やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 青春よりゲームだ! (kue)
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第一話

『青春とは神が行う人生ゲームである。運が良ければ大金持ちになったり、運が悪ければ貧乏になったり。青春やラブコメなどはランダムエンカウント方式であり、滅多に出てこないSPボスの様に遭遇することなど超低確率である。遭遇した奴らを勝者、遭遇しない奴らを敗者と呼び、世界は動いている。その世界の中でいかにして安全かつ平和に生きるかが問題である。私――比企谷八幡はそれを実行すべくNPCのようにそこらへんを歩き回って冒険者に話しかけられる程度の人間として生きてきた。これからもそして将来も。Coming soon』



 国語教師の平塚静先生は額に青筋を立てながら俺が提出した作文を大きな声でハッキリと朗読し、それが終了すると俺は目に涙を浮かべながら盛大な拍手を送るが睨み付けられたことで無理やり止められた。

 

「何かね、これは」

「高校生活を振り返ってという過去編です」

「なんでもかんでもゲームにつなげるな」

 

 俺はゲームが大好きだ。友情や絆などという青臭いもので人生を楽しむよりも俺はゲームで人生を楽しもうと決めて以来、ずっと一人ぼっちというコマンドを押し続けている。

 平塚先生は大きなため息をつき、はち切れんばかりに膨らんでいる胸ポケットから煙草の箱を取り出してそこから一本の煙草を咥えると100円ライターで火をつけた。

 

「うっ。毒状態になってしまった。なので保健室へエスケープします」

「ショック療法というものを知っているかね」

 

 満面の笑みを浮かべている平塚先生の拳からパキパキという関節が鳴る音が聞こえてくる。

 

「パ、パンチだけは! パンチだけはお許しを」

「ならなぜこんなふざけた作文を書いたのかね」

「先生が高校生活を振り返ってという作文を出したので俺は必死に書き上げたんですよ……ゲーム時間を5分縮小して」

 

 そう言った瞬間、俺の頬に風が吹いた。

 人はそれをグーパンという。平塚教諭の拳が俺の頬すれすれの所を通過していったのだ。

 お、おーう。ナイスパンチだね……っていったらセカンドフィストが来るんだろうな。

 

「次はあてる」

 

 ギラリと吊り上がった眼の奥で怪しい光が発せられ、条件反射的に俺の体は縮こまる。

 

「ひゃ、す、すみません。書き直しますから。書き直しますからエネルギーチャージを止めてください!」

「当たり前だ。君は数学の確率分野と文系教科は国際教養科並に優秀なくせになぜこんな作文一つ書けないのかね」

「い、いや~。ゲームを突き詰めていくと結局は確率論なので勉強したんすよ。んで文系教科が良いのはゲームのルートを記憶していったら自然と記憶力が鍛えられて今じゃ見たものはほとんど記憶するというね」

「完全にゲーム脳だな。職員会議のたびにお前のゲーム機が没収箱にあるわけだ」

 

 そ、そんな晒しを受けていたのか! だから最近、やけに先生が俺の机周辺をウロチョロしているわけだ。が、俺からすれば画面を見ずにゲームなど余裕なのだよ。

 トントンと灰皿に煙草の灰を落とし、先生は言う。

 

「友達いないだろう」

「失敬な。ゲームが友達です」

「それは友達とは言わんだろ」

「ゲームは来なさい。他はいりません」

「どこの団長だ……ハァ。恋人もいないだろう」

「ふふん……先生だって」

「ふぅん!」

「ごっぱぁ!」

 

 俺の腹に先生の憎しみのグジャットフィストが直撃し、俺の全身にピキピキとヒビが入っていくとともに全身に凄まじい衝撃が走った。

 ま、まさかあのメガチップを体現するとは……がはっ。

 

「レディーに体重と年齢、恋人の有無を聞いてはいけないと聞いていないのか?」

「す、すみません」

「次はゼータパンチを食らわす」

「ごめんでガッツ」

 

 しかもグジャットフィスト並みの威力を誇るゼータパンチだろ? エリアスチール3枚からのリュウセイグンよりも凶悪な威力叩きだすじゃねえか。

 ……でも友達がいらないのは事実だ。あんなもの不確定要素でしかない……いや、バグだ。パッチを当て続けても決して消えることのないバグだ。そんな物いれないに限る。

 ふと先生が静かになったことに気づき、先生の方を見ると顎に手を当てて俺を見ていた。

 え、何? もしかして平塚静ルートに入るの?

 その時、尻ポケットに入れていたスマホがなった。

 

「あ、失礼。お、ゲリラか。今のうちに」

「没収だ」

「そ、それだけは!」

 

 スマホが手から離れ、俺は条件反射的に平塚先生に両足をたたみ、凸を床につけるというジャパニーズ土下座を行う。

 

「……返してほしいか」

「はい。返してください。でないと育成プログラムが」

「……ならば条件を付けよう。レポートは書き直し。君に奉仕活動を命じる。これに応じれば返してやろう」

 

 ま、また俺のゲーム時間が……だがここで反論をすればさらにゲーム時間を減らす事態になるだけでなくスマホは没収されたままになるだろう。ただでさえ、日常的にゲーム機を没収されている俺だ……下手したら1か月以上没収されるかもしれない。

 土下座を止め、ズボンに着いたほこりを払い、先生に尋ねる。

 

「奉仕活動って何を」

「ふむ。ついてきたまえ」

 

 そう言われ、付いていくと職員室を出て特別棟がある渡り廊下がある方へと歩いていく。

 千葉市立総武高校の校舎の形は上空から見ればカタカナの”ロ”の形をしている。

 道路側に教室棟があり、それに向かい合うように特別棟があり、それぞれを二階部分にある渡り廊下が結んでおり、さらにそこに囲まれた中央にある中庭はリア充共のエデンと化している。

 お昼休みはカップルどもが愛を語らい、友人たちとバドミントンを行い、放課後は夕焼けに照らされながらまたまた愛を語らう……俺には何が楽しいのかわからない。所詮、青春などバグの塊でしかない。友人、恋人、絆……そんなものはパッチを充てても消えることのない悪質なバグだ。何故、奴らはバグを受け入れるのだろうか。俺は過去にバグに全身を犯され、基礎から作り直した……本当によく分からない。

 

「先生」

「何かね」

「奉仕活動って言っていましたけど俺、力ないですよ」

「君に頼むのは力仕事じゃない……むしろ全てをゲームと捉えている君からしたら天職だよ」

 

 俺からしたら天職……何故、それが奉仕と関係あるのだろうか……お嬢様に使える執事のような奉仕ならばお嬢様の♡ゲージを溜めていくゲームと捉えれなくもない……でもそんなこと現実にあるはずがないので……はて?

 

「ここだ」

 

 到着したのはプレートに何も書かれていない普通の教室の扉の前。

 ガラッと無造作にドアが開けられ、教室の仲が視界に広がる。

 端に机と椅子が積み上げられ、まるで倉庫として使われている以外は何の変哲のない教室。

 でも俺はそう結論付けることが出来なかった。なぜなら教室に1人の少女がいるからだ。

 その少女は椅子に座り、ただ黙って文庫本を読んでおり、時折吹く風によって吹き上がる髪を鬱陶しそうに手で押さえつける。

 そんな何の変哲のない行動でさえ、どこか美しく見える。

 

「平塚先生。入る時はノックをと前に言ったはずですが」

「ノックしても君は反応せんだろ」

「……ところでそこのヌボッと立っている眼の腐った少年は」

「彼は入部希望者であると同時に私の依頼の相手だ」

「……にゅ、入部!? 俺聞いてない。ゲーム時間が減ってしまう」

「君はどこのアクセルの妻だ」

 

 分かるんだ。

 

「君にはペナルティとしてここでの奉仕活動を命じる。異論反論抗議質問口答え革命反乱は応じない」

 

 わ、わぉ。なんという独裁者だ。まさか俺の反撃手段を全て権力で封じるとは。

 

「彼は日常よりもゲームを優先させた結果、一人ぼっちになってしまった哀れな男子であるとともに卑屈で偏屈な考えしかしなくてな。そこで雪ノ下。君に矯正を頼みたい」

 

 雪ノ下と呼ばれた少女はジーッと俺を見ると何故か体を抱くように手を回し、ソソッと俺から離れるようにして椅子を後ろへと動かした。

 

「お断りします。その男の下心に満ちた目を見ていると私が襲われます」

「安心したまえ。彼は二次元にしか興味を持たない」

「いつから二次元執着男になったんだ」

「違うのかね?」

「違います。お、俺とて三次元に欲情したりします」

 

 そう言うとさらに雪ノ下さんはソソッと椅子を後ろへともっていき、近くの椅子をまるで壁の様に自分の前に立ててさらに何故か手に携帯を握った。

 ……マジで警察呼ぶ気か。

 

「とはいってもこやつはゲームが出来なくなる環境にしたりなどしない。犯罪はしないし女性を襲う事もしない。そんなことをする時間があればゲームするくらいだ。小心者なのだよ」

「せめて善悪は弁えていると言ってください」

「……にわかには信じがたいですが」

 

 おい、俺はそんなに犯罪者に見える……夕方学生服で歩いてたら制服を着た警察に職質何回もされた経験がある以上、どこか否定しきれない!

 

「私の依頼はこいつの矯正だ。ゲームなどにのめり込まず、友を作れるくらいにまで」

「……先生の依頼を無碍にもできませんし……やれるだけは」

「頼むぞ。じゃあな」

 

 そう言い、先生は俺を残して部屋から出ていく。

 

「あ、俺のスマホ!」

「あ、そうだったな」

 

 ギリギリのところでそれを思い出し、慌てて先生からスマホを返してもらってゲームを起動するがすでにゲリラは終了していた。

 ……はぁ。魔法石三個消費確定だな。

 そんなことを思いながら空いている椅子に腰を下ろし、カバンからPFPを取り出し、起動する。

 

「そこのゾンビのような目をしているゾンビ君」

「ひでえ。せめてゲーム君っていうあだ名にしてくれ」

「ゲーゾン君」

 

 ゲーム君とゾンビ君が融合しちゃった! レベル2の融合モンスターで通常モンスター確定だな。ゾンビの癖に人を襲わずにゲームばかりしているゾンビだ! みたいな。

 

「貴方の名前は?」

「…………先に自分からなのるんじゃねえの」

「これは失礼。2年J組の雪ノ下雪乃よ。奉仕部の部長をしているわ」

 

 ……なるほど。だから先生はここで俺に奉仕活動を命じたわけだ。奉仕部っていうくらいだから奉仕活動を主体とした部活なんだろう。

 

「2年F組の比企谷八幡」

「ゲームをしながら言うのは失礼じゃないかしら。ゲーゾン君」

「いや、今言ったし……2年F組の比企谷八幡」

 

 ゲームを一瞬止め、彼女の方を見て自己紹介をして再びゲームに戻る。

 

「奉仕部って何やるんだよ」

「持つ者が持たざる者に慈悲の心をもってこれを与える。ホームレスには炊き出しを、貧困者には給付金を、女の子との会話がない男の子には女の子との会話を。それを人はボランティア活動というわ」

 

 高らかに宣言し、胸に手を当てて雪ノ下雪乃は俺を見下ろしながら言う。

 

「ようこそ、奉仕部へ。歓迎するわ」

「どこからどう見ても俺を見下しているように感じるのは俺の目がおかしいのか?」

「あら、見下してなどいないわ。ゲームなどというものに囚われた悲しき哀れな王子様の洗脳をとくための美しいお姫様からの言葉よ。感謝なさい」

 

 竿という作品を根本から否定したな、こいつ。

 ていうか自分のこと美しい姫様とか言うか……ま、まあこいつが言っても何ら問題はないんだけどさ。

 

「そのピコピコのなにが面白いのかしら」

「ピコピコってお前……俺の母親でもファミコンっていうぞ」

「ファ、ファミ……ピコピコ言うじゃない」

「お前は俺のばあちゃんか」

 

 俺のばあちゃんも俺がしているゲームのことをピコピコっていうよな……てうかたまにパソコンのことさえピコピコって言っている人居るよな。

 

「良いだろ別に。特に困ってないし」

「社会に出ても役に立たないじゃない」

 

 うっ……母親からも妹からもいい加減やめろと言われて口げんかになった時にまず一番最初に言われる言葉を言われた……た、確かに役には立たないだろう。だがここで折れてしまえば全てのゲーマーたちに未来はない。

 

「バ、バカ言っちゃいけねえ。ゲ、ゲームだって役に立つぞ」

「たとえば?」

「ほ、ほら……友達との会話を円滑に」

「貴方が言っても説得力がないわ」

「き、記憶力を鍛えることができるぞ。それで俺は数学の確率分野と文系科目は学年トップクラスだ!」

「化学は? 物理は?」

「そ、それは」

 

 ヤ、ヤバい。化学は無機物と有機物の範囲しかできないし物理に至っては公式しか覚えられないからいつも赤点ギリギリの点数だ。な、なにか……何か手はないのか。

 俺は必死に頭をフル回転させて雪ノ下雪乃を打倒する武器を探していく。

 

「所詮ゲームなんて社会に役立たないわ。こんなに難しいゲームが出来ますって面接で言うのかしら? ゲームで安定してお金を稼げるの? ゲームにのめり込むと貴方の様に友達がいなくなるじゃない。そもそもとしてゲームなんていうものは娯楽の一つにしか過ぎないわ」

「ぐはぁ!」

 

 止めの一撃を食らわされ、俺は床に突っ伏した。

 な、なんというマシンガンだ……ここまでゲームに対して低評価を放ってくる奴はいない。

 

「更生に手間取っている様子だな」

「ノックを」

「悪い悪い。こいつも良い奴なんだがな……少しゲームという麻薬に犯され過ぎたのだよ」

「もう無理です。この男から切り離すのは不可能かと」

「……そう言えばなんで俺の性格を変えるとかゲームを離すとか前提で進んでるんだ?」

 

 俺の一言に平塚先生は大きくため息をつき、雪ノ下はこれ以上みてられるかと言った様子で俺から視線を外す。

 

「俺別に変わらなくていいし。そもそも友達いなくても別に生きてける。ソースは俺。小学校三年生から友達を失ったけど今まで普通に生きてこれたし」

 

 雪ノ下は「戦争反対! 武装は全部捨てろ!」みたいな正論を言うかのような表情をしながら俺を見てくるが今度は視線を逸らす気はない。

 

「貴方は変わらなければいけないレベルなのよ? 自覚していないの?」

「それはお前から見ての判断だろ。変わるか変わらないかは俺自身が決めることだろ」

「それは逃げよ。自分が可愛いだけのね」

「みんな自分が可愛い物だろ。自分には甘く、他人には厳しく。それが本質だろ。それに変わらないという選択だって立派な選択だろ。どっちつかずよりもはるかにいい」

「論点をずらさないでちょうだい。変わらないという選択とどっちつかずの良しあしの話ではないわ」

「変わるっていう事は過去の自分を否定して新しい自分を肯定するってことだろ。そんなもん……そんなもん出来たらとっくの昔にやってるわ」

 

 ふと過去の記憶がよみがえる。

 小学生の時、つい昨日まで遊んでいた友達からいじめを受け、笑いあって追いかけあう遊びから一方的に笑いながら殴られる遊びへとシフトした。

 それは広がっていく。俺の知らぬところで。

 変わりたいと思った。俺も今の俺を否定し、新しい自分となって違う道を進みたいと……でもそれは許されなかった。ちょっとでも変われば進む道を叩き潰され、結局前に戻される。

 

「自分を否定できないから……変わりたくても変われない奴だっているんだよ」

「…………そんなの……だれも救われないじゃない……過去の自分を否定できるようにする……それが奉仕部の活動目的よ」

 

 何故かそう言う雪ノ下を見るとどこか俺に似た所を感じてしまう。

 こいつもきっと俺と同じなんだ……否定したい自分がいるのに否定できない。それが自分の一部であることを知っているから……。

 

「なるほど……2人の正義がぶつかり合ったとき、古来より拳と拳をぶつけ合うというルールがある」

「え、それルールなんすか?」

「少年漫画のルールだよ。だってばよ然り漂白剤然りだ。君たちには勝負をしてもらう。異論は認めん。どちらの正義が正しいのか。勝者は私の独断と偏見で決める。ではな」

 

 そう言い、先生は部室から出ていった。

 ……なんかよく分からんが勝負が始まってしまった……ゲームなら俺、負けないんだけどな。

 そう考えていると完全下校時刻を知らせるチャイムが鳴り響いた。

 雪ノ下はそれを聞くと俺に視線すら向けずに帰り支度をし、そのまま帰ってしまった。

 

「…………俺も帰ってゲームしよ」

 



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第二話

「比企谷。部活にする? それとも奉仕部に行く? それとも鉄・拳・制・裁?」

 

 奉仕部に入部した翌日の放課後、俺はすぐさま平塚先生に見つからない様にいの一番に教室から出ようとしたのだがドアを開けたらすでに笑みを浮かべた先生が立ってそう言った。

 どんな選択肢だ。最後に至ってはもう苦痛以外の何物でもねぇ。

 

「い、行きます。行きますから拳をパキパキ言わせないで」

 

 そんな平塚先生に逆らえるはずもなく俺は先生の隣を歩きながら特別棟へと向かう。

 傍から見たら白衣を着た美人女教師を侍らせているっていう風に見えなくもないが実際は恐怖という紐によってつながれた哀れな下僕とご主人様だ。

 こんなにも帰りたいと思った平日はない。

 

「君の目に彼女はどう映るかね」

「彼女?」

「雪ノ下だよ」

「そうっすね……一言で言えば口悪い嫌なやつですかね」

「そうか……非常に優秀な生徒なのだがね。持つ者特有の苦しみを抱いているというか……彼女は往々にして正しい。だが世界が正しくないから苦しんでいるのだよ」

 

 先生は苦笑を浮かべながらそう言う。

 雪ノ下雪乃が言っていることは何も被せていない本音であり、事実である。実際にゲームなんてものは社会に役立つことなど無いに等しい。

 傍から見れば俺があいつの正論に尻尾を巻いて逃げたのと同じだ。

 

「ま、君は少し変わるべきだがな。特に」

「イダダダダ!」

 

 後ろに隠しながらスマホゲームをしているのがばれていたのか関節技を決められながら手を無理やり前に出され、先生の手にスマホが渡ってしまう。

 先生はスマホの画面を見て額を抑えながら小さくため息をついた。

 

「君はこの情熱を人生にかけようとは思わないのかね」

「ゲーム=人生ですが」

「……なんというか末期症状だな」

 

 そんなことを喋りながらも結局、奉仕部の部屋の前に到着してしまい、渋々部室の扉を開けると昨日と同じような体制で雪ノ下雪乃が文庫本を読んでいる。

 先生からスマホを返してもらい、椅子に座っていつものようにPFPを起動させる。

 

「あら、来たのね。もう来ないのかと思っていたわ」

「俺だって来たかなかったけど先生に連れ去られた」

「貴方Mなの? ストーカーなの?」

「なんで俺がお前に好意を抱いている前提なんだ?」

「違うの?」

 

 雪ノ下は心底不思議な表情を浮かべて小首を傾げる。

 そこまで全力な地の小首を傾げられたら俺も言うに言えん。

 

「そもそも俺、お前のこと知らないし」

「あら。大体の人は私の名前を知っているのに……そこまでゲームが好きなのね」

「自意識過剰にもほどがあるだろ」

「私、貴方と違って人望だけはあるから名前だけは知られているのよ」

「それにしちゃ、お前。学校生活楽しんでなさそうだな」

 

 そう言うと雪ノ下は何も言わず、少し驚いた表情をして俺を見てくるが俺はすぐに視線を外し、タッグフォースでペアを決めて決闘を始める。

 そもそも友達がいる奴が在籍しているクラブがこいつだけというのはおかしな話だ。友達がいるのであれば少なからずこっちへ話に来るだろう。誰もいないのだから。それに放課後になってから少ししか経っていない俺が来ても一番だったから自ずと一人なのだろう。

 

「……そうね。学校生活を楽しんでいるかと聞かれたらNOと答えるわ……私、可愛いから昔から異性というものに好かれたわ」

「え、何? 自慢大会?」

「最後まで聞きなさい。異性に好かれた……でも同性には嫌われたわ」

 

 異性の視線を集めすぎる奴は大体同性の奴から顰蹙を買い、徹底的に潰されるか変な噂を流されて勝手に自滅していくかの2つだ。そう言えば俺の小学校の時もあったな~。やけにかわいい子が次の学年にはもういなかったって。あれもこいつと同じなんだろうな。

 

「私は上履きを60回ほど隠されたけどうち50回は同姓に隠されたわ」

「残りの10回は何なんだよ」

「5回は男子に、2回は先生が買い取り、3回は犬に隠されたわ」

「お前、犬に何したんだよ」

「何もしていないわ……人は完璧ではないわ。それ故に嫉妬や僻みの様に醜いものを抱き、完璧であるものを排除しようとする。不思議なことに完璧であればあるほど住みにくいのよ。だから変えるの……人ごとこの世界を」

 

 なんかすんげえ向きのベクトルの話になっていないか? 雪ノ下の過去の話が急に世界を変えるなんていう規模のでかい話になってるぞ。

 

「あ、そう。ま、頑張れ」

「……意外ね」

「何が?」

「貴方ならそんなのは無理だと言うと思ったのだけれど」

 

 俺はPFPをスリープモードに切り替えてゲームを一時中断し、雪ノ下の方を向く。

 

「……人の夢を貶してどうするよ。そいつがやりたいって思ったことは本当にやりたいことなんだからそいつに自由にやらせりゃ良いだろ。お前の夢にケチつけられるほど高尚な奴はいねえよ」

「そ、そう」

 

 雪ノ下は戸惑い気味にそう言うと椅子に座り、再び文庫本に視線を落とす。

 確かに雪ノ下雪乃が言っていることは非現実的すぎて現実味がないことだ……だがそれだけでその夢を貶す理由にはならない。夢はそいつが心の底からやりたいと思っていることであり、誰にも貶されることのない絶対不可侵領域の中にあるものだ。

 俺は再びPFPを起動させて決闘を続ける。

 

「ていうか誰も来ないけど良いのか?」

「それが普通よ。行列ができるほど来られたらそっちの方が異常よ」

 

 まあ、それもそうか。

 結局、その日は誰も来ずに一日が終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、俺は再び平塚先生に睨まれながら職員室で立っていた。

 理由は調理実習をサボったバツとして提出したレポートのことについてらしく、さっきからボールペンを何度も机のコツコツ当てられ、無言の圧力を充てられている。

 

「比企谷。レポートに書いてあることは何だ?」

「え、えっとですね……なんで先生が担当なんだよ」

「鶴見先生に投げられた。生活指導担当も私なのだよ」

 

 レポートはカレーの作り方について提出したんだがその内容についてご立腹の様子だ。

 ちゃんと普通に書いたんだぞ? 役に立つ家庭調理学というソフトと本体を買ってその指示に従って作れば問題なく作れますって書いたんだぞ?

 

「なんでもかんでもゲームにつなげては将来困るぞ?」

「そ、そうですかね? 恋愛とかはシミュレーションができて」

「そんなもの役に立たんよ……立たんよ」

「……なんかすみません」

 

 遠い目をしながら言う先生の表情に思わず口を押えて涙を我慢しながら謝罪の一言を呟くと先生も仕方ないなという表情をしながら許してくれた。

 

「だがこのレポートは許さん」

「で、ですよね~……か、書き直します」

「当たり前だ。奉仕部に行って書いて来い……サボったらわかるな?」

「あでっ」

 

 ペンのふたをパチン! と弾かれると俺の凸にジャストミートし、地味に痛かった。

 レポートを貰い、職員室を出て重い足取りで謎の奉仕部へと向かう。

 奉仕部に在籍してから早三日が経つが未だにあの部活が何をする部活なのかさっぱり分からないし部長の性格はさらにわからない。ま、俺には関係ないことだけど。

 部室の扉を開けるといつもの様に雪ノ下が文庫本を読んでいる。

 距離を開けたところに椅子を置き、腰かけていつものようにPFPを起動しようとしたその時。

 

「どうぞ」

「し、失礼しま~す」

 

 控えめなノックと共に緊張しているためか上ずった声の女子が入ってくる。

 ……この声、どこかで聞いたことがあるような気が……。

 顔を上げてみると部室に入ってきたのはブラウスのボタンを三つほど外し、胸元にはキラリと光るネックレス、スカートは短めでハートのチャーム、明るめに脱色された茶髪と校則ガン無視の女子がいた。

 ……あ、こいつ俺と同じクラスのやつだ……名前知らないけど。

 

「あれ、ヒッキーなんでここにいんの!?」

「……何故、俺がヒッキー?」

「え、だって引きこもりっぽいからヒッキー」

 

 地味に心の傷を抉ってくるな……ていうか俺、そんなあだ名を陰でつけられて呼ばれてるの? というかよく喋ったこともない奴にそのあだ名で呼ぼうとするな。流石は派手な女子、略して派手女。

 

「確か2年F組の由比ヶ浜結衣さんだったわね」

「あ、私の名前知ってるんだ」

 

 PFPをしながらも2人の会話を聞いているが下手したら雪ノ下、全校生徒の名前と顔一致させてるんじゃねえの? 俺なんて顔は完璧に覚えているけど名前なんて全く覚えてないし。

 そんなことを思いながらPFPに集中していると俺のすぐそばに誰かが立っているのを感じ、ふと視線を横に向けると何故か由比ヶ浜が俺の隣に立ってゲーム画面を見ている。

 

「毎日ゲームやってるよね。飽きないの?」

「べ、別に飽きないし。やるゲーム変えてるから」

「ふぅん。そんなんだから引きこもりっぽいって言われるんだよ」

 

 こいつの俺をバカにしたような目を見た瞬間、ようやく理解した。

 こいつはいつもクラスの後ろの方でバカ騒ぎしているサッカー部の連中の中に1人だ。大体、あいつら俺のことをこんな目で見てくるからな。

 

「うるせえ。ビッチが」

「なっ!? だ、誰がビッチよ! あたしはまだ処――――って何言わすし!」

「別におかしなことではないわ。高校二年でヴァージ」

「わー! ゆ、雪ノ下さん女子力たんないんじゃない?」

「下らない価値観ね。で、どんな要件かしら」

「え、えっとね……クッキーを作りたいというか」

 

 チラッと由比ヶ浜の方を見たときに偶然か彼女と目が合うがすぐに逸らされた。

 ま、別にあいつらの話すことに興味ないからいいんだけど。

 

「比企谷君。少し席を離してくれるかしら」

「え~今いいとこなんだが……わ、分かったからそんな永遠に消えてくれない? みたいな目で見るな。イヤホンするからそれでいいだろ」

「ダメよ。今すぐ消えてくれないかしら」

「言っちゃったよ。この子言っちゃったよ……分かったよ」

 

 渋々、椅子から立ち上がって部室を出て少し離れた所まで歩き、壁にもたれ掛って決闘の続きをする。

 ん~。ここでチェーンするべきか……いや、相手がお触れを使ってくる可能性も否めない……手札にはサイクロンがあるからチェーンして破壊もできるが1ターン目から伏せているあのカード……ま、まさかカウンターか!?

 うぬぬぬぬぬ……チェーンだ!

 〇ボタンを押し、カードを発動するが相手は何もせずにこちらの処理が入る。

 

「うっし! 俺の勝ちだ……終わったのか?」

 

 勝利に喜んだ瞬間、ドアがガラッと開けられ、雪ノ下と由比ヶ浜が部室から出てきた。

 

「ええ、貴方がいないおかげでスムーズに終わったわ」

「俺ゲームしかしてないから居てもいなくても同じだろ」

「そうかしら? 今回の場合は違うと思うわよ?」

 

 そう言いながらチラッと雪ノ下が由比ヶ浜の方を見たので俺もチラッと見てみるが顔を赤くした由比ヶ浜にプイッと視線を逸らされた。

 

「こんな反応でも?」

「こんな反応でもよ。では行きましょうか」

「どこにだよ」

「家庭科室によ」



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第三話

 家庭科室に入って先ず思ったのは甘ったるいだった。

 さっきの授業でバニラエッセンスでも使ったのか教室中に充満しており、しかも窓も開けていないので空気が変わることもないという最悪な状況だ。

 雪ノ下は勝手知ったる様子で冷蔵庫を開け、クッキーの材料たるものを出していき、ボウルやお玉などの料理器具もどんどん机の上に出していく。

「由比ヶ浜。お前エプロン曲がってるぞ」

「へ? どこ?」

 エプロンを着慣れていないのか肩のあたりで大きく捻じれていた。

「こっち来いよ。直すから」

「え、あ、ありがとう」

 ゲームを中断し、由比ヶ浜を目の前に立たせて曲がっている方の部分を直し、再びゲームに集中する。

 ……あれ? 俺がここにいる意味なくない?

「ね、ねえヒッキー」

「あ?」

「そ、そのさ……家庭的な女子ってどう思う?」

「どうでもいい」

「え、えぇ~」

「俺と一緒にゲームしてくれてなおかつ俺を養ってくれる女性ならあり」

「引きこもりニートの言う事を聴いちゃダメよ、由比ヶ浜さん」

 その言葉と全く同じことを母親に言われた。

 妹がゲームに興味を持ちだしたのでここぞとばかりに洗脳作業に入ろうとしたが母親に止められて、その一言をぶっかけられたのだ。

 それ以来、俺の家でのあだ名は引きこもりニートになってしまった。お兄ちゃん哀しい。

 そんなことを思っているとどうやらクッキー作りが始まったのかボウルに卵を落とす音(グシャッ)が聞こえ、ボウルに牛乳を入れる音(ドバドバドバッ!)、それと何故か粉を入れる音がドサッと聞こえた。

 …………何作ってんだ。

 ふと思い、ゲームを一時中断してボウルの中を見ると物体Xが出来上がっていた。

「………卵の殻多くない? 小麦粉多くない? 何でコーヒーの粉?」

「だって男子って甘いの嫌いな人多いでしょ? だから隠し味に苦味を」

「隠せてねえ。ていうか主張が強すぎるだろ」

「じゃあ、砂糖で隠すからいいもん」

 そう言って由比ヶ浜は遠慮なく砂糖をぶち込んでコーヒーの粉を隠すが元々が高い粉の山の上にかけられているのでもう1つの山が出来ている。

 それをお玉で混ぜ、グッチャグッチャ言わせながら形を整え、オーブンへぶち込む。

 …………これ食えるかな。

 そんな願いは虚しく打ち砕かれ、出来上がったクッキーは真黒なホットケーキと化している。

「臭いからして危険ね」

「ホムセンで売ってる木炭だな」

「ひ、ひどくない!? 見た目はともかく味は大丈夫だよ! ヒッキー食べて!」

「やだ。こんなおいしそうに見えないクッキーはヤダ」

 そう言い、ゲームを起動させようとするがふと由比ヶ浜がエプロンをギュッと握っているのが見え、顔を見ると目に涙を浮かべて俺を見ていた。

「………………雪ノ下」

「何かしら」

「俺が死んだらゲームたちのこと、頼むぜ」

 そう言いながら由比ヶ浜が作ったクッキーを口に入れた瞬間、視界がブラックアウトした。

「ヒ、ヒッキー?」

「……はっ! お、俺なんで家庭科室なんかに」

「あまりの不味さに記憶を消すことで自分を護ったのね」

 って言うのは嘘なんだけどな。実際超不味かったが意識が飛ぶほど不味いのなら俺は遠慮なく流し台に吐き捨てる。

「や、やっぱりあたし才能ないのかな……最近、皆こういうことしないっていうし」

「まずはその意識を改めた方がいいわね」

「え?」

「失敗者は成功者を見て自分には才能がないというわ。でもそれは成功者が積み上げてきた努力を見ないで言っていること。努力もしないで才能がないなんて言うのは愚の骨頂よ。あと周りに合わせようとするのもとても不愉快だわ。何故、周りに合わせようとするのかしら」

 雪ノ下のマシンガンに由比ヶ浜は成すすべなく打ちのめされていく。

 外野で聞いていた俺でさえ、あまりの威力に小声でうわぁと呟くほどの威力を由比ヶ浜はその身に全て打ち付けられたんだ。そのダメージは計り知れない。

「か、かっこいい!」

「「はぁ?」」

 思わず、PFPを落としかけた。

 てっきりもう帰る! とか言って出ていくと思ったのにまさかのかっこいいですか。

「確かにちょっときつかったけど本音で喋ってるっていうか。なんか言っていることがズドーン! って体に響いた感じでかっこよかった!」

「は、話し聞いてたのかしら。これでも結構、きついこと言ったのだけれど」

「ごめんね、雪ノ下さん。次はちゃんとやるから」

 その言葉に雪ノ下はとうとう言葉を失ってしまった。

 今まで正論をぶつけて怒りを返してくる奴はいただろうが謝罪の言葉を返してくる奴はいなかったんだろう。

「これ使えよ」

「なにこれ」

 俺はポケットから役に立つ家庭の調理学というソフトが入っている携帯用ゲーム機本体を電源をつけた状態で由比ヶ浜に渡した。

「料理とかの作り方を教えてくれるゲーム。結構わかりやすいからやってみろよ」

「ヒッキー料理の勉強とかしてるんだ」

「妹が買え買えってうるさくてな」

 画面をタッチしてお菓子メニューへと移動させ、クッキーというページを開くと材料が表示されて音声を通じて由比ヶ浜にクッキーの調理方法をレクチャーしていく。

 その音声を聞き逃さない様に耳を傾け、時には一時停止させて調理をこなし、時には巻き戻して再生したりなどして作るその様は真剣そのものだった。

 手持無沙汰な雪ノ下は少々、不機嫌そうな顔をしながら俺の近くにやってくる。

「何怒ってんだよ」

「怒ってなどないわ……ピコピコに調理の仕方を教えてもらっても身につかないんじゃないかしら」

「ピコピコって……じゃあお前は衛星通信を使った勉強を否定するのかよ」

「そんなこと言ってないわ」

「一緒だよ……デバイスに教えてもらおうが本人にやる気があれば人間に教えてもらっているのと同じだろ……お前の言うゲームは娯楽の一種だけど娯楽もたまには日常に役に立つんだよ」

「……そのドヤ顔は止めてくれないかしら」

 おっと。思わずドヤ顔が出てしまっていたか。

 俺は必死にドヤ顔を隠そうと努力するが雪ノ下をゲームで負かしたことにどこか優越感のようなものを感じており、自然と顔がドヤ顔になってしまう。

「でっきたー!」

「…………うん。まあ形は別として中身は味だよな」

 そう言いながら一つ手に取って雪ノ下に渡すが微笑を浮かべた雪ノ下さんに手を押し戻されるが俺はそれに負けじと手を押し出すが逆の力で押し戻される。

「ちょ! 2人ともひどくない!?」

「前例があるからな」

「うっ! た、確かにそうだけど音声通りに作ったもん!」

「…………いただきます」

 俺はゲームを信じ、クッキーをパクリと口の中へ放り込み、かみ砕いていく。

「ど、どう?」

 不安げな様子の由比ヶ浜が俺の顔を見てくる。

「…………まあ、不味くはない」

「ほ、ほんと? 嘘じゃない?」

「嘘じゃない……まあ、おいしいとも言っていないが」

「そ、そっか……ヒッキー。ちょっとこれ借りていい?」

 由比ヶ浜は本体を指さしてそう言う。

「別にいいけど」

「ありがと! 雪ノ下さんもありがと! 手伝ってくれて」

 そう言い、由比ヶ浜は本体をもって教室の出口へと向かう。

「由比ヶ浜さん。依頼の方はどうするのかしら」

「あーもう一回自分でやってみる! また明日!」

 笑みを浮かべながら由比ヶ浜は家庭科室から出ていき、俺たち2人だけが家庭科室に残され、俺のPFPのカチカチという音だけが家庭科室に響く。

「……なんか知らぬ間に終わったな」

「そうね……私は由比ヶ浜さんのためになるなら限界まで努力すべきだと思うのだけれど」

「いいんじゃねえの。何事も努力だし……まぁ、それが自分の結果に見合うものかは分からないけど。ゲームだって同じだろ。ラッキーエンカウントの敵に出会うまでに何回レベルが上がるんだって話だ」

「……そのたとえはよく分からないわ」

「要するに努力しても望み通りの結果になるかは分からないってことだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後の放課後、恒例になってしまった部活動に俺は参加していた。

 ようやくこの奉仕部の主目的が生徒のお悩み相談解決と分かった。要するに依頼掲示板に貼り付けられた依頼をこなせばチップやお金が手に入る代わりに生徒の悩みが解決するという報酬が手に入る部活だ。

 先生が俺からすれば天職だと言ったのはこのことだろう。が、俺は天職だとは思わない。

 何故か…………ゲームできないじゃん。

 今日も今日とて雪ノ下は文庫本、俺はPFPに集中している。

「やっはろー!」

「っっっ! あっ…………あ」

「ヒッキーなにモンクの叫びみたいな顔してるの?」

「由比ヶ浜さん。ムンクの叫びよ」

 ……ゆ、由比ヶ浜が大きな声を出したせいで……セーブデータ間違って消してしまった……う、嘘だろ……やっとレアドロップのアイテム堕ちたのに……お、俺の努力の結晶が。

「あ、そうだ。この前のお礼」

 そう言い、由比ヶ浜は雪ノ下に綺麗にラッピングされた小さな箱を手渡した。

「クッキー?」

「うん。なんか作り始めると面白くてはまっちゃって。今度からお弁当作ろうかな~なんて。ねえ、ゆきのんっていつもどこでお昼ご飯食べてるの?」

「いつもはこの部室で……そのゆきのんってなにかしら。気持ち悪いからやめて」

「え、一人なんて寂しくない? 一緒に食べようよ~。あ、あたし放課後暇だから奉仕部手伝うね!」

 怒涛のマシンガンに雪ノ下は俺に助けてコールを目で送ってくるが俺も目でザマァと送信し、データが消えてしまったPFPをカバンにしまい、何も言わずに部室を出た。

 はぁ……やっぱり奉仕部なんかに入らなきゃよかった……あの空気は嫌いだ。

「ヒッキー!」

「ん? うぉ」

 振り返った瞬間に何かを投げられ、慌ててキャッチするとものすごく歪な形をしたハート形のクッキーが入った袋が手の中にあり、由比ヶ浜の方を見るとどこか顔が赤い。

「そ、その……ヒッキーにもお世話になったからそのお礼。じゃあね!」

 そう言い、由比ヶ浜は部室に戻った。

 …………ゲームで言うならば依頼報酬みたいなものか……。

「ん……不味くはない……美味しくもない」



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第四話

 ゲーム……それは人と人とを画面越しでつないでくれる素晴らしいものである。

 たとえ現実で友達とかではなくてもこちらが強ければフレンド認定するし、こちらが弱ければ無視する。

 現実世界の縮図とよく似ている。自分が好きな奴にはフレンド認定をし、自分が嫌いな奴は無視、もしくはフレンド認定を切ることさえ何の気なしにしてしまう。

 だが俺はそんなものに頼る気はない。事実、俺はどれだけフレンド申請が来ようがすべて拒否し、たった一人でクエストを攻略していく。そう……まるで竿の主人公の様に孤高の戦士なのだよ。

「あ?」

 そんなことを考えながら教室でモンスター狩狩をしていると俺がしているクエストに勝手に参入してきた奴らがいた。

「つ、強! こいつなんなの!?」

「レベルカンスト、ステカン!? こいつパねえ!」

 後ろの方で何やらガヤガヤ言っているが俺はそれを無視してクエストを進め、サクッとボスを倒してクエストをクリアするとメール受信欄にNEWマークがつき、大体わかったが表示するとフレンド申請が来ている。

 …………ふん。爆ぜろ。

 俺は心の中でほくそ笑みながらフレンド申請してきた奴らに一通のメールを送り、スリープ状態にした。

「はぁ!? こいつなんなの!? マナー分かってねえな」

「うわ、死ねって。どうせこんなの送ってくる奴なんておかしなやつばっかだって」

 悪いが俺はおかしくはない……ゲームで2徹くらい普通だよな? あ、あれ俺って普通だよな!?

 そんなことを聞いても誰も答えてくれるはずもなく俺は教室で一人悶々と自問自答を繰り返しているとさらに後ろからにぎやかな声が聞こえてくる。

 後ろをチラッと見てみるとサッカー部直部長候補と言われているスクールカースト1位のオサレ系イケメンの葉山隼人を筆頭にお調子者の戸部、由比ヶ浜、お前花魁かよと突っ込みたくなるくらいに制服を着崩して肩を見せている我がクラスの女王様こと三浦優美子ほかもろもろのメンバーがべらべらしゃべっている。

「いやー今日は無理かな」

「一日くらいよくない? 今日サーティワンでダブルが安いんだよ。あーしショコラとチョコのダブルが食べたい」

 それどっちもチョコじゃねえか……おっと、ついツッコんでしまった。

 俺は耳にイヤホンをはめ、机に突っ伏して眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後、俺はいつものようにスマホゲームをしながら特別棟の廊下を歩いている時、ふと視界に2人の足が見えたので顔を上げてみると何故か雪ノ下と由比ヶ浜の二人が部室の扉を少し開けて中を覗いている。

 いったいあの二人は何を覗いているのでしょうか……。

「何してんの?」

「ひゃぅ!」

「ひ、比企谷君……びっくりした……」

 雪ノ下が驚いたところは中々レアじゃないだろうか……由比ヶ浜はノーマルだろ。なんかこいつ一日中びっくりしてそうな気がする。

「変態に話しかけられたかと思ったじゃない」

「学校に変態がいる時点でおかしいと思えよ」

「そうね。貴方がいる時点でおかしいものね」

「俺と変態を結ぶなよ……で、何してんの?」

「きょ、教室に不審者がいるの! ヒッキー何とかして!」

 そう言われ、押し出され気味に教室の中へと入った瞬間、一陣の風が吹き、まるでトランプが宙を舞うかのように大量の紙が宙を舞った。

 そしてその舞う用紙の中に1人、こんな暑い時期にもかかわらず、コートを着て指ぬきグローブをはめているちょっと小太りで眼鏡をかけた男子生徒が立っていた。

「久しぶりだな、八幡……いや、ゴッドと呼んだ方が」

 俺はその瞬間、二歩下がって扉を閉めた。

「貴方の知り合いのようだけれど」

「はぁ? お前セーブデータ壊れてんじゃねえの。俺のスチルにあんな奴は存在しない。もっと言えばモブキャラにさえあんな奴はいない」

「と、とりあえず入ってみようよ」

 心底嫌な顔をするがまたもや二人に押し出され気味に教室の中へ入れられると再び、さっきよりも少し汗をかいた状態の男子生徒が目に入る。

 そんなに熱いならコート脱げよ。

「待ちわびたぞ、八幡。この時をどれほど待ったか」

「ねえ、知り合いじゃないの?」

「知り合いじゃない」

「クッフッフッフ。相棒の顔を忘れるとは見下げ果てたものだな、八幡」

 2人して相棒って言っているけどっていう風な顔で見てくるな。

 あぁ、知っているとも……あいつの名前は材木座義輝。クラスは違うが俺と同学年のやつで一度だけ体育の時にペアを組んだことがあるがそれ以来、ずっと付きまとわれているのだ。

 本気で警察呼ぶか迷ったけどな。

「八幡。何故貴様はチャットに出ぬのだ……マジでフレンド切られたかと思った」

 おい、素に戻ったぞ最後だけ。

「ところで八幡」

「なんだよ」

「ここは奉仕部でいいのだな?」

「ええ、そうよ」

 俺の代わりに雪ノ下が答えるが材木座はちらっと雪ノ下を見るがすぐさま俺に視線を戻し、ニヤリと口角を上げて嫌な笑みを浮かべる。

「ひ、平塚教諭の話によれば八幡は我の願いを叶えなければならないと聞く。ふっふっふ。姿は変われど魂を受け継いだもの同士、主従関係は変わらぬようだな」

「いいえ、それは違うわ。私たちはあくまで補助をするだけ。叶えるかは貴方次第よ」

「ふ、ふひ! 八幡、我に力を貸せ」

「やだ。ていうか帰ってくれ、帰ってください、お前の席ねえから」

「クッフッフ……マジでやめて」

 最後の最後で素を見せるあたり、なんか似たような経験あるんだろうな……いや、俺は最後の奴はないけど最初の二つなら静かな重圧で聞いたことはある。あれは小学校1年の時だ。佐藤君を遊びに誘い、公園に行ったはいいものの偶然、友達と会ったのか既に佐藤君は遊んでいた。そこで俺はベンチに座って待っていたのだが佐藤君の視線からビンビン帰ってくれないかなという視線を感じていた……悲しきかな。

「ねえ、彼は何なの」

「えっと、簡単に言えば……中二病だ」

 中二病という単語を聞いたことがないのか雪ノ下も由比ヶ浜も小首を傾げる。

 今思ったけど女の子が中二病っていうとなんか可愛いよな。

「何かしら? 彼は病気なの?」

「いや、病気じゃなくて……ザックリ説明すると自分には他人にはない特別な力があってその特別な力を使って悪の組織と人知れず戦っている……という設定をありもしないのにまるであるかのように演じるんだ」

「つまり心の病気ね」

 これまたザックリと……心というか頭じゃね? 大体設定を考えるのは頭……って俺はあいつとは違うからな! 絶対に俺は設定とか考えてないからな!

 そう言うと雪ノ下は材木座に近づいていく。

「つまり私たちは貴方の心の病気を治せばいいのね」

「……モハハハハハ! 愉快愉快!」

「喋り方治してちょうだい。あとこっちの方を見ないで喋るのは礼儀としてどうなの? 後どうしてこんなに暑いのにコートを着ているのかしら。その指ぬきグローブはなに?」

「え、えっと……別に病気じゃないというか」

 雪ノ下の高速マシンガンに耐え切れなかったのかとうとう素をさらけ出して釈明を始めてしまった。

 分かる。分かるぞ材木座。あいつのマシンガンは一度始まったらなかなか止められないからな。

 ふと床に散らばっている用紙の中に細かい字がびっしりと書かれているものがあることに気づき、その一枚を拾って書かれていることを読むと一瞬でそれが何かわかった。

「それ何?」

「小説の原稿だろ……材木座、なんで原稿なんか」

 俺が話しかけた途端、材木座の顔に生気が戻った。

「よくぞ聞いてくれたぞ八幡! 我はとある新人賞に応募しようと思っているのだが何分、友達がいなくて感想が聞けぬ。そこでお主の感想を聞いてみたいのだ」

「わざわざここに来なくても投稿サイトで批評してもらえよ」

「それはならぬ……彼奴等は最初からクライマックスだからな」

 つまり酷評されたくないと……心弱ぇ~。まあ、酷評されたくないという気持ちは分からんでもないが仮にこの作品がプロに選ばれたら今よりももっと凄い言葉が出されるぞ。

「つまり私たちはその小説を読んで評価すればいいと言う事かしら」

「左様」

「……ん~。お前、いまのうちに心の準備しておけよ」

「何故だ」

「あいつ……すんごいんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後、俺達は材木座の原稿コピーを手に奉仕部の部室に集合していた。

 雪ノ下の原稿には付箋が大量にはられており、由比ヶ浜と俺の原稿には皺1つついていない。

 俺は昨日、ゲームでランキングイベントが開催されていたから徹夜で1位を確固たるものにしていたから読めなかったとして由比ヶ浜は普通に忘れていたんだろう。

「なんか二人とも随分眠そうだね」

「ええ、こういう類の本は初めてだったから。あまり好きになれそうにないわ」

「まあ、ラノベ全部がこんなのとは思わない方がいい。普通に純愛系もあるし、ミステリー系もあるしな。ちなみに俺のおすすめは」

「今度読むわ」

 PFPをしながら俺は心の中で舌打ちをした。

 大体、そいつが喋っているのを塞ぎながらあぁいう事を言うやつは読まない、見ない、買わないの三原則を自ずと実行するものだ。まあ、雪ノ下がこんな軟派な本を読むとも思わんが。

「あたしもあんまり好きじゃないかな」

「お前は読んでないだろ」

「ヒ、ヒッキーだってそうじゃん!」

「俺は良いんだ。昨日、徹夜でランキングしていたからな」

「ゲームで徹夜ほど無駄なものは無いわね」

 ……ま、まあそこは受け入れよう。普通のゲーマーでさえ、徹夜はないっしょ(笑)って言うからな。

「頼もう!」

 古風な叫びと共にドアがビターン! と強く打ち付けられ、全員の視線が材木座に集中する。

 材木座の体力は尽きた! 目の前が真っ暗になった! お小遣い全額没収……って言ったらドン引きされそうだから絶対に言わねえけど。

「さて感想を聞かせてもらおうか」

 何故か偉そうに腕を組みながら椅子に座る材木座を見てこの後の展開が読めたので俺はイヤホンを耳にはめ、PFPの音量を普段よりも少し大きめに設定し、外部の音を遮断して集中する。

 さてと……さいたま2000の鬼でもしていればフルコンボすると同時に終わるだろう。

『50コンボ!』

 ほんとこの楽曲フルコンすることが達人級の入り口に立つって感じだよな。ほんと一時期、これをフルコンボすることに情熱を注いだな……事故で入院中なんか狂ったようにしてたし。

『フルコンボ!』

 ふぅ、終わったか……さて。

 イヤホンを外し、顔を上げると材木座が床をゴロゴロ転がって悶絶していた。

 ふっ……雪ノ下マシンガンの威力は中二病の場合、100倍に膨れ上がるからな……こいつには辛すぎたのだろう。

「は、八幡……お前なら分かってくれるよな?」

 涙を浮かべながら俺に助けを求めてくる材木座。

 俺は笑みを浮かべながら肩に手を置く。

「八幡」

「……ランキング1位ってなかなか難しいよな」

「読んでないんかーい!」

 止めの一撃として入れてやると材木座は叫びながら床に突っ伏した。

「貴方、私よりもひどいじゃない」

「仕方がないだろ。ランキングイベントが来たんだから。お前なら分かるよな、材木座」

「…………また読んでくれるか?」

 材木座は顔を上げて雪ノ下と俺に熱い視線を送ってくれる。

「酷評されたのに?」

「ふむ。ある程度は覚悟していた。この世に批判されない作品などないからな。また読んでくれるか?」

「……ランキングイベントとブッキングしなけりゃ読む」

「ムハハハハハハ! 楽しみに待っているがいい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、俺は材木座と一緒に帰っていた。

「して八幡。今、何のゲームをしておるのだ」

「いろいろ。エロゲーは18になってから買うけど」

「よし、ゲーセンに行くぞ。神の力を我に見せて見よ」

「どこからそうなるんだよ。ていうかそれはお前が威張りたいだけだろ」

「ぐっ! と、ともかく行くぞ!」

 材木座義輝は中二病である……だけどその心に抱いている情熱は本物だ。俺とは違ってな。



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第五話

「甘い! 甘い! 甘すぎる!」

 俺は朝っぱらからそんな叫びをあげながらコントローラーに指を走らせている。

 オンライン通信が可能になった現代、顔を合わせなくとも通信対戦が可能になり、何の壁もなしに会話を行うことができる。ま、送られてくる会話は全部無視してるけど。

 今俺がやっているのは世界中で大ヒットしているオンラインサバイバルゲーム・戦わなければ生き残れない!

 どこの特撮ヒーローの台詞だと最初はネタにされていたがその面白さに次第にそのネタは鳴りを潜め、今や世界中の人々がはまっているゲームだ。

 武装を装備した状態でプレイヤーが集まっているエリアでただひたすら戦いあうという単純なゲームだが戦車や航空機、さらには巨大ロボまであるというぶっ飛び作品だ。

 俺ももちろんハマり、こうして朝からしているわけである。

「お兄ちゃん、朝からゲームしないでよ~。テレビ見れないじゃん」

「中学生は朝テレビを見てはいけません。目が悪くなります」

「暗いところでゲームしてるお兄ちゃんにだけは言われたくないよ」

 そう言い、呆れた様子で俺がゲームしている様子を見ているのが俺の妹の小町。

 現在中学三年生であり、生徒会メンバーであり、教師からの評価は最高、友人も俺以上にいる、さらに自分の意思で一人にもなれるというハイブリッド型の次世代ボッチだ。

 ま、中学時代の俺の評価が激やばだったからって言う補正もあるんだろうけど。

「しかもお兄ちゃんゲーム動画挙げてるでしょ」

「そうだな。それでお小遣い程度は稼いでいるぞ」

 某動画サイトに動画を投稿したところ、意外や意外、これが好評価を受けてしまい、今では結構有名なゲーム攻略者になってしまったのだ。

 ま、おかげでゲーム代は稼げてるけど。

「それを友達が見ててさ。恥ずかしかったんだけど」

「なら見るな。嫌なら見るな」

「もー! 早く終わってよ! 小町遅刻する!」

「わーったよ」

 ポカポカと背中を叩いてくるので仕方なくゲームを止め、傍に置いておいたカバンを持って家を出る。

 鍵を閉めてさて自転車をと思っているといつの間にか小町が自転車を出しており、さらにその後ろに既に乗っていた。

「レッツゴー!」

「はいはい」

 呆れ気味にそう言い、カバンを鍵に突っ込んで軽快に走り出す。

 我が家の力関係図は母親がトップ、次点で小町、次にカマクラという飼い猫があり、越えられない壁がいくつかあった後に父親、次に俺だ。

 何故父親が小町よりも下かというとこの父親が小町にメロメロなのだ。小町が右といえば右を向き、左といえば左を向く。逆に俺が右を向けと言えば逆を向くのだ。

 家族旅行とて金を出すのは父親だが行先を決めるのは小町だ。末恐ろしいぜ。

「今日は小町がいるから事故ったりしないでね」

「俺だけだといいのかよ」

「そんなわけないじゃん……でもお兄ちゃん入院中、嬉々としてゲームしてたよね」

 去年の高校入学式当日。その日、俺は普段通り朝もゲームしようと思っていたんだが小町にケーブルをぶち抜かれ、入学式の日くらいは早く行ったらなんて言われて学校に行った。1時間も早くな。

 んでその行き道の途中に犬を散歩させていた女の子の手から犬のリードが離れてしまい、運悪く黒塗りのかねもってそうなリムジンがやってきた。

 で、何故か俺はカバン放って犬を助けた……代わりに骨折して入院したけど。

「なんだかもう入院じゃなくて病院に遊びに行ってる気分だったんじゃないの?」

「そうか? でもなんか個室だったよな。ゲームし放題で嬉しかったけど」

「しかもお兄ちゃん、朝から晩までゲームしてるから先生、呆れてたよ。こんな楽しそうな入院患者は見たことありませんって」

「俺は看護師さんに引かれたけどな」

「あ、そうそう。犬の飼い主さんお礼に来てたよ。お菓子美味しかったな~」

「……お前、それ俺食ってないよね? ていうか初耳」

「そうだっけ? でも結構、可愛い人だったよ。お菓子の人」

 ま、どうでもいいや……でも今思えば待遇良かったよな。個室だし、ゲームできる小型のモニターも用意してくれていたし……その時はなんも思わなかったけど今思えば不思議で仕方がない。

「でも同じ学校だって言ってたから話したんじゃないの?」

「ほぅ。それは俺に友達がいるという喧嘩か?」

「テヘッ☆。あうっ!」

 少しイラッと来たのでブレーキを全力で止めてやると俺の背中で顔をぶつけた。

 けっ! ざまあみろ。

「着いたぞ。ほれさっさと行って来い」

「ありがと。じゃ、行ってくるであります!」

 俺に敬礼して小町は校舎へと入っていく。

 俺はその犬の飼い主がいるという高校へと向かう。

 別に謝罪は来たらしいから探す必要もないだろ。別に入院期間は苦痛じゃなかったし……むしろ天国かと勘違いするくらいに楽しかったがな。もし出会って気にしているようなら礼でも言うか……いや、逆効果か。

 まぁ良いや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お昼休み、特別棟の1階、保健室の横、購買の斜め後ろが俺の定位置だ。

 なんの定位置かというと誰にも邪魔されずにゲームができるという位置であり、教師もここは通らないので没収されると言う事もない。

 この前は雨で仕方なく教室でやっていたが……やはりここは良い。ちょうどテニスコートを眺める位置にあるが昼休みにも拘らず練習する奴は一人くらいであまり気にならない。

「ん。そろそろ終わりか」

 イヤホンをしながらやっているとふと風向きが変わった。

 その日の天候にもよるが臨海部に位置するこの学校はお昼を境にして海側から吹き付けていた風が陸側へ戻るかのように吹く。

 大体この時間帯が昼休み終了の15分前なのだ。

「あれ? ヒッキーじゃん」

「……どちら様ですか?」

「ヒッキー、その冗談は笑えないよ」

「ちっ。由比ヶ浜なら騙せると思ったんだが」

「ちょ! それどういうこと!?」

 そう言いながら何故か由比ヶ浜は俺の隣に座り込む。

 くそ……俺のゲーム時間が無くなるだろうが……何でリア充共は知り合いを見つければ時間と場所を考えずに近くによって来るのかね。

「あ、またゲームしてる。そんなに面白いの?」

「面白くなきゃしてねえよ。で、クッキーどうだったんだよ」

「もう最高! ねえ、ヒッキーまた貸してくれない?」

「今度な……」

 PFPに視線を落とすと何故か良い臭いがして隣を見てみると由比ヶ浜が画面をのぞき込んでいた。

 な、何故女子はゲームをしていると画面をのぞき込んでくるのだろうか……あんまり見るなよ……と手荒く手払うのもできん……はぁ。

「うわっ。凄い指の動き……ヒッキーって宇宙人?」

「ブラインドタッチする奴は全員宇宙人だな」

「ブ、ブインタッチ?」

 小首を傾げてそう言うがミスり方が半端ないので魅力が半減している。

 ブインタッチってなんだよ。ヤンキーがブイブイ言わせながらタッチするの? 

「ねえ聞いてよヒッキー」

「やだ」

「ひどっ!? 今さっきさ、ゆきのんにジャンケンに負けて罰ゲームしてるの」

 おい、俺今嫌だって言ったよな……こいつの耳になんか詰め込まれているのか?

「ほほぅ。つまり俺と喋るのが罰ゲームと。ならば俺は今から由比ヶ浜を無視するゲームをしよう」

「ち、違うって! ヒ、ヒッキーとはもっと話したいって言うか……その」

 ……ふん。その程度のモジモジで俺が引っ掛かると思うのか。数多の罰ゲームの対象にされてきた俺だ。そんなものこの八幡スキャナーで一発よ!

「それでね! ゆきのん最初は『自分の糧は自分で手に入れるわ』って言って乗り気じゃなかったんだけど負けるのが怖いんだって言ったら乗ってきちゃってさ! それで勝ったときに小さくガッツポーズしたのが可愛かった!」

「へーほー」

 俺にとってはどうでも良い情報だ。これならまだゲリラの時間帯の情報の方が遥かに有益だ。最近、色々と邪魔が入ったから育成プログラムが遅延してるんだよな……もう一回組み立て直さなければ。

「ていうかよくヒッキー入学できたね」

「そのセリフ、そのまま返すわ。良く受かったな」

「な! 馬鹿にするなし! あたしはこれでも勉強できるんだから! ヒッキーこそゲームばっかりしてるからギリギリだったんじゃないの!?」

「去年の学年末テストの文系科目全教科満点。数学61、物理・化学ともに25点ですが?」

 そう言うと由比ヶ浜はあり得ないと言いたげな表情で俺を見てくる。

 敵のAIを完璧に覚えるために努力していたら自然と記憶力が鍛えられ、今となっては見たり聞いたりしたものは大体頭の中に残ってる。化学と物理に関しては暗記科目じゃないので死亡。数学は簡単な計算と確率計算ならお手の物。これをゲームの弊害と呼ぶかはその人次第。

「……ところでさ。ヒッキーって入学式の時のことって覚えてる?」

「入学式? あぁ、そのときアホな奴の犬を護って事故ったから入学式でてない」

「……そ、その女の子のこと覚えてたりする?」

 ……俺、女の子なんて言ったっけ? まぁ、アホな奴って言ったら大体、男の想像はないわな。

「いんや。覚えてない……ま、入院したおかげでゲーム三昧だったけどな。医者にこんな楽しそうに入院生活を送る人は初めてですって言われたくらいだ」

「…………そう……なんだ」

 さっきと比べてやけに由比ヶ浜の声質が低くなったような気がしたがそんなこと気にも留めずにPFPに集中する。

「あ、さいちゃーん!」

 突然由比ヶ浜が声を上げたので反射的に顔を上げて前を見てみるとさっきまでテニスコートで練習していた女子テニス部の奴が汗をタオルで拭きながらこっちへ向かっていた。

「よっす。練習?」

「うん。うちの部弱いからさ。それに今度の大会で三年生が引退しちゃうと自然と僕が部長になってレギュラーになっちゃうから強くならなきゃいけないんだ」

 これぞ青春ですな……ま、俺からしたら体を酷使して何がしたいんだって話なんだけどさ。

 怪我するくらいまで運動してそれで何故かいい思い出として刻み付けるなどバグに犯された故の行動としか思えない。俺ならすぐにデータ消去するね。

「由比ヶ浜さんと比企谷君は何してるの?」

「何もしてないよー。でもさいちゃんお昼休みも練習して体育でもテニス選択だよね?」

「うん。もっとうまくならないとね。あ、比企谷君ってテニス上手だね。フォームが綺麗だったよ」

「はっはっは。そうですかー嬉しいなー……で、誰?」

「はぁぁ!? ヒッキー知らないの!? 最低! 同じクラスじゃん!」

「いや、まず女子とは体育別だし。ていうかクラスメイト名前知らないだけでそこまで言う?」

「仕方がないよ、由比ヶ浜さん。いつもゲームしてるから。僕は戸塚彩加です」

 そのうるうるとしている眼はまるでチワワの様に何かを訴えかけるものがあり、俺は思わずゲームの手を止めてその戸塚とやらの目をマジマジと見ると恥ずかしそうに顔を赤くして目を逸らした。

 なんだこの生き物は……なんか癒される。

「去年も一緒だったんだけど……覚えてないかな」

「ヒッキー最低!」

「何故に!? 俺にクラスメイトの名前を憶えろという方が最低だわ!」

「名前くらい覚えるのが普通でしょ」

「仲良いんだね」

「全然よくないよ! 殺意しかないもん! 殺意殺意!」

「わー大変だー警察呼ばなきゃー」

 スマホを取り出すが一瞬で由比ヶ浜に奪われてしまう。

「あはは……ところでなんだけど僕……男の子だよ?」

「は?」

 今度こそ完全に俺の時間が全て止まった。

 ……バ、バカな……こんな男の子がいてたまるか! どこからどう見ても男にしか……肌は綺麗だし、項は艶めかしいし太ももは白くて綺麗だし……ウソだろ。

「そ、そうなのか……悪い、嫌な思いさせて」

「ううん。ところで比企谷君は経験者なの?」

「いいや。マリオテニスならあるけど」

「あ、それあたしもある! ダブルス楽しいよね!」

「そうそう。永遠に決着つかないからな、あれは」

「え?」

「え?」

 え? マリオテニスのダブルスモードって1人で二つのコントローラーを操作してラリーと必殺技がどのくらい続くか競うゲームじゃないの? 俺それで8時間したことあるぞ。

 そんな微妙な空気を打ち破るかのごとく、昼休み終了の鐘が鳴る。

「そろそろ帰ろっか」

「そうだね」

「……お前、パシリは」

「はぁ? ……あっ!」



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第六話

数日の時を経た今日、再び体育の時間がやってきてしまった。

が、俺からすれば体育などいかにしてサボるかというゲームでしかないので体育担当の先生に「今日、調子悪くてみんなに迷惑かけたくないので壁打ちしてます」といえば簡単に1人で壁打ちさせてくれる。

 流石に毎日は使えないが一回でもこうしておけば俺以外の人間はペアが決まるので必然的に次の買いもそいつらはそいつと組む、俺はあまる。壁打ち。この流れ考えた俺神。

「ん?」

 肩をチョンチョンと叩かれ、振り向くと頬に指が刺さった。

「あはは、引っかかった」

 ……え、何このスマイル。ケアルガなの? 広範囲に回復魔法かけちゃうの? だったらケアルガじゃなくて俺だけにケアルかけてくんない?

 でもどこからどう見ても男には見えないのが不思議だ。

 体育だから体操服なんだがもしもこれが普通の靴下ではなくて黒のタイツを履いていたら確実に俺は戸塚を女として認識していただろう。

 だが現実にいたとわな……男の娘が。噂には聞いたことがあるがまさかリアルにいるとは……神様は優秀なのか不出来なのか分からんな。

「で、どうしたんだよ」

「実は今日、僕と組んでる子が休んじゃってさ。良かったら組んでくれないかな?」

 だから顔を赤くした状態で上目遣いをするな。俺はワーウルフじゃないんだぞ。岩石の巨兵さんに月を破壊してもらわないと困っちゃうだろうが。

「あ、あぁ良いぞ」

 そんなわけで戸塚と向かい合うように立ち、軽くラリーを続ける。

 ……なんか戸塚と話しているとゲームのこととか忘れそうだな……い、いかんいかん! 今日は初期装備で人はどこまでボスを倒せるかと言う事に挑戦するんだ! その武装を考えなくては! えっとまずは皮パンツ

「行くよー」

「おう!」

 はっ! 俺は何故、青春キラキラ☆させているんだ!

「じゃあ、比企谷君! 行くよー」

 戸塚が俺にボールを打ち返すが強く打ち過ぎたのかボールが高く上がる。

「あ、ごめん」

「気にすんな」

 …………君のハートにスマッシュ!

 そんなことをほざきながら軽くジャンプしてボールを叩き落とすようにラケットを叩き付けると戸塚の足元を通ってボールが壁にぶつかった。

「あ、悪い。大丈夫か?」

「…………すごい」

「へ?」

「凄いよ比企谷君! あんなスマッシュ打てるなんて」

 自然と戸塚に褒められると頬が緩んでいくのが分かる。

 あ、あれぇ? 俺こんな性格だったっけ?

「ちょっと休憩しようか」

「おう」

 ベンチに座る。戸塚も俺の隣に座る。

 ちょっと待て。なんで戸塚も俺の隣に座るのだ? というか少し距離が近くないですかね? もう少しで太もも同士がぺちゃって引っ付いちゃうんですけど。

「比企谷君。相談あるんだけどいいかな?」

「お、おう。良いぞ」

「実はね……うちのテニス部弱くてさ。今度の大会で三年生は引退するし、一年生は初心者さんが多くて必然的に僕たち二年生が頑張らなきゃいけないんだけど二年生もそんなにうまいとは言えないんだ。だからか知らないけどモチベーションも低くなってるって言うか。なんかこう……皆がぶつかり合う雰囲気がないんだ」

 なんとなく言っていることは理解した。要は三年生が引退するとただでさえ弱いテニス部がモチベーションの低下によって練習の質が下がり、さらに弱くなってしまう。しかも競い合う空気がないために余計に質が落ちて行ってしまうと言うことか。

「それで……比企谷君が良ければなんだけどね……テニス部に入ってくれないかな?」

 ……そのうるうる顔で俺の腐りきった身も心も洗い流してくれよ。

「さっきのスマッシュを見て思ったんだ。きっと練習すればうまくなると思うんだ。それに1人上手い人がいればみんなのモチベーションも上がると思うし」

「……そうか?」

「え?」

「一人上手い奴がいたら……みんなそいつに任せるんじゃないのか?」

 多数が上手ければその中に一人くらい下手な奴がいても何の問題もない。でも多数がへたくそで1人だけ上手い奴がいればそいつがいれば試合に勝つことができるんだから余計に練習に身が入らないんじゃないのか?

「ゲームでよくあるんだよ。自分よりもはるかにレベルが高い奴に戦いを任せっきりで自分は後ろからそいつがボスを倒すのを待ってるってパターンが。俺だったらそいつらを叩き潰して放置して抜けるけど……その、部活ってやつはそれが出来ないだろ?」

「……そっか」

「だから……悪いけど俺は」

「うん。そうだよね……ごめんね、変なこと言っちゃって」

 俺は見逃さなかった。戸塚の目に涙が貯まっていることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無理ね」

「おうっふ。お前に相談した俺が間違っていた」

 放課後、戸塚の件に関して雪ノ下にチョロット話してみたが一発で拒否されてしまった。

「たとえあなたが入部したことでテニス部が結束したとしてもそれは上達するためではないわ。貴方という異物を排除するためよ。排除するための努力をして上達のための努力はしないわ。それが集団心理というものよ。ソースは私」

「あっそ……ソース?」

「ええ。私、中学の時に海外からこっちへ戻ってきたのだけれど転入先の女子たちはみんな私を排除しようとしたわ。まぁ、私可愛かったから致し方ないことだけれどもね。彼女たちは自分を私以上の存在にしようと努力はしなかったわ」

「まぁ、お前みたいな可愛い奴が男子の人気をかっさらって行けばそうなるわな」

 PFPをしながらそう言うと一瞬、雪ノ下がいる方向からガタッ! という音が聞こえ、中断して雪ノ下を見てみると驚いた表情をしながら俺を見ていた。

 なんかこいつ、時々こうなるよな。

 俺は再び視線をPFPに戻し、ゲームに集中する。

 まぁ、戸塚の件に関しては残念ながらと言う事で諦めてもらうしかないわな。所詮、俺はゲームオタクで少し記憶力が良いだけのボッチだからな。

「じゃあお前ならどうするよ。素質は不明。やる気は最悪のテニスチームをどうやって試合でちょこちょこ勝てるようなチームに育て上げるよ」

「そうね。死ぬまで素ぶり、死ぬまで壁打ち、死ぬまで筋トレ、死ぬまで走り込み」

「お、オーバーワークにもほどがあるだろ。モン狩だって体力最大でもゲージがなくなれば遅くなるぞ」

「何の事かしら」

「要するに自分の体力以上のことをさせても効率が悪いだろってことだよ」

「そうかしら? 体は正直よ。技術なんて言うのは繰り返せばすぐに身につくわ」

 技術は身についても精神がそれに追いつかないとどこかの漂白剤に出てくる隊長みたいに100年先までご機嫌ようみたいになっちまうぞ。

「やっはろー!」

 ふっ。今日は由比ヶ浜のあほな挨拶対策は万全よ。データを2つ作っておいたからな。これであいつのせいでデータが消えようが復元など可能なのだよ。

「あ、比企谷君」

「っっ! と、戸塚…………あぁぁぁぁー」

 一瞬、戸塚の方を向いてしまったために相手の攻撃を避けきれずGAME OVERの文字が画面に表示されてしまった。

 う、嘘だろ……ラッキーエンカウントのエネミードロップしてたのにいぃぃぃぃぃぃぃ!

 俺は人目も憚らずに床に膝をつき、悲しみのあまり涙をぽろっと流してしまった。

「え、えっと比企谷君?」

「大丈夫よ。彼は放っておいても。ところで由比ヶ浜さん」

「あ、大丈夫大丈夫! ほら、私も奉仕部の一員だから依頼者を連れてくることくらいお茶の子さいさいだよ!」

「いえ、そうではなくて貴方はここの部員ではないのだけれど」

「えー!? 違うの!?」

「ええ。入部届も貰っていないし、平塚先生の許可もないわ」

「書くよ! 入部届くらい書くよ!」

 周囲でそんな会話が繰り広げられるが俺はそんなこと気にもせずにただひたすら悲しみにふけていた。

 チクショウ……チクショウ! ようやく5体目が手に入れられると思ったのに……やっぱりこの奉仕部は俺に対して呪いをかけている! この前のデータ削除もそう! さっきのもそう!

「戸塚彩加君。貴方の用件は?」

「あ、えっと……テニスを強くしてくれるんだよね?」

「由比ヶ浜さんがどういったのかは知らないけれど奉仕部は変わろうとする人の手助けをするだけよ。変わる関わらないかはその人次第だわ」

「そ、そっか」

 当の由比ヶ浜はハンコハンコとカバンを探っている。

「由比ヶ浜さん」

「ん?」

「貴方が何を言ったのかは知らないけど少年の淡い希望が砕かれたわ」

「へ? なにが? ヒッキーとゆきのんならできると思ったんだけど」

 その瞬間、まるでPFPの電源を入れる時のようなカチッ! という音が聞こえ、雪ノ下の髪がわさわさ揺らめいているように見えた。

 ……変なスイッチ入ったな。

「言ってくれるじゃない。私を試すような発言をするなんて……良いわ、戸塚君。貴方の依頼を受けましょう。お昼休み、テニスコートに集合でいいかしら」

「あ、はい」

「比企谷君。貴方もよ」

「えーなんでー」

「元々は貴方が持ち込んだ依頼でしょう」

「そうざんす」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日のお昼休みから地獄の特訓が始まった。

 雪ノ下監督によるカリスマ的スパルタ練習のメニューはこうだ。テニスに必要な筋肉を片っ端から死ぬ一歩手前まで筋トレでいじめ、さらにそこから素ぶりを行うというものだ。

 俺? 俺はテニスゲームでテニスの練習をしている気分を味わっている。だって筋トレなんかしたら筋肉痛でゲームできなくなるもん。

「おっ。腕力増強大成功か。おぉ、この数値は中々……こいつは育てれば名プレイヤーになるぞ」

「貴方も少しは運動してそのゲーム脳を落としたらどうかしら」

「馬鹿言っちゃいけねえ……俺はゲーマーだぞ?」

「それが?」

「……運動なんかしたらゲームできねえって俺のPFP-!」

 そんなことをほざいていると雪ノ下監督PFPを取り上げられてしまった。

「貴方も少しは運動をした方がよさそうね。良いのかしら? このピコピコをボールにして」

「する! するからそれだけは」

 PFPを人質に取られてしまった俺までもが筋トレをする羽目になってしまった。

 こうして俺たちのテニス特訓は第二フェーズへと移行する。



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第七話

短いです。


 数日後、痩せるといって嬉々として参加していた由比ヶ浜は戸塚のサポートに回り、俺はいつもの通りイヤホンを耳にぶっさしてPFPを、雪ノ下は変わらず鬼監督ぶりを発揮している。

 結局、筋トレした翌日は筋肉痛起こすし、レアドロップエネミーは現れないし……もうやだ。

 はぁ……あいつが出てくる確率って詳細な結果は分からないけど1230分の1くらいの確立なんだよな……そいつが出てくるクエストばかり行ってるけど遭遇すらしないし……はぁ。

 その時、ふと視界に女子の足が見えたので顔を上げてみると何故かテニスコートに三浦たちリア充軍団が入ってきていた。

「僕たち練習して」

「え? 聞こえないんだけど」

「僕たち練習してるんだ」

「でも部外者混じってるから男子テニスだけでやってるわけじゃないんでしょ?」

 …………無視無視。俺は関係ナッシングあるよ~。

「ヒキタニ君」

「っっっ! い、いきなり話しかけるなよ」

「イヤホンしてて聞こえてなかったみたいだからさ。良かったら俺達も戸塚の練習に混ざらせてくれないかな」

「なんで俺に聞くんだよ」

「結衣がヒッキーに聞けって言うからね」

 由比ヶ浜の奴め。

 タップリと恨みを込めた睨み付けをぶつけてやるが由比ヶ浜は雪ノ下と話し合っていた。

「俺に決定権ないし。雪ノ下に聞けよ」

「といっても2人とも話し中だからさ」

「あーし早くテニスしたいんだけど」

 金髪縦ロールを指でクルクルしながらウザったそうに三浦はそう言う。

 すると葉山は何か思いついた様子の表情を浮かべて少し考えると俺の方を向く。

 俺はすぐさまPFPに集中しようと視線を落とし、イヤホンをしようとするが葉山に手首を掴まれ、イヤホンの差し込み任務を邪魔されてしまった。

「思いついたんだけど部外者同士でコートをかけて試合するのはどうかな? もちろん戸塚の練習にも付き合う。強い人と練習した方がいいだろ?」

「勝手にしろよ。俺は関係ない」

 そう言い、葉山の手を弾いてイヤホンを挿し、再びPFPに集中する。

 俺は関係ないっつうの……そもそもこの部活にいるのだって平塚先生の命令みたいなところがあるからであってそれが無かったらこんな部活の存在すら知らなかったっつうの。

 その時、目の前に誰かが立ったのを感じ、視線だけを向けてみるとテニスラケットを2つ持った戸塚が何かを頼みたそうな表情で俺を見ていた。

 俺はイヤホンを外し、戸塚を見る。

「比企谷君……ダブルスで行くらしくて……一緒にしてくれないかな」

 本来なら俺はここで雪ノ下に任せろよと言うべきなんだが何故かその言葉が出せなかった。

 …………あぁ、もう。

 イライラを隠すように頭をガシガシ掻き毟りながら戸塚からラケットを受け取り、コートに立つと向かいに三浦と葉山が立っていた。

「比企谷君。前衛と後衛、どっちがいい?」

「そうだな…………」

 ふとPFPで時間を確認すると時刻は昼休みが終了する20分前を示していた。

 …………よし。

「後衛でいいや」

「分かった」

 PFPを由比ヶ浜に預け、ラケットを握る。

「言っとくけどあーし、テニス超得意だから」

 そう言い、三浦がサーブを打った瞬間、右側に移動し、ボールも見ずにラケットを振るうとちょうどガットの真ん中に当たり、ラインと三浦の足のギリギリのところにボールが跳ね返った。

「……リターンエースってやつ?」

「う、うん」

 戸塚の笑みが見えると同時に三浦さんの鬼のような顔が見えた。

 ……やっべ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、し烈な試合が繰り広げられ、噂を聞いた野次馬たちがぞろぞろと集まってきだし、いつしか小さな大会の決勝戦のような感じになってしまった。

 ポイントは4-4というデュースになっており特別ルールとして5ポイント先取した方が勝ちというルールになっているが正直、もう俺は体力が尽きかけているし、戸塚も切れ切れだ。

 それに比べて向こうは片やサッカー部のキャプテンがいるので1人は生き残る。

 ……流石にヤバい。

「や、やっぱり無理なのかな」

「…………戸塚」

「なに?」

「ふぅ……一発逆転のディステニィーショットを見せてやる」

 何がなんだかさっぱりといった様子だが位置に着く。

 三浦さんもすでに息も切れ切れで最初の頃のサーブの勢いはない。

「とぅ」

 勢いが弱くなっているサーブを軽くラケットで撃ち返すとボールが高く上がった。

 地面に打ち付けられ、ゆるく上がったのを見てチャンスとばかりに三浦が体勢を取るが陸側へ戻る風が吹き、ボールは大きく左に、金網のフェンスがある方向へと向かっていく。

「下がれ優美子!」

 葉山は気づいたらしくそう大きな声で叫ぶがボールを追う事に集中している三浦はその声に従うことなく上を見ながら金網のフェンスがある方向へと走っていく。

 あ、やばい。

 俺もそう思った瞬間、金網が大きく凹む音が聞こえ、ラケットが地面に落ちる。

「ふぅ」

 一息つく声が聞こえた。

 三浦の壁になるかのように金網と三浦に挟まれた葉山は顔を赤くしている三浦の体を優しく抱きしめ、頭をポンポンと撫でた。

 その瞬間、周囲からすさまじい歓声が鳴り響いた。

「隼人! 隼人!」

 まるで一大巨編ラブストーリー最終作のエンディングの様にオーディンスは英雄葉山隼人の名をひたすら叫び続け、その勇士をたたえ、賞賛する。

 いや、お前らどこの黒い球体が出てくるマンガの最終回だよ。

 この一連の出来事は葉山隼人の英雄伝説として永遠に語り継がれるであろう……かもな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 葉山隼人の英雄伝説から早数日が経ったある日の放課後、俺は奉仕部でPFPにふけっていた。

「貴方、この部活をなんだと思っているのかしら」

「お前だって文庫本読んでるだけだろ」

「貴方はゲームしかしていないじゃない」

「ここのところあんまりできていなかったからな」

「毎日しているように見えるのは私だけかしら」

 ふん。雪ノ下雪乃のそんなつぶやきなど今の俺には痛くも痒くもないわ。

 結局、あのテニスの試合以降、戸塚は部活に燃えに燃え、今も必死にテニスの練習をしているだろう。

 正直、戸塚の依頼が解決したとは思わないがまあ、あいつの中で完結したのならば俺たちが手を出す必要もなかろうと言う事であれ以来、俺達は戸塚には手を出していない。

 それと不思議なことに三浦の態度が少し柔らかくなった気がする。あのテニスの試合で何があったのかは知らないけど……まぁ、女王様は変わってねえけど。

「失礼する」

「……ハァ」

 あの雪ノ下雪乃がもう先生にノックのことを言うのを諦めたらしく、大きくため息をついて文庫本に栞を挟み、先生の方を見た。

「比企谷。またお前はゲームか」

「うっす。絶好調です」

「はぁ……」

 先生はため息をつきながら近くの椅子に座った。

「あの勝負の中間報告をしようと思ってな」

 勝負……あぁ、なんか言ってたな。結局何の勝負かは分からずじまいだけど。

「今のところ2対2の接戦だな」

「どういう基準でしているのでしょうか」

「私の独断と偏見によってどちらが依頼を多く解決したかだ」

「ジャイアンにもほどがある」

「独断と偏見だと言っただろ……だがまあ、中々面白い戦いになっていることは間違いないぞ」

 先生はそう言いながら嬉しそうに笑みを浮かべてそう言った。

 はぁ…………やはり俺の日常は間違っている。



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第八話

 問題です。学校内で一番、ボッチにとって邪魔を受けない場所はどこだと思いますか?

 正解は…………屋上です。

 大体の学校は屋上は立ち入り禁止になっているかもしれないがうちの学校は……どうなんだろ。

 その真意を確かめるべく、俺は屋上へと繋がる階段を上がっているのだが物置場と化しているのかさっきから使われてない机や壊れた椅子が乱雑に置かれており、人一人通るのもやっとの狭さだ。

 そのやっとの狭さを通り、屋上へと繋がる扉の前に立つと鍵をかけていたであろう南京錠がぷらーんと宙に浮いているではないか。

「ふぅ……いざ」

 ボッチのボッチの為だけの楽園へ足を踏み入れた瞬間、地面に人の影があるのに気付き、上を向いてみると給水塔に長く背中にまで垂れかかっている青みがかった髪に覇気のない目、リボンはしておらず開放感満載の胸元をしている女子生徒がもたれ掛っていた。

 一瞬、女子生徒と目が鵜が俺はなんのその話しかけることもせずに入り口近くの壁にもたれ掛り、ポケットからPFPを取り出し、電源をつけてゲームを起動させる。

 ふふん。やはり誰にも邪魔されない空間はいいものだな……誰にもゲームをしていることについて文句を言われない。

「邪魔」

 やる気のない気だるさMaxの声が聞きえ、顔を上げるとさっきの女子生徒が帰ろうとしているのか俺の目の前に立っていた。

 何も言わずに横にずれようとしたその時、一陣の風が吹いた……ちなみにスカートも吹いた。

 女子生徒は顔を赤くして慌ててスカートを押さえつけるがその間に俺はPFPの画面に視線を落とし、1つのバトルを終わらせてしまった。

 女子生徒は怒っているのかカツカツとわざと音を立てながら出ていった。

「…………黒のレース」

 ボソッとそう呟いたのは俺しか知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゲーマーは職業である。チェスや将棋、カジノに代表されるようなメジャーなゲームから携帯用ゲーム機一つで億単位の金を稼ぐ人もいるし、広告塔として会社と契約をする人だっている。そんな中で俺は在宅アルバイトとしてBテスターをいくつもこなしており、給料もいくらか貰っています。さらに動画でお金も稼いでおりますので将来はこれを発展させ、家にいながら億単位の金を稼ぐ仕事をします。そんなわけで私は職場である自宅へ職業見学へ行きたいと思います。あとできればゲーム制作会社なども見たいです』

 

 

 

 

 

 職員室には応接間がある。そこは分煙がなされているので今となっては教師たちの喫煙場所となっているのだがそこに俺は呼び出されていた。

 もちろん相手は平塚先生だ。

 女性でパンツスーツを着こなす人は少ない。すらっと伸びた足に引き締まった腰回り、そのまま視線を上へ向けると二つの山が見える。これこそパンツスーツを着こなす女性の見本である……多分。

 そんな綺麗な女性に御呼ばれした俺だがキョロキョロと視線を動かしながら平塚先生と目が合うのを必死に避けている。

 何故か…………首から上は大魔王・サタンだからだよ。

「比企谷。私が言いたいこと分かるな?」

「さ、さあ」

 こんな状況でゲームをするほど俺はバカじゃない。

 い、いつワールドエンドを撃たれるかビクビクする……この人、スキルマに合わせてスキブ20個くらい搭載してるからな。開始と同時にキュイーンだ。キュイーン。

 先生は鬼の表情のまま指を順番に折っていき、関節を鳴らしていく。

「この小指がおられた時、貴様は」

「すみませんでした! 書き直して提出します! ていうか提出させてください!」

「当たり前だ。奉仕部で過ごす日々は有象無象の日々だったのかね」

「お、俺はアブソーバー・ボディチップをつけているのでどんな衝撃が来ようかふきとばないんっすよ。だから奉仕部の日々なんてただの日々でしかないというか」

「衝撃のぉぉぉ! ファーストブリットぉぉぉっぉ!」

「ぐおおぉ!」

 グ、グジャットフィストだけでは飽き足らずにス、スクライドまで手に入れたとは。

「次は……殺す」

「す、すみません」

「まったく。私の心を傷つけたとしても開票作業を手伝いたまえ」

 というわけで美人女教師とドキッ! もしないただただ工場の単純作業のような作業を行う。

 はぁ…………もうすぐゲリラが来るんだけどな~。

 職業見学なる行事がわが校にはあるのだがそれが行われるのが中間試験が終わった直後だ。

まったくもって迷惑以外の何物でもないな。ゲームができないではないか。

「なんでこんな面倒くさい行事があるんでしょうかね」

「曰く三年次における進路選択のためだ。漠然と試験を受けるのではなく将来を見据えて試験を受けろということだ。比企谷は文系に行くのだろう」

「もちろんです。理系なんて人間がやることじゃないです」

そうはっきり言い切ると先生は額を抑えて深くため息をついた。

できれば文系もしたくないんだがとりあえずは言わないでおく。撃滅されそうだ。

「終わりました。ゲリラゲリラ」

「うっほん!」

「……っと失礼。では」

スマホを取り出そうとしたところで全力の咳払いが聞こえ、慌ててスマホをポケットへと仕舞い、職員室から出てからゲリラへと潜入する。

正直、学校にも来ずにゲームをやっていたいのだがそれをやると本格的にニートになってしまいかねないのでとりあえずはちゃんと大学も行く。そしてそのあとはフリーダムな生活が待っているのだ。

「おっ。チョキ遭遇。幸運なり幸運なり」

「あっ! ヒッキーやっと見つけた!」

「出たな、データブレイカーめ」

そういうが由比ヶ浜は何言ってんのこいつ、なんかキモイと言いたげな表情で俺を見てくる。

「で、何の用だよ」

「人と話す時くらいは顔を見るのがマナーじゃないかしら」

冷たい声音が聞こえ、視線だけを向けると想像通り、雪ノ下雪乃が由比ヶ浜の後ろに立っていた。

「ちょっとたんま。今いいところ……ん。で、どうかしたのか?」

「あなたが部活に来ないから探しに来たのよ、由比ヶ浜さんが」

「とりあえず倒置法での自分は違うっていう否定は止めろ。わかってるから」

「ヒッキーってなんで名前知られてないの? みんな誰それって言ってたし」

だろうね。他人と喋るよりもゲームを優先する俺がクラスの奴らに名前を憶えられているはずがない。おそらくゲームばかりしている引きこもり程度しか認識されていないだろう。

「だ、だからさ……そ、そのヒッキーの携帯番号教えてほしいというか……ほ、ほら! 部活とかで入れ違いになったときとかにいろいろと連絡とかややこしいじゃん」

「え、今? 今勘弁。今ちょっとゲリラ」

とりあえず由比ヶ浜の頼みをいったん下げておき、ゲリラに集中する。

マジで最近、育成計画が遅れに遅れてるからな。ここで遅れを取り戻さねえと。

「終わった……で、なんだっけ」

「だから携帯番号とメアド」

「ん。連絡帳から打っといてくれ」

「え、普通人に渡す?」

「俺、妹とマクドとアマゾンからしか来ねえし。あ、あとゲーム屋とかしか」

「うわっほんとだ!」

由比ヶ浜は俺のメール履歴を見ながらそう叫ぶ。

 履歴を見ていいとは言った覚えはないんだがな。

由比ヶ浜もデコデコにデコレーションされた携帯を取り出して結構な速度で俺のメアドと携帯番号を打ち込んでいく。

「貴方、悲しい携帯ね」

「うるせ。それに機種変してから親と妹以外に電話したことないからな」

「それは自慢できることなのかしら」

悲しみの自慢だ。

「完了。空メール送っといたから登録していてね」

「へいへい」

受信履歴欄を開くと確かに見たことのないアドレスからメールが届いており、それをアドレス登録するがその際にどんな名前で登録するか迷った。

…………データブレイカーでわかるか。

彼女には見えないようにそう打ち込んだ。

「じゃ、部活行こうかゆきのん!」

「そうね」

そういい、二人は先に歩き始める。

このまま帰ってもばれないかと思い、静かに後ろを振り返った瞬間、職員室の扉が開いてひょこっと平塚先生の顔が出てきた。

「あ、焦った」

「ん? あぁ、すまない。忘れていたが職業見学は3人1組だ。好きな奴と組むようにな」

「え~。俺の自宅にクラスの奴らが来るなんで嫌です」

「まだ言うかね……ともかく、用紙は提出しなおしだからな」

そういい、平塚先生は職員室の中へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

特別棟の4階に奉仕部の部室はある。

ちょうどグラウンドを眺めることができる位置にあるが正直、うるさい。

今日も今日とて俺はPFP、由比ヶ浜は携帯をポチポチ、雪ノ下は革のブックカバーをかけた文庫本を読んでおり、すでに二冊目なのか机の上に一冊置かれている。

さて……ここで儀式召喚か、それとも1ターン待ってからか……ん~。奴が伏せたカードが気になるな……大体、あれは奈落の落とし穴なんだよな……よし。セットしよう。

「どうかしたの?」

その時、雪ノ下の声が聞こえたが無視してPFPに集中する。

ん~。なるほどそう来るか……ならばここで発動じゃい!

「ううん。ちょっと変なメール来たの」

「卑猥な内容は送らないほうがいいわよ、比企谷君」

「おい。なぜ俺が犯人だ。ていうか何の話だ」

「あら、恍けるつもりかしら? 貴方、由比ヶ浜さんに卑猥な写真を送り付けたのでしょう?」

「送らねえよ。そもそも俺は生まれてこの方、そういう画像は保存していない」

「たぶん、ヒッキーじゃないと思うよ。なんかクラスのことについてだったし」

いや、俺もあなたと同じクラスなのですがねぇ。

「そう。なら仕方がないわね」

「うおっほぃ。証拠能力認めちゃったぞ」

「最近、たまに来るけど無視してるからいいや」

そういい、由比ヶ浜が携帯をポケットに直して背もたれにもたれ掛ったので俺もPFPに意識を戻し、次の一手を必死に考える。

さて……ここは召喚か、もしくはステイか……ん~。迷うぜ。

必死に考えている時にふと良い匂いがしたのでそっちの方向を向くとまたもや由比ヶ浜が俺のしているゲーム画面をのぞき込んでいる。

なんでこうもリア充はボディータッチを好むのかね。

「あれ? この前とは違う奴じゃん」

「当たり前だろ。古今東西いろんなゲームをしているんだよ。トランプ、チェス、オセロ、将棋、囲碁などのスポーツものからバスケ、サッカー、野球、テニス、そしてRPG、ギャルゲー色々なものだ。ちなみにこれはTCGゲームだ」

「へぇ~。なんだかおもしろそう」

「やめておきなさい、由比ヶ浜さん。それと同じ未来を歩むことになるわよ」

「おい、いつからお前は未来予知をできるようになったんだ?」

「あら、未来予測の間違いよ」

予測も予知もほとんど同じようなものだろうが。だが由比ヶ浜がゲームに興味を示すとは……こいつがいない間に由比ヶ浜もゲームの沼に落としてみるか。

「でもあたし、お金ないからいいや」

「レンタルするぞ。1作品クリアするまで」

「でもお高いんでしょ?」

「おぉ~。そんなことありませんよ。なんと……タダ! タダですよ」

「あ、もしもし? 警察ですか? 変態が健全な女の子を洗脳しようと」

「すみませんでした! 警察は勘弁してください!」

反射的に土下座をし、雪ノ下に許しを請うとあっさりと許してくれたらしく、携帯電話をポケットの中に戻した。

ちっ。やはりこいつがいない間でないと邪魔が入るな。

「あ、そうだゆきのん! 勉強会しようよ!」

「なぜ?」

「ゆきのんって頭いいじゃん! だからお食事会しながら勉強会しようよ! ファミレスで!」

もちろん、その中に俺は入っていない。これこそ俺のクオリティー。

「あ……はぁぁぁぁぁー。レアエネミー!」



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第九話

中間試験二週間前になった今日。善良なる高校生ならばファミレスや図書館で静かに勉強をし、襲い掛かってくる不安と恐怖を倒すのだろう。

だが俺は違う! 俺はゲームをするのだ! すでにテスト範囲になるであろう部分は丸暗記したし、今回の化学の範囲は有機物と無機物が範囲だから一発で丸暗記したし、物理はもう捨てた。

「フハハハハハハハ! 甘い! 甘いわぁ!」

オンラインサバイバルゲームをしながら叫び、コントローラーを捌いていく。

弾丸が切れれば相手の攻撃を食らう前にリロードし、相手がリロードしている隙にヘッドショットで一撃で相手をぶっ潰す。相手が手榴弾を投げてくれば回避しつつのヘッドショット。

「ふん。神」

Winという文字が表示され、ダメージ量とスコアが表示される。

うんうんとそのスコアを眺めているとスマホが震える音が聞こえ、チラッと画面を見てみると小町からだったので無視して第二ラウンドへと向かおうとした時、飼い猫のカマクラに猫パンチを食らい、早く出ろよ! 小町お嬢様からの電話だろうが! と言わんばかりのにらみで睨んでくるがぷいっと無視して第二ラウンドへと行こうとした瞬間、画面が真っ暗になった。

「ーーーーーーーー! カマクラっていねえ!」

叫びにならない叫びをあげ、主犯であろうカマクラの姿を探すがどこにもおらず、自分でも分かるくらいに血走った眼をしながら家中を探し回る。

あんの野郎! 許さねえ! オートセーブ機能があるからと言って元栓から電源抜くなどという蛮行を許すわけにはいかない!

その時、玄関のほうからカマクラの鳴き声が聞こえ、興奮気味に玄関が見える廊下へ出るとカマクラが玄関でお座りをして待っていた。

チャンス!

「カマク……ラ」

「…………」

「…………」

カマクラを襲うべく跳躍した瞬間に扉があき、小町と見知らぬ男子が目の前に現れた。

スタンと静かな玄関先に俺の足音だけが響き渡った。

「……引きこもりニート」

「ぐっ!」

小町の冷たい視線が突き刺さる。

「ゲームオタク」

「うぐぐ!」

「引きこもりニートゲームオタク。略してヒキニーク」

「ぐっはぁあ!」

小町のとどめの一撃が俺の急所に入り、俺は床に倒れ伏した。

小町はカマクラを溺愛し、カマクラも小町を溺愛している。故に片一方を俺が傷つけた瞬間、もうワールドエンド級の一撃を加えられるのだ。ちなみに母親の場合はスペースエンド級な。

「こ、小町さんや。そ、その隣にいる奴はまさか」

「あ、川崎大志っす。比企谷さんとはお友達です」

「よろしい。入りたまえ」

川崎大志と名乗る男子を招き入れ、とりあえず椅子につかせてお茶を出すが小町からの冷たい視線は相変わらず継続されており、お茶が暖かいのに体は冷たい。

ちっ。カマクラの奴め、考えていたな。

「お前が友達を入れるなんて珍しいな」

「……まあ、お兄ちゃんがこれだし」

「おうっふ……コホン。ところで何用?」

「あ、そうそう。確かお兄ちゃん奉仕部って部活に入ったんだよね?」

「まあ、一応は」

今すぐにでもやめたい部活だけどな。

「実は大志君がなんか悩んでてさ」

「……実は俺、姉がいるんっすけど最近、朝帰りというか。何してんだって両親に問い詰められても関係ないって言って喧嘩するんすよ……そのせいか最近、下の妹もなんか体調を崩すことが多くなって」

…………なんというか似るもんだな。兄弟がいる奴って言うのは。兄のストレスが妹に知らぬ間に伝染してしまい、それで体調を崩す。昔あったな、うちにも。

「へぇ……で?」

「実は姉ちゃんはお兄さんと同じ高校に通ってるんす。だから調べてほしいというか」

……調べてほしいつっても俺、ボッチだしゲームオタクだから調べるに調べられないんだけどな……とはいってもこのまま放置していたらそのうち、川崎の家が崩壊することだってあり得るし……はぁ。なんで俺、奉仕部なんかに入っちゃったんだか……でもこれだけは見て見ぬ振りできないんだよな。

「ほかに何か情報とかは?」

「えっと……姉ちゃんもともと真面目で大学進学もしたいって言っていたから進学校の総武高校に入学したんすけどなぜか二年になってから朝帰りが出てきだしたんす。あと時々、家にエンジェル何とかって言う店の店長とか言うやつが電話かけてくるんっすよ!」

「お、おう」

突然、ヒートアップした川崎大志に追いつけず、キョドリながら落ち着かせた。

「俺、姉ちゃんが心配で」

そういう大志の目には少し涙が見えた気がした。

……なんというか姉想いのいい弟じゃないか。

「ということでお兄ちゃん。ゲームの依頼だと思って、ね?」

「はぁ……とりあえずお前の姉ちゃんの名前、教えてくれよ」

「川崎沙希っす」

その名を聞いた瞬間、あの屋上で出会った少女の顔が一瞬で出てきた。

自慢じゃないが俺は記憶力はだれにも負けない自信がある。だから一度聞いた名前は覚えるし、見た顔もほとんど忘れない。顔と名前がつながったというと……あいつが川崎沙希か……確かにどこか大志も似ているような気もしないような……ま、いいや。ていうか同じクラスじゃん。

「あれ、お兄さんゲームするんすか?」

ふと大志がリビングに広がっているゲーム機の山を見てそういった。

「お兄ちゃんはゲーム廃人のレベルだよ。お母さんに何回もやめろって言われてるのにやめるどころかゲームでお小遣いまで稼ぎ出すし」

「良いだろ別に。外国じゃプロゲーマーなんて当たり前なんだぞ」

「……凄いっすね」

「…………良かったら貸すけど」

「あ、大丈夫っす。俺、ゲームとかしないんで」

俺はがっくりするが何故か小町はグッとガッツポーズをしていた。

ちっ。やはり洗脳事業はなかなか難しいか。

その後、大志は帰り、小町は晩飯の用意をはじめ、俺はゲームの続きを開始する。

「でもお兄ちゃんが引き受けてくれるとは思ってなかったな~。またゲームが~とか言って断ると思ってたもん」

「うっせ」

……なんというか放っとけないんだよな……一度、経験したことがある身としてはな……おそらく小町もそれを理解してこの話を俺の耳に入れようと考えたんだろう……でも俺がどこまでできるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後の休み時間、俺はウトウトしながら教室の喧騒の中に身を置いていた。

いつもならば昨日のテレビはどうだったなどあの人はどうだの話をしているが周りから発せられる言葉はまるで外国語の様に聞き取れない。

その理由としては職業体験があるからだろう。班決めは明後日だというのに。

その時、俺の前の座席に誰かが座った感じがしてので顔をチラッと挙げてみるとそこには天使がいた。

「おはよ、比企谷君」

「……天使だ」

「え? て、天使?」

「あ、悪い」

 思わず思ったことが口から出てしまった。

 テニスの一件以来、顔を合わせれば2言3言は話すようになった。

 世間的には友達ではなく知り合いの関係なんだろうが俺からすればゲームしながら話し合えると言う事がちょうどいい具合なので今の関係はどちらかというと好きな方である。

「今日はゲームしてないんだね」

「ふっ。下を見て見よ」

 そう言うと戸塚が顔を机の下へ向けるとちょうど目の前に画面を見ないでリズムゲームをしている俺の手が見えたはずだ。それを示すかのようにガバッと顔を上げた戸塚の顔は驚き半分戸惑い半分だ。

 リズムゲームなど暗記ゲームに等しい。中には音を聞いた状態でないと画面水にできないというやつがいてそれを見た一般ピープルがすげぇ! とはやし立てるが俺からすれば常識だ。

 無音の状態でしてこそ本物のすげぇなのだよ……まぁ、友達いないからいつも小町のひきつった顔しかもらえてないんだけどな。

 チラッと教室の向こう方を見てみると大志の姉である川崎沙希がダルそうな表情をし、頬杖をついて窓の外を眺めていた。

 見た目はまんまヤンキーだな……。

「比企谷君、凄いのかよく分からないよ」

「それが普通だ。お前はこっちに来てはならないぞ」

 戸塚がこっちに来たら宗教団体が出来そうだ。

「どこに行くか決めた?」

「いんや。心の中では風邪ひいたことにして休もうかと考えているところだ」

「それはダメだよ……もしよかったら僕と班組まない? 僕まだなんだ」

「…………別にいいけど俺、ゲームしかしてないから話し相手にもならないぞ」

「いいよ……は、八幡と一緒に入れるだけで楽しいもん」

 ズッキューン……あ、あれ……何で俺の心臓はバクバク鼓動を打っているんだ……も、もしかして……こ、これが……恋? ……落ち着くのだ! 戸塚は男の子……ぐすん。神様のばか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、いつもの通り俺は奉仕部でPFPをしているのだがいつものメンバーのほかに何故か材木座も混じっており、全員材木座のことを無視して自分のやりたいことをやっていた。

 ……チラチラこっち見るなよ材木座……はぁ。気が散って集中できん。

「材木座、お前なんでいるんだよ」

「よくぞ聞いてくれたぞ八幡! 我はとうとうエル・ドラドへの道を手に入れたのだ!」

 なんでこいつ、アンデスの奥地にあるとされた伝説上の土地の片道切符を手に入れたことに喜んでるんだ……こいつからして伝説の大地ってあるか?

「我は此度……出版社へ職業体験へ行くのだ! ムハハハハハハハ!」

 そう言い、材木座はバサッとコートを翻し、高笑いを浮かべるが俺はちらっとも視線を向けずにPFPをしているのでどこか寂しく感じたのか材木座の高笑いはわずか数秒で途切れた。

 出版社に職業体験に行くだけでやけにご機嫌なんだな。

「で、なんでご機嫌なわけ?」

「ふっ。我の才能がようやく摘まれるのだよ」

「その摘まれる箱が出版社じゃなくてゴミ箱じゃないことを祈ってるぜ、材木座」

「今に見ているがいい。この国に、いや世界に我の名を響かせてやるわ! 八幡! 貴様が持つPFPはいずれ我の書籍になるであろう! ではな!」

 そう言い、材木座はスキップ交じりに出ていった。

 ……PFPが俺の手元から消えることは無い。

「……そ、そう言えばヒッキー職業体験どこ行くの?」

 由比ヶ浜は目をキョロキョロさせ、若干顔も赤くして俺にそう聞いてくる。

 ……よく分からんな。

「ゲーム会社……でも他の奴らの兼ね合いもあり」

「ヒ、ヒッキーがほかの人と行くなんて」

「三人一組だろうが」

 由比ヶ浜はあ、そっかと手を叩く。

 大丈夫か……でも、戸塚がゲーム会社でいいよって言ってくれるかどうかだよな。俺にとっちゃ楽しい場所だけど戸塚にとっては微妙そうな場所だからな。

「ゆきのんはどこ行くの?」

「私は……どこかシンクタンクか研究開発職かしら。これから選ぶわ」

 まぁ、学年トップクラスの奴が言いそうな場所だわな。でも俺的には刑務所とか裁判所とかがお似合いだけどな。辛辣な言葉を囚人に投げつけて痛めつけるのが趣味な女刑務官……あ、でもなんかそれが噂になって逆に犯罪率が上がりそうだな。

「由比ヶ浜さんは?」

「一番近いところに行く」

「発想が比企谷君クラスね」

「おい。こいつと一緒にするな」

「なっ! ひどくない!?」

 珍しく俺と由比ヶ浜のダブルアタックが決まり、雪ノ下は少しグラつく。

 PFPに集中しようとしたその時、扉がノックされた。



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第十話

 部室に入ってきたのイケメンとしか表現できない男子生徒。

 茶髪にゆるくあてられたピンパーマ、おしゃれなフレームの眼鏡をかけ、その奥にある瞳で射抜かれたものはそいつに心を奪われるであろう……何を隠そう。スクールカースト第一位・葉山隼人だ。

「こんな時間に悪い。中々部活を抜けさしてくれなくて」

 そう言いながら軽く笑みを浮かべて雪ノ下の真正面に椅子を引く。

「能書きは良いわ。何か用があってきたんでしょう?」

 葉山に対して放たれた彼女の言葉はどこか刺々しい。

 俺に対してもはあるがどこか種類が違う……ま、関係ないけどさ。

 俺は今すぐにでもイヤホンを挿したかったがとりあえず我慢し、耳で聞きながら頭ではPFPに集中し、指を必死に動かしていく。

「みんな用事があるならまた日を改めるけど」

「はいはーい。俺ちょっと今日やらなきゃいけないことが」

「で、ここへ来た理由は?」

「無視かよ……もう良いし」

 チラッとも見られることなく話を進められたのでもう完全に拗ね、イヤホンを両耳に刺して外部の音を遮断し、PFPに集中する。

 今日はモン狩狩で初期装備でどこまでボスを倒せるかというチャレンジをしてるからな……出来れば動画をとりながらしたかったけど一回やっとかないと効率がな……でも案外簡単じゃん。ボス一体一時間もあれば余裕で倒せるし……これなら一週間もあれば全部のボス一回は倒せるな。

 そんなことを考えながらやっていると肩をちょんちょんと叩かれた気がしたが無視し、ボスに攻撃を加えていく。さてさてさて……とどめの一撃!

 ボスに攻撃がヒットした瞬間、画面が全体を映すアングルに代わり、ボスが倒れる。

 いや~時間制限あったら出来ないけど無制限のゲームだから楽しいな……うん。この調子で動画とってサイトにあげるかね……夏休みとかいいかもあ?

「ヒッキー無視しないでよ!」

「い、いきなり大きな声を出すなよ」

 イヤホンをぶっこ抜かれた瞬間、由比ヶ浜の大声が頭に響いた。

「ヒッキーも少しは話聞いたら? クラスのことだし」

「えー俺ヒッキーだしー」

「自分で認めたし……とにかくヒッキーも来る!」

「お、おい!」

 椅子の足を引っ張られ、そのまま葉山と雪ノ下の近くに引っ張ってこられたかと思えば俺の監視役なのか由比ヶ浜が俺の隣にぴたっと座った。

 な、なんなんだよこいつ……何で俺、こんなところにいるんだろ。

「で、依頼はそのチェーンメールを送った犯人を捜せばいいのね」

「犯人探しというよりも収束させてほしいんだ。このメールのせいでクラスの雰囲気も悪いし」

 机の上に置かれている携帯の画面をチラッと見てみると『戸部は稲毛のカラーギャングの仲間でゲーセンで西高狩りをしていた』、『大和は三股かけてるクズ野郎』、『大岡は練習試合で相手校のエースを潰すためにラフプレーをした』など多数の実名を挙げての誹謗中傷が書かれていた。

「こんなのまだマシだろ」

「これよりもひどい内容があるの?」

「ゲームのチャットなんて一度炎上したら罵詈雑言はもちろん誹謗中傷の言葉で埋め尽くされるし、下手したら運営が介入する場合だってある」

 ま、大体は俺宛なんだけどな。チート使っているだの課金クズ野郎は消えろだのニートは社会のゴミだからさっさと死んで消えろとかもうヤバい奴が大量に送られてくる。

 まあ、俺チャット機能はOFFにしてることが多いからたまに見てネタにするくらいだけど。

「友達のことを悪く言われれば腹が立つし、気分だって悪い。だからどうにかしたいんだ」

「じゃ、全員クラスのアドレス消せばいいだろ。そうすれば迷惑メールも来なくなる。ソースは俺。ゲームのチャットでこんな言葉が来たらだいたいはOFFにする。簡単な話だ」

「でも、それじゃみんなと話せないじゃん」

「クラスで会うんだし別にいいだろ」

「そういうのじゃなくて……もっとこう……会わない日でも喋りたいって言うか」

「由比ヶ浜さん。友達がいない彼に言っても響かないわ」

「その通り。皆俺になればいいんだ」

「そうすると国家が潰れるわね。比企谷キン」

「おい、俺を殺人ウイルスみたいにいうなよ」

 しかもなんでバリア効かないんだよ……ハイタッチー、バリア張ってるので効きませーん! ヒキガヤキンにバリアは効きませーん! なんてどれだけ聞いたか。

「じゃあ、犯人探すしかないな。原点を潰せば無くなるんだろ」

「そうね。珍しく同意見ね、ふきでもの君」

「おい、洗顔されたら俺消えちゃうよね? そこまで嫌う?」

「メールはいつごろ送られてきたのかしら」

「先週末ぐらいからだよな、結衣」

「う、うん」

 どうしてリア充共は下の名前で呼び合うのかね……あ、戸塚は例外な。あいつは治外法権だから法律も聞かないし、憲法も効かないからな……治外法権じゃなくてもう天使でいいじゃん。天使。

「先週末、何かあった?」

 2人は記憶の引き出しを開けていくがきっかけらしいことは何もないらしく、互いに顔を見合わせた。

「そう……一応聞くけど記憶マシーン君は?」

「もう名前の残りかすもないし…………先週末ね……葉山がマスコミ系か外資系企業に職業体験行きたいつってたし、戸部はマジパネーわー、最近、親リスペクトだしって言ってたし、三浦は」

「そこまで詳しくはいらないわ」

「凄いな、ヒキタニ君。記憶力良いんだね」

 少なくとも人の名前を間違えるお前よりかはいいよ。

「職業体験の班決めもあったな」

「あ、それだよきっと。好きな人と組めなくてあぶれちゃった人がやったんだって!」

「葉山君、さっき名前が書かれていたのは友達って言っていたわね。貴方のグループは?」

「まだ決めてないけど三人から選ぶと思う」

「その三人が容疑者ね」

「ちょっと待ってくれ! 俺はあの三人の中に犯人がいるなんて思いたくない。それにあいつらのことを悪く言う内容のメールだったんだ。あいつらは犯人じゃないだろ」

 葉山が珍しく声を上げるが雪ノ下はどこ吹く風。

「甘いな。俺だったら自分も疑われない様に自分の名前を入れ、なおかつ結構ひどい目に書く。そうすれば葉山の考え方をしている奴は少なくとも俺を除く。あとはやりたい放題だ」

 と、そんなことを言うと由比ヶ浜も葉山も雪ノ下もうわぁ、と言いたそうな表情をして俺を一歩引いた目で見てくるがそんなのお構いなし、俺はPFPに集中する。

 そもそも、誰かは犯人じゃないと決めつける時点でおしまいだ。全員を犯人といったん決め、そこから矛盾点を拾っていき、候補から外すのが一番いい。取りこぼしもないからな。

 葉山はまさか自分の周りでそんなことが起きているとも考えたことがないのか悔しそうに唇を噛みしめる。

「とりあえずさっき書かれていたメンバーの特徴を教えてくれないかしら」

「あ、あぁ。戸部は明るくてみんなのムードメーカーって感じだ。文化祭とか体育祭とかで先陣を切ってみんなを盛り上げてくれる良い奴だよ」

「騒ぐだけしか能がないお調子者……次は?」

 なかなか辛辣でござるなぁ。

「大和はラグビー部。寡黙だけどその分、人の話をよく聞いていてくれる。鈍重だけどそのペースが逆に接する人たちに安らぎを与えてくれる。良い奴だよ」

「反応が鈍いうえに鈍重……続けて?」

「あ、あぁ。大岡は野球部だ。人懐っこくて誰かの味方をしてくれる。礼儀もしっかりしていて上下関係も完ぺきに弁えている」

「人の顔色をうかがう風見鶏……どの人も犯人ね」

「お前が犯人に見えるわ」

 そう言うと雪ノ下はご立腹の様子で腰に手を当て、俺を睨み付けてくる。

「私なら真正面から潰すわ。葉山君の話だけだとよく分からないわね……由比ヶ浜さん……比企谷君。何か彼らについて知っていることは無いかしら」

 今の間はきっと俺のことを入れるか入れないか悩んでいたんですね、分かります。俺は普段から1人でPFPに集中しているから誰とも話さないですからね。

「あ、あんまりその三人と話したことがないからわからないというか」

「そう……だったら調べてもらえるかしら」

「……う、うん」

 由比ヶ浜のような誰とも話す奴からしたら雪ノ下の与えた任務はきついだろう。

 良い情報を集めるならまだしも今回はそいつの悪い情報も含んだすべての近辺情報を集めろって言ってるのと同じだからな。

 雪ノ下もそのことに気づいたのか少し申し訳なさそうな顔をする。

「ごめんなさい……あまり気持ちのいいものではないわね」

「……はぁ。俺がやるわ」

「ヒッキー……」

「教室でどうも思われてない俺がやった方がいいだろ……だが俺のやり方で行かせてもらう」

 そう言うと若干、雪ノ下は嫌そうな顔をしたがとりあえず了承してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の休み時間、俺はイヤホンを耳に入れ、ゲームをしつつも戸部、大岡、葉山、大和の四人が喋っている様子を視界の端に入れていた。

 別に喋っている内容まで覚える必要はない……三人の様子さえ覚えればそれでいいのだ。

 葉山を囲むようにして窓際の席に三人は集まっているが時折、話しに入りにくそうなやつが出てきたり、そうかと思えば全員が話に参加したり。

 これもあの葉山隼人の能力なのだろう。全員が仲良く、楽しく話せるように時には話題を提供し、時には与えられた話題を拡張して跳ね返す……お前はどこの二倍リターン能力者だ…………視界の端で眼鏡をかけた女子が興奮した様子で四人を見ているのはなかったことにしよう……ただ一つ言えば彼女は俺と同類の存在だ。分かるのだよ……磁石の同極が引きつけ合うようにオタクはオタクを、ボッチはボッチを引き寄せる。

 すると葉山がグループから抜け出し、俺の前に座ってイヤホンを外せとジェスチャーしてくる。

「なんだよ。今、太鼓の匠でフルコンボ狙ってるんだけど」

「す、凄い指裁きだね……画面見なくていいの?」

「譜面は覚えた」

「へ、へぇ」

 あ、今こいつ引いたな……ま、構わん……ほぅ。

 チラッと葉山が抜けたグループを見てみるとさっきまであんなに楽しそうに話していた連中が別々の方向を向き、携帯を触ったり髪の毛をいじったりしている。

 なるほどなるほど……ゲームと同じ構図だな、全く。

「何か分かった?」

「……ま、放課後のお楽しみだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて放課後がやってきた。

「で、どうだったのかしら」

「一言いえば……犯人は分からん」

 そう言うと雪ノ下はやっぱりと言いたげな表情を浮かべて俺を見てくる。

「でも、あいつらの特性は分かった」

「特性? 今更そんな事」

「重要だ。いついかなる時でもボスの特性は頭に入れておけ……鉄則だ」

 そう言うが俺以外の面々の頭にクエッションマークを浮かべて、こいつ何言ってんだと言いたげな目をしながら俺を見てくる視線が地味に痛い。

 ちっ。葉山とかは昔、ゲームは少しやったことがあるような感じがしたんだがな。考え違いか。

「要するにいついかなるときでも人の性格は把握しておけってことだよ……あの三人は言うならば葉山というキャラクターに装備される武装みたいなもんだ」

「というと?」

「武装は戦いのときにしか使われないだろ? それと同じであいつらはお前が集まった時だけ力を発揮するんだよ。言うならばおジャマデルタハリケーンのカードがお前で三人は発動条件を満たす駒だ」

「……いい加減、ピコピコに例えて話すの辞めてくれないかしら」

 せめてゲームって言ってくれよ……母親でさえ、ファミコンって言うぞ? いやまあPF3をファミコンって言われるのもそれはそれで癪だけど。

「つまりだ。お前がいなきゃつながらないんだよ、友達として」

 そう言うと葉山は複雑そうな表情を浮かべる。

 友達だと思っていた連中が自分がいないと友達力を発揮しないって分かれば葉山のようなみんな仲良くって言う精神を持つ奴は複雑だわな。

 なんか自分が無理やり繋いでいそうで……ま、俺なんか日常茶飯事だけどな。俺がログインした時はチャットが賑やかになるくせに俺が抜けたら一言も話さないっていうな。

「解決策はある」

 そう言うと一瞬で葉山の表情が明るくなるが由比ヶ浜と雪ノ下は微妙そうな顔しかしない。

「知りたいか?」

「…………それでこれが収束するならば」

 葉山隼人は首を縦に振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日のお昼休み、戸部、大岡、大和の三人は楽しそうに喋っている。

 俺がやったことは至極簡単。葉山が奴らと組まずにあいつらを一つの班の中に押し込んだのだ。

 そうすればいやでも相手と話すことになり、表面上だけでも奴らは友達として繋がる。

 イヤホンを挿してPFPに集中しているとふたたび、俺の前に葉山が座り込み、外せと言ってきたので仕方なく中断してイヤホンを外す。

「俺が組まないって言ったら驚いてたけど良かったよ」

「そーですねー。よかったねー」

 俺の興味なさげな声に葉山は苦笑いを浮かべる。

「ヒキタニ君って意外と良い奴なんだな」

「俺はただの陰でヒッキーって呼ばれるだけの男子生徒だ」

 そう言うと葉山も認識していたのか苦笑いを継続する。

「俺まだ組めてないから君と組んでいいかな?」

「えーそれはーこまるー」

「八幡。そんなこと言っちゃダメだよ」

「仕方ないな。お前と組む」

 マイエンジェル・戸塚に言われちゃ、仕方がない……でも、絶対にゲーム制作会社なんて許してくれないだろ。特に葉山はゲームに興味なさそうだし。

「あ、隼人そこ行くんだ。あーしもここ入ろ!」

「あ、私も!」

 イケメンがいるところに美女集まる……それを体現するかのように葉山が名前を書いた場所に次々と女子たちの名前が書かれていき、俺の名前はかき消されてしまった。

 何故、戸塚の名前は綺麗に残るのに俺は綺麗に消えるんだ……ま、良いけど。

 俺はそう思いながらイヤホンをつけて再びゲームに集中する。



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第十一話

 ふと思う事がある。

 もしもゲームの様に相手の感情がゲージで分かるのであればこの世界はどれほど生き辛くなるだろうか。

 人は相手の気持ちを分かることができない。故に人は考え、思い、愛するのだろう。

 ゲームは世界ではない。疑似世界だ。その世界で1人であるものは現実でも1人だろう。

 だが逆は成り立たない。現実で1人のものが疑似世界で1人ということは無い。

 そう、このように世界は相手の顔さえ見なければ成り立つのだ。

 皮肉にも現実よりも平和が訪れる。

 

 

 

 

 

 本来は禁止されているはずの屋上への侵入を果たしてから早数日が経過し、中間テストが迫ってきているが俺は一切勉強せずにゲームをしていた。

 所詮テストも暗記ゲーだ。覚えるべきところさえ覚えれば後はどうにでもなる……数学などの理系は別のはなしとしてな。将来の夢は今のところ候補は複数ある。1つはゲーム会社に就職することでゲームを製作する側に回ること、もう1つは永遠のファンであり続けながら普通に就職して休みの日はゲームをする、そしてもう1つは外部との接点を一切遮断し、ゲーム動画を投稿し続けることで金を稼ぐ。

 世間はそれをおかしいという。何がおかしいのだろうか。確かに憲法で国民の三大義務の一つと定められている勤労をしないと言う事は反しているだろう。だがよく見てみればゲームも労働ではないだろうか?

 俺の上げた動画を見て楽しいと思う人がいればそれは労働と言えるのではないか。

 芸能人は人を楽しませ、感動させることを主目的とした社会人だ。何故、それを達成するために行うツールがゲームになれば人は批判するのだろうか。

 答えは簡単だ…………ゲーム=娯楽の一種と認識しているためだ。俺の様に苛められ、誰にも助けられずにゲームにのめり込んだ奴はゲーム=人生となる場合が多い。

 だが俺とて常識はある。いつまでも両親に養ってもらう気はない。俺はゲームで金を稼ぐ。

 不思議なものでゲーム開発者は称賛されるのにゲームを行うものは称賛されない。

「あんたさ、毎日ゲームしてるけど飽きないの?」

 ふと顔を上げると給水塔に背を預けている川崎沙希の姿があった。

 ここ最近、ずっとここで出会ううちに向こうから話してくる関係になったのだ。まあ、俺から話すことは一切ないんだけどな。

「別に。飽きない……むしろゲームを飽きる心がわからない」

「あっそ……」

 川崎沙希はそう言うとふたたび気だるげな表情で空を見る。

 少女は何を思い、親に隠し事をし、家族をも騙すのだろうか……。

 それを見つけることを川崎大志からお願いされた。大志は姉を想い、姉は何を思うのか。

 家族の問題だと言われればそれでおしまいだが俺はその家族の問題を見過ごすわけにはいかない事情を抱えていた。

 突然始まったイジメ……妹は心配し、両親も心配した……だが不思議なことに苛め被害者というのは隠したがる。 だが隠すことが良いことばかりじゃない……事実、真実を知った時家族は俺のために泣いてくれた。

 後にも先にもそれっきりだった……ゲームをするようになり、引きこもったことで悲しさのあまりホロッとなくことは合っても俺を想って泣いたのはそれっきりだ。

 だから俺はそれを他の家族にさせたくない……。

「なあ、川崎さん」

「なに?」

「…………うちの妹とお前の弟が同じ学校でさ……」

「……あっそ」

 それ以降の言葉が出てこない。

 普段、人と話をしない俺は会話を続けることは下手くそだ。由比ヶ浜や雪ノ下の様に継続して喋ることが出来ない。

「弟……大志だっけ。お前のこと心配してたぞ」

「…………」

「最近、お前が帰ってくるのが遅いって」

 そう話したところで再び会話が途切れ、風が吹く音が響く。

 すでにモン狩はボスを倒し、素材をはぎ取っているがこの会話は終わりが見えない。

「うちの家族の問題だし」

「仰る通りで」

 リザルト画面へ移行し、次のボスへと進む。

「…………心配」

「あ?」

「…………いや、最近ゲームでのフレンドが夜の遅くか朝の早くしかログインしてなくてさ。こっちとしては心配なわけよ……何かあるんじゃないかって。心配で心配で風邪をひくくらい」

 もしここに雪ノ下がいれば嫌そうな顔をしてゲームで例えるの辞めてくれない? って言ってくるだろう。だが今日はそいつはいない。俺と川崎の一対一の格闘戦だ。

「あんた……ゲーム依存症じゃないの」

 おうっふ……依存どころか生活の一部ですが何か?

「別に家族に迷惑かけてないし、妹が風邪ひいたのだって夜に裸で走り回るからだし」

「……なんとなくわかるのが悔しい」

 昔、小町も幼稚園くらいの頃は裸で家中を走り回って風邪ひいたな……。

「あんたの方が迷惑かけてんじゃないの?」

「ほぅ。俺が?」

「毎日ゲームしてさ。あんたバイトもしてないでしょ」

「うぐっ。だ、だが俺はゲームで小遣いを」

「ゲームで徹夜とか当たり前なんじゃないの?」

「ぐはっ。だ、だが勉強で徹夜もする人はいるだろう」

「画面の女の子にチョコあげたりとか」

「それはない」

 それはオタクを偏見で見ているだけだ。悪いが俺はギャルゲーはあまり好きな部類のゲームでなくてね……青春をしている奴の手助けをしているだけで胸が苦しいわ。

「オムツとかしてやってんでしょ」

「やってねえよ。ていうかそれマスメディアの報道だろ。全ゲーマーがやってると思うなよ」

「とにかくあたしは遊んでるわけじゃないし」

 ……つまりこいつは深夜バイトをしてるわけか。なんか誘導できたけど。まぁ、去年はまじめだったって大志も言っていたしな。

「邪魔」

 そう言われ、すすすと扉から退くと川崎はスタスタと去っていく。

「お、レアドロップ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夕方、晩飯も兼ねて近くのファミレスで大志と集まって話し合いをしていた。

 議題はもちろん川崎沙希について。

「つまり姉ちゃんはバイトをしてるんすか?」

「多分な。去年はまじめだったんだろ?」

 PFPを操作しながらメロンソーダをチューチュー吸っていると横から小町の小さなため息が聞こえてくる。

「バイト……だから店長ってやつから電話来たんすね」

「でも、どうするのお兄ちゃん」

「何を」

「バイト辞めさせるの?」

 俺達18未満の高校生は深夜バイトをすることは禁止されていることを考えれば川崎は年齢を詐称してアルバイトをしていることになる。

 いったい何のためにバイトをしているのやら……小町と同じ学年ということ大志は今中3か……。

「別に遊んでるんじゃないし、バイトに関してはもう見逃したらどうだよ」

「……俺はバイトしてることは別にいいんす……何で姉ちゃんが俺達に隠してまでやってるかってことが知りたいんす」

「ん~。なんかいい方法無いのお兄ちゃん?」

「と言われても……あ、もうゲリラの時間か」

 PFPをスリープモードに切り替えてポケットからスマホを取り出し、スマホゲームへと移行し、ゲームを起動させるとちょうどゲリラダンジョンが出現していた。

 チームを決め、いざ潜入と思った瞬間にメールが来たことを告げるポップアップが画面に現れ、思わず小さく舌打ちをしながらメールを開くとアマゾンからの広報メールだった。

 時間を考えてメールを送れよ……メール…………チャット…………本音……。

「方法はあることはある……だが成功確率は低いぞ。下手したら仲が険悪になる可能性だってある」

「…………それでも姉ちゃんの本音が知りたいんす」

「…………はぁ。とりあえず頑張っては見る。小町、ちょっと来い」

「あいあい」

 大志を席に残して少し離れた所まで移動して俺が考えた計画を耳元で小さく話すと最初は嫌そうな顔をしたが渋々、了承してくれた。

 あとは……神頼みだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テスト1週間前に入った今日、俺はいつものように屋上に行くと給水塔にもたれ掛るように川崎沙希が立っていた。

 というか俺が呼んだんだけど。

「なに? いきなりメール送ってきて。つかなんであんたが知ってんの?」

「大志から聞いた。お前にちょっと手伝ってほしいことがあるんだ……ほぃ」

「はぁ?」

 俺はもう一台のPFPを川崎沙希に渡すとこれ以上ないくらいの何言ってんのこいつ、みたいな冷たい視線が送られてくるが俺はそれを無視し、川崎にPFPを手渡した。

「チーム戦でないと貰えないアイテムがあるから手伝ってくれ」

「なんであたしまでゲームしなきゃならないわけ?」

 そう言って出口へ向かおうとするが俺は扉にもたれ掛り、それ以上川崎が進めない様に壁になる。

 川崎は鬱陶しそうに睨みを利かせてくるがそれでも俺は動かない。

 ……何で川崎の睨みってこんな怖いんだ。

「5分で終わるから」

「…………やったことないんだけど」

 その言葉を聞いた瞬間、心の中でガッツポーズを決め、川崎に基本操作を教えると同時にあらかじめONにしておいたチャットを開き、出撃準備画面へ移行した瞬間、川崎の表情が少し驚いたように見えた。

 チームに自分の弟と同じ名前のプレイヤーがいたらそら驚くわな。

 とりあえず川崎の反応は無視しておいてミッションへ参加するとステージが表示され、四人のプレイヤーが画面に映る。

 これマジで四台分俺が持っていたからよかったものの持ってなかったら成功しないな。

「ね、ねえ」

「ん?」

「な、なんか出てきたんだけど」

 ほほぅ。大志はゲーマーの素質があるな。

 そう思いながら画面をのぞき込み、ポチポチっと操作しながら川崎に操作を教え、画面上に現れるチャット機能を久しぶりに見ると大志から『何で最近、帰ってくるのが遅いんだよ』と来ていた。

 そんな二人……というか小町に至っては触ってもいないだろうが三人を放置して俺は1人でミッションを遂行する。そう、俺は孤高の戦士なのさ。

『あんたに関係ないでしょ』

『関係ある……姉ちゃんが夜遅くに帰って来るから京華だって心配してさーちゃんが帰ってくるまで自分も寝ないって言って母さん困ってるんだぞ』

 ほぅ。川崎はさーちゃんと呼ばれているのか……今度睨まれたら俺もそう言お。

 そんなことを思っているとチーム戦限定のボスが出現し、全力をもってして狩りに行く。

 ふん、貴様のAIなどこの俺にとっては予測の範疇にある……貴様の攻撃当たらずして狩ってやろう。

『……別に心配かけるようなことは』

『してるんだよ! 家族に見えないバリア張ってまでバイトすんなよ!』

 それが表示された時から川崎の手は止まった。

『姉ちゃんが何のためにバイトしてるか知らないけど何で秘密にすんだよ! 姉ちゃん昔言ってたじゃん! 家族にだけは秘密にするなって! 何かあったら姉ちゃんに相談しろって言ってたくせに自分は家族に相談しないとかそんなのおかしいだろ!』

 ……顔が見えないからこそ……相手がいないとわかっているからこそ人は本音を吐く。人はそれをよくないというがそれが良いように働くことだってある。

 まあ、最初から大志が問い詰めろよって話なんだけどそれ言っちゃぁおしまいだからな……言わない約束だ。

 そしてボスに最後の一撃を入れた瞬間、アングルが全体を映すように変わり、ミッション達成の表示がなされ、自動的にチャットが終了する。

「………………」

「……バイトしてた理由って……塾の費用だろ」

「……知ってたんだ」

「一応、この学校も進学校を名乗ってる以上、大学進学はさせるだろうし、大志が去年までは真面目だったって言うのと学年を考えたらなんとなく…………スカラシップって知ってるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中間試験がも風の様にはじまり、風の様に終わった日の朝、俺はゲームを鬼の様にしていた。

 先日の報酬で手に入れた武装を最高ランクにまで育てるために寝る間も惜しんでやり込み、たとえ小町が小言を言おうが母親に『昔はやればできること思ってたんだけどねぇ』と言われても辞めない。

 あ、カマクラがケーブル近くに行けばガシッと掴んで俺の足で挟み込んだけどな。

「お兄ちゃん。試験が終わったからってやりすぎじゃないの? 今日職業体験でしょ?」

 そう。小町の言う通り、今日は職業体験かつテスト返却だ。

 といっても三人一組が十五人一組という大所帯になってしまったため、俺の意見など通るはずもなくどこかの工場に行く羽目になってしまったのだ。

「ふ、小町。俺からすればそんなもの」

「流石に工場の中ではしないよね?」

「…………ステータスカンスト完了!」

「今の間は何だろうね。カー君」

 やるべきことを終え、テーブルに着くと既に小町が焼いてくれたパンは冷めていた。

「あ、そうそう。この前言ってたお菓子の人居るじゃん」

「ん? なんか言ってたな。それがどうかしたのか」

「この前、帰り際に偶然見たの」

「へぇ」

「確か……明るい茶髪の人だった。確か……ゆ……ゆい……ゆいって呼ばれてたような気が」

「…………」

 それを聞いた瞬間、一瞬動きが止まった。

 ……俺が名前を知っている人の中でゆいってつくのは由比ヶ浜だけだ……まさか、犬の飼い主が由比ヶ浜……そう言えばあいつ、俺が女の子って言ってなかったのに女の子のこと覚えてないの? って言ってたな……。

「どうしたの?」

「……いや、なんでもない」

 そう言い、残りのパンを口に入れ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テスト返却も終了し、職業体験の場所である海浜幕張駅の近くにあるとある電子機器メーカーに俺はいた。

 流れ作業を行っている従業員の姿を俺はボーっと眺めていた。

 結局、葉山の志望したところに全員が合わせたので俺も仕方なくそこへ合わせ、ここへ来たわけだが朝の小町との会話が嫌に頭で再生され続けている。

 犬の飼い主が由比ヶ浜……いや、俺が気に知ることじゃない……気にすることではないんだが何故か俺は複雑な気持ちを抱いていた。

 最近、由比ヶ浜はよく俺に話しかけてくる。俺を見つければそれはトイレに入りかけようとしたときであっても話しかけてくるし、いつものゲームスポットへ行くと何故か由比ヶ浜がたまにいたり。

 自慢ではないが俺は友人はいない……いや、自分の意思で友人という名のバグを排除した。

 ……由比ヶ浜結衣は友人ではない……だが知り合いでないことを否定することはできない……。

 俺はそのことにイライラしていた。あの時、もう二度と知り合いも友人も……バグを作らないと決めたはずなのに俺はいつの間にか作ってしまった……バグという名の知り合いを。

 ならば排除すればいい。簡単な話だ。排除というコマンドを押せばいいのだから。そうすれば頭で考えられたことが全身へと伝わる。

 だがエラーが発生している……そのコマンドが押せないのだ。何度押そうとしても画面が落ちる。

 友人・知り合いなんて持つべきじゃない……またあの過去へ戻る気は俺にはないんだ。

「比企谷。こんなところにいるのか」

「先生……見回りっすか?」

「まあな」

 珍しく平塚先生は白衣を脱いでいた。

 まぁ、白衣なんか着てたら従業員と間違えられるからな。

「今、君の考えていることをあてようか?」

「はぁ」

「ゲームの世界に入る道具を作ってほしいと考えているだろ」

 ぐっ。先生のドヤ顔にはイラッとくるがまさにその通りで何も反論できない。

 恥ずかしさを紛らわすために歩き出すが俺の隣を先生が同じ歩調で歩く。

「この前言っていた勝負だが少し仕様を変更しようとおも」

「仕様ですか……バグのためのパッチでもあてるんですか?」

「……よく分からんが今の枠組みでは評価できなくてな。介入が多いのだよ」

 恐らくそれは由比ヶ浜というメンバーが増えたからだろう。元々は雪ノ下と俺の一対一の戦いから始まった勝負だがそこに由比ヶ浜が入ると言う事はイレギュラーなことだからな。

「ま、悪いようにはせんさ。む、ここで終わりか……私は見回りに戻る。ではな」

 そう言い、先生が俺の隣を離れて元来た道を帰っていった。

 さっきまですぐ前にいた葉山達の軍団は既にどこかへと消えており、俺一人と言う事もあってか周りから聞こえてくる機械音が少し怖く感じた。

「……帰るか」

 エントランスへ向かい、出口を出ようとした時に視界の端に見覚えのあるお団子髪の女子が見え、無意識のうちのその女子の方を向いてしまい、あちらと目が合ってしまった。

「あ、ヒッキー遅いよ! 皆行っちゃったよ」

「……なんでお前は行かなかったんだよ」

「え、なんでって……え、えっと……ヒッキーと一緒に行きたいというか……」

 それを言われ、どこかうれしく感じている俺とイラついている俺がいる。

「あの時の事故の犬の飼い主……お前なんだってな」

「……知ってたんだ」

「小町から聞いた」

 俺たちの間から言葉がなくなり、しばしの間、静寂が訪れる。

 何を戸惑っている……実行すべきコマンドはもう見えてるだろ……なんで……。

「……違うだろ」

「へ?」

「さっきの皆と行かないって話だよ……三浦か葉山に待っててやれって言われたんだろ」

「ち、違うよ~。私は」

「いや良いって……お前も大変だな。俺みたいな引きこもりでゲームオタクの俺を任せられるなんて……今度から俺のこと考えなくていいぞ」

「え?」

「お前も迷惑だろ、俺みたいなやつの世話係みたいなこと押し付けられて……今度から俺に話しかけなくていいぞ……色々とお前も迷惑だろ」

 由比ヶ浜は何も言わず、いやにエントランスに俺の声が響く。

「なんで……そんなこと言うの?」

 由比ヶ浜の今にも泣きそうな声が聞こえ、顔を上げると目に涙をためた姿が見え、俺の隣を由比ヶ浜が過ぎ去っていく。

 ……バグは取り除けた…………これが正常なんだ。



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第十二話

「お、お兄ちゃんが……モーニングゲームしてないなんて!」

「なんだモーニングゲームって」

 朝のコーヒーを飲みながら小町に突っ込む。

 俺の中から再び蔓延りかけていたバグの消去に成功した日以来、俺はどこか虚無感を感じていた。

 普段なら朝起きたらすぐにゲームして学校行く時間まで暇を潰すのだが偶然か否か、ちょうどコントローラーの充電が切れてしまい、今は充電中なのだ。しかも二つともだ。こんな偶然あるか?

 だがスマホは充電していたのでコーヒーを飲みながら片手で操作している。

 …………はぁ。奉仕部に入ってからおかしなことばかりだ。

「……何かあったの?」

「……別に。何もねえよ」

 ツッターンとキーボードのエンターキーを押すように勢いよく画面をタップするとフルコンボと表示され、リザルト画面に入る。

「……うん。ゲームの技術はいつも通りだし、目に光がないのもいつも通り……あれ? でもなんかおかしい」

「貶すand貶すだな」

 焼きあがったパンを手に取り、パクリと一口噛み千切る。

 何度、システムの完全スキャンを実行するが問題が一件ありますという表示だけされていて原因はさっぱり分からない状態にあるパソコンのような感じだ。

「……そろそろ行くわ」

「あ、ちょっと待って小町も行く!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、いつもの様に奉仕部の部室でPFPにふけるがいつもと違うのは初期メンバーである俺と雪ノ下しかいないことだ。

 あいつがいないからどちらも話すことは無く、彼女は文庫本を読み、俺はただひたすらPFPに集中し、ページを繰る音とボタンが高速で押される音しか響かない。

 普段通りの光景なのに……何故か物足りなさを感じてしまう。何かピースが足りないような。

「……今日も由比ヶ浜さんは来ないそうよ」

「あっそ」

 無機質にそう返す。それからは少しページを繰る音が聞こえたがそれもやがて聞こえなくなった。

「由比ヶ浜さん、もう来ないつもりかしら」

「だったら聞いてみればいいんじゃねえの? メアド知ってるんだろ?」

「ええ……でも私が言えば由比ヶ浜さんは来るわ。たとえ貴方と何かあって来たくないとしても」

 それを聞き、一瞬指が止まりかけるがボス戦と言う事で自分に言い聞かせてすぐさま指を動かすことを再開させるがさっきの行動は雪ノ下には見られているだろう。

「……ふぅ」

 大きく息を吐いて画面から視線を逸らした時に雪ノ下が俺の方を見ていることに気づいた。

「何かあったのね」

「……何もないって……喧嘩するほど仲が良いわけじゃないし」

「そう……だったら軋轢かしら」

「……当たらずも遠からず」

「だったら……すれ違いかしら」

 いったいどこからその言葉が出てきたんだとツッコミたいくらいだが当たっているので俺は何も言えないままPFPをスリープモードへと移行させ、カバンの中へしまう。

 すれ違いといえばすれ違い通信。あれは確かに画期的な技術だがボッチせん滅作戦の切り札ともいえるカードだ。友達がいないことですれ違う人がいない奴は埋まらない図鑑を悲しみの目で眺めなくてはならないのだ。

 ま、俺はそこらへんも抜かりはない。何故なら2つずつ買ってユーザーネームは変えたからな。だから自分のフレンド一覧に自分がいるというおかしな状況になったがな。通信進化もそれで済ましたから俺はボッチでありながら図鑑を全てコンプリートするというおかしなことまで達成している。

「由比ヶ浜さんは浅慮だし、慎みがないし、人の領域にズカズカと入ってくる遠慮しらずだし」

「傍から見たらお前が喧嘩してるみたいだぞ」

「最後まで聞きなさい。何かと騒がしいけど……悪い子ではないわ」

 最後らへんは雪ノ下が顔を赤くしながら口を窄めたことでよく聞こえなかった。

 ……雪ノ下の中ではすでに由比ヶ浜は友人に限りなく近い知り合いなんだろう……では、俺の中では?

 椅子の背もたれにもたれ掛り、天井を見上げてその自問に対する自答を検索するが何億という情報があるにもかかわらず、その答えが出てこない。

「少なくとも原因は貴方にあるように思うのだけれど」

 雪ノ下の言う通り、由比ヶ浜が来なくなったのは俺の行動のせいだろう……だが、あの行動が間違っていたとは俺は……思えない。でも何故だか今の生活に足りないものがある気がしてたまらない。

「……貴方は何故、そこまでゲームを優先させるのかしら?」

「好きだからだろ。オタクだってその作品にハマることからオタクの道に入る。俺だって例外じゃない」

「そうかしら……失礼な言い方だけど貴方はゲームに逃げているように見えるわ。ゲームをすることで現実の嫌な部分から目を逸らす……私にはそうにしか見えないわ」

 …………あぁ、そうさ。俺は現実を諦め、ゲーム逃げ込んでいるさ……現実のすべてを疑い、青春・友情をバグと認識して排除する。

「……人と人の関係なんてあっさり壊れるもんだろ。今回のだってそれだ。一期一会ってあるだろ。それだよそれ。出会いがあれば次には別れがある」

「何かあなたが言うと嫌な言葉に聞こえて仕方がないわ……でも、関係が呆気なく壊れるのは分かるわ」

「だが呆気ないことで繋がることもあるぞ」

 またもやノック無しの無遠慮な平塚先生の登場に雪ノ下は額を抑えるしかなかった。

「由比ヶ浜が来なくなって一週間か……今の君達なら自分たちの力でどうにかすると思っていたのだがな」

 そう言って先生は俺たちの間に椅子を引いて座った。

「比企谷のゲーム中心生活は治る兆しを見せず、由比ヶ浜は幽霊部員へ……しっかりやっているように見えてやっていなかったというべきか……比企谷。別にお前を否定するわけじゃないがゲームだけでは生きていけんぞ」

「分かってますよ……んなこと最初から分かってますよ」

「私が言っているのは金や家のことじゃないぞ」

 そう言われ、俺は少し驚きながら先生の方を向くと足を組んだ状態でどこか怒ったような目をしながら俺を見ている先生と目が合った。

 その表情を見ているとどこか恐れのようなものを感じる。

「君が否定している友情や絆のことだ。ゲームとてフレンドがいるだろう。人生も同じだよ。一人の友達も作らずに人生を完遂させることなどは不可能だ」

「……じゃあ、どうしろって言うんですか」

「それを見つけるのが君の仕事だ。何故、友人が必要なのか、何故絆はいるのか……その答えを見つけることこそ今の君がやらねばならない宿題じゃないのかね? 比企谷八幡」

 絆や友情などただのバグでしかない。バグを放っておけば深刻なエラーを起こし、やがては起動すら不可能な状態に追い込まれ、新しく買い直さなければならない。

「ところで何か用があってきたのでは?」

「ん? あぁ、そうだったな。この前の勝負の件だがこれからはバトルロワイヤル方式にしようと思う。この部活が一人増えただけでここまで活性化されることを知ったからな。そっちの方が判定もしやすいだろう。よって雪ノ下雪乃、比企谷八幡の両名に欠員補充を命じる」

「ちょっと待ってください。由比ヶ浜さんは止めたわけじゃ」

「幽霊部員は必要ないのだよ。ここは仲良しクラブではない。ここは列記とした総武高校の部活動だ。青春ごっこをしたければ去ることだ。やる気のないものを引き留めるほど高校は甘くないぞ」

 平塚先生の言葉に雪ノ下は悔しそうに唇の端を噛みしめて視線を逸らす。

 やる気のないものか……だったら。

「あ、あの俺」

「あ?」

「いえ、なんでごもございません」

 先生の純度100%の睨みと指パキパキの前に俺は一瞬で踏みつぶされてしまう。

 こ、怖い……困難だから結婚できないんじゃねえの?

「さ、帰った帰った。今日はもうおしまいだ」

 そう言い、俺と雪ノ下は平塚先生に引っ張られて無理やり外へ連れ出されるとそのまま奉仕部の鍵が閉められ、そのカギを持った人物はツカツカと去っていく。

 え、えぇぇぇぇ~。何この権力行使……。

「平塚先生。欠員補充をすればいいんですよね?」

「あぁ、欠員補充をすればいい」

 そう言い、先生は職員室へと帰っていく。

 さて、俺も帰りますかね。

 そんなわけで俺も帰ろうとした時に制服の袖を思いっきり引っ張られ、危うくこけかけたので引っ張った張本人である雪ノ下の方を見た。

「何すんだよ」

「貴方は少し誰かと会話すると言う事を覚えた方がいいわ……欠員補充の件なのだけれど」

「補充って言っても誰入れるんだよ。戸塚? 戸塚なのか?」

 俺の凄まじい戸塚押しに雪ノ下は辟易した様子で俺の方を見て首を左右に振った。

「彼も入ってくれそうだけど違うわ……由比ヶ浜さんよ」

「あいつもう来ないんじゃねえの」

「そうかもね……でも先生は欠員補充をしろと言っただけで由比ヶ浜さん以外を入れろと入っていないわ」

 な、なんという重箱の隅を楊枝でほじくるような考え方だ。それガキが喧嘩した時に『地球何周したときに言ったんだよ!?』って言ってるのとあんまり変わらない理論だぞ。

「あとは由比ヶ浜さんのやる気を戻すことが出来れば」

「お前、やけにやる気だな」

「……私は由比ヶ浜さんがいた日は悪くないと思っているもの……むしろ楽しかったわ」

 雪ノ下は自嘲気味に笑いながらそう言う。

 …………楽しかった……か。

「……帰るわ」

 一言そう言い、俺はカバンを背負い直して歩き出した。

 



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第十三話

 由比ヶ浜が抜けたことによる欠員を由比ヶ浜をもう一度戻すことで補充をすると雪ノ下から宣言されてから20分後、俺は駐輪場でボーっと空を眺めていた。

 俺は何をすればいいのか全く分からない。

「こんな時、Lボタンで聞けたらな~」

「八幡!」

 後ろから名前を呼ばれ、振り返ると背中にラケットを背負った戸塚がその眩いシャイニングスマイルを辺りにふりまきながら俺に向かって小走りでやってくる。

「こんなところでどうしたの?」

「ま、まあちょっとな。戸塚こそどうしたんだよ」

「僕スクールがあるから先に部活抜けさせてもらったんだ」

 スクール……ま、まさか戸塚、俺のためにゲームを学ぶスクールに行ってくれているのか!? いったいどこのスクールだ! そんな甘い話で戸塚からお金を吸い上げている悪徳業者……ってそんなわけないよな。なんか俺やっぱり最近どっかおかしいわ。

「スクール?」

「うん。簡単に言ったら外部のテニス教室。部活だと基礎的な練習ばかりになっちゃうから。良かったら一緒に帰らない?」

「……あ、あぁそうだな」

 一瞬、一人で帰ると言いかけたが戸塚を見ているとどこかそう言うのが憚られ、そう言ってしまった。

 自転車の鍵を開錠し、戸塚の歩く速度に合わせて自転車を押しながら歩いていく。

 ……そう言えば誰かと一緒に帰るのって高校に入ってから……というか小学生でいじめられて以来、初めてじゃないか? まぁ、小学生の時も誰かと帰ったことないけど。

「ね、ねえ八幡。八幡ってゲーム大好きだよね」

「まぁ、好きだけど」

「そ、その良かったら駅前にあるゲームセンターに行かない?」

 そう言いながら恥ずかしそうにもじもじする戸塚を見て、一瞬俺の心臓がどきっと鼓動を打ったがすぐさま頭から戸塚は男だという言葉が流れ、鎮静化される。

 マジで戸塚を女の子と意識しかねない……そう言えば俺、なんで材木座や戸塚なんかは受け入れてるんだ……由比ヶ浜の時は拒絶したくせになんで受け入れてるんだ……そもそも、俺はなんで由比ヶ浜を拒絶した……。

 俺は由比ヶ浜を拒絶した時の自身の考えを思い出すがどうしてもその理由だけ出てこない。

「八幡? お~い」

「あ、悪い。なんか話してたか?」

「うん。ゲームセンターに行かないかって」

「……スクール行くんじゃ」

「夜からだから少し時間があるんだ。ダメ……かな?」

 特段断る理由が見つからないので何も言わずに首だけを振って了承すると戸塚は嬉しそうに笑みを浮かべる。

「……八幡」

「ん?」

「何か由比ヶ浜さんとあった?」

「…………なんで」

「えっと、いつも由比ヶ浜さんって八幡のこと見てるのに今日はわざと見ようとしなかったというか」

 戸塚はクラスメイトのことよく見ているんだな。俺なんか一日中PFPの画面と睨めっこするか黒板を見つつ頭の中で攻略のことしか考えてないぞ。

 ……だがこれはいい機会だ。

「なあ戸塚」

「なに?」

「…………そのさ……もし、お前が俺にもう話してこなくていいって言ったらどう思う」

 そう言うと戸塚はう~んと可愛く考え始めた。

「ちょっと悲しいかな」

「……ゲームオタクで引きこもり野郎でボッチな奴だったとしてもか?」

「うん。だって八幡に嫌われたんじゃないかって思っちゃうし、何かいけないことしちゃったのかなって思っちゃうもん……それに友達にそんなこと言われたら悲しいよ」

 その一言を聞き、俺は思わず足を止めた。

 友達……違う……友達なんて言うのはバグでしかないんだ……バグは排除するに……でも、この物足りなさは何なんだ……何で俺は……。

「八幡?」

「……あ、悪い。行こうか」

 そう言い、戸塚と話しながら歩いていき、駅前のロータリーを抜けたところにある総合アミューズメントパークであるムー大の駐輪場に自転車を止め、エレベーターでゲームコーナーへと上がる。

 扉が開かれた瞬間、俺達の目の前に煌めく電飾、ゲームの稼働音に負けないくらいの笑い声に満ち溢れた外界とは少し違う世界が広がっていた。

 俺は頻繁に来るので慣れているが戸塚は初めて来たらしく、その煌めく電飾と凄まじい騒音に戸惑いながらも周囲のゲーム機に目をやる。

「八幡はいつも何やるの?」

「全部だな。戸塚は何したい?」

「僕、よく分からないから八幡に任せるよ」

 そう言われて戸塚に合いそうなゲームを探すために歩き出す。

 戸塚に合いそうなゲームは何だろうな。シューティングゲームは微妙だし、ホラーゲームなどは以ての外だろうし脱衣麻雀も除外……やはりここはホッケーや音ゲーだろうか。

「ホッケーやるか?」

「うん、やろう」

 100円玉を互いに入れると台に空気が流れ始め、ホッケーの円盤を置くとスーッと勝手に流れていく。

「じゃ、行くよ!」

「お、おう」

 戸塚が円盤を弾く奴を握り、強くスマッシュしてきたのを腕を少し横にずらす最低限の動きだけで向こうへと弾く。

 ……ホッケーゲームって俺苦手なんだよな。体動かすし。

「やぁ!」

 戸塚のかわいらしい気合の入った声と共に円盤が打ち出され、俺のガードが間に合わず、そのまま穴に入って戸塚の方に点数が入る。

 戸塚は点数が入ったことが嬉しいのか笑みを浮かべながら小さくピョンピョン飛び跳ねている。

 何この生き物……凄くかわいい。

 結局、そんな可愛い姿に見とれている間にボコスカとゴールに円盤を入れられていき、40vs0というコールド負けを喫してしまったがどこか清々しい気持ちだった。

「楽しかった~。他何しようか?」

「そうだな……音ゲーでもするか?」

「音ゲー?」

 小首をかしげる姿も可愛い。ゲヘヘ。

 太鼓の匠へと移動し、粗方のルールを教えると戸塚もやる気になったのか100円を入れようとするが俺はそれよりも前に100円を入れた。

 今の太古の匠って便利だよな。同じ譜面をしながら違う難易度でやることもできるようになったし。

 一応、俺も合わせるために簡単モードに設定し、有名なアイドルが歌っている曲を叩いていく。

 …………そう言えば誰かとこのゲームやるの初めてだな。

 チラッと戸塚の方を見てみると叩く時に力を入れて叩いているのが見え、キュンと来てしまった。

『フルコンボだドン』

「やった! 結構楽しいんだね!」

 …………楽しい……か。雪ノ下も由比ヶ浜と過ごした時間は楽しかったって言ってたよな……俺は……今の戸塚と遊んでいるこの時間を少なくとも面白くないとは思っていない。ならば由比ヶ浜と過ごした時間は?

「簡単モードでフルコンとか当たり前じゃん」

「こんなので喜ぶか普通?」

 そんな会話が聞こえ、チラッと後ろを見てみると学生服を着た奴らがニヤニヤと嘲笑の笑みを浮かべながら喜び勇んでいる戸塚を見ていた。

 …………ふぅ。

「戸塚」

「なに?」

「ちょっと目、瞑っててくれるか?」

「う、うん」

 戸塚は目を瞑った。

 さあ、ここからは俺のステージだ。

 俺は太鼓の匠で最もと難しいとされている成仏2000という楽曲を選択し、モード選択時に最高難易度の難しいのところへ持っていき、そこで太鼓の淵を何度か叩くと鬼モードが出現する。

 それを選択すると後ろからまたもや俺を蔑む言葉が聞こえてくる。

「ふん」

 奴らを鼻で笑いながら楽曲が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「八幡、もう良い?」

「あぁ、良いぞ」

「……わっ!」

 目を開けた戸塚は自分たちの周囲を囲んでいる大勢の人達を見て肩をびくっと上げて驚いた。

 太鼓の匠で一番難しいとされている曲を選び、始まってから数分経ったところで嘲笑していた学生たちはどこかへと消え、ちらほらとギャラリーが集まりだし、700コンボを超えたところで店員まで見にくる始末。

「何したの、八幡?」

「ん? まぁ……色々とな」

「そっか……あ、そろそろ時間だから僕行くね」

 そう言い、戸塚は人混みをかき分けて去っていった。

 ……あと一回残ってるし、適当に遊んでから帰るか。

 画面の方を見た瞬間、指ぬきグローブにコートを羽織っている男の姿が見え、驚きのあまり振り返ると同時に握っていたバチを振り下ろすと見事に真剣白羽どりをされて受け止められた。

「くっふっふ。八幡よ。主に手を上げるとは」

「ざ、材木座。なんでお前ここに」

「放課後はここで我のソウルを回復しておるのだ……八幡。頼みがある!」

「な、なんだよ。俺今ゲームしてんだけど」

 楽曲と難易度だけを選択して材木座の方を見ながら俺は太鼓をたたいている。

 ちなみにさっきまでいた群衆どもは今の俺を見た瞬間、最初は驚いていたが引きつった顔をして結局、全員帰ってしまった。

「アッシュさんを倒してくれ!」

「アッシュ? 誰だそれ」

「アッシュ・The・ハウンドドッグ。きゃつの通り名だ。きゃつらは某格闘ゲームにおいてここらでは最強の名をほしいままにしている連中でな。順番を変わらないなどの蛮行をしているのだ!」

「はぁ……何で俺が」

「もは。決まっておろう……貴様しか勝てる奴がおらぬのだ」

 ようは自分が勝てない相手を倒してくれって話か。

「タダではやらないぞ」

「分かっておる。報酬は我の新作小説だ!」

 そう言ったと同時にフルコンボ達成したのでバチを元に戻し、ゲームセンターから出ようとするが材木座に腕を掴まれて無理やりその某格闘ゲーム機の前へと引きずられていく。

 こいつ図体でかいから勝てねえんだよな。力じゃ。

「頼む! そうでなければこのエデンの平和と秩序が崩れ、我の手には負えないクライシスが発動するのだ!」

「……分かったよ。倒せばいいんだろ」

 そう言いながら材木座から100円を徴収し、ゲームをスタートさせる。

 対戦相手を待っていると本当にアッシュという名のプレイヤーが参加してきてオンライン対戦が始まった……が、しかしだ。相手がどれだけ強かろうがそんなものは関係ない。King of ゲーマーの俺にはな。

『YOU Win!』

 たった5分で決着がついた。

「モハハハハハッハ! これでここのエデンは守られ……八幡?」

 材木座…………許せ。

 ゲームセンターから出た直後、材木座の叫びが聞こえた気がした。



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第十四話

 土曜日……それは全学生にとって最強の休日である。

 何故ならば翌日も休みであるがゆえに寝不足などを気にせずとも一日中ゲームに没頭することができ、この日だけは親からも妹からも何も言われることは無い。

 そう……土曜日はまさにKING OF HOLIDAY! だが一つだけ不安材料がある……一年に一度、開かれる東京わんにゃんショーというものがあるんだがその開催時期が近いのだ。

 だが俺に抜かりはない。昨日から徹夜している俺にとって小町が起きる前に朝刊に細工をすることなど余裕のよっちゃんなのだ。すでに広告の部分は取って何らおかしくはない状態にしてある。

 俺は鮮やかなコントローラー裁きをしながらも小町の動向に注意する。

 今エネミー1はテーブルにて休憩中……よし、何ら不審な点はない。以後、監視を続ける。

 了……指令指令! エネミー2が小町に近づいております!

 なにぃ!? 今すぐ排除せよ!

 らじゃー!

 頭の中で1人司令官ごっこをしながら小町に近づこうとするカマクラの首根っこを鷲掴みし、俺の脚の間にぶち込んで猫の快楽ポイントを片手で刺激していき、無力化する。

 ふっ。俺の作戦は完璧よ……こうして俺の平和は守られた。

「お兄ちゃん毎日ゲームやってて飽きないね」

「まあな。俺の人生はゲームで出来ていると言っても良い」

「別にいいけど真夜中に変な笑い声あげながらするのは止めてね。小町起きるから」

「気を付ける」

 よし、彼奴はすっかり忘れているようだ。これで真の平和が

「お兄ちゃ~ん」

 ……エマージェンシーエマージェンシー! 小町が猫なで声をあげながら背中に抱き付いてきました!

 小町がネコナデ声をあげながら俺に抱き付いてくるときは大体、何かをお願いするときと相場が決まっているがこの場合、何をお願いされるかなど分かり切っている。

「な、なんだ。小町」

「小町は~。今と~っても出かけたい気分なのです」

「ほ、ほ~ぅ。それは良いことだ。母さんも喜ぶだろうな。俺を反面教師にしてこんな良い子に育ったお前を見ると。お前は自慢の妹だよ」

「でしょ~。それでね~。お兄ちゃんにお願いがあるのです~」

 ……い、いかん! これ以上、こいつが話を続けたら確実に!

「と、ところで大志はどうなんだ? あれ以来」

「大志君? お姉さんとなんか良いことあったのかよく携帯見てニヤニヤしてるよ」

「そ、そうか。それはよかった……」

 ま、不味い、会話の種がなくなってしまった! だ、誰か! 誰か俺に会話の種を恵んでくれ!

「それでね~」

「あ、あぁそうだ! 小町、今日友達と出掛けるんじゃないのか?」

「ううん。皆猛勉強し始めてるからないよ……ねえ、お兄ちゃ~ん」

 心なしか首周りに回されている腕に力がドンドン入ってきて今にも俺の首を絞めようとしているのは気のせいだろうと思いたい。

 俺は必死に話題を逸らすために話題の種を考えようとしつつ、目の前のゲームのことも考えながらコントローラーを動かすがまったく話題が浮かび上がらない。

 くっ! 万事休すか!

「小町は東京わんにゃんショーに行きたいのです。でも小町みたいな女の子が1人でいると悪いお兄さんとかに声をかけられてしまうかもしれないのです。そこでお兄ちゃんの出番だと思うんだ」

「…………分かったよ。行きゃいいんだろ行きゃ」

「ヤッホー! お兄ちゃん大好き!」

「……うるさいくたばれバカ兄妹」

 小町が嬉しさを叫びにしながら俺に抱き付く力を強めた瞬間、寝室からゾンビスタイルの母親が髪の毛ボサボサにした状態で這い出てきて俺達を睨み付けながらそう言った。

 キャリアウーマンって大変なんだな……俺も結婚したら奥さんを十分に労わってやろう。

 母親は寝室に入ろうとしたところでくるっと俺たちの方を向き直した。

「出かけるのは良いけど事故に遭わないようにね。この蒸し暑さで車の方もイライラしてるから速度を出してるだろうしね。小町と二人乗りなんてするんじゃないよ」

「あいあい。小町を傷つけねえよ。俺だってゲームまだ残ってるからケガするわけにはいかないし」

「そう言う意味じゃなくてあんたのことだよ」

 か、母ちゃん……いつの間にこんなに優しくなったんだ。俺が事故で入院した時でさえ、笑いながら入ってきたくせに……やっぱり母ちゃんも息子を想う母親だと言う事か。

「小町傷つけたらあんたこの家に入れないからね」

 前言撤回。この母親はそこらの母親とは少し違う母ちゃんだ。

「大丈夫だよー。バスで行くから。あ、バス代ちょうだい」

「いくら?」

「えーっとね」

 おいおい。片道150円の往復料金くらい暗算で計算してくれよ。ゲームしかしていない俺でさえ、そんなの暗算でパパッと出せるぞ。

「往復300円。昼飯代も含めたら1300円くらいじゃねえの?」

「はい、2000円ね」

「やったー!」

「……あのお母さん。俺も行くんですが」

 そう言うと母親ははぁ? と言いたそうな表情をして俺を見てくる。

「あんたゲームで小遣い稼いでるんだからそこからだしな。お休み」

 くっ! ここでプロゲーマーが仇になるとは!

 ため息をつきながら財布を確認し、十分に金が入っていることを確認し、ポケットに充電満タンのPFPと同じく充電満タンのスマホを入れて靴を履く。

「お兄ちゃん。こんなときくらいゲーム機置いたら?」

「おいおい。俺からゲームを取ったら何が残るよ」

「ん~。引きこもりニート?」

 おうっふ。雪ノ下さん張りの辛辣な言葉だぜ……でもよくよく考えたら俺からゲームを抜いたら小町の言う通り引きこもりニートしか残らないじゃん。良かった、ゲームしてて。

「じゃあ、行ってきまーす!」

 小町の元気のいい声が家中に広がる。いつの間にかかカマクラも玄関まで送りに来ている始末。俺の時は来ないくせにな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東京わんにゃんショーの会場である幕張メッセまではバスで15分ほど。

 そのバスも会場へ向かう人たちが混んでおり、会場に近づくにつれてペットを連れた人や親子連れ、恋人と一緒に来ている人の姿も見える。

 目的の停留所で降りるとスキップ交じりの小町に手をつながれる。

 昔は俺が小町の手をつないで連れまわしていたのに今じゃ小町が俺の手をつないで連れまわすなんてな……兄妹の関係が逆転しているような気もするけど俺は気にしない。

 会場の中へ入ると小町は叫びにならない叫びをあげた。

 目の前には犬や猫などのメジャーな動物からハムスター、鳥、ペンギン、ハリネズミなどの珍しい動物などがブースごとに区切られている。

「お兄ちゃんお兄ちゃん! ペンギンだよ! あはっ! よちよち歩いてて可愛い!」

「そうだねー可愛いねー」

 俺はというと片手でスマホゲームをしながら小町が連れて行く場所へと歩いていくだけ。

「ぶぅー。こんなときくらいゲーム辞めてよ。女の子に嫌われちゃうよ」

「好かれる女の子がいないから別に……」

 その時、何故か由比ヶ浜と雪ノ下の顔が思い浮かんだ。

 …………何で俺は2人の顔を思い浮かべたんだか。

「……以後気を付ける」

「……槍でも降ってくるかな」

「お兄ちゃん傷つく……ん?」

 ふと視線を動かした時に見慣れた黒髪が映り、その黒髪に視線を集中させた。

 二つに結われた黒い髪、四分丈程度のクリーム色のカーディガン、白色のワンピース、歩くたびに素足に履いたストラップサンダルが軽快な音を立てる。

 いつもとは髪型と服装が違うせいかいつもよりもやわらかい雰囲気を感じる。

 その少女は雪ノ下雪乃。

 雪ノ下はホール番号を確認し、パンフレットへと視線を落とすがすぐにため息をつき、壁しかない方向へ向き、ゆっくりと歩き始めた。

「そっちにゃ壁しかないぞ」

「っっ。あら、ここには引きこもりゲームオタクという生き物も展示しているのね」

「出合い頭に人科・ゲーム科目の動物認定するなよ。で、何してんだよ」

「迷ったのよ」

 雪ノ下は今にも自害しそうに苦々しくそう言う。

 迷うってここそんなに広くないし適当に歩いていたら目的の場所には着くだろ。

 雪ノ下が開いているパンフレットを見てみると異常なまでに赤赤しい部分が見え、驚きながらそれを見てみると何故か猫のブースの部分だけ、異常なまでに丸を付けられている。

「お前、猫好きなの」

「え、ええ。それが何か?」

「いや別に……ちょっと意外。お前のことだからハリネズミとか好きそうなのにな」

 近づくものを全て突き刺す動物・雪乃ネズミ……なんか俺の姿を見たらハリのミサイル飛ばしてきそうだから怖いわ。

「お兄ちゃ~ん、何してんの?」

「妹さん?」

「ん、あぁ。妹」

 小町が俺の後ろからヒョコッと顔を出して雪ノ下の顔を見た瞬間、何故か一瞬俺の顔を見て嫌な笑みを浮かべた。

「どうも~。兄がいつもお世話になってますー。妹の小町です」

「私は彼の……誠に遺憾ながら同じ部活の雪ノ下雪乃よ」

「おい、遺憾砲打つの辞めてくんない? 結構悲しいから」

「……お兄ちゃん」

「あ?」

「小町ちょっと見に行きたいブースあるからここから別行動! 帰りの時は連絡してね!」

 そう言い、何故か小町は満面の笑みを浮かべながら俺に向かってサムズアップし、小動物コーナーへと入っていき、叫びをあげながら小動物の群れ名の中に入っていく。

 ……あいつはいったい何をしたいのだろうか。

「良いの? 妹さん行ってしまったけれど」

「いいんじゃねえの? そもそも俺、引っ張ってこられただけだし……猫ブースに行きたいんだろ?」

「ええ。でも貴方に頼らないわ」

 そう言い、雪ノ下は再び壁に向かって歩き出したのでため息をつきながら彼女の手を取り、まっすぐ猫ブースがある場所へと歩いていく。

「ちょっ比企谷君」

「お前に任せてたら壁しか行かないだろ」

「だ、だとしても手をつなぐ必要は」

「…………」

 そう言われ、それもそうかと考え直し、手を放すとちょっと雪ノ下の表情は赤かった。

 そのまま猫ブースに入ると辺り一面に子猫が自由な姿でおり、その中に一匹の猫を抱き上げてふにふにもふもふすると何故かうんと頷く。

 何がうんなのかよく分からんが……一応、こだわりはあるのか。

 雪ノ下から少し離れてゲームしようと歩き出すが何故か一匹の仔猫が俺の足に抱き付き、離れようとしない。

 試しに弱く、しかし大きく足を振りかぶってみるが猫は俺の足にひしっとしがみつき、一向に離れようとしないどころかドンドン上に上がってくる。

 いつの間にか子猫が俺の頭の上を座布団の様にして座り込んでしまった。

「……ずるい」

「は? なんて?」

「何も言っていないわ。ズルガヤ君」

 いつの間に俺の名前が増えたんだ。

「お前がこんな場所にいるなんて意外だな」

「そのセリフ、そのまま返すわ」

 頭の上に乗った猫を床に戻し、ブースから出ると雪ノ下も満足したのか一緒に出てきた。

 その瞬間、犬の鳴き声が聞こえ、そちらの方を見るとロングコートのミニチュアダックスフントが欠伸混じりにこちらへトコトコやってくるが俺の姿を見るや否やダッシュしてくる。

「あ、ちょっとサブレ! って首輪ダメになってるし!」

「い、犬が。ひ、比企谷君」

 どうやら雪ノ下は犬が苦手らしく今までに見たことがないくらいの焦りの様子を浮かべながら俺の後ろに隠れてしまった。

 犬はそのまま俺の臭いをクンカクンカと嗅ぐと俺の足の周りを走り回ると腹を見せて寝転がった。

 …………ちょっと待て。この犬見覚えがある。

 自慢の記憶力で過去の映像を順番に逆再生していく。

「……そうか、お前」

「すみませーん! サブレがご迷惑を」

 俺が犬の正体を思い出すと同時に目の前に飼い主らしき人物がやってきた。

「ヒ、ヒッキーとゆきのん」

「……」

「由比ヶ浜さん。こんなところで奇遇ね」

 雪ノ下の声に由比ヶ浜は肩をびくつかせて反応する。

「あ、う、うん……ふ、2人がいるのって珍しいね」

 1週間も会っていないせいか由比ヶ浜は雪ノ下に対してよそよそしく話しかけながら犬を抱きかかえて優しく頭を撫でていく。

 俺たちが一緒にいる理由など偶然会っただけだからそれ以外に理由はない。

「ただ単に俺達は」

「そ、そうだよね! 休日で2人で一緒にいるってことはそうだよね……ご、ごめんね! あたし空気読むのだけが取り柄なのに何で気づかなかったんだろ」

 ……なんか凄い方向へ勘違いしている気がする。

「由比ヶ浜さん」

「な、なに?」

「私たちのことで少し話があるから月曜日の放課後来てくれないかしら」

「……」

「……私、こういう性格だからきちんと話しておきたいの」

「……う、うん。分かった」

 そう言い、由比ヶ浜はそそくさと足早に去っていく。

「……6月18日」

「は?」

「由比ヶ浜さんの誕生日よ。彼女のアドレスに0618ってあったから……由比ヶ浜さんがもう来ないとしてもこれまでの感謝の気持ちはちゃんと伝えておきたいから。貴方も彼女に伝えるべきことがあるんじゃないのかしら」

 ……俺が由比ヶ浜に伝えなきゃいけない事……そんなことは……。

 必死に否定しようとするがそれ以降の言葉が何かにつっかかっているように出すことができない。

 …………わかんね。

 イライラを隠すために頭をガシガシ掻き毟るがそんな事だけでイライラが消えることもなく、俺の胸の中に残り続けて俺の体を蝕む。

「ねえ、比企谷君」

「あ?」

「そ、その……ちょっと付き合ってくれないかしら」

「…………は?」



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第十五話

 日曜日、よく使っている駅の案内掲示板のところで小町は自分の格好がおかしくないか携帯の画面に映る陰で確認し、俺はゲームをしながら雪ノ下が来るのを待っていた。

 ハァ。せっかくのゲーム日和が……何で俺、断らなかったんだろ。

 普段なら日曜日に約束を入れられようとしたら何が何でも断るというのに何故か、俺は首を縦に振って了承してしまったのだ。

「でもお兄ちゃんが断らないなんて珍しいね」

「……」

 隣の小町の話を俺は無視してゲームを進める。

「……いい加減何があったか教えてよ、お兄ちゃん」

 そう言う小町の声はどこか悲しげで、どこか心配そうな声音だった。

「…………お菓子の人……まあ、由比ヶ浜って言うんだけど……簡単に言えばバグを削除したんだよ」

 この言い方では普通ならば通じないが妹ならば通じる。

 事実、小町はう~んと腕を組んで考え出した。

「そっか…………お兄ちゃん」

「ん?」

「……昔のことはリセットしたんだよね?」

 ……昔のこと……そうだ。俺は確かにバグを削除して全てのデータを削除したことで過去を削除し、ゲームにのめり込んでいく現実を新たにデータ保存した。

「一応わな」

「……由比ヶ浜さんはきっとお兄ちゃんと友達になりたいから話しかけたんだと思うよ……確かにお兄ちゃんの仲じゃ青春も友達も全部バグかもしれないけど……由比ヶ浜さんにまでその考えを押し付けて適用させるのは少しダメだと小町は思うな」

「…………」

「お兄ちゃんが友達とか全部捨てたとしても……お兄ちゃんと友達になりたいって本当に思ってる人だっていると思うよ。由比ヶ浜さんもそうだし……多分、雪ノ下さんも」

 俺の指はすでに止まっていた。

「その……お兄ちゃんに近づいてくる人が全員、昔の人と同じことってことは無いと思う」

「…………」

「だからさ…………ちょっとだけでいいからお兄ちゃん……由比ヶ浜さんを信じてあげて」

 

 ―――――戸塚彩加は言った。友達から話しかけてくるなと言われたら悲しいと。

 

 ――――比企谷小町は言った。俺に近づいてくる人が全員、昔の奴らと同じではないと。

 

 ―――――平塚静は言った。絆や友人の必要性を見つけることが俺の仕事だと。

 

 ―――――雪ノ下雪乃は言った。俺は現実の嫌な部分から目を逸らし、ゲームの世界に逃げていると。

 

 ならば俺は何をすればいい。何を実行すればいい。

 ゲームの世界の様にLボタンを押せば誰かが教えてくれるわけではない。分からないのであれば自分で答えを見つけ出すしかない。

「…………ふぅ」

 俺は深く息を吐き出し、PFPをポケットにしまった。

「……小町」

「ん?」

「……その……なんだ……ありがと」

 そう言い、小町の頭を軽く撫でてやると笑みを浮かべた。

「お待たせ」

「およ、雪乃さん。おはようございます」

「おはよう。ごめんなさいね、休日なのに付き合わせてしまって」

「いえいえ! 私も結衣さんのお誕生日プレゼント買いたいんです!」

 あれ? お前さっきまで由比ヶ浜のこと上の名前でさん付けで話してなかったっけ? ふぅ。これだからリア充共は……出会って数日、しかも由比ヶ浜とは一回しか会っていないのに名前で呼ぶとは。末恐ろしいものだな。

「そろそろ電車来るし、いこうぜ」

 そう言い、改札口へ入るとちょうどのタイミングで目的の駅に止まる電車が来たので小走りで乗り込むと同時にドアが閉まり、電車が出発する。

 日曜日のこの時間でも意外と客はいるもんだな……あ、俺が出ないだけか。

「雪乃さんは何を買うか決めたんですか?」

「一応、見て回ったのだけれどまだ絞り切れていないの」

「そうなんですか~。一応聞くけどお兄ちゃん……は決めてもないか」

「ひどくない? ねえ、俺にもちゃんと聞いてくれよ」

「貴方の場合、由比ヶ浜さんにゲームを送りそうで不安ね」

 ちょっと思っていたことを言われ、ドキッとしながらも窓の外を見ると小町と雪ノ下が二人して呆れ気味に小さなため息をついた。

 まだあいつにゲームの本体貸したまんまだからソフトだけかって贈れば一応はやるだろうし……でもなんかあいつのことだからその日だけして放置しそう。

「私、誰かから誕生日プレゼントなんてもらったことないから」

 陰鬱な表情を浮かべてそう言う雪ノ下に何と言っていいのか小町は戸惑いの表情を浮かべる。

「はっ。俺は貰ったことあるぜ」

「え、嘘。お兄ちゃん貰ったことあったっけ?」

「あぁ、あるとも。毎年な」

「一応、参考までに聞いておくけど何を貰ったのかしら」

「ふっ…………ゲーム内通貨とバースデイ限定装備」

 そう言うと小町は額を抑えてため息をつき、雪ノ下は効いた自分がバカだったと言いたげな後悔の念をふんだんに込めたため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南船橋駅から少し歩き、歩道橋を渡り終えると巨大なショッピングモールが見えてきた。

 ここら辺でも最大級と謡われているほど広く服屋があるのはもちろん、映画館があったり、フードコートがあったりと一日だけでは回り切れないほどの広さを誇る。

 ちなみに一度だけ俺もここにゲーム目的できたことがあるがゲームセンターはあまり優遇されていないらしく、UFOキャッチャーなどのファミリー向けのゲームしかなかった。

「驚いた。かなり広いのね」

 構内の案内掲示板を見ながら雪ノ下はそう言う。

「効率を考えて分かれて行動するか。俺あっち、小町こっち、雪ノ下はそっち」

「ちょいとまった!」

「イッタ!」

 案内掲示板を指さしながら言っているとグキィ! と音が出るんじゃないかというくらいの勢いで小町によって指が関節とは逆に曲げられた。

 お、お前! 俺の指はゲームのためにあるようなもんなんだぞ! その指を……いてぇ。

 話を聞いていない小町の姿を見て、俺は心の中で涙した。

「何か問題でも? 彼の言う通り、効率を考えなければ一日ではとても」

「お兄ちゃんも雪乃さんもナチュラルに単独行動しますね~。ダメですよ~。小町的にここだけを抑えていれば結衣さんの誕生日プレゼントは良いはずです!」

 小町が案内掲示板を刺しているところを見ると「ジャッシーン」だの「リサリサ」だの明らかに女の子向けの店が集まっている部分を指していた。

 指、まだ痛いし。

「じゃあ、そっち行くか」

 雪ノ下も異論はないらしく、無言で頷いた。

「ではレッツゴー」

 小町の元気のいい声と共に俺達はショッピングモールの中を歩いていく。

 中に入ると男性向けの店や子供向けの店がいくつも並んでおり、ショッピングモール内は小さい音量ながらBGMも流れており、初めてくる場所だがつまらなくはない。

 雪ノ下も俺と同じなのかさっきから忙しなく首を左右に振って周りの店の様子を見ている。

 …………にしてもなんで俺が一番先頭を歩いているんだ。

 普段の俺ならば一番後ろにポジションを取り、誰にも邪魔されずに歩くんだが何故か今日は俺が一番前に立って歩いている。

 そのまままっすぐ行くと右のブロック、左のブロックへ向かう分岐点が見えてきた。

「おい、小町。こっちで……っていない」

 確認のために後ろを向くが既に小町の姿はそこにはなかった。

 小町に電話をかけながら慌てて周囲を見渡すが小町ではなく、ぬいぐるみを鑑定している雪ノ下の姿は映った。

 ……あの鋭利な牙に鋭い爪、そして凶悪な目をしているあの生物……パンダのパンさんだ。

 東京ディスティニーランドのマスコットキャラクターがパンダのパンさんであり、それをテーマにした乗り物は三時間待ちなど当たり前の超人気アトラクションだ。

 今では千葉の人間ならば誰もが知っているであろうマスコットキャラクター……。

「雪ノ下」

 後ろから声をかけると肩をびくつかせ、慌ててパンさんのぬいぐるみを置き、冷静を保つためか髪を手で払いながらこっちの振り返るが怪しさMaxでしかない。

「何かしら?」

「いや、何って……どうでもいいや。小町が居ないんだけどどうする」

「……最終目的は同じなのだから集合場所だけを決めていれば良いでしょう。小町さんも何か欲しいものがあるのかもしれないし」

「なるほど。お前みたいにな」

 そう言うと一瞬、睨み付けられるがいつもの威力はない。

 俺は小町にメールを送り、由比ヶ浜のプレゼントを選ぶ目的の店へと向かう。

 最初に見つけた服屋に雪ノ下が入っていったので俺も入った瞬間、後ろにピタッと店員が張り付き、俺の歩く速度に合わせて付いてくる。

 …………俺は不審者か。

「比企谷君。これはどうかしら」

 雪ノ下が服を持って俺に話しかけると納得した表情を浮かべて去っていく。

「どうかしらって……俺、服とか母親に適当に買ってきてもらうだけだからわかんねえぞ」

「自慢じゃないけれど私は一般女子高校生とはかけ離れた価値観を持っているわ」

「自覚あったんかい……つってもあいつ、服装とか結構うるさいんじゃねえの? いつも葉山とか三浦みたいなリア充集団と遊んでいるだけあって。俺らが中途半端な知識で選んだ服を送っても着ないだろ」

「……それも一理あるわね……じゃあ、何を送ればいいのかしら?」

 何をって……服は無し。化粧品など俺にはちんぷんかんぷんな分野だし、雪ノ下にも期待はできない。かといって俺に任せればゲームだけになってしまう……筆記用具でも……いやいや。筆記用具を誕生日プレゼントに送るのはないか……何送ればいいんだ。

「ぬいぐるみとかは」

「私の場合、パンダのパンさんしか選べないわ」

「さいですか……ゲー」

「却下」

 俺まだ途中までしか言ってないのに……待てよ。確かまだ俺、由比ヶ浜に家庭の調理学と本体貸しっぱなしだったよな……一回返してもらったけどまた借りたってことは……あいつ、もしかしたら料理にでもハマったか?

「エプロンとかでいいんじゃねえの?」

「エプロン……どうしてまた」

「あいつに家庭の調理学っていうゲーム貸したまんまなんだよ。だからたぶん」

「…………私たちがこれ以上考えても出てこないのだし、それにしましょう」

 意外とあっさり納得し、服屋を出てその向かいはすかいにあるキッチン雑貨店に入ると入り口のすぐ近くにエプロンが大量に置かれていた。

 ……なんか小町が来たら喜んで買いそうだな。

「比企谷君」

 雪ノ下に呼ばれ、振り返ると薄地の黒いエプロンを着ている雪ノ下が俺に全体を見せるためかまるでワルツでも踊っているかのようにくるりと一回転する。

 回転した勢いで2つに結われた紙が揺れ、腰のくびれを強調するかのように綺麗に結ばれた結び目が少し解け、まるで猫の尻尾のように揺れた。

 ……黒髪のせいもあってかなんか無駄に清楚系のアイテムが似合うよな。

「どうかしら」

「……に、似合ってるんじゃねえの。すごく」

「そう、ありがとう……でも私にじゃなくて由比ヶ浜さんになのだけれど」

 あ、そうでした。何俺は真面目に評価してんだ。

「由比ヶ浜には似合わねえんじゃねえの。なんかもっとふわふわぽわぽわしてて頭が悪そうなやつがあいつに似合うんじゃねえの? なんかあいつアホっぽいし」

「酷い言いぐさだけれど的確過ぎて困るわね」

 事実、由比ヶ浜の第一印象を聞かれたら俺はアホっぽいというだろう。普段の行動を知っているならばの話だが…………結局、俺は由比ヶ浜との知り合い関係を喜んでいたんだろうか……小町は少し信じてやってくれと言っていたが…………やっぱ、わかんね。

「ならこれはどうかしら」

 そう言われ、顔を上げてみると薄桃色のエプロンが目に入った。

 両脇には1つずつポケットがあり、へその辺りに四次元ポケットのような大きなポケットがある。

「いいんじゃねえの?」

「そう。じゃあ清算してくるわ」

 そう言い、雪ノ下は黒いエプロンと桃色のエプロンを手に取り、大きな袋をもってレジへと向かった。

 …………気のせいだろうか。雪ノ下が持っていた袋の中にパンダのパンさんの手があったような気が……。



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第十六話

 雪ノ下が清算している間、俺は近くのペットショップで由比ヶ浜宛のプレゼントを買っていた。

 正直、女の子の誕生日プレゼントなど買ったことがないのでとりあえず、飼っている犬用の首輪とその他諸々の小さな道具を買い、プレゼント用に包装してもらう。

「ありがとうございましたー!」

 会計を済ませ、店を出ようとした時に視界の端で雪ノ下の姿が見え、そちらの方を見ると檻で囲われただけの場所にいる子猫の傍に膝を曲げて頭を撫でている彼女がいた。

 その姿は普段からは想像が出来ない程、ほんわかとしている。

 …………まさか、あの雪ノ下がここまで猫好きだとは。しかもたまに小さく「にゃー」って言ってるし。

 雪ノ下に近づくと子猫が耳だけをぴょこっと俺の方に向け、それに合わせて雪ノ下もこっちを見た。

「早かったのね。何を買ったのかしら」

「別に…………俺なりのプレゼント」

「そう……犬が好きなのね」

「は? 俺お前に犬好きなんて言ったっけ?」

「いいえ…………必死だったからそう思っただけよ」

 必死……俺、犬のために必死になったこと……あ、人生で一度だけある。由比ヶ浜の手から離れた犬を救う時だ。その時だけ何故か犬のために必死になったな……でも俺事故のこと話したっけ?

「用事も済んだし帰るか」

「そうね」

 ペットショップから出て出口まで歩いているとふと、雪ノ下の足音がピタッと止んだのに気付き、振り返るとゲームセンターの方を凝視していた。

 凝視している先を見るとUFOキャッチャーにパンダのパンさんが所狭しと入れられていた。

「ゲームしたいのか」

「貴方じゃあるまいし」

 ……気のせいか、ぬいぐるみだけが欲しいのよ、という声が聞こえた気がする。

「欲しかったらやればいいだろ。取れるとは思わんが」

「挑発的な言い方ね。私が出来ないとでも言うのかしら」

「案外慣れないと難しいぞ。小町なんか毎回ここにきて1000円すったからな」

 まあ、ある意味それが俺の作戦なわけなんだがな。お小遣いをゲームで稼いでいる俺にはお小遣い制度はなく、小町だけが貰っているのでその小遣いを少しでも減らすべく、必ずゲームセンターによるのだ。

 そして小町が半泣きになって1000円ほどすったところで俺が一発で取る。これほど清々しいものは無い。

「なら慣れればいいだけよ」

 そう言い、雪ノ下財布から千円札を取り出して両替機に突っ込む。

 そしてクレーンゲームの台に100円玉を積み上げ、1枚を投入口に入れる。

「……」

 何故か雪ノ下はコインを入れたにも拘らずボタンに手を伸ばそうとしない。

 ……まさか知らないのか。

「右のボタンでアームが左右に動いて左のボタンで手前か奥に動かすんだよ。ボタン押してる間は動くから欲しいぬいぐるみの真上よりも少し手前にもっていけばいい」

「そ、そう。ありがとう」

 雪ノ下はカァッと顔を赤くしながらボタンを押して、アームを動かす。

 目的のパンさんの直線上にまでアームを動かし、今度はその直線に沿ってアームを奥へと動かしていく。

 そして俺の言う通り、アームを少し手前で止める。するとアームは勝手に腕を開いてパンさんの体を掴み、ゆっくりと持ち上げていく。

「……もらった」

 ガッツポーズ交じりにそう言った瞬間、アームが最長点まで上がった際に揺れ、パンさんが落ちた。

「……ちょっと今完全に掴んでいたでしょう。どうして落とすのかしら」

「そんなもんだろ。1回で取れることはあんまりないんだ。さっきので位置も動いたし」

「そうね。力が弱い分、回数を重ねるというわけね」

 そう言いながら新たにコインを投入し、アームを操作するがまたもや落下。3枚目を投入するもまたもや落下。

 …………なんでだろう。小町の時は清々しいのに何故か今は貯金箱という名のゲーム機に百円玉を入れている雪ノ下の姿を見て罪悪感しかない。

「下手くそだな、お前」

「なっ。そこまで言うなら貴方は相当上手いのでしょうね。ゲーム谷君」

 なんかもうどうでもいいや。

「100円」

「…………」

「おい、その自分の金でとれよって言う視線止めろよ」

 そう言うと渋々、雪ノ下は俺に百円玉を1枚渡した。

「あ、ゲリラ」

 ポケットのスマホが震えだし、慌てて取ってゲームを起動させ、UFOキャッチャーは片腕だけで操作し、両目ともう片方の腕をスマホゲームに移す。

 どの道、さっきので位置は覚えたし、余裕だろ。

 ボタンを押し、アームを動かしながらゲリラダンジョンに潜入してバッタバッタと現れてくる敵をぶっ倒していく。

「お、チョキ遭遇。おめおめ」

 そのことに喜んでいると取り出し口からガコンと音がしたので手を突っ込み、中にあるものを取るとまさしく雪ノ下が欲しがっていたパンダのパンさんだった。

「ほい。パンダのパンさん」

「…………貴方、その情熱を他のことに向ければきっと国際教養科にいたでしょうね」

「中学の担任と同じことを言うなよ。ほれ、やる」

「いいえ、それは貴方のものよ。貴方がとったのだから」

 なんというかこいつは全ての筋を通したがるというか頑固というか。

「この対価を払ったのはお前だろ。だからお前のだよ」

 そう言い、無理やり雪ノ下に渡すとそんなの嬉しかったのか普段は見せない笑みをこぼしながらパンダのパンさんをギュッと抱きしめた。

「にしても本当に好きなんだな」

「ええ、昔貰ったのよ」

「ぬいぐるみを?」

「いいえ、原作よ。英語のね」

「パンさんに原作なんかあるのか?」

 そう言った瞬間、雪ノ下のスイッチが入る音が聞こえた。

 お、俺なんかいったらいけないことを言ったのか?

「パンダのパンさん。原作名は『ハロー、ミスターパンダ』。改題前のタイトルは『パンダジガーデン』。アメリカの生物学者だったランド・マッキントッシュがパンダの研究のために家族総出で中国へ渡り、新しい環境になじめないでいた息子のために方のが始まりだと言われているわ」

「は、はぁ」

「よりキャラクター性を重視し、デフォルメされたディスティニー版が有名だけれど原作も素敵よ。一度、原書を読むのをお勧めするわ」

「お前、そのころから英語できたのか」

「いいえ。辞書をもってパズルのように一つ一つ調べていき、繋がった時は嬉しかったわ。それに誕生日プレゼントだったから余計に愛着があるのかもしれないわ……だ、だからその……取ってもらえて……嬉しかったわ」

 その一言と雪ノ下の浮かべる小さな笑みを見た瞬間、一瞬胸が高鳴った。

「……そ、そうか。でもその気持ち、分かるぞ。俺も誕生日の時に買ってもらったゲームの操作方法が分からなくて一つ一つ確かめていったあの時の高揚感は未だに忘れられないし、そのゲームは未だにデータを削除してやり直したりしてる」

「それと同じにするのは少し不快だけれど」

「……ま、俺の場合、環境が環境だったしな」

「え?」

 雪ノ下の問いに俺は何も答えずに休憩のためにベンチに座ると隣に雪ノ下も座る。

 あの時、苛められて少しでも楽しくって言う事で両親が買い与えてくれたゲームだからな……ま、ここまでのめり込むとは両親も思ってなかっただろうけどな。

「…………はぁ……」

 1つため息をつき、天井を見上げる。

「あれー? 雪乃ちゃん? やっぱり雪乃ちゃんだー!」

「ね、姉さん」

「は?」

 無遠慮な声と共に雪ノ下のその一言が聞こえ、慌てて前を向くと雪ノ下にそっくりな女性が満面の笑みを浮かべてこっちは走ってきていた。

 さっきまでのほんわかした様子はどこへ消えたのか、雪ノ下はギュッとぬいぐるみを強く抱きしめている。

 雪ノ下をソリッドな美しさというならば目の前の女性はリキッドな美しさを持っていた。

「こんなところでどうしたの? あ、デートだな? デートでしょー! このこの!」

 うりうり~と肘で雪ノ下を突くが当の雪ノ下は心底鬱陶しそうな冷たいまなざしで女性を見ている。

 女性は笑みを崩すことなく雪ノ下にちょっかいを繰り出す。

 …………なんかこの感じ抱いたことがあるような気がするんだよな……なんなんだ、この感じは。

「彼氏? こっちの彼は彼氏?」

「違うわ、同級生よ」

「またまたー! 雪乃ちゃんのお姉ちゃんの陽乃です。雪乃ちゃんのことよろしく」

「は、はぁ。比企谷です」

「比企谷……へぇ」

 陽乃さんは顎に手を当て、俺の脚先から頭のてっぺんまで値踏みするように見ていく。

 見られている間はまるで金縛りにでもあったかのように動けない。

「へぇ。あ、パンさんだ! いいなー! 彼氏に取ってもらったんだ! 羨ましいなー!」

「触らないで」

 そんなに大きな声ではなかったがひどく通る声に冷たさがくわえられ、流石にお姉さんも伸ばした腕を引きもどし、引きつった笑みを浮かべる。

「わぁ、びっくりした。ごめんね雪乃ちゃん。彼氏に取ってもらったものだもんね」

「だから彼は同級生だとさっき」

「冗談だってばー! あ、でも羽目を外しすぎないようにね。お母さん、まだ1人暮らしのこと怒ってるから」

 その単語が出てきた瞬間、雪ノ下の表情が強張り、パンさんを抱きしめる力が強くなる。

「……姉さんには関係ないことよ」

 地面を見ながらそう言う雪ノ下を見て俺は軽く衝撃を受けている。

 雪ノ下を跪かせるほどの人物か……モンスターだな。

「あはは。雪乃ちゃんは頭いいから考えてるんだよね。じゃ、比企谷君。本物の恋人になったら一度、お姉ちゃんとお茶しようね! バイバイ!」

 俺の顔を覗き込むようにしてそう言い、走り去って言った瞬間、ようやく理解した。

 やっとわかった…………あの感じ。

「お前の姉ちゃんすげえな」

「はじめてあった人はそう言うわ。容姿端麗、成績最高……誰もは誉めそやすわ」

「優秀な姉自慢かよ」

「は?」

 雪ノ下はポカンと口を開けて俺を見てくる。

「なんというかギャルゲーに出てきそうなヒロインだよな」

「……どういう意味かしら」

「……何でギャルゲーに出てくるヒロインはブサイクがいなくて美人ばかりか知ってるか?」

「……さぁ」

 ギャルゲーって言葉すら知らなさそうだけどまあいいや。

「男の理想を詰め込んだゲームだからだよ。現実では満たせない欲望を理想で埋める。お前の姉ちゃんはなんかそんな感じがした。作られた誰からも好かれる理想の女性。でも理想を現実へ持ってくるとどうしてもぶれるんだよ。あくまで理想でしかないからな」

「……そうよ。あれは姉の外面。仕事上、長女の姉はよく外に連れまわされたのよ。その結果、出来たのがあの仮面……そんな理由で見破られたなんて知れば呆れるでしょうね」

「うるせ……それに明らかに笑顔の種類が違うだろ。お前とは」

「え?」

「……さっさと帰ろうぜ、やること終わったし」

「……そうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後、俺と雪ノ下は奉仕部で由比ヶ浜が来るのを待っていた。

「こ、こんにちわ」

 控えめなノックの後、由比ヶ浜が姿を現し、部室へと入ってくる。

「由比ヶ浜さん」

「な、なに?」

「私たちのことで話があるの」

「う、うん……」

「そ、その」

 2人して黙ってしまい、部室に静寂が満たされていく。

「…………今まで貴方がいた時間はとても楽しかったわ……だからそのお礼を」

 最後の方は聞こえなくなったがカバンから昨日買ったエプロンを由比ヶ浜に手渡す。

「……へ?」

「お誕生日おめでとう」

 思わぬ祝福を受けた由比ヶ浜はポカンと口を開けたまんま何も言えずにいた。

「…………開けていい?」

 由比ヶ浜の確認に雪ノ下は黙って首を縦に振り、部室に包装を破る音だけが響いた後、由比ヶ浜の息をのむ音が聞こえた。

「エ、エプロン……可愛い……ありがと! ゆきのん!」

 由比ヶ浜笑みを浮かべながら雪ノ下に抱き付く。

 雪ノ下は暑苦しそうな表情を浮かべながらも由比ヶ浜を話そうとはせずに自然と離れるのを待っているのかそのままの状態だった。

 …………俺がやるべきことは……

「ゆ、由比ヶ浜」

 PFPの電源を久しぶりに切り、カバンの中に押し込むと同時に由比ヶ浜宛に買ったプレゼントを取り出し、彼女の傍にまで近づいていき、箱を手渡した。

「ヒ、ヒッキー……」

「そ、その……悪かったな」

「え?」

「……お、俺さ。昔の経験で友情とか青春とかバグの一種だって考えてたんだよ……俺には必要ないものだって決めつけて……そ、その考えをお前にまで押し付けて拒絶したのは……悪かった。これまで通りにはいかないだろうけど……ま、また話しかけてくれたりしたら……う、嬉しい」

「…………へ?」

「は?」

 由比ヶ浜の気の抜けた言葉に俺までつられて気の抜けた言葉を発してしまった。

「え、え? ヒッキー何言って」

「何言ってってお前を拒絶したことの謝罪というかお詫びというか」

「……え、あれって事故のことじゃないの!?」

「は、はぁ? い、いや俺からしたらあの事故は良かったというか……おかげで入院中にゲーム三昧だったって言うか……な、なんだそれ」

 全身の力が抜けてしまい、ヘナヘナと椅子に座り込んでしまった。

 雪ノ下の言う通り、そのまんまのすれ違いだな。

「ハ……ハハハハ。ヒッキー……その……事故のことは」

「別に何とも思ってねえよ。助けた犬の飼い主が偶然、由比ヶ浜だったってだけだし……それに入院中はゲーム三昧だったし」

 そう言うと由比ヶ浜も力が抜けたのかヘナヘナと近くの椅子に座り込んでしまった。

「開けていい?」

「お、おう」

 そう言うとさっきとは打って変わって丁寧に包装を解いていき、中に入っているのを見た瞬間、彼女の顔が少し緩んだ。

 そのまま箱に入っているものを首元に近づけ……え、おい。

「ど、どうかな?」

 彼女の首元には黒のレザーを数本に分けて編み込み、中央にはシルバーのタグ。茶色い毛色に良いと思って買ったんだがまさか人間が付けるとは思っていなかった。

「どうかなって……それお前、犬用の首輪だぞ」

「……ハ、ハァ!?」

「由比ヶ浜さん。まさか……彼の」

「ち、違うって! こ、これはその…………ヒッキーのばか!」

 顔を真っ赤にしながらそう言い、カバンを持って由比ヶ浜は出口へとまっすぐ向かっていくが扉を開けたところで動きを止め、こっちを向いた。

「あ、ありがと」

「お、おう」

 扉が閉められ、由比ヶ浜の足音がだんだん遠くなっていく。

「……よく分からないけれど解決したのかしら」

「さぁ……解決したんじゃねえの」

 呆れながらも俺はどこか今の状況に安堵の気持ちを覚えていた。



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第十七話

今日はキリがいいので一話です。


 夏休み……それは俺にとっては最強にして最上の休みである。

 学校のことなど忘れ、平日・休日関係なく徹夜してゲームをしていても何も言われないというまさに俺のためにあるような期間だ。

 夏休みが始まってまだ一週間も経っていない今日、俺はただひたすらゲームをしていた。

 食事は食パンを一かじりするだけでトイレ・風呂を除けばずっと俺はゲームをしていた。

 たとえ父親と母親が帰ってきて小言を言おうが夏休みだからという言葉で撃沈させ、小町にテレビ見せろとせがまれれば夏休みの宿題手伝ってやらんぞという脅しで追い払う。

 そう。世はまさに……大ゲーム時代!

「ぐふふふふ……甘い、甘いわ!」

 地面に設置されていた地雷を踏むと見せかけてジャンプで飛び越えつつ、相手をヘッドショットで一発で倒し、さらにローリングし、立ち上がると同時のヘッドショット。

 すでに左上に表示されているマップには数人しかプレイヤーがおらず、最後のプレイヤーも俺のヘッドショットにより、ステージから消え去った。

「フハハハハハハハハハ! 我こそ神! 神八!」

「お兄ちゃ~ん。テレビ見せてよ~」

「断る。今俺は忙しいんだよ」

「忙しいってお兄ちゃん以外にプレイヤーいないじゃん」

「ばーろー。いついかなる時も警戒を怠らない。常識だ」

「はぁ……ねえ、ちょっとは外に行ってきなよ。小町、お兄ちゃん心配だよ」

「安心しろ。太陽光は入れてある」

 カーテンを全開にしてちょうど俺に当たるようにしており、ゲームをしながら太陽に当たるというまさに究極の効率を重視したスタイルなのだよ。これを生み出した俺、マジヤバい。

 後ろから大きなため息が聞こえてくるがそんなの問題ナッシング。

「小町、テレビ見たいんだけど」

「我慢しなさい。今お前は受験生だろ」

「お兄ちゃん、中三の時も普通にやってたよね」

 そう。俺に受験期なんてものは無い。エブリデイがゲーム日であり、オールウェイズにゲームなのだ。

 勉強なんてものは暗記ゲーだ。ゲーム関連の会社に必要な知識はちょっとづつしてるし、あとは私立文系で授業料免除貰って頑張れば就職できる……多分。

「お兄ちゃん!」

「ん……な、お、お前!」

 小町の大きな声に渋々、後ろを振り返るとなんと小町は俺の大事な大事なPFPを片手にカマクラの首根っこを掴んでプランプランしていた。

「カー君にPFPで爪とぎしてもらうか2時間出かけてくるか! さあどっち!」

「わーい! 2時間お出かけしてこよっと」

 ダッシュでPF3を片付けて小町からPFPを返してもらい、財布とスマホをポケットに入れて慌てて外へ出るとうだるような暑さが俺に襲い掛かる。

「あ、暑い……暑すぎる……とりあえずゲームセンター行くか」

 自転車に乗り、総合アミューズメントパークであるムー大に向かう。

 くっそ。まさか夏休みにこんな弊害があったとは……今度金が貯まったら俺専用のモニターでも買って部屋に閉じこもってゲームやるか。

 その時、前方に見覚えのある女子が2人ほど見えるがとりあえず目を合わせない様にしながら隣を通り過ぎようとする。

「あ、ヒッキー!」

「あのどちら様?」

「いや、もうそれ良いって」

 ばれない様に小さくため息をつき、自転車を止める。

「で、何の用?」

「いや、ヒッキーの姿が見えたから」

 いつものお団子ヘアに黒のキャミソール、透かし編みの白のカーディガンとホットパンツ、そして足にはグラディエーターとまさに夏を楽しむであろうリア充の格好をしている。

 対して俺は下はスウェット、上はI LOVE Summerと書かれたどこで買ってきたかもわからないような半袖にガーデニングサンダルと引きこもりスタイルだ。

 ……ついこの前にまた話しかけてくれって言った手前、断り切れん。

「暑いね~」

「そうだなー。暑いなー」

「んだヒキニクじゃん」

「ヒ、ヒキニク?」

 由比ヶ浜の後ろから背中がバックり開いているミニスカワンピを纏ったスクールカースト上位の総武クイーンの三浦優美子が出てくるとそう言う。そして何故か由比ヶ浜はあたふたと慌てだす。

「ゆ、優美子! 本人を前にして」

「ヒキニクってなんだよ」

「引きこもり・ニート・オタク。略してヒキニク」

 何故、小町が考えたはずのあだ名がここまで広がっているのだろうか。

「ユイー。あーし、海老名に電話してくるから」

 そう言い、携帯片手に三浦は屋根で影になっている部分へと行き、携帯を耳につける。

 カースト上位の者は面白いくらいに下の奴のことなど気にもしないし、視界の端にも入れない。たとえ入ったとしてもそこら辺にある石ころとしか認識しない。何故か? 自分に勝つわけがないからだ。

「優美子たちと遊んでるんだ。ヒッキーは?」

「俺? 小町に二時間でてけって言われた」

「なんというかヒッキーらしいね……ヒッキー夏休みの間何してるの? 良かったらその……どこか一緒に出掛けない? 川とかさ」

「ゲーム」

「……他には?」

 由比ヶ浜はひきつった笑みを浮かべながら俺に尋ねてくる。

「ゲーム」

「で、出かけたりしないの?」

「え? むしろなんで休みの日に出かけるんだよ。休みの日なんてゲーム三昧だぞ。ちなみに俺のここ3日間の睡眠時間はトータルで6時間だ」

「1日2時間でいけるの?」

「いける。俺、お前と違って省エネだし」

「キャ、キャンプととかいかないの? バーベキューとかも楽しいじゃん」

「はぁ? ぼく夏で充分だろ」

 あれは名作だよな。だってボッチが家にいても夏休みの行事を一通りできるからな。バーベキュー、虫取り、虫を使ってのバトル、日記。もうあれほどボッチの味方はいない。

「あ、ヒッキーの誕生日近いよね。確か8月8日だっけ?」

「……え、なんでお前知ってんの。もしかしてストーカー?」

「ち、違うもん! そ、そのヒッキーに借りてるゲームでヒッキーの誕生日が書かれてたから」

 あ~そう言えばあのゲーム機、誕生日セットしておけばその日に祝ってくれる機能あったな。適当に入れればいいか~みたいな感覚で入力したな、そう言えば。

「誕生日会しようよ! ヒッキーの」

「いい。面倒くさいし」

「えー。ヒッキーゲームしかしないの?」

「しない。むしろゲーム以外したくない……ところで後ろの人は良いのか?」

「へ? あ! じゃ、じゃあねヒッキー!」

 振り返り、三浦の表情が鬱陶しそうなものであることに気づいたのか由比ヶ浜は慌てて三浦に近づいていき、手を合わせて頭を下げていた。

 あと105分か……ゲーセンいこ。

 再びチャリンコにまたがり、ムー大へと向かっていると一瞬、見覚えのある女性が見えた気がしたが何やら綺麗なドレスっぽい恰好をして半泣きだったのでとりあえずスルーしておいた。

 なんかマストデッドモンスターに出会った気がしてたまらないな……出会わないことを祈っておこう。

 ムー大の無料駐輪場に自転車を止め、エレベーターでゲームセンターがある階へと上がると聞き慣れた騒音が入ってくるとともに冷気で熱くなっていた体を冷やしてくれる。

「まずは肩慣らしにUFOキャッチャーでもするか」

 財布を確認するとジャラジャラと5000円分の百円玉が入っているのが見えた。

 とりあえず2,3回するか。

 UFOキャッチャーの前に立ち、コイン投入口にコインをまとめて入れ、アームを操作して適当なぬいぐるみをとっていく。

「くぁぁぁ~。眠……」

 ふと、足元を見てみると小さな女の子が俺がとった2体のぬいぐるみを物欲しそうに見えているのが見えた。

 ぬいぐるみは1体がパンダのパンさん、もう2体がメジャーなキュートなマスコットのぬいぐるみ。

「ん」

「いいの?」

 女の子の問いに俺は首を縦に振って肯定すると女の子はキュートな2つのマスコットを取り、パンダのパンさんには目もくれずに行ってしまった。

「……安心しろ。お前には雪ノ下という相手がいるじゃないか」

 何故かパンさんが泣いているように見え、頭を撫でながらそう言い、次のゲームへと向かう。

 パンダのパンさんを片手にプラプラ歩いているとゲームセンターにはない煌びやかな光が見え、そちらの方を向いた瞬間、何故か俺は逆の方を向いてしまった。

 …………見てないぞ。泣きながら格ゲーしてる平塚先生なんて見てないからな!

 自分に言い聞かせるように開いている台に座り、コインを投入し、通信モードを選択して相手が来るのを待っていると☆静静☆という名前のプレイヤーが参入してきた。

 ……そう言えば由比ヶ浜のメルアドもなんか最初はこんなんだったよな。

 決定ボタンを押し、キャラクター選択で俺はいつも使っている全パラメーターがバランスよく配分されているキャラを選択し、相手が決めるのを待つ。

「……なんか見れば見るほどお前、怖いな」

 膝にのせているパンさんにそう語りかけると相手も選択し終わったらしく、偉くゴツイキャラが表示されている。

 うわ、ゴリゴリのパワー押しかよ……ふ、パワーなどあてにならないと言う事を教えてやるさ。

 対戦が開始された直後、相手が攻撃を仕掛けてくるが小ジャンプで攻撃を避けつつ、空中技で相手に一発攻撃を加え、さらに怯んだところでコンボを叩きこんでいく。

 ほんと、技術発展て凄いよな。昔は平面だったのに今じゃ奥行まであるもんな。

 コントローラーをグリグリ動かし、怯んでいる相手にボコボコとコンボを叩きこんでいく。

 さらに相手を軽く上へあげると同時に小ジャンプ、さらに攻撃を加えてさらにジャンプ、これを繰り返して最後は強攻撃で相手を地面に叩き落した。

 相手が立ち上がった瞬間、画面が暗転し、相手のキャラのキメポーズが表示された瞬間、コントロールスティックとRボタンを駆使して緊急回避を行うと技に入るための一撃が空を切る。

「ふっ、これで止めだ」

 俺のキャラの必殺技が発動し、最初の一撃が相手に当たって空中へ投げ飛ばすと空中コンボを叩きこんでいき、最後はエネルギーで拳を巨大化させ、それを相手に叩き付けると勝負が決した。

「ふぅ。雑魚だな……相手は誰…………」

「ふ、ふふふふ……私は結婚においてもゲームにおいても圧倒的敗者なのだな」

 …………見ないことにして去ろう。うん。

「む? 比企谷ではないか!」

 先生は鼻をスンスンと臭いを嗅ぐように動かすと俺の方を向き、満面の笑みを浮かべてこちらへ向かってくる。

 犬なのか? あの人は犬並の嗅覚を持っているのか? ならばなぜ、結婚してくれる男の臭いをかがないんだ。

「ど、どうも」

「いやー! 奇遇だな! たまにはゲームセンターも良いと思ってな!」

 そう言う先生の格好がまるでパーティーに行くかのような煌びやかなネックレスにパーティードレスなのでツッコミどころ満載なのだがとりあえず何も言わない。

「そ、そうっすか……で、何してるんすか」

「ちょっとストレス発散をな。いや~にしても強い相手だった。神八という相手だったが」

 それは俺のことですよ……とは言わない。

「比企谷、どうせ暇だろう? 少し付き合え!」

「えー」

「比企谷。ひとっ走り付き合えよ」

 嫌ですよオーラをMAXにして放出するがそんなもの先生には聞くはずもなく、手を取られて近くにあったレーシングゲームに無理やり座らされる。

「よし、これで対戦だ。私も昔学生の頃はよく通ったものだ」

「はぁ……いったい何年前のことだ」

「あ?」

「い、いえ何も」

 何で呟き程度の小声かつ周りの騒音の中で聞き取れるんだ。先生の耳は地獄耳なのか?

 車種選択が終わり、レースが開始される。

「このっ! よしっ!」

 俺の操る車のボディに体当たりをかまし、一位に躍り出る先生。さらに先生は爆走モードを発動させ、通常の十倍の速度で一気に進んでいく。

「ハハハハハハ! このまま突っ切ってやる!」

「甘いっすよ。戦いはこれからっす!」

 右上に表示されているコースマップを確認する。

「ちっ! 曲がり角か」

 そう言って先生は爆走モードを解除し、通常速度に戻る。

「ふっ。笑止」

「な!? 爆走モードでコーナーに突っ込む気か!? 自爆行為だ!」

「ふっ。見よ! そして括目せよ!」

「バ、バカな!」

 爆走モードに入り、車のボディが淡いブルーの輝きを放っている状態のまま速度をMaxにまで上げ、ブレーキを踏むと同時にハンドルを切り、ガードレールギリギリのところでドリフトをかまし、そのまま直線レーンに入り、爆走モードのままゴールした。

「ふっ。これぞ俺、まさに俺、これこそ俺」

「…………その情熱を勉学に注いでくれたら私は嬉しいんだがな」

「それを言ってはおしまいですよ」

「比企谷。昼飯は食べたのか?」

「いえ、まだですが」

「よし! 私と食べに行こう! 良い店を知っているんだ!」

「え、ちょっと!」

 その後、俺は2時間どころか5時間も平塚先生の結婚に対する愚痴を聞く羽目になってしまった。



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第十八話

 7月も終わり、夏休みも残り3週間程度となった今日、俺は隣にパンダのパンさんを置いてゲームに没頭しているがさっきから隣からの殺気でヤバいヤバい。

 ぬいぐるみから殺気を感じるとか俺もうヤバくね?

 雪ノ下に渡そうと思っても俺が外出しないので遭遇するはずもなく、小町にも聞いたが今回俺があてたタイプはお気に召さなかったらしく、さらにはカマクラにまで威嚇される始末。

 そんなわけで俺のゲームの観客になってもらっているのだ。

「ん?」

 その時、パンさんにひっかけていたスマホが震えているのに気付き、画面だけを見てみると見覚えのない番号から電話が来ていたので無視した。

 これでいい。知らないアドレス・番号からの連絡などはすべて無視するに限る。ソースは俺。スマホに変えたばかりの時に知らない番号から電話が来ていたので何となく出たが最後、メンヘラっぽい女性から延々と電話が来るようになってしまったのだ。まぁ、何とか着拒したけど。

「今度はメール……☆静 静……」

 一発で相手が分かったこともあってかとりあえずゲームを中断し、メール受信ボックスを開き、送られてきたメールを見てみると俺の予想通り、平塚先生からだったが内容をろくに見ないままスマホをテーブルに戻した。

 これでいい。知り合いからのメールなど無視していればいいのだ。あとは夜遅くにごっめ~ん、携帯の電源切れてた~とか送っておけばいい。ソースは俺。委員会で組んだ女子と仕方なくメールアドレスを交換し、翌日の委員会についてメールを送ったらそれが帰ってきた。滅びろ。

「…………は?」

 直後、スマホがガタガタ数秒間継続して震え始め、次々にメールが送られてくると同時に着信までもがどんどん入ってきた。

 え、なにこれ。どこの着信アリ? 

 そのガタガタは1分ほどで止まったがあまりの衝撃に思わずスマホを手に取り、画面を確認すると全部が平塚先生からだった。

『平塚静です。メール見たら返してください……奉仕部の夏休み中のことに関してなのですぐに、出来れば今すぐにメールを返してくれると助かります……もしかしてまだ寝てますか(笑)。比企谷君、あまり長時間のゲームは体によくありませんよ   電話に出て       電話でろ』

「な、なんの陰陽師メール?」

 そのあまりの長文さに恐怖を抱きながらメールをさかのぼっていくと全てが共通して夏休み中に奉仕部でボランティア活動をするからそれに参加しろという内容だった。

 敢えて言おう……断る!

 ただでさえ俺の夏休みゲームパラダイスは壊されかけているんだ。こんな長期間家を出ることなどあってたまるものか。夏休みはゲームのためにある物なんだよ。もう頼むから夏休みじゃなくてゲーム休みにしてくれねえ?

 その時、ドタドタと足音が聞こえたかと思えばリビングの扉が勢い良く開かれ、下着の上から俺のおさがりのTシャツを着ただけの小町が入ってきて冷蔵庫からよく冷えた麦茶を一気に飲み干した。

「ぷっはー! やっと勉強終わったぁぁ~」

「おめでとさん」

 小町はカマクラにキスの嵐を降らせながら肉球をプニプニする。

 俺がやったら平気で猫パンチしてくるくせに小町がやったらなんであんな幸せそうな笑みを浮かべて甘んじて受け入れてるわけ? 俺猫にも嫌われてるの?

「ねえ、お兄ちゃん」

「お?」

「小町は凄く頑張って勉強を終わらせました」

「そうだな。読書感想文も終わったんだし、良かったじゃん」

「そうそう……なので小町にはご褒美が必要なのです」

 お前はOLか。自分が頑張ったからご褒美を与えるなんてデブまっしぐらの行動じゃないか。何かを達成したら美味しいものをご褒美として与え、また頑張ったら与える。そのままデブ街道まっしぐらコースだな。

「あ、そう。食べ物以外にしておけよ。デブになるから」

「なのでお兄ちゃんは小町と千葉に行かなきゃいけないのです」

「なんかすげえ飛距離のジャンプしたぞ。鳥人間コンテストに鳥が参加するくらいぶっちぎりのな」

 そう言うが小町は脹れっ面を浮かべ、俺をジトーっと睨み付けてくる。

 どうやら俺にはNOという選択肢は内容だがそんなもの新たに作り出せばいいことであり、強制イベントではないので俺は喜んで回避しよう。

「小町だけで行って来いよ。俺ゲームで忙しいから」

「…………」

「小町?」

 ゲームに集中していると突然、小町が何も言わずに俺の背中に抱き付いてきた。

 後ろを振り返り、小町の様子を見るが顔を背中にうずめているので顔までは見えないがどこかその雰囲気は悲しそうなものに感じた。

「……小町、お兄ちゃんと旅行……行きたいな」

「……なんでまた」

「だって今行かないと……お兄ちゃん、ずっと家の中にいると思うし小町も受験生だから」

 小町は来年、総武高校を受ける受験生だ。自ずと勉強が中心の生活へとシフトしていき、今の様にテレビを見せろなどという言い合いはできなくなるだろう。

 その前に楽しい思い出を作っておこうというわけか…………はぁ。

 心の中でため息をつき、セーブしてからPF3の電源を落とし、後ろを向いて小町の頭を優しく撫でた。

「分かったよ。行く……今回だけだからな」

「いぇぇーい! じゃあ動きやすい恰好に着替えてね!」

 さっきまでの悲しそうな雰囲気はどこへ消えたのか、まるで服を脱ぐかのように鮮やかに雰囲気を払拭し、満面の笑みを浮かべて小町は部屋へと帰っていく。

 ……嫌な予感がする。

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず適当にTシャツを着てジーパンを履き、靴下も履いてPFPお出かけセットを袋に詰め込んでいると二つの大きなカバンを持った小町がリビングに入ってその二つを床に置いた。

 …………この短時間でこの二つを用意できるか?

 置かれたカバンは膨れ上がるほど荷物が入れられており、チャックに至っては完全に閉まり切らずに少し開いている始末だ。とりあえずそこにパンダのパンさんをどうにかして詰め込む。

「じゃ出発進行!」

「……はぁ」

 2人のカバンとお出かけセットを担ぎ、家を出て鍵を閉め、歩きで駅へと向かう。

 何でこういう思い物を持つときって男子が率先して持たなきゃいけないって言う愚かな風習があるんだろうな。別に細身の女子は良いとしてもがたいのでかい女子に対しても適用するところが分からん。

 明らかに俺よりも力がある女子がでかいものを見てあんたもってっと言われた時はモンスター以外に始めて殺意に近いものを抱いたな。いやお前が持てよって。

「お兄ちゃん、またゲームもってきてる」

「良いだろ。ていうかお前スマホをゲーム以外に何使ってるんだよ」

「何ってもちろん小町は受験生なので勉強アプリを入れてるよ。あ、あと日記にお兄ちゃんのゲームオタクっぷりを書き残したり。あ、今の小町的にポイント高い!」

「どこがだ。俺からすればダダ下がりだ」

「ていうかお兄ちゃんゲームアプリ入れすぎ。ほとんどゲームじゃん」

「はぁ? スマホなんてゲームアプリ入れて何ぼだろ。あれはゲーム機98%、残りがその他だぞ」

 そう言うと小町は肩をすくめ、ため息をつく。

 事実、俺はどれだけレビューで不評されていようが好評だろうが無料のアプリは大体、ダウンロードして一通り遊ぶと続けるか否かを選ぶ。結局、残ったのはダウンロードした全体の68%くらいだけど。

 まあ俺の主なゲーム機はPFPとPF3だからな。

「でもお兄ちゃんほんと飽きないよね。小町なんてゲームしてないよ?」

 昔は小町もやっていたのだがすべて卒業し、全て俺に引き継がれたのである。まあその原因は同じ日に買ったのに俺がその日にクリアしたせいだけど。

 あのころはよく母親も小町に貸してあげなさいとか言ってたけどもう言わなくなったよな。

 そんなことを思いながら片手でスマホゲームをしつつ歩いていると駅に到着し、改札口へ行こうとすると小町に服の袖をクイクイっと引っ張られた。

「お兄ちゃんこっちこっち」

「は? 千葉行くんだから電車だろ。違うのか?」

 俺の問いに答えないまま小町がバスロータリーの近くへ向かうので俺もそれに付いていくと前方にワンボックスカーが止まっているのが見え、それにもたれ掛っている黒いサングラスをかけ、裾を結んだ黒いTシャツ、デニムのホットパンツ、靴は登山靴のようなスニーカーをはいた女性がいた。

 その女性は俺の方を見るとサングラスを外した。

「…………あ、ヤバい。俺なんか調子が悪いから帰るわ」

「まぁ、待て。比企谷」

 後ろを向いた瞬間に肩をガシッと掴まれ、恐る恐る後ろを振り返ると黒い笑みを浮かべた平塚先生が指をパキポキと鳴らしている。

「な、何故ここにいるのでしょうか」

「メール見てないのか。奉仕部の合宿に行くのだよ。ボランティアという名のな。以前のこともあるのであらゆる手を使って君の妹さんに連絡をつけたのだよ」

 いったいどういう経路をとれば小町のメルアドに到着するのですかね。

「ヒッキー遅いし」

 聞き覚えのある声が聞こえ、ため息をつきながら振り返ると雪ノ下と由比ヶ浜がコンビニの袋を持って立っていた。

 奉仕部の活動で行くんだからこいつらがいて当たり前か……でもなんで小町も呼んだんだ?

「結衣さん! やっはろ~!」

「小町ちゃん! やっはろ~!」

 小町は由比ヶ浜と手をつなぎ、ブンブンと振り合う。

「雪乃さんもやっはろ~!」

「やっ……こんにちは、小町さん」

「お前らいつ交流したんだよ。ていうかその挨拶アホっぽいからやめろ」

 マジでいつから由比ヶ浜と小町は名前を呼ぶ間柄になったんだ……ハァ、これもリア充の特性なのかね……でもよく考えたらこいつら一回会ってるよな。お礼に来た時に。

「小町も呼んでくれてうれしいです!」

「あたしもゆきのんに呼ばれたんだけど小町ちゃんも呼ぼうってことになったんだ!」

「そうなんですかー! 雪乃さんありがとうございます! 大好き!」

 突然の告白に雪ノ下が一瞬たじろぐ。

「…………あれを制御できる人が必要でしょう」

「おい。俺は暴走チップを搭載したマシーンか。どこの獣化だ」

「小町も早くあれを引き継がせたいんですけどね~」

 3人して俺をジトーっとみてくるな。もう少しでモテ期かと勘違いしちまうところだろうが……ま、そんなことはないんだけどな。

「暑いんで早く行きましょうよ」

「まぁまて。あと一人くるんだ」

 一人? 誰が来るんだよ。ていうか俺超帰りたいんですけど。

「八幡!」

 前言撤回。俺はこの時のために小町に呼ばれたのだろう。

 触れたものを一瞬で浄化し、傷を癒してくれるシャイニングスマイルを辺りにふりまきながら戸塚彩加は少し汗をかいて俺に向かって小走りでやってくる。

「あっ! 戸塚さんやっはろ~!」

「やっはろ~!」

「だからお前らどこで交流してんの? ねえ、お兄ちゃんの知らないところで友達増やすの辞めてくんない? お兄ちゃん哀しくて泣いちゃうよ」

 俺の小言など無視して小町はきゃぴきゃぴと戸塚と触れ合う。

「全員そろったな」

「全員? 一応、聞きますが材木座は?」

 奉仕部に何らかの関係がある小町と戸塚が呼ばれたと言う事は一応、関係がある材木座も呼ばれていてもおかしくはないんだがな。

「彼も一応読んだのだが激闘がどうの締め切りがどうのコミケがどうのとで断られた」

「…………あー! 俺も今日からランキングイベントが始まるから帰らなきゃー! じゃあ先生ー! さよ」

「バイスクロー!」

「ヘブン!」

 頭に手を叩き付けられると同時にわしづかみにされ、無理やり前を向かされると大魔王サタンが目の前にいた。

「行くぞ」

「……ひゃい」



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第十九話

 車に乗り込み、出発したのはいいが何故か車は高速に乗り、まっすぐ走っていく。

「先生。なんで千葉行くのに高速なんすか」

「いつから千葉に行くと錯覚していた?」

 なんかこの人ちょくちょく少年漫画のネタぶっこんでくるよな……これがゲームネタなら俺も瞬時にツッコミを入れるのにマンガをあまり読まない俺にとっては少しわからない。

「残念! 千葉村でした!」

「へー。そうなんだー」

 テンションについていけないのでポケットからPFPを取り出し、スリープモードを解除し、モンスター狩狩を起動させて狩りを再開させると同時にスマホがゲリラをお知らせするかのように震えだしたのでそれも取り出すがモン狩狩は両手を使うゲーム。いくら俺でもこの二つを同時進行するには少々、この広さでは難しい。

 だがそれは手を使えばの話しだ。

 俺は靴を脱ぎ、裸足になると左足の親指と人差し指でスマホを挟み、右足の指でゲリラを回ると同時に手でモンスターを狩る。

「お、チョキおめおめ」

「…………比企谷。私は悲しいよ」

「小町さん。ああいう風になってはダメよ」

「大丈夫です。ドン引きですから」

「うわぁ~」

「え、えっとす、凄いね八幡」

 口々に放たれる言葉が突き刺さるが俺はそれを無視してゲームを続ける。

 ふ、良いのさ……良いのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見渡す限り木、木、木。まぁ、山の上にいれば周りは木だらけになるのは当たり前か。

 目的の場所に到着し、外に出ると都会とは違って太陽がカンカン照りで地上をを照り付けているにもかかわらずどこかからか涼しげな風が吹き、ちょうどいい気温のように感じた。

 流石は自然のなかだな……電波が超不安定だ。

 さっきから電波の棒が2本になったり、1本になったりと忙しく高さを変えていた。

「さあ、荷物を降ろしたまえ。いやー山の中はいいものだな。嫌なことを忘れられる気分だ」

 その中に結婚と言う事も含んでいるんだろうなと思いながらもカバンをせっせと降ろしているときにふと、向こうに立っている建物を見た瞬間、強い既視感に襲われた。

 …………あ、思い出した。

「ここ千葉村か。自然教室の」

「確か群馬県にある千葉市の保養教室だったわね」

「知ってんのか」

「えぇ。でも私、三年の時に戻ってきたからアルバムでしか知らないけれども」

「ちなみに俺は行ったがゲームしかしていないから覚えていない」

「胸張って言えることではないだろう」

 呆れ気味に平塚先生に言われるが仕方ないんだよ。だって先生がゲームもってきていいよって言ってたから俺はバスから宿泊施設の中、さらには食事中すらもやっていたので俺の次の年からはゲームは所持禁止になってしまったらしい。

「自然教室同様、2泊3日だが大丈夫かね?」

「え、3日もゲームできんの?」

「貴方は少しゲームから離れたらどうかしら」

「雪乃さん。これに言っても仕方がないですよ。今日だってPFP5台とUMD25個くらい持ってきてますし」

「ヒッキーそんなにお金あるの!?」

「両親の泣いている様が思い浮かぶわね」

「ばかやろ。自分で稼いだ金だ」

 そう言うや否や由比ヶ浜も雪ノ下も果ては平塚先生まで驚嘆の表情を浮かべる。

「ヒ、ヒッキーがバイト?」

「違う違う。ゲームで小遣い稼いでるんだよ」

「友達がお兄ちゃんの投稿したゲーム攻略動画を見てるの見たら恥ずかしいったらありゃしないですよ」

 小町の補足説明に雪ノ下は完璧に俺から一歩後ろへと下がって軽蔑の眼差しを放ってくる。

 え、えぇぇー? てっきり「あら、貴方でもお金は自分で稼ぐのね」なんて言われると思ったらまさかの冷たい視線? 泣いて良いっすか?

 その時、もう一台のワンボックスカーが俺達から少し離れた場所に停車し、ドアが開かれるとリア充のオーラをビンビンに出している集団が降りた。

 男子2、女子3……けっ。どうせ二組カップルが出来上がるんでしょうね。大体、女子と男子が一緒にキャンプに来たらカップルが成立するのだ。ソースは俺。中学の時の修学旅行で男子3、女子3の班が組まれたが俺以外の男子は全員彼女持ちになった。

「あ、ヒキタニ君」

「…………げっ」

 名前を呼ばれ、よく見てみるとその集団の中に葉山がいた。

 さらによく見れば女王三浦、戸部、眼鏡をかけた俺と同類であろう眼鏡をかけた女子……確か海老名さんだったはずだ。

「ふむ、全員そろったようだな」

 ……うわぁ~。なんでこんなリア充軍団と一緒に2泊3日過ごさなきゃいけないんだ。

「今回君たちが呼ばれたのは分かっているな?」

「ボランティア活動と聞いていますが」

「奉仕活動で内申点を加算って聞いてるんですが」

「タダでキャンプできるつーから来たんですけど」

「葉山君と戸部君が同じ屋根の下でhshs!」

「ただのゲーム期間って聞いてますが」

「…………ま、まあ大体あっている」

 おい、今明らかに俺から目を逸らしましたよね。

「君たちには2泊3日で小学生の林間学校のサポートスタッフをしてもらう。児童、職員、千葉村職員のサポートが主な活動内容だ。まあ奴隷だな。活動内容によっては内申点への加算も考えている」

 内申点加算って言っても俺、最悪なことしでかしたりしていないからこのままいけば普通に公募推薦とかも受けられるくらいの評定はあるんだよな。

「では本館に荷物を置きに行き次第、活動開始だ」

 自分たちの荷物を持ち、先頭に先生、その後ろに俺と雪ノ下が隣り合い、さらにその後ろに小町たちが並び、最後尾に葉山集団がいた。

 本館までの道のりはアスファルトで塗装されている分、歩きやすいが少し暑い。

「あの……何故葉山君たちがいるのでしょうか」

「人員が足りないと判断したのでな、募集をかけたのだよ」

 ま、小学校の林間学校のサポートスタッフを奉仕部+αの人数でカバーしきれるとも思わんし、逆にボランティアに来るやつらも奴らでせっかくの夏休みを潰したくないから来ない。

 だから内申点加算というのを打ち出したんだろう。

「それと比企谷」

「はい?」

「小学生の前でゲームは禁止だ」

「…………な、何故ですか」

「悪影響の塊でしかないもの。仕方がないわ」

「おい、それは悪性腫瘍と言う事ですか?」

「そうね。抗がん剤も効かないような未知の悪性腫瘍よ。アクセイ谷君」

 なんかこいつネーミングセンスないのかあるのかよく分からなくなってきた。

「小学生の一人くらい持ってきてる奴いるでしょ」

「小学校最後と言う事で多くの学校がゲームの持ち込みを許可していたんだが急に禁止になったのだよ。噂によるとなんでも風呂入る時間、寝る時間以外はずっとゲームをやっていたバカがいるらしい」

 ハーイ、それは俺でのことでーす! みんなごめんね! 俺のせいでゲームもって来れなくて! みんなの分も俺はゲームを楽しむから許してくれ!

 本館に到着して荷物を置き、触れ合いの場とかいう場所に連れて行かれると既に100名ほどの小学生がキャッキャキャッキャと友達と喋り合っており、ちょっとした騒音機になっていた。

 ちなみに俺は背中の後ろで画面も見ずにゲームをしている。

 やがていつまでたっても話しはじめないことに不安を抱き始めたのか徐々に騒音は収まっていき、3分ほどで騒音は完全になくなった。

「はい。皆さんが静かになるまで3分かかりましたよ」

 まずはおなじみのお説教から始まり、次に今日1日のスケジュールがしおりを見ながら話される。

 なんでもオリエンテーリングから始まるらしい。ちなみに俺はそのオリエンテーリングなどゲームの一種と考えてクイズが置かれている場所を推理し、たった一人でしかも5分ほどで終わらせ、一人でゴール地点でゲームしていた。

「では皆さんのお手つだをしてもらうお兄さん・お姉さんに挨拶しましょう」

『よろしくおねがいしまーす!』

 葉山が教師からメガホンを受け取り、一歩前に出る。

「これから3日間、皆さんのお手伝いをします。何か困ったことがあれば何でも聞いてくださいね。3日間で楽しい思い出をいっぱい作りましょう」

 小学生たちから拍手が送られる。

「ではオリエンテーリング開始!」

 すでに班分けをしていたのか手早く小学生たちは班員を見つけていき、さっそうとオリエンテーリングの部隊である森の中へ突入していく。

「小学生マジ若いわー! 俺らもう老けてるじゃん!」

「はぁ? あーしがおばさんみたいな言い方じゃん」

 三浦の威嚇に戸部は慌てて両手を振って否定する。

 なんとなく全員が1つに固まっているが俺はそれでもなお、スマホから目を離さない。

「ほほ~う」

「っっっ! な、なにか?」

 俺の後ろから海老名さんが覗き込んできたので思わず、身を引いてしまった。

「ヒキタニ君、凄いね。ここまで育つんだ。うわぁ、ランクなんかカンスト? お金もカンストとかすごいね。もしかして課金勢?」

「い、いや。無課金だけど」

「ほほぅ。本物の無課金か……もしや君が神八かな?」

 っっっ! な、なんで俺のスマホの画面を見ただけでそこまで見抜けるんだ? やはりるいは類を呼ぶという言葉は本物だったのか。

「さ、さぁ? なんのことだよ」

「平塚先生からの伝言。ゴール地点で俺達は弁当と飲み物の配膳を手伝うらしいから行こうか」

 平塚先生に聞きに行っていたらしい葉山のその一言でようやく海老名さんが離れてくれ、俺はホッと一息つくが今後の海老名さんを見る目が少し変わったような気がした。

 山道を歩きながらも俺の視線はスマホに注がれている。

「お兄ちゃん、山道でゲームは止めなよ」

「え!? このこヒキタニ君の妹なんだー! 雪ノ下さんの妹さんかと思ってた」

「雪ノ下さんに妹はいないよ」

 海老名さんの一言に葉山が当たり前のように補足説明を加える。

 ……なんで葉山が知ってるんだ……昔馴染みか? 仮にそうだとすれば葉山に対する雪ノ下の言葉が辛辣すぎるのも筋は通る……ま、俺には関係ないけどな。



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第二十話

 山道を歩いていく中で小学生の班たちと遭遇することが多々あるが奴らからして高校生は自分たちに無い何かを持っている存在に見えるのか頻繁に話しかけてくる。

 ほとんどを葉山が捌きながら歩いていくが横道に折れる道で1つの女子グループと遭遇した。

 全員既に美意識が芽生えているのか葉山を見るや否や自分の服装を正し、手櫛で髪を整え、タイミングを合わせて葉山に話しかけてくる。

 葉山は膝を折り、小学生たちと同じ目線で話しかける。

 別にそんなことは葉山にとっては日常茶飯事の光景であるので特段気にはしないが俺が気になったのはその二歩ほど後ろのところで紫がかった黒髪の女の子が立っている光景だ。

 傍から見れば同じ一つの班に見えるがどこかその少女の間には薄い膜のようなものが張られているように見える。

「じゃあ、ここだけ手伝うね」

 皆が一様に歓声を上げるなか、その少女だけは陰鬱な表情のままだ。

 雪ノ下もそれに気づいたのか小さくため息をついた。

 ……なんか昔の俺を見てる感じだな。何をしようがどこに行こうが一人ぼっち、会話の輪にも入れてもらえずにただ一人、嘲笑の的となる。ま、それも一年で終わってゲームに移行したけどな。

「……ふぅ」

「変わんねえな。小学生も高校生も」

「そうね……同じ人間だもの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キャンプといえばカレーだろう。なぜそうなのかと聞かれれば知らないがゲームでさえ、キャンプシーンがあれば必ずと言っていいほどカレーの食材の準備をする。そしてその最中に事件に巻き込まれ、仲間と一緒にその事件を解決し、その後にみんなでカレーを食べる。定番中の定番だ。

「まずは私がお手本を見せよう」

 そう言うや否や炭を積み上げていき、その下に着火剤とくしゃくしゃに丸めた新聞紙を置き、着火剤に火をつけると新聞紙に燃え移り、炭へ写すために適当に団扇であおいでいるが面倒になったのかサラダ油をぶっかけて一気に火をつけてしまった。

 小学生たちから悲鳴にも似た歓声が沸き上がる。

「手慣れてますね」

「ふっ。これでも大学時代はよくサークルでバーベキューをしたものさ。私が火をつけている間にカップルたちがイチャイチャ……ちっ。イライラしてきた。男子は火の準備、女子は食材の準備をしたまえ」

 先生の指示に小学生たちは蜘蛛の子散らすように拡散し、持ち場へと向かう。

 俺も準備をしようと振り返ると既に葉山が炭を、戸塚が着火剤と新聞紙を持っているのが見え、何と書く近くに置かれていた団扇を持ち、戸塚が火をつけた所へ団扇であおいで風を送る。

「暑いね」

「夏場に火の前にいればな」

「僕、飲み物とってくるね」

 そう言い、俺と葉山を残して戸塚は走り去った。

 スクールカーストトップの葉山とスクールカーストにすら入っているか分からないヒキニクの俺の間に会話が生まれる訳もなく、ただ単に団扇を左右に動かす音だけが響く。

 もちろん片手にはスマホだ。俺の左手からスマホがなくなるのは寝る時と飯を食うときくらいだ。

「留美、これやって」

 その時、そんな声が聞こえ、女の子がはぶられていた少女に米が入った米櫃を渡していた。

 …………なるほどね。ただのハブリじゃないか。

「…………なにか?」

「あ、いや。ずっとゲームしてて飽きないのかなって」

 何故連中は同じことばかり聞いてくるのだろうか。なんだ? 連中はフルシンクロでもしてるのか? どっかの光さんのお宅みたいにカウンターとったらフルシンクロするわけ?

 汗が流れおち、軍手で拭う。

「ヒキタニ君は」

「お待たせ」

 葉山が言いかけたところで飲み物を取りに行っていた戸塚が帰還し、俺達にキンキンに冷えた飲み物が渡されるとともに食材を取りに行っていた女子たちが次々に帰ってくる。

 言うのを諦めたのか葉山はどこかへと行ってしまった。

「なんかまな板のひっかけ穴を見てると挿したくなってくる」

「プラグイン! ってどこの光さんのお宅」

 後ろで呟くように言った海老名さんの一言にお宅の性質故にツッコミをかました瞬間、キラーン! と海老名さんの眼鏡の縁が輝き、俺の方にその両目が向けられる。

 し、しまったぁぁぁぁ! つい突っ込んでしまった……まずいまずいまずい……絡まれる。

 まるでヤンキーに周りを囲まれているかのようにブルブル震えながらその震えを利用して団扇を動かすがその願い虚しく、ニヤニヤ顔の海老名さんが俺の隣にやってくる。

「君を初めてみた時から感じていたけどまさか同類だとは……グフフフフ」

「な、何を言ってるんだよ海老名さんは」

 額から嫌な汗を流しながら少しずれるがその距離を詰められる。

「やっぱり熱×才だよね! 特にフルシンクロが出てきたときはぶっはぁぁぁ!」

「ちゃんと擬態しろい。黙ってりゃ可愛いのに」

 三浦さんがティッシュで海老名さんの鼻血をふき取り、後ろへともっていく。

 た、助かった。

 額の汗を拭き、火もちょうどいいほどになったので立ち上がると雪ノ下から洗顔ペーパーを渡された。

「軍手で顔を拭くのはやめなさい、みっともないから」

「……どうも」

 洗顔ペーパーを受け取り、顔を拭きながらテーブルに置かれている食材を見るが豚の三枚肉、ニンジン、ジャガイモとテンプレそのもののカレーの食材が並んでいた。

「小学生の野外炊飯では妥当ね」

「むしろそれ以外ないだろ。家だったら厚揚げとかカツとかから揚げとか入ってるけどな」

「あるある。ちくわとかも入ってるべ」

「お、おう」

 急に喋りかけられたら……というかズカズカと入ってこられると反応に困る。

「うちのカレーなんか前、葉っぱ入っててさ。うちのお母さんボーっとしてるところあるからな~。あ、そうそう、こういう形だった」

 ニンジンの皮むきもそこそこに近くに生えている茂みから葉っぱを一枚千切って俺たちに見せてくる。

「それお前、ローリエだろ」

「ロ、ローリエ?」

「月桂樹のことよ。唾液の分泌を促進し、食欲の増進や消化を助けたり、欧州の伝承療法では、毎朝2枚の月桂樹の葉を食べることで肝臓を強くすることができるとされているわ。他にも蜂さされやリューマチ、神経痛などへの効果があるわ」

「…………ローリエってティッシュのことだと思ってた」

 なんかもうデジモンで言う間違い進化どころか究極間違い進化してるよな。親と子の二世代間で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食材の準備も終了し、あとは鍋じっくりことこと煮るだけとなった。

 途中、海老名さんが襲来しかけてきたが三浦が頭を叩き、連れ戻してくれたので俺の実害という名の精神的ダメージはなかった。

 あぁ見えて三浦は優しいのだな。感謝感謝。

 周囲を見渡せばちょこちょこ準備ができかけているところも見えるが初めてと言う事もあってか苦戦している班もいくつか見られた。

「暇なら小学生と触れ合ってくるといい。中々ないからな」

 そう言われ、少し考えた後、葉山たちは小学生たちの班の中へ向かう。

 どうやら憧れがあるのは本物らしく、どこの班も葉山達を快く受け入れ、楽しそうに笑顔を浮かべながら分からないところや雑談を楽しんでいる。

 俺はというとスマホ片手に火を見ている。

「比企谷。君も行ってくるといい。な~に。火は私が見ておこう」

「は、はい」

 肩を掴まれ、まるで悪魔のような笑みを浮かべながらそう言う平塚先生に反論することが出来ず、準備をしているところから少し離れた場所まで離れ、PFPを取り出してモン狩を始める。

 数時間ぶりだな……さて、今回は誰を倒そうかねぇ? ティガザウルス? チェンガオガオ? もしくは大乱闘クエストでもやるか。全員出てくるし。

「カレー好き?」

 葉山の優しい声が聞こえ、座った状態でチラッと見てみるとハブられていた女の子に話しかけていた。

 すると周りの奴らは葉山に見えない角度から少女を見てクスクスと嘲笑の笑みを浮かべる。

 ……気のせいか? 他の奴らの手、やけに綺麗じゃないか?

「別に。カレー興味ないし」

 そう言い、少女は葉山から離れるとまっすぐ俺の方に向かって歩き、隣に立った。

 その時に少女の手を見るとずっと冷たい水に触れていたせいか皮膚が赤くなっている。

「あ、モン狩」

「ん? 知ってるのか」

「うん……最後から二つ目の緊クエが出来ないけど」

「……ちょっと待て。これ15禁だぞ」

「最初はパパがやってたんだけどその内やらなくなってやり始めたら」

 そう言うパターンは意外に多い。親がやらなくなったゲームを子供がやったら思いのほかハマってしまい、そのまま引きこもりニートになってしまうというのが最悪なパターンだ。

 ま、小学生だしそんな長時間はしてないだろうがな。

「……名前」

「あ?」

「名前を聞いてんの。今ので分かるでしょ」

「普通、自分から名乗るものよ」

 酷く冷たい声が聞こえたかと思えば雪ノ下がこちらへ向かいながら少女に向けて射殺さんばかりに冷たい視線を送りつけている。

 子供といえど手加減なしっすか……どちらかといえば子供だからこそか。子供は遠慮を知らない。その時点で誰かに止められれば遠慮を知り、止められなければ暴走する。

「……鶴見留美」

「私は雪ノ下雪乃。そっちは……ひき……ヒキニク八幡君よ」

「おい、せめて名前の原型は残せ。ていうか残してください……比企谷八幡だ」

「……なんか二人はあっちとは違う。私も違うの……みんな馬鹿ばっか」

「世の中そんなもんだ。ゲームの世界だって俺以外全員雑魚だし」

「それとこれとは違う気がするのだけれど」

 雪ノ下はそう言うが留美は理解できているらしく何も言わない。

「……遊ばないのか」

「遊ばない。皆ガキなんだもん。カレーごときではしゃいじゃってさ……中学になったら他所から来る人の方が多いし、その人たちと一緒に遊ぶ」

「残念ながら中学に上がってもこの状態は継続されるわ。そのよそから来たという人も今度は加わってね」

 雪ノ下のハッキリとした否定に最初は鬱陶しそうな表情で見るがどこかで感づいていたのかやがてその眼は消えうせ、徐々に俯いていく。

 小学校からのいじめは継続され、中学では規模が大きくなる。そのいじめはそいつらのコミュニケーションツールとして使われ、終わることのない永遠の地獄の出来上がりだ。ソースは俺。

 俺の場合、ゲームばっかりで反応しないことに飽きたのかすぐになくなったが。

「ほんと……バカみたいなことしてた……誰かをハブるのは何回かあって私もやってた……それで仲が良い子がその対象になってちょっと距離置いたら……いつの間にかターゲットが私になってて……最初ははぶられるだけだったけどハブリだけじゃなくなった。靴を隠されたり、筆箱を捨てられてたり」

 誰かが決めたわけじゃない。たった一人が言いだしたことが全員に共有され、やがてそれが組織全体の決定事項となる。それがたとえ組織の上位にいたとしてもだ。

 小学生なんて言うのは人を簡単に裏切る。秘密だと言って話したことを翌日には笑いのネタにされ、共有していたはずのことが自分に牙をむく。

「中学でも…………こうなのかな」

 嗚咽交じりの留美の声と向こうから聞こえてくる楽しげな歓声の間にはまるで遠く離れた国のような距離があったような気がした。



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第二十一話

 留美が自分の場所へ戻るのを確認してから俺達もベースキャンプに戻り、そこに設置されている木製のテーブルと椅子に座り、カレーを食べ、食後のティータイムに入っているがその空気は暗い。

 が、俺だけはそんなことお構いなしにPFPで楽しげな空気を発していた……と思う。

 別に俺に関係することじゃないし、考える必要もない。

「大丈夫かな……留美ちゃん」

 由比ヶ浜の一言に全員が顔を俯かせる。どうやら留美の一件はすでに周知の事実らしい。

「ふむ。何か心配事かね」

「ちょっと孤立しちゃってる子がいて」

「だよね~。超可哀想」

 孤立? 孤立なんてものは問題じゃないし、可愛そうでもない。問題なのはいじめがあると言う事ただ一点だけだ。苛めというウイルスにクラス全体が……いや、留美のグループ全員がおかしなウイルスに感染しているだけだ。そんなものはウイルスバスターで駆除するに限るがいかんせん、ウイルスバスターは小学生には効きにくい。外部である俺たちが手を出せば余計にウイルスは狂暴化し、手の付けようのないほどにまで膨れ上がる。

「で、どうしたいのかね」

「可能な範囲で何とかしてあげたいです」

「貴方では無理よ。そうだったでしょ」

 葉山の模範的な解答に雪ノ下は大きく赤ペンでバツをつけ、破り捨てる。

 部室でも感じていたけどここでも感じるか……雪ノ下はどこか葉山に対して冷たい。

 自分の意見をバッサリと捨てられた葉山は苦しそうな表情を浮かべ、唇の端を噛む。

「今回は俺達が出る幕はないだろ」

 俺の発した一言に全員が反応し、こちらを見る。

「どういう事かな?」

 表情は小さな笑みを浮かべているが声には怒りを感じる。

「俺達はこの一回しかあいつらと交流しないだろ」

「でも目の前で苦しんでる子がいるんだ。放ってはおけないだろう」

 俺もPFPを机に置き、葉山と対峙する。

「どうやって助けるんだよ」

「被害者と加害者、両方の意見を聞く。何故苛められるのか、何故苛めるのかを考えて原因を見つけてその原因を取り除けば苛めはなくなる。俺達がふたつの橋になるんだ」

 模範的過ぎて満点しか与えたくない解答……でも、そんなのは本当に苛めの被害者のことを考えていないただの外部の人間が考えたに過ぎない方法だ。

「…………お前は苛め被害者のことを何も考えてない」

 俺の一言に葉山は苦虫を食い潰したような表情を浮かべ、俺から目を逸らす。

「はぁ? 何言ってんのあんた。隼人考えてるじゃん」

 三浦の睨みに思わず、体をのけぞってしまうが今は耐える。

「葉山は苛めを失くそうとしか考えてない」

「それの何が悪いわけ?」

「被害者のことを考えずに苛めを失くしても解決しない。いじめは蝸牛角上の争いだ。でもだからこそ……そこに陰湿さが生まれる。お前のやり方でいじめを解決したらどうなると思う? 表面上では消えても裏でそれ以上の苛めがまた被害者に襲い掛かるだけだ」

「どうしてそうなるんだ」

「苛めは見えないところで行われることが多い。外部の人間が加害者に苛めのことについて話を聞いたら被害者が外部の人間に苛めのことを密告したってことで表面上は消えるように見えても見えないところでより激しい苛めが始まるだけだ。ソースは俺」

「……じゃあ放っておけって言うのか」

「だからそう言っただろ。俺たちがあいつらと係るのは今回で最初が最後だ。今は対処できても次は対処できないだろ。結果は目に見えてる…………そういう何も知らない奴がいじめを解決した気になってヒーロー面をするのが一番いらないんだよ」

 そう言った瞬間、葉山の手が俺の胸倉に伸びてくるや否や服を掴んで胸倉を引っ張られ、木製のテーブルがガタガタと揺れ、地面に紙皿やコップが落ちていく。

 突然のことに平塚先生以外反応できない。

「葉山!」

 平塚先生に引っ張られ、無理やり俺から離された葉山の目は憎しみではなく、怒りでもない色で染まっており、その色の真意を知るのは葉山だけ。

 平塚先生に落ち着かされた葉山は小さくみんなに謝罪するとバンガローへと戻る。

「とにかくこの問題は少しお預けとする」

 そう言い、先生は葉山が歩いていく方向へと向かった。

 あいつは何もわかっちゃいない…………苛めを失くしただけじゃ誰も救われないんだよ。逆に救った気でいるヒーロー面の奴ほど鬱陶しい奴はいない……思い出すのも嫌になる。

「あんさー! あそこまで言う必要ないんじゃないの?」

「…………じゃああのいじめを解決できる方法あんのかよ。二度とあいつらの間にいじめが起きないくらいに完璧な解決方法をお前は持ってんのかよ」

「だからそれを考えるために話し合ってたんでしょ。そんなんだから」

「外部の人間がいじめについて話し合って何が出てくるんだよ。可愛そうだねって言って終わりだろうが。どいつもこいつもそうだ。自分たちの中で勝手に解決策を出してそれを実行して勝手に満足する。そうやってヒーロー面して称賛を浴びたいんだよ」

「お、お兄ちゃん。落ち着いて?」

「そもそもいじめについて話し合うこと自体間違ってんだよ。苛めが発生したら」

「お兄ちゃん!」

 小町の制止を無視して俺の本心を吐き出す。

 

 

「加害者全員ぶっ殺せばいいんだ」

 

 

 

 

 恨み、憎しみ、殺意……粗方の負の感情は小学生で抱いた。ただ俺は実行に移せるほど度胸も力もなかったからただただ終わるのを待つしかなかった。

 誰も助けになど入らない。入ったとしても一瞬終わっただけでまた苛めは復活する。

 俺の発言に三浦は衝撃過ぎて何も言わず、小町は俺の手を強く握り、雪ノ下、由比ヶ浜と戸塚の表情は見えないけど三浦と同じ表情をしているだろう。

「…………帰るわ」

 小町の手を放し、バンガローへと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後11時、全員が寝静まった時間に俺は外に出て木にもたれ掛ってPFPをしていた。

 バンガローに帰ってから真っ先に風呂を入り、一人でゲームしていたが戸部や戸塚が帰ってくると2人から注がれる視線が気になりすぎてPFPに集中できなかった。

 それは葉山が風呂から帰ってくるとより顕著なものになった。

 互いに目も合わせず、喋りもせずに9時という早い時間帯にバンガローの明かりは落とされた。

 で、寝たのはいいが変な時間帯に起きてしまい、今に至る。

「誰?」

「……俺だよ」

 目の前から聞き覚えのある声が聞こえ、PFPから視線を外さずにそう言うが相手からの返答がなく、スリープモードに切り替えて顔を上げる。

「……誰?」

「ひでぇ。一応、名前は知ってる仲だろ」

「こんな時間にこんなところで何をしているのかしら。永眠はしっかりとった方がいいわよ」

「優しい死の言葉どうもありがとう。変な時間に起きたからPFPしてた」

「そう…………」

 俺たちの間にそれ以上の言葉は出てこず、風に吹かれて葉が擦れ合う音、虫たちの鳴き声がやけに大きく耳に入ってくる。

 彼女がどんな表情をしているかは暗闇でよく分からない。

「…………三浦さん、貴方のこと酷く言っていたわ」

「だろうな。傍から見たらただの頭おかしな発言だからな」

 葉山隼人をキレさせ、挙句の果てには人殺しを宣言するという放送事故も真っ青の爆弾を投下したからな……でもあの言葉は本当に思っていることだ。

 苛められっ子代表の時はリアルに思っていた。事故に遭って全員死ねばいいのにと。

「だから……30分ほどかけて完全論破したら泣かせてしまったわ」

「なんでお前が三浦を潰すんだよ」

「それほど酷く言っていたと言う事よ」

 会ったばかりの雪ノ下ならば俺に対しての罵詈雑言など左からとおして右に通過させていただろう。

 が、奉仕部として交流を重ねすぎた今は同じ部活の仲間というわけですか…………由比ヶ浜の一件があるからもうバグとは認識しない……しないけどなんかむず痒いな。

「ねえ、1つ聞いていいかしら」

「どうぞ」

「……どうして葉山君がいじめの被害者を見ていないと思ったの?」

「…………解決策を喋ってる目が小学校の頃の教師と全く同じだったんだよ。いじめを失くすのに必死で被害者のことなんかまったく考えてない…………いじめを解決すれば勝手に満足して消える……ヒーロー面するなら最初から来るなって思ったんだよ……」

 事実、あいつは留美にどんな被害が被るか頭になかっただろう。だから加害者の意見と被害者の意見を結ぶ連絡役なんてことを言いだした。そんなもの建てたら余計に酷くなるだけだ。明らかに苛めについて聞いてきているんだから相手は被害者がチクッたと考えるだろう。

「…………貴方の話を聞いてるともう1つの未来を見ているようね」

「は?」

「言ったでしょう。私可愛かったから女子一同で潰しに来たと……もしも私も貴方の様に何か没頭できるものに出会っていたら全く同じことになっていたでしょうね」

「お前だったらパンさんオタクになってたかもな」

「そうね」

 月明かりに照らされた雪ノ下の小さな笑みは神々しい何かに見えると同時に吸い寄せる何か表現のできない何かが宿っているように見えた。

「貴方の言う通り、葉山君は被害者を見ていなかった……ヒーロー面はしていなかったけれど」

「……昔、何かあったのか」

「小学校が一緒なだけよ。あと彼のお父さんがうちの会社の顧問弁護士をしているわ」

 家族ぐるみで仲良しってわけか……どうでも良いけど。

「家族ぐるみで仲が良いのも大変そうだな」

「そうなのでしょうね」

「他人事みたいな口ぶりだな」

「表にはずっと姉さんが出されてきたから……私は代役でしかないわ……今日は来れてよかったわ。来れないものだと思っていたから」

 何故だと理由を尋ねたい衝動に駆られたが家族の事情にまで口を出せるほど偉くもない。

「……彼女のこと、貴方ならどうする?」

「そんなことわざわざ聞くのか?」

 そう言うと雪ノ下は呆れ気味にため息をついた。

「苛めは外部の奴が消すからいけないんだよ……当人が消せばそれで万事解決だ。ソースは俺。ゲームに没頭して頭からいじめのことが消えたらいつの間にかいじめが消えてた」

「……なるほど。それもまた手の一つね」

「珍しいな。ゲームのこと否定すると思ったんだけど」

「そうね……最初の方はね…………考えを少し改めたのよ。ピコピコは時には現実を救うと」

 何が彼女の考えを改変させたのか、それは分からないが彼女にとって考えを変えるほど大きなことに出会ったと言う事自体が貴重なのだろう。

 雪ノ下は往々にして正しい……その正しさを少し方向修正したに過ぎない。

「そろそろ戻るわ」

「おやすみ」

「ええ、おやすみなさい」

 雪ノ下は俺の隣を通り過ぎていく。

 雪ノ下雪乃がその胸の内に何を秘めているのか……それを知る気もないし、他人が深く入ってくることを嫌う俺が逆に他人に深く入ることもない。

 由比ヶ浜結衣も葉山隼人も雪ノ下雪乃も俺も……全員が過去からずっと鎖を引きずっている。

 その鎖は永遠に消えることは無く、永遠にそいつを蝕む。



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第二十二話

 夢を見ていた気がする。過去の夢……それは小学校の時の夢だ。

 ウキウキ気分で小学校の門を潜り、新たな環境、教室、いす、机、先生、友達……その全てに新鮮さを感じ、俺の目はキラキラしていたと思う。

 友人もチラホラでき、一緒に遊ぶようにもなったある日のこと、それは小さなことだった。

 上履きが隠された。探した結果、トイレのごみ箱にあったがそれがゲーム開始の合図となった。

 つい昨日まで一緒に給食を食べていた奴が、つい昨日まで一緒にしゃべっていた奴が、つい昨日まで一緒に遊んだ奴が俺の敵に回った。

 その結果、俺は今の状態になった。

「……起きて、八幡」

 その声は美しく、頭にこびりついていた悪性腫瘍たちを一瞬にして消滅させてくれた。

 爽快な気分で瞼をゆっくり開けると俺の枕の横に戸塚が傅いていた。

 その瞬間、俺の眠気は一瞬にしてはじけ飛んでいき、飛び上がるように起き上がると俺の隣に戸塚が寝ていたであろう布団が置かれていた。

 …………俺達いつから結婚したっけ。

「やっと起きた。皆行っちゃったよ?」

 ……あ、そうだ。俺千葉村にボランティアに来てたんだったっけ。

 バンガローにはすでに戸部と葉山の姿は見当たらず、綺麗に布団がたたまれている。

「悪い……寝すぎたか」

「時間的には大丈夫だけど……八幡、夏休み不規則な生活してるでしょ」

「ま、まぁ。毎日ゲーム三昧だ」

「運動しなきゃ体に良くないよ? 今度ぼくとテニスしようよ! 運動したら疲れてぐっすり眠れるよ」

 戸塚とテニスか……ミニスカ履いて……くれるはずないか。

「ま、まぁ予定が合えばな。適当に連絡くれ」

「うん……あ、僕八幡のメアド知らないや。交換しよ」

「あ、あぁ。ほい」

 戸塚にスマホを渡すと由比ヶ浜程ではないが慣れた手つきで俺のスマホと自分の携帯を交互に見ながらメールアドレスの文字列を打っていく。

 地味に俺の連絡帳に人の名前が増えていくな。材木座だろ、由比ヶ浜だろ、平塚先生だろ、両親に小町だろ、後戸塚だろ? 人生史上最多だな。

「これで合ってるかな? 一回メール送るね」

 そう言うや否やスマホがブルブル震え、戸塚からのメールが届く。

「ん、合ってるぞ」

「よかった。これでいつでも八幡と話せるね」

 ……もしも竿のようにメニューバーを空中に出せてマリードっていうコマンドがあったら俺速攻で戸塚に対してプロポーズメール送るわ。

「朝ごはん行こうか」

「その前に」

 いつもの恒例行事であるゲームの日付更新とアイテム配布を終わらせ、少し離れた所にあるビジターハウスへ向かう。

「八幡、歩きスマホは危ないよ」

「道は覚えてるから大丈夫」

 俺は一度見た景色、道は絶対に忘れない。だから道に迷ったことなんてないし、景色の絵をかきなさいって言われたら一番早くに書きだして一番早くに終わったからな。絵が上手いか下手かは別として。

「おはよーございます」

「あぁ、おはよう」

「ヒッキーおはよー!」

「おはよう。目覚めてしまったのね」

「俺は封印されしラスボスか」

 そんないつもの会話をしながら葉山の隣を通り過ぎるが互いに目も合わせない。

 ビジターハウスの食堂へ入ると同時にいくつかの冷たい視線を感じたがそんなもの無視して開いている席に座り、準備されていた朝食を食べていく。

 さっきから三浦さんが眉間に皺を寄せて睨んでくるが俺のスキル・スルーの前ではそんなもの無意味だよ。

 スマホを片手で操作しながら朝食を口へ運んでいく。

「お兄ちゃん、行儀悪いよ」

「ん? もう終わる」

 本日最初のやるべきことを済ませ、朝食をかきこんでいく。

 納豆、みそ汁、海苔、焼き魚にサラダ、白米と典型的なジャパニーズ和食朝食を食べていくが納豆と海苔がある時点でご飯がいっぱいで足りるはずもなく海苔だけでご飯がなくなってしまった。

「お兄」

「ヒ、ヒッキーお代わりいる!? いるよね!?」

「お、おう。た、頼む」

 小町を差し置いて由比ヶ浜が急に立ち上がって俺にそう言うと茶碗を手に取って何が楽しいのかルンルンと音符でも見えそうなくらいに上機嫌な様子で茶碗にご飯を持っていく。

「はい、どうぞ!」

「あ、は、はい」

 お前は富士山かと白米に突っ込みたくなるくらいの高さにまで盛られた白米が乗った茶碗を受け取ると手首にずしっと今まで感じたことがないほどの重みがのしかかる。

 …………これ納豆だけで食いきれるかな。

 そんな一抹の不安を抱きながら納豆でご飯を食べていくがやはり足りるはずもなく、最後らへんは白米だけを食べて朝食を終えた。

「よし、全員食べ終わったな。今日の予定を伝える。今日夜までは小学生は自由時間だ。夜からキャンプファイヤーと肝試しが行われるのでその準備をしてもらいたい」

「キャンプファイヤー……はっ。絶望の降雪機が」

「あ、踊る奴だ!」

 由比ヶ浜がそう言うと小町はポン! と手を叩く。

「ベントラーベントラーとか踊る奴ですね!」

「オクラホマミキサーじゃないかしら」

 雪ノ下が呆れ気味に俺の方を向きながらそう言うが俺は首を左右に振る。

 小町のあほさは今に始まったことじゃない。よって俺には何の責任もない。

「肝試しについては事前にコースは考えられているし、衣装も用意されている。軽く脅かすくらいで良いそうだからま、頼むぞ。では準備開始」

 食器を直し、男子、女子ごとに分かれて周囲を森に囲まれているグラウンドのようなところに集められ、平塚先生のレクチャーのもと、戸部・葉山が木材を斧で割り、戸塚が運搬、それを俺が受け取って井の字型に積み上げていく。

 女子たちは俺が積み上げている木材を中心として白線で円をかいていく。

 夜のキャンプファイヤーは俺の時もあったが強制ではなかったので部屋でずっとゲームしていたな。窓の外から見た奴らの動きはまるで宇宙人と交信しているような不気味なものを感じたけど。

 準備などすぐに出来上がった。

「あとは自由時間で構わんぞ」

 平塚先生に言われ、一瞬部屋に戻ろうかとも考えたがそうなると葉山とエンカウントする確率が高いと感じたのでできるだけ人がいない場所へ向かおうと歩いていると川のせせらぎが聞こえ、そっちへ向かって歩くと綺麗な川に出た。

「……よし。ここでいいか」

「つっめたーい!」

「きゃっ! もう小町ちゃん!」

 PFPを起動しようとした瞬間に聞き覚え感MAXの声が聞こえ、そちらの方を向くと水着を着た小町と由比ヶ浜が川の中ではしゃいでいた。

 …………いい加減俺に静寂をくれないか。

「あ、お兄ちゃんだ!」

「へ? ヒッキー?」

 そろそろと場所を移そうとするが一瞬で見つかってしまった。

「何してんだこんなとこで」

「準備で暑くなったから水浴び! 先生が水着も持って来いって言ってたから。ところでどう?」

 そう言うと小町はグラドルバリのポーズをほれ、ほれ、どうかね? とでも言いたげに南国トロピカルなイエローの水着を着た可愛い私を前面に押し出してくるが俺は鼻で笑ってやった。

「あーかわいいかわいい。欲情しそうでヤバいなー」

「うわー適当。じゃあ結衣さんは?」

「ちょ、ちょっと小町ちゃん!」

 うすい青色のビキニを着た由比ヶ浜は恥ずかしそうに胸の辺りで手を組むがそれが余計に艶やかさを出す。

 が、残念ながらぐらりとは来ない。ちょっとうほっ! とは来たけど。

「いいんじゃねーの。俺水着のこと分かんねえけど」

「あ、ありがとう」

 何を恥ずかしがってんだか……。

「お? お兄ちゃんこれ何?」

「あ? どれだよ」

「これ」

 小町が出してきた手を覗き込もうと中腰になった瞬間、後ろから蹴りを入れられ、体が前に倒れ込むと同時に反射的に手を回したことでPFPが俺の手から離れ、空中へと投げられる。

「PFP-!」

 獣のような叫びをあげながら倒れ込む前に一歩力強く足を前に出し、PFPが落ちる地点へ手を伸ばしながら飛び込むと俺は皮に落ち、水浸しになるがPFPは無事、キャッチできた。

「貴様らー!」

「逃げろー!」

「わー!」

 後ろを振り返った瞬間、ニヤニヤ顔で白のビキニをあでやかに纏っている平塚先生と我関せずの態度でパレオを着ている雪ノ下がいるが俺が追いかけた瞬間、平塚先生と小町、由比ヶ浜が逃げ出す。

 が、こっちはひきこもり・ニート・オタクのヒキニクなので追いつけるはずもなく、結局追いかけるのを諦めて雪ノ下がいる場所まで戻ってきた。

「くそ、奴らめ」

「楽しそうね」

「何他人事みたいに言ってんだよ」

 そう言うと雪ノ下は驚きながら俺を見てくる。

「お前だってあの中に入ってるだろ」

「…………そうね」

 今ので分かった……雪ノ下は何故かあの中に自分からは入ろうとしない。俺と似ているがそれは似て非なるものであり、全く違う。

 俺は自分の意思で入ろうとしないがこいつは意思じゃなく、何か別のことで入ろうとしていない。

 まあ、輪の中に入るか否かはそいつが決めることで合って俺が考えることじゃないけどな。

 PFPをしようと思った瞬間、視界の端に小さな靴が見え、顔を上げてみるとPFPを手に持った鶴見留美が俺の隣にいた。

 



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第二十三話

「……やろ」

「……いいぞ」

 そう言うと留美は隣に座り、PFPを起動させる。

「持ってきてたのか。なんでしないんだよ」

「だってゲーム禁止だし」

 おっと、それは俺のせいだったな。留美、すまない。

「何やる。お前の緊クエやるか」

「……うん」

 通信集会所へと入るとルミルミというプレイヤーが双剣を担いで集会所で待っていた。

 そのプレイヤーの前に立って〇ボタンを押すとプレイヤーのステータスが表示される。

 ほぅ。ここまで育てるとはこいつも玄人レベルに入りかけるところにいるといったところだが俺からすればまだまだ甘い。装備のレベルはカンストしてないし、能力値も適当に振り過ぎだ。

「……神八……うそ」

「何がだよ。鶴見留美」

「な、名前でいい」

 さっきまでのぶっきらぼうな言い方はどこかへ消え、何故かしおらしく、年相応の言い方になった。

 よく分からんがまぁ、関係ないか。

「留美、お前何で行く」

「え、えっと双剣で行こうかなって」

「双剣ね。悪くないチョイスだな。この緊クエのボスは足元攻撃してたら結構転げ落ちるし、攻撃もしやすいけどその分、相手の攻撃も当たりやすい。まあ、鬼神化すれば関係なしにぶち込めるけどこの防具のレベルじゃその作戦もあまりお勧めしないな……仕方ない。今回はサポートに回るか」

 そう言い、一度集会所を抜けてホームに戻り、ソルジャーからガンナーへと切り替え、全種類の弾丸をカンスト状態までアイテムBOXにぶち込み、もう一度集会所へと向かう。

「…………こ、このガンナー装備って全てのクエストをガンナーで最高難易度でクリアした際に貰えるやつ」

「簡単だぞ? 一カ月でやった。とりあえずクエスト貼れよ」

「う、うん」

 少し待っていると雪ノ下に肩をチョンチョンと叩かれる。

「なんだよ」

「……貴方、自分がやることは」

「忘れてねえよ……まあ、見てろって」

 そう言うと画面にクエスト募集が表示され、参加するを押すと自動的にクエスト画面へと向かう。

「なあ、留美」

「なに……えっと」

「八幡でいい」

「八幡」

「ん。お前さ……今の現状どう思ってんだよ」

 ボスまで向かう途中でそう話しかけるが留美の口からは話されず、チャット機能を使って俺の画面に表示される。

 ……どうでもいい……か。どうでもよかったら今にも泣きそうな顔しないだろ。

 チャット機能を使い、留美へメッセージを送ったと同時にボスがいるエリアに侵入し、BGMが壮大なものへと変わってボスの咆哮が聞こえてくる。

「留美。お前は回復とか考えずに斬りまくれ」

「う、うん」

 留美からかなり離れた場所に立ち、周辺にいる雑魚を蹴散らしてからボスに弾丸を撃ち込みつつ、留美の体力も見ていく。

 留美の体力が半分を切ったところで回復弾レベル4を二発連射して充てると一気に体力が全開とまではいかないが7割ほどにまで回復した。

「す、凄い」

「そのままダメージ気にせずに切り捲れ。あ、でもちゃんと攻撃は避けろよ」

 留美がボスを至近距離から切裂いていき、俺が遠距離からボスに弾丸を打ち込んでいく。

 留美の体力が半分を切りかけたら回復弾を打ち込んで回復させ、ボスが飛び立とうとすれば翼を中心に拡散弾を打ち込み、地上に叩き落す。

 チラッと留美を見てみると初めて会った時の陰鬱な表情ではなく、楽しいという感情を顔全体に表している笑みを浮かべている。

 ………………雪ノ下や葉山はこの方法を嫌うだろうが今回は俺の独断と偏見で行く。

 ボスの動きを見て麻痺弾を数発連続で打ち込んでやるとボスの動きが止まり、感電しているように電気を発しながらビクビクと痙攣する。

「叩き込むぞ」

「うん!」

 ボスが痺れて動けないでいる間に持っている弾丸を全て消費する勢いで放っていく。

 留美が最後の一撃をボスに打ち込んだ瞬間、アングルが全体を映すように変わり、クエスト完了を俺たちに知らせた。

「やった! 倒せた」

「剥ぎ剥ぎ」

「あ、ずるい」

 そう言いながらも留美の顔には笑みは消えていない。

 クエストが終了し、報酬とリザルト画面が画面に表示され、その数秒後に暗転した。

「ふぅ……なんか疲れた」

「かっかっか。この程度でつかれるとはまだ子供よのう」

「ていうかレベルも武装もカンストしてる八幡の方がおかしいと思う」

「ふん…………で、答えはどうなんだよ」

「…………どうにかしたい」

 ポツポツと紡ぎだすように発せられた留美の言葉の節々には悲しみが込められていた。

「でももう無理……みんな助けてくれないし、先生だって何とかするって言って何もしてくれないし」

 それは考えているだけだ。自分が苛められたことがないからどうすればいいか分からない。でも他教室の先生に行ってしまえば自分のクラスにいじめがあることがばれてしまう。そして結局、自分で考えるか分からないという堂々巡りをしているだけだ。まぁ、無理に突っ込んでかき回すバカな教師に比べたらマシだけど。

「俺たちがそのいじめを消すことはできない」

 そう言うと一層、留美の悲しみが増幅し、顔を俯かせる。

「……でもお前がいじめを消すことはできる」

「え?」

「逃げればいい。ゲームに」

 そう言うと今まで黙っていた雪ノ下が何か言いたそうな顔をするがこっちには来ない。

「…………でも」

「良いんだよ別に。逃げたって……全員が全員、いじめに勝てるほど強くねえんだ。ゲームに逃げてそれに没頭してあいつらのことを頭の中から消せば自然と消える。ソースは俺」

 ゲームに逃げることに抵抗感があるのか留美は首をうんとは動かさない。

「苛めなんて外の連中がどうにかして解決できるものじゃない……自分でどうにかするしかないんだよ」

「っっっ…………」

「俺はゲームに逃げた……留美、お前はどうするんだ。ちなみに真っ向からぶつかった場合、あいつになる」

「私は…………」

 留美は雪ノ下と俺を交互に見ながら考える。

 次の動き方次第で人生そのものが大きく変わると言っても良い。ゲームに逃げれば俺みたいになり、何物にも逃げずに真っ向から向かえば雪ノ下の様になる。完成予想図はもう目の前にある。

 後はそのどちらを手に入れるかだ。それを決めるのは俺達じゃない。留美だ。

「私は…………」

 留美は俺の手にそっと手を伸ばし、あと少しといったところまで伸ばしたのはいいがそこで手を止めた。

「…………八幡。私…………逃げない」

「…………」

「逃げずにみんなと話す。自分で何とかする。だって……自分でどうにかするしかないんでしょ?」

「…………そうか。だったら俺のやれることは無い。雪ノ下先生に相手を論破する術でも教えてもらえよ」

 そう言い、PFPに視線を落とすと俺の横から留美は去り、雪ノ下のもとへと向かう。

 少し戸惑った様子を浮かべていたが川の傍に二人で座り、話しを始めたところで俺は持ってきていたイヤホンをPFPに刺し、周りの音をカットする。

 苛めはなくすことはできない。人間が人間でいる限り、争いが消えないのと同じように人間が人間を止めない限りいじめはなくならない。だから遭遇した時にそいつでなんとかしなければならない。

 外部の人間が手を加えてはいけない。これは鉄則だ。手を加えるのではなく、被害者に助言をする。

 苛めは当人がどうにかしなければ永遠に解決することは無いんだ……永遠にな。もしも当人が逃げを選択するのであれば不登校や引きこもりとなり、逃げを選択しないのであれば留美の様になる。

 俺は前者を引いた。だからこうなった…………俺には強さがなかったんだ。

 その時、視界の上の方に2人の靴が見え、顔を上げた。

「終わったわ…………今から行くらしいわ」

「そうか…………ま、頑張れ」

 そう言いながら頭を優しくポンポンしてやると恥ずかしいの顔を赤くして俺の手を軽く払い、ゆっくりと、しかし強く歩いていく。

 俺達もその後ろを付いていく。

 どうやら既に休憩時間に入っているらしく、ビジターハウスの前に留美の班員がいた。

 俺達は遠目に見ながら留美たちがビジターハウスへ入っていくのを確認し、ビジターハウスへ入ろうとするがふと雪ノ下の姿を見て思った。

「お前、その格好でいいのか」

「あら、パレオは結ぶ位置を変えればワンピースとしても使えるのよ」

 そう言いながら結び目をゆるくし、位置を高くしてもう一度結ぶと少し肩を大きく出しているワンピースに変わった。

 パレオ、マジパねえ。

 そんなことを思いながらビジターハウスへと入ると食堂に留美たちの姿を見つけ、ドアの間に張り付き、中の会話を耳を立てて聞く。

「なんか用? 私たちまだ遊びたいんだけど」

「だよね~。留美は1人でいいじゃん。どうせ誰もいないんだし」

「…………ねえ、なんで私を苛めるの」

 意を決し、留美がそう言うと思わぬ反撃にメンバーは驚くがすぐに平静を取り戻す。

「はぁ? 別に苛めてないじゃん。遊びだよ遊び。ね?」

「うん。遊び遊び」

「……筆箱捨てたり、上履き捨てたりするのが遊びなの? 仁美の上履きなくなった時、皆で犯人捜しして犯人のこと口々にひどいって言ってたじゃん。貴方達もその犯人と同じだよね」

 ……何故か留美の論破してる様が異様に雪ノ下に見えて仕方がない。

「それとこれは」

「違わないよね。同じだよね。私の筆箱がゴミ箱から見つかった時笑ってたよね」

「だ、だって留美がはぶったから」

「そうだね……じゃあ、みんな同じだね。皆もはぶってたもんね。私も悪いし皆も悪い……じゃあ、なんで私の時だけ苛めるの? みんなの時はすぐになくなったのに」

 留美の的確な抉りにより、何も言えないメンバーは下を俯く。

 マジで雪ノ下さんの論破術ぱねえっす。

「みんなで先生に謝りに行こうよ。ハブってご免なさいって」

 留美がそう言うとメンバーたちの表情が凍り付き、肩をびくつかせる。

 もうすでに精神的な成長が始まっているとはいえ、まだ小学生である彼女たちにとっては先生という存在は鬼のように怖い存在らしい。

「それでハブった子たち皆にも謝りに行こうよ。私もみんなも悪いんだから」

「な、何言ってんの鶴見。こんなのただの遊びじゃん。何マジになってんの?」

 強がりを見せるがどう見てもその顔には恐怖の色が見える。

「遊びだったら人のもの勝手に捨てていいの? 人の上履き隠していいの?」

「も、もういこ皆!」

 1人の声で全員が出口へと向かってきたので俺達は曲がり角に姿を隠し、そいつらがいなくなったのを確認してから教室に入ると留美が残っていた。

「よくできたわね」

「お前の論破術俺にも教えてくれよ」

「嫌よ。貴方に教えたら善からぬことに悪用するでしょうし」

 うわぉ。犯罪者予備軍ありがとうございます!

「…………八幡」

 俺の名を呼んだかと思えば留美は俺に抱き付いてきた。

「お、おい…………」

 離そうとするが留美の肩が小刻みに震えているのが見え、離そうにも離せず、留美が落ち着くまでその頭を優しく撫でつづけた。

 



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第二十四話

 肝試し……それは山へキャンプに来れば必ずと言っていいほど発生するイベントであり、つり橋効果によって女子が男子に恋を抱いていると錯覚させる愚かなイベントだ。

 その愚かなイベントの準備のために俺たち一向はあらかじめ準備されたコースの下見へ向かい、どこにお化けを配置するかなどを決め、用意されているという肝試しの衣装を取りに待機場所を兼ねている場所へ向かう。

「ねえ、ヒッキー」

「ん?」

「留美ちゃんと何話してたの?」

 ……本当にこいつは空気を読めるのが特技なのか? いや、でもこれは良いタイミングかもしれない。

「留美のことについて話してそれを実行しただけだよ」

「へぇ~……実行?」

「実行。いじめは解決したぞ……多分な」

 そう言うと俺と雪ノ下を除く全員の驚きの視線を充てられる。

 そ、そんなに俺を見るなよ……ヘッドショットかましたくなるだろうが。

「何をしたんだ」

 葉山の苦々しい声が響く。

「別に。留美に選択肢を与えてそれを実行させただけだよ」

「何もやらなくていいつったのはあんたじゃん」

 三浦さんが鬱陶しそうにこちらを見ながら言ってくる。

「ま、まぁな。中に入ってかきまわすなってことだよ」

「それで解決したわけ? あんたもヒーロー面してるじゃん」

「してねえよ。そもそも外部の人間が突っ込んでかき回すからいけないんだ。俺達外部の人間がやることはかき回すことじゃない。この問題は被害者が動かないと解決しない。だからそれを補助しただけだよ。解決したのは俺じゃなくて留美だ。あいつの意思で、あいつの行動で解決したんだ」

「だから」

「優美子。もういい」

「隼人……」

「少し先に行っててくれ」

 そう言い、他の奴らを先に行かせてから俺の隣へと下がってくる。

「…………昨日はすまなかった」

「……なんでお前が謝るんだよ。明らかにあれは俺が挑発したのが悪かっただろ」

「いや、言い当てられて何も言えなかったんだ……少し昔の話ししていいかな」

「嫌つっても話すんだろ」

 そう言うと葉山は苦笑いを浮かべる。

「……昔、いじめがあったんだ。俺はそれを放っておけなくて仲裁に出た。それで仲直りして解決したと思ってた……でもいじめはなくならなかった。今度はもっとひどくなった…………今度こそはそんなこと絶対にさせないって思ってた……今思えば君の言う通り、俺はヒーロー面をしていたのかもな」

 自嘲気味に笑う葉山の言う相手は恐らく雪ノ下だろう……葉山はまだ引きずっているんだ。あの時解決できなかったことを、雪ノ下を救えなかったことが。だから今回は何が何でも解決したかった。

「別にお前が言ってた解決方法は間違ってねえし、それが一番だろ…………ただ被害者目線がなかったってだけでなんもお前はまちがっちゃいないだろ。前回のこともあったせいで現実よりも理想が先行しすぎただけだよ。俺の場合は理想よりも現実が先行してるけど」

 どちらかというと全てにおいてゲームが先行している気がするけどな。

「そうかな…………もしも君が俺と同じ小学校だったら変わったのかもな」

「はぁ? 何言ってんだお前。ヒキニク野郎が一人増えるだけだよ」

「そうかな」

「そうだよ。断言しても良い」

 そんなことを言い合っているといつの間にか待機場所につき、扉を開けて部屋に入ると大量の段ボール箱が置かれていると同時にピンクや白、黒などの布が……はぁ?

「ヒ、ヒッキーのバカぁぁぁぁぁぁ!」

「ごぁぁ!」

 色々なものを投げつけられ、最終的に王冠のようなものを投げつけられて眉間に鋭い痛みと共に何故かあったラケットまでもが投げつけられ、俺は倒れ込んだ。

 葉山が慌てて扉を閉める。

「な、何故俺だけが……こ、これがリア充とヒキニクの……扱いの差なのか」

「ハ、ハハハ」

 葉山は俺の一言に引きつった笑みを浮かべながら憐みの視線を向けてくる。

 ちなみに三浦さんの黒の下着は中々にエロかったです……後で風評被害被らなきゃいいけど。

 ヒリヒリする個所を摩りながら待っていると扉が開けられ、由比ヶ浜の睨みと共に入れという合図を出され、中に入るがここは北極かと思いたくなるくらいに空気が冷たかった。

「あら、遅かったのね。変態ガヤ君」

「ちょっと待て。俺は悪くない。ドアの前に誰かを立たせなかったお前たちの責任だ」

「あら、責任転嫁? 普通はノックをしてはいるものじゃないかしら」

「「「そーだそーだ!」」」

 由比ヶ浜はともかくとして何で三浦さんまでもが雪ノ下に同調しているんだ。ていうか小町、お前俺の妹のくせになんで俺を批判してるんだ。

 ふん! こんなところで負ける俺ではないわ!

「おいおい。俺は遅れてきたんだぞ? そっちが着替えているなんて知る術はないだろ。よって俺に責任はない!」

「ふっ、幼稚な考えね。なら貴方は明かりが付いていて鍵が開いているトイレにもノック無しに入ると言う事かしら?」

「「「変態変態!」」」

「がふっ! そ、それとこれとは話が」

「同じよ。明かりが付いていて鍵がない。同じ状況じゃない」

「「「そーだそーだ!」」」

 お、落ち着け比企谷八幡! 何か! 何か突破口を見つけるのだ!

 必死に頭で考えていると俺は最強の武器を見つけた。

「ならば問おう! 何故お前たちは別の場所で着替えなかったんだ?」

「というと?」

「男子が入ってくる可能性があるのであればそんな可能性がない部屋を他に探すべきだったはずだ。男子が全員集まっているならば男子を追い出せばいいが事情を知らない遅れてきた奴は仕方がないんじゃないのか?」

 雪ノ下は突破口を失ってしまったのか悔しそうに唇の端を噛む。

 ふっ。これでようやく雪ノ下とイーブンな状況にまで持ってきた……さあ、止めと行こうか!

「…………ヒキタニ君」

「なんだよ、今いいとこなんだよ」

「いや……大変申し上げにくいんだが……」

「だからな…………」

 葉山のしつこい問いかけに俺は怒りながら後ろを振り返ると申し訳なさそうな表情をしながら葉山が男子禁制と大きく書かれた立札を俺に見せるように持っていた。

 それを見た瞬間、葉山の目にはおれのムンクの叫び張りの顔が映っただろう。

「そ、その……倒れた状態で壁に寄りかかってたよ。話しながら入ってきたから気がづかなかったんだろうね」

「さて……変態がや君」

 全てを凍り付かせるエターナル・ブリザードを全身に浴びながら俺はクルリと振り返ると今までに見たことがない凍り付くほどの冷たい笑みを浮かべた雪ノ下が立っていた。

『土下座orDOGEZAor逃げる』

 俺の目の前に選択肢が現れる。

 ……ふっ。そんなの決まっているじゃないか。

「すみませんでした許してください」

 土下座するに決まってんだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後8時、真っ暗になったことで肝試しが開催された。

 雪女、魔法使い、化け猫……生じ肝試しにこれはどうかと思うレベルの衣装だったがそれでも小学生には効果はあるらしく、意外と叫びは悲鳴が聞こえてくる。

 コースは一直線という簡単なコースでゴールには百葉箱を改造し、祠に似せた箱にお札を置き、それを持ってきてゴールに来れば終了という流れだ。

 ちなみに俺は何も仮装していない。何故か? 簡単だろ……罰ゲームだよ。女子更衣を除いたとして雪ノ下雪乃を裁判長とし、弁護人を三浦、検事を由比ヶ浜とした裁判で俺の有罪は数秒で確定し、何も仮装せずに小学生を脅かせという判決を下されたのである。

「はぁ……最悪だ」

「う、うわぁぁぁ! ゾンビだぁぁぁぁぁ!」

「はぁ?」

 後ろからそんな声が聞こえ、振り返ると本気で怯えた顔をした小学生男子の姿が見え、こちらを睨み付けながらゴールである祠へと向かってお札をとると一目散に駆け出して逃げていく。

 ……あ、あれなんでだろう。涙が溢れてくるよ。

「少し反省したかしら、変態ガヤ君」

「はい。超反省しました」

「そう……あの一組で終わりよ」

 雪ノ下と俺の待機位置は近い。だからこうやってたまにやってくる。

「にしてもお前着物に合うな」

「そうかしら」

 雪ノ下が着ているのは白い着物だが遠くみれば雪女にも見えなくはないが近くで見るとその落ち尽きようと長く美しい黒髪と合わさってクールビューティーに見える。和風美人だ、和風美人。

 その時、スマホがポケットでブルブル震えたので画面を確認すると小町からのメールで終了とだけ書かれた簡素なメールが送られてきた。

「鶴見さん、結局孤立したままだったけれど少なくとも相手は手を出すのを躊躇している様子ね」

「そりゃそうだろ。今まで隠してきた弱みを先生に話すって言う手段で握られてるんだ。手を出そうにも出せないだろ。いつ話されるか分からないってな。なあ、授業料払うからその論破術俺に教えてくれよ」

「嫌よ」

「ちぇっ。帰るか」

「そうね……ところで比企谷君」

「なんだよ」

「……どっちだったかしら」

 ……一直線で迷うレベルまで来るとちょっと尊敬するぞ。

「どっちってこっちだろ」

 祠がある場所とは逆方向を指さし、雪ノ下と一緒に歩いていく。

 しかし歩いても歩いても誰かと会う事がないどころか同じところをぐるぐるとまわっている錯覚に陥るほど、周りの景色が変わらなかった。

 お、おかしいな……こっちであってるはずなんだけど。

「ね、ねえ」

 少し怯えた声音で雪ノ下は俺の腰の辺りをつまむ。

「ま、まぁまて。落ち着け。ここに文明の利器・スマホがある。これで……あれ?」

 電源をつけ、小町に電話をかけようとするがさっきまで少なくとも一本は会った電波の強さが0を振り切って県外という二文字が表示されている。

 おかしいよな……ていうか字違うだろ。さっきまで普通につながっていた場所で圏外になるっておかしいだろ。

「雪ノ下、お前携帯は」

「おいてきたわ。ポケットがないもの」

「…………迷ったかもしんない」

 一直線の道で迷った俺と雪ノ下はもう最悪レベルと言う事だろう。

「っっ!」

「な、なんだよ。ただの風だろ」

 風が強く吹き、葉っぱが擦れ合う音がした瞬間、雪ノ下は肩を大ききビクつかせて腰あたりをつまんでいた手を俺の二の腕のあたりへともってきて離すまいと掴んだ。

 俺も強がりを言うが正直、少し怖い。家の中での変な出来事なら何かの勘違いって言えるけどこんな自然の場所である山の中で真っ暗な状態で置かれたら怖いつうの。

「ね、ねえ」

「なんだよ」

「その方向に行くからループしたように見えるんじゃないかしら」

「……まさかお前、逆方向に行けと」

 そう言うと雪ノ下はコクンと小さく首を縦に振る。

 確かに一方から行くことでループしているのであれば逆方向から行くことでループから抜け出せるかもしれないがそれはそれで危険性が上がるような気もするが今の状況で行っても仕方がないので逆方向へ向かって歩いていく。

「比企谷。離したら怒るわよ」

「あ、あの離すどころか掴んでもないんですが」

 あれ以来、ずっと俺の二の腕は雪ノ下の小さな手に握られたままだ。

「ねえ、あれって」

 雪ノ下が指差す方向を見ると前方に下見した際に見つけた小さな祠が見えた。

「確か下見の時に見つけた祠……あれ? 扉開いてたか?」

 懐中電灯で照らしてみると下見の際は閉まっていた小さな扉が今は開いた状態になっており、中には子供が喜びそうなお菓子が多く入れられている。

「確か祠の前って土砂災害が起きやすい場所とかじゃなかったっけ」

「それは三重県宮川村の話よ。地蔵菩薩が入れられている場合が多いらしいけれど」

「…………とりあえず閉めておくか」

 観音開きの小さな戸を閉め、後ろを振り返った瞬間。

「っっっっっぅっっ!」

「ひゃぁあ! ってあ、焦った」

 俺たちの目と鼻の先の距離に白い着物が浮いており、雪ノ下は衝撃のあまりヘナヘナと倒れこんでしまい、俺も叫びかけたが着物の帯で固定されるように風船のようなものが入れられているのが見えた。

「ひ、ひき……比企谷君」

「し、心臓に悪すぎるだろ。多分、風船にヘリウムガスを入れて着物を着せて帯で固定したんだろ」

 理系が苦手な俺でも流石に知っている。ヘリウムは水素の次に軽い気体だ。だから風船なんかに入れて膨らますとフワフワ上に上がっていく。

 それに着物を着せれば風船は上へ行こうとするが着物の重みを超えて上には上がることが出来ず、フワフワと上下に揺れながらその場を漂う。

 死ぬかと思った……未だに心臓がバクバクしてる。

「こんな仕掛け小学生にしたら泣くぞ。てい」

 懐中電灯で軽くコツンと突くと着物を着た風船はフワフワと漂っていき、俺が突いた方向へと消えていく。

「はぁ……とりあえず歩くか」

 歩き出そうとした瞬間、雪ノ下の柔らかい手が俺の手を掴んだ。

「な、なんだよ」

「………………」

「……お前まさか」

 そう言うと懐中電灯に照らされた雪ノ下の表情は苦々しいものに変わった。

 恐らくさっきの風船で腰を抜かしてしまったんだろう……やっぱ雪ノ下も女の子なんだなぁ。

 しみじみと思いながら雪ノ下をおぶり、歩き出す。

「比企谷君。変なところを触れば平塚先生に言って警察に引き渡すわ」

「触らねえよ……メールか。悪い雪ノ下、見てくれ」

「ええ……小町さんからね……ありがとうってあるけれど」

「はぁ?」

 雪ノ下が俺の前にスマホを移動させ、画面を見てみると本当にありがとうと言う五文字だけが打たれている。

 ありがとうって俺、あいつにそんなこと言われることなんかしたか? むしろぼろ糞に言われることしかやってないような気がするんだが……でもなんであんな仕掛けあったんだ。仕掛けは俺達が仮装して驚かすとしか聞いてないしな……でも着物があるからやっぱり秘密の仕掛けなんだろうか。

 そんなことを思いながら歩いていると前方に炎が上がっているのが見え、それを中心にして小学生たちが円になっているのが見えた。

「着いたな」

「ええ。それにしても不思議な経験だったわね。もういいわ」

 そう言い、雪ノ下を降ろすと同時に小町たちが駆け寄ってきた。

「もうお兄ちゃんも雪乃さんも遅いよー! 心配したんだから~」

「悪いな……ところでお前、何がありがとうなんだよ」

「ほぇ? なんのこと?」

「いや、なんのことってこれだよ」

 そう言い、小町から届いたメールを見せるが小町の顔は芳しくない。

「小町こんなメール送ってないよ」

「はぁ? 確かに小町って」

 ……ちょっと待て…………確か準備されていた道具の中に…………ヘリウムガスなんてあったか? そもそも風船なんかあったか?

「お兄ちゃん?」

「い、い、いや……な、なんでもない」

 このことは忘れることにした。



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第二十五話

 背筋が凍るどころか全身が凍ったホラーな出来事から10分後、お疲れ様会と称した花火大会が俺の目の前で繰り広げられている。

 戸部はバカみたいにどっかの不良の様に指で花火を複数挟んで「果てろ!」とか言ってるし、葉山は葉山で三浦と一緒に線香花火してるし、海老名さんはさっきからキラーンと俺を見てくるし。

 そんな俺はPFPをしている。ちなみに一代目は充電が切れたので今は二代目だ。

「比企谷」

「平塚先生……お疲れ様です」

「うむ……昨日のことだが」

「……なんか迷惑かけてすみませんでした」

「いや、構わんさ。その後葉山とはどうなったのかね」

「まぁ、ボチボチですかね」

 そう言うと先生は少し安堵の表情を浮かべた。

 まぁ、本当にボチボチだろう。仲が良くなったわけではないし、かといって悪くなったともいえない。

「ところであの問題は解決したのかね」

 あの問題……留美のことだろう。

「どうですかね……少なくとも現状からは抜け出せたんじゃないっすか?」

「そうか…………ではな」

 話す内容がなくなってしまったのか先生は俺の近くを離れ、去っていった。

 留美は逃げず、真正面から立ち向かい、見事勝った。これ以上状況が悪化することは無いだろうが本当に収束に向かうのだろうか……いや、収束するだろう。なんせ留美は俺とは違って強いからな。俺はゲームという楽園に逃げて現実が消えるのを待った。雪ノ下と留美、そして俺の間にある違いはそれだ。真正面から立ち向かい、勝利したと言う事と後ろに逃げ、敗北したと言う事。これから留美は俺とは違う幸せに生きていくだろう。

「比企谷君」

「おぅ」

 振り返ればすでに着替え終わった雪ノ下が立っていた。

「……今回の貴方は誰よりも奉仕部の精神を発揮していたわね」

「そうかねぇ……俺も奉仕部にいすぎて毒されたんじゃねえの」

「むしろ浄化されたと言った方がいいんじゃないかしら」

「おいおい、元々は毒塗れみたいな言い方だな」

「あら。毒そのものじゃない」

 おうっふ。キツイ一撃貰ったぜ……毒そのものを浄化できるあの環境が異常だと思うのは俺だけですかね。

「ヒッキー! ゆきのーん! 花火しよー!」

 大声を出しながら由比ヶ浜が花火数セットとバケツと火をもってこっちへやってきて俺の目の前にセットを置き、笑みを浮かべながら花火を手渡してきた。

 俺はPFPを中断させ、花火に火をつけた。

「はい、ゆきのんも」

「……そうね」

 珍しく雪ノ下が由比ヶ浜に乗り、花火を手に取り、火をつけた。

「楽しかったね! 今度は三人でどこか行こうよ!」

「俺は良いや。ゲームしたい」

「えぇ~。楽しいのに。ゆきのんは」

「私ももういいわ」

「ゆきのんまで~」

 だが俺はいつの日か、この状況が再び訪れることを心のどこかで期待していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰りの車内は全滅していた。

 準備などで体を動かし続けた後部座席に座っている連中は全滅し、俺もうつらうつらとしてきたがどうにかして目を見開き、ゲームに集中する。

「……少し寝たらどうかね」

「大丈夫です。も、もう少しで」

 そこまで言ったところで俺の意識が消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 がたがたと体を大きくゆすられる感覚を抱き、目を開け、窓の外を見ると総武高校の校舎が見えた。

 車から降りるとムワッとした空気が襲い掛かり、寝起きと言う事も合って気分は最悪だ。

 各々、体を伸ばしたりしながらこれまでの疲れを取っている。

「みんなお疲れ。家に帰るまでが合宿だからな」

 ドヤ顔なのはずっと言いたかったことが言えたからなのですかねぇ。

「お兄ちゃんどうする?」

「京葉線とバスで帰ろうぜ。なんかもう疲れた」

「あいあいさ! 雪乃さんもどうですか?」

「……そうね。途中までは」

「あたしと彩ちゃんはバスかな」

 そんなわけで各々の方法で帰路につこうと別れの挨拶をしようとした瞬間、スーッと静かに黒塗りのハイヤーが俺達の目の前に横付けされた。

 左ハンドルの運転席にはグレーの髪をしたダンディな初老の男性が乗っており、1度俺達に頭を下げた後慣れた手つきで車のドアを開けると真夏日和だというのに何故か小春日和のように心地いい風が吹いた気がした。

「は~い、雪乃ちゃん」

「姉さん」

「え? お、お姉さん? ゆきのんの?」

 真っ白なサマードレスに身を包み、その表情は世の男性の理想形ともいえる素晴らしい笑みが浮かべられている雪ノ下雪乃の実の姉である陽乃さんが車から降りてきた。

「雪乃ちゃんってば夏休みになっても帰ってこないから心配して迎えに来ちゃったぞ☆」

 おいおい、何で雪ノ下の行動を把握できているんだよ。もしかして盗聴器でも使ってるのか? でもこの人ならそんなことやりかねないから怖いよな。

「お? おぉ? 新キャラだね~」

 そう言いながら陽乃さんは由比ヶ浜の顔を覗き込む。

「あ、比企谷君の彼女?」

「ち、違います! ヒッキーのクラスメイトの由比ヶ浜結衣です!」

「な~んだビックリしたー! てっきり彼女かと思っちゃったー! 雪乃ちゃんのお姉ちゃんの雪ノ下陽乃です。よろしくね。あ、彼は雪乃ちゃんのだからね? 手を出したらお姉さん怒るぞ」

 キラン! と星でも浮かんでそうなウインクに流石の由比ヶ浜もたじたじだ。

「陽乃。その辺にしておけ」

「静ちゃん久しぶり!」

「その呼び方は止めろ」

「知り合いなんですか?」

「教え子だよ。お前たちと入れ替わりで卒業したな」

 戸塚の質問に先生はため息をつきながらそう言う。

 この人も先生の悩みの種だったんだな……まあ、暴れまくったんだろう。

「じゃあ、行こうか雪乃ちゃん。お母さんも待ってるし」

 その単語に雪ノ下はピクッと反応し、渋々歩き始めた。

「あ。雪ノ下」

 彼女を呼び、振り返ったところで鞄に眠っていたパンダのパンさんを放り投げた。

「……これは」

「この前取った奴。俺いらねえから」

「……もう持っているのだけれど」

「な、なん……だと」

「……でもありがたく受け取っておくわ。また学校でね」

 小さく笑みを浮かべながら雪ノ下が乗り、陽乃さんが乗り込むと車はまた静かに動き始め、俺達から遠ざかるように一定の速度で走っていき、曲がり角で消えた。

「ねえ、ヒッキー……あの車って」

「黒塗りのハイヤーなんて腐るほどあるだろ。帰ろうぜ」

 本当は気づいていた……あの車のことも。俺は一度見た者は決して忘れることは無い。あの日、あの時……由比ヶ浜の飼い犬を救ったときのあの車だ。

 でもそんなのは関係ない…………あの事故はただの事故なのだから。



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第二十六話

―――――これでみんなもモン狩狩玄人だ!―――――

 モン狩狩―――それは大ヒットを続けるモンスターハントゲームであり、敵は恐竜から怪鳥、さらには気持ち悪いイモムシに可愛い妖精、そして伝説の生き物たち。

 己の前に立つモンスターはすべて倒す。

 だけどみんなクリアできずに困っているモンスターがいるよね? そう! ガメゴジギドモスキリューだね!

 こいつのAIは覚えるのにはちと多い。だけど気合を入れれば覚えられるよ! しかも不思議と勉強も覚えられるよ! やったね! さてこのガメゴジギドモスキリューを倒すにはどうしたらいいか。

 まずはレベル・ステ振りを全てカンストさせた防具と太刀を用意します。そして敵のAIを覚えます。

 後は簡単。そのAIに沿って敵の攻撃を見切って斬って斬って切りまくる。これでみんなも玄人だ!

 

 

 

 

「こんなところか。出来れば確率とかも添えたかったけど中学生だしいいや」

 そう呟き、ノートパソコンのエンターキーをツッタカタッターンと押して、Wordを駆使して作られた自由研究を保存し、プリンターへ情報を送る。するとその情報を受け取ったプリンターが動き出し、あらかじめセットされている用紙が吸い込まれていく。

 ふぅ。画像引っ張ってくるのは俺用保存ファイルから引っ張ってくればいいから簡単だったけどそれの説明が結構難しかったな。

 この素晴らしい自由研究が出来たのもWordとExelの資格を取ったからだな……よくよく考えればひきこもり・オタク・ニートのヒキニク野郎の俺って結構、高スペックだよな。

「小町~。出来たぞ」

 コピーされた自由研究の用紙をひとまとめにし、ホッチキスでパチンと止め、ファイルに入れて小町を呼ぶといつも通りの下着の上に俺のおさがりのTシャツを着ただけのマイシスター・小町がリビングにやってくる。

「流石お兄ちゃん! やっぱりパソコン作業はお兄ちゃん最強だね!」

「ふっ。これでもゲーム制作会社に入ろうかなと思っている俺だ。このくらい造作もねえさ」

 つっても二つの資格を極めるのに年単位の時間がかかったけどな。ほら俺って毎日忙しいじゃん?

「お兄ちゃんってさ無駄にスペックは高めなんだから勉強すればいいのに」

「はぁ? スペックが高いのはゲームに関係することだけだ。物理と化学なんか悲惨な数字だろ。数学に関しても確立分野以外ボロボロじゃねえか」

「でも文系教科は全教科満点じゃん」

「文系教科は暗記ゲーだ。特に英語・社会はな」

 英語は単語と構文・文法を完璧に暗記したらなんかわからんけど点数取れるようになるし、社会に関してはゲームにのめり込んで以来、満点以外取ったことがない。

 おかげで中学以来は社会の評価はずっと最高ランクだ。ま、英語は書けるだけであって喋れないからOCはいつも点数微妙だけどな。あとリスニングも微妙だよな。読まれた分を記憶してもきこ取れなければ意味ないし。

「ほんとなんでそこまでゲームに特化したんだろ。小町もやってたのに」

「はぁ? ステ振り・レベル上げ・経験値効率を何も考えてないあのプレイがゲームしてただと? ふっ。俺から見れば失笑ものだ。いいか? ゲームって言うのわな」

「あ、お客さんだ~」

 俺がゲームについて話しはじめようとした瞬間、来客を告げるインターホンが鳴り響き、小町はチャンスとばかりにリビングから出て一階の玄関へと向かう。

 俺は呆れ気味にため息をつき、PF3を起動させる。

 その時、未読のメールが表示されているのに気付き、メール画面へと飛んで開くと同時に表示された送り主の名前を見て一瞬、驚いた。

「ルミルミ…………これ明らかに」

 鶴見留美だろう。夏の合宿で出会った小学6年生の女の子。でもあいつPFPしかもってなかったんじゃないのか?

「八幡へ……私もPF3を買いました。偶然見つけたのでメール送ったので見たら返信ください……なんであいつ俺のプレイしてるゲーム知ってんだ。ていうか大体15禁以上のものばかりなんだけどな……まあ親父さんだと思うけどさ」

 とりあえずルミルミとやらにメールの返信をチャチャっと済ませ、太鼓の匠のディスクをセットし、起動させると見慣れている画面に入り、楽曲を選択して一番難しいモードで千葉2000という千葉県に住む人のみに配布されるオリジナル楽曲をやる。

 ネット界隈では難しい難しいと言われているが俺からすれば目隠ししてもできるわ。譜面が変わることもないし特殊な叩き方が必要なわけでもない。まあ途中でスピードが変わったりするけどそれも慣れれば容易だ。

 その時、ガチャっと扉が開かれる音が聞こえたがどうせ小町が入ってきただけなので後ろを向かずにひたすらコントローラーを裁いていく。

「小町~。お茶ちょうだい」

 しかし小町の返答はない。

「小町無視する……」

「ヤ、ヤッハロー」

 ちょうど曲が終わったので後ろを振り返るといつの間にかばっちり着替えた小町とキャリーバッグを抱えている由比ヶ浜の姿があった。

 彼女の顔は明らかにドン引きしている。

「ま、まあ座ってくださいよ。結衣さん」

「う、うん」

 とりあえず俺は見なかったことに決め、前を向いて楽曲選択をしようとした瞬間、腕を舐められたような感触が一瞬するがどうせカマクラだろうと思い、画面を見ながら左手でしっしっと追い返すが俺の足に移動してきたのか毛が俺の足に触れてこそばゆい。

「なんだよカマ…………お、お前いつの間に犬にメタモルフォーゼしたんだ」

「お兄ちゃん、結衣さんのサブレだよ」

「サブレェ? あ、わんにゃんショーの時に俺のとこに来たイヌか」

 そう言えばこんな犬俺の足元に来て腹見せてたな……今も俺に腹見せて遊んでほしそうな眼差しで俺を見ているけど……ていうかなんで俺の家でこいつが解放されてるわけ?

「なんで由比ヶ浜の犬が俺の家で解放されてんだよ」

「ご、ごめんねヒッキー。実はこれから家族旅行に行くんだ」

 家族旅行か……懐かしい単語を聞いたものだ。小学校時代から旅行よりもゲームな俺だったけどチョコチョコ行ってたけど中学生になってゲームにのめり込む深さは上がり、中学からは家族旅行には一切行ってない。

 何故かと言われれば……そこにゲームがあるからさ。

「それは良いけど何で俺んちのこいつがいるわけよ」

 流石に鬱陶しくなってきたので首根っこを掴んで俺の足から離すが『はっはっは』と尻尾を左右に振りながら俺の足元にトコトコやってきて腹を見せてくるので手でわしゃわしゃしてやるとよほど嬉しいのか気持ちよさそうに目を細めて俺を見てくる。

「旅行の間だけでいいからサブレを預かってほしいなーなんて」

 由比ヶ浜は上目づかいで俺にそう言ってくる。

 ふっ。他の男ならそれでイチコロかもしれないが残念ながらゲームで出来ている俺にそんな小細工は通用しない。その証拠に由比ヶ浜と話しながらさいたま2000鬼モードをノーミスで叩いているのだから。

「わざわざ俺んちに来るなよ。ペットホテルとか三浦とか海老名さんにでも預けろよ」

 最近は日本でもペットはパートナーという意識が出来始めてきたのかペットホテルなんかも一昔前に比べたら充実してきているし、由比ヶ浜は俺と違って友人も多い。なのになぜ俺のところに来るのか。

「優美子も姫菜もペット買ったことがなくってさ。それにこの季節だからペットホテルもどこも満室で預けられないんだ。最初はゆきのんにお願いしようかなって思ったんだけどなんか実家に帰ってるみたいでいろいろ忙しいらしくてメールとかの返事も遅いの」

 雪ノ下と誰よりも交流が深い由比ヶ浜でさえ会っていないのであれば俺があいつに出会うはずもない。

 合宿時に感じた雪ノ下の一歩引いたような関わり方……合宿中は分からなかったけど合宿最終日、解散場所で見たあの黒塗りのハイヤーを見て少しわかった気がする。

 まぁ、雪ノ下の抱いている気持ちなど俺が知る由もない……それに他人に踏み込まれることを嫌う俺が他人を踏み込むようなことはしない。結果的に相手の気持ちなど考えない。

「なんかあたししちゃったのかな……」

 空気を読むことでクラス内政治を生きてきた由比ヶ浜が雪ノ下の一歩引いたような関わり方に気づいていないはずがない。むしろこいつが一番気づいているはずだ。

「……とりあえずこいつは預かってやるから旅行行って来いよ」

「ごめんねヒッキー。お土産買ってくるから」

「期待しないで待っておく」

「そこは期待してよ……じゃ、お願いね」

 サブレの頭を一度優しく撫でてから小町と一緒に由比ヶ浜はリビングから出ていった。

 残っているのは俺の脚をベッドの様にして横になっているサブレとゲームをしている俺だけになった。

 …………なんでこいつ俺にこんな懐いているんだか。

 心の中で少し呆れながらサブレを足元から退かすがまるで遊んでと言わんばかりに尻尾を左右に振りながら俺の周囲を走り出す。

 …………こいつがいたらケーブル抜かれそうで怖い。

 そんな不安を抱いたのでPF3を止めて傍にセッティングしておいたPFPに切り替え、ソファに横になってPFPをしようとするが俺の腹にサブレが乗ってくる。

「カマクラ……ってなんだよその眼は」

 カマクラを遊び相手にしてやろうとカマクラを探すがいつの間に上ったのか冷蔵庫の上に座ってサブレと俺を一歩引いたような目で見ていた。

 ……お前はどこの雪ノ下さんですかって話だ。

 一歩引いた関わり……俺には関係のない話だ。



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第二十七話

 サブレがうちに来た翌日、俺はサブレを連れて津田沼にあるゲームセンターに来ていた。

 小町が勉強したいからと言う事で俺としての最大配慮であるPFPかつイヤホンという状態でゲームをしていたのにぶちぎれた小町が俺にサブレの散歩を言いつけたのだ。

 俺に散歩してもらうのがそんなに嬉しいのかさっきからサブレは尻尾をユッサユサ振りながら少し早いペースで歩いていく。

 休憩と称してゲームセンターに来た俺だが何やらさっきから人が周りに集まってうるさい。

「くあぁぁ……眠…………サブレ。おすわり」

 音ゲーをしながら今にも歩き出そうとしていたサブレにお座りを命じると何故か、他人である俺の命令に従順に従い俺の足元にぴったりとくっついてお座りをした。

 普通、他人が命令したことってここまで従順に聞かないんじゃねえの? カマクラなんか小町の言う事は効く癖に俺の言う事は一切効かねえぞ……あ、そうか。カマクラにとって小町は家族で俺は他人なのか。納得……なんか納得すると同時に悲しみが襲い掛かってくるよ。悲しいよ、サブレッシュ。

 今俺がしているゲームはNEW beatという音ゲーで音楽に合わせて4×4の16マスのパネルが黄色く発光するのでそれをタイミングよくパネルを押せば点が入る。

 一番難しい難易度がExtream。

 つってももうほとんどの発光パターン覚えてるしな~……ん?

 その時、周囲を囲んでいる群衆の中に青みがかった黒髪の女子の姿が見え、パネルを叩きながら女子の方を向くと七分袖程度のシャツにデニムの短パン、そしてレギンス、肩からゆるく背負ったリュックサックという姿をしている川……何とかさんの姿を見つけた。

 一瞬目が合うが特に話すこともないので視線を外し、ゲーム画面に視線を戻すと既にゲームが終了しておりFULL COMBOと黄色い文字で表示されていた。

「次何やろ。行くぞサブレ」

 リードを引っ張りながらそう言うと立ち上がり、尻尾をゆさゆさ振りながら歩きはじめる。

 何やろうかね。太鼓の匠の気分じゃないし、音ゲーって言う気分じゃないからな……でもなぜか音ゲーがしたくなるんだよな。

「…………」

 ふとUFOキャッチャーが見えるとともにさっきの川なんとかさんと幼稚園児らしき小さな女の子の姿が見え、そっちの方を見てみると何やらすごい形相で100円玉を積み上げ、UFOキャッチャーに挑戦している姿があった。

「さーちゃん」

「大丈夫。姉ちゃんがとってやるから」

 そう言いながらアームを動かし、ぬいぐるみをとろうとするが慣れていないのか的外れな場所を掴み、ぽろっと落としてしまう。

 …………うん。俺には関係ナッシングだな。

 そう結論付け、その場から離れようとするが何故かサブレが動かないのでサブレを見てみると俺に訴えかけるようなまなざしでジーッと俺を見てくる。

 …………はぁ。分かったよ。

「あ、わんちゃんだ」

「え……あ」

 幼稚園児がくるっとこちらを振り見た時にサブレが見えたのか顔を綻ばせながらしゃがんでサブレの頭を撫でまわす。その幼稚園児の顔には見覚えがあった。

 この子、平塚先生の愚痴を聞かされた日にぬいぐるみあげた子じゃないか……なるほど。川なんとかさんの妹というわけか……確か名前は……あ、京華だ。

「な、なんであんたここに」

「いや、暇だし……取ろうか?」

「い、良い! 自分でやる!」

「あ! この前ぬいぐるみさんくれたお兄ちゃんだ!」

 京華ちゃんがそう言うや否や川なんとかさんの表情が驚きに包まれた。

 え、なんでそんなに驚くの? 俺なんかした?

「あんただったんだ……ぬいぐるみくれたのって」

「ま、まあ……で、どれ欲しいんだよ」

「い、いいって! これくらい自分で」

「…………さーちゃん、お金使いまくっていいの?」

 サブレを抱きかかえ、腹話術の様にそう言うと川何とかさんは顔を真っ赤にし、あたふたと手を空中で右往左往させ始めた。

 その間に財布から素早く100円玉を取り出し、投入口に入れてアームを操作し、さっき狙っていたぬいぐるみの少し手前で止め、腰回りに結ばれている紐の結び目に丁度ひっかける感じでアームを降ろすと狙い通りにアームの腕が結び目に引っかかり、そのまま持ち上げられ、ガタッと揺れても落ちることなく、そのまま投入口にぬいぐるみが落された。

「ん」

「わー! ありがとお兄ちゃん!」

 笑みを浮かべながら京華ちゃんは受け取ったぬいぐるみを抱きしめた。

「そ、その……あ、ありがと」

「いや別にいいけど……なんというかお前、あんまり賭け事とかしない方がいいかもな」

「いや、まだ100円しか使ってないんだけど」

 …………なんじゃそれ。あの気迫からして800円は使ってると思ったのに……いや、元々顔が怖いからそう見えただけか……なんというか。

「ま、まぁいいじゃん。取れたし」

「う、うん…………そ、そのありがと」

「二回言わなくていいだろ」

「違う。この前の大志とのことだよ……あんたのおかげでスカラシップ? ってやつも取れたし、大志ともうまくやれてるから……そのお礼」

「あっそ…………」

 それ以降、俺達の間に会話の種が尽きてしまったことで会話のキャッチボールがなくなり、ゲームセンター特有の騒音が辺りを支配する。

「そ、そういえばあんた夏期講習と行ってないの?」

「行ってない」

「なんでまた。この時期位だったら」

「俺私立文系だし、数学いらないから。文系科目は暗記ゲーだし」

「……この前のテストの点数は」

「文系科目全部満点。それ以外は聞くな」

 マジであれはリアルにカンニングしたいと思ったな。だって物理の問題何言ってるか分からなかったし、公式だけ暗記したけどその公式さえ使わないというね。マジで死にかけた。

「何でゲームしかしてないお前に……」

 ……なんか貶すと同時にショック受けてるみたいだけど……ま、いいや。

「ま、まぁ頑張れ。じゃあな」

「お兄ちゃんばいばーい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の朝、俺のスマホに一通のメールが来たことにより、本日の事件は発生した。

 落ち着け……落ち着くんだ。さっきまでの行動を思い出せ。

 俺はこめかみを抑え、自分がさっきまでしいた行動を丁寧に思い出す。

 まず起きる……と言うか今日は徹夜していたからずっと起きていた。そして両親から小言を言われながらもゲームを続け小町が起きてくる時間帯までPF3をし、そこからPFPに手を伸ばそうとしたんだ。そう。その時にこのメールが届いたんだ。

 スマホには一通のメールの文面が表示されており、それは簡単な文だったが俺からすれば本気で行くわよ! ストライクショット! と叫びたくなるくらいに本気で考える問題だ。

『今日良かったら僕と一緒に遊ばない?』

 そう、この文面だ。これがただの間違いメールなら俺は速攻で削除してゲームの続きをしていたが送ってきた相手があのエンジェル戸塚だ。これはもうあれしかないだろ…………戸塚と遊ぶと言う事しかないだろう。

 だが俺にはゲームというやらねばならないことがある……だがここで戸塚の誘いを断ったとしよう…………戸塚の泣く姿なんて見たくない! 見ててください! 俺の! 決断!

 どっかの特撮ヒーローよろしくの叫びを発しながら戸塚にメールの返信をし、PFPと財布、スマホをポケットに突っ込んで待ち合わせ場所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 待ち合わせにした海浜幕張駅で俺はPFPをしながら戸塚を待っていた。

 どこへ行くか迷ったがここならば大体のものは揃っているのでオールマイティーに動くことができるかつ、戸塚を暇にさせないことができるのだ。

「八幡!」

 さて、本日もエンジェルが降臨したよ。誰も勝つことが出きない……エンジェル・戸塚降臨。

「ごめんね。待たせちゃった?」

「まさか。今来たところだ」

 嘘である。一時間前からここで待っていた。だが敢えて言わない。

「で、どうする」

「う~ん。考えたんだけど八幡ってゲームが好きだからゲームセンターなんてどうかな? 僕、またあの太鼓のゲームしたいな」

 …………同志が増えると思えばうれしいが、戸塚が同志となる未来は少し考えたくないな。変な宗教団体が出来上がるかもしれないし。

 とりあえずゲームセンターへ行くべくシネプレックス幕張へと向かう事に決め、2人横に並んでゆっくり歩きつつも軽い雑談を交わしていく。

 シネプレックス幕張に到着し、まっすぐエレベーターへと向かうがピタッと戸塚が止まったのに気付き、振り返ると映画広報掲示板の所をずっと見ていた。

「あ、この映画もうやってるんだ」

「……んじゃ、映画館行くか」

「あ、僕に合わせなくても」

「いいよ。たまには映画見るのも悪くないし」

 まあできれば俺としては今すぐにでもゲーセンに行きたいが相手が戸塚なので欲望を必死に抑え込む。

 戸塚は申し訳なさそうな顔をしていたがともかく、エレベータに乗り、シネマフロアへと上がり、戸塚がカウンターでチケットを買いに行っている間、俺はPFPを起動させる。

 映画だと少なくとも80分は触れないからな。今のうちにやるべきことやっておこう。

 にしても…………久しぶりに映画館なんて来たな。昔は母親の買い物の時間の間の暇つぶしとして小町と詰め込まれた記憶しかないけど。

「お待たせ。行こうか」

「ん」

 やるべきことを終わらせ、戸塚からチケットを受け取って劇場スタッフに渡し、半券を貰って劇場内へ入り、E25席を探し、そこに座ると俺の隣に戸塚が座った。

「どんな映画なんだ?」

「ホラー映画」

 …………俺、叫ばない自信がないんだが。

 こう見えて俺はホラーは嫌いである。いや、ゲームなら我慢できるんだが映画となると三次元の映像なので本物だと勘違いしてしまうのだ。これだけは一生治らないと思う。

 劇場内が暗転し、映画の予告が始まるが前日から徹夜していたのに加え、真っ暗なので徐々に眠気が襲い掛かってきた。

 ヤバ……予告終わるまで少し寝よう…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 がたがたと体を揺らされる感覚を覚え、ゆっくりと目を開けると目の前に戸塚の顔が映った。

 …………しまった。

 慌てて起き上がり、周囲を見渡すと既にチラホラいた客の姿はなく、照明も全部ついていた。

「悪い、戸塚。寝ちまった」

「ううん。大丈夫だよ。でも八幡、不規則な生活はダメだよ? 行こっか」

 戸塚に不規則な夏休みライフを軽く咎められ、劇場から出るが非常に申し訳ないことをしたので俺の奢りでカフェに入ることに決めた。

「何する? 俺が奢るわ」

「良いの? 本当に」

「良いんだって。さっきのお詫びだ」

「そう? じゃあ……アイスコーヒーで」

「俺も」

「我もいただこう」

 三人一緒のメニューを店員に注文し、料金を渡すのと入れ替えにコーヒー三つを受け取り、それぞれに手渡して開いている席に座る。

 …………ちょっと待て。

 何故か戸塚の隣にさも最初からいたかのような顔で材木座が座っていた。

「なんでお前がいるんだ」

「モハハハハ。貴様がいるところに我はいる。この関係は永遠に消えんよ」

「もしかして八幡のお友達? 僕は戸塚彩加。よろしくね」

「我は材木座義輝という」

 俺は頭を抱えるしかなかった。

 なんでこいつ、いつも俺の居るところに本当にいるんだよ。俺がゲーセンに行ったら高確率でこいつにエンカウントするし……なんかマジで繋がってそうな気がする。ヒモか何かで。

「ていうかお前、コーヒー代寄越せよー」

「むぅ? 貴様が奢ると言ったではないか」

「俺が言ったのは戸塚に対してなんだが。ていうかいつからいた」

「ムフフ。映画館から」

 …………こいつマジで忍者か何かの末裔じゃねえの? 映画館にこいつの姿見えなかったぞ。

「材木座君も来たんだし、ゲームセンター行こうよ。八幡」

 くっ! 戸塚の笑顔が眩しすぎて材木座の顔が見えねえ!

 そんなわけで結局、材木座も含めた三人でその日、一日を過ごすこととなってしまった。



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第二十八話

 戸塚との楽しい時間を過ごした日から2日が経ったある日の夕方、俺はいつもの様にPFPをしていた。

 本来ならPF3をやっているんだが由比ヶ浜から預かっているサブレがカマクラを追いかけまわすせいでケーブルを抜かれかねないので渋々、PFPで我慢しているのである。

 どの道、お預かり期間は今日までだから良いっちゃ良いけど……カマクラは災難だな。

 部屋中を追いかけまわされているカマクラは鬱陶しそうに俺にどうにかしろよ的な視線を送ってくるので仕方なく、サブレの首根っこを掴んで足の上に乗せるとさっきまでの勢いはどこへ消えたか、俺の足をベッドにするかのように腹を俺に見せて横になった。

 ようやく解放されたカマクラは疲れた様子で小町のもとへと向かう。

「はいはい。わしゃわしゃ。かわいいねー」

 適当にサブレを可愛がっているとインターホンが鳴ったのでPFPをスリープモードに切り替えてポケットに突っ込み、モニターを見ると髪型をいそいそと整えている由比ヶ浜の姿が映っていた。

「ようやくご主人様のお帰りだぞ」

 そう言いながらドアを開けると手を振られる。

「やっはろ~。これお土産」

 そう言われ、渡された袋はかなり重かった。

 こいつ何買ってきたんだよ……まあありがたく食べるけど。主に小町が。

「サブレ~。元気にしてた?」

 サブレを抱き上げて頭をよしよしするが当のサブレの尻尾は何故かダラ~ンと垂れている。

 おいおい。まさか数日の間に本当のご主人様の顔を忘れたわけじゃあるまいな……もうサブレが家に来るのは勘弁してほしいな。主にカマクラが。

「いや~ごめんね。サブレ迷惑かけてなかった?」

「超迷惑かけられた。ゲームしてる時に走り回られて積み上げていたソフトのパッケージ倒すわ、充電してるPFPのコードぶち抜くわ、ゲームしてたら顔舐めまくるわ」

「も~サブレったら~」

 こいつ全然、迷惑かけてる気ないだろ。

「はぁ。なんか疲れた」

「ほんとごめんね。ヒッキーに預かってもらって」

「できればもう勘」

「また預けてくださいねー! 今度は菓子折りもって両親がいる時に!」

「うん! 来るく……ってな、なんで両親に!?」

 いつの間に後ろにいたのか肩のあたりからヒョコッと顔を出してそう叫ぶと由比ヶ浜は何故か顔を赤くして恥ずかしそうにサブレを抱きしめた。

「んじゃあな。また学校で」

 そう言い、家の中に戻ろうとした時だった。

「ヒ、ヒッキー!」

「ん?」

「そ、その…………今日花火大会行かない?」

「行かない。俺、ゲームしたいし」

「そ、そっか……そうだよね」

 …………なんで誘いを断ったくらいで今にも泣きそうな顔してんだか。誘う相手なんてこいつだったら腐るほどいるだろ。

「あー小町は受験生なのです」

「何いきなり叫んでんの?」

「どうしても花火大会に行きたい! でも小町は勉強しないといけない! そんなわけでお兄ちゃん。花火の様子をカメラに収めてきてほしいな! あと露店の焼きそばとか綿あめとか買ってきてほしいな!」

「そ、そうだよ! 小町ちゃんは行きたくても行けないんだからさ! だ、だから一緒に行かない?」

 ずいずいっと迫ってくる2人に思わず、後ずさってしまう。

 …………こう迫られるのは俺、嫌いなんだけどな。

「…………分かったよ。あとで適当に連絡くれ」

「オ、オッケー! またねヒッキー!」

 由比ヶ浜はそう言い、サブレをキャリーケースに入れて去っていく。

「お兄ちゃん。今のは小町的にポイント低いな~」

「は? なんで」

「はぁ~。ま、それがお兄ちゃんらしいっちゃらしいけど」

 呆れ気味にため息をつきながら小町は家の中へと戻った。

「…………意味が分からん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サブレが家から消えてから一時間後、由比ヶ浜から集合場所と集合時間が送られてきた。

 適当な服に着替えて集合場所へと向かうべく、電車に乗る。

 待ち合わせ場所として指定された駅へ向かう電車の中は花火大会へ向かうであろう浴衣姿の女性やシートを持った家族連れなどで混み合っていた。

 ドアにもたれ掛りながら到着までの間、PFPをして時間を潰す。

 はぁ…………やっぱり人混みは嫌いだわ。

『こちら側のドアが開きます』

 約束場所の駅に到着し、人の流れを逆走するように歩きながら改札を出て、コンコースの柱に寄りかかりながら由比ヶ浜が来るまでの時間をPFPで潰す。

 その間、花火大会へ行くであろう奴らが俺の前を通り過ぎていく。

 友達と、恋人と、子供と……各々の大切なものと一緒に見る花火大会は格別なものだろう。でも俺からすれば花火大会なんてものは何の意味もない行事…………なのになんで…………。

 その時、からころと下駄を鳴らしながら歩いてくる音が聞こえ、顔を上げると北口から薄桃色の浴衣を着た由比ヶ浜が小走りでこちらにやってくるのが見える。

 いつものお団子ヘアーではなく、クイッとアップに纏め上げられている。

「ちょっとバタバタしちゃって……ごめんね」

「いや……俺も今来たとこだし……行くか」

「う、うん」

 互いに何も話さないまま改札を入って電車が来るのをホームで待つ。

 ポチポチといつもの様にPFPをするがどうもこの空気に耐えることが出来ず、スリープモードに切り替えてポケットに突っ込んだ。

「珍しいね。ヒッキーがゲームしないなんて」

「電車待ってる時はしないんだよ」

 嘘だ。電車を待っている時でも俺はする……なのになぜか今は空気がそれを許さない。

 そんなことを思っていると電車が入ってきて乗り込むが花火大会で行く人で車内はギュウギュウで由比ヶ浜をドア側に寄せ、俺はその後ろに立つ。

「ヒッキーってさ、花火大会とか来たことある?」

「昔に一回だけ。それもゲームしてて覚えてないけど」

「ヒッキーらしいね」

 そんな会話をしているうちに目的の駅に到着し、降りると既にホームは人でごった返している。

 ううぇ……すでに帰りたくなってきたぞ。

 そんなことを思いながらも口には出さず、改札口を出て花火大会の会場へと向かうがいつもは換算している駅前の広場が今では人であふれており、中々前には進めない。

 開始時間は19時半そこら。今の時間は18時過ぎ……うん。

「どうする。帰るか?」

「帰らないし! ていうか花火すら始まってないんだけど!?」

「じゃあ、どうするの?」

「小町ちゃんからお土産リストのメール貰ってるんだ」

 いつものゴテゴテデコレーション携帯を取り出し、俺に小町から送られてきたというメールの文面を見せてくる。

 焼きそば、綿あめ、ラムネ、お好み焼き、たこ焼き、花火の思い出プライスレス……いったいうちの妹はどこで成長過程を間違えたのでしょうか。こんなのヒキニク野郎の俺でさえ思い浮かばん。

「とりあえず先に買っていくか」

「うん」

 人の流れに続いて歩いていき、出店が見えたところで流れから外れる。

 どの出店も大盛況でさっきから店主の活気の良い声が続けざまに聞こえてくる。

「何食べる? リンゴ飴、リンゴ飴だよね」

「それリストに無いし、お前が喰いたいだけ……もう買ってるし」

 俺が突っ込む前に由比ヶ浜の手にはリンゴ飴が握られており、おいしそうに食べている。

 はぁ……とりあえず小町に頼まれたものから買っていくか。

 焼きそばを買い、わたあめを買い、ラムネ、お好み焼き、たこ焼きを買うついでにちょこちょこと俺もいか焼きなんかを買って食べていく。

 ていうかあいつ、頼みすぎだろ。

「焼きそば食べたくなってきちゃった」

「確かあっちだろ」

「あ、ゆいちゃんだー!」

「お、さがみーん!」

 後ろを振り返った瞬間、同じように浴衣を着た女子が由比ヶ浜の名前を呼ぶと由比ヶ浜も相手の名前を呼んでトコトコと歩いて手を絡ませた。

 フルシンクロかよ。次の攻撃力二倍にでもなるの?

 「あ、こっちは同じクラスの比企谷君。この子は相模南ちゃん」

「……ふぅ~ん……あたしなんか女だらけのお祭りなのに~。あたしも青春したいな~」

 俺はその一瞬、彼女が浮かべた顔を見逃しはしなかった。

 嘲笑……奴は友達であるはずの由比ヶ浜が連れている男である俺を見て確実にそれを浮かべた。

 純然たるそれは由比ヶ浜が連れている男に確かに注がれた。

 相模とやらは由比ヶ浜と喋りながらも俺の姿を逐一視界に入れ、値踏みしていく……ていうか相模ってやつ俺と同じクラスの奴じゃん。

「…………全然そんなんじゃないよ~」

 由比ヶ浜は少し間を開けて相模に合わせて笑みを浮かべる。

 なんというかあれだよな…………最近エンカウントしてなかったからちょっと懐かしかったわ。あの憐れみというかバカにしたような笑み。小学校の頃は毎日のように見てきたからな~。流石に数年会ってないと耐性が落ちるもんだな。全盛期の頃なら余裕で見て見ぬふりできたのに。

「先行ってるわ」

「あ、うん」

 そう言い、由比ヶ浜から離れる。

 引きこもり・ニート・オタク・ゲーム野郎のKIGNであるヒキニク野郎の称号を得ている俺は奴らカースト上位人からすれば格好の的だろう。それが友達の近くにいればそいつも一緒に潰す。いわゆるサクリファイス戦術ってやつだな。たまにいるんだよな~。俺ごとやれ! っていうやつが。ちなみにその戦術の切り抜け方はいたってシンプル。相手が打ってきた強力な技の盾にすればいい。そしてみな一様にこういう…………クズ野郎めと。俺からすれば褒め言葉だ。クズ野郎? 結構結構。現実のクズ野郎に比べればマシだ。

 ゲームの勢力図と現実の勢力図は似ている。二つの違いはといえば顔が見えるか否かだけ。たったそれだけで人間はどれだけ現実で褒め称えられている人間でもクズ野郎に成り下がることができる。

「ごめん……」

 由比ヶ浜が戻ってきて一番にそう言われたが俺からすれば何に対しての謝罪なのか分からない。

「何がだよ。それよりもう花火始まるんじゃねえの?」

「…………う、うん。行こっか」

 由比ヶ浜は俺の言ったことに何かおかしな点でも感じたのか一瞬、呆然としたような表情を浮かべたがすぐにいつもの笑みを浮かべて俺の隣を歩く。

 もうすぐ花火大会が始まると言う事で多くの人がメイン会場となっている場所に向かって歩いている。

「あ、ゲリラか」

 ポケットに入れていたスマホが震えたので取り出して画面を見るとアラームだったのですぐさまゲームを起動させ、ゲリラダンジョンへと侵入する。

 とはいっても凄まじい数の人が周りにいるので盤面を一瞬見て暗記し、敵を倒してまた盤面を見て暗記を繰り返しながら会場へと向かう。

「凄い人だね」

「そうだな。朝礼みたいに倒れそうだわ」

「あーそんな人いたな~。でも最近、そんなの見ないよね」

「まず高校に入って朝礼なんて月一回だけだろ」

「あれ、そうだっけ?」

 まぁ、由比ヶ浜のことだから朝礼中も友達と駄弁ってるんだろうがな……ちなみに俺はゲームの攻略をひたすら考えている。

「うわぁ~。凄い人」

 メイン会場に着くや否や困ったように笑いながら由比ヶ浜がそう言う。

 目の前には人、人、人で埋め尽くされており、地面はほとんど人で見えなくなっている。

 花火が始まる前から盃を交わすおっちゃん、子供の泣く声、親らしき大人の怒鳴り声とメイン会場は色んな声であふれている。

「何か新聞でも持ってくればよかったかな」

「初めてなのか?」

「う、ううん。毎年友達と来てる」

 ならなぜ、対応策を用意していないんだよ。俺みたいに久しぶりに来た奴ならともかく毎年来てるやつなら当日の状況くらい覚えてるもんだろ……そんなこと言っても仕方ないか。由比ヶ浜だし。

「とりあえず開いてる場所探すか」

「そうだね」

 ということでどこか開いている場所を探すべく人を掻き分けながら歩いていく。

 こういう時ボッチって先先行けるよな。普段から誰にも気にされていないから人と人の間をすり抜けるスキルがもうスキルマだ………あ。

 ふと由比ヶ浜の存在を思い出し、後ろを振り返ると薄桃色の浴衣が見えるくらいで彼女の姿は見えない。

「ほい」

「へ? ヒ、ヒッキー?」

「お前、下駄履きなれてないだろ」

「う、うん」

「とりあえず人混みから出れるまでこうしといた方がいいだろ」

 よく混雑の中で小町の手を引っ張って歩いたように由比ヶ浜の手を取って人と人の間をすいすいすり抜けながら二人分のスペースがないか周囲を見ながら歩いていくがすでに人で埋め尽くされており、空いていそうな場所が見当たらない。

「あ、ヒッキー。あそこ」

 言われた場所を見てみると地面が見えるくらいにスキスキの場所が見え、そこへ向かうものの規制線が張られており、そこだけ特別扱いされていた。

 その周囲をバイトらしき男性がウロチョロしている。

「貴賓席だな」

「そうだね」

 周りよりも小高い丘に立っているため、貴賓席に座っている人たちはみな一様にベンチに座って花火が打ちあがるのを今か今かと待っていた。

「もうちょっと探そっか」

「あれ? 比企谷君?」



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第二十九話

 名前を呼ばれ、振り返ると大百合と浅草模様が涼しげな浴衣姿の雪ノ下陽乃さんが貴賓席の中から俺に手を振りながら歩いてくる。

「は、はぁ。どうも」

「こんなところで奇遇だねー。どうかしたの?」

「ま、まあ場所探しと言いますか」

「ふーん……よかったらこっち来なよ。お姉さんが特別にいい場所で見せてあげる」

 そう言われ、陽乃さんに手を取られて無理やり気味に貴賓席へと引きずり込まれ、俺と手をつないでいた由比ヶ浜もつられて中に入った。

 そのまま少し歩き、まるで女帝が座る椅子の様に周囲から人を排除したように誰もいない椅子に無理やり座らせると俺の隣に陽乃さんが座った。

「父親の名代でね。挨拶ばっかりしてたから退屈で退屈で」

 屈託ない笑みでそう言う。

 俺はあんたの暇つぶし用ゲーム機ですかい……まぁ、この人からしたら自分以外の人間がそう言う風に見えて仕方がないんだろうけど。

「……セレブだ」

「そりゃ、会社の社長兼県議会議員だもん。私の父の仕事上、自治体系の仕事に強いの」

 ここまで邪念のない自慢をされてはこちらもほぇ~と感心するしかなく、嫌味を言う事すら何故か憚られてしまう。これこそが陽乃さんの目的なんだろうけど……どうでも良いや。

 特に花火には興味ないのでPFPを取り出し、起動させて太鼓の匠の続きをしようとするが視線を感じたので顔を上げてみると陽乃さんが画面をのぞき込んでいる。

「な、なんすか」

「お姉さんとの会話よりもゲームの方が好き?」

 笑みを浮かべながら俺に聞いてくるが俺は思わず、姿勢を由比ヶ浜の方に傾け、陽乃さんの方から少しでも離れる様にしてしまう。

 やっぱり苦手だ……この人のパーソナルエリアに入ってくる理想すぎる一歩が。

「ふふっ……なるほどね~。雪乃ちゃんが珍しくゲームの動画を見てたわけだ」

「雪ノ下が?」

「うん。雪乃ちゃん、パンさんを抱きしめながら猫の画像とかいつも見てるのに何故かその時はゲームの動画見てたよ。えっとね、たしか神八とか言う人のだったかな?」

 どうして俺の周りの奴らはすぐに俺のネット上での名前を突き止めるのかねぇ。海老名さん然り雪ノ下然り……でも雪ノ下が俺の動画を……ゲームに対しての考え方が変わったのもそれの影響か?

「珍しすぎて話しかけたんだけど答えてくれないの」

「は、はぁ」

 適当に返しながらPFPに目線を落とし、ゲームを進めていく。

 その直後、一発目の花火が打ち上げられたのかものすごい音が響くがそれでも俺は上を向くことなく、ずっとPFPに集中している。

「あ、あの!」

「えっと……何ヶ浜ちゃんだっけ?」

「ゆ、由比ヶ浜です。あ、あの今日はゆきのんは来てないんですか?」

「雪乃ちゃんなら家にいるんじゃないかな。昔から人前に出る役目は私だったし。父の名代で来てるから遊びってわけじゃないしね」

「それはゆきのんは来ちゃいけないんですか?」

「んー。母の意思だしねー……そっちのほうがいいんじゃない?」

「まぁ、お姉さんですし」

 恐らくそうではないだろう。最後のは外面のことだ。外面的に陽乃さんが好印象だと言う事なんだろう。うちだってそういうことはある。親戚の挨拶で俺を出すよりも小町を出した方がいいって言うことになっているのかは知らないが親戚が集まった際のあいさつ回りは大体あいつの役目だ。

「うちはね、母親が一番強いんだよ!」

「へー」

「むぅ。興味なさげだね」

「当たり前でしょ。他人の家族ほど興味ないものは無いですよ」

「ふむぅ……うちの母、なんでも決めて従わせようとする人だから。こっちが折り合いつければいいんだけど雪乃ちゃんそう言うの下手だから。でも高校になってから1人暮らししたいって言ったときはビックリしたなー。わがままを言うような子じゃなかったからね」

 あいつあの年で1人暮らしか……どんだけ金持ちなんだよ。

「それで調子よく父が高級マンションを与えちゃったわけ。でもまだ母は認めてないけどね」

 ……ほんと、今日はどうでも良い情報ばかりが頭に入ってくるな。

「…………ふふふ」

「なんすか」

 突然、陽乃さんが面白そうに小さく笑い始めた。

 その笑みはどこか冷たいものを感じさせるような笑みだ。

「ちょっとね…………君は雪乃ちゃんが今までにあったことがないタイプの人間なんだなって改めてね」

 まぁ、友情や絆なんて言う青臭いものを全て捨て去ってゲームに全神経を注いでいる人間なんて世界で数えても数人だろう。

 世界で数人レベルの人間が雪ノ下と遭遇すること自体がレアだしな。

「ねえ、お姉さんにもやらせて?」

「嫌です。俺他人にはゲーム貸さない主義なんで」

 嘘でーす。この人に貸したらそれこそ一生帰ってこない気がする。

「うぅー。ケチだな……私は混むの嫌だからもう帰るけどどうする?」

「……あたしたちも帰ろっか」

 特段、断る理由もないのでPFPをスリープモードに切り替えてポケットに突っ込み、立ち上がって陽乃さんについていきながら有料エリアから駐車場に繋がる小道を歩いていく。

 帰って出来なかった分のゲームやって……あと何しよ。

 そんなことを考えていると黒のハイヤーがが俺たちの歩いているほどに横付けされる。

 …………今なんとなくわかった。何故雪ノ下が一歩引いた場所に立っているのか……俺の記憶と繋げればそんなことはすぐに分かったんだ……何で気づかなかったんだ。

「そんなに見ても見えるところに傷はないよ」

 どうやらジーッと見ていたのか陽乃さんにそう言われる。

「……やっぱり」

「……あれ? 雪乃ちゃんから聞いてなかったんだ」

「聞いてないっすけど別に問いただすことでもないんで。俺からすればあの事故は毎日徹夜でゲームできる日をくれた天からの贈り物ですよ」

「あはは……やっぱり君は変わった人だね」

「最上の褒め言葉です」

 そう言うともう一度、陽乃さんはほほ笑む。

「じゃ、そういうことなんで」

「またね。ばいばい」

 大きく手を振られて見送られるが出来れば会いたくないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、ヒッキーはゆきのんから聞いてた?」

 電車を由比ヶ浜の最寄り駅で降り、送っている最中そう言われた。

「いや、聞いてねえけど……お前は?」

 俺の問いに由比ヶ浜は首を左右に振った。

 一番仲が良いと言っても差支えない由比ヶ浜でさえ聞いていない事を他の奴らが知るはずもないか……まぁ、なんであいつが言わなかったのかとかはどうでも良いし。

「ゆきのん、言いたくても言えなかったんじゃないかな。家の事情とかで」

「ふ~ん。そうなのかもな」

「…………ねえ、ヒッキー。1つ聞いていい?」

「ん?」

 歩みを止め、由比ヶ浜がこちらを見る。

「どうしてそんなに無関心なの?」

「…………」

「別に今更ヒッキーが何でゲームするのなんて言わないけど……どうして無関心なの?」

「知ってどうするんだよ。お前だって部分的に知ってるだろ……俺は青春とか友達とか全部捨てたんだよ……だから他人のことなんか深く知る必要はない。だから無関心なんだよ」

「……あたしは……あたしはゆきのんのこともっと知りたい。ゆきのんの好きなこと、嫌いなこと、嬉しいこと、悲しいこと……いっぱい知りたい。あたしは……ゆきのんと友達になりたいからいっぱい知りたいの」

「頑張れよ。応援してる」

「それと……ヒッキーのことも知りたい」

 一番言われたくない言葉を言われ、由比ヶ浜の顔を見るとその眼はまっすぐ俺のことを見ている。

「あたし、ヒッキーとも友達になりたいって思ってる。ヒッキーのこともっと知りたい」

 それは俺にとってトラウマとも言えるべきもの。持っていれば自分が蝕まれていくような感覚さえ覚えるようなものだが俺は既にそれに似たものを抱えている。

 それは似てはいるが由比ヶ浜が望む関係とは程遠いもの。

 踏み込まなければ傷つかず、踏み込めば傷つく。以前雪ノ下は言った。俺はゲームの世界に逃げているだけだと。その答えを今肯定しよう。俺は逃げたんだ。鶴見留美の様に強さを持たなかった俺は逃げた。傷つくのを恐れ、決して傷つくことのない世界へと。その世界から外へ出ることは無い。今も、これからも永遠に。

 でも、俺は…………何を望んでいるのか。傷つくことを恐れた俺が何を望むのか。

「ここまでで良いよ。家も近いから」

「……そうか」

「うん。じゃ、また学校で」

 そう言い、下駄をからころと音を立てながら由比ヶ浜は歩いていく。

 俺は玄関に消えるまでその背中を見続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――俺はいったい彼女に何を求めているのだろうか

 

 

 

 

――――――ある者は彼女は往々にして正しいと言った。

 

 

 

 

 

―――――ある者は彼女を美しく、明晰だと言った。

 

 

 

 

 

―――――ある者は彼女をかっこいいと評した。

 

 

 

 

 

―――――ある者は彼女を素晴らしいと評する。

 

 

 

 

 

 

―――――ならばそのある者=俺は彼女のことを何というのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏休みも終わり、二学期が始まる初日の朝、俺は憂鬱な気持ちで下駄箱から上履きを取り出し、それに履き替えて教室へ向かう階段を上がろうとした時、すぐ上に彼女を見つけた。

「お久しぶり」

「……ご無沙汰」

 この半年ほどで俺達は確実に距離を縮めただろう。だがその距離は互いの手が届くことが無い遠い距離を少し縮めただけの距離だ。故に俺達はここまで距離を縮めることが出来たのだろう。

 俺と彼女は違う。勝者と敗者。まさにその通りだ。俺はゲームの世界に逃げ、彼女は打ち勝った。

「……姉さんに会ったのね」

「……たまたまな」

 右へ行けば彼女が属するJ組とI組があり、左へ行けば俺が属するクラスがある。

 互いに逆の方向に立っているので教室へ向かうために距離を縮める。

「…………ねえ」

「また放課後な」

 彼女に呼び止められたがそう言って、教室へと歩いていく。

 俺は近づき過ぎたんだ……火に手を近づけすぎ、火傷をするように俺は勝者に近づき過ぎて敗者の傷を余計に深くしてしまった。だからこれでいい。俺と雪ノ下が交差することは無い。近すぎず、遠すぎる距離が敗者の俺にはお似合いなんだ。

「所詮俺は…………ヒキニク野郎だよ」

 その呟きは誰にも聞こえない。俺だけが聞こえる呟き。



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第三十話

 秋……それは文化祭が訪れる季節。そう言うわけで2年F組も文化祭出店企画を話し合っていたがつい先日にお題目がミュージカルと言う事に決まり、早速脚本家が建てられ、一応の話しの機軸となる部分を凝縮した冊子を貰い、読んでいたのだが一発で誰が書いたのか理解した。

 海老名姫菜……そう、あの俺と同類であろう腐女子が書いたあの名作と言われている星の王子様を脚本した結果、星の王子さまじゃなくて腐の王子様になってしまった。

 しかもキャストは色々とあるがそれら全てが男なのである。チラッと見た時に『その迸る欲望に従い、鍛え上げられた体に』という文が出た時点で俺は閉じた。

 しかもさっきから海老名さんの眼鏡の縁がキラーンと光り、俺を捉えている。

 マジで心臓に悪い…………それもこれも合宿中に突っ込んだ所為だ。何がプラグインだ! プラグインどころかフラグインしちまってるじゃねえか!

「で、どうかな?」

 恥ずかしそうにモジモジしながら教壇にルーム長と一緒に会議を進めていた葉山に尋ねるが可愛さなどどこにも見当たらず、むしろ腐のオーラが見える。

「と、とりあえず質問点とか改善点をあげようか」

「女の子は出ないの?」

「え? 出る意味ある?」

 そんな小首を傾げて言ってもキュンともズキュンとも来ませんよ。腐んとはくるだろうけど。

「俺は良いと思うぜ」

 そんな中勇者がいた。お調子者の戸部である。

「普通にやっよりウケっと思うけど」

 普通ではないのはもちろんもうこれは異常なのだ。なんで高校の文化祭で全年齢対象版BLミュージカルを行わねばならんのだ。一生語り継がれる黒歴史になるぞ。

「戸部の言う通り、普通にはやらないっていう点では俺も良いと思う。キャラ設定とかは全部削除してお笑いの要素を強めたコメディーミュージカルってことでいいかな?」

 あの異常な作品を綺麗に纏め上げた葉山の意見に反対意見など出るはずもなく、パチパチという疎らな拍手が葉山の意見に賛成という意思表明になっていた。

「明日、役割を決めたいから遅刻しないでね。もし遅刻しちゃった場合は残った役割になっちゃうから絶対に遅刻しないでくれ。じゃ、終わろうか」

 長い長いLHRをすべて使い切ってようやく方向性を固めたF組は文化祭へ向けて動き出す。

 今年もまたゲームの時間がやってくるのである……今年は没収されないように気を付けよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なん……だと」

 翌日、教室で俺は絶望に打ちひしがれていた。

 PF3を朝の三時までしていて4時間ほど寝ようと思い、ベッドに寝たのだが次に目を覚ましたらなんと時間は9時を回っていた。

 だがそこは俺。慌てることもなく普通に電車に乗って普通に教室に入った。

 そして黒板の方を向いた瞬間、実行委員・比企谷八幡と大きく書かれているのに気付いた。ちなみに相方はあの夏祭りの時遭遇した相模南である。

 見間違いだろうと目を擦ってみてみたがその文字が変わることなく、俺に絶望というものを与えている。

「説明が必要かね?」

 平塚先生の一言に俺は激しく首を縦に振る。

「その場にいなかったものにはあまりものを渡す……葉山はそう言ったと言っていたぞ」

 そう言われ、昨日葉山が終わり際に言ったことが今更になって出てきた。

 やつめ……俺が遅刻することを見越してあんなことを……言うはずないか。だが不味いな……実行委員を押しつけられると言う事は文化祭には絶対に出なければいけない……休めないじゃん。

「良いから席に着け。授業が始められん」

 そう言われ、俺はふて腐れながら席に着くと授業が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、早速委員会が始まるらしく、俺は授業が終わればすぐに委員会の会場と決められている会議室へと向かうがすでに相模は他のクラスの委員と固まって喋っていた。

「ゆっこも委員でよかった~。なんかいつの間にか委員にされちゃっててさ~。しかも相手誰だと思う?」

「え、だれだれ?」

「ヒッキーだよ~」

「嘘!?」

 おいおい。目の前に相方がいるのに悪口を言いますかね。ていうかそのあだ名、うちのクラスだけじゃなくて他のクラスにも広まっているのね。なんか嬉しいやら悲しいやら。

 開始時刻が迫ってくるとともに人がドンドン入ってくる。それに伴って静かだった会議室が喋り声で埋め尽くされていくがある登場人物により、一気に静かになった。

 え、何? 雪ノ下はエターナル・エア・ブリザードでも使えるの? と思いたくなるくらいに雪ノ下が会議室に入ってくると騒がしかった教室が一気に静かになったがまた騒がしくなる。

 そして開始時刻になると同時に平塚先生と体育教師の厚木、そして書類を持った生徒の集団が教室に入ってきたことで会議室は完全に静かになった。

 プリントを抱えた数人の生徒が各人に配り始め、それを終えると1人の女生徒の方を見た。

「はい。じゃあ文化祭実行委員会を始めたいと思います」

 肩まであるミディアムヘアーは前髪がピンでとめられており、見えているお凸は綺麗だ。

 ……あ、確か生徒会長だ。生徒会日報とかの用紙で顔写真を何回か見たことあるから覚えてる。

「生徒会長の城廻めぐりです。今年も文化祭が開けること嬉しいです。皆で最高の文化祭にしましょー……え、えっとみんなで頑張ろう~。おー」

 全員の反応が芳しくないことで最後はやっつけともとれるような言葉で締めくくると生徒会メンバーらしき生徒たちがパチパチと拍手をするとポツポツと拍手が生まれ、やがては教室中が拍手に包まれた。

「ありがとう~。それじゃあ委員長の選出に移ろうか。三年生はなれないからさ~。じゃあ、やりたい人~」

 だが誰も手をあげようとしない。

 どの職業でも長とつくポジションには誰も付きたがらないもの。全員、面倒くさいという言葉で片付けるが本当は責任を被りたくないだけ。まぁ、俺もその一人なんだけどさ。あ、でもゲームは別だぜ? まあ長どころか神クラスにまでなっちゃってるんだけど。委員長ならぬ委員神? なんかダサいな。

「なんじゃおい。お前ら自身の文化祭だろうが。覇気が足らんぞ覇気が」

 体育教師の厚木の野太い声が教室中に響き渡るがそれでも誰も手をあげようとはしない。

「あの……」

 控えめのその一言共に手が挙げられ、全員の目がそこに集中する。

「誰もやりたがらないならうちやってもいいけど」

「ほんと!? じゃあ自己紹介しちゃおっか」

「あ、はい。二年F組の相模南です。えっと……うち、こういうのをやるのは初めてなんですけど頑張りたいです。みんなに迷惑かけるかもしれないですけど出来たら手伝ってくれたらうれしいって言うか」

「うんうん。最初はみんなそうだよ~。拍手拍手~」

 めぐり先輩がパチパチと拍手しだすと後から遅れて拍手が送られ、ホワイトボードに黒まじっくで実行委員長・相模南と書かれた。

 こういう時、重要なのは俺みたいなやつは陰に隠れると言う事。自分を変えたいと思って立候補すれば最後、人生が終焉を迎えるのだ。ソースは中学のボッチ生徒A。自分を変えたいと言う事で立候補したのはいいもののボッチ故に人との接し方を知らなかった彼はうまく仕事が出来ず結局、不登校になってしまった。

「じゃあ、早速役割決めをしようか。配った議事録を見てね。5分くらいで希望をとるから」

 そう言われ、議事録をぺらっと捲ると一番最初のページに文化祭の役割名がズラッと書かれている。

 有志統制、宣伝広報、物品管理、保健衛生、会計検査、記録雑務……うん。どれも俺には合っていないが再保の奴は俺のためにあるようなものだな。むしろ記録雑務(ボッチ専用)と書くべきだ。

「どうしよ~。ノリでなっちゃったけど大丈夫かな」

「さがみんなら大丈夫だって。私たちも手伝うし」

「そうそう。だからさがみん頑張って!」

 お涙ちょうだいな話が会議室に響く。

「もういいかな~? じゃあ、相模さん。あとはよろしく」

「え、も、もうですか?」

 相模の質問にめぐり先輩は柔らかい笑みを浮かべ名が首を縦に振る。

 相模は若干、嫌そうな表情を浮かべながらも立ち上がり、教壇の前に立つと一瞬顔をひきつらせ、めぐり先輩の方を見るがすぐに視線を向け直した。

「じゃ、じゃあこれから決めていきます。せ、宣伝広報が良い人」

 最後の方はもうしぼみすぎて聞こえなかった。

「宣伝だよ? いろんなところに行けちゃうよ? ラジオだったりテレビだったり」

 めぐり先輩の補足説明を聞き、ようやく募集している役割に気づいたのかポツポツと手が上がりだし、人数を数えて氏名をホワイトボードに書き、次の役割へと移行する。

「じゃ、じゃあ有志統制」

 教室のいたるところから手が上がり、あまりの多さに相模はあたふたしている。

 有志といえば文化祭の花形であり、一番客が集まる催し。それを大成功に導くことが出来れば自分の評価はうなぎのぼりに上がっていき、その後の自分の誇りになるだろう。

「え、えっと」

「はいはい! 数が多いからジャンケンね」

 人前に立って裁いてきた回数が違うのか相模とは打って変わって停滞しかかっていたのが解決されていき、次々と役割が決められていく。

 もちろん俺は記録雑務に入ることができ、雪ノ下もそれは同じ。

 全ての役割を決め終わったところで自己紹介をしろというめぐり先輩のオーダーにより、メンバーが自己紹介をしあうがまあ、その空気の冷たいこと。

 記録雑務のリーダーは三年の何とか先輩が引き受けることとなり、今日はやることもないので解散となった。

 教室から出ようとした時、平塚先生からウインクをされたが……嫌な予感がする。

 



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第三十一話

 翌日の教室は絶望に打ちひしがれている男子で埋め尽くされていた。

 それも不死鳥の尾などでは回復できないほどの深い絶望でその原因は製作・脚本・監督の三つの作品の柱を全てが海老名超プロデューサーが兼任したことから始まり、役割も全てプロデューサーが決めたことが原因だ。

 主人公の王子様を充てられたあの葉山でさえ、若干顔が白く見える。

 それは俺も例外ではない。

「…………何で俺が”ぼく”なんだよ」

 ”ぼく”はやさぐれ気味の宇宙飛行士で王子様のヒロインのような役らしいんだが何故、俺なのか。いや、まぁ、いやさぐれているという点では……やさぐれてるわけじゃないんだけどな。

 だが海老名さんは顔に薄く怒りをにじませて振り向く。

「はぁ? ヒキ×ハヤはもう薄い本ならマストバイだよ? やさぐれ気味の飛行士を王子様が純真無垢な優しい言葉で温める。これ以上ないカップリングだよ!」

 名作と言われている原作ファンに殺され仲かねないぞ。

「でも、ヒキタニ君は文実だし、演劇となると稽古も必要だからヒキタニ君は無理なんじゃないかな」

 そうだ。葉山ナイスフォロー。

「そっか……じゃあ、ぼくを戸塚君にして王子様は葉山君ね。やさぐれ感は減っちゃうけど仕方ないか」

「俺は決定なのか」

 ガクッと肩を落とす葉山を傍目に俺は見事復帰を果たした。危うく異世界ならぬ腐世界に行きかけるところだったぜ。戸塚のあのシャイニングスマイルならば腐のオーラなど弾くだろう。

「僕、大丈夫かな」

「大丈夫だろ。むしろ一番似合ってると思う」

「そっか……うん。僕頑張るね」

 いつもの戸塚スマイルを浮かべた後、キャストミーティングに呼ばれ、戸塚はクラスの輪へ戻り、俺は教室から出て奉仕部の部室へと向かっていると後ろから上履きの音が聞こえ、振り返ると由比ヶ浜が早歩きで俺の後ろを追いかけていた。

「部室、行くんでしょ?」

「まぁな。どうせこれから文実でそれどころじゃなくなるし、それを言いに。あいつも文実だし」

「そうなんだ。ゆきのん、あんまりこういう仕事好きじゃないって思ってたんだけどな」

「ファッションショーと雑用なら雑用の方がまだマシだろ」

 そう言うとあ、そっかと言わんばかりに口をぽっかりと開けて納得顔を浮かべた。

 文化祭でクラブとして出店するのは茶道部なんかの一部のクラブだけであり、ほとんどが有志として参加するかクラスとして出し物をするかしかない。

 だからか特別棟へ向かう廊下ではギターやらなんやらの楽器を練習している連中が数多く見受けられたが特別棟にはいればそれもなくなり、とても静かだ。

「ねえ、ヒッキーはさ」

「ん?」

「……やっぱりなんでもない。文化祭、頑張ろうね。文実で忙しいだろうけどたまにはクラスの方にも顔出してね。ただでさえ影薄いのに下手したらなくなっちゃうよ?」

「無くなってほしいけどな。俺からすれば」

「それはないよ…………だってあたしがヒッキーのこと覚えてるもん」

 笑みを浮かべてそう言う由比ヶ浜にどこかむず痒さを感じて適当な場所をかくがそのむず痒さが消えることは無く、ずっと残り続ける。

 …………相手が距離を詰めてきたら距離を離す…………大体はそれでいなくなるのに由比ヶ浜だけはずっと距離を詰めてくるような気がする…………それを俺はどこかで……。

「やっはろ~」

 奉仕部の部室の扉を開けるとそこにはいつものように文庫本を読んでいる雪ノ下……と実行委員長に選ばれた相模南とその友人A、Bさんがいた。

「あれ? 結衣ちゃんってここの部活なんだ」

「う、うん。まあね……それでどうしたの?」

「うん。ちょっとね……雪ノ下さん。委員長になったのは良いけど不安でさ。だから手伝ってくれないかな?」

「…………何故、私なのかしら。貴方にはお友達がいるでしょう」

「うん。でも2人もクラスとかで忙しくてずっとつきっきりで手伝うことはできないからさ。それに雪ノ下さんって超頭いいから。ダメかな?」

 相模のお願いに雪ノ下の表情はあまり芳しくない。

「……要約すれば貴方の補佐と言う事でいいのかしら」

「そうそう。みんなで楽しんでこその文化祭じゃん? それなのにみんなに迷惑かけるのもどうかなって」

 相模の発言に後ろの友人A、Bも納得の様子でうんうんと首を縦に振るが由比ヶ浜はそれを見て納得できていないのかあまりいい表情をしていない。

「……委員長辞めればいいのに」

 ボソッと呟いたつもりだったが案外声が通ってしまったらしく、相模とそのお友達A、Bがこちらを向いて睨み付けてくるがとりあえず視線を逸らしてスルーする。

「……分かったわ。その依頼、承るわ」

「ありがとー。じゃ、委員会で。行こっか」

 調子よくお礼を言い、通り過ぎ様に俺のことを目の端で睨み付けながら部室から出ていった。

「ねえ、ゆきのん」

「何かしら、由比ヶ浜さん」

「……奉仕部っていつから何でも屋さんに変わったの?」

 いつもとは違うパターンの会話。今までは雪ノ下が由比ヶ浜に問いただすことは合っても逆はなかった。でも今はその逆が成立していると言う事は今の事柄に由比ヶ浜が納得していないと言う事。

「奉仕部ってその人が成長するのを手助けする部活だって平塚先生に聞いたよ……でも今のはただ単に相模んのお願いを聞いただけじゃないかな」

「これは奉仕部としてではなく私個人として受けただけよ。運営に効率を考えれば同じ委員である私が彼女の補佐をすることで効率は上がるわ」

「そうなんだろうけど…………ヒッキーならまだしもゆきのんが自分を優先させるなんてちょっと変だよ」

 おい、それはどういう意味ですかね。今サラッと俺にダメージを与えたような気がするんだが。

「ゆきのん、今まで他人のために自分を優先させることなんてなかったじゃん」

「…………そろそろ委員会だから行くわ」

 その瞬間、初めて雪ノ下は由比ヶ浜に跪いた。

 今までの彼女ならば問題にけりをつけてから出ないと次の行動を起こさなかったのに。

「…………なんだかゆきのん、ちょっと変だよ」

「……そうか? 俺からすればいつもと同じだけど」

「……ねえ、ヒッキー……今回だけでいいからゆきのんのこと気にかけてあげて」

「何故に俺が。お前が」

「あたしじゃ無理なの……ほら、あたしって周りに流されやすいから周りに言われると何も言えなくなっちゃうから。でもヒッキーなら周りがなんて言おうがいえるでしょ? だからゆきのんのこと気にかけておいて」

 まぁ、確かに友達=ゲームみたいなところがある俺なら周りなど気にもせずに雪ノ下に言えるかもしれないが逆に考えれば言えるってだけで通じるかは分からないだろ。

「ま、まぁ善処する……かも」

「うん、ありがと。じゃぁ、文実頑張ってね」

 由比ヶ浜に送り出され、俺は会議室へと向かう。

 …………気に掛けるつっても何を気にかけたらいいんだよ。

 会議室へ向かう途中、小太りでコートを着て指ぬきグローブをした奴の姿が見えたが華麗にスルーしようとした瞬間、腕をすさまじい力でガシィッ! と掴まれ、何事かと後ろを振り返ってみると材木座が俺の腕を離すまいと必死に掴んでいた。

「待ちわびたぞ八幡。ちょうど電話しようとしたところだ」

「いや、俺文実なんだけど」

「嘘は良い。汝が文実などというヘルホールへ入るはずが無かろう」

「いや、マジで……あまり者として寄せられたんだ。お前なら分かるだろ?」

「…………いないと勘違いされて押し付けられた……ふひっ」

 材木座はツーと一筋の涙を流した。

 分かる。泣きたいのはよく分かるぜ。俺も中学の頃、いないと勘違いされて危うくルーム長に充てられかけたことがあったからな。もしも手を上げて存在証明をしていなければどうなっていたか。

「で、何の用だよ」

「ふふふ、よく言ってくれた! これを見よ!」

「ラノベの原稿なら見ないぞ」

「ラノベではない! 括目せよ! 絶望せよ!」

 一応、受け取ってペラッと捲ると材木座にしては珍しく台本基調の書き方で文がつらつらと書かれていた。

 珍しいな。こいつのラノベってちゃんと一応、ラノベっぽい形にされているのに台本形式……台本形式? おい、ちょっと待て。まさかこいつ。

「ふふん。貴様も分かったようだな」

「お、お前正気か?」

「正気も何も最初から正気よ! 我が脚本したクラスの演劇なのだ!」

 材木座はコートをバサっと翻し、そう叫ぶが俺は頭を抱えて呆れるしかなかった。

 こいつは言わずもがな中二病だ。中二病のこいつが脚本した作品は自ずと中二フィルターがかけられてしまい、発言の一言一言が全て中二病に感染してしまう。

 なんで死の爆裂烈火って書いてヘル・ダイブ・クリムゾンブラスターなんだよ。ダイブとブラスターはいったいどこからとってきたんだ。

「悪いことは言わない。今すぐに脚本を代わってもらえ」

「何を言う! 彼奴等が普通の演劇では嫌だと言ったのだぞ!?」

「確かにふつうは嫌だと言ったかもしれない……だが想像してみろ。自分の好きな子がヒロインで主役がお前の劇を見て男子はどういう。女子はどういう…………うっわぁ~。あいつ中二病じゃんww。うっそ~もしかしてあいつ、あんたのこと好きかもよwww。え~ww。マジ勘弁www……嫌マジでキモいしって陰で言われるぞ」

 脚本家デビューで浮かれていた頭に冷水をかけてやるかのごとく、冷たい言葉をぶっかけてやるとようやく頭が冷えて周りが見えてきたのか青白い顔をし、がたがたと震えだす。

「材木座…………俺が言うのもなんだが前を見ろ」

「…………八幡…………汝に言われたくないぞ」

 その瞬間、俺は材木座の悲鳴を聞くこととなった。



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第三十二話

 雪ノ下雪乃が相模南の補佐として働き始めてからというもの雪ノ下の評判はうなぎのぼりであり、逆に相模の評判は若干、下がりつつあった。

 雪ノ下はまず出されたスケジュールを一新することで停滞気味だった進捗状況を改善し、全ての部署にその日の活動を記す日報を出すようにさがみのお触れを出させる。

 そうすることでどこがどれほど停滞している課が一目でわかるようになり、指示も飛ばしやすくなる。

 事実、宣伝広報が貼り付ける場所で困っていれば人通りなどを考慮し、人目につきやすい場所を出し、有志が来ないことで困っている有志統制には地域賞を出すことで地域の人達を集める作戦に出た。

 しかし一つ腑に落ちないところがある……何故、俺が書類整理係をしているのだ。

 確かに記録雑務の仕事は文化祭当日にある。だが……なぜ書類整理という雑用を、しかも何故か俺だけに押し付けるのだろうか。いじめなのか? 新手のいじめなのか? しかも文章の軽い更生までやらされる始末。まぁ、やること終わったらすぐ返してくれるから引き受けてるけどこれで残業してくれなんて言われたら速攻で辞表叩き付けて帰るわ。

 そして何回目かの定例ミーティングが始まる。

「それでは定例ミーティングを始めます。まずは宣伝広報から」

「はい。掲示予定設置物は七割終了し、ポスター制作についても半分終わっています」

「順調ですね」

「いいえ、遅いわ。むしろ遅すぎる」

 雪ノ下の冷たい言葉が空気を切り裂く。リアルにあいつの言葉って刀じゃねえの? キレッキレだし。

「文化祭は三週間後。来客者の準備期間を考えれば今日には終了しておかないといけないわ。設置場所の交渉とHPのアップは終了していますか」

「い、いいえ。まだです」

「すぐに終わらせてください。社会人はともかく受験生や保護者の方々は情報をHPでしか仕入れることが出来ません。確実な情報を仕入れるにはHPが重要です。相模さん、次」

「あ、うん。次は有志統制」

「えっと、有志参加団体数は10です」

「増えたね。地域賞のおかげかな?」

「それは校内外を含めた数ですか? 地域とのつながりを重要視する以上、昨年度以下の有志参加数では話になりません。ステージの割り振りは? ステージに使う機材の準備はどうなっていますか? ステージで使う人員の内訳は? タイムテーブルで一覧にして提出してください。では、次記録雑務」

 いつの間にか議事進行すら雪ノ下が掌握し、記録雑務に尋ねるが俺達に仕事など無いに等しく、三年の何とかさんが特になしというが雪ノ下は納得しない。

「文化祭当日に使う機材について話し合いましたか? 動画収録するならばカメラが必要ですが有志統制とバッティングするのも否めないので話し合いを。来賓対応は生徒会の方でよろしいですか?」

「うん、いいよ」

「来客に関しては保衛の仕事とします。委員長」

「え、あ、はい。お疲れ様でした」

 怒涛の速度で進んだ会議に取り残された相模は慌てて号令をかけ、会議を終わらせる。

 口々に雪ノ下の手腕を褒め称え、教室から出ていく。

 その中に友人と三人でまるで逃げだすかのように教室から出ていくさがみの姿が見えた。

「何してるのかしら、比企谷君。書類整理と校正を」

「はぁ」

 ため息をつきながらきょう提出された必要書類に目を通し、文字の間違いがあればそれを修正し、修正し終えたものを役職ごとに分けていく。

 チラッと雪ノ下を見てみると彼女はまるで何かに取りつかれたかのように仕事を終わらせていく。

 果たして彼女は何と戦っているのか。俺も取りつかれたかのようにゲームをすることがある。それは大体、ランキングイベントで一位を確固たるものにするためであったり、限定アイテムのためだ。

 人は何も目的もなしに労働しない。何かしらの理由のために労働する。

 ――――――彼女はいったい何を目的として働いているのだろうか。

「流石ははるさんの妹さんだね」

「……いいえ。そんなことはありません」

 その日に与えられたノルマをこなした俺はそそくさと足早に会議室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪ノ下が大活躍した定例ミーティングから一夜明けた日の放課後、教室には海老名さんの怒号が響く。

「ネクタイを外すときはもっと悩ましく! なんの為のスーツだと思ってるの!?」

 海老名さんの鬼指導ぶりに男子どもは涙目になるがそれとは相打って主役の葉山の待遇は他の男子とは比べ物にならないくらいに良い。周りに女子を侍らせ、化粧をされているからな。

「あ、あのもういいんじゃ」

「まだまだだね!」

「まだいけるよ!」

 気合で葉山を押し切り、女子たちはメイク道具を片手に葉山をメイクアップしていく。

 どうやらここまで来て吹っ切れてエンジンフルスロットル状態らしく、いつもは葉山に対してしおらしい女子たちも妙に高圧的になっている。

 それは戸塚も同じでヘアメイクまで付けられてメイクアップされているが他の男子たちに対しては非常に淡白な反応を示すのが女子である。

 大岡や戸部などはたった数分ではいはいと終らせたのにな。

「っつーかさ。写真どうすんの。ポスターとかの」

「そう! イケメンミュージカルはキャストの写真が物を言う! 他の役者なんてどうでも良いの! ポスターの中央にでっかくドーン! と葉山君と戸塚君の写真を乗せれば集客率は抜群!」

 それは腐女子ホイホイとなりえるのではないのでしょうかね。

「でも衣装とかはどうするの? 借りるの? 作るの?」

「少なくとも主役の衣装は既存のものは使えないよ。ヴィジュアルは決まってるし」

「貸衣装は少し難しいかな。予算もツカツカだし」

 制作進行担当の由比ヶ浜が頭をペンでガシガシしながら紙を見てそう言う。

「作ればいいじゃん」

 女王の一言に女子たちはプチ会議を始めるが1人だけ違う反応を見せた奴がいたのを俺は見逃さなかった。

 青みがかった髪をユサユサ揺らしながら川なんとかさんは女子たちの方をチラチラと見ながらも自分からは近づこうとしない。

 …………もう時間だし行くか。

 川何とかさんの様子を無視し、定例ミーティングへ行こうと教室のドアの前に立った瞬間。

「んんん!」

「…………」

「んんんんんんん!」

「…………」

「んんんんんんんんんん!」

 わざとらしい咳払いを無視し、出ようとするが先程よりも長い咳ばらいがされるがそれを無視し、出ようとするとまたもや長い咳ばらいがされた。

「流石に声かけるでしょ」

「なんだよ。これから文実行くんだけど」

「い、いやその…………あ、あたし裁縫できるんだけど」

 いや、そんな顔を赤くしてもじもじされながら言われても俺にはなにもできませんよ。

 そう結論付け、出ようとするが今度は腕を掴まれ、睨み付けられた。

「かつあげ?」

「ち、違う! そ、その……さ、裁縫できるからよかったら手伝おうかって言ってほしいって言うか」

「え~。自分で言えよ」

「そ、それが出来ないからあんたに頼んでんじゃん」

 何故、ヒキニク野郎の俺にそんなことを頼むんだ……俺なんかよりもずっと声かけやすい位置に立っていると思うのは俺だけか……でも、何とかしないと生かしてくれない雰囲気だし。

「由比ヶ浜」

「ん? どったの」

 由比ヶ浜を呼び、川崎が裁縫できることを伝えた。

 すると川崎は言ってもいないのにお手製のシュシュを取り出し、由比ヶ浜に見せるとそのまま手を引っ張られて海老名超プロデューサーのもとへと連れて行かれた。

「さがみん、文実いいの?」

「え……あ、うん。大丈夫。うちが行ったら逆に迷惑かかるかなって。それに雪ノ下さん超頼りになるし」

 それは要するに自分ではなく雪ノ下が委員長だと認めているようなものなのか……まぁ、俺には関係ないけど。

 川崎がドナドナされていくのを見届け、ドアを開けるとメイク落としのペーパーで顔をごしごししている葉山が立っていた。

「これから文実?」

「まあそうだけど」

「俺も一緒に行っていいかな? 有志の書類が欲しいんだ」

「別に聞かなくても」

「そうだね」

 今日は定例会議はない。が、珍しく雑務記録としての仕事があるので葉山と共に会議室へと向かう。

 やはり目立つ奴は目立つ場所に行く法則は正しかったんだ。その逆方程式ともいえる目立たない奴は目立たない場所に行くという法則も正しいと証明された。よって俺は文化祭に来なくても…………そんなことしたら平塚先生が突撃! 隣の比企谷君! って叫びながら飛んできそうだからやめとこ。

「留美ちゃん、元気かな」

「…………元気だよ。時々メール来る」

「そうか…………ますますあの時の俺が間違っていたってことが示されたな」

「まだ言うか…………被害者目線さえあればお前は完成するだろ」

「でも被害者になってみないと被害者目線は手に入れられないって言うだろ…………俺はいつまで経っても君のようにはなれないよ」

「ヒキニク野郎になりたがるなんて初めて聞いたぞ」

 そう言うと葉山はハハハ、と軽く笑みを浮かべる。

 葉山の持つ集団を一つに纏め上げる力は俺にはないし、他人に好かれる能力もない。俺にはないものをこいつはほとんど持っているんだ。どう見ても葉山が勝者で俺が敗者だ。

 廊下の曲がり角を曲がると会議室の入り口付近に生徒たちが集まっている。

「何かあったの?」

 葉山がそう尋ねると女子たちは頬を赤らめながら入り口を開ける。

 教室には雪ノ下雪乃、城廻めぐり、そして雪ノ下陽乃の三者が見合っていた。

「何しに来たの」

「やだな~。有志の募集を見てきたんだって。管弦楽部のOGとしてさ」

 雪ノ下に切り込みを陽乃さんは余裕の笑みを浮かべながらかわす。

「雪ノ下さんは入学していないから知らないかもしれないけどはるさんは有志でバンドやってね。それがもう凄くてさ。有志も足りないって言ってるし……ダメかな?」

 めぐり先輩の遠慮気味のお願いに雪ノ下は視線を床に落とし、奥歯を強く噛みしめる。

「あ! 比企谷君じゃん! ひゃっはろ~」

 この場に似合わない底ぬけた明るい声に俺は後ろに下がるがそれをまるで引き戻すかのように陽乃さんの手が俺の手を掴み、自分の所に引き寄せるとギュッと俺の腕に抱き付いてきた。

 っっっっっっっ! な、なんでこの人はいつも人のパーソナルエリアをぶち壊して入ってくるんだよ! 由比ヶ浜でもパーソナルエリアは潰さないぞ!

 必死に離そうとするがわざとやっているのか俺が何度押しても引いても俺の腕を離そうとしない。

「そろそろ離してあげなよ、陽乃さん」

「お、隼人。やっほ」

 葉山がフォローに回るがそれでも俺の腕を離そうとしない。

 そう言えば雪ノ下の家と葉山の家って昔から仲良かったんだっけか……陽乃さんのこと知っててもおかしくないけどまさか葉山がタメグチで話すとは。

「雪乃ちゃん。参加していいでしょ?」

 陽乃さんは未だに俺の腕を離してくれないまま後ろにいる雪ノ下に話しかける。

「勝手にすればいいじゃない。私に決定権はないわ」

「あり? 雪乃ちゃんが委員長じゃないんだ。めぐりは3年生だしできないでしょ……あ、もしかして比企谷君だな?」

「違います」

 その時、会議室の扉が無遠慮に開かれる。

「すみませーん。教室の方に顔出していたら遅れちゃって」

 遅刻したことを悪びれていない様子も相模が部屋に入ってくる。

 進捗状況としてはほとんどの仕事が前倒しで行われている現状、気が緩むのもまあ無理はない。

「はるさん。この子が委員長ですよ」

 めぐり先輩がそう言った瞬間、さっきまでの温かい雰囲気は消え去り、笑みを浮かべたまま冷たい雰囲気を醸し出し、相模を値踏みするかのように足のつま先から頭のてっぺんまで見ていく。

 その冷たさか、または異様な雰囲気に押されたのか相模は少し後ろに下がる。

「……相模……南です」

「ふぅ~ん。委員長が遅刻。それも教室に顔を出してか~」

 底冷えするような冷たい声。これがあの人の本性なのかもしれない。

 自分がYesと判断した物には友好的に接し、NOと判断した人間は徹底して切り捨てる。

「そうだよね~! 文化祭を最大限に楽しまなきゃいけないよねー! ま、頑張ってね! あ、ねえ私も有志で参加していい? 委員長ちゃん」

「え、あ……OGの方が参加してくれるなら地域との繋がりとかもクリアできますし」

「やっほ~! じゃあ、お友達も呼んでも?」

「はい。どうぞどうぞ」

 乗せられれ調子が良くなったのか相模はまともに考えもせずに彼女の提案を認めていく。

 ……あっという間に手駒にしたな。マジでその人心掌握術を教えてほしいわ……いや、洗脳に近いか? どっちでもいいから俺に教えてくれ。

「相模さんちょっと」

「良いじゃん別に。有志だって数足りてないんでしょ? お姉さんと何があったか知らないけど今は関係ないじゃん」

「っ」

 初めて雪ノ下の上に立てたことが嬉しいの相模は笑みを浮かべながら会議室へと入っていき、適当にポケットから封筒を1つ取り出して机の上に投げすて、一段上がっている教卓の上に立った。

「あの皆さんちょっといいですかー?」

 相模の声に仕事をしていた全員が反応する。

「少し考えたんですけど自分でも文化祭を楽しんでこそ他人を喜ばせることができると思うんです……今は仕事だって前倒しで行っていますしちょっとクラスの方に時間を割いてもいいかなって」

「相模さん、それは考え違いよ。バッファを持たせるために前倒しで行ったのであって」

「いや~私の時も文実もしながらクラスの方も楽しんでたな~」

 純粋に昔を思い出しているのだろうが正直、今の発言は相模の発言の攻撃力にエンハンスをかけるようなものであって逆に雪ノ下には半減を与えたようなものだ。

 事実、委員たちは相模の方を見ている。雪ノ下のことなど頭にもない。

「前例もあるんだし、良いところは引き継いでいかないといけないでしょ? ほら先人の知恵ってやつ? だからみんなもクラスの方にも時間を割いてください。皆も楽しめる文化祭の為にも」

 終始笑みを浮かべながらそう言うさがみの意見に賛成を示すかのようにチラホラと拍手が送られていく。

 この瞬間をもってこの空間は彼女によって掌握されたに等しいだろう。



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第三十三話

 相模のお触れは翌日から効力を発揮しだした。

 今まで遅刻者がいなかった定例ミーティングにチラホラと遅刻者が見えるようになっていき、中にはその日1日来なかった部署のメンバーもいる。

 全員来ないと言う事に比べたらまだだいぶマシだがそれでも仕事の遅れは目に見えて出てくる。

 当然、いないメンバーの分のしわ寄せは出席しているメンバーに来るがまたそれがいけなかった。

 休んでいる奴らが楽してるのに何で自分だけがこんなしんどいことをしなきゃならないんだという気持ちが出始めたのかポツリポツリと遅刻者の数が多くなっていくとともに欠席者の数も多くなっていく。

 やがては部署の仕事がままならないくらいにまで遅刻者が出てしまい、執行部の方から人員が調達されて穴埋めが行われるがそれでもまだ足りない。

 それもこれも全部、仕事中のめぐり先輩に楽しげに話しかけている陽乃さんのせいだ。なんであそこで先制で雪ノ下雪乃半減と相模エンハンスを打つかねぇ! 弱点属性カバーしつつのエンハンスとかおかしいだろ。ゲームでなら俺にとってはふ~ん、あっそ。の程度なんだが現実世界では違う。

 チラッと視界に何かを探している様子の相模の姿が見えたが何も考えずにとりあえず自分のノルマの分は終わったので帰る準備をする。

 さて家に帰ってゲームゲームっと。

「どうかしたの? 委員長ちゃん」

「あ、えっと実は書類が」

「どんな書類? 私も探すよ」

「予算の内訳決定書なんです」

 雪ノ下はその言葉を聞き、頭痛がしているのかこめかみを軽く抑えた。

 予算の内訳決定書を無くすって委員長としてダメだろ。ていうかそんな大事なものをなんでなくすかね。俺だったらもつのも怖くて雪ノ下に預けるわ。

「どこに置いたか覚えてないの?」

「は、はい。確かにポケットに入れたんだけどな」

 めぐり先輩のちょっと怒ってますよ~アピールの声に若干、たじろぎながら机の上にあふれている書類を退かして探す。

 そう言えばあいつ、昨日ポケットから出してその辺に適当に置いてたな……ま、どこにあるまでかは知らないしチャチャっと帰りますかね~。

「比企谷君」

「…………な、なんでしょうか? 俺もうノルマ終わったから帰ろうかと」

 何故、スルースキルが奴には効かんのだ。

「予算の内訳。覚えてるでしょ」

「雪乃下さん。記録雑務のやつが予算の内訳を覚えてるわけないじゃん。そもそもその書類は見せてないんだし」

 ……確かにそうなんだけどなんかイラッとくる。

「今年度予算編成仮案。宣伝広報――――――――」

 各部署に振り分けられている予算額を言って行くと雪ノ下はそれをメモ用紙に書き留めていき、そのほかの連中は俺を変なものでも見るかのような視線で見てくるがそんなものは無視して暗記した数字と文章を一字一句間違えずに頭から引き出していく。

 もしかしてこんな時のためにあいつは俺に書類整理と文章の校正をさせたのか……ていうかなんであいつ、俺に予算の振り分けなんか見せたんだか。

「以上を予算編成仮案とする……以上」

「……合っているわ。収支合計額もピッタリ」

「え? な、なんで」

「確かに彼は目も頭もゲームに浸食されているけれど記憶力だけは信頼できるわ。書類の紛失のことも考えて彼に書類の整理と校正作業を任せていたの」

 おい、それは要するに記憶力以外は信頼できないっていうことですかい。ていうか目も頭もゲームに浸食されてるって病気みたいに言うなよ。傷つくだろうが。

「じゃあ、俺はこれで」

「何言っているのかしら? まだあなたの仕事は残っているわよ」

「はぁ? 俺のノルマはもう終わったぞ」

「いいえ、残業よ。今の進捗状況では到底万全な状態で文化祭を迎えるなんて無理。よって貴方にも残って仕事をしてもらいたいのだけれど」

「俺にサービス残業を」

『ゆきのんを気にかけてあげて』

 そこまで言ったところで先日、由比ヶ浜に言われたことが頭の中で再生された。

「サービスが嫌なら給料は出すわ」

「……なんだよ」

「…………あまり許したくないのだけれど30分だけここでのゲームを許すわ」

 な、な、な、なんですと!? い、今こいつ自分が何言ってるのか理解してるのか!? だ、だが魅力的な……待て待て待て! これは罠だ。親父も言っていただろ。美人な女性の甘い融和には絶対に乗るなって。親父はそれに引っかかったせいでローン組まされて母親にかなり怒られたんだ……だ、だが家に帰れば30分なんか目じゃないくらいにできるんだ……。

『ゆきのんをきにかけてあげて』

「雪ノ下さん。ちょっとさすがにそれは」

「私もあまり許したくはありません…………ですが悔しいことに彼の記憶力だけは本物です。進行状況が遅れている現状、今回のようなことが起きないという可能性も否定できません。彼に記憶してもらえば進行状況関係なしに物事は進みます」

「…………4、40分」

「30分よ。それ以上は譲歩できないわ」

 …………はぁ。由比ヶ浜お前、実は策士だろ。

「分かったよ。残業します」

「じゃあ、早速書類整理をお願いするわ」

「へいへい」

 由比ヶ浜の発言が止めを刺し、俺は会議室に残り、提出された書類の整理と暗記、そして残っている仕事を雪ノ下達と一緒に片付け始めた。

 もちろん30分のゲーム時間は本当にくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最終下校時刻となり、ようやく今日の仕事が終わり、残ったのは俺と雪ノ下の2人だけになった。

 すでに外は暗く、街灯の明かりが夜を照らしている。

「お、終わった……やっとゲームできる」

「けほっ。本当に貴方ゲーム一色なのね」

 一瞬、雪ノ下が急き込んだのが聞こえ、帰り支度をしつつも彼女の方を見るとさっきまでと違い、どこか顔色が悪く見え、心なしか手も震えているように見える。

 まぁ、最近寒暖差が激しいからな。雪ノ下とて風邪も引くだろう。

 カバンを持ち、会議室を出て雪ノ下が鍵を閉め、同じ方向へと歩きだそうとした瞬間、雪ノ下の体が俺の方に傾いてくるのが見え、反射的にその肩を抱きかかえた。

「お、おい大丈夫か?」

「ええ。少しけほっ。よろめいただけよ」

「よろめいたってお前、顔色悪いぞ」

「大丈夫よ。貴方の方こそ顔色が腐ってるわよ」

 いつもの辛辣なツッコミが放たれるがどこか声が弱弱しく、いつもの威力を感じない。

「お疲れ様」

 そう言い、歩いていくが廊下に彼女の咳き込む声が弱く響く。

 …………流石にそんな状況で放っておくほど俺はゲーム一色じゃねえよ。それに由比ヶ浜からも気にかけてくれって言われてるし……そう言えばあいつも珍しく休んでたな。あいつも風邪か? 馬鹿とオタクは風邪をひかないって言うのにな。

「送ってく」

「……構わないわ。一人で」

「道路の真ん中でぶっ倒れられたらこっちが困るわ」

「…………ありがとう」

 靴箱まで行き、外靴に履き替えるといつの間にか雪ノ下は校門を出て歩いていたので慌てて駐輪場に自転車を取りに行き、雪ノ下の横に自転車をつけた。

「乗れよ。歩くのもしんどいんだろ」

「…………そうね」

 少し間をあけ、諦めたのか前かごにカバンを置き、後ろに乗ると相当しんどかったのか俺の背中に顔をコテンと乗せ、弱い力で服を掴む。

 ……………あれ? 俺、小町以外の女の子後ろに乗せるの初めてじゃね? まさかの恋愛フラグ……ではなく破滅フラグが建ったりしないよな。ちょっと前にやった全年齢対象版のギャルゲーをやった時にこれに似たシーンが始まって幸せそうにしていたら車に轢かれてBAD ENDになった。

 あまりに突然のスタッフロールに何も言えなかった。

「どう行けばいいんだよ」

「けほっ。駅前でいいわ」

「……この時間帯、おっさんでムンムンしてるぞ」

「…………そこを右に曲がって次のコンビニまでまっすぐ行ってちょうだい」

 流石に雪ノ下も想像しただけで嫌な気分になったのか自宅までの道のりを俺に口頭で伝えていく。

 俺も一回、この時間帯に電車に乗ったことがあるがその時のもう疲れ切ったサラリーマン、特に中年に差し掛かっているおっちゃんの放つ臭いはもう……うっ。思い出しただけで吐き気が。良い子の小町でさえ、父親が帰ってきたらスプレー吹きかけるからな……あ、だから最近、父親の俺に対するあたりがひどいのか。おのれ小町!

「ゲホッゲホッ!」

「おい、大丈夫かよ。よくそんなんで学校に来たな」

「ハァ……朝はなんともなかったのよ」

 まぁ、風邪ひいたことないからわからんが……いや、ゲームするようになってから風邪を引いた記憶が全くないんだよな。まぁ、ゲームのためにひいてたまるかっていう精神があったんだろうけど。

 雪ノ下の指示通りに進むとこの近辺では高級マンションが集まっていると評判のエリアに入り、タワーマンションの前で止まるように言われた。

 ……え、こいつここに1人で暮らしてんの?

「ありがとう、げほっ! ここでいいわ」

 そう言い、雪ノ下はおぼつかない足取りで左右にゆらゆら揺れ動きながらエントランスへと入っていく。

 じゃ、俺も帰りますか。

 ペダルを漕ごうと足に力を入れた瞬間、カバンを強く地面に置いたような音が聞こえ、音がした方向を見てみると壁にもたれ掛りながらへたり込んでいる雪ノ下の姿が目に入った。

「お、おい! 大丈夫かよ!」

 慌てて自転車を降り棄て、雪ノ下のもとへと近寄り、彼女の額に手を当てると熱すぎた。

「ど、どうすりゃいいんだよ…………あ、ラッキー」

 雪ノ下の手にカギが握られているのが見え、それを取ってエントランスにある郵便受けの中に雪ノ下の文字を探すと15から始まる部屋番号の所にその文字列が見え、モニターの下部にあるカギ穴に差し込んで左に回すと自動ドアが開いた。

「し、仕方がない」

 雪ノ下の脇に手を入れ、両膝を抱えるようにして彼女をお姫様抱っこで持ち上げてエレベーターを探し、ちょうど来ていたのに乗って15階へと向かう。

 ……何でこんな状態になるまで働いたんだか。

 15階に到着し、エントランスで確認した部屋番号を探すと表札に名前が書かれていない部屋の前に辿り着き、さっき手に取った鍵で開けていく。

「はぁ!? 何で開かない……って2ロックかよ」

 鍵を開け、扉を開けるが鍵がかかっているように扉が開けられず、慌てて鍵穴を見てみると穴がふたつあったので慌てて二つ目に差し込んで回し、ドアを引くと今度はちゃんと開いた。

 廊下をまっすぐ向かうとリビングに出て、一番に大きなソファが見えたのでそこに雪ノ下を寝かせ、周りを見渡してハンガーにかけられている厚めのコートが見えたのでそれを取り、横になっている彼女にかけ、鍵を閉めに玄関へ戻った。



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第三十四話

「さて後は…………救急箱なんかどこにあるか分からないし………濡れタオル」

 小町が風邪を引いた際によくタオルを濡らして額と首筋に置いたな……まぁ、最初の一回だけやっただけでその後はずっとゲームしてて帰ってきた母親にぶちぎれられたけどな。

 ダイニングキッチンで使っても良いようなタオルがないか探すがタオルが見当たらなかったがふと、カバンの中に長めのタオルが入っているのを思い出し、カバンからタオルを取り出す。

 雨の日用にPFPを包むタオル入れといたのがここで役に立つとは。

 適度な長さにはさみで切り分け、絞ってから雪ノ下の額と首筋に乗せようとするがふとソファのことが気にかかり、俺が着ているコートを雪ノ下の首元に敷き、首筋と額に濡れタオルを置く。

「ふぅ……よし帰るか」

 カバンを肩にかけ、玄関へ向かおうとした時にふと思った。

 ……俺が出たら家の鍵閉められねえじゃん…………え? まさか俺、雪ノ下が起きるまでここにいなきゃいけない系なのか?

 何度考えてもその答えしか見つからないので帰るのを断念し、眠っている彼女の近くに座ってPFPを起動させようとするがPFP特有のキーンという音が不快なのか雪ノ下が苦しそうに眉間に皺を寄せたのでPFPの電源を切った。

 ふと落ち着き、家の中を見る様に周囲を見渡す。

 リビングから外側に突き出る様にあるバルコニー、大きめのテレビにその下にあるデッキにはディスティニー作品が数多く収められている。

 普段の来客を想定していないのか必要最低限の家具しか置かれておらず、簡素な感じを受けた。

 にしてもディスティニー作品多いな……Blu-rayとDVD二つあるし……まさかこいつ、この為だけに良いテレビを買ったんじゃないよな……あ。

 それが目に入った瞬間、思わず声を出しかけた。

 俺が以前、あげた2体のパンダのパンさんが仲良く並べられていた。

「…………ほんと、好きなんだな」

 呟きながらパンダのパンさんを見ている時にふと外が暗いのが見え、慌てて時間を確認すると既に時間は7時を回っており、何回か小町から電話が来ていた。

 玄関まで来てから小町に電話をする。

『あ、もしもし!? やっとつながった』

「あぁ、悪いな……ちょっと帰る時間遅くなる」

『珍しいね。もしかして……あ、お兄ちゃん友達いないから駄弁らないか』

 一瞬、切ってやろうかとも思ったが正しいのでとりあえず我慢する。

『じゃあ今日小町はカー君と二人っきりってこと?』

「あぁ、そうなる。晩飯は俺のことは考えなくていい」

『らじゃー! カーキュゥゥゥゥンン!』

 その叫びと同時に通話が切れた。

「…………なんか複雑だ」

 スマホゲームを起動させながらリビングへと戻り、雪ノ下に乗せているタオルに触れるとさっきよりも少しぬるくなっていたのでもう一度冷水につけて冷やし、絞って乗せる。

 スマホゲームで時間を潰しながら雪ノ下が起きるのを待っていたが文実の活動で疲れがたまっていたのかそのうちゲームに集中できないほどの眠気が襲い掛かり、少し眠ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………寝すぎた」

 ふと目を覚ました時、スマホの画面を確認すると既に時間は日付をまたぐ時間を30分超えていた。

 後ろを振り返るとソファの上で横になって寝ていたはずの雪ノ下と目が合った。

「…………おう」

「…………」

 雪ノ下自身、あまり記憶がないのか何故俺がいるの? とでも言いたげな表情で俺を見てくるがやがて自分の中で結論を導き出したのが何も言わなかった。

「……寒くはないの?」

「まあな。お前はどうなんだよ」

「……少し寒いわ」

「そうか…………布団、どこにあるんだよ」

 雪ノ下に布団がある場所を聞き、取りに行くがやはり来客のことは考えていないのか布団は1人分しか用意されておらず、夏用布団としてタオルケットが、冬用として羽毛布団があるだけだった。

 とりあえず羽毛布団を引っ張って横になっている雪ノ下にかけ、俺はソファにもたれ掛る体勢で座る。

 すでに電車があるような時間じゃない……歩いて帰るか。

「比企谷君……っっ」

 彼女が起き上がると同時に額に手を当てるとさっきよりも熱が下がったのか熱さは感じなかった。

 これくらいまで熱が下がれば俺がいなくてもいけるだろ……あまり女子と二人っきりって言うのもなんかあれだし……でも自転車エントランスの駐輪場に止めっぱなしだからな……マンションの住人以外の駐輪って認められてんのかな……ま、良いか。

「もう熱も下がったみたいだし、俺帰るわ」

「でもこんな時間よ?」

「まぁ、自転車だし」

「……貴方なら警察に補導されるわよ。確実に」

 うっ。確かに未成年、しかも制服着た奴が外を出歩いていたら流石の警察官でも声かけるわな。

「といっても泊まるわけにもいかんだろ」

「…………泊まっていけばいいじゃない」

 その一言に俺の時間は一瞬止まった。

 い、今こいつなんて言った……と、泊まっていけ? 風邪ひいたせいでしおらしくなってんのか? 小町もなんか風邪ひいたときはいつも以上にしおらしくなって甘えてきたけど……。

「い、いいのかよ」

「ええ……何もしなければだけれど」

「するか」

 そう言い、ソファにもたれ掛るがやはり秋が近いと言う事もあって少し肌寒い。

 タオルケット持ってくりゃよかったな。

「貴方は寒くないの?」

「別に……っくし!」

 あまりの寒さに思わずくしゃみが出てしまい、鼻を啜るが俺に被せる様に雪ノ下に被せていたはずの厚めのコートがかけられた。

「いいのかよ。お前のだろ」

「構わないわ……貴方に風邪をひかれたら小町さんに心配かけるでしょ」

 その後からは互いに言葉を発することは無く、壁にかけられている時計の音や冷蔵庫の待機音などの無機質な音がやけに大きく部屋に響くくらいの静寂が広がる。

 初期の奉仕部の状況を思い出すな。2人しかいない奉仕部も今の状況と同じくらいに静かだった……まぁ、俺のPFPのガチャガチャ音はいつも響いてたけど。

「一つ……聞いていいかしら」

「なんだよ」

「……貴方は由比ヶ浜さんのことをどう思っているのかしら」

 突然の質問に一瞬、戸惑う。

 由比ヶ浜か……なんだかんだで知り合い関係を結んだ最初の1人だからな。そりゃ知り合いなんだろうけど……友達じゃないよな…………分かんねえ。多分、俺はこの回答を出すためにずっと悩んで悩んで悩みまくって……それでも悩み続ける。

「お前はどうなんだよ」

「そうね…………由比ヶ浜さんと一緒に過ごしてきた今までの月日は悪くないもの……むしろ楽しかった……だから私にとって彼女は…………」

 雪ノ下はそれ以上は言わない。

 互いに過去を持ち、友人を持たないという共通点を持ちながら何故ここまで違うのか。それは勝者と敗者の違いが一番の原因だろう。勝者ゆえに信頼というものを知り、敗者ゆえに信頼を捨てた。別に由比ヶ浜を信頼していないわけじゃない。知り合い関係を結ぶほどには信頼している……ただそこまでしかない。それ以上は行かない……俺が傷つくことを恐れているから。

 ならば……ならば雪ノ下雪乃のことはどう思っているのだろうか。ただの部活の仲間? ただの学校が同じで有名な美少女? どれも肯定できない……また……別の何かが俺の中にはある。

 その時、後ろの方から小さな寝息が聞こえてきた。

「…………」

 俺も目を閉じ、眠気に身を任せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後、いつもの定例ミーティングが行われているが会議室は雑談にあふれている。

 文化祭のスローガンを決めると言う事で会長から連絡が全員に行き届いていたのか久しぶりに各部署が全員出席はしていたがいつまで経ってもスローガンを決めるミーティングは始まらない。

 雪ノ下も病み上がりで疲弊しきっているし、少なくなる一方だった人員を執行部の方でカバーしていたことで執行部のメンバーも疲労困憊。まとめあげるはずの相模もお友達とぺちゃくちゃ。

 結局あの後、シャワーを借りて眠気を覚まし、朝飯までご馳走してもらった。

 チラッと隣を見てみると有志団体代表として葉山……と何故かニコニコと笑みを浮かべた様子の陽乃さんが横一列に座っている。

 なんでわざわざ俺の隣に座るんだよ……おかげで俺のところに視線が集まってるじゃねえか。

「相模さん。始めようか」

「あ、はい」

 この状況を見かねためぐり先輩の一言からようやく相模が動き出し、定例ミーティングが始まる。

「じゃあ、文化祭のスローガンを決めたいいと思いますが……何か意見ありますか?」

 相模はそう尋ねるが誰も話すだけで手を上げてそれを発表しようとはしない。

 そりゃそうだ。自分が発表したスローガンが採用されでもしたら文化祭期間中は公開処刑にあっているようなもんだ。俺だったら絶対に発表しないね。

 徐々に大きくなる雑談の波のなか、葉山が手を上げた。

「みんなに聞くよりも紙を配ってそれに書いてもらう方がいいんじゃないかな」

 笑みを浮かべながら葉山がそう言うと反対意見など出るはずもなく一瞬でそれが決定事項となり、白紙のメモ用紙が配られるが真剣に考えている奴等片手の指の数程度。大体はネタで考えたスローガンを友達に見せて笑っているくらいだ。ちなみに俺は何も考えない何も書かない。……というわけにもいかないので適当にそれらしいことをかいておく。

 五分ほどしたあと用紙が回収され、スローガン候補がホワイトボードにピックアップされていく。

 友情・努力・勝利。どこの少年漫画だ。

 そして最後に書かれたのがONE FOR ALL。一人はみんなのために、みんなは一人のために……そんなものゲームの世界では片一方しか成立しない。ソースは俺。大体オンラインサバイバル大戦でみんなは一人、つまり俺を狙って攻撃してくる。一人のためにみんなが行動することなど皆無だ。それは現実でも似たようなことが言える。一人のために全員が行動することはない。皆のために皆が行動することはあるけどな。

「最後にうちらから一つ」

 相模が自信ありげにホワイトボードに書いたのは『絆~助け合う文化祭~』。

 …………俺が一番、嫌いな言葉をスローガンにしますか。絆なんてものはあっという間に壊れるのにな。不思議だよな人間って。無意識のうちに気づいているのに気付かないふりをする。本当は絆なんてものは信じちゃいないのに信じていると自分に言い聞かせる。絆や友情なんて言うのはまやかしだ。

「……ハァ」

「比企谷、何か意見でもあるの?」

 どうやら俺の溜息が相模に聞こえてしまったのか軽く睨みつけられながらあてられてしまった。

 地獄耳かよ。どこのデビルマンだ。

「いや、別に相模の意見に対しての溜息じゃない」

「嫌なら他の案出してよ」

 なんでこいつ俺にこんなに突っかかるんだよ……まさかこの前の部室で言った委員長辞めろとって言う台詞を未だに恨んでるのか? 

 チラッと陽乃さんの方を向くと面白そうにニヤニヤ、チラッと雪ノ下の方を見るとどうでも良いとでも言いたげな表情をし、書類を見ている。

「だから嫌じゃねえって。ため息くらい誰でもつくだろ」

「ほらほら、相模さん。ちょっと気にしすぎだよ」

 めぐり先輩からの横やりを食らい、相模は俺を睨み付けるのを止めず、次へ進もうとする。

「はいはーい。じゃあ、私も出していいかな?」

 出たな、全能神・陽乃め。今度はどんな意見で場をかき乱す。

 スキップ交じりに前に出ていき、相模から黒まじっくを取り、さらさらとホワイトボードに書いていき、書き終わると自信ありげにホワイトボードをバン! と叩いた。

『千葉の名物、踊りと祭り! 同じあほなら踊らにゃsing a song!』

 …………いったいどこからそのインスピレーションが湧き出しているんだ。ていうか文化祭飛び出して千葉全体のスローガンになってないか?

「ねえ、どう? 雪乃ちゃん」

「私に聞かないで。決定権は相模さんにあるわ」

「どうかな? 委員長ちゃん」

「え、えっと……普通のスローガンよりかはインパクトがあると言いますか」

「だよね? これでいいと思う人手あげて~」

 いつの間にか全てを掌握した彼女が司会進行を務め、スローガンに対しての賛成か否かを尋ねると全員、キョロキョロ周りを見渡しながら1人が挙げればそれにつられてあげ、徐々に増えていき、最終的にほとんどの生徒が彼女が提案したスローガンに賛成した。

「委員長ちゃん! あとはよろしく!」

 そう言い、再び席に戻ってくる。

 果たしてこれは俺たちの文化祭と言えるのだろうか。

 そんな疑心を抱きながらも文化祭は近づいてくる。



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第三十五話

 暗い舞台裏で俺はその時を待っていた。

 非常に面倒くさい文化祭がついに始まってしまい、今は体育館で行われる手筈で開始時間がすぐそこに迫っているオープニングセレモニーのためにインカムをつけて待機している。

 さっきからひっきりなしに各部署と雪ノ下との通信が入ってくる。

 最近ゲームしてねーな……したい。超絶にしたいけどあと一時間も待てば俺は一日ゲームができる権利を貰えるのだ。それまでは禁欲だ、禁欲。

 そう思った直後、視界が眩むほどの閃光がステージに集中する。

「お前ら文化してるかー!」

 めぐり先輩のその怒声に体育館に集まっていた生徒たちは合わせるかのように大歓声を上げ、文化祭が始まることを喜んでいる。

 はぁ。とうとう始まってしまったか……チクショウ。あの時寝坊さえしていなければこんな面倒くさいことに参加しなくて済んだものを! あの時の俺のバカ! 馬鹿!

「では相模委員長! 挨拶をどうぞ!」

 めぐり先輩の声に合わせるように観客たちから盛大な拍手が送られるがそのあまりの大音量に舞台に向かって歩きはじめていた相模は肩をびくつかせ、マイクを持っている手を震わせている。

 ステージ中央に立ち、第一声をマイクに放とうとした瞬間、きーん! という甲高い音が聞こえ、観客から笑い声が出てくる。

 その笑い声は悪意のないものだと分かっていながらも相模の手はさらに震える。

 カンペを見ながらようやく話しだすがすでに既定の時間が過ぎているのでタイムキーパー役の俺が巻くように腕をぐるぐる回すがそれすらも緊張しまくっている相模には見えていない。

 ダメだこりゃ。

『比企谷君。指示を出して』

「出してるけどテンパり過ぎて見えてない」

『やっぱり影の薄い貴方をそこに置いたのはこちらのミスね』

「ひでぇ。もっとオブラートに包めて言ってくれよ。傷つくだろうが」

『周りが暗すぎて見えていないのね』

「それはどういう」

『副委員長。インカム、繋がってます』

『…………以後、スケジュールを繰り上げます。各自そのつもりで』

 遠慮気味な文実からの報告に雪ノ下は慌てて修正を図ったのかブチッと切ってしまった。

 ブチッと切りたいのはこっちだ。

 その直後にようやく委員長の挨拶が終わる。

 前途多難で面倒くさい文化祭の始まりだ。ハァ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文化祭は2日間行われるが初日の今日は校内のみで2日目の明日だけが一般公開される。だから今日は生徒しかいないはずなんだが廊下を往復するのにさえ苦労するほどの数の生徒が廊下を走り回る。

 プラカードを持って叫んだり、安いコスプレをした奴らが走り回る。

 ようやく教室に辿り着き、中へ入るとこっちの準備もすでに大詰めになっていた。

 文実でほとんどクラスの方に参加していなかった俺は何もやることがないので壁にもたれ掛っていると一瞬、視界の端でキラーンと光ったのに気付き、慌ててドアの方を向くがいつの間にかシュパッと瞬間移動した海老名さんが俺の前に立っていた。

「な、なにか?」

「グフフフ。ユーでちゃいなよ」

「け、結構です。お、俺文実の仕事あるし」

「そっか……でもそれって2日目からでしょ? でしょ?」

「は、はい」

「じゃあ、受付やってくれないかな? 公演時間教えるだけでいいからさ」

「オ、オッケーす。俺頑張るっす」

 そう言い、引きつった笑みを浮かべながら扉を出て閉め、一息つくが壁際に大きく葉山の写真があるのに気付き、思わず2度見すると公演時間が下の方に小さく書かれたポスターが張られているがどこからどう見てもどっかの俳優の写真の様にしか見えない。

 ていうか葉山と戸塚しか映ってねえ。

 壁に立てかけられていた椅子と机を組み立て、早速PFPを起動させるが教室から戸部のでかい声が聞こえ、思わず中の様子を見るためにチラッと扉を開けると海老名さんを中心にして円陣が組まれていた。

 え、なに? オタクの宇宙人でも呼ぶ儀式するの? んなわけないか……うわぁ。相模とか超居づらそうな顔してるし……入らなくてよかった。

 オープニングセレモニーで噛みに噛みまくった彼女の醜態ともいえる様子は既に学校全体に広がっているだろうし、それはF組の奴らとて例外じゃない。

 扉を閉め、俺はPFPに集中する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文化祭と言う事で多少の浮かれたことは見逃す姿勢なのか俺がゲームしていてもどの教師も声をかけようとはせずに俺の前を素通りしていく。

 まさかこんな夢ジョブを与えてくれるなんて……海老名さんマジパねえっす。

 2日目は記録雑務の仕事で1日中歩くから今日1日ゲームできる環境を与えてくれたのは俺からすればもう感謝感謝だ。まぁ、誰の発案かは大体見当がつくけど。

「よっと」

「っっ。びっくりした」

「ごめんごめん」

 突然、目の前にドン! コンビニの袋が置かれ、驚きながら顔を上げると由比ヶ浜が立っており、あまっていた椅子を組み立てて俺の隣に座った。

 PFPで時間を確かめると既にお昼を回っており、お昼休みに入ってしまっているのかいつのまにか教室には誰もいない。

「この袋何?」

「お昼ご飯。ヒッキーの分も買ってきたの」

「ふーん」

 特に腹も減っていないので再びPFPに集中する。

「ヒッキーも円陣はいればよかったのに」

「何もしてない俺が入っても居づらいだけだろ……ていうか俺がいない事気づいてたのか」

「もちろん。ヒッキーが座った瞬間、ゲームしだしたのもずっと見てた……って今のなし! 見てない! ヒッキーのことなんか見たら目逸らしちゃう!」

 自分で辱めのスイッチを押してしまったのか急に顔を赤くしながらさっきの発言を取り消そうと必死に両手を小さく左右に振る。

 何をこいつは慌ててるんだか……。

「…………ねえ、前に言ったこと覚えてる?」

 ポツポツと紡ぎだされた言葉に一瞬、指を止めかけるが再び指を動かしながらも前に言ったとやらを思い出すと1つだけ……花火大会の帰り際に言われたあの言葉が思い浮かんだ。

 俺と友達になりたいからもっと知りたいだったっけ……雪ノ下の質問とはまるで答えと問題の関係みたいなもんだな…………でも、俺はそのあるはずの答えを見つけることが出来ていない。

「あれからさ、ちょっと考えたんだ…………待っていてもヒッキーもゆきのんもこっちには近づいてきてくれないって……だからあたしの方から行こうと思うんだ。ゆきのんにもヒッキーにもあたしの方から近づく」

「近づいた分以上に離れられたらどうするんだ」

「その時はそれ以上に近づく」

「………それで傷ついたとしてもか」

 そう言うと由比ヶ浜は俯き、少し黙る。

 人に近づけば近づくほどその身に傷は増えていき、その傷は永遠に癒えることがなく、一生そいつの体を蝕んでいくバグとなる。俺はそれが嫌だからバグを孕んだ自分自身を捨てて新しく作り上げた……でも新しく作り上げたその体さえ、また侵されている気がする……でも…………不思議と悪い感じはしない…………分かんねえ。俺はいったい何を期待して、何を望んでいるんだか。目標も何もないゲームほど面白くないものはない。

「……人に近づくって傷つくことじゃないのかな」

「っっ」

「その人に近づいたら今まで見えなかったものが見えて見たくないものも見えてきたりもするけど……それが人に近づくってことじゃないのかな。でもそれ以上に…………見たいものも見えてくると思うの。ゆきのんもヒッキーも今は遠いけどいつか必ず」

 そう言い、由比ヶ浜は笑みを浮かべて俺を見てくる。

 ――――そのいつかはそんな遠くない日に来る。

 

 

 

 ―――――俺はそんな予言めいたものを抱いていた。



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第三十六話

 文化祭も2日目に入り、一般公開されたことで総武高を受験しようとする受験生や祭り独特の雰囲気に充てられて入ってきた親子、はたまたほかの学校の制服を着た奴らが大量に入ってきたことで校舎内外問わずにどこもかしこも人でパンパンだ。

 そんな中俺はカメラを片手に文化祭の様子を適当にパシャパシャとっている。

 写真を撮った瞬間に嫌な顔をされようがお構いなし、文実の腕章を免罪符にしてゲームが出来ていない最近の鬱憤を晴らすかのようにパシャパシャととっていく。

 その時、背中に飛びつかれたような衝撃が走った。

「小町か」

「あったりー。お兄ちゃんに会いに来たよ! あ、今の小町的にポイント高い!」

「はいはい。嬉しい嬉しい。欲情しちゃうわ」

「うわぁー。棒読みなのとそれはポイント低いわー」

 さっきまでのキラキラはどこへ消えたのか一気に冷たい目になった。

「やっぱり中学校とは違うね~」

「そうだねー」

 俺からすれば中学の合唱コンクールも高校の文化祭も同じようなもんだけどな。ただ単に歌うか働くかの違いってくらいしかか違う点を見つけられないくらいだ。

「で、お兄ちゃんはカメラ持って何してるの?」

「仕事だよ」

「…………お兄ちゃんの口からゲーム以外の言葉が出てくるなんて!」

 小町はムンクの叫び張りに口を縦に広げて驚きを露わにする。

 俺は生まれた瞬間からゲーム! としか叫んでるわけじゃないし。ていうか何で俺が仕事すること自体がレアエネミーみたいに言われ方なんだ。

「で、何してるの?」

「だから仕事だっつってんだろ。記録雑務の仕事で文化祭の様子を写真に収めんだよ」

「へ~。あ、じゃあ小町のこと撮って!」

「やだ」

「え~。まぁ、いいや。じゃね、お兄ちゃん! 小町は探索に行ってきます!」

 俺に敬礼するや否や小町はすたこらさっさと階段を上がっていき、あっという間に姿を消した。

 小町は次世代型ハイブリットだ。ゲームにのめり込み、孤独を愛した俺という失敗作を反面教師にし、適度に遊びながらも適度に集中し、そして適度に1人になれる。つまり何でも調整ねじがあるかのように簡単に調整してしまうのだ。

 親はそれで大喜びだが俺としてはちょっと複雑だ……まぁ、関係ないけど。

 その時、3-Eの教室の前に見知った後姿を捉え、よく見てみると『ペットどろこ。うーニャン、うーワン』と書かれた看板の前に彼女は立っていた。

「何してんだ」

「っっ。あらサボり?」

「カメラ持っててサボりって何だ。記録雑務の仕事中だ」

「……サボり?」

「復唱すんな。傷つくだろうが」

 彼女が見ていた方を見ると窓の外からは教室に猫が数多くいるのが見えた。

「猫見たいなら入れよ」

「……他の人がいるじゃない……写真」

「……はいはい」

 そう言われ、俺は呆れ気味に教室に入って中の様子を猫を中心にして取っていき、一旦外に出て雪ノ下にカメラを渡すと時折、ニヤニヤしながら保存された写真を見ていく。

「……可愛い」

「っっ!」

 雪ノ下が猫の写真を見て笑みを浮かべた瞬間、心臓がドクン! と大きく鼓動を打った。

 な、なんというか……普段、笑ったところあまり見ないから破壊力が凄いというか……。

「そ、そんなに好きなら今度うちに来るか?」

「え?」

「うち猫飼ってるから……俺には懐かないけど」

「…………比企谷君だからじゃないかしら?」

 もう内緒で買っちゃえよ。犬みたいにバウバウ吠える訳じゃないし、静かだし。

「それじゃ、行きましょうか」

「どこに」

「体育館よ」

 そう言われ、雪ノ下へついていき、体育館へ入ると今までにないくらいの人数が入っており、少し体育館の中は蒸し暑かった。

 観客たちは今か今かと待っているようでかなり騒がしい。

「何が始まるんだよ」

「そうね……演奏よ」

 その時、騒がしかった体育館が一気に静かになり、舞台にスポットライトがあてられたのでそちらの方を見てみると体のラインを強調するような細身のロングドレスを着た雪ノ下陽乃が舞台袖から現れて檀上中央で立ち止まると観客に向けてスカートの両端を少し持ち、淑やかに一礼する。

 その後ろにはオーケストラと言っても差支えないほどの集団が待機している。

 タクトを軽く上げ、レイピアを振るうように鋭く振りぬいた瞬間、旋律が走った。

 その音色に誰もが魅了され、舞台上をひたすら見続ける。

 雪ノ下陽乃にとって人心掌握など容易いことだろうがさらにそこにプロ顔負けの演奏という要素が加われば間違いなく彼女を初見である来客たちは支配される。

 雪ノ下雪乃とはまた違う才能を持つ姉…………この姉妹は普通の姉妹とは少し違う複雑さだ。

 だが一つ言えることは……雪ノ下陽乃は絶対的勝者だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 舞台裏で俺は生徒会備品であるマックに入っているファイナルカットプロを駆使し、設置されていたカメラに収められている編集作業を手早く終わらせていく。

 有志の演奏を収めるのも記録雑務の仕事だが俺が来た時にこの作業でかなり手間取っていた様子なので俺が指摘しながら進めているといつの間にか俺の仕事になってしまった。

 まぁ、普段から動画作成してる俺にとっちゃなれた作業だけど全部任せるかね。

 面倒なので備品のマックをすべて持ってきてもらい、同時並行して今演奏している有志の1つ前まで作業お終わらせており、終始めぐり先輩に驚かれた。

「比企谷君って意外とパソコン得意なんだね」

「いや、別に動画作成だけが慣れてるだけですよ」

 エンディングセレモニー直前の大トリを務めるのは葉山達の有志団体だ。

 舞台裏でそれぞれの担当楽器をいじりながら緊張をほぐすがどいつも解せていない様子でスティックを回し、空中の見えないドラムをたたいている戸部に至ってはどう見てもスティックは逆だ。

 そんな中、さっきから右往左往しながら焦りの様子を見せているのは雪ノ下雪乃。さっきからチラチラ視界に入ってくるのがちょっとうざい。

「何してんだよ」

「ねえ、相模さんは?」

 そう言われ、周囲を見渡してみるが確かに委員長である相模の姿は見えない。スケジュール表ではすでにこの時間には舞台裏に集合し、エンディングセレモニーのミーティングを行う手はずだ。

 めぐり先輩も相模に電話をかけているのかしきりに携帯を耳に充てたり、外したりを繰り返しているが繋がらないらしく、とうとう携帯をしまった。

「ダメ、繋がらない。さっきから放送で呼んでもらっているんだけど」

「どったのゆきのん」

 現場の悪い雰囲気を感じ取ったのか心配そうな表情の由比ヶ浜が加わり、雪ノ下から事情を聴く。

「さがみん来てないんだ……」

「別にいいんじゃねえの? あいついなくてもエンディングセレモニーはできるんだし」

「残念ながらそれは無理よ。地域賞と優秀賞の集計結果を知っているの彼女だけだもの」

 動画作成をしながらそう言うが雪ノ下にあっさりと切り捨てられてしまった。

 これまた面倒な事態が発生したな……葉山達の有志が終了すればすぐにエンディングセレモニーに入る関係上、あまり時間をかけられない。だが相模がいなければ有志が目標としていた優秀賞や地域賞の発表が出来なくなり、一気に文化祭は崩壊の一途をたどる。

 ま、俺には関係ないけど。俺は俺に与えられたノルマをやるだけ。

「どうかしたのか?」

 由比ヶ浜と同じように不穏な空気を感じ取ったのか葉山もやってきてめぐり先輩から話を聞く。

「……副委員長。プログラム変更でもう一曲追加してもいいかな? 時間もないことだし口頭承認でいいよね?」

「できるの?」

「あぁ。優美子、もう一曲弾けるかな?」

「え!? む、無理無理! マジで緊張して」

「頼む」

 葉山の微笑みをまともに食らい、三浦は顔を赤くしてモジモジとしたあと、小さく首を縦に振っては山の申し出を受け入れた。

 え、何あれ? 俺も欲しいんだけど。

 葉山はメンバー全員に追加することを言いながらも片手でスマホを操作する。

 LINEやツイッターとか言うSNSで持ちうる連絡網全てに連絡して相模を探してもらう作戦か……ていうか何でリア充はあんなに連絡先あるんだ? 不思議で仕方ないわ。

「稼げても10分だ」

「それで十分よ」

 そう言うと雪ノ下はおもむろに携帯を取り出してどこかへと連絡をする。

 葉山達の番が回り、舞台上へと出ていったと同時に重苦しい空気に似つかない明るい声が舞台裏に響いた。

「ひゃっほ~。雪乃ちゃんから連絡くれるなんて珍しいね~」

「姉さん。手伝ってちょうだい」

 思わぬお願いに陽乃さんは一瞬、驚いた表情を浮かべるがすぐにいつもの余裕に満ちた笑みを浮かべ、雪ノ下をのぞき込むようにして顔を見る。

「へぇ~。あの雪乃ちゃんが私にお願いか……いいよ。初めてだしそのお願い聞いてあげる」

「勘違いしないでちょうだい。これはお願いじゃないわ。組織図的に副委員長である私の下に有志参加者の姉さんがいる。いわばこれは命令よ」

「ん~。でもそれってペナルティーがあるわけじゃないよね?」

「……ええ。でも私に貸しを作れるというメリットはあるわ。これがどうなのかは姉さん次第だけど」

 そう言うと陽乃さんは小さく、かつ冷たい笑みを浮かべながら雪ノ下を見る。

「で、何をするのかな?」

「場をつなぐわ。私と姉さん。あと二人いれば」

「そっか~……あ、そうだ!」

 そう言うと陽乃さんは舞台裏から出ていき、すぐに戻ってくるがその手は平塚先生の手を掴んでおり、平塚先生は事情を聴いたのか呆れながらも疲れた表情をしていた。

 あと一人か……。

 そんなことを思っていると雪ノ下が徐に由比ヶ浜の傍へと歩いていく。

「由比ヶ浜さん、少し頼ってもいいかしら」

「……その言葉待ってたよ」

 そう言い、由比ヶ浜は笑みを浮かべて雪ノ下の手を取った。

 どうやらめぐり先輩もメンバーに入れられたのか妙にやる気満々の表情で腕をグルグル回していた。

 そんな中、任せられていたノルマの動画作成が終了した旨を告げるポップアップが開き、それを閉じて保存し、ポケットのPFPへ手を伸ばそうとした時、視界の上の方に2人の足が見えた。

「ヒッキー」

「比企谷君。手伝ってくれないかしら」

 全員の視線が俺に向かっている。

「……エンディングセレモニーが出来るようにすればいいんだよな」

「ええ」

 雪ノ下に最後の確認をした後、俺は舞台裏を出て外へと歩き始めた。



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第三十七話

 雪ノ下達に頼まれ、外へ出たのはいいものの集計結果表を持っている相模を探すためにどこを探せばいいのかが見当もつかず、下駄箱のところで少し考えていた。

 放送をかけてるって言ってたから教師たちは動いているのは確実だし、その中には保健室の先生だって含まれるはずだから恐らく保健室の可能性はない。じゃあ、女子トイレ……も平塚先生とかが探すだろうし、男子トイレなどは選択から外すべきだ。臭いし。

 残すべき選択肢は教室か……でもほとんどが体育館に集まっていることを考えれば店を閉め、鍵を閉めているだろうしな……葉山の友人連絡網も働いているから教室などはそいつらが行くだろう……ならば他に行きそうな場所はどこだ。保健室もない、女子トイレもない、教室もない……帰宅したか? 帰宅したのならばここまで探して見つからないのも納得がいく……一応確認するか。

 下駄箱に書かれている名前を見て相模の名を探し、見つけると下駄箱を開けるが中にはちゃんと綺麗にそろえられた外靴が入っている。

 帰宅の選択肢もなくなったが…………特別棟……も教師は行くだろう……逆に考えよう。教師や葉山友人たちがいかない場所を考えるんだ。そこに相模はいる…………。

「あ……ある」

 誰も行きそうにない場所が一つだけ頭に思い浮かび、小走りで階段を上がってその場所へと向かう。

「うわっ!」

「っと」

 小走りのせいで曲がり角に突然出てきた人に反応できず、ぶつかってしまい、互いに尻餅をついてしまった。

「あ、川崎」

「あんた文実の癖に何してんの?」

「まあ、ちょっと人探し」

「どこ行こうとしてんの」

「屋上」

「屋上の鍵閉まってるよ」

 川崎の発した言葉に思わず足を止めた。

 な、なんだと……流石に教師たちも南京錠がダメになってることに気づいて新しい南京錠に変えたか……下手したらエンディングセレモニー間に合わねえじゃん。

「そっか……一応、聞くけどそのカギの開け方知ってる?」

「……知ってる」

 ……神様。あんたは俺に一体何をさせたいのでしょうか? 善行を積ませて天国に送ってくれるの?

「教えてくれ」

 そう言いながら川崎の手を取ると何故か顔を赤くし、慌てて俺の手を払った。

「な、南京錠からダイヤル式に変わったんだけどさ、誰かがその番号仕入れたらしいんだ」

「その番号は?」

「確か……801」

 その三桁の数字を聞いた瞬間、何故か一瞬でその数字を誰が仕入れたのか分かった気がした。

 何故にあの人がダイヤルロックの番号を仕入れたんだよ……まぁ、今はどうでも良い。

「グッジョブ。流石はさーちゃん、大好き」

 そう言い、さっきよりも早めに走って屋上を目指すと後ろの方からすさまじい叫びが聞こえてきたがとりあえず時間がないので無視し、階段を上がって屋上を目指すが文化祭の物置にされているらしく、あがっていく度に荷物などで空間が狭くなっていくが屋上につれて徐々に空間が広がっていく。

 流石に上の方まで置きに来る輩はいなかったらしい。

 そして最後の階段を上り切ると少し開けた場所に出てダイヤルロック式の鍵をされている扉が見え、801と入力するとガチャンと鍵が外れた。

「……海老名さん、マジパねぇ」

 ドアを開けると一陣の風が吹くとともに目標を視界に収めた。

 相模は期待の籠った表情で後ろを振り返るが俺の顔を見た瞬間、失望感を見せ、小さくため息をついた。

 ため息つきたいのはこっちだっうの。

「悪いけど戻ってくれ。時間がない」

「別にうちがやらなくてもいいじゃん。雪ノ下さん何でもできるし」

「そうだな。俺もそうしたかったけど集計結果持ってんのお前だけだろ。それがないとセレモニーを始めることができないんだと。だから葉山と雪ノ下が時間を稼いでる」

「そうなんだ……」

 一瞬、葉山という単語に相模は反応するがその場から動こうとしない。

 このまま俺が説得しても動く気配は無いな……。

 その時、後ろでドアが開いた音が聞こえ、振り返ると相模の友人A、Bと演奏を終えたらしい葉山の姿が見えた。

「ようやく見つけたよ」

 友人A、Bが相模に近寄り、その手を取った。

「南ちゃん。戻ろ? 皆待ってるよ」

「南ちゃんがいないと文化祭は終わらないよ」

 友人たちの優しい言葉と温かい手の温もりを感じ、感動したのか相模は目に涙を浮かべるがその場から一歩も動こうとはしない。

 葉山がここに来たと言う事は既に雪ノ下達の演奏は始まっていると言う事。雪ノ下とエンディングセレモニーができるようにするという約束を交わした以上は破るわけにはいかない。

「なあ、相模。集計結果だけくれ」

「え?」

 相模はなんで? と言いたげな顔でこちらを見てくる。

「集計結果があればセレモニーはできる。相模、別にお前が文化祭にいようがいまいがどっちでもいいんだ。でも集計結果だけこっちに渡してくれ。ここまで来て失敗でしたなんていやだろ」

 相模が出席しようがしまいが俺には関係ない。正直言って相模はあってもなくてもどっちでも良い付属品だ。集計結果さえあればそれで済む話だ。

「…………これ」

 すると相模はポケットから集計結果が記された紙を取り出し、俺の足元にその紙を投げた。

「…………後は任せるわ」

「……分かった」

 中身を確認して集計結果であることを確かめると俺は出口へ向かって歩きはじめ、通り過ぎ様に葉山にこそっとそう言い、屋上を後にする。

 俺みたいな現実先行型の人間が説得するよりも葉山のような理想先行型の人間が説得した方が今回は相模の説得できる時間が早い。

 相模が葉山の説得に応じ、セレモニーまでに来ればそれでいいし、来なけりゃそこまでだ。

 小走りで体育館へと向かい、舞台裏へと入るとちょうどサビの部分に入ったのか観客のボルテージも最高潮になっており、演奏している本人たちも楽しそうに見える。

 俺は一瞬……ほんの一瞬だけ、その光景を見て”楽しそう”と思ったがすぐに頭を振ってその考えを彼方に吹き飛ばし、椅子に座ってPFPの電源をつける。

 葉山の説得が相模を動かすのが早いか、それともエンディングセレモニーが始まるのが早いか。

 5分ほど経ってからひときわ大きな歓声が聞こえ、顔を上げてみると演奏を終えたのか互いに手をつないで観客たちに向けてお辞儀している雪ノ下達の姿が見えた。

 …………俺はああいう風には一生なれないな。

 そんなことを考えていると雪ノ下達が戻ってくる。

「あ、ヒッキー……あれ? さがみんは?」

「ん」

 由比ヶ浜が辺りを見渡しながらそう言ったところで相模から回収した集計結果を雪ノ下に渡す。

「比企谷君。相模さんは」

「見つけた……見つけたけど相模よりもそっちの方が大事だろ。それさえあればエンディングセレモニーまでに相模が戻ってこなくてもお前が代役できる。それに俺じゃ時間までに連れ戻すことはできない」

「……そうね」

「だから依頼した」

「誰に?」

 雪ノ下のその一言の直後、勢いよく扉が開かれた音がし、後ろを振り返ると舞台裏に相模とその友人A、B、そして説得を任せた葉山の姿があった。

 相模は雪ノ下から集計結果を受け取るとマイクを持って壇上へと立つ。

 その姿にはオープニングセレモニーほどの緊張感は見えなかった……その代わり友人A、Bからの冷たい視線が感じたけどな。

「流石はカースト1位のイケメン・葉山だな」

「……その件で謝りたい」

「は?」

「……相模さんを連れ戻すときに……君を引き合いに出したんだ」

 葉山は申し訳なさそうな顔をしながらそう言う。

「というと?」

「……あんな奴にあんな風にされていいのかって……そう言ってしまったんだ」

 なるほど。カースト最下位に位置しているヒキニク野郎の俺にバカにされた怒りを相模の中で爆発させるために俺という起爆剤を利用して相模の中の怒りを爆発させてこっちに連れ戻したってわけか。

 てっきり君がいないと~とか君にしか~みたいなことを言ったのかと思ったけどこいつも案外、使えるものは全部使うって言う考えあるんだな。

「良いんじゃねえの? あの状況じゃ最善策だろ」

「でも……使いたくはなかった」

 みんな仲良く……そんな考えが根底にあるこいつからすれば誰かを犠牲にして誰かを救うって言う方法の存在自体が許せないんだろう。今回の件で自分でその方法の存在を証明しただけでなく利用したんだからな。

 でも、それがあの状況では一番の最善策だろう。理想だけをぺらぺら並べて相模を慰めてもセレモニーまでには連れ戻すことはできなかったはずだ。

「別にいいだろ……禁じ手を使わなきゃいけないときだってあるんだ。ゲームでもチートという禁じ手を使ってでも俺を倒そうとしてくる奴らだっていくらでも居るんだし」

 まぁ、そいつら全員なぎ倒したけどな。チートを使っているという慢心から来る隙を付けばいいのだ。

 拍手が聞こえ、顔を上げると舞台裏へと帰ってくる相模の姿が見え、それに集まってくる友人A、Bと待機していた戸部や大岡などが集まってくる。

「南ちゃん最高だったよ!」

「南ちゃんが委員長で本当によかったよ! どっかの誰かさんじゃなくてよかった!」

 ここからどんどん広がっていくんだろうが別に気にしないしな。人の噂も75日っていうし、ゲームしてればその内勝手に消えてくだろう。

 その時、ふとマックの画面が目に入り、作業が完了しているポップアップが開かれていたのでそれを閉じ、作業内容を円盤に焼き、ケースに入れると舞台裏に野太い声が響く。

「おい文実集まれや」

 厚木の声に文実が全員集まる。

「俺が見てきた中でも中々良い文化祭だったわ。ご苦労さん。この後事後処理があるがそれも頑張れよ。あと、この後の打ち上げで羽目を外しすぎんように。じゃあの」

 そう言うと厚木は舞台裏を去り、文実メンバーは再び片づけに入る。俺も考え事をしながら片づける。

 あいつらは……由比ヶ浜と雪ノ下は何を俺に期待していたんだろうか。

 俺が雪ノ下に集計結果を渡した時、明らかに2人の顔は少し拍子抜けしたような顔をしていた。

 あいつらは俺が相模を連れ戻してくることを期待していたのだろうか……いやそれはないだろう。あいつらは俺の性格を十分に知っているから俺が相模を連れてこない可能性の方が高かったはず……あいつらはいったい何に拍子抜けしたんだろうか。

「比企谷君」

 片付けも粗方終わった時、後ろから声をかけられ、振り返ると背後にめぐり先輩がいた。

「これ。円盤焼き付け終了しました」

「仕事が早いね…………てっきり、私は相模さんを連れ戻してくれると思ってたんだけどな」

「俺に何を期待してるんっすか。俺が言って戻ってくる奴じゃないでしょ。だから先に集計結果だけ回収してあとは葉山に任せたんですよ」

「確かにそれが一番確実に文化祭を成功させられるんだろうけどさ…………私的にだけど……少し他人を見なさすぎるんじゃないかなって……でもありがとう。君のおかげで文化祭は成功したよ」

 そう言い、めぐり先輩は去っていく。

 …………由比ヶ浜達もめぐり先輩と同じことを思ったんだろうか。

「比企谷君」

 振り返れば雪ノ下がいた。

「よぅ。凄かったな」

「……見てたのね」

 そう言う雪ノ下の表情はどこかうれしそうだった。

「サビの部分だけな」

「…………比企谷君」

「お、おい」

 突然、雪ノ下は俺の名前を呼ぶと距離を詰めてきてすぐそばまで近づいてくる。

 白い雪の様に綺麗な肌、透き通っている眼、そして一定のリズムで動く赤い唇……いつも見ているそれらがどこか今に限っては艶めかしいものに見え、心臓の鼓動がドンドン早くなるのが分かる。

「ありがとう。貴方がいなければここまでの文化祭はできなかった」

「そ、そんなことねえだろ」

「そうかしら? 書類が紛失した時も私が倒れた時も貴方は救ってくれたわ……いい加減貴方は気づくべきよ」

「な、何にだよ」

 そう言うと雪ノ下は考えるように目を瞑り、そして頬を少し赤くしながら目を開き、俺を見てくる。

「貴方はもう必要な存在なのよ」

「っっ!」

 その言葉を聞いた瞬間、一気に鼓動が早くなり、顔が赤くなっていくのが分かる。

 何についての必要な存在なのか……それは分からない。でも……あまり悪い気はしない。

 恥ずかしさを紛らわすために未だに近い距離にいる雪ノ下から視線を逸らすがどうしても彼女の方を見てしまう。

「じゃあね」

 そう言い、雪ノ下は足早に体育館を去っていった。

 …………まだ鼓動が早い。なんなんだよこれは……。

「ほんと君はおもしろいね」

 いつの間にか俺の前に陽乃さんが立っていた。

「他人のことは全く考えていない。なのに君はガハマちゃんや雪乃ちゃんとは親しくする」

「し、親しくないっすよ。同じ部活って言うだけです」

「そうかな~? 同じ部活って言うだけで花火大会に一緒に行ったり、パンダのパンさんのぬいぐるみをあげたり家に泊まってまで介抱したりするのかな? 君の中では同じ部活だからってことだけでそんなことをするのかな?」

「な、何が言いたいんですか」

「ふふ……まぁ、いいや。君さー…………そんなに人に近づいて傷つくのが嫌?」

 その声を耳元でかけられた瞬間、背筋どころか全身が凍り付き、指一本すら動かすことができない。

「ふふふ。比企谷君はやっぱり面白いなー」

「そ、そりゃどうも」

 いったいこの人はどれだけ人のパーソナルエリアに入ってくれば気が済むんだろうか……いったいどれだけ人をかき乱せば気が済むのだろうか。

「文化祭、楽しかったよ。またね、比企谷君!」

 手を振りながら陽乃さんは体育館から出ていく。

 …………もう訳分かんねえよ。

 心の中でそう思いながら俺は体育館を後にし、教室へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 熱気冷めやらぬ状態のままSHRが終了し、記録雑務の仕事がまだ残っていた俺は静かな奉仕部で仕事を終わらせようと1人、特別棟へ向かう道を歩いていた。

 頭の中では陽乃さんに言われたことが何回も再生される。

 確かになんで俺は由比ヶ浜と雪ノ下の2人とは関係を継続したままなのか。俺はいったい何を望んでどうありたいのか……さっぱり分からない。

 悶々としながら部室の扉を開けるといつもと変わらぬ風景の中に雪ノ下がペンを走らせている姿が映っているがどこかいつも見慣れているその光景が普段とは違うような感じがし、不覚にも見惚れてしまった。

 さらにさっきの光景もフラッシュバックし、余計に。

「そこで何をしているのかしら?」

「い、いや別に」

 そう言い、いつもの定位置に座って机に記録雑務の仕事を置き、とりかかる。

「ゲームはしないのね」

「今日終わらせておけば日・月とゲームし放題だろ。効率よくゲームしてるんだよ」

「それを日常生活にすればとびぬけると思うのだけれど。貴方のご両親の泣いている顔が思い浮かぶわ」

「おいやめろ。リアルに泣かれた俺としては傷つくだろうが」

 高1の時に一回、リアルで泣かれたことあるからな。あと皿を作っている匠が納得いかなかったのか床に叩き付けて割るシーンを見ながら「失敗作をその場で壊せるっていいわね」って言われたんだからな。

 その時はぶちぎれて無理やりPF3してテレビを一か月間見せないようにしたけど。

「……ありがとう」

「へ?」

「この前のことよ。貴方がいてくれたおかげで何事もなかったのだし」

「さ、さいですか」

 それからは2人とも何も話さず、ただ静寂が部室に満たされていく。

 これが勝者と敗者の差なのだろうか。勝者は称賛、拍手喝さいを浴び、敗者は罵詈雑言、憎しみをぶつけられる。別にこんな人生を後悔しているわけじゃない。むしろ受け入れている。でも…………俺はどこか勝者に……勝者の立つ場所に憧れているのかもしれない。雪ノ下や留美が立つ場所……それはどんな景色が見えるのか、人の顔はいったいどのように見えるのか……決して見えることのないものを俺は欲しているのかもしれない……でもそれだけでは説明がつかないもう1つ、俺の胸の中にはあった。

『君はガハマちゃんや雪乃ちゃんとは親しくする』

 陽乃さんの言葉が頭に響く。

「なあ、雪」

「やっはろー!」

 俺の紡ぎだした言葉を掻き消すような明るい声が部室内に響く。

「あれ? 2人とも何してるの?」

「私は進路希望表。彼は……何をしているのかしら」

「記録雑務の仕事だ。ゲームに見えるか?」

「ふーん。あ、後夜祭行こうよ後夜祭!」

「「行かない」」

「2人して断られた! ていうか息ピッタリじゃん! 何でいかないの?」

「ゲームしたいし。端っこでやっててもあいつら怒るだろ」

「そもそも私はそんなものに行く気はないわ」

「えー行こうよ~。3人でカラオケ行こうよ! あ、ご飯でもいいよ!?」

 雪ノ下の腕に抱き付き、そう言う由比ヶ浜は心底楽しそうに見え、雪ノ下も満更ではなさそうに見える。

 いつの間にか俺がつむぎだした言葉は雪ノ下の記憶からも消え去り、部室の空気からも消えていく。

 俺は記録雑務の仕事も終わり、カバンからPFPを取り出そうとするが一瞬考えてカバンの中にしまった。

 もう少しだけ……もう少しだけ今の空気を感じておこう。

 そう思い、俺は空気に身をゆだねる。

 勝者のみが感じることを許された空気。それを敗者の俺が感じることのできるこの時を少しでも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――どこかのSNS―――――

『文化祭お疲れー!』

『お疲れ~。もう超楽しかった!』

『そうだよね~。ねえ聞いてよ~』

『なに?』

『委員長の相模さんいるじゃん? その子に文化祭にお前はいなくてもいいって言って泣かせた奴がいるんだよ~。ひどくない?』

『ひっで~。そいつ誰?』

『2年F組の比企谷とかいうやつ』

『マジで!? 俺同じクラスだわ~』

『うっそ~! どんなやつ?』

『もうずっとゲームしてて俺たちの間でヒキニクって呼んでるわwww』

『なにそれwww?』

『引きこもり・ニート・ゲームオタクでヒキニクww』

『ワロタwww。こんど見かけたらうちも呼ぼうかな』

『しかも夏休みで山に行ったんだけどその時、ヒキタニ君、隼人君怒らせたし』

『葉山君を?』

『うん。ヒーロー面するなとかって言ってたべ。しかも苛め加害者は全員殺せばいいとか。その時からヤバいって思ってけどマジヤバいわ~。ヒキタニ君マジヤバいわ~』

『怖ww』



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第三十八話

展開に違和感を覚える方もいるかと思いますがこれで行きます


「ぶぁっくしょん!」

 夜中6:50。その日、俺はシャッターを下ろしている一軒のゲーム屋の前で防寒具で完全武装した状態で今か今かと開店時間を待っている。

 今日、俺が楽しみにしていたゲームの発売日なのだ。そのゲームの名はバトルシティ3。その名の通り、オンラインゲームで世界を舞台にして見えない相手と戦うという超大ヒットゲームなのだ。もちろん1、2も限定版を予約して徹夜して待ち、1日目に1番で購入し、その日に粗方クリアした。今となっては全ての要素をクリアしたので今はお眠りになっているがたまに出しては遊んでいる。

 ちなみに今日は平日だ。文化祭が終了し、夜は薄い上着を着ないと寒いくらいにまで秋が進んだ。

「あと10分か……我慢我慢……ん?」

 スマホで時間を確認しながら寒さに耐える自分に対して言い聞かせるように呟いていると俺の足元に見覚え感満載の犬がハッハッハッと息を吐きながらいた。

 …………いやいやいや。そんなことはない。

「ちょっとサブレ! 飼い主の私の言う事はちゃんと聞いて……ヒッキー?」

「由比ヶ浜……お前、パジャマで」

「わーわー! そ、そう言う事女の子に言ったらダメなんだよ!? ヒッキー女子力じゃなくて男子力足りてないんじゃない!?」

 なんだよ男子力って。そこは気づかいって言う言葉使わないか? まぁ、由比ヶ浜なら仕方ないか……よくパジャマで朝の散歩するわ……パジャマで徹夜ゲームする俺が言えた義理じゃないけど。

 由比ヶ浜は不思議そうな顔をして行列を見る。サブレは俺の足に腹を寄せる。

「これ何の行列?」

「ゲーム屋の開店待ちの行列」

「ゲーム屋? ヒッキーゲーム買うの? こんな時間から」

「まあな。新作発売ソフトで人気作だからすぐなくなるんだよ。昨日から徹夜だ」

「き、昨日から!? ヒッキー寝てないの?」

「寝た。ここで」

 そう言うと由比ヶ浜はあり得ないと言った様子で首をフルフル左右に振った。

 その時、シャッターが開けられる音が聞こえ、立ち上がってみると店員が重いシャッターを開けて開店準備をしだしたので立ち上がって突撃準備を整える。

 まぁ、一番だからいいけど。

「由比ヶ浜。少し離れておいた方が身のためだぞ」

「へ? なんで?」

「ではこれより発売開始しまーす!」

 店員がメガホンでそう叫んだ瞬間、ダッシュし、店舗内へ入ると後ろからドドドドド! となだれ込むように他の客たちもダッシュし、新作発売の棚から小さな箱に入ったUMDを手に取り、レジへ渡してすでに握っていた一万円札を店員に渡し、鮮やかに会計を終わらせると呆然とした様子の由比ヶ浜が外にいた。

「こ、これってゲーム売るっていうか取り合いじゃん」

「ふっ。これが新作発売日の宿命よ……さて、帰って早速やるか」

「え? 今日学校じゃん」

「まだ1時間あるし」

「ヒッキーらしいね。また学校で。バイバイ!」

「ん」

 由比ヶ浜と分かれ、俺はホクホク気分で家へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1時間ゲームした後、俺は自転車で学校へと向かい、教室でもずっとゲームをしていた。

 1時間目は平塚先生の授業だし、SHRも無いに等しいから今日はじっくりとできるな。体育も無いし、特別教室に出ることもない。

 イヤホンを耳に挿しながらやっているが視界の端で笑っている女子の姿が見え、チラッとそちらの方を見ると落ち込んでいる様子……というかどこか戸惑っている様子の相模と友人A、Bがこちらを見ていた。というよりもどこかクラスの連中がこっちを見ている風に感じた。

 戸塚から見つめられるのは良いけど他の奴らから見つめられるのはヤダ……あ、時間か。

 PFPの時間がもうじき、先生が来る時間帯を指示していたのでスリープモードに落とし、ポケットにPFPを突っ込んで体を伸ばした時、ふと机の中に何かが入っているのが見え、手を突っ込んで中身を出してみると飴の袋だのガムの包み紙などが入っていた。

 おうっふ。いつから俺の机はごみ箱にジョブチェンジしたんだ?

 俺がゴミに若干、驚いているとクスクスと笑う小さな声が聞こえ、そちらの方をチラッと見ると相模の友人A、Bがあからさまな嘲笑な笑みを浮かべてこちらを見ている。

 そして相模と目が合うが少ししたところで、顔を背けられる。どこかその顔は沈痛な様子。

 …………まぁ、どうでもいいや。

 そう考えたと同時に平塚先生が入ってきて授業が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何も起きず、普段と全く同じ日常が過ぎ、放課後となった今、俺は奉仕部の部室へと向かうがどうもさっきからネットリというかジットリというかベッタリというかそんな類の視線が俺に突き刺さってくる。

 さっきからちょくちょく後ろの方でわざとらしくヒキニクという言葉が聞こえてくるがそれを無視して特別棟へと入るとそんな視線もなくなった。

 ……文化祭のことだろうが……ま、どうでもいいや。

「ちっす」

 ドアを開けてそう言った瞬間、紅茶の良い香りがするとともに由比ヶ浜は慌てて携帯を閉じてポケットにしまい、慌てて平静を保とうとするが逆に不自然な状態になってしまっている。

 何してんだこいつ……エロサイトでも見てたわけじゃあるまいし。

 どうやら雪ノ下と由比ヶ浜はお手製のマフィンで小さなお茶会でも開いていたらしく、紙皿と湯気が立ち上っているカップが2つ、それぞれ置かれている。

 紅茶の香りがしたのはこれか……。

 そう思いながら椅子に座り、今日買ったばかりのゲームを起動させる。

 1時間でストーリーはラスボスまで行ったし、エリアにあるすべてのアイテムも入手したし、武器の強化も順調に進んでいるしあとはラスボスぶっ倒してオンラインで遊ぶか。

「あ、ヒッキーのカップが」

 マフィンを美味しそうにモグモグしていた由比ヶ浜がそう言うとカップを置き、雪ノ下が周囲を見渡すがそんなすぐに新しいカップが見つかるはずもない。

「別に俺は良いぞ。飲まないし今、ちょうどゲームで手が離せないし」

 ラスボスとの戦闘を開始させながらそう言う。

 ほほぅ。ラスボスは不死鳥か…………となると何回か強化蘇生することがあるかもな……つってもAIは少ないみたいだし、攻撃の範囲もそれほど広くない。ただ建物を壁にすることは無理っぽいな。一瞬で建物が消滅するし……まぁ、近接武装で挑む奴はほとんどいないだろうが俺は敢えて近接武装の刀で行く!

 不死鳥が降り立ち、大きく息を吸い込むアクションをした瞬間、ボスの背後に回り、コンボで攻撃を決めていくと画面に赤い血が噴き出る様子が表示され、ボスが一瞬ひるんだ。

 まぁ、このゲームはストーリーよりもオンラインで世界中を舞台にして戦えるってところが売りだからな。中国や韓国、果てはブラジルまで行けるようになっているし、そこに向かう船の中でも殺し合えるからな。

 流石に戦わなければ生き残れない! みたいにぶっ飛びマシンは出てこないけど。

「ゆきのん、どしたのそれ?」

「平塚先生に押し付けられたのよ。新しい仕事とかで」

 雪ノ下がそう言った瞬間、俺は思わず立ち上がってしまった。

「ど、どしたのヒッキー」

「ふっ……やっぱり俺、ゲームは最強だ。発売日その日にクリアしてしまった」

 すでにPFPの画面上ではエンディングクレジットが流れており、ストーリーモードをすべてクリアしたと言う事を俺に教えてくれる。

 早速このゲームの動画を作成してあげるとしよう。ラスボス手前までは既に家で録画しておいたし、あとはチョコチョコと編集すればいいし、ラスボスはどこぞのロックマンよろしく、ラスボスには何回でも挑めるからまた全ての武装でクリアする動画も上げよう。廃チャレンジは全ての要素をクリアした後だな。

「由比ヶ浜さん、彼のようにゲームに興味を持つとああなるわよ」

「大丈夫だよ、ゆきのん。あたし家庭の調理学しかしてないから」

「あ、いい加減返せよ」

 由比ヶ浜に詰め寄るとノーパソの画面が一瞬だけ見え、ふと気になったので彼女たちの後ろから覗き込むようにして画面を見た。

『奉仕部各位へ。新たな活動内容としてメールでのお悩み解決を始めます。その名も千葉県横断お悩み相談メール。各自奮励し、お悩み解決を頑張ってください。顧問・平塚静。』

 また面倒くさいことを……メールでのお悩み解決なんて意味ないんじゃねえの?

「大体わかったわ。送られてくるお悩みをメールで解決しろというわけね」

「でも、平塚先生ってメールじゃしっかりしてるんだね」

「そりゃ、あっちだっていい大人だからな。文面上でも普段通りならひくわ」

「あら。普段からメールをやり取りしているような口ぶりね」

「まぁ、届くんだよ……はぁ」

 ため息をつきながらそう言うとそれ以上は2人とも追求してこなかった。

 だってゲームしてたら凄い長いメールが送られてくるし、それに返信しなかったら電話してくるし、挙句の果てには俺のPF3にさえメールしてくるような人だからな。いったいどこから送られてくるのやら。メールといえば最近、よく留美からのメールが来る。時々一緒にゲームしたりもするが。

「あ、早速着たみたい!」

「……重い」

 雪ノ下は肩に乗ったその2つを見ながらそう呟いた。

 追求したらボコボコにされそうだから追求しねえけど。

「送り主はプラグインさんから……これはどういう意味かしら」

「読まなくていい。むしろ削除してくれ」

 P.Nだけで誰が送ってきたか分かるわ。読んだら絶対に戻ることができない暗黒の世界に踏み込んでしまうような気がして怖い。恐ろしや恐ろしや。

「え~読もうよ~」

「そうね。送られてきた以上は読まないといけないわ」

 2人は俺の要請を無視してメールを開く。

 何で雪ノ下はそんなに由比ヶ浜に甘いんだよ……勘弁してくれ。

【プラグインさんからの相談】

『文化祭以来、クラスの男子たち(H君とH君)の仲がとてもいいように見えます! 葉山君が比企谷君の横を通り過ぎる時にいつも笑って挨拶してるところなんか腐適切だと思います! 作業が捗るのでうれしいですがこの先、2人の関係はどのようなものが望ましいと思いますか?』

「もう名前隠せてないし」

「姫菜……でも最近、ヒッキー仲いいよね? この前だって体育の時に喋ってたし」

「気のせいだ」

 確かに文化祭の一件以来、ちょくちょく話しかけては来る。

「比企谷君。早く返信をかいてくれないかしら」

「なんで俺だよ」

「だって国語の成績は貴方が上じゃない」

「全体で見たらお前が上だろうが」

「あら、大切なのは成績じゃないわ。大切なのは真摯さ……はダメね」

 おい、まるで俺に真摯さがないような言い方じゃないか。一応俺にだって真摯さはあるぞ。ちゃんとゲームのことは攻略できるまでずっと考えるし。

「コミュニケーション能力もないし」

 何故か由比ヶ浜まで加わって俺のいいところ探しを始めてしまった。

「あ、優しさじゃない? ヒッキー時々優しいし」

「そうかし…………そ、そうね」

「時々ってひどくね?」

 雪ノ下が由比ヶ浜の言ったことを否定しようとした瞬間、突然顔を赤くしてこちらから視線を逸らし、由比ヶ浜の方を見ながら肯定の言葉を吐きだした。

 なんでこいつは顔を赤くしてるのかね。

「でも気遣いは微妙かな」

「おいおい。俺は気遣いはSSSだろうが」

「どこがかしら。日常よりもゲームを優先させて私に迷惑をかけているじゃない」

「迷惑? いつも消音でゲームしてるし」

「ピコピコのカチャカチャする音よ」

 うっ。それは確かにあり得る。太鼓の匠をやっている時とかもうカチャカチャ祭りだからな。ていうかこいつも黙ってないで言えばいいのに……まぁ、改善はしないだろうけど。

「とりあえずヒッキーが返信すれば万事解決じゃない?」

「へいへい」

 由比ヶ浜と席を代わり、キーボードをたたいていく。

「うわっ。やっぱりヒッキー打つの早いじゃん」

 ブラインドタッチというまではいかないが長年使っていると慣れてくるから文字を打つのも早くなる。でも主に使うのはパソコンじゃなくてゲーム機だけどな。

 そう思いながら文章を完成させ、ツッターンとエンターキーを押すと自動的に送信が始まる。

「なんて送ったの?」

「貴方のその妄想は妄想にすぎません。前を見て生きましょうって」

「それを貴方にそのまま返したいわね」

 雪ノ下が紅茶を飲みながらそう言う。

 その時、画面の端にNEWマークが現れ、何気なくカーソルを持って行ってクリックし、メールを開いた。

「P.N:お姉ちゃんですよ」

「消しましょう」

「だが断る」

 さっきのお返しと言わんばかりに雪ノ下がマウスをとる前にメールを開いてやった。

「ひゃっはろ~。最近、雪乃ちゃんがとある男の子に取ってもらったパンさんのぬいぐるみばかりを夜眠るときにギュッと抱きしめて」

 由比ヶ浜がそこまで言いかけたところで雪ノ下の拳がノーパソに直撃し、閉じられてしまった。

 冷気が見えるんじゃないかというくらいに雪ノ下の纏っている空気は冷たく、少しでも触れようとすれば一瞬で凍り付くかもしれない。

 雪ノ下のその豹変ぶりに俺はおろか由比ヶ浜でさえ、何も言えない。

「……私がこのメールを返信するわ」

「う、うん」

「ど、どうぞ」

 ノーパソを差し出すと慣れた手つきでキーボードをたたいていき、エンターキーを押した。

 気が済んだのか雪ノ下は息を小さく吐き、再び紅茶を飲んでいく。

「意外と来るんだね。あ、また来た」

 そう言われ、画面を見るとまたもやNEWマークが表示されており、マウスを操作してメール画面を開くと一番上にyumiko☆と書かれており、一発で送り主が分かった。

「優美子だ」

「ネット上で本名とか」

「ダメなの?」

「ネット上で自分の情報はあまり書かない方がいいんだよ。それが見えない相手の武器になるからな」

 ネットの見えない相手は大体、ITに精通した奴がすることが多く、下の名前だけでも本名が分かればあっという間に特定し、出身校、性別、年齢、顔写真から全てをぶっこ抜き、それを脅し材料として使ってくる。

 本人に送るならまだしも世界規模に広いネットにその情報という雨を降らされればもう止める手段はない。

 事実、リベンジポルノとかで裸の写真を乗せられたが最後、仕事は止め、家に引きこもり、最終的に自殺したって言う噂まであるくらいだからな。

「現実世界で堂々とするのは良いけどネット世界で堂々とするのはあまりよくないぞ。芸能人とかならまだしも一般人が堂々としてたら人生破滅だ」

「普段ネット世界に住んでいる貴方が言うと凄い説得力があるわね。ネット谷君」

「じゃあ登録とかもダメなの? ほら、会員サービスとかの」

「別に全部が全部、自分の情報を乗せるなとは言わないけど取扱注意ってことだ。下手したら個人情報流出して人生オジャンになる奴だっているし」

「ふ~ん」

「ところで三浦さんのメール、内容は?」

 そう言われ、メール画面を映し出す。

『最近、またチェーンメール来てうざい。相模の取り巻きうざい。比企谷もゲームしすぎててうざいし、キモイ』

 何で俺だけダブルコンボなんでしょうね……でも、三浦に来ていると言う事は他の奴らにもチェーンメール来てるんじゃねえの?

 チラッと由比ヶ浜の方を見るが俺の視線に気づいていないのか、はたまたあえてそうしているのかは知らないが目が合うことは無い。

「チェーンメールはともかくとして相模さんはどうなの」

「ん~。なんだかまだ文化祭のこと引きずってるみたいで暗いかな? 一応、友達とは楽しそうに喋ってるけどなんか引きつっているというか引いているというか」

 恐らくそれだけじゃないだろう。雪ノ下や由比ヶ浜が知らない屋上の一件もあると思う……が、なんかそれだけじゃないような気がする。あの一瞬…………相模は確かに俺のことを見ていた。それは友人A、Bもそうだが明らかに種類が違う。

「放っておけばいいだろ。どうせそのうち、コロッと忘れる。誰かに迷惑かかってるわけじゃあるまいし」

「…………本当にそうかしら」

「……どういう意味だよ」

 そう言いながら後ろを振り返ると由比ヶ浜も雪ノ下も表情はあまり芳しくなかった。

「貴方、もしかして知らないの?」

「だから何をだよ」

「……ヒッキー、あのね」

 由比ヶ浜が言おうとしたその時、部室内に俺のスマホの着信音が鳴り響いた。

「……悪い」

 一言そう言い、外に出てスマホを見てみると相手はなんとあの材木座からだった。

 珍しい。あいつから電話をよこすなんて。

「もしもし」

『我だ』

「見たらわかる。で、何の用だよ」

『うむ。今、お主は暇か?』

「暇っつうか今、部室だけど」

『……そうか。部活が終わったら図書室に来るがいい。待っておるぞ』

「あ、おい……切れたし」

 なんなんだ一体……いつもの材木座じゃない感じだったな。

「悪いな。で、何の話しだったっけ」

「……ううん。なんでもない」

「ひとまず相模さんのことに関しては少し様子を見て解決策を見つけましょう」

「はぁ? なんで」

 そう言うと2人とも驚いた様子でこちらを見てくる。

「なんでってメールできたじゃない」

「確かにそうだけどあんなもん相模自身の自業自得だろ。あいつがちゃんと委員長の職を全うしていればこんなことにはならなかったんだし」

「そうね。だけれど奉仕部に依頼としてきた以上、無視するわけにはいかないわ」

 …………いつから万事屋になったんだよ。

 あいつ自身言っていたことだ。奉仕部は叶える場所じゃない。そいつが叶えるのを補助するだけのボランティア部であると。それが今や何故、相模を救おうとするのか。たとえ依頼できたとしてもこんなのはあいつ自身の自業自得が生んだ結果だ。

「なんであいつの尻拭いをしなきゃならないんだ? どこからどう見てもあいつ自身の過失だろうが。その過失をわざわざ救済する義理は俺達にはないだろ」

「三浦さんが不快感を覚えている以上、解決する意味はあるわ」

「解決する意味は合ってもやる意味はないだろ。そのうち三浦が行動起こすだろうし」

「三浦さんが行動を起こせばクラスの雰囲気は最悪になるんじゃないかしら」

「……はぁ。部長のお前がそう言うなら。じゃ」

 そう言い、俺は奉仕部を出て材木座が待っている図書室へと向かう。

 なんでわざわざ相模を救済するようなことしなくちゃならないんだよ。どう考えてもあいつ自身の失敗で起こった結末じゃねえか…………何で俺、怒ってんだか。

 図書室に到着し、中に入るとすぐに材木座の姿は見つかった。

「うぬ。来たか。待ちわびたぞ、このときを」

「で、何の用だよ」

 材木座に対面する形で座ると材木座はカバンから1つのファイルを取り出し、俺に前に置いた。

「おい、小説の設定集なら読まないぞ」

「違う。まあみるのだ」

 そう言われ、渋々ファイルの中身を取り出してみてみるととあるSNS上の会話の様子を印刷したのか三枚の紙にわたってその様子が移されている。

「なんだよこれ」

「うぬ。ラインだ。我もしていてな……誰も友達いないけど」

 それやる意味あんのかよ。

「ゴフゴフ……それではないのだ。これは総武校のグループのラインなのだ」

 そんなの作られてたのかよ。ていうか俺、それ初めて聞いたんだが。

「で、そのグループのラインがどうし…………」

 そう言ったところで思わず、口を瞑んでしまった。

 慌ててもう一度、最初のトークから見ていくが何度見直しても1回目に見た時と文面が変わるわけもなく、ずっと同じ文章が俺の目の前にあった。

「……これいつからだ」

「文化祭が終わった日からだ。今でもその話題で持ち切りなのだ」

 …………なるほど。三浦の所にチェーンメールが送られた内容はラインでやっているトーク内容とほとんど同じと言う事か……だとしたら由比ヶ浜にも届いているはずだ。

 ラインのトーク内容……それはいかに比企谷八幡という男が悪辣で非道であるかについてであり、最初の方は文化祭のことだったが中盤になってくるとあることないことだらけだ。まぁ、中には俺を擁護するような意見も見られるがそんなのは少数だ。

「……八幡」

「放っておけばいいだろ。別に実害が出てるわけじゃあるまいし」

 地味に出ているがそんなもの実害とは言えない。

「こんなもんそのうち消える。まぁ、わざわざ教えてくれたありがとな」

「うぬ。何かあればいつでも来るがよい。我と八幡の関係は何物にも切れぬからな」

 腕を組みながらそう言う材木座に適当に手を振り、俺は図書室を出た。

 



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第三十九話

 翌日の朝、遂に俺の下駄箱はゴミ箱へとメタモルフォーゼを果たした。

 やったね! 下駄箱はゴミ箱に進化したよ! レベルが1つ下がったよ! ゴミ箱は臭い息、冷たい視線、ネットリする視線、嘲笑の笑みを覚えた!

 ふと後ろを振り返るとそこには相模を除いた友人A、Bが誰かを待っているのか壁にもたれ掛って楽しそうに会話をしながら俺の方を侮蔑の視線で見てくる。

 …………はっ。この程度のことでグラつく俺ではない。

 そう言いながらゴミを本物のゴミ箱へとぶち込み、教室へ向かおうと階段を上がろうとした時、肩を軽く叩かれ、振り返ると葉山がいた。

「おはよう。ヒキタニ君」

「ん、おは……おはよう」

 一瞬、視界の端でキラーン! と光った物が見えた気がしたがとりあえず無視しておこう。

 葉山は俺の隣に立ち、一緒に歩いていく。

 恐らく葉山もあのラインのことは知っているだろう。あのあることないことばかり書かれていたラインの中で俺を擁護していた少数の中の1人だ。

「……ヒキタニ君。すまない」

「なんで謝るんだよ」

「俺が君を引き合いに出したせいで」

「違うだろ。着火剤はお前が引き合いに出す前に俺が言ったことだろ」

 俺は葉山にそう言うが葉山の表情は依然として変わらない。

「…………今回は逃げないよ」

 真剣な声に思わず葉山の方を見た。

「もう雪ノ下さんのようなことにはさせない…………この問題は原因が俺である以上、俺にも責任はあるんだ…………もう目の前にあることから目を逸らさない。絶対に君を護ってみせる」

「ぶっほぉぉぉぉ! ハヤハチサイコォォォォ!」

「ちょ、姫菜!?」

 うん……後ろから凄い叫びが聞こえるが無視しておこう。

「……まぁ、そのなんだ……気を付けてな」

「あぁ。もちろん」

 そんな真顔で言われたら何も言えない。

「ひ、比企谷!」

「ん? 川崎?」

 暗い雰囲気を払拭するような声が聞こえ、振り返ると何故か初っ端から顔が赤い川崎がしきりに髪を触りながら立っていた。

「お、おはよう」

「おはよう」

「川崎さん、おはよう」

「ん、あぁおはよう」

 え、何この逆格差? なんでヒキニクの俺に元気に挨拶したのにオサレ系イケメンの葉山には冷たく挨拶したの? まさか新手の苛めなのか? 逆格差で期待させといて、みたいな……ないか。

 川崎は俺の左隣に立って未だに赤い顔のまま一緒に教室へと歩いていく。

 ……何で俺、一緒に教室に向かってんだ? いやクラスは一緒だけどさ。

 その時、何故か悪寒が走り、カバンを楯の様にしてもって後ろを振り返ると口の端から涎を垂らし、鼻に赤いティッシュを詰め込んだ海老名さんと女王三浦がいた。

「グ、グフフフ。ハヤハチ、ハヤハチハヤハチ」

「だから擬態しろい」

 三浦さんに頭を軽く叩かれるとスイッチが切り替わったのかすぐにいつもの感じに戻るが今度はキラーンと眼鏡の縁が光り、俺を見てくる。

 モードチェンジしてもどっちも苦手なタイプってなんだよ。

「比企谷君、隼人君、川崎さんおはよう!」

「あぁ、おはよう。姫菜」

「お、おっす」

「おはよ」

 俺たち3人の後ろに海老名さん、女王三浦も加わったことで何故か俺を中心としてさらに大きな一団となってしまった。

 なんでヒキニク野郎の周りにスクールカースト上位陣がこんなにも集まるのでしょうか……ここに由比ヶ浜が加わったらもう俺、奴隷じゃん。奴隷にしか見えねえよ。

「隼人、今日サーティワン行かない?」

「今日は部活だしな。それに食いすぎたら太るし」

「大丈夫だし。あーし全部、成長に使ってるし」

 それはいったいどこに使っているのですかねぇ……まぁ、思うだけで聞かないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなであっという間に放課後になってしまい、俺も片づけをしていた。

 家に帰ったらゲームの続きするだろ、動画とるだろ、晩飯食うだろ、ゲームするだろ、寝る……うん。完璧な予定を立てれたな。

「ヒッキー」

 教室から出て特別棟へ行こうとした時、後ろから呼ばれ、振り返ると同じようにカバンを持った由比ヶ浜がいたが教室から嫌な視線を感じたので反応せずに特別棟に向かって歩き出す。

 無視されたことに腹を立てたのか由比ヶ浜も俺を追いかけてくる。

「何で無視するの?」

「無視してねえよ。これからはあまり教室で話しかけてこない方がいいぞ」

「…………ヒッキーも知ってるんだ」

「昨日知った」

 恐らく昨日、由比ヶ浜が言おうとしたのはあることないことをふんだんに込めたチェーンメールのことだろう。

 俺も昨日、材木座に見せられて初めて知ったがまさかあそこまで拡散してたとは……でもそのうち修学旅行と体育祭というでかい行事が来るんだ。熱を持つのもそこくらいだろう。

「……今回のチェーンメール、犯人なんとなくわかっちゃったんだ」

「だろうな。むしろわからない方がおかしい」

 恐らくチェーンメールを回してあることないこと吹き込んでいるのは相模の友人A、Bのどちらか、もしくは両者だろう。ラインから情報を発信したのもグループラインから見ようとしたけど本名で登録していなかったからわからなかったけど。

「もうすぐ体育祭と修学旅行が来るんだし、熱は冷めるだろ」

「そうだといいけど…………さがみんのことなんだけどまだヒッキーはやる必要はないって思ってるの?」

「思ってる。どこからどう見ても自業自得だろ。あいつが職務放棄さえしなければ少なくともあそこまで行かなかっただろ。ただ単にちょっと仕事が出来なかった委員長ってだけで」

「…………でもさ。優美子が鬱陶しがってるんだし、クラスの雰囲気もそれで悪くなってるからそれを解決すると思ってさ」

「俺からすればクラスの空気が悪くなろうが構わないんだけど」

「ヒッキーは良くても他の皆は嫌なの……あぁ見えて優美子って影響力あるし」

 わぉ。もう公認で女王様かよ……でも由比ヶ浜の言う通りだ。うちのクラスの女王は三浦で間違いないし、あいつが鬱陶しがればクラスの雰囲気は下がる。まぁ、喜んでても雰囲気は普通になってるだけだけど。

 俺からすれば雰囲気なんてどうでも良いんだが…………はぁ。今回も面倒なことに駆り出されなきゃいいんだけど。

「やっはろ~!」

 今日も今日とて部室に由比ヶ浜の元気な声は響く。

「こんにちは、由比ヶ浜さん」

「おい、俺は無視か」

「あら、いたのね。見えない谷君」

「安易に存在消してんじゃねえよ」

 いつものように定位置の席に着こうとした時、雪ノ下が考えるように腕を組み、ノーパソの画面を見る。

「どったのゆきのん。あ、新しいメール着てるんだ」

「ええ。でも少し難しいわね」

 あの雪ノ下雪乃が悩むのであれば俺に解けるはずもない。よって俺は見る必要はないのだ。

 そう結論付け、PFPを起動させようとすると由比ヶ浜に腕を引っ張られ、ズルズルと雪ノ下の隣にまで引きずられてしまった。

「ヒッキーもゲームしないで見るの」

「はぁ」

 ため息をつきながら画面に表示されている千葉県横断お悩み相談メールに送られてきたメッセージを見る。

【P.N:めぐ☆めぐさん】

『体育祭を盛り上げるための面白い案を募集しています! 今年で最後なので絶対に勝ちたいです!』

「体育祭か」

「もうそんな時期なのね」

 そう言えば帰りHRで紅組白組に分けていた記憶があるような内容な……ほとんどゲーム攻略のことしか考えていなかったから覚えてねえわ。ちなみに俺は赤。何故かそれだけは覚えている。

「そう言えば噂で聞いたんだけど去年の体育祭で借り物競争あったじゃん? それで友達を持ってくるようにって言われた人が変なもの持ってきて怒られたって聞いたんだけど」

「そういえばそうね」

 それ俺だ。友達を持って来いって言うお題にPFPを持って行ったらその時は面識がなかった平塚先生にヘッドロックかけられたまま父兄たちが見えない場所まで連れて行かれてコンコンと説教されたな。

 まさか噂で広まっていたとは……恐ろしい。

「ねえ、ヒッキーって去年何に出てたの?」

「忘れた」

 絶対にさっき言った2つに出場してましたなんて言われたらまた面倒くさいことに巻き込まれること間違いなしだ。これは墓までもっていく秘密にしよう。

 その時、部室の扉が静かに、そして軽快にノックされ、全員の視線がそこに集中する。

「どうぞ」

「失礼しまーす」

 ほんわかとした空気、つるりと光るお凸、編まれたおさげ髪。それらのポイントを持っているのはこの学校に1人しかいない。その人物こそ生徒会長・城廻めぐり。

「ここが奉仕部なんだ~。前に体育祭についてメール送ったんだけど直接聞きに来た方がいいかなって」

 画面へ視線を移してめぐ☆めぐというハンドルネームと文面にある最後という言葉が繋がり、このメールの送り主がめぐり先輩だという解に辿り着き、妙に納得してしまった。

 でも生徒会長がここへ来たと言う事はまた面倒くさいことを持ち込まれるんじゃないだろうか。

「お、比企谷君。君がここにいるとは意外だね~」

「そ、そうっすか?」

 グイッと顔を近づけられてそう言われ、思わず一歩後退る。

「うん。君、ゲームしかしないからさ。部活に入ってないと思ってた」

 まぁ、この部活にも無理やり入れさせられてる勘が半端ないんだけどな。

「城廻先輩。それは放っておいていいので依頼の詳細を教えてください」

「あ、そうそう。皆には男子・女子の目玉競技を考えてほしいんだ」

 別に目玉競技なんて考えなくても普通のクラス対抗リレーと玉入れとか綱引きとか騎馬戦だけで十分に俺以外の奴らは盛り上がると思うけどね。特に運動部の奴らはそうだ。普段、面倒くさいとか言いながら自分が部活でしているスポーツが体育の授業で行われると異様に生き生きするあれだ。あれが体育祭にも反映されるのだ。面倒くさい、だるい、帰りたいとかいっておきながらいざ本番になれば入念にストレッチをするのだ。

「ていうか去年、何やったっけ?」

「…………なんだったかしら」

 去年のことくらい覚えておけよ……まぁ俺も記憶力が良いから勝手に覚えているだけで記憶力がよくなかったら速攻で忘れてるけどな。

「コスプレースだろ。コスプレしながら走るってやつ」

「流石は予算編成を丸暗記しただけのことはあるね~。でもほんと、みんな覚えてないんだよね。だから今回はみんながずっと覚えているような派手な目玉競技を考えたいの」

「概要は分かりました。それでいつまでに案を出せば」

「それなんだけど体育祭実行委員会が開かれるからそこで出してくれないかな?」

 もうやだ~。また委員会に出席しなきゃなんないのかよ。

「もう委員長は推薦で決まってるからさ。ね?」

「あ、え、い、いやその」

 ウインクしながらそう言われ、俺に一歩近づいて手を握られた。

 突然のことに体が固まり、いつものように話すことができない。

 必死に握られた手を離そうとするがなぜか上に振っても下に振っても右に振っても左に振っても同じ方向に揺れるだけで一向に離してくれない。

「委員長はもう決まっているんですか?」

「うん。体育祭の責任者の平塚先生が独断と偏見で決めたんだって。あ、あと副委員長も」

 またあの人任せられてるよ。いい加減断ればいいのに……でもあの人が独断と偏見で決めたらろくなことが起きてないからな、今までのことを考えれば。

「委員会は明日だからよろしくね。じゃ、またね」

 そう言い、めぐり先輩はほんわかとした空気のまま出ていった。

「でも委員長って誰なんだろ」

「平塚先生が独断と偏見で決めたってことはあまりいい感じはしないけれど」

「同感。あの人が独断と偏見で決めたらろくなことがない。主に俺が」

 奉仕部に俺を入部させる他のもそうだし、バトルロワイヤルを敷いたのもそうだし……大体、先生の独断と偏見は俺にダメージを与えてくるのだ。



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第四十話

 翌日の放課後、体育祭実行委員会が開かれる会議室へと向かっていた。

 相変わらずジットリ、ねっとりとした視線は感じるがヒキニクだのなんだの嘲笑の笑みだのゴミだのは少し前と比べれば減った。

 なんか葉山が動いているみたいだけど…………リアルに何をしたんだ。相変わらず友人A、Bからは継続中だけどそれでも居心地の悪い視線は少なくなった。そう言えば最近、友人A、Bと相模が一緒にいるところを見てないな……まぁ、これもどうでも良いけど。

 体育祭実行委員会の会議場所は文実と同じように会議室で行われるらしい。

 ボケーっとしながら会議室の前に到着し、扉を開けると既に雪ノ下、由比ヶ浜の2人は座っており、それに対面するようにジャージ姿の男女数名の姿が見えた。

 その中に相模の友人A、Bの姿があり、俺の姿を見るや否やヒソヒソと喋りだすが他の奴らは普段通りに傍にいる友人たちと喋っている。

「平塚先生……」

「お、来たか」

 視界に見慣れた白衣が映り、呆れながらその名を呼ぶといつものスーツの上に白衣姿の平塚先生が書類をペラペラ見ながら座っていた。

 俺も由比ヶ浜達の所へ座ろうとその場所へ向かおうとした時、先生に腕を掴まれた。

「な、なんでしょうか」

「お前はこっちだぞ。比企谷」

 変な笑みを浮かべながらそう言う先生が指差す場所は何故か全員が見える黒板の前であり、そこに手織りのネームプレートが見えたのでチラッと名前の所を見てみるとなんと実行委員長・比企谷八幡と書かれており、その隣のプレートには相模の名前があった。

 な、な、なんですとー!?

「ちょ、なんで俺が」

「ん? 城廻が言ってなかったか? 私の独断と偏見だと」

「言ってましたけどこれはないっすよ」

 そう言うと先生は1つ息を小さく吐き、俺に顔を寄せろとジェスチャーされたので顔を寄せると俺の耳元に先生の顔が近づいてきた。

「今、お前の評価は知っているな」

 耳元で俺にしか聞こえない小さな声で先制がそう言う。

 恐らくラインやチェーンメールのことを言っているんだろう。でも学校のグループラインのことをなんで平塚先生が知っているんだ。チェーンメールならまだしも……誰かが言ったのか?

「ええ、まぁ」

「そこでだ。お前がこの体育祭を最高に盛り上げてみろ。どうなる」

 そうなれば確実に俺の評価は変わり、ありもしないことを吹き込まれることは少なくはなるだろう。

「でも俺、ただのヒキニク野郎ですよ? もしも失敗したら」

「安心したまえ。そうならない為にサポート要員は万端だ。私も全力でサポートする。頼んだぞ」

 肩を叩かれ、ため息をつきながらも椅子に座った瞬間、会議室の扉が開かれ、そっちの方を見るとちょうど相模と目が合うがすぐに逸らされる。

「よし、城廻」

「はい。じゃあこれから体育祭実行委員会を始めたいと思います。今日は私が仕切るね。今日の議題は今年の体育祭での男女の目玉競技を考えること。さ、お2人さんホワイトボードに書いて」

 めぐり先輩にそう言われ、2人同時に立ってマジックペンに手を伸ばすが何故か一本しか置かれておらず、互いに少し見合うが結局相模がペンをとり、ホワイトボードに書いていくこととなった。

「じゃ、お2人さん。司会進行よろしく!」

「は、はぁ…………え、えっと何かありますか?」

「はい!」

「はい、由比ヶ浜」

 ある意味トップバッターは由比ヶ浜のような空気を読む……まぁ、由比ヶ浜が空気を読むと言う事が得意かはさておき、空気を読むことができる奴が一番最初に言えばそれに続いてゾロゾロと意見も出てくる。

「部活対抗リレーとか!」

「部活をしていない生徒に対しての配慮がなぁ」

 却下されたと言う事なのか相模がきゅーっと上からペンで書いた字を消していく。

「じゃ、じゃあ次、意見がある人」

 スッと静かに雪ノ下が手を上げる。

「雪ノ下」

「借り物競争」

「生徒の物を貸し出すと壊れただの紛失しただのとクレームがなぁ」

 またもや平塚先生によって却下され、相模がホワイトボードに書いた借り物競争という字にきゅーっと横線が一本引かれ、削除された。

 過去にそんな事例があって相当拗れたんだろうな…………平塚先生お疲れっす。

「じゃあ、次。何かある人」

「パン食い競争!」

「衛生面の問題がなぁ。食べ物を粗末にするとクレームが来るし」

 またもや平塚先生の小言に由比ヶ浜の提案は削除された。

 それからも次々と提案は出されていくのだが保護者からのクレームだの上のクレームだのPTAのクレームだのと次々と出てくる先生の小言に意見は潰されていく。

 借り物もダメ、食べ物もダメ……ここまでダメダメ言われると提案もなくなっていくわな。

「目玉競技のほかにもそれぞれの種目の担当も決めなきゃいけないんだがな」

「そ、そうなんですか?」

「うむ。中々しんどいことなのだよ」

「じゃあ、先にそっちをやりましょう……か」

 そう言いながらチラッと相模の方を見ると何も言わずに首を小さく縦に振った。

「えっと、プログラムって」

「あるよ。みんな~。お願い」

 めぐり先輩が言うと壁際の方で椅子に座って待機してい中の1人が立ち上がって全員にプログラムを配っていき、相模がプラグラムを見ながら種目の名前を書いていく。

 目玉競技なんてものは後にしてもいいんだし、今は早く終わる方からやっていくに限る。ゲームでも時間がかかるものよりも短時間で埋められる部分からやっていくのが鉄則だし。

「各自希望するものをかいてください」

 相模のその一言から数人の生徒が立ち上がって希望する担当の所へ自分の名前を書いていき、相模はというとそそくさと友人A、Bのもとへ行く……と思ったのだが何故か2人に視線すら向けずに端っこの方で全員が書き終わるのを待っていた。

 文実の時はあんなに話しかけていたのにな……ま、良いか。

「あの~。うちら部活あるんであんまり準備が大変なものはちょっと無理かな~って」

「そう言われても……それは他の部活の人達も同じなので」

「でも大会も近いしね~」

 友人A、Bはあからさまに俺を見下した口調でそう言ってくる。

 もしもこの提案をこちらが飲んでしまえば他の部活の奴らもこっちもこっちもと手を上げ、準備すらままない状態に陥ってしまう。

「大会が近いからって準備をしないで良いっていうのを許すと他の部活も考えないといけないし」

「え~? 南ちゃん、駄目?」

 相模がそう言うや否やさっきとは打って変わってニコニコと笑みを浮かべながらそう言う。

 対して相模はどこか暗い表情を浮かべて対応する。

「う、うん。そうしちゃうと準備がままならなくなるでしょ? ほ、ほら……文化祭の時みたいにまたみんなに迷惑かける訳にはいかないからさ」

 なんだ。意外と自己分析はしてるのか……それを文化祭準備中にしていてくれたら俺もあんな面倒なことせずに済んだんだけどな…………過去のことを言っても仕方がないか。

「そっか~……」

 そう言い、友人A、Bは渋々、立ち上がってホワイトボードに余っている役職の所に自分たちの名前を書いて座席に戻る。

 意外と被った場所はなく、最後の確認をしてから役職が最終決定し、1枚の用紙にホワイトボードに書かれている役職とその名前を書きこんでいくと同時に頭の中に叩き込んでいく。

「目玉競技の方はどうするのかしら? 比企谷委員長」

「とりあえず明日に持ち込む。各種種目の準備はそれぞれの部活から来てくれた人に任せて目玉競技の準備は俺たちの方でやろうと思ってる。あと各種目の担当者に日報を提出してもらおうと思ってる。めぐり先輩」

「うん、良いよ。目玉競技の準備の時は言ってね? こっちからも人を出すから」

「そろそろ時間だ。今日の所は終わりにしよう」

 平塚先生のその一言で委員会は終了し、ジャージを着た部活から派遣されてきた連中がそそくさと帰っていく中、友人A、Bの2人は相模と合流しないまま帰っていく。

「はふぅ」

「ひ、比」

「中々いい働きっぷりじゃないか。委員長」

「そうっすか? 雪ノ下がやったことと同じことをしただけですが」

 日報を提出させて進行状況を把握することだってあいつがやっていたことをそのまんまこっちに持ってきただけだし、目玉競技だってまだ考え出せていない。

 先生の前に一瞬、俺を呼ぶ声が聞こえ、そちらを見てみるが誰もいなかった。

 ……気のせいか。

「全く同じでもそれをできれば十分じゃないかしら。委員長」

「お前わざとらしく言うなよ。先生、議事録っていります?」

「要点だけまとめてくれればいい。お前たちも早く帰るようにな」

 そう言い、先生が出ていき、生徒会メンバーもやることがなくなり、帰っていくがめぐり先輩は帰らずに俺のところに近寄ってくる。

「まだ相模ちゃんと噛みあってなかったけどなかなかだったよ」

「はぁ……」

 めぐり先輩の話を聞きながらさっきの会議で決まったことを要点としてまとめながら白紙の紙に書き記していき、ついでにその日の委員会の様子も書き記していく。

「これで相模ちゃんと噛みあえばグッジョブだね。じゃ、お疲れ様」

 そう言い、めぐり先輩は会議室から出ていく。

「先に帰ってていいぞ。まだかかるし」

「ううん。ヒッキーが書き終わるまで待つよ。ね、ゆきのん」

「そうね……待ちましょうか」

 そう言い、2人は俺の前に椅子をもってきて座る。

 …………何故かこいつらと話すときはいつも通りに話せるのに他の奴らと人前で話すときはどうも敬語になってしまうというか焦るというか…………不思議なものだな。慣れてないってこともあるだろうけど。



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第四十一話

「へ~お兄ちゃんが体育祭の実行委員長するんだ~」

「まあな……最悪だけど」

 その日の夜19時、俺達比企谷家のディナーがもうすぐ始まる時間だ。

 うちの両親は共働きで夜は俺達が寝ている間に帰ってくるし、朝も俺達が寝ている間に起きて飯食って出ていくから顔を合わせるのは2人が家で仕事している時か日曜位だ。

 で、飯の準備は小町が担当し、俺は飯を作ること以外の家事を担当している。今はPF3をしながら小町の晩飯が出来上がるのを待っていると言う事だ。

「でもまさかまたお兄ちゃんが委員、しかも今度は委員長をするなんて槍どころか太陽でも降ってくるんじゃない?」

「先生の独断と偏見の被害だよ」

 まぁ、先生なりの考えで選んだんだろうけど……まさか俺のあることないことを吹き込まれていることと相模のことを同時に解決しようとするとはね……ていうか俺が委員長よりも相模が委員長の方がよかったんじゃねえの? あいつは委員長の職で失敗してるんだし。

 だが不安材料がないというわけじゃない。一つ目は相模とその友人A、Bの関係だ。恐らくこの点に関しては先生の判断ミスだ。俺の言う事は効かないから相模の言う事を利かせるという考えだったんだろうが今のあいつらの関係を見ればそれは無理な話だ。そしてその反抗心が他の部活の連中たちにも伝染してしまえば文化祭の二の舞だ。そして二つ目の不安材料は俺が委員長と言う事に対しての反発心。現状、あいつらに下に見られている俺が指示を飛ばしても素直に聞くかが問題だ…………まぁ、それに対しての武器はすでに用意してある。

「出来たよ~」

 PF3を一時中断し、テーブルに着く。

「ほぅ。今日はカレーか」

「そうだよ~。あ、チャンネル変えても良い?」

「どうぞ」

 小町が嬉しそうに顔を綻ばせながらリモコンでチャンネルを変えるとちょうど脱走中という番組がやっており、そのままチャンネルが固定された。

 脱走中か…………確か鍵の隠されている場所のヒントが書かれている紙が最初に配られてそのヒントを解き明かして脱走しろって言うゲームだっけ。なんだかんだ人気だよな…………あ。

 ふと、俺の中に目玉競技のアイディアが思い浮かぶ。

 ちょっと待てよ…………食べ物もダメ、借り物もダメ、クレームがつくことはダメ…………いけるかもしれない。これなら食べ物も使わないし、私物が破損することもないし、クレームもつかない。

 俺は晩飯を食い終わった後、PF3ではなくPFPに移行して珍しく小町にテレビを渡し、部屋に閉じこもって目玉競技の企画書を書き挙げていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後の放課後、体育祭実行委員会が開かれ、未だ決まっていない目玉競技を議題とした会議が始まった。

 もう今日中に目玉競技の概案を出しておかないと明日からは現場に出ての体育祭の準備が始まってしまい、とてもじゃないが会議の時間は取れない。

 ロールスクリーンが降ろされ、そこにパソコンが接続されているプロジェクターからノーパソの画面がスクリーンに映し出されている。

 ほんと、この時のためにUSBに入っているデータの名前を全部それっぽい名前にするの結構大変だったんだからな。

 ちなみに今日の司会進行は…………何故か俺だった。なんで!? そこは普通、相模とじゃないの!?

「え、えっとじゃあ目玉競技を決める会議を始めます」

 全員が俺の方に視線を送る中、やはり友人A、Bはクスクス笑いながら俺の方を見てくる。

「その前に平塚先生」

「なんだ?」

「目玉競技は男女ともに1つずつじゃないとだめですか?」

「いいや。そう言う決まりはない」

 なら益々、この案は良いかもしれない。

「え、えっと俺が提案するのは男女混合……というか全生徒を巻き込んでの競技です」

 そう言うと今まで興味な下げだった連中の表情が少し興味を持ったような顔に代わり、めぐり先輩も今までにないものだと感じ取ったのかどこか楽しみな感じで俺を見てくる。

「部活の試合も近いし、練習にも出ないといけない。でも体育祭はしたい………だから、わざわざ男子女子に分けての競技は止めます。そこで俺が提案したいのはこれです」

 USBにある目的のファイルをダブルクリックするとファイルが開かれ、PowerPointで作られたレジュメが表示される。

 トップには大きく目玉競技仮案と書かれており、種目の概要が文章で簡潔に書かれている。

「宝探し……みたいなものかしら」

「まぁ、大体はあってる。でもただの宝探しじゃない」

 クリックし、次のレジュメへと進む。

「まずは参加者となる全校生徒に当日、宝となる景品が置かれた場所のヒントが書かれている紙を配ります。ここで重要なのは参加したくない奴は参加しなくてもいいことです。部活の方が大事だって言う人はやらずに休憩していてオッケーにします。それであとはそのヒントを解いて宝が隠されている場所へ向かって引換券をもって交換所へと向かって景品と交換」

「はいはい!」

「なんだよ由比ヶ浜」

「全員が参加するってことは景品の隠し場所とかどうすんの?」

「景品の隠し場所? そこら辺に隠せばいいだろ。先生のポケットの中でも良いし、便所の中でも良いし、教室の天井でも良いし、椅子の裏でも良い。隠せるところに全部隠す」

「それだと景品の数は膨大な量になるんじゃないかしら」

「それも考えてる。景品は何も物だけじゃない……特典を与えればいい」

 俺の言っていることに少し理解できていないのか全員の頭の上に?が見える。

「これはあくまで俺の意見だけど景品のランクごとにヒントの難易度を上げていくんだ。簡単なものは全校生徒の人数分用意できる小さなもの、上に行くにしたがって景品の数を少なくしていけばいい。だから一番難しいものは1つか2つとか。一番難易度が低い奴はティッシュとか消しゴムとかでいいんだ。難易度が一番高いやつは学食一カ月食い放題とか1日だけサボっても何も言われないとか」

 ここで敢えて強制参加にしなかったのは不安材料である友人A、Bや部活から派遣されている連中からの攻撃を弾くため。ここで弾いておけば強制参加でない以上、参加しなければいいのであって突くところは無くなる。

 そして何より……楽しいと思うやつらだけ参加することで体育祭は本当に楽しいものになる。

 面白くもないゲームをしている時ほど苦痛な時はない。何事も楽しいものでなければそいつのやる気も出てこないって言うわけだ。

「でもうちら種目の準備もあるし、部活も」

「…………だから目玉競技の準備はこっちでやる。部活から派遣されている人たちは種目の準備だけをしてくれればそれでいいです」

 そう言うと俺を攻撃する手段がなくなってしまったのか鬱陶しそうな顔をして引き下がった。

「良いね良いね! 今までにない全校生徒参加型の種目だし、お宝もあるし、なんか楽しそう!」

 めぐり先輩は目をキラキラさせながらそう言う。

「まぁ、これならクレームも来ないか。景品も学業に必要なものにすればいいし」

 平塚先生の反応もなかなかいい…………あとは他の奴らの賛成を得ればそれで俺の勝ちだ。

「じゃ、じゃあ多数決を取りたいと思います。え、えっと比企谷君が提案したのを目玉競技としても良いですか?」

 副委員長の相模の質問に雪ノ下、由比ヶ浜、めぐり先輩はすぐに手を上げ、部活から派遣されてきた連中も周りをキョロキョロ見ながらだがポツポツと手を挙げていく。

 予想通り、友人A、Bの2人だけは手をあげずに過半数の賛成を得たので結局、俺の提案した案が目玉競技として採択されることとなり、こちら側で景品やヒント、その他の細かいことを決めていくことで今日の会議は終了となった。

「つ、疲れた」

 どっと疲れが出てきて、思わずその言葉を吐きながら椅子に座った。

「よくあんなもの思いついたわね」

「はぁ? 俺を誰だと思ってるんだよ。ヒキニク野郎だぞ? 他の奴らが考えてないような考えを出すことなんて造作もねえよ」

「それは自分で自分が1人だと言っているんじゃないかしら」

「自覚してますがそれが?」

「どうしてそんなことを胸張って言えるのか私には分からないわ」

 なんか雪ノ下が胸張ってっていうとなんか矛盾を感じるよな。平塚先生とか由比ヶ浜ならともかく……って俺は何を言っているんだ。ただでさえヒキニク野郎なのにそこに変態まで付け兼ねられん。

「でも景品とかどうするの?」

「それはまたこの連中だけで会議して決めればいい。予算のことも踏まえてな。別に比企谷と相模だけで会議をして決めても構わんぞ。ちょうど同じクラスだしな」

 おうっふ。そこでその2人を合わせちゃいますか。

 チラッと後ろにいる相模の方を見るとちょうど目が合い、少し見合うが先に向こうが目を離してしまった。

 結局、今日も相模はあの2人と会話することはおろか目すら合わせなかったな…………。

「別に俺は構いませんが」

「……う、うちも別に」

「よし。なら2日後までに景品や隠す場所などを決めたものを出してくれ。ではな」

 その一言で俺達も解散となった。

「……帰ろ」

「あれ、今日は早いね」

「まぁ、やったこと少ないしな」

 今日も待っていてくれた2人と一緒に会議室を出た瞬間、金髪の楯ロールが視界の端の方に見え、そちらの方を見ると友人A、Bと何やら不穏な空気を醸し出しながら話している三浦さんの姿があった。

 ……なんかカツアゲされてる風にしか見えない。

 とりあえずそれは無視して会議室の鍵を戻して下駄箱で外靴に履き替え、由比ヶ浜はバスなので途中で分かれ、2人で駅まで一緒に歩いていく。

 文化祭のあの時以来、どこか雪ノ下と一緒にいると緊張する。

「…………比企谷君」

「ん?」

「体育祭、期待しているわ」

「あまり期待しない方がいいぞ。俺が考えた奴だし」

「そうかしら? 他には出せない考えを出すのが貴方じゃなかったかしら」

 こいつ、いちいち人の発言覚えてるのかよ。

「とりあえずまあ、頑張るわ」

「そうね。じゃ」

「また明日」

 そう言って俺は自宅の方へと自転車を漕いで行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日のお昼休みのこと。

「ひ、比企谷」

「…………」

 いつもの通りPFPをしながら昼飯を食っているとなんとあの相模が俺に話しかけてきた。

 事情を何も知らない他の奴らからしたら酷いことを言われて泣かされた被害者が加害者に自分から喋りにかけに行くという世にも奇妙なことに見えているだろう。

 特に相模の友人A、Bからしたらな。

「決めるんでしょ」

「あ、あぁ。まぁ……座れば?」

 空いている前の席を指さしながら一旦、セーブしてからPFPをスリープモードに切り替え、朝に平塚先生から渡された計画書を机の上に出す。

 だがここは教室なのであくまでここで決めるのは景品だけ、あとは人の目がない会議室なんかで2人で集まって話し合うしかない。

「……景品はどうするの」

「一応、難易度は3パターンに分けようと思う。あまり多すぎてもこっちがしんどい」

「そ、そう。じゃあ景品がなくなったら放送かける? 難易度が一番高い奴は時間制限も設けないと体育祭中に見つけれなかった場合を考えれば」

「そのつもり。ヒントは適当に書けばそれでいいし」

「でも難易度一番低い奴はかなり用意するんでしょ。その度に隠し場所を考えてたら」

「適当でいいんだよ。先生のスーツのポケットでも良いし、机の引き出しでも良いし。ヒントの文は俺が適当に書き上げるからお前は配置場所考えておいてくれよ。今日の放課後、会議室で決めたい」

「分かった」

 意外とスムーズに会議は進んでいく。

 そんなこんなで体育祭開催の日は刻々と近づいていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後の放課後から現場に出ての準備が始まったと同時に俺の不安材料でもあることが出てくる……かと思ったんだが意外なことに現場準備の人数は集まり、それどころか手伝いを申し出てくる奴らまで出てきた。

 そのおかげで時間がかかると思われていた各種目の準備は順調に進んでいる。

「…………なんか意外だな」

「何がかな」

 ポツリと呟いた声に聞き覚えのある声が聞こえ、振り返ってみると部活の途中で抜けてきたのかクラブ服の格好の葉山が立っていた。

「いや。ここまで人手が集まるとは思わなかった」

 一応、手伝ってくれる人も募集は生徒会を通して出してはいたんだがまさかここまで集まるとは俺もめぐり会長も平塚先生も思っていなかった。

「……お前、何したんだ」

 恐らく、ここ最近の周りの変化はこいつが引き起こしたことだろう。俺の下駄箱や机が元に戻ったり、嘲笑の笑みやネットリした視線などが減ったのもそうだ。

 正直、こんな早くに減るとは思わなかったけど。

「直接、中心を叩いてもかき乱すだけだから……周りを潰しにかかったんだ」

「周りを?」

「嘘の情報を潰していった」

 正直、真実を知っているのはあの場にいた俺達5人だけだ。あとの奴らは友人A、Bが吹き込んだあることないことに踊らされているだけと言っても良い。つまり嘘の情報を潰していけばその分、踊らされる奴もいなくなっていくというわけか。確かにこいつが言えば信じる奴もいるか。

「彼らは情報を知らないからそれに乗っかる。だったら本当の情報を教えてやればいい。あの時のことを知っている者として言わなきゃいけないことを言ったんだ」

「でもお前だけじゃここまで広がらないだろ」

「俺だけじゃないよ……相模さんも一緒だ」

「……相模が?」

「あぁ。相模さんも手伝ってくれたからここまで広げることが出来たんだ」

 あの相模がねぇ……最近、友人A、Bとつるんでいないのもそれが理由か?

 被害者の相模とスクールカースト一位の葉山…………この二人が言えばそれなりに信憑性はあるからな。

「じゃあ、俺も準備を手伝ってくるよ。体育祭、楽しみにしてるよ」

 笑みを浮かべながら葉山は準備している連中の中へと入っていく。

「比企谷委員長」

「は、はい」

 突然呼ばれ、後ろを振り返ると見覚えのない体操着姿の女子が2人ほど後ろに立っていた。

「何か手伝うことありますか?」

「え、えっと」

 俺は慌ててファイルに挟んでいた日報を取り出し、それぞれの担当種目の進捗状況を確認する。

「え、えっとじゃあまだトラック競技が遅れてるからそっちの方に」

「分かりました」

「委員長!」

「ひゃ、ひゃい」

 野太い声に呼ばれ、振り返ってみるとやけにごつい連中が数人立っていた。

「俺達は何をすればいいっすか!」

「じゃ、じゃあテント設営を手伝ってください」

「うっす! 行くぞお前ら!」

 な、なにこれ…………俺ヒキニク野郎じゃなかったっけ? リア充と勘違いしちまうだろうが。

「ヒッキー!」

「んって由比ヶ浜……と三浦さん」

「私もいるよ」

「ひっ! え、海老名さん」

 後ろを振り返ると由比ヶ浜、三浦、海老名さん、そして葉山と同じ部活服姿の戸部が後ろに立っていた。

「みんな手伝ってくれるって!」

「別に結衣がやってくれっていったからだし。あんたのためじゃないし」

「え、えっとじゃあ椅子だし手伝ってくれ。そこが少し遅れ気味だから」

 そう言うと海老名さん、三浦、戸部の三人はグラウンドへと向かっていく。

「優美子さ、ヒッキーのこと心配してたよ」

「はぁ? 三浦が?」

「うん。チェーンメール回ってきたときにマジあり得ないしって」

 とりあえず由比ヶ浜がした三浦の物まねだけは似ていないと言っておこう。

 ……ん~。俺的には心配というか俺がやったことに対してマジあり得ないしって言った風にしか思えないんだけどな……もしかして前の友人A、Bと一緒にいた時……でもまあ、手伝ってくれるからいいか。

 そんなこんなで体育祭の準備は着々と進んでいく。



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第四十二話

 雲一つない青空、グラウンドには既に体操着姿で首やら額やらに赤か白の鉢巻をしている生徒たちで埋め尽くされており、どいつもこいつもキャッキャウフフフとはしゃいでいる。

 一言言おう……君らはどこ出身の人間だ。こんな日になんでそんなにはしゃげるのか俺にはさっぱり分からない。

 体育祭など出席せねば何故か白い目で見られるいわば公開処刑の場であり、足が遅ければ批判され、ミスをすればボロ糞に叩かれる。オリンピックの父・ピエール・ド・クーベルタン男爵だって言ってたじゃないか。

「参加しないことに意義がある」

「それはどこのヒキニク男爵の言葉かしら」

 運営テントで不貞腐れながら椅子に座りつつも振り返るとジャージ姿の由比ヶ浜と雪ノ下が呆れた様子で立っていた。

「お前らなんで楽しそうなの?」

「だってヒッキーが考えた競技が楽しそうだもん! 皆言ってたよ? 最後の競技なんか楽しそうって」

 相模と俺だけでヒントと隠し場所を考えたので実質、競技に参加しないのは俺と相模なくらいなものでそれ以外の人物たちはヒントも隠し場所も知らない。ちなみに難易度は4つに増えた。

 ちなみに景品の存在は明かしており、難易度が1番難しいのは1つ、常識の範囲内で誰にでもお願いできる権利を得る景品券。2番目に難しいのは学食利用料金半額券。3番目はその日1日先生に指名されない券、最後は消しゴム。

 これの隠し場所とヒントを考えるのは骨が折れた。ちなみにこの時のために体操服登校、グラウンド集合にしてもらったからな。

「でもあたしたち全員赤ってラッキーだよね! 絶対に勝とうよ!」

「ま、頑張れ」

「ヤッホー、奉仕部の皆」

 ここで現れたるは同じ赤組生徒会長・城廻めぐり。どうやら相当、この日を楽しみにしていたのかさっきから周りに音符が見えるくらいにルンルンしている。

 マジでそこまで楽しもうとする心意気を俺に教えてほしいくらいだ。

「でも本当に奉仕部に頼んでよかったよ。比企谷君は委員長として十分機能したし、目玉競技も考えてくれた。由比ヶ浜さんはクラスの子たちをお手伝いとして呼んでくれたし、雪ノ下さんはスケジュールと競技間の休憩時間とか細かいタイムシフトを出してくれた。皆グッジョブ!」

「まだですよ。城廻先輩」

 雪ノ下が冷静に切り返すとめぐり先輩は意外そうな顔をする。

「まだ依頼は半分しか終わってないですよ。絶対に勝ちましょう!」

 めぐり先輩が奉仕部に持ち込んだ依頼は体育祭を盛り上げることと高校生活最後の体育祭で勝利という有終の美を飾ること。あとは勝てば依頼は完遂される。

 めぐり先輩は俺たちの顔を順々に見ていく度に目の端に涙をためていく。

「……そうだね。勝とう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれやこれやと競技は順調に時間通りに消化されていくがめぐり先輩の思いは順調に消化されているとは言えない状況だった。

 白組150点に対し、赤組100点とボードに表示されているからだ。

 ポイントゲッター葉山が次々に点数を稼いでいくが他の連中がそれに付いていけるポテンシャルがあるかと言われればそれはNOとしか言いようがなく、ドンドン点差が開いていってこうなった。

 そして最後の競技が始まる。

『それでは最後の競技を始めたいと思います。相模副委員長。ルール説明をお願いします』

 放送席からそう言われ、緊張した表情で立ち上がって朝礼台に建てられているマイクに向かってゆっくりと歩いていき、俺の隣を通り過ぎ、朝礼台の上に立つ。

 文化祭の時とは打って変わってミスなく順調にルール説明を行い、そして一発の銃声音とともに最後の競技が開始し、グラウンドにいた全員が雲の子を散らすかのように四方八方に散って宝を探しに行く。

 考案者の俺と相模は運営テントでお留守番だ。

「……比企谷」

「あ?」

「…………その…………文化祭の時はごめん」

「……は?」

「うちのせいであんたが悪いように言われて……悪いのはうちなのにうちは何も言われないであんただけが批判されてるのはうちがちゃんとしていれば起こらなかったわけだから……うちの責任。本当にごめん」

 そう言い、相模は早速引換券を見つけた生徒が引き換えにテントまで来ている中、俺に頭を下げた。

「チェーンメールを送ったのはゆっこと遥なんだ。うちが2人に言ってもう止めるように言う……今更かもしれないけど比企谷。本当にごめん」

 …………別に実害は……って言えないか。事実、俺の机と下駄箱がゴミ箱にメタモルフォーゼしたし、色々と俺の評価もけちょんけちょんにされたわけだし……でも正直なところどうでも良いんだよな。

「…………別にいい。謝ってくれるならそれで」

「……本当にごめん」

 そう言い、相模は顔を上げる。

「なんというか……比企谷ってすごいね」

「何が」

「だってあの雪ノ下さんに信頼されてるし、こんな面白い体育祭を考えるし」

 雪ノ下が俺を信頼……んなバカな。辛辣なツッコミでいつも俺の心の傷に塩どころか練りワサビをぶち込んでくるような奴が俺を信頼してるはずないだろ。知り合い関係だけど流石にそこまでは…………でも文化祭の時に俺に書類整理と校正を前もって頼んでたわけだし…………信頼されてるのか、俺?

 それから次々と隠し場所を見つけた連中が引換券をもって引き換えに来るが今のところはほとんど3つ目と4つ目しか見つかっておらず、2つ目と1つ目はまだ見つかっていない。

 ちなみに1つ目のヒントはALONE ポケット。ただそれだけ。2つ目のヒントは複数個あるが1つだけ言えば美しくも重苦しい先生のポケットの中だ。

 その時、葉山が1枚の引換券をもって交換所へと向かってくる。

「はい、これ」

「……ちっ」

 俺が舌打ちをすると同時に放送が入る。

『2つ目の引き換え券はあと1枚でーす! まだ1つ目の引換券は見つかってないので頑張って探してくださーい! 残り時間はあと10分です!』

 流石に見つからないと諦めた奴が出てきたのかチラホラとグラウンドで友達と駄弁っている連中の姿が見えてくるがそれでもまだ少数だ。

 4つ目の消しゴムは結構残っているが3つめは残り3つ、2つ目が1つで1つ目はまだ手つかずだ。

 残り時間5分となったところでもう半分ほどの生徒があきらめ、グラウンドに集まってきた。

「流石に難しすぎたか」

『そこまででーす!』

 終了の放送が学校全体に流れた時、俺の背後で足音が3つほど聞こえ、振り返ってみると雪ノ下と由比ヶ浜、そして何故か海老名さんがまるで獲物を狙うライオンのような鋭い目つきで俺を睨んでいた。

「ゆきのんも分かったの?」

「ええ。由比ヶ浜さんも?」

 2人は互いに見合いながら小さく頷く。

 ちなみに答えはALONE、つまり孤独のポケットと言う事でボッチである俺のポケットと言う事なんだが……流石に身内贔屓なヒントだったか。

「で、どっちだ。外した方はそこで脱落だ」

 俺は引換券を握りしめながら3人に尋ねた。

 絶対に海老名さんは引くな引くな引くな引くな! この人に引かれたら俺は一生を棒に振ってしまう!

「右ね」

「じゃあ、あたしは左!」

「じゃあ、私は右で」

 同時に拳を開くと由比ヶ浜はショックを受けたのかガタッと膝から崩れ落ちてしまった。

 もう一度、後ろ手で引換券を握り、拳を閉じて2人に出した。

「ど、どっちですか」

 頼むから雪ノ下が引いてくれ! 海老名さんに引かれたら俺の人生はおしまいだ! 頼む! 神様仏様雪ノ下様!

 2人は腕を組み、どちらの拳にあるかを深く考える。

 何故か俺までも冷や汗をかいてくるし、グラウンドに集まっている奴らも固唾をのんで見守っているのか一言もしゃべっている声は聞こえない。

 海老名さんが白組、雪ノ下が紅組である以上はこの選択が運命の分かれ道と言う事になる。

 海老名さんが当たりを引けば白組が勝ち、雪ノ下が引けば赤組が優勝と言う事になる。

 放送担当の奴も興奮しているのかさっきから響いてくる放送に熱が入り過ぎている。

『さあ、どちらが勝つのか! 赤か! 白か! ではどうぞ!』

「左」

「右で」

 海老名さんが右を選択し、雪ノ下が左を選択した。

 その瞬間、放送が言葉を発し、俺の後ろから凄まじい大歓声が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 秋も本格的に入ってきたらしく、部室内に入ってくる風が冷たい。

「楽しかったね! 体育祭!」

「そうね。でもあそこまでやって負けるとはね」

 そう、俺達赤組は負けてしまったのだ。と言う事は海老名さんが1日言うこと聞かせられる券を手に入れたと言う事であり、その宣告は俺に絶望と恐怖の毎日を与えてくれる。

 毎日、やけにキラーンと光るのが視界の端で見えてくるし、わざとらしく俺に見せるかのように券をヒラヒラと俺の机の周囲に落としたり。

「でも体育祭で負けることがこんなにも悔しいこととはね」

「また来年勝とうよ!」

 その時はもう絶対に体育委員になんかならない。また独断と偏見で決められたら全部の会議をサボってやる!

「ところで相模さんの方はどうなったのかしら」

「ボッチの仲間入りしたとだけ言っておく」

 あの日以来、相模自身が友人A、Bに直接辞めるように言ったかは知らないが相模と2人が楽しそうに話している様子は教室では見かけない。

 まあ、他のクラスに行けば友達はいるんだろうけど。

「でもよかったじゃん。おかげで優美子も不機嫌じゃなくなったし」

「俺は毎日が最悪だけどな」

 PFPをしながらそう言う。

 結局、この結末が相模にとって良かったかは分からないし、そもそも俺はあいつを救済すること自体あまりいい感じは抱いてなかった。結果的に相模はボッチになると言う事でクラスの雰囲気は元に戻ったがそれ自体はあまりほめられたことじゃないだろう。

 でも……1つ言えることは少なくとも相模は文化祭以前の相模じゃなくなったってことだ。

 ふと、雪ノ下と由比ヶ浜がじゃれあっているのが目に入る。

 いつの間にか慣れてしまった日常、以前の俺ならば拒絶したであろう日常。そこに身を置いている以上、俺も以前とは違う姿に変わったというわけだ……この日常を変えたくないと思っている俺はこの日常にいったい何を求めているのだろうか。



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第四十三話

 文化祭、体育祭と大きな行事が終了したにもかかわらず連中はまるでクリスマスの前日の様に色めき立って友人とイチャイチャ喋っていた。

 そんな中、俺は変わらずにPFPをしている。以前、徹夜で買ったバトルシティ3のオンライン対戦をひたすらしているのだ。おかげで現在のランキングは見事に堂々の第一位。二位以下をぶっちぎりで突き放しているのだ。

 もちろんその様子も動画にあげた。これもまた好評なようでなかなかの再生回数だった。

 さて、話は俺のチェーンメールに代わる。文化祭以後、流れていたあることないこと情報は成りを潜めたらしく、材木座に言ってグループラインを確認してもらうが今の話題は体育祭の最後の種目のことか修学旅行のことに関してらしい。そして由比ヶ浜に確認をとったところチェーンメールも送られてこなくなったらしい。

 チェーンメールに関しては相模の功績だろう。友人二人を無くすという代償を払ってまでチェーンメールの大本を叩き潰したのだ。今は友人A、Bとは違うやつらと喋っている。

 さて、さっきも出てきた修学旅行。それが目前に迫っているのだ。

「修学旅行どうするよ」

「ディスティニーランド行こうぜ!」

「それ千葉だし! 修学旅行京都だし!」

 戸部、大岡、大和のいつもの3人がゲラゲラと大きな声で笑いながら修学旅行について喋っている。

 どうやらあいつらの中でもすでに俺の悪評の話はブームを過ぎ去ったらしい。別に俺はどうでも良いんだけどな…………ただ少し、納得いかないことがある。

「なんでお前たちここにいるんだよ」

「は? いけないの?」

「別にいいじゃんヒッキー」

「そうだよ、八幡」

 何故か由比ヶ浜と川崎の2人が俺の右隣と前の席に座っているのだ。戸塚は良い。むしろウェルカムだ。まだ由比ヶ浜も分かる……いや、そこもおかしな話なんだがまだ分かる。何故川崎がここにいるんだ! いつも一人でメールしてたじゃん。

「由比ヶ浜、お前三浦の所だろ」

「今優美子たちトイレ行ってるから」

「川崎。お前いつも1人だったじゃん」

「い、良いだろ別に! た、たまにはあたしだって誰かと喋りたいときだってあるんだ」

 なんなんだよこいつら……心変わりしすぎだろ。

 それもこれも体育祭で委員長をしたせいだ。マジで平塚先生恨む。

「そう言えば戸部さ、あれどうすんの?」

「聞いちゃいますかー。聞いちゃうかー……そりゃ、やるっしょ」

「「おぉぉ!」」

 なに? ヤクでもやっちゃうの? みつるっちゃうの?

「そう言えば八幡は班決めたの?」

「いんや。決めてもないし考えてもない」

「そうなんだ。じゃあ僕と組もうよ」

「りょ」

 戸塚が一緒だとその日はほんのりするからな。

「ヒ、ヒッキー!」

「ひ、比企谷!」

 由比ヶ浜と川崎が同時に声を上げ、互いに睨みあう。

 睨みあうというか川崎が睨んで由比ヶ浜が口の端に笑みを小さく浮かべて川崎を見ていると言った方が正しいけど。

「ていうか残りの班員2人なんだし」

「そうだね。ねえ、ヒッ」

「ヒキタニ君」

 その瞬間、思いっきり肩をびくつかせ、慌てて周囲を見渡すがその声の主の姿は見えない。

「ふぅ、気のせい」

「じゃないよ」

「ひゃぁ、ど、どこから」

 突然窓が開いたかと思えば貞子の様にグダーンと窓が滑る際のレールの所に布団を干しているかのような体制で海老名さんが降臨した。

「君のあるところに私ありだよ」

「ちなみに我もだ」

「うわぁ!」

 窓からヒョコッと首から上を出してきた材木座に驚き過ぎて椅子から落ちてしまった。

 な、何で海老名さんも材木座も窓のサッシの上に首から上を出してるんだよ。こ、怖すぎてチビっちまうだろうが。ていうかマジで怖い。

「ふっ。この程度で驚くなど笑止。我らは常に気を配っていなければならぬ。さらばだ」

 そう言い、材木座は消えていった。

「な、なんだったんだよ……で、何のご用でしょうか」

「いや~。ハヤハチの続編でないかなって」

「出ません。一生出ません」

 そう言いながら軽く窓を閉めていき、海老名さんを廊下の外へと追い出した。

 体育祭以来、海老名さんの襲撃の頻度としつこさが倍増したような気がする……いったい何が彼女にエンハンスをかけたのだろうか。

 廊下に追い出された海老名さんは外でちょうど三浦たちと合流したのか一緒に後ろの扉から入ってきてそれと同時くらいに葉山と戸部が前の扉から教室に入ってくる。

「で、何の話しだっけ」

「ううん。やっぱりなんでもない」

 そう言い、由比ヶ浜は三浦達のもとへと帰っていった。相変わらず川崎は俺の近くにいたままだ。

 …………やはりよく分からん。

 そんなモヤモヤ感を抱きながらも時間は進んでいき、あっという間に放課後になってしまった。

 終わりのHRが終了し、教室を出て奉仕部の部室へと向かう。

 秋も終わりに差し掛かってきて冬の入り口が見えてきたのか最近、特別棟に繋がっている渡り廊下を歩くたびにポケットに手を突っ込んでしまう。

 寒……これじゃゲームできねえじゃん。

「ちっす」

「あ、ヒッキーやっはろー!」

 いつものように由比ヶ浜の声だけが響き、雪ノ下は文庫本漬けだ。

 いつもの日常、いつもと変わらない部室。

「ヒッキーも来たことだし久々にやろうよ! 千葉県横断お悩み相談!」

「えー。俺今からゲームしようと思ったのに」

「ゆきのんいいよね?」

「別に構わないわ。部活の一環なのだし」

 おうっふ。俺の意見はガン無視だー。わー嬉しくないなー。

 心の中で不貞腐れながらも渋々、ノーパソの前に立つとすでに由比ヶ浜が起動していたのかデスクトップが表示されており、下の方にNEWマークがついているのが見える。

 それをダブルクリックして起動させるとあまりの多さに少し引いた。

「うちの学校、こんなに悩んでる奴いんのかよ」

「30件……これはいくらなんでも多いんじゃないかしら」

「ま、まぁとりあえず見てみようよ!」

 由比ヶ浜がトップのメールを開く。

『P.N:教えてくださいさんからの依頼』

【最近、僕たちの学年の間で2年生にはあの神八さんがいるという噂が流れています。特定したいのですがやはり個人情報の観点からして特定しない方がいいのでしょうか? 教えてください】

 …………なんで俺のハンドルネームが流出してんだー! 勘弁してくれよ。もう視線を集める作業をするのはこりごりなんだよ。俺に静寂をくれ。

「神八って誰なんだろ」

「そうね…………分からないけれどあまり特定はお薦めしない、とでも送りましょう」

 あ、そう言えばこいつは知ってんだっけ……でも神八って言う名前だけを知っているだけでそれが俺のことだってことは知らないのか。別にどっちでもいいや。

 雪ノ下がカタカタとキーボードをたたき、送信者にメールを返信した。

「じゃあ、次行ってみよー!」

「妙にハイテンションだな」

【P.N:フルシンクロ! やっぱり熱×才だよねさんからの依頼】

「消せ。今すぐにデリートだ。ダークメシアで吹っ飛ばせ」

「何を言っているのかしらキモ谷君」

「キモ谷でもなんでもいいから消してください雪ノ下さん!」

「嫌よ」

 無情にもクリックされた。

【体育祭でのハヤハチが最高すぎてどのカップリングで妄想してもインスピレーションが湧きません! 早く! 早く新しいハヤハチを見せてくれないかと毎日、悩んで夜も眠れません! お願いします!】

「…………姫菜は相変わらずだね」

「もうやだ……貝になりたい」

「これは貴方が返信すべき内容ね」

 雪ノ下と座席を交代し、海老名さん宛に返信メールを作っていき、速攻で送った。

「なんて書いたの?」

「とりあえず貴方の見ているものは全て幻。貴方はBLという麻薬に犯されているのですって送った」

「ふぅ~ん……ところでBLって何?」

「知らなくていい。むしろ知らないでください」

 これが海老名さんの前での発言だったら確実に由比ヶ浜も腐ロトに飲み込まれて肉体だけは外に出せたけど精神だけは腐ロトの中に残ってしまったなんて言うどっかの3作品目のEDみたいになるから絶対に由比ヶ浜に言わせないように気を付けておこう。

「じゃ、次だな」

【P.N:将来の義理のお姉さんから】

『最近、私の妹がある男の子にご心中

 そこまで読んだ瞬間、またもや雪ノ下の拳がノーパソに叩き落され、読み切る前に画面が閉じられてしまった。

「これは私が送るわ。良いわよね?」

「は、はい」

「う、うん」

 雪乃神V2降臨だな。

 雪ノ下はひたすら画面を見ながらカタカタとキーボードを叩いていく。

 その時間はさっきとは比べ物にならないくらいの長さで下手したらメール作成画面上の制限文字数まで行くんじゃないかというくらいに文字を打ち込むと満足したのかエンターキーを押し、送信した。

「と、とにかく気を取り直して次行こうか」

「そうね…………」

 次のメールを開いて数秒後、突然雪ノ下の動きが止まった。

「おい、どうし」

「比企谷君。私、お腹が空いたわ」

 近づこうとした瞬間、突然真顔で見られながらそう言われた。

「は、はぁ」

「お腹が空いたわ」

「……俺に何をしろと」

「何か買ってきてちょうだい。出来れば駅前のコンビニで売っているおにぎりを3つほど」

「はぁ!? 何で駅前に行くんだよ」

 そう言っていると気になったのか由比ヶ浜もノーパソの画面をのぞき込むが数秒したくらいで雪ノ下と同じように動きが固まったかと思えばこちらを見てきた。

「ヒッキー。出来たらあたしも飲み物を買ってきてほしいな。駅前のコンビニに売ってる紙パックのオレンジジュース」

「お、お前まで言うか…………わ、分かったよ。買いに行くからそんな目で見るな」

 渋々、俺は2人からお金を徴収して部室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ……何で俺、パシリにされたんだ?」

「やぁ、比企谷君」

「ゲッ、葉山」

 駅前と学校の間を自転車で往復したせいで息を少し、粗くしながらも2人に要求されたものを手にして階段を上がり、渡り廊下へと出た瞬間、葉山達の姿が見えた。

 どうやら奉仕部に立ち寄っていたらしく、珍しいことに戸部、大岡、大和、葉山といういつものグループが奉仕部の部室がある方向から歩いてきていた。

「先行っててくれ」

 そう言われ、戸部たちはわいのわいのと喋りながら先に歩いていく。

「その後はどうかな」

 その後……恐らく、友人A、Bが仕組んだ比企谷八幡包囲網のことだろう。体育祭が盛り上がったこと、その立役者が俺と言う事、そして相模と葉山の行動により、嘘の情報に踊らされていた連中の評価はほとんどコロッと変わった。友人A、Bは知らんが。

「ボチボチだよ。いつもの通りゲーム三昧だ」

「そうか…………ほんとうにすまなかった。あの時、君を引き合いに出していなければ」

「最善の策があれだったんだ。いつもの様に君がいないと~とか言ってたら間に合わなかったろ。それとしつこい。俺が良いって言ってんだからいいんだよ」

「そうか…………やっぱり、比企谷君にはいつまで経っても勝てる気がしないよ。また」

 そう言い、葉山は先に行った三人を小走りで追いかけていく。

 …………はぁ。

 1つ、小さくため息をついて部室へと向かう。

「買ってきたぞ」

「ヒッキーありがと!」

 そう言うと由比ヶ浜は俺から袋を受け取り、雪ノ下と一緒に袋を開けだしたので俺は息を整えるために椅子に座ってPFPをしようとした瞬間、由比ヶ浜が俺の前に立ち、紙パックのジュースを俺に手渡す。

「は? これお前のだろ」

「一口あげる。ヒッキー喉乾いてるでしょ?」

 確かに喉は乾いているが……このまま俺が飲んだ後にこいつが飲んだら顔を真っ赤にしてジュースをぶちまける未来しか見えないんだが……ま、良いか。

 由比ヶ浜から紙パックを受け取り、チューチュー飲むとひんやりしたオレンジジュースが俺の渇いたのどを癒してくれる。

「ねえ、ヒッキー」

「ん?」

「まだ班決まってなかったよね?」

「まだ2人分は残ってるけど」

「ヒッキーが良ければだけどそこに隼人君とか入れても良い?」

 できればお断りしたいんだがクラス内で班を決める以上はこういうパターンもあり得る訳で拒否ばかりしているといつまで経っても班は決まらない。ソースは俺。中学の修学旅行での班決めの時、誰もいいやと思って声をかけるが断られ、また声をかけるが断られの繰り返しをした結果、最終的に俺一人が余ってしまったのだ。

「そこら辺は今度のHRで決めればいいんじゃねえの?」

「あ、それもそっか。それとさ修学旅行の3日目3人で遊ぼうよ」

「雪ノ下クラス違うだろ」

「そこは連絡とって集まればいいじゃん」

「そこまで自由にしていいのかしら」

「分かんないけどいいんじゃない? 文化祭でヒッキーが受付でゲームしてても何も言わなかったし」

「見てたのかよ」

「…………み、見てない! い、今のウソ!」

 最近、由比ヶ浜は自爆が多いと。

「と、とにかく予定があえばでいいからさ。一緒に回ろうよ」

「そうね……予定があったら」

 雪ノ下と同じくという意味を込めて俺は何も言わずにPFPをガチャガチャする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日のLHRはいつも以上にクラスは騒がしい。

 修学旅行の班決めと言う事もあり、LHRの1時間を与えられているのだが大体は仲が良い奴らとカチッと速攻で組みあうので特に1時間も必要ない。俺たちの班決めを除いてな。

 由比ヶ浜が先頭に立って班決めをしているのだがなかなか決まらない。戸塚と俺は決定事項らしく、2人まとめて放置されているが残りの2人が決まらない。

 海老名さんは俺の班に入りたいというし、川崎も同じく。由比ヶ浜は何かしらの理由があるのか戸部と海老名さんを同じ班にしたがる。

 まあ、なんとか班は決まったんだが……。

「なんでこうなった」

「グフフフフ。ハヤハチハヤハチ」

「ハ、ハハハハ」

 海老名さんと葉山が俺の班の残り2名となったのだ。なんでだよー……何でよりによって葉山と同じ班になるんだよー。せめて葉山と俺を同じ班にするなら海老名さんは別班にしてくれよ……修学旅行中、胃が痛くならないことを祈るばかりだ。

「と、とりあえずどこ行くか決めようよ」

 戸塚のその一言からどこへ行くかの話し合いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の晩、修学旅行の準備を終わらせた俺は最後のPF3をしていた。

 修学旅行は3泊4日なので4日間こいつはできないと言う事だ。はじめはこいつも持って行こうと思ったんだが何故か小町に止められてしまったので仕方なくPFP3台と充電ケーブル3つ、そしてUMD26枚を専用ケースにぶち込んで用意完了した。ちなみにホテルの中での服は共通してスウェットだ。面倒くさいし外に出る時は制服だし。

「お兄ちゃん。カバンの中服装よりもゲームの方が面積多いんだけど」

「そりゃそうだろ。修学旅行でゲームしないで何するよ」

「うん、そうだね。お兄ちゃんに期待した小町がバカだったよ」

「それよかお前、受験勉強してんのかよ」

「もちろん! お兄ちゃんの総武高校目指してますよ!」

 妹が兄と同じ高校に来る……普通の兄ならばそこは喜ぶところだが俺は一味違う。こいつはただ単に俺の評価がずぶずぶなところに入って甘々な評価を頂きたいだけの策士だ。

「お土産リスト入れといたからよろしくねー! 後縁結びもよろしく!」

「はいはい。覚えてたらな~」

 そんなこんなで1日は過ぎさる。

 



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第四十四話

 翌日の早朝、俺はいつもよりも早く起き、修学旅行へ行くための最終準備をしていると母親と父親から土産でも買って来いと金を渡されたが父親の酒用の金はポケットにないないしておいた。

 お使いでも未成年は酒は買えねえのさ。ありがとな、父ちゃん。

 心の中でお礼を言いながら家を出て自転車で最寄駅へと向かい、各停で津田沼までブラブラと行き、津田沼から総武線快速で東京駅まで向かう。

 各停を降りると同時に前に快速が止まっていたので走って乗り込む。

「あ」

「ひ、比企谷」

 乗り込んだと同時に見覚えのある青みがかった髪が見え、顔を上げると川崎が立っていた。

「お、おはよう!」

「声でけえよ。おはよ」

 川崎はいつものように顔をほんのりと赤くしながら俺に挨拶をするが声が聊か大きいために周りの視線を集め、さらに顔を赤くする。

 それからは互いに無言のまま東京駅に着く30分を過ごし、東京駅に到着すると同時に同じ方向へと歩いていく。

 新幹線口へ近づくごとに総武校の制服を着た連中の姿が多くなっていき、新幹線口が見えるころには既に周りはほとんど総武高校の連中で埋め尽くされている。

 キョロキョロと辺りを見渡していると女子たちが円を描くように集まり、その周りを男子たちが集まっている場所を見つけ、そこへと向かう。

 マジで葉山便利。こういう混雑時はマジであいつは灯台だ。

「八幡! おはよ」

 こっちはマジ天使。

「おはよ、戸塚」

「楽しみだね、今日から3日間か」

 ポツポツと戸塚と喋っていると教師から集合がかけられ、クラスごとに点呼され、全員が集まったのが確認されると新幹線乗り場ホームに通され、すでに到着していた新幹線に乗り込む。

 新幹線の座席の造りは不思議なもので一列に5席あるが3隻と2席に分かれている。

 葉山、海老名さん、俺、戸塚の班員を考えれば俺と戸塚で分かれるべきだ。

「俺、新幹線とか乗るの初めてだわ」

「新幹線とか飛行機とかそれ系乗るとかテンション上がるわー」

 後ろから戸部たちの班がやってくると同時に通路を由比ヶ浜、川崎、三浦、海老名さんがやってくる。

「あーし窓際ー」

 流石は女王。了承を得ずに自分の意見を押し通し、2席の座席をグルッと回転させて窓際に座った。

「じゃああたし、窓際ね。えっと姫菜と戸部っちは」

 由比ヶ浜はぼそっと言ったつもりだろうが俺にははっきりと聞こえた。

 なんでこいつ、班決めでもそうだったけど海老名さんと戸部を合わせようとするんだ?

「じゃあヒキタニ君は私の隣ね」

「え、ちょ姫菜!?」

「まあまあ」

 そう言う由比ヶ浜の背中を押し、海老名さんは由比ヶ浜を三浦の隣に座らせ、自分は三浦の真正面に座ると俺の手を引っ張って自分の隣に座らせた。

 …………三浦の視線が怖いんですけどー。

 チラッと戸塚の方を見てみると戸部、大岡、葉山、戸塚、川崎と3人席に座っているがなんかもう川崎が面白くなさそうな顔をして居眠り体勢に入っている。

「さあ、ヒキタニ君」

「は、はい」

「早速やりましょう」

 そう言うや否や海老名さんはカバンからPFPを……ってそのPFPは!?

「そ、それってゲーマーズショップ店舗限定10台しか販売されていない初代PFP!」

「おっ。流石はヒキタニ君。君の持っているのもそうだね」

 ま、まさか海老名さんのオタクっプリがここまでだったとは……ただの腐女子ではないようだな。もしかしたら唯一、同性台で俺と同じくらいのオタクかもしれんん。

「ふっ。モン狩……しようか」

「うっす」

 モン狩を起動させてオンライン集会所へと入るとそこにはエビエビという名前のプレイヤーが立っており、俺が入るや否や速攻で近づいてきた。

「ぐふっ。流石は神八。全ての数値がカンストしているだけじゃなく、全ての要素を」

「ふっ。ゲーマーとしては常識……ていうか海老名さん攻撃力にステ振りすぎじゃね?」

「ん? あぁ、これは責め専用キャラ。受け専用キャラは防御にステ振ってるよ」

 ……とりあえず無視しておこう。

「うわ。ヒキタニ君のステータス全部MAXじゃん。どれくらいかかったの?」

「夏休みの1週間でやった」

「お。しかもこの武装は全難易度を初期装備でクリアした際に貰えるという幻の装備ではないですか」

「流石にこれはキツかった。流石に初期ステでガメゴジギドモスキリューは骨が折れた……だがそれもやってのけたぜ。3日間飲まず食わずでな」

「凄いね~。流石は神八。動画は出てるの?」

「耐久動画として出した。分割Verもある」

「あ、あのヒッキー」

「ん?」

「せ、せっかくの修学旅行だし他のことしようよ。トランプとか。ね、優美子もいいでしょ?」

「別にいいけど」

 そんなわけで由比ヶ浜の提案通り、トランプが開催されたわけだが大富豪、ババ抜き、ポーカーなどをしていく度に何故か空気が下がっていくのを感じるとともに三浦の視線が強くなってくる気がする。

「どっちか引いてくれ」

「う、うるさいし! ちょっと黙ってろい!」

 三浦さんは最後の2枚のどちらをとるかでかなり時間を消費している。

 1回目のババ抜きでも三浦さんにババが回って三浦さんが負け、大富豪でも三浦さんが大貧民、ポーカーでも三浦さんが最下位となっていた。

「あっ! 手札の位置交換するな!」

 いや、交換を防がれると色々と困るんだが……。

 ちょんちょんと由比ヶ浜につま先を蹴られ、由比ヶ浜の方を見ると顔を貸せと手でジェスチャーされたので顔を近づけると耳元でささやく。

「そろそろ優美子に」

「わかってるよ……流石にここで爆発されたら困る」

「ヒキオ! 何してんの!?」

「い、いえなんでも。さ、さあどうぞ」

 三浦さんは少し考え、左のカードに手を伸ばすとそれはジョーカー。うん、やっとこれで。

「と見せかけてこれ…………」

 裏を取ったつもりで別のカードを取り、また三浦さんの手札にジョーカーが渡ってしまい、俺の手札は由比ヶ浜に引かれたことでなくなり、再び俺が1位になった。

「へぇ。ヒキタニ君ってトランプとかも強いんだね」

「ま、まぁな」

 三浦さんの背後に大魔王が見える気がするのは俺だけか?

 結局、その勝負も三浦さんの負けになってしまった。

 この勝負で分かったことがある……三浦さんは負けず嫌いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新幹線に乗って2時間、ようやく京都に到着し、2時間ぶりの外の空気に触れるがこの時期の京都の風は向こうに比べて冷たかった。

 でもその風は今も心地いい……三浦さんの鋭い視線に比べたらな。

 今日の予定では清水寺へ向かうらしく。クラスでバスに乗り込む。

 そこでも座席決めがあったのだが新幹線と同じように俺の隣に海老名さん、由比ヶ浜と三浦、戸部と葉山、大岡と大和、川崎と戸塚といった順で座席に座った。

 もちろんバスの中でもゲームはやる。先生の視線なんて飛んでこないし……三浦さんの視線は飛んでくるけど。

 10分ほどでバスから降り、清水寺へと向かうがやはりそこは京都の中でも屈指に人気を誇る観光場所。この時期でも観光客は多く、拝観入口は先に入った生徒と観光客でごった返している。

「ねえ、ヒキタニ君ヒキタニ君」

「な、なんでしょうか」

「あっちに面白そうなもの見つけてみんないるからヒキタニ君も行こうよ」

「え、いや俺はってちょっとー」

 否定する前に海老名さんに腕をガシッと掴まれてそのまま有無を言わさずにズルズルと引っ張られると拝観入口からさして離れていない場所に小さなお堂があり、そこに三浦や葉山、戸部、由比ヶ浜が集まっていかついおじさんの説明をふむふむと聞いていた。

 ぽつぽつ聞こえてくる話を要約するとどうやら暗闇のなかお堂を回ることでご利益があるらしい。

 俺に拒否権があるはずもなく100円を払い、靴を脱いで中に入る。

 中に入ると完全に光は消え、数珠状の手すりから手を離して歩けないくらいに暗いがそんなものお構いなしで俺はスマホで明かりを出し、中を照らす。

「ヒッキー、流石に空気読もうよ」

「ふっ。俺に求めるのが間違いだ」

 由比ヶ浜の呆れ気味の声にそう反論し、照らしながら進んでいくと前に淡い光が当たって光っているものが見え、近くまで行ってみるとライトアップされている石だった。

「お願い事をしながら回すと願いが叶うんだって」

「へーすごいなー」

「ヒッキー、信じてないんだ」

「え、お前信じてんの?」

 そう言うと由比ヶ浜は1回、咳払いをしてからやけに真剣な表情をしながらグリグリとライトアップされている石を回し、パンパンと2回、手を叩いた。

 それは神社でやる作法だと思うんだが。

 どうやらこの石がゴール設定されているらしく、その先を少し歩いただけで外に出た。

「どうですか? 生まれ変わった気分でしょう」

「なんつうか生まれ変わったって言うかなんか新しくなった感じっつーか」

 戸部、それを生まれ変わったっというんじゃなかろうか。

「あ、ていうか戻らないとヤバいんじゃないの!?」

「ゆーっても余裕っしょ」

 由比ヶ浜程慌てていない戸部だがその足はどう見ても慌てている。

 どうにかして俺たちのクラスが中に入る前に、合流し、今日1日、清水寺の参拝を楽しんだ。



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第四十五話

 風呂も飯も食い終わり、布団が敷かれた部屋で俺は戸塚にPFPを貸して太鼓の匠を仲良くしている。

 流石に男子・女子の部屋は分けられており、葉山、大岡、大和、戸部そして俺と戸塚が1つの部屋に押し込められているが俺と戸塚以外のうちのクラスの男子は麻雀をしている。

「やった! フルコンボだ!」

「流石だな、戸塚。じゃあ今度は難しいの難易度行ってみるか」

「難しいか……1回八幡のを見て決めてみる」

 戸塚が見ると言う事で俺は何故かテンションが上がり、通信モードを止めてシングルモードに切り替えて戸塚に楽曲を選択してもらい、俺はアイマスクを準備する。

 グフフフ……ここでちょっと戸塚に格好いいところを見せれば戸塚もゲームにハマってくれる……だが問題は葉山達だ。奴らはゲームに対しては体勢は皆無といっていいだろう。廃プレイなど以ての外だ……ま、良いか。

「はい。これでどうかな?」

「おっと見せなくていい。見てろよ戸塚。これが俺の本気だ」

 そう言いながらアイマスクをし、戸塚からPFPを受け取って楽曲をスタートさせると前奏が流れた瞬間に何の楽曲なのかを理解し、頭の中で流れてくる譜面を見ながら指を動かしていく。

 ほほぅ。これは某アイドルが歌っているライトローテーションではないか。フフフフ……俺の前ではこんな曲だろうが見ずともフルコンボなのだよ。

『フルコンボ!』

「ふっ。どうよ戸…………」

 フルコンボを達成したことを確認してからアイマスクを外して戸塚を見るが苦笑いを浮かべて俺の後ろの方を見ており、それに習って俺も後ろを向くと麻雀をしている手を止めて明らかに引きつった表情の男子どもが俺の方を見ていた。

「と、戸部の負けじゃん!」

「う、うっわー! まじっすかー!」

「ていうわけで全員分のジュース買って来いよー」

「ちぇー。隼人君何が良い?」

「俺は何でもいいや」

 あまりの空気に耐え切れず戸塚に少し出てくるとだけ言ってPFPをしながらホテルに併設されているお土産ロビーにあるふかふかのソファに座り、一人ゲームを楽しむ。

 ふん。別に良いし……俺にはPFPさえあれば心の傷なんて癒せるし……べ、別に葉山達の引いたような視線なんて何とも思ってないんだからね!

 心の中で号泣ツンデレ、略して号デレを演じていたその時、隣に誰かが座ったのを感じ、隣を見てみると髪をアップにし、珍しくラフな格好の雪ノ下雪乃が俺の隣に座っていた。

「おぅ」

「こんな夜中に奇遇ね。追い出されたのかしら」

「俺はゴキブリか。1人でゲームしたいから出てきたんだよ。どうせお前は京都限定パンダのパンさんとか買いに来たんじゃねえの?」

「……何を言っているのかしら」

 今の間はなんだと問い詰めたかったがそんなことをすれば俺が逆に問い詰められそうなので何も言わない。

「で、お前は何でここに来たんだよ」

「……クラスメイト達の話題の矛先がこちらに向けられたからよ」

 話題の矛先? 矛先にされそうな話題なんてこいつ持ってるか?

「珍しいな。何も話題を持たないお前が」

「そうね。貴方と一緒にいるせいかしら」

「はぁ? 何で俺?」

「…………貴方少しは周りの自分に対しての評価を知るべきじゃないかしら」

「俺の評価? そんなもん気にしても仕方ないだろ」

 ていうか昔の経験上、ろくな評価などされていないので敢えて調べない様にしているだけだし、別に知らないと死んでしまう事でもないしな。

「気にするべきよ……特に体育祭が終わった今はね」

 ……よく分からんがこいつが俺のことを気にかける……どちらかといえば説教している感じだがどんな形であれ、俺を気にかけるとは珍しい。

「一番近くにいると言う事で私に話を持ち掛けてきたの」

「へぇ。どんな?」

「…………言う必要はないわ」

 何でちょっとこいつ怒ってんだよ。

 ふと、顔を上げたとき、スーツの上にコートを着て何故かサングラスをしている平塚先生と目が合い、明らかに狼狽した様子で俺たちのもとへとやってくる。

「な、何故君たちがここに」

「別に少し話してるだけですが……何で先生こそこんな時間に」

「う、うむ……だ、誰にも言うなよ」

「はぁ」

「これからラーメンを食いに行くんだ」

 その瞬間、俺と雪ノ下の溜息が同時に吐きだされ、土産物ホールに響き渡った。

 この時間からラーメンを食いに行くって……そりゃ結婚できないわけだ。いや、それとこれとは関係ないか。

「雪ノ下は言わないと信じれるが……お前は少し微妙だ」

「ひでぇ。俺だって言いませんよ」

「だが信じきれないところが悔しい」

 だったら信じてくれよ、あんたの生徒だよ? 可愛い可愛い生徒だよ? ちょっと目は腐ってるけど。

「よし。ならば口止め料を払おう。ラーメン一杯でどうだ?」

 むぅ。確かにこの時間に食べるラーメンは何故か格別にうまい。俺も夏休みの時は夜中にコンビニまで行ってカップ麺を買ってきて食ったな。

 それに奢ってもらえるんだしここは乗るか。

「まあ、奢ってもらえるならば」

「なら私はこれで」

「まぁ、雪ノ下もそう言わずにくるといい」

「ですがこの格好ですよ?」

 雪ノ下はドレスでお辞儀するかのようにちょっと余った袖を引っ張るがそんなことどうでも良いのか平塚先生によってコートを着せられた。

「これで構わんだろう」

「拒否権はないみたいね」

「だな」

 諦めたのか雪ノ下は渋々、被せられたコートを着た。

 ホテルを出ると夜中という事もあって吹く風は冷たく、思わずズボンのポケットに手を突っ込んで、首を縮めて、冷気を服の中に入れないようにする。

 先生が立ち止り、軽く手を上げると前に1台のタクシーが止まり、ドアが開かれた。

「雪ノ下、乗りたまえ」

 先生に言われ、会釈しながらタクシーに乗り込むと今度は俺に目でさっさと乗れと言ってきたのでそれに従って真ん中の座席に座ると俺の隣に先生が座った。

「一乗寺まで」

 そう言うとタクシーは静かに走り出す。

 流石に3人座席の真ん中はキツイ……あ、スペースの意味じゃないからな。雪ノ下も平塚先生も女性の仲じゃ細身の方だからスペースは余裕であるが両脇が女子という空間が精神的にきついのだ。

 そんなことを思っていると到着したのかタクシーが止まり、先生が清算を済ませてから降りたのに続いて降りると目の前にどでかく総本店のラーメン屋があった。

「わざわざここに来なくても」

「ふっ、甘いぞ比企谷。チェーン店では味も少し変わる。総本店ならではの味を楽しむのが通だ」

 なんかリアルに通っぽいから何も言わないでおこう。

「こってり」

 中に入り、カウンターに座るとメニューすら見ずにそう言った。

「俺もこってりで」

「ね、ねえ比企谷君。あ、あれは本当にスープなのかしら」

 まあ、その反応が普通だ。スープといえばサラサラしてるのに何故かドロッドロとスープだし、ラーメンに絡みつくから食い終わった後にはスープは残っていない。そして家に帰って気持ち悪くなるのだ。

「雪ノ下はどうするのかね」

「い、いえ私は見ているだけでお腹いっぱいなので」

 注文をし、しばらくするとラーメンが運ばれてきたので箸を取り、いただきますと言ってからラーメンを一口そそると口の中で凶暴な旨みが暴れだす。

 濃いぃ……濃すぎるけど旨い。

「ていうか教師がこんなことしてていいんですか?」

「だから口止め料を払っているのだよ」

「その時点でどうかと思いますが」

 雪ノ下の的確な突きに平塚先生は何も言えずにただラーメンをすする。

「教師とて人間。間違いを犯して怒られることはあるさ。な、比企谷」

「何故俺に同意を求めるんすか」

「貴方はほとんど毎日怒られているようなものじゃない」

 確かにPFPを没収されて怒られてはいるけど最近はもう諦めたのか口頭注意だけだ。

「私は特に叱られるようなこともないから構わないのだけれど」

「怒られると言う事は悪いことだけじゃないぞ。見てくれていると言う事だ」

「……そうですね」

「だから間違いを存分にすればいい。その度に怒ってやる」

 笑みを浮かべながら先生はそう言うがどうせこの後、呼び出しを食らうんだろうな。

 結局、その後は何かが起こるわけでもなく、平塚先生も俺もラーメンを食い終わり、店の外に出るとちょっとだけ外の冷たい空気が心地良い。

 帰りも同じタクシーに乗り、ホテルへと戻る。

「私は酒盛り用の酒を買ってくるから君たちは先に帰っているといい」

 そう言い、平塚先生はホテルの方向とは逆方向に歩いていく。

 俺達はホテルの方向へと歩きだし、信号で止まる。

 信号が青になり、いざ渡ろうとした時に雪ノ下の姿が見えず、後ろを振り返ると何故か雪ノ下は左に曲がっていたのでその手を慌てて取った。

「ひき、比企谷君?」

「逆だぞ。右だ」

「そ、そう……あの……手」

「……わ、悪い」

 つい、逆方向に行く小町の手を取るように雪ノ下の手を取ってしまい、互いに顔を赤くしながら慌てて手を離し、少し距離をとる。

 ダメだ……やっぱり文化祭のあの日以来、雪ノ下と2人っきりになると調子が狂う。

 互いに少し距離を開けて歩き出すが妙に雪ノ下の距離が俺と離れている。

「そんなに離れてたらまた迷うぞ」

「いえ…………その…………」

 雪ノ下は相変わらず顔を赤くしたままコートの立て襟に顔をうずめている。

 こんな雪ノ下は今まで見たことがない。周りの気にするようにやけに目を周囲に向けたり、顔を赤くした状態でチラチラ俺を見てきたり。

「な、なんだよ」

 そんな姿を見てさらに俺の調子は狂う。

「……この時間帯に2人っきりの所を見られると…………ちょっと……」

 そんなことかよ。

「俺と2人っきりの所を見られたくらいで何も変わらねえんじゃねえの?」

「そ、そうかしら」

「そうだよ。ヒキニク野郎の俺と国際教養科の雪ノ下雪乃が一緒にいても誰もなんとも思わねえだろ。思ってもあ、雪ノ下さんが1人で歩いてるってくらいしか思わねえよ。誰も俺とお前が……その……そう言う関係にあるって思いもしねえだろ」

「…………ねえ」

「ん?」

 歩き出そうとした時、雪ノ下に呼び止められ、振り返ると顔はまだ少し赤いが目は俺の方をじっと見ている。

「今、貴方の周りの人が貴方をどう思っているか考えたことあるかしら」

 突然の質問に俺は何も言えない。

 周りが俺のことをどう思っているかなんて小学校のあの1件以来考えたこともないし気にかけたこともない。ずっとひたすらゲームをし続けてきた。

「無いな……どうでも良いだろ、そんな事」

「……また貴方はそうやって言う。どうして知ろうとしないの?」

「どうしてって言われても…………知る意味がないだろ」

「…………貴方は…………貴方のことを想っている人だっているのよ? その人のことを考えたことはある?」

 俺の目を見てくる雪ノ下が言ったことに俺は思わず、小さく後ろへ後ずさった。

 俺を……想ってくれている人…………。

「……帰りましょう。夜も遅いし」

「あ、あぁ。そうだな」

 雪ノ下の一言でようやくホテルに向かって歩き出し、ロビーに入ったところで分かれた。

 部屋に入ると既にはしゃいで疲れたのかルームメイトたちは全員寝ており、部屋はかなり静かで真っ暗だった。

 俺を想ってくれている人…………。

 雪ノ下の言った言葉が頭で反響するのを感じながら俺は横になって目を瞑った。



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第四十六話

 翌日の朝、俺達が向かった先は東映映画村。

 実際に映画撮影でも使われるという観光客が一度はやってくるであろうとまで言われている場所だけあってそこへ行くバスの中はギュウギュウだ。

 乗車率200%はいっているであろう混み具合にうんざりしながらも何とか乗り切り、出口から吐き出されるようにしてバスから降りた。

「疲れた」

「凄い人だったね~。あ、チケットだけど」

「行ってくるわ」

「あ、ちょっとヒッキー!」

 由比ヶ浜の叫ぶ声を無視してチケット販売所の長蛇の列に並んでいると隣に同じ制服が見え、ふと横を見てみると「え? なんでいんの?」とでも言いたそうな表情をした戸部が立っていた。

 リアルに由比ヶ浜何をしようとしているんだ?

「……あんさ、ヒキタニ君」

「ん?」

 ちょっとずつ進む中、戸部に話しかけられ、そちらの方を向くと何故か申し訳なさそうな顔をしながら頭をガシガシかいていた。

「なんつーか……ごめん」

「は? いきなりなに?」

「いや、ほら……文化祭のことっつーか」

 そこでようやく戸部が俺に謝った理由が分かった。

 そう言えばこいつの名前もグループラインにあったな……そのことで謝るとか意外と素直な奴なんだな……まあ、お調子者というべきか。

「隼人君に言われるまで勘違いしててさ。マジで申し訳ないっつーか調子乗っていろいろ言っちゃいけないことも言っちゃってわけだし」

「別にいいし…………特に思ってもなかったし」

「マジでごめん」

 そう言い、戸部が頭を下げた。

 …………もしかしたら由比ヶ浜も雪ノ下も俺のあることないこと言われていた情報を聞いて何か思っていたんだろうか…………なんというか、むず痒いというか。

 2人が俺を心配していたところを想像するとむず痒さを感じ、適当な場所をかくが見当違いだったのかむず痒さは全く消えない。

 人数分のチケットを貰い、皆が集まっていたところへ戻り、チケットを手渡して配っていくがどこか由比ヶ浜は脹れっ面の様子だ。

「何怒ってんだよ」

「別に」

 映画村の中へ入ると早速、江戸時代風の家屋が数多く見受けられ、お侍さんの姿も見える。

 おいらん道中や突然始まる殺陣指南に驚きながらもまっすぐ進んでいく。

「ねえ、次あれいかない?」

 そう言う由比ヶ浜が指差したのは最恐のお化け屋敷とどでかく書かれている看板が立てかけられている古びたたたずまいのお化け屋敷だった。

 最恐って言っても所詮は人が脅かす物だろ? 過去に本物を見たことがある俺からすれば怖くないと思う。

 特に誰も辞退者が出ることなく並ぶ俺達。

「隼人あーしお化けとかこわーい」

「俺もあまり得意じゃないんだよな」

 じゃあ止めとけよと口に出して言ったらまた三浦の冷たい視線が飛んでくるからやめておこう。

 世間一般ではあれはお化けが怖い私という可愛い点をアピールすると同時に驚きのあまり抱き付くという大義名分を得るものらしい。

 結局グループ分けとしては葉山・三浦、戸部・海老名さん、俺・由比ヶ浜、川崎・戸塚になった。

 1人、また1人とお化け屋敷の中へ消えていき、遂に俺たちの番が来た。

 中に入ると早速、BGMが流れ出す。

「あ、あたしこういうの苦手……」

「何故に入った」

「え? い、いやだって…………」

 暗闇で表情が見えない由比ヶ浜は何も言わなくなった。

「ヤバいヤバいヤバいヤバいって。これマジヤバぁぁアァ!」

 前の方から戸部の叫びが聞こえてくる。こっちの方が怖いわ。

「グヘヘ」

「ひっ! い、今なんか聞こえた」

「川崎さん。俺の腕掴まないでくれよ。折れるから」

 こう見えて川崎、力強いし。

「戸塚は怖くないのか?」

「うん。僕こういうの好きなんだ」

 意外や意外。今度戸塚と映画に行く機会があったらホラー映画を見よう。俺は寝るかもしれんが。

「きゃぁぁぁ!」

「わぁぁぁぁ!」

「ぎゃぁぁぁ! 痛い痛い痛い!」

 物陰から血まみれの女性が出てきた瞬間、火事場の馬鹿力というスキルが発動したのか俺の両腕を掴んでいる女性陣の力が何百倍にも強化され、川崎は鷲掴み、由比ヶ浜は皮膚を抓るというダブルコンボを食らい、俺まで驚いてないのに叫びをあげてしまった。

「ヤバイヤバイヤバイ!」

「ちょ! い、いきなり走ったらごっばぁ!」

 2人が同時に走り出し、暗すぎて見えていなかったのか偶然かは知らないが立っていた柱を二人が避け、真ん中にいた俺は逃げることもできずに顔面から柱にぶつかってしまった。

「ぐ、ぐぉぉぉ! は、鼻が」

「は、八幡大丈夫!?」

「ゆ、許すまじ川崎と由比ヶ浜……マジで痛い」

 戸塚に支えられ、鼻を押さえながら立ち上がって2人が走っていった方向へ行くと何故か道中で由比ヶ浜がへたり込んでいるのが見えた。

「何してんだお前」

「ヒ、ヒッキー……腰が抜けちゃった」

「…………戸塚、悪いけど先に行っててくれ」

「うん。分かった」

「ほい。乗れよ」

「へ? で、でも」

「良いから。予定が狂うだろ」

「う、うん」

 腰が抜けて立つことができない由比ヶ浜をおぶってお化け屋敷の出口を目指す。

 …………雪ノ下と違って主張が激しい2つのものが背中に当たっているがとりあえず何も考えずに出口まで行くんだ。出口でてから考えよう……そう言えば。

 ふと雪ノ下に昨日、言われたことを思い出し、由比ヶ浜に尋ねてみることにした。

「なあ、由比ヶ浜」

「な、なに?」

「…………文化祭で俺の悪評が出回ってる時、お前どう思った」

「…………嫌だったよ。見るのも聞くのも」

 俺の首周りにダランと乗せられていた手に力が入り、まるで後ろから俺を抱きしめるような形になった。

「なんでだよ。俺の悪評なんてお前に関係ないだろ」

「……関係あるよ…………だって…………だってあたしは…………ううん。ゆきのんだってヒッキーのこと…………大切な人だって思ってるもん」

 その瞬間、ドクン! と心臓が大きく鼓動を打った。

「仲間が悪く言われてるのは嫌だもん」

「…………そうか」

 雪ノ下が言っていたのは周りには俺を大切に思っている奴もいるってことなのか……だとしても俺はどうすればいいんだよ…………大切に思ってくれている奴がいたとしても……俺は変わらねえだろ。

 そんなことを考えていると外の明かりが見えてきたのでそこで由比ヶ浜を降ろし、外へ出ると既に葉山達がベンチに座って休息をとっていた。

 チラッと由比ヶ浜と葉山がコソコソと話をしているのが見えた。

 …………あいつはいったい何をしたいんだか。

 タップリ休息時間をとった後、俺達は次の目的地へと向かうべく、バス乗り場へと向かったが帰り客とバッティングしてしまい、バスに乗れないほど混んでしまった。

 もうすでに何本か見逃しており、これ以上のタイムロスはあまりよろしくない。

「タクシーのらね? 割り勘ならそんなにかからねえだろ」

「え、でもタクシーはちょっとお金が」

「このままバス待っててもどうせ乗れないし、予定してた場所もまわれなくなるだろ。そうなるよりかは少しお高くついてもタクシーで行くべきじゃね?」

「そうだな。確かに比企谷君の言う通りだ。ここはタクシーを使うか」

 葉山の後押しもタクシー乗り場へと向かっている途中、どういうメンバーで乗るか話し合い始めた。

 そんなことをしていると一台のタクシーが前に止まった。

「おい、タクシー来たぞ」

「仕方がない。とりあえず戸部のってくれ」

「オッケー」

 葉山の指示に従い、戸部が助手席に座る。

 その間、俺は扉を開けている係りだ。俺はどこのホテルマンだってな。

「じゃ、次優美子」

「はーい」

 いったいどこからそんな可愛い声を出しているんだと突っ込みたくなるくらいの乙女ボイスを出しながら三浦が後部座席の右ドア近くに座った。

「じゃ、次は」

「ヒキタニ君行っちゃおー!」

「は? ちょ」

 海老名さんに手を引っ張られ、そのままタクシーに突っ込まれると俺の左隣に海老名さんが乗り込み、他の奴らが驚いている隙に海老名さんが運転手に仁和寺まで行くように言い、そのまま出発してしまった。

「は? 何であーしの隣がヒキオなわけ?」

「お、俺に言わないでくれ」

 三浦からの視線が痛い……良い臭いはするけど。

「触ったら」

「触りません」

 触ったら文化祭以上っていうかその時点で人生終わりじゃねえか……はぁ。PFPでもして時間潰そ。

 PFPを起動させ、太鼓の匠をしようとした時、隣に色違いのPFPがヒョイっと出され、左隣を見てみるとニコニコと笑みを浮かべている海老名さんがいた。

「やろっか。ヒキタニ君」

「は、はいぃ」

 通信モードに切り替え、楽曲選択を海老名さんに任せている時にチラッと彼女のPFPの画面を見てみると選択している楽曲全てにフルコンボしたことを示す王冠が表示されていた。

 楽曲を選択してガチャガチャPFPを操作する。

 ……一体由比ヶ浜は何を考えているのやら。

 楽曲が終了すると同時にタクシーが停車したので4人で割り勘して乗車賃を支払い、由比ヶ浜達後続車が来るのを待っているとものの5分で合流した。

 合流したことで一団となり、仁和寺を観光する。

 俺は後ろの方から葉山達を観察しながら歩くがやはりどう見ても由比ヶ浜達は海老名さんを戸部の方に近づけようとするがその度にそれを防ぐかのように川崎や戸塚を間に挟む。

 拒絶…………とまではいかないにしてもどこか一歩引いたような感じだな。

「じゃ、次行こうか」

 既に回るべきところを回ったのか由比ヶ浜の提案に誰も異を唱えることなく、歩いて10分ほどの距離にある龍安寺へと向かう。

 拝観受付を済ませ、敷地内へ入ると早速大きな池が見渡せた。

 その間にも由比ヶ浜は自然に歩く位置を変えて戸部を近づけようとするが海老名さんは後ろに下がっていた川崎を間に引っ張ってくる。

 本当に由比ヶ浜は何をしようとしてるんだ…………さっぱりわからん。

「あら奇遇ね。比企谷君」

「雪ノ下」

 後ろからそんな声が聞こえ、振り返るとお連れさんと思しき大人しい系の女子数人と一緒にいる雪ノ下がいた。

 雪ノ下と一緒にいる大人しい系の女子たちは俺の名前を聞くや否や少し驚いた表情をしてコソコソと話し始めるがその空気に侮蔑のようなものは感じられない。

 純粋に不思議がってるんだろう…………まぁ、まさか雪ノ下みたいなやつが俺みたいなやつに話しかけること自体が少し不思議なことなんだろうけど。

「ごめんなさい。少し彼と話すから先に行っててくれるかしら」

 そう言うとお連れさんたちはどこか尊敬の眼差しにも似た目をしながら頷き、先に歩いていく。

「珍しいわね。ピコピコしていないなんて」

「ここでゲームしながら歩いてて重要なものを壊しでもしたら怖いだろ」

「それもそうね」

「…………なあ」

「何かしら」

「お前ら一体何をしてるんだ?」

 俺の問いに雪ノ下は頭のはてなマークを浮かべる。

「なんの話しかしら」

「由比ヶ浜がやってることだよ。お前もやってんじゃねえの?」

 そう言うが雪ノ下は本当に何のことかわからないのか俺を不審な目で見てくる。

 そんな不審者を見るような目で見てくんなよ……でも、これで雪ノ下が参加していないと言う事になると奉仕部としてではなく由比ヶ浜が勝手にやってるってことか。

「本当に何の話かしら」

「……いや、知らないならいいや」

 由比ヶ浜個人か……ん~。クラスの空気を読み続けてきたあいつが個人でね……。

「……ねえ、私のやろうとしていること。覚えてるかしら」

 ……こいつがやろうとしてること?

 必死に過去の会話を頭の引き出しから探していき、少ししたところで正解を見つける。

「人間ごと世界を変えるだっけか? それがどうかしたのかよ」

「貴方は今でもそれを聞いてあの時と同じ答えを言える?」

 何を言ってるんだこいつは。

「変わんねえよ。なんだったらもう一回言ってやる。人の夢を貶してどうするよ。そいつがやりたいって思ったことは本当にやりたいことなんだからそいつに自由にやらせりゃ良いだろ」

 あの時と全く同じことを言ってやると雪ノ下は少し考えた後、満足そうに小さく笑みを浮かべた。

「そう……ありがとう」

 そう言う雪ノ下の表情はどこか決心をつけたような顔だった。

「あ、ゆきのん」

 そう言うと同時に由比ヶ浜が先頭からこっちへ戻ってきたので俺はその場を離れて歩き出す。

 まあ、由比ヶ浜が何をしていようが俺には関係ないか。

 そう結論付け、俺は歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の晩も俺はお土産コーナーの前にあるソファに座って一人、ゲームに勤しんでいる。

 なんかよく分からんがうちのクラスの男子がほとんど部屋に集まってきて麻雀王決定戦とか言う俺からすればはた迷惑なことを始めたので抜けてきたわけである。

「ヒキタニ君」

「え、海老名さん」

「隣良いかな?」

「ど、どうぞ」

 普段とは違う私服姿の海老名さんにちょっと違う恐怖を抱きながらも隣に座ることを了承し、ゲームに集中しようとするが隣からのオーラに思わずゲームを中断して横を見る。

「な、なんでしょうか」

「ちょっと涼みに来たらヒキタニ君がそこにいたから」

 これが普通の女の子であれば俺もどきっとするが相手はあの海老名さんだ……ドキッどころかひっ! っていう感じの声を出すかかもしれん。

「…………ねえ、ヒキタニ君」

「はい?」

「もしもヒキタニ君のことを好きな人がいて告白しようとしているんだけどヒキタニ君はそれを受け入れる気はないとして……ヒキタニ君ならその好きな人に言う? それとも告白されてからいう?」

 突然の質問に一瞬、ためらうがその質問の状況がどこか今の海老名さんの周りを取り巻く状況とそっくりだったのでとりあえず頭の中で考え、形を整えただけの答えを見出す。

「俺なら告白される前に言う…………つってもそんな経験、罰ゲーム以外にねえけど」

「その心は?」

「どうでもいい」

「ハハハ。君らしいね……ありがと、またね」

 そう言い、海老名さんは去っていった。

 …………はて、彼女はいったい何を尋ねたかったのだろうか。

 PFPをやり直そうと思った瞬間、再び隣に誰かが座ったのを感じ、呆れ気味に隣を見てみるとなんとあの女王・三浦が座っていた。

「あんさー、あんたら一体何しようとしてるわけ?」

「は? 何ってなんだよ」

「だから海老名に何しようとしてんのって聞いてんだけど」

 むしろこっちが聞きてえよ。ていうか由比ヶ浜が個人でやってることだからこいつも知ってんじゃなかったのか?

「さっぱりわからん。むしろ俺が聞きたい」

「はぁ? あんなに海老名にちょっかいかけておきながらそんなこと言うんだ」

「むしろちょっかいかけられているのは俺なんですが」

 海老名さんの隣に無理やり座らされたり、同じタクシーに突っ込まれたりと。

「…………ああ見えて海老名って結構、グラついてんの。あいつが器用だからどうにかなってるけどそれが一番危なっかしいわけ」

「といいますと?」

「はぁ? あんた結衣と一緒にいる癖に分かんないの?」

 むしろあいつと一緒にいることで分かることがあれば教えてほしいんだが。

「結衣は最近は言うこと言ってくれるようになったけど空気を読んで合わせる子っしょ?」

 それは一理ある。恐らく由比ヶ浜のような女子が三浦のグループの中で生き残れているのは周りの空気を敏感すぎるくらいに察してそれに合わせているからだろう。

 でも、それと海老名さんは関係あるのか?

「でも海老名は空気を読まないで合わせんの」

 つまり海老名さんは空気を読まずに周りに合わせるように自分を変容させていると……確かに三浦の言うとおりそれは非常に危なっかしい。いつの間にかどれが本物の自分なのか分からなくなってしまう。

「黙ってたら男受けいいから結構紹介してくれってやつは多いわけ。でも紹介するたびになんだかんだ言って拒否るからあーしもしつこく紹介してたわけ。そしたら『あ、じゃあもういいや』って。超他人事みたいに」

 そう言う三浦の顔はどこか悲しそうだった。

 ……その言葉の真意は俺はおろか三浦にも計り知れないがただ一つ分かるのはその時点から海老名さんは拒否する自分を止めて受け入れる自分になったと言う事くらい。

「あーしさ、結構今が好きなんだ。海老名たちとばかやってるのが。でも海老名が離れて行ったらそんなばかやることもできなくなるじゃん。だからあんたは何もやってなくても海老名に余計なことしないでくれる」

 それは恐らく海老名さんも同じことだ。三浦たちとバカやっている今が楽しい。だから今を変えようとしているかもしれない由比ヶ浜達の行動を拒絶する。今を変えたくないから…………だが今の海老名さんの行動は俺からすれば悪手でしかない。今を変えようとする要素から離れるんじゃない……今を変えたくないのであれば…………その要素を自分の手で摘むことだ。

「要するに今を変えたくないんだろ。海老名さんも三浦も」

「まぁ、そうなるし」

「…………」

 なんとなく由比ヶ浜がやっていることを理解できた気がする。

 なら俺は何をするべきか。放っておくか? 他人のことだからと言う事で放っておこう…………ただ一つだけ、俺は海老名さんに言いたいことが出来た。それを言ってから俺は俺の人生を楽しもうじゃないか。



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第四十七話

 3日目の朝、俺は惰眠をむさぼった愛しの布団ちゃんを押し入れの中にしまい、身支度を全て済ませて二階の大広間で戸塚との幸せ朝ご飯を食べていた。

「美味しいね、この魚」

「そうだな…………ところで……何で川崎さんがいらっしゃるのでしょうか」

 大広間でいざ食事を食べようと座ったのは良いが何故かまたもや川崎さんが俺の隣に座り、何も喋らずに無言のまま朝食を食べていた。

 え、何? 俺今から朝食カツアゲされるの? このピーマンとその卵交換しろや、みたいな。

「いけないわけ?」

「い、いや別にそう言うわけじゃ……それと材木座。俺の天ぷら盗ったらお前の小説の原稿を投稿スレに投稿してやっからな」

「げふぅ!」

 視界の端でチラッと見えた材木座の蛮行に釘を刺しておきながら楽しい朝食を過ごす。

 さっきから葉山や由比ヶ浜達の姿が見えないが……ま、良いか。どうせ海老名さんに言いたいことだけ言えば俺はあとは自由なんだしっていうか海老名さんの姿も見えねえ。

「なぁ、葉山とか知らね?」

「葉山君たちなら外でモーニング食べるって言ってたよ。あ、あと嵐山に行くって」

 なるほど。流石は戸塚だ。誰にも気づかれずに情報収集をするとは……是非将来、俺の家に入って外からの情報収集を任せたいくらいだ。

 となるとどうせそこに海老名さんもいるし、嵐山に一足先に行ってPFPでもしとくか。

 朝飯を終え、顔を洗い、歯を磨き終わった俺は適当にブラブラと京都の観光名所といわれている場所を歩きながらブラブラと楽しんだ…………何故か隣に川崎さんを連れてだけどな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宿での最後の夕食を終えた俺は薄暗い中、ある場所を目指して歩いていた。

 その場所とは嵐山の観光ガイドにも書かれている竹林の道で夜になると灯篭で竹林自体がライトアップされるらしくその景色は素晴らしいものらしい。

 何故、俺はそんな場所に向かって歩いているのか。答えは簡単だ。海老名さんに一言いうためだ。

 海老名さん今の日常を変えたくない。でも由比ヶ浜は何かしらの理由で今の日常を変えようとしている。

 別に俺はそんなことどうだっていい。他人の日常が変わろうが変わらなかろうが他人のことなんて考える気もなければ頭の隅にもない。でも、俺は海老名さんの悪手だけは見逃すことが出来なかった。

 三浦の言う通り、海老名さんは空気を読まずに自分を変容させることで周りに合わせる。

 日常を変えたくないという彼女にとって唯一の悪手だ。自分を変容させて合わせるのであれば日常を変えないというのも無理な話だ…………日常は自分が変わった瞬間から変わってしまうんだ。

 日常を変えたくないのであれば日常を変える可能性のある物を摘んでしまえばいい。

 ライトアップされている竹林の中を歩いていると前方に海老名さんの後ろ姿が見えた。

「海老名さん」

「あれ? ヒキタニ君」

 この先の道に何があるのかは俺には分からないし、知る気もない……ただ、似ている者同士として言いたいことだけは言う。わざわざ”今”を壊しに行こうとしているのを止めるために。

「どうしたの?」

「まぁ、ちょっと言いたいことがあってさ…………この先に何かあんの?」

「ちょっと結依に呼ばれてさ」

 ……じゃあ、なおさら言わなきゃな。

「海老名さん……今を変えたくなかったら本当の自分で今を変える可能性のあるものを摘むべきだ」

 突然の俺の発言に少し驚いた様子を浮かべるがすぐに笑みを浮かべ、俺を見てくる。

「どういう意味かな?」

「今の状態で行ったら確実に守りたい”今”は壊れる」

「……じゃあ、どうするべきだと思う?」

「簡単な話が今を変える可能性がある要素に近づかなきゃいい」

「でも今はその手は使えないよね。だってここで離れたらそれこそ今が壊れるよね」

 海老名さんはもうわかっているんだ。自分を変容させて合わせた方がいいって。でもそれじゃダメだ。

「だから…………本当の海老名さんの手で可能性を摘めばいい。今をこのまま維持したいのであれば今を変える可能性があるものを無くせばいいんだ。今後、出てこないくらいまでに……自分を周りに合わせて変えるんじゃない。周りを自分に合わせて変えればいい」

 俺の話がどれだけ彼女に響いているかは分からない。ただ彼女が今を変えたくないという気持ちは三浦が言った今を変えたくないという気持ちと同じくらいだ。

 もしもこの先に行って今を壊してしまえば……確実にうちのクラスは崩壊するだろうな。それも避けたい……だったら可能性を摘むしかない。その方法しか現状を維持するやり方はないんだ。

「空気に合わせるだけじゃ……今を護るのは無理だと俺は思うけど」

「…………そっか。それが君の答えなんだ」

「俺の答えじゃない。考えだ……ものの例えってやつだよ」

「……ありがとう。ヒキタニ君」

 そう言って海老名さんはライトアップされた竹林の中を歩いていく。

 海老名さんが向った先に何があるかは俺は知らないし、知る気もない。ただ今を変えたくないというやつらが複数いる以上、みすみす”今”を壊しに行くのを放ってはおけない。

 変えたくないと思った今を一瞬で無くした俺からすれば。

 歩いてきた道を少し戻り、竹林の入り口付近にあるベンチに座ってPFPを起動させる。

 言いたいことは言い切ったし、ちょっとゲームしてから宿に戻って寝ればそれで俺の今日は終わる。

 15分ほど、ベンチに座ってゲームをし、一区切りついたのでセーブしてからさあ、帰ろうと立ち上がった時、竹林の道に入る入口から雪ノ下と由比ヶ浜が出てきた。

「あれ? ヒッキーこんなところで何してるの?」

「それはこっちの台詞だ。お前らこそ何してんだよ。こんな時間に」

「え、えっと……」

「由比ヶ浜さん。もう良いんじゃないかしら。依頼も終わったことだし」

「依頼?」

「う、うん……実はさ。戸部っちから依頼が来てね。姫菜に告白するのを手伝ってくれって」

「貴方には言わないでくれと戸部君から言われていたのよ。だから今回、貴方には何も言わなかった」

 …………だからあの時こいつら俺に駅前のコンビニまで行って来いなんて言って俺を離したわけか。

 雪ノ下の話を聞き、この3日間の由比ヶ浜の行動の意味がようやく分かり、どこかスッキリした感じを抱いた。

 なるほどね。戸部と海老名さんをしきりに一つにしたがっていたのはこういう事か。だから三浦が俺にちょっかいかけんなって言ったのか。なるほどなるほど。

「で、その依頼はどうだったんだよ」

「結論から言えば失敗かしら」

 ま、そうだろうな。今を変えたくない海老名さんが今を大きく変えるかもしれない戸部からの告白を受け入れるはずもないだろうし。

「ただ…………なんかいつもの姫菜っぽくなかったっていうか。ん~。なんていえばいいんだろ」

「別にいいんじゃねえの? 俺達にはもう関係ないだろ」

 いつも一緒にいる由比ヶ浜海老名さんに違和感を抱いたと言う事は俺があの時言ったことはある程度、海老名さんに響いたってことか。

「それに戸部っちもなんか最初の頃よりもやる気出て絶対に海老名さんを落とす! とか言ってたし」

 そこは諦めろよ。まあ、当分は戸部も何もしないだろ。振られてわんわん泣き腫らすよりかはだいぶマシだと思うけどな。おかげで海老名さんが変えたくないって言っていた今も変わらないみたいだし。

「そろそろ帰りましょう」

「そうだね~。ていうかヒッキー外に出てまでゲームしたいの?」

「はぁ? 外に出たからこそやるんだろ」

「由比ヶ浜さん。彼に何を言っても無駄よ。ねえ、無駄谷君」

「ひでぇ。いい加減その無駄なあだ名作るの辞めてくんない? 傷つくだろ」

 俺達はいつものように談笑しながら宿へと向かって歩きはじめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3日間を過ごした京都ともお別れの時間が近づいている。

 新幹線乗り場で俺達が乗る予定の新幹線を待っている間、俺はスマホでゲームをポチポチしていた。

 スマホゲームも最近は進化をし続け、ほとんどPFPなどの家庭用ゲーム機と何ら大差ないスペックのストーリーを有する物も多い。

「…………」

 隣に見覚えのある人物が立つが俺は何も言わない。

「ヒキタニ君。ありがとうね」

「何がだよ」

「君に言われてさ。ちょっと勘違いしてたみたい…………今を護るには切り札を出さなきゃいけないんだね」

「防御重視のキャラでも防御を切り崩されたときようのデカい一撃があるだろ。それと一緒じゃねえの?」

「アハハハハ! その説明で分かる人って私くらいだよ?」

 海老名さんは腹を抱えてホームで大きく笑い声を上げる。

「で、海老名さんの思う今は守れたのか?」

「守れたんじゃないかな。さっきだって普通に戸部っちと喋れたしね……ねえ、1つ聞いていい?」

「ん?」

「私にものの例えって言ったよね? 例えるってことは似たようなものがあるってこと?」

 新幹線がホームに入るのを知らせる電子音声がホームに鳴り響く。

「……さあ。俺、経験豊富だからな。どれを例えたのかわかんね」

「そうかな……きっと私と同じで君の中にもあると思うよ。―――――――」

 海老名さんがその先を言い始めた瞬間に新幹線が俺達の近くを通り過ぎ、レールにかかるブレーキ音によって俺の耳に入ってくる前に言葉が叩き落とされていく。

 新幹線が完全に停止し、扉が開いて降りる客の後、学生服を着た連中が乗っていく。

 それに習って海老名さんも車内へと入っていき、俺もその後ろを追いかけるように車内に入る。

 こうして修学旅行は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――『君にもあるんじゃないかな? 守りたい”今”ってやつが』



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第四十八話

オリジナルです。


「…………は?」

 修学旅行も無事に終わり、いつもの様に部室でPFPをしていた俺達に平塚先生はいつものようにノック無しでドアを開けて高らかに宣言するが3人とも理解できずに固まっており、唯一俺だけが言葉を発することが出来た。

「聞こえなかったか? もう一度言うぞ。今日は部活は休みだ!」

「いや、そんなに高らかに宣言されても困ります。ていうかなんで先生、今日はスーツじゃないんですか」

 そう。珍しく先生は私服の上に白衣を着ているのだ。

 恐らく女子トレイかどこかでそそくさと着替えたんだろうが……マジでいつもこの状態をキープして重いメールとかしなけりゃ今頃結婚して子供も三才です! って自己紹介できるのに。

 先生は桃色のスカートを履き、上はストライプが入り、ボディラインを強調するためか少しキツめのを着ており、その上から黒のジャケットを着ていた。ちなみにハイヒールを履いて長い髪をシュシュで一つにまとめている。

 入ってきたとき、思わず由比ヶ浜が可愛いって言ったくらいだ。

「平塚先生。それはどのような理由からでしょうか」

「り、理由!? そ、それは私の一身上の都合からだ! 私はこれから出かけなければならなくてな。お前たちに何かあっても対処できんのだ」

「別に平塚先生じゃなくても職員室にいる先生ならだれでもいいんじゃ嘘です。何も言ってませーん」

 俺が言った瞬間、パキパキと関節を鳴らされたので反射的にお口チャックした。

「……まぁ、先生がそう言うならば私は構いませんが」

「あたしも」

「お、俺も平塚閣下に敬礼!」

「何を言っているんだお前は」

 恐怖のあまり言ってしまった。

 そんなわけで今日の奉仕部は突然の休部となってしまい、俺達は部室の鍵を先生に渡し、そそくさと帰ろうとしたのだがグイッと後ろに引っ張られた。

「なんだよ」

「ねえねえ、気にならない? 今日の平塚先生の格好」

「気になるっちゃ気になるけど放っておけよ。俺たちが手を出す案件じゃないだろ」

「ねえゆきのんも気になるでしょ!?」

「気にはなるけれど先生のプライベートにまで突っ込む気はないわ」

「絶対に今日デートだよ!」

 こいつはいったい何を言っているんだ。平塚閣下といえども本質は女性だ。殿方に恋をするし、誰かとデートという名のお出掛けを楽しむことだってある。

 下手すりゃ……これ以上言ったらコマンド入力したゼータパンチを食らわされそうだからやめとこ。

「ね? 途中までで良いから追いかけようよ!」

「雪ノ下閣下。言っておやりなさい」

「その言い方は少し不快だけれど由比ヶ浜さん。人のプライベートにまで踏み込むことはよくないわ」

「うー! あ! じゃああたしの依頼ってことにして! もう平塚先生のことが気になり過ぎて夜も眠れなくなっちゃうかも!」

 雪ノ下と顔を見合わせて小さくため息をついた。

 久しぶりに雪ノ下とフルシンクロした気がする。

「分かったわ」

「おい。そこは断れよ」

「依頼ならば仕方がないもの……それに私も少し気になるわ」

「でしょ!? ほらヒッキーも!」

「……分かったよ。付き合ってやるよ」

 そう言う事で平塚静ストーカー部隊が結成され、早速外靴に履き替えて歩いている平塚先生の後ろから気づかれないように静かに追いかけていく。

 ……ていうか。

「なんでお前ら当たり前の様に俺の自転車の籠にカバン入れてんだよ」

「良いじゃんそんなことくらい」

 平塚先生は時折、スキップを織り交ぜながらまっすぐ歩いていき、学校にほど近い場所にある駅前のコンビニでしきりに時計を確認しながら誰かを待っていた。

 俺は駅前の駐輪場に自転車を止め、少し離れた場所から先生の様子を眺めている。

「やっぱりデートだって!」

「そうね。でも学生時代の友人を待っている言う事もあり得るわ」

「もしかしたらオカンを待ってるとかな」

 そう言うと何故か由比ヶ浜から空気読めよお前、とでも言いたげな視線を送られてくる。

 何でこうも女子は恋愛トークが好きなのかねぇ……ん?

 その時、先生に1人の男性が近づいてきて優しい笑みを浮かべながら先生の手を振っている。

 男性は推定30代前半、身長は170cm~174cmほどの男性でオシャレにも気を使っているのか手首あたりにきらりと光るものが見えるイケメン男性だ。

 マ、マジでデートかよ。

 少し談笑した後、2人は笑みを浮かべながら券売機で切符を買った後、改札口へと入ったので俺達も適当に切符を買って改札を通り、2人とは少し離れた場所で2人を監視する。

「なあ、わざわざ切符買ってまで追いかけることか?」

「気になるじゃん。別に1000円払うわけじゃないんだし」

 なんかこいつ金に細かいのか細かくないのかよく分からんな。使うべきところはドバっと使って使わないところは一切使わないって感じか。

 各駅電車が入ってくると俺達は先生たちが乗った隣の車両に乗り込み、接続口から2人の様子を伺う。

「ねえ、これから2人どこ行くんだろ」

「男女が行くと言えばやはりカップルたちが行く場所じゃないかしら」

「夜景とか見える場所かな」

 女子2人がキャっキャと恋バナで盛り上がっている中、俺は座席に座ってPFPでモン狩をする。

 正直、恋愛の話に関しては俺はノータッチがいい。ていうか寧ろこういう話に関わるとろくなことがない。ソースは俺。中学の頃、罰ゲームの対象にされまくったからな。特に思い出もないが。

「あ、降りるよ。ヒッキー!」

「へいへい」

 PFPをスリープモードにし、ポケットに突っ込んで電車から降りるとスタートした駅から4駅ほど先の駅だがあまりここにカップルが来るような夜景がきれいな場所とかは聞いたことがない。

 乗り換え清算で出場券を受け取り、改札口を出るともうすでに太陽は半分以上が降りており、街灯がちょくちょく光っている。

 その中を2人は談笑しながら歩いていく。

「そう言えばここら辺って」

「なんかあるのか?」

「ここは高級レストランが多く入っている場所よ。完全予約制、コースは安くても2万円とかのね」

「え? コースって何? セットじゃなくて?」

「私達には縁遠い場所ね」

 由比ヶ浜の質問に雪ノ下はそう言うが雪ノ下の実家が金持ちなことを考えれば恐らく、こういう高級なレストランで食事をすると言う事は何度かあるはずだ。

 まぁ、俺ん家は一皿100円の寿司とか餃子が美味しい中華料理店が主な外食場所だけどな。

「…………な、なにここ」

 2人が入っていったのは明らかに一泊うん十万とか平気でかかる部屋があるような高級ホテル。

「私たちが入れるのはここまでね」

「気になるー! あの人先生の恋人かな?」

「そりゃねえだろ。恋人いるなら夏休みに……やっぱなんでもない」

 一瞬、夏休みにドレス来た先生に遭遇したって言いかけたがすぐに先生に鉄拳をぶつけられる未来が思い浮かんだのですぐさまお口チャックした。

「そろそろ帰ろうぜ。腹減った」

「そうね。私たちが追いかけることができるのはここまでのようだし」

「うー。気になるな~」

 渋る由比ヶ浜を連れて俺達は駅に戻り、各駅停車に乗って最初の駅まで戻ってきた。

「じゃああたしバスで帰るから」

「私は電車で帰るわ」

「じゃあな」

 雪ノ下とは改札で分かれ、由比ヶ浜とはバスロータリー近くで分かれた。

 駐輪場に停めてあった自転車に乗り、さあ帰ろうと少し進んだところでさっき別れたばかりの由比ヶ浜の後ろ姿が見え、気になったので横につけた。

「何してんだお前」

「あ、ヒッキー……そう言えば今日、バスの定期忘れたの忘れててさ」

「なんじゃそりゃ……ん」

「へ?」

 自転車の荷物沖の所を叩いて乗れというと由比ヶ浜は一瞬、ボケっとした顔をするがすぐに察したのかは知らんが少し顔を赤くして後ろに乗り、俺の腹回りに腕を回した。

 それを確認し、自転車を進める。

「ねえ、ヒッキー」

「ん?」

「平塚先生さ、結婚するのかな」

「すんじゃねえの? あの様子だと」

 なんせ平塚先生のあの長文メールという攻撃を耐えきった男だからな。それにあんな高級レストランに女性を招待できる時点でかなりの高級職種なんだろう。医者だったり弁護士だったり社長だったりと。まぁ、普段から結婚結婚言ってる人だからお金だけでつられたんじゃないんだろうけど。

「ねえ、もしヒッキーさ。目の前にお金持ちの女の子と普通の女の子がいたらどっちと結婚する?」

「いきなりなんだよ」

「良いから答えてよ」

 どうだかね…………人間、外面だけで選んだ生活は確実に破たんする。ゲームも同じだ。パッケージ買いしたゲームは確実に面白くない。面白いという気持ちを抱いているからこそするゲームも面白くなるのだ。恐らく恋愛と言う事も同じだろう。金や地位だけを見て付き合っている奴らは何かしらの形で崩壊する。

「結局は俺の気持ちが向いてるほうだろうな」

「……意外。ヒッキーだったらゲームいっぱい買えるからお金持ちの方選ぶと思ってたのに」

「おいおい、俺をバカにしちゃいけねえ。ゲーム代くらいは稼ぐぜ?」

「ゲーム代くらいって……そっか。ヒッキー次第ってことだね」

 そう言うと由比ヶ浜はキュッと腕に力を入れ、俺の背中にもたれ掛ってくる。

 なんなのかね……この状況に抱いている俺の気持ちは。

 そんなことを想いながらも時間は過ぎ去っていく。



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第四十九話

 翌日の朝、いつもの様に自転車をコギコギして学校へと向かっていると前方に見覚えのある後ろ姿が見え、少し速度を上げて通り過ぎようとした……ていうか通り過ぎた。

 あ、あれ!? いつもなら声かけてくるのに。

 そう思いながらブレーキをかけて後ろを振り返るとどこか深く悩んでいるの様子で俯いたまま歩いていた。

「先生。おはようございます」

「あ、ああおは……比企谷じゃないか」

 ここまで近づいてから気づくとは……何か悩み事か。いつもなら後ろにいる時に振り返ってくるのに。

「なんかあったんすか」

 自転車を押しながらそう尋ねるが先生は何も言わない。

 ……まぁ、学生のお悩み相談じゃあるまいし、社会人の悩みなんて教え子に聞かせるはずないわな。

「いいや。何もないさ……何もな」

 そう呟き、先生は歩いていく。

 ……何もないと言い張るなら俺達が突っ込む意味もないよな。

 そう考えていたのだが思わず突っ込みたくなるくらいの一日が始まる。

 まず授業において俺達に提示するはずの宿題を職員室に忘れたり、教科書の題材を先生が読んでいる時に同じ個所を読んでしまったり、あといつもの癖で俺が授業休みにPFPをしていても何も言わずに出て行ったりとおい、何かあっただろと突っ込みたくなるくらいの出来事が起きた。

 そのドジっぷりに俺以外にも教室の連中はぼそぼそと平塚先生の不調を口々にする。

「ねえヒッキー」

「あ?」

「明らかに先生おかしいよ」

 事情を知っていれば猶更、先生のドジっぷりは目に余るか。

「そうだな。色々とあったんじゃねえの。振られたとか」

「先生振られてもピンピンしてたじゃん」

 …………確かに振られても「早く結婚したい」って呟くだけで行動には何の変化もなかったな。

「でも俺達が手を出す案件じゃないだろ。雪ノ下も言ってたろ。プライベートにまで突っ込むのはよくないって」

「確かにそうだけど……あれはちょっと気になるよ」

 俺も由比ヶ浜の手前、あぁいったが実際はかなり気になる。いつもの行動が出来ないくらいに考えてしまうほどのことが先生の身に起きたのか。

 でも気になるだけで手を出す気にはならない。子供が大人の悩みに手を突っ込んだら大やけどで済まないことになるかもしれないんだ。

「大人の事情は大人の事情だ。子供の俺達が手を出していいものじゃない」

「……そうだけどさ」

 その時、授業が始まることを告げるチャイムが鳴り響き、PFPをポケットに直すと同時に次の授業の担当教師が教室に入ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 平塚先生のドジっぷりはその日だけに留まらず、あれから2日ほど経った今でもそのドジっぷりは治るどころか酷くなる一方で流石に注意を受けたのか職員室で校長にたしなめられているところを目撃したという生徒まで出てくる始末。

 流石にそんな先生を見て何かあったのだと思った連中は口々にああじゃないか、こうじゃないかと考察を口にしていき、それが噂となって駆け巡る一歩手前の状態までになった。

 が、そんな中でも奉仕部は通常運行。

 いつもの通り、雪ノ下は文庫本を読み、由比ヶ浜は携帯をポチポチ、俺はPFPをガチャガチャしながら部室に依頼者が来るのを待つ。

「……今日はもう来ないみたいだしお悩み相談メールでも解決しようよ」

「そうね」

 由比ヶ浜の提案に雪ノ下が乗り、俺も何も言わずにPFPをしたまま椅子をノーパソが置かれている机の近くにまでもっていき、そこでPFPを続ける。

 古いタイプのノーパソなのか起動する際にウィィィーンという音が部室に響き、デスクトップに行くまで少しの時間を要する。

 1分ほど待ってデスクトップに変わったのか雪ノ下がマウスを少し動かした後にダブルクリックする音が響く。

 そこでPFPを一時中断し、ノーパソの画面に目をやると今日はNEWマークはあるにしても以前ほどの数はなく、5通ほど来ていた。

【P.N:気になりますさんからのお便り】

『国語担当の平塚先生の様子がおかしくて気になります。いつもは読み飛ばしなんてしないのに読み飛ばしをしてしまったり忘れ物をしてしまったりしています。出来ればで良いので助けてあげてください』

「……随分と慕われているようで」

「校内人気で言えばトップじゃないかしら」

 一旦保留と決めたのか雪ノ下はそのメールをいったん閉じ、次のメールを開く。

【P.N:yumiko☆さんからのお便り】

『平塚先生がおかしい。あーしの周りの奴らがそれでおかしいから解決よろ』

「…………なんというか平常運転っすな」

 それからも次々とメールを開いていくがどれも平塚先生に関することばかり。

 このメールからでも学校の連中が平塚先生のことをどれだけ慕っているのかが分かると同時に平塚静という教諭がどれほど優秀な人物だったのかが分かった。

 ただ、俺達が突っ込んでいい案件じゃない。相手は大人だ。俺達は静観しておくしかない……あくまで俺の意見だけどな。最終決定権は雪ノ下にある。

「どうするんだよ、雪ノ下」

「ゆきのん」

 雪ノ下は静かに目を瞑り、腕を組んで考える。

 そして結論を見出したのか静かに目を開けた。

「この依頼、承りましょう」

 そう言うと由比ヶ浜の顔に笑みが浮かんだ。

「でもどうやって解決するの? 先生の悩みなんて聞いてないからわかんないし」

「そうね……でも原因らしきものは分かっているわ」

 恐らく先日の男性とのことだろう。職が手につかなくなるほどの揺さぶりをかけることということで考えれば恐らく一つしかない。むしろそれしか思い浮かばない。

「でも何をもってして解決とするんだよ」

「そうね……以前までの平塚先生になれば、ということにしましょう」

「そうなると根本的な解決か」

「……たぶん先生、悩んでるんじゃないかな。欲しかったものと今との間で」

 先生が何で悩んでいるかなどあの場面を見ている俺達であれば容易に想像がつく。恐らくあの男性からプロポーズを受けたのだろう。だがそんな事では先生は悩まない。それどころか嬉々としてそのプロポーズを受け取ってさっさと結婚して苗字も変えるだろう。

 由比ヶ浜の言う通り、先生は男性から何かしらのお願いをされたのだろう。

 それが理想か、現実をとるかの境目で悩んでいる理由だろう。

「……専業主婦か」

 俺の呟きに由比ヶ浜は小さく頷いた。

 恐らく男性は平塚先生に家に入ってもらうことを条件としてプロポーズしたのだろう。

「あれほど結婚結婚と言っていた人がいざ結婚で悩むとはね」

「そんなもんだろ……理想なんていつも目にすれば悩む」

 現実とのギャップの差に悩む。そして理想と現実は違うとようやく気付く。

 部室に嫌な静けさが漂い始める。

 何か案はないかと頭の中で思考を駆け巡らせるがまともな案は出てこず、結局黙りこくってしまう。

「仮に平塚先生が専業主婦として家庭に入り、仕事を辞めるか否かで悩んでいるとすればその踏ん切りがきれるようにすればいいんじゃないかしら」

「どうやってやるんだよ」

「私がいなくてもこいつらはやっていける、と思わせたらいいんじゃないかしら」

「…………え、俺達問題児なの?」

「ものの例えよ」

 びっくりした。俺達が問題児集団かと……十分すぎるくらいに問題児ばかりだな。

 片方は友達がいない学業優秀美少女、片やゲームしかしない引きこもり・ニート・オタクが融合した最強のヒキニク野郎だろ、そして最後は……あれ? なんで由比ヶ浜ここにいんの? この中じゃまともじゃん。

「なんかお前がまともな奴に見える」

「はぁ!? 酷くない!? あたしまともだし!」

「とりあえず、やれることはやってみましょう」

「でもどうやるんだよ。先生の悩みを無くせるくらいにインパクトがあるやつなんているか?」

 そう言うや否や雪ノ下と由比ヶ浜が同時に俺の方をジーッと見てきた。

 …………え? 俺が一番の問題児なの?

「ええ、いるわ」

「いるじゃん」

「酷くね?」

 俺はただのヒキニク野郎なのに……グスン。

「先生の悩みを無くすどころか踏ん切りを一瞬でつけさせる方法が1つだけあるわ」

「あ。あたしもなんか思いついたかも!」

 …………なんだろうか。雪ノ下と由比ヶ浜が笑っているのに笑っているように見えないぞ。 



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第五十話

翌日、変化は早速起きた。

 クラスの視線が全て俺の座席に集中しており、様子を見に来た材木座など「嘘だ!」なんて泣き叫びながら廊下をダッシュする始末だし、授業を行った先生たちに至っては涙を流して喜ぶ人もいる始末だ。

 だが当の本人は腕をガタガタ震わせながら必死に次の授業の予習をしている。

「あと5分だよ! 頑張ってヒッキー!」

「ガガガギギゴゴゴ」

 我慢の限界が近いのか俺の口から今まで出したことがない異常音が勝手に出てくる。

 由比ヶ浜と雪ノ下が平塚先生の悩みを解決するために出した案……それは俺という存在からゲームを削除し、新しく勉強というデータをインストールしてまっとうな人間にVerupするというものだった。

 はじめは俺も拒絶したんだがいつの間に交換していたのか由比ヶ浜が電話で小町に連絡を取るとものすごい速さで奉仕部の部室にやってきて大粒の涙を流しながら「お兄ちゃんがまっとうな人間になることを心の底から歓迎するであります!」なんて叫びやがった。

 結局、可愛い可愛い妹の願いを捨てることはできず、こうなったのだ。

「ゲ、ゲームを……3分でいいからゲームをさせてくれ」

「ダメ。これも先生のためだと思って」

「ガフっ」

 クラスの連中はこんなにも俺が苦しんでいるのに何故か止めるどころか歓迎ムードだ。主に葉山・三浦・海老名さんなどの連中だが。

 そうこうしていると次の授業のチャイムが鳴り響く。

「はい、おしまい。じゃ、ヒッキーお約束条項に従ってね」

「ゲホゥ」

 そして今朝、お約束条項なるものを小町から渡されて全文を読んだときは絶望に震えた。

 条項1:1回の授業で3回は挙手して質問すること。

 条項2:当てられた問題は率先して解くこと。解答者がいない場合は挙手して率先して黒板で解くこと。

 条項3:授業が終わった後、必ず次の単元の質問に行くこと。

 条項4:学校にいる間は由比ヶ浜にゲームを渡すこと。

「では授業を開始する。今日は昨日の続きのP106からだ。昨日の宿題でこの最後の文章における作者の考えを類推せよという問題を出したが自信がある奴は発表して構わんぞ。私が採点してやろう」

 そう言うや否や由比ヶ浜が視線でイケイケイケ! と行ってくる。

「は、はい!」

「ん、じゃぁ比企谷…………比企谷!?」

 俺をあててから少し間をとった後、思いっきり心外な反応で俺を2度見してくる。

 先生は持っていた教科書を思わず落とし、口を半分開け、目をパシパシと何度もパチパチさせる。

「こ、この作者の考えとしては死んでしまった息子を想っての一言だと勘違いしがちですがそれはよくある誤りでこの文末の一言は息子ではなく、妻を想っての一言だと考えました。理由としてはほとんどのページで息子のことを想った文を書いており、さらに題名で息子の名前を出していることから最後の文も息子に対してのことだと勘違いしがちですが最後から2行目で妻のことを触れています。最後から2行目以降は息子ではなく、その息子をお腹を痛めて産んでくれた妻への文だと考えました」

 俺が必死に家で考えた全力の解答を先生にぶつけると先生は目頭をつまんで肩を震わせる。

「う、嬉しいぞ。ゲームしか能がなかったお前がこんなに……こんなに立派になって」

 ひ、ひでぇ…………ひでぇ。

 その後も条項に従って3回、挙手して問題を解き、その度に先生は歓喜の涙を零す。

 さらに授業終了後に次にやるであろう部分の質問をしに行くと頭をなでなでされた。

 そして先生はご機嫌な様子で教室から出ていった。

「げふっぅ……も、もう無理」

 これがあと3つも続くと考えると冷や汗しか出てこない。

「ヒッキーやればできるじゃん」

「ゲ、ゲームを」

「ダーメ」

「ガフッ」

 何故、由比ヶ浜こんなにも楽しそうに笑顔を浮かべながら俺からゲームを奪えるのだ。鬼! 鬼ビッチ!

 そんなこんなで俺の苦痛でしかない日常は過ぎ去っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の放課後、俺達奉仕部員は駅前にあるゲームセンターにいた。

 というよりも俺の出した報酬を奴らが飲んだのでここにいるだけなんだがまあ、理由はともあれゲームを自由にできる時間なので思いっきりしている。

 シューティングゲームはもちろん音ゲー、UFOキャッチャー、格ゲーにいたるまでほぼ全てを1回ずつすべて回っている。

「……なんというか凄いね」

「ここまでくれば病気ね」

 後ろから突き刺さる言葉が投げかけられてくるがそんなものお構いなしに俺はゲームを堪能する。

 やはりゲームは最高だ。俺の傷をドンドン癒してくれる。

「ね、ねえヒッキー!」

「なんだ……ん?」

 後ろから肩を叩かれ、仕方なく太鼓を叩きながら後ろを振り向くとなんとそこにこの前とは違うオシャレな格好をした平塚先生とあのイケメン男性が仲良く並んで歩いている。

 ちょうどゲームも終わったので俺達は2人に見つからない様にアーケードゲームの陰に隠れ、2人の様子を観察するがどうやら今日はお高いレストランではなく、安くてうまい大衆向けのレストランへ来たらしい。

 すると2人は何やらこそこそと話したかと思えばゲームセンターの中へ入ってきた。

 俺達は慌てて2人が来る方向とは逆回りの方へ回って先生たちの後ろへとまわり、2人の様子を観察するがどうやら太鼓の匠をするらしく2人でバチをもって楽曲を選択する。

「先生、悩み吹っ切れたのかな」

「そんな1日程度で吹っ切れるほどの悩みじゃないだろ」

「あら。貴方の威力が強すぎたんじゃないかしら」

 ひでぇ。俺が更生したことがギガトン級の爆弾かよ。

 2人は楽しそうに笑みを浮かべながらバチでリズム良く叩いていく。

「あ、そこはドン……だぁ! そこはカッだって!」

「なんで見えるの?」

「それ以前に何故、2人がしている楽曲が分かるの?」

「はぁ? 譜面で分かるだろ」

 そう言うと2人は何か恐ろしいものでも見たかのような表情で一歩下がった。

 グスン……泣かないわ。あたし、泣かない。

「でも……なんだか先生楽しそう」

「そうね」

 由比ヶ浜の言う通り、平塚先生は先程から屈託ない笑みを浮かべて本当に楽しそうにしながらバチを叩いていく。あれが本来の恋する乙女というやつなのかもしれない。

 まだ俺達が経験したことのない。

「なあ、解決でいいんじゃねえの? ていうか解決にしてください」

「あ、歩いてくよ!」

「追いかけましょう」

「終わってくれよ」

 俺の文句が通るはずもなく2人の後ろをついていきながら追いかけていくと屋上にあるデートスポットとして若干有名な展望台っぽい場所に着いた。

 確かここってデートスポットっぽいばしょで展望台っぽい場所があってプロポーズしたら断られるかもしれないっぽい噂があるっぽい場所じゃん。

 2人は手すりを持ち、夜景を見ているが俺達は設置されている横長の植木鉢にどうにかして隠れながら2人を観察している。

 ていうかさ。

「なんでお前ら俺の上に乗っかって横になってんだよ」

「仕方ないじゃない。植えられている木に葉っぱがないもの」

 横長の植木鉢に沿うように俺が一番下、その上に雪ノ下、その上に由比ヶ浜が乗っており、いくら女の子だと言っても流石に二人に乗りかかられると重い。

 今日は快晴だったこともあってか風もほとんどないから2人の声がよく聞こえる。

「静さん」

 ちょっと二人に問い詰めようかと思った瞬間、そんな声が聞こえたので口を閉じ、2人の会話に耳を傾ける。

「あの件、考えてくれましたか?」

 あの件……恐らく俺たちが考えていたことだろう。

 先生は男性の質問に顔を伏せ、少し考えているのか袖をギュッと握って目を瞑っている。

 あ、あれぇ? あんな乙女な女性は本当に平塚先生なのか……いつもあんなに拳をパキパキ言わせてゼータパンチぶっ放してくるのに今日はどっかの回復しながらの攻撃してくるデレナビみたいだ……あれ、地味に通信対戦でやられてくると鬱陶しいよな。特に4作品目なんかチャージしてヒットしたらチップ破壊だし。

 先生は決心がついたのかポケットから四角い箱を取り出した。

 …………。

 先生は箱を取り出すとそのまま開けずに男性に返した。

「申し訳ないですが……お断りします」

「……理由を聞いても良いですか?」

「…………その……私が顧問をしているクラブに問題児がいるんです。そいつらは片方は頭が良すぎて友達がいなくてもう1人はゲーム中心の生活をしてるやつなんです…………そいつらのことを見送ってからじゃないとね……それに今のこの仕事も楽しいんです。教師として……あいつらを放っておけなくて……ですから今はお断りします」

 男性は少し悲しそうな表情をするが小さく笑みを浮かべると平塚先生の手にあった箱を受け取り、ポケットの中に突っ込んだ。

「じゃあその問題児君たちが卒業したころを見計らってもう1回来ようかな」

 男性は笑みを浮かべながら平塚先生を見つつ、そう言うと先生の傍を離れ、出口から下へと降りていった。

 なんか…………本当の大人の事情ってやつを見たかもしれない。

「さて…………さっさと出て来い。問題児ども」

「……ば、ばれてましたか」

「当たり前だ。こんな時間に外出とはやはりお前たちは問題児だな」

「その問題児を集めたのは先生ですよ」

「そうだな……よし。少し付き合え」

 このパターンは愚痴を言われながらご飯をごちそうになるパターンか?

「お説教の時間だ」

 月明かりを背に受けながら先生は笑みを浮かべつつ、指の関節をパキパキと鳴らしてそう言った。



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第五十一話

 平塚先生のお悩み解決から数日が経った日の放課後、いつも通りに俺は部室にいたのだが今日は珍しく奉仕部メンバーが全員、集まっておらず、さらにその来ていない人物は奉仕部にとっていなければならない存在なので余計にそいつが来ていないことに不信感を抱く。

 雪ノ下雪乃。奉仕部の部長だ。

「珍しいね。ゆきのんがこんな時間になっても来ないなんて」

「そうだな。国際教養科で何かやってんじゃねえの?」

 雪ノ下がいる国際教養科はいわば特進クラスだ。どっかの名門といわれている私立や国立、公立大学を目指す連中が在籍しており9割が女子を占めているというほとんど女子高のようなクラスなのだ。

 その中でも雪ノ下はトップに位置づけており、いわば俺たちの学年全体共通の高嶺の花なわけだ。

「そう言えばもうすぐクリスマスだね」

「そうだなー」

「京都から帰ってきて京葉線乗ったらもうクリスマスの広告とかあってさ! ビックリしちゃった。あ、そう言えばディスティニーランドももうすぐクリスマスイベント始まるんじゃない!? 新しいアトラクションも始まったとかって聞いたし」

「へー。そうなんだー」

 さっきから由比ヶ浜が言葉のボールを投げてくるが俺はPFPをしながら答えるという名のバントでコロコロ転がし、またそれを拾って剛速球が投げられてくるがまたもやバントで返した。

 クリスマスはこっちも色々とイベントがあるから忙しいんだよ。クリスマス限定アイテムが貰えるランキングが始まる予定だし、クリスマス特別ダンジョンも始まるし。

「あ、そういえばもうすぐ生徒会役員選挙あるんじゃない?」

「そうだなー。そういえば書記は集まらなかったとかで本当は体育祭前にする予定がずれたんだってな。だからこんな微妙な時期にやるらしい」

「え、そうなの?」

 おいおい。せっかく俺がフライあげたのにエラーするなよ……まぁ、生徒会役員選挙なんて強制参加の行事でもないから覚えてないのも無理はない。俺もここに来るときに噂話として小耳にはさんだのが頭に残っているだけ。

「ゆきのん遅いな~」

「もうすぐ受験期だし、そう言う説明じゃねえの」

 自分で言ってふと考えた。

 年が明ければ俺達ももう3年だ。大学受験を控えることになれば必然と勉強するために時間を割くし、それに伴ってここでの時間もなくなっていくだろう。

 それは決定事項のはずなのにどこか俺はそれが寂しい……気がする。

「失礼する」

 いつものノックのない平塚先生の侵入に顔を上げて対応しようとするがその後ろからやってくる後続の人達の顔を見て止めようと顔を下げた。

「比企谷君♪」

「ど、ども」

 顔を覗き込むようにしてみてきたのは我が総武校生徒会長・城廻めぐりだ。

 いつものほんわか雰囲気は健在か……ていうかあれ誰だ。

 もう1人、来客がいた。制服を少し着崩し、余ったカーディガンを控えめに握り、地毛らしい亜麻色の髪を持った見かけない顔の女子生徒がいた。

「あ、いろはちゃん」

「結衣先輩、こんにちわ~」

「やっはろ~」

 2人は面識があるらしく、いろはと呼ばれた女子はふわっふわとした声を出し、由比ヶ浜に胸の前で小さく手を振り返した。

 俺がボケーっとしているとどうやら察したのか由比ヶ浜がいろはと呼ばれた女子生徒の紹介を始める。

「この子は一個下の一色いろはちゃん。サッカー部のマネージャーさんなんだよ」

「どうも~。一色いろはです」

「は、はぁ……で、何用で?」

「生徒会選挙があるのは知ってるよね?」

 その問いに首を縦に振る。

 今さっきまでその話題をしていたところだ。まあ、由比ヶ浜のエラーでゲームセットしたわけだが……。

「本当は体育祭前にはやっておく予定だったんだが立候補者が集まらなくて延期していたんだ。学校側も城廻に甘えてしまってな。こんな中途半端な時期にすることになったのだよ」

「私はもう指定校推薦が決まってるんで」

 指定校推薦は早くに合格が決まるいわば一番楽に行ける入学試験であり、早ければ夏休み前には合格が決まり、ヒャッハーと遊びほうけることができるのだ。

 まぁ、めぐり先輩のことだから遊ばないだろうけど。

「あ、そうそう。それで私たち現役組が最後のお仕事として選挙管理委員会をやってるの。順調に進んで公示も終わったんだけど……」

 そう言いながらめぐり先輩はチラッと一色の方を見るとハハハ、と一色は乾いた笑みを浮かべて頭をポリポリかいた。

 ……心がざわめく。また面倒くさいことが刻一刻と迫っていると言う事だ。

 俺の面倒くさいレーダーがアラートをけたましく鳴らしながらもそんなものが他人に聞こえるはずもなく、めぐり先輩の話は続いていく。

「それで彼女はね……生徒会長候補なの」

 そう言われた瞬間、思わず一色の方を見るとバッチリ目が合ってしまった。

「今向いてなさそうとか思いませんでした~?」

 分かるならなぜに立候補したんだよ。今ので分かったけどこいつは人に見られることに慣れている。だから俺がどんな気持ちでこいつを見たのか目を合わせるだけで一瞬で分かったんだ。いわゆるちょっと自分に自信がある女子高生だ。皆からの視線を集めているわけじゃないけどちょっとは視線を集めていることを理解してるやつだ。

「で、その生徒会長候補様がなぜここに」

「うん。実はね……選挙で当選をさせたくないというか」

「…………つまり生徒会長なんてしたくないってやつですか?」

 そう尋ねると一色は迷いなく首を縦に振った。

「いや~。私は生徒会長なんてしたくなかったんですけど勝手に出されてたというか~」

 お前はどこのアイドルユニットを輩出してる事務所だよ。勝手にってことはそう言ういじめ……似合っているような感じもしないし、サッカー部のマネージャーをやってるくらいだし、どうせまたあのおかしなクラス内の内輪ノリというやつだろう。

「推薦人も30人集めてのことだから手の込んだいじりだ。これに加担した奴ら全員には指導をするつもりだが公示も済んでしまった以上はどうしようもないのだよ」

「はぁ。あの時、私たちがちゃんと確認していれば」

 推薦人30人と言う事はクラスの連中のほとんどとその悪乗りに嬉々としてのったバカな連中をちょっと合わせたくらいの人数か。まぁ、色々と選管も忙しかったんだろう。わざわざ本人確認して承認するほど時間がないのもまあ無理はない。

「でもそんなのよく教師が許しましたね。気づいてなかったんっすか?」

「いやな。話はしたんだが担任の中ではサクセスストーリーが出来ているようでこちらの話など全く頭の中に入っていないのだよ。立候補を取り下げようにも規則に取り下げの仕方は明記されていないし、困ったことに一度立候補してしまうと選挙が終わるまでどうにもならないんだ」

「じゃあいろはちゃんが選挙で負ければそれでいいんじゃ」

「まぁ、そうなんだが……そうなるとクラス内の空気がな」

 確かにこのまま放置しておけば選挙が始まり、ろくな準備もしていない一色には悪乗りに加担した馬鹿な奴らの少ない票しか入らず、ほぼほぼ落選は決まるだろうがそうなってしまうとクラスでの立ち位置が少々どころかかなり不味い位置になってしまう。いじめに発展しかねないし。

「圧倒的な差で負けてしまえばクラス内での立ち位置が不味くなり、逆に勝ってしまえば生徒会長にはなれるが本人はしたくない……妥協点としては一色が僅差で負ければいいんじゃないんですか?」

「あ、そっか。僅差なら惜しかったね~で終わるし。ヒッキー頭いい!」

「はっ。伊達に罰ゲームの対象にされてねえよ」

 小学校の時、勝手に推薦されていたルーム長の選挙の時に嫌というほど味わったからな。

 しかし、めぐり会長はきらりと光る凸に手を当てて悩む。

「それは1回は私たちも考えたんだけど…………立候補者がね」

「一色以外いないんすか?」

 一色しか候補者がいなければ信任投票となり、ほぼ確実に生徒会長になってしまう。それに生徒会選挙なんて俺含めて真剣に投票する奴なんていない。ネタで不信任にしようものならそいつに生徒会から推薦が来るくらいだからな。

 だがめぐり先輩は首を左右に振って否定する。

「そうじゃなくて…………相手が相手というか」

「相手が相手……葉山とかですか?」

「いいや違う。まさか公示を見ていないのか?」

 先生の問いに俺達は同時に首を縦に振る。

 生徒会選挙など参加しない俺達からすればちょっと向こうの方でお祭りやってるねって言う位の感覚でしかないから公示など見ないし、それがされたのすら知らない。

「雪ノ下だよ」

 先生のその一言に俺たちの時間は止まった。

 ゆ、雪ノ下が生徒会長選挙に立候補…………待て待て。何俺は動揺しているんだ。よくよく考えれば雪ノ下ほど優秀な生徒ならば生徒会長に立候補することなどあり得る話だ。むしろ周りからの期待はあったはずだ。現に文実の時は生徒会からの評価は高かったという。ただそれが普通の生徒であるならばの話だ。雪ノ下は奉仕部の部長だ。仮に選挙に勝った場合はどうするつもりなのだろうか。

「ゆ、ゆきのんが生徒会長に立候補……ほ、本当ですか?」

「なんだ、あいつから聞いていないのか。修学旅行が終わってすぐに言われたんだがな。てっきりお前たちにはすでに話しているものかと」

 修学旅行ってつい最近じゃねえか。

「相手があの雪ノ下さんとなるとどう考えても彼女の方に票が回っちゃうし」

 雪ノ下の優秀ぶりは既に知れ渡っているどころか文実でさらにエンハンスがかけられて初期の評価よりも倍以上は評価されているはずだ。

 周りからすればようやくかと思っただろう。

「妥協しようにもできないんだ。だからここに来たんだが」

「お願いしますよ先輩~。もう先輩たちしか頼るところがないんです!」

 そうは言われても俺達も俺達で驚愕の真実をたった今知ったわけだから何もできない。

「俺達も雪ノ下が立候補するって今知ったもんですから……」

「そうか……とにかく今回は日を改めよう」

「そうですね。いろはちゃん」

「は~い。また来ますね、先輩」

 ぞろぞろとお客は帰っていくが俺達の間にある空気は正直微妙なものだ。

「最近遅かったのも準備のせいなのかな」

「だろうな。でも何も驚くことは無いだろ」

「なんで?」

「周りには既に雪ノ下生徒会長論は少なからずあったはずだ。それがやっと叶ったってことで周りは祝福モードに入っているだろうし、あいつもあいつ自身で何かやりたいことがあったから立候補したんだろ」

「で、でもさ!」

 由比ヶ浜は声を荒げて俺に一歩近づく。

「もしもゆきのんが生徒会長になっちゃったら奉仕部はどうなっちゃうの?」

 確かにその問題はある。あいつが部長である以上は生徒会長に立候補すると言う事ならば兼部と言う事になるが果たしてあいつにそれができるだろうか。文実で過労のあまり風邪を引いてぶっ倒れたあいつだ。また生徒会と奉仕部の疲労がたまってぶっ倒れるなんてことはあり得る。生徒会長に立候補するのであれば奉仕部を退部し、暇な時にやっはろ~とみたいな感じで……って何考えてんだおれは。どうでもいいことだ。

「無くなりはしないだろうけど……3人から2人にはなるだろうな。実質」

「…………そうだよね…………」

「別に奉仕部がなくなるわけじゃねえんだし、規模を縮小して再出発だろ」

「……だといいけど」

 ふと時間を見るともうすぐ完全下校時間になる時間帯だったのでPFPをカバンに直し、担いで部室から出るとその後ろから由比ヶ浜がカギを持って出てきて扉を閉める。

「じゃ」

「うん。また明日」



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第五十二話

 その日の晩、学校を出た俺は国道をまっすぐ自転車で走って千葉へと向かい、中央駅の方にある映画館のはす向かいにあるドーナツショップで1人、PFPをしながらドーナツを食べていた。

 やっぱりポンド・しょうゆはうまいな。ポンド復活祭が行われるたびに食べてきているが最近はいろいろあったせいで食べれなかったからな。

「相席してもよろしいですか?」

「どうぞご勝手に」

 PFPをしながらポンドしょうゆを貪っているとそんな声がかけられたので顔も上げずに対応し、最後の一つをとろうとした時に人の手が当たった。

 相席した人のかと思い、違う場所へ手を動かすがまたそこでも手が当たり、また違う場所に動かしても当たるのでさすがに鬱陶しくなり、顔を上げて確認した時、一瞬咽かけた。

「ぶはっ」

「ひゃっはろ~。比企谷君」

 立ち襟の白いブラウスに目の粗いニットのカーディガンにロングスカートを履いている奉仕部の部長である雪ノ下雪乃をも凌駕するモンスター・雪ノ下陽乃が笑みを浮かべながらポンド・しょうゆを食べていた。

 何この人は勝手に俺のポンド・しょうゆを食ってるんだろうか。

「珍しいね、こんな時間に君がこんなところにいるなんて」

「自宅周辺にドーナツショップがないもんで……で、なんですか」

「友達とご飯食べに行くまでの暇つぶし」

 笑みを浮かべながらそう言われると俺はすぐさまイヤホンの準備をし、耳に挿しこもうとするが細長くて雪の様に白く、綺麗な指に片方のイヤホンを取られたので慌てて顔を上げると彼女の耳に入っているではないか。

 えー。この人一体何がしたいの? 何で他人が耳に突っ込んだものを遠慮くなく突っ込めるの?

「へ~。ゲームってこんなBGMなんだ~」

「は、はぁ。まぁ……で、マジでなんで来たんすか」

「そこに君がいたから、かな?」

 至上の笑みを浮かべながらそう言われるがドキッともしない。

 普通の男子どもならば「え? も、もしかしてこの子俺のこと好きなの? 告っちゃう?」みたいに勘違いするだろうが数多の罰ゲームの対象にされてきた俺にはそんなもの効かない。

 そう。俺は周囲の男子どもとは違うのだ。鋼の心を持っているのだ。アイアンハート……なんかかっこいい。

「やっぱり君は面白いね。今のは頬を染めて視線を外すところだぞ♪」

「へーうわー。なんかドキがムネムネしてくるー」

「アハハハ! やっぱり君は面白いなー!」

 陽乃さんは本当に面白がっているのか周りのことなど気にも留めずに笑う。

「ふぅ。本当に君は面白いね。他人には興味がないのに次々と他人を変えていく」

「そうっすか?」

「そうだよ……だって雪乃ちゃんが生徒会長に立候補するくらいだもん」

 指が止まった。

 ……どういう意味だろうか。雪ノ下雪乃は俺に言った。自分は正直な奴ほど生きにくいこの世界を他人事変えたいのだと。だから奉仕部にいるのだと。そんな彼女の途方もない大きな夢のために生徒会長というものはマストプレイな行動であり、マストアイテムであるはずだ。なのになぜ、彼女が変わったことでようやく立候補したとでも言いたげにこの人は言うのだろうか。

「ああ見えて雪乃ちゃん、恥ずかしがりやだからさ。生徒会長とか言う人前に立つ仕事は好んでやる子じゃなかったんだけどね」

「よく知ってますね。盗聴器でも仕掛けてるんすか?」

「まさか。隼人からお手紙が来るんだよ」

 あぁ、なるほどね。葉山がそこにいたか。まぁ、姉であるこの人を嫌っている節がある雪ノ下が「私、生徒会長に立候補するの!」なんて言うはずもないか……小町には言われてみたいな。

「そっか~。とうとう雪乃ちゃん、生徒会長か~……ちょっと遅いかな」

 ボソッと呟いた言葉の真意は何だろう。

 もっと早くに行動しておけよという意味なのか、それとももっと早くにその考えに到達しろよと言う意味合いなのか。前者ならばどこか窘めているともいえるが後者になると意味合いは全く違ってくる。

 ――――――絶対的勝者から見た憐みの言葉。

 雪ノ下は恐らく……いや、確実にこの人を見て立候補したのではないのだろう。もしもこの人のことばかり見ているのであれば雪ノ下生徒会長はもっと早くに誕生し、総武高校史上最高の生徒会長と評されただろう。だが彼女が今までやってこなかったことを鑑みればこの人のことを見て立候補してはいないだろう。

 なら、なんで今になって……。

「あれ、比企谷?」

 その時、俺の名前を後ろから呼ばれ、振り返ってみると近くの海浜総合高校の制服を着た2人の女子高生がいて片方はくしゅりとしたパーマがあてられたショートボブの女子がいた。

「超ナツイんだけど! レアキャラじゃん!」

 そう言いながらバシバシと俺の肩を叩いてくるが俺は満面の嫌そうな顔をするがそんなことお構いなしにその女子生徒は手持無沙汰感Maxの友達を置いて喋りかけてくる。

「卒業して以来だよね!? 一年ちょっとぶり!?  ナツイなー! あ! まだゲームしてんだ! 中学の頃からずっとそうだったよね!」

「比企谷君の知り合い?」

「さあ? 同じ中学みたいですけど」

「何言ってんのー!? 同じクラスだったじゃん! 折本! よく喋ったじゃん!」

 あぁ、覚えているとも。同じ中学・同じクラスで罰ゲームで俺に告白してきた奴だ。良く言えば姉御肌で誰とも距離を取らずにサバサバとした感じで距離を詰めるフレンドメーカーだが悪く言えば人のパーソナルエリアに土足で踏み込んできて散らかしてそのまま出ていく構いたがりだ。

「比企谷って総武高校なんだ」

 県内有数の進学校である総武高校は珍しくブレザーだ。見れば一発で分かるんだろう。

「いっがーい。比企谷って頭良かったんだ。こっちは彼女さん?」

「うん。そうだよ~」

「違う。3つ上の先輩だ。彼女ではない」

 そう言いながら軽く睨み付けるが陽乃さんはウインクをしながら小悪魔的な笑みを浮かべる。

 うぜぇ。

「だよね~。ゲームしかしない比企谷にこんな美人な彼女なんていないよねー!」

 ケラケラ笑う折本につられてお連れの方もクスクスと笑う。

「あ、比企谷と同級生だった折本かおりです」

「へぇ~……同級生ちゃんか~……私は雪ノ下陽乃。ねえねえ、比企谷君の中学時代のお話聞きたいな!」

「え~。なんかあったかな~」

 そう言いながら折本は俺の隣に座り、お連れさんも陽乃さんの隣に座って会話に入り、キャッキャッキャと他人の過去の話で盛り上がる。

 特段、話されたくない話はないから別に構わないんだが……どうでもいいや。

 15分ほど経っただろうか。ふと会話がなくなった。

 むしろ15分も良く初対面の人間同士の会話で持った方だ。これで解散だろう。

「あ、そうだ。比企谷。総武校なら葉山君知ってる?」

 なんで他校の女子にまで知られてるのですかねぇ。

「紹介して欲しいっていう子が結構いてさ~。この子もなんだけど。あ、この子はね。仲町千佳、友達。ねえ、連絡先とか知らない?」

「知るか」

「だよね~。ゲームしかしないもんね」

「あ、私知ってるよ!」

 またこの人は糞面倒くさいことを持ち込むなー……だから会いたくないんだよ~。

 陽乃さんは面白そうな物でも見つけたかのように嬉々として携帯を取り出して葉山に電話し、すぐに来るように連絡するとニコニコと笑みを浮かべる。

「何やってんすか」

「面白そうじゃん」

 その一言に俺は大きくため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 既に夜と言っても差支えない程空は黒く染まり、それを裂くようにモノレールが走り、歓楽街の顔を見せだした街の中を若者たちが歩いていく。

 階段を上がってくる足音が聞こえ、陽乃さんがそちらの方を向くとちょうど部活が終わった帰りにそのまま寄ったのであろう制服を着てエナメルバッグを背負っている葉山隼人がやってきて俺たちの姿を見つけると呆れ気味に笑みを浮かべて近づいてくる。

「陽乃さん、これは?」

「隼人を紹介して欲しいって言う人たち!」

 大きく手を広げながら2人を葉山に紹介する。

 葉山を見るや否や2人は顔を寄せ合ってテンション高めに、それでいて小さく喋りだす。

 葉山は眉間に皺を寄せ、集中していないと気付かない程度の溜息を吐くとスイッチを入れたのか笑みを浮かべて椅子に座る。

「葉山隼人です」

 そこから3人の楽しい楽しい歓談は始まった。

 その間俺は席移動したために隣に来た陽乃さんのちょっかいを避けながらPFPをしつつ、早く終わらないかな~みたいな感じで待っているとものの10分経過した。

「あ、ねえ今度みんなで遊びに行こうよ!」

「あ、それいい!」

 その中に俺は入れなくていいです。ていうか本当に入れなくていいです。

「あ、そろそろ時間だ」

「そうだね。じゃ、またね葉山君」

 カッコいいだの、ヤバいだのと談笑しながら早速俺の存在をデリートしてまるで葉山と3人で喋ったかのような満足感を醸し出しながら折本たちは階段を降りていった。

 2人の姿が消えたところで今まで微笑を浮かべていた葉山がスッと冷めた表情をし、チラッと陽乃さんを睨み付けた。

「……どうしてこんな真似を?」

「面白そうだったし」

 無邪気は邪気が無いと書いて無邪気だが無邪気も行き過ぎるとただの悪意にしかならない。子供が笑いながら虫を殺すのと同じことだ。一見無邪気に見えるが行き過ぎるとそれは悪意になる。

「ま、とりあえず遊びに行ってごらんなさいな。もしかしたらうまくいって楽しいかもよ? ほらよく言うじゃない。食わず嫌いはよくないって」

 そう言うと陽乃さんは袖をまくり、ピンクシルバーの時計を見た。

「あ、そろそろだ。良い暇つぶしになったよ比企谷君。またね」

 そう言って階段をトットットと軽快に降りていく。

「君は……陽乃さんに好かれているんだね」

 カバンを持って帰ろうとした時にそう言われた。

「違うな。あれはからかいだ。いじりだいじり」

「あの人はね。興味があるものにしか好意的に接さないんだ。逆に興味が無いものには一切手を出さないんだよ……好きなものは可愛がり過ぎて殺してしまうか、嫌いなものは徹底的に潰すしかしないんだ」

「あっそ……俺には関係ねえよ。あの人がドSだろうがなんだろうが知ったことかって話だ」

「それもそうだな」

 そう言い、俺達は店を出た。



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第五十三話

 翌日の朝、早速雪ノ下が生徒会長に立候補したという情報が出回ったのか朝からその話ばかり耳にする。

 そこに一色いろはという名前はない。むしろこのまま自然消滅してくれればいいんだがそうすると悪ノリ連中の思う壺だろう。妥協点として僅差で負けるとしても相手はあの完璧超人雪ノ下雪乃である以上は得票数において大差で敗北を喫するのは自明の理。ならば俺達はどうすればいいのだろうか。

 駐輪場を抜け、下駄箱へと向か移動中、由比ヶ浜と遭遇した。

「今日、部室……行くよね?」

「行く。どうせあいつから話しあるだろうし」

 この先の奉仕部の存在、そして彼女が生徒会長選挙に何故今になって立候補したのかの説明も。

「……このまま奉仕部がなくなっちゃうなんてことないよね?」

「さあな。ただ……今まで通りとはいかないだろうけど」

 いつもと変わらない日常なのにどこか吹いている風はいつも以上に冷たく感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 授業など聞いていればすぐに通り過ぎていき、あっという間に放課後になってしまった。

 珍しく三浦たちと喋らずに由比ヶ浜は俺の所へ来るとそのまま一緒に特別棟にある行き慣れた部室へ向かってゆっくりと俺の隣を歩いていく。

 恐らく雪ノ下は奉仕部を去るだろう。由比ヶ浜にでも部長を任せて奉仕部を去れば円満なエンディングを迎え、エンディングクレジットが流れている中、去っていき、史上最高の生徒会長が生まれるだろう。

 そこから先は蛇足勘満載のアフターストーリーが始まる。ま、奉仕部が消えるなんていうBADエンディングを迎えるに比べたら幾分とマシなんだろう。奉仕部が残ると言う事は雪ノ下が暇な時にやってきては昔あんなことあったね~なんていう思い出話イベントも出てくる。

 直近の問題をどうにかすればそれでHAPPYエンディングだ。まぁ、雪ノ下のことだから兼任しそうだけど。

「一色はどうなってんの?」

「いろはちゃんは部活抜けれそうにないからちょっと遅くなるってさっきメール着たよ」

「っそ。はぁ、面倒くさい」

「もうヒッキーは……ゆきのんに依頼のこと言う?」

 まだ雪ノ下には一色いろはの依頼を伝えていない。ぶつかるであろう相手と試合前に会ってそいつのお悩み相談を受け入れるほどあいつも万能じゃない。マニフェスト製作、応援演説者、演説内容の作成。それらは雪ノ下をもってしても並行作業は不可能だ。ていうか普通はやりたくない。

「言わない方がいいだろ。戸部の時と同じだ。今回は言わない方がスムーズに進むんじゃねえの?」

「そっか……どうなっちゃうんだろ」

「さあな」

 そう言い、ガラッと部室の扉を開くと久しぶりに彼女の文庫本を読む姿を見た。

「やっはろ~。ゆきのん」

「こんにちわ、由比ヶ浜さん」

「相変わらず俺は無視かい」

「あら、いたのね。虫に見えたわ、虫谷君」

「でかい虫だな」

 いつものやり取りを交わしながらいつもの定位置に座るが部室の空気はいつも通りとはいかない。

 雪ノ下は文庫本に栞を挟み、パタンと閉じ、俺達の方を向く。

「知っていると思うけれど私、生徒会長に立候補したの」

「初めは聞いてびっくりしちゃったけど……頑張ってねゆきのん! 応援してるから! あ、よかったら色々と手伝ったりもするよ!」

「ありがとう、由比ヶ浜さん」

 本当は由比ヶ浜も雪ノ下に奉仕部の一員として残ってほしいのだろう。今までの楽しい日常を卒業するまで続けたいのだろう。でも雪ノ下は止められない。それをわかっているから止めようとしない。

 なら俺もそれに習えだ。むしろ止める理由がない。

「比企谷君」

「……まぁ、なんだ。頑張れよ」

 そう言うと雪ノ下はさっきと変わらない笑みを浮かべる。

「ええ」

「でも寂しくなるな~。ゆきのんがいなくなっちゃうなんて」

「そうね……でも毎日会えなくなるわけじゃないわ」

「へ?」

「生徒会長といっても毎日、仕事があるわけじゃないの。行事前などは来れなくなるかもしれないけれどそれ以外の日はできるだけ顔を出すわ」

 まぁ、それを選択するわな。奉仕部なんてほとんど暇なもんだし。

「そ、そっか! てっきりゆきのん奉仕部からいなくなっちゃうって思っちゃった!」

「大丈夫よ。生徒会長と奉仕部の部長は兼任するわ。過去の会長にも部活の部長と会長職を兼任した人は何人かいるみたいだから」

 由比ヶ浜は今の楽しい空間が消えないことを知って嬉しいのかさっきから笑みを崩すことなく雪ノ下と喋り続けている。俺はそれをBGMにしながらPFPだ。

 となるとこの学校は雪ノ下色に染め上げられるわけか…………そのうち、雪ノ下閣下に敬礼! とか言うバカな奴らが出てこないだろうな。

 その時、扉が軽くノックされた。

「どうぞ」

「失礼しま~す」

 入ってきた生徒の顔を見た瞬間、俺はどこかこれから最悪なことが起きるんじゃないかという予言にもにた予感を感じた。

 まずいぞ……かなりまずいぞ。

「貴方は……一色いろはさんだったかしら」

「はい。依頼の件で来ました~」

 それを聞き、雪ノ下は頭に?マークを浮かばせ、それを見た一色も頭のはてなを浮かべる。

「あれ? 聞いてないんですか? 私奉仕部に依頼したんですけど」

 雪ノ下はどういうつもり? とでも言いたそうな目で俺達を見てくる。

 黙っておくつもりが一瞬にして崩壊したな。

 こんな状況で一色の依頼を黙っておけるはずもなく、俺達は仕方なく一色いろはが俺達奉仕部にクラスの悪ノリで立候補させられたこと、本人にはやる気はなく、選挙で負けたいと言う事を依頼しに来たということを話すがどこか雪ノ下の表情は怒りに近くなっていく。

「そう……それで選挙に負けたいと」

「はい! 私、会長はやる気がなくてですね~」

「……比企谷君。まさかこの依頼を引き受ける気なのかしら?」

「仕方ないだろ。こいつが悪ノリで挙げられた以上、同情を引く形で負けねえと色々とその後の問題が出てくるだろうし、第一本人にやる気がないんだ」

「平塚先生の指導は入るのでしょう? ならばクラスの方も良いとは思うのだけれど」

「つってもさ。圧倒的大差でお前に負けたらその後どうなるよ。事情を知らない奴らから陰で笑われるだろ。それをさせないために俺達が」

 そこまで言った瞬間、雪ノ下はカップを机の上に置くと部室にカップが置かれた音がやけに響き、思わず俺はそれ以上言葉を綴ることが出来なかった。

 明らかに雪ノ下は怒っている。

「ごめんなさい。悪いけれどその依頼をする気にはなれないわ」

 そりゃそうだ。雪ノ下は真剣に選挙に参加し、勝つために努力しているのにそれがただの出来レースと化するようなものならばあいつの性格上、そんなこと許せるはずもない。

「え~そんな~。もう先輩たちしか頼る人がいないんですー」

「ならば選挙で戦えばいいことよ。貴方が真剣に選挙をしている様子を見れば他の人達もそれに惹かれ、少なからず票を入れてくれるはずよ。何もしないで私たちに頼らないでちょうだい」

「雪ノ下。お前が怒るのも分かるが」

「分かるのであれば何故、依頼を承るのかしら」

 ぐさりと刺さった雪ノ下の言葉を引き抜くことができない。

 確かにそうだ。雪ノ下の怒りに気づいておきながら何故、俺は一色の依頼を承ろうとするのか。

 それは俺の過去の経験からだ。小学校の時、無理やりルーム長の選挙に参加させられた俺はまるで口裏を合わせたかのように誰からの票も入らず、辱めを受けた。今回もそのパターンだ。いくら指導が入るとはいえそれはクラスだけの話だ。事情を知らない奴らは陰で笑う。

「…………経験からだ」

「経験だから何? 同じようなことを体験したからといって選挙で負けさせるようにする義理はないはずよ。彼女の選挙活動をサポートするのであれば私は何も言わなかった…………でも負けることを前提としたサポートなんてものは奉仕部の概念に反することよ」

「じゃあお前、これから一色が選挙で圧倒的大差で負けたとして陰で笑われる学生生活を送れってか。身内の悪評は気にするくせに他人の悪評は気にしないってか」

「そのままそっくり返すわ。貴方、他人の悪評は気にしないんじゃなかったのかしら」

 また雪ノ下の言葉が深く突き刺さり、抜けない。

「何も努力しない人を甘やかす部活ではないわ…………もし、一色さんの依頼を解決したいのであれば貴方たちだけでしてちょうだい。私は外れさせてもらうわ」

 そう言い、雪ノ下はそそくさと帰り支度を済ませ、ドアへと向かう。

「部長の私が部活に出ない以上…………部活は自由参加にするわ」

 そう言い残して部室から去っていった。

 雪ノ下の反応は至極当然だ。むしろあいつが一番嫌うタイプの依頼だ。

「……お前、生徒会長やる気ないか?」

「え~。絶対に嫌ですよ~。生徒会長なんて」

 一色は間延びした声でそう言う。

「……由比ヶ浜。お前はどうする」

「あ、あたしは…………」

 雪ノ下が参加しないとなった以上、一色の依頼は俺たち2人にやるかやらないかの決定権がある。どちらかが嫌だと言えば余った方がやればいいし、2人が嫌だと言えば今回の依頼はなかったことになる。

「……とりあえず俺がやるからお前はゆっくり考えておけよ」

「…………うん。ごめんね、ヒッキー」

 そう言って由比ヶ浜はカバンを持って部室から出ていった。

 なんというか面倒くさい事態になってしまったな……雪ノ下にばれない様に一色が真剣に選挙活動をするのを俺が手伝う位しか方法はないな。

「ところでお前公約とか考えてんのかよ。雪ノ下にばれない程度に真剣にやる以上は演説もやらなきゃいけないだろ」

「…………」

 俺の問いに何も答えない一色を見て俺は頭を抱えてため息をついた。

 全部奉仕部任せかよ……せめて公約くらいは考えて欲しかった。

「とりあえず演説を乗り切るための公約づくり。そこからだな」

「そうですね~。じゃあ昼食場所の自由化とかはどうですか?」

「それはもう自由だろ。ゲーム自由化の方がよっぽどいい」

「それこそないですよ~」

 ひでぇ。1年生に否定される俺っていったいどんな立場があるの?

「じゃあ手っ取り早く定期テストの過去問を取り寄せられるようにするか」

「あ、それいいですね! いつも困ってるんですよね~。どこ出るか分かんないですし」

 恐らく定期テスト自体は学校に保存されているはずだからそれを表に出して生徒が自由に使える様にすれば指定校推薦とかを狙っている連中なら喜んで利用するだろう。色々と制限はいるかもしれないけど。

 この際、公約なんてものは1個でも良い。問題は選挙だ。

「演説文はお前が考えてくれ。適当でいいから」

「え~」

 選挙前にやってくるイベントは演説くらい…………しまった。応援演説もある。悪ノリで挙げられてしまった以上、一色のクラスに応援演説を引き受けてくれる奴なんていない。応援演説は別になくてもいけるんだがそれだとあまり印象には残らない……あ、負ければいいんだから応援演説なんていらないか。

 その後、俺達は公約を2つほど考えてから解散となった。



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第五十四話

五十四話、五十五話更新です。


 数日後の朝、俺はいつもの通り朝ゲームをしていた。

 結局、依頼のゴールを考えた結果はどうすれば一色にはダメージは行かず、なおかつ同情を引くような幕引きで選挙に負けることができるか。

 それを考えながらコントローラーを裁いていくがゲーム画面では成功しまくっているのにさっきから頭の中では失敗画面ばかり出てくる。

 雪ノ下と話した日以来、あいつは部室に来ていない。その代わり掲示板に貼り付けられている選挙公報の記事ではよくあいつの顔は見ている。

 全校生徒の中でいったいどれほどの人間が雪ノ下を支援しているのだろうか。恐らく同学年の支援率はほぼ100%と考えていいだろう。3年生は40~50。下級生に当たる1年生に関してはほとんど雪ノ下のことを知らない奴らが多いので3年の半分以下と考えていいだろう。

 票を集めるならばそこだ。なおかつ違うクラスの連中……いや、恐らく平塚先生の鉄拳制裁という名のお説教を受けている以上、奴らから票をむしり取ることは可能だろう。それで30人は手に入るとしても他のクラスの連中は少し骨が折れる。一人一人説得していたのでは時間が足らなさすぎる。どうする……どうすれば他のクラスの連中の票を一色に集中させることができる。

「お兄ちゃん朝御飯できたよ~」

「ん。分かった」

 ゲームを一時中断し、テーブルへ向かうといつも通りに焼いたパン、スクランブルエッグ、サラダとスタンダードな朝食が用意されている。

 椅子に座り、朝食を食べていく間にも一色の依頼について考える。

 何か……何か容易に拡散でき、かつ連中の票を獲得できる方法はないものだろうか。

「なんかお兄ちゃんの目が光ってる」

「俺はどっかの映画の目からレーザー出す奴か。俺はいつでも目は腐ってるぞ」

「ん~。なんかいつも違う……何かあった?」

「いんや。いつも通りだけど」

 そう言いながらも頭の中では票の集約方法を考える。

「……何かあったの?」

「何もねえよ」

 本当に何もない……普段の日常が変容しただけのことだ。俺には何ら変化は起こっていない。

 だけど小町の執拗な問いによって俺に何らかの変化が起こっていることをありありと指摘されていると言う事が無性に腹立たしかった。

「ねえ、本当に」

「なんもねえつってんだろ。しつけえよ」

 牛乳を一気飲みし、テーブルにコップを軽く置いたつもりがイライラが手にまで影響を及ぼしているのか思いのほか強く置き、リビングにコップが打ち付けられる音が響く。

「……な、何その言い方ぁ! こっちは心配して聞いてるって言うのに!」

「心配してくれないで結構。普段心配してねえくせに」

「もう良い! お兄ちゃんのことなんて知らない!」

 ぷりぷりと怒りながらガチャガチャと慌ただしく食器を片付けると流し台に突っ込み、無言のままリビングから出ていき、既に玄関に用意してあったであろうカバンを持って学校へと向かっていった。

 小町が怒ることは珍しい。だからそれ以上に自分に何かあったのだと突きつけられているようで腹立たしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 授業と授業の間の休み時間。学校は変わらない。変わったのは俺達奉仕部の関係だけだ。

 雪ノ下はあれ以来、部活には来ず、着々と来たるべき生徒会選挙に向けての準備を進めており、噂ではめぐり前生徒会長が応援演説に入るとか。支持率で言えば雪ノ下が圧倒的優勢であり、対抗馬の一色いろははまさに背水の陣。だが前に進まねば彼女の立ち位置が危うくなる。

 一色があいつに勝つには少なくとも雪ノ下に関心が薄いであろう1年の票を集約させるとともに選挙に興味のない連中から毟り取るしかない。

 その相手は今のところは国公立、もしくは私立大学を一般受験やセンター利用などで受けようとしている人たちだと考えているが話など聞いてくれるはずもないだろう。いくら体育祭である程度の知名度を持った俺が一色に票を集めるようにしても雪ノ下の知名度に比べればカスだ。

「ねえ、ヒッキー」

「ん? どうしたんだよ」

「…………部活、どうする?」

 部活が自由参加となった以上、俺は行く気はないし、あいつも行く気はないだろう。

 問題は由比ヶ浜だ。あいつは今のところ俺側でもなければ雪ノ下側でもない微妙な立ち位置にある。その微妙な立ち位置こそ、一番嫌な立ち位置だ。どっちの姿も見えるからな。

「自由参加だろ。あいつは当分は選挙で忙しいだろうし、こっちも一色のことで動き回る必要があるしな」

「そっか……やっぱりいろはちゃんの依頼はするんだ」

「…………今回ばかりは放っておけないんだよ」

 似たような経験がある以上、一色いろはを同じ目には合わせたくない。

「一応、あたしは部室に行ってるね。依頼者が来ても困るから」

「ん」

 そう言うと由比ヶ浜は俺から離れ、再び三浦たちの輪の中に入る。

 修学旅行が終わっても三浦の周りに変化は見当たらない。それどころか寸分の狂いもなく修学旅行以前と同じ構図だ。海老名さんと戸部が笑い、葉山も三浦も笑う。それがあいつらが望んだ結果だ。

 これほど良い現状維持はない。

「比企谷君」

「あ?」

 顔を上げるとそこに葉山がいた。

「今度の土曜日のことなんだけど」

「……なんのこっちゃ」

「折本さんたちのことだよ。一緒に遊びに行くって言う……もしかして連絡回ってない?」

 無駄な行動だと分かりながらもスマホをチェックするが折本からのメールなど来ていないし、そもそも折本のメルアドなど知らない。学年初めにクラス全員が交換している中、俺一人はPFPをしていたから携帯すら出していないし、そもそも話しかけられてすらいない……あ、いやでも折本だけ話しかけてきたような。

「聞いてない。別にお前だけで行けばいいんじゃねえの? あちらはそれを望んでいるだろうし。ていうか休日に外出したかねえよ。休日はゲームの日って俺の中の休日決定機関が言ってるんだよ」

「それだと人数が合わないんだ。来てくれないかな?」

 葉山がここまで俺に頼み込むのも珍しいがそもそもカーストトップと最下位の俺が遊ぶことなどありはしない。

「お前の友達でも連れてけよ。人数合わせならそれで充分だろ」

「そうか…………分かった。すまないな、話しかけて」

 そう言い、葉山は三浦たちの元へと戻っていく。

 ……結局のところ、俺達がすごしてきた時間はこんな簡単にも砕けるんだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の11時30分。俺はそんな時間になっても1人、リビングでPF3をしながら足でカマクラの腹をローラーをかけるかのようにグリグリしてやっていた。

 構ってくれる小町が怒りを原動力にして勉強をしているので仕方なく召使いの俺のところにやってきて腹を撫でさせてやるからさっさと望むまでなでろ、ほれ、ほれとでも言いたそうな顔でゴロンと腹を見せてきたので足でグリグリしてやると「な、なん……だと!? で、でも……悔しい! 気もちぃぃぃぃぃのぉぉぉぉ!」とでも言いたそうな表情をしながら俺の方を見てくる。

 ちなみに今は戦わなければ生き残れない! を延々と超大型ロボット相手に手榴弾だけで勝てるのかという廃プレイをしているわけだ。まぁ、相手は俺を倒そうとかかってきてるんだろうが俺からすればカマクラを片手でひねるのと同じくらいだ。

「あ、弱」

 面倒になったので時間差でポンポン手榴弾をロボットの足に向かって投げてやるとそれが意外にも威力があったのかは知らんが連続した爆発の後、ロボットの両足が粉砕し、そのまま倒れて相手が強制ログアウトを食らったので俺の勝ちが決定した。

 その時、リビングの扉が開かれた音が聞こえ、振り返ると同時に俺の眉間に何かが直撃した。

「あだ……お前」

「電話」

 ぶっきらぼうにそう言うと小町はリビングから出ていった。

 投げられた携帯の画面を見てみると保留画面になっており、それを解除して耳にあてた。

『ひゃっはろ~』

「なんか用すか。つかなんで妹の番号知ってるんすか?」

『いや~。文化祭でたまたま会って話をしてたら君の妹さんだってことが判明してね! もういてもたっても居られなくてメルアド交換しちゃったの!』

「それはまた……で、何の用すか」

『聞いたぞー。デートに誘われたのに行かないんだってね。どうしていかないの?』

 葉山だな……まったく、奴の情報の網はガバガバだな。

「じゃあ逆に聞きますけど俺が行く意味あります? 2人は葉山とのデートを期待してる。そこに俺が言ってもお邪魔虫になるだけでしょ」

『そうかな~。せっかく中学の同級生と会ったから積もる話もあるんじゃないの? あの折本って子は隼人にはそう言う気持ちも抱いてないみたいだしさ』

「積もるも何も俺の中学時代は超綺麗でしたから。埃一つないくらいに」

『まったくもう…………本当に君を構成しているのはゲームなんだね。そこに人が入り込む余地がないくらいに』

「よくご存じで」

『でも今は違う』

 その言葉に返す言葉が見つからない。それを肯定と捉えたのか陽乃さんはクスッと小さく笑う。

『今は雪乃ちゃんもガハマちゃんも君の中に存在してるよね。2人のどちらが大きいかじゃない。2人ともが君の中で徐々に大きくなってる。違う?』

「…………さあ。どうですかね」

『ふふ。とりあえずデートにはいくこと。曜日も金曜日にセッティングしておいたからさ』

 何でこの人は俺の言ったことを理解しているのでしょうか。 

『行かないと家まで呼びに言っちゃうぞ~』

「その時は不審者として追い返しますよ。俺のストーカーとしてね」

『うぅ~。じゃ、またね』

 そこで通話は途切れた。

 向こうからプー・プーという無機質な音しか聞こえてこないのでテーブルの上に小町の携帯を置き、ふと時間を見てみると既に時間は12時を指示しており、日付も変わっていた。

 意外と長く話していたらしい。

 PF3の電源を落とし、ソファに横になりつつカマクラを腹に上に乗せ、天井を見る。

 何をしたいのか、俺は2人に何を望んでいるのか、いったい俺はどんなEDなら納得するのか……分からない問題があり過ぎて嫌になる。

 電気を消し、俺は目を瞑った。



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第五十五話

 葉山と遊びに行く日の朝、今日もやはり小町と喋ることは無く静かな朝食を楽しんだ後、学校へと向かうがそこでもやはり俺。静かに教室に入り、静かにPFPを起動した。

 まだ選挙までに時間があるとはいえ、そうゆっくりもしていられない。早くしないと雪ノ下に全域を支配されかねないからな。だからせめて一色のクラスの連中の票は確約しておかないとまずい。ま、悪ノリの代償といえば奴らも反抗はできまい……早速、昼休みにでも行くか……俺が突撃する意味はないんだけど。

「比企谷君」

「ん?」

「今日のことなんだけど何時位に出ようか」

 え? 俺と一緒に行く気なの? 

「別に現地集合でいいだろ」

「そうか……一応、連絡先聞いていいかな?」

 渋々、ノートの切れ端に自分の番号を走り書きして葉山に渡すとどういう意味かは知らんが小さく笑みを浮かべてメモ用紙を見ながら登録すると机の間を縫って三浦たちのもとへと帰っていこうとする。

「あ、葉山」

「ん?」

「一色のクラス分かるか」

「いろは? なんで」

「いいから」

 葉山の追撃を途中で止めて一色いろはのクラスを聞き、俺は再びPFPに集中した。

 やることを考えていると時間が経つのも早く感じるのかいつもならやっと2時間目かと思うころには既にお昼休みになっていた。

 誰にも声をかけられることなく教室を出て一色いろはの教室をまっすぐ目指す。

 そう言えば自分から他の教室に行くのって初めてじゃね? 俺いつの間にアクティブになったんだろ……んなことどうでも良いか。どうせ今回限定なんだし。

「あれ? 先輩」

 一色いろはの教室に到着すると同時に扉から当人が出てきた。

 ちょうど良い。

「少しお前の依頼で話がある。今行けるか」

「大丈夫ですよ~。あ、何なら教室で」

「それはいい」

 こいつは俺に「え、あの人なんでこの教室にいるの?」みたいな刺々しい視線をぶつける気か。まったく。これだからリア充共はボッチの特性を理解していない……いや、理解してるほうがおかしいんだけど。

「とりあえず悪ノリに加担した奴らに票を入れろよって念押ししとけよ」

「え? なんでですか?」

「いや、だからさ。そいつらのせいでこんな目になったんだろ? んでそいつらは平塚先生の説教を食らった。そいつらから票を毟り取るなんて簡単だろ。脅せばいいんだよ。あんたのせいでこうなったんだからもちろん私に票を入れてくれるよね? 的なことで」

「なんか先輩えげつないですね」

「おいおい。これは戦略の一つだ」

 どの道、悪ノリに加担した奴らには責任を取らせる必要があったのを一色に投票するだけでいいという温情を与えてやることで簡単に釣れる。これで少なくとも全ての票が雪ノ下に集まることは無いだろう。

「でも大丈夫ですか~? 相手はあの雪ノ下先輩ですし」

「さあ? でもやるしかないだろ」

「まぁ、やってはみますが」

「頼むわ。じゃあな」

 そう言い、俺は一色のクラスを後にする。

 ボケーっと歩いていると向こうの方から雪ノ下が歩いてくるのが見えてくるが向こうも俺も視線を合わせることもなく、まるで一度もあったことが無い奴らが通り過ぎる様に俺達は互いの横を通り過ぎていく。

 ……結局のところ、俺は一色いろはの依頼を何故承ったのだろうか。無論、経験から一色いろはにあんな目には合ってほしくないという気持ちだろう。

 所詮、俺はあいつらを分かったつもりでいただけの自意識過剰野郎かつヒキニク野郎だ。他人の気持ちなんて考えもしないくせに同類になりかけている奴らは救おうとする。結局は俺は同族嫌悪しているに過ぎない。俺と同じ奴らを見たくない。だから雪ノ下に反旗を翻してでも一色いろはの依頼をこなすんだ。

 結論を言おう。俺は他人のことなど考えていない。ただ単に俺は俺と同じ奴を見たくないだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 HRが終わると俺はすぐさま教室を出て、集合場所である駅前のヴィジョンに向かった。

 学校が終わるとすぐに出てきてしまったために集合時間まで1時間もあるので俺は手近な駐輪場に自転車を止めると通りを少し歩いたところにあるカフェに入り、そこで時間を潰すことにした。

 コーヒーを頼んで窓際の座席に座る。

 ここならば時計も見えるのでPFPをしながらでも顔を上げるだけで時間が確認できる。

 奉仕部は名実ともに空中分解一歩手前だ。まったく正反対の道を突き進んでしまっている以上、奉仕部として集まることは選挙期間中はないだろう。

 ……一色の依頼を遂行すれば奉仕部は間違いなく崩壊する……かといって一色の依頼を廃棄すれば一色の学生生活は暗黒になるだろう。経験者としてはそんなこと見て見ぬふりなどできない。二つを同時に達成できる方法なんてものは存在しない。二者択一。いつだって人生はそうだ。二つ一緒なんてものは選んでられない。成功か失敗か、どちらかを選ばなければならない。

 その時、挿しこんでいた光が何かに遮られたかのように翳り、ガラスをコツコツと叩く音が聞こえたのでその方向を向くと何故か陽乃さんの姿があった。

 そのまま陽乃さんは中に入り、コーヒーを買うと俺の前に座った。

「なんかようすか」

「弟みたいなのと義弟のデートのこと気にならないお姉ちゃんはいないぞ♪」

 そう笑顔で言われてもなぁ……弟は葉山のことだとしても義弟は誰だ……どう考えても俺だよなぁ。

「義弟ってなんすか」

「ん? 雪乃ちゃんと比企谷君が結婚したら私は君の義理のお姉ちゃんになるでしょ?」

 そう言われ、一瞬そんな光景を思い浮かぶがそんなことあり得ないと一笑に付す自分とそんな未来も悪くないと受け入れている自分がいることに面白おかしさを感じ、思わずPFPをしながら笑ってしまった。

 まさに自己矛盾。今の俺の状況と全く同じだ……一色いろはの依頼のために動いていると大義名分を掲げておきながら心のどこかで違い理由を目的として動いている。その理由すら分からずに。

「おやおや~? 否定しないってことは期待してるな~?」

「まさか……で、マジで何の用ですか。そんなに暇なんですか?」

「お金があって学業優秀な学生はこんなものなものよ。隼人がそこまでして君を連れて行きたがる理由が気になってね。来ちゃった」

「あの場にいて俺だけが誘われていないって言うのが気に食わないんでしょ。あいつの理想はみんな仲良くですからね。一緒にいて分からないんですか?」

「そうかな~?」

 小首を傾げて笑みを浮かべながらそう言うが正直、そんな笑みにも裏がありそうで怖い。

 そんな時、外にある時計を見てみると既に約束の十七時五分前を指していたのでそそくさと支度をしていると陽乃さんもテーブルを片付け始め、同じタイミングで店を出た。

「今日は邪魔しないから。頑張ってね」

「ま、ボチボチ」

 駅前で手を振る陽乃さんと分かれ、待ち合わせ場所へ向かうと一番乗りだった。

 壁にもたれ、スマホゲームを起動させようとした時に見知った服装が見え、顔を上げると葉山が軽く手を上げてこちらへ向かってくる。

「悪い、遅れた」

「どこが遅れだ。ちょうどじゃねえか」

「ハハハ……付き合ってもらって悪い」

「別に。俺は漬物精神で頑張りますよ~」

 むしろ漬物以下だけどな。お菓子とかに入っている湿気防止の乾燥剤みたいなもんだ。写真撮影の時にこそっと見える位置に立っているくらいのモブキャラだ。いや村人Aでもいい。

「あれじゃないかな」

 そう言われ、顔を上げると確かに折本とその友人がこちらに向かってきていた。

「お待たせー」

「ごめん、遅れちゃって」

「いいよ。じゃあ行こうか。まずは映画だったよね」

 3人が歩きはじめ、その後ろを追いかけるように俺は歩く。

 3人は俺のことなど気にも留めずに楽しそうに話しながら歩く。

 これでいい。今日の俺は漬物以下村人A以上の存在感を醸し出していればいいんだ。どうせあの会話の中に入ってもろくに会話もできる気がしない。ていうか寧ろしたくない。

 時折欠伸を交えつつも歩いているとようやく映画館に到着し、中に入ると葉山が足早にチケットカウンターへと向かい、すでに決めていたであろうチケットの購入手続きをとる。

 その間、俺は話しかけるなオーラを醸し出しながらPFPをしていると横からニョッと折本が割り込んでゲーム画面を見てきた。

「うわぁ~。相変わらずのゲームだ。あ、これCMで見たやつだ!」

「葉山と喋ってろよ」

「千佳が葉山君と喋りたいだけだし、久しぶりに会ったんだしいいじゃん」

 ……折本ってこんなやつだったか?

 人数分のチケットを持った葉山が戻ってきて劇場内へ入ると葉山を挟み込むようにして折本たちが座り、俺は折本の隣に座った。

 正直映画なんて戸塚と一緒に見た以来、一切見ていない。そもそも映画などに興味はないし。ていうかマジでゲームを実写映画化するのは止めろと配給元に言いたい。ゲームは見るものじゃない。自分でやるから面白いのであって実写化してにょろにょろ動くキャラなど見ても何も面白くないのだ。オリジナルストーリーでやるのならばそのオリジナルストーリーのデータをダウンロードデータとして出せよと俺は思う。

 その時、ちょんちょんと叩かれ、無視しても良かったのだがなんとなく折本の方を見ると必死に笑いをこらえている顔があった。

「中学の友達に比企谷と一緒に映画って言ったらどう思うかな?」

「そいつ誰だっけ? じゃねえの?」

「……そっか」

 折本の反応に少し拍子抜けしたがまたスクリーンに視線を向ける。

 中学時代、折本以外とろくに……まぁ、折本ともろくに話した記憶もないがそれでもこいつ以外とあまり話した記憶など無い。1年目は引き継がれたいじめがあり、2年目は毎日ゲーム、3年目も毎日ゲームだったので自己紹介もしなければ挨拶もしていない……あれ? でも折本とはちょくちょく喋ったような。

 そんなことを考えていると劇場内の照明が落され、俺は興味のない映画に集中した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2時間後、俺達は女性ファッションや雑貨なんかが集まっている建物へまっすぐ歩いていた。

 もちろん初めと同じ格好でといいたかったがどうも葉山がそれを気に入らないらしく、ちょこちょこと視線で入ってこいよと言ってくるが俺も目線で入るかバカと返すとそれもなくなった。

 建物に到着し、2階へと上がると早速女子高生らしさが爆発したのか服を持ってきて葉山に似合うかどうかを尋ねてプチファッションショーを開催し始めた。

 俺はそんな3人を遠巻きに見ながらベンチに座ってPFPをしている。

 俺が入ったら不審者として通報されかねん。

 それとさっきから何やら後ろからこそこそと喋り声が聞こえてくるが無視しておこう。精神衛生上。

「プラグイン!」

「ロッ〇マ〇・エグ〇・トランス……げっ」

「ひゃっはろ~」

 オタクの血が騒ぎ、立ち上がりながらその言葉を発した瞬間、思わず後ろを振り返るとまあ想像通りに海老名さんがおり、その近くには不機嫌顔の三浦もいた。

 出たぁぁぁー! SPボスだ! しかも改造カードで改造してたら出てくる海老名XXだ!

「おい、ヒキニク」

「ぐぇ。ぐ、ぐるじい」

 不機嫌さMaxかつ血走った眼をした三浦さんに胸倉を掴まれ、そのまま前に後ろに揺さぶられる。

「は、はや、隼人と一緒にいる奴らは何なわけ?」

「ぞ、ぞの前にば、離してげっほっ!」

 手をパシパシ叩いているとようやく話してくれ、大きく1回咳込んだ。

「で、あいつらなんなわけ。ま、ま、まさかはやはや隼人の」

「違う。ただ単に遊んでるだけだよ。事情は話せば長くなるけど三浦が思っているような関係じゃない」

「そ、そっか……ってそれどういう意味だし!?」

「ぐぇ! ぐ、ぐるじい!」

 何で正直に話したのにまた首絞めの刑に遭わなきゃならないんだ。

「ほら優美子。ヒキタニ君は何も悪くないんだし、離してあげなよ」

「海老名がそう言うなら……ほんっっっっとうに違うんだな」

「違う。断言する」

 そう言うとようやく安心したのか三浦さんは一息ついた。

 これぞ恋する乙女か……恋パネェ。

「またね、ヒキタニ君」

 一難去ってまた一難……そんな言葉が現実に起こるはずもなかろう。

 そう思い、葉山達が移動を始めたので小走りで追いかけると上りエスカレーターが見えてくる。

「いろはすー。もうよくね?」

「ダメです。もう1軒あるのでそこへ……あれ? 先輩?」

 今度は一色いろはと戸部の2人組に遭遇してしまった。

 どうやら戸部は葉山に気づいたようで一瞬、話しかけようとするが折本たちと仲良く喋っている様子を見た瞬間に何かを察したのか俺の目を見て一瞬、頷いた。

 俺も頷いた。

「よ、よう戸部」

「あっれぇ? ヒキタニ君じゃん」

 無駄に俺は体を大きく広げて一色の視界を遮る。

 戸部もそれに同調して無駄に体を広げて俺とハイタッチをするが時すでに遅し、いつのまにか一色は俺の後ろにについており、クルリと俺の方に向くとやけに座った眼で俺を見てくる。

「先輩~……あの人たち誰ですか」

 お、おうっふ。素が今見えましたけど。

「だ、誰ってただの遊んでいる友人だけど」

「ふ~ん……びっくりした~。てっきり彼女さんかと思いましたよ~。あ、あと先輩。先輩に言われたことやったらびっくりするくらいに簡単に票が集まっちゃいました」

 笑顔を浮かべて言うこの子はいったい何なのだろうか。素なのか、それとも狙っているのか……狙ってやっているんだろうけど。

「そ、そうか」

「うぅ~。信じてませんね~? ほら!」

 そう言われ、一色は慣れた手つきでスマホの画面に指を滑らせ、俺の目と鼻の先の距離に画面を見せるとどうやらクラスで形成したグループのツイッターのアカウントらしく一番上にクラス名が書かれており、トーク内容に一色が賠償として投票してねと書かれており、それに賛同、もしくは悪ノリを謝罪しているトークが見えた。

 …………待てよ。これは使えるかもしれないぞ。

「なあ、ちょっと聞くが他にもこんなのみたいなのって他にもあんのか」

「ありますよ~。フェイスブックもラインもありますよ。私はラインはしてませんけど」

 これは使えるぞ。これを使えば簡単に拡散でき、意見も集約しやすい。

「そうか。んじゃあな」

「頑張ってくださいね~。さあ、戸部先輩。次の店に行きますよ~」

「もうマジで勘弁」

 戸部、グッドラック!

 何に対しての頑張ってなのかよく分からんが一色と分かれ、俺は小走りで葉山達のもとへと向かう。

 インターネット上ならそいつの人心掌握も容易いし、顔を見せなくていいからやりやすい……何で今までこれに気づかなかったんだ。今からやって間に合うか……。

 俺はそんな不安を持ちながらも材木座にメールを送り、そのラインとやらの総武高校グループラインに招待するように言うと何故かすぐに帰ってくるとともに招待が来た。

 こいつ早すぎるだろ。

 とりあえず俺はラインでの名前を神八にし、招待を受け入れてグループラインに参加し、早速ある文面を打ち込んでそれを送った。

 前に相談メールで神八は誰ですかってくるくらいだ。1年坊主どもの中にゲーマーがいてもおかしくない……それを使うんだ。神八と通信対戦的な餌をぶら下げれば……。

 さあ、これから始まるんだぜ……一色いろはの負けるための戦がな。



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第五十六話

 どうやらお買い物は満足したらしく、折本と仲町は満足げな顔で閉店間近の店から出てくるが葉山の顔は聊かやつれているように見える。

 ご愁傷様です。葉山。

「少しお腹空かない?」

「空いたー!」

 葉山が時計を確認しながらそう尋ねると折本は女の子の欠片すらも見せない声で返事をする。

 良くも悪くも自称サバサバ女、姉御肌を気取っている折本からすればこんな状況で女の子を演じても仕方がないのだろう。

「何食べる?」

「何でもいいよ」

「比企谷君は?」

 葉山が俺に尋ねてくる。

 俺は目でてめえらだけで決めろと贈るがどうやら弾かれたらしく、ジーッと俺の方を見てくるので仕方なく近場で腹を満たせる場所を探す。

 わざわざ重いものを食う気もしないしな……ここは無難なところで行くか。

「サイゼでいいだろ」

「えー。サイゼはないでしょ」

「サ、サイゼいいじゃん! 安いし美味しいし!」

 仲町があり得なさそうな表情と声で言ってくる。

 その反応に折本は慌てて間に入って空気を払拭するために必死に俺の言ったことを肯定する。

 折本はたとえこんな俺でも一応は中学を一緒に過ごした仲だからネタにすべき部分とすべきではない部分の境界線は他の奴らと比べたらしっかり引いている。が、つい最近会ったばかりの仲町にはそれがない。だから今のような発言をしても特に悪びれた様子は見せない。まぁ、折本と同じ境界線を引けという方が無理な話だ。

「とりあえずそこのカフェにでも入ろうか」

「オッケー」

 横断歩道を渡った先にあるカフェに入り、空いた席はないかと探しているとふとガラスで区切られた喫煙席に帽子を深くかぶり、黒いサングラスをした見覚えのある女性と目が合い、手を振られた。

 マジであの人付いてきてるよ…………無視無視。

 空いている席を見つけ、座ると俺以外の連中はコーヒーを注文した。

 コーヒーが運ばれてきても3人は楽しそうに喋る。

「へぇ~。葉山君ってサッカーやってるんだ」

「まあね。ちゃんとやり始めたのは中学位だけど」

「そうなんだ。うちの学校どこも弱かったからな~。ねえ、比企谷」

「そうだっけな。忘れた」

「ずっとゲームしてたもんねー。あ、そうそう! 比企谷ったらさ! 中学の時、有名なゲーム大会で優勝したんだけどさ! その時のビデオを先生に見せられたの!」

 そういえばそんなことあったな。何を思ったか知らんが俺の担任がカメラをもってまるで受験するときの応援者の様に大会の様子を録画してたな。まぁその映像を見た奴らは俺のあまりに廃人っぷりにドン引きし、乾いた笑みすら浮かばなかったという事態になったが。そう言えば折本だけ笑ってたな。

「へぇ。その頃から比企谷君、ゲームが上手かったんだね」

「そうそう! それでなんかもう凄くてさ! もう指なんかイソギンチャクみたいだったもん!」

 折本は身振り手振りでその時の様子を伝えながらも笑い、葉山もいつもの微笑を浮かべ、仲町は折本につられてか笑っている。

 でも指がイソギンチャクという表現は微妙だろ。

「中学の頃からそんなだったの? なんかひくわー」

 おう、引いてろ引いてろ。思う存分引いてそのまま崖から落ちろ。

「それにさっきのサイゼはないよね」

 その瞬間、葉山の顔から笑みが消え、折本の笑みが凍り付いた。

「女の子と遊んでるんだからもっと空気読んでほしいよね。マックとかならまだ分かるけどサイゼって」

 仲町は本当に純粋に面白がっているのかただひたすら笑いながらそう言うが折本はあわわと慌てた様子で俺と仲町を交互に見る。

「そう言うのあまり好きじゃないかな」

「だよねー」

「違うよ。君のことだよ」

 葉山は優しく、だが毒をふんだんに盛った刃を仲町という対象に向けて威嚇するかのように向ける。

 その時、カツリと足音が聞こえ、こちらに向かってくる。

「来たかな」

 そう言いながら葉山が振り向いた方向を俺も向いてみると雪ノ下と由比ヶ浜の2人がいた。

 2人は俺の姿を見つけると互いに全く違う表情を浮かべてこちらへと向かってくる。

「比企谷は君みたいな子よりももっと素敵なこと触れ合っているんだ。折本さんの様に彼の過去も知らない君が比企谷君をそこまで小ばかにして笑うのはちょっとおかしいと思うんだけどな」

 そう言う葉山の顔にはすでに笑みはない。

 仲町は突然の葉山の豹変に戸惑っている。

「ご、ごめんね。ほら、もう今日は帰ろ」

 折本はカバンを持ち、仲町の腕を掴んでパタパタと店から出ていくが1度だけ俺の方を向き、小さな声で俺に向かってある言葉を言い、店から出ていった。

 ごめんね……か。

「用って何かしら」

「なんで呼んだんだよ」

 俺と雪ノ下の問いが同時に葉山に突き刺さる。

「ごめん。特段用はないんだ」

 何故、葉山は2人を呼んだのだろうか。葉山の真意はいつも測りかねる。

 申し訳なさそうに葉山がそう言うと同時に喫煙席で1人の女性が立ち上がり、こっちにゆっくりと向かってくる。

「姉さん……」

 思わぬところでの遭遇だったのか雪ノ下心底嫌そうな声音をだす。

「生徒会長やるんだって~? 今までお母さんみたいに押し付けたりしてきた雪乃ちゃんがやっと自分の意思で進んだんだね~。お姉ちゃん嬉しいぞ」

 陽乃さんはニコニコと笑みを浮かべながら雪ノ下の頭をナデナデするがすぐにその笑みは消えうせ、その白くて細長い指が雪ノ下の喉もとへとスーッと降りていく。

「で、今出来レースをしてる気分はどう?」

 雪ノ下は悔しそうに唇の端を噛むと陽乃さんの腕を振りはらい、少し距離を取ってから睨み付けるがそんなものは彼女のニコニコバリアによって受け流される。

 それと同時に陽乃さんの言葉という刃が俺にも刺さる。

 …………雪ノ下が自分の意思で踏み出した一歩を俺は潰したのか……。

「姉さんには関係ないわ」

「そうだね。だから感想を聞いてるだけだよ。今まで他人に踏み出すことを強制され、自分の意思ではないのに自分の意思の様に褒められてきた雪乃ちゃんがやっと自分の意思で踏み出したのに実は今まで通りと同じ一歩だったってことに気づいた気持ちはどうかなって」

「……用が無いのなら帰るわ……比企谷君。まだあなた、一色さんの依頼をやっているのかしら」

「あぁ……」

「……そう」

 雪ノ下は悲しそうな顔をしながら俺に背を向け、階段へと向かっていく。

「あ、ゆきのん待って!」

 雪ノ下の後を追うように振り返る由比ヶ浜が一瞬俺の方を向くがその視線を一瞬だけ合わせて逸らすとそのまま雪ノ下の後を追って店を出ていった。

「……随分と酷い姉もいるもんですね」

「そう? 妹のことが気になるのがお姉ちゃんじゃない?」

「気になっているというかちょっかい出して面白がってるだけでしょ」

 俺にはそうにしか見えない。ちょっかいをかけ、どんな反応を見せるのか、それを面白がって見ているだけ。

「君は人に近づいて傷つくことを恐れているのに人のことをよく分かっているよね。でも今回はちょっとお姉さん的にはマイナスかな」

 マイナスどころか負の無限大とやらだ。俺は過去の経験だけを優先させて雪ノ下の一歩を踏みつぶした。

「なんだか白けちゃったし、私も帰ろっと」

 そう言い、陽乃さんは店から去っていく。

 後に残るのは俺と葉山だけ。

「……わざわざ自分のマイナス面を見せることねえだろ」

「そうだね。もうこんなことはしたくない……ただ君にも知ってほしかったんだ」

「何をだよ」

「自分の価値をだよ。周囲が抱く評価や気持ち…………君は自分で思っているほど」

「おい」

 それ以上は言うなと言わんばかりに語気を強めて言うと葉山はふぅっと小さくため息をついた。

「俺は一度、壊してしまった。それを取り戻す方法を今でも模索してるんだ……君もあるんじゃないのか? 壊したくないものって言うやつが」

 その瞬間、今まで過ごしてきた日々が高速再生される映像の様に頭の中を流れていく。

 …………壊したくないもの……海老名さんにも同じこと言われたっけか。

「そろそろ帰るわ」

 そう言い、俺はカバンを持って店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は結局のところ彼女たちを理解した風に思って全く理解していないのだろう。

 だから由比ヶ浜が望むこと、雪ノ下が望んでいることを理解することが出来ずにこうやってクソみたいな生活を送り続けているのだろう。

 今の時間は4時間目。もうとっくの昔に板書を写す行動なんてものは止めている。

 家に帰ってからラインを見てみると思いのほか一年生達に反響があったらしく、俺に対しての食いつきが半端なく強かった。だからそこに2種類の餌を撒いておいた。あとはその餌に食いつく奴の数を計測して一色という受け皿に流してやればいい。1つの餌は3年生用に。もう1つの餌は1年生ようにだ。

 チラッと由比ヶ浜の方を見るとノートを写してはいるのだがうつらうつらと意識が地平線の向こうに行っているらしくさっきからまともに板書を見ていない。

 ……護りたい今、壊したくないもの…………。

「比企谷」

「は、はい」

「あとで職員室に来るように」

 そう言われ、ふと時計を見てみるとすでに授業は終わっており周りの奴らは昼飯を食うための準備をしていた。

 ノートと教科書をそのままにし、平塚先生の後ろをついていくと職員室の仕切りで覆われた応接スペースに案内され、そこの黒いソファに座った。

「最近、集まっていないそうだな」

 タバコを吸いながら先生は核心部分から攻めてきた。

「……まぁ、あいつが生徒会長になるって言うんで忙しいですし」

「だとしてもお前と由比ヶ浜で集まることはできるはずだ」

 先生はそう言うと灰皿に灰を落とし、一度タバコを吸った後、俺の方をまっすぐ見てきた。

「何かあったのか?」

「まあ、あったっちゃありましたけど」

「言ってみろ」

「…………別に。あいつに嫌われただけです」

 事実は違う。俺は雪ノ下の走る道をぶち壊したんだ。自分の意思で進みだしたはずの道を。俺の経験なんて言うちっぽけなものを優先させて雪ノ下の大きな夢を潰したんだ。

 そのせいで奉仕部は空中分解一歩手前だ。雪ノ下が生徒会長になったとしてもこうはならなかったはずだ。少なくとも俺はあいつが会長になったとしても奉仕部に行っていただろう。だが今はどうだ。雪ノ下の一歩を潰し、由比ヶ浜を苦しめている。

「最近、集まっていないのもその所為か」

「そうですね。全部おれの責任っす」

「……普段の比企谷なら一色の依頼は弾くと思ったのだがね」

「……まぁ、一色が経験しそうなことの酷いVerを経験しましたからね」

 クラス内の秘密だったものが一瞬で学年全体のオープンな秘密になってしまった。

「君は……何をしたいのかね」

「俺は一色いろはが少なくとも同情を引けるような負け方で負ける様にします……その後は責任取って奉仕部からいなくなりますよ」

 そう言うと先生は一瞬驚き、少し間を開けた後灰皿にタバコを押し付けて火を消した。

「……今回の騒動の責任かね」

「まぁ、そうっすね。雪ノ下のプライドを傷つけ、由比ヶ浜を苦しめ、奉仕部を空中分解一歩手前にしちゃいましたから……責任は取らなきゃでしょ…………出来れば退部届くれませんか?」

 そう言うと先生は少し考えた後、応接スペースから離れ、一枚の用紙をもってもう一度応接スペースに戻ってきて俺の前にその用紙を出した。

「話は以上だ…………比企谷。責任の取り方は辞めるだけじゃないぞ」

「そうすね……じゃ、失礼しました」

「それと、由比ヶ浜は毎日鍵を取りに来たぞ」

 応接スペースをぜる直前にそう言われ、職員室を出た後、俺はその足で奉仕部の部室へと向かった。

 奉仕部の部室へ向かう足はいつもよりもどこか早いように思える。

「あ、ヒッキー」

 部室の扉を開くとそこには寂しそうに一人で弁当を食べている由比ヶ浜の姿しかなく、雪ノ下の姿はどこにも見当たらなかった。

「……よう」

「うん……どうしたの?」

「いや……別に」

 静かになってしまった部室にいる由比ヶ浜の顔を見ると何かを刺されたような鋭い痛みが走り、思わず部室を出ようと振り返り、ドアに手をかけようとした時、手を軽く握られたのを感じ、振り返ると顔を俯かせた由比ヶ浜が俺の手を握っていた。

 まるで幼い子がいかないでと親に言っているかのように。

「…………奉仕部、無くなっちゃうのかな」

 ボソッと呟いたその声はひどく悲しそうだった。

 このままいけば自然消滅するだろう。

「……だろうな」

「……だよ」

「は?」

「やだよ!」

 由比ヶ浜の声が聞こえず、問い直すと今度は部室に響くほどの大きな声が当たりに放たれると同時に由比ヶ浜が俺の胸に顔をうずめた。

 受け止める方法が見つからず、ドアにもたれ掛る。

「お、おい由比ヶ浜」

「私さっ……好きなんだっ。ヒッキーがいて……ゆきのんがいて……それで……」

 時折、鼻を啜りながら由比ヶ浜は涙ながらにポツポツと話し始める。

「3人で一緒にいるこの部活が好きなのっ……消えて欲しくないのっっっ……本当はゆきのんに生徒会長になんてなってほしくないっっっ…………でもそんなの私には言えないしっ…………やだよ……」

 由比ヶ浜が求めた物は3人で過ごした今。ならそれを壊す原因を作ったのは誰だ……何者でもない俺だ。あの時、一色の依頼は断る、もしくは雪ノ下が言うように選挙活動をサポートするべきだったんだ。

 俺はただ単に自分は何でもできると錯覚し、不必要に自分の力を過信していた。だから由比ヶ浜は今泣いているんだ。なら俺がやるべきことは何だ…………由比ヶ浜が欲した今を護ることだ。俺の手で壊してしまった今を修正し、もう一度由比ヶ浜の手に渡す。

 俺は泣きじゃくる由比ヶ浜の頭を撫でながらそう考えていた。



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第五十七話

 その日の晩、俺はいつも通りにゲームしながらテーブルにスマホ用のスタンドを設置し、それにスマホを指していつでも画面が見れるようにしていた。

 表示されているのは総武高校のグループラインのトークの様子だ。さっきから引っ切り無しにトークが出されていく。

 餌は2種類。そのどれもに登録しているほとんどの奴が引っ掛かってくれた。一つ目は1年坊主たちに撒いた神八と通信できるについてだ。どうやらかなり話題になっているらしく、男子だけではなく女子も上がってきた。だが俺と通信させてあげるから票をちょうだいね、なんて単純なことにはならない。だから2番目の餌がここで効いてくる。

『一色いろはという生徒会選挙にクラスの悪ノリで挙げられてしまった子がいるんです。その子は生徒会長をしたくないんです。でも何もしないでいると対抗馬の人に全部の票を取られて一色さんのこれからの学校生活に影響を与えかねないことになりえるんです。そこで皆さんに一色さんに投票してもらいたいんですけどダメですか? 別に勝つ必要はないんです。僅差で負ければいいんです』

 こんな餌を撒いておいたら以外にも3年生らしき人たちも釣れたらしく可哀想だのなんだのと集まっていき、大部分の人間が一色に投票するとまで言ってくれた。

 意外にもうちの高校の連中はリア充がイジメられていればそれを支援してくれる超優しい(笑)連中が多いらしい。そこに2年生らしき奴らはいない。知っているか、知らない奴かに投票するのであれば知っている奴に投票するに決まっている。片や有名な超美少女完璧超人だしな。

 さあ、武器は揃った。あとは……一色だけだ。俺の目的は既に定まった。俺が無責任にも壊してしまった由比ヶ浜の欲する今をもう一度取り戻す。それが俺のやるべきことだ。

 少し喉が渇いたのでゲームを一時中断し、立ち上がって冷蔵庫へ向かおうとした瞬間、リビングの扉が開き大き目のジャージを着ている小町が入ってきた。

 小町は俺の方をチラッと見るが何も言わず、冷蔵庫を開けるが欲しいものがなかったのかそのまま冷蔵庫の扉を閉め、出ていこうとする。

「小町」

「……何?」

 思わず声をかけてしまった。

「……その……悪かったな。この前のこと……ちょっと言い過ぎた」

「…………許したげる」

 上から目線あざーす。

「それと……小町もごめんなさいでした」

 やけに礼儀正しく頭を下げられ、思わず笑みを浮かべてしまう。

「少し話がしたい。いいか?」

「いいよ。聞いたげる」

 小町を隣に座らせ、PF3の電源を落とし、俺は小町に話し始めた。

 雪ノ下が生徒会長に立候補したこと、ある依頼をしているために由比ヶ浜が欲した物を壊したこと、そして俺が今やるべきこと。

 長い話を終わったころには既に日付は変わっていた。

「なるほど…………」

「お前はどう思う」

「…………小町は嬉しいよ」

 笑みを浮かべながらそう言う小町を俺は思わず見た。

 その表情は本当に嬉しそうな顔をしており、どこにもいつもの作ったような要素は見当たらない。

「今までゲームしか考えなくて他人のことなんか考えたことが無かったお兄ちゃんが他人のことを考えてる」

「違う…………違うんだ」

 小町の言ったことに首を左右に振って否定しながら顔を俯かせる。

 今の自分の顔を隠すように。

「俺は由比ヶ浜の欲していたものを壊した……他人のことなんて結局は考えてなかったんだ。由比ヶ浜、雪ノ下のことは分かっている気で本当は何もわかっていなかったんだ。だから雪ノ下がなんで生徒会長になろうとしているのかも理解できなかった。俺はあいつが踏み出した自分の一歩をちっぽけな俺の偽善で潰したんだ。あいつの夢を肯定しておきながら俺はそれを壊したんだ……由比ヶ浜だって同じだ。俺はあいつのことをなんも分かっていなかった。あいつが泣いて俺に言ってくれるまで何も気づかなかった。あいつが欲していた今を無責任にも壊してしまったんだって……平気で俺は由比ヶ浜に苦しい立ち位置に立たせていたんだ……結局は俺は何も」

 そこまで言った時、小町の胸に抱き寄せられ、優しく頭を撫でられる。

「こまち」

「…………そうだね。お兄ちゃんは昔からそうだよ。ゲームのことしか考えてなくて人を傷つけても全く気付かなかった。小町も聞いてるんだよ……中学校でのお兄ちゃんの評判とかさ。いやでも耳に入ってくるの……でもお兄ちゃんは壊してしまったってことに気づいた」

「っっっ」

「それは他人のことを考えてるってことじゃないかな。壊してしまったって気づいたってことはお兄ちゃんはちゃんと考えられるようになったんじゃないかな」

「……由比ヶ浜に言われて初めて気づいたとしてもか」

「そうだよ……だってお兄ちゃん、人に言われても何も思わなかったじゃん。結衣さんに泣きながら言われてやらなきゃいけないことが分かったんでしょ? 小町はちゃんとお兄ちゃんが考えられるようになったって思うな」

 …………俺は変われたのか……それは分からない。でも……でも変われたと思いたい。それがあいつらと一緒に過ごしてきた日々を肯定すると言う事なのだから。

「お兄ちゃんは小町のお兄ちゃんだよ。お兄ちゃんが間違ったら小町が何回でも何十回でも言ってあげる。お兄ちゃんのことを全部知ってる小町が何回だって言ってあげるよ…………お兄ちゃん。今のお兄ちゃんはヒキニクなんかじゃないよ」

「…………そうだといいな」

「そうだよ。世界で一番かわいい小町が言うんだもん」

「…………ありがとな。もう寝た方がいい」

「ん。そうする。お休み」

 そう言い、小町はリビングを後にする。

 さあ、小町から解答例は貰った……あとはそれを俺の解答にする番だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後、俺は図書室にいた。そして俺の目の前にはため息をついている一色いろはがいる。

「先輩。葉山先輩が一緒にいた子たちのことを教えてやるからって部活抜けてきたのに~」

 むしろそんな理由だけで部活を抜けてきたお前の恋心の方が怖いわ。良く怪しまれないような理由をつけて抜けれたな……これも周囲に見られているという自覚があるリア充の特性なのだろうか。

「まぁ、あのくらいなら別に何とも思いませんけどねー」

 怖いわ……その独り言が怖いわ。

 何で女子って恋愛ごとになると男子が引くくらいに怖くなるのかね。中学の時にヤンチャな山本君がデートの打ち合わせをしている女子2人に冷やかしに入ったら全女子から総スカンを食らったくらいだからな。そのせいで山本君、格好いいのに1人も彼女が出来なかったというな。ザマァ。

「ところでなんで呼んだんですか?」

「ん、あぁそうだな…………お前さ、葉山のこと好きだろ」

「………は、はぁ? 何言ってるんですか? キモイですよ、先輩」

「その葉山にもしかしたら格好いい自分を見せられるかもしれない方法を知ってるんだけどな~」

 そう言った瞬間、一色のまゆが一瞬、ピクッと動いた。

「俺、実はこう見えても葉山とちょくちょく話す方だからあいつの好みの女子とか知ってるんだけどな~。そんなこと言うんだったらそれも教える気は慣れないな~。残念だなー」

「教えてください比企谷先輩。先輩大好きです!」

 ふん、ちょろいもんよ。葉山よ。文化祭で俺を引き合いに出されたこと、恨みは抱いていないが面倒くさいことになったのでその仕返しとして貴様を生贄に捧げるからな。

「いいか?」

「はい」

 俺が顔を近づけると一色も真剣なまなざしで顔を近づけてくる。

「葉山って意外とああ見えて仕事をこなす女の子が好きなんだ。サボってる奴なんて以ての外、ていうか眼中にも入らない。そこでお前が生徒会長をしてみろ……少なくとも眼中に入ると思うぞ」

「……でも私、部活してるんですけど」

「そこがミソなんだよ。お前はサッカー部マネージャーという位置にある以上、葉山と違和感なく話すことができる。もしも生徒会で躓けば葉山に相談すればいい。夜遅くまで残ってな。最後は送り迎えというアフターケアまである。1年生であるお前にしかない特典ばかりだろ?」

「確かに……先輩って頭いいんですか?」

「いいや。ゲーム以外はからっきしだ……それとこれ」

 俺はカバンから最終兵器を取り出し、一色の前に広げた。

 その最終兵器とはグループラインで集めた一色いろはを支援すると宣言した奴らのトークを繋げたものだ。もちろん無駄なトークは全部省いてある。まるで全員が一色いろはを支援しているかのように細工した。

「これ全部、お前の支持者だ」

「……なんか最近、皆がやけに優しいと思ったら先輩の差し金だったんですね~」

「ひでえ言い方……でもお前を支持してくれる奴はこんなにいるんだ」

 一色は一枚の用紙を取り、トーク内容を見ていく。

 もしも一色がラインをしていたらできなかった方法だ……まぁ、他の方法を考えたんだろうけどこれが一番手っ取り早かった。ゲームで票を集めるってのも考えたけどそれはあまりにも非効率だからやめた。

「一色…………生徒会長になれ」

 一度、壊してしまったものを修復する唯一の方法……それは一色の依頼そのものの存在を抹消すればいい。依頼が消えるということは一色が生徒会長を目指し、奮闘すると言う事。そしてそれに勝てば由比ヶ浜の欲した物は再び帰ってくる。

「お前を支持してくれる人はこんなにもいるんだ。お前を悪ノリであげた連中に一泡吹かせてやろうぜ」

「……ふぅ。分かりました。今回は先輩に乗せられてあげます。こんなにも支持してくれる人もいますし……その代わり、先輩も手伝ってくださいよ? 先輩が言ったんですから」

「あぁ、手伝う……まあ、それでも勝てるかは分からんがな」

「別にいいですよ~。本当はやりたくないんですし」

 だがこれで一色いろはが圧倒的大差で敗北を喫することは無くなっただろう。少なくとも雪ノ下とギリギリ戦えるほどの力は得たはずだ。もう後は天に頼るしかない。一色いろはに微笑むか、それとも完璧超人の雪ノ下雪乃に微笑むのか。

 俺ができるのはここまでだ。今度の選挙で全てが決まる。壊してしまったものを修復できるのか、それとも壊れて消滅してしまうのか。

「もしも私が生徒会長になったらたまには手伝ってくださいよね」

「あぁ、手伝うさ」

 さあ、俺の未来はどっちだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 12月に入り、もう防寒具なしでは外も歩けなくなってしまった。

 一色と図書室で喋った日から数日間、俺は一色の演説の手伝いをし、ある時は演説文を考え、またある時は公約を考え、またある時は一色の応援演説をしてくれる人を探したりと校内をこれでもかと右往左往した。

 結局、雪ノ下と比べれば少ない回数しか演説はできなかったがそれでも反応は良かったと思える。

 そして最後の演説を終えた翌日、遂に選挙が始まった。とはいってもただ単に候補者の名前が書かれた紙を一斉に配られてどっちかに丸を付けるかしかしない簡単な奴だ。俺はもちろん一色いろはに丸を付けた。

そしてその次の日の放課後、選挙結果が選挙公報掲示板に張り出されたということで由比ヶ浜と一緒に掲示板に向かってゆっくりと歩いていた。

「あ、あれじゃない?」

 顔を上げると1枚の大きな紙が掲示板に張り出されており、小走りで見える場所にまで向かい、その紙を上から下までじっくりと読んだ。そして大きく息を吐いた。

「……僅差で負ければ良いって言ったけど……僅差で勝っちまうのかよ」

 雪ノ下の得票数は599。それに対して一色いろはの得票数はなんと601というわずか2票だけ雪ノ下に差をつけて一色いろはは生徒会長に当選していた。

 ちょうどあいつが2年全員と3年の半分、一色が1年の全員と3年の残り半分と1人の票を集めたってわけか…………結局、俺がしたことはなんだったんだろうな……一色の依頼は負けることを手伝ってくれというもの。それに対して雪ノ下は怒り、俺を否定した。でも勝ち、一色は生徒会長をやる気が出た。依頼が根本から消滅してしまったのだ。

 本人もやる気になったみたいだし……でも一度できてしまった溝は依頼が消えたとしても消えることは無い。

「……行くか。部室」

「うん」

 由比ヶ浜と共に冷える特別棟までの渡り廊下を歩いていく。

 扉の前に辿り着き、ドアを開けるとそこにはいつものように文庫本を読んでいる雪ノ下雪乃の姿があった。

「やっはろ~。ゆきのん」

「こんにちわ、由比ヶ浜さん」

 いつもの定位置に座る。

「そ、その残念だったね。ゆきのん」

「そうね。まさか負けるとは思ってもいなかったのだけれど……また次の機会を目指すわ」

「そっか……もうすぐ学校も終わりだね~。ねえ、クリスマスにパーティーしない? ピザ買ってさ!」

「ピザはいつでも食べれると思うのだけれど」

「え? そうなの? うちのところは特別な日にしか買わないよ」

 …………果たして本当にこの日常が一度、壊れてしまったものなのか。

 いつものように淡々と切り返す雪ノ下、いつものように元気に喋る由比ヶ浜、そしていつものようにPFPをしている俺。選挙が始まる以前と全く同じ構図なのにどこか雰囲気は違う。

 外面だけ取り繕って中身はスカスカのゲームみたいなもんだ。本当に俺がとった選択は間違っていなかったのだろうか。あの時、一色の依頼を断るべきではなかったのだろうか。俺は壊したものを修復するために走り回ったという大義名分を見せつけてただ単にぐちゃぐちゃにしただけじゃないのか…………そうだとすればこの空気になってしまった原因は全て俺にある。

 本当に護りたかったのはいったい何なのだろうか。

 少し前に気づいたはずなのに俺はまた見えなくなってしまっていた。



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第五十八話

 既に12月も半ば。手袋なしでは手が悴み、マフラーなしでは寒すぎて外にすら出る気がしない。

 奉仕部は今日も外面だけは平常運転、中身はスカスカだ。

 あの選挙以来、俺は雪ノ下と1対1で対面して喋った記憶がなく、ほとんど由比ヶ浜を通しての会話しかしていない。言わば由比ヶ浜がこの部室を支えている柱だ。

 雪ノ下は自らの夢をかなえるために生徒会長に立候補したにもかかわらず、俺はそれを無責任にもぶち壊し、そして自分の理由だけで元に戻した。割れた皿を全く同じように組み立てても同じ皿にはならないのと同じように一度壊してしまったものを組み立て直してもそれは同じではない。

 雪ノ下との仲直り……それが俺に残された最後の仕事。それを俺はまだできていない。

 一色いろはの依頼を遂行したがために雪ノ下の怒りを買ったままだ。

「優美子がちっさい加湿器持ってきてさ! 授業中とか超モクモクしてんの!」

 由比ヶ浜の会話に雪ノ下は時折、相槌を加え、笑みを浮かべつつ対応する。

 ……俺がいる意味は何だ。俺は由比ヶ浜が欲した物を壊した張本人であり、雪ノ下の夢の一歩を踏みつぶした張本人であり、今の空気を作った張本人だ。俺がいる意味は……ない。むしろ消えた方がマシだろう。だが今消える訳にはいかない。俺がやるべきことをやってから消えるべきだ。

「寒いな~って思ったらもうクリスマスなんだよね~。先生に頼んだらストーブとか入れてくれるかな?」

「それは難しいんじゃないかしら」

 雪ノ下は苦笑を浮かべながらそう言う。

 俺は何も言わず、何も反応せずにPFPをいじる。やはり俺がここにいる意味はない。

「雪ノ下」

 久しぶりに俺は彼女の名前を呼ぶと同時に平塚先生から貰った退部届を机の上に出した。

「……これは?」

「退部届。今日で俺、奉仕部辞めるわ」

 突然のことに雪ノ下も由比ヶ浜も付いてこれていない様子だが俺はそれらを無視して話を進める。

「今回の件は俺の所為で起きた。その責任を取って退部する……悪かったな、雪ノ下。お前が真剣にしていることを否定するような真似して」

「え、ちょ。ヒッキー何言ってんの?」

「由比ヶ浜も悪かったな。お前が好きだった場所を壊して……元通りとはいかなかったが一応は直せたと思う。本当に迷惑かけて悪かった」

 そう言い、俺は頭を下げた。

 雪ノ下も由比ヶ浜も何も言わないがそれでいい。

「……そう。分かったわ」

「ゆきのん!?」

「貴方の性格を直せなかったことが一生の後悔ね」

「俺の性格は直せねえよ…………世話になった。じゃ」

 そう言って俺はカバンを担ぎ、奉仕部の部室から出て下駄箱へと向かうが後ろからパタパタと上履きの音が聞こえ、振り返ると小走りで由比ヶ浜が俺を追いかけてきていた。

「ちょっと待ってよヒッキー!」

 歩みを止めない俺を止めるために由比ヶ浜は俺の前に立ちはだかった。

「なんだよ」

「なんだよじゃないよ! なんで急に辞めるなんて」

「今回の一件は俺が一色の依頼を承ったせいで起きた。本来は雪ノ下の言う通り、一色の依頼を捨てるか選挙活動をサポートするだけにとどめておくべきだったんだ」

「で、でもヒッキーが辞める必要なんて」

「どの道、残っていても空気が悪いだけだ…………じゃあな」

 そう言い、俺は由比ヶ浜の隣を通り過ぎ、そのまま歩いていく。

 外靴に履き替え、外に出ると既に空は闇に染まっており、グラウンドを照らす街灯の光が少し玄関に当たるだけでかなり暗い。

 どっちみち、俺が残る意味なんてなかったんだ。奉仕部を空中分解寸前までもっていった張本人が奉仕部にいることなんて許されない。あいつらが何も言わないだけであって本来は糾弾されるべきなんだ。

「せんぱーい!」

 後ろからそんな聞き覚えのある声が聞こえ、振り返ると目に涙をためた一色いろはが小走りで俺に近づいてきてすぐ近くで止まると余ったカーディガンの袖で目元をぬぐった。

 会長就任して早々なんなんだ……。

「なんだよ」

「生徒会の仕事がやばいんです超ヤバいんですー」

「へーそうなんだー。頑張ってねー」

「せんぱーい!」

「ぐうぇ!」

 帰ろうとするが後ろから思いっきり、マフラーを引っ張られて首が閉められ、軽く咽ながら一色の方を見るがさっきと全く同じ表情のまま俺を見てくる。

 こいつ俺を殺す気か。

「なんだよ」

「もうすぐクリスマスじゃないですかー。それで地域のおじいちゃんやおばあちゃん、あと子供のために合同でクリスマスイベントをやるってことになっちゃったんですよー!」

「合同? どこと」

「海浜総合高校ってとこなんですけど」

 海浜総合高校……あぁ、ずっと前に3校を統合してできたって言う高校か。確かエレベーターとかこじゃれたものがあって出席はIDカード、さらには単位制とか言う先進的な制度を取り入れてるとかで人気高校の一つだったよな。でもうちとそこってあまり接点がなかった気が。

「どっからそんな企画が上がってきたんだよ」

「向こうからに決まってるじゃないですかー。クリスマスは私だって予定があるんです」

 学校行事よりも自分の予定を優先させる生徒会長って言うのもまた斬新だな……とはいっても一色も一色で悩んでいるんだろう。新生徒会が指導してからまだ日が浅い中、にっちもさっちもいかない中での合同イベントの企画が上がってきたんだ。

「で、なんでそれを俺に言うんだよ」

「先輩言ったじゃないですかー。私が生徒会長になったら手伝うって」

 ……あ~。そんなこと図書室で言ったような記憶がある……面倒くさい。ていうかなんでこいつめぐり先輩に聞かないんだよ。俺に聞くよりも前の生徒会長に尋ねた方がいいんじゃねえの?

「とりあえず一緒に来てください!」

「は? おい。俺自転車なんだけど」

「じゃあすぐに取ってきてください」

 素の一色にそう言われ、俺は渋々駐輪場まで自転車を取りに行き、校門前にいる一色の所まで戻ってくるしごく当たり前の様に一色は籠にカバンを入れると後ろに乗ってきやがった。

 何で女子は当たり前のように俺の自転車に荷物を置くのですかね?

「駅の近くにあるコミュニティセンターってわかります?」

「まあ」

「そこで会合が開かれるんでそこまで行ってください」

 若干の文句を感じながらも俺は口には出さず、渋々自転車でコミュニティセンターへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コミュニティセンターへと向かう道中にあるコンビニで会合のケータリングなのか大量のお菓子やらパンやらを購入し、駅前の駐輪場に自転車を止めてクソ重い荷物を持って会合が開かれるという部屋へと向かう。

「お前、案外気きくんだな」

「案外って……私はこれでも気配りが上手なんですー。まぁ、向こうが用意してくれてるんですが」

「じゃあ持ってくる必要ないだろ。どうせ向こうの経費なんだろうし」

「そうはいかないんですよ」

 そう言う一色の表情は少し重い。

 まあ先方が用意してくれているのに甘えているばかりにもいかんだろうし、そもそも今回は合同で準備しようって言う話だ。互いの立ち位置的には同等。だったら向こうがしてくれたらそれと同じくらいのことをやらねばこっちの顔が立たないんだろう。面倒くさいな……。

 中に入ってみればどうやら図書館になっているらしく、物音一つしないが一色についていって会談で二階へ上がるとそれも変わり、今度は人の声が聞こえて来て、さらに上にある3階からは音楽が聞こえてくる。

「3階に大きなホールがあるらしくてそこでクリスマスイベントをするらしいですよ」

「ほー」

 そんなことを話しながら歩いていると1つの部屋の前で立ち止まった。

 講習室と書かれている部屋からはガヤガヤと小さな人の話声らしき音が聞こえてくる。

「はーい、どうぞー!」

 一色が緊張した面持ちでドアをノックするとそんな声が中から響いてきてドアを開けて中へ入ると普段の教室の雰囲気に似た空間が広がっており、海浜総合高校の制服を着た奴らとうちの制服を着た連中が1つに集まって話をしており、その所為か部外者の俺が入ってきても誰も何も言わない。

「あ、いろはちゃんこっちこっち」

 向こうさんの制服を着た男子に呼ばれ、一色が向っていくのをその後ろからついていくと流石に気づいたのか男子が怪訝そうな顔で一色に耳打ちした。

「こちら側のヘルプ要員ですー」

 一色の雑な説明でも納得したらしく、男子は笑みを浮かべながら俺に挨拶をする。

「僕は玉縄。海浜総合高校の生徒会長をしているんだ。良かったよー。総武高校と一緒に企画が出来て。お互いにリスペクト出来るパートナーシップを築いてシナジー効果を生み出せるようにしようね」

「……は、はぁ」

 はきはきとした自己紹介とやたらと多いカタカナ用語に若干引きつつも俺も挨拶をし、空いている椅子に座って早速PFPを取り出し、いつもの様に今日は太鼓の匠をする。

 今日から新しくクリスマスソングがダウンロードできるからな。データはメモステに落としてあるから後は鬼と難しいの難易度でクリアすればそれでお終いだ。

 早速ルンルンとクリスマスソングを選択してゲームを開始すると視界の端っこに誰かの上履きが見えたが無視してボタン捌きをしているとニョッと肩の方から誰かの顔が出てくる。

「比企谷も生徒会なの?」

「お、折本」

 俺の視界に入ってきたのはパーマをかけた髪をした折本だった。

「また会ったね。もしかして生徒会なの?」

「なわけないだろ」

「だよねー」

 カッカッカッと笑いながら折本はそう言い、辺りを見渡して俺の方を見てくる。

「そっちの人数少なくない?」

「知らね」

 そう言われるが今はゲームに集中しているので適当に返すと折本は興味が失せたのか俺の近くから離れて同じ高校の連中のもとへと帰っていく。

 それと入れ替わるように一色がこっちへ帰ってくる。

「先輩。そろそろ始まるのでゲーム辞めてくださいよ」

「気にすんな」

 そう言うとわざとなのかは知らんが大きなため息をつかれた。

 その時、パンパンと手を叩く音が聞こえ、チラッと一瞬だけ顔を上げると玉縄が立ち上がっていた。

 よくよく見たらこの座席の位置って会議室みたいだな。横一列に並ばせて互いに顔を合わせた状態で意見をぶつけ合ってやるっていうやつ。別に俺は良いけど。

「それじゃ、始めようか。議題は前回と同じでブレインストーミングからやっていこうか」

 そこからポツポツと向こう側で手が上がり、考えていたであろう意見が出されていき、それらがホワイトボードに書かれていく。

 向こうの盛り上がりに比べてこちら側のテンションは低い。まぁ、主催者側と協賛側じゃ温度差があるのは至極当然のこと。ギルドでもリーダーがこれ行くって言っても周りは仕方なく付き合っている感じだ。

「俺たち高校生への需要を考えると若いマインド的なものを入れてイノベーションを高めた方がいいとおもう」

 要するに高校生らしい考え方を取り入れて想像した方がいいよねってことか。ていうかさっきから無駄にカタカタ用語ばかり使うよな。おかげで一色なんかほえぇ~って感じでしか話聞いてないし。

「そうなるとコミュニティ側と俺たちの関係をWINWINにもっていかないとだめだよね。こっちは楽しいけどあっちは面白くないっていうフィーリングはダメだと思う」

 要するに需要と供給を合わせようってことだよな。

 それから意識高い系発言は連発されていき、コンセンサンスだのイマジネーションだのカタカナ用語満載の会議は海浜主導で行われ、俺達総武は相槌を打ったり、ほぇ~っとするしかなかった。

 そんな会議も今は終わり、一色は海浜の連中と何やら話し合い、俺はPFPだ。

「先輩~」

「んだよ」

「ゲームしてないで手伝ってくださいよ~。うちらの仕事は議事録作成とかとかなんですから~」

「じゃあ、何故に俺を呼んだ」

「え、えっとそれはですね……」

「いろはちゃん」

 一色を呼ぶのは玉縄だがその手には1枚の用紙が握られていた。

「これもよろしく頼めるかな? 大きいのはこっちでしておいたからさ」

「は~い。分かりました~」

 一色はその用紙を受け取ると待機していたメンバーを招集し、仕事を割り振り、俺にもその仕事を割り振らせて書類をドンと俺の目の前に置いた。

 ……俺達は雑用の為だけに呼ばれたもんだな。

 事実それは当たっていると思う。海浜の連中が大きな仕事をし、俺達総武が小さな雑用などをし、合同という名の作業をする。それならば海浜だけで事足りる話だ。

 ペラッと書類を見てみるがそのほとんどが大量の企画案。

「おいこれ全部出てきたのか」

「はい。なんだかブレ、ブエフロ? みたいなので出てきた企画案を見て議事録を作るんです」

 試しに紙1枚にタップリ書かれた企画案を見ていくがまずその数が多すぎるし、明らかに今回のイベントでは不向きなものまで出されている。

 不向きなものくらいはちゃんと弾いておけよ。

 そんなことを思いながらとりあえず企画案の概要だけ議事録に書いてその書類を弾いてゴミ箱に落とすがすぐさまそれを拾われ、元に戻された。

「捨てちゃダメだよ」

「いや。これは明らかに不向きだろうが」

「だからそれを考えるんだよ。本当に要らないのか否か。それを考えれば別の案に使えるかもしれないし」

「……はいはい」

 そう言い、拾われた書類を横に置き、次の企画案に目を通しながら議事録を書いていく。

「お、やってるな」

 そんな声と共にドアが開かれ、スーツの上に白衣、ハイヒールを履いた平塚先生が入ってくる。

 この人本とよく仕事任されるよな。

「お? 比企谷ひとりか? 他の…………あぁ、そうだったな」

「そうっす。今回は俺個人で一色を手伝っているだけです」

 既に平塚先生のもとに俺の退部届は渡っているらしく、先生はどこか悲しそうな目をしながらもそれ以上は俺に何も言ってこない。

 責任を取って辞めるなんてことはあの総理大臣でさえやっていることだ。つまり世の中の常識というやつだ。何かを失敗し、損害を出せば責任を取って辞める。

「そろそろ時間も時間だ。向こうさんもそのつもりのようだし、帰りなさい」

 そう言われ、向こうの方を見てみるとやいのやいのと談笑しながら帰り支度をしている。

 とりあえずほとんどの企画案が不向きだったおかげで今日渡された分はもう終わったし、一色の方も出来たみたいだし帰るか。

「じゃ、先輩。明日もこの時間によろしくお願いしますね~」

「ん」

 適当に手をあげて、俺は部屋を後にした。



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第五十九話

 炬燵=HUMAN EATERだと俺は思う。傍から見ればただ単に遠赤外線を発する装置を積んだテーブルに布団を被せているようにしか見えないだろうが中に足を入れてみればあら不思議。まるで毒沼に何の装備もなしに踏み込んだかのように俺の真面目HPが1ずつ減っていくのだ。それもどこのポイズンファラオだよ! って突っ込みたくなるくらいの速度でだ。あれエリア奪っておいて最後列のマスに設置したら破壊する術がほとんどないもんな。そこに毒パネルも入れて見ろ。赤き剣士FZでさえ、ノーダメージで勝てるわ! そんな状態以上になってしまっている俺は炬燵に下半身を入れ、横になりながらPF3をしている。

 その時、俺の足に柔らかい感触が触れた。

「小町だろ」

「ピンポーン! お兄ちゃんの足ってあったかいし」

 そう言って小町は勉強しながら俺の足に自分の足を絡ませて来る。

「お前勉強しながら炬燵に入るのはよくないぞ? そのままウトウト寝るからな」

「ゲームしてるお兄ちゃんの方がよっぽどよくないって小町思うな」

「馬鹿言っちゃいけねえ。炬燵+ゲームは常識だぞ?」

 そう言うと小町はハァとため息をつくと炬燵の中からカマクラを取り出し、ウリウリとシャーペンの蓋の方で快楽部位を刺激するとカマクラは幸せそうな表情をしつつ、小町の足に乗り、ごめん寝しだす。

 なんかごめん寝スタイルって緊張感が全くない時に起こるんだってな。

「ただいまー」

「あ、お母さんお帰り」

「お帰り。親父は?」

「さー?」

 ひでぇ。それが愛した男を心配する嫁かよ……まぁ、もう何十年と一緒にいたらどうでもよくなるか。

「あ、そうだ。八幡、あんたパーティーバーレル予約しといて。あとケーキも」

「はぁ? なんで俺? 俺クリスマスランキングで忙しいんだけど」

「はぁ? あんたケーブルぶち抜くぞ」

「すみませんお母様。ふざけたこと言って済みません。だからケーブルを抜こうとしないでぇぇぇぇ!」

 ケーブルを掴んでいるおカンに思わず炬燵から抜け出して土下座をすると許してくれたのかケーブルを離し、仕事が入っているであろうカバンを部屋へと運んでいく。

「あ、ごめん。今お金ないからあんたのお小遣いから出しといて。あとで渡すから」

「えいえい」

 近くに置いてあるスマホを手に取り、あらかじめ登録しておいた番号に電話を掛けると元気のいい店員の声が向こう側から響き、パーティーバーレルの予約の旨を伝えると住所と電話番号を聞かれ、最後に名前を伝えると完成予定日を知らされ、そこで電話を切った。

「それくらいなら私やるのに……ていうか電話しながら足でコントローラー捌かないでよお兄ちゃん」

「別にいいだろ。お前は受験生なんだから勉強頑張れ」

 そう言うと小町は嫌そうに頬をふくらます。

「受験生に頑張れはダメなんだって」

「じゃあなんていえばいいんだよ」

「そこは愛してるって言わなきゃ」

「愛してる。だから小町勉強やれ」

 そう言うと小町から座布団を投げつけられ、思いっきり顔面に直撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後、俺は珍しく教室に残ってゲームをしていた。

 会合が始まる時間までまだ少し時間が残っているためだ。

 海浜側と総武高校側のテンションの差は主催者側と協賛側という立場もあるだろうが大きな要因はまだ一色が他の生徒会メンバーとの距離感を取りあぐねていると言う事だろう。一色の周りに同学年のメンバーが少ないと言う事もあって声をかけにくい。それはメンバーも同じだ。だからそこで話をスムーズにできなくなり、どうしても不協和音が出てしまう。

 もちろんそれを消すようには努力しているんだろうがそれも空回りしているのだろう。

「博士。これ似合いますか?」

「フォルテ! ってえ、海老名さん」

 またもやオタク故に突っ込んでしまい、慌てて振り返るとそこにはグヘヘヘといけない笑みを浮かべている海老名さんの姿があった。

「フォル×コサもありだよね!」

「さ、さぁ?」

「つーかヒキオ最近、結衣となんかあったわけ?」

「由比ヶ浜と? 別に何もないけど」

 そう言うが三浦はどこか俺を疑っているのか眉間に皺を寄せて俺を睨み付けてくる。

「なんもなかったら結衣、あんたの方ずっと見ないんだけど」

「…………別に何もねえって」

「でもヒキタニ君、部活行ってないの? 今だって」

「まあ、俺奉仕部辞めたし」

 PFPしながら海老名さんの喋っているのを遮って言うとそれ以上何も俺に追求せずに海老名さんも三浦も教室から出ていった。

 もう教室には俺しか残っていない。

 それから少ししたときに顔を上げてみると壁にかけられている時計がいい具合の時間帯を示していたのでPFPを閉じ、駐輪場で自転車に乗り、コミュニティセンターへと向かう。

 結局のところ、俺は奉仕部にいて変わったと思い込んでいたんだ。でもふたを開けてみれば変わっているはずもなく、むしろ酷くなっている。

 駐輪場に自転車を止め、入り口に向かって歩いている時に後ろから衝撃が来た。

「せーんぱい」

 振り返ると背中あたりに一色いろはの姿が。

 うわぁ、あざといな……なんか策略ありきの抱き付きって感じしかしない。小町なら抱きしめてやるのに何故か一色を見ていると抱きしめる気にもならん。

「先輩、反応なしってひどいです~」

「お前のあざといし……今日もか……ほれ」

「ほぇ?」

 そう言いながら一色が持っていたペットボトルやらがいっぱい入ったコンビニの袋を取って持ってやると一瞬呆けたような表情をするがすぐに頬に手を当ててほほ笑む。

「うわぁ。あざと」

「素ですよ、先輩」

 どっちが素だかさっぱり分からん……別にいいや。

 荷物を持ち、昨日と同じ部屋に入ると海浜側の連中がガヤガヤ喋っている横で総武高校の連中が1つに集まってまるでお通夜の様に一言も声を発さずに座っている。

 分かる分かる。2人組で話し合ってくださいって言われたらこうなるよな。特に学期初めの知らない人と組んだ時とか。

「あ、いろはちゃん」

「お疲れ様ですー」

 どうやら俺達が最後だったらしく、俺達が座ったのを確認すると玉縄が立ち上がって号令をかけた。

 まず最初に俺達が作成して提出した議事録を見て疲れ目なのか眉間を摘み、少ししたところで口を開いた。

「まだちょっと固まってないから昨日のブレストの続きと行こうか」

 ちょっとどころかまだ液体にすらなってないんですがねぇ。議事録だって抽象的かつ箇条書きみたいなことし書けなかったし。

「もっと派手なこととかしたいよね」

「あ、それあるある!」

 折本は俄然やる気満々の様子で前のめりになりながら賛同するとマックブックエアをいじっていた玉縄がそれを聞いて何かに気づいたのかハッとした表情を浮かべる。

「……確かに少し小さいことばかり考えてたかもしれないな」

 クリスマスイベントで決まっているのは日時と場所、それと小さい子やデイサービスを利用しているお年寄り向けのボランティア活動と言う事くらいであり、何をやるかなどの具体的なものは全くと言っていいほど決まっていない。

「もっと規模を大きくしてみよう」

「ちょっと待て。これ以上規模をデカくしても」

「ダメだよ。ブレストでは他の人が出した意見を否定しちゃいけないんだ。時間的問題、人数的問題ならどうやって対応していくか。そうやって議論を広げていくんだ」

 玉縄はそう言うとそこからさらに議論を広げ、地域コミュニティを入れるだの近くの高校をさらに入れるなどと話し合っていくが無限に膨らんでいく風船の様に膨らんでいく。

 だが風船には限度がある。膨らみすぎたら破裂する。明らかに今回のイベントという受け皿を考えた場合の入れるものの大きさを考えていない。ダメだこりゃ……ゲームでも全体強化していっても最終的には広げ過ぎて結局は一点集中型の強化にシフトするんだ。

 でもこれ以上、話しを大きくするわけにはいかない。

「高校なんて他に入れたら今以上に話がでかくなるだけだろ」

「それが良いんだよ。多種多様な意見を」

「今更、他の高校の連中がやる気をもってしてくれるとも思わないだろ? それに俺達と同じ高校生をここにいれても結局は似たような意見も出てくるだろうし」

「……たしかにそうだね……だったら小学生や保育園なんてどうかな」

 …………なんかもうこいつと会議すんの疲れてきた。

「確かに高校生だと考えることも似てしまうかもだね。でも小学生だと幼さがまだ残ってるからそこをポイントにお年寄りたちの癒しにもなると思うんだ。どうかな」

 他の連中からは特に否定意見も出ず、玉縄の中で決定事項となったのか満足げな表情で俺たちの今後の指示をぶつけてくる。

「小学校のアポイントとネゴシエーションはこっちでやるよ。総武高校さんにはその後の対応をお願いできるかな」

 笑みを浮かべながら一色にそう言うが当の一色は首を縦に振らない。

 これを受け入れれば確実に俺たちの仕事が増えるだけだろう。その点で一色は躊躇し、今の状態につながっているんだろう。

「……はい! 分かりました!」

 少し考えて結局、受け入れてしまった。

「ていうかこの大ホールでキャパ足りるのか? デイサービスの人だって何人来るか分からないんだし、小学生だって手伝ってもらってはい終了ってわけにはいかんだろ」

「そこも確認だね。他の連絡事項についても話し合えればなおいいよ。小学生については参加人数を決めて話し合うよ」

 結局、あちらさんがデイサービスに連絡し、こっちが保育園、そしてそのうえで小学校へと連絡することとなったのでどうにか大ホールに入り切る程度の人数で済んだらしい。

 際限なく出てくる人間と対面なんてしたくないし。

 一色は俺を含めた総武高校のメンバーを一カ所に集める。

「えっと、私的には仕事を分配したいんですよね~。議事録を作る人と保育園に行く人に分けたいんですが」

「そこは普通、会長のお前が保育園だろ」

 俺の発言にメンバーは小さく頷き、一色はえーっとでも言いたそうな表情で見てくるが渋々、承知したらしく携帯を取り出して連絡を取り始めた。

 多分、保育園に事前にアポを取るんだろう。流石にいきなり押しかけて話をするのも気が引ける。

 それよりも…………ハァ。会議は何回か出てるから慣れてるつもりだったんだがなんか疲れるわ。

 椅子に座り、ダラーっと四肢を伸ばす。

 文実の時も体実の時もかなりの数の会議はしたはずなのになぜか参加してから2回目のこの会議はどこか前の2つに比べて疲労感が貯まっているように感じる。

 なんで疲れるんだろうか…………やってることは大体同じなんだけどな。

 その時、小さく手をあげて折本がこっちに向かってくる。

「ねえ、比企谷って生徒会とかしてたっけ? なんか随分慣れてない?」

「してない。こういう会議は何回か出席してるし」

「へ~。珍しい」

 確かに珍しい。中学の時はそんな会議の存在すら知らなかったのにな。

「じゃあなんで手伝ってんの?」

「まぁ、頼まれたし」

 一色を生徒会長にするように仕向けたのは俺だし、手伝うって言ってしまったしな。

「ねえねえ」

「なんだよ」

「この前の女子2人のどっちかと付き合ってんの?」

 思わず俺は蹴りを入れてやろうかと思い、足を上げるがそんな度胸があるはずもなく、降ろしてしまう。

 こいつはいったい何を言ってるんだか……俺があの2人のどちらかと付き合うはずがない…………そんな関係になるほど親しくもないはずだし……そもそももう奉仕部を辞めた時点で関係は無くなったはずだ。

 しかし、頭の中でチラチラと彼女の顔がちらつく。

「……んなわけねえだろ」

「そうなんだ」

「ゲームしかしないってお前も知ってるくせに」

「そうなんだけどさ。なんか比企谷を見る目がそう言う系に見えたというか空気がそう言う系だったというか」

 何を言っているんだこいつは。いつの間にエアーリーダーって言うアプリをダウンロードしたの? ていうかそんなアプリがあるなら俺が欲しいわ!

「ほら、女の子って恋愛とかに敏感じゃん」

「知らねえよ」

「……まぁ、あんたは鈍いよね」

「は? なんて?」

「別に」

 最後の言葉が聞こえず、聞き返すが折本はプイッと俺から顔を逸らして元の場所へと戻っていき、それと同時にアポを取り終えたらしい一色が戻ってきた。

 …………なんなんだよ。



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第六十話

3話更新です。


 アポを取り終えた一色と共にコミュニティセンターに隣接している市立の保育園へと向かう。

 市立と言う事で学校からの提案に快く乗ってくれたらしく、こんな時間にアポを取ってもむしろウェルカムな状態だったらしい。

 保育園の門にあるインターホンを押し、事情を話すとすぐさま中に通される。

 既に業務は終わっているのか職員さんたちは園児たちと砂場で遊んだり、小さな教室で積み木なんかをしたりして遊んでいるがさっきからどうも保育士さんたちにもなんかヒソヒソされてるし。

「なんか俺、歓迎されて無くない?」

「先輩、目がやばいですもんね……」

 まぁ、園児からすれば制服着たお姉さんお兄さんは怖いんだろうがそれでもこれはねえだろ……せめて俺に見えるような位置でヒソヒソしないでくれよ。

「とりあえずここで待ってるわ」

「そっちのほうがよさそうですね」

 そう言い、一色は少し先にある職員室らしき場所へと入っていった。

 壁にもたれ掛り、そのまましゃがみ込んでPFPをしようと思ったが傍から見れば怪しさMaxにしか見えず、警察を呼ばれても嫌なので結局、立ったままPFPをすることにした。

 やっぱりPFPは良いよね。心を癒してくれる。でも保育園か…………まったく記憶がねえ。その頃はゲームにのめり込んでいないちゃんとした普通の子だったのにまったく記憶がない……あれぇ?

 必死に保育園の記憶を引っ張って来ようと奮闘しながらPFPをしている時、服の裾をクイクイっと引っ張っらえ、ふと顔を上げると青みがかった髪を二つに分け、シュシュでまとめている女の子がいた。

「あ。京華……ちゃんだっけ」

「うん。ぬいぐるみのお兄ちゃん久しぶり」

 確か川崎の妹だったよな……そっか。ここの保育園に通っていたのか……ていうか年の差半端なくね? 10年以上開いてるじゃん。

「さーちゃんこないの」

「そうか。さーちゃんはもうすぐ来ると思うぞ」

「……おなまえなんていうの?」

「八幡」

「はーくんだ!」

 何故、この子は名前の1文字を取って君をつけたがるのだ……別に良いっちゃ良いけどはーくんなんてあだ名つけられたの初めてだぞ。

「あのねあのね」

 グイグイと引っ張ってくるので仕方なくPFPの電源を落とし、ポケットに直して京華ちゃんの相手をするべくくるっと彼女の方を向いた。

「さーちゃんがね。はーくんのこといっぱいいってたよ」

「へー。どんなこと」

 まぁ、大体予想はできるがな。あんな人を見ちゃいけません! ゲームに感染して最後は殺されるからね! みたいなことを言っているのだろう。別にいいさ……悲しくなんかないもん!

「んーとね。かっこいいって!」

 思わずズルッと滑ってしまった。

 えらい斜め上な発言が来たもんだ。キモイと言われるならばまだしもまさかその正反対で一生言われることが無いであろうと思っていた言葉を言われるとは……ていうかあいつ、家で俺のことなんて教えてんだよ。

「さーちゃんね。ぬいぐるみさんのことぎゅってしてるの!」

「へー」

 まさかあいつにそんな趣味があったとは……怖い顔の裏は可愛い顔ってやつか。

「けーちゃん」

「あ、さーちゃん!」

 そう呼ばれた彼女はパァッと顔を輝かせると俺の隣を通り過ぎていき、抱き付いたのか一瞬、迎えの人のうめき声が聞こえてきた。

 後ろを振り返ってみれば温かいまなざしで京華ちゃんを見て抱き上げている川崎の姿があった。

「……な、なんであんたがここに」

「仕事だよ」

 そう言うと川崎は俺の後ろを覗くようにしてみた後、俺の方を向く。

「雪ノ下達は?」

 あぁ、そうか。いつも俺が仕事って言ったら奉仕部の仕事で来てたからな……あれ? ていうか俺、こいつの前で奉仕部の仕事としてきたことあったっけ? なんか大志の時は俺一人で解決したみたいなことになってるしな……まぁ、奉仕部に雪ノ下がいることくらいは知ってるか。

「部活はもう辞めた」

「……なんでまた」

「まぁ、そのなんだ……引責辞任ってやつだ」

 そう言うとはぁ? と言った表情で俺を見てくる。

「それよかお前の家からここって遠くないか?」

「最近はどこも保育園の空きがないから少し遠いところでも仕方ないんだよ。それにここ市立で安いし。行き道は両親が車で送ってるから」

 少子化だの云々かんぬんとかの理由で保育園も減ってるって言うしな。

 そんなことを考えていると後ろからパタパタと足音が聞こえ、振り返ると会議を終えた一色が職員室から出てこっちに向かってきていた。

 ふと川崎の方を見ると教室のドアを開け、中にいるであろう保育士さんに挨拶をしていた。

「じゃ」

「あ、うん。また」

 そう言い、川崎は京華ちゃんの手を取って帰っていった。

「お知合いですか?」

「同じクラスの奴。で、どうだったんだよ」

「はい。もうばっちりです。参加人数も決めましたし。ただ控えめな要望を貰いましたけどね」

「そりゃそうだろ。園児を預かってる身としては怪我とかさせたら賠償問題だしな……戻るか」

 そんなわけで無事に保育園のアポを取れた俺達はコミュニティセンターへと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の終わりのHR終了直後、俺は欠伸を交えながらPFPをしていた。

 昨日、一応の成果は出せたがこれっぽっちの成果は成果とは言えない。そもそもやることすら何も決まっていない今の状況では進んでいないのとほぼ同じだ。

 園児たちの参加人数は決まった。だが園児たちに何をしてもらう。場所は決まっている。日時も決まっている。ならば何をする? 合同でやる以上は海浜側と決めなければならないがそもそも奴らと会議をすれば面倒なことに会議が拡散されるだけだ。何が足りない? いったいあの会議に何が足りないのだろうか。傍から見れば質の濃い会議に見えるだろう。だがそれに足りないものは何だ……どうやったらこの遅れ切っている状況を改善できるほどのパーツを見つけられるんだ。

「……ヒッキー」

「あ? どうした」

「…………今、いろはちゃんのこと手伝ってるんだよね?」

 どこからそんな情報を仕入れてくるんだ……。

「まぁ、あいつが会長になったのは俺の責任もあるしな」

「よ、よかったらさ奉仕部で」

「いやいい」

 ピシャッと由比ヶ浜がそれ以上言う事を防ぐと何故だかさっきまで騒がしかったクラスが一気に静かになり、俺達の方に視線が集中する。

「いいってなんで」

「俺が一色を生徒会長にした責任を取ってるだけだからな。その責任に奉仕部を巻き込む訳にもいかんだろ」

「で、でもさ。ヒッキーなんだか辛そうだし、こういう時こそ奉仕部の出番じゃないの?」

「良いって。別に奉仕部に相談したわけじゃあるまいし」

「だけど……だけどヒッキー」

「だからいいって」

 会議が遅れていることと疲れが重なったのかいつも以上に語気を強めて由比ヶ浜に言い放つと由比ヶ浜は一度驚いたような表情で俺を見るがすぐに顔を伏せ、何も言わずに教室から出ていった。

 クラスの連中の視線がさらにイライラを増幅させ、俺はPFPをポケットに突っ込み、カバンを肩にかけて時間はまだ早いが教室から出た。

 外は生憎の雨。俺はPFPをタオルでくるんでカバンに直し、傘を片手にコミュニティセンターまで片手運転で向かっていく。

 …………今度由比ヶ浜に謝っておこう。勝手にイライラして勝手に八つ当たりしてしまったんだ……あいつには何の責任もないはずなのにな。

 そんなことを考えながら自転車を漕ぎ、駅前の駐輪場に停めていつもの講習室と書かれた部屋に入ると小学生らしき女の子たちが一か所に集まっており、その中に見覚えのある顔を見つけた。

 鶴見留美……林間学校でいじめに勝った勝者だよな。

 留美の方も俺に気づいたのか目を丸くして俺を見るがすぐに視線を逸らした。

 どうやら俺で最後だったらしく、玉縄が前に出る。

「これからはみんなで一緒に決めていこう! 積極的に色々と言ってほしい!」

 そうは言うが何をやるかすら決まっていない今の状況で小学生に来られてもって言うところが正直な気持ちだ。本来はある程度やることも決まってから小学生たちを呼ぶべきだった。どうせ玉縄が小学生の意見も取り入れようとかで呼んだんだろうけど。

「じゃ、後の対応よろしく頼めるかな」

 玉縄の頼みに一色は難しい顔をする。

「どうしましょう」

「とりあえず必要なことやればいいだろ。ツリーとか飾りつけとか。買いだしに行って作業してもらえばそれでいいと思うぞ」

「なるほど~。でもツリーとか飾りつけとか邪魔になりません?」

「箱か何かに入れて保存すればいけるだろ。とりあえず小学生の方頼むわ」

 一色に小学生の方を任せて俺は玉縄の方へと向かう。

「玉縄」

「なにかな?」

「中身を決めないと間に合わなくなるぞ。一応、今までの企画案は精査しておいたけどほとんどあれはボツだ。時間も足りないし、なんせ予算が足りない。外部委託は無理だと思ってくれた方がいいかもしれない」

「ならそれもみんなで決めよう」

 思わず大きくため息をつく。

 こいつ、なんか合宿の時の葉山と似てるわ。みんな仲良く……玉縄の場合は何を決めようにもみんな仲良く、みんな一緒に決めようってやつだけど時間が足りなさすぎる。

「無茶言うなよ。スケジュールも押してるんだ。ここは一色とお前が話し合って全体を決めるべきだ。そうじゃないと規模だけデカくなって中身スカスカになっちまうぞ」

「それはダメだよ。皆が納得できる奴じゃないと全体の士気も上がらないだろ?」

「……じゃあ、その会議を今すぐやった方がいい。ただもうゼロからやってたら間に合わない。小学生と保育園児、両方が参加してやる奴で会議を進めた方がいいと思う」

「そうだね。それもみんなで決めよう」

 本日一番のイラッとを貰いました。

 飾りつけを製作している小学生たちに監督役として一人残し、ようやく会議は今回のイベントで何をやるかについてを話すことになった。

 一歩進んだんだろうが遅れすぎる一歩だ……いったいこの会議に何が足りないんだ。

「じゃあみんな。今回の議題はイベントの催しについて考えよう。ゼロベースからのディスカッションだからみんな積極的に発言して欲しい」

「やっぱりクリスマスっぽいやったほうがいいんじゃない?」

「若いマインドを取り入れるってところではバンドとかじゃない? もしくはジャズとか聖歌隊とか」

 片手で議事録を取りながら以前とは比べ物にならないくらいにあげられていく企画案をメモしていくがそのほとんどが俺が精査した結果、不適格と判断した物と似たもの、もしくはほぼ同じものでまだ総武高校のメンバーがチラホラあげる意見の方が現実味がある。ていうか、さっき言ったこと忘れてるのか?

「よし。あらかた上がったし、みんなで考えよう」

「ちょ、たんま」

「どうかした?」

「さっき言ったけど時間が無いんだって。そんなの全部考えてたらそれこそ企画倒れで終わるぞ。さっきも言ったけど若いマインドとかなんたらとか入れたいんだったら小学生と保育園児を主役に立ててやればいい。そんな小難しい劇とかジャズとかよりもデイサービスに来ている人たちの受けもいいはずだ。ほとんどが孫がいる年齢だろうし、可愛さも増すだろ。保育園側からの控えめにって言う要望も達成できるし」

「その案も入れて考えようか」

 玉縄のその一言で海浜側は出てきたアイディアを結合させる気なのかさっきから映画がどうのミュージカルがどうのと話し合いを始めてしまった。

 ようやく分かった。この会議には否定が無いんだ。何がブレストだ。何が否定せずに取り入れて考えようだ。ただ単に会議で熱く語り合っている自分が好きなだけなんだ……ほんと昔のどこかの誰かさんを見ている感じで腹立たしいにもほどがある。自分には何でもできる力があるって勘違いしてる。

 もう議事録をまとめる腕は止まっていた。



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第六十一話

 翌日の同じ場所。今日は会議は行われることは無く個人で考えをまとめようと言う事にしたらしく、全員が同じ部屋にいながらも全く違う事をやっていた。すでに俺の考えは決まっている。保育園児と小学生が互いに手をつなぎ合ってデイサービスに老人たちにクリスマスプレゼントと言う事で小物をプレゼント、そして最後にクリスマスソングを歌うという事を考えているんだが恐らくそれも考えようという万能薬のもとで揉まれるだろう。

 もう俺にできることは無い。あとはイベントが目の前で瓦解していくのを見ているしかない。

 ふと、講習室の端の方で1人作業をしている留美の姿が見え、気分転換に留美の所へと向かうとどうやら作業は終わっているらしく、PFPをコソコソとしていた。

「よう」

「っ! は、八幡……びっくりした」

 留美の隣にパイプいすを置き、隣に座って画面をのぞき込むとモン狩をやっているようだった。

「だいぶ進んだんだな」

「うん。八幡の動画見つけてみてたら出来た」

 だからなんで俺の知り合いは皆俺を特定するの?

「八幡ってほんと凄いね」

「そうか?」

「うん。かっこいいと思うよ」

 そう言われ、留美の方を見るとちょうど視線がぶつかった。

「あ、別に変な意味じゃないから」

「へいへい」

 何故だろうか……留美の雰囲気が雪ノ下に見えてくる。

 ゲームをしている留美の背筋はぴんと伸びており、どこか喋るのを憚らせるような冷たい空気を纏っており、その姿はまさしく雪ノ下そのもの。

「作業、終わったのか」

「うん。こんな作業ステ振りに比べたら簡単。だって絵の形に切ればいいんだもん」

「分かる。ステ振りに比べたら人生なんて楽なもんだよな」

「それは違うと思う」

 おうっふ。同類に初めて否定されたでござる。

「……ところであの人はいないの?」

「あの人?」

「林間学校にいた髪の長い人」

 あぁ。雪ノ下のことか。

「意外と覚えてるんだな」

「……あの日からガラッと変わったもん」

 そりゃ、そうか。俺も初めて買ってもらったゲームの開始時間とクリア時間は未だに覚えてるからな。

「なんだか今の八幡、苦しそう」

「俺が?」

「うん」

 そう言うと留美はPFPの電源を落とし、俺の方を見てくる。

「林間学校の時の八幡はなんだかダラーっとしてた。でも今の八幡はしゃきっとしてる……でも、顔はなんだか苦しそうに見える」

 それは良いことなんじゃないでしょうかと言いたいがデフォルトがダラーっとしている俺からすればシャキッとしていることは状態異常みたいなものだしな。

 苦しそうね…………由比ヶ浜にも似たようなこと言われたな。辛そうだって。

「……戻るか」

「ねえ、八幡」

「ん?」

「…………ゲームでのフレンドって重要だよね」

「……ふっ。甘いな。俺クラスになればフレンドなんてなくても勝てるぞ」

 そう言うとうげぇ、みたいな顔をして留美はPFPに視線を戻す。

 フレンドねぇ…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2時間後、すでに小学生は帰り、残っている俺達は書類の整理をしているが海浜側はまだ熱くディスカッションをしており、ホワイトボードには大量の字が書かれている。

 うちの副会長が何度も電卓を叩いては大きなため息をつく。海浜側から提示された企画の予算を確認しているんだろうがどれもこれも予算オーバー、もしくはギリギリなものが多い。削ろうにも会議に持ち上げられるので結局、こちら側にとどめておき、ため息として出すしかない。

「もうやることもないし帰っていいんじゃねえの?」

 そう言うと一色は時計を見てうーんと唸る。

「そうですね。そろそろ帰りましょうか」

「じゃ、お先に」

「お疲れ様でーす」

 一足早くに講習室から出て外へと出ると年の瀬も近いと言う事もあってかあちこちからクリスマスの音楽が聞こえてくるし、視界にはカップルがイチャつくさまが目に映る。

 今年の年の瀬は地味に忙しい。クリスマスランキングだろ、クリスマス限定ダンジョンだろ、クリスマス限定武装だろ……至れり尽くせりのクリスマスだな。うん。

 自分で適当に納得しつつ、駐輪場へと向かおうとするが今日は朝は雨が降っていたのでバスと電車で来ていたことを思い出し、ハァッとため息をついて改札へと向かう。

 ふとエスカレーターが目に移り、何の気なしにそっちの方を見るとバチっと雪ノ下の姿を捉えてしまった。

 寒そうに首元のマフラーを直している彼女のことを見ているとあちらも気づいたのか少し驚いた表情をして俺の方を見てくる。

「…………こんばんわ」

「あぁ…………」

 向かう方向が一緒なのか俺達は同じ方向を向いて歩く。

 退部届を出したあの日以来、雪ノ下と会うのは久しぶりだ。会いたくないと思う人ほど遭遇し、あいたいと思う人ほど遭遇できないのはゲームも現実も同じだな。

「……一色さんの件、手伝っているのね」

 どこかいつもと比べて覇気がない雪ノ下の声は何故か嫌に頭の中で反響する。

 まるでいけないことを指摘されたかのように。

「あいつを生徒会長に推したのは俺だからな…………その責任もある」

「…………もう戻る気はないのね」

「……退部届は出したし、奉仕部を空中分解寸前まで追いやった俺がいる資格はないだろ。それにお前のプライドを著しく傷つけ、由比ヶ浜を泣かした……そんな奴がいても部室の空気を汚すだけだ」

 引責辞任なんて言葉は俺には似合わない。どちらかと言えばクズ野郎は出て行けって言う罵詈雑言を充てられる方が俺にはあってる。ただ単に雪ノ下と由比ヶ浜が優しいだけであって普通であれば阻害され、イジメられるのが良いオチだ。そんなやさしさに甘えたらいけないんだ。

「そうね……確かにプライドを傷つけられたわ。選挙に出ても自分が勝つことが分かっている出来レースなのに努力している自分が馬鹿らしくなるくらいに……私が立候補することを早く言わなかった責任もある…………でも」

 その時、俺の手にふっと温かいものが触れたのを感じ、手を見てみると雪ノ下の細くて白くて綺麗な指の一本一本が俺の指に絡むようにして触れられていた。

「最後は気づいてくれた。それを埋めようと貴方は努力した。だから一色いろはさんが生徒会長になった……貴方が壊してしまった奉仕部を修復した……違うかしら」

「…………」

 自分のミスを修復するのに他人に頼っちゃいけない。そんな当たり前のことを俺は……俺は実際に出来ているのかと聞かれたら首を左右に振る。

「壊してそのまま放置して退部するよりかはまだマシだと私は思うのだけれど」

「…………マシなだけでダメなものはダメだろ」

「そう……貴方がそう言うのなら何も言わないわ…………いつでも待っているから」

 そう言い、雪ノ下は駅の人混みの中へ消えていく。

 雪ノ下が去ってから俺は少し空を見ながらボーっと立ち止まっていたが少し歩きたい気分になり、人混みに混じりながら歩道を歩いていく。

 どうすればいい……どうすればクリスマスイベントを開催できる。むしろこの遅れている状況の中でどうすれば遅れを取り戻しつつ、玉縄に会議をあげさせることなく通せる。

「比企谷」

「へ? あれ、平塚先生」

 急に名前を呼ばれ、車道の方を見てみるとフロントが面長な印象を受ける黒いスポーツタイプの車から顔を出している先生が見えた。

「何してるんすか?」

「うむ。イベントまで一週間だから様子を見に行こうとしたらもう終わっていたのでな。帰ろうとしたら制服が目について顔を見ればお前だったというわけだ」

「はぁ……」

「送ってやろう。乗りたまえ」

 いや、良いですと言おうとしたが後ろから車が来ているのが見えたので渋々、乗り込むとメーターや操作周りはアルミでメタリックに仕上げられていた。

 なにこれ。ていうかワンボックスカーじゃなかったっけ……どうでもいいや。

 先生に俺の家の位置を伝えると車は静かに駆動音をたてながら進みだす。

「少し寄り道してもいいか?」

「はぁ」

 やることもないのでスマホを取り出し、ゲームを起動させると既にクリスマスダンジョンはすべてクリアマークがついており、出されているステージもクリアしているのでやることがなく、結局スマホを直してPFPを起動させてガチャガチャといつものようにいじる。

 少しすると車が止まったのを感じ、外を見るが暗いせいで何も見えず、先生が車から出るのに合わせて俺も出るとふと潮の香りがした。

 ここって東京湾……にかかってる橋の上か。

「どうかね、調子は」

「……まあ、結構最悪と言いますか」

「ほぅ。どんな風にだ?」

「……単刀直入に言えば会議をするだけして答えが出てないんですよ。あっちはなんでもかんでも会議でみんなの意見を聞いて決めたがるし、こっちはこっちで稼働したばかりで一色とメンバーとの距離感も妙に開いてますからそれが余計に拍車をかけていると言いますか…………」

 会議を重ね、意見を聞くことで自分だけが決めたのではないという免罪符を手に入れたいんだろう。俺だってそうする。自分の判断だけで決めずに誰かの意見を聞いてそれで判断する。それが一番、失敗した際のリカバリーをしやすいしな……玉縄の場合はやり過ぎだと思うが……むしろそれが正しいのかもしれない。会長になって日が浅いゆえの行動だと考えれば納得もいく。

「なるほど…………比企谷。君はよく人を見ているな」

「……そうですかね」

「人の嫌な面に敏感なのだよ。君は…………だから君は戸塚を助け、小学生を助け、一色いろはを助けた……嫌な面を見てきた人間は同時に人の良い面も敏感に感じる。特に君は顕著だ。だから雪ノ下や由比ヶ浜の2人と一緒にいても何ら問題はなかった。君は2人の良い面を感じ取っていたんだよ」

「…………」

「でも君は感じるだけで理解できていない。その人の怒りや悲しみ、そう言ったものを君は全てシャットアウトしているのだよ。だから雪ノ下も由比ヶ浜も結果的に傷つけてしまった…………比企谷。弾くな、全てを受け入れるんだ。そこからだよ……全てを受け入れてからこそようやく理解できる」

「論点代わってませんか?」

「変わってないさ。最初から二人のことを聞いていた」

 間違った選択をした。だから俺は2人を傷つけ、その責任を取って奉仕部を辞めた……世の中の人が見ればそれは至極普通のことにしか見えないだろう。

「比企谷。前にも言ったが責任の取り方は何も辞めるだけじゃない…………ずっと傍にいることも私は1つの責任の取り方だと思うがね。今回の場合はだが」

 ……傷つけたがゆえに消えるのではなく、傷つけたがゆえにずっと傍にいると言う事なのか……傍にいるだけで傷つけているのではないか。俺はそう考え、辞めるという結論を出した。

「傷つけてしまったがゆえにずっと傍にいてその傷を癒す……それは良いことだと思うよ」

「でも自分の失敗なんてものは自分で責任を取るべきでしょ」

「そうだな…………でも自分1人だけでは取れないこともある……何も自分のミスを自分だけでリカバリーする必要はないんだ。出来なければ頼ればいい。大人もそうだ。部下がミスをすれば上司がそれを叱り、リカバリーさせるが部下1人ではどうしようもない時、上司も一緒に謝るだろう。それに似ている。1人でリカバリー出来ないのであれば誰かを頼って聞けばいい。何がいけないのか、どんな方法があるのか。それは家族であり、友人でもある……もう君は1人じゃないんだ」

 そう言うと先生は車にもたれ掛るのをやめ、ドアを開く。

「悩んで悩め。分からなかったら誰かに頼ればいい」

 そう言う先生の顔には笑みが見える。

 さっきまで突き刺さるように吹き付けていた寒風はもう吹いていなかった。



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第六十二話

 翌日の放課後、俺は奉仕部の扉の前にいた。

 結局昨日は考え事でほとんど寝ておらず、今日1日寝ていたせいか今はひどく意識がはっきりしている。

 昨日1日考えた結果、俺は結論を出した。ヒントはもう貰った。あとは俺なりの答えは出し、それを彼女たちに提示するだけだ。何故俺がこの空間に留まったのか、何故壊してしまったものを必死に修復したのか、そして何故今がこんなにもつらいのか。それらの答えはすべてここにあったんだ。俺は目の前の真実に気付かなかった。

 ドアを軽くノックしようとしたとき。

『ゆきのんはさ、どう思っているの?』

 そんな由比ヶ浜の声が聞こえ、思わずノックするのを辞めた。

『……何をかしら』

『ヒッキーがいなくなったこと』

『……部員が一人減っただけのことよ』

『……あたしは悲しいな』

 ……由比ヶ浜。

『ヒッキーってさ。いつもゲームゲームって言ってるけど何かあったら文句言いながらも考えてくれたし、ヒッキーじゃないと解決できなかったこともあったじゃん…………確かにヒッキーがいろはちゃんの依頼を受けてから色々ヤバいことにもなったけど……結局は直してくれた……あたしはそれだけでもう十分かなって』

『由比ヶ浜さん。それは貴方が決めることじゃないわ』

『そうだけど……どうしてあの時、ヒッキーを止めなかったの?』

『私たちに彼を止める資格なんてないもの。彼は責任を取るということで退部する……あのままここにいても彼は苦しむだけよ。私たちが彼に何も言わず、前と同じように喋ったら……比企谷君はきっと悩むでしょうね……だから私は彼が辞めるといったときは止めなかった』

『…………あたしは……もし、あたしがゆきのんの立場にいたらヒッキーを止めてたかな』

 部室から聞こえてくる会話を俺はずっと聞いていた。

『ヒッキーと1対1で話していっぱい怒っていっぱい色んなこと言って……それでいっぱいヒッキーから謝ってもらって……それであたしは終わりにしてたと思う』

『それは選択の1つにしか過ぎないわ。貴方の選択も私の選択も間違ってなどいない……何が正解だなんてそんなもの後になってからじゃないと分からないもの』

『じゃあゆきのんは……今どう思ってるの?』

 由比ヶ浜の質問に雪ノ下は考えているのか部室から声は聞こえなくなった。

『……分からない』

 意識を集中させていないと聞き逃してしまうほどの小さな声が聞こえた。

『……私には分からないわ。あの時の選択が正しいのか否かんて…………彼を許したくないっていう気持ちと……彼のことを想う気持ちが2つあって……どっちが正解かなんて私には分からない』

『……あたしだって一緒だよ。あの時、ヒッキーばかりに任せるんじゃなくてあたしも何か手伝えばよかったんじゃないかって……ただ単にあたし、ヒッキーに甘えてただけなんだ……どっかでヒッキーならやってくれるって考えてたのかもしれない…………だからあたし……今の奉仕部は……』

 そこから先の言葉をまるで言わせたくないかのように強く扉をノックし、扉を開けて中へ入るといつもの定位置で由比ヶ浜は携帯を握りしめ、雪ノ下は机の上に文庫本を置いていた。

 少し来なかっただけでひどく懐かしく感じる。

「ヒッキー……」

「…………少し話がしたい。いいか?」

 今まで俯いていた雪ノ下がこちらに顔を向けた。

 それを了承したと捉えた俺は2人に対面するように少し離れた位置に椅子を置き、座る。

「…………俺さ、小学校の時にイジメられたんだ」

 そう言い、一拍開けてまた話し出す。

「本当に突然だった。昨日まで普通に喋っていた奴がいじめっ子側に立ってた……だから俺はゲームに逃げたんだ。誰も話さなくていい。傷つかなくていい……友情や青春なんてただのバグだって考えてずっとゲームにのめり込んでいたんだ。だからずっと1人でいた。友達なんて作らないし、どっかで俺の所為で関係が崩壊しようがそんなの関係なしにずっとやってた…………でもさ…………」

 頭の中ではそれより先の言葉が出てきているのにいざ2人を見て口に出そうとするとまるで喋ることを忘れたみたいに言葉を発することができない。いや、もしかしたらそれ以上話したくないのかもしれない。喋ったとしても俺たちの関係が変わることなんてない。逆に悪い方向に行くかもしれない。

 ―――――それでも俺は進む。

「奉仕部に入ってから違った……最初は面倒くさいってしか考えてなかった。毎日決まった時間に来て、決まった時間までいなきゃならなかったし…………でも時間が経つにつれてそんなこと思わなくなってったんだよ。もうそこにいるのが当たり前、みたいな感じになってた。ずっと放課後にここにきて由比ヶ浜と雪ノ下と喋って時間が来たら帰って依頼者が来たら一緒に解決策を考えてって……そんな毎日を過ごして…………楽しかった」

 その一言で由比ヶ浜も雪ノ下も目を見開いて驚いた様子で俺を見てくる。

「由比ヶ浜の言ったことに突っ込んだり、雪ノ下の言ったことに内心傷ついたり、お悩み相談メールで一緒に考えて返信したりとか…………そんな毎日が楽しかったんだ。お前らと一緒にいる時間が、この場所が好きになったんだ…………だから……結局、俺はそんなんじゃ足りなくて…………」

 徐々に視界がぼやけてくるし、頭は暑くなってくるし、喉は乾いてくる。

「……欲しかったんだ…………ずっと……ずっと前に捨てた友達とか青春とか絆とか友情とか彼女とか親友とか……誰かと休み時間に喋ったり、一緒に昼めし食いながらゲームの話ししたり、友達と喧嘩したり…………ゲームみたいな薄っぺらい偽物じゃなくて触れたら傷ついてしまう事もあるけど楽しいことも俺に与えてくれるもの…………俺は…………俺はそんな本物が欲しかったんだ」

 声が震えるのを必死に我慢しながら2人の顔を見ようとするが視界がぼやけにぼやけ、まともに2人の顔が見えないし、それ以上もう声すら出せる気がしない。

 傷つくことを恐れてすべて捨てたはずの青春とか友情とかをもう一度欲することは調子のいいことかもしれない。自分から捨てておいたのに……でも、それでも俺は一度捨てた青春とか友情が欲しい。そんなものを俺は雪ノ下や由比ヶ浜に求めていたんだ。これが俺の答え。必死に悩んで悩み続けた結果出てきた答え。

 でも遅かった……その答えは一色の依頼をするときに出すべきだったんだ。もう二人を傷つけた後で出すべき答えじゃなかった。

 雪ノ下は何も言わずにすっと立ち上がってゆっくりを俺の前に歩いてくると俺の手を取った。

「……私は貴方の言う本物が何か分からない…………でも……分かることは……私も貴方と同じように3人で過ごした時間が好きよ……貴方の言う本物かどうかは分からないけれど私は…………本物はこれなんだと思う」

「…………本物なんだよ。皆で過ごした今までは……だってそうじゃないと……悲しいじゃん」

 由比ヶ浜はそう言うと笑みを浮かべて俺の手を取る。

「あたしもヒッキーとゆきのんの言ってる本物は何かわからないけれど…………あたしは今まで過ごしてきた時間は本物なんだって思う。ヒッキーの言う青春とか友情なんだって」

「…………2人に依頼がある……もう俺だけじゃどうしようもないんだ……お前たちを頼りたい」

 俺は2人の手を強く握りしめながらそう言うと2人同時に小さく笑みを浮かべてこう言った。

「「もちろん」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから30分後、俺達は会合が開かれているコミュニティーセンターにいた。

 今は由比ヶ浜と雪ノ下に今までまとめてきた議事録を見せて事情を話しているところだが由比ヶ浜はちんぷんかんぷんなのかさっきから苦笑いを浮かべ、雪ノ下はガバガバの企画書にため息をついた。

「よくこんな企画書でグダグダと会議をしてきたわね」

「つっても向こうさんが会議だ会議だってうるさいんだよ」

 向こうの方にいる玉縄を指さしながらそう言う。

 既に2人の新しいヘルプ要員を入れることは玉縄にも一色にも言ってあるから特に問題はない。

「……それ以前にこの企画は合同でやる必要はあるのかしら」

「へ? でもこれって合同でやるんじゃ」

「同じことを2つの高校がやっても意味はないわ。それぞれの特質というものがあるのにわざわざそれを潰すようなことをやっても決まらないわ」

「そっか! 違う学校がやるからその差も出てきて面白いって思うし」

「この会議に無いものは……否定ね。ブレインストーミングは確かに会議方法の1つだけれど出てきた情報の詳しいまとめが必要。でもこの会議にはそれが無いわ。いわばこれはモドキね。ブレインストーミングは人の意見は否定しない。でも明らかに不可能なことは否定しなければ永遠に終わることは無いわ」

 …………そうだ。何で気づかなかったんだ。今まで俺は合同という言葉だけが頭の中に残ってあいつらとやらなきゃいけないって言う先入観を持っていたからこんなにも面倒くさい会議が続いたのか……そうだよな。合同イベントだからって1つのイベントを2つの学校が決める必要性は全くない。

「これは貴方が言うべきじゃないかしら。今まで一緒にやってきた貴方が言えば向こうの生徒会長も納得するんじゃないかしら」

「そうだな……」

「それじゃあ、始めようか」

 講習室に玉縄の声と手を叩く音が響く。

「この前のブレインストーミングを受けて僕の方で案を考えてみたんだ。レジュメを作ってみたから読んでみて欲しい」

 配られたレジュメを開き、内容を見てみるとこの前の会議で上がったゴスペルやら讃美歌やら演劇やらをちりばめたもうキメラと言ってもおかしくはない非常に煌びやかな企画が書かれている。

 なんかもう一種の遊園地だよな……どこを見ても楽しそうなものがあるっていう……確かに数をぶつければ暇を感じさせることは無いんだろうけど……。

「じゃあ、早速」

「あのさ。ちょっといいか」

 手をあげてそう言うと玉縄を含めた全員が俺に視線を集中させる。

「何かな?」

「……この際だから言うわ……現実味が無さすぎないか?」

 レジュメには大雑把な費用しか書かれていないがこと細かく計算していけばかなりの額の予算が必要になってくるし、外部に発注するならば時間もかかる。

 要するに夢のようなじゃなくてリアルに夢のステージになってる。

「こんなけの数なら暇は感じさせないだろうけど相手はデイサービスの高齢者だぞ? こんなテーマが纏まっていないのを見せても混乱するだけじゃないか?」

「そうだね。だから」

 悪いがお前に次のターンは回ってこないぜ。ずっと俺のターンだ!

「費用はどうするんだよ。讃美歌とかゴスペルとかは全部外部発注なんだろ? それに向こうさんのスケジュールの都合だってある。何も俺達だけがクリスマスイベントをやるんじゃないんだ。どこもかしこもクリスマスイベントを開催するだろ? だからそれでバッティングしたらどうするんだよ。こっちのイベント開催日時はずらせないんだぞ? それに小学生と保育園児はどうするんだよ。劇をやらせるにも練習が必要だけど明らかに日にちが足りないし、保育園側の控えめにって言う要望忘れたのかよ。だったらここは小学生と保育園児でもっと簡単なことをやらせるべきだ。セリフが必要な奴なんかじゃなくて歌とかにするべきだ。それにこんな多くのイベントを企画するのは良いけど待機場所はどうするんだよ。楽器だって持ってくるだろうし、観客だっている。3階の大ホールはざっと見積もっても100人入るかどうかだぞ。しかもデイサービスのヘルパーさんだってもしものために傍で待機しなきゃいけないんだ。ある程度、スペースに余裕は必要じゃないか? デイサービスつっても全員が全員しっかり歩ける人ばかりじゃないんだ。要支援1、2、要介護1~5の人が利用してるんだ。その中でも要介護3以上はヘルパーさんがいる。明らかにホールのキャパを超えてるだろ」

 流石にこんな長い間、喋ったのは初めてだから喋り終わったころには少し息が上がった。

 講習室は時計の針が大きく響くくらいに静まり返っており、誰も言葉を発しようとは思っていないが冷たい視線だけはいくつか飛んでくる。

「俺達に時間はもうないんだ…………だから1つ提案がある」

「なにかな?」

「もう合同でやるの辞めないか?」

 この会議の根本的なミスは2つの高校が手を取り合って1つのイベントを決めるという事にあった。だから一度ぶつかり合えば停滞してしまったんだ。

「2つの高校がやることでシナジーを生み」

「シナジーなんてもうないだろ。あるのは会議ごっこだけだ…………最初から俺達は間違ってたんだよ、玉縄。ブレインストーミングは今回のイベントでは合わなかったんだ。枝分かれしていく意見の一つ一つを会議にあげてまたそこで枝分かれるする……そんなイタチごっこをするよりも普段、小学生がやるみたいに案をいくつか出してどれが現実的でどれが今回のイベントに相応しいかを決めるべきだったんだ」

 玉縄は今の状態が崩壊することを恐れているのか早口で俺にまくしたてる。

「企画意図とずれてるし。ここにいるみんなとグランドデザインは共有できたわけだから」

「企画意図とはなんもずれちゃいないぞ」

「2つの高校が合同でクリスマスイベントをやる……それが企画の意図だったはずだよ」

「誰が2つの高校が1つのことをやるって言ったよ。お前はただ単にシナジーを図るためにグランドデザインを共有しようだの言っていただろ。グランドデザインってさ……クリスマスイベントを無事に開催し、老人たちを喜ばせることなんじゃねえの?」

 誰も反応しない、誰も見ようとしない、誰も俺を正解だとは思っていないだろう。

「ん~。難しいことはよく分かんないんだけどさ」

 静かな会議室に由比ヶ浜の声が響く。

「同じのよりも違うものを作れば互いに高校の良いところとか分かるんじゃない? ね、いろはちゃん」

「え、あ……はい」

 一色は由比ヶ浜の問いに遠慮気味に答えると今度は由比ヶ浜の視線が折本へと向かう。

「ど、どうかなー?」

「え、あ、う、うん。いいんじゃない?」

 否定の海に肯定という物質が生まれればそれは爆発的に連鎖し、増殖していき、やがては否定の海が肯定の海へと一瞬で変わる。

 ようやく長きにわたる会議が終わった。

 ふぅと一息つきながら椅子に座るが隣からの視線がさっきから超痛い。

「なんだよ」

「危うくイベントがなくなるかと思いましたよー! なんであんなこというんですかー」

「いやぁ、なんというか……溜まってたストレス発散?」

「うぅぅー。これからどうするんですか? 振出しに戻っちゃいましたよー」

「そうね。まさかこの男が0に戻すとは思っていなかったわ」

 雪ノ下はジトーっとした視線を俺にぶつけながらそう言う。

 え、さっき俺に言ったことってそう言う意味じゃなかったの? 

「でもどうする? クリスマスイベントで何やる?」

「…………そりゃお前本場で学ぶしかねえだろ」

「本場?」

 由比ヶ浜は小首を傾げてそう言う。

「……なるほど。確かに自分たちで1から作るよりかはマシになるわね」

「え? 本場ってどこですかー?」

「そりゃお前、恋人たちの楽園……東京ディスティニーランドだろうがよ」



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第六十三話

 翌日の土曜日の朝、俺は朝っぱらからゲームをしつつ、集合時間までゆったりとゲームをしていた。

「お兄ちゃん良いな~。ディスティニーランドに行けるなんて」

「バーカ。遊びじゃねえよ。取材だ取材」

 クリスマスイベントで何をやるかについてはまだ全く決めておらず、万人受けしそうなものを見つけに行こうというわけでディスティニーランドに行くことになったわけだ。

 小町はもちろん受験生なので自宅で待機だ。

「あ、それとお兄ちゃん」

 出発時間の10分前になったのでPF3を片付けて行く準備をしている時に小町に話しかけられ、後ろを振り返ると何故か腰に手を置いて俺の方を見ていた。

「小町とのお約束条項。今日くらいは女の子に優しくすること!」

「はぁ? なんで」

「いいからいいから。女の子の反応をちゃんと見るんだよ。アトラクションの方を見てたら行きたいのって声をかけてそのまま連れ込むの」

 強引なナンパ野郎じゃねえか。

「と・に・か・く! 気を配ること!」

「へいへい。じゃ、行ってくるわ」

「お土産よろ!」

 適当に手を振って返事をし、自転車に跨って集合場所である舞浜駅へと向かうべく、最寄駅へと向かう。

 舞浜駅は電車で20分ほどだが駅の造りからしてもうディスティニーランド一色になっているらしく事前調べでは時計の形がキャラクターだったり発車の際の音が関連曲だったりするらしい。

 駐輪場に自転車を止め、舞浜駅に止まる電車に乗り、20分をPFPで潰す。この前の一色の依頼で募集した神八こと俺と通信できる権利みたいなで募集した人数が5人のところ10倍ほど来てしまった。面倒だったから適当に選んで通信したけど……ふっ。やはり全員可愛いのう。玄人クラスにさえ到達していない連中ばかりだった。

 その全ての様子を動画で挙げると意外と好評だったみたいで定期的にやってくれと言われてしまった。

 まぁ、定期的にはしねえけど……あれか。

 窓の外に視線をやるとディスティニーリゾートが見え、周りのカップルたちは色めき立つ。

 できれば皆で言ってきてくださいって言おうとしたが合同を辞めにした俺が行かないわけにもいかず、結局朝の6時に起きて準備したもんだ。

 目的の舞浜駅に到着し、改札を出て周囲を見渡す。

 確か改札出てすぐの場所って聞いたけど……

「ヒッキー!」

 そっちの方を向くと案内板の前に2人が立っていた。

「やっはろー!」

「その挨拶外でもしてんのかよ」

「まあね」

「一色は?」

「いろはちゃんはあそこ」

 指さされた場所を向くと駅の近くにあるコンビニから一色、そしてその後ろから葉山、海老名さん、三浦、戸部の4人も出てくるのが見え、思わず顔を背けた。

 まだ葉山は分かる。明らかに一色は恋する乙女だからな……何で海老名さんも三浦も戸部もいるんだ……うぅ! さ、寒気が。また海老名XXに絡まれる!

「なんであいつらがいるんだよ」

「も、元々遊ぶ予定だったからついでに呼んじゃった」

「呼んじゃったじゃねえよ……明らかに面倒見れる面子じゃねえだろ」

「だ、大丈夫! 見れる!」

「別にいいんじゃないかしら。私たちと関わることはあまりないのだし」

 それは暗に別行動とるからいいじゃないって言ってるようなもんだぞ。

 まぁでも取材とかの手伝いしてくれそうだし別に…………。

 突然、後ろから殺気ならぬ腐気を感じ、恐る恐る後ろを見ると眼鏡の縁をキラーンと輝かせている海老名さんがフヘヘヘッと嫌な笑みを浮かべながら立っていた。

「は、早く! 早くハヤハチの続きをぉぉぉぉ!」

「バ、バリア! バリア張ってるもんね!」

 腕をクロスさせてそう言うが海老名さんは怯まない。

「ハヤハチにバリア効きませーん!」

「そんなこともあろうかとナビカスならぬ比企谷カスタマイザーでサイトバッチ入れてるし」

「ブルームンレイ!」

「ぐはぁ!」

 どんだけ強力な弾丸なんだよ、ハヤハチ。ていうかこのネタ通じるんかい。

「んだヒキニクじゃん」

「いやいや、優美子ヒキニクじゃなくてヒキタニ君だし! 超受けるわー」

 どっちも違うわボケ。

「そろそろ行きましょうか」

 一色の一声で入場ゲート近くで何故か年間パスポートを持っている雪ノ下以外は当日券を買い、中へ入るが写真がどうのとか言い出し、パークの人がそれぞれの順番で撮影していく。

 男子だけ、女子だけ、三浦と一色と葉山、由比ヶ浜と雪ノ下だけなど細かいパターンで。

「ハーイ。じゃ次はそこの男の子の腕に抱き付いちゃおっか!」

 パークの人がそう言った瞬間、何故か海老名さんが鼻血を噴き出すがそれを無視していると右腕に雪ノ下が抱き付き、左腕に由比ヶ浜が抱き付いた。

「お、おい。抱き付かなくても握れば」

「両手に花だねー! ……ちっ」

 おい。今シャッター音と同時に舌打ちしただろ。舌打ちしたいのは俺だ、バカ野郎。ていうかなんでこの2人は何のためらいもなく抱き付くのでしょうか。

 そのまま先へ進むとようやく園内に出て、すぐ目の前に大きなクリスマスツリーが立っている。

 これ、クリスマスダンジョンだったら真っ先にロケランぶちかましてぶっ飛ばす奴いるよな……いや、まあ俺なんだけどさ。なんか撃ちたくなるよな。

 とはいっても取材で来ているので適当にクリスマスっぽい部分を写すようにカメラでパシャパシャ取っていく。

 近場のアトラクションから乗っていくがそこでも三浦vs一色の構図は変わることなく、その間に時々ぶち込まれている戸部の立ち位置がかなり可哀想だ。

 クリスマス前とあってかなり人が多く、少し方向を間違えるだけで見失いそうだ。

 今日のコースは一色が考えてくれたらしく、待ち時間なども細かく考えられており、どこでファストパスを取るだのここでアトラクションに乗って時間を稼ぐだのかなり事細かに決められている。

 それに従ってアトラクションに乗りつつ、イベントの参考になるかもしれない部分を写真に収めていく。

「次、パンさん行こうか」

 乗り場から降り、予定表を見ている由比ヶ浜の指示通り、パンさんのアトラクションへと向かうが雪ノ下の姿が見当たらず、後ろを見ると少しフラフラとしながら歩いている。

「おい、大丈夫かよ」

「え、ええ。少し人混みに当てられただけよ」

「……迷いそうだな」

 クリスマスと言う事もあって周りは人、人、人。

 その時、手が軽く握られ、ドキッとしながら振り返ると雪ノ下が軽く俺の手を握っていたが本人もそんな気はなかったらしいのか少し驚いた表情をしている。

「…………何してんの」

「あ、貴方が手を動かすからよ」

「え、俺の所為ってヤバ」

「ちょ、比企谷君」

 前の方を歩いている由比ヶ浜達の姿が見えなくなりかけていたので慌てて雪ノ下の手を握り、人を避けながら小走りで追いかけ、どうにかして合流できた。

 危ね。こんなところで迷ったら合流するのは骨が折れる。

「……ひ、比企谷君」

「ん?」

「そ、その……手」

 そう言われ、手を見てさっき雪ノ下の手を握ったのを思い出し、慌てて手を放す。

「……わ、悪い」

「べ、別に……仕方のないことだもの」

 そう言い、雪ノ下はそそくさと由比ヶ浜の隣へと歩いていく。

 その後姿を見る俺の心臓は大きく鼓動を打ち続けていた。

「あ、あそこじゃない?」

 パンさんのバンブーファイトなる年中やっているアトラクションに乗るべく、列に並ぶ。どうやらジェットコースターのようなものではなくわー綺麗だね~とか言う系のアトラクションらしい。

 そして俺たちの順番が来てライドに乗り込むが1つ、不満がある。

「なんで俺が雪ノ下と由比ヶ浜の間なんだ」

「えーいいじゃん」

 いえね。俺は良いんですよ別に……戸部のこと考えてやれよ。一色と三浦に弾かれて全く知らない人とパンさんに乗っちゃってるじゃねえか。しかもそれが海老名さんの隣ならまだいい。知らない人が間に入ってるからね。戸部、笑顔だけど泣いてるし。

「綺麗だねヒッキー」

「そーだねー」

「静かに」

 ピシャッと雪ノ下に言われ、俺達は渋々黙る。

 チラッと雪ノ下の表情を見るとどの景色も見逃すわけにはいけねえとでも言いたいかの様に周囲180度をくまなく観察している。

 アトラクション一つでここまで集中できるお前がすげえよ。

 パンさんワールドは5分ほどで終わり、ライドから降りて出口を出ると妙に雪ノ下の雰囲気がつやつやしているように見えて仕方がない。

 さっきまで人混みに当てられてたやつの顔じゃねえよ。

「ヒッキー。そう言えば小町ちゃんのお土産いいの? あそこにパンさんグッズあるけど」

「……まぁ、とりあえず見に行くか」

「パンさんか……優美子はどうする?」

「あーしパス」

「というか昼飯超混むから並んだ方がよくね?」

「それもそうだな……ヒキタニ君、後で合流しよう」

「あぁ、悪いな」

 葉山が行けば三浦も一色もそれに付いていき、海老名さんは特にパンさんには興味がないのか2人と同じように葉山の方へと向かい、俺達はパンさんグッズが多数置かれている店へと入る。

 右を見てもパンさん、左を見てもパンさん、上下を見てももちろんパンさんだらけだ。

「じゃ、小町さんのお土産を選びましょうか」

「あぁ、頼む」

 とりあえずパンさんの権威である雪ノ下についていくとぬいぐるみコーナーで立ち止まり、何体かを観察しながらたまに手に取ったりしつつ、選定していく。

 そこまで本気出さなくてもいいんだが……。

 ふと視界に何かのキャラクターのなのか犬耳と猫耳のカチューシャが目に入り、何故かは知らんが猫耳を雪ノ下に、犬耳を由比ヶ浜にポフッと乗せてやった。

「ヒ、ヒッキー?」

「……比企谷君?」

「…………似合うな」

 カチューシャをつけた2人を見ながらボソッとそう言うと一様に2人は顔を赤くし、プイッと俺から視線を逸らす。なんか俺言っちゃいけない事でも言ったか?

「ね、ねえ比企谷君。こういうのはどうかしら」

 雪ノ下が持っている山ほどのパンさんのぬいぐるみの中から小町が喜びそうなのを適当に選び、会計を済ませて店を出るがまだ2人は猫耳と犬耳のカチューシャをしていた。

「買ったのか?」

「ま、まあね。どう?」

「良いんじゃねえの。お前サブレ飼ってるし」

 そう言うと由比ヶ浜は緩み切った笑みを浮かべながら犬耳のカチューシャを撫でる。

「…………」

「良いんじゃねえの、お前も。お前そう言うの滅多にしないだろうし」

「そ、そう……」

 雪ノ下は由比ヶ浜程表情を変えることは無いが頬を赤くし、猫耳を撫でた。

 ふむ。小町から気を遣えと言われたがこんなものでいいのだろうか……今まで他人のことなんてほとんど考えてこなかったから何が正解かは分からんが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜にもなると臨海部に位置しているこの場所はとても寒い。

 パレードが始まる前にもう一つ乗っていこうというわけでアトラクションへ向かって歩いているが来た時と比べて疲れがたまっているのか歩く速度はみんなして遅い。

 海老名さんと由比ヶ浜はさっきからキャッキャキャッキャしているが体力に自信がないこと間違いなしの俺、雪ノ下は2人して集団の後ろに位置し、一色と三浦も少し疲れ気味だ。ていうか運動している葉山とか戸部も疲れてる様子なのに何であの2人は疲れてないんでしょうかねぇ。

 その時、一色が戸部を呼びつけ、コソコソと作戦会議をすると一瞬、戸部は嫌そうな顔をするが一色の真剣なまなざしに押されたのか襟足をワシャワシャさせ、一色と共に葉山達がいる先頭へと向かった。

 ふと後ろを見るとしんどそうに歩いている雪ノ下の姿が。

「大丈夫か?」

「ええ、まだ大丈夫っ」

「おい!」

 疲れているのかあげたつもりの足があまり上がっておらず、ブーツのつま先の方が地面に引っかかり、そのまま前のめりに倒れていくのを慌てて抱きかかえようとするが俺の両手はちょうど雪ノ下の両脇の所をうまく通り抜けていき、傍から見れば抱きしめるような格好で受け止めてしまい、正真正銘抱きしめてしまった。

 初めて女の子を抱きしめたと言う事からか、もしくは雪ノ下を抱きしめたと言う事からかさっきから向こうに聞こえてるんじゃないかと思うくらいに心臓が鼓動を打つ。

 …………なんか…………うん……。

「あ、あの……比企谷君?」

「え……あ、悪い」

 少し抱きしめていたのか今にも消えそうな雪ノ下の声でようやく我に返り、慌てて雪ノ下を離すが心臓は相も変わらず鼓動を打ち続け、まともに雪ノ下を見れない。

 な、なんだよこれ…………やっぱおかしいわ、俺。

「……い、行きましょうか」

「あ、あぁそうだな」

 雪ノ下に言われ、歩き出そうとするがパレード用の進路確保のためかパークの職員らしき人たちがロープで進行方向を制限していた。

「……どうしましょう」

「行く場所は分かってんだし、あとで合流できるだろ。一応電話しとくか」

 連絡帳を開き、データブレイカーと表示されている由比ヶ浜の番号をタッチして通話をかけるがこの園内の騒音のせいなのか気づいていないらしく、7コールした後に留守番サービスに移行したので切った。

「聞こえてないみたいだし、遠回りしていくか」

「そうね」

 迷うであろう雪ノ下を前にし、俺は少し後ろを歩く。

 夜になると煌々とライトアップされたアトラクションを撮影しようと多くの人でごった返し、中々思うように進めない。

 ふと雪ノ下がある方向を見て立ち止まったので俺もそちらの方向を見るとパンダのパンさんのぬいぐるみがカゴに入れられており、黒い帽子を被っているパークのキャストさんが何やら客を集めようと叫んでいる。

「今しか手に入らないパンダのパンさんですよー! 欲しい方がいれば大きく手を上げてくださーい! 私と勝負をして勝てたら差し上げます!」

 …………なんかすんげぇ集中力発揮してるな。

 雪ノ下の両目は既にパンダのパンさんをロックオンしており、動く気配はない。

「欲しいのか」

「べ、別に欲しくは…………」

 否定しようとする雪ノ下の後ろに核ミサイルのボタンを押すか押さないかで必死に悩んでいるアメリカ大統領の姿が見えた気がした。こいつどんだけ悩んでんだよ。

「勝ちゃいいんだろ。勝ちゃ」

「勝てるの?」

「俺を誰だと思っているんだ? ゲームに関しては最強の男だぜ?」

「おっ! そこのカップルこちらへ!」

 カ、カップル……ま、まぁ2人でいればそんな間違いもされるわな。

「彼女さんにプレゼントするのかな?」

「はぁ。まぁ」

「いいねー! 拍手!」

 なんで大阪のあそこも千葉のここもキャストさんたちはみんな一様にハイテンションなんだろうか。そして何故それに付き合うのだろうか……やっぱりキャストさんのハイテンション差に引っ張られるのか?

「では彼氏さんにやってもらうのはこちら! 間違い探しゲーム!」

 そう言いながら目の前に出されたのはどう見ても同じ形をしているパンさんのぬいぐるみ。

「1か所だけ間違いがあります! それを1分以内に見つけたらこのぬいぐるみをプレゼントします! では彼氏さん! 準備は良いですか!?」

「は、はぁ」

「ではスタート!」

 中腰になり、置かれている2つのパンダのパンさんのぬいぐるみをくまなく見ていくが特に違いらしい違いは見えない。世界の闇を見てきたような仄暗い目、全てを切り裂く鋭い爪、鋭い牙……まさか背中とかにあるシールの違いとかか? 

 2体をもって後ろを向かせてみるがシールは貼られていない。

「あと30秒!」

 これは意外と難しいな…………ん?

 ふと、顔を上げてキャストのお兄さんを見るとどこか違和感を感じ、ぬいぐるみではなくキャストのお兄さんの方に視線を集中させる。

 なんか怪しい……キャスト共通の服、靴、イヤホン、茶色の帽子…………あ……いや、でも……まぁパンさんに間違いがあるなんて言ってないしいけるか。

 間違いを見つけ、手を上げるとグイッとマイクを近づけられる。

「さあ、どこが違うでしょう!」

「お兄さんが被ってる帽子。さっきは黒だったのに茶色になってる」

 そう答えた瞬間、あらかじめスタンバイしていたのかあらゆるところからキャストさんが出てきてクラッカーを鳴らし、拍手をする。それにつられてか周囲で見守っていた人たちからも拍手が出てくる。

「おめでとうございます! 見破ったお兄さんにはこの限定パンダのパンさんをプレゼントしまーす!」

 パンダのパンさんをキャストのお兄さんから受け取るとさらに大きな拍手が送られてくる。

 拍手を受けながらパンダのパンさんを待っていて雪ノ下に手渡すとお調子者が指笛を鳴らす。

 とりあえずこっぱずかしいのでそのままその場を離れ、由比ヶ浜達との合流場所へと向かう。

 



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第六十四話

 パンダのパンさんを無事に手に入れた俺達は少し休むために設置されているベンチに座って売店で購入した飲み物を飲んでいる。

 さっきから雪ノ下は限定パンさんをフニフニしては見えないくらいの小さな笑みを浮かべ、それを見る俺はドキドキと心臓が高鳴るのを隠すように飲み物を一気に飲む。

 なんかおかしい…………何がおかしいのかが分からないけど何かおかしい。

「ありがとう、比企谷君。まさかこんなところで貴方のその無駄な才能が役立つとは思わなかったわ」

「無駄って言い方ひでぇ」

「あら。無駄以外になんて言えばいいのかしら」

 うっ。そう言われれば何も言い返せねぇ。

 俺が言い返せないことがそんなに面白いのか雪ノ下は口元をパンさんで隠して全身を震わせて必死に笑うのを我慢している。

「ふぅ…………前にもこんなことがあったわね」

 一息ついた雪ノ下はそう言う。

 ……多分、由比ヶ浜と第一次喧嘩を起こした時のことを言っているんだろう。

「あの時は陽乃さんもいたな……まさかここにもいるんじゃ」

「……あり得そうで怖いわ」

 2人してキョロキョロと辺りを見渡し、陽乃さんらしき人物がいないのを確認する。

「いるわけないか」

「そうね…………初対面であの人のことを見抜くから驚いたわ」

「理想過ぎるんだよ。ギャルゲーに出てくる女キャラと同じだ」

 マンガやギャルゲーなどに出てくるメインヒロインなどは100%美人に描かれている。俺が考える理由はマンガやゲームで男の理想を出せば受けがいいんだ。だからブサイクは絶対と言っていいほど出てこない。

「姉さんは昔からみんなに愛されてきたわ。何でもこなして褒められて、賞賛されて……私はその後ろにずっといたわ。お人形のように静かにね。手のかからない子とも言われたけれどその陰で可愛げのない子、冷たい子って言われているのも知っていたわ」

 どうしても兄貴や姉貴がいると比べられてしまう。勉強、運動……その全てに兄貴や姉貴の影がちらつく。まぁ、俺の場合は逆だけどな。妹が優秀で兄貴が不出来だから大体表に出されるのは小町だ。

 新年の挨拶も小町だし、学校での評価もあいつの方が高い。

「そりゃ上っ面しか知らなきゃそう思うだろ」

「え?」

「人間第一印象は見た目だろ。俺だったらゲームしかしてないヒキニク。お前だったら冷たい子……じゃあ、由比ヶ浜に同じことを聞いたら確実に言う印象は違うだろ」

 ……なんか俺はヒキニクって言われそうだけどな。

「ゲームでも同じだろ。パッケージ買いしたときは面白そうなのにいざしてみれば微妙って感じだ」

「…………ずっと姉さんの様になりたいと思っていた。でも姉さんにはあって私には無いものに気づいたときは失望に近い感情を抱いたわ。なんで持ってないんだろって」

「…………まだそう思ってるのか?」

「今は思っていないわ。もうなれっこないもの…………貴方も私には無いものを持っているわ」

「俺からすればお前も俺に無いもの持ってるし」

「そうかしら…………でも、姉さんも貴方も持っていないものを手に入れれば……救えるかもしれない」

 何を、とは聞かない。俺が思っている以上に雪ノ下姉妹の関係は複雑だし、彼女の胸の中にある思いも理解するのにはかなり時間がいるのかもしれない。

 ただ本物が欲しいといった以上…………俺はいつか雪ノ下の言う本物とやらを見てみたい……そう思う。

「そろそろ行きましょうか」

「もういいのか」

「ええ。大丈夫よ」

 立ち上がると同時にデーターブレイカー嬢に電話し、大体の集合場所の位置を聞き、そこへ向かうと既にパレードも終わっているらしく客足も徐々に引いてきて幾分、歩きやすくなった。

「あ、ヒッキー!」

 大きく手を振る由比ヶ浜を見つけ、そこへ行くと少し先の方に葉山と一色の姿があり、少し離れた所に戸部、三浦、海老名さんの姿が見えた。

「パレードは撮れたかしら」

「うん! もうばっちり!」

 由比ヶ浜からカメラを貰い、撮られた写真を見ている途中、雪ノ下は悔しそうに拳を握りしめた。

 言ってくれたらパレード行ったんですけどねぇ。

 その時、本日最後の催しである花火が盛大に打ち上げられ、夜空に様々な色の大輪の花が次々に咲いていき、周囲からは拍手がいくつも聞こえてくる。

 その時、ふと一色と葉山の後ろ姿が見えた。

 花火が打ちあがる度に徐々に2人の距離は近づいていき、もう花火よりも葉山達の方が気になってそっちの方ばかり見ていると最後の大きな花火が打ち上げられた瞬間、葉山が一色から離れた。

 まるで拒絶するかのように。

「ちょ、いろはすー!?」

 花火が終わった直後、一色は口元を抑えて何かをかみ殺すように人混みの中を走り抜けていく。

 その後ろを戸部、三浦、海老名さんの三人が追いかけていく。

 今ので大体わかったが俺は葉山のもとへ向かう。

「……やぁ」

「…………そんな顔するなら付き合ってやればよかったろ」

「できないよ…………それにいろはの想いは俺じゃないんだと思う…………本当に君は人を変えていくな」

「いきなりなんだよ…………お前ってさ良い奴そうに見えてあれだよな」

「そうだな……あれだ。よく分かってる」

「曲がりなりにも親交はあったんだ。他の奴らとは質が違うけどな」

 互いに”あれ”については明言しない。明言したところで何も変わらないから。

「先に帰るよ」

 そう言い、葉山も人混みの中へと消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 40分後、俺と一色はモノレールに乗って目的の駅に向かっていた。

 既に雪ノ下も由比ヶ浜も自分の目的の駅で降りており、どうやら由比ヶ浜が雪ノ下の家に泊まるらしく、同じ駅で降りて行った。

「やっぱダメでしたねー」

「分かってたなら行くなよ」

「盛り上がっちゃったんですー…………先輩と雪ノ下先輩を見てると」

「は? なんで俺と雪ノ下見て盛り上がるんだよ」

「ん~とですね……私もああなりたいなって」

 ……さっぱり意味が分からん。こいつ、ヒキニクと完璧超人のスーパーハイブリット生徒会長にでもなるつもりか?

「この敗北は次への布石です。振られたってことで私の同情が集まって……それで……」

 葉山に振られたことが相当深い傷になっているのか一色は顔を伏せるが小さな嗚咽までは隠せない。

「……ふぅ」

「せんぱい?」

 下を俯いて泣いている一色の頭に手を置き、小町を慰めるように優しく頭を撫でると一色は不思議そうな顔をして俺の方を見てくる。

「まぁ、なんだ…………お疲れさん」

「……バカ」

 そう言うと一色は涙目で俺を睨み付けてくる。

 それからは無言のまま目的の駅に到着した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリスマス……それはパーティーバーレルを貪りながら炬燵に入ってゲームをする最高の日だが今年は違った。

 クリスマスイベントのためにホール内の椅子出しからご老人の案内、さらにはクリスマスソングを歌う保育園児、小学生たちの案内。そして老人たちに配る小物類を持たせるなどの雑用で昨日から動きっぱなしだ。

 会議の結果、総武高校側は少ない予算と時間でできることと言う事で小学生、保育園児合同でクリスマスソングを簡単なサンタコスプレをした格好でメドレーで歌うという簡単なものに決まった。サンタコスプレはパーティー用品を売っている店で買ってきた安いものを使用したが案外、園児には好評だった。

 一昨日が終業式、昨日が休みとあってほとんどの準備はできた。

 海浜側は最初に提示していたものよりもいくらかボリュームダウンしたが外部からのクラシックコンサートの出張サービスと海浜高校のバンドを持ってきたらしい。

 お客の反応は上々なものだった。

「可愛いー! やっぱり保育園児は可愛いですね~。先輩」

「そうだねー。かわいいねー」

 さっきから一色は舞台袖でミニサンタクロースとなっている保育園児と写真を撮ったり、ほっぺをフニフニしたりして楽しんでいる。

 舞台袖からチラッと見てみると葉山や川崎の姿が見える。川崎は京華ちゃんを見に来たんだろうな~……さっきからビデオカメラをしきりに確認してるし。

 そして海浜高校側の演目が全て終わり、サンタクロース姿の園児と小学生が一斉にステージへ向かうとお年寄りたちから沸き上がる歓声、そしてパシャパシャと響くカメラに録画モードのビデオカメラ。

 お前はおカンか。

 ピアノ伴奏を受けてくれた保育園の先生が演奏を始めるとサンタクロースたちは歌いだす。

 その中にはもちろん留美の姿もある。

「いいですね……なんか温かい感じがします」

「ふ~ん…………」

 小学生が歌っている間、保育園児たちはおじいちゃんおばあちゃんたちに手作りの小物を手渡しで渡していく。

「いろいろありましたけど成功しましたね」

「そうか? まぁ……合格点はくれるんじゃねえの?」

「正直じゃないですね~。実はうれしいんでしょ?」

 ……正直言えば嬉しいさ。林間学校で助けたのか助けれなかったのかもわからなかった留美のその後の様子も見れたし、俺が本当に欲しかったものも自覚できたし…………何より無事に今を迎えれたことが嬉しい。

「先輩。あとは私たちでやっておくんで帰っていいですよ」

「いや、でも片付けくらいは」

「元々先輩は部外者ですし。大丈夫です。ここ生徒会長一色いろはに任せてください!」

 何故か妙に押しが強い一色に言われたのでそれに甘えて俺は一足先にカバンを持ってコミュニティセンターを出ようと1階まで降りた時、後ろから走ってくる音が聞こえ、振り返るとカバンを持った折本がこっちに向かって走ってきていた。

「よっ。一緒に帰らない?」

「えー」

「そんな嫌そうな顔ふつうする?」

 どの道、途中までは一緒なんだし別にいいか。

 外に出るとかなり冷たい風が吹き付けるがコートの襟を立ててマフラーを隙間なくそれに埋める様にして駐輪場へ向かい、自転車に跨って漕ぎ始めると隣に折本が付けてくる。

「ねえねえ」

「んだよ」

「比企谷ってさ、変わったよね。昔はあんなに誰かに楯突かなかったじゃん」

「……そりゃ何年も経てば俺だって変わるだろ」

 奉仕部に入ったからだろうがな……入っていなかったら今以上のヒキニク野郎になってたわ。

「でも懐かしいよね~。中学の頃」

 俺からすればほとんど楽しいことをした記憶がない中学だったけどな……今思えば折本以外あまりしゃべった記憶がないから逆に凄い。

「……そう言えばさ、卒業式のこと覚えてる?」

「卒業式? あぁ、俺がいない状態でクラス写真撮った奴か?」

「違うって……ていうかいなかったんだ」

 おうっふ。その場にいたこいつにさえ気づかれない俺って当時はどんなけ強力なスルースキルを発動していたんだよ。今じゃそれすら効かない奴が近くにいるからな。

「なんかあったか?」

「……ほら。告白したじゃん」

 そう言われ、過去へさかのぼると確かに卒業式の当日の朝に折本に呼び出されて告白された記憶もあるがその後折本の友達が出てきたからあれは罰ゲームだろ。

 そう思っていると急に折本がブレーキをかけたので俺もブレーキをかけ、停まって後ろを向くとこっちをまっすぐ折本が見ていた。

「したな。でもあれ罰ゲームだろ?」

「……その、ごめん……今更だけどあんなことやって」

「別にいいけど」

「……でも、まあ罰ゲームじゃないものも混ざってたり~とか本気で言ったのもあるというか」

「は?」

 折本は頬を少し赤くしながら俺の方を見てくる。

「…………な~んちゃって! 比企谷その顔面白いよ!」

 さっきの申し訳なさそうな顔はどこへ消えたのかダッハハハハと腹の底から笑っているおっさんの様に折本は声を我慢することなく笑う。でもどこかその笑顔はいつもの折本の楽しそうな笑顔ではなく、必死に笑顔で今にも泣きそうな顔を隠しているようにしか見えない。

「なあ、折」

「言わなくていいよ」

 名前を呼ぼうとしたところで折本に止められた。

「あんたには大事な人居るんでしょ? 昔よりも今を大切にしなよ」

「…………」

「あんた鈍いからさ。あの2人も苦労するだろうけど」

「なんで苦労するんだよ」

 そう言うと折本は呆れ気味にため息をつくがすぐに笑みを浮かべた。

「ふぅ。まぁ、そのうち気付くんじゃない? ……じゃ、こっちだから…………バイバイ」

「……あぁ、またな」

 そう言うと折本は一瞬、泣きそうな顔をするがすぐにいつもの笑みを浮かべた。

「またね。比企谷」

 俺達は違う方向へと自転車を漕いで行く。

 ……卒業式のあの告白は恐らく、あいつの本心なんだろう。今言われてなんとなくそう思った。友達が出てきたときのあの驚いた表情は本当に素で驚いた顔だったからな…………でも終わったことだ。

 そう結論付け、ペダルを漕ぐ足に力を入れようとした時、着信音が鳴り響き、画面を見てみるとデータブレイカーと表示されていた。

「もしもし」

『あ、ヒッキー!? 今どこ!?』

「どこって……コミュニティセンターでたとこだけど」

『ちょうどよかった~。実は今、ゆきのんの家でクリパやってんの! ヒッキーも来なよ!』

 …………まぁ、奉仕部としてじゃないなら別にいいか。

「分かった。そっち行くわ」

『オッケー! じゃ、待ってるから! あ、ついでにみんなで出来るゲームとかってある?』

「あることはある」

『じゃあそれも持ってきて! じゃあ!』

 そこで由比ヶ浜の電話は切れた。

 ポケットにスマホを戻し、一旦家に戻ってゲームカーブの本体と三人分のコントローラーとパーティーゲームをカバンにぶち込んで雪ノ下の家の方へ向いて自転車を漕いで行く。

 ちなみに小町も誘ったが受験勉強というわけで断られた。

 ペダルを漕ぐ力はまるで楽しみにでもしているかのように徐々に強くなっていくのを俺は感じていた。



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第六十五話

 ものの数分で到着し、駐輪場に自転車を止めてエントランスで部屋番号を入力してインターホンを押すと一瞬だけ雪ノ下の声が聞こえ、その後に自動ドアが開いた。

 エレベーターに乗り、15階を目指す。

 なんというか…………今更になってだけど俺、前に雪ノ下の家に泊まったんだよな。

 その時の光景が何故か今になってフラッシュバックし、妙な恥ずかしさが込み上げてくる。

 そんなことを考えていると目的の階に到着し、表札に何も書かれていない部屋の前に行き、インターホンを押すと今度は誰も出ずに鍵が開錠された。

 扉を開けてみるが中は真っ暗。

「おいおい。まさかいませんでした~なんておちじゃないよな……お邪魔しま~す」

 靴を脱いで中に入り、そろそろと壁伝いに歩いていき、居間の扉を開けた瞬間。

「メリークリスマース!」

「……メリークリスマス」

 突然明かりが付いたかと思えばサンタクロースのコスプレをした由比ヶ浜と雪ノ下が端から出てきた。

 …………なんで由比ヶ浜さんのコスプレがそんなにミニスカサンタなのでしょうかねぇ。

「ほら見て! あたしとゆきのんでケーキ作ったんだよ!」

「え、お前がケーキ……爆発しないよな」

「酷い!」

「大丈夫よ。由比ヶ浜さんはテーブルに運んだだけだから」

 それ一緒に作ったなんて言わないだろ。

「で、なんでお前コスプレしてんの」

 そう言うと雪ノ下は顔を赤くし、そっぽを向く。

「……由比ヶ浜さんが男の子はみんな好きだというから」

 ……ま、まぁサンタコスプレは良いもんだ……特に雪ノ下とのギャップがさらにいいというか……。

 そう思っているとどこか恥ずかしくなってきたので頭をガシガシかきながら椅子に座り、ケーキをよく見てみると真ん中に俺たち3人を模したらしい砂糖菓子が3体置かれている。

 ……マジで雪ノ下の料理スキル何なの。

 よく周りを見てみると部屋のあちこちに飾りつけがされており、クリスマスツリーもキラキラと綺麗に輝いている。

「じゃあさっそく食べようよ! もうお腹減っちゃってさ!」

 そう言いながら由比ヶ浜はテーブルの上に置かれているパーティーバーレルの箱を開けて中に入っているチキンをおいしそうと呟きながら見ている。

「そうね。比企谷君も来たことだし」

「ゲームもって来たんだけど」

「それも後でしようよ!」

 そう言われ、そこらへんにゲーム機が入ったカバンを置き、座ると紙皿とコップが置かれた。

 炭酸飲料にアップルジュース、オレンジジュース……よくもまあこんなに買ったもんだな。

「じゃ、メリークリスマース!」

「メリクリ」

「メリークリスマス」

 由比ヶ浜の元気な声から3人だけのクリスマス会が始まり、チキンを食べながら思い出話に花を咲かせる。

「そう言えばヒッキーって奉仕部入る前は何してたの?」

「ゲームしかしてねえよ。ていうかお前、俺と同じクラスだろ」

「由比ヶ浜さんの目にさえ、止まらなかったというわけで。薄谷君」

「合ってるから言い返せん」

 事実、2年に上がってからの最初の数日は誰ともろくに喋らずにただひたすらゲームしてたからな。OCでようやくちょっと周りの奴らと話し始めたけど。

「そう言うお前もクラスじゃ薄いだろ」

「あら。私は誘われるわ。修学旅行でも多くの班から誘われたもの」

「なん……だと」

 俺もゲームではフレンド申請は腐るほど来ているが現実世界ではフレンド申請なんて来ないに等しい。いや、ゲームのフレンド申請もほとんど受け入れてねえけど。

「でもさ、いろいろあったよね。この1年で」

 この1年本当にいろいろあった。まず俺が奉仕部に入部したし、その後に由比ヶ浜が入部して戸塚助けて材木座助けて川崎助けて……あ、それは俺個人でやったことか。それで文化祭、体育祭、修学旅行……んで生徒会選挙での空中分解一歩手前にまで行って関係に清算つけてクリスマスイベントが終わった。本当にこの1年間、今までにないくらいに大忙しな1年間だったと思う。

 そんなことを思いながら炭酸飲料をグビッと飲み干すと喉が焼けるように痛かったがそれもまた一興。

「そうね。いろいろあったわね」

「…………」

 騒がしかったのが嘘のように静かになる。

「……ヒッキー」

「ん?」

「はい」

 そう言われ、手渡されたのは綺麗にラッピングされた四角い小さな箱。

「なにこれ」

「まぁ、開けてみて」

 そう言われ、ラッピングを綺麗に剥がし、箱を開けてみると綺麗に折りたたまれた1枚の紙があり、それを広げてみると俺が以前、雪ノ下に出した退部届だった。

 なんでまた退部届なんかクリスマスプレゼントボックスの中にあるんだよ。

「その……そろそろ良いんじゃないかな。戻ってきても」

「……いや、でも」

「別に私のことはもう構わないわ」

「雪ノ下……」

「高校生でダメならば大学生ですればいいだけだもの」

 それ良いのかってツッコミたいがそれをやったらもっとカオスなことになりそうだし……ここは2人の優しさに感謝しつつ、受け入れるしかないか。

 俺は退部届をビリビリに破き、ごみ箱に捨てた。

 これで俺が退部届を出したという事実は消え去り、結局また奉仕部に戻ってしまったというわけだ。

「まぁ……これからもよろしく頼む」

「ええ、よろしく」

「ヒッキーもまた奉仕部に戻ってきたしゲームやろうよ!」

 そんなわけでゲームカーブをセッティングし、電源をつけるとパーティーゲームの代表ともいえるあのMと書かれた赤帽子を被り、ひげを生やしたオジサンに出てくるキャラたちが大集合したゲームが起動した。

「ピコピコをやるのは初めてなのだけれど」

「え、ゲームカーブしたことねえの?」

「ええ。貴方と違って私の中にゲームをやる=常識という等式はないの」

 雪ノ下に1から操作を教え、早速フリーゲームでバトルロワイヤル方式でミニゲームを開始する。

 ルールはAボタンを押すと発射される弾を相手に当てればいいという至極簡単なゲームだがフィールドが常に変化することにより、操作性が地味に求められるのだ。

「あ」

 その小さな声と共に雪ノ下の操作するキャラが落ちた。

「あー! やられた……」

「……もう一度よ」

 そんなわけでもう1回、同じゲームをするが今度はステージから落ちないことに集中しすぎたのか由比ヶ浜から一発食らってゲームオーバーになった。

 ちなみに2回戦も俺が勝った。

「くっ……このっ」

 3回戦。流石に要領を得たのかステージから落ちないようにしながら弾を発射するがまだぎこちないと言う事もあって弾は当たらない。

 こいつ…………相当な負けず嫌いか。

「なっ……い、今のは」

「そりゃお前壁際に撃って爆風に巻き込まれたら死ぬだろうよ」

「次、他のしようよ~」

 由比ヶ浜の提案を飲み、今度は由比ヶ浜にゲームを選択させる。

「ねえ、ヒッキーって苦手なゲームとかあるの?」

「苦手かは知らんが神経衰弱は嫌いだ。あと運とか確率とか絡まないゲームもあまり好きじゃない」

「たとえば?」

「たとえば……金魚すくい」

「それゲームじゃないし」

「あと魚釣りも」

「それはゲームというよりも娯楽じゃないかしら」

 本当に金魚すくいだけはできん。あいつら自分の意思で動いているからすくっても紙を破って水槽に戻りやがるからな。あれだけは何年やっても小町に連敗中だ。

「今度こそ勝つわ」

「絶対に勝つ……ヒッキーに」

「はっ。ゲームKINGの俺に挑もうなど100年早いことを見せてやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………くぁぁぁ~」

 ……やっべ。ゲームしすぎて由比ヶ浜が寝落ちして雪ノ下も寝落ちして最後に俺が電源落として寝たんだっけ……まさかあそこまで盛り上がるとは思わなかった。

 ふと目を覚まし、起き上がると部屋の明かりはすべて消えており、由比ヶ浜はソファでくーすか気持ちよさそうに寝ているが雪ノ下の姿が見当たらず、周囲を見渡すとバルコニーに彼女の姿を見つけた。

「よぅ」

「あら、起きたのね」

 窓を開け、外に出ると冷たい風が吹き付けるが今まで暖かい場所にいたせいか少し心地よく感じる。

「……悪かったな。生徒会長のこと」

「もういいわ……貴方は貴方の考えで一色さんを助けようと思ったんでしょうし」

「……そう言ってもらえると助かる」

 確かに俺は俺の考えで一色を助けようとした……でもその考えの中に奉仕部のことも入れて考えるべきだったんだ。一色のことしか考えていなかった結果、あんな事態にまで行ってしまった……もうあんなことはできれば起こしたくはないな。

 俺と雪ノ下の間に沈黙が流れる。

 その沈黙を破ったのは雪ノ下だった。

「ねえ、比企谷君」

「ん?」

「…………いずれ奉仕部は無くなるわ。私たちも受験が近いのだし」

「そうだな…………でも、俺達はまた会えるだろ」

 たとえ奉仕部という枠組みが消えてしまったとしても異世界に住んでいるわけじゃない。今はスマホという文明の利器があるんだし、連絡を取り合って合う事なんて造作もないことだ。

「自然消滅することもないだろ。ていうかあいつが定期的に集まろうよって言ってくるだろうし」

 寝ている由比ヶ浜を指さしながら言うと雪ノ下は小さく微笑む。

「そうね…………本当に貴方は人を変えていくのね」

「……そうかね」

 人を変えていくのだとしたらその瞬間から俺も少しずつ変わっていったんだろう。だから今の俺がある。

 そろそろ中に入ろうと窓に手をかけようとした瞬間、後ろから雪ノ下に抱きしめられ、頭も腕も全部まるで凍り付いたかのように止まってしまった。

「ゆ、ゆき」

「ねえ、比企谷君」

 俺の言葉を遮るように雪ノ下が言葉を発する。

「いつか私を助けてね」

「…………あぁ」

 高鳴る鼓動を感じながら俺は雪ノ下の手に自分の手を重ねてそう言った。



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第六十六話

 冬休み、大みそか、正月……それは1年間眠っていたゲームを怒涛の様に全クリするための期間であり、決して大晦日に爆笑しながら除夜の鐘を聞くための日ではない。ていうか除夜の鐘とかうるさいし。108の煩悩ってなんだよ。私の煩悩は108式までありますってか。108式目の煩悩ってなんだよ。エロか? エロなのか?

 そんなことを思いながら俺は両手で眠っていたUMDを持ってきて2台のPFPを駆使し、ストーリーだけを簡単にクリアしていく。ちなみにこれ専用のメモステも8G用意したからな。

 そして両足でPF3を操作し、太鼓の匠もうすぐ年越しだよ! 全員集合! Verの楽曲を叩いていく。

 いつもならここでゴミを見るかのようなドン引きしたカマクラと小町の視線が突き刺さるのだが今日に限ってはそれはなかった。何故か、それは。

「ぐすっ……もう無理~!」

 あんな感じでギリギリ総武高校に届きそうにない成績表を見ながらソファの上でバタバタしているのだ。

 今回は定期テストというよりも学力を図る実力テストな側面があったらしく、偏差値や平均なども産出されて志望校の合格判定が段階的になされているのだがそれは微妙だったらしい。

 まぁ、一応うちも県内有数の進学校の看板を掲げてるわけだしな。

「成績上がってなかった」

「成績表見せてみろよ」

 小町から成績表を受け取って一旦ゲームを中断してみてみると別に悲惨というわけではないが端の方に前回のテストとの点数比較が書かれており、確かにあまり上がっているようには見えない。

 まぁ、理系はどうにもできんからあれだとしても……文系教科で満点ないのはきついだろ。

「お兄ちゃーん! どうしたらお兄ちゃんみたいに文系教科満点取れるの!?」

「ゲームの攻略を一文字くるわずにフル暗記。ゲームのステ振りの上り幅を全て記憶」

「あ、もういいや。かーきゅぅぅぅぅぅぅん!」

 癒しを得るためか小町はソファで寝ていたカマクラに抱き付き、頬をスリスリする。

 俺、こんなに受験生の時悩んでたっけ……あ、俺にはゲームという癒しがあるからか。

「お兄ちゃん!」

「あ?」

「お兄ちゃんは小町の息抜きのために付き合わないといけないと思うんだよね」

「何故に……と言いたいけど正月なら別にいいけど」

「ヤッホー! 流石お兄ちゃん!」

 ゲームをしている俺の背中に抱き付いてくるが妹が抱き付いてきてもなんとも思わんのだ。そう、所詮妹など母親と父親の血が入って性別が違って少し……いや、大分性格が違うだけの俺に似た奴なのだ。

 それ故に妹の下着などただの布だ。

「適当にご利益がありそうな神社でも行くか。ここらなら親父が徹夜していくつってた亀井戸天神とかじゃねえの? 総武線一本で行けるし」

「お父さんそう言うところが気持ち悪いんだよね」

 そう言ってやるなよ。娘のために徹夜してでも亀井戸天神に合格祈願に行く親父なんていないぞ普通は。しかも母ちゃんに止められてなかったら太宰府まで行くつってたし……その割には俺に対しては冷たいんだよな。俺だけ正月のお年玉はくれないし。

「ん~。小町的には高校に近い場所にある神社とかがご利益ありそうなんだよね」

「ねえよんなもん……でもそういうなら浅間神社とかじゃねえの?」

「お~。いつもお祭りやってる」

「いつもじゃねえよ。お前の頭の中はエブリデイフェスティバルか」

 どっかの48のカチューシャじゃあるまいし……エブリデイフェスティバルと言えば1日から3日間連続で限定ダンジョンが配信されるんだよな。もちろん攻略にはいくけど今年1年もよろしくって言う面が強いから楽なステージなんだろうけど。

「そう言えばお兄ちゃん」

「あ?」

「雪乃さんとはいかないの?」

「ぐふぅ!」

 ゲームを中断し、炬燵の上に置いてあるコップに並々と入っているオレンジジュースを一口飲んだ瞬間、小町の言ったことに驚いてしまい、気管にオレンジジュースが入って咽てしまった。

 こ、こいつ一体何を言っているんだ……ていうかなんでそこで雪ノ下がピンポイントで出てくる。

「お兄ちゃん、結衣さんとか雪乃さんとかと仲いいじゃん」

「げほっっ! あのな小町。向こうだって家の用事があるのだよ」

「あ、それもそっか……電話来てるよ」

「あ?」

 そう言われ、炬燵の上にあるスマホを取って画面を見てみるが登録されていない番号のようで名前ではなく番号だけが表示されていた。

 イタズラ電話か? 俺的には苦い経験があるからな……まぁ、いいか。

「はい。もしもし」

『こんばんわ。比企谷君』

「…………え、なんでお前俺の番号知ってんの?」

 まさかの相手は雪ノ下だった。

『ゆ、由比ヶ浜さんから聞いたの……』

「あ、あっそう……で、何用?」

『良ければなのだけれど……初詣にでも行かないかしら。小町さんも誘って』

「小町ー! 雪ノ下から初詣行こうぜって来てるけど」

「行くー!」

「っていうわけで行くわ」

『そう……浅間神社辺りでどうかしら』

「ちょうど行く気だったし……」

 それから雪ノ下と待ち合わせ場所と時間を決め、通話を切った後速攻で通話履歴の一番上にある番号を連絡帳の雪ノ下の欄に登録した。

 今年はどうやら騒がしい年越しになりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1月1日。謹賀新年……俺はいつもの通り徹夜でゲームしてたけどな。

 欠伸を噛みしめながら人で混雑しきっている電車に揺られること数駅、人波に任せて電車から吐き出るように出てそのまま改札口を出て、人波に乗りながらなだらかな坂を下っていくと浅間神社の鳥居が見えてくる。

 雪ノ下との約束では鳥居の近くでと言われていたはず。

「あ、あっちじゃない?」

 そう言われ、小町が歩いていくのについていくと経編のニットにベージュのコート、長いマフラーを首元に撒いている由比ヶ浜とその隣に白のコートにチェックのミニスカート、黒のタイツを履いた雪ノ下がいた。

「あ、ヒッキーあけおめやっはろー!」

「お前そんな挨拶生み出すなよ」

 まだあけおめことよろの方がマシだな。

「…………あけましておめでとう」

「お、おう。おめでとう」

 ……何故に気まずい空気? ていうかなんで正月からドキドキ? もしかして心不全?

「おい小町。何ニヤニヤしてんだ」

「ぬふふふ。べっつにー」

「お参り、行きましょうか」

 雪ノ下のその一言から由比ヶ浜と小町が前を歩き、その後ろを追いかけるように俺と雪ノ下が歩いていく。

 流石に正月ともなると人多すぎるな。出来ればこんな混雑したところからは早く脱出して家に帰ってぬくぬくの炬燵に足を突っ込んでゲームをしたいものだ。

 どうやら正月と言う事もあってかは知らないが目につくような露店もなく、そのまま人の波に従って歩いていくと意外と早くに境内に到達した。

 だがここからが問題。二礼二拍を忠実にしている参拝客が前に固まっているせいで一向に進まない。

「お兄ちゃんゲーム貸して~」

「やだ。持ってこなかったお前が悪い」

「うー。ケチ」

 ケチでも結構……ていうかこいつ、3BLACKのデータを消したことをすっかり忘れてるな。それ以来、こいつには絶対にゲームは貸すまいと心に誓ったものだ。

 そんなこんなしていると徐々に列が進みだし、ものの5分で先頭まで来た。

 各々が5円玉をお賽銭箱に放り投げ、二礼二拍するが残念ながら俺はこんなものを信じる口ではなく、五円玉をお賽銭箱に放り投げてボケーっとみているだけ。

 神頼みしてもどうせ叶わねえし、どれだけ努力しても最後は運が良いか悪いかの勝負だし……まぁ、小町の合格位は祈っておいてもいいだろう。

 お祈りも終え、ブラブラと境内を歩いていると由比ヶ浜が何か見つけたのか声を上げる。

「あ、おみくじ! ねえ皆で引こうよ!」

「小町も引きたいな」

「……えいえい」

 六角形の木箱の隣にある賽銭箱に100円を入れ、ガラガラと振って出てきた棒に書かれている番号を巫女さんに言い、巫女さんから紙を貰って開いてみる。

「あ、あたし大吉だ!」

「……そう。よかったわね」

 まさかこいつコンプガチャならぬコンプくじやらねえだろうな……対抗心バリバリの目を見てたらそんな心配が出てくる。さて俺はと……は?

「大凶……ふっ」

「おい、その勝った、みたいな顔をするな」

「小町は吉でした~。お兄ちゃんのおかげかもね」

「そうね。彼が小町さんの不運を全て吸い取ってくれるは。一生ね」

「おい、俺はどこの吸引力が変わらない不運クリーナーだ」

 むしろそんなクリーナーの回転力は下がってほしいものだ。

 その時、くいくいと服の裾を由比ヶ浜に引っ張られ、顔の近くまでに腰を落とすと耳元で囁く。

「ゆきのんの誕生日、もうすぐなんだけど明日とか行ける?」

 ほぅ。雪ノ下の誕生日はこんな新年近くにあるのか。つまりこいつは冬休み中だから誰からも祝われたこともないし、俺も夏休み中だから祝われたことは無い……共通点があるとなんかシンパシーを感じる。あ、フルシンクロじゃないからな。

「まぁ、いけるけど」

「オッケ~。じゃ、また明日連絡するね」

 そう言い、由比ヶ浜は再び雪ノ下の近くへと戻る。

 そう言えばもうすぐマラソン大会か……なんか月巡りがどうとかで1月末にやる予定だったのが2月にずれ込んだらしい。なんでこんな糞寒い中、海辺を走らなきゃならんのだ。

「そろそろ帰るか」

「え、もう帰っちゃうの? これから優美子たちとご飯食べに行くのに」

「初詣のためだけに出てきたもんだしな。それに小町は勉強しないとな」

「はぁ。なんでこうお兄ちゃんは人の神経を逆なでするかな……ごみいちゃんめ」

「ひでぇ……雪ノ下はどうすんだよ」

 ふられるとは思っていなかったのか雪ノ下は少し驚くがすぐに平静に戻る。

「そうね……私も帰るわ。人混みはあまり得意ではないし」

「そっか……まぁ、またすぐに学校で会えるもんね! じゃ、また学校で!」

 そう言い、由比ヶ浜は参拝客の中に消えていく。

 俺達も帰ろうと神社の外へ出ようとした時、急に小町が立ち止った。

「あ、お守り買うの忘れてた! お兄ちゃん、雪乃さんのことよろしく!」

「え、おい」

 小町はそう言うや否や俺の意見などガン無視で再び神社の中に入っていき、参拝客の中へと消えていく。

 突然の小町の離脱に2人して顔を見合わせるがとりあえず帰ろうかということになり、互いに無言のまま駅に向かって歩いていく。

 なだらかに続いている坂道をゆっくり歩き、駅に向かう間も無言のまま。

 そのまま切符を買い、改札を通って電車が来るのを待っているとすぐに電車が来て、それに乗り込むが初詣客で車内は混雑し、座席はすぐになくなったので結局、立つ羽目になってしまった。

 雪ノ下を運転室の壁の近くに立たせ、俺は雪ノ下に対して垂直になる方向を向き、ボケーっと立つ。

 眠いな……帰ったら寝るか。いや、3が日限定ダンジョンをっ!

 その時、急ブレーキがかかり、俺は電車の進行方向、つまり雪ノ下がいる方向へと前のめりになるが壁に手を付き、何とか彼女にぶつかることだけは防いだ……はずだった。

「ぐへぇ」

「すみません」

 後ろから前のめりになった乗客のタックルを食らい、鼻の先が当たるほどにまで雪ノ下に近づいた。

 そこから俺の心不全が再発し、その影響か自分でもわかるくらいに顔が熱くなってくる。

「わ、悪い」

「え、ええ。別に構わないわ」

 アナウンス曰く、緊急停止ボタンが押されたとかで今安全確認を行っているらしく、5分ほど停まるらしい。

 そんな情報など頭の中にフワフワと浮くだけでほとんどの記憶能力がさっきの至近距離にまで近づいた際に雪ノ下の顔が記憶しようと働いている。

 雪ノ下も恥ずかしいのかマフラーで口元を隠すようにする。

 …………やはりおかしい……なんか俺、やっぱりおかしい。何がおかしいかは分からんけど。

「……そ、そういえば実家は良いのか」

「え?」

「お前、1人暮らしだから帰らなくていいのかって」

「あぁ、そういうこと……私がいてもいなくても構わないもの。それに年始はバタバタするから互いにいいことなんてないから」

 そう言いながら雪ノ下はようやく動き出した景色に目をやる。

「貴方も同じでしょ?」

「むしろいない方が良いって言われるくらいにな」

 そう言うと雪ノ下はふっと小さく微笑む。

 俺の降りる駅名がアナウンスされ、少ししてから電車が減速する。

「じゃ、俺ここだから」

「ええ」

「……気を付けてな」

 そう言い、流れていく人に合わせて電車から降りるとすぐに電子音声が鳴り響き、電車の扉が閉まる。

 今年も忙しい年になる。

 そんなことを想いながら俺は改札へと向かった。



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第六十七話

 初詣から翌日たった朝、俺は千葉駅のビジョン前に立っていた。

 あれからすぐに由比ヶ浜からメールが届き、集合時間と集合場所が書かれていた。

 ていうか発起人が遅れるってダメだろ……でもなんか由比ヶ浜だと恒例行事っぽく感じるから怒る気がしない……不思議なもんだな。小町が遅れたら一発は叩くのに。

 にしても……なかなか落ちないものだな。昨日から300回くらいは倒してるっつうのに……逆鱗があと1つ揃えば全ての武装・防具がカンスト所有数なのに……はぁ。さっきからもう最大身長と最少身長を更新しすぎて鬱陶しいし……何故、落ちないのかねぇ。ていうか300回やって落ちないってどういう確率よ。まぁ? 確かに逆鱗は落ちにくくなってるって言われてるけど……落ちなさすぎ。

「ヒッキー!」

「っ! ビックリした。いきなり大声出すなよ」

 耳元で叫ばれ、慌てて横を向くとベージュのコートを着た由比ヶ浜が顔を膨らませて俺の方を見ていた。

「さっきから何回も呼んでるし。ゲームに集中しすぎて人の声聞こえないとかやっぱりヒッキーはヒッキーだね」

「どういう基準でそうなるのか聞きたいところだ……で、どこから行くんだよ」

「とりあえずあそこからいこ」

「ん。ちょっと待て。ラスト1体」

「もー!」

 これ以上怒らせたら俺のPFPちゃんが粉砕されかねないのでちゃちゃっとぶっ倒すがまたもや逆鱗は落ちず、肩を落とし、失意の中、由比ヶ浜が指差したモールの中へと入るとどこもかしこも新年あけましておめでとうセールみたいなものをやっており、さらには福袋商戦? みたいなので人でごった返している。

「凄い人だね~」

「そだな。にしても何買う……っていねえ」

 横にいたはずの由比ヶ浜の姿が見えず、キョロキョロと周囲を見渡すと気になる服でも見つけたのか由比ヶ浜はやけにモコモコしているセーターを手に取ってみていた。

 羊かって突っ込みたくなるくらいにモコモコだな。

 すると急に由比ヶ浜はコートを脱ぎ、さらにはその下に着ていたセーターまで脱いで俺に手渡すとそのやけにモコモコしたセーターを着る。

「どうかな?」

「……いいんじゃねえの。モコモコ感が由比ヶ浜のアホっぽさとマッチしてる」

「なっ! 誰がアホだし!」

 プリプリと怒りながらもセーターを脱ぎ、俺の手から服を取ってチャチャっと着ると買う気なのかモコモコのセーターを手に取って俺の横に帰ってきた。

「で、何買うんだよ」

「考えたんだけどゆきのんって猫好きじゃん? だから猫関連のグッズが良いかなって」

「猫の着ぐるみ送ったら喜ぶんじゃねえの?」

「……本当に喜びそうってそんなものどこにも売ってないじゃん! もう! ちゃんと考えてよ」

「俺に聞くのが悪い。ていうかなんで俺なんだよ。女子の服の好みなんて知らんし」

 大体はこういう場合、同性の友達を連れてくればいいものをなんで由比ヶ浜は異性である俺を連れてきたのかねぇ。海老名さんとか三浦とか連れてくればいいのに。

「ねえ、このミトンどうかな」

「聞いてねえし……猫手のミトンって……着ぐるみのパーツじゃん」

「ヒッキーも選ばないの?」

「え、俺も買うの?」

「当たり前じゃん。ほらヒッキーも見る」

 そう言われてもなぁ……パンさん……なんかこんなところに置いてあるわけないしな。ていうか今思ったら俺、あいつにパンさんのグッズ渡しすぎじゃね? ほとんどぬいぐるみだけど。

 由比ヶ浜は猫のミトンとルームソックスか……はて、俺は何を渡せばよかろうか。

 ふと視線をやった時にパンさんの絵柄が見え、そっちの方へ向かうとどうやら処分セールらしく、大きな籠に大量のパンさん柄のシュシュやらリストバンドやらなどの日用品小物が置かれている。

 ……そういえばあいつ、パンさん関係の小物とか持ってなかったよな。

 籠に手を突っ込んで適当なものを見繕って由比ヶ浜と一緒に会計し、店を後にした。

 少し歩き疲れたのでそこらへんの適当なカフェに入り、コーヒーを頼んで開いている椅子に座り、俺はさっきの続きである逆鱗を落とすモンスターの乱獲をする。

 流石に落ちてもらわねえと困るんだよねぇ。

「ヒッキー何買ったの?」

「小物類。俺服とか分かんねえし。とこれ」

 袋から犬の顔が大きく書かれたシュシュなどの小物類が入っている袋を由比ヶ浜に渡した。

「へ?」

「まぁ、その……いつものお礼」

「…………あ、ありがと」

 そう言うと由比ヶ浜は早速袋の中にある物を出しながらほぇ~っと延びた顔で見ていく。

 イヤホンをして外の音をシャットダウンしてモンスターの乱獲をしていくがふと、俺の肩のあたりから香水の良い臭いがしたがどうせ由比ヶ浜が覗き込んでいるんだろうと思い、戦闘を続行するが勝手にイヤホンが抜かれた。

「何すん…………げっ」

「こらこら。人の顔を見て嫌そうな顔をするのはよくないぞ♪」

 隣にいたのは由比ヶ浜ではなく、雪ノ下雪乃の実姉にしてラスボスの雪ノ下陽乃がニコニコといつもと変わらない笑みを浮かべており、しかもその後ろには葉山の姿も見える。

 え、なに? 俺はこの人専用のエネミーサーチをデフォルトで起動しちゃってるの? シノビダッシュでも回避できないくらいに強いの? それはマジ勘弁。

 2人は結局、俺達の前に座ってしまった。

「2人は何してるの? デート? ダメだぞ~。比企谷君は雪乃ちゃんのだからね」

「リアルにそんな考えどこから湧くんですか」

「ところで2人は何してたの?」

 聞いちゃいねえ。

「ゆきのんの誕生日プレゼントを買いに来てて……」

「へ~。そう言えばもうすぐだもんね……あ、そうだ!」

 とりあえず俺は陽乃さんのいたずらに巻き込まれない様に外部シャットダウンパーフェクトフォームに移行し、PFPに集中する。

 なんで正月中にまでこの人に会わにゃならんのだ。マジでシノビダッシュバグってんじゃねえの? リアルにこの場所からプラグアウトしたい気分だわ。

 そんなことを考えているとイヤホンを外された。

「パス!」

「え、ちょっと!」

 陽乃さんに携帯を押し付けられ、付き返そうとするが画面をよく見てみると雪ノ下宛に既に通話が始まっており、俺は仕方なく耳に携帯を充てるとそれと同時に繋がった。

『……もしもし』

「……や、やっはろ~?」

 とりあえず適当に由比ヶ浜の挨拶をすると向こうから何やらガタガタと物音と携帯自身を落としたのか鈍い音が向こうから聞こえてくる。

『な、何故姉さんの携帯で』

「いや、なんか渡されたんだよ」

『姉さんに代わってちょうだい』

 そう言われ、陽乃さんに携帯を渡すと楽しそうな笑みを浮かべながら携帯を耳に当て、一言二言喋った後に通話を切られたのか携帯を耳から離し、ポケットに直した。

「雪乃ちゃん来るって。家族で行くお食事は断るのに比企谷君がいる場所には来るなんてお姉ちゃん嫉妬しちゃうな~。雪乃ちゃんみたいな子に愛されて君も幸せ者だな~」

「傍若無人の王様っすね」

 そう言うと陽乃さんはニコッと笑みを浮かべる。隣の葉山は呆れた表情をしながら終始、笑みを崩さない。

 雪ノ下のマンションからここまで来るにはかなりかかるはずだ……出来ればその間にお暇したいところだがどう考えてもこの人がそうさせてくれそうにもないしな……トイレ行くフリして帰るか……どっちにしろ誕生日プレゼントは渡す必要あるしな……逃げ道なしかよ。デスマッチ3からのサンクチュアリかよ。

「比企谷君は雪乃ちゃんに何を買ったの?」

「俺っすか? 適当に買いました」

「おやおや~。もしかして給料3か月分の」

「そのハッピーエンドは永遠に来ないと言う事だけ言っておきましょう」

 そう言うと頬を軽く膨らませ、俺を軽く睨んでくる。

 俺と雪ノ下が結婚などまずないだろう。ていうか多分したとしても追い出されるのが目に見えてる。

 と、何かに気づいたのか陽乃さんは俺の方をニヤニヤしながら見てくる。

「あり~?」

「な、なんすか」

「比企谷君の中では雪乃ちゃんと結婚するって言うのはハッピーエンドになってるんだ~」

 そう言われた瞬間、今までにない恥ずかしさが込み上げてくると同時に自分でもわかるくらいに顔が赤くなっていき、さっきまで汗一つかいていなかったはずがドンドン汗が出てくる。

「そ、そりゃあれですよ……結婚って言うのはギャルゲーでもハッピーエンディングに設定されてますし?」

「でもでも~。ハッピーエンドってことはそれに行くまでに選択肢があるわけだよね? っていうことは比企谷君はそう言う選択肢を用意してるってことだよね? 隼人」

「え、あ、あぁそうかもね」

 葉山ぁぁぁぁぁぁ! 貴様そこで裏切るかぁぁ! お前のやったことはエリアスチール×3から木属性の相手にフルシンクロかつファイア+30を3枚加えたリュウセイグンを充てるようなもんだぞ。

「このこの~。将来の義弟君。あ、義理谷君だ!」

「もう勘弁してくれ……」

 隣の由比ヶ浜はあたしギブアップ、みたいな感じで乾いた笑みしかしないし、葉山も葉山で手の施しようがないって勝手に診断した医者みたいに放置プレイだし……雪ノ下、早く来てくれ。俺のHPはもうヤバい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ゆきのーん!」

 雪ノ下に電話してから約30分後、ようやく雪ノ下がカフェに到着し、俺達が座っているテーブル近くまで早足で向かってきた。

 や、やっとこの空間から解き放たれるのか。

「雪乃ちゃんおっそーい!」

「いきなり呼び出しておいて……はぁ」

「まぁ、雪乃ちゃんも座りなよ」

 ……なるほど。

 普段とは違う呼び方に雪ノ下自身も驚いた表情を浮かべ、葉山の方を見ていると自分のミスをようやく自覚したのか顔を一瞬だけ歪ませ、誤魔化すように笑みを浮かべる。

 恐らく学校での2人の関係は取り繕った外面だろう。本来はあぁやって呼んでいるんだろう……まぁ、家族ぐるみで昔から仲が良いって言うんだったら別に何もおかしなことは無いけどな。

「姉がまた迷惑を……」

「い、良いよ別に! あ、ここ座りなよ!」

 由比ヶ浜がこっちに詰めてきて1人分の空間を無理やりぎみに作り出し、そこに雪ノ下を誘う。必然、陽乃さんとは真正面から顔を合わせない位置だ。

「比企谷君も……その……」

「……別にいい……」

 もう金輪際ごめんだけど雪ノ下自身には何も責任はないしなぁ……あるのはこの俺の真正面に座っているラスボス様が悪いんだ。例えるならエンカウントするたびに攻撃方法がガラリと変わるようなみたいなもんだ。対策を万全にしていても攻撃方法をガラリと変えることでその対策を無にする。

「昔はこうやって一緒に集まって遊んだのにな~」

「従えていたの間違いでしょ」

「動物公園なんかもすごかったな」

 3人の思い出話に他人同然の俺達に入る余地はない。3人だけの絶対不可侵領域。そこだけは一切触れることも見ることも許されない場所……まぁ、そんなもん誰しにもあること。俺は気にせずに逆鱗集めに励みますよーっと……ていうかなんで落ちないんだよ。

「でも今はなんだかつまんないな」

 その一言に2人は言葉を失う。

「ま、今は比企谷君がいるからいいけどね~」

「……落ちねえし」

「ありゃ、聞いてないや。そう言うところが面白いんだよね…………人の話は聞いてないふりをして実は人一倍考えてるんだよね。特に2人のことは」

 そんな言葉をかけられても俺は顔を上げることなくPFPを続ける。恐らく今顔をあげれば目の前に陽乃さんの笑顔があるだろうな。仄かな暗さの笑顔が。

「陽乃……まぁ、雪乃も」

「……母さん」

 おっと、雪ノ下の母親の登場かよ……あ、あっ! こっちも登場したぞ! 何百回に1回しか出てこないと言われているハントすると確実に逆鱗を落とし、さらには40パーセントの確率で逆鱗を超える逆王鱗を落とすと言われている幻の金色Ver! 俺もまだ3回しか会ったことない奴だ……今度こそ逆王鱗を取る!

「あ、もうお話は良いの?」

「ええ。この後お食事に行くから呼びに来たの。隼人君もごめんなさいね」

「いいえ、ご心配なさらず。皆がいたおかげで楽しかったですから」

「お友達……あぁ。貴方達が雪乃の……雪乃の母です」

「あ! ゆきのんの友達の由比ヶ浜です!」

 ふっ。俺からすれば金色Verだろうが関係ないことよ……グヘヘヘヘヘ! 貴様をハントして逆王鱗を必ずや手に入れて見せる! それが俺に与えられた使命だ!

「ちょ、ちょっとヒッキー」

「ちょっタンマ。今重要な局面なんだよ」

「え、えっと同じくゆきのんの友達の比企谷八幡君です。ほ、ほら!」

 必死に肘でゴリゴリ押してくるがなんのその。今はこっちの方が重要だ。

「まぁ、そう……そろそろ行きましょう。雪乃、貴方も来るわよね」

「わ、私は……」

「ダメだよ。雪」

「っっしゃぁぁ!」

 PFPを持ったまま立ち上がり、思わず叫びをあげた。

 グフフフ……落ちた……遂に落ちたぞぉぉぉぉ! 逆王鱗! グハハハハハハ!

「……あ、すみません。比企谷八幡です」

 全員からの凄まじい視線を感じ、思わずPFPをスリープモードにしてさっきの非礼を詫びるように自己紹介をしながら深々と頭を下げた。

「す、すみません。え、えっと俺、集中したら止まらなくて」

「随分と個性的な方で」

 絶対にキレてるよキレてるよ! 笑顔だけどなんか怖い笑顔だ……。

 ……今初めてみたけど雪ノ下そっくりだな。でもなんというか……知り合いの母親だからってことで軽々しく話しかけるのを躊躇わせるような雰囲気というか……。

「良かったら貴方たちもどうかしら」

「え、いいん」

「いえ、これ以上長居してもあれなので……帰るぞ」

「え、ちょっと」

 由比ヶ浜の言葉を遮るように言葉をぶつけると雪ノ下の母親は予め答えを知っていたかのように首を小さく縦に振って残念ね~と小さく言う。

 完全身内の中に俺達が言っても雰囲気に押しつぶされるだけだ。だからあんな答えだったんだろうし。

 由比ヶ浜と一緒に店を出ると俺達を送りに来てくれたのか雪ノ下が付いてきていた。

「……ごめんなさい、変な気を遣わせて」

「ううん! そんなことないよ! あ、そうだ! これ、少し早目の誕生日プレゼント!」

 そう言い、持っていた袋を手渡したので俺もついでに雪ノ下に袋を渡すと若干、驚いたような表情で俺たち2人を見てくる。

「おめでとさん。早いけど……あと謝っといてくれ。失礼なことしましたって」

「…………分かった。プレゼント、ありがとう」

「じゃあね、ゆきのん! また学校で!」

 そこで俺達は分かれた。



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第六十八話

 冬休みも開け、学校も通常運営が始まったある日の朝。俺はいつもの様に自転車をコギコギし、学校へ向かっていた。冬休みって休みじゃないよな。どちらかといえば年越し前だから休みでいいやって感じだよな。夏休みとか春休みとかは休みって思えるのに冬休みだけは思えない。

 そんな下らないことを考えながら駐輪スペースに自転車を停め、ペタペタと歩いていると一瞬後ろからジトッとした懐かしい視線を感じ、後ろを振り返ると普通に友達と喋っている女子2人がいた。

 …………自意識過剰乙。煩悩退散煩悩退散。

 頭の中から邪念を振り払い、下駄箱から上履きを取り出し、履き替えるがまたさっきと似たような視線を感じ、チラッと後ろを見てみるが何ら変わりはない。

 ……あ、そっか。俺、今まで奉仕部関係の連中としか会ってないから視線を勘違いしたんだ。なーんだ。俺のおバカさん☆!

 頭の中でキラリンウインク横ピースをしながら階段を上がっていき、教室の中に入るとあけおめ~やことよろ~などの言葉が交差している。

 リア充共の隙間を縫うように通っていき、自分の席についていつものようにイヤホンとPFPを準備し、今日はバトルシティ3をする。

 クリスマス限定武装のステ振りは既に終わったからあとはこれを実践でどう使うかだよな。クリスマス限定とあって武器のステータスは低めだ。しかも振ったらキラキラ光る演出がかかるし……だがこれでストーリーのボスを倒すという仕事が出来た。

 せっせとボス攻略のためにミッションを受けようと思ったが左端に表示されている時間がもうすぐ先生が来る時間を指示していたので仕方なく、俺はPFPをカバンにしまった。

 もう1月も1周目が終わったな~……はぁ。もうすぐ3年か……いや、まあ3年になってもゲームは変わらずやるけどさ。私立文系を専願する俺にとって正直、センター試験など受けずに私立の一般入試を本チャンにしてその前に推薦入試をいくつか受けるって言うのがベストストーリーなんだよな。国立文系にするとほとんどセンターで数学いるし……俺、数学確立分野以外出来る気がしない。

 外と中の気温が違うせいか窓が曇っている。

 その曇りは手で拭えばすぐに取れる…………こんな学生生活の思い出もいつか簡単に拭われるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 全ての授業が終わり、帰りのHRも終わり、すでに教室には何人かしか残っていない。

 ちなみに俺は由比ヶ浜が話し終わるのをただひたすらPFPをしながら待っているが一向に終わる気配が見えるどころか会話のテンションは上がっていく。

「海老名はどっちにすんの?」

「私は文系かな」

「結衣は?」

「あたしも文系かな」

 どうやらいつもの葉山グループの連中は進路希望調査票に関して話しているらしい。

 クラス替えのない国際教養科を除けば文系・理系かでクラスが大きく変わり、今まで一年間一緒に暮らしてきたメンバーとはほとんど合わなくなるだろう。だがそこで有利なのはボッチだ。ボッチは誰かに左右されることもなく文理を決めることができる。まぁ、理系行くやつなんてほとんどいないけどな。理系やる奴は俺達とは少し頭の構造が違うんだろう。

「優美子は?」

 くいっと眼鏡を上げて海老名さんが尋ねると三浦は気だるげに金髪の髪を指でクルクル巻きながら調査票を睨み付け、うーんと考え始めた。

 明らかに理系じゃないだろ……いや、でもあーしさんが数学バリバリ解いてたら……なんかそれはそれで格好いいな。ここのXに代入して~とかいって眼鏡をくいっとあげるとか……ないな。

「戸部、あんたは?」

「俺? 俺はまだ決めてねーけど暗記できねーから理系にすっかも」

「はぁ?」

 戸部の言葉に三浦はバカにし腐った表情を浮かべる。

 戸部が理系……似合わねえ。いや似あう似合わないの問題じゃねえんだけどなんか戸部が理系とかなんか考えられないな。それこそ由比ヶ浜が理系を選択するくらいに。

「あんたが理系とかもうちょっと考えたら?」

「そうだぞー。理系は単位とりにくいって言うぞー」

「俺らと一緒に文系選んで遊ぼうぜー」

「あーマジかー! じゃあ文系にすっかな」

 早いなおい。仮にも人生の岐路だぞ。まぁ、お調子者の戸部だからあんまりそんなこと考えないか……ゲーム制作会社って実はあんまり資格とかいらないんだよな。取っておくに越したことは無いけどどちらかというと他の奴らがとらないような資格があると食いつきが良いらしい。ていうか履歴書にゲーム大会の優勝回数とか書いてたら食いつくかな……あ、あと海外展開しているならTOEICとかもいるらしいし……まぁ、単語は全部覚えてるから英語の点数は常にいいけど。

 にしても……珍しく葉山が話に参加しないな。いつもなら相槌とか打つのに今日はボケーっとしてるというか……まぁ、どうでもいいや。

「隼人はどっちにすんのー? あーし、隼人と一緒にしよっかなー」

 流石は恋する女王。自分の人生を恋心1つで決めようとしておるぞ。それはそれで凄いよな……ていうかどんだけ葉山のこと好きなんだよ……なんかふられたらヤンデレになりそうだよな……ヤンデレ女王化……怖いな。

「……進路は人に聞いてもな。自分のことなんだし自分で決めないとな」

「え、あ、う、うん」

 思わぬ返答が帰ってきたのか三浦は戸惑いの表情を浮かべ、金髪を指でクルクルする。

 確かに正論っちゃ正論っていうかもうど真ん中正論なんだが葉山にしては珍しい人を突き放す解答だな。大体はそれに乗ってそれを広げていくのに。

「あ。優美子あの噂聞く?」

 ほんと噂好きだよな、この学校の連中って……結局、2年生に神八がいるということがこの前の通信対戦で判明してしまったしな。まぁ、今のところは1年坊主どもは一応の良心が働いているのか特定しには来てないけど……出来ればこのまま卒業したいもんだがな。来年は小町も入ってくるし、神八の妹とか言われたら確実にあいつ泣くだろ……それで親父とオカンにボコボコにされるとね……それだけは何としても避けねば。

 にしてもバトルシティ3はやはり面白いな。ストーリーモードはストーリーモードで面白いがなんといってもオンライン対戦が熱い。ちなみに俺は今、全世界を手中に収めるべく旅をしている。それぞれの国の最強プレイヤーをぶっ潰すのだ……グフフフ。見ていろ、まだ見ぬ敵よ。

 その時、視界の端に誰かが立っているのが見え、そっちの方を向くとカバンを持った由比ヶ浜が立っていたので俺もPFPをスリープモードに切り替え、カバンを担いで立ち上がる。

「ヒキタニ君ヒキタニ君」

「ん?」

 扉に手をかけた瞬間に海老名さんに呼ばれ、そっちを向く。

「ヒキタニ君って雪ノ下さんと付き合ってるってほんと?」

 直後、教室の空気がフリーズした。

 不幸中の幸いは俺たち以外に既に教室には誰もいないと言う事だろうか。

「「…………はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」

 由比ヶ浜と俺の叫びがフルシンクロし、教室に木霊する。

「ヒヒヒヒヒヒヒヒッキー! そ、そ、そ、それってほほほほほ本当なの!?」

「お、落ち着け」

 今までにないくらいの勢いで由比ヶ浜に詰め寄られるが少し離し、落ち着かせる。

 な、な、ななんでそんな噂が……そうか。朝のあのネットリとした視線は勘違いなんかじゃなくてそんなうわさが流れてるからだったのか。

「あ、それあーしも聞いた。ていうかそれただの噂っしょ」

「でも文化祭の時にヒキタニ君の自転車の後ろに乗って一緒に帰ってるの見たって言ってるし」

「え、マジ? 俺聞いたのはディスティニーランドで2人で一緒にいたってやつだけど」

「あ、それはちげぇよ。だって俺らと一緒に行ったし。なー隼人君」

「あぁ。ディスティニーランドは俺たち皆で行ったから違うな」

 後者は由比ヶ浜達という証言者がいるからいい。問題は前者だ……あの時は雪ノ下が風邪でフラフラだったから後ろに乗せて帰っただけなんだけど言っても信じちゃくれんだろう……ていうかなんで俺みたいなヒキニク野郎と雪ノ下みたいな完璧超人との間にそんなうわさが出来んだよ。

「由比ヶ浜、行こうぜ」

「あ、うん。またね!」

 教室から出た瞬間、朝に感じた視線を感じたがどうやらネットリとした表現は俺の間違いのようでネットリではなくサラサラなのだがそこに興味関心がふんだんにかけられている感じだ。

 雪ノ下さんと付き合ってるんだって! うっそー!? そんなのあり得ないでしょ! っていう感じか?

「ヒ、ヒッキーゆきのんと付き合ってないよね?」

「付き合ってない。一番傍にいんのにそれくらいわかるだろ」

「そうなんだけどさ……なんか最近、ゆきのんとヒッキーの距離が近いというか」

 否定しようとしたが頭の中で心当たりがあるシーンがいくつも頭の中で同時に再生され始めた。

 普通は看病のためつっても女子の家に泊まらないよな……ていうか普通は後ろから抱きしめられないよな……ふつうは電車の中でキ、キスが出来そうな距離になったら怒るよな……いやいやいや。

 悶々としているといつの間にか部室の前に到着した。

 ……これほど緊張するのもおかしな話だよな。

「やっはろー!」

 いつものように元気よく声をあげながら部室に入るといつものように文庫本を読んでいる雪ノ下と何故か生徒会長一色いろはが座っていた。

「なんでお前がいるんだよ。仕事サボるな」

「サボってませーん。この時期は何もないんですよ~」

「あっそ」

 いつもの定位置に座り、PFPの電源を入れる。

「ていうか先輩なんで初詣に呼んでくれなかったんですかー」

「は? 何で知ってんの」

「雪ノ下先輩から聞きました~。先輩がいると言う事は葉山先輩も」

「いねえよ。ていうかなんで俺いるところにあいつがいるんだよ」

「だって先輩仲良しですし~」

 仲良しってあの程度で仲良しって言うなら今頃俺の周りは友達だらけで幸せライフだな……いや待てよ。友達が多いからって幸せってわけじゃないしな。

「そう言えばヒッキー葉山君とよく話すよね。体育でも」

「あれはたまたまあいつが傍にいたからだろ」

「先輩ズルイです~」

 そう言いながら一色は俺の肩の辺りをポカポカ叩いてくる。

 ずるいってこいつサッカー部のマネージャーだしいつも会うじゃん。

「あ、そういえばやっぱり先輩そうだったんじゃないですか~」

「は? 何の話だよ」

「も~。雪ノ下先輩と付き合ってるじゃないですかって話です~」

 手元が狂い、俺はPFPを落としかけて空中で鷲掴みにし、雪ノ下は驚きのあまり足が上に上がり、手から文庫本が離れるが抜群の運動神経で空中で文庫本を鷲掴みにする。

「い、い、一色さん」

「はい?」

「それはどんな冗談かしら?」

「隠さなくていいですよ~。今先輩たちが付き合ってるって噂ですよ~」

 雪ノ下はそっと本を閉じ、一色の方を見る。するとその鋭い眼光に一瞬で一色はやられ、まるで蛇に睨まれた蛙の様に動かなくなってしまった。

「一色さん」

「は、はいぃ」

「そんな笑えない冗談は嫌いよ」

「わ、私が言いだしたんじゃないんですよ~。今この噂で持ち切りなんですぅ」

 もう最後らへんは声がしぼみ過ぎてほとんど聞こえなかった。

「そう…………」

 それ以降、雪ノ下は一言話さずに文庫本を読み続け、一色もそれ以上はその話題に触れず、由比ヶ浜とキャッキャウフフな会話をし、俺は俺でPFPをひたすらし続けていた。

「あ、そうだ。久しぶりにお悩みメール見ようよ」

 そう言い、埃が被っているパソコンを机の上に置き、電源をつけると起動音が鳴り響く。

 もう少しましな世代のパソコン位備品にあるだろうに……まぁ、色々と俺達には分からない事情があるんだろうけどさ……OSアップデートしてもクソ遅いし。

「あ、一件来てる」

 場所を移動し、ノーパソの前に位置を変えると確かにNEWマークがついており、ダブルクリックしてそれを開くと相手はあの女王・yumiko☆からだった。

「みんな文理選択はどうやって決めてんの……だって」

「あ、それ私も気になります。実際どっちがいいんですか?」

「どっちつっても所詮は将来、付きたい仕事がある奴はそれを参考にして決めれば良いし、まだ将来があやふやな奴は好きな教科がある方に行けばいいんじゃねえの?」

「うわっ。先輩って意外に頭いいんですね」

「今お前うわっつったよな? 先輩とか思ってねえよな」

「そうね。数学36点、物理24点、化学45点。前のテストでも相変わらず理系科目は砂粒みたいなものだけれど文系科目は全て満点だったものね」

 これもゲームの賜物よ。ゲームをしているがゆえに記憶力が強化され、今は一度教科書で見たり、聞いたりしたものはほとんど頭の中に残るというまさにセーブデータのようなものよ。

「やっぱり雪ノ下先輩って比企谷先輩のこときゅう、ごめんなさい」

 凄まじい眼力で睨み付けられた一色は俺の後ろに隠れた。

 あざとい……こうやって世の男どもに勘違いをさせていくのだな。しかも顔に出ないからこれまた小悪魔だ。ちなみに小町は顔に出まくりだから一瞬で見破れる。

「そう言えば葉山先輩はどっちに決めたんですか?」

「ん~。隼人君もう調査票出しちゃったからな~……あ、もしかして優美子」

「でしょうね~。葉山先輩と同じクラスになりたいんですよきっと!」

 例年3年次のクラス編成は文系7クラス、理系3クラスになっていることが多く、同じクラスになるには運も必要だがそもそも文理が違えば同じクラスになることは無いし、しかもクラスがある階も2階と1階で全く異なるから恋する乙女からすれば死活問題に等しい。だからお悩み相談であわよくば聞き出す、最低でもどっちかの推測がたてればと思っているんだろう。

「でも文理選択はいわば人生を決めるようなもの……それを恋心だけで決めるものなのかしら」

「恋は盲目って言う位だからそういうこともあるんじゃねえの?」

「……つまりあなたの様に何においてもゲームを優先させるようなものかしら」

「そんなもんだ」

 何今の例え、超分かりやすい。

「ん~。そろそろ帰ろっと。先輩、お邪魔しました~」

 そう言い、一色は去っていく。

「三浦さんの依頼はどうしましょうか」

「ん~。このくらいだったらいいんじゃないかな? 文理選択を聞くなんてすぐに終わるだろうし」

「比企谷君は?」

「どうでもいい。由比ヶ浜達がやるって言うなら俺も手伝うけど」

「分かったわ。では奉仕部で承ると言う事で」

 にしても……何であんな噂が出るかねぇ。普通に考えて不釣り合いにもほどがあるだろ……でもなんか嫌じゃないんだよな。いや、俺はの話しで雪ノ下の話は別だけど……なんかおかしい。

 

 



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第六十九話

 そろそろ時間と言う事で俺がカギを戻しに行くこととなり、全員が出たのを確認してから職員室の平塚先生に返却しに行く。

「失礼しま~す」

「比企谷。もう終わりか」

「うっす。今日は来ないみたいなので」

「まぁ、それもそうだな。気を付けて帰れよ」

 職員室を出ると中が温かかったせいかさっきまで何とも思わなかった廊下が少し寒く感じ、思わずポケットに手を入れてしまう。

 この癖どうにかならんかね。なんで寒かったらポケットに手を突っ込みたくなるのやら。にしても葉山の文理選択を調べて欲しいか……既に提出してしまっている以上は俺達が見せてくれって言っても先生が見せるはずないしな。本人に直接言ったとしても三浦が聞いてダメだったんだから俺じゃダメだろうし……あ、ゲリラ。

 ポケットにあるスマホがブルブル震え、確認するとゲリラアラームが起動していたので駐輪場の自転車を押しながらちゃちゃっとやっているとサッカー部らしい連中がミーティングでもしているのかユニフォームを着た連中が先生を中心にして集まっていた。

 こんな糞寒いのにあんな薄手で運動できるな……考えただけで体が震えるわ。

 その中に葉山の姿が見えたがここで聞いても明らかに違和感バリバリなので聞かないことにした。

「あっれー? ヒキタニ君じゃん」

 どうやらミーティングが終了したのか全員が解散し、戸部と目が合った。

「今から帰り?」

「あ、あぁまあな」

 なんでリア充は知り合いを見つけたらすぐに話しかけてくるんだよ。友達だと勘違いするだろうが……戸部に聞いても……流石に同じクラブだからって知らないか。

「いやーなんか今、あの噂広まってるらしくってさ。後輩にはいっておいたから」

「そりゃ、どうも。ていうかあんな噂なら寧ろ大歓迎だわ」

「おーやっぱりヒキタニ君も男ってわけかー」

 おい、俺でも流石に美少女と付き合っているって言う噂が立てばうれしいぞ。ホモじゃあるまいし……1人だけやけに俺をホモ認定してるやつはいるけどな。海老名さんとか海老名さんとか海老名さんとか!

「んじゃまたー」

 適当に手を振り、ようやく校門を出ようとした時、思わず自転車を止めて食い入るように見てしまった。

 校門近くで男子と女子が向かい合って立っていた。

 暗いので男の方はよく分からないが女子は暗い中でもハッキリと分かった。

「良かったら俺と付き合ってくれませんか?」

「迷惑です」

 すんげぇ切れ味。奥さん、今なら雪ノ下包丁がこのお値段。送料手数料は雪ノ下が負担いたします。

 振られた男子は自分に自信があったのかバッサリいかれたことにショックを受けたらしく、肩を落として帰り道らしい方向へと歩いていった。

「…………もしもし。覗き魔がいます」

「おい。リアルな口調で言うな。ドキッとするだろうが」

 そう言うと雪ノ下は不機嫌そうな顔をしながら俺を見てくる。

 うわぁ。相当鬱陶しかったんだろうなぁ……俺も一回あったんだよ。小学生のころは何故か女の子と親しくしていると夫婦とかラブラブとか言われてちょっかい出されたもんだ……まぁ、その相手は泣き叫んで泣き叫んだあまり過呼吸を起こすというぶっ飛んだ方向に行ったせいでそういうちょっかいは全校集会でブチギレた校長によって粉砕されたけどな。

「なんか色々鬱陶しそうだな」

「そうね。でも前ほどではないわ……ある意味前以上の精神的ダメージだけれども」

 前ほど……恐らく小学校時代だろう。小学生の性格を考えれば一緒にいたであろう葉山との仲を言われたか。

「貴方はどうなのかしら」

「俺? 聞くほどでもねえよ」

「それもそうね」

 納得しちゃったよ。

「…………貴方こっちじゃないでしょう」

「夜も遅いしついでだついで」

 雪ノ下が歩いている隣を自転車を押しながら一緒に歩いていく。

「……随分と人を気遣えるようになったのね」

「うるせぇ。俺だって成長するわ」

「今まで成長しなかった男が言っても説得力がないわね」

 流石に今までのことを経験してきたらどんな奴でも成長するでしょ……。

「三浦さんのことなのだけれど」

「まぁ、それは由比ヶ浜となんとかするわ……問題は葉山が言ってくれるかだろ」

 今日の葉山を見て思ったのはどこか三浦たちから離れようとしているということ。大体は戸部たちと一緒にいるところが葉山一人だったりって言う光景は今日だけで何回か見ている。

 別にそんなこと俺からすればどうでも良いんだけどどう考えても三浦にダメージが行くんだよな……それでクラスの空気にもダメージが行くと……はぁ。影響力半端ねえ。

「にしてもなんであんな噂が立つんだろうな」

「そうね…………不思議なものね……ねえ、比企谷君」

「あ?」

「……貴方はあの噂を聞いてどう思ったのかしら」

「どうって……」

 正直なところを言えば嬉しいの一言に尽きる。そりゃ美少女と噂が立つなんてのは世の男なら泣いて喜ぶレベルだろ……ただ思うのは……それが美少女という大きな区切りの中でなのか、それとも雪ノ下雪乃という個人との間に出てきたからうれしいのか…………ごちゃまぜだ。

「ま、まぁそりゃ嬉しいに決まってるだろ……雪ノ下と噂が立つなんて……」

「そ、そう……」

 ……なんだよこの気恥ずかしい空気は……人の噂も七十五日っていうくらいだから少ししたら消えるんだろうが……な~んか嫌な予感がする。俺の警報機がそう伝えている……な~んか面倒くさそうな事態が起きそうな気がするんだよな~。

「ここまでで良いわ」

「そうか……じゃ、また明日」

「ええ、また」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日もどうやらその噂でもちきりらしく、さっきから視線が集まって鬱陶しい。

 パンダになった気分だ……これじゃゆっくりしながらゲームすらできねえし……不幸か幸かは知らんがクラスの連中からはそんな視線は感じられない。

 ある意味、俺のことを理解しているクラスだな……まぁ、一日中一緒にいたらそうか。

 今はトイレにでも行っているのか戸部たちが喋っているグループの中に葉山の姿は見当たらず。あーしさんはさっきから寂しそうに金髪を指でクルクルしている。

 大体、いつも一緒にいる連中と離れたがる時は気まずいことが起きた時だ。ソースは俺。一色の依頼を受けた時なんか会いたくないのに雪ノ下と遭遇したりするからな……ただあのグループにそんな気まずいことは起きた様子は無さそうなんだがな……となると他の理由からか…………。

「ヒッキー」

「ん?」

「……戸部っちも聞けてないんだって」

「だろうな…………戸部がダメなら他の奴らでもダメだろ」

 PFPをしながらそう言うと由比ヶ浜は空いている俺の前の席に座った。

「むしろヒッキーなら教えてくれるんじゃないの? 仲良いし」

「良くねえよ……俺が聞いても結果は同じだろうな。あいつ頭いいからすぐに察するだろ」

「それもそっか……あ、ツイッターとかは?」

「このご時世、そんな個人情報書きこまねえよ。特に葉山なら」

「なんで?」

 小首を傾げながらそう言う様子に俺はため息をつくとともに将来のこいつのプライバシーが心配になった。

 今時、SNSでそんな個人情報呟いたら情報ぶっこ抜かれないし、やる奴は過去の呟きとかから個人情報とか特定してくるからな。怖い怖い。

「あいつ学校でも人気だろ。そう言ったことはうんざりしてんじゃねえの? だからたぶんだけどSNSとかそう言う系はやってないと思う」

「あ、なるほど……でもラインはしてるよ?」

「グループラインだけだろ。あいつの友達登録とか見たのかよ」

「見てないけど」

 あいつは過去に恋愛に関して面倒なこととかは経験してると思う。小学校の時に雪ノ下と関係が噂されたみたいだし、もうコリゴリだろうからやってない方が確立的には高いと思う。

「じゃあ、どうやって聞き出すの?」

「周りの情報で考えていくしかないだろうな。家の情報、両親の職業とか」

 確か葉山の両親の仕事が医者と弁護士だっけ……弁護士は文系っぽいけど医者はガリガリの理系だからな……一応文系からでもなれるらしいけど入試を受ける時点でもう完全に理系じゃないとキツイよな。

「でもゆきのん大丈夫かな」

「なにが」

「ほら、あの噂で結構ゆきのんに告白する人多いって聞くし」

 そう言われ、昨日の光景が再生される。

「ゆきのんって美人で頭も良いから結構、男子の間で狙ってるっていう人多いんだよね」

「ふーん……」

「だからこの機会に狙っちゃえって感じで」

「逆じゃねえの? そんなうわさがあるからできないんじゃねえの?」

「ん~。そこら辺はよく分かんない」

 俺も分からん。リア充共の考えることは全く分からん。

「優美子のこともそうだけどゆきのんのこともしてあげないと」

「……はぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、由比ヶ浜と一緒に国際教養科のクラスの近くまでやってきていた。

 たまには奉仕部の部室に一緒に行こうと言う事で呼びに行くらしく、俺は噂で持ち切りな存在なので一応、クラスからは離れた場所に立っている。

 人の噂なんてすぐに消えるもんだしな……まぁ、消えずに残ることもあるけど……三浦のことも考えないといけないし……最近の葉山の行動はよく目につく。誰かと一緒に行動していたあいつが1人でいることが多くなったしな……1人になりたいときって大体は気まずいことが起こった時だけどあのグループにそんなことは…………待てよ。気まずいことかは知らんが直近の出来事を考えればあれしかないな……もしかしたら。

「ヒッキー!」

「んだよ。急にでかい声で」

「ちょ、ちょっと来て!」

「お、おい引っ張るなって!」

 慌てた様子の由比ヶ浜に腕を引っ張られながら国際教養科のクラスにドンドン近づいていくと女子たちが何やらざわつきながら囲うように立っていた。

 少し背伸びをして中を見てみると1人の男子が雪ノ下の目の前に立っていた。

 ……え、何この雰囲気。

 どこか女子たちの雰囲気はルンルンというかキャピキャピというか乙女チックな雰囲気を醸し出し、目をキラキラさせながら見ている。

「好きです。良かったら俺と付き合ってください」

 …………度胸あるなおい。公開告白かよ……下手したら公開処刑になりかねないぞ。

「迷惑です。誰とも付き合う気はありません」

 雪ノ下が敬語を使ったことに疑問を抱き、男子の方をよく見たら3年生だった。

「え、だって雪ノ下さんは」

「噂は噂です」

「じゃあ俺と」

「2度も言わせないでください。迷惑です」

 本当に鬱陶しそうだな…………これは早く何とかしないとあいつ自身がどうかなる……でも噂を消すことほど難しいことは無いからな……どうやって噂を消すか。

 そんなことを考えていると周りの女子が色めき立ったので前を見ると先輩が雪ノ下の手を掴んでいた。

「離してください」

「誰とも付き合ってないんだったら別に俺と」

「離してやってくれませんかねぇ」

 気づいたら3年の先輩の腕を掴んで、最大限のにらみを利かせていた。

「君、誰?」

「こいつの知り合いっす。離してやってくれないっすかね。先輩だってもうすぐ卒業なのに変な問題起こして卒業取り消しとか合格取り消しとかされたくないでしょ」

 そう言うと卒業や合格という単語が響いたのか3年の先輩は渋々、雪ノ下の腕を掴んでいたのをやめて軽く俺を睨み付けながら国際教科のクラスから離れていった。

 幸いにもあの噂で流れているのは俺の名前だけなのか周りの女子は突然の乱入者に少し驚きながらも教室にはいったりして散り散りに散っていく。

「ごめんなさい。由比ヶ浜さんも」

「ううん、大丈夫?」

「ええ」

 そう言う雪ノ下の表情は少し疲れたような顔をしていた。

 ……これはどうにかしないとヤバいかもな。

 そのままの足で部室へと向かうがその間も雪ノ下の表情はほとんど変わらない。

 いつもの椅子に座り、紅茶を飲みだしてからは少しはマシになったみたいだがそれでも少しは疲れて好そうな表情が見え隠れしている。

 どうする……葉山の件はほとんど分かった。恐らくあいつは一色の件が絡んでいる。まぁ、それだけで距離を置くかと言われたら首を横に振るけど確実に一色の件はあるはずだ。でもそれだけじゃ弱いんだよな。

 その時、ドアがノックされた。

 



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第七十話

「あ、優美子」

「ちょっと話があるんだけど」

「もしかしてメールの話?」

 三浦は首を小さく縦に振り、適当な椅子に座る。

 とりあえず俺もPFPは直し、一応は三浦の方へと向く。

「で、話しとは何かしら」

「その……は、隼人が……どっちに行くのか……知りたいって言うか」

 普段の女王様らしい物言いはどこへ行ったのか恥ずかしそうに顔を伏せつつ喋る三浦の姿はどこかそこらにいる女子高生と何ら変わりないように見えた。

 いや、三浦も女子高生なんだけどいつもは周りよりも自分を高く見せて大人ぶっているように見えるというか……でも今はそんな高く見せることもなく、本来の自分で喋っているように見える。

「最近、隼人なんかあーしらと距離置いてるっていうかなんか遠いって言うか」

「確かにそうだよね。戸部っちともなんか離れてるし」

「なんかこのまま放っておいたらずっと遠いとこに行っちゃうような感じがするって言うか……」

「いずれは遠く離れるわ。卒業すれば大学で離れるもの」

 正論としか言いようがない。葉山の学力は上から数えた方が早い。だから三浦とは違う大学へ行くのは確実だし、そもそも文理選択で離れるかもしれないのだ。

「だから……だから……もうちょっとこのままが良いって言うか……ずっとこのままが良いっていうか」

 三浦自身もそんなことは理解してる。だからこそせめて高校の3年間くらいは同じ場所とまではいかなくても手が届く範囲の近い場所にみんないて欲しい……そんな感じか。

「なんか最近、隼人あーしらと距離を置こうとばっかりしてるし、喋っても素っ気ないし……なんかあーし嫌われるようなことしたかな」

 ……えー。ここまでしおらしい女王様とか初めてみるんですけど。

 三浦は顔を俯かせてスカートの端をキュッと握りしめている。

「…………逆に葉山が距離を置きたいって思ってたらどうするんだよ」

「ちょ、ヒッキー」

「だってそうだろ。今まで一緒にいた奴が急に距離を置きだしたら普通はそう考えるだろ。それに喋らないってことはもう……離れたいって思ってるかもしれねえだろ」

 俺の発言に誰も否定しない。否定する要素が無いんだ……これまでの葉山と今の葉山を比較した時にそう思わざるを得ない行動をとっているんだから。

「……それならそれでいい」

「優美子……」

「隼人があーしらから離れたいって言うならいい……でもなんで離れるのか知りたい…………なんかあーしが隼人にやったなら謝るし、それを直すし……何も知らない状態で離れたくなんかない」

 そう言う三浦の目から遂に涙がポロポロと流れてきた。

 裾で涙をぬぐうがそのせいで化粧が落ちて顔が凄いことになっても三浦は気にも留めずにポロポロ流れ出てくる涙をぬぐい続ける。

 別に離れても良い。それが自分が原因ならばそれを正すし謝罪もする……でも原因も何も知らずに遠くに離れていくのは嫌…………。

「…………分かった。なんとかする」

「なんとかって」

「どの道、雪ノ下の噂もどうにかする必要があるし、いいだろ。葉山に直接聞けば済む話だし」

「でも誰にも教えてくれなかったよ?」

「普通に聞いたらな」

 全員が首を傾げる。

 普通に聞いたら答えないんだ……別のベクトルからの聞き方をすればいい。どの道、もうすぐマラソン大会もあることだし、聞けるタイミングはいくらでもある。もうすでに半分くらいまでは葉山の考えが分かってるんだし……一番の問題は雪ノ下の噂だよな。こればっかりは不特定多数の人間相手だからどうしようもない。

「勝負の時はマラソン大会の日……もし、その日に聞け出せなかったら悪いけど」

「別にいい……その時はもう諦める……もう帰る」

 そう言い、三浦はトボトボと部室を出て行った。

「自信があるの?」

「五分五分……って言ったところだ」

「そっか……でもゆきのんの噂はどうするの?」

「それが問題……今のところ解決策が全く分からん」

 噂は非常に面倒だ。取扱いをミスればあらぬ方向に尾ひれがついて飛んで行ってしまうし、かといって何もしないでおくと今回の噂の場合は卒業するまで続くだろうし。このまま放置しても雪ノ下が迷惑を被るだけだ。

「別に私は気にしないわ。だから」

「その割には疲れた顔してるし……もう何人目だよ」

 そう言うと雪ノ下はさっと顔を伏せて俺から視線を逸らした。

 片手指で数えることができるくらいの人数じゃないだろ、すでに。雪ノ下は学年どころか全校生徒の中でも高嶺の花っぽい扱いを受けてるから今回の件で動き出す奴は多いはずだ。

 とにかく何とかしないと下手したらヤバい方向にだって行きかねない。

「でも下手に手を出したらそれこそやばいんじゃないの?」

「まあな…………噂を消すには別の噂をぶつけてやればいいんだけど……それもなぁ」

 俺と付き合っているという噂があるのであれば別の奴と付き合っているという噂をぶつけてやれば俺自身は解放されるかもしれないが雪ノ下は囚われたままだからこの案はボツ。

「…………だ、だ、だったら」

 珍しく噛み噛みの雪ノ下が顔を今までにないくらいに真っ赤にしながらスッと立ち上がり、俺をまっすぐ見てくる。

「「だったら?」」

「い、いっそのこと」

「「いっそのこと?」」

「……噂を事実にすればいいんじゃないかしら」

 その言葉がまるでどっかの怪物ストライクのように部室内の壁をカンカンコンコンぶつかりながら駆け巡り、最終的にスポッと俺達の頭の中に入るが頭の中でもカンカンコンコンぶつかりながら駆け巡る。

 その言葉は由比ヶ浜キラーでも持っていたのか由比ヶ浜は大きく口を開けて全てを停止している。

 昨日停止した俺達を見て雪ノ下はコホンと咳払いする。

「あくまで噂を噂でないようにするだけであって本当にこ、恋人関係になるわけではないわ」

「あ、あぁ……なるほど。事実にしておけば告白してくる奴もいなくなるって話か」

「まぁ、本物じゃないなら……でもなぁ、これを期に2人が……」

 さっきから由比ヶ浜がブツブツ言っているがとりあえず放置しておいてある意味雪ノ下の提案は理に適っていると思う。噂が噂であるから告白してくる奴が後を絶たない。ならば噂を真実にしてやれば誰も告白はしてこないだろうと……うまく考えすぎのような気もするけど。

「少なくとも事実であるならば億劫にはなるはず」

「……でも相手が俺だしなぁ……葉山クラスならともかく」

「でも噂で付き合ってるかもしれないって言うのと事実で付き合ってるって言うのとじゃ告白する勇気の大きさも違うと思うよ。あたしの友達もそうだったもん」

「はぁ……でもいつまで続けるんだよ。卒業までってわけにもいかないだろ」

「それもそうね」

 卒業までやるつもりだったのかよ……いや、別に嫌じゃねえけど。

「私たちが自由登校になるまででいいんじゃないかしら」

「……ほぼ1年か……別に俺は良いけど」

「決まりね……ところで何て呼べばいいのかしら」

「は? いつも通りでいいんじゃねえの?」

「ん~。それだと信憑性が薄れるような気がするんだよね……何であたし応援モード?」

「知らねえよ」

 小首を傾げながらそう言われても俺には分からん。

「……じゃ、じゃあ名前で呼び合えばいいのかしら」

「そ、そうなるな」

「…………は、八幡」

 恥ずかしそうに少し頬を赤くしながら名前を呼ばれた瞬間、ドキッと心臓が鼓動を大きく打ち、恥ずかしさが込み上げてくる。

 自分の名前を呼ばれることがこんなにも恥ずかしいとは……。

「…………ゆ、雪乃」

 そう呼ぶと向こうも恥ずかしさが脳天を貫いたのか顔を赤くし、俺から視線を逸らす。

「うぅぅぅぅ」

「なんでお前は脹れっ面なんだよ」

「別に……今日はもう来ないのかな」

 時間を見てみると確かにいいころ合いの時間だ。この時間になっても誰も来ないのであれば今日はもう誰も来ないのだろう。

「それもそうね……今日の所は終わりましょうか」

 雪ノ下のその一言で部活が終わり、各々が片付け始める。

「今日も俺返してくるわ」

 雪ノ下から鍵を貰い、一度分かれて職員室へと向かう。

 にしても雪ノ下と恋人のフリか…………もう俺、ボッチとかじゃなくて青春満喫してね? 俺のラブコメってもう王道ルートに乗っかってませんかね……このまま脱線して闇の底に転落する未来が容易に思い浮かぶけどな。

 さて、問題は葉山の方だ。恐らくあいつは一色との件について何かしらの感情を抱ているはずだ。でもそれだけじゃ三浦たちと距離を置く理由というのも弱いんだよな。もう一撃、強攻撃をぶつければ正解になると思うんだけどな……。

「失礼しま~す」

「ちょうどいい。明日の放課後は空いてるな?」

「え、質問じゃなくて確認?」

 なんか地味にお前は暇人だろって言われて気分だ……いや、まぁそのことに関しては否定しないけど。

「明日、進路相談会があるんだが人手が足りないそうでな。生徒会から正式発注が来た」

「また一色ですか」

「まあな。あいつも顧問に確認しに来ているあたりは少し成長はしているようだ……ところで君はどっちにするのかね」

「文系ですよ。俺記憶力良いんで」

「それが数学系も良かったら文句はないんだがな」

 数学なんてものは人類がやるべきものじゃない。物理なんか宇宙がすべきことじゃない。化学は……化学はまぁ、特別扱いで高校生がやることじゃないことにしよう。俺の記憶力が通じる分野が少なすぎるのがいけないんだ。公式覚えてもそれ使わないってどういうことだよ。

「やっぱりもう決めて出してるやつって多いんですかね」

「ごく少数だけな。月末までと言っている以上、ギリギリに出してくる奴が多い。でも葉山は出していたな……ところで1つ確認だが……あの噂はほんとかね」

 先生の耳にまで入ってるのかよ……いや別に構わないんだけどさ。

「えっと端的に言えば違うんですが……その色々ありまして」

「ふむ。まぁ、そう言うのであれば深くは聞かん……だがまさかお前と噂が立つとわな。てっきり葉山あたりと立つと思っていたのだがね」

 そう言いながら先生は足を組み、肩に乗った髪を払いのける。

 ごもっともです。まぁ、文化祭あたりから色々と距離が近くなるイベントが多かったし、仕方がないっちゃ仕方がないんだけど。

「ま、気を付けて帰りたまえ。私はまだ仕事がある」

「大変っすね」

 そう言い、職員室から出ると何故か出口付近に雪ノ下が腕を組んで待っていた。

「遅かったのね」

「あ、あぁまあな……それとなんか明日、進路相談会があってそれ手伝えって」

「そう……では帰りましょうか」

「……あ、あぁ」

 え、何? 恋人のフリすると一緒に帰るっていうイベントも発生するの? あ、でもそうか。外で見られることが多いんだし、一緒に帰るって言うのも仕方ないか。

 そのまま駐輪場へ一緒に向かい、俺の自転車を出し、そのまま手で押して校門へと向かう途中、チラチラと視線を感じ、そっちの方を向くと部活が終わった連中が数人、いた。

 早速効果ありか……。

「ゆ、雪乃」

「っ。な、何八幡」

「……乗るか? ついでに家の前までなら」

 自転車の後ろを指さしながらそう言うと雪ノ下はカバンをかごに入れ、椅子に座るような座り方で後ろに乗り、俺の腰回りに手を回した。

 まさかまたこんなイベントが発生するとは……煩悩退散どころか呼び寄せてるだろ。

 自転車をゆっくりと走らせるとちらちらと視線を感じるが学校から少し離れるとすぐにその視線も消えてなくなった。

 …………青春ってこんなことを言うんだろうな。

 腰回りにしっかりと回されている温かみを感じながらゆっくりと自転車を進めていった。



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第七十一話

 翌日の放課後、連絡を入れた由比ヶ浜と直接言った雪ノ下、そして先生から言われた俺たち3人は文実の会議の際に使用された会議室でせっせとパーテーションと机と椅子を並べて六つのブースを作る作業を行っていた。

 進路相談と一口に言っても流石は県内有数の進学校、優秀な大学に合格した卒業生にも声をかけてチューターとして連れてくるらしい。

 でも卒業生か…………絶対あの人が来ませんように。

 そんなことを切実に思いながら椅子と机を運び、それをパーテーションで区切っていく。

「先輩助かります~」

「……なんでお前なにもしてないの?」

「しっかりしてますー。私は区切り終えた机に色々と置くんです」

 座ってそう言う一色の膝には大量の書類がある。

 別に全部の区切りが終わるまで待たなくてもできた所からおいてけばいいんじゃないんですかねぇ。

「八幡。そこの余ってる椅子こっちにくれないかしら」

「ん」

 いまだに名前で呼ばれることに慣れていないがそれでも昨日に比べればまだ耐性はついたほうだろう。昨日のいきなりの名前呼びはリアルに心臓飛び出しかけた。

 その時、思いっきりグイッと制服を引っ張られ、鬱陶しい顔をふんだんにしながら振り返ると一色だった。

「せ、先輩いつから雪ノ下先輩と……あれは嘘だったんですか?」

「こ、これには訳があってだな……とにかく根掘り葉掘り聞くのは止めろ」

 そう言うと一色は少し考え、何か思いついたのか俺に書類の山を突き出してくる。

 ……こんのガキィ……人の足元見やがって…………。

「一色」

「なんですかー?」

「……先輩はたてた方が良いんだぞー」

「イダダダダダダダ!」

 部屋に一色の叫びが木霊する。

 流石にブチぎれた俺は両手の拳をしっかり握りしめ、一色の両方のこめかみをグリグリする。

「す、すみませーん」

「ふん」

 謝ったのでとりあえずグリグリを辞めるとこめかみを抑えながら涙目で俺を軽く睨み付けてくるがそんなもの今の俺には効かない。いわばデスマ3を使った後にサンクチュアリを発動、さらに500バリアを張ったみたいな無敵状態なのだ。

 一色はまだ痛むこめかみを撫でながら準備が終えた机に書類を置いていく。

「ヒッキーがいろはちゃんイジメた~」

「イジメてねえし。ていうかなんでお前不機嫌なんだよ」

「別に~」

「…………」

「なんでお前までそんな冷たい目て見てくるの?」

 そう言うと雪ノ下はプイッと視線を逸らす。

 なんか俺の扱いが日によって高低差が半端ないような気がするのですが……。

 その時、会議室に爽やかな一陣の風とほんわかとした空気が流れてきたのを感じ、ドアの方を向くとキラリと光るお凸のめぐり先輩と陽乃さんがいた。

「お、比企谷君ひゃっはろ~」

 笑顔で手を振られるが俺は引きつった笑みを浮かべながら手を振り返す。

 だよなぁ~。優秀な大学に行った卒業生と言えばこの人しかいないよなぁ……ていうかこの人に今、あの噂を聞かれたそれこそヤバいんじゃねえの。

 そんな不安は当たっているのか今すぐにでもここから離れたいくらいにニヤニヤした笑みを浮かべながら陽乃さんが手招きしてくる。

 ……これ行かなかったらもっとウザいよな。

 仕方なく陽乃さんの近くによると肩を抱かれた。

「このこの~。雪乃ちゃんと付き合ってないって言っておきながらしっかりいってるじゃないの~。めぐりから聞いたぞ~。雪乃ちゃんと付き合ってるんだってね」

「噂ですよただの」

 この人に付き合っているふりをしてますって言ったら余計に面倒なことになりかねん。

「義理谷君ったら~。このこの」

「はぁ……ところで葉山の進路とか聞いてないっすか?」

「藪から棒に……隼人の進路? 知らな~い。あ、でもでも! 義理谷君の進路なら知ってるよ!」

「へぇ~。それは凄いな~。ちなみにそれは」

「聞いちゃう?」

「やっぱいいです」

「比企谷君が婿入り~」

 言うんかい……ていうかそれは学業の進路ではなく人生の進路になってませんかねぇ。俺は学業の方の進路を聞いたつもりなんですが……やっぱりこの人は分からん。

「陽さん。そろそろ時間ですよ」

「オッケー。じゃ、またね義理谷君」

 朗らかな笑みを浮かべながら去っていく陽乃さんを見てようやく俺は解放されたと思えた。

「雪乃ちゃん」

「何かしら」

「お姉ちゃん嬉しいぞ~……でも、雪乃ちゃんが欲しいのは本物なんじゃないのかな?」

 俺にも話しているつもりなのか大き目の声でそう言い、雪ノ下の肩をポンと叩き、一色の案内のもとパーテーションで区切られたブースの中に入った。

 ……今のは聞かなかったことにしよう。

「……そろそろ戻るか」

「そ、そうね」

 本物…………それはあの時、俺が言ったこととは少し意味合いが違う事を俺は無意識のうちに理解していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪ノ下を駅前まで送り届け、家に帰ってきた俺はソファに寝転がって腹を冷やさない様に湯たんぽ代わりのカマクラを腹の上に乗せてPFPをしていた。

 もう直、マラソン大会が始まると同時に進路希望調査票の提出期限が迫っている。

 結局、かなり近しい仲であるはずの陽乃さんでさえ、葉山の進路を知らないと言う事はいつも一緒にいる海老名さんや戸部などは聞かされていないだろう。となると葉山の周りの情報をもとにして考える必要があるがそれもかなりの難易度だ。片方が弁護士ででもう片方が医者であることを考えればどちらの選択をとってもなにもおかしくはないし、成績面を見ても文系・理系両科目ともに雪ノ下に追随する勢いの優秀な成績であるがゆえに2つの可能性はどちらかに絞り切れない。

 ―――――お前って良い奴に見えて実はあれだよな

 ふとディスティニーランドで葉山に言い放った自分の言葉がよぎった。

 ……そうだ。周りの情報で分からないのであれば葉山隼人という人物をもう一度評価し直せばいい。

 葉山隼人……総武高校のスクールカーストでトップに君臨する名実ともに優しい王様。誰にでも優しく爽やかな笑みを浮かべてみんな仲良くの精神を根底に秘めている。サッカー部部長を務め、学業でも雪ノ下に並ぶ優秀さで教師からの期待も高い。部活内でも恐らく支持率は高いだろう。周りの生徒からの信頼も厚く、恋焦がれる女子は多い…………医者と弁護士の間に生まれた子ども……それは俺が想像したことが無いほどの期待と羨望の渦に巻き込まれた人生であると同時に失望と失意の眼差しを最も受けた人生でもあるだろう…………もしもだ……もしもあいつが全てを投げ出したいと仮定しよう。羨望、期待、そんなものから逃げ出したいと考えているのであれば何をするだろうか。排除、排斥……羨望、期待をする存在を弾く……だがあいつの根底の考えがある程度抑止力として働くだろう…………一色いろはの件、そして突き放すような発言…………そういうことか。

 一度積み上げられた信頼や期待といったものは誇りになる一方でその人物を押し潰そうとする障害にもなりえる。葉山は何も積み上げてきたものを壊したいんじゃない…………な~んだ。

「やっぱりお前はあれだ……葉山」

 そう言うと同時に画面にYou winと表示された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マラソン大会が行われる日の朝、1、2年の男女がスタート地点の公園に集まっているがみな一様に寒いだの面倒くさいだの言いながらもしっかりと準備運動をしている。

 確かに超寒い。しかも着ている体操服がこれまた風を通すのだ。寒いったらありゃしない。

 既に男子はスタートラインに立っている。先頭にはもちろん去年優勝したことで連覇の期待がかけられている葉山隼人の姿が見え、それを応援しようと女子が先頭ライン付近にいる。

 ちなみに俺は最後尾だ。これでいい……俺、持久走とか無理だし。

「八幡」

「ん……雪乃」

 直後、物凄い量の視線を感じるが振り返ると俺の精神的にヤバいことになりそうなのでとりあえず雪ノ下の方をじっと見る。

「三浦さんの件、今日が限界よ」

「分かってる」

「でも貴方、ずっとゲームしてるから体力なんて私以上に無いでしょうに本当に大丈夫なの? 体育の授業の時も先生に歩くなって怒られてたでしょ」

「…………よ、よく見てるなお前」

 そう言うと雪ノ下ははっとした表情を浮かべ、少し頬を赤くしながら黙っていろとでも言うかのようにコホンと咳ばらいをした後、軽く鋭い目つきで射抜いてくる。

 そんな顔赤くした状態で睨まれても怖くもねえよ……にしてもなんか見られてるって恥ずかしいな。

「と、とりあえず……頑張って、八幡」

「お、おぅ。頑張るわ……雪乃」

 恥ずかしさを隠すために頭をガシガシかきながらクルリと振り向くと既に喋っている奴らは誰もおらず、スタートの合図を待っていた。

 さて…………バトルオペレーション・セット

「位置について……よーい」

 イン!

 直後にマラソン大会のスタートを示す銃声が鳴り響き、男子どもが一斉に走り出す中、俺はノロノロとゆっくりと走り始め、列の最後尾までわざと落とし、チラッと周囲を確認しながら走っていく。

 公園区画を抜ければ歩道に出る。教師の目はそこからはほとんどないので今回の俺の作戦は最高にいいのだ。

 周囲に教師、および連中がいないことを確認してあらかじめ公園に用意しておいたものが置いてある物陰に入りる。俺の目の前には愛用している自転車があった。カゴにはもちろん手袋、上着、マフラーの完全防寒具が入っている。運動部に入ったことがなく、さらに運動は体育でしかしていない俺が先頭集団のトップを走る葉山に追いつけるはずもない。だからこんな作戦をとったのだ……だが一つだけ懸念がある……俺が死なないかどうかだ。

「…………よし」

 完璧に防寒具を装備し、温かな格好をし、さらに親父の懐からくすねてきたニット帽とサングラスをかけ、さらに長ズボンまではいて周辺に住んでる人ですよアピールをしつつ、自転車に乗って公園を出る。

 そこで1つの関門が見えてきた。

「こらぁあ! 何歩いとんじゃー!」

 厚木だ。あの暑苦しい厚木だ。もう一度言う……厚木だ。あいつに見つかれば最後、説教だ……だがご安心を。ばれる筈がない。

「あ、おはようございます。生徒が迷惑かけてすみませんね」

「いえいえ」

 ほら見ろ。あの厚木が生徒に頭を下げたぜ? クックック……さてと。

 俺はペダルを漕ぐ力を強くし、先頭集団へと向かっていく。



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第七十二話

 俺の作戦は無事に軌道に乗り、今は集団の半分近くくらいまで追い上げている。

 その道中で材木座と目が会ったが気づいていないらしく、ぷいっと視線を逸らされ、息を切らしながらボスボスと音が聞こえてくるくらいに重い足取りで走っていた。

 ふぅ。急がねえと葉山がゴールする……ゴールする前に葉山に接触しねえと……ん?

 その時、やけに後ろの連中が恐怖に満ちた声を次々にあげていき、あるものはバランスを崩して転倒し、あるものは隠して持ってきていた音楽プレイヤーのイヤホンを外している。

「なに…………」

「待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 後ろを見た瞬間、信じられない光景が広がっていた!

 俺の後ろを白衣を着て何故か運動靴を履き、最近、男性からプロポーズされて今は婚約期間中と勝手に俺が考えていて美人な鬼の形相の平塚静教諭が凄まじい速度で俺を追いかけていた!

 俺はそれを見た瞬間、叫びながらペダルを全力で漕ぐ!

 な、何故だ! 俺の計画は完璧だったはず! ていうかあの人早すぎだろ!

「お前というやつはぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 そう、今の状況はまさに…………ボスを倒して安心して帰っていると突然後ろの道が崩壊し始め、慌てて全力でダッシュボタンを押してスタート地点に戻ろうとしている赤帽子にひげを蓄えたオジサン!

 こんなところで捕まるわけにはいかん! なんとか……何とかして平塚先生を撒かないと……そうだ!

「あー! あそこに先生の未来の旦那さんが!」

「なっ! ど、どこ!?」

 俺が叫んだ瞬間、平塚先生は慌ててその足を止め、慌ててあちこちに分かれている髪を手ぐしで整えていく。

「あばよ」

 先生がいない婚約者であろう男性を探している間に俺は全力でペダルを漕いで先頭集団に向けて距離を縮めていくが後ろが怖いので時折、後ろを確認しながらもマラソン大会で決められたコースを突っ切っていくとある地点からほとんど走っている奴の姿が見えなくなった。

 …………あいつ、どんだけ異常な体力してんだよ。

 そう思いながら立ちこぎをしていると前方に見覚えのある金に近い茶色の髪をした奴を見つけ、ペダルを漕ぐスピードをあげながら呼び鈴を鳴らし続けるとこちらを向いた。

「ひぃ、ひぃ、ひぃぜぇぜぇ、ぜぇは、はやぜぇぇ」

「え、えっと……飲む?」

 そう言われ、ポケットに入れていたであろうミニサイズのペットボトルを手渡され、遠慮なくそれを受け取ってグビグビと飲んでいくと小さいサイズだったためか無くなってしまった。

「ふぅ……悪い、全部飲んじまった」

「別にいいよ……でもなんで自転車なんかで」

「あ~まぁ、それなんだが……まあ走りながらで良い」

 そう言うと葉山は俺に合わせてなのかさっきと比べて少し速度を落とした状態で走り始め、俺はその隣を離れない様に自転車を漕ぐ。

「お前、進路どっちなんだよ」

「……誰かに頼まれたのか」

「顧客の秘密は守る主義なんでね」

 葉山の問いは肯定する。もう既に何人にも聞かれているだろうし。

「教える必要が無いだろ。進路選択なんて将来を考えて決めるものだし」

「そうだな…………じゃあ、聞き方を変える……お前は三浦から……いや、三浦を含む全ての友人・知り合いから距離を置き、あわよくば忘れられたいって思ってるだろ」

 そう尋ねると葉山は何も言わずに少し速度を上げた。

「どうしてそう思う」

「……お前は疲れたんだ。イケメンで優しくてみんなから期待や羨望の眼差しで見られる葉山隼人を演じるのが。だから三浦に突き放すような言い方をし、戸部や海老名さんから距離を置く行動を始めたんだ」

「…………」

「……でも、お前はそれが出来なかった……いや、やり切ることが許せなかったんだ。やり切るってことはお前が今まで持っていたものを手放すってことだからな…………お前は心のどこかで今の状況を気に入ってんだよ、葉山。期待も羨望もされない、ただの葉山隼人としてみてくれる奴らがいるグループから離れたくないんだ。だからあんな中途半端な行動しかできない」

「……中途半端だったかな」

「あぁ、俺にはそう見えたね。本当に1人になりたきゃ休み時間は寝るなり、勉強をするなりして他人を寄せ付けないオーラを張ればいい。でもお前はそのどれもしなかった。いや、したくなかったんだ。それをしてしまえば三浦たちが傷つくことをわかっていたから」

 みんな仲良く……そんな考えを根底に持つ葉山にとって誰かと関係を断つことはやりたくないこと。それに誰かを傷つけることだっていやなはず……だからあんな中途半端なことしかできなかった。

「んな中途半端な行動しかできねえんだったら正直にあいつらと一緒にいろよ……その中途半端な行動があいつらを傷つけてんだよ。何も理由も明かさずに離れていく…………それは嫌だって思うやつだっているんじゃねえの?」

「…………」

「ゲームでも同じだ。仲間だと思っていたCPUが突然ストーリーの中盤で謎の離脱するだろ? それで大体はあの子、大丈夫かなぁ? なんていう会話が入る。それと一緒だ」

「………………やっぱり、俺は君には勝てないな」

「はぁ? 人生の勝ち組がよく言うわ」

「人生で勝っても一番、大きなことで負けてるよ」

 一番、大きなこと……ゲームか? ゲームなら正直、どこのだれにも負ける気はしないぞ。

「人の心を見抜く力だよ……君にはそれがある。留美ちゃんの時も……そして雪乃ちゃんも」

「…………」

 こいつがプライベートでもない場所でそんな言い方をするとは思っていなかったので驚きのあまり、少し足が止まってしまい、慌てて漕ぐがあらぬところに足が落ち、ペダルで足をずってしまった。

 イッタ……血ぃ出てるし。

「そうだ。比企谷君」

「あ?」

「1つ、経験者としてアドバイスだ」

「えらい上から目線だな」

「まあまあ……噂を消すには大勢の目の前で事実を示せば簡単に消えるぞ。コソコソやるんじゃなくて」

 …………なるほど。確かに経験者からの大きなアドバイスだ。

「参考にするわ」

 ふと顔を上げると既にゴールである公園の入り口が見えてきた。

「それと…………女の子を待たせてばかりだと手痛いしっぺ返しが来るからな。ソースは俺。じゃ」

 そう言い、葉山は全速力で駆け出していく。

 …………いやいやいやいやいや! な、何を言ってんだあいつは……俺もさっさと自転車どっかに隠して。

「っっ!」

 自転車を降りたその時、肩を後ろからガッと掴まれ、ギギギ! と音が出るんじゃないかと思うくらいにゆっくりとした動作で後ろを振り返ると後ろに大魔王がいた。

 これこそ後ろの大魔王。

「やぁ、比企谷。ずいぶんとお疲れのようだな」

 満面の笑みを浮かべる平塚先生、だが俺の肩を掴む力は徐々に力が増していく。

 ……俺、死んだわ。

「私が特別にマッサージをしてやろう」

「い、いえ。先生のお手を煩わせるわけには」

「寝ろ」

「はい」

 冷たい一言に逆らえず、公園に入ってすぐのところで寝転がった瞬間、先生が俺の腰のあたりに座り込み、そのまま両足首を掴んで。

「イダダダダダ!」

 そのまま逆エビ固め。

「貴様というやつは! 奉仕部での今までの生活は何だったんだ! 私は残念で仕方ないぞ!」

「イダダダダダ! こ、これには深いわけが!」

「問答無用!」

 そのまま全員がゴールし、表彰式が行われるという時間まで俺は先生からの地獄の拷問108式の全てをその身に刻まれ、最後に拳骨を貰ってようやく解放された。

 くそ。最後まで残っていた不安が的中してしまうとは……でも平塚先生でよかったわ。これが厚木だったから生徒指導室に軟禁されて説教タイムだ。

 公園の広場へ向かうと生徒会長の一色が優勝したらしい葉山にマイクを向けてインタビューらしきことをしているのが遠目に見え、やたらとデレデレしているように見える。

「イテェ……マジで腰が痛い」

「何をするかと思えばあんなことをするなんてね」

「雪乃……なんでお前ケロッとしてんの?」

「少し休んでいたら失格にされてしまったわ。最後まで走り切る予定だったのだけれど」

 相当、失格にされたことが悔しいのか雪ノ下は心底悔しそうな顔をしながら胸の辺りで拳を握りしめ、わなわなと全身を悔しさで震わせている。

 にしても…………葉山のさっき言っていたこと……大勢の前で噂を事実にすればいいって……何をすればいいんだよ……そ、そんなキ、キスみたいなことはできないし、抱きしめる……ってこともできないし……。

「で、どちらかは聞けたのかしら」

「俺は聞けてないけど……あいつの口から三浦に言うだろ」

 その証拠に遠めながらだが三浦と葉山が談笑しているのが見える。あと悔しそうな顔をしている一色の姿も見えるような気がする。

「……でもわからないものね」

「何がだよ」

「……そ、その恋心1つで人生を決めかねないことを決定するなんて」

 ……それは俺にも分からない……けど、三浦の中じゃ葉山と一緒にいることが最優先事項なんだろうよ。俺の中でゲームが最優先事項だったように。

「まぁ、なんだ……愛は何物をも超えるっていうやつじゃねえの?」

「……愛……恋……」

 雪ノ下はそんな単語をブツブツつぶやきながら腕を組み、時折頬を少し赤くしながら思考の海に入った。

 表彰式は終了したのか公園の広場に集まっていた連中が次々に出口へと向かって歩きはじめ、俺達の方に向かってくる。

 ……やるなら今だよな。

「っっ……八幡?」

 俺は雪ノ下の頭に手を置き、小町の頭を撫でるように優しくナデナデすると雪ノ下は顔を真っ赤にし、俯くが嫌じゃないのか俺の手を払おうとはせず、甘んじて受けている。

 そんな俺たちの様子を見た連中たちの口々から色々と言葉が吐き出されるがどれもが噂が事実だったことに対する驚きなどで確かに効果はあるみたいだ。

 伊達に経験したわけじゃなさそうだな、葉山。

「あ、あの八幡?」

 顔を赤くし、うるんだ目で雪ノ下に見上げられた瞬間、俺の心臓がどきっと強く鼓動を上げた。

 ……か、可愛いすぎるだろ。

「あんたらなにしてんの」

「「っっ!」」

 後ろから呆れたような声がかけられ、振り向くと葉山と三浦が後ろに立っていた。

「おい、葉山。そのニヤニヤした顔は何だ」

「いや、別に何もないさ。優美子、先に行ってるよ」

「うん」

 どこからそんな乙女な声が出るんだとツッコミたいくらいだ。

「……聞けたのか?」

 葉山がいなくなってからそう尋ねるといつもの不貞腐れた顔に戻り、クルクルと指で金髪を撒きはじめる。

「ま、まぁ……隼人、文系にするって…………そ、その……色々ありがと、ヒキニ……比企谷」

「お、おう」

 そう言うと三浦は葉山の後を追いかけるように足早に去っていった。

「ヒッキーゆきのんやっはろ~」

「由比ヶ浜さん。お疲れさま」

「もうほんと疲れちゃった~。そういえばゆきのんって文理選択どっちなの?」

「私は国際教養科だからあまり関係ないわ……一応は文系となっているけれど」

「そっかー。みんな一緒だね! 分からないとこあったら教えてね!」

 一応区分け上は同じ文系という箱に入ったわけだがあと1年もすれば俺達は全く違う世界に入っていく……でも不思議とこの関係はずっと消えない……そんな風に感じる。

 小学校も中学校も関係なんて残らなかった俺に初めて残る関係……それもありかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひゃっはろ~。隼人」

「陽乃さん……また何考えてるの?」

「別に何も考えてないよ…………雪乃ちゃんの進路は聞いた?」

「聞いてないよ。俺が聞く資格はないさ……今、彼女の話を聞いてるのはあの2人だ。陽乃さんでも俺でもない、あの2人だよ」

「……信頼……じゃないんだよね。もっとひどい何か」

「…………もう陽乃さんの跡は追ってないように見える……でもそれだけのことでしかない。まだ彼は気づいていないみたいだけど…………それでもいつか、彼女を救うのは彼なんだと思う。俺じゃ手に入れられなかったものを彼は手にいれてしまった。ほんと何がヒキニクだよ……俺よりもよっぽど青春してると思うよ」

「ふふふ。だよね~。傷つくことが怖いくせにいつの間にか人に近づいて奪っちゃうんだもん」

「そんな彼を変えたのは彼女であり、また彼女を変えたのも彼だと思うよ。もちろんその間には彼女がいる」

「雪乃ちゃん、噂が立つのはもうコリゴリなはずなのにね~。ほんと……心底愛しちゃったのかな?」

「それが俺が手に入れられなかったものだよ。陽乃さん」



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第七十三話

 冬真っ盛りといえる2月に入るとヒーターなどの暖房器具が置かれていない部室は吐息が白い気体として出てくるのが目に見えるくらいに非常に寒い。室内なのにコートにマフラーしてしかも手袋までしてゲームしてるし、由比ヶ浜と雪ノ下は大きめの足かけを2人で使い、密着しているので温かそうだ。

 何故、あそこに男が入れば批判されるのでしょうかね……ならば雪山で遭難した際に抱き合うのも批判されるべきだと思いまーすって早速アメリカ最強プレイヤー発見!

 本気を出すために今まで封印していた手袋を解放し、いつもの本気モードでアメリカ最強プレイヤーをぶっ潰すために高速でボタンを押し、コントロールスティックを操作する。

「……うわぁ。イソギンチャクになってる」

「由比ヶ浜さん。見ちゃダメよ。見たら貴方もヒキニンチャクになってしまうわ」

 おい、ヒキニクとイソギンチャクをフュージョンさせて新しい俺のあだ名を完成させるなよ。なんだよヒキニンチャクって。腰ヌンチャクみたいだし。

 流石はアメリカ最強と謡われているだけあって俺もノーダメージとはいかない……だが、この神八にかかれば全ての最強は平凡へと落ちる。

「グヘヘヘへ……これでアメリカも俺の手に落ちるぜ」

「ヒッキーキモ」

 おっと、つい心の声が出てしまったか。だがこれもゲーマーの宿命……廃人プレイを見せてしまえば一般ピープルからひかれるのはもう慣れた物よ! 俺は生きて! この廃人プレイをつなぐ!

 ジャンプで相手の攻撃を避けると同時に攻撃ボタンを押した瞬間、俺の画面にWinという文字が表示され、最強プレイヤーを倒した証であるゴールドスターが俺の画面に追加された。

 ふっ。これでゴールドスターは15個。つまり15か国が俺の手中に収まったというわけだ。

「ふぅ……寒」

 ゲームをしていて熱かったがそれも休憩に入ったせいで一気に寒さを感じる。

「そうね。流石に暖房器具もない1月は寒いわね」

「ヒーターまだかな」

 数日前に平塚先生にヒーターを入れてくれとお願いしたはずなんだがまだ一向にヒーターが来ない。

「聞きに行く? 流石にヒーターなしじゃ寒いし」

「そうね。聞きに行きましょうか」

 おぉ、雪ノ下達が行ってくれるなら俺は行かなくて良さそうだな。

 そう考え、PFPに集中するが何故かドアが開いた音が一向に聞こえないので顔を上げてみると不満げな表情の2人の目がジトーっと俺に突き刺さっている。

 …………これ、俺も行かなきゃいけないパターンか。

 少しため息をつき、PFPをスリープモードにしてポケットに突っ込み、部室から出るとあまりの寒さに身震いし、ポケットに手を突っ込んでしまう。

「うぅ、寒! あ、そうだっ!」

「ちょっと由比ヶ浜さん」

 雪ノ下の嫌そうな声が聞こえ、振り返るとニコニコ顔の由比ヶ浜が雪ノ下の腕に抱き付いており、結構温かそうに見える。

 ……こういう時、女子は良いよな。男子があんなことしたらホモとか言われるし……うっ。ホモと聞いてあの人の表情がちらつく!

 必死にブンブンと頭を左右に振って海老名さんの顔を振り落す。

 そんな時、通りがかりにある生徒会室から見知った顔が見えた。

「あ、いろはちゃんやっはろー!」

「あ、結衣先輩! 雪ノ下先輩! こんにちわー」

「おい、俺を忘れるな」

 そう言うと一色はあ、いっけね☆という言葉をウインクをしながら俺にやってくるがそんなことをされてもカチーンとくるだけでこの前のグリグリをしてやろうと拳を握り、エアグリグリすると一色はあの痛みがよみがえってきたのかこめかみを抑え、一歩後ろに下がる。

「で、どうしたの?」

「いや~ちょっとヒーターが壊れちゃったみたいなんで先生に診てもらおうと思って」

「あたしたちも職員室に行くところだから一緒に行こうよ!」

「いいんですかー?」

 また俺の肩身が狭くなる…………女集まれば姦しいとはよく言ったものよ……しかも集まった女がどれも一級品の美女と来た……あれ? 俺って存在価値なくね? パズルゲームで言うお邪魔ドロップみたいに存在価値なくね? うわーん! 

 心の中で号泣しながら一色を加えたパーティーで職員室という名のボスの部屋へ向かう。

 別に良いし……ボスの部屋で戦うのはこいつら3人だから俺は何もしなくても経験値ガバガバ入るからそのうちあいつらを超えるくらいに強くなるし。

「失礼しまーす」

 中に入るとムワッと温かい空気が俺達に覆い被さってくる。

 チクショウ。なんで生徒と教師の間にはこんなにも差があるんだ……廊下にも暖房器具設置してくれたら文句なしに従うのに。

 一色は別の先生に用があるらしく、俺達とは別れ、俺達は平塚先生のもとへ向かう。

「ん? どうしたお前たち揃いも揃って」

「先生~。ヒーターまだですか~? もう寒すぎます」

「確か数日前に申請したはずですが」

 由比ヶ浜と雪ノ下の質問に先生は不思議そうな表情を浮かべるだけだった。

「ヒーター? この前にお前たちに持っていくように頼んだんだが」

「誰にですか」

「一色に」

 その瞬間、さっき一色が言っていたヒーターが壊れたという台詞が何故か俺の脳裏をクロックアップ並みの速度で通過していくとともに怒りという余波を俺に広げてくる。

 あんの野郎……生徒会室に持っていきやがったな。

「いろはちゃんそう言えばさっき、ヒーター壊れたって言ってなかった?」

「言っていたわね…………」

「先生。いまさらですがあいつの生徒会長としての資質に難があると思います」

「その難がある人を推したのはどこの誰かしら」

 後ろからグサッと鋭利な言葉が突き刺さる。

 とりあえず職員室を見渡すが一色の姿が見当たらないので仕方なく、生徒会室の辺りまで戻り、道場破りの様にドアをバターンと開けると中には一色しかいなかった。

「あれ? どうかしたんですか?」

「一色……お前、平塚先生からヒーター預かってるだろ」

「…………」

 そう言うと一色は気まずそうな表情を浮かべながら目をキョロキョロと動かし、俺達と目を合わせないように必死だ。

「一色さん……まさかとは思うけれど壊れたヒーターというのは」

「…………ごめんなさい」

 雪ノ下の冷たい視線に耐えきれなかったのか一色は観念したかのように頭を下げ、謝罪した。

 話を聞くに、平塚先生からヒーターを持っていくように言われた日に丁度仕事があったので一旦生徒会室に置き、後で持って行こうとしたらしいのだが仕事をしているうちに忘れてしまったらしく、そのまま生徒会の物になってしまったらしい。

「すみません~」

「ていうか生徒会室ってヒーターあるじゃん」

「そうなんですけど結構、年代ものらしくて止まっちゃうんですよね~」

「どうでも良いけど持っていっていいよな」

 そう言うと一色はウルウルと目を潤わせて捨てられている子犬の様に俺にスターライトシャワーを放ってくるがすでにサイトバッチという最強のプラグラムを装備している俺にとってそんなものは聞かない……あの海老名さんにだけは効かないけど。

「ハァ、分かりましたー。どうぞ持って行ってください」

「八幡」

「へいへい」

そう言い、コンセントを抜き、両脇の窪みをもってヒーターを持ち上げ、生徒会室を出てせっせせっせと寒い廊下を歩き、奉仕部の部室に到着すると早速起動させようとコンセントを挿し、ポチッと電源ボタンを押すが何故かディスプレイに何も表示されず、暖気も出てこない。

「あれ? もしもーし」

「あ、おい叩くなよ」

「え、だって叩くと治るっていうじゃん。うちのテレビたまに消えるけど叩くとつくよ」

 お前はいつの時代の人間だ。ていうかこいつ絶対、懐中電灯とかの電池がなくなったら電池を抜いて逆向きにセットしてあ、一瞬だけ付いた! みたいなことするだろ。あとゲームカセットの時代に電源のつきが悪かったらカセットを抜いて入れるところにふーっと息を吹きかけるタイプだな。

「…………新しいのを買うしかなさそうね」

「予算あんのかよ」

「一応は部活として認められているからあることはあるわ。平塚先生にお願いすれば降りると思うのだけれど」

 まぁ、ヒーターなら備品として降りるか。

「じゃあ明日の休みに買いに行こうよ! みんなで!」

「えー。俺週休2日制なんだが」

「良いじゃん! たまには外に出ないとヒッキービタミン……ビタミンなんだっけ?」

「Dじゃね? ていうか外出てるし……とりあえず9時位にここでいいんじゃねえの」

「オッケー! ゆきのんもいい!?」

「ええ、構わないわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、そんな感じに約束をした俺達だったがいざ明日になってみれば時間通りに到着したのは俺だけだった。

 おい、由比ヶ浜はともかく雪ノ下まで遅刻とは一体どういうことだ。いつも奉仕部に一番乗りのあいつが遅刻って結構レアじゃないか?

 そんなことを考えているとポケットの中のスマホが震え、画面を見てみるとデータブレイカーからだった。

「もしもし」

『あ、ヒッキー!? ごめん! 今日ちょっといけなくなっちゃった!』

「なんでだよ」

『サブレがちょっと体調崩しちゃったみたいで病院行かなきゃいけないの! ごめん!』

 そこで由比ヶ浜からの電話は途絶えた。

 じゃあ、雪ノ下と2人っきりってことか…………これ、デートっぽくね?

「八幡」

「…………お、おう」

 顔を上げると黒のコートに黒のマフラーを巻き、チェック柄のスカートに黒タイツの雪ノ下の姿があり、その姿を見て思わず、じっと見つめてしまった。

 どうやら走ってきたらしく、額に汗が見えた。

「由比ヶ浜さんからの連絡は聞いたかしら」

「あぁ、サブレの病院だろ…………とりあえず行くか」

「ええ」

 とりあえず電化製品と言えばHOSHINということでそこへ向かうために横に並んで千葉駅へと向かうが俺達の間に中々会話が生まれない。

「珍しくお前、遅刻したな」

「え、ええまあね…………色々とあるのよ」

 よくは分からんが女の子の準備は時間かかるし、それだろう。小町も5分待ってって言ったら確実にその3倍は時間を見積もっていないといけないくらいの勢いで待たすからな。

 それっきり会話らしい会話もせずに歩き続け、HOSHINが入っているショッピングモールへと入り、エレベーターで4階に向かうと年度末と言う事もあってか家電製品がかなり格安になっている。

「予算いくら貰えたんだよ」

「5万円よ」

 5万も降りたらいいくらいだろ……ていうかヒーターって5万で買えるのか……買えるか。

 とにかく広い店の中を歩き回り、時折、あまりの安さに驚嘆しながらその商品を見たりしているとヒーターを見つけたのだが雪ノ下の姿が見当たらず、周囲を見渡すと液晶テレビを食い入るように見ていた。

 気づかれないように静かに雪ノ下の後ろに行くと大画面で子猫が映されていた。

「お前、ほんと猫好きなんだな」

「っっ。ヒ、ヒーターは見つけたのかしら」

「こっち」

 今度は雪ノ下の後ろを俺が歩き、逐一方向を指示しながら歩くと今度は迷わずに目的の場所が置いてあるコーナーまで到着できた。

 ヒーターと一口に言っても様々な形があり、細長い奴だったりよく家庭にありそうなストーブの形をしたしたものまでかなり幅広い。

「どれがいいのかしら」

「どれがつってもなぁ…………普通にストーブ型でいいんじゃねえの? 教室にあるのもストーブ型だし」

「でも収納場所のことも考えればこっちの方が良いんじゃないかしら」

 指さす場所には細長いタイプのヒーターが置かれている。

 14,650円か……どうせならこれを2つ買った方がお得っぽいかもな……確かに雪ノ下の言う通り、収納場所を考えればストーブ型よりも細長いタイプの方が場所も取らないし。

「それにヒーターの恩恵を受けるのは私達だけなのだし」

「それもそうか…………んじゃこれ2つ買うか」

「そうね」

 そんなわけで細長いタイプのヒーターを2つもち、レジに持って行って会計を済ませた。



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第七十四話

 ヒーターの会計を済ませた俺達は少し腹も減っていたこともあったので休憩というなの小昼食をとるために1つ下のフロアにあるカフェに入り、何を頼むかメニューを見ている最中だ。

 にしても…………会話なさすぎるだろ俺達……普段から他人と会話しない様に生きてるから仕方がないっちゃ仕方がないが改めて由比ヶ浜が仲介役にいるかいないかでここまで会話の盛り上がりに影響を及ぼすとは……恐ろまじ、由比ヶ浜結衣。

 メニューも決まり、店員を呼んでそれを注文する。

「ねえ、八幡」

「あ?」

「小町さんは元気かしら」

「あぁ、元気だよ。受験勉強で疲れてはいるけど」

 この前に至ってはカマクラにブツブツ文句言ってたからな。流石に猫に文句を言う小町を見たときは少し恐怖を感じたけど。

「お待たせしました。フレンチトーストセットカップルVerです」

「「……は?」」

 店員さんがそう言いながらテーブルの上に置いたものを見つつ、同じセリフを同時に呟くと店員さんの方が不思議そうな顔をしながら俺たちの方を見てくる。

 いや確かに頼んだものはあってる……ただカップルVerってなんだ。なんでフレンチトーストがハート形に盛り付けられているんだ。なんで雪ノ下と俺が頼んだレモンティーが大きなコップに2本ストローが刺さっている状態なんだ? それとなんでストローが途中でハートの形を描いて俺たちの方に呑み口を向けているんだ? それとなんで細いチョコ棒が添えられているんでしょうかねぇ。

「え、えっとメニューはあっておりますが」

「……じゃなくて何故にカップルVer?」

「あぁ。本日はカップルデーと題しましてお越しいただいたカップルの皆様に2人で楽しんでいただけるようにアレンジしたメニューをお出しする日なんです」

 いや、笑みを浮かべながらそんなことを言われましても。

「外に置いてありますメニュー板でご案内させてもらっていたのですが」

「あ、あぁ大丈夫です」

 そう言うとようやく安心したのか店員さんはホッと肩を降ろすと笑みを浮かべてごゆっくり~と言いながら奥の方へと消えていくが俺達の間の気まずい空気は消えない。それどころかエンハンスがかかっている。

 ほんと、最近カップルに間違えられるよな……学校で付き合っているふりをしているとは言っても流石に外で間違えられると恥ずかしい。

「…………え、えっとどうやって食う?」

「そ、そうね…………半分に切りましょう」

 そんなわけでナイフでハート型のフレンチトーストを縦に半分に切ろうとした瞬間、雪ノ下に手を掴まれた。

「……あ、あの雪乃?」

「そ、そこは……横じゃないかしら」

 頬を赤くしながらそう言われ、なんとなく察しがついたので横に半分に切り、空皿に雪ノ下の分を取り、手元にその皿を置く。

 と、そこで気づいた。なんでナイフとフォークが1セットないんだ。

 どこをどう探しても1セットしか見当たらず、周りの客を見てみるとどこもかしこもはい、あ~んで彼氏、もしくは彼女に食べさせている。

「「…………」」

 その様子を見て2人して顔を赤くし、俯いてしまう。

「と、とりあえずこれで食えよ。俺は手で食うから」

「そ、そうしたら貴方の手が汚れるじゃない」

「ナプキンで拭けばいいだろ」

 そう言い、ナプキンを探すがなんとそれもない。

 いったいどこまで徹底して俺達を苛めに来てるんですかねぇ……デスマッチかよ。

「ま、まぁとりあえず使えよ」

 そう言い、フレンチトーストを手で取ろうとしたその時、ふと鼻の近くから甘い臭いがしたので顔を上げてみると頬を赤く染めた雪ノ下がフォークでフレンチトーストを刺し、俺の近くに持ってきていた。

「…………あ、あの雪乃?」

「は、早くしてくれないかしら」

 そう言われ、窓に映る顔の赤い自分を見ながらパクッと頬張ると甘いフレンチトーストが10倍増しくらいに甘く感じた。

 甘すぎる……これ砂糖振りすぎじゃねえの。

 そんなのを2回ほど繰り返し、フレンチトーストを食い終わった俺たちの顔はもうまっかっかだ。

 まぁ、レモンティーに関してはそんなに恥ずかしくはならなかったのでこれは余裕でクリアできた……さて、残るは何故か一本だけ用意された細いチョコ棒。

 チラッとさっきのカップルの方を見てみると恥ずかしそうにしながらもチョコ棒を左右それぞれ咥え、それを食べながら徐々に近づいていき、最後は恥ずかしすぎて見れなかった。

「これはあげるわ」

「あ、あぁ。じゃあ遠慮なくっ!?」

 俺が片方を軽くくわえた瞬間、雪ノ下が身を乗り出してきてガブっともう半分を噛んだ。

 その距離、目と鼻の先どころか鼻と鼻が当たった距離だ。

「食べ終わったことだし、学校に戻りましょうか」

「え、ちょおい! 俺持ち!?」

 そう言い、スタスタと歩いていく雪ノ下の顔は横からちらっと見えただけだけど少し赤く、そしてどこか笑っているようにも見えた気がした。

 俺はドクドクと鼓動を上げ続けている心臓を感じながらも雪ノ下の後を追いかけるべく、慌てて会計を済まし、2つのヒーターをもって店を出た。

 ようやく隣に追いつき、顔を見てみるがさっきの表情はなかった。

「ご馳走さま、八幡」

「あ、あぁ」

「それと…………面白かったわよ、顔」

「……うるせぇ」

 クスッと笑いながらそう言う雪ノ下に俺は恥ずかしさのあまり頭をガシガシかきながらそう言い返し、学校までの道のりをゆっくりと歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の晩、俺は炬燵にこもってPFPをカチャカチャやっているが外の冷たく強い風によってカタカタ震える窓を見てようやく夜も遅いのだと気付いた。

 両親は決算処理で何やら問題が発生したらしく、帰る時間はかなり遅くなるとさっき電話できたので誰にも邪魔されずにゲームをできる訳だが高校入試が近くなっている我が妹・小町の邪魔にならないべく、音の大きなPF3は止め、PFPをしているわけである。

 ちなみに我が愛猫・カマクラ殿も炬燵に体を半分入れて眠りこくっている。

 猫は良いよなぁ。どんなブサイクでもブサカワというジャンルがある以上、のけ者にされる心配はないし、おばあちゃんおじいちゃんから餌はくれるしでくいっぱぐれる心配もないし……羨ましい。

 その時、カマクラの耳がピンと立ち、ドアをの方を向いたと同時にリビングの扉がガチャっと開かれ、俺のおさがりジャージを着た小町がリビングに入ってきた。

 時間的にはもう受験生は寝た方が良い時間だ。

「お前まだ起きてたのかよ。早く寝ないと生活リズム壊れて明日辛いぞ~」

「分かってる。でもなんか変な時間にウトウトしちゃって今超眼が冴えてる」

 あ~あるある。夜ベッドの上でうとうとして今にも寝そうってときに物音がしてそれで完璧に目が覚めて、その日は寝れなかったってことあるな。

「お兄ちゃんお腹減ったー」

「冷蔵庫……ってそういえばなんも無かったな」

「そーなの。だからなんか買いに行こう!」

「こんな時間に1人でお外出ちゃいけません」

「1人じゃなきゃいいんでしょ?」

 そう言う小町の顔が俺の視界にドアップで入ってくる。

 どうやら俺について来いと言っているらしく、数秒ほど見つめ合うが大きくため息をついて炬燵から出て、PFPもスリープモードにしてテーブルの上に置き、コートを着て真夜中の町に出た。

 流石にこんな時間ともなると風は身を切るように冷たいし、足元は見えづらい。

「さむーい! 超さむーい!」

「そうだなー。寒いなー」

 俺がそう言った瞬間、腕の辺りにドンと衝撃が走るとともに温かみが生まれた。

「これなら温かいねお兄ちゃん。あ、今の小町的にポイント高い!」

「高くねえよ…………で、お前どうなんだよ」

「どうも何も頑張ってるよ。お兄ちゃんと同じ高校に行きたいもん! あ、今のも」

「ポイント制度禁止」

 そう言うとウーッと小さく唸ってくる。

 小町の受験が終われば俺も2年から3年へと進級し、半年も経てばいやでも受験の空気を吸わされ、勉強に集中することになるだろう。

 そうなると今のような奉仕部中心の生活は影を潜め、やがてはあの部室を去ることになる。

 もう雪ノ下が入れてくれる紅茶の匂いはなくなるかもしれない、由比ヶ浜の元気な声もなくなり、俺のPFPのガチャガチャと音を立てる音もなくなるだろう。

 でも…………あの関係は無くなるとは思えないんだよなぁ~。

 姿形を変え、これからこの先死ぬまでの人生のなかでずっと残り続けるだろう。由比ヶ浜が欲した関係、俺が欲した本物、そして雪ノ下が欲した物……それらは姿形を変えてずっと俺たちの傍にある。小町も。

「小町」

「んー?」

「高校で待ってるぞ」

「…………うん」

 今のこの生活が消えるのであれば……三浦が葉山との関係を残したいと思ったように俺も消えて無くなるその日まで傍らのこいつとあいつらと一緒にこの星空を眺めることにしよう。




とりあえず次の11巻が出るまで更新はストップです。


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第七十五話

テストがようやく終わり、更新再開です。
四カ月ほど待たせてしまって済みませんでした!


 二月も入ってからしばらく経ったということもあり、窓は結露し、夜は暖房をつけなければ寒すぎて永遠の眠りにつくんじゃないかと思うくらいに寒くなってしまった。

 俺はもちろんゲームする際はまずは風呂桶を用意し、そこに温かいお湯を半分ほどまで入れ、ビニール手袋をした状態で指先を五分ほど温める。意外とこれが温かくて気持ちいいのだ。

 そして俺のウォーミングアップは終了し、いつも通りにゲームを行うのだ。最近のゲーム行事としてはランキングがあったんだがそれは今日から始まった。そう。そのランキングのタイトルは題してバレンタインランキング。もうすぐ世の男子どもがそわそわして仕方がない日が来るという事でバレンタイン使用の武器や防具が一色配られるのだ。しかも一位には全ステータスをカンストできるほどの量が配られるというのでみんな頑張ってスコアを稼いでいるのだが誰も一位はなれていない。

 何故かって? 俺が一位に決まってるからだろ。ランキングが始まるのは0:00ちょうど。その五分前からさっき言ったウォーミングアップを行い、指を万全の状態にしてランキングに臨むのだ。

 驚いただろうな。なんせスコアがカンストしたのだから。

 

「っべー。なんか甘いもの喰いたいわー」

「それな」

「ほんと」

 イヤホンをしている状態でも聞こえてくる戸部の大きな声に思わず反応してしまい、チラッとそちらの方を向くといつもの葉山グループが見えるが葉山以外の男子はそわそわしている。

 そりゃ、そうだ。もうすぐバレンタインデーだもの。まぁ、俺は関係ない

 

 

 ―――――比企谷君

 

 

「……はっ」

 バレンタインデーのことを考えた瞬間に俺の名前を呼ぶあの女の子の顔が思い浮かび、自嘲の念を込めて自分に対してエンハンスとリバース・グラフティーと灼熱の一撃をぶつけるくらいの威力で打ち出す。

 最近の俺はおかしい。バレンタインデーなどというものはお菓子企業の策略としか考えず、その日一日をゲームで普通に潰していたのにも拘らず、最近はチョコのことを気にかけてしまう。何故だろうか? Why?

 

「チョコっと甘いもの食べたくない?」

「…………あ?」

 

 そんなクソ寒いギャグを言った瞬間、三浦からの軽い舌打ちと睨み、そしてあからさまに鬱陶しそうな声というトリプルコンボを食らい、戸部は撃沈した。

 どこの魔進さんのトリプルチューンだよ。タイヤカキマゼールでも良いな。

 

「そう言えばもうそんな時期か」

「隼人君はいいじゃん。いっぱいもらえるし」

「いや実は貰わない様にしてんだよな。隼人君」

 

 大岡の発言を掻き消すように戸部が話を割り込ませる。

 大体、葉山のようなイケメンリア充は共通してチョコを貰わないと言い張っている奴を多く見る。大体、そういう奴は昔、チョコ関係とか恋愛関係で泥沼劇を目撃、もしくは経験したことがある連中だ。

 恐らく葉山も同じようにそんな経験をしたのだろう。俺? 俺は逆に泥沼劇ではなくサラサラ劇を見たことがあるぞ。うん。罰ゲーム……いや。卒業間近の折本からのチョコは除外したとしても大概の女子から義理チョコなどスルーされている。まぁ、ゲームをし続けていたという事もあるが。

 今もこうしてゲームをしているので誰にも話しかけられず、気にも止められない。強いて言えばキモイと言った目線を送られることだろう。

「間に合わないよこんなのー!」

 クラスカースト二番目、三番目くらいの女子が必死にチクチク毛糸でマフラーを編んでいるが一割も完成していない様子なのでおそらく間に合わないだろう。

 一度、小町に手伝えと言われた時以来、あぁいうのは見たくもない。あの時、一種のゲームと捉え、指をコントローラー、糸を追跡者としてチクチクやっていたら小町よりも早くできてしまい、ぼろ糞に怒られた。激おこ小町丸が誕生した瞬間だ。何故に?

 

 

「……ま、手作りとか今更重すぎるし売ってある物ちょちょっと改良すればいいし」

「そっか……重い……よね」

「大切なのは形じゃなくて気持ちなんじゃないかな」

 

 三浦の一言で落ち込んだ由比ヶ浜を励まそうとしているのか葉山が優しく声をかける。

 三浦よ。その発言が裏目に出たな。

 でもあの連中は楽しいと感じているのだろう。何も変わらないことを望んだ結果、今の状況に不満を抱いているものなどいない。

 何も変わらず、誰も傷つかない普段通りの関係。人はそれを冒険心がないだのビビり過ぎだの言うが要は現状維持だ。何もおかしな選択肢じゃない。

 もうすぐ冬が終わり、春がやってくるように彼ら彼女らにも自ずと変化はやってくるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 特別棟へ向かう廊下はこの時期になると非常に寒く、いつものPFPをしながらのスマホゲームをするという行動をすると指が悴んでその後のゲームに支障をきたすのでやらないようにしている。

 ふと窓を見てみると室内と室外の温度に差があるらしく、窓のガラスには結露が見られるがそんなことはどうでもいい。まぁ、PFPの画面が結露したら速攻で拭くけどな。

 それにしても最近、とあるスマホゲームのランキングイベントはどうなっているのかね。どれもこれも特定のキャラでしかクリアできない様になっているし、代替えしようにもまず倍率が足らないからな。

 ま、そんなことなどこの俺には関係なくカンストするくらいの数値を叩きだしているがな。

 

「ヒッキー」

「おぅ」

「なんで先行くし」

「いや、待ち合わせなんてしてねえだろ」

「それはそうだけどさ……なんか待っててくれてたっぽいし」

「…………待ってねえし」

 

 実はいうと待っていた……なんてことはない。あれはただ単に葉山達のグループがどうなっていたかを観察していただけであって断じて待っていた訳ではない。

 まぁ、ほとんど観察なんてせずにゲームしてたけど。

 

「……と、ところでさヒッキー」

「ん?」

 

 由比ヶ浜の方を向くと彼女は少し考えているような表情を浮かべ、俺から目を逸らすがすぐにこっちの方を向き、小さく笑みを浮かべて少し歩く速度を上げた。

 

「やっぱりなんでもない。行こ、部室」

「……おぅ」

 

 いつもの廊下、いつもの時間、そしていつもの部室。それは俺が欲していた本物に最も近いものであるかもしれないしまったく遠いものかもしれない。

 別にあの2人と俺はゲームで喋りまくっているわけじゃないし、材木座と話している時の様に小説の話が出てくるわけじゃない。

 でもいつもいるあの場所にいると俺は――――――。

 

「やっはろ~!」

「こんにちは、由比ヶ浜さん、比企……八幡」

 あ、そういや付き合ってるって設定なんだっけか。

「別に部室くらいは良いだろ」

「それもそうね。ゲーム谷君」

「わざわざ言い直すなよ」

 

 そんなやり取りをしながらいつもの席につき、由比ヶ浜は雪ノ下の方を向き、俺はいつもの様にPFPを再開させ、えっちらほっちらとゲームを始める。

 今やっているのはVS:バースト・ストラトスというロボゲーだ。女性にしか動かせないヴァーストストラトスを男でありながら起動した男子が主役のラノベ原作だ。

 ルールは簡単。ただひたすら戦うだけ。別に何か要素があるわけじゃないが最近、俺はこれをしている。まぁ、今現時点で所有しているゲームの全ての要素をクリアしたからこれしかやるものないんだけどな。

 

「ちょっとみんなして私を無視しないでくださいよー!」

「あ、いたんだ」

「ちっ」

「あ、今舌打ちしたー! 舌打ちしましたね先輩! 可愛い後輩が先輩に会いに来てあげたっていうのに舌打ちは酷過ぎます~! そりゃ私よりも可愛い雪ノ下先輩と付き合っているから私の事なんかどうでもいい」

「一色さん。用がないなら帰ってちょうだい」

 

 うわぁ、すげえ冷たい笑みと言葉。俺だったら恐怖のあまり敬語になりながら謝って帰るわ。流石はエターナルブリザードを使える雪のん。最強キャラだな。

「あ、あははっは~。実は用があるんですよね~」

 一色は雪ノ下の冷たい言葉にやられたのか少し棒読みだ。

 

「それって生徒会関係?」

「実は私って最近、暇じゃないですか~」

「知らねえよ」

 

 一色が暇なことなど知る由もないし、知る気もないし、知りたくもない。まぁ、この時期は大きな行事もないし、生徒会としてもやることは小さなことだし、こいつのことだから細々としたことは副会長とかに任せて自分は『葉山せんぱ~いきゃるる~ん☆!』みたいなことしてるんだろうけど。

 

「あれ? いろはちゃん、サッカー部のマネージャーもしてなかったっけ?」

「……最近、サッカー部って寒いじゃないですか~? 葉山先輩以外に素足見せたくないんですよね~」

「ジャージ着ろよ」

「ジャージ着たらダボダボして足が太く見えるじゃないですか」

 

 一色の言葉に由比ヶ浜も頷く。

 そういうものなのか? というかそもそもジャージってダボダボする物だろ。ぴちぴちのジャージとかそれこそダサくて着たくないわ。

 

「アハハ……それで用って?」

 由比ヶ浜の質問に一色が来ると半回転し、俺の方を見てくるが嫌な予感しかしないので俺もそれに合わせてくるっと椅子ごと半回転して窓の方を見るが誰かに椅子ごと再び半回転させられ、一色に向けさせられる。

 由比ヶ浜さ~ん? どうして貴方はそんなに私の命を削りに来るんですか? 死神ですか? ブレイクアップしちゃうんですか?

 

「ところで先輩って甘いもの好きですか?」

「ゲームは好きだ」

「……甘いものは好きですか?」

 おっと。とうとう、俺の渾身のボケも無視されるようになったか。

「彼は甘すぎる物は嫌いよ」

「さっすが先輩の彼女さん! 何でも知ってるんですね~」

 

 一色の”彼女”という言葉に俺も雪ノ下も以前、間違って入ったお店でこっ恥ずかしいカップルセットでのあの時の光景を思い出してしまったのか同時に顔を赤くしてしまう。

 あ、あの時の雪ノ下も俺も少しおかしかったしな。うん、おかしかった。

 

「二人ともうぶですね~」

「いろはちゃん。用件はそれだけ?」

「へ? あ、い、いや、えっとですね」

 

 由比ヶ浜の妙に低い言葉と笑みのダイレクトアタックを喰らい、一色はしどろもどろに陥る。

 もう止めて! 一色のライフはもうゼロよ!

 

「も、もうすぐバレンタインデーですから葉山先輩に上げたいんですけど男子ってどのくらいの甘さが好きなのかなって」

「……おい、それ要するに俺の基準=葉山の基準になってないか?」

「…………先輩、そんなにナルシストだったんですね。ごめんなさい、私が悪かったです」

「くすん。もう良いし」

 

 結局、俺は今年もバレンタインデー記念ステージでリア充共を抹殺する様子を思い浮かべながら無双しまくってチャットでぼろ糞に叩かれるのさ。

 

「冗談ですって。男子の平均的なところを知りたかったんですよ~」

「でも男子って甘すぎるの嫌いな感じするかも。ほら、ホイップクリーム吸うのだって男子ってうわぁ、みたいな顔するし」

「あ~。でもそれ途中で飽きるんですよね~」

 やったのかよ。

「分かる~」

 お前もやったんかい。

「とりあえずさっさと生徒会なりサッカー部なりに戻りなさいな。今、俺は超忙しい」

「ゲームしてるだけじゃないですか~……男子は甘すぎず、程々の甘さと。じゃ、失礼しました~」

 一色が部室から出ようとした矢先、奉仕部の扉がそれよりも早くに軽くノックされた。



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第七十六話

 ドアがノックされたのはいいが何故か誰も入ってこないので一色も出るに出れない状況に陥っていたがドアの外からパタパタと足音が聞こえてくる。

「別にあーしはこんなとこに頼まなくても」

「良いじゃん良いじゃん」

 

 なんとなく一人称と声で分かった。

 頭で2人の顔を思い浮かべていると予想通りの面子がドアを開けて奉仕部の部室へと入ってくるが三浦と一色の視線がぶつかり合う。

 そう言えば二人とも葉山のこと好きだからぶつかり合ってたんだっけな。

 

「ハロハロ~」

「優美子に姫奈じゃん。どうしたの?」

「それよりなんでこいついる訳? 生徒会長じゃないの?」

「私は美人で優秀だからお仕事がないんです。ね、先輩?」

 

 必死に合わせろよ? という視線をぶつけられるがそれを無視してPFPへと視線を戻すが空気に耐え切れず、結局首を振ってしまう。

 一色さん怖いっす。

 

「それで用件は何かしら。話しにくいことであれば一色さんには退出願うけど」

「酷いです~」

 そもそもお前は奉仕部員じゃねえんだから仕方ないだろ。

「いや、別に大丈夫だよ。ね、優美子」

「まぁ……」

「実はさ。手作りチョコを作りたいの」

 

 手作りチョコ……ハァ。またバレンタイン関係か。何故、みんなバレンタインごときでそんなに喚くのかね……俺なんかバレンタイン当日は予定がいっぱいあって。

『比企谷君』

 ……まただ。あぁ、おかしいぜ。最近の俺はおかしすぎる。

 

「ほら、もう来年は受験生でこんな色めき立つこともできないだろうから。ね?」

「ま、まぁうん」

 

 海老名さんの言っていることは当たっているだろう。来年、俺達は受験を迎える訳でこうやってワイワイガヤガヤしながら楽しくできるのも今年が最後だろう。

 来年の今頃はピリピリしてそんなことできる空気でもないだろうしな。事実上、人生最後のバレンタインと言ってもおかしくはないだろう。

 大学や社会人でバレンタインなどを意識する暇なんてないだろうしな。ちなみに俺は未だに母親と妹からしかもらったことがない。しかも母ちゃんに至っては粒チョコだ。

 去年なんか凄かったからな。急に後ろから呼ばれたかと思えば粒チョコ投げられて終わりだ。

 どんだけツンデレなんだよと変換しておいたけど。

 

「でも優美子、手作りは重いって言ってたじゃん」

「いや、それは……」

 痛いところを突かれ、珍しく三浦がしどろもどろになる。

「まあまあ。私もちょうどいい作り方とか知りたかったし。コミケとかで差し入れとかに。ほら、雪ノ下さんだって必要なんじゃないの~?」

「……ま、まあそうね」

 

 おい、お前が顔を赤くするな。俺まで赤くなるだろうが。それと由比ヶ浜、俺に殺意が籠った二つの眼を向けてくれるな。怖すぎて間違ってデータ消すだろうが。

 だがどうやら今年のバレンタインはいつもとは少し違うものに変わるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一階の購買近くにある自動販売機で炭酸水を購入し、それを飲みながらスマホゲームでゲリラダンジョンへと潜入し、奉仕部の部室へと向かう。

 ゲームばかりして運動を全くしない分、俺は人よりも健康に気を使っていると自負している。最近はお菓子もあまり食べないし、炭酸ジュースではなく炭酸水を飲んでいる。

 ま、俺からすればゲームが運動だけどな。だってこの前、ランキングイベントをやっていて気づいたら汗だくになっていたことあるからな。

 そんなことを考えているとふと奉仕部の教室の前に見覚えのある青みがかった髪を持つ女子が見えた。

 えっと小町に近づくどこの馬の骨の少年のお姉さまではありませぬか。

 

「何してんだお前」

 そう声をかけるとまるで警戒しまくっている猫の様にフシャーと殺気立ちながら俺を睨み付けてくる。

 いやいや、俺野生動物にまで警戒されたら本当に家から出ない子になっちゃうよ? 人から嫌われるのはどうでもいいけど動物にまで嫌われた俺生きていけない!

 

「べ、別に」

「雪ノ下なら今中にいるぞ」

「い、いやだから」

「寒いし中入れよ」

 そう言うと早々に観念したのか川崎は奉仕部の部室へと入る。

「あ、沙希じゃん」

 どうやら修学旅行で仲良くなったらしく、由比ヶ浜は川崎のことを名前で呼ぶようになった。

「なんであんたがいるわけ?」

「は? それあーしの言葉なんだけど」

 

 やめい。こんなところでこんなところでライオンとサーベルタイガーの喧嘩は見たくない。むしろ喧嘩されたら死傷者が出るぞ。主に俺な。

「用件は何かしら」

「チョコの事なんだけど」

「はっ。あんたがチョコ? 受ける」

「あ? 別にあたし、そんなどうでもいいことに興奮しないし」

「は?」

 おい、今度は核ミサイルの打ち合いかよ。やめい。第三国である俺がミサイルを撃ち落とさなきゃ奉仕部という地球が滅亡しちゃうだろうが。

 というか俺のミサイルは弱すぎて当たりませんけどね。

 

「妹が保育園でバレンタインのこと聞いたらしくて……それで作ってみたいって」

 あぁ、そういや妹さんいたな。京華ちゃんだっけ? 確か……どこの馬の骨とも知らない川崎弟の時に名前だけチラッと出て来てたな。ていうか一回あってるじゃん。保育園にアポ取りに行ったときに。

 でもバレンタインつっても三浦と一色は葉山に渡すだろうし、川崎は別にいいとしてもこんな大所帯になったらもうちょっと広い場所がいるだろうな。

 

「要するにここにいる人たちでチョコを作りたいという事でいいかしら」

「そうなるね~。でもチョコか~」

 チラッとこちらを見てくる由比ヶ浜と雪ノ下。

「とりあえず何が出来るか考えればいいだろ。やるのは本人たちに任せりゃいいし」

「それもそうね」

「じゃ、私たちはこれで」

 

 そんなわけで話したいことも終わったのか早々に三浦と海老名さん、川崎が奉仕部の部室から出ていき、一色も仕事を思い出した~とか言って出ていってしまい、いつもの奉仕部に戻った。

 

「で、葉山はどうするんだ」

「ほぇ? なんでそこで隼人君?」

「あいつ、チョコ受け取らない様にしてるつってただろ」

「あ」

 おいおい、忘れるなよ。こっちは今、バレンタイン直近イベント攻略のために忙しく頭をフル活用していてあまり割けないっていうのに。

 まぁ、こんな雑魚ども俺にとっては余裕だけどな。

「つまり彼が受け取らなければ三浦さん達もやる意味はないという事ね」

「そうなる。そうなってしまうとまた面倒なことになりかねないだろ」

 

 せっかく作ったのに~とか言っているとどこかからかそれが漏れ出して三浦は葉山に手作りチョコを作ったのはいいけど重すぎてもらわれなかったおかしな子、みたいな変な噂が流れてしまえばまた面倒な雰囲気に教室がつつまれることになる。

 はぁ。もうあんな面倒くさい空気はごめんだ。気持ちよくゲームができない。

 

「あ、じゃあ葉人君にも参加してもらおうよ!」

「あいつが素直に参加すると思うか? 昔から多くのチョコを貰って来た超甘々モテモテリア充ライフを過ごしてきているであろうあのクソイケメンが」

「男の醜い嫉妬ね」

 ふん。雪ノ下の冷たい反撃にも俺は耐性がついたから何とも思わないんだよ……いや、本当に何とも思っていないからな? なんともだぞ?

 

「となると彼が参加せざるを得ない状況を作ればいいわけね」

「そうだな……試食係なら何も問題ないだろうな」

「なるほど~。確かにそれならぎすぎすしないだろうし!」

 

 ふっ。過去十何年、義理チョコと称して味見係を任されていた俺にとってそんなこと造作もないさ……流石に小町に試食と言ってロシアンチョコルーレットをされた時は殺意が湧いたがな。

 チョコにワサビってなんだよ。いれ過ぎなんだよ。

「細かいことは一色に任せりゃいいだろ。葉山が受け取らざるを得ない状況であれば何でもいいわけだし」

「そうね……一色さんに任せましょうか……そろそろ時間ね」

「そうだね~。じゃ、解散!」

 なんでお前が言うんだという突込みはとりあえず胸に置いておくことにした。



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第七十七話

 翌日の放課後、俺達はいつもの様に奉仕部へ集まっていたんだが特に依頼人が来ることも無く、時計の針とPFPを操作する音だけが教室に響くくらいの静けさを保っていた。

 さっき掲示板をチラッと見たんだがお料理教室なるものの募集ポスターが貼られており、どうやらそこで人数をある程度集めるとともに材料費を徴収するらしい。

 そうなるとあまり小難しいチョコは作れなくなるからシンプルかつ美味しい物だろうな。

 

「相変わらずのゲーム谷君ね」

「うるせ。今はバレンタインランキングで忙しいんだよ」

「…………ね、ねえ八幡」

 

 名前で呼ばれ、一瞬胸がドクンと鼓動を上げるがなんとか押さえつけてゲームの進行をストップさせ、顔を上げてみると頬を赤く染めた雪ノ下がそこにいた。

 な、何でいきなり部室で名前呼ぶんだよ。心臓に悪いじゃねえか。

 

「お、おう?」

「そ、その…………あ、貴方はどんなチョコが好きなのかしら」

「…………」

 いやいやいや! 何俺は期待しているんだ! 違うだろ! こ、こいつはただ単に聞いているだけであって何も俺に渡す為だけに聞いているんじゃない! そ、そうだ……勘違いするでないぞ、俺!

「べ、別に甘すぎないチョコならなんでも……」

「そ、そう……あ、ありがとう」

 そう言うと雪ノ下は席に戻り、赤い顔を隠すかのように本を顔の近くに持っていく。

「やっはろ~! いろはちゃん連れてきたよ~」

 

 そんな大きい声とともに由比ヶ浜が現れ、さらにその後ろからヒョコッと一色が顔を出す。

 ある意味、由比ヶ浜に救われた気分だな。

 由比ヶ浜はいつもの席へ、一色は新しく用意した椅子に座り、机の上に生徒会でまとめたであろう書類を広げて俺達に見せてくる。

 

「もう知ってると思いますけど会議の結果ですね、お料理教室を開いてみんなでチョコを作ろうと決めました。そっちの方が人数も集めやすいですし、こうしたら皆さんで一緒にやれますし」

「それもそうね。でも教室というからにはそれ相応の数を集めるのかしら」

「はい! 一応、うちからは私と葉山先輩のグループメンバー、そして先輩たちとあと何人か集めてクリスマスイベントの会議室でやろうかなって」

 

 確かにあそこなら広いし、残って勉強をしている受験生にもワイワイガヤガヤと騒ぐことによる騒音で迷惑はかけなかろう。

 書類を見てふと気づいたんだがどうやらこのイベントはバレンタインデー当日には行わない方針らしい。

 まぁ、当日は入試だし、担当の教員も入試の準備や当番で持っていかれて何かあった時の対応が出来なくなるからだろうけど。

 と、そんな具合で頭の中で整理しながら俺は机の下でPFPを操作する。

 

「あとで調理器具のリスト、見せてくれないかしら。漏れがあったらいけないし」

「了解です! あと作るメニューなんですけど」

「それも後で見せてくれないかしら」

 

 会議はほとんど雪ノ下と一色で進められていく。

 あぁ見えて、一色も生徒会長として活動し始めて一カ月以上は経つから慣れるのも当たり前だろうけどなんで雪ノ下さんはこうもキャリアウーマンなんでしょうね~。

 俺には二人が喋っている内容が三割しか分からん。

 バレンタインデーか……いつもならランキングイベントで一位を確固たるものにした動画を撮影し、動画投稿サイトに投稿、コメント欄によるチートだの不正だのの罵倒を餌にしながらお菓子を食べるというリッチな夕食を食べていたんだけどな……今回は予約投稿しておくか。

 ちなみに最近のお小遣いの金額は減るどころか増えている。まぁ、あのモン狩り効果によって倍増したし、一色の生徒会選挙の時に考案した俺との対戦も人気を博したからな。

 最近はソシャゲーにも踏み込んでみたがやはりPFPの方がやりやすいのでソシャゲーはやめた。

 

「では骨組みはこれでいいわ。あとは一色さんに任せるけれど」

「はい! 副会長がちゃんとやってくれます!」

 そこはお前がやれよ。最近副会長、重い書類をもってため息ついて項垂れているのよく見かけるんだからな。

「一応、参加費は先輩たちもよろしくです」

「は? 俺達からも取るの?」

「当たり前です」

 俺、味見係しかしないだろうに。

「ま、当日は端っこの方でゲームしておくさ」

「ヒッキーも参加しなよ~。ほら、将来自分でお腹空いたときに作れるじゃん!」

「はぁ? そんな労力払うなら板チョコ買って貪り食うわ」

「貴方の場合、粒チョコで喜びそうね」

 

 ふん。かれこれ家族以外からチョコを貰った経験がゲーム内のキャラからしかない俺にとってバレンタインデーなんて言うイベントは限定アイテムを貰える日でしかないのだよ。

 まぁ、かれこれ似たようなアイテムがボックスを圧迫しているので困ってはいるが貴重な廃人プレイの拡大をしてくれる武器だからカンストするまでレベルアップはさせてるけどさ。

 

「先輩、ゲームしておくのはいいですがあまり気持ち悪い行動はしないでくださいね。先輩ってただでさえ周りにひかれてますし、私たちの学年でも色々と噂立ってますから」

「え、俺ひかれてるの?」

「はい。指がすごく気持ち悪いとか両手両足でゲームを弄るとか逆立ちしながらゲームするとか挙句の果てにはゲーム好きに洗脳行為もしているとか」

「お、俺のゲーマーとしての評価がそこまで高くなっているとは」

「なんか喜んでるし」

 ま、基本的にゲーマーは嫌われるものさ。

「じゃ、私はこれで。失礼しました~」

 そう言って一色は書類を持って奉仕部から出ていった。

 

 

――――――☆――――――

 

 一色が奉仕部を出ていってから早一時間ちょっとが経った。

「もうすぐだね~」

「そうね……」

 そう言えば奉仕部全員で何かを考えてやるというのは久しぶりな気がする。最近は色々と合って個人で動いていたことが多かったし。

「今日はもう終わりましょうか」

「明日のために備えないとね。あ、ヒッキーちゃんと来てよ」

「分かってる。俺は子供か……にしても雨降りそうだな」

「本当だ~。傘持ってきて正解だった。ヒッキーは?」

「ふっ。ゲームを濡らさないためにタオルまで完備だ」

 そう言うと由比ヶ浜も雪ノ下もうわぁ、みたいな顔をするがとりあえず無視しておく。

「ゆきのんは? 大丈夫なの?」

「持ってきてはいないけど駅まではそれほど遠くはないし、降ってきたらコンビニでビニール傘でも買うわ」

「そう言えばコンビニのビニール傘って気づいたらいっぱいあるよね~」

「それはただ単にお前が忘れん坊だからだろ」

「酷! ゆきのんだってあるよね!?」

「残念ながら私も無いわ。そもそも普段は折りたたみ傘を常備しているし」

 

 雪ノ下にさえ共感されなかったことがそんなにガッカリ来たのか由比ヶ浜はあからさまに肩を落とし、しょんぼりとした空気を醸し出す。

 それぞれの準備をし、奉仕部の部屋の鍵を閉めて返却し、校門を出てそれぞれの帰路へと着く。

 二年以上、通っているこの道でゲームをしつつ、自転車をこいで帰るのなんて俺にとっては朝飯前であり、電柱にぶつかることなく帰ることが出来ている。

 まぁ、たまに警官に怒られるけど……ん?

 ポチャンと頭に冷たいものが降ってきた感じがし、空を見上げてみると曇天の空から雨がポツポツ振ってきてしまいには本降りになってしまった。

 一旦、物陰に入り、PFPをタオルにくるんでカバンの下の方に詰め込み、傘をさす。

 傘持ってきて正解だったけどこれじゃゲームできないな……。

 ふと雪ノ下のことが気になり、少し行先を変えて自転車を走らせると飴の中、小走りで走っている彼女の後ろ姿が見え、自転車で追いかけ、傘に入れてやると驚いた顔をしてこっちを見てきた。

 

「は、八幡」

「お前に明日風邪ひかれたら誰がチョコ教えるんだよ」

「そ、そう……ありがとう」

 

 右手で自転車のハンドルをもって押し、左手で傘を持って雪ノ下が入りきるように微調整する。

 それにしても……俺はいつ、女の子と相合傘をするくらいにまで青春を謳歌する男子高校生になったんだ? 去年の俺が見たら呪いそうだ。

 

「八幡。肩、濡れてるわよ」

「ん? あぁ、これくらい大丈夫だろ。ドライヤーで乾かせばいい。俺的にはむしろPFPの方が心配だ」

「ゲーム中心谷君ね……ほら、良いから」

「お、おい」

 

 いきなり雪ノ下に腕を引っ張られ、耐え切れずにバランスを崩し、雪ノ下にまるで吸い込まれるかのように倒れていくがなんとか足で踏ん張った。

 が、鼻頭が当たるほどの至近距離。

 彼女の呼吸が肌にあたり、心臓が今までにないくらいに鼓動を強く打つ。

 

「……わ、悪い」

「え、ええ」

 

 どうにかして意識を取り戻し、顔を離して二人が入るように近づくが肩と肩がぶつかり合う。

 ……俺はいつからこういうことに一喜一憂するようになったんだろうか……ある意味で平塚先生が俺を奉仕部に入れたことは正解だったのかもしれない。

 あの時、俺は本物が欲しいといった。一緒にゲームをやったり、喋ったり、昼飯を食べたり……ただそれだけなのだろうか。

 本当に俺は本物が欲しいと思っただけなのだろうか。例えば彼女と一緒にいるこの時間を欲してはいるが無意識のうちにそれを本物とすり替えているのではないか。

 ……果たして俺はいったい何を欲しがっているんだ。何を本物とすればいいんだ……ただ、言えることは一つ。

 今この時間は俺にとって…………。

 

「もうここでいいわ」

「あ、あぁ。もう着いたのか」

「ええ。今日はありがとう。また明日」

「あぁ、またな」

 雪ノ下と分かれ、自転車に跨ろうとしたその時。

「八幡」

「ん?」

「…………ありがとう」

「っっ」

 

 最後に彼女は普段、滅多に見せることのない笑顔を俺に向け、改札口へと早足で向かっていく。

 その笑顔を見た俺は少しの間、動くことが出来なかった。



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第七十八話

 バレンタインデーチョコを作るイベントを行うと一色が宣言してから数日、とうとうその日がやってきた。

 駅前のコミュニティーセンターにはガヤガヤと若者たちの声が響いており、時折カップルらしき男性と女性のイチャイチャの様子を表す会話が聞こえてくるがそんなもの俺にとってはどうでもよかった。

 なんせ俺の周囲には人だかりが出来ているのだから。

 

「ヤ、ヤバくねあいつ?」

「神だ! 神が降臨したぞ!」

 

 神か……ふっ、悪くない名前だが俺を言い表すには少しスケールが小さい……俺は神ではなく絶対神という言葉でなければこの俺を言い表しきれることはできない。

 今現在、俺がやっているのは太鼓の匠という音ゲーなのだが最新版ではさらに進化を果たし、1Pと2Pでそれぞれ違う曲で遊べるようになったのだ。

 あとは分かるな? そう、俺は片腕だけでそれぞれ違う音楽で遊んでいる。

 もちろん難易度は最高難易度。

 

「せい」

『フルコンボだドン!』

 

 軽くジャンプし、右腕では太鼓の真ん中を、左腕で縁のところを強く叩くとそんな音声とともにゲーム画面を覆い尽くすほどの花火が打ち上げられ、レコード画面に移り、俺のハンドルネームが表示されかけるがすぐに画面を切り替え、結果発表画面に行くともちろん俺の記録がナンバーワンであることを表示していた。

 俺にとっちゃこの程度、難しいほどでもない。まぁ、腕がパンパンだけど。

 

「ヒッキー」

「ん?」

「キモイを通り越して凄い」

「そうね。もしゲーム担当大臣というポストがあれば間違いなく貴方が指名されるわね」

 

 あ、それ良いね。ゲーム担当大臣。

 日本中で発売されているゲームの検閲ということで全てのゲームが俺の手元にやってくる、しかもタダでやりたい放題、さらにハードも自分の金じゃなくても勝手に会社が用意してくれる。

 素晴らしいじゃないか! あぁ、是非ともそんなポストを作ってください! 総理!

 

「そろそろいい時間じゃないのか?」

「あ、そうだね。そろそろ行こっか」

 

 いまだに俺のことを尊敬するように眺めている連中の輪からどうにかして脱出し、クリスマス以来のコミセンへ入るとイベント準備で忙しく右往左往している一色達総武高校生徒会執行部の役員たちの姿が見えた。

 玄関先で大変そうだな~なんて思いながら眺めていると俺達に気付いた一色が手に書類の束を抱えながら俺達のもとへとやってくる。

 

「先輩たち早いですね~」

「何か手伝う事はないかしら」

「ん~でしたらこのポスターを張ってもらえませんか? 適当にパパッとで良いんで」

「ええ、分かったわ」

 

 そう言い、雪ノ下にB2サイズのポスターを渡した一色はそのまますたこらさっさと走り去っていく。

 受け取った雪ノ下はというと三人に分けるがどう見ても俺に渡された紙束の高さの方が二人の持っている紙束の高さよりも高い。

 

「雪ノ下さん? 俺実はゲーム機より重いもの持ったことないんだ」

「それがゲーム機よ。八幡」

「…………お、おぉぉ! なんとなくゲーム機に見えてくるわけないだろ」

「気合を入れればベンテンドーBSに見えるわ」

「……お前が知ってるとは」

「……んん。サ、由比ヶ浜さん。貼りに行きましょう」

「オッケー!」

 

 軽く無視された気がするがまあそれは放っておいて俺はせっせと適当にはっていくかね……まぁ、俺は味見しかしないのであとはゲーム三昧なんだけどな。

 

 

 

 

 

 

 

 ポスターを張り終えた俺達は会場となる部屋へと入ると既に結構な人数が入って始まるのが今か今かと待っていたがどう見ても総武高校の制服じゃない制服を着ている奴もいるがとりあえず俺は関係ないしいいか。

 

「……で、なんでお前がここにいるんだ?」

「な、なにを言うか八幡! 我だってチョコが食べたいのだぞ!」

「コンビニで買えばいいじゃん」

「そ、それとこれとは別なのだ!」

「そうか? コンビニで売ってるのも同じだろうが」

 

 その時、カシャンと何かを落としたような音が後ろで聞こえたので振り返るとそこにはショックを隠せないでいる戸塚の姿があった。

 

「そ、そっか……八幡はコンビニの」

「戸塚のチョコはコンビニで売っているチョコとは違う。世界で一つしかないチョコだ」

「へへっ。ありがと、八幡」

 

 …………おかしい。以前の俺ならばこの満面の笑みを見て胸キュンしていたのに何故か今はしない……それどころかまったく別の顔が頭に浮かんでいる。

 

「八幡?」

「あ、あぁいや。楽しみだな」

「そうだね」

 本当に今の俺は少しおかしい気がする。

 

「あ、比企谷君だ」

「めぐり先輩」

「ひゃっはろ~」

 

 ヒョコッとめぐり先輩の後ろから出てきたのは大魔王こと雪ノ下陽乃。

 後ろの方でその存在に気付いたであろう雪ノ下のため息が聞こえたような気がしたがとりあえず今は聞こえなかった振りをしておかないと目の前の存在の処理に困ってしまう。

 まあ、めぐり先輩と陽乃さんは親しい間柄だし、めぐり先輩経由で連絡が届くのもおかしな話じゃないが無意味に見える行動一つ一つがこの場に多大な影響を与える彼女の影響力がこの場にいったいどんな影響をもたらすのかは俺にも、そして妹である雪ノ下にさえ分からないだろう。

 

「久しぶりだね、比企谷君。元気そうで何より」

「本当はそう思ってないくせに」

「卑屈な男は嫌われるぞ~」

 

 そう言いながら容赦なくグリグリと俺の頬に彼女の綺麗な長い指が突き刺さる。

 相手の真意は自分の目の前に引きずり出す癖に自分の真意は相手の目の前に見せるどころか外にすら出さずに固く厚い仮面の下に隠す。

 仮に陽乃さんとの関係を今の雪ノ下と同等の物にしようと思えば一体どれくらいかかるだろう……いいや、むしろ一生かけたってそんなもの出来ることは無いのかもしれない。

 雪ノ下とさえ、今の関係が出来上がるのに学年のほとんどが経過したんだ。

 陽乃さんと関係を構築しようと思えば学年どころか十年や二十年過ぎ去ってしまうかもしれない……それくらいにこの人は隠す。

 

「で、比企谷君比企谷君」

「なんですか」

「雪乃ちゃんとはどこまで行ったのかな?」

「別にどこも行ってませんよ。普段通りに奉仕部で会うだけです」

「またまた~…………もう気づいているんじゃないの?」

 

 彼女のその静かで冷たい物言いが俺の心を深く抉り取っていく―――容赦なく、深く傷跡を残す。

 

「こういう暇な時、君はいつもゲームをしていたのに最近しなくなってるんじゃないのかな? ポケットに入りっぱなし、それどころか存在すら忘れていたりして」

「まさか。俺の生活リズムはゲームで始まり、ゲームで終わる。そんな俺がPFPの存在を忘れるわけがないでしょう。事実、さっきも太鼓の匠をしてきましたし」

「あの二人と一緒に?」

「…………」

「昔の君なら他の人のことなんて放置してゲームに没頭していたと思うの。でも今、君はあの二人のことを気にしている。だから一度始めたゲームでも途中で切り上げる」

 

 この人の言う通り、太鼓の匠はあと一回、追加でゲームが出来る状態だったが俺自らイベントの時間が差し迫っていることを報告し、切り上げた。

 確かに今の俺は少しおかしいがなんてことはない。ただ単にあの二人限定なだけだ。

 

「何が言いたいんすか」

「だからさ……いつまで」

「八幡。少し来て」

 

 陽乃さんが続きを言おうとした瞬間、それを遮るように雪ノ下が俺の手を取り、あの人から離れるように由比ヶ浜が海老名さん達と駄弁っている場所へと向かう。

 ……もしも雪ノ下が助け出してくれなければ俺はあの続きを聞いてどんな考えに至ったんだろうか。

 

「そろそろ始めようと思うのだけれど」

「あ、あぁ。良いんじゃねえのか? もうこれ以上集まらないだろ」

 

 結局集まったのは葉山グループ、奉仕部の俺たち、卒業生二人、そして川崎と戸塚と愉快な仲間、そして玉縄グループと結構な面々が集まった。

「じゃ、始めるか」

「そうね」

 その一言からバレンタインイベントは始まった。



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第七十九話

 チョコ作りが始まってからというもの、俺は窓際でただボーっと雪ノ下達がチョコを作っている様子を眺めていたが隣にはニコニコと笑みを浮かべている陽乃さんの姿がある。

 いったいこの人は何に笑みを浮かべているんだろうか。

 

「ねえ、比企谷君」

「なんでしょうか」

「雪乃ちゃんさ、誰にチョコあげると思う?」

「知りませんよ。あいつが誰にチョコ渡すかなんて」

「またまた~……期待しているくせにさ」

 そんな底冷えする声が耳元で囁かれる。

「君はいつまで自分に対して嘘をつき続けるのかな? お姉さんは勘のいいガキは嫌いだけど嘘をつき続けるガキはもっと嫌いだな」

「自分の胸に手を当ててもう一度言ってみてください」

 

 わざとらしく自分の胸に手を当てるとすぐに首をひねる。

 別に雪ノ下が誰のためにチョコレートを渡そうが俺にとってはどうでもいいことであって俺はただ単に今日ここに来たのは味見役なだけだ。

 雪ノ下からチョコを貰うために来たんじゃない。

 

「そう言えばね~。雪乃ちゃんって隼人にチョコ渡したことあるんだよね~」

 

 わざとらしくそんな大きめの声で言うと周囲の空気が一瞬にして凍り付く。

 特に葉山グループの三浦・一色が雪ノ下の方を見て雪ノ下は鬱陶しそうな面倒くさそうな表情をしながらもチョコを作り続ける。

 

「そうだったね。陽乃さんも一緒にくれた奴だ」

 

 葉山のその一言によって再び元の温度を取り戻した空気が流れ始め、三浦と一色も雪ノ下に視線を送るのを止めてチョコ作りに集中するが陽乃さんだけは面白くなさそうな表情を浮かべ、冷たい目で葉山を見る。

 陽乃さんの中で葉山の評価が最悪レベルにまで下がった証拠であると同時に少しだけこの人のことが分かった気がする。

 この人はこの空間の色合いや温度が変わるのを楽しんでいるんじゃなくて葉山と雪ノ下、この二人の反応を楽しんでいるだけだ。

 そのほかの連中の事なんて眼中にすらない。

 文化祭の時だって相模を扇動して会議の場をグチャグチャにしたように見えるがそうじゃない。

 あの時の雪ノ下の表情や行動といった物を楽しんでいたんだ。

 そう考えるとある程度の筋は通ることになるがそれと同時に何故かイラつきも出てくる。

 もう俺だってバカじゃないし、俺自身が抱いている感情についてだって答えは出しているけどそれを明確に理解してしまえば今までの物が全部崩れ去ってしまいそうで怖いのかもしれない。

 俺は本物が欲しいと言った。

 その癖にいざ、すぐ近くに本物が見えれば恐れをなして逃げ出してしまう。

 俺はなんて骨なしチキン野郎なんだろうか。

 結局、こういう事なんだろう。

 今まで無かったものを得ようとすればそう言った類の感情を抱いてしまうのはある意味致し方が無いことだろうし、それが当たり前なんだろう。

 だとしても俺は……弱すぎる。

 

 

 

 

 ――――――☆――――――

 キッチンタイマーが次々と鳴り響き、テーブルの上にチョコが置かれていくと室内にチョコレートのほんのり甘い香りが漂う。

 結局、あれ以降は陽乃さんは目立った行動はしなかったけどどこか嵐の前兆のような静けさだったので嫌な予感のような物がするが考え過ぎだろうか。

 三浦の焼いたチョコを一口食べ、じっくりと味見をする雪ノ下。

 そしてそれをはらはらした感情を抑えきれていない様子で見ている三浦。

 

「良いと思うわ」

「そ、そっか……は、隼人も味見してくれる?」

「あぁ、喜んで」

 

 まぁ、どうせ葉山のことだからこういう形で開かれたことの真意は察しているだろう。

 ポケットからPFPを取り出し、電源をつけようとしたその時、視界にチョコが差し出され、顔を上げてみると少し恥ずかしそうな顔をしている雪ノ下が立っていた。

 

「こ、これの味見をお願いできるかしら? 貴方はそれしかできないのだから……べ、別にこれが……その……バレンタインのチョコという訳ではないのだけれど」

「お、おう」

 なんだこの中途半端なツンデレは……まぁ、でもやっぱり完璧超人の雪ノ下が作ったチョコだ。

 正直、そこら辺に売っている適当なチョコよりもうまいと思う。

「ど、どうかしら」

「あぁ、美味しい。やっぱお前料理上手いな」

「そうかしら。女性として料理が美味いに越したことはないわ」

 

 雪ノ下さんや。それを目をパチクリさせて気まずそうにしている由比ヶ浜お嬢様に言ってやんな。

 一息つきたいのか雪ノ下は俺の隣に座る。

 

「今回は恙なく行ったようね」

「これが恙なく行かなかったらうちの学校は問題だぞ」

「それもそうね…………ねえ、八幡」

「なんだ、雪乃」

「あれ? 二人ともいつから名前で呼び合うようになったの?」

 

 それは純然たる疑問なのか、それとも他の意味合いなのか。

 葉山は真実を知っているとしてもそれ以外の連中はただ単に俺達が付き合っているという作り物の事実しか知らないので恐らく、彼女は知らなかったのか。みたいな感じにしか見えないだろうが真実を知っている方からすればどちらなのか分からない。

 

「何々!? いつからそんな関係になったの雪乃ちゃん」

「別に姉さんには関係ないでしょう」

「教えてよ~。妹の恋愛事情って気になるし~」

 

 獲物を見つけたと言わんばかりの勢いと攻撃を用いて雪ノ下をつつきはじめる。

 しまったな。完全に失敗だった。

 陽乃さんの前では付き合っているふりはしない方が……だとしたら他の連中に対しては逆におかしく見えるからそこから彼女が気付く恐れもある。

 つまり詰んでいたんだ。俺達は彼女が来た時からすでに。

 

「良かったね、雪乃ちゃん……本物が手に入って」

 そんな底冷えする声が聞こえた瞬間、雪ノ下の手が俺の手を軽く掴んだ。

「っし。じゃあ片付けるか。陽乃さんも手伝ってくださいよ」

「え~」

「冗談です。雪乃」

「え、えぇ」

 彼女の手を軽く引っ張り、片付けに入ることで何とか彼女から離れる。

「なんだ? もう終わったのか」

「おっ。静ちゃん」

「そう呼んでくれるな、陽乃」

 

 陽乃さんは新たな獲物というかそっちの方に興味が映ったのかチラッと俺達の方を見て部屋に入ってきた平塚先生の下へと向かう。

 ある意味助かったというか……。

 

「お前は随分暇なんだな」

「そう? ある程度のお金を持っていて頭がいい大学生は皆暇なんだよ? あ、今度静ちゃんとも一緒にお酒飲んだりしてお話ししたいな。積もる話もあるし」

「そうだな……本当に積もる話があれば酒無しでも一日中、話しを聞いてやろう」

 

 そう言った瞬間、陽乃さんの肩がピクッと動くと同時にまるでマルチモードをしている際に回線がパンクしかけて一瞬、フリーズするかのように彼女の全ての動きが停まり、その瞳にもさっきまでの色は感じられないがそんな状態はクスリという笑い声とともに一瞬にして消え去る。

 交錯するその視線の真意は俺達には分からない。

 恐らく、実妹である雪ノ下ですら見えない何かを平塚先生は見ているんだと思う。

 完璧に隙間なく包んでいる強化外骨格に出来たほんの少しの隙間から見えているのか、それとも先生の目にはそんなもの隠すものですらないのかは分からない。

 ただ先生と陽乃さん。

 この二人の関係は俺達では絶対に構築できないものだと思う。

 俺と雪ノ下、由比ヶ浜と雪ノ下と言った関係を平塚先生が構築できない様に。

 ……こう思っているという事は既に俺は彼女たちと構築した関係は特別なものだと思っていることか……別におかしなことじゃないし、気づいていたことだ。

 今までバグと称していた物を取り込んだんだ。

 見て見ぬふりをするのは無理な話だ。

 

「先輩~。お疲れ様でした」

「今日は俺は何もしてねえよ。雪乃だ」

「味見役お疲れ魔様でした。先輩がチョコ食べてる姿、なんか彼女から貰えてニヤニヤしている顔に見えてちょっとというかかなりどんびきました」

「褒めるか貶すかどっちかにしろよ。で、俺達は後何を片付ければいい」

「あ、もう後のことは生徒会がしておきますよ。先輩たちはどちらかというと生徒会を手伝ってくださったのであとのことは任せてください」

「まぁ、一色さんがそう言うのなら」

「はい! 今日はお疲れ様でした」

 そんなわけで俺達は一足先にカバンを持って教室から出て行った。




ようやくかけた。
けど終着点はどうしようか。ん~……何も考えてねえ。


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第八十話

 バレンタインチョコのイベントは無事に終わり、奉仕部の面々は解散となり、二人は電車、俺は自転車を使って家路についていた。

 二月も半ばになれば若干、温かくなるかと思ったがそんなことは無く、未だにマフラーなんかが無ければバカみたいに震えてしまう。

 

「あぁ、寒い寒い」

「そうだね~。こういう寒い日は温かいコタツに足を突っ込んでお鍋でも食べたいね」

「…………何でいるんですか」

「いや~ちょっと追いかけたくて」

 

 大魔王はランダムエンカウントどころかどうやら俺のHPがレッドゾーンに入っている時にはマストエンカウントという最悪のエネミーらしい。

 あぁ、マジでシノビダッシュが欲しい。

 

「で、何の用ですか」

「ちょっとお話しでもしようよ……色々とね」

 

 そう言いながら俺の自転車の荷台に無理やり乗り込み、俺の方を軽く見てくるので仕方なく自転車に乗り、適当に走らせて近くの喫茶店へと向かう。

 色々と話と言ってもどうせ俺達が名前で呼び合うようになったことだろう。

 あの時は何とか切り抜けたけど今回は切り抜ける気がしないし、そのまま押し倒されるかもしれない。

 それに小町はバレンタインの日に受験が当日を迎えるので俺という存在は遅く帰った方が彼女の為にもなるのだ。

 グイグイとマフラーを引っ張られ、そっちの方を見て見ると喫茶店を見つけたのでハンドルを切り、そっちの方向へと向かっていく。

 こんな時間にもなるとほとんど人はおらず、喫茶店に入っても暖房の温かさだけしか感じれず、人の温もりという奴はほとんど感じられない。

 奉仕部で色々とあり過ぎたせいかそんな違和感が気持ち悪く感じてしまう。

 

「比企谷君は何がいい? お姉さんが奢っちゃうぞ~」

「別にいいですよ。家に帰ったら晩飯ありますし」

「とか言って雪乃ちゃんと一緒にいたら何か食べるんでしょ?」

「……何が言いたいんですか」

 

 そう尋ねた瞬間、店員が近寄ってきてメニューを尋ねてくる。

 陽乃さんは適当に頼むが俺は何もいらないことを伝えるとメニューを復唱し、奥の方へと戻っていった。

 

「雪乃ちゃんってね、昔から私のしてきたことを見て自分を決めてたんだ~」

「そりゃ貴方みたいな人がいて積極的に表に出されてちやほやされていれば妹はそれをお手本にするでしょうよ。兄弟なんてそんなもんですよ」

 俺の場合、反面教師になったから小町は全く逆の方向に行ってしまったがな。おいおい、悲しいね。

「分かってないな~……あの子に自分なんてないんだよ。昔から決められたことをしてきただけ」

「……」

「でも……最近はよく自分を出すようになってきたかな? この前なんかね、お母さんと珍しくかる~い言い合いなんかしてたんだから」

「十七、もうすぐ十八にもなれば親と言い合いするでしょ」

「言いあいの内容はね~最近、夜遅くまで出歩いていたりしたこと」

 

 彼女の近況など知らないがもしかしたら夜遅くまで奉仕部の活動で起きていることがあり、もしかしたら由比ヶ浜に呼ばれていったりしているかもしれない。

 でもそんなことは許容の範囲内であって……いや、今までの彼女からすれば許容外かもしれない。

 

「雪乃ちゃんの帰る場所なんて一つしかないのにどうしてそれを壊すようなことするんだろ」

「……帰る場所は一つとは限らないでしょ」

「要するに雪乃ちゃんには別の居場所があると……それが君の言う本物かい? じゃあ、君は雪乃ちゃんが君の下に帰ってきたら受け止められるの? 何も言わずに抱きしめてあげられるの? 何も他のことを考えず、自分のことを騙さずに」

 

 彼女が俺を頼ることは滅多に無いだろう。

 だがゼロではない。

 もしも彼女が俺に頼ってきたとき、俺は何も言わずに陽乃さんの言うように彼女を受け止められるのだろうか。

 もしそうなった時、今の俺では無理だろう。

 自分が抱いている物を隠し続けている今の俺では。

 

「今私ね、お母さんに言われて雪乃ちゃんの家に住んでるんだ。失敗だったんだって……お母さんの今までのやり方は……お父さんは雪乃ちゃんに甘いけどお母さんは私よりも厳しいよ? それでも君は雪乃ちゃんを抱きしめてあげられるの?」

「…………抱きしめられるかはともかく…………奉仕部という関係は無くなりませんよ」

「それは要するにこれ以上の進展はないと?」

「逆ですよ。最低でも……奉仕部という関係があるという事ですよ。もう過去の雪ノ下に戻ることはありませんよ」

 

 そう言い切ると陽乃さんは少し驚いたような表情を浮かべるがすぐに表情を変え、カップに砂糖を入れるとカラカラと音を立てながら軽くかき混ぜ始める。

 

「ふふっ、そういうこと……進展の余地はある。でも後ろは奉仕部しかない……前に出たもんだね」

「由比ヶ浜も同じこと言いますよ、多分……これ以上、後ろに下がることは無いって」

「ふ~ん……」

 

 陽乃さんはそう言いながら若干、冷めかかっているコーヒーに口をつけた。

 俺もそろそろ自分自身に答えを出さなければいけない時期に差し掛かっているのかもしれない。

 このまま自分に嘘をつき続けてしまえば迷惑を被るのは自分自身ではなく、雪ノ下雪乃なのだから。

 

 

 

 

 

 ―――――――☆―――――――――

 バレンタインイベントから幾何が経過したある日の放課後、その日も空模様は微妙で天気予報によれば荒れ模様になるかもしれないらしい。

 奉仕部の部室にはヒーターが設置されているので外に比べれば幾分かは温かいがやはり天下のコタツ様に比べればまだまだ寒い。

 明日はバレンタインデーであり、小町の受験日だ。

 ハァ。小町のバレンタインチョコをちょっと期待していたのでワクワクしながらゲームのバレンタインランキングをリビングでやっていたが気づいたら夜中の三時だった。

 小町ちゃんなら前日に用意しているかなと期待していたがやはり受験勉強が優先されたようだ。

 だが一番納得がいかなかったのは夜中の三時にカマクラがやってきてふっ、と呆れたように鼻で笑われた気がした。いや、あれは明らかに俺をバカにした笑い方だったね。

 

「小町ちゃん、明日だよね」

「ん? あぁ、そうだな。明日受験だな。とりあえず街を破壊して合格祈願のメールを送っておいた」

「あら、あなたにしては気が利くのね。ゲーム谷君」

「どれどれ? 見せてよ~」

 

 そう言われ、由比ヶ浜にスクショを見せてやると一瞬、すげー! と言いたげな表情をするがすぐにうわぁ、みたいな表情で俺を見下してきやがった。

 この街並みをつくるのに三時間はかかったんだぞ! 小町から既読つかなかったけど。

 

「明日だね~」

 

 由比ヶ浜のその一言に雪ノ下が若干、反応を見せた気がした。

 いや、気のせいだろう。彼女がそんな浮ついたイベントに反応を見せるなんて……あまつさえ、それに期待している俺なんていやしない…………。

 

「ヒッキー」

「ん?」

 

 後ろを振り返ると満面の笑みを浮かべている由比ヶ浜がおり、彼女のその手には綺麗に包装がされている小さな箱が握られていた。

 

「そ、その……い、一日早いけどバ、バレンタイン」

「…………」

「な、何固まってんの?」

「あ、い、いや」

「食べて」

 

 そう言われ、どぎまぎしながら包装を破るとそこには若干、歪な形をしているハートのような形になっているチョコレートがあった。

 ハートというか真ん中の谷間のところが深すぎてうさ耳にしか見えない。

 前科もあるので恐る恐るかじってみるとほのかな甘さが広がり、その後に若干の苦さが残る。

 

「どう……かな?」

「由比ヶ浜、お前いつの間にメガ進化したんだ? いや、これは覚醒進化。お前のトレーナーはそれは腕の立つマサラタウンのトレーナーだったんだな」

「なんかバカにされてる気がする」

「安心しろ。バカにしてる」

「ヒドッ!?」

「冗談だ。前に比べたら十分上手い」

「そ、そっか……へへっ」

 

 由比ヶ浜は照れくさそうに小さく笑うとそのまま視線を雪ノ下へと向け、俺もそれにつられてそっちの方へと視線を送ってしまう。

 

「ゆきのんは……作ってないの?」

「…………」

 

 部室に少し奇妙な沈黙が流れ始める。

 

「ゆきのん……あたしね。もう逃げないことに決めたんだ……誰かの顔色も窺わない……あたしは全部が欲しいの。この関係もあの関係も……この奉仕部の関係ってある意味危ういよね……だってあたしたちの悩みっていう紐で結ばれているだけだもん……ゆきのんも……あたしも……ヒッキーも」

 

 俺は平塚先生にほぼ強制的に入れられ、厚生を目的としている。

 由比ヶ浜はクッキー作りから始まった。

 ならば雪ノ下は何に悩んでいるのだろうか。

 俺はそれを陽乃さんから聞いた、由比ヶ浜はこれまでの雪ノ下の行動や話で、そして今までの関わり合いの中で薄らと気が付いた。

 そう。俺達は所詮、奉仕部という柱にひもで結ばれているだけ。

 

「あたしはそんなの嫌だ……あたしは……欲しいの。全部……だからもうあたしは」

 

 そう言いながら由比ヶ浜は俺の腕を取るとそのまま抱き付いてくる。

 一瞬、言葉を吐きだしそうになるが由比ヶ浜の真剣な横顔の前に俺は口を開けなかった。

 

「迷わないよ……ゆきのんはそのままでいるの?」

 

 由比ヶ浜はそんな紐だけで結ばれている関係では嫌だと言った。

 なら俺はどうする? 彼女はどうする?

 いや、そこに彼女なんて言葉はいらない。

 比企谷八幡はどうするんだ。

 紐で結ばれ続けているだけでいいのか?

 

 

 

 

「俺は……少なくともこの関係は残る……残って欲しい。過去に戻ることも無く、前に進むことが無かったとしても俺はこの関係だけは残って欲しい……それが俺の本物……なんだと思う」

「ゆきのんは……どうあって欲しいの? どうなって欲しいの?」

「…………私は」

 

 雪ノ下は静かにカバンから包装されている物を取り出すとゆっくりと俺に渡してくる。

 これが答えなんだろう。彼女なりの。何物にも囚われていない彼女自身の。

 陽乃さんは言った。彼女には自分なんてものは無いと。ずっと私の後ろを歩いてきただけだと。

 でも陽乃さんは知らない。雪ノ下が奉仕部で過ごしてきた日々を。

 

「どう……かしら」

「……やっぱお前は上手いな。何事においても」

「…………由比ヶ浜さんが顔色を窺わずに全部を欲しいというのなら……私も欲しいものがあるの」

「何?」

「でもそれを手に入れるには一つ……解決しなければいけないことがあるの……紐ではなく、確かなもので繋がれるために……一つだけ……私の依頼、聞いてもらえるかしら」

 

 雪ノ下は恥ずかしそうにそう言うと一歩、俺達に近づいてきた。

 ここから先の彼女は陽乃さんすら知らない。

 俺達しか知らない雪ノ下雪乃。

 

 

「うん、聞かせて」

 

 答えて由比ヶ浜はさらに一歩、彼女に近づいて彼女の手を優しく取る。

 形作られた歪な形が薄らと雲から顔を覗かせている太陽の光によって照らしだされる。

 俺達は最後の仕上げに入る。

 紐で結ばれただけの関係ではなく、確かなもので繋がるために。

 あれだけ曇天模様だった空には徐々に雲の切れ目ができ、そこから太陽が顔を覗かせていた。




最近、俺ガイルの情報でませんね~。12巻で終わるのか。それともその間に11.5巻が挟まるのか。それでは。


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