俺の青春ラブコメはまちがっている。 sweet love (kue)
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過去
第一話


 曰く、持たざる者は持つ者を排斥するという。

 

 曰く、人は人を排斥する。

 

 

 曰く、正直なものほどこの世界は生きにくい。

 

 

 曰く、人は闇から救われると愛を抱くという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はいったい何なのだろうか……そんな事ばかりを考えてきた。

 曰く、比企谷八幡という小学3年生は小学生を逸脱した知識、思考を持っているらしくよく天才だねと言われるがなんのその、天才なんかじゃない。本当に天才というのは全てのことを完璧ともいえるレベルでこなす奴のことを天才というのであって俺はただ単に知的好奇心とやらが人よりも激しく燃えており、自分の中で解決するまで調べ続けるという性格なだけであり、スポーツは全くできないし、興味のないことは本当に何もしない。

 一人ぼっちゆえに何物にも邪魔されなかったという事も関係しているのだろうが学校にいる時は大体、家の近くにある大きな図書館から借りてきた小難しい本を読んで自分の中で格闘している。

 さて、今俺はある事象について勉強をしている。それはイジメだ。

 異端者を排斥するために行われる一種の行動のようなもので今まさに教室でそれが起きている。

 その被害者は名も知らぬ女の子。その子の上履きは現時点で35回隠され、机は落書きだらけ、お道具箱に至ってはクラス共通のゴミ箱と化している。

 その子はやけに打たれ強いのかは知らないが特にすることなく、ただひたすら相手の攻撃を受け流している。

 先生も何もしていないわけじゃない。対策を取ったが1度、広がってしまった悪意というものは水の上に絵具を垂らしたかのように一瞬にして広がっていく。

 それがきっかけとなりクラス崩壊が起きた。もうこれで担任が変わったのは何回目だろうか。だが大人たちは担任の力が弱かったと認識しているのかイジメに関してはノータッチ。

 

「…………読了」

 そう呟き、パタンと本を閉じた時には既に教室にはその女の子と俺しか残っていない。

 相変わらずその女の子の机には落書きがあり、女の子はそれをボーっと見ている。

 

「…………消さないの?」

 横を通り過ぎる際にそう呟くと女の子は驚いたような顔をしながら俺を見上げる。

 

「ええ。こうして残しておくことで証拠を取り、その後に消すの」

 そう言いながら女の子はメモ用紙に名前をつらつらと書いていく。

 

「……やり返さないの?」

「ええ。やり返したら同レベルの存在に落ちてしまうもの。貴方も分かるんじゃないの? そんな大人が読むような本を読んでいる貴方を見ている人たちと喋っても意味がない。だからあなたは喋らないんじゃないの?」

 

 そう言われ、俺は思わず小さく笑みを浮かべてしまった。

 もしかしたら……自分でもわからないけれど嬉しいのかもしれない。同類……いや、それ以上の何かである女のこと出会ったことが。

 

「……比企谷八幡」

「……雪ノ下雪乃」

 互いに簡易的な自己紹介をする。俺たちの視線はずっとぶつかったままだ。

「雪ノ下…………一緒に帰ろ」

「……ええ、良いわよ」

 雪ノ下は小さく笑みを浮かべながら俺が差し出した手を優しく取り、立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪ノ下雪乃と知り合い、俺の生活はガラッと変わった。

 どうやらこいつと一緒にいると俺もターゲットにされたらしく、ちょこちょこ上履きがなくなったり、お道具箱がゴミ箱になったりしたが特に教科書なども持ってきていなかった俺にはダメージは皆無。

 今では夫婦と言われるくらいに熱々の関係だ。

 そんな雪ノ下と俺は放課後、残ってお喋りをしている。今は2人して鶴を折っているけど。

 

「八幡。どうして貴方はおり方をいっぱい知っているの?」

「気になったことは突き詰めて自分の中で解決するまでやるからいつの間にか覚えた」

「そう……知的好奇心が凄いのね」

 

 もう何羽目を折っただろうか。流石に飽きてきたな……。

 ふと良いことを思いつき、余っている折り紙を1枚とって雪乃に背を向けて作っているものが見えないようにしつつ、迅速に作っていく。

 5分ほどでそれは完成し、雪乃の方を向く。

 

「雪乃」

「何? 八幡」

「ちょっと手、貸してくれ」

 

 不思議そうな顔を浮かべるが雪乃は俺に手を差し出したので片方の手で雪乃の目を塞ぎ、もう片方の手で雪乃の指に今さっき作った物をはめてやった。

 目隠しを取ってやると雪乃は自分の指にはめられているものにすぐに気付き、最初はポカーンとしていたがすぐに頬を少し赤くして、小さく笑った。

 

「ありがとう、八幡」

「っっ。お、おう」

 

 笑みを浮かべながらそう言う雪乃を見た瞬間、俺の心臓がドクンと跳ね上がり、恥ずかしさが込み上げてくる。

 

「ちょ、ちょっとトイレ行ってくるわ」

「うん」

 

 そう言い、足早に教室を後にしてトイレに入り、用を足す。

 …………まだドクドクいってる…………まださっきの雪乃の笑顔が…………なんか俺おかしくなった?

 熱くなっている顔を冷やすためにひんやり冷たい水で手を洗ってからバシャバシャと顔にかけ、鏡を見ると顔の赤みは無くなったけどまだ少し顔が熱い。

 …………戻ろう。

 トイレから出た時、教室から飛び出してくるクラスメイトの女子3人組が俺の横を通り過ぎていき、一瞬見えた横顔は何故か笑っていた。

 廊下を走り回って何が楽しいのかな……ふぅ。

 息を整え、教室に入ると何故か雪乃は床にへたり込んでおり、時折鼻を啜る音が聞こえてくる。

 

「雪乃? どうし」

 

 そこまで言ったところで俺はそれ以上言葉を発することが出来なかった。

 こちらを見上げる雪乃が両目から涙を流していた。

 今まで苛めに屈しなかった雪乃が、今まで笑顔は見せても泣くことは無かった雪乃が今、俺の目の前で肩を震わせて泣いていた。

 雪乃の足元を見てみるとさっき俺が作った折り紙の指輪が破かれていた。

 

「ごめん……なさい……八幡」

 

 そう言いながら泣きじゃくる雪乃を俺は妹をあやすように優しく抱きしめて頭を撫でると雪乃は今までずっと我慢してきたのか俺の胸で必死に声が出そうになるのをかみ殺しながら泣いた。

 頭の中が今までにないくらいにスーッと真っ白になっていき、冷えていくのを感じるとともにさっき俺の横を通り過ぎて行った女子たちの顔を思い出した瞬間、奥底から何か触れるだけで全てを凍り付かせるような冷たい何かが上がってくるのを感じる。

 あぁ……本で読んだことがある…………殺意……憎しみ……そういった類の奴だ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うちの小学校には作文大会というものがある。クラスから1人、優秀な作文を先生が挙げてそれを全校生徒の前で本人に読ませるというもの。うちのクラスは崩壊しているせいで作文を真面目に書いた奴は俺くらいだ。

 

 雪乃はショックのあまりか体調を崩したらしく、ここ1週間来れていない。

 だから俺はその時を狙う。大人たちが動かないのなら俺が動く。雪乃を泣かした奴を今度は俺がそれ以上のことでやり返す。俺の……俺の友達を傷つけた代償はきっちり取らせる。

 

 続々と担任に挙げられた奴らが各々の作文を大きな声でマイクに向かってしゃべり、それが終わる度に盛大な拍手が挙げられる。作文大会には毎年、教育委員会から数人派遣されるし、授業参観の様に保護者も呼ばれる。

 生憎、うちの親は休みが取れなかったらしく、ここには来ていない。

 

『では次は比企谷八幡君の作文です』

 

 俺の名前が呼ばれ、俺は担任の先生から提出した作文を受け取り、離れたところでポケットに入れていた読む予定の作文を入れ替えた。

 先生からマイクを受け取る。

 

「題名・僕のクラスについて。僕のクラスは学級崩壊しています。そしてイジメが発生しています。ある子がイジメられています。上履き隠し、机の上に落書き、お道具箱にごみを入れる、鉛筆を折るなどの酷いことをしています。――――――さんと――――――さん、――――――さんは――月――日にある女の子を叩きました。――――さんと――――さんは机の上に死ねやバカなんかの落書きをいっぱいしていました」

 

 予定にはない凄まじい内容の作文に教師たちは止めに入ろうとするがお偉いさんに一喝を入れられたのかそのほとんどの奴らが椅子に座り直し、顔を俯かせて俺の話をただただ聞く。

 

 そこからはもう俺のまさに独壇場。これこそまさに公開処刑。極悪非道、下劣……そんな言葉がお似合いだと自分で考えながら読んでいく。

 体育館の中は阿鼻叫喚、地獄絵図だ。あちこちから泣き叫ぶ声が聞こえてくる。

 

 俺が名前を挙げていく度に先生によってその子が体育館の外へと連れ出されていく。

 向こうさんは聞かせない様にという対策のつもりだろうがそれが逆に他の奴らに真実味を与える。

「これが僕のクラスの毎日です。もしも心優しい先生がいるなら今挙げた子たちを叱ってください」

 一礼し、俺は壇上を降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの事件の後、教室は嘘のように静かになった。

 イジメに加担した奴らにはそれ相応の制裁が下ったのか元気いっぱいに走り回っていた奴らはシーンと静かになったり、学校に来なくなったり、凄い奴で言えば転校した奴までいる。

 

 俺もいつもの静かで平和な日常が戻ってきた。雪乃も体調が元に戻ったのか数日前から学校に来出しているがこの前までの状況がガラッと変わったことに酷く戸惑いを覚えているらしい。

 もう恒例となった放課後のお話し会。

 

「八幡、何したの?」

「別に。もう体大丈夫なのかよ」

「うん。もう大丈夫」

 

 …………よし。

 心の中で決意を固め、俺はポケットから折り紙で作った指輪を取り出し、雪乃の前に置くとこの前と何ら変わらない笑みを浮かべながら俺を見てくる。

 

「……何個でも指輪は作ってやるからさ……元気出せよ」

「…………八幡、つけて」

 

 そう言われ、雪乃の手を軽く持って彼女の薬指に折り紙の指輪をはめてやると今度は雪乃に俺の薬指に指輪をはめられ、俺達の薬指には同じ指輪がある。

 

「ずっと一緒よ、八幡」

 

 雪乃の笑みを見た瞬間、また俺の心臓が鼓動を大きく打つ。

 ……よく分からない現象だ。

 

「あぁ、ずっと一緒だ」

 俺もそう言いながら久しぶりに笑顔を浮かべた。




連載にするかは分かりません。


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第二話

お待たせしました。今回のお話しは1日1話更新で行きます。もしかしたら話の区切り上、複数更新になるかもです。


 知的好奇心とは恐ろしいものでたとえ小学生でも中学の問題を解くことができる次元まで成長させることができるらしく、実際に俺はほんの小さな疑問からどでかい疑問にまで膨れ上がってしまい、検索中断という処置をしていることがいくつもある。

 

 今不思議に思っているのは友達というものについてだ。お母さんに詳しく聞いてもスッキリした回答が得られず図書館に行って本を探すがあまり詳しく載っているものは無かった。

 

「八幡、一緒に帰りましょう」

「ん」

 

 友達……と言えるかは分からないが俺には雪ノ下雪乃という今までにない立ち位置の知り合いがいる。

 あの一件以来、俺達は一緒に帰ったり、遊んだりする仲になり、夫婦といってちょっかいをかけてきた奴らもこの前の件で俺が怖くなったのか何も言わなくなったどころか顔すら見せに来ない。

 外靴に履き替え、グラウンドを通って校門へと向かう。

 もう放課後に2人で折り紙を折り始めてからもうすぐ半年が経つ。

 

「ねえ、八幡はどんな女の子が好きなの?」

「どんなって言われてもな……まだわかんね」

「そう……ねえ、八幡」

「ん?」

 

 雪乃に呼ばれ、顔をそちらへ向けると恥ずかしそうにモジモジしながらチラチラと俺を見てくる。

 

「よ、よかったら……その…………家に遊びに来る?」

 

 家……雪乃の家……何故かは知らないけど猛烈に雪乃の家が気になって仕方がない。というよりかは他人の家に遊びに行くと言う事が無かったからただ単に他人の家が気になるのかもしれない。

 

「……雪乃が良いなら」

「うん。八幡ならいいよ」

 

 雪乃が笑みを浮かべた瞬間、また俺の心臓が鼓動を大きく上げる。

「わ、分かった……じゃあ電話ちょうだい。これ俺の家の番号だから」

「分かった。またね、八幡」

 

 ランドセルから白紙の紙を取り出してそこに自宅の電話番号を書き、雪乃に渡し、俺達はそれぞれの帰り道で分かれた。

 それにしても誰かの家に遊びに行くのは初めてだな……お母さんに言ったら泣いて喜びそう。

 

 その時、後ろから肩を軽く叩かれ、振り返ると俺よりも身長が高く、そしてどこか雪乃に似ているランドセルを背負った女の子と半袖短パンの男子が立っていた。

 

「ねえねえ、君雪乃ちゃんのお友達?」

「お友達…………なのかな?」

「そうなんだ~。君が……あ、私は陽乃って言うの! それでこの子は葉山隼人!」

 

 そう言われ、男子が一歩前に出てぺこりと小さくお辞儀をしたので俺もつられて小さくお辞儀をした。

 

「ねえねえ、雪乃ちゃんと何話してたの?」

「止めなよ陽姉。また雪乃ちゃんに怒られるよ」

「良いの良いの! お姉ちゃんは妹のことを知らなくてはならないのです! ていう事でお姉ちゃんに教えなさい!」

「やだ」

 

 一言ズバッとそう言うとポカーンと口を開けて驚きのあまり言葉を失った様子の女子を放置して家に向かって歩き出すが思いっきり後ろに引っ張られ、思わず尻餅をついてしまった。

 

「おもしろーい! ねえねえ! 君の名前、なんていうの!?」

「……比企谷八幡」

「そっかー! 比企谷君! またね!」

 

 そう言って女の子は男子の手を取ると雪乃が歩いていった方向と同じ方向に走り去っていった。

 …………いったい何だったんだろ。

 そんなことを思いながら俺はようやく家までの道を歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪乃の家に遊びに行くと約束した週の土曜日、俺は学校の校門前でジーッと本を読みながら雪乃が来るのを心の端で今か今かと思いながら待っていた。

 

 家に帰ってからすぐに雪乃から電話が来て土曜日ならいいと言われたのでお母さんにその旨を伝えると何故か熱を測られ、お母さんから話しを聞いた妹、果てはお父さんにまで何故か心配された。

 まぁ、今まで友達の"と"の字すら匂わせなかったし仕方がないか。

 

「にしても……遅いな」

 現在の時刻は集合時間に指定された朝の10時5分前。そろそろ来てもおかしくないはずなんだけど……。

 

 その時、すーっと静かな音をたてながら黒塗りのあからさまにお金持ってそうな車が俺の前に止まり、運転席からグレー髪のダンディーなオジサンが降りてきて俺に一礼した後、ドアが開けられ、そこから雪乃が降りてきた。

 

 …………車の車種は分からないけれどお金持ちなのは分かった。明らかに普通の車なんかよりもはるかに値段がする車なことは間違いないだろう。下手したらお父さんが見たら土下座するかもしれない。

 

「おはよう、八幡」

「あ、うん。おはよう」

「行こ」

 

 手を引かれ、車に乗り込むとダンディーなオジサンがドアを閉めてくれ、そのまま運転席に戻るといつも聞こえてくるようなエンジン音はあまり聞こえず、車が発進した。

 

 …………凄いとしか言いようがないな。

「八幡、今日は何の本を読んでいるの?」

「小学生でもわかる中学生の数学書」

「そう。八幡は数学が好きなの?」

「気になってるだけ。別に数学が好きってわけじゃないけど」

 

 そう、ただ気になっているだけでそれが終わると見向きもしなくなる。お母さんが言うに熱くなるのも早いけど冷めるのも早いらしい。

 俺の肩にもたれ掛ってきて俺が読んでいるのを一緒に読もうとしてくる。

 雪乃の長くて綺麗な黒髪が俺の手に触れ、良いシャンプーでも使っているのかほんのりと良い匂いがして来て本を読むどころではなくなってしまったけどそれに気づかれない様に俺は本に視線を向ける。

 

 あ、頭に入ってこない…………お、落ち着くのだ俺。

「八幡。今度のテストの点数、勝負しましょう」

「テスト?」

 ふっ。一応、これでも俺は勉強に関しては小学生の次元を超えていると謡われている男だ。毎回のテストなんてオール満点とはいかないけどほとんどの科目は満点だ。その俺に勝負を仕掛けてくるか……面白い。

 

 

「負けた方が相手の言うことを何でも1つ聞くってのはどう?」

「いいぞ」

 くっくっく。俺が勝つことは明白……勝った時、雪乃に何お願いを聞いてもらおうか。

 

 そんなことを考えていると車が止まったので窓の外を見てみると目の前にまぁ、それはもう明らかにお金持ちが住んでいますよと示しているような大きな家が建っていた。

 

 …………これ、何階建てだ? 俺の家と比べる……意味もないくらいだぞ。

 

 ダンディーなオジサンにドアを開けられ、外に出ると雪乃に手を引かれて敷地内に入り、玄関へと入り、そのまま雪乃の部屋に案内される。

 部屋にはパンダのパンさんのグッズが大量に並べられている。

 

「パンさん好きなの?」

「ええ。誕生日のプレゼントに本を貰ってそれ以来、好きになったの」

 

 出された本を開けてみると外国語の言葉がびっしりと書かれており、ページに挟まれているメモ用紙には辞書で調べたのか一つ一つの言葉の隣に意味が書かれている。

 

 凄いな……ここまで一つ一つ丁寧に調べたのか……。

「これ読み終わるのにどれくらいかかったんだ?」

「そうね……1か月ちょっとかしら。パズルみたいで楽しいの。例えばここの文のね」

 

 それから俺はパンダのパンさんの魅力を語る雪乃の話に耳を傾け、単語と単語を組み合わせて最初のページから最後のページまで2人で一緒にパズルをするように読み進めていく。

 そんな時間がどこか楽しくてさっきまでずっと離さずに持っていた本を床に置いて雪乃と一緒に単語と単語をつなぎ合わせてひたすら読んでいった。

 全ページを読み終え、ふと顔を上げると壁にかけられている時計が目に入り、もう6時を回っていた。

 

「ごめん雪乃。俺もう帰らないと」

「もうこんな時間……そうね。楽しかったわ、八幡」

「俺も楽しかった。なんか外国語に興味が湧いたからさ、今度はもっと厚い外国語の本を2人で読もう。図書館に行けばいっぱいあるし」

「うん。今度読む時はもっと辞書を用意しないといけないわね」

 

 雪乃が持っているのは小学生向けの単語しか載っていない簡易的な辞書だから分厚い本を読むには少し、というかかなり物足りないだろうし、お父さんに言ったら買ってくれるかな。

 

 

「お邪魔しました」

「あ、比企谷君じゃーん! 来てたんだ」

 …………あ、確かこの人、帰り道に話しかけてきた人だ。

「お姉ちゃん」

「……お、お姉ちゃん?」

「うん! 雪ノ下陽乃! よろしく」

 

 笑みを浮かべながら自己紹介をされるけど理由は分からない。だけれどどこかその笑みは雪乃の浮かべる笑みとは全く別物のように感じた。

 

 なんというか…………グイグイっと入ってくるような笑い方だな。例えるなら……あ、そうだ。1回家にお父さんの上司の人がやってきてその時に父さんが浮かべていた笑みと似てる。

 

「よ、よろしく……じゃあ、俺帰るわ」

「あら、今から帰るの?」

 

 後ろから声が聞こえ、振り返ると雪乃のお母さんらしい女の人が困った表情で立っていた。

 

「今お外、土砂降りの雨よ?」

「お母さん、車は?」

「たった今、お父さんを迎えに行っちゃったのよ」

 

 言われて窓の外を見ると確かに雨粒が激しく窓に打ち付けられているのが見えた。

 

「八幡……」

「あ、そうだっ! 良かったら泊まっていきなよ!」

「え、でも」

「そうねぇ。当分やみそうにないくらいに降っているし。比企谷君のご両親には私から電話するわ」

 ……あれ? 雪乃のお母さんに自己紹介したっけ?

 

 そんな疑問を抱いている間に雪乃のお母さんは家電の子機を手にして廊下の方へと消えていった。

 

「泊まっても良いの?」

「良いよ良いよ! 比企谷君のお話聞きたいな」

「……ダメ……八幡は私とお話しするの」

 

 俺と陽乃さんの間に入るように身をよじらせて入ってくるとどこかだけどバチバチと火花が散っているというか周りの温度が数℃下がったような気がするくらいの寒気を感じた。

 

 ……いったい何なんだこの姉妹は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の晩、俺は雪乃の家にお泊りすることが決まり、おいしい晩御飯も食べさせてもらい、今は雪乃の隣で布団に寝転がりながらパンダのパンさんの本を読んでいる。

 結局、陽乃さんは侵入しようとしたが雪乃の防御網に根気負けしたらしく、寂しそうに肩を落としながら去っていった。

 

 すると雪乃は立ち上がり、机の上をいそいそと探し物でもしているのか手を左右に動かし、見つけたのか一枚の紙をもって俺の隣に戻ってきた。

 

「八幡。こんやくとどけって知ってる?」

「こんやくとどけ?」

 なんだそれ……食べたら異国語が分かるこんにゃくなら知ってるけど。

「いや、知らない」

「そう…………八幡、ここに名前書いて」

 

 そう言われ、何の疑いもなく自分の名前を書くと俺の名前の右端に大きくバツが書かれてそのバツの隣に雪乃のフルネームが書かれ、雪乃の指には俺があげた折り紙の指輪がはめられている。

 雪乃は何やら笑みを浮かべながら鉛筆で書くと指輪をはずして2つの指輪をセロハンテープで軽く止めた。

 

「何書いてんだ?」

「秘密……私と八幡がずっと一緒にいれるおまじないよ」

「ふーん……」

 

 雪乃はそう言うと大事そうにその紙をカンカンに入れて蓋をし、机の引き出しにそれを入れた。

 

「お休み、八幡」

「お休み、雪乃」



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第三話

ちょっと短いかもです。


 ――――出会いがあれば必ず別れがある。

 

 

 

 ――――大切に飼っていたペットとの別れ

 

 

 ――――クラスメイトとの別れ

 

 

 ――――そんな当たり前のことを俺は考えていなかった

 

 

 

 ――――いや、もっと遠く未来のことだと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 小学校に入学してあっという間にに6年間が過ぎた。

 ずっと本を読んでいた俺に初めてできた友達……っぽい雪乃や隼人、陽乃さん達と出会ってから今まで本しか読んでいなかった俺にとって新鮮味しか感じない数年間だった。卒業式では陽乃さんが勝手にサプライズソングを先生たちに歌いだして号泣記者会見ならぬ号泣卒業式になるわ、隼人と一緒にいたから女子たちの冷ややかな視線が来るわ、雪乃に無理やりルーム長を一緒にやらされるわ、実行委員会に一緒に行くわとグルングルンに振り回された3年間もあっという間に終わり、卒業式すら終わってしまった。

 

 そんなわけで雪乃と写真を撮ろうと雪乃を探すが姿がどこにも見当たらず、校舎の周りを俺はグルグル何周もしていた。父さんと母さんは卒業式までは来れたけどあとは仕事がつっかえているらしく俺を残して帰っていった。もちろん写真は撮ったけど。

 

「どこ行ったんだ雪乃……もしかして帰ったか?」

 そうは思ったがそれはないだろうと考え、もう1周回ろうとした時。

「あれ、八幡?」

「ゲッ、隼人」

 

 名前を呼ばれ、振り返るとそこには学校1のイケメンともてはやされ続けた葉山隼人が大量の封筒を抱えてポカーンとした表情で立っていた。

 

 こいつ、またラブレター貰ったのかよ……リア充が。こっちは大変だったんだからな。バレンタインのチョコやラブレターの中継役にされて勘違いしまくったわ!

 

「こんなところで何してるの?」

「何してるのって雪乃探してんだけど。あ、どこ行ったかしらね?」

 

 そう言うと隼人は驚いたような表情で俺の方を見てくる。

「……知らないのか?」

「知らないって何を」

 

 そう言うと隼人は一瞬、迷った表情を浮かべるが決めたのかまっすぐ俺の方を見て俺が知らず、隼人が知っていた事実をそのまま伝えた。

 その話を聞いた瞬間、俺は考えるよりも先に雪乃の家めがけて全速力で走り始めた。

 曲がり角は少し速度を落としながらもひたすら走り続け、信号は車が通っていなかったらいけない事とはわかっていながらも無視し、走るがろくに運動もしていない俺の体力が続くはずもなかったけどどうにかして雪乃の家の前に辿り着いた。

 

「ハァ、ハァ…………遅かったか」

 

 

『雪乃ちゃん、小学校を卒業したら海外に行くんだ。俺には連絡が来たんだけど』

 

 

「なんで……何で教えてくれなかったんだよ」

 

 雪乃が俺に教えてくれなかったことに対しての怒りよりも雪乃に信頼されていなかったという怒りの方が遥かに大きく、俺は信頼に値しなかった俺自身が憎かった。

 もっとあいつと一緒にいれば信頼されたのではないか、もっと雪乃と向きあえば……そんな後悔の念が襲い掛かってくるなか、後ろで自転車のブレーキの音が聞こえ、振り返ると息を切らした隼人がいた。

 

「んだよ」

「八幡、乗れ」

「何言ってんだよ……もう間に合わねえだろ」

「さっき雪乃ちゃんを公園で見かけたって友達が言ってたんだ! 早くしないと一生後悔するぞ!」

 

 そう言われ、自転車の後ろに乗り、肩の辺りを掴む。

 流石は運動している隼人。俺という荷物を載せても普段と変わらない速度で自転車を走らせる。

 自転車はぐんぐん速度をあげていき、あっという間によく雪乃と一緒に遊んでいた公園に到着した。隼人に礼を言い、公園に入るとブランコに乗っている雪乃の姿が見え、はやる気持ちを抑えながらゆっくりと近づいていく。

 俺の足音に気づいた雪乃が顔を上げ、目があう。途端に雪乃は顔を伏せ、ブランコから離れて俺の隣を通り過ぎて行こうとするがその手を掴んだ。

 

 

「離して」

「……なんで言ってくれなかったんだよ」

 俺の問いに雪乃は何も答えない。

「雪乃…………」

「…………から」

「え?」

「八幡の顔を見たら…………離れたくないって思うから言わなかったの…………やっと……やっと決められたのに………ずるいよ、八幡」

 

 そう言いながらこちらを向いた雪乃の顔は涙でグシャグシャになっていてそれを見ただけで雪乃がどれほど離れたくないかが分かった。

 雪乃は涙を流しながら俺の胸に飛び込んでくる。

 震えている雪乃の体を抱きしめようとするが、ここで雪乃を抱き留めてしまったらせっかく決めた雪乃の気持ちを壊してしまう気がした。伸ばしかけた手を歯を食いしばって降ろし、その肩を優しく持って少し離した。

 

「はち……まん?」

「…………雪乃………………また会える」

「え?」

「必ずまた会える。俺達はずっと一緒だってあの時、おまじないしただろ…………絶対にまた会おう」

 

 そう言いながら小指を軽くたてると雪乃は服の裾で流れ出てくる涙をぬぐいながら小さく笑みを浮かべ、細くて綺麗な小指を俺の小指に絡ませる。

 

「約束…………また会いましょう、八幡」

「あぁ……約束…………また会おう、雪乃」

 

 雪乃の手を握り、車が止まっている公園の出口まで一緒に歩き、開けられている扉の前で握っていた手から力を抜くとスルスルと雪乃の手が離れていく。

 扉が閉められ、ゆっくりと車が進み始め、それを追いかけるように歩き出すが徐々に車が速度を挙げていき、追いつけなくなり、そのまま雪乃を乗せた車が交差点に消えた。

 

「…………やっぱりだめか」

「何がだよ」

 

 そう言いながら隣にやってきた隼人の表情はどこか諦めたような顔をしており、どこかその眼はいつも見る隼人の目よりも涙で潤んでいるように見える。

 こいつがこんな表情するなんてな……いったい何があったんだか。

 

「いいや、こっちの話だよ…………春休み明けたらもう中学生か……早かったな~」

「……そうだな………隼人」

「ん?」

「…………あ、ありがとう」

 

 そう言うと隼人は豆鉄砲を食らった鳩のような顔をして俺を見てくる。

 

「……珍しい。八幡が俺にお礼を言うなんて」

「馬鹿言え。俺だって真人間だっつうの。いつもは嫌いな奴でもお礼くらい言うわ」

「ちょっと考え方が腐った真人間だけどな」

 

 互いに冗談を言い合いながら俺達は進んできた道を戻っていく。

 また会える…………世界は繋がっているんだし。

 途中で隼人と分かれ、ボチボチ歩きながら家に帰ってくると郵便受けから封筒のようなものがはみ出ていたのでそれを取って家に入るが皆出かけているのか明かりはついていなかった。

 

 

 とりあえず居間に入り、ボフっと音をたてながらソファに深く座り、郵便受けに入っていた封筒を開けてみると中には今まで遊びに行った際に撮った写真が入っていた。

 

「……雪乃からか…………ははっ」

 

 思わず写真を見て笑ってしまう。

 遊園地行った時の写真を見たら陽乃さんが観覧車ガタガタ揺らしてたのを思い出すわ……植物園に行った時の写真見たら俺がイヤだって言っているにもかかわらず虫が付いた花を持ってくるわで楽しかった思い出がドンドン奥底から溢れてくる。

 

 雪乃と陽乃さんはちょっとよく分かんねぇけど…………楽しかったな……雪乃……。

 

 思い出が溢れてくるとともに今になって目から涙が溢れて来て写真にポタポタと涙がこぼれていく。

 

 結局、雪乃の前だからあんな格好いいこと言ったけど…………やっぱり俺も…………雪乃が遠くへ行くのは嫌だ…………ずっと傍で一緒に…………。

 

 俺は笑った雪乃の写真を見ながら当分、聞こえることのない彼女の声を必死に思い出して楽しかったあの頃の思い出に浸り続けた。



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第四話

 人とは面白いもので今まで傍にいるものがいざ無くなってみるとどこか日々に虚無感を感じる生き物であり、俺も漏れずにそんな状況に陥っていた。

 授業が全て終われば放課後、残って一緒に折り紙を折り、喋っていたころがひどく昔のような感じがしてたまらなくなった。

 

 

 小学校の頃の噂がそのまま引き継がれ、かなり尾ひれはひれ付いたのか誰も俺に近寄ってこないし、喋りにも来ないため、小学校の状態をそのまま引き継いだ。別にボッチの状態が嫌ではないので毎日、本を読んで暇を潰したり、勉強したりして時間を潰すがどこか時間が経つのが遅く感じてしまう。

 

 

 今更ながらだが小学生時代の俺の噂なんかがよく耳に入ってくるが一番多かったのは凸凹夫婦だった。

 流石に中学生にもなって夫婦なんて表現はしていなかったけどやっぱり凸凹、釣り合っていない、なんて言葉が耳に入ってくる。それは男子から。

 

 

 女子からは雪乃と隼人なら釣り合うのにといったものが多いとともに雪乃に対しても才能ないよね、なんて言葉が言われたりしている。

 何の才能は知らないけど確実にいい方向での才能ではなく、マイナスな面の意味合いが強いだろう。

 

 

 肝心の隼人は中学から本格的にサッカーを始めたらしく、連日女子たちの間ではサッカー部のイケメン・葉山隼人に関するピンク色の話をよく聞く。まぁ、中継役は無くなったけど。

 

 

 …………流石に幼馴染の悪口を言われて気分が良い奴なんていない……でも、そんな評価が生まれるきっかけは俺にあるんだよな……で、その評価を覆す方法が俺の存在消去というね……いや、消えないけど……。

 

 

 ただ学校と家を往復するだけの生活、俺の中で学校は自習室っぽい場所になりつつあった。

 今も図書室で1人、英語で書かれた本を読んでいる。あの日、雪乃とパズルの様に楽しかった英書を読むことが今、雪乃との楽しかったあの日を思い出させることだった。

 

 

 ただ…………俺はまた雪乃と出会えると思っている…………だからその間に雪乃にそんなマイナスな評価が出てこない様に…………とりあえず勉強だけやっておくことにする。考え方や顔は変えれないしな。

 

 

「……もうこんな時間か」

 

 ふと顔を上げると時計が最終下校時刻を示していたのでカバンに本を突っ込み、肩から鞄をかけて図書室から出て廊下で楽しそうに喋っている連中の隣を通り過ぎ、校門を出て帰り道へと着く。

 

「……腹減ったな…………今日、何作ろう」

 

 両親は共働きで帰ってくるのも遅し、出るのも早いので毎晩の食事を作るのは俺か妹の小町だ。

 

「……はぁ」

 

 信号が赤になり、立ち止まる。ふと顔を上げるとこれから遊びにでも行くのか小学生低学年くらいの男の子がサッカーボールを持っていた。

 

 ……なんかサッカーボール見ると隼人のこと思い出すわ……なんか隼人のこと思い出したら芋づる式に中継役にされてた時のイライラがよみがえってくる……許すまじ、隼人。

 

「あっ」

 その時、隣から声が聞こえ、ふとそちらを向くと犬の散歩をしている女の子が心配そうな表情で向こう側を見ていたので視線を戻すと少年が持っていたサッカーボールがコロコロと転がり、道の真ん中あたりで止まった。

 

「あ、ちょっとサブレ!」

 ボールに反応したのか女の子が散歩させていた犬が飼い主を引きずるようにボールに近づいていく。

 

「もうサブレったら。ごめんね、はい、ボール」

「ありがとう!」

 

 笑みを浮かべながらお礼を言う男の子を見て何故か俺は雪乃とのあの日々を一瞬だけ思い出してしまった。

 

 

 ……ほんと、どんだけ楽しかったんだって話だよな……そう言えば最近、笑ってないって言われたっけ。

 

 心の中でそんなことを思っているとすぐ近くの曲がり角から猛スピードの乗用車が出てきて歩行者信号が青にも拘らず、そのまま俺達に向かって真っすぐ突っ込んでくる。

 よく見ると運転席にいる運転手はハンドルにもたれ掛っていた。

 

「きゃっ!」

 

 俺はその場から駆け出し、男の子とすれ違いざまに後ろから手で押して車道から押し出し、女の子を押し出すと同時に俺も車道から出ようとした瞬間、足に凄まじい激痛が走り、軽く吹き飛ばされた。

 

「だ、大丈夫ですか!? え、えっと救急車!」

 

 痛みのあまり足を抱えながらも女の子の声が聞こえてくる。

 たまにいいことやったらこれかよ…………神様酷過ぎるだろ。

 薄れゆく意識の中、そんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、女の子を助けて自分は足を骨折しちゃったと」

「そうなるな」

 

 事故から一週間後、俺は病院で足をつった状態でベッドの上で横になっていた。

 入院中に弁護士何だか知らないけどスーツ着たおっちゃんが病室に入ってきてその時の詳しい状況を聞きに来てその時に聞くと事故を起こした相手は発作か何か起こして意識が無かったらしい。

 

 その場にいた男の子も犬を散歩させていた女の子も無事らしい。

 で、今は妹の小町がお見舞いに来てくれている。

 だが悲しいことに既に高校の入学式は明日に控えているのだがどう考えても退院できる状態ではないので入学式は欠席、スタート開始時からボッチという状態が継続することになってしまった。

 

 マジで俺かわいそす。

「なんかお兄ちゃんって自己犠牲が過ぎるよね。雪姉のあのときだってほとんど自己犠牲でしょ?」

「元々ボッチなんだから自己犠牲も何もないだろ」

「でもお兄ちゃんにはその後から嫌な噂たちまくったじゃん。知らないだろうけど色々聞いてるんだからね」

「お前に迷惑かけたのは悪かった」

「別に迷惑じゃなかったけどさ……」

 

 小町に迷惑が掛からなかっただけマシだったと思うべきだろう。もしも俺の所為で小町がいじめなんかにあってたら責任なんてとれっこなかったし、そもそも人が取れる責任じゃないしな。

 

「あ、そういえばお菓子の人来てたよ」

「誰だよ」

「えっとね……名前は忘れたけど助けてくれたお礼にっておかしくれた。美味しかったよ!」

 

 え、それ食べてないよね、俺。ていうかお菓子貰ったことすら今知ったよ? いつの間に我が妹は俺を除外してお菓子を食べるようになったのやら。

 

「あ、それと雪姉の家の車見たよ」

「……そりゃお前、同じ形の車は世界中に何台もあるだろうよ」

「小町もそう思ったんだけどあれはどうも雪姉の家の車だって! 小町記憶力良いし!」

 

 俺の誕生日を忘れていた奴の言う言葉じゃねえな……俺の胸キュンを返せ、バカ野郎……にしてももう雪乃が向こうに行ってから2年くらいか……なんか早かったような遅かったような……俺の日常は平常運転……ただそこに1つピースが埋まれば昔の楽しかった日々なんだけどな…………どうせ高校もすぐに終わるだろうし……。

 

 いつになったら彼女に会えるかなんてのは考えれば考えるほど泣けてくるので俺は敢えて考えないようにし、彼女も見ているであろう空をずっと見ていることにした。そうすれば涙が流れてくることもなく、誰かに変な目で見られることもない。

 

「で、俺が頼んだことやってくれたのかよ」

「……なんのこと? お兄ちゃんに何か頼まれてたっけ?」

 

 呆けた顔で言われた瞬間、流石に小町の頭を思いっきり叩いてやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入院期間も終了し、俺は今病院の受付のところにある椅子に座りながら小町が行ってくれている清算が終わるのをボケーっと設置されたテレビを見ながら見ていた。

 入院中もひたすら本を読んでいたおかげが暇を持て余すこともなかったが1日3食の食事と便所に行く時以外はベッドの上にいたせいなのか体力がかなり下がった。

 

「にしても遅いな……何してんだあいつ」

「お待たせ~」

「遅いぞこま……」

 

 後ろから小町の声が聞こえ、振り返ると同時に俺の言葉はそれ以上出なかった。

 荷物を持った小町の隣にはずっと昔、一緒に遊び、ずっと一緒にいようと約束し、海外へ渡ったはずの少女が俺の方をじっと見ながら立っていた。

 

 ……待て待て。なんでこいつがここにいるんだ……。

「ゆき……の」

「久しぶりね、八幡」

 

 周りは騒がしいのに何故か雪乃の声はまっすぐ俺の耳に入ってくる。

 

「じゃ、小町は先に帰ってるのであとはお若い人だけで~」

 

 そう言い、小町はスキップ交じりに病院から去っていく。

 

「…………行きましょうか」

「あ、あぁ」

 

 雪乃に言われ、松葉づえを使って立ち上がり、ゆっくりと歩きながら病院から出る。

 久しぶりに彼女と一緒に歩いていると普段から歩き慣れた場所にも拘らず、どこか異国の地に観光にでも来たかのような高揚感にも似た何かが上がってくる。

 

「……い、いつ帰ってきたんだ」

「先月くらいかしら。貴方に会いに行こうとしてもいろいろと面倒な用事があって会えなかったの……それでようやく用事も終わって貴方に会いに行ってみれば事故に遭ったって言われて……本当にビックリしたわ」

「わ、悪かったな」

「生きてくれていればそれでいいわ…………でも」

 

 雪乃が立ち止り、俺も立ち止まると雪乃は俺の手を優しく握り、心配そうな目をしながら俺の頬に手を当ててくる。

 

「自分を犠牲にして誰かを救うのはこれっきりにしてちょうだい。貴方が傷つくことで誰かが傷つくこともあるのよ…………それを心に留めておいて」

「……あぁ。悪い」

 

 そう言うと雪乃は小さく笑みを浮かべる。

 ……あぁ、これだ…………ずっと俺が欲しかったものだ。

 

「お帰り……雪乃」

「ただいま…………八幡!」

「お、おい!」

 

 昔と同じ笑みを浮かべながら雪乃は俺の胸に抱き付き、俺は恥ずかしさのあまり離そうとするが松葉づえで両手がふさがっているので……仕方なく……雪乃に満足するまで抱き付かせることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして俺の青春ラブコメは始まったのだ。



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現在
第五話


『青春とは侵略であり、略奪である。青春という2文字の前に有象無象の存在である俺にはなんの意見も口に出せないのだ。青春とは押しつけである。幼馴染と一緒に遊んでいる、一緒にしているというのは聞こえはいいかもしれないが色々と押し付けられるのだ。委員会、ルーム長、班長などなど。さらに言えば将来の進路すら押し付けられている。まぁ、そんなわけで高校生活が終わったら俺……専業主婦になりまーす』


 職員室というある種の聖域で1人の可哀想な男子生徒の作文が読まれてしまった。

 それはもうハリウッドがスタンディングオベーションで笑いと涙を製作陣たちに送ってくれるほどの感動巨作で全米初登場にして興行売上ランキング第一位を取ってもおかしくない。なのになぜか国語教師である平塚静先生は青筋を浮かばせ、引きつった笑みで俺を見てくる。

 俺―――比企谷八幡はどこかの権現坂のように不動の精神を貫いている。

 

 怖い……学校の女教師美人ランキングで常に上位に入っている平塚教諭。

女性教員の中では唯一、スカートではなくパンツスーツを履いているがそのスタイルの良さから格好いいという評価が女子たちからあふれ出ている。

 事実、先生は格好いい。男の俺もそれには賛同しよう……ただちょっと怖すぎやしませんかね? だってさっきから指の関節パキパキ言わせてるよ?

 

「とりあえず…………一発殴らせてもらおうか」

 先生の拳に漆黒のオーラが揺らぐ。

「すみませんでした書き直します! だからどうかその拳を降ろしてください!」

「当たり前だ。私が出した課題は高校生活を振り返ってという題のはずだ。別に半分しか書いていないことはどうでも良いのだよ」

 

 おや珍しい。大体、国語教師って作文を1枚以上使いなさいって脅迫してくるよな。あれなんでなの? しかも書けば書くほど褒められるってお前は作家か!? 作家なのか!? んでしかもめちゃくちゃ書いても発表される際は5枚に凝縮されるだろ? 俺は悟ったね。これが大人の社会なのかと。まるで射的でゲーム機を狙っても落とせないからおっちゃんの見えないところで銃で小突いたら「こんなもんで落とせるわけねえだろ」って逆に怒られた的な? 

 そんなことを考えていると紙束で頭を叩かれた。

 

「真面目に聞いてるのか?」

「聞いております」

「特に最後の一言は何だ? 分かりやすく答えたまえ」

「え、えっとですね……わ、笑わないですか?」

 

 そう言うと先生は静かに首を縦に振る。

 

「私はどんな生徒の言い分でも一度は受け入れる。さあ、言いたまえ。このふざけた文章について」

「実は俺には許嫁がいましてね。その子が八幡は働かなくていいから家のことして♪って言ってましてですね。大学を出ると同時にっていうか下手したら高校を出ると同時に俺家庭に入るといいますか」

 

 俺の発言に先生は驚くを通り過ごして悲しみと憐みに満ちた目で俺を見てくるかと思えば眉間をキュッと抑えると半分笑い、半分真剣に心配しているような表情で俺の肩に手を置く。

 

「ひ、比企業谷……ぷふっ……現実と紙の上はちゃんと区別しなさい」

 

 先生の中で一山を越えたのかふぅと息を吐くと俺が書き上げた作文を返却し、足を組んできている白衣のポケットから煙草を取り出し、それに火をつけて吸い出す。

 

 流石に生徒の前でタバコを吸うのはどうかと思うのですが……マジで職員室全体を禁煙にしろよ。煙草臭くてかなわんわ。

 

「いや、これはマジな話です」

「……君、友達いないな」

「え、もう決定済み? 失敬な! 俺とていますよ……周りがそう言っているだけですが」

「これは失礼。ならば彼女はいないだろう」

「……”今”はいません。ていうか先生もそれは同じ」

 

 ――――人はそれをジャンナックルという。まぁ、つまりロケットパンチだ。

 先生の右こぶしが俺の頬すれすれの所を通っていき、耳の辺りで止まったのかさっきからパキパキという音が聞こえてくる。

 

「女性に結婚、および彼氏については聞くなと教わらなかったか?」

「ご、ごめんなさい」

 

 そんなもん初めて聞いたわ。女性に聞いたらいけないのは年齢くらいって聞いたことはあるけど。

 先生は拳を戻すとふたたび椅子に座る。

 ”今”だからな。未来に行けば俺、家庭に入ること確実だろうし……ていうかなんであいつはいつも俺を巻き込むかねぇ。許嫁なんてあいつが言いだしたことがあいつのお姉さんに波及し、さらにはお父さんにまで波及したからな……ま、まあ嬉しいんだが。

 平塚先生は少し考え、俺の方を見る。

 

「学業成績だけで見れば君は国際教養科にも劣っていないのだがね。何故、入試時に国際教養科を選択しなかったのかね。君なら主席入学もおかしくはない成績だったはずだが」

「まぁ、その…………目標の奴がいるといいますか……そいつと約束したといいますか」

 

 今すぐにでも思い出せるあの時の決意。

 あいつにマイナスな噂が立たない様にあいつと同じくらいに勉強ができるようになるという決意を果たすために俺は必死に勉強をした……まぁ、結果的にそれでボッチにはなったが別に嫌ではなかった。

 

「とにかく、レポートは書き直しの後、再提出。あと君の心無い発言で私の心は大いに傷ついた」

「結婚は自分の意思だろうに」

「あ?」

「い、いえなんでも」

「罪には罰が必要だ。犯罪を犯せば懲役なりなんなりが課せられるだろう」

 

 わぉ。さっきの俺の発言は犯罪並ですか……まぁ、そりゃ先生の中では結婚に関する話をされたら犯罪者並に憎しみを抱くんでしょうけど……でもなんでこんな美人な先生が出来ないのかね。スタイルも良いし、職業は教師っていう公務員だぜ? しかも県内有数の進学校と言われている総武高校の国語教師。いったい何がいけないのだろうか……なんかこれ以上詮索したらダークネビュラに送られそうだからやめとこ。

 

「君に奉仕活動を言い渡す」

「うげぇ」

「何かね」

「い、いえ……」

「ついてきたまえ。君にピッタリの部活がある」

 そう言う先生が浮かべている笑みは非常に嫌な笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 総武高校の上から見た図形は少し歪な形をしている。簡単に言えばカタカナの”ロ”の形をしており、道路側に教室棟があり、その向かいに特別棟、そしてその間に挟まれる形で中庭がある。

 教室棟と特別棟は2階の渡り廊下で結ばれている。

 そんな渡り廊下を歩いていくとプレートに何も書かれていない教室の前で立ち止まったかと思えばノックもなしに先生が扉を開けた。

 後に続く形で中に入った時、目の前には1人の女子が座って文庫本を読んでいた。

 その女子は来訪者に気づくと文庫本に栞を挟み、顔を上げるが俺の顔を見た瞬間、驚きの色に顔を染め上げ、文庫本をパタッと落とした。

 

「雪ノ下?」

「……平塚先生、入る時はノックをお願いしたはずですが」

「ノックをしても君は反応しないだろう」

 

 先生の一声にようやく我に返った彼女はノックもなしに入ったことを咎めるが視線はずっとこっちを向いたままだ。

 ジーッと彼女が俺を見ていたのに気付いたのか平塚先生はコホンと咳払いをした。

 

「こいつは入部希望者だ。私の心を傷つけたとして罰を与えようと思ってな。少しの間置いてやってほしい」

 

 奉仕活動っていうかもう罪を償うための活動をここでしなさいって言っているようなものだと思うのだが……今言っても圧殺されるだけだから言わないでおこう。

 

「罰……ならば先生が制裁を加えればよろしいのでは? 問題にならない程度の制裁は教育現場にはある程度必要だとは思いますが……できれば私が制裁を加えたいですが」

 おい、今凄いこと言ったぞ!?

「そうしたいが最近はうるさくてね。少し叩いただけで体罰だのなんだのという親が増えてるのだよ」

 って気づいちゃいねえ! まぁ色々とあるからな。モンスターペアレントとかが増えだしたのも最近だし。

 

「雪ノ下、頼めるか? 期間的には一月の予定なのだが」

「えぇ。構いません……むしろずっと一緒が良いです」

「何か言ったか?」

「いいえ、何も」

「そうか。では、頑張れよ」

 

 そう言い、平塚先生は部室から出て行った。

 とりあえず突っ立っているのもあれなので近くにある椅子を適当な位置に置き、座るが何故か彼女が当然のように椅子をぴたりとくっ付けて俺の隣に座った。

 

「……近すぎやしないかね。雪乃よ」

「あら八幡の隣は私よ?」

 

 そう言うと雪乃は小さく笑みを浮かべて何故か上目づかいで俺のことを見てくる。

 こいつ絶対に狙ってやってるだろ……可愛いからありっていうかむしろウェルカム……って俺は何を言っているんだ。

 煩悩を振り払うべく、軽く頭を左右に振る。

 

「どうして会いに来てくれなかったのかしら」

「無茶言うなよ。国際教養科なんてほとんど女子高だろ」

 

 雪乃が所属する国際教養科は一口に言ってしまえば総武高校の頭のいい連中を集めた選抜クラスだが何故かそこにいる奴らは9割が女子なので男子が近づこうものなら敵として認識されてしまうのだ。そもそも雪乃はうちの高校でマドンナ的扱いなのであまり俺は中では会わず、外で会うようにしているのもあって去年1年間は外でしか雪乃と出会っていない。

 確実に俺が雪乃と普段通りの様子を見せれば雪乃にマイナスな噂しか出ないし。

 

「で、ここは何をやる部活なんだよ」

「持つ者が持たざる者に慈悲の心をもってこれを与える。ホームレスには炊き出しを、貧困者には給付金を、私に飢えている八幡がいれば私を。それを人はボランティア活動というわ」

「ちょっと待て。今ピンポイント過ぎる部分があったぞ」

 

 ツッコミを入れるが「何を言ってるの? うふふ」とでも言いたいのか小首を傾げ、不思議そうな顔で俺を見つめてくるのでもう諦めた。

 

「今ので分かったわ。要は迷える子羊の案内役って感じか」

「流石は八幡。私のことをよく理解しているわ」

 

 そりゃ、こいつに振り回されること数年。こいつの考えくらいはすぐに理解できるし、やることも分かる……でもまさか奉仕部なんてものに所属するとは思わなかったけど。でもまあ世界を丸ごと変えるっていうでかい夢を持ってるこいつからすれば当たり前の行動か。

 

 こいつは自分の夢のために人から学校まで全てを変えている。小学校であればまずはルーム長を務め、教室を変えると次は学年を制圧、次に学校の全クラスを制圧し、最後は教師までで変えてしまった。

 恐らく向こうでもそうなのだろう……にしても。

 

「なんでお前、今回は生徒会長をしないんだよ」

「今回は別の側面から行こうと思っただけよ。それが奉仕部という答え」

 

 なるほど。今回は生徒たちの上に立って変えるのではなく、生徒の横に立って変えていくというわけか……また連れ回されるのは決まりなんだろうな。

 

「そろそろ終わりましょうか」

「誰も来ないのけどいいのか?」

「来ないのがいいのよ。本来はね」

 

 そう言いながら雪乃は片づけをはじめ、俺は一足先に部室を出て外で待っていると鍵を持った雪乃が出て、扉を閉め、さも当たり前かのように手が触れる近さまでピタッとくっついてくる。

 ……手が触れるたびに心臓が痛むのですが……こいつは俺を心臓発作で殺す気か。

 

 職員室で鍵を返し、下駄箱で靴を履きかえて駐輪場で自転車を取り、さぁ帰ろうというときに後ろがずしっと重くなり、慌てて振り返るといつの間にか雪乃が後ろに座っていた。

 

「送ってちょうだい、八幡」

「…………はいはい」

 俺は呆れながら自転車を漕ぐ。

「そう言えば昔もこうやって貴方の後ろに乗せてもらっていろんなところに行ったわね」

「そうだな……」

「またどこか行きましょ。2人で」

「……まあ適当に連絡くれ」

 そんなことを話しながらゆっくりと自転車を漕いで行く。



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第六話

お話しの区切り上、2話更新です。やっぱり甘い作品は難しい


 翌日のお昼休み、俺はヌボーっとしていると急に教室が少し騒がしくなり、何事かと顔を上げると小さな弁当箱を持った雪乃がまさかの俺の教室の前の入り口に立っていた。

 

 …………何やってんだあいつは。

 俺の姿を見つけた雪乃はトコトコと俺のもとに歩いてくる。

「八幡。お昼、一緒に食べましょ」

 

 その一言の威力は俺に対しても教室の連中に対してもすさまじいものだった。

 とりあえず俺は雪乃の手を取り、俺の弁当をもう片方の手で持って慌てて教室を飛び出し、人気が少ない特別棟へと向かい、そこで雪乃と向き合う。

 

「何してんだよ」

「何って昼食のお誘いなのだけれど」

 わざわざ教室に来なくたって連絡……ってそういえば俺、こいつにまだ連絡先教えてなかったな。

「ほら。連絡先教えるから、これからは連絡してくれ」

「分かったわ」

 

 雪乃と連絡先を交換しながら奉仕部の部室へと向かうが部室の前に誰かが立っているのが見え、近づくと俺達と同じ学年らしい。

 胸元のリボンが赤色であれば俺たちと同じ学年……いや、胸を見てたわけじゃないからね。

 明るく脱色された茶色の髪、三つほど外されたブラウスのボタン、胸元にはキラリと光るネックレス、スカートは短めでハートのチャームとまさに今時の女子高生の格好をしている。

 

「何か用かしら。由比ヶ浜さん」

「え、あ、名前覚えててくれてるんだ……えっと奉仕部ってここ?」

 

 え、こいつもしかして全校生徒の名前覚えてんの……って何言ってんだおれ。こいつ小学校の頃から全校生徒の名前覚えてたじゃん。

 

「ええ、そうよ……もしかして依頼かしら?」

「あ、うん…………ってあれ!? ヒッキーじゃん!」

 え、今頃気づくの? 俺ずっと雪乃の隣にいたよね。

「知り合い?」

「まあ、同じクラスってなだけだ」

「とりあえず中にどうぞ」

 

 部室へと入り、俺達は由比ヶ浜と対面する形で座り、昼飯を食いながら由比ヶ浜とやらの話を聞く。

 

「平塚先生に聞いたんだけどここって生徒の御願いを叶えてくれるんだよね?」

「少し違うわ。あくまで私たちは手助けをするだけ。願いが叶うか否かはあなた次第よ」

「ふ~ん、そうなんだ」

 

 こいつ絶対に理解してないだろ……いや、俺も部員だけど未だにこの部活の趣旨を完璧には理解しきれてないけど。

 

「それで依頼というのは?」

「あ、うん。えっとね……クッキーを作るのを手伝ってほしいというか……」

「んなもん料理本見りゃいいじゃん」

「そ、それが出来ないから来たんだし!」

「それは要するにお前の腕がぁぁぁ!」

 

 下手くそと言おうとしたその瞬間、つま先に凄まじい痛みが走り、思わず叫びをあげながら足を見てみると何故か雪乃のかかとが俺のつま先に乗せられていた。

 

「それは誰かへのプレゼントと言う事かしら」

「う、うん……まあ」

 

 由比ヶ浜は俺の方をチラチラ見ながらそう言ってくる。

 マジ痛い……俺なんか言っちゃいけないことでも言ったか?

 

「ねえ、八幡」

「んだよ雪乃」

「放課後、家庭科室に集合でいいかしら」

「え、やってくれるの?」

「ええ。誰かに送るのでしょ? 私もちょうど作ろうと思っていたもの」

 

 そう言いながら雪乃は俺の方を見てくる。

 え、何? 今2人の間では俺を見つめる遊びが流行中なの?

 

「では放課後、家庭科室でいいかしら」

「分かった。じゃあね」

 

 そう言い、由比ヶ浜は部室から去っていく。

 

「八幡」

「っっっ! な、何故引っ付く」

 

 雪乃は俺の肩にもたれ掛るように体全体を預けてきた。

 頭が近くなったせいかシャンプーらしき良い香りが香ってくるとともに俺の心臓の鼓動が早くなったのを感じ、慌てて引き離そうとするがまるで磁石でひっついているかのように雪乃は離れない。

 

「何故ってそこに八幡がいるからよ……本当に由比ヶ浜さんとはただのクラスメイト?」

 

 ジト目で俺を見てくるその姿に一瞬、ドキッとした俺は恐らく末期症状だろう。あぁ、本気で心筋梗塞で死ぬかもしれない予感がしてきた。

 

「そうだよ。なんでか知らねえけど向こうは俺のこと知ってたみたいだけど」

 

 そう言うと雪乃は俺にもたれ掛りながら何やらブツブツと1人言を言いながら考え始めたがすぐに結論を出したのかまたいつもの表情に戻った。

 リアルに俺、ドキドキしすぎていつか心筋梗塞で死ぬんじゃないのか?

 そんなことを考えながらも俺は雪乃がもたれ掛っているこの状況を受け入れていた。

 

「ねえ、八幡」

「な、なんだよ」

「私がいない間に恋人とか……いた?」

「いるか。中学でもボッチだったし」

「良かった」

「良かったってお前、酷くね?」

「そう? 八幡の魅力は私だけ知っていればいいもの」

 

 そう言われ、また俺の心臓は小学校のあの時の様に鼓動を大きく打つ。小学校時代から抱いてきたこの感情は既に理解はしているつもりだ。

 ……でもまだなんだ。今の俺じゃまだ雪乃とは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、家庭科室へと向かおうとすると由比ヶ浜とやらが後ろから追いかけてきた。

「ヒッキーどうせ一緒に行くんだから待ってくれてもいいじゃん」

「……俺らってどっかであったっけ? 俺、お前のこと知らないんだけど」

 

 そう尋ねると由比ヶ浜は気まずそうな顔をし、俺から顔を逸らす。

 同じクラスだってことは知ってたが由比ヶ浜結衣などという名前は俺の記憶の中に無いし、一度も喋ったことが無いのに何故こいつはこんなにも親しくしてくるのだろうか。

 

「え、えっと……覚えてない?」

 

 そう言いながら由比ヶ浜は少し悲しそうな目で俺を見てくる。

 え、何? 俺、ザクシャインラブとか言われて鍵でも渡されたの? いや、鍵じゃないけど1枚の紙は渡されたな……拙い字で書かれた婚約届けが。しかも雪乃の家族全員がそのコピーを所有しているというね。いつコピーしたんだよって突っ込んだがもう手遅れと言う事もあり、俺はそれ以上は何も言わなかった。

 

 どうせ陽乃さんが真ん中にいてせっせと歯車回す係りをしてたんだろうけど……そんな事よりも由比ヶ浜のことだがまったく記憶にないな。そもそも女子の知り合いはあまりいないし。

 

「覚えてないな」

「……そっか。あ、家庭科室ってここだよね」

 

 家庭科室のドアを開け、中へ入るとバニラエッセンスの甘い香りがするとともにクッキーの焼けた良い匂いがしていたがその焼けたクッキーは見当たらなかった。

 その代わり既に準備万端の雪乃がいた。

 

「今日はよろしくね、雪ノ下さん」

「ええ、よろしく。まずはエプロンを着て手を洗ってちょうだい」

 

 俺は何もやることが無いので少し離れた所に座り、ボケーっと眺めているがどうやら由比ヶ浜とやらは料理スキルが著しく低いらしく、エプロンをつけるところから雪ノ下大先生の指導が入った。

 あいつ変なところで完璧さを求めるからな……雪乃の料理スキルは言わずもがな凄まじくいいんだが問題は由比ヶ浜だよな。エプロンの付け方から指導が入るあいつがいったいどれほどのスキルなのか。

 

「由比ヶ浜さん、クッキーを作ったことは?」

「ん~。カップラーメンとかならあるけど……あ、ネルネルネルネルネルネもあるよ!」

「それは作ったとは言わないぞ」

「え? でも作って食べるじゃん」

 

 むしろあれはカップラーメンと同じような既に準備されたものの最後の工程を施すだけの即席食料みたいなものだから作ったと言う事にはならんだろ……不安過ぎる。

 

「要するに初心者と言う事でいいかしら」

「それの方が良いと思う」

「分かったわ。由比ヶ浜さん、口頭で教えていくからその通りにやってちょうだい」

「分かった!」

「まず卵を割って」

「任せて!」

 

 そう言いながら由比ヶ浜は卵を机の角に軽く叩きつけてひびを入れ、ボウルの上で卵を割ろうとするが力を入れすぎたのか知らないが卵が空中分解した。

 …………どこかの13にでも狙撃されたのか? こんな卵の殻が粉々になるのは初めてみたけど。

 

「…………とりあえず殻を除きましょう」

 

 さっきの俺の不安はどうやら的中したらしく、ボウルに小麦粉を入れて混ぜるがダマが残ったまま、計量カップというものを知らないのか牛乳を入れる際も分量を測らない。

 その結果、完成したのは真黒な物体X……ダークマターとでも呼ぼうか。

 

「…………これ火事現場とかにありそうだな」

「ひど!」

「手とり足とり教えたのに何故、これほどまでに間違えれるのかしら……八幡。とりあえずお願い」

「では…………」

「ちょっと! なんでそんなに変な汗かいてるわけ!?」

 

 意を決し、試しに一口食べてみるが口の中がジャリジャリしてまるで水で固めた泥団子を口の中に含んでいるみたいな感じがした。泥団子なんか食ったことないけど。

 材料は通常の物を使っているので味は普通の味なんだが食感がもう最悪で所々硬かったり、卵の殻がいくつもあったりとクッキーの体を成していない。

 

「味は普通だけど」

「……少し見ていてちょうだい」

 

 そう言うと雪乃の目が本気モードになり、パパパッと手際よくクッキーを作る作業を終わらせていく。

 卵を割る時は片手、牛乳を入れる際は1メモリもずれないように計量カップと睨めっこし、混ぜる時はダマができない様にヘラで丁寧にかつ、素早く混ぜていく。

 …………たった2年の間にこれほどまでスキルアップするとは……恐るべし。

 焼きあがったクッキーを出され、由比ヶ浜のと比較してみるがその差は歴然。火事現場にありそうなクッキーときつね色に綺麗に焼かれたクッキーが俺の目の前にはある。

 

「あ、これは八幡食べなくていいわ」

「あ、そう」

「由比ヶ浜さん、味見してみてちょうだい」

「じゃあ、いただきます…………」

 

 1つ食べた由比ヶ浜の顔が一気に明るいものになる。

「美味しい!」

 

 そんなにおいしかったのか由比ヶ浜は1つと言わずにぱくぱくとクッキーを食べていき、あっという間に焼きあがったクッキーは全て由比ヶ浜の胃の中に入っていった。

 俺も食いたかったんだがな……。

 

「雪ノ下さんって頭も良いし、料理もできるんだね!」

「ありがとう。由比ヶ浜さん、もう一度、レシピ通りに作ってみてちょうだい」

「任せて! 今度こそできる気がする!」

 

 …………怪しいな~。

 基本的に人のやる気とその人の持つ技術は反比例するっていう俺独自の法則があるからな……しかも由比ヶ浜自身、あまり技術無い方だし……心配だ。



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第七話

 10分後、由比ヶ浜が2回目に作ったクッキーが完成したがどこからどう見ても火災現場などにある燃え残った炭のような固形物だ。

 味見係の俺が一口食べるが先程とは違い、確かに砂みたいな感覚は無くなりつつあるがどうしても焦げた部分が多すぎてクッキー本来の味がしない。

 

「…………いったい何が悪いのかしら」

「材料はあっているんだけどな」

 

 当の由比ヶ浜は失敗続きで落ち込んでいる様子でさっきから俯きっぱなしだ。

 焦げているってことは最後の工程であるオーブンでの失敗が考えられるんだが焼く時間も雪乃の指示通りにしているからそこで間違うことは無いんだけどな。

 

「なんで雪ノ下さんと違うのになっちゃうんだろ…………やっぱりあたし才能ないのかな」

 その時、ピクッと雪乃の口元が動いた。

 こいつが一番嫌いな言葉が出たな。

 

「そう言うの止めてくれないかしら」

「え?」

「自分には才能が無いとぼやく人ほど成功者の積み上げてきた努力を見ていないわ。たった数回程度の失敗ごときで才能が無いというのならもう止めた方が良いわ。これ以上やっても伸びることは無いもの。時間の無駄よ」

 

 雪乃の厳しすぎるともいえる言葉が由比ヶ浜に突き刺ささり、由比ヶ浜は俯いてスカートの裾をギュッと握りしめて肩を震わせる。

 雪乃曰く、向き不向きはあれど最初から上手い奴はいない。故にこの世に才能などというものは存在しないと。人間努力次第でいくらでも変われると。だから雪乃はたった数回しかせずに才能が無いなどというやつのことは大嫌いだ。そしていつも雪乃は嫌われてきた。正しいことを言っているにもかかわらずだ。

 

 人は正しいことを真正面から言われることを非常に嫌う。ぬるま湯レベルのミスの指摘ならいいけど沸騰したお湯レベルの指摘は嫌いだ。俺は好きだけど。

 由比ヶ浜もきっと

 

「カ、カッコイイ!」

 

 突然のその言葉に雪乃はおろか俺も口を開けて驚きのあまり、固まってしまう。

 由比ヶ浜はその言葉の通り、目を尊敬にも似た色に変えてキラキラとさせながら雪乃のことを見る。

 …………雪乃の辛辣な言葉を直接受けて嫌うやつは星の数ほどいるが由比ヶ浜の様に心の底から感銘を受ける奴は初めてだ。

 

「は、話しを聞いていなかったのかしら。かなり厳しいことを言ったつもりなのだけれど」

「うん。でもなんかズドーン! って響いてきてすっごく格好良かった! 建前とかじゃなくて本音しか見えないというか……そうだよね……よし! あたしもう少し頑張ってみる! 雪ノ下さん! よろしく!」

「え、えぇ」

 

 雪乃は戸惑いながらも手とり足とり由比ヶ浜にクッキーの作り方を教えていく。

 …………もしかしたら由比ヶ浜なら雪乃の…………。

 雪乃の指示通りに計量カップで1ミリのズレもなく図り、雪乃の指示通りの混ぜ方で生地を混ぜ、形を整えてオーブンの中へと突っ込み、由比ヶ浜が時間を設定し、焼きはじめようとした瞬間、気づいた。

 

 なるほど……だからこいつの作ったクッキーは最後で火事現場にある奴になるんだ。

 

「由比ヶ浜」

「ん? どったの?」

「温度上げ過ぎ」

「ほぇ? 強火じゃないとダメなんじゃないの?」

「お前、なんのために弱火・中火・とろ火っていうのがあると思ってるんだよ」

「そう! それ昔からずっと不思議だったんだよね~」

 

 こいつの将来が壮絶に不安になってくるな。メシマズ嫁にならないことを祈るばかりだ。

 設定温度を適温にし、焼きはじめる。

 

「後はこれで焼きあがるのを待てばいいわ。由比ヶ浜さんは大雑把すぎるの。隠し味などは作り方を完璧にマスターしてから考えること。マスターしていない時はレシピ通りに作ればいいの」

「たはは……ママの作り方を真似たんだけどな~」

 

 すげえな。料理の技術まで遺伝するのか……今度、遺伝で何が移るのか調べてみるのも良いな。

 そんなことを思っていると目の前にお茶が入った湯呑みを渡され、ありがたくもらうと俺の隣に雪乃がピタッと距離を詰めて座った。

 

「お疲れ様」

「どうも」

「2人って昔から知り合いなの?」

「ええ、小学校から一緒よ。中学で私が海外に行ってしまったから数年の空白はあるけれど」

「へぇ~。じゃあ幼馴染なんだ」

 

 そんなことを話しているとオーブンから焼きあがったことを知らせる音が発せられ、オーブンからクッキーを取り出すといい具合の色に焼きあがっており、良い匂いもしてくる。

 それぞれ1つ手に取り、食す。

 

「美味しい!」

「さっきのクッキーが嘘みたいだな」

「そうね。あとは由比ヶ浜さんで自分で出来るわね」

「うん! そっか~。あたし計量カップつかわなかったからいけなかったんだ~」

 

 いや、それ以前のこともいろいろあるがいい雰囲気で終わったのが台無しになってしまいかねないのでとりあえず俺の胸の中でとどめておくことにしよう…………ただ1つ言いたいのは由比ヶ浜、お前はなんでもかんでも強火で焼けばいいと思っているがそれは違うからな。気をつけろよ。

 

 毎度毎度の失敗の原因は何も計量カップを使わなかったせいだけじゃない。雪乃は気づいているか否かは知らないが俺ははっきりと気付いた。あいつは毎回、オーブンを最高温度で焼いていたからああなったんだ。たまにいるよな。なんでもかんでも強火で焼いたり、またはその逆。

 

「ありがとう! 雪ノ下さんのおかげでなんかクッキー作れる気がしてきた! もう1回自分で作ってみてそれを渡してみる!」

「そ、そう。頑張って」

「うん! じゃ!」

 

 そう言い、由比ヶ浜は家庭科室から去っていくがよくよく考えれば俺、いらない子じゃん。

 

「今回、俺いる必要なかったな」

「そうかしら」

 

 そう言い、雪乃が俺を後ろから抱きしめるかのようにもたれ掛ってきて、背中からダイレクトに主張が控えめの2つのものを感じるがすぐに俺の目の前にハート形に形作られ、綺麗にラッピングされているクッキーを手渡されたことですぐに吹き飛んだ。

 最初に入った時にクッキーの焼けた匂いがしたけどクッキーが見当たらなかったのはこれか。

 

「食っていいか?」

「もちろん。その為に作ったもの」

 

 耳の傍で聞こえてくる雪乃の綺麗な声にゾクゾクとしながらもラッピングを綺麗に解き、端の方を一齧りすると口の中でほのかな甘みが広がる。

 ほんと、雪乃には叶わない。俺は興味があるうちは雪乃にも勝てるけど興味がなくなれば雪乃に負ける。

 でも雪乃は興味があろうがなかろうができないことはできるようになるまで努力し、それができるようになったらずっと継続してできるようにする。ほんと…………凄いわ。

 

「美味しい?」

「あぁ、美味い」

「よかった」

 

 雪乃の顔を見なくてもその声を聴くだけで雪乃が笑顔を浮かべていることは容易に想像がついた。

 

「ほんとお前には頭が上がらねえよ」

「そうかしら。私はあの時から八幡に頭が上がらないわ……これからもずっと」

 

 耳元から聞こえてくる雪乃の声と香水の良い香りのダブルパンチのせいでさっきから俺の心臓バクバク言い続けている。

 

「こんな感じでやっていくのか?」

「ええ。これが奉仕部の活動よ……ただ今回はイマイチな結果だったけれど」

「そうか? 由比ヶ浜なりに納得した奴を作れるようになったら十分成功だろ。あいつが作った物に納得がいかなかったから奉仕部に来たわけだし」

「そうね…………流石は八幡ね」

「何もしてねえのに褒めるなよ」

 なるほど……確かに雪乃の言った通り、違う側面からのアプローチなわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後、俺は部室でいつもの様に雪乃と近い距離に座りながら遺伝についての論文をまとめた分厚い本を読んでいた。

 …………やっぱり書いてないな。何故、親の料理スキルが著しく低ければ生まれてくる子供の料理スキルも低いのだろうか……もしかしたらただの偶然なのか?

 そんなことを考えていると勢いよく部室の扉が開かれ、顔を上げると笑みを浮かべた由比ヶ浜がいた。

 

「やっはろー!」

「どこの挨拶だよ」

 

 奇妙な挨拶をしながら由比ヶ浜はカバンをゴソゴソと探りながら近づいてきて俺たちの目の前まで来ると綺麗にラッピングされたクッキーを俺達に手渡してきた。

 

「はい、ゆきのんとヒッキーに」

「え、えっとプレゼントではなかったの?」

「うん、そうなんだけどゆきのんにはいろいろお世話になったからそのお礼。で、ヒッキーはついで……ほ、本当についでで他の意味はないから! たまたま残ったのをたまたま残った袋に入れただけだから!」

「酷くね? そこは俺にもお世話に……なってないか」

 

 そう言うと由比ヶ浜は乾いた笑みを浮かべながら頷いた。

 

「ところでそのゆきのんって言うのは何かしら」

「雪ノ下さんだからゆきのん! ダメ?」

 

 人生で初めてあだ名をつけられ、少し恥ずかしいのか頬を赤くしながらも小さな声で「別にダメとは」と呟くと俺の方に救いを求めるかのような目で見てくる。

 

「良いんじゃねえの? ゆきのん」

「あ、貴方って人は……」

 

 恥ずかしそうに顔を赤くしながら俺を睨み付けてくるが逆に可愛いので俺にはノーダメージ。

 

「ねえ、ゆきのんっていつもどこでお昼ご飯食べてるの? 一緒に食べよーよ!」

「い、いつもここで食べているわ。でも私は八幡と」

「あ、そうだ! 最近あたし料理はじめたんだー!」

「話聞いているのかしら」

「そうそう! あたし、放課後暇だから部活手伝うよ!」

 

 由比ヶ浜の怒涛のマシンガントークに雪乃は少し戸惑いながらも対応していく。

 由比ヶ浜結衣という未知の性格をした人間との出会い……雪乃にとっては最初の内は警戒すべき相手かもしれないけど…………ま、良いんじゃねえの? 今まで1人だった雪乃にとって友達らしき奴が出てくるのは。



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第八話

やっぱり難しいな~


 日々の授業というのは俺からすれば既に学習した範囲の朗読会に過ぎないので大体は机の上に小難しい本を並べておいて読んでいれば教師たちは誰も俺を注意しない。

 そりゃそうだ。俺は総武高校学年学力ランキングで第2位だからな……第1位は雪乃だ。何故かあいつには1度も勝てていない。おかしい……いや、リアルにおかしい。

 

 いつも1点や2点差で負けてしまうのだ。小学生の時に始まったこの勝負、最初は俺が勝っていたんだが5年生頃から雪乃が勝ちはじめ、今じゃあいつの方が全てにおいて上だ。やっぱり、一点集中型の俺じゃ全方位網羅型の雪乃には勝てないのかねぇ。

 ちなみに今は10分ほど授業が早く終わったので自習という名の休憩時間だ。

「隼人~。今日サーティワン行こうよ」

 

 後ろからそんな甘ったるい声を出したのはこのクラス、いやはてはこの学校の女王である三浦優美子。金髪縦ロール、お前は花魁かと突っ込みたくなるくらいに肩を出し、スカートはその綺麗な足を惜しげもなく露出するほど短い。ちなみに俺はああいう女子は嫌いだ。雪乃の様に清楚な……んん! 俺は何を考えているのやら。

 

「部活があるしな……部活終わりで良いなら」

「良い良い! 今日ダブルが安いんだ! あーしチョコとショコラのダブルが食べたい」

「それどっちもチョコだし!」

 

 そう言って笑うのが戸部翔。長い髪をゴムか何かで押さえつけ、常時お凸ぴかーん! だ。いわゆるチャラ男だ。意味わからんくらいにハイテンションだし。あとは眼鏡をかけた女の子と数人の男子がいる。

 そのグループの中心人物ともいえ、女王様が恋焦がれているのがイケメン・葉山隼人。俺の幼馴染のうちの1人であり、俺を無自覚の内に中継役にしやがった憎きリア充!

 

 

 バレンタインの時なんか女子が葉山と俺が幼馴染と言う事を知るや否や俺を宅配便とでも思っているのかチョコや手紙などをわんさか渡してくる。もう鬱陶しかったから3つほど形の良い奴貰って食ってやったわ…………その後、雪乃に何故か説教されたけどな。私のチョコを最初に食べないと怒るわよって…………何故に……まぁ、頭の上がらない人物の1人でもある。実際、あの時あいつに会ってなかったらあぁいう別れ方じゃなかったわけだし、そこだけは! そこだけは感謝している。

 

 その時、時計が目に入り、ちょうどいい時間を指示していた。

 ……そろそろ行くか。

 

「あ、あたしちょっと出かけてくる」

「出かけるならついでにレモンティー買ってきてよ。飲み物忘れちゃってさー」

「ごめん。あたしお昼まるまる居ないから」

 

 そう言うと三浦の目が鋭いものに変わり、雰囲気もさっきとはまるで違うものに変わる。

 その姿に由比ヶ浜はオドオドし始める。

 まさしく女王様と付き人だな。女王様の顔色ばかり見ている付き人が由比ヶ浜で付き人が気に食わないことをすれば不機嫌になる女王様が三浦だ。もしくは飼い犬に噛まれた主人だな。

 

「最近、結衣付き合い悪くない? この前も放課後バックれたじゃん」

「え、えっとそれはやむにやまれない事情があるといいますか」

 

 お前はどこのサラリーマンだ。言いたいことありゃハッキリ言えばいいのに。

 

「それじゃわかんないからハッキリ言いたいことあったらいいなよ。隠し事とかよくなくない?」

 

 三浦はイライラしているのが長い爪をカツカツと机に当てる。

 そのイライラが伝染しているかは知らないが周辺にいる奴らは敢えて三浦たちから視線を逸らし、音量を下げて小さな声で喋りだす。

 

 …………ハァ。

 

 俺は心の中でため息をつき、昼飯をもって立ち上がると同時に隼人と一瞬だけ目を合わせる。

 

「優美子。良かったら一緒に行かないか? 俺も買いに行きたいし」

「え、ほんと? 行く!」

「由比ヶ浜。行こうぜ」

「あ、う、うん」

 

 隼人と三浦は入り口から教室の外へ出て俺達は後ろの出口から外へ出て2人を離すような感じで別々の場所へと歩きはじめる。

 

「……ごめん、ヒッキー」

「謝るほどのことでもないだろ」

 

 奉仕部がある特別に向かって歩きながら由比ヶ浜にそう言う。

 

「なんていうかさ…………昔から自分の意見言えないっていうか……人に合わせちゃうっていうか」

 

 さっきのを見ればわかる。由比ヶ浜は空気を読むことには長けているとは思うけど自分の意見を言うところで相手が強く出ればそれに合わせてしまうんだろう。周りの空気が悪くなる前に。

 

「なんか周りの空気がダメになるとなんか嫌なんだ…………友達と一緒にいるときくらいは楽しくいたいし」

 ……友達が多いこいつにしか分からない悩みもあるってことか…………ふぅ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の放課後、図書室で借りた本を返した後に奉仕部の部室へ向かうと何故か由比ヶ浜と雪乃が怪しいもので見るかのような目で部室の中をのぞき込んでいた。

 

「あら、八幡」

「お前なんで気付くんだよ」

「ふふっ。匂いで分かるもの」

 

 笑みを浮かべながらそう言うが一瞬、ドキッとしてしまった。

 そう言えば俺も雪乃が近づいたら匂いで分かるような…………いかんいかん! このままでは俺が変態という称号を与えられてしまうではないか!

 首を左右に振ってそんな考えを吹き飛ばし、部室に入ろうとするが雪乃に停められた。

 

「止めておきなさい」

「はぁ? なんで」

「なんか不審者がいるの。なんかこう、コートを着て変な手袋した人」

 

 由比ヶ浜に変質者の特徴を聞き、ある人物の特徴と合致したので遠慮なくドアをガラッと開けて中に入ると同時に海辺に立っているこの学校特有の潮風が吹き、部室内に大量の用紙が吹き荒れる。

 その吹き荒れる用紙の中、腕を組み、額からダラダラと汗を流し、指ぬきグローブをして眼鏡をかけた小太りの男子が立っている。

 その不審者にリアルに恐れを抱いているのか雪乃は俺の手を握ってくる。

 

「クックック――――まさかこんなところで再び会いまみえるとは。やはり我らの絆は消えぬものだな。八幡」

「迷惑なんで帰ってくれませんか? ていうかマジで帰れよ」

「……ゲフン。は、八幡よ。よもやお主忘れたわけではないな? この主の顔を」

「主ってお前、体育で残り者同士でペアを組まされただけだろ。しかもお前からパス回しが始まっただけだろ」

 

 材木座義輝――――それがこいつの名前だ。去年のある日の体育でボッチ故に余ってしまい、仕方なく体育でペアを組んだが最後、粘着されたのだ。マジで悍ましかったぜ…………本気の目で俺を追いかけてくる材木座の姿は夢にまで出てきたからな。

 

「八幡、知り合い?」

「体育の時間、ペアがいないから組んでるだけの関係だ」

「じゃあヒッキーと同じじゃん」

「同じにすんな」

「クッフッフッフ。左様、我と八幡は同じではない……似て非なるもの! そう! 我の名は剣豪将軍・材木座義輝なりぃぃぃぃぃ!」

 

 バサッとコートを翻し、高らかに宣言するが本格的に怪しい人物と判断したらしい雪乃は携帯を片手に俺の手をギュッと強く握り、材木座を睨み付ける。

 由比ヶ浜はドン引きの表情で材木座を見る。

 

「……そんな目で見んといてください」

「おい、変な関西弁使うなよ。関西人に怒られるぞ。用があってここに来たんじゃねえのか」

「左様。我は奉仕部とやらに用があってここへ参った。聞いてくれるな? 八幡」

 

 不審者を見るような目は継続しながらも雪乃は椅子に座り、俺はその隣に、由比ヶ浜は雪乃の隣に座り、材木座と対面する形をとった。その距離、壁の端と端だ。

 

「ぐすっ。そんな距離とらないで」

 

 素に戻るほど悲しいのか涙目になりながら床に散らばった用紙を拾い集める材木座。

 

「それで用とは何かしら。それとその喋り方不愉快だから辞めてくれないかしら」

「モハハハ! 笑止」

「何が笑止なのかしら。いたって普通のことを言ったのだけれど」

「……すみません」

 メンタル弱!

「じ、実は我は作家を目指しておるのだ。近々、新人賞に送ろうと思うのだが如何せん孤独を愛する剣豪将軍故に周りの評価が気になってな。まぁ、無いとは思うが万が一、いや億が一、無茶苦茶なものであっては困るのでな。故にここに参った所存である」

 

 そう言いながら俺に渡してきた用紙の束に目を通すともうタイトルからして何の新人賞に送るのか理解した。

 こいつラノベ作家になりたいのか…………う、う~ん。

 

「要するに私たちはこのあなたが書いた作品を読んで文章・ストーリーを評価すればいいのかしら」

「左様。新人賞に送っても評価シートが来るのは数か月先なのでな」

 

 そう言いながら用意していたらしいコピーの束も俺達に渡してくる。

 確か今ってどこのレーベルの新人賞も評価シートは一次選考を突破した奴だけにしか送らないんじゃなかったか? なんかどっかのラノベスレとかで見たことあるんだけど。

 

「投稿スレとかに晒した方が良いんじゃねえの? すぐに評価が帰ってくるぞ」

「いや、八幡…………奴らは怖いのだ。まるで弁慶殿のように弓による一斉射撃どころかマシンガンでの一斉射撃程の私刑に処されるのだ……グスンッ」

 

 あ、晒したことあんのね。

 

「でもお前、今みたいに心はしっかり保っておけよ」

「何故だ?」

「…………赤ペン先生ならぬ血みどろ先生だからな」

 

 雪乃を指さしながらそう言うが材木座は理解しておらず、頭に?マークを浮かべるだけだ。

 こいつの血みどろ先生の由来はとある男子からラブレターを貰った際、字の書き方や誤用だらけだったので赤ペンで間違いを指摘し、返したことからだ。

 

「とりあえずまた明日の放課後来てくれるかしら」

「うむ」

 そんなわけで今回の奉仕部の活動は終わった……はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 珍しく雪乃が送らなくていいと言ったので俺は1人で自転車をコギコギしながら家まで帰っていたがどうも今まで背中にあった感覚が無いせいなのか違和感がしてたまらない。

 そういや今日は小町が晩飯作ってくれる日だったな…………まぁ、材木座の原稿なんてすぐに読めるだろ。

 家に到着し、自転車を停めて鍵を開けると2階のリビングから晩飯の良い匂いが香ってきて条件反射的に腹の虫が鳴った。

 

 良い匂いだな……………今日の晩飯は何なんだ?

 

 自分の部屋にカバンを放り投げ、制服のまま居間に入るとソファに小町がグデーッと座っていた。

 

「あ、お帰りお兄ちゃん」

「お前、晩飯は? もうできてんの?」

「雪姉がやってくれてるよ~」

「あ、そう……はぁ!?」

 

 思わずそんな声を出しながら台所の方を向くと寝間着らしい服の上からエプロンを着ている雪乃がカレー鍋の中身をお玉でグルグルかき混ぜながら鼻歌を歌っていた。

 

「あら、お帰り八幡。もうすぐ夕食が出来るから先にお風呂に入ってきたらどう?」

「待て待て。なんでお前がいるんだ」

「お兄ちゃん何言ってんの? 雪姉がいることはおかしくないじゃん」

 

 ダメだ。すでにこの家は雪乃嬢の支配下に落ちているか…………いや、別に嫌な感じはしないけどさ……なんというか全方位を雪乃に囲まれている気がする。

 

「早く入ってきなよ。お風呂溜まってるし」

「はいはい」

「あ、雪姉お風呂入った後だからってお湯のんじゃダメだよ?」

「飲むか!」

 

 大きな声で小町にツッコミを入れ、脱衣室で服を脱いでそのまま湯船に浸かる。

 まさか家に雪乃がいたとは……ちょっと待て。学校を出たのは一緒の時間なのになんであいつ俺よりも家に着くのが早くてお風呂にも入ってるんだよ……ま、まさか小町の奴も共犯なのか!? この家に俺の味方はいない!



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第九話

今日の仮面ライダードライブ一時間スペシャルは中々良かった。



「ほんと雪姉の作るご飯は美味しい! どっかのお兄ちゃんと違って」

「うるせぇ」

 

 だが小町の言う通り、雪乃の料理は糞美味い。カレー1つとっても店で出してもおかしくないんじゃねえのって言う位に美味しい。悔しい……専業主夫になる身としては非常に悔しい。俺も料理はちょくちょくしているがどうも上達が見られない。まぁ、由比ヶ浜程じゃないが……ってなんで俺専業主夫になること決定済み? いや確かに養っては貰いたいが……誰に? ……。

 その相手を想像した瞬間、一気に恥ずかしさが込み上げてくる。

 

「八幡、おいしいかしら」

「あ、あぁ美味しい」

 すると何故か小町が大きなため息をついた。

「今のは小町的にポイント低いよ~」

「じゃあ、どういや良いんだよ。おいしゅうございましたってか?」

「違う違う。そこは愛してるよで良いんだよ」

「意味わからん」

「もう小町ちゃんったら」

 

 おい、なんでそこでお前が顔を赤くするんだ。それで言ってくれみたいな目で俺を見てくるな……そんな目で見られたら言ってみたくなるだろうが。

 

「ご馳走様」

「お粗末様」

 

 台所で簡単に皿を洗剤で洗った後、部屋に入ってベッドに横になり、ボケーっとしているとふと材木座の原稿のことを思い出し、カバンに手を伸ばしたと同時に部屋の扉が開いた音がし、顔を上げると何故かカバンと制服を持った雪乃が俺の部屋に入ってきた。

 

「なんだ、今日泊まってくのか」

「ええ。久しぶりに泊まるのも良いでしょ?」

 小学生の時はよく互いの家に行って泊まったな……ちょっと待てよ。

「お前、どこで寝る気だ」

「ここよ」

「布団は?」

「八幡の隣よ」

 

 ですよね……ま、良いや。

 何を言ってもどうせ聞かないので半分詰めるとそこに雪乃が入り、広げていた材木座の原稿に目をやった。

 

「……八幡。これは本当に小説なのかしら」

「ライトノベルってやつだろ。一般文芸とかじゃなくてオタク向けというかファンタジー色が強いというか」

「…………そうだとしても何故、ここでヒロインは服を脱ぐのかしら」

「それは知らん」

「なら赤線ね」

 

 雪乃は容赦なく材木座の原稿に赤ペンでヒロインが服を脱ぐシーンを何故か10行にわたって表現されている個所に線を引き、次のページへと進む。

 その後も雪乃の赤ペン先生は順調に赤線を引いていき、血みどろ先生どころか血まみれ先生になってしまった。

 雪乃からすれば許せないであろう意味のない倒置法、理解できないルビの振り方、似たような文章、誤字脱字、誤用されている部分を削除していくと1Pで線が引かれていないのは固有名詞くらいしかなくなってしまった。

 まあ、あれだ。一般文芸しか読んでいない奴がラノベを見て「こんなので金をとるか」っていうくらいのものだ……にしてもこれは多すぎるけどな……。

 

「八幡、これは小説なの?」

「…………黒歴史と言っておこう」

 

 許せ、材木座。お前の小説は血まみれになってしまった。

 原稿をカバンの中にしまい、天井を見上げるとちょんちょんと二の腕の辺りを突かれたのでまたかと思いながらも腕を横に伸ばすとそこに雪乃の頭が乗せられる。それと同時に俺の心臓が鼓動を大きく打つ。

 こ、こればっかりは何回やっても慣れないな…………雪乃の髪、相変わらずサラサラだな。

 

「昔は恥ずかしがっていたのに」

「何言ってもお前するだろ」

 朝起きたらいつの間にか腕枕の状態だったしな。

「……今日、迷惑だったかしら。急に来て」

「なんでだよ」

「その……八幡がそんな風な顔をしていたから」

 

 雪乃の方を見ると少し悲しそうな顔をしていた。

 …………そんな悲しそうな顔するなよ。

 そう思いながら俺は雪乃の頭に手をポンと置き、昔と同じようにナデナデしてやるとさっきまでの悲しそうな表情は消え、気持ちよさそうに目を細める。

 

「嫌なわけじゃない……い、いきなりだったから少し驚いただけだ」

「そう……よかった」

 

 至近距離からの雪乃の笑みを食らい、また心臓が鼓動を大きく打つ。

 もう本当に俺、心筋梗塞で死にそうだな…………ただ、こんな状況は悪くない……それどころか俺は受け入れている節さえある。

 

「おやすみなさい、八幡」

「あぁ、おやすみ」

 そう言い、俺は部屋の電気を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の朝、普段は自転車の後ろに乗っているのは小町だが今日は雪乃が後ろに乗っている。

 何故かは知らないが急に「歩きたくなったな~!」なんて朝から叫びだし、俺が出る20分も前に学校に向かったからな。小町、1つ言っておこう……グッジョブ。

 

「よかったのかしら。ここ、普段は小町ちゃんの場所なんでしょ?」

「良いんじゃねえの? あいつが言ったんだし」

 

 そう言いながら全力の半分ほどの力で漕いでいるとチラホラと総武高校の連中の姿が見えてきたので全速力で学校の校門に侵入し、普段はやらないドリフトで駐輪場へと自転車を止めた。

 これぞ俺が生み出した技だ……雪乃に変な噂が立たないためのな。

 

「もう少しゆっくりでもよかったのに」

「遅刻したらどうすんだよ」

 

 ………もうあの時の様に俺の所為で雪乃に変な噂なんて立たせてたまるか。

 雪乃とは途中で分かれ、自分の教室へと向かっていると後ろから軽い衝撃がくわえられ、面倒くささを露わにしながら振り返ると後ろに由比ヶ浜がいた。

 

「やっはろー!」

「おう。えらい元気だな」

「そう?」

 

 材木座の原稿を読み終えたのは日付が変わった瞬間……なのになんでこいつはいつも通りに元気なんだよ。

 欠伸を噛みしめながら教室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、俺は由比ヶ浜と共に部室へと向かって歩いているが未だに眠気が全く取れず、欠伸を何回かしながら部室の扉を開けると既に雪乃と材木座が座って待っていた。

 雪乃の隣に椅子を置き、そこへ座る。

 

「さて、では感想を聞かせてもらおうか」

「私、こういうのはよく分からないのだけれど」

「構わぬ」

「そう……まず絶望的に面白くなかったわ」

「げふぅ!」

 

 いきなりの顔面ストレートか……やるな、雪乃。

 だがその程度で終わる雪乃じゃない。

 

「文法がめちゃくちゃね。小学生の時に最低限の文法、習わなかった? 誤字脱字が多すぎるし文の誤用もかなり多かったわ。頭痛が痛いレベルのね」

 

 それから雪乃のターンがずっと続き、ルビの振り方が違うだの、ヒロインがここで脱ぐシーンはいらないだの似たような文章をダラダラ書き過ぎだの場面転換がおかしいだのと昨日、赤線を入れた数の半分も行かないところで材木座はダウンさせられていた。

 雪乃が強すぎるのか、それとも材木座が弱すぎるのか……確実に後者だろうな。

 

「小難しい言葉で書こうとしているようだけれど用法が間違っているから無駄だわ。あと」

「雪乃、いっぺんに言ってもあれだし、いったん止めとけ」

「……八幡がそう言うなら……由比ヶ浜さんにバトンタッチするわ」

「ほぇ!? あ、あたし!?」

 

 あ、こいつ絶対読んでないな。だからあんなに今朝、元気だったのか。

 由比ヶ浜は慌ててカバンから原稿を取り出し、物凄い速さでページを捲っていくが原稿の束に皺すらついていなかったので確実に読んでいない。

 せめて読んでやれよ。

 

「う、うーんと…………難しい言葉いっぱい知ってるんだね!」

「がはっ!」

 

 止め刺しちゃったよおい。雪乃が言ったことにエンハンスをかけてどうするよ……いや、まあ俺も読んでて小難しい感じや言い回しが多い割には誤用が多いから陳腐な文章になっていたのは否めないし、そもそも最後らへんは無駄に改行が多い。恐らく最初はエンジンフルスロットルで1日20ページくらい書けば20日で終わるじゃんって思っていたけど2日目からは半分も書けなくなってしまい、結局倍の時間かかってって所だろ。うんうん。よくあることだ。夏休みの宿題とかな。

 

 

「は、八幡。お、お前なら……ラノベに精通しているお前なら分かるよな?」

 材木座は涙目で俺に助けを乞うてくる。

 小さくため息をつき、仕方なく材木座の手を取ると笑顔が浮かぶ。

「ところであれ、何のオマージュ?」

「ぎゃぁぁぁん!」

 

 ふっ。ネット小説家にとって感想欄でオマージュですか? って聞かれるとなんかパクリを指摘されているみたいで怖くなるって言うのを聞いたことがある。

 

「八幡。私よりも強い一撃じゃない」

「ちょっと」

 グイグイと肘で由比ヶ浜に押されるので俺は仕方なく材木座に回復処置を施す。

「ま、所詮ラノベなんてイラストだ、イラスト」

 

 そう言うと顔を床につけ、体をびくびくと一定間隔でビクつかせる。

 少し経ってから材木座は冷や汗をダラダラかきながら過呼吸を起こすんじゃないかと心配するくらいに深呼吸を何度もし、呼吸を整える。

 

「…………また読んでくれるか?」

「あんなに言われてそう言うか」

「無論だ。自分の描いた作品を読まれて感想を貰うこと以上にうれしいものはない。我の中で感想を貰ったと言う事自体が重要なのだ。感想なき小説に未来はないのだ!」

 

 ……なんか筋が通っていそうに聞こえるのが不思議だ。だが一理あるかもしれない。怒られる内はまだいいという言葉があるように誰にも評価されなくなった時点で闇に消えてしまう。

 

「また新作が完成したら持ってこよう。さらばだ!」

 そう言い、嵐の様にやってきて嵐の様に去っていった。

「……な、なんだかすごいお友達がいるんだね、ヒッキーって」

「友達いうな」

「でも材…………何とか君は不思議な存在ね」

 

 おい、せめて名前くらいは覚えてやれ。

 まぁ、でも恐らく材木座が次の作品を持ってきたとしても俺は読むだろう。評価無き作品は闇に埋もれる。でも俺達から酷評という感想を得た材木座の作品はまだ成長の余地があると言う事なのだろう。

 評価されるだけありがたい……それはあながち間違っていないのかもしれない。だが逆を言えば評価されなければ存在することすら意味がない…………俺は雪乃の傍にいられるほど評価されているのだろうか……。

 

「もう帰りましょうか」

「なんか凄かったね~」

「お前それしか言ってねえじゃん」

 そう言いながら部室の鍵を閉め、俺達は学校を出た。



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第十話

 俺が思うに青春とはつまり恥ではないだろうか。君達にはこんな経験はないか? 小学生のころ、女の子と一緒に折り紙やお話をしていたり、一緒に帰っていたりすると男子から夫婦、夫婦とちょっかいをかけられたことは無いだろうか? 他にも中学生の頃、仲良く喋っていると「お前たちの小指に運命の赤い糸見えるわ~」みたいなことを言ってくるバカな男子。これらは全て奴らからすれば恥であるからちょっかいをかけるのではないだろうか? ゆえに奴らがちょっかいをかけてくるという事はそれが青春であるということの表れではないかと。つまりそんな経験をしたことがある俺は青春を満喫しているのではないかと。それは否定しよう。何故か?

 青春とは互いにWINーWINな関係である時に成り立つ関係であり、片方がデメリットを受けていればそれは一方的な青春であり、青春ではない。つまり俺みたいなやつだ。凸凹夫婦、才能が無い、そんな風評被害を俺は彼女に与えてしまった。これがもしも隼人ならどうだろうか? お似合い夫婦、才能あり、そんな評価に早変わりするだろう。俺は彼女の幼馴染だ。これは変わらない。だが俺は彼女の幼馴染に相応しい人物にならなくてはならない。これ以上、彼女にマイナスな評価を出させないためにも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 我が学校の体育は3クラス合同で行われ、60人を2種目に分けて体育の授業が行われる。それは月によって変わるが今月からはテニスとサッカーであり、ジャンケンの結果、俺は無事、テニスというボッチの俺に相応しい種目になった。だが心はあまり晴れやかではない。何故か? トラウマがあるからさ。

「すいません。体調悪いんで1人で壁打ちしときます」

 体育教師の厚木の答えを聞かないまま俺はラケットを持って1人、ペコペコと壁に向かってボールを打ち付け、帰ってきたものを軽く撃ち返す。

 あれは小学校の頃の話だ。雪乃からテニススクールに体験で行ってみないかと誘われ、仕方なしに行ってみたんだ。その期間は確か3日か4日だったな。その間に雪乃はなんとコーチよりも上手くなってしまったのだ。もちろんそんな奴と自主練まで一緒にしていた俺も技術が上昇し、雪乃レベルではないがそのテニスサークルの中では強い部類に入ってしまった。それによって自信を喪失した連中がいたらしく、ゾクゾクとサークルから姿を消していき、最終的に体験が終わると同時にそのサークルは無くなってしまったのだ。

 あれ以来、運動はしないと心に決め、一切運動していない。まぁ、一度学んだ技術が体からはなかなか消えないので今でも準備期間を設ければあの時と同じくらいにはできるだろう。

 あの時のコーチの絶望顔は忘れられないわ……ご愁傷様です。

「すっげぇ! 今の何!?」

 そんな声が聞こえ、そちらを見てみると隼人を中心にして2ペアがラリー練習をしており、その中の茶髪でロン毛の奴がやけに騒いでいる。

 同じクラスなんだけど名前なんだっけ?

 クラスの連中の名前なんて隼人と由比ヶ浜以外あまり覚えていない。

「今のは少しスライスしただけだよ」

「スライスとかぱねーわー。やっぱ隼人君ぱねーわ」

 はっ。スライス位なら俺もできるぞ……あ、でももう何年もやってないからできねえかも。

「んじゃ俺も! スラーッッイスッッ!」

 うるせえ。

 俺の目の前にバウンドしながらテニスボールが転がってきてそれを取り、後ろを振り返ると打った本人らしき金髪の男子が俺に謝罪のつもりなのか俺に手を上げていた。

 1つため息をつきながら隼人がいる方向にボールを投げた時、申し訳なさそうにこちらを見ている隼人の表情が見えた。

 あいつも大変だな。人に人気の立場にある奴っていうのは……久しぶりにやってみるか。

「あらよっと!」

 壁に軽くボールをあてて帰ってきたボールをボレーで全力で打ち付けた瞬間、凄まじい音が響き、すさまじい勢いで帰ってくるがラケットに当て、俺よりも後ろに行かないようにする。

「…………イテテテテ」

 ボレー1回だけやっただけで痛むってどんだけ俺の体弱いんだよ。マジで痛ぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君、運動しなさすぎじゃない?」

「かれこれ5年以上はしてないです」

 体育終了後、早々と着替えた俺は保健室で氷を貰い、痛んでいる個所を冷やしていた。

 流石にボレー1回しただけで痛めたとは言えないので体育で痛めたと言って氷を貰ったがどうやら保健室の先生にはバレバレだったらしい。

 にしてもマジで痛い。

「とりあえず氷はあげるから」

「すみません」

 保健室を出て氷で痛む個所を冷やしながら部室へ向かおうとした時、後ろからパタパタと小走りで向かってくる音がしたので何気なしに後ろを振り返ると体操着を着たままの女子が俺に向かって近づいてきていた。

 …………ふっ、騙されんよ。俺と見せかけて俺の前にいる友達に話しかける、これが落ちよ。

「あ、あの!」

「…………え、俺?」

 そう言うと女の子は小さく頷いた。

「え、えっと何か」

「えっと、比企谷君だよね?」

「まぁ、そうだけど」

「戸塚彩加です。よろしくね」

「あ、こちらこそ」

「あの……初対面でいきなりこんなこと言うのは失礼なんだろうけど……その」

 女の子は恥ずかしそうにモジモジしながらまるで捨てられた子犬の様に潤んだ瞳で俺を上目使いで見てくる。

 ……こ、これはなんだ…………雪乃とは違う可愛いさ…………ま、まさかこれが癒しなのか? まるで小さな女の子が遊んでいる様を見ている時のようなこの温かい気持ち……。

「うん、いいぞ。落ち着いてみ?」

「うん…………ふぅ。比企谷君ってさ……その……テニスとか興味ある?」

 テニスと聞いて俺の頭の中にはトラウマしか再生されないけどな。あのコーチの雪乃に負けた瞬間のあの絶望の表情は未だに忘れられん。

「俺、あんま運動には興味とかは」

「そ、そっか…………比企谷君が良ければなんだけどね」

「うん」

「テニス部に入ってくれないかなって思ってたんだ」

 …………え、俺ついにモテ期到来? 新入部員歓迎会で声すらかけられなかった俺が高校生活2年目にしてようやく声かけてもらった…………モテ期というには遅すぎる気はするけど。

「あ~。悪い、俺もう部活入ってるんだ」

「そっか…………あ、ごめんね、いきなり話しかけて」

「うん、良いけど」

「じゃあ、またね。比企谷君」

 そう言い、女の子は手を振って去っていった。

 …………マスコットキャラだな。なんか癒されるわ~。

「八幡」

「っっ! お、おどかすなよ」

 後ろからいきなり声が聞こえ、驚きながら振り返ると雪乃が立っていた。

「貴方が遅いから迎えに来たわ」

「あぁ、悪い」

「ところで彼は?」

「彼? 彼って誰」

 さっきまでいたのは女の子だしな……。

「さっきの戸塚君よ」

「…………戸塚……君?」

「ええ。その外見で勘違いしそうだけれど彼は立派な男の子よ」

 …………おのれ神様ぁぁぁ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その放課後、俺は雪乃と2人っきりで昔、約束した分厚い外国語の本を読もうということを実践しており、近くの机の上には分厚いイタリア語の辞書があり、それぞれ用意したメモ用紙にはおびただしい数の単語が書かれている。流石に高校生にでもなれば英語の本は軽く読めるので今回はイタリア語の本をチョイスした。

「懐かしいわね」

「そうだな。これ、その単語じゃねえの」

 メモ用紙に書かれている意味とそのページにある前後の単語を組み合わせ、1つの文を完成させ、それを読む。途方もない作業に見えることでも雪乃とすればどこか楽しさを感じる。

 にしても……やっぱり近くないですかね。

 椅子がぴったりと合わせられていることに関してはもうこの際何も言わない。ただ何故、傍から見れば肩に頭を乗せているように見えるくらいの近さにまで頭を近づけているのでしょうか。いや、髪の毛から良い匂いがするから別に……ってこれではまるで変態ではないか。

「やっはろー!」

「「っっ!」」

 突然の大きな挨拶に2人して肩をびくつかせてしまう。

「あり? 2人ともどしたの?」

「いきなりでかい声で挨拶するな。驚くだろうが」

「あーごめんごめん。あ、そうそう! はいって!」

 由比ヶ浜がそう言うと少し開かれたドアの隙間から恥ずかしそうに身をよじらせて体操着姿の戸塚彩加が入ってきた。

 半袖短パンから覗く手足はまるで女子の様に白く、もしも戸塚が女装をしていたら真正面から見ても男子には絶対に見えないだろう。

「依頼人連れてきたよ!」

「それは構わないのだけれど由比ヶ浜さん。貴方は奉仕部の部員ではないのだけれど」

「ほぇ? そうなの!?」

 あ、そうなんだ。てっきりクッキーの一件以来入り浸っているから部員なのかと。

「ええ。入部届も貰っていないし」

「書く書く! 入部届くらい書くよ!」

 そう言い、机にカバンを置くとそこからルーズリーフを取り出して走り書きで一番上に入部届と書き、自分の名前を書いていく。

「あ、比企谷君ってここの部員さんだったんだ」

「まあな」

「知り合い?」

「同じクラス」

 ていうか俺、結構同じクラスの奴の名前知らないな。由比ヶ浜も知らなかったし、戸塚も知らなかったし。

「それで依頼というのは?」

「あ、うん。由比ヶ浜さんからここの噂を聞いてね……テニスを強くしてくれるって」

 その瞬間、雪乃のジトーっとした視線が由比ヶ浜に突き刺さるが当の本人は全く気付いていない。

「由比ヶ浜さんからどのように聞いたかは知らないけれど私たちはあくまで手助けをするだけであって生徒のお願いを聞く場所ではないわ」

「え、そうなの?」

「一回言ってたじゃん」

 由比ヶ浜が依頼しに来た時に雪乃言ってたじゃん。しかも目の前で言ってたじゃん。こいつも小町みたいに忘れっぽいのかよ。

 でも何故にテニスを強くしてほしいんだ?

「……それはともかくとして何故、そのような依頼を?」

「う、うん。実はうちのテニス部って弱くてね。今度の大会が終わっちゃうと3年生の先輩が引退して人数も少ないから僕が自然とレギュラーになっちゃうんだけど僕、下手くそだから後輩の子たちのモチベーションがあまり上がらないっていうか」

 なるほどね。人数が少なければレギュラーになれる確率は高まり、各々で努力することもなくレギュラーになれるからどっかの強豪校みたいにレギュラー争いはなくなるし、練習にも身が入らないと。しかも先輩がへたくそならなおさら1年は練習に身が入らないわな。

「それであなたが上達すれば1年生の練習にも身が入ると」

「うん」

「単刀直入に言えばそんなことはあり得ないわ。十中八九ね」

 バサッと切り捨てたな…………まぁ、先輩が上手くなれば一部の連中は憧れっぽいものを抱いて熱心に練習することもあるが大部分の奴らは「あ、先輩に任せればいいじゃん」ってなるだけだしな。事実、俺と雪乃が体験で入ったテニスサークルの連中は大体は雪乃の上達ぶりを見て肩を落とすか消えるかしかしてなかったしな。

「たとえ一人が上手くなっても大勢の部員はその一人に押し付けるでしょうね。テニス部全体が上達すればまた話は変わってくるでしょうけれど」

「……そっか…………でも、僕はこのまま下手くそで終わりたくない。テニス部の士気とかそういうのはよく分からないけど上手い先輩がいるのといないのとじゃ違うと思うんだ」

 まぁ、そりゃいたほうが違うだろうけど……。

「八幡。どうしましょう」

「え、俺? ん~……まあ戸塚の言う通り、上手い奴が部内にいるのといないのとじゃ違ってはくるだろうし、少なからず憧れっぽいものを抱く奴だっているだろうし」

 ソースは俺だ。雪乃の上達ぶりを見て俺はあの時、尊敬にも似た感情を抱いていたと思う。だから嫌いな運動であるテニスも毎日、行ったし……まぁ、雪乃と一緒だったからっていう部分もあるだろうけど。

 雪乃は少し考えるように目を瞑るが結論を見出したのか目をゆっくりと開き、戸塚の方を見た。

「分かったわ。その依頼、承りましょう」

「ほんと!? ありがとう、雪ノ下さん」

「ただし…………私は優しくはないわよ」

「うん。どんな練習でも耐えてみせるよ」

 ……なんかスポ魂マンガに見えてくるのは俺だけか?

 



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第十一話

 次の日の昼休みから雪乃大先生によるテニススクールが開催されたわけだが何故かは知らないが俺も強制参加となり、雪乃大先生が考案した鬼の様に厳しいトレーニングを昼休みにすることなった。

 まずは筋トレから始まり、腕立て伏せ・腹筋・スクワットなどの基礎トレ、次に素振り。これをローテーションするらしく何セットもやる。ボールを打つことなど一切せず、ただひたすら基礎トレのみ。

 戸塚と由比ヶ浜がやるのはともかくとして何故、俺まで参加なのだろうか。

 そんな基礎トレ期間は3日ほど続けられ、4日目からようやくボールを使った練習が始まる。

 まずは壁打ちから始まり、雪乃が打ってくるのをコートを走り回って撃ち返す。ていうかこれスポ魂だろ。

「少し休憩を取りましょう」

 休憩に入り、近くのベンチに座ると隣にスポーツ飲料を持った雪乃が座った。

「お疲れ様」

「ぷはっ……何で俺まで」

「あら。久しぶりにテニスをするカッコいい八幡を見たいだけよ」

 ……頬を少し赤くされながらそう言われると頑張っちまうだろうが。

 ここ数年のブランクにより、忘れかけていた技術や勘などが徐々に思い出してきた感じもしてきたし、今なら昔の全盛期の俺ともいい勝負できんじゃねえの? ただ雪乃には勝てる気はしないけど。

「でも忘れてはなかったみたいね」

「……そりゃ、あれだけ自主練してたら忘れねえだろ」

 あの日、サークルの練習が終わっても雪乃と一緒に近所の公園に行って日が暮れるまで一緒に自主練習をした日のことは今でも楽しい思い出の分類に分けられているし、確かにしんどかったのはしんどかったけどまぁ、その……雪乃と一緒にやってたから楽しいとも思っていたし。

「ヒ、ヒッキーよくこんなしんどい練習付いてけるよね」

「そりゃお前、昔からいろいろ振り回されたからな」

「あら。振り回してなんかないわ」

 よく言うぜ。テニスの体験もそうだけどルーム長を一緒にやった時も行事の実行委員をやった時もみんな雪乃からの誘いから始まったからな……まぁ、断り切れない俺の優柔不断なとこもあるけど一番悪いのは雪乃の笑顔が可愛いことだ! あんなもん見せられてお願いされたら断れねえよ。

「比企谷君やっぱり上手なんだね」

「だよね。てっきりヒッキー引きこもってばっかだと思ってた」

「半分正解半分間違いだ。テニス以外運動は体育しかやってない」

 むしろ運動やるよりも勉強してたり本読んでたりしてたからな。

「雪ノ下さんも上手だね。昔やってたの?」

「ええ。3日間の体験しかやっていないけれど」

 むしろ体験しかしていなくてコーチ以上にうまくなる奴の方がおかしいわ……まぁ、そこらへんも含めて雪ノ下雪乃なんだろうけど。

 …………そんな完璧な雪乃に比べて俺ってどう見られてるんだろうか…………一応、勉強に関しては雪乃にも負けないレベルまでにはなったけどその他に関しては全然下だ。料理も運動も先生からの評価も…………はぁ。中々俺の前には壁が多いような気がするわ。

「では休憩はここまでにして戸塚君」

「う、うん」

 すくっと雪乃が立ち上がり、戸塚をコートまで連れてくると次々にボールを打ち込んでいく。

 コートのギリギリ端に撃てば次は真逆の場所に、今度はネットすれすれの所に落とせばその次は高くボールを上げるなどして徹底的に戸塚の体を苛めぬく。

 …………何回見ても厳しい監督だわ。でもそれに反応してる戸塚もまた凄い……それだけテニスを本気でやっているということの表れか。

「ね、ねえ」

「あ?」

「ゆきのんって容赦ないよね」

「妥協なんかを一切許さないからな。やるなら全力でトコトン突き詰めていく。他人にも自分にも同じくらいに厳しいからな…………まぁ、それが雪乃なんだろうけど」

「……そ、そっか。ヒッキーよく知ってるね」

「何年一緒にいると思ってんだよ」

 ただ年数で言えば隼人の方が一緒にいる年数は長いし、プライベートなこともあいつの方が多く知っている。俺が知らないこともあいつの方が数多く知っているしな。最たるものが小学校の卒業式の日だ。隼人には海外へ行くという連絡が来て、俺には来ないという所を見るからに家同士のつながりは深い。俺はただ単によく一緒に遊ぶ友達程度だったからな。家同士ってことで見ればだけど。

「…………ヒッキーってゆきのんのこと……」

「なんだよ」

「やっぱりなんもない」

 そう言い、乾いた笑みを浮かべる。

「あ、テニスしてんじゃん」

 そんな声が聞こえ、外の方を見ると隼人一派の姿があった。

 うわぁ、面倒くさい時に来たもんだ。

「あーしもしたいな。混ぜてよ」

「え、えっと今は練習中だから」

「え? 何聞こえないんだけど」

 三浦は意識してないだろうがあいつは人の話が聞こえなかったときは語気を強くして相手に迫ることが多く、女王・三浦が恐れられているのもその点があるからだろう。

 三浦の語気の強くなった発現に戸塚は小動物の様に縮こまってしまう。

「ごめん優美子。今、練習中なんだ」

「あ、結衣ここにいたんだ~。練習してんのは見ればわかるけどさ~。でも男テニでやってるわけじゃないんでしょ? 部外者居るんだし。あーしらも混ぜてよ」

 それはごもっとも。

「優美子。今は戸塚君たちが使ってるんだし、また今度でも良いじゃないか」

「えー。あーしは今したいんだけど…………あ、良いこと考えた。練習してるっていうなら試合すればいいじゃん。あーしテニス超得意だし、練習の成果も発揮できるしであーしも結衣たちも一石二鳥じゃん」

 バカっぽいながらあぁいう所だけは頭が回るところを見れば由比ヶ浜とは種類が違うバカっぽさだな。

 でもそれはそれで困る気がするが雪乃は何か思うところがあるのか少し考えており、俺と戸塚を交互に見ている。

 ……なんか超絶に嫌な予感がする気もしないんだが…………多分、俺の予想では雪乃は三浦の考えを受け入れるだろう。戸塚の依頼の最終フェイズとしてな。元々、予定としては対人戦はするつもりだったし。

「三浦さん」

「なに?」

「その提案、乗らせてもらうわ。試合をしましょう」

 だよな。となると戸塚と三浦の試合になるのか……でも今の今まで練習して体力を消費している戸塚が試合をするとなると少し、不公平感があるけどな。

「なーんだ。雪ノ下さんって結構話分かるんじゃん」

「ただし、ダブルスということでいいかしら。戸塚君はさっきまで練習して体力も消耗していることだし。あと貴方の話を理解してるわけじゃないわ。こちらの有利なように条件を出しているだけよ」

「っっ……別に良いし。あーし超得意だからダブルスでも超強いよ」

 三浦は雪乃のチクッとした発言にイラついたのか一瞬、眉をひくつかせる。

 …………仕方がない。ここは戸塚のためにひと肌脱ぐか。

 三浦がテニスウェアに着替えに行っている間に隼人を呼び寄せ、話しの内容を聞かれない様に集団とは少し距離を置く。

「久しぶり、八幡」

「何が久しぶりだ。同じクラスだろ」

「こうやって話をするのがだよ」

「はぁ…………とりあえず」

「分かってるよ。全力を出さず、戸塚君に合わせるんだろ」

 流石は友達が多いイケメン隼人君。話が分かる。

「今回は戸塚のための試合だからな」

 そう言っている間に三浦がテニスウェアに着替えた状態で帰ってきたので作戦会議を終了し、ラケットを持ち、俺が前衛に入って戸塚が後衛、隼人側も隼人が後衛で三浦が前衛に入る。

 後は俺が前衛で隼人の方に打ち込めば適当に戸塚のためのショットを打ってくれるだろう。

「じゃ、始めようか。よろしく、優美子」

「オッケー」

 相変わらず甘い声ですね、隼人にだけは。

「よっ!」

 隼人のサーブが俺の横を通り過ぎていくが戸塚によって打ちかえされ、向こう側へ飛んでいく。

 三浦が構えたところで俺も体勢を取ろうとするが一瞬で構えていた向きを逆にし、打ちかえしてくる。

 ふっ、甘いわ!

 逆に打ちかえされるが俺は冷静に対処し、ラケットで軽くボールを打ち上げ、隼人の方へ上げる。

 根暗でボッチな俺に打ちかえされたのが相当ショックでイライラするのか聞こえるくらいに舌打ちをする。

 大体、人がフェイントするときって顔に出ないけど根性ババ色の奴は相手を騙してやろうという気持ちが顔にまで現れるから見切りやすい。

 隼人も隼人であの少ない会話だけでこの試合の趣旨を理解してくれたらしく、戸塚がギリギリ取れそうな場所に上手く打ち込んでくる。

 ほんとなんでもそつなくこなすよな、あいつ。言うなら男子版の雪乃みたいな存在だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから5分ほど経ったが試合は俺と隼人が協力していると言う事もあってか拮抗状態が続いており、さっきからラリーの応酬が止まらない。

 チラッと戸塚の方を見るとさっきの練習からいきなり試合に入ったせいかいつもよりも息が荒く、かいている汗の量もいつも以上だ。

 このままダラダラ続けてもオーバーワークになるだけだな……ここはもう決めるか。

「こんの!」

 三浦が全力で打ってきたボールをコツンとラケットに当てると三浦とは正反対の方へボールが飛んでいき、ラインすれすれの所でバウンドし、コートの外に出た。

「ハァ、ハァ……キツ」

 流石に俺の体力もヤバい……まさか雪乃の奴、戸塚と試合形式をすることをあらかじめ折りこんで俺も練習に参加させていたのか。やるなら徹底的に……雪乃らしい。

 でも練習で思い出したのは技術や勘だけ。体力だけは全盛期と同じまでは戻らない。

 全力を打ちかえされた三浦は相当悔しいのか地団太を踏む。

「もう時間も時間だし、最後にしようか」

「絶対に取ってやる」

 な、なんかすげえ三浦から闘志を感じるんだが……まさか負けず嫌いか? 

「戸塚。最後、頑張ろうぜ」

「うん」

 隼人が数回、ボールをバウンドさせ、全力のサーブを打ってくる。

 ボールが俺の傍を物凄い速度で突き進み、後衛の戸塚に向かって飛んでいく。

 後ろからは戸塚の姿は見えないが同じ前衛の三浦の構えている方向を見れば大体、戸塚が打ちかえそうとしている場所は分かる。

 その時、俺の耳元すれすれの所を何かが通り過ぎて行ったのを感じるとともに三浦が構えていたところとは逆のところにボールが飛んでいき、ラインぎりぎりのところでバウンドしてコートを抜けていった。

 ふぅ…………終わった。

「や、やった……やったよ比企谷君!」

「お、おう」

 戸塚の喜びようにまるで幼い子供が大はしゃぎしているのを見ているような暖かな感情に包まれている自分に若干、引きながらも戸塚とハイタッチをする。

「お疲れ、優美子。なかなか上手かったと思うぞ」

「は、隼人……う、うん! 帰ろっか」

 隼人がイケメン爽やかスマイルを三浦に送ると女王・三浦の堤防は決壊し、あっという間に恋する乙女・三浦に変貌し、スキップ交じりに出ていく。

 超ご機嫌の三浦と一緒にテニスコートから出ていく隼人に手をあげて軽く礼をすると向こうからはとびっきりのイケメンスマイルと親指を立てられた。

 リアルにあいつはイケメンだ。

「彩ちゃんすごーい! どうやってやったのあれ!?」

「分かんないけどこう感覚的にというか」

 由比ヶ浜と戸塚が話し始め、俺はそこから離れると雪乃にタオルを渡され、それを受け取って汗を拭く。

「お疲れさま、八幡」

「お前やっぱすげえな。短期間であそこまで上達させるか」

「私はただキッカケを与えただけ。そのきっかけを自分のものにしたのは彼自身の力よ」

 あの一発は偶然なのかもしれない。他人からすれば偶々成功した一回きりのことなのかもしれない……でも、その一回を偶然できるようにした雪乃はもっと凄い……ほんと、一生追いつけないくらいだ。

 その後、俺達は教室へと大慌てで戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イダダダダ!」

「お兄ちゃんってホントバカ? 小学生以来してないテニスをなんで今頃やるかな~。しかも試合形式だなんてこうなることは分かり切ってるじゃん」

「う、うるせぇダダダダ! 小町! もっと優しく湿布張ってくれよ」

 その日の晩、俺は筋肉痛に苛まれていた。

「はぁ。お兄ちゃんのバカ。小町チョップ」

「イダー!」



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第十二話

 特別棟の4階、グラウンドを眼下に望む場所に奉仕部の部室はあり、今日も外の部活の練習の声がよく聞こえるくらいに部室の中は静かである……ただし、音声に限ればの話だ。

 部室の空気はまるで嵐のように暴風が吹き荒れ、声を出すことを憚らせる。

 俺の隣にはもちろん雪乃が座っており、以前からやっている外国語の本を2人で読んでいるんだが俺達の目の前に座っている由比ヶ浜は頬を少し膨らませている。

「由比ヶ浜、お前何怒ってんだよ」

「そう? やっぱりあたし、怒ってるって顔してる?」

 お前はどこの電車ライダーのラスボスだ。

「怒ると皺が増えるっていうけれどあれは本当かしらね」

「さ、さぁ? どうかな?」

 …………なんか由比ヶ浜と雪ノ下の間に凄まじい火花が散っているような気がするんだが……ていうかこの2人に挟まれている俺が一番可哀想じゃないだろうか。

 由比ヶ浜がポケットから携帯を取り出し、画面を見たその時、一瞬だけ嫌な顔をしたのが見えた。

「どうかしたの?」

「あ、ううん。ちょっと変なメールが来ただけ。無視してるからいいんだけどさ」

 変なメールか……。

「それ、チェーンメールとかか?」

「な、なんで分かったの?」

「流行ったからな~。昔」

「そうね流行ったわね」

 顔も名前も見せずに匿名で不特定多数に送れるようになった昨今、チェーンメールの悪質性は異常なまでに変容している。中には全員で回してるやつもいるだろうが大半は悪意を持った奴が送っているに過ぎない。

 チェーンメールは小学校の時、うちのクラスでも流行ったけど一瞬で消されたからな……今、俺の隣にいるお嬢様の手によって。

「八幡に対してのチェーンメールが送られた時は最悪だったわ。佐川さんや下田さんにとって何のメリットもないのに。ねえ、八幡」

「そだな」

 いったいどうやってこいつは発信元を特定したんでしょうかねぇ……ただ、雪乃を助けるためとはいえそのチェーンメールに書かれるような原因を作ったのは作文大会での俺の行動だ。大本を潰したのは良いけどその時も雪乃の評判にダメージが行ったし…………あれが最善策だったんだろうかって今でも考える時がある。

「まぁ、いいよ。こういうの時々あるし、気づいたら無くなってたし」

「貴方がそう言うのならばいいのだけれど」

「それよりさ! もうすぐ中間テストだけど2人は勉強してる?」

「一応はな」

「してないわ」

「なんで!?」

 雪乃は学年トップであるために彼女にとって中間テスト程度などはルーチンワークでしかないからテスト前にノートをペラペラと確認するだけで学年トップを取ってしまうくらいに頭が良い。ほんと、小学校まで俺の方が頭がよかったのが嘘みたいだ。

「雪乃にとってテストなんてものは俺達で言う小テストみたいなもんだ」

「す、凄い……でもヒッキーも今くらいからしてるって意外」

「酷くね? 俺だってちゃんとやるわ。これでも俺は学年2位だからな」

「……ウソだ!」

「嘘じゃねえよ」

 雪乃に追いつくためには勉強面でも頑張んなきゃなんねえんだよ。手なんか抜いたら雪乃に追いつくどころか足元にすら到達できないんだ。

「ヒッキーって頭いいんだ。いつも変な本読んでるからてっきり」

「ひでぇ。ていうか英語の本を変な本ってお前英語圏の人に謝れ」

「なんで?」

 ダメだこりゃ。

「うー! 勉強ってどうやるの? 数学なんかもう訳分かんないし」

「勉強のやり方なんてものは他人から教えてもらうのではなく自分で見つけるものよ」

「ていうかよく総武校に入学できたな」

「酷い! ゆきのーん!」

 由比ヶ浜は半泣きになりながら雪乃に抱き付く。

 雪乃は小さく暑苦しいと呟きながらもとりあえずはそのままにしておくことに決めたらしく、特に由比ヶ浜を離すようなことはしなかった。

 一応、雪乃の中で由比ヶ浜は知り合いと言う事になってるのか。

「そうだゆきのん! 勉強会しよ!」

「べ、勉強会?」

「そう! 学年1位のゆきのんがいればもう百人力だよ! お願い!」

 由比ヶ浜の懇願に困った表情で俺の方を見てくる。

 勉強会ねぇ…………そう言えば勉強会なんて小学生の時以来だな。まぁ、学校の外なら同じ学校の連中に出くわすことも少ないだろうし、別にいけるか。

「良いんじゃねえの? 由比ヶ浜に教えながらお前も復習できて一石二鳥だろ。それに1週間前にはいったら部活もなくなって午後は暇だろうしな」

「流石ヒッキー! ね? だからゆきのんお願い!」

 曰く、学習というのは何も知らないゼロの状態の人間に理解できるように教えれるような状態のことを学習したというらしい。要するに自分で出来たと思うのはあくまで主観であり、客観的に見なければ本当に学習できているかは分からないと言う事だ。

 雪乃は少し考えた後、諦めたように小さくため息をつく。

「分かったわ。勉強会、しましょう」

「やったー! これで赤点回避決定!」

 えらく信頼されてるんだな。

「そう言えばゆきのんって大学はどうするの?」

「志望としては国公立理系だけど」

「頭いい単語だ! つ、ついでに聞くけどヒッキーは?」

 俺はついでかよ……ま、ついでかもな。雪乃と隼人と何故かいつも一緒にいる男子って感じでしか俺のことは知られてなかったし、俺に関してはあまりいい噂はなかったしな。むしろ俺が一緒にいるせいでデメリットしかない噂が雪乃に立ったりしたしな……。

「八幡?」

「あ、あぁ悪い。で、何だっけ」

「だからヒッキーの大学」

「大学か…………一応、俺は文系も理系もいけるしな……とりあえず私立受けて学費免除とか?」

「うわぁ。ヒッキーも頭いい系の単語だ。まぁ、とりあえず今週から勉強会! OK?」

 小首傾げながら言われてもアホっぽく見える……いや、これが由比ヶ浜の魅力なのか? よくアホっぽい女の子を護りたいとか言ってるバカな男がいるし。

 こいつ、まさか策士……由比ヶ浜に至ってはそんなことないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中間テスト2週間前、ファミレスに集合した俺達は試験勉強を行っているがどこか由比ヶ浜の表情は怒っており、納得いっていないような感じにも見える。

 さっきまで雪乃の説明を聞いて納得していた奴が何怒ってんだか。

「由比ヶ浜、お前何怒ってんだよ」

「うん。やっぱりあたし、怒ってるって顔してる?」

「まぁ」

「あのね…………何で2人は1つのイヤホンで音楽聞いてるわけ!?」

 俺も左耳に1つのイヤホンが伸びており、雪乃の右耳から伸びているイヤホンと途中で合流すると机の上に置かれている音楽プレイヤーに繋がっており、さっきから静かなクラシックが流れている。

 音楽が聞こえないくらいがちょうどいい集中というので試しているんだがこれが中々に効果がある。自分がどれだけ集中していたかは曲が何曲進んだかで分かるしな。

「なんでって……ねえ、八幡」

「まぁ……なあ」

「うぅぅぅぅ……やっぱり幼馴染というアドバンテージは高い……でも負けちゃダメ」

 何やらブツブツ由比ヶ浜は呟きだす。

「由比ヶ浜さん。さっき出した問題、解けたのかしら」

「うっ。も、もうちょっとで」

「にしては白紙だな」

「ヒッキーデリカシーなさすぎ!」

「何故に!?」

 なんで白紙であることを指摘しただけでデリカシーが無いことになるんだよ! それだったら漫画家の担当者が白紙の紙を指摘したら訴えられるぞ!

「そこはデリカシーではなく、気遣いじゃないかしら」

「あ、そっか。気遣いなさすぎ!」

「言い直さんでいい」

 プリプリ怒りながら由比ヶ浜は再び、問題を解きにかかる。

 俺も中間テストの最終調整をしないとな……今度こそ雪乃に勝つ……雪乃に勝って同じ土俵に立たなきゃ意味がないんだ……。

「あれって小町ちゃんじゃない?」

 雪乃にそう言われ、レジの方を向くと確かに小町がいた。

「……ほんとだな……とうとうあいつに彼氏が出来たか」

 レジの近くにいる小町の隣には同じ学校であろう男子生徒が立っており、外から見ての感想だが二人は楽しそうに見える。

 とうとうあいつにも男の匂いが付く時が来たか……でもそうなると親父がうるさくなるな。なんで小町には彼氏はいないなんてことを前提条件にしてるんだか……。

「そっか~。小町ちゃんも彼氏できたか~……あたしも早くしないと」

「ていうかなんでお前、うちの妹のこと知ってんだよ」

「へ? あ、え、えっと……小町ちゃんから聞いてない?」

 小町から……まず由比ヶ浜という名前すら出たことないぞ。

「いや、何も聞いてないけど」

「そっか…………」

 そう言ったきり、由比ヶ浜は白紙だった答案用紙に鉛筆を走らせていく。

 この前の廊下の時といい、今といい……知り合ったことないのに何故か俺のこと知ってたり、小町のこと知ってたりと不思議な奴だ……。

 



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第十三話

今日は2話更新で行きます


 翌日の休み時間はいつも以上に騒がしい気がした。まぁ、それも仕方がない。昨日の終わりのHRで先生が言っていた職業体験のグループ決めが明後日にあるので連中は誰と行くか、そしてそいつらとどこへ行くかでさっきからキャッキャウフフ、ワイワイガヤガヤと楽しそうに喋っているが俺からすればそんなことはどうでもいいのだ。

 ボッチであるがゆえにグループ決めなどでは一件、不利のように思われるがそれは誤りだ。コミュ障でもない限り、すでに出来上がっている影の薄いグループに混ぜてもらえばあとは自由行動のようなもので誰とも喋らずに行動ができるのだ。これこそボッチの特性……今回ばかりは雪乃とは別行動だがな。あいつのことだからどっかの研究職かシンクタンクにでも見学に行くだろう。俺としては家事ヘルプサービスを展開している業者さんに職業見学に行きたいのだが却下されてしまったのだ。平塚先生から又聞きした話ではなんでも職業体験の理念に反しているらしい。まったくふざけるなって話だ。少子高齢化、女性の社会進出が叫ばれている昨今では介護・家事においてしたくてもできないという状況が山ほどあり、それを手伝う業者が今、話題だというのに何が職業体験の理念に反するだ。反するどころか今最先端の職業だろ…………ハァ。行きたかったな~。家事ヘルプサービス。

「うぉ!? まじかっけぇ!」

 そんなデカい声が聞こえ、後ろを振り返ると長髪の戸部とか言うやつが後ろの方でゲームをしていた連中と肩を組んでゲーム画面をマジマジと見ていた。

「すげえじゃん! 俺もこれやってるけどなかなかこれ落ちねえんだよな! ちょっと見せてくんね!?」

「う、うん」

 若干嫌そうな顔をしながらも戸部にゲーム機を貸す名も知らぬ男子。

 戸部はガチャガチャとゲーム機を弄り、時折すげぇとかの声を上げるが満足したのか礼を言ってその男子にゲーム機をすぐに返してまた隼人を中心としたリア充お話しグループの中へと戻る。

 いるよなあぁいうやつ。ろくに喋ったこともないのに共通の話題を見つけたらまるで長年の友達の様に喋りかけてくる奴。俺もああいうやつは嫌いだ。戸部はそれが少し強すぎる。まぁ、それが良いっていうやつもいるんだろうけど俺は大嫌いだ。

「比企谷君。おはよ」

「…………癒される」

「え?」

「あ、いやおはよう」

 戸塚が満面の笑みを浮かべながら挨拶をしてくれた瞬間、さっきまで俺の中にあったイライラが一瞬にして浄化され、さらに気分が高揚してくる。

 本当にこの子は何なんだろうか……まさか天使の生まれ変わりとかかな? いや~でもほんと……癒されるわ。

 あのテニスの一件以来、ちょくちょく戸塚が話しかけてくれるようになった。これで教室の奴らの名前を知っている人数は隼人、由比ヶ浜、戸塚の3人になったわけだが戸塚は友達ポジションではない。では何か。

 癒しを提供してくれる天子様だよ。アーメン。

「比企谷君は職業体験どこ行くか決めた?」

「いいや、まだ。1回提出したけど何故か拒否られた」

「どこ書いたの」

「家事ヘルプサービス業者」

「……ようはお手伝いさんってこと?」

 そう言いながら小首を傾げる戸塚の姿はまさしくチワワ、いや子猫と言った小動物のような可愛さがある。何とも不思議だ。これが俗にいう癒し系か。癒し系なのか!?

「まぁ、そんなとこ」

「そうなんだ……もしかしてもう行く人とか決まってる?」

「いや、それもまだ。適当なところに潜りこんで現地で自由に行動するつもり」

「それだったら……僕と一緒にならない?」

 その言葉の威力はまさにメガトン、いやギガトンパンチにも匹敵するほどの威力で今まで抱えてきた俺のイライラなどが一瞬にしてすべて浄化され、もう天国の昇天する勢いで俺の体が清く美しくなっていく。

 ……神様天使様戸塚様! アーメンアーメンナンマイダー!

「お、おう。班一緒に組むか」

「うん!」

 あぁー! 神様、この前は憎み口叩いてごめんなさい! こんな癒し製造機である戸塚彩加様を生み出した貴方のご功績、いやご両親を生み出してくださった、いや戸塚家の祖先を生み出してくれたご功績は一生この男・比企谷八幡の胸に刻み込み、一生! 永遠に受け継いで色褪せぬようにすることをここに誓いまする!

 なんだろうな……ほんと雪乃とは違うまた違う形のの愛が……ゲフンゲフン。

「あ、そういえば」

「どした」

「雪ノ下さんと比企谷君って幼馴染なの?」

「まぁ、そうだけど。それがどうかしたか?」

「ううん。互いに下の名前で呼び合ってたから仲いいんだなって」

 ……そう言えばいつ頃から下の名前で呼び合いだしたんだっけ……なんか気づいたら互いに下の名前で呼び合ってたよな。

「雪ノ下さんってどんな人だったの?」

「知りたいのか?」

「あんまり雪ノ下さんの話しって聞かないからどんな人なのかなって」

 まぁ、当たり障りのない部分なら大丈夫だろう。

「雪乃ってさ今は学年トップの成績だけど実は小学校の頃は俺の方が頭良かったんだぜ?」

「へ~そうなんだ」

「昔はよく遊んだもんだ。案外、あぁ見えて虫とかには驚いてたけどな。目の前にカブトムシとか飛んできたらキャッ! とか言って俺に抱き付いてきたり、猫を見かけたらたとえそれがどんな状況であっても中断して猫の頭を撫でにいったりしてたな。その時のあいつのにやけた顔もまた可愛いんだよ。あとあいつ、猫は好きなのに犬は嫌いなんだよな。犬が近づいてきたら俺の後ろとかに隠れたりしてまぁ、またそこが可愛かったんだけど。イタズラで犬の近づけたりしたらプンスカ怒ったりしててさ。またその表情も」

「あ、あの比企谷君?」

「あとジェットコースターとかに乗った時さ、隣にいる俺の手をギュッと握ってきたりしてそれもまた可愛いんだよ。クールに見えるけど実は意外と怖がりな部分もあったりするんだけどまたそこが良いんだよな。あと料理がめちゃくちゃ美味い。下手したら店でも出せるんじゃないかって言う位に美味くてさ。大体、その時はお代わりは2回以上はするな。特にパエリアが美味くて」

「…………ふふっ」

「ど、どした」

「いやね。比企谷君って雪ノ下さんのことが本当に好きなんだなって」

 そう言われた瞬間、さっきまで喋っていたことが何故か急にフラッシュバックし、恥ずかしくなってきて自分でも顔が赤くなっているのが分かるし、汗もかいてきた。

 し、しまった……ついマシンガントークしてしまった。は、恥ずかしい!

「い、今の話は内密で」

「えーどうしよっかな~」

 戸塚はそう言いながら小悪魔的な笑みを俺に向けてくる。

「ふふっ。冗談だよ。僕と八幡の秘密」

 ウインクをしながら唇の近くで人差し指を立てて秘密と言ってくる戸塚の姿にもう限界突破してしまった。

 あぁ、マジで神様のご功績は偉大だ。南無阿弥陀仏、アーメンアーメン!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、いつものメンバーで部室に集まっていた。

 俺の隣に雪乃が座り、それをジト目で見てくる由比ヶ浜が目の前に座り、携帯をポチポチ、俺はそんなジト目を華麗なるスルースキルで回避しながら以前から読み続けている外国語の本を読んでいる。雪乃と一緒に。

「にしても……誰も来ないね」

「行列ができるほど並ばれてもこの学校ヤバいだろ」

「そうだけどさー。やっぱり思春期だから悩み多いじゃん?」

「お前とは違うってことだよ」

「それどういうことだし!」

 いや、むしろ由比ヶ浜は悩みが無さすぎるのかもな。

「でも思春期と呼ばれる期間であるがゆえの悩みを見ず知らずの人に打ち明ける人もいないでしょう」

「そりゃそうだけどさ~。もっとこうドーンって感じでやりたいっていうか」

「意味わからん」

 やはり由比ヶ浜結衣はアホである。だがそのアホは可愛いなどという言葉の範囲内なので特にイラつくこともないがやはり少し鼻につく。

 相変わらず由比ヶ浜のマシンガントークに雪乃はタジタジになりながらも一つ一つ対応しているがその表情はどこか楽しそうだ。

 ……やっぱり雪乃は笑っている方が良い。それが表情に出ていないとしても長年ずっと一緒にいる俺は分かる。今この瞬間、雪乃は笑っているのだと。

 だが…………俺は雪乃を笑わせてやるほど何かを出来ているのだろうか。いつも雪乃にしてもらってばっかりではないだろうか。基本的に俺から雪乃にしてやれることなんてものは無い。大体はあいつが1人で手に入れるからな。なら俺には何ができる。由比ヶ浜の様に雪乃を笑わせる魅力があるわけでもないし、隼人の様にキャッシュを数多く持っているわけでもない。そこら辺にいる少し頭が良いだけの学生だ。

 結論を言おう。俺は彼女の傍にいるにはあまりにも平凡ではないだろうか。

「ところでゆきのんは職業体験どこ行くの?」

「私は研究機関かシンクタンクかしら」

「し、しんくたんく?」

 平凡であるがゆえに俺は色々と変わろうとしたさ。バイトやお洒落とかな。でもどれもこれもすぐに燃え尽きてしまい、1か月以上続いたことは無い。

 バイトは働き始めた当初はよかったが後々、職場関係が悪化したことで辞めたし、オシャレはさっぱり分からなかったのでその日で終わった。勉強だって頑張っているけど雪乃に高校生になってからは一度も勝てていない。

 ならば運動ならどうだと思い、部活は体験入部はした。それが一番長く続いたな。2週間ほど続いたが2週間もしていると昔習ったこととかをだんだん思い出してきて新入生と3年生による紅白試合みたいなもので先輩に圧勝してしまったことから人間関係が悪化して速攻で辞めた。

 結局のところ、俺はその程度の人間でしかないんだ。人間は変われない。底辺で生まれた人間はずっと死ぬまで底辺なんだ。

 …………だったらどうすれば俺は雪乃の隣にいても彼女に何の迷惑もかけない奴になれるのだろうか。ボッチの俺がそんな奴になれるのだろうか。変わろうとして変われなかった俺が最後に出来ることは…………。

「八幡?」

「っ! おわぁ!」

 声をかけられ、我に返るとすぐ近くに雪乃の顔があり、驚きのあまりイスから転げ落ちてしまった。

「大丈夫? どこか具合でも」

「あ、いや大丈夫だ。ちょっと考えことしてただけだ」

「大丈夫? ヒッキー」

「あ、あぁ。まあな」

 考えすぎてたか……ふぅ。

 そんなことを考えているとドアがノックされた。



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第十四話

 ドアがノックされて部室内に入ってきた奴はイケメンで茶髪にゆるくあてられたピンパーマにオシャレなフレームの眼鏡をかけ、部活終わりなのかエナメルバッグを肩から下げているイケメン男子生徒。

 頭が上がらない人物の1人であり、雪乃に続く俺のもう1人の幼馴染であるスクールカースト堂々の1位を保守し続けている葉山隼人が入ってきた。

「こんな時間に悪い。試験前だってことで中々部活を抜けさせてくれなくてさ」

「釈明はいいってーの。ちゃちゃっと用件言えよ」

「相変わらず八幡はつれないな」

「生憎これが俺なんだよ。バーカ」

「え? え? ヒッキーって隼人君とも仲良いの?」

「八幡とはかれこれ小学校からの付き合いだよ」

「人はそれを腐れ縁という」

 そう言うと隼人は乾いた笑みを浮かべながら俺の方を見てくる。

 周りから見れば変な感じに見えるだろうがこれが昔からの俺達の挨拶みたいなもんだ。まぁ、いわゆるなれた仲だからこその空気ってやつだ。実際にこいつと付き合いが長いおかけで大体はアイコンタクトで分かるという腐女子の格好のネタのような能力までつけてしまったからな。

「で、用件は?」

「あ、そうそう。平塚先生から悩みを相談するならここが良いって聞いてさ。これなんだけど」

 そう言い、隼人はポケットから携帯を取り出してカチカチッと素早くボタンを押して俺たちの方に見せると画面にはある一通のメールが表示されていた。

『戸部は稲毛のカラーギャングの仲間でゲーセンで西高狩りをしていた。中学生から金を巻き上げ、寄越さなかったらボコボコにする屑。見つかってないだけで実は万引きをかなりしている』

「あ、これ」

 どうやらこの前、由比ヶ浜が言っていたチェーンメールとやらがこれらしい。

 ていうかかなり個人的過ぎるな……下手したらこれ警察沙汰にもなりえるんじゃないのか?

 チェーンメールの対処の方法はいくつかあるけどこの場合は素直に先生に話して大人に対策をしてもらった方が良いと思うけど平塚先生にここを進められたってことはもう先生たちが知ってるってことだろう。

 ただチェーンメールの大本を突き止めるのはかなり難しい。最初は2人に送ったとしてもその2人からドンドン枝分かれしていくからな。

「で、お前が望む最終ゴールは?」

「できればチェーンメールを送った奴を探し出して送らない様に言いたいんだけどそれは難しいと思うから戸部の疑惑を晴らしたい」

 疑惑を払拭することほど難しいことは無い。ご近所さんとかならまだしも今回の舞台は総武高校全体と言っても過言じゃない。

「つまり事態が最悪な方向へ行く前に収束させたいと言う事かしら」

「そうなる。頼めるかな? 俺も手伝う」

 雪乃は少し考える素振りを見せ、口を開く。

「そうね。チェーンメールは人の尊厳を踏みにじる最低な行為。その大本さえ叩けばいい話よ。ねえ、八幡」

「そうだけど難しいんじゃねえの? 大本の特定って」

 まぁ、俺の隣にいる雪のお嬢様はそれを成し遂げたんだがな。リアルにどうやって成し遂げたんだ……多分、あの最高峰の頭脳を駆使して見つけ出したんだろうな……でも俺だってあの時の様にもう幼くはない。雪乃がやるといった以上は俺も頭脳を働かせねばな。

「そうね。でも今回は至極簡単よ。犯人は八幡のクラスにいるわ」

「え、なんで? 他のクラスかもしれないじゃん」

「他のクラスの奴が顔も知らない他クラスの奴1人をピンポイントで誹謗中傷のチェーンメール送るか? 普通、チェーンメールってある程度そいつのこと知ってないと送らないだろ」

「それもそっか」

 恐らく雪乃の言う通り、今回の首謀者は俺と同じクラスの奴だろう。ここまでひどく戸部個人のことを書き連ねるほど戸部のことを憎んでいるってことは相当なことだろうし、ある程度は交流のある奴だろう。

 ただ戸部は誰かを苛めるような奴ではないのは確かだ。ズカズカと入ってくる点を除けばそこらへんにる普通の男子高校生と何ら変わらない。

「その戸部君とか言う人の印象を教えてくれるかしら」

「あぁ。戸部は俺と同じサッカー部なんだ。金髪で一見怖そうに見えるけど実はいい奴でグループとかで一緒になると盛り上げてくれるムードメーカーだな。文化祭とか体育祭で盛り上げてくれる良い奴だよ」

「そう……じゃあその戸部君の嫌なところは? もしくは鬱陶しいと思う所など」

 雪乃の次なる質問に爽やかな笑みを浮かべていた隼人の顔から笑みが消え、驚いたような表情をしながら雪乃のことをじっと見る。

「え、えっと一応聞くけど何でそんな事」

「簡単な話よ。チェーンメールのつるし上げに選ばれると言う事は彼のことを鬱陶しいと思っている人が少なからずいると言う事。つまり彼にはそう思わせる一面があると言う事よ」

 表があれば裏があるように良い顔をしている裏には必ずと言っていいほど悪い顔がある。この世界に良い顔だけしかない人間しかいないのならば雪乃のような正直者が生きにくい世界にはなっていない。悪い顔を持っている奴がいるから生きにくい世界になっているんだ。

 そんなことなど考えたこともないのか隼人は言い出せずにいた。

「どうしたの? 早く言ってくれないと対策は打てないわよ」

「あ、あぁ…………」

 普通なら友達の裏の顔なんてものは考えない。こんな質問をされて答えられる方がおかしい。

「由比ヶ浜さんは?」

「あ、あたし? ん~。あたしは戸部っちと一緒にいてそんなこと思ったことないかな~」

「そう……八幡は?」

「あいつと喋ったことはないが外から見てる限りではズカズカ入り込んでくるところが俺は嫌いだ。良いように言えばだれとでも隔たりなく接することができるんだろうけど悪いように言えば入ってほしくないところまで平気で入ってくる」

 隼人の表情はあまり良いものじゃないが自分でも気づいていたのか俺の言ったことに何か言い分をしようという風には見えないし、由比ヶ浜も何も言ってこない。

「つまり空気を読めないと言う事ね」

「まぁ、そうなる」

 ただ1つ解せないのはチェーンメールの送り主はそこまで戸部に憎しみを抱いているのかと言う事だ。確かに戸部はズカズカ入ってくる鬱陶しい奴だが少なくともメールに書かれているような屑なことはしない男だ。

 もしも真実ならば隼人がそんな奴と友達になるはずがないしな。

「犯人を捜すということなのだけれど……どうしましょうか」

「とりあえず同じクラスの俺達が様子を見るしかないな」

「そうだな……」

 隼人の表情は少し暗い。

 誰だって同じクラスの連中を疑いたくないものさ……でも、時にそれは首謀者からすれば都合のいい性質になってしまうことだってある。

「そんなに長くは日は設けられないわね」

「1日か2日ってところか」

「あ、あたしはどうすればいいかな?」

「とりあえず由比ヶ浜さんは軽く探りを入れる程度でいいと思うわ」

「うん、分かった」

 ふと、時計を見てみると既に最終下校時刻を5分ほど超えている。

「今日はこの辺で終わりね」

「あぁ、ごめんな。こんな遅い時間に来て」

 隼人はそう言うとエナメルバッグを肩にかけ、そのまま部室から出ていき、俺達も鍵を返して由比ヶ浜はバス、俺と雪乃は自転車に2人乗りで家路へと着く。

 もう恒例となってしまったこの2人乗り。腰回りに感じる温もりのことを考えるたびに自然と口角が上がってしまう。

 俺も末期症状だな…………早く、雪乃の隣に立てるくらいに俺も変わらねえと……。

「ねえ、八幡」

「ん?」

「八幡のチェーンメールが回った時のこと覚えてる?」

 忘れるはずがない。俺は持っていなかったが他の連中の大半は子供ケータイなるものを持っており、そいつらを中心にして俺を誹謗中傷するそれはまあ酷いチェーンメールが出回ったらしい。実名はもちろんどこのクラスか、出席番号は何番と全て出たらしい。クズだの死ねだの悪魔だのと小学生らしいものだったらしい。

 それでそのメールがたまたま何かの手違いで雪乃のもとにも届いたらしい。

「あぁ、覚えてる。それがどうした?」

「今回、私はクラスが違うから何もできない……だから八幡にアドバイス。放火魔の特徴って知ってるかしら」

「確かあれだろ。ただの野次馬は燃えているものを見てるけど放火魔は野次馬を見てるってやつだろ」

「そう。それがチェーンメールにも当てはまるの。私はそれを拡張して大本を見つけ出したの」

 ……マジでこいつ、将来プロファイリングの専門家としてテレビにでも出るんじゃねえの? それによくそんな事気づけたな。

「すげえな。よくそんな事気づいたな」

「八幡の為だもの」

 そう言い、ギュッと後ろから俺を抱きしめるように力を入れる雪乃。

 …………俺は雪乃にどれだけ迷惑をかければいいんだか。



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第十五話

 翌日の1時間目と2時間目の休み時間、俺は怪しまれない程度に目線をキョロキョロと動かし、教室の連中の様子を伺っていた。

 教室は普段と同じような雰囲気だがどこか、嫌な空気が漂っている。この空気は小学生の時に毎日、嫌というほど感じ、嗅いだ匂いだ。

 恐怖……端的に言い表せばそんな空気がフワフワと風船の様に教室を漂っている。戸部のことを知っている隼人グループの連中はいつも通りだが戸部をうるさい奴としか認識していない他の連中の視線は一瞬だけ戸部に向けられると何事もなかったかのように元に戻る。

 人は恐怖を抱いている対象が近くにいればそっちの方を向いてしまうという面白い性質がある。ヤンキーに絡まれた時、やけに奴らと目が合うのはその所為だ。いわゆる怖いもの見たさだな。

 俺は昨日の雪乃のアドバイスを頭に置き、クラスの連中の顔を1人1人確かめていく。

 …………つっても全員、同じような顔してるけどな。

「ヒッキー♪」

「あ?」

 やけに上機嫌の由比ヶ浜が俺のところにやってくる。

「凄い情報手に入れちゃった」

「…………」

「ちょっと、その疑いの眼差しは何なの!?」

「いや、悪い。ついな」

「ついって酷くない? まぁ、いいや」

 いいんかい。

「あのチェーンメールあるじゃん。実はさ、送られてきたメルアドが2つあったの!」

「…………ほ~。それは凄いな~」

「あ、あれ? 微妙な感じ?」

 特に凄い情報でもないな…………待てよ。

「そのメルアドの送り主なんてわからないよな」

「そりゃね。知らないメルアドがから来たし」

 ……知らないメルアドから来たってことは送ってきた奴はこのクラスのほとんどの奴らの連絡先を知ってるってことなのか? 今更、高校生にもなって面白半分でチェーンメールを他人に送る奴なんていないだろうし、そもそも知らないメルアドから来たら大体は削除するよな……。

「なあ、1つ聞いていいか」

「いいよ」

「その……メルアドとかって教室の連中で交換とかしたのか?」

「全員じゃないけどあたしはほとんどの人と交換したけど……ヒッキー以外は」

 まあな。ていうかメルアドなんて連絡帳に数件しか入ってないし、親と小町と雪乃のメルアドさえ知っておけばこの人生、生きていけるも同然だ。ボッチの俺はな。

「だ、だからさ……そ、そのヒッキーのアドレス教えてほしいなっていうか知りたいっていうか」

 由比ヶ浜は恥ずかしそうに頬を少し赤くし、モジモジしながらそう言ってきたのでポケットからスマホを取り出し、俺のメルアドを画面に表示させて由比ヶ浜に渡した。

「ほれ。これが俺のアドレス」

「オ、オッケー!」

 由比ヶ浜は俺からスマホを受け取ると嬉々とした表情で慣れた手つきで指を動かしてボタンを押していく。

 ほとんどのメアド知ってるって利点何もないだろ。間違って女友達に送るはずのコテコテの絵文字だらけのメールを男子にまちがって送信したなんてこと起きた時には恥ずかしくて悶えるぞ。ソースは俺。

 中学の時、奇跡的にメアドを女子と交換したのだがそのまま1回もメールせずに放置していたんだよ。そしたらちょうどその子の名前が”か”から始まる子だったんだ。んで今までか行には小町しかなかったから勘違いしてイタズラ用の恥かしいメールを…………送っちゃったんだよな、これが。いや~女子って怖いね! 次の日には噂になっちゃった! ちなみに全文は思い出すのさえ恥ずかしい。

 それにしても……。

「お前の携帯凄いな。トラックかよ」

「なんで? 可愛いじゃん」

 コテコテのデコレーション装飾に加えてジャラジャラぬいぐるみストラップつけているせいでやけに重そうに感じる。

「完了!」

 そう言われ、スマホを返されると画面に☆☆ゆい☆☆とどう見てもスパムメールのタイトルにしか見えない名前が連絡帳の一番上に表示されている。

 ……ミスって削除しそうだ。

「これでこのクラスのメアドコンプしちゃった」

「…………ちょ、たんま。お前なんて言った」

「へ? だからこのクラスのメアドコンプしちゃったって」

 メアドのコンプ…………確かチェーンメールの送られてきたアドレスは登録されていないメルアド……。

「由比ヶ浜。そのチェーンメール、見せてくれないか」

「え、うん。いいけど」

 由比ヶ浜からやけに重い携帯を預かり、送られてきたチェーンメールの最後の部分を見てみる。

 …………少なくともフリーメールじゃないな……ふっ。伊達に雪乃を目指して勉強してきてないな。

「由比ヶ浜」

「どったの?」

「少し頼みたいことがある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その翌日の放課後、俺達奉仕部のメンバーに加えて隼人の4人は下駄箱でターゲットの男子がやってくるのをじっと待っていた。

 昨日由比ヶ浜に頼んだことはチェーンメールが来たらメーリングリストでクラスの連中全員に空メールを打ってくれというもの。これをやった時にメーラー・ダエモンさんとかいう外国人からメールが来たやつさえつかんでしまえばこれで推理ごっこは終了だ。

「にしても良く思いついたよね~。あたしこんなの思いつかなかった」

「今回はたまたま運が良かったんだよ。フリーメールを使われていたら枝分かれするメールの道筋をたどんなきゃいけなかったからな」

 まぁ、今回は首謀者の知識が足りなかったというわけだ……お、来たな。

 そんなことを考えていると階段から2人の男子が降りてきたので俺と隼人がそいつらの前に立つとえらい不思議そうな顔をして俺の方を見てくる。

「ちょっといいかな」

「え、えっと葉山君だっけ? 何か用かな?」

 おい、俺の名前は……って知らないか。

「まあね……単刀直入に言うよ……もうチェーンメール送るのは止めてくれないか」

 隼人がそう言うと一瞬、2人は眉をひくつかせる。

「チェ、チェーンメール? なんのことだよ」

「俺たちそんなの知らないんだけど」

 まぁ、そりゃそうだ。知らないアドレスから来れば大抵は内容も見ずに削除する。

「あのさぁ……別に証拠もなしに言ってるわけじゃねえんだよ。こっちは証拠があるからそう言ってんの」

「はぁ? 何言ってんのお前」

 おい、さっきまでの隼人に対するしおらしい態度はどこへ消えた。なんで俺にだけそんな余裕というか高圧的な態度に変わるんですかねぇ。まぁ良いや。どうせそんなもんだし。

「お前ら今日さ。俺から空メール着た?」

「はぁ? 空メール?」

 鬱陶しそうな感じでそう言いながらも2人はポケットから携帯を取り出して確認する。

「着てねえけど」

「それがなんなの? 俺ら早く帰りたいんだけど」

「あ、そう。着てないのか…………実はさ、今日もチェーンメール着たんだけど実はその時にクラス全員に空メール送ったわけよ。ほとんどの奴から返信が来たんだけど……お前ら2人だけ返信帰ってきてないんだよね」

「だからなに?」

 まだ気づいてないのか……それとも気づいていないふりをして俺達を誤魔化そうとしているのか。

「だからさ……なんでお前らだけエラーで返ってきたんだろうなって話なんだよ。他の奴らからは返信が返ってきたのになんでお前らだけ返ってこないのか……答えは簡単だ。お前らがチェーンメール送る時にその時だけ、メアドを変えたんだ。だからお前たちだけエラーで返ってきたんだ」

「は、はぁ? 何言ってんのお前。バカじゃねえの。そんなので俺達がチェーンメール送ったっていう証拠にはなんねえじゃん。なんなら送信履歴でも見るか?」

「んなもん削除してるだろ。でも確かめる方法は1つだけある……今ここでお前たちにメール送ってメールが受信されなかったらこっち側のミスだ。でも……お前たちに届いたら……分かるよな?」

 届いた場合、何故送った時間帯だけメールアドレスが違うと言う事でエラー返信が返ってきたのかという不審点が残り、こいつらが犯人であると一気に近づく。

 連絡帳を開き、あらかじめこいつらの名前に変更してある由比ヶ浜宛のメールアドレスに空メールを送る準備をし、こいつらに画面を見せる。

「じゃあ、今から空メール送るわ」

「も、もしも違ったらどうすんだよ」

「違ったら? 土下座でも何でもしてやるよ」

 そう言い、送信ボタンを押すとメールが送られている様子が画面に表示され、その数秒後に俺のでも隼人のでもない着信音が鳴り響く。

 その瞬間、2人の表情が一気に絶望の色に変化した。

「今送ったら無事に届いた……じゃあなんでチェーンメールが来てすぐはお前達に届かなかったんだろうな」

「どうしてあんな戸部を貶めるようなことを送ったんだ」

 2人にそう尋ねる隼人の声は低く、表情は普段通りだけど纏っている雰囲気は明らかに怒りの色に染まっている。

「そ、それは…………」

 俺的にいちいち入ってくる戸部が鬱陶しかったんだろう。確かに馴れ馴れしい戸部の性格もあれだけどそんな理由だけでこんな屑みたいなチェーンメールを送る方がもっとあれだ。

 もう俺達は高校生なんだし。

 2人の様子を見て隼人は小さくため息をつく。

「もうこんなことは止めてくれ。戸部に文句があるんだったらこんな卑怯な手なんて使わずに他のやり方で戸部にそれを伝えてほしい。確かにあいつはちょっと馴れ馴れしいとこがあるけど君たちがチェーンメールで書き連ねたような最低なことはしない。戸部には俺から言っておくから…………もうこんなことは本当に止めてくれ」

 吐き出すようにそう言う隼人の声は本当に心の底から言っているように聞こえる……いや、言っているんだろう。過去の出来事で散々、チェーンメールっていうやつの最悪な面を見てきたからな。雪乃の言う通り、チェーンメールなんてものはそいつの尊厳を踏みつぶすもの…………。

「ごめん……」

「悪かった……」

 そう言うと2人は頭を軽く下げる。

「分かってくれたらそれでいいんだ…………でも、もしも今度こんなことをやったら……その時は容赦しない」

 悲しそうな声から一転、怒りに塗れた声と表情をしながら隼人は2人に突き刺した。

 2人はもう一度、頭を下げるとそそくさとこの場から去っていった。

「ふぅ…………」

「てっきり一発でも殴るかと思ったけどな」

「殴らないよ…………手をあげたらそいつらと一緒になる」

「あっそ」

「助かったよ、八幡」

「俺よりもクラス全員とメアド交換した由比ヶ浜に言えよ」

 そう言うと下駄箱の陰に隠れていた雪乃と由比ヶ浜が出てきた。

 今回の一番の功労者は由比ヶ浜であるといっても過言じゃない。由比ヶ浜が全員とメアドを交換していなかったらこんな短時間でスピード解決なんてできなかったしな。

「結衣、ありがとな」

「う、ううん! あたしは別にメールしか送ってないし! この案を考えたヒッキーの方が」

「由比ヶ浜さん。そこは素直に受け取っておきなさい」

 雪乃にそう言われ、由比ヶ浜は恥ずかしそうにしながらも隼人のお礼を受け取った。

「やっとスッキリしたよ……あ、そうだ。八幡」

「あ?」

「俺まだ班組めてないからよかったら組まないか?」

「マジか……別にいいけど」

「ありがと。じゃ、また明日」

 そう言い、隼人はイケメン爽やかスマイルを浮かべながらこの場から去っていった。

「じゃああたしたちも帰ろっか」

「そうね……由比ヶ浜さん、先に帰っててくれないかしら。部室の鍵は後で私が返しておくから」

「オッケー! じゃあまた明日! ゆきのん! ヒッキー!」

 由比ヶ浜は笑顔を浮かべながら小走りで部室へカバンを取りに行った。

「じゃ、俺たちも帰るか」

「……八幡」

 雪乃に呼ばれ、振り返った瞬間、彼女に突然抱き付かれた。

 …………な、な、な、なななななななんだいきなり!? ていうかここまだ学校だからこんな格好、誰かに見られたら雪乃にまたマイナスな噂が!

「ど、どうしたんだよ」

「…………八幡。どうして貴方はそうやって自分を犠牲にしようとするの?」

「…………」

「あの時はちゃんとメールが受信されたからよかったけれどもしも由比ヶ浜さんの携帯に不具合が起きてメールが送れなかったとしたら……貴方は彼らに土下座したでしょ。それで彼らの笑いのネタになっていた……いくら失敗しない自信があるからって……自分を犠牲にしようとしないで」

 …………俺はあの時、雪乃と自分を犠牲にして誰かを救うのはもう止めると約束した……それなのに俺はまたいつもの癖で自分を引き合いに出してしまった……。

「悪かった…………お前との約束破って」

 そう言いながら俺は雪乃の頭を軽くポンポンと叩きながら撫でる。

「今回は結果的によかったから許すわ…………でも」

「お、おい」

 いきなり雪乃が顔を上げたかと思えばその白くて綺麗な手で俺の顔を包み込むとまるでキスするかのように顔を近づけ、鼻が当たる距離で話す。

「今度やったら…………八幡の教室で一緒にお昼ご飯を食べるわ」

 …………こいつ、もしかして気づいてるのか……俺が評判を気にしてること……。

「あぁ、分かった……もう自分を引き合いに出したりなんかしない。約束する」

「そう……約束よ、八幡」

 至近距離からの雪乃の笑みを食らい、俺の心臓はまた心筋梗塞一歩手前まで行ったのだった。



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第十六話

 テストも目前に迫ったある日の休み時間、俺は教室で自分でまとめたテスト用のノートをペラペラと見て公式や問題などの解き方や導き方などを掘り起し、その横に開いてあるチャート式問題集を見て頭の中で問題を解き、それが終わったら答え合わせをする。こんな感じで物理や化学、数学などの理系科目はいつも高得点取れてるし、文系科目、特に英語は雪乃と一緒に英語の本を読むためにと必死に勉強したため、そして国語は小説ばっかり読んでるので自然とできるようになったし、社会系の科目は暗記ゲーだから授業で習ったその日に暗記した。

 これで準備は万端……あとはテストで全力を出すだけ……だが一番不安なのは社会系だな。どうしても暗記だからド忘れと言う事が怖い……念入りにチェックせねば。

「ねえ」

「あ?」

 声をかけられ、顔を上げると青みがかった黒髪をシュシュで一つにまとめ、スカートは少し短めでリボンもつけないで胸元が見えている冷めた表情の女子が横に立っていた。

 雪乃とはまた違う冷たさだな。あいつは冷静でこいつは冷めている。

「あんたさ、比企谷だよね」

「……どっかでお会いしましたっけ?」

 待て待て。女子の知り合いなどこの学校ではまだ雪乃と由比ヶ浜位しかいないぞ。故に喋りかけてきているこいつのことは知らない。証明終了!

「うちの弟があんたの妹と学校同じなだけ。よく話してるの聞いてるし」

 …………ま、まさかあの時小町と一緒にいたどこの馬の骨とも知らない男の姉貴か!? まさか小町がそいつと結婚したらこいつと俺が……ないわな。そんなことしたら小町LOVEのおやじが絶望してピキピキヒビが全身に入って怪物生み出すわ。

「へ、へぇ~」

「何あんた汗かいてんの……まぁ、いいや。ところであんたバイトとかしてんの」

「いきなりなんだよ」

「うちのバイト今、人数不足だし忙しい時期だから短期のバイトしてくれる奴探してるんだけど」

「あっそ……で、なんで俺?」

「あんた1人だし」

 そう言われ、一瞬胸がチクッとした。

 こいつ、初対面で初めて喋る人間相手によく「お前、ボッチだよね? ギャハハハ!」みたいなこと言えるな。俺、悲しくて泣いちゃうぞ。えーん……気持ち悪。

「今はやる気ねえけど」

「そう……まぁ、気が向いたら言ってよ」

 そう言い、その女子は俺から去っていくと椅子に座って頬杖をつき、窓の外をボーっと見る。

 バイトか……短期のバイトなら小遣い稼ぎにはいいかもな……。

「ヒッキ~」

「な、なんだよ」

 今にも泣きそうな勢いで目をウルウルさせた由比ヶ浜が後ろから俺の肩を掴んできた。

 何でリア充共は気楽にボディタッチをしてくるのかね……待てよ、雪乃も気楽にボディータッチしてくるからリア充共じゃないな……どうでもいいや。

「テストがやばい~」

「知らねえよ。雪乃に勉強見てもらってんだろ」

「そうなんだけど間に合わないかもしれないの! だからヒッキーも手伝って!」

 なんで俺が由比ヶ浜のテスト勉強を手伝わねばならんのだ。

「やだ」

「ケチ! ケチッキー!」

 ケチとヒッキーをフュージョンさせるなよ。

「とりあえずヒッキーも勉強会に集合!」

「まぁとりあえず勉強会にはいくけど」

 もう1週間前に突入したから部活も休みだし。

 チャイムが鳴り、由比ヶ浜が自分の席に戻ると同時に入り口から先生が入ってきて授業が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あっという間に授業は終わり、俺達奉仕部の面子は前回の勉強会と同じ会場であるファミレスに来て勉強会を行っていた。

 にしてもなんでテストが終わってすぐにあるテスト返却の日に職業体験なんか入れるかねぇ。テスト終わった後くらいゆっくり休ませてくれよって話だ。

 結局、俺は隼人と戸塚で職業体験に行くことになったんだが隼人がいるところに女子ありという格言通りに隼人の班にドサドサッと女子が入ってきてクラスのほとんどの女子が入る大所帯になってしまった。

「由比ヶ浜さん。共通因数は次数が小さいもので括るのよ」

「共通因数って何?」

 大丈夫かよ、こいつの学力……よく県内有数と言われている進学校である総武高校に入学できたな……まさか由比ヶ浜の家は実は暴力団で裏口入学……なんてことはないか。

 前回と同じように雪乃が由比ヶ浜に勉強を教え、俺は自分でまとめたノートを見て最終調整をする。

 ちなみに雪乃が理系担当で俺が文系担当という具合に分けている。

 流石に雪乃も復習程度はしなければいけないだろうという俺の考えからこうやったんだが……リアルにこいつはいつ復習をしてるんだ。

 共通因数の説明が終わり、雪乃は疲れ切った表情だが由比ヶ浜はもっと疲れている。

「とりあえずここまでが今回のテスト範囲よ」

「お、終わったー!」

「お疲れさん」

 テーブルに突っ伏し、由比ヶ浜は背筋を伸ばすが何故か雪乃は俺にもたれ掛ってくる。

 いや、俺としては嬉しいんだけどさ…………今回こそ雪乃にテストで勝ってやる……そうすれば俺はまた雪乃に一歩近づけるんだ……よし。

「あ、お兄ちゃんだ~」

「小町……と彼氏」

「彼氏じゃないよ~。ただの友達だって」

 気合を入れ、勉強を再開させようとした時に小町の声が聞こえ、顔を上げると小町の隣には前に見かけた男子が立っており、俺に会釈をしてくる。

 なんだ彼氏じゃないのか……よかったなおやじ。絶望しないで済みそうだ……でも男子の顔初めてみたけど誰かに似てるな……誰だ?

「んん? あ、どうも~」

「やっはろ~」

 どうやら小町は由比ヶ浜と知り合いらしく挨拶をする。

 なんだ? なんで由比ヶ浜も小町も知り合いなんだ? いつから……まぁ、どうでもいいや。

「雪姉久しぶり!」

「ええ、久しぶりね小町ちゃん」

 リアルに雪乃と小町は俺に対して何かしらの秘密条約を結んでいる気がする。

「あ、ここ座りなよ」

「ありがとうございます~。大志君も」

「あ、はいっす」

 由比ヶ浜が席を詰め、その隣の小町が座り、またその隣に大志と言われた男子が座った。

「こちらは川崎大志君。小町と同じ中学校なのです」

「どうも川崎っす」

「実はさ、総武高校にお姉ちゃんがいるんだけど最近、不良化したらしくってその相談を受けてたの」

 そう言われ、ようやく似ている人が分かった。

 ……思い出したぞ。こいつ、今日突然俺に短期バイトしないかって誘ってきた女子にそっくりだ! それに弟が小町と同じ学校だって言ってたし、こいつで間違いないな。そうか、あいつ川崎っていうのか。でもあんまり不良っぽさは感じなかったけどな。

「へ~……で、なんでここにいんの」

「だ~か~ら~。大志君のお姉さんがどうやったら元に戻るかってのをお兄ちゃんに相談しに来たの!」

「そんなもん家族で話し合うしかないだろ」

「そうなんすけど母さんも父さんも共働きで忙しくて姉ちゃんのこと構ってやれないし、下に弟と妹もいるんでなかなかそんな家族会議っていうものが出来ないっていうか」

 なるほど。家族も多いし両親も共働きだからあまり川崎姉に構ってやることもできないと。

「それでどんなふうに変わったのかしら」

「最近はなんか朝帰りっていうか……両親に何してるんだって聞かれても何もないとか言ってケンカしだすし……姉ちゃん中学の頃は本当に真面目だったんっす。総武高校に行くくらいだから……でもなんか2年になってから急に変わったっていうか」

「でも高校生だったら夜遅くに帰ってくるのって普通なんじゃないの? あたしも夜遅いし」

「朝の5時とかなんす」

「夜じゃなくて朝だな」

 ていうか朝の5時に帰ってくるって彼氏でもできたんじゃねえの……でも総武高校に来るくらいに真面目だったらしいから急に2年生から不良になることもないか。

「それに姉ちゃん宛になんか変なとこから電話とかも来るんすよ」

「変なところって?」

「エンジェルなんとかっていう所からっす。それに店長とか言ってて」

「……それ明らかにバイト先の店だろ」

 でもそうなるとまた別の問題が出てくる。18歳未満は夜の10時以降はバイトのシフトは入れられない様になっていたはずだ。ということは川崎姉は年齢を詐称して働いていると言う事になる。

「俺もそうかなって考えたんすけどまだ姉ちゃん17だし」

「お前の家の事情聴かせてもらったけどそれが一番妥当だろ。兄妹も4人いて両親が共働き。高校生にもなったら自分の小遣いくらいは自分でって感じに思うだろうし」

「そうなんっすけど……だったら姉ちゃん、なんで親にも俺にも話さずにやってるんだってなるんすよ」

 まぁ、それもそうか……。

「家庭の事情……どこの家にもあるものね」

 そうボソッと呟いた雪乃の表情は今の大志以上に暗いものだった。

 ……俺は長年こいつと一緒にいるけど家族の深いことまでは知らない。姉がいて両親がいて親父さんが議員で会社の社長してて金持ちっていう事くらいしか知らない。その深いことを知っているのは隼人くらいだろう。

 …………待てよ……使えるな。川崎から短期バイトやらないかって言われてるし……。

「要するに何で家族に黙ってバイトしてるかってのを知りたいのか?」

「そうっす。あとできれば……夜遅くのバイトもやめてほしいというか」

「でも結構難しいんじゃない? バイトするときってお金欲しい時だし」

「え、そうなの?」

「……だからヒッキーはヒッキーじゃん」

「良いんですよ結衣さん。お兄ちゃん専業主夫になるし。ね、雪姉」

 小町がそう言うや否や雪乃は頬を少し赤くして俯く。

 その様子を見て俺も小町の言っていることをようやく理解し、同じように頬を少し赤くして視線を逸らす。

「んん! とにかくだ。大志の件、俺は受けても良いと思うけど」

「何か解決策のあてがあるの?」

「まぁ、あることはある……ただ、動き出すのはテスト終了後になるけど」

「それでも良いっす! よろしくお願いします!」



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第十七話

 ついにこの日がやってきた。

「ふぅ……睡眠時間は9時間とったし、復習した……あとは全力を出すのみ」

と息巻くのは良いがまだ時刻は朝の6時半。昨日、9時半に寝たのは良いが思いのほか早くに起きてしまい、ボーっとするのもあれなのでとりあえず今日の教科を復習する。

 大志と分かれた後、すぐに川崎姉に短期のバイトをするという旨のメールを送るとテスト終了後3日ほど入ってほしいと連絡があった。

 とりあえずその3日までに川崎姉の心情を聞きだして……いや、他人から聞かされるよりも本人から聞かされた方が良いかもな。

 ただ一応、俺なりの推測はたてた。大志が言うように中学までは真面目で進学校の総武高校に行くくらいの真面目な奴が高2になって急に不良化したと言う事は理由ありきなもの。

 多分……多分だが川崎姉は塾の費用を稼いでるんじゃないかと推測した。2年にもなれば教師からも進学の話が出てくるし、そういった広告なんかも多く投函されるから嫌でも目にする。それに仮に川崎姉が大学に進学したいと言う事で総武高校に来たのであれば辻褄は合う。

 そんなことを考えていると7時にアラーム設定したスマホがなった。

「7時か……もう起きただろ」

 部屋を出てリビングに向かう途中、凄まじい寝癖に半眼の我が妹・小町が洗面所の前でうつらうつらとしているのが見え、ちょっとイタズラ心が湧いた。

 グヘヘヘ……食らうがいい。

「ひゃぁぁ! な、何すんのお兄ちゃん!」

 冷凍庫から大急ぎで氷を取ってきて小町の首筋にピタッとくっつけると凄まじい勢いで目が覚めたらしく、半開きだった目は完全に開いた。

「どうだ。俺特製覚醒手術は」

「手術っていうかもう拷問だよ……あ~びっくりした」

「朝飯、作ってくれ」

「なんか会話だけ聞いたらニートだよね」

「悪かったな」

 リビングのソファにぐでっと座り、テレビをつけて適当なチャンネルにし、ニュースをボケーっとしながら小町が朝飯を作る音を耳に入れながらも見る。

「お兄ちゃん、大志君のお姉さんのこと大丈夫なの~?」

「どういう意味だよ」

「だってお兄ちゃん雪姉くらいしか接する人居ないからキョドるんじゃないの? やめてよ~。小町がバイトし始めた時にすでに有名なキョドり具合が噂になってるなんていやだからね」

「なんで俺とお前が同じ場所でバイトすることが前提なんだ」

 バイトなんてあんなの人間関係をうまく継続できるリア充みたいなやつにしかできないものであって俺みたいな人間関係をまともに築きあげれない奴がするべきものじゃない。

 ほんと最悪だった。なんで先輩面した年下にパシリにされなければならんのだ……いやね。社会に出たら……まぁ専業主夫希望だけど仮に社会に出たとしたらそりゃ年下の奴が上司なんてことは大いにあり得ると言う事はネットからもリアルからも情報が入ってくるからいいとしてもだ。なんで年下の奴にジュース買って来いとか飯買ってこいとか言われなきゃなんねえのかね。2日で辞めたわ…………まぁ、そこで辞めずにそいつ以上に働けたら何も問題はないんだろうけどさ。

「お兄ちゃ~ん。朝ごはんできたよ」

「ん、ありがと。いただきます」

 テーブルにつき、パンと卵を挟んだサンドイッチを食す。

「今日からテストなんだよね? 頑張ってね」

「どうも。お前の方こそテストいけんのかよ」

「小町はお兄ちゃんよりも評価が甘々だから大丈夫!」

 そんなどっかのペコちゃんみたいな顔で親指たてられても反応に困るわ。

「お前、まさか総武高校に来たいのも」

「そっ! お兄ちゃんの甘々な評価を受け継ぎたいのです。イージーモードが一番!」

 こいつ、絶対に俺以上に引きこもりニートになる確率が高いんじゃねえの。

 いやだぞ。兄妹揃ってご近所さんからひそひそ白い目で見られるのは……でもそう言えば何故かご近所さんからあまり俺に対しての評価はダメなものは聞かないよな……なんでだ?

「ところでさ」

「あ?」

「雪姉とはいつ結婚するの?」

「ぼはっ!」

 そんなことを言われて思わず食べていたものを吐き出してしまった。

 こ、こいつは朝から何言ってんだ……お、俺がゆ、雪乃とけ、け、結婚だなんて……い、いやね? 俺だってそりゃしたいさ……したいけどまだなんだよ。そう言う話は。あいつと同じ場所に立ってようやくそんな話ができるんだ……ふぅ。

「とにかくその話はまた今度だ。遅れるぞ」

「うわっ! やっばー! お兄ちゃん早く!」

 皿を台所に置き、カバンを持って家を出て後ろに小町を乗せて学校へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1日目の今日の教科は数学と物理という理系科目。

 問題用紙を配られて問題を見た瞬間にほとんどの問題の答えとその解き方の道筋がパッと頭に浮かんでくるので試験が始まってから35分ほどで全てを埋め、残りの15分で見直しを3回もした。

 そんな感じで数学は自信満々に終了し、次の物理でも少し手こずったがそれでも40分ほどで終了し、見直しも完了し、自信満々で終えた。

 2日目、3日目とテストをこなしていき、そしてようやく1週間のテスト期間が終了した。

「疲れたー! ヒッキーお疲れ!」

「おう。悪いけど今日奉仕部休むから」

「へ? なんか用事なん?」

「まあな。雪乃にはもう言ってある」

「オッケー」

 廊下で由比ヶ浜と分かれ、下駄箱へと行くと不機嫌顔の川崎姉が立っていた。

「遅いんじゃないの」

「まだ待ち合わせ時間じゃないんだが」

「……早く来なよ」

 駐輪場から自転車を取り、川崎姉の案内のもと連れられたのは超高そうな雰囲気を醸し出しているホテルでキョロキョロと周りを見渡してみるとさっきからスーツをビシッと着こなした男性や女性が電話しながらパソコンを足に乗せてガードレールやベンチに座って忙しそうに指を動かしている。

 そのままホテルに入り、エレベーターに乗り込むと上のボタンが押され、扉が閉まって静かな音をたてながらエレベーターが上に上がっていく。

 目的の階に到着し、扉が開かれると広がっているのはバーラウンジ……バー?

「え、お前バーでバイトしてんの?」

「悪い?」

「い、いや別に悪かないけど……ていうかこんな時間に制服できていいのか? お前年齢詐称してるんだし」

「この時間は誰もいないし。こっち」

 川崎姉に案内のもとバーラウンジの奥の方にあるstaff・onlyと書かれた扉に入り、慣れた手つきで着替え用のロッカーを開けるとバサッと俺に制服らしき服を投げ渡された。

「それに着替えて。営業時間までまだ時間あるから必要なこと全部教えるから」

「…………」

 一瞬、俺は川崎大志のお願いと短期バイトの申し入れを承ったことを軽く後悔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テスト休みの期間は本来は2日間なんだが今回はたまたま祝日が挟まるために3連休となったのでほとんどの連中は喜んでいるが正直、俺は喜んでいない。

 最初の1日目は川崎姉にスパルタの様に徹底的に必要な知識と動作を教えられ、その日の営業時間からバリバリ働かされ、ミスったら怒られはしなかったが川崎姉にめちゃくちゃ睨まれた。

 あいつ眉間に皺寄せて睨み付けてくるからほんと怖い……マジで怖い。

 だがそこはあの完璧超人雪乃に追いつくために努力に努力を重ねて中途半端にハイスペックな俺。2日目にはそんなミスは一切しなかった…………何故かそれでも睨み付けられたけどな。

 そして短期バイト2日目の業務が終わった真夜中、俺は川崎姉と帰っていた。

「あんた中々やるじゃん」

「そりゃどうも…………ところで聞いていいか」

「何を」

「なんで年齢詐称してまで働いてんだよ」

 今回の依頼の核心部分を尋ねると川崎姉は一瞬、歩くのを止めたがまたすぐに歩きはじめるが俺の方からは顔を逸らしてこっちを見ようとしない。

「……別にあんたには関係ないでしょ」

「…………何もなかったら俺だって聞くどころか短期バイトなんてもん承らねえよ」

 今回は運が良かった。川崎姉が俺に短期バイトを提示してきたのと川崎大志の依頼が重なったからな。そうじゃなかったらこんなもん絶対にやってないわ。

「あんたなんか大志から言われてんの」

「中々鋭いな…………まあな。姉貴が最近帰ってくるのが遅いし親との仲も微妙だからってことでお願いされたんだよ。そうじゃなきゃバイトなんかしてない」

「はぁ…………」

 川崎姉はため息をつき、頭をガシガシと掻き毟る。

 多分、こいつは小遣い稼ぎのために深夜のバイトをしてるんじゃない。もしそれだけなら深夜に働かなくても日中に働けば十分に小遣いは稼げるし、土日で十分なはずだ。でも平日のこんな夜遅くまで働いていると言う事は小遣い稼ぎではない何かの理由があるはず。大志が知りたいのはそこだ。

「……別におかしな理由なんてないし」

「じゃあ大志に話してやれよ。別に話せない理由じゃないんだったら親にも妹や弟にも黙ってバイトする意味はないだろ。むしろそれはお前にとっては逆効果なはずだ。家族関係がギクシャクするからな。違うか?」

 そう尋ねるが相変わらず川崎姉の表情はこちらからは見えない位置にあり、うかがい知れないが少なくとも何も反論できないのは確かだ。

「……」

「……俺にも妹がいるから言えることなんだが……案外、何かを秘密にしてるときって大体バレてるぞ」

「いきなりなに?」

「ソースは俺。中学の時、エロ本読んでたらいつの間にか……リビングのテーブルの上に置かれていました」

 流石にあの時は泣いた。久しぶりに泣いた。ていうか恥ずかしさのあまり泣いたのは人生で初めてだった。

 なんであいつあんなにも極悪非道なことができるの!? 男子ならエロ本を秘密裏に購入してそれを読むなんてことは誰だって通る道じゃん! あの時のかあさんと小町の蔑んだ眼差しは辛かった。あと何故か親父にラーメンをごちそうしてもらったけどな。

「は? だから何?」

「要するにだ。被害を被る前に喋った方が後々楽だってことだよ。家族関係のギクシャクって結構長く残り続けるもんだろ。それに……長男・長女は下の妹とか弟とかに心配かけさせないっていうことも仕事の内にあるんじゃねえのって話だよ」

「…………」

「まぁそれでも話さねえって言うんなら別にどうでも良い。他人の俺が他人の家族のことまで首を突っ込む訳にもいかないし。そういうこと……じゃ」

 分かれ道で自転車に跨り、ゆっくりと家へと向かって漕ぎ始めた。



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第十八話

お知らせです。明日から授業が始まりますので水土日更新に戻ります。
いや~……春休み長かったな。それでは


 短期アルバイト最終日の3日目の真夜中。

 今日ももう着慣れた制服で慣れた手つきでグラスをきゅっきゅっと磨いていく。

 今日はまだ川崎姉と一言も喋っていないので進捗状況のほどはよく分からないが少なくとも昨日や一昨日のような雰囲気は感じられなかった。

 家族にもいろいろあるもんだな……よくよく考えれば俺は雪ノ下雪乃という女性のことを知ったかぶっていただけなのかもしれない。誕生日や好きなもの、嫌いなものなんかの表の情報は知っていても彼女の心の奥底にある本性とでもいうべき彼女自身が閉じ込めている気持ちや彼女の家族のこと。そんなことは全く分からない。逆に隼人はそのほとんどを知っているだろう。俺が知らないことをあいつが知っている……そう考えただけでいつも抱いている慣れたイライラとは違うまた別のイライラが湧き上がってくる。

 結局、俺はうわべだけの付き合いしかしていないと言う事なのだろうか…………でも雪乃に対してのこの気持ちはうわべだけなんかじゃない……いつ気づいたとかいつ抱いたとかそんなことは忘れた。でも……この気持ちだけは本物だと胸を張っていえる。

「比企谷」

「……え、えっとなんか俺ミスったでしょうか?」

「いや、別にそんなわけじゃ……何であたしが喋りに来たらそう言うわけ?」

「いやだって今までそうだったし」

 この3日間、大体川崎姉が俺に近づいてきたら何か仕事でミスをしでかした時だからな……気づいたときに川崎姉が隣に立っていた時のあの恐怖は未だに忘れられん。

「で、何用でしょうか」

「いや別に用ってわけじゃないんだけど…………大志の事というか」

 ……つまり昨日のことか。

「大志がどうかしたのか?」

「…………とりあえずあんたの言う通り面倒事が起きる前には話そうとは思ってる」

「はぁ……で、なんで俺にそんなことを」

「あんたには迷惑かけたから」

 迷惑っていうほどのことじゃないけどな。そもそもこれが奉仕部の仕事なわけだし。

 作業をしながら話を聞いているとぽつぽつと川崎姉が話していく。

「大志から聞いてると思うけど生活がいっぱいいっぱいだし大学にだって行きたいから自分で稼いでただけ」

「知ってる。大志だって大体分かってただろ」

「……やっぱりそうか」

 大学ねぇ……大学に進学しようと思うのなら塾にだって入らないといけないだろうからその費用も一緒に稼いでいたってわけでだから年齢詐称して深夜に働いていたってわけか……これが今回の真相か。

「…………塾のスカラシップ狙おうとは思わないのか?」

「…………」

 え、この反応はまさかスカラシップというやつを知らないパターンか……まあ、塾のスカラシップなんて前面に出して広告してるわけじゃないから知らない奴は知らないか。俺もつい最近知った口だから何も言えないけど……それに大志曰く真面目な奴だったっていうからスカラシップ狙おうと思えば狙えるだろ。総武高校に進学できるくらいの学力はあったんだし。

「成績優秀者は学費免除とかあるからそれ狙えばこんな夜に働かなくてもいいんじゃねえの?」

「……塾にそんなのあるんだ」

「塾によっちゃ無いとこもあるけど大体はある。探せばいくらでも見つかるだろ」

「…………そう」

 そう言うと川崎姉は客が座ったのを見つけ、コースターとナッツをもって客の前に出し、注文を受けてそれを慣れた手つきで作っていく。

 ……これで解決ってことでいいのか?

 その時、俺の後方の座席に座った音がしたのでコースターとナッツを持ち、客の前に出そうとするとやけに見覚えのある髪が見え、ふと顔を上げてみると俺の目の前にいた客はパーティー用の漆黒のドレスを着て髪を1つにまとめ胸に垂らしている雪乃だった。

「ペリエを」

「……は、はい」

 笑みを浮かべながらそう言われ、雪乃に背を向けてシャンパングラスに注いでいくがさっきから俺の背中に突き刺さる視線のせいでシャンパングラスがカタカタ揺れている。

 あれ明らかに切れた時の笑顔だよな……バレンタインのチョコを隼人が貰った奴の中から形のいいものを数個くすねて食べていたら怒った時の顔だよな……大志の依頼について頑張ってるとは言っていたが川崎姉と同じバイト先で短期バイトをしてるってことは言ってなかったからな……。

 ようやく注ぎ終わり、コースターの上に置くが雪乃と目が合わせられない。

「ねえ、八幡」

「ひゃ、ひゃい」

「どうして貴方がここにいるのかしら」

「え、えっと……」

「川崎沙希さんのバイト先を特定してお話を聞こうと思っていたのに何であなたもここにいるのでしょうね。しかも従業員の服装をして」

 か、顔が見れない……怖すぎて顔が見れません!

 そんなことを思っていると雪乃が小さくため息をついた。

「まぁ、そんなところが八幡らしいのだけれど」

「ゆ、雪乃」

「でも隠れてバイトしていたことは許せないわね」

「すみませんでした。もうしないから許してください」

 傍から見れば店員が何か客に粗相をしてしまったかのように見えるだろう。

「……それで川崎さんは」

「あ、あぁ。まあ一応は解決の目処は立ったと思うぞ。あとは川崎姉弟に任せるだけと言いますか」

「そう……ならいいのだけれど」

 雪乃はそう言いながらペリエを一口飲む。

 結局、雪乃は俺がバイトを上がる時間まで店内に残り、俺が帰り支度を終えてバーラウンジから出てエレベーターで下に降りるとふかふかの高級ソファに座って俺を待っていた。

「帰りましょ、八幡」

「あ、あぁ。わざわざ待ってなくても良かったんだが」

「私が一緒に帰りたいから待っていたのよ」

 っっ! こ、こいつはいつも俺の心を奪うな……ほんとゾッコンにもほどがあるぞ、俺。

 恥ずかしさを紛らわすために頭をガシガシと掻き毟りながら雪乃の家に向かって歩いていく。

 ……そう言えばなんでこいつ、急に高校生になってから1人暮らしなんか始めたんだ……まぁ、そんなこと聞いても仕方ないか。雪乃の親父さん結構、甘々だからな……まるで小町と親父のようだ。なんで親父はあんなに小町に甘いんだよ。いつも小遣いは俺が言ってもくれないのに小町が言えばポンポンと渡すしさ……もうやだ。

「……八幡」

「ん?」

「その…………」

 こいつが言いよどむのもなかなか珍しい。大体はスパスパ言うのにな。

「八幡の制服姿、格好良かったわよ」

「……な、何いきなり言ってんだお前は!」

 俺は恥ずかしさのあまりオドオドし始めるが雪乃はいたっていつも通りに小さく笑みを浮かべている。

 いつまで経っても力関係は変わらずか…………。

 そんなことを考えながら歩いているといつの間にか雪乃が1人くらいをしているタワーマンションのエントランス前についていた。

 何回見ても高級感溢れるマンションだよな……やっぱり県議会議員で会社の社長って結構良い稼ぎしてるんだな……まあ、そこを付け狙うやつもいたことはいたが。

「ありがとう。ここでいいわ」

「あぁ……今回のテストどうだった……って聞いても同じか」

 どうせこいつはいつもの通り全教科95越えなんだろうな……問題は俺だな。一応、見直しはやったことはやったがそれでも見落とす場所はあるからな……不安なのは国語と化学だな。

「八幡こそどうだったの?」

「俺? 俺は今回は自信あるぞ」

「そう……もしも私に勝ったら言う事なんでも1つ聞くわ」

「懐かしいなそれ…………久しぶりにやるか」

 そう言うと雪乃も笑みを浮かべながら首を縦に振る。

「…………ねえ、八幡」

「ん?」

「八幡は…………八幡よ」

「……どういう意味だ?」

「変わっても変わらなくても……ずっと私の傍にいてくれる八幡よ」

 …………こいつ、やっぱり気づいてるんじゃないのか? ほんと、いつまで経ってもこいつに敵う気がしない。

「そうかもな……じゃ、お休み」

「ええ、お休み」

 そう言い、俺は家路へと着いた。

「……そう言えばあの事故の女の子、結局誰だったんだ。同じ学校だって小町から聞いていたけど」



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第十九話

 テスト休みの3日間も過ぎ、今日ついにテストの結果が返ってくる日だ。

 楽しみにしているのかは知らないが今日起きたのは朝の5時半だ。

 どれだけ楽しみにしてるんだよ、俺は。

 スマホゲームで時間を潰し、小町が起きる7時に居間に行くとちょうど朝飯を作ってくれている最中らしく、良い匂いがする。

「そう言えばさ、お兄ちゃん職業体験どこ行くの」

「電子機器メーカーだってさ。多数決なんて数の暴力だ」

「そんな腐った眼をしながら顔だけきりっとさせて言わないでよ。出来たよ」

 そう言われ、テーブルに着くといつものスクランブルエッグとパンに今日はハムとチーズが付いた結構豪華めな朝食だ。

 全ての具材をうまい具合にパンにはさみ、塩コショウを少しかけていただく。

 でもあの意見集約力はすげえよな、隼人の。バラバラだった意見が一瞬にして電子機器メーカーに集めたからな……これぞ真のリア充にのみできるとされている技か。

「あ、そう言えばお兄ちゃんちゃんとお菓子の人と話せてたんだね。小町安心したよ~」

「……お菓子の人? 誰だよ」

「あり? 言ってなかったっけ?」

「あぁ、聞かされてないな。自分にはどうでも良いことはすぐに忘れる小町さまの記憶力の前にお菓子の人の名前なんて聞かされておりませぬ」

 そう言うと小町は嫌なところを突かれたのか乾いた笑みを浮かべながら頭をかく。

 そんなにプリティーな笑顔を浮かべながらこっちを見ても俺は許さん。DVD返しに行ってくれと言った入院中にレンタルビデオ店から催促の電話がかかってきたときのあの憎しみわな。

 おかげで延滞料金盗られたし……許すまじ!

「で、誰なんだよ」

「結衣さんだよ。あのお団子ヘアーの」

 …………由比ヶ浜があの事故の時に俺が助けた女の子か……まさか同じクラスだったとわな。

「そっか」

「うん。あの時結衣さんの顔見てビビッと来たの」

「初対面の時に名前を憶えておけよ」

「いや~。その時お菓子が美味しいってことくらいしか覚えてなくて」

 とりあえずこいつは1回、脳改造手術を受けることをお勧めしてやりたいわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 あれから1時間と30分後、俺は答案用紙を片手に驚きのあまり、椅子に座ったままボケーとしていた。

 別に点数がめちゃくちゃヤバかったわけじゃない……むしろ逆だ。超絶良かった。人生の中で一番と言っても良いくらいに点数がいい。

 全教科96以上ってやべぇ……俺の時代が来た。

 だが重要なのはそこじゃない。この点数で雪乃に勝っているかどうかだ。それを確かめるのは職業体験が終わってからカフェで落ち合ったときだ。

「ヒッキー!」

「っ! いきなりでかい声出すなよ」

「ごめんごめん。見て!」

 そう言うと由比ヶ浜は答案用紙の下の方をもって扇子のように広げ、俺に点数の部分をこれでもかというくらいに見せつけてくる。

 ほとんどの教科が70越えだが数学だけ何故か50を下回っている。

 あんなに雪乃と数学やって50切るって……勉強会やってなかったらヤバかったんじゃねえの。

「こんなにいい点数取ったの初めて!」

「へーそりゃよかったな」

「ヒッキーは……え、なにこれ!?」

 俺から答案用紙を取ってパラパラとめくっていく度に由比ヶ浜の表情が驚きの色に染まっていき、全部見終わったころにはあり得ないとでも言いたげな表情で俺を見てくる。

「全部90以上とか……ヒッキーって本当に頭良かったんだ」

「何気に酷いぞお前……そりゃお前、目標にしてる人がヤバいからな」

「目標って……ゆきのん?」

 そう言う由比ヶ浜の表情はどこか悲しそうだった。

「まあ……そうだけど」

「そっか…………そろそろ行こっか」

「そうだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休みを迎えるとそれぞれ希望した企業へと向かう。

 本来は俺と戸塚と隼人の3人グループだったはずが隼人というキャラがいることにより、クラスのほとんどの女子がこのグループに乱入してきて凄まじい大所帯になってしまった。

 いったいどこの大名行列ならぬ葉山行列だって話だ。

 そう言った行列での俺のポジショニングはいつも通りの最後尾。前を見れば楽しそうにキャッキャウフフと喋りながら歩いている連中がいるがどいつもこいつも俺と隼人が小学校からの腐れ縁の仲だという事に気づいている者は誰もいまい……由比ヶ浜を除いてだが。恐らく奴らはこう思っている……葉山君みたいな人が比企谷みたいなやつと親しいわけないじゃん……と。そう言うフィルターを最初に張っておくことでさらに葉山隼人というイケメンを輝かしく見せるのだ。フィルターというよりもゴーグルと言った方が良いか。まぁ、そんなもんだ。小学校のときだって俺と隼人が知り合いだと言う事を知った奴らは全員が全員、驚いていた。

 まさかあんな奴が葉山君の友達だなんてってな……逆に雪乃と隼人が昔からの馴染みだと知った時は妙に納得していたな。

 企業に到着し、職員の話を聞くがその際のポジションも連中の一番後ろ。

 職員の説明も終わり、自由に見学の時間になり、1人で機械が動くさまを見ていく。

 さっきの職員さんも言っていたが機械にも無駄な部分を入れることがあるらしく、そうすることで機構自体に余裕が出来て耐用年数が上がるんだとか。

 無駄な部分ねぇ……俺の関係で言えば雪乃と隼人という一直線にピタッとくっついている小さな球みたいな感じだな。でもそんなことで俺の耐用年数が上がるかと言われたら否定するしかあるまい。

 人間関係で無駄な部分は確かに誰にも触られないから壊れることはあまりない…………でもそれ以上に厄介なのは自分自身で勝手に壊れることがあると言う事だ。今の俺みたいに雪乃の評判を気にしすぎて最終的に雪乃に心配をかける……そんな感じだな。

「お、比企谷もここにいたのか」

「先生……見回りっすか?」

「まあ、そんなところだ……いや~。日本の技術力は素晴らしいな。私が生きている間にガ〇ダムとかI〇とかどこでもドアとか開発されないだろうか」

 え、何この人……こんなに目がキラキラしてる人久しぶりに見たわ……先生、少年の心を忘れてないんだな。

「ところで比企谷」

「はい?」

「そろそろ一月が経つわけだが正式部員として入部するか?」

「…………」

 そう言えばそんな理由で奉仕部にぶち込まれてたな……雪乃と一緒にいる生活が楽しすぎてそんな設定頭から弾かれてたわ……そう考えるとやっぱり、俺は雪乃にゾッコンだな。

「そう言えばそんなことありましたね……まぁ、正式入部したいっすけど」

「よかろう。部活に人が増えるのは良いことだからな。活性化するというものだ……ところで比企谷よ」

「なんですか?」

「…………あの許嫁とか言うのは本当なのか?」

 そう言う先生の瞳は何故かさっきのキラキラは消滅し、おどろおどろしく、混濁とした闇の色に変化しており、その瞳を見ているだけでどこか吸い込まれそうな感じがしてたまらなく怖い。

 な、なんだこの混濁とした瞳は…………先生、そんなに結婚したいのか。

「ま、まぁ許嫁といいますか……小学生の頃に婚約届けを書いたといいますかひゃぁ!」

 肩に回されている先生の腕に力が加えられ、痛みが走る。

「……うぅ」

「は?」

「なんで将来の夢は専業主夫とか書く奴には婚約者っぽい奴がいて私にはいないんだー!」

 えぇぇぇぇっぇ!?

 突然先生は目から大粒の涙をポロポロ流し、号泣し始めた。

「ぐすっ! 公務員で給料も安定しているし料理だってちょっとはできるし自慢じゃないがスタイルもいいのになんで……何でこんなやつばかり結婚していくんだ!」

「し、知りませんよ……そ、それに先生だってまだ泣くくらいに急ぐ必要は……あ、でも焦る必要はあると思いますけどまだ先生は物件としては最高です!」

「……そうだな……焦る必要はあるな……ハハハハ…………じゃあ比企谷君、実りのある職業体験を」

 そう言いながら先生は右に左に体をフラフラさせながら去っていく。

 …………大人の社会の闇の一端を垣間見た気がした……やっぱ大人の社会の闇って怖い……つうか怖い。

 

 

 

 

 

 

 

 見学を終え、エントランスまで戻ってくると見慣れたお団子ヘアーが見えた。

「あ、ヒッキー遅い!」

「そこまで怒るなよ……隼人たちとは行かなかったのか」

「まぁ、ヒッキーを待っていたっていうか……ほ、ほらどうせテストお疲れ様会でカフェ行くし!」

 いつからそんなお疲れ様会みたいなものになったんだ……まぁ、別に主旨は間違っちゃいないから別にいいんだけど……いや、間違ってるのか?

 とりあえず外に出て雪乃との集合場所であるカフェに向かって歩き出す。

「……ねえ、ヒッキー」

「あ?」

「その……今度の日曜日、ちょっと付き合ってくれない?」

「…………まぁいいけど」

 断ろうとしたがどこか由比ヶ浜の表情を見ていると断ることが出来なかった。

「行こ、ヒッキー。もうゆきのんも来てるだろうし」

「あぁ、そうだな」

 そう言い、俺達は早歩きで集合場所へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ゆきのんやっはろ~」

「こんにちわ、由比ヶ浜さん、八幡」

「おう」

 カフェの前で待つこと5分ほどで雪乃がやってきた。

 どうやらここから少し離れた所から小走りできたらしく、少し額に汗が出ているのが見えた。

 …………なんかエロく感じるのは俺だけか?

 息を少し切らし、髪をかき上げる動作を見ていると何かいけないものでも見ているかのような感覚を抱き、つい目をそらしてしまう。

「どうしたの? 八幡」

「あ、いや。なんでもない……行くか」

 3人でカフェに入り、店員に開いているテーブル席に案内され、俺の隣に雪乃が座り、それに対面する形で由比ヶ浜が座る。

「じゃじゃーん! あたし今回超良かった!」

 そう言いながら由比ヶ浜は自分の答案をバン! とテーブルに叩き付ける。

「いや~もうゆきのんとヒッキーのお蔭だよ! お母さんに写真送ったらケーキ買ってくれるって!」

 どれだけ低空飛行な成績を続けていたんだよ……うちの家族なんか小学校の頃から成績良いからもうテスト見せなくていいぞって公言するくらいだぞ。そのくせして親父は小町が90以上取ったら盛大に喜んで外食とか普通にするのに俺が平均90以上だったとしても「へ~。で?」っていう親父だからな。あの甘々親父め。

 さて、問題はこっちだ。

 チラッと雪乃の方を見てみるとちょうど目が合うが彼女の口角が少し上がる。

「な、なんだか2人の間に火花が散ってる」

「さあ、八幡。まずは英語から」

「あぁ…英語からな」

 そう言い、同時に答案用紙をテーブルに出すと右上には100という数字が書かれている。

 ふっ。流石は帰国子女……だが俺だって雪乃と一緒に英語の本を読むために英語を勉強したんだ……これくらいのテストなんて100点は何らおかしくはない。勝負所は次だ。

「うそ!? 2人とも100点!? な、なんでテストで満点とか取れんの!?」

「さあ、次は何を出しましょうか」

「数学だ」

「ええ……では」

 テーブルに出すと俺が96点、対して雪乃は99点……ていうか数学で99ってもう漢字間違いとかくらいしか点数引くところねえだろ。

 チラッと間違っている部分を見るが証明問題で必要ない部分を省略したにもかかわらず、教師の判断で必要だと言う事にされて1点が引かれているというなんともうざったい理由だった。

 実質100点か……ふっ。俺の本領はここからよ。

「次は国語だ」

 俺、98に対して雪乃、96。これでマイナスは残り1点だけ。

 そこからも勝ったり負けたりが続いていく。物理では雪乃が勝ち、化学は同点と言った感じで勝負は続き、最後は社会だけになってしまったがここまでの点数差は俺が2点、雪乃に負けている。

 ちなみに由比ヶ浜はもう諦めたのかコーヒーとケーキを頼んで食べている。

「ふぅ……八幡。食らいつくわね」

「当たり前だ……お前に勝つために勉強してるようなもんだ……最後だ」

「ええ……」

 互いに最後の答案用紙をゆっくりとテーブルに広げる。

「…………96と98…………」

「引き分けね」

 プラスマイナス0となり、俺と雪乃の合計点数はまさかの同じという勝負を始めて以来、初めての事態に陥ってしまった。

 勝てはしなかったが…………引き分けと言う事は同じ土台には立てたってことか…………ふぅ。今まで頑張ってきた甲斐があったな。

「あ、終わった? どっちが勝ったの?」

「引き分けよ」

「……え、じゃあヒッキーゆきのんと同じ1位ってこと!?」

「そうなるわね」

「……ヒッキーって見かけによらず本当に頭いいんだ」

「ヒデェ。俺の立ち位置下じゃね?」

 まぁ、教室じゃ一部の奴としか喋らず、ただひたすら静かに暮らしてるせいもあるけど。

「まあ、とりあえずテストも職業体験も終わったし! お疲れ様会はじめちゃお!」

 そう言うと由比ヶ浜はコーヒーカップを持ち上げ、俺に近づけてくる。

 チラッと雪乃の方を見てみると困惑した様子ながらも呆れ気味に小さくため息をつき、カップを軽くぶつけたので俺も軽くぶつけた。

「お疲れ様」

「ん、お疲れ」



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第二十話

ARC-Vの二次どうしようかお悩み中です


 テストも無事に終了し、あとは残りの登校日を適当に消化するだけとなったある週の土曜日。

 俺は妹の小町と一緒にバスに乗ってある場所に向かっていた。

 東京わんにゃんショー……そんなものが行われるためだ。簡単に言ってしまえばメジャーな動物、および珍しい動物たちとの触れ合いだったり、即売会も行われるという結構大きなイベントだ。

 本来なら土曜日という最強の休みの日はのんびり家で過ごしたいというのが俺の本音なのだがまぁ、あれだ……うん。ほれた弱みを握られたというか……。

 それは1時間前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

「東京わんにゃんショー?」

「そう! 今年もやって来たあの一大イベント! お兄ちゃんも行くでしょ?」

 ソファで小説を読んでいるとやけに興奮気味の小町に新聞を見せつけられ、下の方を見てみると広告欄にそのイベントが開催されると言う事が載せられており、犬やら猫やらが一面に飾られている。

 このイベント、よく雪乃と一緒に行ったものだ。あいつは無類の猫好きだからな……そう言えばその時か。雪乃と小町が会ったのは。

「まぁ、行くけど悪いけど今年は」

「雪姉と行くから別行動でしょ?」

「……お前なんでそれを知ってる」

 そう。昨日の晩、雪乃からメールが来て東京わんにゃんショーに一緒に行かないかというお誘いが来て俺は速攻で行きますと返信したんだが……なんでそれを小町が知ってんだ。

「ふふ~ん。お兄ちゃんのことなら雪姉の次に知ってるのです」

「一番は雪乃かよ」

「もちろん。ささ、お兄ちゃん。早速準備を」

 そう言われ、小説を本棚に片付けて服を着替え、適当に冷蔵庫の中にあるハムなんかを1枚食べていると寝室の扉が開いた音がしたのでそちらの方を見てみるとまるでゾンビのように床を這いずり回る母親の姿があった。

 社会人って大変なんだな……。

「あんたらこんな時間から何してんの」

「あ、お母さん。これから出かけるから電車賃ちょうだい」

「はいはい」

 そう言い、母親が財布から取り出したのは何故か1人分の電車賃。

 ……おかしい。

「あのお母さん。僕も行くのですが」

「あんた短期バイトで稼いだんだからそこから出しなさい」

 なんでそれも知ってんだー! いつもバイトに行く時間はまだ2人が返ってきてない時間帯なのになんでそれを知ってるんですかねー! もうやだー! どうせまた雪乃経由で小町に連絡が行って小町経由で2人に連絡が入ったんだろー! 俺にはプライベートはないのかな~。

「あ、あとお昼もあっちで済ますからお昼代もちょうだい」

「あいよ」

「あのお母さん」

「自分で出せ」

 そう言って母親は寝室に戻ってしまった。

 …………グスン。両親は小町に甘いし、俺のプライバシーは無いに等しいし…………別にいいけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなことがあり、俺はわんにゃんショーに実費で行くことになったのである。

 バスから降りるとカップルや家族、ペットを連れた人たちがかなり多く来ており、毎年開催している理由がなんとなくわかった気がした。

 それにペットサロンなんかの会社も入っているらしく、いつもよりも割安な値段でサロンを受けさせてやれるというのも魅力の1つだ。

「えっと……確か雪姉とはバス停付近で待ち合わせだったよね?」

「だからなんで知ってるの……もういいけど」

「あ、雪姉!」

 小町が向いている方向を俺も向くといつもとは違い、髪型をツインテールにした雪乃が俺達の姿を見つけたのか小走りでやってくる。

 ……ツインテールの雪乃も良いな……。

「こんにちわ、小町ちゃん、八幡」

「こんにちわ!」

「おう」

 雪乃とも無事に合流できたので会場へと向かうがさっきからやけに小町が俺を雪乃の方に近づけようとぐいぐい押してくる。もちろんその顔はイヤな笑みが張り付いている。

 こいつ……マジで悪女だろ。俺限定で。

 会場内へ入ると人でごった返しており、一度迷えば確実に合流は難しいだろう。

「んじゃ、どういう……ってもういねえ」

 小町の方を向くが忽然と姿を消しており、周囲を慌てて見渡すが小町の姿はどこにもない。

 その時、スマホがブルブル震えだしたので取り出して画面を見てみると小町からメールが来ていることが表示されていたのでそのメールを開く。

『雪姉とイチャイチャしながら回ってきなさい』

 …………こいつ。

「とりあえず行くか」

「ええ……ねえ、八幡」

「ん?」

「……その…………逸れるといけないから手をつなぎましょう」

 その瞬間、周りのうるさすぎる雑音が一気に静かになったような気がした。

 …………な、な、な、なんですと……い、いやそりゃたしかに小学生の頃は人が多いところでは手をつないで一緒に歩いたりもしたさ……だ、だが高校生になって女の子と手をつなぐなど小町以外ではなかった経験……そりゃ俺だって雪乃とは繋ぎたい……だ、だがここでは逸れるといけないという口実がある……。

 頭の中でグルグルと思考巡りをした結果、導き出した答えはこれだ。

「お、おう。そうだな」

 そう言いながら雪乃の手を軽く握ると同時に俺の心臓が大きく鼓動を上げる。

 ……やっぱ柔らかいな……。

 そんなことを考えながら歩いていき、雪乃が楽しみにしていたであろう猫が集められている個所に入った。

 手を離し、一番近くにいる子猫を抱き上げ、耳、尻尾、肉球の順番で触っていくと雪乃は満足げに首を縦に振り、抱いている猫の頭を撫でる。

 ……こいつなりのこだわりがあるんだろうなぁ。

「お前は何でこんなに可愛いんだ~。ん?」

 聞き覚えのある声が聞こえ、そちらの方を向くとカメラを片手に子猫を抱いて頬でスリスリしている平塚先生の姿が見えた。

「……はぁ。お前を生んでくれた両親も結婚したんだよな……羨ましいよ」

 おいおい。いくら結婚できないからって猫みたいな動物を羨ましがらないでくださいよ、先生。見ているこっちが泣けてくるじゃないですか……下手したらあの人、女王アリは良いなとか言い出しそうだから怖い。

 さっさと先生から離れようとするが向こうさんがこちらの方を振り返る方が早かった。

「おぉ? 比企谷ではないか!」

「ど、どうも」

「なんだ? お前も1人か? そうかそうか」

 いや1人じゃないんですけどねぇ……。

「どうだ比企谷。この後昼飯でも」

「八幡、見てこの子……平塚先生」

 雪乃が子猫を抱きながらこっちを振り返った瞬間、平塚先生の表情から生気が消え、真顔で全く感情が感じられないというすさまじい表情になって俺の方を見てくる。

「…………あぁ、なるほど…………やはり私の男を見る目がないというわけだな……ぐすん」

 先生は心底悲しそうにそう呟きながら猫ブースから去っていった。

「何か悪い事でもしたのかしら」

「いや……何もしてねえよ……何もな」

 あれが大人の闇……いや、結婚できない女性の闇というやつか……深いな。

「で、お前は満足したのか」

「ええ。これでまた今年1年頑張れるわ」

 この短い間に猫からどんだけエネルギー吸収したんだよ。今年1年ってまだ半年くらいはあるぞ。

「ところでこの後八幡は暇?」

「まぁ、何もやることは無いけど」

「そう……じゃあ少し買い物に付き合ってくれないかしら」

「別にいいけど」

 小町にメールを送り、そのままわんにゃんショーの会場を出て近くにある駅から電車に乗り、ちょっと乗ったところで降りてまた少し歩く。

 にしても……暑い。なんで夏はこんなに暑いんでしょうか。

 歩くこと5分ほどでショッピングモールの入り口前に辿り着いた。

「で、何買うんだよ」

「秘密よ。さ、行きましょ」

「お、おい」

 雪乃は俺の腕に抱き付くや否や腕をグイグイ引っ張ってショッピングモールの中を突き進んでいき、やけにピンクい装飾が目立つ店が入っている区画に入った。

 ……ここって明らかに女性専門店が多く入ってる区画だよな……こいつはいったい何をしようとしてんだ。

 そのまま腕を引っ張られながら入ったのは服屋だった。

「お前服買うのか」

「ええ。八幡と一緒に出掛ける服をね」

 ……こいつは要所要所に鷲掴みにしてくるセリフ入れてくるよな……。

 何着か服をもって試着室に入ったのでとりあえずスマホを見てみるとメールが1件来ており、メール受信画面へ行くと相手は小町からだった。

『やっほ~。雪姉とイチャイチャしてる? 小町は一足先に帰りま~す』

 あんの野郎……今度覚えておけよ。

 返信するメールを作っている時にカーテンを引く音が聞こえ、顔を上げると足首程まであるロングスカートにノースリーブを着た雪乃が立っていた。

 …………ヤ、ヤバい。雪乃のノースリーブは威力があり過ぎる。あいつ肌綺麗だから余計にノースリーブが似合って見えて仕方がない。

「どうかしら」

「あ、あぁ。良いと思うぞ。綺麗な肌で余計に」

「そ、そう……じゃあこれは買いね」

 そう言うとふたたび雪乃はカーテンを閉める。

 にしても…………周りの視線が痛いな。

 明らかに釣り合ってないだろー的な視線がさっきから周りにいる店員や客からぶつけられてくる。

「八幡、どう?」

 次はジーンズに半袖。スタイルの良さを出しているのか上の服は少しサイズが小さい。

「お、おう。中々良いと思うぞ」

「そう……これは保留ね」

 そんな感じで雪乃のファッションショーならぬ試着ショーは結構続いた。



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第二十一話

 店を出て少し歩いたところにあるベンチに俺達は座って休憩している。

 結局、5着ほど試着して買ったのは最初のノースリーブと2番目のジーンズだけであとは全部元の位置に返していた。

 雪乃の中で何か基準があるらしい。

「ふぅ……疲れた」

「貴方も私も体力無いものね」

 運動はテニス以外授業の体育でしかしていないという俺達に体力という概念はないに等しいくらいにひ弱なので10分ほど歩き続けただけでかなり疲れてしまう。

 まぁ、毎日というほど放課後に折り紙折って外国語の本を一緒に読んでいれば体力も上がらないわな。

「このあとお昼でもどうかしら。小町ちゃんも誘って」

「小町からさっきメール着てもう帰ってるって」

「でしょう……そうなの」

「おい、今の一言はなんだ」

「あら、何のこと?」

 小首を傾げて可愛く言っているが今の俺には通用せん! リアルに小町と雪乃の間に見えない秘密条約が交わされているような気がしてたまらないぞ……女子は怖いな。

 とは言ってももうお昼も良い時間……流石に腹が減ってくる。確かこの近くの区画にフードコートがあったよな。そこで昼飯でも食うか。この前の短期バイトで小遣いは稼げたし。

「雪乃。そこのフードコートで昼飯でも食うか」

「そうね。ちょうどお腹も空いたし」

 ということでフードコートへ向かおうとしたその時、悪寒のようなものが走り、全身に鳥肌が立ったので慌てて周囲を見渡すが怪しいものは何もない。

「どうしたの? 八幡」

「いや…………気のせいか」

 今の悪寒……明らかに俺の本能がサイレンを鳴らしていた証拠……まさかな。

 俺の本能が危険であるとサイレンを鳴らすほどの人物と言えばあの人しかいないが年齢的に今は大学生なので講義で忙しいだろうからここにはいるはずがない……と信じたいがあの人、雪の以上に頭いいし、金も持ってるから暇そうにしてるのは簡単に思いつくんだよな~…………嫌な予感がする。

 とりあえずその嫌な予感は片隅に置き、雪乃と共にフードコートへと向かうと休日と言う事もあってかカップルや家族連れで賑わっていた。

「……とりあえず買うだけ買ってさっきのベンチで食べるか」

「それがよさそうね」

 フードコートでホットドックを買った後、先程のベンチに戻り、そこでお昼を済ませることにした。

 ん、流石はフードコートのホットドック。お客が好きそうなスパイス濃い目の味にしてるわ……でもさっきの悪寒はちょっと見逃せないな……いるはずないよな。

 ホットドックを食べながら周囲を見渡すがやはり目的の人物はいない。

 まぁ、いないのがいいんだけど……あの人だけは苦手だ。雪乃程親しくないくせにズカズカ入ってくるし、親父みたいに社交辞令の笑顔しか浮かべないし。

「ってあれ!? 俺のホットドックがない」

 かぶりつこうとした時に空を切ったので慌てて袋を見てみるとさっきまであったホットドックの姿が無かった。

 落としたかと思い、足元を見てみるがどこにも落ちた形跡はない。

「んー美味しい!」

「…………はぁ」

「姉さん」

「やっほー! 雪乃ちゃん! 八幡!」

 俺の背後には笑みを浮かべながら俺のホットドックを食べている雪乃の姉である陽乃さんがいた。

「なんで俺のホットドック食ってるんすか」

「お腹空いたし~。そこにあったからかな。あ、間接キスしちゃったね~」

「別に嬉しかないです」

「連れないな~。ところで……デートか? デートだな~」

 そう言いながら肘で俺の背中を突いてくる。

「痛いです」

「姉さん、何か用かしら。いつものように用がないなら帰ってくれるかしら」

「ん~。雪乃ちゃんのイケず。2人の姿が見えたからちょっと来ただけだよ」

 陽乃さんは雪乃の睨みを華麗に避け、相変わらず笑みを浮かべながら雪乃と喋っていく。

 相変わらずこの姉妹の関係性はイマイチわからない。俺と小町みたいに睨みあってもそこには冗談が混じっているんだがこの2人にはそれがない。睨みあえば純粋に負の感情しかない。

 ホットドックを食べきると陽乃さんは指に着いたパン粉を払う。

「ご馳走様でした。雪乃ちゃん、ちゃんと夏休みには実家に帰ってくるんだよ」

「……姉さんには関係ないでしょ」

「関係あるよ~。だってお母さん、まだ雪乃ちゃんの1人暮らしに納得してないし」

 そのフレーズが出された瞬間、雪乃の表情が強張り、拳が強く握られる。

 これも分からない。どこか雪乃は母親と対面したり喋っている時、いつも顔が強張っている。

 家の事情……その一言だけでは片づけるにはとても大きな何かを感じる。

「まぁ、ちゃんと雪乃ちゃんは考えて行動する子って知ってるから何も心配してないけどね。じゃね!」

 そう言い、向こうで待たせているらしい集団の中に入り、去っていく。

 ……年々怪しさが増すおかしな人だな。

「ごめんなさい。また姉さんが」

「いいよ別に。もう慣れた」

 ホットドックを食べたことは許さんがな。

「その……一口食べる?」

「い、良いって別に。もう腹も膨れたし」

「そう……姉さんとだけ間接キスするのね」

 これ見よがしに聞こえるように雪乃はボソッとどころかハッキリと呟いた。

「……ハァ」

 雪乃の手首を掴み、ホットドックをこちらに向けて食べている途中の部分をパクリと一齧りする。

「ん、やっぱり美味いな」

「……ふふっ。そうね」

 雪乃は小さく笑みを浮かべながらホットドックを食べきった。

 やっぱりなんか俺操られている気がする…………こ、このままでは威厳が……いや、もう威厳もくそもないんだがせめて男としての威厳は欲しい! 何か……何か雪乃にドカン! と衝撃を与えられることは……そうだ。

「雪乃、ちょっとトイレ行ってくる」

「ええ、分かったわ」

 そう言い、雪乃から離れて少し歩いたところにあるジュエリーショップに入る。

「いらっしゃいませ。今日はどのようなものをお探しですか?」

「え、あ、いや……その彼女にプレゼントと言いますか」

「そうですか。ごゆっくりどうぞ」

 そう言い、スーツを着た店員は去っていく。

 おい、露骨すぎるだろ。金落とす奴にはつきっきりで落とさない奴にはご自由にって……いや、そんなもんだがよ……ていうか高いなおい。

 一番安いのでも2万円って……この前の3日間での短期バイトで稼げたのは2万と6000円ほど……とりあえずこれでいいか。

 商品を購入し、ポケットに突っ込んで雪乃のもとへと向かっていると雪乃に話しかけている見知らぬイケメンの男が見えた。

 …………ナンパか。まあ雪乃くらい可愛かったらナンパの1回や2回くらいはあるか。

「雪乃」

「…………え? もしかして彼氏?」

「ええ。さっき言っていた彼氏です」

 そう言いながら雪乃は俺の腕に抱き付いてくる。

 イケメンは俺の頭のてっぺんから足のつま先まで値踏みするように見てさらに驚きの色を強めてみてくるがため息をついてどこかへと去っていった。

 …………まぁ、そうなるわな。雪乃は美少女、でも俺は? 顔はちょっと良い。でもそれだけ。格好良く髪を整えることなんてできないし、服だって適当だ…………仮にここに立っていたのが隼人だったら……あの男は素直に諦めて帰っただろうか……。

「大丈夫か?」

「ええ。少ししつこかったけれど……そろそろ帰りましょうか」

「そうだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バスを乗り継ぎ、少し歩いてようやく雪乃の住んでいるタワーマンションの前に到着した。

「今日はありがとう」

「気にすんな。このくらいだったらいつでも言ってくれ」

「そうね……また今度、遊びに行きましょ」

 そう言ってエントランスへと入ろうとする雪乃の手を掴むと驚いた表情で雪乃がこちらを振り向いてくる。

「八幡?」

「あ、あのな…………こ、これ」

 ショッピングモールで購入したあれが入っている小さな箱をポケットから取り出して手渡すと少し驚いた表情をしながらも雪乃は丁寧に包装用紙を剥がし、箱を開けると途端に彼女の顔に笑みが溢れた。

 俺が購入したのは2万円ほどのネックレス。家が金持ちの雪乃ならもっとこれ以上の値段がするネックレスとかつけたことありそうだから不安だけどな。

「これって」

「その、なんだ…………プレゼント……たまにはこういうのも良いだろ」

 特に今日が何かの記念日なわけではない。別にこんな日に買わずに貯金しておいて雪乃の誕生日にでも買ってやれば済む話なんだがたまには男しての尊厳を保ちたいというか発揮したいというか。

「どう?」

 雪乃の首で輝いているネックレスは彼女自身が綺麗なことあって余計に綺麗に見える。

「似合ってる」

「ありがとう、八幡…………やっぱり貴方も男なのね」

「へ?」

「…………少しドキッとしたわ…………八幡、少し目を瞑って」

「あ、あぁ」

 彼女の言う通りに目を瞑った数秒後、俺の頬に柔らかいものが一瞬だけ当たった。

 ………………っっっっっ!

 何が頬に当たったのかを理解した瞬間、心臓がバクバク音を立てて鼓動を上げ、たちまち恥ずかしさから顔が赤くなってくる。

「お、おま!」

「ふふっ……八幡、顔真っ赤よ」

 そう言う雪乃も少々、顔が赤い。

「じゃあ、またね。八幡」

 そう言い、雪乃はエントランスへと入っていった。

 …………欲しい。



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第二十二話

 東京わんにゃんショーと雪乃との買い物があった翌日の日曜日、俺は由比ヶ浜に指定された待ち合わせ場所で壁にもたれ掛って待っていた。

 ちょっと付き合ってくれっていったい俺に何をしようというのだろうか…………それにしても由比ヶ浜があの時の事故で助けた女の子か……。

「ヒッキーやっはろ~」

 いつものおかしな挨拶が聞こえ、そちらの方を見てみるとノースリーブにミニスカ、ハイヒールと露出が高めの格好をした由比ヶ浜が立っていた。

「おう」

「日曜日に呼び出しちゃってごめんね」

「別にいい……慣れてるし」

 小学生の時にいったい何日、日曜日を雪乃お嬢様に捧げたことか……まあ今思えば楽しかったからいいんだけどその当時は休みなしで動き回ってたからくたくただったな。夜は寝付けない日なんてないくらいに毎日、ぐっすり寝ていたくらいだし。

「そっか……よし! 今日は楽しんでいこうよ! ここいっぱいあるし!」

 確かに集合場所となっている駅前にはゲームセンターをはじめ、映画館はあるしカラオケ、公園といった暇つぶし施設は大量にある。まぁ、待ち合わせ場所にはちょうどいいわな。

「あ、ヒッキー! この映画見ようよ!」

 そう言いながら指さす場所を見てみると広報掲示板があり、そこにでっかく「今話題の映画! ついに公開!」といった見出しでチラシが貼り付けられている。

 ちなみにチラシには互いに抱き合っている男女のカップルが涙を流している。

 …………なんか王道パターンな感じしかしないが……まぁ、良いか。

「別にいいけど」

「んじゃ映画館にしゅっぱーっつ!」

 やけに元気な由比ヶ浜と共に近くの映画館が入っているショッピングモールへと入り、最上階へとエレベーターで向かうとポップコーンの良い匂いが空間全体に漂っており、あちこちの映画の宣伝ポスターが貼り付けられている。チケット券売機で2人分のチケットを買い、指定の劇場内に入ると結構話題作らしく、空いている座席はざっと見るだけでも8つほどしかない。

 しかもそのほとんどがカップル連れというね……今度雪乃とも来てみるか。

「そう言えばさ、ヒッキーって映画とか見るの?」

 座席に座りながら由比ヶ浜にそう尋ねられ、過去の記憶をさかのぼるが最近は見ていない。

「昔はな。母親の買い物の間、一緒に入れるってことで小町とぶち込まれてた」

「あ~なるほど……ゆきのんとは?」

「雪乃とか? 小学生の時は何回かはな、最近は行けてない」

「そっか……」

 劇場内の明かりが徐々に暗くなっていき、画面に劇場内でのマナーをお知らせする妙な宣伝CMが流れ、次におなじみのスーツに顔だけビデオカメラという映画泥棒の宣伝CMが流れた後、話題の作品などの予告が次々に流れていく。

 地味にこの予告集ってドキドキするよな。予告集でかっこいいと思った作品を見たけど中身スカスカの最悪作品だったなんて何回もあったもんだ。

 そんなことを思っていると劇場内が完全に暗くなり、映画の本編が始まる。

 さっきチラッと宣伝チラシを見た限りでは余命宣告された彼氏が彼女に黙って過ごすか、それとも話して残りの余命を幸せに生きるかを決めるというまさに王道ものだった。

 そこは流石はラブストーリーもの。でてくる女優や俳優はイケメン・美女だらけ……っておいおい、もう泣いてる奴いるぞ。まだ余命宣告されたところ…………お前かい。

 ふと由比ヶ浜の方を見ると「ぐすっ、ぐすっ」っとおえつを漏らしていた。

 まあ、あれだ……純粋なのは良いことだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ。良い映画だった」

「ヒッキーさっきから同じことばっかり言ってるよ」

 俺はさっきから同じことを言いながらハンカチで流れてくる涙をぬぐう。

 最初はよく見ていなかったんだが途中からヒロインと主役が小学生から一緒の幼馴染という設定が出てきた途端に親近感が湧き、そのまま食い入るように見ていたら最後はやはり主役の男性が病気で死んでしまうのだが最後の最後に残されてしまった幼馴染のヒロインが愛した男性の分まで人生を歩んでいくと決意を固める姿を見ていたら何故だかもう涙が止まらなくなってしまった。

「ぐすっ! 今期一番の映画だと俺は思う」

「さっきまで何も言ってなかったくせに……ねえ、今度ゲームセンター行こうよ」

「あぁ、いいぞ」

 涙を服の袖で拭きながら1階下にあるゲームコーナーに降り、近くにあった太鼓の匠というゲームをすることに決め、100円を入れて楽曲を選択する。

「なんかランキングあるんだって。1位の人は神八?とか言う人」

「へぇ」

「あ、あたしこれがいい!」

 由比ヶ浜は勝手に楽曲を選択し、ゲームを開始してしまう。

 なんというか……雪乃は俺を軽く振り回すだけだけど由比ヶ浜は俺の手を掴んで全力で振り回す感じだよな。まさしく正反対の性格ってやつか。

 にしても…………やっぱ俺、ゲーム苦手だわ。

 さっきから流れてくるマークに合わせてバチでたたいているがどうもタイミングが合わないらしく、全く点数が入っていかない。

「ヒッキー下手~」

「うるせ。俺はゲーム嫌いなんだよ」

 結局、由比ヶ浜のコールド勝ちでゲームは終了した。

「お昼ご飯何食べたい」

「え、奢ってくれるの!?」

「ま、まぁ一応臨時収入はあったし」

 つっても8割がた消えてしまったけどな。

 由比ヶ浜の要望を聞き、ゲームセンターの1つ下のフロアにあるフードエリアまで降り、そこにあるパスタ専門店に入った。

 最近はずっと家にいて本読むなり勉強するなりしていたからこんなところに入るのは久しぶりだな。

 店員に案内されて座席に座り、注文を店員へ伝えると奥と消えた。

「ヒッキーって誕生日いつなの?」

「8月8日。夏休み中だから雪乃と家族以外祝われたことねえけど」

「そうなんだ…………あ、ちなみにあたしは6月18日ね」

「もう過ぎてるし」

「まぁ、そうなんだけど来年期待しておくね」

 そんな笑顔を浮かべながら言われてもなぁ……。

「にしてもヒッキーがゆきのんと同じくらいに頭良いなんて思ってもなかったな~」

「今回はたまたま同順位だっただけだ」

「だってあたし満点とか小学校以来取ったことないし」

「お前でも取れたのか」

「え、ひどくない?」

「冗談だ」

 そんなことを話していると注文したパスタが店員に運ばれてきてテーブルに置かれる。

「美味しそう~。ヒッキーは何頼んだの?」

「ボンゴレ」

「へ~。いただきます」

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで由比ヶ浜と遊んでいるとあっという間に時間は過ぎ去っていき、夜の5時を回ったところで俺達は最初の集合場所にまで戻ってきていた。

「ありがとね、ヒッキー。今日は付き合ってくれて」

「まぁ別にいいけど……なんでまた誘ったんだよ」

「……小町ちゃんから聞いた?」

そう言われ、ふと思い出すのは職業体験に行く日の朝に小町が言っていた俺があの事故で助けた女の子が俺と同じクラスの由比ヶ浜結衣であると言う事。

「あの事故のことか?」

 そう言うと由比ヶ浜は首を縦に振る。

「あぁ、聞いた。あの時、俺が助けたのお前だったんだな」

「うん……お礼言いに行ったときはまだ入院中でいなくてさ……それで2年生で同じクラスになってヒッキーの名前知った時、この人なんだって気づいたの…………」

 そこから何も話し出せずに微妙な空気が俺達の間に流れ出す。

「今日誘ったのはヒッキーとゆっくり話がしたかったの……あたし、ヒッキーのこともっと知りたかったし」

「…………」

「あ、あのねヒッキー!」

「お、おう」

 由比ヶ浜は少し顔を赤くして何か意を決したように立ち止まって俺の方をじっと見てくる。

「…………あの時は助けてくれてありがとう。今のあたしがあるのはヒッキーのお蔭なんだ」

「…………ま、まぁあの時は体が勝手に動いたっていうか」

「ハハハ……でも本当にありがと。あの時ヒッキーが助けてくれなかったらあたし今頃、ヒッキーみたいにボッチになってたかもしれないし……ヒッキーはあたしの高校生活ごと命を救ってくれたヒーローだよ」

『八幡は私のヒーローよ』

 そう言われた時、小学生の時に雪乃に言われたセリフが頭をよぎる。

 …………はっ……人生で2人からヒーローだなんて言われるなんてな……。

「ま、まぁなんだ…………別にヒーローになりたいためにやったわけじゃないしな……なんにせよお前が無事でよかった。目の前で人に死なれてもあれだし」

「…………ヒッキー」

「ゆ、由比ヶ浜?」

 突然、由比ヶ浜が俺の首元に腕を回し、抱き付くようにして俺の耳元に口を寄せてくる。

「あたし……負けないから」

「…………」

 そう呟き、顔を真っ赤にした由比ヶ浜は小さく笑みを浮かべる。

 ……なんとなく今の一言で分かった気がした……由比ヶ浜が本当に言わんとしていることが…………でも……でも俺はそれでも雪乃が好きだ。親友でもあり……俺の初恋の人でもあり……大好きな人なんだ。

「絶対にヒッキーのこと捕まえてやるし。じゃ、また学校で!」

 満面の笑みを浮かべながら由比ヶ浜は走っていく。

 …………俺ってモテ期来てる?

 

 

 

 

 

 

 

「結衣さんはお兄ちゃんのことが好きっと……グフフフ。小町の秘密ノートが潤ってくる~」



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第二十三話

 夏休み……それは学生にとっては最強にして最高の長期休みであり、ダイエットして心機一転を図ろうとするもの、彼女が出来てデートを積み重ねて新学期が始まる頃には大人の男のワンステップを踏み出した哀れな男などが大量生産されるこの時期、俺は汗水垂らしながらキュー・キューっと空気入れをまるで心臓マッサージをするかのように押している。

 何故かって?

「お兄ちゃん遅いよ~」

「お前あとで覚えてろよ」

「雪姉に結衣さんとお兄ちゃんがデートしてたってこと言っちゃうぞ」

「おーし! 待ってろ我が妹よ! もう少しでビニールプールが膨らみ切るからな!」

 そう、俺は兄でありながら妹に脅迫されているのである。悲しいかな……以前、由比ヶ浜と一緒に遊んだときのことをどうやら小町に目撃されたらしく、夏休みに入って以来、こうして奴隷のようにこき使われているのだ。こんな暑い時間、誰だって外に出るよりも冷たいエアコンに当たっていたい。だがこの小町はなんと俺にビニールプールを膨らませろという重労働を押し付けたのだ! あり得ない。

「ほれ、出来たぞ」

「わーい!」

 小町は満面の笑みを浮かべながら冷たい水が入れられている子供用ビニールプールに飛び込み、暑い日差しによって熱せられた体を冷やす。

 たっく。急に物置からビニールプールを持ってきて膨らませてっていうから何かと思えば……友達誘って市民プールにでも行きゃいいのに。俺と違って友達いるんだし。

「……ていうかさ」

「なに?」

「室内でビニールプールしなくてもいいだろ」

 そう。さっきまでの話を聞いていればてっきり外でやっているかと思うが実は嘘だ。これこそ陳述トリック……あまりにも稚拙すぎてトリックでも何でもないけどな。

「え~いいじゃん」

「風呂に水張ればいいだろ」

「お風呂のお水は冷たすぎるの! ビニールプールのお水がちょうどいいんだよ。お兄ちゃん分かってないな~」

 分かってないのはお前だ。その水は風呂から引いてきたんだぞ。だが小町の言う事はちょっとわかる。何故か水風呂に入った時とビニールプールに入った時の水の冷たさに差があるように感じるよな。

 ていうかリビングでプールって……どうせあの甘々な両親のことだから許したんだろうけど。

「水零すなよ」

「分かってるって。小町そこまでドジっ子じゃないし」

 そう言い、小町はビニールプールの端に足を乗せて伸びるが踵から普通に水が滴り落ちてフローリングが徐々に濡れていく。

 バカだ…………やはり俺の妹はバカである。

 とりあえずこんなおバカな妹を放置し、家を出て暑い日差しが照り付ける中を本屋に向けて歩いていく。

 そろそろ受験も迫っていることだし、頭いいとこの大学の赤本でも買って解きはじめるか……大体入試の範囲なんてどこも似たようなところだし。

「…………そこにいるのは分かっているぞ、出て来い」

「ふっ。流石は八幡だな。我と戦い続けているだけのことはある。では尋常に!」

「乗ってやったからジュース奢ってくれ」

「モハハハハハ! 笑止! そのようなこと…………そんな冷たい目で見んといてください」

 ジトーっと生暖かい目で見ていたらあっという間に落ちてしまった。

 豆腐メンタルは健在ってか。

「で、なんで俺の後つけ回してたんだよ」

「うむ。八幡。我が前回、原稿を持ち込んだのは覚えているな?」

「血みどろになった原稿な」

「う、うむ。新作が出来たからまた読んでほしいのだ」

 断りたいが……どうせこれから暇だし付き合ってやるか。

「別に構わないけど」

「うむ! では早速八幡の家に行こうぞ!」

「なんでだよ。そこらへんの図書館でいいだろ」

 そんなわけで近くにある図書館に入り、エアコンがガンガン聞いている中で開いている椅子に座り、材木座の原稿に目を通す。

 材木座はやけに自信満々の表情だが…………な、なんだかな~。

 前回の失敗は一応は受け入れたらしく、無駄な倒置法だったり、最後らへんのかぶっている文章も減ったし、何より誤字・誤用は少なくなったのは十分に評価できると思う……思うんだが。

「なあ、この作品の主人公さ……俺そっくりなのは気のせいか」

 名前こそ違えど主人公の性格はボッチで可愛い幼馴染がいてお悩み相談部なる部活に入っており、ある日突然異能が目覚めて魔の手から可愛い幼馴染を護るために日夜奮闘する……。

「そ、それは八幡の気のせいではないか?」

「お悩み相談部って明らかに奉仕部だろ。ていうかお団子ヘアーでちょっとアホっぽいこの第2ヒロインは明らかに由比ヶ浜だろうし、この可愛くてみんなの高嶺の花だけどちょっと辛辣な言葉を吐きつけるヒロインなんかどこからどう見ても雪乃だろうが」

「八幡……これは我の取材から成り立つ作品なのだよ」

「別に現実の設定を作品に投入するなとは言わないけど…………だが一つ共感できるところがあるとすればこの主人公が幼馴染に対して抱く劣等感だな」

「ハボホン。やはり我の取材力は随一だったというわけか」

「この32ページ目の主人公の台詞も分かる。『幼馴染は完璧でみんなからの評価は高いのにみんなからの評価が低い俺が傍にいていいのだろうか』っていう台詞とかな。分かるな~……いくら頑張っても幼馴染と同じ立ち位置につけなくて周りは幼馴染を誉めそやす……この40ページ目で主人公が幼馴染であることを知られて驚かれるところなんかもあるある。雪乃と俺が幼馴染だって言われたらみんなして驚いて逆に雪乃に変な噂とかたったりしてな……その時はもう1人の幼馴染の隼人が消したんだけど」

「…………なんかすまぬ」

「なんでお前が謝るんだよ……でもまあこの主人公に共感できんの俺くらいだろ。今時あんな可愛くて幼馴染の男のことをよく思ってくれている女の子なんていないぞ……一言、この作品に感想を付け加えるならば……このヒロイン超可愛いじゃねえか!」

「ほぅ」

「なんだよこの可愛いさ! 目を潤わせて上目づかいで抱き付いてくるってお前紙の上でしか知らないことよく書けたな! 材木座! ストーリーはこの際この主人公とヒロインのイチャイチャラブコメに変えろ! ていうか寧ろ変えてください! 材木座先生!」

「ムハハハ! そうかそうか! やはり我の紙の上での表現は最高であるか! よーし! このラノベ作家材木座義輝! 貴殿の望むイチャイチャラブコメを書いてやろう! 後で取材させてくれ!」

「もちろんっすよ!」

 俺達はガシッと今までにないくらいに固く握手を交わす。

「んんん!」

「「…………」」

 図書館の職員さんの痛烈な咳払いを食らい、俺達は少し嫌な予感をしながら周りを見渡してみると鬱陶しそうな表情でほとんどのお客さんが俺達を睨んでくる。

「「……」」

 俺たちは互いに顔を見合わせ、頷き合うとそそくさとその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺……今まで何してたんだっけ」

 思い出したくない黒い記憶に苛まれながらも材木座と分かれあと、近くにある結構大きめの書店に入り、赤本コーナーへ向かうと見覚えのある青みがかった黒髪をシュシュで一まとめにしている女子の後ろ姿が見えた。

 えっと確か…………あ、そうだ。川崎だ。大志の姉貴の……。

 川崎姉は赤本を手に取り、パラパラと中身を少し見るがどうやらお気に召さなかったらしく手に取った赤本を棚に戻し、すでに持っていた問題集をもってレジへと向かった。

 …………なんか今日はよく知り合いに会う日…………。

 ふと顔を赤本コーナーとは逆に向けると動物写真集コーナーで黒い帽子にサングラスという店員が警戒するほどのあからさまに怪しい恰好の雪乃の姿を見つけた。

 雪乃は周囲をキョロキョロと見渡し、恐る恐る猫の写真集を手に取ると1ページめくる度に顔を赤くしながら緩ませ、悶える。

 …………猫の写真を見て悶えている雪乃を見て悶えている俺は恐らく生粋の変態だろう。

「買えよ」

「っっ! は、八幡。い、いつから」

「最初から。あと怪しいからその格好やめろ」

「あ」

 黒い帽子とサングラスを取ると店員はそそくさと離れて仕事に戻る。

「そ、その……知り合いに見られるのは恥ずかしかったから」

「そんな怪しい恰好せずにいつもとは髪型変えるとかすりゃいいのに」

 雪乃は完璧超人であるように思われているが猫のことになると若干、穴ができる。幸い他人の目があるところでは俺がその穴を埋めているからいいけど……変な奴にそこに付け込まれても困る。

「八幡はここで何を?」

「赤本でも買ってやろうかと。そろそろ準備はじめた方が良い時期だしな」

「わ、私も元々はその理由だったの。でも猫の写真集が見えて」

 そう言いながら雪乃は本当に恥ずかしそうに顔を赤くして白いスカートの端をギュッと掴む。

 ……こ、こっちが悶え死にそうだ。

 もっと見ていたいがここで他人の目もあるので黒い帽子だけを彼女に被せる。

「ま、まぁなんだ……またカマクラ可愛がりに来いよ。あっちもお前のこと待ってるだろうし」

「そうね……かーきゅん……んん! カー君にもまた会いに行くわ。またね、八幡」

「あぁ、またな」



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第二十四話

 早起きは三文の徳と言われておりますが意外とその意味をしっかり理解している奴はいない。意味としては朝、早く起きることは健康にも良いし、必ずいくらかの利益があり、 また何か自分にとって良いことが得られるというたとえであるがこうは思ったことは無いだろうか? 徳ってなんやねんと……俺的に早起きをすることで今まで見えていなかったものが見える……これが俺が小学校4年から5年の間に導き出した仮説だ。例えば久々に朝早く起きてテレビをつけると見逃したアニメの再放送がされていたり、いつもは母親任せの犬の散歩に出かけると可愛い女の子と話が出来たりなどだ……さて、これを俺に当てはめてみよう…………。

 

「すー……」

 

 ……何で俺の隣で雪乃が寝てるんだ。

 朝、やけに腕に重いものを感じたので隣を見てみると何故か雪乃が気持ちよさそうに眠っていたのだ。

 よく考えてみろ……昨日、雪乃は家にいたか? 答えはNOだ。なら何か雪乃と出掛ける約束をしていたか? これもNOだ……結論を言おう。雪乃は勝手にやってきた。

 とりあえず起こすのも憚られるくらいに可愛い寝顔だったので起こすなどという野暮なことはせず、雪乃が起きるまでの1時間、ずっと寝顔を見ていた。

 目を覚ました雪乃と目が合い、互いに顔を赤くしたのもまた一興。

 とりあえず居間へと向かうと小町がテーブルに勉強道具一式を広げて勉強していたが俺と雪乃を見るや否や俺の方にウインクをしてくる。

 …………こいつら絶対に秘密条約交わしてるわ。

 とりあえずテーブルにつき、朝の子供劇場を見ながら朝食を食べる。

 

「お前いつ来たんだよ」

「昨日の12時位かしら」

「12時って……そんな時間に出歩かなくても」

「大丈夫よ。タクシーで来たもの」

 

 そこが分からん。何もそんな夜遅くに出なくても朝早くに来ればそれで……ってなんで俺は雪乃が家に来ることを肯定してんだか……いやまあ俺としては嬉しいんだが。

 

「で、なんで家に?」

「平塚先生からのメール見てないの?」

 

 そう言われ、部屋にスマホを取りに帰ると昨日充電し忘れていたらしく、電源ボタンを何回押しても画面が表示されなかった。

 とりあえず居間のコンセントに充電器をぶっさして充電しつつ、朝飯を食っていく。

 

「先生からどんなメール着たんだよ」

「奉仕部の合宿をするらしいわ。2泊3日でね」

 

 ……合宿って奉仕がメインの部活動で何を合宿するんだよ……スポーツクラブみたいに練習があるわけでもないし囲碁や将棋みたいに覚えなきゃいけないルールがあるわけでもなし。

 

「小町もそれ行くんだ~。結衣さんから誘われたの!」

「え、良いのかよ」

「良いらしいわ。むしろ多いのは歓迎らしいけど」

 

 えらく自由な合宿だな……。

 その時、スマホからある程度充電で来た時に鳴る音が聞こえ、ボタンを押して画面を表示すると思わず恐怖からのけぞってしまった。

 な、なんだよ。この着信の数とメールの数は……20件来てるぞ。

 電話が5件、メールが15通……怖い。

 恐れを抱きながらメールを開いてみると挨拶から始まり、やけに長い文章が続く。定期テストの結果がどうであったとか最近の奉仕部での活動はどうだとかが最初は占めており、最後の4行くらいで奉仕部で合宿行くことが書かれているが2通目を見ると『できれば早く連絡かえしてください』から始まり、最初の2倍以上は長い文章が打たれており、10通目まで飛んで表示するとたった三行で

 

 『本当は起きてるんじゃないんですか?』。

 

 『ねえ見てるんでしょ?』

 

 『      見ろ          』

 と表示されており、15通目にもなると

 

 『                 』

 

 といった具合で何も書かれていなかった。

 …………半分冗談が入っていると思いたい……これが全力だったらとりあえずスクールカウンセリングの人に相談して是非紹介してあげたいです。

 そう思いながらそっとスマホを置いた。

 

「…………もしかしてお前、家から行くのか」

「ええ。八幡のことだから夏休みは最強の長期休暇である。ゆえに休む……という変な理由で休むでしょ?」

「流石雪姉! お兄ちゃんのことよく分かってる~。良いなお兄ちゃんは~。こんな美人で頭もいい女の子と幼馴染で今でも付き合いがあるなんて」

 

 その幼馴染にエンハンスをかけている要因はいったい誰なんでしょうねぇ……はぁ。今年も夏休みにキャンプに行くのか……まぁ、雪乃がいればそれはそれでいいんだが……。

 

「はぁ。流石にんなこと言わねえよ……じゃあ、準備を」

「あ、もうこっちにあるよ~」

 ……準備万端と喜ぶべきか既に包囲されていると悲しむべきか…………どっちだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで戸締りをし、大きなカバンを持って2人と一緒に集合場所となっている駅のバスロータリーの近くに行くとワンボックスカーにもたれ掛ってタバコを吸っている平塚先生の姿が見えた。

 黒いサングラスをかけ、裾を結んだ黒いTシャツ、デニムのホットパンツ、靴は登山靴のようなスニーカー……何でこんなにもおしゃれで美人な女性に旦那さんがいないんだろうか。

 

「比企谷……なんでお前ばっかりにそんな良い青春が回ってくるんだ!」

「さ、さぁ?」

「私だって青春したい……したいのにっ!」

 先生はサングラスを取って指で涙をぬぐいながらそう言う。

 

「いや、先生はもう青春っていう年齢じゃ」

 

 その時、俺の頬のあたりで一陣の風が吹く。

 ジャンナックルならぬシズナックル……。

 

「女性に年齢は聞くなと教わらなかったのか?」

「す、すみません」

「ふん……これでほぼ全員そろったか」

「あ、ヒッキー! ゆきのーん!」

 

 後ろからそんなやけに元気な声が聞こえ、振り返るとコンビニの袋を持った由比ヶ浜と戸塚が立っており、いつもと変わらず戸塚を見ていると減少した癒しという名のHPが回復していく感じがする。

 あぁ…………神様。やっぱりあんたの功績は偉大だ。今度神社とかお寺とか行ったらいつもよりも多めに賽銭入れてやるからな。

 

「やっはろー! ヒッキーゆきのん!」

「結衣さんやっはろー!」

「あ、小町ちゃんもやっはろ~!」

 

 そのバカっぽい挨拶ははやっているのか?

「八幡、やっはろ~」

 広めようぜ。やっはろ~は今日から世界共通の挨拶だ! 皆さんやっはろ~!

 

「今日は誘ってくれてありがとうございます!」

「いいよいいよ~。あたし小町ちゃんと一杯お喋りしたかったし!」

「全員揃ったな。乗りたまえ……比企谷は私の隣だ」

 

 そう言いながら平塚先生が運転席に乗り込み、俺も隣に乗り込もうとするが小町に腕を引っ張られて由比ヶ浜の隣に押し込まれ、その左隣に雪乃が座り、一番端に戸塚が座ると小町は助手席に座った。

 

「……私は比企谷に言ったんだが」

「やだな~先生。小町も比企谷ですよ~」

「……ほぅ。中々才能があるじゃないか……」

「よく言われます~」

「嘘つけ」

「とりあえず出発するぞ」

 

 そう言い、ワンボックスカーがゆっくりと走り始め、駅のバスロータリーから離れ、5分ほど走ったところで高速道路に乗った。

 

「ところでどこ行くんすか? 高速乗るくらいだからどっかのキャンプ場っすか?」

「キャンプ場ではないがまあ似た所だよ。詳しい話は現地で話す」

「にしても車のってどっか遠い処に行くのあたし久しぶりかも。ヒッキーは?」

「あ、あぁ。俺も久しぶりかな」

 

 さっきから由比ヶ浜がやけに密着してくるし、それに対抗してなのか雪乃に関しては俺の腕に抱き付き、頭を俺の肩にコテンと乗せてくる。

 りょ、両脇から良い匂いがしてくる。

 

「そうね。小学生の頃はよく遊びに行ったのだけれどね」

「…………おい、比企谷八幡」

「ひゃ、ひゃい」

 

 そのあまりにも冷たくてひどく低い声の前に思わず変な声が出てしまう。

 

「まさかとは思うが…………お前が前に言っていた子はお前の左隣の子か?」

「…………ひゃ、ひゃい」

「…………このまま海に突っ込もうかな」

「冗談はやめてください」

「ふっ。冗談だ……まぁ、比企谷が滅びろと思っているのは本気だがな」

 

 バックミラー越しに俺を睨み付けてこないで。怖いから。

 

「……眠いのか、雪乃」

 

 うつらうつらしている雪乃はコクンと頷き、そのまま俺の肩に頭を乗せて眠ってしまった。

 だから朝早くに家に来ればよかったのに……ま、まぁこれは来れであり……ん?

 その時、逆の腕にも今の感覚と似ている感覚があり、そちらの方を見ると俺の肩に頭を乗せてすやすやと寝息を立てている由比ヶ浜がいた。

 …………これを両手に花と言わずしてなんというか。

 とりあえずハンドルを握っている先生の手首の血管がやけに浮き出ているのは見なかったことにして俺も少し寝るか。どうせ先は長いんだし。



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第二十五話

 ガタガタと揺らされる感覚がし、ゆっくりと目を開けると一番最初に雪乃の顔が視界に入り、次に車の中の内装が目に入ってようやく出かけている最中に寝たんだと思いだした。

 起き上がり、窓の外の景色を見てみると一目で山の中だと分かった。

 目を擦りながら外へ出ると夏真っ盛りのあのじりじりとした太陽があるにもかかわらず、汗が出てこない程度の涼しさを感じる。

 

「山の中涼しいな……って山?」

「何を寝ぼけているんだ。さっさと荷物を出したまえ」

 平塚先生にそう言われ、車から荷物を降ろしているともう一台のワンボックスカーが俺達の近くに停車し、そこからやんややんやと楽しそうにしている連中が降りてきた。

 大体ああいうやつらに限ってこういうキャンプでカップルが成立するんだよな。そうそう、あんな感じに金髪縦巻きにしてる女子と金に近い茶髪の男子がくっついて……な、何で奴がここに。

 

「お、八幡」

「は、隼人」

 ワンボックスカーから降りてきたのはなんと隼人たちだった。よく見てみると三浦さんに戸部、海老名さんといつもの隼人グループの面々だった。

 

「あっれぇ~? 隼人君とヒキタニ君って知り合いな感じ?」

「まあね。小学校から一緒だから」

「ハ、ハヤハチですと!? しかも幼馴染と来たぁぁぁ!」

 とにかく叫んでいる海老名さんは放置しておくにしても……何故にリア充グループがここに?

「お、来たな」

「まさか先生が呼んだんすか?」

「うむ。揃ったことだし、今回の説明をするか。今回、君達には小学校の2泊3日の林間学校のサポートをしてもらう。教員、職員の奴隷というやつだな」

 もっと綺麗な言葉があるでしょうに……はぁ。

 

「今回の活躍次第では内申点に加点することも考える……私の独断と偏見での判断だがな」

 そう言いながら先生はニタ~っと嫌な笑みを浮かべる。

 この人絶対に加点させる気ないだろ……ていうかなんで先生が小学校のボランティアなんか。

 

「ていうかよく小学校のボランティアなんか引き受けましたね」

「まぁ。私は新人で有望な人材だからよく校長から役職を任されるのだよ。新人で有望だからな」

 ……とりあえず新人を2回言ったことはスルーしておくか。

「よし。では本館に荷物を置きに行くぞ」

 

 降ろし終わった荷物から自分のカバンを取り、先生の後ろを歩きながら少し離れた所にある本館へ向かう。

 隣には雪乃、その後ろには小町と由比ヶ浜と戸塚、そしてその後ろにリア充グループ……ていうかなんであのリア充グループを呼んだんだ。

 

「あの先生。何故、葉山君たちが」

「さっきも言ったが内申点を餌に釣ったのさ。元々奉仕部だけではカバーしきれないと思っていたからな。ま、あんな程度で釣れるとも思っていなかったがな」

 内申点ねぇ……少なくとも隼人はいらないくらいに内申点高いだろ……他の連中は知らないけど。

「だがまさか葉山とまで幼馴染とはな」

「タダの腐れ縁です」

「それを幼馴染というのだよ…………むしろ何故そんな素晴らしい交友関係がありながら……人生はなかなか難しいものだな」

「ちょっと。勝手に俺の人生ハードモードにしないでくださいよ」

 

 確かにイージーモードではないがハードモードではないのは確かだ……な、なんせ雪乃がいるしなぁ……って俺はいつから惚気るようになった。ハァ。にしても2泊3日か……昔はよく雪乃の家に泊まりにいったな……まぁそこで婚約届けというなの契約文書を書いたんだがな。

 本館に到着し、荷物を置いて今度は集いの広場とかいう場所へ向かうと100人くらいの小学生の群れが俺達を出迎えたがまぁ、うるさいことこの上ない。

 林間学校という普段滅多に来ることがない場所に来る行事でやかましくなるのは小学生だろうが中学生だろうが高校生だろうが変わらないことだ。そしてあの名言が飛び出すんだよな。

 いつまで経っても拡声器を持ったまま話そうとしない教員の姿に不安を感じ始めたのか徐々に静かになっていき、3分ほどで静かになった。

 

「はい。皆さんが静かになるまで3分かかりましたよ」

 出た、名言『お前らが静かになるまで~分かかりましたよ』。これ以上に小学生にダメージを与える言葉もないだろうというくらいの名言だ。下手したら中学でも言われるからな……あと怒ってないから話さないっていうのもなかなかのダメージソースになる。

 

「今日から皆さんを手伝ってくれる高校生のお兄ちゃんとお姉ちゃんたちです。挨拶をしましょう」

『よろしくお願いしまーす!』

「今日から皆さんをお手伝いします。皆でいい思い出を作りましょう」

 流石はイケメンで隼人。早速小学生の女の子からハートの視線をバンバン送られてるぜ……にしても良く人前に立ってあんなすらすらと喋れるな。俺だったら固まるかセリフ忘れるわ。

「はい、ありがとうございます。では皆さん、オリエンテーリングから始めます。くれぐれも怪我をしない程度に楽しんでくださいね。それではスタート!」

 

 あらかじめ班を組んでいたらしく、小学生たちは一斉に散らばり、班を形成すると森の中へと歓喜の声をあげながら走っていく。

 小学生は純粋だよな……まぁ、いずれドロドロの人生というものに気づくんだろうがな。

 

「やっぱり小学生って可愛いよね、お兄ちゃん」

「そうか? ただ単に小うるさいガキだろ」

「え~。じゃあ雪姉との子供もそう言うの?」

 そう言われ、凄まじい勢いで鼻から鼻水が噴出し、口から唾液が太陽の光を浴びてキラキラ光り輝きながら放物線を描いて地面に落ちる。

 こ、この妹君はいったい何をおっしゃっているのでしょうか。

 

「お前、いつか覚えてろよ」

 そう言うと小町はわざとらしく、頭をコツンと小突く。

「全員集合」

 平塚先生の招集に全員が答える。

「君たちにお願いするのはゴール地点での飲み物と弁当の配膳だ。私が先に車で運んでおくから君たちはゆっくり、小学生たちと交流しつつ、小学生よりも早くゴールに到着するように。では頼むぞ」

 

 そんなわけで俺達は平塚先生に与えられた仕事を全うするためにオリエンテーリングのゴール地点を目指して山の中をえっちらほっちらと歩きつつ、小学生とも軽く交流をしながら歩いていく。

 にしても……何で隼人はあんなに小学生からもモテるんでしょうかねぇ。

 

「お兄ちゃん!」

「な、なんだよ」

「あのイケメンさんとお兄ちゃん比べたらなんだか頼んないよ。お兄ちゃんもあの人みたいにイメチェンしなきゃ! 今こそメタモルフォーゼしてイケメンになんなきゃ!」

「するか」

「そうよ小町ちゃん。八幡は今のままで十分カッコいいもの」

 こ、こいつは何で人前でそんなこと言えんだよ……そのメンタルの強さ、俺にも欲しいわ。

「ヒキタニ君、モテモテですな~」

「は、はぁ」

 

 ていうかなんでさっきから海老名さんって子は隼人と俺をチラチラ交互に見ながらニヤニヤしてるんでしょうか……さっきから悪寒が半端なく止まらないんですが。

「ふ~ん。雪ノ下さんってそんなの好きなんだ」

 三浦さんが何故か勝ち誇ったような笑みを浮かべながら雪乃の方を見るが雪乃も負けじと冷たい視線と表情で三浦さんに無言の重圧をぶつける。

 とりあえず、こんな楽しい場で喧嘩されても困るので雪乃の手を引っ張って俺の後ろに隠し、2人の間に立つようにして道を歩き出そうとした時だった。

 

「ここのだけ手伝うよ」

 そんな声が聞こえ、そちらの方を見ると小学生の1グループと隼人が仲良さげに喋っていたがその少し後ろのところにメンバーとは距離を開けている女の子の姿が見えた。

 メンバーは時折、その女の子の方を見るがどこか話しかけ辛そうな表情をした後、元の方に顔を戻す。

 雪乃もその子の存在に気づいているのか同じ方を見ている。

 

「昔の貴方と似ているわね」

「……そうだな」

 

 俺が小学生のころ、何故誰にも話しかけられなかったのかと言えば小学生が読むにしては難しすぎる本を読んでいたと言う事もあるが一番は頭脳がその時は異常とみられていたからであろう。

 小学生なら絶対に興味を抱かないことに興味を抱き、使わないであろう難しい本を使って理解するまで調べる……今は異常さは見られないが小学生の時は雪乃に会うまで異常の塊だった。

 彼女たちが浮かべた表情は俺を見てくる奴らの表情と似ている。話しかけたくても話しかけられない……。

 恐らく距離を開けている女の子も何かしらの異常を秘めているんだろう……まぁ、俺には関係のないことだろうとは思うけどな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴール地点に到着した俺達に待っていたのはワンボックスカーの荷台から弁当と飲み物が入ったクーラーボックスを降ろすこととデザートの梨を剥くことだった。

 隼人たちがは以前の準備を行い、俺達は梨の皮を剥くこととなり、近くを流れている川で冷やされていた梨を持ってきてナイフで皮を剥いていく。

 

「ヒッキー意外と上手じゃん」

「え、何その上から目線」

「ふふん。あたしだって日々進化する生き物だし、皮むきなんてお茶の子さいさいなんだから」

「では由比ヶ浜さん、お願いしてもいいかしら」

 

 雪ノ下からナイフと梨を受け取り、調子よく皮を剥いていくがまな板にかなりの量の実が付いた皮がボトボトト音をたてながら落ちていき、由比ヶ浜の手にはボン・キュッ・ボンのセクシーグラマラスダイナマイトボディに進化した梨が握られている。

 

「あ、あれ? おっかし~な~。ママこうやってたのに」

 見てただけかよ。

「由比ヶ浜さん。包丁を動かすのではなくて梨を動かすの」

 説明しながら雪乃は慣れた手つきでクルクルと梨を回転させながら綺麗に梨の皮を剥いていく。

「おぉ~」

「この程度で驚く由比ヶ浜の料理スキルの低さが目に浮かぶな」

「なっ! ヒッキー酷!」

 そんなこんなで時間は過ぎ去っていく。



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第二十六話

 小学生たちの配膳作業も終了し、俺達はしばしの休憩タイムに入っていた。

 流石は山というべきか、向こうと比べて幾分か涼しいのでそんなに汗もかかないし時折、吹いてくる風もまた心地いい。

 ほとんどの奴らは山の中へ小学生に混じって遊びに行っているが俺は木陰になっているところで椅子に座って目の前に広がっている自然を見ながらボーっとしている……雪乃と一緒にな。

 

「なんでお前も行かなかったんだよ」

「あら、八幡は私の隣にいるのがそんなに嫌なの?」

「そう言うわけじゃねえけど」

「ならいいじゃない」

 

 そう言って小さく笑みを浮かべながら雪乃は俺の肩に頭を乗せてくる。

 いやな。俺はウェルカムなんだよ……なんだけど。

 チラッと後ろを見てみると小学生の女の子たちが木に隠れながらキャッキャッと目を輝かせて俺達を見ながら小さく集まって喋っている。

 多分あれだな……うん、あれについて喋っているんだ。

 

「今日は来れてよかったわ」

「……何か予定でもあったのか?」

「いいえ、そういうわけじゃないのだけれど……来れないとばかり思っていたから」

 

 そう言い、雪乃は表情を少し暗くする。

 …………時折、見せるこの表情の意味を俺はまだ知らない……いや、今まで雪乃が俺に見せてこなかったからという事もあるんだろう……でも隼人は知っているんだろうな。昔から家族ぐるみで交流があったあいつは俺の知らない雪乃のことをいくつも知っている。

 そんなことを考えているとまたあの時の様に奥底からイライラに似た感情が込み上げてくる。

 

「……はぁ」

「どうかしたの八幡?」

「いや、なん」

 

 ”なんでもない”……そう言おうと雪乃の方を向いた瞬間、思いのほか雪乃との距離が近く、傍から見ればすぐにでもキスするんじゃないかと思われても仕方がないくらいの距離まで近づいた。

 雪乃の綺麗な目から離せず、時折皮膚にかかる彼女の吐息から何まですべてが異様なまでに艶めかしく見えて仕方がない。

 …………欲しい……俺は欲しいんだ……でも今の俺じゃ……。

 今にも彼女の唇を奪いかねない俺の気持ちを抑え込んで雪乃から顔を離す。

 

「…………バカね」

 一瞬そんなつぶやきが聞こえ、俺の手を握る雪乃の力が強くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後4時、少し早目の晩御飯の準備が始まり、キャンプでは恒例のカレーを作る準備が始まった。

 俺達ももちろん作るがそこはやはり小学生。まずは火をつけるところから少々苦戦している班が数カ所あるが1か所だけ火をつけ終わり、すでに米をとぎ始めている班がある。

 お昼ごろに見かけたあの女の子の班だった。

 確かに孤立はしているがそんないじめにつながるような悪意ある孤立じゃない……あの子を見ていると本当に小学校時代の俺を思い出す。

 

「よーし。火のつけ方を教えてやろう。みんなよく見ていろよ」

 

 平塚先生はそう言って小学生を集めるとまだ火をつけていないレンガで囲まれたコンロ代わりのところに炭を積み上げていき、その下に着火剤とくしゃくしゃに丸めた新聞紙を置く。

 

「それでこうやれば……む。中々つかんな…………面倒くさい」

 

 着火剤に火をつけると新聞紙に燃え移り、炭へ移すために適当に団扇で扇ぐが中々火が炭に燃え移らず、それに業を煮やしたのか近くにあるサラダ油をぶっかけた瞬間、火柱が軽く立ち上り、小学生たちから悲鳴にも似た歓喜の声が上がる。

 

「さて、私がやったようにやってみろ。もしつかないのなら近くのお兄さんお姉さんに言いたまえ」

 

 先生のその言葉で小学生たちが元の場所に戻るがあの子だけはポツンと最初から元の位置にいた。

 

「随分手慣れてますね」

「大学時代はよくサークルでバーベキューに行ってな。私が一生懸命やっている間にカップルどもがイチャイチャ…………なあ比企谷。一生懸命準備をしている女性はいつも貧乏くじを引くのだろうか」

「さ、さぁ?」

 

 俺的にはあの長文メールと電話の回数をググッと減らすというか見直せば今すぐにでも結婚できると思うんですけどねぇ。外面だけ見れば超美人だし。

 先生から離れ、雪乃たちが食材を取りに行っている間に残っている戸塚たちとともに火をつける。

 適当に団扇でパタパタしていると炎が炭に燃え移る。

 

「うひゃ~。ヒキタニ君超美味いじゃん! 何かコツとかあんの!?」

「い、いや適当にやってるだけだけど」

 

 いきなり喋りかけてくんなよ。友達だと思うだろうが。

「八幡って意外と家庭的だね」

 

 はぁ。やはり戸塚のスマイルは素晴らしい……神様仏様戸塚様ぁ!

「そりゃ将来の進路は専業主夫だもんな、八幡は」

「あ、そっか~! 隼人君とヒキタニ君は幼馴染だったべ」

「かれこれ8年くらいの付き合いだな」

「流石に高校まで同じとは思わなかったけどな」

 

 いつになっても隼人はイケメンスマイルを絶やさない……まぁそこがある意味、怖いところでもあるんだが。長い付き合いだがこいつのイケメンスマイルが跡形もなく崩れ去ったのは見たことがない。ある意味では隼人と陽乃さんは似た者同士という所だな。まぁあの人と比べるには根本的に間違っているんだが。

 

「僕、八幡の妹さんを見た時、雪ノ下さんの妹だって思っちゃった」

「あ、それ俺もだべ!」

 

 まぁ、戸塚の間違いはよくあることだ。俺と小町、そして雪乃の3人が並んでいるとどうも俺と小町・雪乃という2グループで分けられることが多い。なんでかはしらんがな。

 

「まぁ、なんだ……あいつは良い子に育ったからな……俺に対しては真黒黒助だがな」

 

 なんだよあの秘密ノートってやつは……リアルに妹の腹黒さを感じたわ。

「あ、みんな戻ってきたみたい」

 

 戸塚のその言葉で振り返ると食材を持った雪乃たちがこっちに向かって歩いてきていたので火元から離れ、包丁の準備をしていると俺の隣に食材が入ったボウルが置かれる。

 

「お待たせ、お兄ちゃん」

「おう。じゃあ切っていくか。あ、由比ヶ浜は皮むきでいいぞ」

「ふふん。あたしこう見えても包丁で切るのはできるんだから!」

「由比ヶ浜さん。さっきの梨の向き方を見た後で聞いても説得力がないわ」

「うぅ~……分かったよ~。じゃああたし皮むきする」

 

 不貞腐れながら由比ヶ浜はピーラーを手に取り、ニンジンの皮をシュッと向いたところで何故かマジマジとニンジンを見て動きを止めた。

 

「あれ? ニンジンってどこが身でどこが皮?」

「由比ヶ浜さん。お米を研いでちょうだい」

 

 額を抑えながら雪乃に言われ、由比ヶ浜はショボーンと肩を落としながら小町と一緒に米を研ぎ始める。

 

「じゃあ私たちも始めましょうか」

「そうだな……」

 

 包丁を持ち、手際よく食材を切っていく。

 そう言えば昔、小学校の調理実習で雪乃と同じ班になってよく包丁で食材切ってたな……ていうかよくあの学校、小学生に包丁つかわせたよな。まぁ、先生3人くらいいたけど。

 そんなこんなで時間は過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、流石は高校生。早いな」

 平塚先生が俺達の様子を見に来たころには既にカレーのすべての準備が終了し、あとは白飯とカレーが煮込み終わるのを待つだけとなっていた。

 由比ヶ浜以外、標準的なスキル持ってたしな……由比ヶ浜以外。

 

「まだ時間もある。小学生と触れ合ってくるといい。まだできていないところがほとんどだからな」

 

 ほとんど……。

 チラッとさっきの女の子の班を見てみると既に俺達と同じ作業工程まで終わっており、その女の子は椅子に座って本をずっと読んでおり、他の班員は時折その女の子のことを見ては話しかけ辛そうな表情を浮かべてまたその少女から視線を逸らす。

 

「……あの子を見ていると昔の八幡を思い出すよ」

 

 小学生のもとへ向かう通り過ぎ様に隼人がそう言う。

 遠目で見た限り、あの子が読んでいるのは世間一般的に小学生が読むであろうと思われてはいない本だろうし、仮に小学生が読む本だとしてもあれは分厚すぎる。

 俺も昔ああだった……小学生では到底、集中力が持続しないであろうと思われている分厚い本を1カ月かけて読破し、理解するまで何度も読み続ける……最初はすげえと言っていた奴らも最終的に怖いものでも見るかのような目で俺のことを遠くから見てくる。まさにあの少女と俺の境遇はほとんど同じだ。

 問題は他人があれを見て可哀想と思うか否かだ。可哀想と思えば教師が動くだろうし、そう思わなければそのまま放置だ……俺の場合は雪乃に出会ってからはそんなのは鳴りを潜めたけど。

 その女の子は本に栞を挟み、メンバーがいる場所から少し離れた場所に出てそこでまた本を読み始める。

 どうせ何もやることは無いのでその子のもとへと向かい、隣に立って読んでいる本をチラッと見てみると不等式だのCosだのSinなどの文字が見えた。

 

「……何か用」

「別に……小学生が高校生の分野の本か」

「…………おかしいでしょ」

「別に……俺もお前と似たような感じだった。小学生でありながら小難しい論文の本を読む……」

 

 恐らくこの子が孤立している原因は全く俺と同じだろう……ただ1つ違うのはまだこの子に話しかけようとしてくる存在がいることだ。俺の時は雪乃と隼人以外、誰も話しかけようとはしなかったけどな。

 

「……そうなんだ…………ねえ、Sin・Cosってなんなの? 先生に聞いても分からないっていうし」

 ……それもそれでどうかとは思うけど。

「三角関数つってな。高校数学じゃほとんどの分野で出てくる。微分積分でも使うし、大学でも数学系に進んだらつかわないことは無いって言う位の超有名人。まぁ、高校生の間は直角三角形でしか用いられないことが多いけどな」

「ふ~ん……じゃあ高校生になってからのお楽しみなんだ」

「まぁ、そんなところだな…………」

 

 向こうでは隼人が小学生を楽しませているのかやけに楽しそうな歓声が聞こえてくる一方、隣の少女はただひたすら本を読む。距離はそんなに開いていないはずなのにどこか遠く離れているように感じる。

 

「……鶴見留美……貴方は」

「比企谷八幡…………」

「……八幡も同じなの?」

「同じだった……小学生の時は天才天才つって囃し立てられたような気もするけど大体の奴らは小学生じゃないような俺を見て離れてった」

 

 まぁ、それだけが原因じゃないんだけどな。

「でもなんだか私とは違う気がする」

「……まあな」

 

 俺と留美が違う大きな要因は雪乃という幼馴染が俺にはいて彼女には雪乃にあたるような存在がいないと言う事だろう。もしも俺も雪乃にあの時話しかけていなければ留美と全く同じ道をたどったに違いない。

「……難しいよね、人生って」

「そうだな……俺たちが生きている間はずっと解けねえよ」



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第二十七話

 夕飯のカレーの準備が全ての班で終了し、小学校の教員が全員に座るように大きな声で指示を飛ばすと留美は本をぱたんと閉じて静かに立ち上がり、自分の班へと向かう。

 その後姿に何らかの劣情を感じる訳じゃない。今の状態を恥ずかしいとか嫌だとかは一切感じていないのか彼女の背中からは何もない”無”を感じた。

 ……俺も今でこそ隼人や雪乃、由比ヶ浜、戸塚なんかの知り合いがいるが小学校1年生・2年生の頃は友人はおろか喋る人さえいなかった。今の留美はそんな俺と酷似している。別に誰とも話すこともなく、ただひたすら本を読み続ける。ただ俺と違うのは彼女に話しかけたいと思う存在がいること……。

 

「八幡。カレー、出来たわよ」

「……あぁ」

 

 雪乃に呼ばれ、炊事場の近くにある木製テーブルと一対のベンチがある場所へ向かうと既にテーブルには皿に盛られているカレーがあり、俺たち以外のメンバーは既に席についていた。

 空いている席に座ると俺の隣に雪乃が座る。

 誰が言うわけでもなく、心の中でいただきますと呟き、作り立てのカレーを食べ始める。

 

「んー! 美味しい! なんかキャンプ場で食べるカレーって美味しいよね!」

「あ、それ分かります! なんかキャンプ場に来ると美味しく感じますよね!」

「あるある~!」

 

 由比ヶ浜と小町のハイテンションぶりに唯一ついていける戸部が2人と一緒に場を盛り上げるべく、話し始めるとそれに乗じて海老名さんや三浦たちも喋りだす。

 

「八幡、おいしい?」

「あぁ、おいしい」

 

 まぁ、雪乃が最終的に調整したから食べ慣れてる雪乃のカレーの味がするけど飽きない位に美味い……何か細かい味を変えてるのか?

 

「ん、水」

「ありがと」

 

 雪乃が一瞬、顔をしかめたので近くにあるコップに水を注ぎ、彼女に渡すと口の中を軽く火傷していたのかコップ一杯の水を一気に飲み干した。

 分かる分かる。いけると思って口の中に入れたら思いのほか熱すぎて火傷することあるよな。んでその後、口の上の部分の皮がベロ~ンて剥ける時もあるよな。

 

「戸塚、水」

「あ、ありがと八幡」

「小町。回してくれ」

「オッケ~」

 

 戸塚のコップにも水がないことに気づき、水を注いだ後小町に渡して全員に水を配らせる。

 

「八幡、おかわりは?」

「あ、頼む」

 

 そう言われ、雪乃に皿を手渡し、白飯とカレーのルーを入れてもらう。

 

「はい」

「ありがと」

 

 ちょうど良い量だけ入れられたカレーにスプーンを突っ込もうとした時にふと、海老名さんと目が合い、何故かそのまま離せなくなってしまった。

 

「あ、あの何か?」

「あ、ううん! なんだか雪ノ下さんとヒキタニ君を見てると長年連れ添った夫婦みたいだな~って」

「ぶふっ!」

「うわっ! お兄ちゃん汚!」

 

 海老名さんにそんなことを言われ、気管にカレーが詰まってしまい、鼻水と共にカレーが勢いよく口から吹き出かけたが何とか手で押さえることが出来た。

 あ、危ない……危うく女王三浦に殺されるところだった。

 俺の真正面にはちょうど三浦が座っている。

 チラッと雪乃の方を見ると普段と同じ平静を保っているように見えるが若干、顔が赤い。

 

「ゲッホッ! い、いきなりだな」

「ごめんごめん」

「でも雪ノ下さんも見る目ないよね」

 

 そう言ったのは女王三浦。さっきからやけに雪乃に勝ち誇ったような表情をしていると思えばそんなことか…………やっぱりそうみられるよな。俺が雪乃の傍にいればそんな噂が立つ……今だって……。

 

「優美子」

 

 さっきまで穏やかだった隼人の声が一気に冷たいものに変わった。そのせいかさっきまで楽しそうな雰囲気だったこの場の空気が一気に冷たいものに変わった。

 

「は、隼人?」

 

 いきなりの変貌ぶりに三浦は驚きに顔を染め上げ、隼人の方を見る。

 

「そんなこと言っちゃダメだろ」

「…………」

「っとごめん。なんだか白けさせちゃったな」

 

 すぐにいつものイケメン隼人に戻るがこの場の空気と三浦の落ち込み具合だけは元には戻らない。

 だが長くあいつと一緒にいる俺はあいつの顔が元に戻ったとは思えない。どこかあいつの笑顔の裏に別の表情が張り付いているように見えて仕方がない。

 

「なんだなんだ? どうかしたのか?」

 

 そんな空気をものともせずに平塚先生が煙草片手に俺達のところへとやってきて空いている木製のテーブルのスペースに腰を下ろし、俺達から煙草を離すためかこちらに背中を向けた。

 

「い、いえ。留美ちゃん大丈夫かなって話してて」

 

 今思ったけど由比ヶ浜は結構、敏感に空気を察知するよな。

「ほぅ。その子が何かあったのかね?」

「ちょっと孤立しちゃってるって言いますかなんていうか」

「ふむ。孤立か……それで君たちはどうしたいのかね? 重要なのはそこだろう」

 

 平塚先生のその言葉に誰もが口を噤む。

「平塚先生」

「なんだね? 雪ノ下」

「今回の合宿は奉仕部の一環でしょうか」

「無論だ。ボランティアとして参加しているのだからな」

「分かりました」

 

 ……つまり奉仕部として動くこともあり得るってことか。

「……俺としては今回は俺達が何もしなくてもいいと思う」

 

 隼人がそう言うと俺と雪乃以外のメンバーは驚きを露わにして隼人の方を向く。

 まぁ、普通は何とかしたいっていうわな……ただ今回は俺も隼人の意見に全面的に賛成だ。まず留美が孤立しているのは悪意からなどではなく、自分の意思からだ。他人と喋る必要はない……そう判断した彼女の意思から誰とも喋らず、あえて一人で本を読んでいる。俺達がどうこう手を出す場面ではないことは確かだ。

 

「でもなんか可哀想じゃね? 一人ぼっちだしさ」

「戸部……それは周りが勝手にそう思ってるだけなんだよ……俺の友達に彼女に似た奴がいてさ。そいつも留美ちゃんと同じように小学生っていう枠から出た頭脳の子だったんだ。その子も誰とも喋らなかったんだけど普通に暮らしてた…………だから俺が思うに……誰しもが無理に友達を作る必要がないこともあるんだって……誰とも喋らずに生きていく子だっているんだって気づいたんだ…………だから今回は俺達が無理に彼女と周りの子たちを繋げる必要はないと俺は思うんだ」

 

 …………なんだかんだ言ってこいつも雪乃と同レベルの超人なんだよな……。

 

「なるほど……確かに社会では友人がいないことを悪とする風潮があるが友人をつくらずに生きるという選択肢もあることは確かだ…………これは人生の先輩として言う事だが確かに友達はいなくても生きては行けるだろう……だが人のつながりは必要なんだよ。生きるうえでな。その子が友人をつくる気はなくとも誰かとの繋がりが無くては前に進めないことに直面した場合、動くことが出来なくなってしまう事も考えられる。そうなったとき、人との繋がりが無くては誰かに助けを求めることもできない…………人間、この世界に生まれた瞬間から誰とも繋がっていない人間なんていないからな……」

 

 …………確かに先生の言う通りだ。たとえ友人が1人もいなかったとしても生きていくことはできるだろう……でも人と人との繋がりが完全に無くなってしまえばどうにもできない事態がある…………俺は幸運にも雪乃と出会い、そこから隼人や陽乃さんに出会えた……ならば彼女はどうだ?

 

「ヒントはあげた。あとは自分たちで考えたまえ、若人よ。私はもう寝る」

 

 そう言って煙草を灰皿に押し付けて火を消し、欠伸を噛みしめながら先生は去っていった。

 

「……八幡はどうするべきだと思う」

 隼人のその一言に全員の視線がこっちへ向けられる。

 

「…………俺も隼人の意見に賛成だ……悪意で孤立させられているわけじゃないしな…………ただ留美に話しかけたいって考えている子がいるのもまた事実…………」

 

 俺は目を瞑り、考える。

 確かに留美は孤立している。でもそれを彼女自身が望んでいる……だが今の状態で行けば確実と言っても差支えない確率で留美は突破することのできない壁にぶち当たる……その時、彼女は何もできないまま止まるしかない。

 だからと言って彼女に友人をつくることを無理強いすればそれはそれでまた新しい問題の種をまくことにもなってしまいかねない。

 

「……アドバイスくらいはするべきだろうな……この先のことも考えるのであれば」

 

 友人はいなくてもいい……ただ人との繋がりは持っておけと……。

「そうだな…………みんなもいいかな?」

 

 隼人がそう尋ねると誰も言葉を発さずに首を縦に振る。

「八幡、頼めるか?」

「あぁ……分かった」

 こうして俺たちのやけに重苦しい夕食は終わった。



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第二十八話

「あぁぁぁ~」

 

 湯船に浸かった瞬間、お湯がザバァッと浴槽からいくらか流れていくとともに俺の口からそんなおっさんのようなうめき声にも似た声が吐き出される。

 ちゃんとビジターハウスに大浴場があるんだがさっきまでの会議が思いのほか長引いてしまい、女子たちが大浴場を使用して男子たちは一般家庭にある風呂と同じくらいの広さの管理棟にある内風呂を使わせてもらっている。

 やっぱりあれだよな……ジャパニーズ風呂はやっぱり浸からないとな…………今頃雪乃は何を思ってるんだろうか。

 ふと思う。雪乃は俺と一緒にいることで出てくるマイナスな噂をどう考えているのかと……たとえば三浦のような見る目がないなどという話は雪乃の耳にも入っているはずだ…………やっぱり雪乃も内心、嫌がってるんだろうか…………もしくは俺に心配かけまいと何も思わないでいるのか……そろそろ上がるか。

 浴室から上がり、ドアを開けた瞬間、時が止まった。

 

「…………」

「…………あわわわわ! ご、ごめん!」

 

 …………これなんてイベント? 落ち着け……今目の前に誰がいる? 天使の戸塚だ……今俺の状態は? ……素っ裸、またの名をフルチン。英語で書けばFULL TIN!

 顔を真っ赤にして顔を隠している戸塚から汚い物を隠すべく、俺は慌てて脱衣籠がある場所へと向かうが如何せん戸塚がその近くにいるのでフルチンの男が可愛い女の子に近づいているようにしか見えない。

 どうにかして脱衣籠からパンツとタオルを取り、体をさっさと拭いてパンツをはく。

 

「もう良いぞ」

「うん……静かだったから誰も入ってないと思って」

「そ、そうか……じゃ、じゃあ俺行くわ」

「う、うん」

 なんで男同士なのにこんな気まずい空気が流れるんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バンガローへ戻ると既に風呂を入り終えた隼人と戸部がおり、各々自分のやり方で暇を潰していた。

 隼人はタブレットで何かを見ており、戸部は暇つぶしに携帯でゲームをしているがそれも飽きてしまったのか携帯を傍に置き、隼人のタブレットを覗く。

 

「隼人君、何見てるの?」

「参考書だよ。PDFだけど」

「うわぁ~。今頭いい単語出てきたわ~。EDFってあれっしょ? パソコンの奴っしょ?」

 

 どこの地球防衛軍だ。ちなみに略さずに書くとEARTH DEFENCE FORCEとかだったはずだ。俺も一回体験版を店でやったことがあるがロケランでビルを潰すのは中々快感だった。

 

「隼人君ここでも勉強とかやっぱパないわ~。頭良いのに」

「そんなことないよ。上には上がいるもんだよ。な、八幡」

「そだな……」

「ヒキタニ君って頭良いの!?」

「雪ノ下さんと同位だったよ」

「パネェ! 学年1位パネェ!」

 

 俺からすればそのお前のハイテンションぶりにパネェだよ。

 そんなことを考えているとバンガローの扉が開いた音がし、目だけでドアの方を向くとまだ少し濡れている髪をバスタオルで拭いている半袖短パンの戸塚が立っていた。

 …………白い太ももが眩しい! 目がぁ! 目が焼けていくぅぅぅぅぅ!

 

「八幡、隣良い?」

「あ、あぁいいぞ」

 

 戸塚は俺の隣に布団を敷き、隣に寝転ぶ。

 時折、裾から見える脇が何故か艶めかしく見える……マジで男性・女性・戸塚っていう性別をどっかのラノベみたいに増やすべきだよな。

 カバンからドライヤーを取り出して髪を乾かす様もどこか美しい。

 ……リアルに戸塚は何者なのだろうか。

 

 

「雪ノ下さんと三浦さん、大丈夫かな」

「というと?」

「なんだか食事中も睨みあっていたみたいだから」

「まぁ、大丈夫だろ…………下手したら三浦が泣かされるくらいにな」

「なにか言った?」

「いんや。なんでもない」

 

 あいつの論破術は男子女子関係なく泣かしにかかる勢いだからな……リアルに教師を論破して半泣きにさせた彼女の論破術は侮れん。

 

「そろそろ寝るか」

「そうだね。どうせ明日も早いし」

 

 各々好きな場所に布団を敷き、準備が整うと隼人が吊るされている裸電球のひもを引っ張って部屋の明かりを消すと何も見えないくらいに真っ暗になった。

 流石は山の中。明かりがほとんどないから部屋の電気消すだけでここまで暗くなるか。

 

「なあ。なんか修学旅行の夜思い出さね?」

「そうだなー」

 適当な返しだな……まぁ、俺も眠いから半分聞いていないけど。

「……好きな人の話ししようぜ」

「嫌だよ。明日も早いんだからさっさと寝よう」

「え~。じゃあ俺から話すわ! ここで話さなきゃ勿体ないっしょ!」

 

 何が勿体ないんですかねぇ。MPでも消費するんですか?

「俺実はさ……海老名さんちょっといいなって思ってんだ」

「うそん」

「んだよ~。ヒキタニ君もノリノリじゃん!」

「意外だね。三浦さんのことが好きなのかと思ってた」

 

 俺も戸塚と同意見だ。教室でも大体、三浦にツッコンだり話しかけたりしていたからてっきり三浦のような女王様気質な奴が好きだと思ってた……まあ女王様は隼人のことを恋焦がれているみたいだけどな。

 

「いやさ。優美子はもう先約いるじゃん?」

 あれだけ一緒にいて気づいていないはずがないか……となると……野暮な詮索は止めておこう。

「へぇ~。三浦さんって彼氏いるんだ」

「彼氏じゃなくて好きな人居るんだべ」

「由比ヶ浜はどうなんだよ」

「あぁ~結衣は意外と競争率高いし、狙ってる男子も多いし」

 

 あぁ見えて由比ヶ浜は人気が高いのか……まぁ優しくてかわいい女の子なら勘違いを起こす男子だっているはずだしな…………まぁその由比ヶ浜に好かれているのが俺なわけだが……。

 

「じゃあなんで海老名さんなの?」

「姫菜は引いてる男子も多いから狙い目っていうか……それ以前に可愛いし」

 

 まぁ、素材は良い……それは認めるがちょっと腐のオーラがプンプンしてる引く男子も多いわな。まあ逆にそれが海老名さんの策であることも否定できない。いわば人に引かれることをあえてオープンにすることで面倒なことを事前に排除するというか……穿った見方だと言われればそれまでだけどな。

 

「俺はこれで終了。次誰か話してくれよ~」

「僕はまだ好きな女の子はいないかな。仲良い女の子はいるけど」

 

 戸塚は知らないと思うが女子たちの間では王子様という名前で呼ばれ、守ってあげたいランキングダントツの1位であると言う事を以前、由比ヶ浜から聞いた。

 でも戸塚が付き合うか……どっちが女の子だ?

 

「隼人君はどうなんよ?」

「もう寝よう。明日も早いんだぞ」

「いいじゃん~。イニシャルだけでも良いから」

 戸部がそう言った瞬間、隼人が目線だけ俺に向けたかと思えば視線を外し、布団に潜りこんでしまった。

「隼人の言うとおり寝ろ。明日眠くて動けなくなるぞ」

「ちぇ~」

「お休み、八幡」

「お、おやすみ」

 だからなんで戸塚に言われると緊張するんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………?」

 物音で目が覚め、寝ぼけ眼のままグルッと周囲を見渡してみると隼人の姿が見当たらず、起き上がってバンガローの外に出ると玄関口で腰を下ろし、空一面に広がっている星を見ている隼人の後ろ姿が目に入る。

 

「あ、起こしちゃったか」

「まあな…………」

 なんとなく俺も隼人の隣に座ると心地いい風が吹き、葉が擦れ合う音が響く。

「雪乃ちゃんとはどう?」

「どうって……何がどうなんだよ」

「何って雪乃ちゃんとの交際は順調かって話だよ」

「…………」

「……まだなんだな」

 

 流石は小学校から続く腐れ縁……何も言わずとも空気だけで理解してくれる。

 

「あぁ、まだだよ……まだなんだよ」

「…………まだ気にしているのか?」

 

 

 長年一緒にいる隼人だけが知っている俺の苦しみともいえるもの……俺が雪乃の傍に居れば彼女にとってマイナスな噂が必ずと言っていいほど立つ。その度に隼人が消してくれた……俺は変わらなきゃいけないんだ。雪乃の傍に居てもマイナスな噂が立たないくらいの人間に…………顔は変えられない。だから人間を変える必要がある……勉強はもう雪乃と遜色ないくらいにまで来た……あとは俺の評価だけだ。

 

 

「八幡……君は少し……いやかなり周りの噂を気にしすぎだ」

「…………それくらいがちょうどいいんだよ。俺みたいなやつが雪乃の傍に居るには」

「…………確かに今まで君が傍に居たことでたった噂もあるさ……でも雪乃ちゃんは……彼女は君の傍に居続けた。いつものあの笑顔を浮かべて君の名を呼んで……噂を気にするようなら君の傍になんかいないさ」

「…………」

「確かに周りの声が気になるのは仕方ないさ。彼女は誰もが美人と言い切るし、誰が見ても頭もいいし、家柄だってサラリーマンのお家よりかは良いだろうさ…………でも所詮、そんなことは外面に過ぎないんだよ、八幡。誰かを好きになる、誰かと付き合いたい……そう言う気持ちに外面なんて必要ないだろ」

 隼人のあまりにも正しい言葉に俺は何も言えずにいた。

 

 

「彼女は……雪乃ちゃんは君がどう変わろうとも変わらなかろうと同じように君を愛するだろうさ」

 そう言われ、以前雪乃の玄関先で言われたあの言葉がふと脳裏をよぎった。

 ……俺はどう変わろうと俺…………。

 

 

「無理に変わろうとして失敗して君が傷ついたら……元も子もないだろ」

「…………そうだな…………」

「ありのままでいいんじゃないかな。無理に大きく背伸びして変わる必要はない。八幡はいつだって雪乃ちゃんを助けたヒーローの八幡だよ」

「………」

「噂が立ってもそれを消すくらいにイチャイチャすればいいさ」

「お前何言ってんだよ」

 そう言うと隼人も自分で何を言っているのかよく分かっていないのか乾いた笑みを浮かべる。

「…………八幡とこうやってしっかり話したのも初めてかもな」

「……そうだな」

 

 何気なく昔を思い出してみるが確かに隼人とこうやってしっかり、隣り合って話し合うのはこれが初めてだ。大体、話しと言っても適当に喋るくらいしかやっていなかったからな……まあ長い間、隼人と同じクラスにならなかったと言う事も関係してるんだろうけど。

 

「たまにはこうやって旅行に来るのもいいもんだな」

「男2人旅はごめんだ、バカ」

 そう言うと隼人は笑みを浮かべ、俺もそれにつられて小さく笑みを浮かべた。

 ……好きっていう気持ちに外面はない。ありのままでいい……。

 

 

「俺はそろそろ寝るよ。八幡は?」

「俺はもう少し風にあたってるわ」

「分かった。じゃ、おやすみ」

「あぁ、おやすみ」

 

 

 

 ……ちょっと歩くか。

 隼人がバンガローに戻った後、俺は適当にブラブラと歩いていると風に乗って本当に小さな歌声が聞こえた気がして森の中へ足を踏み入れた時、林立する木々の間に長い髪を降ろした彼女の姿が見え、月明かりに照らされているその姿に俺は目を奪われた。

 …………ほんと俺はとんでもない女の子を好きになってしまったらしい。

 

「っ……八幡?」

「だからなんで分かるんだよ」

 素直に驚きを示しながら雪乃の隣に立つ。

「眠れないのか?」

「……三浦さんがちょっとね」

「論破でもして泣かしたか?」

「そうではなくて……八幡の魅力が分からないようだったから30分かけて魅力の全てを喋ったら変な空気になってしまったからちょっと出てきたの」

 

 

 30分も俺の魅力を語りつくせるお前の方が凄いわ……まあ、それだけ俺のことを知ってくれていると……。

 自分で言ったことに妙に恥ずかしさを感じ、それを紛らわすために頬をポリポリかくが雪乃が言ったことが三浦に伝わったと思うと恥ずかしさは晴れるどころか広がっていく。

 そんなことを思っていると雪乃が俺に近づいてきて背を向け、そのまま俺にもたれ掛ってくると俺の手を軽く握ってくる。

 

 

「今日は来れてよかったわ」

「……そんなに楽しかったのか?」

「ええ……由比ヶ浜さんがいた2カ月ちょっとの間は楽しかったわ」

 

 雪乃がここまで言うのも珍しい。常に俺以外の人間を遮断してきた雪乃が他人である由比ヶ浜と共に過ごした日々を楽しいというんだ……雪乃も昔とは変わったと言う事か。

 

「勿論八幡との日々も楽しいわよ」

 俺の顔を見上げ、小さく笑みを浮かべながらそう言う雪乃の顔を見てまた俺の心臓が強く鼓動を上げる。

 …………ありのままで……

 

 

 

 

 

「八……幡?」

 俺は雪乃を後ろから抱きしめた。

 風呂に入ってからすぐなのかシャンプーの良い匂いが漂ってくるし、女の子特有の柔らかい感触も今や全身で感じられる。

 俺がこうやって他人の目があるかもしれない外で雪乃にこんなことをするのは珍しい。

 …………ずっと欲しかったもの…………誰かと付き合いたいという気持ちに外面はいらない……。

 俺の頭の中で隼人がさっき言った言葉が何度も反響する。

 俺は……怖かったんだ。雪乃に想いを伝えることで周りから雪乃に対してマイナスな噂を突き付けられて彼女が傷つけられることが。だから俺は雪乃と同じレベルまで変わろうとした。そうすれば他の奴らも俺のことを認めてくれる……でも……よくよく考えればそんな噂から俺が護ってやればいいんだ……隼人の言う通り、外面なんて気にする必要はなかったんだ…………。

 でも俺は今、ここで想いは伝えない。俺のケジメとして……一度決めていたことだしな。

 

 

「雪乃」

「な、なに?」

「もう少し待っててくれ。文化祭あたりに……迎えに来る」

「…………ええ。八幡……待ってるわ」

 そう言いながらきっと雪乃は笑みを浮かべているだろう。



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第二十九話

「八幡! これから僕たち夫婦だね!」

「…………は?」

「八幡。お風呂にする? ご飯にする? それとも……僕という名のごはんにする?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!」

 今すさまじい夢を見た気がし、布団から飛び上がるように上半身を上げると小鳥のさえずりが聞こえてくる。

 本来ならそれで癒されるんだろうがどこかそのさえずりは呪いの声にも聞こえる。

 今さっき見た夢の内容は全く覚えてないがそんなに嫌な夢でも見たのかさっきから汗がダラダラ流れてくるし、寝間着も汗を吸い過ぎてぴったりと肌にくっついている。

 …………何の夢を見たんだ俺は…………。

 

「やっと起きた~。随分魘されてたんだよ?」

 横を向くと心配そうな表情の戸塚が座っていた。

「あ、あぁ悪い……みんなもう行ったのか」

「うん。まだ時間的には余裕あるけどね」

 

 汗をタオルで拭きながら寝間着から普段着に着替える。

 あんなにも汗をかくほどの夢っていったい何なんだ……気になるが何故か思い出してしまうと何かを失うような気がして思い出すのが憚れる。

 

「八幡、夏休みだからって不規則な生活してるでしょ」

「ん~まあ夜遅くまで本読んだりな」

「あ、そうなんだ……でも夜遅くまで読んでると体に悪いよ?」

「そうなんだけど集中するとついついな」

「僕もあるな~。テニスの練習してるといつの間にか夕方になってたりするし。あ、そうだ! 今度テニスしようよ! 八幡、経験者だし!」

「おう。また連絡くれ」

 

 と言ったところで俺は少し後悔した。

 ま~たいつもの癖が出ちまったよ……雪乃以外の人間とあそんなことがない俺だからな。どうしても他人との誘いは受け身というか自分から行こうとはしない。まあ行く気はしないんだが。

 

 

「うん! じゃあ連絡先教えて」

 …………目覚まし兼ゲーム機能付き雪乃との子機としか使っていなかった我が携帯に戸塚のアドレスが加わるのか……なんてことだ……なんてことだ!

「お、おう。これな」

「えっと」

 

 アドレスを表示した画面で戸塚に渡すと慣れていない手つきでボタンをポチポチ押していく。

 にしても何気に俺の携帯にアドレス増えていくよな。雪乃だろ、由比ヶ浜だろ、家族だろ……あと平塚先生……あと誰か忘れているような気もするが……まあいいか。

「うん。登録完了、じゃ行こうか」

「おう」

 

 

 

 

 

 

 

 ビジターハウスの食堂へ入ると小学生の姿は見当たらず、平塚先生と奉仕部の面々、そして隼人グループのメンバーが既に朝食を食べていた。どうやら俺達が最後らしい。

「あ、おはよ! ヒッキー!」

「おう」

「おはよう、八幡」

「あぁ、おはよ」

 

 由比ヶ浜と雪乃との挨拶を終え、俺達の分の朝飯が置かれているテーブルへつこうとするが2つの朝飯が雪乃がいるテーブルと小町が座っているテーブルに分かれていたが戸塚が何も言わずに小町の方へ行ったので俺は雪乃と由比ヶ浜がいるテーブルに座り、朝食を食べ始めた。

 海苔に納豆、白飯、焼き魚、デザートにオレンジ……どっかのホテルで出てきそうなメニューだな。

 白飯に納豆をぶちまけ、食べていく。

 やっぱり納豆と言えば白飯だよな……ここにしょうゆがあればもっといいんだが……贅沢はいかんな。

 

「八幡、お代わりは」

「あ、頼む」

 俺がそう言い、雪乃が茶碗を掴むと同時に由比ヶ浜も何故か茶碗を掴んだ。

「あ、あたしやったげる!」

「あら、由比ヶ浜さん。大丈夫よ」

「ゆきのんこそ大丈夫だよ。ほら、ゆきのんって体力無さそうだからちゃんとここで温存しとかないと」

「あら。由比ヶ浜さんの方こそちゃんと体力温存しておかないと」

 

 2人とも表情は笑顔そのものなんだが2人の間でバチバチと火花が散りまくっているような気がするのは俺の気のせいだと言う事にしておこう。

 あと先生が読んでいる新聞紙に穴をあけてそこから片目だけで睨み付けてきているのも無視しておこう。

 結局ジャンケンの結果、雪乃が勝ったことでようやく俺は2杯目の白飯にありつけ、海苔と焼き魚で白飯を食べた後、デザートのオレンジを食べ、由比ヶ浜が入れてくれた並々はいっているお茶を飲んだ。

 

「よし。全員食べ終わったな。今日の予定を伝える。小学生たちの予定は夜までは自由時間を過ごし、夜からはキャンプファイヤーと肝試しがあるから君達にはキャンプファイヤーの準備と肝試しでのお化け役をしてほしい。お化け役の用意は準備してくれているから安心したまえ」

 キャンプファイヤーね……火を囲って宇宙人召喚の儀式みたいな変な踊りして何が楽しいのやら。

「ではいくか」

 その声とともに俺達は立ち上がって先生の後ろについていき、外へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いくら山の中で涼しいといえども日中の日差しを受け続けていれば汗も流れてくる。

 男連中は平塚先生にレクチャーを受け、いくつかの係りに分けられ、キャンプファイヤーの準備を行っていき、女子連中はキャンプファイヤーの囲い木を中心にして白線で円を描いていく。

 木を割っては積み上げ、割っては積み上げの単純作業をしていく。

 

「……こんなもんか」

「そうだな」

 後ろを振り返れば隼人がいた。

「連中は」

「みんな仕事を終えて自由時間だよ。俺は部屋に戻るけど八幡は?」

「……いや、俺は適当に歩く」

 

 そう言い、隼人と分かれて本当に適当に歩いていると川のせせらぎが聞こえてきたのでその音がする方へ向かうとそれはとてもきれいな水が流れている川を見つけた。

 流石は山の中にある川だ。ここから見ても底が見えるくらいに綺麗だ。

 川の近くまで行き、手ですくって顔にあててみると冷たい水がどこか心地いい。

 

「つっめたーい!」

「もう小町ちゃん!」

 そんなキャピキャピした声が聞こえ、少し歩くと水着姿の小町と由比ヶ浜が水の掛け合いっこをしていた。

 なにやってんだ。

「あ、お兄っちゃーん!」

「ヒッキー!」

「お前ら何してんの」

「先生が川で遊べるから水着も持ってきていいって言ってたから」

 

 そんなこと聞いてねえし……まあ俺、泳げないし川で遊ぶのも嫌いだから別にいいんだけど。

「ところでどう? 新しいの下ろしてきたんだけど」

 

 そう言いながら小町はイエローのフリルが付いたビキニを惜しげもなく見せるように色々なポーズをとって俺に見せてくるが正直、妹の水着姿などどうでも良い。

 

「あ、うん。宇宙一可愛いよ」

「うわぁ。適当だな~……じゃあ結衣さんは?」

 

 そう言われ、由比ヶ浜の方を向くとどんなポーズを取ろうか悩んでいるらしく、いくつかポーズをとっては首を左右に振っている由比ヶ浜の姿が見えた。

 お前はいったい何と戦っているんだ。

 

「ど、どう?」

 恥ずかしそうにしながらも胸元を強調するように前かがみになる。

 …………ま、まあ胸がある程度大きい奴の秘密兵器だわな。

「まあ、良いんじゃねえの」

「……反応薄いと」

 ボソッと由比ヶ浜はそう言うとふたたび後ろを向いて1人作戦会議を行い始める。

 忙しいやっちゃな。

 

 

「八幡」

「…………」

 雪乃に呼ばれ、後ろを振り返るが雪乃から目が離せなくなってしまった。

 透き通るような白い肌、くびれた腰、綺麗な脚線美と昔から水着を何回も見ているはずなのになぜか今の雪乃の水着姿から目を離せなくなってしまった。

 ……な、なんか年々凄くなってるような。

 俺にじっと見られていることが恥ずかしいらしく、雪乃は顔を少し赤くしながらパレオで隠す。

 

「そ、そんなに見られたら恥ずかしいわ」

「あ、わ、悪い……そ、そのき、綺麗だぞ」

「っっ! あ、ありがとう」

 

 煩悩退散するべく、川の水をすくい上げて自分でも引くくらいの凄い勢いで顔にバシャバシャ水をぶっかけて雪乃の水着姿を見たことで現れた煩悩を退散していく。

 煩悩退散煩悩退散! いかんいかん……ヤ、ヤバい。自己発電機がムクムクと起き上ってくる!

「何をしているんだね君は」

 後ろからそんな呆れ気味の声が聞こえ、振り返ると白いビキニを着た先生がいたが何故かそれを見ると起き上がりかけていたあれが眠りについた。

 …………失礼にもほどがあるから言わないでおこう。

 

「平塚先生……流石は先生。成熟しきった美しさがあるっすね」

「……ほぅ。それはつまり私はもう成熟しきっておりこれからかれるしか運命がないと言う事を暗示しているのだな。よーし比企谷! 一発死んでこいやぁぁぁぁ!」

「がはっ!」

 

 平塚先生の凄まじいシズナックルが俺の腹に直撃し、全身に衝撃が走り、痛みのあまり両膝からガクッと地面に落ちてしまう。

 こ、これがシズナックル……しかもシズファイトに入っているから攻撃力は10倍!

 そんな小芝居をやっていると向こうの方からビキニを着た三浦と競泳水着の海老名さんが楽しそうに喋りながらこちらへと歩いてくるが雪乃の隣を通り過ぎ様に胸元を見て小さくガッツポーズをして去っていく。

 …………まあ……な。

 

「何故、今三浦さんは私を見てガッツポーズをしたのかしら」

「まああれだ……雪乃。俺は気にしないぞ」

「そ、そうですよ雪姉! 女の魅力はそこだけじゃないし!」

「小町ちゃんの言う通りだよゆきのん! ゆきのん肌スベスベだし髪も全部綺麗だから総合的にはゆきのんが勝ってるっていうか……全体的な評価は部分的な評価に繋がらないっていうし!」

「いや、多分だけどそれ逆だ」

「へ? ほんと?」

「女の魅力? 気にしない? 部分的……っっ!」

 ようやく気付いたのか雪のは胸元を隠し、俺達を軽く睨み付けてくる。

「……ハ、八幡は……ど、どっちが好きなのかしら」

「お、俺!? お、俺は」

 

 何か言おうとした時、チラッと由比ヶ浜の方を見てみるとあいつもあいつで答えが知りたいのか真剣なまなざしで俺を見てくるし小町は小町で何か面白そうなことでも起きるのを待っているかのような顔つきで俺達を見てくる。

 

「お、俺はそんなの……大きいも小さいもどっちでも良いっていうか」

 雪乃なら大きかろうが小さかろうがどっちでも良いっていうか……。

「そ、そう……ふぅ」

「そっか……ちっ」

 

 おい、今明らかに舌打ちした奴いたよな。

 そんなこんながありながらも雪乃も由比ヶ浜達と一緒に控えめにだが川で遊んでいる。

 俺はそんな様子を保護者の様に見守りながら木の幹にもたれ掛り、木陰の涼しさを満喫している。

 俺はあまり大人数でワイワイとはしゃぐのは嫌いだ。大体、1人で遊ぶかグループの隅の方で只々時間が過ぎるのを待っている。

 ま、まあ雪乃と一緒に遊ぶときは別問題だがな。

 そんなことを思っていると脇の小道からざっと足音が聞こえた。

 足音が聞こえた方を向くと鶴見留美と同じグループにいた女の子3人がそこにはいた。



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第三十話

 女の子3人は高校生の俺に話しかけるのに少し緊張しているのかさっきから小さな声でどうする? と相談していたがようやく話す奴が決まったのか1人が俺の方を向く。

 

「あ、あの今いいですか?」

「別にいいけど……何の用?」

「え、えっとその……留美ちゃんについてなんですけど」

 留美……ちょうど良いかもしれない。

「それで?」

「その…………私達ここに来てからまだ留美ちゃんと1度も話せてなくて……それでどうやったら留美ちゃんと話しできるのかってお兄さんたちに聞きたくて」

 

 ……今分かったわ。留美は俺とは似ているが状況は全く違う。こんなにもあいつと話したいってやつがいるっていう時点で俺とは全く違う道へ行くのは確実だ。

「みんな留美ちゃんのこと怖い怖いっていうけど……全然そんなことなくて……でもどうやって話しかけたらいいか分からなくて」

「なるほどねぇ……」

 

 

 共通点を探してそれを話題にして話しかければいいかもとも思ったが俺と似ているあいつがみんな見ているようなアニメやかっこいいと思うタレントなんかに興味を持っているはずもないだろうしな……。

「なんで君たちは留美と喋りたいって思うんだよ」

 そう尋ねると俺に喋りかけてきていた女の子がどこか恥ずかしそうにモジモジしながらも口を開いた。

「そ、その……前に私が解けずに悩んでた問題があって……それを一瞬で解いた留美ちゃんを見てカッコいいなって……思ったんです」

「わ、私は色んなこと知ってるからすごいな~って」

 ……やっぱり小学生だな。理由が純粋だ……。

「……まあ、これが良いかは分かんねえけど……今日の肝試しで留美も一緒に連れて行けばいい」

 

 

 どうせあいつのことだから俺みたいに適当な理由で先生を丸め込んで肝試しにもキャンプファイヤーにも参加しないだろうからな。行事があればいくらかは話しやすくはなるだろうし。

「でも留美ちゃんのことだから来ないかも……」

 ……どうせ留美とは喋らなきゃいけないんだし俺の方から会いに行きますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 川から離れ、小学生たちに案内してもらい、留美がいる部屋を覗くと確かにベッドの上で1人、黙々と高校の数学のことについて書かれている本を読んでいる。

 まあ、確かに話しかけ辛いわな。

 ドアを開けて中に入ると一瞬、俺のことを見て驚いた様子を浮かべるがすぐに本の方へ視線を戻した。

 

「よっ」

「……何か用」

「ちょっとな……お前、肝試し参加するのか?」

「しない」

「だよな」

 ここまでは想定済みだ……。

「…………なあ、留美」

「なに」

「…………俺が言っても仕方ないんだが……この先の人生で友達いなくても別に生きていけるとは思う……でも人との繋がりも全部捨てたら……それはそれで生きていけないぞ」

 

 そう言うと留美は一瞬、反応して本から視線を外して俺の方へと向けるがまたすぐに本へと視線を戻した。

 …………俺も雪乃と出会っていなければ留美と全く同じ道を突き進んだはずだ。雪乃と一緒にいたから何ともなかったことでも雪乃がいなければ押しつぶされていたかもしれない事なんて幾つも経験してきた。

 だから……そんなことを留美に経験させたくない。これから先、留美の頭脳が、知識が大いに発揮される可能性だってあるんだ。そこに至るまでに壁にぶち当たったら……留美は何もできなくなる。

 

「別にいい。お母さんとお父さんがいるし」

「全部、両親に相談できるのか? 恋愛のことも自分にしか分からないことも両親に相談できんのかよ」

「…………」

「俺は雪乃と出会ったから……ろくでもないボッチにならずに済んだ。この先の長い人生でどんなことが起こるかも分からねえんだ…………誰かに相談できるってことも大切なことだと思うぞ」

「ネットで聞けばいい。知恵袋とかあるし」

「…………まあな。ネットなら匿名だしな……じゃあお前、自分の体のこと聞けんのかよ。見ずしらずで顔も分からない性別だってわからないような相手に自分の体に起きてる変調を聞けんのかよ」

「…………」

「友達なんて作らなくても生きていける…………でも人と人の繋がりまで無くしたら……生きていけないぞ」

 

 

 繋がりを無くしたければ人間であることを辞めるしかない。それはすなわち死ぬと言う事だ……でもそんなこと誰だってしたくない。だから嫌いな奴でも付き合わなきゃいけない……そう平塚先生にヒントを貰った。

「……たとえば?」

「さっき言ったみたいに悩んでいる時に全部、親に話せるとも限らねえだろ。それに話し相手がいれば少なからず自分のことを心配してくれるし、何かあれば心配して話しかけてくれるし……今は親以外心配されないことが何ともなくても後々、嫌になることだってあるらしい」

 高々17年ちょっとしか生きていない俺が言うのもあれだけどな。

「…………みんな私に話しかけたくないんだよ。怖いから」

「……本当にそうか?」

「え?」

「本当にみんながみんなお前を怖いと思って話しかけてこないのか? 俺でも話せる相手が出来たんだ……お前にだって軽く話せる相手くらいできる」

 

 そう言いながら留美にばれない様にチラッと外を見てみるとガラスからヒョコッと顔を出して留美のグループのメンバーたちが俺達の方を見てくる。

 俺と決定的に違う点は留美と話したい、仲良くしたいという存在がいる点だ。ほんと神様って上手いこと事象を操るよな……俺に話しかける奴が0かと思えば雪乃と出会わせてくれるし、留美みたいに雪乃のような存在がいなければ話しかけたいと思うやつらを作ったり……ほんと……賽銭箱に多めに賽銭入れたいくらいだ。

 

「まあ……なんだ。お前の人生だからお前が決めればいいさ。俺達はただ単にアドバイスするだけだし」

「待って」

 そう言い、部屋から出ようとした時、留美に呼び止められた。

「……八幡は…………そういう人居てよかったって思えることあった? この人がいてくれたおかげで自分の人生は変わったって思える人はいた?」

 なんだそんな事か……自信を持っていえるさ。

「…………あぁ。そう言うやつらがいてくれてよかったってことは腐るほどあった」

 

 雪乃がいなければ、隼人がいなければ……考えるだけで俺の人生お先真っ暗なことが分かるくらいにあいつらがいてよかったって思えることはある。

 

「時には嫌なこともあったけど……それを超えるくらいに良いことはある。ボッチっていうのは友達がいないだけで知り合いがいない奴を言い表すもんじゃねえし……それにボッチボッチって口に出してるやつほど知り合いは多いんだよ、ソースは俺だ」

「……そう……なんだ」

「じゃあな、留美」

 そう言い、俺は留美がいる部屋から出て雪乃たちがいる場所へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 留美のところから川へ戻ってくるといまだに小町と由比ヶ浜は水鉄砲という武器を手に持ち、互いに水を掛け合うという古典的な遊びの興じており、平塚先生の姿は周囲には見当たらず、向こうの方で海老名さんと三浦の姿が、雪乃は木陰で休んでいるのが見えた。

 

「お帰りなさい」

「ただいま……体調でも悪いのか」

「いいえ。少し疲れただけよ……由比ヶ浜さん達の体力は底知れないものを感じるわ」

 雪乃は驚愕を露わにしながらそう言うがただ単に雪乃自身に体力がないだけである。

「話は終わったの?」

「気づいてたのか」

「八幡が小学生と話しているのを見たもの……それでどうだったの?」

「一応、実体験を踏まえつつ話してきた……あとは留美の反応を待つだけというか」

 

 こればっかりは解決できずに解消しかできない問題だ……まあ、今まで解決出来てきたこと自体が珍しいっちゃ珍しいんだけどさ……。

 そんなことを考えていると雪乃がもたれ掛ってきたのでそちらの方を向くと遊び疲れてしまったのか寝息を小さくたてながら寝ていた。

 …………ほんと……こんな寝顔を見せてくれる女の子なんてそうそういないぞ……。

 雪乃の長くて綺麗な髪に指を通すとスーッと指が降りていく。

 …………もう少しだけ待っててくれ、雪乃…………文化祭が終わったら……必ず。

 改めて決意をして雪乃の頭を撫でるとうれしそうに小さく微笑んだ。



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第三十一話

 川遊びも切り上げ、明るいうちに俺達は夜の肝試し用のコースを巡回し、危険な場所はないか、ゴール地点の設置などの準備を行い、小学生を誘導するコースなどを話し合いで決めた。

 肝試しと言えどやるのは山の中で真っ暗だ。危険な場所にまちがって行ってしまって行方不明なんてことでもなられたらこちらとしても責任を取れかねないからな。そこら辺はやけに平塚先生に念を押された。

 待機場所へと戻る間もカラーコーンを置いてルートを示すだとかお化け役はここに配置してこういった具合で驚かすとかそういう話をするが俺は参加せず、頭の中で地図に描く。

 というよりもこういう作業は中途半端に参加するよりも隼人みたいな中心人物を祀り上げておいてそこに付随する形で意見を述べた方がボッチとしては変に注目を集めることもない。

 そんな感じで会議にぶら下がっているといつの間にか待機場所に到着してしまった。

 

「お兄ちゃんお兄ちゃん」

「あ?」

「えくすとらすて~じとして雪姉と肝試し行ってきなよ」

 ボソボソと耳元で呟く妹に俺は恥ずかしさを打ち消す意味も込めて軽く拳骨を落としてやった。

「小町は気にしなくていいんです。お兄ちゃんの計画はちゃんとあるんです」

「ほほ~ぅ。是非その計画の詳細を」

 

 しまった……思いっきり墓穴掘ってしまった……年々、小町の小悪魔ぶりが加速度的に酷くなっているような気がするのは決して気のせいじゃないはずだ。マジで小悪魔ぶりはいいから知識レベルを上げてくれよ。

 お兄ちゃん不安で不安で夜も眠れない!

 

「お~い。準備捗ってるか~」

 ナイスタイミングで平塚先生が入ってきてくれた。先生グッジョブ!

「どうかなさったんですか?」

「ん? あぁ、ちょっと向こうからの依頼で肝試しの前に盛り上げるために怪談話をしてくれと言われてな。誰か怖い話ができるというやつはいないか?」

 

 怖い話……まあ、無くはないが。

 そうそう、怖い話を持っている奴がいる訳でもないので俺のほかに手が上がったのは戸部くらいであとは知らんぷりというかそんな感じだった。

「ふむ、2人だけか。とりあえず話を聞いてみるか」

 

 

 

 

 そんなわけでビジターハウスに借りた1室へ移動した俺達は雰囲気を出すためにカーテンを閉め、明かりを消し、ろうそくまで用意して雰囲気を出した。

 話し手である俺と戸部は車座に座り、視線だけで順番を譲りあうが結局、空気を読んだらしい戸部が一歩前に出

て正座をし、話し始める。

 

「俺の先輩の話しなんだけど。先輩って車とか乗ってたら飛ばしたくなる性格らしくてさ。普通に法律違反レベルのスピード出してはパトに見つかって違反切られるっていう生活してたんだよ……その日も音楽聞きながら走ってたんだよ。車はもうほとんど見なかったらしいんだ。信号で止まった時に前にパトがいたらしいんだわ。信号が青になって走り出そうとした瞬間、目の前にいきなり女の人が飛び出してきたらしくてさ。ブレーキ踏むには遅すぎるって本能で感じたらしくてハンドル切ったんだ。そしたら案の定、電柱に正面衝突してさ……まあ先輩は助かったんだけど駆けつけた警官にこういわれたらしいんだ

 

 

 

 

『後部座席に座ってた人は大丈夫でしたか』

 

 

 

ってね。よく見ると音楽プレーヤーが何かで叩いたみたいに凹んでたらしいぜ」

 

 

 戸部の話が終わり、全員が事前に渡された用紙にサインペンでスラスラと5点満点中何点か書き、それを俺達に見えるようにたてた。

 平均点で言えば3.5あたりか……まあまあと言う事か。

 まあまあな結果に戸部は乾いた笑みを浮かべながら後ろへ下がり、それと入れ替わりで俺が前に出て正座をし、全員の方を見渡し、咳ばらいをした後話し始める。

 

「俺、高校の入学式の日に事故に遭って入院してたんだけどその時の話しなんだ。俺が入れられた病室ってナースセンターの近くだから真夜中とかでも普通に灯りが漏れてくるんだ。そのせいで眠れなくて気分転換に外の空気吸いに行ってたんだ。外にベンチあったし……そこで85歳くらいのおばあちゃんと会ってさ。最初は会釈するくらいだったんだけど1週間もしたら向こうから話しかけてくるくらいの仲になったんだ。おばあちゃん、癌らしくてさもうすぐお迎えが来るって言ってったんだよ。……入院してから2週間ほど経った日の夜。やけに看護師さんたちが慌ててたんだよ。聞き耳を立てるとそのおばあちゃんがいないらしいんだ。俺は眠たかったから寝ようとしたんだけど妙に下半身が温かくてさ…………布団の中見たら…………目が真黒なおばあちゃんが

 

 

 

 

 

 

 

 

『お前もこっち来ぉぉぉぉぉぉい!』

 

 

 って叫んでたんだ」

 

 

 

 叫んだ瞬間、女子一同の肩がビクッと上がり、由比ヶ浜と小町は雪乃にしがみついてブルブル震えており、三浦さんも無意識のうちにか隼人の手を握っている。

 まあ、聞いているだけじゃそんなに怖くない話だけど集中している時に大きな声で叫び散らしたら怖いわな……まあ種明かしをすれば創作なんだけどな。あ、おばあちゃんの話は本当だぜ? なんか俺が退院する頃にはやたらと元気になっていたけど。

 

「お前の話は怖すぎるからボツだ」

「え~」

 

 結局、俺の話しは怖すぎると言う事でボツとなり、戸部の話しも法律違反がどうとかの観点からボツとなり、怪談話を集めたDVDを見せると言う事で纏まってしまった。

 せっかく、雰囲気出して怖い話したんだが……まぁ、いいや。

 

 

 

 

 

 

 

 小学生がDVDに夢中になっている間、俺達は肝試しの最終調整とルートの作成に取り掛かっていた。

 肝試しの準備は小学校の教員がしてくれているらしく、そこら辺は気にしなくていいといわれたので俺達は気にせずにルートと最終調整をしっかりと行い、事故の無いようにする。

 気になるのはゴール地点の少し前にまっすぐな道があるんだがそのすぐ結構な距離まで下に降りれる場所があるんだが傾斜がかなり急で明るい時は良いんだが暗いとなるとその傾斜が見えないので下手したらその傾斜を滑り落ちてしまう事もある。

 

「ここどうしようか」

「埋めるには時間も砂も足りないしな……カラーコーン立てまくって規制線代わりにするか」

 

 カラーコーンを5つほど横並びに並べ、傾斜に落ちないようにした後、隼人と共に雪乃たちが準備している場所へと向かう。

 山を降りて待機場所へと向かい、扉を開けて中へ入ると肝試し用の衣装に着替えた雪乃たちの姿が視界に入るが少々、呆れ気味なため息が出てしまった。

 まず海老名さんは何故か巫女服を着ているし、小町は化け猫らしき猫コスプレ、戸塚はローブにトンガリハットと癒しMPMaxの魔法使い、由比ヶ浜は何故か悪魔の格好、そして雪乃は白い着物だ。

 着替えた当人たちもコスプレ並みのレベルの低さに呆れて物も言えないでいる。

 にしても……やっぱり雪乃は清楚系が似合う。ノースリーブなんかの服もいいんだがやはり和服なんかの全身がすっぽりと入っている方が綺麗に感じる……まあノースリーブもいいんだけど。

 

「お帰りなさい「貴方。お風呂にします?」」

「小町。とりあえずリアルアフレコは止めろ」

「テヘッ☆」

 一瞬、雪乃が言ったかと勘違いしただろうが。

「お兄ちゃんたちの衣装もあるよ~」

「「…………」」

 

 残りの衣装を見て俺も隼人も唖然としているというかあまりの衝撃に何も言えずにいた。

 1つは全身真っ黒で長い尻尾、力強さを感じる太い太ももが目立つあのゴリラとクジラを合わせて名前が出来たといわれている怪獣王のコスプレとどっかの島の守り神で最終的に鎧とかレインボーとかアクアとかバーニングとかにフォルムチェンジする蝶々の姿をしているコスプレがあり、二つともやけにリアルだ。

 

「どっちがいい?」

「「こっち」」

 隼人と俺の指し示すものは全く同じだった。

「…………隼人」

「八幡」

 お互いを軽く睨みあいながら握り拳を突き出す。

「「最初はグー! じゃんけんほい!」」

 …………がはっ!

「はいお兄ちゃんモ〇ラね」

 

 なんで俺が着ぐるみみたいなコスプレ仮装をしなきゃいけないんだよ。

「ヒッキーどんまい」

「八幡。私はどんな八幡でも受け入れるわ」

「今それ言われても複雑だわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜も更けた時間帯、スタート地点に小学生たちがグループごとに集合しており、小町と戸塚の2人が指示を受けて小学生たちを出発させる役割を担っていた。

 気が付けばすでに7割以上の班が出発しており、肝試しも終盤に向かっているところだが俺のメンタルもそろそろデッドエンドに終着しそうになっている。

 

「がー!」

「「「…………わ、わー」」」

 

 小学生相手に気遣いの眼差しで見られ、気遣いの精神をふんだんに込めた叫び声をあげられているのだ。

 悲しいよ俺は…………ちっ。隼人は隼人の方でなんかうまい使い方をして目だけを光らせて小学生を驚かしているのだが俺のコスプレには何の細工も通用しない。ただの蝶々のコスプレに等しいのだ。1人だけやけに特撮ファンの子がいたのかはしゃぎながら近づいてきてくれたら逆に泣いてしまった。

 驚かすんじゃなくて喜ばしてどうすんだよってな……。

 

「うがぁぁぁぁぁおうっふ!?」

 

 その時、ざっと土を踏み鳴らす音が聞こえ、もうやけくそ張りに羽を全開にしてグループめがけてとびかかるが悲鳴を上げられる前に逆に俺の方が悲鳴を上げて、地面に倒れ込んでしまった。

 な、なんで俺の息子にしょ、衝撃が……。

 息子が痛むのを我慢しながら顔を上げてみると冷たい表情をしたままの留美が俺を見下ろしていた。

 

「る、留美ちゃん! なんかその人危ないよ!」

「大丈夫…………これは霊長類人科カワイソウ科目の比企谷八幡っていう珍しい動物。人に危害は加えないから」

「る、留美ちゃん何でも知ってるんだねー!」

 

 おいおい、それを信じるな小学生共……でも留美の奴、結局グループからの誘いを受けたわけか……。

 留美は相変わらず冷たい表情をしたままだがメンバーに手を引かれ、ゴール地点へ向かい、祠から証明書代わりのお札を取り、きゃっきゃわいのわいのと騒いでいるのを小さくため息をつきながらも一緒に歩いていく。

 

「八幡、大丈夫?」

「ゆ、雪乃……俺のメンタルは大丈夫じゃない……でも留美の方は大丈夫だろ」

「そうね…………人と人との繋がりを一旦は受け入れたみたいね」

 あくまで一旦だけどな……まあ、今日出来たあいつらとの繋がりはあいつらが留美を見限らない限りはほぼ永遠に続いていくだろう……俺と雪乃みたいに。



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第三十二話

 肝試し大会から30分ほど経ち、小学生共は俺達が汗水流して制作した木の積み木を中心にして手をつないで円になりながら歌を歌っている。

 どいつもこいつも楽しそうに笑みを浮かべながら大きく口を開けて歌っている。

 俺が小学生の頃と言えば雪乃と隼人くらししか喋っていなかったから知らない奴が両隣に来ても俺のあの伝説ともいえる出来事を知っている奴は誰も手をつなごうとしなかったからな……まあ、そいつらの間に雪乃は無理やり君に入り込んできたわけだが。

 

「おっ? ここにモ〇ラ谷君がいるではないか」

「さしずめ先生は小美人すか? 綺麗に歌ってくださいよ」

「良いだろう。モ〇ラ~や」

「あ、いややっぱいいっす」

 流石にアラサーの良い女性が特撮作品に出てくる歌を歌うっていうのはちょっと無理がいだダダ!

「貴様、今失礼なことを考えただろ」

「か、考えてません」

 

 どうやら先生はマ〇トラ、またの名を見〇色の〇気が使えるらしく、俺の失礼な考えを読み取ると首の骨が折れるんじゃないかと思うくらいの強さのヘッドロックをかけてくる。

 ていうか中々、先生も好きなんすね。まあ、あの世界に誇る怪獣王に出てくる怪獣だから有名っちゃ有名か……ちなみに最後の作品は俺はあれはあれで好きだ。

 

「ところで孤立していた子はどうなったのかね」

「…………まあ一応は繋がりってやつを受け入れることにしたみたいっすよ」

「そうか……それは大事なことだからな。どうも最近の若者はフィーリングだけで決めようとするきらいがある。勉強もそう、対人関係もそう。一度触れ、傷つくことで分かることもあるのだがな」

 先生はそう言いながらご立腹の様子でその豊満な胸を寄せるかのように腕を組む。

「まあ、あれっすよ……俺も含め、最近の若者は傷つかずに欲しいんっすよ」

 

 傷つかずして……何の苦労もしないで自分を認めてくれる、もしくは自分を好意的に見てくれる存在が欲しいのだ。何も努力せず、彼女欲し~とか言っている奴だったり……誰もが傷つくことを恐れているんだ。

 

「だがお前は傷つくことで分かったこともあるんだろ? それを似たものに教えれたのは十分な功績だ」

 

 傷つくことで分かったこと…………俺は何もわかっちゃいないさ。だから今でも隼人は雪乃以外の人間と深く関係を掘り下げようとしない。隼人はもともと今みたいなやつだったから除外したとしても……正直、俺も雪乃も互いに依存してるきらいがあるからな……そこまで分かってるくせに俺は関係を掘り下げようとはしない。

 雪乃と出会ってから変わったとみるべきか、それとも雪乃と出会う前のあの時の俺の状態をそのまま引き継いだとみるか……今はどっちでも良いか。

 

「なんにせよ、答えは今は誰にも分らんよ。君がやったことがあっているか否かはな」

 そう言って先生はどこかへと行った。

 …………人生なんて生きてる間には分からない問題だよな。

「八幡」

「雪乃……お疲れ」

「ええ。八幡もお疲れ様」

 

 …………この雪乃の笑顔を見ていると……依存関係なんてどうでも良いって思ってしまうくらいに俺は雪乃にどっぷりと惚れているというわけか。

 

「雪乃?」

 急に雪乃に手で目を覆われてしまい、目の前が真っ暗になる。

「いきなり何を」

「フフ、少し待っててちょうだい」

 そう言われ、少し不安になりながらも待っていると何人かがこっちは近づいてくる足音が聞こえてきた。

「っぉ!?」

『お誕生日おめでとう!』

 

 目隠しが取られた瞬間、クラッカーが鳴る音が次々に聞こえるとともに目の前に小さなケーキが見えた。

 …………あぁ、そういや俺、誕生日じゃん。

 

「本当は昨日の晩御飯の時にしようって思ってたんだけどね」

「ヒッキーもう17歳か~。早いね~」

「おめでとう、八幡」

 

 発起人は小町か雪乃辺りと考えてもこんなケーキやサプライズを考えたのは隼人、由比ヶ浜、戸塚あたりか。

 家族か雪乃にしか祝われたことがない俺が他人に祝われるなんて……初めてか?

 

「ほらほら、早く消して」

「お、おう」

 

 由比ヶ浜に急かされ、ろうそくの火を吹き消した瞬間、パシャッとシャッターが着られる音がするとともにフラッシュがたかれた。

 

「記念の一枚だ。取っておきたまえ」

「は、はぁ」

 どこからカメラ持ってきたんだという突込みは無しにしておこう。

「八幡、誕生日おめでとう」

「……あぁ、ありがとな」

 

 雪乃の胸にこの前、俺があげたネックレスが見え、どこか恥ずかしくなってしまい、頭をガシガシかきながらみんなと一緒にケーキを食した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んん~! 楽しかったねー!」

「そうだね。またみんなで来たいかも」

「もしまた行くことが合ったら小町も誘ってほしいです!」

 

 合宿最終日、俺達は小学生たちがバスに乗ったのを確認してから各々の荷物を車のトランクに押し込み、運転手が来るまでの間、集まっていた。

 2泊3日……案外長いようで短かったな……また今度、雪乃と……由比ヶ浜とかも誘ってみるか。まあ、機会があればの話だけどな。

 にしても俺、夏休み意外と謳歌しちゃってるな……とりあえず家に帰ったらゴロゴロしよ。

 

「八幡」

「ん?」

「八幡から見て留美ちゃんの進んだ道はどう見える?」

 

 皆から少し離れた所で隼人にそう尋ねられて少し考える。

 俺から見た留美の進んだ道ねえ…………。

 

「どうとも言えねえよ。人の生き方は千差万別だし…………まあ、ただ人生が潰れるようなことは無くなったんじゃねえの?」

 

 人との繋がりが出来た以上、留美を支えてくれる存在はいつか出てくるはずだろうからな。俺にとっての雪乃のような存在がいつか必ず出てくる……そう俺は信じてる。

 

「そっか…………八幡も雪乃ちゃんも楽しそうで何よりだよ」

 そう言い、隼人は車へと戻っていった。

 …………楽しそう……か。隼人の目にそう映ったのなら本当にそうなんだろうな。

「お兄ちゃーん! そろそろ行くよー!」

 小町に呼ばれ、俺も平塚先生のバンに乗り込むとゆっくりと走りだし、俺達が住む町へと走り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「暑~い」

「山の中でしたしね~」

 

 由比ヶ浜のウザったそうな声に小町も服をパタパタして中に風を送りながらそう言う。

 山の中と都会じゃこんなにも温度差があるとは……マジでもうビル一戸建てたら5本くらいの木を植えるようにしてくれよ。それなら温暖化とか暑さ問題とかどうにかなるだろ。

 車から荷物を降ろし終わり、各々疲れが残っている体を伸ばす。

 

「みなご苦労だったな。帰宅するまでが合宿だ。事故の無いように帰るように…………特に比企谷はそのまままっすぐ家に帰るようにな」

 

 先生が嫌な笑みを浮かべながら真黒な目で俺を見てくるがとりあえず俺の中で俺の為を思って行ってくれているものだと変換しておこう。

 

「お兄ちゃん、小町は先に帰っているのでイチャイチャしながら」

「京葉線とバスで帰ろうぜ。なんかもう疲れた」

 俺に遮られたことがそんなに気に食わないのか小町は頬を少し膨らます。

「ぶぅー。雪姉もどう?」

「そうね。途中までは一緒に帰りましょうか」

「あたしと彩ちゃんはバスかな」

 

 そんなわけで帰路につこうと別れの挨拶をしようとした瞬間、スーッと静かにバリバリ見覚えのある……というか何度も世話になった黒塗りのハイヤーが俺達の目の前に横付けされた。

 運転席にはあのダンディーな運転手こと都築さんが降りてきて俺達に軽く一礼した後、ドアを開ける。

 見慣れたとは思っていたがやはり人は年月が経てば変化するもの。

 

「ハロ~!」

 真っ白なサマードレスに身を包んだ陽乃さんのハイテンションな声が響くとともにどこか小春日和のような心地いい風が吹いた気がした。

「姉さん……」

「え? ゆきのんの……お姉さん!?」

「雪乃ちゃん夏休みになったら帰ってくるって言っていたのに中々帰ってこないから迎えに来ちゃった」

 

 陽乃さんはいつも通りのハイテンションぶりで雪乃にベタベタ引っ付くが雪乃はどこか強張った様子で心底鬱陶しそうな顔をしながら陽乃さんを押しのける。

 俺には絶対に見せない表情……本当に昔からこの姉妹はよく分からない。

 

「八幡も久しぶり! イケメンになっちゃってー!」

「前に会ったでしょ」

「グフフフ……ところで雪乃ちゃんとはどこまで進んだのかね? A? B? あ、もしかしてZまで行っちゃった!? もう八幡たらだいたーん!」

「あ、あのヒッキー嫌がってるんで!」

 由比ヶ浜がやたらと俺の腹を肘で押してくる陽乃さんと俺の間に立つと陽乃さんはジトッと由比ヶ浜を見る。

「お~新キャラだね。雪乃ちゃんのお姉ちゃんの雪ノ下陽乃です。よろしく」

「ご、ご丁寧にどうも……ゆきのんの友達の由比ヶ浜結衣です」

 その友達という一言に陽乃さんはピクッと眉を動かす。

「友達…………なんだかんだ言って雪乃ちゃんもちゃんと友達作ってるんだね~。えらいぞ~」

「やめてちょうだい」

 

 陽乃さんが雪乃の頭を撫でようとするがピシャッと雪乃に言われ、思わず手を引いた。

「ごめんね~……ほら行くよ。お母さんも待ってるし」

 

 そう言われ、雪乃は体を強張らせ、拳を握る。

 ……俺は彼女の内面のことを全くと言っていいほど知らない。特に家族のことは。

 

「八幡とイチャイチャデートしたいのは分かるけどちゃんと帰ってこなきゃダメだよ。まだお母さん、雪乃ちゃんが1人暮らししてること許してないんだから」

「陽乃。そこらへんにしとけ」

「おっ! 静ちゃん久しぶりー!」

「その呼び方はやめろ」

「お知合いなんすか?」

「昔の教え子だよ」

 教え子……3年離れてるから俺達が入ってきたと同時に卒業したのか。

「ごめんなさい、小町ちゃん。せっかく誘ってもらったのだけれど」

「ううん! また今度!」

「ええ、そうね…………由比ヶ浜さんもまた学校で」

「う、うん。また学校でね」

「……八幡も」

「……あぁ」

 

 そう言い、雪乃が背を向け、車に乗り込もうとした時に彼女の手を取ろうと腕を伸ばすが偶然か否か、俺と雪乃を遮るように陽乃さんが割り込んできて俺の手は雪乃から離れた。

 陽乃さんに背中を押されるように車に乗り込んだ雪乃の表情はここからは窺い知れない。

 2人が乗ったのを確認した都築さんは俺に一礼した後、車に乗り込み、雪乃の実家へと向かって車を走らせ始めた。

 …………またこの時期が来るのか。

「小町、行くぞ」

「う、うん」

 



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第三十三話

果たしてこの作品、文化祭で終わるべきかそれとも既刊分全部書いて終わるか……今悩んでおります。


 セミが泣き叫ぶのを聞きながら俺は扇風機にあたりつつ、ソファに横になっていた。

 今年もこの時期がやってきたか……毎年の長期休暇の最初らへんはあいつとも頻繁に連絡とれたり会えたりするのに終わり間近になると連絡も取れないし、会う事さえできない。

 スマホを手に取り、連絡先一覧から雪乃を選択するがそこから決定ボタンを押すことが出来ず、結局画面を元に戻してテーブルの上に戻した。

 俺はこんな自分が嫌いだ。毎年、雪乃と遊べなくなる時期になると何もやる気が起きなくなる自分が。

 

「お兄ちゃ~ん」

「あ?」

「ここ分かんない~」

 

 小町から宿題を受け取り、二重丸がされている問題を見てみると初っ端から式の組み立て方が違うのを見つけてしまい、兄として小町の将来の進路が不安になってしまう。

 

「最初の式の組み立てから違うぞ」

「え!? うっそだー!」

 

 雪乃と同位レベルの頭の良さを誇る俺に対してここまで疑いの眼差しを向けるのは小町くらいだろう。

 小町に勉強を教えながらも頭の中では雪乃のことが頭から離れない。

 小学生の頃は正直、そんなに雪乃に出会えないことは不思議でもなんでもなかったのだが雪乃のことを好きだと自覚し、さらに迎えに行くとまで言った今は夏期講習の時でしか声すら聞けないことが辛い。

 

「あ、小町行くよ」

 来客を告げるインターホンが鳴り響き、小町が玄関先へと向かったとき、ふと時計を見るとそろそろ準備をした方がよろしい時間になっていたのでソファから起き上がる。

 …………まさか夏期講習がこんなにも楽しみになるとは。

 

「やっはろ~」

「……なんでいんの」

 ドアが開き、小町が入ってきたかと思えばなんと入ってきたのは荷物を抱えた由比ヶ浜だった。

「じ、実はさ。これから家族旅行に行くんだけどサブレ連れて行けないんだ」

「ペットホテルとかは」

「この時期、どこも混んでて取れなかったんだよね~……だからその……ヒッキーに預かってほしいっていうか」

「三浦さんとか海老名さんとかそこらへんに言えばいいだろ」

「2人ともペット飼ったことなくてさ……それにゆきのんは連絡とれないし」

 

 由比ヶ浜は少し悲しそうにそう言う。

 この時期、雪乃と連絡が取りにくくなると言う事を知っているのは俺くらいだからな……そのうえ、由比ヶ浜のような友人と密接にかかわっている奴からすれば何事かと考えてしまうのだろう。

 

「あたし、何かしちゃったのかな」

「気にすんな。この時期は連絡取れねえもんだ」

「そうなの?」

「幼馴染の俺でさえ連絡取れにくくなってんだ。別にお前が何かしたってわけじゃねえよ」

 そう言ってやると少し安心したのか由比ヶ浜は小さく笑みを浮かべた。

「え、えっとそれでサブレのこといい……かな?」

「まあ小町がどういうか」

「小町は大賛成!」

「…………じゃあいいんじゃねえの」

「ごめんね。そろそろママたち待ってるから」

「楽しんできてくださいね~」

 

 小町が由比ヶ浜の見送りに行き、俺は用意をしてから玄関へ向かうとすでに由比ヶ浜の姿はなく、小町の見送りを受けながら夏期講習を受けている塾へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 国公立理数系は英語はもちろんだが数学・化学・物理・生物の英語を含めたいずれか4科目で構成されており、すでに英語と物理は終わったのであとは数学と化学のみ。

 理系か文系か、どちらへ行くかも決めていない俺がなぜ国公立理数系にいるかといえばもちろん雪乃がいるからであって現に彼女は俺の隣に座ってノートにペンを走らせている。

 やはりどこか彼女が隣にいると落ち着くというか…………。

 そんなことを考えながらノートをとっていると授業終了時間になり、キリがいいとのことで問題を1つやり終えたところで数学の講義が終了した。

 

「ふぅ」

「お疲れさま、八幡」

「あぁ……にしてもやっぱ国公立の数学って濃いな」

「私立と違って掘り下げが深いものね……私立が浅いとは一概には言えないのだけれど」

 

 私立でも偏差値が高いところは入試でも国公立の試験と遜色ないレベルの難易度の問題が出てくることだってあるからな…………やっぱり進路は私立受けつつ国公立受けるか…………まあ、今ここで決めなくてもいい問題だからいいか。私立で授業料免除でももらえたら速攻、家を出て1人暮らしする…………待てよ、そうしたら雪乃が遊びに来ないか? そうなると同棲生活になってそのまま…………。

 あり得るかもしれな未来を考え、妙に恥ずかしくなった俺は頭をガシガシと掻き毟る。

 それにしても…………やっぱりどこへ行っても雪乃は注目の的だな。こんなにも可愛いくて頭もいい……が、悪いが雪乃は俺が貰うぞ。誰にも渡さん…………俺意外と独占欲高い?

 

「お弁当持ってきたの?」

「いや。外に行くつもりだけど」

「ちょうどよかったわ。はい」

 

 そう言い、俺の目の前に大きなお弁当箱……というか重箱みたいなものが置かれ、ふろしきが解かれるとそれはまあ二人分の弁当が1つの重箱に入っていた。

 これまた斬新な弁当箱で。

 

「八幡の分も作ってきたの。食べましょ」

「な、なんか凄い弁当箱だな」

「そう? 1人分も2人分も変わらないもの」

 いや、そういう問題じゃ……まあ雪乃の料理美味いからいいけど。

「「いただきます」」

 

 箸を割り、試しに卵焼きを食べてみるとどうやらだし巻き卵らしい。そして美味い。

 よく考えたら俺、雪乃にばっかりやってもらってる…………少しは俺もやらねえとな。

「雪乃。良かったら今日、講義終わったらどっかいかないか?」

「……ごめんなさい。すぐに帰らないといけないの」

「そ、そうか…………」

 

 …………俺は知りたい。隼人が知っていて俺だけが知らない雪乃の本物ってやつを…………表面上だけじゃ物足りなくて……その胸の中に秘めてるものも知りたい…………でも慌てることは無い。俺は今まで雪乃を待たせてしまったんだ。俺だって待つ。ずっと。

 

「由比ヶ浜さんにも悪いことをしているわね……連絡をくれるのだけれど返すのが遅くなって」

「…………まあ、気にするな。お前はお前のこと優先しとけよ。忙しいんだろ」

 忙しい……果たしてそんな常套文句で終わらせていいものなのだろうか。

「…………そうね。ねえ、八幡。もうすぐ文化祭だけれど……」

 

 そのワードが出てきた瞬間、恐らく同時にあの日の夜のことを思いだしたのか2人して少し顔を赤くして気まずい空気になり、誤魔化すために小さく笑う。

 

 ―――――もう少し待っててくれ。文化祭あたりに……迎えに来る。

 

 そう宣言した。その決意に変わりはない…………改めて考えたら俺、物凄いこと言ってたんだな。

 ふと時計を見てみると授業が始まる10分前にまでなっていたので少々、急いで昼飯を食べ、残り10分間を雪乃との会話で費やした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「1日……2日…………3年足りない~」

「どんなに休む気だ、お前は」

 

 仮に夏休みを3年過ごしたければ人間の寿命を3倍以上にまで拡張しなければそんなふざけた夢は実現しない。

 ソファに寝転がってそんなことを呟いている小町の胸には由比ヶ浜から預かっている犬のサブレが抱きしめられており、まんざらでもないサブレはさっきから尻尾をユッサユサと揺らしながら小町の顔をぺろぺろしている。

 対して我が家の元祖愛猫であるカマクラ殿はムスーッと不貞腐れた顔をしながら仕方なく、『おい、撫でさせてやるから撫でろ』と言わんばかりの表情で俺に背中を預けてくる。

 まあ、そんなカマクラを撫でているんだが……にしてもまさかここまでサブレの魅力に小町が取りつかれてしまうとはな。カマクラ様が不貞腐れるのも分かる。

 起きればカマクラをナデナデしていた頃とは違い、起きればサブレをナデナデ、キスキスチュッチュ、抱きしめギューギュー、イチャイチャウフフフな循環をしている。

 

「まあ、我慢してくれ。お前はお兄ちゃんだからな」

 昔よく言われたわ……お兄ちゃんなんだからイケメンを小町に紹介しなさいって言われた時は納得いかなかったが。

「そう言えばお兄ちゃん」

「ん?」

「花火大会どうするの? 雪姉と行くの?」

 …………それも断られたんだよな。

 講義がすべて終了し、帰り際に誘ってみたんだがやはり断られてしまった。

「いんや。今年も家でお留守番だ」

「小町綿飴とか食べたいし、受験勉強で忙しいから晩御飯になるもの買ってきて☆」

 そんなミラクルスターを目から放たれても困る。ただ一人で見に行っても仕方がないんだけどな。

「ダメ?」

「…………分かったよ。買ってくるからサブレを使って揺さぶってくんな」

 

 なんでうまい具合にサブレまで目をウルウルさせてんだよ。

 そんなことを思っていると来客を告げるインターホンが鳴り、小町がサブレとその準備一色を担いでドタドタと慌ただしく階段を降りていく。

 

「良かったな。ようやくお役御免だ」

「お兄ちゃーん! ちょっとー!」

 小町から呼ばれ、玄関へ向かうと予想通り由比ヶ浜が玄関先に立っていた。

「サブレ預かってくれてありがと! これヒッキーのお土産!」

「お、おう」

「またサブレ預けに来てくださいね! いつでも待ってるので!」

「え、またいいの?」

 

 由比ヶ浜の質問に小町は親指を立てながらうんと頷いた。

 その瞬間、何かが落ちたような音がしたので振り返ってみるとさっきの話を聞いてショックだったのかカマクラが廊下に腹を見せてこけていた。しかもうまい具合に尻尾や手が震えている。

 何やってんだよお前も小町も。



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第三十四話

 夕方の6時ごろ、俺は1人電車に乗って花火大会が行われる場所へ向かっているが何せ人気の行事なので電車の中は花火大会へ向かうであろう浴衣姿の女性やシートを持った家族連れなどで混み合っており、また小さな子供の泣き叫ぶ声もあってか混沌と化している。

 これが日本の通勤ラッシュか……通勤じゃねえけど。

 

『こちら側のドアが開きます』

 

 そんなアナウンスと共にドアが開き、花火大会の会場の最寄り駅駅に到着し、人の流れに従うように同じ方向へ歩いていく。

 その間、花火大会へ行くであろう奴らが楽しそうに喋りながら歩いていく。

 友達と、恋人と、子供と……各々の大切なものと一緒に見る花火大会は格別なものだろう……俺も雪乃と一緒に花火、見たかったんだけどな……まあ、向こうがダメなら致し方ないことだ。

 小町に頼まれたものは晩飯になるものを露店で買ってくることと一発目の花火の写真。

 ああ見えて小町は受験生だ。そろそろ本腰を入れて勉強しなければいけない時期だから暇人である俺に頼まれたわけだが……面倒くさい。

 会場に到着すると既に露店は開かれており、店主の客寄せの大きな声がよく聞こえてくる。

 

「とりあえず焼きそば、たこ焼き、イカ焼きあたりか……あ、わたあめもだな」

 

 順番に焼きそば、たこ焼きを購入していき、途中でリンゴ飴を見つけたのでそれは俺へのプレゼントと言う事で一本購入し、ペロペロ舐めながらイカ焼きと綿あめを売っている露店を探す。

 ボッチの花火大会ほど面白くないものは無いぞ。

 

「ってイカやきねえのか」

 

 露店が並んでいるゾーンが終了してしまったので人の流れに逆行しながら戻って綿あめを購入し、小町の晩飯は手に入れたので今度は花火の一発目の写真を手に入れるために花火がよく見える場所を探す。

 その時、楽しそうに笑いあいながら手をつないでいるカップルが俺の隣を通り過ぎる。

 …………もしも雪乃の全てを手に入れられた時、俺もあんな風に笑いながら、手を繋ぎながらここへ来れるんだろうか……そしてそれはいつになるのだろうか。そしてその時、それを見た奴らは…………いかんいかん。ネガティブになるな。文化祭で迎えに行くと決めたんだ……シャキッとしねえと。

 

 自分に軽く喝を入れ、花火がよく見える場所を探すがどこもかしこも既に盗られており、見るだけの場所ならいろいろあるんだが写真を撮るとなると人が重なったり、木々の枝が重なったりしてベストポジションがなかなか見つからないでいる。

 困ったな…………小町にはカメラ忘れたつって帰るか…………うん。帰ろう。

 そう結論付け、出口へと向かおうとしたその時。

 

「あれ? 八幡?」

 

 混み合っている場所から俺の名前を呼ぶ声が聞こえたので振り返ると大百合と浅草模様が涼しげな浴衣姿の陽乃さんが規制線が張られて他の場所とは区別されている貴賓席の中から俺に手を振りながら歩いてくる。

 …………そういや雪乃の家って親父さんが社長と県議員してるんだっけか。

 

「久しぶり~。元気してた?」

「久しぶりって前に会ったでしょう」

「あ、それもそっか! で、一人で何してたの? 女の子探し? いけないな~。八幡には雪乃ちゃんっていう婚約者がいるのに~」

 

 いやな笑みを浮かべながら肘でグリグリしてくる。

 婚約者扱いになったのはあんたの所為でしょうが。

 俺と雪乃が離れない様にとおまじないで折り紙の指輪と俺たちの名前を書いた婚約届けをこの人が見つけ、両親にそれを見せた所から婚約者扱いが始まった。

 

「どこの誰が原因でしょうね」

「あれ? いやだった?」

「べ、別にそうはいってないでしょう」

「ならいいじゃん。あ、よかったら八幡も中で見る? というかお姉さん命令で見よう!」

 

 そう言われ、手を引っ張られて貴賓席の中へ連れてこられ、陽乃さんの座席である場所に座らせられる。

 少し高くなっている場所にある貴賓席と言う事もあって木の枝などの邪魔者は全くない。

 

「で、なんでここにいるんすか?」

「父親の名代でね。挨拶ばっかりしてたから退屈で退屈で。八幡がいてくれてお姉さん嬉しいぞ♪」

 

 名代……やっぱり雪乃の家は結構良家なんだな。

 確かに周囲の奴らの陽乃さんを見る目は少し違うものに見える。

 

「雪乃ちゃんのこと、迎えに行くんだね」

 …………今更この人がなんで知っているかなんてことはもう聞かない。

「ええ」

「周りの評判ばかり気にしていた八幡がねぇ……隼人にでもアドバイス貰った?」

「まあ…………外面なんか気にすんなって言われましたよ」

「良い親友を持ったもんだね」

 そうだな…………少なくとも俺は完全無欠のボッチではないことは確かだ。

「うん、それでいいぞ。雪乃ちゃん、キュンキュンしながら待ってるよ」

「…………雪乃はなんで来れないんですか?」

「母の決めたことでね。昔から人前に出る役目は私だったし。それにうちの母って何でも自分で決めて従わせたい感覚を持っててね。折り合いをつければいいんだけれど雪乃ちゃんそう言うの苦手だから」

「…………それが家のルールってやつっすか」

 その問いに陽乃さんは頷くわけでもなく、ただただ笑みを浮かべるだけだった。

「八幡は雪乃ちゃんのこと好き?」

 

 そんな質問、当の昔から答えは出てた。でも恥ずかしさっていう感情の方が前に出ていたから言えなかっただけで今ならハッキリとこの人でも言える。

 

「ええ、好きですよ。むしろ愛してます」

 その瞬間、一発目の花火が盛大に打ち上げられた。

 打ち上げられ、綺麗な火花を散らせるそれをカメラのレンズに収めながら陽乃さんの次の言葉を待つが一向に次の言葉は出されない。

 

「……凄いな~。雪乃ちゃんは。こんなにも愛してくれる人がいて友達もいるなんて」

 

 陽乃さんはその美しさと諸々の要素で近くには寄ってくるだろう。ただ雪乃を愛している俺のような存在が来ているかと聞かれれば恐らくNoと答えると思う。

 この姉妹……特に姉の方は全く何を考えているのか分からない。何を信条として、何を心に秘めて動いているのかさえ分からない。その姿はどこか怖いところもあるがどこか惹きつけられるところもある。

 

「そろそろ私は帰るけど八幡はどうする?」

「俺も帰ります。こんな人混みは嫌いなんで」

 

 陽乃さんと一緒に貴賓席から抜け出し、人混みの間を縫うように歩き、ようやく会場の外に出て歩道を歩いていると俺たちの傍にあの黒塗りの車が静かにつけられた。

 

「八幡もどうぞ。1人くらいなら乗せるよ」

「……じゃあ、お言葉に甘えて」

 陽乃さんが乗り込み、俺も乗り込んで扉を閉めると都築さんの運転する車は再び静かに走り出す。

「ねえ、八幡」

「はい?」

「八幡は婿に来るの? それとも雪乃ちゃんを嫁に貰っちゃうの?」

 

 …………こ、この人の中では結婚はもう確定済みか……まあ、お、俺だって雪乃とずっと一緒に居たいっていうかその先のことも……い、いかん。これ以上考えたら泥沼にはまってしまう。

 

「顔赤くしちゃって~。八幡って色々悟っているのに純情ピュアボーイだね」

「伊達に雪乃のことを一途に愛してませんからね」

「またまた~。ガハマちゃんにだって好意寄せられてるくせに~。ガハマちゃんって胸大きいよね。あ、私も大きいよ。でも雪乃ちゃんは控えめだね。八幡はどっちが好み?」

「あ、あんたは中学生っすか」

 戸部でさえ、そんな下ネタな話はしなかったぞ。まあこの人の場合、狙ってやっているんだろうけど。

「ねえねえ。どっちどっち?」

「お、俺は雪乃が好きです。以上」

「むぅ。言明を避けたな~」

 

 別に胸が大きいから好きとかそんな次元が低いことじゃない……なんかもう、俺は雪乃の全部を愛しちゃってるんだろうな。犬が嫌いで猫が好きなところも負けず嫌いなところも勉強が凄くできるところも……そして雪乃が陽乃さんの後を追いかけていることも。

 そのことに気づいたのは雪乃が去って中学生になったころだ。

 ずっと彼女のことを考えている時にふとそう思った。

 雪乃は今まで小学校で運動会、遠足などの様々な行事で先頭に立って行事の企画から準備の効率化までその全てを一人で背負ってきた。

 最初はどうとも思わなかった。俺もやっていたし……でもようやく気付いた。雪乃の目にはいつも陽乃さんの後ろ姿が映っていることが。

 運動会では陽乃さんがサプライズで先生を泣かせ、卒業式ではサプライズソング、修学旅行では全員を楽しませた。無論、そんな彼女の妹である雪乃にプレッシャーにも似たようなものが覆いかぶさるのは自明だ。

 …………俺が不安なのは陽乃さんを超えようとして頑張り過ぎてぶっ倒れないかが心配だ。でも幸い、陽乃さんの総武高校でのとてつもない活躍はまだ耳にしてないからあれだけど…………あいつ、悪い癖でなんでもかんでも1人でしょい込むところあるからな。

 そんなことを考えていると車が止まり、窓の外に俺の家が見える。

 

「都築さん、ありがとうございました」

 一言礼を言うと小さく会釈する。

「じゃね、八幡。文化祭、”私も楽しみだよ”」

 そう言い、陽乃さんを乗せた車は静かにはしり始めた。

 …………何も起きなきゃいいけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、始業式の朝、俺は夏休み前と同じように自転車を漕ぎながら学校へ向かっていた。

 もうすぐ文化祭か……そこで文化祭実行委員をやってから雪乃を…………もともと実行委員をやろうと思っていたのは前からだからな……ケジメというか。

「八幡」

「ヒッキー!」

 後ろから呼ばれ、振り返ると由比ヶ浜と雪乃の姿があった。

「おう」

「久しぶり! ゆきのんもヒッキーも元気そうで良かった! また放課後、部室で!」

 そう言い、由比ヶ浜は走っていった。

 ……いつもならここに残って話すと思うんだが……。

「おはよう、八幡」

「あぁ、おはよう。お前も元気そうだな」

「ええ。八幡の顔を見たらより元気になったわ」

 笑みを浮かべながらそう言う雪乃を見て俺は恥ずかしくなり、頭をかく。

 あ、相変わらずだな…………。

「じゃ、行くか」

「ええ」

 俺達も教室へ向かった。



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第三十五話

今日は雪乃と八幡の絡みはないです


 楽しかった夏休みも過ぎ、未だに蒸し暑い日が続く中、教室はそれ以上に熱気を帯びている。

 その理由はもう少しすれば総武高校の目玉行事ともいえる文化祭が始まるからであり、カップルはどこへ行こうかなどと今から考え、友達がいる奴は友達とどこを回るかなどを考えている。

俺はと言うと雪乃に告白することでいっぱいだ。まあもちろん、実行委員をやるけとも頭にはあるが少ししかない。やはり屋上だろうか…………とりあえず文化祭の実行委員になるところから始めるか。

 ちょうど今はHRだが文化祭での役割決めが行われており、最初はルーム長が取り仕切っていたがもともとそういう性格ではなかったのか流されていき、最終的に隼人が仕切っている。

 

「じゃあ、今回の花形ともいえる文化祭実行委員だけど誰かやる人居るかな?」

 

 そう言いながら隼人はチラッと俺の方を見てくる。

 どうやら俺が文化祭で何をしようとしているのかを理解しているらしい。そして海老名さんが鼻息をふんふん鳴らしてこっちを見ているのはあえて無視しておこう。何かを無くしそうだ。

 

「俺、やるわ」

「八幡ね。他に誰かいるかな」

 

 周囲の驚きをスルーし、隼人が周りに尋ねるが文化祭実行委員などというルーム長並に面倒くさい仕事をしようなどというやつはこのクラスにはいないだろう。無論、俺も雪乃がいなければそこらへんにるボッチでしかなかっただろうしな。

 黒板に俺の名前が書かれるが相方となる女子のメンバーがまだ未定で隼人が全員に尋ねるが誰も手を上げるどころがあれだけ毎日、隼人で色めき立っている奴らが珍しく視線を逸らしている。

 

「あたし、由比ヶ浜さんが良いと思うんだ」

 そんな声が聞こえ、声がした方向を見ると、窓際に座っている女子が俺の方を笑みを浮かべながらそう言っているがその近くに座っている女子数人がそれとは真逆の嫌な笑顔を浮かべている。

 あぁ、あの笑みは知っているぞ……あの笑みは見下している時の笑みだ。

 

「え、えぇ!? あ、あたし!?」

「うん。だって由比ヶ浜さんって彼と同じ部活なんでしょ? いつも一緒にいるから仕事もやりやすいんじゃないかなって思うの」

 

 そいつの言う事に周りの奴らは由比ヶ浜の方を見ながらうんうんと頷く。

 対して由比ヶ浜は少し戸惑いを隠せないような表情でそいつの方を見ている。

 珍しい……由比ヶ浜があそこまでハッキリと顔に戸惑いの表情を浮かべるとは…………俺と組むのが嫌だからって様子じゃないし…………。

 クラスの空気は由比ヶ浜に流れかけたその時。

 

「ねえ、隼人」

「ん? どうかした? 優美子」

「これって他の奴を推薦するのもありなの?」

「ありだよ。その人が承諾してくれればね」

「じゃあ、あーし相模が良いと思う」

 

 あーしさんのその一言にさっきまで笑みを浮かべていた相模と呼ばれたやつが一気に戸惑いの表情になるとともにあーしさんの方を軽く睨み付けるがすぐに視線を逸らす。

 

「な、なんでそう思うの? 由比ヶ浜さんはあいつと一緒にいるから」

「一緒にいるからってなんで文実やんなきゃいけないわけ? 超分かんないんですけど。それに結衣はあーしと一緒に客引きやんの」

「え、えぇ!? いつ決まったの!?」

「たった今」

「今!?」

 お前らは夫婦漫才でもやる気か。

「このクラスで超可愛い2人がやれば客もいっぱい来るっしょ。どっかの誰かと違って結衣は気が利くし、優しいから勘違いした男子がコロッとイチコロだし」

 

 …………友人ゆえに理解しているのか、それともただ単に一緒にいる奴だからなのか……まあ多分前者だとは思うけど…………結構、あーしさんははべらせている奴らのことも見ているのね。

 

「だからあーし、相模が良いと思う」

 クラスの女王様の一言に由比ヶ浜に向きかけていた風向きが一瞬にして相模へと向けられ、全員の『さっさとお前やっちゃえよ』的な無言の重圧が彼女の注がれる。

 これぞクイーンプレッシャー。なんちゃって。

 

「相模さん。お願いできるかな?」

「ま、まあ葉山君がそう言うなら……あ、あたしやってもいいよ」

 

 あいつの脳内変換では葉山が頭を下げてお願いしたつもりなんだがどこからどう見てもお前に押し付けられた構図だからな…………まあ、なんにせよあいつと由比ヶ浜に何かあるのは間違いない。友人が多いっていうのもなかなか面倒くさいもんだな。

「そっか。じゃあお願いするね。今日の放課後から会議室で委員会があるみたいだから2人ともよろしく。じゃ、あとのことは姫菜に変わるよ。姫菜、お願い」

「オッケー」

 

 教壇から隼人が降り、交代で海老名さんが立つとルーム長にドサッとホッチギス止めされたクラス分の冊子が渡され、早く配れよと目で訴える。

 ルーム長はため息をつき、黙々と冊子を配り始める。

 ルーム長が完全に陰に隠れているな……まあ、それほどこのクラスの連中が濃いというかなんというか……まあ海老名さんは濃いどころかドロドロレベルだけどな。

 

 

 

「前の会議でうちのクラスの文化祭出店企画の題目がミュージカルに決まったのは知ってると思うけどその脚本を書いてみたから感想、もらえたらいいかな」

 どうやらさっきまで配られていた冊子は台本らしい。

 ペラペラとページをめくると一番最初に題材が星の王子様であることが書かれており、次のページから物語が始まっているのだが最初の一行を読んだ時点でほぼ同時に全員がため息をついた。

 …………迸る~とか熟れた~とか汗滴る~とか俺にはさっぱり分からない単語が書き連ねられており、男子はほぼほぼ俺と同じような反応だが女子は何人か若干興奮気味な奴もいる。

 海老名さんはあれである……これじゃ星の王子さまじゃなくてBLの王子様、略してB王になってしまうではないか。それだけは何としても避けたい……あと最後のページの配役一覧にいささか疑問を抱く。

「あ、あの」

「比企谷君、どうぞ!」

「なんで俺と隼人が主役とヒロインな訳?」

「え? なんで?」

 うおっふ。疑問を疑問で返されたぜ………ていうか彼女の中じゃこのお題でこの配役なのは決まりなのね。

「ねえ、女の子は出ないの?」

「え? なんででるの?」

 

 別の質問にも質問で返すという彼女の行動に全員がもう承諾せざるを得ない雰囲気になってきたが俺は何と言われようがこの主人公とヒロインの配役だけは絶対に承諾しない。

 なんで俺が隼人と出なきゃいけないんだよ…………雪乃に迷惑がかかるどころか『ま、まさか本当にそんな関係だったのね!? 八幡酷い!』なんて言われかねないぞ。

 

「姫菜。八幡は文実やるし、会議とかで練習は難しいんじゃないかな」

 隼人良いこと言った!

「あ~。それもそうだね…………くっ! 致し方ないけどヒキタニ君配役は中止にして」

 

 何故か苦悶に満ちた声をあげながら海老名さんは黒板に変更点として王子様とヒロインの配役の名前を快苦が結局隼人は変わらず、俺のところに戸塚の名前が新たに加えられた。

 と、戸塚がヒロインだと…………うん! 良い!

 頭の中で戸塚のヒロイン姿を思い浮かべ、思わずニヤつくのを手で隠す。

 

「え、ぼ、ぼく?」

「うん。戸塚君、髪も綺麗だし、肌もスベスベだから隼人君の迸る筋肉にあうと思うんだ!」

「俺は脱ぐことは前提なのか?」

 隼人のそんな質問などどこ吹く風、海老名さんは独壇場を続ける。

「で、でも僕セリフ覚え苦手だし」

「大丈夫! みんな遅くまで付き合うから!」

 チラッと戸塚がこちらを見てきたので頷きながら小さくサムズアップすると小さく笑みを浮かべた。

 戸塚スマイルはどっかの慈愛の戦士みたいな精神安定光線を放っているのだろう…………戸塚レクト!

「うん、分かった。どこまで行けるか分からないけどやってみるよ」

「よーし。あとは脚本をちょちょっと変えて2人を濃厚に絡ませてグフフフフ!」

 

 海老名さんの腐った笑顔が後の大変さを物語っているような気がするが終業のチャイムが鳴り響いたので全員、帰る準備をする。

 俺もカバンを持ち、教室を出ると由比ヶ浜が後ろからやってくる。

「やっはろ~。ヒッキー、これから文実でしょ?」

「まあな…………多分だけどあいつも文実だ」

「あ、ヒッキーもそう思う? やっぱり今日は奉仕部お休みかな~」

「多分な」

「そっか…………じゃあ、あたしはもう帰るね。バイバイ! ヒッキー」

「ん」

 由比ヶ浜とは教室の近くで分かれ、俺は文実の会議が行われる教室へと向かった。



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第三十六話

 文実の初回会議の場所である会議室へ入ると既に何人かの奴らが来ており、その中に相模とか言う俺のパートナーの奴がいたが友人と駄弁っていた。

 

「ゆっこも文実でよかったよ~。なんかあたしがやれっていう空気になっちゃってさ~」

「あたしもじゃんけんで負けちゃってさ~。面倒くさいよね」

「あ、南ちゃんって呼んでいい?」

「うんうん! 全然いいよ~。あたしも遥って呼ぶし。あたしもやる気はなかったんだけど葉山君にお願いされちゃってさ~」

「そっか。南ちゃん、葉山君と同じクラスだもんね!」

 

 相模が口火を切ればそれに反応するように二人もマシンガンの様にいかに自分が不幸か、いかに自分が押し付けられたかをこれ見よがしに喋っていく。

 不幸自慢をした奴は大体、そこまでだ。ソースは小学生時代の俺のクラスの奴ら。学級崩壊の所為で授業が遅れたのはそいつらの所為なのに土曜日に補習授業があるのをあたかも先生が悪いかのような言い方で他の奴らに自慢していた。

 一応言っておくが隼人はお前にお願いしたんじゃない。

 

「でも南ちゃんのクラスって」

「うん。あいつがいるんだよね~。金髪不良。あいつのせいであたし、文実やらされたもんだし」

「怖いよね、なんか。よくあんなのがうちに入ってきたと思うもん」

「あ、それ分かる!」

 

 テンションがどんどん上がってきたのか相模達の話声が会議室に木霊する。

 そいつらと出来るだけ離れた場所の席に座り、ポケーッと窓の外を見る。

 …………果たしてあの大怪獣・陽のんは襲来してくるのだろうか。ここの卒業者だから案内みたいなのは送られているだろう…………別にあの人が来たからって所詮は過去の人間だ。俺達にそんな大きなダメージは与えないだろうが問題は雪乃に対するダメージだ。あいつは姉に必死にはいつくばろうと姉と同じことをし、それ以上の業績を上げようと1人で抱え込む悪い癖がある。もしもそれで体調なんか壊せば本末転倒だ。だから

 

「俺が護ればいいんだろうけど」

 

 この中で彼女のことを一番理解しているであろう俺がやらなければ誰がやる。彼女が無理をしない様に俺が支えてやればそれで万事解決だ。

 そんなことを考えていると徐々に会議室に入ってくる人数も増えてきたが突然、会議室が静かになり、周囲を見渡してみると全員の視線は入り口の扉に釘つけになっていた。

 雪ノ下雪乃―――彼女が入ってきたからだ。

 ある奴は相変わらず可愛いと言い、ある奴は綺麗だと言い、そしてある奴は冷たいというその彼女が会議室に入ってきて俺の方を見てそのまま他の奴らなど目もくれずにこちらへ向かってきて俺の隣に座る。

 

「八幡が文実をやるなんて珍しいわね」

 あの雪ノ下雪乃が男子を名前で呼んだことに全員が一様に大きく驚く。

 ………………先制パンチ、かましておくか。

「そうだな…………まあ今回は特別回なんだよ、雪乃」

 

 俺が彼女を雪乃と呼んだ瞬間、さらなる衝撃が全員に覆い被さり、教室の連中の視線が俺達に釘つけになるがどこかそんな状態を晴れやかな気持ちで受け止めている俺がいた。

 流石にもうこんなことはしないが…………この中では俺しかないステータスだな…………。

 だがそれと同時に俺に対する奴らの評価が気になってきて連中の顔をチラチラと見ていってしまい、ため息をついて視線を降ろす。

 何やってんだ俺は…………決めただろ、もう外面は気にしないって。

 そんなことを考えていると入り口の扉がガラッと開かれ、体育教師の厚木といつもの白衣姿の平塚先生、そして書類の山を持った生徒たちの集団が入ってきた。

 書類の山を持った数人の生徒が1人の女生徒の顔を見た。

 するとその女生徒が頷きを返すと数人の生徒が書類の山をそれぞれ配布していく。

 …………もしかしてあいつら生徒会か。

 書類が流れ切ったのを見た女性とはすっと立ち上がる。

 

 

「それでは文化祭実行委員会を始めまーす」

 そんなほんわかとした声が広がる。

 肩まであるミディアムヘアーは前髪がピンでとめられており、見えているお凸は綺麗だ。

 

「生徒会長の城廻めぐりです。皆さんの協力で恙なく今年も文化祭を開けるのが嬉しいです。皆で最高の文化祭にしましょー……え、えっとみんなで頑張ろう~。おー」

 

 最後は適当ともとれる挨拶の直後、壁際で待機していた数人が拍手を送り、それにつられて会議室から拍手がポツポツト彼女に送られる。

 ああやって人の前に立つ仕事も大変だな……俺は勘弁願いたいが。

「じゃあさっそく委員長の選出に入っちゃおー。誰かしたい人! はい! ほらほら。誰か誰か…………いない?」

 

 勢いよくスタートダッシュをしたつもりだったらしいのだが誰も手が上がらないことに不安を抱き、周囲をキョロキョロと見渡すが全員が一様に、城めぐり先輩から目を逸らす、もしくは視線を下にして彼女とあわないようにする。

 俺も最初は実行委員長をやって評判を手に入れようとしたけどよくよく考えればそんな大きな責任を今まで負ったことも無い俺が負えるはずもないと言う事で委員になったわけだ。委員長をやるにはそれ相応の地盤が必要でそれが俺にはない。いきなり地盤が必要なものを地盤なしに行えば真っ逆さまに堕ちて一貫の終わりだ。

 

 

「なんじゃおい。お前ら自身の文化祭だろうが。覇気が足らんぞ覇気が。お前たち自身の行事をお前たちが盛り上げんでどうするんじゃ!」

 体育教師の厚木の野太い声が教室中に響き渡るがそれでも誰も手をあげようとはしない。

 鋭い目つきで会議室にいる連中を見渡していくがその無遠慮な視線が雪乃とぶつかり合った瞬間、厚木の全てが雪乃に向けられる。

 

「お! お前雪ノ下の妹か!? 前の文化祭は凄かったからのー! またあんな凄い文化祭期待してるけえの!」

「すみません。それはないんじゃないっすか」

「八幡」

 雪乃に停められるがそこは止めない。

「なんで姉貴が凄い文化祭をやったからってその妹が委員長をやることが当然みたいな言い方するんすか」

「お、おぅ?」

「先生は両親が教師をやっていたから教師をしたんすか? 違うっすよね。だったら」

「比企谷」

 

 平塚先生のその一言に俺は撃沈させられ、それ以上は何も言わなかった。

 ざけんなよ…………なんで陽乃さんが凄かったからって雪乃に同じ、もしくはそれ以上のことを望むんだ…………だから何も知らない奴らが雪乃に大きすぎる期待をするんだ。その大きすぎる期待が雪乃に、はたまた周りにどんな影響を与えるかも知らないで…………。

 

「え、えーっと委員長をやったらいろいろいいよ? 指定校推薦でも書けるし、何より周りの人との繋がりがいっぱいできるよ。ね? ね? 指定校狙ってる人とかは一回考えてみて」

 

 城廻先輩もそうは言うがその視線は雪乃に注がれている。

 雪乃もやっぱりかといったため息をついたその時。

 

「あ、あの誰もやらないんだったらあたしやってもいいです」

「ほ、ほんと!? あ、自己紹介やってくれるかな?」

「は、はい……さ、相模南です。うち、こういうのをやるのは初めてなんですけど頑張りたいです。自分のスキルアップを目指したいっていうか…………みんなに迷惑かけるかもしれないですけど出来たら手伝ってくれたらうれしいって言うか……と、とりあえずなんとか頑張りますのでよろしくお願いします」

「おぉー! いいよいいよ~。拍手拍手!」

 

 城廻先輩に押され、チラホラと教室から拍手が漏れ出す。

 …………いきなり委員長やるって大丈夫か? 

「委員長も決まったし、今度は各役割を決めます。議事録に簡単な紹介文は書いておいたので見て決めてください。5分後くらいに希望を取ります」

 

 議事録を見てみると有志統制、宣伝広報、物品管理、保健衛生、会計検査、記録雑務の役割名が書かれており、一瞬で俺がやりたいものが決まった。

 記録雑務…………素晴らしいじゃないか。俺は記録雑務になる!

 

「どうしよ~。ノリでなっちゃったけど大丈夫かな」

「南ちゃんなら大丈夫だって。私たちも手伝うし」

「そうそう。だから南ちゃん頑張って!」

 静かな会議室にそんな大きな声が響く。

 お涙ちょうだいというか温かいハートフルストーリーだな……俺は嫌いなタイプのお話しだが。

「もういいかな~? じゃあ、相模さん。あとはよろしく」

「え、も、もうですか?」

 

 相模の戸惑いの質問に城廻先輩は笑みを浮かべながら頷いたので断り切れなかった相模は嫌そうな感じを全身から醸し出しながら壇上に立ち、全員を見渡すと一瞬、身じろいだ。

 そりゃいきなり慣れもしない人の前に立てば身じろぐのも無理はない。意外と大人数って前に立っている奴のことを見るからな。

 

「そ、それじゃあ決めていきます」

 今にも消えそうな相模の声はギリギリ、静かなこともあって聞こえてくるが恐らく、この静けさは失笑の嵐の前触れなのだろう。大体、何かをバカにしようとするとき、人は考えて黙るからな。

「せ、宣伝広報が良い人」

 後ろの席なのでよく見えるが相模がそう聞いても誰の手も上がらない。

「宣伝だよ? いろんなところに行けちゃうよ? ラジオだったりテレビだったり」

 

 城廻せんぱいの補足説明でようやく行きたいと思うやつが出てきたのかチラホラと手が上がり、人数と氏名を確認されて次の役割決めへと向かう。

 

「え、えっと次は有志統制」

 その瞬間、先程とは比べ物にならない数の手が上がり、相模は処理しきれずに古いパソコンみたいにフリーズを起こしてしまい、動かなくなってしまった。

「多い多い! じゃんけんじゃんけん!」

 

 その言葉で生徒会の1人が動き出し、手を上げていた連中を後ろの方へ連れて行き、そこで静かにジャンケンさせ、勝った奴の名前をメモ用にしかいて戻ってきた。

 流石は生徒会。仕事の流れをよく理解してますな。

 その後も相模が言って城廻先輩が補足説明をしてという形式が続いていくが保健衛生を決めるあたりで遂にそれが逆転し、城廻先輩が主導権を握って会議が動き出す。

 相模はおろおろとしながらボーっと突っ立っているだけだ。

 もちろん俺と雪乃は考え方が同じなので記録雑務にちゃっかりと入っている。

 が、やはりそこは人間。同じ考えの奴らが集まってしまったのかなんかもうすさまじい空気を発している墓場みたいな場所になってしまっている。

 

「…………」

 沈黙の中、どうにかして軽い自己紹介と記録雑務のリーダーを決めるジャンケンを行い、それが済んだら即時解散。俺と雪乃はいの一番に教室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、八幡」

 雪乃を家へ送る最中、後ろに乗っている彼女からそう呼ばれた。

「ん?」

「…………そ、そのさっきはありがとう」

 さっき……あぁ、厚木の時のことか。

「いや、まあ俺もなんか熱くなりすぎた…………あそこは何も言わないのが正解だったな」

 

 俺の反応の所為で一時的とはいえ、会議室の空気は氷点下にまで下がった。あの時の正解は何も言わずにただ単に心の中で怒っておくのが正解だった。

 俺もまだまだ子供だってことだな。

 

「そうね。確かにあれは正解じゃなかったかもしれない…………でも私は嬉しかったわ」

 俺の腰回りにまわされている雪乃の腕の力が強くなり、背中に雪乃の温もりがより一層強く感じる。

 片手で自転車を運転しながら俺は雪乃の手を軽く握りしめた。

 

「ま、まぁ…………おう」

「ふふ」



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第三十七話

 翌日の教室の空気はどこか重かった。

 まだ文化祭開催には時間はあるが早い方が良いと言う事もあり、制服のままで演技の練習をしている。だが他にも理由はある。

 なんせ『腐腐腐』という笑みでおなじみの海老名さんが物語の原作脚本監督全てを担当していると言う事もあり、主人公の葉山、そしてそのヒロインともいえる役の戸塚の二人の絡みを濃厚にするべく、脇役の男子たちには鬼のような演技指導を施しているのだ。

 

「こらー! 葉山君と戸塚君の視界に入らない! これ脇役の鉄則!」

「いや、俺達役者じゃないから」

「役者じゃないんだったらいったい何だっていうの?」

 

 高校生だと突っ込みたくなるが海老名さんのマジップリに恐れを抱き、男子たちは渋々海老名さんの鬼のような演技指導によって精神共に肉体を消耗するが何故か戸部だけはそれに賛同というか乗っかっている。

 ……あ、そう言えば戸部は海老名さんが好きだって合宿の時に言っていたな…………好きならばどんな困難も乗り越えるというラブパワーか……少しわかる俺もなんかヤバい。

 クラスに残っているのは演劇に出る男子だけで女子は各々、台本をペラペラ見たり友人と駄弁っている。

 

「ヒッキー」

「ん?」

「文化祭の間って奉仕部どうなるんだろ」

「流石に休みだろ。俺も雪乃も文実だしお前だってクラスの準備、手伝うんだろ」

「まあ、それもそうだよね……もう行く?」

 

 チラッと時計を見てみると文実の委員会が始まるちょうど1時間前になっていたので由比ヶ浜と一緒に教室を出て奉仕部の部室へと向かう。

 どうやら文化祭の花形である有志にでる奴らが多いのか廊下にはそこらにギターなどの楽器が置かれていてチラホラ練習している奴らの姿が見えるが特別棟に入るとその姿は全く見えない。

 まあ、特別棟にまで来て練習するもの好きはいないか。

 

「やっはろー!」

「こんにちわ。由比ヶ浜さん、八幡」

「うっす」

 いつもいつも雪乃は奉仕部に一番にいるな……何トラマンだ?

「ゆきのん。文化祭の間は奉仕部も休みにするでしょ?」

「ええ。ちょうど私もその話をしようと思っていたところなの。私も八幡も文実で忙しいし、由比ヶ浜さんもクラスの手伝いの準備で忙しいし」

「そっか~。文化祭の間はお休みか~……」

 

 そう言う由比ヶ浜の横顔は少し寂しそうなものに見える。

「んな顔しなくても。解散するわけじゃあるまいし」

「ヒッキー分かってないな~。友達とは出来るだけずっと一緒に居たいものなんだって」

「それお前だけじゃねえの?」

「ヒドッ! なんかそれあたしが一方的に友達だって思ってるだけみたいじゃない!」

「友人の定義は難しいもの」

「ゆきのんまで~」

 

 だが……そう言う雪乃も由比ヶ浜や俺がいるこの場所が好きなんだろう。好きじゃないならこの関係はとっくに途切れているしな。

「そう言えばゆきのんのクラスって何やるの?」

「ファッションショーのようなものをするらしいわ。私は人前に出るのが嫌だから」

 

 ファッションショーなんて人の視線が集まる代名詞だし、雪乃はこの学校でも有名になるくらいに可愛いからな。余計に視線を集めてしまう。まあ、国際教養科は女子高みたいなもんだし、そういうのは人を呼びやすいのだろう。文化祭は男、女を見つける格好の餌場というやつだっているくらいだし。

 ただ……雪乃のそういう姿を見たいと思ったのは俺だけの秘密だ。

 その時、ドアが軽くノックされた。

 

「どうぞ」

「失礼しま~す」

 

 そんな控えめな声と共に入ってきたのは俺のクラスの文実のパートナーでもあり、文実の委員長にもノリでなってしまった相模南とその友人二人が一緒に奉仕部に入ってきた。

 

「あ、結衣ちゃんここの部活だったんだ……なんか意外」

「そ、そう?」

 

 やはりこの2人は何かあるらしい。相模はどこか由比ヶ浜を見下したような目をしているし、由比ヶ浜はどこか相模を苦手そうな感じで見ている。

 友人が多いゆえの問題か……俺には分からん。

 

「それでどんな用かしら」

「あ、急にごめん。実はあたし実行委員長をやることになったじゃん? それで慣れてないせいもあるんだけどまだうまくできないっていうかさ。ほら、昨日もあんなだったし…………だから雪ノ下さんに手伝ってほしいな~なんて思ってここに来たの」

 

 雪乃に少し苦手意識を持っているのか雪乃とは視線を合わせず、友人たちと目配せをしながらそう話す相模を見て俺は怒りというかいらだちにも似たものを抱いた。

 相模が雪乃にお願いしたのは要は自分が調子に乗ってやってしまったことの尻拭いをしてくれというものだ。

 確かに雪乃は学校でも有名になるくらいに頭は良いし、事務処理の能力も高いだろう。それに頼ろうとするのもまあ無理はない話だ。小学生のときだってそう言うのはいくらかあった。

 ただ何もやっていないのに、昨日の役割決め程度で委員長として力を発揮できなかったと言う事程度で雪乃を頼ろうとするのは少し甘すぎるんじゃないだろうか。

 

「つまり私が相模さんが出来ないことをすればいいのかしら」

「できない事っていうかほら、まだあたし慣れてないじゃん? だからあたし1人じゃ不安だから手伝ってほしいって言ってるだけで全部やってって言ってるわけじゃないの」

 

 やけに慣れてないという部分を強調する相模。

 慣れていないのならばやらなきゃいいのに……。

 

「それは平塚先生からの紹介かしら」

「うん。昨日、平塚先生にここのこと教えられてさ。ここって生徒のお願いを聞いてくれる部活なんでしょ?」

「最近噂になってるんだよ~。いろいろみんなの悩みを解決してくれてるって」

「悪いけどここはそんな場所じゃねえよ」

 俺の一言にこの場にいる全員の視線が俺に注がれる。

「ここはお願いを聞いてくれる何でも屋じゃねえんだ。ここはあくまで困ってるやつらに解決策を提示してそいつが目指す場所に向かうのを手伝うってだけで全部、俺達がやるわけじゃないんだ」

「だからあたしたちがここに」

「お前達はただ単に雪乃に甘えたいだけだろ」

「はぁ? 何言ってんのあんた」

「だってそうだろ。役割決めでスタートダッシュ失敗したからって誰かにすぐ頼るのは違うだろ。文化祭の運営上、避けれないデメリットを生み出してしまったくらいの失敗ならまだしも」

「あんた何言ってんの? あたしは雪ノ下さんにお願いしてるんだけど」

「だから」

「八幡」

 

 さらに相模に食い掛かろうとした時に雪乃に停められ、渋々後ろに下がる。

「八幡の言う通り、ここは全てのお願いを聞く場所じゃないわ。まだ貴方の仕事は始まっていないも同然。もしも文化祭の運営上避けられないデメリットが発生した時、もう一度来てくれるかしら」

「え、あ、うん」

 

 てっきりうけてもらえると思っていた相模は面食らった表情で雪乃から目を逸らし、俺を一睨みしてから友人たちと一緒に奉仕部から出ていった。

「雪乃のことだから個人で受けるかと思ってたわ」

「……そうしようかとも思ったけれど……八幡や由比ヶ浜さんに迷惑をかけてしまうもの」

 どうやら雪乃自身、自分の悪い癖を理解しているらしい。

「そろそろ時間だし行きましょうか」

「そうだな」

「あ、ヒッキーちょっと」

「……雪乃、先に行っててくれ」

「ええ」

 

 雪乃を先に会議室へ向かわせて俺は由比ヶ浜と一緒に奉仕部の部室に残る。

「な、なんだかヒッキー怒ってた?」

「……そうか?」

 

 由比ヶ浜の言う通りかもしれない。俺はこの場所を……どこか神聖な場所としてとらえているのかもしれない。雪乃が世界を変えるための起点という場所として。だから奉仕部を何でも屋として利用されることが嫌だったのかもしれない……いや、そうだったのだろう。

 

「お前こそあいつと何かあったのか?」

「え? なんで?」

「いや、なんというか……委員を決める時もなんか嫌そうっていうか……そういう顔してたし」

「いや~。何かあったというか……去年、さがみんと同じクラスだったんだけどさ……そこではあたしとさがみんが派手っていうかクラスの中心っていうか……でも今は優美子がクラスの中心じゃん? 優美子と遊びだしてからさがみんとギクシャクしだしたっていうか」

 

 あぁ、なるほど……つまり相模は去年、自分がクラスの中心だったころの感覚が忘れられず、今の次点にいる状況を快く思っていない。さらに言えばトップの奴と遊んでいる由比ヶ浜を勝手に敵視していると。

 

「お前もいろいろあるんだな。悩みなんてなさそうに見えるのに」

「ヒドッ! あたしだっていろいろ悩んでるんだから!」

「悪い悪い……じゃ、俺そろそろ行くわ」

「頑張ってね!」

「あぁ」

 由比ヶ浜とは奉仕部で分かれ、俺は会議室へと向かった。



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第三十八話

 相模が委員長になってから三回目の定例ミーティングが始まったのだがどうやら少し予定よりも作業が遅れているらしく広報は学校のホームページに文化祭の情報を上げれていないし、近くのコンビニや掲示板などに貼り付けるポスターすら完全に出来上がっていないらしく雑務係の俺達が停滞している係りのところへ行ってもまだ作業は遅れているらしい。

 というのも委員長と係りのリーダーとの間に報告というものがなく、進捗状況を伝える機会がないと言う事が今回の進捗状況の遅れにつながっている。

 

「で、では宣伝広報。進捗状況をお願いします」

「はい。宣伝ポスターは7割方完成しました」

 

 ……少し遅すぎるんじゃないか? まだ3週間ほどは余裕があると言ってももうそのくらいから宣伝をしておかないと広まるのに時間がかかると思うんだが。

 

「そ、そうですか。順調ですね」

「ちょ、ちょっと待った!」

 パソコンを弄っていた城廻先輩が慌てて会議を止める。

「学校のHPっていつ更新した?」

「え、えっと……いつだっけ」

 

 係りのリーダーであるはずの男子が他の奴に聞きだした時点で城廻先輩は大きくため息をつき、今日中に学校のホームページの文化祭についての部分を更新することを伝える。

 どうやらパソコンを触っていたのはHPを見ていたかららしい。

 

「総武高校の生徒の子供さんがいるところは良いけどそうじゃないところや受験生たちはホームページくらいからしか情報を仕入れることができないから更新お願いね。じゃ、さがみちゃん。続きを」

「あ、は、はい。で、では次有志統制」

「はい。現時点での有志グループは5グループです」

「そうですか…………」

 

 その後の言葉が続かず、指示を待っている有志のリーダーとリーダーからの言葉を待っている相模の間に微妙な空気が流れ出し、教室全体にはイヤな空気として流れ始める。

 文化祭の花形と言ってもいい有志に出るグループが5つというのは少し少なすぎるんじゃないか? 外から見に来る人はその有志を目当てに来る人だっているんだし。

 

「少なすぎるね~。文化祭の花形は有志と言っても過言じゃないんだし。在校生の招待で来た人ならともかくお客さんとしてくる人なんかはクラスの出し物よりも有志を目当てにする人だっているしね……せめて10グループくらいは欲しいかな。あとで去年の有志グループの報告書を渡すからそれを参考にして準備してね。あと出来れば去年以上の参加数を確保することと外部からの有志も受け付けてもいいかもしれないかな。あと使用機材でバッティングするかもしれないから事前に他の係りの人に聞いておいて。じゃあ次」

 

 そんな感じであまりの進捗状況の遅れに相模に変わって城廻先輩が会議を進め始め、相模は自分が何もできない委員長と見られている感じがして嫌で仕方がないのか時々、前に出ようとするがその小さすぎる声は周りの声にかき消されてしまう。

 

「記録雑務の人~。悪いけど今日も手伝ってくれるかな?」

「まあ、俺は構わないですけど」

 どうやら雪乃も構わないらしいのか首を小さく縦に振るが他の奴らは部活があるのか少し嫌そうな顔をしている。

「あ、部活がある子は良いよ」

 そう言われ、ホッとしたのかは知らないが俺達に小さく会釈してから教室を出ていく。

「じゃあ二人とも宣伝広報を手伝ってくれるかな?」

「分かりました」

 

 雪乃と共に宣伝広報のお手伝いという名の残業へ向かうと雪乃が来たことに一瞬男子どもは喜ぶが俺という付録も一緒についてきたのを見るとあからさまに残念そうな顔をして俺にドサッとさも当たり前の様に未完成の宣伝ポスターとそのモデルデザインが書かれた紙を渡して自分たちは他の仕事を始める。

 おいおい、せめて俺達は何をすればいいかくらい言ってくれよ。

 

「八幡。やりましょうか」

「あぁ」

 空いている机を4つほど合体させ、大きな画用紙をそこへ置き、モデルデザインを2人で見る。

「私が絵をかくから八幡は文字をお願い」

「了解」

 

 自慢じゃないが俺は美術の成績は断トツで低い。ていうか高校で美術を選択していたらまず間違いなく一番下手な絵を描いたで賞を貰うくらいに俺は下手くそだ。どうやら俺には絵の才能はないらしい。

 それに比べて雪乃は絵も上手い。小学校の時の夏休みの自由課題で大きな画用紙に俺の全体像を書いて持ってきたときのあの上手さは今でも覚えている。

 結局、あの時やめろっていおうとしたけどあまりのうまさに辞めたんだよな……まあ、半年間ほどは恥ずかしかった記憶はあるが……ていうかなんで俺が寝ている時の絵だったんだ。

 そんなことを考えている間にも雪乃はしゃっしゃっしゃと絵を描いていく。

 モデルデザインよりも上手いってどんなだよ……まあ、今更何も言わないが……。

 

「懐かしいわね。昔、こうやって一緒に絵を描いたわね」

「……あ~。美術の授業で一緒に書いたな……俺は空しか描かなかったが」

 つまり書いていないと言う事である。雲以外は。

「雲は上手かったわ」

「そりゃ雲まで下手くそだったらむしろ前時代的な画家として売れるわ」

 

 そう言うと雪乃は小さく笑い、絵を描き続けていく。

 まぁ…………こうやっているのも楽しいからいいか。

 

「ねえ、八幡」

「ん?」

「…………そろそろ手伝わないといけないんじゃないかしら」

 

 ……確かにそうかもしれない。このままいけば確実に何かしらの作業は準備期間内には終わらないだろうし、それ以前に城廻先輩からお願いが来るだろう…………ただ手伝いをしたとしても不安な点がいくつかある。

 1つは雪乃、2つ目は相模だ。

 後者はただ単に相模自身の評価が下がっていくだけなのでどうにでもなるが前者はどうにもならない。

 あの厚木の発言から考えるによほど陽乃さんは文化祭を盛り上げたんだろう。そのことは既に雪乃は知っているはずだ。そして陽乃さんに勝とうとしている雪乃の性格を考えれば何でも一人で背負い込んで…………まあ、俺も手伝えばいくらかは削減できるだろう。

 問題は大怪獣・陽のんだ……まあここに関しては来ないことを祈ろう。

 あの人、かき回すだけかき回して竹とんぼみたいに去っていくからな……まあ、根底からぶち壊すようなことはしないんだが……はぁ。

 

「そうかもな……その時は俺も手伝うぞ」

「え?」

「お前に任せたら一人で背負い込んで体調崩すかもしれないからな」

「…………」

 ま、手伝うに越したことは無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな感じか」

「そうね」

 1時間ほどで宣伝ポスターが完成し、広げて全体を見てみる。

「お、良いね~」

「城廻先輩。どうでしょうか」

「うん、いいと思うよ。このポスターは学校に貼っちゃおう」

「分かりました」

 

 先輩に完成したポスターを預け、全ての仕事を終えたのでそのまま帰ろうとするが雪乃が相模のところに向かったので俺もそこへ行く。

 まあ、ここまで作業が遅れているのならば俺達奉仕部が手伝わないと文化祭が無事に開けない可能性だって出てくるんだし、仕方がないよな。

「相模さん」

「……なに?」

「この前の件なのだけれど」

 その瞬間、今まで沈んでいた相模の表情が一気に明るくなる。

「手伝ってくれるの?」

「ええ。貴方の補佐と言う事でいいのよね?」

「うん! ありがと!」

 

 雪乃というスーパーウーマンという切り札を手に入れた相模はやけに元気になる。

 …………まあ俺も手伝えばそれでいいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん? あ、もうすぐ文化祭か~……あ、OGも参加できるんだ! よ~し。お姉ちゃん張り切っちゃうからね! 八幡! 雪乃ちゃん! お姉ちゃんがもうすぐ行くからねー!」



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第三十九話

 雪乃が相模の補佐として活躍を始めてから3回目の定例ミーティングを迎えるがあらかたの予想通り、進捗状況はほぼ遅れを取り戻したと言えるほど劇的に改善され、本来少し先に行う事でさえ、文化祭開催からまだ二週間以上の余裕がある今に行っている。

 そんな状況で雪乃の評判が上がらないはずがなく、一次関数みたいに日が経つにつれてぐぐーっと上がっていくが逆に相模の場合は上に凸の二次関数みたいにグダーッと下がっていく。

 

 

 そりゃそうだ。明らかに補佐が付く前と付いたあとでは仕事の速度が違うのだから。

 例をあげれば宣伝広報がHPの更新を怠っていればその場でやらせ、有志参加希望のグループが少なければ地域賞という景品のようなものを準備し、それで前年度以上の外部からの有志参加希望数を稼いだりと目に見える行動が多い。

 それに比べ相模は余計に突っ立っているだけの人形感が半端ない。

 まあ、これも自業自得だろう。自分が慣れないことをノリだけでやった罰だ…………最終ゴール地点は周囲に笑われながら暮らす夢のボッチライフだ。

 

 

「HPはこれで結構です。新しい情報が出てき次第、随時更新してください」

「は、はい」

「有志統制は記録雑務とカメラ機材のバッティングが見込まれますのでそこら辺を話し合っていてください。あとステージの割り振り表およびその日の人員の立ち位置などを書いたものをタイムスケジュール表として明日までに提出してください。以上です。相模さん」

「あ、う、うん。お疲れ様でした」

 

 相模の一声のもと、ミーティングが終了し、口々に仕事したわ~などの言葉を出すとともに雪乃の手腕を褒め、逆に相模の突っ立っているだけのかかしっぷりを蔑む。

 そんな状況が嫌で嫌で仕方がない相模は友人たちと一緒にそそくさと会議室から出ていく。

 ……委員長さんや。せめて書類整理をしていきなさいな。

 

「雪乃。書類整理、手伝うぞ」

「ありがとう。お願いできるかしら」

 

 机の上にバラバラになっている報告書をそれぞれの担当部署ごとに整理していく。

 今のところ、雪乃はただ単に遅れている部分を無くしている程度の補佐しかしていないから大丈夫か……大丈夫だと願いたいがな。

 

「雪ノ下さんありがと~。おかげでだいぶ進んだよ」

「ありがとうございます」

「流石は陽さんの妹さんだね」

 

 そのワードが出てきた瞬間、雪乃が一瞬だけピクッと反応する。

 できればそのワードは出さないでほしかったが……よくよく考えれば難しい話か。雪ノ下姉妹の変な関係性に気づいているのは俺くらいなもんだし。

 

「雪乃、お前それどうするんだ」

「家に持って帰ってやるのよ。作業を前倒しに出来ればその分、考える余裕も出てくるでしょ?」

「そこまでしなくても今のままで十分、余裕はあるはずだろ。わざわざ家まで持って帰らなくても」

「心配してくれてありがと。私は大丈夫だから」

 そう言いながらファイルに挟んだ書類をカバンに突っ込む。

 …………雪乃……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後の教室には海老名さん率いる女子たちの熱気が凄まじく籠っていた。

「ネクタイを外すときはもっと悩ましくセクシーに! なんの為のスーツだと思ってるの!?」

 いや、ただ単に正装だと思いますが。

 海老名さんの鬼指導ぶりに男子どもは涙目になるが主役である隼人とヒロインの戸塚の待遇は他の男子とは比べ物にならないくらいに良い。周りに女子を侍らせ、化粧をされているからな。

 特に戸塚は女子たちに大人気なのか10人もの侍女たちが周囲を囲み、お化粧をしている。

 その近くで自分で化粧をしている戸部たちの姿が余計に悲しそうに見える……同情する気はないけど……うん。ご愁傷さまでしたとだけ言っておこう。

 

「あ、あのもういいんじゃ」

「まだまだだね!」

 気合で隼人を押し切り、女子たちはメイク道具を片手に華麗に隼人の顔を化粧という絵具で色を付けていき、輝かしさを創造していく。

 どうやらここまで来ると全てを振り切ったエンジンフルスロットル! な状態らしく、いつもは隼人に対してしおらしくして誘おうとしているが女王・三浦の陰にコソコソ隠れている女子たちも何故か今だけは妙に高圧的でグイグイ隼人にアピールしまくっている。

 

「っつーかさ。写真どうすんの? ポスターとかに必要っしょ」

「そう! イケメンミュージカルの醍醐味は何と言ってもポスターのキャスト写真が物を言う! 他の役者なんてどうでも良いの! ポスターの中央にでっかくドーン! ドーン! ドーン! と葉山君と戸塚君の写真を乗せれば集客率は抜群!」

 その集客率は『腐腐腐』と腐った笑みを浮かべる女子たちの集客率ですかね?

「でも衣装とかはどうするの? 借りるの? 作るの?」

「少なくとも主役の衣装は既存のものは使えないよ。ヴィジュアルは決まってるし」

「貸衣装は少し難しいかな。予算もツカツカだし」

 

 制作進行担当の由比ヶ浜が頭をペンでガシガシしながら紙を見てそう言う。

 一クラス当たりの予算は決まっているが恐らくそのほぼすべてを主役とヒロインにぶつけるだろう。海老名さんとはそんな人さ……俺文実やってて良かった。雪乃に告白する前に黒歴史作るところだった。

 

「作ればいいじゃん」

「あ、あたし裁縫できるけど」

 女王のその一言に素早く反応し、控えめに手をあげながらそう言ったのは川崎さんだ。

「そうなの?」

「うち弟とか多いから自分で小物とかよく作ってるし。これとかも」

 

 そう言いながら髪をまとめていたシュシュを外して海老名さんに見せる。

 海老名さんはそのシュシュをほ~だのほぇ~だの言いながら観察し、川崎さんの顔を見ると笑顔を浮かべながら親指を立てた。

 

「採用! 川崎さんをリーダーに裁縫部隊を結成します!」

「え、えぇ!? あ、あたしがリーダー!?」

「ほらほらレッツゴー!」

 

 海老名さんに取り込まれ、あっという間に川崎がみんなの中心になっていく。

 ……これもある意味海老名さんの性格がなせる技なのだろうか。

 

「あれ? 南ちゃん、文実行かなくていいの?」

「え、あ、うん。ちょっとくらいはこっちも手伝わないといけないし……それに雪ノ下さんが手伝ってくれているからさ。あたしが行っても邪魔になるだけだし」

 

 友人に聞かれ、そう答える相模の表情はどこか気に食わないと言いたそうな表情をしている。

 …………こんな状況で大怪獣が来たら確実に……いや、悪い考えはよそう。

 そう考えながら会議室へ行こうと教室から出ようと扉を開けた時、メイク落としのペーパーで顔を拭いている隼人とばったり会ってしまう。

 

「あ、もしかして文実?」

「あぁ……お前、有志でるのか?」

「まあね。俺もついていく」

 

 隼人と一緒に行く際、後ろから「幼馴染ハヤ×ハチブッシャー!」みたいな変な声が聞こえたのは幻聴として結論付けた方が良いな。うん。

「準備の方はどう?」

「順調……雪乃が補佐してるからな」

「そうか…………そうなったらまたあの人が」

「来ないことを祈るしかない……と言いたいが」

「来るだろうね。あの人のことだ」

 

 俺も隼人も乾いた笑みを浮かべ、同じ人を頭の中で思い浮かべる。

 幼馴染の俺達だからわかるあの人の台風並みの力は時として場を活性化させるが時として破壊の権化と化す場合があるから困る。

 前者ならむしろウェルカムなんだがそうすると雪乃のエンジンが入ってしまうし、後者だと文化祭の運営に関わってくる。

 まあここの卒業生のあの人ならそんなことはしないと思うが。

 一抹の不安を抱えながら曲がり角を曲がると何やら会議室の周辺に人だかりが出来ている。

 

「何かあったの?」

「あ、じ、実は」

 隼人の一声で女子たちが一斉に道を開け、会議室の中が見える。

 ってうわぁ…………襲来しちゃったよ。

 

「何しに来たのかしら、姉さん」

「やだな~。貼られてた有志の募集を見てきたんだって。管弦楽部のOGとして」

「ご、ごめんね? 雪ノ下さんは知らないと思うけれどはるさんがやった文化祭の有志のバンドが大盛り上がりしてさ。それで今日偶々あったから出てくれませんかってお願いしちゃって」

 

 城廻先輩に申し訳なさそうにそう言われた雪乃は強く出れないでおり、そんな状況が悔しいのか雪乃は唇の端を噛みしめながら下を向く。

 まずい……かもしれない。

 

「おっ? 隼人に八幡じゃ~ん」

 こちらに気づいた陽乃さんが手を振りながらこちらへ向かってくる。

「遊びに来ちゃった」

「さいですか」

「また何か考えてるでしょ」

 俺たちの反応に陽乃さんはいつもの笑みを浮かべる。

「ねえ、雪乃ちゃん。参加してもいいよね?」

「私にそれを決める権限はないわ」

「はぇ? 雪乃ちゃん委員長じゃないの? てっきり雪乃ちゃんがやると思ってたのに……私がやった時みたいに大いに盛り上げてくれると思ったのにな……残念」

 その一言に雪乃の肩がビクつく。

「遅れてすみませ~ん! クラスの手伝いで遅れちゃって」

 

 そんな場違いな声が響き、全員の視線が遅れてやってきた相模に向けられる。

「あ、この子が委員長ですよ。はるさん」

「ふぅ~ん」

「あ、さ、相模南です」

「委員長が遅刻? それもクラスの手伝いで?」

 

 

 上から下まで値定めするように見られた相模は身じろぎする。

「ま、いいや。ねえねえ。私も有志に参加しても良い? ここの卒業生なんだけど」

「え、えぇ。外部からの参加者は欲しいですし」

「やったー! さっすが委員長ちゃん! 分かってる~!」

 卒業生に褒められたことが嬉しいのか相模の顔に笑みが戻る。

 まあここで無碍にしたら卒業生は不必要だなんていう変な噂が広がりかねないからな……はぁ。やっぱりこの人が参加することは致し方ないことか。

「友達も呼んでいい? 委員長ちゃん」

「あ、はい。多い方が私たちとしてもいいんで」

「ちょっと相模さん。これ以上は」

「いいじゃん良いじゃん。有志は多い方がお客さんも喜ぶでしょ?」

「さっすが委員長ちゃん。私の時も有志の数が多かったけど大盛り上がりだったしな~」

 

 

 陽乃さんの発言でさらに勢いづいたのか相模は雪乃にかみついていく。

「ほら? 先人の知恵ってやつ? 前のやり方を踏襲すればなんとかなるって」

「だとしてもこの数は多すぎるわ。それに友人だって姉さんのことだから何人連れてくるのか」

「そんな細かいことはいいじゃん。文化祭はお祭りなんだから」

「そうそう。お祭りは盛大にってね」

 

 雪乃はもう諦めたのかため息をつき、逆に相模はあの雪乃を倒したことが嬉しいのかルンルン気分で会議室に入り、そこで作業をしている奴ら全員を見渡す。

「あの~。これは提案なんですけど。ちょっといいですか?」

 相模のその一言に全員の視線が集まるが陽乃さんのブーストで作られた見かけだけの自信がある相模はそんなものには全く動じない。

 

「今の進捗状況もかなり良いことですし、クラスの方に重点を置いてもいいかなって思うんです。あ、でも文実を全くしないってわけじゃなくて重きをクラスの方に置いてみようかな~って」

「それは違うわ、相模さん。進捗状況に余裕を持たせたのはそんなことの為じゃ」

「私の時も文実とクラスの手伝いは両立させてたな~。疲れるけどいい思い出だよ~」

「ほらね? だからみんなもクラスの手伝いをやってもらってもいいですよ。文化祭はお客さんが楽しむものだけじゃなくて私たち生徒も楽しまなきゃいけないし」

「おぉ~! 良いこと言うね委員長ちゃん!」

 バカが…………今まで何のために雪乃が補佐してきたんだよ。

「相模。それは俺も違うと思う」

 

 

 俺の否定的な意見に全員の視線が俺に突き刺さる。

「どうして? 卒業生の人も良いことって言ってるじゃん」

「確かに俺達も楽しまなきゃいけないのはあってると思う。だとしても文実の仕事を減らしてクラスでの手伝いを増やしたら今の作業効率は確実に保てない。いずれ遅れだって出てくる。俺はこのまま文化祭までに必要なすべての作業を開催までに早くに終わらせてそれからクラスの方に向かえばいいと思うんだが」

 

 俺の意見を聞き、さっきまで相模の意見に取りつかれていた奴も俺の意見も合っていると言う事を思い始めた奴がいるのが徐々にさっきまでの空気は無くなっていく。

「残っている作業を後に回してクラスの方に行くのは違うと思うんだが」

 

 相模も何も言い返せずにいるのか唇の端を噛み、鬱陶しそうな表情で俺を見てくる。

 このまま大怪獣にやられた状態で行ったら確実に雪乃の負担は大きくなる一方だし、文化祭の開催だって遅れが生じる可能性がある。

 

「でもさ。やっぱりみんなだってクラスの手伝いをしたいと思うんだよね~。ほら、文実って結構、定例会議とかで教室抜けることもあるしさ。それでクラスのこと何も知らないでそのまま文化祭に入っちゃうってこともあり得るし。なんかそうなっちゃうと自分だけはぶられた感するんだよね。だからさ、半分半分で両立をとればクラスではぶられる心配もないし、文実の仕事だってできると思うんだけどな~」

 

 …………また正論を…………考えろ。この正論を論破する方法を。

 雪乃と同率一位の頭をフル回転させ、論理の穴を探すがあの陽乃さんが言ったことだけあって論理の穴どころか綻びすら見えない。

 

「それに八幡の言っていることも間違ってはないんだと思うけどさ。文実の仕事を放り出してクラスの方に行くってわけじゃないしさ。委員長ちゃんも両立するって言ってるし、大丈夫なんじゃない?」

「誰もクラスの方にだけ集中してって言ってないし」

 

 相模と陽乃さんの2人に挟まれ、何も言えないでいる俺はさぞみっともなく見えるだろう。

 ダメだ…………ダメなんだ。この人に今ここで負けたら確実にこの空間はあの人のもとに堕ちる。そうなる前に何とかこの状況を打開しないと。

 額から汗を流しながら反撃の手段を考えるが思い浮かばない。

 

「というわけでみんなもクラスと文実の両立を考えつつ、クラスの手伝いもしながら文実の方にも来てください。お客さんも楽しめてみんなも楽しめる文化祭を目指しましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相模のお触れが発動されてから1時間が経ち、残っていた書類整理を俺は雪乃と一緒にしていた。

 相模のお触れがどんな効果を発揮するのかは明日になってみないと分からない。

「悪かったな、雪乃」

「なぜ?」

「いや、その…………何もできなくて」

「そんなことないわ…………姉さんが余計に調子づけなければ」

 本当にあの人は何をしたいのかが分からない。

 どうやら今回は…………あの人は大嵐のようだ。俺からすればな。




文化祭編で終わればちょうどキリが良いんですよね~。
改変部分もちょうどですし……まあ考え中です。それでは!


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第四十話

 俺の予想通りに相模のお触れは公布されてから2回目の定例ミーティングで効果が発揮された。

 遅刻者がいなかった会議だがチラホラとクラスの手伝いなどの理由で30分から40分ほど遅刻してくる奴が増えてきた。

 まあ、それでも遅刻だけなので休むことは無かったので文化祭の準備作業は目に見えて大きく遅れることは無かったんだが問題はそれ以降だ。

 徐々に遅刻してくる奴が増え、メンバー全員が遅刻してくるという部門まで出てくる始末だし遅刻の時間もドンドン長くなってきた。

 こうなってしまっては準備が遅れるのは確実であり、そのしわ寄せが遅刻せずにちゃんと来ている奴に向かい、そいつも「なんで俺だけ」、「なんで私だけ」という気持ちが芽生えたのか次の会議から遅れるようになるという最悪の循環になってきた。

 

 

 生徒会執行部から人員が調達され、遅れが出始めている部門に穴埋め係りをしてくれることになったのだがもちろんそれだけで遅れを取り戻せるはずもなかった。

 そして変化は雪乃にも表れ始める。

 本来ならば他の部署の仕事であるものを家に持って帰ってやったり、残業と称して最終下校時間ぎりぎりまで教室に残って作業を続けはじめた。

 もちろん俺も残って手伝っているが日に日に顔色が悪くなっている気がする。

 少し休めとは言うものの大丈夫としか言わない。

 そしてそんな状況が続いたある日の定例ミーティングに雪乃の姿はなかった。

 

「ではこれより定例ミーティングを始めます。有志統制の方はどうですか?」

「はい。特になしです」

「そうですか。宣伝広報はどうですか?」

「えっと。HPの更新はほぼ終わりましたので特になしです」

 

 これが順調と言えるのだろうか。俺もさっきHPを覗いたが開催日や開催時間などの必要最低限のことは書かれていてもクラスが何をやるのか、今回の文化祭のテーマはなんなのかなどの目玉となるものの宣伝は少し物足りないように感じた。

 

「じゃ、今日もみんなで頑張りましょう!」

 相模のその一言で半数以上がクラスの手伝いをするために会議室を出ていき、結局残ったのは部門ごとに1人か2人くらいなもんだ。

 確かにこのままでも仕事はできなくはないが確実に遅れは大きくなるだけだ。

 

「はぁ……やっぱりダメって言っておくべきだったかな」

 城廻先輩が気分上々で書類整理をしている相模に聞こえないような小さな声で呟いたのを俺は聞き逃さず、城廻先輩の隣に座る。

「そうですね…………まぁ、陽乃さんがいる中で言えっていうのも無理な話ですが」

 どうせあの人のことだ。何かしらの方法で論破しに来るだけだ。

「文化祭のテーマも決めないといけないし……でもこの状況じゃ」

「じゃあ次の次あたりの会議は全員出席するように連絡回しますか」

「そうしようか」

 先輩は近くにいた1人の男子を捕まえてボソボソと伝えると男子は頷き、会議室を出ていった。

「雪ノ下さん。どうしたのかな」

「体調崩したんですよ」

「連絡来たの?」

「いや……長いことずっと一緒にいるからわかるんですよ」

 

 仕事をしながらそう言う。

 …………今回も俺は何もできなかった。

 

「こんな状況じゃなかったら君を早退させてもいいんだけど」

「……仕方ないですよこの状況じゃ」

「話は聞かせてもらった」

 そんな声が聞こえ、そちらの方を見ると平塚先生が入口に立っていた。

「あれ? 先生。どうかしたんですか?」

「ちょっとな……」

 先生が俺に手招きをしたので持ち場を離れ、会議室の外で先生と合流する。

「雪ノ下は体調を崩しているのは正解だ。朝連絡が入った……文化祭の準備は生徒主導という規則があるがこの状況ではそんなことも言ってられないだろう。比企谷、ここは私に任せてお前は行って来い」

「いや、でもさすがに」

「な~に。文化祭を楽しみたいと思っているのは生徒だけじゃないってことだ」

「…………じゃあお言葉に甘えて」

 準備を先生たちに任せて荷物を持って会議室を出てから由比ヶ浜へ電話する。

『ヒッキーどったの?』

「雪乃が今日休んでるんだが……看病行くか?」

『え!? 今日ゆきのん休んでるの!? うん! 行く!』

「じゃあ玄関で待ってる」

 通話を切り、速足で玄関へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 由比ヶ浜と玄関で合流し、自転車の後ろに由比ヶ浜を乗せてあの高級タワーマンション前に俺達は立っていた。由比ヶ浜は初めて雪乃の家に来たらしく、ポカーンと口を開けて驚いている。

 まああまりあいつ自身、俺以外の他人を家に呼ぶことは無いからな。

 

「ゆ、ゆきのんのお家って凄いんだね」

「父親が社長で議員やってるからな」

 エントランスを入り、雪乃に預けられていた合いかぎを使って中へ入り、エレベーターで15階へと向かう。

「なんでヒッキーが鍵持ってるの?」

「預けられたんだよ」

 

 そう言うともう反論することすら諦めたのか由比ヶ浜は小さくため息をつく。

 そんなころに15階へと到着し、ドアが開き、そのまままっすぐ雪乃の部屋へと向かう。

 …………結局、こういう結末になったか。俺がもっと……いや、今更俺自身のことで考えても仕方がない。昔から俺という存在は小さいんだから。

 部屋の前に到着し、鍵で2ロックを開錠すると由比ヶ浜ももう質問することすら諦めたらしく、俺に何も質問してこなかった。

 

「雪乃~」

「お、お邪魔しま~す」

「は、八幡?」

「そうだけど」

「ちょ、ちょっと待ってくれるかしら」

 

 リビングの奥からそんな少し枯れた声がするとともにドタドタと慌てて家の中を走っている音がする。

 どうやら俺が看病に来ると言う事を想像していなかったらしいが……慌てて着替えるくらいにルーズな格好でいたんだろうか……。

 そんなことを考えているとリビングの扉が開かれ、少し顔色が悪い雪乃に手招きされ、俺達はリビングへと入る。

 

「座って」

「あ、うん。ゆきのん大丈夫?」

「ええ。だいぶ楽にはなったわ」

「……とにかくお前が座れよ」

 雪乃の手を引いて無理やり気味に由比ヶ浜の隣に座らせ、俺は壁にもたれ掛る。

「ごめんなさい。2人に心配かけて」

「いいよいいよ! 風邪なんか誰だって引くものだし……でも大丈夫そうで良かった」

「まだ熱はあるのか?」

「微熱だけど…………」

 そこからは誰も言葉を発さず、リビングに静寂が流れ、時計の針が動く音がやけに大きく聞こえる。

「……その……ゆきのん……たまにはあたしにも頼ってほしいな」

 由比ヶ浜にそう言われ、雪乃は少し目を見開いて驚いた表情をする。

「確かにあたしはゆきのんと付き合いは短いけど…………同じ部活の仲間だからさ……奉仕部としてもだけど……友達として何か困ったことがあったら頼ってほしいな」

 

 どうやら由比ヶ浜も雪乃がなぜ、体調を崩して学校を休む羽目になったのかは大体察していたらしい。

 まあ、それもそうか。文実であるはずの相模がクラスを手伝い始めてそいつが雪乃の手腕を褒め称えだしたら奉仕部で何かをしていると考える。

 雪乃は一瞬、驚いた表情を浮かべるがすぐに微笑を浮かべる。

 

「ええ、ありがとう…………いつか頼らせてもらうわ」

「うん……あ、ヒッキーも頼ってね!」

「お、おう」

「ヒッキーってたまに誰にも話さずにやることあるし」

 

 いきなりの攻撃に戸惑いながらそう返事を返す。

 由比ヶ浜も普段はあんなんだがよく周りの奴らを見ているらしい。今までクラス内政治を生きてきただけはあるか……はたまた友人が多いゆえにその繋がりを無くすまいと人よりも気にしていたのか。

 

「じゃあ、あたしはそろそろこの辺で帰るね」

「俺も」

 一緒に由比ヶ浜と玄関へ向かおうとした時に雪乃から見えない角度で思いっきりつま先を踏んづけられてしまい、叫びにならない叫びをあげ、壁に手を着く。

「お、おま……何を」

「風邪を引いたときって女の子は寂しいんだよ……だからヒッキー、いてあげて」

「でも……」

「いいから……ね?」

 そう言う由比ヶ浜の表情はどこか悲しくも見え、必死にこらえている様子も見えた。

 …………由比ヶ浜…………。

「じゃあね、ゆきのん! また学校で!」

「ええ」

 

 さっきの表情を一瞬で消し去り、由比ヶ浜はいつもの笑顔と声で家から去っていった。

 二人っきりになったことで俺も雪乃も妙な緊張感を抱いてしまい、互いに言葉を出せないでいる。

 雪乃と2人っきりになることなんて腐るほどあったのに何故か今はやけに緊張する…………というかいつも雪乃と2人っきりになって緊張するんだがここまで緊張するのは……。

 

「よ、よかったら何か作りましょうか」

「あ、いや。俺が作るからお前は休んでろ」

「大丈夫よ。これくらい」

「…………いいから」

「っ! は、八幡?」

 

 こうなっては押しても引いても無駄なことは分かっているので雪乃の手を引き、壁に押し付け、俺まで顔が赤くなるくらいの至近距離まで近づき、囁くようにそう言うと雪乃は顔を真っ赤にし、何も言わなくなった。

 

「お前は風邪ひいてんだから……ここは俺に任せてゆっくり休んでろ。いいな」

「……う、うん」

 俺の服をギュッと掴み、視線を伏せ気味にそう呟いた雪乃の姿はかなり艶めかしく感じた。

 か、かわいすぎるだろ。

 恥ずかしさのあまり汗が出てくるのを感じながら雪乃から離れ、キッチンへと向かった。 



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第四十一話

 雪乃にはおかゆを作り、俺は適当なインスタント食品を食べ、今は雪乃が風呂に入っている。

 俺は先に風呂を済ませたのでソファに座っているがどうもシャワーの音のせいで若干の興奮を覚える。

 雪乃が家に泊まったことはあるけど俺が雪乃の家に泊まったことは無いな……雪乃はこのマンションに1人暮らし……つまり俺たち以外の人間はいない……い、いかん。変なことを考えるな。

 煩悩を必死に振り払っているとリビングの扉が開いた音がし、振り返ると髪の毛が濡れたパジャマ姿の雪乃の姿が見え、それと同時に心臓が鼓動を大きく上げた。

 …………い、いかん。興奮してくる。

 

「八幡」

「お、おう?」

「髪……乾かしてくれる?」

「あ、あぁ」

 

 雪乃からドライヤーを預かり、弱い温風を雪乃の綺麗な黒髪に当てながら乾かしていく。

 ……雪乃の髪の毛サラサラだな……なんかそれに風呂から上がったばかりだからかシャンプーの良い匂いも……っていかんいかん。興奮をねじ伏せなければ。

 どうにかして興奮を心の奥底に押し込み、雪乃の髪の毛を乾かしていく。

 

「八幡、上手いわね」

「たまに小町にもやってるしな」

 

 髪の毛も乾いてきたのでドライヤーを止めて手櫛で雪乃の髪を整えていくがこそばゆいのか時折、雪乃の肩がピクッと軽くビクつく。

 俺も俺でたまに雪乃のうなじなどに触れてしまう度にドキッとしてしまう。

 

「こ、これでいいか?」

「ええ。ありがとう。八幡」

 

 ドライヤーをテーブルの上に置き、視線を戻した時に雪乃とパチッと視線が合ってしまい、何故かたがいに視線を離せなくなってしまった。

 風呂から上がってからそんなに経っていないせいか頬が少し赤く染まっており、雪乃の綺麗な瞳に俺は全てを鷲掴みにされたような感じを覚えるとともに見惚れていた。

 俺はこんなに可愛い女の子と幼馴染なのかと……俺はこんなに可愛い女の子に好意を寄せられているのかと……そしてこの子に恋をしているのかと……そんな考えが頭をグルグル回る。

 

「っっ」

 頭で考えるよりも体が勝手に動き、雪乃をその腕の中に収め、彼女の体温を感じる。

 今すぐにでも子の胸の内に秘めている気持ちを吐露したい……でもそれをしてしまうと自分で決めたことを破ってしまう。

 

「は、八幡」

「……どうした?」

「そ、その……ベッドに行きましょ」

 その一言は俺にとっても彼女にとっても凄まじい威力だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベッドに移動したのはいいものの喋るネタがないし、互いに緊張しまくっているので互いに見合った状態でベッドに横になっていても一言も話さずにいた。

 部屋には静寂が広がり、時計の音がやけに大きく聞こえる。

 

「寒いのか?」

 雪乃が布団を被ったのでそう尋ねると小さく頷いた。

 そんな姿にさえ興奮を覚えてしまうほど高まっている俺はもう普段の思考など働くはずもなく、彼女に体を寄せるとギュッと抱きしめた。

 一瞬、雪乃はピクッとするがすぐに落ち着き、俺の腰回りに腕を回す。

 

「…………雪乃」

「な、なに?」

「…………陽乃さんに勝ちたいのは分かるけどさ……自分のことも考えろよな」

 

 雪乃の頭を優しく撫でながらそう言う。

 昔から雪乃は陽乃さんがやったことを超えようと全てを一手に引き込み、自分の中に押し込める悪い癖があり、それは今回の様に彼女の体調を崩すほど大きくなってしまう。

 

「昔は俺たちだけだったけど……もう今は俺たちだけじゃないんだ。お前のことを見ているのは」

 昔は雪乃のことを見ている奴は俺と隼人くらいだったけどもう今はそこに由比ヶ浜という存在もいる。今まで長い付き合いの中で流せていたことも由比ヶ浜がいることで流せなくなっているんだ。

 それが雪乃にとってどんな影響を与えるかなんてのは考えなくても分かる。

 

「そうね…………」

「今はゆっくり休んでくれ」

「…………ええ」

 そう言い、雪乃はいつもの微笑を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後、生徒会室に向かって廊下を歩いていた。

 雪乃にはまだもう一日ゆっくり休んでおけと言い、どうにかして学校を休ませ、その間に俺はやるべきことをするために行動を開始した。

 このままいけば確実に何らかの作業は文化祭当日にまで食い込む。だからそれまでに打つべき手を打っておく必要がある。

 雪乃とはもう二度と自分を犠牲にしないと約束したからな。

 生徒会室の扉を軽くノックすると中から会長の了承の声が響いたのでドアを開けて中へ入ると役員の人達が忙しそうに書類整理に追われていた。

 

「あ、比企谷君」

「どうも……忙しいなら後にしますが」

「大丈夫だよ! みんなちょっと休憩しよう!」

 めぐり先輩のその一言から全員が大きく息を吐き、椅子に座り込む。

「それで用って?」

「このまま行けば文化祭開催が近い状況で遅れた作業を完璧に取り戻すのは無理だと思うんです」

 そう言うと先輩も薄々そう思っていたのか表情を暗くした。

「はぁ……やっぱりあの時相模ちゃんの提案、ダメって言っておくべきだったな~」

「まあ、過ぎ去ったことはどうしようもないですよ……それでなんですが」

 

 俺は考えていたことを会長に話した。

 もし仮に文化祭当日までに決定的なデメリットが発生した場合に行うべき処置をめぐり先輩に提案すると一瞬だけ、不満そうな顔をするがそれも致し方ないと結論付けたのか最終的には首を縦に振ってくれた。

 

「分かったよ。こっちで必要なものは準備しておくね」

「ありがとうございます」

「うん。じゃ、私は仕事があるから」

 

 そう言ってめぐり先輩は生徒会室へと戻った。

 俺は次なる場所へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「珍しいな。比企谷が私に会いに来るなんて」

「そうっすか?」

「大体、ここへ来るときは変な作文を書いたときくらいだからな……ところでどうした?」

「……実はっすね」

 

 事後報告になってしまうが先生にめぐり先輩に伝えた提案とその提案を使用した際に起こりえる結末を平塚先生に話す。

 俺の話を聞き終わった先生が浮かべていた表情はあまり芳しくないものだった。

 

「ダメっすか?」

「ん~……教師としてはあまり一人の生徒を追い込むような提案を飲みたくないのが本心だが…………君だけにしか知りえないというのであれば許そう」

「分かりました。じゃ」

 先生からも許可を貰えた……あとは……文化祭の準備を仕上げるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから翌日の放課後、会議室には久しぶりに全文実が集まっており、その中には復調した雪乃の姿もあるがそれと同時にアドバイザーとして陽乃さんの姿もある。

 俺のところにも連絡が回ってきたけどどうやら今日の定例ミーティングで文化祭のスローガンを決めるらしく、そのために卒業生の陽乃さんをアドバイザーとしてもって来たらしい。

 

「相模さん。始めようか」

「あ、はい。ではこれから定例ミーティングを始めます。今回は文化祭のスローガンを決めます……え、えっと何か意見はありますか?」

 

 相模が戸惑い気味に全体にそう尋ねるが高校生諸君が積極的に挙手して発言することなんてのはゲームで言うレアキャラに遭遇するくらいにないからな。

 まあかくいう俺もないんだけど。

 

「相模さん。用紙を配った方が良いのでは?」

「あ、う、うん。私もそう思ってたところ」

 

 嘘をつくなとツッコミたいがとりあえずぐっとこらえる。

 生徒会の役員によって小さな用紙が配られ、各々文化祭のスローガンとなるものを考えるがそんなものをバカ正直に考える奴は片指の本数くらいしかおらず、大体はネタで書いて友達と笑っているくらいだ。

 かくいう俺もあまり考えていない。どうせこういう時は友情・努力・勝利のどっかの少年誌みたいに三要素がある奴が採用されるんだ。俺みたいなやつが考えたって採用されない。

 ちなみに俺が考えたのは頼らない文化祭……こんなもんだしたら相模に睨まれること間違いなし。

 5分ほどで時間は切られ、メモ用紙が回収されて雪乃が開票を行うが一瞬だけ、彼女に見られた。

 あ、絶対に今の俺が書いた奴見つけた顔だわ。

 かぶっている奴が多い順に相模が雪乃から貰ったメモ用紙を見てホワイトボードに書いていくがやっぱり三要素が1つ、もしくは2つ含まれている。

 

「じゃあ、最後にうちらから一つ」

 自信ありげにそう言う相模がホワイトボードに書いたのは『絆~助け合う文化祭~』。

 …………今ちょっとイラッと来たぞ。何が助け合うだ……助け合うどころかほとんどまかせっきりにしている奴はどこのどいつだ。雪乃が風邪になったのだって…………まあそこは俺も責任があるから全部相模の所為だとは言わないが相模があんなお触れを出さなかったら文化祭の準備は今以上に進んでいたはずだ。

 

「はいは~い」

「な、なにか?」

 やはりまだ陽乃さんのテンションになれないのか相模は引き気味に陽乃さんをあてる。

「お姉さんからも一つあるんだけどいいかな?」

「あ、はい。どうぞ」

 立ち上がった陽乃さんはペンを手に取り、ホワイトボードの余白にやたらでっかく書いていく。

『千葉の名物、踊りと祭り! 同じあほなら踊らにゃsing a song!』

 …………本当にこの人の思考回路は分からない。

 

「ねえ? これどう?」

「あ、え、えっと普通のと違っていいかなって」

「でしょー!? これでいいと思う人ー!」

 

 陽乃さんの高いテンションに当てられたのかは知らないが俺と雪乃以外の人物がチラホラと手を上げていき、結局そいつらに連れられてほとんどの奴が賛同の挙手を上げた。

 

「委員長ちゃん。これでいいよね?」

「は、はい」

 完全に舐めてるな……ま、俺には関係ないし、本題は次だ。

「じゃ、じゃあこれで今日は」

「ちょっと待った!」

 会議室にめぐり先輩の声が響く。

「ちょっとだけ時間とらせてくれるかな? アンケートを取りたいから。はい、これ相模さんのね」

 

 めぐり先輩が相模に用紙を直接渡し、生徒会役員が他の奴らにアンケート用紙を配る

 そこに書かれているのは俺とめぐり先輩で考えた質問がたった一つだけ書かれている。

 そこに俺は自分が思っている正直のことを書き連ねる。もちろん他の奴も。

 3分ほどで区切られ、アンケート用紙が回収され、この日の会議は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、八幡?」

「ん? どうした」

「さっきのアンケートはいったい何だったの?」

「言ってしまえば保険だ。最悪の事態を回避するためのな」

「……そう」

 あの質問と俺の発言で答えを導き出したのか雪乃はそう言うだけで何も追及してこなかった。

 ただその代りに俺の腰回りに回している腕の力を強めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ”貴方は文化祭が現委員長では進行することができない問題が発生した場合、補佐役に会長を一任することに賛成ですか? 反対ですか?”



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第四十二話

 文化祭当日、俺は文化祭のオープニングセレモニーが行われる会場の裏手のところでそれが始まるのをじっと待ち続けていた。

 結局、粗方の予想通りに作業はいくつか完璧に仕上げることが出来ず、オープニングセレモニーが始まる30分前にようやくすべての作業が終了した。

 まあ生徒会メンバーと有志で朝早くから集まった面子で何とか仕上げたんだけどな……それにしても眠たすぎる。

 耳につけているインカムから雪乃と文実各部署のリーダーが話を交わしているのがひっきりなしに聞こえてくる。

 

 今回のことで確実に相模は批判を浴びせられるだろう。だがそんなこと俺の知ったことじゃない。

 あいつ自身、あのお触れを発動したせいでこうなったんだ……奉仕部に来ても追い返す……まあそれを決めるのは部長の雪乃なんだけどさ。

 そう思った直後、視界が眩むほどの閃光がステージに集中する。

 

「お前ら文化してるかー!」

 めぐり先輩のその大きな声に続くように観客席から爆音のような凄まじい歓声が響いてくる。

 どうやら観客席にいる生徒のテンションも最高潮らしい。

 

『八幡。聞こえるかしら』

「あぁ、聞こえてる」

『もうすぐ相模さんの番だと思うのだけれど彼女の様子はどう?』

 

 そう言われ、すぐ後ろにいる相模の方を見てみるが緊張しているのかさっきからキョロキョロと周囲を見渡し、ポケットに入れている小さなペットボトルの水を何度も口に入れる。

 おいおい。そんなに入れたら後で便所が早くなるぞ。

 

「緊張してる。むしろし過ぎているくらいだ」

『そう……とにかく今の相模さんには励ましの言葉はかけないように』

 

 その言葉の後、通信が切れた。

 その選択は正しいだろう。緊張している時に励まされてもむしろプレッシャーを与えられているとしか考えられないし余計に視野が狭くなる。

 

「それでは相模委員長! 開会のあいさつをどうぞー!」

 

 拍手でもって相模が出迎えられるが当の本人ががちがちに緊張してしまっているせいでそれすらもプレッシャーとしてとらえてしまっている。

 そのせいでさっきから何度も見直して練習していたスピーチの紙は途中で落とすし、前練習で言われていた場所に立たずに相模にライトが当たらないわでグダグダだ。

 

 そのことに気づいたのかようやくライトが当たるステージ中央に立ち、マイクを握ってさあ第一声を放とうとした瞬間、きーん! という甲高い音が聞こえ、観客から笑い声が出てくる。

 その笑い声に相模はさらに肩をビクつかせ、マイクをおとしてしまう。

 ようやく話しだすがすでに既定の時間をオーバーしてしまっているのでキーパー役の俺が腕をぐるぐる回して

相模に巻くようにジェスチャーするが緊張のあまり視野が狭まってしまっている相模には見えていない。

 

『八幡。時間が押しているわ』

「ダメだ。緊張しすぎて見えてない」

 

 その時、視界の端にもう1つのマイクが見えたのでそれを手に取り、軽く地面に落とし、大きな音を立てるとようやく気付いたのか相模がこちらを見たので巻くように腕をグルグル回す。

 てんやわんやな思考で考えた結果、導き出したのは早口で喋るという事らしい。

 …………ダメだこりゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文化祭は2日間行われるが初日は校内発表のみなので今日は一般客は入っていない。

 2日目の明日だけが一般客を入れた一般公開になるので本来なら空いているはずなのだが今廊下を往復するのにさえ苦労するほどの数の生徒が廊下を走り回る。

 プラカードを持って店の宣伝を叫んだり、手作り感満載の安いコスプレをした奴らが走り回る。

 人を掻き分けてようやく教室に辿り着き、中へ入るとこっちの準備もすでに大詰めになっているのか女子たちが右往左往しており、劇に参加する男子は衣装姿だ。

 文実でほとんどクラスの方に参加していなかった俺は何をするのか、してもいいのか分からないので壁にもたれ掛ってボーっとしていると、目の前に海老名さんがやってきた。

 

「ユーもでちゃう?」

「イ、イヤ俺劇とか苦手だし」

 そもそも人前に立つのが嫌いだ。

「確か記録雑務の仕事って明日からだよね?」

 なんで知ってるんだよ。

「ま、まあ」

「じゃあ、受付やってくれる? 公演時間教えるだけでいいから」

「分かった」

 教室を出たすぐのところに長机とパイプ椅子が置かれていたのでパイプ椅子を組み立てて座る。

「…………なんかイラつく」

 

 後ろにでっかく隼人と戸塚が映った宣伝用ポスターが張られている。

 戸塚は天使だからいいとしても隼人がこっちに向かって決め顔をしているのがやけにむかつく。

 その決め顔ポスターを見て女子はキャーキャーと騒いで早速劇を見ることに決めたのかまだ行われてもいないのに列を作り出す。

 これ金取ってもいいならうちのクラス凄い売り上げ叩きだすぞ。

 にしても…………明日か。

 雪乃に告白する日は明日。ようやく来たんだ。この時が…………ふぅ。

 前日だというのに何故か緊張してしまい、深呼吸をしたときにチラッと扉の隙間から教室の中が見え、皆が円陣を組んでいた。

 今日という日までみんなで放課後も残って用意したんだ。その気持ちはいいものだろう……たった一人を除いてだけどな。

 相模は輪に入りにくいのかそれとも友達に無理やり入れられたのか複雑な表情をしている。

 オープニングセレモニーでの醜態は大勢の目に触れられていたのだから既に全体に広まっていてもおかしくはない。その中に友人がいるだろう。

 ノリで委員長やるから…………同情はしないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2時間ほどが経過したがうちのクラスの劇は案外、高評価を得ているのかそれとも隼人のイケメン姿だけを見に来ているリピーターがいるのかは知らないけど長蛇の列が出来ている。

 一応、俺もそれを整理する係りをローテーションでやったりもしているがそのしんどさはヤバい。

 今はお昼休みなので落ち着いてはいるがまたあの長蛇の列が出来るかと思えば……うぅ、嫌だ。

 

「八幡」

「っっ。お、おう。雪乃」

 びくっとしながら横を向くと雪乃が立っていた。

「仕事は良いのか?」

「ええ。めぐり先輩から楽しんできてって言われて」

 …………めぐり先輩。あざっす。

「ゆ、雪乃……よかったら回らないか?」

 

 そう言うと雪乃は小さく笑みをこぼし、小さく首を縦に振った。

 立ち上がり、雪乃と共に人混みを掻き分けて歩いていく。

 俺のクラスの3つ隣のクラスでちょうどかき氷をやっていたのでそのクラスに一緒に入ると雪乃という学校1の美少女が入ってきたことで一瞬、クラスの男子が色めき立つが俺という付録を見た瞬間、げんなりとした。

 ふん、ざまあみろ。こんなことできるのは俺か由比ヶ浜位だぞ。男に限れば俺だけだ。

 

「八幡は何が良いのかしら」

「俺は雪乃と一緒で良い」

「……そう。じゃあいちご味で」

 

 なんだ今の間は……そして何故、雪乃さんは不敵な笑みを浮かべているのでしょうか。

 かき氷を貰ったのは良いが何故か雪乃の分しかないが彼女に手を引っ張られ、空いている席に座らされる。

 対面に座った雪乃は先で掬えるように切られたストローで氷をグシャグシャと潰していき、一口自分で食べた後、もう一口分掬うと俺の方に持ってくる。

 

「……あ、あの雪乃さん? これは一体」

「八幡が私と一緒でいいと言ったのよ?」

 

 いや、それは味を…………ま、まさか雪乃は1つの物を食べるからという意味で解釈したのか……頭が良いのか……いや、この場合はずるがしこいと言った方が良い。

 周りの視線を気にしながらも一口食べるといちごシロップの甘い味が口の中に広がる。

 口の中も甘いが……この雰囲気もなかなかに甘いです。

 

 

 

 

 

 

「次はどこに…………」

 

 かき氷を食い終わり、お口も頭も甘々になったところで教室を出てブラブラしている時にふと隣に雪乃がいないことに気づき、慌てて振り返るとジーッとある教室を見ていた。

 体育館に近い3-Eの教室の扉には『ペットどろこ。うーニャン、うーワン』と書かれた宣伝ポスターのようなものが貼り付けられており、下の説明欄を読む限り、ミニ動物園をしているらしかった。

 …………まあ、いいか。

 

「雪乃、ここ入るか」

「え? い、いや私は」

 

 さっきの仕返しとばかりに返事を聞く前に彼女の手を引っ張って教室へ入るとホームセンターなどで売られているような柵が立てられており、その中に猫や犬が数種類ほどいた。

 寝ている奴もいれば俺達を見て興奮しているのか柵に体当たりしている奴もいる。

 

「ほれ、雪乃。お前の好きな猫がいるぞ」

「え、ええそうね」

 

 雪乃は若干、周囲を気にしながら学校での雪ノ下雪乃の状態でなるべく猫が好きという素を出さない様にそーっと猫を抱き上げると店番の奴に見えないところで猫にキスをすると笑みを浮かべる。

「にゃ~」

 

 レアな雪乃の猫鳴き……小さくて俺にしか聞こえなかったと思うが。

 最後にギュッと猫を抱きしめると雪乃はスタスタと教室から出ようとするが子犬を抱き上げたまま彼女の前に立ちはだかった。

 

「雪乃、見てみろよ。犬も可愛いぞ」

「え、ええそうね。八幡、そろそろ他のところにも」

「まあそう言わずに犬も撫でてみろよ」

 

 犬を見て縮こまっている雪乃を見た瞬間、俺の中のドS心が芽生えてしまう。

 子犬も可愛いが……その子犬を見て引いている雪乃もまた可愛い……そろそろ本気で怒られそうだ。

 子犬を柵の中にゆっくりと置き、雪乃と一緒に教室へ出ると脇腹を軽く突かれる。

 

「……八幡のバカ」

「ま、犬嫌い克服はまた今度だな」

 雪乃の頭をポンポンと軽く叩きながら俺達は次の場所へと向かった。



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第四十三話

 文化祭も2日目に入ったことにより文化祭が一般公開され、総武高を受験しようとする受験生やその保護者、そして祭り独特の雰囲気に充てられて入ってきた親子、はたまた招待されたのか他の学校の制服を着た奴らが多くはいったことによって校舎内外問わずに機能など比べ物にならないほどの人でギュウギュウ詰めになっており、廊下を歩くのにも一苦労する。

 記録雑務である俺はその人混みの中をカメラを持って歩きながら文化祭の楽しそうな様子をパシャパシャと納めていく。

 

「はぁ……人混みの中は嫌いだ」

 その時、背中に衝撃が走った。

「ちゃお! お兄ちゃん! 会いに来たよ~。あ、今のポイント高い!」

「うっせ……今来たのか」

「うん。にしてもやっぱり中学校の文化祭とは違うね~」

「中学のは文化祭じゃなくて文化活動発表会だろ」

 

 なんで中学は合唱を披露するのかね……別に保護者とか呼ぶわけでもなくただ単に他のクラスの連中に歌を披露するのが何が楽しいんだか。それになんで歌っていなかったらあそこまではぶられるのだろうか……ていうかなんで口パクしてたらバレるの? 見られてるの? やだ怖い。

 

「で、お兄ちゃんは何してるの?」

「仕事」

「……ダメじゃん!」

 え? なんで?

「お兄ちゃんは雪姉とイチャイチャするという仕事があるじゃん!」

「昨日……」

 

 昨日、イチャイチャしたことを思わず喋りかけてしまい、慌てて口を閉じるが既に小町の耳に入ってしまったのか嫌な笑顔を浮かべながら小町がこっちを見てくる。

 しまった……。

 

「へぇ。昨日何?」

「イ、イヤ何も」

「またまた~。あ、もしかしてあ~んとかしちゃった?」

 

 あ、あ~んではないよな……い、いや待てよ……あ~んしてもらったな……うん。

 小町に言われ、昨日のことを思い出してまた顔が赤くなるのが自分でもわかる。

 

「んん! ところでお前、見に来たんだろ」

「まあね。じゃお兄ちゃんまた後で!」

 

 そう言い、てってて~と効果音が聞こえるくらいに機嫌良さそうに走りながら階段を上っていった。

 ふぅ…………ていうかなんで小町はあんなにも感が良いのだろうか……考えたらだめだな。

 そう結論付け、再び記録雑務の仕事に戻ろうとするが大勢の人がある方向に向かって一斉に歩き出したせいで逆走できず、結局俺もその波に従って歩いていく。

 まあどうせほとんどの写真は撮ったんだし……このまま休憩するのもありかもな。

 人の波に従いながら歩いていくと校舎を出てそのまま体育館へと向かっていく。

 

「あら、八幡」

「雪乃……何かあるのか?」

「ええ……八幡も見ていった方が良いわ」

 

 そう言われ、雪乃の隣に立って壁にもたれ掛ると体育館の照明が全て落とされ、ステージがライトアップされるとそこには体のラインを強調するような細身のロングドレスを着た陽乃さん檀上中央に立っており、観客を一周見渡すとスカートの両端を少し持ち、淑やかに一礼する。

 その後ろには様々な楽器を持った集団が後ろに座っている。

 タクトを軽く上げ、レイピアを振るうように鋭く振りぬいた瞬間、旋律が走った。

 …………そう言えば管弦楽部かなんかのOGとか言ってたな……有志に参加して友達も呼んでいいかって聞いたのはこれを披露するためなのか……。

 チラッと雪乃の方を見るとその視線はまっすぐ壇上に向かっている。

 まだ……まだ彼女は姉を超えたいのだろうか……小学生の頃から負け続けてもなお……俺には雪乃の本心も陽乃さんの本心も分からない……ただ一つ言えるのは……この姉妹は他の姉妹とは本質が違うという事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽乃さんの演奏の途中で俺達は舞台袖に向かい、エンディングセレモニーに向けた準備で舞台袖を右往左往、忙しく駆け巡っている。

 有志のオオトリは隼人たちのグループが務めることになっており、記録雑務の俺は体育館に設置されている撮影用のカメラのメモリの残量を確認していく。

 流石に残量不足で撮れませんでしたなんて言えないからな……。

 チラッと隼人たちのグループへ視線を向けると全員緊張しているのか普段の雰囲気は感じられない。

 流石にあの大勢の観客の前で演奏するという事を考えれば緊張もするか……俺だったら緊張のあまり失神しそうで怖いけどな。

 視線を戻した時に雪乃がキョロキョロしているのが見えた。

 

「どうかしたのか」

「ええ……相模さんの姿が見当たらないの」

 

 そう言われ、俺も周囲を見渡してみると確かに相模の姿は見当たらない。

 どこ行ってんだか……もうすぐオオトリの隼人たちが始まってそれが終わればエンディングセレモニーで文化祭は終了だっていうのに……。

 

「相模がいないと困るのか?」

「ええ。セレモニーの打ち合わせをしようと思っているの」

 

 現時点で文化祭が進行できないほどの問題に発展していないから雪乃に全ての権限を一任することは無理だな……ただ……まあ今はいいか。

 めぐり先輩も相模に電話をかけているのかしきりに携帯を耳にあてたり、外したりを繰り返しているが繋がらないらしく、とうとう携帯をポケットに入れて困った表情で俺たちの元へやってくる。

 

「どうしよう。電話にも出ないし放送で呼び出してもらってるんだけど来ないの」

「……めぐり先輩」

 

 そう言うと一瞬で理解したのか先輩は困った表情のまま俺を見てくる。

 確かにあれは最後の手段であると同時に1人の生徒を地に落とすものだ……ただ学校の評判を落とすよりかははるかにましだろう。1人の犠牲なんてちっぽけなものだ。

 学校は一生残るが生徒は3年で消えるからな。

 

「どうしたの? ゆきのん」

 現場の悪い雰囲気を感じ取ったのか心配そうな表情の由比ヶ浜が加わり、雪ノ下から事情を聴く。

「一応、あいつがいなくても動くようにはなってるんだ……時間ぎりぎりまで待って来なかったらその時はその時で保険を使えばいい。優秀賞も地域賞も結果は雪乃も知ってるんだし」

 

 2つの賞の開票結果は隼人たちの演奏が終わった時点で行われるが相模が今現時点でいない時点で雪乃に全てを集めるしか文化祭を進めることはできない。

 

「それはそうだけど……それはあくまで最後の手段」

「分かってる……平塚先生とも約束したしな」

 

 保険を使うのは本当に何もできなくなったときのみと会長、平塚先生の2人と約束したんだ……こんなすぐに保険を使うほど俺はバカじゃない……それに誰だって目の前で地に落ちる奴を見たかないもんだ。

「どうかしたのか?」

 隼人もこの空気が気になったのかこっちの話しに入ってきて由比ヶ浜から事情を聴くと少し考え、何か思いついたのか雪乃の方を向いた。

 

「副委員長。急で申し訳ないんだけどプログラム変更したいんだけどいいかな? 時間もないし、口頭承認でお願いしたいんだけど」

「…………構わないわ」

 雪乃に承諾を貰い、隼人はメンバーの元へと戻る。

「曲を追加したとしても稼げるのは10分……八幡。10分で相模さんを探せるかしら」

「10分…………なんとかしてみる。間に合わなかったらまた電話する」

「あ、ヒッキー! これ相模んの番号!」

 一応、由比ヶ浜から相模の電話番号を教えてもらい、俺は舞台裏を出て外へと出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて…………どうやって探すか」

 総武高校は地味に広い。10分だけで全ての教室をしらみつぶしに探せるはずもないからある程度は取捨選択していかないと無理だ。

 かといってどこを排除すればいい……恐らく教室はないだろう。今この時間帯は有志のオオトリが近いという事もあってほとんどの教室は閉まっているはずだ。それにたった一人で人目が付く教室にいるはずもないのでそれぞれのクラスは省いていいだろう……恐らく特別棟も無い。

 特別棟では何も催しはないし、特別棟へ繋がる渡り廊下は扉が閉まっているからな……ということは保健室……いやそれも除外だ。めぐり先輩が放送で呼び掛けていると言っていたから保健室にいても無理だろう。そもそも文化祭開催中は保健室ではなく他の大きな教室が救護場所になる。

 仮に保健室の鍵を借りたとしても職員室の先生が気付くはずだ……ならどこだ。何の承諾も許可もいらず、鍵などもいらなくて自分の意志で自由に出入りが出来る場所。人目もつかない…………。

「ある…………人目もつかずに自分の意思で出入り自由な場所が」

 俺はすぐさまその場所へと走って向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分の意志で自由に出入りができ、さらに鍵もいらない場所と言えばもう学校の屋上くらいしかない。

 そこに鍵がかけられていたらもうアウトだから探しようがなくなってしまう。

 できれば俺も保険を使わずに文化祭を成功させたい…………ただそれは無理だろうな。

 腕時計をチラッと見るが既にあれから5分が経過しており、めぐり先輩のトークで何とか尺を伸ばしたとしても取れるのは5分も無いだろう。

 階段を上がり切ると屋上への扉が見えたが南京錠でロックされている。

「…………一か八かだ」

 南京錠を全力で引っ張ると呆気なく鍵が取れた。

 随分前に付けて以来、誰も触っていないのか……これはラッキーだな。

 南京錠を放り投げ、ドアを開けると屋上の為か強い風が俺に直撃するがその先に探していた人物を見つけた。

「よぅ。探したぞ……相模」

 

 



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最終話

ごめんなさい。これで完結にします。


 俺を見るや否や、相模は鬱陶しそうな表情を浮かべ、俺から視線を逸らしてフェンスにもたれ掛る。

 

「隼人じゃなくて悪かったな」

 

 図星を突かれたのか相模は肩をビクつかせ、さらに鬱陶しそうな色を強くして俺を睨み付けてくるがそんなものは俺にダメージなんて与えない。

 今は俺が圧倒的優位に立っているからな。

 

「なんか用」

「……本気で言っているなら病院に行くことをお勧めするぞ。もうすぐセレモニーだ。戻ってきてくれ。でないとセレモニーが始められないんだよ」

「……別にあたしいなくてもいいじゃん」

 

 結果的に奉仕部に依頼したことを後悔してるな。雪乃があまりに優秀過ぎる補佐であったがために相模の無能っぷりがいやがおうにも強調される。

 だがそれはよく考えればわかったはずだ。今回はこいつ自身が招いたミスだ。

 

「お前がいなくても準備は進むかもしれないがセレモニー自体はお前がいないと締りが悪いだろ」

「……みんな雪乃下さんの方が良いって思ってるじゃん」

 

 イライラする……昔の俺を見ているようでイライラしてくる。

 でもここでそのイライラを爆発させても何の意味もないし、むしろデメリットしかない。

 腕時計を見てみるがエンディングセレモニーが始まるまであと2分を切っており、スマホを見てみると雪乃からメールが来ており、あと5分で相模が来なければ保険を使うと書かれている。

 

「相模」

「なに?」

「あと5分だ。あと5分でセレモニーが始まるぞ」

「……今葉山君って有志だっけ」

「あぁ、そうだよ」

 

 有志を気にするよりも今自分が選択すべき選択肢を考えることが最優先事項だと思うんだがな……なんでこいつはこんな状況でも他を気にすることが出来るんだか。

 相模にタイムリミットを通告してから2分が経過したが一向にその場から動く気配はない。

 

「相模。早く戻ってくれ。でなきゃセレモニーを始められない」

 同じことを言うが相模はこちらを見ようともせず、ボーっと体育館の方を見ている。

 タイムリミットまであと1分を切ってしまった。

 …………これ以上、俺がこいつを待つ義理はないな。

「相模、これ見ろ」

 

 そう言いながらポケットからある封筒を取り出し、それを彼女の傍に投げつける。

 それを相模は拾い、封筒を開けて中身に入っている紙を手に取って書かれている内容を読んでいくが徐々に彼女の表情が青ざめていくのが分かる。

 

「な、なにこれ」

「そのまんまだ。文化祭が進行できないほどの問題が発生した場合、全ての権限を補佐役である雪ノ下雪乃に譲渡することに賛成か反対かを問うアンケート結果のコピーだ」

「こ、こんなアンケート知らない!」

「やったぞ……思い出せよ」

 そう言うとようやく思い当たることがあることに気づいたのか相模はショックを隠せないでいる。

「お前にはあの時、全く関係ない内容のアンケート用紙を配った。めぐり先輩がお前ただ一人だけに渡したのがそれだったんだよ。結果は……もう分かってるよな?」

 

 結果は過半数どころか数人を除いてアンケート内容は賛成を投票した奴で埋め尽くされ、反対を投票したのは数人だったので恐らく相模の友人が反対票を入れたんだろう。

 恐らくこいつの友人はこう思っていたはずだ……南ちゃんがそんなことするはずがない。ちゃんと文化祭実行委員長としての責任を最後まで果たしてくれる……そんな風にな。

 

 ――――その時、タイムリミットを超えたことを知らせるスマホのアラームが鳴り響く。

 

「時間切れだ。相模……現時点をもってお前は文化祭実行委員長じゃなくなった」

「ふ、ふざけないでよ! こ、こんなの……こんなの認められるわけが」

「確かに何も問題を起こしていなければ認められなかっただろうさ……でもお前はエンディングセレモニーをボイコットするという文化祭を進行できない問題を引き起こした……十分、そのアンケート結果は効力を持つ。過半数どころか9割の人間が賛成したんだ」

「で、でもそれは文実だけであって他の人達がどういうか」

「文実はクラスの中での文化祭実行の準備を手伝う代表だ。代表の意見がクラスに反映される……民主主義なんてそんなもんだろ。代表の意見が集団の意見になっちまうんだ」

 

 チラッと時計を見てみると既にエンディングセレモニーが始まっている時間を過ぎており、雪乃から『もう保険を使うわ』というメールが来ている。

 相模はと言えばショックのあまり両膝をついてへたり込んでいる。

 

「お前は文実の皆を裏切っただけじゃない……お前を信じていた友人まで裏切ったんだよ」

「い、今から」

「もう遅い……雪乃が委員長として地域賞と優秀賞を発表してる。オオトリまでの開票作業を雪乃とお前にやらせたのもそのための準備だ…………もう何もかも遅いんだよ、相模」

 そう言った直後、相模の両目から大粒の涙が流れ出し、ポタポタと落ちていく。

「恐らく全員にはお前は体調不良だったかアクシデントにより保健室に運ばれたという事で通るだろ……平塚先生に感謝しておけよ。あの人がいなかったら何のフォローもなかったんだ……じゃあな」

 

 背を向け、扉を通って閉めようとしたその一瞬だけ、相模が泣いている姿が目に入ったが同情も何の感情も俺には浮かばなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋上から体育館の舞台裏へ戻ると既にセレモニーは終了し、片付けが始まろうとしていた。

「比企谷君」

 

 後ろから呼ばれ、振り返ると少し悲しそうな表情をしためぐり先輩と平塚先生の2人がいつの間にか俺の後ろに立っていた。

 

「うっす……無事終わったみたいですね」

「セレモニーはね……でも百点満点の文化祭じゃなかったかな……はぁ。私の所為だ……あの時、相模さんの提案をダメって言っておけば」

 めぐり先輩は優しい……でも今回のは明らかにあいつの自業自得だ。

「先輩の所為じゃないですよ……少なくとも俺は思います」

「比企谷。今相模はどこにいる」

「屋上です」

 

 先生は一言、そうか、とだけ呟き、体育館から出ていった。

 恐らく屋上にまだいる相模を回収しに行ったんだろう……ただ相模の友人二人が相模を見つけられなかったことが俺の中では少し意外だった。やっぱりその程度の付き合いだったという事か……まあ他人の交友関係に口をはさむほどれも交友関係が良いわけじゃないしな……いや、良いのか?

 

「比企谷君。ありがとうね。色々と」

「俺は別に……じゃ、俺も片づけてきます」

 

 めぐり先輩から離れ、片付けようとした時にふと由比ヶ浜と雪乃の姿が見え、俺もその近くへ向かうと2人と目が合う。

 

「お疲れヒッキー!」

「おう……」

「お疲れさま、八幡」

 

 並べられている椅子を持って運びながら雪乃たちと軽く話をするが正直、俺の頭の中ではその会話は通り抜けており、雪乃に告白するという事だけが大きかった。

 な、なんかやけに緊張してきた……。

 ふと片づけをしている時に相模と一緒につるんでいた文実の2人を見つけたがまるで相模のことなど忘れているかのように駄弁りながら片づけている。

 …………裏切りも切り捨ても同じもんか。

 

「文実。ちょっと集まれ」

 厚木の無駄にデカい声に文実が全員集まる。

「俺が見てきた中でも中々良い文化祭だったわ。この後事後処理があるがそれも頑張れよ。あと、打ち上げするのは良いが羽目を外しすぎんように。じゃあの」

 

 厚木の話が終われば再び文実は散り、片付けを再び始める。

 相模のことなど誰も覚えていないみたいだな……まぁ、自業自得だ。

 そう結論付け、俺は再び片づけに集中した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 片付けも終了し、終わりのSHRも終了したので解散のはずなんだが俺は用があるために奉仕部の部室へ向かって歩いていた。

 雪乃にメールはしておいたし……あとは……由比ヶ浜?

 歩いていると向こうから手を小さく振っている由比ヶ浜が近寄ってくるのが見えた。

 

「お疲れ、ヒッキー」

「おう。お前も教室の方、お疲れさん」

「ありがと……相模んは結局」

「来なかったな」

 

 行き辛いのか、それともただ単に平塚先生と一緒に話しているのかは知らないが教室に相模の姿は見えず、その友人の姿も見えなかった。

 

「ヒッキーはどこ行くの?」

「奉仕部……ちょっと用があるからな。じゃ」

「待って!」

 

 渡り廊下に大きく反響するほどの由比ヶ浜の声が響くと同時に俺の手が軽く握られ、まるで引き止められたかのようだった。

 振り返ると目に映ったのは顔を真っ赤にした由比ヶ浜だった。

 

「ゆ、由比ヶ浜?」

「あ、あのね…………その…………あ、あたし……ヒッキーのことが好きです!」

 ………………。

「……悪い……俺は雪乃のことが好きなんだ」

「そう……だよね…………だったら最後に……お願い聞いてくれる?」

「……なんだよ」

「……キスして……それでヒッキーの想いを思い出に出来るから」

 

 そう言い、俺の手を握っている顔を赤くしている由比ヶ浜の手に入る力が強くなり、徐々に目を閉じた彼女が近づいてくる。

 …………俺は。

 彼女の両肩を軽く持ち、近づいてくる彼女を離すと由比ヶ浜と目が合った。

 

「悪い……一回デートしておきながら言える義理じゃねえけど……俺は」

「ははっ……流石ヒッキーだね。もしここであたしにキスしてたら叩いてたもん」

 

 そう言い、笑みを浮かべる由比ヶ浜だが今見えている笑顔は雪乃の家で見た時のような必死に悲しみを我慢し、無理に笑みを作っているように見える。

 

「行って、ヒッキー。ゆきのん待ってるから」

「…………ありがとな。こんな俺を好きになってくれて」

 

 そう言い、彼女に背を向けて俺は奉仕部へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バイバイ……あたしの初恋」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奉仕部の扉を開け、中へ入ると外の景色を見ている雪乃の後ろ姿が一番最初に入ってきた。

 既に誰が入ってきているのか理解しているのか雪乃はこちらを向かないので俺も何も声を出さずにゆっくりと彼女に近づき、そのまま後ろから抱きしめた。

 言うんだ…………俺が今まで抱いてきたこの想いを……。

 そう考えるが頭の中に俺を嘲笑うやつらの顔が見えてくるがそれと同時にあの日の晩、隼人が俺に言ってくれた言葉がそれを壊すかのようにより大きく反響してくる。

 

「雪乃…………迎えに来た」

「…………ええ。ずっと待ってたわ……貴方と出会ったその日から」

 

 雪乃はそう言うと俺の腕の中でくるっと回転して俺の方を向く。

 彼女と目が合ったことで最後の決意が付いた。

 

「雪乃…………好きだ」

 そう言うと同時に雪乃を強く抱きしめると耳元で雪乃が小さく笑う声が聞こえるとともに雪乃からも強く抱きしめ返される。

「やっと……言ってくれた」

 雪乃の手で俺の顔が優しく包まれ、目に涙が貯まっている雪乃の顔がよく見える。

「ずっと…………ずっと待ってた。あの日、貴方が助けてくれた時からずっと……待ってた」

「あぁ。待たせて悪かった……今まで待たせて悪かった。もう離さない……」

「ずっとずっと一緒よ……今まで待たせた以上に私を愛して」

「あぁ……おつりが来るくらいにずっと愛する」

 

 そう言うと同時に顔を近づけ、雪乃の唇に俺の唇を当てると柔らかいものが当たる感触がするとともに雪乃の目から涙がこぼれるのが分かった。

 ずっと……ずっとこれが欲しかったんだ。

 一度顔を離し、互いに少し見つめ合ってからまたキスをした。

 何度も…………何度も俺達はキスをし、互いを感じ続けた。

 やっと……やっと欲しかったものが手に入った……。

 我慢しきれず、俺はさらに強く雪乃を抱きしめて雪乃を貪る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――ようやく俺の欲しかったものが手に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――ようやく私が欲しかったものが二つも手に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やはり俺・私の青春ラブコメが間違っていなかった。



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