悪魔の沙汰も (表通路地)
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001. 貧乏死すべし、慈悲はない
書き溜めなど特にない上遅筆ですので、あまり更新頻度は高くないと思いますが、よろしくおねがいします。
闇を浴び、月光を泳ぐ、暗闇の住人、吸血鬼。
飲みきれぬほどの血を浴びるがごとく啜り、全身を紅く濡らす蒼銀の悪魔。
スカーレット家当主、レミリア・スカーレットは、暗く沈んだ地下室で、小さく呟いた。
「お金が、ない……」
テーブルへはしたなく突っ伏した親友を見かねた魔女は、読みかけの本を閉じ、しばしその冗談に付き合うぐらいのつもりだった。
「お金って、aur?」
「商人の頬を殴る時使う方」
「baniね」
まだ東方の言葉に不慣れなのかと思えば、そうでもない。
いつもの不敵な笑いもせず、力なく倒れ伏した親友は、どうやら本当に困り果てている様子で唸っている。
「地下に唸るほどあるでしょうに。それともなに?また何か変なもの買ったの?」
「ううん、そうじゃないのよ。ていうかあれらはクズになったわ」
クズになったと聞いて、得心がいく。
なるほどまた読みかじった適当な魔法でもぶっ放して、金庫部屋の中身を塵芥にでもしたのだろう。魔法で復元できなくもなかろうが、ここはひとつ、考えなしの友人をいじっておくのも手だと、パチュリーは考えた。
「それは、さぞや綺麗な花火だったでしょうね。呼んでくれれば見に行ったのに」
「火炙りなら魔女がいないと始まらないわ。私は何もしてない。ここにきたせいでクズになったの」
「転移になにかミスでもあったかしら?」
「大成功だしミスもないおかげで、クズになったの」
「意味分かんないわよ」
小さくため息をついて流し目をすれば、呆けたように机から顔を上げる親友の姿。
まるで『わかっていないのか』とでも言いたげな表情が、哀れみと怒りを誘う。この場でより頭の悪いことを言っているのは、絶対にレミリアの方だという自信がパチュリーにはあった。
「……さっぱり」
「パチェ、私達、幻想郷に来たのよ?」
「ええ、存じてますわ。スカーレット嬢」
「その、パチェ。何を怒ってるかわからないけど……」
親友のなにやら不穏な雰囲気にたじろぐが、意を決したレミリアは『それ』を口にする。
「つまり、外のお金はここでは使えないの」
パチュリー・ノーレッジ。静かな読書の時間を愛する活字中毒者。
彼女が口を開けて本を床に落としたのは、実に三十年ぶりのことである。
「それで、お姉さまはあんなに困ってるの」
「はい」
静かに頭を垂れるメイド長は、できればそれを彼女に伝えたくなかったのだろう。表面上なんてこそなさそうにしているが、幾らか早まった心音が、耳の良い彼女の鼓膜をゆすっている。
「なんとかしたいけど……お仕事するってわけにも、ね」
フランドール・スカーレットの住まうこの館は、現在外界と隔離状態にある。どういう術かはしらないが、館の塀にそって敷かれたその結界から先は出入り敵わず、完全に切り離されたかのような有り様であった。
見知らぬ土地への突然の転移とあって、現地住民からのそれなりな報復攻撃も予想していたが、まさか閉じ込められるとは思わず、進退窮まったのが現状である。
その上、閉じ込めた本人たる八雲紫は素知らぬ顔で入ってきては、いくらかの物資などを金や銀などの金属と引き換えにおいていく。忌々しい結界さえなければ、買い物の手間も省けて良い話なのだが、そうも笑っていられないのが現状、ということらしい。
「まぁ、じゃあ札束は冬の燃料にするとしよう。お姉さまが癇癪起こして本物のクズにしないうちにどこかへしまっておいて」
「承知いたしました」
フランドールとしてはそのうち、くらいの気分で放った言葉だったが、メイド長が『一瞬前』とわずかに立ち位置を変えているところを見るに、すでにあの紙くずの山は金庫室にはないだろう。
「咲夜はせっかちさんね」
「人の生は、少々短すぎますので」
静と立っているメイド長は、確かに人そのものだが、彼女の持つ時間は『短い』なんてものではない。
あるいは、吸血鬼たるフランドールをして追いつけないほどの長い長い悠久の時間を手のひらに収めた少女。
その彼女をして、短い生とは、ずいぶんな皮肉であった。
「咲夜、なにかない?お金がいきなりどばーってなる方法」
「外へ出られるのであれば、いくらか心当たりもあるのですが……」
困ったようにはにかむメイドに頷きと苦笑を返しつつ、フランドールはこのメイドに金稼ぎさせるのは絶対にやめておこうと決心する。
銀髪のメイドは、少し考えるようにして『二、三軒、いや、大きい所を一軒』とぽそりと口にしたのだ。どういう思考回路をしているか謎だが、おそらくまっとうな方法で金を手にして帰ってくることはないだろう。
人の血をすする悪魔が候補にも挙げなかった略奪を、人の血を流すメイドが真っ先に候補に挙げるとは、世も末かと小さくため息をつく。
「でもホントにまずいかもね、このままだと」
「ジリ貧なのよ」
ようやく事態を飲み込めたらしい紫もやしを睨みつけつつ、レミリアは舌打ちする。
自分たちは閉じ込められ、一方的消費を余儀なくされている。
確かに、金属と引き換えに物資は得ているが、大半は食料や消耗品だ。資産とは言いがたいし、このままでは減る一方なのは目に見えている。
こうやって兵糧攻めを受けているとしか思えないような、じわじわとした焦りが拭えない。
「……あの八雲紫をどうにかして」
「それができれば苦労してないわ」
存外に武闘派な親友の提案も、現状では採用しがたい。
どうやら八雲紫固有の力で張られたであろう結界は、破る方法が今のところわからない。ヒントとなる八雲紫を生け捕りにして解除させるのも手だが、生け捕りにできるほど生易しい相手でもなさそうなのは、重々承知だ。
「詰んでるわね」
「合意を得られて嬉しいわノーレッジ嬢」
なんだかわからない理由で睨みつけられたレミリアも意趣返ししておくが、パチュリーは遅れてやってきた絶望感で呆けている。
長い溜息をついてテーブルへ突っ伏せば、図書館の重厚な扉が開く音がして、そちらへ目をやった。
「フラン」
「ごきげんよう、お姉さま」
妹と付き従うメイド長の表情を見て、概ね察する。
フランドールにはなるべく伝えないようにと釘をさしておいたのだが、感のいい妹のことだ、自分で気づいて問い詰めてしまったのだろう。最近は自分もずいぶん困った表情をしていただろうし、むしろ黙っていた分心配をかけたかもしれない。
「もう聞いてるだろうけど」
「ええ、大丈夫。そのことで相談があるの」
「相談?」
思いがけないワードに、眉根を寄せる。
レミリアがこれだけ悩む問題を、妹はすでになんとかする算段がついたとでも言うのか。
「フラン、あなたなんとかできるの?」
「え?ううん?無理」
朗らかに放たれた投了は、レミリアをすさまじい脱力感へと落とす。
しかし、完全に無策無謀という訳でもなさそうな妹は、そのまま続ける。
「今じゃ無理だし、とりあえず整理したいなって。だから、みんなを集めたいの」
真昼の太陽のように無邪気に笑う妹の顔を見て、疲れがましたレミリアは、もうどうにでもなれと、それを了承したのだった。
2015/03/18 誤字修正
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002. 貧ずれば
「簡単に言うわ。お金ないの」
「わぁ、かんたん」
きゃっきゃと笑う妖精メイド達に苦笑しつつ、フランドールは説明する。
ひとつ、自分たちは結界から出られない。ひとつ、金属の在庫は無限ではない。今のペースならあと五年で空になる。ひとつ、今のところ有効な解決の手立てはない。
おそらく、自分たち――特に、頭の出来が良くない妖精達――向けに、ずいぶん省略されているのであろうが、しかしまぁ、金が無くなりそうだということは美鈴にもすんなり理解できた。
「しかし、フラン様。金がないからと言って、そんなに深刻なことなんですか?」
美鈴のもっともな疑問である。
たしかに、食事するにも食材はいるだろうが、飲み食いなど趣味のようなものである。別に明日からないと言われても、困る困らないで言えば、美鈴は気にも留めないだろう。
「そうね、確かに、お金なんてなくても」
「別に困りませんよねぇ」
「メイド長はごはん食べないと!」
言われてみればと言いたげに、パチュリーやその使い魔、妖精達が声を上げる。
人間である咲夜のために、一応の食事は目処を立てる必要があるだろうが、それだけならば五年と言わずもっと長い時間を稼げる。その間になんとかすればいい。なんなら、稼いだ時間の間に咲夜は寿命を迎えるかもしれない。
館の住人から、危機感が抜けてゆく。しかし、レミリアとフランドールの目は未だ厳しい。
「うーん、じゃ、試してみよっか」
そういって、フランドールから提案されたのは、一週間の断食。
お菓子も、紅茶も、食事も取らず、咲夜は最低限の食事をする。
妖怪らしく、必要ないなら飲まず食わずで行こう。というのだ。
「お姉さまも、いい?」
「……いいけど、フランには、何か考えがあるの?」
「考えっていうか……」
フランドールは、一時考えこむような顔をする。
「やっぱりね、体験しないとわからないかな?って。自分たちで、一回自分たちのことわからないと、多分うまくいかないと思う」
そうして、紅魔館は一週間の断食へ突入した。
手首を掴まれた妖精は、絶望に目を見開いていた。
掴んでいるのは悪魔の妹、フランドールだ。妖精たちが懐く人好きする笑みはなく、無表情に座り込んだ妖精を見つめている。手首しか掴まれいないはずなのに、何か、決定的に大事な部分が掴まれている感覚。
不意にフランドールが手首を離すも、妖精はその瞳から目をそらせない。首はまるで凍ってしまったかのように言うことを聞かないし、目もしびれたように震えるだけでちっとも動かない。言い訳するために使うべき舌も口も、うまく動かない。
フランドールの小さく色づきの良い唇が不意に開く。小さなため息と、低い声。
「思ったより、早かったなぁ」
ざわめきに包まれた大広間を静かにするには、壇上へフランドールが昇り、一つ拍手をするだけで十分だった。
先週の解散時にはニコニコしていた妖精たちも、どこか怯えるように震え、なにか張り詰めたような空気を醸し出している。特に、レミリアのそばに控えた咲夜への非難めいた視線が、ひどい。部屋中から突き刺さるその視線の最中は、暴風雨のようだろう。
「えー、この一週間で、館内で盗難が十件起こりました」
なんの気負いもなくフランドールから放たれた言葉に、部屋のあちこちで怯えるような気が爆発する。おそらく、その盗難の下手人だろう。
まさか、たった一週間でそんな状態になるとは思いもよらなかった美鈴は、驚愕に目を見開いた。
「一応言っておくと、責めないわ。そうなるように仕向けたのは私だし」
「仕向けた?」
「だって、咲夜に隠れて食べるなって言ったもん。あえて食堂でいつもどおり食事しなさいって」
美鈴が咲夜に視線を向ければ、咲夜は沈痛な面持ちで俯いている。何か、辛いことでもあったのだろうか。それとも、部屋中から彼女へ注がれる視線こそが、その原因なのか。
「盗みといってもね、可愛いものよ。咲夜のご飯が勝手に食べられたりとか、戸棚のお菓子が消えたりとか」
そんなものかと安心して息を吐いた瞬間、美鈴は、自分がなにか重大な勘違いをしていることに気づく。
レミリアは笑っていない。むしろ凍ったような表情だ。
パチュリーを見てみろ、動揺に目が泳ぎ、視線をせわしなく迷わせているではないか。
妖精たちはどうだ?数人は肩を抱いて震えているではないか。
「なにを、なにをしたんですか、フラン様!」
「んー、特に何もしてないわ。あえて言うなら『貧ずれば鈍する』よ」
「なんですそれは」
「東方のコトワザよ」
「……コトダマとかいう霊術ですか」
「いえ、ただのproverb。めーりん風に言うなら、諺語ね」
「……どういう意味です?」
「見ての通りよ」
美鈴が周りを見渡せば、そこにいつもの暖かな館の姿はない。
どことなく……いや、明らかに悪い空気が蔓延している。
こんな状態になったのは明らかに一週間前の断食が発端だ。しかし、その契機たるフランへの非難はなく、咲夜にばかり非難が集中しているように見える。
「当たり前すぎて、気づいてなかったかもしれないけど」
フランドールが指でコインを一枚弾き上げる。キィンと鳴った澄んだ音は、全員の瞳を釘付けにした。
「私達妖怪って、道徳的に出来てないじゃない」
手元に落ちてきたコインを掴み、またもや弾き上げる。
「そんな私達の道徳を支えてたのは多分、『豊かな暮らし』って奴なのよ」
ぽつぽつと語るフランドールだが、その声はよく通る。
コインの弾かれる澄んだ音と、フランドールの甘い声が交互に耳に突き刺さる。
「それを奪われ、そしてそんな中でそれを甘受してる奴が一人居る」
コインが弾かれれば、何故か全員の視線は咲夜へ向いた。
咲夜は、暗い表情でコインとフランドールを見つめている。
「この縮図を、紅魔館と外に広げても、同じよ」
ああ、そうだ。紅美鈴は知っている。今、咲夜に向けられる視線を知っている。
あれは、夜道を街灯に照らされ歩く人を暗闇から見つめる妖魔の目だ。
あれは、日の中にあってなお気配すら忘れられた妖精が人を見つめる目だ。
あれは、持っていないものが持っているものを見つめる、目だ。
なんとなく、理解した。
自分たちは羨ましいのだ。
自分たちは、卑しいのだ。
その時、レミリアが壇上から朗々と声を上げた。
「私達は、紅魔の一族。誇り高く気高き夜の覇者。愛すべき家族」
瞳には強い意思が光っている。沈みきっていた部屋の空気を押し出すように、レミリアの声が部屋を跳ねまわる。
「あなた達の過ちを、すべて許す。いじわるなことをして、ごめんなさい」
当主とその妹自らが頭を下げ、謝罪する。
当然、向けられた妖精たちは慌てふためくが、即座に頭を下げる。
――幾人かは、咲夜へ向けて。
「私達の幸せも、尊厳も、道徳も損なわせてはならない。そのために豊かでないと、きっと保っていられない。私達は暗く寒い夜の使者。暖かであるために、暖炉の薪を切らしてはならない」
「私達、多分もっと真剣ならなきゃダメなの。お金なんてって笑っちゃ、きっとだめなの。みんな、力を貸して」
吸血鬼の姉妹は、真剣な眼差しで自分たちを見つめている。
さっきまで震えていた妖精達も、もうしっかりと自分の足で立っている。
もはやここには、たった一枚のbaniであろうと笑うものはいない。
しかし、目下の問題は大結界であることに変わりはない。
「フラン、パチェ、あの結界、どうにかならない?」
破壊と魔術の二人に聞くも、色よい返事はない。
「多分、術じゃないんじゃないかな……『目』とか『筋』がないの。どこにも緊張も弛緩もない。結界っていうにはへんてこ」
「同意見ね。でも、見覚えはあるわ。この土地そのものを覆っていた結界。あれに似てる。でもあれよりもっと強固よ。プローブも出れないし」
転移前、調査のために幻想郷へ魔導プローブを飛ばすのは、非常に難しかった。
しかし、作って放置しておいたプローブがある日なくなっていることに気づいたパチュリーは、プローブ製作直後に忘却の魔法薬を飲むという、聞きしに勝る『幻想入り』を利用した投下方法を思いついてからは、面白いようにプローブを送り込むことが出来た。
そういう調査あってこその大転移である。
「あの」
おずおずと手を上げたのは、咲夜だ。
まだ十代そこそこの娘である咲夜は、どうしてもこういった魔術や力について疎い。
話についていけなかっただろうかと、心配してレミリアが視線を投げれば、自信なさげにではあるが、咲夜は自分の見解を語りだす。
「おそらく、結界の類ではなく、境界の類かと思われます」
「境界?」
「はい。魔界や幽界といった、界を隔てる壁のようなもの、というか、線のような」
「なるほど、確かにそれなら『目』が見つからないね」
「ああ、それで見覚えが」
フランドールとパチュリーが得心するあたり、その仮説は実に真実に近そうだ。
「お手柄ね咲夜。でも、どうしてわかったの?」
「時間が、平行しているような感覚というか、門の外と中で共有できていない感じが」
「……なるほど」
咲夜は先天的に時間を操る能力をその身に備える。
時を『止める』『長くする』『圧縮する』といった不可思議な力の行使は、本人にも説明しがたい、実に感覚的な理解から行うものらしい。
おそらく咲夜にとって時間とは『流れていくもの』ではなく『流していくもの』なのだろう。だからこそ、常人には気づけないものに気づく。
「しかしそうなると、本気で出れそうにないわね……」
レミリアが悪態を付く。しかし、悪態をついてもどうにかなる問題ではない。
「私がドッカーンって殴り飛ばしたらそこの境界割れたりしませんかね?」
「美鈴はかわいいね」
「ふ、フラン様なんでそんな優しい顔なんですか!?」
閉じておくべき門が開かぬ壁と相成った門番は使えそうにないなと頭を振る。
しかし、そこに暗い雰囲気はない。妖精たちも各々が話し合い、どうにかならいだろうかと頭を捻っている。希望も、策もないけれど、まだ、諦めが心を食いつぶしてなどいない。
「お困りのようですわね」
部屋の空気が凍る。
「何か、お力添えできればと思って伺ったのですが」
嵐のような害意が彼女に向く。
こいつが、こいつが今自分たちの温もりを損なう原因の最たるものだと、全員が理解している。
「なんだか、歓迎されてないみたい」
害意の暴風雨の中、春の日だまりのように微笑む女。
「うふふ」
八雲紫は、笑っている。
ちなみに。
話中に出てくる横文字(bani や aur 、 proverb)はルーマニア語です。
かの有名なヴラド・ツェペシュの国ワラキアがルーマニア語圏(だと思う)ので、それにそってルーマニア語を使っています。日本語はみんな覚えたので、幻想郷に移住するにあたって日本語を常用語とした、という感じです。
ただ、辞書を引いた直訳なので、正確なルーマニア語ではないかと思います。ルーマニア語に詳しい人がいたら教えて欲しい……
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