艦これ 2人の軍人と艦娘たち (あるPガス)
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第0話 私と艦 ー別れー

艦これの二次創作です。

プロローグです。艦娘は次回から登場します。

本作に登場する『橙花』は架空艦です。現代の護衛艦あたりを想像してくれれば幸いです。


私の艦が沈む。

 

この事実だけが私の胸を痛める。

 

(…頼むっ!私を『橙花』と共に死なせてくれっ!)

 

声になったのかも分からない。

周りの音さえも聞こえない。

 

私はしゃがんだまま自分の体を支えてくれる二人の乗組員の手を振り払おうとした。しかし私の体にそれをさせる力は残っていない。

 

あぁ…どうしようもできない…

 

包帯を巻かれた額から赤い血が溢れる。全身に無数の傷も作った。しかし死んだ部下たちに比べたら、私の傷など、どうということでもない。

 

艦橋にある操舵室は血の海だ。周辺は大量の機材と部下たちの体の一部があちこちに散らばっている。この艦橋では一体何人が死んだか。いや、何十人か。そこらじゅうに、誰かの手、足が落ちている。

 

少し前まで私の近くで海図に鉛筆を走らせていた航海士の頭がない。その右手に鉛筆を握ったまま、海図台に突っ伏している。その姿はまるで膝立ちのまま、器用に居眠りしているかのようにも見えるが、頭がない。

 

あの航海士は一瞬のうちに逝けたのだろうか。自分が死んだことも、痛みさえ分からずに。それが不幸中の幸いとなったのかは私には分からないが。

 

聴力を失いかけていた耳が、やっと音を拾いだした。聞こえるのは艦が軋む音と、波の音と、誰かの大声。

 

「……長、大波艦長!生存者は皆カッターと内火艇に乗り移りました。最後は大波艦長だけです。離艦しましょう」

 

私は声の主が私の左半身を支える年若き航海長だと気がつく。

 

「…航海長、私はこの艦の責任を取らねばならない…私はこの艦に残る」

 

力を振り絞り、やっと出せた声はすぐに航海長の大声でかき消された。

 

「ハッキリ言います!ダメです!認めません!この艦の責任を取りたいなら…もう一度、私たちと戦ってください!それが仲間たちに対する最大の慰めであると感じます!」

 

ははっ…若いってのはいいな…

 

航海長もまた、無傷ではない。血だらけの赤い顔で苦痛に耐えながら、私に笑顔を見せている。その笑顔がまた私の胸を痛めた。

 

しかし航海長…

私は責任だけで死ぬのではない…

ふと、『橙花』の思い出が蘇る。

 

「…なぁ、お前は『橙花』が好きか?」

 

私の右半身を支える若い船務長に聞く。彼もまた右足に赤くなった包帯を巻いている。

 

「えっ、あっはい。もちろんであります」

 

「私もです!」

 

堪らず航海長も答えた。

 

私はその答えだけで笑みがこぼれる。この艦は愛されてるなと感じる。

 

「…この艦で過ごした思い出は皆いいものだったよな…」

 

「はい、もちろんです」

 

「厳しい訓練に明け暮れ、食事はくだらない話題で盛り上がった…」

 

この艦での様々な思い出が蘇る。

 

「艦長…」

 

航海長も船務長も俯いている。

慣れ親しんだ自分たちの艦との別れは辛いものである。

 

別れか…

 

その別れの根源となった黒い敵が脳裏に浮かぶ。

 

「アイツらさえ、出て来なければ今頃は…」

 

ここで艦が大きく揺れる。ついに沈没へのカウントダウンが始まったのだ。

 

「…ッ!か…艦長!早く脱出しましょう!」

 

航海長は頭が痛んだのか、右手を頭に当て、私の左腕を肩に乗せた。

船務長もそれに続き、私の右腕を肩に乗せた。

 

「やめろっ!お前ら!私は『橙花』に残るんだ!『橙花』と共に死なせろ!」

 

「ヤです!無理矢理でも連れて帰ります!」

 

私は必死の抵抗を見せるが、二人は許さなかった。

 

ますます艦の角度が高くなってきたとき、ラッタルを勢いよく駆け上がる音が聞こえた。その足音は私の前まで来て止まった。

 

「はぁ…やっぱりな」

 

ため息と呆れ声。

見上げれば相棒の副長であった。

 

「船務長、航海長、ありがとう。この艦はまもなく沈む。名残惜しい気持ちは分かる。だが貴様たちの若い命を散らせるほうが惜しい。脱出するぞ」

 

「はいっ!」

 

航海長は先にラッタルを下りようとするが、足に包帯を巻いた船務長を見て引き返した。

 

「船務長!私に乗ってください!急いで!」

 

「すまない…貴様も頭の傷大丈夫か?」

航海長は何も答えないまま、船務長を背負うと操舵室を一度眺めた。

仲間たちの遺体はそのままである。まともな葬式を行うことができないことを心の中で詫び、冥福を祈った。

 

「敵は必ず取るからな。安心して眠れよ」

 

航海長と船務長は副長に敬礼し、操舵室を後にした。

 

「…艦長、俺らも帰るぞ」

 

「…降ろしてくれ、私は『橙花』と…」

 

私の精神がどうにかなってしまいそうだ。ここを離れたらもう二度とここには戻れない。

艦内はさらに傾き、床は大きな坂となった。まだ沈まないのが不思議なくらいだ。我々の脱出を待っているのかもしれない。

 

「今さら何言ってんだ、急ぐぞ」

 

副長は私を担いだままラッタルを駆け下りる。操舵室を目に焼き付ける暇さえ与えずに。

 

「あぁ…」

 

操舵室はあっという間に視界から消えた。もう二度と見ることはできない。

 

「……」

 

ラッタルを下りる衝撃が体に響く。体のあちこちにある傷口がまた開きだした。それと共に熱気も体を襲ってきた。艦内は火災が発生している。

しかし副長は迷うことなく、私を担いだまま急ぎ足で火災を避け、狭い通路を進んでいった。

 

「副長、私を担いでたら、脱出しようにできないぞ…置いてけ…」

 

「うるさい、黙れ」

 

さすが副長だ。上官にも言葉が容赦ない。

 

艦内は火災よる煙が充満してたが、行く先行く先、火災などで進めないところがなかったのが幸いだった。おかげですぐに外に出ることができた。

 

「艦長ー!副長ー!こっちでーす!」

 

一隻の内火艇が艦に横付けされていた。中から数人が大きく手を振っている。

私と副長はすぐにこの内火艇に乗り込んだ。乗組員たちの喜びの声が、私と副長を迎えた。

内火艇はすぐに艦から離れ、他の内火艇やカッターが待っている方を目指した。

内火艇内は乗組員が艦長と副長の無事を喜んでいる。副長も笑顔で乗組員と会話を始める。

しかし私はそれらの声を聞こうとはしなかった。ただ視界の先にある光景を見つめていた。

 

艦首を天高く持ちあげる『橙花』の姿である。

 

夕日に照らされた『橙花』は徐々に艦尾から沈んでいった。私が先ほどまでいた艦橋を波が飲み、数十秒ほどで『橙花』はその姿を海の中に消した。

 

「『橙花』…本当にすまない…」

 

私は『橙花』が私の脱出を待っていてくれたような気がしてならなかった。

『橙花』と死んだ乗組員たちに感謝の気持ちを込め、私は『橙花』が沈んだ海に敬礼をした。

 

海は何も言わず、我々の内火艇を揺らすだけだった。



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第1章 2人の軍人と艦娘たち
第1話 私と艦娘 ー出会いー


第0話から3ヶ月後の話になります。


ここは横須賀鎮守府。

 

あの悲劇の後、私はしばらく陸上の雑用に勤しむこととなった。仕事は主に各部隊の戦闘報告書をまとめること。あ まり苦しいものでもなかったが、『橙花』で過ごした日々と比べると非常につまらないものであった。

しかし他部隊の戦闘報告書は、実に興味深い。敵は何か、敵に対しどのような攻撃が有効か、我々の敗北原因は何なのか、と細かく記載されている。しかし勝利を報告する書類は今のところ確認していない。

 

私は軍人として、いつまでもこのような雑用をしているわけにはいかない。しかし闇雲に戦っては無意味だ。地道な研究を続けつつも日々のデスクワークに励んでいた。

 

私の名は『大波 剛仁郎(おおなみ ごうじろう)』階級は大佐である。以前の戦いで、私の艦『橙花』と僚艦全艦を撃沈させられ、多数の戦死者を出した無能指揮官だ。年は40代といったところ。

 

私は以前の戦いの対応をひどく後悔している。退艦時のことだ。私情に流され、危うく部下を道連れにするところだった。

 

『名誉のため死ぬ』

これが美しく聞こえるがどうかは人それぞれだ。しかしあの時点で私に名誉などあったのだろうか。客観的に考えれば『何もできないまま大打撃を食らい、自分はこの艦が好きなのだという理由で自ら死を選ぶ』

これでは名誉を残すどころか、ただの恥残しである。

 

私は決めた。『橙花』の沈没、部下たちの死を無駄にしないためにも、そしてこれからの犠牲者を一人でも減らすためにも、必ず敵の撃滅に貢献することを。それを果たすまでは決して死なない、生き延びるということだ。

 

私は横須賀鎮守府の情報管理室で、敵の目撃情報等の報告をまとめてみる。

 

敵の名は『深海棲艦』

どこからともなく出現するため、奴らの本拠地は海底のほうにあるのでは、と推測させてつけられた名前だ。

 

太平洋を中心に海域、空域を制圧し、人類を大陸ごとに分断してしまっている。よって海外への海上、航空輸送共に成功はまず無理だ。アメリカやヨーロッパ諸国も迎撃を行っているが戦果はない。

 

さらに日本では石油、食糧等の輸入が止まっている。これでは戦うどころか、生き延びることも時間の問題だ。一刻も早く物資輸送のための海域だけでも奪還せねばならない。

 

厄介なのは奴らの大きさと機動性だ。大きいものでも大型トラックほどしかなく、かつ40ノットという高速で航行する。これは地上の速度で時速約80㎞弱だ。追尾ミサイルは当てられないということでもないが、奴らの数が多すぎて対応ができない。

 

目撃情報が少しある人型の深海棲艦は、約2、3mの超小型な上、戦艦の火力と走行を持っているとされる。なかには空母の機能を持つ艦もいるとのことだ。

 

現在の『橙花』のような大型艦にこのような小型の敵を多数撃滅することは不可能だ。まず深海棲艦と同じ土俵に立とうとするなら…

 

「大波大佐!」

 

と考えてたところで、ノックの音と共に情報管理室のドアの向こうで誰かが私の名を呼んだ。

 

「誰だ。入れ」

 

「伝令です、ここで結構であります!大波剛仁郎大佐、至急横須賀鎮守府司令長官室に出頭せよ!繰り返します!至急横須賀鎮守府司令長官室に出頭せよ!以上であります!」

 

新兵と思われる若々しき声が情報管理室のドアを挟んで聞こえた。私以外の人も使用する情報管理室の前で大声で私を呼ぶのはどうかとも思うが、私以外に人はいないので黙認しておこう。

 

「了解した。伝令ご苦労」

 

「失礼しました!」

 

しかし何故わざわざ伝令を送ったのか。放送で呼び出せるものを…

 

私は重い腰を上げる。私が司令長官にお世話になる原因を作った記憶はないが、やはり『橙花』を沈めてしまったことか。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

司令長官室のドアの前に立つ。先ほどの情報管理室のドアとは違い、両開きの大きなドアが立ちはだかっている。ドアをノックする。

 

「大波剛仁郎大佐であります!」

 

「入れ」

 

「失礼します」

 

右側のドアを開けて部屋に入る。

目の前には大きな机と老人がいる。この老人こそ、我が横須賀鎮守府司令長官の餅川(もちかわ)大将殿である。

餅川大将は非常に優秀な司令官であり、多くの人々から尊敬されていると聞いたことがある。

そんな司令長官がわざわざ私に何の用であるのか…

 

「しばらく暇だったろ。まだまだ君には働いてもらわねばな。重要な仕事を与えよう」

 

「ありがとうございます」

 

「突然だが君にはこの日本の運命を左右させる秘密兵器を扱ってもらう。これは極秘任務だ」

 

「秘密兵器…ですか…?」

 

「君は深海棲艦に似た兵器が必要だろうと考えているだろう?」

 

「は!深海棲艦と同等に戦うためには必要不可欠なものであると考えています」

 

「それを君に託そう」

 

「深海棲艦を…ですか?」

 

「いや、見た目は深海棲艦と全く別物だ。しかし生まれは同じだと考えられる。実はこの頃確認された生命体で、まだ研究なのだ」

 

「……」

 

「詳細をここで話すことはできない。君を第一艦隊司令長官に任命。二階級特進で中将へ昇格。兵器の詳しいことは『横須賀鎮守府第一艦隊司令部庁舎』で直接見てくれ」

 

大将殿は机上の地図を指差す。

 

「第一艦隊ですか⁉︎」

 

ただスラスラと話を進める大将殿に私はなかなかついていけない。

 

「そうだ。いずれ第一艦隊が深海棲艦を殲滅するメインの艦隊となるのだからな。大幅な人員の変更を行った。よし、君に第一艦隊の司令」

 

ここで私の声が中将の声を遮る。

 

「待ってください。もう少し考えさせてください」

 

「…何故だ」

 

「そのような重要な役割が私でいいのでありますか。私はこの前の戦いで『橙花』と乗組員を無駄死ににさせています」

 

「君以上に優秀な士官は皆死んだ。君は経験も豊富で、私が最も期待する人物だ。……考える時間くらいは与えてやろう。しかし明日までには決めろ。以上だ」

 

「ありがとうございます。失礼します」

 

私はそそくさと部屋を出た。

 

妙に興奮していた。第一艦隊司令長官に任命されることよりも、我々人類に希望の光が見えたということだ。

 

「ふんっ、断りやがって…」

 

気がつくとドアの向かいに一人髭を生やした男がいる。

 

「なんだ貴様か、『逵馬』」

 

こいつの名は『重長 逵馬(しげなが きば)』少佐。以前『橙花』の副長を務めていた私の親しい友人だ。人前では階級で呼び合うが、普段は名前で呼び合うような仲だ。

 

「俺は副司令官を頼まれた。二階級特進もあるし、地位と仕事が貰えるならと遠慮はしなかったが…何故お前は断った」

 

鋭い目で私を見る。

 

「断ったつもりはない。どういう兵器なのか見てから決めるつもりだ」

 

「なら今からでも第一艦隊司令部庁舎に行こう。俺も見てみたいのだ」

 

「まぁ、いいだろう」

 

私は廊下の窓から外を見る。横須賀鎮守府庁舎から約100mほど離れたところに見える赤煉瓦の建物。あれが第一艦隊司令部庁舎であるらしい。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

仕事のない士官に、送り迎えの車などない。私と逵馬はまるで散歩でもしているかのように赤煉瓦の建物に向かって歩いていた。

 

正面の門を衛兵二人が警備している。私たちは身分証明書を衛兵に提示すると、

 

「ご苦労様であります!」

 

と敬礼した。

私は軽く会釈し、逵馬と共に門の中へと入っていった。

 

目の前にそびえ立つ赤煉瓦の建物。それは旧呉鎮守府庁舎を連想させるような建物であり、第一艦隊司令部庁舎と呼ぶに十分相応しい建造物であった。

 

この建物の中から一人、私たちに向かって走ってくる人影が見えた。影はとても小さく、私も逵馬も見覚えがなかった。はっきりと見えた時、私は我が目を疑った。

 

少女であった。

 

ピンクっぽい色のピッグテール、そしてセーラー服を身にまとった間違いなく少女であった。

 

ポカンとしているうちに、少女は私たちの元に駆け寄りニッコリと挨拶した。

 

「お帰りなさいませ。ご主人様♪」

 

さっそく堪忍袋の尾が切れた。

 

「貴様っ‼︎誰の許しで侵入したのかっ!失せろ!失せやがれ‼︎」

 

「ひゃう!」

 

私の怒鳴り声は少女を吹き飛ばす。

第一艦隊司令部庁舎はもとより、そもそも海軍の施設内に少女がいることがおかしい。私は我を失い日頃のストレスも重なって大声で怒鳴り散らした。

 

「おい、子供相手にムキになんじゃねぇよ剛仁郎」

 

落ち着いて逵馬が私を取り押さえる。

門の警備をしていた衛兵の一人もまた騒ぎを聞きつけ駆けつけた。

 

「おい貴様!いくら大佐であろうと小さな女の子に暴力なんて!」

 

この声でやっと私は正気に戻った。

 

「はっ、あっ、いやっ、すまぬ、すまぬ!怪我はないか⁉︎」

 

「いてて…」

すぐに少女に駆け寄る。

少女は頭をかきながら、ゆっくり体を起こした。

 

「俺の友人が面倒なことしてすまんな。大丈夫か」

 

逵馬は少女の目線の高さに合わせてしゃがんだが、少女は俯いたまま頭をかいていた。

 

「だっ大丈夫ですっ。衛兵さん、もう大丈夫です」

 

「ほんとか?異常があったらすぐに俺たちを呼べ。いいな」

 

衛兵も少し心配そうではあったが、少女がそう言うのならと門の警備に戻っていった。私を少し睨んでいたが。

 

「それよりも…ご主人様がここの新しい司令官、大波剛仁郎大佐ですね?」

 

少女はバッと顔を上げ、私に向けた。大きくパッチリとした目で私を見つめた。

ただでさえ暑苦しい男たちの鎮守府で暮らしていたせいで、こういうのには慣れてない。この歳で…

 

少女は私の返答も聞かず、今度は逵馬の方を向いた。

 

「で、ご主人様のお友達様が重長逵馬少佐ですね。横須賀鎮守府の一番上のご主人様に話はお伺いしております」

 

鎮守府の1番上のご主人様とは餅川大将殿のことだろうか。

 

「あぁ、そうだが」

 

逵馬は慣れているのか、さらっと答えた。

 

「それで、お前は何者だ?何故俺たちの名前を知ってる?」

 

逵馬がついでに尋ねる。

 

すると少女はスカートについた砂を手で払いながら立ち上がった。そしてすごい満面の笑みで少女は私たちに向かってビシッと敬礼した。

 

「これからお世話になります!特型駆逐艦、綾波型九番艦の漣(さざなみ)です!ご主人様♪」

 

私たちはまたポカンとして、目を点にした。

 

私たちはこの時、思いもよらなかった。

この少女こそが昔の艦艇の魂を受け継ぐ者。

そして人類に残された秘密兵器。

『艦娘』であることを。



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第2話 駆逐艦娘の力

『提督が鎮守府に着任しました!これより、艦隊の指揮を執ります!』

 

『漣』という名の少女が、大きな机に備え付けられたスタンドマイクに向かって喋る。彼女の声はスピーカーと通して、この建物中に響き渡る。

 

「じゃあご主人様。今日はどうされます?」

 

漣は笑顔で聞くが、正直私は何をしたらいいのか全く分からない。

 

「ちょ、ちょっと待て、漣。私はここに着任はしてない。見学に来ただけだ!」

 

漣の顔がムスッと不機嫌そうな顔になる。

 

「えー、嘘言わないでくださいよ。新しいご主人様って聞いたんですけどぉ」

 

「私はまず君たちが何者かを知りたいんだ。そもそも君たちのような子供が、何故秘密兵器なのか。それらを知った上で私がお前たちの世話をするかどうかを決める。もちろん餅川大将の許しも得ている」

 

私は彼女と出会ってここに来るまで少し話をしたが、どうやら彼女は『艦娘』というらしい。

 

「俺たちの艦でも深海棲艦は相手にできなかった…それでお前のような子供がどうして戦えるか」

 

逵馬がさらに問う。

「秘密兵器扱いされても困りますけどねぇ…」

 

漣は目をつぶって少し考えた後、突然ハッとする。

 

「ご主人様!漣は口先で説明するのは苦手ですから、訓練場で戦闘するとこを見せるのはどうですか?」

 

「百聞は一見に如かず、というやつだな。いいだろう」

 

逵馬も頷く。

 

漣は嬉しそうにピョンと飛び上がる。

 

「キタコレ!じゃ、早速行きましょう!」

 

漣は私の右手を掴むと勢いよく駆け出す。やはりこんな子供が秘密兵器だとは考えられない。無邪気な娘であると感じた。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

大きな海…ではなく、大きな池がある訓練場に来た。池と言えども、競艇場ほどにはあると思われる。

あちこちに棒に支えられた的も見える。

それ以外に何か特別な設備は見えないが訓練場なのは確かであろう。

 

漣は準備のために、私たちをここまで案内すると司令部庁舎に戻っていった。

 

複数枚の紙をホッチキスで留めただけの資料をめくる。「漣のこと少しだけまとめてみました」と漣から渡された物だ。中身はあまり大したこともなく『昔の駆逐艦漣』と『艦娘の漣』についてしか書いてない。

昔の艦のことにはついては漣から後で聞こう。それよりも艦娘について知りたい。

漣の兵装についても書かれている。だが、どうもおかしい。

 

『12.7cm連装砲 1基 2門』

『61cm三連装魚雷発射管 2基 6門』

『戦況により、高角砲、機銃、爆雷投射機等に換装可能』

 

12.7cm連装砲は昔の駆逐艦の標準的な兵装であったと記憶している。12.7cmの口径は重戦車に匹敵する大きさであり、かつ連装である。この連装砲は明らかに大きな物であるはずだが、艦娘にも搭載できる物なのか。さらに三連装魚雷発射管も2基あり重装備である。

艦娘の正体がセーラー服の普通の少女だっただけにどのように大きな兵装を持ってくるか謎である。

 

「綾波型駆逐艦…か…」

 

逵馬が白黒の『漣』の写真を眺めながら呟く。

 

「これがあんな可愛い女の子だぜ?信じられるかよ」

 

「私もまだ納得がいかない」

 

私も逵馬も、手渡させた資料を何度も読み返すばかりだ。

 

「ところでさっき漣が放送した時『提督が鎮守府に着任』って言ってなかったか?ここ鎮守府じゃないぞ?」

 

「彼女たちはずっと秘匿にされてたんだ。ここ以外の施設に立ち入ったことがないかもしれん。だからここが彼女たちの鎮守府、と私は解釈している」

 

「あぁ、なるほど」

 

しかし漣のような明るい少女たちが、こんな軍の1施設に閉じ込められているとは考えたくない。

そういえばここに来るまで漣以外の艦娘に出会っていないのも謎だ。

年頃の少女が学校どころか、この施設以外に行けないと考えると精神的に大丈夫かどうかも疑われる。

 

「ご主人様〜!お待たせしました〜!」

 

漣の大声が聞こえる。

 

ガッチャガッチャ音を立て、走ってきた漣は重たそうな鋼鉄の装備をいくつか身につけていた。

漣の背後から黒髪の少女が小さく顔を見せる。

 

「ん?…その子は」

 

逵馬が首を伸ばすとその子はビクッとして漣の背中に隠れた。

 

「ヒィッ!構わないでください…」

 

「ちょっと、うーしーお!新しいご主人様の前で怯えないの!」

 

漣が『うしお』という艦娘を無理やり引っ張り、私たちの前に立たせる。

女の子らしくない名前だと思ってしまったが、まぁ前世は駆逐艦だからしょうがないところだろうと思う。

 

「ほら、ご主人様に挨拶して」

 

「うぅ…特Ⅱ型駆逐艦…10番艦の潮(うしお)です…もう下がってもよろしいでしょうか…」

 

黒髪のロングにアホ毛がついた潮は目線を私たちから逸らし体が震えている。そして漣よりも遥かに大きい胸もぷるぷる震えている。

背中に重たそうな装備を背負ってるということは、漣と一緒に戦闘の仕方を見せてくれる艦娘なのだろう。しかし自己紹介の仕方から不安しかない。

よく見ると装備品のあちこちに可愛いシールも貼られてる。うーん…

いつもの私ならここで「貴様!だらしない!」と怒鳴るだろうが、さすがに相手は気弱い少女なので「あぁ…よろしく…」としか返せなかった。

 

「ご主人様!ひょっとして潮のことナメてないですか⁉︎潮はこれでも第七駆逐隊の司令駆逐艦なんですよ!」

 

「は⁉︎司令駆逐艦だと⁉︎」

 

「やっぱりナメてた!」

 

司令駆逐艦ということは駆逐隊のリーダーにあたる艦のことである。実際の艦なら艦長とは別に駆逐隊司令官も乗り駆逐隊をまとめる。

しかしこんな気弱い子が…

とか思ってたが潮本人は顔を真っ赤にして俯いてしまった。さっきよりもブルブル震えている。

まずい。ここで信頼関係に傷を付けてしまっては…

 

「あぁ!すまん!気にするな!私はお前を決してナメてたとかそういうわけじゃない!」

 

泣きそうな少女を前にして落ち着いていられるわけがなかった。

 

「ごめんなさい…その…私、ちゃんとしてなくて…」

 

潮の声はみるみる小さくなる。体育座りになってうずくまり、頭を抱える。まだふるふると震え、泣いてるようにも見える。なんて心が弱い娘だ。

しかしうずくまってしまった潮を見て漣は何か思いついたかのようにニヤッとした。

 

「ご主人様…こういうときはスキンシップが有効ですぞ…」

 

確実に悪巧みを考えている顔をした漣がそーっと近寄る。手をコネコネさせるのでまるで悪徳商人のようだ。

 

「駆逐艦娘の力、お見せする時が来ましたなぁ」

 

『お見せする時』がどんな時なのかは私には分からない。

逵馬はどうも楽しみらしく、ニヤニヤと笑う。なんで笑う。止めろよ。

「ご主人様。ほれほれ手を出してみなされ…」

 

「待て。漣、何をする気だ?」

 

漣は私の手首をしっかり両手で握る。漣は私の顔をニヤニヤした顔で見ると、次はまだうずくまる潮に視線を向けた。

 

「おいコラ!漣!お前の考えていることが分かったぞ!」

 

すごく嫌な予感がする。私は慌てて漣の手を振り払おうとする。

 

「はわっ!ご主人様!漣の本気はこんなもんじゃありませんよ!よーっし、機関始動!」

 

漣が突然叫ぶと漣の背中の装備が大きな音を立て、黒煙を吹く。なるほど。これが機関部なのか。

 

いや、感心してる場合ではない。

 

漣の腕の力が明らかに強くなっているのだ。腕の見た目は変わっていない。筋肉が膨張したようにも見えないし、血管も浮き出てさえいない。普通の綺麗な少女の腕だ。しかし背中の煙突が大きな音を立て、黒煙を吹くごとに漣の力は強くなっていった。

 

「どうです!ご主人様!これが駆逐艦娘の力なのです!ちょっと本気はすごいでしょ!」

 

漣のドヤ顔に腹が立つ。しかし何も言い返すことができない。軍人の私がこんな少女に力負けしてるなんて…

 

これが艦娘か。背中の煙突が黒煙を吹くだけで駆逐艦の力を手に入れられる。いや、本当の力はこんなもんじゃないはずだ。何万馬力の力が私の腕を引きちぎるに違いない。人間である私にそもそも勝ち目なんてなかったのだ。

 

いやいや、そんなこと考えてる場合じゃない!

 

私は全力で引っ張っているつもりだが、漣は涼しそうな顔で引っ張り返す。どう見ても勝てるわけがない。

 

「潮!潮!そこどけ!危ない!」

 

「うぇ?」

 

うずくまっていた潮は顔を上げる。まだ怯えているようで半泣きの目が私を見つめる。

ついでに上げた顔の下から潮の大きな胸もはっきりと現れる。

 

「潮!早くそこど」

 

「させるかあああぁぁぁ‼︎」

 

漣の機関が大きな破裂音と黒煙の塊を出すと一気に腕が引っ張られる。あまりにも急で腕が取れそうなくらいだ。

腕の痛みが雷のように脳に伝わると同時に手が触れる物が柔らかいことに気づく。

 

私の手は潮の大きな胸の上だった。

 

しばしの沈黙。

 

潮の半泣きだった目から大粒の涙が溢れ出し、震えは最大震度に達する。

 

「ひゃあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎‼︎」

 

潮の悲鳴はとても大きく、訓練場に響き渡った。ここ、第一艦隊司令部庁舎敷地内だけでなく、横須賀鎮守府中にこだまする。

同時に潮はずっとカバンのように肩に掛けていた正方形の物体を私に差し出す。ピンク色の正方形の物体には2本の筒がついてた。

 

「もうっ構わないでくださいいいいぃぃぃぃ‼︎」

 

これが…これが12.7cm連装砲…

 

私の頭がそう考えた瞬間、鼓膜をぶち破る爆音と吹き上がる炎と全身の痛みと共に、私は宙に飛んだ。

 

一瞬の静寂。青い空を眺めたまま私の意識も飛ぶ。

 

柔らかい感触を手の先に記憶したまま…

 

 

 



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第1.5章 大波大佐と艦娘たち
第3話 見舞いの朧


大きなカーテンの隙間から朝日が差し込む。

光が私の顔を照らし、私は長い眠りから覚めた…ような気がする。

 

「……いてて」

 

まだ腹がキリキリ痛む。

そういえば潮に撃たれたんだ。

あれから気を失ってずっと眠っていたようだが…

 

私はベッドの上に寝ていた。ズボンはそのままだったが、上半身は制服を脱がされ包帯でぐるぐる巻きにされていた。雑だとも思ったが、誰がやったのか。

 

体をゆっくり起こす。

ふと周りを見渡すが、潮も漣も逵馬もいない。

しかし見知らぬ娘が1人、ベッドの横に置かれた椅子の上でスースー寝ている。茶髪の少女は漣や潮と同じ制服を着ており同型艦らしい。

 

まずこの娘に事情を聞いたらよさそうだ。太ももをチョンチョンとつついてみる。

 

「……スー………うー……うぅ?」

 

よかった。

またびっくりさせてしまうかなと思っていたが普通に起きてくれた。

 

「えーっと、君は誰かな?」

 

とりあえず名前を聞いてみる。

その娘は私の顔をぼーっと眺めるとはっと思い出して喋り出す。

 

「あっとえーっと、あたし、綾波型駆逐艦7番艦の朧(おぼろ)っていいます。えっと、朧寝ちゃってましたか」

 

朧は照れくさそうにニコッと笑う。

 

「うん、よろしく朧。…で、あれから私はどうなったの?漣たちは?」

 

朧はさっきの笑顔から少し申し訳なさそうな顔になる。

 

「あぁ…うん…提督は全身痣だらけの状態でたぶんしばらく動くことができないと思います。すみません、こうなることはなんとなく予測できたのに」

 

ペコッと頭を下げる。

 

「あぁっ!いいって!私と漣が悪いから!」

 

「本当にすみません」

 

私は慌てて朧の顔を上げさせる。まだ朧は申し訳なさそうな顔で目を逸らす。始めの笑顔とはうらはらに暗い顔になる。

 

「だって…この鎮守府初の殉職者出すところでしたから…」

 

体が凍りつく。え…殉職者?

 

「提督は12.7cm連装砲の発煙弾食らったんですよ?いくら貫通力が無くても威力は恐ろしいくらいにありますから…」

 

あぁ…あれはやっぱり12.7cm連装砲だったか。見た目は小さかったが威力は同等なようだ。

しかし12.7cm砲を食らったら人間なんて木っ端微塵だ。なぜ私はこんな痣程度で済んだか。

 

「包帯は朧が巻きました。救急箱一式持ってますから怪我とかの対応も朧がします…朧も演習でよく怪我しちゃって…」

 

よく見ると朧の頬にも絆創膏が付いている。私を重傷へと追い込む駆逐艦の一撃も朧にとっては絆創膏程度の傷かと考えると駆逐艦娘の恐ろしさが分かる。

 

「あと漣と潮と逵馬提督は曙(あけぼの)から説教を受けています。たぶん…今も…」

 

「曙って?」

 

「あっ提督はまだ会ってなかったですね。曙も綾波型駆逐艦の娘で、私、曙、漣、潮で第七駆逐隊を編成しています。曙のことは本人から自己紹介してもらってください」

 

「そうか…」

 

曙か。これで漣たち第七駆逐隊の全員を知ることになるが。

 

そういえばあれほどまでの大事故を起こしておきながらベッドの横には朧しかいない。潮の叫び声を聞かれたら、やっぱりまずかったのではないか。

 

「朧。潮の叫び声はみんな聞いたか?」

 

「はい。よく響いてましたよ」

 

「私のこと、なんか言われなかったか?」

 

「えーっと、『さっそくやらかしやがったな』とか『ヘンタイ提督』との声がチラホラ」

 

あー…やっぱりやっちまってたか。

まだ会っていない艦娘たちに会う前から信頼を失ってしまったのか。

 

「提督、落ち込む必要はないですよ」

 

朧は苦笑いする。

 

「もともと提督のような軍人さんが朧たちのような小さい娘たちの相手をして、ヘンタイと呼ばれないほうが難しいですよ。それにヘンタイと呼ばれたからって嫌われるわけじゃなくてむしろいい方ですよ」

 

「そ…そうなのか」

 

予想外のことを言われ驚く。

ヘンタイと呼ばれる男がいても大丈夫とは、なんて艦娘は心が広いんだ。いや、もしかしたら前世が艦艇であったがためかもしれない。

 

「でも…みんな初めて会う軍人にはやっぱりどう対応したら分からなくて…それで初期秘書艦の漣と朧たち第七駆逐隊がまず提督にご挨拶に来たんですよ」

 

「漣が…初期秘書艦なのか…」

 

「あの娘わりとしっかり者ですよ?」

 

あいつの悪ふざけのせいでこうなったのだが…

 

ドアの外からドタドタ走ってくる音が聞こえる。

 

「ほら、噂すればやっぱり…」

 

ドアがガラッと開く。

だが突然突きつけるキツイその目は漣ではなかった。

 

「このクソ提督‼︎」

 

突然の暴言が私に突き刺さる。

今最大限の怒りが胸の奥から湧き上がってきたが怒鳴ることもできないこの体のため、あっという間に冷めていった。

代わりに私の目つきだけは少しキツくなる。

 

「漣かと思ったら曙だった。ほら、自己紹介して」

 

朧は曙の態度を全く気にせず自己紹介するよう促したが、曙も腰にあてた手を下ろしすんなりそれに従った。

 

「クソ提督の指揮下に入りました。綾波型8番艦の曙(あけぼの)です」

 

しっかり直立し自己紹介をしながらもその目は私を見下していた。

曙はとても長い紫色の髪を右で縛ってサイドテールにしている。縛ったところは大きな花の飾りと鈴をつけ、とてもおしゃれをしている。

しかし見た目の幼さとは反対にこの艦娘が口にする言葉はトゲばかりだ。

 

「初日で潮に砲撃で殺されかけたとかマヌケね。まぁ潮も潮だけど。あんたはここの新しい司令長官だってね。そんな調子で大丈夫かしら?」

 

潮に殺されかけた事実があるからこそ私は曙に言い返すことができなかった。曙の言う通り、私は『クソ提督』と呼ばれるのが相応しい。

奥歯を噛み締めながら私は曙を見上げるしかなかった。

 

「提督。曙はツンデレですからね。本当は潮の砲撃に耐えられた提督を強いくてすごいなんて思っちゃってます」

 

「朧!余計なこと言うな!」

 

朧の発言に目を尖らせる曙。

対して朧はニヤついた顔で曙を見る。

 

「否定はしないね」

 

「うっさい!」

 

顔を真っ赤にした曙が腕をブンブン振り回し朧を追い払う。

朧は曙の攻撃を避けるように後ろに下がると軽く私に耳打ちする。

 

「でも駆逐艦の砲撃で死なななかったのは本当にすごいことですから。自慢にしてもいいですからね」

 

「うーん、そうか…」

 

駆逐艦の砲撃を食らったら自慢できるか死ぬかの2択だったのかと思うと怖い。

上官とはいえ曙にもあまり歯向かえる気がしなくなった。

 

しかしこれで駆逐艦レベルだとしたら…

 

「朧…ここには巡洋艦や戦艦もいるのか?」

 

「はい!他にも空母とか潜水艦とかいろいろいらっしゃいます。特に空母にはベテラン空母や最新鋭空母もいますからね。あとでお見舞いついでにこの鎮守府の艦娘たちを紹介するつもりです」

 

となるとさっきのようなことがまたあれば私の体はもたないな…

 

「あっ、でも駆逐艦のトップは朧ですからね!第七駆逐隊の他の娘には負けません!いつでも頼りにしてください!」

 

「ありがとうな。よろしく頼むよ」

 

「了解です!」

 

ニコニコ笑う朧の横で曙は腕を組みそっぽを向いてまだふんっとした顔をしている。

 

「そんな提督に朗報よ。横須賀鎮守府総司令長官の餅川大将が今日の昼頃に視察に来るそうだわ」

 

「はっ⁉︎」

 

壁掛けの時計を見る。

針は7時半過ぎを指す。

 

「時間があまりないじゃないか!」

 

「『大波大佐、重長少佐は第一艦隊司令部司令長官および副司令官に就任するかの決意をはっきりとさせよ』とのことよ。昨日撃たれて大怪我を負ったこともすでに餅川大将には連絡済み。私は工廠で正座で反省させてるあのクソ提督にも連絡してくるから」

 

曙はそう言うとドアを開けっ放しにしたままどこかへ走り去ってしまった。

 

「…で、どうします?提督」

 

朧は苦笑いで尋ねる。

 

見学初日で駆逐艦の砲撃を喰らい重傷。そして潮の叫び声はこの施設中の艦娘たちにもれなく聞かれるほどの大声だった。砲撃を喰らって怪我したならともかく餅川大将殿にこの大声を聞かれて何か言われないことはない。

『橙花』元艦長としてこんな感じで大丈夫なはずがない。きっと失望されるだろう。死んでいった仲間にも申し訳ないくらいの情け無さだ。

 

どんどん落ち込んでいく私の横で朧がだんだん心配そうになって覗き込む。

 

「提督…今回の事件の非は漣と潮にあります。総司令長官さんもそのあたり知ってるはずですし…そこまで悩む必要は…」

 

「いや、私が悪い。あの場面でキッパリ言い出せず、変な流れに持っていってしまった私が悪い。そもそも君たち艦娘をナメてたところもある。あれほどの力を出せるとは思わなかった…」

 

「でも提督。そんなに落ち込んでも…」

 

「ドア開きっぱやし。失礼するで」

 

突然赤い服を着た少女が部屋を覗き込む。ちょうど朧がベッドに膝を乗せ、私に顔を近づけたところだった。

 

「おう、お取込み中やったか。こら失礼しやした」

 

すすーっとその少女は下がろうとしたが朧が止めた。

 

「ちょっと待って!…ください」

 

朧はすぐにその少女の元に駆け寄る。

 

「この際だから他の艦娘にも協力してもらいます」

 

「ちょ、ちょっと待てや!ウチはちょっち偵察に来ただけやで!罰ゲームかいな!」

 

ドアの影になって見えないが大声が聞こえた後、朧はズルズルと赤い服の少女を引っ張ってきた。その少女は嫌々そうな顔はしながらも朧に流され、しょうがないなぁといったように部屋に入ってきた。

少女が身につけている赤い服は朧たちが着ている制服とは全く違う物だ。特に持ち物は無さそうだか、頭のサイバーぽい物が気になる。明らかに艦の何かを模したように見える。

 

「すまないな…突然…」

 

「朧がこう真面目にウチを引っ張るし、キミになんか……あ……提督さんに、なんかお困りごとがあらっしゃったら、なんか、私も、手伝い、まする…」

 

私の顔を見ると同時に関西弁からカタコトな標準語へと喋り方が変わった。あぁ、初対面だからか。

 

「喋り方は気にせんでいい。私も自分の失態でこうなったわけだ。礼儀はいらん。いつも通りの調子で自己紹介してくれ」

 

ちょっと困惑しながらその少女はベッドの前までそろりそろり近づいてくる。

 

「えっと、ええんか?」

 

ただ偵察に来ただけなのに突然自己紹介を求められるのだ。困惑もするはずだ。その少女はとりあえずといったように頭のサイバーらしき物を指差した。

 

「実際はこんな艦橋した航空母艦。龍驤(りゅうじょう)や。小型空母やけど、この鎮守府の中では1番お古や。ま、よろしゅうな」

 

「あぁ。よろしくな」

 

「もう帰ってええか?」

 

なんだかこの変な空気から早く逃げたいと思っているようだ。それもそうだ。ここには朧と上半身包帯だけしか巻いてない私だけだ。まさか初めて会う上官にこんな形で挨拶することになるとは思わなかっただろう。私もちゃんと怪我が治って制服をちゃんと着た状態で挨拶がしたい。

 

「龍驤さん、ダメです。これから提督の『第一艦隊司令長官』としての威厳を回復してもらうべく、手伝ってもらいます」

 

帰ろうとする龍驤の腕を朧が掴んで帰そうとしない。

 

「なんやそれ罰ゲームやん。そもそも『第一艦隊司令長官』としてまだ仕事とかやっとらんでしょ。威厳回復っつったってあの事件だけでそんなに尊敬消えるもんやあらへんよー」

 

真面目な朧は私のためにどうにか餅川大将殿に働きかけようと決心してるようで龍驤の声が耳に入ってないらしい。

真面目な朧は私のために頑張ろうとしている。秘書艦らしいが秘書艦は漣だ。漣にはこれぐらいの働きっぷりを見習ってほしい。

だがそもそも『第一艦隊司令長官』の威厳の回復とはどういうことなのか。まぁ難しいことだろう。本当は私だけでどうにかせねばならぬ問題だが朧はかなりやる気になっているので止めれそうにもない。

 

「提督に空母の力を見せつけれるチャンスだと思ってください」

 

「いや…戦闘もないのにどうやって見せつけるんや…」

 

「心配しないでください。龍驤さんの艦載機を使用した面白い考えがあります」

 

朧はニヤッと笑う。

私にはまた嫌な予感しかしない。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第1.5章 逵馬少佐と艦娘たち
第4話 漣と潮と正座の刑


第3話までの『大波剛仁郎』視点から、第4話は『重長逵馬』視点に変わります。
第3話は第2話の事件の翌日の話になってますが、第4話は第2話と同じ日の出来事になります。


「はぁ…本当俺までなんでこんな罰を受けなきゃいけないんだ…そろそろ辛い…痛い…」

 

「痛い痛いごめんなさい!ごめんなさい!痛い!」

 

「いや、俺はもういいからまず大波大佐に謝ってきなさい。重傷を負わせたのは君だから」

 

「もう!ご主人様!いっ痛い!謝る前にこのロープで縛られたこの両手をどうにかしないといけませんね!痛え!」

 

「貴様がそもそもの元凶だ。おめぇはそのまま海にでも落っこちやがれ。このクソ野郎」

 

「あーっ!ひどーい!なんですか!痛え!ご主人様だって痛え!漣の行動を止めもせずニヤニヤしてただけだったじゃないですか!痛い!あそこで止めたら今こんなことにはなってませんよ!痛い痛い!」

 

「お前は自分の脳で自分の行動を抑制させることができないのか?だいたい俺のこともアイツのこともご主人様ご主人様ってお前にとってご主人様の定義って何だ?」

 

「ご主人様はご主人様の数だけ存在するのです」

 

「答えになってねぇ!それはともかく誰か助けやがれ‼︎あー痛えんだよぉ‼︎」

 

暗闇の中で俺の悲痛な叫び声が響く。

 

あの事件発生直後、どこからか監視してたのか朧と曙という艦娘が駆けつけた。

まず大怪我を負って気絶した剛仁郎が2人によって担架で運ばれてっいった。

潮はまたうずくまって泣き出し、漣はわざとらしく「ご主人様!ご主人様ぁ!」と剛仁郎に呼びかけながら朧と曙について行った。

やがて漣が曙に引きずられて戻ってきた。曙は俺たち3人を正座させ長い長い説教をした。

 

今までの出来事を簡単にまとめるとこんなもんだった。

 

剛仁郎が倒れた時、俺はてっきり剛仁郎が死んだとばかり思ってしまった。そのため朧と曙が駆けつけた後も2人の対応がとても迅速だったこともあり、俺は何もできずただ突っ立っていただけだった。思い出すと非常にバカバカしく感じる。

結局アイツも痣を作っただけで命になんら別状はなかった。

 

今は真っ暗の倉庫で『正座の刑』を受けている。手を後ろに縛り足の上に砂袋を乗せて正座する。これが長時間続くとキツイ。

倉庫は普通土足で入るものだ。なのでそこらじゅうには小石や砂が散らばり正座する足にチクチク刺さって痛い。1時間くらいこのままだがそろそろ限界である。

 

「痛ぇ…ご主人様ぁ。どうします?」

 

「どうすると言われてもなぁ…真っ暗でお前の顔さえ見えない」

 

漣はすぐ右隣、潮はさらに向こう側にいる。

 

「あの…そろそろ足がダメです…痛いです…はぁ…痛い…」

 

「潮、俺も漣もそうだ。いくら『正座の刑』とはいえども、どうにかして足ぐらいは動かせるようにしたいなぁ」

 

しかし手も使えないし足の上には重い砂袋がある。ちょっとやそっとじゃ無理だ。動かせない。

不幸なことに俺の砂袋だけ漣や潮の砂袋よりも段違いにでかくされた。しかしこんな砂袋にさえ勝てないとは情けねぇ…

 

ところで先ほどの事件で艦娘のことでいくらかの疑問が生まれた。

今この状況だからこそゆっくり話せるのではないか?

 

「漣、さっきの事件でお前、アイツとの力比べで勝ってたわけだが、あの煙突はなんだ?」

 

「機関部ですヨ。我ら艦娘のパワーの源でござる」

 

「その…機関部とやらが動けばお前ら艦娘の体の力まで強くなるのか?」

 

「そうです。でも今は艤装背負ってないんでただの女の子です」

 

「艤装?」

 

「あっ…機関部なり連装砲なり、それら装備品を総称して…くぁ、いてー…『艤装』って言うんです」

 

「艤装か…艤装さえあればな…」

 

「あ…今『俺たちがその艤装を使えば無敵になれる』とか思ったでしょ」

 

ここで潮も会話に参加入る。

 

「艤装は私たちが艦娘として生まれてきた時から装備してますので。うぅ、いて。言わば艦娘の体の一部みたいなものですよ。くぅ」

 

「そうなのか?」

 

「だいたい艤装あってこそ艦娘と呼べるのであって、艤装を奪われたらホントただの女の子ですよ。痛いなぁ…カァー。今艤装背負っていればこんな砂袋吹っ飛ばせるのになー」

 

そうだ。今はとりあえずこの砂袋をどけないと。しかしどうするか…

 

「えっと、ご主人様。頭動かせます?」

 

「ん?あぁ。まぁそれなりに上半身は動かせるぞ」

 

「じゃあ漣のお腹を頭で押してください!」

 

突然の提案にそれが実用的かを考える前に頭に血がのぼる。

 

「女子の腹をいい歳したオッサンが頭でつつけるか!」

 

「ご主人!漣の重りはご主人様のよりも軽いですし、漣とご主人様の力を合わせればこんくらいひっくり返すことができるはずです!いてー」

 

「しかしお前だけが足の痛みから解放されてどうする」

 

「漣だけでも助かればご主人様の重りも潮のも足で蹴っ飛ばせますから!いてー!縛られた手はどうしようもありませんけど。いてー。とりあえず今は迷っている暇はありません!痛いので早く!」

 

うーむ、結果的に俺も助かるならいいが…

 

どうも『漣の腹を頭で押す』というところにためらいがある。

俺だって自衛隊で長いこと働いているのでしばらく女には会ったことがない。なのに今日出会ったばかりの女子の体に触れることなど、許されることでは…

俺にも嫁がいるのに…

 

「ご主人様!早く!痛い!早くしてよ!」

 

「提督…私も…痛いです…」

 

ええぃ、ヤケクソだ。こんな幼い少女を助けないでどうする。

 

(かーさんよ…許せ…)

 

漣の気配を頼りに、なるべく漣の体に触れないように頭を近づける。砂袋が足を固定するおかげで倒れる心配はない。

 

「ご主人様…別に漣は体のどこかにご主人様の頭がぶつかろうがそんな気にしませんよ?」

 

「お前がよくても俺がダメなんだ」

 

漣の太もものギリギリまで接近した。外から見ればほぼ膝枕といったところだ。

そういえば漣はスカートを履いているから太ももは完全に生足むき出しか。触れてしまうのが怖い。

 

「で?このまま腹を頭で押せばいいんだな?」

 

「そうですー」

 

服の上から腹を押すんだ。直接触れるのでないんだ。これくらい我慢しなければ。

 

ゆっくり頭を漣の腹に当てる。服の上からとはいえ、若干柔らかな腹を感じることはできる。

 

「ふーーーーーんっ‼︎」

 

力を込める漣の声がする。

それと同時に俺もできるだけ力を腹と首に込め、漣の腹を押す。

さっきは少し柔らかかった漣の腹が一気に固くなる。艤装が無くても、普通の女子にはない腹筋はあるみたいだ。やはり艦娘だから鍛えられているのだろう。

 

「2人とも頑張ってください!」

 

潮の応援が聞こえるが漣の体はこれ以上倒れない。漣の腹筋は見掛け倒しか。

 

「ご主人様!お腹痛い!えっと!テコの原理的意味でもっと上の方押してください!痛い!」

 

「それは無理だ!胸じゃねぇか!」

 

「ご主人様ならいいです!たとえ告白されても!」

 

「そこまでは言ってねぇ!」

 

「じゃあ潮!漣の胸に体当たりしてきて!壁ドン!」

 

潮に対する突然のとばっちり。

 

「ふえっ⁉︎えーっと…」

 

迷う潮。

 

「早く!潮もこの痛みどうにかしたいでしょー?」

 

「は、はい!」

 

「いてー。ほらっ!早くっ!」

 

「じゃぁ…潮…やります!……えーーいっ‼︎」

 

焦った潮は気合を入れて上半身を腰から勢いよく動かす。暗闇で見えないがおそらく。

潮は漣の声だけを頼りに頭をぶつける目標は決めただろう。ただそれが漣の胸の位置よりも低かったことに気づかなかったようだ。

 

潮の後頭部が勢いよく俺の鼻にぶつかる。

 

「はがぁ⁉︎ふが……バ、バカヤロー‼︎俺の鼻潰すな!」

 

「あぁ‼︎ご、ごめんなさい‼︎」

 

鼻血が出そうなほどだ。すごく痛い。

それでもなんとか腰の力の抜かさず、漣の足の上に落下することは回避できたようだ。

 

漣はゲラゲラ笑ってる。

 

「潮!ナイスシュート!」

 

「おめーは黙ってろ!フガー、いてぇ!…へっ……へぶしっ!」

 

鼻が潰れたので今度はクシャミが出る。

手で覆うこともできず、クシャミで出た唾や鼻水が潮の後頭部にかかる。

 

「ひゃあ⁉︎え、えぇ⁉︎ち、ちょっと、汚い!」

 

「フガー!潮!す、すまねえ!鼻が潰れてクシャミが…」

 

「うわーご主人様。ひどーい」

 

「だからおめーは黙ってろ‼︎」

 

こんなカオスな状況でも、俺らにとってはまだ笑って済ませれるレベルだろう。なぜなら真っ暗なおかげでお互いの声と触れてる感覚以外で状況を把握することができないからだ。

 

そう、この時までは。

 

ガラガラガラガラガラ

 

大きな倉庫の扉が開いた。

 

「え⁉︎」

 

「ふぇっ⁉︎」

 

「ありゃまー」

 

俺と潮がエア膝枕してるのも、潮の後頭部が俺の顔に最接近しているのも、ポカンとしている今の3人の顔も、全て開かれた扉から入る夕日の光で照らされた。

そして扉の前には夕日を背にした2人の大きな影が。

 

本日2度目の潮の悲鳴が倉庫に響く。




まだまだ日常回続くっぽい?


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