迷える主とボッチな俺と (はやえもんさん)
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迷える主とボッチな俺と
二年に進級して一週間経った日の放課後、いつもは人に見つかることの無い、むしろ存在を感知されてないまである俺が、その日は何故か教師に見つかってしまい、理科室に荷物を届けに行くことになってしまった。
学生の頃から上下関係を叩き込んで、働くころには立派な社畜ってことですかそうですか。
やはりこんな世の中は間違っている。てことで俺は専業主夫になろう。
そんなどうでもいいことを考えていたらあっという間に理科室についた。文句垂れつつも結局言うこと聞いちゃう俺ってばまじ社畜。
…将来発揮されないことを祈ろう、アーメン。
俺は理科室の扉を開け、先生に言われた通りに教卓の上に荷物を置いた。理科室のカギは開けっ放しで言いと言われたのでそのまま帰ろうとしたところで、唐突に理科室の扉が開かれた。
先生かと思ったが理科室に入ってきたのは何故か眼鏡を掛けた男子生徒だった。その男子生徒はひどく焦っている様子で周りを物色し始め、近くにあった人体模型を使い、扉が開かない様にしようとしている。もしかして俺気づかれてないの?むしろ気づいてて扉固定されたらそれはそれで危険なんだが。
このままだと俺も理科室に閉じ込められることになるので、とりあえずその男子生徒に声を掛けようとした時、理科室の扉が壊され男子生徒を追っていたと思われる生徒が入ってきた。
扉を破壊し中に入ってきたのは、ぼっちの俺ですら噂を耳にするほどの有名人、近衛スバルだった。
近衛スバルは文武両道。容姿端麗。眉目秀麗。偉才秀才。正にみんなの憧れの存在と言っても差し支えの無い生徒である…多分。そして極めつけはこの私立浪嵐学園に通う理事長の執事であるという点だ。今時少女漫画でも見ないようなキャラ故にみんなからはスバル様と呼ばれ、ファンクラブも存在しているのだとか。確かに近衛かわいいもんな。女だったら一目ぼれして即告白して振られるまでのワンセットだな。
ちなみにどうでもいいことだが俺は近衛スバルと同じクラスだ。とは言っても向こうは俺のことなど知らないだろうが。寧ろ「比企谷?比企谷ってだれ?そんな奴いたっけ?」といわれるまである。自分で言ってて悲しくなったわ…
そんな近衛スバルが怒髪天を衝く勢いで扉を壊して入ってくるとは、そこの眼鏡君はいったい何をやらかしたのだろうか。
いろいろ気になることはあるが、取り敢えず俺は近衛スバルにも気づかれた様子はなかったので、大人しく二人が去るまで身を潜めることにし、二人の成り行きを見守る。
「追い詰めたぞ。大人しく僕に従え坂町金次郎」
「従ってたまるか!俺は絶対に嫌だからな!」
「従わないなら僕の拳で強制的に記憶を飛ばすぞ!」
「なっ…俺は痛いのは嫌なんだ!やめろ!」
「うるさい!これもお前が僕のパンツを覗いたからだろう!この変態!」
その言葉を最後に近衛は、坂町金次郎というらしい男子に殴り掛かる。
だが近衛は扉を壊したときに散らばった人体模型のパーツに足を取られそのまま坂町を巻き込み倒れてしまう。どっかの誰かが見たら鼻血吹いて倒れそうだな…
「いてて…」
理科室の教卓は大きいので二人の姿はよく見えないが、どうやら、坂町が近衛を押し倒す形になっているようだ。しかも鼻血まで出しちゃってるよ…本格的にBでLになっちゃいそうだよ……
「あれ?なんで俺鼻血が出てるんだ?近衛は男なのに…それにこの感触はまるで…」
「きゃあああああっ!!」
そこまで言いかけたところで、近衛のまるで女の子のような叫び声に遮られ、坂町は近衛渾身のアッパースイングをくらい吹っ飛ぶ。
「よくも僕の胸を触ったな!」
ん?よくも僕の胸を触ったな?なんで男同士なのにそんなことを言うんだ?それにさっきの坂町の発言…もしかして近衛は――
「お、お前…もしかして……女なのか?!」
♂×♀
あの発言の後、坂町は近衛に意識を奪われどこかに連れていかれた。
俺は近衛が女だったことが思いのほかショックだったらしく、近衛たちが出ていくまで思考停止していた。
それにしてもあの近衛が実は女だったなんて……
このことは墓場まで持っていこう。下手に誰かに話したとしても……って、俺に話すような友達いなかったわ。安心安心。
…まあとりあえず帰るか。
幾分か心を落ち着かせたところで理科室を出ようと入口へ向かうと、そこには近衛の主でありこの浪嵐学園の理事長の娘でもある涼月奏が居た。
『……え?』
二人の声が重なり、その場に静寂が生まれた。
涼月奏。近衛の主であり理事長の娘である。近衛と同じく、頭脳明晰かつ文武両道、抜群のプロポーションで学校の制服と少し違う特別製の制服を着用している。ちなみに近衛も特別製の制服を着用している。
涼月は近衛と対を成す学園のアイドルで、多くの生徒に慕われているキングオブリア充なのである。
つまり俺のような日陰者にとっては天敵と言っても過言ではない。だがこいつらリア充にとっては敵どころか存在すら認知されていない模様。事実俺の名前みんな間違えているもんな。誰だよヒキタニ君って。
俺はそんなキングオブリア充との突然のエンカウントにも驚いた。だが何とか平常心を装い、いかにも自分は何も知らない風でそいつの横をさーっと通り過ぎようとするが、そうはいかずに涼月に腕を掴まれてしまう。近い近いいい匂い近い近い。
「ねえ、貴方もしかしてずっとここに居たの?」
鋭く追及するような目で俺に問いかけてくる涼月。
「い、いましぇんでしゅた」
女子に、しかもあの涼月に腕を掴まれたことと責められるような目で見られたせいで思い切りどもった上に噛んじゃったよ。おのれリア充め…!
「嘘は良くないわ。何もなかったらそんな腐ったような目をするはずがないもの」
「…この目は自前だ。それと腕を離してもらえませんかね」
いやほんとに離してもらわないと変な汗が出てきちゃいそう。
「本当のこと言ったら離してあげるわよ?」
涼月はさらに訝しげな目を向けながら言ってくる。
…はあ。こいつには勝てる気がしねえな。このままだと平行線を辿る一方で解決できなさそうだから、もう言っちまうか。それにこいつは近衛のご主人様なんだから、おそらく近衛のことも知っているはずだ。
「……ふう。確かにお前の言う通り、俺はここに居た。だけどそれだけだ。これでまんぞくか?」
「やっぱり見ていたんじゃない、この嘘つき」
そう言いながら俺の腕は解放される。
危ないところだった。よくたえた俺の腕!
「…悪いな」
そう答えると、涼月に「やれやれだぜ」と言われんばかりに、ため息をつかれる。俺が女子の会話に相槌した時と同じ反応するなよ。あの時ため息ついて俺の存在を無視した島田さんは許さないからな。
そして涼月は十秒ほどうんうん唸った後俺に提案してきた。あざといけどかわいいな畜生!
「こんな廊下では誰かに聞かれるかもしれないから場所を変えてもいいかしら?」
「ああ、わかった」
涼月の提案に俺は頷く。正直もう帰りたいがこんなに真剣な表情で言われたら断ることなどできない。
俺もちゃんと整理しておきたいしな。
「助かるわ、ええっと…」
「俺は比企谷八幡だ。一応お前と同じクラスだ」
俺が同じクラスだということを告げると、涼月は驚いた顔をした後「こんな人いたっけ?」という疑問の顔をする。
お前プロぼっちの俺じゃなかったら即メンタルやられて不登校になってたぞ…
「そ、そうなの。それはごめんなさい、比企谷君。私は涼月奏、近衛スバルの主よ。改めてよろしく比企谷君」
そう言って戸惑った顔の後に、笑いかける彼女の笑顔はお手本通りの完璧な、まるで仮面でも貼り付けたかのような笑顔だった。
「そんな仮面みたいな気味悪い笑顔しなくていいから」
飲み込もうとした言葉をつい言ってしまった。
「…へえ。貴方、そんな腐っている目をしている割にはよく見えているのね」
が、涼月は対して気にした様子もなくさっきの笑顔を消した全くの無表情で言う。普通に怖いよ。
けど俺は勇気を振り絞り言葉を紡ぐ。
「逆だな。腐っているからこそ見えるんだよ」
「あらそうなの、それは大変ね」
「まあな。むしろ見えなくていいところまで見えるまである」
さっきの言葉を茶化すように俺は答える。
「ふふっ、それもそうね。今さっきのなんてまさにそうよね」
「涼月の言う通りだな」
どうやら俺の冗談は成功したらしい。
♂×♀
ところ変わってここは保健室。
なぜ保険室なのかは、涼月に聞いたところ、「こちらの方がまとめて話をできていいから」だそうだ。詳しくはわからないが取り敢えずうなずいておいた。
そんな保健室なのだが、まだ5時頃だというのに保険医はいなく、カーテンで仕切られたベッドがあるくらいだ。
おそらくだが涼月が何かしておいたのだろう。いろいろと立て込んだ話になるだろうし。お嬢様の権力半端ない。
「それじゃあ比企谷君、話を始めてもいいかしら?」
「ああそうだな。いいぞ」
涼月の言葉を肯定し、涼月が俺に理科室のことを確認してくる。
「まず貴方が理科室に居たってことは貴方はスバルの秘密を知っているってことでいいのね?」
「ああ。近衛が女だってことだろ?」
俺が言った後で、涼月が「やっぱり知ってしまったか」と苦虫を噛み潰したような表情を一瞬したのを、俺は見逃さなかった
「ええそうよ。貴方にはばれてしまったから言うけど、スバルには自分が女の子であることを隠さなければならない事情があるの」
「事情ね…」
「そう事情。簡単に説明するわ」
「いや、別に無理に話さなくてもいいぞ。話したくないことならなおさらな」
「ううん、貴方に聞いてほしいの、比企谷君。聞いてもらえないかしら」
「つってもな、俺とお前はほぼ初対面だぞ?そんなあったばかりの男にそんなこといっていいのか?」
これは俺の本心だ。ほんの十数分くらい前にあった目の腐った男なんて信用できないだろ。お互いのことも全く知らないわけだし。
「優しいのね、比企谷君」
「これくらいは当然のことだろ」
「これを当然と言える人なんてそうはいないわ。それにそんなに言いづらい話ではないから安心して」
そう言って涼月は優しく微笑む。いきなりの態度に顔をそらしそうになるが、ぐっと堪えて返事を返す。
「そ、そうか。…わかった、説明頼みゅ」
最後の最後で締まらなさずぎだろ……
「じゃあ、最後の最後で噛んじゃった比企谷君に説明するわ」
…涼月さんまじサディスト。
涼月から聞いた話を要約すると、元々近衛の家系は代々涼月家の執事であり、本来ならば男の兄弟がやるべき仕事なのだが、近衛は一人っ子だった為に執事にならざるを得なかった。
それに近衛は涼月の執事であるということに並々ならぬ拘りがあるらしく、涼月の父は近衛の執事を認めるための条件として、三年間誰にも女ということをばれずに、学校生活を終えなくてはならないということらしい。
「なるほどな。そういう事情だったのか」
「そうよ。それにね、スバルと私は学校に通うのは高校が初めてなの」
「は?じゃ、じゃあいままでどうしてたんだ?」
「家庭教師を雇って、家で勉強していたのよ。お蔭で友達なんて居なかったわ」
なんだよそれ。そんなのがあるのなら俺もずっと家に居れたのに!!
つかこいつもぼっちだったのか。親近感湧きそう。
「なるほど、お前もぼっちだったのか。」
「私にはスバルと同年代くらいのメイドがいるからぼっちではないわ。ごめんなさい、ぼっちの比企谷君」
「いちいち言葉が刺さるな。俺じゃなかったら泣いてるぞ。でもそれとさっきの話に何の関係がある」
「狙ってやったもの、当然ね。さっきの話との関係だけど、いきなり高校に入れられた私たちはどうなると思う?」
軽口を叩き合った後、涼月は聞いてくる。
「それは、周りに溶け込みづらいんじゃないのか。まあ俺は幼稚園から通ってるが未だに溶け込めてないが」
そうだ、俺はいつだって周りに溶け込めなかった。仲間はずれにされることが常だった。話しかけられれば勘違いをし、黒歴史を作る。
いつしか俺は俺を馬鹿にしてくるあいつらの友情なんてものは、欺瞞であることに気付いた。嘘で塗り固められた友情。そんなものが本物足りえるはずがない。
「…ごめんなさい、不躾だったわね」
そんな俺の心境の変化に気づいたかどうかは知らないが、涼月が謝罪してくる。
「俺の方こそ悪い。続けてもらっていいか?」
「…そうね。比企谷君の言う通り、周りに溶け込みづらいわ。私は小さいころからお父様にパーティに連れていかれたお蔭で社交性があったから、溶け込むことなんて簡単にできたけど、スバルはそうは行かなかったわ。あの子は不器用だから、周りと関わってしまえば自分の秘密がばれてしまうんじゃないかと思ったの。だから、自分からみんなを遠ざけたの。貴方は知っている?孤高の王子様とも呼ばれていることを。本当はみんなと喋りたい、遊びたい、ふざけ合いたい、でも関わってしまえば秘密がばれて涼月の執事では居られなくなってしまう……。皮肉な話よね。スバルはみんなからの理想や価値観を押し付けられ、そうあるように願われている。形は違えど貴方とスバルはこの学園では一人ぼっちなのよ」
涙を流しながら彼女は語る。
彼女たちに勝手に押し付けていた理想が崩れ、本当の彼女たちが映る。俺自身が勝手な理想、価値観を押し付けていた一人として自己嫌悪する。だが自己嫌悪すると同時に諦めていた本物に出会えたのではないかとうれしくもあるし、なぜ俺では無いんだという嫉妬もある。
ありとあらゆる感情がない交ぜになり体内を縦横無尽に駆け巡る。
そして彼女は続けて言う。
「私はそんなスバルを救いたい。あの子の助けになりたいの!!……だからね、比企谷君。スバルの秘密を知る、貴方だけにしかできないことなの。我儘なのはわかってる…。本来なら私が対価を支払うべきなのもわかってる。捻くれてるけど優しい貴方に付け込もうとしているのもわかってる!!………全部わかった上で貴方にお願いがあるの」
すべての感情を吐き出した涼月が真剣な顔で俺にお願いをしてくる。
「お願いされなくても俺は俺のやりたいようにやるさ。俺は誰にも縛られないぼっちだからな」
ごちゃごちゃな頭で何とか言葉を返す。果たしてその答えが合っているかは俺には分からない。ただ本心で言えたのは間違いない。
「こんな時でも貴方は捻くれてるのね。でもとっても頼もしい答えよ、比企谷君」
誰しもを魅了するような笑顔で涼月がそう言い、不覚にも俺は胸が高鳴る。
そして涼月は緊張した面持ちになり、一つ深呼吸をして言葉を紡ぐ。
「私と……私たちと………―――」
「―――本当の友達になってください」
初めましての方は初めまして。お久しぶりの方はお久しぶりです。
約一年ほど失踪していました人災です。
次の投稿は明日か一年後かはわかりませんが、お待ちいただけたら幸いです。
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