悩ませる

あいつにガツンと言ってやる

気がついたら気がついたら

悩みは消えていた

明日はない明日はない後ろに道はない

 

未来を夢みてひたすらに

自分の力を信じてる

私はできる私はできる

それしかできないよ

明日はない明日はない思わぬ落とし穴

 

責任果たして名に恥じず

それが私である理由

固い決意固い決意

固くて脆かった

明日はない明日はない明日は見えてない

 

誇りを高く胸を張る

負けたままでは終われない

俺に勝負しかけたことを

後悔させてやる

明日はない明日はない勝つのは俺じゃない

 

人よりできないことがある

人よりできることもある

できることだけできることだけ

いま何してたっけ?

明日はない明日はない明日もわからない

 

ようやく伝わるこの声が

生まれ変わった気がするな

これが本当のこれが本当の

俺の生き方か

明日はない明日はない今日だけあればいい

 

全力投球一直線

信じたものは揺るがない

疑わない考えない

ポジティブシンキング

明日はない明日はないこのミス命取り

 

スーパースターで人気者

愛する人には尽くします

自分じゃない自分じゃない

自分じゃなくていい

明日はない明日はない自分はもういない

 

信じる心は美しい

正義は勝つと決まってる

未来のため未来のため

すべてが許される

明日はない明日はない希望の明日のため

 

知らず知らずに背負ってた

親から友から期待大

がんばらなくちゃがんばらなくちゃ

潰されないように

明日はない明日はない安らぐ暇もない

 

酸いも甘いも思い出を

胸に抱いて生きていく

少しずつでも少しずつでも

進んでいればいい

明日はない明日はない自分で掴むんだ

 

 

 

 

 

『中身が入れ替わっちゃった』

清「あははっ、なんか分かんないけど清水クンの体になってた。目線が低くて姿勢悪くて落ち着かないや。アホ毛も」

曽「うるせえ、笑うな」

清「清水クンこそボクの顔でそんな怒らないでよ。ボクそんなキャラじゃないんだから」

曽「ああくそ、俺の声でテメエの言葉が聞こえんのがクソ気持ち悪い」

 

晴「実に不愉快です。なにがどうなったのかは分かりませんが、貴女、今すぐ私の身体から出て行きなさい」

穂「そ、そんなこと言われてもぉ・・・うちかて元に戻りたいですよぉ・・・」

晴「それは私の身体に不満があるということですか?この私の身体に?」

穂「ふええ・・・うぅ・・・」

 

屋「なんだこの軟弱な体はァ!!屋良井!お前身体鍛えてねェな!」

飯「お前こそ汗くせえしなんでシャツピッチピチなんだよ!つうか脚に重し巻くとか誰に対するハンデだ!」

屋「いや待てよ。俺は屋良井の身体を鍛える。屋良井は俺の身体を洗う、これで」

飯「テメエの裸なんか見たかねえんだよ!」

 

石「スタイルいいわねカナタ。肩がいたいけれど」

ア「こっちの身体だとちょっと楽になったかも。普段通りしてたらいいんじゃない?」

石「いつものカナタ・・・。ワタシ、石川カナタ。よろしくねっ」(投げキッス)

ア「一回もやったことないわよ!?やめてよ!」

石「うふふ、ジョークよ」

 

古「あり得ない・・・!マジあり得ない!最ッ低ッ!!こんな可愛さの欠片もないむさい奴になるなんて・・・!」

有「そのぬいぐるみを捨てろ。俺の身体で弱音を吐くな」

古「鬼かアンタ、!つうかアタシの体に変なことしたら殺すからな!」

有「ふん、この俺がそんな卑劣なことをするか」

 

六「なんかな、かしこくなった気がしてきたぞ!ぬ〜〜〜ん・・・にりつはいはーん!!」

滝「必殺技みたいに言うな!!そ、それより貴様!これはどういうことだ!!」

六「なにしゃがんでんだよ?おなかいたいのか?」

滝「ほぼ全裸ではないか・・・!こ、こんな格好・・・なんの辱めだ・・・!」

 

明「実に理解に苦しむ。いったい何が起きたのだろうか」

望「分からないのならば考えても仕方あるまい!今はできることだけしておればいいじゃろ!」

明「なぜ私は発掘などしているのだろうか・・・しかし身体が勝手に作業を・・・」

望「わしに流れる考古学者の血には誰も勝てんのじゃ!ははは!」

 

鳥「みんな入れ替わってたみたいだね」

笹「そのようでした。またモノクマの気紛れでしょう」

鳥「でも結局、僕らが入れ替わってること誰か気づいてたかな?」

笹「皆様冷静ではございませんでしたので、おそらく気付かれてはいないでしょう」

鳥「・・・ご飯作ろっか」

笹「お手伝いいたします」

 

 

 

 

 

『#みんなのポケモンGO』

石「コンプ?当然でしょ。あたしを誰だと思ってんの」

笹「(釣りシステムってないのかなあ)」

晴「お、お部屋にゴースがいて・・・それであの・・・お部屋泊めてくださいぃ」

屋「『タマタマゲットだぜ!』って叫んだら六浜に白い目で見られた。納得いかん」

 

 

 

 

 

『性転換しても結局同じ』

望月蒼「髪にいもけんぴがついているぞ」

清水つばさ「何のマネよ」

蒼「曽根崎弥子に、こうすれば清水つばさが胸キュンすると言われて」

曽「ちょっ、なんで言っちゃ」( ‘ ^‘c彡☆))Д´) パーン

 

 

 

 

 

『思いつきシリーズ』

穂「・・・」うつらうつら

明「風邪薬は眠くなると言うが、あの穂谷が寝落ちそうになるとは」

穂「う〜ん」

明「ひょあっ!?わしの膝を枕に!?」

穂「」スースー

明「(あっ、足が痺れてきたが・・・うごけんんんん!!)」

それで起きたら起きたで「忘れなさい」じゃぞ。ひどいとは思わんか

 

六「か、髪型を変えてみたのだが、どうだろうか?あ、有栖川たちに迫られてな!いや、私は髪型にこだわる質ではないのだが、気分が変わると言われたので」

古「黙れ。見てくれを整えても無駄口から底が漏れるぞ」

曽「意訳:どんな髪型でも似合うから照れるなよ」

屋「よそでやれ!爆破すっぞ!」

 

 

 

 

 

『#10年前の自分と話す』

「みらいのわたしはおうたが上手なんですね」

「無論です。貴女は貴女が私であることに感謝と誇りを持ちなさい」

「ふーん。ね、ね、それじゃあステキなおヨメさんにはなれた?好きな人としあわせになれた?」

「・・・それは、貴女自身が決めることです。私はただ、精々お幸せにとしか言えません」

 

「うわー!ちっちぇーおれだ!よしよし」

「ガルルル!」

「なんだこの!やんのか!フシャーーーッ!」

「ゥガア!!バウワウ!!」

「ちょこまかすんなよー!おとなしくしてろよー!」

「ガブ!ガブガブガブガブ!!」

「いでーーー!?おれこんなんだったのか!?こんにゃろ!」

「くぅん」

 

「懐かしいわね。これがあたしのスタート地点ってわけか」

「みんなやパパやママはヘンだっていうの。でも、あたしはすきだからやめたくない!」

「やめることないわ。好きなことは続ければいい。でも、気をつけてね。なによりも、自分自身を一番好きでいて。あなたなら、まだ間に合うから・・・」

 

「なあなあ!みらいのおれよぉ!!おはなししてよ!!おれがまだ知らねえ世界をさ!!」

「はっはっは!流石に元気いいな!だがリクエストにゃ応えられねえ!」

「えーっ!?」

「知らねえなら知りに行きな!お前自身の脚で!それが冒険家ってもんだろ?デケエんだぜ、世界は!!」

「うおお!!」

 

「か、かげうつしの怪ですかぁ!?」

「怖がらんといてください。うちにも貴女にも影があります」

「あ、ほんまや。てことはほんまにみらいのうち・・・?」

「そうですよぉ。顔がそっくりやないですか」

「でもなんか、それにしてはあんまりおっきく」

「それは言わんといてくださいぃ!」

 

「す、すごい・・・!こんなこと、ホントにぼくにできるの?」

「もちろんです。人は大切な人のためならば、奇跡だって起こせるのです。もちろん、これをするマジシャンにとっては奇跡ではなく、技でなければ困りますがね」

「むずかしそうだなぁ」

「ふふふ、待っていますよ。10年後の未来で」

 

「いやあ懐かしや。わしにもこんな時代があったのう」

「わし?」

「若かりし頃は遥か過去。さらば青春の光、といったところじゃな」

「じゃ?なんか、はなし方ヘンだよ?」

「細かいことは気にするな!笑えば分かり合える!がっはっは!」

「んー?ま、いっか!あっはっは!」

 

「なんだよおい!シケた面しやがって!目立たねえぞ!」

「だっておれ・・・めだたねーもん」

「そりゃ、お前がまだ何もしてねえからだよ!一発ド派手なことぶちかますんだよ!」

「そんなひっしなの、かっこわりい」

「必死に決まってんだろ、こちとら死ぬ覚悟してんだからよ!」

 

「すごいすごい!どんどんできてく!」

「ふふん、アタシを誰だと思ってんの?これでも“超高校級”なんだし、トーゼンっしょ」

「これでいつでもさびしくないね!アタシぬいぐるみ大好き!」

「アタシも好きだよ。でもやっぱり、ぬいぐるみよりも本当の友達の方が大事よ」

「そりゃそうでしょ?」

 

「いきものって、なんでこんなにふしぎでおもしろいんだろうね」

「命は希望そのものだからさ。何よりも大切で、何ものにも代えがたくて、だからこそ意味がある」

「な、なんかすごいんだね・・・」

「ああ、すごいよ。全てがひっくり返るくらいにね。キミにもいつか分かるさ」

 

「さすがに10年の力のさは大きいな。まるではが立たん」

「逆だ。10年でたったこれだけしか力の差がないのだ。貴様が勝ち筋に気付いていれば結果は分からなかった」

「・・・あえて見逃してやったのだ。未来の己にげんめつしたくないからな」

「可愛げのない奴だ。確かに俺そっくりだ」

 

「Wow...」

「ウフフ、おいしい?これは、あなたが淹れるコーヒーよ」

「?」

「これからまだ苦しいことはあるけども、いつかきっとかがやける日がくるから。だから・・・たえて。あなたの手には、人をハッピーにできる力があるの」

「Happy...?」

「大丈夫よね、ワタシだもの」

 

「宇宙は実に興味深い。無限と神秘を内包した絶対の真理がそこにある」

「なにいってるか分かんないけど、わたしは星が好きなんだ。うちゅうは・・・ちょっとむずかしすぎるかな。あはは」

「月日の経過で人格に大きな変化が起きることはあれど、ここまで変わるものか?」

「ホント、他の人みたい」

 

「なんでそんなにおこってんの?」

「気に入らねえからだよ」

「でもがんばったんでしょ?」

「頑張っただけだ。結果が出なきゃ意味ねえんだよ」

「ゆめがないなあ」

「くだらねえ。力がなきゃ夢なんてただの妄想だ」

「おれはそんなつまんない奴にはなんないぞ!」

「だといいな」

 

 

 

 

 

『鳥木とぷよぷよ』

鳥「モノモノマシーンからゲーム機が出て来ましたので、遊んでおります。それにしてもこのぷよぷよ、どことなく皆様に似ているような」

< ウププ!ゲームオーバー!

鳥「16種類もあっては揃うはずもありませんね」

モ「ダイジョーブ!隣に置くと殺し合うぷよの組合わせがあるから!」

 

 

 

 

 

『とりみこぶ肩車』

晴「うぅ・・・た、高いですぅ」

鳥「古部来君、二人も肩車して大丈夫ですか?」

古「いいからさっさとしろ。木に引っかかった風船など滝山にとらせればいいだろう」

鳥「彼だと割ってしまいそうで」

古「まだか晴柳院!」イライラ

晴「す、少し届かないです・・・」

古「滝山を呼んで来い!!」

 

 

 

 

 

『#1番目にリプきたキャラを幼児化させて2番目にリプきたキャラにだっこさせる』

ちび古部来「(`へ´)」

鳥「幼児なのに眼光が鋭いですね」

明「ちょっとは笑ってみい。可愛げがないのう」

古「(´ )」プイ

鳥「ダメですね」

明「しかしあれじゃな。こうしているとまるでわしらが夫婦のように映るかも知れんな」

穂「は?」

古「Σ(((°д°;)))」

 

ちび古部来「(`へ´)」

ちび鳥木「(・_・;)」

明「やれやれ、古部来も鳥木も小さくなってしもうた。ねんねんころりよ〜おころりよ〜」

古「(`へ´ #)」

鳥「(;・_・)/」ドオドオ

明「さ〜わるものみなきずつけた〜」

古「(°皿° #)」

鳥「(;°д°)」アワワ

 

 

 

 

 

『ちびらいとパパッキー』

ちびらい「おろせ!じぶんであるける!」

パパッキー「足が柔らかいうちから無理をするとよくないのですよ。ただでさえ下駄だというのに、歩きすぎです」

ち「おまえのしんちょうだとめだちすぎる!おれにハジをかかすな!」

パ「それは確かに・・・では、こうします」

おんぶで落ち着きました。

 

 

 

 

 

『性転換QQ』

望月蒼「お前は実に興味深い。俺はお前を研究することにした」

清水つばさ「な、なに言ってんのアンタ!?バカじゃねーの!?」

曽根崎弥子「つばさちゃん。たぶん興味とか研究とかそのままの意味だよ。ね、蒼クン」

蒼「他に何の意味がある?」

つ「バカにすんなァ!」スパーン!

 

石川奏太「なあアンディ、俺はカプチーノをくれって言ったよな?」

アンドリュー「コーヒーはブラックにかぎるぜ」

石「出せっつったもん出せよ!」

ア「オメーのガキ舌をトレーニングしてやるってんだよ!だまってありがたくのめ!」

石「汚え日本語ばっか覚えやがってんなろぉ!!」

 

鳥木花子「では選んだ証拠としてカードに、穂谷さんのサインを」

穂谷永吉「・・・なあ鳥木」

鳥「は、はい?」

穂「サインが欲しいだけならこんなまどろっこしい事する必要なくね?」

鳥「ギクッ」

穂「他の奴はどうでもいいが、俺はファンには優しいんだぜ?ほらよ」

鳥「だ、大事にします!」

 

滝山妃咲「くんくん、なんかおいしそうなニオイ」

屋良井照美「フルーツの香りがするシャンプー使ってみたんだ。妃咲も女子力高めないと男子ヒくよ?」

飯出愛亜李「鍛え上げられた身体の肉体に勝る美しさなんてないわ!さあ!」

屋「さあ、じゃない!汗臭い!」

妃「こっちのがたのしそうね」

 

笹戸優華「魚ってちゃんと飼えば可愛くなってくるの。明尾くんはどう?」

明尾悠人「シーラカンスなら飼ってみてえなあ」

笹「難易度高過ぎよ・・・」

明「海の底にも化石や遺跡はあるんだよなあ。なあ、釣りで発掘ってできねえか?」

笹「明尾くんって私の話聞いてるようで聞いてないよね」

 

晴柳院尊「あ、あのぅ・・・僕こういうんは」

有栖川桔梗「タケルはせっかくチビで可愛い顔してんだから、こういうの着て楽しまないと損だよ?」

晴「いやチビで可愛いってむしろマイナスやし・・・なんやこの猫っぽいパーカー」

有「あああやばあああ!!天使!!」

晴「オモチャにされとる・・・」

 

古部来香「今日は雨・・・ここまで言えば分かるな?」

六浜呂望「湿気が多く蒸し暑いからさっぱりしたものが食べたい。身体が冷えるから冷たいものはNG。だな」

古「分かるのか」

六「お前の考えていることならだいたい分かる」

古「盤の上では分からないくせに、生意気ね」

六「可愛くないな」

 

 

 

 

 

 

 

小話『ふしぎなアメ“ルモ”』

 

 これもあたしの“才能”の一部なんだろうなあ。この合宿場には、あちこちにメダルが隠されてて、あたしはそれがすごい目につく。たぶんみんなの中ではあたしが一番だと思う。モノクマの顔がデザインされた趣味の悪いメダルだけど、モノクマが言うには寄宿舎にあるモノモノマシーンってガチャガチャを回すのに使えるらしい。モノクマが用意したものだから、ろくなものは入ってないんだろうけど・・・。

 ガチャガチャと聞いちゃあ黙ってられないわね!だってあたしは“超高校級のコレクター”だから!通常シリーズフルコンプにシークレット制覇は当然!カプセルにモノクマメダルまでコレクションしてやるわ!

 

 「なあーいしかわー。おれにもがちゃがちゃさせてくれよー。ずりーぞ!」

 「あたしの見つけたメダルなんだからダメよ」

 「でも木の上のとかおれがとってあげたじゃん!おーれーもーやーるーーー!!やーりーたーいーやーりーたーいー!!」

 「子供か!分かったわよ、はい。これアンタが取ったやつ。これで回させてあげるわ」

 「わーい!」

 

 後ろでギャーギャー騒がれちゃうっとうしいから、滝山にとってもらったメダルだけは譲ってあげた。このガチャガチャのプレミアも分からないのにもったいないけど、しょうがないわね。

 滝山は受け取ったメダルをすぐマシーンに突っ込んで、ハンドルを思いっきり捻った。ちょっ、そんな強くやったら壊れちゃう・・・!

 

 「あっ」

 「おろ?」

 

 なんて馬鹿力・・・強くやっちゃうもんだから、ハンドルがもげちゃた。それだけじゃなくて、マシーンが急に煙をあげてブルンブルン言いだした。うそでしょ!?発車するの!?そんなガチャ聞いたことないわよ!

 

 「けほっけほっ。なんだよ、ハズレかよ」

 「違うわ!ゲッホォ!アンタ・・・ケホッ、なんてことしてくれてんのよ!さっさとこの機械ゴホゴホッ・・・捨ててきなさい!」

 「えー!?なんでだよ!げっふぁ!ハズレたんだからいまのナシ!もっかい!うげぇっへ!」

 「エフンッ!まだその次元の話してんのか!!」

 

 ダメだこいつ、早くなんとかしないと!っていうかどうすればいいのよ!とにかく逃げなきゃ!

 どこからともなくエンジン音とアラームが鳴り響く。煙は白く視界を覆って、アタシも滝山も咳き込んじゃって動けない。あたふたしてると、マシーンからまた違う音がしてきた。今度は、なんだかカプセルをかき混ぜてるような音。そして、何か重い物が落ちる音。

 え?ウソでしょ?まさかこんだけのエマージェンシーを起こしといて、普通にガチャガチャとして機能してんの?

 

 「なんかでてきたぜ!」

 「ちょっ!危ないわよ滝山!不用意に触っちゃダメだって!」

 「くいもんだー!」

 「人の話聞けェ!!」

 

 こいつ、野生で生きてきてなんでこんなに不用心なの!?本能で危険を回避することとかできないの!?あ、いや本能が平気だって言ってるなら平気とか・・・こいつがそこまで深いこと考えてるとは思えないけど。

 なんて油断してたら、吹きだした煙がセンサーに引っかかってスプリンクラーが作動した。あっという間に廊下が水浸しになる。

 

 「きゃあああああああああああッ!!?冷たい!!」

 「ぎゃーーーーーーーーーーーッ!!?みずだーーーーーーーーッ!!」

 

 

 

 「滝山も滝山だが、うっかり滝山を野放しにしちまった石川も不注意だったな」

 「あたしのせい・・・?」

 「全体的には滝山のせいだが現実的には石川のせい・・・究極的にはモノクマのせいだがな」

 「常識的じゃないね」

 「テキテキテキテキうるせえ!んなことより、モノモノマシーンからなんか出て来たんだろ。それなんだ?」

 「アメだ!うまうま」

 「もう食ってるううううううううッ!!?だからアンタ不用心過ぎるってば!!」

 「だいじょーぶだって。せーりゅーいんとかアニーにもあげたけどふつーにくってたもん」

 「もう巻き込まれてる人がいる!!滝山テメエ!!よりにもよって晴柳院を人柱にしやがったか!!」

 「毒の類じゃないみたいだから大丈夫じゃない?」

 

 なんでこういう時だけ行動早いのよこいつ!っていうか晴柳院ちゃんもアニーもこんな奴から受け取ったもん食べちゃダメ!お腹壊したらどうすんのよ!

 

 「ガチャから出て来たってことは、モノクマが用意したものだよね。名前は・・・ふしぎなアメ“ルモ”」

 「コングラッチュレィショオオオオオオオオン!!!」

 「どわあ!!どっから出て来てんだ!!?」

 

 曽根崎がアメの入ったビンのラベルを読み上げると、飯出のリュックサックの中からモノクマが飛び出してきた。ホントなんでもアリね。

 

 「うぷぷぷ!まさかこのアイテムを滝山くんが引き当てるとはねえ。喉から手が出るほど欲しくても手に入らない人がいる一方でさ。物欲センサーってやつ?人類の科学力はものすごい進化を遂げてるんだね!」

 「わざわざ出て来たってことは、なんかあるんだな!?このアメやっぱヤベえもんが仕込まれてるとか」

 「ヤバいってことはないよ。ただ、ボクが研究の末に完成させた、超オーバーテクノロジードロップってだけ!」

 「ラベルに、『奇跡の一粒!過去と未来が現在(いま)になる!』って書いてあるんだけど」

 「どういう意味だろうね〜。ま、このアメが直接死因になるってことはないから安心してよ!それじゃあボクが殺したみたいで後味悪いしね!アメだけに!」

 「帰んなさい」

 

 ホント何しにきたのかしら。でもま、このアメが死因になることがないっていうんなら、ひとまずそこは安心だわね。でもとにかく、このアメはもう人に配ったりしない方がいいわ。滝山にも吐き出させておいた方が得策・・・あれ?

 

 「ん?滝山はどこ行った?」

 「あれ!?」

 「アメ持って逃げたよ。モノクマに構ってたからね〜」

 「逃げたの知ってるなら捕まえとかねえか!なんで奴を逃がした!!大変なことになるぞ!!」

 「だってなんか面白そうな気配するじゃん?」

 

 次の瞬間、あたしの右膝が曽根崎のメガネをかち割ってた。

 

 

 

 「どこ行ったのかしらあいつ・・・いつもは勝手に視界に映るのに、こういう時に行方知れずになるんだからホントに!リモコンか!」

 

 取りあえず食堂を出て、あいつがよくいる山手の方に探しに来た。山の中に入られてたら手に負えないから、取りあえず手が付けられる湖周辺から探してみることにした。まずは、一番手近な資料館からよ!ホントにもう!

 資料館の空気は相変わらずひんやり涼しくて、勉強するのにも演奏するのにも快適な環境が整えられてた。だけど、そのとき漂ってた空気は明らかに何かが違った。

 

 「うん?なにこの空気感・・・?」

 「あっ!あっ!石川さんだ!」

 「あら、本当ですね。良いところに」

 「?」

 

 入ってきたあたしを、二階から笹戸と穂谷ちゃんが同時に見下ろした。穂谷ちゃんが鳥木以外の人と一緒にいるなんて珍しい。鳥木もいるのかな?

 

 「ねえ二人とも、滝山見なかった?」

 「滝山くん?ああ、それならさっきここに来たよ」

 「ホント!?捕まえた!?縛った!?」

 「なんで!?」

 「石川さんにはそのような趣味があるのですか。いえ、深くは伺いません」

 「ちがあう!!」

 

 もう説明めんどくさい!とにかく滝山が来たって言うんなら、どこ行ったかも知ってるわよね!詳しく事情を説明しようと思って、急いで二階に駆け上がった。だけど、そこであたしは思わず固まっちゃった。だって・・・。

 

 「おや、石川さん。どうされましたか、そんなに急がれたご様子で」

 「・・・は?」

 

 そこにいたのは・・・間違いなく声も顔も雰囲気も、あたしたちの知ってる鳥木だったんだけど・・・でも、でもその鳥木は・・・。

 

 「どうされましたか?口をぱくぱくさせて」

 「あ、あんたそれ・・・どういうこと?」

 「それ、とは?」

 

 そこにいた鳥木は、なんというか、いつもの鳥木よりなんとなく大人っぽくて、顔つきが普段よりも引き締まってて、背もちょっと伸びた感じになってた。そして何より・・・頭が。

 

 「私の顔になにか付いているでしょうか」

 

 顔というか頭なんだけど・・・なにか付いてるっていうか付いてるべきものが付いてないっていうか・・・。

 

 「うぷぷぷぷぷ!!なんだかおもしれーことになってきたね!!」

 「きゃっ!モ、モノクマ!」

 「お、お前の仕業か!鳥木くんに何をした!」

 「ボクは何もしてないよ。ただ、ちょっとした発明をね」

 「発明?」

 「なんのことでしょう?」

 「・・・鳥木、あんたもしかして、滝山からアメもらわなかった?」

 「ええ、いただきましたよ。青色の見たことがないアメでしたが、美味でした」

 「そ、それ!!」

 

 あちゃあ、やっぱりこうなった!もう3人目の被害者が・・・というか、原因が分かっても理由が分かんないんだけど!?なんで鳥木がなんかこう・・・こういう感じになってんの!?

 

 「それはボクが発明した『ふしぎなアメ“ルモ”』!!なんとこのアメは、一粒舐めると10年の時を自由に行き来することができる超優れもの!!まさに世紀の大発明!!これでボクは駄菓子業界を席巻して、小さな駄菓子屋を町から駆逐してやるんだ!!うぷぷぷぷぷ!!オッティモ!!」

 「意味が分かりません」

 「10年の時を行き来とは・・・では私がいるここは一体?」

 「違う違う、実際に時間を操作できるわけないでしょ。移動するのは、10年の時間を隔てたオマエ自身!!このアメは、青色を一つ食べると10年肉体が年をとって、赤色を一つ食べると10年肉体が若返るのさ!!」

 「説明を聞いても意味が分かりません」

 「ってことは・・・今の鳥木は10年後の姿ってこと?」

 「未成年だったのが一気に三十路前に!見た目は大人!頭脳は思春期真っ盛り!どうやら鳥木くんの場合はなかなかに絶望的な未来のようだけどね!主に頭部が!!」

 

 信じられない・・・身体が老けたり若返ったりするなんて。でもこの鳥木の状況を見るに、それも納得できちゃう。っていうかそうだとしたら鳥木って若干30歳でこの感じに・・・なんか、うん、もうなんかって感じ。

 

 「実に不思議なアメですね。いかがでしょうか、10年後の私は?どこかに鏡はありませんか?私も10年の時を過ごした自分というものを見てみたいです」

 「鳥木くん、それは止めとこう」

 「ええ、そうですね」

 「絶対鏡は見ない方がいいって!その・・・ヤバいから!」

 「なぜお三方とも私の頭を見ているのですか。お願いですから目を合わせてください」

 

 高笑いを残して消えるモノクマ。微妙な空気に捕まったあたしたち。資料館なんか寄らなきゃよかった。それよりも、モノクマの言ったことが本当だとしたら、鳥木だけじゃない。少なくともアニーと晴柳院ちゃんも同じようなことになってるはず。これ以上犠牲者を増やさないためにも、早く滝山を捕まえないと!笹戸が言うには、滝山は植物園の方に向かったって。ホントにもう手がかかるわね!じっとしとけ!

 

 

 

 倉庫横の山道から植物園に入ろうと、ドアを開いた。そしたら、ちょうど反対側から走ってきてたピンク色とぶつかった。危ない!

 

 「きゃっ!あ、あぶない!」

 「あうっ!あ・・・ご、ごめんかなっち!」

 

 ぶつかったのは有栖川ちゃんだった。なぜか手に針と糸を握って、ものすごい形相になってる。そんなのとぶつかったんだあたし・・・。というか、どういう状況?

 

 「こっちこそごめんね有栖川ちゃん。どうしたの?」

 「そうだかなっち!あのアホ猿みなかった!?あいつ、アニーに・・・!!」

 「えっ・・・?ア、アニーが・・・?」

 「ちょっとこっち来てよ!」

 

 そう言って有栖川ちゃんは、あたしの手を引いて植物園の奥まで走った。モノクマフラワーが咲いてる花壇の裏手に回ると、そこには六浜ちゃんもいた。花壇に座り込んで茫然としてる。それからその周りの雑草をとにかく引っこ抜いてる小さくて色黒で外国人みたいな顔つきの女の子・・・も、もしかして・・・。

 

 「見てよかなっち!この子!」

 「アニー・・・!」

 

 青いアメを一つで10年分年をとって・・・赤いアメ一つで10年分若返る・・・!!確かアニーも滝山からアメを貰ってた・・・!!っていうことはこの女の子は・・・!!

 

 「アニー!!?」

 「きゃっ!?あっ・・・カ、カナタ、どうしたの?そんなにあわてて」

 「慌てるわよ!あなた今の自分の状況分かってんの!?」

 「ええ。ダイオったら、おかしなドロップもってくるんだからびっくりしたわ。でもなんだかたのしいわ。まさかもう一回こどもになれるなんて」

 「ものすごいプラス思考・・・っていうかおかしくない!?なんでアニーが小さくなっちゃうの!?」

 「ええと・・・話すのめんどくさい。取りあえずかくかくしかじかで・・・」

 「やっぱあの猿の仕業か!!」

 

 正確にはモノクマの仕業なんだけど、熊と猿が手を組んだらめちゃくちゃヤバいってことだけははっきり分かった。滝山はきっと悪意はなくて、ただアメをみんなに配ってるだけのつもりなんだ。だからこうやって食べちゃう人がいる。

 

 「っていうかアニー、なんでずっと雑草抜いてんの?」

 「なんだかこの体になるとね、休まずはたらかなきゃって気になってくるのよね・・・」

 「重い!!重すぎるよアニー!!」

 「ところで六浜ちゃんはどうしたの?六浜ちゃんも滝山のアメ食べた?」

 「アメは食べてないみたいなんだけど、ちょっとパニクってるんだ」

 「?」

 「ア、アニー・・・アニーの・・・こども・・・・・・?たきやま・・・アニーの・・・・・・・・・たきやまとアニーの・・・こども・・・?へへっ・・・」

 「勘違いと飛躍と妄想がからんでまざってなじんでるうううううううッ!!!」

 

 なにこのカオスな空間!っていうかここにも滝山いないし!あと有栖川ちゃんは怒るの分かるけど、こんな状態の二人を放ってどっか行けないよ!特に六浜ちゃんがまずい!!

 

 「ダイオならオブザベイトリーの方に行ったわ」

 「展望台ね!ありがとう!有栖川ちゃん!悪いけどアニーと六浜ちゃんみてて!あいつはあたしが必ず!捕まえてやるから!」

 「・・・分かったよ。頼んだよかなっち!今度こそあいつの指を全部縫い付けて水陸両用モビルスーツみたいにしてやる!!」

 

 ここまで来るとわざと滝山を逃がした曽根崎にもう一発くらい蹴り入れとけばよかった!ホントにあの緑色は!!清水が怒る気持ちも分かるわ!!自然と強くなる歩調を早めて、展望台に走って行った。

 

 

 

 展望台には誰もいなくて、ここでは何も事件は起きてないみたいだった。ただ、この先の山道を下ると最初の寄宿舎前に戻るし、その途中には発掘場もある。脚には自信があるけどさすがに“超高校級の野生児”に身体能力で勝てるなんて思えないし、何か罠でも仕掛ける方が得策かしら・・・。ひとまず発掘場を探してみることにした。

 

 「たきやまぁぁああああああああああああああああああああああッ!!!」

 「ぎゃーっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」

 「わはははははははははははッ!!ケッサク!!」

 「ッ!?」

 

 あたしが叫ぶより先に、発掘場の方から聞いたことのあるようなないような、怒鳴り声が聞こえてきた。でもそれと一緒に、ゲスな笑い声と豪快な笑い声も聞こえてきた。なんなの?もしかしてここにもまた被害者が?みんな滝山からアメもらいすぎ!!

 

 「あっ・・・」

 「ん?おお石川www見てみろよこれwwwめちゃくちゃ面白えぞwwwwww」

 「ッ!!見るな馬鹿!!俺に近寄るな!!」

 「・・・ぷっ」

 「ッ!!き、貴様・・・!!」

 「どうどう。ほれ、そんなものを振り回すと危ないぞ」

 

 発掘場では、いつも通り明尾ちゃんがいて、よく外をぶらぶらしてる屋良井もいて、その二人に囲まれてちっこい・・・ちっこい古部来が顔を真っ赤にして怒ってた。あの古部来がこんな怒り方するの初めて見た。アメの効果で精神年齢も少し下がってるのかも知れないわね。

 普段とのギャップが大きすぎて、あたしも思わず噴き出しちゃった。それが余計に古部来のプライドに障ったみたい。

 

 「石川!!滝山を今すぐここに連れて来い!!あの大馬鹿者め!!目に物見せてくれる!!」

 「ぜんっぜんこわくねーーーーwwwガキが粋がっても迫がねーぜ?なあ、ちびらいwww」

 「古部来の名で遊ぶなァ!!!」

 「どわーっはっはっはっはっはっは!!」

 「ふふっ」

 

 あの古部来がこんな必死になって屋良井に殴りかかって、それを頭を抑えられて止められてる。笑うわよこんなのwww

 滝山に怒ってるし、やっぱり古部来も滝山からアメを貰ったんだ。古部来って案外甘いもの食べるし、まあなくはないけど・・・。でもやっぱりここにも滝山はいないみたい。

 

 「滝山なら山を下りて行ったのう。食堂に食べ物を探しにでも行ったのではないか?」

 「食堂には曽根崎が待ってるはずよ。あんだけやったから、見つけたら絶対捕まえてるはず」

 「何をしたんじゃ・・・。では部屋か、多目的ホールじゃろう。滝山のことじゃ、医務室には行くまい」

 「はあもう・・・頭痛い」

 「あ〜、おもしれェ。なあ、あのアメってもうねえのか?もっと遊べそうじゃね?」

 「やめろ!!」

 「貴様ら・・・屋良井に明尾に石川・・・!!この屈辱、決して忘れんぞ!!元の体に戻った時にどうなるか心しておけ!!」

 「スゴむなスゴむなwwwおもしれえからwww」

 「いつになれば元に戻れるのやらのうwww」

 

 屋良井と明尾ちゃんは笑ってたけど、あたしはそこではっとした。そうだ、もしこのまま元に戻れなかったらどうするんだろう・・・?そりゃアメを舐めれば体は元に戻るかも知れないけど、こんな得体の知れないものを二つも食べて、何の影響もないなんてことあり得るのかな?もし一回しか効果がないなんてことになったら、ずっとこのまま?

 

 「あ、あたしもう行くね!」

 「おうwwwまた後でなwww」

 

 

 

 山道を駆け下りて、食堂に一回寄ってみた。曽根崎が正座して滝山を待ってる。ここには来てないみたい。一応カマかけてみたけど、本当に来てないみたいだった。曽根崎にあたしのカマが通用したかは分かんないけど。あいつの行動パターン的に、そのまま部屋に戻るなんてこともないはず。そしたら逃げ場がなくなるし、何より他の人にアメをあげられない!っていうことはあいつが行くのは一つ!

 

 「ホールだ!」

 

 大急ぎで多目的ホールに向かった。一応医務室も覗いてみたけど、やっぱり誰もいないし誰かがいた形跡もない。ということは滝山は、ホールにいるんだ!急に滝山が飛び出してきてもいいように、しっかり身構えて重い扉を開いた。でも、何も出て来なかった。

 代わりにいたのは、舞台袖の階段で蹲ってる晴柳院ちゃんと、その横に飯出と望月ちゃんがいた。飯出は滝山探しに行ったんじゃなかったの?それはさておき、見たところ3人とも子供に戻ってないし、大人になったって感じもしない。いつも通りだ。

 

 「飯出!滝山はここに来た?」

 「おう、石川か。いいや、来てねえ。俺ァずっとここで晴柳院の相手してたから、ぜってえだ」

 「晴柳院ちゃん・・・どうしたの?」

 「滝山大王からアメ菓子をもらって食べたそうだ。モノクマが言うには、肉体が老化したり若返ったりするアメだそうだ」

 「ああ、そういえばそんなこと言ってた。でも・・・」

 「あっ、石川ちょっとま」

 「晴柳院ちゃん変わってなくない?」

 「ッ!!」

 

 もう喉まで出て来てる言葉を止めるのに、飯出の制止は遅すぎたみたい。だって絶対そう思うじゃん!10年若返ったにしても、10年年取ったにしても、晴柳院ちゃんはいつもの晴柳院ちゃん過ぎて、なんでって思うわよ!

 でも本人にとっては結構大きな問題だったみたい。悪いこと言っちゃった、と気付いた時にはもう遅かった。晴柳院ちゃんはまた、泣き出しちゃった。

 

 「ううぅ・・・そうなんです・・・変わってないんです。うちが食べたのは青いアメ・・・・・・せやから、今のうちは大人になりきったうちの姿なんです・・・。やのに、やのに背も伸びてへんし・・・」

 「あ・・・」

 「まだ成長期が来てないだけや思ってたのに・・・いつか石川さんとか有栖川さんみたいになれるってちょっと思うとったのに・・・」

 「気にするな、晴柳院命。そもそもその姿が真に10年後のお前の姿と確定したわけではない。実際に10年経たなければ確認のしようがない」

 「そうだぜ!それにくよくよする必要はねえぜ!!チビっこいのも俺は全然イケっからよ!!むしろ石川みてえに立派なもんよりお前くらい控えめな方がこうh」

 

 次の瞬間、あたしの右膝が飯出の顔面を陥没させた。

 

 「滝山大王はここには来ていない。アメを配るのが目的ならば、まだ会っていない人物がいるところに行くはずだろう」

 「そうね・・・鳥木、笹戸、穂谷ちゃん、アニー、有栖川ちゃん、六浜ちゃん、明尾ちゃん、古部来、屋良井、曽根崎、望月ちゃん、飯出、晴柳院ちゃん、それとあたしに会ったから、あとは・・・」

 

 

 

 その光景を見て、あたしは茫然とした。なんなのこの光景・・・。部屋中のものがひっくり返って、ベッドはしわくちゃになっちゃって、その真ん中には部屋の主であるはずの清水が、ぐったりと倒れてる。そして遂に見つけた。アメのビンを持った滝山が、部屋中を暴れ回ってる。しかもちっちゃな子供の姿で。

 

 「ナニコレ・・・」

 「ん?うひゃっ!いしかわ!」

 「あんた何してんのよ!清水これ・・・まさか」

 「・・・・・・ク、クソが・・・!!たきやまテメェ・・・!!」

 「あ、生きてた」 

 「わけわからねえ姿になってると思ったらなんなんだこいつ!!おい石川!!さっさとこいつ連れてけ!!」

 「偉そうに命令しないでよ!言われなくても連れてくっつうの!ほら滝山!観念しなさい!」

 「やだねー!」

 

 性格も見た目もまんま子供で、ベッドの上を跳びはねてたと思ったら床を転がってシャワー室に逃げ込む。追いかけると脚の間を這って通り抜けて、テーブルの下に潜り込んだ。捕まえようとしゃがんだら椅子を転がして目くらましをするし、壁に貼り付いてトカゲみたいに逃げ回る。いくらなんでも野生児のレベル超えてるでしょ!

 

 「しみずしみず!たすけてくれよー!アメやるから!」

 「いらねえし食ったらテメエみてえになるんだろうが!誰が食うかそんなもん!」

 「清水!こうなったら挟み撃ちよ!さっさと立ってそっちから!」

 「うるせえぞクソ女!人の部屋で暴れんな!滝山もろとも出てけ!!」

 「それができたら苦労しないってば!手伝ってよ!」

 

 どたんばたんと暴れ回るせいで部屋がどんどんめちゃくちゃになっていく。なのに全然滝山を追い詰められない。部屋のドアを閉めたから外には逃げないけど、狭い場所で動くから身体のあちこちが痛い。なんでビン持った子供一人、高校生二人いて捕まえられないのよ!

 

 「ッ!おい石川、そっち行け」

 「なによ!」

 「ガキ捕まえんだろ!いいからそっち行け!ベッドの反対側だ!」

 「つかまんねーよーだ!」

 「ッ!そういうことね!このッ!」

 

 急に何かを閃いたらしい清水に言われるがまま、あたしと清水はベッドを挟んで反対に回った。滝山の逃げ道を塞いで、跳びはねる滝山から道を奪っていく。そして、滝山がベッドに向かって飛び出した。その瞬間、あたしと清水は同時に、シーツの裾を思いっきり持ち上げた!

 

 「それっ!」

 「ぎゃっ!?な、なんだあ!?」

 「ふん縛れ石川!」

 「なんであたしが・・・普通こういう時は男がやるもんでしょ!」

 

 着地点であるベッドが滝山に覆い被さって、シーツの四隅を縛って滝山をその中に閉じ込めた。子供の大きさになってるせいで、ぎりぎりシーツに収まる。

 

 「んぎゃー!だせくぬやろー!ずりーぞおまえらふたりで!」

 「やっと捕まえた!」

 「さっさとそれ持って出てけ・・・クソが、どうしてくれんだこの部屋・・・」

 「こいつに片付けさせたらいいじゃない。まずは元の姿に戻すことだけど・・・」

 「戻んのか?」

 

 暴れても、動き回られなければ負けっこないわ。ようやく長い戦いが終わった・・・と安心してたら、なんかシーツがキツくなってきた。

 

 「ん?」

 「え?」

 「んんん・・・うぐぐぐっ・・・!!」

 

 縛ったシーツからたるみがなくなって、シワが細く鋭くなってくる。ミシミシギシギシと音をたてるシーツが、少しずつ膨らんでるような・・・そしてついに、持ち手の部分の繊維が高く短い音を立ててほどけた。

 

 「えっ!?えっ!?な、なにこれ!?」

 「・・・ま、まさか・・・!!そういやこいつさっき、またアメ舐めてたぞ・・・!!」

 「はあ!?うわっ!も、もう無理・・・!!」

 「んだああああああああああああああッ!!!」

 「「ぎゃああああああああああああああああああああッ!!?」」

 

 縛った持ち手の布が弾け飛ぶ。シーツは跡形もなく惨めに破かれて、中に閉じ込められてた滝山がタマゴの殻を破るみたいに飛び出してきた!しかも、普段の滝山よりも少し背も髪も伸びて、筋肉もさらに鍛えられた身体になってる!

 

 「おれはつかまんねーぞ!!とりゃーーー!!」

 「うおおおっ!!?壁を蹴破りやがったあ!!?」

 「また外に逃げる・・・もういやあああああああああああああッ!!!」

 

 あたしの叫びを無視して、滝山は風穴があいた壁から出て行った。

 

 

 

 一方、そのころ食堂では。

 

 「あのアメ、いくつか同時に食べるとどうなるの?」

 「うぷぷぷ!アメ一個の効果がそれぞれ発現する仕様だよ!つまり青色を10個食べれば一気に100歳年をとって、赤色を10個食べれば100歳若返る!オマエラだったら20年も戻ればオタマジャクシどころかこの世に影も形もなくなるだろうけどね!」

 「・・・あのアメは直接の死因にはならない、って言ったよね。つまりあのアメの効果によってヒトじゃない時間まで巻き戻されたり、老化現象を利用した場合は、あのアメを凶器に殺人を犯すことができるってことだよね?」

 「ぶひゃひゃひゃひゃひゃ!!さっすが曽根崎くん!!そうだよ!!あのアメを使えば、気になるあの娘を受精前に戻すこともできるし、意図的に老衰死を引き起こすこともできる!!スンバラシー発明しちゃったよねーーー!!!ボーノ!!あ、国間違えた!!」

 「受精前じゃ、死んだことが確認できても“死体”が発見されないじゃないか。影も形もなくなるんでしょ」

 「・・・・・・あッ!!」

 「老衰殺人っていうのは興味深いけど・・・もうこの合宿場のみんなが、あのアメは危険だって気付いてるよ。滝山クンのお陰でね」

 「え・・・え?じゃあ、ボクの大発明はどうなっちゃうの・・・?」

 「さあ?普通に捨てるんじゃない?」

 「ガーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!?」

 「残念だったね、キミの思うようにことは運ばないみたいだよ。解決策も分かったしね」

 「解決策ゥ?」

 「違う色のアメを食べればプラマイ0だよね。複数食べたらそれぞれの効果が同時に発現するんでしょ?」

 「・・・」

 「まあ取りあえず、面白いから今日のところは放置しておこうかな。キミにとってはツマラナイかも知れないけどね」

 

 

 

 結局その日は滝山を捕まえることができなくて、部屋に戻った滝山が寝たタイミングを見計らってビンを奪った。曽根崎から聞いたら、違う色のアメでプラマイ0にできるらしいから、朝一でアメを食べちゃったみんなに配ることにした。

 モノクマは曽根崎に言わなかったらしいけど、どうやらあのアメは一日経てば効果がなくなるらしくて、しかも身体の変化にエネルギーを使うからその日の記憶も曖昧になるみたい(詳しいことは分かんない、難しそうなんだもん)。

 

 「んが〜〜、なんかあさからかったりーなー。きのうなにしてあそんでたっけ?」

 「テメエぶっ飛ばすぞ」

 「なんで!?うえ〜ん!しみずがこええよ〜!」

 「こわがらせちゃダメよカケル。こどもはそういうの・・・すごくトラウマになっちゃうんだから」

 「説得力がマジで違うね。アニーのやみハンパないわ」

 「実に不愉快な夢を見た気がするな・・・おい屋良井、明尾。貴様ら昨日、俺に何かしたか?」

 「さ、さあな・・・何のことやら」

 「のう。ゆ、夢の話じゃろう?」

 「鳥木君、これからは毎日ワカメを一株食べなさい」

 「海藻にはすごく良い効果があるんだよ!特に鳥木くんにとっては!ボクが美味しく料理してあげるから!」

 「は、はあ・・・ありがとうございます。ですがなぜ海藻なのですか?」

 「晴柳院、俺は背伸びしねえ今のままのお前の方がいいと思うぜ!な!だから自分を卑下すんな!自信持てよ!」

 「現状維持だな」

 「なんでうちにそれを・・・?というか何の話ですかぁ?」

 「はて、昨日は大きな衝撃を受けたような気がするのだが、なんだっただろうか・・・。子供・・・?いや、まさかな」

 

 あの騒がしい一日がウソみたいに、今日は平和だった。今では、あのアメはゴミ箱の中。記憶のないみんなには、もちろん全部秘密。なぜなら、言っちゃうとまた特別騒がしい一日になりそうだから。




本編じゃありませんが、どうぞ。
今回も新しく書いた小話を載せております。あくまで本編とはパラレルとお考え下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

バレンタインSS

 

 【清水と望月の場合】

 2月14日は、世間一般でバレンタインデーというイベントが執り行われている。外国の風習を自分たちに都合良く解釈して導入する日本らしく、このバレンタインデーも本来の形からは大きく離れているらしい。誰が何の意図でその様に改変を加えたかは私の知るところではないし、別段興味もない。だが、女子たちは平常時より興奮気味にチョコレート菓子作りに興じていたため、私もその輪に加わることにした。

 

 「で、なんで俺の部屋に来てんだよ」

 「私は廊下で済ませてもよかったのだが、部屋にあげたのは清水翔の方だろう」

 「アホメガネがうろついてんだろ」

 「曽根崎弥一郎にやり取りを目しされることで不都合が生じるという論は導き難いが」

 「冗談じゃねえ。あることねえこと言いふらされるだろ」

 「私との会話が流布されることは不都合か?」

 「…もういい、用はなんだ」

 

 私は背に隠したケースを両手で差し出した。こうすることで渡される相手は喜ぶのだと、石川彼方に教わった。

 

 「そういうのは無表情で流れるようにやることじゃねえぞ」

 「そうなのか」

 「なんだこれ」

 「勘違いしないでよね。別にあんたのために作ったわけじゃなくて、みんなで作ったやつの余りなんだから」

 「取りあえず言えばいいってもんじゃねえぞ。なんだ?模型か何かか?」

 「マシュマロやベビーカステラを、カラーチョコと練乳や生クリームなどを混ぜたクリームでコーティングしたものだ。惑星に見えるように石川彼方にあしらってもらった」

 「お前にしちゃ凝ってると思った」

 「題してチョコレートプラネットだ」

 「クソくだらねえわ」

 「では渡したぞ」

 「いやちょっと待て。お前、なんで俺にこれ渡した」

 「バレンタインデーは好きな人にチョコレートを渡す日なのだろう」

 「…好きな人ってのはどういう意味だ」

 「任意の相手」

 「んなこったろうと思った」

 

 有栖川薔薇はそう言っていたのだが、どうやら私の解釈は誤りがあったようだ。清水翔が言うには、この場合における好きな人とは任意の人物ではなく、好意を寄せる相手という意味らしい。

 

 「ほう」

 「っつうわけだ。ホラ、これ持ってどっか行け」

 「……ではやはりお前に渡そう」

 「なんでだよ」

 

 


 【古部来と六浜の場合】

 

 希望ヶ峰学園にいる間も、各自の才能の慎重のために課外活動は特に推奨されている。古部来のような場合は、テレビ大局に出演すれば才能研究だけでなく学園の宣伝にもなることになるので、一石二鳥だ。私は学園側の代表として、対局が行われている旅館に来ていた。相手は古部来より段位が上のベテラン棋士。熾烈な攻防が盤上で繰り広げられ、食事休憩を挟む。古部来は注文したカツ丼を平らげると、懐から何かを出した。ヤツには似合わないかわいらしい色合いのラッピングが施されたあれは…!?

 

 「ほあっ!!?」

 

 対局が行われたのは2月13日。明日は世に言うバレンタインデーだ。1日早いとは言え、このタイミングであんな意味ありげなラッピングからチョコレートが出てくるとは…!実を言うと、古部来はテレビにもときどき出演しているせいか学園内外にファンがいる。超高校級なのだからそれ自体はあまり珍しいことではないのだが、いかんせんモテる。年下やお年を召した方からの評判はすこぶる良い。ああいう贈り物があってもおかしくはない。おかしくはないのだが…。

 そこから先の対局は、糖分を補給した古部来がお得意の奇策と心理的駆け引きで勝利した。だがそんなことはどうでもいい。対局が終わって学園に帰る道中、古部来を問い質した。

 

 「まずは勝利だな。おめでとう、と言っておく」

 「あの対局の何がめでたいものか。俺を侮り序盤から本気を出さなかったヤツの自滅だ。棋士道精神の欠片もない」

 「ところでだ。お前、休憩中にチョコレートを食べていたな。あんなかわいらしいラッピング、まさか自分で買ったわけでもあるまい」

 「…自分で、買った」

 「嘘を吐け」

 「嘘と断じる根拠がどこにある」

 「自分でチョコを買うことこそあれ、あんなラッピングをするわけがないだろう。況してやお前が」

 「巷は浮かれきっているからな。勝手にラッピングされた」

 「あるかそんなこと。そもそもラッピングされるような店で間食用に買うヤツがあるか」

 「貴様には関係ないだろう」

 「反論を止めたな?」

 「不毛だからだ」

 「誰からもらったのか言え」

 「断る」

 「断るな」

 「頑として断る」

 「学園に着くまで終わらんぞ」

 「学園に着くまで断り続ける」

 「そこまで言いたくないのか…!まさか…!」

 「…」

 

 頑なに質問に答えることを拒む古部来は、それ以上何も言わなかった。これはまずい…!いや、別に何もまずくはないのだが、私は焦っていた。なぜ焦っているのか。古部来に誰がチョコを送ろうと、私には関係のない話…それは分かっているのだが、どうにも捨て置けん!!

 そういうわけで、モノクマを呼び出してチョコレート菓子を作る設備を整えさせた。ぶつくさ文句を言っていたが、有栖川が多目的ホールに特設キッチンを設営するよう要求したのを皮切りに、女子全員があれやこれやと注文を付け始め、しまいにモノクマは尻を叩かれヒィヒィ言いながら一晩で創り上げた。

 料理経験はあまりないがレシピなら頭に入っている。知識の限りを振り絞って、市販のチョコレートを溶かし、なんとなく将棋の駒に見える形の型に流し込んでいく。固まったものを丁寧にラッピングし、やっと出来上がった。いざ手に持つと、これを手渡ししなければならない実感が湧いてきて途端に顔が熱くなってくるが…。ええい、ままよ!

 

 「おい古部来!」

 「しつこいな貴様は。答えんと言っているだろう」

 「そうではない。その…しょ、将棋を指すのは、頭をつ、使う、だろう。の……脳の活動は多量の糖分を必要とするが炭水化物は糖分摂取の効率はいいが腹に溜まって一度に量が摂れん糖を直接摂取する方が効率的かもしれんと思ったのだがチョコレートなどがうってつけだろうちょうどここにチョコレートがあるのだが(一息)」

 「チョコレートを渡すのならあれこれ御託を並べるより、拙くも簡潔に渡す方がよっぽどマシだな」

 「むぐぐ…す、素直に受け取れんのか貴様は!人が恥を忍んで渡しているのにだな!」

 「フンッ」バリバリ

 「まったく…ん?なんだこの手紙は」

 「むっ?ぬあっ!おいやめろ読むな──!!」

 『竜馬へ。今年もお母さんから一足早いバレンタインのチョコレートを贈ります。うちには大量のチョコが贈られてきて、お弟子さんたちは毎日鼻血が止まりません。お父さんは私があげたもの以外には手を付けようとしないので、お母さんは嬉しいやらお弟子さんたちに申し訳ないやら、複雑な気持ちです。竜馬もお父さんに似て、特別な人のチョコしか食べようとしないから、早くお母さん以外にチョコを食べさせてくれる人を探してね。イケメンに産んであげたんだから、探すまでもないと思いますけど。おほほ』

 「…!」ボフッ

 「くっ…不覚…!」




大遅刻ですが、バレンタインSSです。
当然ですが、本編とは何の関係もありません。
遅刻した割りには大して甘くもねーな。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

解説編『後のお祭り』
Prologue.1「覆水は盆に返れない」


 

 こちらは、『ダンガンロンパQQ』の解説になります。

 本編を読了していることを前提に執筆しているため、本編についてのネタバレが多分に含まれています。

 まだ本編を読まれていない方はご注意ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「創作論破『ダンガンロンパQQ』、解説編『後のお祭り』をお読みいただいているみなさん、こんにちは。たくさんある創作論破の中から本作を選んでいただきありがとうございます。本作は『ダンガンロンパQQ』の本編解説を行うお祭り企画です。ボクは、Prologue.1『覆水は盆に返れない』の解説を担当する、希望ヶ峰学園1年生、“超高校級の広報委員”こと、曽根崎弥一郎でーす!よろしくね!そして!」

 

 「希望ヶ峰学園2年生、生徒会学生課生活指導係、“超高校級の予言者”、六浜童琉だ。よろしく頼む」

 

 「堅いなあのっけから!それに改めて聞くと肩書き多いし長い!もっと簡潔にまとめられないわけ?」

 

 「いきなり肩書きにダメ出しをされるとは思っていなかった。仕方がないだろう。この解説を読んでいる皆様に、私が一体何者なのかをきちんと理解していただかなければ、誰が喋っているのか気になって話が入って来ないだろう」

 

 「解説を読んでる時点で本編には目を通してるんだから、そこまで細かく説明する必要も無いと思うけど」

 

 「世の中にはどんな人間がいるか分からないからな。解説から読むという奇行に走る人間がいてもおかしくない。私たちの物語が完結してから時間が経っていることだしな」

 

 「いきなりメタいこというね。まあともかく、最初の解説はボクとむつ浜サンの二人でお送りするよ!よろしくね!」

 

 「待て。よろしくするな。そもそもこの走り書きのような何かが一体なんなのかの説明がないこともさることながら、今さらっと勢いに乗せて進めようとしただろう。そうはいかんぞ。むつ浜ではない。私の名前は六浜だ」

 

 「ハイ、お決まりの訂正ありがとうございまーす」

 

 「お決まりの間違いをするからだろう!言っておくが私はその渾名に一度として納得したことはないからな!むっつりスケベの六浜という意味だろう!そんな不名誉な渾名断じて認めるわけにはいかん!」

 

 「大きい声出さないでよ。分かった分かった。とにかく今回はこんな二人で解説をお送りするよ」

 

 「やるだけやろう。まるで見通しが立たんがな」

 

 「むつ浜サン。予言者なのにね」

 

 「だからむつ浜と呼ぶな」

 

 

 

 

 

 「さあ、というわけでPrologue.1『覆水は盆に返れない』の解説を始めるよ。記念すべき最初の一文にして最初の一言は、望月サンのセリフからだね。こういう第一文って、いわば小説自体のスタートダッシュでしょ。ここって実はかなり重要なところなんだけど、これはどうだろう」

 

 「変にひねって長くなってしまったり外してしまったりするよりは、普通の書き出しでいいと思うのだがな。「そこを移動してはくれないか」って、小説の冒頭としてインパクトがあるとはあまり言えないような気がするぞ。まあ、望月にそのつもりはなかったのだろうが。書き出しといえば、かの文豪、夏目漱石の『吾輩は猫である』が最も有名かつインパクトも大きいだろう」

 

 「『坊っちゃん』とかもね。最初の一文で主人公の説明を、これ以上無いほど端的にしちゃうんだよね。あとは太宰治の『走れメロス』とか。「メロスは激怒した。」って、インパクトあるどころかミスリード誘ってるよねもはや。ボクはじめて呼んだとき、ああこのメロスって人はすごく気が短くてせっかちな人なんだなって勘違いしちゃった。そのくせタイトルが『走れメロス』ってメロスに命令してるもんだから、一体このセリフはどんなに気が短い人が言ってるんだろうってそわそわしながら読んだ記憶があるよ」

 

 「きちんと読めばその後の文章で、メロスが正義感あふれる若者だということは分かるのだがな」

 

 「それはそうと、この始まりからわかるように、コロシアイが始まるより前から、清水クンと望月サンはこんな感じで顔を何度も合わせていたんだね。とはいっても、清水クンは望月サンのことをうざったいヤツくらいにしか思ってなかったみたいだけど」

 

 「よく顔を合わせるがあまり知らない間柄ということだな。望月も望月で、どこかで見た顔と言っているぞ。この二人、本編でこそペアの様に扱われているが、実際コロシアイという状況にでもならなければお互いがお互いに興味などなかったのではないか?

 

 「そうかなあ?ボクは二人のことお似合いだと思うけどね!ガンガンせめてく望月サンにおろおろする清水クンとか超面白かったし!あはは!」

 

 「全然笑えない、いやしかしそうえいば、あの二人があれほど親密になった背景には、少なからず曽根崎の影がちらついているな。お前が面白がってあの二人をくっつけようとあれこれしているうちに、本当に二人ともその気になってしまったということか?」

 

 「清水クンはどうだか分からないけど、望月サンは途中から完全に清水クンに興味を持ってたよね。どういう種類の興味か知らないけど。学術的興味とか言ってたけど、性格変わる前の望月サンも清水クンには多少の関心があったみたいだし。純粋な恋愛感情もあったんじゃない?無自覚だったことは断言できるとしても」

 

 「序盤から中盤にかけての清水のどこにそこまで惚れ込んだのか。私には到底理解できんがな。あの時の清水は本当にひどいものだった」

 

 「あ、でもボクが思うに、清水クンって望月さんといい感じになってる一方で、実は六浜サンのことちょっと好きだったんじゃないかなって思うんだ」

 

 「…………は?」

 

 「最初はそんなに接点なかったけどさ、三章のおんぶ事件とか、五章の時の信頼とかさ。あと六章で六浜サン、なんか清水クンだけ特別に呼び出して話してたりしてたじゃん!清水クンも清水クンで望月サンに呼び出された時より素直だったし、なんか裁判中もすっごい責任感じて六浜サンの名前しきりに出してたし」

 

 「や、やややややややめろ!私と清水の関係を協調するようなシーンを選りすぐるな!この狭い合宿場内で16人もの高校生が生活していれば、否が応でも顔を合わせる機会は多くなるだろう!たまたまだたまたま!」

 

 「えー?そんなに否定する?じゃあ六浜サンは、清水クンに好かれるのはイヤなの?」

 

 「……イ、イヤというほどのことではないが……そ、それでも、戸惑いは……する。告白したりとか、付き合ったりとか……れ、恋愛ごととは無縁だからな……。不純でなければ生徒同士の交際も認めるが……自分のこととなるとそれは別の話というか……

 

 「古部来クンといい清水クンといい、六浜サンの周りの男ってろくなもんじゃないね」

 

 「なぜそこで古部来の名前を出す!私が古部来とそのような関係にあるとでもいうのかあ!!ない!!断じてない!!」

 

 「あまり強い否定をするなよ。肯定して見えるぞ

 

 「なぜそこで愛染惣右介の言葉を改変引用した。と言うか曽根崎、お前さっき三章とか六章とか言ってたが、プロローグからそんな先の話をしてしまっていいのか?いくら企画ものとはいえ、一応時系列は守るべきだと思うぞ」

 

 「それを言ったら、冒頭でキミ生徒会の人間だってバラしちゃったじゃない。あれ確か五章で明らかになることだったよ」

 

 「いってしまったことをとやかく言っても詮無きことだ。これから気を付ければいい」

 

 「都合いいなあ。六浜サンってリーダー気質で責任感が強いところがあると思ってたけど、意外といい加減なところがあるんだね」

 

 「私も所詮は高校生だからな。完全であろうとする限り人は不完全なのだから、成人にも達していない私など至らない点は多くある」

 

 「自己評価が低い!ボクたちにあれだけのことしておいて不完全とかよく言うよ!」

 

 「だが結局失敗しただろう」

 

 「そうだけどね」

 

 

 

 

 

 「だいぶ話がそれちゃったけど、清水クンが職員室から自分の教室に帰って行ったよ。教室に着くまでの間で、自分の置かれた境遇と彼なりの学園生活観が語られたね」

 

 「はっきり言っていいか」

 

 「どうぞ」

 

 「ふざけるなッ!!

 

 「はっきり言ったねー!」

 

 「なんだこのパート!腐ったとまでは言わんが、性根の曲がった卑怯者ばかりではないか!私の預かり知らぬところで、希望ヶ峰学園の品位は地に堕ちていたのか!指導だ!指導してくれる!!」

 

 「おー、むつ浜サンが珍しくまっとうに憤慨してる。そんなに唾を飛ばして」

 

 「清水の周りにヤツの気持ちを理解してやれる者は一人もいなかったのか!希望ヶ峰学園の不手際で入学してしまい、才能にコンプレックスを持ったまま学園生活を送るなど、悲惨の一言に尽きるではないか!剰え、顔を見るなり陰口を叩いたり居心地の悪い空気を作るなど陰湿極まりない!ゲスだ!ゲスの極だ!」

 

 「怒ってるねえ。まあ秋藁クンたちも言ってるけど、希望ヶ峰学園も学校だからね。こういうのはどこの学校にもあるものさ。いじめたいお年頃なんだよ」

 

 「たとえあらゆる学校機関にいじめが遍く存在していようと、私の手の届くところで行われていたことが我慢ならない!この教室に乗り込んで全員説教してやりたい!この状況を放置してしまい申し訳なかったと清水に謝罪したい!」

 

 「どうどう六浜サン。これ解越だから。本編改変とか絶対やっちゃダメだから」

 

 「ふう……ふう……すまん、取り乱した。あまりにもあまりにもな状況だったからつい。」

 

 「気持ちは分からないでもないけどね。秋藁クンこれは陰湿だもんね。常に周りから馬鹿にされたり避けられたりいじめられたり、あっさり書いてあるけどこれ実際はかなりキツい毎日だったと思うよ。清水クンってトゲトゲしてたから本編だと分かりにくいけど、実はかなりいじめられっ子キャラなんだよね」

 

 「本編ではいじめをするような小さい人間はいなかったからな。というかそれどころじゃなかった」

 

 「六浜サンだったら、もし清水クンが合宿場でもいじめられでもしてたらどうしてた?」

 

 「なんだその質問!いやまあ、私がいる限りいじめなど起きさせもしないが、万が一そういうことがあれば、私はそのいじめたヤツを徹底的に指導する・そんな卑怯なこと“超高校級”の称号を持つ人間がすることではないとな!」

 

 「熱く語るね〜。もしかして経験あり?」

 

 「お前は相変わらず質問にデリカシーがないな。私は別にいじめられたことはないが、本当にあったらどうするつもりなのだ」

 

 「その辺で話を広げてみようかと」

 

 「重いわ!ただでさえ本編の清水が不憫で仕方ないというのに、解説の我々まで重苦しい話にしてどうするのだ!この企画自体が崩壊するわ!」

 

 「重い話と重い話の相乗効果で重力崩壊でも起きるのかなあ」

 

 「ブラックホールが発生するではないか!」

 

 「光さえ逃げ出せない究極の闇が冒頭から発生するなんて、この企画の将来が心配だよ。まあでもそれに引き付けられる人もいるんじゃないかな。ブラックホールだけに」

 

 「全然上手いこと言えてない!」

 

 「でもね、ボクもちょっとは清水クンのこと可哀想だなって思ってるんだよ。だから合宿場にいる間は楽しんでもらうっていう気持ちもあったの」

 

 「絶対ウソだ。お前はただ清水を弄んでいた。いじめとまでは言わなくともおもちゃにしていた」

 

 「人聞きが悪いなあ。そんなに清水クンに肩入れしないでよ。でもまあ、このお話しの清水クンに同情しちゃうのは仕方ないね」

 

 「いや、そうでもないのだ。話が逸れて言うタイミングを逃したが、私が怒っているのは秋藁たちだけではない。清水には申し訳ないが、ヤツにも言いたいことがある」

 

 「へえ。というと?」

 

 「たとえ希望ヶ峰学園への入学が不本意なものであって、自分の才能に自信がなかったとしても、それが学園生活を放棄し、風紀を乱し、自身を貶める理由にはならん!ヤツはヤツで意気地が無い!そんなに学園に不満があるなら我々生徒会に相談するという手がある!抗議という策もある!自主退学という道もある!ヤツはそれらを放棄するどころか、選択しようとすらせずに全てを投げ出したのだ!敵前逃亡どころか敵と向き合ってすらいない!その怠惰さが気に入らんのだ!」

 

 「そこねー。清水クンのクズなところだよね。目の前の問題をあきらめるならまだしも、問題自体を見て見ぬフリするっていうか。まあ清水クンらしいといえばらしいけど、その結果がこれだよね。周りの為すがままに任せて、何もせず文句だけは心の中で吐き出す。情けないったらないね」

 

 「私は悔しい!私は悲しい!私はむなしい!清水は生徒会を頼ることもなく、一人で抱え込むこともなく、自分自身から逃げ出したのだ!それを救ってやれなかった自分が悔しいし、それに気付けなかったことが悲しいし、今となっては全て後の祭りという事実がむなしい……ああぁ……なんということだぁ……」

 

 「そんな分かりやすく頭抱えないでよ。解説はしようよむつ浜サン」

 

 「ああぁぁううああぁぁ……ぐすっ」

 

 「えっ。うそ、泣いてるの?うそでしょ?ボクが泣かせたみたいじゃんやめてよ!」

 

 「済まない。まさか私もこんなことになるとは思わなかった。ただ解説をすればいいとだけ聞いてきたのだが、こんな重い話を聞かされることになるとは思わなかった」

 

 「ブラックホールができちゃうくらいだからね」

 

 「できてない。というかそれはもういいだろう。そんな種類の重さでは誰も寄ってこんだろう」

 

 「QQの、特に清水クンのキャラ設定の重さって他作品のキャラに比べて軽いというか、現実的な部分があるけど、だからこそ逆にシリアスな重さだよね。もっとポップな重さならいいのに」

 

 「重さにポップもシリアスもあるのか?清水がシリアスな重さだとして、ポップな重さとは例えばなんだ?」

 

 「片輪とか」

 

 「びっくりした!!いきなり何を言い出すのだ貴様は!!完全に放送禁止用語ではないか!!」

 

 「あとは記憶がなくなってるとか、人には言えない過去があるとか、そういう現実離れした重さなら読んでる方も軽く受け止められそうなのにねー」

 

 「私が軽く受け流せんわ!いくら二次創作の企画ものとはいえ言っていいことと悪いことの区別くらいはつけろ!」

 

 「大丈夫だよ。実際には伏せ字になるから」

 

 「ニュアンスでだいたいの内容は伝わってしまう気がするぞ。貴様、腐っても広報委員ならば言葉選びももっと慎重にできるだろう」

 

 「腐ってないよ別に。でもまあ言葉のプロではあるからね。慎重に過激でセンセーショナルな言葉を選んでるよ」

 

 「選び方が間違っている!なぜ私はこんなヤツと一対一で会話劇を繰り広げなくてはならないのだ!」

 

 「そういう采配になったんだから仕方ないじゃない。今更そんなこと言わないでよ」

 

 「そもそも、なぜ清水がメインの話で私と曽根崎が解説役なのだ?普通こういうのは話のメインでもあり主人公でもある清水が適役だと思うのだが」

 

 「清水クンがこの手の企画に乗ってくれると思う?」

 

 「ああ(察し)」

 

 「それに、この話の清水クンって可哀想でもあるけど徹底的にクズだからね。自分で自分のクズっぷりを解説させるのって、かなり鬼畜な采配じゃない?」

 

 「それもそうだな……。私でさえ思わず立ち上がってがなり立ててしまったのだ。清水がこのシーンを読んで、まともな精神状態でいられたとはとても思えん」

 

 「がなり立てるのはむつ浜サンだけだと思うけど」

 

 

 

 

 

 「なんて言ってる間に清水クンがみんなから帰れコールを浴びてるよ。しょっぱなからこんな目に遭った主人公は、後にも先にも清水クンくらいだろうね」

 

 「この謎の一体感はなんなのだろうな。よっぽど清水は普段から周囲から嫌われていたのだな。あの性格ならば無理もないか」

 

 「秋藁クンの話じゃ、授業妨害や無断欠席なんかもあったらしいからね。ねえ、全然関係ない話なんだけど、気になるからしていい?」

 

 「……なんだ。言うだけ言ってみろ」

 

 「創作論破って結局コロシアイがメインだから描写されることってほとんどないと思うんだけど、希望ヶ峰学園ってどういう風なカリキュラムで生徒を指導してるの?色んな才能の子を一箇所に集めて未来への希望として育成し、その才能を研究するって、かなり抽象的で中身が見えてこないんだけど」

 

 「思いの外まともな質問だな。よかろう。生徒会として答えてくれよう。だがあくまで、『ダンガンロンパQQ』という二次創作作品の中での希望ヶ峰学園のカリキュラムだということは念頭に置いて聞いてくれ」

 

 「画面の前のおともだちも、そこはしっかり理解してね!」

 

 「急に子供向け番組感を出すな。そして存在からメタな空間でさらにメタなことを言うな」

 

 「メタいものをメタと思えるあなたの心がメタい

 

 「あいだみつをの名作を雑にもじるな!何が何だか分からなくなってくるではないか!それで、我が校のカリキュラムについてだが、まず全学共通カリキュラムと、クラスごとの必修カリキュラム、そして選択カリキュラムの3つから成っている」

 

 「おお、意外とちゃんとした説明」

 

 「入学の段階で、才能ごとにある程度クラス分けがされるのだ。文系ならば人文学系才能や経済学系才能、法学系才能などに分けられ、理系才能なら数学・医学・物理学・農学などといった具合だな。他にはスポーツ系や、技巧系、芸術系、特殊技能系などに分かれる。どのような組み分けがされるかはその年の入学者の才能に依るから、クラス数やクラス毎の人数は年によってまちまちだ。全学共通カリキュラムとは一般的な航行での学習内容だな。人として備えておくべき常識や、人類の希望足る存在としての知識や品格を養う。これはクラスに依らず全員が履修する」

 

 「必修カリキュラムとは違うの?」

 

 「必修カリキュラムとは、わかれたクラスごとに設定された必修科目だ。理系ならば数学が代表的だな。文系ならば社会学といった具合だ。そして選択カリキュラムで、才能に合わせたより専門的な学習を進めていく。必修カリキュラムと選択カリキュラムは、大学で言う学部と学科に準えて考えると理解しやすいだろう」

 

 「ふーん。そんなんだったかなあ。あんまり覚えてないや」

 

 「本編では触れる必要のなかった設定だからな。そもそもこの設定は、この企画を書いている最中に考えたものらしいぞ」

 

 「触れるどころか影も形もなかったんじゃないか!なんで六浜サン自信ありげに説明しだしたの!?」

 

 「設定されたのは本編より後だが、設定上私は知っていなければならないことではあるからな。物語は終わっても作者が創作を止めない限り、我々は絶えず変化し続けるのだ」

 

 「なんだか深い話っぽくなってきたなあ。ボクはもっと軽い気持ちで、六浜さんと楽しくおしゃべりしながら本編の話もちらちらするっていう企画だと思ってたんだけど」

 

 「本編の話がメインでなくてどうするのだ!と言いたいところだが、振り返ってみると案外我々の話も脱線しまくっているな。まともに本編の話をしているとは言い難い」

 

 「そういうのもいいんじゃない?色々とアナーキーなQQらしいって」

 

 「アナーキーって……私としてはあまり納得のいく形容ではないが、まあ大きくは違わないだろう」

 

 「創作論破界に風穴を開ける作風がコンセプトの一つだからね」

 

 「……もしかして今、『アナーキー』と『穴あき』とをかけたのか?」

 

 「同じような意味じゃない?」

 

 「全然違うまるで違う大いに違う!アナーキーとはそもそも近代イギリスのような無政府状態やそれによる混乱を指す言葉だ!統制を失って混乱しているというのなら穏やかに物語の大筋を表しているかも知れんが、断じて同じような意味ではない!」

 

 「統制なら六浜サンがとってたじゃないか。古部来クン公認のリーダーでしょ」

 

 「あれで統制が取れていたというのなら、現実世界のどれほど秩序が行き渡った世界なことか。たった十余名の高校生をまとめられなかった私がリーダーなど、ちゃんちゃらおかしい話だ」

 

 「ちゃんちゃらおかしいとか柄にもない言葉使わないでよ。重力だけじゃなくてキャラまで崩壊しかけてるじゃないか」

 

 「まだ重力崩壊の話を引っ張るのか。もういいだろう。もともと何の話をしていたか忘れてしまったぞ。確か、清水がクラス全員から帰れコールを受けていたあたりまで進んでいたはずだ」

 

 「そこから、こんな主人公珍しいって話になったんだよね。でもこんな主人公だからこそ、冒頭部分から他とは違う描写になったんだね。普段の学園生活から始まるのって結構少ないでしょ」

 

 「そうだな。大抵は入学する前の時点から、希望ヶ峰学園の説明と軽い自己紹介から入るのが定石だろう。他のパターンと言えば、何らかの意味深長な会話や場面から暗転して校内で目を覚ますという流れか。いずれにせよ、主人公が自己紹介すらせずに第一話を終えるなど、今のところ私は見たことも聞いたことも」

 

 「そこへいくとこの話、清水クンの苗字こそ出てきてるけど、下の名前とか才能とか一切出てきてないんだよね。ホント、読者ほったらかしというかなんというか、いろいろと大胆ではあるよね」

 

 「原作はもちろん、他作品との差別化も大きなファクターだからな。果たしてこの1話でどれだけの読者を引き込めるのやら」

 

 「数字データなら得意分野でしょ?人気作品の傾向とか、閲覧数との相関関係とか分からないの?」

 

 「私が分かるのは作者が分かることだけだからな。それ以上はどうしたって分からん」

 

 「作者より頭のいいキャラは書けない問題みたいなこと?」

 

 「まあ……似たようなものだな」

 

 「なに?なんかいまいち納得してませんけどみたいな顔して」

 

 「いや、その問題に関して私は否定的な立場にいるからな。作者より頭のいいキャラは普通に書けると思うぞ。頭がいいということの定義の話になるから、ここではあえて言うまいと思ったのだ」

 

 「また脱線しそうだねえ。ボクは別に構わないんだけど、いよいよ何の話をしてるのか分からなくなりそうだからやめとこうか」

 

 

 

 

 

 「次は清水クンがやけくそになって教室から自分の部屋に逃げ帰るところだね」

 

 「逃げ帰ると言うな。普通に、帰ると言え。いやまあ、構図で言えば完全に逃げているのだが、さすがにこの状況で清水に立ち向かえと言うのは酷だろう。清水自身の暴言が原因とはいえ」

 

 「ホント、暴言になるとやたら饒舌になるよね清水クン。どういう舌してんだか」

 

 「この、「テメエら全員死んじまえ」というセリフ。実は深い意味が込められているのだとか。曽根崎、説明してくれ」

 

 「うーんとね。本編を最後まで読んだ人ならわかると思うけど、この清水クンのセリフとQQ自体の大オチを合わせて考えると、ただの暴言以上の意味にも聞こえるんだよね。洒落にならないんだ」

 

 「確かに洒落になってない。とんでもない」

 

 「それから、本編の中で清水クンはキャラ中トップクラスで暴言を吐くけど、「死ね」とか「殺す」とか言ったのは実は冒頭の何カ所かと最期だけなんだよね。迂闊にそんなことを言える状況じゃなくなったからね。その意味でも、コロシアイとかけ離れた環境でのセリフってことが際立つんだ」

 

 「なるほどな。男子高校生ならば会話の中でつい使ってしまいそうな言葉だが、作者も執筆中実は気を遣っていたのだとか。おそらく自力で気付く読者はいないだろうが」

 

 「分かりにくいよね。なんでそういうことを清水クンが言えなくなったかは、次のプロローグ2『鳴いた雉から撃たれてく』の解説で語られる予定だよ」

 

 「次の解説も私たちがやるのか?」

 

 「ううん。そっちはまた別の人がやるよ。ボクたち16人の中の誰か二人ってことは確定してるけどね。せっかくだからむつ浜サン、予言してみなよ」

 

 「『予言』ではない『推測』だ」

 

 「ハイお決まりの訂正その2。いただきましたー」

 

 「その件をフってくることは推測するまでもなかったがな。そうだな。今回清水が呼ばれなかったのは自分の重い話をさせるのが忍びないからということなら、次の話ならまだ話せるのではないか?というか、ヤツはどの話でもまともに解説などしなさそうだから、まだ自分の視点で物語が進んでいるプロローグのうちに1回は来るだろう」

 

 「ほうほう。じゃあ相方は?」

 

 「正直見当も付かん。相性を考えて穂谷と古部来はあり得ない。進行役ができない滝山と望月は除外だ。むろん私と曽根崎は除くとして、後のメンバーなら誰でもあり得そうだな。笹戸、石川、飯出あたりならなんとかなりそうだ」

 

 「むしろボクは古部来クンと清水クンの地獄の空間も見てみたいけどね。どんなことになっちゃうか面白そうじゃない?」

 

 「どちらも黙りっぱなしで話が進まんだろうそれでは。基本的にあの二人、コミュニケーションに関しては完全に受け身だぞ。受け身同士を采配してどうする」

 

 「沈黙を表現するっていうのも文章家の腕の見せ所ではあるけどね。二人とも何も言わない、気も遣わない殺伐さ加減を楽しむ新しいエンターテインメント。どう?」

 

 「どうって……悲惨な結果になるだろうな。予言どころか断言できる」

 

 「あはっ。じゃあ計画倒れだね。それじゃあ、今回はここまでかな。意外とたくさんしゃべれて楽しかったよむつ浜サン♫」

 

 「私も思いの外楽しかった。どうなることかと思ったが、案外どうにかなるものだな」

 

 「これで次オファーが来たときも安心だね。同じ組合わせにはならないだろうから、ボクとはもうこれっきりだけど」

 

 「次はもっと大人しくて常識のある誰かが来ればいいが……アニーや晴柳院を希望する。というか、できれば企画自体を勘弁願いたいが、そうもいかんのだろうな」

 

 「そんじゃあ画面の前の皆さん。才能なんてクソ食らえ!お相手は曽根崎弥一郎と!」

 

 「ちょっと待て。なんだそのラジオの最後のような別れの挨拶は。それと、その前に何か言っただろう。才能なんてクソ食らえ?なんだその口汚い上に論破作品全否定の文言は」

 

 「QQのキャッチコピーで清水クンの決め台詞。知らない?」

 

 「知ってはいるが改めて聞くとイヤだな。せめてもう少し柔らかい表現に変えられないか?というか、お前自身の決め台詞はないのか」

 

 「えー、文句が多いなもう。じゃあ改めていくよ?むつ浜サンも決め台詞かキャッチコピー付けてよね」

 

 「承知した。いつでもいいぞ」

 

 「それじゃあ、画面の前の皆さん、読んでくれてありがとね!今回のお相手は、嘘“は”言わない広報委員、曽根崎弥一郎と!」

 

 「むつ浜ではない六浜童琉がお送りした」

 

 「バイバーイ☆」




おひさですー。楽しかったですー。
取りあえずまったりゆっくり進めて行こうかなと。
ダンガンロンパカレイドの執筆も頑張ってます!サボってないですから!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Prologue.2「鳴いた雉から撃たれてく」

 

 こちらは、『ダンガンロンパQQ』の解説になります。

 本編を読了していることを前提に執筆しているため、本編についてのネタバレが多分に含まれています。

 まだ本編を読まれていない方はご注意ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「だらあ!!創作論破『ダンガンロンパQQ』、解説編『後のお祭り』を読んでるそこのお前ら!!まずは元気よく挨拶一発行くぞッ!!おいーーーっす!!」

 

 「……」

 

 「おいーーーーーーっす!!!」

 

 「…………」

 

 「おいーーーーーーーーーっす!!!!!」

 

 「………………」

 

 「なんか言えよ!!挨拶しねえと先進められねえだろうが!!」

 

 「っす」

 

 「「っす」ってなんだ「っす」って!!ちくしょう、頑固な野郎だぜ。仕方ねえから先進めちまうぞ。改めてお前ら!!元気してっか!!今しゃべってんのは、名だたる山脈、名だたる海原、名だたる秘境を巡って世界を旅した冒険野郎!!“超高校級の冒険家”飯出条治たあ俺のことだ!!今回『ダンガンロンパQQ』のプロローグ2『鳴いた雉から撃たれてく』の解説を担当するぜ!!そんでもって相方はこいつだ!!」

 

 「清水」

 

 「短ッ!!?なんだよそれ苗字しか分からねえじゃねえか!!せめてフルネームで自己紹介ぐらいしろよ!!」

 

 「うるせえな。本編読んだヤツなら分かるだろ」

 

 「そうかも知れねえが一応テイってもんがあってだな。形だけでもきちんとしとかねえと後で六浜に怒られんだよ」

 

 「なんであいつが怒ることがあるんだよ。関係ねえだろ」

 

 「前回の解説を六浜と曽根崎がきっちり勤め上げたから、今回もきっちりやらねえといけねえんだと」

 

 「あれできっちり勤め上げたって言えんのか?脱線しまくってただろ。だったら今回お前がずっと一人でしゃべってればいいじゃねえかよ。俺は帰るから後任せた」

 

 「なんだその心開いてる風なセリフは!!んなセリフ本編でも言われたことねえよ!!帰ろうとすんな座れ!!」

 

 「ちっ。だいたいなんで俺がテメエとサシでしゃべんなくちゃいけねえんだよ。ただでさえ面倒くせえヤツなのに逃げ場もねえとか何の罰だ」

 

 「人を罰呼ばわりしてんじゃねえよ!!なるべくつつがない進行を心がけるから取りあえずは席に着いて向かい合えって!!」

 

 「席には着くからそのびっくりマーク減らせ。分かったよやってやるからさっさと終わらせんぞ」

 

 「一応お前この話の主人公だよな……?こんなにやる気なくて態度悪い奴いんのか?」

 

 「知るか」

 

 

 

 

 

 「さてと、最初の場面は清水がベッドで目を覚ますところからだな!希望ヶ峰学園の個室はシンプルなだけに部屋の主の特徴が出るんだが……」

 

 「なんだよ」

 

 「お前散らかし過ぎだろ!殺風景どころの話じゃねえぞ!上着だ教科書だプリントだカバンだ靴下だペットボトルだゴミ袋だダンボールだティッシュだ散らかり放題じゃねえか!」

 

 「うるせえ散らかってる物をあげつらうな。部屋なんて使ってたら自然と散らかるもんなんだよ。掃除したってまたいつか散らかるんだ。だったら散らかってた方が無駄なことしなくて省エネだろ」

 

 「おおう……省エネなんて言葉がお前の口から飛び出してくるとは思わなかった。っつうかこれじゃどこに何があるか分からねえだろ。それに散らかしっぱなしで埃が溜まると雑菌が繁殖したり黒光りのあいつが住み着いたり空気が淀んで喉を悪くしたりしていいこと何にもねえんだぞ!掃除はしろ!」

 

 「テメエは親か。そういうテメエの部屋はどうなんだこの野郎」

 

 「俺の部屋なら屋良井が知ってるはずだろ。ネタバレになるし自分で言うような話じゃねえが、一章の捜査編で名簿をずらして捜査したんだろ?」

 

 「なんかもう、今ので一気に状況こんがらがった。なんだ、ここは死後の世界か何かか?」

 

 「企画もんだからなあ。そう堅苦っしく考えねえで、本編とは違うパラリラワンダーってことでいいんじゃねえか?」

 

 「それ言うならパラレルワールドだろバーカ。そんなどっかのマセたクソガキみてえな間違いしてんじゃねえよ」

 

 「お前なんで次回作の主人公にまで毒吐いてんだよ」

 

 「あいつ確か12才だろ。ああいう才能だけでのし上がってきて全然他のことの知識とか経験が伴ってなくて、そのくせ調子に乗ってるクソガキが俺はいっちばん嫌いだッ!」

 

 「ボロカス言うなあオイ。触るものどころか視界に入るもの皆傷付けるのかお前は。相手小学生だぞ」

 

 「むかつくのに年は関係ねえ」

 

 「お前が大人げねえって話だよ。つうか次回作じゃなくて今作の話しろ。俺たちの話をしろ。とにかくお前の部屋が汚いんだよ。足の踏み場もねえぞ」

 

 「冒険家なら足の踏み場くらい見つけ出せ」

 

 「上手いこと言ってんじゃねえよ!」

 

 「上手いと思ってんじゃねえよ」

 

 「制服をそのままゴミ箱に突っ込むとか、ヤンキーですらねえやべえヤツだなお前。俺も噂には聞いたことあるが、ここまでとは思わなかった。正直合宿場ではじめて会ったときは、ちょっとヒいた」

 

 「なんでテメエにヒかれなきゃいけねえんだテメエの方がヒくわこのストーカー野郎!」

 

 「うぐっ!!そ、それは……悪気はなかったんだ……!俺は、晴柳院や袴田を追い詰めてやろうなんて気は少しも……!ただ、あいつらに俺の想いを伝えたくて……けどどうやって伝えたらいいか、どうやったら伝わるかが分かんなくてよぉ……。何度も、何度も何度も、間違えちまったんだよぉ……」

 

 「いちいち動きがうるせえ。仰け反るな頽れるな蹲るな。まだ一章にも入ってねえのにがっつりネタバレしやがって。時系列ごちゃごちゃになるだろうが」

 

 「お前がストーカーって言ったからだろうが!お前こそネタバレした上に人の生傷まで抉ってくるんじゃねえよ!!」

 

 「その話が更新されてからもう3年は経つぞ。まだ生傷なのかよ」

 

 「タイミング的には死体蹴りにもなるしな」

 

 「お前自分が死んだことを軽く扱いすぎじゃねえか。笑えねえよ」

 

 「お前はそんなことじゃ笑わねえだろうが」

 

 

 

 

 

 「つうかプロローグの話するんじゃねえのかよ。今のままだと一章のおしおき編の解説みてえになってんぞ。プロローグじゃ次は、モノクマが俺を叩き起こすところだ」

 

 「お前が進行役になんのか!?こういうのの仕切りは俺の役だろ!!」

 

 「じゃあ仕切れよ。うるせえし役に立たねえしめんどくせえな」

 

 「1つの言葉を悪口3倍で返して来やがるこの野郎……!!この音声はスピーカーから流れてたとして、ドアのノックはモノクマがやってたのか?それとも黒幕が手ずからやってたのか?」

 

 「どうせモノクマだろ。黒幕だったらもし俺に見られでもしたら一気にこの物語自体がダメになるぞ」

 

 「黒幕の正体が分かった上でのコロシアイってのも、また斬新ではあるけどな。QQの場合はそこが最大のオチではねえわけだし、斬新も一つのテーマだし、それもアリだったんじゃねえか?」

 

 「ナシだろ。ぶっちぎりでナシだろ。俺自身の身の上話にも関わってくる黒幕の正体がプロローグからバレるって、どんだけ鈍くさいんだよ。そんなヤツがコロシアイのゲームマスターなんか無理に決まってんだろ」

 

 「おもしれえと思ったんだけどなあ。斬新だし」

 

 「テメエに話作るセンスはねえよ。斬新って言うな金輪際」

 

 「んで、結局清水はモノクマの言う通りに多目的ホールに行くわけか。なんだかんだ言って言うことに従うのは、この頃から変わってねえんだな。結局言うこと聞くなら反抗するポーズとかすんなよ。まどろっこしい」

 

 「言うこと聞いてるわけじゃなくて、言う通りにせざるを得ない状況下、結果的に俺のやろうとしてることが言うことを聞いてるような行動になってるだけだ。俺は他人に指図されてハイハイ頷いてるようなバカとは違う」

 

 「その辺も俺はよく分かんねえんだよなあ……俺にはさっぱり分からねえ!!」

 

 「なんでグレンラガンのタイトルで言い直した。螺旋の力が滾るだろうが」

 

 「力が滾るとか清水はぜってえ言わねえと思ってたけどな!やっぱ企画ものだとキャラ変わるな!」

 

 「テメエもな」

 

 「ところでよお。別にどうでもいいんだけど、この時俺らは全員多目的ホールで清水を待ってたわけだ。それについてお前、一回も悪びれる態度とか詫びとかなかったよな?」

 

 「俺が待たせてたんじゃなくてお前らが勝手に待ってただけだろ。別に待ち合わせも約束もしてねえんだから俺に責任はねえ。謝るってんなら16人いるって分かってたのに俺が行くまで呼びに来なかったテメエらの方が俺に謝れ」

 

 「っかあ〜〜〜!!この手前味噌な言い分!!まさしく清水だぜ!!気分わりい!!」

 

 「気分の悪さを懐かしがるな。気色わりい。というかお前らはなんで時間通りにホールに集まってやがんだよ。あれか。どうせ俺以外の全員で示し合わせて、俺をハブったのか。そんで俺が遅れたみたいな雰囲気作って、孤立させようって魂胆だったか」

 

 「発想が陰湿で卑屈すぎんだろ!!あのなあ、俺らの中にそんなみみっちいいじめ紛いなことするヤツがいると思うか!?」

 

 「穂谷とか」

 

 「名指しで即答すんな!!いくら穂谷でもそこまではしねえよ!!」

 

 「ちょっと認めてんじゃねえか。で、実際のところどうなんだよ。示し合わせがなかったにせよ、お前らは俺が行くまでホールにいたわけだし、なんか会話とかしてたんじゃねえのか」

 

 「今みてえに軽快な雑談とかできる状況じゃなかったからなあ。軽快どころか、警戒して殺伐としてた」

 

 「だろうな。けどお前とか明尾とか曽根崎とか、あの辺のやかましいヤツらがいて全くの無言だったとは思えねえんだが」

 

 「んまあ、曽根崎は色んなヤツに話しかけてたな。ほとんどのヤツのことは知ってたみてえだけど、古部来とか笹戸とか、俺もあれこれ聞かれたな。古部来には全く相手にされてなかった」

 

 「その後のあのテンションか。あいつのメンタルどうなってんだ」

 

 「最後に入ってくりゃあイヤでも目立つしな」

 

 「やっぱりテメエらのせいじゃねえか。っつうか古部来より後ってどんだけ俺寝てたんだ」

 

 「一番にホールに着いたのは俺で、その次に六浜とか穂谷とか晴柳院とか早起きメンツだな。あとは、滝山が立て看板を読めなくて困ってたのを笹戸が連れてきた。最後に来たのは古部来だったな」

 

 「お前が一番かよ。よくあんなわけのわからねえ看板に従ったな。俺みてえに直接呼び出されたわけでもねえだろうに」

 

 「取りあえずはなすがままに任せるのも冒険のテクだぜ。下手なことして土壺にはまるよりはマシだ。結局は人間だって生き物だからな。自然の中に入り込んで上手く立ち回れば、どんな環境でも取りあえずは生き延びられるってもんよ」

 

 「一番お前が行っても説得力ねえことだけどな。まっさきに殺されやがったくせに」

 

 「殺されやがるってどんな暴言だよ!?」

 

 「テメエももうちょっと抵抗するなりなんなりよ……いや、やっぱいい。また違うパートの話になっちまうからな。そっちで誰かが話すだろうよ」

 

 「ほう。お前も分別がつくようになったか。成長だなあ」

 

 「しみじみすんなテメエを分別してやろうか」

 

 「ゴミに出そうとすんな!!どんな主人公だ!!」

 

 「ゴミ出しといえば、別に広げるつもりはねえんだが、お前の死体ってモノクマが捨てたんだろうか」

 

 

 

 

 

 「それにしても、この合宿場の景色はなかなかだなあ!!こんな状況じゃなけりゃゆったり景色でも見ながら魚焼いて食いたかったぜ!!」

 

 「強引に話を塗り替えやがった……」

 

 「魚釣るのは笹戸がやってたからいいとして、モノクマの規則でたき火もできなかったんだよなあ……ああ、笹戸が焼いた魚がまた食いてえよ」

 

 「あんな湖で何が釣れんだか。三章でピラルク出てきてたけど、外来種だろあれ」

 

 「その辺は謎だな。いっぺん水全部抜いて調べてみっか!」

 

 「そんなノリで水抜けるんだったら歩いて脱出してる。対岸すら見えねえからそれも楽じゃあねえだろうけどな。合宿場の場所って曖昧にぼかされてるけど、希望ヶ峰学園が所有してるんだよな?学園って確か都内にあったから、距離考えたら神奈川か山梨か静岡あたりか?」

 

 「現実の地理で考えてもしょうがねえと思うぜ。どこでだって成立するんだからよ。まあ敢えて情報を付け加えるなら、合宿場のモデルは作者が小学校のお泊まり遠足で行った八ヶ岳だそうだ。資料館とか植物園なんて施設もなけりゃ湖もねえからだいぶ脚色してはいるみてえだが」

 

 「ああ。そういうときの記憶って結構印象に残ってるモンだよな小学校の頃なら外泊自体が結構なイベントだったし」

 

 「清水もそういうの記憶に残ってたりすんのか?」

 

 「なんだよその意外そうな顔は。別に俺だって生まれてこの方ずっとこの性格だったわけじゃねえよ。自分で言うのもアレだが、小学校の頃は優等生で通ってた」

 

 「ゆううとおおせええ?」

 

 「バカにしてんな。言い方が完全にバカにしてるし信じてねえな。その足りねえ頭で冷静に考えてみろ。俺がここでそんなウソついて得するか?」

 

 「いや、こういう企画の場で言うとなんか裏設定っぽくて逆に真実みが増すだろ。本編が終わったからってあることないこと言いたい放題じゃねえからな。万が一矛盾が生じたらとんでもねえことになるぞ」

 

 「お遊び企画にそんな本気になるんじゃねえよ。というか俺の話はマジだ。本編書いてる時からある設定だ。出す機会が無かっただけで、俺のバックグラウンドは他のヤツらより濃いめに作ってあったわ」

 

 「言っても主人公ってわけか。くそっ、うらやましい……!」

 

 「テメエこそこういうのうらやましがるキャラじゃねえだろ。小学生の頃の設定なんて本編に反映されてねえんだから、あってもなくても一緒だ。その時代の話になったから言っただけだ。俺だって普通のガキだった時期がある」

 

 「普通のガキねえ。いや、そりゃあ清水にも屈託のねえ笑顔とか純粋な気持ちとかが残ってた時期はあっただろうよ。誰だって無垢な頃があったはずだ」

 

 「残ってたってなんだ。もうその時点で既に少なさそうじゃねえか」

 

 「けどなんだかなあ。俺らにとっちゃ今の屈折した清水が基準になってっから、その頃の清水見たら逆に違和感がすげえと思う。笑っちまうかもしれねえ」

 

 「本編の解説なんて企画が存在してる時点でそんな時間軸無視した話でも成立しそうだからやめろ。話題に上げる分にはまだしも直接俺のガキの頃をクローズアップしようとするな。本気で殴るぞ」

 

 「お前はすぐに手が出るのが悪いくせだな。そんなに小学生時代の話イヤか?」

 

 「というか、昔の俺を見たくねえ。血反吐が出る」

 

 「嫌悪感とダメージ同時に分泌するほどか!?そこまで言われると逆に気になってくるもんだぜ」

 

 「……」

 

 「否定も肯定もできずに黙っちまった。口でも勝てねえとなるとなんだか不憫になってくるな」

 

 「口でもってなんだ。殴り合いでも勝てねえこと前提で話してんじゃねえ。殴るぞ」

 

 「ふん、曽根崎みてえなひょろひょろと違って俺は鍛えてっからな!お前のパンチなんかじゃうんともすんとも言わねえよ!」

 

 「じゃあ突くぞ」

 

 「なんで突くんだよ!目か!目を突く気か!そんな猟奇的な発想する奴じゃなかっただろ!もっと関節外したりとか眼鏡叩き割ったりとか水に突き落としたりとか、そういうタイプの暴力振るうヤツだったろお前は!」

 

 「全部曽根崎にやったことあるな。あいつマジでなんなんだ」

 

 「いやこの流れで曽根崎がなんなんだとはならねえだろ……お前だよお前。多目的ホールに着くなり俺たち全員睨み付けるしよ。ホラ、本編でも何も言わねえで壁にもたれるだけって、どんだけ態度悪いんだよ」

 

 「こんな悪目立ちさせられてうんざりするに決まってんだろ。あと一人来るのが分かってんだったらあんな意外そうな面向けてくるんじゃねえよ気分悪い」

 

 

 

 

 

 「いやあ、ここでも説明があったけどよ、お前って学園じゃかなり有名人だったんだぜ。知ってんだろ」

 

 「そりゃまあな。才能捨てたヤツなんてそうそういねえだろうし、しょっちゅう先公に呼び出しもくらってたしな。けどお前らだってお互い様だろ。鳥木とか穂谷とかなんか世界的に有名じゃねえか。さっき曽根崎が話して回ってたメンツってのは、学園にいたころはそこまで有名じゃなかったヤツらだろ」

 

 「そうだな。古部来は有名でもあの性格だし、笹戸や俺は住む世界が違ったら注目されねえタイプだしな。あとは石川とかか?」

 

 「自分で言うのもなんだが、ろくに人に興味ねえ俺が知ってるくらいだからあいつら相当有名だったんだな」

 

 「そんでもってここで、ヤツが初登場だな」

 

 「クソうざのぞきメガネ緑野郎だな」

 

 「ここぞとばかりに悪態のてんこ盛りだな。まあ確かに傍から見ててもここの曽根崎はうざったかった。うざったさを前面に押し出してた。うざったさのキャラ付けをしようという意思を感じた」

 

 「言葉選びに悪意があんだろ。猫背だアンテナだと人の見た目を悪く言いやがって」

 

 「アンテナはともかく猫背は完全にお前が悪いだろ。胸張って腰を前に突き出せ。丹田に力込めろ。肩の力抜いて足は拳2つ分開く。顎を引け。手は股の付け根だ」

 

 「……くっ。こ、これ……実際やってみっと……つらすぎんぞ……!息ができねえ……!」

 

 「だらしねえヤツだな。立腰くらい瞬時にできるようにならねえと姿勢悪くなるぜ」

 

 「もうなってんだよ。なんだ?りつよう?なんでテメエらはそういう変な知識はあるんだよ。どこで知ったんだ?」

 

 「生活してりゃ普通に耳に入ってくんだろ」

 

 「入ってこねえよ。16年生きてきて初めて知ったわ」

 

 「16年かあ……そういや今更だけど清水って俺より年下なんだよな。俺よりっつうかほとんどのヤツより年下だよな?希望ヶ峰学園は同学年でも年が違うことがちょいちょいあるからな」

 

 「そうだな。確か設定では俺は1年生だった」

 

 「清水よお、一応俺は2年生なんだ」

 

 「そうか。で、それがなんだ」

 

 「なんだっていうか、1年生と2年生だったら自然と、ホラ」

 

 「意味が分かんねえからシカトしとく」

 

 「わざとかテメエ!先輩に対する態度じゃねえだろそりゃあよお!!」

 

 「ホント今更だな。なんだよ急に先輩面すんなよ。本編でも特にそんなこと言ってなかっただろ。他のヤツらも」

 

 「そうなんだよなあ。今までは気にしてなかったんだが、知ってからは気になるようになっちまった。こいつら後輩なのになんで当たり前のようにタメ口きいてんだろうな?って気になりだしたら止まらなくなっちまった」

 

 「小せえ野郎だな。上下関係なんか気にしねえでフランクに会話できる方が気が楽でいいだろうが」

 

 「それ先輩から後輩に言うヤツ!後輩が先輩に言ったら絶対ダメなヤツだぞ!あとお前はフランクに会話なんかサラサラする気ねえだろ!」

 

 「うるせえだったら先輩らしいこと見せてみろや。リーダーシップ発揮したと思ったらいきなり死にさらしやがって」

 

 「死にさらすってそれだけですでに暴言めいてんのに、さらに暴言めかすのか!?っつうかお前俺の死に様いじりすぎだろ!鬱になったらどうすんだよ!」

 

 「テメエみてえな脳筋が鬱になんかなるか。鬱って漢字も書けねえくせに」

 

 「書けねえけど関係なくね!?お前企画で本編関係ねえからって自由すぎやしねえか!?なんだかんだこの企画楽しんでんじゃねえか!?」

 

 「冗談じゃねえよ。さっさと終わらせてえんだよ。この際話を進めるより飯出が続行不能になって終わる方が手っ取り早いかと思い始めて、精神的につぶそうとか考え始めたところだ。どうだ、あとどれくらいでつぶれる?」

 

 「怖えええッ!!こいつ絶対主人公じゃねえよ!!なにめんどくせえからって仲間の精神を暴言で潰そうとしてんだよ!?部下に容赦のねえ敵キャラのすることじゃんか!!」

 

 

 

 

 

 「ん。そんなこと言ってる間に、本編ではもうモノクマが登場してんな。こっからまた長えんだよなあ。マジでふざけんなよ」

 

 「お前がふざけんなよ。自分が主役の話の長さに文句垂れてる主人公なんか世界広しといえどもお前くらいのもんだからな。それにここのモノクマの説明は、わりと原作に準じてやってんだぞ。簡潔で分かりやすい説明ってことだろうが」

 

 「その前にお前らとモノクマとのしょうもねえやり取りに時間がかかるんだよ。毎回思ってたけどよ、モノクマってポジション的に俺らの敵だろ?なのに会話になるとこいつすげえしゃべるし、他のヤツらもツッコミとか話広げたりとか、なに会話を楽しんでんだって思ったんだよ」

 

 「それは許してやれよ。モノクマの数少ない出番なんだぜ。あいつマジで探してみると、このプロローグと学級裁判くらいでしかろくにセリフねえんだよ。原作ほど動かせてねえんだって。作者が持て余してんだって」

 

 「全然内緒話になってない。いままさに全世界に向けて公開している」

 

 「というかこの会話も作者が作ったもんだからな。ここで作者の悪口言ったりしてもそれも全部あいつの手の平の上だからな。そう思うと逆に気が楽だぜ」

 

 「身も蓋もねえな。あんまそういうメタなことばっか言う作品は嫌われるんだぜ」

 

 「企画自体がメタなのにか!?そりゃあ元も子もねえじゃねえか!全否定じゃねえか!そこはウソでもいいから肯定しとけよ!」

 

 「なんだウソって。大人気企画ですとか根も葉もないこと言えばいいのか?」

 

 「そこまでのウソ吐けたぁ言ってねえよ!!何だお前もうめんどくせえのか!!」

 

 「俺はそういうキャラだろ」

 

 「自分でキャラとか言うな!お前は特にそういう感じのヤツじゃねえだろ!」

 

 「また話が逸れちまった。モノクマの話が長えって話だったよな」

 

 「どっちかっつったらお前が逸らしたんだよ!あれ?いや、どっちがきっかけだったけ?俺か?」

 

 「お前でいいだろ」

 

 「責任なすりつけんのだけは抜かりねえな」

 

 「こんだけ色々話しててもまだモノクマの話終わってねえぞ。遠回しで分かりにくい上にニヤニヤ笑って不快ったらねえな。それがモノクマのキャラなんだとしても取りあえず一回サンドバッグにしてえ」

 

 「キャラの濃いヤツばっかりだからなあ。創作論破ってのは総じてそういうもんだとは聞いてるし、モノクマも普通のしゃべり方じゃ埋もれると思ったんだろ。ゲームマスターとして独特の存在感を出しとかねえと、威厳ってもんがなくなるからな」

 

 「その企ても失敗してんだろ。さっきお前が言ってたみてえに、あいつの出番少ねえんだろ」

 

 「逆に言うと、モノクマが頻繁に出て来なくても俺たちは勝手にコロシアイをしてたんだなあ。それだけあいつのしてきたことが強烈に俺たちの疑心暗鬼を煽ってたってことか」

 

 「ったく……くそったれが、今になってもまだ忌々しいクソぐるみだぜ。クソッ」

 

 「クソクソ言い過ぎだろ」

 

 「イラついてんだよ。モノクマとかテメエらとかにはもちろんだが」

 

 「なんで俺らにムカついてんのがお前の中で周知の事実みてえになってんだ!おかしいだろ!」

 

 「俺自身にもムカついてんだよ。なんで迂闊にモノクマに刃向かってんだと。こんなもんどう考えてもやべえヤツなのによ。どんだけイラついてたんだ」

 

 「イラついてた自分を見てイラつくって、どんなマッチポンプだよ。お前の脳内は苛の一文字で埋め尽くされてんのか!?」

 

 「古いネタひっぱってくんなよ。そういうテメエの脳内は色ボケ一色だろ。エロ役満だろ」

 

 「それ字一色だろ!お前こそ麻雀役とか分かる人にしか分からねえ分かりにくいネタで返してくんなよ!つまんねえ二人だと思われんだろ!」

 

 「少なくともお前は実際つまらねえ。つまらねえと思いながらずっとしゃべってる」

 

 「ほとんど終わり際にそんなカミングアウトすんじゃねえよ!いやまあ、実際俺と清水って本編の中でまともに絡む場面ってほとんどねえから、この組み合わせってどうなんだって風にも思ってたんだ」

 

 「テメエとまともに絡んだヤツなんて曽根崎か晴柳院くらいなもんだろ。早々に退場したんだからよ」

 

 「また俺が死んだ時の話してんじゃねえよ!ノイローゼなるわ!」

 

 「逆に言えば曽根崎や六浜なんかは色んなヤツらと色んな風に関わってんだから、あそこ二人の組合わせをしょっぱなにやっちまう采配ってどうなんだって思うけどな」

 

 「スタートからクセだらけのヤツら出すよりはよかったんじゃねえか?逆にこっから先は胃もたれしそうなくらいキャラ濃いヤツらの絡みになるってわけだが」

 

 「俺はもういいんだよな?ここでやったんだからもういいよな?」

 

 「一応全員が2回ずつやる予定だそうだぜ。だから俺も清水ももう1回ずつだな。俺あ次やるなら晴柳院とがいいな」

 

 「ちっ……ふざけんなよ。ってかテメエ欠片も反省してねえな。もういっぺん展望台行ってこい」

 

 「メッタ刺しの上に突き落とされんじゃねえか!」

 

 「俺はメッタ刺しの寸前までいったけどな。串刺しで死ぬなんてニワトリみてえな死に方ごめんだぜ」

 

 「ニワトリはあれ串で刺されたから死んでるわけじゃねえぞ。ところで、その串刺し寸前の清水でこの話は終わりになるわけだな。そういや、ちょっとした話だが、本編の中で清水って「死ね」とか「殺す」ってプロローグか六章の最後でしか言わねえんだよな。そうなったきっかけってこのシーンなんだよな」

 

 「……ん、まあ」

 

 「ガチで死にかけてビビったわけだ」

 

 「ビビったっていうな。コロシアイな以上簡単に口走れる状況じゃなくなったってだけだ。それくらいの判断はできる」

 

 「どっちでもいいけどよ。やっぱ死にかけると価値観変わるよな。俺も経験あるぜ」

 

 「テメエの場合はちょっと崖から落ちかけて一発ファイト入れたとか、どうせそんなんだろ」

 

 「そんなん扱い!?てかお前さっきっからどんだけ俺に興味ねえんだ!」

 

 「興味ねえのは最初っからだ」

 

 「だよなあ。だと思った。もうなんかダメになってきた気がする。最後になんかコメントねえか?」

 

 「今更改まって言うことなんかねえよ。強いて言えば次やらなきゃならねえんだったら、六浜みてえに一人で勝手にやりそうなヤツがいい」

 

 「相方選べる立場じゃねえだろお前は!あ、そうだ。六浜で思い出した」

 

 「どうせろくでもねえことだろ」

 

 

 

 

 

 「前回の解説で曽根崎が言ってたんだけどよ、お前って六浜のこと好きなのか?」

 

 「……は?」

 

 「三章からお前と六浜の絡みって多くなるし、もしかしたらもしかするんじゃねえかなと思ってよ。なんだかんだ言って主人公ならヒロインと準ヒロイン1人ずつ侍らせてるもんだと思ってな」

 

 「いや……なんで俺が六浜なんか好かなきゃいけねえんだよ。あんな口うるせえ責任しょいこみ身勝手女なんか、同じ空間いるだけでストレスだっつうの。むっつりスケベなんて安っぽい設定まで盛りやがって。だいたい三章から俺はあいつと絡んでわけじゃなくてあいつがやたらと俺に突っかかってきてただけだろうが。どっちかっつったら迷惑だったわ」

 

 「よーくしゃべる」

 

 「んなクソボケたこと言ったんだな曽根崎は」

 

 「こりゃああいつまたメガネ買いに行かなきゃだな。あと病院の予約も」

 

 「メガネはいらねえ。盲導犬用意しとけ」

 

 「視界奪うほどか!?ってかそこまでキレるって明らかに意識してんだろ!お前やっぱ六浜のことちょっと好きだろ!望月ってヤツがいながらこいつ!」

 

 「うっせえ黙れバーカバーカ氏ね士ね市ね史ね司ね支ね紙ね四ね誌ね志ね指ね」

 

 「変換バグってんじゃねえか!ほーぅ、そうかそうか。そういうパターンもあったのか」

 

 「おい早死に、さっさとこれ終われ」

 

 「早死に!?」

 

 「テメエだ早死に終わんぞオラ」

 

 「いやいくらなんでも早死にはあんまり……」

 

 「さっさとしろゴルァッ!!!!」

 

 「お、おおぅ……ガチ切れしてんなこりゃ。俺知らねえぞ曽根崎……。て、手が出る前に別れの挨拶だ!一応言っとくと俺はお前と解説やって意外と楽しかったぜ!」

 

 「俺は二度としたくねえけどな」

 

 「そんじゃ最後にアレいくぜ!今回の解説編もこれにてしめえだ!お相手は、情熱燃える冒険野郎!飯出条治と!」

 

 「才能なんかクソ食らえ、清水翔」

 

 「の!二人でお送りしたぜ!じゃあなあばよ!」

 

 「どこだクソメガネァ!!!」




こんな二人でやってみたら意外と楽しかったです。
あんまり絡んだことのない組合わせや相性のいい組合わせなど、色んな組合わせでいこうと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Prologue.3「窮しても通ぜず

 

 こちらは、『ダンガンロンパQQ』の解説になります。

 本編を読了していることを前提に執筆しているため、本編についてのネタバレが多分に含まれています。

 まだ本編を読まれていない方はご注意ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「創作論破『ダンガンロンパQQ』、解説編『後のお祭り』を読んでるみなさん、こんにちサンキュー。あたしは“超高校級のコレクター”こと石川彼方だよ、今回の解説編の担当をすることになったから、ちょっとの間だけどお付き合いよろしくね。それから相方はこいつ」

 

 「チョコもろきゅうのソーセージー!!滝山大王だぜー!いえーい!」

 

 「……え?なに?なんでいきなり食べ合わせの悪そうなキャッチコピー付けてんの?何をどう間違えたの?」

 

 「はじまるまえに石川が言ってたじゃねーかよ。名まえ言うまえにこれ言うんだぞって」

 

 「あたしが言ったのは“超高校級の野生児”、滝山大王だから!チョコもろきゅうのソーセージって、想像しただけで気持ち悪い食べ物のことなんか教えてないから!」

 

 「いやいや、これはもろきゅうみたいなかんじでチョコをソーセージに付けてたべるってことなんだぜ。そういう食いもんがあるってアニーが言ってたぞ」

 

 「それはたぶんチョコフォンデュのことだと思うけど、だとしても自己紹介の時に名前より先に言うことじゃないでしょ!しっかりしてよね。これから本編の解説するんだから、あんたの発言にまでいちいち解説入れてたらあたしてんてこ舞いになっちゃうわよ、あんたと一緒にやるってだけで、こっちは開始前から不安で仕方ないっていうのに」

 

 「シッケーな!おれだってやるときはちゃんとやるぞ!カイセツだろ。かんたんかんたん」

 

 「一応聞くけど、解説って何かわかって言ってんの?」

 

 「わかんね!でも石川がいるからきっとダイジョブだよな!」

 

 「そんなところで頼られてもうれしくもなんともない!頼るっていうか丸投げじゃない!けどまあ、今回のお話しはk本的にみんなの自己紹介がメインだから、解説することも分かりやすいし、話しやすいからなんとかなるのかしら……」

 

 「なんくるないさー」

 

 「うちなーぐちで言っても全然安心できない。むしろ軽々しく聞こえて余計不安が増した」

 

 「天井のシミをかぞえてるあいだにおわるって!」

 

 「それ使う場面が全然違うから!誰に教わったのよそんなの!」

 

 「そねざき」

 

 「やっぱり案の定予想通りだった。いい?曽根崎の言うことの9割はいい加減だから真に受けちゃだめ。何か言われたら「はいはい」って言ってスルーしとけばいいの」

 

 「はいはい」

 

 「あたしをスルーするな!!なんで解説担当の相方をスルーするのよ!!」

 

 「おこんなよ石川。ハラへってんのか?おまんじゅう食うか?」

 

 「あらありがと気が利くわねって、なんでおまんじゅう持ち込んでんの!?自由過ぎるでしょ!!」

 

 「ながくなるからもってけっていいでがくれた」

 

 「長いって言ってもお弁当が必要になる長さじゃないわよ。はあ……でもちょうどおなか減ってきてたからもらうわ。あむっ」

 

 「やっぱハラへってたんだな」

 

 「しょっぱなからあんたにツッコミっぱなしだからね。この調子じゃ話が終わるより先にあたしのテンションが保たないわよ」

 

 「おまんじゅう食いながらまったりやろうぜ〜。もぐもぐ」

 

 

 

 

 

 「じゃあ早速、っていうかようやく、解説編『後のお祭り』を始めていくわよ」

 

 「おまつり!わーい!」

 

 「外に出て行こうとするなそのお祭りじゃない!番外編とかパロディとかの意味のお祭りだから!」

 

 「ちぇっ。なーんだ。ややこしいタイトルつけるなよな」

 

 「もう3回目なのに今更そこに文句つけてもしょうがないでしょ。それにこのタイトルだって、結構考えた末に付けられたんだからね。せっかくだから解説編も本編と同じタイトリングをしようってことで」

 

 「タイトリング?それってイカリングよりうまいか?」

 

 「イカリングともオニオンリングとも違うそもそも食べ物じゃない!タイトルを付けることよ。読者のみなさんはもう気付いてると思うけど、ダンガンロンパQQのプロローグや章のタイトルは全部、ことわざのもじりになってるのよね」

 

 「ことわざ」

 

 「あんたには分からないでしょうね。でも結構考えられてるのよ。それぞれの章ごとにタイトルで暗示されてるキャラがいたり、元の意味から中身がある程度予想つけられたり。あたしやあんたもタイトルになったりしてんのよ。あんまりうれしいことじゃないけど」

 

 「ほへー。プロローグのタイトルってどんなんだっけ?」

 

 「一番最初のプロローグ1が『覆水は盆に返れない』だったわね。これの元ネタはさすがの滝山でも分かるんじゃないかしら?聞いたことない?」

 

 「う〜〜〜ん……うぬぬぬぬっ……!ふんっぐぐぎがっ!!」

 

 「え?なに?なに急に歯を食いしばって苦しそうにして。どうしたの!?」

 

 「ふぐっ……!ふ、ふくすい、は……!ぼんにぃい……!!かっ……えらあああずぁっ!!……だったっけ?」

 

 「質問に答えようとしてたんだ!そんなにガチで思い出そうとしないと出て来ないの!?」

 

 「ふう……ふう……あーつかれた。あたまがぐわんぐわんする」

 

 「ことわざ一個言うだけで相当消耗しちゃってる……ごめん滝山。さっきの軽い質問にあんたがそこまで本気になってくれるとは思わなかった」

 

 「はらへったあ。力がでねえよお……」

 

 「分かった分かったわよ。出前とってあげるから元気だして」

 

 「アニーのめしがいい」

 

 「じゃあアニーに電話して終わった後にご飯作ってもらうから」

 

 「わーい!がんばる!」

 

 「えーっと、びっくりして何の話してたか忘れちゃったわ。なんだったかしら?」

 

 「……ふんっ!」

 

 「ああもういいからいいから!!そうだそうだ!!『覆水は盆に返らず』よね!プロローグ1の元ネタ!」

 

 「ことばはしってるけどいみはわかんねんだよなあ」

 

 「覆水っていうのはこぼれた水のこと。言葉の意味をそのまま直すと、こぼれた水をお盆に返すことはdけいない、ってことよ」

 

 「なんだそりゃ。あたりまえじゃん!」

 

 「このことわざには由来があるの。昔の中国のあるお役人さんが結婚したの。でもずっと仕事もしないで本ばっかり読んでたから、奥さんは愛想尽かして離婚したのね。でもその後で、そのお役人さんが出世すると、元奥さんはよりを戻そうと言ってきた。そこでお役人さんは水を張ったお盆をひっくり返して、この水と同じように私とあなたの縁はもう戻せないよって言ったの。そこから、一度起きたことは二度と元には戻らないって意味になったのね」

 

 「ぐう……」

 

 「寝るな!相方が解説してる時に寝るな!」

 

 「むにゃ……おきてるおきてる。えっと、チョコもろきゅうのソーセージの」

 

 「それ一番最初の会話だし違うっつってんでしょ!どんだけ記憶が混濁してんのよ!」

 

 「なんだっけ?」

 

 「プロローグ1!章のタイトル!元ネタのことわざ!」

 

 「ああそうだそれだそれだ」

 

 「まったくもう。気を取り直して解説するわね。この『覆水は盆に返れない』っていうタイトルはQQの中でも秀逸なタイトルよね。このタイトルは清水のことを表してるんだけど、まず覆「水」と清「水」でかけてるのよね」

 

 「じゃあしみずがおぼんからおっこちたのか?」

 

 「あながち間違いじゃないわね。清水は自分から才能を捨てたから、“超高校級”っていうお盆からドロップアウトしたのよ。才能を捨てるなんて、あたしからしたら考えられないわ。あいつの過去に何があったのかはまた別で語られると思うけど」

 

 「なんだかかわいそうだなあしみず。でもしみずが自分からそうしたんなら、あいつはそれでいいのかもな」

 

 「それがそうでもないのよ。清水の“超高校級”へのコンプレックスはすさまじくって、だけど心のどこかであいつは、才能を捨てたことを後悔してたと思うの。もう一度希望ヶ峰学園で“超高校級の努力家”として学園生活を送りたいと思ってたと思うの」

 

 「そうなのか?なんでわかるんだよ?」

 

 「あいつがそう思ってたからこそ、『覆水は盆に返“れ”ない』って不可能形なのよ。帰りたくても返れない。還れないし、変えられない。そんな後悔までもが、このタイトルに込められてるってわけよ」

 

 「なんだかわかんねーけどかなしくなってきた。しみずってそんなにわるいことしたか?」

 

 「悪いことしたから落ちぶれたんじゃなくて、落ちぶれたこと自体が悪なのよ。希望ヶ峰学園に限らず、世の中そういうもんよ。そうじゃなかったら、あたしだってあんなこと……」

 

 「な、なんかいき苦しくなってきた。あれ?なんでだ?おれはたのしくおしゃべりしてればいいってきいてたぞ」

 

 「今からこんな暗くなってたらダメね。この後になると本当に洒落にならないくらい重い話が出てくるんだから。ここはせめて明るくバトンを渡していかないと。章タイトルの話よね!プロローグ1の次はプロローグ2よ!」

 

 

 

 

 

 「ないたきじからうたれてくー!」

 

 「あら、すんなり言えたわね。イントネーションがおかしいのが気になるところだけど、字面じゃわかんないからOKね。えらいえらい」

 

 「えへへー♫」

 

 「変換すると、『鳴いた雉から撃たれてく』ね。元ネタは『雉も鳴かずば撃たれまい』、余計なことしなければ余計に痛い目を見ることもないってことわざね。ざっくり言うと」

 

 「よけいなこと?」

 

 「このタイトルでもクローズアップされてるのは清水ね。ポイントは、お話しの最後で清水がモノクマに突っかかっていったところよ」

 

 「あー、あれはビビった。ホントにしみずしんじゃったかとおもった」

 

 「あたしも思わず目を閉じちゃった。モノクマに怒るのは分かるけど、ああやって余計なことするとこうなるぞって見せしめにされかけたのよね。その意味で、清水は鳴いた雉だったわけよ。結局本編を通して撃たれた雉はいなかったわけだけど」

 

 「キジってなんてなくんだ?」

 

 「ケンケンって甲高い声で鳴くらしいわよ。あたしも実際には聞いたことないけど」

 

 「ヒーヒヒッ」

 

 「なにその絞り出すような笑い方。そんな厭らしい仕草するヤツじゃないでしょ」

 

 「いまケンケンって」

 

 「もしかしてチキチキマシーン猛レースのケンケンのこと言ってんの!?分かりづらいボケしないでよ!ツッコミのタイミング完全に逃したじゃない!」

 

 「おもいついたことはえんりょしないでどんどんやれって、ろくはまが」

 

 「きっと六浜ちゃんはそんななんでもありっていう意味では言ってない!というかあんた、何気に今までの解説を担当した人たちから真面目にアドバイスもらってきてるのね」

 

 「ふふーん!よしゅーふくしゅーばっちりだぜ!」

 

 「復讐はしなくていいし予習してきたっていうなら本編のタイトルくらい覚えておきなさい。ちなみにいま、曽根崎と飯出と六浜ちゃんからアドバイスがあったって言ったけど、清水からはなんて言われたの?」

 

 「しみずのはなしはしなくていいって」

 

 「主人公の話しないでどうすんの!ったくもう本当にあの男は!っていうか、もうしちゃってるから別にいっか。次いきましょ」

 

 

 

 

 

 「そんじゃ、いまおれたちがカイセツしてるはなしのタイトルはなんだっけ?」

 

 「覚えとけ!と言いたいところだけど、ここだけちょっと難しいのよね。他のことわざに比べてあんまり使う機会もないし。えっと、タイトルは『窮しても通ぜず』ね。元ネタは「窮すれば通ず」、物事が行き詰まって困り切るとかえって思いがけない活路が開けるって意味よ」

 

 「ほー」

 

 「この場合は、合宿場に集められたあたしたち全員を指して言ってるわけね。コロシアイを強要されて出口がなくて完全に困り切ってるのに、活路が全然見えて来ないっていうことよ。そんなに深くかかわってるわけじゃないけど、まあその通りよね」

 

 「そうなんだよなー。もりの中入ってみたけど、こういうのがたくさんあってとおれなかったんだ」

 

 「そのバッテン、本編でもやってたけどなんなの?立て札でも立ってた?」

 

 「なんかな、こういうのがたくさんあつまっててな、びっしり広がっててな」

 

 「あ〜……もしかして金網かしら?それだったらあんたならよじ登って越えられそうだけど?」

 

 「んで、やばいケハイがしたから木のぼうなげてみたらバリバリいってまっくろこげになった」

 

 「高圧電流ながれてるわよねそれ!?あっそう……まああのモノクマがただの金網なんかで閉じ込めるわけないわよね。触ったらおしまいってことか。まあ電気も攻略の方法がないでもないけど、きっとそれだけじゃないんでしょうね。地雷くらい埋まってそうだわ」

 

 「こえー。あんなもりの中でしんじまったらクマにボロボロになるまで食いちらかされちまうぞ。カラスもきてあたまわれるまでつつかれるぞ。たくさんウジもわくぞ」

 

 「大自然の死体処理プロセスを詳らかにするな!なんでそこのボキャブラリーは豊富なのよ!」

 

 「見てきたからな!」

 

 「経験談なのね……そういえばあんたって、大自然の中でそのくらいの年まで生き抜いてきたのよね。動物に育てられた人間の話って少なくないけど、よくこうやって普通に会話できるまでになったわよね」

 

 「がんばってベンキョーしたからな!おれだってやればできるんだぜ!」

 

 「できればもうちょっと常識と服を身につけてきてほしかったわ。ほとんど半裸であちこち駆け回られて、最初のうちは本当に見かけるたびにびっくりしてたわよ」

 

 「おれはもっとベンキョーしてもよかったんだけど、やったらおれのよさがなくなるって言うから、じゃあしょーがねーなって」

 

 「ああ。“超高校級の野生児”だもんね。教育しきったら野生児じゃなくなって才能もなくなるから、イイ頃合いで打ち止めってことか。それで問題児扱いしてちゃ世話ないわよね」

 

 「おせわになりました」

 

 「ちゃんとそういう礼儀言葉は習ってきたわけ?」

 

 「いただきまぅす。ごちそうさまんぼー」

 

 「魔法の言葉っぽくなってる!ステキな仲間がぽぽぽぽーんしそう!」

 

 「えー、でもこのはなしでしみずのなかまがぽぽぽぽーんするんだろ?おれや石川もいるんだろ?」

 

 「そりゃそうだけどぽぽぽぽーんはしてない!普通に登場する!ってあれ?もしかして今、脱線に脱線を重ねた話の流れを滝山に修正された?あたしがリードされてた?」

 

 「ふっふーん」

 

 「うっわドヤ顔むかつく!」

 

 

 

 

 

 「まずはしみずとそねざきがでっけーホールから出てきて、いっしょに色んなところ行くことになったシーンだぜ」

 

 「ここで曽根崎が、『もぐら』の話をしてるのよね。さり気なく、もないけど、ここで三章に向けての伏線を張ってあるわけ。原作でもジェノサイダー翔の伏線が早めに張ってあったから、それに倣ったわけね」

 

 「『もぐら』ってなんだっけ?」

 

 「忘れちゃダメでしょあんたは!っていうか、忘れるって『もぐら』が一番嫌がることだから。あんた曽根崎と屋良井の話きいてなかったの?」

 

 「それどころじゃなかった」

 

 「ああ、そうだったわね。その裁判の時も、あんたには特別な演出かかってたもんね」

 

 「あっ、しみずがそねざきのことぶった」

 

 「このやり取りもこっから何十回とするのよね。よく曽根崎は清水に愛想尽かしたり離れていったりしなかったわね。なに?Mなの?」

 

 「えむ?えむってなんだ?」

 

 「やめましょう。こんなこと滝山に教えてたらわけわかんないわ。解説をしましょう解説を」

 

 「えーっと、いちばんはほたにだな。うぅ、こわい……」

 

 「あんた穂谷ちゃんのことそんなにこわがってたっけ?」

 

 「すぐおこるんだもん……おこるのにかおはわらってるからよけいにこわい……」

 

 「あの子はああいう顔しかできないんだからしょうがないじゃない。でも確かに、穂谷ちゃんってちょっと怖いわよね。なんというか、常に睨まれてるような気がする。ちょっとでも失言したりミスしようものならすぐ指摘してきそうな怖さがあるわ」

 

 「びくっ!びくっ!」

 

 「ここではまだ女王様って呼ばれてるくらいしか情報がないから、そこまで怖がることはないと思うわよ。このあだ名って誰が付けたのかしら。曽根崎じゃないっぽいけど、よく言えたわねそんなこと。あたしだったら怖くて無理」

 

 「そねざきはすげーなー。あんなほたにとたのしそうにしゃべれて」

 

 「次はアニーね。正しくはアンジェリーナ・フォールデンス。まあこれも本名かって言われると微妙だけど」

 

 「わーいアニーだ!アニーだアニーだあ!」

 

 「探索を始めていきなりコーヒーブレイクって、この時のアニーって実はかなりマイペースなんじゃないかしら。一応キッチンと食堂の探索はしてるみたいだけど」

 

 「コーヒーってにがいんだよなあ。アニーがよろこぶからのむけど、もっと甘いのがいい」

 

 「アニーだったら甘くておいしいコーヒーも淹れてくれるわよ。それにしても、ここで清水がアニーのコーヒーに毒が入ってるかもって邪推してるのがあたしは許せない。アニーがそんなことするわけないじゃない」

 

 「そーだそーだ!どくなんか入ってたらにおげばすぐわかるんだから心ぱいしなくたっていいじゃんか!な!」

 

 「ポイントがだいぶずれてる。匂いじゃ分からない。初対面だから警戒してるっていうのは分かるけど、結局このあと清水、アニーのご飯食べてるわよね。ちょっとでも疑ったことをあやま……るわけないか。この男が」

 

 「そのつぎはろくはまだ」

 

 「女の子3連続ね。六浜ちゃんはここで資料館を調べようとしてたみたいだけど、まだこの時は開放されてなかったのよね」

 

 「ろくはま……しりょうかん……うっ、あたまが」

 

 「うっ、あたまが。じゃないでしょ。頭抱えたいのはむしろ六浜ちゃんの方だっての!それにしても、この資料館、この後なかなかの頻度で使われるのよね。二章でも三章でも五章でも重要な場所になるし。そこを考えると、最初に目を付けた六浜ちゃんはさすが、“超高校級の予言者”と言ったところかしら」

 

 「ふつーにどまん中にあったからだとおもうけど。はんたいがわにこぶらいもいたんだろ?」

 

 「そうね。テラス席の方を探索してたわ。六浜ちゃんは中を覗いてたみたいだけど、古部来はこの時なにしてたのかしら?あいつなら中を覗いても入れないなら意味ないって言って、他のところ行きそうだけど」

 

 「休んでたんじゃね?」

 

 「あり得るわね。規則の発表前だし、ここで居眠りしててもおかしくはないわ。清水のことバカ呼ばわりして偉そうにしてたけど、こいつだってろくに働いてないじゃない!」

 

 「こぶらいはほたにとはちがうこわさがあるぞ。何も言わなさそうなのにものすげーこえーぞ」

 

 「威圧感は確かにあるわね。その反動かしら、バランスとりかしら、次は笹戸ね。やっとここでクセの少ない顔ぶれが出てきたわね」

 

 「ささどはなー、やさしいしなー。おれのこといっぱいおせわしてくれるしなー」

 

 「あんたとは仲良くしてたわよね。というか、あんたが一方的に懐いてたって感じだけど。笹戸も笹戸で、あんたとか明尾ちゃんに振り回されまくってて悪い気はしてなかったっぽいわね」

 

 「あいつなよっとしてるけどな、けっこう体がっしりしてんだぜ。力もそこそこあるんだぜ」

 

 「それは裏設定というか、どっかで言われてるわね。才能で言えば釣り人って、アウトドアスポーツの一種とも言えるから、ジャンルなら体育会系になるのかしら」

 

 「ささど、ぬいだらすごいんです」

 

 「脱がすな!そういえば腹筋われてるってのも言われてたわね。あんな顔してムキムキの体してたらちょっと引くかも……。笹戸は何も悪くないけど、なんかちがう」

 

 「ちがうな」

 

 「ここで半分くらいかしら?晴柳院ちゃんと有栖川ちゃんがセットで登場ね」

 

 「こいつらなかいいよなー。いつもいっしょだったぜ」

 

 「有栖川ちゃんが晴柳院ちゃんを猫可愛がりしてるってところをよく見るけど、晴柳院ちゃんも有栖川ちゃんに懐いてるわよね。ぬいぐるみ作ってもらったり髪結ってもらったり。そう考えると、有栖川ちゃんの女子力ってすごいわね。同世代の女の子のお世話できるって」

 

 「おれもありすにはおせわになりました。たくさんふくぬってもらったぞ!」

 

 「あんたそのものが縫われそうになったこともあったわね。女子たちの前で半裸になったから。六浜ちゃんやアニーが精神的に女子を支えるんだったら、有栖川ちゃんは物理的に女子を守ってたポジションかしら」

 

 「ありすはおこってもあんまりこわくねーな。すぐにげきれるし」

 

 「ちょっといま気になったんだけど、なんであんた他の人はみんな苗字呼び捨てなのに、有栖川ちゃんだけありすって呼ぶの?別人みたいになってるわよ」

 

 「ありすがわってなげーじゃん。ダメか?」

 

 「ダメかダメじゃないかで言ったらダメじゃないけど、理由が雑ね。まあ有栖川ちゃんが気にしてないみたいだったからつっこまなかったけど、せっかくの解説編だから聞いただけよ」

 

 「つぎいってみよー!ってああ!つぎおれだ!チョーコもーろきゅーの!」

 

 「それはもういい!ちょうどあんたが森の中から帰ってきたところね。さっきのバッテンの件もあるわ」

 

 「そういや、ここでおれ名まえ言ってなかったとおもう。そねざきがなんでかしってた」

 

 「あんたの場合は特例入学だから、曽根崎がマークしてないわけがないわよね。この見た目であの言動で、そのバックグラウンドで、どうしたって目立たないわけがないもの」

 

 「こんときのおれバカっぽいなー」

 

 「大丈夫、今でもあんたは昔のまま。変わったりなんかしてないわよ」

 

 「いいかんじっぽく言ってるけどだまされねーからな!バカってことだろ!」

 

 「あら、これくらいじゃ騙されないのね。やっぱ成長してるじゃない」

 

 「そうだろーふふん!」

 

 「騙されはしなかったけどごまかされはしたわね」

 

 「つぎはあけおだぜー!いえー!」

 

 「QQメンバーはみんなキャラが濃いけど、その中でも明尾ちゃんは群を抜いて濃いわよね。女子なのに一人称わしって」

 

 「おもしれーよな。あとあいつ、近くにいるとすなとおせんこうのにおいがするんだぜ」

 

 「どんな女子高生だッ!女子力皆無って設定にしたって、さすがにそこは気ぃ遣わないとダメよ明尾ちゃん!古びた倉庫にハアハアしてる場合じゃないって!」

 

 「ヘンだよなー。あんなそうこがいいなんて、ヘンだよなー」

 

 「恋愛のストライクゾーンが60オーバーとか、骨董品や古い建築に欲情するとか、老人言葉とか女子力の無さとかつるはしとか、色々と盛り過ぎじゃない?よくそこそこ長い登場期間を上手くやっていけたわね」

 

 「メガネっこだしな!」

 

 「そこは気にならない。というか曽根崎から教えてもらった言葉を使わない」

 

 「えー!?なんでそねざきにおしえてもらったってわかるんだ!?」

 

 「他にメガネっ子なんて言葉を教える人はいない。さ、次よ次。次は鳥木ね」

 

 「かっこいいなー。とりきってキラキラしてるよなー」

 

 「そんな風に思ってたの?悪くは思ってなかったと思うけど、そんな憧れめいた感情だったの?」

 

 「なんつーか、おれもああなりたいっておもったりする。ぴしっとしてるし、みんなにやさしいだろ?それからめしもくれるし、おこんないし」

 

 「優しくて怒らなくてご飯がおいしいって、耳あたりはいいけど実際、人を育てる人としては欠陥あるわよね。怒るときはきちんと怒らないと」

 

 「おこってもやさしいとおもうぜ」

 

 「そういえば鳥木って年下の弟妹がたくさんいるのよね。叱ったりするのかしら」

 

 「ダメですよ、って言いそう」

 

 「ダメですよ、って……イメージないわね。もっと執事っぽくて、いけませんよ、くらいじゃないかしら。いや、そもそもなんで家族に敬語前提なのよ」

 

 「じゃあ、こらっ、とか、めっ、とかかな」

 

 「もっとイメージないわね。敬語の方がまだあり得そう。こういう話はあたしたちがいくら考えても仕方ないし、鳥木が解説するときに明らかにしてもらいましょ。宿題よ宿題」

 

 「そんなのできたのかよ!」

 

 「さ、次はあたしね。あたしに関してあたしが何か言うこともないんだけど……滝山なんかある?」

 

 「んっとな、なんで男子にむかついてんだ?」

 

 「そりゃまあ、このくらいの年頃だとだいたい男子に対してちょっと不満があるのは普通じゃない?こういう状況だし、つい言っちゃったっていうか……そこは正直あんまり考えてなかったわ。けど曽根崎と清水がじゃれてるの見たら、のんきねって思うのも当然じゃない?」

 

 「男子のノリなんだぜー。女子にはわからねーだろうけどな!」

 

 「そのノリをこんなところでやる意味がないでしょってことよ。まあいいわ。清水がじゃれてるつもりじゃないっていうのも分かったし。自分が出てるところじっくり見るの恥ずかしいからさっさと次いきましょ」

 

 「つぎはー?やらい!」

 

 「この男は……今の段階じゃ完全になりを潜めてるわね。あんな危険人物だとは思わなかったわ。才能不明っていうのは気になってたけど」

 

 「そねざきはやらいがもぐらだってのはわかんなかったのかな?あいつならわかりそうだけど?」

 

 「どうかしら。あいつの調査資料によれば、この合宿場にいることまでは予想付けられるみたいだったけど、連れてこられて間もないこの時は、そんなことまで考える余裕なかったんじゃない?」

 

 「バレてたらバレてたでどうなってたんだろな。いきなりぜんぶボカーン!とかあったのかな」

 

 「あながちない話じゃないのが怖いわ。規則さえなかったらあいつ皆殺しも厭わないって言ってたものね。めちゃくちゃよ……」

 

 「おれもめちゃくちゃな目にあわされた」

 

 「あたしが言えたことじゃないかもしれないけど、あんたのあれは相当かわいそうだったわ。まあその辺もあとの解説に回しましょ」

 

 「おまえがヒーローになんかなれるわけねーだろ!こんにゃろー!」

 

 「目立ちたがりっていうのはこの時からちょいちょい言われてたわね。目立ちたいというか、目立ったことで記憶に残ることが目的だからちょっと違うわけだけど。承認欲求の塊みたいなヤツだわ」

 

 「ほたにともこぶらいともちがうかんじでこわいよな」

 

 「あんた意外と色んな人怖がってるのね。でも屋良井とはよく遊んでなかった?」

 

 「あんなヤツとは思わなかったんだもんよ」

 

 「ああ。本性現したときはもう時既に遅しだったものね。ホント、そのあたりの策略はしっかりしてるわ」

 

 「つぎにいいでだ!しみずからこれ言っとけっていうのが一つあるぞ!」

 

 「清水から?なによ、あいつなんだかんだで滝山にちゃんとアドバイスしてくれてるんじゃない。なに?」

 

 「こいつキャラちがくね?だって!」

 

 「た、たしかに……前回の解説の飯出と、ここで自己紹介してる飯出と、なんかちょっとだけキャラが違う気がするわ。なんというか、今ほど破天荒さがないというか。ちょっと落ち着いてるわよね」

 

 「リーダーぶってたんだなー」

 

 「というか、単純にこの時はまだキャラが固まってなかったんだべ状態だと思うわ」

 

 「べ?」

 

 「あらやだ、あたしったらなんでべなんて付けたのしかしら。口が勝手に」

 

 「キャラかたまってなかったのか。いつかたまったんだ?」

 

 「ここはちょっと裏話というか、本当なら言わないでおいた方がいい話なんだけど、飯出がリーダーポジションになるっていうのは確定事項だったんだけど、六浜ちゃんとの差別化が難しかったらしいのよ」

 

 「えー?ぜんぜんちがうとおもうけどな」

 

 「キャラ自体は差別化されても、文字の上で差を出そうとすると勝手が違うのよ。しゃべり方でああこのキャラがいま喋ってるんだな、って分からせるためには、六浜ちゃんのちょっと古くさいしゃべり方とは違う、けどリーダーっぽい喋りが必要になるの。そこに冒険家っていう逞しさを付け加えようとしたもんだから、とっちらかっちゃったっていうか、上手く書けなかったのね」

 

 「そうなんだあ。そうだよなあ。今のいいでだったら「〜なのだ!」とか言わねーよな」

 

 「それこそ六浜ちゃんの口調よね。キャラが固まってきたのは、一章であいつ視点で書いてるときあたりよ。結果論だけど、本当ギリギリになって口調が固まるなんて、なかなか不憫よね」

 

 「しんでキャラが立ったし、しぬまえにキャラがかたまったし、いそがしいヤツだったんだな」

 

 「冒険家だけにキャラ迷子になっちゃったのね。さ、いよいよラストは望月ちゃんよ」

 

 「ふーむ、もちづきはいつもねむたそうだな」

 

 「眠たいんじゃなくてジト目ってヤツよ。この子もなかなか深い背景があるキャラよね。棒読み無表情で難解な言葉使うって、割とありふれてるキャラ造形だとは思うけど」

 

 「しみずとそねざきとなかよくしてるぜ」

 

 「もうこのトリオはいつも一緒ね。清水に二人が付きまとってる感じだけど、清水も後半はなんか受け入れてる感じよね。あいつが最終的にあそこまで丸くなれたのは、二人のおかげってことね」

 

 「よっしゃーこれでぜんぶカイセツおわったぜ!はらへったー!」

 

 「キャラ紹介だけじゃなくて、その後もちょっと続くのよ。改めて出口がないことが分かって、望月ちゃんの変な発言があった後で、モノクマから電子生徒手帳が配られる件。前と後の件はどの創作論破でも共通する必要な流れだとして、真ん中の望月ちゃんの発言は、この子の異質さを際立たせるアピールタイムみたいなものね」

 

 「空から出てくのはさすがにおれもむりだぜ」

 

 「なんというか、あたしたちと同じ場面をイメージしてても状況を理解してないっていうか、課題を履き違えてるっていうか。なんか噛み合わないのよね」

 

 「その点そねざきってすげーよな。さいごまでしっかりおはなししてた」

 

 「チョコ菓子みたいに言ってるけど、曽根崎も曽根崎で相手の話を聞いたり聞いてなかったり誘導したり放置したり自由自在だから、逆にお互いノンストレスで話せたのかしら」

 

 「あいだにはさまれたしみずは大へんだっただろうな」

 

 「ノンストレスじゃないわね。二人分のストレスも清水が肩代わりしてただけね」

 

 「やっぱいいトリオだな」

 

 「清水にしてみればたまったものじゃないけどね。さて、これで本当に本編の解説は終わりね」

 

 「はらへったー!」

 

 「そういえばアニーにご飯作ってもらう約束だったわね。今から呼ぶから、最後にお別れの挨拶して終わりにしましょ」

 

 「はーい!」

 

 「それじゃあ画面の前のみんな、最後まで読んでくれてありがとう。次は一章前編、日常編と非日常編の解説になるわね。だれが来るかはお楽しみ♫」

 

 「いーしーかーわー!はーやーくー!」

 

 「はいはい分かったわよ。それじゃあお別れの挨拶いくわね。お相手は、欲しいものは絶対ゲット!石川彼方と!」

 

 「チョコもろきゅうのソーセージ!滝山大王がおーくりしたぜ!」

 

 「それキャッチコピーにするの!?最後の最後まで!?」

 

 「さよーならいおん!」




解説編もずいぶん書いた気がしますがまだプロローグでした。
次の分も書き上がって校正中ですので、しばしお待ちを。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一章「忘れた熱さに身を焦がす 前編」

 

 こちらは、『ダンガンロンパQQ』の解説になります。

 本編を読了していることを前提に執筆しているため、本編についてのネタバレが多分に含まれています。

 まだ本編を読まれていない方はご注意ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「わーーーっはっはっはっはっはあ!!」

 

 「だ、だれだおまえはー?」

 

 「この名を知らぬとは言わせぬぞ!!わしこそは!!新進気鋭の肉体派考古学者!!掘って掘って掘りまくり!!誰が呼んだか“超高校級の考古学者”!!明尾奈美とはわしのことじゃあ!!どかーーーんッ!!」

 

 「ははあーっ」

 

 「くるしゅうない面を上げい。ではこれより創作論破『ダンガンロンパQQ』、解説編『後のお祭り 第一章前編』を始めるぞ。わしの話を聞けェーーーィッ!!」

 

 「ははあーっ。アケオさまー」

 

 「んがっはっはっは!気分がいいのう!久し振りに全力で動くと気持ちが良いもんじゃのう!今のうちに動きだめしとかんと、後で体が痺れてこんか心配じゃったが、これだけ動けば大丈夫じゃろう!」

 

 「ね、ねえナミ。ワタシはまだ名前を言っちゃダメかしら?」

 

 「おお忘れておった!すまんすまん。名乗れ名乗れ。今のままではこれを読んでいる読者がわし1人の特別企画と勘違いしてしまいそうじゃからな。さすがにわし1人には荷が重すぎるでな」

 

 「そう。ありがとうね。それじゃあ……ハーイ、ディスプレイの前のみんな、ちょっとつかれてない?コーヒーでもいかが?ワタシは“超高校級のバリスタ”、アンジェリーナ・フォールデンスよ。アニーって呼んでちょうだい。今日はナミといっしょに、ワタシたちのお話の一つを解説するわ。よろしくね」

 

 「うーむ流れるような自己紹介!実に気持ちが良い!さすがアニーじゃな!」

 

 「ナミこそ、こうやって出てくるのは久し振りなのにちっともキャラがブレてないわね。出だしからインパクトが強かったわ」

 

 「アニーにも協力してもらったからのう。ヒーロー風にしてみた。今はワンパンで敵を倒すヒーローや木偶の坊が成長するヒーローが流行らしいからの」

 

 「ちょっとおくれてる気がするわね。ナミらしいわ」

 

 「いやあそれほどでもあるがの!」

 

 「ほめてはないわよ。それじゃあ、今回はワタシとナミでお送りするわね。コーヒーでも飲みながら、ゆっくり読み進めていってちょうだい」

 

 「瞬き厳禁じゃ!!」

 

 「文章でそれはムチャね」

 

 

 

 

 

 「では改めて『ダンガンロンパQQ』、『解説編 後のお祭り』を始めていこう!今回は第一章『忘れた熱さに身を焦がす』の日常編から非日常編までを解説していくぞ!担当はわしこと明尾奈美と!」

 

 「ワタシことアニーでお送りするわね。よろしくおねがいね」

 

 「プロローグでは、主人公である清水の学園生活と、コロシアイ生活のスタート、そして各キャラクターの簡単な自己紹介が描かれたのじゃったな!ここからはそのコロシアイ生活の中でわしらがどのように過ごしていたかが描かれておるぞ!伏線もあっちこっちにあるぞ!」

 

 「カケルがキボーガミネスクールであんな風にすごしてたなんて知らなかったわ。知ってたら、もっとやさしくしてあげられたのに……」

 

 「十分優しかったと思うがの。しかしその気遣いはヤツにとって逆効果じゃったろう。ヤツは今の自分の立場に劣等感とコンプレックスを抱えておるが、それ故に他人から気遣われることを嫌うはずじゃ」

 

 「むずかしいわね。男の子は」

 

 「ヤツは特別だと思うがの。さて、そんな清水の視点から物語は始まるぞ」

 

 「ねえ。ストーリーが進む前に聞いておきたいことがあるから、今きいていいかしら?」

 

 「なんじゃ?なんでも聞いてみ」

 

 「前回、カナタとダイオがこのコーナーをしたときに、タイトルのモチーフについてカナタがエクスプレッションしてたのね。それでプロローグまでしか説明してなかったから、その後も説明したらどうかしら」

 

 「おお!なるほど名案じゃな!その後となると、まさしく今わしらが解説をしているこの第一章『忘れた熱さに身を焦がす』じゃな!いやー、この語呂の良さ!もじり具合といいリズム感といい意味合いといい、なかなかに秀逸なタイトルじゃ!」

 

 「うん、ナミがそう言うのはいいと思うわ。でもこれって作者が書いたものだから、ものすごくセルフプライズよね」

 

 「自画自賛じゃな!仕方あるまい!こういうことをガンガン言っていくための解説企画じゃ!それで、このタイトルの解説じゃな。ふむふむ。まずは元ネタとなることわざからじゃ。結構もじってあるが、元ネタが分かった読者も多かったのではないかのう。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」じゃ」

 

 「ごめんなさい。ワタシやっぱりジャパニーズまだむずかしいの。どういう意味かしら?」

 

 「熱い茶を飲んでしまい火傷をしてしまっても、飲み込んで喉元を通り過ぎてしまえばその熱さも忘れてしまう。転じて、手痛い失敗をしても事が収まれば忘れてまた同じ失敗を繰り返してしまう、という意味じゃ」

 

 「えーっと……ホットコーヒーをのんでベロがいたくなっても、のんじゃえばあつくないからもう一口のんじゃうってこと?」

 

 「茶がコーヒーに変わっただけじゃな。まあ大きくは違わん」

 

 「じゃあ分かったわ」

 

 「飲み物が変わっただけでか!?日本語の難しさはどこへ行った!?」

 

 「ベロをやけどしちゃったことくらいワタシにだってあるわ。ことわざっておもしろいわね」

 

 「それで、元ネタの意味を踏まえてこのタイトルの意味じゃ。忘れた熱さ身を焦がす、忘れた熱さとは、つまり過去の失敗のことじゃ。それに身を焦がすということじゃから、舌だけでなく身体中を焦がしてしまったのじゃ。身を滅ぼすと言い換えてもよいの。つまりこのタイトルは、過去の失敗を繰り返したことで身を滅ぼすことになった、という意味じゃ」

 

 「ということは、このタイトルって、ジョージのことを言ってるのね。スクールでチエにしてしまったことと同じことをミコトにして、そのせいでローズに……」

 

 「そういうことじゃな。それに関しては後半の解説で詳細が語られることと思うぞ。ちなみにこのタイトルの「焦がす」というのは、「忘れた熱さ」と「恋焦がれる」の両方に通じる掛け言葉じゃ。この辺の言葉遊びが小憎いのう」

 

 「やっぱりセルフプライズになっちゃうけど、よくできてるわね。恋っていうのも、ジョージがあんなことをした元々の原因だものね」

 

 「作者のタイトル付けのセンスがキレッキレじゃった頃じゃな。今ではロンカレの方のタイトル付けに四苦八苦しておるそうじゃが」

 

 「向こうはミュージックタイトルしばりなのよね。どうしてそんなことするのかしら」

 

 「原作の章タイトルのようなセンスを作者は持ち合わせておらんからな。中途半端に寄せてスベるくらいならいっそということじゃろう。共通のテーマがあれば多少付けやすくもなるしのう」

 

 「後になればなるほど苦しくなるって分かりそうなものだけど」

 

 「後先考えるより今のかっこよさを重視するスタンスは評価してやろう!ぬはは!」

 

 「ナミはどうして作者に上からのものいいができるかしら。リスペクトするわ」

 

 「さて、冗談はさておき、最初の場面はわしらが全員集合して、今後の計画を話し合う場面からじゃな。こんな状況下でもコーヒーを淹れとるアニーはさすがの肝っ玉じゃ」

 

 「どんなときでもコーヒーは心をおちつけてくれるのよ。あせったときこそコーヒーブレイクでのんびりするの。それはそうと、カケルがおきてきたときまだ、テルヤとローズとランとリョーマはおきてきてないのね」

 

 「屋良井と有栖川と望月はただ朝が弱いだけじゃろうな。特に前二人は不規則な生活をしておりそうじゃ。その点わしは早寝早起きが徹底されとるからな!8時には寝て5時には起きとる!」

 

 「おばあちゃんじゃないんだから。ナミってふつうに夜中もおきてたわよね?」

 

 「必要とあらば夜更かしや遅寝もできるぞ!そこは言っても、わしの体は花の女子高生じゃからな!まだぴっちぴちのヤングじゃからな!」

 

 「その言い方がもう若くないと思うわ。えっと、ストーリーの中ではこれからのクッキングのローテーションを決めてるわね。ジョージやドールがいるとスムーズね」

 

 「というより、異論をはさんで無意味に角を立てることを避けておるじゃろう。まだ警戒は解けんし、何が起きるか分からんからのう。しかし今にして思えば、この持ち回りの役割分担決めは意味があったのか?ほとんどアニーか鳥木が料理していたような気がするぞ」

 

 「ワタシは好きでやってたのよ。テルヤとカケルだってきちんとローテーションを守ってクッキングしてたわよ」

 

 「清水は他人が作った料理を警戒しとったし、穂谷は途中から鳥木に特別に作らせておったな。それに飯出と有栖川の件があってからはローテーションも崩れて、ほぼ成り行きでアニーと鳥木の役割になっとったな」

 

 「仕方ないけれどね」

 

 「そしてこの後、古部来が来ないことに六浜が腹を立てて、個室に突撃するんじゃったな。そこで六浜の初心なところが露見するわけじゃ」

 

 「いくら怒ってたって、モーニングに男の子のへやに入っていっちゃうなんて、ドールもなかなかやるわね。でも自分でまっかになっちゃうなんて、カワイイわね」

 

 「確かに古部来の体はずいぶん逞しいし男らしいからの、思わぬ露出の多さにどきっとするのも分かる。だが残念ながらわしはもっと老け込んだしわっしわの肌の方が好みじゃがな!」

 

 「かわらないわねナミは。ところで、リョーマはいつもグレーのおきものきてるのに、ねるときはタンクトップにジーンズなんてラフなスタイルなのね。どちらかというとアメリカンなかんじがするわ」

 

 「そう言われればそうじゃろう。あれかの?着物を着ると気合いが入るから、その逆にアメリカ風の寝間着にすることで気を抜いているということか?」

 

 「着る服でスイッチのオン/オフをしてるのね。わかりやすくていいわね」

 

 「じゃが上はまだしも下は着物の方がリラックスできそうじゃ。とはいってもこの古部来が履いとるジーンズもなかなかによれておるがの。いいよれ方じゃ……ダメージジーンズになるとまた若々しくなってしまうが、ギリギリくたびれるだけの状態を保っておる……。さながら痩せた後期高齢者の薄皮のようじゃ。ふひひ、ゾクゾクするのぅ」

 

 「ワタシは今のナミにぞくっとするわ。よだれふいてちょうだい」

 

 「じゅるっ、おっとすまん……。いかんいかん、古部来のジーンズに垂涎するとは。しかしやはり古着には独特の魅力があるものじゃな。わしのジャージも汗と砂と涙にまみれてすっかり年季物じゃ!埃という名の誇りを被っておるわ!」

 

 「ナミはいつもそのカッコね。うごきやすくてよさそうだけど、バスのあとにそれを着たら、いみなくなっちゃうんじゃない?」

 

 「風呂上がりには風呂上がり用のジャージを用意しておるわ!適度にくたびれて適度に伸びて適度にほつれているのがベストなんじゃ!じゃからわしが服を買いに行くときは必ず古着屋じゃ」

 

 「もうちょっとおしゃれしてもいいんじゃないかしら?そうだわ、またワタシたちでナミをキレイにメイクアップしてあげましょうか。あのときのナミはキレイだったわ」

 

 「うっ、頭が!やめろ!そのときの話はやめろ!あれはわしではない!あんなのはわしではないんじゃあああっ!!」

 

 「そんなにイヤだったの?ワタシたちはたのしかったのよ?」

 

 「お前さんらはわしで遊んでただけじゃからそりゃ楽しいじゃろうよ!この三つ編みも服装もツルハシも口調も、すべてはわしのポリシーじゃ!むりやり見た目を変えても内に燃える魂までは変えられんぞ!」

 

 「かっこいい、気がするわ……。なんだかよく分からないけれど」

 

 「しかしわしの三つ編みはともかく、アニーのその巻き髪はわしにとって異次元髪型じゃのう。走っても頭を振っても崩れんとは、どんなに固く作ってあるのじゃ?」

 

 「これはモーニングにセットしてるのよ。ヘアアイロンでくるくるってしてね。このヘアスタイルだとほら、なんだか亜ダルティなかんじっていうか、シックなレディってかんじがしない?」

 

 「まあ、若者の髪型ではないわな」

 

 「ワタシのヘアーってほうっておくとボサボサになっちゃうから、きちんとセットしないとダメなの。ストレートにしようともおもったんだけど、そうするとコーヒーいれるときにジャマになっちゃうじゃない?」

 

 「なるほどの。細かなキャラクターデザインにもきちんと意味が込められておるんじゃのう。わしの服装といいアニーの髪型といい」

 

 「ワタシはもっといろんなヘアスタイルにトライしてみたいとおもうわ。ナミだってせっかくのロングヘアーなんだから、いろいろやってみましょうよ。だいじょうぶ、こわくないわ」

 

 「怖くて髪をいじらんわけではない!わしではなくとも髪の長い女子はたくさんおるじゃろう!」

 

 「そういえばそうね。QQガールズはみんなロングヘアーがセミロングだわ。ランだってツインにできるくらいのレングスはあるわけよね」

 

 「そこは作者の好みかのう。髪が短いとボーイッシュな印象になってしまうからの。そんなタイプはQQの女子にはおらんかった」

 

 「ってことはやっぱり、ナミにもガーリッシュな格好をしてほしいんじゃないかしら?」

 

 「わしの三つ編みおさげは昭和感を演出するためじゃ!残念じゃったな!がはは!短髪では帽子でほとんど見えなくなってしまうからのう!すわ、短髪といえば、QQメンバーで短髪の方が少ない気がするぞ」

 

 「そうね、リョーマかジョージしかいないわ。ヤイチローやユーマも男の子にしてはロングだものね。リョーマとジョージのヘアスタイルを見ると、ショートヘアのバリエーションが少ないのがりゆうかしら」

 

 「一度、創作論破対抗、髪の毛の平均長さ対決をしてみたいのう!間違いなくQQは上位に食い込むことじゃろう!」

 

 「すごくニッチね」

 

 「髪型や髪色はキャラの印象に残りやすい部分でもあるからのう。そう考えると、清水のあのアホ毛は主人公故ということじゃな。他のあらゆる要素で主人公らしくないものを、あの髪型でなんとか主人公としての面目を保っておる」

 

 「ピコピコうごくのよね。見ててとってもかわいかったわ」

 

 「清水にかわいいという感想を持てるのはお主だけなもんじゃろうなあ……。後半で穂谷があれをリンゴ頭と呼んでおったが、アニーも初対面で同じようなことを言うておるし、あの清水に臆さんとは、なかなかの肝っ玉じゃな」

 

 「キモッタマ?あんまりうれしくなさそうなフレーズね」

 

 「いいや、度胸が据わっているという意味じゃ。勇敢じゃ」

 

 「そんなことないわ。カケルだってハイスクールティーンズですもの。ちょっとくらいトゲトゲするのも、そういうお年ごろなだけよ」

 

 「ただの大人目線じゃったか。ますますヤツの器が小さく見えてくるわい」

 

 

 

 

 

 「さあ、ドールにむつ浜っていうステキなニックネームがついたあとは、この合宿場でのみんなの生活をのぞいていくシーンね」

 

 「まだ一章で誰も死んでおらんからな!モノクマだけでなく清水や穂谷のような不穏分子はおるが、まだここでの生活に慣れようと希望を持っている感じがするぞ!飯出たち男子に至ってはモノクマとバスケをする始末じゃからな!」

 

 「モノクマってそんなにアクティブなキャラクターだったかしら?原作でもそんなシーンなかったはずよ」

 

 「実はこの部分を執筆中の作者は、ダンガンロンパはアニメを観ただけじゃったからのう。ゲームも小説も抜きで描写しようとすれば、こんなシーンも出てくるじゃろうよ。日常編の描写には少なからず事件や真相についての伏線を張っておるものじゃが、このバスケはただパロディをしたかっただけじゃからな」

 

 「あとは、テルヤにあのセリフを言わせたかったのよね。「“超高校級の〇〇”だ」っていうの」

 

 「そうじゃな。ヤツは本当の才能を三章まで隠しておったんじゃが、それまではところどころで自分の才能を偽るセリフを言っておった。自分の正体をぼかすためじゃな。バスケ部じゃったりファッションリーダーじゃったり、弁士なんぞと言ったこともあったの」

 

 「もともとボツになったキャラクターの才能よね。弁士はリバイバルしたけれど」

 

 「ボツになった案など山ほどあるぞ!すべてが最初のまま採用されておったらQQはどんなことになっておったか!少なくともわしはこんなしゃべり方ではなく、もっとロマンチストな乙女じゃったろうな!」

 

 「ワタシもバリスタじゃなくてソムリエールだったのよね。それもステキだけど、さすがにティーンにアルコールはのませられないからボツになったのよ」

 

 「笹戸は駄洒落好きじゃったし石川は怪盗じゃった。曽根崎はひげ面の大男で六浜と望月に至っては一つのキャラクターから分裂して誕生したしのう」

 

 「アメーバみたいに言うわね。じっさい、そうなんだけど」

 

 「ボツ案論破!というのも面白そうじゃな!今思い付いたから言うてみた!どうなっても責任は取らんぞ!」

 

 「フリーダムすぎるわナミ。ちょっとおちつきましょう。コーヒーでもいかが?」

 

 「ふむ、もらおうかのう。我ながらさすがに取りとめがなさ過ぎたわい。屋良井の話じゃったかな」

 

 「また三章のときにテルヤのことはディティールがお話されると思うわ。今は一章のお話をしましょう。ジョージたちがバスケをしている間、ライブラリのテラスでローズたちはティータイムを楽しんでたのよね」

 

 「おおそうじゃったそうじゃった!男子会をしている一方で女子会をしておるんじゃったな!わしはそんな柄ではないから参加せんかったが、有栖川に望月に六浜に晴柳院か。さすがに華があるメンツじゃのう」

 

 「このシーンってなんのためにあったのかしら?」

 

 「こっちはきちんと伏線が張ってあったぞ!一つは有栖川がいつもぬいぐるみを携帯しているという件、ここが裁判で凶器の話になったときに活きてくるわけじゃな!それから途中で滝山が乱入してくるのじゃが、そのときに森の中からテラスのクッキーの匂いを嗅いできたというんじゃ。この鼻の良さは、一章の裁判と三章の裁判の伏線になっておる」

 

 「いきなり手の平をかがれるんだもの、びっくりしたわ。お菓子なんて持ってないわよって言ったのに」

 

 「お前さん、滝山を犬かなにかと思っておらんか?いやほとんど変わらない気もするが、さすがにあの状況でお菓子を探すほど滝山も呑気には構えておらんかったじゃろう。血の臭いがすればなおさらじゃ」

 

 「それで、ドールがまた赤くなってローズがおこっちゃうのよね」

 

 「滝山も滝山じゃが、有栖川も女子のことになるとすぐ熱くなるのう。前回の石川が言うておったが、確かに有栖川が女子を支えておったのは間違いないのう。女子力はQQ女子の中で一番じゃ!」

 

 「そういえば、このときワタシたちは何をしていたかしら?」

 

 「わしとアニーは食堂におったぞ!石川と穂谷と鳥木と古部来も一緒じゃ!鳥木と古部来が将棋を指している横で、穂谷が優雅に茶を飲んでおって、石川とアニーは夕飯の献立を考えておって、わしは洗い物当番じゃ」

 

 「ずいぶんこんでたのね。リョーマはドール以外とショウギボードをしてたのはこの時だけなんじゃないかしら」

 

 「そうじゃな。六浜ほどの計算能力と暗記能力があって、ようやく古部来にかみつける程度ということじゃ。ヤツの実力の高さがうかがい知れるのう。アニーも確かチェスを打ったことがあったのではなかったか?」

 

 「あるわ。なんだかヘンなかんじ。いろんなことをすればするほど追い詰められていくような。ピタゴラナントカみたいに自分の一手があとになって自分を追い詰めるような……いつのまにか負けてるのよ」

 

 「何と言っても超高校級じゃからのう。しかし、自分の勝負に付き合わせておいてこの尊大な態度……偉そうじゃのう。少しは相手を気遣って茶菓子でも差し出せばいいものを!」

 

 「リョーマがそんなことするなんてイメージできないわね。イメージできないといえば、このときリョーマがネックレスをしてるのは意外だったわ。アクセサリーなんてしない人だと思ったから」

 

 「このネックレスも後々の伏線になっておるんじゃ。ネックレスと言うか、将棋の駒をプレスチックのケースに入れて紐を通したものじゃからな。見た目には相当安っぽく、小学生の工作のように見える代物じゃ」

 

 「だけど大事なものなのよね。いつも首にさげてるってことは。ワタシのリングとおんなじね」

 

 「アニーにとって大事な人の話も、ここで少し触れとるの。指輪について触れておらんが、このしっとりした言い方は間違いなく思い人がいる感じじゃぞ。アニーはその、フォールデンス氏にそういう感情はなかったのか?」

 

 「ふふふ、そうね。ステキな人だとは思うけれど、フォールデンスさんはもう結婚もしてるし子供も孫もいるわ。ワタシよりずっと年上だしね。ワタシを幸せにしてくれるのはフォールデンスさんだけれど、フォールデンスさんを幸せにできるのはワタシより今のファミリーよ」

 

 「ちなみに年齢はいかほどじゃ?」

 

 「そうね。何年か前に70のおいわいをしたって言ってたから、73か74くらいじゃないかしら」

 

 「全然アリj」

 

 「ナシよ。ぜったいに」

 

 「そんな食い気味で……すまんな、冗談じゃ。所帯持ちにはさすがのわしもいけんわ。幸せな家庭を壊すような略奪愛はちと重すぎるからの」

 

 「そこだけが問題じゃないわ。今さらだけど、どうしてナミはそんなに年上の人が好きなの?それに、しゃべり方も」

 

 「どうしてと言われてものう。はっきり覚えとらん。確か、小学生のときは周りと同じようなしゃべり方だったと記憶しておる。中学生の入学時もじゃ。考古学にのめり込んでからはもうこのしゃべり方じゃし、中学校の卒業式ではもうこのしゃべり方じゃった気がする」

 

 「ジュニアハイスクールでいったい何があったのかしら。何があったらそんなしゃべり方になるのかしらジャパンのジュニアハイスクールではみんな一回、チューニビョーっていう病気になるらしいけれど、それかしら」

 

 「中二病扱いするでない!わしのこれはポリシーじゃ!考古学者として過去と対話するために必要なあり方なんじゃ!」

 

 「でも、ポリシーっていうことは、それをなくすこともできるんじゃないかしら?」

 

 「ほ?というと?」

 

 「ふつうの女の子にもどれるってことよね」

 

 「そんな昔のアイドルが引退するときのように言われてもじゃな。なんじゃ、ツルハシを置いてここから出て行けばよいのか」

 

 「しゃべり方のことよ。カナタとかローズみたいなしゃべり方もできるんじゃないの?」

 

 「ふぅむ……できんことは、ないかもしれんのう。いや待てアニー。お前さん今、わしに普通のしゃべり方をさせて、そこから徐々に髪型と服装とわしを改造する気じゃったろう。またわしを辱めるつもりじゃったろう!」

 

 「そ、そんなこと思ってないわ。ショックうけたからってうたがいすぎよ」

 

 「いやじゃいやじゃ!わしはもうあんな姿になりとうない!これがわしの生き様なんじゃ!ありのままの姿見せるんじゃ!」

 

 「こういうところはまだ子供みたいなのよね、ナミって。分かったからダダをこねないでちょうだい。ほこりがすごいわ」

 

 「人は誰しも譲れないものがあるもんなんじゃ!女の道を逸れたとてわしはこの道を外すわけにはいかんのじゃ!」

 

 「かっこよく言い直すならせめて立って。ねころんでたらいいセリフも台無しよ。もうナミをむりやりおしゃれさせたりしないから」

 

 「がるるるっ!」

 

 「ダイオみたいになってるわよ」

 

 「まったく、勘弁してほしいものじゃ。いきなりあんな女子力にあてられたら危うくトラウマになるところじゃぞ」

 

 「もうなってると思うわよ。今のリアクションを見たところ」

 

 「すっかり本編の流れを忘れてしまったわい。どこまで話したんじゃったかのう?」

 

 「合宿場でワタシたちがどんな風に生活してたかね。その後はモノクマからワタシたちにモチーヴがあたえられるのよね」

 

 「創作論破じゃからの!やはり動機伝達があってコロシアイがなければ話が進まんからな!最中はたまったものではなかったが、こうして他人事のように見ているとドキドキしてくるものじゃのう!」

 

 「フィクションだものね。ムービーを見ているのと同じようなかんじよね」

 

 「動機は原作でも、コロシアイを起こさねばと思わせるものじゃったり、コロシアイをすれば得があったり、多種多様じゃったな。創作論破ではそこも注目するポイントの一つじゃ。どんな動機で誰が動くか、見極めるのも醍醐味じゃのう」

 

 「ワタシたちのファーストモチーヴは「大切な人」だったわね。ストーリーの中ではカケルとローズ、それからちょっと先だけれど、ランのが分かったわね」

 

 「動機の中では最もオーソドックスで、原作でも一番最初に与えられた動機じゃのう。じゃあここで言う「大切な人」というのは、言葉が持つ意味以上に色々な意味を含んでおる。清水の場合は家族じゃから、そのままじゃろう。あいつが素直に家族を「大切な人」と思うかは別の話じゃが」

 

 「ローズやランのムービーって、「大切な人」がそのまま映ってるわけじゃないわよね」

 

 「有栖川の場合は『「大切な人」にまつわる秘密』、望月の場合は『「大切な人」が誰か』を知らしめる映像になっとったわけじゃな。まあそんなものを見せられて冷静でいられる者はおらんじゃろうな」

 

 「ナミは見たの?モチーヴムービー」

 

 「当然見たぞ!再生するまでに四苦八苦じゃったがな!映っておったのは考古学会のお偉方じゃった。わしの学説や論文を嬉々として語った後に、同じ数だけの棺桶が並んでおったわ。えらく不吉な映像じゃったが、わしはその手の別れには慣れておるからの。趣味の悪い映像じゃと唾棄したんじゃが……思い出すと今でも気分が悪くなるのう」

 

 「抱きしめてあげるわよ?」

 

 「いやええ。お前さんに抱きしめられると他の弱った思い出まで浮かんで制御できんくなりそうじゃ。そういうアニーは……言わずもがなじゃな」

 

 「ええ。フォールデンスさんだったわ。だけどワタシは、フォールデンスさんはきっとぶじだって信じてたわ。ワタシが世界一のバリスタになって自分のお店をひらくまで、借金してでも長生きするって言ってたもの」

 

 「愛情が重い!そしてそれを受け入れてしまうアニーの度量がデカすぎる!まあわしの方もアニーの方も、清水の方も、実際はどうなっていたことやら」

 

 「QQのマスターマインドって、ワタシたちのタレントが目当てなのよね?だったら、外の世界をこわす意味はないんじゃないかしら?」

 

 「そこは分からん。目的のためには手段を選ばんヤツじゃったからのう。必要じゃと言って国の一つくらいつぶしてそうじゃ」

 

 「それができるだけの才能を手に入れたところが、あの人のおそろしいところよね。だけどワタシみたいなタレントまで手に入れてどうするのかしら?」

 

 「おいしいコーヒーでも淹れて休憩するのかのう?」

 

 「わざわざこんなことしなくても、ワタシがだしてあげるのに」

 

 「お前さん、少しはコーヒーを振る舞う相手を選んだ方がよいぞ。コーヒー飲めばみんな友だちではないぞ」

 

 

 

 

 

 「モチーヴムービーを発表するのと同じくらいから、ミコトとジョージの関係が少しフィーチャーされてるのね。カケル目線からだからあんまりよく分からないけど」

 

 「清水はその手の話には興味ないからの、少なくともこの時点では。その周りで飯出が晴柳院を探しておったり、晴柳院が飯出を避けたりしておるな。そして動機の発表後も、飯出がやたらと晴柳院を意識しておることを曽根崎に指摘されとるの」

 

 「ジョージの言ってるアマテラスオオミカミって、ジャパンの神様よね」

 

 「太陽神じゃな。弟の愚行を見てられんと天岩戸に逃げ籠もり姉としての責務を放棄した女じゃ」

 

 「な、なんだか言い方がきびしいわね」

 

 「しかもその後どんちゃん騒ぎにつられて出てくる軽々しさじゃ。その上、鏡に映った自分の美しさに目を奪われてあっさり引き出されたナルシストときた!何が太陽神じゃ!そんな意志薄弱尻軽女ごときめが!何様じゃ!」

 

 「神様ってさっきナミが言ったわよ!?」

 

 「わしはそういう芯が通っておらんヤツが我慢ならんのじゃ!何事にも一家言を持つべし!大流に流されるままでは角は立たなくなるじゃろうが小さく目立たぬ小石になってしまうぞ!日の本の国に生まれたからには、強くたくましい巌となれ!」

 

 「ナミってそんな古風な考え方だったかしら?」

 

 「神話というのはどうも理屈が通っておらんくて腹が立つんじゃ。そもそも信じておらんしのう。古代の地球の姿はほとんど丸裸にされておるんじゃし、神話に語られる出来事も解明されつつあるしの!天岩戸神話は要するに日食じゃ。天文教室が開かれる程度のプチイベントじゃ」

 

 「自分の国のストーリーをそんなにばっさりきりすてる人はじめてみたわ。昔の人にとってみればいきなり暗くなるなんてこわかったのよきっと」

 

 「暗くなった世界でどんちゃん騒ぎができる度胸があればもう何も怖くなかろう」

 

 「それもそうだわ」

 

 「一方の晴柳院を外に連れ出すことに成功したのは、どんちゃん騒ぎではなく有栖川の説得だったようじゃのう。この時にはまだ有栖川は飯出をどうこうするつもりはなかったんじゃろうな」

 

 「ジョージがミコトに行きすぎたアタックをしてたのが原因だものね。タイミングがあるとしたら、この後かしら。ディナーまでの間にそんな話になって、そこでローズが……」

 

 「そう考えると、この説得がよかったとも思えんの。そのせいで有栖川は自らの手を汚し、自分の命まで失うハメになったんじゃと思うと……親身になるのも考えものじゃな」

 

 「何がどんなことになるかわからないものね。こういうの、なんていうんだったかしら?うまがどうとか」

 

 「人間万事塞翁が馬、じゃな!由来の物語はハッピーエンド風に終わっておるが、どうなるか分からないという意味ではバドエンドにも使える言葉じゃ。逃げた馬が伴侶を連れて来たり、落馬して骨折したために兵役を免除されたり──」

 

 「ミラクルの連続ね」

 

 「ミラクルのう。奇跡という言葉もなんだか安っぽく使われるようになってしまったわい。単に低い確率の出来事が起こることを奇跡とは呼ばんというに」

 

 「たしかに、テレビとかだとそこまでびっくりしないようなこともミラクルって言ったりするわね。それも演出なんでしょうけど、すこしおおげさよね。どれくらいのことだったらミラクルってよべるのかしらね?」

 

 「この広い宇宙で同じ星に生まれ、出会い、そして恋に落ちること……かのう」

 

 「きゅうにロマンチックなこと言わないでちょうだい!完全にナミがボケるテンションできいてたのに、まちがえたわ」

 

 「ボケるテンションとか……お前さんそんなこと言うタイプではなかろう。わしだって乙女じゃ。ロマンチックなことくらい言うぞ。めっちゃ言うぞ」

 

 「なんだか意外だけど、でもナミってそういうタイプよね。ワタシたちの中にはタイプの人がいなかったからツルハシばっかりふってたけれど、スクールでは問題児になるくらいティーチャーや理事会にアタックしてたのよね」

 

 「少しでもいいと思ったらとにかくアタックじゃ!好きか好きでないかはその後判断すればよい!相手を知らずに好悪を断ずることなどできんからのう!」

 

 「パッシヴね。ステキだと思うわ。きっとナミがもっと若い人を好きになってたら、もっとハッピーな生き方になったと思うわ」

 

 「暗に今のわしをディスっておらんかそれ……。まあええわ。とにかくわしは肉食系じゃからな。ガンガンいくぞガンガン。なにせライバルは少ないが時間制限がえげつないからの。想いはすぐ伝えねば一生伝え損ねる率が非常に高い」

 

 「だから若い人を好きになればいいって言ってるのに」

 

 「そう簡単に変えられるものでもなかろう。逆にアニーはどんな男がタイプなんじゃ?本編ではフォールデンス氏のことばかりで、他に男っ気がなかったから知らんぞ」

 

 「そうね。ワタシは二人の時間を大切にしてくれる人がいいわね。休日はゆっくり二人で出かけたり、いっしょにお家でムービーなんか見たり。ワタシのいれたコーヒーをのみながらおしゃべりできたらステキじゃない?」

 

 「なんだか少女のようじゃな。将来の夢はきれいなお嫁さんとか言いだしそうじゃ」

 

 「ワタシの夢は世界一のバリスタになって自分のお店を出すことよ」

 

 「ブレんのう」

 

 

 

 

 

 「動機が発表された後は、飯出がビュッフェを計画するところじゃな。アニーも手伝っておったのう。それと石川と笹戸と晴柳院に有栖川か」

 

 「他のメンバーはどうしてたのかしら?」

 

 「ピックアップされておったのは清水と望月じゃな。多目的ホールで清水がボールに八つ当たりして鬱憤を晴らしておる。そこへ望月がやってきて、清水を監視すると宣言するわけじゃな」

 

 「プロローグでもおかしなことを言ってたランだけど、ここでは特にヘンね。カケルが言ってたみたいに、まるで感情がないみたい」

 

 「実際ないんじゃから仕方なかろう。ううむ、QQでは数少ないラブコメシーンじゃと言うのに、清水のこの荒々しさはなんというか……女心がまるで分かってないのう」

 

 「でもランの気持ちを知って、カッコイイ言葉を言うのもカケルらしくないわ。ウィットにとまないことでおなじみじゃない」

 

 「そんな馴染み方はしておらんが、まあ間違いないのう。悪態も不満もストレートじゃ。じゃから望月に目をつけられたんじゃな」

 

 「五章でこの二人と多目的ホールっていうシチュエーションは、また出てくるのよね」

 

 「そうじゃな。そのときはまた全く違った雰囲気になっておる。ここでは望月が清水を知りたいと宣言しておって、五章では望月が清水に知って欲しいと話を持ちかけるわけじゃ。対比的じゃな」

 

 「そうなるまでずいぶん時間がかかったわね」

 

 「お互いに歩み寄り方を知らん上に、歩み寄れない理由があったからのう。もどかしいことこの上ないわ。わしが望月じゃったらこの場で清水に想いを告げて押し倒して魅惑のささやきの一つや二つ──」

 

 「それはさすがにpixivで全年齢公開ではお送りできないわね。公開して後悔することになると思うわ」

 

 「そうか?ふむぅ……普段のわしのやり方で通じるのはやはりわしの好みだけか」

 

 「ナミってアプローチのときいつもそんな風にやってるの?そんなアブノーマルなアプローチをしてるの?」

 

 「そうじゃが何か問題か?」

 

 「問題だから“超高校級の問題児”になってるんだと思うわ……。ワタシもそう思うもの。やっぱりナミはみんなとちがうわね。いろいろとエキセントリックだわ」

 

 「もっと自由な恋愛がしたいぞ!」

 

 「いきなりどうしたの!?」

 

 「わしだってステキな殿方に想いを寄せて恋い焦がれて、時には大胆になって物を贈ったり時には恥じらって声もかけられなかったり、そんな甘くもほろ苦い恋愛をしたいんじゃ!年が離れていようが孫くらいの年齢差があろうが、好きなものを好きと言って何が悪い!猛アタックして何が悪い!わしの好みを否定する権利が誰にある!わしの恋路を嗤う権利が誰にある!わしの想いを批難する権利が誰にあるというんじゃ!」

 

 「分かる。ナミの気持ちはすごく分かるわ。人を好きになるのに理由なんてないし、バリアがあるから好きになんてならないなんてことないもの。だけどねナミ。ナミはもうちょっとアタックをひかえた方がいいわ。ナミの好きな人にだってその人のライフがあって、その人も好きな人がいるんだもの。あなたの好きをみとめるなら、その人も好きもみとめてあげないと」

 

 「……分かっておる、分かっておるんじゃ。どうもわしは特殊性癖持ちの変態のような扱いを受けるから、わしだって普通の恋多き乙女なんじゃと分かってほしかったんじゃ。恋に恋するお年頃なんじゃ」

 

 「そうね。だけどあんまり恋ばっかりだとかなしいことにもなるわよ。ほら、ジョージだって、恋しちゃったからこんなことになっちゃったんでしょう?」

 

 「そうじゃな。恋は盲目か。昔の人はよく言ったものじゃわい。盲目どころかハイになって少々の痛みでは止まらんようになる前に、飯出は冷静になる必要があったんじゃな」

 

 

 

 

 

 「そして……ジョージの死体を発見するお話ね」

 

 「非日常編の冒頭でアニーと滝山がちょっといい感じになっとるの。清水と望月についてはさっき話したが、お前さんは滝山とどうなんじゃ?よう一緒にいる気がするが」

 

 「ダイオはいつもお菓子をもらいにくるから、コーヒーといっしょにあげてるわ。なんだか近所の野良猫におやつをあげてるみたいな気分よ」

 

 「ヤツは尻尾が似合いそうじゃのう。それにしても、飯出の死体を見ても滝山は人を呼びに行くほど余裕があったんじゃな。案外、こういうモノには慣れておるのかもしれん」

 

 「ワタシはびっくりしたわ……だってジョージが血まみれでたおれてるなんて、イメージできないもの。ショックであのときのことはあんまりおぼえてないわ」

 

 「ここは初回じゃから死体発見アナウンスはないんじゃな。第一発見者が滝山で、第二発見者がアニーじゃとして、三人目は誰じゃ?」

 

 「アーリーモーニングだったから、マドカがたまたま通りかかったわ。ワタシはそのときこしがぬけちゃってて……」

 

 「そして清水の視点に移るわけじゃな。呑気に寝ておるわ」

 

 「そりゃあそうよ。ジョージが死んでるなんて分かるわけないもの」

 

 「コロシアイの始まりはいつも唐突じゃな。拉致監禁され動機があるとはいえ、人を殺すほどの決意をすることになるのにどれほどの時間と覚悟がいるのか、人によって異なるものじゃ。1日足らずで決意する者もいれば、決意しきれずくすぶり続ける者もおる。それがいつどんなきっかけで爆発するか分からないもんじゃのう」

 

 「そうね。先のお話になるけど、このときテルヤはきっと内心おだやかじゃないはずよね。先をこされたって思ってたはずよ」

 

 「どうかのう。三年の時間が経過していることで焦りが加速したとは思うが、確かにここで死んでしまっては残念無念じゃろう。ヤツに限らず誰しも納得できる死にはならんじゃろうが」

 

 「そんな中で一番にジョージをしらべられるリョーマは、やっぱりすごいわね……。ちゃんと手を合わせてるし、ホントはいい子なのがかくし切れてないわね」

 

 「さすがに死者を前にして不遜な態度でいるべきではないと思ったか。そうでなくとも自分の命がかかっておるわけじゃし、真面目にもなるじゃろう。清水もこの後の捜査は比較的真面目にやっておるしのう」

 

 「こういうパートの中で、あとのクラストライアルのための手がかりを全部見つけておかなくちゃいけないのよね。作るのがたいへんそうだわ」

 

 「ちなみに作者のやり方は、事件の大筋が決まったら学級裁判の流れから先に作る派じゃ!その中で証拠や情報を添削していくわけじゃな!」

 

 「だからあちこち周ってるのね。先に捜査しちゃってあとはいきおいでなんとか……っていうのはダメかしら?」

 

 「ダメではないが、後から必要な証拠が足りんことになりかねんし、少なくとも作者には向いてないのう。それでもほとんど事件の内容ができあがっておるのならなんとかなるかも知れんの。どうじゃ、やってみんか?」

 

 「文章の中から作者に呼びかけないで。わけがわからなくなるわ」

 

 「どうせやるとしても次回作の連中が困るだけじゃ!わしらには何の影響もないわい!」

 

 「次回作の子たちをとおまわしにいびらないであげてちょうだい。カケルといいナミといい、なんでそんなに目の敵みたいにするの?」

 

 「わしは別に目の敵になどしておらん。わしらが苦労した分だけヤツらも同じかそれ以上の苦労をすればええと思っておる。これはヤツらのためなんじゃ!ヤツらが成長するためなんじゃ!」

 

 「そういうの、最近のジャパニーズではローガ」

 

 「やめろ!!それだけはやめろ!!その言葉だけはわしは聞きとうないし言いとうない!!そんな、高齢者全員を十把一絡げに批難するような乱暴で汚い言葉はやめろ!!」

 

 「きゅうに必死ね」

 

 「どんなものにもよい面と悪い面があるものじゃ。マナーの悪い年寄りもいれば人に優しい年寄りもおる。若者じゃてそうじゃろう。比率が高いというだけで全員を目の敵にするようなことはやめてもらいたい!」

 

 「じゃあナミも次回作の子たちと仲良くしてあげて。ちゃんとあやまる」

 

 「ごめんなさい」

 

 「はいよくできました」

 

 「なんじゃこれ。なんでわしが子供扱いされておるんじゃ!わしはQQメンバーじゃったら年長組に入るじゃろ!」

 

 「ワタシだってみんなのママ的ポジションにいるって気でいるのよ。だから今回の解説はアダルトレディコンビってことね。シックでアダルティな解説をお送りするわよ」

 

 「もう後半なのに今更コンビ名を付けるのか!?アダルトレディとはなんだか甘美な響きじゃが、そんな需要があるのじゃろうか」

 

 「あってもなくてもいいわ。ワタシはナミといっしょにお話できて楽しいもの」

 

 「うっとりとした目をするな。急にどうしたのじゃアニー。ほ、ほれほれ!本編では清水がまた曽根崎と行動を共にしておるぞ!こいつらはもうこの時点で既にコンビじゃな」

 

 「カケルは本当にこのとき、ヤイチローがいなかったらドミトリーの周りを見ただけで終わってた気なのかしら?」

 

 「さすがの清水も自分の命がかかってる状況でそこまでいい加減なことはせんと思うがのう。なんだかんだでこの後、曽根崎に連れられて各所でそれなりに証拠品を見つけておるわけじゃし」

 

 「ワタシたちもいっしょうけんめいだったのよ。だけどキッチンじゃ何も見つからなくて、あんまり役に立てなかったの。次の事件ではワタシ、参加できなかったから……」

 

 「まあ想像できんじゃろうな。今を生き残るために必死なんじゃから。それにしても犯人のヤツもなかなか色んな場所に証拠を残しておるのじゃな。寄宿舎や多目的ホールに展望台……ふうむ。意外と活動範囲が広いぞ」

 

 「色々なしかけやじゅんびが必要だものね」

 

 「準備といえば、飯出が展望台に呼び出されたときに持ってきていたグッズは……あれが発表されたときは殺されたとはいえ、呆れてしまったわい。ヤツはいったい展望台で誰と何をするつもりだったんじゃ」

 

 「……ま、まあ男の子ですものね。ちょっとはそういう気持ちになったりもするわよね」

 

 「たとえ気持ちがある相手がいたとしても、いきなりそんな展開になったりはしないじゃろ。エロ同人ではないんじゃから」

 

 「ナミくらいパッシヴだったらそういうのもアリなのかしら?」

 

 「わっはっは!わしはそんな若者のような危うい恋愛はせん!じっくりこってり付き合って、結婚するまでは疚しいことなどせんわ!って何を言わせるか!!恥ずかしいじゃろ!!」

 

 「うふ、ひっかかった」

 

 「今更言うのもなんじゃが、やはり解説編ではキャラが変わるのう。アニーがこんなにわしを振り回してくるとは思わなんだ」

 

 「そういうナミはあんまり変わらないわね。それがナミのいいところよ」

 

 「わしはいつでもわしのままじゃからな!わしがわしであること、それがわしの証明……!」

 

 「かっこいい感じで言ってるけど意味分からないわ」

 

 「お前さんもはっきり言うようになったのう」

 

 

 

 

 

 「捜査もそろそろ大詰めじゃが、アニーは他に気になるところはあるかの?」

 

 「そうね……この、ダイオがシャワーの使い方も知らないっていうところ。これって今までダイオってお風呂入ってなかったってことになるのよね?」

 

 「そうじゃな。野生児じゃからっていうことじゃろうが、あれだけ動き回って汗もかくじゃろう。足は泥にまみれるじゃろうし髪の毛もぼさぼさになるじゃろう。それでもヤツは一度として風呂に入っておらんかったことになるわけじゃ」

 

 「っていうことは、ジョージの死体を見つけたあのとき、ワタシの手をとったときも……」

 

 「洗ってない手じゃろうな」

 

 「どうしよう……ワタシあのあとふつうに食器をさわったりコーヒーいれたりしてたわ……」

 

 「……知らぬが仏というヤツじゃな。いやさすがに、ヤツも手を洗うくらいの常識はあったと思うんじゃが、そういえば見たことないのう」

 

 「そんな汚いかっこうのまま歩き回ってるなんて……大きなお風呂があるのに入らないなんて……考えられないわ。世界にはお風呂どころか水もまともにもらえない人だっているっていうのに……」

 

 「お前さんが言うと説得力が違うのう。滝山の場合は面倒臭いから入らないというよりは入り方が分からないのじゃろうな。あんなもの動物とほぼ一緒じゃ」

 

 「ナミをお風呂に入れるより先に、ダイオをお風呂に入れてあげないといけないわね」

 

 「まだわしを改造するスキを伺っておったのか!いや滝山の入浴補助も色々とそれはそれで問題があるんじゃが!」

 

 「そういえば四章でナミはミコトをさそって温泉に入ってたのよね。他の子は来なかったの?」

 

 「その時は色々と張り詰めておったからのう。今にして思えば、大浴場の開放が遅かったこともさることながら、わしらのまとまりの無さは異常じゃったな。風呂イベントと言えば創作論破の醍醐味の一つじゃというのに、そこをほぼまるまるスルーするという大胆な構成じゃ」

 

 「そこはまた四章のときにくわしくなるのかしら?」

 

 「そうじゃな。まだどうなるか分からんが、その時わしが解説を担当しておったら、曽根崎改めソノゾキの所業も含めて解説してくれる」

 

 「ヤイチロー……ま、まあ男の子ですものね」

 

 「お前さん、その手の話になるとだいたいそれで済ませるのう。もしかして苦手か?」

 

 「苦手というか、なんて言っていいか分からないのよ。別にそういうお年頃なのは分かるからイヤっていうわけじゃないけれど、ついていけないわ。キャラじゃないのよ」

 

 「キャラじゃないというお前さんのセリフが一番キャラではないじゃろ!」

 

 「そういうナミはずっとブレないわね。前回のダイオだって、本編よりちょっとはかしこくなってたわよ」

 

 「解説編である以上は多少の知性は必要じゃからな。性格が変わったといえば、この時と比べて清水は遥かに丸くなっておったわい。太ったという意味ではなくな」

 

 「だれも太ったなんて思わないわ。どちらかというとカケルは細い方よね」

 

 「スリムというより痩けておる感じじゃな。不健康な痩せ方じゃ。おまけに猫背で身長もそこまで高くないから、余計に弱そうに見えてしまうんじゃな。わしはこれだけ動き回ってるおかげで、体は割と引き締まっておるぞ!筋肉もそこそこある!」

 

 「ワタシは最近ちょっと脚が太くなってきて気になってるのよ……パンツが少しキツくなってきたような気がするわ」

 

 「アニーもツルハシを持てぃ!わしと共に発掘場で発掘をしよう!そうすればあっという間に痩せるぞ!」

 

 「痩せるより先に手がボロボロになりそうね。そういうのには慣れてるけれど、やっぱりやりたくはないわ。ワタシは土の中にある化石よりも、ナミがキレイにブラッシングした化石の方が好きよ」

 

 「ん、そうか?むふふん、そうかそうか。わしの化石標本の美しさを理解できるか。博物館にあるような巨大な恐竜の化石なんかも心惹かれるが、アンモナイトやウミユリやフズリナといった小さな化石にしか見えない美しさというものもある。手にとってその重みを感じ、刻まれた紋様の幾何学的美しさを堪能し、固い感触の向こう側にある遥か彼方の生命を」

 

 「OK。もう分かったわ。化石のお話はまた今度、コーヒーでものみながら聞かせてもらうわ」

 

 「なんじゃ。まだわしは話し足りんぞ。解説ももう裁判直前まで話すことは話したし、このまま喫茶で二次会といこうではないか」

 

 「二次会って、パーティじゃないんだから。でもたしかに、ワタシたちが解説しなきゃいけないところはもうおしまいね。でもねナミ、ヤイチローから聞いたんだけど、最後にあいさつをしないといけないんだって」

 

 「才能なんかクソ食らえ、的なヤツじゃな。めんどうなルールを作ったもんじゃのうまったく。ラジオの終わり的な遊びなんぞするからじゃ」

 

 「急にそんなこと言わないで、楽しく終わりにしましょうよ。後でおいしいコーヒーいれてあげるわ」

 

 「どちらかというとわしは茶の方が好きじゃがの。渋くて苦い緑茶などが飲みたい」

 

 「グリーンティーラテなんかどうかしら?作者がスタバでいつも飲むヤツよ」

 

 「あの牛乳の部分がうまいんじゃよな。飲みとうなってきた。よし!それにしよう!サイズはLじゃ!」

 

 「スターバックスのサイズはS・T・G・Vよ」

 

 「なんじゃそりゃ!SMLではないのか!?」

 

 「うふふ、何の略か当てられるかしら?」

 

 「Sは……スモールじゃろ?Tは……たっぷり?」

 

 「Smallでもないんだけれど……」

 

 「Gは……ごっそりじゃ!Vは……バ、バーチャル?」

 

 「バーチャルのドリンクは飲めないわね。気になる人はスターバックスのサイズでググってちょうだい」

 

 「最後の最後で本編に関係ないどころか全く取り留めのない会話をしてしもうた。これ以上余計なことをして六浜に怒られる前にシメるか」

 

 「そうね。これも人のネタですものね」

 

 「そうじゃ、最後に次回の話だけしておこう」

 

 「次回は、第一章『忘れた熱さに身を焦がす』の後編ね。クラストライアルからおしおきまでの解説をするわ。誰がやるかは、教えてもらえないのよね?」

 

 「投稿されるまでのお楽しみじゃな。じゃが有栖川は来るのではないか?まだやっておらんじゃろう」

 

 「ローズが来るなら、バディはミコトかしら。ワタシたちみたいにガールズペアになると思うわ」

 

 「わしらと六浜、石川が既にやっておるから、相方は命以外じゃと穂谷か望月か。どちらも有栖川とはあまり会話が弾まなさそうじゃのう」

 

 「じゃあやっぱり作者イチオシのバラみこペアかしら」

 

 「実はもうこれを書いている時点では執筆を始めておるからの。わしらのこの会話も完全に茶番じゃ。番茶を飲みながら書いた茶番じゃ」

 

 「うふふ、読む人はきっと満足してもらえると思うわ。それじゃあ、最後にごあいさつしましょうね」

 

 「よし、それでは画面の前のそこのお主!ここまでお付き合い感謝するぞ!50年の年を重ねてまた会おう!」

 

 「それまで覚えられていたらいいわね。お相手は、疲れたあなたにコーヒーを、アンジェリーナ・フォールデンスと」

 

 「輝くツルハシ古代のロマン!!明尾奈美がお送りしたぞ!!さらばじゃ!!がっはっはっは!!」




やっぱり本編で絡みのあるキャラ同士じゃないと話が弾みにくいですね。
次回はそんなことないのでご安心ください!(フラグ)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一章「忘れた熱さに身を焦がす 後編」

 

 こちらは、『ダンガンロンパQQ』の解説になります。

 本編を読了していることを前提に執筆しているため、本編についてのネタバレが多分に含まれています。

 まだ本編を読まれていない方はご注意ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 「……」

 

 「……」

 

 「……始まってますよ」

 

 「ふわっ!?はえ、ええっと!?ご、ごめんなさいすいません!あわ、あ、あのぅ……!えっと……!」

 

 「落ち着いて。練習通りにやればいいんですよ。深呼吸して」

 

 「あっ、は、はい。すぅ……ふぅ〜。すぅ……ふぅ〜。し、失礼しましたあ」

 

 「では、仕切り直しましょう。3,2,1,はい」

 

 「はい。創作論破『ダンガンロンパQQ』、解説編『後のお祭り』をご覧の皆々様、こんにちはあ。数ある作品の中から本作を選んで戴きほんまにありがとうございますぅ。うちは第一章『忘れた熱さに身を焦がす 後編』の解説を担当させていただきます、“超高校級の陰陽師”晴柳院命ですぅ。よろしうお願いしますぅ」

 

 「はい、よくできました。いい子いい子」

 

 「あ、あのう。うちの頭を撫でるより、あなたも自己紹介してください」

 

 「撫でてないで名乗り出て、っていうことですね。承りました」

 

 「そんな微妙にかかってるような言い方はしてませんけど……」

 

 「皆様、初めまして。私は今解説編で晴柳院さんとご一緒させていただきます。希望ヶ峰学園1年生、“超高校級の華道家”袴田千恵と申します。宜しくお願い致します」

 

 「うち、びっくりしました。まさか袴田さんと解説することになるなんて。てっきり有栖川さんとやとばかり思うてました」

 

 「あら、私より有栖川さんの方がよかったですか?そうですか……晴柳院さんは有栖川さんの方がお好きでしたか……」

 

 「ちゃ、ちゃいますちゃいます!そういう意味やなくてその、う、うちが一番仲良うさせてもらってるのが有栖川さんやったし、一章って有栖川さんがメインのお話やから、そうなるもんやと思ってたってだけです!袴田さんとでもうちは嬉しいです!」

 

 「袴田さんと()()……」

 

 「はわわ……い、今のはそういう意味とちゃうくてぇ……そのぉ……」

 

 「うふふ、冗談ですよ。そんなに慌てふためかれたらこっちが申し訳なくなりますね。ごめんあそばせ」

 

 「あそばせて……か、からかわんといてください!」

 

 「ぷんすこしている命さんも可愛らしいですよ。私はそんな命さんもすこですよ」

 

 「す、すこ?」

 

 「好きって意味のネットスラングですよ。ふふ、面白い言い方をする方々がいるものですよね」

 

 「取り留めのない会話の飛び方されるとうちがついて行けんくなります……。ネットスラングとかあまり詳しうないんですよぉ」

 

 「本当に、命さんは面白い方ですね」

 

 「あのう、タイミングを逃す前に聞きたいんですけど、いつの間にうちのことを命さんなんて呼ぶようにならはったんですか?」

 

 「命さんがからかわれてた辺りからですよ。イヤですか?」

 

 「イヤっちゅうか、家族かアニーさん以外にあんまり下の名前で呼ばれることがなかったんで、なんだかヘンな感じがするんです」

 

 「有栖川さんはなんて呼んでらしたでしょう?」

 

 「えっと……うぅ」

 

 「どうしました?」

 

 「うう……自分で自分のあだ名を言うのって恥ずかしないですか?」

 

 「恥ずかしくないですよ。有栖川さんになんて呼ばれてたのか教えてください」

 

 「うちに言わそうとしてますよねぇ!?」

 

 「時間がないですから。早く」

 

 「えっと……み、みこっちゃんって呼ばれてました……あわわ、やっぱり恥ずかしいです……」

 

 「では私もみこっちゃんと呼びますね」

 

 「勘弁してくださいよぉ!」

 

 「ではみこっさんですか?」

 

 「それはそれでなんだか気の良い小父様のあだ名みたいで釈然としないです」

 

 「ではやはりみこっちゃんの方がいいですね。そもそも有栖川さんがみこっちゃんと呼んでいるのに私が晴柳院さんや命さんなんて余所余所しく呼ぶのは不公平ではありませんか」

 

 「不公平もなにも、うちと有栖川さんの関係性と、うちと袴田さんの関係性って全然ちゃうものですし……」

 

 「というわけで、今回の解説編は私とみこっちゃんの二人でお送り致しますよ」

 

 「あだ名呼びのまま進行するんですかあ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「では改めて、画面の前の皆さんダンガンワ」

 

 「ダンガンワ?」

 

 「私は『第一章 忘れた熱さに身を焦がす』の解説編後編を担当します、“超高校級の華道家”袴田千恵です。相方はみこっちゃんです」

 

 「自己紹介くらいちゃんとさせてくださいよぉ!」

 

 「突然ですけどみこっちゃん、私も何かあだ名がほしいです」

 

 「ほんまに突然ですね。しかもいきなり本編と全然関係ない話題……」

 

 「有栖川さんはいつも女の子をあだ名で呼ぶクセがありましたよね。みこっちゃんをはじめ、本編でも明尾先輩はなみみんだったり、六浜先輩はドールんだったり、望月さんはヅッキーだったり」

 

 「一応女子全員分は考えてあったんですよねえ。終ぞ呼ぶチャンスが訪れなかった方もいましたけど」

 

 「みこっちゃんはその中で一番連呼されているあだ名なわけです」

 

 「連呼はされてないですよぉ!一番呼ばれてるのは確かですけど連呼とはちゃいますよ!」

 

 「実は私、友情の証の最たる例としてのあだ名にすごく憧れがありまして、いつかあだ名で呼ばれてみたいという想いがあるんですの」

 

 「ちょっとオーバーな気もしますけど、確かに仲良うないとあだ名なんて付けませんもんね。有栖川さんは袴田さんのことなんて呼んではったんですか?」

 

 「千恵、です」

 

 「下の名前そのまんま……有栖川さんらしくないですね」

 

 「入学当時から仲良くさせてもらってたので、その時の名残ですね。さすがに入学直後から誰にでもあだ名を付けるほど馴れ馴れしくする見境のない人ではありませんので」

 

 「下の名前呼び捨ても、十分友情の証な気がしますけど?」

 

 「それこそ私だって家族には下の名前で呼ばれてますよ!千恵、とか千恵さん、とか!でもそれじゃ満足できないんです!ずっとあだ名が羨ましかったんです!変なあだ名つけてもらわないと満足できない体になったんです!」

 

 「変なあだ名って言いよった……。ほな有栖川さんに付けてもうたらええやないですか」

 

 「有栖川さんは特別なので、今のままでいいです。どちらかというと、みこっちゃんに付けてもらいたいです。友情の証に」

 

 「うちですかぁ?えっと……千恵さんですから……“チェーさん”とか?」

 

 「それはちょっと……ナイです」

 

 「ごめんなさい……」

 

 「いいんですよ。ドンマイです」

 

 「なんでやろ。励まされてるのにそれはちゃうやろって思てまう。えっと、ほな苗字ですか?はかまだ……はかまだ……ハカマダー、まだちゃん、かまっち……あっ、はかまだちえ、ですから、ダッチェスとかええんちゃいますか?なんか洋風ですし!」

 

 「やっぱりあだ名はいいです。千恵と呼んでください」

 

 「丸ごと却下された!ごめんなさい!」

 

 「思えば、自分からねだって付けて貰ったあだ名に友情も愛情もありませんでした。私は表面的な物事に囚われて、本質を見失いかけていたんですね。愛のないあだ名でそれに気付かせてくれて、みこっちゃん、さすが“超高校級の陰陽師”です。貴女は私の浅薄な羨望を祓ってくださったのですね」

 

 「悟った感じで語らんといてください。握手を求めんといてください。うちを褒めてるようで貶さんといてください!」

 

 「不器用なみこっちゃんも愛おしいですよ。良い子良い子」

 

 「あの、良い子て言いますけど、うちと千恵さん同い年ですからね」

 

 「でもみこっちゃん、早生まれですよね?なら私の方がお姉さんでしょう」

 

 「小学生の理論やないですか!早生まれですけど!あれ?でも千恵さんのお誕生日って決まってるんですか?」

 

 「いいえ。けど、みこっちゃんのお誕生日が3月24日でしょう?だから4月1日から3月23日の間に生まれていればみこっちゃんよりお姉さんになるわけです。およそ98%の確率で私の方がお姉さんなんですよ。これはもう、お姉さん確定でいいじゃありませんか」

 

 「計算早っ!?いや、そうやとしてもまだ可能性あるやないですか!というか確率論的にお姉さんっていうのもよう分かりません!」

 

 「さすがみんなの妹、みこっちゃんですね。もっとなでなでされていいんですよ」

 

 「うちはもうなでなでされたないです。そこまで言わはるんやったら、約束してくださいよ」

 

 「なんですか?」

 

 「この解説編が終わるまでの間に、作者さんが千恵さんのお誕生日を決めはります。うちらの誕生日を決めたのと同じ方法で。それでもしうちより後の日付になったら、うちが千恵さんをなでなでしますから」

 

 「……みこっちゃんがそれで満足されるなら、私は構いませんよ。みこっちゃんたちのお誕生日はどうやって決められたのですか?」

 

 「はい、えっとまず、千恵さんは誕生花ってご存知ですか?」

 

 「勿論です。日付ごとに設定されたお花ですよね。凡そ季節のお花が割り当てられてますね」

 

 「釈迦に説法でした……。それで、誕生花にもそれぞれ花言葉がありますよね。うちらの場合はまず、それぞれの立ち回りやキャラクターを表す言葉を決めて、それを花言葉に持つ花を探します。その後、その花が誕生花に設定されてる日付を誕生日にするんです」

 

 「なるほど。ちなみにみこっちゃんの誕生花は、3月24日ですとハナビシソウですか。花言葉は『希望』……ああ、なるほど」

 

 「なるほどです」

 

 「では私の場合は何になるんでしょう?その人のイメージではなくて、言葉のイメージからとなりますと」

 

 「それも含めて作者さんの裁量です。うちは最良の結果が出ることを祈ってますけどね!」

 

 「やはり陰陽師ですから、祈って願って思えばその通りの結果になると?」

 

 「それ今回のお話の最後の方でうちが言うことですからあ!先に言わんといてください!」

 

 「うふふ、からかいがいがありますね」

 

 「くぬぅ、誕生日うちより後やったら絶対なでたんねん……!後悔するほど……!」

 

 「呪われそうですね♫」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そろそろ本編の解説でもしましょうか。QQの大和撫コンビですよ」

 

 「これ以上打線したらあかんのでつっこまんときます」

 

 「学級裁判がいよいよ始まりますが、傍目で見ていると楽しそうですね。皆さんで輪になって議論するなんて、面白そうじゃないですか」

 

 「完全に他人事やないですかあ。冗談やないですよ。ほんまに怖かったんですから!」

 

 「命さえかかってなければ、いいレクリエーションになると思いますけれどね。円形に並ぶと全員がお互いの顔を見ることができますし、全員が対等な立場で話し合うというのもなかなかない機会ですし」

 

 「ここ、いきなり最初から屋良井さんがアニーさんを犯人に決めつけてますね。命かかってるゆうのにそんな決めつけ怖なかったんですかね?」

 

 「屋良井さんの場合は、単に目立ちたかっただけだと思いますよ。それに議論をしていく以上、膠着してしまうのが一番まずい展開ですからね。なんでもいいから場を動かしたかったのでしょう」

 

 「そう考えると、屋良井さんってきちんと考えて行動してはるんですかね?何ヲするにも目立つっていうことが第一にありますし、あんまりイメージはないですけど才能的にも頭脳派ですし」

 

 「何も考えてないように見せて実は考えている、彼はそう言った自分の本質を隠匿することにかけては卓越した技術がありますね。おそらく本気でアニーさんが犯人だとは考えていなかったんじゃないですか?」

 

 「その後に古部来さんや六浜さんに反論されてあっさり引き下がってますしねえ。以降の裁判でも屋良井さんは積極的に議論に参加してた感じがします。あんな人ですけど、うちらの味方でいる間は頼もしい人やったんかもしれませんね」

 

 「その分だけ敵に回った時が厄介でしたでしょう?」

 

 「厄介いうか、異常でした。うちらとは本質的に違う生き物みたいな……ほんまに物の怪の類いうてもおかしないくらいです」

 

 「妖怪や物の怪というのは案外そういうものかもしれませんよ。枠組みから外れたものを異質な存在として認識する。理解できない恐ろしいものに取りあえずの説明をする。それは人々が自己を守るための防衛策でもあるのです」

 

 「そういうのは陰陽師のうちが解説することですからあ!って、妖怪とかやなくて、屋良井さんがそれくらい怖かったいうことですよ」

 

 「そしてアニーさんの疑いが晴れた後は、清水さんが滝山さんを怪しむと。アニーさんの手の臭いをかぎ分けるなんて滝山さんにしかできないでしょうし、おかしいなと思う気持ちは分かりますが、怪しいとまでいきますか?」

 

 「う、うちも正直、滝山さんが人を殺そうとか人を陥れようとか、そんな器用な考えができるとは思えませんでした……。清水さんが考え過ぎなんかなって」

 

 「言いたいことは分かりますけど、ほとんど周りの同意を得られていなかいのは、本当に清水さんらしいですね。ご自分の考え方に固執してしまいがちなのですね。ぷーくす」

 

 「ぷーくす!?わろてませんか!?」

 

 「微笑ましいではないですか」

 

 「仲間殺しの裁判に微笑ましい瞬間なんかあるわけないやないですか!笑い方もおかしいですし!」

 

 「それにしてもここの清水さんは本当にコテンパンという他ないですね。六浜さんに反論され、曽根崎さんに諭され、ご自分で矛盾に気付かされ……私だったら恥ずかしさでどうにかなってしまいそうです」

 

 「千恵さんって、案外ブラックユーモアが好きだったりするんですかあ?裁判が微笑ましいとか、清水さんがコテンパンだとか……」

 

 「事実ではないですか」

 

 「コテンパンは事実ですけど微笑ましくは絶対にないですからあ!」

 

 「みこっちゃんもそれなりに言うこと言ってますよ。ご覧なさい。コテンパンにされた清水さんが拗ねてもう議論に参加しないようなことを言っていますよ」

 

 「たった一回でそんなことになるなんて……ほんまに最初の頃の清水さんて、ひどかったんですね。よう最後の方はあんな風になれましたね」

 

 「始まりが低い分、物語を通しての伸び率が一番著しい方ですね。主人公ということを差し引いても最初と最後で別人のようです」

 

 「低い……。だ、だけどなんやかんや言って、裁判にも真面目に参加してはりましたし、逆にうちらのことをよく見てくれてはったんは、清水さんかもわかりませんね。憎まれ口をきいても根は真面目でええ人なんです」

 

 「ツンデレですね」

 

 「そう言うとなんか軽く聞こえてしまいますね」

 

 「行動も発言も軽々しい方ですから、ちょうどいいのではないですか?軽口一つ叩く余裕もなく、理由も根拠もなく人を軽蔑し、挙げ句何事をも軽んじる彼ですよ。それにツンデレというお手軽な属性を付けた方が、呼ぶときも気軽じゃないですか」

 

 「軽いって字がゲシュタルト崩壊してしまいますよ……」

 

 「軽く眩暈がしてきますね」

 

 「もういいですからあ!千恵さんは清水さんに恨みでもあるんですか!?」

 

 「恨みはないですし、接点もありません。ですけど、彼のような人間はあまり見ていて気持ちのいい方ではないでしょう?第一、私の親友の有栖川さんを追い詰めたのは彼じゃないですか」

 

 「ええ……追い詰めたいうか、追い詰めないとうちらの命が危なかったんですよぉ。それは仕方ないっていうか……うちかて有栖川さんが壊れてくんは見たなかったですけど、皆さんの命が懸かってるとなると……あうぅ」

 

 「大切な人1人の命と、その他大勢の命。天秤にかけるにはどちらもあまりに重すぎますね。そんな状況をムリヤリ作り出すから、このコロシアイというのは恐ろしいのですよ」

 

 「今のは完全に千恵さんが導いた思うんですけど……」

 

 「まあその場面は少し先のお話ですけどね。本編は今まだ、返り血の処理の方法についてです。シーツを傘のようにして防ぐという案は原作2の第一章からとっていますが、実際その方法は有効なのでしょうか?」

 

 「どういうことですか?」

 

 「灯りの消えたコテージの床下で、ただでさえ暗い中をシーツを被って手には大きな凶器、そこから狭い床の隙間を縫って致命傷を与えるというのは、実はかなり難易度の高いことなのではないですか?明らかに料理人の身体能力を逸脱していると思いますが」

 

 「ま、まさか原作のトリックにまでそんなことを言い出すなんて思いませんでした……QQの方のトリックやったらまだしも、原作批評はこんなおまけの1コーナーでやるようなことちゃいますてぇ」

 

 「でも、みこっちゃんは実際どう思いますか?加えてあの方は、かなり恰幅が宜しいではないですか。動きにくさはひとしおかと」

 

 「……そ、そりゃあ、多少の現実味のなさはお約束というか、ご愛敬というか、フィクションなんやから多めに見たらええと思いますよ。そんなん言いだしたらQQのトリックかて、粗を探そうと思えばいくらでも出てくると思います」

 

 「まあみこっちゃんたら、原作批評どころかなんと上から目線な物言い。おまけにご自分の作品にまで飛び火させるだなんて、尖っていますね」

 

 「千恵さんが言わせたんやないですか!やめてくださいよ!うちが怒られますからあ!」

 

 「画面の前の皆さん、みこっちゃん、いえ、晴柳院さんに悪気はないんです。この子はちょっと舌足らずなだけで,ダンガンロンパシリーズを愛しているんです。私の拙い話術のせいで晴柳院さんのイメージダウンに繋がるのは本意ではございません。どうか晴柳院さんをこれからも一つ、よろしくお願い致します」

 

 「急に真面目な感じで謝意を表明せんといてください!ほんまにうちがやらかしてもうたみたいやないですか!なにが拙い話術ですか!十分言葉巧みにうちを陥れようとしてるやないですか!」

 

 「あらやだみこっちゃん、私が本編で有栖川さんと絡むシーンがほとんどなくて、その代わりにみこっちゃんがどっぷり絡んでるからって嫉妬してるとでもお思いで?私、そんなに心が狭い人間ではありませんことよ」

 

 「うちは何も言うてないのにつらつらと……語るに落ちるってこういうことなんですね」

 

 「もう過ぎたことですからね。いえ、今こうして解説している以上、過ぎたことではありませんか。そうですね。現在進行形でみこっちゃんは有栖川さんと仲良くしてらっしゃるんですよね」

 

 「めちゃめちゃ根に持ってるやないですか!根深くて揺るぎない嫉妬心やないですか!」

 

 「これでも華道家の端くれですから、根は落としますよ。ちなみにうちの流派には、花と茎以外のすべてを削ぐという分派も存在します」

 

 「根も葉もない話ですね」

 

 「花の持つ美しさを極限まで引き出す方法と言っていますが、やはり行きすぎですよね。むしろ私は花じゃなくても植物それぞれの美しさがあると思います。花には花の、樹には樹の、藪には藪の、バケツの底にこびりついた藻にはバケツの底にこびりついた藻の美しさがあると思います」

 

 「自然な感じや思たらむっちゃ強引に裁判の流れに話を合流させよった……。これを合宿場の中から見つけ出す曽根崎さんの目聡さは、なんちゅうか、恐ろしいほど鋭いですねえ……。もしかしたら気付いてないだけで、何か知られてるんちゃうかと今更怖なってきました」

 

 「みこっちゃんが私の知らない有栖川さんの笑顔を知っているように」

 

 「だから対抗意識燃やさんといてください!笑顔は知ってはるでしょう!?」

 

 「私が知っているのは“超高校級の裁縫師”としての有栖川さんと、女子高生としての有栖川さんの顔だけです。お料理してる有栖川さんや寝ている有栖川さん、人を叱る有栖川さんに不安がある有栖川さん……なにより、みこっちゃんと一緒にいるときのペットを可愛がるような顔なんて私は見たことありませんでした!」

 

 「ペット?」

 

 「ここまで有栖川さんの魅力を引き出せるみこっちゃんですから、もっと仲良くなりたいですわ。この次は有栖川さんも一緒に3人でお茶でもしましょう」

 

 「お茶するのはええんですけど、なんだか修羅場になりそうな気がしてなりません」

 

 「ほほほ」

 

 「怖い!愛想笑いを隠そうともしぃひん真顔が怖い!」

 

 「私なんてちっとも怖くありませんでしょう。本編をご覧下さい。古部来さんが何やら難しいことを仰っていますよ。怖いですね」

 

 「学級裁判が行き詰まったときに、状況を打開する議題や疑問を撃ち出してくれるんは、いつも古部来さんや曽根崎さんや六浜さんでした。うちとちごて頭の出来が良いから助けられましたあ」

 

 「お三方ともそのために命を狙われることになりますし、その後にはそのうちお二人にみこっちゃんは追及されてしまいますけれど。皮肉なものですね。昨日の友は明日の敵……」

 

 「QQの章タイトルみたいなもじり方せんといてください。うちは敵やなんて思いませんから。それにああなったんは全部笹戸さんのせいですから」

 

 「あら。みこっちゃんが人の責任を論うなんて珍しい。もしかして怒ってます?」

 

 「怒るいうか……なんやろ。悲しいって気持ちも、恥ずかしいって気持ちもありますけど、笹戸さんのことを憎いとか思ったことはないんです。あの人にも色々あって、うちの知らん所で知らん人との由縁があったんやろなって考えたら、簡単に恨むとか憎むとかできません」

 

 「自分が死ぬ直接の原因を作った人にさえそんなことを言えてしまう貴女の心の方が、私はよっぽど恐ろしいです。彼がどう思っているかなんて知りませんけれど、悪いと思っている人にその言葉は、逆に苦しみにしかなりませんよ」

 

 「ならうちはどうすれば……」

 

 「怒ってあげればいいんです。怒りのままに罵詈雑言を浴びせ、憎しみのままに殴って蹴って、悲しみのままに涙すればいいんです」

 

 「うぅ……」

 

 「というわけで、みこっちゃんには今から怒ってもらいます。お得意の関西弁で相手に脅しをかけてみてください」

 

 「どうしたんですか急に!?今までのシリアスな空気はどこ行ってもうたんですか!?」

 

 「シリアスな空気などいつ出ていましたか?気のせいでは?」

 

 「なかったことにするんですかさっきのやり取り!?っていうかうち、別に関西弁が得意なわけやなくて、こういう喋り方なだけですから!文字やったらそない津俵へんと思いますけど、イントネーションかてちゃんと京言葉に合わせてるんですよ!?」

 

 「そないどころか全く伝わらないですよ。イントネーションは。でも、画面の前でこう思っている方もきっといるはずですよ。「みこっちゃんはいつになったらいかつい関西弁を使うんだろう」って」

 

 「いるわけないやないですかあ!いかつい関西弁なんてうち無理ですってえ!」

 

 「そんな弱気ではドスが利きませんね。みこっちゃんが本気で怒ればいいんですが」

 

 「解説の相方を怒らせようとせんといてください。それに、うちはほんまに怒ったら黙ってまうタイプなんで、仮に怒らされてもご期待にはそえません」

 

 「全国一億五千万人のみこっちゃんファンのためにも、私が解説中に必ず怒らせてみせます」

 

 「ちょっとだけ日本の人口超えてるやないですか!」

 

 「ツッコミには余念がありませんね」

 

 「千恵さんにつっこまされてるんですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「古部来さんの発言のおかげで、かなり議論のテーマが具体的になりましたね。まずは凶器の話からです」

 

 「う、うちは飯出さんのご遺体をまともに見ることもでけへんかったので、モノクマファイルもろくに見られませんでした・・・。凶器なんてさっぱりでした」

 

 「あんな残酷なもの、見なくて正解ですよ。みこっちゃんにはきれいなものだけ見ていてほしいです」

 

 「千恵さんはその現場にいてませんでしたよね?見たかのように言うてますけど」

 

 「あんな凄惨な姿になっているのは見るに堪えません。いくら因縁のあるお方だとしても。いくら有栖川さんが私のためにしてくださったことだとしても」

 

 「千恵さんにとっては複雑な事件や思います。飯出さんのしたこともですし、有栖川さんの気持ちも分かりますし。だけどやっぱり、人を殺めてまうのはいけないことです」

 

 「そうした葛藤と、その末に下した決断。残る後悔。そういったものが綯い交ぜになって、漠然とした脱力感、罪悪感、不安と恐怖になるのですね。そんな先の未来を考えたときに、人は絶望してしまうのです。私にはよく分かります」

 

 「分かるんですか?」

 

 「私も、母親に絶望しましたから。有栖川さんは私の希望になろうとしてくれたのに、自暴自棄になって袖にしてしまったのです。もしかしたら飯出さんも、私の希望になる方かも知れませんでした。ですがその選択はできませんでした」

 

 「い、家柄って、重いですよね。うちもよう分かります。なんでこの家に生まれてもうたんやろって、本気で悩んだりしました。でもうちの人生はうちだけのものやなくて、今まで連綿と続いた家の歴史をせたろうてるんやって思ったら、なんも反抗できんくて・・・」

 

 「お互い辛い想いをしているのですね。これも和服キャラの宿命ですか」

 

 「和服キャラでくくらんといてください!また出た軽々しいキャラ付けの括り!その括りやったら古部来さんもまとめられてまいますよ」

 

 「でもあの方も、家のことを背負っているようなことを仰っていたでしょう?詳しくは本編でもあまり話されておりませんでしたが」

 

 「確か、お父様も棋士で、古部来さんが敬服するお人だとか。えっと、お名前が確か……桂馬さん?ちゃうなあ。金将さん?やなくて」

 

 「角行さんですね」

 

 「それでした!」

 

 「み、みこっちゃん……!次作の主人公の子の持ちネタをそのまんまパクるだなんて……!おそろしい子……!」

 

 「あああちゃうちゃうちゃう!い、今のはそういうんやなくてたまたまですから!白目剥かんといてください!ごめんなさい!」

 

 「しかもみこっちゃんよりだいぶ背も低いのに……!」

 

 「背の低さは関係ないでしょ!ほんまに気にしてるんですからね!本気で牛乳に相談したことかてあるんですから!」

 

 「そこまで開けっぴろげに話すことはないと思いますけど……本気で牛乳に相談って、飲むだけでしょう」

 

 「一時期は毎朝毎晩飲んでました。全然相談応えてくれませんでしたけど、牛乳さん」

 

 「……そのようですね」

 

 「全身を見んといてください。ご自分の胸と見比べんといてください」

 

 「飲むだけじゃなくて適度な運動と十分な睡眠が必要なんですよ。健康的な生活してましたか?」

 

 「陰陽師の修行は夜が本番やったんで、まとまった睡眠はあんまり……」

 

 「それですね」

 

 「やっぱり由緒ある家柄なんてイヤやあ!!」

 

 「さ、オチもついたところで本編にいきましょう。本編では飯出さんが殺されたのがどうやら展望台らしいというお話ですね。あれだけ血が散っていれば、そう考えるのは難しくないと思いますが」

 

 「今やから言いますけど、展望台で殺された後に中央通りまで移動した謎って、そないに難しいことやないと思いますね。話をまたいで引っ張ってますけど、読んではる皆さんはすぐに勘付かれはったんちゃいますか」

 

 「人一人を抱えて山道を降りるよりも突き落とした方が簡単ですしね。合宿場の規則上グレーな部分ではありますが。それにしても有栖川さん、いくら怒っていたとはいえあまりにも……」

 

 「ちゃ、ちゃいますよ!あれは事故ですから!有栖川さんは突き落とす気なんてなかったんですよ!刺された飯出さんが暴れまわるから、うっかり足を踏み外して落ちていっただけです!」

 

 「擁護するようでできていませんね。まあ、有栖川さんに非がないと言ったらそれは否定しますけれど」

 

 「ほんまにうちらの立場って微妙ですよね。有栖川さんのしたことは悪いことやと言いつつ、有栖川さんの気持ちも分かるし、何より動機がうちらのためですから」

 

 「裁判からおしおき編の解説に私たちを宛てがうなんて、作者さんはどういう采配をしているんでしょう。書きにくくなるのはご自分ですのに」

 

 「ここでのメタ発言ももはやお決まりですねえ。本編も間が空きましたし、一旦休憩にでもしませんか?」

 

 「みこっちゃんがそれを言い出すとは思いませんでした。でもいいですね、ちょっと休憩して雑談でもしますか」

 

 「それやと今までとあんまり変わらないような気がしますけど……。むしろうちはちょっと喉が渇いてきましたし、口も疲れてきました。お昼寝したいです」

 

 「ずいぶんと気の抜けた提案ですが、大丈夫なんですか?」

 

 「ほんのちょっとだけですよぉ。一旦収録を止めればええやないですか」

 

 「ああ、カメラが回ってる時と回ってない時では態度が全然違うタイプですか。ニコニコしている人ほどカメラが止まると急に無口になったり怖くなったりするあれみたいなことですね」

 

 「ちゃいますよ!?うちはそんなイメージ戦略練ってませんから!」

 

 「というイメージ戦略?」

 

 「ちゃいますて!」

 

 「それではこの後は学級裁判の後編ですよ」

 

 「前編だけでえらい話してもうた……。この後大丈夫やろか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はい、学級裁判後編ですよ。残り半分もがんばっていきましょう。袴田千恵です」

 

 「改めてよろしくお願いいたしますぅ。晴柳院命ですぅ」

 

 「早速ですが、みこっちゃんは逢瀬をするなら昼と夜どちら派ですか?」

 

 「なんですか急にその質問。逢瀬?デートって言うたらええやないですか」

 

 「デートと言うより逢瀬と言う方が私のキャラに合ってますもの、それにそちらの方がなんとなく艶美な響きがあるじゃないですか」

 

 「艶美な響きは絶対に必要なかったと思いますけど。うぅん・・・逢瀬するようなお相手がいてませんから分かりませんけど、お昼の方がええんちゃいますか?夜は危ないですし、どこへ行くにもお昼の方が都合よろしいんちゃいます?」

 

 「ですが、夜景を眺めながら人気の少ない場所で二人きり……静かな場所でお互いの胸の鼓動をだけを確かめ合う、そんなのもステキじゃないですか?」

 

 「あのぅ、何の話ですか?全然本編と関係ないやないですか」

 

 「有栖川さんが飯出さんを展望台に呼び出して、飯出さんが完全にその気になっていたので、この話をする絶好の機会だと思ったのですが」

 

 「この話をする絶好の機会をうかがってはったんですか!?」

 

 「そりゃもう虎視眈々と」

 

 「どこからそんな熱意が湧いてくるんですか……。全然そんな雰囲気とちゃいますし!有栖川さんは飯出さんとデートするつもりで呼び出してませんから!」

 

 「うん?当然ですよ?なぜ有栖川さんが私に一言もなく殿方と逢瀬をなさるんですか?私だってまだ有栖川さんと学園の外にお出かけしたことなどないというのに」

 

 「なに嫉妬してはるんですか!?」

 

 「嫉妬ではありません。じぇらしぃです」

 

 「それ日本語にしたら嫉妬ですから!ですから、有栖川さんはそんなつもりで展望台を選ばはったわけとちゃいますから!」

 

 「しかしまあ、夜中に女子から展望台なんて場所に呼び出されて、期待しない殿方などいませんよね。その辺、有栖川さんもなかなか小悪魔ですね」

 

 「小悪魔どころの悪さやないですけど……。でもそうやって油断させるのも一つの理由やったんかも知れませんね。一番の理由は、この後で清水さんが暴きますけど、有栖川さんには行きにくい場所を犯行現場に選んで自分を捜査線上から外すんが目的でした。ハイヒールで山道は歩きにくいですからね」

 

 「加えて夜中では、まあ不便でしょうね。ですから多目的ホールの上靴を持って行って、それを履いたのですね」

 

 「まさか多目的ホールの靴やバケツまで見つかるなんて思ってなかったんやと思います。そこは、捜査中の曽根崎さんの勘が鋭かったんですね」

 

 「思えばこのコロシアイというシステム、序盤は容疑者が多くなるから自分が指名される確率が低くなる一方で、反抗中や捜査中は自分以外の全員の目を欺かねばいけないという絶妙なバランスが働いているのですね。よくできています」

 

 「学級裁判もよう知らん時ですから、どのくらいまで証拠品の処理やアリバイトリックを仕掛ければいいかも分かりませんから、犯人にとってはかなりの博打になるんですね」

 

 「逆に後半になれば目は欺きやすくなる一方で、犯人指名の確立は大きく上がる。必ずしも生者がクロとは限らない特殊な場合もありますが、それでもかなりの博打ですね」

 

 「せやから、序盤は凝ってるけど蓋を開けてみれば簡潔なトリックが多くて、後半になるほど大掛かりで複雑なトリックになってくんですね事件がどんどん難しくなってくのって、お話作りとして大事なことですけど、生き残り人数の状況や学級裁判の経験値から考えると、自然にそうなってくもんなのかも知れませんね」

 

 「なるほど、勉強になります。さすがみこっちゃん、説得力がありますね」

 

 「何がさすがなんかは触れんといておきます……」

 

 「やはり本編の学級裁判でも、犯人は男か女かという分かりやすい議題になっていますね。後半ほど当事者の行動の謎や具体的な殺害方法という、実践的な内容になってきている気がします。やはりほほえ──」

 

 「微笑ましくはないです絶対に」

 

 「そうですか。おや、みこっちゃん、あなたの名前が出て来ていますよ。学級裁判の中心になっているではないですか」

 

 「はわわ……もうその場面ですかあ……。う、うちが飯出さんに付きまとわれてたっていう件……」

 

 「お気持ちお察しします。彼の求愛は熱烈過ぎて、あてられた身としてはたまったものではありませんから。しかしここの様子を見ますと、みこっちゃんは飯出さんの恋心を知っていたのにそれを否定しているように思えますが」

 

 「否定いうか……単純に怖かったんです。飯出さんが行くところ行くところで声をかけてきはるんで、なんだか見張られてるような気がして……悪気がないのは飯出さんの眼を見て、声を聞けば分かるんですけど、だからこそ狂気染みてる感じがして……」

 

 「分かります。すごく分かりますみこっちゃん!彼はやり過ぎなのです!本当はよく気が回って、まめで優しくて心強い方なのに、行動のせいで全てが裏目に出ているのです!」

 

 「千恵さんは飯出さんのこと、そんな風に思ってはったんですか……?イヤやったんちゃいますか?」

 

 「殿方に迫られるのは悪い気はしませんよ。ですが家のことがあったので、あまりに強く迫られるとどうしていいものか分からなくて……。迷うということは、私も完全に飯出さんを拒絶していたわけではないのだと思います。家のことがなければ、もしかしたらお気持ちを承っていたかも知れません……」

 

 「そ、そうなんですかあ!?」

 

 「きゃっ、恥ずかしい♡」

 

 「いやいやそんなテンションちゃいますし!てっきり千恵さんは飯出さんのこと怖がってノイローゼになって自殺しはったんやと思てました!有栖川さんかてそう言うてましたよ!?」

 

 「それは有栖川さんが勝手に解釈したのでしょう。確かに怖いと思うこともありましたが、それも愛情故と考えると、彼の本心に触れたような気がして、ステキではありませんか」

 

 「はあ……うちにはよう分かりませんけど。じゃあ結局、千恵さんが飯出さんに悩まされてた遠因はお家にあると?」

 

 「そういうことになりますね。結局私はそんな現実から逃げ出しましたけれど、いまになってみれば思い切って飯出さんを頼って逃避行でもしていれば何か変わったのかも知れません……」

 

 「あのぅ、解説編で本編関係ないから言うて、あんまりぶっちゃけ過ぎんといてもらえません?今後の本編の見方がえらい変わってきてまうんで」

 

 「そういう企画ではなかったのですか?本編では語られなかった設定や裏話、キャラクター同士の関係性を描いて、本編を違った角度からも楽しめるように情報を公開するという」

 

 「そんなしっかりした説明、今回初めて聞きましたよ!ただのお祭り企画やと思てました!」

 

 「いま書きながら考えましたからね」

 

 「い、いま喋ってはるんは作者さんなんか千恵さんなんか、どっちや……?」

 

 「ですから、私が自分の気持ちをぶちまけてもそれは企画の趣旨なので許されるのです。むしろ本編ではほとんど出番がないのですから、ここで本音を言わずしてどこで言うのですか。はい、論破☆」

 

 「それはちゃう……く、ないです。もう好きにおしゃべりしてください」

 

 「では好きにしゃべらせてもらいますよ。ご覧ください。本編ではみこっちゃんがぶち切れてます」

 

 「ひゃああっ!!そ、そこは流してくださいよぉ!!」

 

 「「いい加減にしてください!!何を言われても、うちは飯出さんを殺したりなんかしてませんからあ!!!」って、こんなに大きな声出せるんじゃないですか。無意識でしょうけれど、ものすごい犯人っぽい言い回しですし」

 

 「ああううぅ……」

 

 「この後も「違うって言うてるやないですかあああああああああっ!!」と完全にキレてますね。先ほど、怒ったら黙るタイプなんてことを言っておいて、こんなに語気を荒げていらっしゃるではありませんか」

 

 「そ、その時は、学級裁判中でしたし……焦ってもいましたから、別というかなんというか……」

 

 「状況的に確かに容疑がかけられても仕方がないとは言え、さすがに可哀想ですね。ここの責められる流れもそうですし、有栖川さんに飯出さんからの手紙を暴露されるのもそうですし、その後容疑が晴れる根拠となったことも……」

 

 「全部この解説編で千恵さんにいじられた覚えがありますけど……。うちが何したっていうんですか……なんでこんな辱めをうけなあかんのですかあ……」

 

 「みこっちゃんは小さくて可愛いですから、みなさんつい意地悪したくなってしまうんですよ。小学生が好きな子にいたずらしたくなってしまうあれです」

 

 「みなさん高校生ですよね!?もうそんな段階は卒業してはると思うんですけど!?」

 

 「みこっちゃんを見ていると小学生時代が思い起こされるんですよ」

 

 「それ遠回しにうちの身長をいじってますよね!?いい加減にしてくださいよぉ!」

 

 「ついに怒られてしまいました。みなさん、みこっちゃんを怒らせることに成功しましたよ」

 

 「……はっ!しもた!」

 

 「ふふ、ごめんなさい。やっぱりみこっちゃんはからかいやすくて、面白い人ですね」

 

 「うぅ……謝らんといてくださいよ……。謝ったら許してしまうやないですか」

 

 「そんな律儀で寛大なところも可愛いですね」

 

 「知りませんッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さて、みこっちゃんの容疑が晴れた後は、全員で一度議論の流れをおさらいしていますね」

 

 「結論が出たかと思いきや当てが外れて、また全員が容疑者に逆戻りしてしまう絶望感は筆舌に尽くしがたいでしょう」

 

 「うちは疑われててすごく苦しかったですけど……この時の有栖川さんの心境もお聞きしたいですね。うちを庇ってくれたことは嬉しいですけど、それで自分がまだ容疑者になってまうんですから」

 

 「みこっちゃんに濡れ衣を着せて生き残るのだけはイヤだったと言っていましたね。結果的にはご自分が死んでしまうか自分以外が死んでしまうかですから、飯出さんを殺害してしまった時点で、みこっちゃんと有栖川さんが一緒に生きる未来はなくなってしまったのですが」

 

「有栖川さんはうちのことを救ってくれましたけど、うちは有栖川さんを救うことができませんでした……。こうして事件を振り返ってみて、うちのせいで有栖川さんは死んでまうハメになってしまったんかなって思います」

 

 「それは違いますよ。みこっちゃんの非は、飯出さんにイヤだと告げなかったことだけです。それも難しいことだとは思いますが、それ以外のことでみこっちゃんの責任はありません。相手の気持ちを考えられなかった飯出さんも悪いですし、最終的に殺人に手を染める決断をした有栖川さんも悪いです。それに、過去に飯出さんと家名から逃げてしまった私も、この事件の遠因という意味では非があります。ですから、誰か1人が悪いなんてことはないんです。みなさんがそれぞれ悪いところがあって、それが重なってこうなってしまっただけなんです」

 

 「……だからってこんな、うち以外の全員が割を食う形での終わりなんて、納得できませんよぉ……」

 

 「この件を解決するには、当事者全員がいなくなることで、因縁、怨恨、後悔諸々を丸ごとなかったことにするしかなかったんです。それがたまたまコロシアイという形で実行されたに過ぎません」

 

 「そ、そしたらうちはどうしたらよかったんですか……?」

 

 「過去のことは水に流して、同じことを繰り返さない。過去の足りない自分を反省して今日をよりよく生きる。それしかできません」

 

 「今日をより良く生きる……」

 

 「まあ、私たちは全員死んでしまっていますから、過去も今日も明日もないんですけれどね」

 

 「台無しや!!」

 

 「裁判が最終局面に差し掛かっているのです。本編と関係ない話で盛り上がっていないで解説をしていかないと。職務を全うしましょう」

 

 「どちらかと言えば今までの話の中では本編に関係あった方やと思いますけど……そんな強引な打ち切り方ありますか?」

 

 「裁判の最後で重要なテーマに切り替わるときはだいたい、望月さんが先導を切っていますね。あの方は神秘的で人間味が感じられませんが、頭の出来はよろしいようで」

 

 「望月さんも色々過去にありましたからねえ……それは後々お話していきますけれど」

 

 「アニーさんの手に血の臭いがついたのはいつどこでか、ですか。これを機に一気に犯人まで辿り着くわけですが、序盤でアニーさんの手についた血の臭いには触れているのですよね。そこから少しずつ話が変わっていって、みこっちゃん犯人説にまで行きつくとは。まさにニアミスというわけです」

 

 「多少作為的なのはご愛敬ということで」

 

 「みこっちゃんの愛嬌に免じてお許しください、ということですね」

 

 「ちゃいます。うちは自分の可愛さを振りかざすような人やありませんから」

 

 「それって、可愛いことは自覚している人の発言ですよね?」

 

 「この犯人指名のシーンは、文章でタメと衝撃をどう表現するか難しかったそうですよぉ。ここが学級裁判の一番の盛り上がりどころですからねえ」

 

 「はじめて無視されました……」

 

 「今まで出た情報を整理してるだけですけど、清水さんのここ一番の集中力と思考力はやっぱりすごいですね。主人公補正もあると思いますけど、“超高校級の努力家”ってほんまは相当すごい才能なんとちゃいますか?」

 

 「物語の終盤でも改めて取り沙汰されますね。努力家というのがどのような行動を指しているのか曖昧ですから、逆になんでもできるよう理由付けしやすいのでしょう」

 

 「ああ……有栖川さんが追い詰められてく……。焦って怖い顔になったり乱暴な言葉使いになってってます……見てられません」

 

 「ああいうところも有栖川さんの魅力ですよ。私みたいにマジメで女性らしい仕草ばかりよりも、ああいう現代風な言葉使いの方がいいという方もいらっしゃるでしょう」

 

 「絶対にこの場面で言うことちゃいますし、この解説編を読んでる人は全員千恵さんが真面目な人やとは思ってませんから。イメージと全然ちゃいました」

 

 「私も、みこっちゃんってもっと大人しくてやわらかい方だと思っていました。思ったよりツッコまれましたし、思ったより辛辣な瞬間もありました」

 

 「それはだって千恵さんがふざけはるから……」

 

 「ふざけてなんかいませんよ。私は私のまま、私が私であるためにやりたいことをしているのです。本編ではできなかったのですから、ここでくらいいいでしょう?」

 

 「そ、それを引き合いに出されるとなんとも否定できません……」

 

 「おっと、もう終わりの雰囲気を出している場合ではありませんよ。いよいよ有栖川さんが追い詰められて、最後の弁論をしているところです」

 

 「弁論もなにも、清水さんの推理は正しいですからね……何を言うてもこの局面では意味ないですよ。うちはまだ冷静ではいれませんでしたけど……」

 

 「厨房から包丁を持ちだした経緯の推理においても、みこっちゃんの弁護はほとんど意味をなしていませんでしたね。まあ、ぬいぐるみの中に包丁を忍ばせて持ち出すなんて、分かっていなければ気付くべくもないことです」

 

 「ああうう……」

 

 「みこっちゃん?どうしたのですか頭を抱えて」

 

 「うちがこのとき、有栖川さんのやってることに気付けてたら、こんなことには……」

 

 「ですから、みこっちゃんが責任を感じることはないのですよ。さっき言ったように、気付くべくもないことじゃないですか。有栖川さんだって、みこっちゃんを騙しているという自覚はあったはずです」

 

 「それはそうかも知れませんけど……」

 

 「ですから悔やんでいないで解説をしましょう解説を。このぬいぐるみに淹れて持ち運ぶトリックの元ネタはご存知ですか?」

 

 「も、元ネタ?」

 

 「それは、作者さんのお姉様が小さい頃に持っていた熊のぬいぐるみです。このトリックに使われたものと同じように、背中にポケットがついていてちょっとした小物を入れられるようになっていたのです。さすがに包丁は入りませんが」

 

 「ほんまにあるんですね。そんなぬいぐるみ」

 

 「まあ、スパイ映画などではぬいぐるみの中に怪しい白いお粉を埋め込むなんていうのは常套手段だそうですから、その発想に至ることも難しくはないと思います。それを手作りできる有栖川さんは流石ですが」

 

 「しかも飯出さんを殺した後に、返り血のついた服をぬいぐるみにしてはるんですよね。血の付いた布を針と糸でちくちくするって……もうそれだけで何かの妖怪みたいです……」

 

 「事件後に夜なべをしてそれをしていたと考えると、入念なのか杜撰なのか分からない犯行計画ですね。有栖川さんにしてみれば、ぬいぐるみ造りは日常茶飯事なので、入念に造ったつもりでしょうが、バレてしまっては元も子もないですから」

 

 「それで凶器を隠しても、モノクマにバラされてもうたんですよね……。あれって、モノクマを怒らせてなかったら証拠がなかったっていうことになるんでしょうか?」

 

 「なぜですか?」

 

 「だって、有栖川さんがモノクマに悪口を言って、それに怒ったモノクマが有栖川さんのお部屋のぬいぐるみを切り裂いていく中で、証拠の包丁が出てきたわけですから……」

 

 「まあ描写上はそうなっていますが、作者さんの都合はさておいて、あれはモノクマも意図してやったことだと思いますよ。清水さんの推理で有栖川さんの犯行は全て暴かれてしまいましたから。証拠の有無で裁判を引きずるよりも、その後のおしおきなどでより大きな絶望を与えることを選択したのでしょう」

 

 「そ、それってモノクマが裁判の決定打を与えたって風にも解釈できるんですけど、それって規則違反なんじゃ……」

 

 「コロシアイに対するモノクマの立ち位置は、彼が自称しているだけで規則にはありませんからね……。直接有栖川さんに危害を加えているわけではありませんし、規則違反“ではない”、ということでしょう」

 

 「ふ、複雑やあ……」

 

 「これで学級裁判も終わりになりますが、この最後の清水さんの独白をご覧ください。ボタンが重いと仰っていますね」

 

 「ほんまですよ……自分を含めて人の命を左右するんですから、ただのボタンみたいには押せませんて」

 

 「なぜ彼はそう感じたのでしょうね?だって、有栖川さんが犯人だと糾弾したのは、まぎれもない彼なのですよ?それに彼は性格上、有栖川さんに情けをかけるような人ではないでしょう。迷いでもなく罪悪感でもなく、なぜ彼はボタンを押すことに躊躇いを感じていたのでしょうか?」

 

 「……きょ、恐怖心やないですか?」

 

 「恐怖?」

 

 「もし推理が間違ってたら、投票したら自分が死んでしまうかも知れんっていうこと。あと、ボタンを押すことで間接的に有栖川さんを殺してしまうっていうことに、人の命を奪う重みを感じてはったんちゃいますかね……?」

 

 「彼がそんな道徳的な思考を、この期に及んでしますか?」

 

 「千恵さんの中で清水さんは血も涙もないサイコパスなんですかあ!?」

 

 「いえそういうわけでは。ただ、彼はそういった人への思いやりとかとは無縁そうな人なので」

 

 「あ、思いやりとかやないです。そこは千恵さんの言うてる通り、清水さんはそういう人やないです」

 

 「そ、そんなばっさりと……」

 

 「清水さんが恐れてはったんは、自分の命が脅かされる可能性ですよ。万が一自分が死んでまうことになったらって疑念と、人の命を奪うなんて責任を負いたくないっていう逃げの気持ちです。この時の清水さんは、ほんまにそういう自己中な考え方しかしてなかったと思います」

 

 「私もたいがい彼のことを手厳しく評価していたと思いますが、みこっちゃんもなかなか言いますね」

 

 「長いこと一緒に生活してたら人の気持ちの機微も分かるようになりますよ。振り返ってみたら、やっぱりこの時の清水さんってひどいなって思いました」

 

 「二人してこんなに攻撃して、後で清水さんに怒られませんかね?」

 

 「清水さんは解説編なんか見ませんて」

 

 「なんだか清水さんのことに関してはみこっちゃん、言いたい放題じゃないですか?」

 

 「信頼の裏返しですよぉ」

 

 「裏返さないであげてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そしておしおき編。これで第一章も終わりですね」

 

 「回想で千恵さんのお母様が出てきてますよ。お若いですねえ」

 

 「家の都合でご成婚が早かったそうですよ。お父様はお母様より7つも年上と伺いました」

 

 「7つですか……うちから見たらちょうど社会人なり立てくらいの方ですね。すごく大人に感じます」

 

 「逆に下を見ると、みこっちゃんが小学3年生をいただく形になりますね」

 

 「いただくって表現やめてください。それになんでうちなんですか、千恵さんかて同い年やから千恵さんでええやないですか」

 

 「みこっちゃんは年上と年下のどちらがお好きですか?」

 

 「このタイミングで本編と関係ない話ですか!?千恵さんのお母さんと学園との裏取引の場面ですよ!?有栖川さんの動機の解説しましょうよ!」

 

 「とは言っても、この解説の間中ずっと言ってるようなものでしたからねえ……。私がいなくなった後、母がこのようなことをしているというのは非常に心苦しいことですね。私は別に、袴田流と希望ヶ峰学園を一蓮托生の運命にするために身を捨てたわけではないのですが」

 

 「けど実際、学園の評判やお家の評判には傷がつきますて。ですから学園派千恵さんの件を口止めして、それが有栖川さんの中の黒い感情を育たせる原因になったと」

 

 「この動機ビデオでそれが爆発したということですね……どこをどう間違ってしまったのか……やはり私が飯出さんと向き合うべきでした」

 

 「……あのう、ちょっといいですか?」

 

 「はい?」

 

 「第一章のタイトルって、『忘れた熱さに身を焦がす』ですよね。これ、飯出さんが千恵さんにしてしまったことをうちにもして、それで有栖川さんの怒りを買うてまうっていう」

 

 「ええ。前回、明尾さんとフォールデンスさんが解説なさっていました」

 

 「けどこれ、千恵さんが飯出さんから逃げてしまったことを、今回うちがまたしてしまったことも、事件が起きる原因になったってことを考えると、うちと千恵さんのこととも考えられませんか?」

 

 「はい?…………本当ですね。忘れたのも身を焦がしたのも飯出さんなのでメインは飯出さんですが、私とみこっちゃんも同じ過ちをしてしまったことを暗示していたのでしょうか。すごい……さすがはみこっちゃん、見事な深読みです」

 

 「ああいえいえウソですウソです!やっぱり今のなしです!そんな大それたこと言うつおりやなかったんですちょっと思い付いたから言うただけです!そんな持ち上げんといてください!やっぱりムリヤリすぎますし!」

 

 「ムリヤリでもいいんじゃないですか?色んな解釈をできるのが作品というものですよ。このタイトルを考えた時点で、作者さんはそんな意味を含めてはいませんし」

 

 「へ?なんで千恵さんがそんなこと分かるんですか?」

 

 「ちょっと前にも言いましたけど、これ書いてるの作者さんですから」

 

 「また喋ってるのが千恵さんなんか作者さんなんか分からんくなった!」

 

 「ですから、書いた人が後から自分の文章を見ても、違う意味を見出すことだってあるということです。況してや違う人が見れば異なる解釈をする方が自然ということですよ」

 

 「そういうものですかね……」

 

 「そういうものですよ」

 

 「あっ、あっ、も、もうこのシーンや!うちと有栖川さんが泣きながら……!」

 

 「事件と動機の振り返り、キャラクターの掘り下げが終わってしまえば、おしおき編でやることはあと一つですからね。さすがにこのシーンを茶化すのは躊躇われます」

 

 「茶化そうとせんといてください!」

 

 「茶化せませんが、暗くなってもいけません。可能な限り解説をしましょう」

 

 「お、おしおきを解説するんですかあ……?」

 

 「やりましょう。画面の前で期待してくれている全国1億6千万のみこっちゃんファンのために!」

 

 「だからそんなにいてませんてば!さっきより増えてますし!」

 

 「おしおきといえば、原作を始め論破シリーズでは醍醐味と言っていいほど重要な要素ですね。ここの描写が上手にできるかも、作品の質を決める基準の一つです」

 

 「あ、もう完全にメタの視点から解説してはんねや。まあその方が気は楽ですけど」

 

 「特に第一章のおしおきは、ほとんどの作品で最初のおしおきとなるため、気合いが入りますね。原作の《千本ノック》は、衝撃性や演出などまさにおしおきのお手本です」

 

 「原作で最初のおしおきは《宇宙旅行》やったと思いますけど……」

 

 「有栖川さんのおしおきは《可愛い可愛い♡薔薇乙女》ですね。これを書いているとき、作者さんの脳内ではあのおしおきBGMとムービーがヘビーローテーションされていたそうですよ。スピーディかつ濃密に描写するために、より原作に近いヴィジュアルイメージを考え続けたそうで」

 

 「こんなところで凝りはるんやからほんまに……」

 

 「薔薇乙女という名前は、ローゼンメイデンという作品から拝借したネーミングだと聞いています。有栖川さんの名前ともかかっていますね」

 

 「名前とかかってる言うか、有栖川さんの名前の由来辞退、ローゼンメイデンからとったんとちゃいますか?」

 

 「いいえ、それは違います」

 

 「違うんですか!?」

 

 「今まで作者さんはカッコつけて、有栖川さんの名前はローゼンメイデンからとったと公言していましたが、実際には違います。真実をお伝えする解説編では、きちんとした解説をしていこうと思います」

 

 「思わぬところでそんな暴露に立ち会うてもうた……カッコつけるのもよう分かりませんし」

 

 「有栖川さんのキャラクターはもともと、“超高校級のファッションデザイナー”という造形から始まりました。そこから、ギャル風な見た目と少女趣味という要素を思い付き、長らくファッションデザイナーとして、有栖川という苗字だけ決めて創られていきました」

 

 「その有栖川って苗字はどこから来たんですか?」

 

 「少女趣味という点と、デザイナーは裏方ですから、正体の分からないミステリアスな雰囲気を併せ持つ名前が、作者の中ではアリスという名前だったのです。ですからそれを苗字にして有栖川と」

 

 「へえ……不思議の国のアリスかと思いましたけど、ちゃうんですね」

 

 「そして少女趣味はぬいぐるみ好きへとクラスチェンジし、服を縫うだけではなくぬいぐるみを作ることも才能に組み込まれました。そこで単なるファッションデザイナーではなく、裁縫を軸にした才能にしようとなったわけです。ここで、“超高校級の裁縫師”の誕生です」

 

 「よそではあんまり見ない肩書きですよねえ」

 

 「忘れもしません。山手線新宿駅外回りのホーム、2両目2番目のドアの待機位置でのことでした」

 

 「忘れなさすぎでしょう!そんなところまで覚えてるってどれだけ衝撃的やったんですか!」

 

 「裁縫師という肩書きを発明だと思っていたらしいですよ。おめでたいですね」

 

 「おめでたいですねえ……」

 

 「そして下の名前は、いわゆるキラキラネームにしようと思って、薔薇と書いてローズと読ませると。ギャル風の見た目に合わせたつもりですが、名付けたのは有栖川さんの親御さんですからね。こうしてキャラが完成するまで、数ヶ月を要したと」

 

 「そこまで細かいことは考えよらんのとちゃいますか。それよか、思ったより有栖川さんのキャラクターってすんなり生まれたんですね。もっと紆余曲折あったんかと」

 

 「紆余曲折あったのは、曽根崎さんや六浜さん、あとは明尾さんと望月さんでしょうね。面倒なので解説しませんが」

 

 「それはまた、その人らがお話の中心になるときに……」

 

 「ではついでに、飯出さんのキャラクターの経歴を、みこっちゃんからどうぞ」

 

 「う、うちですか!?なんで急に!?」

 

 「だってもう飯出さんの出番ないじゃないですか。今言わなくてどうするんですか」

 

 「それは千恵さんも一緒やないですか……」

 

 「私は、寂しがり屋設定の有栖川さんの学園の友だちということでぼんやりとイメージされていたクラスメイトが実体を得た存在です。才能も性格もバックグラウンドも小一時間で作られたインスタント大和撫子ですよ」

 

 「ご自分で雑な解説せんといてくださいよ!インスタント大和撫子ってなんですか!」

 

 「ですから手作り大和撫子のみこっちゃんも、解説をしてください」

 

 「インスタントの対義語って手作りなんですか!?」

 

 「ほら、早く解説を終わらせて次の話に勧めないといつまで経っても有栖川さんのおしおきが終わったことになりませんよ」

 

 「ああううぅ……え、えと、でも飯出さんって経歴話すほど時間かけて作られてませんよね?男子キャラがあと二人って時に、主人公の清水さんと対比して熱くて仲間想いなキャラクターを作ろうとして、あんな感じになったんです。冒険家っていうのもリーダーシップがありそうだからっていうのと、アクティブな才能が欲しいっていうことで。因みに最後に作ったもう一人は笹戸さんです」

 

 「あんまり深く掘り下げられそうにありませんね」

 

 「だから言うたやないですか!あ、せやせや。名前の由来は、冒険家ってことでインディー・ジョーンズのもじりです。インディー・ジョーンズ、飯出条治、インディー・ジョーンズ、飯出条治。似てますね」

 

 「インディー・ジョーンズは考古学者なので、むしろ明尾さんが飯出さんですね」

 

 「ちょっと何言ってるかよう分からないです」

 

 「さ、なんてことを言っている間に、おしおきが終わりましたよ。ぬいぐるみに改造された有栖川さんがみなさんの前に運ばれて終了です」

 

 「ひゃあああっ!?」

 

 「これはいくらR指定のゲームでも表現はできないでしょうね。文字作品ならではの限界への挑戦です」

 

 「こんな晒し者みたいにすることないのに……せめてもっと優しいやり方はなかったんですかあ?」

 

 「他の案もあったそうですよ。聞きたいですか?」

 

 「……いえ、いいです」

 

 「包丁を隠して持ち運んだトリックに因んで、たくさんのぬいぐるみにお腹を掻っ捌かれて包丁を大量に突き刺されるというおしおきです。あとはぬいぐるみに弄ばれて四肢がぐちゃぐちゃに折れて捻れて外れて……」

 

 「聞きたないって言いましたようち!?」

 

 「と言っても解説編ですから仕方ないではありませんか。私だって言いたくないですけど、作者さんに言わされてるんですよ」

 

 「もう作者さんが自分の口で解説したらええやないですかあ!うちらを間に挟まんといてください!」

 

 「それだと面白味に欠けますから」

 

 「残酷やあ……」

 

 「いずれにしても、凄惨な内容になることは避けられませんよ。おしおきというのは、一章の場合は特に、生き残った方々に絶望を与えるために行われるものですから。学級裁判で敗北した者の結末、モノクマの絶対的権限を見せつける機会です」

 

 「確かに……うちは見てられませんでしたし、絶望もしましたけど……」

 

 「遺された方々は何も言えずに固まっているようですね。しかしここで皆様、清水さんの最後の言葉をご覧ください」

 

 「また清水さんや……今度はなんですか?」

 

 「この凄惨なおしおきを前にして、圧倒的な絶望を前にして、彼は清々しい達成感を覚えています」

 

 「ほんまや……す、清々しい……達成感……?なんでこの状況でそんなことを……?」

 

 「みこっちゃんは清水さんの心理状態に詳しいでしょう。この心理状態も分かるのではないですか?」

 

 「うちはカウンセラーかなんかですか……。でもえっと、そうですね。ボタンが重く感じたのと対比して、恐怖感や重圧から解放されたことの清々しさですかねえ。あとは……あ、あんまり考えたくないんですけど」

 

 「なんですか?」

 

 「清水さんって自己評価低いやないですか。“超高校級”の“才能”に自分は敵わないって思い込んではるんですよ。せやけど、学級裁判っていう場でご自分が有栖川さんを指名して、それが正解で、ある意味勝利したっていう経験になったやないですか。だから……ずっと持ってたコンプレックスに打ち勝ったっていう、成功体験からくる快感なんやないかなって……思います」

 

 「……さ、さすがに清水さんはひと味違いますね。仲間を糾弾して快感を感じているのですか」

 

 「ひ、ひかんといてくださあい!」

 

 「いえ、みこっちゃんにではなく清水さんに引いています。原作でもそうでしたし、他の創作論破の多くの主人公さんたちは、いえ主人公でなくてもほとんどの登場人物さんたちは、自分の手で仲間の1人を処刑台に送ってしまったことを後悔したり、絶望の中で混乱したりするものだと思います。その中で、まさか気持ちよくなっているなんて……拗らせもここまで来ると狂気的というか何というか」

 

 「だから考えたくないって言うたやないですかあ……というか、これってQQの元のシナリオを考えたら自ずとそういう結論になるんですよお」

 

 「QQに元のシナリオなんてあったのですか?草案から結末は変わっていないじゃないですか」

 

 「そうなんですけど、清水さんの立ち位置が全然違いまして……元のシナリオだと、清水さんは今回と次の裁判で、“超高校級”に勝利することに酔いしれて、裁判に勝つことを目的にし始めるんですよぉ。せやから、おしおきされる誰かを見て恍惚するような感じに……」

 

 「うわあ……(ドン引き)」

 

 「ほんで質の悪いことに、裁判に勝つには裁判を起こさんとあかん、裁判を起こすには誰かが誰かを殺さなあかん。っていうことで、それとなく殺人を教唆するようになるんです。それこそ、第二の黒幕みたいに」

 

 「それはもう、主人公ではありませんね。やばいです。やばすぎます」

 

 「最後の裁判で答えを誤っておしおきされるのは一緒なんですけど、そっちのシナリオだと今までの罰の意味合いが強いですね。処刑されるときの肩書きも努力家やなくて、“超高校級の負け犬”として処刑される予定でした」

 

 「裁判に勝ち続けて優越に浸っていた彼が負け犬として処刑されるのは、確かに最大の屈辱と言えるでしょうね。そうですか……QQにもそんな可能性が」

 

 「というか二章までほんまにそのつもりやったらしです。でも三章で同じくらいヤバい人が出てきて、これはもう超えられないっていうことと、四章以降の展開を考えたときに動かしづらいって気付いて、止めたそうです」

 

 いやあ……うん、いやあ……どっちがよかったのか分かりませんけど、どっちにしろろくな結末になっていないところを見ると、なんだか清水さんまで可哀想になってきます。ひきますけど」

 

 「引きますよねえ」

 

 「でも、その清水さんの考え方とか、有栖川さんのキャラクターの成り立ちとか、一つのお話を作るだけで色々な可能性と取捨選択があったのですね。たとえ短くても、素人作品だとしても、簡単に作れるものではないということですね」

 

 「はい、振り返ってみて、作る人の大変さが分かったような気がします」

 

 「ふう、なんとかきれいにまとまりそうです」

 

 「後味がものすごく悪いような気がします……。でも、なんとか解説編やりきりましたあ。はじめはどうなることかと思いました」

 

 「そうですね。無事に終えられてほっとしています。有栖川さんはまだ解説編を経験されていないのですよね?気を付けるように助言しておいた方がいいでしょう」

 

 「ほんまですね。次回の解説編を担当されるお二人は……あぅ、えっと……」

 

 「どのお二人なのですか?」

 

 「……うちらよりもっと心配な組合わせになってます。まともな会話どころか、喧嘩になってしまいそうです」

 

 「喧嘩って、解説どころではなくなるではないですか」

 

 「この組合わせは因縁深すぎますって!大丈夫なんですか!?」

 

 「まあ私たちには関係ありませんから、心配するだけ無駄というものでしょう。最後の挨拶をして、おやつでも食べにいきましょう」

 

 「そんなお気楽な……ああああっ!!ま、待ってください!!」

 

 「どうしたんですか。急にそんな大きな声を出して」

 

 「誕生日!!忘れるところや!!千恵さんの誕生日まだ聞いてませんでした!!」

 

 「へ?ああ……そういえば」

 

 「うちの方がお姉さんやって決まったら、今までのこと謝ってもらいますからね!覚悟しといてください!」

 

 「そんなに息を巻いて……ものすごい低確率なんですよ?」

 

 「確率は確率です!それに0やないです!」

 

 「みこっちゃんは絶対に賭け事には向いていませんね」

 

 「で、誕生日!どうなんですか!」

 

 「えっと、まずは言葉から決めるんですよね?私の言葉はなんですか?」

 

 「ここに封筒があります!ここに全部書いてあります!」

 

 「いつの間にそんなものを……開けてみてくださいよ」

 

 「い、いきますよ……!まず千恵さんの言葉は『母の愛』……だ、そうです」

 

 「ストレートに皮肉ってきますね。まあ、他の方の言葉を見ていてもそんな感じでしたが」

 

 「次にこれを花言葉に持つ花です。えっと、言うまでもないと思いますけど、カーネーションです。特に赤色のものがこの花言葉なんだそうです」

 

 「ええ。花弁の色によって花言葉が変わることはよくあります。薔薇など分かりやすい例ですね。赤は愛情、青は奇跡です。ところでカーネーションは、最盛期が3月からですから、みこっちゃんと近いかも知れないですね」

 

 「キタキタキタァッ!!!」

 

 「口調変わってますよ」

 

 「で、カーネーションを誕生花にしている日付の中から、千恵さんの誕生日を選ぶと!」

 

 「11月20日です」

 

 「……ん?」

 

 「11月20日です。早生まれですらありませんでしたね」

 

 「なんでやねん!!11月20日って秋ど真ん中やないかい!!最盛期3月とちゃうんかい!!」

 

 「出ました!こてこての関西弁!」

 

 「なんでその日なんですかあ!っていうか3月24日より遅い日は候補にあったんですかあ!?」

 

 「いいえ。他の日付ですと1月や5月です。11月になったのは、単にQQメンバーで11月生まれがいなかったので散らそうということで」

 

 「言葉が決まった時点で詰んでたんや!!もういややあ!!」

 

 「というわけで私の方がみこっちゃんよりお姉さんなので、思いっきりなでなでしていいんですね。近うよってください」

 

 「もう好きにすればええやないですか!」

 

 「はい♫好きにします♫では有栖川さんに失礼して、このままみこっちゃんを撫で回しながらお別れとしましょう」

 

 「ううぅ……」

 

 「それでは画面の前の皆様、第一章はこれにておしまいです。次回は第二章の前編です。お楽しみにしててくださいね。今回のお相手は、なぜか素足の和服美人、袴田千恵と」

 

 「口上それでええんですか……」

 

 「いいんですよ、みこっちゃんもホラ」

 

 「えっと……あなたの心にみこみこみー、晴柳院命でしたあ」

 

 「……なんですか、それ」

 

 「い、いきなりふるからですよぉ!やり直させてくださぁい!!」

 

 「いえ、このままGOします」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二章「能ある故に爪は尖る 前編」

 

 こちらは、『ダンガンロンパQQ』の解説になります。

 本編を読了していることを前提に執筆しているため、本編についてのネタバレが多分に含まれています。

 まだ本編を読まれていない方はご注意ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「創作論破『ダンガンロンパQQ』、解説編『後のお祭り』を読んでるそこのお前!よく見つけてくれた!もっと読め!もっと見ろ!もっとオレの姿を記憶に刻め!オレという存在を世に知らしめろ!このオレが──」

 

 「黙れ。話を進めろ」

 

 「っだよ!!ジャマすんじゃねえよ!!」

 

 「貴様の長々しい一人語りで余計な時間を取らせるな。俺の睡眠時間を削ってまで付き合ってやっているのだ。可及的速やかに片付けてしまうぞ」

 

 「え?なんだ、これ夜中にやってる設定だったのか?」

 

 「無駄話は許さん。話すことだけを話せ。まずは自己紹介、俺は“超高校級の棋士”古部来竜馬だ。『第二章 能ある故に爪は尖る』の前編解説を担当する。相方は此奴だ」

 

 「ヒャッハーッ!!ごきげんよう愛すべきアリ共ォ!!オレ様はテメエら人類の天敵!!努力も歴史も技術も希望もすべてをぶち壊す恐怖の権化!!もっとオレを恐れろ!!オレに怯えろ!!史上最悪のテロリスト、“超高校級の爆弾魔”屋良井照矢様とはオレのことだあ!!」

 

 「では今回の話だが──」

 

 「ちょっと待てェい!!なんか言うことあんだろうがテメエ!!完全スルーっつうかもはやシカトじゃねえか!!解説編の相方をシカトするってあるか!!」

 

 「五月蠅い土竜だ。おとなしく地中で蚯蚓でも囓っておればいいものを」

 

 「マジもぐらじゃねえか!!ってそうじゃなくて、本編の話に行く前にもっといろいろあんだろ!!前口上長えなとか、“才能”バラしていいのかとか、オレとお前の組合わせってどうなんだとか!!」

 

 「くだらん。その辺の解説など不要だろう。必要ならばまた書けばいい」

 

 「作者の野郎に解説編の解説編書かすつもりかよ!?エンドレスに続くじゃねえか!」

 

 「創作物として無限に続くのは良いことだろう」

 

 「需要ねえよそんな続き方!」

 

 「だいたい本編を読んだ者であれば、今さら貴様の正体や俺と貴様の因縁など解説するまでもなかろう。こうしていま膝をつき合わせているだけで俺は手が出るのを堪えているのだ。貴様とて早く終われば無意味に痛い目を見なくて済む」

 

 「いやまあそりゃそうなんだけどよ、他のヤツらって本編行く前にいろいろと雑談っつうか、本編と関係ねえフリートークもしてんだよ。オレはそういうのを期待して今日来たんだよ!そしたら相方がお前って……!これなら清水の方がまだマシだった!あいつならなんだかんだでノってくる、っつうかノらせられたのに!」

 

 「お互い様だ。俺とて貴様の顔なぞ二度と見たくなかったが、こういう状況になってしまったのだから仕方あるまい。兵装束にて母思うより、槍持て首級を取れ」

 

 「なんだそりゃ」

 

 「兵役にかり出されて母を思い泣くよりも、持った槍で首でもとって名を上げるべし。現状を憂うよりもその中でできる限りのことをしろということだ」

 

 「じゃあそう言えよ。お前のその似非故事成語、意味が分かりにくいんだよ。本編でもちょこちょこ言ってたろ」

 

 「言葉を知らずとも意味を推し量ることはできる。それすらもできん馬鹿であるというだけの話だ」

 

 「ああそうか。日本語は日本語だもんなちょっと考えりゃあ小難しい言葉の意味くらいすんなりと分かるかァ!!だいたい似非だろ!?実際にはないんだろ!?」

 

 「古部来家にはある」

 

 「古部来家なんて実在しねえじゃねえか!!」

 

 「それを言うなら、もぐらも実在はせんだろう」

 

 「それはいいじゃねえかよ!ってか実在したらネタになんかできるかい!」

 

 「ならば俺が架空の故事成語を口にしたところで何の問題がある。非実在であることなど、それこそ知らずとも推し量れよう。ならばこの問答に意味などあるまい」

 

 「野暮ってえ話しなさんなって。なあ古部来よお。オレもお前も本編では死んだ身だ。過去のことは水に流して仲良くやろうぜ」

 

 「言葉で勝てんと踏んで急に話の軸を変えてくるな。寄るな触るな凭れるな。貴様の馬鹿さで穢れる」

 

 「言葉で勝てねえ?クックック……ぎゃはははははァッ!!バーカ!!お前はとっくにオレにやり込められてんだよ!!今はじまってからどれくらい経った?オレたちはその間なんの話をしてた?本編に関係ある話だったか?答えはNOだ!!テメエがくだらねえと吐き捨てるような話題で冒頭のトークは終了だ!!オレの目的は達成され、テメエの可及的速やかに終わらせるとかなんとかいう目論みはもう既に破綻しちまったんだよォ!!なあ!!分かるかコラァ!!」

 

 「情緒不安定だな」

 

 「リアクション少ねッ!!そんだけかよ!?せっかくもぐらモードになったっつうのに!つまんねーの」

 

 「不安定なのか調整自在なのかどっちなのだ?」

 

 「へへ、どっちだろうなあ?」

 

 「さして興味もないが」

 

 「きょうめよ!!興味を持てよ!!きょうめよ!!」

 

 「そんな言葉はない」

 

 「テメエが一番言うな!そもそもお前がそんな調子だから、オレががんばって盛り上げてやってんの分かんねえのかよ?このままじゃ他のヤツらのインパクトに負けちまうぞ」

 

 「インパクトはいらん。コンパクトにまとめろ」

 

 「淡白に言いやがって」

 

 

 

 

 

 

 

 「とはいえ、無駄話をしてしまったことは事実。深くであった。ここからは簡潔に解説をしていくぞ」

 

 「だからそれが面白味がねえっつってんのに、頑固な野郎だねえ」

 

 「まずは、ああ。あの馬鹿の独白からか」

 

 「お前さあ、解説編でくらい名前で呼べよ。お前からしたら全員馬鹿だろ?誰が誰だか分からねえって」

 

 「一理あるな。では改めよう。癖毛馬鹿の独白からだ」

 

 「わあ分かりやすい、って名前で呼べっていうオレの意見はどこに消えた!?」

 

 「どうやら心中企てていたクロとしての脱出策に、裁縫馬鹿が処刑されたことで自信を喪失したようだな。所詮ヤツが何をしようと俺や六浜の前では無計に等しかっただろうが」

 

 「六浜は名前で呼ぶんだな。なんだその差別。にしてもまあ、さすがに主人公だし一章過ぎたら最後まで生き残るのが定石だろうよ。パラレルで一章死のパターンもあったらしいけどな」

 

 「ほう、話せ」

 

 「話の振り方が雑すぎだろ!きょうめっての!」

 

 「だからそんな言葉はないと言っている」

 

 「ったくよお。パラレルっつうか、ちょうどまさにこの話を作者が書いてる時に思い付いたパターンなんだけどよ。清水って自分の立場とか、“才能”とかを毛嫌いしてて、ものすげえ卑屈だろ?パラレルではその逆で、あいつが自分の努力の“才能”にプライド持ってて、逆に他全員を“ただの才能”っつって見下してるっつう。どっちにしろヤなヤツだけどな」

 

 「それで一章死になるのか。哀れというか不憫というか、そんな感情も湧かんほど情けないな」

 

 「まあ他のヤツらに先越されるくらいならって先走っちまって、滝山の返り討ちに遭う、というか半分事故で死ぬっていう。自業自得とはいえ、悲しい最期だよなあ」

 

 「貴様が言うと説得力の欠片もないセリフだな」

 

 「で、思い付いたはいいけど今更もう遅いし、けどせっかく閃いたキャラ案がもったいねえってことで、次回作のとあるキャラにその性格は引き継がれたらしいぜ。傲慢で、やたら自信家で、他人を見下してて、そのくせ能力はあるから余計にムカつくようなヤツが」

 

 「おそらく次回作を読んでいる者は同じ人物を思い浮かべているだろうな。あの白髪馬鹿」

 

 「敢えて明言してねえんだから決定的なヒント出すんじゃねえよ!」

 

 「ではこの件の解説はこれで終わりだな次に移るぞ」

 

 「おいおいおいおいおいおい!急に事務的になりやがったよ!もっと自然に繋げられねえのかよ自然によ!?」

 

 「自然にする必要がどこになる。解説編だと銘打っているのだぞ」

 

 「不自然だと気持ちがぶった切られんだろそこで!いちいち区切ると冷めるんだよ読んでる方々がよォ!!」

 

 「お前は誰に対して敬語を使っている。では貴様が見せてみろ、自然な繋ぎとやらを。カウントをとってやる。1.2.3」

 

 「んな急に雑なフリでできるかってんだよ!さてはお前バカだろ!バーカ!」

 

 「馬鹿に馬鹿と言われても何とも感じんな」

 

 「もういいわ!グダる前にとっとと次行くぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 「次は朝飯のシーンだな。相変わらず古部来は寝坊だ。そんでもって晴柳院もこの日はまだ来てねえ。まあしゃあねえわな。あいつにとっちゃ相当ショックな出来事だっただろうからな。むしろなんとか起きて来られただけでも大したもんだと思うぜ」

 

 「コロシアイが始まった時点で必要だった覚悟がなかっただけのこと。覚悟を決めたとしてもこの時点では遅いわ」

 

 「へーへー、厳しぅござんすねー。オレも別に晴柳院が可哀想とか言うつもりはねえけどよ、お前はあんまりにも他人の感情に無頓着っつうか、厳しすぎんぞ。甘い部分も出しておいて普段から普通の人間のフリしとかねえと、いざってときに困るもんだぜ」

 

 「月並みな説教かと思ったら全く違った。普通の人間のフリなどオレには不要だ。厳しくしているのは否定せん。俺自身がそう育てられてきたし、そうすることが人としての成長に必要なことだからだ」

 

 「ただ厳しいだけじゃ晴柳院みてえなタイプは潰れちまうぜ?」

 

 「それで潰れるようならばその程度ということだ。本来人はもっと強い。恐れ臆し怯えるから弱くなる。打ち破らざれば己の手で己を弱むるもの也」

 

 「はあ……言いてえことは分かるけどな。お前なりに晴柳院を心配して、敢えて厳しくして成長を促して困難を乗り越えてもらおうってこったろ?でもなあ、いかんせん晴柳院がそういうタイプじゃねえんだよなあ。すれ違いってヤツだな」

 

 「待て。俺が晴柳院を心配しただと?乗り越えてもらおうだと?馬鹿なことを言うな馬鹿。俺はヤツのあの内向的で軟弱な態度が気に入らんから喝を入れたまでで、その後にヤツがどうなろうと俺の知ったことではない。況してや案ずることなどありはしない」

 

 「自覚がねえのかはたまた繕ってんのか。別にどっちでもいいや。んなことよりも、晴柳院にそんな態度とってるせいで、この後むつ浜に言われちまうもんな。ほらこのシーン」

 

 「俺が相手とはいえ、こんなことを全員の前で口にするのは愚かしいな。自らこのコロシアイを止められないと宣言しているようなものだ。それに、この程度のことで俺の意識が変わると考えたのなら、この場面の六浜は相当頭が弱い」

 

 「ボロカス言うじゃねえか。けど実際にこの後の展開で死んじまうだろ!」

 

 「貴様がそれを言うのか」

 

 「むしろオレが言わなきゃ誰が言う!?むつ浜か!?清水か!?バカ言うんじゃねえよ!オレがしでかしたことをオレが言わねえでどうするってんだよ!」

 

 「くだらんことを誇って大声を出しおって。とことん卑しい男だ」

 

 「結構!卑しくて下らなくて浅ましくて悪どくて疎ましいオレみてえな男にぶっ殺されたヤツの言葉なんか何一つ痛くねえなァ!!」

 

 「なぜ一人で興奮している。座れ、机に乗るな。今さら俺に優位を感じてどうなるというのだ。この章の話ではないが、俺も貴様もとどのつまりは敗者だ。何を言おうと五十歩百歩なのだ。見苦しい」

 

 「れ、れいせー…。オレが裁判でこのテンションのとき、むつ浜たちはドン引きだったんだぞ。そんな冷静でいられるとなんかやりにくくなんだろ」

 

 「貴様と『もぐら』の本質を理解すれば、恐れおののき怯えることが逆効果だと知ることになるからな。知らずとも、俺がそんな張り子の虎を恐れることはないが」

 

 「よ、よく分かってんじゃねえかよ。なんか照れんな」

 

 「どういう感性だ貴様。いや言わなくていい」

 

 「オレの感性よかお前はどうなんだよ。いくら可能性は高いっつっても、“超高校級の予言者”のむつ浜にそんな予言されたら、そりゃもう可能性とかじゃなくて確定した未来になっちまうじゃねえかよ。多少ビビるだろ?」

 

 「それも同じだ。ヤツの“才能”と呼ばれるものの本質を理解していれば、ヤツの言葉に翻弄されることもない。統計的、確率的、論理的に現在の状況から未来を推測すれば、俺が死んでいる未来など簡単に予想がつく。とっくに覚悟していたことだ」

 

 「お前みたいなヤツは普通、他のヤツらがどうなるか興味ねえけど自分だけは生き残るって確信してるもんだけどな。まあオレがまさにそうだったんだが!」

 

 「生き残ると確信していたというか、貴様は皆殺しを画策していただろう。コロシアイのシステムを根底から無視しようとしていただろう」

 

 「モノクマのルールに抵触しなきゃなんでもありでいいんだろ?まあやる前にバレちまったんだけどな…ちくしょう!火薬が手に入るまで鳴りを潜めてたのが裏目ったか…!」

 

 「火薬がなかったらどうするつもりだったのだ」

 

 「最悪もうハッパ使わねえで、毒なり鈍器なりいってたかもな。粉塵爆発は不自然だしバレやすいからオレの美学に反する」

 

 「この世でもっともどうでもいい美学だな」

 

 「背中で泣いてる男の美学だぜ」

 

 「なぜ貴様が泣く。泣きたいのは殺された方だろうどう考えても」

 

 「──っと!んなこと言ってる間に、新しく解放された資料館の探索シーンだぜ!今後この資料館ってのはやたらと重要な場所になってくるんだよな」

 

 「資料という名目で書物やらなにやらが大量に保管されているからな。物語の核心に迫る場面でこの手の資料は欠かせん。2階の楽器置き場も、何度か注目されていたな」

 

 「ところでよぉ、他の創作論破だと新エリア開放っていうと、マジで新しいエリアが開放されんだと。その点、なんでQQは施設1個なんてみみっちい開放の仕方してんだ?」

 

 「そこに突っ込むのか…。はじめに舞台を設定するときに、舞台が広すぎると各人がどこで何をしているのかを把握しきれなくなると懸念したために、逆に狭くし過ぎたのだ。そのことに気付いたのは始まってからだからどうしようもなかったがな」

 

 「その間抜けって誰のことだ?」

 

 「無論、作者だ。いくら広かろうと、自分に都合の良いように登場人物を動かせばいいだけの話だというのに」

 

 「その反動か、逆に次回作のエリアはバカでかいんだろ?こんな合宿場とは比べものにならないくらい」

 

 「遊園地を中心に街が脈絡なく群れていると聞いた」

 

 「極端なんだよマジで…。けどまあこのオレがいるんだ。広すぎて厄介なことになるって心配は仕方ねえっちゃ仕方ねえけどな!」

 

 「何をおもってしてこのオレなのか知らんが、貴様も俺も登場人物である以上、その行動は全て作者の手の中だろう。勝手に動き回るわけでもあるまいに」

 

 「それがそうでもないんだと。作者だけでなくって物書きに結構共通してるらしいんだけどな、登場人物って書いてるうちに自分が想像しなかった動きをしだして、収集つかなくなりそうになったりするんだと。うちの作者の場合は新しい設定付け加えたり強引に元の流れに戻したりして調整するらしい」

 

 「そういうものなのか?俺には分からんことだな」

 

 「お前だって相手がどんな動きしてくるか分からねえ将棋だったら困んだろ」

 

 「どんな動きをしようとも盤の上では駒の数も動きも行動範囲も限界がある。物書きほど自由ではない」

 

 「そーかよ。でもわっかんねーかなー。これわりと物書きあるあるなんだけどなあ」

 

 「それは単に自分で自分の思考を整理できていないから、取りあえず書いたものを後から消したり変えられなくなって、勝手に動いていると認識しているに過ぎないだろう。勝手に文章が書き進められるわけでも、絵が浮かび上がってくるわけでもあるまいに」

 

 「野暮ってえヤツだな。そんな論理的な説明すんじゃねえよ。いいじゃねえか。キャラは勝手に動くんだよ」

 

 「勝手に動くのならば俺が貴様なんぞに殺されて黙っているわけがなかろう。己の仇を己で討つのが俺のやり方だ」

 

 「マジで!?オレこの解説編でずっとタマ狙われてたのかよ!?ステイステイ!」

 

 「腹立たしいことに、その行動は作者権限で制されているらしい。腸は煮えくりかえっているというのに身体が動かないというのは、何とも奇妙な感覚だ」

 

 「ずっと腸が煮えくりかえってたのかよ!?知らず知らずのうちにとんでもねえヤツとコンビ組まされてんじゃねえかオレ!」

 

 「貴様にだけは言われたくない」

 

 

 

 

 

 

 

 「んで、場面は資料館探索に移るみてえだな。こっからは命の危機を感じながらお送りするぜ。屋良井照矢だ」

 

 「10余名で探索してもそれなりに時間がかかる。かなり広い施設だな。もっともこの時俺は部屋で将棋を指していたわけだが」

 

 「けどお前、事件が起きて捜査するときとか、その後の3回目の動機発表のときとか、普通に資料館使ってたよな。いつの間に探索したんだ」

 

 「探索などせずとも、一目見ればどういった施設なのかは一目瞭然だろう」

 

 「清水と同じこと言ってんぞ。しかも清水はその後望月に論破されたぞ」

 

 「ふんっ、あの馬鹿と俺では一目でとらえる譲歩量とそこからの推察力が違う。言葉は同じでも理解度は全く異なるのだ」

 

 「なんつうかなあ。お前と清水って結構似てるよな。人と関わろうとしねえし、やたら人に暴言吐くし、いっつも不機嫌そうなツラしてるし。お前、結局清水のことどう考えてんだ?」

 

 「どうもこうも、馬鹿としか言いようがない。努力の才を以て希望ヶ峰学園に入学しておきながら、その努力を怠るどころか放棄したのだろう?才覚ある者といえど努力なしに何を成し遂げることができようか。況してや努力をせぬ凡人など言うまでもない」

 

 「つまるところ、もったいねえってことだな」

 

 「ヤツにそれだけの価値があればの話だがな。学級裁判での動きは、物語の主人公として最低限必要な分だった。そこを勤め上げたことは褒めてやろう」

 

 「オレらはドロップアウトしちまったしなー。オレを追い詰めたのはむつ浜だったけど」

 

 「3章以降は清水以外の者が学級裁判で犯人を指名するようになっている。事件が難化、複雑化するにつれてヤツの手には負えなくなっていったということだ」

 

 「まあオレは彼の程度のヤツの手に負えるヤツじゃねえもんな。それに5章の犯人指名も、あいつにゃ無理だったと思うぜ。まあ望月が適任だったってことか」

 

 「情に絆され正確な思考が出来なくなるのは未熟な証だ。その隙を突かれては目も当てられん」

 

 「冷てえ野郎だな。そんなんだからむつ浜に絡まれるんだよ。この探索の後から、お前とむつ浜ってやたら将棋指してたろ。すげえ難しいこと言いながら」

 

 「あれはヤツが提案してきた。どうしても話をしたいと言うから、俺の鍛錬の邪魔をしないのならば話を聞いてやると言った。そうしたら、将棋を指してやればいいのだろうと。甘くみられたものだ」

 

 「甘くみたっつうか、どうしようもねえワガママに取りあえず付き合ってやってるって構図にしか見えねえんだが」

 

 「好きにとらえろ」

 

 「お前さてはオレと会話する気ねえだろ!雑な返事ばっかりしやがって話膨らまねえじゃねえか!やべえってマジで!解説編として終わってるって!」

 

 「貴様が知っていることを話せばいいだろう。たとえば、資料館の検索機能付きパソコンだが、これは3章の裁判で少し話題に上がる。2階の音楽資料館の楽器類はこの後穂谷がよく使うが、2章の裁判にもかかわってくる場所だ。あとは5章の動機編で希望ヶ峰学園のシンボルの裏に隠された資料が使われる。この資料館は、かなり色々な事件への伏線が張り巡らされている場所だとかな」

 

 「いま全部お前言ったぞ!?オレにしゃべらす気ねえのか!」

 

 「このような場所を合宿場に用意する意味が分からん。それに隠し本棚にあったあの資料は、希望ヶ峰学園が意図してこの合宿場に隠したのか。だとすれば、ずいぶん不用心だ」

 

 「まあそうだよな。普通は目の届く、手の届くところに隠すわな。あとそうだ。学園のシンボルが資料館にあったことで、このコロシアイに希望ヶ峰学園が関わってるんじゃないか説が浮上するんだよな。この時点じゃ学園がどのくらい絡んでるかぼんやりしてた」

 

 「創作論破に限った話ではないが、希望ヶ峰学園というのはやたらと暗部を取り沙汰されるのだな。国家的特権を有する故の底知れ無さがそうさせているのだろうか」

 

 「こういうでけえ組織にゃやべえ部分があった方が面白えんだよ。まあとはいえ、さすがにコロシアイなんかさせる気はなかっただろうけどな」

 

 「学園は、ここに黒幕が潜んでいることを知りながら俺たちを送り込んだのか、或いは黒幕が俺たちを発見して寄ってきたのか」

 

 「そこは作者のみぞ知るって感じだな。どっちにしろオレらは完全に巻き込まれただけだけど」

 

 「次は二章の日常編か。退屈すぎてあくびが出そうだ」

 

 「ただの寝不足だろ」

 

 

 

 

 

 

 

 「まずは笹戸の釣りシーンからだ。まあなんだ。うん、オレは別に笹戸に対して言うことは特にねえ」

 

 「奇遇だな。俺もあの釣り馬鹿にはこれといって印象に残っていることはない」

 

 「やべえ…いきなり話題がなくなっちまった。よく考えたらあいつなんなんだろうな。自分で言うのもなんだが、オレとか古部来とか癖の強えキャラが山ほどいる中で、あいつってマジで特徴ねえじゃんか。根暗じゃねえんだけど地味っつうかなんつうか」

 

 「あれがヤツの素なのだろう。或いは問題児になる前のヤツの姿か。釣りの才能は本物のようだが、あの小さい身体のどこにそんな力を備えているのやら」

 

 「ああそうだな。あいつって童顔のくせに腹筋割れてんだよな。うっすらと」

 

 「運動系の才能というのはQQの中にはそういない。ヤツは除けば猿だけだ」

 

 「そうだな。滝山は運動ってジャンルかどうか微妙だけど、その滝山と笹戸は結構つるんでるイメージだな。あと明尾や晴柳院」

 

 「ここではそこに蒐集馬鹿が加わるのか。この章ではヤツの才能への執着がテーマになっているが、執着心といえば当の笹戸も大概だったな」

 

 「あー、まあそうだな」

 

 「捌く魚一尾一尾に手を合わせるというのは、あまりに常軌を逸している」

 

 「あのなよなよした雰囲気と幼さでカムフラージュされてっけど、その命に対する異常な尊重心ってのが、あいつが“超高校級の問題児”たる由縁だったりするんだよな。命を重く見過ぎだっての」

 

 「貴様は軽んじすぎだがな。それから、蒐集馬鹿がここで写真を撮っている。この写真の蒐集は何を意図したのだったか。おい、説明しろ」

 

 「忘れたからってオレに丸投げすんなよ!こりゃだから、アニーの写真を撮ってるってのがミソなんだよ。二章の学級裁判でアニーの指輪の話出てくんだろ?その時に元々はめてた指輪が何かの証拠として、写真が使われるって予定だったわけだ」

 

 「予定、か」

 

 「そう、予定だ。結局それをするまでもなく話が進んだから、写真ネタはお蔵入りになったってわけだ。そうでなくても、この写真撮ったの石川だし」

 

 「これは俺の予想だが、作者は何も考えずに取りあえず写真の件を書いたな」

 

 「だろうな。バカ丸出し」

 

 「あとは大物がかかって釣り糸が切れる件。ここも後の伏線になっているのだろう?」

 

 「ああ。二章でアニーの首を絞めた凶器の話のときにな。それだけじゃねえぜ?この釣り糸、5章の伏線にもなってんだ」

 

 「自然火災装置の仕掛けか」

 

 「ああ、適度に強度があって、簡単に切れるって性質だからこそ使えるわけだ。そう考えるとこのシーン、結構伏線たっぷりだよな」

 

 「日常編にはあらかじめ多くの伏線を仕込んでおかなければならない。事件直前になってやたらと説明的になったり、ある人物が目立ったりしては勘付かれるからな」

 

 「日常編にはこんなのがうじゃうじゃしてんだろ。こりゃ解説も一苦労だな」

 

 「だから簡潔に済ませるとはじめに言っただろう」

 

 「お前が言う簡潔は簡潔じゃなくて粗雑だろ!馬鹿が馬鹿とツレだって馬鹿なことを馬鹿馬鹿しくやってるとかしか言わねえだろ!」

 

 「俺はそんなに馬鹿馬鹿言っていると思われているのか」

 

 「言ってるだろ実際!初対面の清水にも言ってたし裁判中はオレも言われたぞ!忘れてやんねーからな!」

 

 「あまり馬鹿と連呼すると馬鹿っぽく映るな…今後改めよう」

 

 「おお。やけに素直じゃねえか」

 

 「貴様を見ていて思ったのだ。こいつと同程度の人間に思われるのだけは避けようと」

 

 「素直ではあったけど態度は変わってなかった!ちくしょう!」

 

 「次は曽根崎と発掘馬鹿が資料館で話す場面だな。ここは特に伏線などないだろう」

 

 「馬鹿か!!超ド級に重要な伏線があんだろうがよ!!オレ様の話してんだよオレ様の!!もぐらの!!」

 

 「もぐらがこのコロシアイの首謀者ではないかという憶測と、この合宿場が希望ヶ峰学園の土地なのではないかという疑惑だろう。今更すぎて取り立てることもない」

 

 「テロリスト『もぐら』の詳細がはじめて言及される重要シーンだろうが!!可能な限りの犠牲者と執拗なまでの封じ込めの仕掛け!!アリの子一匹逃がさねえ破壊と殺戮はもはや犯罪作品の領域に達する!!ぎゃはは!!」

 

 「本当に三章でこの男と解説をすることにならなくて良かったと心から思う。面倒が過ぎる。こんだけ詳しく言及するってことは、本編でもぐらが絡んでくるのは必定!!きちんと伏線仕込んであんぜ〜オレ様は!!」

 

 「他に仕込みがあるとすれば、曽根崎の不穏な発言か。ヤツは基本的に無害ではあったが、思考回路の計り知れん深さや腹の内に一物抱えた暗さがあったな。殺人が起きることに対して肯定は勿論のこと否定もしていなかったように思う」

 

 「あいつはあいつでブッ飛んでっからな。まさか学園を相手取ってスパイやってるとは思わなかったぜ」

 

 「ヤツの委員会での先輩の影響なのだろう?何者だったのだそいつは」

 

 「それは登場してからのお楽しみってことでお預けだぜ」

 

 「出るのか?この解説編に?」

 

 「その予定だぜ!曽根崎が相手とは限らねえが」

 

 「曽根崎以外に誰がそいつと話ができると言うのだ。聞けば故人というし」

 

 「オレら全員故人みてえなもんだろうよ…」

 

 「まあそうだな」

 

 

 

 

 

 

 

 「で、次はお前とむつ浜が将棋指してるところだ。お前が自分から外に出るシーンなんてここくらいしかねえんじゃねえかマジで」

 

 「単なる気紛れで表に出てみればこれだ。まったく鬱陶しい」

 

 「この会話の中でも言ってるけどよ、やっぱりお前晴柳院にキツくあたったのって、あいつのことを想ってなんじゃねえの?硬派気取ってっけど実はロリコンなんじゃねえの?」

 

 「遠回しに飯出を貶めているが」

 

 「お〜ん?論点ずらしィ!!怪しいなあオイ」

 

 「馬鹿なことを言うな。もし俺が本当に晴柳院に惚れていたら、ヤツ自身が強くならずとも俺がヤツを死なせん。敢えて厳しくする愛情は親心だけだ」

 

 「え、なんだその男らしいセリフ」

 

 「愛だの恋だの軟派なことを語る気はないが、少なくとも貴様が考えるような拙い恋愛観は持っておらん」

 

 「お前の口から恋愛観なんつー言葉が飛び出すとは思わなかった!つかてめーむつ浜となんかいい感じになってただろ!そこんとこどうなんだよ!」

 

 「人を指さすな馬鹿。ヤツが俺とどういう関係であれ、貴様にはどうでもいいことだろう」

 

 「明言しねえあたりが余計に怪しい!ちくしょう!なんで男二人で恋バナなんかしなきゃならねえんだよ!誰が見てえんだよそんなの!気持ち悪い!」

 

 「貴様が話題を吐くって貴様が否定するとは、いったいどういう話の運び方だ。やはり情緒不安定だな貴様」

 

 「逆にテメエのそのローテンションはなんなんだよ!ちょっとはオレに合わせろよ!」

 

 「合わせろと言われても、それほど劇的なことが起きていないからな。裁判の解説ならまだしも日常編の解説では大して話すことはない」

 

 「清水も清水だったけど古部来も古部来だなこりゃ…。ハイテンション役で宛がわれたオレの身にもなってくれよ…」

 

 「邪悪すぎる貴様に宛がわれた俺の身にもなれ」

 

 「前々から言われてたことではあるけど、この謎采配なんなんだろうな。清水と飯出っつう組合わせもどうかと思ってたけどなんだかんだやり切ったし、かと思えば本編でちょっとしか出てねえ袴田をがっつり解説役に抜擢したし」

 

 「誰と誰をどう絡ませるかは本編の頃から作者が苦しんでいたkとだろう。俺と六浜がよく将棋を指す仲になるというのははじめから決まっていたようだが」

 

 「キャラ同士の絡みなあ。QQは割と序盤から同じヤツらとつるんでる感じあったから、悩んでたっつうか最初は手探り状態だったんじゃね?」

 

 「人と人がどう出会いその仲を変化させていくかなど、作者にとって最も苦手とすることではないのか。己がまともにできないことを描写など不可能だろう」

 

 「きっついこと言うなお前!まあ一章ではその辺が曖昧で、よく分かんねえ組合わせが見られたりもしたんだよな。だいたい二章で固まったって感じだな」

 

 「関わり合いになった相手とその深度によっては、後々に自分の首を絞めかねん。人間関係すらも利用し合うのだ。一瞬たりとも気を緩めれば足下をすくわれるというのに、呑気なヤツらだ」

 

 「どちらかっつうとどうにか脱出しようとか角が立たないようにしようとかしてるヤツらを尻目に将棋指してるお前の方がよっぽど呑気だと思うんだけど!?」

 

 「ほう、貴様は脱出しようと角が立たないようにと苦心していたわけか」

 

 「苦心っつうか、まあそういう気持ちではいたな。誰だってこんなわけわかんねえところに拉致監禁されて大人しくはしてねえだろ」

 

 「今まさに貴様らが、ガチャガチャなんぞで遊び呆けている場面になっているが、これは脱出と何の関係があるというのだ」

 

 「遊び呆けちゃいねえよ!ただの息抜きだろこんくらい!モノクマメダルだって見つけたんだからちょっとくらいいいじゃねえか!だいたいな、このモノモノマシーンだって後々重要になってくるんだからな。トリックとかで」

 

 「原作のモノモノマシーンから出るものは、トリックには使えないガラクタばかりだったと思うが」

 

 「ガラクタじゃねーよ!キャラとの親睦深めるのに贈ったりするんだからな!さてはお前やり込み要素とか無視してシナリオクリアしたらクリアしたことにするタイプだろ!」

 

 「そもそもピコピコはやったことがない」

 

 「ピコピコて!!ジジイの言い方じゃねえか!!ってかそういうことじゃねーよ!!」

 

 「喧しいな貴様は。だが贈り物をして親睦を深めるというのは理解できる。だからこの後望月がアニーにランプを渡しているわけか」

 

 「あいつの場合は単純に需要と供給が一致したくらいの感覚だと思うけどな。ちなみに、原作みたく一人一人に親密度が上がるプレゼントが設定されてるわけじゃねえぜ。別に必要ねえ設定だしな」

 

 「考えてみれば、そうやすやすと贈り物など受け取るべきではないしな。状況からして」

 

 「まだそんなこと言ってんのかよ!」

 

 「そしてここは貴様の視点で話が進んでいるようだが、貴様こそこの状況においてよく誰それが好みだの云々かんぬん言えるな。節操のない」

 

 「悪かったな。こちとら思春期真っ盛りの男子高校生だっつうんだよ。彼女いない歴=年齢の童貞野郎だよ。文句あっか!」

 

 「別段文句はないが、男の嫉妬ほど見苦しいものはない。女の尻を追いかけるくらいなら追いかけられるよう己を磨けばいいだけのこと」

 

 「まさかテメエの恋愛観聞かされるとは思わなかった。クソほど興味ねえし」

 

 「貴様のような軟派者を見ていると不快だ。あれこれ移り気に目で追って終いには何も残らん。1人に決めて責任を持つということが甲斐性だ」

 

 「なんか正論っぽい気がしてくるけど、どうせお前のことだから古くせえ価値観でしゃべってんだろうな。ったく六浜も苦労しそうだぜこりゃ。ちくしょう」

 

 「なんだ最後の捨て台詞は」

 

 「オレの周りにゃデキあがってるヤツらばっかりじゃねえかと思ったんだよ。テメエと六浜しかり、清水と望月しかり、鳥木と穂谷しかり」

 

 「最後の組はこの後の場面でどっぷりと絡んでいるな。この時点ではまださほど関係が出来上がっているわけではないようだが、何をしているのだ」

 

 「鳥木がマジックしてんな」

 

 「やはり遊んでいるではないか」

 

 「だから遊んでるわけじゃねえって!鳥木に一回くらいちゃんとマジックさせとかねえと、“超高校級のマジシャン”らしさが出ねえだろってことでやらせてんだよ。あと、こいつらの関係を作り上げるって目的もあるな」

 

 「マジックを見せただけで関係が出来上がるのか?」

 

 「なあ古部来よぉ。お前さてはQQ読んでねえだろ。適当にしゃべってんだろ」

 

 「無論」

 

 「無論、じゃねえよ!あのな、四章のネタバレにもつながってくるけど全部言うわ。鳥木も穂谷も、本当の自分を出さないって意味で仮面を被ってんだよ。穂谷の場合はあの嗤ってねえ笑顔で、鳥木の場合はMr.Trickyってキャラな。んで、鳥木の方はそのことを見抜かれたのが初めてだったから、穂谷のことが気になりだしたってところだな」

 

 「全部説明したな。あの二人は一応、公式で恋仲になっている唯一の組だったな」

 

 「唯一なのかよ?QQは割と組合わせ多い方だと思ってたぞさっき言った3組だろ。あと滝山とアニーだろ、あと晴柳院と笹戸だろ」

 

 「知るか、どうでもいい。そう聞いているから言っているだけだ」

 

 「急にめんどうくさくなってんじゃねえよ!」

 

 「誰と誰がどういう関係になろうが、本編で語られている以上のことはただの妄想に過ぎんだろう」

 

 「いよいよこのコーナー自体を否定してきやがったな。さてはアニメのOVAとか本編とはパラレルって考えるタイプだろ」

 

 「マンガなど見ない」

 

 「アニメのことマンガって言うのは完全にジジイだからなもう!何の話だ!」

 

 「この手の場面では、いかにも恋仲に発展しそうなむず痒い雰囲気が流れるものだが、この二人の場合はそういうわけではないらしいな」

 

 「まあどっちもそういうタイプじゃねえからな。つうかこれって、穂谷が鳥木の被ってる仮面をムリヤリ引っぺがしにかかってるところだから、良い雰囲気っつうよりヤな緊張の方が強えだろ」

 

 「ホタテがムリヤリ殻をこじ開けられているようなものか」

 

 「喩えへたくそか!おっと、ここで空気を読まねえでモノクマのアナウンスだ。この次は動機編だな」

 

 「二章の動機はなんだった。瑣末なことだったような気がするが忘れてしまった」

 

 「あのな、モノクマが殺人の動機として寄越すもんだぞ。瑣末なわけねえだろ。人にはバラされたくない秘密だよ。原作の二章と同じだけど、ちょっとこっちは具合が違ったな。互いに秘密を握らされるっていう、あれ何の意味があったんだ?」

 

 「思い出した。誰が自分の秘密を握っているか分からないこと、自分が誰の秘密を握っているか分からないこと、或いは秘密そのものから疑心暗鬼を加速させるという意図だったな。一つ目に比べて遠回しではないか?直接殺人に繋がるというより、衝動的な、偶発的な殺人を促しているようにも見える」

 

 「実際そうなんだろうよ。一回殺人が起きて裁判とおしおきを経たら、オレら全員の敵はモノクマだっていやでも思い知るだろ。そしたらオレらが団結しちまうから、その結束をぶち壊すために疑心暗鬼の種を蒔いたってことだろ」

 

 「そこまでモノクマの意図が透けていて、何もしなかった貴様も大概だな」

 

 「んーまあオレ的にはどっちでもよかったからなあ。どうせ全員ぶっ殺すつもりだったし、オレの正体があんな紙切れでバラされんのも気にくわなかったけど、バレたらバレたなりにやりようはあったしな。どうせオレがその気になったら誰も逃げられねえんだよ!テメエ然りな古部来!」

 

 「あのアホ毛馬鹿が手にした秘密は一体誰のものなのだろうか。コロシアイの全てを知っている者など、物語通して見ても黒幕以外にはおらんだろう」

 

 「実際のところ、あの秘密ってデタラメみてえなもんだっただろ。だからなんでもいいんだよ。一応、QQ全体のオチを臭わす伏線っぽいもんにはなってっけどな」

 

 「…俺たち全員が、既に一度コロシアイを経験していたということか?あり得んな。モノクマが最後のセリフで、『二回戦』とはっきり言っている。俺たちのコロシアイの前には何もなかった」

 

 「これが『本選』で『予選』があったとしたら?地下資料館にとんでもねえ数の“超高校級”どもの資料があったんだぜ?」

 

 「どうとでも言える、ということか。ヤツらしい」

 

 「でまあ、案の定モノクマの思惑通りにバラバラになってくわけだけど、ここでお前がむつ浜のために残るのは意外だったな。クダラン、とか言ってさっさと帰るかと思ってたのに」

 

 「待て。なんだ今の変な声は。まさかだが、俺のモノマネではなかろうな」

 

 「ダイタイコンナカンジダロウ。キサマハ」

 

 「そんな停止直前のロボットのような声はしとらん。貴様とは歩んできた道の重みが違うのだ。俺と同じなど出ようはずもない」

 

 「人生の険しさで声は決まらねえと思うけどな。そういやオレらのICVって決まってねえの知ってっか?」

 

 「知らん。小説においてICVなど必要ない。縦しんばあった方がいいとしても、それは各々が勝手に想像の声を宛がえばいいだけのこと。こちらからわざわざ指定する理由がない」

 

 「単純に作者が、イメージに近い声色の声優知らねえだけだけどな。つまりだ!!」

 

 「五月蠅い急に」

 

 「今ここで希望のICV言っときゃそれが正式採用されるってことだろ!」

 

 「どこかで見たような件だな。正式採用もなにも動画化の見込みもなかろう。勝手に頭の中でイメージする分には自由にしておいた方がいいのではないか」

 

 「うるせえ!ひとまずオレは山口勝平でオナシャス!古部来は!」

 

 「誰でもいい。興味がない」

 

 「古部来は置鮎龍太郎でオナシャス!」

 

 「本当に意味があるのかこの件」

 

 「最近じゃ動画の創作論破ってのも出始めてっからなあ。ない話じゃねえぜ?っつうかQQだって一回声劇企画あったんだからな」

 

 「やめろ、自分たちの物語の黒歴史を紐解くな。あれは悲惨だった」

 

 「お前もちゃっかりキズ抉ってんじゃねえか!男声1人も集まんなくてとうとう作者がイメージの声を全員分録ってアプリで流すとかやったの忘れさせてやれよ!」

 

 「どういう気持ちでこの件を書いているのだヤツは。気でも触れたか」

 

 「またチャンスがあったらやりてえぜ。いっそのこと声だけじゃなくてアニメでだ!オレもぬるぬる動いてみてえなあ」

 

 「めかぶでも食っておけ」

 

 「ぬるぬるになりてえわけじゃねえよ!ボケか!?ボケたのか!?マジトーンでボケるから分かりにくいんだよお前!」

 

 「油断もせず動揺も見せず常に十手先、百手先を読むようにすれば、自ずと感情は抑え込むようになる」

 

 「望月がまさにそんな感じだったなあ。意外と古部来を突き詰めてくと望月みたくなったりして」

 

 「合理的かも知れんが、人間味を失った結果がアレならば、俺はそこまで求めない。限りなく近くなろうとも人間をやめはしない」

 

 「オレはとっくに人間やめてっけどなあ!WRYYYYYYYY!!」

 

 「案外貴様も仮面を被っているのかもしれんな。テロリストの仮面と石的な仮面を」

 

 「いや石の仮面は被ってねえよ」

 

 

 

 

 

 

 

 「事件の前には飯がある。そんなQQだから第二章でもちゃんと飯時のシーンだぜ」

 

 「そんな決まりがあったのか?」

 

 「なかったけど気付いたらそうなってるんだよ。まあ事件は夜に起こりやすくて、そうなると自然と晩飯のときが事件前最後の描写になりやすいってことだな。古部来と穂谷は自分で勝手に飯吐くって食ってるけど、穂谷はどうせ鳥木に作らせたんだろ。お前はどうしたんだよ」

 

 「飯くらい自分で作れなくてどうする。歯も生えぬ赤子でもあるまいに」

 

 「やっぱそうか。他に作ってくれそうなヤツもいねえしな。ちなみに何食ってたんだよ?」

 

 「さんまの塩焼き、白菜の漬け物、ひじき煮、豆腐とたまねぎの味噌汁、白飯だ」

 

 「がっつり一汁三菜揃ってやがる!こいつそんなスキルまであったのかよ!?」

 

 「漬け物はモノクマが用意していたものだがな。よく漬かっていた」

 

 「鳥木とかアニーとか笹戸とか、料理スキル高いヤツ結構いたけど、まさかお前もそっち側だったとは…なんだそのギャップ!これ以上属性付けてテメエは何をしようとしてんだよお!!」

 

 「知るか。なぜ貴様が悔しがる」

 

 「古部来っつったら絶対関白宣言的なことして自分じゃ飯の炊き方も分からねえような古くせえ昭和の旦那になるタイプだと思ってたのに、実は料理上手いなんて設定まで付けたらますますオレが目立たなくなんだろ!オレなんか料理っつったらカップ麵と目玉焼きくらいしかできねえよチクショウ!」

 

 「カップ麵は料理では無い。どうせ今までやってこなかったのだろう。やったことのないことができなくて何を悔しがる必要がある。できるようになりたくば行動しろ。たわけが」

 

 「だって料理って片付けめんどくせえじゃん!」

 

 「貴様は一生カップ麵と目玉焼きだけ食っていろ。粗末な食事と栄養失調でくたばればいい」

 

 「辛辣!?いや、オレもたいがいだけど清水もたいがいだろ!晩飯が白飯とレトルトのチンジャオロースだけって!しかも取り分けもしねえで山盛りから取ってくって!なんだ!本場スタイルか!回転テーブル持って来い!」

 

 「この場面だけで曽根崎は二回も顔面に茶碗に盛った白飯を叩きつけられているな。懲りん男だ」

 

 「この後、皿洗うシーンでも一回石鹸水ぶちまけられてんぞ。ってか清水も曽根崎に暴力振るうの慣れすぎだろ。自然にやってっけど超危ねえぞ」

 

 「ばかばかしい。馬鹿とつるむから曽根崎まで馬鹿に見えるのだ」

 

 「そりゃ望月とイチャついてんのをからかうだろ。ピーマン嫌いだから文句言うとか、その流れで天体観測に誘うとか、こいつらマジでオレらのこと見えてねえんじゃねえのか」

 

 「それを望月に理解させるのは骨が折れそうだ。概念を理解させるところからとなるともはや教育だな」

 

 「んで、もっともらしい理由つけて天体観測の準備を曽根崎と清水に手伝わせることに成功して、その間に資料館に毛布を取りに行ってんな。ここが実は事件に関して重要な部分なんだよな」

 

 「資料館の個室が閉まっていたことだな。事件の全容からして、あの時点ではまだ中に石川とアニーがいたのだろう。よく物音を立てずにやり過ごしたな」

 

 「一応秘密ってことだったしな望月が来たこともあいつらにとっちゃ不測の事態だし、アニーだってあんまし人に言いふらしたくねえだろ。なんてったって自分の秘密だからな。つうかあれだな。こうしてみるとなんかギリギリ筋が通ってるラインの綱渡りっつうか、危うい感じだな」

 

 「ポイ捨てのルールも、飯出の件があったためにどう説明すれば矛盾がなくなるか試行錯誤したらしい。深く考えもせずにルールを決めるからだ馬鹿め」

 

 「そんでもって翌朝、事件が起きるわけだ。ちなみに事件編の冒頭で望月の語りがあるだろ。これ実は、設定があやふやだったときの名残なんだぜ」

 

 「名残?」

 

 「こんな星空見たことねえっつってるだろ?北半球と南半球で見える星は違くても、天文バカの望月なら星を見てだいたいの位置は絞り込めるはずだろ」

 

 「よくそんな船乗りの真似事のようなことができるな」

 

 「そんな望月が見たことねえ空ってことは、日本どころか地球かどうかも怪しいってことだ。な?ふわふわしてんだろ?」

 

 「別の天体であることを匂わせて何の意味があるのやら」

 

 「意味なんかねえよ!結末じゃ何も分からねえ!絶望的な事実しか残らねえ!そんなクソ曖昧でもやもやした後味しか残らねえ、不確かな結末が本来のQQだったからな!」

 

 「本来のどころか、今でもなおあの合宿場がどこにあったのかは明言されていないではないか。一応希望ヶ峰学園の所有地ということになっているから、少なくとも国内ではあろうが」

 

 「もともとは更正施設だからなあ。そこまでたいそうな場所じゃねえだろうけど、こういう意味深な一言が色んな所にあったりするんだよこれだから見切り発車はヒヤヒヤすんな」

 

 「その反省を次回作に活かせていたのなら意味はあっただろうがな」

 

 「活かせて…ねえよなあ」

 

 「活かせていないと言えば、この密室のトリックもまた、十分に活かせてないな。夜中に明確なアリバイでも作ればいいものを、何もせずただ現場誤認だけに使うとは。馬鹿には過ぎたトリックだ」

 

 「いや普通に動機がある上に誰もが寝てる時間にわざとらしいアリバイがあったら逆に怪しいだろ。そんな悪目立ちするよりシロの中に紛れた方が安全だと踏んだんだろうよ」

 

 「結果見破られてしまっては世話ないな」

 

 「アニーが起きて来なくて焦って飛び出してくるシーンも、敢えて犯人の石川視点で書かれてるだろ。これ、犯人主観で事件発生シーンは描かれねえだろうっていうなんとなくのイメージに反してキャスティングされたから、石川が記憶喪失になったりしてるわけじゃねえぜ」

 

 「そういえばこの女、自分で殺しておいて死体に驚いたような素振りをするし、信じられないとばかりに感情が詰まっているようだが、なんなのだ。心の病か」

 

 「まあ衝動殺人だからなあ。自分がしたことが信じられねえって部分があるってことだろうよ。でもアニーを見つけてすぐに靴の中敷き回収する冷静さはあるし、ここも作者なりのカムフラージュなんじゃねえの?犯則っぽいけどな」

 

 「そんな叙述トリックは完全に反則だ。レッドカード一発退場ものだ」

 

 「微妙な時事ネタぶっ込んできやがった!一番興味なさそうなくせに!」

 

 「そしてすぐにいつもの二人がやってきて捜査開始か。曽根崎は熟れたものだ。アホ毛馬鹿の無能っぷりが際立つな」

 

 「いや普通の高校生は死体見てどうすりゃいいかなんてわからねえから。捜査の仕方なんか分からねえから」

 

 「貴様は普通ではないだろう」

 

 「普通のフリはさんざんしてきたぜ?普通のヤツよりさらに普通を演じてきたんだ。目立たなさは半端じゃねえぜ」

 

 「自己顕示欲と隠遁技術の共存か。矛盾しているな」

 

 「矛盾!故に最恐!それが『もぐ──」

 

 「今回の捜査は資料館内部に限られているが、やはり情報量が多いな。個室だけでも10種近くのコトダマが集まっている」

 

 「おいコラ!」

 

 「釣り馬鹿の本の栞、鳥木のヘッドフォンコードの故障などから凶器や密室トリックに行き着いた者は、そう多くはいまい。いずれにせよ靴の中敷きに辿り着かねば犯人は断定できんのだからな」

 

 「シカトこいてんじゃねえよ!なに急にめんどくさくなってんだ!」

 

 「この事件に関しては遺された情報から事件当時の状況を想定できても、いかにしてその後の状況を生み出したかが肝要になっている。故に組み上がる推理は、確証のない情報が含まれて不確かな部分があることも否めない」

 

 「なあおい聞けよ!マジでそういうのやめろって!オレがそういうの一番イヤだって知ってやってんだろ!質悪いぞ!」

 

 「論理的に説明ができるのは、何者かがアニーを絞殺し、密室トリックを仕掛けたということだけ。犯人に直接繋がる手掛かりはここから得られていない」

 

 「頼むから無視しねえでくれよお!ちゃんと解説すっから!」

 

 「よしでは話せ」

 

 「マジでぶっ殺してやろうかこいつ。あ、殺したわ」

 

 「ただの無視がここまで効果的だとは思わなんだ。貴様、難儀な性格をしているな」

 

 「まさか古部来に心配される日がくるとは思わなかった」

 

 「心配などしていない。ただこういう生物として奇異なる目で見ているだけだ」

 

 「生物ってなんだ!人間だろうがオレは!『もぐら』だけど!人間だろ!」

 

 「人間をやめたのではなかったのか」

 

 「それはそれ、これはこれだろ!シャレが通じねえヤツだな」

 

 「分かったから続きを話せ」

 

 「続きっつっても、お前ほとんど捜査編のまとめしゃべっちまっただろ。確かに2章って、石川を直接断定できたのって、最後の最後に鳥木のアドバイスがあったおかげだもんな。あれがなきゃ、犯人が誰かなんて決まらねえままだったかも知れねえ」

 

 「その場にあるものだけで、極力余計なことをせずに立ち去ったのだ。手掛かりを残さないという意味では、実に理に適っている」

 

 「おおう、そういう風に思ってるのは意外だった」

 

 「馬鹿はとにかく余計な小細工をして、それで身を隠した気になっている。いらぬことをすればするほど自身の手掛かりを残し、正体が暴かれる危険が高まるというのに。いらぬことをして満足している者を見るのは実に不愉快だ」

 

 「イラついてんのかよ。なんか清水みてえになってきたな」

 

 「冗談でも俺とヤツが近しいというだけで反吐が出る」

 

 「どんだけ嫌われてんだよあいつ!まあまっとうな部類の人間だったら距離置くヤツだけどな」

 

 「貴様がまっとうを語るな」

 

 「語らずに騙れってか?」

 

 「終わりにしよう、この茶番を」

 

 「なんだかんだ結局最後までかっちりやってんじゃねえか。勤め上げたかどうかは分からねえけど、やり切りはしたな」

 

 「一刻も早く帰って寝たい。このあとは裁判だが、俺様にとっては既に過去の話、もはや興味も記憶もないわ」

 

 「記憶がねえのはおかしいだろ!一応、次回誰が担当するかみたいなことも話するんだぜ」

 

 「興味がない。誰だろうとどうでもいい」

 

 「まあそう言うなや。残ってるメンツは穂谷、笹戸、有栖川、鳥木、望月の5人だな」

 

 「1人余りが出るではないか」

 

 「それはおいおい調整してくってことで、次回はどの組合わせだと思う?」

 

 「鳥木と穂谷でいいのではないか。今回も話題に上がったが、恋仲なのだろう?」

 

 「テキトー…けどその線結構あり得るんだよな。ついでに言うと有栖川とか望月が誰と組むか謎なんだよ、このメンツだと」

 

 「裁判の解説なのだから話の分かるものを采配しているのだろう。今回のグダグダっぷりを反省しなくてはならん」

 

 「いやまあ、日常編とかそんなもんだし。途中だいぶ話はしょったし」

 

 「次回は貴様のようなヤツとは二度と御免だ。というより、この解説自体が御免だ」

 

 「ところが残念!あと1人1回ずつはあるんだぜ!」

 

 「せめて幾分かマシな者が相方に来てくれればいいのだが」

 

 「オラ、じゃあここらで〆の挨拶言っとけよ。オレは後でいいから、古部来先やれ」

 

 「…では。俺は全く乗り気ではなかったが、奇特にも最後まで付き合っているそこの貴様。ご苦労だった。拙いものを──」

 

 「長えよ!他の連中の〆の挨拶みてねえのかよ!見てねえんだったこいつ!もっと簡単に一言、キャッチコピーみてえなの自分につけんだよ」

 

 「また面倒な件を作ったなうちの作者は」

 

 「いいからやれやれ」

 

 「分かった分かった。まったく面倒この上ない…。ではこの解説編は、1日睡眠12時間、古部来竜馬と」

 

 「(なんだそりゃ!!と思ったけど突っ込んだらまた長くなるからやめとこ)史上最悪の爆弾魔、屋良井照矢様がお送りしたぜ!テメエら次また合う日までせいぜい生きてろよ!あーばよ!」




そんなにボリュームアップしたわけじゃないですけど、なぜか間が空いてしまいました。
書き上がったのは7月なのよ。投稿サボってただけなのよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二章「能ある故に爪は尖る 後編」

 

 こちらは、『ダンガンロンパQQ』の解説になります。

 本編を読了していることを前提に執筆しているため、本編についてのネタバレが多分に含まれています。

 まだ本編を読まれていない方はご注意ください。

 

 「めっ、みなさんこ──」

 

 「お待ちなさい。今、貴方噛みましたね。やり直し」

 

 「…ミナサンコンニチハ。ダンガンロンパQQカイセツ──」

 

 「なんですかそのロボットのような喋り方は、スマートに始めなさい。はいもう一度」

 

 「みなさん、こんにちは。ダンガンロンパQQ、解説編、第二章──」

 

 「そんな途切れ途切れでは何を言っているのか分かりません。やり直し」

 

 「あ、あのぅ穂谷さん。そこまでこだわらなくても、普通にするっと始めるんじゃダメなの?」

 

 「何を言い出すかと思えば、その頭の中には小籠包でも詰まっていますの?或いは潮風にいたんでしまいましたの?」

 

 「今のそこまで言われなきゃいけないくらいの失言だった!?」

 

 「この私が、わざわざこんな狭くて暑苦しくて埃臭いスタジオに来ているのですよ。そして解説編などという無茶ぶりに応じているのですよ」

 

 「ここスタジオだったの…?なんか前々回あたりからどんどん世界観が出来上がっていってるような気がするんだけど。あとこの解説編って無茶ぶりなの?僕は一応、打ち合わせしたことになってるんだけど…」

 

 「それはそれとして、貴方には話を始めるセンスがありませんね」

 

 「話始めるセンスってなに!?僕のコミュ力を雑に否定しないで!」

 

 「せっかく私がワールドツアーから戻って来て、うるさいマスコミやパパラッチの魔手をかいくぐってここまで来たというのに、なんですかその中途半端な始め方は。私に無礼だとは思わないのですか」

 

 「穂谷さんに無礼っていうか、穂谷さんのキャラがブレてるとは思ってるかな…あと世界観」

 

 「何を言っているのかよく分かりませんが、とにかく私が解説編を担当する以上は私の構想通りにしてもらいます。異論はありません」

 

 「いや異論あるかは聞いてよ!勝手にないって決めつけないで!」

 

 「いいから貴方はこの解説編をきちんと始めて、趣旨をきちんと説明して、その上で私が指示した通りに動けばいいのです。お魚さんばかり相手にしているのだから、こうして頭を使う機会でもないと困るでしょう」

 

 「全然必要ない一言でディスられた!それはもう毒舌じゃなくてただの暴言だからね!?横暴が過ぎるよ!」

 

 「横暴といえば、このような組合わせにした作者の横暴も許してはおけません。なぜ私が貴方となのですか」

 

 「あ、それはなんとなく聞いてるよ。残りのメンバーを見たときに、もうここくらいしか組み合わせてイメージが浮かぶ組がなかったんだって。もちろん、鳥木くんとの回も用意してるって」

 

 「鳥、ま、まあそれはいいでしょう。ええ、やはり彼でないと、私の指示を完璧にこなしてはくれないでしょうから」

 

 「なんでそこで照れるの。そんなの余裕じゃないの」

 

 「照れていません。貴方はさっさと解説編を始めなさい」

 

 「はあ…というか、まだ自己紹介もやってないじゃないか。本当にさ穂谷さん、もうこれ以上引き延ばしたらみんなにしつこいと思われちゃうって」

 

 「だからそれは貴方が挨拶を完璧にこなさないからでしょう。やればいいのですやれば」

 

 「もう…。はい、改めてみなさんこんにちは、ダンガンロンパQQの解説編、第二章後半を読んでいただいてありがとうございます。僕は今回の解説を担当する、“超高校級の釣り人”こと笹戸優真です。よろしくね。それから一緒にやるのはこの人」

 

 「ごきげんよう。“超高校級の歌姫”、穂谷円加ですわ」

 

 「この二人で、伏線とか小ネタとか裏設定とか、色んなことをお話していくね。でぁっぞよろ」

 

 「お待ちなさい。もう一度はじめから」

 

 「ごめんなさい!ホント勘弁して!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「で、さっきの謎の日本語は一体なんだったのですか。いえ、日本語かどうかすら疑わしいほど意味不明でしたが」

 

 「『どうぞよろしくお願いします』と『ではよろしくお願いします』が混ざって、ちょっと言葉が口の中で渋滞しちゃって…」

 

 「一体何にそこまで緊張しているのやら、皆目見当が付きませんが、せっかくこの私と一緒に解説ができるのです。もっと楽しそうにしたらいかがですか」

 

 「プレッシャーの大半は穂谷さんが原因だよ…。さっきみたいに間違えたらどうしようってもう既に気が気じゃないよ」

 

 「いいえ、私は始まりさえ整っていればいいのです。人間だれしも間違いはあるもの、いちいち訂正していてはキリがありません。それらを包み込む度量なくして、人の上に立つ者は務まりません」

 

 「はあ…いつから穂谷さんが人の上に立つ者になったんだろう、って思ってます」

 

 「その代わり、先ほどのような醜態、具体的に言うと噛む・飛ぶ・どもるなどは、しっかり記録に残ってしまうので、緊張感はゆめゆめなくさないよう」

 

 「そういうのがプレッシャーなんだってば!というかなんなの!?ここに来るとみんなキャラちょっと変わるの!?穂谷さんってそんなSっ気ある感じだったっけ!?」

 

 「というより、貴方が被虐気質なのでしょう。幼い顔立ちですし、身体も小さいですし、言葉使いもなんとなく。だからついいじ、もとい強めに接してしまうのです」

 

 「いじめられっ子タイプってことだよねそれ。うん、なんとなくそれは自覚してるからいいよ。でも僕これでも腹筋割れてるからね!?身体強いんだからね!やらないけど清水くんになら僕きっと勝てるよ!やらないけど!」

 

 「可愛らしい顔をして隆々だと気持ちが悪いですね。どちらかにしてください」

 

 「そんなこと言われても…釣りって結構体力要るから、鍛えないと大物釣るのも危ないんだよ。逆にこっちが海に引きずり込まれないように、身体を固定するグッズとかもあるんだから」

 

 「うふふ、すごいですね。笹戸君と話していると知りたくもない知識がどんどん増えていきます」

 

 「それホメてないよね?穂谷さん僕には何を言ってもいいって思ってない?」

 

 「まさか。私が口を慎む方など、ビジネス上そうする必要がある方だけです。なぜ私がスポンサーでもパトロンでもない貴方を気遣わねばならないのですか?」

 

 「心底不思議そうな顔をして言うのやめてよ…。“超高校級”の人たちってクセが強いし、僕もそれなりに一般人とは違う部分あるなあとは思ってるけど、穂谷さんのそれはなんか僕らと次元が違うんだよ」

 

 「そうですね。私を3次元だとしたら笹戸君は0次元くらいでしょうか」

 

 「ただの点じゃないか!」

 

 「貴方ごときが面積を持てると思わないことですね」

 

 「存在ごと否定された!そこまでのギャップは感じてないよ!」

 

 「はあ、笹戸君、貴方は先ほどから何のお話をされているのですか?こちらは解説編なのですよ?いつまでも無駄なおしゃべりをしていないで、解説に移らないと。責任を果たす努力をしてください」

 

 「ええ…穂谷さんがそれを言うの?うん、まあ分かったよ。僕たちは第二章『能ある故に爪は尖る』の裁判編からおしおき編までを解説するんだったよね」

 

 「朝方からお昼にかけての裁判です。それに朝ご飯を食べ損ねていたので、早く終わってほしかったです。もっとも、裁判の後にご飯を食べる気になど到底なれませんが」

 

 「そうだよね…そういえば滝山くんも捜査のとき元気なかったけど、本当はみんなお腹ペコペコで裁判をしてたんだよね。倒れる人が出てきてもおかしくなかったのに」

 

 「そこまで細かいことを作者さんは考えておりませんもの。やたらと威勢の良い方々もいましたし、私たちのお腹の具合など、満たされているべきとき満たされていて、空いているべきとき空いていればいい、くらいの認識なのでしょう」

 

 「うん、ストーリーにそこまで関わってくる部分じゃないし、僕はそれくらいの認識でいいと思う」

 

 「興味なさげですね。私が話しているのです。もっと興味を持って然るべきではありませんか」

 

 「本編に関係あることならまだしも、特に決めてもないような設定については別に触れなくていいかなって。それより、学級裁判が始まるんだから解説しようよ」

 

 「…笹戸君に主導権を握られるのは癪ですが、私を上手にエスコートできるというのであれば、それも良いでしょう。では今回の解説編、笹戸君主導で進めていきますので、何かあった場合は全て笹戸君が責任を取るということで」

 

 「ぬるっと僕1人に責任を押しつけないで!」

 

 「まずは死亡推定時刻のお話からですね。モノクマに話題を振られています。モノクマが学級裁判の流れを指示したのは、後にも先にもこの時だけですね。何故この時に限ってこんなことを?」

 

 「二回目だからじゃないかな。最初の裁判のときは、何から話していいものやら全然分からなくって、議論がいきなり停滞してたからね。モノクマの目的は学級裁判で僕たちがお互いに疑心暗鬼に陥って、糾弾しあったり裏切りあったり絶望したりすることだから、裁判自体が止まるのはモノクマにとっても困ることっていう」

 

 「三章以降は、もう三度目なのだから自分たちでできるでしょう、ということですか。そうですか」

 

 「何も言ってないのに納得してくれた。でもそういうことだと思うよ」

 

 「バリスタさんが殺されたのが夜中だということは確定しています。そしてあの望月さんの証言がここで重要になるのですね。たった1人で夜通し天体観測なんて、ご自分が殺されていても文句の言えない状況だというのに、のんきなものですね」

 

 「それ本編でも散々言われてたから…望月さんはそういう部分がもう完全に駆けてるんだよ。危機意識っていうか、感情全般が」

 

 「ものを客観的に述べる割には、自分の状態を客観的に評価することができないという。なんとも矛盾した方ですね」

 

 「人間味のなさの演出の1つだから…。それを言ったら穂谷さんだって、毎朝早起きしてたり頻繁に薬を飲んだり、あとずっと薄ら笑いをしてたりで、人間味がないわけじゃないけど、浮き世離れしてる感じはあったよ」

 

 「それはもちろん、私は浮き世離れした存在ですから。奇跡の歌声などと呼ばれることにも飽いて、今はただ謳うことそれだけで大いなる価値を生み出す歌姫ですから」

 

 「雑誌やテレビで見てるときは、もっとお淑やかで上品な人だと思ってたのに、やっぱり“超高校級”の人たちってクセが強すぎるよ」

 

 「貴方にそれを言われたくはありません。そうやって今は大人しくしていますけれど、化けの皮を剥がせばよっぽど強烈なのは貴方の方ですよ」

 

 「僕はそこまでじゃあ…強烈なんて言われるほどのことはしてないよ。うん、ちょっと地味なくらい」

 

 「自覚がないというのは恐ろしいものですね。ダントツとは言いませんが、トップクラスにネジが飛んでいるでしょうに」

 

 「なんのことか分からないけど、僕が主役になるのはもっと後のお話だから、今は深くは触れないよ。それより裁判の話をしようよ。望月さんの証言から、犯人が夜通し資料館にいたんじゃないかって推理になってるね」

 

 「個室の扉は放置すると開く造りになっていますからね。裁判中は何度も言及されていますが、普通固執の扉は放っておけば閉まる造りにしておかなければいけないのではありませんか?プライバシーポリシーがなっていませんこと」

 

 「うん、どっちもあるんだけど、今回の裁判で争点になったみたいに、自然に開く造りにしておくと、中に人がいるかどうかが一目瞭然でしょ?だから人が取り残されるのを防いだり、こそこそイケないことする人がいないようになってるんだ。それに、後から来た人が使ええる個室がいくつあるかも、見てすぐ分かるしね」

 

 「なるほど、合理的ですね。ですが今回の場合はそれを逆手に取られてしまったということですか」

 

 「カッコイイ言い方をすれば、その場にいなかったように偽装するんじゃなくて、その場にいたように偽装する逆アリバイトリックって感じかな。そして早朝に食堂に行って敢えて望月さんに会うことで、朝に資料館にいなかった、つまり犯人じゃなかったってことをアピールしたんだね」

 

 「衝動的犯行のような描かれ方をしていますが、案外狡猾に行動しているではありませんか。目論み通り、疑惑が犯人を除く3名に向いています」

 

 「清水くんと明尾さんと古部来くんだね。清水くんはすぐに疑惑が晴れたけど、後の2人はアリバイもないし、まあ最初の段階じゃあ怪しまれても仕方ないかな」

 

 「淡白な物言いですね。古部来君はともかく、明尾さんは貴方が仲良くしてもらっていた数少ないお相手でしょう?」

 

 「僕そんなにコロシアイの中で孤立してなかったよ…明尾さんはやたら僕を誘ってくれたけど、滝山くんとか晴柳院さんとか飯出くんとか、僕も色んな人と仲良くしてたんだよ」

 

 「あら、前2人はさておき、飯出君ですか?そんな描写ありましたか?」

 

 「いや本編だとあんまりなかったんだけど、一応そういう設定としてね。それこそ数少ないアウトドア系の“才能”同士で、僕と明尾さんと飯出くんの話したりしたんだよ」

 

 「笹戸君にアウトドアという印象はありませんね。お休みの日は部屋に籠もって絨毯のささくれを直す作業に耽っていそうです」

 

 「何そのイメージ!?陰気なのかもよく分からないしそんなの耽ったことないよ!」

 

 「あとはお菓子作りでしょうか」

 

 「地味さと派手さが極端だなあ。なんで僕がお菓子作りするのさ。何を作るのさ」

 

 「ニシンのパイでしょうね」

 

 「お菓子ではないよねそれ」

 

 「孫に嫌われているとも知らずにせっせと焼いて、それを幼気な少女に孫の元まで運ばせていそうです」

 

 「その映画、僕も見たことある。話がそれそうだからむりやり元に戻しちゃうけど、ここまででまず犯人候補は明尾さんと古部来くんの2人に絞られたわけだ。本編ではかなりの文字数を使ってそこまで行き着いているけど、短く解説するとこんなにあっという間のことなんだね」

 

 「学級裁判の進みが遅いのは致し方ないことでしょう。全員が互いを疑い、持ち合わせた情報も個人差があり、最終的に命を懸けているのです。慎重になるのも当然です。さらに言えば、あっさり終わってしまうと盛り上がりに欠けます」

 

 「最後のは作者さんの声だよね!?でもまあ、クライマックス推理でもちょっと肉付けして事件全体を振り返ってるのを考えると、ずいぶん色んな回り道やミスリードがあるんだね。ただ真相を明らかにしていけばいいだけじゃない。うん、学級裁判って奥が深いよ」

 

 「一見無意味に感じるやり取りにも、きちんと意味があるのです。無意味であることに意味がある、ということですねそれでは皆様ごきげんよう」

 

 「待って待って帰ろうとしないで!席を立たないで!」

 

 「なんですか。いまキレイに締めたではありませんか」

 

 「キレイに締めたら帰れるルールじゃないからね?」

 

 「そうなのですか?しめた、と思いましたのに、2つの意味で」

 

 「そんな無駄に上手いこと言わなくていいから、きちんと最後までいてよ。まだ裁判も始まったばかりなのに、ここから僕1人でお送りしなくちゃいけないなんて気が遠くなるよ」

 

 「そんなに長いのですか?裁判の前編の半分は、およそ今まで話した内容ですよ」

 

 「うん、だから裁判についてだけ話すと、本当にあっという間に終わっちゃうんだ。だから、事件の裏で起きてたこととか、設定の裏話とかで話を膨らませていくんじゃないか」

 

 「裁判と同じで、こちらの解説編でも意味のある無意味なやり取りをしなくてはならないのですか」

 

 「それは言わないであげてよ、この二章の学級裁判には、絶対話しておきたいエピソードがあるんだから」

 

 「はあ、そこまで仰るのなら、その絶対に話さなくてはいけないエピソードに耳を貸すことも吝かではありませんが。お聞かせなさい。その絶対に話せば盛り上がるエピソードを」

 

 「どんどん変わっていってるよ!そこまで言われると大した話じゃない気がしてくるからプレッシャーかけないで!」

 

 「どうせ本当に大した話ではないのでしょう」

 

 「うぅ…話しづらいことこの上ないよ。あのさ、穂谷さんはQQの声劇企画があったのって知ってる?」

 

 「もちろんです。あの伝説の企画倒れでしょう」

 

 「倒れてる時点で伝説もなにもないと思うけど…で、あのね、この鳥木くんと古部来くんの反論ショーダウンも一時声劇になったんだ」

 

 「まあ、そうですか。企画倒れとは言いましたが、一部現実になっているのですね。声を当てて頂いた方には、きちんと相応のお礼をしたのでしょうね」

 

 「それが、どっちも作者さんが声を当ててね」

 

 「は?なんですかそれは。それは声劇ではありません。ただ作者さんが自分で書いた文章を自分で演じながら読み上げるただの(ピーッ)です」

 

 「びっくりした!!穂谷さんそんなこと言う人だっけ!?」

 

 「どうせ伏せられるのですから何を言っても構わないでしょう?」

 

 「僕は伏せる間もなく直で聞いちゃってるよ…。うん、まあ穂谷さんの言うことも正しいは正しいんだけど、声優さんの募集であまりにも男子の声が集まらなくて、やけくそになってやったものだから…許してあげてよ」

 

 「そうですね。女子ばかりが集まったと聞いています。特に六浜さんの希望が多かったとか」

 

 「その六浜さんの演じ方も色々だったよ。王道にクールで凛とした感じの声もあったけど、なんか小さい子みたいな声の人が多かったんだって」

 

 「それはむしろ晴柳院さんの方なのでは?六浜さんにそんな幼い声は似合いませんでしょう」

 

 「まあ正解はないから。イメージCVも決まってないんだし僕たち。一応作者さんの頭の中に響く声はあるみたいだよ。どんな声って言われると説明できないけど…とにかく似合う声が」

 

 「最近は声つきの創作論破も多くなってきているようで、新しいものがどんどん増えていますね」

 

 「文章だけじゃなくって、漫画や映像なんかでも創作論破が楽しめるようになって、間口が広がった感じがするよね。敷居は高いままな感じがするけど」

 

 「最後まで完結させるというのが最も難しいことなのです。笹戸君には見習ってほしいものですね」

 

 「え?僕なにか途中で投げ出したっけ?」

 

 「途中で投げ出したというより、自分はさっさと退いて押しつけたと言いますか」

 

 「なんのことか分かんないなあ」

 

 「ええ、いいですとも。貴方の行いはいずれこの解説編でも裁かれるでしょうから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ずいぶん裁判の話から遠のいちゃったけど、今どの辺かな?」

 

 「古部来君によって密室トリックの存在が明らかにされた場面ですね」

 

 「密室トリックかあ。推理小説なんかじゃ定番だけど、色んなパターンがあって結構作りやすいんだよね。シチュエーションさえ先に用意しちゃえば、後はどうにでもなるっていうか。ある種、犯人にとってのご都合主義みたいなところは否めないけどね」

 

 「それを言っては元も子もないでしょう。犯行が失敗して未遂に終わるミステリーなど、ただただ気まずいだけではありませんか」

 

 「うん、読みたくないねそんな話…。でも今回の密室トリックはちゃんと成功したよ。靴の中敷きをドアに噛ませて、ドアを閉まった状態で固定するんだね。とっさの犯行にしては考えたよね」

 

 「まず靴の中敷きを使おうという発想に至りません。こういうトリックはどうやって思い付くのです?」

 

 「密室トリックだから、やっぱり外から内鍵をかける仕掛けか、ドアを固定する方法を考えるよね。鍵をかけると、今回みたいに自然に開くってことにならないから、死体発見や犯人の特定の仕方が大幅に変わるんだ。ドアを固定するやり方なら、途中でその仕掛けが解除されてドアが開いちゃうってことができるから、死体発見がスムーズにいくんだよね。だから今回は後者を採用しました」

 

 「ふむふむ」

 

 「で、ドアを固定するには内側で何かをストッパーにするか、ドアの隙間にものを噛ませて摩擦で固定するか、それとも金具部分を固定するかになるんだよ。もちろん最初のは、ドアが開いた時に一発でバレるからなし」

 

 「そうですね。明らかに怪しいですし」

 

 「残りの2つのどちらかで迷ってるときに、靴の中敷きを使ったトリックを思い付いたからそうしたんだ」

 

 「いきなり結論が出ましたね」

 

 「何か噛ませるならゴム製の薄っぺらいものっていう条件があるからね。靴の中敷きなら処分も簡単かつ、指摘されたら言い逃れできない証拠にもなる」

 

 「思いつきにしてはよくできていますね。いえ、自画自賛というわけではありません」

 

 「それを言うことで自画自賛感が強まるよ」

 

 「それ以外の必要なカッターナイフや本の栞をその場で調達できたのは、犯人にとっては幸いだったでしょう。思い付いても実行できないという悲しいことにならなくてよかったですね」

 

 「そこはほら、ご都合主義だから」

 

 「結果だけ見てみれば、朝までドアが閉まっていて朝食時には開いていたのですから、直感的に犯人がその前後に移動したと考えるのが普通です。そこを密室トリックなどと言って別の可能性を持ち出してくる古部来君は、聡いというより大胆ですね」

 

 「一応、彼の中で筋は通ってるみたいだよ。自分が殺したしたいと一晩一緒にいるなんて絶対イヤだもんね」

 

 「考えたくもありませんね」

 

 「だからやっぱり犯人は夜のうちに密室トリックを仕掛けて部屋に戻ったっていう方向で話が進んでいくんだね。さらっと望月さんの監視をすり抜けられてるのも、ご愛敬ってことで」

 

 「そもそも監視を目的としていないのですから、闇に乗じて寄宿舎を出入りするのも簡単ではないかと」

 

 「そうなんだよね。望月さんはそもそも夜空の方を見てるわけだから、寄宿舎の入口なんかこっそり出入りし放題なんだ。だけど、曽根崎くんはそこに疑問を持ったみたいだよ」

 

 「よくもまあこう、的外れな推理をおおっぴらに話すことができますね。恥ずかしくはないのでしょうか」

 

 「学級裁判は的外れしないとホントすぐ終わっちゃうから…まあ普通それは僕みたいな脇役の仕事で、主人公はそれを指摘して正しい推理を展開していくものなんだけどね」

 

 「望月さんが犯人であれば、そもそも監視自体を意味をなさないという主張ですね。この時点で彼は冷静に考えなかったのでしょうか?天体観測なんて見え透いたウソで夜中のアリバイが立証できると、望月さんが考えたはずがない、と」

 

 「人がどう考えるかなんて、学級裁判の場では何の保証もないよ。どんだけ突拍子もないことも、生き残るためだったらってやる人が出てくるんだから」

 

 「それもそうですね。貴方を見ていると本当にそう思います」

 

 「望月さんが疑われる流れになりそうなのを、清水君が颯爽と助け船を出す!でも実はそれさえも曽根崎くんの計算で、こういう議論の流れになることを予想して敢えて望月さんを疑うような疑問を呈したんだよね」

 

 「私はもうすっかり忘れてしまいましたが、それに意味があったのでしょうか?」

 

 「実際、事件のあった夜に、1人外に出てた望月さんが一番怪しいのは疑われて然るべきだけど、ちょっと考えればすぐに犯行ができないことが分かるでしょ?ポイ捨て禁止のルールもあるし。だからあらかじめ犯人の逃げ道を潰しておくのと、分かってない人のために確認の意味でかな」

 

 「でしたらそう言えばいいのに。敢えて一度ノンストップ議論を挟む必要もないでしょう」

 

 「それはほら、盛り上がり的に…っていうかそれも本編の中で解説してるけど、いきなり曽根崎くんが言っても信じられないでしょ、そんなこと。だから、敢えて間違ったことを言って他の人に指摘されることで、みんな受け取りやすくしたんだよ」

 

 「なるほど、確かに彼がまっとうなことを言っても、裏があるのではないかと勘ぐってしまいます。普段の行いのせいですので、申し訳ないなど欠片も思いませんが」

 

 「回りくどいように見えて、曽根崎くんの巧みな話術にみんな乗せられちゃってたんだね。さすが“超高校級の広報委員”だよね。ホント、彼が犯人にならなくてよかったよ」

 

 「犯人ではありませんでしたが、独特の胡散臭さのせいで存在そのものが議論を乱していましたが」

 

 「そこまで悪影響は出てなかったよ!?うん、でも三章の裁判での曽根崎くんの活(暗)躍とか、六章で秘密が暴露されるときなんかは、敵なのか味方なのかあやふやなところだったよね。」

 

 「立場のはっきりしないトリックスターでしたね。作者さんはお気に入りだったようですが」

 

 「そうだね。トラブルメーカーでもありギャグもシリアスもいけて、取りあえず痛い目に遭わせておけばオチる、便利なキャラだからね」

 

 「貴方とは大違いです」

 

 「穂谷さんも人のこと言えないでしょ…」

 

 「私はそれも自負しておりますので、問題ではありません」

 

 「いや問題でしょ!そもそもクセが強すぎるのがどうしようもなく問題でしょ!そんなこと言ったらみんなだけどさ!」

 

 「“超高校級”と呼ばれるだけの技量を身につければ、自ずとそれ以外のことで不具合が生じるということですね。天は二物を当てずとはよく言ったものです。私の場合は例外だったようですが」

 

 「うん…そうだね。そういうところが穂谷さんらしいっていうことなんだよね」

 

 「どういう意味ですかそれは」

 

 「黙秘権を行使するよ」

 

 「黙秘すること自体が、腹に一物抱えていることを暗に示しているのではありませんか?それはもはや、質問によっては自白に等しい行為にもなりえるのではありませんか?」

 

 「そんなこと僕に聞かれても…でもそれはそうだと思うよ。僕らも何回か裁判を経てきたから、黙ると余計に怪しく感じる気持ちは分かる」

 

 「逆に曽根崎君のように無駄によく喋る人も、まあ怪しいと言えば怪しいですが、無口な人よりも耳を傾けようという気にはなりますね」

 

 「だから、望月さんの容疑を晴らしておくっていう、一見回りくどいやり方をしたのも、曽根崎くんなりの戦略だったんじゃないかな。彼は初めから犯人の見当がついてたみたいなことも言ってたし、牽制的な意味で」

 

 「最後まで敢えて犯人を名指ししなかったのも、始めに言ってしまうと犯人の印象よりも、それをいきなり指摘したことへの疑問の方が大きく、意味をなさないからでしょうね。どこまで計算ずくで動いているのでしょう」

 

 「ホント、六浜さんと曽根崎くんと古部来くんが組んだら誰も言い逃れなんかできないよ。おそろしい…」

 

 「まったくもってそうですね(棒)」

 

 「だからこの先は曽根崎くんの進行で話が進むよ。次は凶器の話」

 

 「このようにテーマをはっきりさせると、裁判をする側としても、それを見る側としても分かりやすくていいですね」

 

 「うん、作り手的にも話題が絞られるのはすごくやりやすいってさ。テーマがぐらつくと論理に一貫性がなくなっちゃうからね。えーと、アニーさんの死因は絞殺だったから、紐状のものが何かっていう話だよね」

 

 「机の上にテグスが落ちていたのでそれが凶器…安易といえば安易ですが、まずはそこから話し始めるのが基本でしょうか。確かにテグスは人を吊すぐらいならわけなくできる強力なものもあります」

 

 「でもこれ、二階の楽器置き場の弦楽器から犯人が取ってきたダミーなんだよね。ホントこうして見ると、なんというか1人の人がやった犯行とは思えないね」

 

 「それほど切羽詰まっていたということでしょう。それに裁判の大詰めで明らかになる犯人ですが、非常に情緒不安定で感情が安定していませんでした。多重人格とはまた違いますが、コロコロ考えが変わるという点では、ここでも多少その傾向が表れているのでしょう」

 

 「このテグスで…うぅ、僕に疑惑が向いたときは本当に怖かったよ…」

 

 「釣り糸にテグスを使っているのだから当然でしょう」

 

 「だから僕の釣り糸はテグスじゃなくって、生分解性プラスチックでできた環境にやさしい釣り糸なんだってば!千切れやすいし割高だけど…」

 

 「でもその経費も希望ヶ峰学園に負担させているのでしょう?」

 

 「まあね。えへへ」

 

 「ちゃっかりしていますね。わざわざ環境に配慮するくらいなら、初めから釣りで魚を苦しめることもないでしょうに」

 

 「うーん、でも環境に興味を持ったのって釣りがきっかけだし、それに釣った魚は基本的にリリースして生態系も維持できるようにしてるし、あくまでスポーツとして釣りをしてるだけさ」

 

 「私には分からない世界ですね」

 

 「今度、みんなでマス釣りにでも行こうよ。きっと楽しいよ」

 

 「丁重にお断りいたします」

 

 「全然丁重じゃない感じで断られた!」

 

 「ともかく、その千切れやすい素材を使っていることで容疑を逃れるわけですね。何がどうつながってくるか分かりませんね」

 

 「そういう伏線もきちんと日常編で張ってるよ。僕が晴柳院さんと滝山くんに塩饅頭食べさせられたときに」

 

 「貴方がムリヤリ食べたのでしょう。塩分過多で肝臓を壊してしまいますよ」

 

 「大丈夫。海水よりは甘かったから」

 

 「せっかく作ったお菓子を海水と比べられてマシだと言われても、晴柳院さんもうれしくないでしょう」

 

 「でもまあ正直、失敗作だし」

 

 「おや、笹戸君が皆さんから疑われて失禁している間に」

 

 「してないよ!失禁は!」

 

 「私の見せ場ですね。それにしてもテグスの使い道を釣り糸にしか見出せないとはどれほど芸術に造詣がない方々なのでしょうか。楽器置き場もあるというのに」

 

 「バイオリンの弦が切られてることに気付くのなんて、本当に穂谷さんくらいにしか無理だよ…っていうかG線って言われてもよく分かんないよ僕らは」

 

 「G線上のアリアをご存知ないと。なんと哀しい貧しい暗いさもしい人生なのでしょう」

 

 「曲知らないだけでそこまで!?逆にどんな影響力あるのその曲!?」

 

 「クラシックのお話で言えば、V3の赤松さんとは楽しいお話ができそうですね。いえ、正確に言えば“超高校級のピアニスト”の赤松楓さんとですが」

 

 「意味深な感じで核心に触れるのやめてよ!笑顔が怖いよ!」

 

 「唐突にネタバレを踏んでしまえばいいと思います」

 

 「どうしたの急に!?黒いところ出てるから!僕と穂谷さんが両方黒いところ出たら終わるからこの回!耐えて!」

 

 「それから笹戸君。訂正するのも呆れてしまいますが、ヴァイオリンです。BではなくVです」

 

 「また細かいことを…ヴァイオリンね。それにしてもさ、会話の流れ上。穂谷さんははじめからあのテグスが凶器じゃないと分かってたって感じだよね。だったら何が凶器だと思ってたの?」

 

 「ロープのようなものなど、寄宿舎やキッチンからいくらでも調達して来られるでしょう。あの個室に隠されているとは思いもしませんでしたので、見当もついていませんでした」

 

 「それでよくあんなどっしり構えてられるね」

 

 「女性にどっしりとなどと言うものではありませんよ。淑やかにと言いなさい」

 

 「ごめんなさい…まともに怒られちゃったね。でもね、僕思うんだけど、個室にあって紐状のものってまで言われたら、そりゃヘッドフォンコードが凶器かなって思うけど、古部来くんはどうやってその結論に達したんだろう」

 

 「こうして俯瞰的に裁判の流れと、彼の発言を見て見ると、よく分かります。先ず紐状のものということは明らかですが、犯人がどうやってそれを調達したかということを考えます。どこかから持ってきたのであれば、これは計画的な犯行です。つまり相応の偽装工作などを用意してきているはずです。ですが彼は既に証拠品から、犯人が慌てていたことを見抜いています。そこから個室かその周囲に凶器になるものがもともとあったと結論づけたのでしょう」

 

 「な、なるほど…穂谷さん、すごいね」

 

 「私もそれなりに頭の回転が早いという設定ですから」

 

 「設定って言っちゃうんだそこ」

 

 「ですが恐るべきは、これを頭の中で一瞬にして組み立ててしまうことです。六浜さんと違って情にも流されず、曽根崎君と違って無駄なおしゃべりをしない。犯人にとって古部来君ほど厄介な飽いてはそういないでしょう」

 

 「だからこそ…おっと、ここから先はネタバレだね」

 

 「ずっと思っているのですが、この期に及んでQQのネタバレなど気にする必要があるのでしょうか」

 

 「一応ね、一応。頭の回転が早いって話だけど、六浜さんと古部来君がトップで曽根崎君や穂谷さんが次点だとすると、そこから後はどうなってくるんだろう?」

 

 「鳥木君や望月さん、屋良井君、明尾さんと続くでしょうね。そこから後は似たり寄ったりではないですか?飯出君と滝山君はお話にならなさそうですが」

 

 「意外と屋良井くんも頭良いんだよね。明尾さんも、あんな性格だけど学者だから頭も使うし、鳥木くんはきっと地頭がいいんだろうなあ」

 

 「望月さんに至ってはほぼドーピングのようなものですが。それでも天然ものの頭脳に勝てていないあたり、なんとも言い難いですね」

 

 「頭の良さで言ったら、清水くんは主人公だけどどうなんだろう」

 

 「彼は平々凡々、或いはそれ以下であることが重要なのでは?“超高校級”であることを捨てたのですし、時折知性の足らない発言もあったでしょう」

 

 「あったね。原作と他の創作論破の主人公も平凡だとはいえ閃きの力でなんとかやっていけてる人がいる中で、清水くんって僕たちみたいなその他大勢と同じくらいの知力しかないんだよね」

 

 「よくもまあ最後まで生き残ったものです」

 

 「ちょっと意味わかんない」

 

 「とはいえ閃きの力もないわけではないようです。ヘッドフォンコードを見抜いたりと、裁判の要所要所では彼なりの活躍が見てとれます。曲がりなりにも主人公の端くれであるのは伊達ではない、ということですか」

 

 「その言い方、すごいギリギリで主人公っぽいね」

 

 「ギリギリでしょう」

 

 「ギリギリだね。ギリギリといえば、今回の犯人もかなりギリギリのラインでトリックを仕掛けてたよね。成立するかしないかのギリギリで」

 

 「そうですね。密室トリックを仕掛ける割には細かな証拠品の隠滅方法が雑だったり、アニーさんがDVDを見ているところをいきなり襲われたように偽装しているのに凶器を現場に残していたり、支離滅裂です」

 

 「でも支離滅裂だからこそ、犯人像をぼかすことはできたみたいだよね。何がどう転ぶか本当に分かんないもんだなあ」

 

 「そうですね。個室のゴミ箱に捨てあったティッシュの量から、部屋にいた人数を割り出したりというのも強引かも知れませんが、確かに意外な証拠品です」

 

 「この辺の、曽根崎くんと六浜さんのやり取りはスルーするべき?」

 

 「それを問うことすらすべきではありません」

 

 「あっそう…で、ティッシュで何を拭いたかっていうことと、モノクマファイルの記述から、犯人が泣いてたってことまで突き止めるんだよね。でもそれって、事件の真相を明らかにする上で必ずしも必要なことだったのかな?」

 

 「何を言うのです。犯人が泣いていたということから、古部来君が推理をしているではありませんか。もうとっくに分かっていることを焼き直すように、自信満々得意気ドヤ顔で宣っているではありませんか」

 

 「穂谷さんは古部来くんに何か恨みでもあるの!?そういえば2章の裁判中も2人が対立する場面があったし、日常編でも2人が絡んでるところなかったような気がする…え、ほんとに嫌いなの?」

 

 「嫌いというか、住む世界が違いますでしょう。彼は可rで私のような華やかで煌びやかな世界にいる人間に興味はないでしょうし、私の方もお互いに盤を見つめ合ってたまに駒を動かす退屈なお遊びには興味など持てません」

 

 「あの、対比の仕方にものすごく悪意と偏見を感じるんだけど…でもその通りかもね。僕は合宿場に来たときから穂谷さんとか鳥木くんのことは知ってたけど、古部来くんが知ってたのは六浜さんと清水くんくらいだったもん」

 

 「方や生徒会役員、方や大問題児、興味がなくとも情報が入ってくる人だけですね」

 

 「穂谷さんははじめの段階で知ってた人っていたの?」

 

 「私はそもそも学園にあまりおりませんでしたから。鳥木さんのことは小耳に挟んでいた程度ですが、それ以外の方は全く知りませんでした」

 

 「そう考えると鳥木くんの知名度すごいね…僕たちの中で元から彼のこと知らなかったの、古部来くんと滝山くんと望月さんくらいだと思うよ。望月さんは知らなかったのか忘れたのか分からないけど、それにしてもだよ」

 

 「合宿においてそれぞれに課せられていた“超高校級の問題児”たる問題は、彼は一体なんでしたっけ?」

 

 「出席日数と学園内での無許可の営利活動。これだけ見ると普通の不良学生みたいだね」

 

 「不良どころか、彼ほど真面目な人は私たちの中にはおりません。その出席日数というのは私もよく分かりますが、無許可の営利活動というのは何のことでしょう」

 

 「たぶん、マジックでもしてお金稼いでたんじゃないかな?鳥木くんの性格からして勝手にやるとは思えないんだけど…」

 

 「やむにやまれぬ事情があったのでしょう。彼の実家は裕福とは言い難いですから、経済面で苦労するのは明らかですからね。学生をしながらマジシャンとして稼いでいくのですから、多少学生生活がおろそかになるのは仕方がないことだとは思いませんか?」

 

 「庇うね」

 

 「庇っているのではありません。事実を述べているだけです」

 

 「ツンデレ?」

 

 「ツンのないデレです」

 

 「それただデレデレなだけじゃん…よく自分で言えるよねそういうこと」

 

 「貴方こそ、晴柳院さんには相当入れ込んでいるのではありません?デレデレというよりもふひふひ言ってそうですが」

 

 「僕そんなイメージあるの!?そんな鼻息荒くしてるような!?」

 

 「陰湿ではありますね」

 

 「うぐっ…言葉が刺さる…!あ、問題で思い出したけど、穂谷さんっていま2年生だけど、年でいったら僕たちと同い年なんだよね」

 

 「ええ、出席日数があまりにも足らず留年になりました。些細なことです。どうせ学費は税金で大幅に補助されているのですから、私の懐は全く痛くありませんもの」

 

 「納税者の皆さんの怒りが伝わってくるよ…やめてよそういうこと言うの!穂谷さんが言うと僕たちみんなそう思ってると思われるんだから!」

 

 「ご安心なさい。表向きにそんなことは言いません。むしろありがたく頂戴して畏れ多い姿勢で享受している感じを出します。余計な火種を撒くべきではありませんから」

 

 「その二面性を知られた方がよっぽど炎上すると思うけど」

 

 「所詮、炎上だなんだと言っても、根本の感情はひがみか虚しい正義感でしょう。せいぜい正義を振りかざした気になってご自分を慰めさせてあげればいいのです。人を貶める正義ほど虚しいものなどありませんから」

 

 「それを堂々と言えたらいいよね。言いたいことも言えないこんな世の中じゃポイズンだよ」

 

 「急にボケをぶっこまないでください。私は今回ツッコミ側ではないので、対処しかねます。笹戸君は今回のご自分の役割をもっとよく考えるべきです。基本的に解説編は進行役と茶々入れ役がいるのです。私と笹戸君のどちらが進行役かなど、考えるべくもないことでしょう。ご自分の役を全うなさい。私にお茶の1つでも淹れなさい」

 

 「ちょっとふざけただけなのにすごい怒られた!ごめんなさい!って茶々入れ役!?そんな役割はないよ!2人で進行と解説をやろうよ!せめて解説役はしてよ!」

 

 「割としています。割と」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「えーっと、何の話だったっけ?どこまで裁判は進んでたっけ?」

 

 「古部来君が、もうとっくに分かっていることを焼き直すように、自信満々得意気ドヤ顔で宣っているところまでです」

 

 「言い方に悪意と偏見があるよ!ってこの流れさっきと同じだ!えっと、そうだね。古部来くんが改めて、今回の事件が突発的犯行だっていうことを確認したところまでだったね。その後はどういう流れになるんだろう」

 

 「分かり切った結論に辿り着いてしまったので、話が一区切りしました。次の話題になります。鳥木君がMr.Trickyになって、捜査中に不可解に感じたことをお話しています」

 

 「ああ、そうだったそうだった。確か、アニーさんの指輪が自然に落ちちゃって、それがおかしいって言ってたんだよね。うん、確かに指輪が自然に落ちるなんておかしい」

 

 「繰り返さなくとも、普通指輪は自然には落ちないものです。作者が指輪をしたことがないからといって、強調しなくても心配いりません」

 

 「女の人ならまだしも、男の人で指輪をすることなんて、それこそ婚約指輪くらいしかないよね。自然に落ちないことは分かっても、ゆるい指輪が不自然なのかどうかっていうのは分からないよ」

 

 「不自然でしょう。常識的に考えて。明尾さんに指摘されてしまったことは不快ですが、彼女にとって彼の指輪がとても大切なものであったことは間違いありません。そもそも指輪を贈るほどの人が、彼女の指のサイズを間違えているなどあり得ませんでしょう」

 

 「指輪を贈るってすごいことだよね。それぐらいアニーさんのことを大事に思ってる人がいるなんて…僕もやってみようかな」

 

 「貴方に指輪を贈られても晴柳院さんは喜ばないでしょう。そんな呪いのアイテムのようなもの」

 

 「変な怨念込めないよ!っていうか晴柳院さんに贈るなんて言ってないじゃん!」

 

 「他に誰に贈るというのですか。いいですか。好意があるなら隠さず行動に移しなさい。思っているだけで気付いてもらえると思ったら大間違いですよ。自ら相手に伝えるのです。相手の迷惑も考えずに言っておしまいなさい。拒絶されたらそれまでです。受け入れられたらラッキーくらいに思っていればいいのです。そんな気持ちを抱えたままもやもやし続ける方がよっぽど気持ちが悪い。伝える以外に選択肢などないのに、後先考えてどうするのですか」

 

 「な、なんかガチ説教が始まった…じゃ、じゃあ後で晴柳院さんに」

 

 「後で、は絶対やらないに等しいのです。今しなさい。携帯を出しなさい。電話をかけなさい。想いを伝えなさい」

 

 「何その展開!?急に何の火が点いたの穂谷さん!?」

 

 「告白してしまって、一度きちんとフられてしまえば踏ん切りもつくでしょう」

 

 「フられる前提で話さないでよ!いやきっと晴柳院さんのことだからはっきりとフったりはしないと思うけど!」

 

 「それもそうですね。これは笹戸君も問題ですが、晴柳院さんの態度も問題ですね。見ていて非常にイライラします」

 

 「イライラするの!?穂谷さん相性悪い人多くない!?」

 

 「生まれる時代が早すぎたようですね」

 

 「時代のせいじゃないと思うけど…えっと、話を戻すね。指輪がもともとアニーさんのものじゃないって分かったから、じゃあ元の指輪はどこに行って、今の指輪はどこから持ってきたのって話になってるよ」

 

 「古部来君は愚かにも、楽器のパーツを使って指輪代わりにしていると主張してきました。そんな都合良く指輪の代わりになるようなものがあるわけがないではありませんか」

 

 「いやよく知らないからそう思うのも無理ないよ。資料館の中で探したらそこ以外はなさそうだし、むしろ穂谷さんはよくスプーンリングなんてものを知ってたね」

 

 「ボランティアで作ったことがありますの」

 

 「えっ、ボランティア?穂谷さんが?」

 

 「なぜそんなに意外そうなのです。私はもともと世界中を回っているのは、各地の貧困層の子どもたちに援助をするためもあるのですよ」

 

 「そうだったの!?やりたくてやってたんじゃないんだ!!」

 

 「どちらかと言えばコンサート周りのことの方が憂鬱でした。現地のお偉方と御食事に行くことが最もやりたくありませんでした。第二位はファンの方々との交流会。三位は打ち合わせです」

 

 「いやなランキング聞いちゃったなあもう!僕、穂谷さんのファンじゃなくてよかったって心から思うよ。幻滅したくないもん」

 

 「イマジンブレイカーですね」

 

 「その幻想はぶっ壊さないであげて!“超高校級の歌姫”らしくいて!」

 

 「らしく、ですか。私はその言葉が嫌いです。女らしく、歌姫らしく、“超高校級”らしく、穂谷円加らしく…らしさとはいったい何なのですか?それは貴方が勝手に私に頂いている願望であって、私の本質と必ずしも同じではないはずです。むしろ異なっていると考えるべきでしょう。貴方に私の何が分かるというのですか!」

 

 「ヒステリー起こさないでよ!僕はもう穂谷さんのこと1ミリも分かる気がしてないから!」

 

 「…失礼しました。私、知ったような顔をされることがとても嫌いですので」

 

 「誰でもそうだと思うけどね。あと今穂谷さんが言った、らしさって何、ていう疑問ってこの章に結構関わってくるんだよね。自分って何だろうっていう部分」

 

 「そんな哲学的なメッセージが、本当に込められているのですか?」

 

 「いやそこまでがっつり盛り込んであるわけじゃないけど、でも今回のクロの動機ってそういう部分が大きいじゃん。“超高校級”であるために何をすべきか、どうあるべきかっていうこと」

 

 「彼女なりの答えが、今回の殺人というわけですね。まったく、モノクマの言葉をそのまま借りることになるのは気に入りませんが、希望たらんとして絶望するとはなんとも皮肉な結果ですね」

 

 「絶望的だよね…まだ学級裁判の途中で、いずれこの話をまたしなくちゃいけなくなることももうなんか憂鬱だよ」

 

 「それは職務放棄ですか?」

 

 「話を大きくしないで!気持ち的に暗いだけでやることはやるから!」

 

 「でも話を大きく膨らませないと持たないのでしょう?裁判も、解説も」

 

 「僕が言ってるのは大事にしないでってこと!さっきからちょいちょい穂谷さん、僕のこと陥れようとしてない?してるよね?」

 

 「滅相もありません。これ以上笹戸君の名誉に傷付けてももう落ちようがありませんから」

 

 「僕いつの間に落ちるところまで落ちてたの?」

 

 「笹戸君、貴方のような方にもプライドはあると思いますが、あまり名誉を気にしすぎるのは小さい人間と思われますよ?小さいですよ?」

 

 「不必要に名誉を傷付けられたらそりゃ気にするよ!あと小さいって言わないで!身長気にしてるんだから!」

 

 「確か笹戸君は、私たちの中では2番目に小さいのでしたね」

 

 「晴柳院さんの次ね。でも二作目でスニフくんが登場したから、もう男子最小じゃないんだ!背の順で前に倣えできるんだ!」

 

 「小学生より背が高くてはしゃぐ高校生というのも痛々しいですが…それに彼は成長したらきっと貴方の背丈は優に超えてくるでしょう」

 

 「でも今は僕の方が高いもん!それでいいんだい!」

 

 「笹戸君の器の小ささはさておいて、こんなことをしている間に裁判はどこまで進んだでしょうか?ああ、ちょうど屋良井君が、犯人の動機について話始めたあたりですね。スプーンリングの件がまるまる終わりました」

 

 「自分の活躍シーンなのにこんなに淡々と進行する人はじめてだよ…。アニーさんがスプーンの1本までこだわる人だったからっていう件も割と大事なのに…」

 

 「“超高校級”なのですから、こだわりというのは大事です。彼女がそれほど細かいことにまでこだわるタイプとは、裁判まで思いもしませんでしたが」

 

 「アニーさんの場合、こだわってはいるけど自分の基準に合わせるより相手に合わせそうだよね。その人の好きに飲むのが一番おいしい飲み方とか言いそう」

 

 「ブラックコーヒーを注文しておいてミルクと砂糖をどっさり入れたりしたら、さすがに怒るでしょうか?」

 

 「そりゃ怒るよ…なんで一回ブラック淹れさせたって話になるじゃん…」

 

 「彼女のこだわりが強すぎるあまりに起きた、悲しい事件だったわけですね…」

 

 「今のタイミングでそれを言うと、アニーさんが犯人みたいになるけど違うからね。アニーさん被害者だからね」

 

 「指輪の話から派生して、なぜ彼女が殺されたのかという点の議論になってきましたね。だから屋良井君も、そんな根本から論じる必要があるとしたわけですか」

 

 「というよりも、自分の導きたい結論を出すためにそんな問題的をしたっていう方が正しいかな?自分の秘密を知られたから殺したって推理は、今回の動機の配り方じゃ考えにくいもん。それでもそんなことを言ったのは、屋良井くんの中で望月さんが相当怪しかったからだと思うよ」

 

 「誰が誰の秘密を握っているか分からない状態で、それを唯一知ることができた者が怪しい。その心当たりがあったからこそ、そういう結論に至る疑問を出したと。いつからチャンスをうかがっていたのか知りませんが、ある種の議論誘導の真似事をされてしまうとは、侮れませんね」

 

 「屋良井くんって、それこそ六浜さんや古部来くんや曽根崎くんの陰に隠れてるけど、結構頭が切れるキャラだからね」

 

 「陰に隠れているのではなく、敢えて陰に潜んでいるのでしょう。いい加減な風を演じているのも、この裁判の先を見ているからでしょう」

 

 「そ、そう考えると屋良井くんって怖いね…。同じ合宿場にいたのが、今更ながらゾッとするよ」

 

 「何度も言いますが、どの口が言いますか」

 

 「ここで望月さんと黒幕の繋がりを仄めかしてるのは、後々の伏線になってるのかな?」

 

 「そうですね。黒幕と望月さんに直接のかかわりはありませんが、部分的にかかわりがあると言えなくもないですから。ですがまあ、内通しているという類のものではないので、単なるミスリードに過ぎないのではないでしょうか」

 

 「敢えて『黒幕かどうかは断言できないけれど、犯人じゃないことは確実』って言い方になるのはやっぱり望月さんが黒幕の関係者なんじゃないかって言及しておきたかったからだよね。うん、ボクたちの中で一番謎が多かったのも、望月さんだし」

 

 「謎が多いというより、謎が核心に迫りすぎていて解明が遅くならざるを得なかっただけでしょう。六章まで彼女の正体は謎のままでしたから、自然とそう感じるだけですよ」

 

 「そうなのかなあ」

 

 「そうです。さ、そうして伏線という名の寄り道が済んだ後は、いよいよ古部来君が恥を忍んで密室トリックの解明に乗り出しました」

 

 「だから必要以上に各方面を攻撃するのはやめてってば!古部来くん恥なんて思ってないって言ってるじゃん!」

 

 「恥を感じない人間などいるはずがないでしょう。恥とは、耳に心と書きます」

 

 「だからなに!?上手いこと言えないんだったら余計なこと言わないでよ!」

 

 「ですから、余計なことでも言わないと間が持たないのでしょう」

 

 「もう十分持ったから!作者さんの悪い癖がまた出てるんだよ!」

 

 「悪い癖とは?」

 

 「こういうシリーズもの書いてると、一本あたりの文字数が徐々に伸びてっちゃうクセ。最初は一万字くらいを目安にしてたのに、いつの間にか一万字を超えてからが勝負みたいな感じになってるんだよ!もうこれ今何字!?」

 

 「そうね、だいたいですね」

 

 「そっちじゃないよ!」

 

 「一大事の方でしたか?」

 

 「曲中のコール&レスポンスじゃないよ!そんなボケする人だったっけ!?」

 

 「ですからこうでもしないと間が持たないのでしょう」

 

 「だからいらないんだってば…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「何の話だったっけ?」

 

 「密室トリックを解明しようかというところです」

 

 「ああ、そこね。この密室トリックは、QQのトリックの中じゃ割と現実味のある方だと作者は勝手に思ってるよ。扉にものを噛ませて固定するっていうのは、生活の中でない場面じゃないからね」

 

 「密室トリックとは言ってもいくつかバリエーションがありますからね。誰も中の状況を窺えない厳密な意味での密室。そこを密室だと思わせるフェイクの密室。空間的に隔たれてはいないものの物理的に到達不可能な事実上の密室。今回はフェイクですね」

 

 「一口に言っても色んな方法やパターンがあるんだね。奥が深いよ」

 

 「ですがあまりトリックにこだわりすぎるのもいかがなものかと思いますよ。ゲームやアニメなどのヴィジュアル媒体ではなく文字なのですから、トリックよりも人物の心理描写に重きを置いた方が媒体の強みを活かせるのではありませんか?」

 

 「それもそうだけどね。QQは割とねっとりと心理描写はしてるよ。基本的に主観だから、適切な表現かどうかは微妙なところだけどね」

 

 「だから文字数が多くなってしまうのです。無駄に」

 

 「無駄って言わないで!」

 

 「このトリックの要となる靴の中敷きを閃いたのは、そこはやはり主人公、清水君ですね。それくらいの役回りがないと、彼は裁判中わめきにわめいて拗ねるだけのお荷物ですものね」

 

 「辛口だね。うん、でも今回の学級裁判は穂谷さんも活躍したし、活躍度で言えば穂谷さんの方が上かもね。僕は相変わらずあわあわしてるだけだよ…」

 

 「笹戸君はついぞ活躍らしい活躍をすることがありませんでしたね。二章では雑に容疑をかけられていますし、二章ではやっとやる気になったかと思いきや大して何かしたわけでもありませんし」

 

 「うぅ…返す言葉もないよ」

 

 「マスコットならマスコットらしく、媚びの1つでも売ればいいのです」

 

 「僕にそれは荷が重いかなあ…晴柳院さんにお任せするよ」

 

 「さて、靴の中敷きがトリックに使われていると分かれば犯人が決まるのは早いです。私たちの中でスニーカーを履いているのは、清水君、笹戸君、明尾さん、石川さん、屋良井君ですね。後の方はブーツやローファーやハイヒールや下駄や草履など、滝山君にいたっては裸足です」

 

 「その中で、事件現場に一番乗りした人と言ったら、朝食のときに飛び出した石川さんと清水君のどちらかしかいないもんね」

 

 「清水くんはずっと石川さんのことをバカ女なんて呼んでるけど、自分の仕掛けたトリックが解除されてて、その原因と対策を一瞬で閃いて、なおかつ一緒に来た2人に怪しまれないよう自然にやるって、石川さんってかなり機転が利くんじゃないかな?」

 

 「どうでしょう。私の見る限りでは清水君が石川さんを呼ぶときのバカには、特に悪意以外の意味はないように思います。石川さんも、閃いたというよりはそうするより他に考えつかなかったという方が正しいのでは?」

 

 「まあ中敷きが見つかった時点で即アウトだから、自分の身体で隠そうとはすると思う。誰だってそうする僕だってそうする」

 

 「それが結果的に犯人として疑われるきっかけになってしまうのですから、何がどう転ぶか分からないものです」

 

 「追い詰められて情緒不安定になる石川さんは、見ててなんだか…悲しかったよ。曽根崎くんの言葉に全部込められてるかな。『これ以上、“超高校級のコレクター”のキミが堕ちていくのを見たくないよ』って」

 

 「“超高校級”であろうとしたために犯したことで、“超高校級”に相応しくない醜態をさらすとは、なんとも皮肉がきいていますね」

 

 「おしおき編で詳しく語られる内容にはなるけれど、前々からこういう展開はあってもいいと思ったんだよね」

 

 「といいますと?」

 

 「誰しも、“超高校級”の肩書きには少なからずプライドや執着があるものでしょ。それが奪われることになるのを、それこそ石川さんみたいに極端に怖がる人もいるんじゃないかなって思ってたんだ。だから、二章はこういう展開になったんだよ」

 

 「『能ある故に爪は尖る』というタイトルですね。これは語感といい意味合いといい、実に巧みにできていますね」

 

 「また自画自賛した!正直言うと、この章のタイトルが一番最初に閃いて、そこからことわざもじり縛りが生まれたんだよね。なんでこのタイトルを思いついたんだっけ?」

 

 「それはあれです。天啓です」

 

 「覚えてないんだね」

 

 「もう何年も前のことですから。ですが、このタイトルはいまだに作者の中でトップクラスのお気に入りですよ。“才能”という部分に強く焦点を当てたものはあれど、それを理由に犯行に及ぶというのは、当時の作者の知る中ではありませんでしたから」

 

 「もちろん、QQより先にそういう話を作った人もいるだろうけどね。良いアイデアは被るものなんだ」

 

 「ちなみに私は歌姫として生きていけなくなったら人生終わりだと思っていますが、笹戸君はいかがですか?」

 

 「さらっと重いこと言ったね。僕はまあ、もともと釣りをやっててそれがたまたま認められただけだから、“超高校級”じゃなくてもいいかな。呼ばれないよりはいいけどね」

 

 「貴方のその余裕のちょっとでも石川さんにあったら、こういう事態にはならなかったでしょうに。アニーさんもバリスタとして夢はお持ちなようですが、“超高校級”の称号にはさほど執着はないご様子です」

 

 「あれ?いつの間におしおき編の解説に行ってたの?」

 

 「ぼーっとしているからです。アニーさんの秘密が明かされる件ですよ。こういった、いわゆるキャラクターの裏、というものは最近の創作論破、企画論破ではありきたりになっていますね。人死にくらいは平気であります」

 

 「う〜ん…どんな層の人が見てるか分からないからあんまり安易にものは言えないけれど、確かにそれは言えてるかも。裏ってそういう暗い過去のことばかりじゃないよ!っていうのを僕は言いたい!」

 

 「ははあ」

 

 「要するに人には見せない部分でしょ?だったら弱みでも秘密でもいいじゃん!変に陰惨で残酷な設定にしなくたっていいんだよ!むしろ他人からしたら、え?そんなことで?くらいのきっかけでとんでもない人格が出来上がったりした方が怖いから!」

 

 「貴方が言うとそれなりに説得力がありますね」

 

 「それなりじゃなくて十分に説得力は込めたつもりだけど」

 

 「きっかけは分かりませんが、貴方のお好きな狛枝凪斗なんかは良い例かも知れませんね。内容が突拍子もなさすぎて理解が追いつかないような」

 

 「あれはうん…まあ」

 

 「歯切れが悪いですね」

 

 「別に僕は狛枝先輩がすきなわけじゃなくて、狛枝先輩の生き様に共感しただけだから。さすがにあそこまでねっとりこってりはできないしなりたくない。っていま僕、ほぼ答えなくらいのネタバレをしたね」

 

 「ですから、気にしなくていいのですよ。どうせ本編を読んでいないとさっぱり分からないことばかりなのですから」

 

 「それもそっかで、アニーさんの裏だけど、QQの仲では一番重たいんじゃないかな。故郷も家族もいない、自分の名前も分からない、おまけに元奴隷って」

 

 「企画論破では中の下くらいではないでしょうか」

 

 「企画の話はもういいから!他の人の過去を軽視するわけじゃないけど、戦争とか人身売買とか、現代の闇をぎゅっと詰め込んだような内容で、リアルに重いよ」

 

 「一応有栖川さんや曽根崎君の過去でも人が死んでいますし、本人は把握していませんでしたけれど清水君や望月さんの過去もなかなかですよ。過去らしい過去が明かされていない方も多いですが」

 

 「そんな過去を持ちながらも、ああいう性格でああいうポジションにいられるって、アニーさんって聖人かなんかなの?もしかして僕たちの中で一番希望に近い存在って、アニーさんなんじゃないの?」

 

 「落ち着きなさい。それ以上は貴方のキャラクターの根幹がブレてきますよ」

 

 「それに対して石川さんの、欲望に正直なこと。本当に、希望を求めるからこそ生まれてしまった絶望、だよ。皮肉だらけだよ、この事件は」

 

 「モノクマの動機があったとはいえ、完全に自分勝手な理由で人を殺したわけですから、周囲からの目も冷ややかです。その上、彼女のあの生き汚さです。ドン引きですね」

 

 「清水くんに“超高校級”のことなんて分からないだろって吠えるところとか、おしおきを免れようとモノクマに土下座するところとか、QQの他のクロに比べて石川さんは死にたくないっていうのを前面に押し出してるよね。だからこそ人間臭さがあるっていうか」

 

 「これは作者の趣味ですか?」

 

 「そう言われるとなんだか違うように見えてくるけども…原作では最終的におしおきを受け入れてる人が多かったから、それに対して『そんなわけないだろ!これくらいやるだろ!』っていうのを言いたかったんじゃないかな。アニメの桑田先輩は思わず裁判場から逃げようとしてたけど、あんなもんじゃないと」

 

 「それだけの覚悟を持って凶行に至ったかどうかの違いでしょう。計画犯であれば、少なからずこういう可能性も事前に考えられるわけですから」

 

 「んで、その後に原作3作目の同じく2章のクロに上をいかれるという」

 

 「あのシャウトでもともと好きなキャラだったのが、より一層好きになったと。やはりこれは作者の趣味なのでは?」

 

 「否定できなくなったね」

 

 「そして、いよいよおしおきです。動機、トリック、タイトルと作者のお気に入りばかりが並んでいますが、おしおきの方はいかがなのですか?」

 

 「うーん、6点(10点満点中)!」

 

 「高いのか低いのか微妙なのですが」

 

 「平均7点だよ」

 

 「平均を割っていますね。あまり気に入っていないのですか?」

 

 「書いた人なりに、上手く書けたなーっていう感覚があるものだよ。石川さんのはブラックさや“才能”絡み、無機質さはあるけど、見た目の派手さがないからね。それに死因もおしおきなのに溺死っていう地味さ。このあたりがマイナスポイントだよ」

 

 「自分で書いたのでしょう。直せばよかったではありませんか」

 

 「それが難しいんだよ。意外とおしおきの丁度良い塩梅って分からないものなんだ。どうしてこんな地味になったのかって聞きたい?」

 

 「別に聞きたくはありませんが、解説編なので解説はなさい」

 

 「一章の有栖川さんのおしおきがちょっとスプラッター過ぎて、えぐいってコメントがたくさん来たんだ。それからおしおきの1つのルールでもある、モノクマが直接手を下さない、それを破ってるんだよね。だから次は、モノクマはほとんど何もしなくて、残酷描写も抑えめにしようとしたんだ」

 

 「そうしたら行きすぎたわけですか、いい塩梅が難しいのは作者のせいなのではないですか?」

 

 「それでも、過去の自分のコレクション、石川さんの“才能”の具現化したものに闇底に引きずり込まれるっていうブラックさはよくできたと自負しています!」

 

 「今のは笹戸君ではありませんね。さて、これで第二章は片付きましたね」

 

 「おしおきの直後に片付いたって言わないで。あともう一つ大事なとこあるから」

 

 「なんですか?ありましたか?」

 

 「モノクマの目的だよ。僕たちにコロシアイをさせる目的。絶望だ絶望だっていうのは言ってたけど、そこからさらに新しい言及があったんだよ」

 

 「なんでしたっけ?」

 

 「『大きな絶望の先にある、大いなる希望』。それが黒幕の目的なんだって」

 

 「貴方ではありませんか」

 

 「僕じゃないよ!僕は絶望ありきの希望なんて求めちゃいないんだ!希望は、ただそれだけで輝くものなんだよ!」

 

 「どうやら彼の面倒スイッチを押してしまったようです。何が違うのか私にはよく分かりませんが、違うようです」

 

 「この言葉の意味は、6章で黒幕の正体が判明すると分かるからね。伏線といえば伏線だけど、これで黒幕の正体に気付いた人なんているのかな?」

 

 「いるわけがありません、いるはずがありません、いるなんてありえません」

 

 「なんで同じこと言ったの?」

 

 「さて、これで二章をダシにした雑談…もとい二章の解説編は終わりですね。最後に笹戸君、何か言いたいことは?」

 

 「え!?もうそんな急に終わる感じ!?もうちょっとアフタートークみたいなものないの!?」

 

 「私はこの後も予定が詰まっているのです。外にマネージャーを持たせているでしょう。これからロンドンに飛ばなくてはいけないのです」

 

 「はじめて聞いたよその設定!マネージャーいたの!?っていうか、穂谷さんはそれどころじゃ──」

 

 「それでは画面の前の皆さん、ごきげんよう。第二章の解説編、お相手は“笑顔がステキな世界の歌姫”穂谷円加と」

 

 「あえっ!?ああっと!うわっ…“キミが希望になるんだよ”笹戸優真でした!」

 

 「…もっとマシなキャッチコピーはなかったのですか」

 

 「だって急だったから…ごめんなさい」

 

 「まあいいです、このまま終わりますよ。さようなら」

 

 「は、はい…しゃようなら」

 

 「噛みましたね?もう一度はじめから──」

 

 「もう勘弁してよッ!!」




更新日は清水の誕生日です。最初にQQを投稿したのが2015年2月だったので今年で清水は3歳です。
バブゥ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三章「白羽の矢に射貫かれる 前編」

 

 「創作論破『ダンガンロンパQQ』、解説編『後のお祭り』をご覧の皆様。当小説をご覧いただき、誠にありがとうございます。私は、本解説編において、僭越ながら解説及び進行を務めさせて頂きます。希望ヶ峰学園3年生、“超高校級のマジシャン”、鳥木平助と申します。どうぞ、宜しくお願い申し上げます。そして、今回私と共に解説・進行を担当していただきます、相方様のご紹介です。どうぞ」

 

 「かってえ…トリッキーかったいよ!堅すぎてアタシの自己紹介が霞むよ!ってあ!やんなきゃか!ども、“超高校級の裁縫師”の有栖川薔薇です。薔薇って書いて『ろーず』って読むからよろしくね」

 

 「はい。結構な紹介でございます、有栖川さん。それでは早速進めて参りましょう。改めて、宜しくお願い申し上げます」

 

 「あのさあ、トリッキー堅いってば。そんなテンションじゃないもんアタシ。トリッキーもせっかく解説するってんならさ、マスク付けなって。そっちの方がかっこいいし」

 

 「そうですか?しかしあれはステージに上がる時のテンションなので、この長丁場では少しずつ出していこうかと思っていたのですが」

 

 「ダイジョーブダイジョーブ♫もしダメんなったらさ、代わりの人呼ぶから。みこっちゃんとかみこっちゃんとかみこっちゃんとか」

 

 「晴柳院さん一択ですね!?さすがに今まで紆余曲折ありながらも二人一組で進行してこられたものを、私たちの番でそんなことにするわけにはいかないので、一旦マスクは下げさせて頂きます。よきところで使うことはしますが」

 

 「ちぇー、つまんないの。ってかさ?アタシとトリッキーって本編でも全っ然絡みないじゃん?そもそもこの3章の時点でアタシは死んでるわけだし、解説どころか何が起こるのかも知らない前提じゃないの?」

 

 「そこはまあ、ご都合主義ということで。この解説編自体がお祭り企画ですので、お好きなようにしていただければと思います」

 

 「ってなわけで!アタシはこのお祭り企画中にもう一つ企画を考えてきたってワケ!聞いて聞いて!」

 

 「もちろん。せっかく私のような者とコンビを組んでいただけたのですから、ご要望は可能な限り叶えていく所存でございます」

 

 「アタシはアンタのことトリッキーって呼んでるでしょ?つまりはあだ名ってわけよ。アタシは基本女子にしかあだ名付けないけど、トリッキーは特別にあだ名で呼んでんの。だから、トリッキーもアタシのことあだ名で呼んでよ」

 

 「なんだか似たような流れを、先程お名前が出て来た方の回で聞いたような…。有栖川さんが構わないのであれば、如何様にもお呼び致しますが」

 

 「自分のあだ名自分で付けろって?そんなのナンセンスじゃん!トリッキーが考えてトリッキーが付けんの!はい!アタシのあだ名なに!」

 

 「急ですね。そうですね…有栖川薔薇…、滝山君はアリスと呼んでらっしゃいましたね」

 

 「あんなのとトリッキーが同じ次元に立つ必要ないよ!」

 

 「有栖川さんは滝山君をどうご覧になっているのですか!?」

 

 「とにかくアリスって呼んでいいのはあいつだけ。っていうかあいつのはあだ名じゃなくて、五文字以上が覚えられないだけだから!」

 

 「強ち否定できませんね…でしたら下のお名前をとって、ローズんさんと言うのは」

 

 「“さん”はいらない!」

 

 「ローズん、でよろしいですか?」

 

 「うーん、まあいいよ。しょうがないか。じゃあアタシはローズん、アンタはトリッキー。それで進めてくからね」

 

 「ということだそうです。えー、みなさま、少々誰が誰か分かりづらい点があるかと思いますが、そちらはご了承ください。それから有栖川さん」

 

 「つーん」

 

 「あっ、ローズんさ、ローズん」

 

 「なあにトリッキー」

 

 「(めんどくさい…)3章の知識はある前提で進めて問題ありませんでしょうか」

 

 「別にいいよ。でないと今後もそういう時にめんどくさいし、アタシもいちいちリアクションすんの疲れるから。展開だけは知ってる体でやるから、細かいことはトリッキーが説明してね」

 

 「かしこまりました。それでは、少々長い時間にはなりますが、皆様、そしてローズん、お付き合いください」

 

 「はいよー、よろよろー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「最初の場面は、古部来がドールんの部屋に現れるところからだね。どうやって入ったんだろ?」

 

 「鍵が開いていたのでしょう。裁判が終わってお疲れでしたから、そうしたことを忘れてしまうこともございますでしょう。起き抜けでの学級裁判でしたことですし」

 

 「それでも、簡単に女子の部屋に入る古部来ってなんなの。デリカシーの欠片もないじゃん」

 

 「それは否定できませんね。まあ古部来君のことですから、たとえ六浜さんがあられもない姿で無防備に寝ていらしても、劣情を催すことはないでしょう。ストイックな彼のことですから、そっと布団でもかけて差し上げてから起こすのではありませんか?」

 

 「あいつってそんな優しいことする?だってアタシ、裁判で負けた直後でこれからおしおきだっつーときに、あいつにボロクソに言われたんだけど。あの時はそれどころじゃなかったから大して何も言わなかったけどさ、今思いだしたら物凄い腹立ってきた!なんなんだあいつ!縫う!」

 

 「お、落ち着いてください!針をしまってください!凶器は持ち込み禁止です!」

 

 「凶器じゃなくて備品だから。ぬいぐるみがなきゃアタシのアイデンティティが危ういのよ」

 

 「そう言えばローズんはいつもぬいぐるみをお持ちでしたね。本日はアリクイのぬいぐるみですか」

 

 「丸くてもふもふしてて可愛いっしょ?これ、舌がちょろちょろ出てくる仕掛け付きなんだよ」

 

 「おお…意外と細かく凝っていらっしゃる。さすが“超高校級の裁縫師”でございますね。素晴らしい」

 

 「ちなみにトリッキーの分も作ってきた。トリッキーのイメージで作ったんだ」

 

 「これは…カラスでございますか?」

 

 「そ!黒くて鳥だから、トリッキーはカラス!ステージに上がるとキラキラしてるから、ラメ入り生地にしてあんだ!」

 

 「これは素晴らしい…私のためにこんなお手間を。こんなに嬉しいことはございません。ありがとうございます」

 

 「ちっちっ、それだけじゃないよ。マスク付けるとトリッキーは変身するでしょ。黒い大人しい鳥木平助から、キラキラした白いマスクのMr.Trickyに。だからこれね。こうしてこうやると…」

 

 「おおお!ひっくり返って白いカラスに!こちらがMr.Trickyの私ですか!」

 

 「すごいっしょ!あとこれ!まどっちにプレゼント。アタシからじゃ受け取ってもらえないから、トリッキーから渡してあげて」

 

 「…コアラですか?」

 

 「水色のコアラ。これがまどっちのイメージね。細長いものに掴まれるように中に骨組み作ってあるから、乱暴にしたら壊れちゃうよ」

 

 「私だけでなく、穂谷さんにまでこんなプレゼントを…。重ね重ねありがとうございます。きっと穂谷さんもお喜びになられます」

 

 「そうだといいね。って、何の話だったっけ?プレゼント渡したら忘れちゃった」

 

 「古部来君が六浜さんのお部屋に現れたところですね。まだ最初の最初です」

 

 「デリカシーがないって話だったね。あいつ、本当に誰とも仲良くしないだけならまだしも、アタシたちのことを悪く言う必要なんかないじゃんね」

 

 「彼は彼なりに思うところがあったのでございます。ただ、六浜さんもそうでいらっしゃいましたが、少々人を思いやるやり方が不器用なのです。ご実家が厳しいお家柄でございますから、ああした形での愛し方しか知らないのでございます」

 

 「ずいぶん庇うけど、あいつは少なくともアタシたちに愛なんか向けてはなかったよ」

 

 「まあ愛とまでは言いませんが、それでも多少なりとも思いやりというものはあったことでしょう。現に、このあとのシーンで皆様の前で謝罪をされています」

 

 「え!?謝ったのあの古部来が!?」

 

 「石川さんの死を受けて、バラバラに行動していてはコロシアイを防ぐことはできないと悟ったのでしょう。そして、六浜さんをはじめ数々の有能な方々が結束すれば、コロシアイを止め、黒幕に勝利することができると考えられたのです。私も全く同意見でしたが…実際にはそう甘い話ではございませんでした」

 

 「まあ、それで止まったらアタシらの犠牲が安くなるしね」

 

 「しかし、古部来君が自らの行きすぎを認めて素直に謝罪し、私たちと協力することを進言してくださったのは大きな一歩でございます。そして流れるように、六浜さんがリーダーとして抜擢されるわけです。ここから、彼女が私たちの中心人物となってくるわけでございますね」

 

 「普通はそういうのって主人公が務めるもんじゃないの?ドールんの方が適任だとは思うけど、ここで清水は何も言ってこなかったんだ」

 

 「彼はそういうタイプではございませんので。飯出君を喪って、第二章からなんとなく六浜さんがリーダーではあったわけですので、一度明確にしておこうという意図も、裏話的にはございます」

 

 「トリッキーさあ、よくアタシの前で飯出の話できるよね」

 

 「し、失礼いたしました…」

 

 「別にしょーがないからいいけど。結局アタシもあいつも死んじゃったから、まだとやかく言ってもしょうがないってのは分かるよ。でもそういう簡単な話じゃないんだよ」

 

 「ですが、何回か前の解説編で、ご学友の袴田さんが晴柳院さんと楽しげに解説編をお送りされていらっしゃいましたが」

 

 「そーなのよ!なんで千恵とみこっちゃんがペアなの!?そこはアタシとどっちかっしょ!?ってか千恵ってアタシ以外と絡みないのになんでよりにもよってみこっちゃんとなの!?アタシの好きな子同士で組まれっとアタシはその他と組まなきゃいけなくなんじゃん!何その采配!」

 

 「あなたも、それをよく私の前で仰いますね…。いえ、お気持ちは分かりますし悪意がないことも存じておりますが。一旦机から足を降ろしてください」

 

 「次のチャンスでは絶対にみこっちゃんと組んでやんだから!千恵はあそこでしか出られないから、もうそこしかチャンスはない!」

 

 「もう既に後半のペアも決まっているようですが…そちらはまだ未公表のままということで」

 

 「みこっちゃんと一緒じゃなかったら、作者を縫う!縫ってグーしか出せない手にしてやる!」

 

 「そんな一昔前の個人サイトの後書きのノリのようなことを仰らないでください。作者様はどのような形でも字面で登場されることはありませんので。出られる時は私共の口を通しますので」

 

 「きたねー!」

 

 「そもそも作者とはそういうものでございますから。英語で権威を意味するAuthorityは、作者を意味するAuthorと語源を同じくします。それほど作者の権限とは絶対的なものなのでございます」

 

 「ずっるいなもう!」

 

 「こればかりは仕方ありませんね。もしご希望通りでないのなら、作者の気が変わることをお祈りいたしましょう」

 

 「日本語のお祈りは社交辞令だってアタシ知ってんよ」

 

 「世知辛いでございますね」

 

 「んで、ドールんがリーダーになった辺りの話だけど、ドールんも大概ニブいよね。アタシらん中でドールんのことを信用してない人なんていないってのにさ。自分で気付いてなかったのかな?女子の中でドールんがメイン張ってたの」

 

 「そんな俗っぽい考え方はされていなかったと思いますが、確かに彼女は女子の中でも発言力がありましたね。もちろん私は、古部来君ほどの方が推薦する方に反対などしませんが」

 

 「トリッキーはねえ、もっと自分の意見を出した方がいいよ。アンタまどっちにも指摘されてたけど、本音で話してないでしょ」

 

 「それは…申し訳ありませんが、痛いところでございますね。ですがこれは私のクセのようなものですから、そう簡単には…」

 

 「その辺の話は四章でちゃんと聞けるのかな。どっちにしてもトリッキーはその性格で損してるけどね」

 

 「損、でございますか?」

 

 「そうだよ。言いたいこと言った方が絶対気楽だって」

 

 「…ご遠慮いたします。この流れだと確実に私の敬語を外そうとなさる。それだけは絶対に遠慮させていただきます」

 

 「ちっ、バレたか」

 

 「それはバレますでしょう」

 

 「で、次はトリッキーの視点だね。なみみんとみこっちゃんと一緒に古倉庫の中を調べてるシーンだね」

 

 「非常に古ぼけた倉庫でございました。やはりこの手の倉庫というものは、ダンガンロンパシリーズに限らずミステリーでは便利なものでございますね。必要そうなものはだいたいここにあることにしてしまえば説明できてしまうのですから」

 

 「そだね。埃被ってる上に一ヵ所は武器庫だから微妙だけど」

 

 「明尾さんにとってはそれ以上に意味のある場所になったようです。ちなみにこちらの倉庫に関して、1つこぼれ話がございます」

 

 「こぼれ話?」

 

 「3つの区画それぞれに取り付けられたナンバーキーでございますが、その番号がいくつだったか、ローズんは覚えていらっしゃいますか?」

 

 「えっと…覚えてるもなにも、アタシもう死んでたから」

 

 「これは大変失礼な質問をしてしまいました。申し訳ございません」

 

 「そんなガチで謝んなくていいから!で、いくつなの?」

 

 「3679でございます。こちらの数字にもきちんと意味があってご用意しております」

 

 「3679?う〜〜ん…わかんない!」

 

 「ナンバーキーの番号が、3つの区画とも同じになっているというのは、防犯の関係上おかしいとは思いませんでしょうか」

 

 「そりゃそうだね。普通こういうのってそれぞれ別に設定するよね」

 

 「すなわちこの倉庫内のセキュリティナンバーは、3679が3つということになります。3679に3をかけるといくつになるか、暗算できますでしょうか」

 

 「3×3679は…えっと、うんと」

 

 「手の計算だけではできないと思いますが…もう暗算でもありませんし」

 

 「もったいつけないで教えてよトリッキー」

 

 「こちら、11037となります。ダンガンロンパQQをご覧の皆様は、おそらく原作ゲームもプレイされていると思います。或いは原作1作目のアニメをご覧になっていると思います。であれば、この数字の意味も十分にご理解いただけるかと」

 

 「ああ、なるほど…ってそんだけ?別にそこまでもったいつけるほどのことでもなくない?」

 

 「多少、肉付けも必要かと思いまして」

 

 「まあこういう小ネタの解説が、この解説編の趣旨だしね。他にはないの?」

 

 「そうですね。この倉庫はその後、色々な使われ方をします。六浜さんが清水君、古部来君、晴柳院さんを集めて黒幕の内通者の可能性、『もぐら』の危険性について話し合う場として使ったり、6章でも活きてきます」

 

 「それらしい伏線も何もなかったのに?」

 

 「以前からも申していますが、ダンガンロンパQQの真相が形作られてきたのは、ちょうどこの辺りからですので。もともとは謎を謎のまま放置して、明確な答えを出さない終わり方を予定していたようです。ですがやはり、何かしらの形で答えを用意しなければならないと焦った作者さんが、キャラクター設定などから黒幕と真相を作っていったようです」

 

 「行き当たりばったりの見切り発車でよく最後まとまったよね」

 

 「まとまったのでしょうか。取り逃した伏線や謎はありませんでしたか?」

 

 「それを見つけるためにも、この解説編書くために自分の創作論破読み直してるんでしょ。誤字脱字ばっかり見つけて。面倒だからそれも放置して」

 

 「あのう、ローズんさん。解説編なので色々なお話をされるのは結構なのですが、あまりにも洗いざらい吐く必要はないのではないでしょうか」

 

 「何言ってんの!アタシはね、本編であんまりにも早く退場したから話し足りないの!だからこういうところでたくさん喋っておかないと、アタシのキャラが分からないままでしょうが!」

 

 「あなたのキャラクターは本編でなくとも色々と強烈にデザインされていると思います。主に晴柳院さん絡みでですが」

 

 「だってみこっちゃん可愛すぎるんだもん。可愛いでしょみこっちゃん」

 

 「そういうところですよ。確かに非常に庇護心をくすぐられる方ではありますが…」

 

 「みこっちゃんだけじゃなくて、アタシはやっぱり千恵とか飯出とかとの因縁もあるしね。もうとっくに過ぎた話になってるし、今となっちゃ当事者はみんな死んじゃってるわけだけど」

 

 「最も円満から遠い解決となってしまいましたね。以前の解説編で袴田さんが仰っていたように、何方に非があるかと問われれば全員に少しずつ非があるとも言えます」

 

 「それは否定しないよ。やっぱり虚しいだけ。ダメだよこんなこと。取り返しの付かないその場しのぎにしかならないよ」

 

 「私もそれは大変痛感しております。と、クロ2人が解説すると話が暗い方へ暗い方へと進んで行ってしまいますね。これではいけません。明るく解説をしましょう」

 

 「トリッキー、さらっと次の章のネタバレもしてるけど?」

 

 「スルーしていただきます!」

 

 「らしくない強引さ!」

 

 「倉庫が解放された結果として最も顕著なことは、明尾さんの発掘欲が遂に抑えきれなくなったことです。モノクマに熱いコールを送って、発掘場を開発までさせてしまいました。結果的にこの発掘場は、パーティ会場に使ったり曽根崎君が危機一髪に陥ったりと三章では中心的な場所になって参ります」

 

 「なみみんのあの熱さはどこから出てくるの…っていうか何がそこまでなみみんを駆り立てるの…」

 

 「明尾さんの熱血さは、作品全体のバランスを取る意味で重要なものなのですよ」

 

 「バランス?」

 

 「ご存知のように、ダンガンロンパQQの主人公である清水君は、非常にローテンションで1人がお好きでいらっしゃいます」

 

 「感じ悪いぼっちね」

 

 「ですので、全体の雰囲気が暗くなりすぎてしまわないように、飯出君や明尾さんのように、明るくて場の雰囲気を変えられるような方が必要だったのです。曽根崎君もその役割を担っていらっしゃいますね」

 

 「だったら初めからみんなと打ち解けられるような性格の主人公にすりゃよかったのに」

 

 「そうすると、“才能”を捨てたという設定と少々噛み合わなくなってしまいますので」

 

 「とことんまでめんどくさいねあいつ。アタシあんまりあいつと絡んだことないからよく知らないけど、あいつマジなんなの?なんで曽根崎とかヅッキーとか、果てはみこっちゃんまで、あいつと仲良くなってんの?ウザくね?」

 

 「露骨に清水君を嫌っておられますね…確かに本編では捜査時と裁判時以外にお二人が会話しているところはあまり見られませんでした。特にそういう設定はありませんよね?」

 

 「ないけど、いざあいつと二人でってなっても何話せばいいか分かんないし。どうせあいつはアタシのことも“超高校級”ってだけでウザがってんでしょ。じゃあおあいこで丁度良いじゃん」

 

 「完全なる拒絶を感じます。絶対の隔壁でございます」

 

 「一人くらいこういうのがいてもいいと思うんだアタシ。リアルで」

 

 「リアリティがあるに越したことはありませんが、小説でまで嫌なリアルを感じたくありませんね」

 

 「う〜ん……あれ、ごめん、もともと何の話してたっけ?」

 

 「解説はおそらく、倉庫と発掘場が解放されたあたりだったと記憶しております。笹戸君が明尾さんと滝山君に連れられて、発掘場に足を踏み入れております」

 

 「この辺りの件ってなんなの?笹戸の独白、すっごい意味深じゃない?」

 

 「ご自分が釣り人であることに疑念を抱かれているような風ですね。伏線としては遠くて分かりにくいかも知れませんが、5章に向けての伏線になっております。釣り人としてよりも、彼は希望の徒としての活動に力を注いでいらしたわけですから」

 

 「こんなん分かんないって!やっぱこの時点で笹戸はまだまだ猫被ってんだね」

 

 「当時の記憶もございませんから、仕方ない部分もございましょう。それにこの日常編でのメインの話題は、テロリスト『もぐら』の方でございます」

 

 「そっちね。まあ今回の事件でそこ触れないまんまではいらんないよね。一応プロローグから伏線張ってhあるけど、ここらで詳しい情報もないとね」

 

 「六浜さんが信頼できる方々を集めた会では黒幕の候補として、曽根崎君が独自に調査を進めていた特ダネとしても登場しております。いかに彼が大きな影響力を持っていたかを物語っております」

 

 「この『もぐら』の話をしているメンバーの中に、当の『もぐら』がいるわけでしょ?どういう気持ちで聞いてたんだか」

 

 「彼の性質から考えて、大層気分がよろしかったのではなかったでしょうか。自分のことを多くの方々が話しているというのは、まさに彼が思い描いていた様です」

 

 「歪んでんね…アタシも千恵と飯出のことで歪んではいたし、かなかなも自分の“才能”のことでかなり歪んでたけど、『もぐら』は特にだわ。歪みすぎて、元の形から違ったんじゃないかって思えるほど」

 

 「それもこれも、彼なりのアピールだったわけです。私たちがそれに気付いたときには、もう取り返しの付かないところまで来ていたのです。起こるべくして起きた事件ということです」

 

 「んで、その後のトリッキーとまどっちとヅッキーのやり取りでも、四章への伏線張ってんでしょ。日常編の中でもこの回、むちゃくちゃ不穏じゃない?詰めすぎじゃね?」

 

 「伏線を張っておくなら早いうちからでないと、唐突感が出てしまいますからね。三章のこの辺りが、先々の伏線を張りつつ物語を進められるポイントなのですよ」

 

 「そんでその次が動機編。三章の動機は外の世界の情報ってね。一章のときも同じような感じだけど、大切な人なのか漠然と外の世界なのかって違いね。っていうかこの情報、三章のクロ狙い撃ちしてない?」

 

 「動機とは得てしてそうなってしまうものでございます。作り手側の所感を申してしまいますと、クロとする人物が決まっているので、その人にヒットする動機でなければ意味がなくなってしまいますから。なるべく『誰にでもヒットするけれどクロとなる方に最もクリティカルヒットする』動機になるようにしておりますので」

 

 「アタシのときもまあ、そんな感じだったかな。他の人のは知らないけど、アタシなんかあんなの知ってたら動かずにいられないもん」

 

 「人の心を揺さぶる方法を熟知しているモノクマだからこそ、できることでございますね。そしてそれだけでなく今回はもう一つ、揺さぶりがございます」

 

 「アタシたちの知らない内に、三年の時間が経ってるってヤツね。三年って言ったら、QQ世界の希望ヶ峰学園でも生徒が丸々入れ替わる時間よね」

 

 「どなたかがおっしゃっていましたが、三年経てば肉体的にも変化があって然るべきだと思うのです。たとえば、晴柳院さんの背がもう少し伸びていたりなどです」

 

 「は?みこっちゃんはあのみこっちゃんのままだからいいんだけど?」

 

 「地雷に触れてしまいました!失礼!」

 

 「そんでそのみこっちゃんのことだけど、この動機をみんなで見た後、笹戸のヤツがなんかキショいこと言いながら近付いてんの!こんなのアタシが生きてたら飛んでって絶対その場で口縫い付けてやんのに!」

 

 「地雷どころか突撃兵ではないですか!」

 

 「地味にこの辺で笹戸とみこっちゃんがいい感じになってて、なみみんが良い所で邪魔入ったみたいな感じになってんの、ものすごい不快。あんなヤツに大事なみこっちゃん取られてたまっか!」

 

 「ローズんさんは晴柳院さんの保護者なのですか?」

 

 「保護者であり親友であり背後霊でありたい!」

 

 「最後のはシャレになっておりませんね」

 

 「でもさあ、実際みこっちゃんがお嫁さんにいくのってしんどくない?晴柳院家の一人娘って、ものすごい過保護に育てられててそうだし、お爺さんとかお父さんとかクッソ厳しそう」

 

 「名家のお嬢様でございますからね…確か代々“超高校級の陰陽師”でしたね。お相手は少なくとも“超高校級”でなければ認めてはいただけないのではないでしょうか」

 

 「はいはいはい!立候補!アタシ“超高校級”!」

 

 「女性ですよね!?ローズんさんはそっちの気はありますが、マイノリティではありませんよね!?」

 

 「んまあそうだけど、でもせっかく“超高校級”なんだったら夢見たいじゃん?」

 

 「ちょっと何を仰っているか分かりたくありません」

 

 「どっちにしたって笹戸なんかじゃ認められるわけないよねー。あんなへなちょこじゃ」

 

 「笹戸君と晴柳院さんの因縁は、彼の性格以前の問題が横たわっていると思いますが」

 

 「まあそんな所の話はどうでもいいんだけど、その次の話もかなりどうでもいいと思うんだけど、これ何の話なの?」

 

 「フレンチトーストでございますか?こちらは何の変哲もない我々の日常でございます」

 

 「伏線もなにもないの!?ホントにただ男子がバカやってるだけ!?」

 

 「伏線らしい伏線といえば…伏線というより保険の類になりますが、こちらでクロが大量のモノクマメダルを手に入れていますので、事件で何か小道具が必要になったときに説明できるようになっているという」

 

 「なにその保険!?事件とか裁判の詳細考えてないまま書いてんのモロバレじゃん!?」

 

 「その辺りは実際、非常に難しい話なのです。事件の全容を考えてから裁判の流れを考えるのか、裁判の流れを考えてから事件の全容を考えるのか、いずれにせよその伏線を日常編に仕込まなければいけません。その関係上、執筆が遅くなってしまうことは避けられないのです」

 

 「ん?」

 

 「より精密かつ完成度の高い物語を仕上げようとするあまり遅筆になってしまうことは、大変心苦しくはございますが、半端なものを皆様にお届けするわけにはいかず、苦渋の選択の結果であることをご理解いただきたく」

 

 「途中からトリッキーのセリフじゃなくなってない?っていうかQQはもう連載終わってるから!あ、でも今のこれは連載中に入るのか…」

 

 「だからと言って更新がないことを理由に期待を高めていただいても、ご期待に応えられるかは保証いたしかねますので」

 

 「ものすごい自分勝手で身勝手なこと言ってるよアンタ!っていうか作者コラ!自分のキャラに言い訳さすな!タレント事務所の社長か!」

 

 「作者様は現在進行形でそちらで悩んでおられます。ほとんどの創作論破作者の方は悩んでいらっしゃるのではないでしょうか」

 

 「目の前の事件もそうだけど、物語自体のラストに向けてもちょっとずつ伏線張ったり思わせぶりな感じさせてかなきゃいけないもんね。ホントこういうのこんがらがってきそう」

 

 「QQに関しては真相自体が途中まで曖昧なままでしたから、その伏線もろくに張られていなかったり伏線と思わせておいてなんでもないものも混じってございます。とてもややこしいですね」

 

 「でもこの、古部来とドールんの会話は歴とした伏線でしょ?記憶の操作技術ってなんか難しいこと言ってるけど」

 

 「創作論破において記憶の操作技術というものは付きものですね。簡単に言っていますが、とんでもないハイテクノロジーでございます。未来ですね」

 

 「実際に未来なんだけどね。記憶をいじれるってマジで悪用されたらとんでもないレベルで危険でしょ。忘れさせられるだけならまだしも、やってもないことやったと思わされたり、突拍子もないこと信じさせられたりすんじゃん」

 

 「原作でもまさにそのようなことがありましたね。今回の黒幕は記憶を奪うに止めていたようですが。しかし記憶を奪われていたとして、こうした傍証があればまだしも、ノーヒントでは気付くことなどできないでしょう。なにせ根拠となる記憶そのものがないのですから」

 

 「覚えがないことを追及されるのってホント腹立つよね。覚えてないんだからどうしようもないっつってんのに思い出せとか正確に言えとかさ」

 

 「何があったのですかローズんさんに」

 

 「かと言って記憶にございませんって言えば免れると思われちゃ困るよね。記憶なんて曖昧なもんなのに、それを根拠にしようとすることがそもそも間違ってるっていうか」

 

 「日本人は問題そのものの解決よりも、その責任の所在がどこにあるのかを明確にしたがる性質がありますから、記憶にあるないは非常に重要なことなのでございます」

 

 「それに、アタシたちみたいな過去の人は誰かに覚えててもらわないと、本当にそこで終わっちゃうっていうか…なんか、覚えられてることが大事な感じしない?」

 

 「人はいつ死ぬか…人に忘れられた時、ですか。とても深い言葉です。今になってその深みに気付くとは、なんとも皮肉なお話でございます」

 

 「まったく!いい人生だった!」

 

 「お酌はいけませんよ!?我々未成年です!」

 

 「っていうかこの章のクロも、その忘れられる忘れられないっていうことが一番ネックだったわけでしょ。人に忘れられることが許せなくて、自分を思い出させるために外に出ようって決意したっていう」

 

 「そうですね。ローズんさんの前で申し上げるのも憚られるのですが、一章と二章のクロのお二人がどちらかと言うと目の前の殺人に意識が向いていたのに対し、三章のクロはその更に先、卒業後の行動を見据えていました。その分、計画性や巧妙さがより仕上がっているわけですね」

 

 「QQのトリックの中でも結構上位に入る複雑さじゃね?トップは六章、異論は許す」

 

 「異論ではございませんが、五章もなかなかでございますよ。順番で言えば、6→5→3→1→4→2といったところでしょうか」

 

 「アタシの意外と高かった。最初のだしびりっけつかと思った」

 

 「あと二つに比べて事前の計画性がございますので…」

 

 「そういえばここ二人ともクロだったわ。どうする?こっからクロトーーークでもする?」

 

 「そこまで間延びすると、あと4名ほど連れて来なければいけない気がして参りますね。何の括りか尋ねられたくなります」

 

 「各作品から3クロ集めたり、1クロ集めたりしたら辛そうだね」

 

 「互いの傷を舐め合うわけでもなく、お互いが古傷を抉るのを眺め合うという、実に凄惨かつマニアックな世界となりそうです。傍から見ている分には楽しそうですが」

 

 「んで、傍から見てるだけじゃ面白くなさそうな感じの古部来とドールんの将棋だけど、これ『もぐら』の話しながら将棋指してるわけでしょ。この二人ずっと将棋指してんね」

 

 「六浜さんが古部来君に付き合っている構図になっておりますので、仕方ないかと。本編内で古部来君は無敗ですね。おまけ小説でもアニーさんにチェスで勝利していました」

 

 「トリッキーもやってたね。見事に負けてたけど、どういう感じだったの?アタシ将棋は全然分かんないから、分かるように説明してよ」

 

 「なんと申しますか…将棋にも囲碁にもチェスにも、定石というものがございます。ですが彼の打ち筋は私の知っている定石のいずれにも当てはまらないのに、気付けば詰まされているのです。一見こちらが有利に進めているのかと思ったら、奇襲や誘導により敗北が唐突にやってくるのです」

 

 「わかんね」

 

 「申し訳ございません」

 

 「てかどうでもいい」

 

 「仰ると思いました。では次のシーンに参りましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「トリッキーのフレンチトースト食べすぎて清水と屋良井がダウンしてるところだね」

 

 「こちらでは屋良井君がまたしても、望月さん黒幕と内通している説を持ち出していらっしゃいます」

 

 「ヅッキーが黒幕と関係あるわけないじゃん!あんな可愛い娘が!」

 

 「彼女を可愛いと仰るのはローズんさんだけだと思います」

 

 「トリッキーは思わないわけ?あのぬいぐるみみたいなほんわか感」

 

 「申し訳ありませんが理解致しかねます」

 

 「なんで屋良井はここまでヅッキーに固執するわけ?」

 

 「二章で、彼はモノクマと望月さんが会話するところを目撃されています。これは資料館の個室の毛布を持ち出すことが可能か尋ねているだけですが、互いに疑心暗鬼に陥っている状況ですとそれも疑う十分な根拠になりますね。結論から言ってしまえば、当たらずしも遠からずといったところです」

 

 「うん、まあそうだよね。無関係とは言えないよね。清水はなんかフォローしてるっぽいけど、なんで?」

 

 「フォローというよりは、単純にそう思っていないだけではありませんか?望月さんでなくとも、清水君がそう思っていれば同じことを仰るかと」

 

 「そうかなー。あの二人なんかいい感じっぽいし、なんかイチオシCPだし」

 

 「はっきり言ってしまうのですか、それを」

 

 「言ったって主人公とヒロインだし。でも清水ってドールんのこと気になってるっぽい感じもちょっとあるっしょ?なに無能のくせにハーレム気取ってんだか」

 

 「どれだけ清水君のこと嫌っているのですか。いや間違ったことは仰っていませんが」

 

 「やっぱトリッキーもそう思ってんだ。あいつマジむかつくよね」

 

 「同意いたしかねます」

 

 「否定はしないの?」

 

 「ノーコメントでお願いいたします」

 

 「ふーん、まあいいや。次の話ではアンタがパーティ主催してるよね。これみんなを夜時間まで見張るためって言ってるけど、だったらパーティじゃなくても良かったんじゃない?」

 

 「そこはやはりエンターテイナーとしての私の性でしょうか。何もないまま徒に時間を過ごすというのも味気ないものでございます。ですからせめて、パーティをと」

 

 「結局それを利用されちゃってるからね…。犯人の方が何枚も上手ってことだ」

 

 「全くその通りでございます。パーティのイベントを話し合っているところで、さり気なく花火大会を企画されてしまっています。この時点から犯人の計画は動き出していたのです。むしろ敵に塩を送るような形になってしまったと激しく後悔しております」

 

 「まあ仕方ないよ。トリッキーがパーティ主催しなくてもどうにかして花火大会的なことはしたと思うし」

 

 「しかしその後に描かれているように、皆様が個々にパーティの準備をしてくださっていたことは、とても嬉しく思っています。飯出君やアニーさんのような皆様をまとめてくださる方々が続け様に亡くなってしまい、まとまりに不安があったのですが」

 

 「古部来とか穂谷とかアホ毛とか、和を乱すヤツもいたしね」

 

 「ついに名前すら呼ばなくなってしまいましたか」

 

 「そのアホ毛も、曽根崎と笹戸と一緒になんだかんだで準備してるしね。ホント最初のプロローグのとこから比べたら、ちょっとはマシになったのかな」

 

 「物語を通して彼も成長していってますので。曽根崎君の強引な誘いがあったとはいえ、手伝っているということこそが大きな一歩です。それにこの三章、真ん中の章ということもあって清水君の行動や考え方に変化が表れ始めている章にもなっています。事件が起きてからが特に顕著ですね」

 

 「そうなの?」

 

 「彼にとって身近な曽根崎君や、リーダーとして頼りにしている六浜さんが標的にされたことにより、自分自身が直接クロと立ち向かうという意識が芽生えてきたのではないでしょうか。いずれにせよ、ここが彼にとって一つのターニングポイントになっております」

 

 「ターンもなにもずっと曲がりくねって捻くれてるけどね」

 

 「この場面で笹戸君が仰っているように、“超高校級”の肩書きを持っている方々はみな努力家と言えます。“超高校級”の“才能”を持つにあたって不可欠である努力を評価された清水君は、確かに特別な存在と言えます」

 

 「単に珍しいだけじゃないの。努力家ってよく分かんない“才能”だし」

 

 「その辺りも、六章で明らかになります。主人公やその他主要人物にまつわる謎は、最終章までのとっておきになるのが常でございます」

 

 「あいつがそんな扱い受けるのなんか納得いかないなあ」

 

 「清水君はご本人の態度はさておき、作品内の扱いは非常によろしいですから。やはり我々とは一線を画した特別ポジションに就いておられます」

 

 「あーもー!納得いかねー!」

 

 「しかし“才能”を手に入れるための努力…ろーずんさんもございますでしょうか。私も辛い下積み時代がございました。弟と妹と母親を食べさせるために学校をサボったこともありました」

 

 「なんでそんな重いのを先に話すの。アタシが話しづらいじゃん!」

 

 「し、失礼しました…」

 

 「アタシの場合は努力っつーか、好きでぬいぐるみ作ってたらそれがそのまま“才能”ってことになったみたいな?まあ中学高校の友達とかに頼まれて色々作ったり縫ったりしたことはあるけど」

 

 「好きなことを“才能”として評価されるというのは素晴らしいことですね。私にはこれくらいしか取り柄がございませんので、選択肢などありませんが」

 

 「美味しいご飯作れるじゃん!」

 

 「それも本職の方には劣りますので。さすがに“超高校級”とまではいかないかと。高校生で料理をする方はたくさんおりますから、その中での“超高校級”となるとやはり抜きんでているのではないでしょうか」

 

 「これも結構評価が曖昧なとこあるよね。アタシみたいに裁縫専門でやってる高校生なんてそんなにいないだろうから、ちょっとした実績があれば“超高校級”だけど、トリッキーみたいなマジシャンなんて高校生でも多いでしょ?それだと“超高校級”って日本で何番目とかそんなレベルになってくるじゃん」

 

 「そこは希望ヶ峰学園の方で何かしらの評価基準があるのでございましょう。一応、『各分野において超一流であること』という原則がありますので、ローズんさんも超一流と認められたということでございます」

 

 「トリッキーもね」

 

 「恐縮です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「次は?なみみんと滝山と屋良井の準備シーンだね。それぞれチームに別れて準備するって、これドールんの案?」

 

 「左様で御座います。やはり手分けした方が早いですし、全員で協力してこそのパーティだと思いましたので」

 

 「発掘場を片付けて、荷物を倉庫まで持ってきたところまではいいんだけど、この倉庫のシーンでいくつか伏線張ってあるんだよね。だからこの3人のチームなんだって」

 

 「ええ。まず滝山君がダイヤル錠を回せないことがここで明らかになります。回せないというか、仕組みが理解できないため扱えないということですね。これは流石に私も衝撃的でした」

 

 「ダイヤル錠も使えないって…マジでこいつ野生児っていうレベル超えてない?」

 

 「どうなのでしょう。実際に私たちは野生児だったことなどありませんし、野生に生きていれば鍵をかけるという概念すら不要になるのですし、一目で理解できなくともムリはないことかと」

 

 「いやそれにしたってさ…」

 

 「しかしこのことが、結果として私たちの命を救うことに繋がるわけです。曽根崎君がこの情報をどこから仕入れたのかは分かりませんが、これは後々結構大事な事実になって来ます」

 

 「曽根崎っていうのが気に入らないね。なみみんが先導して潔白証明してやればよかったのに」

 

 「明尾さんはあの倉庫に入るとメロメロになってしまわれますので」

 

 「それも大概おかしいからね。一応言っとくけども」

 

 「それから、屋良井君と滝山君がパーティグッズではしゃいでいるシーンもございますが、ここもよくよく考えると大きな伏線なのです」

 

 「いや、これはここでは気付かないっしょ。こんなのあちこちに仕込んであんの」

 

 「もちろんでございます。ですから我々がこうして説明するハメに──あ、いえ、決して嫌ではないのですが」

 

 「ちょこっと本音が出たね。いいよ別に、アタシだってみこっちゃんと一緒にできないんじゃ大して楽しくないから」

 

 「全く歯に衣着せないのですね…。せっかくですから最後までやり遂げようとは思いますが」

 

 「トリッキーは真面目だねー。そういうところが女子から人気なんだよ」

 

 「人気だったのですか、私は。てっきり古部来君のような逞しい方や滝山君のような愛嬌のある方が人気なのかと」

 

 「メタいこと言うけど、人気投票だと古部来が圧勝だったけどね」

 

 「言わんこっちゃない」

 

 「あいつのどこがいいんだかね。まあドールんはあいつが気に入ったみたいだけど」

 

 「それはご本人に伺っても決して首を縦に振られないことでしょうね」

 

 「見ててもどかしいんだよあの二人!アタシだったらみこっちゃんに抱きついたりちゅっちゅしたりとか当たり前にするけど!?」

 

 「それは女性同士ですから…。それに六浜さんはそういうことをされる性格ではありませんので、やはり抵抗があるのでしょう。古部来君のイメージとも違いますから」

 

 「でもさ、あの女は男の三歩後ろをついて来いみたいな感じも、ドールんには似合わなくね?なんていうか、歩幅は違うのに並んで歩いてるみたいな」

 

 「分かります。古部来君の大きなゆったりした歩幅に、六浜さんがせかせかついて行っているような。そんな関係性を感じます」

 

 「そういうトリッキーはまどっちとどうなのよ」

 

 「ほあ!?いきなり私にフるのですか!?」

 

 「いきなりも何も、QQでこの手の話のときはアンタたちが筆頭でしょ!羨ましいんだからこのこの!」

 

 「いたた…あのぅ、ローズんさんは今日は少しテンションがおかしいように思いますが。どうなさったのですか」

 

 「酔ってんのよ」

 

 「冗談でもおやめください!そういう規制が一段と厳しくなっているのですから!」

 

 「そんなに怒られると思わなかった」

 

 「万が一にでもその手の糾弾には巻き込まれたくございませんので。僭越ながら、私は仕事柄そういったいい加減な批判や無責任な中傷を受けたのは一度や二度ではございません」

 

 「トリッキーが?アンタだってテレビとかでも人が良いって言われてなかったっけ?」

 

 「私のそうしたスカした態度が気に入らなかったり、そもそも若くしてお仕事をいただけている状況に嫉妬なさる方もいらっしゃいますので」

 

 「理不尽だねー。そういう人間にはなりたくない。ってあれ?何の話だったっけ?」

 

 「滝山君がダイヤル錠を使えないというお話でした。彼は野生児なので、それも“才能”の一部であるかと」

 

 「で、その後の手伝いはせずに屋良井と滝山は逃げ出したワケか」

 

 「パーティーの準備に全く乗り気でないのが私としては悲しいのですが…いえ、少なくともこの時点で屋良井君にはパーティーを利用する意図しかなかったのですが」

 

 「その後は料理の準備の場面だよね。ここでも滝山の評価が害獣か何かみたいになってるけど、さすがにあいつでも案山子で追っ払えるのかな?」

 

 「追っ払われてはいけないと思います。人として」

 

 「っていうか料理の会話に自然に古部来が入り込んでるんだけど、あいつも地味に料理できるんだよね」

 

 「サンマの塩焼き定食もご自分でご用意なさっていましたし、六浜さんのお料理にも口を出されていましたね。将棋ばかりしているわけではないのですね」

 

 「そういう地味な設定って、こういう風に細かい部分に出てるだけまだマシだと思うんだ。アタシが防水加工したぬいぐるみ抱きながらお風呂入ってるっていう設定、今これ読んでる誰か一人でも覚えてんのかな」

 

 「そう言えばそうでございましたね…私にはそう言った設定はあまりなかったかと思いますが、ある方にはありますね。清水君の犬好き設定も」

 

 「コロシアイの中で犬好きなんて設定あってどうすんのよ。だいたいあいつに犬とか似合わねー。雨の日にダンボールから子犬拾って風邪ひけ」

 

 「どれだけ嫌いなのですか清水君のことが」

 

 「生理的に」

 

 「これはダメですね、挽回の目すらもぎ取られています」

 

 「今からアタシがあいつを嫌いじゃなくなるとか天地がひっくり返ってもあり得ないから」

 

 「クロ指名された方の叫びということにしておきましょう。でなければ彼があまりに理不尽に可哀想です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「まどっちが医務室がいるシーンなんて、最初の探索以来じゃない?結構まどっちと関係が深い場所ってことなのかな?」

 

 「ええ。非常に重要な場所です。この辺りから穂谷さんの病弱さが伏線に仕込まれております」

 

 「まどっちの詳しい病名とか症状とかって本編で言われてたっけ?」

 

 「脊髄が硬くなっていくという病気でしたが、そういったものが実在するのか、治療法などについては分かりません。そこまで調べなくとも書けさえすれば問題ありませんから」

 

 「ブラックジャックにそんな話なかったっけ?」

 

 「不確実な話なのですが、確かあったと思います。しかし現実にはあんな神懸かり的な腕を持つお医者様というのはいらっしゃいません。現実は非情でございます」

 

 「ま、そうだよね…。で、ここでなみみんがまどっちが身体弱いっていうのをちょっと勘付くんだよね」

 

 「身体が弱いと言うよりも、我々他の生徒と少し違うことを感じ取られています。要するに、黒幕だと疑う火種になっているわけですね」

 

 「屋良井がヅッキー疑ったときもそうだけど、ホント些細なことでそんな判断、よくするよね」

 

 「ローズんが言えたことではないと思いますが…いえ、なんでもございません」

 

 「いや聞こえてる聞こえてる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「場面は飛びまして、パーティ直前の清水君の様子からです。会場に向かう前に、寄宿舎の近くで滝山君と会っております」

 

 「これも伏線なんだよね。ガッツリと」

 

 「ええ。まず滝山君が頬張っているのは、ばくだんおにぎりです。要はかやくご飯のおにぎりなのですが…ばくだんです」

 

 「クロはこのおにぎりに毒を仕込んだんだよね。だからもうこの時点で既に滝山は死ぬの確定してたっていう」

 

 「非情でございますね…」

 

 「非情だね」

 

 「そしてその後、パーティを始める際に屋良井君と滝山君がクラッカーを鳴らして晴柳院さんを驚かせております。これも、凶器のことを考えれば伏線と言えますね」

 

 「みこっちゃんの鼓膜が破けたらどうするんだ!」

 

 「さすがにクラッカーの音で破けることはないかと。よっぽど近くで鳴らさなければですね」

 

 「あいつのクラッカーの場合、近くで鳴らされたら鼓膜どころか全身破けるわ」

 

 「ええ…いや、まあ…応答致しかねます」

 

 「ブラックジョーク間に受けられるほど気まずいことはないよ」

 

 「申し訳ございません。では気を取り直して、甘いシーンでもいかがでしょう。望月さんと清水君が会場の隅のベンチに腰掛けてお話しております。QQを代表するカップルです」

 

 「本人たちは否定するだろうし理解できないだろうけどね!っていうかQQを代表するカップルはあいつらじゃねーから!あんたらだから!」

 

 「この話止めさせていただいても?」

 

 「トリッキーが始めた話だろ!急に恥ずかしがるな!」

 

 「いやあの、そんな風に自分にフられると思っていなかったので…恥ずかしさも一入と申しますか」

 

 「あーくそなにこいつ。てえてえな」

 

 「は?“てえてえ”とは…」

 

 「いいんだよそんなことは!ヅッキーがなんか不穏なこと言ってる次のシーンで、あんたとまどっちがコラボステージしてんだろ!お似合いだよちくしょー!」

 

 「はあ…ありがとうございます」

 

 「てかこの時点からお互い意識してたとかそんなん?」

 

 「いやまあ…以前図書館の件があったかと思いますが、その時点で穂谷さんは私の仮面を見抜いていらっしゃいましたし、私も穂谷さんが他の方とは違うということはなんとなく察しておりましたので…そこからと言えばそこからでしょうか」

 

 「てなわけで画面の前のアンタらは、そういう目線でまたあの図書館のシーンを読み返してみてね。てえてえから」

 

 「てえてえでしょうか」

 

 「んじゃこのシーンについての豆知識」

 

 「マイペース極まりないですね。なんでしょうか」

 

 「ここでトリッキーが見破られてるマジックだけど、これ作者が考えたヤツなんでしょ?」

 

 「考えたというか見つけたというかそう思い込んでいるだけというか…一度試して上手くいったので自慢したかったのでしょう。こういったところでないと披露する場もございませんので」

 

 「でもこれさ、タネがただ山札の一番下に落として切ったフリをするって、雑じゃね?雑ってか、それだけ?って感じなんだけど」

 

 「マジックというのは得てしてそういうものでございます。些細な仕掛けに脚色と装飾を施して、大袈裟に、ダイナミックに魅せる。それがエンターテイナーとしてのマジシャンの仕事でございます。ですので、種明かしをしてしまえば途端にそれは白々しいだけになってしまうのです」

 

 「だからタネがバレるのイヤがるんだ」

 

 「手前味噌な物言いですが、バレない自信もございますので」

 

 「さすが“超高校級”…でもここでドールんと古部来と曽根崎が見破ってるよね」

 

 「それは…見破っていただかないと種明かしができないので。種明かしができないと作者としてはこのシーンを書いた意味がないので」

 

 「すげえ自己満足じゃん…この件…」

 

 「もともとQQを書き始めたのが自己満足ですから。最終的にはたくさんの方にお読みいただけましたので、大変満足です」

 

 「まあね。でもこのシーンでもっと大事なのは次の、古部来がドリアンジュース噴き出すところでしょ」

 

 「はい。こここそが、三章の被害者たちの運命を分けた瞬間でございました。おそらくこの現場を目撃したクロは、この時点で計画の狂いに気付いたことでしょう。それでも強行したのは、古部来君がターゲットの一部だったからです」

 

 「でもそれも失敗だったよね。もし滝山が渡したジュースを曽根崎がそのまま飲んでたら、ダイイングメッセージは残らなかったわけだし」

 

 「それはそれで後半のストーリーに大きく影響してきますが…それにしても、曽根崎君も曽根崎君であんまりですね。滝山君の素振りに怪しさを感じていながら、それを古部来君に丸々押しつけた形になりますので。古部来君の殺害で言えば、彼にも責任の一端があって然るべきかと」

 

 「そりゃそうだよね。ジュース自体に毒が入ってたかも知れないんだから、捨てときゃいいのに」

 

 「単なるイタズラだったとしたらもったいないとでも感じたのでしょうか」

 

 「あの曽根崎に限って、そんな勘が鈍いわけがない。裏があるはずだわこんなん」

 

 「まあ…そうですよね…。今となっては確かめる術もありませんが」

 

 「だからあいつは信用ならないんだよ。見抜いた上でやってたら屋良井よりよっぽど質悪いけど…」

 

 「ご本人に確認してみます?」

 

 「どうせウソ吐くでしょ。てかもうそんなことどうでもいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さて、場所を発掘場から湖畔に移しまして、いよいよ花火大会が始まります」

 

 「またトリッキーがマジックしてる!これどうやったの!?」

 

 「このタネは秘密でございます。こうしたさり気ないマジックにこそ皆様が沸き立つものでございます」

 

 「タネが秘密ってことは、作者がタネ考えつかなかったってことだね」

 

 「ご明察でございます。やりようはいくらでもあるとは思いますが、条件が限られますので」

 

 「そんでもってさっきのパーティのときからもそうだけど、ここでちょっと清水とヅッキーの距離縮まってるよね。二人きりで話したりしてるし、ねずみ花火からヅッキー逃がしてあげたり」

 

 「少しずつお二人の距離が近付いていくのは、見ていて微笑ましいものでございますね」

 

 「ぐぎぎ…ここに加われなかったのが悔しい…!」

 

 「すっかり忘れておりました。ローズんはもうこのときいらっしゃいませんでしたね」

 

 「アタシだって線香花火を見つめながらみこっちゃんと一緒にまったりしたかった!これが落ちたら夏も終わるね、的なこと言いたかった!」

 

 「ゆっくり線香花火をしている方はいらっしゃいませんでしたが」

 

 「花火と言えば夏だし、夏と言えば線香花火だし!」

 

 「お気持ちは分かります。風情があって良いです」

 

 「まだちょっと夏には早いけど、やりたくなってきたなあ。みんな集めてまた花火大会やろっか!」

 

 「古部来君と滝山君のトラウマを著しく刺激しそうですが」

 

 「この期に及んで気にしない!」

 

 「完全に他人事だと思って随分と無責任なことを仰いますね」

 

 「トリッキーなんか辛辣じゃない?」

 

 「さすがに彼らの傷を抉るようなことは見逃せないかと…いえ、私も言い過ぎました」

 

 「そうやってすぐ自分の非を認めるからアタシらが責められなくなるんだよ!アンタそういうとこズルいよ!」

 

 「ズルい、のでしょうか」

 

 「ズルいよ!あのね、ちょっとくらいワガママ言ったり非を認めなかったりした方がちょうどいいの。トリッキーだって完璧じゃないんだから、アタシらも言いたいことあるの。それを言う前に自分で言って謝られたら、こっちからは何も言えないじゃん!それはズルいよ!」

 

 「はあ…申し訳ありません」

 

 「そういうとこだぞッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「と、お話している間に、煙がもくもくと」

 

 「ぎゃーっ!事件発生じゃん!呑気に話してる場合じゃなかった!」

 

 「直接描写されていることではございませんが、このとき既に滝山君と屋良井君は古部来君に向かって動き出しておりました」

 

 「直前まで手持ち花火でふざけてたのに、こんな一瞬に行動起こすとか…冷静に考えたらあいつマジでヤバいヤツじゃん」

 

 「実際に行動に起こしてしまった私たちが申しましても、説得力に欠けるかと」

 

 「痛いところ突かれた…そりゃそうだけどさ。アタシらと屋良井とじゃ殺意のデカさが違うっていうか」

 

 「計算高いことは確かですね。ですが冷静に手を下しているからこそ、彼の覚悟が窺えるというものです。生半可な精神状態では、おしおきの恐怖で足が竦みますので」

 

 「アタシは最初だったからおしおきとか知らなかったんだけど、そう言うトリッキーだっておしおき怖くなかったの?」

 

 「私はそれどころではなかったので。あのときは無我夢中でした」

 

 「うーん、自分がクロになった瞬間のことを振り返るのってなかなかエグいよねこれ…アタシも自分で自分のしたことにヒいたもん」

 

 「それでもやはり譲れないものというのはあるものでございます。ローズんには友情、私には愛情、屋良井君には自己存在の定義…それを理解しようというのも難しいお話です」

 

 「っていうかおもっくそクロのネタバレしてるけど。いいの?」

 

 「解説編なのでその辺りはもう関係ないのでは」

 

 「ま、いっか。んで、こっからまた捜査が始まるわけね」

 

 「はい。ここからはかいつまんで参ります」

 

 「え、なんで?どうしたの急に」

 

 「いえ、紙幅の関係で」

 

 「紙幅なんてないでしょこれ!?」

 

 「ローズんさんは、たとえば今の時点で我々の発言全てを文字に起こした場合、どれくらいの文字数に達していると思われますか?」

 

 「何そのわざとらしい仮定!?知らねーよ!」

 

 「2万字を超えております。一般的な会話として多いのか少ないのか判断しかねるところではありますが、こちらをお読みいただいている方々にとっては少々冗長かと」

 

 「急に第四の壁ぶち破って事情持ち込むの止めて貰える?頭がついていけねーわ」

 

 「ですのでここからは、解説編らしくテーマを絞って解説して参ります」

 

 「いきなり面倒臭くなったわけじゃないのね?」

 

 「誓ってそのようなことはございません」

 

 「目を見て言え」

 

 「ふっはっは!女性の目を見つめるなどと無礼なことはいたしませんよ!さて、鳥木君はさきほど急にお腹を壊して出て行かれたので、ここからはこのMr.Trickyがローズんさんと共にお送りいたしましょう!」

 

 「バレバレだから」

 

 「テーマは大きく分けて3つ!!捜査編中の曽根崎君の動向、六浜さんと清水君、そして滝山君でございます!」

 

 「うん、まあ事件の中心人物って感じだね」

 

 「まずは曽根崎君の動向について探って参りましょうか。彼は今まで清水君と共に行動し、捜査の際に彼をあちこち連れ回すのがお決まりとなっていました」

 

 「お決まりって言うかそーゆーイメージはあったね。でも今回はそうじゃなくて、別々に捜査しようって言ってるね」

 

 「古部来君の死体周辺の捜査は一緒にしましたが、嫌な予感がすると仰って別行動となりました。そしてこの後に起きることを考えるに、おそらく曽根崎君はこの時点で、裁判までの間に自分が何らかの形で襲われることを想定していたのではないでしょうか?」

 

 「え、なにそれ。この状況で襲われるって、それもはや殺しじゃん。なんでこんな落ち着いてんのあいつ」

 

 「曽根崎君はパーティの際に滝山君からドリアンジュースを受け取り、そこでも同様に嫌な予感がして古部来君にそれを押しつけています。そして古部来君が殺害された。この一連の流れを知っているからこそ、曽根崎君は、本来のターゲットが自分であったと考えたわけです」

 

 「じゃあ清水と別行動にしたのと、わざわざ発掘場に戻ったのって?」

 

 「再び滝山君に襲撃されることを考え、周りに人のいない場所へ誘い出したのでしょう。当然危険は伴います。曽根崎君もそれは覚悟の上だったのでしょう。ですが、曽根崎君は既にその先まで推理していました」

 

 「その先?」

 

 「滝山君が、真犯人とも呼べる誰かに操られているという事実です」

 

 「…マジで?あいつすごくね?なにそれ。どうやってそこまで分かるんだよ」

 

 「後半の裁判の時点で明らかになるのですが、曽根崎君はそこで滝山君を多少怪しんでいたようです。ですが、滝山君に全ての犯行をこなすことができるとまでは考えておりません。故に、他の人間の介入は容易に予想できたことでしょう」

 

 「てかさ、滝山が怪しいってこと分かってて、自分を殺そうとしてるって推理してて、敢えて単独行動するって何の意味があるわけ?」

 

 「それは彼のみぞ知ることでございますね。ですが、清水君や望月さんと共に行動して彼らを危険な目に遭わせるよりも、敢えて襲われてなんとか生き延び、情報を多く得て裁判に臨んだ方が、勝てる可能性があると踏んだのでしょう」

 

 「どんだけギャンブラーだ!人間のクズもびっくりだわ!シャレにならないレベルで死にかけてるし!」

 

 「滝山君の殺意がどれほどかを見誤ったのでしょうか。さすがの曽根崎君でも、全てを見透かすことはできないでしょう。そうであれば殺人が起きる前に止めることもできたでしょうから」

 

 「でも滝山のヤツ、はっきり殺すって言ってるよ。まあ正気じゃなかったとはいえ、かなりヤバかったでしょ」

 

 「正気でないからこそヤバかったのでしょうね。滝山君自身も余裕がなかったことですから。とはいえ、最終的に彼は誰も殺すことはなかったので、それが救いと言えば救いでしょうか」

 

 「それが救いって言える感性おかしいからね。一応言っとくけども」

 

 「そして発掘場で発見された後、笹戸君による応急処置の甲斐もあってなんとか意識を取り戻します。ここで大事な手帳を清水君に託すのは、彼は自分が倒れている間に裁判の結果が出ると考えていたのでしょうか」

 

 「それか、滝山がクロにされるのを見越して、そこで結論出しちゃわないようにしてたのかね」

 

 「いずれにしても彼の卓越した推理能力と先読みの力は素晴らしい者がありますね。私もそれで一度命を救われているわけですので」

 

 「癪だけど認めざるを得ないよね。ホント癪だけど。あいつのあの態度さえなけりゃ…」

 

 「ちなみにこの襲撃の前後で、曽根崎君の周囲への態度は微妙に変化しております。具体的には、倫理観の箍が少々外れているのですが」

 

 「滝山が死んだこととか、良かったって言ってたしね。なんで?」

 

 「打ち所が悪かったのでしょう。メタ的な理由を申しますと、死にかけるほどの怪我を負って脳になんの損傷もないはずはない、ということで、演出の一部です」

 

 「だからさ、そういうのって自分から言うのは野暮なんじゃないの?」

 

 「完結から1年以上経ってますし、解説編ですのでそこはお目こぼしください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さて、お次は六浜さんと清水君についてです。滝山君による連続襲撃事件の2件目は、図書館前で六浜さんが襲撃された件です。このとき六浜さんは曽根崎君ほどの大怪我にはなりませんでしたが、意識が朦朧とするほど負傷されています」

 

 「滝山のヤツ、殺意がないって言われてるけど、むしろ殺意無くてこれだけのことできるってヤバくね?」

 

 「野生児ですから、身体能力は我々の想像を超えます。“超高校級”の“才能”とはそういうものです」

 

 「図書館の屋根から脳天めがけて瓶を投げつけるだけでこの重傷…直接殴られた曽根崎は、ホントよく生きてたなって感じだね」

 

 「打ち所が良かったのでしょう」

 

 「さっきと言ってること違う!!」

 

 「図書館前から医務室まで、倒れた六浜さんを運ぶシーンですが、ここで珍しく清水君が人のために動いています。誰かを負ぶるなど、これまでの清水君の性格からして考えにくいものでしたが」

 

 「さすがに目の前で死なれたら後味悪いからじゃね?」

 

 「それも1つの理由かと思います。ただ、今の清水君にこのときのことをお伺いしても、本当のことは答えていただけないでしょう」

 

 「素直に言うわけないからね。ドールんにとってはこの時のことってのは、消したい記憶なんじゃないかな」

 

 「命を救われているわけですから忘れるわけにはいきませんが、異性におんぶされるというのは恥ずかしすぎるので消したい記憶なのでしょうね。彼女の場合は、前者を優先しそうです。都合良く細かいことを忘れるなどと器用なことはできなさそうです」

 

 「ドールん、クソ真面目だからね」

 

 「ちなみに以前の解説編でも触れていましたが、清水君が六浜さんを密かに想われている疑惑に関してですが」

 

 「エグいタイミングでその話蒸し返すねアンタ。そういうの気ぃ遣って流すもんかと」

 

 「一応天からの指示ですので」

 

 「いつから天啓を仰いでたんだよ!この話題ダメだって!ドールんにとっても清水にとっても地雷だって!」

 

 「裏設定ですので、ここで申さなければどこにも出てきませんので。清水君はここで六浜さんをおんぶして医務室に運んだことをきっかけに、少しだけ六浜さんを意識し出したそうですよ」

 

 「うわ…ちょっとリアル。てかアタシ知らね。蹴られるならアンタ蹴られろよ」

 

 「ご勘弁いただきたい」

 

 「あの野郎、ヅッキーに研究されてみこっちゃんに頼りにされてまどっちに詰られて、そのくせドールんに浮気するとか、なんだあいつ。ハーレム気取りか」

 

 「ハーレムからは程遠い状況かと思いますが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はい、ラストは滝山君の状況に関してです。事件発生直後から、彼は捜査編でほぼ姿を現しておりません」

 

 「普段から捜査編のときはあんま役に立ってなかったから、こんなもんだって思ってたけどね。注意深く見てると、ホントにほとんど出てないじゃん」

 

 「この後の裁判でも目立った活躍はありません。一応当事者の一人である彼は、事件発生後から身の振り方が分からなくなってしまっていたのですね。仕方ないとは思いますが」

 

 「変なことして目立つくらいなら何もしないでおくってわけ?まあそうなるよね」

 

 「経験談でございますか?」

 

 「トリッキーってそういうこと言う人だっけ?」

 

 「直接描写されていませんが、この捜査時間中に滝山君は真犯人と何度か密会を重ねております。まず自分が事件に巻き込まれていることを自覚させられ、協力せざるを得ないと突きつけられます」

 

 「真犯人のヤツも捜査してたのに、どうやって?」

 

 「周辺の林などを利用したのではないでしょうか。また、皆様捜査に動いているので、現場から離れれば人目を避けることも容易かと。何より滝山君の機動力と、真犯人の天性の目立たなさを利用すれば、目を盗んでの密会も可能でしょう」

 

 「そう言われるとできそうな気がしてきた。具体的な説明は全くしてないのに。不思議」

 

 「全てを細かく描写すると絶対に矛盾が出てきてしまいますので。ある意味でミステリーとは、もっとも現実離れした現実と言えましょう。リアリティは重要ですがリアルである必要はないのです」

 

 「それどっかで聞いた!人の台詞パクるな!」

 

 「その密会の最中で滝山君は、曽根崎君と六浜さんを襲撃する覚悟を決めさせられてしまったのでしょう。短い時間でほぼ選択肢がなかったとはいえ、彼をそこまで追い込む真犯人のなんと狡猾なことでしょうか」

 

 「で、その後で発掘場の曽根崎襲撃と図書館のドールん襲撃に繋がるわけね」

 

 「さて、ここでローズんさんを初めとする皆様にご質問です。彼はあくまで自分が生き延びるために曽根崎君と六浜さんを襲撃しましたが、果たして滝山君の行動はエゴでしたのでしょうか。彼の行動が基づいている精神は、クロと呼べるものでしょうか」

 

 「急にどうした」

 

 「共犯関係とはいえ、彼に罪を問うのはいかがなものかと思いまして。事実、彼は人を殺すことを最後まで躊躇っていました。その証拠に、曽根崎君と六浜さんでは怪我の重さに大きな差があります」

 

 「曽根崎が裁判を欠席するほどの重傷で、ドールんが応急処置で済むくらいの軽傷だね。う〜ん…微妙」

 

 「微妙でございますか」

 

 「だって曽根崎の回想で、滝山のヤツ完全に『ころす』って言ってるもん。気が動転してたってのもあるけど、殺意はあったわけっしょ?」

 

 「切羽詰まった状況ですので、殺意は認められますが、我々のそれとはまた異なるかと」

 

 「自虐に見せかけてアタシもディスってきた!いやアタシだってそれどころじゃなかったんだって!」

 

 「私も冷静な判断ができる状態ではありませんでした。むしろ冷静に犯行に及ぶ方が恐ろしいですが、案外半々くらいなのです」

 

 「この場合、滝山がテンパってて、真犯人の方は冷静だったってわけね。冷静どころか計算ずくだから。で、滝山の気持ちがどうだって?」

 

 「曽根崎君を襲撃した場面では明確に殺意が認められるものの、その前後の状況と彼の精神年齢を加味すると、パニックになって暴走してしまったととれます。その後の六浜さんの襲撃では、曽根崎君との直接的な接触は避け、高所からの自由落下に任せる投擲という、非常に殺意の薄い方法を執っています」

 

 「む…そう言われるとそんな気がしてきた。確かに、ドールんの場合は子供のイタズラでもありそうなレベルだもんね。シャレになってないけど」

 

 「おそらく曽根崎君を襲撃して大事になったことで、彼の中である種冷静に考える隙ができたのでしょう。生き延びるためには六浜さんを殺害しなければならない。しかし人を殺害するのは躊躇われる。彼なりの折衷案ということでしょう」

 

 「死ぬ覚悟決めろなんてのも、あいつくらい子供っぽいヤツにはとても言えないしね…」

 

 「彼は死に際に必死に謝罪の言葉を述べていましたが、そこには手を出してしまった曽根崎君や六浜さんへの謝意があったのでしょう。彼のことですから、少なからず真犯人への謝意も含まれていたと思いますが」

 

 「はあ?なんであいつが真犯人に謝んなきゃいけないのよ」

 

 「共犯者としての責務を果たせずに、剰え告発しようとしていましたから。彼にしてみれば、途中でその役目を放棄するようなことに申し訳なさを感じていたのでしょう」

 

 「律儀なのかバカなのか…っていうか胸が痛む」

 

 「ええ。徹底的に利用され、隠れ蓑兼スケープゴートにまでされ、最後には罪をなすりつけられたまま殺害されてしまうのです。それでも彼は、真犯人に感じていた友愛の情を捨てるという選択肢を考えもしませんでした」

 

 「ピュアっていうか、そこまでいくと狂気的な友情信者だね。精神年齢低いからまだぼかされてるけど、あいつが普通の感性持っててその感じだったら、エグいにもほどがあるわ」

 

 「そこまで考えた上で、真犯人は滝山君を共犯者に選んだのでしょう。特異な身体能力に加え、人を信じやすい性格や殺害のしやすさも、冷酷ではありますが共犯者選びには重要ですので」

 

 「う〜ん…やっぱ三章ってどこの論破作品でもドギツいね。殺し方とか動機だけじゃなくて、犯行の細かい部分まで分析するとそういうのが見えてくるっていうか」

 

 「これから拝読する作品にも、これから作品を執筆するという時にも参考になることでございますね。物語の中盤ということで、核心に迫っていくターニングポイントでもございますから」

 

 「異質だよねあいつ。アタシやかなかなは、まだ悪意があって悪いことしたって気持ちがあるのに、あいつは100%自分のためな上に開き直ってるもんね」

 

 「この場で何を申しても許される発言にはならなさそうなので、コメントは差し控えさせていただきます」

 

 「あ、ずる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「これで三章の日常編から捜査編まではだいたい振り返れたし、アタシらの出番もひとまず終わり?」

 

 「ええ。モノクマのアナウンスが流れたこのタイミングで、私たちの担当部分は終了になります。これ以降は次回の方々に引継でございます」

 

 「次回の方々っつっても、今回でアタシらのほとんどは喋ったんだし、あと一人だけ喋ってない人が出るのは確定なんだよね」

 

 「左様でございます。その相方がどなたかは、皆様ご自由にご想像なさってください」

 

 「大丈夫なのかなあの二人で…まともにやれるイメージが湧かない」

 

 「正直なところ、私も不安でございます。そもそも会話が成立するのかすら…いえ、ですがもはや決まったこと。既に作者様は下書きを進められているというお話でございます。今から変えるというのはさすがに酷かと」

 

 「ただでさえアタシたちの解説編の執筆に数ヶ月かかってるくせにね」

 

 「ラストスパートだからと言ってメッタメタになるのもいかがなものかと思いますが」

 

 「てへぺろ!いーじゃん、アタシもともとこういうテキトーなキャラだし!」

 

 「そうでしたでしょうか…」

 

 「んじゃあアタシたちの出番はここまでだね!最後の挨拶、アタシからやるからトリッキーが最後キレイにシメてね!」

 

 「承知いたしました。お任せくださいませ」

 

 「そんじゃーいってみよー!三章日常編解説!ここまで読んでくれてみんなありがと!お送りしたのは、みこっちゃんをすこ!れよ!有栖川薔薇と!」

 

 「Mr.Trickyこと、鳥木平助がお送りいたしました」

 

 「…あれ?トリッキーってそれ別にキャッチコピーじゃなくない?」

 

 「違いました?」

 

 「まあいいけど…じゃ、バイバイ!」

 

 「皆様、お先に失礼致します」

 

 「やめろ!!」




前回から11ヶ月ぶりの更新です。
一年経つ前に更新できてよかったよかった。
次回からはシェイプアップして読みやすくしようと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三章「白羽の矢に射貫かれる 中編」

前回が1年弱かかっていたので、今回は一気に終わらせました!
(1年前から同時並行で書いてることは口が裂けたら言えない)


 「こちらは、ダンガンロンパQQ解説編『後のお祭り』、第三章中編である。本編お呼びここまでの解説編を読み飛ばしている者は、これらを優先して読むべきである。読了後、本解説編を読むことを強く支持することを表明する。続いて免責事項だ。当解説編は本編及びダンガンロンパ原作シリーズの核心的内容、いわゆるネタバレを多く含む可能性を有する。仮にこれらについてネタバレなどにより、読者が損害を被ろうとも、我々は一切の責任を負うことはない。了承すること。ここまでの注意書きを全て読み、免責事項にも承諾したという前提で話を進めていく。以下、宜しく頼む」

 

 「ぽかーん」

 

 「ぽかーんとするな。さて、では簡潔な自己紹介だ。私は当解説編にて進行・解説を担当する、“超高校級の天文部”望月藍だ。そして今回私とともに解説を担当するのは、この男だ」

 

 「きょとーん」

 

 「きょとーんとするな。自己紹介だ」

 

 「え?もういいのか?」

 

 「いいのだ」

 

 「いえーい!みんなおまたせー!“チョコキュウリのソーセージ”滝山大王だぜー!」

 

 「“超高校級の野生児”滝山大王だ。今回は私とともに第三章中編の解説をするのだが、打ち合わせはしっかり終わらせてきたのか?」

 

 「うちわ?もうこのごろはあつくねーから、うちわはいらねーぞ」

 

 「本解説編では、第三章の学級裁判から二度目の捜査編までを解説する。ここは特にお前にとっては重要な部分になってくるのだが、その点においては了承しているということで構わないな?」

 

 「えー?ちがうぜもちづき!りょうしょうじゃなくて、さんしょうのかいせつするんだぜ!」

 

 「好ましくないことではあるが、もう既に私はこの解説編がまともに進行するとは思えない。まず会話が成立していないのだから、解説などできようか(いや、ない)」

 

 「まーまー、もちづきは今回がさいしょなんだろ?しんぱいになんのもしょーがねーって。でもダイジョブだあ!おれはもう一回やったからな!石川と!だから今回はおれがリードするんだ!」

 

 「今回の解説を担当するにあたって過去の回をすべて予習したのだが、お前はただ石川彼方の解説に茶々を入れていただけに過ぎなかったと記憶しているが」

 

 「いいからいいから!おにーさんにまっかせっなさーい!どろぶねにのったつもりでな!」

 

 「漕ぎ出す前から沈みそうだ」

 

 「おれ望月とおはなしできるっていうから、アニーにたくさんおかしもらったんだ。はいクッキー」

 

 「そうだろうと思って、私は飲み物を用意してきた。前回も滝山大王は食事をしながら解説をしていたからな。牛乳と紅茶を持ってきた」

 

 「まぜまぜしようぜ!」

 

 「その見てくれで幼児言葉を使うのは、なかなか違和感を覚えるな。いや、私に感と付く言葉は相応しくないな。しかし何か、ミスマッチであると断言できる」

 

 「うめーうめー」

 

 「もう食べ始めているのか。こぼさずに食べるよう注意しろ。机の上には精密機器や進行に必要な情報リストなども載っているのだ」

 

 「だいじょーぶだいじょーぶ」

 

 「しかし、褐色肌にぼさぼさの髪、大食いに運動神経の良さと頭の悪さ…こうして見ると、原作の終里赤音そのままだな。性別と“才能”こそ違うが、ほぼ同じだ」

 

 「え?なんか言ったか?」

 

 「いいや何も。野暮だな」

 

 「ヤゴ?」


 「改めて確認だ。中編では学級裁判の前編の解説から始まる。今回の事件の被害者は“超高校級の棋士”古部来竜馬だ。湖畔で花火大会中。突如発生した煙により全員の視界が奪われた際に殺された。今までの事件と大きく異なるのは、夜中に人知れず実行されるのではなく、衆人環視の元で行われたという点だ」

 

 「もぐもぐ。ぽかーん。もぐもぐ」

 

 「食事の合間にぽかーんとするな。今の説明ではお前にとって過度に難解だったか」

 

 「こぶらいまで聞いてた」

 

 「聞いてもいなかったのか。ただ事件の概要をなぞっただけだ。解説はここから始まる。一旦クッキーを置け」

 

 「やだよー。食いながらだってかいせつできるもんね!」

 

 「一旦クッキーを置け」

 

 「いいだろべつに」

 

 「一旦クッキーを置け」

 

 「いや…いちまいくらい…」

 

 「一旦クッキーを置け」

 

 「分かった分かったよ!おんなじかんじで何回も言うなよ!こえーよ!」

 

 「では始めよう。まず今回の裁判の冒頭では、六浜童琉がある宣言をしている。今回の学級裁判では自分が議長代行を務めると。本来的に学級裁判に義長などという役割は存在し得ないのだが、要するに自分を中心に議論を展開していくという意味合いにはなる」

 

 「なんでそんなことしたんだ?」

 

 「捜査編を読む限りでは、六浜童琉も犯人らしき人物からの襲撃を受けている。故に自らその正体を突き止めようという復讐心からと考えられる」

 

 「うぅ…そ、そうなんか…。た、たしかに六浜がばこんってやられてたおれたときは、かわいそうだなって思ったけど…」

 

 「開始わずか数分で核心に触れてしまったな。順序立てて説明しなければ難解なことだから、今は触れないでおく。とにかく今回の学級裁判は六浜童琉が中心となるのだが、実際にはさきほど六浜童琉が主導権を握るということもなく進んで行く」

 

 「おれこのときちょーこわかった…」

 

 「そうだろう。前二回と異なり、滝山大王は今回の事件に関して当事者の一人なのだから。それに関連して、裏テーマと言うほど大袈裟ではないが、作者が執筆するときに注意していることがあった」

 

 「なんだそりゃ」

 

 「本学級裁判の最後の方で清水翔が指摘することだが、滝山大王はこの学級裁判中、一言も発言をしていない。沈黙を意味する三点リーダーのセリフさえなく、本当に無言を貫いているのだ」

 

 「マジで!?」

 

 「自分のことだろう。これは、滝山大王が自分が当事者であることを自覚しており、なおかつ緊張や恐怖心で迂闊な発言ができないため、黙ってしまっていることを表している。もし途中でそのことに気付いた読者がいれば、三章という点も相まって、後の展開を予想できた者もいるかも知れないな」

 

 「気付くかなあそんなの…おれも気付かなかったのに」

 

 「おそろしく徹底した無言。清水翔でなければ見逃してしまうな」

 

 「ぎゃくにしみずはよく気付いたなあ」

 

 「こうして滝山大王が一切喋らなかったことが、この裁判の場においては真犯人にとって有利に働いたわけだ。もう少しタイミングがズレていたら、滝山大王の手によって真犯人が暴かれていたかも知れないのだ」

 

 「そうだっけ?おれこのときちょーこわくって、あとのことあんまおぼえてねーや」

 

 「ふむ、通常自分のこうした展開がある話は印象的になると思ったのだが、そうでもないのだろうか。いや、滝山大王の感性を一般化したところで、実際とは異なるだろう」

 

 「ふにゃ?」

 

 「ともかくその話は後にする予定だ。今は裁判の流れを追うことに専念しよう」

 

 「ほんじゃ、むつかしーことはもちづきよろしく!おれはよきところでちゃちゃ入れるから!」

 

 「茶々は入れなくていい。解説をしろ。良きところなど、お前に判断がつくのか?」

 

 「ふっふっふーん!しんぱいすんなよもちづき!じつはなんと、今日はおれともちづきのほかにスペサルゲストがいるんだ!」

 

 「些か登場が遅いような気もするが。そのスペシャルゲストとは誰だ?」

 

 「おれともちづきじゃまともにまとまりそうにないってことで、ろくはまが来てるんだぜ!あっちのへやに!」

 

 「なるほど、六浜童琉によるディレクションか。これは心強い。ところでなぜ直接入って来ずに、ガラス窓で中の様子が伺える隣の部屋に待機しているのだ?」

 

 「しゃべんのはおれともちづきでやれって。カンペだしてくれんだぜカンペ!なんかおもしれーな!」

 

 「早速出しているぞ。なになに『余計な話が長い。私は気にせず本編解説に進め』とのことだ。おっ、またなんかかきはじめたぞ」

 

 「『カンペは読み上げなくていい!』だそうだ。読まなくていいというカンペを読んでしまった。しかし読み上げなければ六浜童琉がどのような指示を私たちに出して、その結果どのように私たちが進行していったかが読者に十分に伝わらない。それでは却って不自然な会話になってしまうのではないか?」

 

 「むつかしーけど、もちづきのゆーとーりだ!」

 

 「また書いた。『では読んでもいいから早く進め』だそうだ。それでは本編解説に進もう」

 

 「ろくはまのやつ。もうげっそりしてんぞ」


 「解説を始めるのは、裁判の導入部分からだ。この時点で人数は10人。16人から比べると大きく減ったように感じるな」

 

 「いやマジでへってんじゃん…。かんじるとかじゃなくて」

 

 「裁判が始まる前の時点で特記すべき事と言えば、六浜童琉が古部来竜馬の死に対して特別な感情を抱いている天と、滝山大王、お前のことだが、瓶の中身を一気飲みしている点だろう」

 

 「おれはあれでだいじょーぶだとおもったのに!うーっ!だまされた!」

 

 「カンペが出た。『ネタバレになる発言は一旦慎め。話の流れに沿って徐々に明らかにしていけ』だそうだ。可能か?滝山大王」

 

 「わかんね!」

 

 「これは不可能という返事に等しいな。というわけで今回は時系列などが交錯することになると予想される。あらかあじめご了承ください」

 

 「『ひらきなおるな』だって」

 

 「仕方がなかろう。そういう回もある。さて、裁判が始まってすぐに、六浜童琉が今回の裁判の進行役を買って出た。学級裁判においては買って出るというよりは名乗りを上げるといった表現の方が正しいか」

 

 「ゆうきあるなーろくはま。すごいなーえらいなー」

 

 「というよりも、六浜童琉自身が言っているように、かなり個人的な理由による申し出のようだ。古部来竜馬に特別な思い入れがあったためであろう。私としては個人的な感情で命を左右する学級裁判の主導権を握られることは、非常に危険だと考えていたのだが」

 

 「じゃあなんで反たいしなかったんだ?」

 

 「議論を円滑に進めるためには、妥協も必要だ。何より、明尾奈美の言う通り、主導権を握るからといって絶対的な発言力を持つわけではない。故にさほど影響はないと判断した」

 

 「ふーん。あっ、なあなあもちづき!ろくはまがまっかっかになってんぞ!」

 

 「手を激しく回しているな。次の話へ行けということだろうか。羞恥心を煽るようなテーマではなかったと思うが」

 

 「しゅーちしーん!しゅーちしーん!おれたーちはー!」

 

 「急に歌い出すな。身体が反射的に防御反応をとるだろう」

 

 「なつかしーうただよな」

 

 「確かに数年ぶりに耳にした。結局あれはコミックソングなのか、あるいは真っ当なポップスなのか。どっちだったのだろう」

 

 「どっちでもいーじゃんか!たのしければ!」

 

 「そういえば設定的に滝山大王は幼少期を樹海で過ごしていたということだが、この歌を知っていると考証的に齟齬が生じるのではないか?」

 

 「いーじゃんかこまけーことは。だって知ってんだもん!しょーがねーよ」

 

 「ふむ。そう考えるとそもそも滝山大王が人間年齢で何歳時点で発見・保護され、希望ヶ峰学園に入学したかによって知識にブレが生じることとなるな。可能性としては、私たちの中で最年長という可能性もなくはないのか?」

 

 「えー?そうなんかな。んっとおれ何才だ?」

 

 「希望ヶ峰学園が現役高校生からのスカウトのみで入学生を決めている以上、入学時点で年齢に差が生まれるのは不可避の必然だ。鳥木平助や古部来竜馬のように中学生時代から“才能”を発揮していた者と、石川彼方や私のように高校生になってから“才能”を評価された者もいるだろう」

 

 「石川とかもちづきがそうだってのははじめて知ったぞ」

 

 「初めて言ったからな。そもそも本編執筆時には存在しなかった設定なのだから、当然だろう」

 

 「あー。ここってそーゆーかんじか」

 

 「2回目にしてその感想か。石川彼方はさぞかし苦労したことだろう。さて、学年と年齢の関係についてだが、先述の通り希望ヶ峰学園においては必ずしも年齢の上下が学年の上下と一致しない。故に、私と滝山大王の間にも年齢差が存在する可能性がある」

 

 「もちづきはおれよりもちっこいから年下だな!」

 

 「お前はQQメンバーで最長身だ。学年で言えば私と滝山大王、それから清水翔、有栖川薔薇、晴柳院命、屋良井照矢、加えて特殊事情だが穂谷円加も同じ1年生だ。おそらく私と有栖川薔薇は他のメンバーに比べて年齢が上だと考えられる」

 

 「なんで?」

 

 「清水翔と屋良井照矢の“才能”は中学生時代を中心に発揮されている。故に高校生で改めて評価する必要がなく、すぐに入学通知が届いたと推察される。滝山大王も“才能”の関係から保護後すぐに通知は送られただろうが、正確な年齢は不明だ。晴柳院命は、代々希望ヶ峰学園に入学している家系にあるのならば早い段階から注目されたと考えられる。私や有栖川薔薇の“才能”は高校生時代を中心に発揮されているため、評価されたのが遅い。故に年齢的には上だ」

 

 「ほにゃー?」

 

 「滝山大王には難しかったか。つまり、“才能”やそれが顕著に表れた年齢によって入学時期は変動するということだ」

 

 「アニーはどうなんだろうな?」

 

 「アンジェリーナ・フォールデンスも詳しい年齢は不明だが、経歴を考慮すると早い方ではないだろうか。他にも、古部来竜馬、鳥木平助、穂谷円加、六浜童琉は比較的早期にスカウトされただろう」

 

 「あっちですげー首ふってるぞ。ちがうって」

 

 「いや、『話が逸れるのが早い。修正しろ』だそうだ。どこまで話したか覚えているか?」

 

 「なんかろくはまのはなしだったとおもう」

 

 「裁判開始と同時に六浜童琉が仕切りに名乗りをあげたところか。本当に最初だな。これは驚いた」

 

 「『こっちのセリフだ!』って」

 

 「この三章の裁判は、今までに比して異例だらけだな。明確な進行役がいることだけでなく、生存者で参加を免除された者がいることや、死傷者の数が多いことだ」

 

 「う、うん…そうだな…そねざきな…」

 

 「分かりやすくトーンダウンするな。それだけで十分なネタバレだ。曽根崎弥一郎は発掘場にて頭部を負傷し、モノクマによる施術を受けている。原作の弐大猫丸を彷彿とさせる展開だが、ロボ化は免れたようだ」

 

 「え!?そねざきしんでねーのか!?」

 

 「何も理解していないのかお前は。この後に復活して、後半の学級裁判に参加している。滝山大王は直接その場面に立ち会っていないのか。ならばこの反応は然るべき反応と言えるのだろうか」

 

 「『はなしをすすめろ!』だって」

 

 「そうだな。では先に進もう。まずは例の如く、モノクマファイルを読み合わせて被害者の状態を確認する段階からだ。私は全員に共有されている情報の再確認にさほど意味はないと考えているが、恒例となっている。今回の被害者は“超高校級の棋士”古部来竜馬だ」

 

 「そんだけじゃなくて、あとはそねざきとろくはまと…ううぅ、やっぱり多いよなあ」

 

 「被害者の数が多くなれば単純に考えて加害者の候補、すなわちクロの候補は少なくなる。クロとされる確率が上がるのだから、最低限の条件である1人の殺害に成功した後に被害者を増やすのは、確率論的知見に基づけば非合理的と言える」

 

 「うにゃー?」

 

 「つまり、何らかの理由がなければ複数を殺害しないということだ。その点についてまずは議論している」

 

 「この、2人までしかころしちゃダメなルールって、1のときからもうあったよな」

 

 「原作でも後から追加されたルールだったな。クロが自分以外の全員を殺害してしまえば、コロシアイというシステムが崩壊してしまうからな。原作では予防として追加されていたが、今回に限ってはモノクマからのクロ対策として追加されている。そういう意味では、モノクマがコロシアイに干渉していると言えなくもない」

 

 「2人までって言ってんのに3人おそわれたんだよなー。ふしぎだなー」

 

 「ここでの結論は、曽根崎弥一郎と六浜童琉は死亡しておらず、クロが殺害したのは古部来竜馬ただ一人だ。すなわち規則には抵触していないというものだ。だが実際には、前2名が死亡していたとしても、規則違反にはならないのだがな。むしろクロはそれを狙っていたのだが」

 

 「はわ……」

 

 「つまり、一人で三人殺害するのはルール違反だが、二人で遭わせて三人殺害すれば、ルール違反にはならないということだ」

 

 「ひー、ふー、みー…ホントだ!すげー!あったまいー!」

 

 「少し待て。ここからずっとこの調子か?滝山大王に理解できるようペースを合わせたら、かつてないほどの長丁場になることが予想される。さすがに私でもそれは勘弁してほしい」

 

 「『ポイントだけはなせばいい。がんばってくれもちづき!』だって。たよられてるなーもちづき」

 

 「お前がいるからな。では掻い摘まんでいこう。まずこの被害者の数の議論になったときに、屋良井照矢が声をあげて容疑を清水翔に集中させている。先ほど解説したように、この時点でクロが二人いることがバレてしまえば、今回のクロである屋良井照矢にとっては非常に不利であるから、話題を逸らしたのだ」

 

 「でもそんなことしたらあやしまれねー?」

 

 「そこは屋良井照矢の巧妙な部分だな。清水翔をクロとする根拠に、曽根崎弥一郎と六浜童琉の両方の現場にいたことを挙げている。被害者数が多いという疑問を、清水翔が居合わせたという共通項で説明しているのだ。実際に企図した展開ではないのだから、機転が利くということだろう」

 

 「でもでも、しみずはろくはまのこと助けてたぜ?おんぶしてたぞ、おんぶ」

 

 「ガラスの向こうで六浜童琉が頽れたぞ」

 

 「おんぶされるなんてろくはまのやつ、子どもみてーだな!」

 

 「『お前に言われたくないわ呆け者』だそうだ。落ち着け六浜童琉。清水翔におんぶされる程度のこと、何も恥ずかしくなどないだろう。私なんか顔面を鷲掴みにされたぞ」

 

 「どういうじょーきょー?」

 

 「まあそれはいいだろう。さて、この段階ではまだ議論の内容はほぼない。私にとっては無意味な議論にも思えていたからな。屋良井照矢によって逸らされた議論を修正し、一連の事件が二人の人物によるものだと提言した。本編でも述べている通り、殺害方法があまりに異なることが根拠だ」

 

 「んまあ…そうだよなあ。おれにはやらいみてーなひどいことできねーもん」

 

 「屋良井照矢の犯行計画は緻密かつ狡猾であった。しかし共犯者が滝山大王であることと、協力させるにあたっての行動計画を十分に与えられなかったことが敗因の一つだろう。私たちを混乱させることはできたが、閉鎖空間内で共犯者という手法は実に諸刃の剣だ」

 

 「むつかしーけど、つまりどういうことだってばよ?」

 

 「滝山大王がいたからこそこの犯行計画が実行可能であり、滝山大王がいたからこそこの犯行には隙ができたということだ」

 

 「お、おれ?おれのせいなのか?」

 

 「この章は滝山大王を中心として動いていると言っても過言ではない。まさに『白羽の矢に射貫かれる』、というタイトル通りだ」

 

 「あー、それどういういみなのかおれぜんぜんわかんね」

 

 「『白羽の矢が立つ』というのは、多くの中から選ばれるという意味の諺だ。その矢に射貫かれている、すなわち与えられた役割を全うできずに死ぬということだ。矢というのは屋良井照矢の名前ともかかっているしな」

 

 「おー!すげー!よくわかんねーけど!」

 

 「もうお前に何かを説明するのは止めにする。時間の無駄だ」

 

 「ムダはよくねーな!」

 

 「『滝山に構わず先に進めろ』と六浜童琉からの指示だ。もはやお前の味方はここにはいないようだ」

 

 「ひえっ」

 

 「では次の解説に進もう。古部来竜馬の死因についてだ。煙の中で清水翔や晴柳院命が感じた音と光、そして死体の損壊の程度と周辺の荒れ方から、爆殺という結論が出た。そう表現するには些か規模が小さいと思われるが、それ以外に表現のしようがないのだから仕方がないな」

 

 「明おが言ってるチョーサクリンってなんだ?」

 

 「昔の人だ」

 

 「むかしの人かー」

 

 「原作でも爆殺などという大それたやり方はこれまで登場していないし、おそらく他の作品においても稀だろう。そもそも爆弾を使うこと自体が現実離れしすぎている…のだが、原作では爆弾を使用した者はいたな」

 

 「おれこーゆーのしってんぞ!きをてらったんだよな!」

 

 「お前の知識の偏り方が分からない。確かに奇を衒ったと言えばそうなのだが、無意味に衒ったわけではない。今回のクロである屋良井照矢は、“超高校級の爆弾魔”という“才能”の持ち主だ。そこは意味があって爆殺を選んでいる」

 

 「よくおもいつくよなー。っていうか、おもいついてもバクダンなんてどうやってつくればいいかわかんねーし」

 

 「だから作者は爆弾とは何か、お手製爆弾をどう作ればいいかを調べたそうだ。それはもう物騒な検索履歴になったということだ」

 

 「そりゃそーだ。そーろんあるあるだな」

 

 「とはいえ、実際にパーティー用クラッカーをアルミホイルやガラス片を用いて、殺傷可能な爆弾に改造できるかどうかはさすがに確認できていない。そこは多少、創作だからと大目に見てほしいとのことだ」

 

 「石川のやったトリックもそうだけど、なんかホントにできんのかあやしーやつばっかじゃね?」

 

 「それくらいでいいだろう。むしろ実際にできたらできたで問題だと思うがな。イメージが可能である程度納得できればそれでいいのだ。極端に現実離れしていても興醒めだが、あまり現実に近付けすぎるとできることは限られてくる。舞台を自由に設定可能とはいえ、ファンタジーな部分がなければ創作物として退屈なものになるだろう」

 

 「トリックじっさいにできるやつマジで0人せつ!ってやつか!」

 

 「あながち否定もできないな。さて、六浜童琉からまた指示があったので話を進めよう。私たちの中で爆弾や火薬などに精通している者は少ない。明尾奈美と鳥木平助の2名だ。前者は破壊・掘削用。後者は演出用とそれぞれ用途は異なるがな」

 

 「そこらへんにあるもんでばくだんつくるなんて、なんかすげーな」

 

 「あり合わせで自分の得意分野に持ち込むその技量と発想は、屋良井照矢が爆弾魔としていかに場数を踏んでいるかが表れているな。記憶に新しい事件から教科書に記載されるような事件に至るまで、全て一人で熟しているとは考えにくいほどに多様な事件を起こしている」

 

 「なんでそこまでやるんだ?いっぱいこわして、いっぱいころして、やらいは何がしたかったんだろーな」

 

 「屋良井照矢にとって、テロリズムこそが目的であって手段ではない。奴には社会への訴えかけるメッセージもなければ、信念もない。強いて言えば、『もぐら』という得体の知れない恐怖を伝播させるためか」

 

 「んなことしなくたって、おれたちみんなあいつのことしってたのによ」

 

 「たかだか十余名の認知で満足できるものではなかったということだろう。たとえ初めは自己満足で始めたものであっても、一つでもレスポンスがあると顕示欲と承認欲求が芽生え、レスポンスが増えるほどさらなるレスポンスを求めるようになる。いつしか手段と目的が逆転し、自分のために書いているのか、レスポンスをもらうために書いているのかを見失い…そういうものだと聞いている」

 

 「あれか。しばらくメシくってねーとぎゃくにはらすかなくなるけど、いいにおいしたらけっきょくはらへるみたいな」

 

 「うむ。実によく分かりやすい比喩表現だ。的を得ているか否かは不明だが」

 

 『得ていなくては意味がないだろう!』

 

 「さて、凶器の作り方がおおまかに判明したところで、次は殺害方法の話に移る。凶器がクラッカー爆弾であることから殺害方法も明らかだが、問題はそこではない」

 

 「ほむほむ」

 

 「クロがクラッカー爆弾を用いたということは、古部来竜馬に接近しなければならない。しかし殺害当時、現場は花火から噴き出た煙幕によって全員が視界を塞がれていた。その中を狙った相手を目掛けて接近し、殺害、そして自分が元いた場所に戻るなど、容易ではない。むしろ不可能だ」

 

 「でもクロはやったんだろ?どうやったんだ?」

 

 「お前がそれを尋ねるのか。しかしこれは実に合理的かつ狡猾と言える手段だ。視覚以外の方法で距離や方向を感知するというのは、生物の中でも極限られた種だけが可能だ。まさか人間にそんなことができるとは思っていないだろう」

 

 「ああ!におったにおった!おれこぶらいのにおいにおったぞ!」

 

 「言ってしまうのか。だがその通りだ。パーティ中に滝山大王が曽根崎弥一郎に飲ませようとしたドリアンジュースを、曽根崎弥一郎が古部来竜馬に渡して飲ませたことで、爆弾の標的が古部来竜馬になったのだ。これはつまり、当初の殺害対象は曽根崎弥一郎だったということになる」

 

 「あーなるなる」

 

 「狡猾なクロのことだ。どこまで計算していたのかは不明だが、結果的に標的としていた者を殺害することに成功したのだ。曽根崎弥一郎はこの後滝山大王に襲撃されるが、九死に一生を得た。真のクロに狙われていてはそんな暇も与えられなかっただろう」

 

 「ぞくっ」

 

 「お前は狙われている方だったな」

 

 「おれ…曽根崎にあんなことしちゃった。あやまったらゆるしてくれっかな?」

 

 「それは私にも分かりかねるが、真のクロに追い詰められていたとはいえ、お前が曽根崎弥一郎に殺意を持ったことは間違いないだろう」

 

 「あうう…」

 

 「しかし私たちの中で素手による殺傷能力が最も高いと思われる滝山大王が、殺意を持ちながら曽根崎弥一郎を殺害し損ねたというのは、やはり少々気になるな。モノクマによる救護があったとしても、頭部を負傷して即死でないとは」

 

 「う〜ん…やっぱりおれ、ちょっとそねざきころすのイヤだなって思ったもんな」

 

 「真のクロもお前のその腕力には期待していたらしいことを言っていたが。野生で生きているときには獲物を殺さなかったのか?」

 

 「ころすっていうか、くうって方がつえーからな。あんまりころしてるってかんじしなかった。でもそうだよな…わるいことだよな…」

 

 「いや、自分が生きるために他者の命を奪うことは、一概に悪とは言い切れない。同族殺しが例外的な処置を受けているだけであって、本来的に生物とは他の命を糧にしなければ生存できない造りになっている」

 

 「むつかしーぞ!」

 

 「難しいだろうな」


 「で、なんでろくはまはおこってんだ?」

 

 「古部来竜馬の殺害が全くの偶然であることを認めようとしないのだ。明確な目的があって殺害されたとしても結果は変わらないのだが、なぜか意地を張っている」

 

 『そこは飛ばしていい。次の話に移れ』

 

 「ぐーぜんだとイヤなのか?」

 

 「古部来竜馬が殺害される必然性がなければ、全く理不尽に殺害されたことになる。必然性があったとして納得するわけでもないだろうに、その点に拘る理由は理解不能だ。結果的にはドリアンジュースのトリックを見破るきっかけになったが」

 

 「おれそーゆーのしってんぞ。けがのこーみょーっていうんだろ」

 

 「怪我かどうかはさておき、言いたいことは分かる」

 

 「アニーにおしえてもらった!」

 

 「修得背景が複雑過ぎる。アンジェリーナ・フォールデンスは誰から教わったのだ」

 

 「さあ?」

 

 「『いちいちわき道にそれるな!』と注意されてしまった。しかし脇道に逸れることがこの解説編の醍醐味なのではないか?本編の解説編と銘打っておきながら、他愛ない会話から話が逸れて他愛ない我々の会話を楽しむものではなかったのか?」

 

 「なんかちがうかんじだった気がするけど…」

 

 「改まって、さあ話せ、と言われても、主題もない状態では話しようがない。主たる課題以外に与えた副次的な課題の方が作業効率がよくなるという実験結果もある」

 

 「わかるー」

 

 「故に私たちは解説を主たる課題とし、内容のない雑談を副次課題として会話をしているわけであり、副次課題が捗る、すなわち話が脇道に逸れることも致し方ないかと」

 

 「『むずかしい言い方で言いわけをするな!』だって」

 

 「承知した。可能な限り簡潔に済ませよう。まだ二度目の捜査編の解説も残っていることだからな」

 

 「うへー!まだ半分終わってねーのか!」

 

 「解説編だからその辺りのペース配分はいい加減でもいいのだ。おまけ程度の扱いなのだからな」

 

 「それじぶんで言っちゃうんだな…」

 

 「さて、六浜童琉の反論により、古部来竜馬は意図的に狙われたと仮定した上で話は進む。実際、古部来竜馬は狙われていた。その証拠として、清水翔は事件前後の人の配置図を提出した」

 

 「これでなにがわかんだ?」

 

 「古部来竜馬は花火をしている最中、集団の端にいた。手近な人物を狙ったのだとすれば、それだけで犯人を絞り込む手掛かりとなる。古部来竜馬から最も近くにいた穂谷円加でさえも、狙うのならば清水翔の方が容易に殺害できたはずだ」

 

 「なるほどなー!」

 

 「加えて言えば、事件当時は煙幕が発生していたことにより、手近な人物でさえも近付くのは容易ではない。やはり一人離れた場所にいた古部来竜馬が殺害されたのを、偶然と結論付けることはできないだろう」

 

 「まあ何も見えなかったけど、それでもニオイでばしょわかんねーか?」

 

 「ネタバレしてしまったな。それこそが、犯人が滝山大王を共犯者に選んだ理由だ。この議論の中で、笹戸優真に疑惑が向いたりもしている。煙の外側からなら煙幕など関係なく接近できるだろうと。それも、古部来竜馬の死体の状態に矛盾するから撤回される」

 

 「したいからいろんなことがわかんだな」

 

 「その後で、視覚に頼らない接近方法の話だ。先に滝山大王が言った、というか告白した通り、この煙の中で犯人は、古部来竜馬の臭いを辿って移動した。より厳密に言えば、古部来竜馬の身体に付着したドリアンジュースの臭いを辿って移動する滝山大王に同行して、古部来竜馬の下へ移動した、となる」

 

 「はにゃ…?」

 

 「お前が屋良井照矢に指示されて行ったことだ。曽根崎弥一郎の予想では、古部来竜馬を驚かせる悪戯程度のつもりだったのだろう」

 

 「ああ、あれね」

 

 「自分が行ったことでさえ言葉にすると理解できないのか。もういい。滝山大王はおいていく。ここからは私と六浜童琉で解説を──流石に制止がかかってしまった」

 

 『相方を放棄するな!理解させなくていいから会話だけは続けろ!それからお前の言葉は滝山でなくても分かりづらい!』

 

 「いよいよにしてこのキャスティングに無理があると私は思うのだが」

 

 『他のキャスティングが合わなかったのだ。なんとか耐えてくれ』

 

 「こうして六浜童琉がディレクションしているのなら、今からでも交代というわけにはいかないのか」

 

 『残念ながらそれはできんしこっちと会話するな!滝山!しっかりしろ!』

 

 「グミおいしい」

 

 「こちらも完全放棄のようだ」

 

 『ちゃんとやってくれ頼むから!』

 

 「六浜童琉が頽れた」

 

 「はらへってんのかな」

 

 「そうではない。それより裁判の解説の続きだ。こうなったら私一人でも完遂させねば、電力を消費して閲覧しているお前たちに申し訳が立たない」

 

 『お前と言うな!せめて画面の前のみなさんと言え!』

 

 「パーティ会場で滝山大王が曽根崎弥一郎に渡したジュースは、臭いのきついドリアンジュースだった。飲めば思わず噴き出してしまうほどな。そうすれば、滝山大王が辿れる程度の臭いは付くというわけだ。これらも曽根崎弥一郎の手帳の記述から得られた推理だ」

 

 「おー!あれくさかったなー。ホントはな、そねざきにのますつもりだったんだ。でもあいつがきづいたからな、こぶらいがのんじゃって、そんでこぶらいにすっかってなったんだ」

 

 「いわばあのドリアンジュースが、殺害ターゲットの印だったわけだ。そこまで明確に理解していたわけではないとはいえ、直感で危険だと判断しておきながら古部来竜馬に転嫁した曽根崎弥一郎も如何なものかと思うが」

 

 「ホントはあいつわりーやつなんじゃねーの?」

 

 「お前が言うな」

 

 「あ、おれのはなしになってる…あ、おもいだした…」

 

 「やっと思い出したか。そうだ。お前はここで、嗅覚から古部来竜馬に辿り付ける“才能”の持ち主として、清水翔から犯人指名を受ける。そしてここの地の文でも清水翔によって言及されているが、今回の学級裁判において滝山大王は、一切台詞を与えられていない。三点リーダーのみの台詞でさえもない。完全なる無言を貫いているのだ」

 

 「だって、なんかしゃべったらみんながおれのこと見るとおもって…」

 

 「その通りだ。滝山大王はこのとき、犯罪に加担していたことの後ろめたさと、曽根崎弥一郎を殺害したかもしれないという後悔、恐怖、背徳感などから、口を噤んでしまっていた。真犯人である屋良井照矢にしてみれば、それは嬉しい誤算だったようだ。仮に喋れていたとしても、屋良井照矢によって議論はある程度誘導されていただろうが」

 

 「それもあいつ言ってたな。ああ…おれなんかすげーこわがってる…。ごめんなさいって…すげー言ってる。ごめんなさいごめんなさい…」

 

 「今のお前まで謝ってどうする。この謝罪は、いったい誰に向けてのものなのだろうな。直接手を下していないとはいえ、殺害に加担してしまった古部来竜馬か。自ら手を下し、死亡しないまでも昏睡状態にまで追いやった曽根崎弥一郎か。或いは騙されていたとはいえ裏切ることになった犯人以外の全員か。はたまた大した反論もできず自分の関与を暴かれてしまったことを屋良井照矢に謝っているのか」

 

 「あやまることいっぱーい」

 

 「そこまで能天気になれているのならもう問題ないのだろう。しかしこの時点での滝山大王は相当なパニックに陥っていたようだ。ぜひとも映像化してみたい、と作者は言っている」

 

 「いまもちづきがもちづきじゃないしゅんかんがあった…」

 

 「適度のストレスによってパニックをおこすことはさして珍しいことではないが、滝山大王の場合は明確に謝罪の言葉を述べているのがまた不安を煽っているようだ」

 

 「だってこわかったんだもんよ。とりあえずあやまっとかないと、なんかすげーいやなかんじがしたんだもん」

 

 「その嫌な感じというのは、おそらく謝罪だけで済むものではなかっただろうがな。さて、一通り滝山大王が発狂したところで──」

 

 『発狂をさらっと流すな!邪神の呼び声でも聞こえているのかお前は!』

 

 「モノクマが投票に入ろうとしているな。確かにここまでの流れを踏まえると、滝山大王が犯人(クロ)であるという説も納得してしまえる。少なくとも屋良井照矢が最多得票者になることはないだろう」

 

 「あぶないとこだったんだな。もうちょっとでやらいのかちになるとこだった」

 

 「それを止めたのは、滝山大王だ。この口調からして、おそらく吹っ切れたのだろう。犯人を指名しようとしている」

 

 「なんか、やらいもこわかったけど、そのままみんなが死んじゃうのもやだなっておもったんだ。だから、おれバカだからみんなにうまくわからせるのとかできねーけど、ほんとのことはいわなきゃって」

 

 「それがお前なりの、せめてもの償いだったのだろう」

 

 「そうなのかな」

 

 「それが分かるのはその時のお前だけだ。まあ、どういう気持ちであったにせよ、その償いすらできないままに、お前は退場してしまうのだがな」

 

 「ぎゃああああッ!!おれがゲロはいた!!」

 

 「本編中の明尾奈美と全く同じリアクションだな。突然苦しみだした滝山大王は、血の混じった嘔吐を繰り返した。さすがにあれは私も見ていて不快になった。明らかに異常事態であるし、このタイミングで滝山大王がそうなっていることに、何かしらの作為を感じずにはいられなかった」

 

 「きもちわるくて…あたまぐわんぐわして…いたくって…くるしくって…ううぅ…」

 

 「この滝山大王が裁判中に死亡するシーンは、作中でも屈指の作者が楽しみにしていたシーンだそうだ。挿絵を付けてもいいくらいだと」

 

 「おれそんなにきにいられてたんだなー、えへへ」

 

 『辛いな』

 

 「いよいよ六浜童琉が自然に会話に入ってくるようになった。そしてこの、滝山大王の最期の台詞からも、色々と想像できてしまうな」

 

 「するってえと?」

 

 「『おれ…死にたくねえよお…!』という台詞からは、状況から考えても自分の死を悟っていると考えられる。その直後に、自分の吐いた血反吐の中に倒れていくのだ。まさに凄惨な現場だったな。死の恐怖に怯えた者が今際の際に発した台詞として、これほど悲痛なものもそうないだろう」

 

 「いやー、こんときはしんどかった」

 

 「そんな程度で済ませてしまうのか…」

 

 「だってもうむかしのことだしよ。しんどかったけどおわっちまえばなんでもねーな」

 

 「喉元を過ぎれば熱さを忘れるとはこのことか。いや、それは飯出条治のことを表すタイトルになっていたから使用は適切ではないのか?」

 

 「またもちづきがむつかしーこと言いだした。早いとこつぎいこーぜつぎ!」

 

 「次と言っても、裁判の第一話は滝山大王が死亡するシーンで終了だ。この後は二度目の裁判に向けての捜査編に移る」

 

 「へーそう」

 

 「ただでさえ被害者が複数出た事件である上に、裁判中に最も疑わしいと思われていた滝山大王が何者かによって殺害されたのだ。これほど困窮する展開もそうそうあるまい。む、『自画自賛するな!』と?今のは私の言葉であって、作者の言葉ではない、断じて」

 

 『なぜ作者の肩を持つ!?』

 

 「さっきももちづきが言ってたけど、このシーンってさくしゃのおきにいりのシーンなんだよな。うれしーな♬おきにいられた♬」

 

 「純粋さは時に痛々しいものだと知った」


 「さて、ここからは二度目の捜査編について解説をしていく。この捜査編と一度目の捜査編の最も大きな違い…と言うよりも大きな出来事は、裁判場から私たちが合宿場に戻って来たときの描写だ。滝山大王に襲撃され、昏倒状態にあった曽根崎弥一郎が私たちを出迎えていた」

 

 「なんかかっけーな」

 

 「曽根崎弥一郎はこうした演出が好きなようだ。捜査時間も限られている中で、敢えて思わせぶりな態度を取るのは時間の無駄と言わざるを得ないのだが」

 

 「き、きびしー…」

 

 「そして当然のごとく二度目の捜査を始めた我々だが、曽根崎弥一郎は清水翔と共に捜査をしている。預けた手帳を回収する目的もあったのだろうが、曽根崎弥一郎にとって清水翔は信用に値する数少ないメンバーだ。屋良井照矢の本性でもある『もぐら』についての調査報告を共有したのも、裁判前の時点では清水翔のみだ。私も知らされていなかった」

 

 「……しっと?」

 

 「していない」

 

 「ふーん」

 

 「その後の捜査では、発掘場・資料館・湖畔・一度目の学級裁判場を捜査することになる。曽根崎弥一郎が襲撃された現場では明尾奈美が凶器の瓶を、資料館では滝山大王が六浜童琉を襲撃した際に残した足跡を、湖畔では滝山大王のモノクマファイルを、裁判場では滝山大王が裁判長前に飲んでいたただの水道水を発見することになる」

 

 「ぐう」

 

 「今の説明の間に入眠したというのか。機械に頼りがちなダメ小学生男子のような速さだ。おい起きろ」

 

 「むにぃ」

 

 「起きろ起きろ。ぐにぐにっと」

 

 「あうっ。いてー!なんだよもちづき!」

 

 「私がよく清水翔にやられる頬つねり技を試してみた。引っ張られると痛いだろう」

 

 「シャーッ!!」

 

 「威嚇されるようになってしまった。説明をしたら勝手に寝る、起こしたら威嚇する、どうすればいいのだ」

 

 「石川はもっとじょーずにおれのことあつかってたぞ!」

 

 「扱われる必要があることを自覚しているのならもう少し大人しくしていろ」

 

 『じゃれるなお前ら!』

 

 「怒られてしまった。滝山大王の所為だぞ」

 

 「ごめんなさい」

 

 「素直に謝ったのなら許そう」

 

 『話を先に進めろ!』

 

 「また怒られてしまった。捜査のおおまかな流れは説明してしまったのだがな。今回の話の特記事項といえば、やたらと曽根崎弥一郎が清水翔から暴力を受けているというところだ。復帰早々で清水翔が容赦ないように見えるが、実は曽根崎弥一郎の方に問題があるのだ」

 

 「するってーと?」

 

 「前述されてもいるが、滝山大王に襲撃されてモノクマから治療を受けた後から、曽根崎弥一郎の言動から若干倫理観が欠如してきているのだ。これが滝山大王の攻撃によるものなのか、モノクマが治療の際に何かしたのかは不明だが、それによって以前より漂わせていた胡散臭さや非常識さが際立つ結果となった」

 

 「おれのせいなのかも…」

 

 「これに関しては全く想像でしか話ができない。故に反省するだけ無駄だ」

 

 「さっきろくはまにおこられたの…」

 

 「それはお前のせいだ。反省しろ」

 

 「はんせい\(_ _)」

 

 「しばらくそうしていろ。じっとしていてもらう方が助かる」


 「なんのはなしだっけ?」

 

 「二度目の捜査編についてだ。捜査場所は先程述べた箇所で、発見した物も同時に述べている。おや? 解説することなどもうないのではないか?」

 

 「おーわり!」

 

 「そんな雑に終わらせるわけにいかないだろう。そうだな…この捜査編における、三章の真犯人である屋良井照矢の動きについて多少解説を加えるとしよう」

 

 「ほほーう」

 

 「屋良井照矢は一度目の捜査編で古部来竜馬の死体の見張りを、私と共に務めていた。これは、殺害後間もなく捜査が始まるということで、死体周辺に証拠が多く残るためそれを隠滅しようと企んだものによる。それ自体は私が見張ることで封じたが」

 

 「よっ!もちづきお手がら!」

 

 「二度目の捜査編では医務室を捜査していた。今回の事件において医務室は直接使用されておらず、従って証拠もない。ならば狡猾で周到な真犯人である屋良井照矢がなぜこの場所にいたのか、疑問を感じないか?」

 

 「ちっとも。ハラいたかったんじゃねーの?」

 

 「…」

 

 『頑張れ望月。あと少しで解放される』

 

 「ここで屋良井がチェックしていたのは、滝山大王を殺害した毒だ」

 

 「え?おれ?」

 

 「元々屋良井照矢は、滝山大王が死亡する前に裁判を終了させて勝利する予定だった。しかし裁判の終了を待たずに滝山大王は死亡してしまい、もう一度学級裁判をする必要が出てきた。そこで、毒殺であることが明確であるのを逆手にとり、捜査に貢献していることをアピールすると同時に実際と異なる毒による殺人だというシナリオを構築しようとしているのだ」

 

 「む?むむ?なんでそんなことすんだ?」

 

 「滝山大王が摂取した遅効性かつ無味無臭の毒とは異なる、即効性のある毒や揮発性の高い毒などを使ったと結論付けられれば、自ずと裁判場で席の近い人物が疑われるようになる。つまり屋良井照矢にとって有利な状況となるわけだ」

 

 「あーね」

 

「さらに、万が一他の毒による死亡であった場合、クロの権利を奪われた可能性もある。その万が一において自らが正しい人物をクロとできなければ、全てが水の泡だ。その可能性を潰すと同時に自身から疑いの目を逸らすための工作の準備をしていたのだ」

 

 「んでも、そんなことしねーで、おれをころしたしょうことかかくせばよかったのに」

 

 「現場が裁判場であり証拠品も少ない。全員が同時に捜査を始めたため、怪しい行動をすれば目立ってしまう。周囲に溶け込みつつ裁判の勝率を上げるには、これくらいしかできんのだ。古部来竜馬の方の捜査をして墓穴を掘るようなこともないしな」

 

 「やらいもちゃんとかんがえてんだなー。えらい」

 

 「お前は本当に話の趣旨を理解しているのか?屋良井照矢はお前を殺害したのだぞ?」

 

 「いやそーなんだけど、やっぱおわってみたら大したことなかったやって。もういてーのもくるしいのもわすれたし」

 

 「私もあまり否定できないから流すが」

 

 「それにおれ、やらいにころされてよかったよ。あのままだったらきっとやらいがモノクマにころされるのみて、おれだけ生きのこったのがイヤになる。おれもやらいもこぶらいのこところしたんだから、ちゃんとバチあたらないとこわくなる」

 

 「殊の外、応報の概念を有していたか。それで滝山大王自身が納得し、ある種の償いを感じているのなら、それはそれで成立しているのだろう。古部来竜馬や曽根崎弥一郎が如何なる判断を下すかにも依るが」

 

 「うぅ…ゆるしてくれるかな…」

 

 「さあ。だが前回までの解説編の中では、然程そのことを気に懸けていたり、心的外傷を負っている様子は見られなかった。せっかく六浜童琉がいるのだし、呼んで確認してみるか?」

 

 「こえーよ!なんだよコンパスかよ!」

 

 「サイコパスのことだろうか」

 

 「それだった!」

 

 「うむ。それはスニフ・L・マクドナルドと研前こなたのやり取りだ。我々がパクっていいとは思えないのだが」

 

 「いーのいーの。あいつらおれらのこうはいだろ?」

 

 「誤解を招く言い方をするな。ダンガンロンパQQとダンガンロンパカレイドの間には物語や世界観になんの共通性もない。後輩と呼ぶと、時系列が生じるだろう」

 

 「そうだとなんかこまんのか?」

 

 「…特に困ることはないな。成立し得る」

 

 『負けるな望月!』

 

 「喝を入れられた。とにかくダメなものはダメだ」

 

 「でもでも、スニフがしみずのことよぶときなんていうんだよ?」

 

 「カケルパイセンさん、だな。パイセンとは先輩の倒語であるから…やはり先輩後輩の関係なのか?」

 

 『滝山に説得されるな望月!それはただのクロスオーバーであって意味はない!』

 

 「だそうだ。ちなみにこのパイセンという呼び方は、曽根崎弥一郎が吹き込んだという設定になっている」

 

 「ちょーどーでもいー」

 

 「全くだ。なぜ本編ではなくそんなことの解説をしているのだ私は」

 

 「よるおそいからじゃね?」

 

 「これが所謂、深夜テンションというものか」

 

 「ぜんぜんテンション上がってねーけど」


 「さて、大方解説も終了し、我々の担当範囲はここまでだ。ようやくこの地獄の空間から抜け出せるのだな」

 

 「しっけーな!じごくとは!」

 

 「三章は他の章に比べて長いため、3部に分けて解説をしている。次回は三章後編だ。解説を担当するのはあの二人だ」

 

 「どのふたりだ?」

 

 「滝山大王は解説編は二度目だな。つまり、私たちは解説編をそれぞれ2回ずつ担当する。従って次回の担当は、これまで解説をしてきたうちの、滝山大王以外の誰か二人だ」

 

 「じゃあおれもう出てこないの!?」

 

 「そうだな。石川彼方との回と私との回で2回だ。もっとも、お前との解説編はもう誰もやりたがらないだろう。実験的に私とお前でコンビを組まされたが、六浜童琉の援助がなければ成立していたかも怪しい」

 

 「それほどでもねーって」

 

 「褒めていない」

 

 「んじゃあそろそろシメる?」

 

 「お前が決めるな。ここは私が仕切る」

 

 「いーよ」

 

 「うむ。では今回の解説編はここで終わりとしよう。なかなかに見苦しい展開が続いたが、ここまで読んでくれた画面の前のお前たち──」

 

 『お前と呼ぶなと言っただろうが!』

 

 「画面の前の皆様方には大いに感謝を。ドウモアリガトウ」

 

 『なぜカタコトだ!』

 

 「オチを付けた」

 

 「おちたかなー今ので…?」

 

 「ではここでお別れだ。滝山大王からいつもの挨拶をしろ」

 

 「バイバイ!ちょこもろきゅーのそーせーじー!滝山大王と!」

 

 「超高校級の天文部、望月藍がお送りした。それでは次回を楽しみにしているといい」

 

監修:六浜童琉



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三章「白羽の矢に射貫かれる 後編」

 

 こちらは、『ダンガンロンパQQ』の解説になります。

 本編を読了していることを前提に執筆しているため、本編についてのネタバレが多分に含まれています。

 まだ本編を読まれていない方はご注意ください。

 


 

 「ハァイ、お久しぶりね。みんなおぼえてるかしら?アンジェリーナ・フォールデンスよ。ワタシといっしょにカイセツをしてくれるのは、この人」

 

 「アニー!ごめん!」

 

 「ジャパニーズ土☆下☆座、できれいにまとまってる、カナタよ。よろしくね」

 

 「すんなり受け入れないで!あたしなりに精一杯やってるからネタ的に処理しないで!」

 

 「そうは言ってもねえ。ワタシ今までドゲザなんて何回かしかされたことないから、どうすればいいかわからないわ」

 

 「何回かはされてるんだ!?どんな人生歩んできたの…今のは失言でした!!」

 

 「ちょっとカナタ、一回かおをあげてよ。ふつうにトークしましょ。このままじゃなんだかいつものカナタらしくないわ」

 

 「だってあたし、アニーにすごくひどいことした…!謝っても謝りきれないくらいのことを…!全部あたしが悪いの!あたしが自分の気持ちをもっとおさえられてたらあんなことには…!」

 

 「もういいのよ、カナタ。とうのむかしにおわったことなんだし、あなたはその分のおしおきをされたわ。だからいつまでもワタシにあやまらないで。過去は過去として受け入れて、今はトークをたのしみましょう。そうでないとワタシたち、いつまでもベストフレンドにもどれないわ」

 

 「なに?天使?聖人?御仏?」

 

 「カナタのきもちが分かるから言ってるのよ。どこかのしらないだれかにいきなりころされたわけじゃないもの。カナタが苦しんで、辛くって、泣いてしまうほどくやんでることが分かってるから、あなたをゆるせるの」

 

 「本当にさ、アニーってあたしたちの中で一番希望的な存在だったんじゃないかって、今更だけど思うよ。笹戸は晴柳院ちゃんを推してたけど、こんなこと言ってくれるのアニーだけだもん。本当に…許されない方がまだ救われるのに…!」

 

 「ヘビーよカナタ!空気がヘビーになる!もっとリラックスして、笑いましょ。コーヒーでものんでおちついて」

 

 「アニーのコーヒー…なんだか懐かしい感じがする…。ほっとするし、あったかい気持ちになる…」

 

 「ワタシのスペシャルブレンドだもの。カナタのために元気が出るブレンドにしたのよ」

 

 「コーヒー豆に精神安定効果なんかあったっけ?」

 

 「コーヒーをどうやってのむかでこうかはかわるわ。おちつきたいときにもピッタリだし、これからがんばろうってきもちのときにも。あとはリフレッシュしたいときにもね」

 

 「うん、なんかちょっと落ち着いた」

 

 「そう?じゃあここからワタシたちはいつものワタシたち。カイセツもだいじだけど、ガールズトークをたのしみましょう」

 

 「うん、ありがとアニー!あー、でもガールズトークになるかはちょっと保証できないな」

 

 「そうなの?どうして?」

 

 「話す内容がないようだし、何よりガールじゃないし…何がとは言わないけど」

 

 「それもそうね」

 


 

 「ところでアニー。いっつも冒頭でやってた、こちらはQQ解説編ですっていうアナウンスはしなくていいの?」

 

 「それはもういいみたいよ。ここをよんでる人に言うことじゃないもの。もしまちがえちゃった人は、タイトルをきちんとかくにんしてよむのよ」

 

 「本編未読で間違えて読んでる人がいたら、既に結構なネタバレ食らってる気がするけど…まあいっか」

 

 「ワタシたちはふたりとも、カイセツをするのは二回目ね。ワタシははじめてはナミといっしょだったわ。ナミとはああやってじっくりトークしたことなかったから、たのしかったわ」

 

 「そうなんだ。アタシは滝山とだったから…大変だったわ。あいつ好き放題するし全然解説しないしで、言わなくちゃいけないことほとんど任せだったし」

 

 「おつかれさまね。コーヒーでもいかが?」

 

 「ありがと。やっぱりアニーのコーヒーはおいしいね」

 

 「おかしもあるわよ」

 

 「うっ…ヤバい、この感じ、あたしが滝山みたいになってくかもしれない。解説しないでコーヒー飲んでお菓子食べて…」

 

 「うふふ。カイセツだからってそんなに気負わなくていいのよ。リラックスして、しぜんなトークの中でひつようなことを言っていけばいいの」

 

 「アニーはいつでも落ち着いてて、なんか達観してるっていうか、大人だよね」

 

 「そうかしら。みんなとおないどしよ。きっと」

 

 「なんかちょっとした所作とか振る舞いが大人びてるのは、アニーの生い立ち考えたらなんとなく分かる。でもその言葉遣いとか、どこで覚えてきたの?めちゃくちゃ流暢だし」

 

 「そうね…どこでおぼえてきたことにしたらいいのかしら?フォールデンスさんがやとった先生がこういう口調だったとか、使ってた教材がこんなかんじだったとか、ジャパンに来てからこうなったとか…」

 

 「とか、ってどういうこと?」

 

 「決めてないのよ」

 

 「うわ!設定面から答えてきた!解説編っぽい!」

 

 「リアルなこと言ったら、ジャパニーズってすごくむずかしい言葉だから、もっとかたいイメージの口調になると思うのよね。だけどそれじゃあキャラクターとしてイメージがつかみづらいから、ワタシっていうキャラクターのイメージからこうなったのよ」

 

 「いやまあそう言われると納得するというか、分かるんだけど…もっとアニーのキャラを深掘りしてくるのかと思いきや、全然違う方から返ってきたからびっくりしたよ」

 

 「一つクリアにさせておくことがあるわ。こうやって書いてあることのほとんどは、作者がその場の思い付きで書いてることよ。カイセツしなくちゃいけないこと以外は全部アドリブなの。だからこうしてる今も、この後どうやってトークしていけばいいのか分からないまま書いてるの」

 

 「そこまで全部ぶっちゃける必要ある!?ってかそれダメじゃん!アドリブ垂れ流すってどういうつもりよ!」

 

 「それくらいゆるくいきましょうってことよ。いつもガチガチだとつかれちゃうでしょ」

 

 「うん…それはまあ納得できないこともないけど」

 

 「それじゃ、こんなまったりゆったりしたムードのまんまカイセツしていくわよ。コーヒーでものみながらいきましょう」

 

 「ブレない…」

 


 

 「ねえアニー」

 

 「なあにカナタ」

 

 「本編の解説に行く前にちょっと気になったんだけど、毎章でやってる章タイトルの解説って、三章でやってたっけ?」

 

 「どうだったかしら。三章のカイセツは1年くらいかけてやってるから、あんまりおぼえてないわ。このばあい、おぼえてないのはワタシじゃなくて作者だったりするのだけど」

 

 「いちいち立場明確にしなくていいよ。アニーはもっとしっかりしてるってあたし知ってるから」

 

 「うふふ、ありがと」

 

 「で、どうだったかしら?実際のところ」

 

 「ローズとヘースケのときにはそんなテーマにはなってなくて、ランとダイオのときにはそれどころじゃなかったわね。だからきっとしてないわ」

 

 「有栖川ちゃんと鳥木の回は意外に盛り上がったもんね。あの二人って案外良いコンビなのかも。って、そうじゃなくて、やっぱり解説してなかったのね」

 

 「やっとく?」

 

 「やっといた方がいいと思う。やっぱり一番解説が必要なのってそこだと思うし」

 

 「そうね。えっと、三章のタイトルはなんだったかしら?」

 

 「『白羽の矢に射貫かれる』ってヤツね。QQのタイトルはことわざをもじったヤツだから、アニーにはちょっと馴染みないかもね」

 

 「そうね。もとのことわざがあるっていうのは知ってるけれど、いまいちいみわかってないわ」

 

 「一応その辺から解説しておくね。元ネタは、白羽の矢が立つってことわざね。何かの役目に決まるって意味だけど、もともとは生贄とか供物に捧げられる人の家に神様から白い矢が射られるって伝説からできた言葉だから、最初っから良い意味じゃないんだよね」

 

 「Oh…とってもこわいことばなのね」

 

 「今では良い意味でも悪い意味でも、人が何かの役目を任されるときに使うね。で、三章のタイトルではその白羽の矢に射貫かれてる、つまり貫かれてるわけ」

 

 「矢がつらぬいたらいたいわね」

 

 「痛いっていうか普通に死んじゃう。一章のタイトルは身を焦がした飯出のこと。二章のタイトルは爪が尖ったあたしのこと。そして三章のタイトルは射貫かれた滝山のことが表されてるのよね」

 

 「なんだかそれぞれの事件で、立場のちがう人たちにスポットをあてているみたいだけど」

 

 「それは作者も意図していたことよ。被害者と、犯人と、共犯者。四章以降はもっと込み入った事件になるから、立場が違うと英場違うし違わないと言えば違わないような…そんな曖昧な感じ」

 

 「もし連載中にそこに気付いた人がいたら、推理のヒントになったりするかも知れないわね」

 

 「うちの作者はよくやるわよねそれ。タイトルでネタバレしちゃうパターン。ま、とにかくそんな感じで、三章のタイトルは滝山を表してたってわけ」

 

 「4章から先のタイトルではだれのことを言ってるのか、みんな予想してみてちょうだいね」

 


 

 「さ、それじゃ本格的に本編の解説に行こうかしら」

 

 「OKよカナタ。まずは何から話しましょうか?」

 

 「三章の特徴は裁判の途中でコロシアイが起きて、捜査を挟んでまた裁判を始めるっていうところよ。少なくともこれを書いてた時点では、まだなかったパターンだと思うわ」

 

 「なかったかも知れないけれど、それよりもっと複雑だったり斬新なパターンがでてきてるんじゃ…」

 

 「そういうの自分で言ったらおしまいなのよ。自分で作ったものは誇張してでもアピールしなくちゃ!原作でもやったことのない超展開を成立させた二次創作!!それがこれよ!!ってね」

 

 「ダイオが死んじゃっって、代わりにヤイチローが戻ってきたから、トータルの人数は変わらないのね」

 

 「そう。この戻って来た曽根崎が、やっぱり曲者だったのよね。シロにとってもクロにとっても。もし曽根崎が戻ってきてなかったら…みんな滝山がクロってことで納得しちゃってたかも知れないわね」

 

 「みんな運が良かった…って言ったらいけないのかしら。投票がはじまる前で、ヤイチローが戻ってこられるように回復したくらいまでダイオが生きてたのは、きっと偶然じゃないわ。神様が見ていたのよ」

 

 「いや、普通に滝山がクロで投票してたら話終わるからだと思うけど」

 

 「そういうのメタ発言っていうのよカナタ。いいこと言ってるんだから台無しにしないでちょうだい」

 

 「結構ご都合主義っていうか、メタ視点で明らかに調整入ったなっていうことってよくあるわよね。これは創作の上手い下手にかかわらず」

 

 「そりゃあ物語だもの。リアルとはちがってファンタジーだもの。リアリティっていうものをまちがえてかんがえちゃったら、リアリティじゃなくてただつまらないだけのお話になっちゃうわ」

 

 「うん。まあ“超高校級”の“才能”とか、コロシアイっていう舞台設定から既にファンタジーなんだけどね」

 

 「フィクションなんだけどリアルに近い…究極のリアルフィクションってこういうことかしら?」

 

 「違うわよアニー。あとそれもメタだから」

 

 「あともしかしてだけど、前の裁判の時からクロってチェックメイトされてなかった?あのままダイオが生きてたら自分がクロだってダイオにバラされちゃってたし、ダイオがいなくなっても代わりにヤイチローが戻って来て…」

 

 「だから、さっさと滝山に投票させられなかった時点で、あるいは滝山が死ぬタイミングを調整して曽根崎が回復しきる前に殺すようにしておかないと、クロは負け確定だったわけ。そう考えると、周到な感じしてて詰めが甘かったってわけね」

 

 「本当にギリギリの戦いだったのね」

 

 「緻密に組み立てたトリックほどそういうものよ。あたしのは突発的だったけど、今回のクロみたいに全部を計算しようと思ったら、ちょっと狂うだけで大きく変わるもの」

 

 「ヤイチローは特にそういうボロをつっつくの上手そうよね」

 

 「性格悪いからね」

 

 「でもワタシたちの中でいちばん人気高いのってヤイチローよね。レディにウケるっていうか。ちょっと分かるけれど」

 

 「あんなのより笹戸とか滝山の方がまだ可愛げあるわよ!リアルに相対したら絶対イヤだからあんなタイプ」

 

 「ダイオは分かるけれどユーマは…ちょっとね」

 

 「うん…あたしもいま考え直したら笹戸はナシだったわ」

 


 

 「ダイオがクロじゃないっていう推理の根拠は、ダイオにはクラッカー爆弾を作るのは難しすぎるっていうことだったわね。ダイオはそんなに器用じゃないものね」

 

 「器用とかそういう問題じゃないわよ。あいつの“才能”、野生児よ?爆弾作れる野生児ってなんのこっちゃ分からないじゃない」

 

 「その気になればできるんじゃないかしら?」

 

 「いやあ…ムリでしょ。っていうか爆弾作る以前に、その材料の調達に必要なダイヤル錠の解錠すらできなかったんだから。あいつに4桁の数字は覚えられないって」

 

 「みんなからのダイオの評価ってすごく低いのね。おべんきょうは苦手かも知れないけれど、やさしくて力持ちで素直な良い子よ」

 

 「まあ言われたらアタシたちの評価があんまりってのは分かるけど、アニーだって大概よ。滝山のこと過大評価してない?なんなの?好きなの?」

 

 「好きよ?だってかわいいじゃない。それにカナタだってダイオと同じで、落ち込んだり悲しいことがあったらワタシに甘えにきたり──」

 

 「ごめん!!やめよっかこの話!!あとそういう好きでは聞いてない!!」

 

 「そうなの?ワタシはもっと可愛いダイオやカナタをみんなに知ってほしいけれど」

 

 「やめてもう…恥ずかしいから…。裁判の解説しよ!裁判の解説!今のところ無駄話の比重大きいから!」

 

 「これってそういう企画じゃないの?前にもそんな話になってたと思うわよ」

 

 「実際、解説することそんなにないからかさ増ししてるだけだから。話したい箇所はあるけど全部が全部そうじゃないのよ」

 

 「ぶっちゃけすぎよカナタ。ワタシとしてはもっとさっきの話したいけれど、カナタがイヤだったらもうしないわ」

 

 「じゃあ本編の解説に戻ろうよ。滝山の話でいえばもう一個、曽根崎が滝山に襲われたときの話をするときに、滝山のパニクったところが描かれてるわね。普段のあいつ見てたら、殺すとかなんとかって言葉が出るなんて思わなかったわ」

 

 「だってそうしなくちゃ自分が死んじゃうんだもの。かわいそうだったわ…あんなことさせられて…」

 

 「まあ確かに、背景事情知ったらあのときは滝山もいっぱいいっぱいだったからね。それもこれも全部真犯人の思惑通りってワケね」

 

 「さっきチェックメイトだったって言ったけれど、やっぱり先の先まで考えたすごい犯人だったのね。カケルもドールも、それ以外のみんなも、すっかり振り回されちゃってるものね」

 

 「そうよね、めちゃくちゃ手の平の上で転がされてるのよ。だって3章の裁判編って3本あるじゃない?前半に1回やって、後半のこの1回で分かったのって、滝山は真犯人に共犯にされて曽根崎と六浜ちゃんを襲ったっていうことだけだもん。真犯人に繋がる手掛かりなんか一個も見つかってないのよ。現状」

 

 「ヤバいわね」

 

 「ヤバいのよ。真犯人にしたらここはまだいくらでも言い逃れや誘導ができる段階だから。よく勝てたわよね」

 

 「意外とみんな学級裁判ってギリギリで勝ってないかしら?ラッキーな目撃情報とか、ラッキーなハプニングが犯人の正体に繋がることなんてよくあるじゃない」

 

 「それも言っちゃえばご都合主義の一部なんだけどね。敢えて3章くらいで急に犯人が勝つなんてパターンがあったりしても面白いかも知れないわね」

 

 「面白くないわよ…どうやって収集つけるのよそんなの」

 

 「いやまあ、QQ自体がそんなような結末だし、そんな感じで収まるんじゃない?」

 

 「カナタ、眠くなってない?コーヒーいかが?」

 

 「うん、もらうわ」

 


 

 「コーヒーをのんでちょっとブレイクしたことだし、いよいよ学級裁判のラストの解説にいくわよ、カナタ」

 

 「ええ。今はまだ真犯人について分かってることはほとんど無い状況なのよ。コトダマ自体も、ほとんどが滝山の犯行の形跡を示すだけで、真犯人が残した証拠ってクラッカー爆弾くらいなの」

 

 「原作でも感じたけれど、明らかに回収できそうな証拠をそのままにしちゃう犯人もどうかと思うわよね。その点、この真犯人はすごく慎重よね」

 

 「急な原作ディス!?どうしたのアニー!?」

 

 「ディスってるわけじゃないのだけど、ちょっとその辺りが雑なときがあると、残念な感じがするわよね」

 

 「ディスってるからそれ!雑な犯人なんかいないってば!今回の犯人は、古部来に匂いを付けるために使ったドリアンジュースや、滝山に使った毒からも手掛かりを途絶えさせてるくらい慎重だから際立ってるだけだって!」

 

 「そうよね。ジュースは自分じゃなくてダイオに渡させて、毒もみんながいないうちに医務室からこっそり持ち出して…だけど、ユーマのおかげでいつぐらいに使ったかは分かったのよね」

 

 「まさか湖の魚の死体でそんなことが分かるなんて、犯人も予想できないわよね。でもそこから犯人の正体に繋がったかしら?」

 

 「正直あんまり…むしろ、その後にクラッカー爆弾を作った技術を持ってること、つまり“才能”面からせめてって辿り着いた感じよね」

 

 「また“才能”…カナタもそうだけど、みんなにとって“才能”ってそれほど重要なことなのね」

 

 「やっぱりそれがかなり大きな要素だからね。爆弾関係を扱える“才能”で言うと、ダイナマイトをよく使う考古学者の明尾ちゃん…考古学者がって言うより明尾ちゃんが特殊なんだと思うけど。あとは演出で火薬を扱う鳥木ね」

 

 「ナミもヘイスケも頭良いものね」

 

 「鳥木はともかく、明尾ちゃんもああ見えて学者だからね。手先も器用で頭も割と良くて、きちんと化粧して着飾れば可愛くなるのに…あの喋り方で損してるわよね」

 

 「そうよね。恥ずかしがりなんだから。またみんなで捕まえてメイクアップしちゃう?」

 

 「曽根崎に見られたのがトラウマになってるらしくて、ツルハシを離さなくなっちゃったのよ」

 

 「前からツルハシはずっと持ってたと思うけれど」

 

 「そんで裁判の流れに戻るけど、この火薬を扱える“才能”の件でついに曽根崎が『もぐら』について触れるのよね。やっとようやく。一章のころから伏線張ってて、捜査編でもまた名前を出して、それでようやく」

 

 「長かったわね。ヤイチローはどうしてここまで言わなかったのかしら」

 

 「重要な証拠や説を敢えて最後の方まで言わないのって、結構相手の反応を見るためっていう意味があるけれど、反応見極められるほどの目を持ってから言うべきよね。安易に使うんじゃないっつうの」

 

 「どうしたのカナタ。まるで経験があるみたいに」

 

 「カマかけられるともう一気にパニックになるのよ。どうやっても挽回できない上に騙された悔しさとか恥ずかしさとかがこみ上げてきて…」

 


 

 「でもま、裁判組み立てるときに作者もよく考えることだけど、犯人が明らかになる証拠っていうのは大事よね」

 

 「やっぱりダイイングメッセージとか、ちょっと口を滑らせるとか、そういうのになるのかしら」

 

 「その二つは強烈よね。特に今回の場合はダイイングメッセージが重要な証拠になったわ。でもそれはきっかけであって、確定的な証拠じゃないけどね」

 

 「たった1つの決定的な証拠でおいつめるのもクールだけど、一見関係ない証拠を積み重ねてロジカルにおいつめるのもスマートよね」

 

 「犯人が周到であるほどクールな方の詰め方がきいてくるのよね。動揺したら失言とかも出やすくなって、芋づる式に証拠が出てくるってこともあるし」

 

 「リョーマののこしたダイイング・メッセージのおかげで、今回の事件の犯人がだれかも目星がついた。もしあのダイイング・メッセージがなかったり、犯人が先に気付いてけしてたりしたら、きっとこうはならなかったわよね」

 

 「うん。古部来のダイイング・メッセージとか、六浜ちゃんの真摯な想いとか、あとは曽根崎の過去の実績とか。屋良井が一番警戒していた人たちの連携で追い詰められてるってのは皮肉よね」

 

 「あら、もうテルヤの名前は出していいの?」

 

 「もう、っていうか最初っから出してよかったと思うよ。本編読んでること前提の解説編だし、そもそも滝山か望月ちゃんがもう言ってたはずだから」

 

 「あ、そうなの」

 

 「一応主人公であるはずの清水を差し置いて、この裁判ではその3人の活躍が目立ったね。あと、この章から先はクライマックス推理をそれぞれ清水以外がやるの。ちょうど、6章でキーパーソンになる人たちね」

 

 「それってネタバレになっちゃう演出じゃないの?」

 

 「でもま、清水と望月ちゃんと曽根崎は3人セットみたいなところあるし、この章で六浜ちゃんはある程度生き残りとしてのポジション確立したし、いいんじゃない?」

 

 「生き残り…ね」

 

 「生き残りね」

 

 「ま、まあそこのお話はあとの人に回しましょう。ワタシたちは3章裁判のお話しましょう」

 

 「う、うん。そうだね!えっと…古部来のダイイング・メッセージのおかげで、犯人は屋良井じゃないかっていうことに気付いたのね。古部来のダイイング・メッセージのナゾトキはどうだったかしら?」

 

 「どうっていうのは?」

 

 「強引じゃなかったかしらってこと」

 

 「別にそんな感じはしなかったわよ?ネックレスにしてある駒の伏線も自然だったし、シンプルな形でダイイング・メッセージとしても自然だし、何よりリョーマの頭の良さと執念深さがよく出てて…」

 

 「なんだろう。ここまで来たら胸張って自画自賛すればいいのにって思う」

 

 「なんのこと?」

 

 「アニーには言ってないわ」

 

 「そう。それで、えっと、ダイイング・メッセージね。いきなりやられたっていうのに、リョーマは学級裁判場の席順を使おうと思い付いて、シンプルな丸と駒と血で表したわけね。なんだか、リョーマの執念深さがこわいわ」

 

 「もし古部来以外をターゲットにしてたら、こんなダイイング・メッセージは遺されずに済んだのかもね。そうしたら屋良井の勝ちもあったかも」

 

 「もともとはヤイチローをターゲットにしてたんでしょ?ヤイチローのことだから同じことを思い付いても、メッセージにしてのこすまではできなかったんじゃないかしら」

 

 「曽根崎が古部来にドリアンジュースを渡した時点で、古部来を狙わざるを得なくなってたもんね。あいつ、トリックとか身の隠し方は一級品だけど、運がなかったのね」

 

 「だけど自分の“才能”をずっと隠してたじゃない?ウソでも何か別の“才能”ってことにしてれば、そこを突っ込まれることはなかったんじゃないかしら」

 

 「それはそれで、ウソの“才能”に即した技術がないとまた不審がられちゃうのよ。だからこそ屋良井は、“超高校級の忍”っていう切り札を持ってたのね。“才能”を隠していても不自然じゃなくて、爆弾魔の“才能”や目立たない体質なことを上手く説明できて、実際にあり得そうなの」

 

 「そうよね。ミコトとドールのおかげでそれもウソだって分かったけど、たまたま詳しい人がいたから分かっただけだものね」

 

 「最初からヘンにウソ吐くよりも、隠してた理由を説明できるカムフラージュがあった方が、人を騙しやすいものなのよ。その辺を理解してああいう切り札を用意してたり、滝山に手伝わせて自分の姿を眩ませたり、ホントずる賢いわよね。もぐらって言うより狐よね」

 

 「占ったら溶けちゃうのかしら?」

 

 「そういう狐?」

 

 「ちなみにだけど、ここから先はテルヤが犯人バレしたシーンの解説になるわ。ここは作者がすごく楽しんで書いたところだから、ちょっとはちゃめちゃになってるわね」

 

 「たぶんだけど、QQ全編通して一番楽しかったところじゃないかしら」

 


 

 「テルヤがドールの質問に答えられなくてあわあわした時点で、もうテルヤがクロだっていうのはほぼ確定していたのよね」

 

 「今のところ古部来のダイイング・メッセージしか証拠はないけど、結構確定的よね。本家だったらここからのどんでん返しもあり得るんだけど」

 

 「これちょっとはずかしいんだけどね。書いてるとき作者の頭の中でゲーム画面が再現されてたのよ。原作やって間もないころだったから、余計鮮明にイメージできてたのね」

 

 「そりゃ創作やってる人、しかも二次創作やってる人は誰だって、原作に自分のキャラが出たらなんて想像するでしょ。しないわけないでしょ。ちっとも恥ずかしいことじゃないわよ。むしろしない方がおかしいくらいよ」

 

 「カナタ…フォローが下手ね」

 

 「…ごめん」

 

 「いいのよ。とにかくここは作者にとって思い入れの強いシーンだっていうこと。パロディももりもりだしね」

 

 「爆弾魔COしてからいきなりアリーヴェデルチとか言ってるし、才能絵のポージングとか、ジョジョネタ好きね。うちの作者」

 

 「このころはろくに読んだこともなかったのにね」

 

 「あいたたたたたた」

 

 「あとはムスカ大佐のパロディもしてるわね。ネットに毒されすぎよ」

 

 「ここで本性明かしてからまだもうちょっと食い下がるんだけど、それもまた六浜ちゃんにあっさり論破されちゃうのよね。一応伏線は張ってあるけど、納得できるかっていうとなんとなく微妙なラインの証拠が多いかもね」

 

 「いいんじゃないかしら?何年も前に書いたものでしょう?」

 

 「当時は最新だから。で、丸っきり論破されてもう言い逃れができない状況になったときに、それでも六浜ちゃんにちゃんと事件を振り返るように言ってたでしょ」

 

 「そうね。そんなことしてもテルヤが犯人だっていうのが確定するだけなのに、どうしてかしら?」

 

 「単純に目立ちたかったのよ。もともと屋良井が『もぐら』になったのは、自分の存在をどうにかして周りに認めさせたかったから。事件の犯人として追い詰められるなんて、あいつにとってこれ以上ないくらい注目されて、存在を認められてる瞬間でしょ。だから興奮してんのよ」

 

 「クライマックス推理の後でも笑ってるものね。テルヤって本当はこんな子だったのね」

 

 「ちなみに、あいつ序盤からずっと目立ちたがる行動があったでしょ。それもこういう本性の一端だったのよ」

 

 「ただのちょっと残念な男の子じゃなかったのね」

 

 「残念だと思ってたんだ…アニー…」

 

 「爆弾魔のことさえなければ、よくいる普通の男の子っていう感じだと思ってたのよ。もしワタシ、本編の中でテルヤの本性を知ってたらショックだったわ」

 

 「そんな風に思ってたんだ。なんか意外」

 


 

 「ドールが泣いてるわ」

 

 「そりゃ古部来を特に理由もなく殺されたんだもん。自分と曽根崎も含めて、屋良井も含めてみんなの命を守るために裁判で活躍したことがきっかけで屋良井にターゲットにされたら、そりゃやり切れないわよ。合理的ではあるけどね」

 

 「よくあるミステリーもののおかしなところよね。有名な探偵がいるのに、その探偵を狙わずに周りの人を狙うっていう」

 

 「メタ的なこと言うと探偵が殺されでもしたら話にならないからね。でも、自分の目的を遂行するのに脅威になるなら排除するのが理に適ってるわよね。実際その場になったらまた違うのかもしれないけど」

 

 「それ以前に、テルヤったらモノクマが新しいルール決めなければ皆殺しなんてしようとしてたわよね。こわいこと考えるわ」

 

 「なまじできるからシャレになってないのよ…。限られた材料使って爆弾作るなんてさ。今回は花火があったけど、あれがなくてもどうにかして爆弾かそれに近いものは作ってきそうよね」

 

 「原案では目覚まし時計を改造して爆弾にしてたそうよ。で、それがリョーマにバレて自分のと入れ替えられて、自分で作った爆弾で自分が吹き飛んじゃうっていう」

 

 「どっちにしろ古部来と屋良井は因縁があったんだ」

 

 「リョーマは頭が良い上に隙がなくて、後半に残しておくには強すぎたのよ。テルヤも言ってたけど、メタ的な理由でも、この辺りで退場させておかないと困るキャラだったわけ」

 

 「自分でそういう設定にしたくせに!作者サイコパスか!」

 

 「創作論破書いてる人たちなんてそんなものよ。これを読んでるアナタだってそうよね?」

 

 「急に第四の壁の向こうに語りかけないで。突き破ってもいいけどコミュニケーション取ろうとしないで。こわい」

 

 「サイコパスで言えば、テルヤもなかなかよ。ダイオをとことん使い倒して、そのうえ毒までのませて」

 

 「解毒剤だってウソ吐いてただの水飲ませたりね。滝山の死に際の言葉とか、裁判直前の必死な様子とか思い出すとすごい痛々しくて…。あたしも屋良井側だって分かってるのに、すごい辛くなってきちゃって…」

 

 「ダイオってばすごく無邪気だからね。余計に絶望感が強いわよね」

 

 「どうして屋良井がここまでヤバいテロリストになったかっていう過去も語られるわね。でもね、実際どうなのかしらこれ」

 

 「これってどれ?」

 

 「犯人の過去とか、犯行に至るまでの過程とか、そういう部分をやたらとドラマチックにするのもどうなのかしらって思うのよね、あたし」

 

 「カナタもまあまあドラマチックだったじゃない」

 

 「うん。だからこそなのかな。なんか、こういう理由があったからクロになったのも仕方ないみたいな。同情誘うようなのって、それはそれでいいんだけど、みんながみんなそういうのだとなんか…後半の人たち、損じゃない?」

 

 「損かしら?」

 

 「またか、って思われない?」

 

 「う〜ん…というより、損得で考えるところじゃないと思うわ。ワタシは」

 

 「いや、それは大前提なんだけど。なんというか、印象薄れるというか、同情させたいならその前に同じ様なタイプの犯人出すんじゃないわよっていうか」

 

 「でもちょっと分かるわ。みんながみんな仕方ない理由だったり、誰かのためにとか、良かれと思ってとか、そんな理由でクロになるわけじゃないと思う。ただ外に出たかったから、みたいに欲望に素直な形でクロになった人がいるのも、リアルよね」

 

 「屋良井はたぶんそっちのタイプだと思われたいのよ。自分は生粋のサイコパスでテロリストでヤバいヤツなんだって。だからみんなが恐怖して、正体が分かった後も恐れられたいのよ。だけど、過去の話をしたらそうじゃないって思う人も何人か出てくるの。屋良井だって自分なりに理由があって、歪んだ形だけど自分の存在を誰かにアピールしたかっただけなんだなって」

 

 「そうなると、『もぐら』っていうテロリストのイメージは薄れちゃうわね」

 

 「あいつにとっては、自分が『もぐら』であるっていうのが一番興奮するところなのに、それが別物なんだって思われたら『もぐら』として活動する意味がなくなっちゃうのよね。それもあいつにとっての罰になるかも知れないけど」

 

 「だけど、あんなインパクト残されたら忘れるものも忘れないわよね」

 

 「それが屋良井の狙いでもあったからね。裁判に勝ったら出て行ってまた『もぐら』としてテロ三昧。負けてもその場にいる全員の記憶に自分のことを刻みつければ、誰かが外に出たときにまた『もぐら』の脅威が広まるはず。どっちにしろ『もぐら』という存在はまた恐怖の対象になる。それだけで満足だったのね」

 

 「何をしてもちっとも目立たないなんて、それをもっと違う形で使えてれば、テルヤはきっと幸せになれたのにね」

 

 「ある意味そこはあいつの能力よね。ずっと石ころ帽子状態だから、ろくな活用方法が思い付かないけど」

 

 「あら、今度はカイジのネタやってるわね。ジョジョとかカイジとかラピュタとか、ホント、テルヤってパロディ好きね」

 

 「原作もパロディまみれだったからね。ここぞとばかりにあれこれ詰め込んだのよ」

 

 「それから、最後のこの台詞ね。これは三章の構想を練っていてテルヤがクロになったときからずっと決めてたそうよ」

 

 「愛してるぜアリ共!てヤツね。アリはともかくとして、愛してるぜ、なんて台詞アイツが吐くとは思わなかったわ。意味は分かるけど」

 

 「むしろここまでのパロディとか無茶苦茶なキャラクターとかは、この台詞を違和感なく成立させるためのフリとも言えるわね」

 

 「長いフリだったわね…」

 


 

 「さ、おしおきの解説よ」

 

 「毎回だけどおしおきは作者がこだわってるところだからね。ここもじっくり解説していくわよ」

 

 「そもそもこの解説編が始まったのって、おしおきの解説がしたいからよね」

 

 「うん。実はロンカレでは後書きで解説してるんだけど、QQはおしおき以外にも語りたいところがいくつかあったから、解説編っていう形で書くことにしたんだって。今じゃロンカレの本編とか番外編と並行して書いてるからヒィヒィ言ってるそうだけど。いい気味ね」

 

 「いい気味なのかしら…」

 

 「おしおきのタイトルは『天罰へのカウントダウン』。またパロディね」

 

 「ちなみのこの元ネタになった映画は、作者がはじめて映画館で観た映画だそうよ」

 

 「まだ小さかったから推理パートとか何がなんだか分からなかったらしいけどね。改めて見てみようかしら」

 

 「カナタ、作者の声が出てるわよ」

 

 「おっといけない。えーっと、おしおきの解説よね。QQのおしおきの中でもかなり色々詰め込まれてるおしおきよ、これ」

 

 「ひとつひとつ解説していきましょう。まずスタートは、テルヤがおっきなダルマ落としの天辺に縛り付けられてるところからよ」

 

 「ダルマ落としそのものにはそんなに意味はないのよね。ただ、一段ずつ破壊されて自分の死がどんどん近付いてる実感を与えられる装置としてちょうどよかったってだけ。おしおきっていうものの常軌を逸してる感の演出にもなるしね」

 

 「その爆破シーンの描写にもこだわりがあるわ。最初の二段は普通に爆破されてるだけだけど、3つめの爆破からはちょっと違うのよね」

 

 「これは是非ブラウザで見てほしいわね。ケータイの画面だともしかしたら上手いこと表示されてないかも知れないから。8の段から3の段までの爆破は、爆破の描写と屋良井の反応の描写が1文字ずつ短くなってるの。段々と死期が迫ってることをイメージしてるのね」

 

 「もっとたくさんの段でやりたかったわね。さすがに言葉が思い付かないかも知れないけれど、できたらキレイだったわよね」

 

 「そして屋良井が死を覚悟して目を閉じた瞬間、おしおきの後半に突入するわ。2の段が急に炎を噴いて、ロケットみたいに打ち上がるの」

 

 「ダルマ落としがロケットになるってどういうこと?」

 

 「ヘンでしょ?おしおきだもん」

 

 「そうね。おしおきだものね」

 

 「そのまま屋良井は生身で大気圏突入ね。空気との摩擦で周りは高温になるし、呼吸もできないくらい空気は薄くなるし、反動で体は引き千切られそうになるし、これだけでそうとう苦しいはずよ」

 

 「むしろここで死んじゃわないのが不思議ね」

 

 「そこはおしおきだから」

 

 「おしおきだものね」

 

 「そんで、最後は宇宙空間のシーン。ふと目を開いた屋良井の視線の先にあったのは、炎の球、まあ太陽ね」

 

 「音もなく爆発するシーン、ワタシどこかで見たことあるのよね。なんだったかしら」

 

 「ルパンVS複製人間でマモーの本体が宇宙空間に放り出されるシーンでしょ」

 

 「ああ。それね。ルパンまでパロディしてたの」

 

 「とことんって言ったでしょ。とことんよ。あとこのシーン、屋良井は『もぐら』だから、『もぐら』は太陽の光を浴びると死ぬっていう俗信をモチーフにもしてるのよ」

 

 「意味持たせすぎて解説が追いついてないわ。というか、そんな俗信だれが信じてるのよ」

 

 「たぶん小学生くらいしか信じてないと思う…いや、いまどき小学生も信じないわよこんなの…」

 

 「これにておしおきは終了。最後に屋良井は笑ってたけど、そのとき何を思ってたのかは特に決めてないわ。こんだけ大袈裟に死んだ自分の生き方に満足してたのかも知れないわね」

 

 「カケルたちはちっとも納得もスッキリもしてないけど」

 

 「おしおきの後にモノクマがベジータのパロ台詞言っておしおきはホントに終了。ここまででいくつパロディしたのかしら」

 

 「えっと。ジョジョでしょ。ラピュタでしょ。コナンにルパンにドラゴンボール、あとカイジ」

 

 「ラインナップが男臭い!コナンとかラピュタはともかくカイジの男臭さ!」

 

 「仕方ないでしょ。これ書いてたとき、作者は男子大学生だったんだから。そりゃ男臭い趣味にもなるわよ」

 

 「そう言えばそうね。時が経つのは早いわね…」

 

 「カナタ、作者の声またもれてる」

 

 「おっと」

 


 

 「まだ三章はちょっとだけ続くわ。あと話すことが3つ」

 

 「もう終わりが近付いてきたのね」

 

 「まずは清水の心境の変化ね。有栖川ちゃんとあたしの裁判のときは、おしおきの後に爽快さを感じてたみたいだけど、屋良井のおしおきの後ではっきりと、胸糞悪いって言ってるのよ」

 

 「これはどうしたのかしら?」

 

 「単純に、あたしとか有栖川ちゃんみたいに“超高校級”の生徒を打ち破ったから爽快感を覚えてただけで、屋良井は“超高校級”にとっても敵っていう存在だったから、あんまり爽快さはなかったの。ムリヤリ理由付けするとね」

 

 「ムリヤリ理由付けしないと?」

 

 「最初の頃のプロットの名残」

 

 「名残」

 

 「“超高校級”を裁判で破ることに爽快さを覚えた清水が、周りの人に事件を起こさせて自分でそれを推理しておしおきさせるっていうマッチポンプを仕掛ける展開を考えてたわけ。でも話の大筋と合わせづらいし、主人公でそれはさすがにナシよりのナシだし、何よりそんなことできるほど清水は賢くないし、色々な理由があって止めたのよ。でも、清水っていうキャラクター的に爽快さを覚えるのはまだあり得るから、そこだけ残したの」

 

 「っていうことは、ここがカケルにとってのターニングポイントにもなったわけね。“超高校級”を裁判で倒すよりも、事件と裁判とおしおきで感じるストレスの方が大きいって気付いた。だから黒幕と戦おうと思うようになったっていう」

 

 「アニーは清水のこと信用しすぎよ。そこまで崇高なことあいつが考えるはずがないじゃん」

 

 「じゃあどう思ったの?」

 

 「学級裁判が胸糞悪いから、やらなくて済むならそうしよう、くらいのもんよ。具体的な解決策なんか何にも考えちゃいないわ」

 

 「ああ…そんな…」

 

 「アニーは今まで清水の何を見てきたのよ…」

 

 「もう三章だから、そろそろカケルも主人公らしいことし始めるかと」

 

 「まあ、そこは実際そうね。四章くらいから清水はちょっと主人公っぽいことし始めるわ。ちょっとだけだけど」

 

 「真相に繋がるヒントも出始めるわよね。ここでのモノクマの発言とか」

 

 「絶望を乗り越えた先にある大いなる希望ね。黒幕の正体と目的を知ると、この発言も意味が分かるのよね。というか原作をプレイした人なら、これと同じようなこと言ってる人知ってると思うけど」

 

 「その人と関係ある人もまだいるしね」

 

 「生きてる側の人たちからしたらたまったもんじゃないけどね」

 

 「だから、黒幕にとって絶望は手段であって目的じゃない。ワタシたちが上手いこと“才能”を発揮できる環境を整えないと意味がないのよね。だからQQの事件は結構、“才能”を意識したトリックとか仕掛けを作るようにしてあるわ」

 

 「そういう隠れたテーマを仕込むのって、作者が一番苦手なところなんだけどね」

 

 「原作であんまり“才能”が絡んだトリックがなかったから、やってみたくなったのよ。結果的にテーマになったっていう感じかしら」

 

 「ふぅ。あとちょっとね。あと話すことひとつ」

 

 「いよいよね。これが終わったらコーヒーブレイクにしましょう」

 

 「そうね。じゃあラストの解説いくね。裁判場から合宿場に戻って来てからの六浜ちゃんの独白シーン」

 

 「リョーマとの思い出を振り返って、決意を固めるシーンね」

 

 「実際、ここからまだまだ六浜ちゃんの受難は続くんだけどね。それでもやっぱり、この章で前半と後半を切り替えるために、この一幕は必要なのよ。ある意味ここは六浜ちゃんの章ね」

 

 「ドールはみんなのことを考えて、誰かのためにがんばることができる子だったけど、そのせいで自分ひとりで抱え込んでしまいがちだったわね。リョーマは自分のやりたいことを優先するから周りに合わせられなかったけど、しっかり自分の考えに基づいてたわね。だから、ドールはリョーマのことを尊敬してたのね。自分の意思をしっかり持って、その上で人をまとめられるようになったら、それは立派なリーダーだもの」

 

 「六浜ちゃんに足りなかった、意志の強さというか、わがままさを古部来を見て学んだって感じかしら。結局、そのわがままさというか自分勝手さを六浜ちゃんが発揮できたのはもうちょっと先になるんだけど」

 

 「リョーマはリョーマで、もうちょっと早くみんなに合わせることを知ればよかったのにね」

 

 「でもあいつがいきなりみんなで仲良くしよう、的なこと言いだしたらそれはそれで…なんかキモい」

 

 「最後の最後でリョーマに悪口言っちゃうの?」

 


 

 「と、いうわけで三章の解説編もこれにて終了よ!いやー長かったわね!」

 

 「毎回毎回長くなっちゃうから、ポイント絞って短めにしようって言ったそばからね」

 

 「いいのよ!楽しいから!それにさ、一言一句漏らさず読んでる人なんているの?みんななんとなく斜め読みしてるんじゃない?」

 

 「いきなりなんてこと言うのよカナタ!そんなことないわ!みんなちゃんと一文字一文字じっくりかみしめるように読んでくれてるから!」

 

 「かみしめるように読まれたらそれはそれで困るけど…。そうでなくても長いから、ま、休憩も挟みつつ気楽に読んでよね」

 

 「これラストに言うことじゃないわよね」

 

 「ホントだ。間違えた。シメの雰囲気っぽいこと言わなくちゃ」

 

 「みんな、ここまで『ダンガンロンパQQ』解説編、後のお祭りを読んでくれてありがとうね」

 

 「それは解説編全体のラストに言うヤツ!まだ言っちゃダメだから!えっと、あ!次の解説編の話しようよ!」

 

 「次は四章の前編ね。物語の後半に入ることもあって、日常編とか事件の雰囲気もガラッと変わるわね」

 

 「うん。あとこっから先は、作者が事前に考えて執筆したんじゃなくて、書きながら考えてた部分にもなるのよね」

 

 「見切り発車区間ってことね」

 

 「アニー、ヘンな日本語覚えないで。合ってるけども」

 

 「うふふ。それじゃ、そろそろ終わりにする?これでワタシたちの出番もおしまいね。楽しかったわ」

 

 「まさか本編の後にもこんな形で動くことになるとはね…」

 

 「きっとこの後も何かにつけてかり出されるわよ。ンwitterとかで」

 

 「そ、そうね…」

 

 「それじゃ、いつものおしまいのヤツやりましょ」

 

 「改めて言われると小っ恥ずかしい…じゃ、あたしから。QQ解説編、後のお祭り、三章後編はここでおしまいよ。みんな、ここまで読んでくれてありがとう」

 

 「ありがとうね」

 

 「お相手は、欲しいものは絶対ゲット!石川彼方と!」

 

 「疲れたあなたにコーヒーを、アンジェリーナ・フォールデンスがお送りしたわ」

 

 「お疲れ様でしたぁーーー!!」




解説編です。これで半分だと思うと気が遠くなる。
企画を始めたことを若干後悔していますが、最後まで書ききりますよ。
じゃんウソ吐かない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四章「鼠の嘘から出た犠牲 前編」

 

 こちらは、『ダンガンロンパQQ』の解説になります。

 本編を読了していることを前提に執筆しているため、本編についてのネタバレが多分に含まれています。

 まだ本編を読まれていない方はご注意ください。

 


 

 「なんだかんだと言われても!!」

 

 「解説しちゃるのが世の情け!!」

 

 「本編の風化を防ぐため!!」

 

 「本編の記憶を守るため!!」

 

 「原作リスペクトと創作者の意地を貫く!!」

 

 「パッシブクリエイティブな解説役!!」

 

 「飯出条治イァ!!」

 

 「明尾奈美ィンヌ!!」

 

 「紙幅を駆けるアウトドア派の二人には!!」

 

 「イエローチャーム!!ファンの歓声が待ってるぞ!!」

 

 「「じゃじゃじゃじゃーーーん!!」」

 

 「っしゃあ!!ドカーンと始まったぜ明尾!!」

 

 「うむ!やはり物事の始まりというものはこうでなくてはいかん!圧倒的なインパクト!ド派手な紹介!そして先の展開への興奮!これがなくてはな!」

 

 「まったくだ。だってのになんだァ?この四章の始まりは。いきなり夢オチとかナメてんのかよ!夢オチは絶対禁止だって協定のはずだろ!」

 

 「そりゃ漫画の話じゃが、まあ小説でも同じことは言えるのう。夢で済ませれば何をどうしても説明がついてしまう。いわばワイルドカードじゃからな」

 

 「夢は見るもんじゃなくて叶えるもんだろうが!!」

 

 「その意見に賛成じゃが脈絡がないのう。それよりもお前さん、そのリュックは降ろさんのか?重いじゃろう」

 

 「それ言ったらお前こそベレー帽脱がねえのか?部屋の中で帽子はマナー違反だぜ」

 

 「こりゃわしのトレードマークじゃ。ベレー帽にお下げにメガネにそばかす。赤いジャージに軍手がわしじゃ」

 

 「トレードマーク多すぎだろ!俺だってこのリュックは俺の冒険家らしさの演出のひとつだ!これだけはぜってえに譲れねえ!」

 

 「確かにお前さん、冒険家らしい恰好はあまりしておらんのう。アクティブそうではあるが、冒険家と言うともっといろいろな装備がありそうなものじゃが、お前さんの装備はだいたいポケットにしまえる程度のものじゃろう」

 

 「漢だったらサバイバルナイフと水がありゃあ、後は現地調達でなんとかなる!」

 

 「逞しいのか無謀なのかよう分からんわい。ところでお前さんの服装でひとつ気になることがあるんじゃが、聞いても構わんかの」

 

 「いいぜ!なんでもこいやあ!」

 

 「その十字架のネックレスは一体なんじゃ?古部来のペンダントも不似合いじゃが、お前さん伴天連かなにかか?」

 

 「伴天連て江戸時代か!こりゃお守りみてえなもんだよ。いくら身ひとつで冒険っつっても、どうしようもなく運に身を委ねなきゃならねえときもあらあ。そういうときのための、まあ気休めだな」

 

 「お前さんもそういうものに頼るときがあるんじゃな」

 

 「自然の力ってのはときどき想像を簡単に超えてきやがるからな。海のど真ん中で台風にブチ当たったり、吹雪の中で夜明かすハメになったり、ジャングルでよく分かんねえ部族の狩りに巻き込まれたりな」

 

 「それほどの死線をくぐり抜けてきた男とは思えん…あまりにも情けのうて」

 

 「うるせえ!!あんなもんはある意味で避けようのねえ終わりだったんだよ!!人間だって動物なんだから本能には逆らえねえ!!お前だって腹減ったら飯食うし眠たくなったら寝るだろ!!三大欲求ってのは生活に密着してんだよ!!だったらヤりたくなったらヤったっていいだろ!!」

 

 「ヤっても構わんが同意がなければ人権侵害じゃ。おとなしくひとりで致しておれ」

 

 「ちくしょうめが!!」

 

 「もともとお前さんはそういう、見境なく場も良識も弁えずエロに走る設定じゃったな。本編では多少変更がきいて抑制されておったが、ついに化けの皮が剥がれたか」

 

 「この章で大浴場が開放されてたろ!むちゃくちゃ惜しいことした!死ぬならせめて四章で腹の上で死にたかった!」

 

 「どさくさに紛れてタイミングだけでなく死因もケチつけてきおったな、図々しい。腹の上でじゃと?そんな殺し方があるか。見たことないわ」

 

 「前例がねえなら作りゃあいい!前例もガキもいっぺんにな!」

 

 「全くうまくない。いくらなんでも死因が腹上死など、曲がりなりにも高校生が主要人物となっている創作論破では御法度中の御法度じゃ。捜査もしづらいじゃろう」

 

 「後のことは知らねえ!そんな男のロマンみてえな死に方ができりゃあ本望だろ!」

 

 「ただ単にお前さんがスケベなだけじゃろう。それと先ほどから無遠慮にしゃべっておるがな、わしも一応女じゃぞ

。弁えい」

 

 「なに、明尾?う〜ん…アリだな!」

 

 「45年早いわ若造が!!」

 


 

 「さくっとフられたところで、四章の解説編おっぱじめっか!」

 

 「本編でもこれぐらい物分かりよければ、あんな悲劇は起こらんかったはずじゃがのう」

 

 「ん?なんだ?」

 

 「なんでもないわい。ところで、解説編はまず最初に章タイトルの解説から始めるのを恒例にしたいのじゃが」

 

 「お前の願望じゃねえか!別にいいけどよ!えっと、四章のタイトルはなんっつったっけか?」

 

 「覚えとらんのか、まったく仕方がないヤツじゃのう。『鼠の嘘から出た犠牲』じゃ」

 

 「なんじゃそら。意味わからん」

 

 「その解説をするんじゃろうが。QQのタイトルはどれもことわざをもじったものにしているから、そっちの方面から分析していくぞ」

 

 「おう、久し振りに明尾の口から学者っぽい台詞が出て来たな。分析って」

 

 「これまでのタイトルはひとつのことわざをもじったものになっておったんじゃが、四章からはいくつかを組み合わせておるな」

 

 「なんでだよ?」

 

 「知らん。ひとつのことわざからじゃ思い付かんかったんじゃろ。『鼠の嘘から出た犠牲』は何と何が混ざっているかわかるかの?」

 

 「鼠っつったら、窮鼠猫を噛むとか、袋の鼠とか、そんなところか?嘘から出たって部分は、そのまんま嘘から出た誠ってのがあるな」

 

 「なんじゃ、正解するのか。つまらん。意味分からんと言っておきながらここで正解しては、お前が賢いのか頭悪いのか分からんではないか。一貫性を持て!」

 

 「なんで正解して怒られてんだよ!んなことより、それがどう組み合わさってどういう意味になってんだよ!そっちだろ!」

 

 「ふむ。タイトルでは毎回、その章内で中心になるキャラについて描写しておるんじゃが、この鼠というのが誰かが最も重要じゃな。さっきお前さんが言ったふたつのことわざは、どちらも追い込まれて窮地にある者の喩えとして鼠と言うておるが・・・さて、飯出よ。ここまで言えば分かるじゃろ?キリッ」

 

 「全然クールじゃねえ。キリッて口で言うな」

 

 「やってみたかったんじゃもん」

 

 「え〜っと・・・ってかまあ、四章で中心になるヤツで、窮地に追い込まれたヤツっつったらもう、穂谷しかいねえよなあ」

 

 「その通りじゃ。その穂谷は、ことわざで言う鼠の如く追い詰められて、挙げ句に嘘を吐いたわけじゃな」

 

 「ああ。なんか吐いてたな。部屋にいたところを男か誰かに襲われたっていうヤツ。まああの時の穂谷は自分が犯人だと思い込んでたから、その嘘の善し悪しについて俺が言うこっちゃねえけど・・・嘘から出た犠牲、だろ?嘘から出た誠が元ネタなんだったら、吐いた嘘が本当になった、だから・・・」

 

 「追い込まれた鼠こと穂谷が、咄嗟に嘘のつもりで言ったことが真実となって、穂谷以外の犠牲が出た、という意味になるの」

 

 「その犠牲ってよぉ・・・」

 

 「うむ。そういうことじゃ。穂谷が嘘を吐こうと吐くまいと結果は同じじゃったがな。いやはやなんとも人の世は上手く行かないものじゃ」

 

 「なんか達観したようなこと言ってっけど、この事件のきっかけはお前が穂谷襲ったからだろ!?他人事じゃねえだろ!!」

 

 「やかましい!!あのときは穂谷が『裏切り者』かと思ったから、ほんの少し問い詰めるつもりだったんじゃ!!しかし気付けば穂谷を殺そうとしておった・・・あのときのわしはどうかしとった。わしがあんなことをしなければ鳥木と穂谷を引き裂くようなことにはならなかったかも知れんのに・・・」

 

 「いやあ、お前が行動してなくても、結局コロシアイだからなあ。分からねえな」

 

 「つらたんじゃな」

 

 「微妙に古ぃな」

 


 

 「ではそろそろ本編の解説に行くとするかの。さくさく行くぞ!さくさくと!」

 

 「ってなんだこりゃオイ!?いきなり夢オチとかそんな展開ありかよ!?禁止じゃなかったのかよ!?」

 

 「そりゃ漫画の話じゃな。それに物語全体のオチではないから、これくらいは構わんじゃろう?というかこれを夢オチとは言わん」

 

 「この時点で死んだヤツと曽根崎が全員出てるから、昔の夢なんだって分かるけど、こりゃ具体的にいつかとか決まってんのか?」

 

 「コロシアイが始まる前で、合宿場での生活にもすっかり慣れたころじゃな。曽根崎が、2回『卒業』のチャンスを逃したと言っておるじゃろう?ここで、わしらがコロシアイ前に行っていた合宿場での暮らしのことが分かるんじゃ。解説ポイントじゃな」

 

 「おい、ちったあ俺にも喋らせろ。そこの解説ならできるぞ!やるぞ俺は!」

 

 「分かった分かった。ではわしは茶でも飲んで待っておる」

 

 「いや聞いとけ!!えーっとだな。俺たち“超高校級の問題児”は、希望ヶ峰学園の問題解決プロジェクトとして、この合宿場で共同生活を送ってたわけだ。それぞれが抱える問題をクリアしたら本校に戻って普通の学園生活に戻れるんだが、その問題をクリアしたかどうかの試験が、定期的に本校から来る職員が執行するんだよな」

 

 「ずずず・・・」

 

 「聞いとけっつったろ!!」

 

 「聞いとるわ。間違っておらんから口を挟まんかっただけじゃ。あられも食べていいか?」

 

 「マイペース甚だしいな!!食えよ!!」

 

 「飯出もいるか?」

 

 「いる!!」

 

 「では解説が終わったら摘まんで良いぞ」

 

 「よっしゃ!えーっと、どこまで話した?ああ、卒業試験か。あの湖の向こうから船で来るんだよ。本校の職員が。2週間にいっぺんくらいだったかな。で、俺らに個別面談とか簡単な試験とかして、問題がクリアされてるかどうかチェックして、問題なけりゃその船で本校に戻るってこった。『裏切り者』、もとい『生徒会役員』の六浜は普段は監督・報告役で、卒業試験のときは試験官とかその手伝いをしてたな」

 

 「懐かしいのう」

 

 「曽根崎が言ってた、2回やって誰も『卒業』できなかったっつうのは、その試験を誰もクリアできてなかったっつうことだな!まあ1ヶ月で解消する問題ごとき、天下の希望ヶ峰学園が手こずるわけねえよな!だっはっは!!」

 

 「笑っとるがなお前さん、同じ問題児のわしが言うのもなんじゃがお前さんの問題は相当拗れておるぞ。終ぞ有栖川とは和解できず、それどころか殺されてしまったではないか」

 

 「んん・・・思い出すだけで頭と心臓が痛くなるぜ・・・。俺のやってることが袴田をあんなことに追い込んだんだって知ってからは、マジで有栖川の顔見るどころか、部屋の前通るのもビビるようになっちまった」

 

 「それだけの呵責があるだけ、どこぞのテロリストよりはマシかの」

 

 「ところでよ、夢の中の曽根崎は、なんで清水が一番『卒業』に近いと思ってたんだろうな」

 

 「そりゃ清水の卒業条件が簡単だからじゃろ。要するに『僕はもう学園に反発しないで真面目に“才能”を磨きます。すみませんでした』と言えばいいんじゃ。わしらにしてみれば言うまでもないことじゃが、あやつの性格からしてまず言いそうにないが」

 

 「言わねえな。太陽が西から昇ってまた西に沈んでっても言わねえ」

 

 「そんなことじゃから誰も『卒業』できずに1ヶ月を過ごしたということじゃな。実際には数年の時が経っていたわけじゃから、よくもまあ全員が全員『卒業』しなかったもんじゃ」

 

 「むしろそっちの生活の方が地獄じゃねえか・・・希望ヶ峰学園に留年なんてあったのかよ」

 

 「そりゃ私立高校なんじゃからあるじゃろう。現に穂谷は1度ダブっとるぞ」

 

 「あったなそんな設定。清水とかならまだしも、なんで穂谷がダブるんだ?」

 

 「出席が足らんのじゃ。それがヤツの問題でもあったんじゃがな。海外公演などで日本にいないことも多かったんじゃが、それは“才能”磨きの一環じゃから良いとして、持病のために病欠することも多かったからの」

 

 「その穂谷の病気も、四章では大事な要素だろ?朝飯のシーンでもやたらと栄養バランスとかカロリー気にしてるみてえだったしよ」

 

 「鳥木がその辺りは上手くやっておったからの。医務室でサプリメントを飲んだり、日課の散歩をしたり、健康を維持しようと努めている様子が随所に見られるの。それも、この章に向けての伏線じゃ」

 

 「そうだよな。この章を境に健康どころじゃなくなるもんな」

 

 「それは後半組に解説させるとして、わしらは前半の解説を続けるぞ。まあここからは嫌が応にも穂谷を中心に物事が進むわけじゃが」

 

 「改めて結束を呼びかける六浜に、穂谷がひとり反発するってか。ストレスのせいとは言われてっけど、単純にあいつが鳥木以外の誰も信じてなかっただけだろ?」

 

 「その辺りは現実的に考えることができる人間じゃからのう。考えてしまう人間、と言った方がいいかの。持病のこともあって、半ば自棄になっているとも言える。持病も日に日に悪化し、コロシアイでいつ殺されるか分からない環境で、無事に脱出できる保証などないのじゃ。自棄にもなる」

 

 「そのくせ妙にプライド高えから病気のことを誰にも言わねえときた。難しい女だぜ」

 

 「偉そうに女を語るな貴様が!」

 

 「うおおっ!!危ねえ!!なんでツルハシ振った!?」

 

 「最近はこれくらい過激にしなければツッコミもウケが悪いからの」

 

 「過激過ぎるわ!!ひくわ!!」

 

 「冗談じゃ。このツルハシは安全な発泡スチロール製じゃぞ。ほれ、この通り」

 

 「目ェ狙ったろうが!!」

 

 「細かいことを言うのう。さて、次は大浴場のシーンじゃ」

 

 「話題転換ヘタクソだな。なんでお前はそんなに銭湯でテンション上がってんだよ」

 

 「そりゃやはり古き良き日本の原風景じゃからな。チビの頃に近所の銭湯で番台に上がらせてもらったことがあってな。暖簾の奥に覗くしわしわの老体や、風呂上がりのこざっぱりとした老人たちの語らう姿・・・アリじゃろ」

 

 「番台までしか聞いてなかった。まあそのノスタルジーは分かるぜ。昭和の風景って感じだよな。実際、俺らは昭和の時代を生きちゃいねえんだけど、なんでか懐かしいって感じちまうよな」

 

 「それにな、お前さんなら分かるじゃろう。裸の付き合いの気持ちよいこと!」

 

 「エロい話か?」

 

 「お前にはデリカシーというものはないのか。セクハラで訴えるぞ」

 

 「いやお前にセクハラとか言われる筋合いねえわ!!」

 

 「あるわ!!」

 

 「ちくしょう・・・訴えられたくねえから頭下げとくけどな。お前だってキャラ的に勘違いされること言うなよな」

 

 「おっ、お前さんつむじが二つあるのか」

 

 「変な方向に話広げようとすんな!」

 


 

 「やっぱり俺だけセクハラ扱いされたの納得いかねえな・・・」

 

 「いつまで言うとるんじゃ、女々しいヤツめ」

 

 「いやだって、銭湯見たときのお前の台詞思い返してみろよ。ジジイに欲情してるヤツなんかド変態じゃねえか」

 

 「世には枯れ専という嗜好もあるんじゃぞ。知らんのか」

 

 「枯れ専の中でも右派だろうが!極右だろうが!」

 

 「やかましいのう。困ったら大声ばかり出して、若手芸人か」

 

 「なんだその喩え!」

 

 「シーンは既に銭湯の中を探索しているところじゃ。清水と曽根崎が男湯の方を探索しておるぞ」

 

 「この中に仕掛けがあるんだよな。両方の風呂を繋ぐ隠し通路と、ロッカーの数字」

 

 「その通りじゃ。ロッカーの数字については清水が地の文で説明しておるが、ちゃんと漢数字を使っておる。女子風呂の方の数字がどのようになっているかについては言及されておらんが、敢えて漢数字を使っている意味に気付ければ早い段階でクロは分かったかも知れんのう」

 

 「いや無理だろ。意味に気付くのは。普通にスルーするって。っていうか今回のクロ、予想でかなり当てられてるし」

 

 「そうなんじゃよなあ。“才能”的にクロにならないわけがない、とまで言われてしまっておった。原作の同じ“才能”のキャラは見事に生き残ったというのに」

 

 「考えることは分かるけどな。んで、銭湯で重要なシーンっつったらこんなもんか?」

 

 「ふむ。一応、男湯の後に売店コーナーを調べておるのじゃが、そこで鳥木が駄菓子に詳しいという設定が出て来る。貧困家庭で安く手に入る食材として、駄菓子に親しみがあったということじゃな」

 

 「かなり勝手なイメージだよなそれ」

 

 「あとは動機のファイルを見つけて、穂谷が再登場するシーンじゃな。ここで穂谷がファイルを見なくてもいいんじゃが、動機を知っている者と知らない者を出してしまうと、情報の非対称性を意識して会話や展開を調整しなければならん。それが煩雑じゃったから、モノクマを利用して穂谷を連れて来たんじゃ」

 

 「要するに作者がめんどくさがったんだろ」

 

 「まあそうなんじゃがな。ここで一旦話の区切りじゃ。次話では、この“超高校級の問題児”修正・改善プロジェクトについての説明が前半を占める」

 

 「ここで監視役、いわゆる『裏切り者』のことが出て来るんだよな。こういうの創作論破だと毎回出て来るけど、だいたい名前だけで味方のこと多いよな」

 

 「『裏切り者』や『密告者』などじゃな。響きは非常に不穏じゃが、真相如何によっては全く立場が変わるからの。敢えて怪しげな言い回しをすることで疑心暗鬼を誘発することと、新しい展開に繋ぎやすくなるから作者にとっても便利な存在じゃ」

 

 「QQの中じゃ、とにかく損な役回りばっかだったけどな。全員から疑われるわ何しても上手くいかねえわネタにはされるわ」

 

 「そもそもが問題児たちを監視する役目じゃからの。胃が痛くなるのは仕方あるまい」

 

 「つうかここから色々言われてっけど、希望ヶ峰学園はこのコロシアイのこと認識してんのか?黒幕の正体からして、希望ヶ峰学園と全く無関係ってわけじゃねえだろ?そうでなくても、今まで連絡取り合ってたところと急に音信不通になったら、職員が飛んできてもおかしくねえだろ」

 

 「その辺りはぶっちゃけ決めておらんのう。最終展開を考えれば、希望ヶ峰学園はもはや学園として機能していない、つまりは“人類史上最大最悪の絶望的事件”と同じような状態になっていると考えられる」

 

 「マジかよ・・・じゃあ学園がどうのこうのって話、丸っきり無駄じゃんか」

 

 「当時のわしらには知る由もないことじゃからのう。学園がここにわしらを隔離したために、学園に疑いが向くことも黒幕の想定だったんじゃろうな。そうすれば『裏切り者』への不信感も強まるからの」

 


 

 「っしゃあ!!晴柳院パート来たァ!!」

 

 「急にデカい声を出すな!ていっ!」

 

 「効かん!晴柳院の語りパート実は貴重だからな!2章以来久し振りだぜ!」

 

 「シンプルに気持ちが悪い。確かに珍しいがの」

 

 「やっぱり京都弁っていいよな。はんなりしてるっつうか、心が落ち着くっつうか」

 

 「晴柳院は地の文でも台詞でも京都弁を使っておるが、言葉の訛りよりもイントネーションの方を大事にしていたそうじゃぞ。文章では伝わらんがな」

 

 「そうだよな。あの独特な言い回しっつうか、柔らかい言い方が京都弁の良い所だもんな。あー、晴柳院の台詞を生声で聞きてえ」

 

 「輪をかけて気持ちが悪い。描かれているシーンのシリアスさに合わせた解説をせい」

 

 「晴柳院と穂谷のパートだよな。穂谷はなんでまたこんなに怒ってんだ?四章の穂谷ピリピリし過ぎだろ。月モノか?」

 

 「いい加減に目の前にいるのが女子だということを理解せい!!デリカシー!!」

 

 「すまん」

 

 「許す。穂谷がイラついているのは、ヤツと晴柳院の相性が極端に悪いからじゃな。穂谷が一方的に晴柳院に相性の悪さを感じているということじゃが」

 

 「そうなんか」

 

 「晴柳院は、日本最大級の宗教団体、日青会の会長の孫娘で、将来的には陰陽師の名家でもある晴柳院家の家督を継ぐ立場にある。要するに良いとこのお嬢様じゃ。一方、穂谷は難病を抱えて生まれ、治療費のせいで穂谷の稼ぎを以てしても決して裕福ではない暮らしをしておる。どちらも本人が望まない形で、片や恵まれ、片や恵まれておらん。そんな二人が同じ“超高校級”として肩を並べているのが、気に入らんのじゃろう」

 

 「そりゃまあ、気持ちは分からんでもねえが、穂谷の勝手な嫉妬だろ?晴柳院は何にも悪くねえじゃねえか。あんなに腰低くて器量よしなのによ」

 

 「その腰の低さと庇護欲をそそる見た目も、穂谷が気に入らんところでな」

 

 「そこがイイんじゃねえかよ!!」

 

 「今日イチで声を張るな」

 

 「あいつのちっこい体で健気に動き回るところとか!!それから古き良き大和撫子って感じの性格とか!あと着物が似合うぺったん」

 

 「そおい!!!」

 

 「ごふっ!!」

 

 「希望ヶ峰学園なら“超高校級の検察官”などもいるじゃろうか」

 

 「もう訴訟の準備を始めている・・・!!ってかそのツルハシやっぱり鉄だろ!!重たかったぞ!!」

 

 「その重さは貴様の罪の重さじゃ」

 

 「初めて聞く決め台詞!!?」

 

 「さて、飯出の行く末はさておき、晴柳院のあの性格も、穂谷にとっては自分の神経を逆撫ですることになってしまうんじゃな。晴柳院も名家の跡取りとして、教養や品性を磨いてきた上に、ああして周囲の顔色をうかがう性格になってしまったわけじゃからな。どちらも悪くない。仕方のないことなんじゃよ」

 

 「まあ色んな事情はあらあな。けどそれにしたって当たり強えよな。晴柳院が余計に惨めに見えてくる」

 

 「惨めに見えるとますます晴柳院のことが嫌いになる悪循環じゃな。本当にこの二人は相性が悪いとしか言いようがないのう」

 

 「俺は100%晴柳院の味方だぜ!」

 

 「お前が味方についたら穂谷も晴柳院も裸足で逃げ出すのう」

 

 「なんで晴柳院も逃げてんだよ!」

 


 

 「ほ?次は男子の入浴シーンか!誰得じゃ!画面が若いわ!」

 

 「ぶつくさ文句言ってっけど、なんだかんだで清水も一緒に入ってんじゃねえかよな。この時いる男子は全員参加してるだろ」

 

 「清水と鳥木が並んで頭を洗っているというのもシュールな光景じゃな。清水はアホ毛が相変わらず立派にそそり立っておるし、鳥木はオールバックでないと誰だか分からん」

 

 「一緒の風呂入ることなんて滅多にねえし、修学旅行とかだとこういうところで、友達の、学校じゃ見えねえ生活の部分が見えてきてなんつうかこう、微妙な感じになるよな」

 

 「分かりみ〜」

 

 「んで、曽根崎はなんで清水に暴力振るわれるって分かってて自分から飛び込んでいくんだろうな。たらい顔面にぶつけられるって、冗談じゃ済まねえレベルだぞ」

 

 「既に痛覚が麻痺しているのかも知れんな。滝山に殴られたせいで脳がおかしくなったんじゃろ」

 

 「シャレになってねえ。あと、この風呂のシーンで大事なのは、鳥木の大家族っぷりだな」

 

 「弟が三人と妹が二人じゃろ。6人兄弟の長男とは大変じゃな。しかも家計を『Mr.Tricky』の稼ぎで賄っているなど、ほとんど家長ではないか。父親は何をやっとるんじゃ」

 

 「そういう部分で穂谷と通じ合ったのもあるんだろうな。意外と鳥木が家庭的な感じあると思ったら、マジで家庭守ってるとは」

 

 「そんなんじゃから、『Mr.Tricky』として大金を稼いでいる割に、金銭感覚が高校生並みなんじゃよな。10万円で腰を抜かす程度には」

 

 「なんか不憫になってくるぜ・・・俺にだって10万円は大金だけど、あんだけテレビ出て金稼いでるヤツが、家計のせいで贅沢できねえなんて思うと・・・今度ラーメン奢ってやろうかな」

 

 「そこは駄菓子じゃろう」

 


 

 「日常編3話は、冒頭でいきなり俺たちの抱えてる問題の詳細か」

 

 「設定として考えてあったが、いざ書いてみるとなかなかはっきり書く機会がなくての。クロとなった面子は割と分かりやすいのじゃが、シロの面子は何が問題じゃったのか分かりにくい者もいたからの」

 

 「アニーとか滝山とかな。っていうかアニーのなんて問題じゃねえだろ。あいつに何の責任もねえじゃねえか」

 

 「世界的に権威ある学園としては、生徒の個人情報が分からないというのはそれだけで危険なものなんじゃ。同じ時期に『もぐら』なんかを抱えておっては、なおさらにな。別にアニーの奴隷だった過去がバレたとしても、アニーにも学園にも不都合なことは起きまいて」

 

 「そこはアニーっつうより、フォールデンスのおっさんが隠したかったところなのかもな。今の時代に奴隷なんて所有してたら、どんな金持ちでも一発アウトだろうからな」

 

 「やはりアニーは周りに翻弄され続けてきたんじゃな。ああ悲しや」

 

 「それこそ解決のしようがねえと思うけど・・・アニーが自分から言うしかねえよな?」

 

 「希望ヶ峰学園も残酷なことをさせようとするのう。話したくないことを話すまで合宿場に隔離するなど」

 

 「なんか希望ヶ峰学園って黒い部分多くね?」

 

 「教育機関である前に、人が持つ“才能”というものを研究する機関じゃからな。得体の知れん研究をする巨大な組織は悪いものじゃと相場が決まっておる。少なくとも悪性因子が紛れていることは間違いないじゃろう」

 

 「“才能”ってもんもよく分からねえけどな。高校生レベルを超えて、人類史上最強レベルの“才能”持ってるヤツだっているだろ」

 

 「そこは設定のインフレじゃの。原作キャラの経歴は十分に高校生らしいものに収まっていたかと思うが」

 

 「たえこ・・・」

 

 「もちろん例外もおる」

 

 「その“才能”にコンプレックス持って、妙なこと考えちまうヤツもいるんだからな。分からねえもんだぜ」

 

 「わしらにとって“才能”は、特に手に入れようと思って手に入れたものでもないからの。自分の好きなことをしていたら認められたという感じじゃ。じゃから、無理に何かの“才能”を手に入れようとする、という気持ちはなかなか理解できんのじゃな」

 

 「んなこと清水の前で言ったら地雷踏み抜くことになるぜ。あと望月もその手のヤツか」

 

 「そうじゃな。望月もそうじゃし、石川も“才能”に拘泥し過ぎる余りに身を滅ぼしてしまった」

 

 「石川はアレだろ?自分の物欲を“才能”で言い訳してただけだろ。気持ちはまあ分からんでもねえが、ブレーキが利かねえのを“才能”のせいにするのは汚えぜ」

 

 「ブレーキ効かんとかお前が一番言うな」

 

 「そういやこのシーンはその望月が語り手だな。あいつ、頭の中でまであんな固い喋り方なのかよ。疲れねえのかな」

 

 「そういうところらへんもヤツは破綻しておるからの。曽根崎を探すためだけにモノクマを呼び出すというのは、やはりヤツに感情らしいものが薄いことの表れじゃな。合理的と言えば合理的じゃが」

 

 「事情を知りゃあ同情もできっけど、よくもまあ清水はこんな望月に最後まで付き合ってやったよな。他にもっとやべえヤツらがいたからヘイト集めずに済んだけど、清水と曽根崎以外に望月があんまり人と話してるところとか見たことねえや」

 

 「そういう意味でもあのトリオは最後まで残っていてよかったの」

 

 「よかっ・・・た・・・?何にも良くねえ気がするけど・・・」

 

 「細かいことは気にするな」

 

 「『裏切り者』の存在で疑心暗鬼が加速してるときにモノクマとふたりで話してるところ、もし誰かに見られたら不要な疑い持たれるってところも考えねえのかな」

 

 「考える必要がないことなのじゃろう。この時のヤツにとって大事なのは、誰がどう思うか、ではなく、事実か否か、じゃからな。自分が『裏切り者』ではない限り、モノクマと何をしていようがどのように疑われようが、それは誤りであると言い切れる。じゃから特に躊躇しない」

 

 「いや、メチャクチャじゃねえか!合理的かそれ!?」

 

 「人がどう考えるかも含めて考えるのが、真に合理的な思考判断じゃ。その点で言うと、望月の考えは合理的とも言えないんじゃろうな」

 


 

 「次はお前の語りだな!あの笹戸がやべえシーンだ!」

 

 「あのときの笹戸はヤバい雰囲気出てたのう。晴柳院が気持ちを立て直すシーンでもあり、五章に向けての伏線にもなるシーンじゃ。一方わしは、ただ化石を磨いてざっくりしたアドバイスで晴柳院に気合いを入れておった」

 

 「強引に笹戸連れ出してきたけど、お前笹戸のことどうなんだよ?滝山が生きてたときもやたら構ってたよな」

 

 「そうじゃな。笹戸は案外アウトドア派じゃし、あれでなかなか体もしっかりしておるからの。滝山と一緒にわしの手伝いをさせておった。例のアレに目を瞑れば可愛いヤツじゃ」

 

 「男としては」

 

 「若すぎるな。あと50年は要る」

 

 「なげーなあ・・・ずっと見てると、なんかお前と笹戸っていじめっ子といじめられっ子みたいに見えんだけど」

 

 「わしは笹戸にいじめられてなどおらんぞ」

 

 「お前がいじめっ子側だろ!」

 

 「人聞きの悪いことを言うな!わしはいじめなどしておらんぞ!手伝う代わりにゆでたまご一個あげる約束したじゃろ!何なら今から笹戸をじっくり話を聞こうか!」

 

 「その言い分がいじめっ子のそれじゃねえか!いや、ていうかマジでお前と笹戸がいじめる/いじめられるの関係になってるとは思っちゃいねえんだけど、傍目からしたらそう見えるってことだよ。なんだかんだお前、最後まで良いヤツだったからさ」

 

 「なんじゃ急に。褒めても顔から火しか出んぞ!」

 

 「照れるようなことじゃねえぞ」

 

 「何てことを言っている間にシーンは多目的ホールの中で晴柳院の話を聞くところじゃぞ。このシーンは、前に穂谷が晴柳院の実家について言及していたことの振り返りと、その詳細を解説する意味があるな。具体的には日青会という会についてじゃ」

 

 「なんかそっちも希望ヶ峰学園に負けず劣らず黒い感じがしてんだけど、一応名家ではあるんだろ?」

 

 「そうじゃな。宗教団体と聞くと怪しげな感じがする者もおるかも知れんが、やっていることは寺などと同じじゃ。新興宗教というよりも、仏教の一派じゃな。じゃから歴とした伝統も格式もある」

 

 「それが希望ヶ峰学園とずぶずぶの関係になってたんだろ。晴柳院の爺さんもオヤジさんも“超高校級の陰陽師”らしいじゃねえか」

 

 「晴柳院家にとって“超高校級”の称号などあって当然のものかも知れんな。逆に晴柳院の性格上、入学するまでは気が気でなかったと思うぞ。万が一、自分が希望ヶ峰学園に入れないようなことがあったら・・・」

 

 「家の名前に傷が付くな」

 

 「それだけで済めばまだいい。家名に泥を塗るということは、日青会の威光を曇らせるということじゃ。それはつまり信者の減少を招き、シビアな話をすれば家計も大きく変わる。経済力が変われば周囲への影響力も変わる。ひいては希望ヶ峰学園との癒着も弱まり、晴柳院家は一代で大きく傾くことになる」

 

 「おおう・・・確か、日青会って大学の運営とか政治にも一枚噛んでたよな?そんなのが落ち目になったら・・・」

 

 「間違いなく混乱が起きるな。それもあちこちで」

 

 「自分が“超高校級”になれるかどうかで、マジで日本全体の未来を変えちまうのかよ・・・。マジで晴柳院、どんだけのプレッシャーの中で今まで生きてきたんだよ・・・」

 

 「あの臆病な晴柳院が、よくそのプレッシャーに耐えてきたの。まあ、希望ヶ峰学園と癒着している以上は、“超高校級”に選ばれるのは確定的じゃがな。これは裏設定中の裏設定、つまり作者の頭の中にしかなかった設定じゃが、晴柳院はスカウトされてはおらん。希望ヶ峰学園側から入学するように頼まれている。ヤツの祖父がそうさせたんじゃが」

 

 「自分の家の事情知ってりゃ、それがどういう意味を持つかも分かるよな。断れるわけがねえし、入学したら入学したで一層晴柳院家と希望ヶ峰学園はべったりになる。しかも自分には学園生活で四六時中監視されてることが確定してるわけだ」

 

 「うむ。笹戸とかな。ちなみにこのようなイレギュラーな入学は、晴柳院以外だと滝山だけじゃ。滝山は現役の高校生ではなかったが、“才能”の特性上、高校生でないことに意味があったので入学を認められておる」

 

 「野生児に高校生もクソもねえもんな。おっと、今言った笹戸が、希望希望ってうるさくなって来たぞ」

 

 「これがヤツの本性の一部じゃな。実際、この話が公開されてから来た感想のほとんどで笹戸が、怪しいじゃとか、希望厨じゃとか、声帯が緒方恵美じゃとか言われておったぞ」

 

 「それは普通に似合いそうだな。どうしても原作のふたりがちらつくけど」

 

 「笹戸にしてはちいと色気が強すぎるかの。わしは久保田民絵さんがいい!」

 

 「さすがに女子高生の声っちゃ無理があるだろ!」

 

 「麻生久美子さんくらいかの?」

 

 「波平の嫁じゃねえか!!チョイスが渋いんだよ!!だったら俺は置鮎龍太郎かな!!」

 

 「はあああああっ!!?身の程を知れ!!」

 

 「そんな言われなきゃダメか!?いいじゃねえか言うだけタダだろ!置鮎龍太郎じゃなかったら、じゃあ神奈延年か檜山修之かなあ」

 

 「さんを付けろよデコ助野郎!!」

 

 「口調変わるほどかよ!?置鮎さんじゃなかったら神奈さんか檜山さんです!!」

 

 「烏滸がましいにも程があるぞ。飯出程度であればそうじゃな・・・」

 

 「いや待て、その感じで名前出したら誰でも失礼だろ」

 

 「そうじゃな。変な飛び火する前に次の話題に移るとするか」

 

 「賢明な判断だ」

 


 

 「いや〜、さすがわしじゃ。良いこと言うとるわ」

 

 「自分で言うか」

 

 「改めて自分の言うことを客観的に聞いて、良いこと言ってるなと思っての。お前は何の為に生まれてきた!?お前がしたいことをするためじゃろう!ならばお前はお前のままで良い!」

 

 「んん・・・まあ、良いこと言ってるかも知れねえけど、なんか勢いで誤魔化してる感もすげえんだよな。晴柳院の困ってることって、どうすれば穂谷とまともに話せるかだろ?それに対してお前は、難しいこと考えずに自分がいいと思った方法で当たれ、ってそれ、何の解決にもなってなくね?今まで晴柳院はそうやってきたんだろ」

 

 「そりゃ晴柳院家のしきたりや陰陽師としての自分に捕らわれていた中での『最善の手』じゃからな。晴柳院家の自分から、自分らしい自分へとパラダイムシフトを経ての『最善の手』はまた違うじゃろ」

 

 「結果上手く行ってねえけど」

 

 「それはそれじゃ!失敗から学べばいい!」

 

 「化石掘りならまだしも、人間関係で何度も失敗できるってのは夢物語だぜ。印象ってモンがある限り、失敗すれば確実にこっちのマイナスになる。マイナスが重なれば、後からデッカいプラス持って来てもトータルマイナスになることもある。だから慎重にならなきゃいけねえんだ」

 

 「言ってることは正しいかも知れんがお前にだけは絶対言われたくない!!」

 

 「失敗したからこそ言える人生の教訓ってヤツだろ!!」

 

 「失敗の度合いがデカすぎるわ!!」

 

 「うるせえな。お前だってこの章で失敗するだろ。ここのシーンとか」

 

 「なんじゃ。わしはおらんではないか」

 

 「その手前だ。お前が晴柳院と笹戸を引っ張って合宿場走り回ってるとき、食堂では六浜と穂谷と鳥木が話してたんだ」

 

 「穂谷がもはや鳥木も信用できなくなって、自分で食事を作ると言いだしたんじゃな」

 

 「穂谷からすりゃ鳥木を疑うってことも辛かったはずだぜ。この章のラストで分かることだけど、あんだけ入れ込んでたんだからよ」

 

 「しかし鳥木が『裏切り者』であるという可能性も0ではない。しかもその『裏切り者』が自分たちに仇成すものであるのならば、逆にこれまで信用を獲得するために動いていた、ということも考えられる。要するに、疑い出せばキリがないんじゃ。じゃから食事くらいは安心して食べたいということじゃろう」

 

 「実際この時点で六浜はどうだったんだ?これは5章で分かることだけど、『裏切り者』は六浜だったんだろ?あいつは自分が『裏切り者』だってことすら忘れてたのか?」

 

 「そうじゃな。その辺りは黒幕が上手くやった。しかし完全に記憶を消すことはできん。六浜の気持ちとしては、『裏切り者』はもしかしたら自分ではないかという疑念があるのじゃな。じゃから六浜は独白の中でも、自分は『裏切り者』ではないとは言っておらんのじゃ」

 

 「マジかよ!?ちゃんとその辺できんだなウチの作者!」

 

 「そんなこと言っていたら作者権限でお前消されるぞ」

 

 「そんなわけねえだろ!そしたらお前ひとりでやることになるぞ!」

 

 「それもいいかも知れんのう。最初の方にも言ったかも知れんが」

 

 「いいわけねえだろ!!」

 

 「いいわけない、といえばじゃが」

 

 「話の繋ぎもうちょっと上手くできねえか?」

 

 「結局、穂谷が作った料理は実に簡素なものじゃった。栄養バランスに気を遣った結果、レタスと簡単なスープとパンにフルーツ、まったくなってないのう」

 

 「肉も魚も卵もねえじゃねえか!!タンパク質抜きってなんだこりゃ!!」

 

 「穂谷の生活力のなさは絶望的じゃのう」

 

 「お前の空気の読めなさもだよ。この状況の中にお前らと例のトリオも突入してくるんだぞ。一気に食堂が混み合ってきたじゃねえか。ちなみにモノクマもいるぞ」

 

 「まさか合宿場の全員がこのタイミングで集結するとはな。図らずも晴柳院と穂谷が全員の前で会話することになってしまった。わしとしては、お互いの考えをはっきりさせる良い機会と思ったんじゃがな」

 

 「だから、晴柳院からしてみりゃお前にムリヤリ連れ回されて引っ込みのつかねえ場に放り出されたのと変わらねえんだよ」

 

 「っと、その前にモノクマの口から大浴場のアーケードゲームのアップデート情報じゃ。ここでの景品が後々重要な意味を持ってくるわけじゃな」

 

 「ゲームクリアの特典が動機って、原作2作目の2章の動機そのまんまじゃねえか」

 

 「あれは過去の事実をゲームとして追体験させることで当時の関係者を疑心暗鬼に陥らせることが目的じゃろ。こっちはそれとはまた違う。単純に誰も知らない情報を手にできるものじゃ」

 

 「ま、これについてはまた後でいいか」

 

 「いよいよ晴柳院による穂谷説得のシーンじゃ!」

 

 「いや・・・これ説得じゃなくね?一緒に風呂入ってください、って」

 

 「何を言う!昔から裸の付き合いをすればお互いのことが分かると言うじゃろう!関係の修復にはこれ以上ない手段ではないか!」

 

 「現に穂谷は晴柳院との絶交を宣言しやがったからな。色々晴柳院が過程をすっ飛ばしておかしなこと言ったのが、ただ神経を逆撫でしただけだったんだな。まあ、誰が悪いかっつったらムリヤリその状況を作った明尾だけど・・・」

 

 「なぬっ!?わしか!?穂谷がカウントダウンし出して晴柳院にプレッシャーをかけたからじゃろ!」

 

 「あいつがプレッシャーに弱いこと知ってたらこんなことさせねえよ!俺だって無理だわ!」

 

 「お前じゃったらどんな状況でも穂谷と対話など無理じゃろう」

 

 「う〜ん、反論できねえ。あいつ俺のこと絶対嫌いだよな」

 

 「そう落ち込むな。あんドーナツをやろう」

 

 「これケータリングだろ」

 

 「どんどんこの解説スタジオの設定ができあがっていくな。ケータリングまであるとは」

 

 「ラジオスタジオのイメージだろ。こうやって向かい合って話しながら、ガラス越しにディレクションすることもできる。望月と滝山の回のときに六浜が四苦八苦してただろ」

 

 「ドアがあるから向こうから誰かが入ってくることもできるし、わしらが一度退席することもできるのか」

 

 「それはできねえんじゃねえか?だったら六浜が入ってきて直接望月と滝山を黙らせただろ」

 

 「ほっ!?ということは催したらどうするんじゃ!?」

 

 「さあ?その辺はまあ、ご都合主義っつうか、何時間いても催さないような仕組みになってんじゃねえか?」

 

 「なんじゃそりゃ!?そんなものわしは認めんぞ!わしらは作者のオモチャではない!生きた人間なのじゃ!そのジュースをよこせ飯出!」

 

 「やめとけー」

 

 「やめらいでかあ!!」

 

 「マジで全部飲んだよこの人」

 

 「これでどうじゃあ!さすがにここまですればわしも催さずにいられんじゃろう!そうすればわしはここから出てトイレに行かなければならなくなり、しかしドアが開かないとなれば・・・・・・わしピンチ!!?なぜじゃ!!?」

 

 「言わんこっちゃねえ」

 

 「おおおう!!催しても負け!催さなくても負け!どうすればいいんじゃ!?」

 

 「お前は誰と戦ってんだ」

 

 「それは分からんが、晴柳院は穂谷と戦っておる。みろ、日常編ももう終盤じゃ。鳥木と晴柳院のシーンじゃ」

 

 「鳥木が穂谷の代わりに晴柳院に頭下げてんな。ホントあいつは穂谷に従順な執事になっちまってるよな。一回くらいビシッと穂谷に言ってやったりしねえのか?しかり飛ばすことも愛情だぜ」

 

 「鳥木はこの後、穂谷に割とビシッと言っておるぞ。あくまで穂谷が孤立してしまうことのないようにと気を遣っておったが、晴柳院のことを鼠呼ばわりしてあからさまに無視したことや、鳥木に甘えていることを開き直っていることに、遂に温厚な鳥木も堪忍袋の緒が切れた、というところじゃな」

 

 「こりゃあもう晴柳院のやることなすこと全部裏目に出てるよな。穂谷を直接説得しても変な感じになっちまうし、鳥木の方から謝られて謝り返してたら今度は鳥木と穂谷が険悪な感じになっちまうし」

 

 「穂谷がここで晴柳院のことを鼠と何度も繰り返し呼んでおるな。あくまでこの話における鼠は穂谷じゃ。鳥木が追い詰められていると言っているようにな。じゃからこれは読者へのミスリード材ということじゃ」

 

 「単なる嫌みにもなってるから自然だな。あいつならマジでいいかねん」

 

 「斯くしてこの四章、晴柳院がとにかく穂谷を孤立させてはならんと試行錯誤した結果、穂谷は本当に孤立した立場になってしまったわけじゃ。そこに『裏切り者』の情報。疑心暗鬼にならんわけがない」

 

 「モノクマはこれも計算してやったってことか?」

 

 「どうじゃろうな。さしものモノクマもそこまで全てを読み切っていたとは思えんが、穂谷の性格上、いずれこうなることは予測できるからの。その時が来た、くらいの認識ではないか?『裏切り者』の情報はそれ以外にも効果覿面じゃしな」

 

 「もし穂谷が本当に晴柳院にほだされたら?」

 

 「次なる一手を打つか、清水や笹戸辺りに揺さぶりをかけるのではないか?」

 

 「簡単にはモノクマの手から逃れられねえってことか。それどころか、これじゃまるっきりアレバニアファミリーじゃねえか」

 

 「そうじゃな。人形共がいくら知恵を巡らそうとも、圧倒的な力と俯瞰からの視点で全てを意のままにしてしまう絶対存在がおる。せいぜいが足掻くことくらいでは、どうすることもできん」

 

 「おっと、一転して六浜と望月の資料館でのシーン。こっちもモノクマの圧倒的な支配力に頭を悩ませてんな。六浜も望月も記憶消されてるし無理もねえか」

 

 「ちなみにここで六浜が生徒会役員や、希望ヶ峰学園生徒会のシステムについて言及しておるじゃろ」

 

 「してるな。確かいま、この解説編と、六浜が主役のスピンオフ番外編と、ロンカレの番外編と、3つ同時並行で書いてるんだろ?そのスピンオフで本格的に生徒会役員たちが出て来るんだろ」

 

 「そうじゃ。まあ並行とは言うが、ひとつを終わらせて次に取りかかる、という形じゃな。或いはこっちが行き詰まったからあっちを書く、というような。全てを均等に進ませるというようなことはしておらん」

 

 「ふ〜ん、で、その生徒会がどうした」

 

 「生徒会という設定自体は原作から引き継いだものじゃが、そのシステムなどに関しては全く情報がなかったため、作者が勝手に考えた。作中の設定からして、原作の時代からそうとう時間が流れておるから、時を重ねる内に変化した、ということでも説明がつくがの」

 

 「六課役員とかいうヤツか。あれなんだ?」

 

 「適当じゃ」

 

 「マジで!?」

 

 「なぜなら、生徒会の詳細な設定はQQが完全に完結し、その後スピンオフ番外編を考えたときに初めて生徒会役員のキャラクターやシステムを決めたからじゃ。つまり、この話を執筆中は生徒会の設定など影も形もない、ということじゃな」

 

 「じゃあ六課とかって何の意味もねえの?」

 

 「このときはな。じゃが、そこはきちんと辻褄が合うように設定してあるわい」

 

 「へー。六課ってなんなんだ?」

 

 「学生課、公安課、美化課、広報課、催事課、庶務課の6つの部署のことじゃ。希望ヶ峰学園生徒会の仕組みについて簡単に説明しておこうかのう」

 

 「ここらが良い機会だと思うぜ」

 

 「あくまでここの作者が考えている設定じゃから、公式設定とは違うぞ。そもそも公式設定の方がどうなっているかはわしら知らんし」

 

 「設定資料集とかに載ってるもんなんじゃねえのかよ・・・下調べしとけよ・・・」

 

 「まず生徒会は、会長1名と男女の副会長が1名ずつ、会計長に書記長の5名で執行役員というグループがある。生徒会の活動内容や方針をここで決定するわけじゃな」

 

 「基本的には最上級生がやるよな。うちは3年制だから、会長と副会長はまず3年生が務める」

 

 「しかしそこは“超高校級”の“才能”が集まる希望ヶ峰学園。全体をまとめる会長やその補佐である副会長はともかく、会計や書記、そしてその下にある六課役員など専門性の高い役職になると、もはや学年は関係なく、“才能”第一で任命されるようになる」

 

 「だから1年生で生徒会に入ってる、なんてことも割とよくある話なんだよな。毎年ひとりくらいはいるぜ」

 

 「スピンオフでは1年生は3人おる。これは異例の多さじゃな。だいたいが1人。多くて2人じゃ」

 

 「その辺の細かい理由はスピンオフに任せようぜ。とにかく生徒会のシステムそのものだ」

 

 「そうじゃな。ええっと、執行役員の下には、先ほど言った6つの部署が付いておる。そこは原則上級生1人、下級生1人の二人で一課じゃ。六課役員とは、その上級生、すなわちその課の責任者を指す。もっと言えば、執行役員の中から会長と副会長を入れた9人が六課役員と呼ばれるの」

 

 「六浜は実際、六課役員なのかよ?」

 

 「ヤツは学生課。そして学生課の責任者は六浜ではない。つまり、六浜の推理は残念ながら外れじゃ。ま、イレギュラーの多い生徒会じゃからの」

 

 「がっちり宣伝しちまったな。まだ全然書けてもいねえくせに」

 

 「大丈夫じゃ。絶対面白くなるから」

 

 「ハードル上げんじゃねえよ!」

 

 「ほれ、シーンも面白くなってきておるぞ。六浜は明らかに正体が分からない上に自分がそうかも知れない『裏切り者』の存在に翻弄されておる。一方の望月は『裏切り者』が存在するという事実はあっさり受け入れ、それが危険なのかどうか、自分はどう行動すべきかを考えておる。六浜がコロシアイがまた起きると予言しているのなら起きるのだろうと、それすらも受け入れてしまっておる」

 

 「やっぱ不気味だよこいつ・・・」

 

 「そしてラストシーンでのこの台詞!「記憶を奪われたのは本当に私たちだけなのだろうか」じゃと。まったく意味が分からん!」

 

 「そりゃそうだ。大して意味なんか込めちゃいねえんだから」

 

 「そうなのか!?」

 

 「この時点ではまだ真相は全然分からねえからな。記憶を消されたらしいことだけは分かってっから、それっぽいことを言ってるだけだ。望月だったら合理的にっつって色んなこと考えそうだろ?」

 

 「ううむ・・・確かに、この話の真相まで行ったところでわしら以外に記憶を消されている者などおらんかったのう」

 

 「こういういい加減なところもあるんだよ。なんつったって処女作だからな」

 

 「意味は分かるがお前が言うとやらしく聞こえるからイヤじゃ」

 

 「風評だろそりゃ!!」

 

 「あながち風評でもないが・・・。というかそもそも処女作ではないじゃろう。QQを書く前に他ジャンルの二次創作ガッツリ書いてたじゃろうが。完結もしてたではないか」

 

 「こういうガッチリ話作り込むようなミステリ系のものははじめてだろ。伏線の張り方が分かってねえんだよ」

 

 「別に売り物でもないから細かいことは言わんがな。QQ自体が見切り発車じゃというのに、よくもまあここまで乱暴に伏線を張れるものじゃな」

 

 「その辺は温かい目で見といてくれや」

 

 「言い訳ばっかしとるわ・・・」

 

 「その他ジャンルの二次創作の方もたいがい拙え出来だけどな!気になるヤツは『Digimon Fugitive』で検索してくれい!」

 


 

 「次の清水のシーンはなんじゃこりゃ。あいつひとりだと本当に何もしねえな」

 

 「大事なのは倉庫のシーンの後からじゃからな。別にここはどうでもいいんじゃ。なぜ清水が急に倉庫に行きたくなったのかは知らん。展開的に必要だったからじゃ」

 

 「だからところどころ粗えっての!」

 

 「今回の話は全体的にシリアスな感じを心がけておるからの。おまけに残り人数が少ないから清水でも描写しないわけにはいかんのじゃ。むしろちょうどよく余ってたから動かしたくらいの勢いじゃ」

 

 「一応あいつ主人公だよな・・・?なんつう扱いだ・・・」

 

 「前に誰かが言っておったが、この倉庫の番号は11037の3分割じゃ。論破ファンにはお馴染みの数字じゃな」

 

 「いじられすぎだろアポ」

 

 「倉庫に武器があることは実は大して問題ではないんじゃがな。黒幕が後から運び込んだとか、いくらでも説明が付く。そういうところに気付かず、何か重大なことに気付いてしまった、的な雰囲気を出しておる。そういうところじゃな、清水は」

 

 「俺さ、最初の解説編であいつと一緒にやったからか知らねえけどちょっとあいつに感情移入してんのかな。清水嫌われすぎじゃね?」

 

 「仕方ないじゃろう。プロローグでのあいつを知らんのか。あれほど露骨なのもどうかと思うが、嫌われても仕方ない態度を取るからじゃ。仲間じゃから気が合うのではないか?」

 

 「さすがに俺あいつほど嫌われてねえわ!!」

 

 「作中の設定的にはな。じゃがリアルを見てみたら」

 

 「リアル?作中?何の話だ?俺たちは俺たちのままだろ」

 

 「こいつ・・・!二つの意味で現実逃避しとる・・・!!」

 

 「ボケの上にさらに上手いボケ重ねて潰すのやめろ。ってか、清水が訝しんでたのは武器があるってことじゃなくて、その前は何があったかだろ」

 

 「その前はなんでもいいんじゃ。要するにこの倉庫の肝は、六章で明らかになる地下施設への入口としての機能じゃからな」

 

 「目の付け所はよかったけど、ちょっと惜しかったんだな」

 

 「その辺りも清水らしいっちゃ清水らしいのう。今一歩届かないというところが」

 

 「おっ。それでいよいよ次のシーンだな」

 

 「寄宿舎に戻ろうとする清水に、曽根崎が助けを求めるシーンじゃ。もちろんわしはこのとき全力で曽根崎を追いかけておるぞ!」

 

 「ソノゾキ!!」

 

 「伝わらないかも知れんが、清水の周りを逃げる曽根崎をわしがグルグル追いかけている。あまりに急な出来事じゃったから、さすがのわしも髪をろくに乾かす前に大浴場を飛び出してしまった」

 

 「どこがシリアスだよ。思いっきりギャグじゃねえか」

 

 「ここでは普通にスルーしておるがの。大浴場の構造上、普通なら覗きなどできるはずがないんじゃ。じゃがそれに言及すると、この後の裁判で曽根崎による攪乱が全く説得力なくなってしまうのでな。敢えてギャグにすることで流させる作戦じゃ」

 

 「そういうの多いな、うちの作者。シリアスでもギャグでも、地の文の中のほんの一文の言い回しとかに伏線仕込むの」

 

 「緻密さが出るじゃろ?」

 

 「そうだけど、気付かれねえ伏線って意味あんのかよ。気付かれてこその伏線じゃねえか?」

 

 「そこまでの技量はない」

 

 「ダメなヤツだ」

 

 「この覗き騒動のときに、わしは隠し通路のことを知るわけじゃ。そしてそれが巡り巡って四章のクロにも伝わることになるんじゃな」

 

 「つくづく、明尾と晴柳院が入ってるタイミングで隠し通路の確認した曽根崎の業が深えな・・・クソッ」

 

 「お前さん・・・うらやましがってるじゃろ?」

 

 「な、ななな、ななに言ってんだよバ、バッカじゃねえの?いくら俺でも」

 

 「ふんだんに動揺しておる」

 

 「正直羨ましい!だってあいつ晴柳院の裸みたんだぞ!?羨ましいに決まってんだろ!!」

 

 「うお・・・本気で悔しがられると本気でひく・・・」

 

 「うるせーうるせー!もうどうにでもなれ!」

 

 「やけくそじゃな。もう少しだけ続くから辛抱せい。わしも辛抱する、というかずいぶん辛抱しとる」

 

 「本当に俺、清水くらい嫌われてね?」

 


 

 「よし、ついに非日常編じゃ」

 

 「何もよくねえ。お前、この話での立場分かってんのか?」

 

 「と言ってものう、過ぎたことを悔やんでも詮無きことじゃ。覚悟は決まっておる」

 

 「冒頭はまた清水の独白だな。喉の調子悪いから医務室に行くっての」

 

 「いかにも意味ありげなシーンじゃが、喉の調子が悪いのはただの寝冷えじゃ。特にクロが何かしているわけでも、新しい動機でも、この後清水が病気になるわけでもない」

 

 「ほんと粗いな。四章の後半から急に粗さが目立ち始めてきたぞ」

 

 「ボロが出たというところかの。実際、書き始める前にプロットが作ってあったのじゃが、それは三章までじゃった。ここからは自転車操業的に書いていることになる」

 

 「そりゃ粗くもなるわ。っておい、清水と穂谷はなんで顔合わせただけでこんなに険悪になってんだ」

 

 「あの二人じゃから無理もないのう。わしが現れなかったらコロシアイが早まっておったかも知れん」

 

 「少なくとも清水にその根性はねえな」

 

 「殺伐とした医務室にわしが!!この愉快な語り口で空気を和ませておる!!さすがわしじゃな!!」

 

 「余計に掻き回してるような気がするけどな・・・棘と格闘とか地味なことしてるしよ」

 

 「穂谷に抜いてもらいたかったんじゃがのう」

 

 「やるわけねえ・・・」

 

 「実は明穂という可能性もあったり・・・」

 

 「ない」

 

 「冷静に否定されると傷つく!いいじゃろ!わしじゃって穂谷と仲良くしたかったんじゃ!」

 

 「まあ、ここでの穂谷の態度如何によってはこの後の展開を変えることもできたかも知れねえけどな」

 

 「そうじゃな。ここでの会話でわしは、穂谷が『裏切り者』なのかも知れんという疑惑に確信を得てしまったからのう。ともに風呂に入ることをそこまで拒絶するのもおかしいと。同じ湯に浸かることよりも、肌を晒すことをイヤがっていたのが気になっての」

 

 「あいつの事情考えたら傷見られたくないだけなんだけど、こういう状況だったら変な勘繰りされてもまあ、仕方ねえったら仕方ねえか」

 

 「誰しも言えない秘密はあるが、それが疑惑に変わってしまうのがコロシアイ生活の恐ろしいところじゃな」

 

 「だから次のシーンでは、もう事件が起きた後だ。部屋で寝てる清水を鳥木が叩き起こすシーンだ」

 

 「なんかわしの死体発見シーン、あっさりしとらん?」

 

 「何にこだわってんだよ」

 

 「だって飯出とかアニーとか古部来に滝山は、みんな劇的な演出がされておったではないか」

 

 「そりゃ俺は最初の被害者だし、アニーは密室殺人だからインパクトあるし、古部来と滝山もああいう殺し方だったらそういう演出にもなるだろ。その点、お前は部屋に転がってるだけだし」

 

 「ぬおおっ!!せめて被害者ダービーでは上位に食い込みたかった!!」

 

 「なんだ被害者ダービーって。ってかパラレル時空だからって自分のことよくネタにできるな」

 

 「構わん構わん。ブラックなのもアクセントじゃ」

 

 「実はこの明尾の死体発見アナウンスで、鳥木と曽根崎と望月が発見してアナウンスが鳴ってんだよな。清水が発見したかどうかは曖昧にぼかされてる。清水が見てはじめてアナウンスが鳴ったって明記しちまうと、一気に鳥木がクロってバレちまうからな」

 

 「粗いくせにそういうところはぬかりないのう」

 

 「そんで現場は笹戸の情報で穂谷の部屋にも行く。一応合宿場の部屋割りは公開されてっから分かるけど、明尾の部屋と穂谷の部屋ってマジで寄宿舎の対角線なんだよな」

 

 「わしの遺体をわしの部屋に運ぶのは相当リスキーだったことじゃろう。その辺りは愛のなせる業といったところか」

 

 「いや、だから粗さだろ?」

 

 「しかしこの穂谷の部屋でのシーンはきちんと伏線仕込んでおるぞ。どうも穂谷が生きているらしいことに皆が気付き、鳥木が医務室へ運ぶというところで、きちんと鳥木は指を怪我しておる。手袋をしていては絶対にしないような怪我じゃ」

 

 「普通だったら、この鳥木が怪我したガラス片か何かが手掛かりだと思うわな」

 

 「ちなみに鳥木が手袋をしていないという描写はここと、あと裁判で1回出て来る。まあ、それを見破るまでもなく、この章は鳥木クロの予想が多かったがの」

 

 「マジでなんでなんだろうな」

 

 「おそらくアレじゃろ。読者はみんなマジシャンをヤバいヤツだと思っておるのじゃろ。テンコーとかマリックとかセロとかもヤバいヤツじゃ」

 

 「いや適当なこと言うな!!」

 

 「さて、捜査が本格的に始まるが、相変わらず清水と曽根崎はともに行動しておる。仲が良いのう」

 

 「ていうか曽根崎が勝手に清水に付きまとってるから、勝手に引き連れてるかのどっちかだからな。なんだかんだで放棄しない清水もたいがい付き合い良いが」

 

 「珍しく・・・もないが、曽根崎が清水に対して面と向かって暴言を吐くとどことなくシリアスな雰囲気が出るのう」

 

 「普段と調子が違うってだけであいつは特に不気味に見えるヤツだからな。四章にもなってきたから、そろそろ真相のヒントなんかも出て来る頃合いだろ。油断ならねえとはこのことだ」

 

 「事件の捜査の中でも真相に繋がるヒントが隠されているかも知れんからの」

 

 「何が分かるか、じゃなくて何が分からねえか、に注目して調べるべきことを考えるのか。逆転の発想ってヤツだな!で、まずは明尾の部屋から捜査だ」

 

 「穂谷の部屋は立て込んでおるからの。わしもひとりぼっちで放置されて寂しいから呼び寄せてしまったわい」

 

 「むしろ晴柳院が呼ばれそうなもんだけどな」

 

 「むほあッ!!?そ、曽根崎め!!わしの服を脱がすとはどういうことじゃ!!やはりヤツはわしに劣情を抱いておったのじゃな!!それも死体にとは・・・なんとレベルが高い!!」

 

 「死体に興奮してるヤツをレベルが高いって表現する時点でお前もそこそこのレベルにいそうだけどな。っていうかいるけどな。これはあくまで捜査の一環だから、別に曽根崎にいやらしい考えなんかなかったぞ」

 

 「それは分かっておるんじゃが、自分が男子に服を脱がされているところを見ては心穏やかでいられん。昨今では女性に救命措置をした男性が後からセクハラで訴えられるという、恩を仇で返すの模範解答のような例があるくらいじゃからな」

 

 「死人に口なしとも言うぜ。今更なに言ったって意味ねえよ」

 

 「ここで重要なのは、部屋中にある血じゃな。笹戸の靴の裏にべったり付着してしまったことで血が新しいこと、部屋中に散っているにも拘わらずわしの頭の下に血溜まりがないことから殺害場所がワシの部屋ではないことが分かるのじゃな。曽根崎はこの時点でどこまで推理できていたんじゃろうな」

 

 「どうだろうな。普通はまず情報をとにかく集めて、そのときに気になったことを後から繋ぎ合わせるみたいな感じだと思うぜ。その場でなんもかんもは推理できねえだろ」

 

 「主人公や探偵役でないと大して推理を要求されないので気持ちが楽じゃのう」

 

 「要求されないどころか推理する機会もなかったぜ」

 

 「得意気に言うことではない」

 

 「ところでお前の部屋の捜査でちょっと気になったことがあるんだけどよ」

 

 「ほう、なんじゃ。答えてくれよう」

 

 「お前の復元した化石の模型が、美術品として扱われるくらいキレイだってマジかよ?」

 

 「なんじゃ、それか。マジじゃぞ。わしとしては丹精込めて磨いた化石を売りに出すのは心苦しいからあまりせんのじゃが、博物館やマニアなどからどうしてもと頭を下げられることもある」

 

 「すげえヤツじゃねえかよ・・・」

 

 「そういうお前さんこそ、冒険家なんじゃから色々な組織から依頼が来たりせんのか?あそこを調査せい、探検に付き合えなど」

 

 「そりゃあるけど、ホラ、俺英語話せねえじゃん」

 

 「知らん」

 

 「だから外国のチームで通訳なしだとやって行けねえんだよな。ソロで行けるところなんてのも限られるしな」

 

 「なるほど。やはり“才能”によって活動範囲は様々じゃの。わしはたまに外国で発掘もするぞ。発掘チームなら高い確率で通訳ができる者もおるからの。わしも英語はからっきしじゃ!わはは!」

 

 「いや、普通にまずくねえか・・・?俺ら曲がりなりにも高校生だぜ?」

 

 「希望ヶ峰学園とはいえ、普通の高校程度の内容はできていないと後々苦労するじゃろうからな・・・六浜に習いに行くか?」

 

 「やだよ。あいつ教えるのうめえけど怖えもん。アニーに頼もうぜ」

 

 「コーヒー漬けで寝かせてもらえんぞ」

 

 「んうう・・・あ、そうだ。次作の主人公だ、あいつ外国人だったろ。あいつだったら」

 

 「小学生に教えてもらうのか?わしは構わんが、周りが許してはくれんと思うぞ」

 

 「八方塞がりかよ・・・」

 

 「普通に勉強すればいいんじゃ」

 


 

 「廊下の血の量の話も終わったの。今回の事件はあちこちに付着した血がひとつ重要な要素になっておるの」

 

 「血を使って現場偽装なんてのは原作とか他のミステリーでも常套手段だからな。ここに来てようやくって感じだが」

 

 「今までは現場を偽装する必要がなかったからのう。お前さんの事件は偽装というよりも、意図せず死体が移動してしまったというだけじゃ」

 

 「死ぬかと思った」

 

 「死んだじゃろ」

 

 「しっかし穂谷の部屋は荒らされてんな。よくこれで生き延びたもんだ」←ブラックジョークに疲れた

 

 「なりふり構わない人間というのは恐ろしいものじゃ。わしも本気で穂谷を殴りかかりにいっていたのじゃが、よもや返り討ちに遭うとは思わなんだ。タイトル通り、追い詰められた鼠というのは恐ろしいものじゃ」

 

 「猫が鼠をいじめてたら後からやってきたカラスに突かれたってとこだな」

 

 「ほう!お前さんにしては上手い喩えじゃな!」

 

 「その辺の事実は推理じゃ分からねえこともあるけど、もっと大事な証拠品がここで見つかるぜ。脱衣所の木札だ」

 

 「まさか男女で木札の数字の表記が違うとはの。敢えて違う表記にする意味があるのか?」

 

 「実用的な意味で言えば、もし大浴場の外で見つかったときにどっちのかすぐ分かるってのがあるな。ミステリ的に言えば、今回の裁判でも言われたように、表記が違うことを知ってること自体が別の事実に繋がることにもなる。モノクマはたぶん後者を意図してこういう具合にしたんだろうな」

 

 「まったく、あちこちにそんなものを仕込んでおるんじゃな。油断も隙もあったものではない」

 

 「今回の事件でその違いを知ってたのは、まず女子風呂に覗きに入った曽根崎と、そのことを曽根崎から聞いた明尾、そんでもって明尾の部屋でそのメモ書きを見つけたとかいう鳥木の3人だな」

 

 「忘れないようにメモしていたのを利用されてしまうとはの・・・しかも、そのメモを鳥木に処分されてしまうとは」

 

 「そりゃそうだ。鳥木は穂谷がクロになるところを身代わりになるだけじゃなくて、なるべく明尾も非難されないようにって謀ってたんだからな」

 

 「うぬぅ・・・自分が殺した相手に気を遣うとは、全く破綻しておるな。ヤツの場合は殺したくて殺したというわけではないが」

 

 「とことんまであいつは自分の仮面を脱げなかったからな。だからこそこうなっちまったってのもあるんだが」

 

 「全ては初めて真の自分の存在に気付いてくれた穂谷のためにか・・・こういうのはあれじゃな!尊いってヤツじゃな!」

 

 「あーあ」

 

 「な、なんじゃその分かりやすい嘆息は」

 

 「そういうの自分で言ったらおしまいなんだぜ。サムい」

 

 「自分ではないじゃろ!わしは当事者ではないじゃろうが!」

 

 「当事者みてえなもんだろ。書いてるヤツが同じなんだからよ」

 

 「メメタァ!!」

 

 「そんなこと言ってる間に、清水と曽根崎が医務室にいるその鳥木と穂谷に話聞きに行ったな」

 

 「こんな状況で鳥木が穂谷に手を出すと思っておるのか曽根崎は・・・男子高校生ならば仕方ないかも知れんが、時間と場所を弁えよ!」

 

 「こっち見んなよ!なんだよ!」

 

 「わしらの中で血液型の設定が判明しているのは曽根崎だけなのじゃが、特に意味はないのじゃろう?」

 

 「ないぜ。別にここは、血液パックの数が合わねえってだけの話だからな。けど鳥木は明尾の部屋や廊下に撒く血で、A型を選んでたな。ってことは明尾と穂谷はどっちもA型ってことなんじゃねえのか?」

 

 「わしはA型かも知れんが、穂谷はA型ではないじゃろう。B型じゃろう」

 

 「いや、お前もたいがいB型っぽいけどな」

 

 「そりゃお前さんもじゃろ!」

 

 「なんでだよ俺A型だろ!」

 

 「どこがじゃ!!というか“超高校級”の“才能”を持つ者はみな我が強くてマイペースなんじゃから、みんなB型でもおかしくないくらいじゃ」

 

 「ゴリラか」

 

 「ほ!そう言えばお前さんはゴリラっぽいな!わはは!!」

 

 「わははじゃねえ!ってかいいんだよ血液型なんか!鳥木がなんでA型のパック取ったかって話だろ!」

 

 「そもそもわしは血液型の性格分類など信じておらんからの。鳥木がA型を選んだのにも大して興味もない」

 

 「単純に数が多いから適当に手に取ったのがA型のパックだったってだけだろ。血液型決めてねえし、そんな話にもなってねえから、深い意味なんてねえよ」

 

 「決めんのかの。血液型」

 

 「いやもう決めたきゃ決めろよ。なんだっていいよ」

 

 「じゃあわしA型」

 

 「じゃあ俺もA型」

 

 「なんじゃこれ」

 

 「おっと!穂谷が目を覚ましたぜ。起きたら上着がはだけてたからびっくりしてらあ」

 

 「そりゃびっくりするじゃろ。曽根崎はこの短い間に二人も女子の服を脱がしているんじゃぞ」

 

 「役得だなあ、あいつ」

 

 「お前が1シロで良かったとこんなに思ったことはない」

 

 「さすがにひどすぎんだろ!!」

 

 「穂谷に状況を説明し、さらに部屋で襲われたと嘘半分、真実半分の証言をしておる」

 

 「明尾に襲われたって言ったら自分が殺したってバレるから、あくまで自分も明尾も第三者に襲われたってことにしたかったんだな。もしマジで穂谷が犯人だったとしても、ろくに証拠隠滅もできねえ、自分で捜査した事実を作ることもできねえ。他人の捜査状況も分からねえ中でいい加減な嘘吐くって、かなりの大博打だな。ってか勝ち目ねえな」

 

 「あのまま鳥木がわしを放置していれば、間違いなく穂谷はクロになっておった。だからこそ鳥木はああしたんじゃが、この時点で穂谷も違和感を覚えておるはずじゃ。明尾が死んでいたなら、なぜ清水たちが自分をあからさまに疑っていないのか」

 

 「あ、そっか。穂谷の中だと明尾は自分の部屋かその前の廊下で死んでることになってんのか」

 

 「じゃからこの時点では、穂谷視点でもわしが誰に殺されたのか曖昧なんじゃ。自分が殺したことになったのか、あるいはそうではないのか。そうでないなら誰なのか」

 

 「こういうのっていっつも探偵役目線で事件が進むからさ、たまには犯人目線や事件に深く関わってるヤツの視点から見てみるってのも面白そうだよな」

 

 「古畑任三郎観ろお前は」

 

 「あれも視点は探偵役だろ」

 

 「実は二作目の一章で、作者はそれをやろうとしたんじゃがな。犯人視点で裁判などが進んで行くスタイル」

 

 「へえ。なんで止めたんだ」

 

 「単純に難しかったのと、その方式じゃと書きたい件と背反するんじゃ。なので止めた」

 

 「なかなか上手くいかねえもんだな」

 

 「機会があったら番外編で犯人視点の裁判を書いてみるのもいいかも知れんのう」

 

 「これ以上書くもん増やしてどうすんだよ!今だってQQ解説編と六浜主役のスピンオフと、あとあっちの番外編でハワイ編やってんだろ!?三作目の設定練りとかも同時並行してんだろ!?現実の諸々も込みで!やめとけって!」

 

 「余裕があればということじゃ。この解説編とて、定期的に出しているわけではないじゃろう。書けるときに書いて、止まるときは数ヶ月も止まる。前回の更新はいつじゃったかな」

 

 「2月23日。そろそろ三ヶ月になるな」

 

 「ほれみい。本編じゃったら1ヶ月も開けば遅れていると感じられるのに、そろそろ三ヶ月じゃというのに全く待たれている感がないじゃろ」

 

 「それは更新頻度とは別問題だろ」

 

 「さて、捜査は最後に大浴場に行って終わりじゃ。ここでは穂谷の部屋で見つかった鍵で開けたロッカーから血まみれのハンマーが出て来たのがまず大きな収穫じゃな」

 

 「それから曽根崎だけ捜査してるところがあるよな」

 

 「覗きに使った隠し通路じゃな。清水には気付かれないよう、浴室の捜査をさせている間にささっと捜査しておる」

 

 「なんで敢えて清水に隠したんだ?どうせ裁判で分かることじゃねえか。このときはもう、鳥木が犯人だって目星も付いてんだろ?」

 

 「ヤツのことじゃからちょっとしたイタズラのつもりなんじゃろう。メタ的にはインパクトを優先したからじゃが」

 

 「まあ、作品として成立させようとしたら非合理的に見えるような描写になっちまうこともあるわな」

 

 「そうそう。商品でもそういうことはあるんじゃから素人の趣味程度でそこまで目くじら立てる者もおるまい」

 

 「自分で言ったら言い訳だけどな」

 


 

 「よし!最後に全員が裁判場行きのエレベーターに乗って、捜査編は終わりじゃ!」

 

 「俺たちが解説担当するのはここまでだな!裁判編からおしおき編までは次の組にバトンタッチだ!お疲れ!」

 

 「お疲れさんじゃ!いや〜長かったのう。三ヶ月ほどお前さんとずっと喋っていたような気になってくるわい」

 

 「リアル時間だとな。一服入れようぜ。喋り疲れた」

 

 「ときに飯出よ。次に解説編を担当するのは誰か知っておるかの?」

 

 「え〜っと、ひとり2回ずつやるだろ。俺と明尾は今やったし、前回がアニーと石川、その前が滝山と望月で滝山が2回目だから・・・まだまだ結構いるな」

 

 「わしらは一足先に仕事完了じゃ!っぷはー!お茶がうまい!」

 

 「解説しもらしたことはあるか?」

 

 「特にないじゃろう。あっても、わしらが忘れるくらいじゃ。その程度の小話ということじゃろう」

 

 「お前がルールかよ!?それ言いだしたらこの解説編自体、本編読む上で必要ない小話の集まりだからな!?」

 

 「知っていればなるほど、と思えるくらいのちょっとした話をお届けするコーナーじゃ。構わんじゃろ」

 

 「別にいいんだけどよ。あ〜、それにしても、これで俺も解説終わりか〜。なんか初回がプロローグの頃だったから、なんか長えことこの企画やってた気がするわ」

 

 「もっと長いヤツもおるがの。清水なんかまだ先じゃろう」

 

 「ま、主人公だしな。最後の方なのは確実だろ。その辺考えたら、次回のコンビはだいたい予想付くけどな」

 

 「ほ?そうか?」

 

 「お前のその、ほ?、てなんだよ」

 

 「驚いたときや感心したときに出る言葉じゃ!いいじゃろう!愛嬌があって!」

 

 「自分で言うなよ・・・。は?とか、え?とかなら分かるけど、ほ?てなんだよ」

 

 「わしっぽいじゃろ!」

 

 「お前しか言ってないからな。そうでなくてもお前の喋り方は特徴しかねえけど」

 

 「ええんじゃわしのチャームポイントなんか!もう解説することはないんじゃろ?終わって打ち上げに行こう!飲むぞ!」

 

 「飲むってオレンジジュースな。打ち上げなら他のヤツらも呼ぼうぜ。屋良井とか声かけたら来るだろ」

 

 「うむむ・・・自分で言っておいてなんじゃが、世界線が一気に分からんようになった・・・」

 

 「パラレルなんだからなんだっていいんだよ!なんで急にそんな細かいところ気にした!」

 

 「いよいよ終わると思ったらテンション上がってきてしまっての。この勢いのまま朝まで騒ぐぞー!ではそろそろ〆にしよう!」

 

 「うっしゃ!!じゃあ最後はバシッと決めるぜ!!」

 

 「画面の前の若造共!」

 

 「いやそんなん前回言ってなかっただろ!!」

 

 「ここまで解説編を読んでくれてありがとう!まだまだ物語は中盤!今後もちょくちょく解説編は進めていくから油断するでないぞ!」

 

 「そういうわけだ。次回は遂にあのコンビが登場するぜ!楽しみにしとけよな!っつうわけで今回はここまでだ!お相手は情熱燃える冒険野郎!!飯出条治と!!」

 

 「輝くツルハシ古代のロマン!!明尾奈美がお送りした!!ありがとーーーーーう!!ありがとーーーーう!!」

 

 「ところで明尾、お前トイレ我慢してたんじゃなかったか?」

 

 「・・・ッ!!忘れとった!!!ぬああああああああああああああああああああッ!!!」

 

 「ギャーッ!!・・・すげえ勢いで行っちまった」




お久し振りです。QQの解説編です。
ロンカレが書き終わってもまだ毎日書き続けています。
番外編の風呂敷を広げすぎたので、大急ぎで畳んでいってます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四章「鼠の嘘から出た犠牲 後編」

 

 こちらは、『ダンガンロンパQQ』の解説になります。

 本編を読了していることを前提に執筆しているため、本編についてのネタバレが多分に含まれています。

 まだ本編を読まれていない方はご注意ください。


 「皆様、ご無沙汰しております。今は世の中が大変な時期でございますが、お体を壊してはいらっしゃいませんでしょうか。ご自宅で過ごされる時間が多くなっていると存じますので、皆様のご無聊を少しでも慰める一助にさせていただければ幸いです。こちらは、ダンガンロンパQQ第四章の解説編、後編でございます。たくさんの二次創作小説の中から拙作をお選びいただき、誠にありがとうございます。ご挨拶が遅れました。私は本解説を担当いたします、“超高校級のマジシャン”『Mr.Tricky』こと、鳥木平助でございます。しばしのお付き合いをよろしくお願い致します。そして、私とともに解説編を担当されるのはこちらの方です」

 

 「流れるような説明と華麗なパス、大変結構です。さすがは鳥木君ですね。どこぞの釣りキチとはワケが違います」

 

 「笹戸君は釣りキチと言うよりも、もっと別のものに入れ込んでいらしたような気がしますが」

 

 「そっちは本当にキチなので笑えません」

 

 「それより、自己紹介をお願い致します。話題が次に進むために必要ですので」

 

 「この解説編を読んでいる方は皆、本編を読んでいるのでしょう?喋り方で誰が喋っているか分かりそうなものですから、敢えて自己紹介をする必要もないのでは?」

 

 「一応、形の上だけでも必要ですので。何卒お願い致します」

 

 「ふぅ。仕方ないですね。鳥木君に免じてして差し上げましょう」

 

 「ありがとうございます」

 

 「皆さん、ごきげんよう。“超高校級の歌姫”こと穂谷円加です。こちらで解説編を担当するのは二度目ですね」

 

 「素晴らしい自己紹介でございます。ありがとうございます」

 

 「見え透いたお世辞はやめなさい」

 

 「失礼いたしました。しかしお世辞というわけでは・・・」

 

 「いいですか。今更言うのもなんですが、私と貴方はお互いの仮面の向こう側をお互いに見抜き、そして本質を理解し合った間柄です。どうも曽根崎君などは私たちのことをカブとかキャプとか言って、浅薄な関係だと囃し立てているようですが、そんな簡単な仲ではありません。そうでしょう?」

 

 「ええ。ええ。まさにその通りです。私も穂谷さんのことは尊敬の意をもってお慕いしております」

 

 「ですから、その仮面を早くお脱ぎなさい」

 

 「え゛」

 

 「え、ではありません。貴方が性懲りも無くかけているその仮面を脱いで、素顔で私と接しなさいと言っているのです」

 

 「で、ですがそれは・・・時期が来たら外させていただきますので」

 

 「そんなのズルいじゃありませんか。私は貴方に仮面を剥がされて、何もかも、決して他人に見せるものではないものまでもを見せてしまったというのに・・・」

 

 「その言い方は誤解を生みそうですが!?」

 

 「あら、私は鳥木君となら誤解されても構いませんことよ。むしろ誤解を誤解でなくしてしまった方が良いかも知れませんね」

 

 「あのぅ、穂谷さん。なんだか本編とキャラが違うようにお見受けしますが、どうされたのですか」

 

 「解説編だと本編と若干キャラが変わるのがよくあることなのだそうです。それにここはパラレルでファジーな空間です。何をしても本編には一切影響がありませんし、私たちがあると言えばあるしないと言えばないのです」

 

 「あるないとは何がでしょう・・・?」

 

 「たとえば・・・クイーンサイズベッドなどそこにありますが、そちらで休憩などするとちょうど良いでしょう」

 

 「ッ!?」

 

 「どうしましたか?冷や汗などかいて。具合が悪いのならベッドでお休みになってはいかがでしょう」

 

 「あ、ありのまま今起きたことをお話しします!私たちの話しているブースにクイーンサイズベッドがあったことに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!何を言っているか分からないかと思いますが私も分かりません!」

 

 「何を言っているのか分かりません」

 

 「ベッドに倒れ伏せないでください。そんな目をしてもいけません。まずはきちんと今回の話を解説してください、お願いですから」

 

 「まずは?その後があるのですか?」

 

 「・・・」

 

 「まったく、仕方のない人ですね。分かりました。まずは解説をしましょう。それにしても、こうして向かい合ってお話しているだけでは手持ち無沙汰になってしまいますね。何かこう、手遊びできるものや握れるものがあればいいのですが。握れるものとか」

 

 「(・・・手を握らせようとしている!)お飲み物をご用意いただいておりますので、こちらをいただきながら進めて参りましょう」

 

 「相変わらず意気地がないですね」


 「さて、それでは解説を始めて参りましょう。前回、明尾さんと飯出君が第四章の捜査編までの解説をされているので、私たちは第四章の残りの部分を解説いたします」

 

 「私たちがあの人たちの残りを処理するという形になるのですか?なんだか納得がいきませんが」

 

 「尻ぬぐいというわけではないので、どうかご容赦を。単なる引継です」

 

 「そうですか。ではさっさと終わらせて、私たちはしばしこの密閉空間で密接な関係のまま密集していましょう」

 

 「都にケンカを売らないでください。それから手早く終わらせると言って手早く終わった試しがないので、そちらも悪しからず」

 

 「うぅん・・・鳥木君、あしらい方が上手くなりましたね。以前はすぐに動揺していたのに」

 

 「お陰様で」

 

 「それで、私たちはどこから解説すればいいのですか?」

 

 「前回の明尾さんと飯出君が、四章の捜査編の終わりまでを解説されているので、我々は裁判の直前からおしおき編までですね」

 

 「・・・本当にそこですか?間違いないのですか?」

 

 「ええ、間違いありません」

 

 「・・・なぜ、敢えて、私たちが、その部分を、解説など、しなければならないのですか」

 

 「そういう配置です。悪意を感じるのは確かですが、他の配役も既に決定しているので」

 

 「全く。いくらお祭り時空のパラレルワールドの何でもアリとは言え、物語中の私たちは私たち自身でもあるのです。ここでの展開も立場も理解しておきながらその配役をするとは・・・どういうつもりでしょうか」

 

 「性格が悪いのでございます」

 

 「鳥木君がそこまではっきり仰るとは、やはり貴方もこの配役に納得がいっていないのでは?」

 

 「納得いかないことも受け入れることができるのが人間というものでございます。少なくとも、ここで異議を唱えたところで配役が変わることはございませんので」

 

 「・・・分かりました。鳥木君が受け入れるのであれば、私も譲歩しましょう。その代わり・・・これが終わった後、私はきっと疲れていると思います。なので・・・」

 

 「かしこまりました。慰めさせていただきます」

 

 「・・・」ムスッ


 「さて、それでは裁判の解説から参りましょう。そもそもからしてですね、こちらの裁判、展開が当初の予定と大きく異なっているのですよ」

 

 「そうですか。では次の場面に」

 

 「早いです!穂谷さん!もう少し興味をお持ちください!」

 

 「興味と言われましても、実際には起こらなかった展開のことを聞きたい人がいるのですか?」

 

 「少なくとも私は話したいです!そういうことになっております!」

 

 「お互いとも本意でないことを言わされていることを自覚しながら進める解説にどれほどの意味があるのか甚だ疑問なのですが鳥木君はそちらを疑われないのですか?(一息)」

 

 「手早く終わらせるために!お願いいたします!」

 

 「・・・仕方ないですね。ではその当初の予定とはなんでしょう。解説なさい」

 

 「ありがとうございます。こちらの事件はですね、結局のところ私がクロではあるのですが」

 

 「前提からして胸に刺さります」

 

 「実際の流れは、いつもの学級裁判のように証拠から状況を推理し、怪しき人物を指名し・・・という流れでした。特に変哲のない学級裁判でございます」

 

 「変哲がないだけで他に色々思うところはあるのですが・・・まあ、言わずもがなです」

 

 「ですが本来は、私と穂谷さんにもっと直接的に争うようなお話になっておりました。つまり、裁判の争点がはじめから私と穂谷さんで食い違うような形ですね」

 

 「具体的には?」

 

 「私は私を、穂谷さんは穂谷さんを、それぞれが自身をクロだと主張するというものです」

 

 「学級裁判で自分がクロであることを主張?なんですかそれは。論理性に欠けます」

 

 「そうですね。クロであることの自白は、自ら命を捨てるに等しい行為です。全く以て論理性に欠けます。ですがこのときの私たちは、そうするに足る理由があったのではないですか?」

 

 「・・・」

 

 「学級裁判ではクロとなった者とシロとなった者が同時に生存することはあり得ません。クロの勝利はシロの死を、シロの勝利はクロの死を意味します。すなわち、この時点で私と穂谷さんは、どちらかが死に、どちらかが生き残るという選択を迫られていたに等しいのです。実際には清水君ら他の方々の命も、穂谷さんと同様にかかっていたのですが」

 

 「他の誰かの命など瑣末なことです。私は貴方に・・・生きて欲しかっただけなのに・・・!」

 

 「それは私も同じでございます。そもそも私が明尾さんを手にかけたのは、貴女がクロになってしまわないようにするためです」

 

 「それが勝手だと・・・!その結果があの別れなら・・・私はクロのままでよかった・・・!貴方を喪って生きるくらいなら、死んで貴方の記憶の中に籠もりたかった・・・!」

 

 「それはお互い様というものです。だからこそ、最後の場所である学級裁判において、私は私を、穂谷さんは穂谷さんを、それぞれ糾弾するのです」

 

 「・・・それはつまり、私は貴方がクロであることを知りながら、学級裁判のときまで黙って寝ていたということになりますね?」

 

 「ええ。私と穂谷さんは裁判直前まで共に行動していましたので」

 

 「許せないですね。仮にそうなるとしても、その前に鳥木君がクロとして処刑されることを避けるために最善手を尽くすべきです。クロはひとりでなければいけないルールもありませんでしたし、滝山君の例を考えれば事件から処刑までの間に新たに殺人を犯すことはルール違反とはならないようですし」

 

 「恐ろしいことを考えないでください」

 

 「ですがそうなると、裁判の展開はどうなるのですか?それぞれが自身の有罪と相手の潔白を主張している学級裁判など、意味が分かりません」

 

 「はい。ですので清水君たちの方針としては、どちらかが必ず嘘を吐いているので、その嘘を暴き、嘘吐きの潔白を証明する、というやや複雑なことになります」

 

 「ということは、鳥木君をクロとして糾弾するためには、私の嘘を暴くために私を追及するのですね。複雑ですね」

 

 「なので実際のストーリーでも、裁判の最終局面では穂谷さんを追及する流れに半ば強引ですが切り替えております。お気持ち程度の名残ですね」

 

 「私たちの心情は一旦おきましょう。いい加減キリがないことを私も理解しましたので」

 

 「ありがとうございます」

 

 「ですが、それぞれが互いの潔白を主張し自分の有罪を主張するのは、他に例がない珍しい形だと思います。裁判の展開は複雑になるのは分かりますが、状況としてはそこまで複雑ではありません。なぜそれをしなかったのでしょうか?」

 

 「はい。もともとやりたかった展開がされていないということは、断念に値する理由が存在するのです。まずですね、裁判で自身の有罪を主張するのなら、自ずと事件当時のアリバイ・・・と申すのでしょうか。逆アリバイとでも言いましょうか。それを供述する場面が生じます」

 

 「ええ、それはそうでしょう」

 

 「そのときに、実際に殺人を犯している私と、一部事件に関わっているとはいえ明尾さんの具体的な死の状況を知らない穂谷さんとで、互いに対抗しうるほど供述の内容に差が生まれないのか?ということです」

 

 「貴方の言い方の方がよっぽど複雑ですね。要するに、なんですか?」

 

 「えー・・・要するに、穂谷さんが私と同じくらい事件のことを詳細に語れるのか?という疑問です」

 

 「そんなに難しいことでしょうか?」

 

 「現場を捜査し、証拠品や明尾さんのご遺体の状況、現場の荒れ具合などを知っていれば可能でしょう。ですが、穂谷さんは事件発生から裁判直前まで医務室にいらっしゃいました。証拠はご自分の目で見たわけではなく、何方かから伝え聞くことしかできません。ですので、全てを知っている私とでは情報に格差があるのです」

 

 「ははあ。そうですか。確かに、私は明尾さんの遺体を見ていません」

 

 「はい。仮に穂谷さんが六浜さんほどの突出した頭脳をお持ちであることが伏線として描かれていれば別ですが。四章時点では賢い方ではありますが、超人的というほどではないという印象でしたので」

 

 「あれはもう頭脳が8つほどなければあり得ないでしょう。そのうち飛行物体を発明して奴隷船解放に尽力しそうな程度には明晰です」

 

 「これを読んでいらっしゃる方の何名に『キャプテン・ブルーベアの13と1/2の人生』が通じると思われたのでしょうか」

 

 「小学校の学級文庫にありませんでしたか?」

 

 「あったかも知れませんが、共通認識とされるほどの市民権は得ていないかと」

 

 「私はなかなか面白いと思いますよ。特に終盤のホラ吹き賭け試合など、回想録のようで」

 

 「ですから、通じませんって」

 

 「そうですか。ええと、何のお話でしたでしょうか。もう終盤ですか?」

 

 「まだ本編の解説も始まっていません。ボツ案のお話です」

 

 「まだですか」

 

 「ですので、私と穂谷さんの間で、事件についての認識の差が大きすぎることが没となった一因です」

 

 「他にもあるのですか?」

 

 「あとはですね。そもそも裁判場で全て自白するのなら、捜査時間中に自白すればいいということになりましょう。少なくとも私の目的は穂谷さんをクロにしないことであって、死体発見時には既に目的が達成されていました。なので、特に黙秘している理由はないのです」

 

 「それがあの、唐突で都合の良い掟の追加ですか」

 

 「はい。事件前に真相を明らかにしてはコロシアイと学級裁判というシステムを否定することになりますので、モノクマとしても禁止する理由があるのです。逆にそれを設定したことによって、私は投票結果が出るまでは自らの言葉で真実を語ることができなくなってしまいました。裁判中でも特に気を付けております」

 

 「全てを私に打ち明けてくれればよろしかったのに・・・。モノクマは誰も貴方の言葉を信じないと言っていましたが、私が貴方の言葉を疑うはずがないじゃありませんか」

 

 「そうでしょうとも。ですが、穂谷さんは今回、事件の当事者であり、容疑者でもあります。私が処刑されたことを加味しても、私が犯行を行った事が証明できない限り、信じていただけるかは確定的ではありません」

 

 「なるほど。私の言葉を信じられないとは、不遜な方々ですね」

 

 「・・・」

 

 「何か仰りなさいな」

 

 「いえ、特に何も」

 

 「そうですか。ボツ案の解説は以上で終わりですか?」

 

 「はい。まず語るべきことは語りました。それでは遅まきながら、本編の方を見て参りましょう。よろしいでしょうか?」

 

 「ええ。どうぞ」


 「さて、かつてない厳粛さで淡々と進行しております、解説編でございます」

 

 「どうしてこんなに空気が張り詰めているのですか?このブースには私と鳥木君しかいないではありませんか。もっとこう・・・和やかというか、甘美な雰囲気になったりはしないのですか?」

 

 「ご自分でそれを言ってしまうので、お互い意識してしまってぎこちなくなってしまうのですよ」

 

 「ぎこちなくなるのはまだしも、こんなに粛々とするとは思いませんでした。討論か何かですかこれは」

 

 「と仰いましても・・・やはり私も健全なる男子ですので、こうしてその、この距離で真向かいになって話すとなると、やはり意識してしまうところがあるというかなんというか・・・」

 

 「大丈夫ですよ。アクリル板がありますから」

 

 「時勢とはいえ、なんというか、世知辛いものですね」

 

 「せっかくのムードが台無しです」

 

 「まあ、実際に我々が三密を作ったり濃厚接触をしたりしても何も言われる筋合いは本来ないわけで・・・」

 

 「ですが、世間が自粛期間中に外出するお話のアニメを放映しただけでクレームを入れてくるような現実と虚構の区別も付かない無駄な正義感をこじらせた顔も頭も低レベルな厚かましくも人間の真似事をしている暇なお猿さんたちが己の程度も弁えずにピーチクパーチクとただ喧しく喚くことしかできずにいらっしゃるので」

 

 「一息で吐ける限りの毒を吐かないでください。お気持ちは分かりますが」

 

 「ですから今現在もこのブースは常に換気しています。最近は暑いのですが、窓から入ってくる風というのはなかなか気持ちが良いものですね」

 

 「そうですね。エアコンの効いた部屋も快適ですが、自然の風はやはりこう、柔らかみがあるというか、心地よいです」

 

 「さて、鳥木君。ここでご相談です」

 

 「どうされましたか急に」

 

 「どうやって話を本筋に戻しましょう」

 

 「それは私も今まさに困っていたところでした。明尾さん方はこういう時には話題を変えてでも強引に戻すのですが、なかなか私たちには難しいですね」

 

 「では今から本題に戻します。はい」

 

 「これはこれでだいぶ強引な形ですね。対応いたします」

 

 「まさに裁判が始まるというところです。鳥木君はクロであり、この裁判を生き延びるつもりがないのですが、掟と私の命を心配するあまり、真相を話せずにいます」

 

 「ですからこの裁判は実質、私が私の犯行が暴かれるように皆様に働きかけ、穂谷さんはそれを妨害するという形になります。本来やろうとしていた形とは少々異なりますが、大まかには似たような流れになります」

 

 「その伏線も、捜査編の時から自ら張っていたのでしょう」

 

 「はい。裁判の終盤で曽根崎君に指摘されますが、彼に脱衣所の鍵を見せられたときに、敢えて“男子更衣室の”と申しました。普通であれば男女で鍵の数字の表記が異なることなど分かるはずがないので、それが決定的な証拠になるのですね」

 

 「直接言うことはできなくても、そのヒントを周囲に伝えることはできると」

 

 「曽根崎君や六浜さん、清水君であれば、きっと私がクロであることを暴いてくれると信じておりました。ですが、今回の裁判ではやはり、私も彼らと1つの勝負をしていたと言えます」

 

 「勝負ですか?何かしていましたでしょうか?」

 

 「今回の事件、私は全ての真相を暴かれまいと動いておりました。私が処刑された後に穂谷さんが皆様から疎外されてしまわないように、明尾さんの名誉を守るために、彼らには事実と異なる真相に帰結してもらいたかったのです」

 

 「それがあの現場偽装工作ですか」

 

 「はい。あくまで今回の事件のクロは私一人。明尾さんも穂谷さんも、狂気に触れた私が勝手に襲撃したという形に収めたかったのです。ですので、その意味では私は間違いなく彼らに敗北しました。結局、全てを明らかにされてしまいました」

 

 「鳥木君の気が触れる理由などありませんからね。それは非現実的です」

 

 「ですが、ここで作者は1つの見地を得たのです」

 

 「見地?」

 

 「クロには、帰結させたい結論を1つ用意させるべし。これです」

 

 「はあ」

 

 「現場偽装やアリバイ工作などをいくら張り巡らせて身を眩ませたところで、あまたの物的証拠や状況証拠、証言などの存在は覆せません。そして学級裁判では、シロの皆様は誰かひとりをクロと断定しなければならないのです。ですから宙ぶらりんのまま投票にいくことは、モノクマの気が変わらない限りあり得ないのです」

 

 「それはもちろんそうですね」

 

 「故に、クロが現実とは異なる真実を用意する必要があるのです。つまるところ、濡れ衣を着せる誰かを決めて、その人がクロとなるような偽装工作を行う方が効率が良いということです」

 

 「なるほど。その哀れな誰かが犯人だという理論が一度出来てしまえば、それを覆すことは容易ではありません。人は自らが導き出したと思っている真実を無防備に信じてしまいがちですから」

 

 「・・・貴女に言わせるべきではなかった・・・!」

 

 「何の話ですか?まだ四章ですよ」

 

 「全てを知っている上での発言ですよねそれは!本当に貴女はお人が悪い!」


 「さて、まだ本編に入っていないのにかなり話し込んでしまいました。進めてよろしいですか?」

 

 「進めましょう。とはいえ、大まかな流れは先ほどご説明した通りですので、もっと細かいところをかいつまんで解説して参ります」

 

 「ではまず。裁判が始まって間もなく、おリンゴさんが失礼極まりなく私に証言を要求してきました」

 

 「おリンゴさん!?清水君のことですか!?」

 

 「私はこの時点で鳥木君がクロになっていることに気付いておらず、明尾さんは私が殺してしまったとばかり思っていました。ですので、ここでの私の証言はウソが含まれています」

 

 「部屋で寝ているところを襲われ、その際に男性の声を聞いたということですね」

 

 「はい。実際に部屋を訪れたのは明尾さんなのでそこは真っ赤な嘘なのですが、ここで犯人は男なのではないかという話になるのですが・・・」

 

 「ここも、タイトルの元ネタである“嘘から出た誠”にかかる部分ですね。穂谷さんが仰った男性の声、というのは全くのデタラメですが、実際にクロは男である私です」

 

 「なのですが、ここで望月さんが私に反論してきます。私を襲撃した犯人と明尾さんを殺害した犯人が真に同一人物と言えるのか、確証がないと」

 

 「望月さんはそういった部分に厳しいですからね。合理的といいますか、論理的といいますか」

 

 「とても面倒な方です。特に疑問を抱いていた方などいなかったというのに、わざわざ新しい話題を作って議論を引き延ばすなど」

 

 「確かに煩雑になってしまいそうな気もしますが、学級裁判においては誰も気付いていなかった視点というのが命を救う場合もありますので、それも大事なことかと」

 

 「ですが、今回の裁判においては非常に重要な意味を持っていました。このお話が公開されたときはまだ原作のV3は未発売だったのですが、新システムの議論スクラムを作者独自に解釈して盛り込んでいます」

 

 「今となっては何をしているのやら、という感じですね。2つの立場に別れて意見をぶつけ合うという骨子は同じなのですが、それはティザームービーを見れば分かる範囲ですので」

 

 「実際の議論スクラムはひとつの意見に対してそれぞれ意見をぶつける、という形でしたが、こちらで行われている議論スクラムは対立する意見をぶつけている中で論破ポイントを撃ち抜く、という形でした。ただのノンストップ議論と大して差はありません」

 

 「やるならやるでちゃんとオリジナリティを出してほしいものですね」

 

 「もしかしたら予言できるかもと意気込んでいたようですが、本質的にノンストップ議論と変わっていないことに気付いていなかったようですね。哀しいものです」

 

 「慣れないことをしようとするから恥をかくことになるのです。これは楔として残しておきましょう」

 

 「それはさておき、議論スクラムの結果、穂谷さんと明尾さんの体に残されたアザが似ていることから、同一の凶器によるものだと断定できました。そこから、同一犯によるものと判断できます」

 

 「ですがそこでも望月さんが噛みついてきます。彼女は一体なんなのでしょう」

 

 「メタ的な話をすれば、望月さんは全員の意見が一致しているときでもお構いなしに異なる意見をぶつけられるということで、作者に重宝されていたようです。真相に辿り着くためには、強引に議論の方向性を切り替えなければならないときもあります」

 

 「そんな役割を負っていたのですか。完全に作者の都合ではないですか」

 

 「物語を作っている中では、なかなかキャラクターが思い通りに動いてくれないこともございます。そのときに、徹底的に感情を排除して合理的・論理的な意見をぶつけることができる望月さんは、非常にありがたい存在でもございます」

 

 「まあ、彼女がそうして横から口を挟んだおかげで、明尾さんの真の死因が分かったわけですが。この時点で私は違和感を覚えていました」

 

 「明らかに冷静さを失っていましたね。ここで、自分がクロではないのではないか、ということに気付いたのですね」

 

 「流れとはいえ、この後私は、私に反論してきた鳥木君と言い合いをしてしまいました・・・申し訳ありません・・・!似非多重人格なんて心にもないことを・・・!ごめんなさい・・・!ごめんなさい・・・!」

 

 「それを謝るのでしたら、もっと他に謝らなくてはならない方が大勢いらっしゃるような」

 

 「はい?なんですか?」

 

 「なんでもありません。少々早いですが、この辺りから穂谷さんが想定していた事件の流れは完全に否定され、その上私が想定していた真実とは異なる真相に到達させる計画も破綻して参ります」

 

 「早いですね。まだ裁判が始まって間もないですよ」

 

 「穂谷さんの方は明尾さんの死体発見現場や死因からすぐに分かることですが、それによって私の偽装工作まで簡単にバレてしまうとは思いませんでした」

 

 「やはり、彼らを全員相手にするのは無理がありましたね。初めからありとあらゆる手を尽くして徹底的に自分の存在を隠し続けた屋良井君でさえ、曽根崎君と六浜さんの二人に追い詰められてしまいました。彼の判断は正しかったということです」

 

 「確かに、お二人のうちどちらかでもいなかったら、結果は分かりませんでした。とはいえ、先ほどのように望月さんによる問題提起がされている限り、清水君もそれを無視して結論を出すようなことはなさらなかったでしょう」

 

 「そうですか?曽根崎君と六浜さんに比べて、そちらの二人は脅威で無いように思いますが」

 

 「主人公ですので」

 

 「身も蓋もないことを仰るのですね」

 

 「清水君が主人公である以上、そのすぐ側にいる望月さんや曽根崎君の方が、物語上私たちよりも優位な立場にあるのです」

 

 「そうでしょうか?でしたらなぜ、最終的に彼らは──」

 

 「今はまだいけません!それは!」

 

 「もう分かり切っていることではないですか。これを読んでいる方は最後までQQを読んでいる前提でしょう」

 

 「それはそうですが」

 

 「さて、明尾さんの死因から殺害現場の話になって、今は清水君の足がどうのこうのというお話になっています」

 

 「明尾さんが殺害されたのが彼女の部屋ではない理由として、捜査時間中に清水君が机を蹴った拍子に骨格標本が崩れたことが挙げられております。ちなみに曽根崎君はこの後蹴られています」

 

 「なぜ敢えて怒らせるようなことを言うのでしょう?被虐趣味があるのでしょうか」

 

 「彼の場合は殴られるどうこうよりも、人をからかうことに楽しみを見出している節がありますね。特に清水君をおちょくって怒らせるのが楽しいようですね」

 

 「子供ですか」

 

 「幼心を忘れないことは大切なことなので」

 

 「幼心といいますか、精神的に未熟といいますか」

 

 「未熟でしょうか。彼も彼で相当なものを抱え込んでいるのですが」

 

 「それとこれとは話が別です。全く、望月さんといい曽根崎君といい、彼らは一体どれほど私たちの邪魔をするというのでしょう。私も鳥木君も、事件の真相を隠蔽しようと必死だというのに」

 

 「本来的に私と穂谷さんの立場は異なるはずなのですが・・・。勘の良い読者の方々なら、この時点で私と穂谷さんが同じ件について同じようにミスリードをさせようとしていることに気付かれたかと思います」

 

 「というか、四章の開始時点からして鳥木君のクロ予想が非常に多かったようですが」

 

 「マジシャンという“才能”故にでしょうか、ミリしらでもクロ予想が大変多かったのです」

 

 「ミリしら?なんですかそれは?」

 

 「御存知ない。1ミリも知らない〇〇、の略でして、あるものについて全く知識のない方が、当てずっぽうでキャラクターや生死予想をする遊びでございます」

 

 「なるほど。そこでも鳥木君はクロ予想が多かったと」

 

 「はい。なぜでしょう。そんなに私の人相は悪いのでしょうか」

 

 「人相が悪いというよりも、先ほど仰ったようにマジシャンという“才能”のせいかと思います。よその創作論破でも、マジシャンという“才能”をお持ちの方はそもそも生存率が低く感じます」

 

 「手先の器用さや脱出マジック、すり替えマジックなどの技術が犯行に応用しやすいイメージがあるからでしょうね。実際はそんなこともないのですが」

 

 「そうなのですか?」

 

 「マジックと言いましても、言ってしまえば入念な下準備と練習による技術のパフォーマンスです。ですので、この状況でどれほどマジックの技法を利用できるかは分かりませんね。それだけの殺意があれば分かりませんが」

 

 「実際にクロになっているではありませんか・・・!私がそのことに気付いた時、どれほど心苦しかったか・・・!貴方にそのことを確認したくても、私が言ってしまえばそれで貴方を追い詰めることになる・・・!どれほど苦しい裁判だったか分かりますか・・・!?」

 

 「こんな急角度からまた責められることになるとは思いませんでした」

 

 「本当に、こうして今お話できることが、私にとってはとても嬉しいことなのです。本編の中でしたら、もう二度と叶わないことですから」

 

 「それで四章のこの場面を解説させられているというのも、なんというか、悲運から逃れられない運命を感じて空恐ろしいですね」

 

 「それは単なる作者の性格の悪さです」


 「明尾さんの部屋が事件現場でないことが明らかになったら、では明尾さんはどこで殺害されたのか、という話になります」

 

 「彼女のお部屋でなければ、当然のように私の部屋、ということになりますね」

 

 「本編は明尾さんが殺害されたのが穂谷さんの部屋ではないか?という疑惑が浮上した段階で、一度切れています。穂谷さんへの疑惑がより深くなる演出ですね」

 

 「全く失礼なことです。途中まで私自身もそう思っていたこととはいえ、なぜ私が清水君なぞに疑われなくてはならないのでしょうか」

 

 「議論の自然な流れがあるので問題はないかと」

 

 「自然ならなんでもありなのですか?」

 

 「自然なら大概のことはありです」

 

 「鳥木君が助け船を出してくれていますが、それでもやはり私への疑いは晴れません。全く、人を疑うことばかりで世知辛さを感じますね」

 

 「四章冒頭でのご自身の行いを振り返ってみてください!?あそこからの流れで疑われない方が異状でしょう!」

 

 「ですが貴方は私を弁護しているではないですか」

 

 「それは、私としては穂谷さんも明尾さんも等しく被害者という結論にしたいので、貴女が疑われる方向にはいかないようにしたかったのです。何より、貴女がクロとされてしまえば私だけが生存してしまいますから」

 

 「それはそうでしょうね」

 

 「他人事!?それより、ここでの穂谷さんの御気持ちはいかがだったのですか?」

 

 「はい?それは当然、目の前の彼らに相応の処罰を与えたいと思っていましたが」

 

 「穂谷さんは王権を持っていらっしゃるのですか?そうではなくて、もともとはご自分の犯行だと思っていたものが否定され、第三者がクロであることが分かった後で自身に容疑が向くという状況についてです」

 

 「複雑ですね。少し前の私でしたら、もしかしたら素直に自白をしていたかも知れません。嘘を吐いて、敢えて自分が処刑されることで鳥木君を生かそうとするために」

 

 「ええ」

 

 「ですが、この時点で私の死が鳥木君の生存と必ずしもイコールではなくなりました。ですから私は、まず鳥木君がシロなのかクロなのか、それを知りたかったのです。ですが念のため容疑を否認するような振る舞いはしました。晴柳院さんの発言が決め手になったのはいただけませんが」

 

 「本当に彼女のことがお嫌いなのですね」

 

 「あら、嫌いだなんてそんな。ただ、私とは相容れない世界の方だなと思っているだけです」

 

 「上品に仰ってますけど、それ全否定ですよね」

 

 「まるで彼女が私に救いの手を差し伸べたかのような展開になっていますが」

 

 「そこまで大袈裟ではないかと思いますが・・・いえ、ここは穂谷さんのプライドのお話ですので、あまり突っ込むのはやめましょう。後が恐ろしいので」

 

 「何か?」

 

 「いえ、何もございません。続きをどうぞ」

 

 「凶器たるハンマーが男子脱衣所で見つかったことから、犯人は男子脱衣所に入れた人物、すなわち男子だという話になりました。この時点で私は、鳥木君がクロなんじゃないかとだんだん恐ろしくなってきていました。ですがいま疑われているのは私。もし鳥木君がシロだとしたら、私が潔白を主張しなくては鳥木君の命も危険に晒すことになりますので、色々考えてわけがわからなくなっていました」

 

 「ご心労お察しいたします。私も自分のことより、穂谷さんの容疑をいかに晴らすかを考えておりました。やはりそうした内心の駆け引きという面でも、この裁判は特異でしたね。シロが明らかにクロと疑わしい人物を擁護しようとし、クロはシロの容疑を晴らそうとするという」

 

 「忌々しいことに、清水君たちは他の裁判と同じようにどんどん真相に近付いて行きます。一部の真相を知っているはずなのに、私と鳥木君だけが置いて行かれているような、不思議な気持ちになってしまっていました。まあ、私は鳥木君と一緒ならどんなことでも・・・」

 

 「強引に惚気ようとしないでください。面と向かってされると恥ずかしいです・・・」

 

 「恥ずかしがることはありません。ここには私と鳥木君しかいませんので。何度も言うようですが」

 

 「やり取り自体は全世界に向けて公開されていますが!?」

 

 「全世界とは仰いますがね、いくら有名タイトルとはいえその二次創作で完結自体が数年前の需要もあるのかないのか分からない解説編のこんな深い話数ですよ?続けて読んでくださっている奇特な方々以外にバレることはないのですから、何を恥じることがありますか?バレ得る方にはもうそういうものだと理解を得ています」

 

 「御存知ないですか?本文の抜粋やタイトルでウェブ検索をするとヒットするのですよ。ですから不特定多数の方にも見られ得るので」

 

 「タイトルや本文の抜粋で検索する時点で読者です。ハイ、論破」

 

 「これは言い返せない・・・!」

 

 「恥ずかしがる鳥木君を見ているのも悪くありませんが、私ばかりがグイグイ押していくのはなんだか不公平です。私も鳥木君に迫られたいのです」

 

 「迫る・・・迫るというのは・・・」

 

 「そうですね。たとえばこんなアクリル板など取り払ってですね」

 

 「おあっ!?ア、アクリル板が消滅した!?」

 

 「こんなに広いテーブルも必要ありません。膝をつき合わせていたいです」

 

 「おおうっ!?わ、()()()()()()()()()()()()()()()()()!?ザ・ハンド!?」

 

 「それに座るのはこんなキャスター付き椅子ではなくて、もっと広くてふかふかなベッドなどがよいでしょう」

 

 「ぬあっ!?穂谷さん!?ちょ、ちょっとお待ちを!空間を支配するのは止めてください!」

 

 「はじめに言ったじゃありませんか。この空間は言った者勝ちなんです。私があると言えばあり、ないと言えばないんです」

 

 「言った者勝ちなのはそうなのですが、濫用しないでください。解説どころではなくなるので誰も手を出さなかったのに」

 

 「どなたも触れなかっただけで、禁止が明文化されていませんもの。取り締まられるはずがありませんわ」

 

 「王権を神授しているのですか?」

 

 「なぜなら私が美しいから!」

 

 「メロメロの実の能力者でもあったのですか?」

 

 「案外鳥木君は漫画に即したおとぼけも拾ってくれるのですね。なんだか意外です」

 

 「穂谷さんがそうした事情に詳しいことも同じくらい意外なのですが」

 

 「パラレルのお祭り時空ですもの。なんでもありです。そもそもこういったサブカルチャー分野のパロディは、原作からしてお家芸なところがあるではありませんか」

 

 「そうですね。三章の屋良井君の退場間際は、パロディの押収でした」

 

 「親の敵かというくらい詰め込まれていましたね。あの時の私には何がなんだか分からなかったですが」

 

 「裁判中の我々の立場くらいワケが分からないですね」

 

 「戻し方がお上手ですね」

 

 「ありがとうございます。脇道に逸れすぎていたので、頑張って戻しました」

 

 「そうした話術といいますか、話題を転換する方法や人の気を逸らす方法も、マジシャンであれば心得ているものなのですね」

 

 「戻した話をまた別の方向に広げようとしないでください。本筋に戻ってください」

 

 「何の話でした?」

 

 「犯人がどうやら男性らしい、というところです。穂谷さんはこの時点で、ハンマーが脱衣所にあるという身に覚えのない事件を知ります。そして、自分以外に犯人がいることが明らかになったわけです」

 

 「そうですね。疑惑が確信に変わりました」

 

 「ですが裁判の中ではまだ穂谷さんは容疑者のまま。清水君の主張により、犯人が男性であるとは限らないということになりました」

 

 「男子脱衣所にあったのでしょう。男性しか入れないはずです」

 

 「実は四章日常編の終盤で、曽根崎君が女子風呂覗きの咎で明尾さんに追いかけられている場面がありました。大浴場は湖の中にあり、外部から風呂場を覗くことはできません。つまり女子風呂を覗いたということは、曽根崎君が女子更衣室内に侵入したことを意味するのです」

 

 「覗きなどと破廉恥なことをよくも・・・私はどのみち大浴場に行かないから知りませんが」

 

 「案の定、六浜さんがパニックになっておられます」

 

 「どれだけ耐性がないのですか。ただの現実逃避でしょう」

 

 「むっつりだそうなので」

 

 「以前から思っていましたが、むっつりスケベというのはそういう下品な話に耐性がないことを意味する言葉ではないでしょう?」

 

 「そうですね。本来は、頭の中で性的なことを考えていながらそれをおくびにも出さず、逆に興味がないかの如く振る舞う方を指します」

 

 「気持ちが悪いですね。性欲など誰しもあるもの。理性で制御し、時と場所と相手を弁えれば悪でもなんでもないというのに」

 

 「(さっきのご自身にそのまま返したい・・・)」

 

 「何か?」

 

 「なんでもございません!それより、穂谷さんがそういうことを仰るのはなんだか、イメージと違うような」

 

 「当たり前です。解説編でもなければ、敢えてそんなことを口にする意味がありません。下手に勘違いされても困りますし」

 

 「まあ、そんな状況でもありませんでしたから。それでえっと、六浜さんはむっつりというよりも、むしろそうした話題に耐性がない、ピュアな方ということでしょうか」

 

 「高校生にもなって、ですか?私だって好ましいとは思いませんが、それなりの知識も興味も人並みにあります。それを否定する方がよっぽど不健全に思いますが」

 

 「否定するのが、むっつりと言われる由縁でしょうか」

 

 「じゃあやっぱりむっつりのむつ浜さんなんですね」

 

 「急に雑にならないでください」

 

 「本筋に関係ない上にどうでもいいことですもの」

 

 「う〜ん・・・同意します」


 「さて、曽根崎改め、ソノゾキ君が明尾さんと晴柳院さんのお風呂を覗いたところからですが」

 

 「お風呂を覗いたというよりも、両脱衣所を行き来する術を知っていることが重要なのです。双方を行き来できれば、証拠品を敢えて自分が入れないはずの脱衣所に隠すこともできます」

 

 「ですので、私がそうしたと、清水君は妄想を吐き続けているのですね」

 

 「妄想というほど無根拠でもありませんが・・・」

 

 「でも真相とは違うじゃないですか」

 

 「裁判のときはある程度の信憑性が保たれていたかと思います。私は違うことが分かっていたので、他の方がどのように感じられていたかは分かりませんが」

 

 「そして、ここまで清水君の推理を聞いて、私はもう頭の中がこんがらがっていました。結局、私は犯人ではないのだと分かりました。では、私と格闘して瀕死だった明尾さんの首を絞めて殺害したのが誰なのか、私には推理できる根拠が何もありませんでした」

 

 「そうですね。当事者のお一人とはいえ、捜査時間は医務室で横になっていただけ。明尾さんの死因や部屋の状況さえも裁判の中で知り、実際には何も直接ご覧になっていないのですから」

 

 「ですが、凶器たるハンマーが男子脱衣所にあったことで、私はひとつ、考えました。もしかしたら、鳥木君が犯人なのではないかと」

 

 「え゛・・・この時点で分かっていたのですか?」

 

 「直感です。さっきも言ったでしょう。私には推理に使える根拠がなかったのです。ですが、疑問に思っていることはありました。なぜ犯人は、私を殺さなかったのか。なぜ、必要以上に犯行に関わったのか」

 

 「と、仰いますと?」

 

 「もし犯人が、私と明尾さんの争いに気付いて漁夫の利を狙ったのであれば、私の部屋の側で明尾さんを殴り殺せば良い話です。彼女の遺体を部屋に移動させて現場を偽装したり、凶器であるハンマーを遠い脱衣所まで隠しに行くリスクを負う必要などないのです」

 

 「なるほど」

 

 「仮に真犯人が何らかの悪意を持ってそのようなことをしたとして、私にその真意までを推し量ることはできません。ですが、もし犯人が、私を庇うためにそうしたのであれば?現に、最も疑わしかった私は途中まで、被害者のひとりとして議論されていました。だとすれば・・・そんなことをするのは、この中にひとりしかいません」

 

 「・・・私、ですね」

 

 「だから、私はここで気付いた・・・いえ、信じました。鳥木君こそが、この事件の真犯人だと。貴方が、私のために私の犯行を奪ったことを」

 

 「申し訳ありません・・・私が直接お伝えできればよかったのですが、モノクマに阻まれてしまい──」

 

 「いいえ。私はむしろすっきりしていましたよ」

 

 「は?」

 

 「あれこれ考えていたんですが、貴方がクロだと気付いたことで、もう私がすべきことはひとつになりましたから、却って分かりやすいです。貴方が死なないようにする、代わりに私たちシロ全員が死ねばいいんです。だから、私は犯行を()()()()()

 

 「・・・」

 

 「私がクロとして投票されることで、鳥木君は確実に生き延びられる。どうせ私の体は奇病に冒されています。この命を、貴方のために捧げられるなら、惜しくもなんともありません」

 

 「ですが、それでは私が穂谷さんの代わりに明尾さんを殺害した意味がなくなってしまいます。私は自分が生き残るために明尾さんを手にかけたのではなく、貴女に生きてほしいから──」

 

 「ですから、お互い様なんですよ。鳥木君。私は貴方に生きて欲しかった。貴方も私に生きて欲しかった。学級裁判のシステムにおいては、両立することなんてできないんです」

 

 「私はなるべく、そのことに穂谷さんが気付く前に裁判を終わらせたかったのです。そのことに気付かれては、穂谷さんはきっとそうされると思っていたから」

 

 「はい。そういった流れを経て、冒頭で鳥木君が仰っていた、互いが互いを処刑させようとする流れに移っていくのですね」

 

 「え、そんな急に解説調にトーン変わるんですか?ついさっきまでのシリアスな空気は?」

 

 「解説調って、これは解説編でしょう。なんですかシリアスって」

 

 「ハ、ハメられた・・・!!つられてシリアスな雰囲気で応対してしまった・・・!!恥ずかしい・・・!!」

 

 「ちょっと素出てませんこと?」

 

 「い、いえ・・・これしきのことで『Mr.Tricky』の仮面は剥がれませ──」

 

 「『そんなことをするのは、この中にひとりしかいません。』『・・・私、ですね』。うふふ・・・ずいぶんと芝居がかった喋り方をなさるのですから、面白くてからかってしまいました」

 

 「あああああっ!!そこ特に恥ずかしい!!やめてください!!」

 

 「こんなに取り乱す鳥木君も珍しいですね。普段なら受け流しそうなものなのに」

 

 「・・・他の方であればまだしも・・・貴女に知られるのがとてつもなく恥ずかしいのです・・・!!素を知られているからなおさら・・・!!」

 

 「なんだか可愛らしくなってきました。素に戻ってお話していただけるなら、これ以上蒸し返すことはしないでしょう」

 

 「素って・・・ここからですか!?」

 

 「ほら、仮面をお捨てなさいな。貴方が常日頃から付けている、“『Mr.Tricky』の仮面を被る『鳥木平助』”という仮面を」

 

 「いや、それは・・・!」

 

 「うふふ。この解説編が終わるまでに必ず剥がせさせてみせますので。よろしくて?」

 

 「(全くよろしくない!!!)」

 

 「さて、私が罪を認めて処刑されようとするのを止めたのは、他でもない鳥木君です。それはもちろん、鳥木君にとってはその結末が受け入れがたいものだからです」

 

 「は、はあ・・・。そうですね。ここの私と穂谷さんの反論ショーダウンや、その後のノンストップ議論は、まさにボツ案になってしまった裁判の流れの一部でございます。だいたいのボツ案は、何らかの形でこうして供養されています」

 

 「往生際が悪いですね。ボツ案のくせに」

 

 「ボツ案全体に毒を吐かないでください」

 

 「そしてこの後、私への容疑はいとも簡単に破棄されてしまいます。なんとも惨めな結末です」

 

 「まあ、メタ的なことを言ってしまえば、前編の終盤で疑われている方が真犯人では、盛り上がりに欠けますから」

 

 「本当にメタですね。分かりますが」

 

 「穂谷さんの容疑を晴らす論ですが、私が凶器を男子脱衣所に隠したことが、却って私の容疑を深めていました。ですが、脱衣所を行き来する具体的な方法を知るはずがなかった穂谷さんにはそれが不可能である、ということも同時に言えてしまうのです」

 

 「一時は自分で認めたとはいえ、こんな穴だらけの推理を得意気に披露する清水君の不徳の致すところですね。無実の罪でも着せるならきちんと理論を組み立てなくてはなりません」

 

 「いえ、そもそも無実の罪を着せてはいけません」

 

 「そして・・・なんとも腹立たしいことですが」

 

 「両脱衣所を行き来する方法について穂谷さんに伺いましたが、知る由も無い穂谷さんに答えられるはずがない。埒が明かなくなったところで、曽根崎君がカマをかけるのですね」

 

 「あんなことを言われたら認めてしまうでしょう!卑怯です!」

 

 「いやまあ、曽根崎君のやり方もあまり褒められたものではありませんが、学級裁判で真実を暴く上で目的が倫理に勝る面も否定し難いかと・・・」

 

 「これのせいで、私が犯人であるという説は全く否定されてしまいました。なぜ私がクロとして名乗り出ているかの理由までは分かっていませんが、いずれにせよ、私の発言に力がなくなったことは事実。ここから先、私が何を言っても無意味になってしまいました」

 

 「本来であればあり得ない事態ですから・・・」

 

 「私は、悔しいです。明尾さんに襲われたばかりに、鳥木君の手を汚させてしまい、庇うことすらできず、ただそこにいるだけとなってしまったことが。せめて私が、鳥木君でない他の誰かに罪をなすりつけられていれば・・・!」

 

 「恐ろしいことを仰っていますが、それこそ倫理に悖る行いですよ」

 

 「その後、改めて犯人捜しが始まりますが、やはり脱衣所の行き来の件を知っていた曽根崎君が疑われています。自業自得ですね」

 

 「この程度のこと、彼なら予想できていたでしょうが、あれほど慌てるのは演技なのでしょうか」

 

 「演技の可能性もありますね。脱衣所を行き来する方法を知っていたら犯人であると疑われる、それを晴らすのは容易ではない、ということを真犯人に暗示しているようにも思えます」

 

 「考えすぎ・・・とも言い切れないですね」

 

 「そして曽根崎君が脱衣所の件を知っていたのと同様、明尾さんも曽根崎君から聞かされていたことで、全員の中に疑いが生まれています」

 

 「更に晴柳院さんの疑問が加わりますね。なぜ明尾さんは、穂谷さんの部屋で負傷したのか、です。あんな夜中に、特に用事もなく穂谷さんの部屋にいる理由がありませんから」

 

 「思えば、私が完全にクロとして破綻してから、鳥木君の計画も本格的に破綻し始めましたね。両脱衣所を行き来する方法があり、それを知っている人がいる。たったそれだけのことで、私がクロとなることも、明尾さんが完全な被害者となることも、論理的に不可能になってしまうのですから」

 

 「咄嗟の犯行とはいえ、そこまで想定できなかったのは私のミスです。もう少し上手いやり方があれば、せめて明尾さんだけは名誉を害されることなく終われたでしょう・・・」

 

 「名誉を害すると言いますけれど、彼女が私を襲ったのは事実ですよ?単なる事実の周知について名誉毀損は成立しません」

 

 「そうなのですか?では言葉が違いましたね。いずれにせよ、明尾さんも穂谷さんもただの被害者である。全ては私自身の意思による凶行であると結論付けさせるのは、やはり無理がありましたか」

 

 「本来なら明尾さんを殺害した時点で目的を達成しているのに、そんなことまでやろうとすること自体が傲慢なのです。私もあまり人のことは言えませんが・・・事実は事実でしかないんです」

 

 「そうですね。真実をねじ曲げた上で敗北しようなど、人の身に余る行いだったと、今更ながらに思います」

 

 「そもそも凶器であるハンマーが明尾さんのものと同定されてしまえば、明尾さんが完全にただの被害者であるなど考えにくいことです。いくら焦っていたとはいえ、それに気付かない時点で、かなり穴の多い偽装工作でしたね」

 

 「私自身がクロとされる分には構わなかったので、その辺の線引きが上手くいかなかったということですね。やはり、場当たりで上手くいくものではありませんでした」

 

 「終盤になってきて曽根崎君がやたらと推理を進めているのが目に付きますね。これは前章からの流れですが、1,2章で犯人を追い詰めるのは清水君がしていましたね」

 

 「主人公ですので、さすがにそこは。あと、序盤でまだ犯行がそこまで複雑でなかったことも清水君に解決することができた理由の1つでもあります」

 

 「細かいところで格差を付けるのですね」

 

 「後半になってからは、三章で六浜さん、四章で曽根崎君、五章で望月さんが犯人を追い詰める役を担っています。いずれも頭脳が冴え渡る方々です」

 

 「皆さん、見事に最終局面までは生き残っていますね」

 

 「まで“は”・・・」

 

 「意味深にしてみました」

 

 「意味深ですが、既に読まれた方からは、そのシーンの穂谷さんへのヘイトが物凄いのですが」

 

 「そのあたりの解説は六章を担当される方にお任せしましょう。ここで話すと鳥木君との時間を邪魔されることになりますので」

 

 「ええ、まあ、そうですか・・・」


 「いよいよ曽根崎君によって、推理が大詰めを迎えてきました。そして終盤の犯人指名で、鳥木君が指名されてしまいます・・・私にとっては既に分かり切っていたことですが、信じたくないことが現実になってしまったような・・・そんな無念さを感じていました」

 

 「ですが、これは私が差し向けたことでもあります。曽根崎君たちの素晴らしい推理によって真相に辿り着くことはできましたが、私は元から逃げ切るつもりはありませんでした」

 

 「曽根崎君が得意気に証拠を突きつけていますが、これも鳥木君が自分がクロと指名されるように仕組んだことなのですよね?」

 

 「ええ。そうです。清水君たちが医務室にやってきたとき、彼らは私が穂谷さんの部屋に隠した脱衣所の鍵をきちんと見つけてきてくれました。ですから私は、敢えて“男子脱衣所の鍵”と言ったのです」

 

 「耳聡い曽根崎君がそれを聞き逃すはずがありませんものね。その場で指摘せず、こんな裁判も終盤になってからそれを言うなど、性格の悪い彼らしいことです」

 

 「同じ証拠でも、出しどころ次第で強力なものになったり微弱なものになったりしますから。そういった見せ方も裁判を描く上でのテクニックの1つですよ」

 

 「急に作者目線で話すのですね」

 

 「これも解説編の仕様でございます」

 

 「そうですね。実際の推理小説などでも、『いつから疑っていた?』『初めからです』のようなやり取りがありますものね。疑わしいと思った時点で指摘なさいな、というお話です」

 

 「リアリティも大切ですが、ある程度の嘘があって初めて物語というのは成立するものでございます」

 

 「あら、そんなことを言っている間に、クライマックス推理に突入しました。いつまで経ってもスチルが描かれないことでお馴染みですね」

 

 「そんな馴染み方は存じませんでしたが、さすがにここまで描く技量はありません。QQ自体、挿絵は全くと言っていいほどありませんでしたが、次回作においても犯人指名以外の部分は同様ですね」

 

 「もっと絵が上手な作者の元で描かれていれば、私たちの生き生きした様子もたくさん絵になっていたのでしょうね」

 

 「ご覧いただいた方に描いていただいているのですから、十分ではありませんか」

 

 「はい、十分です」

 

 「(え、営業スマイルだこれ・・・!)」

 

 「さて、クライマックス推理が終わりました」

 

 「(飛ばした!!)」

 

 「さすがにいよいよ結論が出そうになったということで、私も口調が崩れています。鳥木君、あまり見ないでください・・・恥ずかしいです・・・」

 

 「急にどうしたんですか。ところで、私もここで気になったことがあるのですが聞いてもよろしいでしょうか」

 

 「ええ、どうぞ」

 

 「ここでの穂谷さんは敬語が外れてしまっていますが、これが穂谷さんの素でしょうか」

 

 「さすがにここまで汚い言葉遣いはしませんが、敬語は意識しているものですよ。でもどうでしょう。なんだかもう、敬語でないとなんとなく収まりが悪いような気がしてしまって、クセになっています」

 

 「分かります。とても」

 

 「もっとも、メタ的なことを言えば」

 

 「またですか」

 

 「文字では声色や発音による区別ができないので、敬語というのはキャラクターを同定する手段として非常に便利です。敬語で喋っているだけで、誰が話しているかおおよその検討がつきますから」

 

 「そうですね。QQにおいて敬語を常用しているのは、穂谷さん、晴柳院さん、私の3人だけですし、晴柳院さんは京言葉を使われるので更に区別が可能です。私と穂谷さんでは敬語の種類も異なるので、分かりやすい方かと思います」

 

 「敬語の種類が違うのですか?」

 

 「はい。私は謙譲語や尊敬語をよく使いますので、常体とはかなりかけ離れたものになっています。一方、穂谷さんの敬語は敬意を示すというより、上品さや心の距離感を示す形式的な敬語ですので、丁寧語を多用されます」

 

 「なるほど。一口に敬語と言っても、区別ができるのですね」

 

 「晴柳院さんの敬語は、謙譲の意味や礼儀的な意味を持つので、私たちのちょうど中間あたりの敬語ですね」

 

 「日本語は複雑です。敬語というのに敬意を示す以外の用法もあるのですね」

 

 「どちらかと言えば他人との距離感を表す敬語の方が一般的かと思います。真に敬意を抱いて敬語を使う相手となると、正直な話限られますので」

 

 「そうですね。私はそういうタイプです」

 

 「ご自分で仰いますか」

 

 「これでも、学園では『女王様』と呼ばれていましたから」

 

 「そんな設定ありましたが、実際そんなあだ名で呼ばれているご気分はいかがでした?」

 

 「恥ずかしかったです。何のプレイかと」

 

 「ですよね」

 

 「私はそういった方々に特別厳しくあたっていたつもりはないのですが、いつの間にか噂になってしまっていまして、親衛隊のようなものもできていました」

 

 「ご自身の意思に関わらず、周りが勝手に持ち上げてしまっていたのですね。しかも穂谷さん自身はそれを疎ましく思っていらっしゃる」

 

 「ええ。突き放そうとすればするほど強固になっていくので始末が悪いです」

 

 「・・・それって、晴柳院さんと似たような境遇ではありませんか?」

 

 「?」

 

 「規模は全く異なりますが、彼女もまた、晴柳院家や『希望の徒』などの団体によってご自身の意思とは無関係に持ち上げられて、それに迷惑していらっしゃいましたから」

 

 「・・・彼女は、相応の利益を得ていたでしょう。少なくとも生活に苦を感じてはいませんでしょう」

 

 「かもしれませんね。ですが、彼女に対する束縛も、比例して大きくなるとは思いませんか?彼女にとって家の名前や身分は、自分が生きていく上で切り離せないものです。ご自分で選択しようのない事柄です。周囲からの眼も、単なる好意や敬意ではありません。もはや神聖視に近いです」

 

 「何が言いたいのですか?彼女がそうだからといって、私に何の関係があるのですか?」

 

 「もう少し後のお話になってしまいますが、結局、穂谷さんと晴柳院さんは仲を戻さずに別れてしまいました。私はそれが気懸かりで・・・穂谷さんのお気持ちもお察ししますが、晴柳院さんは決して身分に胡座をかいている方ではないのです。ですから、仲直りをしていただきたいなと思っていまして」

 

 「おかしなことを言いますね。仲違いなどしていませんよ。彼女と私では生きる世界が違うのです。元から交わることのない世界が触れ合えば齟齬が生じます。ですから距離を置いているだけです」

 

 「四章において、穂谷さんの周りの人間関係は大きく変化しました。ですが、その一因は穂谷さん、貴女の高圧的な態度です」

 

 「・・・」

 

 「本編も終わり、解説編で再びこうしてお話しできるようになったのですから、これまでの関係性を水に流して、よい関係を築いていくのも良いのではありませんか?」

 

 「・・・まあ、冷静になって彼女と私のやり取りを見ていて、私も思うところがなかったわけではありません。極限状態では判断が鈍ることもありましょう。お互い余裕がなければ対話が上手く行かないこともあります」

 

 「はい」

 

 「どうせパラレルなら時間も空間もあってないようなものです。お話しすることくらい、する気になるかも知れませんね」

 

 「お願いします」

 

 「ですが、今はダメです。今は解説編で、私と鳥木君の二人きりの時間です。こちらが優先です」

 

 「ええ。今でなくても構いません。まだ晴柳院さんは二度目の解説を待っていらっしゃいます。いずれ時が来れば、穂谷さんはきっとご自分のお言葉に責任を持たれると信じています」

 

 「全く。貴方は私の保護者ですか」

 

 「遠からず近からずのような・・・お世話はしております」

 

 「あら、そうでしたね。今後も末永くお願いしますね」

 

 「あ、安易に末永くなどという言葉を仰らないでください!心臓が冷えます!」

 

 「なぜですか」


 「さて、ここからはおしおき編です。もうここまで来てしまいましたか。なんだか名残惜しいですね」

 

 「私は特に。鳥木君と二人になれるのなら何でも構いませんので。解説が終わった後もこの便利な空間は利用させてもらいます」

 

 「強制排除されますので悪しからず」

 

 「そんな権利が誰にあるというのですか!」

 

 「作者です」

 

 「作者にどんな力があるというのですか!烏滸がましい!」

 

 「とんでもないことを仰り始めました。そろそろ締め時かもしれません。解説しましょう」

 

 「抗ってみますよ、私は」

 

 「犯人指名後、すぐに私の回想が始まります。本当ならこれは明かすつもりはなかったのですが、もはや全て暴かれてしまいました。下手な嘘を吐いても意味がないので、白状するより他にありませんでした」

 

 「全ての始まりは、明尾さんが私を襲うことを決めたことでしょう。彼女が何を根拠に私を裏切り者と思ったかどうかに関わらず、暴力に訴えることを決めた時点で彼女に罪があります」

 

 「頑なですね・・・それが今回の事件の遠因でもあるのですよ。彼女たちと入浴することを断るだけならまだしも、晴柳院さんへの態度は、ある種の僻みでしょう」

 

 「・・・まあ、こんなところでまで意地を張っていても仕方がないので率直に言いますが、そういう部分もあったことは否めないかも知れません」

 

 「全然率直ではありません!ですが、お認めになったことは大きな一歩です」

 

 「彼女は私と違って裕福な家に生まれています。幼い頃から健康で文化的かつ十分に満たされた生活を送ってこられました。そこに1つの難もなかったとは言いませんが、私が経験したような類の苦難を彼女は知らないでしょう。そんな彼女が、肩書き上とはいえ、私と並んでいることに納得がいかなかったのです」

 

 「私たちや晴柳院さんは本編でもある程度触れられていましたが、あまり個々人の“才能”が認められるに至った背景を詳しく描写していませんでしたからね。そういった部分の掘り下げは考えていなかったのでしょうか?」

 

 「一応、設定集的なところには軽く触れてありますよ。深く考えていないのはそのようですが」

 

 「むしろこの二次創作の場合は一番に考えなくてはいけないものなのではないでしょうか?キャラクターの根幹を成す部分ではありませんか」

 

 「そういう粗さが、一作目らしくていいのではないでしょうか?」

 

 「良いかどうかは分かりませんが・・・どうせならしっかり考えておいてほしかったですね。そうしたところでキャラクターに深みが出ますから」

 

 「とはいえ、私たちや晴柳院さんの設定は少々過剰な気もしますが」

 

 「そうでしょうか?」

 

 「鳥木君は、テレビに引っ張りだこで大稼ぎしている高校生マジシャン。私は世界的に活躍する歌姫。晴柳院さんは日本最大級の宗教団体の一人娘。そこまでしなくて良かったでしょうに」

 

 「穂谷さんからそういった指摘があるのは珍しいですね」

 

 「少し気になったので。“才能”次第ではありますが、世界に通用するレベルの高校生が日本に限ってそんなに何人もいてたまりますか。希望ヶ峰学園は留学生制度などで外国からも生徒を集められるのでしょう。であれば、もっと多国籍な学校になっていてもおかしくないでしょうに」

 

 「確かに、私はテレビで引っ張りだこというほどまで必要ではありませんね。時代に即して言えば、ネットで有名だとか最年少プロマジシャン程度で十分でしたでしょう。歌姫という“才能”でしたら、世界レベルにならざるを得ない気もしますが」

 

 「あまり大袈裟に風呂敷を広げすぎると、本編中でのその設定の回収が大変になりますから。私もそうです。歌や楽器が得意なことはともかく、語学力や社交界のマナーなど、そういった部分をもっと見せることができたら、と作者が反省しています」

 

 「その辺りの塩梅は、二作目を書いた後に得た知見だそうです。二作目はキャラクターの掘り下げをテーマの1つにしていたそうですが、それでも終わった後にそう感じるということは、さほど手応えを感じていなかったのですね」

 

 「なかなか上手くいかないものですね」

 

 「穂谷さん」

 

 「どうしましたか鳥木君」

 

 「先程から私たちの口を借りて作者が自問自答をしているような気がします。戻って来てください」

 

 「とうとう、話の軌道修正をオブラートに包むこともしなくなりましたね。では本筋に戻しましょうか」

 

 「情緒もへったくれもなくて申し訳ありません。終わりが近付いていて気が逸っているのです」

 

 「こんなに面倒臭そうな鳥木君も珍しいですね」


 「えー、本編は私の回想の途中でございます。穂谷さんに返り討ちにされた明尾さんが、私と遭遇するシーンです。この時点で明尾さんは、ご自身の命が幾許もないことを感じ取っていました」

 

 「私が言うのもなんですが、もう間もなくの命と分かっていながら犯人の告げたり悔しさを口にするあたり、彼女の精神力は相当なものだったようですね」

 

 「行動も結果も誤っているものでしたが、元はと言えば『裏切り者』を排除するために行動を起こしたのですから、正義感もありますからね」

 

 「そしてお待ちかねです。明尾さんが全てを鳥木君に告げ、鳥木君が私のクロの権利を奪おうと決意するシーンです」

 

 「決意と申しますか・・・この時点では何も考えられませんでした。とにかく、穂谷さんの命を救わなくてはならないと、そればかりです」

 

 「半ば放心状態だったのですね。だからここで一瞬、素が出ているのですね」

 

 「・・・はい、ここは素です」

 

 「一人称が僕になっていて、敬語もありませんから。口調が外れるほど素になっていても、その行動目的には私がいるのですね。きゃっ」

 

 「きゃっ、ではありません。そんなシーンではありません」

 

 「この時の鳥木君は殺意のために明尾さんを殺害しているというよりは、私を助けるために殺意を操っているような気がしますね。素で殺意に飲まれていないのが逆に怖いです。淡々と明尾さんに殺害の旨を伝えるところなど特に」

 

 「このときは自分が自分でないような気がしていました。もはや私にとって素の自分は自分でないのかも知れません」

 

 「そんなことはありませんよ。鳥木君はどうなっても鳥木君です。仮面を外して素のお顔を見せてください。私は、どんな貴方でも受け入れます。貴女がこんな私でも受け入れてくれたのですから」

 

 「・・・どうしてその優しさを、他の方に分け与えて差し上げないのか、不思議でなりません」

 

 「私にとって、鳥木君はそれくらい大切な人ということです」

 

 「臆面もなくそんなこと仰らないでください」

 

 「照れるなら仮面を外してください。素の鳥木君が見たいです私は」

 

 「うぅ・・・」

 

 「流れでいけるかと思いましたのに。案外ガードが固いですね」

 

 「この仮面も年季が入っていますから」

 

 「この会が終わるまでに必ず外させてみせます。覚悟の準備をしておいてください」

 

 「覚悟の準備?」

 

 「気付いたら鳥木君が明尾さんを殺害して、モノクマと会話しているシーンです。このときのモノクマは妙にテンションが高いですが、どうしたのでしょうか」

 

 「作者がモノクマのキャラクターに悩んでいる時期でしたので。本家のモノクマに似せようとしているのですが、いまいち手応えを感じていないのです」

 

 「別に黒幕の設定上、上手くできていればそれでよし、できていなくても一応理屈は通るようになっているのですから、いいではありませんか」

 

 「どうせなら本家に似せて、ということです」

 

 「そして自白しようとする鳥木君を止めるモノクマ。クロが殺害直後に自白するなんて前代未聞です」

 

 「なぜ私は、裁判が終わるまでの間に自白をしなかったのか、の答えがこのシーンでございます。裁判の終盤で私が特に反論をせず、議論の行くがままに任せていることに疑問を抱いていた読者の方もいらっしゃったでしょうから」

 

 「裁判の進行を妨害する行為を禁止するとは、まだずいぶんと抽象的な掟を定めたものです」

 

 「自白を禁ずる、としただけでは、クロが自白しようとしていることを逆説的に悟られてしまいますからね。三章の曽根崎君のような交渉材料として用いられることも懸念して、このような文章にしたものと思われます」

 

 「鳥木君が処刑されてしまえば、事件の真相は闇の中。明尾さんを殺害した時点で次に鳥木君は、クロとして処刑されなくてはいけなくなってしまったと」

 

 「ここで一番鳥木君に食らいついたのが清水君なのは、少々意外でした。彼は今回も無関心でいると思っていましたから」

 

 「二章までの清水君でしたら、真相が明らかになった後のクロに興味を持たれなかったでしょうが、三章で屋良井君の生き様と死に様を目の当たりにして、考え方が変わったようです。人の死に対して、真面目になっています」

 

 「屋良井君が清水君の成長に大きく関わっていたのですか。それも意外ですね」

 

 「屋良井君が意図した形ではありませんが、そういった部分で屋良井君は清水君の中で生き続けているとも言えますね。因果なものです」

 

 「そして・・・私はものすごく胸が痛いです。このシーンで、こんなことを貴方に言わせたくなかった」

 

 「申し訳ありません」

 

 「貴方の周りの人間が、『鳥木平助』という人間の存在を忘れ、『Mr.Tricky』だけを求めたとしても、その仮面の奥にある『鳥木平助』こそ、私が必要とした方なのです」

 

 「ですが、そんなものですよ。彼らにとって私はエンターテインメントを提供する装置でしかなかったのです。彼らにそういうつもりがなかったことも理解しています。そのことを非難するつもりもありません。仕方がないことなのです」

 

 「こんなことは間違っています。鳥木君はひとりの人間です。エンターテインメントを提供する装置などではありません。テレビの中ならまだしも、それ以外の場所でも『Mr.Tricky』を求める愚衆のせいで、鳥木君の仮面が厚くなっていってしまったのです。罪深いことです」

 

 「誰も悪くなどないのですよ。人は夢を見るもの、私は夢を見せる者です。しかし、こうした仮面の奥の素顔を見抜けるのは、同じような境遇にいた穂谷さんだけだった、ということです」

 

 「それはお互い様ですよ。鳥木君だって、私の仮面を見抜いたじゃありませんか」

 

 「ですが、望月さんのように疾患まで見抜いたわけではありません。それは穂谷さんがお話してくださったから知ったのです」

 

 「あれは望月さんの観察眼がおかしいのです。彼女は人間に興味がないと思っていましたが、そんな彼女にバレるくらいあからさまでしたでしょうか」

 

 「見る方が見れば・・・おそらく六浜さんもそのことには気付いてらしたでしょう。ですが、六浜さんのことですから、きっと黙っていてくださったんだと思います」

 

 「そして、それらを前提として、鳥木君からの愛の告白・・・」

 

 「うおおっ・・・!!」

 

 「どうされましたか?なぜ顔を伏せているのですか?」

 

 「改めて冷静にこの時の自分を見ると、言いようのない恥ずかしさが・・・!!流れがあったとはいえ、衆人環視の中でこんなことを口にするとは・・・!!」

 

 「私もこのときはそれどころではありませんでしたが、いま冷静に見ているととても嬉しいですよ。鳥木君はなかなか言ってくれませんから」

 

 「恥ずかしいじゃないですか・・・」

 

 「きゅんとさせないでください」

 

 「そんなつもりありません!やめてください!」

 

 「私のことを庇って全ての罪を背負って処刑される・・・。歪んでいるとは思いますが、これも偉大な愛の形のひとつです。悲しい気持ちばかりですが、嬉しい気持ちもあります」

 

 「その矛盾した感情が、穂谷さんの心の中で衝突して何か弾けてしまったのですね」

 

 「ええ。五章以降のアレは、半分演技、半分本気です。いくら貴方の気持ちを理解しても、貴方を喪う悲しさから逃げようとしていただけです」

 

 「・・・私が明尾さんを殺害したことで、誰も救われた方などいないのですね。ですが、後悔はしていません。これは必要な犠牲でした。貴女が生き延びるためには」

 

 「そんなことを言われたら・・・本編でも同様ですが・・・そんな顔で私に生きて欲しいなんて言われてしまったら、私はもう何がなんでも生きるしかないじゃないですか・・・!」

 

 「え゛・・・もしかして、このときの言葉が後の・・・」

 

 「うふふふふふふ」

 

 「(こっわ)」

 

 「そして遂に、鳥木君が皆さんの前で仮面を脱ぎます。私があれほど苦心しても剥がすことのできなかった仮面を、最後の最後に貴方は外します」

 

 「・・・最後はせめて、『鳥木平助』として去りたかった、それだけです。今まで仮面を付けたまま過ごしていた失礼を、せめて皆様に謝罪してからと、そう感じました」

 

 「結局、本編の中で貴方が仮面を外して話したのは、明尾さんを殺害する直前と処刑の直前だけ。こんな形で貴方の本当の顔を見ることになるだなんて、思いませんでした」

 

 「申し訳ありません」

 

 「違うでしょう」

 

 「へ」

 

 「仮面を付けたままの謝罪など失礼ですよ。申し訳ありません、は『鳥木平助』さんの言葉ではないでしょう」

 

 「ぐぬぬ」

 

 「そんな顔してもダメです」

 

 「・・・ご、ごめんなさい・・・ほた」

 

 「円加」

 

 「・・・・・・ごめんなさい。円加さん」

 

 「よくできました♬」レコーダーポチー

 

 「はっ!?なんですかそれは!?」

 

 「なかなか二人きりのときも仮面を外してくれないんですもの。おまけに下の名前で呼んでくれる機会なんてそうそうありませんわ。これはちゃんと録音しておいて、毎日寝る前に聞くんです」

 

 「毎夜私に謝罪させないでください!安眠効果はありません!というかいつの間にレコーダーを!?」

 

 「そろそろ処刑のシーンが来るな、と思っていたところからです」

 

 「思ったより早い!さっきまでの雰囲気はなんだったのですか!?嬉しいのか悲しいのか分からないんじゃなかったんですか!?策謀渦巻いているではありませんか!」

 

 「忘れたのですか?私は、『卒業生』ですよ」

 

 「忘れていたつもりではありませんでしたが忘れていました・・・不覚」

 

 「おほほ。さ、今回の目的はもう果たしました。後は流しましょう」

 

 「この後は私の処刑シーンです!!ある種見せ場なので流さないでいただきたい!!」

 

 「と仰いますがね、誰が好き好んで愛する方の処刑シーンをじっくり解説したいと思うのですか。特殊性癖の中でも白い目で見られがちな部類でしょうに」

 

 「仰りたいことは分かりますが、あくまでパラレル。こちらは本編とは関係ない平和な世界線ということなので、何卒」

 

 「ええ・・・鳥木君はそんなにご自分の処刑シーンで語りたいことがあるのですか?変態ですか?」

 

 「語りたいことと申しますか・・・反省点はいくつか」

 

 「貴方が何を反省することがありますの?」

 

 「色々ボツ案があったのでございます。迷いに迷った挙げ句、最終的には原作の千本ノックと似たような形になってしまいましたが、本当はもっとマジシャン感を前面に押し出した形にする予定だったのです」

 

 「それは鳥木君ではなくて作者の反省では・・・」

 

 「今は語れる口が私たちしかおりませんので」

 

 「私はいま誰と会話しているのでしょう」

 

 「元々は脱出マジックの変形でですね」

 

 「あー、よくあるヤツですね。余所の創作論破でマジシャン系の“才能”の方が処刑されるときに一番よくある例のパターンですね」

 

 「うんざりしないでください!確かに多い感は否めませんが!」

 

 「どうせあれでしょう?箱の中に入って剣で滅多刺しにされて、フタを開けたら血だらけの剣だけ残っていて誰もいなくて、瞬間移動もしているという。瞬間移動先で磔などにされていると雰囲気が出ますね」

 

 「全部言われた!?なんですかそのセンス!?」

 

 「だいたいこんなものでしょう。あるいは脱出マジックに失敗して溺れてしまうか猛獣に食べられてしまうか・・・いずれにせよ大差ありません」

 

 「ここまであっさり言いたかったことを言い当てられてしまうと、まるで私がマジックに引っかかったような気さえしてきます」

 

 「で、そのやりたかったおしおきはなぜ没になったのですか」

 

 「文章で表現しづらいからです」

 

 「やっぱりその問題でしたか。努力をなさい努力を」

 

 「おしおきというのはやはりテンポだと思うのです。冗長な文章によるおしおきも演出としてはありだと思いますが、一般的には短くスパッと記述してしまった方が、処刑の呆気なさや無機質さが表現できると思うのです」

 

 「自分の処刑シーンを肴に何を言っているのでしょうかこの人は」

 

 「ですから、ボツ案の方はやはり要素が多く長くなってしまいそうだということ。あとはマジシャンと聞いてすぐに思い付きそうな内容だったので」

 

 「後者の理由の方が大きくないですか?」

 

 「ですから、本編のようになりました。こちらもそんなに上手くできたわけではありませんが」

 

 「磔にされてトランプで肉を削がれるというものですね。中学生のおしおきですか」

 

 「急に辛辣!!?」

 

 「実際、トランプのように薄い紙でケガをすることはありますから、取り扱いには十分注意していただきたいですね」

 

 「言葉の力の落差で風邪を引きそうです」

 

 「剣刺しマジックや瞬間移動マジックが在り来たりだからと言って、トランプでの処刑というのもあまり派手さに欠けますね。仰っていたように、千本ノックと似ていますし」

 

 「体を削がれる痛みというのは豪速球をぶつけられるのとはまた異なりますが、やはり延々続けられるというのは想像を絶する痛みです」

 

 「最後にナイフで心臓を突き刺していますしね。そこはマジックというよりステージパフォーマンスなのでは?サーカスか何かでしょう」

 

 「それを意識してはおります。あとは、シルクハットから噴き出したトランプから狙った一枚だけを貫くマジックも」

 

 「ああ。あれですか。伝わらないですね」

 

 「伝わっていないと思います」

 

 「鳥木君もああいったマジックはされるのですか?私に見せてくれたのはテーブルマジックでしたから、大きなステージでやるには地味に思えましたが」

 

 「テーブル用とステージ用でそれぞれ準備をしております。ステージでやる場合であれば、やはり目当ての一枚を貫いたり、トランプを飛ばして大きく動きを付けることが多いですね」

 

 「マジシャンの方はやはり、トランプゲームでもイカサマし放題なのでしょうか」

 

 「いえ、ああいったゲームはイカサマができないようにきちんとルール作りがされているので。ですが、ディーラーになればできないこともないと思います。意図してシーソーゲームを演出するなどは、何も難しいことはありません」

 

 「十分すごいと思いますね。二作目の彼女とイカサマありのゲームに興じていただきたいです」

 

 「やめてください。そういうことを仰いますと、また新しく書かなければいけないことが増えて作者の負担が増えます」

 

 「増やせばいいのです。潰れるくらいに増やして入院させてやりましょう」

 

 「もうしてますから!作者への悪意が強い!」

 

 「私たちをあんな目に遭わせておいて、良い印象を持たれていると思う方が間違いなのです」

 

 「そうですね。私も好ましくは思っていません。黒幕も同様ですが」

 

 「黒幕の話はもう少し後になってしまいます。少なくとも私たちはあんな人の話題に花を咲かせるつもりはありません。穢らわしい」

 

 「あ、私の処刑が終わっています」

 

 「なんとかやり過ごしましたね。正視していたらどうなっていたか分かりません」

 

 「そんなギリギリの状態だったのですか。正気を保てたようで何よりです」

 

 「それで、処刑の後にまたひとくだりあるのですね」

 

 「もう佳境ですので、処刑後のやり取りも重要でございますよ。ここでは、四章の事件の遠因ともなった『裏切り者』の正体が明かされます」

 

 「明かされると言っても、読者目線では次話までお預けでしょう」

 

 「はい。ですので解説編でも、『裏切り者』の正体は次回への引継ということで」

 

 「今更そこを忠実にする意味があるのですか?既にこれより前の解説編で散々言及していたような気がしますが」

 

 「これもポーズです。せめてそこだけはしっかりしておかないと」

 

 「モノクマもよく分からないことを言っていますね。希望のために絶望してほしいと。つまり、今回のモノクマの目的は絶望ではなく、希望にあるということですね」

 

 「はい。黒幕の正体を御存知の読者様方ならばその意味がお分かりいただけるかと思いますが、QQの黒幕にとって絶望は手段であって目的ではありません。ですからモノクマが最終的に求めるものも、希望でございます」

 

 「ここで敢えてそのことに言及するということは、『希望の徒』に関するミスリードも少しあるのでしょうか?」

 

 「そうですね。謎の集団というのはダンガンロンパシリーズでは黒幕関係と勘ぐられる運命です。『希望の徒』もなかなかこじれている集団ではありますが、黒幕となるほどの力はありません」

 

 「その辺りも、次回以降の解説に回して差し上げましょう。私たちが解説するのはここまでです。ようやく終わりです」

 

 「長い時間、お疲れ様でございました。お茶をどうぞ。お茶菓子もございます」

 

 「やはり言えばなんでも出て来るこの空間は便利ですね。今はふかふかのソファとレモンが一切れ浮いた紅茶がほしいです」

 

 「言いながら出現させている・・・なんらかの能力者のようにも見えます。完全にこの言ったもん勝ち空間に馴染んでいますね」

 

 「言えば出て来る空間には慣れていますので」

 

 「慣れているものの次元が我々とは違います。さすがです」


 「さて、鳥木君。もう私たちが担当する全ての解説が終わったようですね」

 

 「はい。QQ四章の学級裁判編からおしおき編までの解説は以上で終了でございます。穂谷さんも長い時間解説お疲れ様でしたが、ここまでお読みいただいた画面の前の皆様もお疲れ様でございました。長い時間お付き合いいただきありがとうございました」

 

 「まさか途中でしおりを挟んで時間をおいてから読んだ、というようなことはありませんよね?一気読みですよね?この私と鳥木君が解説しているのですから」

 

 「どういう圧のかけ方ですか」

 

 「さて、やることもやったので、この後は私と鳥木君の甘い一時をお送りします」

 

 「お送りしないでください!なぜ公開の下でいちゃつきたがるのですか!」

 

 「別にそういう癖はないのですが」

 

 「これ以上続けると本当に皆様にお見せできない事態になってしまいそうなので、早い内に畳んでしまいましょう」

 

 「後は私たちだけのお楽しみですの」

 

 「含みのある言い方をしないでください」

 

 「それではお別れの挨拶です。ここまでの一気読み、ご苦労様でした。次回はあのコンビが登場しますわ」

 

 「あのコンビ・・・と言いますか、よく分からない組み合わせではありますが」

 

 「毎回思うのですが、次の解説コンビを知っている体のときと知らない体のときがあるのはなんなのでしょう」

 

 「演出の都合です。もう残りの解説回数も少なくなってきております。あと4組ですので、まだ二度目の解説をしていないメンバーを考えれば組み合わせも自ずと分かるかと」

 

 「えっと・・・あら?あと4組なのに7人しかいませんが?」

 

 「はい。もちろんそちらの組み合わせも考えております。もう少し先になるかと思いますので、お待ちいただければと思います」

 

 「謎の組み合わせだと会話のテーマに困るのですよね。私たちのように本編でしっかり関係性ができあがっているような関係であれば、会話も弾むというものですのに」

 

 「ですが、穂谷さんは前回笹戸君と上手くやれていたと思いますが」

 

 「彼の根っからの下僕根性のおかげで私ものびのびできました」

 

 「嫌な羽の伸ばし方です」

 

 「そういう鳥木君も、有栖川さんとよろしくやっていたそうではありませんか。本編ではほとんど絡みなどなかったでしょうに」

 

 「あだ名を付けられたり敬語を外させられたり大変でした・・・」

 

 「敬語を?私には終始敬語を使っていたのに、有栖川さんにはそんな簡単に敬語を外してフランクに話していたのですか?」

 

 「あっ」

 

 「へー、そうですか。鳥木君は私より有栖川さんと仲がよろしいのですね。そうですか。本編でも解説編でもこうしてご一緒していたというのに、全部私の一方通行の気持ちだったということですか。残念です」

 

 「そういうわけではなく!有栖川さんの圧に負けてしまったと言いますか・・・決して穂谷さんと区別しているわけでは!」

 

 「区別はしてください。彼女より私を大切にしてください。そして敬語を外してください。外しなさい」

 

 「もう終わりだと思って手段を選ばなくなってきました」

 

 「もう終わりなのですから、敬語も今くらいは外していいでしょう。私も外すカラ」

 

 「慣れてなさが語尾に滲み出ています」

 

 「外しテヨ」

 

 「穂谷さんが外すなら・・・で、では、皆さん、ここまで読んでくれて本当にありがとうゴッ、ありがとう」

 

 「このままお別れヨ。またの機会に会うわネ」

 

 「ステレオタイプの中国人みたいになってる・・・えっと、ここまでのお相手は。“Mr.Tricky”こと鳥木平助と」

 

 「“笑顔が素敵な世界の歌姫”穂谷円加」

 

 「の二人でお送りしました。それではさようなら」

 

 「最後に敬語に戻りましたね?私の勝ちです」

 

 「もうそれでいいです」




QQ解説編です。四章後編の解説はこの二人を置いて他に誰がしましょうか。
本編と全然キャラが違いますが、ひとつ楽しんでください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五章「傀儡の炎に罪を拾う 前編」

 こちらは、『ダンガンロンパQQ』の解説になります。

 本編を読了していることを前提に執筆しているため、本編についてのネタバレが多分に含まれています。

 まだ本編を読まれていない方はご注意ください。

 


 

 「ぎゃはは!!よーーーぅ画面の前のアリ共!!“超高校級の爆弾魔”もぐらこと屋良井照矢様が解説を担当してやるぜ!!目ん玉ほじくってよぉく見ときな!!そんで、オレの相方を担当するのはこい──」

 

 「うあああああああんっ!!!」\\( `д´)//

 

 「どはーーーっ!!?なんだなんだ!!?いてて!!物投げんな暴れんな!!なんだテメエ自己紹介ぐらいやれよ!!」

 

 「やってられっか!!なんでアタシがみこっちゃんとじゃなくてアンタなんかと組んで解説なんかしなくちゃいけないんだ!!みこっちゃんを出せみこっちゃん!!みこっちゃんとがいい!!」

 

 「わがまま言ってんじゃねえよ!!オレなんか前回の解説編で古部来と一緒だったんだぞ!!よっぽど殺されるかと思ったわ!!ずっとテンション低いしよ!!二度目の解説編くらい大人しくやらしてくれよ!!」

 

 「大人しくやるつもりなんかねえだろアンタ!!冒頭から爆弾魔とか言ってんじゃねーか!!」

 

 「そりゃアレだ。景気づけだよ。別にこのスタジオ爆破するつもりとかじゃねえし」

 

 「ったり前だ!!てか物騒なんだよアンタ!!本編でもドエラい事件起こしてるし、前回の解説編だってちょいちょい爆弾魔の顔出してんだろ!!」

 

 「そりゃしょうがねえだろ。オレは“超高校級の爆弾魔”なんだからよ。ここ読んでるヤツらに隠したってしょうがねえし?やりたいようにやるよ」

 

 「それくらいしかアイデンティティがないからでしょ」

 

 「ひでえぞおい!!他にもアイデンティティあるわ!!そうやって犯罪歴を良くも悪くも過大評価するから犯罪者の社会復帰が遅れて再犯率が高まるんだろうが!!」

 

 「だからそれどういう気持ちで言ってんの?アンタ、社会復帰とかしたいわけ?」

 

 「まあよく目立つんなら戻ってやってもいい」

 

 「何様だ!」

 

 「オレに気付かねえ社会が悪い!自分じゃどうしようもねえ孤独に苛まれながら生きたことあんのかお前!」

 

 「何でキレられてんだアタシは!あーん!やっぱりこんなヤツとじゃなくてみこっちゃんとがいい!なんでみこっちゃんじゃないんだ!千恵とみこっちゃんがやったんならアタシとみこっちゃんの組み合わせもあるだろ!せめて千恵とやらせろー!おらー!」

 

 「オレに言うんじゃねえよそんなもん!っていうか、袴田を二回も呼ぶわけねえだろ。ちび助はもう相方決まってるしよ」

 

 「どうせあいつだろ!?例のアイツだろ!?覚えとけよあの野郎!」

 

 「知らねーけどさ、とにかく今回の解説編はオレが相方なんだし、取りあえずやることやろうぜ。まだお前の自己紹介もしてねえんだぞ」

 

 「アンタがまともな感じでイニシアチブ取るのなんか癪だわ。アタシがやる」

 

 「なんでだ!!」

 

 「画面の前のみんなやっはろー“超高校級の裁縫師”こと有栖川薔薇だよあげぽよー」

 

 「やっつけ感がすげえ!!句読点くらい入れろ!!あげぽよとか古いんだよ!!女子高生感出すのヘタクソか!!」

 

 「ツッコミが渋滞してる」

 

 「自己紹介するだけでどんだけ紙幅使ってんだよ。オレだってこんな気が立ってるお前と一緒に解説編やんのしんどいんだよ。さっさと終わらせてえんだよ」

 

 「だってしょうがないじゃん。気も立つよ」

 

 「ああ、せい──あぶねえっ!!?なんで目ェ狙ったコラァ!!」

 

 「デリカシーがねえのかアンタは!!ってかちげえよ!!みこっちゃんがいねえからだよ!!」

 

 「針しまえよ!!ったく、暗器みてえに裁縫針仕込んでんじゃねえよ。曽根崎みてえなリアクションしちまったじゃねえか」

 

 「曽根崎なら避けさせてない」

 

 「特に何も失言してねえ曽根崎へのヘイトが強い。いいからお前がイニシアチブ取るんだろ?さっさと進行しろよ」

 

 「ったりーなもう。えーっと、今回の解説編は『ダンガンロンパQQ』の第五章『傀儡の炎に罪を拾う』の前編を解説していくよ。もう五章まで来たんだね」

 

 「六章構成の五章だから、もういよいよ佳境って感じだな」

 

 「佳境も佳境。っていうかここで終わってみんな希望ヶ峰学園に戻るって結末でよかったじゃん。もうこれ以上犠牲出さなくてよかったじゃん」

 

 「いやまだ早えだろそれは。けど確かに、ここから先は誰が死ぬかってのもかなり重要な要素だよな。ほとんどの場合が真相に深く関わってくる事件になるし。まあウチはそうじゃねえんだけど」

 

 「なんでこんなタイミングでこんな事件挟まなくちゃいけないんだこのやろー!!抗議だ!!ストだ!!」

 

 「私怨だろうるせえな!抗議はともかくストすんな!オレまで帰れなくなるだろうが!」

 

 「やだ!帰りたい!今すぐ!」

 

 「無理だぞ。ここの部屋のドア、解説編が終わるまで絶対開かないようになってっから」

 

 「でも前回の解説編で穂谷ちゃんが好き放題色んなもの創造してたでしょ。通り抜けフープ創造すれば余裕でしょ」

 

 「よしんば抜け出せても部屋の外がどうなってるかなんて分からねえぞ。なぞのばしょバグみてえになっても知らねえぞ」

 

 「微妙に通じるか分からないネタを・・・」

 

 「投げ出さねえでちゃんと最後までやり切れってこった」

 

 「んなああああ!!テロリストに真っ当なこと言われるとすっげえ腹立つ!!お前が言うな感がすごい!!」

 

 「だからテロリストだからって常識ねえと思ったら大間違いだからな!!テロリストってこと以外は普通の人間なんだからな!!」

 

 「テロリストってことが何よりのマイナスだろうがバーカ!」

 

 「前回も相当だったけど今回もオレ最後までやり切れるか不安だわ。とにかく一旦落ち着いてくれって」

 


 

 「お茶飲んで甘い物食べたらちょっと落ち着いたよ。有栖川薔薇だよ」

 

 「頼むから今回は無事で終えたい」

 

 「前回何があったのよ」

 

 「見てねえのかよ!」

 

 「アタシはみこっちゃんが出てる回以外は斜め読みしてるんで」

 

 「まだ一回しかまともに読んでねえじゃねえか!」

 

 「早くみこっちゃんに会いたい・・・。こんなところにクソダセえのと監禁されるなんて何の罰ゲームだし」

 

 「ぜってえ言い過ぎだ!オレだってこんな危険な女と閉じ込められたら気が気じゃねえよ!」

 

 「でも解説すれば出られるんだよね。ヘンなミッション課してくる例の部屋とは違うんだよね」

 

 「冗談でも女がそういうこと言うな。ぞわっとすんだろ」

 

 「ドーテーが」

 

 「ど、ど、ど、ど、童貞ちゃうわ!!」

 

 「そんなヤツ童貞だよ」

 

 「うるせえやめろ!!生々しい話すんな!!苦手なヤツだっているだろ!!」

 

 「一応全年齢向けだけど、原作的にもうちょっと高い年齢層想定しててもおかしくなくない?」

 

 「なんでシモの話したいスタンスなのお前」

 

 「そういうわけじゃないけど、そこまで過剰反応されるとヒくっていうか・・・」

 

 「ガチトーンのドン引きやめろ!!ってかオレのことはいいから解説すっぞ解説!解説すりゃ出られるんだよ!」

 

 「はいはい分かりましたよ。えーっと、どっから解説してく?」

 

 「各章の最初は章タイトルの解説から始まるのがお決まりだな。五章のタイトルは『傀儡の炎に罪を拾う』だ」

 

 「最初のとこなんて読むの?」

 

 「カイライかクグツだな。どっちも操り人形って意味だ」

 

 「可愛くねー言い方」

 

 「そりゃまあ、可愛くねー意味だからな。炎はそのまんま炎で、罪を拾うってのは元ネタの諺にかかってる部分だ」

 

 「炎・・・!罪・・・!あのクソ【自 主 規 制】野郎が・・・!!」

 

 「やめろっつってんだろうが!お前さっきっから自分の感情に素直過ぎんぞ!まともに解説させてくれ!」

 

 「いいよ。やれよ」

 

 「んな言い方あるか!お前もやるんだよ!」

 

 「だってアタシことわざなんか知らねーもん」

 

 「火中の栗を拾うって聞いたことねーか?」

 

 「ないよ。使ってるヤツ見たことない」

 

 「栗焼いたことあるか」

 

 「ないよ。剥いちゃってあるヤツ買ったことはあるけど」

 

 「話の前提が全然整ってねえ・・・。クソが。栗ってのは焼いたら殻がクソ熱くなるんだよ」

 

 「栗に殻なんかあんの?あのイガイガのこと?」

 

 「マジかよ。本当に同世代かお前」

 

 「世代関係ねーし」

 

 「栗の実を包んでる茶色くて固い殻があるんだよ!焼き栗作るときは殻はそのままにして焼く、ここまでいいか」

 

 「うん」

 

 「食うには殻を剥かなきゃならねえんだけど、焼きたてだとむちゃくちゃ熱いだろ」

 

 「そうだね」

 

 「火の中にある栗を拾うってのは、そうやって火傷の危険を冒すってことなんだよ。しかもそれを、他人に食わすためにやるわけだ」

 

 「へー」

 

 「だから火中の栗を拾うってのは、自分の得にならねえのに他人のために危険を冒すってことだ。分かったか」

 

 「まあなんとなく」

 

 「で、五章はそういう構造になってんだろ。自分を犠牲にして他人のために命を落とすっていう。罪を拾うってのは、他人に罪を被せてその罪で卒業させようとしたってことだ」

 

 「あーなるほど・・・納得。いや、よく考えたらクソムカつく」

 

 「まあオレにしてみりゃなんてバカなことしたんだって感じだな。自分でそれ使って証拠隠滅までしっかりやってりゃ、もしかしたらガチで勝てたかも知れねえのに」

 

 「人に罪を被せたからこそ負けた部分もあるしね。っていうかみこっちゃんは人を騙したり出し抜いたりとか絶対できない子だから!みこっちゃんは天使!みこっちゃんは聖母!」

 

 「確かに決め手はあいつの失言だったしな。って、これは後の解説のヤツに任せときゃいい話だろ。章タイトルの解説が終わったんだから、次は日常編の解説だ」

 

 「日常編っつったって、この辺になってくると全部が非日常編みたいな感じじゃん」

 

 「さすがに4回もコロシアイしてりゃ疑心暗鬼にもなるし、真相に近付いてくりゃ緊迫もしてくるよな。しかも四章のラストで『裏切り者』の正体まで明かされたんだぜ。そりゃギスつく」

 

 「ここからなんとか持ち直そうとするドールんの覚悟も大したもんだわ。アタシだったら完全に引きこもる」

 

 「いや、う〜ん、まあ・・・」

 

 「なんだよ。なんか言いたいのかよ」

 

 「言ってみりゃ、オレもお前もこの空気作るのに手ェ貸してんだよな、と思ってさ」

 

 「何も聞こえない」

 

 「聞け!!現実逃避すんな!!」

 

 「アタシのときはまさかこんなことになるなんて思ってなかったし!っていうかそんな余裕なかったし!アンタとは違うんです!」

 

 「オレだって死活問題だったんだよ!世の中にオレのこと思い出させなきゃオレは死んだも同然なんだから、生きるか死ぬかで選択の余地なんかねえだろ!」

 

 「でも4章以降でアンタの話全然出て来てなくない?忘れられてんじゃねえの?」

 

 「ハゥン」

 

 「急所にあたったっぽい」

 

 「話の流れ上で必要なかっただけでこいつらの脳裏にはオレのことが絶対忘れられねえ記憶として刻み込まれてるはずだから大丈夫だし(一息)(震え声)」

 

 「目に見えて強がってる。アンタの気持ちには共感できないけど、アンタにとってそれが重要な問題だってことはなんとなく分かった」

 

 「モノクマが上手いことそういうところを突いてきたってだけの話だろ。でなきゃコロシアイなんかそうそうしねえんだから」

 

 「コロシアイじゃない命のやり取りを日常的にしてるヤツが言うと説得力半減なんだけど」

 

 「自分で言ってても思った。コロシアイはしてねえけどテロはしてたわ」

 

 「テロリストの言うことなんかあてにしちゃダメってことだね。さ、本編の解説行こ」

 

 「癪だけどめんどくせえから流す」

 

 「本編は清水の回想からスタートだよ。回想っていうか夢?これ」

 

 「夢なんかなあ。どうも希望ヶ峰学園での記憶っぽいけど、なんだこれ」

 

 「清水の前の部屋から出て来たいかつい顔の和服の男って、どう考えても古部来だよね」

 

 「学園内でなんで和服なんだっつってるけど、清水だって制服なんかろくに着てねえだろ」

 

 「QQの中では希望ヶ峰学園での生活って制服って規則なのかな。その辺が曖昧だったけど」

 

 「特に決めてねえだけだろ。まあ制服の設定がある以上は制服着るのがスタンダードだとは思うけどな。改造制服とか着崩しどころの問題じゃねえやこりゃ」

 

 「ってことは、アタシたちにも制服の設定が生まれる可能性が・・・?」

 

 「お前は改造しまくるだろうな。それこそ自由自在じゃねえか」

 

 「アンタだって改造は・・・あ、しないか」

 

 「なんでだよ!するわ!」

 

 「そんな度胸もないでしょ。下手に中途半端な改造したら逆にそれが目立ってダサいんだから。アンタのファッションセンス見てたら分かる。目立ちたいけど奇抜なことはしたくないから、結果ハンパになってダサいだけの悪目立ちになる」

 

 「服の専門家に言われるとなんかそんな気がしてくるじゃねえか。やめろよ」

 

 「なんなのそのバンダナ。今時バンダナなんて小学校の調理実習でもしないよ」

 

 「いやするだろバンダナ!てかそれ三角巾じゃねえか!誰が給食のおばちゃんだ!」

 

 「給食と言えば、希望ヶ峰学園は学食があるよね。人気メニューとかあんのかな。辛すぎて誰も頼まない麻婆豆腐とか、ヅッキーが頼んでそうだけど」

 

 「学園のそんな細かいところの設定なんか、ウチの作者が考えてるわけねえだろ?本編に関係ないことはもちろん、本編に絡む重要な設定だって、書いてる途中で作っていったような作者だぞ」

 

 「今後出て来ることはあるんじゃない?ドールんが主役のスピンオフも考えてるんでしょ?舞台が学園なんだから、少しはさ」

 

 「そっちはもう1年以上止まってるけどな。ま、その手でこれとかハワイ旅行の話とか書いてるわけだし、オレ的にはどっちでもいいが」

 

 「ホントあいつ、書きたいもんだけ積み重ねてって、全然消化できてないじゃんね。積ん読みたいに、積ん書き多いんだよ」

 

 「なんだ積ん書きって。何にもかかってねえじゃねえか」

 

 「ま、この解説編だって何年かかってんだって話だけどね。さっさと終わらせて書きたいもん書くのが一番でしょ」

 

 「嫌なことみたいに言うなよ。さくさく書けてんだからいいじゃねえか」

 

 「本編よりはね。この清水の回想だって、結構な回数書いては消し書いては消しを繰り返したって話じゃん」

 

 「要するに、清水が学園生活の時点で『裏切り者』ってヤツに会ってたって記憶だからな。どういう形で会うかとか、どの辺まで書くかとか、書きたい気持ちと読んだ時の塩梅とか、結構悩んだらしいぜ」

 

 「これ『裏切り者』に会ってたの?」

 

 「そうそう。『裏切り者』が合宿生活の前にメンバーと面接するっていうシーンな。学園の細かいところは考えてねえけど、合宿については割と色々考えてるんだぜ」

 

 「へー。メンバー全員に面接ってことは、アタシらもやってたんだ」

 

 「一応監視役だからな。事前の面通しとどういうヤツか簡単に知っておくとか必要だろ」

 

 「問題の内容が分かった上で会うって、アタシもかなりキツいけど、アンタなんかもうマジでヤバいんじゃないの」

 

 「別に」

 

 「別になの?テロリストとか知られたら終わりじゃん」

 

 「学園にはもう知られてるし、問題視されてることも知ってるしな。いずれこういうことになるだろうなとは思ってたぜ。面接の相手が会長様じゃねえってのは意外だったけどな」

 

 「ウチらのときの生徒会長って・・・あの人だよね。あの眠たそうな人」

 

 「まだあんまり表に出てねえけどな。一応公表はしてるけど」

 

 「いつになったら台詞もらって動けるんだろうね」

 

 「マウント取ってやがる。一章までしか動いてねえくせに」

 

 「うるせえ!!」

 

 「この時のことは清水たちは誰一人覚えてねえみたいだが、脳のどっかにその片鱗は残ってるって感じだな。記憶の操作はダンガンロンパシリーズには付きものだけど、完全な操作は難しいだろってことで、こういうのがちょいちょい挟まるぜ」

 

 「記憶操作の話があるときってだいたいそういうシーン挟まるけど、実際どうなんだろ。普通に生活してても完全に忘れることなんてあるし、案外フツーに受け入れて何にも思い出せなかったりするかもよ?」

 

 「完全に忘れてたら、それを忘れてることすら忘れてるからなあ。何かを忘れてるけど何を忘れてるか分からねえってことはたまにあるけどな。っていうかオレのことを忘れるんじゃねえぞ!!」

 

 「急にどうした」

 

 「忘れることについての話をしてたら急に忘れられることが怖くなった」

 

 「発作の症状が独特」

 

 「まあ忘れる忘れないはともかく、清水たちは覚えてねえけど、『裏切り者』は『裏切り者』なりにやることやってたってわけだ。コロシアイが始まってからはそのことも忘れてたわけだけどな」

 

 「要するに回収するか分からないけど、取りあえず張っとくだけの伏線ね」

 

 「QQはホントそういうの多いからな。幸いなことに今までその辺のツッコミは来てねえから事なきを得てるが」

 

 「ここで言ったらヤバくない?」

 

 「大丈夫だ。こんなとこまで細かく読んでるヤツなんかいねえ」

 

 「頑張って書いてんのにずいぶん自信ねーな」

 

 「いいんだよ、そんくらいで。感想ひとつ、お気に入りひとつもらえたら万々歳ぐらいの気持ちでねーと趣味でこんなにやってられねーよ」

 

 「今誰が喋ってんの?」

 


 

 「まだ本編の最初の部分だってのにどんだけ喋ってんだオレら」

 

 「脇道に逸れるのがお決まりだけど、案外話って弾むもんだね。こんなにテキトーなのに」

 

 「だがまあ、さすがにテキトーで全編通すわけにゃいかねえから、きちっとやるときゃやるぞ」

 

 「はいはい」

 

 「清水が目覚めて食堂に行ったら、六浜と穂谷が組んず解れつになってるっつうわけだ」

 

 「なにやってんの朝から」

 

 「まあ簡単に言やあ、穂谷がヒステリー起こして包丁持ち出したのを六浜が止めたってところだな。鳥木が死んで、後追いでもしようとしたんだろ」

 

 「やっぱそれだけまどっちにとってトリッキーって大事な存在だったんだ」

 

 「死んだら終わりだっつうのに、後追いだの心中だのよくやるよな。お前だって他人のための復讐だろ?オレにゃあよく分からん」

 

 「誰かのために命懸けになるってのはすごいことなんだよ。アンタだって自分自身のために命懸けでしょ。それと同じようなもんだ」

 

 「そうかなあ」

 

 「ところで、モノクマがこの時点で『裏切り者』の正体を明かしたのって、モノクマ的にどういう意図があるんだろ。『裏切り者』が分からないで疑心暗鬼にしといた方がいいんじゃないの?」

 

 「それもいいが、残り人数が少なくなってくるとひとりひとりの結束が固くなってくるからな。逆にひとり、明確なイレギュラーを投入した方が不和を生み出しやすいんだよ。亀裂が入るのは六浜と誰かじゃなくて、六浜以外の誰かと誰かだけどな」

 

 「なにそれ?どういうこと?ドールんが憎まれ役になるんじゃないの?」

 

 「朝食のシーンみたら分かるけど、晴柳院みてえに六浜を信じてるヤツもいれば、清水たちみてえにどっちつかずの様子見のヤツらもいれば、笹戸みてえにハッキリ敵意を剥き出しにするヤツもいるだろ。六浜と他のヤツらだけじゃなく、六浜とどう接するかでその3グループに分けたんだ」

 

 「ほうほう」

 

 「誰が『裏切り者』か分からねえ状況だったら、ひとりがいくつかのグループ作って協定結べば、少なくとも孤立することはなくなるけど、このときの笹戸は完全に孤立パターンだろ。孤立するヤツがいれば、そいつが何かするか、それとも他のヤツらが何かするか。いずれにせよコロシアイが期待できるっつー寸法だ」

 

 「アンタどっかで黒幕やってた?」

 

 「やってるか!!」

 

 「なんか未経験の割にはやたら詳しいなって思って」

 

 「未経験とか言うな」

 

 「未経験にデリケートになるな」

 

 「実際にこれを書いたときに作者がどこまで考えてたか分からねえが、つまりはそういう風に期待できるわけだ。ま、後からだったらいくらでも言いように言えるけどな」

 

 「そしたらこの解説編って、解説という名の言い訳ってことになるんじゃ・・・?」

 

 「それを言っちゃあおしまいだ」

 


 

 「さて、場面は植物園に変わるよ。創作論破で植物園はろくな思い出がないね」

 

 「原作共々な。その前に部屋に引っ込んだ笹戸を引きずり出すシーンだ」

 

 「ここに来て結構清水が主人公してるよね。感想とかでもこの辺りはすごい言われてた。しょっぱなが全然主人公らしくなかった反動でそう見えるだけだし」

 

 「確かにムーブは主人公だよな。相変わらず無愛想でぶっきらぼうだが」

 

 「これアレじゃん。『お前を倒すのはオレだからこんなヤツに負けるな』パターンじゃん」

 

 「ファンからツンデレ属性を押しつけられるライバルキャラパターンな。清水のツンデレとか誰得だよ」

 

 「植物園に向かう山登りの最中、笹戸が清水のこと褒めてるけど、それに対して逐一自分を卑下するようなこと言ってるよね。清水ってなんなの?バカにされると怒るくせに、褒めるとこうじゃん。結局どうしてほしいの?」

 

 「どうもして欲しくねえんだろ。他人と自分は無関係でいてえんだよ。バカにされたら小せえプライドが傷つくから怒るし、褒められたら自己嫌悪で胸が痛えから否定するし。要するにめんどくせえヤツだ。絡まねえ方がお互いにとっていいんだよ」

 

 「・・・曽根崎ってさ、そういうの分かってるはずだよね?」

 

 「だろうな」

 

 「なんでアイツ、そんな丸見えで危険注意の看板まで立ってる地雷にドロップキックしに行くようなことしてんの?」

 

 「それが楽しいんだろ。それかアホだ」

 

 「曽根崎はともかく、このときの笹戸はあんまりそういうこと鈍そうだから分かってないだろうね。でもこんなに褒めて寄ってくのって、やっぱりこいつ、ちょっと本性見えてるよね?」

 

 「だな。これは次の解説編にかかる部分だが、あの映像の中でも清水のことは一目置いてたみたいだし。清水ハーレムに笹戸も追加か?」

 

 「ハーレムになってない!キモいこと言うな!」

 

 「なんでお前がそんなに焦るんだよ」

 

 「創作論破のハーレムっつったら女性全員が入るだろ基本。アタシはゴメンだよ!お日様が西から昇ってまた西に沈んでもゴメンだよ!」

 

 「自意識過剰だろそれは・・・。四章まではともかく、五章まで生き残ってるヤツはさすがにだいたい清水と何らかの関わりを持ってるぞ。ハーレムになるとしたらこのメンバー・・・」

 

 「だとしてもみこっちゃんがハーレムなんて淫猥なグループに入るなんて許さねえから!!みこっちゃんはエッチなこと考えないしトイレにも行かねえから!!」

 

 「昔のアイドル幻想かよ。トイレは行くだろ」

 

 「行かねえし!行ってるとこ見たことねえし!」

 

 「書いてねえだけだろ。また晴柳院発作だよめんどくせえったらねえ。本編もまだ清水と笹戸しかいねえし」

 

 「まだそんなところかよ」

 

 「笹戸がさらに本性出して、清水とライン作ろうとしてるシーンだな」

 

 「ボクを裏切らないよね?って質問、この状況だとめちゃくちゃ怖いね。っていうかキモいね」

 

 「今更だろ。笹戸はキモいぞ」

 

 「誰だ。笹戸の顔面が良いなんて言ってたヤツは」

 

 「設定上な。童顔で中性的とかなんとか言ってたこともあったわ」

 

 「それでもこの質問は気色悪い」

 

 「この章は本当に笹戸がメインだよな。今までザ・脇役みたいな立ち回りだったから、いざスポットライトが当たると笹戸の悪い部分が出て来てマジでやべえ」

 

 「ここまでは影ながら人気あったんだけどね。読み終わった人の感想読むと、笹戸許さない的なコメントがあるのが9割だよね」

 

 「やったことがやったことだし、道連れにしたヤツが道連れにしたヤツだしなあ」

 

 「笹戸マジ許さない!!アタシも!!」

 


 

 「やっと場面は植物園だ。ここまでが長えわ」

 

 「植物園って、いわゆるガーデニングされたところじゃないの?入っていきなり亜熱帯林とか、誰が喜ぶんだよ」

 

 「ちゃんとそういうところもあるぞ。っていうかモノクマにそういう常識を求める方が間違ってるだろ。日本庭園と西洋風庭園とジャングルと得体の知れねえ巨花をまとめて展示するようなヤツだぞ」

 

 「でも害虫がいないのはいいね。今の時期とか蚊がすごいでしょ。マジうっざい」

 

 「ゴキブリはいるけどな」

 

 「アタシ別にゴキブリとか平気なんだ。キモいとは思うけど、飛び上がるほどじゃない」

 

 「あんなもんは意外と平気だぞ。カブトムシとかクワガタと似たようなもんで、イモムシ系に比べたらよっぽどマシだ」

 

 「庭園内はグループに分かれて探索だね。いまの男子の中で一番体が大きいのが曽根崎っていうのが、なんかもう絶望的だよね」

 

 「っていうか清水と笹戸がチビなんだろ。ところでよ、さっきから見てたら笹戸が二十歳とは思えねえんだが、そこんとこどうなんだ」

 

 「え!?笹戸って二十歳なの!?あれで!?っていうか年齢設定あったの!?」

 

 「知らなかったのかよ。オレらちゃんと年齢設定あるぞ。希望ヶ峰学園での学年も決まってる」

 

 「マジで!?知らねえよ!!本編でそんなこと言われたことねえだろ!!」

 

 「確かにねえな。年なんて気にしてる場合じゃなかったしな」

 

 「普通に年上にタメ口利いてた可能性が・・・」

 

 「全然あるぞ。ちなみに笹戸とアニーが二十歳で最年長な」

 

 「アニーは確かに最年長の風格っていうか雰囲気あるから分かるけど、笹戸なんか逆に年下なイメージすらあった・・・」

 

 「っていうか年齢はお前が大好きな晴柳院が解説編やってた時も話題になってただろ。晴柳院がQQメンバーの中じゃ最年少で悔しがってたって話あったろ」

 

 「あのみこっちゃんマジ可愛かったよね。やっぱりみこっちゃんってみんなの妹なんだってのが証明されたよね」

 

 「そんなことばっか考えてっから聞き逃すんだよ。晴柳院は最年少だからアレだけど、年で言ったらオレもお前も晴柳院も、あと清水と滝山と袴田もタメだからな」

 

 「そうなの!?アンタなにタメだったの!?」

 

 「なんだ、年上だと思ってたのかよ」

 

 「うん。このこじらせ方はアタシと同じ年数じゃ完成しないと思ってた」

 

 「一言多いんだよお前は!」

 

 「っていうかアタシたちって学年一緒なの?原作とかだと同じクラスっていう括りだったじゃん」

 

 「いーや。年もクラスも入学のタイミングもバラバラだ。マジで学園の中から問題児16人を選んだって感じ」

 

 「そうなんだ・・・。じゃあさ、同じ学年で年が違ったり、同い年で上級生とか下級生とかあるってこと?」

 

 「少なくともウチんとこの希望ヶ峰学園じゃ普通にあり得る。設定上の話だから別に本編読む上で気にする必要はねえんだけどな」

 

 「同い年で学年が違ったり、同学年で年が違うってなんでそんなことになるのさ?毎年選んでるんでしょ」

 

 「そりゃあ、オレみてえに中学生のときから超一流の“才能”発揮しまくって名を轟かせるタイプのヤツもいれば、アニーみてえに“才能”が開花して超一流として名が知れるまで時間がかかるヤツもいるだろ。だから入学のタイミングは、一番早くて高1の秋、一番遅くて高3の秋だ。ちなみに学園は秋入学な」

 

 「ってことは3学年制だから、え〜っと・・・一番上で20歳で、一番下が16歳か」

 

 「だから“才能”の開花やスカウトが遅かった笹戸やアニーは20歳で、早い段階から“才能”を発揮してたオレらは16歳なんだ」

 

 「アタシ16歳だったんだ・・・はじめて自分の年をはっきり認識した」

 

 「オレと清水は中坊んときのことが“才能”として認められたからだし、晴柳院はコネ入学だろ。滝山は“才能”的に特例入学だから早いとして、なんでお前もストレート組なんだよ」

 

 「ストレート組ってなに」

 

 「高校入学した年の秋に希望ヶ峰学園に入学したヤツらのことだよ。要するに最速で入学したヤツらのことを学園内じゃそう呼ぶんだよ」

 

 「それ公式設定じゃないよね」

 

 「おう。じゃん論式設定」

 

 「別にこの中だけだからいいけど、あんまりそういうの細かく言うと痛いよ」

 

 「痛いって言うな!っていうか解説編の趣旨全否定すんな!そういうの細かく言うコーナーだろ!」

 

 「本編でも出て来てない設定って言う必要ある?ま、もしかしたらドールんのスピンオフで使う設定かも知れないけどね」

 

 「ガンガンに使ってんぞ!六浜の同期で年上もいるし、年上の後輩もいるし。ちなみに六浜もストレート組な」

 

 「まあそうだろうね」

 


 

 「植物園内に色々あるけど、これも全部コロシアイのために用意されたもののわけ?」

 

 「コロシアイのための部分もあるけど、なるべく植物園にあってもおかしくないもので統一されてるな。それでも毒物倉庫とかあからさまなヤツがある。これはしょうがねえな」

 

 「でもここが今回の事件現場になるわけじゃん?そのための用意もあったんじゃないの?」

 

 「そうだな。和風庭園の鯉が泳いでる池とか、音楽流す用のスピーカーとか、事件と裁判を成立させるためだけに用意されたものだ。さすがに溶け込ませるのにも限界があったから、ちょっと不自然になっちまったな。それらしい理由は付けたけども」

 

 「植物に音楽聴かせたらどうこうって、マジでそんなのあんの?」

 

 「一部で言ってるヤツはいるけど、耳のねえ植物に音楽聴かせたところで何の意味があるのやらな。ああいうのはだいたい植物の世話をするモチベ維持するためのデマカセだ。やるヤツが納得してりゃあそれでいいんじゃねえの」

 

 「やるヤツが納得してても受け手が全く納得してないことだってある!っていうかやるヤツ以外全員納得してないことだってある!」

 

 「まーたぶりかえしやがった!うるっせえなもう!次の解説編でやるところだからお前はあんま言及すんなっつってんだろ!」

 

 「言わらいでか!定期的に挟み込んでやるからな!読んでるんだろ笹戸!」

 

 「笹戸何次元の存在なんだよ。自分から劇中劇に入って行くな。笹戸が憎たらしいのは分かるけどな。オレには関係ねえことだけども、あいつはどうも信用できなかったんだよな。ああいう誰にでもにこにこしてるヤツほど、腹の中にどんな爆弾抱えてるか分かったもんじゃねえ」

 

 「っていうかあいつはそうでなくてもみこっちゃんとイチャイチャしてやがったからその辺含めても許さねえから!」

 

 「根が深え。植物園だけに」

 

 「うっさい!アンタ解説しとけ!」

 

 「遂にオレ一人に放り投げやがったなこのあばずれが!」

 

 「誰がだ!あばずれじゃねえわ!貞操守るくらいの節操あるわい!」

 

 「二人も女友達侍らせといて節操も何もあったもんじゃねえや。他のヤツらがやべえから霞んでるけども、お前の晴柳院に対する態度も十分おかしいからな」

 

 「あれは健全な友達のお付き合いです(棒)」

 

 「棒って付いてんじゃねえか」

 

 「あっ、言ってたら出て来たよ。張るだけ張ってなんでもなかった伏線」

 

 「どこだよ」

 

 「モノクマフラワーの食事のとこ。結局食事どころか、モノクマフラワーのことなんかこの後なんにも言ってなかったでしょ」

 

 「モノクマフラワーじゃなくてモノクマフラワー改二な」

 

 「細かいしどうでもいい!」

 

 「でも確かに、モノクマが食事の時は気を付けろっつってるし、草食系植物ってのも気になるよな。いかにも何かありそうな含みのある言い方だけど、たぶんこの後、モノクマフラワーって言葉自体出て来てねえなじゃねえかな」

 

 「ホント適当だねウチの作者・・・そもそもこの伏線、使うつもりで張ったのかな?」

 

 「いや、ただ単に、せっかくだから張れるだけ張っとこ、くらいの気持ちだったと思うぜ」

 

 「質悪ぃ・・・」

 

 「でもせっかく伏線張ったんだから、何かしらこれを回収する展開を考えてやらねえとな。伏線供養だ」

 

 「聞いたこと無い儀式だ」

 

 「草食系植物ってのはどういうことだ?草食うってことか?」

 

 「そこまで深い意味はないと思うけど、気を付けろって言われてるってことは、うっかりしたらケガでもするってことだよね。なんだろ」

 

 「草を食うなら植物園に置いてちゃダメだろ。こいつしか残らねえじゃねえか」

 

 「もういいや。別にどうでもいいし」

 

 「飽きるのもはえー」

 


 

 「さて、次の話はまどっちとヅッキーのシーンだね。まどっちが壊れちゃってから、なんかヅッキーが面倒見てるところをよく見るよね。もしかしてヅッキーって意外と面倒見良かったり?」

 

 「普通に興味深い、とか言って付き添ってるだけだと思うけどな。六浜じゃ近くにいたって逆効果だろうし、笹戸も今はろくに他人を信用できねえ状態だから、望月くらいしか一緒にいてやれねえんだろ」

 

 「仲良く一緒に湖に落ちてるし、これは新たな組み合わせの予感・・・!?アタシ的にはめっちゃおいしいです」

 

 「お前やっぱりソッチか!」

 

 「ソッチじゃないよコッチだよ!」

 

 「同じじゃねーか!古いんだよネタが!だいたい文字だけで伝わるヤツじゃねえだろ!今時こんなネタやったらおもっくそ顰蹙買うわ!」

 

 「ツッコミが細かくて多くて長い」

 

 「うるせえ!」

 

 「この後二人は仲良く大浴場に入っていったとさ。ヅッキーが入浴介護しなくちゃいけない的なことを言ってたし、これは本当に二人は裸の付き合いまでいっちゃったのかも・・・!?」

 

 「そう言われるとなんだか悶々としてきそうな気がしないでもねえな。穂谷はともかく望月で興奮するのはなんか癪だが」

 

 「脳みそピンク色のくせに妙なプライドだけは高いな。これだから童貞は」

 

 「ど、ど、ど、ど、童貞ちゃうわ!!あと脳みそはみんなピンク色だろ!!」

 

 「こいつホントうるさい」

 

 「お前がうるさくさせてんだろうがい!」

 

 「ああああああ!!!うるさい黙れ!!静かにしろ!!正座!!」

 

 「な、なんだよ急に」

 

 「こっから超大事なシーンだから!五章の核心!!」

 

 「それもう裁判とかじゃねえのか」

 

 「みこっちゃんが植物園に仏壇作ってるところ!ここめっちゃ尊いから見て!マジ全人類ここ見て!」

 

 「オレしかいねえよ」

 

 「あああああマジみこっちゃんぐう聖!!勝手なことしちゃったアタシだけじゃなくて、自分勝手な犯行でみんなを騙そうとしたかなかなとか、とことん害悪だった屋良井とか、まどっちとのいざこざで事件を起こしちゃったなみみんとか、飯出とか古部来とか嫌なヤツまでちゃんと祀ってあげるとか!!なんなのこの子!!無理なんですけど!!」

 

 「マジでうるせえ。そりゃやるだろあいつは。そういうヤツなんだから」

 

 「みこっちゃんはこの章でもそんなこと言ってたけど、本当に家の事情に雁字搦めになって、陰陽師としての生き方しか選べなかったんだよ。だけどみこっちゃんは家のしきたりとかルールとかに従ってこういうことしてるんじゃなくて、自分なりに考えて、自分の気持ちに従って、こういうことしてんの。だからみこっちゃんは自由な育ち方はできなかったけど、自由な生き方をするだけの意思はちゃんと持ってたんだ!でもみこっちゃんの周りがみこっちゃんを大事に思うばっかりにその可能性を潰すことをしちゃってて、みこっちゃんは自分らしく生きられないままだったんだ!このシーンでそういうところまで読み取れるんだよ!!マジこれだけで宇宙生まれる!!みこっちゃん尊い!!」

 

 「急によく喋るなお前!!ばっちり晴柳院の解説してんじゃねえか!!」

 

 「この、葬式は生きてる人のための儀式っていうのがマジでそうなんだよね。コロシアイ生活の中で死んだ人にどう思いを馳せるかってかなり大事なことで、原作では主人公やキャラたちが死んだ人たちを忘れないっていうことで手向けとしてたけど、みこっちゃんはこうやって自分にできる最大限のことをして、死んだ人たちに敬意を払って、死んだ人たちのことを忘れないようにしてたんだよ。ホント良い子だよね」

 

 「実際は笹戸みてえな考えのヤツが大多数だよな。でもあいつって命の価値は平等的なこと言ってなかったか?」

 

 「命自体の重さは平等だけど、罪深い命とそうじゃない命との扱いに区別はあるってだけの話でしょ。アタシらはギルティなんだから」

 

 「ギルティって言うとなんか軽く感じるけども。まあオレは罪の意識っていうの?犯罪犯してる実感も込みで楽しいんだけどな!」

 

 「ギルティっていうかクレイジーがいやがるぞここに」

 

 「因みにだけど、ここにも事件の伏線張ってあるんだぜ」

 

 「お供えの花のこと?」

 

 「いいや。その前の、笹戸が仏壇作るのを手伝った後で、晴柳院が礼にモノクマメダルあげてるだろ」

 

 「うん」

 

 「笹戸が事件に使った小道具は、ここでモノクマメダルを大量に稼いだから準備できたんだぜ」

 

 「あーーーーあーーーー聞こえなーーーーーい!!そんなことはなーーーーーい!!」

 

 「現実逃避すんな!」

 

 「現実じゃねえだろ!」

 

 「フランクに第四の壁突破すんな!ややこしくなるわ!」

 

 「あいつマジで・・・みこっちゃんの好意を利用してみこっちゃんを陥れるとかマジ最低だな。全身縫い付けてやる・・・!!」

 

 「まあ要するに、どんなシーンでも油断しちゃならねえってことだな」

 

 「なんでアンタが誇らしげにニヤニヤしてんだよ」

 

 「作者の代理だ」

 

 「それにしてもさあ、みこっちゃん視点のときの地の文で出て来る京言葉マジヤバくない?エモエモエモっぴじゃない?」

 

 「エモいかどうか知らねえよ。ていうか京言葉っつってもイントネーションがねえんだし分からねえよ」

 

 「本当はそういう部分も考慮して文字にしてるらしいけど、実際に読む人次第なんだよねこれ。でもみこっちゃんの可愛さって訛りにもあるよね。あの訛りのおかげでみこっちゃんの魅力が30割増しだよね」

 

 「4倍!?」

 


 

 「さて、次のシーンは?誰だこれ?」

 

 「曽根崎だろ」

 

 「が、どこにいんの?」

 

 「資料館だよ。お前ホント晴柳院が関係なかったら興味0な」

 

 「なにしてんの?」

 

 「それが曖昧にぼかされてるから意味のあるシーンなんだろうがよ。資料館にある希望ヶ峰学園のシンボルが描かれた壁を調べてんだよ」

 

 「なんであんなところに目星を付けたのやら。アタシにしてみりゃそこから分かんないよ」

 

 「学園のシンボルを掲げるだけの、何の意味もねえ壁なんか用意しねえだろってことだよ。だいたい、コロシアイの舞台にはこういう仕掛けが付きものだろ」

 

 「ふーん。でもモノクマが用意した罠の可能性だってあるのに、曽根崎も根性あるね」

 

 「けどちゃっかりしてるっつうか、抜け目ないところもあるぜ」

 

 「どこに」

 

 「Enter the name、て名前入れるシーンがあるだろ」

 

 「ああ。あのわけ分からないヤツね。結局あそこで誰の名前入れたのか、本編じゃ分からず終いだし」

 

 「一応ちゃんと決まってるぜ。一発目が六浜なのは書いてあったけどな」

 

 「そこで自分の名前を入れないあたり、抜け目ないっていうか狡猾っていうか。もしドールんの身に何かあったらどう説明するつもりなんだろ」

 

 「単純に六浜が『裏切り者』で希望ヶ峰学園の関係者だから入れたんだろ。まさかここに名前入れただけで死ぬわけじゃあるまいし」

 

 「分かんないじゃんそんなの。だったら自分の名前入れればいいのに」

 

 「そうしねえのが曽根崎だろ」

 

 「で、二度目はちゃんと自分の名前入れてるんだよね。覚悟したとかなんとか言ってるけど」

 

 「黒幕がこの状況を見てるなら、そこにいるヤツの名前を入れたら開くってのもひとつの推理だしな。六浜を実験台にして安全確認もある程度できたことだし」

 

 「三度目でちゃんと開けてんだよね。あれこれ悩んでたけど、結局誰の名前入れたんだろ」

 

 「これは、希望ヶ峰学園が隠してることってことと、曽根崎がどんなネタを追ってたか考えれば分かりそうなもんだけどな」

 

 「なんだっけ」

 

 「マジで興味ねえんだな。カムクライズルだよ」

 

 「あー・・・はいはい。それのあれね」

 

 「興味どころか前提知識もねえじゃねえか!希望ヶ峰の!“才能”研究!人体実験!」

 

 「ああ。そんな話あったね。そんなヤツの名前がなんでここのパスワードになってるわけ?」

 

 「ここに隠してあったファイルは、希望ヶ峰学園の真っ黒な歴史だろ。それもこれもカムクライズルってヤツが絡んでくるから、中のファイルを見て理解できるヤツなら、カムクライズルの名前も知ってるってことだ」

 

 「でもカムクライズルって、元は希望ヶ峰学園の創始者の名前でしょ。誰かが間違って入力しちゃうってことない?」

 

 「細けえこと言うな。今んところ、曽根崎が学園の裏事情に詳しいらしいことを示す伏線がようやく出始めたってところなんだからさ」

 

 「そういえば、ここまでの曽根崎って、なんか胡散臭いけど何が目的か分からない、怪しげなヤツって感じだよね」

 

 「この辺りで、希望ヶ峰学園について調べてるっていうことが分かってくるわけだ。最終章への伏線にもなってるんだ。三章で『もぐら』のことを調べてるときから、学園の裏事情に触れてるような感じは言ってたけどな」

 

 「でもカムクライズル以外のことについてはあんまり調べてないよね。“超高校級の絶望”についても、ファイルを見て初めて知ったみたいなリアクションしてるし」

 

 「そこは、今の希望ヶ峰学園の情報操作が上手く行ってるってことだよな。むしろカムクライズルって名前くらいは流れ出てもいいけど、“超高校級の絶望”の情報が漏れたらそれこそ一大事だろ」

 

 「そもそも今の時代設定っていつなの?原作との時系列が分からないとその情報操作が上手くいってるのかどうかもよく分からないよ」

 

 「一応、一通り絶望関係の事件が収束して、平和が戻ってから数十年って設定だな。オレらにとっての“人類史上最大最悪の絶望的事件”は、画面の前のヤツらに分かりやすく言えば第二次世界大戦みたいなもんだ。そのときの資料は残ってるし歴史として勉強もするが、詳しいことや正確なことまでは常識ってほどには広まってねえし、徐々にその歴史も風化してるって感じだ」

 

 「そこに情報操作も加わってるってことは、本当に大昔の戦争くらいのイメージなんだ」

 

 「だからもし、その戦争の全ての引き金となって、世界を滅ぼそうとした集団がいたってなったら、しかもその集団が日本のある学園を拠点にしてたなんてことになったら、一大事どころじゃねえだろ」

 

 「想像できないくらいとんでもない事態だね」

 

 「そういうこった。だから曽根崎もそこまでは調べられてねえ。っていうか、あいつの目的自体がそことはちょっとズレるからな」

 

 「黒幕はこのことを自力で調べられてかなり焦ったんだね。緊急放送で動機を前倒しするくらいだもん」

 

 「そりゃ黒幕の正体にも関わってくる話だ。焦るだろ。ここで曽根崎が誰かに言うより先に自分ひとりで見てるだけだったからまだしも、全員連れ立って行ってたら、今後の展開丸ごと直さなきゃいけないくらい黒幕にとっては予定外だっただろうな」

 

 「いまいちそこで黒幕の想定内にギリギリ収まるのが、曽根崎の詰めの甘いところだよね」

 

 「想定内どころか黒幕にまんまと踊らされたオレらが言えたことじゃねえけどな」

 

 「うぅん・・・」

 

 「この辺から、曽根崎は黒幕と水面下で駆け引きをするような立ち位置になっていったな。清水と望月の関係性とか、六浜が穂谷や黒幕との対決に苦心するとか、最終章に向けてそれぞれの立ち位置と目的が明確になってきた感じだ」

 

 「まどっちだけは、まだトリッキーが死んだことを引きずってて、前に進めてない状況だね」

 

 「今回はそれが逆によく働いたっつうか、それだけが六浜の計算外だったっつうか。まあこのときの穂谷もまさかそんなことになるとは思ってなかっただろうし、演技と本心は半分半分だったしな」

 

 「まどっちだけは最後まで分からなかったね・・・。そういえば、今回モノクマが急遽用意した動機っていうのも、希望ヶ峰学園でのみんなの記憶でしょ?まどっちだけは記憶取り戻したシーンがなかったような気がするけど」

 

 「事件に直接絡んでもねえし、取り戻してようが取り戻してなかろうが関係なかったから書いてねえ・・・どころか考えてねえだけだ」

 

 「考えてもないんかい!テキトーもいい加減にしろ!」

 

 「学園で一番の記憶ったって、穂谷にとってあんな学園生活の何が一番なんだかって感じだろ」

 

 「別にいい記憶だけじゃないでしょうに」

 

 「五章にもなってきたし、そろそろ希望ヶ峰学園の記憶を一部だけでも取り戻して、真相に近付いていくように仕向けたってだけだからな。もう一回言うけど、穂谷に関してはマジでどっちでもいい」

 

 「普通に言ってるけど、原作からして記憶を書き換えたり奪ったり元に戻したり、超スーパーオーバーテクノロジーだからね」

 

 「一応原作は小説版でその補足はされてるぞ。オレは読んでねえけど」

 

 「QQではどうなってんの、その辺」

 

 「黒幕のスタンスとしては、過去の江ノ島盾子がやったコロシアイの模倣っつうことだから、その辺りの技術とかも模倣してんじゃねーの?希望ヶ峰のどっかに記録くらい残ってんだろ。事実、オレらは記憶奪われてるし」

 

 「記憶にパスワードかけてロックするとか、マジでこんなことまでできたらもっと色んなことできそうな感じがするけど・・・」

 

 「そりゃお前、“超高校級の希望”だろ。それくらいできなくっちゃあな」

 

 「希望の概念がぶっ壊れてる気がする。関係ないし」

 

 「とまあ、記憶を取り戻せるチャンスが訪れたわけだが、モノクマが動機として発表してる以上、怪しいことこの上ねえよな。罠かも知れねえし敢えてそれに従うのも危険なんだが・・・」

 

 「まあ動機貰いに行くよね。展開的に」

 

 「そこばっかりは従わねえと話が先に進まねえからな。バラで取り戻しに行ったら、誰がいつ取り戻してそれを誰が把握してて、ていうのがややこしすぎる」

 

 「でも、二作目ではやってるでしょ。一部だけ動機を受け取らないっていうの」

 

 「そりゃできるだけ簡潔にしてるしな。ぶっちゃけこういう状況で、ひとりだけ周りより情報が少ないっていうのは、それだけで致命的なんだぜ?わざわざ手に入る情報を捨てるって方がバカだと思うがな」

 

 「バカって言うな」

 

 「誰だ今の」

 


 

 「なんだかんだで結局行く流れになるけど、ここで清水が曽根崎に真っ先に賛同するんだよな。ますます主人公ムーブが目立ってきたぜ」

 

 「一章とか二章のときは、みんなが探索や捜査に行こうとするのを清水が面倒くさがって、それを曽根崎が引っ張って連れ出したって感じだったんだけどね。今回は曽根崎が行こうとするのに二の足を踏むみんなを、清水が引っ張って行くって。なんかエモくない?」

 

 「お、有栖川が珍しく晴柳院以外に興味を示した。いいぞいいぞ」

 

 「なんか自分のキャラ守ろうと言い訳してるけど、単純に曽根崎以外の背中押してるだけなんだよな。あの清水がこんな風になるなんてな。なんか感慨深いぜ」

 

 「かと思ったら、資料館に移動してファイルを見てすぐ、なんかの記憶を取り戻してるんだよね」

 

 「まあ主人公だし最初に取り戻してもいいんじゃね?」

 

 「まーた回収する気のない伏線張ってるよこの作者。“超高校級の絶望”ってフレーズで清水が何かを思いだしておけば次話まで引っ張れるっていう浅い考えが透けて見える終わり方だね」

 

 「容赦ねー。実際そうなんだけどな。“超高校級の絶望”と清水になんらかの関係があるっていうのは元々決まってたことなんだけど、そこまでずっぷり絡んでたらそれはそれで困るから、どの塩梅にしようか困った状態で迎えたこのシーンだからな」

 

 「ちなみに手元のカンペだと」

 

 「急にリアルなラジオ感出すなよ」

 

 「本編中で清水が笑ったのはここが初めてなんだって」

 

 「嫌な笑い方しやがったな最初に。大悪人の笑い方じゃねえか」

 

 「アンタが言うな」

 

 「普段からツンケンしてて面倒くさがりだから、笑うシーンなんかなかったんだな。ヒロインは常に無表情だし、感情出したら死ぬゲームかよ」

 

 「原作からして若干その気はある」

 

 「ここの終わり方は引きはあるんだけど、次話読んだらすぐにさっき言った浅ましい考えがバレるから解説もすぐ次に行くぞ」

 

 「ガンガンいこうぜ!」

 

 「次話の頭で、清水が自分が出会った“超高校級の絶望”について話すわけだ。清水からこんな情報が出るのも珍しいな」

 

 「あんまり自分からべらべら喋るタイプじゃないもんね。でも、QQの希望ヶ峰学園じゃ“超高校級の絶望”なんて大した集団じゃないんでしょ?」

 

 「ああ。学園で異質だってだけで清水をこっそり勧誘するような集団だからな。ただの同好会レベルにまで落ちぶれちまった」

 

 「とんでもなく厄介な思想を持った同好会ね」

 

 「だから、むしろこのとき警戒すべきだったのは、この五章でメインになってくるもう一つの集団なんだ。名前こそ最後まで出て来ねえが、そっちに対するカムフラージュでもあったわけだな」

 

 「なってんのかなあ・・・カムフラージュに」

 

 「知らん。カムフラージュったらカムフラージュなんだ」

 

 「実際、QQの話の根幹に“超高校級の絶望”は関わってこないわけだし、むしろ“超高校級の希望”の方がよっぽど厄介だったわけだしね」

 

 「デケえ絶望はもちろん害悪だが、デカ過ぎる希望も人類にゃ付き合いきれねえってことだ。ま、その辺はもっと先の解説役に投げちまおうぜ」

 

 「そだね。この後も立て続けにみんなが記憶を取り戻していくから、そっちの方解説しよう。えっと、“超高校級の絶望”のファイルを読むだけでドールんも記憶を取り戻したね」

 

 「一応ここは、原作の流れをおさらいするところだから、わざわざ二次創作探して読んできてるような読者にとっちゃ、そこまで注意して読むところでもねえんだ」

 

 「でもものによっては、明らかに改竄されてたり嘘が混じってたりする場合もあるじゃん」

 

 「だから注意して読む必要はねえけど、そこに書かれてることが事実かどうかは見ておく必要がある。その創作論破の根幹に関わってくることだからな」

 

 「注意すりゃいいんだかしなくていいんだか」

 

 「で、おさらい中に関係ねえところで笹戸も記憶を取り戻す。これが決定打だな」

 

 「マジで今までもそうだけど、こういう、この後の運命が決まった瞬間とか、知った上で見るとかなり辛い・・・」

 

 「自分のことでもあるしな。分かるぜ。ま、オレは満足して散ったから辛くもねえけど」

 

 「散ったって良いように言ってるけど、アンタは物理的に散らばっただろ。全然美しくない」

 

 「うっせ!うっせ!」

 

 「あっ。ドールんが希望ヶ峰学園の生徒会役員だって言った。今までただの学園側としか言われてなかったのに」

 

 「六浜にとっちゃ、記憶を取り戻したことでようやく『裏切り者』だってことの自覚を得られたわけだ。今まではぼんやりそんな気がしてただけだけどな」

 

 「だからモノクマはドールんから、希望ヶ峰学園の生徒会の記憶も抜いたんだね。自分が役員だってバレるから」

 

 「そのおかげっていうかそのせいでっていうか、六浜は自分が『裏切り者』だってことを黙ってたってことになっちまうから、笹戸みたいに六浜にブチ切れるヤツも出て来らあな。そこも黒幕の計算のうちってこった」

 

 「ナチュラルにトチ狂ってるまどっちが怖い」

 

 「望月の言う通り、希望ヶ峰学園と“超高校級の絶望”は敵対関係にあるから、絶望だなんだっつってる黒幕と学園の差し金の六浜が繋がるわけはねえんだけど、そこら辺がわけ分からなくなってんな」

 

 「でもこのときの笹戸ってもう記憶取り戻してんでしょ?単純にあいつって学園の中の異分子なんだから、それだけで敵視する理由になるでしょ」

 

 「そうだな」

 

 「だからこのときの笹戸って、パニクってるふりしてドールんから離れたかっただけなんじゃないの?もともと持ってた敵意を、絶望と学園がごっちゃになってるふりして処理したっていうか」

 

 「それもあるかもな。どちらにしても、もう笹戸の中でこれから何をするかは決まってたんだから、六浜はここで放っとくべきじゃなかったな」

 

 「ドールんだって自分が『裏切り者』だって気付いて辛いのにさ。っていうかホント、このコロシアイ、ドールんだけめちゃくちゃハードモードじゃない?」

 

 「確かに六浜は最初っからコロシアイを防ごうとあくせくしてたけど止められなかったし、三章でマジで病みかけてたし、後半になってさらに追い討ちかかってるな。でも、コロシアイが誰かにとってイージーモードだったことあるか?」

 

 「それもそっか」

 

 「笹戸がフェードアウトして、今度は原作ゲームじゃなくてアニメ版の復習だな。翼をくださいが聞こえてくるぜ」

 

 「やめろし」

 

 「にしても、ゲームやアニメを知ってる読者なら分かると思うけど、実際に生徒会同士のコロシアイを煽ったのは江ノ島で、カムクライズルはほぼ何もしてねえんだけど、六浜の口からはカムクライズルがやったことになってんな」

 

 「そこは情報操作が生きてるっていう証拠だね。カムクライズル研究を止めさせたいって人たちにとっては、そっちの方が都合がいいもんね」

 

 「六浜からだいたいそんなことが話されたところで、今度は穂谷や晴柳院が失せてったな。穂谷が言ってるアルモニカってなんだ?」

 

 「そういう楽器。ガラスを濡れた指で触って音を出すんだ」

 

 「なんでそんなもんをこのタイミングで欲しがるんだ?」

 

 「聞きたい?呪いの楽器、アルモニカの伝説」

 

 「タイトルだけで腹一杯だわ。なんか穂谷がどんどん破滅的になってってんな。なんで呪いの楽器弾きたくなったんだよ」

 

 「ただ単に作者がネタにしたかっただけでしょ」

 

 「すーぐ知識ひけらかしたがるんだからよ。トリックやらなんやらにもややこしい現象の名前とか心理学効果とか入れたがるだろ。間口が狭まるだろうが」

 

 「それがメインになったらなんかくどいけどね。っていうかアンタのやったことこそまさにそれじゃん。なんだっけ?マリリン・モンロー効果?」

 

 「ねえわそんなもん!あるかも知れねえけど!モンロー・ノイマン効果な!?」

 

 「なんでもいいよ。っていうかアンタがそういうのに詳しいのってなんか意外なんだけど」

 

 「そりゃオレはバリバリ理系だからな!裁判じゃ明尾が解説してたけど、あいつは文系だからあいつが知ってた方がオレには意外だぜ!」

 

 「なみみんは発掘でダイナマイトも使うからね。でもそうか、なみみんは文系でアンタは理系か・・・なんか、そういう分類されるとしっくりこないというか、違和感があるっていうか」

 

 「“才能”だけで言ってっからな。別にどうでもいい」

 

 「おっと。珍しく清水がヅッキーを殴ろうとしてる。女子に手を挙げようとするなんてマジサイテー」

 

 「いや、これは望月が悪いだろ。人殺す可能性があるっつってんだぞ、この状況で」

 

 「ヅッキーの言うことなんだから冗談半分で聞いとけばいいのに」

 

 「冗談に聞こえねえから厄介なんだろうが・・・。ていうか望月は冗談のつもりで言ってねえし」

 

 「結局ここでも殴られたのは曽根崎なんだけど、清水って女子には手を出してないよね」

 

 「まあな。さすがに女子に手をあげるようなヤツだと、味方が誰一人いなくなりそうだからな。一応暴力じゃねえが、ちょっとだけ手を出してるっぽいときはあるぞ」

 

 「なにっ!?やっぱりあいつ見境なく・・・!」

 

 「黙らせるときに顔面を手で覆ったり、手の平で頭を押さえつけたり、ほっぺを引っ張ったり」

 

 「・・・それ、いちゃついてるだけじゃないの?」

 

 「傍目には完全にそうだよな。あいつにしてみりゃ、手を出してるようには見られない程度に加減してるつもりなんだろうが」

 

 「アホだねー」

 

 「爆発しろって感じだよな」

 

 「アンタが言うとシャレにならない」

 

 「そりゃ本編でも言ったことあるけど、シャレのつもりで言ってねえもんな。マジで爆発させてやろうかあいつら」

 

 「闇が深い童貞だ」

 

 「オレもそうだけど、望月も冗談で清水を殺すかも知れないなんて言ってねえんだよな。あいつは自分で必要だと判断したらやるヤツだ。目が違う」

 

 「あんなジト目が?」

 

 「イっちまってる目ってのはイっちまってるヤツにしか分からねえんだよ」

 

 「イっちまってるって自分で言うか。ま、おしおきのリスク考えたらヅッキーがそんなことするわけないってのは思うけど、するわけない、をぶち破って今があるわけだからね。清水がああなるのも分かる」

 

 「その清水だけど、ここで珍しく曽根崎を引っ張って行ってるんだよね。資料館に行く前も言ったけど、前までとは立場が逆転してんの。エモくない?」

 

 「お前、清水と曽根崎のこと好きなんじゃねえの?」

 

 「キモいこと言うんじゃねーよ!アタシそっちじゃないからね!?そんな趣味ないからね!?」

 

 「晴柳院に対する態度見てたら、お前が言うとどっちのことか分からん」

 

 「解説編だからこう言ってるだけであって、本編のアタシだったら絶対そんなこと言わねーし。キモくて喉痒くなってきた。ムヒ塗っとこ」

 

 「悪かったよ。悪かったからムヒ大量錬成すんな。穂谷みたいにこの空間に馴染んできてんじゃねえか」

 

 「便利だねこれ」

 

 「違う作品の二次創作みたいになるだろ。濫用すんなって」

 

 「はい!!次ここ!!みこっちゃんが出て来るシーン!!」

 

 「急だなオイ」

 

 「ドールんとみこっちゃんが植物園で話すシーン!みこっちゃんが毎朝お花を替えてるっていうことと、毎朝同じ時間に来るっていうことと、池に鯉がいるっていうことの3つの伏線をいっぺんに張るシーン!」

 

 「まあ、この時点で事件にどう関係するか分かるヤツはいねえけど、毎日同じ時間に同じことをするって、コロシアイとかミステリではかなりリスキーな行動か、何かの証拠やアリバイになったりすることだよな」

 

 「ルーティンはね。みこっちゃんは素直だからそういうことしちゃうんだよ。それを利用するなんて・・・子供の純真を利用して犯罪するなんて、外道も外道、クソ外道だと思わない!?」

 

 「女子がクソとか言うな。晴柳院お前と同い年だぞ。あと外道に外道かどうか聞くな」

 

 「一応、アンタ外道の自覚はあるんだ」

 

 「ったりめえだ!『もぐら』はクソくだらねえ世の中を闇の底からぶっ壊す!正道、王道、お天道様の下なんか眩しくって歩けっかよ!」

 

 「何言ってんだか」

 

 「スルー止めろ!!口上キメてんだから何かあるだろ!!」

 

 「あとこのシーンでは、後から出て来る笹戸が所属してるヤバ団体の伏線も張ってるんだよね。みこっちゃんのおじいちゃんがやってる宗教団体の下部組織って扱いらしいよ」

 

 「学園に入ったのもコネ、学園にいる間も信者に監視されて、卒業したら家督を継ぐ。晴柳院の人生は雁字搦めだなあ。よくぶっ壊したくならねえな」

 

 「アンタとみこっちゃんを一緒にすんな!その中でも自分なりの自由を見出そうとしてるのが愛くるしいんだろうが!」

 

 「なんでもいいけどよ。四章の途中から晴柳院の家のことについての話がすげえ増えてきたけど、もっと前半にばらつかせられなかったのかね。例えば早すぎる気もするけど、お前にだけは詳しいこと話してるとか、そんなのでもいいじゃねえか」

 

 「しょうがないでしょ。後から生えてきた設定なんだから」

 

 「おいおいおいおい。マジかよ。五章まるごとこの設定ありきなんだぞ」

 

 「笹戸がみこっちゃん狂いのマジキチなのは元々あった設定だし、みこっちゃんの家と希望ヶ峰学園の関係も最初っからあったよ。でも細かい設定は後から生えてきたもんで、『希望の徒』なんて四章書いてる途中に作った設定だよ」

 

 「マジかよ!?急拵えが過ぎる!!」

 

 「ホントだよね。よくこんなんで走りきれたよね。ていうかよくそんな見切り発車で書き始めようと思ったよね、うちの作者」

 

 「大まかな設定だけじゃ事件も裁判も書けねえだろ・・・なんちゅう危ない橋を渡ってたんだ」

 

 「そもそもプロローグを書き始めた時点で三章の途中までしかプロットできてなかったし、もっと前の段階から二作目のこと考え始めてたから、ながら執筆も甚だしい状況で書いてたんだよ」

 

 「集中力0か!」

 

 「まあ、ひとつの話に集中してるところだけは評価してやってもいいんじゃない?」

 

 「いまこの解説編と二作目の方の番外編を平行して書いてんだろうが・・・全然ひとつの話に集中してねえじゃねえか」

 

 「そりゃ、番外編と番外編だから」

 

 「ナメてるよな?番外編ナメてるよな!?いくらキャラ崩壊もネタバレも何でもありっつったって節操は守れよ!」

 

 「人としての節操を踏みにじってるヤツに言われたくないでしょ」

 

 「そりゃお前もだろ!多かれ少なかれオレらが道徳説く立場だと思うなよ!」

 

 「それどんな気持ちで言ってんの?」

 


 

 「望月と曽根崎ってのはどっちも清水とよく絡んでっけど、この二人だけってのはあんまりなかったな。五章になって初めてじゃねーか?なんか新鮮だな」

 

 「どっちもいまいち何考えてるか分からない感じだから、ちょっと怖いよね。しかもヅッキーから清水以外に用事を持って訪ねるなんて、考えられなかった」

 

 「5冊目のファイルっていきなり言ってんぞ。なんで分かったんだ?」

 

 「ヅッキーが説明してるでしょ。4冊のファイルを読んでも記憶が戻らなかったのと、全部戻したときに隙間が出来てたから、もう1冊あるはずだって。それを持ち出した可能性が一番高いのが曽根崎だって」

 

 「六浜のヤツもたいがい勘が良い上に頭がキレるから追い詰められてたときはマジで焦ったけどよ、望月もマジになったらこれくらいのことはできるってことだな」

 

 「普通ミステリって頭良い人そんなに後半まで残らないんだけどね。曽根崎にドールんにヅッキー・・・すごいのが3人もいるや」

 

 「普通そこに清水が入って然るべきなんだけどな。一応主人公だぜ。あんなんでも」

 

 「あんなんだから入れないんだろうが」

 

 「納得」

 

 「それにしても、曽根崎は案外すんなり認めたよね。もっとあれこれ言い訳したり煙に巻いたりするもんだと思ってたけど」

 

 「ただの可能性とはいえ、ここまで確信持って来られちゃ、曽根崎だってお手上げだろうよ。だったらいっそ認めちまって、その上で明確に拒絶するって方が望月には効果的なんだろ。見せないなら見せないなりの理由を提示する。それを納得させれば追及も止まる。望月はそういう人間だろ」

 

 「まあね。普段清水といるときはおちゃらけたりボケボケしたりしてる二人だけど、ガチトーンでこんなやり取りしてるところ見ると、あ、やっぱりアタシたちとは違う世界の人間なんだ、って思うよ」

 

 「だよな。曽根崎は学園の闇の部分を調べてまだ他のヤツらを遠ざけて守ろうとしてるし、望月は望月で・・・ここは六章に関わってくる部分か」

 

 「そうだね」

 

 「まあ隠してもしょうがねえか。望月は望月で学園の闇の部分に自分の記憶があるってことは分かってるわけだから、自分がそれと無関係じゃねえってことも理解してんだろ」

 

 「だから実際このシーンは、曽根崎がヅッキーを学園の暗部に戻ろうとするのを必死に引き留めてるシーンとも見えるわけだ」

 

 「ちょっと前のやり取りだけど、望月もこの言い合いに不毛さを感じてうんざりしてきてる頃合いだからな。曽根崎の意思が固いと分かったら食い下がらずに諦めた。そこに時間を費やすのも無駄だと思ったんだな」

 

 「でも最後にとびきりの爆弾投げて終わってるよ」

 

 「爆弾?オレの?」

 

 「爆弾に反応してんじゃねーよ!ちげーよ!爆弾発言ってことだよ!」

 

 「ああ。“曽根崎弥一郎、お前の記憶はどこにあった?”ってヤツか」

 

 「えっ!?モノマネうめーなアンタ!もっかいやって!」

 

 「“曽根崎弥一郎、お前の記憶はどこにあった?”」

 

 「似てるううう!!(草)何それめっちゃウケる!!アンタそんな特技あったの!?(爆)」

 

 「オレは元来器用な方だからな。声真似くらいどうってことねえよ」

 

 「もっとやってもっとやって!」

 

 「“感情とはヒトという種になくてはならないものなのか?感情が欠如しているとされる私はヒトとして不完全な存在となるのか?”」

 

 「あ、それもうちょっと後のシーンのだからカットで」

 

 「やらせといて急に冷めんな!!!テンションの落差で耳キーンなるわ!!!」

 

 「そこ良いシーンだからアンタのモノマネなんかで先に聞きたくなかったなあ。真似るシーンくらい空気読んで選べよ」

 

 「お前清水の次ぐらいにオレに対して辛辣じゃね?」

 

 「清水は特別。アンタが一番」

 

 「女に一番って言われてこんなに嬉しくねえことがあんのか!!」

 

 「ま、後半の清水と比べたらアンタの方が嫌かもね・・・」

 

 「しみじみ言うなそんなこと!テメエ、オレの心の弱さ知らねえな!?テメエの暴言でまた弾けたらどう責任取るつもりだコラ!!」

 

 「強気なんだか弱気なんだか分からない脅迫してきた!だからアンタがそういうこと言うとシャレになってねえっつってんだろうが!」

 

 「シャレのつもりで言ってねえっつってんだろうが!!」

 

 「だからダメなんだろうが!!」

 


 

 「まーた笹戸と清水が何か話してんぞ」

 

 「ぜぇ・・・ぜぇ・・・ふーっ!」←ツッコミ疲れた

 

 「相変わらず無愛想だし言葉がキツいけど、要するに笹戸に過ぎたこと気にするより目の前のことにブチ当たれ。そのために六浜と仲直りしてこいって言ってんだよな。主人公かよ」

 

 「主人公だろ・・・」

 

 「あと辛いときに我慢すんなとも言ってんな。清水は我慢がなさ過ぎるけど、確かに笹戸は今の生き残りメンバーの中じゃそういう感情を抑え込む方だよな。あとは六浜と晴柳院か」

 

 「みこっちゃんは我慢してるんじゃなくて受け取った感情を自分の中でポジティブに昇華しようと頑張ってるから違いますー。はいお前みこっちゃんにわかー!分かってねー!」

 

 「うぜえ・・・晴柳院クラスタになったつもりはねえよ」

 

 「クラスタで思ったけど、今ここ密室でしょ。アンタとアタシこうやって向かい合って話してるけど大丈夫なの?」

 

 「お前、現実と空想の区別付くだろ?」

 

 「うん」

 

 「そういうことだ」

 

 「めんどくさくなりそうな気配を察して手短に切り上げた!」

 

 「なんなら濃厚接触も辞さない構えだが」

 

 「触ろうとすんな痴漢魔!!」

 

 「あぶねえ!!テメエいま手に針ブッ刺そうとしただろ!!冗談だろうが!!」

 

 「そういう冗談はもう時代に合わないんだよ。痴漢魔は精神的傷害罪なんだからこれは正当防衛」

 

 「痴漢魔じゃねえ爆・弾・魔!!」

 

 「“才能”とはいえ、なんでそこにプライド持てるのかが分からない・・・」

 

 「そりゃお前三章で一通り書いてあった・・・ああ、お前は晴柳院に関係ねえところは読んでなかったんだっけ」

 

 「そうなんだよね」

 

 「そうなんだよね、じゃねー!!読めよ!!逆にだったら五章の話の流れとか分かってんのか!?」

 

 「みこっちゃんの台詞だけ読めばQQの流れ把握できる説」

 

 「できるわきゃねーだろ!どんな作りだ!それもう影の主人公じゃねえか!」

 

 「違うわ!正主人公だろ!」

 

 「それも違うわ!主人公はあの主人公っぽくないバカだろうが!」

 

 「そうだった!!」

 

 「その主人公っぽくないバカが主人公らしくしてるところだってのに、なんで解説せんと漫才やってんだオレらは」

 

 「解説もなにも書いてあることが全てだからでしょ。敢えて付け足すとすれば、作者はこのとき清水を主人公っぽくしてやろうと思って書いてたわけじゃないんだってよ」

 

 「そうなのかよ!?めっちゃ主人公っぽいぞ!?」

 

 「単純に笹戸目線でみこっちゃん以外に可能性があったのが清水だから、絡みが多かっただけ。この章は笹戸が主役のひとりだから、必然的に清水の出番も多くなるでしょ」

 

 「まあな」

 

 「その中で、最終的に笹戸が清水に対して希望の可能性を確信しかけるけど、清水自身にそのつもりがないから惜しみつつもみこっちゃんをクロにする計画を決心する、っていうような流れにしたかったわけ。だから主人公っぽく見えるんだって」

 

 「やけに清水がまともな趣旨のことを言ってると思ったら、笹戸に期待させるためだったのか」

 

 「その前の時点から笹戸は清水に一目置いてたからね。けどこの会話の中で、ドールんと仲直りしろとか死んだ人のことを引きずるなとか、笹戸の考えと決定的に食い違うところもある。だから生かすべきか迷ってたんだ」

 

 「それで最後の質問か。キミは希望を信じる?って」

 

 「また似てる!不意打ちで食らうとびっくりする!思わず刺しそうになった!」

 

 「声だけで!?どんだけ憎いんだよ!あとお前飯出刺したこと全然反省してねえだろ!」

 

 「アタシの前で笹戸の声真似をするな・・・自分でも何するか分からないんだ・・・!」

 

 「やべえヤツじゃねえか。オレが言うのもなんだけど」

 

 「笹戸が最後に清水に質問したのは、その答えで決めようと考えてたからね。希望を信じるって言えばまた違った形になってたかもね」

 

 「でも晴柳院も清水も生かす方法なんてあんのか?クロはひとりだけだろ」

 

 「ないよそんなもん。だって話の流れは決まってるんだから考える必要がないんだもん」

 

 「身も蓋もねえ!ま、清水が希望を信じるなんて言うわけねえしな。自分に失望したとかちょっと上手いこと言おうとしてるし」

 

 「ここの清水、絶対ちょっと主人公っぽい自分に酔ってたよね。普段こんな文学的な言い回ししないもん」

 

 「なー。後からこうやって解説されるとも知らずに。恥ずかしいなwww」

 

 「すんごい尖ったブーメランがブッ刺さった」

 

 「オレは別に自分の発言恥ずかしいとは思ってねえぞ。あれがオレの全部だ!」

 

 「それはそれでヒくけど」

 

 「うるせえやい」

 

 「アタシは自分のところ恥ずかしかったけど・・・」

 

 「まあそれでも、シェイクスピアも知らねえ清水よりは恥ずかしくねえだろ。あいつ中学時代は真面目に勉強してたんじゃねえのか」

 

 「日常生活で触れる機会とか全然ないからね。名前くらいは知ってるけどさ。なんだっけ?メロス?」

 

 「ここにもひでえヤツがいた。一番有名なのっつったらロミオとジュリエットか?」

 

 「あ〜、それも聞いたことある。恋愛映画とかか」

 

 「劇だよ劇!知らなさすぎるだろ!」

 

 「知らねーよ。知識マウント取ってくる男とかウザすぎだし」

 

 「マウント取れる程の知識でもねーわ!ちなみに穂谷が食堂で読み上げてんのはハムレットな」

 

 「ハム?なんか美味しそう」

 

 「あのアホ毛と同レベルじゃねえか!ハムレット!」

 

 「ハムでもベーコンでもいいけど、なんでまどっちは食堂でそんなもん読み上げてんの?」

 

 「一応これも伏線なんだけどな。ハムレットってのは復讐劇だから、穂谷が復讐に駆られてるっていうことの暗示だ。イカレたふりもしてるから分かりづらいが」

 

 「ふーん。他のヤツだと復讐じゃないんだ」

 

 「いやまあ、色々あるだろうけど、オレだって詳しくは知らねえし・・・」

 

 「でも復讐に駆られてるっていうけど、その後仲良くお昼ご飯食べてるじゃん」

 

 「だからイカレてるふりもしてるから、行動が支離滅裂なんだよ。あとここにも伏線張ってあるぞ」

 

 「鯉こく。鯉を使った味噌汁ね。美味しいのかな?」

 

 「どうだろうな。昔は食えるもんならなんでも食ってるイメージあるから、味はそこまで重要じゃねえんじゃねえか?鯉って泥臭いって聞くし」

 

 「湖にはピラルクがいたけど、それ以外の魚がいるなんて言ってたっけ?」

 

 「この鯉は湖じゃなくて植物園の池にいた鯉だよ。笹戸が釣り上げて食っちまった」

 

 「なんでそんなことすんの?」

 

 「あいつ、池にも仕掛け作ってただろ。鯉なんかいたら仕掛けがズレちまうかも知れねえじゃねえか。そういう不確定要素はできるだけ排除するのが、計画的犯行の基本だぜ」

 

 「そんな基本知らねーままでよかったわ」

 

 「ま、逆に鯉を全部釣って食ったせいで、晴柳院が失言することにもなっちまったんだけどな」

 

 「テメーでみこっちゃんハメといてテメーで墓穴掘ってんじゃ世話ねーな」

 

 「マジで何がどう転ぶか分からねえから恐ろしいぜ・・・」

 

 「うわっ。まどっちがジュースを手につけてなめて手につけてなめて・・・見てらんないもう」

 

 「思い付く限りの気が触れた行動をしてんな。手を汚しますって、はっきりと殺人宣言してんのにまともに取り合われてねえあたり、もう既に穂谷の作戦は半分成功してるようなもんだよな」

 

 「生き残るためになんでもするってこういうことなんだろうね。アタシにはできないわ・・・」

 

 「オレももっと念入りに準備するべきだったか・・・。数年も経ってるって気付くのが遅すぎた。ちっ」

 

 「ちっ、じゃねえ」

 

 「そんなドタバタのやり取りの後で、晴柳院が一言。これも後々笹戸が回収する伏線だな」

 

 「この昼ご飯の間にいくつ伏線張るんだよ。それ用のシーンじゃん」

 

 「当たり前だ。全部のシーンにこういう伏線かなんかが仕込まれてんぞ。意味のねえシーンなんかねえからな」

 

 「意味のない件はあるけどな」

 

 「そりゃ意味がないからカムフラージュになるんだろうって。意味があるものばっかじゃ息が詰まるだろ。詰まったら抜かなきゃしょうがねえから、息抜きが必要なんだよ」

 

 「確かにそうだけど・・・この企画自体がめちゃくちゃ息抜いてるんじゃないの?」

 

 「それな」

 


 

 「清水が独白部分で考えてることも、初期とはだいぶ変わってきたね。本格的にここから出ることとか、黒幕とのこととか考えてるね」

 

 「相変わらずモノクマには弄ばれてるけどな」

 

 「ここから先はヅッキーが清水と話す大事なシーンだよ。今まで正体が分からなくてどんな秘密があるのか、その兆しも見えてなかったヅッキーの秘密に一気に迫るシーンでもあるから大事だよ」

 

 「そうだよな。オレらはオチまで知ってっから、振り返りながら見ててもなんとなく納得するけど、それも知らずに見てたら、こういう人間なんだなってしか思わねえよな。別に人間味が出て来てるわけでもなく、なんでそんなヤツがヒロイン枠に収まってんのか分からねえよな」

 

 「自分から清水の部屋を訪ねて、多目的ホールに誘う。今までのヅッキーだったら、誰かに言われてそうすることはあっても、自分から相談なんてしなかったよね。自分ひとりで結論出して、勝手に行動するタイプだったから」

 

 「その辺もちょっと変化が起きてんのかなあ。清水ほどじゃねえけど、望月も少しずつ真人間に戻っていってるのかも知れねえな」

 

 「そんなヅッキーの気持ち、というか思いというか考えも知らねえで、あのアホ毛はアーミーナイフなんか持って行ってやがるんだ!何考えてんだ!」

 

 「いや、普通は護身具ぐらい持ってくだろ。この状況で」

 

 「どうせ本当にヅッキーが何か仕掛けてても、清水がこれを使い熟せるわけねえじゃん!」

 

 「だろうな。脅しくらいにしかならねえだろうけど、望月にそれが通じるかも分からねえし」

 

 「ていうか、そんなにビビってんなら行かなきゃいいのにね。ホールに近付くほどビビりまくって、あれやこれやありもしないことを想像するくらいだったら、部屋で寝てればいいじゃん。それが清水じゃん」

 

 「一章とか二章だったらそうしてたかもな。でももう五章で、清水はそうしなかった」

 

 「ホールに近付けば近付くほど不安なこと考えてるし、ヅッキーが裏切るってことをほぼ確信してるのに、なんで清水は戻らなかったんだろ」

 

 「んー、どう説明しても清水自身は否定するだろうけど、清水は望月を裏切れなかったんだろうな」

 

 「へ?そうなの?」

 

 「望月が罠を仕掛けてるかも知れねえってことにビビってはいるけど、清水が一番ビビってんのは、望月に裏切られるかも知れねえって部分だな。それは単純に騙されるってことだけじゃなくて、望月だからビビってんだと思うぜ」

 

 「なにそれどういうこと?」

 

 「地の文で否定こそしてっけど、清水は望月が心配だったんだろうな。マジで相談したいことがあるってんならもちろん心配だろうし、そうじゃなくて清水をハメようとしてるってんなら、あの合理的な望月が殺人を実行しようとするくらい追い詰められてるってことまで考えて、心配してんじゃねえかな」

 

 「なんじゃそれ!それさ!清水ヅッキーのこと超好きじゃん!」

 

 「いや、う〜ん、どうかな。主人公力上がってるこのときだからこその判断かも知れねえな。ついぞ清水自身もこの判断の理由を分かりかねてたし」

 

 「ふーん。ま、なんでもいいけど、アタシはこの後のヅッキーの嬉しそうな顔見られるなら」

 

 「いや、無表情だろ」

 

 「はぁ〜〜〜」

 

 「なんだよそのクソ深えため息は」

 

 「これだもんな。女の子の気持ちが分からねえからアンタはいつまで経ってもクソ童貞のままなんだよ」

 

 「あいつの表情読み取るとかハードル高えわ!」

 

 「自分でも言ってるけど、夜中に呼び出されてのこのこ行くなんて判断、非合理的なんだよ。だからヅッキーだって来るとは思ってなかった。でも清水はちゃんと来た。それがヅッキーは嬉しかったんだよ。自分が嬉しいっていうことは分かってないけどね」

 

 「なんじゃそりゃ」

 

 「そもそもヅッキーだって、相談するなら清水って言ってたでしょ。単純に悩みを解決することだけを考えたら、清水だけじゃなくてドールんや曽根崎にも、なんならみんなに話した方が効率良いでしょ。なのに清水だけを呼び出して打ち明けたって時点で、この自分以外全てを疑わなきゃいけない状況の中で、清水のことを信用してるって証拠なんだよ」

 

 「急に語り出すなよ。まあ確かに結構前のっつっても動機だからな。自分の動機はさすがに他人にゃ見せられねえよな」

 

 「全世界に公開されたアタシの身になれ」

 

 「そう言えばそうだった」

 

 「ちなみにアンタのはどんな秘密だったのさ」

 

 「今言いたくねえって話をしたところなんですけど!?」

 

 「ヅッキーもアタシも公開してんだから、アンタも言え。いいから言え。ちょっとは場が持つだろ」

 

 「人の秘密を繋ぎ程度に使ってんじゃねえよ!」

 

 「どうせアレだろ?実はテロリストでした的なことだろ?もうだいたいみんな分かってんだから言えよ」

 

 「別に大したことじゃねえよ。『もぐら』のことをニュースで見てケラケラ笑ってるヤツらとか、『もぐら』を崇めて勝手な活動してるようなヤツらの映像しかなかったよ。そんなヤツらがどうなろうが、オレには関係ねえことだ」

 

 「『もぐら』にもファンがいたんだ。テロリストなのに」

 

 「ハンパなヤツらは全世界を敵に回すがな、どこまでも突き抜けて狂ったヤツってのは妙なカリスマ性を持つもんなんだよ。だからってあいつらを殺されたところで、オレはなんとも思わねえ。オレの目的は手下を増やすことじゃなくて、『もぐら』という恐怖を全人類に植え付けることだからな」

 

 「うわー。じゃああいつらアレじゃん。いざというときにアンタに捨て駒にされて、喜びながら死んでくヤツらじゃん」

 

 「うん、そうだけどオレそんなことしないからな?っていうか、捨て駒にもならねえよ。オレは利用できるヤツは利用するが、自分に従うヤツを信じる気にはならねえ」

 

 「なにそれ?」

 

 「人に従うヤツってのは基本的になんかの見返りを求めてるんだ。オレは誰にも何も与えるつもりはねえから、そんなヤツらについて来られても困る。だから信じてたって意味がねえから信じねえんだよ」

 

 「でも滝山のことは信じてたじゃん。だからドールんや曽根崎を殺し損ねたとき、あんな怒ってたんじゃないの?」

 

 「お前、新品で買ってきた包丁がトマトも切れねえなまくらだったら怒るだろ?」

 

 「うーん、そだね。はあ?って思う」

 

 「そういうこった」

 

 「分かった。あんたが人間のクズだってことが」

 

 「オレこんな暴言吐かれるほどひでえことしたかな!?解説しかしてなくねえかな!?」

 

 「自分の胸に手ェ当ててみれば?」

 


 

 「あ゛っ!!またイチャついてやがるぞあの二人!!」

 

 「この流れのどこでイチャつくチャンスがあったんだよ」

 

 「ここだよ見ろよ!イヤホン!二人で片方ずつ付けて!!青春の模範例かよ!!ちくしょー!!」

 

 「マジでアンタ、こんなシチュエーションでそんなこと気にしてられる?これからヅッキーに動機見せられるってのに」

 

 「いいよなあ。有線のイヤホンだからお互いに距離つめなくちゃいけなくて、同じ音楽を共有して密着するっていう、もうビンビンの状態!ワイヤレスイヤホンが普及してきた今じゃ、そんな光景も様変わりしてきてんだろうなあ」

 

 「アンタ、童貞のくせにオッサン臭えこと言うなよ。きっしょ」

 

 「きもいって言われるよりきしょいって言われる方がなんか精神にくる。なんだろうこれ」

 

 「ていうかイヤホン共有で青春感じてるんだったら、その前に夜中に二人きりで密会してる方がよっぽど青春っぽくない?」

 

 「それはいきすぎだ!それはもう甘酸っぱいじゃなくてなんかもう、エロい!そこの塩梅間違えると下世話になる!」

 

 「なんなんだよアンタ・・・マジでさっきからきしょいんだけど」

 

 「この繊細な感覚が分からねえから一章退場するんだよテメエは!」

 

 「繊細な感覚が分かるから飯出にムカついたんだろうが!アンタの方が暴言質悪いぞ!」

 

 「甘酸っぱい青春を過ごしたいって気持ちが分からねえのか!?分かるだろ!?男子だけじゃなくてそりゃ女子にもある気持ちだろ!?あるって言ってくれよ!!」

 

 「・・・そりゃまああるけど」

 

 「勝った!」

 

 「勝ってない!」

 

 「はあ・・・できたらいいなあ。あんな青春、こんな青春、恋愛だの部活だの友情だのといっぱいあるけど・・・オレだって爆弾とテロリズムに青春を注いでなけりゃ、もうちょっとマシな高校生活を送れてたんだろうが」

 

 「ちょっとそこからの軌道修正は前例がなさ過ぎて無理だわ。引きこもりが可愛く見える」

 

 「天体観測っつったら青春の王道の1つって感じだよな。やなぎなぎもそんなようなこと言ってたぞ」

 

 「それボーカルの人の別名義な。あの人の言葉ってわけじゃねえから。むしろ作詞家の言葉だから」

 

 「望月のこの天体観測は、時期とか時間帯とか、実際に観測できるようなものに合わせてあるらしいぞ。あんまよく知らねえけど」

 

 「この光文ってなに?平成の次を勝手に予想してたの?」

 

 「まだこの時は代替わりの話固まってねえよ。光文ってのは昭和の次の元号の候補だった没元号だ」

 

 「なんでそんなもん知ってんだ・・・」

 

 「わざわざ調べたらしいぜ?平成っつっちまうとなんか現実感が出て来て嫌だったらしい」

 

 「よく分からん・・・」

 


 

 「さ!ここはものすごい重要なシーンだよ!ヅッキーの動機ビデオ!今までのコロシアイ生活の中で見てきたヅッキーからは想像できないようなきゃぴきゃぴしたヅッキー!アリ!!」

 

 「ありなのか」

 

 「普段とテンション違う友達を見ると、なんかにやにやしちゃうよね。学校と家とでキャラ違う人とかよくいるじゃん」

 

 「そういうの恥ずかしいところなんだから放っといてやれよ。っていうか望月のこれはそれとは全然レベルが違えだろうよ」

 

 「もはや別人だよね。見終わった後の清水だって、顔を見ても本当に同一人物か疑ってたもん。捏造も」

 

 「まあ衝撃だわな。ちなみにこれは最初っから決まってた流れだ。望月は過去にいろいろあって、普通の女子からこういう感じになった」

 

 「ヅッキーは自分と動画の中のヅッキーの違いで、“才能”が全然成熟してないっていうところを挙げてたけど、もっと根本的なところだよね」

 

 「清水も、やけにあっさりその結論に辿り着いた。この状況だからそんな発想がすぐ出て来たのか、普通“才能”と感情を交換したなんて発想思い付かねえだろ」

 

 「なんか清水もそれっぽいもんね。清水も昔はまともなヤツだったんでしょ」

 

 「そうだな。努力家っていう“才能”は中学時代のあいつに対してつけられた称号で、そのときの清水は真面目に勉強頑張る、まあ可愛らしいガキだったらしいぜ」

 

 「想像できねえ・・・」

 

 「挫折の経験を経て性格が捻くれて、努力も止めたから結果的に“才能”を捨てたことにもなった。望月のそれとは全然形は違えが、“才能”を捨てて性格が捻くれた清水と、感情を捨てて“才能”を伸ばした望月は確かに対照的だな」

 

 「さっきの序盤の曽根崎と清水の対比とか、今のヅッキーと清水の過去の対比とか、清水の周りには逆の人間が集まってくるの?」

 

 「単純に主人公だからだと思うけどな。そもそも対比を前提としてキャラ作りとか話作りしてねえし。解釈次第だろ」

 

 「その後ヅッキーは感情とは何かっていうことについて語ってるけど、やっぱりそうやって論理で割り切れるものでもないよね。アタシもアンタも、かなかなもトリッキーも、感情が抑えきれなくてコロシアイなんかしちゃったんだもんね」

 

 「人間らしい方がいいのか?って、これ論理的な質問なのか?望月に感情があるのとないのと、清水がどっちを好きかってのは望月にとって合理的に必要な情報だったのか?」

 

 「どうだろう。ちょっとからかってるような感じもするけど、純粋に知りたがってるようにも見える。どっちにしても、最初の頃のヅッキーよりはちょっと感情的な質問に見えるな。それって、ヅッキーが清水たちに感化されて感情を取り戻しつつあるってことなんじゃないかな」

 

 「清水だってだいぶ丸くなったんだし、そうかも知れねえな。望月自身もそれに気付いてねえようだが」

 

 「はーーー!ヅッキーと清水マジでなんなの?てか清水がなんなの?なんであのクソムカつくチビアホ毛がこんなアタシに刺さんの?無理」

 

 「どうしたどうした急に」

 

 「人間としては徹底的に嫌いだけど人生が性癖」

 

 「解説の相方がぶっ壊れた!どうなっちまうんだァ〜!」

 

 「アタシこのときだけはモノクマに共感しちゃいそうだわ。モノクマは同時に植物園の方の映像を観てるわけだけど」

 

 「あ、そっか。笹戸が色んな下準備をしてんのって、この時間帯だったのか」

 

 「多目的ホールで清水とヅッキーがこんないちゃこらしてる裏で、笹戸は笹戸で自分のイカレた使命のために植物園に罠を仕掛けてたんだよ。それと、裁判の最後に流れるあのクソ映像も、このときに録ったもの」

 

 「もしここで、寄宿舎を出る清水とか、寄宿舎に戻る二人と鉢合わせてたら、笹戸の思惑が外れてもうちょっと違う展開になってたかも知れねえんだがな」

 

 「そういうたらればの話をしても意味ないんだよ。現実だけがたったひとつの・・・あれ、現実」

 

 「上手いこと言えねえんだったらかっこつけんなよ。そもそも二次創作のスタートってたらればだろ」

 

 「そうなんだけどね」

 

 「そして次の日の朝。話のスタートはいきなり不穏なモノローグからだ」

 

 「言葉遣いからみこっちゃんだって気付いた人はたくさんいたんじゃないかな。たまにこういう、誰が喋ってるか分からないモノローグを挟むことはあるけど、すぐに誰かバレちゃうことって結構あるよね」

 

 「晴柳院なんかは関西弁出たら一発でバレるもんな。だからここのモノローグは、普段と違って関西弁を使わないような言い回しに替えたり苦労したんだぜ」

 

 「ギリギリまどっちかドールんにも見えるか・・・?笹戸もなくもなくないか?ぐらいだね」

 

 「笹戸は死亡フラグがビンビンに立ってたから、ここでの死が予想通りって人も多かったそうだ。ぶっちゃけここまで話が進んで人数も減ってたら、誰が死んでもおかしくねえが」

 

 「モーニングコールが死体発見アナウンスって最悪だね」

 

 「おまけに穂谷のフライパンシンバル付きだぜ。なぜだかこのフライパンはウケたな」

 

 「ちなみにここのまどっちのモデルは、魔法省でシリウスを殺した後のベラトリックスだよ。というかあの世界観イメージ」

 

 「細けえ。確かにあそこはファンにとったら印象的なシーンだけど、観てねえヤツからしたらなんのこっちゃだろ」

 

 「ウケたんだからいいじゃん。一応このとき、寄宿舎には清水とヅッキーとまどっちがいて、ドールんとみこっちゃんと曽根崎と笹戸がいない。死体発見アナウンスは三人が死体を見つけたら鳴るから、その中のひとりが死んだってことが分かるんだね」

 

 「いや、清水と望月と穂谷の誰かが発見してたらそうとも限らねえぞ。五章にもなってそんな単純な見落としをするようじゃまだまだだな」

 

 「そんな悪いことアタシには考えつかない。だって死体発見して黙ってる必要がないじゃん」

 

 「色んな状況があるんだよ」

 

 「まどっちはフライパン叩いて訳分かんないこと言ってるけど、植物園から煙が立ってるのを見て事件現場を冷静に判断してんだよね」

 

 「それも、半分は正気っていうことの表れだな。穂谷は元来賢くねえわけじゃねえから、それくらいの推理はすぐにできる。狡猾とも言うが」

 

 「最初に泣き崩れてるみこっちゃん。次に無力感に苛まれてるドールん。最後に死体を前にして追悼する曽根崎。敢えてひとりひとりを出して、誰が死んだか最後の瞬間まで分かりづらくするやり方だね。五章にもなったら曽根崎が死んでてもおかしくないし」

 

 「さすがに笹戸の死亡フラグもあからさまだったからな。せめてギリギリまで引っ張って読者をハラハラさせようっていうささやかな抵抗だ」

 

 「ささやかすぎない?」

 

 「イイ感じの演出になったんだから結果的にはいいんだよ。今回の非日常編は死体発見直前から裁判直前まで一気に行く必要があるから、シーンもぽんぽん進んで行くぜ」

 

 「でも今回の事件は、証拠品も少なくしようっていうコンセプトだったんでしょ」

 

 「事件の構造的に、クロが証拠隠滅をしたり嘘を吐いたりできなかったもんな。被害者が死ぬのと同時に証拠品も一気に隠滅、もしくは見つかっても何がなんだか分からねえ状態にしちまうしかなかったんだ」

 

 「それで火か。考えたくもないけど、焼死ってどんな感じなんだろうね」

 

 「まずは煙や一酸化炭素で窒息して頭が痛くなったり眩暈がしたりしてその場から動けなくなる。意識がもうろうとしながらも、熱で全身が燻されるような感覚がして」

 

 「なんでそんな事細かに説明できんだよ!焼死経験者か!」

 

 「ねえよ!想像だ!」

 

 「想像かい!」

 

 「コロシアイなんてだいたい想像で書いてんだから焼死の体験くらい想像で書けなくてどうするってんだ。ある程度知識をベースにしたり、調べて書くこともあるけど、結局は自分が経験したわけじゃねえから、想像するしかねえよな。殺し方とかおしおきのシーンとかは100%想像だぞ」

 

 「物書きは自分が経験したことしか書けないなんて言ってる人いたけど、んなわけないじゃんね」

 

 「そういうこと言うのは、そいつが想像してものを書くこともできねえ乏しいヤツだからだよ。経験したことしか書けなかったらウチの作者は命何個持ってんだよって話になるだろ。何人入ってるんだよ」

 

 「ま、言うヤツがバカだってことよ」

 

 「その後はいつものように、モノクマが出て来てファイルをもらって捜査を始めて・・・すっかりこの一連の流れにも慣れたもんだ」

 

 「そりゃもう5回もやってるからね」

 

 「こういう現場に慣れてる“才能”のヤツがいるわけでもねえしな。死体に慣れるってのも嫌な気分だろうが、まあ慣れちまえばどうってことねえ。たまに道端でどら猫が死んでるのと大差なくなる」

 

 「アンタの場合は訳が違うだろ。自分で殺してんだろ」

 

 「お前だって殺しただろうが」

 

 「ウッ」

 

 「アリバイ確認は早朝ってこともあって随分とスムーズだ。捜査の人手が足りてねえから、そんなことに時間食ってる場合でもねえんだが」

 

 「みこっちゃんの気持ちを考えたら胸が痛いよ。いつものようにお花を交換しに行ったら、いきなり大音量の音楽が流れて火事になって、死体発見だもん・・・。もうコロシアイをしないために慰霊壇を植物園に造ったのに、その植物園でコロシアイが起きるなんて・・・」

 

 「大音量の音楽とか火事とか、原作の五章とそっくりだな」

 

 「その辺は裁判編の解説で言う予定だけど、先に言うと共通項がこんなに多くなったのは偶然なんだってよ」

 

 「嘘だろ」

 

 「本当だよ。火事はクロの考え的に外せなかったし、音楽も使えそうだったから使っただけだし、毒もちょっとは意識したけどもともと植物園なんだから毒性植物の栽培室も予定としてあったし」

 

 「う〜ん、なんか気持ち悪いな。原作の五章と似てて、しかも笹戸は白ワカメを尊敬してんだろ。偶然にしてはできすぎてるような・・・」

 

 「逆に寄せてるんだとしたら、一番大事な槍がないでしょ。あれがあったら確信犯かも知れないけど」

 

 「槍・・・釣り竿って槍っぽいよな」

 

 「無理矢理だな!なんでアンタがそっちに寄せてくんだよ!」

 

 「その方がなんか物書きとして上手っぽくね?その方がいいじゃんか」

 

 「そりゃそうだけど、こじつけ過ぎると逆に白い目で見られるよ」

 

 「うぬん」

 

 「みこっちゃんの後はまどっちに話を聞くシーンだね。フライパンはここで磁石に気付かせるために持たせたんだけど、シンバルとして使ってた方がウケが良かったのは意外だったって」

 

 「よく朝起こすときにフライパンをお玉で叩くヤツあるけど、あれ実際やるとめちゃくちゃうるせえからな。普通に近所迷惑だから止めた方がいい。両方傷つくし」

 

 「家でコソコソ爆弾作ってるヤツの方がよっぽど近所迷惑だけど」

 

 「いちいちうるせえな!お前オレになんの恨みがあるんだよ!爆弾魔にだって人権はあるんだからな!」

 

 「他人の人権を侵害してまで守る爆弾魔はいねえよ!」

 

 「正論で殴られた」

 


 

 「ドールんも言ってるけど、火を使うと証拠品が全部燃えちゃって、手掛かりが何も残らなくなっちゃう可能性があるんだよね。そこまで考えて焼死を選ぶっていうのは、合理的かも知れないけど、普通の思考回路じゃないよね」

 

 「焼け死ぬのはしんどいだろうからな。しかも毒キノコで動けなくするおまけつきだろ?」

 

 「ホント、今回の事件の犯人はヤバいよ。いくら自分の信条のためとはいえ、そこまでできる?」

 

 「ん?この事件のクロはハメられただけだろ?むしろ笹戸の方が・・・」

 

 「みこっちゃんはただハメられただけで全ては笹戸が企んだことなんだから事件の犯人はみこっちゃんじゃなくて笹戸って言うのが正しいだろうがよ!!(一息)」

 

 「見え透いた地雷を踏み抜いてしまった・・・わりいわりい。確かにまあ、お前の言うことも分かるけど、モノクマはそうは考えてくれねえみたいだったぜ」

 

 「それがこのコロシアイの理不尽なところだよ・・・。というか、この手法もスーダンのパクリでしょ」

 

 「パクリだけど実際やろうとすると大変なんだぜ。どうやったら自覚の無いままクロに仕立て上げて、なおかつ自白に近しい発言を控えさせるかとか。だってクロ自身も事件を解決するつもりでいるんだからな」

 

 「みこっちゃんはピュアだから全部自分の覚えてることは言っちゃったからね・・・それが裏目に出るんだけど・・・アタシそこの解説じゃなくてよかった。たぶん耐えられない」

 

 「今も全然耐えてるようには見えねえんだが。でも次の解説編の担当はまさに」

 

 「ぎゃーーーーっ!!!うるせーーーーー!!アタシは現実を見たくねえんだ!!逃避してんだから邪魔すんな!!」

 

 「なんちゅう開き直り方だ。現実逃避って自分で言ってんじゃねえか」

 

 「受け入れたくない現実からは逃げるに限る。どうしたって現実は変えられないんだから」

 

 「完全に闇落ちしたヤツの台詞だ。現実は変えられねえが、現実に生きる人間は変えられるぜ。主に暴力によって」

 

 「アンタの暴力はクソ陰湿だから余計に質が悪い」

 

 「陰湿じゃねーよ!この上なくド派手だわ!!」

 

 「こそこそしてんのが陰湿なんだよ。だいたい『もぐら』って名前も陰湿の表れだろ」

 

 「お祭り時空だからって堂々と人の裏を名指しで詰ってきやがってェ・・・!!」

 

 「裏とか言うな。薄っぺらくなるぞ」

 

 「おいそんなこと言ってたらもう裁判直前だぞ。証拠が少なくなってる中で、どろどろに溶けたプラスチックとか、黒焦げになった缶とか、もうそんなしょうもない証拠しか手に入らない状況なのに!」

 

 「証拠がない中での裁判だからどうなることかね。どうやって答えまで辿り着いたのか忘れちゃった」

 

 「近いうちにまた解説編が上がるはずだから待っとけ。その前にハワイ旅行を挟むけどな」

 

 「ハワイ旅行の方の筆が重いんだよ。解説編も1年くらい間あけてさ。計画性がないよ」

 

 「やめたれ。少なくとも毎日ちょっとずつ頑張ってんだからよ」

 


 

 「最後の場面は、曽根崎と清水がエレベーターに乗るところで終わりだね」

 

 「何がどう転ぶか分からねえ上に、隣にいるヤツが犯人かも知れねえのに、この二人はずいぶんと互いを信用してんだな」

 

 「信用というか、清水はある意味裏表がないから疑う余地がないってだけだけどね。曽根崎にかかればカマかけも余裕でできるし」

 

 「そうか。曽根崎の方は最初から胡散臭いムーヴ全開で、疑ってかかってもどうせ煙に巻かれるだろうから、論理的に追い詰めるしかねえのか」

 

 「まだこれまでを振り返るには早いけど、この二人の関係性も最初の頃と比べたらだいぶ変わったよね。このまま最後まで良いコンビで終わればいいんだけど(フラグ)」

 

 「そのフラグは止めろ!」

 

 「さ。解説編の仕事も終わったし、早いところ帰ってみこっちゃんと遊ぼ。こんなヤツといつまでも密でいられないし」

 

 「こいつマジブレねーな・・・」

 

 「まあでも、どうなることかと思ってたけど、思ったより楽しかったよ。また機会があったらちょっと考えてやってもいい」

 

 「そりゃありがてーこって」

 

 「考えるだけだからな!次こそはみこっちゃんと解説編がやれなかったらアタシは絶対に受けないからな!」

 

 「受ける受けないの意思はお前次第じゃないんだよなあ」

 

 「うるせー!だったらアタシは民意を味方に付ける!次はアタシとみこっちゃんの解説編が見たいと思ったらいいねを──」

 

 「最悪BANされそうな発言はやめろ!!お前オレより過激なことしてんじゃねーか!!」

 

 「うるせー!!結局あの一章の後からみこっちゃんと会ってねーんだよ!!何年越しだ!!」

 

 「別時空だっつってんだから時間の話するんじゃねーよ!!ややこしくなるだろうが!!」

 

 「みこっちゃんに会いたいよー!!抱きしめてなでなでしてストレス癒したいよー!!」

 

 「まあこんなことになってるが、なんだかんだで2回も解説編をやり抜いたわけだ。そろそろ晴柳院に会わせてやってもいいんじゃねえかとオレは思うけどな」

 

 「急になんでデレた」

 

 「デレてねえ!!まあいいじゃねえか。どうせ次の晴柳院の解説編は相方じゃねえんだから。でも、何らかの形で関われるかも知れねえぜ?」

 

 「あんまテキトーなこと言うと縫うぞ」

 

 「いやいやいや!望月と滝山の解説編のときに六浜が一応出てただろ!ああいう感じで一緒にやれるかも知れねえぞ!」

 

 「ガラス一枚隔ててんじゃ嫌だ!嫌だああッ!!」

 

 「注文が多いな」

 

 「みんな覚えておいてよ!みこっちゃんが次解説編やるときにアタシが出て来なかったらもう出るとこ出るから!訴訟モンだから!」

 

 「出るのか出ねえのかややこしいな。っていうか一ヶ月は先になるだろ。覚えてねえよ」

 

 「覚えてろよ・・・!地べたを這いドロ水すすってでも解説編にもどってきてやる・・・!」

 

 「かつてない勢いで殺意が強い。なんちゅう顔してんだ」

 

 「とっととこの回を終わらせろ・・・!アタシの理性が残ってるうちに・・・!」

 

 「乗っ取られるヤツみたいなこと言いだした!そろそろオレも身の危険を感じるから終わらせるぜ!なんだかんだ長いこと読んでくれてありがとうなアリ共!」

 

 「ありがとうね!こんなヤツとの解説でなんかゴメンね!」

 

 「うるせえよ!つうわけでここまでは、史上最悪の爆弾魔、屋良井照矢様とォ!!」

 

 「みこっちゃんをすこ!れよ!有栖川薔薇でお送りしたよ!!」

 

 「あばよ!!!(迫真)」

 

 「じゃあね!!!(激昂)」




解説編ももう五章に突入してしまいました。本編も長かったですが、解説編も長くかかりますね(1年間完全に停止してましたし)
こうなってくると感慨深いものがあります。やっぱりひとつのことをやり切る、書ききる、イキキルってすごいことですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五章「傀儡の炎に罪を拾う 後編」

 

 こちらは、『ダンガンロンパQQ』の解説になります。

 本編を読了していることを前提に執筆しているため、本編についてのネタバレが多分に含まれています。

 まだ本編を読まれていない方はご注意ください。

 


 

 「みなさんこんにちわあ。“超高校級の陰陽師”の晴柳院命ですう。今回の解説編はうちが担当しますよ。そして、一緒に解説をしてくれるんはこの人です」

 

 「ちょっと!なにこれ!?なんでボクと晴柳院さんのエリア分断されてんの!?」

 

 「時勢です」

 

 「時勢ってこれアクリル板じゃなくて鉄格子じゃないか!どことなく僕側の方が内側っぽいし!なんでこんな面会みたいな感じになってるわけ!?」

 

 「うちは普通にアクリル板くらいでええ言うたんですけど、有栖川さんと六浜さんが絶対にこれくらいはせなあかんて聞かへんくて。そんなことより笹戸さん。はよ自己紹介せんと皆さん誰だか分かりませんよ」

 

 「いま晴柳院さん名前言ったよ」

 

 「あっ」

 

 「(かわいい)」

 

 「え、ええからはよしてください!」

 

 「うぅん・・・まだ納得いってないけど・・・。えっと、みんなこんにちわ。僕は“超高校級の釣り人”、笹戸優真だよ。今回は晴柳院さんと一緒に五章後編の解説編を担当することになったから、楽しみにしてきたんだけどこの状況に面食らっているところだよ」

 

 「はい、結構です」

 

 「で、この檻はなんなの?僕、投獄される心当たりないんだけど」

 

 「ほんまですか?自分の胸に手ぇ当ててみてください。ほんまに笹戸さんは投獄されて鞭打ちになる謂われがありませんか?」

 

 「僕この後鞭打ちされんの!?本当にないって!」

 

 「もう感想欄では非難囂々ですよ。笹戸さんに恨みを抱かなかった人はいないってくらい」

 

 「そうなの!?いや、どんな最悪な悪役キャラにだってファンはいるんだよ。僕だってそりゃ晴柳院さんとかに比べたら少ないかも知れないけど、悪く思ってない人のひとりやふたり」

 

 「いてません」

 

 「ばっさり!!」

 

 「まあ、今回はちょうど・・・というか作者の悪意で、笹戸さんが恨まれる原因の回をうちらで解説することになりましたから。ここで笹戸さんの悪行を振り返っていきましょう」

 

 「前回の解説編のラスト時点で、僕もう死んでるんだけど・・・。ていうか、それとこの鉄格子の何の関係があるのさ」

 

 「せやから、笹戸さんは放っておいたらうちに何するか分かりませんから、別の部屋にするかせめて仕切りを付けてくださいってお願いしたんです。そしたら、有栖川さんと六浜さんが来て色々話し合った結果、こうなりました」

 

 「最悪の結果に!!せめて仕切りって話がなんで鉄格子になるの!?」

 

 「ちなみに笹戸さん、鉄格子に触ってみてください」

 

 「え?なに・・・?怖いんだけど」

 

 「はよ」

 

 「晴柳院さんが怖い・・・いや、怖くないんだけど、なんかいつもと雰囲気が違ってヘンだ・・・じゃ、じゃあ触るよ。えい」

 

 【WARNING!!WARNING!!】

 

 「え!?え!?なにこの音!?こわ・・・うわーーーっ!!?」

 

 「どらあ!!この野郎!!大人しくしやがれ!!」

 

 「いたたたた!!なにこれなにこれなにこれ!?いだあっ!!いたたたた!!」

 

 「テメエ!!すっとぼけてんじゃねえぞ!!おらっ!!」

 

 「はいストーップ!飯出さん、ありがとうございました。もう戻っていいですよ」

 

 「晴柳院さんの一言であっさり帰って行った・・・。いたた・・・飯出くんに轢かれたよ・・・なんなのこれ?」

 

 「笹戸さんが鉄格子に触れるとブザーが鳴って飯出さんが取り押さえます。これもうちを守るために何かさせてくれって飯出さんがあんまり言わはるから、しゃあなしに」

 

 「口で説明すれば分かるよ!っていうかなんで僕そこまで全力で警戒されてんの!?なんだと思ってるのさ!」

 

 「ですから、それを今回の解説編で見て行くんです。そんなに前に乗り出すと髪の毛が鉄格子に触れますよ」

 

 「なんなのこの厳戒態勢・・・アメリカの刑務所じゃないんだからさあ」

 

 「今回の解説編で自分がしはったことをよおく振り返って、反省してください。そやないと許しませんからね」

 

 「許す余地が残ってるってこと・・・?よ、よし!がんばって反省しよ!」

 

 「ほなそんな感じで、さっそく始めていきましょう。ダンガンロンパQQ解説編『後のお祭り 第五章後編』の、はじまりです!」

 

 「きっちり言うんだね」

 


 

 「はい。最初は裁判場に着いたシーンからです。裁判編やから当たり前ですね」

 

 「裁判場は毎回背景のデザインが変わってる描写があるけど、今回はすごく荒々しいよね。なんでだろ」

 

 「やっぱり和風を意識したんとちゃいますか?この時点でそれがバレるとほとんど犯人もバレてまうような気がしますけど・・・」

 

 「でも龍虎や風神雷神や閻魔大王だよ。和風は和風でも、絶対かたぎじゃない雰囲気じゃないか。晴柳院さんのイメージとは全然違うよ」

 

 「それはそう思います。うちもこれは怖いです」

 

 「やっぱり晴柳院さんのイメージだったらさ、こう静かな細い川のほとりを散策してるような、それか蛍が飛んでる野原に月明かりが差してるような。そんな静かなイメージが合うよね」

 

 「そ、そうでしょうか?」

 

 「普段はその真っ白な巫女服みたいなの着てるけど、きっと晴れ着もよく似合うと思うな。まあその巫女服もよく似合ってるし、一片の汚れもない真っ白っていうのも晴柳院さんのイメ──」

 

 【WARNING!!WARNING!!】

 

 「え!?な、なになに!?触ってない触ってないよ!?」

 

 「だあしゃ!!おら黙れこのやらあ!!黙れってんだよコラ!!」

 

 「うわあああっ!!」

 

 「はいストップ!ストップです飯出さん!そのまま笹戸さんを押さえててください」

 

 「なんで!?いま僕ちっとも鉄格子に触ってないよ!?なんでブザー鳴ったのさ!?」

 

 「あちらをご覧ください」

 

 「へ?うわっ!僕と晴柳院さんが解説してる部屋の隣に、大きなガラス張りで中の様子が伺えるスタッフブースみたいなところがあって、そこにすごい形相の有栖川さんと六浜さんが僕を睨んで仁王立ちしてる!」

 

 「はい、説明ご苦労さんです。飯出さん、もういいですよ」

 

 「なんで彼は帰るときは何も言わずに去るの・・・」

 

 「鉄格子があるいうても、笹戸さんのことやから言葉や身振り手振りだけでうちに危害を加える恐れがあります。そのつもりがなくても、うちが身の危険を感じるようなことがあるかもしれません」

 

 「ないよ!?何!?僕は収容対象なの!?精神汚染系のオブジェクトか何か!?」

 

 「せやから有栖川さんと六浜さんは常にあっちからうちらの様子を監視して、何かあればすぐに手元のボタンを押さはります。そしたらブザーが鳴って、また飯出さんが突っ込んで来はります」

 

 「かつてこんな人権軽視の解説編があっただろうか。いや、ない」

 

 「ちなみに今のは有栖川さんが押さはりました。六浜さんも押さはる寸前でしたよ。言葉を慎んでください」

 

 「解説編なのに言葉を慎むってそりゃもう仕事放棄だよ・・・っていうか有栖川さんはともかく、六浜さんにまであのボタン持たせてるの危険過ぎない!?むつ浜さんなんだよ!?」

 

 【WARNING!!WARNING!!】

 

 「おっっらあテメエこの野郎こら!!この笹戸野郎!!いい加減にしやがれ!!」

 

 「ぎゃああああああああっ!!なにこの技!?むりむりそこそっちには曲がんないから!!」

 

 「せやから余計なこと言うとこうなりますて。痛い目みぃひんと分かりませんか?」

 

 「晴柳院さんが絶対に言わない言葉が聞こえてきた・・・もうダメだ」

 

 「はい、飯出さん退場」

 

 「もう女王様だよ・・・穂谷さんよりやりたい放題だよ・・・」

 

 「ちなみにうちも同じボタン持ってますんで。もしうちが怖いと思ったり不快に感じたらあれがああなるんで。そのへんよろしう」

 

 「飯出くんはもうあれ扱いされてるけど、それでいいの?」

 

 「もう。笹戸さんが余計な時間取らせるから、ちっとも解説編が進まへんやないですか。まだ最初のシーンの説明しかしてませんよ」

 

 「これ僕のせいかなあ・・・?うん、まあいいや。気を付けよ。気を付けなきゃ近いうち死ぬし」

 


 

 「改めて裁判場に入ったシーンですけど、ここぞとばかりに穂谷さんが厄介ムーブをかましてくれます」

 

 「厄介って・・・確かに、モノクマに怒られて何かしらのペナルティを受けてもおかしくないことはしたよね。いくら鳥木くんの死を受け入れられてないとはいえ、これは鳥木くんにも失礼だし」

 

 「でも最後の展開を考えたとき、穂谷さんって鳥木さんが亡くなったことをちゃんと理解してますよね?ここまで鳥木さんが亡くなったことをずっと否定してますけど、いつから認めたんでしたっけ?」

 

 「六章に入ってからだったかな。というか五章に入ってからはどこまでが本気でどこからがうわごとなのか分からないくらい支離滅裂だったから、僕にもよく分かんないや」

 

 「作者さんやったらその辺はちゃんと決めてはるんとちゃいますの」

 

 「決めてないんだよね、これが。こういうキャラは初めてだったし、半分狂ってるのも、完全に狂ってるのも、大して変わらないでしょってことで」

 

 「半狂いと完狂いは全然ちゃうと思いますけど・・・でも、狂ってる人がそういうんならそうなんでしょう」

 

 「え?僕って狂い側?」

 

 「完狂いでしょう?」

 

 「そんなカケグルイましょうみたいに言われても。そうなのかな。“超高校級”の人たちってアクが強いから、僕もそういうところあったりするかも知れないけど」

 

 「まあ、体臭きつい人は自分の体臭分からんっていいますし、そういうもんなんかも知れませんね」

 

 「今この場で穂谷さんより晴柳院さんの方がよっぽど毒吐いてるよ・・・」

 

 「この後も、今回の裁判で穂谷さんはほとんど野次を飛ばすだけですけど、中盤ですごく重要な問題提起をしてくれます。そこから事件の全容が一気に見えてきますから、ある意味この回のMVPと言えなくもないかもですね」

 

 「みんな死にたくはないだろうけど、穂谷さんだけはもう一個死ねない理由があるからね。意外とあのときは本気で裁判の貢献しようとしてたのかも知れないね」

 

 「その裁判ですけど、第一発見者がうちっていうことと、事件現場の特徴から証拠品がほとんどなかったので、前半はあまり分かることは少ないです。取りあえずうちの証言から裁判はスタートします」

 

 「最後まで読めば分かるけど、実はこの時点で決定的な証拠が出てるんだよね。クロが、自分がクロであることを理解してないからこそ、今回の裁判ではどこに真相が隠れてるか分からないよ」

 

 「さすがに全部通して仕組んだ人は見方が違いますね。うちはずっとこの裁判中、針の筵でしたよ」

 

 「い、いやいや。僕だって晴柳院さんが辛い思いをするだろうってことは分かってたよ?でも、その上でやる価値があると判断したからやったんであって、決して晴柳院さんを貶めようとかそういう意図はなかったんだよ?ね、分かってくれるよね?」

 

 「分かりません。分かるつもりもありません」

 

 「そりゃあんまりだよ!僕は晴柳院さんのために──」

 

 「あ」

 

 【WARNING!!WARNING!!】

 

 「えっ!?あっ!思わずさわああああああああっ!!!」

 

 「触ったなこらあ!!そのまま動くんじゃねえぞこのド痴漢野郎が!!」

 

 「飯出くんには言われたくない!!いたたたたたたたっ!!」

 

 「触ったらあかん言うたやないですか・・・なんで触るんですか」

 

 「い、いや熱が入ってうっかり・・・」

 

 「はい、飯出さんもういいです。戻ってください」

 

 「だんだん流れ作業みたいになってきたよ。飯出くんはあれどういうモチベーションなの」

 

 「頑張りに応じて後でうちがお料理を振る舞ってあげる約束です」

 

 「うわあそりゃ頑張るや。僕は今日絶対生きてかえれないぞう」

 

 「ちなみに今のところ白湯ですね」

 

 「飯出くんが可哀想になってきた。次はもっと痛がってあげようかな」

 

 「さ、解説しますよ。うちの証言に関することは色々と伏線を張ってあったんですけど、植物園の構造をほとんど全て使った事件っていうことが分かりますね」

 

 「植物園である必要はないかも知れないけど、植物に聞かせる音楽とか、庭園の中にある池とか、毒性植物の栽培室とか、要素が上手いこと植物園っていうキーワードに収束した感じがあったよね」

 

 「原作でも、ろくでもないことが起きる場所として有名でしたし、何か運命的なものがあるんでしょうか」

 

 「どうかな。むしろこの事件の場合は、無印の方より2作目の方が繋がりが強いよ」

 

 「そうですね。まあその話はおいおいするとして、議論は笹戸さんが亡くなってる状況についてに移ってますよ」

 

 「さり気なく清水くんがリンゴ呼ばわりされてる」

 

 「でもそれ最初に言わはったん、アニーさんですよ」

 

 「そうだっけ?」

 

 「初対面で言うてはりました。アニーさんには悪気一切ないですし、清水さんはその時スルーしてたんですけどね」

 

 「なにその少年漫画ばりの伏線回収」

 

 「伏線らしい伏線でもないような。あ、ここで清水さんが言うてるんは、笹戸さんの遺体が栽培室の奥で見つかったことについてです」

 

 「焼死体がどんなのが一般的かなんて普通知らないし、調べても分かるようなことじゃないんじゃないの?」

 

 「でも、もし火事の部屋に閉じ込められたらどうするか、は想像できるんとちゃいます?」

 

 「そりゃまあ。普通に冷静さを失って、とにかく逃げようとするよね」

 

 「でも笹戸さんの遺体は栽培室の一番奥で、座った状態で見つかりました。栽培室の出入口はひとつしかありませんから、これは明らかにおかしいです」

 

 「穂谷さんは晴柳院さんを疑ってるけど、晴柳院さんじゃ僕をこんな風に部屋の奥に押し込めておけないっていう結論になったのかな?飯出くんのときもそうだけど、体が小さいことってコロシアイにおいては不利だけど、裁判ではある意味有利になるんだね」

 

 「ここでは結論までは出てませんね。そりゃ普通自分からその状況になったなんて思いませんから」

 

 「だから今回の裁判は勝てると思ったんだけどなあ。ここまでは順調だったんだけど、どこから綻びが出たんだろう。ちゃんと見とかなくちゃ」

 

 「反省会してるんちゃいますよ?そもそも笹戸さんが反省すべきなのはそことちゃいますから」

 

 「え?違うの?」

 

 「これを反省してももう死んでもうてるのにどうするんですか」

 

 「なんか、またの機会に活かせないかなって」

 

 「計画性のないサイコパスや」

 

 「サイコパスって計画性あるもんじゃないの?」

 

 「知りませんけど。でも笹戸さんって、サイコパス診断テストとかでさらっと怖い回答するタイプですよね」

 

 「そんなことないよ!やったことないから分からないけど」

 

 「ほなやってみましょうか」

 

 「ええ・・・やるの?あ、でも僕の回答だけじゃ成立しなくない?もうひとりいないと」

 

 「分かりました。ほな」

 

 【WARNING!!WARNING!!】

 

 「だっしゃあごるあ!!なんのつもりだテメエ!!」

 

 「えええっ!!?なんで!?なんで飯出くん呼んだの!!?」

 

 「飯出さん。なんかサイコパス診断できる問題出してください。うちと笹戸さんで答えるんで」

 

 「そんなことのためにブザー鳴らさないで!飯出くん分からずに突っ込んでくるんだから!」

 

 「えっと・・・じゃあ聞いたことあるやつな」

 

 「自然に混じってきたけど前代未聞だよ。3人体制って。しかも解説編関係ないからねこのくだり」

 

 「家に強盗がやってきた。あなたは武器を持っておらず、隠れる事しかできない。あなたが身を隠すとしたら家のどこ?」

 

 「お、押し入れの中ですかね・・・ああ、でもそれやとすぐ見つかりそうですから、床下とかにします」

 

 「僕はドアの裏かな。見つかりそうにないし」

 

 「おぉう」

 

 「え、どうしたの?」

 

 「えーっと、一般人は押し入れとか物置とか、身を守るために見つかりにくい場所を言うんだ」

 

 「うちがまさにそうですね」

 

 「僕もそうだよ!?」

 

 「いや、サイコパスの回答はドアの裏だ」

 

 「なんでドンピシャ!?」

 

 「ドアの裏は意識が向きにくい、かつ行動が制限されない。つまり相手に対して優位に立てる場所だ。直感的にそういうところを選ぶってのは、もうそういうことなんだな」

 

 「うわあ・・・」

 

 「違うって!?見つかりにくそうだからだって!たまたまだよこれ!だからやりたくなかったんだよ!」

 

 【WARNING!!WARNING!!】

 

 「えっ!?いま!?」

 

 「ぬあっ!!?ええっと・・・おらあ!!」

 

 「あべし!!普通に殴られた!!もうただの暴力だよ!!」

 

 「だ、大丈夫ですよ有栖川さん。六浜さん。ちゃんと牢がありますから」

 

 「とうとう獄中であることが確定してしまった」

 

 「飯出さん、ありがとうございました。帰ってください」

 

 「まだ裁判前半の前半だよね・・・?もう満身創痍なんだけど」

 

 「頑張りましょう。サさどさん」

 

 「笹戸のさはサイコパスのサじゃないからね!?」

 

 「ささどぱす」

 

 「なんて?」

 


 

 「曽根崎さんはどうしてまる焦げになった笹戸さんを見て、すぐに笹戸さんやと分かったんでしょう。同じくらいの体格の人やったら、うちや望月さんや清水さんかておったのに」

 

 「靴を見たって言ってたけど、正直微妙だよね。燃えてたらその靴がなんなのかも分かりにくくなるのに」

 

 「靴が似てる人やったら望月さんでしょうか。曽根崎さんと望月さんは、望月さんが現場に到着するまで会ってなかったはずですから、確定的なことは言えへんかったと思うんですけど」

 

 「曽根崎くんならメタ視点から推理しててもおかしくないなあ」

 

 「もどきとはいえミステリものでメタ視点から推理できる登場人物なんてイレギュラー過ぎます」

 

 「メタは冗談としても、曽根崎くんのことだから、他にも色んな根拠を持ってたんだと思うよ。分かりやすい部分で靴って言ってるだけで」

 

 「五章にもなると誰がクロでもおかしくなくなるんですから、紛らわしいことせんといてほしいです」

 

 「ホント、誰がクロでもおかしくないよ」

 

 「ボタン押したろかなこいつ」

 

 「勘弁してください」

 

 「檻の向こうで頭下げてるとほんまに面会みたいですね」

 

 「シャレにならないよ・・・なんか晴柳院さん、今回やけにイジワルだよ。前回の解説編の鬱憤まで晴らそうとしてない?」

 

 「そないなことあらしまへんえ」

 

 「分かりやすくウソだ!っていうかウソ吐くと訛り強くなるなんて設定あったっけ!?」

 

 「気分です。イントネーションが表せへん分、これくらい分かりやすうせんと、うちが京言葉話してるって忘れられてまうんです」

 

 「別にそこまで重要な設定じゃないからいいんじゃないかなあ。ただの作者の趣味なんだから」

 

 「それでもうちにとっては大事なアイデンティティのひとつです!」

 

 「うん、いいと思うよ。可愛いし」

 

 【WARNING!!WARNING!!】

 

 「えええっ!?今の何がもんだああああああっ!!?」

 

 「シバくぞこの野郎!!おらあっしゃおらぃ!!」

 

 「六浜さん的にアウトやったみたいです。セクハラせんといてください」

 

 「褒めただけなのに!」

 

 「世の中には褒めてもらって嬉しい人と嬉しない人と嫌な気持ちになる人がいてるんです。もちろん笹戸さんは嫌な気持ちになる人です」

 

 「敢えて言わなくていいよ!」

 

 「笹戸さん野放しにしとったら全然解説が進めへんです。どうしましょ」

 

 「野猿かなんかか僕は!」

 

 「あ。せや。飯出さん、あれ持って来てください」

 

 「あ、あれ?一体何持ってくるんだ・・・」

 

 「はい!笹戸さん!どうぞ!」

 

 「すごい良い笑顔と良い匂いだけど、なにこの四角いの?ディストピアのご馳走?」

 

 「いいからいいから。よばれてください」

 

 「教えてくれないんだ・・・こっわ・・・。ええい、ままよ!」

 

 「はい、よお噛んでください?あ、飲み込みましたね。ほなちょっと座って待っときましょうか。うちは解説してるんで」

 

 「なんかどっかで食べたことある気がするなあ。なんなのこれ?」

 

 「えっと、議論は進んで、清水さんがモノクマファイルの妙な記述に目を付けます。笹戸さんが摂取したっていう毒物ですね。もしかしたら笹戸さんは毒死したんちゃうかって思ったんです」

 

 「そあッ・・・!?ァッ・・・!?へあ・・・!?」

 

 「あ、もう効いてきましたか。さすがですねえ」

 

 「はあ(こわっ)・・・!?んがぁ(なにこれ)・・・!?」

 

 「笹戸さんが摂取した毒っていうんは、麻痺性の毒を持つキノコやったんですね。食べると二時間くらい動けへんようになるっていう。さっきのあれはそれです」

 

 「はぁあが(なにその適当な説明)!?えがが(っていうかこんなのダメでしょ)!」

 

 「そうですかあ。懐かしい感じがしましたねえ。あのときの笹戸さんもきっとこんな感じで火に焼かれるのを待ってたんですね。想像するだけで怖いです」

 

 「へああ(今この場で晴柳院さんが一番怖いよ)!」

 

 「何言うてるか分かりません。ほな、ここからはこんな体制でやっていきましょか」

 

 「ふぁ(助けて)ーーー!!」

 


 

 「笹戸さんが毒キノコを食べたことは分かりましたが、そこからは犯人が絞れそうにないゆうことで、その議論は打ち切りになりました。こうやってそれぞれの証拠には触れながら核心に迫らないことで、伏線を張りつつ裁判を長引かせるテクニックですね」

 

 「|ふぁん《あんまりそういうこと言わない方がいいんじゃないかな》・・・ほへ(テクニックとか)

 

 「解説編やからこういうところにもどんどん触れていきますよ」

 

 「はが(あれ)っ!?ふがんが(晴柳院さん、僕の言ってることが分かるの)!?」

 

 「毒キノコの次は今回の事件の凶器とも言える、火事についてです。犯人がどうやって火事を起こしたんか。これは今回の事件最大の肝になってくるところです」

 

 「ふぁぅ(無視されたのか偶然だったのか分からない)・・・!んが(っていうか本当にこのままやるんだ)・・・」

 

 「六浜さんが出火原因と燃え方について詳しいんはさらっとスルーされてますけど、ここもちょっとご都合主義ですね。六浜さんの“才能”は知識の蓄積と考察力でできてますけど、いうて知識にも限度ってもんがありますよね」

 

 「はがらか(本人が観てる前でよく言うよそんなこと)はぐぐ(僕だったらブザー鳴らされてるよきっと)

 

 「栽培室全体で一気に火を燃え上がらせるために使われたんは、お台所にあった油でした。犯人は朝早うにお台所に行って、油のボトルを持って来て栽培室に撒いたんですね。せやから朝ご飯を作ろうとした穂谷さんは油がなくてフライパンを叩くしかでけへんかったと」

 

 「(いや、その理屈はおかしい)

 

 「読んでくれたみなさんにはフライパンを叩く穂谷さんがだいぶツボやったみたいですけど、あれもあれで伏線のひとつやったんですね」

 

 「|ほーん《気付く人マジで0人説が立証できちゃうレベルの遠回し加減だけどね》」

 

 「ここから次々と火事が起きた当時の栽培室内の様子が明らかになってきます。燃え方から、栽培室全体に一気に火の手が上がったことは分かりました。それと、大きな爆発が起きたことも」

 

 「|はんまーかんまー《栽培室全体が壊滅的状態だったこともあって、そこはバレちゃったね》」

 

 「爆発がいつ起きたんか。望月さんが推理を進めていきますけど、清水さんが噛みついていきます。今回の清水さんは真相を解明しようと積極的ですね。今までの清水さんとはわけがちゃいます」

 

 「|はんがー《さすがに五章ともなると清水くんの主人公力も万全だね》。|ふふがが《けどまあその度に見事に論破されちゃうんだけど》」

 

 「うちが植物園に来てから爆発が起きたと推理しはる望月さん。うちはその爆発に気付きませんでしたけど、それは植物園の音楽が流れる機能にあったんです。いくら爆音とはいえ、爆発音を掻き消すともなると、うちの耳はよう耐えた思いますよ」

 

 「ふう(それはそう思う)

 

 「それに音楽の鳴る時間が毎日決まった時間やのうて5時間おきって中途半端なんも、このトリックのためにそうしたんですよね。つくづく都合のええ設定ですね」

 

 「はむ(それを言っちゃあおしまいだよ)

 

 「そしてうちが聞き取られへんかった爆発音の正体は、除草剤や殺虫剤のスプレー缶が爆発したもんやとも分かりました。これ実は作者さんの実体験らしいですよ」

 

 「へほ(そうなの)!?」

 

 「そのときは制汗剤でしたけど、ライターで火炎放射して遊んでたそうです。爆発はしませんでしたけど、そのときにスプレー缶の中身は燃えるっていうのを覚えたらしいですね」

 

 「はが(怖いことするなあ)・・・」

 

 「笹戸さんが言わんといてくださいね」

 

 「ふぁむあ(やっぱり僕の言ってること分かってるよね)!?へむへむ(っていうかそろそろ元に戻らないのこれ)!?」

 

 「うるさいですね・・・」

 

 「はうあっ(はうあっ)!!」

 

 「これで出火の仕方と爆発の原因は分かりましたけど、肝心の火元がやっぱり分からないままです。こうやって外堀から埋めていくと、謎を残したまま議論を進めることができてええ手法ですね」

 

 「ほむ(手法っていうとなんか嫌な感じするけど)・・・|ふぁらお《でも確かにたくさん議論してる感じは出てるよね》」

 

 「火が原因でほとんどの証拠品が焼失してるか、燃えて原型を留めてない中なので、今回の裁判はどうしても議論中心にせなあかんかったんですよ。ですから、あんまり謎をばらけさすと読んでる方もわけわからんようになってまうので、火元っていう大きな謎ひとつで勝負した感じですね」

 

 「|ふぐり《っていうことは、後半の僕の素性についての話っていうのはおまけなのかな》?|ふあん《確かに真相の一部ではあるけど、解明しなくても犯人は分かることだったしなあ》」

 

 「出火元と思われる謎の丸焦げ機械を回路やと主張する清水さんと、それは回路になってないという六浜さん。曽根崎さんがその両成敗をします」

 

 「|ふむ《思ったんだけど、この辺で晴柳院さん空気になってない》?」

 

 「うちはあんまりにも話が難しかったんで全然入れませんでした・・・。うちが余計な口を挟んだら議論がヘンな展開になってまうんちゃうかって思いまして」

 

 「|ほごご《一応ミステリものの体をとってるから、みんなこうやって議論できるけど、実際には知識に差がありすぎて議論にもならないかもね》」

 

 「まあ命懸かってたらそないなこと言うてられませんけどね。ある意味うちは、議論の中身が難しうて自分が入られへんことに慣れてしまってたんかもしれません。あんまりええこととちゃいますけど」

 

 「|んむう《なんかこう、自分が仕掛けたトリックでみんなが悩んでるのを見ると、僕ものすごいトリックを作ったんじゃないかってなんというか》・・・はむ(嬉しくなるような)

 

 「あ〜、こらちっとも反省してませんね。ボタン押します」

 

 【WARNING!!WARNING!!】

 

 「毒盛られてもかテメエこらあ!!!」

 

 「はわあ(ぎゃああ)〜〜〜!!ひげえ(予告された上で押された)!!」

 

 「余計なこと言わへんように喋れんようにしたったのに、これじゃ意味ないやないですか」

 

 「|ほだっが《やっぱり晴柳院さん僕の言ってること分かってるじゃないかあ》!!」

 

 「はい何言うてるか分かりません。分かりませんけど、だいたいどんなこと考えてるかはその濁った目ぇ見たら分かります」

 

 「わむ(濁ってないけどね)!!へすす(瀬戸内海みたいに澄み切ってるけどね)!!」

 

 「いいえ、白濁してます」

 

 「はがが(そういう病気じゃないか)!!」

 


 

 「喋れても喋れへんくても笹戸さんの失言は止まらない言うことで、2時間経って毒が抜けた笹戸さんがこちらです」

 

 「棚の下から出して来たみたいな紹介しないでよ」

 

 「毒は抜けましたけど毒気は抜けてへんので、今後も発言には気を付けてください」

 

 「今回の晴柳院さんの方がよっぽど毒気たっぷりじゃないか・・・それはそれで嫌いじゃないけど」

 

 「分かってへんみたいどすなあ」

 

 「笑顔でボタンちらつかせないで!そのボタン交渉材料になってないから!もはや一方的な暴力だから!」

 

 【WARNING!!WARNING!!】

 

 「えええっ!!?あっ!!有栖川さん押したな──あっだああ!!」

 

 「連続で来させんな!!疲れるんだよ!!」

 

 「知らないよ!!」

 

 「うちが意識を引き付けてその隙に有栖川さんが押す作戦です」

 

 「誰が押しても無条件に飯出くんは突っ込んでくるし僕に止める手立てないんだからその陽動作戦なんの意味もないよ」

 

 「不意を突いて受け身を取らさせへん作戦です」

 

 「僕をどうしたいのさ!?腕の骨とか折れちゃうよ!?」

 

 「折れると言えばシャーペンの芯ですけど、今回のトリックの火元にもシャーペンの芯を使っていましたね」

 

 「ご、強引・・・!!」

 

 「シャーペンの芯は回路に繋ぐとすごくよく燃えるし光るんで、本編を読んでも良い子は絶対に真似したらあきませんえ。ほんまに火傷しますよ」

 

 「うん、これは本当。家のコンセントとかで普通に火事になるやつだから」

 

 「作者はだいたいこういうのは実験映像とかを見て作りよるんで、実際にこんなことができるんかまでは検証してません。せやからその辺の考証も甘いです。あしからず」

 

 「ミステリのトリックを実際にやって考証してる人なんているのかな・・・?ものによっては法律に引っかかるよ」

 

 「シリアスな空気ゆうんはちょっぴりのファンタジーを誤魔化してくれるもんなんですよ」

 

 「まあ厳密な突っ込みを入れだしたらキリが無いしね。今回もそうだし、三章とかまさにそうだね」

 

 「その辺を強引に成立させてしまう要素が、“超高校級の才能”なんですよね。ちょっとくらい無茶なことでも、“才能”があればなんとかなると言えてしまう便利な設定です」

 

 「うん。だからキャラクターの根幹を成すと同時に、トリックやシナリオ作りに寄与する“才能”選びっていうのがキャラメイクでは大事なところなんだよね。そこを忘れると、ただの自己満足になっちゃうよ。うちの作者みたいに」

 

 「でもわりとトリックに絡んでません?」

 

 「なんとかトリックに絡むようにあれこれ試行錯誤してるんだ。今回の僕の“才能”の使い方だって、後でそのシーンのところになれば分かるけど、だいぶ曖昧な説明しかしてないよ」

 

 「ざっくりしてるんですねえ」

 

 「あとここ。火元がシャーペンの芯を使った回路っていうところまでは分かったけど、その回路に電気を流すのはどうやったのかっていうところ。これも当時の感想で突っ込まれてたけど、リモコンで回路に繋がったモーターが作動するなら、そこには初めから電気がある必要があるって」

 

 「つまり、このトリックでは電気を生み出すことはできなくて、電気があるところに動きを与えることができるっていうだけやったんですね」

 

 「まあその辺は雰囲気で流してくれれば。初期のころだからこういうアラもあるさ」

 

 「初期って、もう五章ですけど・・・。実際の執筆でも2年くらい経ってますけど・・・」

 

 「今3作目を作成中でしょ。そのスパンから見たら初期さ」

 

 「物は言いようとはこのことや」

 

 「でも、火事の詳細を明らかにするっていうところから、燃料である油や誘爆物のスプレー缶、それから火種になるシャーペンの芯の存在まで明らかにできて、ここから今度は発電装置の話になるなんて、ひとつの議題がすごく長いね」

 

 「さっきも言いましたけど、今回の裁判ってこの火事の原因っていう部分が謎のほとんどを占めてて、しかもこれをやったのが誰かっていう議論はまだしてないんです。読まはった方がどう思わはったか分かりませんけど、ひとつの謎だけで勝負するとこういうことになります」

 

 「うん、それもまあいいんじゃないかな。五章だとこれくらい議論が進まない感じがある方がいいよ。人も少なくて、活発な議論っていうのが難しくなってくるから、しっとりじっくり考えるような雰囲気ができてさ」

 

 「しかもここで前半が終わるんですけど、穂谷さんの狂気的な発言のせいで、議論は発電装置の話から笹戸さんの素性の話に移ります。結果的にそれが真相を暴く足がかりになるんですけど、結局前半でずっと議論してた謎は謎のままなんですよね」

 

 「この後はいよいよ僕の素性の話かあ・・・なんか照れくさいね」

 

 「そういうところですよ、笹戸さん」

 

 「え!?」

 

 「今回の解説編の冒頭でも言いましたけど、今回は笹戸さんにとっては反省会ですからね。後半から本格的に反省してもらいます。ここからはボタンの判定も厳しめになります」

 

 「今以上に厳しくなるの!?冗談じゃなく僕喋れなくなっちゃうよ!?」

 

 「さっき喋れへんくてもできてたんですから、ええんちゃいます?」

 

 「ええことないよ!?」

 


 

 「笹戸さんってほんまに素性が分からへんかったゆうか、謎が多かったいうか、裁判の中でもなんで問題児なのか問題になってましたけど、そんな気配なかったですよね」

 

 「うん、自分でもその自覚はあるよ。なんというか、僕ってクラスの中でもあんまり目立たない方だったし、印象薄いっていうか」

 

 「それやと希望ヶ峰学園にスカウトされたとき、クラスの皆さんの目が変わったんちゃいます?」

 

 「その辺の設定って、QQではどうなってるの?スカウトする順序とか」

 

 「な〜んも決めてません。一応3作目を書くにあたって、こんな感じかなあいうイメージはあるみたいですけど、QQのときはそんなん1ミリも考えてませんでした」

 

 「大雑把だなあ」

 

 「でもうちの設定ですと秋入学ですし、全国の高校生が対象ですし、梅雨ぐらいから選考が始まるんとちゃいます?文化系の“才能”の人も頑張り次第では実績が出せますし、スポーツ系の人も新人戦とかが終わる頃合いやないですか?」

 

 「確かにそうだね。でも学校じゃ測れない“才能”の人もいるよね。僕なんかまさにそうだけど」

 

 「笹戸さんは遅咲き組ですもんね」

 

 「そうだね。受験を間近に控えたころにもう一回高校生やるってなったときは、確かに周りの目は変わったよ」

 

 「あ、そっちですか。見直した方やなくて」

 

 「なんというか、希望ヶ峰学園にスカウトされたことと受験戦争から離脱する口実を得たことの両方が羨ましがられたんだろうな。もともとあんまり目立たなくていじめられるとかもなかったから、あからさまなやっかみとかはなかったけど」

 

 「この話まだ続きます?」

 

 「自分からフったくせに!じゃあ終わろうよ!これ以上広がらないし!」

 

 「やっぱり笹戸さんって良くも悪くも目立たんくて、素性がよう分かりませんよね。何考えてるか分からへんわけともちゃうし。途中でなんか伏線っぽい描写もありましたよね?三章くらいで」

 

 「ああ。なんか自分の“才能”に疑問持ってるくだりね。あのときはまだ真相がぼやけてたから、取りあえず張れる伏線を張ってただけだよ。どうせ読んでる人はみんな忘れてるやつなんだからほじくり返さないでよ」

 

 「でもなんの後ろ盾もなく適当に出て来たわけとちゃいますよね?」

 

 「う〜ん・・・強いて言えば、僕は合宿場に来たころはスランプ気味っていう設定があって、いまいち釣りでも成果を残せてなかったんだよね。その辺のこと仄めかしてるのかな」

 

 「やっぱり本編には全く関係ありませんでしたね。むしろ合宿場の方たちの中では、笹戸さんは“才能”を活用してた方やと思いますけど」

 

 「魚を捌くのにスランプはないからね。それに、“才能”を捨てた清水くんがいたらスランプなんて小さい問題だし」

 

 「それはそうですね」

 

 「まあそういうわけで、僕の抱える問題っていうのは“才能”のことでもないし、普段の学園生活でもないんだ。っていうか僕はそういうところで大人しくして波風立たないのは自然にできるからね」

 

 「やっぱサイコパスなんとちゃいます?本物ってそうやって言うやないですか」

 

 「だから笹戸のさはサイコパスのサじゃないってば」

 

 「なんやそれ」

 

 「晴柳院さんが言ったやつのフォローしたんだけど!?」

 

 「もう既に亡くなってる笹戸さんの素性を知るっていうのも簡単やなくて、捜査も改めてできない裁判場では、よう一緒にいたうちの証言に注目されます」

 

 「今回の晴柳院さんは証言を求められてばかりだね」

 

 「そらこの事件の中心人物ですから」

 

 「このときのみんなといま晴柳院さんではその言葉の解釈もちょっとズレてるね」

 

 「笹戸さんがみなさんの前で記憶を取り戻してたから、なんとか狛枝さんの事件に繋がりましたけど、もしあれが他の場所で勝手に取り戻してたりしてたら、ここでこの裁判は詰んでましたよ」

 

 「いやそれでも何らかの形で続けたと思うよ。裁判の途中で詰みました、で終わる論破作品なんて聞いたことないよ」

 

 「この情報もそうですし、資料館に隠されてたファイルのおかげで、QQと原作の世界観の関係性が明確になりましたね」

 

 「晴柳院さんのおじいさんの世代がもう新しい希望ヶ峰学園だから、相当後の時代だよね」

 

 「狛枝さんもそうですけど、原作キャラの皆さんはほとんど歴史上の人物です。その人に憧れてこんなことするって、冷静に考えへんくてもやっぱ頭おかしいですよね」

 

 「んん・・・まあ、うん。常人離れしてることは認めるけど、そこは、そんな長い時間同じ意思を繋ぎ続けたその歴史と奇跡を評価してほしいな」

 

 「出た出た出た出た。頭おかしい人の無駄に冷静な反論。はじめっから会話の歯車噛み合わせる気ぃなくて、冷静に振る舞ってるけど自分の意見しか主張してけえへんやつや」

 

 「あからさまにイライラしないで!晴柳院さんそんな人じゃないでしょ!?」

 

 「本編ではどうでも解説編では関係ないんです。言いたいこと言いますよ。前回の解説編では千恵さんのおかげで散々な目に遭いましたからね」

 

 「僕も穂谷さんに散々な目に遭わされたんだけど・・・」

 

 「せやから自業自得です。こんなことしといて」

 

 「あ、いまは狛枝先輩の事件を振り返ってるところだね。原作をプレイした人にとってはもう分かり切ってることだからさっくり済ませてる」

 

 「今回の事件って、狛枝さんの事件と要素がほんまにたくさん共通してるんですよね。そもそもの事件の構造とシロとクロの関係はもちろん、炎・爆発・音楽・毒って。死因や死体の状況は全然ちゃいますけど」

 

 「そこがリンクしちゃったらもう完全な模倣だからね。でも実際これは偶然だよ。事件の構造と火を使うっていうのは決定事項だったけど、爆発は火事があったら自然に起きるものだし、それを誤魔化すために音楽が必要になるし、毒に至ってはもはやただの思いつきだもんね。本能的に人って火から逃げようとしちゃうだろうな、て作者が気付いたから」

 

 「その偶然の一致がええことなんか悪いことなんかは分かりませんけど、その偶然のおかげで笹戸さんの狛枝さん崇拝がより生々しいゆうか、狂気的になったんは間違いありませんね」

 

 「んー、ちょっと違うかな。僕が崇拝してるのはあくまで希望であって、狛枝先輩個人を崇拝してるわけじゃないんだよね。もちろん狛枝先輩は希望ヶ峰学園の大先輩だし、希望を尊ぶ人として『希望の徒』の中でも尊敬の対象としてみんなが知ってる人だけど、『希望の徒』ってあくまでメンバーがそれぞれの希望を追い求めていくのを支える団体だから、僕が狛枝先輩を崇拝してるっていうわけじゃないだよね。僕も狛枝先輩も、希望を崇拝してるっていう点では共通してるかな。あ、でも僕なんかより狛枝先輩の方が希望に対する考え方とか実際の行動力とか、そういう部分でお手本になるところはたくさんあるよね。だから今回は狛枝先輩の起こした事件の模倣って形で、ちょっとは僕も狛枝先輩に近付けたのかも知れないし、それを嬉しく思ってるっていう気持ちは確かに僕の中にあるから、それはある意味崇拝してるって言えなくもないかな?どうなんだろう?むずか──」

 

 【WARNING!!WARNING!!】

 

 「もうしゃべんなお前はあ!!」

 

 「──しい部分もあるけど崇拝と言ってしまぶはっ!!」

 

 「やっと止まった!あああもうっ!!キショいキショいキショいキショいキショいキショい!!何食べたらそんなキショい言葉が次から次へと出てきよるんですか!」

 

 「こいつ、ブザーが鳴って俺が入ってきたことにも気付かずしゃべり続けてたぞ・・・。どうする?轡か?ガムテープか?」

 

 「いえ、鎮静剤を打ちましょう」

 

 「逃げ出したゾウじゃないよ僕は!」

 

 「大人しくしやがれ!一発で済ませてえだろ!」

 

 「飯出くん注射刺していい人じゃないでしょ!?やだやだこわいこわい!」

 

 「ガキかテメエは!一般成人男性だろうが!」

 

 「成人男性って言わないで!やめっ・・・あっ──」

 

 「刺したっ」

 

 「( ˙-˙ )スン…」

 

 「うわっ!急に落ち着くな!」

 

 「鎮静剤ってそういう薬でしたっけ?望月さんみたいになってますけど」

 

 「じゃあ、解説編続けようか。晴柳院さん。飯出くんはもう戻っていいよ。ありがとう」

 

 「ありがとうってなんだ」

 


 

 「記憶のパスワードの話ですけど、都合上わりとざっくり決めてますよ。この辺は細かく話しても原作履修済みの人にとっては分かり切った説明になってまうんで、あんまり重点的にしても意味ないんで」

 

 「曽根崎くんの禁則事項ですって全然かわいくないな・・・」

 

 「ここはファンサービスです」

 

 「曽根崎くんはファン多いからね。やっぱり冒頭から清水くんと常に一緒にいてギャグシーンをたくさんしてたこととか、単独の動きでシリアスなシーンもやってたからかな」

 

 「ファンで言うたら笹戸さんも割と多かったやないですか」

 

 「あくまで過去形なんだね」

 

 「そらそうです」

 

 「確かに当時の人気投票とかでは、2位とか3位に挙げてくれてる人が多かった印象だなあ。一番じゃないけど好きな方って言われてた気がする。でも晴柳院さんに比べたらもう全然だよ」

 

 「う、うちはそんなんあんまり・・・」

 

 「嬉しくないの?」

 

 「嬉しいは嬉しいですしありがたい思いますけど・・・やっぱ恥ずかしいです・・・」

 

 「かわいい(真顔)」

 

 【WAKARING!!WAKARING!!】

 

 「うわっ・・・あっ!違う!ブザーじゃない!有栖川さんがガラスに指で書いてる!」

 

 「何してはるんですか・・・新しいパターン作らんといてください。どうせ作るだけ作ってうちの作者は管理でけへんのですから」

 

 「もう二度と出てこない演出なんだろうなあ・・・」

 

 「でもQQメンバーで一番人気があるんはやっぱり清水さんですよ。前の人気投票では古部来さんが1位とってはりましたけど」

 

 「ど、どっち?」

 

 「好きやって言うてはる人の数で言うたら清水さんで、好きな順に名前を挙げていったときにより上位に来やすいのが古部来さんっていうことですかね。どちらも厳密な調査とちゃいますから」

 

 「古部来くんもいいキャラしてたからね。六浜さんも女子人気が高いイメージあるけど、その辺はどうかな」

 

 「六浜さんと古部来さんの話はあとに取っておきましょう。この後の解説編でも出て来ますし」

 

 「あ。そう言えば二人とも2回目まだか。これはちょっとネタバレになっちゃったかな?」

 

 「画面の前のみなさんは、その辺も楽しみにしといてくださいね。うちらはうちらの仕事を全うしましょう」

 

 「いよいよ裁判も大詰めに差し掛かってきたところだしね。狛枝先輩の事件の記録を読んで、今回の僕の事件との共通点を話してるところかな?」

 

 「その後に、事件の構造さえも同じやって気付いたところです」

 

 「ここまでバレちゃうともうこのトリックにあんまり意味がなくなっちゃうんだよね。あくまで僕が完全な被害者だと思われてないと、一気に説明がついちゃうというか」

 

 「そうですね。しかもそのことに気付くきっかけになったんが、他でもないうちの証言っていうんが、皮肉なところですよね。うちが何も知らへんからこそ活きてくるトリックやのに、うちが何も知らへんからこそそのトリックを潰すっていう」

 

 「そこばっかりはどうにもできないからね。被害者が協力的っていうのはコロシアイの中では結構難しいから。2作目ではその辺もなんとかしようとしてたよ」

 

 「あれもあれでうちは思うところがあるんですけど・・・まあそれはええです。こっちの話しましょ」

 

 「曽根崎くんが言ってる、命を賭けても譲れないものがある、ていうの。彼の先輩の話にも繋がるのかな?」

 

 「そうですねえ。曽根崎さんの先輩は名前しか出てきてませんから、うちにはなんとも分かりませんね。設定がないのが設定なんて言われる始末ですし」

 

 「始末・・・」

 

 「あ、ここで発電方法の話に戻って来ますね。犯人が自分でも気付かへんうちに、どうやって電気を起こして発火装置を起動させたか」

 

 「清水くんがちょうどモノモノマシーンのことを思い出してるけど、これはちゃんと日常編で僕と清水くんでカプセルを大量に開けるシーンがあるし、トリックに使われたアイテムもきちんと全部出て来てるからね」

 

 「わざとらしい伏線やなあ」

 

 「さすがに電磁誘導を日常編の中に滑り込ませることはできなかったから、裁判編でいきなり出てきたけどね」

 

 「そんなんあったなあ、て曽根崎さんは言うてはりましたけど、果たしてこれ何人の人が思い出したんでしょうね」

 

 「そんなにいないんじゃないかなあ。磁石で発電できるっていうことさえ分かってれば思い出す必要もないし、思い出してもすぐ忘れちゃうだろうし」

 

 「その後の、ドアを開けたら釣り糸が切れて装置が池に落ちるっていう仕掛けも、具体的なことは特になんも言わんと、ただそういう仕掛けをしたってしか言われてません」

 

 「さすがに全部を細かく説明したって、文字だけじゃなかなか伝わりにくいし、大して重要でもないしいいんじゃない?」

 

 「作者さん的にも、ここまでは細かい理屈も説明してきたつもりなんですけど、ここにきて『これくらいでいいか』で済ませてもうたことをちょっと気にしてるそうですよ」

 

 「そうなんだ。粗を探せば他のトリックにも見つかりそうなものだけど、ここは確かに厳密に考えるまでもなく実際にはできなさそうなトリックだよね。僕の使ってる釣り糸、さすがに人が自然にドアを開ける程度の力では千切れないし。そんなんじゃ大型魚どころか小型魚でも切れちゃうよ」

 

 「一応、釣り糸の強度が低いってお話はしてましたよね?」

 

 「二章くらいだったかな?あのときにこのトリック思いついてたっけ?どうだったか分かんないや」

 

 「適当やなあ・・・適当いうか、場当たり的いうか・・・」

 

 「最後に上手くまとまれば細かいことはいいの!」

 

 「豪快といい加減を履き違えたある人や」

 

 「日常編で何の気なしに挟んどいた描写が、あとから上手いこと伏線になるなんてこと、創作論破ではよくあるんだよ」

 

 「それは分かります。適当に伏線を張ったわけでもなくて、もともと考えたあった設定とか、話の流れを面白くしようとして付け足した設定が後から活きたりもしますね」

 

 「そういう瞬間が楽しいんだってさ。僕は創作しないからよく分かんないけど」

 

 「ときどきこうやって作者さんの声を代弁することありますよね。もういっそのこと本人呼んだったらええのに」

 

 「それって、僕らと作者がここで話すってこと?」

 

 「はいそうです」

 

 「それはやめとこうか」

 

 「なんでですか?」

 

 「うんとね、それはね。色んな人たちが過去に通ってきて思い出したくない記憶なんだよ。きっと」

 

 「そんなもんなんですかねえ」

 

 「晴柳院さんは知らないままでいいよ」

 

 「逆に笹戸さんは何を知ってはるんですか」

 

 「いや、これも作者の代弁」

 

 「わっかりづら」

 


 

 「あ。犯人指名だ」

 

 「池で鯉が跳ねた、っていううちの証言が確定的な証拠になったって部分ですね。鯉が跳ねたっていうんは捜査編のときも言いましたし、裁判の中でも一回言うてます。でもそれが持つ意味が全然変わってまいましたね」

 

 「犯人指名の直前に六浜さんがすごく悔しげにしてるのは、たぶん全部の真相がこれで明らかになったからなんだね。三章のときは犯人をズバッと指摘してたのに、ここではそんなことできない雰囲気だ」

 

 「そらそうでしょ。うちは何も知らんうちに、勝手に笹戸さんに犯人に仕立て上げられてもうたし、捜査にも裁判にも協力的だったからこそ自分がクロとして指名されてまうなんていう非業の運命を背負わされてるんですから」

 

 「うぅん・・・そういう言い方されると僕がものすごく晴柳院さんに悪いことをしたように聞こえる」

 

 「しましたよ?」

 

 「でも僕はあくまで善意だからね!?晴柳院さんが憎いとか陥れてやろうとかそういう意図はないからね!?」

 

 「せやから余計に質が悪い言うてんのやろがい。分からんやっちゃな」

 

 「ご、ごめんなさい・・・」

 

 「はじめて謝罪の言葉が出ましたね。解説編もとい、反省会のスタートです」

 

 「今から!?」

 

 「悪いことしたらまずは謝罪するんが筋でしょう」

 

 「僕はずっと筋違いをしてたのか・・・」

 

 「あとここの犯人指名は望月さんで、四章は曽根崎さん、三章は六浜さんです。6章開始時点の生き残りメンバーが順番に犯人指名をしていってますね」

 

 「一応そんな感じになってるね。三章は六浜さんが特に古部来くんと強い因縁があったから、敵討ちのつもりで前面に出てたっていうこと。四章は真相にいち早く気付いた曽根崎くんが指名して、今回は生き残りメンバーの中で淡々と晴柳院さんを責めることができるのは望月さんくらいしかいなかったから、だけどね」

 

 「そうですねえ。この後、清水さんがらしくなくクロであるうちを庇います」

 

 「それがヒートアップし過ぎて危うく規則に触れるところだったのを、今度は望月さんに庇われてるよ。望月さんが黙れ!なんて大声出すなんて珍しいね」

 

 「まだこのときは感情が戻る兆しはなかったはずですけど」

 

 「単純に清水くんを黙らせるのに大声が効果的だと判断したのかな。それでも、今まで冷静な喋り方しかしてこなかった人が大声を出すとびっくりするね」

 

 「びっくりで掻き消されかけてますけど、この後すぐ投票ですよ。おしおき編も一筋縄でいきません」

 

 「裁判編だけで結構喋ってた気がするけど・・・あれ?でも内容あったかな?なんか途中で心理テストみたいなことしてた気がするし、ちゃんと解説できてたかな・・・?」

 

 「反省会の反省会は後にして、ここから反省会の本番を始めましょう。おしおき編は一番笹戸さんがやらかしてるお話ですよ」

 

 「もうひとがんばりだね。終わったらゆっくりお茶でも──」

 

 【WARNING!!WARNING!!】

 

 「油断も隙もねえなこの野郎!!なに茶ァ誘ってんだ!!」

 

 「たぶんいま押したの有栖が──いだだだだだっ!!なにこの技!?痛い痛い痛い!!そっちには曲がらないからあ!!」

 

 「笹戸さん、正解です」

 

 「ちょっと油断してたから慌ててすごい勢いでボタン押したのが見えたんだよ」

 


 

 「はい。ここからはおしおき編の解説、そして笹戸さんにとっては反省会の本番です」

 

 「いよいよ僕が終わるときが来たか・・・」

 

 「裁判が終わって清水さんが虚しさを感じてはります。一章、二章と勝利の余韻に浸ってたんですけど、三章あたりから変わってきましたね」

 

 「最初は“超高校級”に勝つことが嬉しかったみたいだけど、屋良井くんのあれを見たらもうそれどころじゃなくなったんだね。うん、それが普通だよ」

 

 「どの口が」

 

 「この口だけど!?」

 

 「まだQQ自体が企画段階だったときは、裁判で勝ちたいがために自分から事件を誘導して自分で解決して達成感を得るっていう、どっちが黒幕やねんって話も考えてたそうですよ」

 

 「たぶんそういう話自体はもう既にどこかで誰かが出してるだろうけど、それを創作論破でやろうと思ったらとんでもないね。最後にバラしたら面白そうではあるけど」

 

 「あんまりそういう話をしすぎるとうちの作者は本気でやろうと思い始めますよ。そんなことしてるからQQ書いてるときは創作論破なんて二度と書かないって言うといて二作目書きよるし、二作目書いてるときはもう出尽くしたって言うてて三作目作っとるんです」

 

 「じゃあ三作目を書いてるときは、これで三部作堂々の完結!とか謳っておきながら四作目を考えたりするのかな」

 

 「強ちない話でもないんですよね」

 

 「いつになったら他の創作ができるようになるんだろうね」

 

 「こんなもんを自分で書いてる時点でもう手遅れやと思いますけどね」

 

 「し、辛辣・・・」

 

 「本編見てたらイライラしてくるんですよ。裁判の後、うちはほとんど泣いて謝ることしかできませんでしたけど、よう考えたらうちはなんも悪いことしてへんやないですか。なんで謝ってたんや。返してください」

 

 「いや僕に言われても・・・」

 

 「逆に他の誰に言うんですか。あの時のごめんなさいを返してください。はよう」

 

 「ぼ、僕が謝ればいいのかな?ごめんなさい・・・」

 

 「利子ついてないですよ」

 

 「この場合の利子ってなに?菓子折のこと?」

 

 「まあそれは後でええです。場面はどんどん進んでまうんで、後できっちり清算しましょう。きっちり」

 

 「二度言った!きっと大事なことなんだろうなあもう!」

 

 「穂谷さんはうちが笹戸さんを協力させるように仕向けたと仰ってますけど、そないなことできるわけないですよねえ。陰陽師をなんやと思てはるんでしょ」

 

 「しかも、穂谷さんも意図してなかったとはいえ、四章はまさにそんな感じの話だもんね。こんなに鋭いブーメランは久し振りに見たよ」

 

 「うちは今回の解説編で何度かもっと鋭いの見てます」

 

 「たぶん僕の発言のこと言ってるよね。心当たりはないけど」

 

 「今からその心当たりが始まりますよ。モノクマがわざわざこれを見せたんは、その方がうちらが絶望するからで、笹戸さんのお願いを聞いたわけとちゃうんで、そこは言っときます」

 

 「まあそりゃそうだよね・・・」

 

 「開口一番、黒幕の正体を大外ししてますよ。黒幕は“超高校級の絶望”ちゃいますよ」

 

 「いやそれは分かんないしさ・・・。たぶんそんな感じのなんかかな、て思ったから言っただけだよ。しかもそこは大して重要じゃないんだから流そうよ」

 

 「うちが裁判で勝った前提でずっと話してますけど、負けること考えてなかったんですか?学級裁判である以上、しかもクロであるうちが捜査に協力的である以上、バレる可能性だってあったんですよ?」

 

 「戦う前から負けることを考えるバカがどこにいるんだ!ってイノキさんが言ってたじゃないか。もちろん勝つと確信してたからこう言ったんだし、負けたときには全て無意味なんだから考えないよ」

 

 「誰に影響されとるんですか。プロレスなんか見ないでしょ」

 

 「でもあれだね。こうやって改めて自分の録画されてるのを見るのって・・・恥ずかしいね」

 

 「ホームビデオ見てんとちゃうぞお前」

 

 「お前!?」

 

 「冒頭からもう頭おかしいですけど、こうも口うるさく希望希望と言われると、ほんまイヤになってきますね。何が希望や。そら笹戸さんたちの勝手な思想をそう呼んでるだけで、うちらには何もええことないやないですか」

 

 「全体の話を通して晴柳院さんは、誰かの精神的支柱というか、心の拠り所になるキャラクターだったよね。出自がそもそもそんな感じだから。QQにおいては絶望はもちろん、希望もときには害になるっていうのがテーマのひとつだったから、ずっと辛い役回りを演じることになっちゃったね」

 

 「そうですね。最終章まで残ってる人のうち、清水さんと望月さんと曽根崎さんは3人とも、希望のせいで運命をねじ曲げられた人です。“才能”という希望に固執して身を滅ぼした清水さんと望月さん、希望を巡る旧学園派と新学園派の争いに巻き込まれた曽根崎さん」

 

 「あとの2人は絶望のせいで破滅したってことか。六浜さんは穂谷さんの絶望の踏み台にされて、穂谷さんも絶望に支配されて更なる悲劇に落ちていった・・・」

 

 「ちょっと先のお話をしてまいましたけど、五章の時点からもうQQはラストスパートが始まってるんですよ。希望と絶望の戦いやなくて、希望と絶望が人の運命を破壊していく様を描いてる、そんなお話なんです」

 

 「絶望は原作で嫌というほど人の運命を破壊してるから、ここで一発希望のせいで人が不幸になるところを見せたわけか。僕の希望で、希望の象徴とされてきた晴柳院さんが押し潰される」

 

 「そういうことです。なにが『希望の徒』ですか。キッショい名前つけて」

 

 「名付けたのはキミのおじいさんじゃないか!」

 

 「その義虎お爺様ですけど、笹戸さんはえらい尊敬してたみたいやけど、お爺様にとって『希望の徒』の活動なんてどうでもよかったんですよ。学園に自分の手先を潜り込ませる足がかりにするために結成しただけですから。せやから本来の目的はとっくに達成してるんですよ。はよ解散したらええのに」

 

 「組織っていうのは時代とともに変化してくものだよ。これでいいのさ」

 

 「あら、そんなあっさり」

 

 「義虎様が今の『希望の徒』に興味を持ってないことは、晴柳院さんが自分から『希望の徒』に接触してこないのを見れば分かるよ。もしまだ僕たちが必要だったら、晴柳院さんに何らかの言いつけをしてるはずだからね。そして、もしそんなことがあれば晴柳院さんはそれを忠実に守る。そういう人だからね」

 

 「ううっ・・・!」

 

 「ど、どうしたの?」

 

 「悔しい・・・!でもよう分かってはる・・・!」

 

 「なんでそんな同人誌みたいな言い方するの」

 

 「どう・・・?」

 

 「さ!!解説を続けようか!!ボタン押される前に!!」

 


 

 「この映像の中の笹戸さん、ファンアートも描いてもらってそれがまさにそうやったんですけど、めっちゃ怖い顔してるんですよ。なんかもう、色々捨てた人の顔してました」

 

 「捨てたっていうか、これから捨てるんだけど」

 

 「ああ。夕方のニュースで報道される人ってこういう人なんやなって」

 

 「無敵の人みたいに言わないで!?」

 

 「ある意味無敵でしょう。こういう独特の思想を持ってはる人は」

 

 「でも命のひとつひとつが大切だっていうのは間違ってないでしょ?それは道徳の授業で教わるじゃん」

 

 「そこから思想の広げ方がもうアカンのですよ。最高級の素材を揃えて全部ミキサーにかけるみたいなことです」

 

 「そんな無茶苦茶なこと言ってるかなあ。よくあるでしょ?自分の身を犠牲にしてバトンを繋いでくれた仲間のために主人公が力を奮い起こすやつ。ああいうことを言ってるつもりなんだけどなあ」

 

 「それは主人公やからですよ。それに主人公が自分から仲間に献身を強いてるわけとちゃいますし、ましてや第三者が勝手に舞台設定をしてるわけでもないです。笹戸さんがしたんは、()()しか見ずに結果だけ同じにしようとした歪な模倣です。狛枝さんの事件を模倣したんと同じで、意義を見失ってるんですよ」

 

 「め、めちゃくちゃ鋭い説教を受けている・・・」

 

 「反省会ですから。ちゃんと反省してください」

 

 「まあ結果的に失敗してる以上は反省すべき点はあるんだけど、1から10まで間違ってるっていうのはやっぱり納得が・・・」

 

 「せやから中身が伴ってないから1も10もないんですよ。前提がないまま進めんといてください」

 

 「だってあの生き残りメンバーの中じゃ、晴柳院さん以外に希望を背負えそうな人はいなかったんだもん」

 

 「ああ。それは言うてましたね。うちか清水さんかて」

 

 「清水くんは確かに晴柳院さんに勝るとも劣らない可能性を持ってたけど、本人にその気がなかったからね。希望を信じないし絶望もしない。せめて希望に縋るか絶望を嫌う気持ちを持ってたら、晴柳院さんといい勝負してたかも知れない」

 

 「清水さんの意思は尊重するのにうちの意思は尊重せえへんのですね」

 

 「そこはほら、晴柳院家っていうのは特別だからさ。でも晴柳院さんはそこの前提を無視してたことを指摘してるわけだ。うん、ちゃんと事前に話しておくべきだったよ。晴柳院さんがその気になってたら、きっとこの裁判には勝ててたはずだ」

 

 「なんでこう自分に都合のええようにしか考えられへんかなあ。うちがそんな計画に協力するわけないやないですか」

 

 「そっか・・・」

 

 「なんですかその残念そうな顔は。反省してます?ていうか反省する場所分かってます?反省してる雰囲気だけ出してやり過ごそうとしてません?そんな腐り万年平社員みたいな態度やったらいつまでもうちは許しませんえ!!」

 

 「お、落ち着いて晴柳院さん!一旦足下ろそう!机の上乗ったら危ないよ!」

 

 「勝手に人のことを値踏みするんも大概ですし!しかも自分勝手な基準で!あとなんかさらっと希望は前に進むんだって言うてますけど、お前がそれを言うなとしか思えへんわ!」

 

 「せ、せっかくだからそれは言いたいじゃん・・・」

 

 「あれはそういう使い方をする言葉とちゃうんです!絶望に負けへんように自分たちを奮い立たせるために使う言葉です!人に希望を背負うように強いる言葉とちゃいます!」

 

 「はい・・・」

 

 「あと一番キショいんがここですここ!」

 

 「ど、どこ?」

 

 「映像の最後!なんやねん!キミが希望になるんだよって!」

 

 「良い言葉かなって」

 

 「これあれですよね!?元ネタはもっと下世話なやつですよね!?同人誌とかで見る!」

 

 「知ってるんじゃないか!同人誌!かまととぶらないでよ!」

 

 「今そのウソどうでもいいでしょうが!」

 

 「ウソって!」

 

 「これで笹戸さんの録画映像は終わりです。改めて見てどうですか、てきくのもアホらしいですね。全然反省できてません」

 

 「これでも反省はしてるつもりなんだけど・・・」

 

 「こんな事件を起こしてうちを巻き込んだことを反省せえ言うてるんですよ。なのに笹戸さんが見てたんはどうすれば裁判に勝てたかでしょうが!反省点がズレとる!」

 

 「巻き込んだのはこの裁判になってからじゃないでしょ。学園にいたときから、ずっと僕らは見てたよ」

 

 「ほんまやったらボタン100回押してますからね。テンポ悪なるから押さえてるだけで」

 

 「まあでも、嫌と言えない晴柳院さんの善意に付け込んでたって言われるとその通りかも知れないね。いつも見られてるのが良い気しないのは分かるよ」

 

 「うちが背負ってたんは希望の徒だけやないんです。晴柳院家、ひいては日青会とその信者のみなさん全員の人生を背負わされてるんです。人が集まって同じものを信じるほど、信じられる側はその分の重荷を背負うことになるんですよ」

 

 「晴柳院さんが言うと重みが違う・・・」

 

 「せやからうちは絶対に折れるわけにはいかなかったんです。うちが折れるということは、多くの人たちの希望を奪うことになってまいます。でも、うちが耐えれば耐えるほど、のし掛かる重荷が増える一方で・・・」

 

 「おしおきもまさにそんな感じだったね。希望の象徴である自分の像に押し潰されるって」

 

 「そこはほんまに一瞬でしたけど、うちの人生そのものでした。おしおき直前に口を突いて出てきた、希望に呪われてるって言葉も、いま改めて噛み締めてます」

 

 「そのおしおきだけど、六浜さんが身代わりになろうとしてたよね。さすがにそんな展開はなかったけど、六浜さんが理屈もなにもなくただお願いするって、相当追い詰められてるね」

 

 「この段階でもう、自分が身代わりになることでしか他の人を救えないっていう、ある種の諦めが見えてきた感がありますね」

 

 「これがまた六章に繋がるわけだ」

 

 「って良い言い方をしてますけど、たまたまですからね。ものは言いよう、ものは取りようなんです」

 

 「ちょっと感動的なシーンだけど、そうして見てみるとちょっと・・・ね」

 

 「解説編なんてそんなもんです。冷静な目で見てたらあきませんよ」

 

 「ここで無情におしおきされてしまうのがやっぱり切ないね。しつこいけど、僕だってこの展開は望んでなかったんだからね?」

 

 「それはもちろんです」

 

 「おしおきタイトルはまあ・・・やっぱり、て感じだね。陰陽師と言えばすぐこれを連想した人も多いんじゃないかな」

 

 「今の若い人には伝わらへんのとちゃいますか。これが分かるのはもう中高生とちゃいますよ」

 

 「うちの作者はそういうちょっと古いネタよくやるからね。創作をするなら世の流行とかに敏感じゃなきゃいけないんじゃないの?」

 

 「でも流行は嫌でも情報が入ってきますから、ちゃんと分かってると思いますよ」

 

 「今の流行もちゃんと追えてる?」

 

 「もちろんですよ。全集中のアレですよね?鬼を結して滅するやつ」

 

 「結はしないよ?それもまた古いネタじゃないか」

 

 「伝わる人にだけ伝わればええやないですか。ついて来られへん人はしがみついてきてください」

 

 「そんな荒くれ小説、誰も読んでくれないよ」

 

 「その分ハンドル捌きで魅せるスタイルです。思いがけない急カーブで度肝抜いたりますよ」

 

 「晴柳院さん、いつからそんな走り屋みたいな考え方になっちゃったの」

 


 

 「ああ・・・ああああ・・・」

 

 「急におしおきシーンになってまともに見ちゃったね。自分が死ぬところ」

 

 「これはいくらなんでも辛すぎます・・・あのときの感覚が戻ってくる・・・!」

 

 「さっきも言ったけど、希望の象徴である自分の像に押し潰されるって、悲しい結末だったね。作者的にはおしおき後の、像の下から血の絡んだ黒髪がはみ出てるところがこだわりらしいよ」

 

 「なんやそのドブみたいなこだわりは」

 

 「ドブ呼ばわり!?」

 

 「敢えてこのパートの解説にうちと笹戸さんの組み合わせをぶつけるあたり、作者さんの性格の悪さいうか、下劣さが出てますよね」

 

 「そりゃ自分で自分がメインのところを解説した方が分かりやすいからね。ここから先はずっとこんな感じだよ?」

 

 「うちももっと平和なシーンの解説編がしたかったです・・・前回もおしおき編してたんとちゃいますか?」

 

 「前回は袴田さんとやってたね。袴田さんがいるってことは、一章のおしおき編じゃないかな」

 

 「なんで解説編でまで死神ポジションみたいな扱いになってるんですか」

 

 「それを僕に言われても・・・」

 

 「いつもはおしおきが終わったら次に向けての盛り上げとか、今章で脱落していった人たちの回顧があるんですが、今回はいよいよ最終裁判に向けてモノクマからの挑戦ですね」

 

 「このモノクマは、五章やったら最終裁判っていう展開をはじめから決めてたみたいだね。黒幕の目的がそうだったわけじゃなくて、ただそれまでのコロシアイの模倣だったんだけど」

 

 「展開上たまたまそうなったわけでもなくて、敢えてそうするっていうところが、模倣感を強めてますね。笹戸さんと一緒で、外側だけを繕って中身が全く整ってないです」

 

 「別にそれをテーマにしてるわけじゃないんだけど、なんか僕と黒幕で通じるところができちゃったね」

 

 「やっぱサイコパスなんちゃいますか?」

 

 「もういいってそれは!っていうかサイコパスだったとしても別に人を傷付けなきゃいいでしょ!?」

 

 「傷付けたところを振り返ってきましたけどもね。結局今回だけでは笹戸さんを反省させることはできませんでした。あきませんねこれは。もっと強い刺激が必要みたいです」

 

 「安易にエスカレートさせていかないで」

 

 「これを見てはる皆さんも、こういう檻があるところなら笹戸さんと一緒でも安全ですからね」

 

 「僕のことトラかなんかだと思ってる?」

 

 「チャドクガぁ・・・ですかね・・・」

 

 「また微妙に古いネタを・・・。って誰がチャドクガ!?通学路の草むらにわいて注意喚起される害虫じゃん!」

 

 「全国共通みたいに言いますけど、そないにメジャーちゃう思いますよ」

 

 「なんか今回の解説編、穂谷さんとやる以上に消耗した感じがする。精神的にも、肉体的にも・・・」

 

 「うちは前回と同じような感じでした」

 

 「嫌だった?」

 

 「はい、嫌な気持ちにはなりました。全部が全部そうやってわけでもないですけど」

 

 「そうなの?」

 

 「そりゃうちかて、記憶を取り戻す前の笹戸さんのことは悪く思うてなかったんですよ。今回でちゃんと反省してくれたら、また一からやり直そうとも思てたんです」

 

 「そ、そうだったの・・・なんかものすごく惜しいチャンスを逃した気がする」

 

 「やからうちとしては、ちゃんと反省してほしかったです」

 

 「今になってものすごく申し訳ない気持ちになってきた・・・後でオフレコの延長反省会する?」

 

 「いえ、意味がないのでやりません」

 

 「意味がないんだ・・・」

 

 「でもやっぱりこうやって誰かと膝を突き合わせてお話するんは嫌いやないです。それに、今はなかなかできないご時世になってきてますから、お話の中だけでもこういうことができるのは嬉しいことやと思います」

 

 「い、い、良い子だなあ・・・なにこの子。天使?」

 

 「まだボタンが押したりひんみたいやね」

 

 「ま、待って!待って!もう終わりだからせめて最後までいかせて!ちゃんと最後の挨拶したら何回でも押していいから!最後くらい決めさせて!」

 

 「処刑を待つ身で厚かましい」

 

 「しょ、しょしょ、処刑!?いよいよそこまできちゃったの!?」

 

 「ほな早いところ終わりにしますか?うちはもうたくさんなんで、いつでもいいですよ」

 

 「言葉の端々に棘があるなあ・・・じゃ、じゃあ僕が〆るから、晴柳院さんからお別れの挨拶、どうぞ」

 

 「はい。それではここまで読んでくれはったみなさん、ありがとうございました。今回はうちの力不足で笹戸さんを反省させることはできませんでした。ごめんなさい。でもいつか、ちゃんとうちが皆さんの前で笹戸さんに土下座をさせるんで、信じていてください」

 

 「最近金融ドラマ観たのかな?」

 

 「それでは、ここまでのお相手は“みっこみこにしたります!”、晴柳院命と!」

 

 「(ボ、ボタン構えてる・・・)“キミは希望になるんだよ”、笹戸優真でした・・・」

 

 「それを最後の台詞に持ってくるところとか、ほんまにキショいです。ほな皆さん、またどこかで」

 

 【WARNING!!WARNING!!】

 

 「おんどりゃあゴルァ!!アリーヴェ・デルチだこの野郎!!」

 

 「うひゃあああああああっ!!」

 

 「さいなら〜」




今年はこれが更新納めです。
実はもっと早く書きあげていたんですが、間違って全部消してしまって悲しみの中、丸ごと書き直しました。
同じような話を書いたのに、全消し前とは全然違う展開になってしまいました。ポイントは押さえてるので、二人の掛け合いの違いだけですが。
それでは皆さん、良いお年を。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六章「一寸先を照らす灯火 捜査編」

 

 こちらは、『ダンガンロンパQQ』の解説になります。

 本編を読了していることを前提に執筆しているため、本編についてのネタバレが多分に含まれています。

 まだ本編を読まれていない方はご注意ください。

 


 

 「はいどうもー!メガネのスペアは襟の裏!“超高校級の広報委員”の曽根崎弥一郎でーす!みんな久し振りー!さて、今回の解説編はボクが担当することになってるんだけども、みんな知ってるよね?解説編はいつも二人一組でやるもんだよね!だから今回もボクの他にもうひとり解説者が・・・っていうかスペシャルゲストがいます!じゃあゲストの方、自己紹介どうぞ!」

 

 「よう、みんな初めましてだな。“超高校級のハッカー”、引地佐知郎だ。弥一郎の先輩で同じ広報委員をやってて、今回は一緒に解説編をさせてもらうぜ。よろしくな」

 

 「わーい!先輩だ先輩だ先輩だー!引地先輩と解説編だー!」

 

 「落ち着けよ弥一郎。何をそんな楽しそうにしてんだよ」

 

 「そりゃ楽しそうにもしますよ!先輩と解説編ですよ!ボクずっと楽しみにしてたんですから!前に晴柳院サンとの解説編で袴田サンが出たときに、こりゃワンチャンあるぞ!ってずっと思ってたんですよ!」

 

 「ずいぶん前だなあ、それも。俺もこうしてまた弥一郎とゆっくり話す機会ができて嬉しいぜ」

 

 「まさかここで引地先輩が登場するなんて、きっと誰も想像しなかったですよ。みんなびっくりしてますよ」

 

 「そうだな」

 

 「だって本編じゃ名前が出て来ただけでろくな台詞の一つもなく、番外編や小話ではその影すら見せず、設定がないことが設定なんていうほぼモブキャラのためのフォローみたいなこと言われてた先輩が、こうやってガッツリ出番と台詞を貰えてるんですよ?嬉しくないわけないじゃないですか!」

 

 「・・・うぅん?弥一郎、お前、さり気なく俺のことディスってねえか?ていうかディスってるよな?」

 

 「とんでもないです!尊敬する先輩をディスるわけないじゃないですか!今回はボクが先輩を立てて、引地佐知郎はこんなにすごいんだぞ、っていうのをしっかりみんなに伝えますから」

 

 「そ、そうか?うん、じゃあまあよろしく頼む」

 

 「はい!なので先輩もリラックスしてくださいね。直前までどういうキャラで行けばいいか悩みに悩んで、結果器が広くて爽やかな面倒見いいお兄ちゃん属性の先輩キャラでいこうと決めたんですから、もっと肩の力抜かないと」

 

 「全部言うなよ!!やっぱお前俺のことディスってるだろ!っていうかナメてんだろ!?」

 

 「ナメるなんて、そんなわけないじゃないですか。ボクがどれくらい先輩のこと慕ってるか、本編読んでれば分かることですよ!これ読んでる皆思ってますよ。ザキソネは先輩思いの良き後輩だって」

 

 「いや、お前は自分が一番次男タイプだ。というか本編読んで清水に対する態度見ててそんな風に思うやついないだろ」

 

 「ううん、さすが先輩。やっぱりボクのことよく見てますね!」

 

 「当たり前だろ。っていうか全然変わらねえな、お前は。広報委員にいたときから毎日スクープスクープで、妙に勘が良くて生意気で、目が離せないやつだ」

 

 「先輩風吹かせてるところ悪いんですけど、まだみんなが先輩のことよく分かってないんですよ。その辺の話から始めていいですか?」

 

 「わざと俺の話の腰折ろうとしてるだろ。お前は俺がどう見られてほしいんだ」

 

 「そりゃ良き先輩ですよ。後輩思いで優しくて、ボクが何やっても笑って許してくれる懐のふかぁ〜い先輩!」

 

 「ただやりたい放題したいだけだろ!」

 


 

 「さて、解説編とはいえボクたちを含めて3組で六章全部とエピローグをやるから、1組が担当するパートは実はいつもよりちょっと短いんだ」

 

 「そうなのか」

 

 「だからいつものように、というかいつも以上に、本編以外の、重要でもなんでもない、本編とは全くこれっぽっちも関係がない脱線話を膨らませて文字数を稼ぐとするよ。先輩もなるべく無意味に長い言葉を使ったり冗長な構文を多用したりして文字数稼ぎに協力してくださいね」

 

 「みなまで言うなみなまで。こういうのは普通に話しててうっかり長くなるのが粋なんだろ。敢えてそうしたらそれこそ駄文になっちまうだろ」

 

 「南阿蘇水の生まれる里白水高原駅」

 

 「なんで急に日本一長い名前の駅言った?」

 

 「解説編ってこういうことですよ」

 

 「絶対違うだろ!」

 

 「いやあ、ボクもなんだか感覚忘れてるところがあるみたいです。ボクが前に解説編に登場したの、それこそ一番最初、トップバッターでしたから。あれからもう2年以上経ってるんですよ」

 

 「おお、そりゃ確かに長いな。2年もブランクがあったら感覚忘れるのも無理はない。そもそもこの解説編って、どういうコンセプトで始まったんだ?」

 

 「あ、いきなり本編とは全然違う方向に話を広げようとしてくれてる。よっ、さすが先輩!ナイスパス!」

 

 「ナイスパスだと思うならそのまま受け取れよ!なんで一回場外にボール捨てるんだよ!」

 

 「例えツッコミもイイ感じですよ」

 

 「やめろ恥ずかしい。いいから早く質問に答えろよ」

 

 「解説編のコンセプトですよね?これはまあ、名前のとおりお祭り企画なんですけど、何かしらの創作をしてると、完結後になってから、あそこはああしとけばよかったなあ、とか、この部分はこういう意味なんだけど伝わってるかなあ、とか感じることあるじゃないですか」

 

 「そうだな」

 

 「うちの作者もちょこちょこそういう情報は発信してたんですけど、どこで何を言ったか、何を言ってないか、どんどん分からなくなってくるんですよね」

 

 「そりゃあな。所詮小話だろ」

 

 「だから、だったらいっそのこと全部書く場を設けようということで、この解説編が始まりました」

 

 「完結から1年近く経ってからか。二作目も書いてる途中だったのに」

 

 「もうその二作目も終わっちゃいましたけどね」

 

 「イカレてる・・・よな?」

 

 「まあちょっと」

 

 「それで作者がスッキリするならいいけどよ。で、今回俺たちは何を解説していけばいいんだ」

 

 「六章の前半ですね。他の章と違って日常編はなくて、最初っから捜査編です。黒幕との最終裁判に向けて、合宿場の未開放スペースを全て捜査して、真相の手掛かりになる情報を片っ端から集めていくところです」

 

 「原作でもあったな、そういうシーン。ただ情報を集めるだけじゃないだろ?ここまで5回のコロシアイと学級裁判を生き残ってきたやつらなんだから、そういう決意とかを固めるシーンでもあるだろ」

 

 「そうですね。必然的に清水クン視点になっちゃいますけど、できれば清水クンの内面とかも解説していけたらと思います」

 

 「ちゃんとやればできるんじゃねーかよ。やれよ」

 

 「先輩こそできますか?本編では台詞もなかったのに、ボクらと温度差感じてたりしません?」

 

 「そこはちゃんと合わせるから余計なこと言わなくていいんだよ!だいたい、俺がこのパートに宛がわれたのだって、ここで俺の名前が出て来るからだろ」

 

 「ボクの広報委員の先輩とか、“超高校級のハッカー”がいるっていう情報は前から出てましたけどね。あ、ちなみにそのときは伏線でもなんでもないです。後から要素を拾っただけで、特に引地先輩の登場をここで盛り上げる意図とかなかったんで」

 

 「ああそうかい!!」

 


 

 「本編の解説に進む前に、もうちょっと引地先輩のこと話していいですか?」

 

 「もうだいたい言っただろ?“才能”と、名前と、弥一郎との関係性と・・・それくらいじゃね?」

 

 「まあまあ。設定がないのが設定とはいえ、そんな引地先輩のことも解説しておきたいんですよ。これも解説編の一部ですよ」

 

 「腹立つ後輩だなこいつ」

 

 「引地先輩の名前ですけど、変でしょ?」

 

 「曽根崎弥一郎に言われたかねえよ!」

 

 「ボクの名前はもうみんな何回も口に出してるから馴染んでますけど、引地先輩はそうじゃないじゃないですか」

 

 「それ言われたらなんも言えねえ」

 

 「ですからちゃんと説明しておきますね。引地先輩の名前は、不二咲千尋のアナグラムです。同じ情報系の“才能”ってことでね」

 

 「原作でも苗木と狛枝はアナグラムの関係になってるって言われてたもんな。あんな感じでなんか関係あんのか?」

 

 「特にないです。“才能”の系統が近いってこと以外なんにもないです。なんにも」

 

 「何もないことを強調すんな。ちょっとぐらい関係ねえのかよ」

 

 「ええ・・・もう、めんどくさいなあ。まあ声は同じでもいいんじゃないですか?」

 

 「悪くないな」

 

 「先輩自分のこと可愛いって思ってる節ありますもんね」

 

 「ねえよそんな節!設定がねえからってなんでもかんでも適当に乗せようとすんな!」

 

 「でも本当に先輩って設定ないじゃないですか。真面目な話」

 

 「急に真面目なトーンになったなオイ。テンションの乱気流がひどい」

 

 「え、なんですかその例えツッコミ」

 

 「やめろ恥ずかしい」

 

 「ですからね、ここでボクがひとつ、斬新な企画を持って来ました。これでこの解説編も大盛り上がりすること請け合いです!」

 

 「不安しかないけど一応聞くか。どんな企画だ?」

 

 「題して、『深層心理の底まで丸裸!引地先輩に100の質問』〜〜〜!!」

 

 「20年前に通り過ぎた企画じゃねえか!!下らねえより先にしょうもねえより先に懐かしいって思ったわ!!」

 

 「この前部屋の掃除してたら見つけたノートに書いてあって、逆にこれだ!って思ったんですよね」

 

 「逆にじゃねえかよ」

 

 「でもさすがに本当に100問やるわけにはいかないんで、ボクが選抜した5問でやってもらいます」

 

 「そこはちゃんと本来の企画に合わせるんだな」

 

 「では五月雨式に質問していきますので、ノンストップで答えていってくださいね!いきますよ!」

 

 「えっえっ」

 

 「Q.誕生日は?」

 

 「えっ、あっ、に、2月4日」

 

 「Q.お風呂に入ったらどこから洗う?」

 

 「一番くだらねえ質問すんな!えっと、鎖骨」

 

 「Q.最近聞いてる曲は?」

 

 「なんだその質問!?あー、あれだっ、夜に馳せる」

 

 「Q.魔法がひとつ使えるならどんな魔法?」

 

 「ウィンガーディアムレヴィオーサ」

 

 「Q.こんな希望ヶ峰学園は嫌だ。どんなの?」

 

 「隠蔽のために生徒を消す」

 

 「はい終了でーす!お疲れ様でしたー!」

 

 「本当にこの5問でいいのか!?もっとあっただろ聞くべきことが!」

 

 「ボクなりにめちゃめちゃ考えて絞ったんですよ。1枠余ったんで大喜利入れときましたけど」

 

 「20倍濃縮しといて余らすな!だいたい大喜利でもなんでもねえただの体験談じゃねえかよ!」

 

 「それは先輩のせいです。じゃあひとつずつ見ていきましょうか」

 

 「振り返ったところでなんにもならない情報がほとんどだったけどな・・・」

 

 「えっと誕生日が2月4日ですね。これはいいとして」

 

 「よかねえよ!唯一まともな情報らしい情報だわそれが!深掘れ!」

 

 「深掘れったって、誕生日の情報なんて、それ以上でもそれ以下でもないじゃないですか。あ、でも“製造日”の逆算なら──」

 

 「そうじゃねえよ!!やめろ気色悪い!!」

 

 「じゃあなんだっていうんですか」

 

 「QQメンバーの誕生日はちゃんと意味があって設定されたもんなんだろ。六章でもそれが重要な証拠になるじゃんか」

 

 「ああ、その話ですね」

 

 「普通にその話になるもんだと思ってた。ていうか自分で言うのも野暮ったいし、弥一郎から言ってくれよ」

 

 「それってお願いですか?それともおねだり?」

 

 「命令してもいいんだぞ」

 

 「怖いなあ。はいはい分かりましたよ。え〜っと、QQメンバーの誕生日は、誕生花とその花言葉から決まってますね。六章ではある人のその設定が活きてきますけど、それはもうちょっと後の話になるので今はしないでおきますね」

 

 「たとえば弥一郎の誕生日は1月28日。誕生花はキンギョソウで、花言葉は『おしゃべり』。ぴったりだな」

 

 「そうですね。で、引地先輩の誕生日、2月4日の誕生花はボケです」

 

 「ボケェ!?」

 

 「きれいな花ですよ。よく庭園樹として栽培されてますし、花は生薬や果実酒に利用されてます。名前とは裏腹に優秀な植物ですよ」

 

 「いや、まあそうか・・・ちょっと名前はアレだけど、まあ植物の名前だしな。そもそも、呆けってのはただの訛りだしな」

 

 「で、そのボケのボケボケな花言葉なんですけど」

 

 「やっぱいじってんじゃねえかオイ!!」

 

 「ボケの花言葉は『先駆者』です。基本、ひとつの花にはいくつかの花言葉があるものなんで、他にも『平凡』『妖精の輝き』『指導者』なんてのもありますけど、先輩にぴったりなのは『先駆者』ですね」

 

 「『先駆者』か。いい響きだな」

 

 「ボクらの先輩っていうのが、先輩の数少ないアイデンティティのひとつですもんね」

 

 「ことあるごとにか、この野郎」

 

 「これは別にコロシアイの先駆者ってわけじゃなくて、ボクらが最終的に行き着く結論に、先輩は一足先に近付いてたっていうことですね。希望ヶ峰学園に切り捨てられた先達と言ってもいいかも知れません」

 

 「やな先達だな。実際その通りだからなんも言えねえしよ」

 

 「誕生日の話はこんなところですかね。あとはもうどうでもいいですかね」

 

 「どうでもいい質問してんじゃんかやっぱ!」

 

 「どうでもいい質問だったし、答えも大して面白くなかったので」

 

 「やかましいわアホ後輩!」

 

 「次はもっと上手くやってくださいね、先輩」

 


 

 「弥一郎がふざけるせいで全然話が進まん。早いところ本編の解説しよう」

 

 「ふざけてるわけじゃないですよ。ただ、あんまりあっさり終わっちゃうと寂しいじゃないですか」

 

 「まあ物足りなくは感じられるかも知れないな」

 

 「そうじゃなくて、ボク、久し振りに先輩とこうしてお話してるんですよ?それなのに本編の解説だけしてはい終わり、なんて寂しいって言ってるんです。あんまり真剣に言うのは恥ずかしいから、ちょっと茶化しちゃったりもしますけど、ボク、先輩と話ができて嬉しいんですよ?」

 

 「そういうのは終わりが近付いてきてから言おうな。今だと取り繕ってるのバレバレだから」

 

 「ありゃ。やっぱバレちゃいました?」

 

 「どんだけお前と一緒に広報委員やってたと思ってんだよ。分かるわ」

 

 「う〜ん、清水クンだったら今のは悪態吐きながらも満更じゃない感じ出すんだけどなあ」

 

 「なんだかんだで清水とも仲良いよな。気が合ってるわけでもないんだけど、付き合いの長さで強引に仲良くなったというか」

 

 「一応、ボクそういうポジションのキャラクターとして作られたんで。清水クンを放置してたら主人公ムーブどころか普通のモブムーブすらしそうにないじゃないですか」

 

 「確かに、よく部屋で寝て過ごそうとしてたよな。寝るのが好きっていうより、他にすることがなかったって感じだ」

 

 「だからボクみたいなウザキャラが引っ張っていかないと何にもしないんですよ」

 

 「引っ張ってたなあ・・・シナリオ的にも物理的にも。お前のどこに人ひとり引っ張る力があったんだ」

 

 「ギャグ時空っていうのは便利なんですよ、先輩」

 

 「こいつ・・・!本編に出てない俺への当てつけか・・・!ギャグ時空もシリアス時空もない俺に対する嫌みか・・・!」

 

 「それは考え過ぎです」

 

 「六章が始まるにあたって、曽根崎の正体にまず焦点が当てられてるな。やっぱり記憶を取り戻してたけどそれを黙ってたことと、学園と何かあったって臭わせてたのはデカいな」

 

 「ここのボク超シリアスですね。ウケる」

 

 「自分の見せ場でウケてたらもう人間終わりだろ」

 

 「未来機関からの差し金で学園を監視する立場、て言ったらそうかも知れないけど、結局は先輩の任務の引継だからなあ。それに、その先輩だって未来機関のメンバーってわけじゃないし」

 

 「卒業生しか所属できない以上、現役の生徒がメンバーになるわけはねえからな。まあそういう形になってるだけで、実際にはメンバーもその差し金も同じようなもんだ。あ、モノクマが戻って来た」

 

 「ちょっとだけ情報を出して余計に正体をぼかすやつですね」

 

 「なんでここで全部言っちまわなかったんだ?」

 

 「そりゃ、もし黒幕に勝って学園に戻ることができても、ボクたち自身の問題は解決してないからですよ。それ以上の爆弾も抱えて帰ってきますし。だから学園がボクを消そうとしてきても、他のみんなを巻き込まないように、ボクなりに配慮したんです」

 

 「うちの作者って、やたら希望ヶ峰学園をどす黒い機関に描くよな。自分たちでスカウトした生徒を消すって、どうやったって隠蔽できないだろ」

 

 「それができちゃうのが希望ヶ峰学園なんですよねぇ〜」

 

 「こいつムカつくな」

 

 「全国から“超高校級”の“才能”を持った高校生を集められる集団なんですから、何ができてもおかしくないんですよ。そうした方が都合もいいですし」

 

 「まあそりゃそうだけどな。結局のところこの話って、希望ヶ峰学園がきちっと未来機関と連携とったり内部で話し合いとかを設けてりゃ起きなかったことだよな?大人の怠慢で子供が大勢死んでるぞ」

 

 「だからこれを見てる大人の皆さんは、ちゃんと子供たちに背中を見せて恥ずかしくない人生を送りましょうね!子供たちっていうのは大人の背中を見て大きくなるんです!あなたが望む望まないとにかかわらず、新しい子供たちがもうキミの後ろを歩いてるんです!」

 

 「どうしたどうした。オイどうした」

 

 「ボクたちはちょっと先で待ってます」

 

 「いつからお前は大人に対して上から物が言える立場になったんだよ」

 

 「少なくともあの希望ヶ峰学園の人たちよりはマシじゃないですか?袴田サンの件だって隠蔽しようとしてましたし」

 

 「ああ。あれな。それもあるし、清水を退学にさせられなかったのも、希望ヶ峰学園っていう名前に泥を塗りたくなかったからってのが一番でかいからな」

 

 「実際の高校でも退学処分なんて相当なことがない限りは下されないですからね。その可能性を仄めかされるだけでも、清水クンがどれだけややこしい人だったかは想像できるかと」

 

 「清水も大概タチ悪いが、お前もだぞ」

 

 「ボクがですかあ?そんなことないですよ。ボクだって問題児とされた理由、学園側の都合ですからね?」

 

 「でも合宿中の様子見てたら、いずれ別の形で問題児になってたように見えるぜ」

 

 「そこは大丈夫です。問題になるギリギリのところで止める、そういう駆け引きもジャーナリストには必要なスキルなんです。って、先輩に教えてもらいましたよ」

 

 「ギリギリで止まるのはほぼアウトだからな。一度はまだいいけど二度、三度とそれをやったらほぼアウトはマジアウトになる。それを分かっとけ」

 

 「あははっ、前と言ってること違うや。なんだそれ(センパイノコトバハタメニナルナア)」

 

 「口に出す言葉と心の中の言葉が逆だ!心の中でも棒読みってどういうことだ!」

 

 「さっすが先輩!人の心を読むメタ技術はいまだ健在ですね!」

 

 「ここはしっかりお前に教えた覚えがある」

 


 

 「最終裁判に向けた準備をするにあたって、改めて合宿場を全部見直す必要があるんだよな」

 

 「別に一箇所に証拠を集めておいてもよかったんですけど、やっぱり合宿場を歩き回れば、これまでの事件のことが思い起こされるじゃないですか。清水クンにはちょっと似合わないですけど、それでまた決意を固くするっていうためでもあるんですよね」

 

 「清水も言ってるように、今の段階じゃまだ生き残りメンバーはバラバラだからな。団結するためにはひとりひとりとの話し合いが必要だろ」

 

 「そんな清水クンだけど、まずは自分が黒幕に立ち向かう覚悟を決めるところからですね。食堂でモノクマと一対一で話し合います。実は清水クンってあんまりこういう感じにモノクマと接したこと少なかったんだけど、六章になって主人公力もあがってきたからなんかサマになってるね」

 

 「最初のファイルは学園の“才能”研究か。色んな創作論破や考察や、公式媒体からの情報供給のおかげで、どこからどこまでが公式設定かよく分からなくなってきちまった」

 

 「希望ヶ峰学園が、学園であると同時に“才能”を研究する機関だっていうのは公式設定だったはずですよ。確か」

 

 「ホレ見ろ。ちょっと自信ないだろ」

 

 「下手なこと言って余計なトラブル起こしたくないですからね。あくまでQQ内での設定だっていうことをここでもう一度言っておきますね」

 

 「“才能”の物質化。そんなことができたらどんだけいいか。自由に“才能”の付け外しができるようになったら、どんなことになるんだろうな」

 

 「ゴミを木に変える“才能”とか?」

 

 「その世界観の“才能”はサブ要素だろ。付け外しっていうか、増えたり減ったりはするけど」

 

 「清水クンにとって“才能”の話は地雷も地雷だから、これを最初に見つけるあたり清水クンってある意味持ってますよね〜」

 

 「あからさまにイラついてるな。お前どんだけ清水のこういう顔好きなんだよ」

 

 「良い音がする太鼓って叩きたくなるじゃないですか。清水クンのリアクションが面白いからついついいじめたくなっちゃうんですよね」

 

 「その分だけデカいしっぺ返しも食らってると思うが・・・まあ、お前がいいならいいけど」

 

 「まずは、希望ヶ峰学園が“才能”の物質化研究を行っている、てことを覚えておいてくださいね。これが全てのはじまりで、根幹になるから」

 

 「俺と曽根崎が未来機関から指示を受けて探ってたのも、その物質化研究についてだったからな」

 

 「その後に清水クンが出会ったのは、資料館で演奏をしてる穂谷サンだね。穂谷サンが楽器を演奏しに資料館に行ったことは分かってたはずなのに敢えてそこに行くって、清水クンも実は穂谷サンのことを心配してたり?」

 

 「まさか。寄宿舎から近くて行きやすかったからだろ」

 

 「相変わらずこの穂谷サン(バーサーカーモード)は何言ってるか分からないですね。一応会話が成り立ってるように見えて、微妙に噛み合ってないというか」

 

 「けどよくよく読んでみれば、穂谷だって鳥木が死んだことを受け止めはじめてて、しかも高慢に振る舞ってた自分を客観的に見始めてるようにも捉えられなくもないぞ」

 

 「なくもないこともなかったりしないですね」

 

 「どっちだ?」

 

 「なんだかんだで清水クンにモノクマファイルの在処のヒントを教えたりしてますから、結構協力的なんですよね。やっぱり鳥木クンのことを認められないと言いつつも、黒幕には一矢報いたいと思ってるんですかね」

 

 「誰かの殺意を思い起こさせる場所。つまるところ、今までコロシアイがあったところってことだよな」

 

 「清水クンの性格的に、他の主人公みたいに今まで死んでいった人たちに思いを馳せるっていうことはあんまりしないですからね。主人公らしいことをさせるための工夫です」

 

 「よくある最終決戦前の演出も、清水クンにやらせようとすると、ちょっと工夫とか説明が必要になるものなんです。困った主人公ですよね」

 

 「お前だってその工夫のひとつだろ」

 

 「実は・・・そうなんです。ボクも世界のカラクリの一部なんです」

 

 「そんな重大発表でもねえわ。ずっと前から言われてただろ」

 

 「清水クンを放っといたら何にもしないってことで、ボクが引っ張って行くっていうね。さっきも言いましたけど」

 

 「さすがに六章にもなれば清水も動かないわけにもいかないから、真面目に捜査してるな。2つめのモノクマファイルもゲットだ」

 

 「これはプランDの経過報告書ですね。ここで初めて先輩の名前が出ますよ!引地佐知郎が『ダンガンロンパQQ』に登場した瞬間です!」

 

 「まだ何者か全然分かってないけどな。それより、このプランDって薬を投与して感情を消す実験だろ」

 

 「はい。望月サンが被験者になっていた実験ですね。ここで名前を出すわけにはいかないので黒塗りにされています。あと、プランDのDはDrugのDです」

 

 「薬ってことだな。そのまんまだ」

 

 「適当につけると作者が名前を忘れるので」

 

 「ダメ作者が」

 

 「ちなみに1つめのファイルにもあった報告者の名前ですけど、原作キャラの名前の漢字それぞれを反対にさせたやつです。それぞれ誰を由来にしてるか、考えてみてね」

 

 「要するに、報告者の名前を反対にしていけばなるわけだからな」

 

 「AHー0625の方はなんか由来ありましたっけ?」

 

 「AHの方は忘れたな。なんだっけか」

 

 「ここでどっちも忘れてたらもう迷宮入りですよ。アホトキシンとかじゃないんですか?」

 

 「もうそれでいいよ。0625の方はちゃんと由来あるからな」

 

 「1÷16=0.625ですからね。なんで1÷16なのかは、QQを最後まで読んだ人なら分かるよね」

 

 「要するに薬の名前も報告者の名前も、実験の名前も大した由来はないわけだ」

 

 「ぶっちゃけその辺はどうでもいいことですからね。全ては、些事・・・」

 

 「肌白いやつが何言ってんだか」

 

 「あ、むつ浜サンだ」

 

 「とうとう清水もむつ浜呼びしてんな。すっかりお前の付けたあだ名が馴染んじまったみたいだ」

 

 「きちんと訂正するお決まりのやり取りも欠かさない、さすがむつ浜サンだね!」

 

 「ウチの作者こういうの好きだな」

 

 「こういうのが一個あると、単調な会話にリズムが生まれて良いんですよ。こういう設定があると便利ですよね〜」

 

 「設定・・・そうだな。設定があるといいよな」

 

 「いいですよ」

 

 「臆面もなく嫌みを言いやがって」

 

 「むつ浜サンが見つけてたモノクマファイルは、過去のコロシアイについての記述だよ。これも原作をプレイした人にとっては今更なことだから、さっくり振り返っていきますよ」

 

 「原作の被害者はともかくとして、クロの死因ははっきり描かれてなかったよな?」

 

 「しかもおしおき死ですから、めちゃくちゃな死因です。一応それらしい死因を書いたのを褒めてほしいくらいです」

 

 「誰にだよ。っていうか半分は脳機能の停止で済ませてるじゃねえか」

 

 「そっちは設定的に現実ではそうですから。しかも公式ではちゃんと生き返ってますしね」

 

 「まあよくあることだ。議論スクラムだって名前だけで想像して、結局かすりもしなかったし」

 

 「それよか先輩、ひとつ質問いいですか!?ずずいっと!」

 

 「近いな急に!ディスタンス取れや!」

 

 「原作2作目の死亡者リストに、七海さんの名前が無いのはなんでですか!?」

 

 「うるせえなあ!なんなんだ急に!」

 

 「なんでなんですかって」

 

 「ですかってって・・・。そりゃコロシアイで死んだやつのリストだからな。七海はコロシアイで死んだわけじゃない。原作で狛枝を殺したのは七海本人じゃなくてそのアルターエゴだから、リストにはない」

 

 「残酷なこと言うなあ。ひどいですよ先輩」

 

 「お前が言わせたんだろ!そのためか!ハメたな!」

 

 「読み終わった後の清水クンも、開口一番読まなきゃよかったって言ってますよ。読者の皆さんには既に分かり切ったことですから、そこまで感じなかったと思いますけど」

 

 「六浜はこのファイルから、QQのコロシアイの黒幕が江ノ島とか“超高校級の絶望”とも違うって読み取ったんだな。どこからどう読み取ったら分かるんだ」

 

 「それはまあ、六浜サンの“才能”がそういうことなんで。一応、モノクマの目的は既にぼんやりと明かしてますから、それと江ノ島サンじゃ方向性が違うって推察はできるようになってます」

 

 「六浜だったらそれ以上に色々と頭ン中で突き止めてそうだけどな。まったく便利な“才能”だ」

 

 「作者的にもすごく便利で助かってました!」

 

 「古部来も日頃からあれこれ考えて脳みそ酷使してるって設定だけど、六浜も大概じゃないのか」

 

 「その上、古部来クンより責任感が強いし常識的な感性も持ってるから、余計に負荷がかかってるかも知れないですね。誰かサンのせいで」

 

 「6割くらいはお前だ」

 

 「でも6章までしっかり耐えてきたんですから、むつ浜サンはやっぱりすごいなあ」

 

 「他人事みたいに言うなよ」

 

 「これまで見つけたファイルは六浜サンにきちんと渡して、情報共有も欠かさない。清水クンもしっかり連携が取れるようになってきたね」

 

 「さすがに5回もやってりゃ、情報共有をサボることは自分ひとりで裁判を叩くハメになるってことに気付いたか」

 

 「でも情報共有する相手が本当に信頼できる相手かどうかっていうところまで、考えてはなかったみたいですね。この場合は黒幕かも知れないってことです」

 

 「六浜が黒幕って可能性は考えなくていいと思うけどな。ここまでずっとコロシアイに反対し続けてきたし」

 

 「誰が黒幕でもおかしくないのが創作論破ですよ。序盤に死んだ人が黒幕だったり、全然関係ないキャラが黒幕だったり、そもそも黒幕なんかいなかったり」

 

 「色んなパターンがあるんだなあ」

 

 「これがイマドキ流行りの多様性です」

 

 「違う」

 

 「まあちょっとこの時点ではまだ足りないとは言え、清水クンも成長してるってことです」

 

 「確かに真人間に近付いてはいるっぽいけど、まだ全然だな。情報を集めるってんなら、六浜くらいの勘の良さは必要だ」

 

 「いやあ、勘の良さっていうかむつ浜サンの場合は論理だけど」

 

 「黒幕の意図を考えて大浴場のロビーだけを探索するってのはいい案だ。一口に黒幕の意図っつっても、普通はコロシアイをさせるってことまでで思考が止まる。最後の学級裁判を行うにあたって、単に情報を与えるだけじゃなくて捜査をさせることの意味まではなかなか意識が向かねえ」

 

 「それを平然とこなすのがむつ浜クオリティ。さすがにファイルの内容までは『予言』できないみたいだけど、ファイルの在処はぴったり的中させられてたね」

 

 「今度のファイルは“超高校級の問題児”についてだな。合宿場に押し込まれたやつらが抱える問題と卒業条件、つまりはこの合宿場から脱出する条件のことだ」

 

 「それぞれみんなの性格や境遇を考えたら、無茶苦茶なことが書いてあるっていうのは分かりますよね。もしかしたら学園側は、本気でボクたちの問題を解決するつもりなんてなかったのかも知れないですね。合宿場に押し込んだまま卒業を迎えさせて、学園に残った人たちとは別枠で卒業させるつもりだったのかも」

 

 「またあくどい解釈するなお前は。まあうちの希望ヶ峰学園ならあり得るってのが悲しいところだが」

 

 「希望ヶ峰学園とか未来機関とか、そういう大きな組織を悪っぽく書いとけば、色んなことに説明が付けやすいですから。人を拉致監禁してコロシアイをさせるのに、そういう大きな組織の力が関わってるってことにしとけば、細かいところ考えなくていいじゃないですか」

 

 「原作の黒幕は個人事業主だっただろ」

 

 「確定申告しそうな言い方しないでください」

 

 「ここで六浜が言ってるけど、清水より望月の方がよっぽど問題だよな。事情が分からない分、今の生き残りメンバーにとっては最大級の問題だ」

 

 「唯一、卒業条件が存在しない、つまり学園に帰る望みがないってことですもんね。そりゃ警戒しますよ」

 

 「場合によっちゃ黒幕って可能性も出てくる。実際、清水はかなり訝しんでるしな。六浜はそうでもなさそうだな?」

 

 「この時点で六浜サンは黒幕の可能性についていくらか考えてるから、今さらこのくらいで疑惑を深めるようなことはないんですよ。要するに、そうでなくても疑ってるってことです」

 

 「そういう言い方をすると六浜が人間不信みたいになるな」

 

 「信じるためには疑うって原作の人も言ってたじゃないですか。信じるっていうのは人の言葉って書くんですよ」

 

 「いや全然繋がってない」

 

 「そして疑うっていうのはヒに矢にマがあってその下が変なこういう・・・」

 

 「上手いこと説明できないんだったら言うなよ!」

 

 「ともかく疑うことは悪いことじゃないんです。悪いのは疑うことに囚われて信じることができずにいることです」

 

 「急にまともっ」

 

 「六浜サンは信じるために疑ってるから、ちゃんと最後にはみんなを信じられたんです。疑ってるとなかなかそれを忘れがちなんですよね〜」

 

 「お前はなんでそんな達観してものが言えるんだよ。お前は人を信じてたのか?」

 

 「少なくとも、最後に生き残ってたみんなのことは信じてましたよ。でなきゃ先輩のこととか、ボクの使命のこととか話すわけないじゃないですか」

 

 「お前のことだからなんか策略があるのかと」

 

 「ひどいなあ先輩。ボクみたいな素直でかわいい後輩つかまえて、策略とか謀略とか」

 

 「自分でよく言うな。素直でもねえしかわいくもねえ。生意気で天邪鬼で軽薄だろ」

 

 「ぴえん」

 

 「かわいくない」

 


 

 「望月サンと清水クンの間になにかあったと察しながらも何も言わなかったのが、六浜サン的な信頼の表れですね。この二人なら、好きなようにさせていいと思ったんでしょう」

 

 「結果的にそれが正解だったのかもな。ここで下手に問い詰めてたら清水は六浜か望月、どちらかからの信頼を失ってたはずだ」

 

 「逆に清水クンからはボクや望月サンへの信頼値がゴリゴリ減っていってる音がしますね!まあボクも望月サンも自分のことは何にも話してこなかったですから」

 

 「話せないなりの事情もあったけどな。ていうか自分のことを話さなかったっていうより、その割に清水のことはアホほど聞いたことが信頼失墜の原因でもあるけどな」

 

 「ボクも望月サンも、清水クンには興味津々だったからなあ。もしかしたら清水クンは、そういう星の下に生まれたのかも知れないですね。笹戸クンも清水クンには興味あったみたいですし」

 

 「全員ろくでもねえ。清水にとっちゃ最悪の星だな。ようやくここで自分のことを負け犬って言えるくらいには、客観的に自分を見られるようになってきたってのに」

 

 「“才能”を捨てたからこそ“才能”に人一倍こだわってる、ってことに気付けたんですね。六浜サンも言ってますけど、それに気付いた時点で負け犬じゃありませんよ。清水クンは負け犬なんかじゃなくて、ウジ虫の方が似合いますから」

 

 「生物としての等級が下がってる!んなこと言ってたらまた殴られるぞ」

 

 「ここにいれば安全ですもんね。ここなら言いたい放題言えますよ!」

 

 「普段から言いたい放題殴られ放題だろ」

 

 「そんな殴り放題の清水クンがボクのところにやって来ましたよ。また殴られちゃうのかな」

 

 「お前が余計なこと言わなけりゃな」

 

 「余計なことは言いませんよ。ていうか何も言うつもりありませんし」

 

 「確かに、捜査が始まる前にしてた話はモノクマにぶった切られて、その続きがまだだったな」

 

 「ボクの話を聞くってことは、希望ヶ峰学園を敵に回すこと。下手をすれば消えて無くなる、死ぬんじゃなくて存在が消える。ここで敢えて意味深に言ってるんじゃなくて、本当にそのまんまなんですよね」

 

 「存在が消えるとかオカルチックなこと言うな。存在というか、記録が抹消されるわけだ。記録が消えればそれから先はその存在を知る手立てがなくなる。つまりは存在の抹消だ」

 

 「さすが消された当人!説得力がありますねー!」

 

 「消されたよキレイにな!だから設定がねえとか言われんだチクショウ!」

 

 「やけくそですね」

 

 「未来機関からの差し金ってことがバレたら、自分とこの生徒だろうが容赦なく消すってのがウチの希望ヶ峰学園のスタイルだ。学園っていうか、旧学園派な」

 

 「学園の内部資料にだけは名前が出てたけど、実際の学園生活で引地先輩の名前を知る可能性があるのはボクや他の広報委員の人と話す人だけですからね。ボクが引地先輩から直々に後継を任されてなかったとしても、広報委員ってことで同じように合宿場にいた可能性はありますね」

 

 「っていうか、俺とお前以外の広報委員のメンバーなんかいるのか?」

 

 「決めてないんでいないですけど、二人ぼっちじゃおかしいのでいることにします。ピクトグラムで代用しておきましょう」

 

 「ナニングドラムだ」

 

 「だからボクがここで清水クンに何もかも話しちゃったら、清水クンもボクと同じように旧学園派から狙われる立場になるってことなんです。ボクは清水クンにそんなことはさせられないから、言わないでおいたんですよ」

 

 「まあ話したところで苦労を分担できるわけでもないし、清水にとってデメリットしかないからな。それでも、清水はお前に話してほしかったんだよ。信頼するには不安要素を排除するしかないからな」

 

 「それにしてもあれですね」

 

 「なんだよ」

 

 「ボクが清水クンにお決まりの質問をするこのシーンの前後、なんかこう・・・いかがわしい雰囲気がありますね」

 

 「自分で言うかそれ」

 

 「言いますよボクは。自分のイメージアップになることは気兼ねなくどんどこ言っていきますよ」

 

 「イメージアップ・・・なのかなあ・・・・」

 

 「ちなみにボクは清水クンのことも好きですけど、先輩のことも好きですからね!」

 

 「俺を巻き込むな!その目をやめろ!」

 

 「で、清水クンはちゃんとボクが期待したとおりの答えをしてくれました。ボクと一緒に死んでくれる?っていう質問は、ボクが先輩と一緒に死ななかったように、清水クンもボクが死ぬときに死なないでねって意味ですから」

 

 「そうだな。スパイってのは安全な仕事じゃねえから、とにかく仕事を引き継ぐことが大事だからな。もう終わってるやつに引きずられてくのはバカのやることだ。冷てえこと言うけど」

 

 「冷たいのは冷静だから、ですよ」

 

 「で、お前が持ってたこのプランSだけど、これはあれだよな。今回の黒幕に関するファイルだよな」

 

 「そうですね。これが本当に黒幕そのまんまです」

 

 「ちなみにさっきのプランDはDrugのDだろ。このSはなんのSだ?」

 

 「SimizuのSです」

 

 「清水の実験じゃねえだろ!?」

 

 「ていうか清水クンはまだ実験される前の段階でしたよ。ただのミスリです。そもそもこのSがSimizuのSだって思う人の方が少ないわけですから、無駄に勘が良い人を引っかけるための分かりやすい罠です。ま、清水クンが全くの無関係ってわけでもないんですが」

 

 「そうだな。黒幕と同じ“才能”持ちだし、後釜としてスカウトされわけだしな。本人にとっては屈辱的なことこの上ねえや」

 

 「実験の内容も、こんなことができるなら清水クンだって苦労しないよって内容ですよね」

 

 「こんなことができたらよっぽどいいけどなあ。もし清水が同じ実験されてたら、どうなってたと思うよ?」

 

 「耐えられてなかったでしょうね。なんだかんだ乗せられやすいですから、はじめはきちんとやりますけど、その内人間性が薄れていって黒幕と同じようになるか、途中で頭痛くなって投げ出しちゃうかですかね」

 

 「やめる理由軽っ」

 

 「あ、そんなどうでもいい話より、ボクの話が始まりましたよ!先輩正座!」

 

 「お、おう・・・ってなんで俺がお前の話を正座で聞かなきゃならねえんだよ!普通に聞くわ!」

 

 「一回ちゃんと乗ってくれるところが先輩の良い所ですね。清水クンは乗ってもくれないんですよ」

 

 「やめろ恥ずかしい」

 

 「この辺の希望ヶ峰学園の設定はQQの完全なオリジナルです。旧学園派と新学園派、同じ希望ヶ峰学園で“才能”の研究を重ねるけども、希望と絶望についての考え方が決定的に異なる二つの派閥。こんなのが同じ学園で睨み合ってるんじゃ、いい学園運営ができるはずもないですよね!あーやだやだ!」

 

 「気付かなきゃ別にそれでいいんだけどな。元を正せば、カムクライズルってのが根っこにあるわけだ。原作でも中心人物になってたし、ここまで尾を引かせても不自然じゃないくらいの影響力を持ってる良いキャラだよな」

 

 「5章の狛枝クンと笹戸クンの関係みたいな感じにちょっと近いかな?原作あっての創作論破なので、もう原作のみなさんのおんぶにだっこで・・・」

 

 「余計なこと言うなよ。ただでさえグレーゾーンの活動なのに、露骨に近付いていったらグレーが濃くなるだろ」

 

 「でもやっぱり、色んな創作論破を見ても、根っこに原作の事件や江ノ島盾子がいることはおおよそ共通してますよ。いくら共通の原作といえど、みんながみんなそこに行き着くっていうのは、原作できちんと強大な存在だっていう印象づけがされてる証拠じゃないですか。すごいですよね〜、絶対的ですよね〜」

 

 「ん〜、まあ、江ノ島が黒幕にいるコロシアイってシステムがほとんどを占めてるのと、その遠因の事件にも同じ黒幕が関わってるってなりゃ、そこ以外に拾うべき要素がないっても言えるんだが・・・」

 

 「求ム!江ノ島サン以外の絶対的な指導者!」

 

 「いらん!!絶対!!」

 


 

 「カムクライズルの話から、“才能”の物質化の話もしてますね。清水クンには耳が痛い話ですです」

 

 「ついさっき自分が“才能”にコンプレックス抱いてるって自覚したばっかりのやつにこんな話は、確かに耳が痛いどころじゃねえな。“才能”をモノとして扱えるようにする研究とか、そんなものがあったら清水はこんな風になってねえよと」

 

 「そんな研究も実現するわけがないんですけどね。黒幕はあくまで人が持ってる“才能”をコピーするだけ。何もないところから“才能”を得ることはできないですし、自分が持ってる“才能”を人に与えることもできない。つまり行き止まりなんですよね」

 

 「語ってるなあ〜。カムクライズルのこととか“才能”のこととか。お前、これガチで清水を自分の運命に巻き込むつもりじゃんか」

 

 「そりゃそうですよ。ハンパな説明じゃ清水クンは納得してくれないですし、この後の学級裁判で黒幕の正体に迫るなら、情報共有は必要ですからね」

 

 「清水が言うように、旧学園派に目を付けられた時点で、曽根崎の運命は決してた。俺と同じように、いずれ学園から消される運命にしかならねえ。巻き込んだ俺が聞くのもなんだけど、なんで絶望しなかったんだ?」

 

 「本編でも言ってるじゃないですか。人は希望と絶望だけじゃないんですよっ。ボクは先輩の希望を繋ぐ指名を背負った。それを投げ出すのは先輩の存在を永遠に捨て去ることになる。そんなことボクにはできないです。大好きな先輩をいなかったことにするなんてできるわけないじゃないですかあ!」

 

 「照れ隠しにデカい声出してんのバレバレだぞ。今更なんで急に照れることがあるんだよ」

 

 「自分が真剣に話してるところを客観的に見て解説するのは恥ずかしいですよ・・・」

 

 「おお、弥一郎もそんな顔ができるんだな。結構結構。この後の弥一郎は基本シリアスモードだからどんどん進めていこうじゃんか」

 

 「ボクが先輩を好きって言ってるんですよ?先輩は照れないんですか?」

 

 「んなもん今更だし、そんなんで照れてたら照れ疲れて死ぬ」

 

 「う〜ん、なんか悔しい」

 

 「合宿場捜査編もそろそろ後半だぞ。やっぱ清水には弥一郎がいねえとだな。ようやく本格的に最終裁判直前の雰囲気になってきた」

 

 「ちなみにここんところ、いつもの非日常編とかじゃなくて、決断編ってなってるんですよね。何の決断なんでしょう?」

 

 「分かってるくせに敢えて言うのかそれを」

 

 「だって、最終裁判に臨むにあたってみんながそれぞれ決断を下すのは分かるんですけど、それだったら前回の捜査編でも決断を下してる人はいましたし、何より今回の話ってそれだけで終わる話じゃないじゃないですか」

 

 「全部分かってるやつの言い方なんだよなあ。この決断編と、この後に別のやつらが解説する殺意編は、特定の登場人物についてのネーミングだ。この話の中で決断を下したのは、六浜な」

 

 「わあい!この後どうなっていくのは目が離せないですね!」

 

 「全部読んだ人しか読まねえんだってここは」

 

 「じゃあそのシーンまでもうちょっとってことで、お楽しみにしといてくださいね!画面の前のお前!!」

 

 「お前って言うな!読者さんだろうが!」

 

 「」m9(`・ω・´)ビシッ

 

 「指さすな!!」

 

 「これが第四の壁ドンです」

 

 「ただのメタ発言だろ。壁ドンすんな。解説しろ」

 

 「はい!解説!この倉庫でボクと清水クンで片付けをするシーン!」

 

 「合宿場にある黒幕の隠れ家の入口を探り当てるシーンだな」

 

 「前に清水クンが珍しく勘が良いところを見せてくれた、あの武器庫についてです。合宿場が希望ヶ峰学園の施設なら、武器庫なんて最初から置くわけがない。つまり黒幕が武器で何かを隠してるんだって推理。イイ線いってますよね!」

 

 「下手すりゃあの段階で黒幕の隠れ家を突き止めてたかも知れないってわけか。まあモノクマがそんなことさせるわけがねえけど」

 

 「ここで合宿場全体を監視してたはずなのに止めなかったってことは、この場所をいくら探索されても問題ねえと判断したってことか」

 

 「結構クリティカルな証拠もあったんですけどね。まあここにある証拠だけで黒幕の正体に辿り着けたかっていうと微妙なんですけどね。それこそ、六浜サンくらいの頭脳がないと」

 

 「まあ黒幕だし。とびきり難易度の謎でガードしてねえと倒し甲斐がないってもんだろ」

 

 「倒し甲斐搾取ですか?」

 

 「搾取してねえ!手応えの話をしてんだよ!」

 

 「その手応え設定がガバガバだったからあんなことになっちゃったんですけどねえ・・・。ま、黒幕も黒幕でなんだかんだボクたちに甘いところありますよね。結構色んな情報出してきてましたし」

 

 「地下への入口を見つけたところで、清水が他の生き残りを集めてきた。穂谷をどうしたか分からんが、取りあえず集められてる時点で、やっぱり人間的に成長してんだな」

 

 「そして階段を降りた先には、先輩が言うように黒幕の隠れ家がありました。地上の探索だけじゃ情報は全部揃わないようになってましたから、きっとここを見つけることは黒幕にとって想定の範囲内どころか、予定通りだったんでしょうね」

 

 「じゃあこの辺の資料も全部、見つかってしかるべきものってことか。ずいぶんと趣味の悪いこった」

 

 「ボクたち軽率に単独行動とってますよね。ボクもどうかしてたのかなあ」

 

 「黒幕が最終裁判を望んでるとはいえ、殺さない程度の罠があってもおかしくなかったからな。いよいよ黒幕の根城に潜り込めたことで、お前もちょっと興奮してたのかも知れねえな」

 

 「いやあ、ジャーナリストの性ってやつですかね?謎の正体が近付いてくると周りが見えなくなるっていうか、ちょっと都合良く考え過ぎちゃって軽率になっちゃうっていうか。ま、そのおかげでモノクマが飽きる前に全部の情報を集められたんです。結果オーライってやつじゃないですか?」

 

 「どこを結果とするかの判断が難しいところだなオイ」

 

 「ボクはボクの視点で話してますけど、物語は清水クンの視点で進んでくので清水クンが見つけたものから話していきますね。まず見つけたのは、資料室です」

 

 「ただの資料室だったらいいけど、最低最悪に悪趣味な資料室だなここ。黒幕は今まで、誰かが死ぬたんびにここでせっせとファイルの整理をしてたってことじゃんか」

 

 「正確にはその“才能”を完全に習得したら、ですね。生きてる限り“才能”は発揮され、磨かれ続けるんっで、実質死ぬまでですけど」

 

 「この藍弾結ってのは誰だ?」

 

 「新希望ヶ峰学園第4期生、“超高校級の仲人”藍弾結(アイビキユイ)サンですよ」

 

 「だから誰だよ!」

 

 「そのまんま、人と人との縁を結ぶことに長けた“才能”ですね。こんな人がいれば清水クンもぼっちにならずに済んだかも知れないですね・・・」

 

 「色々と言いたいことはあるんだが、そもそも弥一郎たちって何期生なんだ?このファイルがあるってことは、少なくとも4期生よりは後輩になってそうだな」

 

 「決めてませーん!」

 

 「あ、やっぱり」

 

 「だってそんな情報どうでもいいですし。たとえ80期生とか、原作の人たちと近い設定にしたとしても、旧学園と新学園で全然時代が違いますし。そんな設定には何の意味もないので決めてません!」

 

 「別にいいけどよ。そもそも合宿場にいたメンバーの間でもズレがあるだろ」

 

 「そうですね。合宿場では誕生日の順番も含めたら、晴柳院サンが最年少、アニーさんが最年長になります。その差は4歳です」

 

 「この部屋の描写からするに、この藍弾ってやつ以外にも黒幕のために“才能”のモデルにさせられたやつらが山ほどいたってことだよな」

 

 「このコロシアイだけじゃなく、学園生活でも同様のことが行われてたみたいですしね。この黒幕は何人の命の上に立ってるんでしょ」

 

 「どっかの釣り人が発狂しそうだな」

 

 「そうでなくてもSan値削れそうな内容ですよこれ。自分の人生がまるまる記録されてるわけですから。読んでてこんな気持ち悪いものないですよ」

 

 「おまけに死んだやつらには『済』の判子。人生は一冊の本なんていう喩え話もあるけど、実際にこうやって一冊にまとめられたのが夥しく並ぶと、寒気で凍死しそうだな」

 

 「“超高校級の希望”を生み出す過程で出て来た廃棄物みたいなものですから、本来は見てはいけないものなんですけどね。それを敢えてボクたちに発見させたのは、黒幕が本気でボクたちと勝負するつもりだったからですね」

 

 「前から思ってたんだけどよ、なんで黒幕は敢えて弥一郎たちと勝負しようと思ったんだろうな。単純に“才能”を学習することが目的なら、最後までコロシアイさせとけばいいじゃんか」

 

 「あくまで今回の黒幕は、過去のコロシアイを模倣しているに過ぎませんから。そこに黒幕本人の意思や考えはないんで、特に理由もなくこういうことができるんですよ。敢えて言えば、今までもこうだったからそうした、ってところですかね」

 

 「希望になるために絶望の真似するってか。冗談にしたって質が悪いこったな。“才能”を手に入れることってそんなに惨いことか?」

 

 「少なくとも努力と苦闘は必要ですね。希望ヶ峰学園も、黒幕に“才能”という名の希望を与えるためにあの手この手ですから。このファイルみたいに」

 

 「さっき見てきたプランDとプランSについてもちょっと書いてあるな。精神的エントロピーとか絶対適当だろ」

 

 「それっぽい言葉を並べとけばそれっぽく見えるんですよ」

 

 「それっぽい情報も大量に出て来てるしな」

 


 

 「前に先輩が言ってたとおり、ここから先は清水クンがそれぞれの人たちと話して最終裁判に臨む決心を着けさせるシーンですよ。ボクが大好きなシーンです」

 

 「過去最高に清水が主人公らしいことしてるシーンでもあるな。四章くらいからちょっとずつ主人公み増してきてたけど、ここら辺がマックス極まってんな」

 

 「最初に清水クンが出会ったのは、霊安室にいた望月サンです。望月サンはここで、みんなの死体を見てたんですね」

 

 「てっきり仲間の死体見てなんか思うところがあんのかと思ったら、今まで死体が消えてたことに何の疑問も抱かなかったことの反省ときたか。ブレねえな、望月は」

 

 「でもちょっと感情が芽生え始めてるようなこと言ってますよ。何も感じてないのか、っていう清水クンの言葉に、そう見えるか?って」

 

 「そう見えるだろうし、実際そうだろ?」

 

 「ぶっちゃけ今までのコロシアイ生活で感情が芽生えるくらいだったら、学園生活の中でも多少なりとも感情らしきものが生まれてるはずですから。でも物語の盛り上がり的には、ちょっとこういうこと言わせといた方がいいですよね」

 

 「身も蓋もねえこと言うなオイ。解説編だから別にいいんだけど、これ読んだ後にちゃんと本編面白く読めんのか?」

 

 「読めると思いますよ。たぶん。二度も読む人がいるか分かんないですけどもね」

 

 「いるだろそりゃ!いるだろ・・・いる、よな?」

 

 「いてほしいですね。ね?

 

 「フォントで圧をかけるな」

 

 「いやー、それにしてもこのシーンはもうすっかり完全にもちみずですね。望月サン、もうすっかり感情があるようなこと言ってますし、あとここ大事なこと言いますよこれ!清水クンの『なぜ研究するのか?なぜ疑問を抱くのか?』に対する答え!この台詞!はいここ!」

 

 「うるせえな!」

 

 「『好き』だから知りたい、知りたいから疑問を抱く。それでは不十分か?だってさ!」

 

 「楽しそうだなお前」

 

 「望月さんは自分が研究対象に抱く興味を、『好き』と表現してるんですよ!で、望月サンの研究対象は星ももちろんですけど、清水クンも含まれてるんです!第一章で言ってましたよね?清水クンを研究対象とするって!これってつまりそういうことですよね!?論理的に考えてそうですよね!?やっほう!!」

 

 「やっほうじゃねえようるせえな!テーブルの上に足乗せんな!」

 

 「たぶん望月サン自身も気付いてないし、清水クンも気付かないようにしてたのかな」

 

 「いや、普通にそれどころじゃねえからじゃねえの?っていうかここ霊安室だぞ」

 

 「世の中には死体とイチャイチャする人だっていますからね。死体に囲まれても甘々なスウィートハッスルタイムはあり得るんじゃないですか?」

 

 「お前それマジで言ってんのかよ・・・さすがにねえわ」

 

 「本気でヒかないでくださいよ」

 

 「清水も本気でヒいてるからちょうどいいだろ。いくらなんでももう一回死体を確認するとは思わなかった。やっぱ望月って感情ねえだろ」

 

 「感情ないのか肝が据わってるのか。まだどっちつかずな感じにしておきたいんですよ。でないと最後が盛り上がらないじゃないですか」

 

 「この辺のも全部が全部、あのラストへのフリだと思うと見てらんねえなぁ」

 

 「でもこのフリがあるから、ラストが際立つんです。これからますます清水クンが主人公ムーヴかましてくるんで、ちゃんと見てやりましょうよ!」

 

 「これでもかってくらい悪意が詰まってる」

 

 「望月サンとみんなの死体を確認した後は、二人で一緒に六浜サンが待つモニター室に向かいますね」

 

 「一緒っていうか望月が勝手についてきてるだけだし」

 

 「このモニター室は、名前のとおり合宿場のあらゆるところを監視するための部屋ですね。この場所が見つかるまでの間は黒幕が常駐してた場所でもあります」

 

 「操作ボタンが暗号の暗号になって、しかも指紋認証が必要って、徹底的に自分以外に操作させるつもりねえな」

 

 「そりゃここが乗っ取られたら一気に管理能力削がれますから。六浜サンがさらっと解読してるからそうでもなさそうに見えますけど、本来はどれが何のボタンなのかも分からないような造りになってますよ」

 

 「やっぱりここのシーンだけ見ても、六浜って規格外だな。生体認証は超えられない壁だとしても、それ以前の部分でも有象無象は十分弾けるセキュリティなんだけどな」

 

 「逆に、六浜サンがいたからここまで厳重にしたのかも知れないですね。もし古部来クンも一緒にここに来てたとしたら、生体認証もなんらかの形で突破しようとしてたかも」

 

 「さすがにそりゃねえだろ。少なくとも六浜はそれどころじゃなさそうだぞ」

 

 「また死んだ人たちのことを考えて自分を責めてますね。何回やるんでしょこの件」

 

 「くだりって言うな。こういう責任感が強いところが六浜らしさだろ。あんまり自分を責めすぎるのはこのコロシアイの中じゃ、逆に美徳でもなんでもなくなるんだけどな。精神的に不安定になりやすいってのは、何をしでかすか分からない危うさが伴う」

 

 「うーん、この後の展開を知ってると説得力が違いますね」

 

 「清水が指摘してるとおり、六浜みたいに何でも自分の責任だって考えることは、逆に周りのやつらの実力を侮ってるとも言える。守られることは必ずしもありがたいだけじゃないってことだ」

 

 「ボクなんかは守ってくれるなら最大限守ってもらうだけだけど、清水クンみたいなタイプはただ守られるのも癪に障るんだね。面倒臭い性格してるなあ」

 

 「でもまとめると大体そういうことだろ」

 

 「まあそうですね。六浜サンと口喧嘩したときにうっかり口滑らせて、その後なんか語ってますけど、要するに自分も頼って欲しいってことですね」

 

 「それを励ます感じじゃなくて、あくまで文句として言うってのが清水らいしな。六浜はちゃんとその意図を汲み取れたみたいだからいいけど、清水本人は自分が何言ってんのか分かってんのか?」

 

 「はっきりとじゃなくてもなんとなく分かってると思いますよ。あとここもボク好きなシーンなんですよね。過去(うしろ)ばっか見てねえで、未来(まえ)向けよ。重てえ荷物なら俺らが持ってやる。って!」

 

 「論うな〜。お前も大概いい性格してるよ」

 

 「これってたぶん漫画だったら、大ゴマでドーンと見せて、『はいここ名言出ましたよ!名言のシーンですよ!感動してね!』っていうのが見え透けるシーンですよね!ボクこういうの好き!知り合いがやってると思うと一入!」

 

 「言い方最悪だな。確かに漫画とかでそういうシーンあるけど。没入しててもコマのデカさで冷めるんだよな」

 

 「普段の清水クンのキャラからして、こんな言い回しするのって、相当テンション上がってたみたいですね。口喧嘩のせいか、最終裁判前の緊張か、それとも望月サンと六浜サンの前だからかっこつけたかったんですかね?」

 

 「なんだかんだ六浜ともいい雰囲気になってたもんなあ。前の解説編で、清水が六浜のこと好きかも知れないって雰囲気あったけど、実際のところどうなんだ?」

 

 「まあちょっと好きでしたでしょうね。なんだかんだ長い付き合いでしたし、吊り橋効果的な感じでそういう感情が芽生えることもあり得るでしょう」

 

 「それだったら六浜は古部来といい感じだったからなあ」

 

 「そこでも“才能”持ちに阻まれるのが清水クンらしいところですね。そんなこんなで六浜サンとも別れた後は、いよいよボクと出会いますよ!」

 

 「さっきの全部を弥一郎に聞かれてると思うとマジで恥ずかしいな。俺なら潔く自害する」

 

 「そんなに!?ボクそこまで悪いやつじゃないですって!」

 

 「どうだかな。細かい敬語の間違いまで指摘して死体蹴りするようなやつだってことは確かだぜ」

 

 「あれはだって清水クンがヘンな間違い方するから気になって・・・」

 

 「触れない優しさを知れお前は」

 

 「でも代わりに他の二部屋の情報も持って来ましたよ。それだけでも十分な働きじゃないですか?」

 

 「え。でも清水がそれぞれと話して裁判への決心つけさせる展開じゃなかったのか?」

 

 「ボクはそもそも決心ついてますし、穂谷サンは清水クンがまともに話ができる状態じゃないので、仕方ないですね」

 

 「その穂谷は、なぜか冷蔵室のドライアイスで火傷して文句言ってたわけか」

 

 「文句言うくらいなら触らなきゃいいのに」

 

 「重要な伏線だから書いとかなきゃしょうがねえんだ。逆にここくらいの段階で言っとかないと後出しになっちゃうし。ちょっと違和感覚えた人はいるかも知れねえけど、さすがに最終裁判で最後の最後のどんでん返しに関わってくるとは思わねえだろ」

 

 「あ、また清水クンと望月サンがいちゃついてる」

 

 「話を聞け!」

 

 「ボクと合流した後は、全員集めてミーティングですね。黒幕的には、ひととおりの情報は全員が共有しておいてもらった方がいいですから、捜査時間が今までと比べて異常に長く設定されてます」

 

 「そこでお前の話を聞くってことになったのか。結局ここまで引っ張ったのは、読者に対する引き以上の意味があんのか?」

 

 「話さないでおくに越したことはないですし、読者に対する引きで言ったら、もう清水クンに話した段階でバレてますから。単純にボクがみんなに気を遣っただけです」

 

 「知る権利は尊重するけどその責任は果たす、か。そうだな。知る権利だけ主張して責任を果たそうとしないやつもいるからな」

 

 「結果的に六浜サンは責任を果たし過ぎちゃったんですけどね!あははっ」

 

 「笑えねえわ!ていうか、六浜が事件を起こすことを決心したのって、お前の話を聞いたからじゃねえか?“超高校級の希望”はともかく、黒幕がどんなやつかってのはモノクマファイルからは分からねえじゃんか。お前の話を聞いた上でモノクマファイルの情報と照らし合わせて、あの結論に至ったんじゃねえのか?」

 

 「うーん、そうかも知れないですね。話したとき、六浜サンものすごく頭痛そうにしてましたし」

 

 「そりゃそうだろ!こんな話、むしろ清水があっさり受け入れた方が驚きだわ!」

 

 「なんなんですかね。六浜サンは真面目に受け止めすぎてああなっちゃったんだと思いますけど、清水クンは逆に途中から理解できてなくて受け入れられたんですかね」

 

 「受け入れたっていうか断片的に知っただけじゃねえのそれ」

 

 「望月サンはその事実に打ち拉がれるほどの感情をまだ持ってなくて、穂谷サン的には関係ないからどうでもよかったんじゃないですか?」

 

 「いや、この時の穂谷はまだ六浜の意図を知る前だろ。本気で最終裁判をこの後やらされるつもりだっただろうから、ここで聞き流すほどの胆力があったら俺はもう穂谷を尊敬する」

 

 「本編中では描かれてないですけど、この後ボクたちが解散して、夜になるまでに六浜サンが諸々の準備を進めたって感じですか。その途中で、穂谷サンが六浜サンを目撃して、その意図を知ると」

 

 「ページが切り替わったらもう夜で、六浜が清水を多目的ホールに呼び出すシーンだな。ここからが例のあのトリックか」

 

 「せっかくだからこのトリックの詳しい説明もしちゃいます?」

 

 「いや、それは次のやつらに任せよう。ちょうど一番詳しいやつもいるからな」

 

 「あ、そうなんですか?ていうか、次の組み合わせもう半分ネタバレしちゃってますけど、いいんですか?」

 

 「いいだろ。だってまだ2回目の解説してないの、清水と六浜と古部来と望月だぞ。どういう組み合わせになるかなんて、100人いたら100人同じ答えだろ」

 

 「QQ読んでる人って100人もいるのかなあ」

 

 「いるだろ!いる、だろ?いるよな?」

 

 「いますって。うん?てことはボクらは100回は死んでるわけですか?」

 

 「おいやめろ」

 


 

 「なんでいきなり化け猫委員長サンのパロディするかなここで」

 

 「物語シリーズにハマってた時期なんじゃねーの。知らんけど」

 

 「初っぱなからいきなり、清水クンに窓開けさせて、違和感マックスだよね。今更六浜サンが何か怪しげなことを仕掛けてくるってのも解せないから、ここは読者なりに色々解釈が分かれた場所だね」

 

 「まさかの六浜クロ展開?清水を黒幕と疑ってる?黒幕に対する何かしらの罠?色々あったよな。結局そのどれも違ったわけで、ドンピシャ当てられたやつはいなかったな」

 

 「正解はボクたち全員をクロにするためにボクたちを騙してた、でした〜!」

 

 「当たるわけねえだろ!当てられても困るけどよ!」

 

 「六浜サンは当ててましたよ」

 

 「だから六浜は別格なんだって。そういえば、この時点で黒幕の正体と清水の関係性に気付いていたような言い方してたぞ」

 

 「努力家は“才能”を獲得する“才能”たり得る、だから黒幕に対抗しうるのは同じ“才能”を持つ清水だけ、ってところか?そこまで期待して、こうやってガッツリ話してたりして」

 

 「そうなんですかね?そしたら六浜サンって、もしかしたら裁判の後にボクたちが黒幕に改めて直接対決を挑むことまで読んでたのかな?」

 

 「どうだかな。読んでたら自分が命懸けでやったことが無意味になるわけだから、そのための布石を打っておくだろ。まあ同じ“才能”だってことで何らかの切り札として見てた可能性はあると思うぜ」

 

 「実際、真相が分かってから最後まで六浜サンの策に最後まで抵抗してたのは清水クンだけでしたもんね」

 

 「その清水は六浜の意図にも気付かんと、またワーキャー怒鳴ってんぞ」

 

 「六浜サンが敢えて清水クンの地雷踏みに行ったからですね。裁判前に清水クンが抱え込んでたものを全部吐き出させたんですよ」

 

 「何の為にそんなことすんだ?別に最終裁判でだって、清水が“才能”にコンプレックス持ってることは関係ねえだろ」

 

 「結局のところ清水クンにとっては、ボクや望月サンや穂谷サンも自分とは住む世界が違う存在ですから。すっかり打ち解けてるようには見えてますけど、心の中では鬱憤が溜まってたりするんじゃないですか。だからそれもこれも全部自分にぶつけさせて、そしたらすっかり気分が晴れてみんなと協力して裁判に臨めるようになるじゃないですか」

 

 「いや、六浜の計画通りだったとしたらお前ら疑い合うだろ」

 

 「最終的に生き残れば儲けものだからそのくらいは」

 

 「アバウトだなオイ」

 

 「あ、モノクマが爆笑してますよ」

 

 「爆笑っていうとなんか賑やかだけど、この爆笑なんなんだろうな。黒幕って江ノ島の模倣してるだけのやつだろ。なんでここでひとりで笑ってんだ?」

 

 「ずっとモノクマの真似してて取れなくなっちゃったんじゃないですか?よくあるじゃないですか。モノマネし過ぎて取れなくなっちゃうこと」

 

 「いやねえけど」

 

 「こういう演出は多少の都合の良さを無視してでも入れる価値があるんですよ。だって、この流れでモノクマが笑うなんて思わないじゃないですか」

 

 「まあなあ。一応、六浜がしでかしてること以外は黒幕の思い通りとは言え、こんな笑い方はしねえわな」

 

 「しかもその流れで清水クンのモノローグに突入。さっきまで多目的ホールで六浜サンと話してた清水クンが、明らかに様子がおかしい独白をするんですよ。そんでもって死体発見アナウンス。もう感情のジェットコースターはノンストップですよ」

 

 「弥一郎、お前疲れてきてる?」

 

 「分かります?もういよいよラストだと思ってスパートかけたんですけど」

 

 「空回りしてんな。大事なところなのに」

 

 「終わりが見えてくるとなんか逆に気が抜けちゃうことってありますよね。だからあんなことになっちゃったのかな」

 

 「いや知らねえし」

 

 「ここで六浜サンの死に一番ショックを受けてるのが清水クンっていうのがまたね。本当に六浜サンと一緒にここから出るつもりだったから、誰かに殺されたと思って悔しくて堪らなかったんでしょうね」

 

 「ここから先は次のやつらの担当だからあんまり言わねえけど、マジで清水は主人公らしくなったよな。ちょっと荒っぽいけど、そんな主人公がいたっていい」

 

 「ですね。なんだかんだ言っても、ボクも清水クンはちゃんとした主人公だと思いますよ。奇を衒ったわけじゃないですけど、それまでになかったタイプだから主人公っぽくはなかったのは確かです。でも、コロシアイの中でちょっと違った形ですけど、みんなと絆を深めて、絶望せずに前へ進もうとし続けた。歴とした主人公です」

 

 「清水の微妙そうな顔が見える。主人公らしくなったとは思ってるけどな」

 

 「いや〜、ボクも育てた甲斐がありましたよ」

 

 「なんでお前が育てた面してんだよ」

 

 「判断が遅い!」

 

 「さすがにビンタまではしなかったか」

 

 「いくらボクでも先輩をしばいたりしませんって!」

 

 「いや、お前ならやりかねない。暴力的ってわけじゃねえが、ノリのためなら大概のことはできるイカレメガネだからな」

 

 「ボク清水クンと解説編してたっけ?」

 

 「お前のことを一番近くで一番長いこと見てきた俺が言うんだから間違いない。ていうか、これ読んでる人たちも同じようなこと考えてると思うぞ」

 

 「そうなのかなあ。ま、そういうイメージを持たれるくらいのキャリアがあるのは確かですね」

 

 「ちくしょう。また出番マウントとってきやがった。これに関しては何にも言えねえ」

 

 「ふっふっふ。自分が有利とみるや何回でも同じマウントをこすっていきますよ。そもそもボクが先輩に勝てることなんてそれくらいしかないんですからね

 

 「な、なんだそれ。なんか調子に乗ってるのかと思ったらシンプルに俺のことヨイショしてんじゃんか。まあなんだかんだで最後に後輩らしいところ見せるのが弥一郎っぽいな」

 

 「そうですかね?先輩のそういう器が大きいところもボクは好きですよ」

 

 「待て。なんで急にいちゃつきだした。一旦やめよう」

 

 「冷静になっちゃダメですよこういうとき」

 


 

 「さて、解説することも解説し終わったし、後はスパッとまとめるだけだな」

 

 「長いようで短かったような気がしますね。ボクはまだまだ喋り足りないです。それにちょうど本編もいいところじゃないですか」

 

 「一応俺たちが解説したところまでが、2016年に投稿した部分だったな。六浜はギリギリ年を越せなかった」

 

 「可哀想に・・・せめてあと一週間生き存えてたら美味しいお雑煮が食べられてたのに」

 

 「もっと期待するもんあるだろ」

 

 「一応六章の中ではキリのいいところですし、ここでまさかの六浜サン死亡の展開だから引きも十分ですし。可哀想ですけど、年をまたぐタイミングでってことで」

 

 「残りの捜査編と裁判編とラストで5ヶ月だろ。こうして見ると、最初の年から見て更新ペースぐんと落ちてるな」

 

 「作者の生活環境が一変した年でもありますからね。むしろこのときからずっとこうやって更新を続けてることを褒めて欲しいくらいですよ」

 

 「お疲れさん、作者」

 

 「ホントお疲れ様です。これを自分でこうやって書いてると思うと虚しいどころの騒ぎじゃないですけど、ホントにお疲れ様です」

 

 「言っていいことと悪いことがある」

 

 「人に言われない分、自分で発信してかなきゃいけないんです」

 

 「言われてるだろ十分!!失礼なこと言うな!!」

 

 「てな感じで、そろそろこの解説編もお開きにしたいと思うんですけど、先輩何か話し忘れたこととかあります?」

 

 「え!?そんな急に終わるのか!?話し忘れたことってったらねえけど・・・思ったより早く終わりそうで、なんか俺の印象は大丈夫かなって思いは胸の底にある」

 

 「う〜ん、こればっかりは本編に出てないですからどうしようもないですね。解説編でいくら爪痕残そうと躍起になっても、所詮は番外編ですから。ここでのインパクトなんてすぐに消えちゃいますよ」

 

 「そんな若手芸人みてえなパッションでやってねえわ!でもまあ、袴田のことを考えてみたら、確かにここで自由気ままにやったところで、結局は弥一郎とか晴柳院みたいな本編主要キャラの印象に巻き込まれるだけなんだよな」

 

 「袴田サンはまだ有栖川サンとの関係性があるので広がりが持てますけど、先輩はボクだけなんで、ボクが口を閉じてしまえば印象もへったくれもなくなりますよ」

 

 「お前が口を閉じるなんて縫い付けられても無理だろ」

 

 「頭縫われてもヘラヘラしてましたからね」

 

 「クソッ、上手いこと言われた」

 


 

 「さあ、そんなこんなでいよいよ本当に終わりが近付いてきましたよ。最後になりますけど、ボクはこうやって先輩と解説編できて、またゆっくり膝突き合わせてお話できて楽しかったです」

 

 「おう、なんだ急に。俺も散々設定がねえだなんだとバカにされてきたけど、まあ印象薄くて記憶には残らねえかも知れねえけど、こうやって一時、画面の前のみんなを楽しませることができたんだったらまあいいよ。もともと俺はこういう役が似合ってるってこったな」

 

 「縁の下の力持ち的な?」

 

 「そういうことだ」

 

 「ハッカーは後衛で前線の仲間を助ける、裏方的な“才能”ですからね。ボクたちが黒幕の正体に辿り付けたのも、先輩が命懸けで手に入れた情報のお陰でもありますから」

 

 「弥一郎たちがコロシアイに巻き込まれる遠因になったのも俺だけどな」

 

 「良い影響だけを残すなんてことはできないですから。みんなはどうか知らないですけど、ボクは先輩が先輩でよかったと思いますよ」

 

 「あーもうカワイイ後輩だなお前は!ちくしょう!」

 

 「だからこの後ご飯行きましょうね。先輩の奢りで」

 

 「しょうがねえなあもう」

 

 「じゃあボクたちはご飯行くんでこの辺で終わります!ここまで読んでくれてみんなありがとうね!」

 

 「みんな俺のことくれぐれも忘れないでくれよな・・・」

 

 「死ぬ前みたい」

 

 「もう死んだ後なんだよ」

 

 「はい、いい感じにオチたところで終わりましょうね。先輩から先に終わりの挨拶どぅーぞ」

 

 「なんで千鳥の寿司屋ネタの言い方」

 

 「どぅーぞ」

 

 「いまいちすっきりしねえ・・・ま、いいや。というわけで今回もつつがなく終わりだ。解説編も残り少ないけど、最後まで俺の後輩たちに付き合ってくれよな。今回のお相手は、“設定がないのが設定の男”、引地佐知郎と」

 

 「(あ、自分で言うんだそれ・・・)嘘“は”言わない広報委員、曽根崎弥一郎でした!そんじゃみんなバイバーイ!」

 

 「お粗末さんでしたっ、と」




今年最初の更新です。なんとか1月中に間に合わせることができました。
解説編もそろそろ終わりが見えてきましたが、三作目の製作はすこぶる予定通りで順調です。
なんの予定も立ててないので予定通りです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六章「一寸先を照らす灯火 裁判編」

 

 こちらは、『ダンガンロンパQQ』の解説になります。

 本編を読了していることを前提に執筆しているため、本編についてのネタバレが多分に含まれています。

 まだ本編を読まれていない方はご注意ください。

 


 

 「・・・っ」

 

 「おい」

 

 「・・・なぜ、だ・・・っ」

 

 「・・・」

 

 「どうしてこうなった・・・!なぜなのだ・・・!一体、どこで間違えたというのだ・・・!」

 

 「何も間違えていない。これが正道だ」

 

 「ふざけるな!これが正道であるものか!あんなものが正しい結末であるものか!こんなこと私は望んでいなかった!こんなことになるくらいなら私は・・・!!」

 

 「これが初めから決まっていたことだ。何もかもが予定通り、計画通り、構想通りだ。このプロットは最初期から決まっていたことで、何も間違ってなどいない。違うか」

 

 「・・・ん?・・・え、ああ。うん。そう・・・だな。うむ、プロットどおりだ。確かに。いや、そうなんだが、そうじゃなくてえっと・・・」

 

 「貴様、いま()ってたな」

 

 「うわああああああああああああっ!!!言うな!!恥ずかしい!!うわああああああああああんっ!!!」

 

 「完全にテンションを間違えていたな。本編の貴様のノリでやっていただろう。ここがどういう場かは貴様が一番よく分かっているだろうに。馬鹿め」

 

 「やめろおおおおおっ!!皆まで言うな!!!()ってるとか言うな!!そりゃ本編の私と地続きの私でやるだろ最初は!!私が主役の話なんだから!!おかしいか!!」

 

 「俺は三章の解説でも貴様のように()っていなかった」

 

 「だから()ってるって言うなァ!!」

 

 「そこまで恥ずかしがるならやらなければいい。どうせ途中で解説編に切り替えるのだろうが」

 

 「それを言われたらどうにもならんのだが・・・せっかくだからこういうこともやってみたいだろう。私の1回目は初回だったから、何もないところから始めたんだぞ。何のノリもなかったんだぞ」

 

 「嘘を吐け。曽根崎と楽しそうにやっていただろう。あの時の感じでいい。淡々と熟していればいい」

 

 「淡々と熟しているだけでは読むに堪えないのだ。私も精一杯やるが、お前もいつもよりもテンション一個上でやれよ」

 

 「断る」

 

 「断るな」

 

 「断じて断る」

 

 「頑固だな貴様は」

 

 「往年のやり取りを再現するな。貴様のノリに俺を付き合わせるな」

 

 「こういうことをやっていくのが解説編だぞ。いいから私の言うとおりにしておけ」

 

 「いつから貴様が主導権を握ることになった。貴様なんぞに任せておけるか。俺の言うとおりにしろ」

 

 「そうはいくか。私の方が先に解説編をはじめたのだ。イニシアティブをとるのに相応しいだろう」

 

 「先も後もあるか。くだらんことで優位に立ったつもりになるな」

 

 「ふむ・・・こうなったら、互いにとって全く公平な方法で、確率的に決定するしかないな。意思も小細工も介入する余地のない方法なら、貴様も文句はないだろう」

 

 「では俺はグーを出す」

 

 「3歩先を行くな!まだじゃんけんって言ってないだろう!あと公平な勝負を心理戦に持って行くな!」

 

 「貴様が全く気にしなければ心理戦にならん。いいから構えろ。最初はグーだぞ」

 

 「くっ・・・!どうしても考えてしまう・・・!まんまと術中にハマってしまっているではないか・・・!」

 

 「最初はグー」

 

 「じゃん!けん!」

 

 「「ぽん!!」」

 


 

 「考えてみれば、まだ自己紹介もしていないではないか。ほら、キリキリ自己紹介しろ。解説役その2」

 

 「・・・」イラッ

 

 「負けたやつは大人しく言うことを聞くものだぞ。ほれほれ」

 

 「・・・棋士。古部来竜馬」

 

 「あからさまにふて腐れているな。負けても潔くするのが武士道ではないのか?ん?」

 

 「覚えておけよ貴様」

 

 「覚えているとも。私は記憶力がいいのでな」

 

 「自分がついさっき言ったことも忘れているようでは信用ならんな。解説役その1」

 

 「予言者!六浜童琉!」

 

 「雑な紹介だな」

 

 「お前に言われたくない。結局いまのところ、私とお前の小競り合いを見せているだけではないか。こんなもので読者が満足すると思うな」

 

 「思っていない。だからさっさと説明をしろ」

 

 「愛想の悪いやつめ。えー、この解説編は、ダンガンロンパQQの第六章の事件から裁判までを解説するもので、他の解説編と比べて少々短いが、まあそこは内容の濃さでカバーしていくつもりなので、よろしく」

 

 「貴様、本編と比べてずいぶんとざっくばらんな性格になっていないか?」

 

 「お前こそ口数がずいぶん多いじゃないか。台詞の半分を喋るようなキャラではないだろう」

 

 「それもこれも解説編の中であればこそだ。そんなものは今更だろう。さっさと解説編に移れ。無駄話をしている余裕はないのだ」

 

 「私の話を聞いていたか?今回我々が担当する話数は他と比べて圧倒的に少ないのだ。本編の解説だけでは尺が余りまくるから、雑談などで広げるしかないのだぞ」

 

 「解説編となると毎回同じようなことを言っているが、少しは尺を伸ばす工夫はないのか」

 

 「ない!そんなに時間をかけるほどの企画ではない!」

 

 「貴様はどういうモチベーションでこの企画に臨んでいる。そんなんでよく主導権を握るなどと言っていたな」

 

 「それはそれ、これはこれだ。とはいえ、改まって雑談をしようとするとどうにも難しいからな。自然にやっていこう」

 

 「自然にと敢えて言うのは自然ではないぞ」

 

 「うるさいなもう!そういうことを言っていたらいつまでも解説編に進めんではないか!ここはお前とだらだら話す場ではないのだぞ」

 

 「雑談をするのではないか。まったく、こんな調子で大丈夫なのか」

 

 「なんとかしてみせる。今度こそ」

 

 「どこで挽回しようとしてる」

 

 「というわけで早速、解説編らしい話題のひとつでも提示してみようと思う」

 

 「なんだ」

 

 「毎回各章の最初の解説では、章タイトルの話題になっている。今回はそこから話していこうと思う」

 

 「六章最初の解説編は俺たちではないだろう。前の奴らは何をしていた」

 

 「すっかり忘れていたらしい」

 

 「馬鹿か」

 

 「曽根崎はともかく引地先輩にこう言うのは憚られるが、馬鹿だ」

 

 「引地が先輩・・・ああ、お前は俺たちのひとつ下の学年だったな」

 

 「一応言っておくと、私と曽根崎は2年生、古部来と引地先輩は3年生の設定だ。他にも細かい学年や年齢の設定があるから、気になる人は作者のTwitterでも遡ってみてくれ」

 

 「そういう話をする場ではないのか。それと、なぜ俺だけ呼び捨てだ」

 

 「今更、私がお前を先輩呼びするのは気持ち悪いだろう。それにお前だけではないぞ。笹戸やアニーも先輩だし年上の設定だが、普通に敬称略だ」

 

 「・・・うむ。呼び捨てを敬称略と言い換えたのは引っかかるが、まあいい」

 

 「というわけだから、曽根崎と引地先輩が解説し忘れていた六章のタイトルの解説からしていこう」

 

 「プロローグからここまで、タイトルはいずれも、ことわざのもじりで、かつ登場人物の中の誰かを指し示したものになっていたのだったな」

 

 「ああそうだ。ことわざは一旦おいといて、プロローグ1と2は清水、3は私たち全員、一章が飯出、二章が石川、三章が滝山、四章が穂谷、五章が笹戸、となっている。クロだったりシロだったり共犯者だったりどれでもない当事者だったりと様々だな」

 

 「六章のタイトルは、『一寸先を照らす灯火』だな。元ネタのことわざは二つか」

 

 「『一寸先は闇』と『風前の灯火』だ。片や未来のことは分からないという意味で、片や非常に危険な状態という意味だ。マイナスの意味とマイナスの意味をくっつけた、ドマイナスのタイトルだな」

 

 「マイナス掛けるマイナスでプラスになったりしないのか。照らす、という言葉は前向きな印象を与える言葉だろう」

 

 「そこも含めてミスリードだな。ここまでのタイトルで、割と内容を反映しているということに読者も気付いているだろうからな。読み解けなければそれもよし、読み解けたとしてもミスリードを誘うように敢えてそうした言葉選びをしている」

 

 「どんな性格してたらそんなところに罠を張るんだ。かかるかも分からない罠に時間をかけすぎだ」

 

 「まさに取らぬ狸の皮算用。読まれぬタイトルの罠算用、といったところか」

 

 「もうそれはいい。で、六章のタイトルで指し示している登場人物というのは誰だ?この場合、灯火に当たる人物になると思うが」

 

 「私だ」

 

 「お前だったのか」

 

 「まったく気が付かなかっただろう」

 

 「考える気も起きなかった」

 

 「ちょっとは考えろ!」

 

 「この場合の一寸先というのは、お前が仕掛けたトリックによって『予言』した全員生還の未来。それを照らす灯火というのは、その未来へ導く存在ということだ。だからお前が灯火になるのだが、元のことわざの意味を考えれば、それはほんの少しの風、ほんの少しの狂いで儚く消え去ってしまうような頼りない灯火だったということだな」

 

 「うわあ!急にいっぱい考えるな!」

 

 「考えろと言ったり考えるなと言ったり、どうすればいいんだまったく・・・」

 

 「極端なんだ!さっきも言ったが、解説編だからと言って解説だけしていればいいというわけではないぞ!ひとつの話題をなるべくこう、お互いの掛け合いで引き延ばして、かさ増しをするのが解説編の醍醐味というかだな」

 

 「なら貴様はこのタイトルの話題まででどれくらい文字数を稼ごうとしていたのだ」

 

 「7000、いや7500くらいは行けないかな、と」

 

 「半分がいいところだ馬鹿」

 

 「この話題自体がハプニング的に私たちに回ってきたようなものだからな。これでひとくだりできただけでも儲けものだと思おう」

 

 「タイトルの解説をしたら、次はいよいよ本編の解説か」

 

 「そうだな。今回私たちが担当するのは、繰り返しになるが、捜査編の後半から裁判までだ」

 

 「第五章までで言えば2話と少し程度の範囲だな」

 

 「だが六章の裁判とあって真相に迫るものばかりだから、解説する内容もそれは多いことだろう。しっかり襟を正して臨めよ」

 

 「どうもお前が気合いを入れれば入れるほど空回りする気配しか感じない」

 

 「やめろ!私をポンコツに仕立て上げる伏線を張るな!」

 

 「伏線を張るまでもなくポンコツの雰囲気はあったような。ともかく貴様は前から詰めが甘いのだ。だから足下を掬われる」

 

 「ぐうの音も出ない。と思ったが、私も私だがお前もお前ではないか!あっさりあんなもんに殺されおって!」

 

 「確かに殺されはしたが、俺は為すべきことは為した。その甲斐あって裁判に勝ったのではないか。文句を言われる筋合いはない」

 

 「ぐう」

 

 「自分以外の全員を無事に生き延びさせるために為したことのせいで、ああして仲間割れしていては世話ないな」

 

 「それは、この時点ではまだ私の意図に誰も気付いていないから、誰かが殺したと思って疑心暗鬼になってしまっただけだろう!それくらいは私も覚悟していた!だからちゃんと部屋にヒントを遺しておいたではないか!」

 

 「お前が死んでいたのはお前の部屋ではない」

 

 「くっ・・・!これがダンガンロンパ・・・!」

 

 「ただの論破だ」

 

 「しかし清水以外の3人は思ったとおりだが、清水も案外すんなりこの状況を受け入れたな。もっとゴネてモノクマと絡むかと思ったが」

 

 「五度も同じことを繰り返してきて、同じゴネ方をするほど馬鹿ではなかったか」

 

 「作者の都合的にはここでだらだら引き延ばしても仕方がないというのもある。何よりここを書いてるときの作者は、ラストが見えてきてテンションが上がっているからな。細かいところは強引に押し進めてしまっているかも知れん」

 

 「ということは、俺たちの解説しなければならない部分も多くなるのではないか?作者のフォローをさせられるのがこの解説編だろう」

 

 「甘んじて受け入れろ」

 

 「面倒臭い・・・」

 

 「特に今回はトリックがやたらとややこしいのだ。もしかしたら一読しただけでは上手く伝わらなかった部分もあるかも知れない」

 

 「今回のトリックはそもそも、原理があまり一般に知られているものではないだろう。素焼きの壺で氷を作る方法などいつどこで知った」

 

 「いつの間にか知っていたな・・・」

 

 「知識欲の変態め」

 

 「誰が変態だ!」

 

 「そもそも敢えて凍死などというまどろっこしい死に方を選ばなくとも、他にもやりようはあっただろう。浅ましくも死因で奇を衒ったか」

 

 「それを言われると痛いのだが、これは私の都合ではない。作者の都合だ。六章では私の目論見がとある人物にバレたことで崩壊してしまう。その際に、外傷が目立つ死因では横入りの殺害というのが難しい。手段が絞られてしまうからな」

 

 「いや、外傷が残る死因だったとしても、外傷が残らない方法で横割りすればいいだろう」

 

 「外傷が残るものは負傷してから死亡するまでが短い傾向にある。人数が少なく、各個人の動きが目立つ中での時間的な制約は大きな枷になる」

 

 「殊の外ああ言えばこう言うではないか」

 

 「聞き分けが悪いみたいに言うな!きちんと考えていると言え!」

 

 「捜査時間になるやあからさまな伏線を張っている清水を見て、考えていると言えるのか」

 

 「早め早めに伏線を張っているのだからいいではないか。こういうちょっとした一文を織り交ぜていくと、後から読み返されたときに膝を打たせることができるのだ」

 

 「読み返される前提なのか。ただでさえ長い上にややこしい話だというのに」

 

 「作者だってこうして読み返しながら解説編を書いているのだから、二度、三度と読んでくれる人がいるかも知れんだろう!」

 

 「なんて都合のいい想定だ・・・。どうでもいいが」

 

 「頑張って作ったのだからそこは読んでもらいたい・・・今回の事件では使われたトリックは1つだけ。しかも全員で作り上げるトリックだ。この配分をどうするかを作者は相当悩んだそうだ」

 

 「全員クロなんて無茶苦茶なことを考えるからだ」

 

 「考えたからにはどんな形でも実行する、が作者の信条だ。今回の事件もそうだし、QQという物語自体もそれによるところが大きい」

 

 「小説家が死後にもったいないオバケになったようなやつだな」

 

 「どんな創作物も、アイデアの段階ではまだなにものでもない。物語や演出、登場人物たちで肉付けしていくことで、同じアイデアでも全く異なる物語になる。故に、アイデアの段階ではそれが面白いものかどうかは判断できないということだ。うっかり面白くなるアイデアを捨てるようなことをしないように、思い付いたらとにかくやる、というのが作者のポリシーだ」

 

 「はじめて聞いた」

 

 「はじめて言ったからな。まあそれに一番振り回されているのは作者なのだがな。既存の創作物の影響を受けやすいし、消化のスピードに比べて思い付くスピードが圧倒的に速くて、いつまで経ってもアイデア帳が分厚くなる一方だ。思い付いても忘れるアイデアもあるし、既にやったアイデアをもう一度思い付くこともある」

 

 「自己管理ができない馬鹿ではないか」

 

 「それはそう思う。とにかく、私たちもそれに振り回された被害者のひとりということだ」

 

 「自分の失態を上位存在に責任転嫁するな。あくまでこの中ではお前の責任だ」

 

 「せっかく真面目な話をして現実逃避・・・いや、空想逃避していたのに、一気に引き戻された」

 

 「現実から空想に引き戻されるというのも妙な話だ。空想の解説をするのだから空想を見ていればいい」

 

 「自分の死体が捜査されているのは見るに堪えん。見ろ。望月が私の髪に付着した塩を舐めたぞ」

 

 「さすがに俺もそこまではしない。得体の知れない白い粉をなぜこうも躊躇なく舐められる」

 

 「感情がない、という問題ではないな。生物として何らかの要素が欠如している。これも希望ヶ峰学園がもたらした過剰な実験の弊害か」

 

 「生物として死を回避しようという意思は備わっているのだろう」

 

 「そのはずなのだが・・・」

 

 「望月の件も今回の裁判ではいずれ明らかになる。その手掛かりも既にやつらの手の内にある。それ以外にも、六章ではここぞとばかりに生き残り面子の深掘りがされている」

 

 「前回の解説編にあたる部分では、曽根崎がまさにその通りだったな。引地先輩と曽根崎の関係、それが希望ヶ峰学園とどう関係しているか、だな。考えてみれば、清水と望月と曽根崎は三人とも、今回の黒幕にまつわる希望ヶ峰学園の活動に関わっている。ここまで生き残ったのも必然か」

 

 「清水の場合は深掘りというほどのものでもないがな。だがこれまで触れられてこなかった情報の一端が出て来ている」

 

 「そんなのあったか?どこに」

 

 「やつが貴様の死体を捜査した後に、言わなければならないことがあったと言っていただろう」

 

 「そういえばそんなこともあったな。清水が私に言わなければならないこと・・・仮に私が生きて最終裁判に臨んでいたら、清水になんと言われていたか、か。ふむ・・・なにかあっただろうか」

 

 「察しが悪いな予言者。ここまでの解説編でもたびたび出て来ていただろう。清水はお前を好いている疑惑だ」

 

 「qあwせdrftgyふじこlpッ!!?///」=3 ボッ

 

 「漫画のように照れるな」

 

 「バ、ババババカな貴様ァ!!?しし、清水に限ってわた、わた、わったたたっ!!」

 

 「2つ目の解説編でもそんな話になっていたが、やつは肯定こそしていないものの、明確に否定もしていない。からかわれたガキでもあるまいに、分かりやすいやつだ」

 

 「ち、違う!!QQのヒロインは望月だろう!?私ではない!!清水は主人公ならちゃんとヒロインとだな・・・ちゃんとってなんだ!!」

 

 「ひとりで何を言っている。論破シリーズはどれを見ても、主人公はなかなかの好色ぶりを見せているぞ。やつがそういった人間とは思わんが、主人公であるならばどの女とくっついてもおかしくなかろう」

 

 「こ、古部来が恋バナをするとは・・・解説編は本当に何が起きるか分からんのだな・・・」

 

 「解説すべきことを解説しているだけだ。貴様も烏瓜のようになっていないでまともな受け答えをしろ」

 

 「どこの誰が『真っ赤な秋』の赤いものの一例でしか知らない植物の赤さをイメージできるのだ。どの女子とくっついてもおかしくないと言うがな!有栖川や穂谷のように、どう考えても清水とはそういう関係になれそうにない女子はいる!」

 

 「それは有栖川と穂谷について否定しただけで、清水が貴様を好いている可能性を否定する根拠ではない」

 

 「ぎゃふん」

 

 「口ほどにもなさすぎるぞ貴様。そんなのでよく裁判を5回も勝ち残ってきたな」

 

 「こんな破廉恥な議題はついぞなかった」

 

 「さほど破廉恥でもないが・・・」

 

 「ええいうるさい!清水と私の関係などどうでもいい!それより本編だ本編!解説だ解説!」

 

 「こんな調子ではろくな解説はできなさそうだ」

 


 

 「この時点で私のトリックに気付いていた者がいるとは思えないが、多目的ホールを出た清水はまっすぐ管制室に向かっている。穂谷も同様だ」

 

 「多目的ホールの乾燥した暑い空気に違和感を覚えない馬鹿などいない。合宿場すべての室温を管理している部屋に行くのは当然の結論だ」

 

 「前回の解説編で担当していたパートで穂谷とろくに話していない分、ここでその件をしているな。例の、最終裁判前に主人公と話して決意を新たにするシーン」

 

 「決意を新たに・・・?どこがだ。この女、四章のときからずっと同じことしか考えていないではないか」

 

 「実際はな。だが表向きには多少清水たち側についているように見えるだろう。清水が言っているように、ある程度の冷静さを取り戻して、黒幕に敵対する意志を持っている。敵の敵は味方というわけだ」

 

 「違うな。敵の敵はやはり敵だ。味方のふりをしたやつに背中を見せれば斬られるだけだ」

 

 「どんな人生を歩んできたらそんな戦国時代のような価値観を持つのだ」

 

 「だが俺の方が正しい」

 

 「そうなのだが・・・少しくらいは話の流れを汲むことはできんのか」

 

 「汲み仕事は下男下女の仕事だ」

 

 「お前の家には下男下女がいるのか!この令和の時代に!」

 

 「いるわけあるか馬鹿。ものの喩えだ」

 

 「どこをどう喩えていたのだ・・・というか、なんだこの軽快な掛け合いは」

 

 「清水と穂谷の会話もこれくらいは軽快だぞ」

 

 「ついさっき私の死体を発見したというのに、なんだこのほのぼの加減は」

 

 「こんなものだろう。貴様が俺の死に落ち込みすぎだったのだ」

 

 「いや落ち込むだろう!目の前で人が死んだら!」

 

 「あのときも貴様が確りしなければならないのに、うじうじと蛆虫のように落ち込んで、剰え脳天に瓶など食らいおって」

 

 「無茶苦茶言うな!確かに落ち込みすぎた節はあるが、きちんとその後で挽回したではないか!それに脳天に瓶食らおうと思って食らったのではない!完全なる不意打ちだあれは!」

 

 「それくらい予言できんのか」

 

 「だから何度も言うが、私がするのは『予言』ではなく『推測』だと言うのだ」

 

 「二度も裁判を終えたのだから、裁判中に発言力を持っている者が狙われるというのが必然だとは思わなかったのか。あるいは自分の発言力に自覚のない声がデカいだけの女だったか」

 

 「なぜに被害者である私がここまで言われなければならない!?鬼か貴様!」

 

 「俺が鬼ならばやつは悪魔か。全員生還の目をあっさり潰しておいて、よくもしゃあしゃあと捜査に加わっていられるものだ」

 

 「クロというのはそういうものだ。特に穂谷のように、絶対な意思によって犯行に及んだ者は、良心の呵責に競り勝ってそうしているのだから、余計に始末に負えない」

 

 「犯行を後悔して自責の念に駆られている犯人と、開き直って徹底的に悪役を演じる犯人と、全く気にしていない犯人と、どれが最も質が悪いだろうな」

 

 「気にしていないやつではないか?屋良井がまさにそんなやつだったが、あの手合いはどれだけ追い詰めても、反省するということをしない。自分がしたことが悪いことだと理解していない、社会に放ってはいけない種類の人間だ」

 

 「いや、やつは開き直ったタイプだ」

 

 「なぬっ。いや、やつの態度を考えてみればどう考えても気にしていないタイプではないか?」

 

 「気にしていないタイプは貴様が言ったように、自分がしたことが悪だと理解していないやつだ。だが、屋良井は自らを悪と理解した上で、その悪という評価を逆手にとって利用している。自らが悪であることを公にすることこそがやつの目的である以上、良心の呵責などあろうはずもないし、自分の手段をよく理解しているはずだ」

 

 「な、なるほど。しかしそう言ってしまうと、論破作品で気にしていないタイプの犯人はいないのではないか?どんなクロであっても、少なからず殺人という行為には一定の反社会性を覚えるものだろう」

 

 「あるとすれば日常的に殺しをしていて、コロシアイのルールを理解していないやつ・・・そんなゲームバランスを崩壊させるようなやつはいてもらっては困るな。色々と」

 

 「このときの穂谷はそっちに片足を突っ込んでいるがな。鳥木の復讐という大義名分を得ている上に、少し狂っているせいで協調性だけでなく倫理観も壊れている。殺人は紛れもなく悪であることを理解しているが、復讐という建前がある以上は正義面を借りることができる。仇討ちのようなものだ」

 

 「コロシアイのルールを十分に理解して利用しようとしたお前が、コロシアイのルールから逸脱した穂谷にさらに利用されるとは・・・情けない」

 

 「そこで少しでも私を哀れむ感情が湧かないお前もなかなかのものだぞ」

 

 「哀れんではいるつもりだ。こんなもんが生徒会の役員だとは・・・やつも手の焼ける後輩を持ったものだ」

 

 「どこを哀れんでいる!放っとけ!あ、ちなみに読んでいる人にはさっぱりだろうが、私の生徒会の先輩と古部来は同級生で仲が良いということになっている。これは本編が終わった後に生まれた設定だがな」

 

 「そのあたりはスピンオフで詳しく・・・いや、2年ほど前から言っているが、本当にやるのか?お前のスピンオフ。そろそろ企画倒れにしていいくらいの時間は経っているぞ」

 

 「ここでこうやって話題に挙げるから倒れそうな企画が踏ん張ってまた立ち上がるのだ。寝た子を起こすな」

 

 「お前はいいのか。スピンオフということは貴様が主人公なのだろう」

 

 「たとえスピンオフとはいえ、これ以上私に負担をかけないでくれ」

 

 「主役が降板宣言をしたぞ。もはや企画倒れは止められないな」

 


 

 「管制室で穂谷と会話した後も、清水は割と真面目に捜査をしている。管制室の次は、穂谷に言われて私の部屋の捜査をした。ここできちんと花について触れているぞ」

 

 「この描写だけでキスツスだと気付くやつはいない」

 

 「まだいなくていいのだ。キスツスなんて花を出せば、それが何らかの意味を持っていることは分かるし、花言葉もすぐに調べられてしまうからな」

 

 「そして望月の登場だ。この後の裁判でも詰問されるが、望月はこのとき生き残った人間すべての部屋のゴミ箱を捜査していたのだな。清水には明らかに嘘を吐いている。どういうことだ」

 

 「単純に清水を信用していない・・・という言い方も正しくないな。清水が犯人である場合、自分の捜査を邪魔される可能性がある。ある程度清水を信用してはいるが、その可能性が棄却できない内は無難な選択をしておくのが合理的、と判断したのだろう」

 

 「ふむ、だから清水に捜査のアドバイスをしたのも、もし清水が犯人でない場合、手掛かりを得やすくするためにアドバイスをしたというわけか。動機に関わる部分なら、犯人であれば何らかのリアクションを起こすと期待したのもあるかも知れない」

 

 「望月の感情を読むことは難しいが、思考が合理的であるだけに、論理を突き詰めれば理解できてしまうことが多い。清水のようなタイプにとっては難解なやつだが、私たちにとってはそれほど厄介な相手ではない」

 

 「とすれば、曽根崎も同じように望月を脅威を感じていないだろう」

 

 「どうだかな。5章では記憶を取り戻していることを見破られているし、黒幕と関連している可能性も示唆されている。曽根崎は黒幕に関する捜査をしていたことだし、脅威とまではいかなくとも、警戒はしていたはずだ」

 

 「その望月と、清水と穂谷が集まって来た。改めて全員で黒幕が残したファイルを読んでいるシーンだ。“超高校級の絶望”がまた話題になっているが、ここでも大して新しい情報は出て来ていないな」

 

 「そもそも“超高校級の絶望”はただのサークルと化している。それよりも、貴様が残したわざとらしい本の方がよっぽど重要だ」

 

 「さすがにここまでやれば気付くと思ったのだが、もう少し情報開示した方がよかっただろうか」

 

 「貴様は他人の思考力に過度に期待しすぎる節がある。それに応えられるのは俺くらいだということをよく理解しておけ」

 

 「お前なら、これだけの証拠で私のトリックに気付けるのか?」

 

 「すぐには無理かも知れんが、十分に考え得る選択肢には入ってくるだろう」

 

 「ずいぶんと自己評価が高いな。まあお前なら解き明かしてもおかしくないとは思うが」

 

 「これだけ大量の証拠と情報があるのだ。貴様のトリックも、貴様が行き着いた結論も、到達してくれるわ」

 

 「本当か・・・?確かに今回のコトダマの情報量は異常なほど多いな。これだけで1万字を超えているらしい」

 

 「原作も合わせて全員分の情報をいちいち載せていればそれくらいいくだろう。一度出た情報なのにわざわざ全部書く必要があったのか?」

 

 「たとえばファイル名だけを載せても、どうせ読んでいる人は覚えてないだろうから、もう一度読ませて思い出せているのだ」

 

 「ここで思い出させても、裁判でいざ使うときになって覚えていなければ意味がないだろう」

 

 「2〜3回も目に触れていれば、なんとなく思い出せるくらいには印象付くはずだ」

 

 「そんな裁判を前にして、清水はまたもクロを殺す意思を固めているな。コロシアイと学級裁判に嫌気が差していたかと思えば、ここに来て一周回って元に戻ってきたではないか」

 

 「あのときは、“超高校級”に勝つという虚栄心から裁判に臨んでいたが、今回は私が殺されたことに対する怒り、つまりは復讐の感情が強いな。だからスタンスは似ているかも知れんが、根本的な向かい合い方が異なる」

 

 「これまでの裁判で自分が活躍してきたとでも思っているのだろうか。曽根崎や六浜が推理の中心にいたことに気付いていないのかあの馬鹿は?」

 

 「気付いてはいただろう。この裁判の中での様子を見ていても、清水は自分の力量はある程度理解している。それでも、勝つつもりではいるがな」

 

 「やる前から負けることを考える馬鹿がどこにいる」

 

 「イノキだろそれ」

 

 「負ければ死ぬのだ。勝つつもりでやるしかないだろうが」

 

 「そりゃそうなのだが・・・私ならどうしたって不安になってしまう。私だって自分の力に自信はあるのだが、それでも何が起きるか分からないのがコロシアイだ」

 

 「いや違うな。お前の場合は、いかに“超高校級の予言者”と言えど、所詮は日常生活圏内でのことでしか予言をしてこなかったからだ。不測の事態や犯罪の可能性を最初から排除し、全員が画一的なルールの元に行動すると仮定した上での結論など、コロシアイ生活の中では大して役に立たない。学級裁判で本当に力を持つのは、他人を徹底的に疑い、一切の証拠を疑い、己の推理すら疑い、どうしても疑えない事実だけを真実とすることだ」

 

 「お前はそうやって推理していたのか?疑いに疑ってとことんまで疑っていたのか?」

 

 「疑うというのも言いようだ。安易に鵜呑みにすることを信じるとは言わん。疑い抜いた先にある結論こそ、信じられるものだ」

 

 「原作の七海千秋もそんなようなことを言っていたな」

 

 「俺が原作の台詞から剽窃したように言うな」

 

 「安易に信じる信じると口にするやつほど信じられないものはないからな。むしろ清水ぐらい他人を信用せず、曽根崎ほど疑り深く、望月ほど合理的に判断し、穂谷ほど自分の信念を曲げない者こそが、真の意味で人を信じることができるのだ」

 

 「貴様は土壇場で穂谷まで信じてしまったから足下を掬われたのだ。お前こそ、もう少し人を疑うことを知るべきだったな」

 

 「ぐぅ」

 

 「なにやら知性的なキャラクター設定をされているが、俺に言わせればただの頭でっかちだ。明日の天気が知れたところでなんだと言うのだ」

 

 「お前こそ盤上でしか活きない知力ではないか!私の方がよっぽど有用だぞ!競馬だって相当な確率で当てられる!」

 

 「高校生の競馬は禁止されているはずだが」

 

 「ぐっ・・・」

 

 「生徒会に在籍しておきながら不良行為か。ずいぶんと良い青春を過ごしているものだ」

 

 「違う!新聞を読んで結果が一致しただけだ!賭けてない!」

 

 「なぜ競馬新聞を買っている」

 

 「むぅん・・・」

 

 「論破されると唸るのをやめろ。腹立たしい」

 

 「本当にギャンブルはしていないのだが、私の“才能”の説明で天気予報以外だと、競馬の着順予想や株の推移予想など、どうしてもそういったものになってきてしまう。なんというか・・・もうちょっと年頃の女子に似合うようなものはないのか」

 

 「来年の流行色の予想とかか」

 

 「なぜすぐ出せる。お前が」

 

 「適当に言っただけだ。そもそも貴様の“才能”は、貴様自身が言っているように数多のデータから導き出される統計的推測に過ぎない。ある程度の不確定要素があるとはいえ競馬や株はまさに好例ではないか」

 

 「そもそも私ははじめ、天気予報士という“才能”の予定だった。だがそれでは似たような“才能”のキャラクターを先人たちが生み出していたし、大した活躍も見込めなかったから、天気予報士を発展させて予言者になったのだ」

 

 「発展しすぎだ。だがまあ、確かに過去の統計から未来を予測するというのは、天気予報士のしていることそのままだな」

 

 「せいぜい一週間程度の、ごく狭い範囲の話でしかないが、天気予報というのは一種の未来予知だ。古代においてはその力は神通力とも呼ばれた」

 

 「やはり初期案から二転三転しているやつは言うことが違うな」

 

 「古部来は初期案がそのままだったからな。本当に、最初に思い付いた段階から何一つ変わっていない。性格も“才能”も服装も・・・なぜ作者はこんな感じのキャラが好きなんだ」

 

 「知るか。だがその感性は間違ってはいないだろう。人気投票1位を取れるくらいだからな」

 

 「いつの話をしてるんだ。そして割と嬉しかったのではないか」

 

 「あれ以来、母がやたらめったらにLINEしてくるのだ。てろんてろん喧しくてうんざりしている」

 

 「お前の口からLINEなんて言葉が出て来るとは思わなかった。そんなに気になるなら音を消す設定にすればいいだろう」

 

 「そんな機能どこにもないぞ」

 

 「貸してみろ。まったく、どうしてお前は他のことでは隙がないのに、スマホの操作だけはぐずぐずなんだ。おい通知を三桁も溜めるな!ちゃんとお母さんにも返事してやれ!」

 

 「俺の勝手だろう」

 

 「赤いぽっちの数字がデカいと気になるだろうが!」

 

 「もう返せ貴様」

 


 

 「呆けた会話をしていたら、いつの間にか本編で裁判が始まっていたぞ」

 

 「と言っても、はじまってすぐにはさほど大した話はしていないだろう。だいたいどの裁判でも、重要なのは後半からだ」

 

 「しかしな、今回の裁判はそうでもないのだ。むしろ一番最初に、清水が結論に到達している」

 

 「ん?」

 

 「私の死因が何かというテーマで最初のノンストップ議論が始まるのだが、外傷のない死因として清水が窒息死を挙げて論破されている」

 

 「死体発見時、多目的ホールはほぼ全ての窓が開放されていた。有毒ガスや呼吸困難に陥るほど酸素が薄い状況を作っていたとしても、換気が十分にされていては何の意味もない。という理屈だな」

 

 「このときは全員が納得して、あっさりその論は切り捨てられたのだ。しかし蓋を開けてみれば、このときの清水の言は大正解だった。結局私は、窒息死だったのだ」

 

 「ふむ。あの現場を見て窒息死と連想するのも馬鹿らしいが、犯人がどんな方法で殺害したのか分からない内から可能性を敢えて狭める必要もないからな。間が悪かったということか」

 

 「以前に曽根崎も同じようなことを言っていたが、どれほどの正論であろうと、どれほど有力な証拠であろうと、それ単体で説得力を持つことはできないのだ。議論の流れや、そこに至るまでの過程、発言者の求心力など、様々な要因が絡み合って、説得力という力になる。あの現場を見た上での窒息死、さらにそれが、何の後ろ盾も根拠もない裁判の冒頭で、それも清水の口から発せられたことが、この論を棄却させる大きな要因だったのだ」

 

 「貴様の見通しの甘さも敗因の一つだったが、清水も初手を誤っていたか。決定的とまでは言えなくとも、この時点で真相の一部を完全に否定してしまったのは間違いだったな」

 

 「真に勝つクロというのは、運も味方に付けるのかも知れんな・・・」

 

 「いや、これも清水が焦っていたからだろう。そしてその清水が焦った原因は、貴様だ」

 

 「また私か!?何度私を追及すれば気が済むのだ貴様!」

 

 「今回の事件の中心にして大戦犯の貴様を責めずして誰を責める。むしろ裁判が始まったここからが本番だ。覚悟しろよ」

 

 「ぴえん

 

 「下らん言葉を使うな。気色悪い」

 

 「くそっ・・・!こいつには何を言ってもダメだ・・・!」

 

 「貴様が各々にある程度の役目を与えてクロとして事件に関わらせたせいで、ハンパに自分がクロかも知れないと疑惑を持たれてしまう。そうなれば本来協力しあうべきクロ同士が、自分の知る事実を隠蔽して一向に真相に辿り着かない。裁判は膠着し、真相の手掛かりが手に入らず、それだけならまだしも嘘を吐いて余計に混乱させる」

 

 「全員がクロになる以上はそうなることも推測済みだ。だから自分の部屋にキスツスの花を用意してメッセージを残したのだ。それに、それぞれがしたことは直接的に私の命を奪う行為ではない。穂谷や望月のように明らかに妙な行動を頼んだ者もいるが、曽根崎のような疑り深いやつには多目的ホールの施錠という、特に怪しくないことを頼んでいる。そういう気配りができるのだ私は!」

 

 「気配り・・・か・・・?全員をクロとして生還させるという構造上、確かに裁判が膠着しやすいことは避けがたいだろう。自分が死ぬつもりであることを明かせば止める者もいるだろうから、事前に全てを話すことができないことも、まあ飲み込んでやろう」

 

 「あ、これまた他に突っ込まれる流れだな」

 

 「ひとりぐらい事情を知っている者を作るか、互いにアリバイを証明できる者を用意しておけ」

 

 「きっついこと言うな」

 

 「事情を知っている者は、今回はいたようなものだし、それが原因で失敗したからそれはおいておこう。だが、互いにアリバイを証明できる者、つまり確定でシロと呼べる者たちがいなければ、裁判など成立しないだろうが。曽根崎と望月など打って付けだろう」

 

 「そんな共有者みたいなのを作れるほど、やつらの動きを意のままにすることはできないぞ。私は未来を推測することができるだけで、他人を意のままに操れる“才能”を持っているわけではない」

 

 「工夫をしろということだ」

 

 「そんなことを今更言ったところで仕方がないのだ。私は挑み、失敗した。結果は例の通りだ」

 

 「こんなことを言っても後の祭り、ということか」

 

 「まだもう一組残ってるのにタイトルを回収してしまったな。いい感じにオチがついたのではないか?」

 

 「本編がまだ裁判始まったばかりだろうが。まだまだ終わるわけにはいかんぞ」

 

 「まだ私の死因が何かで議論しているではないか。清水が言った窒息死というのが正解なのだが、巡り巡って溺死という案が出ているな」

 

 「死体の髪が湿っていることと、バケツが転がっていることで溺死と判断したのか。多目的ホールに死体があることを差し置いて、なぜ裁判の中で主張できるほど確信が持てるのだ」

 

 「さすがに5回も裁判をしていて、この決めつけ方はないな。ぶっちゃけてしまえば、これは裁判の冒頭ではありがちなことだ。後の議論を活性化させるため、敢えて序盤ではめちゃくちゃな推測や当てずっぽうの決めつけで議論を進めていく。そうすればいずれ矛盾にぶつかり、そこから議論が発展していく」

 

 「わざわざそんな回りくどいことをしなくとも、かき集めた証拠を開示して共有し、全員で考えれば真相に最短距離で辿り着けるだろうに。いくら馬鹿の頭といえども、三人寄れば文殊の知恵と云う」

 

 「そんな学級裁判、読んで面白くないだろう。様々な角度から議論をし尽くし、間違いもありながらそれを徐々に修正していき、それでも明かせない謎があれば大胆な発想の転換や新たな証拠、意外な真実をぶつける。そうして裁判にダイナミズムが生まれるのだ」

 

 「時間の無駄だ」

 

 「一刀両断するな!そもそもだな。作者は一度それをやって反省してこうなっているんだぞ」

 

 「なに?そうなのか?」

 

 「一章の学級裁判を、適当な証拠だけをあげつらって、適当な流れだけを決めて、適当にノンストップ議論などのああいうギミックを入れて書いていったら、ものの1万字程度で終わってしまったのだ。最短距離とは、そういうことだ」

 

 「1万字か・・・俺たちが今こうして話しているだけでも、優に超えている数字だな」

 

 「これよりもボリュームで劣る裁判。どうだ?もう少し頑張れクロ、と思わんか?読者的な目線でだぞ?」

 

 「んん・・・確かに、物足りなさは否めんかも知れん」

 

 「かと言って裁判が長くなりすぎると今度は中だるみしてくるな。これは二作目の一章で起きたことだ」

 

 「なぜうちの作者は一章の裁判がヘタクソなのだ。二作目ともなればある程度コツは掴んでいるものだろう」

 

 「一度裁判を書いてから次の裁判を書くまでに数ヶ月開くからな。それだけじゃない。日常編も、捜査編も、おしおき編も、毎度毎度新しい章に突入するたびに作者は『この部分ってどうやって書くんだっけ?』と言っている」

 

 「馬鹿か」

 

 「馬鹿だ」

 

 「巷間には、作者は自分より賢いキャラクターは描けないと云うが、そうすると俺たちもその程度のものということか?たかが数ヶ月開いただけで、同じことを二度も三度も繰り返すようなやつなのか?」

 

 「二度三度どころではない。二作目も含めたらもう二桁に届くだろう」

 

 「馬鹿が救いのない馬鹿に進化する音がした」

 

 「それは・・・進化か?」

 

 「Bボタンはどこだ」

 


 

 「最終裁判にして、穂谷の清水いじりがひどいな」

 

 「作者いじりはもう終わりなのか」

 

 「それはあんまり続けると、昔のウェブサイトによくあった痛々しいあとがきみたいになるからやめた」

 

 「おぉう・・・なら仕方あるまい。うむ、やめよう」

 

 「曽根崎と望月は言わずもがな、穂谷まで清水のこの言い振りでは、清水の受難は絶えんな」

 

 「リンゴ頭に冗談のような髪と・・・散々な言われようだ。確かに、あの常に跳ねているアホのような髪は妙だと思っていた」

 

 「あれはもう、論破作品の主人公には欠かせないチャームポイントだ。原作のそれに比べて些か細いがな」

 

 「感情に従って尖ったり縮んだりしないのか。原作ではしていただろう」

 

 「していたかも知れんが、敢えて書く必要もないことだろう。嬉しいことがあると尻尾のように振れるらしいが、作中で嬉しがったことがないから事実は不明だ」

 

 「急に話は変わるが、構わんな?」

 

 「断りを入れるように流れを断つな」

 

 「お前の殺し方に関して議論をしたがっている穂谷と、死体発見現場の不自然さについて議論したがっている望月とを、同時に論破したギミックがあるだろう」

 

 「ああ・・・ダブル議論だな。これはもうここだけで終わるやつだ」

 

 「どういうことだ。ダブル議論というのは」

 

 「二つのテーマについて同時に話して、同時に論破するというものだ。自分で画期的なギミックを考えてやろうと作者が意気込んでいたときのことだから、めちゃくちゃなものでもノープランで出してしまったのだ」

 

 「四章の議論スクラムあたりからなんなんだその無駄なアグレッシブさは」

 

 「こういうギミックはゲームでやる分には楽しいのだが、小説ではやり過ぎるとテンポが悪くなるからな。それにノンストップ議論一辺倒ではマンネリ化してしまう」

 

 「工夫したのか」

 

 「工夫って」

 

 「この辺りは、清水が自分のしたことと六浜の死の関係に気付き初めて、裁判中の立場がここまでとがらりと変わる場面だ」

 

 「自分をシロだと思っていた清水が、自分がクロかも知れないと思い始めるシーンだな。普通であればそんな馬鹿げたことはあり得ないと思うだろうが、この直前の裁判で清水たちは、まさに自覚の無いクロを指名して処刑台に送っている。もはや何が起きてもおかしくないのが学級裁判だ」

 

 「やった当人が言うのか」

 

 「構図は同じかも知れんが、私は笹戸とは違う!あんな独り善がりなことはしとらんぞ!」

 

 「似たようなものだろうが・・・」

 

 「似てはいるが違うことは違うだろうが!」

 

 「ムキになるほど追い詰められている風になってくるな。ここの清水と同じだ」

 

 「自分がクロかも知れないと気付いたからこそだが、誤魔化し方があからさまだな。焦りが見え見えだ。これでは私や曽根崎でなくとも動揺を見抜かれてしまうぞ」

 

 「デカい声で議論を妨害し、強引に話の流れを変えて自分に都合のいい結論に誘導する。それだけしかできんのかこいつは。クロだとしても張り合いがない」

 

 「本来クロは相応の覚悟と準備を持って裁判に臨むものだ。屋良井が分かりやすい例だな」

 

 「」イラッ

 

 「(名前だけでイラッとしたな今・・・)しかしこの時の清水は、裁判中に自分がクロかも知れないことに気付いた。急場しのぎとはいえ、この場から挽回しようとすれば、誰だってこうなる。私もこうなる」

 

 「ならんだろう、お前は」

 

 「え、そんなに私上手く誤魔化せそうか?」

 

 「逆だ。お前は全部表情に出るから分かりやすい。大いに動揺するのが目に見える」

 

 「そっちか!」

 

 「ついぞ貴様はクロにはならなかったが、貴様がクロでは張り合いがないだろう。もし生きてこの裁判に臨んでいたら、あきらかにそわついて目障りだったことだろう」

 

 「表情に出やすいのは自覚があるが・・・図らずも自分が退場する形で裁判を起こすのは、私にぴったりの戦術だったわけだな」

 

 「それも功を奏さねば意味がない」

 

 「むぬん・・・これはあれだな。私は今回の裁判、ずっと失敗した者として見て行かなければならないから、まさに針の筵だな」

 

 「座るか?針の筵」

 

 「さらっとエグいこと言うな!なんでも具現化できるこの空間を利用して私にこれ以上の責め苦を与える気か!」

 

 「冗句だ」

 

 「お祭りだからと言って似合わんことをするな。無法地帯ではないぞ」

 

 「無法地帯ではなかったのか」

 


 

 「さて、清水が強引に話の流れを変えたことで、犯人が曽根崎ではないかという話題になった」

 

 「多目的ホールの鍵を持っていたことから、六浜をホールに閉じ込めた可能性がある、ということからだ。言いたいことは分かるが、少し無理があるな」

 

 「曽根崎自身もそのことは分かっていて、むしろ清水の動揺さえも見抜いている。だからクロ指名されているのに、この余裕っぷりだ」

 

 「望月が個室のゴミ箱を捜査して六浜からのメモを見つけたと追い討ちをかけている。にもかかわらず、敢えて議論を誘導して自分がクロだという清水の論をすべて吐き出させてから反論している」

 

 「私が清水と多目的ホールで話したときと似ているな。清水のようなタイプは一度全部言いたいことを言わせてしまえば、そこからの反論が難しくなる。感情優先で話すやつだからな。感情を消耗させれば自然と勢いも落ちる」

 

 「そして清水へのカウンターだ。追及されても余裕たっぷりの曽根崎に対して、清水のなんと見苦しいことか。こうなることは予想できただろうに」

 

 「予想できても覚悟はできんだろう。なにせ清水には自分が殺したという自覚がないのだ。真相が分からないのに罪だけは被せられそうになっている。しかも自分にもハンパな確信がある。胃に穴が開くぞ」

 

 「この裁判で二番目に作者がやりたかったところだろう。ここから他の二人にもそれぞれ容疑がかかる。六浜のトリックの肝は、全員がクロになることだ。つまり裁判で全員が等しく疑われるという流れが最も重要なのだ」

 

 「でも二番なのか?一番は」

 

 「それはその時になったら言う」

 

 「まあだいたい予想は付くが。ここでもう一度ギミックの話をするが、四章でやった議論スクラムとは違う議論スクラムをここでやっている。これはV3に忠実なやつだ」

 

 「一応2−2に分かれてこそいるが、穂谷を味方につけている清水は心許ないな」

 

 「穂谷は立場的にも、仮にクロでなくても、そこまでこの裁判の結果に執着がなさそうだ」

 

 「一方の清水は必死も必死だ。ここまで裁判中にクロらしくなる主人公など今までいたか?こんなのに希望を託せようはずもないだろう」

 

 「一章のクロがやる豹変をここで清水がやっている。やたらと同じ言葉を繰り返したり、忌々しそうに語尾を伸ばしたり」

 

 「豹変というのは一つの様式美のようになっているが、やたらめったら喚かせていればいいというものでもない、というのをここで言っておこう」

 

 「どうしたんだ急に」

 

 「クロにとっては追い詰められた最後の抵抗だ。それまであれこれ準備はしていただろうが、最後の最後に切り札を用意しているものだ。冷静に切れば有効な手札を、焦りと興奮で中途半端な論理で切るから無駄にするのだ。その見苦しさ、往生際の悪さ、そして生への執着を表現しなければならない。支離滅裂でもいいが、筋は通ってなければならない。その塩梅が難しいところだ」

 

 「急に語られて虚を突かれている。なんで作者の代弁をしたんだ」

 

 「淡々と流れを追うだけでは退屈だからこういうのをぶっ込んでいく」

 

 「お前が退屈とか言うな。我々は面白おかしくお送りする側なんだから、せめて楽しそうにしろ」

 

 「俺とお前で面白おかしくなると思うのか?俺だったら退屈で途中で寝る」

 

 「寝るな!耳元でクラッカー鳴らすぞ!」

 

 「それは俺でなくても止めろ。解説するから」

 

 「トラウマになっているではないか」

 


 

 「清水があっさりと論破され、もはや自分がクロで確定しているかのような空気を出している。思考を止めると人間こうなる。もしこのまま全員が清水をクロとして指名していたら──、同じことか」

 

 「おいやめろ。まだそこまでいってない。ここからは女子チームの番だ」

 

 「一度全員からクロと疑われた者が出た上で、さらに別の者に疑いを向けさせるのは簡単なことではない。清水もそうだが、普通はここで思考を止めるからな」

 

 「そこは、曽根崎の疑り深さに救われたところだ。三章の事件でも曽根崎がいない間は滝山がクロだと思っていたし、四章でも曽根崎は真相究明の中心的役割を担っていた。全体を通して最も学級裁判に貢献したのは、清水よりも曽根崎だったのかも知れんな」

 

 「清水と曽根崎がそれぞれ貴様の指示を受け取った証拠として、それぞれの部屋のゴミ箱から発見されたメモ書きが提示されていた。しかし、それぞれの部屋のゴミ箱など、よほどの確信がなければ調べようとも思わん場所だ。そこを調べた望月に容疑がかかるわけだな」

 

 「疑われるというよりも、その確信を持って捜査をしたということは、望月も何かしら事件に関わっているはずだ、と推理された」

 

 「一応の反論はしているが・・・やはりあっさりと認めているな。全く、この女はこれだから気味が悪いのだ」

 

 「お前も望月のことはそう思っていたのか?」

 

 「押しても引いても応えない、叩いても響かない、およそ人間味と呼べるものがない妙な女だとは思っていた。さほど興味はなかったが、解説編で改めて見てみると、やはりひとつひとつの行動が軽率というか、人間味に欠けるというか・・・」

 

 「合理的な思考と行動をしているのは分かるのだが、どうしてもそこに情を入れてしまうのが人間だ。それを、徹底的に情を排除していれば、不気味に映るのは仕方ないことだろう。そのあたりも、この裁判で話題になる」

 

 「望月がお前の指示で暖房機能を点けたことを自白したことで、ホールの窓が全開だったこと、鍵が施錠されていたこと、暑いほどに気温が高かったことが説明されたわけだ」

 

 「その後で清水が、乾燥機能が点いていたことに気付いて穂谷を糾弾するのだが、よく乾燥してたことにも気付けたものだな」

 

 「本当にあのアンテナにそんな機能が点いているのではないか?」

 

 「お前も曽根崎と同じようなことを言うな。あれはただのアホ毛だ」

 

 「なぜ曽根崎は同じようないじり方をして同じような暴力を甘んじて受けているのだ。被虐趣味者か」

 

 「その絡みが面白いのだろうよ。曽根崎というよりも作者の都合だ」

 

 「なぜ俺たちはこうも作者の都合でいらないやり取りをたっぷりさせられるのだ・・・」

 

 「作者とキャラクターというのはそういうものだ。よく、キャラクターが勝手に動き回って困る、ということを言っている作者がいるだろう。それはあくまで、作者の中でイメージしているキャラクターのやりそうなことを続けていたら思ってたのと違う展開になった、というだけだ。そのキャラクターが本当に勝手に動いているわけではない」

 

 「勝手にキャラクターが動いて勝手に文章が書かれていったらずいぶんと楽になるだろうな・・・」

 

 「そしたらいよいよ作者いらなくないか?」

 

 「うむ、作者はいらん」

 

 「創造主に唾吐くとはなんて恐れ知らずな・・・消されても知らんぞ」

 

 「消されるか。俺が消されて困るのは作者だ」

 

 「すごい自信だ」

 

 「これくらい我が強くなければ、あんな面子の中でまともにやっていけるわけがないだろう。論破作品のキャラクターは生牛蒡より灰汁が強い」

 

 「私はそんなにエグみないぞ。食べ物で言えばポテトサラダくらいあっさりいける」

 

 「否。食べ物で言ったらお前はバナナだ」

 

 「そのこころは?」

 

 「残したもので人を滑らせる」

 

 「そんなに上手くない!そういう古部来は食べ物に喩えたら、たまねぎだろう」

 

 「そのこころは」

 

 「柔らかくなったらもう終わり」

 

 「ちっとも上手くない」

 

 「こんな無茶な大喜利ないぞ。思いつきをこんなに垂れ流しにしていいのか」

 

 「今までもそんな感じできていただろう。とはいえ、さすがに脱線が過ぎるな。解説をしよう解説を」

 

 「ちょうど全員が等しく怪しいという話になったところだ。それぞれが六浜からメモで指示を受け、その通りに行動していた。その結果が多目的ホールのあの妙な環境を作り、そしてその中で六浜が死んでいた。真相を知っていればまだしも、この時点では全く意味が分からない」

 

 「この中の誰かが嘘を吐いているということもないしな。全て私の直筆サインが証拠として残っている。だから、望月のような考えに至るのも無理はない」

 

 「誰かを殺そうとしていたのなら、全員にその証拠を与えるようなこのやり方はあり得ないがな。その考えに真っ向から噛みついていくのが清水だ。こいつはいつも少数派にいるな」

 

 「多数派にいると、わざわざ清水が論破したり説明するまでもなく、他のキャラが言ってしまうからな。清水のようなタイプに話させるには、曽根崎のような触媒を用意するか、清水しか話す人がいない状況にするしかない」

 

 「いい加減六章だぞ?もうそんな段階は過ぎているのではないのか」

 

 「人はそう簡単に変わるものではない。清水も最初のころに比べて多少は改善したが、まだひねくれ者には違いない」

 

 「さっきの議論スクラムでは2対2だったが、今回は1対3だな。案の定、ボコボコにやられている」

 

 「まあここはな。たくさんの証拠を元に論じている曽根崎たちに対して、清水の論の根底にあるのは、あんな私がそんなことをするはずがない、だからな。感情論以外のなにものでもない」

 

 「だがあくまでここの議論のテーマは、六浜が殺人トリックを企てていたか、ということだ。通常の裁判であれば、それだけでクロと疑わしくなるのだが、今回は六浜の意図がややこしかったことに加えて、当の六浜が死亡していることがよりこじらせている」

 

 「だから、こじれてていいんだと言うのに。本当なら真相など暴かれず、不正解を導き出させる狙いだったのだから」

 

 「全員にメモを用意しておきながら、図書室にトリックの根幹を示す本を残しておきながら、自室にキスツスの花を用意しておきながら、真相など暴かれず、とはよく言ったものだ」

 

 「これはもしものときのためだ。曽根崎のようなやつならこれらの証拠を見つけると思ったし、これらの証拠を用意しておけばそれなりに議論も進むだろうと思った。ある程度の議論がなされた上での結論は、たとえ間違っていたものだとしても受け入れられやすいものだ」

 

 「本当は?」

 

 「これがないと推理が成り立たず、私の狙いも明らかにならないし後半の裁判に繋がらない作者的な都合だ」

 

 「どうせ都合を言うのなら下手に取り繕わなくていいのだが」

 

 「一応そういうポーズを見せておかないと。私たちは本編の外から見守る概念的な存在であると同時に、本編の中で人生を終えたキャラクターでもあるのだ」

 

 「うむ、よく分からん」

 

 「お祭り企画とはそういうものだ。分からないなら分からないままでいい」

 

 「ならそれは分からないままでいいのだが、曽根崎があの本の内容から、一発でお前の真の死因に辿り着いているぞ。こうなるとやはりお前の言い訳はかなり苦しいな。証拠が直接的過ぎる」

 

 「さすがにそこの両立は無理だった。自己矛盾と言われても仕方ないが、ここは一旦見逃してくれ」

 

 「別に俺は構わんが、読んでいるやつらがどう思うかだ」

 

 「さらっとやつらって言うな!読んでくださっている読者の方々だ!」

 

 「お前の言い方も皮肉めいている気がするが。別に金を取って読ませているものでもなし、趣味で書いているに過ぎないもの。書かねば読まれないが読まれずとも書く。対等な関係である以上、過剰な尊敬表現も不要だろう」

 

 「えー、画面の前のみなさん。解説の相方が急におかしくなりました。私も作者もこんなことは1ミリも思っていないので、どうかお気を悪くなさらないように願います」

 

 「思ってもないことを書くわけがなかろう」

 

 「うるさい!ドリアンジュース飲んでいろお前は!」

 

 「ぶぼはっ!!」

 

 「うおっ!!汚っ!!」

 


 

 「なんだったんだ今の件は」

 

 「低速の暴走をしてしまった気分だ。あーえー、本編の裁判は、今ちょうど素焼きの壺トリックの解説をしているところだな。これは実際に古代インドで用いられていた方法で、条件が整えば本当に氷ができるそうだ」

 

 「しかし、氷を作るための方法ということは、このトリックでは0℃までしか下がらんのだろう。0℃で人が死ぬか?」

 

 「全身から永続的に体温が奪われ続けて、しかも──いや、やめておこう。それもフィクションだからということで勘弁してくれ」

 

 「認めたな。無理があると」

 

 「ちょうど清水が私の意図に気付くシーンになるから、もうこんなところで言い訳をしている場合ではないと思ってな。こここそが、今回の裁判で作者が最も書きたかったところだ。ここを解説せずしてどこを解説する」

 

 「では見ていこうか。素焼きの壺トリックが成立するためには、六浜が水を被っている必要があるが、そこが問題だな」

 

 「このときの推理の前提は、私が多目的ホールに仕掛けたトリックで誰かを殺そうとしていたということだが、その前提が間違っていた。水を被せようとした相手に逆に水を被せ返すというのは、望月の言うとおりほぼ不可能だ。だから私が水を被っていたということは、はじめから私が水を被るつもりだったから、というほかにない」

 

 「被せてきた水を全て回収して相手にかけ返す、ということができればあるいは・・・まあ、できんが」

 

 「なぜ自らトリックを作るよう根回しをしていた私が、自分で水を被る必要があるのか。そこから導き出される結論は、自殺。それが普通の考えだ。だがここまでの議論で、私を殺した凶器は、多目的ホールの環境すべてだという結論が出ていた。開放された窓、施錠された扉、乾燥した温暖な空気、窓から入り込む風、水分を含んだ被害者。これら全てが整ってはじめてこのトリックは成立する」

 

 「逆に言えば、どれかひとつでも欠けていれば殺人は成立しないことになるな」

 

 「ああそうだ。そしてそれはつまり、全員がそれぞれの役割を全うすることで、殺人を成立させたということでもある。これは、『クロは直接手を下した人物である』というルールを『クロとは、被害者が死に至る原因を自らの手で生み出した者』と解釈したとき、私と生き残りの全員がクロに該当することになる」

 

 「なかなか無茶あるような解釈に思えるが、何らかの確証があってやったのだろうな」

 

 「無論だ。ひとつ前の裁判で、晴柳院が笹戸が設置した仕掛けを発動させたことでクロとされ、処刑されていた。つまり、殺意や仕掛けの製作はクロの要件になり得ないということだ。どんな状況であれ、被害者が死に至る原因を自ら生み出した者がクロになる、という解釈でなければ、晴柳院はクロたり得ない」

 

 「身代わりに処刑されようとしたかと思えば、今度はその処刑を利用してルールの穴を穿って広げてそこから抜け出そうとするとは。お前のようなやつが生徒会役員でいいのか」

 

 「ルールを守る者こそ、ルールの穴に詳しくなければならん。そもそも筋は通っているのだから、何も言われる筋合いはないな」

 

 「うぅんこの言いぐさ。やはりお前が役員なのは問題あるのではないか?」

 

 「何を言う。私は問題を起こす生徒を正す側だ。何も違わない。私は何も間違えない」

 

 「存在してはいけない生き物ではないか。希望ヶ峰学園の生徒会はそんなにブラックなのか」

 

 「ただの冗談から飛躍して謂われのない不名誉を被るつもりはないぞ」

 

 「なんて身勝手なやつだ。まさになにつじなんとやらではないか」

 

 「ブームに乗っかるのならもう少し上手く乗っかれないのか」

 

 「それももう過ぎつつある頃のブームだがな」

 

 「とにかく、私はこれらのトリックを以て、モノクマが私の狙い通りにクロを決定すると確信していた。いや、論理的にそうでなければおかしかった。トリックが見破られるかどうかは確証がなかったが、全てが上手くいけば結果には絶対の自信があった」

 

 「清水にその確信を聞かれたとき、モノクマはわざと的外れな解答をし続けているな。そういえば、この辺りの決まり事は浚っておかなければならないな」

 

 「というと?」

 

 「クロが二人以上いた場合、俺が言っているのは、同時に複数の殺人が起きた場合だ」

 

 「原作ではV3で初めてその可能性に触れられたな。全てを監視しているモノクマがいるからこそ成り立つ話だが、僅かでも先に殺人を成立させた方がクロとなり、後の殺人は全て無効となるらしい。無効などということがあり得るか。それでは被害者はどうなる。ただの犬死にではないか」

 

 「俺にそれを言われてもだな。しかし、同時にこんな話もあるぞ」

 

 「なんだ?」

 

 「学級裁判は、死体が発見されてから捜査時間を経て行われる。では、コロシアイが起きても死体が発見されなかったらどうなる?たとえば、焼却炉で完全に燃やし尽くし、灰は埋め、骨は砕いて排水溝から流し、一切の痕跡を処分してしまえば、発見される死体はなくなるだろう」

 

 「まあモノクマがそれを監視していて何もしないとは思えないが、仮にそうなってしまうと、発見される死体がないことになるな。だが、人ひとりが姿を消せば、すぐに気付かれるだろう。そして、コロシアイの舞台のどこを探してもいないことを以て、死亡したと見なされるのではないか?」

 

 「原作のように、隠し部屋やまだ発見されていない場所にいた場合でもか?」

 

 「死んでない人物を死んだことにして裁判を起こすのはルール違反だ。その場合はモノクマがなんとかしてその存在を明らかにするだろう」

 

 「なるほど。だから二作目の三章ではああしたのか。見つからなければ裁判ができないから」

 

 「QQの六章を解説していてそんなところに飛び火するとは思わなかった。話としても、死体が発見されなければどうにもならないから、そこは仕方ない部分だ」

 

 「なんだか妙に仕方ない部分が多いように思えるが。結構ご都合主義に頼っているのではないか?」

 

 「作者がヘタクソなんだからしょうがない」

 

 「言い訳するなら冒頭に書いておけ。この物語の登場人物は全員、ツキの月を服用していると」

 

 「のぶ代版劇場版ドラえもんにしか出てこないひみつ道具が誰に伝わるのだ。ゴツゴーシュンギクから作られるやつではないか」

 

 「伝わっているではないか」

 

 「それは私だからだ」

 


 

 「いま、どこだ?」

 

 「今回の事件のクロが、私を含めた5人全員であると清水が突き止めたところだ」

 

 「めちゃくちゃ重大なシーンではないか。ドラえもんとかどうでもいい話をしている場合ではない」

 

 「この辺りの台詞はまた分かりづらいな。真相を知っていれば何の事かは分かるのだが、初見では相当こんがらがってしまっていたのではないか?」

 

 「そうでもないだろう。割とストレートに言っているぞ」

 

 「ストレートだからか、清水以外の3人にはそう簡単には事態を飲み込めないようだ。そこでまたしもて1対3で議論スクラムをやるが、今度は清水が一人で3人を論破している。先程とは対照的だな」

 

 「よくある展開の対比だな。立場が変わっていることで言葉の力強さも変化していることを表している」

 

 「そして改めてモノクマに同じ質問だ。クロが複数いる裁判では、どうすればシロは正しくクロを指名したことになるのか」

 

 「全員同数にするというのはどうなのだろうな。バランスが崩れていないか?」

 

 「しかし、誰か一人が最多得票数になればいい、とすると本来のルールにそぐわないのだ」

 

 「本来の、どのルールだ?」

 

 「『クロは自分が殺人をしたと他の生徒に知られてはいけない』というルールだ。学級裁判は、このルールを守れていることを確認するために行われる。複数のクロがいるのならば、それら全てを明らかにしなければ、このルールを以てクロを処刑することはできないだろう」

 

 「確かに、学級裁判の本質はそこだ。であれば、最多得票でなくとも同数であれば、0票であっても処刑というのも、同じくこのルールを以て処刑することはできないと思うが」

 

 「くうっ・・・お前は相変わらず、突いて欲しくないところを的確に。確かに、最多得票かつ同数であればまだしも、0票でも同数ならば、というのは同様に否定されるはずだ。しかし、クロが複数いる時点で、共犯者に票を偏らせることもできるのだ。票操作ができるというのは、多数決の原則を用いた学級裁判で圧倒的なアドバンテージになる。それだけでも、クロが十分に有利であるとは思わないか?」

 

 「人数にもよるし、今回のように互いにそれを理解しているかにもよる」

 

 「基本的には互いにクロであることを知っていることが想定されるし、二人であっても十分にアドバンテージだ。私が言いたいのは、学級裁判のルールの根底を揺るがすほど圧倒的なアドバンテージを持っている複数のクロに対しては、シロも同様にルールを超えた特別措置を与える必要がある。それが、同数票による指名成立だ」

 

 「ふむ。まあ言いたいことは分かる。詭弁のような気もしなくはない。それに、この特別措置が真にシロとクロに平等な裁判になるか、というのも議論の余地はあるだろう。だが、一応の理屈があるのは分かった」

 

 「堅物のお前がそう言うのなら、これでよかったのだろうと思う」

 

 「曽根崎と望月が言っているように、ここではクロ5人に対して票は4つ。全員が0票になるようにしなければクロ指名成功とはならないが、そのためには既に死亡した人間、それも5章までに死亡した誰かに票を入れる必要がある。死んだ人間が生きた人間を殺すなど、あり得ない」

 

 「あり得ないことはないのだがな・・・以前にそんなトリックを他の創作論破で読んだ。おすすめしたいのだが、名前が出せないのがもどかしいところだ」

 

 「少なくとも、このトリックを用いてはできんだろう」

 

 「そしてこのトリックを用いたのは、複数のクロを生み出し票数を不足させることによって、全員をモノクマのルールの元で脱出させることだ。私はあくまでルールに則り、逸脱した正攻法で黒幕に勝利するつもりだった」

 

 「しかしこれは根本的な解決になっていないぞ。清水たちがルールの下で脱出したところで、黒幕が排除されたわけではない。また希望ヶ峰学園から人が攫われる可能性もあった」

 

 「それでも正面からぶつかるよりはマシだ。それに、外に出ればまだなんとでもしようがある、黒幕の監視の行き届くこの合宿場から出ることが第一なのだ」

 

 「この結論が出た時点で、お前の目的はほぼ達成されていたも同然だった。しかし、清水はそこからさらに、なぜお前がそんなことをしたのか、動機を解き明かそうと言いだした。俺の知っている清水ではあり得ないことだ」

 

 「そうだな。そもそも動機など、これまでの裁判を見てきても証拠から明らかにできるものではなかった。それでもここで清水が強行したのは、やつ自身気付いていないだろうが、やつなりに責任を感じていたのだろう。自分たちが私にこんなことをさせた、とやつは思っている。こうした形で黒幕に勝負を挑んだ私に対して、自分たちが何もせずに逃げ出すことを良しとしなかった」

 

 「ここまで来ていなければ、清水は間違いなくさっさと投票に移っただろう。こうも変わるものか」

 

 「変わるものだ。そして残念なお知らせだ」

 

 「なんだ唐突に」

 

 「ここまでで半分だ」

 

 「・・・なん、だと・・・!?」

 

 「今回は正味、二つの裁判を同時に行っているようなものだから、文字数が異常に多い。必然、解説編も長くなる。だから言っただろう。覚悟しておけと」

 

 「それは俺が言った台詞だ。しかも覚悟の内容が違う。ちょっと待て。一旦休憩だ。一眠りする」

 

 「私も少し休憩しようか・・・濡れせんとお茶があるぞ」

 

 「なぜ濡らす」

 

 「仕方ないだろう。それしかないのだから」

 

 「まったく・・・。おい、しかも紅茶ではないか」

 


 

 「さて、休憩もしたところで、後半戦にいこうか」

 

 「本当にやるのか・・・」

 

 「さすがにだらだらと続けても仕方がないので、少しテンポを上げていこうか」

 

 「前もこんなことがあった気がする。学ばないのかうちの作者は」

 

 「学ばないな。というか、好き勝手し過ぎて後の自分に迷惑をかけるタイプだ。夏休みの宿題も8月29日から取りかかる」

 

 「もういい年だろうが。いつまでそんなこと言ってるのだ」

 

 「こういう話をしているから伸びるのだ。早速本編へと話を切り替えよう」

 

 「六浜のしたことが明らかになり、動機を明らかにするための裁判になったのだったな。前半では誰がクロか以外はどうでもいいようなことを言っていたモノクマだが、よく認めたものだ」

 

 「私があのトリックを仕掛けた動機が、そのままモノクマが最終裁判で議題にしようとしていた、合宿場の謎、そして黒幕の正体へと繋がることだったからな。モノクマとしても、思いがけずそちらに話がスライドしてたなぼただったのだろう」

 

 「そうか。ところで、このときモノクマが、然るべきことを然るべき時にやるだけ、自分の意思ではないと言っているな。これはどういうことだ?黒幕が話していたのだろう?」

 

 「今回の黒幕は、江ノ島盾子が行ったコロシアイというシステムを流用して、私たちに“才能”を奮わせようとしていたのだ。つまりは模倣だな。だからかつてのコロシアイと同様の手順を踏むことをしているに過ぎない、ということだ」

 

 「この、コロシアイのシステムを使う理由付けというのは、各作品毎に色が出そうな部分だな。いずれにせよ、江ノ島盾子という存在は無視できなさそうだ」

 

 「コロシアイシステムの開発者だからな。黒幕の立場も様々だ。江ノ島の信奉者であったり、“超高校級の絶望”を研究していたり、我々のところのようにただシステムを模倣しているだけであったり。原作の江ノ島がコロシアイをさせた動機は、“才能”を持つ希望同士がコロシアイを経て絶望していく様を世界に見せつけて、世界を絶望させることだった。つまりシステムそのものよりも、その過程と影響を重視していた」

 

 「後のシリーズでも、コロシアイを以て絶望を与えたり希望を与えたり、とにかくその過程と影響が重視されていた。単純に参加者を殺害する意図だったり、黒幕への影響を意図したものは原作にはないな」

 

 「原作と同じことばかりしても仕方がないし、そういうものだろう」

 

 「原作とは異なる面でのコロシアイを描いているという点で、創作論破、ひいては二次創作というのは、そういった楽しみ方ができるということを表しているのだな」

 

 「なんだ。珍しく肯定的な意見ではないか」

 

 「悪く言えばスケールが小さくなったと言える」

 

 「わざわざ悪く言う必要がない」

 

 「人類への宣戦布告にせよ、個人的な趣味にせよ、そこには少なからず何らかの目的が存在するものだ。コロシアイそのものが目的か、コロシアイを経て何かをすることが目的か。その違いに過ぎん。巻き込まれた方からすればどちらも同じようなものだ」

 

 「た、確かにな・・・」

 

 「今回の黒幕にとっては、お前が自分の頭脳を駆使して大掛かりな自殺を企てたのも、それが自分に対するお前なりの抵抗だったのだとしても、その行為全てが糧になっている。つまりどこまで行こうと掌の上だったということだ」

 

 「し、しょうがないだろう。私は黒幕の正体にはある程度近付いていたが、その目的までは推測できていなかった。そもそもそんなもの、無限の可能性の中から正確に推測できるものではない」

 

 「お前が自殺した目的を、清水たちは言い当てているだろう」

 

 「それはそれ、これはこれ。私が全て見抜いていたらこうはなっていない」

 

 「要するに話の都合だな」

 

 「便利なカードなのだなあ。都合って」

 

 「しみじみ言うな」

 


 

 「さっきも言ったが、私はモノクマが与えてきた証拠品から、黒幕の正体をおおよそ推測していた。どんな“才能”も修得可能な、カムクライズルに近い存在であると。そしてそれ故に、私たちが何をしようと及ばないと考えたのだ」

 

 「それが、お前が学級裁判に勝利する条件を満たしていながら、敢えて自殺を選んだ理由か」

 

 「厳密には勝利条件は満たしていないのだがな。合宿場の全ての謎を解き明かすのだから、黒幕の正体を正確に暴くことに加えて、なぜ記憶を失わせたのかや、ここがそもそもどこなのか、ということも含めてだ。場所についてはだいたい察しがつくし、記憶を失わせた理由もいくつか候補はある」

 

 「あるんかい」

 

 「だがこうして頭脳だけで解決できるレベルで、黒幕が私たちと戦うわけがない。そんな理由がない。もっと感情的な部分、理屈が及ばない、他人の力が届きにくい部分で、黒幕は私たちに揺さぶりをかけてくるだろうと考えた。そうなってしまえば、情けないが、私は何もできない」

 

 「そうだな。これまでの合宿生活を見ていて、お前はとにかく人の心を動かすことにかけては目も当てられないほどヘタクソだ」

 

 「あうっ」

 

 「俺も人のことを言えないが、人は正論だけでは動かん。ときには嘘を吐いても、人の心を動かすことができる者が、要領のいいやつ、と言われるのだ。お前は頭でっかちで不器用で偏屈で責任感が強すぎて暴走しがちだ」

 

 「人のことを言えないと言っておきながら言いたい放題言ってくれるではないか・・・!お前だって似たようなものだろう!お前が晴柳院に頭を下げるまで、私がどれだけお前を説得し続けたと思っているんだ!」

 

 「あれはお前があまりにもしつこいのと、状況を見て内輪で啀み合っている場合ではないと判断した、いわば合理的な選択だ。望月ではないがな。だからお前に心を動かされたわけでもない。むしろお前から逃れるために仕方なくしたという方が正しい」

 

 「この解説編ももうクライマックスという時になってあのときの謝罪を根底から覆すようなことを言うのか!お前というやつは!!お前というやつはあ!!!」

 

 「うるさい・・・本当にうるさい・・・」

 

 「こら!汚い指を耳に突っ込むな!外耳道炎になるぞ!」

 

 「それはうち作者だろう」

 

 「なんでもネタにするのかうちの作者は!」

 

 「血が出るほど耳かきするからだ」

 

 「ええい話を逸らすな!お前のその偏屈さの話をしているんだ!」

 

 「そもそも本編の解説の話はどこへ行ったのだ」

 

 「いいんだそんなものは!」

 

 「いいわけあるか!それが本筋だろうが!いいから一旦落ち着けお前は!」

 

 「私が・・・私がどんだけお前をみんなに馴染ませるのに苦労したか・・・!どんだけお前のことを気に懸けていたか・・・!」

 

 「これだから女は嫌いなんだ。言葉尻を捉えてすぐヒステリーを起こす」

 

 「お前の無神経さにも私はほとほと愛想が尽きている。お前なんか大嫌いだ」

 

 「本気で言ってるのか?」

 

 「本気で言ってたら一緒にこうやって解説編やってないだろう」

 

 「」

 

 「えへへへへへへへへ」

 

 「やらんぞ」

 

 「えいくそぅ」

 

 「いいから本筋の解説だ。お前が自殺した理由についてまだ話しているところだな」

 

 「さっきも言っていたが、私は黒幕の全てを暴くことは、まあ清水たちと協力すれば・・・というか曽根崎と協力すれば、ほぼ完全に達成できただろう。だが、裁判に勝利できるかどうかはまた別問題だということも推測していた」

 

 「原作でもあった、生き残りメンバー全員の心理に揺さぶりをかけて、絶望の選択へと誘惑することだな」

 

 「曽根崎はともかくとして、清水や穂谷は精神性に若干不安があったし、もし生存率の高い残留と生存率の低い脱出、などの話になった場合、合理性を重視する望月の選択を変えさせるのは不可能だと考えた」

 

 「理屈でも感情でも説得しなければならない相手がいるというのは厄介だな。しかも原作の主人公は圧倒的な希望を元に、非合理的かも知れないが希望を持った選択をさせることができた。しかしお前と曽根崎では徹底的に理詰めで希望を持たせようとするだろう。感情と違って、理屈は見せ方を変えることでいくらでもコントロールすることができるからな」

 

 「な?勝ち目なんかないだろ?」

 

 「いくら自分の推測とはいえ、そこまで自信満々に言われてしまうと、俺も否定する材料があるわけではない。結局はそのときになって、やつらがどういう選択をするかだ。他人の意思決定など、100%の確信を持って操ることはできない」

 

 「理詰めで考える以上は、どこかに裏切りの可能性を考えてしまうものだからな。私は清水たちを信じてやれなかった・・・!最善の選択をしたつもりだったが、最善どころか最悪だ・・・!」

 

 「再三清水が悔しがっているが、六浜は清水たちを心底信用することができなかったのだな。だから、指示通りに動きさえすれば自動的に上手く行く作戦を使う他なかった。裁判の場で清水たちが正気を保っていられるという信頼も、自分が希望を与えられるという自信もなかった。それがお前の敗因だ」

 

 「やっぱり、この六章を解説すると決まったときから覚悟はしていたが、こういう話になるよな・・・。うう、つらい・・・つらみ・・・つらたん・・・」

 

 「お前は過剰なストレスがかかると語彙が乱れるクセがあるのか」

 

 「マジつらたん。やばたにえんの梅茶漬け」

 

 「無理矢理ギャグ時空に引き戻そうとしなくていい」

 

 「何を言っても空気が重くなってしまう・・・本当に病んでしまいそうだ」

 

 「うおぅ・・・俺は女にしては気丈な六浜しか見たことがなかったから、本気で落ち込んでいる六浜を初めて見るが、なんだろうな・・・貞子VS伽耶子に割って入れそうだな」

 

 「誰がきっと来るか」

 

 「ま、こうして解説する以上は避けて通れない話題ではあるが、過ぎたことを今更とやかく言っても詮無しだ。今回の裁判のテーマはそれ以外ではないだろう」

 

 「そうだな。そもそも黒幕が誰なのか、というところから議論していくから、必然的に生き残りメンバーで怪しい者はいないか、という話にもなってくる。その標的となったのが、望月だ」

 

 「ここまでの話でほとんどその素性が明らかになっていないから、当然と言えば当然の展開だな」

 

 「清水は言わずもがな、曽根崎も素性を全員に明かしたし、穂谷も四章で明らかになった。望月は、その一部を清水に見せたとはいえ、曽根崎と穂谷にとってはまだよく分からないやつでしかなかった。二章で一度、モノクマと話しているところを屋良井と穂谷に目撃されてはいるが、それについても有耶無耶になったままだった」

 

 「あのときは本当に毛布を持ち出していいかという話しかしていなかったのだろう?」

 

 「本当に毛布を持ち出していいかという話しかしていなかった」

 

 「呑気すぎるのだあいつは。何が合理的だ」

 

 「天体観測をすることにかけては、とにかく合理的だった」

 

 「そのポイントのズレ方が怪しまれるところだと言っているんだ。それはさすがに分かれ」

 

 「分からないのが望月なのだ。あいつはもう・・・本当にもう・・・な」

 

 「こういう面子ばかりではお前の頭痛は止みそうにないな。いや、苦労していたのだな」

 

 「蒸し返すわけではないが、お前も私の頭痛取引のお得意先だからな。むしろ大株主だからな」

 

 「はてな、何の事やら」

 

 「下手くそなシラの切り方・・・!」

 

 「望月が問題児であることはなんとなく分かるが、マイペースであることを除けばさして問題がなさそうに見える。にもかかわらず、全員の問題と卒業要件が書かれたファイルには、望月だけ卒業保留となっていた。大量殺戮テロリストの屋良井や、“才能”の持ち主が集まるという希望ヶ峰学園の特権的地位の足下を崩しかねない清水ですら、卒業の要件が用意されていたというのにだ」

 

 「そもそも卒業できない、というのは、確かに希望ヶ峰学園に恨みを抱いて、コロシアイのようなことをする理由にとしても考えられる。これまで振り切ったマイペースぶりを発揮してきた望月ならば、殺される心配がないからそうしてきた、という説明で黒幕と疑われても仕方がない」

 

 「結果的に言えば、この議論から望月が感情を消して“才能”を伸ばす投薬実験を受けていたことが明らかになる。ま、実験報告書にほとんど書いてあったことだがな」

 

 「短い時間で果実を得ようとする馬鹿は身を滅ぼす。当たり前のことだ。だが、希望ヶ峰学園に招かれていたということは、実験を受ける前の望月もそれなりの成果は出していたのではないか?それでも実験を受けようとするほど、追い詰められていたのか」

 

 「どうだろうな。その辺りの話は本人から聞いた方がいいのではないか?ちょうど、まだ順番が残っているのだし」

 

 「そう言えばそうだったな。しかし、俺たちの解説編長くないか?どうせこの後はおしおき編とエピローグしかないのだから、裁判の後編はやつらに任せてもよかったような」

 

 「キリよく行きたいのだろう。それに、ここはせめて私たちで解説せねば。あいつらにここもやらせるというのは、いくらなんでも酷が過ぎる」

 

 「作為めいた人選をしておきながら何を今更」

 

 「あ、望月が記憶を取り戻した」

 

 「重要なシーンなのにさらっと言うな。ここは今回の裁判でもトップクラスに重要なシーンなのだろう?」

 

 「いや、取り戻すシーンは大事だが、重要なのはそれよりも記憶を取り戻すことそのものだ」

 

 「・・・?分からん」

 

 「結局のところ、コロシアイと学級裁判とおしおきは、シロやクロの人物像を掘り下げるための舞台装置に過ぎないのだ。記憶を取り戻したり、隠していた真実を明らかにしたり、本性を剥き出しにしたり。だからシーンが大事というよりも、その展開にこそ意味があるのだ」

 

 「まあ、それは、言わんとしていることは分かる」

 

 「望月はここで記憶を少し取り戻すことで、これまでと少し口調が変化する」

 

 「それは清水も言及しているな。回りくどい堅苦しい言い回しの中に、少しだけ普通の言い回しが混じる。できるだけ客観的かつ正確な発言を心がけていたのが、主観的で抽象的な表現を使うようになっている」

 

 「記憶がなくなっている間は、実験の成果で感情はほぼ無になっていた。記憶を取り戻したことで感情が少しだけ取り戻せたということは、この合宿場で過ごした3年間の中で、望月は少しずつ感情を取り戻していたのだな」

 

 「なるほど。そういうことになるわけか」

 

 「ここは望月にとって、リハビリセンターのようなものだったのだ。だが実験に関わっている以上、感情が戻ったところで問題は解決しない。そもそも投薬の結果、どんな副作用が出るか分からない。それも脳に働くものだから、影響は深刻かつ長期に亘るだろう。少なくとも10年単位での隔離が必要だと判断された。だから、望月は卒業なんてできるはずがなかったのだ」

 

 「それが、卒業要件保留の理由か」

 

 「あー、ここ見てみろ。望月は今まで他人を呼ぶとき、常にフルネームで呼んでいただろう」

 

 「そうだな。面倒臭かった」

 

 「だが記憶を取り戻してからは、苗字と名前の間に一呼吸置くようになった」

 

 「なんだその微妙な変化」

 

 「記憶を取り戻して一般的な感情を取り戻した結果、今までのようにフルネームで呼ぶのはなんかおかしいと分かった。しかし今までずっとフルネームで呼んできてたのに、今更呼び方を変えるのはちょっと気恥ずかしい。それで、フルネームで呼ぼうかな、どうしようかな、と悩んで一呼吸開いてしまったのだ」

 

 「余計に変になっている。しかもこの状況でそんなことを考えていたのかこいつは。ずいぶん余裕だな」

 

 「あるだろうそういうこと。無意識に。ほら、小さいときに親のことをパパママと呼んでいて、いつからお父さんお母さんに変えようかな、と悩んだ時期があるだろう。あとは自分を下の名前で呼んでたが、いつの間にか周りは『俺』と言ってて、でも家族の手前いきなり俺呼びはなんか恥ずかしくなってイントネーションのおかしな『お↑れ↓』って言ってしまったり」

 

 「ない」

 

 「あっそ。つまらんやつめ」

 

 「ずいぶんと詳しいではないか。きっとお前自身が通ってきた道なのだろうな」

 

 「なっ!?バ、バカな・・・そな、そん、そんなわけ!ねえ?そんなわけなくない!?ないですぅー!」

 

 「誰か相方代わってくれ・・・面倒臭い・・・」

 

 「また話が逸れた。こういうことをしないでまっすぐ解説だけしようと約束したではないか!」

 

 「だいぶペースはあげているのだがな」

 

 「こんなことしてたらいよいよ4万行くぞ4万」

 

 「さすがにそうならないようにしたいが・・・さて」

 


 

 「ここで改めて名前が出たな。私たちの先輩で、先の解説編でも解説されていた引地佐知郎先輩」

 

 「俺とは同期だな。話したことはないが」

 

 「一応この辺りの話をまとめておくと、引地先輩は未来機関から命を受けて旧学園派のカムクライズル製造計画について調査をしていた。曽根崎は、引地先輩が自分の身に何か起きたときに仕事を引き継げるように育てた、いわば保険だな。そして引地先輩は、望月が受けていた投薬実験を突き止め、旧学園派のカムクライズル製造計画の証拠を掴んだ。しかし無茶をし過ぎて身元が割れ、学園から始末される。曽根崎は直接関与していなかったが、引地から情報を得ている可能性があるため、問題児となったわけだ」

 

 「曽根崎と望月は、引地佐知郎という人物を通して関係があったわけか。それがこうして最後の裁判の場で睨み合っているとは、因果なものだ」

 

 「そういう因果が収束してくるのが学級裁判だ」

 

 「なるほどな。ということは、今回の裁判でやけに清水が冴えているのも、これまで当てずっぽうをしては恥をかいてきた分のツケがやってきたということか」

 

 「いや、これは都合だ」

 

 「何回都合が出て来るのだこの章の裁判は」

 

 「仕方がないだろう。今回だけで私のトリックを暴くだけでなく、コロシアイの真相にも迫るのだぞ。それも、まともに推理をしない穂谷と、真相に近いだけに推理をしにくい立場の曽根崎と、推理される側の立場の望月がいるのだ。清水が推理するしかないのだから、これくらいのハンデは必要だろう」

 

 「ハンデって・・・ミステリの主人公が推理をするのにハンデが必要とはどういうことだ」

 

 「清水なんだから仕方がないだろう。だがな、プランSについては清水も無関係ではないのだ。だからその関係から、なんかそういう力が働いて閃いたのだ。あとは内なる声とかだ」

 

 「適当に言うなら無理に説明つけようとしなくていい。確かに、“才能”を後天的に得ることができる“才能”の持ち主という手掛かりと、地下で見たあのファイルの山を合わせて考えれば、その発想に至ることはできるだろう。あの部屋を捜査したのは清水だけだったしな」

 

 「そして同時に、“才能”を後天的に得る“才能”が何かについても思い至った。だからこそ清水は戦慄していた」

 

 「黒幕があの部屋を利用していたことは明白だから、“才能”を後天的に得る“才能”になり得る自分の“才能”を考えて戦慄したわけか。自意識過剰、ということも言えないか。既に何が起きてもおかしくないことが分かったのだ。自覚の無い黒幕もあり得る」

 

 「実際、ここで清水が黒幕の可能性を考えた人もいただろう。だが、清水にそんなことはできない。清水は“才能”持ちに嫉妬することはあっても、殺したいほどの悪意を持つことはない。ここまで大掛かりなことをする気力もない」

 

 「フォローなのか追い討ちなのか分からん」

 

 「何を言っても清水にとっては追い討ちだろう」

 

 「それもそうか」

 

 「結果的に清水は黒幕でなかったのだが、黒幕の“才能”が“超高校級の努力家”というのは見事に的中している。清水のそれと黒幕のそれでは性質が全く異なるのだがな」

 

 「黒幕のそれは“才能”を後天的に得られる“才能”、清水のそれは直向きに努力できる“才能”。結果を求めれば同じかも知れんが、違うな」

 

 「まあその辺りはこの後の話で言及される部分だから、ここではこれくらいにしておこう。ここで清水が自分が黒幕かも知れないと思ったところで、本物の黒幕が登場だ。もし清水が黒幕だという話になれば、ここからまたしばらくかかってしまいそうだったからな。黒幕が自らの手で白熱する議論に水を差した形になる」

 

 「後編もそろそろ終わりごろだからな」

 

 「で、この黒幕の容姿はどういうことだ。原作のカムクライズルとほとんど同じではないか」

 

 「仕方がないだろう。どうせそんなに出番はないのだから、適当でいいのだ」

 

 「ここまで似通っていると、本気で考えるつもりがなかったのだな」

 

 「気持ち清水に寄せてはいる」

 

 「気持ち、か」

 

 「この黒幕についてもう一つ気になったことがあるのだが」

 

 「いや待て。それも後で本人に解説させよう」

 

 「いいのかそれで。終わりが見えてきて面倒臭くなっているのではないか」

 

 「いいや。今回の裁判で私のことをあれこれ言っていた清水に、これくらいの仕返しをしてもバチは当たらんだろう。私の意図を理解した上で、なおも私の思い通りに動こうとしない。やはりやつは問題児だ。“超高校級の問題児”だ」

 

 「私怨ではないか」

 

 「この『“超高校級の希望”になる者』、つまり今回の黒幕だが、望月同様に感情らしい感情が見えない。“才能”に脳の容量を占められ、余分なものを排除した結果だ。プランDによって望月は確かに“才能”を伸ばしたが、これを見ればその方向性は強ち間違っていなかったのかも知れんな」

 

 「因果が逆転しているような気がするが」

 

 「先に容量を開けておくか、後から押し出されるかの違いだ。余計なことを考えるよりも“才能”のことを考える、思考の容量さえも使い切ったら、後は感情を消すだけだ。人間の脳というのは、割と恐ろしい仕組みになっているようだ」

 

 「勝手なことを言うな。この話の中だけの設定だろう」

 

 「ここで黒幕が、ここまで推理した真相のほとんどが正しいことを白状してしまう。あとはコロシアイの目的もな。カムクライズルになるためにコロシアイをさせるというブッ飛んだ発想に、清水たちは辟易してしまった」

 

 「こんな端的に、淡々と自分の目的を語る黒幕なんかいないぞ。もうちょっと盛り上げてやろうとか、驚かせてやろうという気持ちはなかったのか」

 

 「ないだろう。黒幕にとってそんなのはどうでもいいことだ。もはやこの裁判は黒幕と清水たちの勝負ではなく、私と黒幕の勝負の皮を被った、穂谷と私たち全員との勝負だ。黒幕にとっては退屈なことこの上ないし、裁判の流れを見ていてももはや穂谷の勝ち抜けは濃厚。さっさと終わらせて次に繋げる方が重要だ」

 

 「それも、合理的な判断というやつか。散々清水が頭を抱えてきた望月の合理的思考に、最後の最後で全く関係のないぽっと出のやつにも同じようなことで悩まされるのか」

 

 「そのストレスが出たのかも知れんが、清水がここで長いことがなり立てている内容。要約すると、このまま勝ち逃げなんて悔しい、死んだやつらに面目が立たない。ということだ」

 

 「あの清水がこんなことを言うとはな。四章あたりから成長の兆しが見えていたが、すっかり変わったものだ」

 

 「コロシアイを肯定するわけではないが、命のやり取りという非日常に身を置くことで精神的に強いストレスが常にかかる状態になる。劇的な毎日を生きれば、考え方や価値観、性格も変わるだろう。それが悪い方向に働けばクロに、良い方向に働けば生き続けられる。コロシアイとは、そういうものかも知れんな」

 

 「いい感じにまとめようとしているが、それも話の都合だろう。何の信念も考えも持たずにクロになられては話にならないし、生き残っているやつは何らかの心境の変化を描写する必要が出て来る。結果的にそうなっているだけだろう」

 

 「まあそうなのだが・・・」

 

 「今回の解説編を振り返って見ると、なにやら都合によるところが多い裁判だったような気がするな」

 

 「だからそれは仕方がないのだ!物語を畳む大一番なのだから、都合が挟まる余地もそりゃ出て来るだろう!面白ければよかろうなのだァ!!」

 

 「面白ければ、か。自分で言うか?」

 

 「自分が一番に言わなければ言ってもらえないからな。自信を持っておすすめしよう!『ダンガンロンパQQ』は面白い!!面白いのだ!!」

 

 「敢えて否定はしない。肯定すると変な感じになるからスルーを断行する」

 


 

 「清水にとっては大変に不本意な形だが、私の計画通りに行っていれば、ここは勝ち確だった。全員が死ぬ道を選ぶなど、可能だが可能性はない。不本意でも面目が立たなくても、生き残るしか道はなかった」

 

 「これまでも結果に納得がいかなかったり、投票が辛く感じられた裁判はあっただろうが、ここまでのものはなかっただろう。さっきも言っていたが、貴様は清水たち全員を信用せずに、生き残る道をお膳立てしてしまった。やつらの心証を考えず、合理的に判断した結果だ」

 

 「私もそれは思った。だが、生きてさえいればいくらでも挽回のチャンスはあるのだ。生きてさえいればいくらでも、やり直すことができるのだ。全員では掴めなかった未来を、私の命を代償に清水たちに託したのだ。それを分かってくれると、私は信じていた」

 

 「まあ、いくら言ったところで結局はその計画も達成することはできなかったのだ。真相を知った上で見るこの裁判の、なんと空虚なことか。穂谷は上手く立ち回ったと言えよう。ただお前のトリックを利用しただけでなく、貴様の意図を清水たちと共に解き明かし、それとなく清水たちに共感する素振りを見せることで、シロクロの対立構図ではなく六浜と生き残りの二極構図を印象づけた」

 

 「そこまで考えての立ち回りだとは思わないが、結果を言えば穂谷に完敗してしまったわけだからな・・・私からは何も言えん」

 

 「投票が終わって不正解音がなるシーンも次回すぐ出て来るが、それも貴様が想定していたものとは意味合いが全く異なる。本当にギリギリのギリまで、穂谷は身を潜めていたのだ」

 

 「一体何がやつをそこまで・・・って、次回で語られるのだったな。うむ、解説はそこに任せよう。私たちはもうこの解説編を占めよう。このまま続けていても穂谷への恨み節しか出てこない」

 

 「やはり未練というか、悔しさはあるのか」

 

 「当たり前だろう!冒頭でノリを間違えるくらい悔しいわ!」

 

 「自分から蒸し返すのかそれを。悔しいとは思うが、負ける原因も貴様自身にあるわけだがな。何を穂谷に夜中の行動を見られているのやら」

 

 「知らんわそんなもの!お前は誰かに見られているのかまで気にして日常を生きているのか!」

 

 「無論だ。今まさに見られている」

 

 「第四の壁の向こうからの視線はないものとする」

 

 「そうでなくても人気の少ない夜中で見られているのだ。気配ぐらい感じ取れ」

 

 「何色の覇気をまとえばそんなことができる」

 

 「ともかくそれだけ悔しい思いをしたのなら、それを繰り返さないように己を振り返ることだな」

 

 「いや、もう死んでいるのだが・・・」

 

 「ならスピンオフで挽回するしかないな。そっちなら生き残ることは確定しているのだから、なんとでもなるだろう」

 

 「こんだけ何回も言うということは、やるつもりはあるのだな。作者」

 

 「その気になればだ。二作目は話題に挙がることも少なくなってきたが、QQは未だに勢いが続いているからな。どちらの番外編を書くか、となれば・・・」

 

 「三作目の本編を書け。呆け者」

 

 「おう、出たな。常套句が」

 

 「これを私に言わせたかったのか?」

 

 「そういうわけではないが、せっかくだから一度は聞いておこうと思ってな。もうしばらくは会話することもないだろうからな」

 

 「その気になればTwitterでいくらでも小話ができるだろうに」

 


 

 「さて、そろそろこのやたらと長かった解説編も終わりを迎える時が来たようだ」

 

 「過去最長ではないか?最終裁判についての解説とは言え、なぜこんなに長くなった」

 

 「やはり無駄なやり取りが多かったことがあるな。まあそれも解説編の醍醐味だ。キャラ崩壊でもメタ発言でも急なノリでも何でもアリなところが、まさにお祭り企画っぽいではないか」

 

 「もう本編もいいところなのだから、そこまで無駄話に花を咲かせる必要はなかっただろうに」

 

 「これを楽しみにしている読者の方々も居るのだ。私たちの下らないやり取りを面白がってくれたり、本編の真面目な解説や小ネタを楽しんでくれたり、色々な消費の仕方がある。私たちはマルチエンターテインメントをお届けしているのだ」

 

 「趣味の小説を読まれることを消費と呼ぶな。大して社会に影響与えてないわ。マルチエンターテインメントなんて言い方もなんだかこそばゆくて嫌だな」

 

 「でもなんだかんだ楽しかっただろう。古部来も楽しんでいたようだし、よく喋っていたではないか」

 

 「解説編の仕様上、半分は喋らなければならないのだ。別に楽しくて喋っていたわけではない」

 

 「じゃあ退屈していたか?」

 

 「そういうわけでもない」

 

 「素直じゃないな。天邪鬼め」

 

 「むっつりに言われたくないわ」

 

 「むっつりじゃない!それは曽根崎が勝手に言っているだけだ!」

 

 「前から気になっていたんだが、お前はなぜそんなに下ネタに弱いのだ。というか、恋愛事に関して初心が過ぎる。高校2年生にもなってなぜそこまで免疫がないのだ。身持ちが堅いのは結構だが、何も知らず経験もせず学ぶことも避けていては、いざという時に痛い目を見るぞ」

 

 「え?なぜ私はこの終盤にガチ説教をされているのだ?」

 

 「下世話な話は俺も好かんが、それも一般常識の範疇だ。取り留めの無い事とはいえ知識を持たないことはいずれ自分に災難となって降りかかるぞ」

 

 「言いたいことは分かるが、それを敢えて今言わなくてもいいだろう・・・。それを言ったらお前ももう少し他人を知ることとか他人に対して寛容になることを覚えたらどうだ。頑固で偏屈で考え方が古いのだ。もう時代は令和だぞ」

 

 「連載中は平成だったからいいのだ」

 

 「平成でも古い!」

 

 「というわけで、むっつりと堅物の二人でお送りしてきたこの解説編だが」

 

 「面倒臭い流れになる前に打ち切るつもりだな。ずっと続けてきた解説編で、ようやく私たちの役目が終わるというのに、いいのかこんな終わり方で」

 

 「構わん。終わりよければ全て良し」

 

 「終わり良くないから言ってるんだが?」

 

 「まあなんだ。俺たちもまだまだ成長の余地はある。言っても高校生だからな。まだ子供だ」

 

 「もし私たちがこのまま大人になれていたら、どんな大人になっていたのだろうな」

 

 「また話を広げようとするな。畳もうとしているだろうが」

 

 「私たちが話し残したテーマは、次の組に託すとしよう。ここにメモを残しておくから、きっとやつらなら見つけてくれるだろう」

 

 「お前がそういうことをして失敗した話を解説していたのだがな」

 

 「何回私の傷を抉るつもりだこの男は・・・!!慈悲の心というものがないのか」

 

 「俺にそんなものがあると思うか。全ては未熟なお前が悪い」

 

 「さらに塩を塗りたくるとは。パワハラで訴えるぞ」

 

 「パワハラじゃない。これは激励だ。言うなれば敵に塩を送っているのだ」

 

 「敵と言ってるではないか!誰が敵か!」

 

 「よし。いいオチが付いたところで〆にしよう」

 

 「付いた・・・か・・・?」

 

 「というわけで、4万字にも及ぶぐだぐだと長い話を見せてきてしまったが、ここまで付き合ってくれた画面の前のお前たちにも、少なからず感謝の意を示さねばなるまい」

 

 「やっぱり素直に感謝しないのだな、お前は。どうやら私たちが大人に成長するのにはまだまだ時間がかかりそうだ。こうして見守ってくれている人たちのためにも、少しは立派になりたいものだな」

 

 「生きていられれば、の話だがな」

 

 「やめろ!」

 

 「ではここまでで解説編第六章裁判後編は終了だ。残りの解説編もいよいよあと1回になってしまった。もう次の組が誰かなど、全て読んでいるやつなら分かるだろうな」

 

 「最後の最後にあいつらに任せるのか・・・やはり采配に悪意がある」

 

 「そんな悪意に負けず4万字を超える解説をした。自分で言うのもなんだが頑張った。早く帰って寝るぞ。〆ろリーダー」

 

 「まだそのノリやってたのか・・・。あ〜、というわけで、ここまで読んでいただいて皆さんありがとうございます。私たちの出番は終わりだが、私たちはこれからもそれぞれの中で生き続けることだろう。あと作者の気紛れでどうにでもなるから未来が不安で仕方ない」

 

 「死んだのにな」

 

 「もういい加減に私も終わりたいので、ここで終わりにしよう。読んでくれた皆さんに感謝を。ここまでのお相手は、ほい」

 

 「1日睡眠12時間、古部来竜馬と」

 

 「なんだそれは・・・むつ浜ではない六浜がお送りした」

 

 「お前もなんだそれは」

 

 「なんとも締まらんなあ・・・」




解説編第六章後編です。後編ですが、おしおき編は含まれていません。そこは最後に残しておきますね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六章「一寸先を照らす灯火 エピローグ編」

 

 こちらは、『ダンガンロンパQQ』の解説になります。

 本編を読了していることを前提に執筆しているため、本編についてのネタバレが多分に含まれています。

 まだ本編を読まれていない方はご注意ください。

 


 

 「はい!画面の前のみんなおはようこんにちわこんばんわ!みんなが楽しみに読んでくれてた『ダンガンロンパQQ』解説編も、今回がなんと最終回!ちょっぴり寂しいかな?でもその気持ちは最後にとっておこうね!解説編最終回を飾る担当はぁーーー?」

 

 「ちょっと待て」

 

 「あれ?止められちゃった。なんかツッコミポイントあった?ちょっと巻き戻してもう一回やる?」

 

 「そのちょっと待てじゃねえ。誰だテメエは」

 

 「だ、誰だってそりゃないんじゃないの。ほら、この顔。親の顔より見たでしょ!忘れたとは言わせないよ!」

 

 「もっと見てるわ親の顔。つうか、そんなテンションでそんな口調で俺に接してくるやつなんかいねえぞ。知らねえやつと解説編なんかできるか」

 

 「ひ、ひどい・・・!そりゃ私、本編にはそんな出てこないから印象薄いかも知れないけど、だからって知らないなんて・・・!あんまりだよ・・・!」

 

 「なんで泣いてんだ」

 

 「だからモテないんだよ」

 

 「急に冷酷だな」

 

 「もう!これから自己紹介しようってときに止めてまでそんなひどいこと言うなんて、もっと人の気持ちを考えた方がいいよ!特に女の子の気持ちは!」

 

 「クソどうでもいいわ。お前はどの立場から物を言ってんだよ」

 

 「ヒロインとしての立場から・・・的な?」

 

 「自分で言うのかヒロインとか・・・。よく言えたもんだな。そもそも本編出てもねえやつが」

 

 「で、出たもん・・・!重要な場面で重要な役として出たもん・・・!なんなら出ずっぱりだったもん・・・!」

 

 「いいから自己紹介しろ。でねえと先に話が進まねえだろ」

 

 「だからそれ止めたの自分じゃん・・・えっと、じゃあ仕切り直して。ゴホン!はい!今回の解説編を担当するのは、“超高校級の天文部”、望月藍と!」

 

 「清水」

 

 「ウソでしょ!?今の私の名乗り聞いててそれで済ますの!?ちゃんと言ってよ!“才能”とフルネームと!あとちょっと声もいい感じにしてポーズなんかも付けちゃったりしてなんかして」

 

 「ええいああ!弄ってくんな近寄ってくんな!ディスタンス保て!」

 

 「ディスタンスって何の話でしょーか」

 

 「知らん。俺もいま適当に口を突いて出てきた」

 

 「ともかく、解説編も今回が最後なんだから、ちゃんと清水君も私と一緒に解説をしてくれないと困るんだからね。いくら覚醒版望月ちゃんと言えど、さすがにそれはしんどいから」

 

 「覚醒版だったのかよ。そんな分類なかっただろ。俺はもう一回解説編やったからお役御免じゃねえのか」

 

 「解説編はひとり二回なんだよ。私だって一回やったもん。滝山君と。ホント大変だった・・・六浜さんにも助けてもらって」

 

 「テメエもあのサルと同類だっただろうが」

 

 「そうだったかな?」

 

 「そもそも俺は今のテメエのこと知らねえんだよ。俺が知ってる望月ってのは、馬鹿みてえに堅苦しくてまどろっこしい喋り方するくせに、やたらと人に絡んで来て、おまけに始終感情がねえ気持ち悪い面しかしてなくてだな」

 

 「ちょっと待って!!」

 

 「なんだ。どこにツッコミポイントがあった」

 

 「そうじゃないから!カウンターボケしないで!」

 

 「なんなんだよ」

 

 「いくらなんでもあんまりだよ清水君・・・。いくら今の私が本編の私と違う私だからって、そんな言い方しなくたっていいじゃん・・・確かに清水君が言ってるのは本編の私であって今の私とは違うけど今の私だって本編の私と地続きの私なんだからそんなにずけずけ言われちゃったらあんまりだよ・・・!私は私なんだから・・・!」

 

 「よし分かった。お前もお前でわけ分からんし面倒くせえんだな。じゃああっちの望月と大差ねえや」

 

 「それって、私を望月藍って認めてくれるってこと?」

 

 「もうそれでいい」

 

 「ん〜・・・なんだか納得いかないけど・・・まあいっか、取りあえずこれで解説編が始められそうだしね」

 

 「解説か・・・解説しなきゃならねえのか。ったりい」

 

 「いいからしゃきっとする!そうやってダルがってるのがかっこいいと思うのは中学生で卒業!」

 

 「うぜえ・・・」

 


 

 「早速本編の解説をしていこうね。清水君」

 

 「楽しそうだな。なんでだ。お前これからどの話解説してくのか分かってんのか」

 

 「もちろん。確かに本当のこと言ったらこんなところ解説なんかしたくないよ。もっとプロローグとか日常編とか平和なところをさ」

 

 「プロローグが平和だった瞬間なんかあったっけか」

 

 「でもこうやって清水君と解説ができるんだったら、それでもへっちゃらだよ。私はそれが一番嬉しいんだ」

 

 「意味が分からん」

 

 「一蹴!なんで!?ちょっとはトキメキとかメリハリとかないの!?」

 

 「なんで俺がときめいたりめりはいたりしなきゃならねえんだ。アホか。ただでさえお前のうざったいノリに付き合ってやってんだからさっさと進めてさっさと終わるぞ」

 

 「清水君ってこんなに私に対して辛辣だったっけ・・・?なんか内臓の痛くなっちゃいけないところが痛い」

 

 「本編のお前だったら軽くスルーしてたけどな。メンタル取り戻すんならもっと堅えメンタルにしとくんだったな」

 

 「暴論が過ぎるよ?」

 

 「なんだって俺の相方は汗くせえ変態ストーカーだったり頭メルヘン女だったりまともなやつがいねえんだ」

 

 「言わせてもらうけどね清水君」

 

 「あんだよ」

 

 「ここまでの解説編を見てて、まともな解説をしてきた人なんていなかったよ。自他含めて」

 

 「それは一理ある。だから俺は嫌なんだ、こうやって見られる場所に出てくのが」

 

 「それも今回でラストなんだから、なんとかそこは頑張って、ガマンしてちょうだいね」

 

 「くそったれめ」

 


 

 「今度こそ本編の解説を始めていこうね。本編は、六浜さん殺しの裁判の投票が終わったところからスタートだよ」

 

 「あー、思い出したくねー」

 

 「やる気出しなさい!投票結果は間違いということでクロの勝ちということになったけど、この時点で私たちは自分たちの勝利を確信していたよ。だって、六浜さんは全員がクロになるようなトリックを仕掛けて、私たちはまんまとその通りに動かされたと思い込んでたからね」

 

 「あいつにとっちゃそれが最善の策だったかも知れねえけどな、こちとらいい迷惑だったんだよ。ガキでもあるまいし、自分の思い通りに動いてれば幸せになれるなんて、今時突き抜けた親バカでも通用しねえぞ」

 

 「このときの私はこんなこと言ってるけど、清水君の気持ちも分かるよ。だって悔しいもんね。六浜さんにそんな重責を背負わせちゃったこととか、黒幕と何の決着も付けないで自分だけ脱出したら、死んでいったみんなに責任感じちゃうよね」

 

 「別に悔しいとか責任とか・・・そういう話をしてるわけじゃねえよ。ただ俺が納得いかねえっつうか、言われるがままになるのが癪なだけだ」

 

 「またまた照れちゃってェ〜。まあそんな素直じゃないところも清水君らしいんだけど」

 

 「曽根崎みてえな絡み方してくんな。しばくぞ」

 

 「あははっ!そんな睨んだって怖くないよ!だって清水君、本編ですごく怒ったりムカついたりしてたけど、女の子に手を出したことなんて(1回しか)ないもんね!」

 

 「“厳密”が混じってるじゃねえか。手ェ出したのは事実だが、あれは俺じゃなくても出るだろ」

 

 「その1回っていうのは、六浜さんの死体が発見されたときに、その様子を嗤った穂谷さんに対してなんだよね。うん、暴力はいけないけど、あれは穂谷さんが悪いよ。だからノーカン!結局清水君は、女の子を理不尽に殴ったりしないんだよね」

 

 「別に殴ったっていいが、女はすぐ泣くから後が面倒臭え」

 

 「その発言、女性蔑視と捉えられちゃうよ?今のご時世、特に気を付けなきゃいけないんだよ?辞任させられちゃうよ?」

 

 「何を辞めさせられんだよ。あ、この解説役のことか?だったらもう一息だな。女は【 自 主 規 制 】」

 

 「最低だ!!この清水君最低だ!!どんだけ解説やりたくないの!?」

 

 「辞めるチャンスがあるなら積極的に狙ってくぞ。次は放送禁止用語でも連呼してやろうか」

 

 「マイナス方向のやる気がエグいよ!よーし、じゃあ私が清水君が前向きになる魔法をかけてあげちゃうからね!」

 

 「なんだ魔法って」

 

 「×(-1)」

 

 「プラスになるかそんなもんで。俺は数字か」

 

 「そんな日本語あるんだね」

 


 

 「ともかく俺は責任を感じたり悔しがったりしてたわけじゃねえ。納得いかなかっただけだ」

 

 「もう、面倒臭いなあ。やってることは主人公らしいのに精神性がツンデレライバルキャラのソレだよ。見た目と中身がちぐはぐだよ」

 

 「それを言ったらテメエもポジションはヒロインなのに精神性がモブロボットのソレじゃねえか。途中でハッキングされて暴走するやつじゃねえか」

 

 「えっ、わ、私が・・・ヒロイン?やだ、もう・・・清水君ってば!私がヒロインで清水君が主人公なんだったらもう、それはもう、ねえ?そういうことになっちゃうじゃない・・・!」

 

 「何言ってんだお前」

 

 「や、やっぱ物語のメインと言ったら主人公とヒロインが、ね?こう・・・付かず離れずにやきもきしたり、時にケンカしたり、時に急接近したりしながら、徐々に距離が狭まって行く過程を見せながらさ・・・」

 

 「要領を得ねー」

 

 「人の心を知らない心を持った主人公と、人の心を知らない心を失ったヒロイン。その二人の周りで巻き起こるサスペンス!そして二人は徐々に心を知り、その力に包み込まれていく・・・キャーッ!今秋には公開かしら!」

 

 「まるで要領を得ねー」

 

 「むふふっ。ごめんね、ちょっとテンション上がっちゃった。解説の続きしよっか」

 

 「マジでやりにくいなこいつ。いつもの望月の方がずいぶんマシだ」

 

 「私はもうちょっとこのままがいいな。あっちの私には悪いけど、今は私が清水君独り占めするんだ。えへへっ」

 

 「勝手に独り占めされてると思うと落ち着かねえ」

 

 「本編の解説だけど、裁判が終わってその結果に納得がいってない清水君が、ここで脱出の道を選ばずに、改めて裁判を開くことを宣言するよ。これはまさかの展開だったね・・・いくら主人公力が上がってきたと言えど、清水君がみんなのためにこんなことを言い出すなんてね」

 

 「だから俺が納得いってねえからであって、別に誰のためでもねえっつうんだよ!」

 

 「はいはいじゃあもうそれでいいよ。私は分かってるから♬」

 

 「曽根崎いねえかな」

 

 「サンドバッグ扱いはやめたげて。っていうか、自分ではっきり言ってるじゃん。『ここで終わったら、今までのコロシアイが全部無駄になる!死んだ奴らの想いが消えて無くなる!だから・・・『そいつ』をぶっ殺さなきゃ、俺はここから出て行けねえだろ!!(原文ママ)』って」

 

 「ぐあああああっ!!やめろ!!人の黒歴史ほじくり返すんじゃねえ!!」

 

 「これ黒歴史なの!?いやむしろ輝いてる瞬間じゃん!!シミひとつない純白の歴史だよ!!もっと胸張ってよ!!」

 

 「光も逃がさねえブラックホールレベルの黒歴史だろこんなもん・・・!」

 

 「なんでよ。かっこいいと思うけどなあ」

 

 「だって・・・あれだぞ。俺だぞ。言ってんの。曽根崎とか六浜とかじゃねえんだぞ」

 

 「そうだよ?」

 

 「あんだけバカだクソだ言ってた俺が・・・今更こんなこと言ってんだぞ。こんなん、俺・・・っぽくねえ、っつうか・・・アレだろ」

 

 「アレってなに?」

 

 「()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「」キュンッ

 

 「帰る」

 

 「あああああちょっと待って!!タイムタイム!!今動けないから!!心臓の再起動してるから!!猶予をください!!ええい!!ドア消えろ!!」

 

 「クソッ、ドアが消えやがった」

 

 「ふぅ、危ないところだった。清水君がいきなりそんな顔するからだからね」

 

 「恥の上塗りすんな。っつうか今さらっと心臓止まってたな。なんで生きてられんだよ」

 

 「なんとか致命傷で済んだからね」

 

 「済んでねえ」

 

 「あ、今ちょっと気になってたこと思い出した」

 

 「なんだよ急に」

 

 「前回の解説編で六浜さんが敢えて突っ込まないでおいたことでもあるんだけど、なんで清水君って黒幕のこと『そいつ』としか言わないの?」

 

 「・・・ん?」

 

 「裁判の終盤で黒幕が登場したときから最後の最後まで、清水君が地の文で黒幕を呼ぶとき、『黒幕』とか名前とかじゃなくて、『そいつ』としか呼んでないよね。敢えてそうしてるのかな、って思って」

 

 「別に名前知らなかったし、黒幕って呼ぶのもなんか癪だっただけだ。うん・・・一応俺の感情とか関係ねえけど裏話的なことで言ったら、俺はあいつの後釜として学園に呼ばれたわけで、同じ“才能”持ちだし、なんかこう、正面から相手するのが嫌なんだよ」

 

 「思いっきり清水君の感情じゃん」

 

 「そもそもあいつはただの黒幕でしかねえわけで、自分でも言ってるように『“超高校級の希望”になる奴』でしかねえんだ。名前なんて今更いらねえんだよ」

 

 「私は“才能”を伸ばすために感情を消したけど、黒幕は“才能”を獲得して伸ばすために感情だけじゃなくて個性も名前も消しちゃったんだね」

 

 「だから結局のところ、“才能”を得るためには相応の代償が必要なんだよ。その代償もなく持って生まれた“才能”に胡座かくから、“超高校級”のやつらは嫌いなんだ」

 

 「でもその“才能”に縛られて自由に生きられない晴柳院さんみたいな子もいるし、“才能”に振り回されて道を踏み外しちゃう石川さんみたいな子もいるよ?それって、感情や名前を失うくらいの代償じゃない?」

 

 「知るかそんなもん。“才能”のねえ人生歩んでから言え」

 

 「本編で黒幕に立ち向かってる人と同じとは思えないくらい質悪い発言」

 

 「黒幕に立ち向かってんのは曽根崎だ。別に俺はそういうつもりでやってねえ」

 

 「さすがにそれは通らないでしょ・・・この時の清水君は確かに主人公だったし、黒幕に立ち向かうヒーローだったよ」

 

 「確かにあいつが言うとおり、あいつが俺たちが開く裁判に付き合う理由はねえんだ。そこでそれっぽいことを言って自分のペースに引き込むのが曽根崎の仕事だろ。あいつはそういうやつだ」

 

 「う〜ん、ここの話をいま冷静な立場から見ると、結構曽根崎君の言ってることもガバガバなんだよね。同じ立場の生徒だからって、学級裁判に参加する義務なんてないんだよね。コロシアイ中でもないし」

 

 「そこはホレ、勢いと雰囲気でなんとかすんだよ」

 

 「理屈で戦ってるように見せて全然理屈で戦ってない。雰囲気で戦ってる」

 

 「『それが、ルールだから(原文ママ)』じゃねえんだよ。そんなルールねえわ」

 

 「自分が言わせたくせに・・・」

 

 「この時は全く考えてなかったが、このコロシアイの参加者が黒幕に対して裁判を仕掛けるって展開、V3で実際にやってるんだよな。展開被ってんじゃねえか」

 

 「でもここはどうしても裁判をやるなりなんなりして、黒幕と戦う意思を見せないといけない場面だったんだよ」

 

 「なんでだよ」

 

 「原作もそうだけど、最後に黒幕との学級裁判に打ち勝って、希望を持って脱出するっていうのが王道展開だからね。確信とまではいかなくても、ここまで読んでくれたほとんどの人はそういう展開を予想してたはずだよ。だから、なんとかして黒幕との直接対決に話を持って行かないといけなかったんだ」

 

 「王道展開は分かるが、別にそうしなきゃいけねえ理由なんてねえだろ。そのまま脱出しました、でいいじゃねえか」

 

 「だってそうした方が展開の落差が大きくなるじゃん。すごすご帰ろうとしたら実は脱出できませんでした、じゃアレだよ。泣きっ面を蜂の巣だよ」

 

 「それは二作目の話だろ。泣きっ面に蜂でもたくさんだっての」

 

 「持ち上げて持ち上げて持ち上げるほど落ちた時が痛いんだよ。今いる場所が明るいほど、闇が暗く見えるんだよ。要するにその前ふりね」

 

 「えげつねえことしやがる。っていうか、させやがる」

 

 「清水君の思いつきに対してみんなが止めるんじゃなくて、命を懸けた裁判に清水君と一緒に臨むっていう覚悟を曽根崎君や私や穂谷さんが見せるから、余計にしんどくなるんだよね。穂谷さんのは嘘っぱちだけど、私と曽根崎君の覚悟は本物だったはずだよ」

 

 「そりゃ無駄な覚悟だったな。まあ、俺も自分ひとりでどうにかなるとは思ってなかったが」

 

 「ちなみに黒幕が言ってたけど、この時の清水君の言葉って本当にハッタリだったの?本当の黒幕がどうこうって」

 

 「ハッタリに決まってんだろ。アホか」

 

 「聞いただけなのに(>_<。)」

 

 「っざ」

 

 「うざいを更に略さないで」

 

 「あいつの他に本当の黒幕がいると思ってんなら裁判中に言ってるっつうの。俺は六浜があんな判断をしたことに納得いってねえんだ。黒幕の影武者ごときにも勝てねえと思ってあいつが自殺したなんて死んでも認めねえよ」

 

 「ホントに死んじゃっても?」

 

 「どうだかな」

 

 「あ、ずるい。今は死なないからってそんなこと言って。ふんだ。私知ってるんだからね。最初にグングニられかけてから、清水君怖くなって死ぬとか殺すとか言えなくなっちゃったの」

 

 「うるせえ。シャレにならなくなったから言わなくなっただけだ」

 

 「で、あんなこと言って、どうするつもりだったの?」

 

 「なにが」

 

 「本当の黒幕なんていないのに無理矢理に裁判を開いたって、自分から負け戦を仕掛けるようなものじゃん」

 

 「ああ。曽根崎にぶん投げるつもりだった」

 

 「・・・え?」

 

 「本当の黒幕なんてもんがマジでいるならそれで良し。いねえとしても曽根崎だったら得意の言いくるめでなんとでも議論のテーマを変えたり、何かしらこじつけられたりできんだろ。それに、合宿場で明らかになってねえことがあったのは事実だったからな。記憶をなくした3年間とか」

 

 「ええ〜・・・とんでもない見切り発車だよ・・・。見切り発車なのにフルスロットルで突っ走ってるよ・・・。さすがの曽根崎君もそれは冷や汗かいちゃうよ・・・」

 

 「そうか?あいつならからから笑って引き受けそうだけどな」

 

 「だからもう一回捜査時間欲しがってたんだ・・・作戦タイムとして」

 

 「虱潰しに探せば、なんかしら出て来るだろ。そもそも曽根崎なら俺の意図に気付かねえわけがねえから、この段階からアレコレ考えてたはずだ。だから俺が下手になんかするよりも、曽根崎に丸投げした方が手っ取り早い」

 

 「それはもはや信頼じゃなくて豪速球の無茶振りだよ・・・この展開からそんなの聞かされてたら、私絶望しちゃってたかも」

 

 「望月はそんな感情ねえから大丈夫だ。穂谷も狂ってるし。つまり全員受け入れてる。何も間違ってねえ。最善手だ」

 

 「いやいやいや。いやいやいやいやいやいや。私たちの覚悟返してよ。本気で本当の黒幕を暴く裁判に臨むつもりだったよ」

 

 「だから脱出しねえようにするための手段なんだからしゃーねえだろ」

 

 「しゃーないことあるかなあ・・・なんだろう。清水君っていつも無茶苦茶だったけど、こういうタイプの無茶苦茶さじゃなかったはず。なんか曽根崎君っぽい」

 

 「おいやめろ。あんなクソメガネ野郎と一緒にすんな」

 

 「自分はおんぶにだっこしようとしてたくせに!」

 

 「あとお前らは覚悟決めてたかも知れねえが、見ろよこの穂谷。っていうか裁判終盤からの穂谷の台詞見てみろ?俺らと同じ立場って面してるけど、全部知った上で見ると思いっきり意味が違ってくるからな」

 

 「というか、私たちが勝手に私たちの都合の良いように穂谷さんの言葉を解釈してた、っていうのが正しいような。穂谷さんにも騙す意思があったとは思うけど、割と自分の心に正直に喋ってるよ」

 

 「あと黒幕の野郎もな。ムカつくやつらだ」

 

 「こういうのも、ギリギリまで後の展開を読んでる人に悟られないようにするための言葉選びなんだよ。それは地の文の清水君も同じだしね」

 

 「俺もかよ」

 

 「裁判をやる流れの最後のところで、清水君は、自分にもできることがあるって言ってるんだよ。隣にいる私たちのことを味方だって思ってくれてるんだよ。今までの清水君からは絶対に出てこない言葉だよ。これを言わせられたっていうだけで、私はもう感無量だよ」

 

 「俺の親かテメエは。こんなもんはあれだ。寝言みてえなもんだ」

 

 「自分で自分の発言を寝言って言ってる人初めて見たかも」

 

 「まあ学級裁判だし、俺一人で黒幕と戦えるなんて思ってねえ。バカがいくらいたってしょうがねえが、少なくともここにいるやつらは六浜のトリックとコロシアイの謎を解いたやつらだ。それなりに力になる。だからいねえよりマシだ。そういう意味だ」

 

 「いやいやそれはさすがに無理だって。恥ずかしい気持ちは分かるけどさ、認めて楽になっちゃってよ。清水君はこのとき主人公してたよ。言ってごらん?主人公って」

 

 「それ何の意味があんだ。やってねえよ」

 

 「いいえ、してました。異論は認めません」

 

 「じゃあ暴論で論じ殺してやろうか」

 

 「清水君、論じ殺せるほど口上手くないでしょ」

 

 「ねえ言葉に瞬時に対応してきやがった・・・クソッ」

 

 「ふふん、“才能”がいまいちな私だって、清水君を論破することくらいできるんだよ」

 

 「これだから“才能”持ちはクソなんだ」

 

 「ありゃりゃ」

 


 

 「あ、曽根崎死んでんじゃんか」

 

 「ずいぶん淡白な言い方をするな。私もあまり感情豊かな方ではないが、一般に冷酷という印象を抱くと推測できる程度には辛辣だぞ」

 

 「ああっ!?テメエ望月(無)じゃねえか!!」

 

 「ん?私は望月藍だが?(無)とは?」

 

 「いつの間に変わった!?っていうかなんで変わった!?さっきまでのやつはどうした!」

 

 「何を言っている?私はずっとここにいただろう。清水翔こそ、豹変してどうしたというのだ。落ち着いて解説の続きをしなくてはならないぞ」

 

 「さっきまでの望月(明)に慣れてきたところにこれはキチぃ・・・テンションの落差で風邪引く」

 

 「何を要領を得ないことを言っている」

 

 「そりゃテメエだろうが。いや、まあ・・・いい。それならそれで。いつものに戻ったってだけだもんな。うん」

 

 「何を言っているのかよく分からんが、とにかく解説編の続きをしよう。場面はちょうど、曽根崎弥一郎が処刑されるシーンからだ」

 

 「ああ、もうそんなところかって思ったんだった。それよりデカい事件が起きて忘れてた」

 

 「ここの急転直下は作者渾身の一文と自薦しよう。おしおきの宣告は何度も書いてきているが、この一文が最も重い意味を持つものになっている」

 

 「もう何年も前のだから今更やらねえが、このときの曽根崎の台詞はフォントとか文字の大小とかで演出してもいいよな。次にこんなことやるときはそうすりゃいい」

 

 「私はこういった展開は二度と勘弁してほしいがな。だが、最近では様々に演出を加えられるサイトも充実してきている。ネット小説の新たな表現を見つける努力も必要だろう」

 

 「で、おしおきんときはあれだろ。おしおき解説もしなきゃならねえんだろ」

 

 「勿論だが、何か問題があるか?」

 

 「いや、曽根崎のだけならまだしも、この後俺ら自身のが来るだろ・・・」

 

 「本編(あっち)本編(あっち)番外(こっち)番外(こっち)

 

 「理屈になってねえ理屈言うな」

 

 「曽根崎弥一郎のおしおきタイトルは、『真っ赤な嘘吐き』だ。ウソが嫌いと豪語していた曽根崎弥一郎を、嘘吐きとして処刑するというおしおきだ。侮辱的だな」

 

 「そうか?あいつ普通に嘘吐いてただろ」

 

 「ブラフを交えたりカマをかけたりはぐらかしたりしたことはあるが、明確に他者を騙す目的で嘘を吐いたことはない。これは作者が曽根崎弥一郎の発言で最も注意していたことだ。嘘吐きに見える正直者と言えば分かりやすいか。もし曽根崎弥一郎が真実と異なることを言っていたとしても、それは曽根崎弥一郎が間違って考えているのであって、嘘を吐いているわけではない」

 

 「そんなもん言いようじゃねえか。嘘吐いてんのか間違えてんのかなんか、周りからは分からねえだろ」

 

 「要は心持ちの問題だ」

 

 「お前が心持ちとか言うな、一番」

 

 「この処刑は、簡単に言えば火刑に処されるものだ。モデルは魔女狩りだ」

 

 「曽根崎が魔女狩りに遭うのか」

 

 「魔女とは要するに怪しく見えるものの例であって、実際には男性も多く処刑されていた。嘘を吐いていない曽根崎弥一郎が、嘘吐きの濡れ衣を着せられて、仕事道具でもあるタイプライターやインク瓶などで暴行された末に、自身の著作を焚いてのぼる炎に焼き殺されるのだ。曽根崎弥一郎にとってこれ以上の屈辱はあるまい」

 

 「真っ“赤”な嘘と、血の“赤”と、“赤”い炎か。画面がうるせえな」

 

 「このときの曽根崎弥一郎は、何が起きたか理解する間もなく処刑されただろう。状況を理解するより先に磔にされ、四方八方からの投擲によって意識が混濁。立ち上る煙を吸うことで更に意識は薄れ、痛みと息苦しさと熱に冒されながら・・・」

 

 「そこまで詳しく言わなくていいっつうんだよ!モノクマのクソ趣味の悪い処刑なんて今更だから、どんだけ屈辱かってのだけ言っておけば十分だ」

 

 「処刑後に恒例となっているモノクマの興奮した発言も、黒幕が素で言うと全く興奮していないように見えるな。エクスクラメーションマークも付かない」

 

 「お前が言うか。徹底して感情がねえように書いてあるんだな。気持ち悪い」

 

 「黒幕のテンションを再現してこの台詞を読める人間が何人いるだろうか」

 

 「いっぱいいるだろそれは。さすがに」

 

 「さすがの清水翔も、この時は黒幕に掴みかかっているな。曽根崎弥一郎が処刑されたことに対して、非常に激昂している」

 

 「そりゃそうだろ。いきなり隣にいたやつが訳もなく殺されたんだぞ。しかも裁判やるとまで言っといて」

 

 「厳密に言えば、黒幕は私たちと裁判をやるとは一言も言っていない。あのようにクロに言われた場合、なおかつ自分にとってメリットがある場合は、やってもいいだろう、ということしか言っていない」

 

 「それを誤解させるような言い回ししたのはあいつだろ。ったく胸糞悪い」

 

 「そして自体が飲み込めない私たちに思い知らせるような、穂谷円加の歌だ」

 

 「なんなんだこの歌」

 

 「これは『ラヴァーズ・コンツェルト』の替え歌で、『ラヴァーズ・コンツェルト(狂)』だ」

 

 「何言ってんだお前」

 

 「清水翔も、音楽の時間にリコーダーで吹いたことがあるだろう。あれだ」

 

 「そりゃ分かるんだよ。なんでそんなもんを歌ってんだあいつは。気でも・・・触れてたか」

 

 「『ラヴァーズ・コンツェルト』は、和訳すると『恋人協奏曲』となる。穂谷円加が歌っている方は『恋人狂騒曲』といったところか」

 

 「狂騒曲はカプリチオだろ。こういうことですわ、じゃねえわ。殺すぞこいつ」

 

 「解説編からそんなことを言うのは清水翔が最初で最後だろうな」

 

 「あの野郎、丸っきり全部ウソだったってのかよ。呑気に歌なんか歌いやがって」

 

 「本編ではほんの少しだけだったが、作者は無駄に一曲まるごと替え歌用の歌詞を用意しているぞ。ちゃんと原曲のメロディに合わせて歌えるように」

 

 「無駄なこだわり。歌わねえよ」

 

 「曽根崎弥一郎が処刑されたこの段になって、ようやく事件の真相が明らかになった。曽根崎弥一郎にとっては、なぜ自分が処刑されるのか、真相が一体どうなっていたのかを知ることなく処刑されることとなった。それも、広報院である曽根崎弥一郎にとっては屈辱的だっただろう」

 

 「何重に曽根崎に屈辱与えるんだよ」

 

 「というよりも、曽根崎弥一郎、私、清水翔という順番で処刑するのが、それぞれにとって最も絶望的な展開となるからそのようにした、というのが正しい。私にとっては処刑という明確な死が目前に近付くことにより恐怖を覚えるという絶望。清水翔にとっては仲間二人が次々に処刑されていく様を見せつけられるという絶望。だな」

 

 「くそったれが。穂谷もぶっ殺さねえと腹の虫が治まらねえ」

 

 「その穂谷円加だが、六浜童琉の計画にいち早く気付き、なおかつそれを完璧に利用する方法を思い付き、そして実行する行動力がある。ここにきてクロとしての“才能”を発揮してきたな」

 

 「もう“超高校級の歌姫”から“超高校級のクソ姫”に鞍替えしたらどうだ」

 

 「怨恨が強い。そんな“才能”はない」

 

 「六浜の計画全部に気付かねえまでも、少なくとも六浜が死ぬことが分かったんなら、あいつが逃避で死ぬわけねえんだから、何か策があるんだって分かんだろ。だったら俺らに言ってやめさせるなりすりゃよかったんだ」

 

 「清水翔が報連相を語るのか。確かに止めていたかも知れんが、私たち全員への復讐を目論んでいる穂谷円加にとっては、これほどの好機はない。利用するしかないだろう」

 

 「いつまで言ってんだ。そもそもあれは鳥木が勝手に明尾を殺しただけで、俺らが何かしたわけじゃねえだろ」

 

 「そんな理屈が通用する状態ではない。もはや鳥木平助がどのように死んでいったかすら記憶を改竄している始末だ」

 

 「前回の解説編で六浜は半分正気で半分狂ってるなんつってたが、完全に狂ってんじゃねえかよ」

 

 「全員で生き残って脱出するよりも、全員に復讐を果たした上で死ぬことを選ぶこの精神性は、異常と言わざるを得ないだろう」

 

 「しかもここでわざわざ六浜の実際の死因を教えて来るあたり、質の悪い理性も残ってるっぽいな。窒息死って俺が裁判の最初に言ったやつだしよ」

 

 「換気の良い環境から一度窓を閉め切り、ドライアイスを撒いて窒息死させた後、再び窓を開放して元の環境に戻す。ただでさえ気体である凶器を流出させてしまっては、どうあっても証明など不可能だ。しかも侵入に使ったのがモノクマ用の通路ときた。六浜童琉のトリックなどなくても、十分に解明困難な事件だ」

 

 「モノクマ用通路なんて使われたらどうしたって無理だろ。そもそもあんなもん使っていいルールなのかよ。反則だろ」

 

 「本来は黒幕しか入ることができない地下室が開放された時点で、立ち入り禁止区域などあってないようなものだ。そもそもモノクマ用通路を使ってはいけないなどのルールはなかった」

 

 「そりゃねえだろ。つうかいくら穂谷がガリガリだからって、ぬいぐるみが通るような通路を通れるもんなのか」

 

 「モノクマの中身は精密機械だから、ある程度の体積があるだろう。それを通すためなのだから、細身の女性一人分の幅は用意してあるのでは」

 

 「いや、その理屈はおかしい」

 

 「そんなにおかしいか」

 

 「・・・いや、やっぱもういい。これ以上は言っても無駄だ。どのみちあいつはそれを決行して、俺ら全員を騙して卒業した。今更ここをひっくり返すつもりはねえし、文句言ったってしょうがねえってのも事実だ」

 

 「ほう。成長したな」

 

 「お前はもうちょっと変われ。さっきほどじゃなくていいからもうちょっと取っ付きやすくなれ」

 

 「清水翔は私と話しているのは楽しいか?」

 

 「どうした急に」

 

 「取っ付きやすくなれ、というのは、私との会話をしたいという意味が暗に含まれていると解釈できる。私と話す意思がなければ、私が取っ付きやすくなる必要がないからだ。つまり、清水翔は私と会話がしたいと推察できるが、その理由として考えられるのは、会話を以て清水翔に何らかのメリットがあるということだ」

 

 「分かった。俺の負けでいいからもう止めろ」

 

 「勝ち負けを論じているつもりはなかったのだが。ああ、負けで思い出した」

 

 「嫌な予感しかしねえ」

 

 「穂谷円加が清水翔に対して負け犬と言い放っているが、元々はこれは黒幕の台詞として言わせるつもりだった言葉だ」

 

 「なんちゅうもん思い出してんだテメエ」

 

 「“才能”を捨てた清水翔は、自他共に“無能”と呼ぶ存在になっていた。“超高校級の努力家”を捨て、六浜童琉には庇護すべき存在と見られ、穂谷円加にも騙され敗北し、それを受け入れられずにがなり立てる様は、もはや“無能”ですらなく“超高校級の負け犬”と呼ばれるに相応しい。そういうようなことを言わせるつもりだった」

 

 「もうだいたい言ったぞ。誰が“超高校級の負け犬”だテメエ」

 

 「本編中でもっと効果的な演出とともに言うつもりだったのだがな。清水翔の怒りが至極真っ当だったために負け犬という言葉があまり相応しくなくなってしまった。だから穂谷円加が言うに留めている」

 

 「もうこの段階まで来たら負け犬の一言ぐらいどうだっていいわ。俺はもう余裕なくて、ただ穂谷を殺そうとしか考えてなかったからな」

 

 「そして次は私の処刑シーンだ。処刑の直前、私は明確に怯えている。これまで死体や処刑を見てもさほど動揺することのなかった私が、恐怖で縮こまっている」

 

 「いやお前これよぉ・・・キツ過ぎるだろ。曽根崎とかがビビってんのとワケがちげえんだよ、テメエがこうなってっと。意味が違ってくる」

 

 「違うのか?」

 

 「今まで感情がなくなってたから死体や処刑をなんとも思ってなかったのに、自分が処刑されるってときになって感情を取り戻してんだよ。せっかく感情を取り戻したってのに、そこではじめて感じるのが恐怖と絶望ってなってんだから、こんなもん報われなさすぎんだよ」

 

 「確かに、私はひどく後悔しているな。死というものが生理現象に過ぎないと理解してはいるものの、どうしようもなく湧き上がる恐怖で冷静さを失っている。感情などなかった方が良かったとまで言う始末だ」

 

 「息が詰まって途切れ途切れにこそなってっけど、口調はもとの望月のままなんだな。感情が戻ったっつうのもちょっとだけで、基本のベースは今のお前なのかもな」

 

 「だが、こうした視点から見てみると、このときお前ははっきりと、私のことを心配してくれているな。このときの私にそんなことを考える余裕はなかったが、きっと嬉しかったことだろう。お前は今まで私のことを蔑ろにしたり内輪から外したりしていたからな」

 

 「んなことしてねえよ」

 

 「大事にしていたと」

 

 「そうもしてねえよ。普通だ普通」

 

 「普通の女子の扱いに、顔面を鷲掴みにするというのは含まれているのだろうか」

 

 「含まれてる含まれてる」

 

 「そういうものか・・・ふむ」

 

 「(よかったアホで)」

 


 

 「さあ、私のおしおきは『Journey to the Stars』だ。タイトルは見て分かる通り、銀河鉄道999の主題歌の一節だ」

 

 「あれ最後何回繰り返してんだよ。何回カラオケで演奏終了押されたと思ってんだよ」

 

 「毎度歌うからだろう。というか、清水翔はカラオケなど行くのか」

 

 「行ったらの話だ」

 

 「仮定にしては声が現実味を帯びていたような」

 

 「他のおしおきに比べて望月の侮辱っつうよりパロディ要素の方が強えような気がするな。ネタがなかったのか」

 

 「全体的にスリーナインネタしかないな。モノクマの格好も完全にメーテルだ」

 

 「銀河鉄道みてえな列車に乗せられて惑星メーテル的なところでネジに改造されるっておしおきか。スリーナインネタは豊富だけど、別に望月である必要ねえよな」

 

 「私の“才能”的には宇宙ネタが親和性高いのだが、そんなに宇宙ネタの引き出しがなかったのだろう。あと、最終的にネジに改造されるという展開は、機械のような言動を繰り返して来た私に非常にマッチしている。機械の体を手に入れられたのだから、鉄郎の目的を達成したのだ」

 

 「あいつの目的はそっちじゃねえよ。つうか機械みたいとか自分で言うか」

 

 「そこまで大きな動きもないから小説という表現でも映えるかと思ったのだが、映像の方が映えるおしおきだなこれは。銀河鉄道が飛び立つシーンや窓を過ぎ去る星々はもちろん、私が宇宙空間に放り出されてふよふよと漂うシーンと、惑星モノクマが咀嚼してネジを吐き出すシーンの緩急は文字ではいまいち伝わりづらい」

 

 「テメエ自分のおしおきの分析深すぎんだろ。どんな気持ちで言ってんだそれ」

 

 「特に感情は抱いていない。ただ事実からの考察を述べているに過ぎない」

 

 「ああ・・・だからさっきのやつと入れ替わったのか。さっきのまんまだったらこんなもん正視できねえか」

 

 「この後自分の処刑を見るというのに、そんな心持ちで大丈夫なのか」

 

 「いいんだよ、俺のおしおきも大したことねえから」

 

 「そうか。おしおきランキングでは何位だ」

 

 「急に新しい概念持ち出してくんな。なんだそのランキング」

 

 「今まで作者が作ったおしおきの出来映えのランキングだ。『ダンガンロンパQQ』内では全部で8つ登場している」

 

 「登場人物の半分処刑されてんのか・・・まあ、QQの中でだったら7位ぐらいじゃねえか?」

 

 「ひっく」

 

 「作者的には二章の石川のおしおきが8位だそうだ。まあどっちもどっちだがな」

 

 「振り返ってみれば納得のいかないところや改善点は見つかるだろうが、一度はGOサインを出したものだ。それぞれに良いところもあるはずだろう」

 

 「そりゃまあそうだろうが、俺のおしおきは根本的に、俺が最後に処刑される前提で作られてっからな。おしおきとして汎用性がねえ」

 

 「コロシアイをなぞるように、登場人物を模した人形がどんどん盤上から去っていき、最後に穂谷円加を模した人形に突き落とされるというものか。確かにこれは穂谷円加が勝ち抜き、清水翔が最後に処刑されるという前提で作られているな。しかしあれだ。いくらでも調整が利きそうではある」

 

 「タイトルもわざわざプロローグから持って来やがって。適当にもほどがあるだろ」

 

 「ちょうどいい感じにここにハマったので使い回した。伏線だと思っていた皆々様には深くお詫びを申し上げる」

 

 「じゃあ伏線ってことでいいだろ。んなところ正直に言わなくても」

 

 「もともとタイトルが、清水翔の水と覆水の水をかけて付けたものだから、今回のおしおきタイトルにちょうど良かったのだ」

 

 「死に方も派手なもんかと思ったら泥に沈んで窒息するって、地味だなオイ」

 

 「陽の当たらない日陰者にはこういう死に方が似合っているのだ」

 

 「テメエ解説編だからっつって好き放題言いやがるなコラ」

 

 「カンペを読んでいるだけだ」

 

 「カンペ読むな。つうかカンペもクソもねえだろ。何もねえ場所でやってんだろうがずっと」

 

 「うん?何を言っている?ちゃんとトークブースもスタッフブースも小道具もカンペもあるだろう」

 

 「ねえよ!ここまでずっと他のやつらが好き放題設定つけてたからそんな感じになってっけど、ブースもテーブルもマイクもカンペも何もねえからな!なんだこんなもん消えろ消えろ!」

 

 「テ、テーブルが霞のように」

 

 「わざとらしいんだよお前のそういうの。曽根崎にやらされてんのか」

 

 「いや自主的に」

 

 「自主的にやんな」

 

 「しかしあれだな。いよいよ私たちのどちらも本編で死亡してしまった。ここから先は私たちの誰も経験したことがない領域の解説になってくる。これは解説というよりも、私たちも鑑賞する立場と変わりないのではないか?」

 

 「んなもん、ずっと前からそうだろうが。飯出が一章より後の解説してたろ」

 

 「実際この清水翔のおしおきより後は、一気にラストまで突き進む部分だ。特に新たな事実が明らかになるわけでもなければ、劇的な剣戟が繰り広げられるわけでもない」

 

 「急に剣戟なんてやるわけねえだろ。まあ、穂谷はカッターナイフ隠し持ってたけどな」

 

 「黒幕と差し違えるつもりだったとは、私も思い至らなかった。まさかそこまで覚悟を決めていたとはな」

 

 「たまたま黒幕が自分から出て来たから殺すチャンスがあったようなものの、もし普通に自分が負けたらどうするつもりだったんだろうな。黒幕殺すどころか、自分が殺されるっつうのに」

 

 「だから何度も言うように、穂谷円加にそんな先を考えるほどの理性は残っていない。自分が死ぬまでに相手を殺す、単純かつ刹那的な世界の中に生きているのだ。四章を終えてからの穂谷円加は」

 

 「世界の歌姫が見る陰もねえな。こんなんから黒幕は“超高校級の歌姫”の“才能”を学ぼうとしてんのか。それはそれでどうなんだ」

 

 「思えば、黒幕は“超高校級”と付けばなんでも取り込もうとしている節があるな。歌姫もそうだし、野生児や爆弾魔の“才能”など手に入れてどうするというのか、は疑問でもある」

 

 「んなところまで考えてねえんだろうよ。カムクライズルになるためには、どんな“才能”で持ってなきゃならねえ。実際に必要かどうかじゃねえ。ありったけの“才能”をかき集めるのだけがあいつの存在意義なんだ」

 

 「そう考えると黒幕の運命もなかなかに悲惨だな。このコロシアイも、効率的に“才能”を獲得するのに適しているから行っているだけで、黒幕自身はコロシアイに対して特に何の感情も抱いていない」

 

 「んなもんに巻き込まれた俺たちの立場」

 

 「その辺りも特に何も感じていない」

 

 「だろうな。穂谷にカッターナイフ向けられて平然としてらあ。もしこいつ、マジに刺されたとしても何とも思わなさそうだ」

 

 「そして事実、穂谷円加が言うように、黒幕を排除しなければコロシアイは止まらない。鳥木平助の敵討ちという意味では、私たちよりも仇と言えるな」

 

 「だったら俺らと一緒に黒幕ぶっ殺すルート入った方がよかっただろ・・・なんで先に俺ら殺すんだ」

 

 「私たちが処刑されたのは成り行きだ。もし私たちとともに黒幕を殺害することが可能なルートがあるのならば、そちらも選び得た。ただ、最終的に私たちも殺そうとしただろう」

 

 「なんで俺たちは勝手に詰まされてんだ」

 

 「この後、穂谷円加は黒幕に身柄を拘束される。通常の卒業生なら、この後眠らされて別の場所へ連れて行かれるのだが、穂谷円加は黒幕に危害を加えようとしたため、少々手荒な仕様になっている」

 

 「仕様って」

 

 「実際、卒業した後のことは原作でも描かれていないので、どうなるかは分からない。ここから先は完全に作者のオリジナルだ。といっても、穂谷円加が黒幕に眠らされるだけだが」

 

 「穂谷をふん縛った後に、黒幕が希望を捨ててはいけないとか言うのマジで胸糞悪いな。どの口がほざいてんだ」

 

 「いや、黒幕は常に希望だけを目指している。誰よりも希望に近付こうとしているのだから、希望を口にすることは何もおかしくない」

 

 「散々人の絶望煽っといて希望を捨てるなとか言うなっつうんだよ。まあ、本人も自覚してるみてえだがな。すっとぼけてんだかマジで言ってんだか分かんねえのが癇に障る」

 

 「おそらく本気だろう。自分が希望を目指しているのに周りが絶望していくのが不思議で仕方ない。希望は人類の光であるはずなのに、結果として影たる絶望が侵食していく。矛盾しているのだ」

 

 「やり方の問題だろうが。なんでそこに気付かねえ」

 

 「効率的に“才能”を手に入れられる方法が最も良いに決まっているからだ」

 

 「なんでそこだけ頑固なんだよくそったれ」

 

 「この辺りから黒幕の台詞が不穏になってきている。ただ単に卒業生を希望ヶ峰学園に送り返すというだけではなく、その卒業生の“才能”の行く末を見守ろうという言葉をかけている」

 

 「まあ元からああいうつもりなんだったら、そりゃそう言うわな。ただ送り返されると思っている穂谷と、まだこれからが本番ってつもりの黒幕と、微妙に会話が噛み合ってねえ」

 

 「最後の黒幕の台詞も作者渾身の一言だな。QQでなければこれは言わせられない」

 

 「けどこの台詞ってもうほとんど次の展開バラしてるよな」

 

 「だから六章おしおき編とエピローグを一緒に投稿した。これは『ダンガンロンパQQ』の大オチに繋がる発言だから、余計な推測をされる前に本編で殴る作戦に変えたのだ」

 

 「焦ってるのが見え見えで余計にダセえことになってんだよ」

 

 「そりゃ気持ちも逸るだろう。なにせ、連載開始の足かけ3年前から一番書きたくて仕方が無かったシーンなのだから」

 

 「3年分か。まあ気持ちは分からんでもねえな。で、その前にこりゃなんだ」

 

 「これはさっき言った『ラヴァーズ・コンツェルト(狂)』の全歌詞だ。歌ってみるか?カラオケマシーンもあるぞ」

 

 「歌わねえよ!だから軽率に創造するんじゃねえっつったろ!」

 

 「カ、カラオケマシーンが砂のように」

 

 「それもやめろ!」

 

 「しかし清水翔は歌が無駄に上手いという設定があったではないか」

 

 「お前それTwitterのネタ投稿の中でちょっとだけ言われてた程度の本当にどうでもいい設定じゃねえか。なんなんだよ俺の設定。犬が好きとか歌が上手いとか変な設定の後付け多すぎんだろ」

 

 「どちらも事実と異なるのか?」

 

 「うっせえよ」

 

 「そこはうっせえわと言った方が時勢に即しているぞ」

 

 「いちいち時事ネタぶっ込んで来なくていいんだよ。流行に敏感アピールできねえぞんなもんで」

 

 「しかしこの歌詞は本当に実際のメロディに乗せて歌えるようにだな」

 

 「分かった分かった。そりゃ時間かかってんだろうけどな、誰も歌わねえっつうんだよ。歌いたきゃテメエで歌え」

 

 「お前は作者にひとりでカラオケ行ってこれを歌って帰れと」

 

 「誰がヒトカラ一曲で帰るんだよ」

 

 「それにヒトカラしている部屋からこんな歌詞が流れてきてみろ。通報もやむを得ない」

 

 「そこまでの歌詞でもねえだろ。いや、めちゃくちゃイカレてっけど、カラオケで歌ってて通報される歌なんかあるわけねえだろ」

 

 「外国歌とか?」

 

 「戦時下か」

 

 「もし気が向いた人がいたら、是非この歌詞を見ながら歌ってみてほしい。原曲は『ラヴァーズ・コンツェルト』だ」

 

 「何があっても責任取らねえぞ」

 


 

 「さ、遂にエピローグだよ。長かった『ダンガンロンパQQ』もいよいよこの一話を残すばかり・・・楽しい時間はあっという間だけど、そのあっという間を目一杯楽しめば、一生の思い出になるよね!じゃ、いってみよー!」

 

 「いや待てコラ!!待てコラァ!!」

 

 「大事なことなので2回ツッコミました?」

 

 「なんでまた戻ってんだよ!!もうここまで来たらさっきの望月でいいだろうが!!なんでまたテメエなんだ!!」

 

 「えー、私だって清水君とお話したいもん。あっちの私はさっきのエグいところだけ担当。そもそも望月藍って本来はこっちの方なんだからね。だから人格変えました」

 

 「スイッチヒッターみてえに言うな」

 

 「今日も清水君のツッコミはキレッキレだね!」

 

 「そんなキレてねえわ」

 

 「と言ってもエピローグはそんなに解説することないんだけどね。だからこのラストのこととか、後はエピローグの章タイトルとかについて語っていこうか」

 

 「まあ、話の内容的にあれが全てみたいなところあるからな」

 

 「最終裁判でまさかのクロ勝ちっていう展開も衝撃的だったけど、その後穂谷さんが黒幕によって眠らされて、希望ヶ峰学園に強制送還されるっていう展開もハラハラするよね」

 

 「卒業したやつが実際にどうなるのかってのは初めての描写かも知れねえからな。卒業なんて言うだけ言って結局殺すかも知れねえしな」

 

 「そういう黒幕がいてもおかしくないけど、『ダンガンロンパQQ』の黒幕としては無駄に“超高校級”の生徒を殺しちゃうのは得策じゃないからね。搾り取れるだけ搾り取る算段なんだよ」

 

 「いい性格してやがるぜ。ったくよ」

 

 「今まで誰もやったことがない(※2017年5月現在)(※作者調べ)展開だから、こういう展開を書くこと自体がものすごい興奮だった。と、作者は私の口を借りて回顧します」

 

 「そりゃずいぶんなこった。だが実際、ああいうルールでコロシアイをやる以上は、こういう展開もあり得るわけだよな。普通は物語だから、黒幕倒して希望を持って外に出るってラストになりやすいが、これもあり得ねえわけじゃねえ。そういうことを言いたかったのかも知れねえな」

 

 「みんなと同じことはやりたくない。やるなら独自性を出したい。っていう思いから来たラストなのかもね。別にひねくれでこういうことしてるわけじゃなくてね、清水君みたいに」

 

 「誰がひねくれだ」

 

 「ひねくれは認めようよ。あなたひねくれてますよ?ドーン!」

 

 「ドーンすんな。どこのせぇるすまんだテメエ」

 

 「ともかくこの展開は、作者が天邪鬼だからやったわけじゃなくて、むしろ他の創作する人たちに向けたメッセージとして捉えられるわけだよ」

 

 「誰も敢えてしねえ展開、もしかしたら忘れられてる“可能性”を見せて、王道以外も許されるってことを言いたかったのかも知れねえな。そもそもうちの作者自体が、希望を持って外に出るなんてラストを書けるタイプの人間じゃねえからな。作者にとってはある意味で逃げだ。こっちの方が書きやすいからな」

 

 「書きやすいもの書くことは逃げじゃないよ?お仕事でやってるなら分からないけど、趣味で書いてるものなんだから自分が書きたいものだけを書いたって誰も文句は言えないんだよ?」

 

 「まあそりゃな」

 

 「どれだけ書くのが遅くっても、自分の書いたものに自信がなくても、どこかで同じ展開になってたとしても、それを負い目に感じる必要はないんだよ。もっと自由にやればいいんだよ?」

 

 「だから自由にやってんだろうちの作者は。自由過ぎて自分で自分のプロットについて行けてねえじゃねえか」

 

 「用法用量を守って正しくハメ外そうね」

 

 「けどまあ、もともと予定してたことの大体は実行できた感じだな。四章だけずいぶん元の予定と違ったが」

 

 「四章は元の案が結構めちゃくちゃだったからね。違う形でもああやってできたんだから上々だよ」

 

 「なんであれ小説として取りあえずの体裁を保つのは大事だな。なんとかすりゃなんとかなるもんだ」

 

 「希望ヶ峰学園入りたての清水君に聞かせてあげたいね」

 

 「やかましいわ」

 

 「ともかく、この『ダンガンロンパQQ』を書いたのは、一番は作者がやりたくてやったことだけど、2番目か3番目、ないし4番目から5番目くらいにはさっき言ったようなことを言いたかったからなんだよね」

 

 「ばらつき」

 

 「だから私たちのお話を読んで、自分も創作論破書きたい、とか、こんなんなら自分にも書けるかも、とか思って創作を始めてくれたら、書いた甲斐があるってもんだよね」

 

 「逆にこんなんがスタンダードになっちまったらたまったもんじゃねえけどな」

 

 「そこはまあ、王道から始めるのがいいかもね」

 

 「王道書いたことねえやつが言うのか」

 

 「お、王道は自分が書かなくても原作がやってるから」

 


 

 「まだなんか話すことあんのか」

 

 「まだタイトルについて解説をしていない。その解説なしに終えることはできない。エピローグについても何も言うことがないわけでもない」

 

 「二重人格かテメエ」

 

 「エピローグのタイトルは『絶望の廉には希望来たる』だ。元ネタは言うまでもなく、『笑う門には福来たる』だ」

 

 「元のことわざのまんま解釈したら、絶望っつう罪に希望が来る・・・あ?意味分からん」

 

 「まずエピローグ全体の内容をおさらいしよう。本編での学級裁判に勝利した穂谷円加は、黒幕の手によって希望ヶ峰学園に送還された。穂谷円加が目覚めたのは、学園の教室の中だ」

 

 「これまた記憶消されてるよな?性格変わってねえのはもうどうしようもねえんだな」

 

 「記憶が残ったままでは、黒幕の言うとおりに集合する者などいないからな。加えて、元のコロシアイの記憶があったのでは、この後の展開で不都合が多すぎる」

 

 「だろうな。あんな目に遭うんだったら俺だって最初に多目的ホールなんか行ってねえ」

 

 「逆に言えば、あのときの私たちは全員、状況が理解できない故に、取りあえず指示に従って多目的ホールに集合した。このときの穂谷円加も同様だ」

 

 「で、集合したら黒幕の思う壺ってな。この15人はなんなんだ?」

 

 「ここで登場している穂谷円加以外の15人は、二作目の製作過程で没になったキャラクターたちだ。その一部は三作目で復活を果たしたが、大部分はこの場限りだ」

 

 「虚しすぎんだろこいつら」

 

 「せっかくだから供養の意味も含め、ここで一部紹介しておくとしよう。ちなみに名前は決まっておらず、“才能”しか設定がない」

 

 「供養」

 

 「穂谷円加が現れたことに最初に反応しているのは、“超高校級のゴルファー”だ。実力はあるが、自らの名声を鼻にかけている、清水翔が最も好まざるタイプだろう」

 

 「俺が嫌いそうなプロフィールしか言わねえからだろ。そもそも“超高校級”のやつらを俺が嫌わねえわけねえだろ」

 

 「ふぅむ・・・」

 

 「なんで不服そうだ」

 

 「このひとつ前の話で、清水翔はそういうことを克服したのかと思っていたが」

 

 「あっちはあっちなんだろ。いいから供養続けろ供養を」

 

 「ふむ。その次に反応しているのが、“超高校級の染織家”だ。染め物が高い評価を受けているが、コンセプトが独特でいまいち受け入れ難い」

 

 「なんだ独特って」

 

 「タコの茹で汁色とか」

 

 「独特か。なんでそんなやつが高い評価受けるんだよ」

 

 「コンセプトさえ伝わらなければ、染め物の出来映えだけで評価されるからな」

 

 「いいのかそんな適当で」

 

 「どうせ没キャラなのだから適当でも構わない。後で新キャラとして復活させるならより詳細を詰めるだけだ」

 

 「適当だな」

 

 「三番目に発言した人物は特に設定はない。ただ口調でキャラ付けがしやすいという理由で、鳥木平助と似たような雰囲気だけを借りてきた」

 

 「もっと適当なやつがいたか。見た目どころか“才能”も考えてねえのか」

 

 「空想上の生物だ」

 

 「ツチノコかこいつ」

 

 「その次に発言している余裕そうな態度をとっている者も同様に、大した設定はない。数合わせに過ぎない」

 

 「数合わせ入れるくらいだったら発言させなきゃいいだろうよ」

 

 「発言者が少ないと人が集まっている感じが出ないのだ。どうせいてもいなくても同じなら、取りあえず発言だけさせておけば後からキャラクターとして使えるかも知れない」

 

 「ただの敬語キャラと余裕な態度じゃねえか。こんなんからキャラ作れるか」

 

 「この次に発言している影が薄くなるキャラクターは、“超高校級のストーカー”だ。黒い薄手の服を着て細身の乱れ髪、吊り目に丸い眼鏡をかけている。卑屈で恋が多いが被害妄想も激しい面倒な性格をしていることから、ストーカー行為を繰り返すようになり──」

 

 「設定の格差がひでえ!!なんでこいつだけ急に設定が細けえんだよ!!さっき文字の上でしか存在できねえやつらが二人もいただろうが!!」

 

 「知らない。作者の好みだろう。影が薄いというのも、ストーカーとして尾行に活かすことができる天賦の才だ。ここまで設定ができている割に、二作目の登場キャラクターとしての候補から早々に切り捨てられてしまったが」

 

 「ストーカーの“才能”ってなんだよって話だしな。前から思ってたけど、希望ヶ峰学園おかしなやつでも“才能”さえ持ってりゃスカウトするって、判定ガバガバ過ぎんだろ」

 

 「“才能”自体が希有なものだから、倫理的な是非を問うている余裕がないのだ」

 

 「やめちまえこんな制度」

 

 「そのストーカーの後に黙っているだけの者が、“超高校級のマタドール”だ。典型的な一匹狼キャラの想定だ」

 

 「マタドールって一匹狼なのかよ」

 

 「本来ならマタドールはグループを組むことで成立する。一匹狼など一番あり得ない種類の“才能”だ」

 

 「じゃあなんで一匹狼になってんだよ」

 

 「作者がよく知らずに雰囲気だけで“才能”とキャラを決めたからだ」

 

 「やっぱバカなんじゃねえのかうちの作者」

 

 「どうせ没キャラなのだから」

 

 「最終的にその逃げ道があんのずりいな。それ言われたら採用されてる側の俺は何も言えねえ」

 

 「その次に発言している老人口調は、曽根崎弥一郎の没キャラだ」

 

 「ん?」

 

 「解説編の中でも何度か言及しているが、曽根崎弥一郎はもともと“超高校級のフードファイター”という“才能”だった。そのときはひげもじゃの筋肉質な豪快キャラだった。がわだけは没になり、名前だけは本編にああいう形で転生した」

 

 「あいつ今はやりの転生者だったのかよ。転生したのがこの世界観だったらマジ絶望じゃねえか」

 

 「それでも原案からはずいぶん扱いが良くなった方だ。もし曽根崎弥一郎が“超高校級のフードファイター”のままだったら、物語の中で清水翔を引っ張って行く存在がいなくなり、主人公らしい動きをさせることもできず、物語が行き詰まっていたことだろう」

 

 「まあそうだろうな。あいつに無理矢理連れ出されてなきゃ、俺があんなやつらと絡む理由がねえ」

 

 「だからこの旧曽根崎弥一郎を生贄にあの新曽根崎弥一郎を特殊召喚したことによって、我々の物語はここまで来ることができるようになったのだ。必要な犠牲だったのだ」

 

 「色んなところからネタの引用すんな。節操がねえだろ」

 

 「そして最後に、全員が揃った旨の発言をしているのは、こちらもまた異なる形で本編登場を果たしたキャラクターだ」

 

 「今度は誰だ」

 

 「私だ」

 

 「テメエだったのか」

 

 「全く気が付かなかっただろう」

 

 「気が付くもクソもねんだよ。知らねえよ」

 

 「厳密に言えば私でもあり六浜童琉でもある。そしてもう一人の私は明尾奈美であった」

 

 「何言ってんだテメエ」

 

 「感情の薄い合理思考主義者というキャラクターは、もともと六浜童琉に与えられていたキャラクターだった。このキャラクターで古部来竜馬と将棋を指すこともあった」

 

 「あいつ将棋指せれば誰でもいいのかよ」

 

 「だがそんなキャラクターが自己犠牲で全員を生還させようとはしないだろうということで、一度は卒業するキャラクターとして物語が練られていた」

 

 「そっちかよ。キャラクター変える前にキャラクター変えねえで卒業者変えようとしてたのかよ」

 

 「だがそれもいまひとつ盛り上がりに欠けるということで、六浜童琉のキャラクターを現在のものに変え、出来上がったキャラクターは私に引き継がれることとなった。そのとき私には特に大したキャラクターがなかったので、そのまま引き継いで完了だ」

 

 「なんでメインヒロインのキャラクターがシナリオ作る段階で白紙なんだよ。順番おかしいだろ。で、あとお前と明尾がなんだって?」

 

 「もう一人の私のあのキャラクターは、もともと明尾奈美に割り振られていたキャラクターだった。だが他のキャラクターとの差別化が難しいことや、これといってクセがなかったことから、もう一人の私として消化され、明尾奈美のキャラクターはああいう感じになった」

 

 「クセ0のところから大クセになってんじゃねえかよ。もう一人の方のお前のキャラクターも俺には十分うざってえが、今の明尾のあれはもうただの変態だ」

 

 「ということで、六浜童琉と私と明尾奈美の間ではキャラクターの移動が複雑に行われていた。その過程で弾き出された余り物の部分を寄せ集めたのが、この最後に喋っているキャラクターだ。“才能”は特に決まってない」

 

 「没キャラの中でも特に没じゃねえか・・・没のキマイラじゃねえか・・・」

 

 「あとここには出て来ていないが、穂谷円加のファンであるという倫理観が壊れた天才少年キャラもいたそうだ。そのキャラクターは一足先にいくらかの設定変更を経て、既に異なる作品の本編に登場しているそうだ」

 

 「あ?天才少年キャラってお前・・・それ・・・」

 

 「このように、一見ただのモブキャラに見えて、実はそれぞれが様々なバックボーンを持ってここにいるのだ」

 

 「ほとんど共通してたしバックボーンも何もねえやつらばっかじゃねえか。その台詞言うならもっと後だろ」

 

 「そうだろうか」

 

 「そうだろ。で、これがなんだよ」

 

 「なんだとはなんだ?」

 

 「タイトルの説明する流れでこいつらのこと説明したんだろ。こいつらがタイトルにどう関係してんだよ」

 

 「ああ、その話だったか。数日前のことだから忘れていた」

 

 「実際に書くのにかかった時間言うな」

 

 「まあタイトルの説明をするのに、没キャラが没になった経緯までわざわざ説明する必要はないのだが」

 

 「ねえのかよ!数日無駄にしてんじゃねえかよ!!」

 

 「エピローグのタイトルをおさらいしよう。『絶望の廉には希望来たる』だ」

 

 「やっぱり意味が分からねえ。俺にはさっぱり分からねえ」

 

 「その答えはエピローグのラストに書かれている。体育館に集合した穂谷円加たちは、そこで再びモノクマに出会う。初めて会ったときと同じように、舞台上に突如として飛び出して来るのだ」

 

 「けど、ここで穂谷は記憶消されてるよな。見たこともない白と黒のそれって。いくら穂谷がトチ狂ってて性格悪いっつっても、モノクマのことを忘れるわけねえよな。一回は殺そうとしたやつだ」

 

 「穂谷円加の視点で語られる地の文はここまでだ。ここからは、誰視点でもない、完全な三人称視点で描かれる」

 

 「いわゆる本当のエピローグだな。こいつら“超高校級”が、全員がそれぞれに物語を持ってるってのは・・・」

 

 「全員にはもちろん、穂谷円加も含まれている。つまり、ここにいる全員が穂谷円加と同様の経緯を辿ってここにいるということになる。すなわち、全員がそれぞれのコロシアイを生き延び、卒業して、ここに来たのだ」

 

 「やべえやつらの集まりじゃねえか。全員穂谷みてえなことしてんのかよ」

 

 「全員が全員そうかは不明だが、少なくとも誰かを殺害し、学級裁判を勝ち抜いたことは確かだ。だからこそ、絶望の廉なのだ」

 

 「絶望の廉ってのは、コロシアイと学級裁判を勝ち抜くこと、つまりクロになるってことか」

 

 「そういうことだ。そこに来たる希望とは、つまり“超高校級の希望になる者”である黒幕のことだ。コロシアイを生き延びた者たちの元に、再び黒幕が現れる、すなわち再びコロシアイが行われることを示している」

 

 「読み取れるかそんなもん。しかしざまぁねえな。穂谷がまたこうやってコロシアイに巻き込まれてんのは」

 

 「穂谷円加は元々死ぬ気だったからどうだか分からないが、他の者にとっては絶望的だろう。せっかく希望ヶ峰学園に戻って来られたというのに、待っていたのは絶望的な日々の繰り返しだ。記憶がないとはいえ、いつか思い出すだろう」

 

 「そりゃこういう経緯のやつらが16人も集まりゃ、いずれ黒幕の野郎は思い出させるだろうな。俺らだってそうだった。っていうか、コロシアイに参加するやつらって、何かしらの共通点を持ってるよな。俺らだった問題児みてえに」

 

 「やはり16人もの人間を拉致監禁するにあたって、まったくランダムに人を攫うことは難しい。共通点を持っているというより、たまたま目を付けた集団がそういう集まりだったということだろう」

 

 「っつうことは、二作目のやつらも、これから書くとかほざいてる三作目のやつらも、なんかしらの共通点があって集められてるってことか?」

 

 「・・・そこは、読んでみてのお楽しみ。開けてびっくり玉手箱というやつだ」

 

 「ろくでもねえもんしか入ってなさそうな箱だな」

 

 「実際、読んだら寿命を吸い取られるかも知れないな。それくらいの仕上がりにはしていきたいと思う」

 

 「お前が書くわけじゃねえだろ」

 

 「今のは作者の代弁だ」

 

 「クソみてえな人格の使い分けするんじゃねえよ」

 

 「今のはあれか。代弁とだい──」

 

 「テメエのそういうところが本当に嫌いだ」グワシッ

 

 「おむっ」

 


 

 「エピローグのタイトルは説明してたけど、まだ説明してないところがあんだろ」

 

 「もう最後の地の文を残すのみとなった今なのにか」

 

 「その最後の文でようやく意味が分かることだろうが。この『ダンガンロンパQQ』のQQだよ。最初っからっつうか、このタイトル見て読もうとか思わせるもんなのに、その意味が分かるのがマジで最後の最後ってどういうこった」

 

 「あれだ。この後、いよいよQQの意味が!という文言で引っ張るためにこうなっている」

 

 「ウソ吐け。だとしたら引っ張りすぎだろうが。どこの構成が2年も引っ張んだよ」

 

 「本当のことを言うと、このQQというタイトルはそのままこの大オチを表したものだ。オチを言うわけにもいかないので、最後の最後に明かす形となった」

 

 「そりゃ分かるが、さすがにこの地の文とQQで分かるやつあんまいねえだろ」

 

 「そうか?割と理解されていた印象だったが。ともかく清水翔、説明を頼む」

 

 「なんで俺が」

 

 「もうこれで終わりだから。最後くらいは主人公のお前が」

 

 「めんどくさ・・・あーっと、QQのQってのは、Quarter(4分の1)のことだ」

 

 「よっ、ネイティブみたいな発音。次回作主人公かい」

 

 「ボディビルやってんのか。ちょっと黙っとけ」

 

 「はむっ」

 

 「Quarterが二つで、4分の1かける4分の1、16分の1だな。16ってのは1回のコロシアイに参加してる人数だから、そのうちの1を意味してる。つまり、このエピローグで始まるコロシアイに参加してる16人のうちのひとり、穂谷が通ってきた物語が、この『ダンガンロンパQQ』だったってオチだ」

 

 「コロシアイを勝ち抜いた卒業者だけによるコロシアイ。誰もが一度は考えたことがあるだろうな」

 

 「それは知らねえが。QがQuarterだって分かりゃあとはいいだろうが、QからすぐQuarter出ねえよ。16分の1だけじゃ」

 

 「なるべくシンプルなタイトルにし、かつこのオチを説明するにはこうするしかなかったのだ。気付いた読者からはちゃんと感想が送られてきていたぞ。あの、人間が閃いた瞬間に出る声を文字化したものが」

 

 「なんでそんな具体的に言うんだ気持ち悪いな」

 

 「気付く人は気付くということだ。かと言って分かりづらいことも確かだ」

 

 「つうかよ、ここまでの章タイトルもそうだし、このQQってタイトルもそうだし、うちの作者はなんでタイトル読み解かれたら全部バレるような付け方するんだ」

 

 「うちの作者は何かしらのテーマを持たないとタイトルもろくに付けられないのだ。0から付けるのが難しいので、ことわざという元ネタを使うことにもなった。意外にも好評を頂いていたが、これは作者の逃げだ」

 

 「褒められてんだから素直に受け取りゃいいじゃねえかよ」

 

 「清水翔がそれを言うのか・・・?それは冗談で言っているのか?」

 

 「お前に一番言われたくねえよ!」

 


 

 「お互いらしくないことを言ったということで、今回の解説編の最後にして最大の肝である解説が終わった。『ダンガンロンパQQ』の解説もこれで終了となる。最後に何か言いたいことはあるか?清水翔」

 

 「殺されんのかこれから」

 

 「これ以降は新規の話が更新されないとなると、ある意味私たちが存在できるのはここまでとなる。すなわち、死と同義かも知れない」

 

 「最後の最後で嫌なこと言うんじゃねえよ。別に話が更新されなくっても、俺らの話を読むやつがいりゃあ終わりじゃねえだろ。新しく読まれ続ける限りは、少なくとも『ダンガンロンパQQ』は終わらねえよ」

 

 「おぉ・・・さすが清水君。主人公らしい頼もしい言葉。かっこいい〜!」

 

 「もうテメエの変身にも驚かなくなってきた」

 

 「変身じゃないよ!最後だから私ともう一人の私、二人とも来てるの!」

 

 「あ?二人とも?」

 

 「そういうことだ。こんなことは本来あり得ない。私とこの私は肉体を同一にするはずであるから、このように分裂して会話をすることなどできるはずがないのだ」

 

 「精神世界で闇側面の自分と話すような感じだね」

 

 「どっちが闇でどっちが光だ」

 

 「「私が光」」

 

 「闇押しつけあってんじゃねえか」

 

 「どう考えても私が光でしょ!性格考えなよ!」

 

 「“超高校級”の“才能”を希望の光と形容するのであれば、“才能”面で秀でている私こそ光側面とされて然るべきだろう」

 

 「何をこの私のくせに!生意気だぞ!」ポコポコポコ

 

 「アホみてえな音するげんこつだな」

 

 「暴力に訴えるのであれば私も同様に応じよう」ビビビビビ

 

 「ねずみ男がやるビンタの音だ」

 

 「なんか自分とケンカすると昔の映画思い出して切なくなっちゃった」

 

 「どちらかと言えば私がコピー側だが、この際そんなことはどうでもいい。やはり私同士、互いに手を取り合わねばな」

 

 「一瞬で仲直りまでしやがった。なんなんだこいつら」

 

 「というわけで清水翔。私たちはどちらも光であり闇だ。そもそも私のような人格が生まれる実験に参加したこっちの私も、そしてそんな実験で生まれた人格である私も、どちらも闇人格と言える」

 

 「だけど私たちはどっちも、“超高校級の天文部”、望月藍。だから私たちはどっちも光とも言える。でしょ」

 

 「何言ってんだテメエら」

 

 「一蹴!!」

 

 「やはりそうなるか」

 

 「そもそもテメエら二人がまとまって出て来たところで、何の特別感もねえんだよ。解説編も最後だからってやりたい放題やりやがって」

 

 「せっかくだからやりたい放題やらないとね。私だってここにしか()()()ないから、爪痕残さないと今後使ってもらえないんだよ」

 

 「若手芸人か。使い処がねえって話をさっきしただろうが」

 

 「ともかく、これでダンガンロンパQQは二度目の幕引きとなる。三度目があるかどうかは分からないが、ここまで付き合ってくれた画面の前のお前たちには感謝しなければいけないな」

 

 「お前って言わない!読者の皆さん!」

 

 「テメエらよくこんなもん5年も6年も読んでんな。ヒマか」

 

 「吐いていい暴言と悪い暴言があるよ清水君!」

 

 「吐いていい暴言とは・・・?」

 

 「作者さんはそんなことこれっぽっちも思ってないからね!むしろただの趣味がここまで続けられたのは、本当に読んでくれる皆さんのおかげだと思ってます!だからこれからもうちの作者の作品を楽しみにして、QQのことも忘れないで、ときどきまた私たちの物語を読みに来てね!」

 

 「で、本音は?」

 

 「とはいえ自分が書かなきゃ続くも何もないから、結局は頑張れた自分のおかげだとか思ってる──って何言わせんの!」

 

 「それなりの長台詞だったのに全部言ったぞ」

 

 「これはうっかりというレベルではないな」

 

 「なんでこの期に及んで、ここまで読んでくれた読者を敢えて突き放そうとするの?」

 

 「ロックだろう」

 

 「ロックか?」

 

 「ロックってなに……」

 

 「イエス、ロケンロール」

 

 「適当に喋りすぎだよ私!!あとコルナはこう!!それキツネだから!!」

 

 「もう帰るぞ俺」

 

 「ちょっと待って清水君!!待って待って!!」

 

 「なんだ。突っ込むところあったか」

 

 「冒頭の伏線回収はいいから!最後ちゃんと締めようって!!本当に最後なんだよこれ!?」

 

 「こういうところで改まるのが苦手なのが作者の悪いところだな。では、冗談はやめにしてちゃんと締めるとしよう」

 

 「お前冗談とか言えるようになったのか。変わったな」

 

 「ここだけではな」

 

 「はい!それじゃあ画面の前のみんな!本当に今まで読んでくれてありがとうございます!いつかまた私たちは帰ってくるかも知れないしそうじゃないかも知れないし……。だけど、みんながときどき私たちみたいな、こんな小説があったっていうことを思い出してくれたら嬉しいなっ」

 

 「解説編もこれで終わりだ。まあ、振り返ってみりゃそこそこ長いこと話してたな。実のある話かどうかは分からねえが、暇つぶしくらいにはなんだろ。それくらいだ。特に言うことねえ」

 

 「ヒトという生物の終焉を定義することは簡単だが、人間という存在の終焉はそうではない。忘れる者がいなければ私たちはその限り生き続けることができると言えるだろう。どうか私たちの寿命が1秒でも永くあるように、願うばかりだ」

 

 「と、いうわけで!特別番外企画、『ダンガンロンパQQ』解説編、後のお祭り、これにて全話終了です!ここまでのお相手は──ッ!!」

 

 「“超高校級の天文部”、望月藍と」

 

 「才能なんかクソ食らえ、清水翔」

 

 「流星に跨がってあなたに急降下、望月藍でした!さよーならー!」

 

 「じゃあな」




ダンガンロンパQQの解説編もこれで終わりです。ありがとうございました。
6年越しの完結ですけど、本編完結から解説編開始まで約1年。解説編も途中で1年。それぞれ間が空いてるので、ぎゅっとしたら4年です。どっちにしろ長いですね。
三作目も鋭意制作中ですので、楽しみにしていてください。がんばりますから。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。