GGO Tmc 裂傷と弾痕 (Moldapo)
しおりを挟む

プロローグ

 

 

 

 

「......っ‼︎」

 

 唐突な爆発音とともに唖然として振り向いた彼女の視界には、先程まで自分がいたであろうボックスハウスが跡形もなく吹き飛び、瓦礫の山と化している光景が広がっていた。

 

「おい!!やったのか!?」

 

 砂漠の岩場から怒号をあげる声の主はその大きな操縦桿(そうじゅうかん)を握る細身の男に今にも殴りかからんとまくし立てた。

 埃っぽい閉鎖空間の中でスコープ探知器の表示上のプレイヤーを確認するや否や妬ましくそれを見つめながら落胆している素振りだ。

 

「大丈夫か!?」

 

 デザート柄の迷彩に身をつつみ古めかしい黒の汚れたマントを羽織った精悍な顔立ちの男が、焦りの表情を悟られまいと勢いよく手を伸ばした。

 

 男「今は逃げねぇとやべぇぞ!!!」

 

 手を掴み立ち上がった彼女にかなりの剣幕で放ったその言葉とほぼ同時に2回目の大きな破裂音と風を切るような音が聞こえこちらに近づいてくる。

 

 女「...わかってるわよ!...でも、あんなのって」

 

 男「あーもうっ!いいから早くっ!」

 

 掴んだ手をそのまま引っ張り、強引に彼女の足を動かし走り出した彼の行動は普段の彼からは感じ取れない真剣さを感じとることができたがすぐ近くの爆発音でそのような心情はかき消された。

 

 女「...っ!ねぇ、どこまで逃げるつもり?」

 

 男「そりゃ奴らの射程外だぁ!!」

 

 そういって男は右腰についたホルスターから銃身が黒と銀色のツートンカラー、フォアグリップに見慣れない刻印が刻まれた「S&W PC356」をサムセフティを解除しながら引き抜くと同時に、後ろに転がった数本のドラム缶へ向け3回引き金を引いた。

 銃口から発射されるのは9mmパラベラム弾より強力な高速弾である「.356 S&W」。

 もともと競技用としても流用されていた銃でもあるため「IPSC(国際実用射撃連盟)」の規格でもある.45 APC弾のメジャークラスに適合させるために0.365インチの口径にしたことからこの名称となる。

 しかしこの弾薬はサイズ的には9mmパラベラム弾と同様でありながら、.357マグナム弾並みの威力が引き出すことができると言われている。現実ではIPSCが9mm口径弾の使用を禁止したため、弾薬を製造するメーカーがなくなりこの銃も姿を消している。

 その弾がドラム缶へ吸い込まれるように直撃し、爆炎を上げる。

 

 

 

 

「見失いました!」

 

 細身の男がそう告げると

 

「貴様はなにをやっておるっ!!」

 

 細身の男に向かって激しく怒鳴りかける軍服の男は自らの目で激しく燃え上がるドラム缶と煙しか映っていない画面を見て悪態つく。

 

「ふんっ!まぁいい。次の狩場にいくぞ!」

 

 ブンッという音とともにその機械の塊は少しずつ動きだしキャタピラの音を振動として轟かせながら砂嵐の中に向かっていく。その戦車を崩れかけた廃墟の傍らでナイフを磨いているマントを深くかぶったプレイヤーが不敵な笑みを浮かべながら見送っていた。

 

 

 

 ========================================

 

 

 

 

 男「戦ってみたかったなぁ、あのナイフ使い」

 

 女「はぁ...あなた状況わかってるの?」

 

 男が運転する4輪バギーの後ろに乗りながら少し怒った顔を見せる。

 

 男「だってさ詩乃ちゃん!この世界だとナイフ使いなんて珍しいんだぜ!」

 

 女「ちょっと、この世界ではシノンだって言ってるでしょ!」

 

 男「ごめんごめんっ!癖なんだよな!」

 

 調子よく言葉を返す男に若干の苛立ちめいたものを感じた彼女は不敵に笑いながら言う。

 

 シノン「あなたみたいに本名そのまま使ってる人はいいでしょうけど、橋川くん?」

 

 少し皮肉った表現で彼の名前を呼ぶと、唐突な発言に男は驚いてこちらを見た。

 

 男「名字はやめてくれ〜!(あらた)だから!あ・ら・た!」

 

 シノン「...あなたといると疲れるわ」

 

 新「まぁまぁ、そう言わないでよ!しかしあのナイフの奴、絶対強かったな」

 

おそらく彼は先ほどまで戦闘していた5人体制のスコードロンの一人を指しているのだろう。

 

 シノン「あの敵4人の後ろにいたフードの?」

 

 新「そうそう!シノンが撃った弾よけた奴」

 

 シノン「...あんた殺されたいの?」

 

 新「ちょ!落ち着いてっ!と、とにかく動きは完全AGI特化タイプっぽかっただろ!」

 

 シノン「でもナイフどころか武器使ってなかったわよ」

 

 新「こういうのは同じナイフ使いなら分かるの」

 

 そういって腰の後ろにクロスしてつけられているナイフ用のホルスターから先になるに連れ湾曲した独特な形の刀身が特徴的な2本のマチェットを見せる様にこちらに向けた。

 

 新「シノンだって強いスナイパーとか見ただけでわかるだろ?」

 

 シノン「...それはそうね」

 

 新「それと一緒。あーもう少しで戦えたのに、」

 

 シノン「...まさかあんなことが起こるなんて...」

 

 

 

 

 砂漠の中のかつて小さな街であったであろう廃墟群の大通りで新と例のナイフ使いが対峙した時、そのスコードロンの他の4人はすでに私が撃ち抜いていた。

 新が最後の敵となるそのナイフ使いと戦いがっていたのは薄々気がついていたし手を出すのは良くないかと思って手を出さないでいた。

 しかし...

 

 しばらく対峙していたと思ったら2人ともいきなり逆方向に走っていくのが見えた。とっさにナイフの方に照準を合わせ撃ち込んだがあっさりよけられて見失ってしまう。全力でこちらに向かってくる新に違和感を覚えながら私はその姿を岩場に設置された壊れたボックスハウスの中からPGM へカートⅡのスコープ越しに見ていた。もちろん倍率をあげて...

 

 

 

 

 

 シノン「そしたらいきなり右の方から大きな音がしてとっさにボックスハウス飛び出したら、いきなり吹き飛んだってわけ」

 

 新「ありゃ俺のアングルからみたらシノン吹っ飛んだと思うぜ!」

 

 シノン「はいはい、...このゲームに戦車なんて出てこなかったはずだけど...新型のMOBってわけじゃなさそうだし...」

 

 新「まぁまぁ、少なくともなんかありそっ

 

 シノン「MOBじゃないとしてもなにかしらの情報が情報屋にあがってるはずだし...」

 

 新「...せ、せっかくの初パーティだったけどとんだ目にあっちまったな!」

 

 シノン「...もしかしたらチート行為?だとしてもあまり...」

 

 新「あの...」

 

 

 

 そうこうしていると、ピピッという音がシノンの端末から聞こえてきた。

 

 

 シノン「あっごめん、リーファから呼び出し」

 

 新「リーファちゃん!?」

 

 シノン「うざい、あんたも来る?」

 

 新「いくいく!!...ってうざいってど「はいはい、」

 

 

 簡単に、そして端的に話を流した彼女は熱くなってる横の男に向かってため息を尽きつつ、呼び出された町の酒場へと早く向かうため「飛ばして」と言おうと思ったが、既にバギーのスピードは上がっていたため、ゆるい微笑みを浮かべて砂漠をかけて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回から本編です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1話 透き通った日の丘

 

 

 

 

 

「あらゆる人間は個ではなく、集団であることを望む、であるからして...」

 

 

 澄み渡った空気の新鮮な丘の上にある建物の中で、私はなんとなく聞いていた講義のさなか、居眠りをかましている隣の学生になんの感情も感じることなく自分の手元にあるノートに淡々と要点を書き写していた。

 

 講義室はそこまで立派なものというわけでなく、しかし高校の教室に比べればかなり精錬された学習施設といった感じだった。

 約100人ほどの座席が半円状に並べられ、階段のように一つ前の席よりも段が高くなっており、前の人の頭が邪魔になることもなく教授の姿とホワイトボードを見ることができる。

 

 講義内容は人間関係論。

 私が所属している心理学科の専門科の一つだ。

 

 大学に進学しようと決めたのも、全てあの事件がきっかけとなった。自分の心の問題を抱えて生きていく覚悟と言えば聞こえがいいかもしれないが、内心自分の意思とは関係なく動く身体の事についてもはっきりと理解出来ていないと本当に克服出来たとは言えないと思ったから、と言う安直な考えと言えばそうである。

 つまるところ、自分の病状に興味が湧いたのだ。

 その為の勉強をする為、私はこの大学に通っている。

 他にも様々な学部・学科があるのだけれど私にあった学部はここしかない。

 

 さらに言うなればこの講義室はこの大学でも小さな教室の一つだ。様々な学部が存在する大学と言うことでそれなりな面積を誇っているが、心理学科の生徒数はそこまでいないと言うこともあって今回の講義も半分くらいの席が空席となっている。

 しかし私としてはこのどこか広々としていて心地よく何より静かで勉強しやすいこの講義室でのこの講義の雰囲気が気に入っている。

 私としては最高の時間と言いたいところだけど...

 

 教授がこちらに向かって歩いてくる。

 当然と言えば当然だが、こちらからなんの隔たりもなく教授が見えるなら、それは逆も然りで教授からは全生徒の行動が全て見えているはずである。

 

「...橋川、あとで研究室に来なさい」

 

 ガバッと私の隣の生徒が覚醒する。

 

 橋川「...えっ!!」

 

 橋川「あっ、どうも...」

 

 罰の悪そうにも眠そうにも見えるその顔を教授の冷ややかな眼差しから背けるようにこちらに向けた。

 

「さて、今日の講義は終了だ」

 

 階段からホワイトボードに戻りつつそういった教授の声とともに待ってましたと終業を告げるベルがスピーカーから溢れ出す。

 

 

 橋川「詩乃ちゃん!なんで起こしてくれないの?」

 

 詩乃「なんで私が起こさないといけないのよ?」

 

 橋川「だって隣の席じゃんかぁ」

 

 詩乃「あなたが毎回私の隣に座るだけ。席順が決まってるわけじゃないし」

 

 そう言いながら鞄に講義で使ったノートなどの荷物をいれていく。

 

 橋川「同じサークルにも入ってんだから別にいいじゃんか〜」

 

 詩乃「はいはい、どちらにしても居眠りをするあなたがわるいんじゃない?」

 

 橋川「ほいつはそうだけど〜」

 

 あくびしながら話す茶髪の彼に心底呆れながら荷物をしまい終えた私は立ち上がりながら言った。

 

 詩乃「じゃあ、私は直葉ちゃんたちとお昼たべる約束してるからあなたとはこれで」

 

 すると飛びつくように寝ぼけ顔だった顔を笑顔にかえてこちらを見てくる。

 

 橋川「えっまじ!?なんでそれを早く言わないのさ!」

 

 詩乃「...どうして?」

 

 橋川「俺も行くからに決まってんじゃんか!」

 

 詩乃「...あなたは教授に呼ばれてたんじゃなかった?」

 

 橋川「あっ......」

 

 絶望感に溢れる顔を披露してくれた彼に軽く同情しつつ、そんな彼を尻目に私は大学にあるテラスへと向かっていった。

 

 

 

 

 ==================================

 

 

 

 

 

 晴れ晴れとした気持ちのいい天候の中、光を浴びた木々たちがまるで安らぎの寝音を立てるように優しく揺れ、心地よい風のカーテンを程よくたなびかせこちらへふわりと流れてくる。

 そんな緑の風景と風を感じつつ、所々に木製の丸いテーブルや可愛らしいイスがいいバランスで置かれている中庭のテラスで、待ち合わせの人たちを探す。

 

 詩乃(...にしても、ほんといい天気ね)

 

 探している間にふと上を見上げると遥か上空からの光たちは、このまま夢の世界まで連れていかんと私を含むここから見える全てに優しく降り注いでいる。

 思わず目を閉じ大きく伸びをして、ゆっくりと出来るだけたくさんの空気を吸い込んだ。

 新鮮な空気が体の中に浸透していくような感覚があり、それははき出すのをためらうくらい心地の良い気分と若干の眠気を引き出されることになったが、それですら気持ちよく感じるくらい今日の気候は最高のものだった。

 

「あっ!詩乃さんこっちです!」

 

 後ろから目的の人物の声が聞こえ、吸い込んでいた空気をフゥーと吐き出すと声がした方向を向き目的のテーブルまで歩みを進めた。

 

 詩乃「こんにちわ、直葉ちゃん。待たせちゃってごめんね」

 

 直葉「いえいえっ!とんでもない!あたしもさっき来たところなんでっ、」

 

 私はふと彼女の座っている席をみた。

 

 詩乃(...その席はこのテラスで一番人気の席のはずだけど)

 

 詩乃(周りの人数から見るに30分ってとこね...)

 

 詩乃「そう?席取りありがとう」

 

 直葉「いえいえ、これも後輩の役目ですから〜」

 

 詩乃「あなたほんと出来た子ね、」

 

 直葉「えっ?そんなことないですよっ...お、お兄ちゃん遅いですね」

 

 咄嗟に若干赤くなった頬を隠すように目を逸らしながら話を変えたその姿から彼女の良いオーラがふわりと流れて消えていく。

 

 詩乃(...どっかの誰かさんが惚れるわけね...)

 

 直葉「......詩乃さん?」

 

 詩乃「あっ、ごめんごめん、えーと、なんだっけ」

 

 直葉「お兄ちゃん遅いですねって」

 

 詩乃「そうね」

 

 詩乃「あいつのことだからどうせまた研究室で、今いいところだから、とかやってるんじゃない?」

 

 直葉「なるほど...」

 

 詩乃「そういう人でしょ?あなたのお兄さん?」

 

 直葉「うぐっ、なにも言えないです...」

 

 詩乃「あんな研究バカはほっといて先に始めちゃいましょ」

 

 直葉「...でも」

 

 持参したお弁当をテーブルの上へ置いた私は促す様に彼女の行動を待つ。そこに...

 

「き〜〜り〜〜が〜〜や〜〜!!!」

 

 直葉「えっ!?」

 

 驚いた彼女とともに声のする方向をみてみると中庭に面している建物の3階の部屋の窓から満面の笑みでこちらに手を振っている何者かの姿を確認することが出来た。

 

 詩乃(...バカね)

 

 直葉「あ、あれって橋川センパイ?」

 

 詩乃「...そのようね」

 

 向けられた笑みとは裏腹に恥ずかしさの極みがここにはあった。周りからの視線や話し声が先程までの心地の良い雰囲気を一気に払拭していった。

 

 直葉「...っ!あの人ってなんでいつもあんななんですか!?」

 

 詩乃「さぁ?なんでかしらね?」

 

 直葉「詩乃さんっ!なんとかしてくださいっ」

 

 詩乃「私にはなんもできないかな、」

 

 直葉「撃って!誰かあの人を撃って!!」

 

 

 詩乃「...200mくらいね」

 

 

 

 

 

 ==================================

 

 

 

 

 

 

 新「はいはいどうもこんにちわ!」

 

 直葉「...っ...こんにちわセンパイ」

 

 どういうわけか教授の拘束能力もこの男に対してはあまり意味がなかった、というか無理やり抜けてきたのだろうか、よくわからないのだけれど私は考えるのをやめた。

 

 その男は私たちの座っていたテーブルの4つあるうちの1つのイスをクルッと回し、背もたれに抱きつく形でイスに座った。

 

 新「いやいや、詩乃ちゃんが桐ヶ谷とご飯食べるっていったからおれも一緒にいいかなって思って」

 

 直葉「別にいいですけどね...」

 

 新「じゃあ遠慮なくご一緒させてもらおうかな!」

 

 サンドイッチ、焼きそばパン、フライドチキン、コーラをテーブルの上に置いて行く。

 

 詩乃「そんなものばっか食べてるといつか身体壊すわよ」

 

 直葉「そうですよ!もっとちゃんとバランスを考えて食事しないとダメって講義でやりましたよ」

 

 そういう彼女の顔は、まさしく子供を叱る母親の様な厳しさと哀愁が漂っていた。しかし、男はあまり気にしていない様子で続ける。

 

 新「そういえば桐ヶ谷はスポーツ健康化学科っだったっけ?」

 

 直葉「そうですよ、だからセンパイはもっと健康に気を使うべきです」

 

 新「まぁ桐ヶ谷が言うならそうなんだろうな」

 

 真面目に話す彼女を横目に持ってきたコーラを飲み、爽快感を味わう彼に彼女はこちらへ注目を向けようと続けた。

 

 直葉「詩乃さんを見習ってくださいよ、彩りまで最高のお弁当じゃないですか」

 

 詩乃「まぁ私だってたまにコンビニで済ますからあまり変わらないわ」

 

 直葉「いえ!全然違います!コンビニばっかで済ましてるとあんな目立つとこからいきなり叫ぶような、よくわかんない人になるんですよ!」

 

 新「おいおい!どういうことだ、桐ヶ谷!」

 

 直葉「センパイは早くその焼きそばパンでも食べて、むせてればいいんですよ」

 

 新「な、なんだと〜!コンビニパンなめんなよ〜!」

 

 直葉「パンは舐めてませんよ!美味しいですし!」

 

 新「ちょ、お前そっちの方が問題だろ!」

 

 2人の会話が少し熱くなって来たところで私は諭す様に言った。

 

 詩乃「はいはい、その辺にしとかないと2人ともよくわかんない人よ」

 

 新・直葉「......っ」

 

 私の発言後もどこか悔しそうな表情の2人は、お互いの熱が冷めやらぬ状況にどこか不満な様子だった。その熱くなった状況の矛先を変えるため私は話題を変えて2人に向かって話しかける。

 

 詩乃「そんなにコンビニばっかはよくないって言うのなら...直葉ちゃん、今度こいつに作ってきてあげたら?...お弁当」

 

 直葉「...っ!ちょっと!なにいってるんですか?」

 

 驚いた彼女の横で、新がこちらに目配せしてくるのを見るにこれはいい助け舟を出すことに成功したのだと私は感じた。

 

 

 新(ナイスだ!詩乃ちゃん!)

 

 詩乃(全く...あなたたちいつも言い合いみたいなのしてるから)

 

 詩乃(好きならもっとハッキリしなさいよ)

 

 新(いやぁ、いざってなると恥ずかしくて...ほんと詩乃ちゃんに相談してよかったぜ!)

 

 

 おそらく目配せの中にこのようなやりとりがあったのだろう。

 あとはうまくやりなさいよ、と私は緩く微笑み、心の中で彼の背中を押してあげた。すると...

 

 新「...ふふっ、自分では大きな口を叩いておいて実はお弁当もろくに作れなかったりするんだろう?」

 

 詩乃(...こいつ)

 

 直葉「んーっ!?今のは聞き捨てならないですよ!センパイ!」

 

 ストローでジュースを飲みながらムッとした顔の彼女はその不満の矛先を彼に向けた。

 

 新「だったらとびきり美味しくてバランスが取れたやつを作ってきてくれ」

 

 直葉「いいですよ!わかりました!!来週は覚えといてくださいね!!!」

 

 詩乃(...やれやれ)

 

 このあと講義のために直葉ちゃんは別館にいき、私たちは一足先にサークルの部室の方に向かった。

 

 詩乃「そういえば教授に呼び出されてなかった?」

 

 新「ああ、あれ?大したことじゃなかったよ」

 

 頭の後ろで腕を組みながら横を歩く彼は余裕の表情で答えた。

 

 新「教授、GGO始めたって」

 

 詩乃「...あの人ほんとにゲーム好きになったわね」

 

 新「怒られるかと思って覚悟してたんだけどさ、いきなりステ振りがどうとかの話になって」

 

 詩乃「こんなサークルの顧問なんてしてたら、仕方ないのかもね」

 

 新「まぁ向こうで殺さないように注意しとかないと下手したら単位が飛ぶ」

 

 詩乃「んふふ、それは気をつけないとね」

 

 2人で談笑しながら渡り廊下を歩いたり、途中で無理矢理奢ってくれたミルクティーの甘さを感じたりしながら、私たちの共通点であるところのゲームサークルの部室がある建物の中に入っていくのであった。

 

 

 

 

 




次はGGO内の話です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2話 月明かりの世界

 

 

 

 

 

 シノン「...BoB Tmc?」

 

 リーファ「そうなんですよ!今度開催されるBoBはなんでもツーマンセル(Tmc)での2人1組のチーム戦での大会みたいなんです!」

 

 突然の呼び出しを受け、日もまもなく落ちる頃に酒場へ到着した私たちを迎えてくれたのは、まるで新しく見つけてきた美味しい喫茶店でも紹介するような穏便な笑みと高揚感をまとった彼女の顔とつい先程更新されたという情報だった。

 

 新「公式のチーム戦か、いろいろおもしろくなりそうだな」

 

 シノン「詳しいルールとかの情報は出てる?」

 

 リーファ「いえ、今わかってる情報なんですけど、この他には開催日時と申し込み方法だけなんです...。でもでも〜!この後のGGO NEWSで特別放送するみたいなんですけど、そこで詳細が発表されるんじゃないかって!」

 

 新「なるほど!結構手間がかかってるじゃん!」

 

 リーファ「ですよね!楽しみ〜」

 

 新「お互いステをどれかに極フリ状態でも組んだらどのスタイルでも結構いけそうだ」

 

 新「でもなんでこんな急にツーマンセルなんて、」

 

 シノン「まぁ今までツーマンセルでの協力プレイを好んでするプレイヤーなんてなかなかいなかったから無理もないわね」

 

 新「確かに...。完全に利害関係が一致してないと協力は確かにあり得ないな」

 

 シノン「このゲームはあくまで目的のターゲットを倒すゲーム。スコードロン以外での人との協力にはそれなりのリスクがあるわ。」

 

 シノン「相手の動きがかえって邪魔になってしまうことだってあるし」

 

 シノン「結局、信じられるのは自分の強さだけ。」

 

 シノン「報酬の問題もあるしね」

 

 そう、MOB狩りをしに行くならまだしも協力すること自体稀なゲームだ。相手に隙をみせればこっちだってやられる可能性がある。ましてやリアルマネートレーディングを採用しているこのゲームならリアルでの知り合いでもない限りなおさらだ。大体私は私自身が強くなる為にこのゲームを始めた。確かにスコードロンにも参加したことはあるがそれは自分の為であって、周りとの連携にそれほど重きを置いているわけではない。

 

 

 シノン「私はパスかな」

 

 リーファ「え〜!シノンさん出ないんですかぁ!?」

 

 新「おいおい、まだ詳細すらわかってないぞ?」

 

 シノン「確かに少し興味はあるけど、協力とか連携するのに向いてないの、私」

 

 シノン「もともと1人で索敵から射撃までやらなきゃだし」

 

 新「それもそうか、でも狙撃中に後ろとか気になるだろ?」

 

 シノン「初心者でもあるまいし、もうそんな心配してないわよ。クリアリングは充分してるし、大体ちゃんと集中しないと当たるものも当たらないわ」

 

 リーファ「でもシノンさんあの時のBoBではお兄ちゃんとすごくうまく協力してて、ちゃんとしたツーマンセルみたいでしたよ!」

 

 シノン「...あれは事情が事情だったから、本来なら真っ先に撃ち殺してるわ」

 

 シノン「とにかく、今回私はパス。2人とも出るならペアになっちゃえば?」

 

 店のドアへ向かおうと立ち上がりながら去り際に爆弾を落とすように放ったその言葉に2人は「えっ!?」という言葉をもらし、お互いの少し赤らんでいる顔を見合った。

 

 リーファ「べ、別に大丈夫ですよっ!...あたし初心者だし脚引っ張っちゃうから...あっシノンさん!?どこ行くんですか?」

 

 新「俺だってリーファち...おいシノンっ!」

 

 シノン「どこって戦場よ、私は1人でも充分やっていけるわ」

 

 シノン「...もちろんあなた達との関係は切らないから安心して」

 

 若干不安そうな顔をしたリーファの事が気になりドアに手をかけたが立ち止まり、緊張を少し緩めた笑顔でそう語りかけた。

 

 リーファ「...シノンさん...」

 

 シノン「...応援は絶対するから。」

 

 シノン「なんならリズに頼んでみたら?こいつと組みたくないのなら」

 

 新「おいおい、俺は別にリーファちゃんとペアでも全然構わないぜ?」

 

 リーファ「だからいいですよ...。あたしはまだ始めて半年くらいだし、新センパイはもう歴戦の勇者みたいなものじゃないですか」

 

 新「そんなことないって、俺はリーファちゃんと組みたいよ」

 

 リーファ「ありがとうございますっ、でもいいんです!私...もっと強くなってから...脚を引っ張らないようになってから新センパイと組みたいんですっ!」

 

 新「...そうか」

 

 新「実力的にはリーファちゃんは脚なんて引っ張らないと思うけど、リーファちゃんの中のなにかが、まだっていってんならそいつに従うのが正しいってもんだな」

 

 リーファ「...センパイ」

 

 新「まぁいいさ。強くなる為の最低限のアシストは今まで通りしてやるから後は自分で納得いくまで強くなれるといいな」

 

 リーファ「...ありがとうございます」

 

 新「っま、俺にも当てがないわけじゃないし」

 

 シノン「あら?あんたにそんな知り合いいたっけ?」

 

 新「舐めてもらっちゃあ困るな、これでも顔はきく方なんだよ。」

 

 そう言うと端末からメッセージを誰かへと送信しているみたいだ。

 

 リーファ「シノンさん、私リズさんに頼んでみます!」

 

 シノン「ええ、きっといい返事をくれると思うわ」

 

 そう言うと私はドアにかかった手に力を込めて押し込み、鈴の心地よい音を聞きながら酒場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 ==================================

 

 

 

 

 

 

 

 兵士A「シノンさん!シノンさん!...」

 

(はぁ...まったく)

 

 酒場を出てからというもの一体何人の人に声をかけられたのだろう。リーファから次の大会「BoB Tmc」の開催の知らせを耳にしてから町の様子はどこかいつもと違っていた。埃と硝煙の立ちこめるこの薄暗い街を行き交う人々は自分の中の気持ちを抑えきれずに無意識にどこか活気だっている。

 おそらく次の大会が2人1組で行われることに人々の関心は向いていて優秀な相方を探して様々なところを探しているといった具合だろうか。

 

 普段の彼女に面と向かって話しかけてくるプレイヤーはそんなに多くない。それこそトッププレイヤーの1人でもある彼女に、憧れや尊敬の眼差しで見ているものや挨拶をしてくるものはかなりいるのだが直接要件をもって話をしてくることなど今まで数えるくらいしかなかったのだ。

 

(これだからこのアバターは嫌なのよ)

 

 ただでさえ女性プレイヤーが少なく、むさ苦しい男の世界のようなゲームだ。筋骨隆々のガチムチ兵士のようなアバターがほとんどで稀にチャラチャラしたイケメン風プレイヤーなどがいるが女性アバターでさらに彼女ように端整で可憐なアバターはごく稀にしか出てこない。彼女自身は自分のアバターについてはまるで興味がないといった様子だが周りのプレイヤーたちの感情は彼女のそれとはまったく逆なものであることは火を見るよりも明らかだった。

 

 アサルト使い「シノンちゃん!次の大会聞いた?」

 

 無視、怒り、睨み、軽蔑、蔑み、様々な方法を試した彼女だったが次から次へとやってくるプレイヤーたちを黙らせるにはどれも軽めのジャブにしかならず、だんだん彼女の周囲に集まりだし、誰が彼女と組むのかで賭け事をしている連中すらいるほどだった。

 

(もう、いい加減にして)

 

「あっ、シノンさんじゃないですかぁ」

 

 唐突な聞きなれた声の居所に私はそのわずかな期待を突破口とするため為、急いで反応を返した。

 

 シノン「シ、シリカちゃん?奇遇ね、こんなところで」

 

 シリカ「いえいえ、少し買い物をしてただけなんでぇ」

 

 シリカ「それにしてもシノンさんすごいたくさんの人を連れていますねっ」

 

 にこやかに笑う彼女は私の周りに集まった有象無象について私の連れだとでも勘違いしたのか的外れな見解を披露してくれた。

 

 シリカ「そういえばシノンさんっ、次の「BoB Tmc」は誰とペアを組むんですか?」

 

 シノン「あーそれなんだけど...」

 

 シノン「私は今回の大会には出ないつもりなの」

 

 同時に周りからどよめきとも感じられる声が聞こえてきた。

「今回シノンさん出ないみたいだぞ」

「通りで反応が薄いと思ったんだ」

「か〜今回も撃たれたかったぜ」

 徐々に解散の兆しを見せ始めた烏合の衆をさらに取り払う為に彼女は会話を進める。

 

 シノン「シリカちゃんは今回の大会は出るんでしょ?」

 

 シリカ「はい!でもまだこれからペアの人を探そうかなって思ってて」

 

 生簀(いけす)の真鯉たちが巻かれた餌の元へと泳いでいく。

「おいおい、あっちの子もなかなか可愛くないか?」

「俺はこっちの方がタイプ!」

「相方募集ってか?」

「オタコン、聞こえるか?」

 すっかり取り囲まれた彼女の困り顔を横目に今回はごめんと横から路地裏へと脱出に成功した私はメッセージで今度なにか奢るから、という簡単なメールを彼女に送信した。安堵の表情を浮かべながら月が陰るこの暗闇の世界を見上げ、1度大きく息をしてからこれから向かうフィールドでの動きをシュミレートしながら路地裏を抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ==================================

 

 

 

 

 

 

 

 永遠とも呼べる静寂を秘めた闇夜の砂漠は茫然と広がる砂の海となって人々へ何を感じさせるのだろう。

遥か先まで広がる地平線の開始点である森林と砂漠の境界線、通称フロンティエールと呼ばれるこの場所で、1人のスナイパーがその静寂に紛れ、塔の頂上から今夜の獲物を狩る機会を狙っていた。

 

 PGM へカートⅡ、全長1380mm、有効射程距離が2kmを越えるといわれ.50BMGの弾薬を使用する為、口径・銃身、はたまたマガジンすら見慣れぬ大きさを誇っている。特徴として先端に高性能大型マズルブレーキが搭載されており、これは発射時に排出されるガスを穴の空いた横方向へ逃がし後ろへの反動を大幅に軽減、使用者への負担を最大限なくす為である。バイポッド・モノポッドも標準装備で匍匐射撃での初弾の精度は恐ろしく高くなっており、ボルトアクション対物ライフルとしてはとても人気が高い部類に入る名器である。

 

 彼女はスコープを覗きながら愛銃の意思を感じるかの如く集中していた。渇いた風の音だけが世界を支配する中、絶好の獲物を探し出すにはそう長い時間はかからないはずだ。

 

 シノン「...遅いわね」

 

 実は1時間ほど前、砂漠から森林地帯へ入っていく5人体制のスコードロンを発見した私は、砂漠側にある崩れかけた塔の頂上で彼らの帰還を待っていた。おおよそ検討はつくが森の中のダンジョンで大型MOBと戦闘し、その道中も報酬メインで狩りをしてくる為、様々な戦利品を所持しているはずだ。それゆえになかなか戻ってこない彼らに対して若干の苛立ちが募り始めた。

 

(...まったく、確かにここのエリアは少しレベルが高めだけど、いくらなんでも遅す......っ!?)

 

 苛立ちがため息にまで変化した矢先、ここからはよく見える、木々が刈り取られ地面が剥き出しになった一本の車道のような場所でついにスコープは彼らを捉えた。

しかし、なにやら様子がおかしい。

 

 シノン(3人しかいない!?しかもあれは...戦闘中!?)

 

 銃を構え砂漠へと抜ける為、こちらに向かって走ってくる色違いのベレー帽をかぶった3人の兵士の様子をスコープ越しに観察しながら、その焦りを直に感じ取り、私はもう一度気を引き締め直した。左後方に光学系ブラスターライフルを装備した男、その10m手前右には軽機関銃、さらに10m前方中央にアサルトライフルを構えた男たちが、後方を確認しつつも焦りの表情で砂漠を目指している。

 

 シノン(...追われている?いや、逃げているの方が正しいかも)

 

 スコープ越しにみえるその状況から、スコードロンの2人は狩りの途中でやられてしまったのか、強力なMOBの奇襲にでもあったのか、それとも......。

 そんなことを考えていた時、道の途中の岩場の陰に先頭のアサルトの男が身を隠し、走ってきた方角を索敵するように注視した。しかし、それは同時にこちらにとってはまるで狙ってください、といっているかのように背中を差し出していることになる。

 

(...どちらにしろ、どんな時も後方に注意(チェック・シックス)よ)

 

 トリガーに指をかけスコープ越しにアサルトの男を狙おうとした刹那、なぜ彼らが戦慄しているのか答えがはっきりとわかった。

 彼らよりも奥、前方の森の方角から火薬の弾ける音が空気を振動させ、それとほぼ同時に後方を走っていたレーザーの男の頭を吹き飛ばした。

 

 シノン(...っ...スナイパー!?)

 

「なんてことしやがるっ!」

 

「まずいですよぉ、このままだとアイテムが...」

 

 岩陰に隠れた男たちの会話が続けられるも、その内容は頭には入ってこなかった。私は今さっき目の前で起こった射撃にただただ息を飲んだ。

 

 シノン(...走ってる男の頭に直撃させたってこと!?しかも木々が交錯する森の中から...!?)

 

 シノン(...強いっ!)

 

 

 ただならぬ気配を感じとった彼女は目標を手前の2人からまだ見ぬ未知の敵へと変更した。

 波を打つ脈動がさっきまでの自分のそれとは比べ物にならないくらい大きくなったのを感じたが、これは恐れではないことを彼女はわかっている。

 なぜなら、先程のたった1発の銃撃で彼女を戦慄させるほど、相手は手練れのスナイパー。そんな敵と戦える高揚感からか、無意識に彼女は笑っていたからである。

 

 

 

 

 

 

 




続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3話 緑と砂の境界線

 

 

 

 

「お前は右を見てろっ!!」

 

 アサルトの男は額から流れる汗を目に見える緊張として感じながらベレー帽をかぶり直し、左側の岩場に隠れた今となっては最後の仲間に指示を投げかける。

 相手がスナイパーであることはすでに明白であり、今もなお、樹木が鬱蒼(うっそう)と茂る森の中で自分たちの命を狙っている。そのような事実が判断を鈍らせ、手足の自由を徐々に奪っていく。

 震える足に一発気合を入れ、自分たちの助かる道を模索しひねり出した策を色違いのベレー帽の仲間に伝える。

 

「相手はおそらく1人!場所はわからねぇが、狙いはMOBのドロップ品だろう!おれが囮になって飛び出すからお前はその間に全力で砂漠へ抜けろ!」

 

 今回のスコードロンでの目的は、この森のダンジョンでのボスモンスター「ショック・フロッグ」の討伐だった。独自の器官を持つこのカエル型のモンスターは、喉袋で精製される音玉を破裂させて発生させる強力な衝撃波での攻撃が特徴で、現に1人が衝撃波をまともに受け気絶したほどだ。今回のレアドロップ品はまさにその音玉を作り出す「ショック・フロッグの喉袋」という超高額アイテムだった。

 

「おれの持ってる音玉は2つだ!お前は必ず喉袋を持ち帰れ!」

 

 苦戦を強いられたものの喉袋をドロップし喜びをあらわにしようとした矢先、スコードロンのリーダーであるプレイヤーがいきなり撃ち抜かれてしまい、内心わけもわからず逃げてきたというわけだ。

 街に転送されているはずのリーダーに恥じない為に、なんとしてでもこのアイテムは持ち帰ると心に決めた。

 

「いくぞ!!」

 

 そう言うとアサルトの男は音玉をスナイパーがいるであろう前方に向かって思い切り放り投げた。同時に相方が走り出す準備をする。音玉が地面にぶつかる瞬間、けたたましい破裂音とともにその地点を中心にして空気上に大きな波が発生し、文字通り衝撃波として周りの木々を激しく揺らした。

 

「うおおぉぉぉ!!」

 

 囮役を買って出た男は気合と刹那を持って前方に飛び出した。自分はここでやられるかもしれないが全員の報酬を守る為にはそれも悪くない、という言うなれば覚悟を決めた男の心情はまさしく兵士のそれだった。

 

「なんとか逃げ切ってくれっ...!」

 

 男はそう願いを込めて相方が走っていった方向を確認すると、そこには胴体を撃ち抜かれ今まさに拡散しようとしている仲間の姿があった。

 

「なんっ......だとっ...!?」

 

 目の前の光景に頭がついていけず、硬直した四肢を動かす事が出来ない状態で男が最後に見たのは、真横から伸びている自分の額へと一直線に続く真っ赤な予測線だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ==================================

 

 

 

 

 

 

 

 最後の1人が撃ち抜かれたであろうその音を、私は塔の中に取り付けられた螺旋階段(らせんかいだん)をかなりの勢いで飛び降りながら確認した。

 一つ前の射撃から目標の敵が左の森の中にいることは明らかだが、塔の頂上からでは木々の生い茂った葉のせいで森の中はほとんど確認することが出来ない為、大体の位置がわかったその瞬間から私は新たなSP(スナイプポイント)に向かって隼の如く階段を降下した。

 そして丁度良く森の中が確認できるポイントに到着し、左の森がよく見渡せる位置でPGM へカートⅡを展開した。

 

 シノン(...相手は強いっ...!でもまだこっちには気がついてないはず...!)

 

 そう思い索敵に集中する。

 普段の索敵では隠れ方がいわばザル(へたくそ)な連中ならばなんの苦労もないが相手が手練れ、ましてやスナイパーとなると索敵は困難を極める。しかし先程の戦闘で大体の位置を掴んでいるこちらと、こちらの存在すら気がついていないかもしれない相手では、どちらが有利であるか問うのも馬鹿らしく感じるほど明らかである。

 

 シノン(...こっちから動く必要は全くない...向こうが姿を見せれば...!)

 

 おぼろげな夜の冷たさと静寂の中、木々達が揺れて、こすれ合う葉が囁くように、風の奏でる音以外はなにも聞こえない。

 

 シノン(...どこっ...?どこなのっ...!?)

 

 さすがの彼女にも焦りが見え始めた、その時、

 

(ガサッ!).

 

 シノン「...っ!!?まさか右っ!?」

 

 かなりの挙動で銃口を、まさに音のした右の森へと移すと、木の陰から顔を出しかけている人影らしきものが確認できた。その木本体に向かってすぐ様引き金を引いた。

 爆音と共にガンバレルの中が燃焼ガスで満たされ、行き場を失ったガス達は目の前に装填された.50BMGを押し出しながら圧力により瞬間的に加速、700mmもある砲身を一直線に駆け抜ける。銃口を抜けるその瞬間、弾速は秒速825mに達しマズルブレーキの横穴へガス達が噴煙を上げながら解放され同時に相殺しきれない反動が狙撃手の肩に重くのしかかる。

 この間わずか0.2秒の刹那に狙撃手の腕が試される。

 特大の弾丸は音速を超えるスピードで一直線に1本の樹木に向かって突進し、その軌跡の後に轟音を響かせていく。

 狙いは正確に幹の中心を捉え、めり込むどころか木に弾が触れる瞬間から木片を撒き散らしながら貫通というには生やさしく、まるで爆撃とも言えるような威力で弾丸の何倍もの穴を開けながら、後ろの人間ごと上下半分に吹き飛ばした。

 

 シノン「...えっ!?」

 

 全てをやりきった彼女だが驚くのも無理はない。

 たった今空中を舞っている上半身の男はライフルを持っているのではなく、ベレー帽をかぶっていたからである。

 

 シノン(まさか!?残ってた2人のうちのひとりなのっ!?)

 

 シノン「...くっ!」

 

 急いでボルト・アクション式であるこの銃のボルトを後ろに引き、薬室への装填・閉鎖・空薬莢の排出を同時に済ませ、銃を構えなおそうとスコープを覗き込む。

 その瞬間、ぞくっという嫌な気配をほぼ脳を介さず身体で感じ取り、その発生源たる場所、吹き飛ばした木の逆側にあたる先程アサルトの男達が隠れていた左側の岩場を覗き込んだ。

 

 覗き込むよりも数瞬前、

 

「残念だ...」

 

 怪しく光る銃口を1mmたりとも彼女の頭からそらさずに、そうもらすとスコープに写るこのゲームではとても有名なスナイパーに向かって己の銃弾を撃ち込んでいた。

 故に彼女が最後に確認できたのは、レンズ越しにもわかる狩猟者(ハンター)の目つきと冷たい瞳でこちらに銃口を向けているサングラスの黒服の男が、口角を上げながら溢れたその笑みを口元で表している姿と男の銃AI AW50だけだった。

 

 

 シノン「はやっ...!?」

 

 同時に彼女の視界は無に消え、最終セーブポイントへと転送されていくようだった。

 

 

 

 

 

 

 ==================================

 

 

 

 

 

 

 首都「SBCグロッケン」。

 人類が宇宙へ進出してから地球にあった文明はどことなく変化していったがそれを感じ取れるものは多くはいなかった。そして宇宙戦争が勃発、高度な文明を有する彼らの前に人類は敗北した。少しでも自らの文明を残すため人類は宇宙移民船団を結成し、巨大な宇宙船で滅びた地球に降り立った。地球に残る過去の技術を駆使しながらもう一度文明をスタートさせていくのであった。

 その時の宇宙船の上に作られたのがこの街である。という設定になっている。

 

 空気の一部が発光しここSBCグロッケンに舞い戻ってくる敗戦兵(デフィートアーミー)は数知れない。無論セーブポイントに死に戻りしてくるシステムからか、最初の街にも設定される首都であるこのポイントに戻ってくるものは多い。

 

 シノン「くっ!...はぁ、はぁ...なんでよ!?」

 

 先程のスナイプ戦のせいかまだ息が上がった状態で戻ってきた彼女は、直前の戦闘のイメージが焼き付いた映像を思い返しながら、自分の判断ミスを悔いた。

 

 シノン(あの状況で右は絶対あり得ない!それにあのベレー帽の仲間が全員もう死んでるって勘違いしてたっ!)

 

 少し考えれば気がつけたかも知れない。おそらく相手の男は彼女の1発目の銃声でこちらの存在を把握したはず。後は弾道を追って噴煙で位置を割り出し撃ち込んだといったところだろう。

 自分のミスのせいで勝てたかもしれない勝負を取り逃がしてしまったことにどうしても納得いかなかった彼女は、リスポーン近くのネオン管が彩色よく点灯している看板の下で自分を律した。

 

 シノン「それにしてもあの銃は...。」

 

 男の使っていたスナイパーライフル、アキュラシーインターナショナル AW50は彼女の扱うPGM へカートⅡと同じ50口径の弾薬を使用するアンチマテリアルライフル(対物狙撃銃)の一つである。L96A1のモデルを大型に再設計し.50BMGの弾薬を扱えるようにしたモデル。システムはPGM へカートⅡとほぼ同じだが装弾数が5発とのAW50の方が2発ほど少ない。

 

 PGM へカートⅡと同等クラスの大口径ライフルを扱い実力も私と同等かさらに上をいくスナイパーの存在に私の中の向上心が刺激され、さらに強くなりたいという気持ちを押し出してくる。

 

 シノン「次会うときは必ずっ......!」

 

 そう心に決めた私はさらに強くなれるかもしれないという高揚感とその逆の悔しい気持ちをうまく自分のものにして前へと進んでいく原動力とすることが出来た。

 ふと周りをみてみると、集中していた為気がつかなかったが、先程のスコードロンのベレー帽の集団も近くにリスポーンしていることに気がついた。そして、なにやら深妙な面持ちで話し込む彼らの話の内容がこちらへも流れてきた。

 

「くそっ!やっぱり喉袋がドロップしてやがる」

「嫌な予感はしたんだけどランダムドロップだよな?これって?」

「でもおれたち2人共一番高かったメインアームドロップしてますよ...」

「おれも一番高い防具をやられた」

 

 心臓が一度ドクンッと大きく脈を打ち、浮かんだ一抹の不安が杞憂(きゆう)に終わることを心から願った私は、アイテムストレージの確認を急いだ。

 

 シノン(...お願いっ!!どうか...ここにいて...!!)

 

 しかし彼女の願いは届かなかった。

 アイテムストレージの装備品の欄の空白になったメインアームの表示を目の当たりにし彼女の目の前が白くなりかける。なんとかそれに耐えログの確認をする。行動ログには「You dropped PGM Hécate Ⅱ」の文字があり彼女は言葉を失った。

 

 消えていった彼女の相棒は今まさにどこにあるのか。数えきれないほど彼女と同じ敵と戦ってきたその銃は、今まさに彼女のもとを離れゆき、永遠の別れとなるのではないかと頭をよぎったその瞬間、彼女は諦めという選択肢を排除した。

 

 シノン「...違う!私の相方はあの銃だけっ!絶対に取り返す!」

 

 気合をいれ自らの不安で押しつぶされそうな心を奮起させた彼女、この広い世界の中で離れていってしまった唯一のパートナーを探し出すことができるのだろうか。

 今夜は月が陰り、風も肌でやっと感じるほど穏やかな空気がその場を覆っていたが、彼女はその風をも切るかのように急いでマーケットへと向かっていった。

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
次回もお楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4話 ネオンの走る街

 

 

 

 

 

「なんだと!?てめぇ!!」

 

「...ひどく低脳で大きな声を出すことしか出来ないゴミクズと言ったんだが?」

 

 目の前にいる近接戦闘タイプの2人の男たちによって繰り広げられている光景に、私は平静を装うも若干の緊張を隠しきれなかった。しかし、それを悟られまいと気をしっかり持ち、その場の状況をただただ見守った。

 

 

 

 

 〜2時間ほど前〜

 

 

 

 

 新「...なっ!?へカートをドロップ!?」

 

 マーケットに向かって走っている私は、横を勝手に走っている先ほど偶然にも同じ道にいたであろう彼にそう言われた。

 彼の横を立ち止まることなく通り過ぎたはずだが、彼は走って私の後を追いかけてきたのだった。

 

 新「誰にやられたんだ!?」

 

 シノン「...ごめん、今は説明してる余裕ない。」

 

 マーケットに向かう途中、彼は今の状況を知るため私にいくつか聞きたいことがあったようだが、私の心中を察したのかしつこく聞いてくることはなかった。本来ならば、とても気の利いたありがたいことなのだが、それを感じ取ることが出来ないほど、私は必死だった。

 ネオンの灯りがまるで残像を残したように私たちの横を流線となって流れていき、大通りを走り抜けた私達は、やっとの思いでマーケットにたどり着いた。

 

 新「なるほど!オークションか!」

 

 シノン「ええ、クレジット目当てならドロップ品はほとんどの場合ここに集まるはず」

 

 シノン「...なんだけど...」

 

 どこに向かって走っていたのか気がついた彼は合点がいった素振りで私の横を歩いていた。同時に私は何かがおかしいような違和感を感じている自分に気がついたが、それがなんなのか今の自分では気が付くことができなかった。

 

 マーケットの中は往々にしてひと気が多いが、今回もそれと同じく活気に満ち溢れていた。スキル解除によりプレイヤーが独自の流通経路を持つ武器屋を営むこともあり、そちらに売却する場合もあるが、余程の知り合いでもない限り、大抵はこのオークションにドロップ品などが流れてくる。

 

 新「でも、へカートなんてこの世界にそう何丁もある銃じゃないだろ?」

 

 彼女が店内にある端末を操作している中、彼は最新の銃やナイフの映像が流れている大画面モニタを見ながら質問した。様々な魅力的な映像をみて少し心が踊ったが、状況を思い出し自分を律した。

 

 シノン「ええ、そうよ...でもだからこそ最近の出品があればそれが私のへカート」

 

 システム的にドロップした時点でオークションにかけることも可能であり、あの黒服がすぐに出品している可能性も充分にあった。

 

 シノン「そもそもこのゲームでSR(スナイパーライフル)を好んで使いたい人なんて」

 

 シノン「...っ!!」

 

 端末を操作していた彼女の手が止まる。

 

 新「どうした!?見つかったか!?」

 

 シノン「...いや、違うけど」

 

 新「なんだってんだ!?」

 

 横から覗き込んだ彼らの目に映っていたのは「PGM へカート Ⅱ」の現在の価格だった。

 

 新「...に、2500万クレジット!?」

 

 新「これって現実のお金で25万って事?」

 

 日本では、このゲーム内の通貨100クレジットが現実の通貨1円相当で交換ができるシステムとなっている為、途方もない価格に仰天する彼を尻目に彼女は操作を続ける。

 

 シノン「出品日はかなり前のようね...少なくともこの時はまだ私が使ってるはずだから別の銃と言うことね」

 

 新「でもさ、シノンのへカートが売りに出されたらこんな値段になるってことだろ...?」

 

 シノン「...そうね、色々いじってあるし、もしかしたらそれ以上かも」

 

 新「これは直接取り返した方が良さそうだな...」

 

 大学生である彼らにとって25万と言う数字はとてもじゃないが手が出せない位置の値段であった。

 

 

 

 新「ところで誰にやられたんだ?」

 

 店を後にして色鮮やかなの照明の世界が再び目の前へと広がると、大通りということもあり、通り過ぎる車両の音が私達を迎え入れてくれたが、その音にかき消されずとも大きすぎない声色で彼が私に尋ねた。

 

 シノン「見たことないサングラスの黒服。私と同じアンチマテリアルライフル(対物狙撃銃)を使ってた」

 

 新「えっ?」

 

 シノン「なに?まさか知ってるの!?」

 

 新「いや、そうじゃなくて...キルログは見た?」

 

 シノン「...っ!!」

 

 彼女が感じていた違和感の正体がやっと判明した。

 なぜ今まで気がつかなかったのだろうか。プレイヤーは自分が倒したプレイヤー、または倒されたプレイヤーの名前をログで確認することができる。今回も同様、彼女はスナイパーに撃ち抜かれこの街へ転送されてきた。そのプレイヤーの名前が表示されて然るべきである。

 確かにドロップが発覚してから一目散にここまで来てしまった為、冷静に考える暇がなかったといえばなかった。とはいえという疑問に抱きつつ、彼女はもう一度ログを確認する為、促されるかのようにメニューを操作し、あまり見たくない「You dropped PGM Hécate Ⅱ」の表示のすぐ上を見た。

 しかしそこには違和感の真の姿があった。

 

 

 シノン「...そんなことってっ...」

 

 

 そこには自分を倒したはずのプレイヤーの名前どころか、「You dead」の文字すらなかったのである。

 

 

 

 

 

 ==================================

 

 

 

 

 

 シノン「...どういうことよ...これ...?」

 

 シノン(...私はキルされて...いない?)

 

 シノン(いや、そんなはずはない!確かに転送されてきたしそれに...)

 

 ログの表示上の見たくない現実を目の隅で確認する。

 

 シノン(...オークションにも出ていないし...)

 

 シノン(...これだと取り返そうにも...相手が誰なのかも...わからない...じゃない...)

 

 シノン(私のへカートは...もう...)

 

 一度は持ち直し冷静になりかけていた彼女だったが、目の当たりにした事実を前に、とうとう目が潤みかける。

 

 シノン(また...私は...自分の弱さに勝てないの...?)

 

 シノン(やっぱり私は...弱い......)

 

 一輪の花から花びらが落ちる様に、一枚一枚何かが剥がれ落ちていくのを心で感じながら、暗く灯りのない思考の渦へと彼女は落ちて行こうとしていた。

 

 その時、

 

 バイクのスロットルを思い切り回したかの様な爆音が、目の前のバギーから聞こえて彼女は驚いて目を丸くした。

 

 新「シノン、乗れよ」

 

 シノン「......えっ?でも...」

 

 新「いいからっ!」

 

 バギーに跨りながら手を差し出した彼は、そういって私の手を引き、ほとんど無理やりバギーに乗せるともう一度エンジンを吹かした。

 

 新「しっかりつかまってろよっ!」

 

 バギーは前輪を若干浮かせながら思い切り発進し、夜の街をかなりのスピードで疾走する。

 先程まで感傷に浸っていた彼女だがあまりの状況変化に頭がついていけずに、ただただスピードと風を爽快に感じ、振り落とされない様にしっかりとつかまっていることしか出来なかった。

 

 シノン「ちょっと!?どういうつもり!?」

 

 彼の行動が理解出来ずに尋ねた。

 

 

 新「それはお前だろ!!」

 

 

 シノン「...っ!!」

 

 新「...俺をシカトするくらい必死に探した自分の銃を諦めようとしただろ」

 

 シノン「それは...」

 

 

 新「俺はマーケットで新しいナイフに惹かれた」

 

 新「でもシノンは店の中でそんなの見向きもしないで自分の銃だけを見てた」

 

 

 シノン「......」

 

 

 新「かっこいいじゃねえか!!」

 

 シノン「...えっ?」

 

 新「自分の使ってた武器を絶対取り返すって気持ち自体めっちゃかっこいいじゃん!」

 

新「すげーいいと思うぜ!その気持ち!」

 

 一瞬不意を付かれすぎて困惑したが、あまりに的外れな彼の言葉に私は思わず笑ってしまった。

 

 シノン「あははっ、あなたって、本当バカね!」

 

スピードがメーターギリギリの最高速間近になり風の音を体中で感じながら私はすっきりした気持ちでそう言い放った。

 

 新「えー!?なんだって!?」

 

 シノン「ふふっ、なんでもないわ!」

 

 シノン(悩んでた自分がバカみたい)

 

 まるで、あなたといると調子が狂うわと言いたげな彼女の表情は先程までの彼女とはまるで別人の様に自信に満ち溢れていた。これからやるべきことを晴れ晴れと示してくれた彼に感謝しつつ自分の決意を今ここに明確なものとした。

 

 シノン「ぜったい取り返すんだからっ!!」

 

 新(...元気...出たみたいだな)

 

 騒然と風を切る2人はまるで世界で一番輝くネオン管の様に光の流線を作り駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 ==================================

 

 

 

 

 

 

 新「ここか...着いたぞ」

 

 シノン「変な場所ね...」

 

 バギーから降りながらそう言葉を交わす私達がいるのは、情報量と人の出入りが一番多い噂される西のフィールド上にある酒場「 Dawn(ドーン) of(オブ) Dead(デッド)」。

 西部劇にも出てきそうな荒れ果てた荒野に佇む木材で作られたこの店では、街にいる情報屋では到底知り得ない情報などが数多く行き交うこともあり、今回のスナイパーの情報を得るにはこれ以上ない場所であった。

 もちろんフィールド上ということもあって戦闘することも可能になっている為、プレイヤー同士が非常に緊迫した空気を放っていることでも有名。まさにその店の目の前である。

 

 新「初めて来たけど、いかにもって感じの店だな」

 

 シノン「そうね...こんなフィールドの真ん中にあるなんて」

 

 街を出てからここに来る途中で私はやっと冷静さを取り戻すことができた。色々思考する中で今回の件についての最大の目標は「PGM へカートⅡ」の奪還。それを可能にするにあたって一番欲しい情報は、私を撃って奪っていったあのサングラスの黒服の情報だった。

 キルログを残さずに私を倒した謎の男の正体を知るべく噂に聞いた店までやって来たというわけだ。

 

 新「ここならそいつの情報があってもなんらおかしくなさそうだ」

 

 シノン「...何がどうなってるのか、はっきりさせないと」

 

 新「キルログにのらない狙撃か?」

 

 新「けどさ、実質シノンを撃ち取るほどの凄腕スナイパーならかなり有名なはずなんだけどな」

 

 シノン「でも、本当にあんな奴見たことなかったわよ」

 

 新「あの武器屋の子ならなんかしら知ってたかもな」

 

 シノン「リズの店が留守だったし仕方ないでしょ」

 

 普段、なにか情報が必要になった時は友人であるリズベットの店を利用するのだが、メッセージを飛ばして彼女の店まで出向いたが留守だった。流石に今の時間を考えるとゲームにインしていなくてもなんら問題はない時間ではある。

 

 シノン「そういえば...あなたもう1時を回ったけど、時間大丈夫なの?」

 

 シノン「送ってもらっておいてなんだけど...」

 

 新「はっ、ここまで付き合わせておいて何を今更言ってんだよ」

 

 シノン「ここまで送ってくれただけでも充分よ...」

 

 新「おいおい、何言ってんだよ」

 

 新「だいたいシノンは今メインアームがサブ武器だし、そんなんで狙われたら、たまったもんじゃないだろ?」

 

 新「シノンが困ってたら放っておけないしな」

 

 

 シノン「...」

 

 シノン「...そう...ありがと...」

 

 新「えっ?...まぁ」

 

 その瞬間、破裂音と共に店のドアが吹き飛びショットガンで撃たれたであろうプレイヤーが目の前に転がってきて飛散していった。

 

 新「...どうやら...とんでもねぇ場所に来ちまったみたいだなっ」

 

 シノン「...そのようね」

 

 隣にいる男は鼻先を押さえつつ軽やかに笑った。その緊張感と少しの高揚感が直に伝わった私は、自分の中の微妙な感情を取り払い気を引き締め直すため、一度息をついてから、彼とともにまるで獲物を飲み込もうとしている化物の口のように大きく空いた穴をくぐり抜け、薄暗い店の中に入っていった。

 

 

 

 

 




続く。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5話 Dawn of Dead

 

 

 2人が店の中に入ると、店内の様子が薄明かりとともに明らかになった。驚くことに店内は、先ほど人が外へと吹き飛ばされてきたにも関わらず、重い静寂が保たれていた。

 所々にある蝋燭の灯りがゆらりと揺れ、文字通り招かれざる客を怪しく歓迎した。

 とはいっても、歓迎したのは「店」だけであり、その店にいる「プレイヤー」たちは歓迎する素振りなどは全く見せない。

 俺たちが店に入るやいなや一瞬視線を向けたと思ったら、各々まるで何事もなかったかのように今まで通りに過ごしだした。

 複数人で話をしている者、一人で佇む者、酒を飲むものなどいるがこちらを見向きもしない。しかし、各々目線はそのままに殺気だけをこちらへ向けている。というとんでもない雰囲気の店だった。

 

 新(おいおい...どんな店だよ)

 

 シノン(ただのカッコつけでしょ?)

 

 そう言って彼女はズカズカとその薄くモヤのかかったような店の奥へと進んでいき開いてる席へと腰を下ろした。それにつられて殺気も移動する。

 

 シノン「あなたは来ないの?」

 

 新「行くって、...街の店とはかなり違うな」

 

 穴の空いた入口の方を見て彼女はこちらへ声をかけた。それに反応するように俺もゆっくりと椅子へと向かう。

 

 シノン(どれも見せかけの殺気、つまらないものね)

 

 はぁ、と息を吐く彼女のつまらなさそうな横顔を横目に俺は今一度、店内を見渡した。

 

 中央にある入口から見て、店の最奥。そこはバーカウンターのようになっていて後ろの棚には数多くのお酒の瓶が見事な配列で並んでいる。そして、フロアに当たるスペースに机と椅子が乱雑に並べてあり、俺たちが腰を下ろしたのはそこの一角だ。

 

 左右の壁には黒いカーテンがしてある大きな窓が2つずつあり、昼間であれば明るいのだろうかと感じさせる。壁には手配書を模した張り紙が貼ってあり、おそらくランキング上位の者達の写真が出ているのだろう。

 天井は普通の建物より少しだけ高く、木目のはっきりした針葉樹が使われていて、しっかりと組み合わされる形で屋根部分を支えている。

 

 照明が蝋燭のせいか、ここから見えるのはそのくらいだったがその全てに弾痕がはっきりと残っており、恐ろしさを物語っていた。

 

 

「いらっしゃいませ~」

 

 新「...っ!」

 

 唐突にこの店の雰囲気に似ても似つかない優しげな声が聞こえ、思わず仰天した。

 

 シノン「えっ、あなたのお店なの?」

 

 ???「いえいえ~違いますよ、僕はここのバイトです」

 

 新「ああ、バイトね...俺たちマスターに会いたいんだけど」

 

 バイト「あ~、マスターなら今いないんですよ、もう少ししたら戻ると思うんですが」

 

 シノン「...そう。じゃあ待つわ。あなたは、プレイヤー?」

 

 バイト「はい、もちろん」

 

 にこやかに笑う若そうな彼は、この店のそれとはまさに正反対の雰囲気を(かも)し出していた。白いシャツに蝶ネクタイ、そしてベストという、いかにもバーテンダーのような彼が、その雰囲気も相まってこの店の異彩さを更に際立たせていた。

 

 

「おい!ラッツ!バーボンだ!」

 

 ラッツ「はい、ただいま~」

 

 ラッツ「あなた達もお飲み物が決まったらなんなりと~」

 

 ラッツと呼ばれたバイトの男はふわりと一礼するとお酒の用意をするためカウンターの方へと歩いていった。

 

 シノン「...あんな子をバイトにするなんて、ちょっと変わってるわね。」

 

 新「...まぁ、そうだな」

 

 シノン「あれじゃあ雰囲気台なしね」

 

 シノン「寄せる雰囲気じゃないけど、ここ」

 

 いつもの雰囲気を取り戻した彼女にホッとした俺は颯爽(さっそう)と彼女に話しかけた。

 

 新「それでさシノンっ!いいわすっ...」

 

 シノン「あなたはなにか飲むの?」

 

 シノン「え?なに?」

 

 新「...。あーまぁいいやっ、早く戻ってこねえかな、マスター。」

 

 そうこうしていると周りの殺気にも慣れてきたのか、よくみてみると周りの連中はさほど強そうな感じはしなかった。特に複数人で座っている者達の中には、強がるために無理やり殺気を放っている者もいるということに気がついた。

 俺たちはそれぞれ軽めのヘイスト効果のあるお酒、といってもただの飲み物を頼んでマスターの帰りを待っていた。

 

 ふとカウンターの方へ目をやると、数ある座席の中でただ一人だけカウンターに席をとっている者がいることに気がついた。

 その男の顔までは見えないが、背後からみるとまるでスーツのような格好に長めのトレンチコートを羽織った清潔感の漂った風貌をしていた。しかしなにかが気になった。

 

 新(おいシノン、あいつどう思う?)

 

 シノン(どうって、別に普通だと思うけど)

 

 はっ、とどことなく感じていた違和感に気が付きシノンへ言葉を投げかける。

 

 新(普通なのがおかしいんだ...あいつだけ殺気を放っていないんじゃないか?)

 

 シノン(...言われてみれば)

 

 彼女もその違和感に気が付き、注視しようとカウンターを見た時、入口の方から気配がした。

 

 シノン「あら、マスター帰ってきたんじゃない?」

 

 彼女がそう言う前、俺は只ならぬ気配が背筋を凍らす感覚を味わっていた。

 

 新「違う...っ!!!伏せろっ!」

 

 

 彼が机を蹴るのとほぼ同時に、入り口の外からけたたましい音と無数の弾丸が店の中になだれ込んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ========================

 

 

 

 

「ヒャアッハアアアーー!!!!!」

 

 数えきれないほどの空薬莢を撒き散らしながらその男は「XM214 ガトリングガン」、通称「マイクロガン」の6つある銃身を目の前の建物に向かって全弾発射する勢いで発射した。

 100発/秒という発射速度を誇り、あたった時には何も感じることなく死ぬと言われ「無痛ガン」という似ても似つかない異名を持っている。

 本来、攻撃ヘリや航空機に装備されるものであり、軽量化がなされたこのモデルでも現実では到底1人では扱うことのできない重量と反動を持った銃である。

 

 店内にいた者の半分ほどがこの銃の餌食となり、言うまでもないが木造の壁は穴だらけとなった。

 

 新「...大丈夫か!?」

 

 シノン「ええ...なんとか...」

 

 咄嗟に倒したテーブルの影に隠れて難を逃れた彼らだったが、無理やり引っ張られたせいか、同じく隠れた彼女は頭を片手で押さえながらそう言った。

 そして彼は入口の外に佇む数人の男たちの姿を覗き見つつ、店内の悲惨な状態を横目に確認した。

 

 シノン「一体何が起こったっていうの...?」

 

 新「静かに、今は目の前の敵だ」

 

 店内へと入ってきた男たちを確認しながら彼は真剣な眼差しでそう告げた。

 

 ???「おい!俺の手下を殺ったやつがいるこたぁわかってるんだ!」

 

 ???「出ぇてきやがれ!まぁ、生きてたらなっ!」

 

 先頭の太った男が笑いながら吐き捨てるように言うと話の全貌がわかった。目的はどうやら報復で、先ほど入り口で飛散していったプレイヤーの仲間のようだった。

 

「おいっ、あいつもしかしてゲイブじゃねえか...?」

「あの粘着プレイで有名な!?」

「確か拠点は東の方だったはずじゃ...」

 

 周りがざわつきだしたことをいいコトに太った男は続ける。

 

 ゲイブ「ぐふふ、いま出て来れば10キルぐらいで許してやろうじゃないかぁ、なぁ?」

 

 仲間の男たちがそれにつられてイヤらしく笑うと男たちは乱暴に周りを探しだし始めた。

 

 

 シノン「ねぇ、どうするの?」

 

 いつの間にか彼の隣で状況を覗いていた彼女が訪ねてきた。

 

 新「相手は5人。親玉さえ潰せばあとは雑魚だろう」

 

 シノン「...でも少し距離があるわね」

 

 新「まぁそこはなんとか大丈夫だ、あとは......いやっ待て!」

 

 腰にかけてあるナイフの一本に手をかけていた彼は天井にある気配を察知して自らを制した。

 

 

「...ゴミどもが」

 

 

 その直後、天井から特徴的なPDW(サブマシンガン)の銃声が響き、それとともに雨とも呼べる数十発の銃弾が男たちに向かって降り注ぐ。

 

 はずだった。

 

 天井の横に伸びた柱の上に立ったコートの男は、何を思ったのか太った男達の方向からかなり()れた壁に向かってその銃弾の雨を発射した。

 

 ゲイブ「なにをっ!?」

 

 男が驚いた直後、跳ね返った無数の弾丸が彼らを取り囲むかのようにして襲いかかる。仲間の男たちの体や手足、そして男の大きな銃本体にその軌跡を終結させ、そのすべてをデジタルエフェクトとして飛散させた。

 

 ゲイブ「...えっ?」

 

 ゲイブ「...あっ...あぁっ......」

 

 銃を失った男は驚愕し震え上がる。

 

 柱の上にいた男は、スタッと床に降りると膝をついて震え上がる男に向かってゆっくりと足を進める。

 

「...貴様のように雑魚を連れて粋がっているやつを見ると虫酸が走るんだ...」

 

 ゲイブ「...やっ...やめっ...」

 

 まるで感情を持ち合わせていないようなその男の死神のような目からは恐怖しか感じ取れない。

 

「...どうした?死にたくないのか?」

 

 泣き出した男の前で立ち止まると、今度は壁ではなく額の中央に冷たい眼差しとともに持っていた銃を無機質に構えた。

 

「...クソどうでもいい」

 

 男は引き金を引こうと指に軽く力を入れた。

 

 

 その刹那、

 

 

 背後からの殺気と音のような速さで近づいてきた2本のナイフが、今まさに自分の急所を狙って一気に伸びてきている最中だった。

 

「...なんだ?」

 

 耳を突く金属がぶつかり合う音とともに、その攻撃を持っていた銃で受けた男は競り合いながら疑問を投げかけた。

 

 新「ざけんじゃねぇぞ!」

 

 憤慨した彼は、競り合ったナイフを思い切り押し返され、後ろに飛んだのち空中で一回転して床に着地した。

 

 新「そいつは確かにおれも気に入らねえ、おれも殺そうとしてた...」

 

 新「だからって武器をわざわざ壊してから殺す理由もないだろッ!」

 

「...」

 

 新「虫酸が走るんだよ!無抵抗の人間を殺す奴は!」

 

「......」

 

 一定の距離を取りつつ言葉をぶつける彼をいかにも(だる)そうに見ていた男は一瞬視線を上に逸らしたかと思うとこう告げた。

 

 

「...甘いな...おまえも死ぬか...?」

 

 初めて見せたこの男から出された殺気は、先程までの見せかけの殺気とは比べ物にならないほどの圧力を感じさせ、まさに死神の形を模しているようだった。

 

 

 

 

 

 

 ========================

 

 

 

 

 

 

「お、おい、あいつってもしかしてッ!」

 

 目の前で繰り広げられる熾烈(しれつ)な戦いを端の方から見ていた男たちがざわつき始めた。

 

「ま、間違いねぇ!手配書のなかにあったんだ!...そう!ムスタング![壁撃ち(リバウンダー)]のムスタングだ!!」

「初めて見たがあいつがそうなのか!?」

「確かランキングは9位だよな!」

 

 

 周りがざわつき出すのを感じ、男はより一層醒めた表情をあらわにした。

 

 ムスタング「...お前も含め、どいつもこいつもうるさいハエだな」

 

 新「なんだと!?てめぇ!!」

 

 ムスタング「...ひどく低脳で大きな声を出すことしか出来ないゴミクズと言ったんだが?」

 

 そう言うと男は持っていたCBJ-MSを2本のナイフを構えている彼に向かって、正確には彼の頭上の柱の金属部分に向かって発射した。

 

 この銃はPDWとしては時代遅れともとれるUZI風の外装となっているが、長所である片手でも扱えるほどの機動力を兼ね備えつつも、伸縮式ストックに黒色のポリマーフレームという安定性も考慮されている。

 その外観はかなり近未来的なものとなっており、マガジンの種類が多く最大100連のドラムマガジンまでもが使用されている。

 使用弾薬は6.5mm×25 CBJで貫通力特化の銃弾だが、通常の弾薬と比べかなり軽く、この銃では無理だが、初速が最大秒速830mまでに達する高速弾でもある。

 

 その弾が案の定、金属に跳ね返りこちらに向かって迷いなく飛んでくる。

 

 新(この正確さ...おそらくプレイヤースキルッ!)

 

 その銃弾を体の重心をずらしつつひらりと避けてみせると周りのざわつきがさらに加速する。

 

「おい!あっちのやつも見たことあるぜ!」

「確か名前は...新だッ!」

「ランキング19位の[死なない男(ノーデッド)]か!」

 

 新「ヘッ!普通に死ぬけどなッ!」

 

「ちょっとまてよ!あっちの隠れてる娘って...」

「えっ...!?まさか...!?」

「ランキング17位、[冥界の女神」の...」

 

 

「「シノンちゃんだ~!!!」」

 

 

 シノン「...」

 

 机の影からどこかを見るわけでもないが軽蔑するような眼差しで彼女は答えた。

 どよめきともとれる周囲の歓声は、まるで世界のスターたちに遭遇した時のように憂かれ気分だった。

 

 

 ムスタング「ふっ...興が削がれたな」

 

 鼻で笑うような姿を見せた男は、構えていた銃を静かに下ろした。

 その若干の笑みを浮かべた男の姿を見た彼は、戸惑った。

 なぜなら自分の中の男に抱いた最悪の印象が少しだけ間違っているかもしれないと感じさせるほど、その時の男の雰囲気は妙に優しかったからだ。

 

 新「...おまえさ」

 

 新「...っ!」

 

 疑問を確信へと変えるため、男へ声をかけようと言葉を発した時、

 

 

 ゲイブ「...へへっ...みんな吹き飛んじまえばいいんだ...」

 

 気の狂ったような表情で爆弾らしきものを操作している男の姿がそこにはあった。

 

 新「っやべぇ...!」

 

 ムスタング「チッ...!」

 

 先ほどの戦闘のせいか、2人と男との間には結構な距離が空いてしまっていた。

 

 新「間に合わっ...」

 

 

 直後、耳を重く突く低音のドォーンという大きな音が店の中に広がった。

 

 

 一同みな吹き飛ぶという思考を実らせ目を(つむ)っていたが、目を開けてみると自分はおろか店まで無事に立っていた。

 

「おいおい、俺の店がめちゃくちゃじゃねーか。」

 

 野太い声と同時に、煙の上がったショットガンを構えたガッチリとした体躯のいい男が言ったのは、彼の目の前にいた太った男を豪快に吹き飛ばしたあとだった。

 そして、続けてこう言った。

 

 

「なぁ?新」

 

 

 

 新「...うるせぇよ、ゴリ...」

 

 シノン「...えっ?...まさか知り合いなの...!?」

 

 

 机から出てきていた驚く彼女を横目に彼は、彼女の怒っているような雰囲気を肌で感じつつ、いろいろ起こりすぎた今の状況を、このあとどう整理するのかを考えることに必死で、頭の中が真っ白になる感覚を生まれてはじめて味わったのであった。

 

 

 

 




モブって本当に好きです。

次回からようやく進展がありそうです。
続く。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6話 荒野の雫

「まったく...誰の店で暴れてやがるんだ」

 

 

 黒のタンクトップで余計に強調された坊主頭のガタイのいい男は、ショットガンを持ち上げそれを肩で支えつつ呆れていた。

 

 ゴリ「お前がいるといつもろくな事がネェ」

 

 呆れ顔の中に若干笑いのようなものが含まれていて、逆にそれが威圧感を放っている。

 

 新「こ、今回はおれじゃねぇよ」

 

 新「だいたい初めて来たわけだしっ」

 

 新「今回はアイツのせいだ!」

 

 コートの男に向かって指をさしつつ、顔を引きつらせながら答える。

 

 シノン「...ねぇ」

 

 新「えっ?...あっ」

 

 シノン「説明してちょうだい」

 

 あたふたしている彼に不信感をあからさまに出した彼女の視線が突き刺さる。

 

 ムスタング「フンッ...馬鹿なゴミだ...」

 

 新「ちょっとおまえ...「ねぇ」

 

 

 ゴリ「...今日は店仕舞いだ。みんな帰ってくれ」

 

 新「了解だ!」

 

 ゴリ「お前らは残れよ、」

 

 周りの連中にそう声をかけると彼を一睨みした。

 

 

 ムスタング「いや...俺は帰らせてもらう」

 

 ゴリ「なんでぃ、俺に用があったんじゃないのか?」

 

 ぞろぞろと店を出て行く者たちを見ながらショットガンをしまい、倒れたテーブルを立てて腰掛けながら質問した。

 

 ムスタング「確かにあったがそんな気は失せた...」

 

 そう言うとコートの男もまた彼を睨みつけた。

 

 ゴリ「...わかるぜ、その気持ち」

 

 腕組みをしながらしみじみとした顔で出口へと向かう彼を背中で見送る。

 

 新「あっ、おまえ!ちょっと話があるんだよ!」

 

 ムスタング「...興味ないな」

 

 振り向かず答えた男は去り際にこう付け加えた。

 

 ムスタング「...いずれ、もう一度戦うことになるだろう...」

 

 新「...なっ」

 

 外の世界に溶け込んでいくその男の背中は、どこか儚く、しかしどこか頑強で強い意志のようなものを感じた。

 

 

 ゴリ「さて...」

 

 ゴリ「俺もおまえに聞きてぇことは山ほどあるし、早く話さねぇと連れの姉ちゃんがワシントンを爆撃しちまいそうだ」

 

 いかにも不機嫌そう、いや、不機嫌の骨頂ともいうべき姿の彼女はいつまでたっても話し出さない彼に威圧の矛先を集中させていた。

 

 新「わかってるよっ。ごめんシノン!落ち着いてくれ!」

 

 シノン「...」

 

 シノン「......はぁ...」

 

 シノン「やっぱり、あんたといると疲れるわ...。」

 

 

 私の苛立ちを彼に向けても意味はないとわかっていたけど、どうにも釈然としない気持ちもあって結果的に私の思ったことを素直に彼に伝えた。

 

 いろんなことが起きすぎて忘れていたけど、ここに来る途中や戦っている時などにたまに見せる彼のまっすぐで真剣な姿は、人の心を惹きつける力があるのはわかっている。

 まだはっきりとはわからないけど、私もそのような姿に惹かれている自分もいるような気がしていた。

 

 でも、私は自分のやるべきことと彼自身の気持ち、あの後輩の女の子とのことが私の中でその気持ちよりも前にあることを理解している。

 あの時は動揺もしていたし、彼に抱いた感情は一過性のものだと私は断定して、そのはっきりとはわからない気持ちに蓋をして自分の中にしまい込んだ。

 

 

 

 

 

 

 ========================

 

 

 

 

 

 

 ゴリ「少し煙たいな...」

 

 そう言った店の店主はカーテンと窓を開け、冷えた暗い荒野の風を店の中に招き入れた。その風が店の中の煙だった空気と混ざり合い別の何かに変わっていった。

 

 

 新「えっと、どっちから話せばいいんだ...?」

 

 店の客が私達二人になったところでようやく彼の話が始まる。

 

 ゴリ「すこし待て」

 

 ゴリ「おいッ!ラッツ!いつまでそこに隠れてるつもりなんだ!」

 

 店内に響き渡る声で名前を呼ぶとカウンターの下から頭を押さえた白い髪の背の小さな男が顔を出す。

 

 ラッツ「...あれ?もう大丈夫なんですか~?」

 

 今の今まで隠れていたであろう彼にすこし呆れたが、無事だったことに少しだけ安堵した。

 

 ゴリ「今日はもうお前の仕事は終わりだ。帰っていいぞ」

 

 ラッツ「でも、店がめちゃくちゃですよ~...」

 

 ゴリ「これくらい俺一人で何とかしておく」

 

 ラッツ「...じゃあ、あとはお任せしますね」

 

 そう言うとバーテンダーの姿をした彼はこちらに向かって一礼すると「また来てくださいね」と笑顔を残し店を出て行った。

 

 シノン「そういえばなんであの子を雇ってるの?」

 

 ゴリ「将来酒場をやりたいんだと。それでそん時のための勉強だってな。まぁ、抜けてるとこはあるが意外としっかりしたやつだ。」

 

 いつも助かってる、と彼は付け足す。

 

 ゴリ「そういえば、自己紹介がまだだったな」

 

 ゴリ「俺の名前はゴリだ。本業は武器屋だが、見ての通りこの酒場で情報屋もやっている」

 

 ゴリ「こいつとはこのゲームを始めた時にお互い最初に話したプレイヤーだった。つまり同時にキャラを作ってたってことだ」

 

 新「笑えるな、」

 

 ゴリ「そんなこともあってか、よく同じスコードロンにも参加したもんだが、俺がこの店を始めてから急に疎遠になってな。最近連絡が来るまではまるっきりシカト決めてくれてたぜ。」

 

 新「悪かったなっ」

 

 ゴリ「そんなこんなでこいつとは長い付き合いってわけだ。」

 

 ゴリ「まぁ武器と情報に関してはかなり自信があるおっさんってところだな。」

 

 ゴリ「そんで、姉ちゃん。名前は?」

 

 シノン「...情報屋ならわざわざ言う必要ないかもしれないけど、私はシノン。スナイパーよ。」

 

 新「...おいおい、」

 

 ゴリ「いや、いいんだ。こういう奴は嫌いじゃない」

 

 ニヤリと笑った彼は私の言った言葉にまんざらでもない様子だった。

 

 

 ゴリ「じゃあシノン。お前はここに来たわけだ。なんでかって言ったらそいつは情報だ」

 

 ゴリ「ここに来るのは、武器もしくは情報を売りに来る奴と買いに来る奴しかいない。」

 

 ゴリ「お前は情報を買いに来た、違うか?」

 

 急に目つきが変わった男にただならぬ雰囲気を感じたがここで引くわけにはいかない。

 

 シノン「情報に自信があるなら私が何を求めているかも分かるんじゃない...?」

 

 新「...っ!」

 

 ゴリ「こいつぁ、たまげたな...」

 

 口に生えたヒゲを触りながら男はさらにニヤリと口角を上げて笑う。

 

 ゴリ「...いいだろう、気に入った。本来ならばそれを俺に言わせるのにも金がいるが、答えてやろうじゃないか」

 

 男はその鋭い視線を少しもそらさず、こちらをまっすぐ見ていたと思ったら腕を組み直し視線を床に落とした。

 

 ゴリ「......」

 

 ゴリ「お前は...」

 

 

 ゴリ「...ヘカートをドロップしたな...」

 

 

 シノン・新「!!!」

 

 

 ゴリ「そして...自分を倒したスナイパーを探している...」

 

 

 

 シノン(なんで!?こいつ!?)

 

 彼女は咄嗟に今装備しているMP7を彼に構えるため腰に手を伸ばした。

 後ろ腰に下げてあったその銃を一刻も早く男へ向けるために急いで構える。

その瞬間、窓の外から銃弾が飛来し彼女の構えた銃は弾き飛ばされてしまった。

 驚いて外を見ると白い髪の男が真っ直ぐこちらに銃を構えていた。

 

 ゴリ「...言っただろ、しっかりしたやつだって...」

 

 目の前の男に目線を向き直すと、そこには巨大な岩のようなオーラを持った威圧感の男がいた。

 

 シノン「なんで...そのことを...」

 

 ゴリ「お前も言っただろ...俺は情報屋だ。情報には自信がある...」

 

 ゴリ「そして...その男の居場所を...俺は知っている...」

 

 シノン「!!!」

 

 シノン「どこなの!!?」

 

 ゴリ「...」

 

 ゴリ「それが人にものを尋ねる態度かい?姉ちゃん」

 

 男がここぞとばかりにニヤリとする。

 

 シノン「っ...い...いくら出せばいいのよ...」

 

 ゴリ「金はいらねえ、ただ、膝をついて「教えてください。お願いします。」と俺にいえば教えてやろう...」

 

 シノン「...っ!...」

 

 

 シノン「...」

 

 

 シノン「......っ...」

 

 

 シノン「...教えてく...」

 

 

 

 

 

 

 新「そこまでだ!」

 

 

 

 

 

 

 そう声が聞こえ、私が確認できたのは本当に見えないほどの早さで男の後ろにまわり、抱えこむ形で2本のナイフをクロスして喉に突きつけている激怒した彼の姿だった。

 

 新「...いい加減にしろ...やり過ぎだ。」

 

 ゴリ「おぉっと...怖いねぇ...」

 

 白い髪の男が窓から中に飛び込み、ナイフの彼に銃を構えたが、男は右手を上げてそれを静止した。

 

 ゴリ「ラッツ...銃を降ろせ、確かにおれも熱くなりすぎた」

 

 そう言うと白髪の男は構えていた銃を静かに降ろした。

 

 

 ゴリ「すまなかったな姉ちゃん、俺も昔から負けず嫌いでな」

 

 ゴリ「非礼を詫びよう...」

 

 ナイフから開放された男が頭を下げながらそう言うと、膝立ちだった私はそのまま力が抜け座り込んでしまった。

 

 

 新「いくらお前でも俺の知り合いにやって良いことと良くないことがあるぞ...」

 

 新「特に今のシノンは必死なんだ!自分の銃を取り返すために!」

 

 新「その気持ちがッ...お前にわかるか!?」

 

 ゴリ「...わかってるって、本当に悪かった。」

 

 バツの悪そうに頭をかく男は、確かに反省している様子だった。

 

 新「立てるか?シノン?」

 

 手を伸ばしてくれた彼の手を取ろうとしたが、ここで手をとってしまうと今後自分がわからなくなってしまいそうで、私はうつむいた。

 

 

 そして、

 

 

 シノン「...大丈夫よ...自分で立てるから...」

 

 ありがとう...、と彼の好意を断り、重い足にいつもよりたくさんの力を込めて立ち上がった。

 

 シノン「...ゴリさん」

 

 ゴリ「なんだ?」

 

 

 シノン「こちらこそ本当にごめんなさい...」

 

 

 私は自分のつまらないプライドによって周りに迷惑をかけたことを恥じて、その主たる人物へ向かって非礼を詫びた。

 

 ゴリ「...本当にたまげたなぁ!!ますます気に入った!!」

 

 大きな声とともに新しい宝でも見つけたような顔をした男はこちらへ歩み寄ってきた。

 

 ゴリ「俺が思ったよりずっと出来た人間のようだ。」

 

 ゴリ「シノン。おれも協力しよう!」

 

 そう言って男はたくましい筋肉質の立派な手を差し出してきた。

 

 私はいろいろな気持ちを整理する為に一度息をつき、

 

 

 シノン「こちらこそ、恩に着るわ」

 

 

 その手とガッチリと握手を交わした私は、出会ってまだ間もないがとても信頼できる仲間と巡り会えた嬉しさで、思わず頬がほころんでしまった。

 

 そして、それは目の前に悠然と立つこの店の店主たる男もまったく同じだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ========================

 

 

 

 

 

 

 

 かなり損傷してしまった木造の酒場を後にした私達は、冷えた荒野で綺麗に散りばめられた星空に照らされながら、ログアウトするために街へ戻る道をバギーにまたがり走っていた。さらに言うと、あの情報屋の店主と次の約束をこじつけていた。

 

 

 

 

 

 ゴリ「今日はもう遅い。その男の情報は日を改めてから話そうと思う」

 

 新「えっ?今何時?...ってもう3時か!?」

 

 新「明日起きれる気がしないッ...」

 

 新「シノンは大丈夫か?」

 

 シノン「私は昼からだから意外と大丈夫かも」

 

 新「俺明日1限からだぜ!?単位落としそうだッ!」

 

 ゴリ「おまえらなぁ...」

 

 シノン・新「あっ...!」

 

 ゴリ「...そういう情報はマナー違反だから俺の専門外だ、他言はしねぇよ」

 

 ゴリ「にしてもランキング上位の2人がまさか学生とは...」

 

 ゴリ「プロも商売上がったりだな」

 

 新「溜息つくんじゃねぇよッ、だいたいお前のほうが獲得クレジット絶対多いし」

 

 ゴリ「それは情報屋だからな...」

 

 シノン「それでいつにするの?」

 

 ゴリ「早いほうがいいだろう、明日大学があるって言うならその次の日、時間は昼ごろ。土曜日だしいつでも大丈夫だろ?」

 

 シノン「そうね。私は大丈夫。」

 

 新「おれは多分夜じゃないと無理だからシノン行っててくれ」

 

 シノン「...そう。わかったわ」

 

 ゴリ「それで場所だが、俺の店は思ったより直すのに時間がかかりそうだ。だから信頼できる知り合いの店の場所を借りようと思うんだが...」

 

 シノン「...かまわないわ...」

 

 ゴリ「なぁに、心配するな。お前たちのよく知っている店だ」

 

 シノン・新「...えっ」

 

 

 

 

 

 

 シノン「まさかリズとも知り合いとはね」

 

 新「あの子も同じく武器屋と情報屋だからな」

 

 バギーが重いエンジン音を鳴らしながら軽快に走っていく中、私は彼に掴まっていた。

 今回乗っているバギーは比較的小型の4輪バギーであり、一応2人乗りだがバイクのように運転席のすぐ後ろに座席があるため、必然的に体が密着してしまう。

 

 シノン「あのさ...」

 

 新「なんだ?」

 

 シノン「さっきは...ありがと」

 

 シノン「私を...かばってくれたでしょ...?」

 

 新「どうしたんだ?急に?礼ならさっき聞いたぞ」

 

 シノン「うん...でも...あらためて言っとかなきゃって...」

 

 新「どういたしまして」

 

 シノン「私がけしかけたのに...」

 

 新「けどあれはどっから見てもあいつが悪いだろ!」

 

 シノン「...あんなに怒っているあなたを見たのは...初めてだったから...」

 

 シノン「だから...うれしかった...」

 

 新「そうか...」

 

 その後バギーの音のみが聞こえる静かな時間が流れる。

 言葉をかわさない時間がこんなにも長く感じるのはなぜだろう。

 どことなく次の言葉が見つからず、私は気まずそうに黙ってしまった。

 

 それを感じ取ったのかどうかはわからないが彼が切り出す。

 

 新「シノン...取り返せるといいな...おまえのヘカートを...」

 

 シノン「...そうね...」

 

 新「おれができることだったらなんでも言ってくれ」

 

 新「シノンの役に立てれば、おれもうれしいからさ...」

 

 微笑んだやわらかい顔で話す彼にとうとう私は言った。

 

 シノン「ねぇ...」

 

 

 

 シノン「どうしてあなたは...直葉ちゃんが好きなの...?」

 

 

 

 新「...えっ?」

 

 

 シノン「なのに...なんで...優しいの...?」

 

 

 新「本当にどうした...?シノン?」

 

 

 

 シノン「......なんでも...」

 

 

 

 シノン「ないわ......」

 

 

 

 この街へと続く色鮮やかな光が降る夜の世界で一台のバギーが星空の下を駆けていく。

 砂しかないはずのこの道に一滴の雫が星の光とともに流れたことを知るものはこの世界では一人しかいない。

 

 

 

 

 




シノン...
続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6.5話 新しき情報の束

 

 

「さ~てっ!今週もこの時間がやってまいりました!!」

 

 画面内から流れるきれいな声色の女性の声とともにMMO STREAMのロゴが大きく表示されオープニングの映像が始まる。

 

「みなさ~ん!こんばんは!」

 

「今週の目玉はもちろん!ガンゲイル・オンラインの新イベント![BoB Tmc]の最新情報です」

 

 真っ白なスタジオには中央に大きな液晶画面とその脇に2つの椅子が用意してあり、壁には各国の有名な写真などが飾られており、清潔感のあふれる場所となっていた。

 

「今日の放送ではッ!いつものGGO NEWSの時間を特別に延長して、番組のすべての時間を使ってお送りしたいと思いま~す!」

 

「司会はおなじみッ!花ちゃんこと、わたくし!花澤がお送りしたいと思います!」

 

 勢いよく始まったこの生放送は毎週定期的に放送されるMMOVRゲームの情報番組であり、放送時の視聴者数が軽く数万人を超える大人気番組だった。

 

「さすがに今日の放送は皆さん楽しみにしていたようですね、コメントもとどまることを知りませんッ!」

 

 この放送は視聴者のコメントが司会者たちの後ろにある大画面の横から流れていくようにリアルタイムで表示される仕様のため、弾幕のように連なり、もはや何が書いてあるのかがわからないほどのコメントが流れているその液晶モニターが今日の放送の視聴者の数を物語っていた。

 

「早速、本日のメインである[BoB Tmc]について発表していきたいと思いますが、その前に!」

 

「今日のゲストを紹介します!」

 

「今日のゲストはあの有名な情報屋の店主でありながら、プレイヤーとしても様々な爆発物を扱うことで有名なッ![爆弾魔(ボマー)]こと、ゴリさんです!!」

 

「ゴリだぁぁ!」

「いい人選」

「禿きたぁぁぁ!!」

 

 様々なコメントが流れていく。

 

 ゴリ「いや、どうも。」

 

 ほとほと有名な男は、この白いスタジオに用意された椅子にその大きな体を乗せながら軽く挨拶をした。

 

「今日[Dawn of Dead]に行こうとしていた方には、ほんとすみませんっ!今日は私達が貸し切りです!!」

 

 ゴリ「その点は大丈夫だぁ、店はバイトに任してある」

 

「そうなんですか~!おっと!早くしろとのコメントが増えたようなので本題に入りましょうか!」

 

 ゴリ「まるでパレードだぜ。」

 

 

「それでは皆さんお待ちかねの!GGO NEWS!!スタートですッ!!!」

 

 そうして期待の集中したまるで完熟したあまい果実のような情報がこれから出荷されていくようだった。

 

 

 

 

 

 

 ========================

 

 

 

 

 

 

 BoB Tmcは二人一組で行われる、2対2でのトーナメント予戦とサドンデスによる本戦にわかれた大会。

 本大会は予戦が2日、本戦1日の計3日でおこなわれる。詳しい日付は後日発表。

 

 プレイヤーは、今回配布される本大会専用アイテムでもあるTMB(チームバレット)と呼ばれる薬莢型のアイテムを自分のペアとなるプレイヤーと交換することで、そのプレイヤーとチームとなることができる。

 本大会への申込は総督府にある端末にておこなえるが、相片のTMBを持ったプレイヤーしか申し込む事ができない。

 

 大会中出場プレイヤーは、総督府にある待機スペースから出ることはできないが、ログアウトすることは可能。もちろんその時は失格となる。

 

 待機中TMBは運営側に預けられるが、試合中は返却されチーム内での通信手段として利用することができるほか、様々な機能がある。後日発表。

 また戦闘時、味方の弾道予測線(バレットライン)は通常の赤色ではなく青色で表示され、常に視認することが可能。

 

 プレイヤーが死亡した場合、各予選・本戦が終了するまで総督府内の特別待機スペースに飛ばされる。

 さらに、本戦に限り、高所からの落下や建物による倒壊などによるダメージ、つまりプレイヤーからのダメージ以外で死亡する場合を除き、自分を倒したプレイヤーへTMBが奪われる。

 

 チームを失ったプレイヤーは、そのTMBを取り返し蘇生ポイントまで行けば仲間を蘇生することができる。しかし、チームの両方が死亡した場合、TMBは消滅し運営に送られる。蘇生の鍵となるのが相方を倒した者をどうにか見つけ、そのプレイヤーを倒すことにある。

 TMBを奪った側のプレイヤーは、一定時間倒した相手の相方の位置がマップに表示されるため、掃討戦に若干有利である。

 

 以上の新ルール、変更以外はおもにサテライトスキャンなどを含み、前回のBoBのルールを引き継ぐ。詳しくは出場時に配布されるメッセージとQ&Aまで...。

 

 

「くぅ~!いかがでしたか!?皆さん!」

 

 ゴリ「こりゃ、おもしろそうだ」

 

 この日のために用意された特別映像を見終わった彼らも、この放送を見ているプレイヤーと同じく心が踊った。

 

「こちらがTMBと呼ばれるアイテムのようですが、一足先に公開します!」

 

 と言って司会の女性は、手のひらサイズの普通より少し大きめな薬莢を手に持っていた。

 

「様々な機能とありましたが、気になりますね~」

 

「ところでズバリ聞きますが!ゴリさんはもうチームの方は決まっているんですか!?」

 

 ゴリ「まぁ教えてやってもいいが、俺は情報屋なんでね」

 

「これはこれは失礼しましたッ!そう簡単にはただでは教えてくれない。渋い!そこに痺れる、あこ...」

 

 ゴリ「...あんたの持ってるそれを見せてもらいたい」

 

「えっ?じゃ、じゃあ渡したら教えて下さいねッ?」

 

 そう言って笑った顔でこちらをみた彼女に頷き、アイテムを受け取ると男はそれをまじまじと観察した。

 

 ゴリ「なるほどな...これは...」

 

「はいッ!ゴリさん約束ですよ!」

 

 ゴリ「...」

 

 ゴリ「俺の相棒は...そいつだ」

 

「...えっ?」

 

 男が指をさした先には、壁にかけられた一枚の写真があった。

 

「そいつって...自由の女神ですか?」

 

「もーう!はめましたねゴリさんッ!」

 

 コメントからも嘲笑がもれる中、男は心のなかでニヤリと笑った。

 

 ゴリ(...自由の象徴みたいなやつだ...あいつは)

 

 高まる期待感で満たされた放送を見ていたこのゲームのプレイヤー達は、今後の情報にさらなる期待を抱きつつ大会に参加するための準備を早めていった。全視聴者の中にそれがどれほどいたのかはわからないが、今回の放送の視聴者数は15万人を超えていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 




次回は本編です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7話 思考の渦と水飛沫

 

 

 

 

「...やはりこちらからでは無理かもな」

 

「でもそれだとあいつの思う壺なんじゃ?」

 

「そうなんだが、それしか方法は無さそうだ」

 

「...君がそう言うなら...しかし...」

 

「無理にとは言わない。危険なのは間違えようのない事実だ」

 

「いやいや、ここで降りると思うかい?」

 

「...降りるとは思ってないが、俺の意見に強制力はない」

 

「本当に君は愛想のない人だね」

 

「おまえに言われたくはない」

 

「どっちにしろそれしかなさそうだね!」

 

「乗ったよ!相棒!」

 

「...ああ、感謝する。」

 

 

 

 〜〜〜

 

 〜〜

 

 

 

 聞きなれた電子音が部屋の中にこだまするのは、寝る前の私が明日の自分へ残した保険という名のメッセージだ。

 寝ぼけ眼でその音を感じ取ると、朝7時という時間にまだ覚醒していない身体で若干の憤りなどを感じながら音の発生源たるものに向かって手を伸ばした。

 今日は土曜日。私にとっては重要な日となるかもしれない約束がある日付である。

 重い身体をなんとか操って起き上がった私は少し早すぎたかなと感じつつも、いつも通り眼鏡を手に取った。そして、ゆるやかな部屋着に身を包んだその身体でゆっくりと窓に向かい、かかった綺麗なカーテンを静かに開けた。

 

 詩乃「雨...か」

 

 ワンルームの窓の外の世界では降り始めたばかりであろう水の粒たちが空から申し訳なさそうに落ちてきていた。

 窓に当たるたび弾けるそれらの水滴を見ていると、どことなく哀れで儚さを感じざるを得ない。

 その辺りで私はここ2日間での出来事などが今の今まで忘れていたかの様に舞い戻ってきて思わずため息をついた。

 

 詩乃(なにやってるんだろ...私)

 

 先程まで自分がいたベッドに戻り腰掛けつつ、ここ2日間を振り返った。

 

 詩乃(なんであんな事、聞いちゃったかな...)

 

 その記憶は2日前の酒場からの帰路の途中でのこと。仲の良い友達である彼は、いつもなにかと手助けしてくれて親身になって考えてくれるいい奴だった。

 そんな彼に対して信頼や尊敬という好意的な気持ちはもちろん今までもあったのだが、あの日抱いた感情はそのどちらとも違った。しかし、それが好意に分類される感情だということは得てして間違いないことだった。

 

 さらに次の日、彼とはもちろん大学で会うのだが、どこか気まずかった私は、彼に声をかけられてもほとんど話すことが出来なかった。その割りには、その日に人間関係論の講義がなかったことに対して、少し落胆している自分もいたのだ。その様子はまるで恋煩いのようである。

 

 詩乃(ほんとに恋したの...?...私が...?...ありえない...)

 

 しかし、彼女の中に笑顔の彼の顔が浮かぶと、自分では制御しきれない感情の波が押し寄せてきて思考を鈍らせた。

 

 詩乃「なんなのよ...もうっ」

 

 そういってベッドに顔をうずめた彼女は、はっきりしない自分の気持ちを整理するため、まずは自分がしっかり起きなくては、とシャワールームに向かった。

 

 

 詩乃「なんであんなやつ...」

 

 詩乃(でも...うれしかったのは事実だし...)

 

 詩乃「...だけど」

 

 着ていた部屋着を綺麗にたたみ、オレンジ色の暖かい照明のお風呂場に入った彼女は、数分後には程よい泡の世界にいた。そこで自分の思考を紐解いていく。しかし、その先にあった気持ちはやはり2つの気持ちだった。

 

 詩乃(まず今私の中にある一番の気持ちはヘカートを取り返したいってこと。これだけは譲れない)

 

 詩乃(それが私の一番大事な気持ち)

 

 詩乃(実際、彼へ好意を感じたのは、ヘカートを取り返すことにすごく協力してくれたから...)

 

 詩乃(それが嬉しかった...)

 

 心地よく温かいシャワーとシャンプーの程よい香りが彼女を眠気から解放するとともにその白い肌に当たって弾けていく。

 

 詩乃(そう、ヘカートよ。だからべつに彼でなくてもヘカートの事で協力してくれる人には、いつも以上に好意的な感情を抱いていた気がする...)

 

 詩乃(よく考えたら、確かに真剣な時はちょっとは見直すけど、わざわざ付き合いたいとかは思わないし)

 

 詩乃(だから...この気持ちはおそらく勘違い、

 

 その途中で真剣な表情で庇ってくれた彼の表情を思い出す。

 

 詩乃(...というか好意自体は本物だったかもしれないけど、この気持ちはヘカートあってのものってことね)

 

 程よく泡立った石鹸の香りがこの空間をより綺麗に際立たせているが、その泡もシャワーから出る水と一緒にゆっくり流れ落ちていった。

 

 詩乃(...いろいろあったから心が弱ってたのね)

 

 同時にスッキリしたとも取れる安堵の表情を浮かべた彼女の吐息が漏れる。

 

 そして彼女はなぜその気持ちをいつもの自分の様に素直に受け入れられなかったのか思案した。

 

 詩乃(私は彼への好意的な自分の気持ちを否定している)

 

 詩乃(となると、やっぱりあの子のことね)

 

 一人の後輩の女の子の姿が思い浮かぶ。

 

 詩乃(だいたい彼から相談まで受けてるのによく考えたら笑いものね)

 

 詩乃(彼からしたら、どういうことだよ!?って感じかしら?)

 

 思わずその時の顔が、いとも簡単に想像できてしまい、妙におかしく感じて笑みが漏れる。

 

 詩乃(あー、なんかこっちだけ悩まされたのムカつくし、仕返ししてあげようかしら?)

 

 詩乃(優しすぎるのよ、あのバカ)

 

 いつも通り笑う彼女の表情にもはや悩みなどなかった。

 

 詩乃(いずれにしてもちゃんと整理出来てよかった。あんな気持ちだったら取り戻せるものも取り戻せないとこだったわ)

 

 納得いったという表情でシャワーを切った彼女は自分が言う最重要事項について思い浮かべた。

 

 詩乃(それにしても...あのスナイパー...何者なの?)

 

 詩乃(でも、それも今日で...)

 

 ある意味迷走したともいえる彼女の気持ちは、自分のやるべきことを確認するということにおいてこれ以上ない効果を及ぼした。

 彼女にとっていよいよ明かされる自分の銃へつながる重要な情報を得る為に、今日の約束の14時を心から待つことにした。

 降り出した雨が止み太陽が顔を覗かせ始める今、ベットの上にある彼女の携帯電話が小刻みに震え、新着メッセージありと表示されていた。

 

 

 

 

 

 ========================

 

 

 

 

 

 

 AM10:00、某所ショッピングモールにて

 

 

 直葉「いきなりごめんなさい詩乃さん。わざわざ付き合ってもらっちゃって」

 

 そう申し訳なさそうにも嫌味なく話す彼女は、私をこの場所に連れてきた張本人である。

 私達がなぜここにいるのかは説明もする必要もないが、メッセージの送り主である彼女はいつかのお弁当の件について悩んでいる様子だった。

 

 詩乃「別に大丈夫よ、昼頃からはあっちで約束があるけどそれまでは暇だったし」

 

 整理したとはいえ、今朝まで悩み通していた事柄の主要人物であるところの彼女とこんなに早くに会うのは、いささか問題なのではと私自身多いに感じている。

 しかし、逆にその彼女と会うことによってショック療法的にさらに気持ちを固めることができるならと思い、私は彼女からのメッセージに答えたのだった。

 無論、可愛い後輩の頼みを単純に断りきれなかったという理由も少なからずあった。

 

 直葉「いやぁ〜、本当は自分でいろいろ決めてたんですけど、なかなかしっくり来なくて」

 

 詩乃「それで私に選んでもらおうってわけね」

 

 直葉「べ、別に全部任せようってわけじゃないんですっ!」

 

 直葉「ただ...料理は好きなんですけど、家族以外に食べてもらったことないから心配で...」

 

 直葉「それにせっかくなら美味しいもの食べて欲しいじゃないですか?」

 

 若干顔を赤らめて話す彼女の姿に、なんでこの子に恋人がいないんだろうという感情が芽生えた。食材売り場に向かう途中、このモール内にいるカップルの男たちに対してそんな子と付き合ってる場合じゃないわよと伝えたくなる程、今の彼女は可愛らしい女の子だった。

 

 直葉「わぁ~初めてきたけど広いですね~」

 

 詩乃「ここはこの辺りだと一番大きい所みたいね」

 

 直葉「ねぇねぇ詩乃さん!何がいいかな?」

 

 詩乃「彼ならなに作っても飛んで喜びそうなものだけど」

 

 直葉「あはっ、確かにそうですけど」

 

 詩乃「いっその事、それとか使ってみたら?」

 

 直葉「ハバネロですか?すごく辛そう...」

 

 詩乃「いつも眠そうにしてるから丁度いいかも」

 

 直葉「でも、さすがにかわいそうですよ」

 

 詩乃「チャラチャラしてる人にはそれくらいで十分よ」

 

 直葉「詩乃さんって見かけによらずSですね...」

 

 ひと通り食材をカゴの中に入れた私達はなかなかにショッピングを楽しんでいた。

 そこで私は思っていた疑問をぶつけてみた。

 

 詩乃「そういえば、あなた彼のこと最初は君付けで呼んでたわよね?」

 

 直葉「えっ!?知ってたんですか!?」

 

 予想外の質問に彼女は驚いた様子を見せたが、私もまた予想外の大きな反応を見せた彼女に驚いた。

 

 詩乃「...ええ...ここ最近ずっと橋川センパイって呼んでるから...なんかあったのかなって」

 

 直葉「えーと、大したことじゃないんですけど...」

 

 モジモジしている彼女に私は柔らかく聞いてみた。

 

 直葉「あの...お兄ちゃんに言われたんです」

 

 詩乃「キリトに?」

 

 直葉「はい...」

 

 直葉「スグ、彼氏ができたのか?って...」

 

 思わず私は笑ってしまった。

 

 詩乃「ふふ...彼らしいわ」

 

 直葉「なんか偶然センパイと話してた時に通りかかったらしいんですけど、そう言われたら変に意識しちゃって」

 

 直葉「そこからは今の呼び方になっちゃって話し方もついでに敬語に...」

 

 詩乃「そう...呼び方が変わって彼はなんとも言ってなかったの?」

 

 直葉「特には...でもセンパイも私のこと苗字で呼ぶようになりました」

 

 詩乃「...彼らしいわ」

 

 容易に想像できる両者の反応に私は笑いを通り越して呆れた。

 

 詩乃「それで、あなたはどっちの呼び方がいいの?」

 

 直葉「えぇっ?...私はっ、」

 

 直葉「...どっちでもいいですよ...」

 

 またも感じられる彼女のふわりとしたオーラに私までもが目の前の赤面した女の子に惹かれかけた。

 

 詩乃「あなたって...ほんと」

 

 直葉「えっ、なんですか?」

 

 詩乃「...いいえ、なんでもないわ。食材はこのあたりでいいかしら?」

 

 直葉「そうですね、あっでも詩乃さん!お礼になにか欲しい物とかないですか?一緒に買いますよ!」

 

 詩乃「だ、大丈夫よ...」

 

 直葉「いえいえっ!なんかお姉ちゃんができたみたいであたしもすごく嬉しかったですし」

 

 詩乃「...もうやめて...」

 

 こうして気持ちが固まるどころか変な気持ちにさせられた私は、ある意味欲しかった最高の気分転換の機会を彼女から貰い受ける形で買い物を終えた。

 

 

 

 

 

 

 ========================

 

 

 

 

 

 

 シノン「少し早かったかしら...」

 

 先ほどまでのきれいな空気感のショッピングモールとは違い、埃っぽい汚れたテイストの空気が漂うこの街で私は目的の店へと向かう途中だった。

 モールからの帰り道でこれからのことを後押ししてくれた彼女に感謝しつつ私は歩き出した。

 

 しかし、ヘカートが奪われてからというものの、代わり映えしないこの街ですらまるで初めて来た町に思えるほどの不安と虚無感にとらわれていた。

 でも、それもヘカートを取り戻すまでのこと。これから向かう武器屋でそれに繋がる情報を手にすることができるという確信からか、私の心の中はその気持ちよりもやる気や使命感に満ち溢れていた。

 

 ふと、店への道中、見覚えのある白い髪の人物を見かけた。

 

 シノン(あれは確か、あの酒場のバイトの子?)

 

 総督府からちょうど出てきたばかりのその男に視線を向けているとこちらに気がついたのか軽く会釈をしながら近づいてきた。

 

 ラッツ「あ~この間のお姉さんですね、あのときは撃ってしまってすみません」

 

 シノン「いいわよ別に...気にしてないわ」

 

 シノン「あなた、まさか申し込みしてきたの?」

 

 ラッツ「はい、そうなんですよ~」

 

 そういう彼は近いうちに開催される、おそらく今までで一番注目されているであろう大会にエントリーしてきたばかりの様であった。

 

 ラッツ「お姉さんは出ないんですか~?」

 

 シノン「シノンでいいわ。私は多分出ないわよ」

 

 ラッツ「そうなんですか~」

 

 ラッツ「シノンさん強そうなのにもったいないですね~」

 

 そういう白髪の男に私は、先日銃を弾き飛ばされたことを思い出し悪気のない彼に対しての嫌悪感、というより自分の情けなさを嫌というほど感じた。

 

 シノン「...そんなことないわよ」

 

 ラッツ「あれ~?」

 

 シノン「ごめんなさい、このあと用があるからこれでね」

 

 ラッツ「あ~はい~。また店にも来てくださいね~」

 

 シノン「...」

 

 なんの罪もない彼へ苛立ちを覚えてしまった自分自身に本当に嫌気が差した私は、これ以上無関係な彼へ迷惑をかけないために早めに話を切り上げ、その場を立ち去った。

 

 シノン(なんで私...これも全部っ!)

 

 すべては銃を奪っていったあの男の所為と感じ、早々と店へと足を進めた彼女は、いよいよ約束の時間が近づいてきたことから一刻も早く敵の正体を明らかにするために、無意識に走りだしたのであった。

 

 

 

 

 

 リズ「あ~らシノン!早かったじゃない!」

 

 勢いよく扉を開けた私を元気よく迎え入れてくれたのは、桃色ショートヘアがよく似合ったこの武器屋の店主だった。

 

 シノン「はぁはぁ、リズ...彼は来てるの?」

 

 リズ「ちょっとあんた、まさか走ってきたの!?」

 

 驚きと呆れがうまい具合に入り混じった表情で彼女が聞いた。

 

 シノン「はぁ、彼は...はぁ」

 

 リズ「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよっ、」

 

 いきなりの来客者に心配した彼女はコップに注がれた水を渡してくれた。

 

 リズ「あんたね...まだ30分も前よ、さすがのあいつもまだ来てないわ」

 

 シノン「...ごめん、まだそんな時間だった?」

 

 約束の時間を忘れたわけではないが、どうやら早く着きすぎてしまったようだった。

 

 リズ「...まぁ、今回の状況だったらその気持ちもわからなくもないわ」

 

 こちらの気持ちを察してくれた彼女に、ありがとうと感謝しつつ私は息を整えながら近くにあった椅子に座った。

 

 リズ「落ち着いた?」

 

 シノン「ええ...」

 

 リズ「昔からそういうとこ変わってないわね。」

 

 シノン「余計なお世話よ...」

 

 リズ「ふふふ...そういうとこもよ」

 

 ニコッと笑う彼女のその笑顔に私は包容力という名の安心感で満たされた。

 

 店内には、かなりの種類の銃器が綺麗に並べられ、そのどれもがマーケットで売られているものと比べて明らかに高性能で安価だということは誰が見ても明らかである。しかし、その多くが売約済みや入荷未定の札がかけられている状態だった。

 

 シノン「相変わらず店は繁盛してるみたいね」

 

 リズ「うんうん!おかげさまでね!」

 

 リズ「あのシノン様が御用達の店とあっちゃ、その辺の男たちは寄ってたかってうちの店に買いに来るわよ」

 

 リズ「それに店主がこんなに可愛いあたしだったらなおさらね!」

 

 シノン「...はいはい、」

 

 ちょっとぉ!、とツッコミを入れる彼女に冗談よ、と軽く返した私はこの店にもう一人客がいたことに気がついた。

 

 シノン「あれ?シリカちゃん?」

 

 シリカ「...ひどいですよシノンさん...」

 

 うるうると瞳を揺らしている背の小さな可愛らしい女の子の姿がそこにはあった。

 

 シノン「この前はごめんなさい、あの時は悪気があったわけじゃ...」

 

 シリカ「ちがいます~!いまですよいまっ!ぜったいわたしのコト気がついてなかったですよね!?」

 

 シノン「...ごめん...」

 

 シリカ「も~!ひどいですよ~」

 

 確かに気が付かなかった私は気まずい雰囲気を変えるため話題を変えた。

 

 シノン「えっと...シリカちゃんはどうしてここに?」

 

 シリカ「私は無人小型偵(ピナ)察機の修理に」

 

 シノン「そ、そうなんだ~...」

 

 シリカ「MAV(ピナ)ったらこの前私から離れすぎて迷子になっちゃったんですよ」

 

 シノン「ふ、ふ~ん...」

 

 シノン(リズ...助けて)

 

 リズ(え~、無理よ)

 

 そうこうしている間に店内にあるテレビにGGOの最新情報が流れてきた。

 

「はいッ!どうも!花澤で~す」

 

「今回は更新されたBoB Tmcの最新情報を特別放送でお送りしたいと思いま~す!」

 

 リズ「あっ!みてみて2人共!新しい情報みたい」

 

 シリカ「ホントですねっ」

 

 シノン「...」

 

 いつもの様に放送されているその映像は私にとって興味のないものだった。

 

 シリカ「どんなことが発表されるのでしょうかぁ?」

 

 リズ「さぁね、私も知らない情報かも!」

 

 シリカ「そういえばシノンさんはTmc(ツーマンセル)には参加しないんでしたっけ?」

 

 シノン「そうね、もともと私にはほかにやるべきことがあるし」

 

 リズ「まぁ仕方ないわね...でもこの大会の情報は店をやってる人間としては目が離せないわ〜」

 

 シリカ「わたしもですっ!」

 

 心を踊らせる彼女たちを尻目に私はつまらなさそうに画面を眺めていた。

 

 

 

 

 

「本日の発表するのは大会の優勝ペアが得ることのできる優勝賞品ッ!こちらです!!!」

 

 

 

 

 シノン・リズ・シリカ「「「!!!!!」」」

 

 

 

 

 そこには紛れも無く写った私の顔写真とPMG ヘカート Ⅱの実物が、他プレイヤーの写真や武器などと一緒に画面上に写っていた。

 

 リズ「なっ...!ちょっと...!これって!?」

 

 言葉を失った私のことなど知る由もなく映像は続く。

 

「今回の優勝賞品はッ!なんとこの世界のトッププレイヤーたちから奪ったレア武器ですッ!!!」

 

 シノン「そんな...っ!...うそよ...!」

 

 目の前の状況を理解出来ない私はただ呆然と立ち尽くし、画面内の自分の銃を見ていることしか出来なかった。

 

 

 

 

 ゴリ「派手にやってるみたいだな...!」

 

 

 

 シノン・リズ「!!」

 

 そこにはニヤリと笑った体躯のいい男が開いた店の入り口に寄りかかりながら立っていた。

 

 

 

 ゴリ「Treasure(お宝)Monopoly(独り占め)Combat(戦闘)。略してTmcってか。笑わせるぜっ...!」

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8話 台本無き酒場

投稿が遅れて申し訳ない!
がんばりやす!


 

 シノン「...あんたは...っ!」

 

 先ほど発表されたことを含め、現在の状況がほとんど頭では理解しきれていない彼女は、思考や熟慮といったものを全て置き去りにして、今、目の前に現れた男に対して素の反応をすることしか出来なかった。

 

 リズ「ゴリ!!来てたの!?」

 

 ゴリ「ああ、可愛らしい鳩たちが豆鉄砲を食らってる間にな...」

 

 そう言いながら怪しく笑う彼に対して私は一目散に掴みかかった。

 

 シノン「あんたッ!...まさか知ってたの!?」

 

 リズ「ちょ、ちょっと、シノン!」

 

 ゴリ「おいおい、やめてくれよ。俺はまだハンバーグにはなりたかねぇぜ」

 

 シノン「...ふざけないでッ!」

 

 掴んだ彼の襟元に力を加え続け威嚇しているのにも関わらず、まったく動じる様子を見せない男はある方向を指差した。

 

 ゴリ「...おい、まだ終わってねぇみたいだぜ」

 

 この場にいる全員の視線が壁に掛けられた液晶モニターに集中する。

 

「なお!本大会の参加受付はッ!本日0時までとさせて頂きます!」

 

 シノン「!!」

 

「混雑が予想されますが、この決定も予選人数の縮小の為として皆さん悪しからず。とのことですっ!」

 

 それではっ、と放送は終了した。

 

 シリカ「そんな...」

 

 シノン「...どうなってるのよ」

 

 腕に目一杯の力を入れているはずなのになぜか力が入っていない様な感覚を味わった私に対し、抵抗する様子もなく男は掴まれたまま答える。

 

 ゴリ「...知ってたかって言われると今発表されたんだ、当然知るはずもない...」

 

 ゴリ「だが...こうなる気はしてたぜ...っ」

 

 リズ「はぁ?あんたそれ、どう言うことよ?」

 

 ゴリ「なに、おまえも情報屋の端くれなら耳にしてるだろう」

 

 ゴリ「最近、結構名の知れたプレイヤー達のメイン武器が別の銃に変わったって事が多かったじゃねぇか」

 

 リズ「そんなこと知ってるのあんたくらいよ、」

 

 そういう彼女だったが、私のことを少し気にかけている様子だった。

 

 シノン「それで...メイン武器が奪われたのは今回の大会の為だった、って言いたいの?」

 

 ゴリ「ご名答だ」

 

 シノン「でもなんでそんなこと言い切れるのよっ!」

 

 大きな声を出した私に対し、ニヤリと笑った彼はほとんど力をかけずに私の手をスッとほどくと、まるでブロードウェイの悪役の様に店の中を歩き始めた。

 

 

 ゴリ「よく考えてもみろ。いくら集めるといえど、あれほどの手練れたちを相手にそう何度も勝てると思うか?」

 

 私はふとあの酒場でのPDWの跳弾を思い出した。

 

 シノン「...なにが言いたいのよ?」

 

 リズ「待って、シノン...確かに...敵を倒した時のドロップはランダムのはずだから、一回倒しただけでメイン武器だけ都合よくってのはおかしいわね...」

 

 ゴリ「となると、狙ってやったんだとしたらこれはただのプレイヤーの仕業じゃねぇってことだ」

 

 シノン「じゃあ...大会の賞品にもなってるってことは...」

 

 ゴリ「そうだ。つまり運営が動いた、もしくは少なくとも関与したと考えるのが妥当じゃないか?」

 

 だから予想は出来ていた、と男は続ける。

 

 ゴリ「まぁ、特定のプレイヤーがなんかしらで手に入れた武器を運営が買い取ったとも考えられるが...」

 

 シリカ「特定のプレイヤー?って強い人、とかですか?」

 

 リズ「単にそこそこの強さのプレイヤーが多人数で挑んだってことも考えられるんじゃない?」

 

 ショーケースに後ろ肘をついた彼は鼻で笑う。

 

 ゴリ「アンチョビ共がいくら群れたってジョーズに敵うはずもねぇ」

 

 ゴリ「しかもその強ぇサメたちはまるでパスタの具みたいなそいつ等を鬱陶しく思って群れない奴ばっかときた」

 

 ゴリ「だいたいシノンの武器を奪っていった奴は1人だったんだろう?」

 

 こちらをみてニヤつく彼から目をそらした。

 

 シリカ「でもっ...そんなことして運営さんにはメリットとかあるんでしょうか?」

 

 再度鼻で笑う男の姿がそこにはあった。

 

 ゴリ「ありまくりだぜ...お嬢ちゃん」

 

 ゴリ「なんてったって運営側からしたら話題になるってことは大歓迎だ」

 

 ゴリ「出来たてほやほやの新しいシステムで大会をやろうってならなおさらな。」

 

 ゴリ「もちろん金もそうだが、奴らはそれよりも人、と言うより人の目を集めている」

 

 少なくともそれは成功したみたいだ、と続ける彼の言っている真意がわからなかったが、私は率直な疑問をぶつけた。

 

 

 シノン「...じゃあ、私のヘカートを奪っていったあいつも...もしかしたら運営の人間かもってこと?」

 

 ゴリ「奴がか?」

 

 シノン「ええ」

 

 ゴリ「...そいつは俺の口からは言えねぇな」

 

 シノン「...はっ!?...このっ!」

 

 私は言うことを聞かない腕にもう一度掴みかかれるか確かめるために精一杯力を込めた。

 

 ゴリ「おいおい、ちょっと待ってくれよ」

 

 こちらの怒りの感情が彼の言葉という壁にぶつかり床に落ちたが、男は構わず続ける。

 

 ゴリ「ここに俺たちが今日集まった理由はそいつの居場所の話だろ...」

 

 ゴリ「そいつが何者なのかって情報は俺は話せない...と言うより知らないかもしれないだろ?」

 

 シノン「...っ」

 

 食った様に白々しくこちらに話しかける彼に苛立ちの視線を向け続ける。

 

 ゴリ「フンっ...フードバレンチのミートパイを食った時みたいな顔しても無駄だ、俺は話せない」

 

 両手を上げる動作をしている目の前の男に、自分のペースを乱されていることに気がついた私は今日の目的を思い出し話を切り替える。

 

 シノン「あなたのっ!そのどーでもいいジョークはもういいわ!じゃあ、聞くけどその男は今どこにいるの!?」

 

 ゴリ「それなんだが」

 

 ゴリ「...悪いがそれも話せない」

 

 シノン・リズ「はぁ!?」

 

 ゴリ「正確には話せなくなった...というほうが正しいな」

 

 シノン「あんたっ!いい加減に...っ!」

 

 ゴリ「シノン、話を最後まできくことを覚えろ」

 

 手のひらをこちらへ突き出し、再び掴みかかろうとしていた私を制した彼はやれやれ、といった表情を見せる。

 

 ゴリ「なんで話せなくなったかと言うとな...」

 

 ゴリ「...実はそいつから直々に依頼があったんだ」

 

 シノン「なっ...!」

 

 ゴリ「俺の情報は全て俺が買い取るから他言するな、とな」

 

 男の言葉に周りの空気が戦慄する。

 

 リズ「じゃあ、シノンへはなんの情報も教えられないってこと!?」

 

 シリカ「そんなのあんまりですっ!」

 

 シノン「...そんなのって...」

 

 今日という日にすべての期待を込めていただけに、その事実は私にとってかなりダメージの大きな事実だった。

 

 ゴリ「だから、話を最後まできけよ」

 

 こちらの反応をよそにそういうとショーケースから離れ、真剣な面持ちでこちらへゆっくり向かってくる。

 

 ゴリ「シノン、俺はお前を気にいった、これはゆるがねぇ事実だ」

 

 ゴリ「だが、奴ともまったく縁が無いってわけじゃねぇ」

 

 ゴリ「なんせ依頼料もすぐに用意するって話だ」

 

 シノン「...」

 

 男は不意にニヤリと笑い、続けた。

 

 ゴリ「それでだ...」

 

 ゴリ「実はこれからその金をそいつのとこに取りに行くってことになってるんだ...」

 

 シノン「...っ!」

 

 突拍子もなく彼から出た言葉に、あきらめかけた例の男に一気に近づけそうな感覚を感じた私は固唾を飲んで男の話を聞いた。

 

 ゴリ「簡単な話だ...そこに偶然、何も知らず俺の後をつけていたって事にすればいい...」

 

 リズ「ちょっとっあんた、それはルール違反じゃない!情報屋とし...っ」

 

 ゴリ「なんか間違っているか?」

 

 リズ「...っ」

 

 ゴリ「奴からの要件は奴自身の情報を漏らすなって事だけだ。俺が客の元へ集金にいくって情報はなんら関係ねぇ」

 

 芯の入った声で話す彼の雰囲気は、いつかの酒場でのそれを彷彿とさせる。

 

 リズ「あーっもうっ!勝手にしなさいよっ!」

 

 ぷいっとそっぽを向いた彼女はどこか不機嫌そうな面持ちだった。

 

 ゴリ「大丈夫だ、心配するな。情報屋としての誇りを忘れたわけじゃない」

 

 ゴリ「お前の友人に協力してぇだけさ」

 

 そう言うと後ろを向きうつむいている桃色髪の頭をぽんっと叩く。

 

 リズ「...なら...いいけど」

 

 少し赤らめた顔を隠す彼女をよく見ずに男はドアに向かってズカズカ歩き出す。

 

 

 ゴリ「と言うわけだシノンッ!」

 

 ゴリ「...悪いなぁ!そういうわけで俺は奴の情報を話せねぇ、お前の役に立てなくてスマねぇな〜、」

 

 ゴリ「おっと!これから店の集金に行かなきゃならねぇんだった、悪いが俺は先に行くぜ、」

 

 男はそう大袈裟に言うと背を向けて手を振りながら店を出ていく。その大きな背中に向かって私は顔をあげ、ニヤリと笑いながら呟いた。

 

 シノン「...ブレーメンの子ども劇団ですら、もう少しマシな演技するわよ...っ!」

 

 恥ずかしさを少しだけ含んだ表情の彼女は、その頼りになる岩の様な背中とともによく知った友人の店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 ========================

 

 

 

 

 

 

 ゴリ「少し気になることがある」

 

 目的地のわからない道すがら、細い路地を進む中で少し前を歩く男は、見えはしないがおそらく神妙な面持ちで私に聞いた。

 

 シノン「なに?」

 

 ゴリ「正直、あの発表に対してもっと動揺しているかと思ったんだが意外と冷静だったな」

 

 シノン「...あれが冷静に見えた?」

 

 ゴリ「ふっ、言葉を間違えたな、立ち直りが早かったなってことだ」

 

 軽く流した私は言われて気がついたが確かに思えば、はじめはかなり動揺したけど男の話を聞いているうちにヘカートに近づけるという確信からか私は逆に冷静になったのかもしれない。

 

 シノン「そうね。驚き疲れたってのもあるけど、何より私はやるべきことをやらなくてはいけないの」

 

 ゴリ「意地でも取り返すってことか...」

 

 無言で答えた私に男はその背中で聞いた。

 

 ゴリ「なぜあの銃に...そこまでの思い入れがあるんだ?」

 

 シノン「それは...」

 

 そんなの決まってる、手に入れた時から私はヘカートとともに戦うと決めた。自分の弱さと戦うと...。そして今まで数えきれないほどの戦闘をする中で一緒に戦い、それに答えてくれた。

 勝負の話だけじゃない。

 私の心の弱さをあの銃は強くしてくれた。いわば信頼できる相棒のようなものだった。所詮ゲームと言われても私にとってはそれはとても重要なことだった。

 

 そう言おうと思ったが、私は口を開く途中でやめた。

 

 シノン「わざわざ聞かなくても分かるんじゃない?情報屋さん?」

 

 ゴリ「けっ、変わらねぇな...」

 

 何度見たかわからない彼の不敵に笑うその顔はいつ見ても手の内が見えない。

 

 ゴリ「わからんでもねぇが、情報ってのは信憑性が大事なのさ。本人の口から聞いた情報だけが真実、他の予想や憶測はただのデコイさ」

 

 シノン「覚えておくわ」

 

 ゴリ「たまにはその口から聞きてぇもんだ」

 

 立てた親指でこちらの方を指さす彼に形式的な笑顔を向けると、男の雰囲気がキリッとしたものに切り替わるのを感じた。

 

 ゴリ「さぁて、おしゃべりは終わりだ、もうすぐ到着だ」

 

 ゴリ「俺たちがこれから行く店の名前は、[Ete Fuetes(エテ フェテス)]。洒落(しゃれ)た酒場だが、ある筋では有名な店だ」

 

 シノン「もうこの際、店の事はどうでもいいわ」

 

 そういう彼から距離をとり歩き始めた私は、ヘカートを奪った例のサングラスの男がいるであろうその店に、いよいよ踏み込むという事もあって体に緊張が走るのを感じた。しかし再三取り返すことを決意したこともあって、むしろ体は軽かった。

 ゲームとはいえ「大切なものを取り返す」という気持ちで動くこの体は、まさしく私の体なのだと再認識し、男と対峙するその時に備えた。

 

 路地を抜けた先、広い通りに面した不気味に建て並んでいる建物群の前に彼は立っていた。そしておもむろにその一つである赤色のドアが印象的な古びた洋風の建物の中に入っていった。

 

 シノン(...いよいよね...)

 

 私はいつもの様に深く深呼吸をすると、その吐き切っていない息とともに舞う土埃に埋もれた、まるで血痕のような色のドアに向かって確かな決意とともに歩き出した。

 この時の私は、まさか自分が尾行(つけ)られていることなど全く気がついていなかった。

 

 

 

 

 

 

 ========================

 

 

 

 

 

 

 数時間前...

 

 

 先輩との買い物を終えた私はバスを使い自宅に戻る途中、「今日暇か?」というメッセージがこれまたよく知ったセンパイから送られて来ていることに気がついた。

 

 直葉(ホントにいつも急なんだから...この人、)

 

 少し呆れ気味に早々と「どうしたんですか?急に?」と持っていた携帯に入力し、送信ボタンを押した。

 

「いやぁ~、実は入ってた予定が少し延期されちゃってさ~」

 

「で、暇になったから付き合えと?」

 

「いやいやっ、特にやることないし直葉ちゃんなにしてるのかな?って」

 

「それほとんど同じコトあたし言いましたよね!?」

 

「えっ!?そうだった?気が付かなかった!」

 

「センパイってやっぱバカなんですね...」

 

「はぁ?そんなことねぇよ!で、どうよ?」

 

「まぁ、私もこのあとは特に予定は無いですけど」

 

「ああ、そうなの?ちょっと行きたいとこあってさ」

 

「別にいいですよ。あ、でもお昼過ぎ位でもいいですか?」

 

「おk!じゃあ、昼すぎにな」

 

「わかりました。」

 

「迎えに行くから準備できたら連絡して。それじゃ」

 

 メールのやり取りをしているとすでに自宅の最寄りの停留所に到着しており、それもドアが閉まり始めそうなのに気がつく。

 

 直葉「わわっ!ちょ、ちょっとっ!降りま~すっ!あたし降りますっ!」

 

 慌てて鞄とエコバッグを持って急いでバスから降りた私は、恥ずかしさのすべてを乗っていたバスに置いていきたかったが、同じくこの停留所で降りた人の嘲笑がトゲトゲしく刺さり、そそくさとこの場を退散した。

 

 直葉「っホントあのセンパイはっ!」

 

 携帯で「あほ~!」と送信し、自宅へと向かう。「もう準備出来たの?笑」と返信がきたが、私はその返信を見なかったことにした。

 

 自宅に到着するとそこはいつも通りひと気がなく、どうやら私だけしかいないようだった。

 

 リビングにエコバックなどをおき、二階の自分の部屋に戻って上着や鞄をいつもの場所に戻していく。そして綺麗に折りたたまれた部屋着に着替えるため、着ていた服をゆるやかに脱いでいく。

 その時、ふかふかのベッドの横の棚にあるアミュスフィアが一瞬視界に入ったが、詩乃さんは大丈夫、となんとなく感じ、視線を別のところにずらした。そして目的のために素早く着替えを終えた。

 

 一階に降りてきた部屋着の彼女は、キッチンにおいてあるエプロンを手に取りそれを身につけると、おもむろにエコバックの中身を台のうえに並べた。

 

 直葉(さてと、ちょっと早いかもだけど作っちゃいますか!)

 

 調理道具を準備する彼女はとても楽しそうで、なにより、可愛さがにじみ出ていたが、それを見ることができない世の男性たちは、今夜もひとり缶ビール片手に枕を濡らすしかないのであった。

 

 

 

 

 




続きます。

あれ?直葉って意外と可愛いかもね
しかし自分はシノン一択っす!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9話 仮想の夜と宿敵

お疲れ様です。
投稿ペース上げたいですね


 

 

 

 

 

 シノン「このドア...」

 

 近づいてわかるようにまるで血痕のようだと感じたそのドアには[Pay by Blood.]と刻まれており、まさしくそれを意識しているのだと感じ、私は戦慄した。

 

 シノン(そんなことより...この店の中にっ...!)

 

 私は、はやる気持ちを抑えられず、その思いが詰まった重いドアを力を込めて押した。

 

 シノン「...開かない!!?」

 

 まさか引き戸だったのかと思い、おもいっきり引いてみても結果は同じであった。

 私は恥ずかしさもあり周りを確認したが近くには誰も居ないようで安堵の息をもらした。

 

 シノン(というか...どういうことよ、)

 

 自分の前に入っていったはずの男は普通に入っていったように見えた。何かやり方があるのだろうか。

 赤色のドアをしばらく見たあと、ふと刻まれた[Pay by Blood.(血で払え)]の文字に触ってみた。すると効果音とともにHPゲージが少しだけ減り、ガチャッという鍵が開いたような音が聞こえた。

 

 シノン「ややこしいシステム採用してんじゃないわよっ...!」

 

 ため息をつきながら少し呆れたがすぐに気持ちを切り替え、ドアを押して店の中に入っていった。

 

 

 ドアをくぐるとそこは薄暗く、赤い絨毯の敷かれた細長い通路のようになっていて、天井は高くつきあたりに階段の様なものが見える。

 その途中の壁にはよくわからない壊れた十字架の絵画などがかけられており、あの荒野の酒場とはまた別の雰囲気を醸し出していた。

 

 シノン(ホントに趣味悪いとこが好きなようね...)

 

 ほとほとあの男に呆れるさなか通路の途中に何か書かれていることに気がついた。

 

 シノン(Please put it on.?)

 

 すると空中にいきなりの黒のローブのようなものが出現した。

 

 シノン「これを着ろってことね...」

 

 黒いローブに身を包んだ私は、嫌な予感を感じながら奥にある[Ete Fuetes(エテ フェテス)]の階段を登っていく。

 

 階段を登り切った先には案の定、棺桶や十字架、はたまたニンニクや薬草まで揃った趣向の凝った店作りになっていて、ここが西洋のオカルトをモチーフにした言わばコスプレバーのような場所であると認識するのは最早なんの苦労もないことだった。

 

 シノン(...となると私は魔女か、そんなこと今はどうでもいいわよっ!)

 

 ローブを深くかぶった私はこの場所を選んだ趣味の悪い男と例のサングラスの男を探すことにした。

 

 かなりの広さを誇る店内の座席は十字架型のカウンター席と、それぞれ間隔が結構空いてしっかりと並べられた机と椅子のテーブル席、天井は3Dエフェクトがかかっていて、まるで天井がなく夜の月明かりの下で会話を楽しむことができるようになっていた。そこでおのおのガヤガヤと会話を楽しんでいるようだった。

 

 シノン(見当たらない...あの狼男風の男でもないし...)

 

 なかなか見つからないことに対し私はイライラしていた。

 思い返せば、いわば宿敵の男との対峙の場がこんなふざけた場所になるとは思ってもみなかったし、もしかしたらこんなふざけた場所を喜んで利用するような男に私は負けたのか、と感じざるを得ないこの状況に対して憤りを感じていた。

 

 シノン(だったらなおさら取り返さないと私の気が収まらないわ...っ)

 

 店内を散策していると、八重歯の伸びた客がこちらに声をかけようと近づいてきたが、私の今の状況はホントにそれどころではなく、いつも以上に殺気立っていた。それが表情にも出ていたのかその男は声をかけず逃げるようにその場を通り過ぎていった。

 

「たしかに...これで丁度いただいた。」

 

 ふと店の右奥、壁際に個室のように仕切りの壁が付けられた席の左側に、よく聞いたことのある声の持ち主が座っていた。

 

 シノン(見つけたっ...!)

 

 右側の席は壁によって隠れて見えないが、確かにそこに例の男がいるはず。そう思い彼女はすでに引き締められた気持ちでその席まで駆けた。

 

 

 

 ???「迷惑をかけたな。まさかこんなところに呼ばれるとは思わなかったが」

 

 ゴリ「なに、気にしちゃいねぇ。この場所を選んだのには意味があってね」

 

 ???「ほう、興味深いな...聞かせてもらえるか?」

 

 ゴリ「あんたは強いようだ...それこそドラキュラ伯爵さ、居場所はわからねぇがどっからともなく撃ち抜かれる(やられる)

 

 ???「...」

 

 無言の彼に対してニヤリと笑った。

 

 ゴリ「そんな人だ...そりゃこっちも試したくなるさ...銀の弾丸(シルバーバレット)を...」

 

 

 

 シノン「やっと見つけた......!」

 

 

 

 あの日境界線でスコープ越しに見た、今まで散々の頭の中でニヤリと笑い銃弾を飛ばしてきたサングラスの男が、今まさに目の前にいた。

 

 ???「...ほう...面白い...」

 

 男は眉間の部分を中指で押しサングラスを上げた。

 

 シノン「さぁ!返してもらうわよっ...私の(ヘカート)をっ!!」

 

 

 

 

 

 ========================

 

 

 

 

 

 

 ???「...おかしいとは思ったんだ」

 

 深く椅子に座り腕と足を組んだその男は、今の状況を理解しているのかしていないのかわからないがこちらを一度見てから話し始めた。

 

 ???「普通ならクレジットの受け渡しはもう少し人のいない場所で行う。周りの連中も馬鹿じゃない」

 

 ゴリ「その通りだ...」

 

 ???「あんたの趣味の悪さは噂で聞いていた。これもその一環、と思っていたが...」

 

 まさかね、とローブを身につけた細身の男は続ける。

 

 シノン「私は...ここ最近、ずっとあなたを探していた...。」

 

 シノン「説明してもらうわよっ...!私のヘカートがどこにあるのか、そしてあなたは何者なのか!」

 

 すでに大会の賞品になってしまっているヘカートは何かしらの理由で運営に渡した、もしくはこの男自体が運営という二択にたどり着いていた私は男に向かってそう問い詰めた。

 

 ???「ふ...おまえはそんな感じの人か...」

 

 シノン「なにを...っ!」

 

 ???「この際だ、教えてやろう」

 

 こちらの返答を待たず男は話す。

 

 ???「俺の名前は、モル。スナイパーだ」

 

 名を名乗るサングラスの男の態度はかなりの余裕が伺えて、私はそれが気に入らなかった。

 

 シノン「あなたの名前なんてどうでもいいの!私が知りたいのは...っ!」

 

 モル「この銃の在処(ありか)...だろ?」

 

 シノン「っ!!!」

 

 そう言う男の手には、たった今アイテムストレージから具現化したPMG ヘカート Ⅱがその精錬された姿を見せながら掴まれていた。

 

 ゴリ「...こりゃ...」

 

 驚愕する私達を尻目に男は続ける。

 

 モル「いい銃だ...」

 

 シノン「っ...!なんで...?」

 

 今度こそ目の前で起こっていることの意味が本当にわからなかった。

 

 モル「おまえから奪ったんだ...俺が持っているのは当たり前だ」

 

 シノン「違うっ!だって私の銃は...!」

 

 モル「大会の賞品になっていた...」

 

 ゴリ「なるほど...」

 

 何か納得しているような男の姿がそこにはあった。

 

 シノン「なるほどってなによ...!?」

 

 ゴリ「俺達は間違っていた...」

 

 シノン「えっ...?」

 

 ゴリ「デコイを掴まされたってことだ」

 

 ゴリ「シノン...俺達はあの放送の顔写真とヘカートだけであれはお前の銃だと確信し、奪われた銃は運営のもとにあると疑うことなく信じた」

 

 ゴリ「しかし事実はお前の銃が、奪われたということだけだったんだ。」

 

 シノン「てことは...」

 

 ゴリ「そこにある銃が...お前のヘカートってことになる」

 

 シノン「...っ」

 

 私のヘカートがここにある...

 

 その事実は彼女のここ最近の疲弊した心を癒やすのにはもはや十分であり一瞬感極まったが、まだである。まだ取り返していない。その最終目標はもう目前にあるとして彼女は行動に移した。

 

 シノン「モル...とか言ったわよね」

 

 モル「そうだが...」

 

 シノン「私はその銃をどうしても返してほしい...」

 

 モル「...だろうな」

 

 シノン「勝負をしてほしい」

 

 モル「...断る」

 

 シノン「っ...!どうして!?」

 

 モル「当たり前だ。それをして俺になんのメリットがあるんだ?」

 

 至極当然で何も言い返せない。

 

 モル「大体勝負ならこの前着いている。お前はそれに負け武器を奪われた」

 

 それだけだ、という男に対して私は自分の無力さを嫌というほど味わった。

 男が持つPMG ヘカート Ⅱ。その姿は手の届くところにあるのに、私は触れることのできない立場にいるのだと痛感させられた。

 

 シノン(っ...わたしは...ホントに弱いっ...)

 

 またもや暗い思考の渦の入り口に立たされた私は、過去のトラウマがフラッシュバックし底の見えない闇に身を任せる準備をしていた。

 

 そこに

 

 ゴリ「そういえば、なんでお前は賞品になったことを知っていた?」

 

 シノン「っ...!」

 

 モル「...ほう」

 

 ゴリ「プレイヤー個人への通知はまだ来ていない...あの放送を見ていたということはあの大会へ興味があったということ以外ありえない。」

 

 モル「...面白い考えだ」

 

 ゴリ「さては、参加するつもりだな?」

 

 モル「...どうだか」

 

 その男は初見から常に冷静でそれは今も変わりないがそこに若干のノイズが混じっている感じがした。それは同じスナイパーとしての感のようなものがそう告げていた。

 

 シノン「大会に出るのなら...そこで決着をつけてちょうだい」

 

 シノン「もしこっちが優勝したら返して」

 

 モル「なぜそうなる...」

 

 シノン「あなたは私を倒して銃を奪った。だから私はあなたを倒して銃を取り返す!」

 

 モル「言ってることが滅茶苦茶だ...」

 

 話にならない、と呆れる男に向かって坊主の男が言う。

 

 ゴリ「だが気持ちは分からんでもないんだろ...」

 

 モル「...なんだと?」

 

 ゴリ「お前のその銃の持ち方...。それは相手に敬意を払ってる時の持ち方だ」

 

 シノン「っ...!」

 

 ゴリ「しかも銃自体をいたわるような持ち方をなぜ奪った奴の前でしているんだ?」

 

 モル「...なんのことか言ってる意味がわからんな」

 

 そういうと男はアイテムストレージにPMG ヘカート Ⅱをしまった。

 

 ゴリ「俺の勝手な憶測だがな」

 

 モル「...」

 

 モル「...まぁ、返してやらんでもない」

 

 シノン「っ...!」

 

 モル「その代わり付け狙われるのはごめんだ...おれは事を荒立てたくない」

 

 シノン「...どうすればいいの?」

 

 モル「そうだな...条件は何でもいいが...」

 

 モル「では今後、この世界にINしないでほしい」

 

 シノン・ゴリ「!!!」

 

 モル「そうすれば、おれも付け狙われる心配はない」

 

 ゴリ「おいおい...」

 

 シノン「あんたっ!そんな条件飲めるわけないじゃない!」

 

 モル「なぜだ?返して欲しいんだろ?」

 

 モル「もちろん他のアイテムやクレジットは置いていってもらう」

 

 シノン(こいつっ...!)

 

 この男の性格の悪さを感じた私の中では嫌悪感と憎悪の感情がひしひしと蠢いていた。

 

 ゴリ「シノン、諦めろ。こいつには何言っても通じねぇ」

 

 ゴリ「こういう性格のやつには何しても無駄さ」

 

 半ばあきらめの感情を持ってしまった彼に対して私は自分の中のフラストレーションをぶつけた。

 

 シノン「私がどうとか、こいつがどうって事じゃないの!どうしてって言われてもわからないけど、今、私がわかるのはどうしても取り返さなきゃダメって事だけなのよ!」

 

 ゴリ「...」

 

 ゴリ「とは言ってもな...」

 

 どうしたもんか、という表情の男は困り顔をのぞかせていた。

 

 モル「...シノン、とか言ったな」

 

 シノン「っ...!」

 

 睨みつける私を見ることなく男はサングラスを上げながら続ける。

 

 モル「気が変わった。...勝負を受けよう」

 

 シノン・ゴリ「っ!!!」

 

 モル「そちらの察しの通り、俺は今回の大会に出るつもりだ。そこで決着をつけようじゃないか」

 

 シノン「っ...」

 

 ゴリ「...おい...俺の目玉は飛び出てねぇか?」

 

 こちらを向いてそう聞いてきた彼に対して、それはこっちも聞きたいわ、という表情で返したが現状こちらの出した条件が通った事に対して驚きを隠しきれなかった。

 

 モル「そっちのチームが優勝したらあの銃を返そう、俺のチームが勝ったら...まぁまたその時にこちらの要求を聞いてもらおうじゃないか」

 

 ゴリ「...奴はジキルとハイドか?」

 

 シノン「待って...。わかったわ、その条件で勝負しましょう」

 

 モル「決まりだ...」

 

 モル「せいぜい...予選落ちしてこちらの気を削がないようにしてくれ...」

 

 シノン「大きなお世話ね...」

 

 驚きもあったが私はようやく銃を取り返す目処が立ったことに対して、単純に嬉しかった。いわば宿敵のこの男はかなりの技術を持ち合わせいてすごく強いが、その男に勝てればヘカートを取り返せるばかりか自分の強さの証明、はたまた更に強くなれ得る。そんなことを感じた私はやる気に満ちていた。

 この擬似的な月明かりの下でもその力強い気持ちは本物あると言い切れる私がいたのであった。

 

 モル「...っ...そろそろ潮時のようだな...」

 

 ゴリ「なぜだ?」

 

 そう話す男たちの声が聞こえた刹那、一瞬遅れてサングラスの男が感じた気配を私も感じ取った。

 

 シノン「っ!ゴリッ!!避けてッ!!」

 

 そこにはなんと彼の頭目掛けて一直線に伸びてきている殺気があった。

 それはまるで弾道予測線(バレットライン)のように目視できそうなほどはっきりとしていて、禍々と感じ取れるほどの本物の殺気だった。

 

 

 

 

 

 ========================

 

 

 

 

 

 シノン「っ!ゴリッ!!避けてッ!!」

 

 

 慌てて彼の座っていた椅子ごと思い切り蹴りとばした。彼の頭へと飛んできた一発の銃弾が倒れゆく彼の頭のほんの数mm横を音だけを残して通過していき壁に弾痕を残した。

 

 ゴリ「!?なんだってんだ!?ここは街ナカだぜ!?」

 

 椅子と机一緒に倒れこむ彼のもとに飛んできた電磁スタン弾(スタンバレット)が彼の背中に命中し悲鳴が上がる。

 

 ゴリ「ぐわぁッ!!う、動けねぇ...っ!」

 

 シノン「っ!誰!?」

 

 仕切りから飛び出た私は店のカウンターの横からすぐ隣りの階段の部分へと逃げようとするローブの影を捉え、急いで後を追う。

 

 シノン(こっちは銃が使えないッ!どうする!?)

 

 階段へと走るさなか、前方に道を塞ぐように配置されたテーブルの上に狼男をつなぐための鎖が置かれているのが目に入った。テーブルに差し掛かった時、鎖に手をつき宙返りをしながらテーブルを越えつつ鎖を手に持つ。その時には謎のローブは前方の階段の部分を降り始めていた。

 

 シノン(せめて顔だけでもッ!)

 

 階段の部分に辿り着いた私は鎖を回しながら階段を駆け逃げる謎のローブに向かっておもいっきり鎖を投げつける。その鎖がローブの片足に当たりローブはバランスを崩し転倒した。

 

 シノン(...いけるッ!)

 

 階段に踏み入れた私は階下の通路で起き上がろうとするローブに掴みかかろうと隼のように階段を駆け降りた。

 すると謎のローブがグレネードのようなものを取り出しこちらに向かってそれを投げつける。

 

 シノン(しまったッ...)

 

 空中で回るグレネードから大量の煙が噴出し階段下の通路まで何も見えなくなった。

 

 シノン「ゴホッ、待ちなさいッ!!」

 

 しかし私の声を聞くはずもなくもちろん返事は帰ってこない。

 

 距離感を頼りに通路を進み続け、開いたドアとうっすらと見える外の光が見えた。急いで外へ飛び出した頃には謎のローブの姿どころか人影すら見当たらない状態だった。

 

 シノン「ケホっ...一体...なんなのよ...」

 

 空を仰ぐ私の後ろに、痺れがとれたのか体躯のいい男が息を切らしながら現れた。

 

 ゴリ「大丈夫か!?シノン!」

 

 シノン「それはこっちのセリフよ...」

 

 ゴリ「はぁはぁ...奴は?」

 

 シノン「だめよ...顔もわからなかった...というかホントに大丈夫?」

 

 ゴリ「へっ...スター・ウォーズの続編をみるまでは死ねねぇよ...」

 

 シノン「はいはい、わかったわ...あいつは?」

 

 ゴリ「...痺れてたからよくわからねぇが、どうやら裏口から逃げたようだぜ...」

 

 シノン「...そう」

 

 ゴリ「でもなんにしろ良かったじゃねぇか、おまえの銃を取り返せるかもしれねぇ」

 

 たいしたもんだ、と男は頷く。

 

 シノン「...私はなにもしてないわよ、男って気まぐれなものね...」

 

 ゴリ「一緒にしてもらっちゃ困るぜ、男ってよりスナイパーがじゃねぇか?」

 

 シノン「わたしが撃ち込んであげようか?」

 

 ゴリ「...Sのオーラってか、フォースを感じるぜ」

 

 シノン「バカなんじゃない?」

 

 先ほどの緊張もあってか彼のジョークを心地よく感じてしまった私もバカなのかもしれない。

 

 ゴリ「それはさておき、シノン」

 

 シノン「なに?」

 

 ゴリ「おまえも大会に出ることになっちまったが、放送でもあったように受付は今日の0時までだ。優勝しなきゃいけないし、ペアはどうするんだ?」

 

 俺はもう申し込んじまった、と続けた男はこちらを心配そうに見ていた。

 

 シノン「ああ、それ?一応心当たりはあるのよ」

 

 ゴリ「ほう...いったい誰だ?」

 

 シノン「一応リアルでも知り合いなんだけど...」

 

 ゴリ「新か?あいつなら...」

 

 シノン「いいえ、違うわ」

 

 

 

 

 シノン「見た目は女みたいだけど、意外としっかりしてる奴よ」

 

 

 

 かつてこの世界で協力し、そして大会で同時優勝したことのある同級生を私は再びこの世界へと連れてこようと決意していたのであった。

 

 

 

 

 

 




続きます。

次回は現実の描写多めでいく予定です。
需要あるかはわかりませんが...



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10話 丘の下のオアシス

 

 

 

 

 

 

「ひとつ聞いてもいいか?」

 

「なんでも聞いてくれて構わないよ」

 

「お前は感じないか?」

 

「ん?一体何を?」

 

「恐怖とかそう言った類のものだ」

 

「ああ、感じるよ。当たり前だろ?」

 

「じゃあ、何故逃げ出したりしないんだ?」

 

「こちらからしたら君にそれを聞きたいよ」

 

「...はぐらかそうとするな」

 

「ん~、強いて言うなら、意地...かな」

 

「ふっ、お前の口からそれが出るとはな...」

 

「逆に聞くけど君は何故なんだい?」

 

「おれは...

 

 

 

 

 ~~~

 

 ~~

 

 

 

 

 

 

 昼頃 桐ヶ谷家

 

 

 

 すっかり散らかしてしまったキッチンの後片付けを終えた私は、作りすぎてしまったそれらが乗ったお皿に綺麗にラップをかけ冷蔵庫にしまった。

 

 直葉「大丈夫かな...?いやっ、大丈夫よね!」

 

 それらの中でもひときわ形の良く綺麗に出来たものを選んだはず、きっと大丈夫、と自分に言い聞かせた彼女は、お皿とは違う別の箱、いってしまえば普通の弁当箱を専用の手提げ袋にしまうと携帯を操作した。

 

 直葉「準備出来ました。っと」

 

 ホッとひと息した彼女だったがすぐに振動する端末に、はやっ、と驚くとその内容を確認した。

 

「了解!今近くのコンビニだからすぐ行くな!」

 

 直葉「え~!?はやいはやいっ!」

 

 部屋着のままの彼女はこれから出発しこちらに向かってくると思い、着替えやシャワーなどのそれらの時間を逆算してメッセージを送ったつもりだった。

 

「センパイッ!早いです!もう少し待って」

 

「おう!そうか!すぐいけるからほんとに準備出来たら言ってくれ!」

 

「わかりました。」

 

 今度こそホッとひと息ついた彼女は、携帯を操作しながら自分の部屋に戻ろうと足を進める。

 

 直葉「えっと、お兄ちゃんへ。今日実家に戻るなら冷蔵庫にご飯作ってあるから温めて食べてね、」

 

 ふと二階の自分の部屋の隣り、今は誰も住んでいないその部屋が気になり、そのドアをゆっくりと開けてみる。

 そこにはかつて自分の兄が生活していた名残はカーテンしか残っておらず、本棚やベッド、あのゲーム機すらそこにはなく閑散としていた。かつて隣同士の部屋から一緒に冒険した時の思い出すら、うっすらと残る程度になってしまったことが、内心物悲しく寂しい事であると感じた。

 

 直葉「お兄ちゃん...戻ってこないかな...」

 

 いやいや、と自分を律しつつ部屋に戻ると先ほどたたんだ服とクローゼットに閉まってある服の中から今から着ていく服を選びお風呂場へと持って行こうと振り返った。

 その時、壁に立てかけてある竹刀と当時二人で剣道をしていた時にとった写真が留めてあるコルクボードに目がいき、無意識に思い出がフラッシュバックした。これまでの楽しかった思い出や淡い感情、そして今の状況を振り返ってしまった彼女はゆるく表情では笑いながら呟く。

 

 直葉「...えへっ、また一緒に剣道やりたいな...っ」

 

 そういう彼女は人を待たせていることを思い出し、その淡い思い出に触りながらも早足で一階にあるお風呂場へと向かっていった。

 

 そのさなか、これから会う人物に対して自分はいったいどんな感情を抱いているのだろうと考えたが答えはわからず、綺麗に整理・清掃された真っ白な浴室へと一糸まとわぬ姿で入っていった。

 

 

 

 

 

 

 ========================

 

 

 

 

 

 

 直葉「お待たせしました、センパイ」

 

 新「おおー桐ヶ谷!待った待った!待ちくたびれた!」

 

 にこやかに冗談を飛ばす彼からは嫌味の感情などは一切感じられず、むしろ待たされて嬉しかったとも感じられる雰囲気が出ていた。

 

 直葉「すいませんね!準備が遅くてっ!」

 

 新「まぁまぁ、気にするなっ。女の子を待たすよりは全然いいからな!」

 

 直葉「無意識に急かされましたけどっ。...じゃあ、失礼します」

 

 そう言って彼の車の助手席に乗り込んだ私は鞄の中に入れたお弁当が傾かないように注意しながら鞄を置いた。

 

 新「いやー、急に誘っちゃってごめんな~」

 

 直葉「いえ、特に予定もなかったですし。行きたいところってどこなんですか?」

 

 新「あーいやっ、えっとな、飯でもどうかな...って」

 

 直葉「なるほど...。」

 

 直葉(まずい!ピンチだッ!)

 

 言わずもがな、今この足元の鞄の中には彼の言う「飯」になりうる、というか「飯」そのものが入っている。このまま会話が続けば、いずれどこかのファミレスやらラーメン屋などに行くことになってしまうだろう。

 その事態だけは絶対に避けなければならない。

 

 直葉「あ~!センパイ!実は私!もう食べちゃったんですよー!」

 

 新「なに~!?おまえ...俺をおいて自分だけ満腹感を味わっているのか...」

 

 直葉「言ってくれたら、食べなかったんですけどー、ごめんなさいー!」

 

 新「くっ!お前だけは信じてたのにっ、くそぅ、こんなのあんまりだよ」

 

 直葉(...いまだ!)

 

 直葉「センパイ!実はわた...」

 

 新「大丈夫だ!桐ヶ谷!」

 

 直葉「し...えっ?」

 

 新「こんな事もあろうかと俺はいつも行くコンビニでこんなものをゲットしていた!!」

 

 そういう彼は二枚のサービス券のようなものをこちらに突き出してドヤ顔した。

 

 直葉「それは...?」

 

 新「フライドチキン!フライドポテト!はたまた店のすべてのフライ商品と交換できる「揚げ物無料券」だ!!」

 

 直葉「...。」

 

 新「しかもッ!期限は今日まで...。これは神がくれた選外一隅のチャンスだとは思わんかねっ!」

 

 直葉(う、うっとうしい...)

 

 あくまで安全運転を心がけスマートな運転をする彼だが、あまりのドヤ顔感に私は若干イラッとした。

 

 直葉「もうっ!センパイはそんなのばっか食べてるからってこの前言ったじゃないですかぁ!」

 

 新「だって結構うまいんだぜ」

 

 直葉「駄目ですダメです。全く、ネジ一本の騒ぎじゃないですよこれは、」

 

 新「でも桐ヶ谷。おまえもあそこのポテト食べたことあるだろ?」

 

 直葉「うっ...っ」

 

 大学近くの個人経営のコンビニにはチェーン店とは違い、意外としっかりとしたアラカルトが陳列されており、ポテトとチキンはその中でも人気商品。あの大学に通うものならば一度は食べたことがあり、なおかつもう一度食べたくなる味と口々に漏らすいうのはあまりに有名な話、と言うより常識的な話にまで上り詰めていた。

 

 直葉(途中で味見したとはいえ、やっぱりお腹へってるし...)

 

 こちらの雰囲気を察したのか彼が切り出す。

 

 新「どうだ?桐ヶ谷?一枚譲ってやってもいいんだぞ...」

 

 直葉「ううっ...」

 

 新「これでもう俺の食についての文句は言えないはずだなっ!」

 

 直葉「...くっ...!」

 

 新「はーっはっは!」

 

 勝ち誇ったような彼に向かい私は感極まって言った。

 

 直葉「いいですよっ!!センパイはチキンでもポテトでも食べててください!」

 

 直葉「私は作ってきたお弁当食べますからっ!!!」

 

 新「えっ?」

 

 直葉「...あっ。」

 

 そのコンビニの駐車場に到着すると同時に、静寂がコンパクトカーの狭い空間に対して密度濃く流れる。

 

 直葉(し、しまった...っ)

 

 新「桐ヶ谷...?」

 

 新「まさか...作ってきたのか...その、お弁当を...」

 

 顔が熱くなるのを感じた私は片手で顔を隠しながらもう片方の手を思いっきり横に振った。

 

 直葉「いやいやいやっ、あのっ!今日偶然!じゃなくてぇ!だって新くんがっ!あのそのっ!」

 

 自分でもパニックになっているのがわかったが、どうしていいかわからずよくわからないことを言っていた。

 そうしていると横に振っていた手をがっと掴まれて私は飛び上がりそうになった。

 

 新「直葉ちゃんっ!」

 

 直葉「はいっ!...」

 

 こちらを見ている彼の目に吸い込まれそうな感覚に陥りながら言葉を待った。

 

 新「...」

 

 新「...ょう...くしょ...」

 

 直葉「?」

 

 新「...ちくしょう!おれ今すげぇうれしい!うれしいぜ!!」

 

 直葉「えっ?」

 

 新「やっと前の呼び方に戻ってくれたな!直葉ちゃん!」

 

 直葉「えっとあの、」

 

 新「ずっと避けられてるって思ってたんだっ...!話し方も変わっちゃうしな」

 

 新「なんかしちゃったかなってさっ!」

 

 直葉「...センパイ?」

 

 新「そのセンパイってのはもう無しだ!これからは最初の呼び方にしてくれ!敬語もなしだ!」

 

 直葉「えっと、いいですけど...」

 

 新「俺も直葉ちゃんに戻すから、ってか、直葉ちゃんの前でだけ桐ヶ谷って言ってただけだけど!」

 

 新「とりあえず決定な!」

 

 直葉「はい...」

 

 新「だから敬語!」

 

 直葉「...うん、...わかった」

 

 新「よし!」

 

 なんだかんだでうまくいったような感じの雰囲気が漂っているが私は肝心なお弁当をまだ渡していなかった。

 

 直葉「それで...新くん...」

 

 新「ん?どうした?」

 

 

 

 直葉「前言ってた、とびきり美味しいか...は、わからないけど...バランス考えたの作ってきたのっ。よかったら食べて...?」

 

 

 

 鞄からお弁当を取り出して彼の目を見て渡す。

 

 

 新「直葉ちゃん...ありがちょ、っ!」

 

 

 直葉「...」

 

 

 新「...」

 

 

 直葉「...ぷっ!」

 

 直葉「あはははっ!!このタイミングでキメ顔して噛む人っているのっ!??」

 

 新「ちょ!うるせぇ!!いいだろ!別に!!」

 

 直葉「はははっ!やっぱり新くんってバカだわ!」

 

 新「あーもうっ!知らねぇよ!」

 

 恥ずかしくて赤面したいかにも不機嫌そうな彼に対して私は自分の腹筋のコントロールを失ったが、なにぶん心地よい雰囲気を感じることの出来たこのお弁当の件に対して、やってよかったと思わざるをえない私がそこにはいた。

 

 新「...まぁ、でもほんとありがとなっ!ちゃんと食べるよ...。」

 

 直葉「うん!どういたしまして!」

 

 どこの誰が見てもいい雰囲気の二人はまるで付き合いたてのカップルのような優しいオーラに包まれていた。

 

 とそこに携帯電話の電子音が水を指すように鳴り響いた。

 

 新「ああ、ごめん直葉ちゃん...ちょっと電話だ。話してきてもいいかな?」

 

 直葉「いいよ、あたしここで待ってるね」

 

 新「ごめんなっ、すぐ戻るわっ、」

 

 そう言って車の外にでて何やら話をしている彼の姿を見ながら私は物思いにふけた。

 

 直葉(ふふ、あんなに喜んでくれるなんて...作ってよかったっ...)

 

 にこやかに笑うその彼女の顔は芽生え出した新たな気持ちの種のように柔らかく繊細だった。

 そこに何やら申し訳無さそうな顔をした彼が戻ってきた。

 

 新「直葉ちゃん...ごめん、延期になったはずの予定が実は今日やることになっちゃって...」

 

 いかなきゃいけない、と続ける彼に対して私は朗らかにいった。

 

 直葉「別にいいよ、私も実はお弁当渡したかっただけだしっ」

 

 新「ごめんな、ってか家まで送るよ!」

 

 直葉「いいよいいよっ、ここからなら定期で帰れるし。遅れちゃったら大変だよっ」

 

 そう言って私は名残惜しさもほどほどにドアを開けるとそのまま車を降りた。

 

 新「サンキューな!あっ、お弁当食べたら絶対感想言うわ!」

 

 直葉「それじゃあ、待ってるね!まずいなんて言ったら許さないからっ!」

 

 新「大丈夫だ!直葉ちゃんが作ったものなら、何でもうまいはずだよ、あと鞄忘れてるよ!」

 

 直葉「あぁっ、ごめんごめんっ!」

 

 新「それじゃあ行くね!」

 

 そう言うと手を振りながら彼はコンビニを後にした。

 

 直葉「さてっと、帰ろっか!」

 

 そう言った彼女だったが、鞄の異変に気がつく。

 

 直葉「あれ?」

 

 そこには鞄の隙間に挟まれた一枚のサービス券がちょんと顔を出していた。

 彼女はニコッと笑いながらそれを掴むとコンビニの中に陽気に入っていったのだった。

 

 

 

 

 

 ========================

 

 

 

 

 

 夜 大学近くのコンビニ

 

 詩乃「なにやってるのよ...」

 

 時計をしきりに気にかける私は現在、うちの在学生がよく利用するコンビニの前にいた。ここにいる理由はいろいろあるが一番の理由としては桐ケ谷和人、キリトというアバターネームの男に会うためである。

 

 詩乃(大学から彼のアパートに行くならここを通るはずなのに...)

 

 例の男との勝負の約束をしてから私が現実の世界に戻って真っ先にしたことといえば、大学の電子工学科に所属する同級生への連絡だった。しかし、無駄に研究熱心な彼は大学が休みの休日であっても自身の研究は欠かさないほどいわゆる研究バカだった。

 しかし、こと、問題が起こった時において彼ほど頼りになる人はいない。あえて説明を省くが、今までも大きなことから些細な事まで彼自身の力で多くの人の問題を解決してきたのである。

 

 詩乃(...早くしないと...時間が)

 

 今回の大会に関しても、そんな彼の協力が必要だと私は直感的に感じ、彼の協力を仰ごうと彼に会う約束を取り付けたのだが、約束の時間を過ぎても一向に現れないという事と、タイムリミットがあるという事も相まって焦りを隠し切れない。

 

 詩乃(今は21:00。まだ大丈夫だけど...。)

 

 彼を交渉できたとしてもそこから移動やらなんやら、その他うんぬんをするため少なく見積もっても2時間ほどは掛かりそうな予測はたてられている。故に、わたしはかなりの焦りを表面に出しているのであった。

 

 詩乃(別の人に...いえ、彼でなくては駄目)

 

 詩乃(参加するだけなら誰でもいいけど、私は優勝しなくてはいけないっ!)

 

 詩乃(だからこそっ、ただでさえ時間がないのにこうして待ってるんだから...!)

 

 焦りや緊張で鼓動が早くなるのを感じた私は、これではいけない、と思い冷静になるため今日のことを振り返った。

 

 

 

 

 

 ゴリ「その可愛い子ちゃんは強いのかい?」

 

 シノン「ええ、少なくとも私は勝った事ないわ」

 

 ゴリ「そいつは驚きだ...」

 

 シノン「でも彼はおそらくこのゲームに長い間INしていない...」

 

 ゴリ「それなら...いや、言う方が野暮だな」

 

 シノン「ええ、彼でなくてはいけないの。」

 

 優勝するとなれば...という彼女は拳を握った。男はその姿に、大会に本気で優勝するつもりだという気迫をみた。

 

 シノン「...今日はありがとう。あなたのおかげであいつと接触できたの、本当に感謝するわ」

 

 その気迫をうちに秘め、ゆるやかな表情を見せた彼女に男は彼女の意志の強さを感じた。

 

 ゴリ「いいって...気にするな...。俺にできるのはこのくらいだ」

 

 ゴリ「まだあいつの多くは謎のままだが、今はシノン...お前が優勝できることを心から願うぜっ!」

 

 シノン「ありがとう...。それじゃあ、私は彼に連絡してくるわね」

 

 そう言って私はきびすを返した。

 

 ゴリ「シノン。」

 

 シノン「なに?...わっ、ちょっとっ!」

 

 振り返った私に彼はあるものを投げ渡した。

 

 ゴリ「助けてくれた礼...ってわけじゃねえんだが、まぁ持ってけや...」

 

 それは、特殊な形をしたグレネードのようなものだった。

 

 ゴリ「これでも俺の本職はそっちなんでね、お守りだと思って装備しておけ」

 

 シノン「...ええ、ありがとう...いただくわね」

 

 何から何まで豆な男ね、と感じた私は、目の前の男はやはり信頼に足るものと再確認し、その体躯のいい体に敬意の眼差しを送る。

 

 ゴリ「それと...もうひとつ、気になることがある」

 

 シノン「ええ、聞くわ」

 

 ゴリ「あくまでこれはまだ噂の段階だが...」

 

 そういう彼の夕焼けを背にした心妙な面持ちが妙な迫力を演出していた。

 

 ゴリ「どうも怪しげな兵器の目撃情報がチラホラと挙がってきている」

 

 シノン「...それって」

 

 どことなく記憶の片隅にあったその事について思い出しながら聞き返す私に男は背を向けて歩き出す。

 

 ゴリ「そうだ...お前たちも見たことがあるかもしれねぇがそいつは戦車だそうだ...」

 

 ゴリ「知っての通り、このゲームにそんなもの存在しねぇ...」

 

 ゴリ「...気をつけてくれ...」

 

 そういうと彼は夕焼けの路地へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 ゴリとの会話を思い出し冷静さを取り戻した私だったが、やはり焦る気持ちは拭えない。ならない携帯を握りしめながらも今後のことを模索した。

 

 詩乃(...ヘカートの奪還。それには私達は大会で優勝しなければいけない。でももっと言えばエントリーしなければそれすら夢のまた夢...)

 

 詩乃「!!」

 

 突如、持っていた端末が震えた。予告なく振動する携帯の画面を覗くと、そこには桐ヶ谷和人からの着信の画面が表示されていた。有無も言わずに私はその着信を取ると真っ先に問いただした。

 

 和人「もしもし、悪いなシノ...」

 

 詩乃「ちょっとっ!あんた今どこにいるのよ!?」

 

 和人「ど、どうしたんだよっ、大きな声出して、」

 

 詩乃「いいから答えなさいよ!今どこにいるの?」

 

 和人「い、今はアパートだよ、シノンが会って話したいって言うから部屋を片付けてたんだ」

 

 詩乃「なっ!?いつの間に帰ったの!?」

 

 和人「一緒に研究してた教授が歩くの大変だろうし、って車で送ってくれたんだ」

 

 詩乃「...っ!今から行くから待ってなさい!」

 

 和人「ちょっとシノッ」

 

 途中で電話を切った私は、一目散に夜の街をかけ出した。

 

今いるこの世界は現実世界。あのネオンの光る街とは違い、閑静な住宅街が広がるこの街を、か弱く体力のないスナイパーが全力で走り去るその姿は、すこし滑稽であると思われるかもしれない。しかし、事情を知る者達にとってはそれは儚い可能性にかけた、一筋の希望を掴むためのラストランなのだと感じさせ、固唾を飲んで見守るしかないのであった。

 

 

 

 

 

 

 




続きます


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。