僕の望みはチアと平和に過ごすことだけなのに、親が親だとこんなささやかな願いすら叶わないらしい。
「よう、
実技試験の会場、シュナイダー
逃げてしまおう。
速足になって、あえて裏路地に踏み込む。これから試験なのだからこんなところまで追ってくることはないだろう。そう思っての行動だったけど、少し見込みが甘かった。後ろから追いかけてくる足音がする。なんだって僕らに係わるんだ。
僕は横を飛ぶ青い
「チア。走るよ」
『うん。沖彦、がんばって』
チアは手にしたボンボンを振ると、光球になってデッキケースへと消えていった。これで置いて行ってしまう心配はない。十字路を左に折れたところで一気に駆け出す。これで撒けるかと思ってやったのだが、
「――ッ!?」
そこで僕は足を止めるしかなかった。三方が倉庫のような建物で囲われている。追手を撒くつもりが袋小路に入り込んでしまったらしい。
引き返さないと。
僕は踵を返して、
「追いつめたぜ」
『ジ・エンドだな』
売れないロックシンガーのように茶髪を伸ばした少年が目の前にいた。その横には手足の付いたギターもいる。追い詰められた。強行突破は不可能だろう。こっちはもう息が上がっているのに彼は平然としているし、万全の状態でもこの細道じゃ抜くのは厳しい。
「さぁ、おとなしく言うこと聞いてもらおうか」
彼の言うことを聞けば手荒な真似をされることはないだろう。だけど、僕は彼らと関わりを持ちたくない。何か逃げ道は……
悩む僕の前に、人が降って来た。
『「「――――!?」」』
怖い人だ。歳は僕と同じくらいに見える。けれど、本当に僕と同い年なら、こんな親の仇でも思い出しているような憎々しげな表情ができるだろうか? すみれ色の髪から覗く横顔だけでも、僕は突然の登場以上の衝撃を受けた。
「お前か?」
驚く僕らを気にせず、彼は僕を見てそう問いかけた。アメジストの瞳に僕の姿が映る。正面から見る彼の顔は、先ほどの憎しみが嘘のように無表情だった。
それはともかく、いきなり聞かれてもわからない。何が僕なのだろう? それとも、わからないということは僕じゃないということなのか?
『ちょっとちょっと! いきなり出てきて沖彦に何か用でもあるわけ?』
悩む僕の前にチアが現れ怒る。危ないと止めようと思ったけれど、それより早く彼はうなずいた。
「お前か」
さっきと同じ言葉だけど、今度は確信を得たという感じだ。もしかして、彼にも精霊が見えている?
けれどそれを聞く前に、男は僕に背を向けた。
「この場は己が預かる。退け」
それが当然、とでも言いたげな声音だった。もしそれが僕らに向けられたものだったら、僕は全速力で逃げ出していただろう。
「ああ? いきなり出てきて退けだと? 誰が聞くか!」
『バジルの言うとおりだ! お前こそ引っこんでろ!』
バジルが髪を振り乱して叫び、ギターがそれに続く。当然といえば当然の怒りだ。いきなり退けと言われて良い気がする人はいない。この人は何故そんなことを言ったのだろう? 僕を助けようとしてくれているのだろうか? でも、どうして僕を助ける? 赤の他人なのに。
悩んでいると、男は左腕を、正確にはそこに着けてあるデュエルディスクを掲げた。
「話せばわかる、という柄でもあるまい。己と踊れ」
「デュエルか? いいぜ。行くぞロック!」
『しゃあっ!』
ロックが光球となってバジルのデッキケースに入る。本気でデュエルするつもりのようだ。展開が早すぎてついて行けない。
ただ、このデュエルは見逃してはいけない気がした。
「「デュエル!」」
狭い路地に二人の声が響いた。
「俺の先攻。ドロー」
バジルがカードを引き抜いた。デュエルは基本的に先攻が有利とされる。ほとんど妨害を受けずに展開できるからだ。とある国の王子様なんか先攻ワンターンキルで何人ものプロデュエリストに圧勝している。目の前の少年は、その王子様とさえ互角に渡り合いかねない存在だ。どれだけ動いてもおかしくない。
「そう言えば、まだ名前を聞いてなかったな。俺はバジル・マーチ。あいつは俺の相棒のロックだ。お前は?」
一気に展開するという予想に反して、バジルは動くより先に自分と精霊の名を名乗った。対する男は、
「……サーガイン。サーガイン・フィーザ」
どこかぎこちなくそう答えた。
「そうか。フィーザ! 俺にデュエルを挑んだこと、後悔するなよ。まずは
自信満々にそう告げて、バジルはレベル5のモンスターを特殊召喚した。彼はたかが守備力1200のモンスターを呼んだだけで得意になるようなデュエリストじゃない。となれば狙いは、
「出番だぜ、ロック!
『テンション上げて行くぜ!』
今度こそ予想どおり。バジルの前にロックが現れて、自身の弦を掻き鳴らした。
『沖彦。これってまずい?』
「うん。やっぱりバジルは強いよ」
胸の金十字は伊達じゃないということか。さぁ、どっちが来る?
「カードをセット。フィールド魔法発動。アンプリファイヤー」
バジルがデュエルディスクの脇にカードを叩きこむ。直後、地響きとともに彼の背後に巨大な箱が二つ現れた。縦長のスピーカーみたいな感じだ。僕は音楽には疎いからわからないけど、あれがアンプというやつなのだろう。
それはともかく、これでバジルの手札は2枚になった。
「奏でろロック! ベーシスの効果。音響戦士一体のレベルを手札の数だけアップさせる。スターコール
バジルのシャウトに合わせてロックが弦を掻き鳴らす。そこから3つの音符が現れ、2つが星になってロックに吸い込まれた。残る1つはアンプの前に留まる。
「アンプリファイヤーの効果。音響戦士の効果発動時に音響カウンターを一つ置くぜ」
ということは、あそこに残っている音符が音響カウンターなのか。何をするのか知らないけど、音符が増える前に対処した方が良いだろう。
危険そうなフィールド魔法だけど、今注目するべきはそっちじゃない。バジルの場にレベル5のモンスターとレベル3のチューナーがいることだ。
「一曲目行くぜ! レベル5の太陽風帆船にレベル3となったロックをチューニング! 機械仕掛けの心が
ロックは
バジルが右腕を突き上げた。
「シンクロ召喚! カラクリ大将軍 無零怒!」
光の柱を切り裂いて巨大な人形が現れる。3mはあろう巨大な鎧武者だ。これがカラクリ大将軍 無零怒。見ているだけの僕らにまでプレッシャーが届く。
『……大きい』
チアも呆けたように口を開けて見上げる。
その巨躯に違わず無零怒は2800という高い攻撃力を誇る。それに加えて効果が2つ。
「無零怒の効果発動! シンクロ召喚に成功したとき、デッキからカラクリモンスターを呼び出す。来い! カラクリ兵
大将軍の腕の一振りが空間を裂く。その中から現れたのは木の装甲と竹の槍で戦う機械兵だ。どことなく簡単に壊れてしまいそうだが、その効果と守備力を思えば当然かもしれない。もっとも、壊れやすいからと言って防御が弱いわけではない。むしろかなり固い。
「さすがバジルだね」
胸に着けている金十字のバッジは伊達じゃないということか。僕だったらどう崩すか。
『これってそんなにすごいの?』
「うん。厄介だよ。無零怒を戦闘で倒すのは難しいし、弐参六もリクルーターだから。ブラック・ホールとかで一掃するくらいしかないかな」
『ふえー。じゃあ片方しか倒せないのか』
その片方すら倒すのは難しい。誰も彼もが
しかも片方だけじゃバジルにとっては痛手にならない。無零怒が残れば強いのは明らかだが、弐参六を残すのもまずい。レベル4だからシンクロにもエクシーズにも使いやすい。バジルならどちらか一方でも残ればそこから巻き返せるだろう。ひょっとしたら、両方倒されても?
「先攻だしこんなとこか。ターンエンド」
バジル LP4000 手札2枚
カラクリ大将軍 無零怒 ATK2800
カラクリ兵 弐参六 ATK1400
アンプリファイヤー C1
リバースカード
サーガイン LP4000 手札5枚
バジルはこんなとこかと言ったがこれだけでも並のデュエリスト相手なら十分だろう。フィーザ君の立場でサレンダーしない人は実技試験受験者のなかでも多くないかもしれない。
「ドロー」
そんな状況なのに、彼は何の気負いも見せずにカードを引いた。抑揚のない声が不気味だ。
「発動。帝王の烈旋。この効果で無零怒をリリース。
その武力を見せる暇さえなく大将軍は除去されてしまった。代わって現れたのは、紫の炎が竜をかたどったような何か、地獄から来た悪魔と言われても信じてしまいそうな異形だ。その攻撃力は2900、レベルは8。
……おかしい。
『ねえねえ沖彦。どうしてレベル8なのにリリース1体でいいの?』
「たぶん、そういう効果を持ってるんだよ。相手の方がモンスターが多かったらリリースを減らせるとか、エンドフェイズになったら破壊されるとかの条件付きで」
フレイムギア。どういう効果だったか。シンクロやエクシーズは最近勉強したからわかるけど、最上級モンスターまでは手が回っていなかった。
それよりも気になるのは、どうして弐参六をリリースしなかったのかだ。効果を確認しなかっただけ? いや、それならバジルが頬を引きつらせるはずがない。
「やってくれるじゃねぇか」
「バトル。紫龍で攻撃」
キャッチボールをする気はないのか、フィーザ君は淡々と攻撃を宣言した。攻撃されたことで弐参六の効果が発動する。
「弐参六は攻撃されたとき守備表示になる」
守備表示だからダメージは受けない。戦闘破壊されても同名モンスターをリクルートすれば良い。僕にはこの攻撃の意味が見つからない。それなのに、どうしてバジルは苦い表情をしているのだろう。
「紫龍の攻撃は貫通する」
「――ッ! ライフはくれてやる! 弐参六の効果で弐参六の効果で弐参六を特殊召喚だ」
貫通効果持ちだったのか。これでバジルのライフは一気に1300まで減った。
『「強い」』
思わず僕とチアの声が被る。たった2枚のカードでシンクロモンスターを倒してライフを半分減らすなんて、できるデュエリストは少ないだろう。
「カードを2枚伏せる。封印の黄金櫃を発動。デッキから焔征竜―ブラスターを除外し、ブラスターの効果で
「征竜だとっ!?」
バジルが声を荒げた。それも当然。8枚の征竜は出るや否や超強力モンスターとして話題になったほどなのだ。それが相手の次の次のターンで手札に加わるとなればプレッシャーは大きい。
「ターンエンド。エンドフェイズに紫龍の効果で俺は1000のダメージを受ける」
思い出した。紫龍はリリース1体で出せる代わりに毎ターン1000のライフを失うんだった。これで彼のプレイングにも説明がつく。弐参六をリリースして無零怒を攻撃していればバジルのモンスターは全滅させられたが、そうするとライフは100しか削れない。紫龍の効果というタイムリミットがあるから、モンスターを倒すよりライフを削ることを選んだのだ。
バジル LP1300 手札2枚
カラクリ兵 弐参六 ATK1400
アンプリファイヤー C1
リバースカード
サーガイン LP3000 手札2枚
炎神機―紫龍 ATK2900
リバースカード×2
1ターンで状況がひっくり返った。次のターンにフィーザ君が弐参六を攻撃すればバジルのライフは0になる。
「俺のターン。ドロー。リバースカードオープン、八汰烏の骸。相手フィールドにスピリットがいないから1枚ドロー」
バジルは追い込まれてこそ燃える性格だ。劣勢だからこそ強気に笑って手札を増やす。手札が4枚、フィールドにレベル4モンスターが1体。これで動けないということはないだろう。
「まずはこいつからだ。ワン・フォー・ワンを発動。手札を1枚捨ててデッキから相棒を呼ぶ」
『2曲目行くぜ!』
バジルの精霊ロックこと音響戦士ベーシス。今バジルの手札は2枚だからレベルは3か、もしくは
「ロックの効果。スターコール2nd! さらに墓地からも相棒の力は発揮できる。除外してもういっちょスターコール2nd!」
音響戦士ベーシスは墓地から除外することでも音響戦士のレベルを上げられる。しかも、これも音響戦士の効果を使ったことになるからアンプリファイヤーにカウンターが乗る。これでアンプの前の音符は3つだ。
「墓地のレベル・スティーラーの効果発動。レベル5となったロックのレベルを1つ下げて特殊召喚」
ロックの頭上に5つの星が浮かび上がり、右端の星がテントウムシとなってフィールドに飛び出した。
たぶんチアが聞いてくるだろうなと思ったら、案の定
『沖彦。あんな虫なんて墓地にいた?』
「ワン・フォー・ワンのコストだよ。あのときにレベル・スティーラーを捨てたんだ」
『なるほど……。沖彦ってすごいね』
すごいのは僕ではなくバジルだと思うんだけど。
それはともかく、これでレベル4が2体とレベル1が1体。ランク4のエクシーズか、レベル5、8、9のシンクロが狙える。そう思った瞬間、フィーザ君が動いた。
「特殊召喚成功時にトラップ発動。無力の証明。レベル5以下のモンスターを全滅させる」
『バジル――ッ!』
あっさりと、紫炎によってバジルの場は全滅した。たった1枚のトラップで逆転の芽を摘む。決して派手に動くわけではないけど、強い。もし彼の相手が並のデュエリストだったら心が折れているかもしれない。
「やってくれるじゃねぇか」
けれど目の前にいるのはバジル・マーチだ。一度逆転に失敗したくらいで諦める男じゃない。
「相手にのみモンスターがいるためサイバー・ドラゴンを特殊召喚。さらに音響戦士サイザスを召喚」
残しておいた召喚権も使ってモンスターを展開してきた。けれどどちらもチューナーではなく、レベルも違う。
「まずはサイザスの効果を発動だ。墓地の音響戦士の名前と効果を得る。ロック、お前の力、借りるぜ」
これもバジルのデュエルディスクから半透明のロックが現れて弦を掻き鳴らした。アンプの前に4つ目の音符が並ぶ。
でもベーシスの効果は手札が0では発動できない。だから、レベルを上げることはできない。
「サイバー・ドラゴンのレベルを下げてレベル・スティーラーをもう一度特殊召喚」
上げられないなら下げれば良い。これでレベル4が2体。
「レベル4となったサイバー・ドラゴンとサイザスでオーバーレイ。2体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築。エクシーズ召喚」
上空に浮かぶ渦に2体のモンスターが呑み込まれた。直後、一際強い風が吹く。
「いでよ、蒼空のスナイパー。鳥銃士カステル」
風が止むのと同時に彼は降りてきた。長い銃を持った鳥人の狙撃手。
やっぱりバジルは強い。まだこのカードを出す余裕を残していたなんて。
「カステルの効果発動! オーバーレイ・ユニットを2つ使って紫龍をデッキに戻す! ティロ――」
「カウンタートラップ、オーバーウェルム。モンスター効果を無効にし、破壊する」
カステルの指が引き金にかかった瞬間、紫龍が炎を吐き出した。放たれた銃弾ごとカステルを飲み込み、焼き鳥どころか骨も残さず焦がし尽くす。
信じられない。あのバジルが、まさか。驚き過ぎて、言葉がまとまらない。
今のカウンターでバジルの手札は0、フィールドにもレベル・スティーラーとアンプリファイヤーしか残ってない。フィーザ君はたった2枚のカードでバジルの逆転の手段を潰し切ってしまった。
『……ねえ、これってバジルが追い詰められてる?』
「うん。さすがにもう逆転は無理――」
「まだだ! 墓地のサイザスを除外して効果発動! ロックを帰還させる!」
『まだ終わってねぇぞ!』
バジルもロックも真っ直ぐ前を見据えている。強い。この状況でまだ心が折れないのか。
「前言撤回。これはひょっとしたらひょっとするかも」
僕はチアにだけ聞こえるように囁く。
バジルは高らかに宣言した。
「レベル1のレベル・スティーラーにレベル1のロックをチューニング。集いし願いが新たな速度の地平へ
ここが正念場だ。どうなる、バジル。
「フォーミュラ・シンクロンの効果。シンクロ召喚成功時、1枚ドロー」
バジルは目を閉じ、すうっと息を吸う。そうして、ゆっくりと指をデッキに乗せた。
「ドロー!」
思わず唾を飲みこむ。チアが息を止める。フィーザ君が目を向ける。
バジルは目を開いた。
「――ッ! カードをセット。ターンエンド」
バジル LP1300 手札0枚
フォーミュラDEF1500
アンプリファイヤー C5
リバースカード
サーガイン LP3000 手札2枚
炎神機―紫龍 ATK2900
「ドロー。バトル。紫龍で攻撃」
フィーザ君はわずかな間さえ置かず攻撃を宣言した。これでバジルの伏せカードがブラフならデュエルは終わる。だが、もしも何か逆転のカードを引けていたなら――。
バジルはデュエルディスクに手をかける。
「させねぇ! リバーストラップオープン! リビングデッドの呼び声!」
墓地のモンスターを復活させる永続トラップ。普段なら紫龍の攻撃は止められない。けれど、フォーミュラ・シンクロンがいる今ならいける。
「墓地からカラクリ兵 弐参六を特殊召喚! そしてフォーミュラ・シンクロンの効果! レベル4のカラクリ兵 弐参六にレベル2のフォーミュラ・シンクロンをチューニング!」
フォーミュラ・シンクロンは相手ターンでもシンクロ召喚を行える。そして合計レベルは6。となれば、呼び出されるのはあのカードか。
「振り仰げ! 彼こそ伝説の至宝の創り手なり! シンクロ召喚。獣神ヴァルカン!」
現れたのは虎の獣人。彼が携えている大槌は敵を壊すものではない。
「ヴァルカンの効果発動! お前の紫龍と俺のリビデを手札に戻す!」
獣神ヴァルカンがシンクロ召喚に成功したとき互いの表側表示のカードを1枚ずつ手札に戻すことができる。これが諦めなかったバジルとロックが掴んだ奇跡。
ヴァルカンがその槌で地面を叩く。地面からマグマが吹き出し、紫龍を融かした。これでフィーザ君にモンスターはいない。再度のアドバンス召喚も無理だ。
「すごい……」
まだ4ターン目なのになんて攻防だ。どっちが勝つか全くわからない。
「……メインフェイズを続行する。モンスターセット。カードセット。ターンエンド」
切り札が破られたというのに、フィーザ君はまったく動揺しなかった。ただ淡々とカードを伏せてターンを終える。
バジル LP1300 手札1枚
獣神ヴァルカン ATK2000
アンプリファイヤー C5
サーガイン LP3000 手札2枚
セットモンスター
リバースカード
獣神ヴァルカンによって辛うじて盛り返したバジルだけど、まだ優勢になったとは言えない。次のターン、フィーザ君の手札に征竜が加わる。それも見越した上で突破されない布陣を整えるか、このターンで勝たなければならない。言うのは簡単だが、あの伏せモンスターは仮面竜の可能性が高い。戦闘で倒そうにも同名カードのリクルートで凌がれるだろう。その果てに場に残ってしまえば紫龍のリリースになるし、墓地に溜まればブラスターの特殊召喚のコストになる。バジルはたった1枚のドローでこの難題に答えないといけない。
「俺のターン。ドロー!」
バジルは引き抜いたカードを見て、ニヤリと笑った。
「信じてたぜ、相棒。ロックを召喚!」
『クライマックスだ!』
もうベーシスは1枚しか残っていなかったはずだ。それをここで引けたのは、彼らの絆が本物だということか。
「この勝負、バジルが勝つかも」
『……どっちの応援してるのよ?』
やや興奮気味に言ったら、チアは呆れたような顔をしてそう言った。そう言えばこのデュエルでフィーザ君が負けたらバジルを追い返せないんだった。見入ってしまってすっかり忘れていた。
どちらが勝つか。それを決めるのはフィーザ君の伏せカードだ。あれがブラフならバジルが勝つ。けれど妨害系のトラップなら、もうバジルに余力はないだろう。
「ロックの効果でレベルを1つ上げる。墓地からも発動してさらにプラス1。ヴァルカンのレベルを下げてスティーラーを特殊召喚」
二度のベーシスの効果発動により音符の数は7つに増えた。それの意味はわからないけれど、フィールドのモンスターの合計レベルは9。あのカードをシンクロ召喚できる。最強シンクロモンスターの一角、氷結界の龍 トリシューラ。
けれどその前に、バジルは1つの効果を発動した。
「俺はまずアンプリファイヤーの効果を発動する。音響カウンターを7つ取り除くことでフィールドの音響戦士の数までお前のフィールドと墓地を除外する。今はロック1体だけだが、1枚あれば十分だ」
バジルの言うとおり1枚で十分だ。リバースカードを除外してやれば良い。伏せモンスターはトリシューラの効果で除外できる。それからもう一度レベル・スティーラーを復活させれば合計攻撃力は3300。フィーザ君のライフを0にできる。
7つの音符全てがアンプに吸い込まれ、1つの巨大な音符になった。あれが届けば、バジルの勝利。
「……見事だ」
初めて。
デュエルを開始してから初めて、フィーザ君はプレイと関係のない言葉を口にした。
「あ? なんだよ急に。心理フェイズでミスでも誘う気か?」
怪訝そうなバジルに、フィーザ君は小さく笑顔を見せた。
「見事だ。だが、一手遅かった」
そう言って、伏せカードを表にする。
火霊術―紅
炎属性モンスターをリリースすることでその攻撃力分のダメージを与えるトラップカード。
「――ッ! お前……」
「セットした仮面竜をリリースして発動する。1400ポイントのダメージだ」
バジルの手元に、このダメージを防ぐことができるカードはない。
『バジル……』
「俺の負けか。チェーンはない!」
炎がバジルの身体を包む。バジルのデュエルディスクがライフ0を告げるブザーを鳴らした。
約束どおり、バジルとロックは去っていった。これでしばらく彼に追われる心配はなくなった。けれど、状況が改善したとは言いにくい。
「己の名はサーガイン・フィーザだ。そっちは?」
アメジストの瞳が、真っ直ぐ僕を捉えている。その暗い輝きに僕の本能は警鐘を鳴らすが、仮にも恩人に名前を聞かれて名乗らないわけにもいかない。妥協案として、僕の名前だけ教えることにした。
「内貴庵沖彦だよ。それで、僕が何だって言いたいの?」
「知らん。だが、とりあえず一つ問いたい」
そう答えたフィーザ君の顔は、最初に見たのと同じ、何かを憎むような表情をしていた。
「実技試験の会場はどこだ?」
『ただの迷子!?』
チアの驚く声が、何故か酷く遠く感じた。
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