日ノ本四重奏 (黄昏翠玉)
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第1章 霊界の旅
プロローグ


主人公4人なんですけど、全然そんな感じしないかもしれません。w


魔法、呪術―――それらが再び勢力を取り戻した日本において、この物語は始まる。

 

日本において、陰陽術が再び発達した現代。

陰陽術を駆使する家の元締めである土御門家は、没落してしまったものの、今もまだ影響力は残している。土御門の支流である倉橋などの家を含めて、それらの家を“旧家”と呼び、新しく土御門の影響下に入った神成、佐竹、真榊などのことを“新家”と呼ぶ。

 

江戸時代末期、日本において問題になっていたのは、“霊災”と呼ばれる現象だった。江戸幕府は土御門を保護、陰陽寮の復活とともに、陰陽師の育成機関の設立を推奨し、開国への流れ、学制の発布とともにその流れは強くなっていった。

霊災とは、人間たちの住む人間界とは少し違う、霊界と呼ばれる場所に住む者たちのこと。言い換えるならば、八百万の神であり、妖怪であり、精霊である。

彼らが人間界に現れる際に、彼らの体を構成する霊気は爆発的に膨張する。その余波が霊災という形で現れてしまうのだ。霊獣を祓うのはとてもではないが、ほとんどできないと言っていいことである。通常は、霊獣そのものではなく、霊獣が起こしてしまった霊災―――そもそもの影響を与える霊気の塊を散らすという形で、祓魔を行う。

200年ほど前、大規模な霊災が起き、日本全国が甚大な被害を受けた。時を同じくして外国も同じように被害を受けているのだが、政府間はこれについて何かの関連性を見いだせず、すべては内に秘められた。

それ以来、日本だけにとどまらず、世界のどこかで毎日のように霊災が起きている―――。

 

 

いったい誰が望んだというのだろうか。

いったい誰がこの状況を笑っていられるというのだろうか。

その答えを持っているのは、簡単な話―――

 

「また行くのか」

「楽しそうだから」

 

とめるものはない。ただ己の思うが儘に進んでいくだけだ。

なぜならば彼らは、人の姿こそしているが、中身はもとより人ではなく。

 

「ああ、また来るよ―――今度は誰だろうね」

彼らは口々に言う。

待ちわびる。新たな犠牲者ともいうべき存在を。彼らはただ待っているのだ。

己らを受け入れてくれる存在を。己をその心に受け止めてくれる存在がほしいのは、人も物の怪も変わらないようだ。

「きっとあの子が来る」

「きっとあの子は来る」

「「あのお方を連れてやってくる」」

 

 

 

 

小さく笑った青年と屈強な男。

彼らは廃墟と化したような街並みで、青い空を見上げた。

 

彼らは歌う。

 

人の歌を

 

霊獣の歌を

 

狭間の歌を

 

力の歌を。

 



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第1話 日常→非日常

風に長めの髪が揺れている少女がいた。

少女の髪は暗い赤。瞳はグリーンがかっている。もれなく強い霊気の影響を受けている表れである。

本来の色素ともいうべき髪や目の色が、霊気の影響を受けて、本人に特徴的な色相を呈するのは珍しくない。彼女の場合は、赤―――つまりは、火属性が強いということになるだろう。

少女は生徒昇降口に立っていた。中学校の制服を着ているが、学年章は3。つまり、3年生ということになる。

3月下旬、もう彼女らは卒業したのである。しかしここにいる、というのは、そう。高校受験の結果を見て、中学に集合したのだ。

「大輔、冬士、遅いよ」

「悪いな、勇子」

「…すまん」

少女の名は神成勇子。陰陽“新家”神成宗家の一人娘である。

大輔はグレーの髪で、右目を隠すように前髪を伸ばしている。黄色のカチューシャを付けており、瞳は赤っぽい。

冬士は紫がかった茶髪で、ヘッドバンドを付けている。瞳の色はダークグリーンだが、右目と左目で若干色が違う。

「まあいいじゃねえか、無事に3人とも受かったんだ」

冬士はそう言って、ふっと空を見上げた。

「…青いな」

「そうね。 さて、帰ろっか」

勇子は伸びをして言った。大輔と冬士は頷いて、静かに敷地を出る。

 

まだ日は高い。3人はゆっくりと帰路についていた。

「…ねえ冬士、大輔、聞いてよ」

「ん?」

「今日さぁ、湯島さんが、私に突っかかって来たの」

勇子ははあと息を吐く。冬士はふむ、と少し考えて、ニヤリと笑った。

「いつも時間をずらして帰ってたが…まあいいんじゃねえのか?」

「よくない! 高校同じなんだよ!? 先生が違えばいいけどさぁ!」

勇子はぷくっとほほを膨らませた。大輔がくすっと笑った。

「女の子の思い違いもここまで来ると嫌になるわ」

「お前も似たようなもんだろ」

冬士が言えば、勇子はふっと笑った。

「まあ、誤解だしね。 大体湯島さんみたいなのに勝てるわけないしー」

「…誤解…」

大輔は若干残念そうな表情をした。とはいっても、無表情すぎてよくわからないのだが。

「今日の晩御飯どうする?」

「食いたいもんはあるか?」

「…」

勇子は考え込んだ。

「…あんまりお腹空いてないしなぁ…」

冬士が荷物を降ろして、大輔に預ける。冬士は荷物から財布とバッグを取り出した。

「トウモロコシが食べたい」

「大輔、お前は食材じゃなくて料理名を答える努力をしてくれ」

冬士は呆れたように言った。勇子は笑った。

「海藻サラダ食べたいなぁ」

冬士は頷いた。勇子はふと思い出したように言った。

「今日千夏はいないから、5人分でいいよ」

「…そうだな。 あとはベーコンエッグでも作るか…」

「え」

「?」

勇子は微かに肩を震わせた。冬士は勇子を見る。

「ごめん冬士、お腹空いてた?」

「そっちは米食えば何とかなる。 気にすんな」

じゃあ、と言って冬士は大通りへと歩き出した。何気ない田舎の学生の春休みの光景。勇子は大輔とともに冬士の荷物を持って歩き出した。

「…あーあ…何時まで経っても慣れないなぁ…」

勇子が小さくつぶやいた。大輔は勇子の肩を軽くたたいた。

「…気にすることじゃない」

「…でも、さ。 2人の食事量に合わせなくちゃいけないのに」

「燃費が悪いともいう」

「ぶはっ」

勇子は吹き出した。

「年代物の機械かお前は」

「…笑った」

大輔は少し嬉しそうに表情を緩めた。

「…もー。 冬士も大輔も、思ってることはっきり言ってくれなくちゃわかんないよ」

「…十分言ってる」

どことなく大輔が勇子に甘えているように見えなくもないのだが、なにぶん本人たちは自覚がない。

「…早めに帰ろっか!」

勇子はそう言って少し足早に移動を始める。

大輔は黙ってそのあとをついて行った。

 

 

 

田舎の街並みというのは平和を享受していることがありありとうかがえて、勇子は好きなものだ。都心に出ても楽しいが、こうやって平和に暮らしている方が好きだ。

しかしそれもこの春で終わる。

勇子、大輔、冬士はこの4月から、倉橋陰陽学園への入学が決まった。

“旧家”倉橋の経営する陰陽師養成学校の高等部。ここには、勇子の友達も何人か行くことが決まっている。

 

 

「叔母さんにお別れ言わなくちゃなぁ…」

帰宅した勇子はそう言いつつ荷物を降ろして着替えようと自室へ向かった。大輔も荷物を置いた時だった。

「!」

「!!」

2人ははっと顔を上げた。

サイレンが鳴る。勇子と大輔はその数を数え終わる前に、気を失った。

 

『霊災警報―――転移霊災の発生が確認されました―――』

 

 

 

 

 

 

ガシャン

 

カゴが落ちる。籠を持っていたはずの少年が消えたからだ。

サイレンが外で鳴り響いている。

 

 

物語が、動き出す。

 

 




何かかっこよくしようと頑張った結果がこれです。
誤字脱字ご容赦ください…。


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第2話 パニック

キャラがかっつり増えていきます、この話。


 

 

―――祓魔庁。それは、かつて存在した陰陽寮を政府が政府機関の一部としてつくりかえたものであり、仕事としては警察と被っている部分も多い庁である。

祓魔庁の職員になるには“第2級”以上の免許を持っていることが条件となる。

扱う事件は、陰陽術を使用したものだけにとどまらず、外国国籍の者が魔法を使用して事件を起こしたとしても祓魔庁の管轄となる。

祓魔庁には二つの部署がある。一つは陰陽局。日本国内で霊災の修祓に当たっているメインはこちらである。もう一つは祓魔局。こちらは霊獣そのものを殺すことで霊災の発生を防いでいる。

ちなみに、今回のように『転移霊災』なるものが起こると、祓魔局は能無しである。

 

 

「多嶋さん!!」

「どうだ、わかったか?」

祓魔庁陰陽局所属、十二神将が一人―――『断空』多嶋蓮司は鞘に収まった刀を腰に下げて、陰陽局内をうろつきまわっていた。

部下たちに、今回の転移霊災の被害状況を調べさせているのだが、なにぶん被害の範囲が広い。半径が5キロにも及んでいるため、おそらく霊獣によるものではない。

5キロ半径内にいた8人の男女が忽然と姿を消してしまった。

それが、もう1周間も前の話だ。

「はい、8人のうち2人が、キマイラ層、冬エリアにいるようです」

「なっ!」

蓮司は目を見開いた。

キマイラ層―――それは、霊界の中でも非常に転移しづらい階層である。電子機器が多少使えることと、人間界とはメールで連絡が取れることが特徴的な階層だが、危険が多い。

「…」

蓮司は手元の資料をもう一度見直す。

「その2人の特定はできたのか?」

「いえ」

「…引き続き情報を集めてくれ」

「はい」

あまりに情報の集まりが悪すぎる。蓮司は頭を抱えた。

実は、確実に巻き込まれていることが分かっている者が3人いるのである。そのうちの1人は蓮司が非常に世話になった人物たちの娘であり、残りの2人は、霊界に飛ぶだけでどうなるかわからない、目を離したくない人物たちなのである。

 

「…千夏様…またお暴れになっていないといいが…」

そう小さくぼやいたとき、ガチャンと勢いよくドアが開いた。

蓮司は噂をすれば何とやら、と、ドアを開けた人物のもとへ向かった。

「…いた、蓮司さん!!」

「千夏様」

それは、少年だった。黒髪の毛先は赤く、瞳は深緑。右側に髪飾りを付けている。顔と首に少し痛々しい傷跡がある。

「祭壇を貸してください!」

蓮司は頷いて、ポケットから鍵を取り出した。

「千夏様、俺たちも情報が少なすぎます。 少し、彼らの状況を教えていただけませんか」

「…はい」

千夏は頷いて、紙とペンをどこからか取り出して、書き留めた。

「詳しい状態は俺にもわかりませんが、早めに彼らのもとに行ってあげてください―――あいつだけは、まだ、だめですけれど」

千夏の表情が陰った。蓮司は紙を受け取ると、礼をした。

「大丈夫―――必ず冬士君や勇子様、大輔君を連れ戻しますから」

 

直後、蓮司には出撃命令が降り、蓮司はすぐさま飛び出していった。

 

 

 

 

 

目を覚ました勇子と大輔は、見知った場所にいた。

とはいっても、家の中にいたわけではない。シロツメクサがたくさん咲いた、見知った家の庭に倒れていたのだ。

勇子と大輔、冬士、そして千夏の4人は同居していた。しかも、勇子の叔母の家に、だ。正しくは、神成宗家の屋敷のうちの一つだった屋敷の管理に、叔母が当てられており、そこに、4年前に起きた“都心大霊災”と呼ばれる霊災の被害者であり、後遺症が残ってしまった大輔と冬士の治療の為に田舎にあったあの屋敷を使っていた。

よって、今いるのは東京に現在ある神成宗家の屋敷ということになる。

「…なぜここなのかしら」

「…冬士に引っ張られた、とか?」

冬士はもともと東京に住んでいた。しかし。

「冬士も来てるのかな?」

勇子はスマートフォンを取り出して、電話帳を確認する。

「…霊界でも繋がるものなのか?」

「やっぱ霊界か。 キマイラ層なら、ね。 可能性高いよ、普通は霊界って、地形完全に独自のものだって話だし」

勇子はそう言いつつ電話をかける。相手は、冬士だ。

数回呼び出し音が鳴り、電話に彼は応えた。

『勇子?』

「冬士よかった、繋がった」

勇子は大輔に親指を立てて見せた。大輔はほっとしたように笑った。

「…寒いのかな?」

『…ああ』

なんだか震えているように勇子には聞こえたのである。冬士は肯定した。

『雪降ってる』

「そこどこ?」

『…まさか…渋谷だ』

「…遠い。 私ら宗家の屋敷」

『マジか』

冬士は小さくつぶやいて、ふと勇子に言った。

『ここは、霊界で合ってるのか? キマイラ層だよな?』

「そうだよ。 電波が繋がるのはキマイラ層だけだから」

勇子はあたりを見回して、そこに霊獣を見つけてしまった。大輔もそれを見て、慌ててあたりを見回す。勇子はそっと呪符ホルダーを大輔に渡した。大輔は頷いて呪符ホルダーから符を取り出した。

「冬士、よく聞け。 そっちは冬エリアってとこだよ。 タイプキラーが跋扈してるはずだから、マジで気を付けて」

『…タイプキラーとか、男を殺す気満々だな』

「冬士、さすがにそのネタは今私でも笑えないから!」

冬士の声も勇子の声もひきつっている。大輔がやたら目の前の霊獣にビビっているのもそのせいだ。

 

タイプキラー。触手型の霊獣のことを指す。種類が非常に豊富なことで知られているのだが、このキラーという単語、実はレディキラーと同意で用いられている。

これといって強いわけではないのだが、霊獣としてはレベル4以上の中位霊獣に分類される。理由はとにかく、弱点が霊障であるという特異体質によるものだ。倒すのが大変なのだ。祓魔が難しいのだ。

 

「いくら冬士でもあれの相手は無理だから!」

『…今目の前を一匹通り過ぎて行ったが』

「隠形しろおおおッ!! そして日光が当たり続けるところに行けええッ!!」

『そんな場所あるのか!?』

声を小さく抑えながら、冬士はそう言って苦笑いしたようだった。勇子は移動の邪魔になるだろう、といって電話を切った。

勇子が大輔を見ると、大輔は家に入ろう、と小さく言った。勇子は頷いて呪符ホルダーを付け直し、符を取り出して警戒しながら家の中に入った。

中は埃がたまっているものの、誰かが生活、というか、活動しているらしい跡が見えた。

「…誰かいるのかな」

「…霊界に人間が存在するのか?」

「キマイラ層って詳しいことあんまりわかってないからなあ。 いるんじゃない?」

勇子は進んでいき、台所が存在する場所に出た。土間がある。土間に降りて、炊事場に近付き、そっとあたりを見回す。何がいるわけではなさそうである。

「…大輔、そこにいる?」

「ああ」

大輔は頷いた。無論、背を向けている勇子からはわからない。

勇子は包丁が入っているであろう場所の戸を開けた。

「…きれいに手入れされてる」

誰かいるよ、やっぱり。そう言った時、大輔と勇子はばっと振り返って符を構えた。

「―――おー、なかなか察知能力は高そうね~」

そこにいたのは、腕から白と小さな黒い斑のある羽をはやした女だった。

「…タイプ鳥人(フェザーノイド)ね」

「ふうん、今人間からはそう呼ぶのね」

鳥人はふっと笑った。

「表のエルオデスを見て武器が欲しかったってところかしら?」

「…エルオデスって、あの―――触手ですか」

「そうよ」

勇子は頷いた。

「はい。 あれに狙われるのが確実に一人いるので」

「そうね。 一瞬見失ったけれど、2人とも隠形はまだまだって感じだし」

鳥人はそう言って、2人を見た。

「いいわ。 しばらく置いてあげる。 まあ、さっきの会話聞いてる限り、人間界ではあなたたちのお家みたいだし」

「ありがとうございます!」

勇子はぺこりと頭を下げた。フッと鳥人は笑った。

「えっと、お名前は?」

「そんなものないよー。 式神になったこともないしね」

「…」

勇子があからさまに落ち込んだ。鳥人は勇子の傍に歩み寄って、勇子の頭に手を置いた。

「?」

「貴女面白いわね。 じゃあ、貴女が私の名前付けてよ」

「…でもそれじゃあ、私が貴女の主人になっちゃいます」

「いいわよ~。 貴女の式神になってあげるわ」

勇子は少し笑って、うなずいて、言った。

「じゃあ、鷹(よう)。 あなたは、鷹よ」

 



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第3話 キマイラ層

 

霊界とは、霊獣の住む、霊気の流れが多いところのことを指す。霊獣たちは霊界で生まれる。そして通常はそのまま何も干渉してこない。

それはちょうど、サバンナなどへ人間が入ってしまうと肉食の猛獣に襲われるのと同じで、霊獣たちに人間が干渉すれば霊獣は人間に牙をむく。

そんな霊獣たちの故郷である霊界は、階層構造になっていることが判明している。

いわゆる“天界”と“地獄”が存在しており、階層によって住んでいる霊獣が異なる。

例えば、龍。彼らは天界に住んでいる。一方で、鬼。彼らは地獄に住んでいる。

つまり、強いモノは霊界の最上層か最下層に寄っているということだ。

 

 

「―――っていうのは知ってるわね?」

「うん」

勇子が頷き、大輔もまた頷いた。鷹と勇子は契約を結んだ。

「で、ここはキマイラ層。 キマイラ層がどういうところかは知ってる?」

「よく知らないです。 電子機器が使えて、人間界と同じような地形をしている代わりに、場所によって季節が固定されてる、としか」

勇子が言うと、鷹は頷いた。

「大体あってるわよ。 じゃあ、もう一つ質問」

鷹は勇子と大輔のケータイを指して言った。

「それ、メールで人間界と連絡つくってのは知ってる?」

「!」

勇子と大輔は顔を見合わせた。勇子はメールを父のケータイに送る。

「…ホントだ、送信できたよ」

「内容は?」

「テスト」

「…馬鹿勇子」

大輔が息を吐いた。鷹は爆笑した。

 

キマイラ層というのは、タイプ合成獣(キマイラ)(以下キマイラ)の出身地という意味でつかわれている名称だが、呼び方が国によって違う。タイプキマイラに分類されているのは麒麟やキメラ、牛鬼などといったものである。

ただし、ずっとキマイラ層に住んでいるわけではないため、霊獣の種類を層だけで分類してしまうのは軽率だ。

あくまでも日本人は、霊獣たちの特徴から分類している。また、霊獣の中にはいくつもの特徴を持っているために複数の分類がかぶっているモノがいる。例えば、鳳凰。鳳凰はタイプキマイラであり、タイプ鳥(バード)となる。

タイプ鳥人はタイプキマイラとタイプ鳥の複合分類だ。

 

「日本は細かい」

「レアものまでひとくくりにしちゃったら大変じゃないですか(笑)」

 

 

 

 

 

ふっと、少年が目覚めた。

布団に寝ていた。見覚えのある部屋だったが、そこは本当にそこなのかとすぐに疑問を抱いた。体を起こすと、微かに違和感があった。

(…これは、結界? いったい誰が…?)

少年、名は千陣谷咲哉。“新家”千陣谷家の次期当主である。

髪は碧。瞳は紺色で、木気の影響を強く受けているのが窺える。

布団から抜け出して、いったん部屋を見回す。廃屋というまでは劣化していないが、それでも人が住んでいるという表現ができる状態ではない。しかし、何者かの生活しているらしい跡だけは見て取れた。

窓の障子はところどころ破れている。ふすまも表面の紙は破れ、中の骨が見えていた。だが、埃はあまりない。

咲哉は窓の外を見た。海だ。

「…まぶしっ…」

海面がやたら低く見えるのはなぜだろうか。そして、何よりも。

「…あっちぃ…!」

学ランが暑い。中学校の制服が暑い!

咲哉は学ランを脱いだ。

咲哉の記憶が正しければ、自分は転移霊災に巻き込まれたはずだ。体の端から透けて転移していくのを見ていたのだから間違いないだろう。

 

咲哉はいったん家から出た。

外の通りを見渡せば、そこは咲哉の実家のある海沿いの通りだった。わかってはいたのだが。

咲哉は堤防から身を乗り出して、下を覗き込んだ。

「…ああ、やっぱり」

咲哉は一人頷く。咲哉は堤防から戻り、家へ入って行った。咲哉が見ていたそこは、ブロックが海水にさえぎられて焼けていないラインが2本あった。今海があるのは、咲哉が知っている海のラインよりも、下だった。

家に戻った咲哉を待っていたのは、腕が5対はあろうかという青年と、下顎のない女だった。

「うわっ、…って、タイプ蟲人(インセクト)か」

「落ち着いてるな」

「蠱毒使いですから」

咲哉はそう言って、いったん2人に礼をした。

「俺は千陣谷咲哉。 ぶしつけで悪いけど、ここはどこ?」

「俺は船島、こっちはリン。 ここはキマイラ層だ」

的確に手短に答えた船島という男は、虫の特徴を備えた人型の霊獣ということになる。

「…キマイラ層?」

「一番人間界に近い霊界だ。 お前、1週間も目を覚まさなかったんだぞ」

咲哉が止まった。そんなにもう時間が経ってしまったというのか、と咲哉は思考する。

1週間もいたら霊獣化という現象を起こす可能性があるのである。

「…それ、俺霊獣化し始めてるんじゃ」

「いや、それはない」

「…なんで?」

「お前がこっちに来てすぐにな、誰かが結界を張った」

「!」

身に覚えがある咲哉は改めて違和感のある結界を意識する。

霊獣化とは、霊界の霊気の量に人間の肉体では耐え切れないため、人間の体が霊気の圧力に耐えきることができる肉体に“進化する”ことを言う。もしも霊獣化してしまえば、安定するまで人間界に帰ることはできなくなってしまう。

「結界張ってるやつに感謝してやることだな。 そいつはおそらくもう霊獣化し始めてるぞ」

「えっ、そんな…!」

咲哉は悲痛な声を出す。リンがふと声を上げた。

「ねえ、そいつら知り合いなんじゃない? 大規模だったし、数人来てるでしょ? 誰か連絡取れないの?」

「電波通じるんですか」

「電話使えるよ」

リンの言葉を信じて、咲哉はケータイを開いた。一番上に名前がある人物へ電話をかける。

 

『…よぉ』

「とうじぃぃぃ」

悲痛な声を上げる咲哉。咲哉の友達の名の一番上はカ行、影山冬士だったようである。

「今どこ」

『…聞いても絶対来るなよ』

冬士の声は微かだが、上ずっている。船島が微かに眉根をひそめた。

「分かった」

『…109の…ッ、4階だ』

「…冬士、なんか声がエロい」

『言うな今はマジで』

冬士は何かに耐えようとしているように咲哉には感じられた。

「…冬士、他に誰がいる?」

『…ッ、勇子と、大輔は…、わかってる…っぁ』

咲哉は不安になって船島とリンを振り返った。船島はしかめっ面になっていたが、リンは苦笑いで大丈夫と小さく言った。

『…咲哉、わりぃ…勇子たちと、合流してくれ…』

「?」

船島が途端に咲哉からケータイを取り上げた。咲哉は呆然として船島を見た。

「俺は船島、霊獣だ。 咲哉は俺たちが責任もってお仲間のところに送ってやる」

『…頼む…』

「…お前、まさかとは思うが、エルオデスに捕まったな?」

『…察しが早くて、助かるぜッ…』

「頭をやられるんじゃねえぞ。 タイミングみて転移しろ。 駅を出てすぐのところに太陽のマークがあったはずだ。 そこに入ってお仲間のところに向かえ」

『…ああ』

船島はそう言って電話を切った。

「…今の色々聞きたいことがあったんだけれど」

「なんだ」

「まずエルオデスって何」

「…タイプキラー、テンタクルだ」

「死ぬッ! 冬士が死んじゃうッ!!」

パニックを起こす咲哉をリンが押さえる。

「大丈夫よ~」

「なんで言い切れるんだよ!」

「だってあの子、たぶん結界張ってる子よ~?」

「…」

咲哉は動きを止めた。船島は小さく息を吐いた。

「あいつの足を引っ張りたくなかったら勇子とかいう奴のところへ向かうぞ。 結界が広範囲に及べば霊力は霧散、抵抗力が落ちちまって、エルオデスみたいな軟弱物の苗床にされちまう」

「苗床ってなんだよ」

「…人間にあいつらが卵産みつけるって話、聞いてないのか」

「…とうじぃいいいい!!」

「ダメだなこいつ…」

船島はため息を吐いたが、そのままリンが咲哉を抱えて外に出て行ったのを見て、あとを追った。

 

「…冬士は大丈夫だよな?」

「大丈夫だろうな。 エルオデスに捕まって結構経ってるはずだし、それであれだけ喋れるなら安心していい」

咲哉はしつこく船島の顔を覗き込んで尋ねてくる。そうとう心配していることの表れなのだが…船島からすればうざったい。

「絶対だよな」

「安心しろ。 問題なのはどっちかっていうと、おそらくその冬士ってやつと一緒にいたもう一人の方だ」

船島の言葉に、咲哉は首を傾げた。

「もう一人いたっけ?」

「ああ。 お前には聞こえてないみたいだが、隣でかなり嬌声を上げてたやつが一人いた」

咲哉はぐっと唇をかんだ。

「全然気づかなかった…これでも千陣谷家の次期当主なんですけれど」

「仕方ねえだろうよ。 109っつったら冬エリアで、あそこのエルオデスたちは群れてて強力だからな。 防音でもされたんだろ」

船島は淡々と事実を述べ、歩き続けた。

しばらく歩いたところで、太陽のマークが描かれた広場に出た。

「…こんなの人間界にはない」

「だろうな。 こっちの人間が季節感の移動の為にって作った代物だからな」

船島はそう言って、咲哉をそこに押し込んだ。

「?」

「太陽を見上げたら、意識が飛ぶ。 ここにいれば他の霊獣の干渉は受けない、ただし、次目覚めるのは明日の朝だ」

「そんなのがあんのかよ…」

「ああ、まあな。 勇子ってやつがいる場所はわかるか? わからねえなら電話しろ」

咲哉は勇子に電話をして、場所を聞いた。ケータイをしまって、太陽を見上げた。

「どこだって?」

「神成本家、東京」

「向こうで会おう」

船島はそう言った。咲哉は意識を失った。

 

 

 

 

青年は静かにそこに降り立った。

「…電波が飛んでたのはここか…」

彼の名は、多嶋蓮司。

十二神将『断空』の称号を持つ者―――。

 





多嶋さんは大体25歳ぐらいです。


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第4話 集合…してない

 

(ったく…何でこんなもん助けちまったんだ、俺はよぉ…)

冬士は自分の甘さにため息が出た。冬士の背には皮袋があった。皮袋が少し動いた。

「…どうした」

「…お腹…空きました…」

小さく言うソレに、冬士はふっと微笑みかけていた。

冬士からすれば、コレは子供と呼ぶべき存在である。冬士にはロクな記憶がない。だが、冬士にとっては、目の前で死なれるのは嫌だった。その結果、助けてしまったのだが。

ただ、冬士が抵抗したためにコレは冬士を怖い者というイメージが植えつけられてしまったようで、限界にならないと何も言ってこない、という状態になっていた。

「…やっぱやんのか」

「…やっぱり見捨ててください」

「それ以外に方法はねえのかっつってんだよ」

「…」

「…トエ、なんとか言え」

冬士はソレをトエと呼んだ。トエは、ぷるりと震え、縮こまった。冬士はあたりを見回して、入れそうな建物を探した。

霊獣の幼体というのはとても面倒な生き物である。霊獣の食事は霊気である。これは人間にも存在している。そのため、通常すぐに霊気を取り込むのが難しい幼体は人間にくっついてしまうことがある。冬士とトエは今まさにその状態だ。いやそもそも、母体からそう簡単に幼体が離れられるわけがない。

トエはエルオデスである。冬士が会ったタイプ竜人(ドラゴノイド)が情報をくれた。冬士もやられっぱなしは性に合わない。だから、動けるうちは徹底的に抵抗した。結果はトエの引っ込み思案な性格を見れば明らか。

冬士は近くの民家に入った。知人の家である。あんなに寒かったはずなのに、もう今は暖かい気候の場所にいるのだから、キマイラ層というのはつくづく面倒である。

(風邪ひくな、これ…)

霊界だから風邪をひくことはないのだが。

「…無茶しないでくださいよぉ、母様…」

「じゃあ俺を母様と呼ぶのはやめてくれ。 これでも男なんだ、いろいろ守りたいプライドがある」

 

 

 

 

咲哉が冬士と会えたのはもう夕方頃のことだった。

「冬士!」

「咲哉」

冬士ははっと咲哉の後ろの船島とリンに警戒を強めた。

「不安がるな、とは言わんが。 船島だ」

船島の声がケータイで聞いたものと同じであると判断した冬士は、小さく礼をした。

「私はリン。 女郎蜘蛛なの。 下顎がないからって布巻かれたわ」

リンもそう言って布をマスク代わりに巻かれたようになっている顔を指した。

「当たり前だろ! 言っとくけど下顎がないとかマジ笑えない!」

「えー」

リンはそう言いつつ、冬士をじっと見た。

「…?」

微かに眉根を寄せた冬士に、リンはふっと笑った。目が笑ったから分かりやすい。

「霊気の乱れはないわね。 背中のお荷物ちゃんとはうまくいってるのかしら?」

「…一方的に虐げてる気分だけどな」

「あら、それはうまく調教できたわね。 普通狂暴になるから一匹にするのは避けるんだけど」

リンと冬士の会話について行けず、咲哉は首を傾げた。

「どういう?」

「…冬士はどうやらエルオデスを連れて来ちまったようだな。 まあ、言うこと聞くなら問題ねえ」

「俺はよくない。 冬士はバリタチなんだぞ」

「咲哉やめろ俺の傷を抉ってくれるな」

冬士の静止に咲哉は半泣きだ。

「でも…でも! 冬士までッ…!」

「お前の傷の方が深いだろうが、自爆しててどうする」

なにやら触れない方がいいことに触れてしまったようである。船島は小さく息を吐いた。

「にしても~、ずいぶん可愛がられてるわね、この子」

リンが言う。リンの視線の先には皮袋。皮袋から少し顔をのぞかせたのは、人の姿をしたエルオデスだった。

「…名付けも終わってるな。 ママさんに可愛がってもらえてよかったな」

「…船島…水気が強いなぁ…? フナムシか? ならお前の装甲はそれなりに硬えはずだよなぁ…?」

船島は冬士の殺気にとっさに振り返って腕でガードした。しかし、衝撃は来ない。

「…?」

「…やめとくわ。 アンタここではかなり使えそうだし」

冬士はそう言ってすたすたと歩き出した。船島はポカンと立ち尽くす。咲哉が少しどついて、冬士の後を追っていった。リンが尋ねる。

「どうしたの?」

「…さっき、すげえ殺気を感じた気がするんだが」

「…あの子の霊気って木属性じゃないのかしら?」

「俺も木属性だと思うんだが…」

2人は顔を見合わせて、とりあえず冬士と咲哉の後を追っていった。

 

 

 

 

「…ここ春エリアだったんだ」

咲哉はつぶやく。冬士たちは勇子の家がある丘へ向かっていた。そこから見えたのだ。大きな川沿いの桜並木が。

「あんな川あったっけ?」

「ここ特有のモンだろうな。 六本木あたりまで冬エリアみてえだし」

冬士はそう言いつつ先を見つめる。咲哉は小さく息を吐いた。

「東の方全部冬エリアってどう思う? せっかく桜の名所いっぱいあるのに」

「コンクリが多いってことだろ。 早く帰らねえと桜終わっちまうぜ」

冬士もなんだかんだ言ってお祭りは好きだ。皆とバカ騒ぎするのが楽しい。

「…」

そんな2人を船島は静かに見守っていた。

 

しばらく歩いて行くと、大きな土壁に囲まれた屋敷が現れた。

「勇子」

「冬士! 咲哉!」

少女が門から出ており、冬士と咲哉を見つけるなり走り寄ってきた。

「どうしたんだ」

「冬士ごめんっ…! ちょっと目を離した隙に、大輔がいなくなっちゃって…!」

少女―――勇子はかなり気が動転していた。勇子の後ろから鷹が顔を出し、とりあえず屋敷に入ろうということになり、皆で中に入って、勇子が落ち着くのを待った。

 

 

「…冬士、これ以上私をパニクらせて何がしたいの」

「そりゃこっちの台詞だ、馬鹿。 こっちも相当精神やられてるってのに…今度は大輔かよ」

「あんたは全然見た目変わらないのよ。 自己申告だけが頼りなのよ…あんま溜め込みなさんな」

「今の今まで連絡が取れてなかった俺に言うのか、そんなことを」

冬士と勇子はお互いにかなり青ざめた状態で淡々と言葉を交わし続けている。

2人をパニックに陥らせているのは、それぞれが、勇子はトエの存在、冬士は大輔がいなくなってしまったこと、である。

「…トエってエルオデスだよね」

「…ああ…」

「…抵抗したんだよね」

「…してなかったらもっといただろうよ」

「しばらくネタにする気も起きないかもしれないなぁ…」

「嘘つくな…帰ったらソッコー復活するだろ…」

「…そこまでボクは薄情かね」

「…さあな。 大輔は? マジで急にいなくなったのか?」

冬士が話題を大輔に絞った。勇子は頷いた。

「ご飯作ろうとして目を離した瞬間にいなくなったね。 鷹ちゃんに見張り頼んどけばよかった…」

勇子の目から涙がボロボロとこぼれ始めた。

「勇子…」

「…もう、最悪だよ…! ただでさえアイツとは折り合いが悪いのに…! なんで冬士は一緒に来てくれなかったんだよぉっ…!」

勇子は冬士にのしかかった。冬士は勇子を受け止めた。

「まだ何とかなるはずだ。 少なくとも命にかかわるような何かにはなっちゃいねえ。 今から探せば何とかなるだろう」

勇子は声を上げずに冬士の胸に顔をうずめて泣いていた。冬士はそんな勇子をあやすように軽く背をポンポンと叩く。

「…冬士の索敵範囲は大輔に対しては無限だっけ?」

「ああ。 ただ、死にかけてるのかぴんぴんしてるのかぐらいはわかるが、細かくはわからない。 …もう離れて4年目だ。 あんまり期待するなよ」

「アイツの安否さえわかれば何とかなる。 …春にはいないのか?」

「…いないな」

船島とリンは顔を見合わせた。さっきまでパニックになっていただけの少年少女があっという間に環境に適応して適切な行動をとり始めた。

「…1日1回だろ、移動は。 どうする? 明日移動するか?」

「…そうだな…次行くなら…」

「待て」

船島の声に、勇子も顔を上げた。

「お前ら話早くて助かるが、あんまり急ぐと体が無茶するぞ。 特に冬士、お前は少なくとも勇子と咲哉に対して結界を張ってる。 お前が倒れちまったら2人は、一気に霊獣化が進んで、ますます帰還が遅れるぞ」

「…」

冬士は小さく考え込んだ。そこで、トエが小さく声を上げた。

「?」

冬士がトエに手を伸ばした。トエは恐る恐るその手を取り、冬士の腕の中に納まった。勇子がトエを撫でた。そして、勇子はすっと立ち上がった。勇子は近くに置いていた出刃包丁を手に握って、玄関の方へ向かって行った。

冬士はトエを抱え込み、片膝立ちになる。咲哉はホルダーから符を5枚取り出した。

 

 

「ノウボウ・アキャシャ・キャラバヤ・オン・アリキャ・マリボリ・ソワカ!」

「オン・アボキャ・ビジャシャ・ウン・ハッタ!」

真言を唱え、お互いに術をぶつけ合う形になったようである。先行は相手だったようだが―――。

「チッ。 ノウマク・サンマンダ・ボダナン・バク!」

冬士が指を軽く組み、直後、叫んだ。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」

咲哉はとっさにリンと船島を冬士の後ろに突き飛ばした。直後、部屋いっぱいに相手の霊気が充満した。そうとうな手練れだ、と船島はすぐに分かった。

冬士が叫んだ。

「多嶋さん! 何やってんスか!」

 

「ごめん、冬士君! 勇子様も、申し訳ありません…」

家に上がってきたのは、蓮司だった。

「…アンタに斬られたらマジでシャレになりません」

「ごめん…」

冬士はほうと一息ついて、茶を入れようと言って台所へ消えて行った。

「…冬士っていつもああなのか?」

「霊獣に間違われるのはよくあることだから…」

「は?」

蓮司の言葉に勇子はギッと蓮司を睨んだが、うなずいた。

「大輔を助けるためにも言っとかなくちゃいけないからね…」

冬士が茶を注いだ湯呑を持ってきた。勇子の目を見て、冬士はすぐに口を開いた。

「俺は鬼の生成りだ」

「―――」

その一言で船島とリンと鷹は動きを止めた。

「このテンタクルは?」

「…すいません、エルオデスって呼んでください。 わからなくなっちゃいます」

「わかった」

「その子は冬士の子ですね。 お土産です」

「危険なお土産だね」

蓮司はそう言って、茶を飲んだ。船島とリンと鷹はようやく動けるようになった。

「…鬼の生成りって…! それであの殺気か…? いや、でも弱すぎる…」

「あれは加減したぞ。 10メートル範囲が1メートルは沈むからな」

冬士の言葉を理解したのか、鷹は震えだした。

「そんな強力なの、獄卒にもそう居ない…!」

「…山神だからな」

冬士は淡々と語った。咲哉は言った。

「まあこれ言ったってことは、大輔にも関係してるってことなんだけどさ」

「…ああ、なるほど」

船島はすぐに理解を示した。鷹とリンは首を傾げている。

「だから、さっき“離れて4年”って言ってたろ。 あれ、たぶん大輔も鬼の生成りってことだ」

「え!? じゃあまさか、そんな1000年に一回あるか無いかの面倒な生成りになってるってこと!?」

リンの言葉に勇子は頷いた。

「はい。 大輔も鬼の生成りで、親は冬士の中にいる一番強い鬼です」

「…これ以上聞いたら頭が爆発するわ…」

鷹は頭を抱えた。あまり頭はよくないらしい。

「…だが、これで探す気は分かったかもしれないな」

「ああ…霊獣組には鬼の気を探ってもらいたい」

冬士はそう言った。すると、船島もふっと手を上げた。

「?」

「行く場所は指定する。 冬士、お前冬からまわり始めてんだよな?」

「ああ」

「なら、次は夏エリアに行こう。 お前のその霊獣化が早く終わるかもしれない」

「!」

これには蓮司と勇子も賛成し、冬士は頷いて、その日はそれからは雑談で終わった。

 



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第5話 夏の日

 

「ああ、俺ここから来たんだな」

咲哉は降り立った海沿いの街を見て言った。

「千葉県だよな、咲哉の実家って」

「おう。 …ってことは、群馬が秋とか?」

「残念、山梨だ。 群馬は雪山だ」

船島の解説を聞きながら、冬士、勇子、咲哉はあたりを見て回った。

「…いなさそうだな」

「マジか」

朝早くから意識が戻ったため、このまままた意識をなくすのもつまらない。そう思い、咲哉は提案した。

「あたりを回ってみようぜ。 他のメンバーの情報が手に入るかも。 まさか俺たち4人だけじゃねえだろ」

「あ、そう、それなんだけど。 合計で8人飛んでるから」

「!!」

蓮司の言葉に咲哉は少し考え込んだ。

「…あと4人…?」

「…そのうち1人は冬にいるぜ」

冬士の言葉に、船島はああ、とつぶやいた。

「お前と一緒にいたやつか?」

「ああ…聞こえてたのか」

「まあな」

船島はぐっと伸びをして、海の方へ走って行った。

「?」

「アイツフナムシだから水気があるところの方が動きやすいのよね。 水気の補充に行ったのよ」

リンが言った。

 

 

 

 

咲哉と冬士、リンと鷹と勇子が組んで行動することにして、咲哉と冬士は船島を追って海辺へ向かった。

船島はテトラポットに座っていた。

「船島」

「…お、お前らこっち来たのか」

「まあなー」

咲哉は笑った。冬士はすっと海の方を見て、目を細めた。

「どうした?」

「…赤い目の鮫がいた」

「タイプ魚(フィレ)だろ」

船島が言うと、冬士はそうか、と視線を船島と咲哉に戻した。

「…でも、冬士は海辺で大丈夫か?」

「…は?」

眉をひそめた冬士に、船島は怪訝な顔をした。

「お前、木属性だろ?」

「…船島、冬士は水属性だぞ」

「…ハァ!? じゃああの木気はなんだよ!?」

「「鬼だろ」」

「―――」

すっかり忘れてましたと言わんばかりの表情になった船島を見て、冬士はニヤッと笑った。

「先生の封印、さすがだな」

「つっても、冬士は隠形してたろ? そのせいじゃねえの?」

「俺が隠形すればあいつらの気も一緒に隠形するんだよ」

冬士はそう言いつつテトラポットに移った。咲哉も後を追ってテトラポットに飛び移る。

「嫌がってんじゃね?」

「拒否権なし。 こいつらが嫌がるだけで海水浴行けねえとか夏は死ぬぞ」

「ははは。 同感」

咲哉と冬士の会話を見ていて船島は一つ思ったことがある。

「お前ら、知り合ってどれくらいだ?」

「…3年になるかな? 中学から一緒だし」

「4年目だな。 勇子と大輔の方が知り合ってからは長い」

2人のそんな返答に船島はふむ、と考え込んだ。

「何?」

「…いや、生成りにしちゃ早い復帰だと思ってな」

「あー。 冬士2学期から学校来たんだよな。 転入生ってことで」

「…たった半年だ。 大輔は押さえ込んで意識をきちっともてるようになるまでに1年かかった」

冬士の言葉に、船島は考えるのをやめた。おそらくそこまで強くない鬼だ、という判断のもとである。

そんな3人をテトラポットの下の方で、3つの影が見ていた。

 

 

勇子とリンは、鷹が1人で空を飛んでくると言ったため影に入って休んでいた。誰もいないかのようなひっそりとした雰囲気が漂う風景。本当はもっと人通りがあるのだろうけれど、と勇子は思った。

「…やっぱり霊界は寂しい?」

「…そうですね。 街並みは同じだけど、廃墟みたいになってるし…何より、人がいない」

勇子は頷いた。リンはふうと息を吐いた。

「仕方ないよねぇ。 キマイラ層は皆来たいときに来るだけだし」

「来たいとき?」

「うん。 早く霊力の回復をしたいときとか、子供が生まれるときとか」

リンはそう言って、紅葉が広がっている山の方を見た。

「子供を産むときは秋に行くんだよ」

「…そういえば、霊獣ってどうやって増えるんですか?」

「うーん。 種類によってまちまちだけど、大体は卵だよ。 人間に押し付ければ簡単に孵るし」

「それ、人間の精気吸わせてませんか」

「吸ってる~」

あはは、と笑ったリンに、勇子は苦笑いを返した。

「エルオデスは大丈夫なはずよ? 冬士君お肌ぴちぴちだったじゃない」

「そこですか? まあ、冬士荒れてた時酷かったんで、慣れっこですけど」

リンの言葉に勇子は視線を山に向けた。

 



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第6話 秋の日

 

自分に絶対の自信があった。

第3級の免許を取ることができた自分に、自信があった。

慢心もあったと思う。

誰が傷つくかなんて、最初から考えてなんかなかったんだ―――。

 

 

 

 

「一日で秋に飛ぶってなんか不思議な感じがするね」

勇子の言葉に、冬士も咲哉もうなずいた。船島、リン、鷹は慣れているのか、そうかな?と聞き返してきた。

「どう、冬士?」

「…たぶん、ここだな。 船島、リン、鷹、頼むぜ」

それぞれが頷いて、蓮司を振り返った。

「蓮司殿。 そっちはどうなんだ?」

「ああ。 無事2人の保護は完了した」

蓮司はケータイを確認しつつ言った。

彼はともに捜索隊として送られてきたメンバーに被害者のうち2人を任せて勇子たちを探しに来ていたのである。そのため、昨日は夏エリアを1人で探し回っていた。

「今回のトリガーが誰なのか…勇子様たちに心当たりはありませんか?」

「トリガー…? 今回のは霊獣による転移霊災じゃなかったんですか?」

勇子の問いに蓮司は頷いた。

「5キロ範囲を転移させるなんて、それこそ悪魔ぐらいなものですよ。 東洋にそんな広範囲を転移させて8人しか巻き込まない霊獣なんていません」

「…じゃあ俺ら以外のメンバーは?」

「保護した2人は本条御園君と、三好正則君だ。 あとは、湯島令子さん」

「湯島だな」

「湯島さんだわ」

「絶対湯島だ」

「…な、なぜそこまで断言…」

冬士は呆れたように息を吐き、勇子は舌打ちした。咲哉もため息をついた。

「…何かあったんですか、勇子様?」

「…湯島さん、どうも私と大輔が同居してるのを知ったらしくて」

勇子は呆れた、と小さくつぶやいた。冬士が言った。

「同棲と勘違いした、と言った方がいいかもしれません。 …ほら、4年前のことは情報規制がされてるじゃないですか」

「…ああ…そうか、大輔君のご家族のことも伏せられてたってことか…」

蓮司は考え込んだ。

 

 

 

 

ふっと目を覚ました大輔はあたりを見回した。

 

ここはどこだ。

見覚えはない。だがこの霊気を自分は知っている。

知り合いのはずだ。

ああ、それ以上に、体の奥が疼く。何だ、何をされたというんだ。

 

大輔は呼吸を整えて、改めてあたりを見回した。

大輔はベッドに寝ていた。寝ている、というよりは、縛り付けられている、の方が正しいようなのだが。

この状態を大輔は知っている。

ああ、またこんな。やっと抜けられたのに。嫌なこと思い出させやがって。

心の中で悪態を吐いて、大輔は近くに人の気を探した。

すぐ近くで、人の気を感じた。

ドアが開き、少女が姿を現した。少女はロングの茶髪をストレートに下ろしている。目は青っぽい。木属性の影響だろうか。

「…湯島」

「…いきなりこんなことしてごめんね、大輔君。 でも大丈夫」

湯島令子。彼女は笑った。

「すぐ祓ってあげるから」

大輔の背を悪寒が走り抜けた。彼女は悪気はないだろう。しかし、この状況はまずいことこの上ない。

「ふざけないでくれ。 封印の意味を知らないわけじゃないだろう!?」

大輔は声を上げた。鬼気が混じらぬように、細心の注意を払いながら、怒鳴る。令子は小さく笑ったまま。

「大丈夫だよ。 もう私、第3級陰陽師なんだよ。 陰陽医にだってなれる」

「!」

大輔は唇をかんだ。

大輔は第1級陰陽師の陰陽医療しか受けたことがない。千夏の父親の治療しか、受けていないのだ。それが下のランクの医療を受けさせられる時の恐怖は半端じゃない。

「嫌だ…やめてくれ、もうあんな思いはしたくない!」

「大丈夫。 封印じゃない。 きっちり祓うから」

「お前の手に負えるものじゃない…! 生成りだってわかったなら普通に逃げろ! 死にたいのか!」

大輔が止めようとするが、その時、大輔はヒッと小さく息を止めた。

「…」

令子の目に、光はなかった。

 

 

 

 

 

「…」

冬士は小さく息を吐いた。現在冬士は巨体を誇る長い霊獣にすり寄られている。

俗に“龍”と呼ぶ霊獣である。そして、そんな冬士の腕にグリと押し付けられる卵。

「…これを孵せっていうのか?」

「グ~」

低く龍は唸って、目を細めた。そう言うことらしい。

皮袋は下に降ろす羽目になった。トエには夏で無茶をさせてしまったためなるべく傍にいたいのだが、まさかこんなすぐに卵を押し付けられる羽目になるなんて。

冬士はゆっくりと自分の体から離れていく龍を見つめる。

龍は美しい黒と青と白の三色の鱗を持っている。たてがみは白、角はうっすらと金色に光っており、爪は白銀。瞳はライトグリーンに光っていた。

龍とは美しいものだ。

「…冬様の色…」

トエが小さくつぶやいた。

「…そう、だったな…」

冬士はそう言って、トエを撫でた。スマートフォンを取り出して、勇子にメールを送る。

すると、ふっと意識が一瞬飛んだ。

「!?」

冬士は何とか卵を抱える。スマホは落とした。トエがソレを受け止めてくれ、倒れかかった冬士の体を支えた。

「冬様…?」

「…トエ…悪ぃ、すこ、し…頼む…」

 

瞼が重い。なんだこれ。

ヤバい気しかしない。

 

冬士はふっと、ああ、トエの時もこんなことあったな、と、遠く考えながら意識を手放した。

 



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第7話 鬼にて

 

霊獣化というのは、半霊獣化の先にあるものである。

半霊獣かというのは、霊獣化の途中の状態のことで、最も不安定な状態になっている。半霊獣化すると、人間としても霊獣としても不安定な存在になり、人間界において自分の確固たる霊気を自分に留めておくことができない存在になってしまう。

よって、半霊獣化を霊獣化という安定した状態―――つまり、自分の霊気を自分自身のもとに留めることができるようになった状態にしなければ、その人間は人間でも霊獣でもない、“何か”に成り果てる。“何か”には自我がない。通常は霊獣として分類されるが、名前もない、もとになった人間もわからない―――そんな悲しい存在になる。ただ陰陽師や祓魔官に殺されるのを待つことしかできなくなる。

それに一番近いのは生成りである。

いや、まだ生成りは“堕ち”れば自分に憑りついた霊獣としての人生を歩むことになる分タチがいいというのが実態だ―――。

 

 

「―――じ、…うじ…!」

遠く声が聞こえる。

「―――冬士っ!!」

「!」

冬士ははっと目を開けた。目の前には、勇子の半泣きの顔があった。

「…ゆう、こ…」

「…メール見て心配したんだよ…!」

冬士はああ、と思う。

『龍の卵押し付けられた。 すり寄ってきてるし、結界崩壊寸前なんですけど』

あれは心配するな、と思った。

「あれはお前らに張った結界のことで…」

「そうじゃないよっ…! 見つけたら冬士倒れてるしトエは戦ってるし冬士は霜降ってるし…!」

「霜?」

冬士はふと自分の体を見た。学ランに白く薄い霜が降っていた。

「…秋なのに冬眠でもしたのかと」

「トエの尻尾凍ってたし…」

冬士は慌ててトエを見た。トエは少し痛そうに尻尾らしきものをさすっていた。

「…大丈夫か?」

「…折れなければなんとか」

「勇子、しばらくトエ頼む」

「頼まれました」

勇子は頷いて、冬士の体を起こす。冬士は霜を掃って、ふと腹に重みを感じて腹を見た。

「…!?」

「クルゥ?」

そこには、もう卵から孵ったらしい小さな龍がいた。

「…季節移動は…うああぁぁぁ…! 今の霜のせいかッ…!」

冬士は頭を抱えた。霊獣の幼体ならみんなやることは大体決まっている。食事のことなど考えたくもない。

そこに蓮司が走ってきた。後ろに船島と咲哉を連れていた。

「冬士君、大丈夫かい!?」

「…はい、何とか」

「…」

船島は眉をひそめた。

「冬士、お前、龍に卵押し付けられたんだよな?」

「ああ…」

冬士は腹から退こうとしない龍を撫でて頷いた。

「…霊獣化が一気に進んだみたいだね、冬士君」

蓮司が言うと、冬士は手を握り、開きを繰り返した。

「…冬士、お前、本当に冬士か?」

船島の言葉に、勇子ははっとしたように冬士を見る。

「冬士、御影は?」

「…平常運転だ」

「…ってことは、大輔…」

「ああ…封印が解かれたな。 めんどくせえことしやがって…」

冬士は立ち上がった。小龍は冬士の肩によじ登った。

「冬士君、その子、名付けを終わらせておいた方がいいかもしれない」

「…」

蓮司の言葉に、冬士は小龍をあらためて見つめた。

鱗は白銀で、一枚一枚は見えない。目はうっすらと水色がかっており、瞳孔が蛍光ブルーに輝いている。爪も白銀、たてがみは萌葱色。

「…テンペスト(嵐)」

冬士が言うと、小龍は名だと受け取ったのか、キュウと小さく鳴いた。

蓮司は頷いて、ふとある方向を見た。

「?」

「…皆、鬼気に備えるんだ」

蓮司の言葉と同時に、冬士の髪が微かに青っぽく光り始めた。リンと鷹がそっと近づいてきて、船島の後ろに隠れる。そんなことをしても意味なんてないだろうに、と勇子は小さく言ったが、咲哉の袖を少し引っ張った。

 

ドンッ

 

そんな効果音だった。

通り過ぎたな、と感じた時、咲哉が膝から崩れる。冬士が支え、勇子は咲哉の額に手を当てる。

船島、リン、鷹はかろうじて立っている状態だった。

蓮司はすっと大きく一つ深呼吸をして、振り返った。

「今ので大輔君がどこにいるのか、大体わかった。 すぐ向かわないと、手遅れになる」

勇子と冬士は頷いた。咲哉は何とか立ち上がった。

「ちびるかと思った…」

「それだけ口きけたら十分よ。 符はある?」

「大丈夫だ」

「行こう。 冬士、ボクを抱えていける?」

「お安い御用だな」

冬士はそう言って勇子を姫抱きした。蓮司は咲哉の手を引いた。

「ついて来てくれ。 動けるか?」

「…鷹は飛べないな。 俺が抱えていく。 リンと先に行ってくれ」

「早く追いついてくれ、船島。 大輔君には、簡易封印式と封印符を使わなきゃならない」

「!! そんなに強力な鬼だったのか!?」

船島が驚いたように声を上げると、蓮司と冬士は頷いた。

「封印だって、第3級以上じゃなきゃ知らない物を使ってる」

「…湯島は第3級を持ってる。 あいつには解呪法が分かっちまったんだろうな…オイタが過ぎるぜ」

冬士と勇子の目は、笑ってはいなかった。

 



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第8話 封じるのは

 

湯島令子は自分の実力はしっかり理解している女だ。だからこそ説得できると思ったのに。説得が上手くいかなかったのは決して彼女だけのせいではないと思う。

実力を測り損ねたのか―――はたまた、俺の中のクソガキを測り損ねたか――。

 

 

 

令子が部屋に施した封印は、間違っていたわけではない。

間違ってはいなかった。

間違っていなかっただけなのだ。

完璧ではなかった。

それだけだ。

「そん、な…!」

 

こんなはずじゃなかったのに。

 

いまさら思ってももう遅い。

解放された鬼気が、令子の施した封印を今にも破ろうとしている。

令子は膝を着いてベッドに縛り付けていた封印式をいとも簡単に引き千切った大輔を見上げる。大輔の頭には双角が出ている。窓の外を見れば、すぐそこにまで迫っていた霊獣たちが動きを止めていた。

「…鬼気に中てられたか…」

大輔は小さくつぶやいて、ベッドに座りなおした。

はっきり言って意識はボロボロだ。立っているのがやっとだが、何よりいきなり見知らぬものに触れられたことに中の鬼が怯えているのがよくわかる。

(―――ようはクソガキってことか…)

大輔はふと近くの台の上に卵が置かれているのに気が付いた。

ああ、もうこの卵は孵らないかもしれないな。

少し申し訳なく思った。

鬼気に中てられてまともに立っていられるのは、それより強い鬼気を受けた経験がある者や、自分自身がそれより強い鬼気を放っている者だけである。

それは人間も霊獣も同じだが、霊獣の幼体や卵となってくると少し事情が変わってしまう。幼体や卵は耐性を作る前に、鬼独特の“搾取”の対象にされてしまう。結果、幼体や卵は鬼気に中てられただけで死んでしまうことも多い。

「…冬士…勇子…」

共に暮らしていた、家族の名を呼ぶ。早く見つけてくれ、という、少しの願いを込めて。

令子の施した符が黒く染まる。

符が燃え始め、封印は形をなさなくなっていった。

令子は泣き崩れた。

 

よく鬼気に中てられてすぐに回復できたと褒めてやるべきだろうな。

 

そんなことを思いながら、大輔はふっと意識を失いかける。

ここで意識を失えば、どうなるかわかったものではない。

目の前の令子の命の保証はできない。

気を失うわけにはいかないのだ。

 

「―――よく耐えたな、大輔」

 

聞き覚えのある声が届けば、大輔はふっと笑った。

「案外早かったな」

「チビちゃんは逃げようとしてたでしょ」

他人様の家の縁側から上がりこむという暴挙に出た冬士と勇子がそこにはいた。

横のガラスを叩き割って蓮司と咲哉も上がりこんだ。

「…やっぱり…この程度の封印じゃ大輔君の鬼は抑えられないよ」

蓮司が言うと、令子はびくっと肩を震わせて蓮司を見た。

「鬼…?」

「4年前の被害者さ。 さ、応急処置と行こうか」

蓮司はすっと青白い紙を2枚取り出した。

「白葉、黒葉!」

「「はーい!」」

紙がポンと音を立てて、烏天狗の姿をとった。

「白葉、黒葉、土行符の強化を頼む」

「はーい!」

「アイス食べたーい!」

「帰ったら買ってあげるから集中して」

冬士、勇子、咲哉も符を準備する。大輔は勇子の袖をそっと握った。

「…怖かったでしょ。 もう大丈夫だよ。 大輔が気を失っても、逃げたりしないでね?」

勇子は大輔の中のもう一つの存在に語りかける。大輔の赤みがかっている程度だったはずの目が、真っ赤に輝いた。

「…勝手に結界抜けやがって…お前が憑いていながらこの程度の黒魔術も破れねえとは。 鍛え直す、帰ったら覚悟しとけ」

冬士が低く言った。苦笑したのは大輔だろうか。

どんっと鈍い音がして、そこに船島と鷹が現れた。リンもトエを抱えて到着した。

「行鎖錬! 船島、水以外何が使える!?」

「金気が使える」

「金行符を強化してくれ。 トエは水行符だ」

「は、はい…!」

トエが冬士が張り終わった水行符の傍に向かう。

「鷹は火行符、リンは木行符ね! 冬士、咲哉、あんたらの霊気貸しな!」

「俺じゃねえだろ、それ。 …鬼使いの荒い小娘だ」

冬士は手の平に小さな石のようなものを作り出す。

「ほらよ」

「ありがと。 蓮司さん、土をメインにしてください。 湯島さん! ボーっとしてないで手伝いなさいよ! 多嶋さん抜いたら次の実力者アンタなのよ! いつもの威勢はどうした!」

勇子は令子に向かって叫んだ。令子ははっとしたように立ち上がる。

「御影…」

「…大丈夫、もう解けてる」

冬士は小さく言って、すっと息を吸い込んだ。

「簡易封印術式の開始を宣言する!」

 

 

 

 

 

通常冬士たちが使用しているのは、“属性符”と呼ばれるものである。属性符と“行符”は少し性質が異なる。属性符は攻撃に重点を置いたものであるため、封印への応用が利くが、威力は低くなってしまう。祓魔専用といったところである。

一方の行符。これは封印に重点を置いた代物で、攻撃への応用は利きにくい。その代わり、結界を張ったり隠形の範囲を広げたりするのにはもってこいだ。

 

冬士たちが行符と言霊によって作り出していく鎖は、大輔の腕をからめとり、動けなくしていく。令子が招いた事態とはいえ、さすがに、鎖でがんじがらめにされているのは、見ているとつらいものがある。

「…ごめんね、大輔君…!」

おそらくかつてこの苦しい状態を体験したであろう大輔のことを考えれば、令子にとっては何が助けるだ、何を豪語していたのか自分はと封印を解いた自分を叩き倒しに行きたい気持ちに駆られる。

鎖は蓮司をベースに、勇子、咲哉、令子、冬士が重ねて5人の霊気で練り上げられたもの。大輔はもう動かない。任せていいと判断し、意識を失ったらしい。

鬼も暴れるそぶりはなく、無事に封印を終える。

「…簡易封印術の完了を宣言する」

蓮司が言うと、ほっと勇子と咲哉が息を吐いた。

「…すぐ暴れるからこうなるんだぞ」

冬士はそう呟いて、封印符を大輔に貼る。

「…終わったね」

蓮司が言い、冬士は頷いた。

「…さて、いろいろ話を聞きたいけれど、移動が先だ。 ここはもうだめだ」

蓮司の言葉に令子ははっと外を見た。そこには、家の中を覗き込んでいる巨大な霊獣の群れがいた。

 



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第9話 冬の日

 

「…何でもう109前にいるんだろう?」

蓮司の言葉に、全員頷くしかなかった。勇子たちは今、109前にいる。

ブレザーを着ているのだが、寒い。

そして、大輔はもう意識を取り戻している状態だった。

「大輔君、もう大丈夫なのかい?」

「…覚えてないのか?」

蓮司の言葉に大輔は首を傾げた。

「…気が付いたらここだったって感じなんだけれど」

「…俺が目を覚ましたのは戦闘中だが」

「…何があったんだ…?」

皆で首を傾げる。船島がああ、と小さく言った。

「知ってるのか?」

「まあな」

 

 

令子の家を抜け出した勇子たちは、蓮司を先頭にして霊獣の群れと戦う羽目になったのだ。下手にその状態で日暮れを迎えれば、秋の狂暴化した霊獣に襲われない保証はどこにもない。全員全力で戦闘にかかっていたはずだ。

冬士は大輔を抱えて移動するため、攻撃にはまわっていなかった。それもあってなかなか霊獣を振りきれなかったのだが、結果的には囲まれ、どうしようもないという状態に陥った。

大輔はそこで意識を取り戻したらしい。

 

 

「お前らの記憶もそこまでだろ?」

「ああ」

「なら間違いない。 あの後デカい馬に乗った野郎が現れてな、あたりを閃光に包んで、俺たちはインセクト層に飛ばされたんだ」

船島は言った。

「インセクト層ってことは、タイプ蟲人(インセクト)の霊界、かな?」

「そうだな。 タイプ蟲人はかなり多い」

船島が頷いた。鷹が言った。

「あたしはバード層に飛ばされたよ」

「…そんなの、転移能力のある者としか思えない。 俺たちだけを飛ばしたんだろうか」

「ああ。 あいつは西洋の悪魔だろうな。 ここ50年ぐらいでかなり東洋に勢力拡大してきてる」

冬士は小さくつぶやいた。

「セーレ…」

「ん? なんか言ったか?」

「…いや、なんでもない。 そいつには礼を言わなきゃなんねえな」

109前に飛ばされたということは、おそらくその悪魔は勇子たちが次に向かいたいところを知っていたか、はたまた、ここにいる被害者を助けるように仕向けたいかのどちらかであろう。

「…今はあいつを助けることに集中するぞ」

「わかった」

冬士が言えば、皆は頷いた。

 

 

 

 

109に入る前に冬士と大輔の身に起こったこと。

それは、まず、冬士が千夏に無事を知らせるメールを送った結果、長い長いメールが返信されてきたこと。

そして、大輔が心配していたあの卵はトエが持ってきており、いつの間にか孵っていたことである。

その結果が、とんでもないことを引き起こすとは、この時大輔と冬士は知りもしなかった。

 

 

109の4階。

建物の構造だけは変わっていないが、内装はひどい荒れ方である。

「…テンタクルの巣窟だわ…」

令子のつぶやきに、冬士は言った。

「知ってるか? テンタクルって触手型霊獣の総称らしいぜ」

「…へ? そうなの?」

勇子が聞き返す。蓮司が答えた。

「ああ。 ここにいるタイプは日本固有種で、エルオデスって名前になってる。 アメリカザリガニかニホンザリガニかって感じだよ」

「何か違いがあるんですか?」

「エルオデスは群れるし、頭がいいからね。 それに、水気の塊であることが多いから、物理攻撃が効きにくい」

「蓮司さんの天敵じゃないですか」

「同僚にそういう趣味の子がいたから耐性はついてたよ…あれは地獄だ」

冬士が先頭を歩いて行く。鬼気を放っているわけではないのに、エルオデスたちは勝手に身を引いて行く。

「避けられてる…?」

「…冬士君、もしかしてここのブレーンに会ったのかい?」

「はい。 話は先につけてあります」

 

エルオデスはテンタクルと総称されるタイプの霊獣の中では最も厄介な種類である。組織的に動き、人の言葉を理解することもできる。トエを見ればわかることだが、人型をとる―――つまり、高等な変化術も持っている。下等生物扱いはしてほしくないものだ。勘違いして被害に遭う者が後を絶たないのだから。

 

少し奥の方に入ると、そこに少年が1人立っていた。

「影山!」

「山村」

「マジで迎えに来てくれたんだ」

「ちゃんと来るっつったはずだぞ」

冬士は少年―――山村圭吾の手を取った。

 

 

 

 

 

「…よかった」

金髪の青年は、馬の頭を撫でる。

青年は空を見上げる。

「…早く帰れるといいね」

 




文字数が少なくて予想以上に展開が速いです…。


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第10話 春の日

「早めに帰るから」

まるでちょっといってきます的なノリでこんなセリフを言っているのは勇子だ。

「…これ、絶対にはずすなよ」

冬士がすっとペンダントを勇子に渡す。

「あら。 何、私用に結界?」

「リフレクターもついてるからな。 もしものためだ」

「冬士オカン~」

「…」

茶化して笑っても、冬士から帰ってくるのは真面目な表情と真剣さと冷たさを孕んだ眼光だけ。茶化していられる話ではない。

勇子と大輔は、船島から、大輔が“龍鬼”という強力な霊獣になる可能性を示された。

 

 

 

「龍鬼は自然に発生するのがすごく難しい霊獣として有名だ」

船島は遠い目をして言った。

「人工的に作ってた家があったみたいだが、今はもう作ってないな。 自然発生は今までに1体しかいないが、人工発生は8体いる。 そのうち2体は自然発生型だったが、龍鬼になるには時間がかかる。 それを待ちきれなくて殺しちまったら、人工発生型の完成ってわけだ」

船島から提供されるのは断片的な情報だが、蓮司が理由を説明してくれた。

「一般に龍鬼の情報は公開されていない。 …太平洋戦争で兵器として使われたことがあってね、それ以来実験情報も龍鬼に関する資料も一切、土御門の許可から外れた独立したとある家がすべて管理している。 これ以上の情報は準1級か第1級にならないと閲覧禁止事項だ」

そうまでして隠し通さねばならないほど強力な代物に、大輔が成ってしまうかもしれないなどといきなり言われてもよくわからない。

「…でも、何で俺だけなんだ? 冬士も条件は同じだ」

「ああ…いや、冬士の方は鬼で終わりだろ。 龍鬼ってのは龍の気の方が強いやつしか知らねえ。 鬼の気がこんだけ占めてんのに冬士が龍鬼になるとは思えねえわ」

船島の見解はそうなのである。

勇子と大輔は、大輔に押し付けられていたらしい卵から孵った“小竜”と一度季節をすべて回って、護法式として使えるようにしてから帰還するということになったのだった。

 

 

 

 

 

記憶が断片的すぎて、何かに謀られている感じがする。

 

冬士はそんな小さな不安を胸に抱いたまま、人間界へと転移した。

 

人間程度の霊気量のものは、転移したとしてもそう大きな霊気の乱れが発生しない。そのため、通常転移霊災と呼ばれるのは大規模なものに限る。冬士たちは8人というそれなりに大人数で転移したため転移霊災という形になったようであるが。

 

 

冬士が目を開けるとそこは、よく知った場所―――祓魔庁陰陽局本部の裏の敷地だった。

「冬士っ!!」

大きな声で冬士の名を呼んだのは、黒髪の毛先が赤い少年―――千夏であった。

千夏は冬士に勢いよく飛びつき、冬士はそんな千夏を受け止めた。

「馬鹿馬鹿馬鹿ぁッ…!! どんだけ心配したと思ってんだよぉッ…!」

「…悪かったな、千夏」

冬士は千夏の頭を軽く撫でる。冬士の身長は180センチ弱あるため、千夏は173センチといっても小さく見える。傍から見れば兄弟に見えないこともない。しかし、2人の関係はもっと踏み込んだものである。

「千夏様、冬士君」

「康哉さん」

冬士は早足で近付いてきた男に礼をした。

男の名は、千陣谷康哉。咲哉の父であり、陰陽局局長という重大ポストに鎮座している人物である。

「咲哉たちはもう大丈夫なんですか?」

「ああ。 君と御影殿が張ってくれた結界のおかげで、咲哉、本条御園君及び三好正則君、湯島令子さんは霊獣化の影響は認められないとのことだ。 あとは冬士君だけだよ」

康哉の優しい声音と、差しのべられた手に、冬士は小さく苦笑いをこぼした。

 

 

「―――これは…鬼化が進んでいるな…」

その言葉を聞いた千夏は真っ青になった。冬士はやっぱりか、とその程度の反応しか示さなかったが。

「親父、大丈夫だよな…?」

千夏は診断を下した陰陽医に詰め寄った。

「…絶対とは言えないが、まだ大丈夫だ。 鬼に呑まれているわけでもないし、冬士の意識ははっきりしている」

黒く短い髪と黒い瞳を持つこの男は、土御門正純。千夏の父親である。

「ただ、少し封印を強化しないといけない」

「…そんなことしたら、冬士がまた動けなくなっちまうんじゃねえの?」

「ああ、だが…これは、ちょっとまずいことになった」

冬士が正純を見る。正純の腕は超のつく一流だ。冬士はもちろん、大輔も正純に絶対の信頼を置いている。

その正純がまずいというのだから、そうとうまずいという判断である。

「…親父、どうしたんだよ…」

「…冬士、千夏。 お前ら、これがばれたら今まで以上に狙われることになる」

「「!!」」

2人の目が見開かれた。

「…これ以上まずいことになるっていうのかよ…?」

「…冬士、お前は今まで以上に周りに敵が増えることになるかもしれない。 そのカバーの為に封印を強化したい。 そう御影に伝えてくれ」

「…はい」

正純は立ち上がる。近くを通ったオレンジ色の髪の男に声をかけた。

「蓮道、封印室の使用許可をくれ」

「…いいっスよ」

男は鍵を正純に放って寄越した。正純は千夏と冬士に頷いて、封印室へと向かった。

 

 

 

 

それは、春の日のことだった。




読んでいただきありがとうございます。
これにて第1章を完結とさせていただきます。伏線張りすぎてわかりにくいです、すいません…!


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第2章 クラスメイト
第1話 カミングアウト


第2章はじまります。


陰陽学園。それは、江戸幕府によって奨励された祓魔師育成機関の設立に合わせて、“旧家”土御門を筆頭に倉橋、若杉、加茂、安倍等の陰陽師家、また“新家”神成、真榊、佐竹等の新参陰陽師家が設立していった祓魔師の育成機関である。

特徴的なのは、編入制度で、家ごとに設備に差があるため、実力がある、さらに伸びると判断された者は、本人の意向に合わせてより上の設備を持つ学園への編入を希望できる。

最も上にあるのが土御門と倉橋であり、その下に加茂、安倍、若杉と土御門一派が続く。

陰陽学園といってはいるが、ようは祓魔師を育成するのである。表に陰陽学園と言っていても西洋型の祓魔師、すなわちエクソシストの育成機関を備えた学園も存在する。

 

 

 

 

 

「ホレお主ら、注目!」

眼鏡をかけたスーツを着崩した男が教壇に立った。生徒たちは男に視線を集中させる。

男はこの教室の担任である。

「皆待っとったかどうかは知らんが、とにかく本来は皆と一緒に入学するはずだった生徒たちだ」

男は横に並んでいる少年少女に視線を向けた。少女は頷いた。

「神成勇子です。 よろしくお願いします!」

礼をして顔を上げる。

勇子たちは、つい昨日帰って来たばかりだ。それなりにあせって帰って来たのだが、それでも3日は最低でも必要なことであったため、冬士たちよりも4日遅れで人間界へと帰ってきた結果、冬士たちと日を合わせて、倉橋陰陽学園へと入学することになったのだった。

「…っと、山村圭吾です。 タイプキラーの中毒症状が起きるかもしれないので、その時は、助けてください」

そう言う圭吾の傍にはトエがひかえている。

「雅夏大輔、生成りだ」

「影山冬士。 同じく生成りだ。 よろしく」

大輔と冬士が礼をすると、1人の生徒が立ち上がろうとして、別の生徒にさえぎられた。

クラス内はざわついた。

「ホレ、何か質問とか無いかの?」

男の問いに、1人の女子生徒が手を上げる。

「ん、片葉怜奈」

男が指名すると、怜奈は立ち上がった。

「はい。 闇先生、私は雅夏君と影山君は生成り分校へ行くべきだと思います」

先ほどさえぎられた生徒が手を上げるが、再び同じ生徒にさえぎられた。その代わり、その生徒が手を上げる。

「土御門千夏」

「はい」

それは、千夏だった。

「分校があってもなくても、倉橋陰陽学園は生成り共学制です。 冬士と大輔が来るのは問題ないんですよ」

千夏は冬士と勇子、大輔を見る。勇子は頷いて、手を上げた。

「神成勇子」

「はい。 実際、冬士は本校へ、大輔は分校への入学を希望していましたが、学園長と面会した時、大輔も本校を受けるようにと学園長が仰いました。 …それに、分校、今年中に閉校するそうですね」

勇子が一気に言うと、怜奈は目を見開いた。

「そんなこと―――」

「生成りは分校に行く。 絶対に。 ―――それは俺たちからはチョット面白くねえ“呪”だな」

冬士の言葉に怜奈は冬士を見た。

「…でもいいさ。 関わりたくねえなら関わろうとしなければいい。 気にはしねえよ、俺だって生成りなんてならなきゃアンタらと同じ―――いやむしろ、この業界に関心すら持たなかった部類の人間だった」

冬士の言葉に、1人の少年が眉をひそめた。怜奈は少し俯いた。

「…ごめんなさい。 さすがに言い過ぎたわ」

「…こっちこそ、いきなり驚かせて悪かったな」

冬士が口をつぐむと、闇は勇子たちの席を割り振り、連絡事項を伝えた。

 




わかりにくかったらすいません。先生の名前は”闇”です。


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第2話 噂

 

生成りというのは、嫌われてしまうものである。一つは、“憑き物”であるためだ。何が憑いていようが関係はない。とにかく忌み嫌われるものだ。

しかし中でもつらいのはやはり鬼である。故に、冬士と大輔は鬼であることは告げなかった。鬼なんてものは通常の状態では人間界に出現することはほぼないと言っていい存在である。そんなものの生成り―――般若といえばわかりやすいが、それが傍にいると知れば、普通の人間ならば嫌悪することだろう。

生成りというのは、霊災の後遺症という形になる。問題があるのはこの後であり、日本に限らずアジア圏に流れる霊脈と呼ばれる霊気の流れは強力だが、普段は安定している。これが人為的にぶらされたりすると、“堕ちる”現象が起きる。生成りがおそれられるのはこのためだ。

生まれつきも、途中で成ったものも関係ない。一般人からは皆、恐れ忌み嫌われる。

 

 

 

 

 

「馬鹿じゃないのか、2人とも!!」

昼休みになり、今までのイライラが最高潮に達した春樹が怒鳴り散らし始めた。

「まあまあ」

勇子がいさめる。

春樹が怒る理由は分かりきっている。冬士と大輔が生成りであることを明かしたのが問題なのだ。

「ただでさえ生成りへの風当たりは強いんだぞ!? まして冬士は体質のこともあるんだ、何回襲われたか…忘れたわけじゃないだろう?」

「春樹! それは冬士の前ではタブーだっつってるだろ!!」

いつもは声を荒上げることがないとクラスから認知されている千夏までもが怒鳴る。しかしクラスに残っている者はいない。生成りと同じところにいたいというものは少ないだろう。だからこそ、千夏や春樹がどれほど冬士や大輔を大事にしているのかが皆に伝わることはない。

「千夏、構うな。 …封印はしっかり働いてるが、最悪の場合ってのもあるからな。 クラスには言っとくべきかもしれねえな」

「…でも、そんな、1人じゃないときに襲ってくるなんてことあるだろうか。 冬士が生成りであることを知っていれば、捕えるのが簡単じゃないのは分かりきってるのに」

冬士は小さく息を吐いた。

「むしろクラスっていう人質に使える雑魚がいっぱいいるって話になるだろうな。 俺としちゃ、本題を隠せりゃそれでいいんだが」

冬士が大輔を見る。大輔は小さくうなずいた。

「…何だよ、その本題って?」

「…防音結界張ろうか」

勇子が言うと、千夏が頷いた。勇子が結界を張ると、千夏が言った。

「実は、大輔が龍鬼になる可能性が出てきた」

「なぁッ!? り、龍鬼…!?」

「ほう、それは珍しいもんになりそうじゃな」

「!!??」

近くで聞こえた声に勇子まで飛び上がった。冬士は気付いていたらしく、すでに体の正面を声の主に向けていた。

「闇先生、びっくりしちゃうじゃないですか!!」

「…あーあーあー! 俺のバカ、部外者に情報渡った、死ぬ、お袋に殺されるー!!」

頭を抱える千夏だが、冬士と大輔は目を細めて小さく言った。

「「泰山府君…?」」

「!」

勇子が目を見開いた。

「はっはっは。 ちぃーと違うぞ」

闇は笑って言った。

「ワシの名は閻魔闇。 泰山府君はワシの秘書」

「防音張ってるからって言っていい冗談と悪い冗談があると思います」

「春樹、たぶんマジだよ。 “カノン”が反応してる」

勇子は冬士を見て言った。春樹は冬士を見て、改めて闇を見た。

「…本当に先生が閻魔様であるとして、何でそれを言ったんですか? 信用させるためですか?」

「ぶしつけじゃのう。 だが、一理ある」

闇はからりと笑って見せた。千夏は闇を見て、言った。

「…そういうことか」

「千夏、わかったのか?」

春樹が眉根をひそめて千夏に問う。千夏は頷いた。

「龍鬼はタイプ竜(ドラゴン)、合成獣(キマイラ)、鬼(オーガ)の複合分類種霊獣だ。 …地獄の獄卒は?」

「! タイプ鬼…! で、でもそれじゃあ、閻魔様は龍鬼を連れて行こうとしてるっていうのか!?」

春樹が真っ青になる。闇は首を横に振った。

「連れて行くのではない。 見守らせてもらう」

「…見守る…?」

大輔が眉根をひそめた。

「龍鬼が自然発生型で成体になるのは非常に稀じゃ。 せっかくの自然発生型、奴らの二の舞は踏ませんよ」

冬士の脳裏に船島の言っていた“とある家”の影がちらついた。

「…闇先生」

「なんじゃ、影山?」

「俺の体質のことを、皆に言っとかないといけないと思うので、時間をいただけますか」

「…構わんよ」

闇はにっと笑った。

 

 

 

 

 

「…あいつら馬鹿か」

咲哉が低くつぶやくと、背の高い、190センチ後半はあろうかという少年が声をかけてきた。

「咲哉、どうした」

「…迅。 …ほら、生成りのダチがいるって話したじゃん。 あいつら、生成りだってこと暴露したっぽいんだわ」

「…そりゃ普通に考えりゃアホだ。 …でも土御門がソレを許したんだろう?」

「そう! そこがなんか変なんだよ!」

咲哉と話しているのは、咲哉の千陣谷家の分家筋である千駄ヶ谷家の長男、千駄ヶ谷迅である。髪は銀髪で、金髪のメッシュが入っている。はっきり言って、咲哉よりも陰陽術のセンスがある。咲哉に弟がおらず、彼が従兄弟でなかったら確実に迅は咲哉の兄弟として養子に迎えられる立場にある人物である。

土御門千夏と千駄ヶ谷迅、この2人を『神童』と呼ぶ。

「…何か隠したい他のことがあるとか」

「…周りが嫌がるようなことか?」

「それなら生成り以上のことはねえだろ。 もっとほかのこと。 千夏にいなら何か知ってるだろう」

迅が“にい”“ねえ”と呼ぶのは相手を尊敬しているからである。同年代に対しても適応するのは千夏を呼ぶ迅を見ていればわかる。

「…何だろうなぁ…」

「…まあ、神成が知ってて千陣谷が知らないなんてことはあんまねえだろ。 千陣谷だって土御門一派なんだから」

迅はそう言って袋を開け、パンにかぶりついた。

咲哉も袋を破り捨て、パンにかぶりついた。あんまり深く考えたって仕方ないのだ。咲哉はあまり深く考えることをやめることにした。勇子といい千夏といい迅といい冬士といい大輔といい、咲哉のおおよそあずかり知らぬところでとても大きな規模のものを背負っている気がしてならない。

もう会って4年目だというのに、まだあまり冬士と大輔のことを知らない自分にも腹がたつが、教えてくれない冬士たちに少し苛立っているのも事実だった。

知りたければ言及すればいい。冬士はうまくはぐらかすかもしれない。だが大輔はそこまで口達者ではない。何か聞き出せるかもしれない。

「行動しなければ始まらない。 ってな?」

迅が咲哉の心を読んだように言った。

「お前には絶対覚(さとり)が憑いてる」

「そんな化け物は憑いてない。 咲哉は表情にすぐ出る」

「迅が表情筋薄いんだよ! 鉄仮面!」

そんな2人の漫才を見て茶化しはじめるクラスメイト達。

2人はBクラスにいる。

 

それぞれのクラスで、それぞれの日々が回り始めた。

 




千陣谷家・・・土御門一派。蠱毒を中心に扱う家。土御門家からある程度の独立を果たしている。

千駄ヶ谷家・・・千陣谷家の分家筋で、宗家に同じく蠱毒を使用する。


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第3話 逃走

 

食堂からクラスにたくさんの生徒が戻ってきた。5時限目が始まる10分前だ。

生徒たちが教室に入ると、そこには何やら慌てた様子の勇子と千夏と春樹がいた。

「土御門君、生成りコンビはどこ行った」

1人が春樹に問うと、春樹は皆の方を振り返って叫んだ。

「それが、わからないんだ…! 急に足元が光って、目を閉じたらもう…!」

千夏と勇子は袖をたくし上げて腕に刻まれた刻印をあらわにした。

「?」

「2人とも、それは!」

「春樹、ちょっと黙ってて。 たぶん狙いは冬士だ。 まあ、冬士はいいとしても、大輔に手を出されるのは避けたい」

「ふざけんなよ勇子、冬士が優先だろ。 大輔は闇先生に任せとこうぜ」

「冬士こそ龍使いの爺様の鬼がついてるじゃないの」

勇子と千夏の腕にそれぞれ、青い刻印がある。それはとても単純なもの。

勇子の腕には“九字(ドーマン)”。千夏の腕には“五芒星(セーマン)”があった。

「…それ、もしかして…あいつら、お前らの式神だったのかよ!?」

「まあ、な」

「先に言えよ! 暴走すると怖いとか思ってただけだったのに!! 暴走する心配なかったのかよ!」

 

九字と五芒星。現代陰陽術でも代表格の2つのシンボルだが、体にこれを刻印している者は、現在は『生成り用封術式』と呼ばれる特殊な封印術で生成りの霊獣を封印している重石の役割を担っていると言っていい。

 

クラスメイト達は刻印の意味を理解して叫んだ。勇子は苦笑した。

「冬士と一緒に飛ばされてるなら冬士が全部ひきつけようとするはずだから、千夏は冬士を探すことに集中して」

「ん」

千夏は頷いた。春樹は勇子を見つめる。

「さっきの光はなんだったんだ?」

「あれは西洋魔術が絡んでるわよ。 冬士の中身は山神だから、西洋魔術でやるなら大地の精霊―――ただし四大精霊ノームクラスのを呼ぶ召喚術じゃないと転移させられたりはしないと思う。 禁呪指定入ってないから狙われたわ」

「西洋魔術じゃ跡を辿れないじゃないか!」

「私たちじゃあ、ね。 ちょっと待ってな」

勇子はそう言って闇を呼びに準備室へ向かった。さすがに皆がざわついているのを聞いていたのか、闇はすぐに出てきた。

「どうした」

「護法式の召喚許可をください」

「…生成りがおらんな。 さっきのは西洋の召喚か」

「はい」

「よし。 許可する」

闇が言うと、勇子はすっと符を1枚取り出す。それは、赤いインクで書かれた符。

「それ…」

「うん。 ―――鷹!」

勇子は符を投げる。するとそこに、小さな炎が集まり、人の姿をとった。

「…1週間ぶりね、勇子」

「久しぶり、鷹。 さっそくで悪いけど、冬士と大輔を探してちょうだい。 西洋魔術の召喚術を使われたわ」

「…まったく、最近の陰陽師ってヤワね。 努力しなさいな」

「呪詛返しもまともに習ってないっての」

勇子が言うと、まあいいわ、と鷹はすっと姿を消した。

「闇先生、私たちも外に出ます。 千夏、いくよ」

「ああ!」

千夏と勇子が教室から出ていくのを見送った時、チャイムが鳴った。

 

 

 

 

 

「…冬士、大丈夫か」

「そりゃこっちの台詞だな。 生憎と体力には自信がある」

大輔と冬士は走っていた。渋谷であるのは確かなのだが、だいぶ裏の方である。

ホテル街といえばいいだろうか。

「…人気がない…」

「ハメられたな、こりゃ」

大輔はあまり東京の地理に詳しくはない。冬士だけが頼りだが、さすがにこんなところまで冬士が知っているとは思いたくない―――

「大通りの方にいったん戻るぞ」

―――知っているらしい。

「…遊び人…」

「今さらだろうが」

冬士と大輔はそのまま走り続ける。後を追ってくるのは人間だが、そろそろ向こうも体力切れのはずだ。こちらはまだ余裕がある。

冬士がそう思った時だった。

「!」

「チッ」

正面からも人間が5人ほど。後ろは6人ほどいる。横道がない。逃げるのは無理だ。

「…大輔、お前だけ逃げろ」

「…ふざけてんのか」

「…気付いてるだろ。 あいつらの狙いは俺だ。 それに今のお前の脚力なら、ビル街の移動は楽だろ?」

冬士はニヤッと笑って見せるが、どこか青ざめている。この状況はやはり冬士にとってもまずい物であるらしい。

「…」

ジリジリと迫ってくる人間。迷っている暇はない。迷うほど冬士の逃げる時間が無くなる。

「捕まったら…そうだな、一度抱かせてもらおうか」

「願い下げだボケ。 捕まらねえように全力を尽くすさ」

お前の冗談きついんだよ、と冬士は苦笑した。大輔はふっと笑って、ぐっと脚に力を込める。そして。

 

消えた。

 

「…さて…どう逃げるかねぇ…」

冬士はそう言いつつ、誰も大輔を追っていないのを確認して、ホルダーから符を取り出した。相手もまた符を取り出し、投じたのは相手が先だった。

「急急如律令!」

すべて木符。木符は相手を縛るのにはもってこいだ。冬士はそれに得意属性をぶつける。

「金剋木! 急急如律令!」

符を投じ、すぐ後を追うように走る。相手の木符が冬士の金符で切り裂かれて消える。ついでに相手も2人ほど蹴飛ばして突っ切る。

 

 

 

 

 

後方にいた6人は完全に振り切った。問題は3人である。まだ追いかけてくる。

そろそろ冬士も体に疲労がたまってきている。

「…」

肩で息をしている冬士を見てか、相手ももうすぐだと思ったらしい。だいぶ大通りに戻ってきているのだが、時間をかけ過ぎた。相手が路地から大通りに戻る道に先回りしていたのだ。

冬士にはまだ大輔のような脚力はない。ビル街をビルを蹴りながら進むなどというゲーム染みたことはできない。

「大丈夫だから。 ね?」

「散々符を投げつけてきた奴らなんぞ信用できるか」

冬士は噛みつくように吠えた。

その時だった。

「!!」

冬士はがくりと膝を着いた。

「…こんなガキ相手に…隠形まで使うのかよ…」

苦しげに息を吐く。冬士の靴がどんどん赤く濡れていく。

路地で光があまりなかったのと、相手のレベルが多少高かったのが運のつき、だった。

冬士はもう走れない。

人間たちは迫ってくる。

嫌な思い出と重なって見える。

 

あの時もこんなんだったな。

 

冬士は唇をかみしめた。ギリ、と血が流れる。

人間の手が冬士に触れた。

その時だった。

 

『触るな…!』

 

ああ、やばいのが出てきたな―――冬士はそう思いながらも、もう、そのまま。

感情の向くままに。

 

「あ?」

冬士に手を触れた人間の手を簡単にひねった。

「…っぎゃあああああ!!」

男の悲鳴が響く。

冬士は笑っていた。

「…嫌がるやつに触れたお前らが悪いんだぜェ…?」

―――それまさしく、鬼。

 

 

 

 

 

人間たちの悲鳴を聞きつけた警察が駆け付けたのと、大輔と合流し、鷹が冬士を見つけたと報告した勇子と千夏が現場に駆け付けたのはほぼ同刻だった。

現場の状況は凄惨なもので、人間たちは一人残らず失神。冬士は怪我をした跡があり、勇子と千夏がすぐに陰陽医に見せると無理やり言って警察の目の前をお暇することとなった。

 



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第4話 冬士

 

冬士が帰って来たらしいという話は瞬く間に1年棟に広がった。

「警察の世話になりかけたんだって?」

「逆にそれすごくない? 影山が霊獣を抑え込んだってことじゃんか」

「そうだよな。 そうとう精神力あるぜ」

口々に彼らが言えるのはひとえに、彼らの陰陽術や魔術に対する知識が一般人のそれよりも多いためである。

その話はBクラスにも流れてきていた。

 

「…冬士、無事みたいだな…」

ほっと息を吐いた咲哉に、迅が尋ねた。

「今保健室に?」

「ああ。 勇子たちが連れてったはずだ」

「なんでだ? 普通に病院に行った方が…」

「…」

咲哉は黙った。

「…土御門分家の先生が東京に出てきてるらしいんだよ」

「…それで、か」

本当はそれだけではない。

「ごめん、咲哉いる?」

勇子の声がして、咲哉はドアの方を見た。

「なに、勇子?」

「ちょっと冬士ヤバそうなんだ。 誰か土気と金気の強い奴いない?」

「土気なんかそうそういねえっての…」

咲哉は少し考え込んだ。Bクラスは担任が生成り嫌いであることで知られるクラス。生成りの傍に行きたがるものはあまりいないはずである。

「…このクラスに何で来たんだよ。 C行けよ」

「バカ言うな、暴れたのは冬士の方なんだよ。 土気って言ってる時点で気付きなよ」

「あーもう! これだから神童と一緒に暮らすやつは!! 俺はどうせ凡人だよ!」

咲哉はベー、と舌を出した。勇子は呆れたように肩をすくめて見せる。すると、そこに迅が近づいてきた。

「それ、俺でいいか」

「? あんた千陣谷一派の神童ね?」

「ああ、そう呼ばれてるな。 千駄ヶ谷迅だ。 よろしく、神成の姫君」

「神成勇子よ。 よろしくね、迅。 ついて来て」

勇子はそう言って、走り出した。迅はそのあとを追っていく。Bクラス内は騒然となった。

「千駄ヶ谷のやつ、大丈夫か?」

「神童だぞ、大丈夫だろ」

「でもその生成り、すげえ大暴れしてたらしいぞ?」

咲哉は心配になった。なので、ついて行くことにした。

 

 

 

 

 

保健室には千夏と大輔がすでにいた。迅は冬士と初めて顔を合わせた。

「…そいつは…千駄ヶ谷迅、だっけか…?」

苦しげな息遣いではあるが、冬士ははっきりと意識を持っていた。迅は頷いた。

「よく知ってるな」

「…知ってて、損はねえからな…」

保険医は静かに出て行った。咲哉が入れ違いで入ってくる。

「咲哉、来たの?」

「おう。 それに冬士が暴れたってんなら木属性はいた方がいいだろ」

「…まあね」

勇子は冬士の方に向き直り、大輔に声をかける。

「大輔、教室から冬士のスマホとってきて」

「ん」

大輔は保健室を出ていく。

「…冬士、ちょっと頼りないかもだけど」

「…いや、十分だ…だいぶ、楽に、なってきてる…」

冬士はふうと大きく息を吐いた。

冬士の手を千夏が握る。

「…医療陰陽術は迅の十八番だからな。 安心しとけ」

「…ハッ…どうせ、暴れたってお前が止めてくれんだろ…?」

迅は目を見開いた。冬士の声はすっかり千夏を信頼しきっているのがありありとうかがえる声音だったからだ。通常ここまで生成りの心を開くのは難しい。むしろ、できないと断言した方がいいくらいである。

「…さすがだよ、千夏にい」

「迅は褒め過ぎだ。 俺は単に冬士のことを大事な悪友だと思ってんのさ」

「「絶対それ以上ある」」

冬士と勇子がハモった。

「勇子まで!? あれ? 俺そんなに」

「冬士にゾッコンのくせに」

勇子はにやりと笑った。冬士と顔を見合わせて、こんどはくすくすと笑った。

「咲哉はこれ知った時顔真っ赤にしてたね」

「う、うるせえ! 当たり前だろ、そっちには俺耐性ないんだよ!!」

「…ははん…冬士、か? アンタ両刀だな」

「正解」

「こんなところでカミングアウトされても」

「咲哉黙っとれ次につながるんだから」

勇子はぴしゃりと言い放った。その時、保険医が戻ってくる。

「はい、これでいいかな?」

「はい。 ありがとうございます」

保険医が持ってきたのは治癒符の束である。

「こんなにいるの?」

「はい。 これでも足りないくらいですけど、そこはもう冬士を守れなかった倉橋に請求しますからいいですよ」

金にがめつくなるのは家の経営のためである、そう思いたい勇子だった。

「…これで足りない? っていうと、レベル9は下らないぞ?」

迅が尋ねると、千夏が頷いた。

「冬士に入ってるのはタイプ鬼(オーガ)。 今回暴れたやつは霊獣としては中途半端だからレベルは分かんないけど、面倒なのは冬士を生成りにした鬼と別に2体、冬士には鬼が入ってる」

「なんじゃそりゃ? そんなレアものなのかよ」

迅はまじまじと冬士を見た。

「…そういや左右で目の色が違うな。 ベースがこの緑っぽい色だとすると中身は木気と金気か?」

「正解。 緑だけど冬士のベースは水気だ」

「相生が3つ続きか。 敵に回したくねえな」

迅はそう言いつつすっと手を冬士の額にかざす。

「…暴れたのは水気っぽいが…」

「…ああ…ちょいと抑え込み過ぎちまったらしい」

冬士はそう答えた。

迅の手の平からふわっと光が放たれる。冬士はすっと目を細め、そのまま目を閉じた。

 

 

 

 

 

大輔は春樹に捕まっていた。

「大輔、スマホを届けるのは後だ。 状況を僕に教えてほしい」

「…」

春樹の目は怒りに燃えていた。この目はどうしようもないと大輔は知っている。

「…なぜみんなの目の前で言う必要がある?」

「僕の考えをみんなに説明するためだ。 …今まで以上に冬士は狙われることになるだろうし、大輔だって奴らのターゲットになるに決まってる。 逃げる時に脚力を使ったんだろう?」

そこまで知られていては仕方がない。と思って、大輔は頷いた。

「…大輔、今のカマ掛けただけなんだぞ。 もっと乙種言霊への耐性を持ってくれ! 頼むから!」

「…乙種言霊は防ぐのが難しい」

「いや、甲種言霊を防げる時点で絶対防げるから!」

そこで春樹はコホン、と咳を一つ。

「…それで、相手の数は? もしくは、相手がどの組織かわかれば…」

「…俺と冬士が分かれた時点で11人いた。 男も女もいたな。 ―――ありゃあダークバーレルだぞ、春姉」

「!」

春樹は目を見開いた。二つの意味で、だ。

「…“ダイキ”、それ本当か?」

「ああ。 見間違えようがねえな。 あいつらの使う符は相変わらず気色悪い色が視える」

クラスメイト達は少し様子の変わった大輔に視線を集めていた。

「…紹介しておくよ、みんな。 彼はダイキ。 大輔の中にいる霊獣―――鬼だ」

「!!」

皆一瞬体を強張らせたが、すぐに尋ねてくる。

「…まさか影山も?」

「ああ。 …皆はダークバーレルについては知ってるかな?」

数人が頷く。

「確か…生成り信奉者の集団だよね。 霊獣信仰って言った方がいいのかな?」

「でもあいつら土御門が作ったルールに引っかかってなかったっけ?」

「それで数減ってたはずじゃぁ…」

「また数は増えてきてるぞ」

大輔が言った。今度はダイキではないとみんなにもわかる。

「どういうこと?」

 

「…生成りを殺せば霊獣の出来上がりだ」

 

「!!」

一瞬パニックになったものもいた。

意味を理解できればなんてことはない。

ただ、それを言ったのが生成りであることに意味がある。

「…じゃあ、影山は…?」

「…冬士はもう何度も狙われてきた。 今回は多分、怪我をしたんだろうね。 冬士の靴が血で濡れてたから、足を金符で切られでもして…」

「今回暴れたのは冬士本体の鬼だ」

「ちょ、ちょっと待て! 頭がさすがに混乱してきた!!」

1人が止めた。大輔は頷いた。

「…結果的に言うと、恐怖のあまり冬士は火事場の馬鹿力を発揮した、ってところだよ」

春樹が言った。

「…」

怜奈が俯いた。

「…生成りは生成りで事情を抱えている、それだけだ。 生成りは命を狙われている可能性が高いってことを、覚えていてほしい」

春樹はそう言って、大輔を解放した。

春樹は大輔が出て行ったのを見て、クラスメイト達を見回した。

「…生成りが暴れるのは確かに怖いと思う。 でも、普通は言い出せないことをちゃんと彼らは言ってくれた、そう考えることはできないのか? 生成りだとわかっているのなら、対策をとればいいじゃないか」

春樹の声は半泣きだった。言ってしまえば、千夏たちに置いて行かれているのがよくわかる状態なのだ。

「…どう、したの…土御門君…?」

怜奈が心配そうに顔を覗き込んでくる。

「…千夏なら、対策をとるなんて言わない。 冬士も大輔も、友達になれば生成りだから何が変わってるわけじゃないっていうのが分かるんだ。 冬士は僕や千夏に会う前からヤンキーで、大輔は僕や勇子に会う前からあの鉄仮面っぷりだった」

吐露していけばキリはない。

こんなことが言いたかったわけじゃない。

春樹がそう思ったとき、闇が春樹に声をかけた。

「のう土御門」

「…」

春樹は振り返る。

「…そう言ってくれるやつがおるから、影山は鬼に堕ちとらんのじゃないか? 実際、かなり鬼に近いようだが。 さっきの話からいくと、影山は生まれつき鬼を心に飼っとるようだ」

闇の言葉に春樹は頷いた。

「…まだ1年生にはそこんとこ教えんのだがな。 影山が帰ってきたらちょいと陰陽医に必要な知識をお主らに教えてやろう」

闇はそう言って、ほら、席に戻れ、と皆をせかして散らせた。

 







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第5話 放たれた毒

キャラが一気に増えます。


 

冬士が学校に来るようになったのは3日後のことだった。

「影山…おはよう」

「…はよ」

冬士はきょとんとしてから挨拶を返す。席に着けば、すぐに千夏に問う。

「俺がいない間に何があったんだ?」

「ん、なんか春樹の不器用が炸裂したらしい」

「ちょ、千夏!!」

「へぇ…」

慌てて春樹が振り返るが、もう遅い。冬士はニヤニヤし始めているし、勇子も自分の席で何かをラッピングしながら肩を震わせている。大輔がラッピングを手伝っているが鉄仮面と評された彼も口端が上がっている。

「…千夏…今日君への宿題はいつもの3倍だ」

「げぇっ!! なんだよその八つ当たり!!」

「うるさいな! 大体実技出来てるのにテスト赤点ってどういうことだよ!! 中間テスト赤点だったら許さないからな!!」

「実技で点数稼げるからいいじゃんかあああ!!」

「甘いぞ千夏!! 冬士を見習え! サボりマスターでも中学では常に一桁だったって話じゃないか!!」

「冬士は頭の出来が違う! 俺に数学と英語のセンスを求めないでくれ!」

ぎゃいぎゃい騒ぎ始めた千夏と春樹をほほえましく見守っている勇子と大輔、冬士。3人は顔を見合わせてくすくすと笑った。

「…影山頭よかったんだな」

「まあ…道徳の時間がものすごくつらかったことしか覚えてねえわ」

「勉強じゃねー」

冬士の横に来た男子生徒が笑うと、冬士は目を細めた。

「…なあ、吉岡」

「!」

「…驚くことかよ?」

「…いや…だって俺とお前、同じクラスになったの小4だけじゃねえか」

「…」

周りの生徒たちもわらわらと集まってくる。

「俺が覚えてるのが意外か?」

「ああ。 あの時お前、…あれ?」

吉岡と呼ばれた少年は少し頭を押さえた。勇子が席を立つ。

「どうしたの?」

「…いや、今なんだか、記憶がラグったっていうか。 …俺もしかして呪術かかってるのか?」

「…冬士と同じ小学校なら可能性高いよ」

ギャーギャー言っていた春樹と千夏も黙っている。

「それ、どういうことだよ?」

「春樹から冬士が何度か狙われたことがあるっていうのは聞いてるの?」

「ああ、聞いてる」

「!」

今度は冬士が目を見開く。

「…吉岡…そうか、そういうことか」

「なんだよ、影山?」

冬士は勇子を制した。俺が話す、ということである。

「…まず、吉岡正、小山雄心、西尾優香、萬谷将太、杉本賢史。 小4の時の2組の担任教師の名前は?」

「―――」

全員が固まった。

「…覚えてねえな、これ」

「…そうね。 時限式だったのかもしれないわ」

「おいちょっと待ってくれ。 マジで話見えなくなってきた」

吉岡は冬士に説明を求める。

「俺の小4の時の担任は、“野本泰蔵”」

「「「!!!」」」

クラス内が騒然となる。

 

野本泰蔵―――現在でも身柄を拘束されていない、生成りを“堕と”して霊獣にしようとする集団、ダークバーレルのリーダーだった男である。現在は逃亡生活で忙しいのか、はたまた死んだのか、とにかく消息は分かっていない。とにかく祓魔庁に追いかけられている。

 

「―――思い出した」

そう口を開いたのは西尾優香だった。

「?」

「そうだよ、影山君はあの時野本先生に売られたって叫んでた。 大人なんて信用できない、みんな殺してやるって叫んでた」

西尾の瞳が恐怖に染まっていく。

「…そこであなたが冬士を突き放せば、冬士はクラスメイトにまで売られた、もう俺は生きてる価値なんてないんだな、だったら霊獣にでもなってやろうか―――って言い出すのよ。 シャレにならないからやめて頂戴」

勇子がぴしゃりという。

「おいおい、俺そこまで言わねえぞ」

「ウソだな…。 千夏がさらわれたとき真っ先に死のうとした奴が言うセリフか?」

大輔にまで言われ、冬士はふいとそっぽを向いた。

「…俺もちょっと思い出した。 ああ、記憶が繋がったぞ」

「案外簡単だったな。 乙種言霊か」

千夏が言った。吉岡は千夏を見る。

「…でも、こんなことして、いったい何がしたかったんだよ、野本は」

「簡単な話だ。 学校で冬士を孤立させたかったんだ。 冬士はもともと素行不良で警察に世話になってるからな。 一人で行動するように仕向けて、拉致るつもりだったんだろう」

千夏が言えば、吉岡はなるほどと考え込んだ。

萬谷が口を開いた。

「でも、冬士拉致られた時4人じゃなかったっけ?」

「…ああ、でも日向は逃がしたから3人だった」

「…そこで、何かされて吉田と永山は腕と脚がぶっ飛んだのか」

「…まあ、そうなる。 あんま詳しく聞かないでくれ、俺も記憶がおぼろげなんだ」

冬士は窓の外を見る。

クラスメイト達は一気に話されたショッキングな内容に考え込むものが多かった。通常ならばおおよそ西尾のような反応が正しいと言えるが、そんなことでは陰陽師はおろか、祓魔師なんてやっていけはしない。現場では人も死ぬ。生成りというのは本来、霊獣に取り殺されてしまう可能性から抜け出て、後遺症を抱えてでもなんとか生き残った、本来は喜ぶべき存在である。

怪我をした人間が大事にされるにもかかわらず、感染症の人間が隔離され、迫害されたこともある。隔離は仕方ないとして、迫害は行き過ぎだ。生成りというのは、その迫害のみを受けている状態と同じだ。生成りは陰陽医からも嫌われることが多い。誰を信じていいのかわからなくなってしまう。

「…影山は、信頼できる奴がいるんだよな」

吉岡が冬士に言う。冬士は何も言わなかった。

「冬士?」

千夏が冬士をつつくと、冬士ははっとしたように振り返った。

「悪ぃ、聞いてなかった」

「…どうした? 青いぞ?」

千夏が言うと、冬士は春樹に視線を移した。

「この3日のうちに新しく人間が出入りしてねえか?」

「え、してるけど」

「誰だ?」

「祓魔庁の人だよ。 僕が私服で外に出たとき襲撃受けちゃって、そのガードで」

「ッ、最悪だ」

「! まさか!」

春樹が立ち上がった。クラスメイト達が顔を上げた。

「そんな、いったい何が!?」

「俺からじゃわからねえが、そうとうな怨念の塊だ。 蠱毒系じゃねえか?」

冬士はそう言いつつドアを開けようとする。

「冬士、うかつに外に出たら!」

「そんなこと言って、もし犬神みたいなのだったらどうするんだ? 俺は確実に御影を開放する。 クラス内で拳を振ってみろ、一撃でレベル10フェイズ5の御登場だぞ」

 

霊獣というのは、霊災を引き起こす。霊獣はレベル分けがされている。1から10までで、さらにフェイズが1から5まで。最も巨大なものはレベル10フェイズ5の霊獣が起こす霊災ということになる。建物の倒壊だけでは済まない。

その場にいる人間がその霊力量に耐えきれず圧死するということも、かつて起きている。

 

「…わかった」

春樹がしぶしぶ折れた。勇子が吉岡をどついた。

「!?」

「闇先生呼べ! あと、鋼山さんにはがっちり結界掛けろ!」

勇子は叫んで皆を動かし始めた。冬士はドアを開けて歩いて行く。クラスから離れるためだ。

「…まさか祓魔庁の中にまでいたなんて…!」

「野本がもともと祓魔庁に所属していたことを考えれば、無くはない話だ」

鋼山と呼ばれた少女がクラスの端っこに移動する。

「ここでいいんですか?」

「うん。ここで鋼山さんに結界を張るからね。 この中にいれば大丈夫だから」

「…はい」

この少女、鋼山朱里という。

「…」

勇子は朱里の目を見て言った。

「…そんな目する人、珍しいわ。 これが終わって冬士が無事だったら、お友達になりましょ?」

「…いいですね。 私も、いい加減のけ者は嫌ですから」

そして、放送が入った。

『校内に蠱毒を探知しました! 場所は、1年棟Cクラス前!』

「…さすが咲哉、仕事が早いこと」

勇子はニッと笑い、吉岡が呼んできた闇に符を渡す。

「なんじゃ? 蠱毒?」

「はい。 そしてその蠱毒全部燃やしてやろうと思います。 鋼山さんには言霊で参加してもらうわ」

勇子はそう言って、闇に符を押し付ける。

「…ほう。 ワシの火の術回路で火力の底上げか。 なかなか策士じゃの」

「あはは。 千夏ならもっとすごいこと1人でやりますよ。 だから神童なんじゃないですか」

勇子は笑った。

その眼は、ぎらついた炎がたぎっていた。

 



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第6話 蒼碧の

廊下に出た冬士は玄関まで一気に走った。直線距離にして50メートルはある廊下である。冬士はそこを早く、とつぶやいて走り抜けた。時間にしてわずか6秒ほどである。しかしすでにそこにそれはいた。

「…悪趣味だなッ…!」

保健室の方を見ると、符が貼られていた。

(トエは呼べねえ…)

冬士は目の前の蠱毒を見る。1体でも十分強敵だが、それが3体。分が悪い。

「おい、影山!」

はっと振り返るとCクラスの生徒がそこにいた。

「! バカか、教室に戻れ! 死にてえのか!?」

「そりゃ怖えけど、1対3は無茶だ」

言われてしまえばそうなのだ。冬士は小さく舌打ちする。

目の前にいるのは蠍だけだが、本当は冬士の中で警笛が鳴っている。

 

―――これだけじゃない。もう1匹いる。

 

どこなのかわからない。だから冬士は焦っている。

「もっとヤバいのがまだいる」

「…マジでヤバいってわかったらお前見捨てて逃げるわ」

「ちゃんと見捨てて逃げろよ、田崎」

「…名前覚えてくれたのかよ」

「まあな」

冬士は蠍の尾を右に躱した。当たれば一撃で死ねるだろう。

「…こいつは火か…水剋火、急急如律令!」

冬士は水符を投げた。蠍は水を受けて姿がぶれ、ラグが起き、霧散して消えた。

田崎も符を投じる。

「金剋木、急急如律令!」

投げられた符は3枚だが、それでも多少ラグが起きる程度である。

「影山、お前一体どんな霊力量してんだよ?」

「さて…火と土は一般レベルだがな?」

「他は霊獣でカバーっすか…やべっ!」

田崎は左に避けたのは、刀。黒い刃の刀だった。

「…これは?」

次の瞬間、咲哉の声が廊下に響いた。

「馬鹿野郎、離れろっ!! そりゃあ犬神だッ!!」

冬士はとっさにCクラス教室の窓を開けて田崎を教室に放り込んだ。

「いでっ!」

「窓を閉めて封印符をしろ」

「ああ」

中にいたメガネの男子生徒―――丸田が頷いて窓を閉めた。

冬士は飛ばされた衝撃波をよけた。顔を上げた冬士の間の前に立っていたのは、犬の顔をした人間だった。

 

 

 

 

 

そのころ、教室では闇がくすくすと笑ってみんなに話をしているところだった。

「冬士って不思議な男じゃなあ? 皆が何も知らんのは知ろうとしないからじゃ。 なのに何も知らないままでいようとする者すら守ろうとするあの姿勢、理解できぬよ」

「―――」

皆何も言わない。生成りと聞いて、それがどういうものなのかぱっと判断できるのは多少知識のある者だけである。

「…土御門千夏、この3日で冬士の身の回りががらりと変わったが、何があった?」

「はい、まずは冬士の体質のことももろもろで、冬士の祖父にあたる方と話しました。 冬士には護法式が4体いることになります」

護法式、ようはいつでも呼べる状態にしてある式神である。

「…山村につけてあるアイツと?」

「はい、トエもです。 あとは鬼が2体、龍が1体です」

千夏が答えると、闇は小さくうなった。春樹と勇子が符を全員に配り始めた。

「これ、さっきの符?」

「これが私の秘策。 生成りなんかと一緒に戦えるか!って思うなら使わなくていいよ。 皆の通常使う霊気の10倍はくだらない量を一気にもっていくように回路がかわってるから。  これ使ったら3日はまともに符を撃てなくなるよ」

勇子はそう言って、符を配り終える。

「鋼山さんは火をイメージする言葉を、相手に符を投じるタイミングで叫んで」

「わかりました」

朱里は頷いて考え込んだ。

闇はケータイを取り出して電話をかける。

「もしもし、学園長? …ええ、これから校舎内で大暴れすることになりそうじゃが、まあ、死人が出なかったら、それでいいってことにしてくれるかの? …えー、ワシはほとんど金は持っとらんぞ」

笑って学園長と話をする闇を見つつ、生徒たちはゆっくりと布陣を始めた。

 

 

 

 

冬士はじりじりと後退していた。

相手が犬神らしいという判断から、皆が教室に戻っていったのだ。別にそれは構わない。護法式たちに出てきてほしいとも思ってはいない。

でも、死にたくもない。

しかし、いったい何がこうも冬士を冷静にするのか。

冬士は淡々とそれを考えていた。

犬神の目に光がないからだろうか?

他の蠱毒がもういなくて1対1だからか?

いやそんなことではない気がするのだ。さて、いったいなんだろうか?

冬士の頬を刀がかすめる。そこを冬士は一瞬鬼を前に出して傷つかぬよう防いだ。

ギインッ

金属同士のすれ合う音がした。

その時だった。

「刃となりて我が敵を切り裂け、急急如律令!」

迅の声がした。

ガツンと金符で作り出された槍が犬神にぶつかる。

「!」

「―――ビンゴ」

犬神にラグが起こる。

犬神が振り返ろうとした。冬士がすっと符を取り出した。

「蔓となりて我が敵を戒めよ、急急如律令!」

犬神にぶつければそれは蔓になり犬神が振り返るのを邪魔する。その間に迅は教室に戻ってドアを閉める。

Aクラスの教室まではもうそんなに距離がない。あと3メートルといったところである。

「…!」

犬神の姿は人型に近いものだった。それが、犬の姿へ転じ始めているのだ。

「…突っ込んでくる気かよ」

冬士はすっと息を吸う。

「―――全門開門(オールリベレーション)!!」

廊下の窓も、冬士の後ろのドアも、すべてがガタガタと大きな音をたてて揺れる。犬神が犬の姿に転じきるのと、冬士の姿が変わるのがほぼ同時だった。

真っ青な長髪に黒と白のメッシュの入った髪。その間から覗く大きく、しっとりとした光沢をもった、半透明の青い角。瞳は鮮やかな碧色。制服のブレザーの上から、藍の羽衣のような布が巻きつけられている。

犬神が咆えた。

冬士は犬神に向かって手を伸ばす―――。

 




豆知識です。
陰陽道では、一般にイメージするのとはちょっと色が異なっています。
火・・・赤(朱)
水・・・黒(玄)
土・・・黄
木・・・青
金・・・白(素)
となっています。
ついでなので一般だと作者が思っているほうも。
火・・・赤
水・・・青
土・・・黄
風・・・緑
こう思ってた方少なからずいるのでは?私はこう思ってました。w


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第7話 1-Aの戦い

 

「…ほら皆、どうした!! 今のが冬士の鬼気だ、それがどうした!!」

勇子の一喝で吉岡たちははっと勇子の方を見た。

「今のが、影山の…?」

「そういうこと。 さ、冬士のことだからもうハメ外して突っ込んでくるころだよ。 トラップ仕掛け終わった?」

「う、うん」

春樹が頷くと、勇子はトラップを仕掛けるために教室の出入り口側にいた生徒を壁側に集めた。

すると、

バガァン!

と、すさまじい音がした。ガラスの割れる音が後からついてくる。

生徒たちが振り返れば、そこには、真っ青な長髪をなびかせた鬼がいた。その先に、犬の姿をしたものがいる。

「マジで犬神…!?」

「犬神だったら冬士は素手で触れたりしないわ」

勇子がそう言って、千夏を見る。千夏は頷いて、冬士の傍に駆け寄った。

「こいつは?」

「…紛い物だ…」

冬士の腕には黒い刃の刀が突き刺さっていた。

「…こいつをぶっ壊したらすぐに怪我治してやるから」

「…傷跡一つ残さずに、だろ?」

「ああ!」

千夏は符を取り出す。

「金生水、急急如律令!」

「…千夏、下がれ。 蔓となりて我が敵を戒めよ、急急如律令!!」

千夏と冬士が符を投げて下がる。

「大輔、やれ!!」

勇子の声と同時に光の柱が8本立つ。

「…八角結界か!」

驚きの声を上げる萬谷。冬士が体勢を立て直し、右手を握って前に出し、手を開いた。すると、結界の中に蔓が現れ、犬神を縛り上げた。

「解!」

大輔が叫び、その瞬間。

「イグニッション!!」

朱里が叫んだ。

冬士の鬼気に圧倒された。犬神が出てきたことにもまだ驚いている。

それでもみんなは符を投じることができた。

 

「「「焔となりて我が敵を焼き尽くせ、急急如律令!!」」」

 

投じられた符が炎へと変わっていく。冬士はすべての蔓が焼けないのを確認して、叫んだ。

「木生火!!」

そして勇子が続けて言った。

「ノウマク・サラバタタギャテイビャク・サラバボッケイビャク・サラバタタラタ・センダマカロシャダ・ケンギャキギャキ・サラバビギナン・ウンタラタ・カンマン!!」

ゴオッと炎が上がる。強烈な熱気に包まれた教室。

吉岡も怜奈も皆、立ち尽くしていた。

炎が消え去ると、もうそこに犬神の姿はなかった。

「…やった、のか?」

「…アレで焼けてくれなかったら不動明王に示しつかないって」

勇子はそう言って窓を開けに壁側に向かった。冬士は炎の中心であった場所で小さくかさかさと揺れている物をつまみ上げた。

「…まさかまだ残ってるの?」

「…そうらしい。 紛い物でも犬神ってか」

冬士はそう言って、艮の方角を向く。

「こっち見んな」

吉岡たちを見て冬士はそう言い放った。

冬士は小さくその方角に礼をする。

「霊界の諸神に願い奉る」

冬士の正面に赤い門が現れる。門は音もなく開く。

そして、冬士に向かって手が伸びてくる。

冬士の前で差しのべられたように手の平を上に向けた手に、冬士は燃え残っていた物を置く。手はそっとそれを受け取って門の中に消えて行った。

「霊界の諸神に、諸々のお礼を申し上げ奉る」

冬士は手を合わせて礼をする。

門が消え去り、冬士は皆に声をかけた。

「もう大丈夫だ。 手伝ってくれてありがとう」

吉岡たちが冬士に向き直る。

「…!? お前、本当に影山なのか!?」

「失礼な奴だな。 変わったのは髪の色と長さと角だけだろうが」

「それでだいぶ雰囲気変わるけどな」

千夏が笑うと、皆も気が抜けたのか、小さく笑った。

「…にしても、暑いな…」

「冷ましてやろうか?」

冬士はにっと笑って、教室の中心に立った。

髪の色が黒くなっていく。

「…やべ、影山黒合わねえ」

「ほざけ」

吉岡に突っ込みを入れて冬士は息を吐いた。

「…?」

「すぐに下げるとみんな風邪ひくからな。 3分もすれば常温に戻るぜ」

冬士はそう言って、小さく息を吸った。

「―――全門閉門(オールコンファイン)」

冬士の髪が元の、紫がかった茶髪に戻った。

が、その色は前よりも格段に紫に近くなっていた。

「…」

吉岡は冬士の正面に立った。

「…どうした、吉岡」

「…いろいろ教えてほしいことがたくさんあるんだよ。 なんで今まで気にしてなかったのか不思議だってくらいのこと。 拒否ってくれても構わないけど」

「もったいぶるなよ」

「4年前のこと。 全部教えてほしい」

吉岡の言葉に、皆が頷く。千夏が1人でケータイを取り出して誰かに電話をする。

「?」

「…あ、親父? 実は今、“都心大霊災”のこと聞きたいって言ってるやつがいてさあ。 教えちゃっていいの? ―――ん、わかった。 ありがと」

千夏が振り返る。

「冬士、話してやれ、だってさ。 もうそろそろ大丈夫だろうってさ」

冬士の少しばかり複雑そうなその表情の意味をみんなが知るのは、もうすぐのこと。

 




物語の中で勇子がやたらと動き回ってますが、鬼気にあてられたら通常はそう動けないっていう設定になってます。なんでこいつらいちいち止まってんだろうと思う方がいましたらそういうことにしてますのでご容赦ください。
あと冬士長髪って言ってますが腰くらいまであります。


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第8話 都心大霊災

ちょっとグロくなる、はず。


「結構ドギツイ内容だよ? 覚悟ある?」

勇子に問われ、吉岡は頷いた。結界を解かれた朱里もゆっくりと近づいてきた。

「じゃあ先にルール決めとこうか。 この話を聞いても、一切冬士と大輔に同情なんてしないこと。 いいわね?」

「は? なんで?」

「俺が可哀想とか言われるのに耐えられると思うのか?」

「確かにそれは無理だな」

「ようは、あんま感傷的になってこっちの傷まで抉ってくれるなってことだ。 あんま気にすんなよ」

冬士がそう言ったのを皮切りに、しんと教室は静まり返った。

 

 

 

 

 

 

その日、勇子は両親に会いに渋谷に来ていた。勇子の両親の家があるのはある程度都心に近い場所だったため、そこまで出てきたのである。勇子の両親は知り合いだった大輔の両親と会うために渋谷に向かうことになっていた。勇子を渋谷に連れて行ったのはそのためだった。

駅で雅夏親子と出会って、勇子はすぐに大輔と仲良くなった。

「父さんたちは少し話してるから、あまり離れないようにな」

そう言われて、勇子は正面の広場のベンチで話でもしていようと思って勇子は大輔とともに広場に出た。

その正面にいたのは、美形なのだがすれていて近づきがたい雰囲気を纏った少年と、それに寄り添ったかわいらしい少女だった。

「こんにちは」

勇子は少年と少女に挨拶をする。少年は小さく礼を返し、少女は「こんにちは」と笑顔で返してきた。大輔も礼をして、少年たちに声をかけた。

「私は勇子。 彼は大輔。 よかったら一緒に遊んでくださいませんか?」

見方を変えて、勇子が男だったらどういう構図になるのかを考えてみればわかる話だが、非行少年が女子学生に対してかける言葉と何ら変わっていない。案の定少年の方は警戒の色を浮かべたが、何も言わない。

「はい、是非! 私は紫苑です。 こっちのぶっきらぼうなのは兄の冬士です、よろしくお願いします!」

男子にどちみち拒否権などないのである。大輔は勇子の性格からなのか、女は会話が早いと既に思っているのか、何も言わない。冬士は少し呆れたように息を小さく吐いた。大輔と冬士の目がふと合った。お互いに拳を突きだして、何となくの友情が完成である。

そんな間に勇子と紫苑の会話は進み、いつの間にか勇子が行きたいという秋葉原に向かうことになっていた。

「…お前あれか、アッチ系を見るのが好きなタチか」

「否定はしないがなんでいきなりそっちの思考に至った、冬士」

勇子から突っ込みを入れられて冬士は肩をすくめた。

「田舎者だ、どう見ても」

「てか、さっきの台詞明らかに東京ではアウトでしょ。 私どこのヤンキー崩れなわけ」

勇子が肩をすくめて言えば、紫苑が笑った。そんな紫苑を見て、冬士は柔らかく微笑みを浮かべた。勇子も大輔もそれに釘付けになった。

「…どうした?」

紫苑から勇子たちに視線を移した冬士はさっきまでの無表情に戻っていた。勇子は小さく笑って言った。

「ううん、美人だなあと思って。 あ、私父さんたちに言ってくるね。 ちょっと待ってて」

大輔も小さく冬士に何か言って両親のもとへと向かった。

「父さん、母さん、たった今友達ができたよ」

「あら、よかったわねぇ」

「てことで、遊んできます。 秋葉原行ってくる」

「勇子、馬鹿じゃないの。 親から離れるなんて誘拐してって言ってるようなものよ」

勇子の母の名は神成真実である。

「真実、勇子に式神を付けよう。 この子は言ったら聞かないんだし」

「もう! 雄二さんは勇子に甘いッ!」

勇子の父、神成雄二は柔らかく笑う。

「でも、ね?」

「…わかったわ。 勇子、いつも言ってる通りにね。 17時までには帰ってらっしゃい」

「はーい」

勇子は式神を1体付けられて冬士と紫苑、もう話が終わっていた大輔のもとに戻ってきた。

「…何か増えたか?」

「あ、うん。 視えるの?」

「いや、俺は見鬼じゃないが、何となく気配でな」

「あらら。 ごめんね、うち陰陽師でさあ。 気にしないで、父さんたちがGPS代わりに付けてるだけだから」

勇子はそう言って、冬士と紫苑に案内してもらって秋葉原へ向かった。

 

 

 

大輔はあまり口数が多くなく、冬士とはほとんど視線だけで話しているような状態だった。それでも冬士がかなりうまく汲み取ってくれていたためほとんど会話に支障はなかった。

勇子と紫苑はあっという間に親しくなり、冬士と大輔もあっという間に視線を交わしてお互いの考えがわかるぐらいにはなってしまっていた。というのも、冬士も大輔も人間観察ばかりしているタチの人間だったらしいのだが、冬士がいろいろと大輔から情報を引き出してしまったらしい。結果、大輔は簡略化した質問をオウム返しして冬士から同等の情報を引き出した、と。

電車でもバスでも喋らなかったが、徒歩であたりをまわっていく間に4人は仲良くなれた。勇子にとっては初めての東京でのお友達ができたわけだったが、これがその後の悲劇を生むことになった。

 

 

 

「楽しかった。 ありがとうね、紫苑、冬士」

「私も楽しかったです、勇子さん」

時刻は16時ごろで、勇子は少し早いがもう渋谷に帰ろうかという話をした。大輔も冬士も紫苑も、異論はなかった。遊び飽きたから帰る。当り前のことだった。

 

帰りは来た時よりも早く帰りついた。

渋谷駅に着き、電車を降りれば、もうすぐそこにある広場に勇子と大輔の両親が待っている。冬士たちもこのまま帰ると言っていたから、ここで2人とは別れることになる。

しかし、広場には勇子の両親も大輔の両親もいなかった。大勢の人で駅が溢れてきていた。

「…お前らの御両親、いねえみたいだな」

「うん…おかしいなぁ…」

その時、冬士ははっとして勇子を見た。

「?」

「…勇子、式神(GPS)はどうした?」

「…あれ? ない。 式神がない」

式神が消えるなんてことは、考えられるのは2つのパターンだ。

一つは、術者が故意に解く。これはおそらくないだろうと勇子は思っていた。

もう一つは、何らかの形で雄二が式神を維持できなくなったという可能性だ。こちらであるならば、雄二は戦闘に参加している可能性が考えられる。ここで勇子がとるべき行動は、冬士を避難させることである。

なぜならば、冬士は陰陽師ではない。紫苑と話している間にわかったことであるが、紫苑の両親はどうやら陰陽師である。見鬼でない冬士を陰陽師から遠ざけるために、陰陽師であることは明かしていないらしい。

大輔は両親が陰陽師であることをはっきりと知っている。

となれば、必然的に、霊獣に対抗する力を持っていないのは冬士であり、霊獣から一番に逃がさねばならないのは冬士ということになるというわけである。

「…最悪だよ、まったく。 父さんたち第1級陰陽師が出るって、どんな霊獣よ」

「…だが、おかしいだろ…。 まだ、放送がはいってない」

大輔の言うとおりだった。まだ霊獣出現による避難指示放送はあっていない。

「…ステルス型、とかですか?」

「隠形を使うほどの霊獣は上位、レベル7以上。 そんなのが顕現するなら、とっくにいろんな霊獣が先に顕現してるわ。 レベル7以上の特徴はフェイズ4か5で顕現することだから…」

勇子はそこまで言って、動きを止めた。

「どうしました?」

「…私は馬鹿だったよ。 最悪だ、ここを離れよう!!」

勇子は叫んだ。勇子の頭には最悪の状況が思い浮かんでいた。

駅の中を見た冬士が少し戸惑った様子を見せた。勇子は冬士の手を思い切り引っ張った。

「お兄ちゃん、行こう!」

紫苑は正面から冬士を押した。しかし冬士は動けないままだった。

「な…んだよ…あれ」

冬士は空を指差した。

勇子と大輔は冬士の指を追って空を見た。そこには、円陣が現れていた。

「…魔方陣…?」

「ダークバーレルが何かしたんだ…」

大輔と勇子のつぶやきに紫苑が苦い顔をした。

「周りの人はどうするのかな…あの魔法陣って…まさか」

冬士を逃がす、それすら忘れるほどの衝撃だった、正しくは、おおよそ相手の術にはまったということ。注意を魔方陣に向けさせるためのものであったのだろう。勇子がそれに気づいたのは、もう手遅れになった後だった。

 

「…!!」

「!」

 

その場にいた全員がソレを浴びたのではなかろうか。

冬士はある一点を見つめていた。勇子がはっとしてそれを見たのは一瞬のこと。

男が1人、冬士に向かって手を伸ばして何か叫ぼうとして、目を閉じて倒れていくところだった。

勇子は再び冬士を思い切り引っ張った。今度は大輔も冬士の空いていた手を引っ張って、動けずにいた冬士を引きずってでもその場から微かに動いた。駅から離れようとした。魔方陣から離れようとしたのだ。

直後。

勇子は爆発的に膨らんだ霊気に吹き飛ばされた。

「きゃあ!」

小さな悲鳴を上げて勇子はアスファルトに顔から突っ込んだ。駅の中を行ったり来たりしていたはずの人々の動きはもうない。あの経った一瞬で、すべての人々は気絶してしまったのだ。

そして、ベシャ、と水の音がした。それを皮切りに、冬士が叫んだ。

「放せ!」

「冬士、早く逃げないとヤバいって!!」

「うるさい!」

暴れる冬士を大輔は何とか引きずってでもそこを離れようとする。早く離れなければ何が来るのかなんて勇子にはわかりきっていたし、大輔は分からずともとんでもないものがそこにいるというのは分かっていた。

「放せッ!!」

冬士からすればその状況など分かっていたのかもしれない。ここで冬士は、一番しない方がよかったやもしれないことをした。

振り返ったのだ。

妹の安否確認のために。

そして、絶望した。

「…しお…ん…?」

大輔もまた、振り返った。吐き気がこみ上げてきたのは大輔だけではなかったのではないか?

 

「うああああああああああ―――ッ!!」

 

冬士の絶叫が、東京渋谷のビル街に反響した。

勇子は体を起こして素早く霊獣に対して向き直った。そして、絶対的な相手の力を感じ取った。

「…無茶だ…」

その顔からは血の気の一切が引いてしまっていた。

絶望というのはまさしくこんな表情を言うだろう、というような表情で。

彼らの目の前にいたのは、鬼。

まさしく、鬼だったのだ。

遠くでサイレンが鳴りだした。

『タイプ鬼(オーガ)、レベル10、フェイズ5』

遠くで放送が鳴っているのだ。そしてそれは勇子たちに絶望しか運んでこない。

鬼が手を伸ばす。その霊気は明らかに憤怒に染まっていた。

一番近くにいた冬士に手を伸ばしただけだったであろう鬼の姿が不意に、ブレた。勇子にはそれがはっきりとしたラグを起こしたようには見えなかった。

「…!」

鬼の姿が溶けるように消えていく。赤と青の色に微かに別れた。そして、赤は大輔を覆い、青は冬士を覆った。

「…!?」

「…」

直後、大輔は倒れた。冬士は胸に手を置いた。勇子は慌てて冬士の肩を掴んだ。

「冬士!」

「…勇子…」

冬士が振り返った。

その頭には、角があった。

「…嘘…そんな…」

冬士は自嘲的な笑みを浮かべて、紫苑に向かって歩いて行く。決して遠くはない。ほんの5、6歩先にある、血だまりに沈んだ少女。

先ほどの鬼が触れたのであろう。肉が抉れ、血飛沫が飛び、見るも無残な姿となっていた。しかしそんな妹の姿に、冬士は動揺の色を、二度と見せなかった。

 

その後、公務祓魔官たちが到着し、勇子と大輔の両親がどこにいたのかが分かった。

勇子の両親は結界を張りに行っていた。

大輔の両親は、現場で一般の気絶した人々を守ろうとした結果―――鬼の霊圧に耐えきれず死亡したことが確認された。死因は、圧死だった。

 

 

 

 

 

「―――とまあ、4年前の概要はこんなもんだ」

「あまりのひどさに勇子たちの傷を抉らないようにってことで、情報規制もしかれたしな」

「公務祓魔官が思い出したくねえだけだろ」

辛辣なセリフを並べ立てる大輔に勇子は苦笑いした。

「後は土御門家が情報規制をして、分家で冬士と大輔の面倒を見て、神成家が2人の養育をするってことになった。 そして4年経って今に至るってわけ」

勇子がまとめあげると、吉岡は同情の台詞を思い切りかみ殺して飲み込んだ。

「…同情するなって、難しいぞ、これ」

「だから先に言ったのよ。 もう4年前のことだからね。 …まあ、許可が下りたってことは、紫苑の墓に皆でお花供えに行けるんじゃない?」

クラスメイトの大半は頷いた。冬士は小さく笑った。

「紫苑も喜ぶ。 …吉岡、聞いてくれて助かった」

「…おう」

吉岡は頷くことしかできなかった。

 



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第9話 忘れないで

 

「…実はさ、俺たちも言っとくことがあるんだわ」

吉岡が言った。

放課後になり、皆それぞれの放課後の活動へ移る手前。Aクラスのメンツは皆教室に残っていた。

「…なんかあるのか?」

大輔は冬士と顔を見合わせる。勇子は何か思うところがあったのか、小さく笑っていた。

「4年前、俺たちはほとんどが闇先生に助けられてるんだ」

「…闇先生に?」

冬士は特段驚いたふうもなく尋ね返す。

「ああ。 さすがにあんとき渋谷にいた俺たちは近くじゃなかったとはいえ鬼気で動けなくなっててさ。 …闇先生の障壁で守ってもらったよ」

「…俺の居場所がなくなる。 勇子、俺は外に出ていてはいけないのか」

「だまって話聞け阿呆」

勇子は笑顔で冬士を一喝した。

「…えーと?」

「闇先生に聞いた方が早いと思うよ。 闇先生、おせんべい食べてないで出てきてくださいよ」

勇子は振り返ることなく言った。

「はっはっは。 やっぱお前の探知能力は群を抜いとるなあ」

闇が醤油せんべいを食べながらやって来た。

「久しぶりじゃの、春鬼」

「14年ぶりだな。 冬士の姿で悪いな」

「いやいや。 一時は人間大っ嫌いでワシにすら牙を剥いたお主が、おとなしくその餓鬼に入っとるのが少し気になったのだがな。 そうかそうか、冬士はそれか」

勝手に話をして、すっと息を吐いた闇は皆に向き直った。

「勝手に話してて悪いの。 冬士を生成りにしたこの鬼とはワシ知り合いでの~」

「…えっと、さっきの冬士たちの話からしたら、その鬼が4年前のやつですよね」

「ああ。 そりゃ人間に勝手に支配してた山を壊されるわ封印されるわで怒り状態マックスだったからの。 人間に恨みを抱いとってもおかしくない。 春鬼、本音は?」

「山は壊された、無理矢理御神体は削られた、天狗たちとは散り散りにさせられた、息子は封じられた、俺自身霊界に強制送還された、挙句の果てには人間に召霊されたんだからな。 目についた人間みんな殺してやろうと思ってたぜ。 冬士も例外なく、な」

吉岡は周りと顔を見合わせた。

「…山神ってこと?」

「ああ、春鬼は山神じゃ。 本名は御影春山。 まあ、案外すんなりと霊界に行ってしまって、辺りの市がとんでもない被害をこうむったかなり強力な土地神じゃな」

闇はそう言って冬士を見た。

「まあ、ワシ生成りと一緒に仲良しこよししろとは教えとらんからな、嫌われることもあるかもしれんが、耐えろ。 そしたら最後はワシのとこで働かせてやる」

「永久就職か、悪くねえな」

今度受け答えをしたのは冬士のようである。吉岡は冬士に言った。

「冬士、冬士ってちゃんと…御影春山様とは折り合い付けてるんだよな?」

「…ちゃんとっていうか、俺が気絶したら出てくるのは御影春山だな。 めんどいのはあと2体の方だが、御影が押さえるから問題ないはずだ」

御影、とずいぶんとフレンドリーに呼んでいるが、それを御影が許しているのか、と吉岡は不安になる。

「…封印はしてあるって勇子ちゃん言ってたよね?」

クラスメイトの少女、名は一橋玲。

「そうだね。 まあ、皆を怖がらせる気はないけど、冬士がキレる前に大輔がキレて封印が吹っ飛ぶ可能性は十分あるから怒らせないことだね」

「怖がるに決まってるだろ、怖がらせてどうすんだよ」

千夏が勇子に突っ込みを入れる。

「本当のことじゃん。 本来山神は封印もお祓いもしちゃダメな存在なんだから。 そのツケが自分らに回ってくるのはもう、名家出身の方には先祖のための禊だと思って受けてもらうしかないね」

「このクラスにはあんまり名家いないの知ってるだろ」

「私とお前と春樹のこと言ってんだよ、馬鹿」

大輔が勇子の袖を少し引いた。

「?」

「皆はダイキと話をしている。 問題はないと思う。 ここは居心地がいいらしい」

「…ダイキがそう言うなら大丈夫か。 封印の型は戦闘用だっていうの、説明は千夏よろしく」

「勇子お前逃げんじゃねえ」

「チーズケーキを焼いてやる」

「「やれ、千夏」」

「2人して俺を売るんじゃねえよ!!」

「今日は俺が手作りでお前のリクエストに応えてやるよ」

「乗った」

千夏は吉岡たちに向き直る。

「…千夏、なんかお前…いいように使われてね?」

「…うん、俺の悪い癖だと思ってる。 直す気もないけどな!」

「威張んなよ、冬士が交渉に出されたら終わりじゃんか!!」

「そんなことになる前に俺が冬士殺す」

「千夏に任せたボクが馬鹿でした!!」

勇子が慌てて千夏にチョップをかます。

「いてえ」

「学校でいきなりクラスメイトを殺す発言はどうなのさ」

「…だってそれ、普通に考えたら冬士鬼に堕ちてるじゃん。 霊獣としてじゃなく冬士として俺が殺すよ」

「真面目な顔して言うな、本気なのは知ってるけどシャレにならない。 冬士もこういう時はラブコールするな!」

「チッ」

冬士はそのまま窓の外を見つめる。

あの日もこんな晴天だったな、なんて思っていることだろう。

「…千夏、真面目にやってね」

「結局そう来るか。 チーズケーキ俺も食べるからな」

「分かってるよ」

 

 

千夏が説明したのは、封印様式の一つである、戦闘型生成り封印術。

簡単に言うならば、霊獣とうまく折り合いをつけることができているタイプの生成りに施すもので、接近戦に非常に有利な手駒にできるというものだ。

ランクの低い陰陽師では無理だが、千夏や勇子のレベルになってくると、普通の人間すらも式神にすることができる。ようは悪霊だの妖怪だのというものを“神”の代わりに式神にするのと原理は同じで、封印を施してもらい、その重石になったものが主というわけである。

難点があるとすれば、人間として式神にするため妖怪に対するものほど強力な縛りがない、ということぐらいだろうか。

 

 

「…冬士、いつの間にそんな道に…」

「同情するなといってたけどマジで無理だなこれ。 明かした情報が多すぎる」

冬士はそう言って苦笑いした。

 

 

 

 

 

忘れてないからつらい夢

 

兄のあの夢忘れるな

 

苦しめたのはお前たち

 

望まぬ望みを突き付けられて

 

身体失くした少女が泣く。

 

 

差し伸べられた手を掴むことはためらい続けてきた。それもこれで終わりなのだ。

彼がようやく自分の中に抱え込んでいたものの一つをまわりに吐き出すことが許されたのだから。

 

青年は何度目かわからぬ、少女へ手を伸ばす動作をした。少女はそれに応えて手を取り、立ち上がる。

青年は1人の少女を連れていた。その頭には、鬼の角。

「お前に姿を与えよう」

鬼の少女が言った。

少女は頷いた。

青年が紙を手に取って少女の霊気の一部をそれに移す。少女は苦笑いを浮かべた。

「なに、恥ずかしがることはない。 彼ならばすぐに貴女だと気付く」

「…はい」

紙をすっと青年が上空に放る。紙はふっと溶けるように消えて、少女の姿もともに無くなった。

青年は懐から紫苑の花を取り出して、そこに置いた。

「きっとこれくらいならば、許されるよ」

 




わからない方も多かったと思うので一言、です。
紫苑の花言葉は『君を忘れない』です。
本当は恋人へのもののような気がしますが、忘れたくない人へ贈るってのもありだと作者は思っている花です。


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第10話 踏み出すこと

 

「勇子、これは一体どういうことなんだ」

春樹は薄い本を持って勇子の前に立っていた。

「? どういうって、写真集」

「そんなことは見ればわかる。 そこじゃない。 なんで大輔と冬士と千夏が写ってるわけ? しかも校内で販売って、そんなのありか!!」

「学園長から許可はいただきました~」

勇子はすまして言った。春樹はぐっと言葉を詰まらせたが、すぐに言った。

「冬士たち知らなかったじゃないか!! 立派に肖像権の侵害になってないか!?」

「問題なし。 あと冬士と大輔のは演技だ。 どうせ千夏は冬士に下手に動かないように不動金縛り掛けられてたんだろ」

「…ッ!! だから冬士あんなにニヤニヤしてたのかっ!! もう、彼は一体どこまで僕をからかえば気が済むんだようッ!」

春樹は頭を抱えた。

冬士の悪癖だ。何か面白そうなことがあるとすぐに首を突っ込む。そして相手の地雷を踏むことも少なくない。しかも被害は冬士ではなく大体周りにかかる。一番厄介なタイプである。冬士は危機察知能力がかなり高いためあっという間に相手を撒いてしまう。物理的にも隠形で早くから逃げていることが多い。捕まえるのは至難の業である。

「まあ気にしないことよ、春樹。 冬士のことだから春樹のそういう反応が楽しくて仕方ないのよ。 根っからドSだから」

「ドS? 鬼畜の方があってるんじゃねーの?」

「俺の御主人様は腐海に突き落とされたいらしいな?」

「わ、冬士」

はっとした千夏が慌てて逃げようと席を立ったが、冬士の方が早かった。

「勇子が広めりゃソッコーで学校中に広がるぜ、俺らの仲」

「わー! やめろよ冬士っ!! 俺的にプライドが瓦解する! てかまさか腐男子同盟と話を付けて来ましたとかいうわけねえよな!?」

「…会長の名前は遠富正俊」

「鬼畜とか言ってごめんなさい!!」

千夏が負けたらしい。

「まあ、もう千夏が俺を親友発言した時点で終わってるけどな」

「千夏には聞こえないようにしてやってるんだから言わないの、冬士」

「今はっきり聞こえました!! どういうことだよ勇子!」

「大輔と冬士は相性悪いのよ。 どっちも無口っぽいしね。 だからいじればキャンキャン啼く千夏の方がからめやすい」

「ウソつくな勇子。 どうせ大輔より俺の方が目が大きくて受けっぽいとかいうんだろうが」

「ばれてましたか」

春樹は顔を真っ赤にして何か考えているようだった。

「…春樹…そんなものに染まってくれるな」

大輔が少し悲しげに言った。

「春樹にはまともでいてもらいたいな…」

冬士もそう呟くように言った。

 

 

 

 

 

昼休み終了のチャイムが鳴り、皆が立ち上がって講堂へと向かう。

全校集会というやつである。

話すことは大体予想できている。

そして、これから何をしようとしているのかも。

勇子たちが講堂に並んでしまった後、司会の進行で始まった集会は、学園長のこの一言のためのものであると言ってよかっただろう。

「皆さん。 この日を持って、倉橋陰陽学園生成り分校を閉校します」

学園長―――倉橋真千はそう言い放った。

ざわめく生徒たち。勇子はふと周りを見渡した。

「…大輔、千夏」

「ん?」

「…?」

「冬士はどこ行った」

「…知らねえ」

千夏はそう言って前に向き直った。

真千がマイクを通して言う。

「皆さんは生成りのことを怖いと思っているかもしれませんね。 でもその理由はなんですか? それをちゃんと説明できますか? ―――ほとんどの人は説明できないと思います。 なぜならば、会った事がないからです。 生成りというのはほとんどが封印施設で一生を過ごしますから」

生徒たちは静かに話に聞き入った。

「私は今年で学園長になって16年目です。 私が取り組んできたことの一つに、“学園を生成りと共学にすること”があります。 そしてそんな私の夢に応えてくれた、勇気ある方が、今年度の1年生にいらっしゃいます」

勇子はははん、と小さくつぶやいた。

「…人数言わなかったな。 大輔に話は来てたのか?」

「…いや、来てない。 だが、冬士がステージに出るのは確定だな」

千夏と大輔は勇子と顔を見合わせて、ステージに向き直った。

「冬士さん」

「はい」

カーテンの陰から冬士がすっと姿を現した。礼をして、マイクを手に取った。

「1年Aクラス、影山冬士。 生成りだ。 まずは個人的なことから言わせてほしい。 先日の校内放送で不安になった方も多かったと思う。 あれについては俺が標的だったということをここに謝罪しておく」

別に謝ることではないのだが、冬士は先に謝った。

「そして、わかったことを報告させてほしい。 今回俺とともに襲撃を受けたやつがいる。 相手の組織はおそらくダークバーレル。 生成りを殺すことを厭わないやつらだ。 それを考えると、あんたらにも多大な迷惑をかけることになると思う。 でもな、そんなのはどうせあんたらが陰陽師やら祓魔師やらになりゃあどうせ扱うことなんだよ。 生成りを嫌ったままあんたらが大人になっちまえば、俺たち生成りは居場所がなくなる。 封印施設に入ったことがあるやつはいるか? 理由は何でもいい。 取りつかれたやつの見舞いに行ったとか、そんな理由でも構わない」

冬士が言葉を切ると、数名が手を上げた。

「…やっぱそのくらいだよな。 でも、あんたらは知ってるはずだ。 あの暗さを。 何も置くことが許されないあの監禁部屋のことを。 …俺はあそこに半年入ってたぜ? あんなとこに長時間閉じ込められてりゃあグレたくもなる。 ―――ところで、協力を頼めるか?」

冬士は目を閉じた。どこを見るのかをわからないようにするためである。

「…」

勇子がちらりと大輔を見た。大輔はふっと笑って立ち上がった。

「俺は構わないぞ、冬士」

大輔が声を上げると、冬士はすっと大輔を見つめた。

「ありがとな、大輔」

「なに、俺だってあの場所で人間の本質を見た気がしたさ。 ―――俺は施設に1年入っていた。 俺は冬士より心持ちはだいぶ楽だったがな」

大輔は息を吐いた。冬士が続ける。

「生成りすべてがそうとは言わないが、俺や大輔に関しては霊災の被害者って形で生成りになってるんだ。 人間が人間である限り、感情がある限り、人間は生成りになることができる。 生成りが嫌いなら、生成りになったやつの魂と霊獣をきっちり分けられるようになって見せろよ。 ただ怖いからって差別と偏見と軽蔑の視線を向けられたんじゃあ、俺たちはいつまでたっても“堕ち”る可能性を否定できない。 本当は祓魔師なんてみんな生成りなんか生まれるよりもさっさと霊獣に堕ちてほしいんだろ? さっさと死んでほしいんだろ? だったらとっととそう言え。 言えないならせめて受け入れてほしいね。 …存在することから、目を背けてほしくない」

冬士の声のトーンが一気に落ち込んだ。

「…生成りになったやつの中に、俺のダチになったやつがいる。 そいつらの話をしたい―――そいつは霊災に巻き込まれて生成りになったらしい。 新家の出身だった。 そしたらそいつの両親は…そいつを捨てたよ。 親だぞ。 肉親だぞ。 血縁だってあるんだ。 そんなの関係ないんだよ。 怖けりゃ誰だってそれを捨てるんだよ。 生成りは親に捨てられ、社会に捨てられ、見放されて、闇の中で生きていくしかない―――んな常識お断りだね。 俺は生成りとしての立場も、生成りになる前の一般人の思考も理解してるつもりだ。 だからこそ宣言させてもらう。 ―――俺は称号持ちを目指すぜ。 気に食わねえなら俺の前に立ち塞がってみろ。 俺が怖くて仕方ないんだったら不意打ちでも構わないぜ? 強くなれよ。 調伏する力を持てよ。 その力が強くなりすぎた時―――お前らは生成りを越えた、化け物になる」

冬士は蔑むような笑みを浮かべた。

「―――まあ、そんなのはどうでもいい。 ここで勝手にわがままを言ってみようと思う。 俺は欲しいものがある。 なんだかわかるか? 当たり前のものらしいんだが」

冬士は表情を切り替えて言った。

しんと静まり返る講堂。冬士は言った。

「―――普通に笑っていたい。 笑ってられる場所が欲しい。 それだけだ」

冬士は礼をしてステージを降りて行った。

 

 

 

 

 

集会を終えた生徒たちは、みな考え込んでいた。

仕方がないのではなかろうか。

あれだけ生成りに目の前で啖呵をきられたのだ。みな思うところがあったらしい。

校舎にざわめきが戻るのは、もう少し後の話。

 

そして1人の少女がこわごわと冬士に尋ねた。

「そのお友達は、どうなったの?」

と。

冬士は目を丸くして、そして切なげに笑って言った。

「もういない」

と。

生成りに居場所はあるのだろうか。

いや、無いだろう。

その結論に全校生徒が辿りつけたなら―――それこそ、真千の目指す学園の完成だというのに。その理想はあまりにも、遠い。

冬士が行ってしまったのを確認して、少女はケータイを取り出した。そこには、“倉橋”の字。

もう動き始めたのだ。くよくよしている暇はない。

歩き出したら止まれない。冬士は走り出した。生徒たちはともに走り出せるだろうか?

 

誰かが笑った。

誰が泣いた。

歩き出したのは冬士だけじゃない。

少女が学園に向かってくる。

踏み出した少年少女に贈る言葉。

『そばにいるよ』

大切なものは、すぐ、そこに。

手に入れたいものも、すぐそこに。

 




また伏線張ったら収集つかなくなりました。
とにかくこれで第2章は終了とさせていただきます。
感想お待ちしてます!!


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第3章 勇子の置き土産Ⅰ
第1話 叫びが聞こえた


 

「逃げて、イサコッ!!」

頭に赤い角ついた少女が叫んだ。少女の体は簡単に殴り飛ばされてしまった。少女の上から瓦礫が降り注ぐ。少女を殴り飛ばした鬼が吠えた。

「グオォォォォ!!」

赤毛の女が叫んだ。

「逃げなさい、昌虎、昌子、昌龍!!」

女の後ろにいる金髪の少年は、その後ろの少年と少女を後ろに引かせる。恐ろしくてとてもではないが動けない。そんな中、気丈に声を発したのはその女だけ。

「ノウマク・サラバタタギャテイビャク・サラバボッケイビャク・サラバタタラタ・センダマカロシャダ・ケンギャキギャキ・サラバビギナン・ウンタラタ・カンマン!」

不動明王の大咒を唱える。

女の霊気は炎を纏った。鬼に向かって放出される霊力の量は尋常ではない。周りの者たちはその気に押されてはっと動きを取り戻す。

「神成さん!!」

1人が叫んだのと同時に、鬼の手が高速で振り切られた。

炎は鬼を焼く。しかし、それが、徐々に消え始めた。

ぐしゃっと鈍い音がした。

少年は目の前にさらされた光景に息を呑んだ。

血を流して止まった女。鬼の手に握りつぶされた女の身体。吐き気がこみ上げてきた。

鬼が、その口を開けた。

「…か…母さぁんッ!!」

少年は叫んだ。後ろの少年少女もまた震えていた。

守ってくれるものはもういない、少年―――昌虎はそう思った。

どんっと弟妹を突き飛ばしたのは、とっさの判断だった。

大人たちが動けないのは今さらなのだ。

鬼気に中てられたものはそう簡単には動けない。

昌虎はすっと息を吸い込んだ。

俺がやるしかないじゃないか、と。

 

「応えてくれ…!」

 

俺はどうなったっていいんだ。

いや、正しくは俺があの鬼をやっつけられるくらいの力を持つ。そうじゃなくちゃ、妹も弟も守れない。

泰山府君。

応えてください。

まだ助かる命がここにあるんです。

助けてください。

俺の命を、人間から、鬼に耐えうる姿に。

 

 

祈りを聞き届けた。

お前の願い、聞き届けたぞ。

 

 

返って来た声は、とても落ち着いたものだった。

こんな状況じゃなかったら、もっと聞いていたいなんて思えたかもしれない。

目を開けると、鬼の手がすぐそこまで迫っていた。

「にい…さん…?」

昌子の声がした。

俺はもう振り返らなかった。

 

 

昌虎の体が吹き飛んだ。文字通り、体が吹き飛んだ。跡形もなく。

「!!」

血が降りかかった。少年少女は泣き叫んだ。

「いやああああ!!」

「―――!!」

声にならない悲鳴を上げて少年は気絶した。

次の瞬間、そこに強烈な光が集まった。そして、光が散る。

大人たちがあっと声を上げた。

そこには、大きな白虎が立っていたのだから。

「グオオオオォォ―――!!」

轟いたその咆哮は、誰のものだったか―――。

 

 

 

 

 

「イサコ、見つけた」

鬼の声が、小さく、渋谷の空に消えた。

 



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第2話 影山家

 

「今日から新しくAクラスに入ることになったやつじゃ。 皆、仲良くしてやれよ」

ニット帽をかぶった少年が礼をした。

「ぼ、僕は、矢竹犬護といいます。 よ、よろしくお願いします!」

犬護はやたらとビクビクしながらこの時間を待っていた。それの表すことは、と、勇子たちは考えた。勇子は相変わらずラッピング作業中だが。

「で、こっちはワシが選んだ副担任」

闇が黒いスーツを着た男を示した。

「烏丸大(まさる)だ。 苗字で分かると思うが、俺は旧家烏丸の人間だ。 祓魔庁で生成りの研究をしていた。 そのためにここに来たと言っても過言じゃないからな、なるべく答えてほしい。 俺が採ったアンケートの答えは素直に書くこと。 上のお偉いさんたちに泡吹かせる気で来たんでな」

早々に抱負を語り、烏丸はにっと笑った。

「影山といったか。 お前の語り聞いていたぞ。 ウチのとも仲良くしてやってほしい」

「…ははん、アンタ身内が生成りか。 了解だ」

冬士はニヤッと笑った。犬護は目を丸くしていたが、烏丸に何か言われ、そっとニット帽をとった。

「…あ、矢竹、ラグ起きてるぞ!? …生成りか?」

吉岡が尋ねると、犬護は頷いた。

「…」

隣の席の生徒と皆が顔を見合わせた。冬士と千夏、勇子と大輔も例に漏れずだ。

「…気にすることないよ。 ここ超ド級の生成りが2人いるから」

玲が声をかけた。

犬護はぱあっと表情を明るくした。

「…」

少し俯いて、気恥ずかしそうにクラスを見回した。

「…矢竹。 お前の霊獣はなんだ? 相当ヤバくても大丈夫だから安心して言えよ」

冬士が席を立った。その手にはタブレットがあった。

「…犬、です」

「…ああ…それでああなってたのか」

「?」

「…何でもない、忘れてくれ」

冬士はそう言いつつタブレットに何か打ち込み始めた。

クラスははてと首を傾げるものが多くいた。

「犬、かあ。 犬って言ってもいろいろいるからなあ」

「こっくりさん系かな? 狛犬系かな?」

「…犬神とか?」

「お前蠱毒の教科書予習しろよ! 犬神は家系と狙われた家にしか憑かないだろ」

犬神という言葉が出た時、犬護がかすかに震えたのだが、気付いたのはどうやら冬士と千夏、大輔と勇子だけのようである。

「…んじゃま、俺から暴露するか」

冬士が小さく息を吐いた。犬護が冬士を見た。

「?」

「俺は生粋の生成りだぜ?」

「!!」

犬護が一瞬で後ろに身を引いた。その距離、約3メートル。

「そこまで怖がるなよ、傷つくじゃねえか」

冬士はニヤニヤと笑みを浮かべたまま犬護に言った。

「ご、ごめん…鬼に会うの、初めてだからつい…」

「まあ、そうそう出てくるもんでもねえからな」

 

本来生成りというのは、人の心が鬼に転じたもののことを言う。平安時代、通ってくる男に想いを寄せた女が、通われなくなってもまだ男を想い、通われる女を妬み、男を殺さんとした話が残っている。この女はかの大陰陽師安倍晴明に止められ、ついには目に見えぬ鬼となっていったという。

 

生粋の、というのは、この、本来の鬼の生成りであることを指すときに使う言葉となっている。鬼以上に恐ろしい霊獣はいないと言ってもいいくらいである。そして、冬士に入っているのは木気を纏った鬼だ。

犬護の髪は青みを帯びている。木気の影響を受けているとみていいだろう。

冬士は感じ取ったのだ。相手の霊獣を。

「矢竹。 お前、山犬だろ」

「…わかってくれたのは、君が初めてだよ」

ふにゃ、と犬護は笑った。

「俺は影山冬士。 冬士でいいぜ」

「よろしくね、冬士君…。 僕のことは、犬護って呼んで。 苗字は呼ばれ慣れてないんだ」

「ああ」

生成りというのは皆が皆虐げられているではないにしても、生成りを産んだ両親が村八分に遭ってしまうことなどはたまに事件になってニュースで報道されるぐらいだ。それなりに問題にはなっている。

おおよそ犬護も村八分に遭ってきたタチであろうと予想したのは、春樹だけではないはずだ。

「…じゃ、影山の後ろの席に犬護を置いとくぞ」

闇はそう言って名簿に犬護の名を書き足した。

「それと、もう数名の生徒は知っていると思うが、今日から特別講師として十二神将の影山龍冴に来てもらうことになった。 ということでこれからは冬士と呼ばせてもらうぞ」

「どうぞ」

冬士は小さく息を吐いた。

 

 

 

 

 

「…今更なんだけどさ、影山ってもしかして」

「…ああ。 あの爺様俺の祖父なんだとよ」

「なんだその聞き伝いみたいな言い方」

「この年まで知らなかったんだぞ。 親戚なんざ3人も言えねえぞ、俺」

1時限目から影山龍冴による実践授業が組まれていたAクラスの面々は皆演習場に向かっていた。

「…影山様は真榊と真っ向から対立してるって話だよな」

千夏が言うと、勇子は頷いた。

「まあそりゃそうでしょ。 孫が生成りで、生成りを闇に押し込めようとするところと対立しない人だったら、影山の名前捨ててるって」

「…そういうもん、なのか」

冬士は少し考え込んだ。

「…これを機に表に出てくるかもしれないけどな」

「そうだね。 土御門は今か今かと待ってるんでしょ?」

「本家が、な。 つっても、伯父さんまでしか知らないみたいだけどな。 春樹は影山を無名だとか言ってたし」

「も、もう済んだことじゃないか、千夏!」

春樹は顔を羞恥で赤くした。

演習場に着き、中に入ると、そこには銀髪の初老の男が立っていた。

「失礼します!」

礼をする生徒が数名。男はにっと笑った。

「リラックスしておいた方がいいぞ。 俺の授業は授業じゃねえ、実技演習なんて甘いモンでもねえ。 俺は生成りもビシビシ鍛えるからな? 覚悟しろ、冬士、大輔、犬護」

冬士は礼をした。

「よろしくお願いします」

 

全員が中に入ってしまい、男は皆の前に立った。

「俺は影山龍冴。 冬士の祖父だ。 俺が贔屓すると思ったやつは冬士をしっかり見ておけ。 俺は俺の基準でお前らを測る。 まあ、俺の授業は単位を落とすためのものだと思っとけ」

それは困る。という言葉を何人かがつぶやいた。

「…ところでこっちは連絡事項なんだが、かなりの数の編入生が倉橋に来るそうだ。 聞いてたか?」

「…いいえ」

勇子が答えると、龍冴は続けた。

「佐竹生成り分校、真榊、佐竹本校、佐竹エクソシスト養成学校の順で来る。 40人くらいか? 繁盛してんなあ倉橋も」

からからと笑った龍冴は冬士を見た。冬士は目を細めた。

「エクソシストも来るんですか?」

「ああ。 つっても、わけありが2人いるって話だがな。 まあ、エクソシスト養成学校とは夏休みの共同合宿をしてから編入生決めるって話だ。 …ほか、質問はないか」

「はい」

春樹が手を上げた。

「春樹」

「影山先生が来たってことは、やっぱり真榊に対抗する為なんですか」

「まあな。 また3人“堕と”しやがったからな。 いい加減胸糞悪くてこっちはたまらない。 生成り捨てるくらいならうちに持ってきてほしいくらいだ。 …って、そうか、お前らは影山のこと知らねえんだったな」

龍冴が言うと、春樹は頷いた。

「…じゃあ、土御門を6つ言ってみろ」

生徒たちはざわついた。

「…土御門君の家が宗家で、千夏が分家…」

「倉橋と若杉と…?」

「安倍。 …後の詳細は知らねえや…」

口々に言う生徒たち。ニッと笑った龍冴は、冬士に布を渡した。

「これ見ろ」

「?」

生徒たちの視線が冬士の方に集中した。冬士は布を広げた。

そこには、五芒星が二つ組み合わされ、正十角形に囲まれた紋様があった。

「…これ、見覚えあるぞ…」

「土御門一派の家紋の一個だよな…」

「…ってことは、これが影山の家紋ですか?」

「その通りだ」

千夏はふと冬士のヘッドバンドをとった。

「あ、おい何すんだよ」

「いや、俺も全然気にしてなかったけど、確かこれには家紋ついてたぞ」

「お、さすが神童。 それ紫苑に刺繍教えてな、冬士の誕生日にってウチの生成りたちが送ったもんなんだぜ」

龍冴は笑った。冬士も家紋を確認した。

「…そうか…だから親父はやたらこれを俺が着けるの嫌がったのか」

「…やっぱ強烈だな」

少し龍冴は苦い顔をしたが、皆に向き直った。

「ってなわけで、冬士にはいまさらだが旧家の一員としての教育でもしようかと思っててな。 お前さんらも手伝ってくれ。 やってほしいのは、千夏、勇子、大輔以外で冬士が自分を盾にしようとする命にかかわる方の悪癖を出さなくて済むように手を引っ張って逃げる仲になることだ」

「影山先生、ハードルが高いです!!」

「高いわけあるか、千夏みたいに殴り殺される手前まで行けなんて言ってねえぞ」

「千夏! お前冬士に何されたんだよ!?」

「あー、全身打撲?」

千夏がへらっと笑った。冬士が言った。

「大腿骨とあばらは折った筈だ。 あと堕とした」

「それは言わなくていいです!」

千夏が慌てて叫んだ。勇子が声を上げて笑う。

「…さて、笑うのはここまでだ。 まずは初歩的なのからやるぞ。 冬士、大輔、犬護。 お前ら封印1個目解け。 犬護は安心していいぞ、俺これでも準1級陰陽医資格持ってるから」

犬護は頷いて、こわごわと封印の解除にかかった。

「「「―――第一門、開門」」」

3人の声が揃った。その場に木気が満ちる。

「さて、お前らにはまずこの3人を抑えてもらう。 ただし、勇子と千夏は冬士たちの援護側だ。 21対5だ。 冬士、犬護、大輔、お前らは抑えられないようにしろ。 抑えられても、暴走しても失格だ。 さあ、始めッ!!」

 




ちなみに、冬士たちは一切鬼や山犬の特徴が出ていません。たかが第一門ですから(笑)


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第3話 お菓子の行方

 

「冬士、なんだよあの隠形!! お前堂々と目の前から殴ってきやがって!!」

吉岡がキャンキャンと叫ぶ。

「悪かった。 あそこまで華麗に決まるとは思ってなかった」

冬士はニヤニヤしながら答えているから、反省の色はない。

 

 

 

 

 

昼休みになって冬士たちは帰って来たのだが、4時限目まで彼らはずっと鬼を追うという追いかけっこをしていた。

「おお…俺でも見えんぞ」

龍冴が感心するほどの隠形をやってのけた冬士は、皆の目の前でふっと姿を消してしまい、皆が守りに入ろうとしたところを、近くにいた吉岡をぶん殴ってしまったのだった。

「…!?」

「あ、わりぃ」

冬士は特に反省の色もなく軽く謝った。

「…めっちゃムカつくぞ、今の!」

「だってこうしねえと頭砕けちまうぜ?」

鬼の角と牙が見えている状態の冬士は基本的に鬼のパワーを持っていると考えて接するように、というのが、千夏から皆への忠告だった。

勇子は苦笑いをして符を取り出した。

「冬士、大輔にもやらせてあげてね?」

「勇子の方が楽しむ気満々じゃね?」

「千夏はどうせ春樹と戦えないんだから私がやるわよ。 春樹土属性だから邪魔だし~」

皆ははっとした。戦場において苦手属性から倒していくことのメリットは大きい。春樹が慌てて叫んだ。

「僕のことはいい! チームが乱れたら負けだと思うことだ! 冬士を警戒して! 大輔はリーチが広いから気を付けろ!」

「ほらほら、司令塔をほっとくとチームは散り散りにっ!」

勇子が容赦なく木符を投げた。

「土を裂き、根を張れ! 急急如律令!」

「! 断てよ刃、流れよ水、伸びよ木、焼けよ火、支えよ土、五霊気相生、我が身を守りたまえ! 急急如律令!!」

春樹はバックステップを踏みながら唱えた。勇子がにやりと笑った。

「!」

「術はいいけど注意力は散漫したわね」

振り返った春樹のすぐ後ろに、大輔がいた。

「怪我させたら、ごめん。 医療費は全部神成に請求してくれ」

「現実の話をするなよ!」

春樹は腕をクロスした。そこを狙って大輔は腕を振りぬいた。

春樹の体は簡単に吹っ飛び、演習場の壁に打ち付けられ―――なかった。

「!?」

春樹の体をふわふわした真っ白なものが覆ったのだ。

「…冷たい…冬士!?」

「おいおい、敵に庇われてちゃ意味ねえぜ? 悪いが、春樹にはここで離脱してもらう」

「え」

「寝てろ。 起きるころには霊気も怪我も治ってる」

冬士はそう言って、手をパンと合わせた。春樹に霜が降りる。春樹はふっと倒れる。その体が浮き上がり、氷が周りを浮遊し始め、合わさって、氷の牢が出来上がった。

「1人終わり。 さて…大輔! てめえ、神成家の家計誰が切り盛りしてると思ってやがる!!」

「お前だ、冬士」

「分かってるじゃねえか…なんで自分の小遣い減らすようなことするんだ?」

「…勇子の小遣いが減ればいいと思った」

「そんな私的な理由かよ!!」

「勇子、前来てる!」

このチャンスをだれが逃すか、と突っ込んできた男子たちは、横からのタックルで吹っ飛んだ。

「!?」

「…あ、ああ、皆、怪我はない!?」

犬護であった。

「ほらほらお前ら、冬士たちギャグかましてたけどそんなんじゃ駄目だろ。 ほら、あと3時間半はあるぞ!」

そんな龍冴の怒声が飛んできた。

 

 

 

 

 

「散々だったからな…」

「冬士たち強すぎだろ」

「…生成りってあんなもんだろ。 半分霊獣だし」

冬士が吉岡や萬谷にそう言っていた時、烏丸の声がした。

「なんだこの菓子の量は!?」

「あー、すみません。 多すぎた自覚は、あります」

叱られていたのは玲であった。

「…何でこんなに? 自分が食べる分だけじゃなさそうだが」

「…はい。 本当は、友達と食べる予定です」

「…友達、か…」

烏丸は他の女子たちを見る。そちらもやたら袋菓子が多いのだが。

「…パーティでも始める気だったのか? ダイエットするというなら菓子は食うな、野菜を食って動け」

ポテトチップス類がやたら多ければさすがにそういう反応になってしまうだろう。玲はチラリと冬士を見た。

「…あー…」

冬士は分かったらしく、席を立って烏丸に近づいて行った。

「どうした、影山?」

「烏丸先生、人間の一日の理想摂取カロリー数はいくらかご存じで?」

「高校生以上は2000キロカロリーから2500だったと思うが」

「陰陽術に使う霊気の補給をどう行うかは?」

「体力と同じだ。 食って寝れば回復する」

冬士はにっと笑った。

「じゃあ、霊獣封印術を掛けられている場合、封印術の維持に使われるのは誰の霊気か?」

「術を掛けられている人間だな。 …ということは、生成りは皆よりもエネルギー消費量が多いってことか?」

「正解です。 犬護に皆がお菓子持ってきたんでしょうね」

烏丸はうむむと唸る。

「…影山、教えてくれてありがたいんだが…」

「教師にする態度じゃないってことですか? 気にしたら負けですよ」

冬士はそう言って犬護を見た。犬護はふるっと体をゆすった。

「冬士君、サイト創るの手伝うから!」

「なんでこの話したくないって反応するんだよ」

「ワサビ入りとかよく食べさせられたから! ハバネロ嫌い!」

「理由が辛辣だな…」

冬士はくつくつと笑った。千夏と勇子が弁当箱を開く。

「冬士、これいつ作った!?」

「今朝お前が起きる30分前に詰めただけだ」

「愛が詰まってるわね~」

「勇子、お前が言うとシャレになんない。 ほら、腐海に呑まれそうだから払ってくれよマジで」

「いいじゃんか~」

勇子と千夏のそんな会話。春樹は少しばかり残念そうな顔をする。

「…土御門、どうした?」

烏丸が尋ねると春樹は苦笑いした。

「いえ。 今日もまた1人か、って思っただけです」

「? あいつらとは食わないのか?」

烏丸が千夏と勇子のところへ寄って行った冬士と大輔と犬護を指す。

「…僕の分のお弁当は冬士は作ってませんよ。 僕のお弁当箱渡してるわけでもないですし。 それに、冬士と大輔、千夏は勇子の家で暮らしてますから、家族なんです、彼らは」

春樹は伏せ目がちに言った。

「…食堂は弁当持って行けるんじゃないのか?」

「…あの集会があったとはいっても、上の学年の先輩の親衛隊のこともありますし、食堂には近づきたくないんじゃないでしょうか」

春樹ははっとしたように顔を上げた。

「ご、ごめんなさい、烏丸先生。 愚痴っちゃいました」

「…いや、そういうことをため込む方がよくないだろう。 愚痴りたくなったら呼べ、聞いてやる」

「…ありがとうございます」

春樹はそう言って礼をして出て行った。

さて、と烏丸は玲に向き直った。

「…どうせ矢竹たちだけのためじゃないんだろう、その菓子の山」

「あ、はい! 私達も食べるんで!」

嬉々として答えた玲。その姿に小さく息を吐いて、烏丸は隅っこに置いてあった椅子を持ってきて、そこで弁当を広げたのだった。

 




Aクラスは本当は27人です。でも、最初のほうに出ていた山村圭吾君は保健室登校になっているので現在クラスには26人しかいません…。

ぜひ感想をお願いします!


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第4話 生成り集会所

 

犬護がクラスに慣れた。烏丸と犬護と龍冴がやってきてから3日が経ち、真榊陰陽学園からの編入生がやって来た。

「烏丸燎です。 …妖狐の生成りです。 よろしくお願いします」

ブスッとしている。生成りというのはほとんどがこんなものだと、千夏は知っていた。

「冬士、あいつ…」

「ああ。 妖狐は久しぶりに見たな」

「カズヒサさん以来か?」

「そうだね」

勇子、大輔も千夏と冬士に顔を寄せて会話に入る。

「カズ兄も倉橋に来るって言ってたけど」

「そんなに倉橋に集めて大丈夫かなぁ。 土御門本家を変えるのは難しいとしても、倉橋以外も変えてかなきゃいけなくね?」

「倉橋だけ先に変えるのよ。 そのタイミングで土御門分家と神成が土御門本家から離反すれば形勢逆転。 影山も出てくるだろうからあっという間に真榊と安倍をぶっ潰せる」

勇子の話す内容を聞いて春樹が振り返った。

「勇子、何の話をしているんだい?」

「ん、真榊の生成り弾圧政策を打破する方法を模索中よ」

「いや、安倍とか聞こえたし。 土御門頼家としては古いんだよ?」

「格は土御門が上じゃん。 問題ないよ」

勇子はそう言って前に向き直った。

 

 

 

 

 

昼休み、冬士と犬護と大輔がAとBの間にある空き教室を片付け始めた。

「どうしたんだ?」

千夏が尋ねると、冬士は言った。

「ここ、生成りの集会場にしようと思ってな。 使わせてもらうことにした」

「学園長の許可は?」

「もらってきた」

「さすが冬士、やること早いな」

千夏は笑って片づけを手伝い始めた。

「ん?」

「どした?」

「これ…ノヅチ?」

千夏が声を上げた。荷物を片付けていると、段ボールの間からふっくらした爬虫類が出てきたのだ。

「…ノヅチ、か。 また珍しいのが出てきたな」

「神成家にはいなかったな」

千夏の手の中でノヅチと呼ばれた体の短い爬虫類の霊獣はすやすやと眠っていた。

「…一般には何て言ってたっけ」

「ツチノコ」

「ハチノコみたいだな」

「やめろ千夏、俺は虫は食わねえんだよ」

「おいしいのに」

「その食文化だけは理解できねえ」

「千夏、冬士返せ。 仕事が進まん」

大輔が千夏をつつくと、千夏は驚いてノヅチことツチノコを落としてしまった。

「ぷぎゅっ」

「うわあああっ!! ごめんなさいごめんなさいっ!」

千夏は半泣きで慌ててツチノコを拾い上げた。ツチノコは顔を上げた。

「…うるさいのです」

「えっと…ごめんなさい」

千夏が謝ると、ツチノコは千夏の手から千夏の胸へダイブした。

「わっ!?」

「貴方は陰陽師なのに暖かいですね! ポカポカします」

やたら喋るツチノコだな、と大輔が小さくぼやいた。

 

 

 

 

 

「今日は佐竹陰陽師学園からの編入生が来るぞ」

それから約1週間。冬士たちの準備した部屋は綺麗に片付いた。たまに女の髪の束が落ちていることがあるとのことで、犬護が多少驚きを隠せずにはいたが特に冬士と大輔は気にしていなかった。2年と3年の生成りたちも集会場にやってくるようになった。

「はい! 私たち編入生の様子見てくる!」

「あ、じゃあ玲さんお願い」

玲は頷いた。冬士はタブレットをいじっていた。

「…冬士、どうしたの?」

「…いや、もしかしたらと思ってな」

「…そう。 玲さん!」

「?」

勇子が玲を呼び、冬士が玲に向き直った。

「一橋、もしかすると生成りが混じっているかもしれない。そいつの気がこっちに向いてるようなら引き入れてくれ、Cが生成り欲しがってるが封印をしっかりしたいと思ってるやつだと面倒事になるからな」

「あ、うん」

玲は頷いて、クラスメイト2人とともに食堂へと向かった。

「…さて、先輩たちの様子でも見に行くか」

冬士が席を立つと、犬護と大輔も席を立った。

「俺も行っていいか?」

千夏が言うと、冬士は頷いた。

「じゃ、行きましょうか」

千夏がバッグの中に向かって言った。千夏のバッグの中からツチノコが顔を出した。

「いいんですか?」

「ご飯は皆で食べるとうまいじゃないですか」

千夏が笑ってツチノコを手に乗せた。教室の中が静かになっていく。

勇子はまた写真集のラッピングをしているところだった。その傍らにはカメラが置かれている。また写真でも撮るつもりなのだろうか、と萬谷と吉岡は顔を見合わせた。

 



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第5話 朱里と

ちょっと文体が変わってます。
個人的にこっちのほうが書きやすいので。
朱里ちゃんの口調をちょっと変更しました。


時は遡って、燎がやって来た日のこと。

朱里は従兄弟たちと電話をしていた。

「アレン? どうしたの?」

『どうしたのじゃないよ!! なんで朱里が倉橋にいるのッ!?』

「え…それは、折哉さんに言われて…」

『もう!! あの人はあああ!!』

電話口で叫んだアレンに朱里は一喝した。

「電話口で叫ぶな、耳が痛い!!」

『ご、ごめんなさい』

朱里は小さく息を吐いて、アレンに問う。

「それで? 用事は何?」

『俺、倉橋に行くことになったから』

「…は?」

『だから、同い年の俺が朱里のサポートとして倉橋に入るよってこと!』

「…なんでまた。 どうせアレンはもう免許持ってるんでしょ?」

『そうだけどね、みんな朱里のこと心配してるの! 折哉さんの地獄の特訓も全部朱里のためだと思ってやってるからね! マジで地獄だったと思うけど!』

「…」

朱里は思い出して身震いする。

「今でもあの意味よくわかんないんだけどね…」

『倉橋にいたら知ろうと思えば調べられるから、気が向いたら調べてみるといいかもしれない』

アレンはそう言って、すっと息を吸い込んだ。

「?」

『朱里、俺たちが見てないところで何かに巻き込まれたんじゃないかって心配になってさ。 ずいぶんと勇気のある生成りがいたみたいじゃんか。 そいつわけありだって神成家から聞いた』

そう言えば冬士たちは勇子の家で暮らしているという話を聞いたな、と朱里は思った。

「…確かにね、巻き込まれはしたよ。 でも、守ってもらった」

『…ちょっと朱里、まさか本格的に陰陽術をやる気? 後天的な見鬼には向かないよ?』

アレンはちょっとした朱里の変化に気が付ける。朱里の声が微かに震えていることに気付くなんて造作もなかっただろう。

「…それでも、俺は守られっぱなしは嫌だ。 …あいつだって同じ気持ちだったんだと思う」

朱里の瞼には冬士の姿が浮かんだ。生成りというのは皆の反応を見ている限り普通は表には出てこない。集会での冬士と大輔の話を聞いた限りでは、施設から出ることすら叶わないものがほとんどだ。

それが、表に出ることができた。きっと千夏を支えにして立ち上がったのだろう。大輔はもしかすると勇子を支えにして立ち上がったのかもしれない。助けてもらえた。生成りの絶望なんて朱里にはわからない。それでも、冬士たちのあの熱のこもった目を見ていれば察することぐらいはできた。きっと2人は、千夏と勇子の力になりたかったのだ。だから、相手に自分の一部を支配させる、そんな危険な契約を交わしたのではあるまいか?

『…朱里が選んだ道なら俺は否定しない。 でも、これだけは約束して』

アレンは真剣みを含んだ声音で言った。

『俺がそっちに行くまで、危険に首は突っ込まないで。 わかった?』

「…うん。 わかったよ。 心配してくれてありがと、アレン」

朱里はそう言って電話を切って、次の従兄弟にかけた。

「もしもし、折哉さん?」

『朱里か。 …入学手続き、本当にすまなかった』

「なんで入れたのか疑問だけどね! …アレンを倉橋にって言ったの、折哉さんだね?」

『ああ』

折哉の声は淡々としていた。まあ、いつものことなのだが。

『…だが、お前ならもう大丈夫だろう。 自分の中の自分を信じろ。 こうありたい、でも、こうなければいけない、でもない。 今の実力の自分自身を信じろ。 現実を受け入れられるのがお前の強みだ』

「…ありがとうございます、折哉さん」

礼を口にした時、始業のベルが鳴った。

「…ごめん、もう1時限目始まるからいくね」

『ああ』

朱里は電話を切って教室へと戻った。

 

 

 

 

 

教室に戻った朱里を待っていたのは闇からの編入生の親戚らしいことからの質問であった。

「鹿池アレンが編入生じゃな。 推薦者の名が鋼山折哉となっとるんだが」

「はい。 2人とも私の従兄弟です」

「…そういえばお主は一般からの生徒じゃったな。 なるほど、そうか…お主も後天的な見鬼か」

「…はい。 それで、何かあったんですか?」

朱里が尋ねると、闇は言った。

「ああ…実は、免許をすでに持っている…しかも、それが準1級クラスともなるとちょっと、な」

「ああ…」

朱里はアレンを思い浮かべた。アレンは準1級陰陽師としての免許を取得済みである。ついこの間朱里も知ったばかりなのだが。

「特異例として、ということですよね?」

「名前を知られとる可能性があるんじゃよ…面倒じゃ」

「そこですか」

そこはしっかり対応しろよ!と突っ込みたい朱里だったが、そこはやめておいた。闇に突っ込んでもスルーされるのがオチだろうと思ったからである。

「まあ、親族ともなれば多少の言い訳はできる。 本当の意味なぞは詮索されても答えたくなければ答えんでいい。 そこは主の意思に任せる」

「…はい、ありがとうございます」

朱里はそうか、と思った。

アレンのように、第3級以上の独立して祓魔官を名乗ることができるクラスの免許を持っている者の場合、学校にわざわざ来る必要がないため、いろいろと詮索されがちなのである。

おそらく自分のことが関係する理由なのだろうと朱里は考えて、闇の言葉に感謝した。

 

席に戻る途中で冬士に声を掛けられて、朱里は冬士の方を見た。

「…何ですか?」

「いや、ちょいと千夏があんたのこと心配しててな。 あんた、後天性の見鬼だろう」

冬士の問いに隠すことでもないかと朱里は頷いた。

「…それが、どうかしましたか?」

「自分で符を買わなきゃいけないってことを知らない可能性があるって言われてな」

「…」

朱里は目を丸くした。

「…支給されるものじゃないんですか?」

「…お前祓魔一式の店行かないタイプか」

「不用でしたから」

「…よし、売店行くぞ」

「売店に売ってるんですか?」

「そりゃ、ここは倉橋だからな。 陰陽学園の売店なら置いてる」

冬士はそう言って、烏丸に言った。

「烏丸先生。 すいません、鋼山に伝えておきたいことがあるので授業抜けます」

「…わかった。 早めに戻ってこい」

「はい。 行くぞ」

朱里は冬士に手を引かれて教室を出ることになった。クラスメイトの一部が後ろの方でキャーキャー騒いでいたのは聞かなかったことにする。

「影山君が、鋼山君を! しかも2人でサボり!」

「あれはきっと…!」

やはり気になったため教室を出てから冬士に声をかける。

「…さっきの、たぶん激しく誤解を受けたと思いますが」

「ああいうのには反応しないのが一番いいぞ」

げんなりしているように見えたのは見間違いではなかろう。

 

売店に着くと、冬士は店員に声をかけた。

「符を全種類見せてください」

「はい」

店員は符を出してきた。

「…値段違うんですね」

「符を作ってる会社(いえ)によるぜ? 使いやすい符はもう自分で探すしかねえから、自分で買うしかねえって言ったんだよ」

「ああ、なるほどです」

冬士の言葉に朱里は頷いて、符を手に取った。

「試験の時も支給されましたけれど」

「あれは自分が一番得意な属性が出るようになってんだ。 もともと人間ってのは5つすべての属性を持ってる。 試験の時に属性の指定はなかっただろ?」

「…そういえばそうでしたね」

「あの程度の術式だと、家ごとの違いってのが出ないんだ。 基本使う術式の基本はどの陰陽師の家も同じ。 土御門一派が現代陰陽術の基本すべてを均したようなもんだからな。 蘆屋道満の流れを組んだところもあるが、基本使う真言は同じだ。 勇子見てたって千夏見てたってそんなに差はなかっただろ?」

朱里は頷く。使う真言はほとんど変わらなかったし、特段変わった部分もなかった。クラスの皆と何が違うのかといえば、一撃一撃の術の威力が高いことぐらいであったからだ。

朱里はお試しとして手に取った符を投じた。

「急急如律令」

その一言で組み込まれている術が発動する。符が火を纏った。

「あ、これ支給されてたのと違う…」

「それ、賀茂家のだな」

次の符を手に取って投じる。再び符が火を纏う。

「これ…さっきより威力が低い…」

「それ飛海家」

冬士がこれは?と言って差し出した符を手に取って朱里は投げた。

「…ガクンって感じでした」

「…今のは神成のだ。 お前蘆屋道満の系統はだめみたいだな。 …ん? 待てよ。 鋼山…?」

冬士は考え込んだ。朱里は次々と符を試していくことにした。

「…そうか。 鋼山、お前実家神社だろう。 確か、“天才”鹿池アレンが男巫女になったってので2年前に話題になったところだ」

「ぷっ!!」

朱里は思わず噴き出した。

「どうした?」

「…い、いえ。 あれが天才…天才…くくっ…」

笑いが止まらない。あの忠犬みたいな男を冬士が綺麗な、しかも真顔で天才などと称したのだ。笑わないわけがない。朱里にとってアレンは―――。

「アレンってどんな奴なんだ?」

「忠犬ですね!」

「…いったいどんな奴だよ…」

冬士が目を丸くした。

「…あれはアホです。 忠犬です。 いい奴です」

「前の2つ、ほかのやつには言うなよ。 アレン絶対いじられるぞ」

冬士はどこから聞きつけたのか、アレンが編入してくることを知っていたようである。まあ、勇子辺りからだろうと朱里は目星を付けた。

「…で、どれが一番よかった?」

「これですね…足がついてる感じがします」

「そうか。 ならこの系統…マジかよ」

「どうしました?」

冬士の動きが止まったため朱里は冬士を見た。

「…影山だ」

「…うん、冬士これからよろしくお願いします」

「…おう」

 

 

 

 

 

「鋼山さんと冬士がいつの間にか仲良くなってた」

勇子は朱里をつついた。

「符が影山のが一番しっくりきたんだと。 まあ、後天性の見鬼には影山のは効果覿面だろうしな」

千夏が笑った。

朱里も加えて勇子、大輔、千夏、冬士、犬護は弁当を食べていた。

「まあ、なんかあったら言ってくれ。 手、貸すから」

千夏はまぶしいくらいの笑顔を朱里に向けた。誰かの笑顔と重なる。

冬士もやわらかく微笑んだ。その笑顔もまた、誰かの笑顔を彷彿とさせるものなのだ。居心地がいいなあ、と思ってしまう。

そしてまた、その笑顔に裏側がないのが、千夏を一層眩しくしているようにも感じられた。

勇子と大輔が「土御門にハブられた」と言いながら笑っていた。犬護は苦笑い。

「どうせなら春樹とも仲良くなってやってくれないか?」

「?」

千夏の言葉に朱里は首を傾げた。別にかまいはしない。

「いいですよ? でも、どうしたんですか?」

「…あいつ、あんなかっこだし、土御門の天才って言われてて、友達少ないっつーか」

「ようはボッチだ」

「おい冬士! そんなはっきり言わなくても!」

千夏と冬士のやり取りに朱里は笑った。

倉橋に入学してはや1カ月。朱里にようやく友達らしい友達ができた。

アレンにも紹介してやろうと思いながら、朱里は冬士たちとの会話を楽しんだ。

 




読みづらくなっちゃったよ!と思われた方、申し訳ありません。


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第6話 赤と紫

 

食堂に編入生たちは集まっていた。

その中に、赤い髪の美少年と、青い髪の美少年がいた。

青い髪の少年は取り巻きを連れている。赤い髪の少年は静かに1人で食事をしたいらしく、青い髪の少年と視線を合わせようとしない。

「なあ、翔」

「…」

「翔ってば」

「…」

「翔!」

「…んだようるせえな…」

「だって翔反応しねーじゃねーか!」

「晃は俺に構いすぎだろ。 俺としてはお前にこんなに声を掛けられたら反応しても無視してもお前の取り巻きどもの制裁に遭うこと間違いなしなんだが」

2人の名はそれぞれ、赤い髪の方が赤石翔、青い髪の方が青木晃である。

「大丈夫だろ、翔喧嘩強いし」

「…もう2年も前の話だろ」

翔は息を吐いた。青木の隣にいる編入生がゴミでも見るような目で翔を睨んでいる。

「まあ、医者からあんまり動くなって言われてるんだろうけどさ、大丈夫だろ?」

「…まあ、な」

佐竹からの編入生である彼らは、佐竹よりもランクが上である倉橋へとやって来たのだ。青木が編入できると知って取り巻きが頑張ってついて来たのだ。翔としては面倒なことこの上ない。本当は、翔は編入する気なんてこれっぽっちもなかったのだが、偶然青木に成績を知られてしまったのだ。ヤンキー仲間とメールをしていた履歴を見られてばれた。

なにより、青木には重要なことを明かしていないのだ。

ここまで一緒になったならばどこかでタカをくくらねばならないというのは分かっているのだが、その勇気がどうもわいてこない。

「…翔?」

「…俺、5限目からA行くから」

翔はそう言ってさっさとサンドイッチを食べ終わる。席を立って食堂を出ようとした時だった。

「…」

ふと、1人の少女が目に留まった。

正しくは、3人組だったのだが、その中の1人。黒い流れるような髪の女子生徒だった。

その生徒は、他の生徒と同じように編入生を見ているのだが、美形の生徒ばかりを見ているわけではない。

佐竹からの編入生は7人。全員の情報を集めようとしているようで、おそらく翔も今気づくまではじっと見られ続けていたことだろう。その表情は真剣そのものだった。おそらく情報収集に集中しすぎて、甘くなった隠形を翔が見破ってしまっただけなのだろう。

「…」

翔は女子生徒に近付いた。

青木が翔を見た。

「なあ、あんた」

「はい?」

女子生徒は顔を上げて翔を見た。翔は目を覗き込んだ。

(…違う)

こいつは、同類じゃない。

「…ちょっと話を聞きたい。 Aクラスだろ?」

「あ、うん。 美世、優華、あとお願い」

「分かった」

「うん」

女子生徒は席を立って翔について廊下に出た。

「どうかしたの? Aクラスについて分かることなら答えるよ?」

女子生徒はそう言って翔を見上げる。

翔は小さく息を吸った。

「…俺は赤石翔。 あんたは、Aクラスなんだよな?」

「そうだよ。 私は一橋玲。 Aクラス所属です!」

玲はにこっと笑った。それと同時に、何か察してもくれたらしい。

「…Aクラスに行こうか。 赤石君が会いたい人、たぶん教室にいるから」

「…頼む」

玲は翔を連れてAクラスへ向かった。

 

 

 

 

 

「ただいま!」

玲が少年を連れて教室に帰ってきた。冬士は大輔をちらっと見た。大輔が頷く。

「入って」

玲に促されて教室に入った少年は、辺りを見回して、冬士を見た瞬間に、ニイッと笑った。

冬士も口端を上げた。

「…冬士、元ヤン魂燃やすなって」

千夏が言うが、時すでに遅し。

「―――」

「―――」

2人はほぼ一瞬で距離をゼロに縮め、少年が拳を振りぬいた。冬士はそれを掌で受け流した。

冬士の拳を少年の顔面すれすれで止まった。

「…久しぶりだな、紫鬼」

「元気そうで何よりだ、赤虎」

冬士の方が若干背が高い。冬士は拳を降ろして少年と握手を交わす。

「影山君知り合い?」

「ああ、俺がこっちに住んでた時のヤンキー仲間だ」

冬士は皆に向き直った。

「こいつは赤石翔だ」

「自己紹介ぐらい自分でするわボケ!」

「肝心なのは言えねえくせにか?」

「!?」

翔は目を丸くした。

「…まさか」

「ああ、お前が聞いただろう演説をしたのは多分俺だぜ」

翔はハ、と小さく笑った。

「…そうか」

「…ほら、言えよ。 相当ヤバくても皆耐性ついてるからな?」

冬士に促されて翔は笑った。

「…俺は赤石翔―――鬼の生成りだ」

「…!」

むしろ凍りついたのは冬士の方だった。

「…なんでお前に驚かれなきゃいかんのだ」

「…絶対お前俺の鬼の二次被害だ…」

「…お前も鬼かよ」

「4年前の本体」

「そりゃたいそうなこって」

翔が拳を出すと、冬士も拳を付き合わせた。

玲が近づいてきて言った。

「赤石君は冬士の演説聞いてきたの?」

「ああ。 演説内容をかいつまんで簡略化してある奴読んだだけだけどな」

「あー、翔だ」

「あ! 勇子じゃねえか」

翔は勇子の方を見て声を上げた。

「神成さんも知り合い?」

「うん。 私と冬士は大輔の行く予定だった中学に行ったんだよ。 翔とは小学生のころのクラスメイト」

「へー」

玲は目を丸くした。

「翔、冬士の演説撮影してたの見る?」

「見たい」

「勇子お前あの全校集会でなに撮ってんだよ」

「冬士の勇姿だぞ! きりっとしててかっこよかった…」

「冬士! まんざらでもなさそうな顔すんなよ! わざとらしい!」

千夏の突込みに冬士はニヤリと笑った。

「ところで千夏、朱里のお試しの符代なんだが」

「…まさか」

「当たり前だろバーカ。 お前の今月の小遣いから引く!」

「冬士酷い!! 鬼! 般若!」

「どうとでもいえと言いたいところだが俺は男だ!! 般若じゃねえ!!」

じゃれ始めた冬士と千夏を無視して勇子はカメラを取り出し、録画した動画を翔に見せた。

 

 

 

 

 

「…冬士、俺はお前に惚れ直した」

「やめろ、ここでそのセリフは禁句だ。 いい意味でも悪い意味にしかならない」

冬士と翔、千夏、勇子、大輔、犬護は生成り集会場にいた。朱里も途中参加である。

「なんだ、腐海でも広がってるのか」

「冬士の台詞のせいで被害は俺ばっかじゃねえか!」

「お前の俺に対する態度が問題だろ。 そもそも勇子がいる時点でまともな目で見られる可能性が低いのは覚悟しろっつった筈だ」

冬士に千夏がしがみついている時点ですでに説得力は皆無だ。

「まあまあ。 皆の趣味がそっちに倒錯してるだけだからね?」

「「一番倒錯してるやつが言うな」」

千夏と冬士の同時の突込みに勇子は悪びれもなくにこにことしている。

生成り集会場に集まるメンバーは14人の生成りと、勇子、千夏、朱里の17人である。そこそこ広い部屋であるためそんなに狭くはない。そこに既に置かれているカメラや髪留め道具などが目を引く。

「…これらは?」

「それ、勇子が生成りの写真集作るとかほざいた結果だ」

「1冊1500円!」

「何ページだよ」

「あー。 前回のは20ページぐらい」

「…わざわざ…いや、冬士がいるから買うな」

「待て、赤虎の中で俺はなんなんだ」

「お前は自分の容姿がどれだけイケてるか自覚しろ!」

「何故叱られなきゃならんのだ」

朱里が後方で爆笑中である。

「でも案外犬護もいい線行ってるんだよ? 可愛いって」

「ぼ、僕?」

「うん」

集会場にいるときは帽子をとっている犬護の頭には山犬の耳が立っている。

「小動物を彷彿とさせるというか」

「山犬というよりはチワワ」

「そう、それ!」

朱里の言葉に勇子はそれだ!と人差し指を立てた。

「…うー」

「…犬護。 勇子はダイキをチビちゃんと呼ぶ女だ」

「御影のことは酒豪だの酒好き爺だの言うからな」

「事実じゃん。 ダイキは4歳だし御影はすぐ冬士の身体で焼酎に手出すしね?」

未成年の飲酒は禁止。と勇子が笑顔で冬士に言った。その顔が黒く見えたのは冬士だけではあるまい。

「…冬士、お前まさかまだ酒飲んで…」

「悪かったな、酒飲みで。 いろいろ忘れたいことあんだよ…薬に手を出さなかっただけましだと思ってくれ…」

「…お前の荒れ方酷かったもんなぁ」

はははと笑う翔。だがふっと冬士の表情が陰った。

「千夏」

「ああ」

千夏が冬士の額に手をかざす。

「冬士、俺はここだ。 大丈夫、みんなここにいるから」

「…」

冬士が立ち上がる。そのまま出て行く。

「悪ぃ、しばらく屋上にいるわ」

千夏は冬士を追って集会場を出て行った。

「…俺なんか悪いこと言っちゃったか?」

「…トリガーになったのは否めないけど、理由はほかのところね」

勇子は窓の方を向いた。そこに、女の髪の束が落ちていた。

「…また…」

小さく言った犬護に、勇子は言った。

「この教室じゃないけど、上の方かな、怨霊がいるみたいだね。 冬士中てられたな」

「いつもは中てられたりしないのか?」

「冬士はそんな弱くないわ。 でも、犬護たちが来る前に、あの演説のもとになった大事があってね。 冬士が4年前の体験をみんなに話してる。 フラッシュバックしたんじゃないかな。 …私でも吐き気するし」

勇子はそう言って女の髪の束を掴んだ。

「…震えてるわね。 あんた生成りだったんでしょ! 生成り中ててどうするのよ!」

天井に向かって叫んだ。すると声が返ってくる。

『幸せそうだったから』

「妬み? ちゃちな理由ね。 どうせ自殺でもしたんでしょ! 冬士を巻き込むんじゃない! 自分の可能性先に詰んだくせに! 戦うことを諦めたくせに!」

「勇子、よせ」

大輔が勇子から髪の束を奪った。

「…大輔」

「お前も中てられるぞ。 …それに大体、こいつを責めたって結局解決するのは冬士だ。 あいつが強いと信じてるなら信じて待つだけだろう」

大輔は髪にふっと息を吹きかけた。髪が燃える。だが、物質があるわけではないから、燃える匂いはしない。

「…だが、万が一冬士が堕ちれば…俺は貴様を食らって堕ちてやる。 許さん」

大輔はそう言って部屋を出て行った。勇子は苦笑いをした。

「…ごめんなさい、皆さん。 たぶん彼女にも悪気はないですから…一昔前の生成りの怨霊だと思います。 話しかけてきたら仲良くしてあげてください。 悪霊じゃないから、まだただの霊に戻れるはずです」

勇子はそう言って大輔を追って出て行った。

翔は窓から外を見た。青空が広がっているばかりだった。

 



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第7話 赤と青と紫

 

「生きてたか、冬士」

「何とか、な」

翌日無事に登校してきた冬士にほっと安心の息を吐いた翔だった。

 

 

 

 

 

初めて食堂にやって来た冬士、大輔、犬護は隅っこの方の席をとった。だが、冬士と大輔が並べば皆の視線は自然と集まってしまうというものである。

「何食べる?」

「…グラタン」

「冬士午後の授業保たねえぞ」

千夏に言われながらも結局グラタンを頼んだ冬士は外側に座っていた。その内側に千夏が座っている。勇子が内側、大輔が外側に座っている。

朱里と春樹と翔と犬護がその向こう側の4人がけのところに座っていた。内側が春樹と犬護、その外側が朱里と翔だった。

「あ、できたみたい」

朱里はそう言って席を立ち、カウンターへと向かった。その間に全員分のドリンクを大輔がとってきて、並べる。大輔が席に戻り、朱里が犬護と春樹の分を持ってきた。

「冷めちゃうから先に食べて」

「うん…ごめん、お先に!」

犬護と春樹が食べ始める。その間、冬士はやたら翔を睨んでいる少年を見ていた。

「冬士、どうしたの?」

「…いや、なんかヤな予感がするぜ」

「…他人のトラブルはニヤニヤ笑ってるやつがそう言って真剣な顔してると怖くなるじゃない。 やめてよ、冬士の勘当たるんだから」

勇子がそう言って伸びをした。

「勇子は余裕だろ」

「買いかぶり過ぎよ。 どうせ多いのは霊力だけ」

冬士の封印は強化されている。封印が緩んでいたのが原因ではないのだが、怨霊の毒気に中てられたという読みは外れておらず、冬士はやむなく御影春山をあらためて縛って霊気を落ち着かせなければならなくなった。そしてその分、隠形はしやすくなったのだが。冬士に影響を与える可能性があるということで大輔の方も一時的に封印を強化された。

「…で、具体的にどんな嫌な予感なの?」

「…翔がヤバくなるんじゃないかと」

「…翔が?」

勇子は眉根をひそめた。

「たぶんだけどな」

冬士はそう言ってコーラを口に含んだ。

「…具体的には?」

「そこまでは分からねえって。 大体勇子詠めるだろ」

「私の星詠みは突発的なんです~」

勇子はそう言って、翔の方を向いた。その視界に、青い髪の美少年が入った。

「…」

勇子はそのままその少年を目で追う。

少年はすたすたと近づいてきて、冬士の前で止まった。

「…お前、俺と付き合え」

「―――」

冬士がゴミでも見るような目で少年を見た。勇子はもう少しで爆笑するところだった。それは大輔も同じだったが。いや、翔はすでに笑っていた。犬護は青ざめ、春樹もスプーンが止まった。

「…お前だれ」

「俺は青木晃。 佐竹からの編入生だ」

「へー。 俺は影山冬士、Aクラス所属だ。 ぜひ俺の目の前から消えて無くなれ。 冥土の土産は鬼の拳でどうぞ」

冬士はそう言って立ち上がった。

冬士たちの方へ近づいてくる少年がいた。千夏が視界の端で少年を捉え、異変に気付いた時、勇子が叫んだ。

「翔ッ!!」

「!?」

翔はすぐ横に立った少年を見た。

少年の目には光がなかった。翔ははっとして立ち上がった。

少年の腕が振るわれた。

「ッ!?」

犬護がとっさに膝を立てて体を庇った。

翔の体が吹き飛び、犬護の膝に当たった。

「痛ッ…!」

「ぐッ…」

冬士が青木を突き飛ばして少年を突き飛ばした。

「テメエ何のつもりだ…!?」

冬士が目を見開いた。そのまま少年を押し倒してホルダーから一枚符を取り出す。

「冬士、そいつ呪詛掛かってる?」

「ああ…。 ! やばい、こいつ鬼だ!! 誰か龍冴先生呼んで来い!!」

冬士が顔を上げて叫んだのは、犬護が翔を寝かせたところだった。冬士の下で少年が暴れる。

「どうした!?」

龍冴と烏丸がやって来た。おそらく近くにいたのだろう。

「!! なんじゃこりゃあ…!」

龍冴が顔をしかめた。烏丸は翔を様子を見る。

「影山先生、赤石は…」

「…これなら問題ねえ。 保健室に連れて行け」

龍冴は小さく舌打ちしてケータイを取り出した。

「真千ちゃん。 ちょっとヤバいの呪詛にかかった生徒を冬士が取り押さえたんだが、『髭切』の使用許可をくれ」

通話を終了し、龍冴は空を切った。

「『髭切』、力を貸してくれ」

龍冴の手に太刀が一振り現れた。龍冴は素早く鞘から抜き去り、その切っ先を五芒星型に動かして少年の右手、左手、右足、眉間、左足をなぞった。

「解!」

食堂は騒然となり、生徒たちには驚いて立ち上がった者たちもいた。

「…あー、お前ら、とりあえずここから出ろ。 冬士、皆連れて教室で待機だ」

「はい」

青木をつついたのは勇子だった。

「…勇子…」

「晃、ついて来て」

勇子に手を引かれて、青木もAクラス教室へと向かうことになった。

龍冴が何か苦虫をかみつぶしたような顔をしていたのは、誰も知らない。

 




文字数がそろわない。なかなか難しいです。
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第8話 赤と青

 

龍冴が帰ってきて、Aクラスにいた青木たちが保健室に呼ばれたのは、翔の意識が戻ったことと、それでも翔が動けないからであった。

保健室にがやがやと大人数が入ってしまうと、ドアが閉められて、保険医は追い出された。

「いいんですか?」

「ああ。 機密事項に関わるもんでな。 真千ちゃん、準備できたぜ」

龍冴が言うと、スッとドアが開き、倉橋真千が入ってくる。

「学園長…」

「あら、そんなに不安そうな顔をしなくても大丈夫ですよ」

真千は不安げな春樹に言った。カーテンが閉められていたベッドに皆が近づき、龍冴はカーテンを開けた。

「…」

「翔!」

青木が声を上げた。翔は視線だけを青木に向けた。

「こら、青木、近づいちゃいかん」

「何でですか!」

「お前の属性は赤石にはきついんだ」

龍冴に言われ、前に乗り出そうとしていた身を引いた青木は、勇子を見た。

「…ちょっと待って。 冬士、翔の中私見えないんだけど」

「水気だな。 俺じゃなく春樹を使えよ。 ここで一番相性がいいのは春樹だろ」

冬士は勇子を見て言ったが、勇子と千夏が目を合わせて向き直った。

「翔の属性も考えてみるとね…むしろ大輔は危険かも。 春樹は翔を知らなさすぎるかも」

「青木って言ったっけ、お前翔から何か聞いてるか?」

冬士は翔を見た。翔は首を左右に振った。

「千夏、翔のやつ言ってねえぞ」

「え」

千夏は少し考え込んだが、冬士を見て頷いた。

「…青木、お前生成り嫌ってるな?」

「え…」

青木はきょとんとした。翔を見て、まさか、と小さく言った。

「翔、お前生成り…?」

翔は頷いた。青木は目を見開いた。

「な、何で言ってくれなかったんだ!?」

「…」

翔は冬士を見た。冬士は翔の横に腰かけて、その手を握った。

「“だってお前、生成り嫌いだって言ってたじゃねえかよ”」

冬士が翔の言葉をそのまま伝える。青木は苦虫を噛み潰したような表情で翔を見る。

「本気だと思ってたのか…?」

「“人間なんて誰が何考えてるかわかったもんじゃねえ。 悪いがお前の言葉も表面だけ見させてもらった”」

「…でもお前、俺と居るの嫌そうじゃなかった…!」

「“俺は親友だったお前に嫌われるのが嫌だっただけだ。 まさかお前まで佐竹に行くとは思ってなかった。 お前が来なかったら分校に行く気だった”」

「―――」

そこで冬士が翔に問いかけた。

「赤虎。 佐竹って分校と交流あるのか? ―――いや、犬護がな、俺が青木を拒否った時に青ざめてたんだよ。 そう考えると知り合いで馬鹿にされてたって考えるのが、痛い目見た生成りの思考だと思わねえか? ―――ああ、そうだ」

冬士は青木を見た。

「“晃、黙ってて悪かったな” ―――ここからはお前らの会話だ。 赤虎、漢見せろ」

冬士は翔の上半身を支えて起こし、肩をポンとたたいて離れた。翔が咳き込んだ。龍冴が小さく構えた。

「…翔」

「…悪かったなァ、晃。 …さっき冬士に言ってもらった通りだ…俺は、お前に、嫌われたく、なかっ…た」

ゲホゲホと咳き込んで口元から血が溢れた。

「翔!?」

「…っか、ケホッ…、この程度じゃ、死なねえよ。 …晃、この話が終わったらお前、もう俺に近づくな」

「なんでそんなこと!」

「俺が鬼の生成りだからだッ!!」

ベッドのタオルケットに血が飛散した。翔はタオルケットをぐっと握りしめた。

「…知ってるだろ、鬼がどんだけヤバいモンか。 そんなのが俺の中にいるんだぞ。 そこのヘッドバンドのチートステータスは俺にはねえんだよ! 今だって封印でガッチガチだったんだ!! それをあんな簡単に破られたッ!! また俺は封印掛け直さなきゃならない! また出てこれるかどうかもわかんねえ! …もう、嫌だ…」

ついこの間までこんなこと考えなかったのに。

小さな呟き。

冬士と大輔が顔をしかめていたのは、実体験があるからだろうか。

「…翔、それは俺がお前を嫌う理由になんねえ」

青木の言葉に翔は顔を上げた。

「…嫌うか嫌わねえかじゃねえ、お前の言葉は、」

「信じられないなら信じなくていい。 …悪いな翔、俺、録音してもらってたやつ聴かせてもらったんだよ、影山の演説」

「!!」

冬士は小さく笑った。

「どんだけつらい思いするのかは知らねえ。 でも、お前が生成りになったのは2年前だろ? あの辺からお前人混みを避けるようになった。 …もっと早く気付いてやれたらよかったのか? 違うよな。 お前は気付いてほしくなかったんだ」

青木の声のトーンが低くなる。翔は目を細めた。

「…気付かれたら嫌われると思うに決まってんだろ」

「…そうかもな。 でもさっきも言った。 翔が生成りになったことは俺が翔を嫌う理由にはならない。 でも今のお前のことは嫌いだ」

「…」

翔は青木の目に涙が浮かんでいるのを見た。

「…何で隠してたんだよ。 親友だって言ってくれたじゃねえか。 そんな大事なこと! 何で隠したんだよ!! 俺とお前ってその程度の仲だったのかよっ!! お前は俺にマジで大事なことは全部話してくれると思ってた…!!」

 

「…冬士?」

龍冴の声に冬士は顔を上げた。冬士の目にも涙が浮かんでいた。

「…まだまだ若僧たちは捨てたもんでもないだろ?」

龍冴は自分の後ろのナニカに向かって言った。

『…そうだな…』

ナニカはそう言って再び気配を消した。

 

「…」

「もう俺の手は翔には届かねえのか!? お前が手を伸ばせばまだ間に合うんじゃないのか!? なあ、翔!!」

まだ諦めないのかよ。

翔の目から涙がこぼれた。

「晃ァ…俺は…まだ…お前の横、居ていいのか?」

「当たり前じゃんかぁぁぁ…!!」

青木が翔の微かに震えている背に手をまわして抱きつく。特に意識なんてしていないだろう。しかし、これがどれほど彼らを安心させることか。

龍冴は構えを解いた。

 




読んでくださってありがとうございます!
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第9話 誰を探して

 

「さて、本題に入るぜ」

青木と翔が落ち着いたところで龍冴が話を切り出した。冬士はさっきまで流していた涙が嘘のようだ。

「実はな、今回狙われたのはおそらく“鬼の生成り”だ」

「!?」

全員が目を見開いてお互いの顔を見合わせた。

「…でもそれなら、それ以前に鬼に会ってる可能性が高いんじゃ」

勇子が言うと、龍冴は首を左右に振った。

「今回は非常にまずいことに、俺たち影山でも止めるのが難しいタイプの鬼が関わってる」

翔と青木は首を傾げた。

「…?」

「つーか、影山って旧家っすか?」

「ああ。 影山は旧家だ。 ま、“影”に込められた意味でも考察しといてくれ」

龍冴はそう言って犬護を見た。

「矢竹、お前はどうもなかったんだよな?」

「はい…あんまりいい気分じゃなかったですけど」

「冬士は?」

「俺もですね。 たとえは悪いが勇子と鬼眼を突き合わせたような感覚でした」

冬士が答える。青木が「鬼眼?」と尋ねると、翔が答えた。

「鬼眼は、邪眼の最上級のやつだな。 鬼の生成りしか持ってない」

「鬼眼を狙われて殺された生成りの話今度してやろうか」

「冬士、やめとけ」

千夏に言われて冬士は肩をすくめた。

「…てか、冬士鬼眼持ちかよ」

「鬼眼の発現条件は“レベル9以上”“フェイズ5”の“鬼”であることだからな」

邪眼とは、魔眼とも呼ばれる呪詛をかける力を持つ瞳のことである。ただし、邪眼は青、魔眼は赤、鬼眼は紅であることが特徴である。

「…で、何で勇子が関わるんだ?」

「…この事ばらしたらお前ら帰る家なくなると思え」

冬士の言葉に翔と青木は息を呑んだ。

「犬護、春樹、お前らもだ」

「僕も!?」

「土御門次期当主としちゃあ、これは知っててもらいたいんだが、まあ、周りに知れたらどうなるかはお前が一番よくわかってる」

冬士はそう言って勇子を見た。勇子は頷いた。

「―――実は私、一度泰山府君祭受けてるのよ」

「―――は?」

春樹が見る見るうちに青ざめた。

「何だって!? それじゃあ勇子、君は…!」

「安心しなさい、死んではいないから。 死んではいないはずだから」

勇子はそう言って春樹をなだめる。

「…泰山府君祭って?」

「簡単に言うなら、対象の人間の寿命をいじる禁忌の術。 今でこそ禁忌とされているけれど、安倍晴明が使ったらしいわ」

勇子は龍冴を見た。

「たぶんそのせいでアイツが出て来ちまったんだな」

「…全然話見えないんですけど」

青木が率直に感想を言うと、翔がまさか、とつぶやく。

「なんだよ、翔?」

「…泰山府君が命に関わるものと捉えるとする。 命に直結する鬼っつったら山神ともう一つしかいねえ」

「…!! 獄卒か!」

青木は分かった、と小さく言った。龍冴たちを見れば、頷き返される。

「…でも、何で獄卒が? それこそ皆レベル10クラスのやつばっかりなのに」

「…お前ら、50年前に真榊(まさかき)で起きた鬼の襲撃事件は知ってるか?」

龍冴は全員を見渡した。

「…神成と冬士は知らなくても仕方ないんだが」

「…」

皆回答は持っていなかったようで、顔を見合わせる。龍冴は小さく息を吐いて続けた。

「“双鬼真榊の祓”って名前がついてる。 2体の鬼が連続して大暴れした霊災テロだ」

「…名前だけ知ってます。 被害に遭った人がかなりいたって」

「鬼気だけで100人近い真榊の生徒が死んじまったよ。 その場で生成りになったやつも沢山いたぜ」

龍冴はそのころを思い出しながらか、少し遠い目をした。

「…それで、その時の鬼が獄卒だったってことですか?」

「…いや、正しくはその時の鬼に殺された陰陽師が持ってた護法童子―――ようは、鬼の式神だが、これが獄卒だったんだ。 相手の鬼がいわゆる悪鬼だったんだが、その陰陽師は獄卒への霊力供給を断ち切る前に鬼に食われちまった。 …冬士、この場合獄卒はどうなる?」

「供給される霊力がいわゆる強烈な“悪鬼”の気になりますから、悪鬼になると思います」

冬士が答えると、龍冴は満足げに頷いた。

「…ただし、この鬼はそのままその陰陽師を食らって逃亡した。 理由は突如現れた白虎による反撃からだが、獄卒の方はまだこのときは悪鬼堕ちしていなかった」

「…正常な判断ができる状態と判断されて野放しにでもされたんですか?」

「簡単に言えばそうだ。 契約者が死んだ時点で契約は破棄されてしまうからな。 だが、悪鬼堕ちが進んだ―――その結果、正常な判断ができなくなったんだろう」

大輔がようやく口を開いた。

「…その陰陽師、まさかとは思いますが…神成家の人間ですか?」

「…そうだ」

龍冴はそう言って千夏と春樹を見た。

「?」

「…その陰陽師の名前は“シンジョウイサコ”。 勇子の名前はこの人からとられたものだ。 鬼に負けない心を持つように。 勇ましくあれ、と。 …おそらく勇子は泰山府君祭を受けた際に地獄の匂いが染みついている。 獄卒と契約した奴とよく似た匂いがするとうちの鬼たちはよく言っていた」

「…ってことは、相手の目的は私ですか」

「ああ」

「じゃあなんで鬼の生成りが狙われたんですか? っていうか、何で大輔じゃなく翔が―――」

勇子がふと止まった。冬士と目が合った。

「…ああ…冬士の為に2人の封印を強化して、中の鬼が出てこなくなってたのが原因だろうな。 その代わり、赤石は死んでない。 獄卒は相手の命を奪うことにためらいなんざ持たねえが、赤石が対象者じゃないってわかって、多少理性が働いたんだろうな。 その獄卒ももとはといえば人間と契った仲だ」

龍冴はそう言って息を吐いた。真千が続ける。

「獄卒の名は“煉紅”。 火と土をもつ鬼です。 …本当なら職員と称号持ち全員に出てもらおうと思うのですが…今回ばかりは死者が出るかもしれません」

「…死者が出る…」

翔は青ざめた。

「…お前もか、翔」

「…冬士もか?」

「…目の前でつぶされたよ、こいつに」

冬士は胸のあたりを指す。少し冬士が苦い表情をしたが、目の色がはっきりと青くなったため冬士の表情ではなかったのだろう。

「…学園長。 私と大輔で出ます」

「…そうしてもらえると助かるわ、勇子さん。 大輔さんも、無茶はしないでくださいね?」

「…はい」

大輔は頷いた。

「…となれば、さっそく大輔の封印を解こう! 冬士、副作用は覚悟しろ」

「ハッ、上等だ。 せっかく仲良くなったやつら全員が死ぬ可能性が低い方をとらせてもらう。 その代わり―――」

冬士はしっかりと勇子と千夏の目を見て、大輔と視線を合わせた。

「―――俺の手を離してくれんじゃねえぞ?」

「…わかってる」

「大丈夫だ」

「何が何でも離すことはないわよ」

勇子はその場にいた朱里と犬護の方を向いた。

「…犬護、生成り先輩たちに集会場にいるように言って。 鋼山さんはクラスに戻って演習場に行くようにみんなに言って」

「わ、わかった…」

「分かりました」

犬護と朱里が保健室を出て行く。翔と青木は保健室待機となり、冬士と千夏、大輔と勇子がそれぞれ出て行った。

「…勇子…泰山府君祭なんて…」

「後で問いただせば口割るだろ、あいつなら」

翔と青木は顔を見合わせた。龍冴と真千が強力な結界を保健室に施して出て行った。

 



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第10話 神成勇子(イサコ)の置き土産

予想以上に長くなっております。予定ではこの話が3章の最後だったのに…戦闘にすらなってない!
戦闘描写は拙くはありますが、よろしくお願いします。


朱里がクラスに戻って演習場へ向かうように伝えると、吉岡が他のクラスにも伝えてくると言ってクラスを出て行った。

犬護は集会場に生成りを大輔と翔以外全員集めたところで龍冴と真千に会った。龍冴が強力な結界を張って去っていき、真千が1人の少女の頭を撫でて小さく何かを呟いて出て行った。

「…えと…もしかしてあなたは…」

「…はい。 倉橋の者です…倉橋千陽(ちよ)といいます」

白い制服の少女は恥ずかしそうに言った。

「…結界術は3年生の先輩方は習ってらっしゃいますか?」

「ええ。 一通り習ったわ」

「…じゃあ、それぞれの属性を集めて結界を張りましょう。 僕はよくわからないのでお願いしてもいいですか」

「ええ」

生成りたちで結界術を組む。

「悪いが冬士は参加できない分、俺が冬士の霊気を引っ張るけど、いいか?」

「うん、千夏君が手伝ってくれるだけで心強いよ」

犬護はそう言って笑った。冬士は少し俯き、顔を上げた。

「…俺がどんなに吼えても気にするな。 鬼気が漏れても襲いかかったりすることはないはずだ。 まあ、俺を気にすることができないくらい強烈な鬼気に見舞われると思うが」

「…獄卒ってそんなに強いの?」

「…強いのは強いな。 煉紅がどれくらいの鬼かは知らねえが、山神が若干零落した状態と同等以上だ」

冬士はそう言って目を閉じた。

「オン・バザラ・ヤキシャ・ウン」

犬護たちは印を結び唱え、守ってくれと願い奉る。

辺りが強力な木気と水気に包まれ、金気がちらほらと感じられる。火気と土気が圧倒的に足りない。冬士が小さくつぶやく。

「オン・ヂクシリシュロダ・ビジャエイ・ソワカ」

ガチン、と音がした。

生成りたちに、眠りが訪れた。

 

 

 

 

 

「…準備が終わったみたいね」

勇子はそう呟いた。大輔の封印の解除にかかっているが、千夏の方が封印の解除は得意だ。なぜならば、この封印を施したのは千夏の父親であり、この封印術式を作り出したのは千夏なのだから。

「…かなり近づいて来てるぞ」

「無茶言わないでよ。 最悪逃げながらってのも考えてて」

勇子はそう言いつつ第一門を解除した。

今大輔と勇子がいるのは駐車場である。さすがに東京の真ん中だ、グラウンド分の土地はない。龍冴と真千が出てきて、4人が並んだ。

「春樹はどこへ行ったんですか?」

「彼女には1年生のリーダーを任せて来ました。 烏丸先生と闇先生がいますから、大丈夫だと思いますが」

真千の答えを聞いて勇子は大輔と視線を合わせた。

「…生成り側はどうなった? ほとんど霊気を感じられねーんだが」

龍冴の問いに大輔が答える。

「どうやったかはわからないが、おおかた金剛夜叉明王に般若菩薩でも重ねて全員眠らせたってところだと思います」

「…それ、中に1人入ってなきゃ起きれなくねえか」

「千夏が中にいますよ」

勇子が言うと龍冴は息を吐いた。

「いくら神成とはいえ土御門相手に平気でそんなことさせるなんて…」

「神成ですから」

勇子はニッと笑って、大輔の封印を解く手を動かし始めた。

「…千夏のやつ、面倒な呪を結んでるなあ…」

「それだけ冬士が大事ってことだろう」

「…そこまで冬士に溺れてたら“神成八咫鴉”が主人に選ぶのも頷けるよ、まったく…」

勇子はそう呟いて、第二門を解除する。

「それ全体の解除にはあとどれくらいかかる?」

「最低でもあと20分は要りますよ。 これ5段階だし戦闘用だから」

「…20分って距離じゃねえぞ。 もうほとんど目と鼻の先だ」

龍冴が言ったその時、放送が入った。

 

『霊災発生。 霊災発生。 タイプ鬼(オーガ)、レベル9、フェイズ4。 獄卒型』

 

「ほら、お出ましだ」

勇子はすっと顔をそちらへと向けた。

「…ダイキより物分かりが悪そうだわ」

「オレと比べんじゃねえよ」

大輔の瞳が赤く光っている。ダイキ本人だ。大輔は立ち上がった。

「勇子、多少強引でも構わない。 ぶっ壊せ」

「鬼堕ちしたら許さないわよ」

「じゃあ引き戻してくれるのか?」

「嫌よめんどくさい。 即刻影山に突き出してやるわ」

「手厳しい」

大輔は苦笑いして、手を合わせた。

「やるぞ!」

龍冴が叫んで、手を打ち合わせる。

「オン・バザラ・ヤキシャ・ウン!!」

辺りに光が広がり、大輔と勇子がつつまれる。そこに青白い光の障壁が立った。

「影山先生、学園長、退避を!」

「死ぬなよ!」

勇子は頷いた。

と、勇子と大輔の目の前に、1人の女が突っ込んできた。

「見つけた、見つけた」

女の頭には角がある。牙が生えており、耳は尖っている。鬼だった。

「イサコ、見つけた」

その爪が障壁にいとも簡単に食い込んだ。

「…やっぱ天の眷属相手じゃ無理か…」

勇子は小さくつぶやいて、大きく息を吸い込んだ。

「ノウマク・サンマンダ・ボダナン・エンマヤ・ソワカ!」

青白かった障壁が赤く染まり、鬼女の爪が押し返された。

「…どうして…? どうして逃げようとするの、イサコ?」

鬼女が勇子に語りかける。何かにすがるような声。

「…何を勘違いしてるのかは知らない。 でも私は、イサコじゃない。 ユウコよ」

きっぱりと言った勇子。そして、大輔の封印の第三門が解除される。

「急げ、勇子」

「分かってますって」

いつもの調子で返しはするが、余裕はこれっぽっちもない。

「こんなときばっかり御影春山の鬼気に中てられたことに感謝しちゃうから、滑稽ね」

「同感だ」

大輔の声もせっぱつまっている。鬼女の爪が再び障壁に食い込む。

「どうして…どうして! どうして! なんでそんな中途半端な鬼を使うの!! イサコには私がいるのにッ!!」

「うるさい!! ボクはお前なんか知らない!! 大輔はボクの家族だ!! まだ鬼じゃねえええッ!!」

勇子が激昂して叫んだ。その瞬間、バキリと音がした。

「…大輔?」

「…第四門の崩壊を確認。 第五門は自力で解除する」

大輔はそう言って、カチューシャを外し、降ろしていた右目側の髪を上げた。

そこには札が貼られていた。それを引きはがすと、下に白目が黒い――鬼眼が現れた。

「…鬼女煉紅。 貴様の怒りの矛先が俺だというなら、俺と戦え。 俺が勝ったら勇子の言うことを聞け」

「…いいよ。 その代わり…私が勝ったらお前は死ね」

「いいだろう」

「ちょ、大輔!?」

勇子が慌てたように声を上げた。

「なんだ勇子、さっきまで引き戻すのめんどいとかほざいてた威勢はどこ行った」

「それは鬼として大輔が残れるからであって! 獄卒にやられたら鬼堕ちどころかホントに死んじゃうんだぞ!?」

「そんなの俺と冬士が一番よく知ってる」

大輔は鬼女に向き直った。

「シンジョウイサコの置き土産。 俺はテメーに勝つ。 負けねえ、死なねえ。 もう鬼に何かを奪われるのは御免だ」

「中途半端なくせに。 お前は弱い―――弱者はイサコの横に立つ資格はない」

鬼女がすっと構えた。

大輔はハッ、と笑う。

「弱い? 勇子を死人呼ばわりするテメーに言われたくねえな…俺は勇子と一緒に戦ってテメーに勝ってやる」

勇子が構える。

「…イサコも戦うの…? どうしてイサコは所詮人間の鬼であるこいつを選ぶの?」

「もう一度言う。 ボクはユウコだ。 神成勇子だ。 イサコじゃない。 だから君の目を覚ますために君をぶちのめす」

障壁にヒビが入る。ヒビは大きくなっていく。

「ボクと大輔が勝ったら君はボクの言うことを聞け。 君が勝ったら―――大輔を好きにしてくれて構わない」

「うん。 言い損ねてたけど―――私が勝ったら私を式神にしてね?」

「あんたが悪鬼じゃなくなったら考えてあげるわよ!! 悪鬼の式神なんてまっぴらごめんね!」

 

パリィンッ

 

障壁は、破られた―――。

 




煉紅・・・獄卒の女。本来はシンジョウイサコの式神だったが、悪鬼堕ちして正常な思考ができない状態に陥っている。イサコと勇子の霊気が酷似している状態にある現在、勇子をイサコと判断して接触を試みてきた。火気と土気をまとっている。髪は赤、目は金色。


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第11話 煉紅と大輔

戦闘描写が拙すぎました。それでも見てやる!という心のお広い方、どうぞよろしくお願いします。


 

いつの間にこうなってしまったのだろうか。

どうして主は自分の目の前に立っているのだろうか。

自分は何かしたのだろうか?

中途半端な鬼はその本人が戦いによって苦しめられて、意識を失うことのほうが多いというのに。

なぜ主は完全な鬼である自分ではなく、中途半端な鬼を使うのだろうか?

その中途半端な鬼に恨みでもあるのだろうか?

問いかけても彼女はこう言うだけ。

「ボクはイサコじゃない。 ユウコだ」

そっくりな霊気の流れがそこにあるのに。どうして否定の言葉しか言わないのだろうか?

それとも本当に自分が間違っているのだろうか?

あり得ない。あったと仮定しても、それはきっと彼女と同じ血脈上にある者のはずだ。ならば自分は今度こそ守るのだ。

守らねばならないのだ。

彼女を助ける力を。

あの鬼を殺す力を。

彼女を助ける力を。

あの鬼から彼女を救う力を。

 

 

 

 

 

障壁が砕け散った。勇子と大輔は同時に後ろに跳んだ。直後、2人のいた場所に鬼女の拳が叩きつけられ、アスファルトがいとも簡単に砕けた。

「うわ…やっぱり女でも鬼は鬼ね」

「そんなものだろう。 餓鬼のあの骨と皮だけの拳でも軽自動車がスクラップだからな」

大輔は胸に手をあてる。

「まだかかる?」

「もう少し時間がほしい」

「了解」

勇子はホルダーから呪符を取り出す。

鬼女は体を起こす。その瞳は紅く光っている。

「鬼め」

大輔は小さく舌打ちした。勇子は鬼女に呪符を投じた。

「水剋火、さらに、水生木、続けて、木剋土! 急急如律令!!」

呪符が水を生じ、その水に立て続けに投げられた符によって木が生じる。

鬼女の霊気は火気と土気。勇子はセオリー通りの呪符の選択をした。鬼女に呪符が直撃する。

「よしっ!」

勇子の声に、小さく言葉が返ってきた。

「…これで終わり?」

「…何バカ言ってんの? この程度で獄卒やれてたら鬼は雑魚だっつーの」

勇子はパッと走り出した。大輔は勇子を追って走り出した。

鬼女が大輔に向かって鬼気を放った。

「さっさと堕ちればいいのに!」

「お断りだ」

「復讐に身を任せれば楽なのに!! 鬼にも成りきれず、人でもない! お前は中途半端だ!!」

鬼女の言葉に大輔が表情を歪めた。立ち止まり、振り返って鬼女を見る。

「誰が好きで鬼の生成りになんぞなるか! 俺は俺だ、中途半端ならばそれが俺だ! ああそうだ、俺は中途半端だ、それで何が悪い!? それで弱くて何が悪い!?」

「弱さは罪だ。 彼女を守るためには力がいる。 お前の考えは甘い!! 圧倒的な力が必要なんだ!! そうじゃなきゃ彼女を守れない!!」

鬼女は叫んで大輔に突っ込んでくる。大輔は吼えた。

「貴様の主と俺の主を並べるな、獄卒風情がっ!!」

「―――」

鬼女は大輔を睨みつける。動きは止まった。

 

 

 

―――勇子を守るためにオレを使うのか?

それの何が悪い?

―――オレは勇子が嫌いだ。

お前の気持ちなんざ聞いてねえ。

―――人間は自分勝手だな。

エゴイストで何が悪い。俺は俺を受け入れてくれた勇子のことが好きなだけだ。

―――仕方ねーな。これでお前の成長速度は落ちるぞ。

構わん。

―――“アイツ”も出してやれよ?

 

 

 

大輔の瞳が両目とも鬼眼になる。

「…応えてくれるな?」

赤い文様の描かれた呪符をホルダーから取り出し、大輔は上に投じる。

「来い、ゴールド!!」

あたりに突然ゴロゴロと雷鳴が轟いた。雲ひとつなかったはずの空が、徐々に曇天になっていく。

「大輔、ゴールドを呼んだの!?」

「俺の全力でこの鬼を止める。 …それくらいしないと、俺は死ぬだろう。 まだ死にたくない。 まだ勇子と居たい」

「…そうね」

勇子は大輔の横にまで出てくる。落雷とともに大輔のすぐ後ろに鱗に覆われたモノが現れた。

「…ゴールド、出てきてくれてありがとう」

大輔はそれに手をかざす。それは大輔の手に少し甘えてから、その金色の瞳を鬼女に向けた。

『グオオオオオォォォッ!!』

ゴールド。

それは、大輔が霊界で抱えた荷物の一つ。

彼は、ドラゴン。

「…タイプ竜(ドラゴン)」

鬼女がうめくように言った。鬼と竜、どちらが上かと問われれば確実に、竜だ。

大輔に鬼女が手を向けた。

「お前…もう、鬼ですらない。 お前は何だ!? 中途半端もいい加減にしろ、雑種があああ!!」

鬼女の手から炎がまき散らされた。大輔は符を投じた。

「金生水、水剋火、急急如律令」

符がいったん刃を形作り、水を生じる。まき散らされた火が消え去った。

「―――お前、勇子に誰を重ねている?」

大輔が静かに問いかける。鬼女はびくっと肩を震わせた。

「…覚(さとり)の力でも得たか、小僧」

覚、それは、相手の本心を暴く力を持つ妖怪の一種である。危害を加えてはこないし、危害を加えることもできない。危害を加えようとすると逃げられてしまうから。

「…そういうってことは、もう自分の中に疑問が渦巻いてるんじゃねえのか?」

大輔が一気に鬼女への距離を詰めた。

「第五門解除を確認―――大輔、ダイキ! 暴れてこいっ!!」

勇子が叫んだ。

大輔の体を炎が包む。鬼火というものではあるが、大輔が燃えているようにも見える。

大輔は右手の拳を鬼女に叩き込む。鬼女はそれを腕を交差させて受けた。ミシミシと音がする。

「ッ!」

「今のは普通なら避けるところだな。 お前の中の疑問を振り払うか解決するかしないと、お前は俺に力負けするぞ」

大輔は拳を引いて、次の拳もまた右手だった。

パアンッ!!

素早く大輔が拳を引く。今度はいい音がした。鬼女の表情が苦痛に歪んだ。

「…ッ、邪魔!!」

「おっと」

大輔は余裕だというように悠々と鬼女の拳を左手で払って避け、また右の拳を打ち込む。

「正常な判断で来てねえんじゃねえのか」

「うるさい!!」

鬼女は叫んで身を引いた。

「竜なんか出しやがって!! 心を乱すのが得意だな、餓鬼」

「俺は餓鬼じゃねえがな。 …勇子、こいつだいぶ正気に戻ってきてる!! 今なら不動明王で悪鬼をぶち抜けるッ!!」

大輔が叫んだと同時に、勇子の声が聞こえてくる。

「ノウマク・サラバタタギャテイビャク・サラバボッケイビャク・サラバタタラタ・センダマカロシャダ・ケンギャキギャキ・サラバビギナン・ウンタラタ・カンマン!!」

大咒が唱えられた。鬼女の体が炎に包まれる。

「いやあああああ―――!!」

鬼女が叫んだ。

大輔がたたみかける。

「ノウマク・サラバタタギャテイビャク・サラバボッケイビャク・サラバタタラタ・センダマカロシャダ・ケンギャキギャキ・サラバビギナン・ウンタラタ・カンマン」

炎が強くなる。

「あんたが守りたかった神成イサコはもういねえよ…50年前に死んだ。 あんたの目の前で死んだはずだ。 あんたはそれを見ていたはずだ」

大輔は炎に包まれている鬼女に近づいていく。

「大輔…」

勇子が小さく大輔を呼ぶが、大輔は小さく振り返って笑っただけだった。

「もう気付いてるんだろ。 勇子がイサコさんじゃねえってことくらい」

炎が晴れる。

そこには、着物がボロボロになった女がいる。大輔は制服を脱いで鬼女にかけてやった。

「…殺さないの?」

「俺鬼じゃないし獄卒でもない。 霊獣相手でも殺しは苦しいんだ、勘弁してくれ」

大輔はそう言って、勇子を見た。勇子が走り寄ってくる。

「…ごめんね、勇子さん」

「…いえ、いいんですよ、別に。 死人は出てませんし」

勇子はそう言ったが、その手は強く握りしめて真っ白になっていた。

 



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第12話 煉紅と勇子

 

彼らの言う通り。本当は気付いていた。

きっと竜の神気に中てられたんだね。

 

「…煉紅と申します。 皆様、ご迷惑をおかけいたしました」

鬼女―――もとい煉紅が勇子、大輔、龍冴、真千をはじめとする倉橋の関係者たちに謝罪をした。憤りを訴える生徒は多かったが、勇子が諫めて、大輔を見た。

「…冬士、いま俺はどう“視える”?」

「…鬼気が嘘みてえだ…ビリビリするぞ」

「…あらためて先生のとこに行く必要がありそうだな」

大輔は小さく言って、煉紅に向き直った。

「煉紅。 あんた、50年前何があった? いろいろ聞きたいことがあるんだが」

「…酷なことするのね。 50年前の被害者ならあなたたちの隣にもいるのに」

煉紅は弱弱しく笑った。

 

 

 

 

 

本当は気付いていた。

勇子は確かにイサコの血脈の子だけれど、イサコの血統じゃない。イサコの兄の血統だ。そんなこともわからないほどに乱心していたとは、悪鬼堕ちもなめてかかっちゃいけなかったな。

だれも死ななくて良かった。

怪我をしてしまった生成りがいると聞いたので、治癒符を渡した。

大輔にも散々ひどいことを言ったな。

 

「ごめんね」

「いまさら謝ることじゃない。 …勇子、俺は先生と連絡を取ってくる。 後は頼むぞ」

「おっけー」

勇子は大輔を見送って、煉紅のほうを向いた。

「さて、さっきの条件だけど」

「…そうね。 なんでも言う通りにするわ」

「じゃあまず、私が面白いと思った事をするから、逃げないでよね」

勇子はそう言って、闇のほうを見た。

「闇先生の正体暴露といきましょ?」

闇がからからと笑った。

「こりゃ先手を取られたのう。 いいだろう。 倉橋、いいか?」

「ええ、私ではあなた方の意思はあずかり知らぬところですから」

真千はうなずいた。闇は自分の担当クラスの生徒たちを集めてから、こう告げた。

「まあ大体皆分かっていると思うが、ワシは神とかお主らが呼んどるモノの一つだ。 名は閻魔天。 まあ、もとは人間じゃから今までと対応を変える必要はない」

「…ってことは、闇先生の名前は妹さんのお名前ですか」

「ああ。 ワシの本名ヤマじゃからな」

「妹さんどうされてるんですか」

「簡単な仕事押し付けてきたけど」

「仕事しろ」

「学生に言われるとは心外じゃなあ」

クラスの生徒と笑いあいながら、闇は勇子を見た。

「これでいいかの?」

「はい。 ありがとうございました、閻魔天。 …あなたから彼女への判決をお願いします。 今回ばかりは獄卒の起こしたことです。 ―――あなたがご存じなかったとは思えない」

勇子の目が細められた。煉紅は静かに闇を見ていた。そう、これが勇子のやりたかったことである。

「…勇子とは最初から最後まで縁がありそうじゃの」

闇はどこからか扇子を取り出した。

煉紅の前に立って、静かに言った。

「お前を放っておいたのはワシの判断じゃからな。 しかしお主は、一度悪鬼に染まってしまった。 そう簡単に獄卒に帰ってこられると思うな。 金剛夜叉明王から許しが下るまで、人間界に残れ」

パン、と扇子が開かれ、闇は口元を覆った。

「はい」

煉紅は平伏する。

「…それと、そうじゃな。 ワシ自体は人間への直接的な干渉は認められとらんのだが―――煉紅、お主雅夏と赤石の鬼の教育をしろ。 とくに赤石のほうは悪鬼堕ちしとるぶん、お主の言葉には耳を貸すはずじゃ」

「はい」

勇子は闇と目が合った。闇はにっと笑った。

「これにて、煉紅への公判を閉廷する。 後は勇子次第じゃが」

勇子はうなずいた。

「…顔上げて、煉紅」

「…?」

勇子は符を見せる。そこには、何も書かれていない。

「煉紅、あなた見たところかなり霊気を失ってるわ。 式神契約しましょう?」

「! で、でも、私はあなたたちに…」

「確かに、あなたは私の友達を傷つけたわ。 でも、傷つけたなら傷つけた分その傷を癒すとか、それ以上に助けてあげればいいじゃない。 そのチャンスは今さっき、閻魔天がくださった」

勇子はそう言って符を煉紅の額に張り付ける。

「…本当にいいの?」

「いいよ、あなたが私とイサコさんを重ねないなら。 死人と同じ影見られてたらこっちまで虚しくなるじゃない」

「…そうね。 じゃあ、よろしくお願いします、勇子」

「うちのバカたちも含めて、よろしくね、煉紅」

勇子は笑った。

もうその笑顔にイサコを重ねて視ることはなかった。

 

イサコはもう死んだのだ。

どこにもいないのだ。

彼女の魂はまだあの鬼が持っているかもしれないけれど。

 

 

 

 

 

「…本当は、イサコさんの霊気が混じった鬼を探していたんだろう、煉紅?」

龍冴の問いに煉紅はうなずいた。散り始めていた生徒たちの一部が振り返った。

「それ、どういうことですか」

食いついてきたのは勇子だった。

「ようは、食われちまったイサコさん自体は死んだが、鬼への抵抗力は高かったってことだ。 …白虎に追われた程度で鬼が逃げることは滅多にない。 基本は死ぬまで噛みつきに行く」

「…ってことは、まだ何かあるな?」

冬士が口を開いた。

「現れた白虎って話をしたと思うが…顕現した場所からしておそらく、俺と真千ちゃんと同級生だった“土御門昌虎(まさとら)”ってやつが何かしたと思うんだがな」

龍冴はそう言って空を見上げた。

「…大輔には見透かされましたね、きっと。 勇子、あの子は覚の力を得ました。 きっと私の記憶から私の心への揺さぶりをかけたんですね」

「大輔、頭は悪くないからね。 …雅夏にしては温い啖呵だったけど、そういうことだったのか」

勇子は1人で何か完結した。首を傾げた煉紅に、真千が苦笑いした。

「大輔君は雅夏家の生き残りです。 何人の生成りが彼らに言い負かされて堕ちたことやら」

「…神成分家の雅夏家ですか…。 さすがに私も心が折れてると思います、それ」

煉紅も苦笑いした。

よくぞ大輔も踏みとどまったものだ、と冬士は1人心の中で大輔に称賛を贈った。

もっとたくさん啖呵を切りたかったはずなのだ。

記憶を見たのだとしたら。

煉紅の傷をえぐることなど容易かったはずなのだ。

弱い弱いと煉紅が叫んだときに、大輔はこう返すこともできたはずだ。“それはお前のほうだ”と。しょせんイサコを守りぬけなかった負け犬が吠えるな、と。負け犬に重ねて視られるなんて心外だ、と。弱いのはお前のほうだ、と。

俺は弱い、なんて、認める必要はどこにもなかった。

きっと、大輔も少なからず自分を煉紅に重ねて視たところがあったのだろう。

鬼でありながら、鬼に主の命を奪われた煉紅が。

御影春山に、両親の命を奪われた大輔と。

どこが違うのかと。

「―――」

冬士は首を振って考えを振り払った。

「冬士!」

千夏が冬士を呼ぶ。不安げな光が宿ったその目を見て、冬士は柔らかく微笑んだ。

「―――」

その表情はさらに千夏の不安を煽ることになったのだが、冬士はそれに気付かぬまま、先に行ってしまった皆の後を追っていった。

 



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第4章 ぬくもり
第1話 コールド・メモリー


冬士語りです!


 

「お兄ちゃん!」

声を掛けられて振り返ると、そこには妹がいた。

もういないはずの妹が。

ああ、久しぶりだな、この夢。

どんな結末かなんて嫌ってほど知っているのに、それでも妹の顔を見ることができて俺は安心してしまう。

しかしいつもと違ったのは、俺が第三者ということだ。

俺が振り返った先には俺と妹がいた。

まだ妹が生きている時の俺の姿だった。それに対して俺自身は高校生の姿。

俺は妹と話をするんだ。内容は毎回違う。ただ、一度したことのある会話ばかりだ。同じ会話が2度以上連続で出ることはない。

「今日はどこに行くの?」

「…渋谷だな。 ついてくるのか?」

「うん!」

これはいつの記憶だろうか。勇子に会ったあの日だろうな。

小さな俺と妹は笑って歩いていく。場面が切り替わって、渋谷で勇子に会った時の場所になった。大輔と勇子もそこにいた。

何度思い出したって結果は同じ。夢の中くらい後味悪いのは勘弁してほしいものだが、強烈に印象に残ったことは忘れたくても忘れられなくて、こうして夢に見る。この夢、半年くらい続いたっけな。

目の前に鬼が現れる。じくじくと胸が痛む。

鮮明に覚えている。

俺はこの時、“心の凍てついたモノ”とか“情無し鬼”とか呼ばれていた。だけど、本物の鬼が出てきてしまえば、やっぱり俺も人の子でしかなかった。御影春山が恐くて恐くて仕方なかったんだ。妹を連れて逃げようという考えが浮かぶことはなかった。

勇子は近くにいた俺と大輔の手を引っ張った。妹は取り残された。俺は勇子の手を振り払って振り返るんだ。

そしてそこで、死んじまった妹を見た。

「―――ッ!!」

くそ、胸が苦しい。

夢だってわかってるのに、覚めない。早く覚めて欲しいとも思っているのに、心のどこかでは、まだ覚めないでくれと願っている。

最後までこの夢を見たいんだ。

なんでだろうな。

わからない。

わからないんだ。

この夢を見るといつもこうだ。

街並みがかすれて消える。取り残されたのは小さな俺だけ。の、はずだった。

いつもと違うのは、大輔が残っているということだ。

わかっている。

この理由はわかる。

先日の煉紅の一件のせいだ。

でもそれを責める気にもなれないのは自分が心のどこかでそう思っているからだ。

大輔が俺を責める文句なんてわかりきってる。それでも傷つくのがわかってる。

妹の姿がかすれて現れた。

ああ、始まる。

懺悔が。

「―――なんで俺みたいな…ロクデナシが生き残っちまったんだ…」

へたり込む俺。妹が血まみれの姿で小さな俺の体を押し倒した。

「そうだよ―――なんでお兄ちゃんだけ生きてるの」

久しぶりすぎて、わかりきってる台詞にすら傷ついた。

「どうして私だけ死んだの?」

「俺がお前の手を引けなかったから」

「どうして?」

「―――恐かった、から」

自己保身に走ったのは俺だ。というか、自己保身すらできていたのかどうかって感じだが。

「私ももっと生きたかったよ」

妹の手が俺の首にかけられる。

「…」

俺は黙り込んでしまう。抵抗はしない。

首を絞められていく。

「「役立たずは死んじまえ」」

俺が嗤っているのが見えた。その時、俺の目の前に大輔が現れた。

ああ、そうだよな。お前は今までここにいなかった。

だから、お前の対象は、俺。

「…お前も死ねばよかったのに」

大輔が泣いていた。

「俺の両親を返せ」

 

 

 

 

 

「―――ッ!!」

冬士は体を起こした。

冷や汗をかいていた。2人部屋なのに千夏が起こしてくれなかったのが恨めしかったが、千夏はどうやら部屋にいないようだった。

仕方がないことだと思って、冬士は着替え、部屋を出た。

 



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第2話 龍冴の言葉

 

教室へ向かうまでに冬士は機嫌を直そうと必死で寄り道を繰り返していた。

すでに1限目が始まって30分ほどが経っているであろう時間だが、冬士の機嫌はいっこうに直る気配がない。むしろ悪化するばかりだった。

「―――」

イライラの理由は分かっている。

暗い考えにふけっている時は、ほかの人間たちの平穏な日常が恨めしくなる。自分はあんな夢にうなされたにもかかわらず、千夏は傍にいなかった。声をかけてくれるはずの家族たちが近くにいない。それが苦しい。

「…」

しょせんその程度の理由だ。

冬士は自販機でコーラを買って横のベンチに腰掛けた。

「…あ」

ポケットを探ったがスマホはなかった。寮の部屋に置いてきてしまったらしい。

千夏への手っ取り早い連絡方法がない。

イライラは募るばかりだ。

これが理不尽な怒りであることなど百も承知している。

だからこそ冬士はそんな理不尽を誰かに押しつけたくなかった。

理不尽を受けるのは自分だけで十分だ。

龍冴との会話を思い出す。

 

 

 

 

 

「お前の両親な、呪術がかけられてるんだ」

「は?」

なぜそんなことを突然言うのかと不思議に思った。龍冴は眉根をひそめた冬士の頭を撫でた。その目に同情の色はなかった。当り前だろう。そもそも彼の話からするならば、呪術をかけられている冬士の両親のうち、父親のほうは龍冴の息子である。同情されるのは本来なら龍冴のほうだったはずだ。

「しかも結構厄介なヤツだ。 お前、西洋魔術についての知識は?」

「…ほとんどありません。 ダチが1人佐竹のエスソシスト科に行ったのを知ってる程度です」

冬士の答えに龍冴はうなずいた。

「じゃあ、西洋の精霊や妖精の悪戯については?」

「…ゲームとか小説くらいなら」

「よし。 なら、“取り替え子”っていう悪戯は知ってるか?」

「…はい」

冬士はそれだけで何となく理解した。

「…理解が早いのも考え物だな」

「…俺のこの体質のせいなんでしょう? その辺の資料は読みましたから、拉致の方法くらいならいくらでも知ってます」

冬士はそう言って龍冴の目を見た。龍冴はまた冬士を撫でた。ガキ扱いするなと言うことすらできない。だってガキ扱いしてくれた人なんて、冬士には数える程度しかいない。そもそも、その中に父親は入っていない。

「…冬士、まずお前の体質についておさらいしておくぞ。 まずお前は、混気体質だ」

「はい。 混気体質とは、己の確固たる霊気を持たず、肉体の中で霊気をとどめる力がない又は極端に弱い体質のことです」

「そうだ」

混気体質とは、空気中に当り前に存在している霊気と自分の霊気が混じってしまい、意識を失ってしまったり、そのまま存在が消えてしまったりする体質でもある。混気体質の子供が神隠しに遭ったらまず二度と戻ってこない。そのまま死んでしまっていると考えたほうがいい。混気体質と呼ばれる子供は1国につき1人か2人ぐらいの確率でしか生まれないが、混気体質一歩手前のような子供はごまんと生まれる。だからこそ、混気体質の子供を守るための封印術が発達した。

「通常は封印をされているため混気体質であることはまずばれない。 でもお前はばれる」

「―――」

「その原因は俺だ。 すまない」

龍冴は頭を下げた。冬士はやめてくれ、と小さく言った。

「そんなことされたってどうしようもないですよ。 …影山について調べてみましたが、情報まったくなかったです」

「ああ。 影山は土御門の闇の一つだからな。 そう簡単に情報漏洩はさせねえさ」

龍冴は顔をあげた。

「影山は人工的に生成りを作っていた家だ。 な? キチガイな家だろう?」

「…仕方ないんじゃないっすか。 ダークバーレルだってそんなもんだったじゃないですか」

冬士は息を吐いた。

「まあな…だが、影山のそういう仕事はもう70年くらいはやってない。 俺の先代までしかやってねえってことさ」

「…まあ、戦争で生成りは使われるでしょうね」

「…ああ。 それは後々話していくとして。 お前の母親…彩月ちゃんはな、お前が腹の中にいるときに、酒吞童子に接触されちまったんだ」

「!」

酒吞童子と言えば、昔大暴れした鬼の最強固有名詞と言っていいものである。

「…そんな鬼が?」

「『ああこいつか、お前の腹の中にいる』って言われたそうだ。 ちなみに酒吞童子は今お前の護法になりたがってるぞ」

「…生まれる前から鬼に付きまとわれてるってのかよ…」

冬士の呆れたような声に龍冴は苦笑いをした。

「お前はおそらく生まれつき心に鬼が生じやすかったんだろう。 そして酒吞童子の後に絡んできたやつがお前を今の状態にしちまった」

「…そんなもったいぶらないで下さいよ。 また固有名詞でもついてるんですか」

「ああ―――茨木童子だ」

「もう俺は人間じゃないですね」

「真面目な顔のままパニックになるな、冬士」

龍冴に肩をぽんぽんと叩かれて、冬士は深く息を吸った。

茨木童子と言えば酒吞童子の右腕でかなりの強さを誇っていたと伝わる鬼である。

「こっちも護法に立候補中だ」

「今御影よりも自分が恐くなってきました」

「フツー喜ぶところだがな」

龍冴は横に置いていたカバンからプリントを取り出した。

「これはお前に張られている結界についての資料だ」

「…童子結界?」

童子結界。正しくは鬼が張る結界のことだが、冬士にはこれが張られているというのである。

「かいつまんで話すとな、童子結界ってのは内側から出て行くのは防げるが、外から入ってくるものは拒めない」

「…それ、混気体質にとっては最悪じゃないですか」

「ああ。 いまさらでなんだが、酒吞童子も茨木童子もおそらくお前を堕とさず鬼にしたがってる。 お前はカノンって呼んでるのか、あの金鬼だがな、おそらく童子結界の影響で召霊された以上の本体まですべてお前に食われてるんだ」

「…鬼を食うって…」

冬士は青ざめていた。自分のことなのに、得体の知れない化け物の話をされている気分だ。

「生成りになった以上、死ねばどちみちお前は鬼になる。 だが、死ぬまでにダチを助けたいって思いながら過ごすか、人間を憎みながら過ごすか、それだけでお前は悪鬼にも善鬼にもなる」

冬士は考える。

「…そりゃ、善鬼になりたいですけど。 …どっちかっていうと、千夏たちの隣に立ってられるなら…どっちでもいいっすね」

龍冴はまた苦笑いした。

「…それはこれからのお前の生活にかかってる。 …とにかく、お前は童子結界をかけられたから、周りの霊気を取り込んでいった。 ただ、お前はもともと水気が異常なまでに凝縮されてるようなタイプの霊気だ。 むしろ周りの霊気を取り込んで人間の霊気にだいぶ近づいてる感じだ」

「…そういや、御影入った後はとくに狙われにくくなりましたね」

「お前の水気とカノンの金気と御影の木気のバランスが取れてるんだ。 本当はあと火気と土気があればお前を混気体質のどうのと言う必要がなくなるんだがな」

龍冴はそう言って今度は真面目な顔になった。冬士は表情のコロコロ変わる爺さんだな、と思った。

「…お前を取り換え子でさらったのは解鬼会だ。 それを追ったのがダークバーレルだ」

「…野本先生を疑ってないんですか?」

「…憎くないわけじゃない。 だがこの時にはダークバーレルを追うのは祓魔局だった」

冬士は小さく笑った。

「俺がお前を取り返しに行ったんだ。 後悔はしてないが反省はしてる」

「…その間に親父とお袋に呪術がかけられたんですね」

「そういうことだ」

龍冴はそこまで話をして、時計を見た。

「げ、今日集会あるんだった。 悪いな、冬士。 この話はまた今度」

「待ってください」

「?」

出て行こうとする龍冴を呼びとめた冬士はこれだけは聞きたいと一歩前に出た。

「その呪術、まだ解けてないんですよね? 何でですか?」

「…」

龍冴は頬を掻いて、言いにくそうに言った。

「…実は、西洋魔術が術式の中に組まれていてなぁ。 祓魔局と仲が悪い俺たち十二神将以下陰陽局だけじゃ、あの術式を解けなかった」

「…」

「気を悪くしたのなら謝る。 でも、これだけは覚えておいてくれ」

冬士が龍冴の目を見ると、その目は何かに縋るような目だった。

「冬士、お前は嫌われてなんかねえ。 愛されてなかったなんて思うな。 少なくともお前の母親は。 彩月ちゃんは。 お前を愛しているよ」

 

 

 

 

 

「―――」

あの言葉が頭から離れない。

嬉しかった半面、どうして母は直接自分に言ってくれないのだろうと思いもした。きっとその答えは自分が問いただすべきではない。その理由を知っている気がする。

冬士は空になってしまったコーラの缶をゴミ箱に入れて立ち上がった。

まだグラグラとしてはいるが、だいぶ落ち着いた。

もしもやばくなっても、きっと千夏が何とかしてくれる。

あれ、千夏に頼ってるな。頼りすぎれば荷物になるのは嫌というほど知っているはずなのに。また千夏に迷惑かける気なのか、俺。

冬士は自問自答する。ゆっくりと深呼吸をする。

頭の中がこんがらがったままなのは、自分の知識量が圧倒的に足りていないからだ。調べていけばきっと何か道筋を立てて考えることができるはずだ。

冬士は教室棟へ歩き始めた。

 




混気体質・・・霊気が安定していないことが特徴的であり、男でも陰の気を纏っていたり、女でも陽の気を纏っていたりするため、見鬼からすればめんどくさいことこの上ない。また、生成りになることが少なく、そのまま人間の意識を持った霊獣になりやすいため、霊獣にされて調教され、人格が崩壊する者もいないわけではない。霊獣にするためには殺す必要があるが、そのことはあまり知られていない。


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第3話 フローズン・ハート

冬士語りで始まります。


 

どんなに落ち着こうとしても、何かとぶり返すことになるらしい。

教室に入ったら烏丸先生に声をかけられた。今は、大人の声を聞きたくない。

まあ、そんな自己防衛のためのわがままなんざ言ってられるわけもない。俺は謝罪の言葉を述べて席に着いた。何か話し合いの活動中だったらしいのだが、俺が来たことで止まってしまったようだった。

「…千夏、何の話してたんだ?」

「えっと、体育大会。 ほら、1年はまだ式神とかも使えねーじゃん? だから何するか決めようって」

「クラスごとの発表らしいよ」

犬護がそう言ってきた。柔らかそうな栗毛だ。いじりたい。

「冬士はなんかやりたいことあるか?」

「…わかんねーよ、俺中学でも体育大会参加したことねえんだぞ」

「あ、そっか」

千夏はうなった。俺と千夏と勇子と大輔は同じ中学だが、生成りである以上まともに体を全部使うような運動をすれば生成りは簡単にタガが外れて霊獣の運動能力が出てくる。昔はそれで横にいた人間の頭を潰してしまう生成りがいたらしい。

言わずもがな、俺と大輔は体育大会に参加したことはない。

「…3年ぶりだな…」

小さくつぶやいたら、千夏が小さく笑った。

「―――!」

それが、誰かの笑顔と重なった。

よく知っている奴の笑顔と重なった。

アイボリーのふわふわの柔らかそうな髪のアイツ。

赤い眼はちょっと大きくて、きらきらしていた。

「…冬士?」

千夏の声が遠くで聞こえる感じがする。

なんで、こん、な。

 

『冬士…ここ、どこだよ…』

『知らねえ…』

 

あ、やば、い。

フラッシュバックして来てやがる。

 

『ほら、ご両親の役に立てるんだよ?』

 

うるせえ。

記憶の中の物のくせに。

過去の事象にすぎないくせに。

俺の今を、かき乱すな。

 

「おい影山、どうした。 顔色が悪いぞ、保健室に行け」

 

「―――!!!」

 

俺の肩に掛けられた手。

誰の手?

この手は誰のもの?

ここにあいつはいる?

さっきまで隣にいた千夏を、感じ取れない。

恐い恐い恐い恐い恐い―――!!

 

 

それに最初に気がついたのは千夏だった。冬士が自分を見つめたまま動かなくなったのだ。徐々に青ざめていくのも見えた。

烏丸がすぐ後ろから冬士の肩に手をかけていた。

「烏丸先生、危ないッ!」

勇子が叫び、千夏が烏丸を突き飛ばした。あたりに一気に水気が満ちて、気温が2度ほど下がった。

「冬士!」

千夏が右手で冬士の頬に触れた。見る見るうちに凍りついていき、千夏が苦痛に悶絶した。

「―――ッ!!」

冬士の瞳に光はなく、虚空を見つめていた。

「冬士、冬士しっかりしろ、冬士!」

勇子が小さく舌打ちしてホルダーから符を取り出した。

「我らの身を温めよ。 急急如律令!」

あたりをオレンジ色の炎が包んだ。

「春樹! 冬士に土符を投げて!」

「そ、そんなことできるわけないだろ!」

「全員凍りついて冬士を人殺しにしたいなら結構ですけど?」

「! なんて恐ろしいことを言うんだきみは!」

春樹はホルダーから符を取り出した。

「荒御霊を鎮めたまえ。 土剋水! 急急如律令!」

投げられた符は冬士に届く前に霧散してしまった。しかし、冬士の眼には光が戻ってくる。

「…あ…?」

「冬士! 大丈夫か?」

「…」

冬士は千夏を見て、小さくつぶやいた。

「俺…千夏を…」

「冬士、俺は大丈夫だから。 落ち着け、な?」

千夏が笑いかけると、冬士の眼に宿った光が揺れた。

「…千夏―――悪ィ…」

その瞬間、どっと鬼気があたりにあふれた。

「!!」

勇子が止まった。

犬護はへなへなとそこに座りこんでしまった。冬士はふらふらと教室を出ていく。

「とう、じ」

かろうじて大輔が出した声に、冬士は何かつぶやいて、そのままドアを閉めて消えてしまった。

 

 

 

 

 

「大輔…冬士、なんて?」

千夏の問いに、大輔は小さく息を吐いた。

「…記憶と目の前の現実の境がなくなった、と。 あれは、そうとう煉紅の一件が堪えてる」

千夏はギリッと唇を噛んだ。血が流れる。

「千夏…」

春樹が小さく言う。朱里は犬護のそばで犬護を支えていた。

「…鬼に近づいたらやばくなるのはわかってた…なのに冬士を一人にしたのは俺だ…俺の責任だ…冬士が起きるまで傍にいればよかった…!!」

千夏の後悔の言葉はほとんどの生徒が気絶してしまったAクラス教室の空気に消えていった。

 



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第4話 崩れた心

冬士語りで終わってしまいました。ここでは状況がよくわからないと思いますが使用です(苦笑)


物心ついたときから両親に見てもらえてないという自覚があった。

紫苑のほうが可愛がられているのもよくわかっていた。

でもそれが当たり前だったから、特に両親に何か言ったことはない。

小学生になって、よく喧嘩をするようになった。

小4で小6と1対4ぐらいで勝った。

ちょっと喧嘩が強いだけだったころの俺は、いわゆるただの非行少年だった。小学生で非行少年ってどんな生活していたんだろうと今でも思う。

喧嘩ばかりするやつと落ち着いていて話をよく聞ける子。どっちが可愛がられるかなんて小学生のうちにわかるようになった。それでも俺は非行少年のままだった。紫苑が俺の後ろをよく付いて来てくれていたから、特に変わろうとも思っていなかった。そもそも、愛されたいと思ったとして、どうすればいいのか分かっていたにもかかわらずやらなかったのには理由がある。

俺が笑っても両親は笑わない。紫苑が笑えば両親も笑う。紫苑と俺が笑っても両親は笑わない。だから俺は両親の前で笑うのをやめた。

両親が喜ぶと思ってやったのに、親父が露骨に嫌そうな表情を見せた。だから俺は何をやっても同じだと思った。

母の日にお袋にカーネーション贈ったら捨てられた。

…うん。今思い出してかなり萎えた。あの時はかなりショックだったな。

 

渋谷は人で溢れている。霊気がごった返しているのが見える。

普通の生活ができている奴ほど憎たらしいものはない。一番の幸せは何のへんてつもない日常だ。色々ありすぎて俺は日常が何だったのか分からなくなっている。

千夏と居る日常だって非日常以外の何でもない。

苗字が違うやつが同じ屋根の下に3年以上暮らしている空間が普通か?

鬼の生成り2人に異常なまでの霊力量を誇ってる家の御曹司と御令嬢だ。

龍冴先生の話からすると、俺の人生はそもそも普通からかけ離れている。

ならもうむしろ諦めてしまおうか。

普通の人生なんて。

陰陽師になればこの力を皆のために活かせるだろう、そう思ったから倉橋に入った。

陰陽師を目指している時点で、一般人として暮らすことなんて諦めていたんだろう。

信号が青になった。

人の波が動き出す。

ふらふらと波に乗って渡っていく。

勇子と出会った渋谷駅の前の公園にたどり着く。

「…」

ここが最後に紫苑を見た場所だ。勇子との関係が始まった場所だ。野本先生に最後に会った場所だ。大輔と俺が生成りになった場所だ。

空を見上げた。

あの日もこんなふうに青い空だったな。

いつもはなんて思わないはずの周りのやつらの会話がやたら耳に入ってくる。

なんだか、きつい。

だるい。

くらくらする。

スマホ、忘れてきた。

千夏はちゃんと俺を見つけてくれるだろうか。

思い出したいことはいつも思い出したくないことの後に来るから、思い出したくないことばっかり思い出して、皆に助けてもらえた大切な思い出は霧のように散っていく。思い出したくないことだから途中でやめてしまおうとするんだ。でも、そのあとにつらい思い出を打ち消せるくらいの思い出があるのがわかってるから、結局最後までつらいほうは見てしまう。もうやめよう、疲れた、って思うのはちょうど励ましてくれる千夏や勇子の声が俺に届く前。つらい思い出ばかり人間が覚えてるのはそればかり思い出すからだ。

自分で自分を責めて一体何になる。

紫苑は帰ってこない。

俺たちが生成りであることに変わりはない。

勇子や千夏に迷惑をかけることも変わらない。

それでも自分を責めちまうのはきっと。

そっちのほうが楽だから。

誰かにあたるのが嫌になって。

自分にその刃を向けたから。

こうなった。

その刃を錆びつかせてくれる人がいたらよかったのにな。

俺の刃は多分、折ってくれる人こそいても、鞘を被せてくれる人はいなかった。

砕け散った刃がこっちに飛んでくるんだ。それでも構わない。その刃を掃ってくれる人がいた。

 

―――まるでギヤマンだな。

 

いつの言葉だったか。御影に言われた言葉だった気がする。

 

その時、サイレンが鳴った。体がビリビリした。

「―――!」

やばい、この気はヤバすぎる。

―――おいこれやばいぞ。

御影が言った。んなこたあわかってるんだよ。

感じるのは強い金気。

「…聖獣か?」

―――聖獣? その程度なわけねえだろ。 四神クラスにきまってる。

御影の言葉に、俺はとっさに隠形をした。鬼から守るためのやつに来られて鬼が勝てるわけねえだろ!まだ死にたくねえ!

そう思うのに、体は動かなかった。

 

『霊災発生。 レベル9、フェイズ4、四神型、白虎』

 

あたりが金気に満たされる。金気だからまだ何とかなるか?

いや、無理だな。背に東を向けねえと。白虎は西方を守る神獣だ。白虎の背には東が来る。白虎は東側を向けない。

そんなこと考えているうちに、目の前に白虎が下りてくる。

死ぬ。

やばい。

助けて。

って、誰が助けてくれるって言うんだ?

ここに千夏はいないし。

…ってか、俺、さっき千夏の手を凍らせた気がする。

「…捨てられちまったかも…」

だれか。

助けて。

 

そこで俺の意識がぐらついた。

やばい。

これ、あいつが出てくる兆候だ。

体が動かない。

 

『―――』

 

白虎が何か、言った。

 

『賭けをしないか、少年』

 




そろそろ話が動く、はずです(苦笑)。


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第5話 冬士の友

時間が少し戻っています。放送が入るのでそこでご判断ください。


「…勇子姉、今の鬼気なんだ?」

がらりと教室のドアを開けて入ってきたのは迅だった。迅の体はまだ微かに震えており、壁を伝って歩いてきたらしい。

「…冬士が家出しました」

「…家出、じゃねえだろ。 勇子、すぐ冬士探さないと」

大輔が言った。Aクラスの生徒は大半が気を失っており、意識があるのは烏丸と闇を含めて8人だけだった。

「千駄ヶ谷の神童じゃねえか。 あの鬼気に中てられて意識があるとは、なかなかだな」

「影山先生」

龍冴がやってきて、クラスを見渡した。

「やっぱこのクラスが一番起きてるやつは多いな」

「影山先生、烏丸燎と赤石翔を置いていくので、私たちが外に出る許可をください」

勇子が龍冴に向かって言った。

「ああ。 …土御門の神童は窓ガラス破って行きたそうな勢いだな、おい」

「飛歩が使えない自分が憎いです」

飛歩とは、禹歩から発展した、霊脈に乗って長距離の移動を可能にする歩術のことである。ただし才能にかなり左右される。

「そのうちできるようになるだろ、お前さんなら。 …烏丸、闇、手伝え。 他のクラスも皆ぶっ倒れてやがるからな」

龍冴はまだ少し呆けている烏丸と相変わらずせんべいをかじっている闇に声をかけて勇子たちに行くように示した。

勇子は朱里に近づいた。

「鋼山さん」

「?」

「迷惑じゃなかったら、冬士を探すのを手伝ってくれないかな?」

勇子の目は真剣なものだった。朱里はうなずいた。

「迷惑だなんて、そんなことありません」

勇子はその答えを聞いて、小さく笑った。

「ありがとう、鋼山さん」

勇子は赤い紋のある符をホルダーから取り出した。

「迅、行くよ!」

「うっす」

迅はだいぶ落ち着いたらしく、すぐに走り出した。次々と生徒が教室を出て行った。

「…」

朱里はふと、今日編入してくる予定であったいとこのことを思い出した。

いとこである鹿池アレンである。

連絡を入れておかなければ心配されるだろう。

朱里はメールをアレンに送り、走り出した。

考えるのは冬士の事だ。

 

冬士は自分のことはあまり語るほうではなかろう。遠巻きに見ていてもわかりづらいが、話をはぐらかすのはかなりうまいほうだ。冬士は話せばならないことがここ最近は多かったために自分のことをよく語るように思っていた。

冬士がその思い出の中の感情を語ったことがあるか?

表情はよく変わるか?

どちらも、答えは否。

少なくとも朱里が見ていた範囲で、冬士は一度も感情を表には出していない。

触れられたくないことの一つや二つ彼にもあるだろう。そこまで突っ込んでいく気は毛頭ない。そうであっても、あまりに自然な作り笑いが顔に張り付いているのが、朱里にはすぐにわかってしまった。

「冬士、もう少し、周りを頼ってもいいんじゃないですか」

小さくつぶやいた。

友達は周りにいるでしょう?

もっと頼っていいでしょう?

一人で背負い込むなんて、無茶をするだけだ。

「―――!」

朱里は強い金気を感じた。

(…これは、何だろう…かなり強いみたいだ)

霊気の流れを視て、朱里はその金気の流れてくる方向へと足を向けた。

 

 

 

 

 

「―――」

「あ、おい亜門、どこ行くんだよ!」

教師の言葉を無視して教室から飛び出していく少年。

佐竹エクソシスト養成学校―――別名佐竹エクソシスト科の生徒である。

「あのバカを連れ戻せ、十(つなし)、四月朔日(わたぬき)」

「はい」

「はい!」

男子生徒が2人立ち上がり、少年の後を追っていく。

少年はスリッパを靴に履き替えるなり全力で走っていく。

「ああもうあのバカなんちゅうスピードや!」

「亜門足はえーな」

「アンドロマリウス! 亜門追うで!」

十輝昭(てるあき)、四月朔日ルイ、それぞれエクソシスト訓練生である。すっとフクロウが飛んで来る。

「ストラス、行こう」

「わかりました。 しかし、なぜあんなに全速力で出て行ったのでしょうか?」

フクロウ―――ストラスが言った。

「たぶん、あれやな。 未来予知」

「ああ…しかしそれだとまずいですよ、亜門が見ることができるのは確実に起きる未来です。 その未来の事象を変えることはできません」

「それでも行ったってことは、まだ何とかしたいこと自体は何とかなるっちゅう事とちゃうんか」

輝昭が言い、ルイはうなずいた。

パーカを着た青年が現れる。

「…あー、なんか面倒なことに巻き込まれたっぽいな」

青年は輝昭に手をかざした。

「ほら、行くぞ」

 

 

 

渋谷は人の行き来が激しい。それを加味してもやはり金気が多くなっている気がする。

それは思い違いでも何でもなく、事実である。

それがわかっているがゆえに、亜門は確実に目的の場所へと近づいて行っていた。

サイレンが鳴る。

『霊災発生。 レベル9、フェイズ4、タイプ獣(ビースト)、四神型、白虎』

亜門の前方で金気が爆発的に広がった。

「―――」

隠形していた白虎が姿を現した、と言ったほうが正しいのだろう。

そこは、渋谷駅前の公園。

そこには、亜門が探していた人物の姿もあった。だがどうやら、意識が朦朧としているようだった。

「おった!」

知り合いの声が後方から近づいてくるが、今は黙っていてほしいものだ。

「亜門、どないしたんや!」

「輝昭、ちょっと黙ってください」

ストラスが言った。亜門は白虎のほうをじっと見つめていた。

『―――』

白虎は少年に言った。

『少年、賭けをしないか』

その声ははっきりと周りにも聞こえる声だった。

行き来していた一般人の大半は白虎の出現とともに気を失って崩れ落ちている。一部の意識のある者たちは目の前の巨大な虎を前に恐怖ですくんで動けなくなっている。

何より、さっきの声は。

少年がうなずいて、白虎は少年を背に乗せた。

その様子を亜門はただ見つめているだけだった。

口をきけずにいるルイや輝昭は、だいぶ青ざめている。

白虎が大きく一声鳴いた。

「!」

輝昭がひるんだ。

白虎はそのままふっと光になって消え去った。

「…なんやったんや、今の白虎…」

輝昭が座り込んだ。亜門は振り返ってようやく4人に声をかけた。

「早かったな」

「俺が魔法つかったしな」

アンドロマリウスがさらっと言った。

「…亜門、何がしたかったんや?」

「…さっき白虎に乗ったやつ。 アイツ俺のダチなんだよ。 影山冬士っていうんだ」

「「!」」

アンドロマリウスとストラスが顔を見合わせた。

「どうしたんだよ、ストラス?」

「…いえ、われわれちょっと依頼を受けている解呪がありまして。 その呪を掛けられているのが確か影山だったと思うのですが」

ストラスが言う。アンドロマリウスはうなずいて、ケータイを取り出した。

「?」

「あれは相当精神的にぐらついてたが、原因の魔法は分かった。 ストラス、お前陰陽局行け」

「では、こちらは任せますよ。 ルイ様、亜門、くれぐれも無理をなさらぬように」

ストラスはそう言って飛び去った。

「…よく意味わからなかったんだが」

ルイが言うと、アンドロマリウスが苦笑いした。

「さっきのガキは、呪術によって精神操作された人間に囲まれて暮らした成れの果てだな。 たぶん精神的にやばくなって、知り合いのとこを逃げ出してきたってとこだろう」

亜門を一瞥するアンドロマリウスに、亜門はうなずいた。

「あいつも生成りだ」

「しかし、影山か。 分家のほうの息子さん陰陽師になる気だったのか…」

「?」

「あの制服、倉橋だぞ」

アンドロマリウスは空を見上げる。正しくは、霊気を見ている。

「…建設中のビルのほうだな。 亜門、知り合い倉橋にいるか?」

「いねえ」

「人脈のなさは相変わらずだなボケ」

アンドロマリウスがそう言った時、あの、と声をかけてきた少年がいた。

「?」

「ぼ、僕、矢竹犬護っていいます。 ちょっと、いい、ですか」

 




飛歩…オリジナルです。禹歩は実際にあります。
   霊脈に乗って遠くへ移動する術です。東レでは禹歩とされていました。


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第6話 冬士にしてあげたいこと

 

「…矢竹、か。 どうした?」

アンドロマリウスが声を返すと、そこに黒い髪の先が赤い少年や紅色の髪の少女が近寄ってきた。

「あ、あの、僕らの友達の話をなさっていたようだったので」

「…ああ、影山の息子のことか?」

「は、はい」

犬護の声は震えている。

「…影山の人間はほかにいるのか?」

「いません」

少女が言った。

「お前らは?」

「神成勇子です。 この黒髪が土御門千夏」

さらに赤毛の少女が近づいてきた。

「神成さん」

「?」

「私は先に金気を追いましょうか」

「あ、やめとけ。 これから俺らも向うから」

亜門が声をあげた。

「…」

千夏がずっと黙ったままだ。目を細めて、亜門をじっと見ている。

「やっぱり、冬士君は白虎と一緒に…?」

犬護の不安げな声に、アンドロマリウスはうなずいた。

「…冬士が言ってたダチってお前らなんだ。 安心したぜ」

亜門が言った。

「?」

「土御門千夏、神成勇子。 あと名前がよく出てきてたのは雅夏大輔だけど、お前らに言っとかなきゃな」

亜門は千夏の目を見つめ返した。千夏は亜門を見て、うなずいた。

「大輔には電話する」

「よし。 …今博識王子が陰陽局に向かった。 冬士の両親に掛ってる術が解けるはずだ」

「!」

「それ本当なの!?」

勇子が声をあげた。千夏も目を見開いて、そして、小さく笑った。

「…えっと、みなさん…」

「俺は火橋亜門」

「十輝昭や」

「四月朔日ルイっす」

「俺はアンドロマリウス。 輝昭と契約してる」

犬護が首をかしげた。赤毛の少女も首を傾げたが、勇子が言った。

「アンドロマリウスは悪魔ね。 ソロモン72柱だったかしら?」

「ああ。 日本じゃ無名なもんで生活しやすくていいぜ。 あ、博識王子ってわかるか?」

「ストラスかな? フクロウの姿を私の式神が見てるんだけど」

「正解だ。 さて、こっちは影山息子を追うぞ。 赤毛の、そっちの娘さんは?」

アンドロマリウスが尋ねる。

「鋼山朱里です」

「そうか。 道を突っ切るからついてこい」

アンドロマリウスは全員の名と、何かつぶやく。

「効果時間は5分でーす」

「もうちっと何とかならへんのか」

「輝昭の寿命が縮むだけだ」

「…ごめん無理」

「誰も強要なんざしねえって」

アンドロマリウスはそう言って、トン、と地面を蹴った。

 

 

 

 

 

もしも父親から愛されていなかったら、もし母親から愛されていないと感じたら、どういう反応を示すのが普通だったのだろうか。

わかってくれなんて言う気はない。

わかってあげられなかったのはむしろ自分たちのほうなのだから。

 

「彩月ちゃん、これから解呪にかかる。 意識飛ばすなよ」

「はい、お義父様」

彩月はうなずいた。目の前には龍冴と、その肩に乗ったフクロウがいた。

「お初にお目にかかります、私はソロモン72柱が一角、第36位ストラス」

「…影山彩月です」

悪魔の力まで借りなければならないほど強力な術式だったのか、と彩月は唇を噛んだ。

「龍冴殿、ここにこの魔法陣を描いてください」

「おう」

龍冴は言われるままに魔法陣を描いていく。彩月の横には良仁―――冬士の父親がいた。

「…できましたね。 彩月さん、あなたから解呪します。 中に入ってください」

ストラスに言われるまま魔法陣の中に入る。

ストラスが魔法陣の周りを一度回る。

魔法陣が光り始めた。

彩月の脳裏に蘇ってくるのは、冬士と紫苑に対する自分たちの対応への後悔ばかり。

「…く―――ダンタリオンですか…これは骨が折れますねえ」

ストラスは小さく唸って、何かつぶやく。

「…いったいどうなってんだ?」

「はて、どうしましたか、龍冴殿?」

「いや、視界が真っ黒で何も視えねえ」

「ダンタリオンは水属性ですからねえ。 陰陽道では水は黒でしたね」

ストラスはポンっと宝石を取り出す。

黒っぽい石。

「黒水晶(モリオン)?」

「はい。 浄化にはこれが一番手っ取り早いですから」

ダンタリオンの魔力が絡んでいる以上は、これだけで足りるとは思えませんがね。

そう付け足して、ストラスは魔法陣に向き直った。

「彩月さん。 あなたが息子さんにして後悔していることを思い浮かべてください」

彩月はうなずいた。

冬士にして後悔していること。

数え切れないほどある。

紫苑と一緒に笑ってる冬士を見て、むかむかとしていたことがある。冬士の為にご飯を作ったことなんかない。母の日で冬士が買ってきたカーネーションを受け取って笑顔で捨てたことは思い出しただけで自分に腹が立つ。

「…悲惨ですね…」

「やっぱ、狙われてんのか?」

「狙われてますね。 ダンタリオンの能力は相手の感情を操作することもできますから、イベントの日を重点的に狙って仕組んだのでしょう」

「…クリスマスも誕生日もすさまじいからな…」

龍冴は思い出したようで、目じりに涙が浮かんだ。

「…あなたが泣くほどのことですか?」

「冬士はな、いとこの顔も名前も知らねえんだ。 うちには一度も来たことがないし、飯も作ってもらったことねえだろうな」

「…むしろよく今まで堕ちずにいられましたね。 彼本当に生成りですか?」

「あいつの鬼は山神だからな、多少勝手は違うかもしれん」

龍冴の言葉にストラスはふともう一つ石を取り出す。また、黒だ。

「オニキスです。 これを彼女の周りに撒いて来てください」

ストラスに言われ、龍冴はオニキスを受け取って彩月の周りに撒いた。

「彩月さん、その思い出が辛いなら、その思い出をぶち壊してください。 その思い出を繰り返さないと心に決めてください。 息子さんに、してあげたいことを思い描いてください」

ストラスが大きく声を張り上げた。

影山分家、そこはとくに広いわけでもない。ただ、たった4人で住んでいると少し大きい家だった。もうこの家には2人しかいない。紫苑は死んだ。冬士は神成家に引き取られた。その原因は両親の冬士への対応だった。

支えのない生成りは堕ちやすい。堕ちれば人間でなくなるどころか、意識そのものが塗りつぶされてしまう。霊獣でも人間でもない、意識のないモノに成り果てる。それなのに、それが狙うのは人間だった自分を助けてくれなかった人間ばかりだ。

冬士が堕ちれば狙われるのはまず両親だ。そう判断されてしまい、冬士が入院して神成に引き取られるまでに彩月も良仁も一度も冬士には会っていない。

「…」

冬士に、会いたい。

「―――綻びができましたね。 彩月さん! 叫びなさい!」

ストラスはそう叫んで、龍冴を見た。龍冴はストラスと目を合わせて、うなずいた。

「彩月ちゃん! 冬士に何してやりたい? いやそもそも、冬士にどうしてほしい!? 冬士にとってどんな存在でありたい? 」

「―――」

彩月はギリ、と歯を食いしばった。

頭痛がする。だが、ここで負けるわけにはいかない。

ここで負けてなるものか。冬士はもっと苦しい思いをしてきただろう。そうさせたのは自分だろう?

「冬士に、会いたい! 冬士を、抱きしめたい! ご飯も作ってあげたいし、一緒に笑いたい!!」

抽象的な望みしか出てこない。それでもそんな望みが、彩月には遠かった。

冬士のためにと何かしようとすればすぐに頭痛に見舞われ続けてきた。倒れた回数だって一度や二度ではない。

痛みに逃げ続けてきたのだ。

ここで踏みとどまらなければ、永遠に冬士に伸ばす手も、合わせる顔もありはしない。

「冬士の名前を、呼んであげたい…」

一度も名を呼んだことがない自分の長子を。

「―――」

ふらふらと良仁が魔法陣に近づいてきた。ストラスは言った。

「ダンタリオン、もういいでしょう? 冬士君の後ろには火炎侯爵と閻魔天がいるのですよ?」

「…そうだな。 ふふ、この術をかけた男はまだ生きているが…ちょうど今マルファスと衝突している。 これを機に契約者を捨てるのもありだな」

「…恋愛感情以外で人の感情を弄ぶのはあなたくらいなものです。 悪趣味極まりありません」

ストラスは良仁に語りかける。いや、それは良仁ではない―――ダンタリオンである。

「…良仁に取り憑いてんのか?」

「…いや。 この男はその女に掛けた術が一部乗っていてな、こちらから自由に動かせる」

「…離れやがれ」

「まあそうせかすな、“龍使い”。 ―――だがまあ、貴様ら親子には楽しませてもらった。 礼をしてやる」

ダンタリオンはそう言って、本を取り出した。

「…ふ、子供は大事にしろ。 お前たち両親のかける言葉が子供のこれからのすべてを決めるぞ」

本が光る。ダンタリオンはストラスに言った。

「ストラス、あの方の傍を離れるなよ。 さて…おいとまさせてもらう」

良仁が目を閉じる。本が消え、彩月の周りの魔法陣からも光が消えた。

「…終わった、のか?」

「…はい。 ダンタリオンが術を解きましたね。 …たぶん、術者が死んだのかと」

「…マルファスって確か中部にいたな…しばらく出張になりそうだ…」

龍冴は彩月のほうを向いた。

「立てるか、彩月ちゃん」

「…はい」

彩月は立ち上がった。まだ少しふらついてはいるが、大丈夫だろう。

「…彩月さん、よく頑張りましたね。 ダンタリオンは基本自分から術を解くことはありませんから、それをさせたというのはかなりすごいことですよ」

「…ありがとう、ストラス…。 良仁君、いつまで寝てるの!! 冬士のところに行くわよ!!」

「…寝ているわけではなくてだね…体中が痛いよ」

「冬士を散々アルミラックの支柱で殴ったあなたが言えることなの!? 我慢しろ札用意しろ!!」

彩月が叫ぶのを見て、ストラスがたじろいだ。

「…鬼嫁ですね…」

「影山にはちょうどいい」

龍呉がからからと笑った。

 



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第7話 それぞれの戦い

皆がちょっとずつ戦ってるんです。そのはずです。
途中で大人が空気になりますが気にしないでください。


 

少年のケータイが鳴る。

「あ! …ええ?」

少年はケータイを見てがっくりと肩を落とした。

「朱里…」

彼の名は鹿池アレン。鋼山朱里のいとこである。

今日この日編入手続きを終えて、朱里に会いたくて頑張って早く実家を出てきたアレンが学校に着いたのは、霊災発生の放送があって少したったころのことだった。

アレンは午前中には着けるから、倉橋の学園内の案内をしてもらうことを朱里と約束していたのだ。

メールの内容はこうだ。

『友達のピンチに召喚されたから行ってくる! 案内は無理っぽい』

「―――もう、朱里いいいいいい!!」

アレンの叫びが虚しく虚空に消えた。

 

 

 

 

 

「渋谷に出現した白虎だが、どうやら倉橋の学生が1人捕まっているらしい」

千陣谷康哉の言葉に、その場に緊張が走った。

「…で、その捕まってる奴ってのが影山のおっさんの孫ってことかよ」

真っ赤な瞳と薄いオレンジ色の髪の青年が言った。

「そういうことだ。 生憎と龍冴さんは今いないから、動けるのはお前と多嶋ぐらいだが」

康哉の言葉に青年ははあと息を吐いた。

「要は俺に出ろって言いたいんでしょう? わかりましたよ、行ってくりゃいいんでしょ」

この青年、名を蓮道昌次郎という。

「白虎はできれば殺さずにな。 お前何でもかんでも殺すから」

「ハ! よわっちいのが悪いんすよ? でもまあ、白虎は俺も相性悪いっすから、多嶋さんいれば何とかなるんじゃないんすか?」

昌次郎はジャケットのポケットに手を突っ込んだ。

「多嶋、昌次郎が冬士君を傷つけないように見張っておいてくれ。 今下手に揺さぶられると堕ちる可能性が高いらしい」

「! …わかりました」

多嶋蓮司がうなずいて、昌次郎とともに部屋を出て行った。

「…しかし、どうしてまた白虎が」

「…アンドロマリウスから連絡が入ったんだが、どうやら冬士君に話しかけたようだ」

康哉の隣に立っている青年が小さく唸った。

「いとこが心配か?」

「…ええ、さすがに白虎クラスのモノへの対応はあいつでもわからないでしょうから」

青年の髪は短く刈り込まれており、二か所だけ銀髪のメッシュが入っている。金気の影響である。

「…おそらくその白虎は、倉橋と影山に関係している。 ―――それ以外の可能性もあるが、俺の見立てではおそらく龍冴さんと倉橋大御所の知り合いだ」

「…人間が白虎になるなんてこと、泰山府君絡み以外の何でもない」

「たぶん、先日の鬼のせいだろうな」

康哉は窓の外を見た。

「職員じゃないお前に頼むのもあれだが、独立十将の招集をかけてくれるか」

「どうかしたんですか」

「雅夏の子がな、鬼との戦いに龍を引っ張りだしたんだ。 道摩法師が降りてくる可能性がある。 そっちの警戒をしてもらいたい」

「…また面倒なのが来ますね」

「理由を聞かないでいてくれるところがお前のいいところだ、鋼山折哉」

 

 

 

 

 

建設中のビルの5階ほどに、白虎がいた。そのすぐそばで紫がかった髪の少年が眠っている。少年の傍には銀髪の少年がいた。

銀髪の少年は紫がかった髪の少年の頭を撫でる。

慈しむように。

その目に宿った光は柔らかい。

「…君の友達はきっと君を連れ戻しに来る。 その不安を吹き飛ばしてくれるくらいの勢いで、君の手を掴みに来るだろう」

銀髪の少年はそう呟いて、立ち上がった。

「あーあ。 “鬼降し”と“断空”が先に来ちゃったか」

白虎がすっとビルから出ていく。少年の姿が透けて消えていく。

「冬士。 皆が来たら、飛び降りていいよ。 ここの霊脈には乗れるね?」

口端を上げて、少年は笑った。少年の姿は完全に消えた。

 

建設中であるために立ち入り禁止のテープが張られていたビルの建設現場だが、白虎がいるために今は祓魔関係者しか立ち入れなくなっている。

蓮司と昌次郎はビルから姿を現した白虎を見上げた。

「ハ! わざわざ広いとこに出てきやがった!」

「…冬士君の水気を感じる。 あいつが出てきたところに冬士君がいるのかもしれない」

「とっとと捕まえて局長に突き出しましょうよ」

昌次郎はすっと息を吸い込んだ。

「ノウマク・サラバタタギャテイビャク・サラバボッケイビャク・サラバタタラタ・エンダマカロシャダ・ケンギャキギャキ・サラバビギナン・ウンタラタ・カンマン」

火界咒を唱えると、昌次郎の霊気が一気に炎に変化して白虎へと向かう。白虎は一声鳴いて、風を起こした。

「風…まずい、冬士君の霊気を引っ張る気だ」

「…その冬士って奴、属性は?」

「…水がメインだ」

「チッ。 相侮(そうぶ)を使う気か」

相侮、すなわち、本来ならば相剋で打ち勝つことができるはずの属性(水なら火)に負けるということである。水が弱すぎて火によって蒸発させられてしまうという状態をいったものである。

金気を纏った風が火に勝った(相侮した)ならば、その炎はそのまま白虎の武器となってしまうことだろう。

この場合、冬士の水気で昌次郎の火気を相剋して弱体化させ、金気で相侮するといった流れになる。

「一気に決めたいんすけど」

「ビル、壊すなよ」

「そんなの白虎を祓えなかったってことで祓魔局に請求しましょうよ」

「こら、それでも公務員かお前」

「公務祓魔官ってだけじゃないっすか」

愚痴りながら、昌次郎は空中へ飛んだ。

その時、近づいてきた霊気に気付いて、蓮司は振り返った。

「勇子様!?」

「蓮司さん! 白虎と戦ってるのは昌次郎ですか?」

「ええ、そうですが」

蓮司が言うと、勇子の後から辿り着いた倉橋や佐竹の生徒たちが近づいてくる。

「皆は冬士君を探して?」

「はい。 佐竹の生徒が見てたみたいだったので話を聞いてここへ来ました」

超有名人である十二神将を相手に物怖じせずに普通に話す勇子に、犬護は目をきらめかせていた。

「勇子様、冬士君は5階ぐらいにいます。 白虎に何かされてるかもしれないですけど」

『それはないわよ』

「!?」

突然聞こえた女の声に蓮司はあたりを見回した。

「…煉紅、どういうこと」

勇子が言うと、ふっと鬼の女―――煉紅が姿を現した。

「あの白虎は…イサコの息子」

白虎を見上げて煉紅は言った。白虎を炎が包むが、一瞬で打ち消されている。

「なんだって? イサコって、50年前の…?」

「そうよ。 ―――」

説明をしようとした煉紅が止まった。

「?」

また新たに近づいてくる気配にそちらを向くと、そこには龍冴がいた。龍冴だけではない。

「あ、冬士のご両親ですか」

勇子が言った。

「神成、そう冷たい態度をとるなよ。 もう術は解いてきたんだ」

「ストラスがいい仕事したようでなによりだ」

アンドロマリウスが小さくつぶやいて、女の腕の中にいたストラスを引き取った。

「すげえ疲れ方だな」

「ダンタリオンと張り合いましたから…」

白虎が吠える。煉紅が吠え返した。

「…なんて?」

「時間がない、早くしろ、と」

勇子は5階を見上げた。龍冴が小さく舌打ちした。

「…どうしたんですか?」

犬護が不安げに尋ねると、龍冴は言った。

「あの白虎…まさかとは思うがあれ昌虎じゃねえだろうな!? 右目がつぶれてるが」

煉紅は肯定の意味でうなずいた。

「…ッ! いろいろ聞きてえことが増えた。 土御門千夏、神成勇子、雅夏大輔、彩月ちゃんと良仁のこと頼む。 後、火橋亜門!」

「はい」

「お前はこの中で一番冬士との付き合いが長いはずだ。 頼むぜ」

「うっス」

亜門を見た千夏が少し驚いたような表情を見せた。

「そんな前から?」

「ああ、紫苑の墓参りは3年前に済ませてるぐらいには古い仲だぜ?」

「…そりゃ心強い」

千夏が前に出る。その手には鈴のついたリボンが結び付けられている。

手を振って、鈴を鳴らす。

勇子が符をたくさん取りだした。

大輔はカチューシャで前髪をすべてあげた。右目の鬼眼が覗く。

「…犬護、結界の準備を先にしておいて」

「え?」

「冬士をこっちに引き戻すのは千夏と火橋がいればいいと思うけど、問題なのはそのあとなの」

「え…っと? と、とにかく、結界を張るの?」

「一番強力な奴をお願い。 くれぐれも中に閉じ込められないようにね。 冬士の鬼気で死ぬわよ」

勇子はあっさりとそう言ってビルの5階を見上げた。

「冬士!」

千夏が叫んだ。

ゆらり、と霊気が揺れた。

水気がやたら強くなっている。

「…水気強すぎない?」

「紫鬼が出てきてるな…この頃一回出てきていたから、封印を強化し直さなきゃいけなかったが…やってねえし」

大輔が言うと、千夏が苦笑いした。

「俺も星詠みできたらよかったのになあ」

「それ以上力をつけてチート陰陽師になる気か、千夏兄」

迅が言った。

「来た」

勇子が言う。人影が立ちあがったのが見えた。

「―――」

小さな声だった。冬士が何か言った。すぐそばの戦闘の音でかき消える。

「…なんて言った?」

大輔の聴覚でも聞き取れなかったらしい。勇子は千夏を見た。千夏は少し青ざめており、首を横に振った。

亜門が一歩前に出た。

「俺の手はお前の手を掴むだろう。 お前が望むのなら何度でも言ってやろう。 お前が手を伸ばすのならば何度だってその手を掴みとってやろう。 隣にいないと肩組めないじゃねーか。 とっとと降りて来いよ、親友」

亜門が両腕を広げて見せた。

「…馬鹿だな、亜門」

今度ははっきりと聞こえた。

「俺たちはまだお前らの隣(そこ)にいられると?」

「当り前だろうが。 お前ら全部で影山冬士だと俺は前にも言ったはずだぜ?」

「…同情しないんだな。 お前は相変わらずだ」

「そりゃあ、全部見てるしな。 同情はいらないって言ったのもお前のほうからだったし」

亜門は大きく笑った。

「ほら千夏、お前が呼んでやらんでどうすんだ、ご主人様なんだろ?」

亜門の声が千夏にかかった。千夏は亜門の横に立った。

手を冬士に向かって伸ばす。

「冬士! 帰ってこいよ!」

鬼と最後に戦うのは本人だ。

でも、その支えになるくらいならばできる。

冬士の場合は戦う相手がとても幼いから。

戦う手助けというよりも、支える人間の本音を包み隠さず言ってやることが望ましい。

千夏たちの言葉は改めて冬士に掛ける必要はない。

それくらい、今までの4年でさんざんかけてきた。

だから後半があるのだ。

亜門はきっと千夏の知らないところで冬士を支えてきた友達だったのだろう。

やることは同じだと、亜門もわかっていると信じて。

千夏がするのは、ただ、帰ってくる冬士の手を握って、お帰りと言葉をかけて、笑って待っていること。それだけだ。

 

「―――」

冬士がビルの5階から飛び降りる。

ゆっくりと、パラシュートか何かで降りてくるように、落ちる速度は緩やかなものだ。

亜門は腕を下ろした。

冬士の足が地面に着いた。

「…千夏…!」

冬士が千夏に抱きついた。千夏のほうが若干背が低い。冬士がそのまま千夏を絞め殺すんじゃなかろうかと思うほど冬士は千夏をきつく抱きしめた。

「…不安だったんだな…」

「…気持ち悪いことたくさん思い出した…」

「…そっか。 …でも、それ、きっと今日、いいことに変わるぜ」

「…?」

冬士が顔を上げた。

「―――!」

冬士が目を見開いた。動きが止まった。

「…な? ここからは親子水入らずで話し合ってこい」

千夏はそう言って、冬士から離れた。

パン、パンと二回手を叩く音がした。

「?」

「はい。 冬士のネガティヴシンキングタイム強制終了!! 影山冬士、お前が人の子だってことの証をとっとと作ってしまおうじゃないの。 行って来い! 待ってるから!」

勇子はそう言って、冬士の背中を押した。

冬士は振り返って、驚いて固まっていた。その表情がふっと緩んで、小さく冬士が笑った。

ゆっくりと態勢を立て直して、正面を向く。

その先に見えるのは、両親。

冬士の名を一度も呼んだことがない人物たち。

ゆっくりと冬士が両親のほうへ歩いていく。

ヘッドバンドをとる。鬼の角がそれだけで伸びてくる。牙が伸び、手の爪が鋭くとがる。

氷が冬士の体にまとわりついていく。鎧のようだ。

彩月と良仁と冬士。

向き合った3人は決して親子と呼べる状態ではない。

「さて…犬護、結界を発動させて!」

勇子が叫んだ。

「四神、四霊、大地の龍よ、われらにその力をお貸しいただかんと願い奉るなり」

犬護が小さく言った。

青白い障壁が、冬士と彩月、良仁だけを囲んで閉じた。

 



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第8話 揺らぐ影に贈る言葉

 

生成りの研究をしていた両親のことは恐かった。自分を見てくれないこともそうだが、俺に飯も作ってくれないくらい研究に没頭するとか当たり前、死にたくないから自炊するようになった。最初はそりゃあ、冷蔵庫の中をひっかきまわすだけだったけれど。

何をしてもしかられたことはなかった。

物を壊しても、喧嘩をして帰っても、喧嘩の結果親が召喚されても。

親父は特にそうだった。

俺に興味がないんだ。

それを悟った時から、俺は両親から離れたくなって、家に帰る時間が遅くなりがちだった。すごいだろう、小学1年生が7時頃まで外をうろついているんだぞ。それを気にしない親。親のところに帰らない理由なんて認められるものじゃなかった。殴られたわけではなかったし、育児放棄はされてたと思うが、家に入れてもらえないわけでもない。

家にいたっていなくたって同じ存在だった。それだけだ。

 

「…冬士」

「…なんだよ、親父。 いきなり名前呼ぶとか、いまさらだな」

 

親父にそう返したら、親父は苦い顔をした。

 

「…本当に今さらだとは思う。 だが、呼ばせてほしい」

「…勝手に呼べば? 今まで通りでいいんじゃねえの? あんたは俺に興味がこれっぽっちもなくて、俺はあんたの背を追うこともない」

 

あれ。こんなこと言いたいわけじゃねえのにな。

勇子のやつ、この結界特殊な組ませ方したのか、それとも起点に生成りを使ったのか。

後者だろうな、さっき犬護を呼んでいた。

 

「…冬士、冬士が神成に行ってから、家の中、寂しくなっちゃった」

「…そりゃ、紫苑死んだしな。 4人が2人になりゃあ騒音も消えるだろうよ」

 

だから、こんなこと言いたいわけじゃないっての。

でも、心のどこかでこう思ってたってことの表れなのだろう。

紫鬼と俺が呼んでいる鬼は、俺の中にはじめからいた鬼だから。

 

「…冬士、生成りは中の霊獣を追い出せると思うか?」

「…思わねえな。 あんたらが一番よく知ってるはずだ。 生成りは本来人間の心が鬼に変化したものだ。 生きながらにして鬼に成る、ゆえに生成りだ」

 

いまさらだが、最初から俺は生成りだった。

心にもともと鬼が生じやすかったことに加えて、その鬼は消えることなく結果的に今現在両親に暴言を吐いているモノの本体だ。

俺以上に生成りと称されるにぴったりな奴はいないだろう。

 

「…ああ。 本当に、そうだ。 鬼に見初められたお前を助けたかっただけだったのになあ。 すっかり歪んでしまったよ」

「…そこまでしようとしたのかよ? 本当に? 嘘はない?」

「ああ、嘘なんてない。 酒吞童子に掛けられた術を解きたかった」

「それで力及ばずってか? 自分と相手の格見てから言えよ。 寝言は寝て言え、大人のくせにそんなこともわからな―――」

 

やめろ、こんなこと言いたくないって言ってるだろ!!

 

「親ならそう思うのが最初じゃないか」

「!」

 

…親父。今、なんて。

親父は、そう思っててくれたのか?

俺の親だと、思ってくれたのか?

 

「いまさら親面するんじゃねえよ。 いまさら遅いんだよ。 後からなら何だって言える。 あんたが俺を空気みたいに扱ったことは消えない、事実だ」

 

それは自分がよくわかっている。

やめろよ、そんなこと親父に言うのはやめてくれ。

 

「―――」

「あんたは紫苑が拉致られて、交換条件が俺だった時、迷わず俺に行けっつった。 行ったよ、大人ばっかだった。 紫苑は帰ってきたよ、そして俺は大人が恐くて全員ぶちのめした。 警察の世話になったよな、あれ俺まだ9つだぜ?」

 

俺の言葉は自分が理解している事実そのままなのに、言葉にすると重たくのしかかってくる。

 

「…つらい思いをさせたな」

「いまさらそんなこと言って何になる。 過去は消えない」

「消せないなんてわかりきってるんだ。 むしろ消せないほうがいい」

「―――それで、だからなんだ? 過去は消えない、俺はあんたらなんて消えてなくなればいいと思ってるんだぜ?」

 

ふざけるな、俺はそんなこと思っちゃいない。おい紫鬼ふざけるな。

声にならない、紫鬼の姿が見えない。紫鬼の言葉ばかり俺に降りかかってくる。

俺が散々抑え込んできた言葉が。大切な人を傷つけるために放たれる言葉は、こんなにも気持ちの悪いものだったか。

実の親に、消えてなくなれだなんて。

 

「それでも構わない。 そう思われるだけのことを俺たちはお前にしたのだから」

 

親父の言葉。確かに聞こえるのに、わからない。嬉しいって言えばいいんだろうけれど、その感情がここにない。存在しないものとしてどうやって表現すればいい?

紫鬼がどこかに隠してしまったのか。

俺が紫鬼の感情を抑え込み続けてきたのと同じように。

 

「…今の今まで俺を気にもしなかったあんたがいきなりそんな言葉をかけてくるのには驚いた」

 

俺の言葉は俺の言葉じゃない。この言葉を放つのは紫鬼。俺の中に住んでいた鬼。俺が育てちまった鬼。俺はもう戻れない。

鬼が心に住んでしまったならば、二度と、その鬼は消えない。

 

「…俺にとってはお前は見ていたくないものだった」

「―――」

「名を呼ぶことどころか視界に入れるのも嫌だった」

 

親父の言葉は、大体俺自身が気付いていることだった。でも直接聞くと辛い。

 

「だが、冬士。 お前がいなくなったあの日。 お前から電話があった時、ぶち切ったあの瞬間。 俺は後悔にとらわれたよ。 俺は俺自身を許せなかった」

「…後悔、か。 でもどうせすぐに忘れたんだろう?」

「…まあな」

「―――」

 

ごめんなさいと言おうとすると親父は俺の前から消える。電話だとぶち切られる。あの日もそうだった。

それにしても、紫鬼がイラついている。

親父が言わないことについて、かなりイラついている。

 

「…なんで術を掛けられていたと言わない?」

「―――そんな言い訳は必要ない。 術を解けなかったのは俺たちの実力不足によるものでしかない。 それによって傷つけられた者に、守れなかった俺たちの言い訳なんて無意味だ」

「…西洋魔術が絡んでいたんだろう?」

「魔法も陰陽術も同じだ。 …こんな回りくどいのはお前らしくないな、冬士。 率直に言ったらどうなんだ。 そのお得意のコミュニケーションで」

 

親父はにっと笑った。…俺はここは親父に似たのかもしれん。

紫鬼がたじろいだ。

馬鹿だな、紫鬼。

どうせ俺とおまえはどうやったって切り離せない。

切り離せないからこそお前は俺が言わなかった本音を言おうとして頑張っている。相手を傷つけてまで、自分が傷ついてきた分を切り返そうとしている。

―――でも、人間ってそんなものだろう。自分が傷つくのは恐い。傷つくのが恐いからその前に誰かを傷つける。それだけだ。大きくなれば戦争になるだけだ。歴史が見事に語ってるじゃねえか。

 

「良仁君、ちょっと言わせてちょうだい」

 

お袋が言って、俺を見る。

 

「冬士は今まで生成りとして生きてきた」

「…」

「知ってる? 鬼の生成りが鬼を抑え込んで、自分が嫌いな人を殴るのを止めることなんてできないってこと」

「?」

 

お袋は何の事を言ってるんだ?紫鬼も首をかしげている。

殴る?殴ろうとしたことなら何度だってあった。

結局その手は振り下ろすことこそなかったけれど、それでも親父にもお袋にもかなりの恐怖を与えていたはずだ。

 

「―――覚えてないの? まだあなたは10歳だった。 紫苑はいなかったわ。 あなたは喧嘩をして帰ってきて、とても気がたっていた。 その時に私たちがあなたにご飯を用意しなかったの。 いつもと違ってあなたは怒ったわ」

「―――」

 

思い、出した。

あの日は、確か、高校生に絡まれて、亜門と一緒に6人全員ぶっとばして帰ったんだ。

腹はすいてたけど、飯については特に両親に期待なんかしちゃいなかったし、いつも通り昼飯抜きで部屋にこもろうとしたんだ。なのになんでか、無性に腹が立ったんだ。

なんでまともに飯も作ってもらえないんだ、って。

ああ、そうだ。

あの高校生、俺のことをバカにしたんだ。

『お前飯もまともに作ってもらえないんだ? 生きてるの無駄なんじゃねえの』

『鬼はとっとと祓魔師に殺されてりゃいいんだよ』

ああ、そうか。人間として扱われなかったことにキレてたのか、俺。だから亜門も一緒に喧嘩したのか、納得だ。アイツあんまり喧嘩しないからなあ。超絶強いが。

 

「…だが拳は上げた」

「下ろさないのが大事なの。 …あのときすでにあなたには、あなたがカノンと呼んでいる鬼がいた。 それ以上に、あの時拳を上げたのは、あなた自身の鬼のはずよ」

「恐がらせたことに変わりはない」

「振りおろせば私たちの頭が砕けるわよ。 苦しむこともなかった。 それでもその時拳を下ろさなかった。 あなたは人として生きてきた」

 

お袋の言葉が、ちょっと温かく感じた。

でも、紫鬼がぶち切れた。

 

「いまさら空気として扱ってきた俺を人として扱うのか? あんたらの前で人であろうとした俺はお前らによって空気にされてきたんだぞ? それをどの面下げて『冬士』だなんて。 一度も名を呼んだことがなかったくせに。 見舞いに来てくれなんて思わなかったさ。 あんたらを殺して堕ちちまえばもっと楽だったのかもなぁ」

 

啖呵を切った紫鬼。

たぶん泣いているんだろう。

堕ちる方法ならいくらでもあった。

堕ちようと思わなかったわけじゃない。

千夏を殺すことだってできた。

大輔も殺せたはずだ。

先生も殺せたはずだ。

勇子は無理だと思うが。

それこそ、たまに会いに来ていた咲哉だって殺せたはずだから、俺は堕ちる環境は整ってたってことだ。それでも堕ちたくなくなったのは、純粋に彼らの笑顔が俺に向けられていたからだ。俺はここにいていい、そう思えたからだ。

紫鬼を抑え込んできたのが俺だというのだから、紫鬼はよく耐えたものだ。誰かに感情をぶつけるのは初めてだろう、いや、俺の記憶が正しけりゃあこれが初めてだな。

こんなに啖呵切るのも初めてだ。

その時、紫鬼の声が降ってきた。

 

―――俺は、なんで、生まれたの。

 

―――。

それ、言うのか。

なんでって、知るかよ。俺はお前の母親じゃない。父親でもない。

 

「俺は、冬士なのか? 紫鬼と冬士が呼ぶ俺は、冬士なのか? 冬士は人間なんだろ? じゃあ俺は? まだ鬼にもなりきれてない俺は何?」

「―――そう。 あなたは紫鬼。 …なら、あなたと冬士で合わせて影山冬士ね」

 

お袋はあっさりと言ってのけた。

紫鬼は首をかしげた。

 

「あなたといづれ会うことになるのはわかっていたわ。 あなたがいることは酒吞童子と茨木童子から聞いていたし、それに」

「?」

「…影山に嫁入りした身なのよ? 鬼にはなんとなく、気付いていた」

 

言葉をかけてあげられなくて、ごめんね。

お袋はそう言って、手を伸ばしてきた。

 

「あなたがいいなら、あなたたちがいいなら、こっちに来て。 母親らしいことさせて欲しいの」

 

足は動かない。紫鬼は戸惑っているというか、純粋に呆然としている感じだった。

 

「…いまさら親面するな」

「そうね。 母親としてあなたに合わせる顔なんてないわ。 でも、だからこそ。 今まであなたにしてあげたかったこと、これからしてあげたいこと、たくさんあるから」

 

お袋の言葉で、紫鬼がぐらついた。

 

「お、れは…」

 

紫鬼はもう、言いたいことがまとまらないらしい。ずしり、と、体の重みが俺のほうに戻ってくる。

ああ、頑張ったな、精神年齢8歳児。後は俺が全力で啖呵切ってやる。

 

「…親父、お袋。 一つ問わせてほしい」

「!」

「…冬士…」

 

紫鬼が完全に引っ込んだ。親父とお袋は表情を引き締めた。

 

「…もう俺には混気体質とか関係なしに鬼が混じってるわけだが。 …気付いてるんだろ? 俺と紫鬼には境目なんてないってことをよぉ」

「―――」

 

親父の表情がこわばっていく。影山って鬼に詳しいらしいが、話そうとしていることを想像してんのかねえ?

 

「…俺は、カノンも、御影もいるんだぜ。 とっくにこいつらとの境もなくなった。 御影は4年、カノンは6年だ。 いまさら遅いっての」

 

いまさら、いまさら。

そう、すべてがいまさら、なんだから。

 

「俺にはもう確固たる俺の霊気ってのはないんだぜ。 混気体質なんざヌルい。 どこからが俺でどこからが御影かすらわからねえ」

「―――」

「そんな俺を、まだ人と呼ぶのか?」

「当り前だろう」

 

親父が言った。そうか、影山はそういうのか。

 

「…じゃあ、俺はまだあんたらの子か? 人の子か? 人間なのか? 一番外の封印外しただけでこんな鬼のあさましい姿晒すやつが?」

「「鬼かどうかなんて関係ない!! お前は俺(私)たちの子供だ!!」」

 

―――。

 

「ほら、冬士。 そんなところで泣いてないで、こっちにおいで?」

 

 

 

 

 

「―――勇子」

大輔が私を呼んだ。冬士の決着がついたらしい。

冬士の氷の鎧が消えていく。

まったく、めんどくさいのとバカなのは千夏に似たらしいなあ、あのバカ主でこのバカ式神か。納得だ。

「…」

私は蓮司さんを見た。蓮司さんは私に気がついてうなずいて、後ろを振り返った。

そこではまだ昌次郎と白虎が戦っていた。白虎はかなり手を抜いているのがわかる。

「…いや、なんか違うな…」

「どうかしましたか、勇子様?」

「…蓮司さん。 あの白虎、何かを抑えようとしているかもしれない。 昌次郎との戦いに集中してない気がする」

私がそう言うと、蓮司さんはすぐにあたりの気を探り始めた。

大輔が私の袖を引っ張って、私は視線を冬士たちに戻した。冬士はご両親と手をつないで、はにかんでいた。

あーあ。時間が経ち過ぎてるよね。両親に名前を呼んでもらえないってどんな気持ちだろう。そんな両親のもとに生まれなかったことに感謝だ。

この事情を知ってたのは千夏と私と大輔、あとおそらく火橋も知ってたはずだ。火橋のほうを見たら小さく笑い返してきた。

「冬士のあんな表情見るの珍しいんじゃない?」

「そうだな。 いつもニヤけてるか氷みたいな眼してるしな」

「…火橋、メアド交換して」

「亜門でいいぞ」

火橋、もとい亜門とメアドを交換した。

その時、亜門の目が細くなった。

「?」

「…でかいのが来るぞ」

次の瞬間、強烈な霊圧に襲われた。

 




初めての勇子語りですが、勇子は性格上語りに使いにくくて使ってませんでした。これからナレーションだったりキャラ語りだったりコロコロなっていくかと思われます…。
お付き合いくださいませ!
感想お待ちしています。


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第9話 とある男

短いです。w


 

霊気の種類は大きく分けて5つ存在する。

一つ目は、一番ポピュラーな『強烈な霊気』である。どの霊獣でも持っているものであり、覇気と呼ばれるたぐいのものである。

二つ目は、悪霊たちの放つ『邪気』。恨みつらみの塊が持つ毒気である。

三つ目は、鬼の持つ『鬼気』。狂気のたぐいにあたり、周りをも毒していくことがあるが、通常は気押されるだけであるため、覇気のもっと強力なものと考えるとわかりやすい。

四つ目は、龍の持つ『龍気』。霊獣たちがよく釣られていく、甘美な霊気と表現されるものである。

五つ目は、神の持つ『神気』。これに中てられれば鬼といえども止まる。止まらぬことは許されない霊気。すべてのモノの注意を引くもの。

 

 

 

 

―勇子サイド―

「―――ふ、間に合わなんだか」

男の声が響く。そこに、真っ黒な霊気が広がっていく。水気の清らかな漆黒じゃない。気持ち悪い。怨霊に代表される邪気を放っている。これはまずい、いろいろな意味でまずい。

後方で昌次郎が叫んだ。

「霊災発生を確認、レベル8、フェイズ4だ。 タイプ霊(ゴースト)、荒御霊!!」

放送が間に合わない。

男がくいと手を引いたら、白虎の体が無理やり引っ張られていった。

「邪魔をするでない、わが子孫の魂といえど、叩くのに容赦はせぬぞ」

『うるさい!! 面白いの一言で母さんを弄んだ外道がああ!!』

白虎が吠えた。

『ぎゃああああああああッ!!!!』

「ふむ。 白虎といえど、東を向けられては何もできまい。 強力だが、弱点が丸見えじゃ。 つまらん」

軽く握りしめられただけだけれど、白虎が泣き叫ぶ。恐いよこのおっさん何者。

投げ捨てられた白虎の姿が、少年の姿に変わる。白い髪の少年だった。

龍冴先生が叫んだ。

「昌虎あああッ!!」

「おお、あの時の影山の息子か。 強くなったのう…じゃが、その程度か。 現代っ子は弱いのう」

男はそう言って指をぴんと撥ね上げた。

「ッ!?」

龍冴先生の体が吹き飛んだ。あれは多分金気だな。言霊なしであれか、やばいな。

あのタイプの術は生成りには効きにくいけど、大輔もそんなに防御力が高いわけじゃないから、当てられたくない。

…にしても、さっきの“間に合わなんだか”って?何に間に合わなかったんだろう?

「ほう、なかなかいい読みをする者がおるのう」

気がついたら、私の目の前に男がいた。

「…荒御霊っていうより、屍鬼(グール)のほうが正しいんじゃないの?」

「そうかもしれぬな。 ふふふ、まあよい。 今宵は主らに言葉を掛けに来たのみよ」

男はそう言って、大輔を見た。大輔の動きは止まったままだけれど、すっとアンドロマリウスが前に出てかばってくれた。

「72位、吹き飛ぶなら何里ほどが好みじゃ?」

「吹っ飛ぶ気はねえよクソガキが。 いい加減にしろ、“蘆屋道満”」

「「「!!!」」」

その名前を聞いて目を見開いたのは昌次郎と蓮司さんも同じだった。誰かぜひとも龍冴さんの手当てに行ってあげて欲しいけれど、この邪気じゃ無理だ。

「ほっほっほ。 まあよいよい。 ワシの興味はどちらかというとこっちの紫の鬼じゃからのう」

そう言われてはっとした。まずい、今冬士に近づかれたら。

男もとい蘆屋道満が冬士のほうへ歩き出した。私は叫んだ。

「冬士!! 良仁さんから離れて!!」

「は?」

冬士のほうへ道満が行く速度が落ちた。理解してくれたらしい。

「冬士、良仁さんはもともと見鬼ってだけの一般人と変わらない霊気量しか持ってないの!! 荒御霊なんかのじゃ気に中てられたら発狂するわよ!! 今龍冴さんが張ってた結界なくなってる!!」

全力で叫んだら冬士があわてて前に出た。そして手を一回叩いた。すると彩月さんが良仁さんを引きずって離れていく。龍冴さんのほうに。

冬士は道満にそのまま近づいて行った。

「―――なかなか上等に育っておるの」

「…何の用だ、蘆屋道満。 鬼の生成りなんぞ見て楽しいか?」

「…」

道満は一瞬無表情になったけれど、すぐにニヤッと笑った。

「そうかそうか。 気付いておらなんだか。 それもよい、また一興」

この人は自己完結率がかなり高そうだ。

こんな人がご先祖様か。こりゃ自分たちが楽しければ後はどうなろうと知ったこっちゃねえ、なウチの家訓にもうなずける。

「お主、名はなんと?」

「―――影山冬士だ」

「影山か。 土御門に鬼が出たか。 それもよい、なるほどあの男が龍を向けたわけだ」

「…てめえ、何を知ってやがる?」

「―――」

道満が荒御霊として笑った。口が大きく裂けたのがわかった。

「“お前が何になろうとしているのか”」

そういった瞬間、道満の体が霧散した。

「!?」

「大丈夫か、皆!?」

「あ…康哉さん!?」

「局長!?」

声のしたほうを見ると、そこに、咲哉のお父さんが立っていた。

 



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第10話 出会いは続く

 

荒御霊の出現の知らせを受けて、康哉本人が動いたのは、意識が戻ったらしい咲哉からの知らせがあったからである。

『蘆屋道満だ』

この一言が康哉を動かした。蘆屋道満に遊ばれて何人の同僚やその子供が霊獣になるのを見てきたことか。勇子も千夏も大輔も冬士もそんなことにしてやる気はなかった。

おおよそ式神の蠱毒が道満を捉えて咲哉に知らせたために鬼気で気絶していたはずの咲哉はたたき起こされたというところか。

康哉はすべての職務を己の懐刀である迅の父親、千駄ヶ谷雷道に任せて飛び出してきた。

鬼気の強烈な反応があったもののすぐに隠形したかのように消え去ってしまい、追うことはできなかった。出現場所は倉橋陰陽学園敷地内。すなわち生成りであろうと判断すると、一瞬とはいえ出現したレベルと属性の偏り方から見て、自然と選択肢は冬士に絞られた。だから誰かを襲うということはないにしても、不安定になっているということの証明であるから、ともするならば、祓魔局に出てこられるとまずかった。

祓魔局はエクソシストが中心となっている。エクソシストからすれば、生成りは人間ではないのだ。生成りは悪魔憑きとは別物であると判断される。悪魔に堕ちた魂扱いを受けることもしばしばである。人間としてただでさえ扱われていない可能性が高い生成りを相手取ってエクソシストが生還する確率はかなり低い。生成り側も殺されて新たな鬼が生まれる、それでは土御門に合わせる顔がない。

康哉も家の看板を背負う身である。色々と考えることがあった。

現場に向かい始めた直後、白虎が出現した。白虎が向かったらしい方角へ方向を切り替えて向かったが、今度は荒御霊の気に気押された。おそらくこれが咲哉の言っていたものだろうと見当をつけて対応しようとすると、金気を纏った風をあてられた。荒御霊に返すつもりで火符を使用したところ、相侮され、しまったと思った時には白虎の霊気に火が燃え移っていた…というのが現状だったりする。

 

 

 

 

 

「アホですね」

「勇子君、もう少し気を使ってほしいんだが」

さすがは神成、と康哉は苦笑いした。

蘆屋道満は消え去ったが、傷つき倒れた少年少女と十二神将が3人という奇妙な光景である。そしてその中に赤毛の少女を見つけて康哉は目を細めた。

「?」

「…ふむ。 あいつはやはり倉橋に入れるか…」

小さく独り言をつぶやいた。

「局長、荒御霊の余波が来ましたよ」

昌次郎が言った。

「よし、蓮道、多嶋、お前たちはこのまま余波の霊災の修祓を。 他は全員陰陽局まで来てくれ、エクソシストが出てくる可能性が高い」

そう告げれば勇子がうなずいて皆に向って言った。

「しばらく仕切らせてもらうよ! 千夏は土御門先生呼んで、春樹は土行符を作ってちょうだい。 冬士と大輔は2人を運んで、犬護は余波の霊災を避ける指示を出して。 鋼山さんは私と一緒に最後尾の警戒担当」

「「「了解(です)」」」

迅を使わないのは最悪の場合を考えてのことである。亜門たちがいるにもかかわらず使わないのはエクソシスト側の人間であることを理解しているからである。

「相変わらずキレる」

「面倒事は避けて通りたいタチですからね」

勇子はそう言って、犬護の先導で陰陽局に向かった。

 

 

 

 

 

陰陽局に着くと、そこには背の高い青年がいた。

「…?」

「この子たちはさっきのやつの被害者集団だ。 これから話聞くところだが…あいつは?」

「10分くらい前に『中部地方見てくる』とか言って消えてたが」

「突然だな…」

康哉と青年の会話を聞いて、アンドロマリウスとストラスが顔を見合わせた。

「…ダンタリオンだな」

「…ダンタリオンですね」

「何がどうした」

振り返った康哉に、ストラスがまだだるそうにルイの腕から体を起こした。

「彩月さんと良仁さんの解呪を行ったのですが、術式にダンタリオンが絡んでいたのです。 マルファスと衝突している、これを機に契約者を捨てるのもありだなどと言っていましたからね、おおかたマルファスに契約者を殺させて自由の身になったところで中部地方の生き残りに手を出そうとしたといったところではないでしょうか」

「…むこうは真榊が手を出させてくれないからな…静岡と石川の代表と連絡がつきゃいいんだがなぁ…」

「電話繋がらないっけ?」

「繋がるけどな、あいつら戦闘中じゃなくても90パーセント電話でないから。 屍鬼(グール)に電波たどられるからって言ってまともに電話に出てくれたことないからな」

康哉ははあと息を吐いて、ロビーに並んだ椅子に全員を座らせて事情を聞いた。

冬士のプライベートな話題であることは百も承知の上だったようだが、それでも根掘り葉掘り聞いた。無論冬士は黙秘権を行使していた。語る必要性も感じていなければ、特に康哉を頼っていい大人とみているわけでもないということだった。

「冬士も堅物」

「生成りなんてそんなもんだろ」

「冬士ほど人間不信もそういないと思うけどね」

「今日の勇子の晩飯はロシアンルーレットの水餃子にでもするか?」

「ごめんなさいそれだけはやめてください!!」

勇子がガタガタ震え始める。何やらトラウマがあるようだ。

「…ロシアンルーレットって。 水餃子に何入れたらそうなるの…」

「聞きてえか?」

「…うん」

犬護がおずおずと尋ねた。

「…」

「…」

犬護に小さく耳打ちで教える冬士はニヤニヤしているから、ろくでもないことを言っている自覚はあるようである。

「…それ、当たったら千夏君と大輔君死ぬんじゃ…」

「千夏がとったら俺が食う。 大輔は辛党だ、問題ない」

いったい何を入れてるんだと聞きたくなるところである。千夏を庇うほどのものを入れるのか。

ふと、迅が青年とアイコンタクトだけでかなり会話を交わしていることに龍冴が気がついた。

「おーいお二人さん、目だけでどんな会話してんだよ」

「…この人、今度倉橋に来るんすよね?」

「そうだけど。 そこまで具体的な会話したのかよ」

「えっと、辰巳にーさん、でいいっすよね」

「ああ。 千駄ヶ谷でいいか?」

「迅の方がいいっす」

「じゃあ迅だな」

あっという間に迅と仲良くなったらしいこの青年、名は龍ヶ岳辰巳という。

事情聴取を終えた康哉が辰巳を招く。

「皆、とくに倉橋の生徒、聞いといてくれ。 こいつは龍ヶ岳辰巳。 今度から倉橋に研修に行く祓魔官だ」

勇子たちは顔を見合わせた。

「研修に来るって、今さらですか?」

「辰巳、あと自力で頑張れ」

「はい」

辰巳は皆に礼をした。

「今度から研修に行く龍ヶ岳辰巳だ。 好きなように呼んでくれて構わない。 俺はド田舎の出身でな、周りにあった祓魔機関は陰陽会だけだ。 真言も呪符の使い方もよくわからん。 あと、身体能力者(フィジカルスキラー)だ。 系統は具現化」

「…俺身体能力者とか初めて会うんですけど」

「私も」

「俺もだ…」

千夏と勇子もうなずく。

「具現化ってことはそこそこ希少性は高いほうですよね…。 どんなもの具現化するんですか?」

犬護が突っ込んで質問すると、パッと右手を前に出した辰巳の手に、光が収束する。辰巳の目が金色に光った。

「土属性…?」

「…そっちも驚きだけど、これ、アニメの見過ぎですよ、龍ヶ岳さん」

辰巳の手には銃があった。だがそのデザインはどこぞのSFアニメに出てくるタイプの実弾のないタイプである。

「量産できるぞ」

「真面目な顔してそんなギャグみたいなことして量産しないで下さいよ!」

その銃を大量に持ち出す辰巳を見て皆で笑った。

その間にエクソシストが来たのだが、アンドロマリウスに追い払われていたことを皆は知らない。

 




龍ヶ岳辰巳・・・ここだけの話ですが、モデルはpsychopassのこうがみさんだったりします。この銃もドミネーターイメージでお願いします。w
髪は少し長めです。青っぽいですが。


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第11話 影山の事情

初登場キャラの語りです。


 

―影山家本邸―

俺の名前は石砥康太郎。影山分家の人間です。

今日はなぜか影山一派全員集合させられた。学校休んだ。何のために、とぶつぶつ言っていたのはいとこたちだった。

母さん曰く、「いとこが会いに来る」らしい。

俺は現当主の次男の妻方の家だから、別に集合させる必要ないと思ったんだけれど、どうやら長男方のいとこらしい。

どんな奴なんだろう。そう母さんに聞いたら、紫がかった髪だったよと言われた。

後は、すごく美人だった、と。目は切れ長で形が整っていて美丈夫とか呼べるたぐいらしい。要はイケメンってことですね。

そう聞いていたら、なんだか2年くらい連絡の取れていない親友のことを思い出した。

あいつの名前、俺は知らない。

喧嘩をしていたところを、庇ってくれた紫がかった茶髪のアイツ。アイツもすげー美人だったな。冬だったのもあってか、ずっと灰緑色のコートを着ていた。後は会うたび色の変わるヘッドバンドと、ずっと胸に光っていた金色のペンダントが印象に残っている。ペンダントは黒い石がはまったようなデザインだった。妹が遺してくれたものだと言っていたっけか。やばいと思ってそれ以降話に出していない。その時俺がケータイ持ってなかったこともあってメアドとか電話番号とかの交換はしなかった。そもそも名前も知らないんだから当たり前っちゃそうだけれど。

確か、シキとあだ名されていた。たぶん紫鬼だ。髪が紫っぽかったから。強い奴のことを、すごいやつのことを、“鬼”と呼ぶ例は多い。某リズムゲームの最高レベルは“鬼つよ”だったはずだ。

 

「…凛太郎、康太郎、お前らはどう思う?」

「…え?」

俺は間抜けな声を出してしまった。何のことだ?

「話聞いてなかったのかよ、康太郎」

「ごめん…」

年上のいとこに呆れたように言われて少し肩を落とすと凛太郎が笑った。

「な、嗤うなよ…」

「…嗤ってない、笑ったんだよ」

凛太郎はにこりと人当たりの良さそうな笑みを浮かべた。年上のいとこはそんな俺たちを見て、俺のためにもう一度言ってくれた。

「康太郎、今日初めて会ういとこってやつのことだよ。 どんな奴だと思う?」

「あー…。 すげー美人だって聞いた」

「へえ。 でも、俺らが知らねえってことは、そいつは後天性の可能性が高いな」

後天性。見鬼でなかった可能性だ。

アイツは見鬼だった。ただ、霊災の後遺症だとは言っていた気がする。

霊災発生のなのか、霊獣出現によるものなのかは聞きそびれたが。

…なんで俺紫鬼のことばっか気にしてるんだろう。

すると凛太郎が俺の袖を引っ張ってきた。

「?」

「…お前は多分そいつのことを知っているぞ」

「…え? マジで?」

凛太郎はうなずいた。俺はそいつとは知り合いで、だけれど気付いてないってことなのか。

ふすまが開いた。当主様が入ってきて、言った。

「他の皆にはお披露目してきた。 後はお前らだけだが…なんだ、凛太郎は知り合いか?」

「いいえ、知っているかもしれない、程度です。 学校のエクソシスト科の生徒に聞いた霊気の特徴と似ていますね」

「…それ、火橋亜門じゃねえだろうな」

「あれ、お知り合いですか?」

凛太郎が何か含みのある笑みで言った。わかってて言ってるな、凛太郎のやつ。

当主様ははあと息を吐いた。

「冬士、入ってきていいぞ」

へえ、冬士って名前なのか。

当主様の後ろから入ってきたそいつは確かに紫がかった髪だった。俺たちに一度礼をして、顔を上げた。

「―――」

俺は固まった。

「お初にお目にかかります。 影山冬士です」

そいつはいったん見回して、俺に目をとめた。

ニヤッと笑った。

「よお、康太郎。 2年ぶりだな」

「―――シキ…」

シキだった。紫鬼か。

その姿はただのVネックシャツとジーパンと黒いヘッドバンドと、金色のペンダントを身につけただけ。

なのに、目が離せない。前より、髪の紫色が強くなってねえか。茶髪、わかりづらくなってるぞ。

「…おい、冬士と言ったか。 失礼だとは思わねえのかよ。 康太郎は…」

年上のいとこが立ちあがった。俺はそっちを向くことができない。

「凛太郎の懐刀になる、次期当主補佐だぞ。 突然やってきてその態度は許せん」

やめとけよ。紫鬼、いや、冬士はめっちゃ強い。俺なんて歯が立たないほどに。

凛太郎よりも多分強いぞ。

こいつが影山なら、次期当主はこいつで決定だ。補佐は凛太郎になるだろう。

「あーあー、待て待て、こいつは生成りなんだ。 そういう態度とれっつったのは俺だ、許せ」

当主様がそう言って冬士の前に出た。

「…え、お前生成り?」

「…ああ、まあな」

「…何で言ってくれなかったんだよ」

「…教えると思ってるのか?」

「…親友と思ってたのは俺だけなのかッ…!!」

「「「普通言わねーだろ」」」

年上のいとこよ!冬士と凛太郎とハモるなよ!!

「…龍冴先生、こいつ一度教育し直さねーと絶対祓魔庁ではやっていけないと思います」

「俺も今そう思った」

当主様までそんなことを言うのか!心配されている身だから何も言えんけど!!

「…そこまで言うかよ…」

「お前のは所詮理想だな。 生成りが闇の中で生きていくのはよく知ってるはずだろ?」

「…知ってるからこそ、変えたいんじゃねえか…!」

「…」

冬士が黙った。凛太郎が言った。

「似たような事例でもあったのか?」

「…ああ、学校でちょいとな。 あいつらは傑作だったけど」

高校男児の青春、と冬士は言った。凛太郎と年上のいとこはあーね、と笑った。おい年上のいとこよ、さっきまで冬士に向けていた痛い視線はどこへ行った。

その時、ふと庭のほうで強烈な霊気を感じた。それは皆同じだったらしい。冬士は即手を伸ばして手を開いていた。何かの術だろうか。生成りだから神通力の類でも使えるのか?

当主様がそっと障子を開けた。

 

そこには、白い狩衣を着た男が立っていた。男というか、青年という感じだった。

「…あんたは一体…?」

当主様がそう言ったけれど、男は答えなかった。男の周りには氷の欠片が大量に浮かんでいた。

「…確実に育っているようでなによりだ、冬士」

男は俺たちを一切無視して冬士に言った。冬士は困惑しているようだけれど、手は伸ばしたままだ。

…にしても、なんで霊災発生の放送とかが入らないのか気になる。

「…ああ…あの龍は…あんたの龍か」

冬士はそう言って目を細めた。

「この氷を下ろしてくれないか。 今日は君に詫びを入れたくて来たのだよ」

「詫びだと? 龍には特になにをされたわけでもねえがな?」

「そうではない。 蘆屋道満だ」

「「!!」」

当主様が目を見開いた。冬士は眉根をひそめた。

「あの気味の悪いジジイと知り合いか」

「ああ―――俺の名は安倍清明。 無言で氷の数を多くするのはやめてくれ」

冬士、うん。俺もお前だったらそうしたと思う。

安倍清明を名乗る男を囲む氷の数は3倍ぐらいに増えていた。

「純粋に謝罪のために来ただけだ、何もしない」

安倍清明はそう言ったけれど、冬士は氷を下ろそうとしない。当主様が言った。

「冬士、やめとけ。 さすがに本物と考えるとお前の力じゃまだ敵わんぞ」

「…」

「冬士?」

「…体、舐め回されてる感じがします…たぶん、龍」

「…おや、すまないね。 こら飛燕、おやめ」

安倍清明は言った。冬士が氷を下ろした。

「冬士、すまない。 飛燕は君を“雄”として見ているようだ」

それが何を示すのかなんて簡単に予想が着く。でも、龍がそう見るわけがない。龍は鬼を相手にすることなんてほぼない。ああでも、冬士は鬼の系統は何だろう?山神ならあり得るなあ。って、そもそも鬼なのか?山神だったら水は使わねえだろ、凍ってたぞオイ。

「…飛燕がいるってことは本物だな。 …それで、清明殿、どう言ったご用件で?」

謝罪とさっきから言ってはいるが、式神を連れてきているようだから危害は加えないと言っているだけのような気もする。

「ふふ、冬士にささやかなプレゼントだ」

「…冬士に?」

当主様は目を細めた。

「ああ。 冬士、君はこれを必ず受け取り、手放すことはできないだろう」

「…何で言いきれる?」

「君の悪夢を否定してくれる存在だ。 …さて、これ以上は言霊が強まってしまうな。 では、罷らせてもらうとしよう」

退出、って。安倍清明はそこにうっすらと紫色の羽根の小鳥を置いた。

「…?」

この気、感じたことがある。というか、よく知っているものだ。誰だ。

親戚の中にいたぞ。誰の気だ、思い出せ。

冬士は目を見開いていた。

安倍清明が、立ち去り際、言った。

「冬士、ようこそ、土御門一派へ」

冬士は影山家が土御門一派だとは知っていても、どんな家かは知らないはずだ。一度も会ったことがなかった時点でそうだろう。きっと冬士は影山のパスを知らなかったはずだ。影山家は土御門からも国からも独立する必要があるぶん、その隠蔽体質には祓魔業界からも定評があったりする。影山の名を出しても知らない家のほうが多い。

目の前に置かれた小鳥は冬士を見つめていた。冬士は、裸足で、縁側を越えて庭に飛び出してしまった。

「―――紫苑ッ?」

その言葉に、俺は耳を疑った。

紫苑、それは、ついこの間3回忌を迎えたばかりのいとこの名だった。

ああ、そうだった。

馬鹿だな、俺。

紫鬼は妹がいたと言っていた。それは2年前の話。

紫鬼は影山家の人間だとわかっていたじゃないか。

だとするならば、最近死んだのは紫苑に限定される。そもそも、当主様の長男の子供だとわかっていたじゃないか。どうして紫苑のことが浮かんでこなかったんだよ。

冬士が名を呼んで、その小鳥に手を伸ばした。小鳥の体が光に包まれた。

光があたりを包んで、俺は目をつぶった。

「―――」

眩しさがなくなり、俺は目を開けた。そこには、紫苑がいた。薄い紫色のワンピースを着ている。

「…お兄ちゃん…」

冬士の伸ばされた腕の中に紫苑が飛び込むのが見えた。

こんなときに、紫苑は死んだはずなのに、という自分がいる。冬士は紫苑を抱きしめて、無言だった。

「…マジかよ…」

年上のいとこがやっと声を出した。凛太郎も驚いていた。

「…そんな、死者が甦った…? あり得ない…」

当主様だけは理由が分かっているらしく、庭に下りて行った。

「冬士、よかったな」

「…ッ」

「…おじいちゃんは疑わないんだね」

「そりゃな。 お前、地獄の役所を通ってきただろう」

「うん。 よくわかるね」

「獄卒に会ったばかりでな…獄卒と同じにおいがする。 影山に合わせられたか?」

「えっと…清明は影山の血と契約してきなさいって言ってた」

紫苑の言葉の意味が理解できない俺がいた。式神契約するってことだよな?

「…なるほど。 こりゃ冬士と合わせて双鬼術を使えるようにする気満々だな」

双鬼術って確か鬼2体いないと使えない高度の式神を使用した戦闘術だった気がするが。

「さて、冬士、そろそろパニックから回復しろ。 紫苑は栗ようかん食べるか?」

「食べる! お兄ちゃん、行こ?」

紫苑の声が久しぶりすぎる。というか、地獄の役所って何だオイ。地獄に役所があるのか。冬士はようやく紫苑から離れたけれど、その目がひどく優しくなっていることに気がついて、驚いた。こいついつも臨戦態勢なのか?

冬士は足を洗ってくると言おうとしたが凛太郎がいきなり水行符を投げつけたり年上のいとこが既にタオルを持って来ていたりとかでそのまま縁側から上がってきた。よく凛太郎の水行符に耐えられたな我が親友兼いとこよ。って、こいつも水属性か。

ともかく俺たちはそのまま親戚皆が集まっているであろう板張りの大広間へ向かった。

紫苑が帰ってきた理由は紫苑から直接説明されたけれど、かいつまんで言うと、こう。

 

死んでしまった紫苑は霊気が霧散した。一部は冬士に入って、御影とともにあったらしい。けれど本体のほうは地獄に行って、そこで裁きを受けた。でも、どうやら安倍清明がそこへ来て、紫苑の魂は必要だからといってキマイラ層に連れて行かれたのだそうだ。それ以来安倍清明と行動を共にし、こうして人間の姿をとることができるまで霊獣として成長したところで兄に会わせてやると言われていたから4年間頑張ったのだそうである。

 

「…ところでさ、冬士の悪夢って何だ?」

冬士が茶をもらいに席をたった時に紫苑に尋ねてみた。すると、紫苑の表情は曇った。やべ、まずいこと聞いたかな?

そう思った。その予感は的中した。俺はああ、夢見てんだなあと思い知らされた。

「―――私がお兄ちゃんを殺す夢。 兄ちゃんは笑って死んで行くよ」

 




康太郎・・・冬士からすれば遠い親戚。影山の今世代を代表する鬼使いである。佐竹陰陽学園にいる。
凛太郎・・・冬士のいとこ。康太郎からすればいとこ。ちょっと飄々としているところがある。佐竹陰陽学園にいる。
年上のいとこ・・・名前なくてすいません。彼は『諱』しか持ってないのでここで名は出ません。


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第5章 犬護外伝
第1話 準1級免許保持者


千夏の語りで始まります。


 

冬士が1日学校を休んだ。勇子と大輔はすぐに帰ってくると言っていたし、事実そうであることはよくわかっている。けれど、なんだか…冬士が傍にいないのが寂しかった。アイツが不安定になった時はいつも俺が傍にいたから、よけいにそうなってしまったんだろう。俺はアイツに必要とされていたいわけだ。うん、我ながら気持ち悪い思考回路だ。

あの日はあの後火橋亜門とメアドを交換して別れた。

皆で学校に帰ってきて、冬士は龍冴先生に連れられて影山本家に向かった。御披露目だそうだ。そんなことして欲しくないと欲望が鎌首をもたげる。ああもううるせえよ俺の独占欲は本当に気持ち悪いな。相手は冬士だしそもそもなんで冬士が鬼であることを望むのか、うえ、気持ち悪い。

そんな俺の思考を知ってか知らずか、闇先生が新しい編入生が来たことを告げた。そいつは即行でAクラスに来たらしい。知り合いがこのクラスにいるということなのだろうけれど、いったいどなたでしょうか。

「土御門千夏、お前の精神安定剤がいないのは承知しているが、もうちょっとしっかりしろ」

烏丸先生、それは無理だ。俺は冬士の教え方じゃないと勉強がまったくと言っていいほどできないんだ。そもそも俺たちが持ち込む事件がでかすぎて教科書をとびとびで学習している感じらしい。実践やったら教科書以上のことを学んだって奴だ。

「…犬護、嫌じゃなかったら後で尻尾触らせてくれ…」

「…なんで僕の毛並みはふわふわだと思われているのかが激しく気になる」

「「「雰囲気だろ(よ)(じゃ)」」」

烏丸先生、闇先生、あんたらまでハモるのか。

俺は体を起こした。いつも隣にいるはずの相棒は今はいない。まあ、ゆっくりしてほしいとも思うし。

勇子が今日もまたラッピングをしている。いい加減その薄い本の販売やめろ、やめてくれ。俺と冬士の周りに腐海が広がる。広げてんのは冬士だけど。アイツは確信犯で俺をからかってるけれど。そのくせして春樹には染まるなと無理難題を押し付けている。春樹が染まるのは時間の問題だ。勇子が発信源なんだから同じ家に住んでた俺たちが逃れられるわけがないのだ。諦めよう、冬士。

「おーい、千夏?」

「…ん?」

赤石に呼ばれて俺は顔をそっちに向けた。

「…大丈夫か? とんでんぞ?」

「…冬士に会いたいです…」

「正直なことで」

赤石はあきれたような表情だった。

俺はふと前のほうに視線を向けた。そこには、青い髪の男子生徒がいた。

見覚えのある顔だなあ。

「…知り合いか?」

「いや、どこかで見たことがあるんだよ…」

思い出せません。どうしよう。

「まあいい。 さて、これでホームルームは終了だ」

闇先生がそう言ったから、俺たちは席を立った。

どこかで見覚えがある顔のそいつは、名前は鹿池アレン。

そいつはさっさと朱里のほうに行った。あ、朱里と知り合いなのかもしれないなあ。

ん?

朱里は苗字鋼山だったな。

鋼山?

あ、鋼山神社の。

鋼山神社最近全然顔だしてねえなあ。集会に出てくるのは神主の兄貴だけだし。

…。

「千夏?」

「鹿池アレン…」

勇子の声がした。けど無視してた。

「馬鹿千夏、どうしたの?」

「馬鹿は余計だろ。 …いや、認めるけどな、学力は低いけれど!!」

「とにかく、先輩たちが待ってるぞー」

「あ!! 忘れてた!!」

今日は冬士が来ないということを集会場の先輩たちに伝えなければならないのだった。忘れていた。

「勇子、さらっとその薄い本を持っていくのやめないか!!」

「売れるんですよ皆冬士の写真好きなんですよ犬護と冬士のツーショットが人気なんですよ!!」

「犬護の肖像権はどうなってるんだ!!」

「お小遣いもらってるよ」

「金にモノを言わせたか神成家めええええ!!」

こいつは金に糸目はつけない。精算出来さえすればそれでいい、そんな感じのやつだ。

まあ、犬護が何も言わねえならそれでいいんだけれどさ。

ともかく、俺と勇子と大輔と犬護は集会場へ向かった。

 

 

 

 

 

「…久しぶり、朱里」

アレンは朱里の横に着てそう言った。朱里はアレンを見て、ええ、と小さく返した。

「調子はどう?」

「いい、と言えばいいでしょうか。 とくに怪我も病気もしてませんよ」

朱里は教科書を取り出した。皆は話し合いだけでわかることも、基礎がない朱里にはわからない。教科書でわかりづらいことについては先に単語を徹底的に書き出してくれた冬士に感謝するほかない。冬士は自分もわかりづらかったことについてノートをまとめ上げてくれていた。つまり、冬士は1年かけて読むはずの教科書を己の時間を割いて朱里のために読み込んでくれたということになる。それはそれで冬士の勉強にしかなっていない気もするのだが、そうであったとしても出会ってまだ1カ月ほどの朱里にそこまでしてくれたことを考えると、冬士はかなりの構い性なのだろう。

呪符について教えてくれた時もそうだったなと思いながら朱里は冬士によってまとめられたノートと教科書を広げる。

「…朱里、真面目…」

「基礎がありませんから。 今の授業形態だとついて行きづらいんです」

教科書にはたくさんのラインと書き込みが既にされている。寮に帰ってからも朱里が教科書を読んでいる証拠だ。

「今の授業形態?」

「…今は皆で話し合っていく形式なんです。 呪詛も呪符使用も全部ひっくるめてです」

アレンの目が細められた。朱里を心配している時の目だが、なぜそんな形式になったのかを考えているのだろう。

アレンの青い髪は木属性の霊気の影響を強く受けたことの象徴である。朱里の髪も赤いが、こちらは茶髪といったほうが近いのである。つまり、朱里のほうはアレンほど強烈な影響は受けていない。

「…呪符はどこの使ってるの?」

「あ…影山です」

「…影山? …聞いたことない家だな…」

「…」

朱里はああ、と思った。

龍冴の話から朱里がわかったのは、“影山は存在を隠されている”ことである。おそらくアレンもその例にもれず影山の存在を知らないのだろう。ここは冬士が帰って来てからいろいろと聞いてみるのがよかろう。

「土御門一派だと聞いていますが」

「うーん。 土御門一派って土御門の承認を得た家もなんだよねえ。 まあいいや」

アレンは朱里の横に座ってしまった。別に席が決まっていたわけではないのだが、誰もいないこの席に座ることに決めてしまったようだ。

「…ねえ、ちょっといい?」

玲がアレンに声をかける。

「んー? いいよー?」

アレンは人当たりのいい笑みを浮かべて玲に答えた。

「えっと、鹿池君は免許持ってるって聞いたんだけれど」

「うん。 準1級だけど」

どうせなら1級がよかったんじゃない?

そんな事を言いつつ、アレンは玲を見る。玲は小さく手をにぎりしめた。

「ううん。 私の親も準1なんだよね。 1級なんて持ってる人が相手だったら誰も声掛けないかもしれないよ」

「あはは、そんなわけないって。 こんなのでも準1とれるって。 皆みたいに真面目に頑張っていたらすぐ準1くらいとれるよ」

アレンは言うが、朱里は嘘だな、と心の中でつぶやいた。

 

冬士が言っていたことを思い出したのだ。

「免許? 簡単に取れるわけねえだろ」

「あ、やっぱりそうなんですか。 いとこが持ってるものですから、つい」

「鹿池アレンっつったら、吉田一派の代表に推薦されてる神道代表だぜ」

「…あれが天才…しかも代表…」

笑いをこらえるのがやはり難しいことである。

アレンを知っているうえに、冬士のクールっぷりを知っていると、冬士の言葉が笑えて仕方がない。

「…忠犬だって言ってたな」

「暑苦しいくらいですけれど」

「真顔で言うか」

笑いを一瞬で止め、真顔でキリっと言ってみると、冬士がにっと笑った。

「冬士は取れないんですか?」

「生成りがとるのは難しいぜ。 1級とれる実力で3級がいいところじゃねえか」

「…」

冬士がそう言ったのを朱里は少し苦い気持で見つめた。

「…まあ、俺ならもう3級とれるんじゃねえかって言ってもらえたんでな、今年度中にでも受けようかと思ってる」

朱里もどうだ?

形の言い唇が朱里の名を呼ぶ。

そのたびに朱里は思うのだ。

冬士が危険な生成りだとか、生成りは暴走するかもしれないとか、そんなことを信じられない。冬士に名を呼ばれるとそれだけで落ち着くのがわかるのだ。頭は芯から冷える。高ぶりすぎた気持ちならばきっとうまく冷ましてくれることだろう。

「…私にはまだ、とれるかどうかわかりませんが…受ける機会があったら、受けようと思います」

そう答えた矢先、あの白虎と蘆屋道満である。

冬士の心の中に闇があったことは否めない。

あの後、冬士が朱里に言った言葉。

「…来てくれたんだな。 ―――ありがとう」

冬士の言葉の重さは尋常じゃない。

言霊なぞなくとも、思いを乗せるだけでここまで強くなるのだと朱里は悟った。

いとこと過ごした地獄の日々が思い出された。

 

「―――朱里? 朱里、大丈夫?」

アレンの揺さぶりで朱里は意識をアレンに戻した。

「なんですか?」

「いや、なんかボーっとしてたっぽかったから」

「はい、ボーっとしてましたね。 大丈夫ですよ」

朱里はそう言って小さく笑った。

 



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第2話 犬護の過去について

ちょっとアレな表現が出てきます。ご注意ください。


 

犬護は小さく息を吐いた。

体育祭の出し物はダンスに決定した。

冬士はいなかったのだが、もうさっさと決定されてしまった。冬士は精神的にふらついているということで、もしかしたら体育大会への参加はないかもしれないと言われもした。しかしそれを千夏が受け入れるはずはなく、「アイツは絶対に参加する」と言い切った。

犬護は大輔とともにダンスの振り付けを考えなければならなかった。そもそも犬護はあまり細かい動作は得意ではない。大輔のように人型の霊獣ならばいいのだが、犬護のように完全に四足歩行型の霊獣だったりするとどうも細かい動きがうまくいかない。まあ、鬼3人に妖狐1人、山犬1人である。たった2人のためにぶち壊しにするわけにはいかない。

「燎、ちょっといいかな」

犬護が呼ぶと、燎が近づいてくる。2人が仲良くなったのは、冬士を介してである。正しくは、直接冬士は関わっていないが、翔がとりなしたのだ。冬士と仲の良い犬護と、あまり言葉を交わしたことのないままあの冬士の鬼気に中てられた燎。燎は流石にいきなり鬼気にさらされて冬士に反感をもったらしい。しかし冬士も生成りなのだからいろいろある、と、この半日で気持ちを片付けてきたとのことだった。

「どしたの」

「ほら、ダンスの振り付け、僕らが一番問題になるでしょ? どの動きがしにくいかなって思って」

「あー。 俺あれ無理、ほら、これ」

燎が肩を左右上げて見せた。翔がこれか?といって肩で波を作って見せた。

「それ!」

「…鎖骨がないからかな?」

「猫だったらできたかな」

「…」

言えない。

犬護はその動きができる。

「犬護?」

「…聞いてよかった…個人差あるね…」

「お前これできるのかよ!」

燎はえー、と声を上げる。

「…間をとるにはいいんだがな」

大輔が小さく言った。

「…ごめん、しっかり練習してくればよかった…」

「しゃーねーだろ、男子は組体操ばっかだろうし、お前ちっちぇえから上のほうだろ?」

「ちっちゃいって言わないでよ!!」

「175センチからすりゃあちっちぇえの!!」

「…じゃあ冬士からすれば赤石もちっちぇえな」

「ぐッ…」

翔が止まる。犬護は首をかしげた。

「冬士君ってそんなに大きいっけ?」

「アイツ180下らねえぞ」

「げ、そんなにでかかったっけ」

「あ…そう言えばそうだね。 僕ちょっと見上げるもん」

犬護はうんうんとうなずく。犬護の身長も172センチである。そこそこの身長はある。

「…って、そうじゃねえだろ。 とにかく、振り付け考えよう」

「そもそもどの曲を使うのかを決めて…」

「どんな曲がいいかな」

「明るいのがよくね」

「ぜってー冬士のちゃちゃが入るぜ…」

そうして話を続けていく。

そんな彼らのために今日もお菓子の袋が大量に籠の中に入れられている。籠はさすがに皆が持ってくるものだから置き場所を決めようということになり、烏丸が持ってきたものである。

空は青い。

まだ5月の上旬だ。

だが、窓はほぼ全開にされている。そのうちクーラーが点くようになるだろう。

犬護にとっては、こんなに楽しい思いをするのは久しぶりだった。

 

 

 

 

 

「…ほんとに冬士君今日来なかったなあ…」

寮に帰ってきて、犬護はケータイを開いた。そこには、メールがいくつか届いていた。

「…あ、清水君だ…」

メールを開くと、そこには、『ポスター見たぞ、お前の体育大会見に行ってやる!』の文字。

「…」

犬護の表情が曇った。

「…清水君、か…」

 

中学の時、犬護には友達と呼べる友達はいなかった。

こうしてメールをよこす清水という人物は、犬護が生成りであることを最初に知った人物だった。犬護としてはこれ以上の人に知られるとまた転校せねばならなくなる、そんなに家にお金はないのだからばれるわけにはいかなかった。せめて、清水の親にばれるのだけは避けなければならなかった。そうでなければ、また犬神と言われ、親にまで迷惑がかかる。

もう優しいあの両親が、村八分に遭うのは見たくなかった。

だから清水からの無茶な条件も飲んだ。いじめだとわかるようなことをされても何も言わなかったのはそのためだ。

 

――――――

「お願い…親には、言わないで…!」

「俺たちの親にか? なんで?」

「…なんでもいいでしょ…!!」

「口のきき方がなってねえな、駄犬」

鍵を掛けられた部室棟の部屋の一つ。犬護は清水に殴られたり蹴られたりしながら学校生活を送っており、清水に呼ばれれば必ず出向いていた。

殴る蹴るでは飽き足らず、犬護を犯そうと迫ってきたこともあった。

「…それはさすがに…何が楽しいのか分からないよ…」

「黙れ。 ばらすぞ?」

「…わかったよ…」

 

あくまでも自分の意思で服を脱いでいたのは記憶に残っている。

それほどまでに、清水を恐れていたのだろうか。

それとも。

生成りだからと蔑む目を向けたことのなかった彼に、縋っていたのだろうか。

 

「だ―――い―――なよ」

とぎれとぎれで聞こえていた声に無意識にうなずいていた。清水が何を言っていたのかは分からない。

 

――――――

「…うえ…」

嫌なもの思い出しちゃった。

吐き気が込み上げて来て、犬護はあわてて部屋を出て、トイレのほうに向かった。

すっかり顔は青ざめている。

中学生のころの思い出は嫌なものばかりではなかったが、嫌なことはかなり強烈だ。

とくに、中学3年の時は最悪だった。

 

ずっと隠していたことを皆が知っていたということを、皆の口から伝えられたのだ。どういう経緯だったかは覚えていない。

しかし、そこにいたるまでにその事実にすでに自分は気付いていた。どこで気付いたのだろうか。それももうわからない。

 

「…も、やだ…」

なんでこんなことばかり思い出すんだろう。

清水からのメールが悪いことだとは思わない。彼が見に来るということは、見に来るということは―――。

「…なん、だっけ…」

記憶に霞がかかっている。

トイレに着いたのだけれど、吐き気はおさまっていた。

かわりに、何か思い出したくないことに引っ掛かっている気がする。

しかしそれを思い出さなければいけない気がするのだ。

嫌なことだったのはわかるのだけれど。

嫌なことならばたくさん経験している。

自分を生んだだけで蔑まれる両親の姿。周りから犬神と呼ばれ蔑みの目を向けられることにも、いじめられることにも、とっくに慣れていたはずだったのに、どうして中学生の時のはきつかったのだろうか。

「…もう、やめよう…」

これ以上無理に考えたって無駄だろう。

思い出せそうにはない。

犬護は考えることをやめた。

そのまま自室に戻るために来た道を戻って行った。

 



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第3話 種目決め

 

冬士が帰ってきたとき、傍には少女を連れていた。皆で問い詰めたところ、妹だといった。

「紫苑ちゃんが…?」

「うそ…紫苑ちゃんは死んだんじゃ…?」

「先輩たちの認識に誤りはないですよ。 タイプ鳥、合成獣、鬼の複合です。 影山家の人間ならだれでも私を召喚できる状態になっています。 4年ぶりですね、みなさん! 改めて、よろしくお願いします!」

そんなはきはきとした、しかし落ち着いた、自己紹介が終わった。普段は紫色の小鳥の姿をとって冬士のそばにいるといって、小鳥の姿に変わった。

 

 

 

 

 

―犬護サイド―

「…」

「…犬護、顔色悪いぞ。 何かあったのか?」

冬士君に声を掛けられて、僕は小さくうなずいた。

「…俺の余波か? お前も山神だからな…」

「…ううん、違うんだ。 中学の時の友達がちょっと、メール送ってきてくれて」

「…よかった、とは言えねえかもしれねえな…」

「?」

冬士君の目が遠くを見つめるようになった。何かあったのかな。いや、何かを知っているのかな?

「…そう言えば、冬士君、僕が編入してきたときにも僕のこと知ってるような振りがあったよね」

「…まあ、知ってるからな」

「…どこで会ってるの? 僕には全く記憶がないんだけれど」

冬士君に尋ねてみると、冬士君はちょっと苦い顔をした。

「覚えてねえなら、思い出さねえほうがいいぜ、あれは」

「…そんなに酷いことがあったの?」

「ああ。 あれはきつい」

冬士君はそう言って小さく笑ったけれど、なんだか泣きそうになっていた。どうして君がそんな顔をするのかな。そう思ったけれど、烏丸先生の声が僕と冬士君の会話を遮った。

「おいお前ら、早く種目決めしろ」

「は、はい」

「はい」

冬士君がすぐにスマホを取り出して誰かにメールをしていた。

「司会誰がやる?」

勇子ちゃんが言うと、冬士君がすかさず言った。

「朱里でいいんじゃねえか」

「私ですか?」

「そうだね、ここで司会やったら出る種目一つにしてあげるよ」

「あ、じゃあそうさせていただきますね」

鋼山さんがそう言って前に出て行った。

「あー、俺書くよ」

鹿池君、だったっけな、青い髪の編入生君が前に出て行った。

「…じゃあ、まずは男子の1500メートル」

鹿池君がさっと書く。って、冬士君も何か書いてるけれど。

「冬士でよくねえか」

「赤虎てめえが走ればいいだろうが」

「いやここはお前だろ」

「チッ…」

冬士君はしぶしぶといった感じで鋼山さんにうなずいた。

「アレン、1500メートルは影山冬士君です」

「はーい」

「800メートルリレーは4人ですね」

「はい! それは俺らが走ります!」

吉岡君たちが手を上げた。

他に100メートル走、200メートル走、クラス対抗リレーの男子メンバーが決まった。

僕は200メートル走になった。2人だったんだけれど、もう1人は千夏君だ。

「女子1000メートルを走りたい方」

「…」

静まり返る。どこの女子も同じらしい。

「…じゃあ私がここで出ましょうか…」

「いや、そこは勇子だろ」

あ、また冬士君がちゃちゃ入れた。

「なんで私?」

「お前持久走いけるだろ」

「えー、だるい」

「1500の俺はどうなる」

「…キッシュ食べたい」

「作ってやる」

「よし走る」

「神成お前の脳内は食いモンしかねえのか!? つか土御門もこないだ影山の手料理に釣られてたよな!?」

「「冬士の料理はそれだけの価値がある」」

「声揃えて言うな、無性に殴りたくなる」

冬士君冷めてるなあ。というか千夏君釣られてたんだ。はじめて知った。

女子のほうで鋼山さんについてはクラス対抗リレーに出場することになった。

「…あの、クラス全員って、これもですよね?」

ダンスのところを指して鋼山さんがそう言ったけれど、勇子ちゃんが言った。

「あー、いいよ。 今考えてる配置だとウチのがとばっちり食いそうでさあ」

「とばっちり?」

「うん、こっちの話」

勇子ちゃんはそう言ったけれど、僕らにはわかる。

そう。

鹿池君だ。

鹿池君がやたらと冬士君を睨むのだ。他の皆には全く睨みつけたりしていないのに、なぜか冬士君ばかり睨んでいる。

とりあえず全部決まったので先生に紙を提出して、鋼山さんは席に戻ろうとした。でも、途中でふと冬士君の席に寄る。それがいけない気がするのは僕だけじゃないはず。冬士君の席は僕の席の一つ前だ。

「冬士、配置って、ダンスの配置ですよね。 私が抜けたら人数合わなくないですか?」

「…ん、まあな。 でも何とかする。 あんまり日にあたると日焼けするぜ?」

「…そこは問題じゃないと思いますが…」

鋼山さんが気付いた。かすかに鹿池君のほうを見た。

鹿池君めっちゃ冬士君睨んでる。

ああ、これはどうすればいいのか。

生成り丸ごと睨まれている感じがする。きっと鹿池君は生成りが嫌いなんだ。

恐い。

恐いよ。

「…千夏、犬護を頼む」

「…おう」

「紫苑、お前も千夏と居ろ。 ついてくるなよ」

冬士君が席を立った。そして静かに鹿池君のほうに向かった。鹿池君の視線が冬士君を追う。僕にかかる圧力みたいなのはなくなったのだけれど、冬士君と鹿池君が睨み合っている。

でも、冬士君が小さく口元だけ笑ったら、鹿池君もふっと笑った。

「…」

皆の間に流れていた緊張感がほどけた。

「…犬護、大丈夫かよ?」

「…」

千夏君に尋ねられて、うん、と小さくうなずいた。でも、ふっと意識が遠くなった。

あれ、なんで。

「…千夏、くん…気を、つけ…て…」

なんとかそう言って、僕は目を閉じた。

 

 

 

 

 

「犬護!?」

「犬護さん!」

千夏と紫苑が声を上げた。冬士ははっと犬護の方を向き、チッと舌打ちした。

「医務室に運べ!」

「…」

アレンもさすがに驚いたのか動きが止まっていた。朱里は手を伸ばしたかったが、千夏が振り返って首を横に振って笑った。

「大丈夫、犬護はああいう視線に弱いらしいから」

それは、殺気だったのか。

そう尋ねたかったものの、朱里は別にやらねばならないことを見つけたためうなずいて身を引いた。

 



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第4話 キャラなんて

 

「アレン。 いったい何してんだよ」

「ごめんなさい」

朱里はアレンを連れて誰も入ってくることができないように結界をアレンに張らせて、生成り集会場の準備室に入った。

そして開口一番これである。

「本当に申し訳ございませんでした」

「…で、なんで冬士を睨んでたんだよ。 冬士に何か気に入らないことでもあるのか?」

「…それが…」

視線を泳がせるアレンに、朱里は小さく息を吐いた。

「…それが、何?」

思い切り睨みつけて問うと、アレンは朱里を見て答えた。

「出会って1カ月そこいらのやつを朱里が呼び捨てにしている事とか親しそうにしているところとか相手が男であることも含めて嫉妬しましたすいません」

「…てめー冬士に土下座して来い!! 犬護には頭擦り切れるまで土下座して来い!!」

朱里はアレンの頭にチョップをかました。

「はい!!」

アレンは半泣きで返事をした。まあ、すぐに出て行こうとするわけでもないのだが。

「…ねえ朱里、確認させてもらっていい?」

「何を?」

「あの倒れた子、矢竹だっけ。 彼、生成りだよね。 種類わかる?」

「…確か山犬。 狼って言ったほうがいいのかな」

「…俺折哉さんに叱られる…!」

顔を両手で覆ってアレンは嘆いた。

「…叱られるだけか…」

「封印かけられちゃうよ!! 俺朱里を守るために封印かけられずにここに来てるのに!!」

「封印されてろ! 犬護みたいな人畜無害な子をぶっ倒れさせて何が楽しい!」

「なにも楽しくございません! すいませんごめんなさい!!」

朱里はハアと息を吐いた。

「…犬護が目を覚ましたら2人で謝りに行くぞ。 冬士にもな。 むしろ冬士には今すぐ行くぞ」

「…うん」

アレンはうなずいた。

 

 

 

 

 

「鋼山さん、鹿池君、どこ行ってたの?」

「ちょっと説教をしてました」

「説教?」

「はい、冬士と犬護にいとこが不快な思いをさせてしまったので」

朱里はそう言って冬士の席に向かう。後ろにいた犬護の姿はない。千夏は紫苑を受け取って撫でていた。

「…ごめん、影山。 睨んだりして」

「本当に、ご迷惑をおかけしました」

アレンと朱里が頭を下げる。冬士は苦笑いをして、朱里の肩をつついた。

「?」

「別にいいんだ。 むしろ対等に見られている感じがしてちょっと嬉しかったくらいだ」

冬士はそう言ったが、嘘だと千夏の目が言っていた。目は口ほどにモノを言う。朱里は舌打ちしたかった。

嘘はいらない。ただ謝罪を受け取ってくれればいいのに。

「それに…鹿池、自業自得だぜ、ドンマイ」

冬士はアレンを見て言った。アレンも顔を上げた。

「へ?」

「…悪いが俺の護法が龍冴先生のとこに走った」

「封印確定ッ…!!」

頭を抱えたアレンを見て、冬士がククク、と低く笑った。

朱里が苦い顔をして言った。

「冬士。 無理はしないでください。 鬼気は漏れてないですけれど、かなり闘気が出てます」

鬼気を抑え込めた代わりに闘気が漏れる、それではいけないだろうといいたいところではあるが、致し方あるまい。冬士はただでさえ強力な鬼を3体も抱えている状態だ。抑えるといっても限界がある。皆が気絶していないだけましだ。

何より、アレンの睨みの原因が嫉妬だったことがやるせない。下らない。そう思っているから余計にこう言ってしまったのだろう。

「…なんだよ、朱里にばれたのか、鹿池」

「言ったからね」

「…じゃああえて言わせてもらうぜ。 封印されちまえ、準1級。 本気で」

「それは嫌!!」

「…」

朱里が呆然となる。冬士とアレンはどこかで会話をしていただろうか?

「…そこでそんなに話すようになったんですか、アレン、冬士?」

「「アイコンタクトで」」

男子ってわからない。

千夏が小さく笑って、席を立った。

「まあ、こんなこともあるってこと」

そう言って朱里の肩に手を掛けた。

その瞬間。

 

ぷっちん。

 

断じてプリンではない。

アレンがキレただけである。

「いやあああああああ!! 朱里に触らないでよおおおお!!」

「!?」

千夏がびくっとなって後ろに飛んだ。その距離、約3メートル。

驚いたのは朱里と冬士も同じで、固まっていた。

アレンがホルダーから符を取り出したのを見て、冬士があわててアレンの手を掴んだ。

「ッ!?」

冬士が手を放した。その手から煙が出ている。

「冬士!」

「あっちぃ…!!」

冬士は苦痛に表情を歪めたが、すぐに言った。

「朱里、あのバカ止めろ」

「ああ」

口調?もうそんなもの構っていられるものか。

「アレンッ!! このド阿呆ッ!!」

ホルダーをはずしてアレンの後頭部に叩き込む。金属製だ、硬い。

「いったあああい!」

「大馬鹿野郎!! 教室で何しようとしてんだッ!! 皆に迷惑がかかることもわかんねーのか!? 馬鹿なの阿呆なの考えなしなの!?」

「朱里ひどい! もう正気に戻ったから!! 呪符ホルダー痛い!!」

まだガンガン叩きつけ続けている朱里だった。

「…はっ…」

ようやく手をとめた朱里は、皆が呆然としているのを見た。アレンは半泣きだ。

「…ったく!! アレンのせいだー!」

「ごめん、ごめんなさい! 呪符ホルダー痛い!」

またアレンを叩き始める朱里。冬士がさすがに止めに入って、アレンの頭にはたんこぶが10個程度で済んだ。

「…痛いです」

「だろうな」

冬士は苦笑いしてアレンを見た。

「…ねえ冬士、さっきかなり高度なアイコンタクトの跡が見て取れたんだけれど」

勇子が言うと、冬士はうなずいた。

「そこはもう鹿池本人から説明してもらってくれ」

「やります説明しますだから封印だけは取り下げて欲しいって影山先生に言ってよ親戚でしょ」

「悪いが今年会ったばっかりで親戚の自覚はこれっぽっちも…」

「わー! 見捨てないでええええ!!」

「冬士を頼るだとッ!? 100年早いわッ!!」

「朱里痛いってばあああ!!」

また呪符ホルダーで殴る朱里だった。

 



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第5話 保健室登校組

医務室で目を覚ました犬護が最初に見たのは、霊獣だった。

人の姿をしているが、纏っているのは水気ばかりである。他の霊気は感じられない。よって、純粋な水気によって形作られた霊獣と考えるのが妥当なのだ。

緑が強いがブルーグリーンと呼ぶべき髪に、うっすらと日に焼けたような肌と、髪よりも薄いブルーグリーンの尻尾が服の下からのぞいている。服は浴衣のような姿だった。

「!?」

犬護は慌てたが、霊獣が振り返った。

「あ…気がつきましたか、よかったです」

霊獣は桜色の瞳を犬護に向けていた。笑いかけてくるのがなんとも人間らしい。

「…君は?」

「あ…そう、ですね…僕は、トエと申します。 主は、冬様です」

「とうさま?」

「影山冬士です」

「…」

犬護はふっと考えこんだ。冬士の式神のようだ、ならばうなずける。冬士は基本的に水気を扱うことに長けているらしいためだ。

「…なら、トエは冬士君の護法ってことだよね? 自立してるみたいだし」

「は、はい。 …でも、護法なんて…僕は山村様の体調の管理を任されているんです」

トエはそう言って小さく笑った。どことなく冬士に似ている。少し皮肉っぽいところだろうか。

「…山村君って、確か…教室に全然来れてない人だったよね…?」

犬護の問いにトエはうなずいた。

「山村様はタイプキラーの中毒症状があるので、あまり教室にはいらっしゃいません」

「! タイプキラーって…西洋型に襲われたの? それともエルオデス?」

「…エルオデスだよ」

「「!」」

トエと犬護は声のしたほうを振り向いた。

「山村様…」

「トエ、怒らないよ?」

震え始めたトエに、声の主は笑いかけた。

「…君が、山村君…?」

「ああ」

山村圭吾は、焦げ茶色の髪と、青っぽい瞳をもつ少年だ。髪は短く切りそろえられている。

「お前あれだろ、狼の生成り。 矢竹犬護」

「うん。 …ここに僕を運んだのは…冬士君だったのかな?」

「ああ、影山と神成だったな」

山村はにっと笑った。

「狼って聞いてたけど、お前の髪やわらけえな」

「!?」

犬護がびくっと体を震わせた。

「あはは、俺は触ってねえよ。 トエが撫でまわしてたな」

「や、山村様…!」

トエがあたふたし始める。

「…本音は?」

「…お腹が空きました…」

「影山のやつ…」

「し、仕方ないですよ! 寮だし、2人部屋だし…!」

トエはそう言って縮こまった。

「…霊気の補給がいるの?」

「…矢竹、お前って案外鈍いのな」

「?」

犬護の問いに山村は苦笑いした。

「トエはエルオデスだぞ」

「―――ッ!?」

「失礼な犬っころだな」

声にならない悲鳴を上げて勢いよく飛びのいた犬護に山村はチョップをするように手を動かした。

「こいついないと俺が生活できないんだけどな」

「…あ、そっか。 じゃあトエは陰陽局に登録してもらってるの?」

「はい。 後見を多嶋蓮司第1級祓魔官にしていただいてます」

トエはそう言って少し恥ずかしそうに笑った。変な話ですね、と言って。

「…陰陽局は霊瘴を祓うだけで、霊獣本体を殺すために存在しているわけじゃないから」

犬護がそう答えると、トエはじっと犬護を見つめた。

「?」

「陰陽局だけじゃない、祓魔局や祓魔庁に不満を持っている人は沢山います。 あなたもそんな内の1人のはずだ」

「…トエ、それは霊獣として僕に問いかけているの?」

犬護の目がすっと細められた。

「そうと言えばそうですけれど、違います」

「?」

「あなたの忘れている過去を知っている人をもう1人知っています」

「!?」

それは、冬士以外のもう1人ということか。犬護はトエを見る。

「…それは、誰?」

「…そう問い返してくるということは、あなたには忘れてしまった過去を取り戻す気がおありだということですね」

「そうだよ」

犬護はうなずいた。

よみがえってくるのは転校すると伝えた時のクラスメイトの反対の声と、その時の表情だった。

「…どうして、ですか? つらい思いを、なさったのでは?」

「…それでもね、何かあったはずなんだよ。 いじめられていた記憶から皆が僕の転校に反対する理由になることがどこかにあったはずなんだ。 その理由を知りたい」

犬護がはっきりというと、トエはうなずいた。

「ちょっと待っていてください」

トエはケータイを取り出して誰かに掛ける。いや、その相手は誰への発信なのかなんて見なくてもわかる。

「冬様、トエです。 矢竹様は記憶を取り戻したいとおっしゃっています。 …はい、はい、わかりました。 そうお伝えしておきます」

トエが電話を切って犬護に向き直った。

「…やっぱり冬士君だったんだね」

「…はい。 もう1人の方は、佐竹エクソシスト科の火橋亜門ですから」

「…」

犬護はあれ、と思った。亜門たちに話しかけた時、亜門は自分のことを覚えていないようなそぶりだったということになる。

「…火橋君が覚えているってこと? 僕が話しかけた時には初対面さながらの対応だったんだけれど」

「…詳しいことは僕の生まれる前のことですから、なんとも…。 でも、初対面のはずですよ」

トエはそう言って、再びケータイをいじった。

「?」

「早いほうがいいでしょう? 今日校門前に火橋亜門を待たせます」

「え、それはそれで悪い気がする!」

「彼に予定なんてありませんから。 そもそも、彼にはこのメールが行くのわかってるはずですから」

「…?」

その言葉に少し引っ掛かりながら、犬護は山村を見た。山村は苦笑いしている。

「変なところは影山に似てんだよな、こいつ」

「…冬士君の霊気を食べてたってことだよね?」

「…これ言っていいのか…冬士とこいつ親子だぞ」

「語弊があると思う!」

霊獣と人間の親子というのは、要は霊獣を養育した人間のことを親と呼ぶだけのことである。ちゃんと知っていなければそのままの意味に取るととんでもないことになるのだが―――

「いや、影山はそのままの意味だぞ」

「聞きたくないよ! いろんな意味で冬士君のプライドをへし折る気がするよ!!」

そんな突っ込みを入れつつ犬護はふっと思い出した。

 

こんな風に、誰かと話し合ったのだろうか。

笑い合っていたのだろうか。

懐かしさを覚える。

懐かしいと思っている時点で、おそらくいつかこんな風景を体験していたのだろう。

皆は自分といて楽しかったのだろうか。

楽しかったと言ってくれた子がいた。

その思いすら自分はうそぶくな、と心の中で罵っていた気がする。

 

「…なあ、矢竹。 いいこと教えてやるよ」

「?」

山村の言葉に犬護は振り向いた。

「…とある町が、生成り保護条例というのを作ったんだ」

「…何、それ? すごいね、生成り用の条例だなんて」

「すごいだろ。 この条例な、とある中学校の生徒がクラスメイトだった生成りが被害にあった裁判の結果に不服を申し立てて、署名を集めたことで実現したんだぜ」

犬護は目を丸くする。

「…その生成り、どうなったの?」

「…残念。 条例が制定される前に行方をくらませちまったんだと」

「…そっか…でも、よかったね、その生成り。 …皆に好かれてたんだ」

犬護はどこか遠くを見つめていた。

山村とトエが切なげな笑みを浮かべていたが、犬護の目には映っていなかった。

 




霊獣と人間の親子・・・基本的には霊獣の卵などを知らず知らずのうちに押しつけられてとり憑かれている状態が進行して、霊獣を人間側が認識している状態。


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第6話 過去への

 

放課後、亜門が校門で待っているのを見つけて、犬護は驚いた。

「どうした?」

冬士がたずねると、犬護は立ちあがった。

「まさか本当に来るなんて…」

「ああ…亜門のことか。 アイツ星詠みより精度の高い予知できるらしいぞ」

「…ああ、そういうことか…」

トエの言葉がやっと腑に落ちた犬護は、教室を出た。

廊下の窓から見える小さめの駐車場で、応援団員が応援演舞の練習をしているのが見える。倉橋に限らず、陰陽学園の演舞は普段共に生活してくれている式神や霊獣たちのために舞うという名目上、時間の制限が存在しない。また、グラウンドが存在しないため校門から校舎までの庭で行われることになる。どう頑張っても一周に200メートルもない。

さらに、基本的にそんな徒競走などの競技は二の次であり、ほとんどの時間は演舞競技である。犬護たち1年生はまだ演舞を練習する時間がないことや、考える時間もないということで、クラスの出し物が自由になっているだけだ。

3年生にもなってくると神楽、能、狂言と、いろいろ考えてくるクラスもある。

昇降口から出て庭を抜け、校門で待っている亜門のもとへ駆け寄った。

「火橋君!」

「おー。 そろそろ来ると思ってたぜ」

亜門はにこりと笑って門の上方に下がっている光の球に向かって声を掛けた。

「佐竹エクソシスト養成学校所属、火橋亜門。 矢竹犬護の事情に踏み入ります」

「?」

犬護も光を見上げた。

『―――認証。 帰りはいつになるかね?』

声が返ってくる。亜門が答える。

「わかんねー。 こいつ次第だからな。 まあ、夜間外出許可と外泊許可出しといてくれよ」

『…身勝手なことだ―――1年Aクラス所属、矢竹犬護に、夜間外出許可及び外泊許可を出した。 行っていいぞ』

「よし。 行こうぜ、犬護」

「う、うん…」

亜門に手を引かれて犬護は門の前をあとにした。

 

「…あの光の球、式神だったんだ…」

「ああ、あれは鬼火だ。 契約してるっていうよりは、この土地に住み着いた鬼がフェイズを1まで落としてるって言ったほうがいいと思うが」

「あ、じゃあもう存在するだけ?」

「人の気に呑まれて人の中にいるのが当たり前になっちまったんじゃねえかな。 とくに鬼気も邪気も感じなかったし」

亜門に手を引かれたまま犬護は歩く。犬護は不思議だなと思った。

「…火橋君の霊気、すごく安定してるね」

「んー? あー、冬士にも言われたことあるぜ。 これでも火が得意なんだけどな」

「絶対もう一つくらいあるよ」

「…火の補助としてなら、風も使う」

「…それのせいかもしれないね。 風は陰陽術では金気と木気を組み合わせるから」

3つの属性が使えれば多少弱くても十分皆と渡り合っていくことができるというものだ。

「…でも、火だと考えるとその髪の色、おかしいと思う」

「これでも地毛だぜ?」

「それは疑ってない」

亜門がとあるカフェの前で立ち止まった。

「…虎狼喫茶? なんだかすごい名前だね」

「ああ、もう20年近くやってるらしいぜ。 ちなみにウェイターに尻尾が生えてるが気にするな」

「生成りに気にしろと言われても困るけれどね」

犬護はそう言いつつ亜門について店に入った。

店内は明かりはついておらず、窓から入る日光だけで明るくなっていた。

「…すごい…おしゃれ…」

店内は木張りで落ち着いた雰囲気に整えられている。酒が出てきそうな雰囲気は、ある。客はほかには、いない。

「いらっしゃいませ」

銀髪の男が礼をする。亜門と犬後も礼をして、席に着いた。

「ご注文はどうなさいますか?」

「とりあえず長居する予定だからチーズケーキかな。 犬護は何食う?」

「…メニューが見当たらないよ…?」

「頼まれればなんでもお出ししますよ」

犬護は困ってしまった。何が食べたいかと問われても、なんでも食べるからよくわからない。

「…よくわからないです。 僕もチーズケーキで」

「かしこまりました」

ウェイターはそう言って下がって行った。

「…火橋君、さっそく本題に入ってもらっていいかな?」

「おう」

亜門はにっと笑った。

亜門の髪は日光を受けて明るく輝いている。アイボリーの髪と、大きめの赤い垂れ目が特徴的である。

「…そうだな。 まずは何から話したらいい? 俺と冬士とお前の出会い? お前がいた学校のその後?」

亜門が問うと、犬護は少し考えて、言った。

「出会い、かな。 冬士君と火橋君の反応の差が気になるんだ」

亜門はうなずいた。

「俺と冬士はもともとつるんでいた。 それが前提な。 あと、信じたくないなら信じなくていいけど、お前彼氏いた」

「…それはまた…すごいカミングアウトなんだけれど…いったい何がどうなって僕は誰と付き合ってたことになるのかな」

「疑問が一気に増殖したな。 まあ、答えてやるけど」

亜門はくすくすと笑った。

「?」

「いや、思い出せるといいな」

「…うん」

亜門はすっと小さく息を吸った。

「…まあその前提があって、だ。 犬護は彼氏と別れた後拉致されてる」

「…誰に?」

「…尾崎正平。 強姦罪と殺人未遂で刑務所に入ってる」

「…もうその人に何されたのかが大体想像できた」

犬護はうげ、と小さく呻いた。気持ちの悪いことをしてくれたものだ。

「…ていうか、強姦罪男同士でも適応されるんだ…」

「いや、この町だけだろ。 つーか普通、プライドが邪魔してこんなカミングアウトしないからな」

「…じゃあなんで」

「殺人未遂っつったろ。 お前こいつに殺されかけてな、その時…まあ、そういう跡が残ってたってことだ」

「…」

犬護は黙った。さすがにこんな話だとは思っていなかったが、何となく慣れている自分も自分でおかしいとも思った。

「…で、拉致られた後、お前はナニをされて悲鳴を上げたってことだ。 冬士にはそのときすでに御影春山が入ってるからな、山神同士でわかっちまうモンらしい。 冬士についてって俺と冬士は一緒にお前のところにたどり着いた」

「…じゃあ、それまでは会ったことなかったってこと?」

「ああ。 冬士のほうはお前の彼氏と面識があっただけだ。 俺にいたってはどっちとも面識なし」

「…それでよく助けようと思ったね」

「生成りなんざ恐くねえよ、陰陽師にしろエクソシストにしろ、なんでそんなに恐れるのかわからんね」

亜門は犬護に手を伸ばした。

「!」

犬護は椅子を引いて亜門と距離を取ろうとした。

「ほら、それ。 それが、お前が火に対して示す反応だ」

「…僕が火に対して示す反応?」

「ああ。 さっき犬護は俺のこと安定してるっていったけれど、実際は俺から強い火気を感じてる。 犬護は火を恐がっている。 だから俺の手を避ける。 固まるんじゃなく、離れようとするんだ」

「…」

犬護は椅子に座りなおした。

「…ってことは、僕は火で死にかけたってこと?」

「ああ。 …何も思い出しそうにないな」

「…うん」

犬護は少しうつむいた。亜門は何を思い出しているのだろうか。犬護の記憶は全く揺さぶられる気配がない。

「…もしかすると、知らず知らずのうちに封印を掛けているのかもしれませんね」

「!」

「お、来た来た」

ウェイターがチーズケーキを持ってきた。

「…なぜにホールですか」

「亜門もかなり食べますし、生成りならばたくさんあったほうが気兼ねなく食べれるでしょう?」

銀髪の紳士がそこにいた。

「…ありがとうございます」

「…いえいえ。 では、追加の注文があったらお呼び下さいませ」

「はい」

「はいよ」

犬護と亜門の答えにウェイターは満足そうに笑った。その尻に銀色のふさふさの尻尾が付いている事に犬護は気が付いた。

「…きれい…」

「?」

ウェイターは、あ、と小さく声を上げた。

「…嫌でしたか?」

「え、いえ、きれいな毛並みだなあと思って」

「…ふふ、自慢なんです」

ウェイターは嬉しそうにカウンターに戻って行った。

「…彼は?」

「人狼族―――正しくは、零落しちまった狼だ。 銀狼でな、銀製品が効かねえってんでエクソシストが大騒ぎしたことがあるやつらしい」

「…海外にいた時は大変だったろうなぁ…」

「はは、その話聞いてやると喜ぶぜ、彼」

亜門はそう言いつつチーズケーキを口に運んだ。犬護もチーズケーキをとって口に運んだ。

「おいしい…」

「だろ」

犬護はうなずいて、どんどん食べていく。亜門はそれを少し嬉しそうに笑って眺めていた。

 

 

 

 

 

結論から言って、犬護は何も思い出せなかった。ただ、なぜ思い出せないのかはわかった。

人間というのは自己防衛のために都合の悪い記憶は忘れてしまうものらしい。

おそらく犬護は犬護の覚えている範囲を大きく超えたショックを受けたのだろう。だから何も思い出せない。思い出したくないと心のどこかで思っている。

「無理に思い出す必要はないぞ?」

亜門が犬護に小さく笑いかけてきた。犬護はうなずいたが、それでは心の整理が付かない。

「…思い出したいんだ」

「…つらい思いをすると思うぞ?」

「…そう言ってくれるってことは、僕がどうなったのかを知ってるってことなんでしょ? どうして教えてくれないの?」

「…俺のエゴさ。 俺は犬護が記憶を取り戻したいならその意思を尊重したい。 けれど、そのあとだ。 犬護が倒れても俺は一切の責任を負えない。 負う気はないし負いたくない。 そんな身勝手な自己保身のために嫌がってるってことだ」

犬護は首を横に振った。

「それならもっと酷いやつらをいくらでも知ってるよ。 …火橋君のは自己保身の最低ラインだよ。 僕に話してくれたことの中にも、結構気持ち悪い内容混じってたし」

犬護はそう言って席を立った。

亜門も席を立つ。

「チーズケーキおいしかったです」

「また来るな」

犬護と亜門はそれぞれ店を出た。

「…お金どうなってるの?」

「生成りはタダです」

「え」

犬護はちょっと固まったが結局ちゃんと清算して寮に帰った。

 



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第7話 大会準備

 

「ありがとうございました」

終礼を終えたクラス内はざわついた。

「今日第2演習場予約取ってるぜ」

冬士がそう告げれば皆はばっと立ち上がり、無言で第2演習場へと向かった。

第2演習場は4つある倉橋の演習場の中で最も広い演習場である。

「よくとれたな、冬士」

「じゃんけんでな」

「…そういやお前勝負事は何でも鬼強だよな…」

千夏は苦笑いした。

Aクラスはダンスだが、生成りが5人になったこともあり、5人にはとびきりのダンスをしてもらおうということになったのである。

「…冬士、俺うまくやる自信がねえわ…」

「翔、弱気は厳禁だぜ?」

翔に冬士が返すと、犬護が顔を出す。

「大丈夫だよ、翔君は中央の指標になってくれればいいんだから」

「…どうせ俺は生成りになって2年ですよ…」

「4年目の俺らとあんま変わらんだろ」

大輔が笑った。

「鬼だからっていう言い訳が通用しねえんだよ! お前らのせいで!」

「カカカカカカカ」

「うわ! やめろ大輔気持ち悪ぃな!!」

「御影が笑うと地鳴りがするので代わりに笑ってみました、と」

大輔が小さく笑んだ。翔は小さく息を吐いた。案外大輔がノリのいい男であるらしいことは今までの生活で何となく理解できたのだが。

「翔、ぶつかるぞ」

「いでッ」

ガツンと廊下の壁にぶつかってしまった翔だった。

「痛ぇ…」

「ちゃんと前見とけよ」

翔はぶつけた鼻をさすった。

「顔面崩壊」

「燎てめえッ!!」

燎の頭に狐の耳が見えた気がした翔は、迷わず燎に拳を叩きこもうと追いかけた。

演習場のドアが開き、翔と燎が走りこむ。先を越されたクラスメイト達は何事かと2人を目で追っていた。勇子と千夏が振り返ると、冬士と大輔はやれやれと肩をすくめ、犬護は苦笑いした。

全員が中に入ると、ドアが閉まった。

「翔、燎、そろそろやめろ」

「まだ殴ってねえッ!!」

「やめよっか!」

もう少しで捕まえられるというところまで来ていた翔は反対し、捕まりそうになっている燎は賛成する。

まあ、どちらも冬士と大輔にそれぞれ投げ飛ばされていたのだが。

 

 

 

 

 

「…すげ…」

全員が踊るパートをしっかり仕上げてきたのを見て、翔は感嘆の声を上げた。

「…マジ不安になってきた…」

「気にするなよ。 一番苦労するのはどうせ燎だからな」

冬士はからからと笑った。

「…さて、そろそろだな」

冬士がヘッドバンドをはずして小さく息を吸って小さくつぶやく。

「第一門開門」

冬士の頭に青い角が現れ、牙と爪が伸びる。カチューシャを外した大輔も帽子をとった犬護と合わせてつぶやいた。

「「第一門開門」」

大輔の頭に赤い角が現れ、牙と爪が伸びた。犬護の頭に狼のぴんと立った耳と、尾が現れた。

「「ファースト・ディスペル」」

燎と翔が声をそろえて言った。

燎の頭に狐の耳とふさふさした尾が現れ、翔は耳がとがり、牙が伸び、爪が伸びてその手に槍が現れた。

「…槍まで出す必要あるのか?」

「必要ねえよ…」

翔は半ばうんざりしつつ、槍をその場に置いた。

翔の中の鬼は夜叉系統であるため、武器を手に持っているのが基本である。つまり槍が出てくるのは封印を一段階開けてしまえば当たり前のことである。

冬士が曲に合わせて歩いて行く。犬護、翔、燎、大輔と続く。

正面側を見て、犬護たちが考えて準備し、練習してきた振り付けを確認しながら踊っていく。

 

朱里はアレンの反対を押し切って結局ダンスにも出場することに決め、冬士の横で踊ることを選んだ。アレンは苦笑いで冬士を見て、冬士はアレンの視線の意味をわかっていながらアレンにニヤリと含みのある笑みを返した。

「朱里やっぱりそいつの横はダメええええ!!」

「うるせーよちょっとは黙って踊れ!!」

皆が朱里に蹴っ飛ばされるアレンを見たのはもう2週間も前の話だ。

学校中の準備が進んでいる。

体育祭は今週末に迫っている。

時間はあまりない。

皆が全力で練習をする。

勝ち負けも大切だが、それ以上のものを得るために。

 

練習が終わり、解散したところでアレンは冬士に声を掛けた。

「…ところでさ、倉橋って3団あるんだろ?」

アレンの問いに冬士がうなずいた。なんだかんだいってやっぱり冬士にアレンが遊ばれているように見える関係だが、仲は悪くはない。

アレンの私情によるあの感情の爆発の理由は、嫉妬というごくごく当たり前の感情だったからだ。生成りが嫌いだとか、生成りを蔑むようなことさえないならそれでいいとクラスメイト達が思っているのなんてアレンにはバレバレだ。

「Aが赤、Bが青、Cが黄だな」

「…ってことは赤か…」

「あ、鉢巻きか」

「まあね~。 …刺繍とか、どうしよう」

何気なくつぶやくと、冬士はニヤッと笑った。

「そりゃあ朱里にでも頼めばいいんじゃねえの?」

「あっはっは。 朱里、やってくれるかなぁ…」

アレンにとっては死活問題だ。

「やってくれるだろ。 幸いこのクラスには女子が結構いるからな」

「…それ、どういう?」

「Cクラスの実力派クラスに女子はあまりいない」

「なるほど」

他の団に鉢巻きを頼むなんて、おおよそプライドが無駄に高い名家の御曹司や御令嬢ならば願い下げだというだろう。

「…って、冬士生成り用の長いのもいるでしょ?」

「まあな。 つっても、無地でも何の問題もない」

冬士はきっぱりとそう言った。アレンは確かに、と言って、朱里を視線で追った。

「じゃあな」

「おう」

冬士が言うと、アレンは小さく返して朱里のほうへ走っていった。

冬士が言うまでアレンは別れの言葉を言わない。おおよそ言葉を掛ける必要もないと感じているのではなかろうかと冬士は思っている。

アレンが朱里に絡みついて朱里にぺちぺちと叩かれているのをクラスメイト達が笑って見ている。

「…ったく…無言で行くのは人間様の特権だろうが…」

呆れたような、無機質な、冬士の低い声に含まれていた悲しみを、聞きとってくれたものはいなかった。

 



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第8話 前日

 

「ごめん鹿池君、影山君どこにいるか知らない?」

「あ~、影山なら庭の飾りつけに行ってるよ」

「そうなの? ありがとう!」

1人の女子生徒がアレンに冬士の居場所を尋ねてきた。よほど仲良く見えるのだろうか。それとも、と思ってあたりを見回すと、近くには千夏も勇子もいた。大輔と犬護はおそらく冬士とともに庭の飾りつけに行っているのだろう。翔と燎はいなかった。

まあ、上々かな。

アレンは心の中でそうつぶやいた。

色々とありはしたが、結局アレンは封印はされず、折哉にも会わなかった。龍冴に扇子で額を3回ほどぺちぺちと叩かれはしたが、特に痛いわけでもない。朱里の傍にいつもいることができているし、冬士の危険な笑みに対して騒いでは朱里に突っ込みを受けるという日常風景ができつつある。

強いて言うならば、憂えるべきは朱里が演じきろうとしていた敬語キャラを崩壊させたことぐらいだろうか。まあ、皆に対しては敬語は崩れていないのだが。

「…あの子、確かBクラス…」

さっきの女子生徒は確かBクラスの生徒のはずである。冬士に他のクラスの生徒に刺繍をしてもらいたくないなどというくだらないプライドはないにしても、冬士が誰かに刺繍を頼むのか。ふと気になったので勇子に尋ねた。

「ねーねー神成ちゃん」

「何?」

「影山って、誰かに刺繍とかしてもらったりってことはあるの?」

「…? ないよ。 アイツいつも自分で作ってるし」

「…俺には冬士が主夫に見えてきた」

「事実でしょ」

勇子はそう言いつつ何かを描いていた。

「それは?」

「大輔の鉢巻き。 アイツは手先不器用だからね。 鬼のくせに」

「あっはっは。 それはもう大輔本人の問題じゃないの?」

アレンが現状朱里以外で唯一名前で呼んでいるのが大輔である。理由は簡単だ。

大輔は雅夏家の生き残りという表現をされる。つまり、雅夏家という家のラスト1名なのである。こういう状態の家の名を出すのは無粋というものだ。まして、それが霊災絡みだというのならばなおさらで、ほとんど全員がその霊災に間接的にでも関わっているというならば、いやがおうにも家の名は避けられるものだった。

「…にしても、冬士のこと気にするなんて珍しいね」

勇子の目が細くなった。アレンはやべ、と思った。

「…免許取ることをお勧めするよ?」

「さあね? まあいいけどね、どうせ冬士慣れてるとかほざくから」

勇子はそう言いつつアレンに向ける視線はいつものモノに戻っていた。

「…やっぱり蘆屋系統は嫌いだよ」

「いいんじゃない、はっきりしてて。 私もあんたみたいなのあんまり好きじゃないの」

アレンは自身は結構この自分の性質は人から絡まれやすく便利だと思っているのだが、勇子にはどちらかというと嫌われるタイプにあるらしい。冬士も何となく感づいている風があって扱いづらいことだ。何より蘆屋系統の家は表情が読みづらい。

「…で、冬士がどうしたの?」

「…ん、さっき女の子に影山の行き先尋ねられちゃってさあ。 庭だろうって答えたんだけれど、なんかBクラスの子だったみたいだったんだよねえ」

話題が戻ったのでアレンは答えた。勇子は今度は露骨に嫌そうな表情をした。

「?」

「その子、何する気かしら? このタイミングで告白はないにしても…」

「あー、でもありそう。 影山顔いいじゃん」

「それは認めるけれどね。 …下手に千夏にばれないといいけれど」

「…土御門君には何かあるのかな?」

「相当やばいのがあるわよ。 アイツよく鬼になってないなって感じだし」

なんだかやばいモノを聞いてしまった気がする。

「…それって、ようするに…」

「アホみたいに独占欲が強いのよ。 冬士おかげでこの4年で30人ぐらいフってるからね」

「…うわぁ…女の子たちかわいそう…」

ついでに冬士もかわいそうだとちょっと思った。折哉から朱里に近づくなと言われている気分である。

「自分のことにたとえて考えちゃったからテンション下がった…」

「あんた絶対普通にしてたらすぐ彼女できるって。 鋼山さんの保護者しとくよりよっぽどいいと思うのは私だけかな?」

「うるさい。 俺は朱里のこと愛してるの。 朱里の傍にいられたら幸せなの」

「一回告白してこいよ。 玉砕したら慰めてやるから」

「いらない! そんな慰みはいらないよ!!」

周りが聞いていて笑いをこらえるので必死だったことを2人は知らない。

 

 

 

 

 

一方で冬士は、突然声を掛けられて振り返った。

「影山君」

「…?」

そこには、Bクラス所属と思しき女子生徒がいた。

「…っと、何か用か?」

高い所に登っていた冬士は降りてきた。女子生徒はすっと手を前に出した。

「…これは…」

「は…鉢巻き、刺繍したんだ。 勝手なことして、ごめん…」

少女の手には赤く長い鉢巻きがあった。

「…サンキュ。 むしろ助かったぜ」

実際は冬士は既に自分で買った分を刺繍していたのだが、まあ、むげにはできまい。

受け取って小さく微笑んだ冬士に、女子生徒は少し頬を染めて、礼をして立ち去ろうとした。

「おい、名前は」

「…き…如月真衣です」

「…如月真衣。 サンキュ」

「…」

真衣はてててと小さく走り出してしまった。

(…やっぱ、ありがとうが言えない)

冬士は手の中の鉢巻きを見つめた。

見知らぬ人に対しての『ありがとうございます』は言うことができる。なのに、ちょっと親しくなろうと踏み出した相手に対しては、『ありがとう』と親しみをこめて言うことができない。作り笑いになる。作り笑い以外の笑顔など冬士は知らないのだが、この思考は勇子がいないときにしてしまうとループにはまる。気にするまいと冬士は軽く首を左右に振って仕事に戻る。

 

それを実は千夏が知っていたというのは、冬士は寮に帰ってから知った。

「…千夏、悪かった」

「…鉢巻きのデザイン確認したのか?」

「…まだだ」

「じゃあいっしょに確認しようぜ」

千夏の目が笑っていなかったことなどもう冬士は思い出したくない。

「…お前独占欲強すぎ」

「…ウザかったら殺して…」

「俺ができないの知ってて言ってるだろ、タチ悪すぎんだよバカ」

部屋が同室であるため逃げることもできはせず。

もうすぐ初夏というこの湿度の高い暑い中、冬士は千夏に抱き疲れて眠る羽目になったのは他言無用である。

 




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第9話 当日

体育大会本番です。ただの体育大会にならなかったのは…私のせいです。
お付き合いください。


 

「正気なの、来るの、ほんとに」

『だからぁ、行くっつってんだろ?』

電話の向こうの清水の声に犬護は小さく息を吐いた。来て欲しいわけではないが、来ると言っている元クラスメイトを無視するわけにもいかず、開会式の後会おうという話になった。

 

プログラム1番の100メートル徒競走の参加者のみが残り、他は全員退場した。犬護はこの次の200メートル走に出ねばならないためすぐに待機となる。だが、先に清水にプログラムは言ってあった。

犬護がテント近くに戻ると、すぐに声を掛けてきた人物がいた。

焦げ茶色の髪の少年だ。私服を着ている。

「清水君…」

「犬護、久しぶりだな」

親しげに話しかけてくる彼のことが、犬護ははっきり言って苦手だ。いや、あんなことをされて苦手にならなかったらむしろおかしいだろう。

「…犬護の走り見とくからな」

「…馬鹿にするのだけはやめてね…」

「しないって」

清水が本来いるべきなのは反対側にある客用テントなのだが、清水はお構いなしである。

「…にしても、この暑い中長袖長ズボンかよ」

「…いいでしょ、別に」

犬護は体育服のジャージを着ている状態なのである。

実は、犬護は両足に火傷の跡がある。かなり大きなもので、いつからあったのかはよく覚えていない。膝あたりまであるものだから、犬護はこれを隠すために長ズボンを履いているのだ。けして日焼けが嫌とかそういう理由では断じてない。

「頑張れよ! 応援しとくからな!」

「ずっといる気なの?」

「まあな」

犬護はあたりを見回した。売店はないが近くに自販機はある。

「…熱射病に気をつけてね」

「大丈夫、帽子も日焼け止めも金もある」

パン、とピストルの音がした。犬護は競技のほうを見た。

「…じゃ、そろそろ行くから」

「おう。 がんばれ~」

清水と別れて集合場所に向かう犬護。

清水の態度を見ていると、やはり抜け落ちている記憶のどこかにこうなる原因があるのだと思うのだ。その記憶を取り戻したいような、取り戻したくないような。

けれど、もし抜け落ちた記憶の中で犬護が皆を傷つけたことがあったのなら、それは覚えていたいのだ。ただの被害者で終われるとは思っていないから。

どうして清水たちが傷ついた顔をするのかの理由もきっと繋がっている。

だから思い出したい。

その契機になるはずだった亜門との対話も、まるで意味を成さなかったのが、少しばかり悔しかった。亜門の時間をとらせておいて収穫なしでは笑えないではないか。

それでも無理をするなという亜門と冬士の言葉。

「…やっぱり、冬士君も火橋君も優しすぎるんじゃないの…」

冬士は生成りとはいえ生まれつきの生成りとしては自覚がなかったのだろうし、亜門にいたっては冬士と知り合いというだけで、生成りではない。

「犬護」

「…千夏君…」

「行こうぜ」

いつの間にか千夏が隣にまで来ていた。犬護はポケットから鉢巻きを取り出して頭に巻く。

「うん」

ちょっと考え事をしていただけのつもりだったが、あっという間にプログラム1番は終わっていた。千夏の頭にも赤い鉢巻きが付けらているが、圧倒的に犬護の鉢巻きは長い。

犬護の鉢巻きは勇子と玲と朱里が刺繍してくれたものである。

その長さは約2メートル。通常の鉢巻きが1メートルほどであるから、そうとう長い。そこに細かく白や黄色、オレンジ色で刺繍が施されている。狼を黒でたくさん刺繍してくれたのは勇子だ。名前を金色で刺繍してくれたのは朱里だ。狩人や鳥、山に関係するものを刺繍してくれたのは玲だった。

「きれいな刺繍だな」

「…うん」

千夏のほうは土御門家の家紋である清明桔梗紋と、金色で名前が刺繍されている。

「シンプルだね…」

「ははは。 俺に刺繍のセンスなんて求めないでくれ。 …母さんがめっちゃ恐かった…」

母親に電話口でしばかれでもしたのだろうか。

「冬士君に頼んじゃいそうだもんねえ」

「さすがにそれはしなかったけど! …母さんには釘刺された」

「親って子供のことよく知ってるよね…」

苦笑いして、視線を前に向ける。アナウンスが入ってプログラム2番が始まった。

 

『解説は1年Bクラス馬場雄一と』

『2年Aクラス大平四葉がお送りいたしま~す!』

マイクの前で言った少女はにこにこと笑っている。

『第1走者の紹介をします…』

馬場が紹介を始める。

千夏は第1走者。犬護は第2走者だ。1年から3年まで全員が走る。1クラスにつき2人ずつ、1学年3クラスあるから6人で、レーンは6つあるため第3走者までしかいない。くじ引きで走順が決まり、団の色でしかみられていない。

ピストルが鳴る。千夏が走っていった。

犬護は千夏の走りを見ていた。遅いわけではない。でもおそらく。

(…千夏君は長距離派かな?)

中距離は微妙そうだ。

1位は青が持っていったが、2位と3位は赤がとった。

犬護は立ちあがった。第2走者が並ぶ。

「…げ、なんでコレと走らなきゃいけねーんだよ…」

1年Bクラス所属の生徒が言った。

「…好き勝手言ってていいけど、減点食らうよ?」

犬護はそう言った。

『第2走者の紹介をします』

名を呼ばれていく。犬護も礼をして前を向いた。

「…妨害入れてやる」

「1位とるから邪魔しないで」

犬護は真剣である。

ピストルが鳴った。その瞬間に、全員が走りだした。犬護の隣の生徒の手には符が握られていた。

『おおっとおお!? これは符術妨害がある予感!?』

四葉が声を上げた。

「流せ! 急急如律令!!」

(水!)

犬護は大きく一歩前へ踏み込んだ。態勢が大きく崩れる。

『符術妨害です! Aクラスうまく切り抜けられるかあああ!?』

四葉先輩ってノリよさそうだなあ。

犬護はそんな場違いなことを考えた。そして、一度だけ冬士が5人で集まって言った言葉を思い出した。

 

「俺たちが出るやつは100パーセント符術妨害が入ると思え」

「…符術妨害?」

翔がいぶかしげに目を細めた。

「符術を使っての妨害、そのまんまだ。 まあ生成りなら符術なんざあんま効かねえってのは事実だしな、遠慮なくぶっ放してくるだろうよ」

「ちょっと待てよ、俺死ぬぞそれ。 ていうか鉢巻きで一発でばれるじゃねえか」

「これだけAクラスに集中してりゃあ、Aクラスを蹴落とすっていう大義名分も付いてくるしな」

「あ、でも2年3年はお互いにぶつけあってるって話聞いたけれど」

「俺たちは符術は使っちゃいけねえの?」

「使ってもいいが…走るほうに集中しろよ?」

「…止まりそうだ…」

翔は小さく息を吐いた。

「おいおい、たかが100メートルが何ほざいてるんだ。 1500メートルの苦痛なめるなよ」

冬士はニヤニヤしながら言った。

「ぜってえ苦痛になるのは他の生徒だな」

「同感だ」

大輔が同意を示した。冬士はけらけらと笑った。

「まあ鬼は走れねえよ、どっちかっていうと直線距離用だしな」

「それでもビルの間をどこぞのゲームの赤帽子のごとく上に登っていくお前の言葉では信じられんな」

大輔の突っ込みに犬護は目を丸くした。

「そんなことできるの?」

「ああ、残念ながらな。 鬼の脚力でビルを壊さねえのは結構コツがいる」

そんなコツは語らなくていい。どういう状況で上に逃げなければいけない状況ができるのかの方を問いただしたかった犬護だった。

 

犬護は態勢を低くして右足でブレーキをかけ、一瞬で左に曲がった。

「!」

山犬の脚力を使ってしまったが問題はない。というか、もうこのままぶっちぎりでゴールしてもいいだろう。

さすがに驚いた生徒たちの足が遅くなり、同じ赤団であった3年生の生徒が早く切り替えて走ってきた。

 

 

 

 

 

「犬護アホじゃねお前」

「妨害入ったしいいんじゃね」

クラスメイト達からの言葉はまちまちだったが、これはヤバいなあと犬護は思った。

「ごめん燎君、妨害ひどくなるかもしれない」

「いいって。 翔に妨害が入らなかったから危機は脱してるしね?」

この後犬護は出るものはダンスだけだ。清水が待っているだろうと思って清水がいた場所へと向かった。

 



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第10話 炎煌

 

犬護と清水はそこから延々と話をすることになった。

「妨害入ったのにすげえな、犬護」

「化け物みたいだってこと?」

「はは、まあそうだな。 俺見鬼になったけどまだなかなか慣れなくてさあ」

犬護はその言葉に驚いた。

「いつ見鬼になったの? 霊災にでも遭ったの?」

「あー、いや、色々あってさあ、見鬼になれって言われて渋々。 陰陽会に所属して見鬼にしてもらった」

「…わざわざえぐいモノを見るためにそんなことを…」

「…まあ、これが代償だってんなら軽いと思うんだけれどな」

清水の言葉がところどころ重い。犬護は清水の顔をまじまじと覗きこむ。

「?」

「…ううん。 もしかしたら、と思ってね」

「…どうしたんだよ? なんか思い出したとか?」

「…ううん。 何も思い出せてないんだけれどね、クラスメイトに聞いた話だよ。 どこかの町の生成りのために条例作った中学生の話」

「…」

清水の顔から笑みが消えた。犬護は清水を見た。

「…それ、俺らの話だと思うぜ」

「…やっぱりそうかぁ…何となく気づいてはいたんだけれどね…」

犬護は小さく笑った。自嘲的なその笑みに、清水は眉間にしわを寄せた。

「…ごめん、何も思い出せてないんだ」

「謝ることじゃねえよ。 紫鬼からは無理強いするなって言われてるし、それに」

「?」

「…お前が生きて戻ってきたってわかった時すげえ嬉しくて、それだけでいいってさえ思ったから」

「―――」

犬護は口をつぐんだ。

犬護は中学を去った時、中部地方に抜けたのだ。

中部地方は今現在自治組織としての県や市、町、村はすべて壊滅している。そこを犬護と両親の3人で潜り抜けて生き延びた、ということを指しているようである。

「…」

ほら見ろ。

自分の知らないところでいつの間にか仲良くなっていたらしい彼らをこうして傷つけているのはほかの誰でもない、犬護自身なのだ。

被害者では終われないのだ。

加害者になるのは犬護も同じなのだ。

「…そんなに心配してくれてたの?」

「あったりまえだろ! …お前に記憶がないってわかっても、やっぱ諦めきれなかったんだ…」

清水の声のトーンが落ち込んだ。犬護は視線を前に向けた。

もうプログラムは5つ目の男子1500メートル走に移っていた。

「…ねえ、清水君」

「ん…?」

「友達から聞いた話なんだけれど…僕付き合ってた人いるんだってね。 誰だかわかる?」

「…」

男子が退場していく。クラス対抗リレーが始まる。

「…清水君?」

反応しない清水のほうを犬護が向くと、清水はうつむいていた。

「清水君? どうしたの、大丈夫?」

「…ああ…」

清水は唇を噛んでいた。それでも顔を上げて、苦笑いする。

「…それ、たぶん聞かないほうがいい」

「?」

知っていると言いながらそんなことを言うのか。犬護は首をかしげた。

「なんで? …僕は少しでも記憶を取り戻せるなら、そのヒントがつかめるなら、知りたいんだけれど」

「…いや、今思うと気の迷いだぜ、付き合うとか、ほんとに。 そこはさすがに思い出すのやめとけ」

清水までそんなことを言うのか。

犬護が口を開こうとした時、声を掛けてきた人物がいた。

「犬護」

「! 火橋君?」

犬護が振り向くとそこには私服姿の亜門がいた。

「よう、久しぶり、セイセイ」

「ん、久しぶり、亜門」

「知り合いなの? 火橋君面識なかったって言ってたよね?」

犬護が尋ねると、亜門はうなずいた。

「お前の一件があった後、病院でな。 冬士は?」

「さっき冬士君が出場してたの終わったから、そろそろ来ると思うけれど」

犬護が答えると、亜門は「そっか」といって座った。

数分もしないうちに冬士がやってくる。

「ここにいたのか、セイセイ」

「おう」

セイセイというのは清水のあだ名である。清水星太でセイセイだ。

「冬士君おめでとう」

「サンキュ、犬護。 まあ、あいつらどうせ妨害してこなくても俺ぶっちぎりしてやる気でいたけどな」

冬士は妨害を受けたわけだが、ものともせずさっさとゴールしてしまったようだ。

「…次は3年生の称号持ちの演技なわけだが」

冬士は視線を中央に向けた。

「?」

「亜門」

「おう」

亜門と冬士は犬護の右と後ろに座った。清水が左側にいるためなのだが。

「どうしたの?」

「まあ、これ見たらお前の記憶が戻る可能性があるってことだ。 ちょいと強引だがな?」

冬士はそう言って苦笑いして見せた。

「…思い出させるのか?」

「逆を言うならこれで思い出さなかったらもう思い出す手掛かりはなくなるぜ。 …犬護、覚悟はできてるか?」

「…うん。 それにしても、急だね」

「このプログラムはどこで問題のが来るか予測できねえ。 亜門も教えちゃくれねえしな」

亜門のほうを犬護が見ると、亜門は苦笑いした。

「だって、言ったら記憶戻りそうにねえし」

やっぱり焦らされるのはあまり好きではないな、と犬護は思った。

視線を前に戻すと、3年生たちが入場したところだった。

生徒会長兼3年トップの生徒がすっと手を上げた。

「隔てよ! 急急如律令!」

呪符を投じると、土壁が現れる。

テントの中が騒がしくなる。

「あれ3年皇帝だよな?」

「やべー、呪符一枚であのサイズの壁作れんのかよ」

客席に向かって土壁が立っているから、犬護たち側からは後ろでやっている事が見えている。出てきているのは7人だけで、そのうち2人が凡様式の護法を出す。

「あ、あれS金剛阿形吽形じゃね」

冬士が言うと、犬護はうなずいた。

「そうだね。 結構大きいなぁ…」

Sというのは作っている家のイニシャルである。

「土生金! 急急如律令!!」

4人の生徒が符を投じて叫んだ。式神を出した2人の生徒は手を上げて護法を動かす。土壁に手を突き入れ、中から槍を取り出す。

「すげ…あの一瞬であんなでかい槍を中に作ったのか!?」

テント側からの声がちゃんと聞こえなければ何をやっているのかよく分りもしない清水である。

「すげえことなのか?」

「うん、あれは五行相生の土生金を使ってあるんだけれど、さっき別の人があの土壁を出したでしょう? 別の人が出した霊気にうまく乗ることと、あの後ろにいる護法2体のサイズの槍を土壁の中に作る、プラス4人だったから1本に2人の霊気が混じってることになるから、かなり高度な技になるんだけれど…」

「…去年から始めたばかりの俺には何が難しいのか分からねえよ」

「やってみりゃわかるぜ。 人間の霊気は通常他の霊気とは混じりにくいんだ。 それを無理やり混ぜてるからな、負担は相当だぜ」

冬士が言うと、亜門は首をかしげた。

「お前もかよ」

「だって俺エクソシスト訓練生だし? 五行相生とかいわれてもさっぱりだわ」

槍が水と火を纏っていく。見ていた冬士が小さく舌打ちした。

「?」

「一戦やる気だな。 これで水剋火とか言われたらタイミング図り損ねるぜ」

「冬士は気にし過ぎだっての。 気楽に行こうぜ?」

亜門に言われて冬士は小さくうなずいた。

 

その後、金剛阿形と金剛吽形は槍を使って戦闘を一戦演じた。

金生水が使われているだの、金侮火が使われているだのとテントの中では声が上がっていた。

最終的には水剋火で水を使っていた吽形が勝ち、阿形が倒れた。その火が消え去り、生徒たちが金生水と唱えてあたりに水気が多くなった。

水生木と3年皇帝が叫んだ。

あっという間に水気は木気に変わり、大きな木が符から飛び出し、あっという間にそびえたった。その大木はどうやら桜であるらしく、つぼみは桜色で、そのまま花弁が開いた。

火気が多くなってきたなと小さく冬士がつぶやいた。

花弁が散り始め、その花弁は風に乗って動くのではなく、生徒たちの霊気で操作されているものだった。あたりをまとまって花弁が待っていく。季節外れの桜の花だが、青い空に映えていて美しい。

犬護はつい見入っていた。

だから気付かなかった。

それはほんの一瞬のことだった。

 

「!!!」

犬護はテントよりも少しばかり前のほうに出ていたのだが、そんな犬護の目の前を、花弁は舞っていた。

花弁を追うように、犬護の目の前をオレンジ色の光が通り過ぎた。

その光は犬護の目の前から消えることはなかった。

 

ゆらゆら。

ゆらゆら。

 

犬護は声を上げることなく、フラッシュバックしてきた記憶に呑まれていた。

 

 

「…犬護?」

恐る恐る清水が犬護に声を掛けるが、聞こえていないらしい。

「犬護…」

「やめろ、セイセイ」

冬士にさえぎられる。亜門の目も真剣そのものだった。

「なんで…」

「犬護は声を上げてねえだろうが。 もうちょっと時間をやれ」

冬士はゆっくりと犬護の足をさすった。

「!」

犬護が冬士を見る。

「犬護。 ゆっくり呼吸しろ。 あの炎はお前に向けられたものじゃねえ。 足だってちゃんと地面についてるだろう?」

冬士の言葉に我に返ったのか、犬護はすっと深呼吸をした。

炎に向かって生徒たちは符を投じた。

「火生土。 急急如律令」

炎が消え去り、灰が含むガラス質が光を受けてキラキラと輝いて散っていった。

 



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第11話 清水の思い

「…犬護、大丈夫か?」

「…うん。 もう大丈夫」

3年生称号持ちの発表の後、犬護はしばらく放心していたが、なんとかクラス発表の番の前には戻ってきた。

「でれそう?」

「うん、大丈夫だよ」

冬士が勇子を呼んだためにクラス内に知れ渡ってしまっていた犬護の急変だが、犬護は大丈夫だと言った。

「じゃ、ガンバろっか」

勇子が言うと、犬護はうなずいた。

「…本当に、大丈夫なのかよ?」

清水は恐る恐る尋ねる。犬護はうなずいた。

「もう大丈夫だから、心配しないで。 後で全部ちゃんと話すから」

もう行かなくちゃ。犬護はそう言って、ジャージを脱いだ。

「?」

「大丈夫なのか、犬護、それ脱いで?」

クラスメイト達に尋ねられる。犬護はうん、と小さく返した。

「この傷のこともわかったから」

犬護は下のジャージも脱いで、足の火傷の跡を示した。両脚にケロイドができている。

「…! これなんだ、すげえ焼け方…」

「色々あったんだよ。 …亜門君、包帯あるかな」

「おう」

亜門がバッグから包帯を取り出した。

犬護の中で一つ何か整理が付いたということなのだろう、と考えてか、皆はそれ以上何も言わなかった。

さすがにいきなり見せるのは気が引けるほどの傷だ。犬護は素早く包帯を巻いてケロイドを隠した。

「…矢竹君ってよく怪我してた?」

「うん、擦り傷切り傷低温火傷もしたね」

犬護は立ちあがった。

「お待たせ。 じゃあね、亜門君」

「頑張れよ~」

亜門は清水のところへと戻っていった。犬護たちは並んで入場を待った。

 

 

 

 

 

「…犬護、思い出したのかぁ…」

「思い出してほしかったんじゃねえのかよ?」

亜門は息を吐く清水に呆れたように声を掛けた。

「…いざってなるとちょっとなぁ…」

「ははは。 いいじゃねえか、犬護が望んだことだし。 それにお前は結局この3ヶ月間頑張ったじゃねえか」

亜門は清水の横に座って視線を中央に向けた。

「…おお、女の子が踊ってもいいな、これ」

曲は男性アーティストの曲。3曲連続である。

「…なあ亜門」

「うん?」

「…犬護に、何があったんだよ? 前聞いたときお前教えてくれなかったよな」

「あんまりだぜ、酷だっての」

亜門は苦笑いした。

「でも大体想像ついてんじゃねえのか? セイセイは犬護のことよく知ってるだろ?」

「…まあな。 でも病院で犬護の脚見たわけじゃなかったから…」

「現実は残酷だな」

清水はうなずいた。

わかっている。わかってはいる。理解はできる。

でもそこから、犬護の痛みを理解したくない。

こんなものか。

俺の犬護への気持ちってこんなもんなのかよ。

ギリ、と清水は歯を食いしばった。

ダンスは曲に合わせてどんどん進んでいく。2曲目が始まり犬護たちが入ってくる。全員生成りとしての姿を出している。

「おー、鬼3体は圧巻だな」

亜門はカメラを取り出して写真を撮り始めた。

冬士の右前には朱里がいたりする。朱里の右にはアレンがいる。

「おお、犬護高く跳ぶなあ」

犬護と燎が交互にそれぞれ冬士と翔、翔と大輔の腕を踏み台にして高くジャンプする。そこで2回ほど体をひねって着地する。

「アクロバティック…」

「ははは。 鬼はまだ高く跳ぶけどな」

亜門はいつぞやの冬士の逃走劇を思い出してかカラカラと笑う。

3曲目が始まって全員でのダンスになる。

「…犬護楽しそう」

「中学での時とどっちが楽しそう?」

「…今、かな。 生成りだって隠してないからじゃねえかな」

清水は目を細めた。

「…亜門、あとでデータくれ」

「いいぜ」

亜門は立ち上がった。そのまま正面に回って写真を撮りに行った。

清水は独りで静かに考える。

ケロイド状の火傷の跡。直接炎が触れたのだろう。

どれほどの痛みだったのか。どうしてあの男が犬護を狙ったのか。

「…」

清水はうつむいて、かすかに体を震わせた。

 

 

 

 

 

昼休みになり、犬護は清水のもとへ急いだ。

「清水君!」

「…おかえり、犬護」

「…? どうしたの、泣いた?」

目元が赤いよ。犬護に言われ、清水はうん、と小さくうなずいた。

「犬護、セイセイ、一緒に弁当食うか?」

冬士がそう言うと、犬護はうなずいた。清水も小さくうなずく。

「…セイセイ、大丈夫か?」

「…いろいろ勘ぐってキャパオーバー…」

「あー、犬護に聞けよ。 俺と亜門もさすがにそこまでは知らねえからな」

冬士は肩をすくめて見せた。

犬護はだったら、先にお弁当食べようと言った。

「?」

「食欲なくすよ、この話」

「俺は大丈夫だが」

「冬士君の話じゃなくて清水君の話なの!」

犬護がそう言うと、冬士はニッと笑った。

「…ホレ、セイセイのこと普通に呼んでやれって」

「…ま、まだ一回しか呼んだことない…」

犬護はそう言いつつも清水のほうを見た。

「…」

「…いこっか、星太」

清水が顔を上げた。犬護はふわっと笑っていた。

「…犬護…」

「…もー。 これ好きだね」

犬護のふわふわした軽い髪をいじる清水を見て、女子生徒の一部が騒いでいたのだが、冬士は何も言うまいとすましていた。

「悪ィ千夏、俺こっちで4人で食うわ」

「おう」

話す内容が内容だけになあ。そう言ってみせると犬護はうなずいた。

 



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第12話 取り戻した記憶

それなりに残酷な表現が出てきます(当人比)。


 

弁当を食べ終わった犬護は一つ一つ思い出しながら語った。

 

清水からいじめとも受け取れる暴力行為を受け続けていた犬護が清水から告白をされたのは事件のほんの2週間ほど前のことだった。

「…まさか、そんな風に思われてたなんて」

「…もっと早くいっときゃよかったなぁ」

そう言いつつ2人で帰ったり、クラスメイト達からどやされたりしながら過ごすようになった。仲良くなれた女の子もいた。よく女子に髪をいじられるようになったのはこのころだった。

清水との仲はうまくいっていた。

清水の暴力がなくなった。だから犬護は気付いた。

 

ああ、清水君は僕を被害者にしてくれていたのか。

 

生成りに告白をするなんて罰ゲームでも嫌だ。ならば清水の気持ちは本物として考えるべきか?

恐くなかったと言えば嘘になる。犬護は怯えていた、どこまでも。いつ裏切られるかわかったもんじゃない。

それでも清水の手があまり犬護に触れなくなったことも、タッチが優しくなったことも、蹴られなくなったことも、すべて含めて、犬護は清水を信じることにした。

清水が犬護の体を求めなかったわけではない。

何が楽しいのかやっぱり良くわからない犬護だった。

普通の友達もできた。

だからやっぱり気付いた。

 

皆、僕が生成りだって知ってるんだな。

 

それでも皆が大人に言いさえしないでいてくれるなら。

まだこの町にいられる。

そうして過ごした2週間は、とても温かい時間だった。両親にはクラスの皆にはばれてしまったようだということも伝えた。それと、とりあえず彼氏ができたことも。両親は犬護を撫でて「よかった」と言った。

 

「なあ犬護、俺のことさ、名前で呼んでほしいんだ」

「え?」

ある日の学校帰り、清水がそう言ってきた。犬護は少しばかり迷ったが、うなずいた。

「…星太」

「…犬護~!」

名を呼んだだけで清水は犬護に抱きついて来て、犬護は人目があるから控えてよと苦笑いで返した。

「はは、そうだな。 じゃあな、犬護!」

「うん、じゃあね」

笑顔で別れた。犬護は確かに笑っていた。

 

 

 

 

 

「―――それが犬護とセイセイが付き合ってたって話か」

亜門が言うと、犬護はうなずいた。清水もうなずいた。

「そのあとは…犬護は?」

「普通にアパートに帰ったよ。 でもその日は父さんも母さんも帰ってこない日でね」

「…犬護のお父さん、トラック運転手だったよな」

「うん。 母さんは看護婦で夜勤だった」

犬護は苦笑いした。

「…で、次の日学校に登校したタイミングで拉致されました」

「急だなオイ」

「…ってことは、朝から!?」

亜門の突っ込みはスルーして言った清水はうなだれた。犬護はうなずく。

「…でも狼なら薬の類はほとんど効かねえんじゃねえ?」

亜門が言うと冬士がアホか、と言った。

「あれだけのことをしたんだ、陰陽師崩れかエクソシスト崩れだろ。 手刀で一発だ」

「あー、犬護は小さいしやりやすかったかもなぁ…」

「で、実際どうだった、犬護?」

「たぶん手刀だよ。 気付いた時には木符と地面とお友達で」

犬護はまた苦笑いした。苦笑いばかりしている。

「…僕が覚えてるのはそのあと3時間ぐらいやられっぱなしだったことかな…」

「さ…3時間…」

「いやでもましだったよ、鞭の使い方下手だったし!」

「鞭!? そんな拷問用具使われたの!?」

「…星太のほうが上手かったよ、ほんとに」

「…ごめん…」

清水は犬護に抱きつく。冬士と亜門は顔を見合わせた。

「…ってことは、冬士が聞いた悲鳴はその3時間の最初のほうだな?」

「たぶん。 10時頃だったかな。 腕時計が壊れてなければ」

「あってるぜ。 俺が悲鳴を聞いてから亜門の学校の前通るまでに2時間半はかかってるからな」

冬士が思い出しつつ言う。

「…冬士は昼休みにちょうど俺の学校の前通って、で、俺が冬士についてったんだよな」

「冬士は何で学校行ってねえんだよ」

「土御門先生のとこに通院だ」

「…東京の山から神奈川までごくろうさま…」

「馬鹿言え、犬護はその時千葉だぞ」

冬士は呆れたように言った。

「そんな遠くまで聞こえるの?」

「狼は遠吠えがあるだろ。 たぶんそのせいだと思うぜ」

冬士は犬護の包帯を巻いた脚に触れた。

「…犬護、通常から嫌な思い出ほど記憶に残るにしても、お前の忘れ方おかしいんだよな。 自分で呪詛でもしてたのか」

「うん。 すっごくショックなことがあったから自分で呪詛してたみたいだ」

「すっごいショック? この火傷のせいか?」

清水が尋ねると、犬護はフルフルと首を横に振った。

「尾崎正平に言われたんだ。 もう星太に近づくなって」

「…」

清水は動きを止めてしまった。その手を握りしめ、フルフルと震える。

「…ぁの野郎…!」

「…犬護、本当のアイツのセリフは?」

「…ちょっと気が引けるんだけど…」

犬護は清水を見る。冬士と亜門が促した。

「一回吐きだしとけ」

「そうそう」

「…うん…。 『お前みたいな社会の屑が僕の大事な星太の横にいることが不快だ。 お前は税金で暮らしている社会の塵芥程度の存在価値もない底辺の物だ。 お前なんかといたら星太が穢れてしまう。 お前は生まれたことそのものが罪だ。 死んで贖え』」

「…悲惨だな」

「でしょ?」

「すぐ次の会話に移ってるお前らが異常だ」

冬士の言葉に返す犬護に突っ込みを入れたのは亜門で、清水は返す言葉すらなかった。自分を親しげに呼ぶ尾崎に改めて寒気がするというのもあるが、犬護に物ほども価値がないというのが気に入らない。

「…懲役伸ばしたろかあの糞野郎…!!」

「…これ以上言ったらダメかな」

「後で聞いてやるよ」

「お願い」

まだ何かあるのか。

清水はいろいろと泣きたい気持ちに襲われた。

「…その後は? 俺らが来たのかな?」

「うん。 そのころにはこっちもへとへとで抵抗の余地なし。 縛りあげられて意識が吹っ飛んでた間に木行符で上から吊るされて下に薪が並べられててあとは…」

「灯油が撒いてあったな」

「木生火とかほざいて薪に火が付いて…」

「あの場所焼けたな」

「犬護の脚が焼けて吐き気のするたんぱく質の焦げた臭いが立ち込めたことのほうが記憶に残ってる、ごめん」

「亜門君は悪くないよ」

3人ともそのころを思い出したのか、身震いする。今度は冬士が苦笑いした。

「後は…皆知ってのとおり、か」

「うん、病院に運ばれたんだね」

犬護は清水を見た。

「そのあとは星太も知ってのとおりだよ。 僕は記憶がなくなってた」

「―――」

「…この場合、ショックは尾崎のセリフと考えるのが妥当だろうな。 まあ、もう罰を受けちゃいるんだし…最悪俺を脅しに使うのもありだな」

冬士が言うと犬護はまあ、鬼だしね。と言った。

 

 

 

 

 

「こんな話はほかには聞かせられないね」

昼休みを終えたところで清水のケータイにメールが届いた。内容は、皆で集まるから来い。

清水は犬護との別れを渋ったが、犬護は清水を送り出した。また今度会おう、と言って。

「どうしたんだ?」

犬護のつぶやきに冬士が返す。

「…ほら、冬士君教えてくれたでしょ、裁判の内容」

「…ああ、あのメールか。悪いな、勝手にメアド取ってて」

「ううん。 あのときは嫌がらせかと思ったけど、今思えば…冬士君まで傷つけちゃった」

犬護の目が細められる。冬士は小さく首を横に振った。

「―――俺もあの内容はさすがに知らせるかどうか迷ったんだがな。 さすがにあれはむかついた。 よくあの場で鬼にならなかったもんだ」

それほどまでに冬士も追い詰められた裁判の内容。

この大事なことの内容を、清水は知っている。

改めて思い出させる必要もあるまい。

冬士はそう思っていたのだが。

「…冬士君。 もう一回、教えて」

「…酷なことするな、お前も」

冬士は呆れたように息を吐いた。

 

 

殺人未遂罪で犬護の両親に訴えられた尾崎正平は、犬護が生成りであることを警察に言った。冬士がしまった、と思ったのはこの時だった。亜門は首をかしげていたのだが、冬士は知っていた。

冬士は歯をくいしばって耐えるしかなかった。こうなったら出てくるのは決まっている。

「どういうことだ?」

「…これで警察はこの件から降りることになる。 来るのはおそらく祓魔局所属の祓魔師」

冬士が歯ぎしりする理由が亜門にはわからない。

「祓魔師って、陰陽師とは違うのか?」

「違う。 陰陽師は医者もいるが、祓魔師にはいねえよ。 …生成りなんて皆悪魔憑き扱いだ」

それを聞いて亜門は少しショックを受けた。

警察はおろか犬護の両親側の弁護士も席を立たされて出て行った。

「…」

「…この裁判、負けたな…」

冬士はそう諦めの声音で言った。その目に涙が浮かんでいるように見えたのは、亜門だけではなかっただろう。

 

『尾崎正平被告は無罪放免』

 

出された結論はそれだった。

「司法が聞いてあきれる…!」

「仕方ねえさ。 人間様からすりゃあ、生成りは人間じゃねえんだよ」

冬士は閉廷された裁判所で千夏と合流した。亜門はすぐに冬士と別れて家に帰った。嗤いながら泣いているだろうと、それぐらいは簡単に予想が付いたものだ。

 

それだけでは終わらなかったのが清水である。

清水は裁判内容を傍聴席で聞いていた。こんな裁判があるか、と叫びたかった。

想い人を傷つけられたのは私情であるとしても、クラスメイトが殺されかけたのだ。それなのにそれが、生成りであるという理由一つで反対意見の発言すら許されずに、被告は無罪放免に、被害者は人権すら踏みにじられたのだ。

まるで最初から彼には人権はないのだと言うかのように。

清水たちは署名集めをした。陰陽局に行っただけで数千人分集まったのだから驚きである。

結果的には5万ほどの署名を集めて、清水たちは役所に叩きつけた。

役所が生成り保護条例を制定するための準備に入ろうとしたのを、清水たちが作成しておいた草案まで提出した。3か月で生成り保護条例が施行されたのはこのためである。

 

 

「…その結果、セイセイ達は陰陽師になることを求められたんだろうな」

「どういうこと?」

「…何で生成り保護が制定されてねえのかってことさ。 知らなさそうだが」

「…うん」

犬護がうなずく。冬士は目を閉じた。

「…生成りが堕ちたら、そこには霊獣が残るよな?」

「うん」

「…じゃあ、その霊獣は人間か?」

「…!」

生成りは堕ちたら最後、肉体は残らない。いや、残っても死んでからしか出てこない。霊獣が死ねば肉体もまた滅ぶ。

「…そうか…生成りが堕ちたモノを祓っちゃったら人殺し、か…」

犬護は空を見上げた。冬士が目を開けた。

「…まあ、これからだな。 いっそのこと生成り用に裁判官作るってのもありなんじゃねえか? はは、規模がでかいか」

「…でも、さすがに現状で生成りを必要悪にされるのは嫌だなあ。 …これから生成りとして生まれる子はもっと増えちゃう」

「…だな」

冬士はぐっと伸びをした。

「さて、こんな辛気くせえ話はもうやめだ」

「…うん」

冬士と犬護は千夏たちのいるテントに向かった。

 

 

 

 

 

『優勝は―――赤団です!』

先輩たち頑張ったなあ。

そう言いつつ片付けを始めた勇子たちを見て、小さく微笑んでいる男がいたことを、勇子たちは知らない。

 




この話の中での生成りの扱いのひどさを書こうとしました。
感想お待ちしています。


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第6章 中間考査
第1話 中間考査


テストでギャグをしようとした結果です。あったかい目で見てください。


 

皆がだれている。

当たり前だろう。

だって今日はもう、中間考査の最終日である。

体育大会は1週間前の話である。

「冬士いいい…」

「付き合ってやるから離れろあちいんだよバカ千夏」

冬士に罵倒されつつ教室に残って春樹を待っている間に問題集とにらめっこしている千夏と、何かをひたすら書いている冬士がいた。

「冬士、何書いてるんだ?」

朱里が尋ねると、冬士は顔を上げた。

「新しい術式だ。 千夏のやつ勉強しろっつったのにこっち優先しやがった」

「千夏、あんまりやってるとほんとに留年するんじゃないのか?」

朱里が呆れたように千夏に言うと、千夏がうげ、と言った。

「…留年は流石に嫌だ…」

「卒業までいけるのか、赤点王」

「黙らっしゃいサボりマスター。 俺はお前ほど頭の出来はよくねえの。 最後まで付き合ってもらうからな」

「へいへい」

冬士が書いている新しい術式というのは、千夏が考え付くものである。そして千夏の拙い説明を聞いて冬士が術式の効果やら発動条件やら影響やらといったものをレポートとしてまとめて陰陽局に提出している。

それが当たり前のようにしている彼らに接しているために、朱里はそれがどれほど恐ろしく困難なことなのかがわかっていなかったりする。

「勉強よりもそっちを優先するとは…そうとう自信があるようだな、土御門?」

「か、烏丸先生…やめてください、4桁いったかどうかってところなんです! もう言わないで!」

「平均以上とらなきゃ家の名前的にやばいだろ」

「それを言わないでくれ…! このクラス俺の言い訳が効かないんだよ…!」

「このクラスほとんど名家いないしな」

千夏が頭を抱えた。問題集が机に落ちて閉じられた。そこにちょうど春樹が帰ってくる。

「こら千夏、その問題集読み終わったのか!? 次はこれとこれとこれとこれだ! 君は追試の可能性があるからね、呪詛返しは得意分野だろう? さあオリジナルの術式じゃなく通常の呪詛返しの方法をしっかり覚えろ!」

「鬼!! 春樹が鬼だ!!」

「土御門家ともあろうものがこんなことでへばるんじゃない!!」

「春樹、これ貸してくれ」

「うん、いいよ」

冬士の助け船はなさそうである。テストが終わったというのに勉強漬けにされている千夏を見て、皆が同情したのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

―職員室―

「丸付けどうです?」

真千が笑顔で問いかける。闇はにやりと笑い返した。

「1人点数ヤバいのがおるぞ?」

「あら…今何教科です?」

「通常9教科で887点。 数学と国語は完璧じゃな」

闇はテスト用紙の名を見せる。真千は覗き込んで、満足そうに笑った。

「この調子ならあの人を吹き飛ばさなくても千夏君たち辺りが動きますね」

「うむ。 おい辰巳、集計できたかの?」

「はい。 土御門の2人は天と地ほどに点差開いてますね」

辰巳が職員室にさも当然というように居座っているが、真千が配慮したためである。辰巳はこれから3年間、なるべく学園で授業を受けることになっている。ゆえに研修生、なのだが、要は、彼の年齢に配慮してあるだけのことである。

「…500点差か。 まあ、実技だけで言うならこっちのアホが上なんじゃが…何せ頭が緩いからの」

「古典と漢文はほぼ満点をとっているのに…英語と数学青点ってどういう」

青点、要は15点以下である。

「まあ、いいんじゃねえの。 にしても、これやばいんだが」

龍冴が言ったので辰巳、闇、烏丸、真千で覗き込む。

「…これは…」

「龍冴よ。 お主の授業は点を落とすための授業ではなかったのか」

「ブレがなかった…アイツ絶対狙ってやってやがった!」

「ああそう言えば、彼は称号持ちを目指すって宣言してましたねえ。 皇帝狙ってますね、これは」

「…これであの順位で発表したら生徒が何言うかわかったもんじゃねえな…」

龍冴は頭を掻いた。真千はにこりと笑った。

「どっちにしても、発表順位はもう変えられませんし、クラスの子たちが動かなかったら所詮はその程度にしか冬士君たちを見ていないということです。 賭けてみましょう?」

真千は柔らかく微笑んだ。

 

テストは2000点満点だ。

通常教科は現代文、古文、漢文、数学、英語、化学、生物、世界史、日本史の9教科で900点。陰陽術系の座学教科は、西洋思想と東洋思想、風水の2教科で200点。実技教科は修祓実技が300点、符術実技、式神使役実技、選択実技がそれぞれ200点ずつで900点。合計2000点となる。西洋思想と東洋思想については倫理、風水については地学としても見ることができる。

ともかく、ここでよい点数を取れば成績が上がることはもちろん、倉橋のとっているシステムとして、特権階級になる可能性がある。

それが、称号持ちと呼ばれるものたちである。

それぞれ点数が高いほうから、様々なほかの条件はあるにしても、皇帝と女帝、王と女王、四神、陸海空、鬼の5種類がある。ただし、鬼については成績上位の特殊条件をクリアしているものしかなれない、など、制約はある。

 

「…じゃ、張ってきますね」

「おう」

皆が寮に帰ってしまってから烏丸が結果を張り出しに行った。

どんな反応を皆はするだろうかと真千は楽しみにしながら自室へと戻っていった。

 



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第2話 結果発表

 

冬士は遅刻して授業に出た。

「どうしたんだ、影山?」

「通院ついでに陰陽局にレポート提出してきました」

「完成したのか、あれ」

「はい」

どんな内容なのかは烏丸は非常に気になるところである。

「どんな?」

「えーと…魔法を分解する術式ですね、詳しくは千夏に聞いたほうがいいですよ」

冬士はそう言って千夏を見る。千夏は少し頬を掻いた。

「どんな術なんだ?」

「…普通は、構成している属性の表現が違うので分かりづらいですけれど、風には木気をぶつけるじゃないですか。 あれを、風じゃなくて金気と木気って考えるんですよ。 そしたら火気と金気で勝てるってわかるじゃないですか。 でも火気を使うと金侮火されるんで、風化に強くするために土気と金気を使って相手の動きを封じるんです。 結界を作るんですよ。 ただし、相手を囲むんじゃなく身を守るために。 金気と土気だけで九字を切る感じです。 衝突して威力がダウンして、金気を含んだ木気が弱まったところで金気で木気をぶった切るんです。 この時金気を水気で守って風化浸食を防ぎます」

「…ぐ、いろいろな術式を相当組み込んだんじゃないのか?」

「はい、要は化学と地学です」

「お前その頭がありながらなんだあの点数は!!」

「烏丸先生、こいつ陰陽術と知識は結びつきますけどテストには一切結びつきませんよ」

冬士が苦笑いして言った。烏丸は息を吐いた。

「…まあ、あの点数なら文句はないが…」

「! そっか、もう点数張り出されてるんですよね。 見てこようよ!」

誰かが言えば皆で見に行ってしまう。

「アホかお前ら。 これから授業だろうが!」

烏丸が怒鳴ってしぶしぶ皆は席に戻った。

 

クラスの皆に辰巳のお披露目があった。

辰巳は特に変わらぬ態度でタメ口をきいて構わないと言った。あまり表情が動かないうえに背が高く、少し皆からすれば怖いイメージが付きそうだった辰巳もこれでクラスに溶け込んでしまった。

「…若いもんは適応が早いというか…」

「あんたほど適応が早い人を俺たちは知りませんよ」

烏丸が闇に言った。

授業が終わればあっという間に生徒たちが廊下の掲示板前に集まっていってしまった。

「…我々も移動しましょうか」

「そうじゃな」

烏丸と闇は辰巳を見る。辰巳はうなずいて、駆け足で教室を出て行った。

「あの子たちは来ると思いますか?」

「来るじゃろ。 冬士のように全部諦めるほどませてもおらんじゃろうし」

闇はそう言いつつ飛歩で移動した。烏丸は置いて行かれたことに気が付いて慌てて教室を出た。

 

皆で結果を見た生徒たちの反応。

「…不服だ」

吉岡がそう言った。

「…そうか?」

冬士が尋ねると当たり前だ、と吉岡は振り返った。

「…納得いかない…」

「そう?」

朱里もつぶやき、アレンに聞き返されてうなずいた。

「だって冬士はこんな低いわけない」

冬士はその結果を見て、ああ、なるほどなと思った。

結果は全員が張り出されるのだが、冬士の名は下から10番目ほどにあった。

まあ、こんなもんだろう。

そう思って冬士はさっさと立ち去ろうとした。

「冬士、これ…」

朱里が問いかけた。冬士は少し視線を戻す。

「…まあ、こんなもんだろ。 慣れてる」

「…」

朱里の表情がかすかにゆがんだ。

「…」

アレンはすっと目を細めた。冬士が歩いて行ってしまうと、アレンは朱里に断って冬士を追って行った。

「ちょっと、冬士」

「…」

冬士の表情は微かに暗かった。

「…朱里にあんな顔させないでくれる」

低く押し殺したような声でアレンが言った。冬士はうなずいた。

「わかってる。 慣れたは言いすぎたな」

冬士はそう言ってアレンに向き直った。

「…それはそうと、冬士。 あの点数で下から10番目って、どういうこと?」

疑問すぎる、とアレンは問うた。

「…実技教科の先生は覚えてるか?」

「うん。 Bクラスの担任でしょ?」

「あの先生エクソシストの免許持ってんだよ。 つーか、確かエクソシストだけじゃねえかな」

「…まさかとは思うけど…生成りは悪魔憑きとかほざいてる?」

「まあな」

冬士の答えにアレンが低くつぶやいた。

「…早くあの人来ないかな…」

「…あの人?」

「…うん、こっちの話。 ところであの点数さあ、4桁に見えてたんだけれど」

アレンがもう一つの問いを投げかけると、冬士は苦笑いした。

「ああ、あの点数はそのまんまだったと思うけどな」

「…もうちょっと頑張ってもよかったかな」

「お前が1500点台ってのはおかしいだろうよ」

冬士が肩をすくめた。

「…とりあえず、皆のとこに戻ろうよ。 俺朱里のとこに戻りたい~」

「…おう」

冬士はアレンについて皆のもとへ戻る。

すると、もうそこには吉岡や朱里はいなかった。千夏も勇子もいない。

「…朱里どこ行っちゃったの!?」

「職員室です」

そこに残っていた紫苑が言った。

「…お兄ちゃん」

「ん?」

「…この点数、あと100点は上乗せされると思う」

「…さすがにそれはねえだろ」

冬士の点数は1856点となっている。ちなみに一番上の支島という生徒は1897点である。

「…この点数だぜ? 俺皇帝になれるっての」

「お兄ちゃんはなってもおかしくない」

「自信過剰だぜ」

「お兄ちゃんは小学校のテストほとんど100点だったもん」

「小学校と高校は違うぜ?」

紫苑が冬士に抱きついた。冬士を折ることができなくて悔しいらしい。

「…冬士、職員室に行こう。 何かが変わるかもしれない」

「てかこれ明らかに先生たち仕組んでるだろ。 何したいんだまったく…」

冬士もそう言いつつ、紫苑を抱えたまま職員室に向かった。

 



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第3話 不服申し立てる

吉岡は職員室にいた。後ろには朱里がいる。

「闇先生」

「うん?」

「なんですかあの結果」

吉岡は闇の目を見て言った。闇はいつもの通りのにやりとした笑みで吉岡を見る。

「せんべいいるか?」

「あ、はい、いただきます」

せんべいをもらって吉岡は続けた。

「冬士の成績あんなに低くないですよね。 ていうか4桁でしたよね」

「んー? そうじゃったかの~?」

闇は笑って返す。

烏丸がジト目でBクラスの担任を見つめる。

朱里がそれに気付いた。

(…これは…先生たちが仕組んだのか?)

吉岡がさらに続ける。

「冬士のペーパーテストはクラスで一番です。 そんな冬士よりも俺たちが順位上とかありえないですよ。 テストぐらい公平に点数つけられないんですか。 閉鎖的で汚職が多いのは百も承知の上で言ってるんですけれど」

闇が真千を見る。真千がBクラスの担任を見る。

「…あんなのテストじゃない」

吉岡がそこまで言ったとき、朱里が吉岡の服を掴んだ。

「?」

「―――失礼しましたっ!」

「あ、ちょ、鋼山、放せよ!!」

そのまま吉岡はずるずると朱里に引きずられて職員室を出て行った。

「…あなたたちねえ、恥ずかしくないんですか? 悪魔憑きを学園内に入れているという事実を黙認するだなんて」

Bクラスの担任はそう言い放った。

「恥ずかしくないですよ、だって生成りは悪魔憑きではありませんもの」

真千がそう言った。

「あなたを学園長権限でこの学校から追い出せたらいいんですけれどねえ」

「私は祓魔局から派遣された身です。 いくらあなたでもそんな横暴は許されない」

そう、Bクラスの担任はエクソシストである。祓魔局から派遣されて陰陽師側の人間を監視する役割を持っているために真千の力でも追い出せないのが現状だった。

「アレと悪魔憑きの何が違うというんですか。 改めて教えていただきたいですね」

「毎回言っているでしょう? 生成りは霊獣に体を乗っ取られそうになっている状態が死ぬまで続くんです。 悪魔憑きは悪魔を引きよせるのは人間自身ではありませんか。 被害者と当事者を同じものにしないでください」

真千が言い返す。辰巳が口を開いた。

「生成りってのは、取り憑かれているというよりは、本人がその霊獣に成り果てることを望んだり、自覚していたりする。 悪魔憑きみたいな被害妄想の産物じゃない」

「被害妄想だと? 狙われる人もいるんだぞ? 何をもって被害妄想などと言うんだ、陰陽師崩れが」

「生憎と俺は陰陽術を習ったことがないもんでな、陰陽師なんて名乗ってもいなければ祓魔師とも名乗っちゃいない。 悪魔憑きはあくまでも悪魔の使役を望んだ人間を介してなされるごくごく一般的な霊脈の世界への介入にすぎない。 それともお前ら教会のエクソシストはアジア圏の霊脈をも枯らして輪廻の輪を止める気か? そうしてヨーロッパ諸国が現在の食糧危機に陥っていることも理解できないのか?」

辰巳の言葉にBクラスの担任は立ち上がった。

「悪魔憑きが戯言を!」

「そう言って面倒なことがあると悪魔憑きだなんだとほざくからエクソシストは陰陽師に勝てないんだ、これだけ宗教色の薄い国でほとんどエクソシストは日本エクソシスト協会に所属しているだろう! 教会側の人間はうざがられてるってのがわからないのか!」

辰巳も立ち上がった。

烏丸が止めに入る。

「落ち着け、龍ヶ岳」

「…こんなやつが冬士の点数を己の価値観一つで1000点もマイナスするのか。 ウジが湧いてる、降霊術で誰かハンムラビ王でも召霊したらどうなんだ」

「そこまで言うか…」

烏丸は半ば呆れながら辰巳を座らせた。

「…あなたが熱心な宗教家で五本山まで行ったのは知っています。 でも、ここには宗教を持ち込まないでください。 その宗教的な考え方がまだ人間でいたいと言って助けを求める人々を奈落に突き落としているんですよ」

真千が言うと、Bクラスの担任は口をつぐんだ。

「Bクラスの子たちに生成りを悪魔憑きとして教えるのだけはやめてくださいね。 Bクラスには生成りとして生まれた親族を持っている子が少なからずいますから。 その子たちを人殺しに育てるのはあなたです」

 

 

 

「…」

「…俺はとんでもない会話を聞いていた気がする」

職員室のドアは現在解放されている。朱里と吉岡は真千たちの会話をすべて聞いていた。朱里は先ほど吉岡にちょっと説教をしたところだった。

「…こんな横暴が許されてるんですか…?」

ぐっと拳を握りしめた時、アレンと冬士がやってきた。

「朱里~!」

「…アレン…」

「? どうしたの、元気ないよ?」

「…ちょっと気分を悪くしただけだよ。 大丈夫、イラっとしただけだ」

朱里がそう言うと、アレンと冬士が顔を見合わせて、アレンは朱里に向き直った。

「朱里」

「?」

「さっき折哉さんから連絡あった」

「!」

朱里の目が一瞬輝いた。アレンはそれで朱里の不機嫌の内容を大体察した。

「2学期までには来るって」

「…2学期か…もっと早く来てくれたらいいのに…!」

「同感だよ」

アレンもやれやれと肩をすくめた。冬士がほんの少し笑った。

「「「!!!」」」

そんな笑い方できるの、とアレンは言いたかったが、朱里がそれを見てパッと顔を輝かせたため何も言わなかった。それと同時に。

(…やっぱり冬士には嫉妬してる気がする…)

 

 

 

 

 

テストの結果が下げられて張り直されたのは翌日のことだった。

「先生絶対準備してたね」

「職員室でそんな振りがあったんだよ」

アレンと朱里は教室で話していた。春樹が驚いて何度も結果を見直しているのが見える。

冬士は3位に上がった。本当は1位だったのだろうと千夏がこぼしたため、おそらくそっちが事実であろうが。

「よかった、冬士が生成りって理由だけであんな順位にされたまんまだったらBクラスの担任に蠱毒でも金蚕蠱でもぶつけてやろうと思ってたのよ」

「勇子、金蚕蠱は禁呪だぞ」

「知ったことか。 ここで神成の特権を使わなくていつ使う」

勇子はそう言いつつ瓶に入れられた蚕を取り出した。

「マジでやる気だったのか」

「うん。 でもこの子は拾いもの」

「金蚕蠱拾うとか普通じゃねえぞ」

「お母さんの指輪に懐いてた」

「…お前のお母さん蠱毒使ってたっけ?」

「使ってない」

そう言って勇子たちが笑った時、1人の少年が教室に入ってきた。

「?」

そちらを皆が見た。朱里とアレンも顔を向けた。

「…俺、千駄ヶ谷迅。 今日からこっちのクラスに移ることにした。 よろしく」

冬士が苦笑いして言った。

「咲哉はどうしたんだ?」

「最初のテスト結果、うちのエクソシスト担任のせいだったんだろ。 あんなクラスいられるか。 願い下げだ。 あれの味方するなら咲哉でも殺してやる」

「物騒だな!!」

咲哉が駆け込んできて叫んだ。

「よう、咲哉」

「久しぶり、冬士! じゃなくてだな。 俺は委員会の仕事で来たんだよ」

咲哉はそう言って紙を黒板に磁石で張り付けた。

「?」

「迅の移動に伴ってクラスの得点が変動するからな。 持ち点確認しといてくれよ、来週カード配布されるからな! 掲示板にクラスの得点もずっと表示されて記録されていくから!」

咲哉はそう言って出て行った。

「…得点?」

「あれだろ、校内でやるやつ」

「個人得点は部屋割に影響があるよな…」

クラス内が騒がしくなってきた。朱里が冬士のところへくる。

「得点っていつ付けられてるんだ?」

「基本的に小テストや実技評価だな。 あとは、成績に反映されない実力考査とかだ」

「…うん、今んとこは大丈夫…」

朱里はそう言って指を折って何か数えている。

「個人得点は多いやつから寮の部屋を自由に選べる。 今は朱里が1人部屋を使ってるが、得点が朱里より多い女子がその部屋を使いたいと言ったら朱里はその部屋を退かなきゃならねえ。 あとは、称号もかかってくる。 生徒会役員たちの平均点より得点が高ければ生徒会を無視する権利も付いてくる」

「…どこにそんなこと書いてあったんだ?」

「調べた。 これ使え」

冬士はファイリングしたプリントを朱里に渡した。

「冬士ってホントに準備がいいね~」

アレンが言った。

「ん。 こういうの好きなんだよ」

冬士はそう言っていつものにやりとした笑みを浮かべて見せた。

 




祓魔術・・・現代においての霊獣を祓う術。系統としては、エクソシストのような『霊獣殺し』型と魔法使いの『霊瘴祓い』がある。陰陽師は魔法使いの『霊瘴祓い』型に属しており、本来の目的は通常の濃度以上に霊気が集まって濃縮され、毒気を放ち障るようになったものを散り散りにして、周りの霊気と濃度を大体同じくらいにすることによって、悪影響をなくすことである。


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第7章 魔人編
第1話 合同合宿説明


中間考査からあっという間に2週間ほどが過ぎた。

冬士たちは無事に授業風景を他のクラスと変わらず過ごしているのだが、一つ変わったことがあった。

Bクラスである。

Bクラスの担任がやたら真面目になったのである。

朱里とアレンがガッツポーズをしたのだが、その理由は冬士や勇子も含めて皆知らなかったため首を傾げて終わっていた。

「配布資料がある。 これ読め」

ロングホームルームで配布された資料に目を通すと、でかでかと書いてある“合同合宿”の文字。

「…」

とりあえず目を通していく。

冬士は共同開催校のところで目をとめた。

佐竹である。

亜門のいる学校である。

そしてエクソシスト科の生徒との合同合宿と書いてある。

亜門のいる学科である。

「…」

資料を読み終わった千夏が顔を上げて冬士を見た。冬士は千夏に小さくにっと笑って見せた。

「冬士、楽しみなんじゃねえの?」

「まあな」

教卓側を向くと、烏丸が立っていた。ほとんどの生徒が顔を上げたところで烏丸が口を開いた。

「資料を読んでわかったと思うが、夏休み中、林間学校を佐竹のエクソシスト科と合同で実施する」

佐竹にはちょっと借りがあるからな、と烏丸が言って冬士を見た。冬士はうなずいて苦笑いして見せた。

「で、今日はこの時に組む5人班を組んでもらう。 好きな奴と組んでいいが、佐竹側と合同で10人班になることを覚えておくように。 さあ、組め」

烏丸がそれだけ言って手を叩いた。冬士たちはあっという間に4人で集まってしまう。勇子、大輔、千夏、冬士の4人は固まるのがわかりきっている。

「あと1人どうする?」

「周りの様子見てからだな」

冬士が言って、あたりを見回した。

犬護は翔たちと組んでおり、すでに5人になっている。翔、犬護、燎、玲、吉岡である。

生成りが余らないのが大前提だから、冬士はすぐに勇子たちと集まれたのだが。

もともと26名だったAクラスは現在、犬護、翔、アレン、迅が加わったことによって30人になっている。6班で余りは出ない。

1人でポツンと取り残された生徒がいた。

「…えっと…」

「…何で鋼山が1人なんだよ。 アレンはどうしたアレンは」

勇子が言うと、朱里が言った。

「いや、アレンが一緒に組もうよって言ってくれたのは嬉しかったんだけどさ、後天的な見鬼と一緒にいればもう少しいろいろ調整できるかなって思って」

朱里は冬士を見た。冬士はうなずいた。

「それもそうだな。 先天的な見鬼はもともと見えてるから、俺たちの困惑は一切理解してくれねえしな」

「そうなんだよ…この間生成り集会場で上から髪の束落ちてきて驚いた。 でも体を抜けてそのまま下に落ちて行ったんだ」

「霊気の集合体がフェイズ1になって本体から切り離された形なんだろうな。 集会場か。 そういやあの怨霊はどうなったんだろうな。 後で見に行ってみるか」

冬士の言葉に朱里がうなずいた。アレンが恨めしそうに冬士を見ているのに冬士は気が付いた。

わざとらしく目を細めて笑う。

きい、っとハンカチの端っこを噛むアレンを見て皆で笑った。

一部の女子の間でこの2人まで騒がれ始めている事については、勇子は何も言うまいと思うのだった。

 

 

 

 

 

「どうです?」

職員室にて、真千に尋ねられて烏丸が振り返った。

「…どうもこうもありませんよ…班決めは終わりましたが、バランスが偏ってます。 本当に好きなように組ませてよかったんですか?」

「ええ」

真千は満足そうに笑っている。

「この調子で行けば、そのうち冬士さんは称号持ちになりますね」

「どの称号を持たせなさるおつもりですか?」

「皇帝でもいいですけれど、ここはやっぱり鬼ですね。 生徒会無視、全生徒への命令権、さらに皇帝無視の特権つきですから」

「…強すぎやしませんか」

「あら、冬士さんは大丈夫ですよ。 悪ノリはするかもしれないけれど、命令されるのがどれほどつらいかを彼はよく知っています。 悪用はしないと思いますよ」

真千はそう言って、ふと、辰巳にも声を掛けた。

「辰巳さん、烏丸さんと一緒について来て下さいな。 話しておかなくてはいけないことがあるんです」

辰巳が立ちあがった。烏丸もともに立って真千について行く。

 

真千は狭い応接室に入った。

「…それで、お話って?」

辰巳が尋ねると、真千は式神に茶を入れさせながらソファに座った。

「実は、大輔さんのことなんですけれども」

「大輔? 雅夏のほうですか」

「ええ」

烏丸と辰巳も反対側のソファに座る。

「彼が鬼の生成りであることは知っていらっしゃいますね」

「ええ」

「はい」

式神が3人の前に茶を置いた。

「…実は、この間の煉紅との一件で、大輔さんが竜の護法を持っている事がダークバーレルや解鬼界にばれたようなんです」

「…それでは、大輔の竜を狙うものが現れる、と?」

「いえいえ、そうではないんです」

辰巳の問いを真千が否定した。

「…龍鬼、ですか」

烏丸の問いに真千はうなずいた。

「龍鬼?」

「鬼の生成り又は龍の生成りを、龍又は鬼が気に入って憑依することによって生まれる特殊な霊獣だ」

辰巳ははっとなったようで少し考えた。

「…もっと別に条件があるのでは?」

「はい。 この条件だと辰巳さんも可能性が出てきますけれど、辰巳さんはそうではありませんから。 キマイラ層に行った後、というのが大輔さんの場合は問題になってきます」

真千がそう言って小さく息を吐いた。

「…龍鬼って具体的にはどんなものなんです?」

「龍鬼は人間としての人格を保ったまま龍気と鬼気を放ち、己のために鬼として霊獣を食らい、龍として天候を操る。 厄介だということ以前に、霊獣として強力すぎる。 龍ならば鎮めの祈りがあるが、鬼は祓うほかないからな」

辰巳はまた考えこむ。

「…大輔は霊獣化の一段階目がもう終了しているんですね?」

「ええ。 そうでなければこっちに帰って来れてませんから」

「…なら、大輔は自分で身を守れるはずでしょう?」

「違うんだ、龍ヶ岳。 龍鬼は完全に出来上がるまでに人間の人生を捨てなきゃならないんだ」

「?」

烏丸の言葉に辰巳は首をかしげた。

「要するに、天命全うしてはじめて龍鬼になるってことだ。 解鬼界はその前に大輔を殺しに来るだろうし、ダークバーレルは逆に大輔を調教して式神にしたがるかもしれない」

「…それって、まさか…神成の命も危なくなるんじゃないのか」

「ああ、近くにいるであろう冬士に関してはどちらにも狙われてきた過去があるからな、ますます狙われやすいと考えておいて間違いない。 千夏も殺される可能性は高い」

「…合宿が狙われた場合鋼山も危ないか…」

「いえ、その場合は冬士さんの命を優先して下さい。 彼は多分盾になると言いだすはずです」

真千はそう言ってプリントを2人に渡した。

「これを合宿までに読みこんでおいてください。 他言無用です。 あと、辰巳さんに一つ」

「?」

「龍鬼というのはその禍々しさと神々しさから鬼神(おにがみ)とも呼ばれます。 霊獣信者から狙われることもありますし、龍鬼を手に入れたがっている人は多いんです。 …私と龍冴君は学校に残らなければならないんです。 彼らを守ってあげてください」

「…」

辰巳はうなずいた。

真千はふっと笑って、パンと手を叩いた。

「この話はここまでです。 別のお話しましょうか。 こっちも大事ですから」

真千はそう言って今度は茶菓子を出してきた。

「…えっと」

「私の星詠みで、近く百鬼夜行が出現することが分かりました。 その時、2人には陰陽局に向かってもらいたいんです」

「…百鬼夜行、ですか…真榊が抜かれるってことですか?」

「いいえ、中部地方の百鬼夜行とは全く別物です」

真千はそう言ってお茶をすすった。

「よろしくお願いしますね、頼りにしていますよ?」

小さく笑った真千に、2人はうなずくしかなかった。

 



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第2話 四葉の事情

勇子ちゃんの語りが入ります。
この話はちょっと暗いです。


四葉はちょっとばかり緊張していた。

なんといっても、彼女には今片思いの人がいるのである。その人は同級生の桃枝家の長男だ。

桃枝家と言えば、新家の中でもかなりの勢力を誇っている家であり、どちらかというとエクソシストに近い祓魔方法を持っているものの、れっきとした陰陽師である。

四葉の家は別に祓魔師でも陰陽師でもエクソシストでもない。神社でも寺でもない。ただ、彼女は見鬼であった。

つまるところ、彼女はごく一般的な家のただの少女であるということである。

とあることを除いては。

 

 

 

―勇子サイド―

「―――好きです、付き合って下さい」

「―――」

少女マンガによくあるような、告白シーンがそこに繰り広げられていた。

やっば、四葉先輩の告白シーンにぶち当たってしまったようですなあ。

相手はどうやら、桃枝家の長男。

ああでもそんなのかわいそうだなあ。

先輩の恋はどう頑張っても実らないから、やめとけっていったんだけれどなあ。まあ、年下に自分の恋云々をいじられたくはないよなあ。

「…考える時間がほしい」

桃枝先輩はそう言って四葉先輩と別れた。

四葉先輩には悪いけれどこのまま出て行かせてもらう。

「四葉せんぱーい」

「!? わ、勇子ちゃんいたの!?」

四葉先輩が驚いたように私を見る。少し独特の薬品の匂いがした。

「四葉先輩、臭気の打ち消し呪文が消えかけてますよ。 組み直しますからついて来てください」

そう言ってさっさと移動を始めた。

色々とやることが多くて困るなあ。後2週間ぐらいで期末テストなわけで、冬士と朱里はすっかり一緒に勉強するために図書室にこもってていじっても楽しくないし、千夏は春樹に勉強的な意味で寝かせてもらえてないわけで、いじる時間は寝かせておかないと最近はすっかり青ざめている。倒れられると冬士があわてるからそれが伝播して大輔までパニックになるといろいろとめんどくさいからやめとく。

そして私自身は普通にテスト勉強してるわけですよ。大体わかってるんだけれどね、というか期末はペーパーテストないんだけれどね。

皆のテスト勉強イコール演習場で術を共同で組むってことになってるわけだから、仕方ないけれど。

何でペーパーないんだよ。冬士の面白い点数が見れないじゃないの。

とか何とか思っていたらAクラスの教室にたどり着いた。

「四葉先輩、入ってください」

「うん、なんかほんとごめんね、半年もいろいろしてもらっちゃって」

「いえ、自分たちで招いちゃった結果ですから。 先輩は最後まで面倒みますよ」

「えへへ、ありがと」

四葉先輩はそう言って小さく笑った。きれいな笑顔の人だ。こんなきれいな先輩を泣かせることになる桃枝先輩…哀れな人だなあ。

中に入ると冬士と千夏と大輔と春樹が既にスタンバイしていた。

「咲哉は?」

「すぐ来ると思うぜ」

迅が興味深そうにこっちを見ている。

「何をするんだ?」

「うん、屍鬼(グール)の肉体を長時間保存するための術式と、その効果を高めるための薬品の匂いを分かりにくくするための術を組んでたんだけれどね、実技演習で皇帝の霊力の近くにいたんだろうね、削られちゃって薬品の匂いが私でもわかるようになってるから、術の組み直し」

初夏に入ったんだから、これから屍鬼の肉体の腐敗は早いぞ。

「…えっと、それって…?」

「…馬鹿勇子」

大輔になんか叱られたんですけど。

「…ちょっと待って、それって要するにその先輩屍鬼ってこと?」

「そういうことだよ~」

しまった、先輩が笑って答えてしまった。

「…先輩、そこは否定する努力をしてくださいよ、私穴に埋まるしかないじゃないですか」

「だって、もうどう頑張ってもこの夏までだから、もういいかなあなんて」

四葉先輩がへらっと笑ったけれど、春樹の目が揺れた。吉岡たちも少しうつむいた。

「…ほんと、なんか…すんません」

冬士が頭を下げた。

「え、いいよ、そんな! 冬士君、顔上げてよ!」

「…でも、俺たちが転位霊災なんぞに巻き込まれなかったら、先輩の術式の組み直しはちゃんとできてたはずなんです。 先輩が人間として生きる時間を削ったのは俺達です」

あーあー、始まったよ、冬士の謝罪。これ長いんだよねえ。

ほら、冬士ってやっぱり人間として生きていたいって思ってるから、他の人間としての人生を奪われそうになっている人を見るとほっとけなくなるらしい。

「…冬士が頭下げて私が頭下げないのもなんだねえ」

そう言ってやっぱり私も頭は下げることにした。

「勇子ちゃんまで…」

「だって直接的には私が大輔と暮らしてるのが原因でしたからね」

冬士が結界を張ったってことにもっと早く気付いてればもっと早く帰ってこられたはずだったし、大輔に卵なんて近づかせたりしなかった。湯島さんが悪いと言うつもりはない。誰だって知らず知らずのうちに呪を結んでいるものだ。

「…でももう、仕方ないって。 それに、かわりにイベント企画してくれたじゃん」

四葉先輩はそう言って私の肩を掴んで体を起こさせてきた。四葉先輩の体はもうすでに本来あるはずのセーフティが存在していないから、怪力だ。どこぞのバーテン服の人と同じ状態だ。まあ思いっきり屍鬼なんだけれど。

「…そのイベント、どこでやるんだよ?」

吉岡がそう言ってきた。

「期末テストが終わったらキャンプって形で勇子の本家に行こうと思ってる」

「神成家本家ってことは、山形?」

「そういうことだ。 向こうなら多少気温は下がるしな」

お前が懐かしいってのもあるだろ、冬士。

そんなセリフは呑み込んで、術式の設定に取りかかった。そこでちょうど咲哉が小瓶に入っている蚕を持ってきた。

「あ、咲哉」

「おう。 薬持ってきたぞ」

「その金蚕蠱は何だ」

「生成り集会所でツチノコに捕まってたから貰ってきた」

私といいお前といい金蚕蠱はよく拾うものなのだろうか。

「皆、ごめん机どかすの手伝って」

「おーけー」

吉岡たちがそう言って机をどかしてくれた。中央に立って呪符をばらまく。

「皆、しゃべらないでね。 この術は言霊の介入があると効果なくなるから」

そう皆に告げるとうなずいて、吉岡たちは外に出とくよと言って出て行った。

残ったのは術を組んでいる私と大輔、千夏、冬士、春樹、咲哉の6人と、迅、犬護、烏丸先生、闇先生、龍冴先生の11人だ。

「じゃ、始めようか」

皆でありったけの呪符をばらまく。咲哉が中央に四葉先輩を立たせて、青い呪符を5枚浮かべる。

これは虫除けだ。死体には小さな虫が寄ってくるから、それを掃うために薬品を使う。咲哉が液体の薬品に新しく出した呪符に浸して四葉先輩の右手に張り付けた。同じ作業を左手、右足、顔、左足の順番に行って、五芒星で結ぶ。

私は赤い呪符を取り出す。千夏が白、冬士が黒と青、春樹が黄色の呪符だ。大輔は同時進行で結界を張った。今度は腐敗防止と臭気の打ち消しを同時にやる。

冬士の黒から始まる。黒を右手に、青を左手に、赤を右足に、黄色を顔に、白を左足に張り付けて、五芒星を上から描く。

パン、パン、と冬士が2回手を叩いた。私が1回手を叩く。春樹が1回叩く。千夏が1回叩く。大輔が1回叩く。咲哉が1回叩く。皆で礼をして、顔を上げる。

おしまい。

「冥土の諸神にお礼申し上げる」

最後に一言。とりあえずいろんな意味で見逃してくれている閻魔大王様に向かってのものだ。この一言で終了したと冬士たちに知らせることになっている。

「…どうすか、先輩」

「…うん、大丈夫。 体がちょっと軽いかな」

「水分抜きましたからね。 腐敗はあんま急激には進まないと思いますけれど、気をつけておいてください。 あと、あんまり日差しの下には出ないことと、雨には当たらないでください。 いいですね」

冬士が言っているのを見ていると、こいつはいい陰陽医になると思ってしまう。生成りが陰陽医なんかなれるわけないんだけれどね。おしいなあ。

「晴れの日にバーベキューをしたいなあ、なんて思ったんですが!」

「いいですね!」

冬士は少し呆れたような顔をしたけれど、私は賛同した。食べたい!って言うのが一番大きいけれど、言い訳ならいくらでもできる。

「じゃあ、さっそく買い出しですね! 烏丸先生たちもいていいですか?」

「うん、ていうか事情皆知ってるからね、皆で食べようよ」

「あはは。 父さんにたかってみようかな」

「俺も親父に頼んでみるわ」

千夏がそう言ってくれたから気持ちが楽になった。私のお小遣い冬士に減らされなくて済む!春樹を見ると、春樹もうなずいた。

「僕も手伝うよ。 皆からちょっとずつお金を徴収するというのもありだと思うけれど」

「そうだな、吉岡たちに言ってくる」

冬士が教室を出た。犬護たちを見ると、犬護は呆然としていて、迅は何か考え込んでいた。闇先生はせんべい食べ始めていた。いつも持ってるのか、それ。烏丸先生は術式を見つめていた。

「烏丸先生、術式がどうかしましたか?」

「…いや、見たことのない術式だと思ってな…」

「まあ、そうですよね。 これ禁呪ですもん」

「!?」

烏丸先生が驚いていた。いや、わかれよ。烏丸先生は一体どこの卒業生ですか。あ、ウチか。神成出身だ、烏丸先生の烏丸一族は東北のほうに本拠を構えている陰陽師だけれどもとは吉田神道一派だ。とにかく東北だから神成だ。

「神成はもう外法は教えてないのかな…」

「そんな危険なものは教えんじゃろ」

闇先生から突っ込まれてしまった。

「…そうですね。 烏丸先生、死体を腐敗させない中国の鬼(キ)はなんだかご存知ですか?」

「殭屍(きょうし)だな」

「正解です。 まあそんなゾンビ作るのは今は世界的に禁止されてるわけですから」

「禁呪指定に引っ掛かった、か」

「そういうことです。 いろいろ千夏が昔の文献ひっぱり出してきて調べてたら彼の安倍清明も組んでたんじゃないかっていう予測で成り立ったのがこの術でして」

術の方法とか、記して遺してたらその人は相当忘れっぽいか、ペテン師だ。陰陽師は自分の術を相手に見破られたら終わりだから、式神の名前も記さないし自分の名前を相手に本名を名乗ることはまずなかった。術式を記すなんてもってのほかだ。それが強力ならばいいけれど、簡単にひっくり返されて呪詛返しでも食らったら死んでしまう。

「…さて、この話はここまでにしましょう! どうせですから倉橋学園長も呼びましょうよ!」

勝手に話題を切り替えて私は大輔を引っ張って教室を出た。外では冬士が吉岡たちと楽しげに話をしていた。

 



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第3話 買い出し

バーベキュー直前です。
前話から1週間くらいたってます。


 

アレンは今現在買い物に来ている。横にいるのは朱里と犬護だ。

「犬護、ごめんなさい、荷物持ちにしてしまって」

「ううん、気にしないで。 腕力には自身があるんだ…鬼には劣るけど」

「鬼は別格ですよ。 特に腕と足の力が強く、それこそ鬼の武器なんですから。 犬護は足が速いし持久力があるじゃないですか」

「…えへへ。 ありがとう、朱里さん」

楽しそうに話している朱里はいいとして、犬護のふんわりした表情がなんだか気にくわないアレンであった。

「もう、荷物持ちぐらい俺でもできるよ!」

「ああ、アレンにはもっと持ってもらわなきゃな」

「…自分の首絞めてるよ、鹿池君…」

犬護はそう言って苦笑いした。

今現在、朱里とアレンと犬護は先日のバーベキューの予定が決定したため、その買い出しに来ている。つまるところ、今日である。

「…なあアレン、禁呪って具体的にどういうもんなんだ?」

「…いろいろあるけれどねえ、具体的には攻撃力の高いものとか、人を仮死状態にしちゃったり、あの先輩に掛けてあるような、本来の時間の流れに逆らうような術は禁呪って言われてるね。 禁呪認定されてる術は使用許可をとらなくちゃいけないんだけど、神成たちはとってなさそうだったなあ」

犬護が言った。

「仕方ないよ、神成家は蘆屋道満系の一派だからね」

「…犬護、蘆屋道満系の一派というのが関係することなんですか?」

「うん、蘆屋道満といえば安倍清明のライバルって呼ばれる人だよ。 そんな家の人が土御門の傘下に入るかってこと」

「…なさそうですね」

「そういうこと。 形式上は土御門の下にいるけれど、実際はいろんな法律の対象から外されてるんだ」

肉を買いながらする話ではないだろう。そんな突っ込みをアレンは呑み込んだ。

「たとえば?」

「…そうだなあ、外法の使用許可とか」

「…外法の使用許可…外法って確か、鬼の術ですよね」

「うん。 古文にもあってね、ある男が鬼から綺麗な女の人をもらうんだけれどね、その女の人を100日間は抱いちゃだめって言われるんだ。 けれど、男は80日で我慢できなくなって女の人を抱いてしまう」

「…その女の人は死体だったってことですか?」

「簡略化すればそうなるよ。 男に抱かれた女の人の体は跡かたもなく消えてしまったんだ。 鬼の外法でいろんな人のきれいな部分だけを集めて作られた継ぎ接ぎの体を持っていたんだ。 100日間経てば本当に人間の女になるように術が掛けられていたんだけれどね」

犬護はそう言って苦笑いした。

「ここまでの外法はさすがにレベルが高いから鬼の力を借りないと使えないんだけれど」

朱里は少し考える。

「…腐敗を遅らせるのは時間に逆行してるんですよね?」

「うん。 でも、薬品を使ってたから、あんまり皆に負担はなかったんじゃないかな」

「…なるほど」

アレンが声を発したので朱里はアレンのほうを向いた。

「?」

「水銀でも使ってるのかなと思ったけれど、あれはホルマリンだね。 ミイラを作るのと同じ原理か」

「そうなんだろうね。 …でも中心にいたのは勇子ちゃんだよね? 気付いたら中心にいる気がするんだけれど」

犬護がそんな疑問を口にした。

「…耳貸して、矢竹」

アレンにそう言われて犬護はアレンに耳を向けた。アレンが何かを耳打ちする。犬護は目を丸くして、「本当?」と尋ねる。

「ほんとだよ」

「…それで納得がいったよ…そうか…勇子ちゃんもいろいろと大変なんだね…」

「?」

朱里にはよくわからないが、犬護の疑問は何か解決したらしい。

「…さて、朱里! お肉さっさと買って帰ろう!」

「…あ、ああ」

朱里は肉を選び始めた。金はアレンが出すと言いだしたため朱里は驚いたのだが、アレンはカードを取り出して見せた。

「それは?」

「これは祓魔庁が発行している日本中の祓魔師が対象の番付カード! 番号は3桁が白、2桁が黒、1桁が銀、その上の十二神将と十二騎士と独立十将は自分でロゴを入れられるようになってる。 ちなみに俺は黒でーす」

順位は見せてくれなかったがおおよそ30番ぐらいだろうと勝手に指標を立ててみる朱里だった。

「冬士にこのカードの口座に徴収したお金分は全部振り込んでもらってるから、その上限さえ超えなければ俺のお小遣いに問題はない!」

笑って言ったアレンを信じて、朱里はガンガン肉を買い込んだため、すごい荷物量で重たくなったのは言うまでもなく、野菜もかなり買ったため犬護もそれなりに重そうにしていた。

「…俺は言わないほうがよかったのか…?」

「生成りがいるから気を遣わせちゃったかもしれないね…ほら、僕らたくさん食べるから」

犬護は苦笑いを返した。

アレンは重たい荷物を抱えてさっさと先を歩いて行く朱里の後を追った。犬護もすぐに後を追ってくる。

 

 

 

 

 

そのころ冬士たちは別の店でパーティ用のアイスをたくさん買い込んでいるところだった。

「やっぱアイスは外せないよね!」

勇子は屈託なく笑ってその銀色のカードを店員に渡した。

「…勇子ちゃん、前より順位上がってるよ?」

「はい、バカたちとつるんでたらこうなりました!」

「「「勇子に言われたくねー」」」

男子3人異口同音である。

「なんだよ、千夏には言われたくないよ」

「せめて冬士を外せよ」

「千夏それはそれでたぶんお前と勇子の言ってるバカの基準が違う」

冬士の冷静な突っ込みに千夏は首をかしげた。

レジで精算を済ませてアイスの山をさっさと異空間に放り込んだ勇子に千夏が言った。

「さらっと禁呪を使いまくってないか!」

「序列1桁で神成家ですよ! 大体人間放り込んでるわけじゃないんだから公務祓魔官がいたって私は捕まえられたりしないわよ」

「…早めに帰ろう、アイス溶けちまうぞ」

大輔に促され、勇子たちは帰路を急いだ。

 



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第4話 バーベキューと序列

「あらあら、賑やかねえ」

真千が顔を出した。広い場所が取れないということで、四葉の家に集合していた。

「もう、四葉のためにこんなにしてくれて、皆ありがとうね」

四葉の両親はにこにこと笑っていた。

その場所には、吉岡たちの知らない人物がいた。髪は日本人にしてはやたらとブロンドヘアなのである。

「…あの人は?」

「あ、彼は私が屍鬼になった時に一緒にいたの。 焼原君」

四葉はそう言って焼原を招いた。

「焼原君、この子たち後輩ね」

「知ってるっつーの。 …屋外でほんとに大丈夫かよ」

「大丈夫だよ、あと1週間は野ざらしでも耐えられるはずだから」

へらっと笑った四葉に、焼原が少し苦い顔をした。

肉をバーベキューキットで焼き始めた。朱里とアレンが誰かとケータイで話している。

冬士が皆に皿を配り始め、勇子たちが野菜も次々と並べて行く。龍冴が簡易式を使って肉を焼き始めた。

「早く焼けないかな」

「食い意地はってんな、お前」

「うん、そりゃあね。 おいしいもの食べられるのもあと2週間くらいだし」

焼原の表情が暗くなった。

「…覚悟できてんのかよ。 今ならまだ悪魔を召喚したり、最悪反魂だって」

「それでももう人間には戻れないんだよ。 一度鬼になっちゃったら二度と人間には戻れないんだって、教科書にも資料集にも、図書館の本にも書いてあった」

四葉はそう言って笑った。

「責任だなんだって言って結局ずっと傍にいてくれたじゃん。 思い残しはないよ」

冬士が焼けた肉と野菜を皿に取っていく。

「その湿気た話は後っすよ。 今は食べましょう?」

冬士のその言葉に、四葉はうなずいた。四葉は勇子のところへ行き、肉をとってもらっている。

「…こんなときぐらいその話は黙ってろっつったはずだぜ、焼原先輩」

「…気にすんなってのかよ」

「皆がいる前ですんなって話だ。 大体そんなに気にしてるならもっと違うことをしやがれ。 どうせこっちに残るんだろ。 残るくらいなら気にすんな」

冬士は焼原の皿に野菜と肉を乗せた。

「食う気が失せるからあんま考えないほうがいいっすよ」

冬士はそう言って立ち去った。

相変わらず切り替えの早い男だと焼原は思った。

自分のことに重ねて視ているのかもしれないし、それ以上にいろいろと思案しているだけかもしれない。焼原のあずかり知らぬことをこの後輩が抱えているのだということは、この1学期中の校内の散々な動きを見ていれば自然と分かってくるものである。

いったいどこの世界にいろんな組織から狙われたり霊獣に拉致されたり校内中の生徒、教師に鬼気をぶつけて放浪する生成りがいるだろうか。冬士以外に考えられない。

「…」

“残るくらいなら気にするな”

その台詞が何度も焼原の中で反芻される。

冬士がもともと感情を抑え込みやすいというのは冬士が霊災にあってから中学校に登校できるようになるまでの期間が半年程度であった事実を四葉から聞いているため、容易に推測できた。

生成りというのは通常己の感情をコントロールできなくなり、憎悪や嫉妬、憤怒などの感情が理性を犯し、良心を塗りつぶし、霊獣に成り果てていくものである。その最初に失せてしまうはずの理性がまだまともに保っているということは、冬士の精神の強靭さを示すと同時に、冬士が鬼に堕ち果てた時の被害の甚大さをも示している。

「―――そんなにタフな奴ばっかじゃねえんだよ、くそっ…」

焼原は皿を見つめた。肉と野菜はまだ熱かった。

とりあえず、食おう。

そう思って、焼原は割り箸を割った。

 

 

 

 

 

「えー、勇子も番付カード持ってたのか!?」

「まあね」

勇子と朱里と春樹が一緒に肉を食べている。すぐそばには冬士と千夏、大輔とアレンもいる。

「アレンが黒だったんだけれど」

「えー、すごいじゃん! 吉田神道系で黒かぁ。 鹿池の準1級はだてじゃないね」

勇子はそう言って笑った。朱里はふともう1人の従兄を思い出した。

「…吉田神道系はこれあんまり持ってないの?」

「うん、通常は神道のやり方じゃあ祓魔できる対象が少なすぎるからね。 祓い方は違うけれど、いわゆる日本版エクソシストみたいなもので、害を為すモノを祓うんだよ。 それに、出張しないから動けない人への祈祷はしてくれないし」

「…それで陰陽師がはびこるわけか…」

「蘆屋道満みたいな外法使いもはびこるんですよ」

「ふ、なんだそれ」

朱里と勇子が笑う。春樹も小さく笑っている。アレンはそんな朱里たちを見て、小さく笑っていた。

アレンの皿に大輔が肉をとった。

「お、ありがとー」

「ん」

ふと千夏がアレンに言った。

「なあアレン、お前ライセンス順位いくつなんだよ?」

「えー、教える価値あるかなー」

「黒なんだろ? 2桁じゃん」

「でも上にいる34人を考えると、ねえ」

アレンはそう言ってへらっと笑うが、冬士がさっと千夏のポケットからカードを取り出した。

「あ、すごい、土御門は銀か」

「冬士、やめろっつってんだろ! そんなんだから万引きしたって疑われるんだよ!」

「法に触れることは何もしてませーん」

冬士が伸ばしの音を使うとなんだかおかしい気がするのはアレンだけだろうか。

「冬士と大輔はライセンスなし? ライセンスは生成りも取れるだろ?」

「まあ半妖が取れるからな。 でも俺たちにはちょいと難しい試験内容が入っててな」

「何で」

「3年前からトップが教会のエクソシストに替わってんだ。 …ちょっと年の離れた先輩がそいつを引きずり下ろすことにしたらしいんだけどな」

「…何その人、すごいな」

「苗字は俺も知らねえんだがな」

肉に噛みつきながら冬士とアレンが話している内容を勇子は耳をすまして聴いていた。

「勇子?」

「…うん、冬士がちょっと面白そうな話しててさ」

勇子と朱里と春樹が冬士たちに近づいた。

「? どうかしたのか?」

「ううん、冬士が何やら面白そうな話をしているなあと」

「ああ、祓魔庁の番付試験官のことか?」

「うん。 あの人実は千夏のお父さんに実力行使で負けて官僚クラスになったっていう経歴の持ち主なんだよね」

「頭だけはいいんだよな」

「こら、冬士、そんなこと言ってたら大変なことになるって」

春樹が注意すると冬士は肩をすくめた。

「問題ねえだろ。 ここは私有地だし、龍冴先生もいる。 闇先生と烏丸先生もいるわけだからな」

「だからといってエクソシストを批判していいわけじゃない。 冬士が捕まってしまうよ」

「ハ、そんときゃ振り払って逃げるさ。  エクソシストに捕まりゃどちみち…人間じゃなくなるしな」

あ、こいつ今言葉を選んだな。

そう思ったアレンだった。

「ライセンス早く取れるようになるといいな、冬士」

「お? 珍しいじゃねえか、お前に背中を押されるとはな」

冬士はアレンにニヤッと笑ってみせる。アレンはそれに笑って返す。

「そうかな?」

「あっという間にアレンを追い越してやろうじゃねえか」

「お、負けないよ!」

「今序列どんくらいだ?」

「うん、13位。 …あ」

アレンははっとしたようだった。朱里は目を丸くしていた。

「言わされたああああ!!」

「特に重要だって思ってなかっただろ。 ずいぶんあっさり吐きやがって」

「何で俺冬士になじられてるの!? 言ってあげたじゃん!? 俺訊かれてたよね!?」

アレンがパッと手を離してしまった皿についてはうまいこと冬士が受け止めてくれたりしている。

「あ…ごめん」

「表情よく変わるやつだな」

冬士が目を細めて笑った。

ああ、冬士のおもちゃが増えたなあ。

そんな千夏の小さなつぶやきは朱里にしか聞こえていなかった。

 



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第5話 中部自治組織”鬼狩り”

新キャラ君語りです。かなり淡々と流血表現と死ネタが書かれています。


 

1年ほど前のことだ。

俺は中学生だった。俺は剣道部に所属していて、剣道部の主将として中体連を戦っていた。そう、それは俺たちが中体連を終えてすぐに起きた。

 

 

 

「主将! このサイレンなんすか!?」

お別れ会と称して焼肉屋で皆でどんちゃんやっている時に、小さな音でサイレンが鳴っているのが聞こえた。それを聴いていたのは生成りだった。

ああ、俺たちはその生成りが生成りになる前を知っていた。だからそのまま剣道部に所属させていたし、でももう大会には出れないってことで、マネージャーやってもらってた。そいつは耳がよくて、俺たちが聞き取れなかった放送内容をしっかり聴いてくれた。

「…え―――」

「なんだ、どうした?」

「…大規模霊災が発生したって」

「…どこで? こんだけ小さいなら関東か関西か?」

「…それが…」

そいつは首を横に振った。

「中部地方全域に真榊の結界を張った。 百鬼夜行が発生したって…」

声が震えていた。俺ははっとして窓を閉めた。

「おいお前らも窓を閉めろ!」

俺はこの時竹刀しかもっていなかった。そりゃそうだ、皆でどんちゃん騒ぎしている時に祓魔道具の真剣なんて持ってくるはずがなく、ライセンスこそ持ってはいたが、俺は刀がないと何もできないちょっと特別な力を持っているだけの一般中学男子だったわけだから。

「は、はい!」

皆が窓を閉めた。俺らは焼き肉をしていたわけなんだが、店の中とはいえ別のところを開けられるのはごめんだ。

「京一、出入り口に結界の札貼れ!」

「はい!」

後輩の京一は俺とは違って刀がなくても力を行使できる、いわゆる祓魔師の家系だ。

「貼りました!」

「よし。 ちょっと待ってろ、皆は耳すましとけ、他の放送が何か入ったら即俺に言え」

「はい!」

皆の返事を聞いた後で俺は親友たちに電話を掛けた。

1人はこれまたちょっと特別な家系のやつらだから心配こそしなかったが、まずかけて安否確認。

「歩!」

『俊也! 無事か!?』

「ああ、俺たちは無事だ。 お前今どこだよ」

『学校だ。 今逃げ回ってるところ』

「マジか、悪かった」

『問題ない。 京一に伝えといてくれ、弘は無傷だ』

「おう」

電話を切って京一に声を掛けた。

「京一、弘は無傷だとよ」

「…よかった…。 俊也さん、早くほかの先輩たちにも掛けてください、百鬼夜行は電波を追って人間の多い所に向ってきますよ」

俺はうなずいて次のやつらに電話を掛けた。

柔道部の主将である力太、弓道部の主将である明。この2人は一緒にいた。

「無事か!?」

『何とか、な。 でも、部員以外のやつらを庇える状況じゃない!』

『校庭にいた野球部とサッカー部が全滅したんだ!! 早く望に掛けろ、馬鹿!』

説教まで食らって俺は次に望に掛けた。

「望サン、無事か?」

『はい。 私は家にいるので大丈夫です。 皆は?』

「皆無事だけど、一旦学校に集合しようと思う。 弘を中心にして結界を張って一時しのぎだ」

『分かりました。 気を付けてください、刀は家でしょう?』

「ああ…」

『先に伝えておきます。 貴方の家は半壊しています。 妹さんとお母様の命は諦めてください』

「…覚悟は、しとく」

『ご健闘を』

一番つらいわ…でもこんなこと言われてもショックぐらいで終わるようになったってのが、俺たちがおかしくなってるってことの表れなのかもしれない。予知能力も大変だよなあ。

「俊也さん! 小さめだけど2匹来てます!」

「!!」

窓の外を見ると、確かにこっちに2匹向かって来ていた。

最悪だ。俺は皆を守れるほど広範囲の術は持ってねえってのに。

「…札が破られた瞬間に俺が突撃掛ける。 全員結界が破られたら脱出だ」

靴箱が内側にある部屋でよかった。全員靴を手元に持ってきて、荷物を持った。あんまり重い荷物のやつはいなかったけれど、俺たちはあんまり足は速くない。竹刀があるからな。

「京一、お前は皆を連れて学校に向かえ」

「何言ってるんすか俊也さん」

「俺刀全部家に置いて来てるんだ。 他の妖刀使いに使わせるのも全部だ」

俺たちは妖刀を集めている。正しくは、俺が妖刀に気に入られやすかったのを利用して、祓魔というか要は霊獣殺しをやりまくっているだけなんだが、今手元にある妖刀は23振り。俺の愛刀たちを含めても26振りだから戦えるやつは最大でも26人、プラス京一、歩、弘、力太、明、望の32人。学校で何人生き残っているか分からねえけど、あの様子だと部員全部合わせて100近くなるんじゃねえかな。剣道部は15人、柔道部も10人ぐらいいるし、弓道部も10人ぐらいいる。あとは今日陰陽会所属のやつらがいるならそいつらが10人、そいつらは結界をすぐにはるはずだから1クラス守っただけとしても40人。あ、80ぐらいか。でもサッカー部と野球が全滅ってことは…。

「俊也さん、1人は危険っす」

「ウチは百鬼夜行にぶち当たってるらしい。 まだやつらがいるかもしれねえんだ」

「でも俺たちは戦えるぞ、俊也」

「馬鹿言うんじゃねえ、家が壊れるってことは、フェイズ4か5だ。 物理攻撃が効く相手に竹刀かよ?」

相手の種類がわかるまではうかつに皆に戦闘をさせるわけにはいかない。

「京一、学校は多分かなりヤバい状況だ。 グラウンドはサッカー部と野球部が全滅したらしい」

「…陰陽会が動くはずだ。 おかしいっす」

「…ああ…かなりヤバいな」

俺と京一の会話の内容を理解できたやつはいないだろう。

「どういうことだよ?」

「…フェイズ4とか5とか言わずに、たぶん一番やばいやつだってことさ」

その時、絶叫が聞こえてきた。俺たちがいるのは2階だ。1階からの絶叫。つまり。

「上がってくるぜ…作戦変更、全員窓破って外に出ろ。 絶対に止まるな、走り続けろ。 1人になるな、足を止めたら死ぬぞ」

俺がまくし立てた時、ふすまがガンガン音をたてて揺れた。全員は走る。京一が一閃、横に薙いだ。

窓の格子がぶっ壊れて、皆がガラスをぶち破って飛び降りた。悪いな店の責任者さんよお。生きてたら金払うぜ。

俺と京一も外に飛び出した。

着地すると、俺はそのまま家に向かった。チャリで来てて良かった。

京一はすぐに学校へ皆を先導して連れていったようだった。なんだかんだいって渋るやつだが、こういうときは一番頼りになる後輩だ。ちなみにあの14人の中に俺の同級生は5人、1つ下が7人、2つ下が2人だ。それでも俺があいつに任せると言えば3年生5人もあいつの言うことを聞いてくれる。これで皆の命は安全だろう。京一は俺よりもずっと強いからな。

そこで俺は追手に手を伸ばされた。

まあ、顔は知りもしないおっさんだったんだが…目から血を流していらっしゃった。

「…まじゾンビだな…!」

俺は立ちこぎに切り替えて全力でそれを振り払った。ああ、こいつらは屍鬼(グール)だ。

厄介なことにグールは増殖する。一つの肉体に入ってその体の持ち主がグールになると次の体にその新しくグールになったやつが入って、って感じで追い出された魂がほかの体を求めて行くっていう感じに増えて行く。しかも成り立てのやつってのは普通に人間を殺すのと変わらない。何度悪夢にうなされたことか。

なるべく切りたくない、しかも竹刀とか一番嫌なパターンだ。

つーか、陰陽会マジで何やってるんだ。早く出てこいよ。それ以前の問題かもしれねえな、祓魔庁は何やってるんだよ。ここ中部だけど支店の祓魔局支部あるじゃん!

「…」

大事なことに気付いた。

真榊が結界張ったって言ってなかったっけか?

「…」

陰陽師の援助来ないじゃん。エクソシストに生身の肉体を持っている屍鬼を祓えるとは思いません。

やばいこれはかなりヤバい。京一だけじゃ無理だ、早く戻らないと京一は1人でも生き残りがいたらそこで止まっちまう可能性がある。あいつ死なねえから余計にそうなる可能性大だ。

そう思いつつ全力でチャリをこぎ続け、家の前にまで来てびっくりした。

霊獣が一匹うずくまって、お袋と妹の前で泣いてた。そいつの体は真っ黒で、霊獣だって一発でわかった。でも、様子はおかしい。そいつの横には妖刀たちを俺が入れている袋があった。

「…お前…?」

声を掛けると、そいつは振り返った。すぐに分かった。

「臨也(みや)!?」

『兄さん…』

頭の整理をしたくなる状況だったけれど、そんなことしていたら皆が危ない。

「臨也だな?」

『…うん。 屍鬼になり損ねたみたいだ』

「…親父は?」

『ごめん、瓦礫の下。 もういないよ』

「…仕方ねえ。 学校に行くぞ、それこっちによこしてくれ」

そう言って俺は頭の中身の整理もおぼつかねえまんま学校に向かった。

 

学校に着いたら最悪だった。皆ちゃんといるのはわかったけれど、学校は半壊してるし、もう乱闘になっていた。頭の中が結構混乱している状態なのに、ますます混乱するようなことばっかりだ。いや、むしろ全部吹っ切れるくらいの状況だったんだが。

「―――ッ」

グラウンドにはたくさんの屍が歩いていた。一匹と目が合った。

「ギャアアアアア!!」

グールが叫んだ。

「俊也さんッ!」

京一が叫んだ。俺は包みから一振りを取り出して、親指の皮膚を噛み切って刀身に垂らした。

「月牙丸!」

『あいよ』

愛刀が返事をくれた。正門を閉めてグールがこれ以上外に出て行ったり、入ったりしないようにする。その間にこっちに来るグールどもは月牙丸に任せる。

『まったく、妖刀使いの荒い主人だ!』

「うっせ、とにかく今は今生きてるやつの命を守るのが先だ!」

 

 

 

それからはただひたすら戦っていた。

グールどもを蹴散らして、何度も月牙丸に付いた血糊を拭って、学ランが赤黒くなって、シャツも返り血だらけになって。

妖刀を使えるやつらのところまで行って、妖刀を使わせたら、一気に形勢逆転した。

でも中には妖刀に食われた奴もいた。そいつらはもうどうしようもないから、陰陽会のやつらに手伝ってもらって式神にする形をとった。

人間だったやつを式神にするのがすげえ負担になるって言われたけれど、部員たちを見捨てられっこない。俺は4人の式神を持つことになった。

生存者の数はおおよそ60人ぐらい。

最初は100人ぐらいいたけれど、そのあとに来た図体のでかい鬼を見てパニックになったやつらの大半が校舎に入っちまって、校舎の中にいたグールに食われた。

剣道部4人、弓道部2人、空手部1人の死者を出した。

俺たちがそのままそこで生活する気なんて起きるわけはなく、俺が取り仕切る、それについてきたくねえ奴は自分で何とかしろと言って、移動を始めた。こういうときはリーダーっていう称号はすごく重たいもんだな。生徒会長である望サンに任せるのはきつかろうっていう判断で、俺、歩、力太、明、望サンの5人で取り仕切ることにした。

それからはとにかく田畑のある地域に移動した。コンビニとかのもので食いつなぎつつ移動して、力太の実家に居候することになった。そこにももう人はいなかったんだけれど、でかい、図体がでかい赤い顔で高い鼻の―――大天狗というらしい―――霊獣が、グールを退けて、小さな子どもだけは助けきったらしいけれど、そっちも俺たちが行くまでの2週間ぐらいで皆死んじまったんだと。俺たちはそこにいた小さな霊たちと協力しつつそこで暮らし始めた。

 

 

 

 

 

今の俺たちは県庁所在市に戻ってきている。理由は簡単。とある陰陽師が時々物資を持ってやってくるからだ。田舎のほうはどうしても人間が入っていくことが難しい、だから手前に出て来い、と言ってきたんだ。

自分たちで結界張ったくせに、って啖呵切ってやったよ。

そしたらそいつは、謝罪はしなかった、ただ、こう言ったんだ。

「俺たちが帰るときに一部分だけ結界が消える。 その時に一緒にここを出るか? 言っておくが、そうとう霊力が高くなければ結界が消えても通り抜けられないぞ」

その言葉で、何で俺たちを陰陽師が助けないのか分かった。

助けられないんだ。

俺たちが弱えから。

でもそんなのは理由にはならねえだろ。

でもそう言ったって無駄だっていう理由を俺は嫌ってほど知っている。

俺の先輩に石川県だった場所にいる人がいる。この人はテレポートのような力を持っている。だから一瞬で祓魔庁に飛んで、こっちの自治権を認めてもらい、それぞれに小さな自治組織ができて、今の状況を作っている。

俺は静岡の代表だ。最悪だぜ。たった15歳で皆の命守らなきゃならねえなんて。大人はどうした。皆死んじまった。だから俺たちは誰も頼れなかった。

「…いい。 俺らは残る。 見鬼ほどじゃねえ奴らは通れねえんだろ。 あいつらを守る」

「…分かった。 いつまでとは言わんが、保護活動に尽力すると約束しよう」

「絶対だぞ。 そんなに長時間は保たねえかんな」

「そう言うな、言霊は前向きに使え」

 

 

 

そう言ってそいつとは別れたさ。

あれからもう1年だ。

大人なんて信じねえ。

陰陽師なんて嫌いだ。

でも、もっと嫌いなのは。

 

俺の弟と部員たちを殺したエクソシストだと、言っておく。

 



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第6話 二将の仕事

 

「冬士、ちょいと話がある」

「…はい」

龍冴に呼ばれて冬士が教室を出て行った。千夏は参考書を必死で読んでいる。春樹が一緒に参考書の解説をしている。勇子は何かをラッピングしており、大輔は犬護と翔と燎とともにポテトチップスに手を伸ばしていた。

「冬士君どうしたのかな」

玲が言うと勇子が答えた。

「たぶん式神じゃないかな。 冬士さすがにいろいろありすぎてるからね、霊気もあんまり安定してる状態じゃないし」

「そう言えば、冬士君って混気体質なんだよね?」

犬護が口を開くと、千夏がそうだよ、と言った。

「冬士は金気、水気、木気が強いんだ」

「千夏、冬士の話になるとすぐそっち向くんだからっ!」

「だあ、痛いじゃねーか春樹!」

ラブラブっぷりは別のところで見せてくれとつぶやく男子たちと、どちらも男子の制服を着ているために男子同士のように見えることから騒ぎ出す女子たちがいる。

「混気体質って、そんなに不安定なの?」

「普通は結界張るよな?」

吉岡が言うと、大輔が言った。

「冬士は結界がない」

「…は!? 冬士結界ねえの!?」

「うん、通常の結界は冬士にはないよ。 そのかわり、童子結界が張られてる」

勇子が答える。吉岡はノートのページをめくった。

「…童子結界は鬼が張る結界、か。 混気に張ったなら受け取るだけか?」

「正解。 冬士の童子結界は冬士の霊気が外の霊気と交換されないように止めて、外からの霊気を受け入れるだけのもの。 あれのせいで冬士の霊気の重さが半端じゃなくなったのよね」

「冬士の鬼気がやたら重いのはそのせいか」

「そうよ」

迅が納得したように小さくうなずいていた。勇子はラッピングを終えてそれをバックにしまいこんだ。

「今のなんだ、勇子」

「冬士と大輔と犬護の写真集!」

「ぼ、僕も!?」

「犬護人気が出てますよ!」

翔が憐れむような視線を送ると、犬護は呆れたように肩をすくめた。

「そう言えばさ、迅、最近また陰陽局が何か始めたんだろ?」

吉岡が問うと、迅はうなずいた。

「ああ、真榊の先代当主がぶっ倒れたらしい」

「!?」

クラスのほとんどが振り返った。

「真榊が倒れた!?」

「どういうこと、それ!?」

「…先代はもういい加減年だってことさ」

迅が言うと、ああ、と勇子が言った。

「中部地方の結界張るの疲れたんでしょ。 もう85だったはずだし」

「まあな。 って、勇子姉のとこに情報いってねえの?」

「来てないよ。 てか、情報なら先に千夏たちに行くんじゃない?」

千夏のほうを向くと、千夏の代わりに春樹が返した。

「僕らのところには来ていない。 たぶん真榊が土御門に叩かれるのを恐れて隠蔽しようとしたんだろう。 勇子と千夏に叩かれたら今の真榊では身を守れないから」

「真榊、いい加減中部の結界解けばいいのにね。 もう1年だし」

勇子がぐっと伸びをした。大輔が口を開いた。

「…百鬼夜行が来るのは、仕方ない」

「中部に出たのは屍鬼(グール)だったわけだしね。 …それに、今のままだとそろそろ全滅するころじゃない? グールは子供ばっかり残して行くから」

「…そっちも情報規制敷かれてて俺たち知らねえんだよな…」

吉岡が言うと、千夏がスマホをいじり始めた。

「千夏!」

「親父に許可取る」

「問題を解けえええええ!!」

怒鳴られているにもかかわらずもうそっちのけでそのままスマホをいじる千夏に、春樹は頬を膨らませていた。そんな春樹に冬士が声をかける。

「春樹、いるか?」

「いらない!」

「そうか、チーズタルトは春樹にはいらねえか」

「食べる!」

春樹は振り返った。冬士がクーラーボックスからタルトを取り出して見せる。春樹は冬士の方へ向かった。

「千夏は春樹が指定したところ終わってからな」

「げえっ!」

「お前が解き終わるまで待っててやるよ」

「―――20分以内に終わらせる」

とたんにスマホいじりが終わる千夏。勇子が声をかみ殺して笑っているのが皆の視界に入った。

 

 

 

 

 

―陰陽局―

パソコンの画面を凝視している男がいる。髪はオレンジ色だ。

「どうしたんだ、昌次郎。 お前が陰陽局にいるなんて珍しい」

刀を腰に下げた男がオレンジ色の髪の男に声をかける。

「蓮司さんっすか。 先日はどうも」

多嶋蓮司と蓮道昌次郎である。

先日の白虎のことを言っているのだろう。

「いや、あれは悪かった。 戦闘よりも後輩たちの精神戦の方に気が向いちゃってたよ」

蓮司は苦笑いする。もう結構前のことなのだが、あの後すぐに中部地方に派遣された蓮司からすれば久しぶりの再会である。

「…蓮司さん、ちょっといいっすか」

「ん、どうした?」

「この2週間ぐらい、ずっとあの影山のガキについて調べてるんすけど、俺の持ってるパスどれも効かなくて」

「…あー…」

蓮司はふっと考えこむ。少し考えて、自分のパスを打ち込んだ。

「あ、俺のパスもだめか」

「何でだと思います?」

「…影山が隠したい情報でもあるのか…あ、分かった」

「?」

「たぶん野本と冬士君が関わりがあるからだろう。 俺たちは野本を追ってるし、冬士君の小学校の子たちの証言と亜門君や大輔君の証言に差があるのは知ってるだろ?」

「…ハァ。 エクソシストが関わりさえしなけりゃ、もっと楽だったのにって思ったやつっすね」

昌次郎が伸びをした。

エクソシストと陰陽師の中が悪いのは今に始まったことではない。エクソシスト側から祓魔の技術という点だけが抽出されて洗練されてもなお、陰陽師との溝は埋まっていない。

これは陰陽師をはじめとする日本の祓魔技術がエクソシストたちと違って“霊獣を殺すこと”ではなく“霊瘴を祓う”ことに重きを置いているために生じたものである。今でこそ陰陽師も霊獣を殺すことがあるが、それでも霊獣というのは殺さぬ方がいいものであるという認識を土御門が変えていないため、土御門が統括するほとんどの陰陽師は霊獣を殺すことをよしとしていない。佐竹のようにそれぞれのいいところも悪いところも教えて、どちらも教育を施せるのは、倉橋のように陰陽師の観点からエクソシストの祓魔術のよさを組み取れた才能ある者たちか、佐竹のようにもともとは祓魔術を持っていなかった家の者が始めた学校であるかのどちらかである。

「…そう言えば、先日ダークバーレルの尻尾を掴んだらしい。 それにあたって俺たちに話があると局長が言っていたんだが」

「…じゃ、行きましょうか」

昌次郎は画面を元に戻してシャットダウンする。USBメモリを抜いてポケットに戻し、席を立つ。

 

蓮司と並んで局長室へと向かう途中、ふと蓮司が尋ねた。

「ところで、昌次郎。 なんで冬士君のことを調べようと思ったんだ?」

「…いや、あいつ見たとき一瞬、金気の鬼が入ってるように見えたんすよ。 でも、すぐに水気に押されて。 かと思ったら木気も絡んでた」

「…」

蓮司が目を細めた。

「…要は、お前は冬士君が欲しくなったってことだな?」

「端的に言えばそうっすね。 でもまだ今じゃないっすね、まだあれは強くなる」

さらりと昌次郎が言った台詞に蓮司はまた少し考えこんだ。

「辛気臭い顔しないでくださいよ。 俺は別にあいつを堕としたいとは言ってないじゃないっすか」

「…いや、そこじゃない。 まだ強くなるって言ったな」

「…ええ」

「それはずっと“鬼を見てきた”から言えることか?」

蓮司の問いに昌次郎はうなずいた。目を細める。

「そうっすよ。 俺の鬼たちもかなり騒ぎましたしね」

「…まずいな」

「何がっすか?」

「…冬士君はあれ以上霊気が増せば千夏様を潰しかねなくなる」

「…あの土御門分家の化け物が潰れる?」

眉根をひそめた昌次郎。蓮司と昌次郎は立ち止った。もう局長室の扉の前だった。

「千夏様は強い陽の気を持っていらっしゃる。 でも、冬士君もかなり陽の気が強いんだ」

「…じゃあ陰の気も同等に増加するって可能性は高いな…」

「…そうなってしまえば千夏様は…今はまだ冬士君の封印にかける霊力量に余裕があるけれど、追いつかなくなっていくだろう」

「…ハ、そりゃおもしれえ。 土御門の化け物が鬼に食われて亡ぶのを見るのも悪かねえっすね」

「縁起でもないことを言うなよ」

蓮司は苦笑いをした。昌次郎は肩をすくめて、局長室のドアを開けて中に入った。

「失礼します。 十二神将『断空』多嶋蓮司です」

「十二神将『鬼降し』蓮道昌次郎っす」

2人を迎えたのは康哉である。

「2人とも、座ってくれ。 緊急なものでな」

康哉がそう言って茶を入れる。緊急と言う割には茶を入れているあたり、本当はそこまで急ぎの用ではないのだろう、と思って昌次郎はソファに腰掛けた。横に蓮司が座る。

「2人にはしばらく十二神将としての仕事を休んでもらう」

「…クビ通告っすか?」

「20代の公務員にそれはないと思う」

蓮司の言葉に昌次郎は肩をすくめた。康哉は苦笑いした。

「陰陽局は猫の手も借りたいって知ってるだろ。 お前らをクビにする余裕はない」

「じゃあなんで…ダークバーレルっすか?」

康哉は目を丸くした。

「蓮司、何か言ったのか?」

「…あ、はい。 昌次郎が冬士君について調べてたんで、その規制が最高機密クラスに上がってたからなんでだろうっていう考察をこいつの前でしてしまいました」

「あー。 十二神将のパスで入れなかったんだろう。 悪いことしたな、それについては話そうと思っていたんだ」

康哉が2人の反対側のソファに腰掛けた。テーブルに茶が置かれる。

「冬士君、また何か巻き込まれましたか?」

「ああ。 女獄卒が来たときに雅夏大輔が龍を出した話をしたと思うんだが」

「そうでしたね」

「蘆屋道満が現れた時、大輔よりも冬士に興味をもったような発言をしていたのは覚えているか」

康哉の表情が険しくなっている。昌次郎と蓮司は顔を見合わせた。

「覚えてますけど…」

「どうかしたんすか」

「…冬士が転位霊災に遭った際に龍と接触していたことが分かった」

「…え? でも、冬士君はほとんど鬼に霊気を染められているのでは?」

蓮司が尋ねると、康哉はうなずいた。

「だが、問題はその先だ。 冬士のことについては問題になるのは、その鬼の気だ」

「…土御門の龍っすね」

昌次郎の言葉に蓮司が目を丸くして、少し考えて、納得したようにああ、とつぶやいた。

「その通りだ。 …もう大体話はつながっただろう?」

「「はい」」

蓮司と昌次郎はうなずいた。

「…俺たちは土御門春樹の護衛、そうですね?」

「ああ…くれぐれも土御門春樹から離れるなよ。 特に昌次郎、お前は勇子君繋がりで春樹と面識がある。 どの式神を使うかは任せるが、春樹の霊気を奪われないように細心の注意を払え。 あの子の霊気は土気だ。 特にあの質だからな、ダークバーレルはおそらく彼女を殺すことを厭わない」

「必ず守ります」

蓮司の言葉に康哉はうなずいて、2人を送り出した。

 




龍と竜について。
この世界観においては、『龍』は東洋の体の長い神龍のことを指す(本来は竜のほうが漢字としては古いです)。龍は中国や日本の龍を思い浮かべてください。
『竜』は西洋系のドラゴンをイメージして下さい。
ただし、どちらも『タイプ龍(竜)』はタイプドラゴンと放送されることになります。


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第7話 彼の答えは?

 

四葉が桃枝に呼ばれたのはテストの最終日だった。

「…気持ち、嬉しかった。 よろしくお願いします」

桃枝は笑って言った。その頬が紅潮しているのは、誰が見てもわかることだった。

その現場に今度居合わせたのは、冬士である。

桃枝からの答えを聞いて喜ぶ四葉は、買い物に行くと言って行ってしまう桃枝を見送って1人でガッツポーズしていた。

「…あの」

「! デジャヴを感じる!」

「おおかた1回目は勇子でしょう?」

「…そうだったなぁ…」

四葉は笑った。冬士はふっと笑った。

「お、冬士君が笑った。 レアな表情ですなぁ~!」

「…同盟の中で俺たちの立ち位置ってどうなってんすか?」

「冬士君は右も左も需要があります。 相手はもっぱら千夏君です」

「千夏が聞いたら怒鳴り散らすレベルですね」

「勇子ちゃんがたまによこす秘蔵写真が…!」

「千夏の寝顔じゃないですか、それ」

「あたり! 冬士君がそんな千夏君の頭を撫でているところが!」

「…それ千夏上着てないんじゃ」

「あたりです」

「…中間考査護のあれか…」

調子に乗って一緒に撮影に乗った自分を呪った冬士だった。

「…ところで、どうしてここに? 私に用事?」

「あ、はい。 実は、神成本家に行こうかって言ってたキャンプの行き先、神奈川に行こうかって話になったんですよ」

「? 場所とか全部冬士君たちに乗るって言ったよね?」

「…はい、でも、一応。 キツイ選択強いてるみたいであんま好きじゃないんすけど、選んでください。 中部地方でグールとしてぎりぎりまで生きるか、こっちで肉体を焼却するか」

「!」

四葉は目を見開いて静かに考えこんだ。

「…うーん。 さすがに焼却中に眠れるとは思わないなあ…。 だからと言って痛覚が完全に消えてるわけでもないし…」

焼かれる痛みか、腐敗していく痛みかを選べというのである。四葉はうなった。

「…今すぐじゃなくていいです。 あと1週間あるんで、その時に…」

「待って! 今答え出すよ」

「?」

「…今ね、真榊の結界が弱まってるんだ、わかるんだよね。 今ならあんまり負担なく中部に抜けられるかな」

「…鬼狩りに見つかったら終わりっすよ」

「話せば何とかなるよ、きっと。 向こうだって人間なんだし」

四葉は顔を上げた。

「決めた。 中部に抜ける。 神奈川なら静岡に抜けられる」

「…静岡は鬼狩りの本体がいますよ」

「問題なし! 支援物資を送る陰陽師と一緒に入って長野の方に走るよ。 さて、そうときまればさっそく母さんたちに伝えなきゃ! じゃあね、冬士!」

四葉はそう言って走り去った。

残された冬士の表情はすぐれなかった。

そしてまた、四葉の表情も明るくなんてなかった。

 

 

 

―四葉サイド―

まあ、そうだよね。仕方ないさ。一気に答えを出さないと自分がズルズルいくのはわかってる。それに、最近雨が多くて。雨に濡れないでねって言われたけれど、あんまり守れてないんだ。私は寮に入ってるわけじゃない。家は近いし、傘があれば事足りて。

これから夏じゃなかったら、もうちょっと長く生きられたかな。あ、もう死んでるか。

「…」

曇天の空を見上げる。今日は湿気は多いけれど、雨は降ってない。

この湿気が、私の体の腐敗を促進します。

本来のあるべき姿に戻そうとしている霊気の流れがわかるんだ。

冬士の霊気は冷たくて心地いい。彼ならきっと私の体を低温で保存するくらいのことをやってのけるんじゃなかろうかと思う。でもそこまで頼る気はない。

もう、決めた。

母さんと父さんと、弟に伝えなくてはいけない。

まだ、3人は私が普通に帰ってくることができると思っている。3人は陰陽術について何か知っているわけではない。3人ともそもそも見鬼じゃない。

冬士はこれ伝えるのどれだけつらかったのかな。

私に死に方を選択しろって言うのが、どれほどつらいことだったのかな。

自殺しますか、殺されたいですか、じゃないんだ。

焼け死にたいですか、腐敗して死にたいですか、だった。

彼の妹、紫苑ちゃんは帰ってきたけれど、地獄からお仕事も仰せつかってきたらしい。その最初のお仕事相手が私になるとのことだった。たぶん、タイミング図られてたんだろうなあ、なんて、いまさら何もかも遅いんだって。

 

たった半年前の話。

私と焼原君は偶然一緒にいて、そこで屍鬼(グール)に遭った。

鮮明に覚えているのは、恐くてたまらなくて、泣いてた私をずっと庇って戦っていた焼原君の背中と、焼原君が私を励まそうとして私の方を見て話をしてくれていたときにふっと焼原君の背後に立ったグール。

焼原君に触れようとしたそのグールはなんだか干からびているように見えたんだ。私は焼原君の服を引っ張って倒した。焼原君はすりむいて血を流してしまったけれど、私の方が重傷だった。目をつぶってしまったんだけれど、目を開けたら幽体離脱状態だし、私の体にはどす黒い霊気がまとわりついているしで気持ち悪かった。

私はもとは見鬼じゃない。その時に見えるようになったんだ。

焼原君に触れようとする私の体の手を私が何度もはたき落した。焼原君は目を見開いて、泣きだして、畜生って叫んだ。

もう呪符はなくて、霊気も底を尽きかけていたらしい。

じゃあ、って思って私は私の体の脚に抱きついて、動けない状態にした。

そんな攻防が続くこと1時間。グールは私の体から離れて行った。私はそのまま体に戻った。焼原君に声を掛けたら、焼原君はますます泣きだして、俺の名前わかるかって言ってきた。名前を答えてあげたら泣きながら抱きしめてきた。そりゃあびっくりしたんだけれど、私は死んだらしいということがようやく私にもわかった。

 

もう、遅いんだ。

あれから半年もたったんだ。

あのときは1月の寒い時期だった。私はほとんど痛覚というか感触がなくなってて、熱いのも寒いのもわからなくなっていた。

学園長には言ってある、私は2学期から学校には来ませんって。

同じことを両親にも言わなければならない。

冬士君たちが転位霊災に巻き込まれたのは悪いことじゃない。それを言ったら私がそもそもグールの霊災になんて巻き込まれなければよかっただけの話になってしまう。

―――私の時間はもうほとんどない。

原因が直接的には桃枝君の返事を待っていたからであるとは言っても、悪いとは思わない。普通の女の子には、もっと時間があるものだ。

返事が聞けただけでも十分だと思わなくちゃね。

「―――」

涙が止まらなくなってた。

家に着いたらなんて言えばいいのかな。

母さんも父さんも仕事で疲れてるのにさ。弟だって部活で疲れてるんだよ。

そんな皆のところにこんな話持っていけるかな。

なんて言えばいいのかな。

言わないほうがいいのかな。

でももう3人とも私がグールなの知ってるし。

玄関にたどり着いたけど、私はドアを開けることができなかった。

「…もうちょっと…生きてたかったなぁ…」

 

 

 

 

 

翌日、桃枝に映画を見に行こうと声を掛けた四葉は、肩を落とすことになった。

「嫌いなジャンルってある?」

「ゾンビ系は無理」

この一言である。

 

「…どうしよう」

「…普通にアクション物見に行ったらどうっすか」

「うん…そうする」

四葉は勇子に尋ねた。

「勇子ちゃん、桃枝君なんであんなに即答だったのかな…」

またその場面に出くわしたのは勇子だったわけである。

「…結構きつい話ですけど、いいですか?」

「うん、いいよ」

四葉は勇子を見つめた。勇子は小さく息を吐いた。

「…桃枝先輩の家―――桃枝家は、中部地方に本家があったんです」

「…中部ってことは…」

四葉はああ、と納得したようにうなずいた。

「…妹さんとお母様が亡くなったと聞いてます」

「…去年の平成中部百鬼夜行でか…」

大輔の言葉が事実を四葉に突き付けた。冬士と千夏と春樹がアイコンタクトを交わした。

「…桃枝先輩は時間を食い過ぎた。 四葉先輩、ちゃんと話さないと、屍鬼(グール)になり下がっちまうぜ」

冬士の言葉に四葉はうなずく。

平成中部百鬼夜行。

昨年の6月上旬に中部地方を襲った百鬼夜行の集団のことである。

死者は400万人を下らない。たくさんの陰陽師やエクソシストたちが死んでいった。新潟に本家のある真榊家が中部地方を結界で隔離して、人っ子一人出入りできない状態にしてしまったのは有名で、中部地方に残っている生き残りは人数もわからない。ただ、生き残りがいる事だけがわかっている。

霊獣の種類は、屍鬼。アンデッド系の霊獣やモンスターと呼ばれる類のモノが百鬼夜行を為して押し寄せた。

エクソシストははっきり言って役に立たなかった。物理攻撃ができなければ意味がないのだ。生き残ったのは中部地方に群れていた『魔人』と呼ばれる少年少女たちだった、という報告が上がっているのは新聞にも出ていた。

「…でも、もう金曜まであと2日ですよ? 映画見に行くなら今日か明日です」

「行く映画は決めてるんだよね…そっちは問題ないんだ」

四葉が窓から空を見上げた。

「…冬士君、今夜かき氷パーティーしよう」

「お邪魔させていただきます」

今日もまた皆で集まろうということになったようである。

「冬士、キャンプはあれだろ、公欠だろ?」

「ああ。 学園長に企画書出したのは俺だしな。 四葉先輩の事情を知ってるグループだけでやろうと思っている。 お前らも声掛けの対象なんだがな」

吉岡に冬士が返すと、吉岡はうなずいた。

「俺は行くよ。 たぶん皆も行くって言うんじゃねえかな」

「キャンプは人数多いほうがいい」

大輔の言葉で皆キャンプのことに頭を切り替えた。

「…あ、そろそろ行かねば。 じゃあ、今夜ね!」

「はい。 お気をつけて!」

四葉が教室を出て行った。

冬士たちはさっそくかき氷用のシロップでも買いに行こうという話になって、荷物をまとめ始めたのだった。

 



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第8話 鬼狩りの答え

月明かりを遮るものがない。

この街だった場所にはもう、ネオンはともらない。

俊也は倒壊したビルの隅に腰掛けていた。

「俊也さん!」

俊也を呼ぶ声に、俊也は振り返った。その視線の先に映ったのは、京一だった。

「京一か」

「うっす」

京一は瓦礫を軽快に飛び越えて俊也の横にまでやってきた。

「どうしたんすか、ボーっとしちゃって」

「…もう、1年経った、と思ってな」

俊也の言葉に京一は少し目を見開いて、一度閉じる。そのまま月を見上げた。

「…1年、ですね。 …長かったような、短かったような」

「…俺には長かったぜ…」

息を吐いて、俊也は立ち上がった。

「で、どうした? 何か用だろ、京一?」

「はい。 実は今日、妖刀が2振り出てきたんすよ」

「今さら妖刀が2振りも?」

俊也が眉根をひそめる。

「はい。 でも近くに使い手らしき人たちは見当たらなかったんっす」

「…ってことは、もうグールになったか…」

「もしくは、何らかの意思を持って俺たちのところに来たか」

京一はそう言って、布にくるんで持ってきていた2振りの刀を取り出して見せた。

「…こりゃひでえ…」

「はい、柄の損傷が激しすぎてこのままじゃ使えません」

京一は俊也の目を見つめた。俊也は京一を睨んだ。

「要は柄の修復をしてやりてえってことだろう? 結界を抜けるのか?」

「はい。 ただ、こいつらを俊也さんが使えるかどうかは分かりません」

「あ?」

俊也の声にドスが効きはじめる。

「どういうことだ、京一」

「…俺の研ぎの技術では、妖刀たちに憑いてしまった霊瘴を祓いきれません。 前々から言ってましたよね、俺」

俊也は京一に掴みかかった。

「…俺が鬼になるって言いてえのか?」

「単刀直入に言います。 もう鬼になってるぜ、俊也さん。 鬼狩りの鬼に」

「…チッ」

俊也は舌打ちして京一を放した。

「…京一、何度も言ってるだろ。 マジで俺がヤバかったらぶった切るのはお前の仕事だって」

「人殺しを奨励すんのやめてくださいよ。 それに、俺が切ったらそのあとどうなるか知ってるでしょ。 俺は絶対切りませんからね」

ふと、2振りのうちの一振りがカタカタと音をたてて揺れ始めた。

「…これは…」

「…こっちは持ち手を選ばない代わりにあっという間に殺人鬼を作っちゃうタイプでしょうね。 陽の気の中に置いとかないと鬼を顕現させるかもしれない」

京一は足元にまとわりついている小さな角の生えた霊獣のうち1匹をつまみあげた。

「こーら! こっちくんなっつってんだろ!」

「えー」

「「「えー」」」

足元の霊獣たちが騒ぎ始めた。

「飴玉もうねえのか?」

「はい、もう切らしちゃいましたね。 水ん中に放り込むか…」

「溺れちゃうよー」

「「「泳げないよー」」」

俊也はふと月に視線を戻した。

「…俊也、俺とお前の2人で一旦東京に行こう」

「? 2人で離れて大丈夫っすか?」

「歩たちがいる。こっちは大丈夫だろう。 それより、このタイミングで東京って言ったってことは真榊になんか動きがあんだろ?」

俊也の問いに京一は小さく笑ってうなずいた。

「真榊の結界が今弱体化してるんすよ。 今なら楽勝っす」

「…なら、すぐに出発だな。 明日朝一で出るぞ」

「はい」

俊也の言葉に京一はうなずいた。

月の光は陰の気を纏っている割合の方が多い。俊也は最近陰の気を纏い始めていた。曇天であまり陽の気の多い日光に当たれていないせいもあるだろう。

相変わらず俊也と京一の足元にまとわりつく霊獣たちを押しのけつつ、2人は皆のいる場所へと向かった。

 

 

 

 

 

「え、東京に?」

歩たちが驚いたように目を丸くした。しかし、それがわかっていたらしい望は静かにうなずいた。

「いいと思います。 もしもその妖刀が使えなかったとしても、私たちで何とかしますから」

「でも、すぐに戻ってくるんだよね? 俊也、鬼にだいぶ近づいてるとは言っても、お前の力はまだ必要なんだぞ!」

明が言った。俊也はうなずいた。

「もちろんすぐに戻ってくる気でいる。 ただ、最悪お祓いを受けねーといけなくなるかもしれない」

「どういうこと?」

明が尋ねると、ずっと俊也と京一の足元にいた霊獣が言った。

「生成りになるよー」

「鬼の生成りー」

「意識が無くなってー」

「「「破壊と殺戮の鬼になる」」」

縁起でもないことを、と笑い飛ばす者はいない。これが今の俊也の現実だった。

「…ずっとこいつらこれ歌ってやがった。 もう成りかけてんのかね…」

俊也が言うと、歩が首を横に振った。

「まだ俊也は生成りと呼べるほど心が鬼に転じたわけじゃない。 大丈夫だ」

歩はふわりと微笑んで見せた。

落ち着く笑顔を持っているものがいるだろう。歩はいわゆるそれであった。

「…東京に行くなら、あの赤い刀身の刀も持っていくべきだろうな」

力太が言う。

「そうだな。 あれはちょっとヤバすぎる。 土御門に預けてこようと思う」

俊也は同意を示した。あとは他のともにここにいるメンバーに2人が離脱することを伝えて出発すればいい。

「俊也さん、俺がヤバいと思ったらあの妖刀は俺が奪い取りますからね」

「分かってる。 俺に切られねえように気をつけろよ」

「!」

1人が立ちあがった。

「弘?」

「…俺も、行く。 京一が切られるのは、やだ。 俺、京一が切られるの、わかるから」

歩の弟の弘である。

「…それは構わないけれど、龍が動くんじゃね、弘?」

「…ッ」

「そうだね…龍が動けば俊也が辛いんだ。 我慢して?」

京一と歩に言われて、弘は唇をかんだ。

「…弘、俺そんなに弱いか?」

京一が尋ねると、弘はぶんぶんと首を左右に振った。

「京一は強い!」

「なら、俺を信じてくれよ。 俺は大丈夫だって」

京一が笑った。

歩も弘も目を細めた。

「…京一眩しい」

「え、目ぇ潰れてねえよな!?」

慌て始める京一を見て皆で小さく笑った。

望の脚にかけられた布が左右で違う長さのところで落ちて地面と接している。

「望先輩、脚の包帯変えましょう!」

後輩と思しきセーラー服の少女が近づいて来て言った。

「ええ、ありがとう」

望はそちらを向いて包帯を変えてもらうために布を取り去った。

「…ねえ、包帯を変え終わったら皆を呼んで来てくれないかしら? 大事な話があるの」

「は、はい!」

少女は包帯を変えると立ち去り、少しすると40人ほどが集まってきた。

「全員いるか?」

「はい」

1人が返すと、歩が立ちあがった。

「皆に大事な話をするよ。 明日、俊也と京一が東京に向かうことになった」

「と、東京ですか!?」

皆がざわめいた。

「皆が不安がるのはわかるけれど、俊也がそろそろ自浄できなくなってきてるんだ。 望の水晶のストックももうなくなった。 後は、皆も知ってのとおり、俊也の砥石ももうほとんどない」

「「「…」」」

皆が黙る。知っていることだったのだ。

「…俺たちは少し2人に頼りすぎた。 俊也はお祓いと、先日手に入れた赤い刀を土御門に預けるために。 京一は今日手に入った2振りの妖刀の修復のために。 2人とも最低2週間くらいは帰ってこないと考えておくように」

歩の言葉を皆は静かに聞いているだけだ。誰も反論はしない。

「…2週間もいるか? 俺らの移動速度なら1週間くらいで…」

「俊也、君は少し休んだ方がいい。 京一もだ。 俊也が一番気を張ってるのは皆も知っていることだし、京一が刀を研ぐために徹夜することがあるのを皆が知らないわけないだろ?」

「…天知る地知る我知る子知る、ですね」

「そういうことだ」

本来なら悪いことをする時のセリフだろう。だが、この状況でまともに回復していない状態がどれほど罪作りなことなのか、京一は知らないわけではない。

「…じゃあ2週間くらいは俺たちで何とかしなくちゃいけないんですね」

「そう。 グールなら皆でも対応できるから、とにかく直接触れられないこと。 それだけだ」

さあ、と言って歩は手を叩いた。

「お話はこれでおしまい! 皆、早めに眠って。 今日の番を俺がするから」

皆が解散していく。京一は歩に礼をして、ごろ寝した。

皆雨をしのげる場所にいるだけだ。

布団なんてないし、アスファルトにごろ寝である。誰も文句なんて言わない。

支援物資の中になかったわけではない。けれど、皆で選んだのはそんなものよりもグールの動きを止めるためのナイフだった。

冬は越した。大人はいない。

仲間を殺された。

陰陽師は支援のために人員を割いている。エクソシストはグールを祓ってくれる。

死体に戻ったグールに、まだ別のグールが入るから意味がないのは現場だけが知っていることでもある。

大人なんて信じられない。

 

子供たちばかりでこの地獄を生き延びた彼らの、たった一つの答えである。

 




水晶には、浄化作用があるとされている。
パワーストーンの説明で見たことがある方も多いはず。

感想お待ちしています。


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第9話 四葉のクラスと後輩たち

 

勇子と朱里はかき氷のシロップを買いに行く千夏と冬士と大輔と迅を見送って、教室に戻った。

「さてと。 冬士たちが戻ってくるまでに次のお仕事終わらせますか」

勇子の言葉に朱里は首をかしげた。

「次の仕事? 何かあったっけ?」

「ん、ちょっとね。 冬士たちなら20分くらいで戻ってくるはずだから、早くしないとね」

勇子はアレンを見た。

「アレン、話はどう?」

「ちゃんと通しといたよ。 そろそろ運び出し始めるんじゃないかな?」

アレンはそう言って席を立った。

「? アレン、どういうことだよ?」

「大平先輩が屍鬼だっていうことを知ってるのは、クラスメイトに4人ぐらい、あとは所属していた吹奏楽部のメンバーだけらしいんだ。 で、事情を知らない生徒には転校ってことで話を通してあるらしいんだよね。 だから、皆でサプライズをやるぜ、と」

「…吹奏楽部ってことは、楽器を運ぶってことか…」

「そういうこと。 じゃ、俺たち手伝ってくるから!」

アレンはそう言って同じく席を立った犬護とともに教室を出て行った。

「…アレン、いつの間に犬護と仲良くなったんだ…?」

朱里が首を傾げると、勇子が言った。

「なんだかんだいって人当たりいいからね。 それに犬護もだいぶ慣れてきたみたいだし、アレが鋼山さんにどんな一面見せてるのかは知らないけれど、よくできた皆に平等に接してるタイプだよ、アレンは」

「…アレがよくできてる、か…」

信じられないとかそんなセリフは呑み込んで、朱里は窓から寮の方を見た。特になにがあるわけでもないが、大きな建物だなあとは思った。

「…そういえば、鋼山さんは一人部屋だったよね」

「ああ」

「いいなぁ…私もね、一人部屋がよかったんだけどさぁ、春樹がいたから二人部屋に入れられたんだよね」

勇子は息を吐いた。春樹が近づいてくる。

「気にせず一人部屋をとればよかっただろう? 僕がそんなに頼りないかい、勇子?」

「かーなーりー頼りないです。 鬼強チートの冬士じゃあるまいし、まだ護法式まともに扱えない春樹じゃ無理!」

「?」

朱里は首をかしげた。はて、春樹に護法がいただろうか。見たことがない。

「…見たことないぞ。 強いのか?」

「…まあ、強いというか…」

「強すぎて、式神になってくれたのはいいけれど、言うことを全然聞いてくれないんだ…」

肩を落とす春樹。勇子が笑った。

「まあ、龍だしね?」

「! …龍、か。 長いほうだよな?」

「うん、長いほう。 まあ、土御門の龍も八百万の神々の一柱だし、ばれたところで何が起きるとも思わないけどねー」

その時、勇子のスマホが鳴る。

「お。 運び終わったみたい」

続けて春樹にもメールが来る。

「…え?」

「どしたの?」

勇子が春樹のケータイを覗き込んだ。そして固まった。

「…勇子、春樹、どうしたんだ?」

固まってしまった2人に朱里が尋ねる。

「…明後日のキャンプ。 十二神将が来るって」

「しかも2人」

「…陰陽局って万年人手不足ではなかったでショウカ?」

「鋼山さんの反応は正しいと思う」

勇子は頭を掻いた。

「…まだ何かあるのか?」

「…来るのが、多嶋さんと蓮司らしいんだよね。 龍冴先生に動けとは言えないし、他の十二神将が真榊に向かったのは知ってるんだけどさぁ…」

勇子ががっくりと肩を落とす。

「し、仕方ないよ、勇子。 蓮道のあの威圧感のある表情を視界に入れなければいいだけだ」

「アレが春樹の護衛とか…よっぽどのことがないとアレは勝手に動くからなぁ…」

勇子の思考回路がぐちゃぐちゃになっているのははたから見てもわかる。朱里はまあいいか、と教室を出た。

 

 

 

 

 

―冬士サイド―

買い物を終えて、俺たちはいったん四葉先輩の家にお邪魔した。冷蔵庫をお借りすることになる。アイスを冷凍していた俺の力を使えだと?ふざけるなあれは専用の術を組んだ符を持っていないと使えない。現在そんな便利アイテムは手元にない。あとあれはあれでかなり疲れる。

つまるところ疲れる、そしてめんどくせえ。だからしない。

 

「さて、あとは皆を待つだけかな」

四葉先輩がそう言った。俺は千夏と顔を見合わせた。

「四葉先輩、ちょっといいですか」

俺が手を差し伸べると、四葉先輩は何の疑いもなく俺の手を握った。

…痛え。

女の体ってこんなに力出るもんなんだな。無意識なんだろうが50キロぐらいの握力はあるだろう。こんな細い腕にそんな力があるのか。

俺に御影がいなかったらとっくに手の骨が折れているところだ。おそらく粉砕。

千夏がスマホで勇子に連絡する。つーか、空メールだ。

「?」

四葉先輩が首をかしげた。

足元が光った。

千夏に抱きつかれた。大輔が俺の肩に手を掛けた。

眩しいから目を閉じた。

勇子側の準備は終わっているらしい。

目を開けると、目の前では勇子がピースしていた。

「!?」

四葉先輩が目をこすった。視力が回復しそうだな。

俺が勇子の向こうにいるやつに頷くと、そいつはうなずき返して、小さく息を吸って。

 

「…」

 

四葉先輩が顔を上げた。俺の手を放して振り返る。

静かな曲ではあるが、アーティストの曲だ。四葉先輩が好きだと言っていたアーティストの曲。

ここは集会場だ。

大体36平方くらいの広さの部屋だからな、オーボエが結構でかい音に聞こえる。これトランペットとかトロンボーンとかどうなるんだろうか。生成りの耳が潰れねえことを祈る。

四葉先輩はその曲に聞き入っていた。

俺たちは四葉先輩のお別れ会をキャンプの前に学校でやっておこうという勇子の案に乗った。そしてそれに応えたのはクラスメイトの皆様と事情を知っている一部の生徒。生成りにはどう頑張ったって隠せないから生成りは皆ここにいる。皆事情を知っている。

ふと視線を上げると、そこに黒い髪をたらした女が見えた。

ちょいと前に世話になった怨霊だな。悪霊じゃねえのが救いか。

1曲目が終わって、2曲目に入る。

この怨霊、最近全然姿見てなかったな。勇子にlineを送ってみる。

『あの怨霊最近全然見てなかったんだが』

『うん、四葉先輩と仲良くなって2階にずっといたみたいだよ』

縦移動するのか。幽霊だもんな。そうだよな。

『じゃあもう怨霊とは言えねえのか?』

『そうだね。 もう彼女の瘴気は四葉先輩がすっかり祓っちゃったんだよね』

俺は四葉先輩を見た。ずっと曲に聞き入っているその真剣な表情を見て、残念だと思った。

こんなに好きなことに対して熱中できるような人ばかりが死んでいく。今紫苑に言うとかなり叩かれそうだが、俺は趣味と言えば誰かを弄って遊ぶことぐらいしか思いつかねえ。ロクな人生歩まないフラグが既に立っていると勇子の両親によく言われたものだ。

四葉先輩はきっとあの怨霊が苦しんでいたように見えていたのではなかろうか。偽善で結構、偽善ですべてが始まるのだと先生―――千夏の父親が言っていた、生成りは最初に当たる陰陽医の態度によってはかなり塞ぎ込んでしまうのだとか。だから偽善をずっと続けていくんだそうだ。苦しみを和らげるために声をかける、その言葉に込めた気持ちを人間と違って怨霊も悪霊も敏感に感じ取るから、下手に同情すればとり憑かれるし、ちゃんと祓いをこなしてやれば浄化されて無事に輪廻の輪に乗るために霊界へ旅立つ。

『力はかなりありそうだが』

『ずっとここにいただけじゃなくて、骨が校舎の下にあるみたいなんだよねえ。 こればっかりは次校舎を建て替える時に掘り出してあげないといつまでたってもこのままよ』

なるほど。本体がこのすぐ下か。ということはおそらく髪の束が落ちていくところが骨のある位置とみて間違いないな。

2曲目が終わって3曲目に入った。

四葉先輩が泣きはじめた。

あなたのことを忘れない、どんなに離れたって。

そんな意味の歌詞のついた曲。卒業式のような曲だ。本当の意味を知っている人の選曲だろうな、これ。二度と会えないんだからな。

『勇子、俺はもう一仕事済ませてくるぜ』

『了解。 早く来いよ?』

勇子と視線を交わしてスマホをポケットに突っ込んで、隠形して俺は集会場を出た。

 

 

 

―四葉サイド―

「すっごくよかった!」

私はもう泣いております。こんなの企画してたなんて知らなかったぞ、勇子ちゃんたち!

そう行って皆にお礼を言ったら、クラスメイト達は転校なんて急だね、と言ってきた。そう、私は転校するということになっている。

「メールするからね!」

そう言ってくれる皆には悪いのだけれど、私はキャンプにケータイを持っていく気はない。どうせ通じても通話できるかどうか分からないし。その時にはもう死んでるかもしれないし。もう体は死んでますけど。

でもそんなこと皆に言えるはずもない。私結構line魔だったからなあ。私が既読すらせずにほっておいたら皆気付いちゃうよね。でも仕方ない。そこは勇子ちゃんたちにすでに言ってある。勇子ちゃんにじゃなく、勇子ちゃんの遠縁の親戚である蘆屋幸助という子に任せると。蘆屋道満の直系らしい。蘆屋系の家ならたぶん対応には慣れてるはず、ということでお任せしているのです。

勇子ちゃんを見たら、勇子ちゃんはにっと笑ってくれた。あれ、冬士君がいないなあ。まあ、いいか。彼のことだからまた何か裏で動いているんだろう。

キャンプでまた何か予定とか変わるのかな?その時には連絡くれるはずだし、待っとこう。

いまは、皆とのかき氷パーティを楽しもう。

 




曲は大体ファンキーモンキーベイビーズの「ありがとう」あたりを起点にイメージしてました。
いい曲ですよね…。


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第10話 かき氷

かき氷パーティに参加した顔ぶれは焼き肉に参加していたメンバーたちだ。その中に、先ほど吹奏楽部とともに演奏していた少年少女がいた。

名は、香坂光輝(こうさかこうき)香坂紗由希(こうさかさゆき)。光輝の方はオーボエを吹いていた。

四葉との出会いはこの春であり、2人して倉橋の校舎内で迷子になったところを四葉に案内をしてもらって仲良くなった。後輩たちの中では、吹奏楽部に入ったわけではなかったが、四葉と仲が良かったメンバーである。

「紗由希、味何がいい」

「イチゴかなぁ。 練乳があるともっといいなぁ…」

紗由希の手元には枕が転がっている。人様の家にまで持ってくるなよと言いたいのは兄よりもむしろ周りのクラスメイト達だったりする。

この2人、今まで散々冬士や勇子が起こした騒動に対して特に動じることなくのほほんと過ごしていた数少ない人物たちである。

2人はAクラスの中では珍しい名家出身である。新家今井家の分家である香坂家の双子の兄妹だ。冬士のカミングアウトに対して気にした様子はほとんど見せなかった。そのかわり、音楽療法を冬士と大輔に対して試したという経緯も持っている。2人の得意分野は音楽。そして、音楽というものは上手に弾くのではなく、気持ちを込めて弾くのが第一とするのが彼らの信条である。保育園児のころに2人で読んだ古文の文章からの引用だと冬士に語った。効果覿面で大輔と冬士は次の授業に出てこなかった(眠ってしまった)。そこから冬士がよく光輝に絡むという形で仲良くなった。

「冬士、練乳とかあるか」

「あるぜ。 紗由希はイチゴだったよな?」

「聞こえてたのか」

「耳がよくてな」

冬士がかき氷を盛り付けて光輝に渡した。

「光輝、お前は?」

「じゃ、ハワイアンブルーで」

「スタンダードだな」

冬士はハワイアンブルーでかき氷を盛り付けて光輝に渡す。

「サンキュ」

「おう」

冬士のもとを離れて紗由希のもとへ向かった光輝。紗由希は楽譜を見ていた。

「紗由希」

「あ、お帰り~」

紗由希は楽譜から視線を上げた。光輝からかき氷を受け取った。

「いただきます!」

氷が溶ける前に皆さっさと食べ始めている。冬士は最後に食べる気らしい。光輝もかき氷を食べ始めた。

 

 

 

 

 

四葉は冬士の横に腰を下ろした。

「?」

冬士はハワイアンブルーを食べている。四葉はメロンである。

「冬士君、色々企画してくれてほんとにありがとうね」

「…気にしないでください。 俺もイベント事は大好きなんで」

「…」

四葉は小さく微笑んだ。冬士は四葉の目を見つめた。

「…どうしたんですか?」

「…いやぁ、ね? ちょっと不安になってきちゃってさ」

微笑みは苦笑に変わっていた。

「…やっぱ1人だと不安になりますか」

「…うん。 こんなネガティブ思考がよくないのはわかってるんだけどさ」

「…分かります。 …でも、前向くしかないっすよ」

冬士は何と言葉を掛ければいいのかよくわからない。四葉の抱える問題と冬士の抱える問題は、周りの対応こそ同じとはいえ、本質は全く違う。

まだ生きているからつらい冬士と、もう死んでいるからつらい四葉。この両者の間に横たわる溝はけして浅くはないし、簡単に越えられるものでもなければ、簡単にひとくくりにしていい問題でもない。

まだ生きている冬士には時間がある。でももう四葉には時間がない。

「…ねえ冬士君、古典では先立たれることを後れるって言うよね」

「そうですね」

突然古文の話を始めた四葉に、冬士はうなずいた。

「…冬士君はさ、死ぬ人は皆を置いて行くって思う?」

「…」

冬士は止まった。

微妙な話だ。

死因によるだろう。自殺であれば置いて行くのは確かだが、本当に置いて行くのは死人の方だろうか?違う。

冬士の持論でしかないが、自殺するのは弱いやつだ。皆に言う勇気のないやつだ。皆を頼る勇気のないやつだ。でもその気持ちを嫌というほど知っている。生成りであることから散々嫌がらせも受けた。大の大人の反応がそれでは冬士のように大人が恐くなったって仕方がないというものだ。

弱いまま死んだならば、それは強くなっていく皆に置いて行かれることになる。

さて、四葉の置いて行くとはどちらを指す言葉か?

「…考え方によりますね。 俺の考え方だと、死因によります」

「…そっか。 私はね、分からなくなっちゃった」

かき氷を食べる手は止まったままだ。

「…俺は、四葉先輩は置いて行く方だと思います。 俺たちは貴女に先立たれる」

冬士は率直に述べた。

四葉はけして弱くなかった。霊獣相手に恐がらない人間なんていないと冬士は思っている。冬士だけではなかろう。勇子や大輔、千夏に聞いたって同じ回答がそこにあるのは確かだ。霊獣というのは、ただの幻想だなどというものたちもいはするが、実際に起こっているのだから彼らにとっては現実だ。霊獣は冬士たちにとっては火災の炎と同じだ。

命を刈り取っていく、すべてを焼き尽くす炎と同じだ。

火を恐がらない動物はいない。そうでなければ命を守れない。

よって、導き出される答えは、“皆霊獣を恐がる”である。

それだけのことだ。

四葉が弱くなかったというのは、精神的な面も大きい。

聞きづてでしかないが、四葉は焼原に庇われた。見鬼ですらなかった者が旧家の人間に庇われるのはよくあることだ。しかし霊獣に殺される友人たちをまざまざと見せつけられたはずの彼女は、それでも焼原を庇って死んだ。しかも、その霊獣はグールだった。グールはタイプ鬼に分類される。だから、追い払うのは非常に難しい。元の四葉の霊気の構成を視ていないため推測の域を出ないが、もともと陰の気が多かったと推測される。グールに限らず、霊獣たちは陽の気を取り込んで体を維持する。人間に取り憑いて陽の気を享受するものは多い。グールはその典型で、生き物の体が持っている陽の気を食らいつくしたら離れる。陰の気だけになったその体に霊気をこめてから分離し、しばらくすると2体目のグールが出来上がる。ちなみにもとその体に入っていた魂は霊気の塊でしかなく、別のモノに食われなければ肉体から陽の気が無くなった時点でグールになり人間としての意識を失って彷徨うようになり、こちらも出来上がった場合合計で3体のグールに増殖するわけである。グールが出た瞬間に中部地方に結界が張られた理由でもある。

「四葉先輩は、グールになっても人間としての意識を持ち続けて生きてきた。 それだけですげえことだと思います」

冬士はそう言って視線を勇子たちに向けた。

勇子たちはおかわりをしまくっている。明日腹こわすな、あれは。そう思った冬士だった。

 

 

 

その日は最後に光輝と紗由希のピアノとヴァイオリンに合わせて、皆で合唱をして終わった。

楽しかったよ、と四葉は笑った。

四葉が学園を去るまであと4日という日のことだった。

 




余談。冬士のそばにあると氷はとけません(真顔)。


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第11話 十二神将の同行

 

「十二神将『断空』多嶋蓮司だ」

「同じく十二神将『鬼降し』蓮道昌次郎だ」

そんな2人の自己紹介が終わり、Aクラス内は騒然となった。

「影山先生もいるのに…」

「十二神将3人に会えるとかすげえじゃん!」

興奮を隠せないクラスメイトが大半である。一方、青ざめているのが1人。

「春樹、大丈夫よ」

「勇子、僕が蓮道のことを苦手にしているのは知ってるだろ!?」

「知らないわけじゃないけど、あれも問題児だから」

勇子と春樹の会話を聞いてか、ニィッと少し気味の悪い笑みを浮かべた昌次郎は、勇子の傍に近づいてきた。

「勇子、久しぶりじゃねえか」

「まともに会話したのがってことかな? つい先日会った気がするよ」

「まともな会話ってことで言うなら3年ぶりだな。 メールも寄越さねえし年賀状も送ってこないしな?」

「うるせーよ大輔狙ってんのがバレバレなんだよ」

勇子が立ちあがった。横の大輔は呆れたように息を吐いた。

「勇子。 庇うなら俺よりも冬士だろう」

「ボクが知ったことか。 冬士を庇うのは千夏の仕事だからね」

どう会話に入ればいいのか迷っている蓮司はおろおろし始めている。龍冴はあちゃあ、と頭を抱えた。

「冬士、嫌ならその阿呆から逃げてもかまわんぞ?」

「逃げ切れるなんて思っちゃいませんよ」

冬士は龍冴に返した。昌次郎がすっと冬士を見た。

その瞳の奥に赤い光がきらめいている。

「…あんた…そうか…そいつらがあんたの式神か…」

冬士、と声を掛けようとする龍冴は気付いた。千夏が言った。

「御影、悪いが今は主導権を冬士に返しててくれないか。 こいつ相手だと龍冴先生もてこづるから」

「…フン」

冬士は目を細めて息を吐いた。千夏は静かに昌次郎を睨んだ。

「…皆十二神将とは仲悪いのか?」

吉岡が尋ねると、紫苑が首を横に振った。

「いえ、仲が悪いのは“鬼降し”だけなんです」

「どういうこと?」

「蓮道昌次郎は蓮道家の最終兵器という別名があるじゃないですか。 彼の式神は全部鬼でしょう?」

「…ってことは…」

吉岡は千夏と昌次郎を見た。

「あの、生成りになんて興味あるんすか?」

「あ? あー、ただの生成りならいらねえよ。 でもこいつは興味あるんだよな」

昌次郎は笑っていた。薄気味の悪い笑みだ。

「昌次郎、あんまりその薄気味悪い笑みやめてよね!」

勇子が言うと、昌次郎はむ、と小さく唸った。

「んだよ、勇子もすっかり冷たくなっちまったな」

「昌次郎の性格なんて嫌ってほど知ってるからね」

神成はなんだかんだ言いつつ結局冬士の方まで首は突っ込むのな、とアレンは苦笑いした。

朱里は全く話が見えず、首をかしげていた。

「えーっとね、要するに…たぶん、蓮道っていうあのオレンジ色のほう、たぶん神成たちと仲が悪いんだよ」

「…何で?」

「こいつが私の叔父だからだよ」

勇子の言葉に驚いたように皆が顔を向けた。

「どういうこと?」

「そのまんま。 昌次郎は母さんの弟だからね。 ていうか、春樹の護衛らしいんだよね。 そうですよね、蓮司さん?」

勇子は蓮司をうかがった。蓮司がようやく口を開いた。

「はい。 俺と昌次郎は春樹様の護衛として派遣されました。 ただ、俺たちは祓魔庁ではなく陰陽局の独断で派遣されただけです」

蓮司は刀の柄で昌次郎を小突いた。

「何すか」

「先に約束か誓約書を書いておかないと大輔君が雅夏権限で昌次郎の首を飛ばすかもしれないよ」

「あり得ないって言えないけど俺もとりあえず神成権限あるっすよ?」

「勇子様が却下したら終わりだろう」

冬士が紙を用意して、ボールペンで何か書きはじめた。

「それは?」

「まあ、誓約書の簡易版ってことで。 闇先生に印もらえば十二神将でも敵わねえんじゃね?」

「本格的に作ってんじゃねえよ生成りが」

「うぜ」

冬士は昌次郎を睨んだ。昌次郎はニヤッとまた笑う。

「結構啖呵切ってきそうだ」

「昌次郎!」

「分かってますよ!」

昌次郎が誓約書に名前を書き、闇が印を押した。

「…てめえナニモンだ?」

「さあてのう? まあ、ワシは生徒を守れりゃあそれが一番いいんじゃ」

闇の印には強烈な霊力が乗っている。朱里とアレンが近づいてきた。

「お久しぶりでーす」

「あ? お前誰?」

「鋼山神社の男巫女です~」

アレンが笑って言うと、昌次郎は少し首をかしげた。

「…昌次郎、お前彼の免許試験官だったのに覚えてないのか」

「覚えてるわけないじゃないっすか、俺神道の神主も寺の坊主も嫌いっすから」

「とことん好かないやつは覚えていないやつだな」

昌次郎はケッと言ってそっぽを向いた。

「皆して俺をいじめないでくださいよ」

「昌次郎は1人でタイプ(オーガ)を3体までは相手にできるでしょ? 昌次郎をいじめるなら他の十二神将皆連れてこないとリンチになんかならないわよ」

「勇子、お前もうちっと可愛げのある発言はできないのか?」

「いや無理でしょ、あんたと何年過ごしたと思ってんのよ。 冬士の方がよっぽどましだったわ」

「7年だろ、しかも生まれてから7歳まで」

「勇子様の口が悪いのは絶対お前のせいだな」

「蓮司先輩酷くねえっすか?」

春樹が小さく息を吐いて蓮司に声を掛けた。

「蓮司さん、このタイミングでいらしたってことは、キャンプには…」

「はい、同行させていただきます。 そのために俺が派遣されたのかと」

「…ですよね。 蓮道は四葉先輩と面識ないですから」

皆して昌次郎を叩いているようにしか見えない。が、いたしかたないと言えばそうである。

 

昌次郎の通称の『鬼降し』は彼が持っている式神のことを指してもいる。昌次郎は珍しく鬼関連の式神ばかり所有している陰陽師である。

とにかく強い鬼を好んで下そうとする。力を求めている証ともいえるが、それは逆を言うならば他のものにも手を出すということである。つまるところ、その意味を春樹たちはよく知っているということになる。

冬士を降そうとするかもしれない、大輔を降そうとするかもしれないと勇子がピリピリしている。

 

「四葉さんに昌次郎を会わせよう」

「絶対やめた方がいい」

「同感」

「やめてください」

「皆してそんなに否定するのかい?」

蓮司が言うと、春樹、勇子、大輔が否定した。冬士と千夏もうなずく。

「んだよ、何でそんなに否定されなきゃならねえんだよ」

「なあ、グールを追い出したやつだって言ったら?」

「喧嘩吹っ掛ける」

「うん、会わせようと言った俺がバカだったよ」

こいつの思考回路はこれだもんな、と蓮司が息を吐いた。

 



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第12話 キャンプ

 

キャンプ会場についた四葉たちを待っていたのは、そこそこ涼しい森と川である。

四葉はキャンプに出てくる直前に、桃枝に別れを告げた。

 

「え、なんで…?」

「…騙しててごめんね、桃枝君。 私、屍鬼(グール)なんだ。 じゃ、元気でね!」

 

告白されて一方的にフラれた桃枝は驚いて声も上げられなかった。告白しておいてフるとはどんな神経をしているのかと思われただろう。それでも構わないと四葉は思った。

桃枝がグールのことが嫌いだというのはもう疑いようがない。そもそも本人が映画のジャンルから外してほしいとい願うほどに拒絶している。その原因に家族の死が絡んでいると知らされて、相手が自分と同類であると知ってしまった以上、四葉にはもう傍にいようと思うことはできなかった。

四葉は泣きながら両親に事実を告げ、頑張って家を出てきたのである。なぜ中部地方にいるわけでもないにもかかわらず、死体が残らない形で死なねばならないのかと両親は泣いた。弟は泣かなかったが、持って行けと言って大事にしていた水晶のペンダントを四葉に渡した。

 

キャンプで過ごすのは2泊3日。3日目の夜には皆で四葉を送ろうとしている。

冬士は静かに息を吐いた。

「…何で俺はテメエにつけられてんのかねえ?」

「気付くの遅すぎるぜ、冬士? 今のまんまならあっという間に俺のモンにできそうだな」

「ハ、テメエの式神なんざ人権が保障されても願い下げだぜ」

冬士は徹底的に昌次郎に噛みつくことにしたらしい。昌次郎もニヤニヤ笑ってそれを受けている。昌次郎の興味は大輔よりも冬士に偏ったらしい。

「テメエといるとロクなことがなさそうだ」

「よくわかってんじゃねえか。 …ま、神成にいりゃそうなるだろうな」

ケケケと笑って、昌次郎は空を見上げた。1日目の夜、2日目の夜と、冬士が何かを待っていることに昌次郎は気付いた。

「…おい冬士、お前、何を待ってんだ?」

「…? ハ、テメエにゃばれたか」

「分かりやすいんだよ、乙種呪術丸わかりだボケ」

昌次郎に言われて冬士は小さく舌打ちした。

「隠形ザコ、対象者もわかりやすい。 焼原と桃枝のガキになんかしてるな?」

「…ケッ」

冬士のプライドはけして低くはない。昌次郎は分かっていて冬士をいじるらしかった。

「…まぁ、本人たちにゃばれてねえようだがな。 桃枝は気付いてもおかしくねえのにな。 お前の話術は巧みらしい」

「…お前が褒めに来ると気持ち悪い」

「酷いぜほんとに」

昌次郎は伸びをした。空で星が瞬いていた。

「ん」

「お」

空を一筋、大きな星が流れた。

 

 

 

 

 

「四葉先輩」

「お、大輔君。 君が声を掛けてくるとは珍しいなあ」

大輔が声を掛けて、四葉は振り返った。

「?」

「…笑って、られるんだな、先輩は強いな」

「そうかなー? そんな自覚はこれっぽっちも」

ないですよ、と言おうとした四葉は近くに来ていた冬士に気付いた。

「どうしたの?」

「…いや、何となく。 もうすぐですね」

冬士の言わんとしていることはわかる。3日目の夜9時ごろ、四葉は出ていくことにしている。そのことを知っているのはここにいるメンバーのみである。

「…皆にちょっと話をしてみるってのはどうだ?」

「チッ…テメエ、こっちくんなっつったはずだぜ」

冬士は声を掛けてきた男の方を見た。オレンジ色の髪と真っ赤に光る双眸。

「…ほう。 こいつはもともと陰の気が強かったタイプか?」

ニヤニヤと昌次郎は笑っている。四葉は首をかしげた。

「私のことそう言ったのは2人目ですよ。 1人目は焼原君でしたけれど」

「…ビビらねえのか」

「人間じゃないですか。 死体と睨めっこするほど怖いこと知りませんよ」

四葉は小さく苦笑した。昌次郎は小さく考えこんで、時計を見た。

「まだ時間あるなら最後にここにいる全員を“プロ”にするための礎にでもなってみねえか、グール?」

「…いいですね」

四葉は笑った。

 

 

 

焚き火を囲んで全員で話をする。司会は四葉と昌次郎である。

「皆に考えてほしいことがあるんです」

四葉が言う。勇子と冬士は近くで四葉を見守っていた。

「せっかくのキャンプで最終日だからなァ、お前らザコに一つ宿題を出してやる。 十二神将直々の宿題だ」

昌次郎はニヤリと笑った。冬士は目を細めた。

「皆、私はグールだよ。 グールは人間を媒介して増えていくのは知ってるかな?」

「…とりあえず、習いました」

吉岡が答えた。勇子はぐっと伸びをした。冬士は息を吐いた。

「グールってのはタイプ鬼に分類される。 強力な霊獣だろ?」

「まあな。 そこでだ。 グールは人間を食らっていき、食われた人間は通常そのままグールになっていくんだが、この大平四葉っつー生徒は実に珍しいタイプでな。 陰の気がもともと強いとグールとして意識を持っていかれる前に体からグールが離れる場合がある。 こいつはそのパターンだろうな、グールが離れて自分の体に戻れたんだろう」

昌次郎が言うと、焼原がパッと立ち上がった。

「おいちょっと待てこら十二神将。 てめえ四葉に何吹きこんだ」

「クソガキは黙ってな。 焼原の血がグールを引き寄せやすいってことぐらいは知ってんだろがボケ。 どうせお前が大平たちといた時にグールに襲われたんだろ? 残念だったな、お前が加害者だ」

「昌次郎、相手をなじるのはあとにしてよね」

勇子から昌次郎に石が飛んで行った。昌次郎は後ろから飛んできた石を拳で砕いた。

「まあとにかく、グールってのはもともと人間なわけだけれど、まあ、死体のことだよね。 皆は私のことを人間として接するように努めてくれた。 まあ、もうここに来てる時点で私は助からないのわかってるわけだけれど、私は皆と過ごして楽しかったです」

四葉は笑った。

「さあて。 テメエらはこれから大いに悩むぜ」

昌次郎はニッと口端を釣り上げた。冬士が小さく舌打ちした。

「冬士、テメエは鬼の生成りとして意見よこしな。 率直に聞くぜ。 お前はグールを殺すことをどう思う?」

「…グールを殺すこと…か。 人殺しと変わんねえんじゃねえか? 俺はグールとやりあったことねえよ」

「もしも殺りあったらどうする?」

「…さて…銃が欲しくなるところだな。 俺は生憎と暴走時の記憶はないタチでね」

「ハ、土御門の神童をボコボコにして息切らして気が付いたら辺りは血の海だったか?」

「黙れクソガキ。 それ以上その手で直接冬士に触れるな」

冬士の目が青く光った。

「御影、落ちつけ」

「餓鬼どもが手ェ伸ばして来てんだよ、落ちつけるかボケ」

「…お前そうとう冬士と混じってんな? …っと、本題に戻るぞ。 もうあんま時間もねえしな」

昌次郎は周りの生徒に向かって言った。

「親しいやつがグールになったらどうするか考えろ、それが宿題だ。 グールが万が一この特殊例みたいになったとしたら? そいつを人間として扱うのかとか、そいつと別れるときどうするのかとか、そいつが暴走してモノホンのグールにでもなったらどうするかとかな」

あんまり酷じゃないのか、と蓮司が言った。昌次郎は真剣な表情を作って見せた。

「蓮司さんはすっげー強いからいいっすけど、こいつらは小手先の呪術もまともに使えやしません。 グールや餓鬼系の最底辺のタイプ鬼に対する人間としての情念とかそんなもんを振り払う訓練は大事っす」

「彼らはまだ1年生だ」

「陰陽業界、強いては祓魔業界に関わろうと思ったならこれくらいの覚悟ねえとやっていけませんよ。 現代陰陽術、かなり西洋の流れが入っちまったけれど、本質は変わってない。 俺たちの術は霊瘴を散らすことこそできても、霊獣は殺せない」

「霊獣を殺すのは目的にないからな」

昌次郎と蓮司が睨み合う。勇子が息を吐いた。

「その話は陰陽局に帰ってからしてくださいよ~」

昌次郎が時計を見た。

「…9時だぜ」

「はーい」

四葉が立ちあがった。

「じゃあ、皆、バイバイ! ほんとにありがとう、楽しかったよ!」

四葉がそう言うと、焼原が四葉に走り寄った。

「?」

「俺も一緒に行く。 いいだろ、四葉?」

「…ちょ、焼原君、私中部に行くんだよ? 1人じゃ危ないでしょ!」

「お前のことだからどうせグール潰しながら行く気なんだろ? 最後までいてやる! 責任取るっつったろ!」

焼原の言葉に四葉は目を見開いて、息を吐いた。

「…もう、馬鹿だねえ。 死んだら許さないよ!」

「死人に言われたくねーな」

四葉と焼原が笑った。焼原が冬士を見る。冬士は立ちあがって会釈をした。

「…冬士、桃枝先輩にも何かしてたんじゃないの?」

勇子が小さく尋ねる。冬士はいや、と小さく返しただけだった。

 

四葉と焼原が姿を消した時、朱里が視界の端に点滅する光を見つけた。

「?」

「朱里、どしたの?」

アレンが尋ねる。朱里は蓮司に近づいた。

「これ…は?」

「ん?」

蓮司は朱里がさした腕につけられた点滅するブレスレットを見る。

「ああああ!! まずいッ!!」

蓮司の大声で皆が振り向いた。

「…マジか! おいザコども、ありったけの符を集めて護身結界を張れ! 死ぬぞ!!」

昌次郎が叫んだ。

 




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第13話 春樹の龍、冬士の鬼

戦闘描写が本当に拙くてすいません。


 

「どういうことですか!?」

「真榊の結界が弱まってるタイミングをこっちが狙ったんだぞ。 グールが向こうから抜けてこないわけねえだろが、んなこともわかんねえのか愚図が」

尋ねた吉岡を鼻で嗤う昌次郎。勇子が息を吐いた。

「昌次郎、鬼出さないでよね。 あんたが放つ瘴気の方が皆に障るから」

「なあもういい加減ほんとに俺の扱いひどくねえか!?」

生徒たちは春樹を中心にして符を集めて結界を張るために準備を始める。

「霊力が高い子を支柱にしよう。 護法がいる子は全員結界の外に展開して、結界をなるべく物理攻撃から守るんだ」

春樹がてきぱきと指示を出していく。

「冬士、大輔、生成りたちを動かしてくれ。 勇子、千夏、2人は護法は出さずに支柱になってくれ。 僕が出る」

「了解!」

「無茶するなよ、春樹!」

千夏と勇子が散った。

「迅、君は護法と一緒に遊撃を。 咲哉は結界の外にバリケードを!」

「おう!」

迅はうなずいて散った。吉岡たちは春樹の指示で動く。

「…マジかよ。 数が多いぜ。 大輔、ゴールドと八角結界を同時に維持できるか?」

「任せろ」

大輔と冬士は拳を合わせて別れた。冬士は犬護たちに指示を出す。

「翔、お前はとにかく封印の維持に集中。 マジでやばくなったら言え、迅を呼ぶ」

「千駄ヶ谷か? あいつ封印術使えるのか?」

「千駄ヶ谷の神童って呼ばれる所以だ。 あいつは最年少で家の術系統を制覇したマジモンの天才だからな」

冬士はそれだけ言って、すっと息を吸った。

「第一門開門」

冬士の頭に青い角が現れる。髪が青く染まり、爪と牙が伸びる。

「犬護、お前は翔の傍にいてくれ。 燎は大輔の補助に回れ」

「うん」

「ああ」

犬護は翔の傍に控えて、燎は大輔のところへ向かった。

春樹は皆の状況を確認して声を上げた。

「皆、結界に集中して。 勇子、千夏!」

「「了解!」」

勇子と千夏が指を組んだ。

「「水生木、木生火、火生土、土生金、金生水。 五行相生、相乗せよ! 悪鬼の進むを許すな!! 八角結界、急急如律令!!」」

千夏と勇子の詠唱で青白い光の障壁が立ちあがり始める。春樹は赤い字の書かれた符を地面に張り付けて戻ってくる。

「春樹の護法なんて使わなければいいんだけれど」

「一掃させてすぐに戻せばいいはずだ」

「ちゃんとあの龍戻ってくれる?」

「一掃してくれるかどうかの方が問題だね」

勇子と千夏が春樹に寄って来た。

「離れても大丈夫なのかい?」

「つーか俺の正面蓮司さんいて金気強すぎるわ」

「私の前に昌次郎がいるから火気が強すぎるわ。 皆と結界張るにはちょっと陣取りが悪いなあ」

勇子はそう言って、千夏と顔を見合わせた。

「?」

「こりゃ数が多すぎないか?」

「今いきなり出てきたね。 リーダー格がいるんじゃない? 鹿池に木気の補強させよう」

勇子はそう言って朱里のところへ向かった。

「鋼山さん、鹿池貸して」

「?」

「朱里、ちょっと待ってて。 神成、木気の補強だろ? ちょっと待ってて」

アレンはホルダーから大量の青い符を取り出した。

「これで補強。 あとこっちは影山に」

「ありがと。 結界の維持に集中して! 昌次郎鬼を出すかもしれないから!」

勇子はそう言って結界のぎりぎりのラインのところまで出ていく。

 

昌次郎がポケットに手を突っ込んで符を取り出した。蓮司が刀を鞘から抜いた。

そして、目の前に現れた人間の一団を確認して、ブレスレットに触れた。

「こちら十二神将『断空』多嶋蓮司。 エンカウンター、タイプ鬼、グール」

「同じく十二神将『鬼降し』蓮道昌次郎。 エンカウンター、タイプ鬼、グール。 修祓する!」

ブレスレットから手を離し、唱えた。

「ノウマク・サラバタタギャテイビャク・サラバボッケイビャク・サラバタタラタ・センダマカロシャダ・ケンギャキギャキ・サラバビギナン・ウンタラタ・カンマン」

炎が辺りに広がり、人間の一団を焼き払った。

「!」

たんぱく質のやける匂いで気分を害した生徒は多かったが、それで折れたらむしろ死んでしまう。春樹が叫んだ。

「皆、頑張れ! 集中して!」

アレンが内側に結界をもう一つ張る。

「…すごいな、アレン」

「…これはできないと準1取れないんだ」

アレンが真剣な表情で言った。

「…朱里、笑わないでよ? 俺グールとやるのはこれが初めてなの」

「…冬士もそう言ってたな。 冬士が初めてならお前も初めてなんじゃね?」

「なんであいつが基準なの!?」

アレンはそう言いつつもだいぶ気持ちが楽になったことに気付く。こんな状況でよく楽になどなれたものだが、いつもと変わらぬ会話というのは大事である。

「…神成、抜けてくる!」

「了解! 冬士!」

「…ああ…」

冬士は息を吸った。冬士の手元には符などない。

「頼んだぞ、茨木童子、酒吞童子」

「「応」」

冬士の声に応えて2人の男が姿を現した。どちらも冬士から見ても大柄で、ゆうに2メートルはあろうかという巨漢である。

「!? アレが酒吞童子と茨木童子…!?」

「すげ…」

護法がいるというだけでもエリート扱い、それが鬼ともなれば敬意の念を払われる。冬士にとってそんなものはどうでもいい。今は皆を守ることが優先である。

「冬士、俺たちを出したということは、覚悟はしてもらうぞ」

「俺はかまわねェ。 なるべく森に引き込んでやってくれ」

「心得た」

酒吞童子と茨木童子は鬼気を出すことなくグールの一団をひっつかんで森へと消えていった。

「あれでいいのか、冬士?」

「お前らに死体が引き裂かれるところを見せるよりはましだろ」

冬士は何でもないというように肩をすくめた。蓮司が叫んだ。

「大きい一団が来ます!! 大輔君、俺だけだと捌けない! 援護を頼んでいいかい!?」

「構いませんよ」

大輔はそう言って叫んだ。

「ゴールド!」

大輔はいつの間にか結界の外に赤い字の書かれた符をスタンバイしていた。符が光り、ドラゴンが姿を現す。体は黒いが、瞳は金色に輝いている。

「ゴールド、グールどもはすべて焼き払え」

「グルゥ…」

ゴールドは小さく返事をして、口を小さく開けた。そこには、すでに火球が準備されていた。

ゴールドが火を吹いた。蓮司が炎から漏れたグールを叩き切った。

「昌次郎!」

「龍がいた方がやりやすいっすね。 土御門、龍出せよ」

昌次郎は春樹に言った。勇子を見ると、勇子は春樹に頷いた。

「昌次郎の鬼が出たらこっちは結界を維持できなくなる。 春樹、お願い」

「…分かった」

春樹は叫んだ。

「北玄星!」

設置されていた符が輝いた。そこに現れたのは、美しい黒に星をちりばめたような鱗の龍だった。

「グゥ…」

「不機嫌にならないで! グールの本体を叩いて!」

春樹が言うと、北玄星は不満でも言いたげな目で春樹を見た。勇子がはっと振り返った。

「翔、狙われてるよ!」

「ッ!?」

ボコ、と土が盛り上がった。翔は立ち上がった。犬護が符をそこに投げつけた。

「木剋土、木生火、火剋金! 急急如律令!」

グールの属性は土と金である。犬護はすぐに翔を掴んでそこを離れた。

「こ…これは…?」

「結界の中にはいられちゃったみたいだね…」

犬護が控えめに言うが、ビビっているのか、かなり震えていた。冬士がそこにすっと立つ。

「アレン、俺とこいつに結界張れ」

「おう」

アレンが一段階強い結界を張った。その瞬間に冬士はその霊気を鬼気として放った。結界がびりびりと振動し、グールが手を出した。その手を冬士は掴んだ。引き上げ、そして、その鬼の拳で粉砕した。ラグが走り、グールが消え去った。

「…今のは?」

「リーダー格だろうな。 …悪い、結界破れるかもしれねえ」

「冬士、鬼気の使い方は気をつけてって言ってるでしょ」

「マジワリィって」

冬士はそう言って、千夏を見た。千夏はうなずいた。

「北玄星、頼む。 俺たちからグールを遠ざけてくれるだけでもいい」

「…クゥ~」

北玄星がその尾でグールを一気にはたいた。すると、死体としてグールが崩れ落ちた。そして、次の瞬間、そのグール達に向かって北玄星が水のブレスを吹きかけた。

グール達にラグが走り皆消え去った。

「…終わった…か?」

吉岡たちが尋ねた。

「…終わったみたいだね」

「…転送が終わっただけじゃね?」

「こら、昌次郎」

蓮司ははあと息を吐いた。

「…ありがとう、北玄星。 …でも、何でいつも君は千夏の言うことばっかり聞くんだい!?」

「ク~」

北玄星が頭を下ろして来て、千夏と冬士に撫でられて帰って行った。

「…千夏と冬士って龍に好かれやすいのか?」

「「そんなことはない。 たぶん」」

「説得力の欠片もねえな(笑)」

アレンが笑った。

 

 

 

「もう、こっちに召喚させるなんて何してくれてんだくそ親父ッ!!」

『すまん咲哉、本当にごめん』

「賠償請求するぞマジで!」

咲哉が父親にキレている間に昌次郎は現場保存のために残ることになり、蓮司だけが皆の護衛として帰ることになった。

「ところでさあ、辰巳と烏丸先生ってどこ行ってたんですか?」

勇子が尋ねると、烏丸と辰巳は顔を見合わせた。この2人、ちゃんと付いてきてはいたのだが。

「…俺は龍の生成りだ。 龍気が漏れたらしい。 お前らより先にグールに捕まった」

「こいつ生身の人間に当たる弾は持ってきてないと言いやがってな」

「辰巳さんにマグナムでもハンドガンでも実弾入りを一回持たせて具現化のイメージ掴ませたらどうですか?」

「それはそれで銃刀法に引っ掛かってなぁ…」

烏丸は頭を抱えた。辰巳は小瓶を取り出した。

「それは?」

「俺の一番強い一撃のための弾だ」

小瓶をポケットにしまって、皆をすぐに車に戻した。グールに襲われた場所で寝ろというほど2人も鬼ではなかったようである。

翔の封印の確認をして、全員車に戻った。

 




感想待ってます。


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第14話 魔人と笛と百鬼夜行

かなり視点が変わります。


蓮道昌次郎という人間について、陰陽局は頭を抱えている。というのも、まず昌次郎の性格が大問題である。新しい芽をすぐに摘み取ってしまうタイプである。彼の搾取にそれでも耐えて立ち上がってくるほどタフな精神のものはいないだろうと陰陽局に勤める者なら誰でも考えてしまうものである。それほどまでに、昌次郎の加虐的な性格はひどかった。彼が神成家に引き取られるまで監禁状態に置かれていたことを知らない者からすれば、彼は社会不適合者以外の何者でもない。

しかし実力は本物。現在皆の前に姿を現す称号持ちとしては唯一の全免許取得者である。この全免許というのは、アレンたちも持っているものの最上級のもので『第1級陰陽免許』、公務祓魔官(つまり公務員版祓魔官、祓魔官には陰陽師もエクソシストも他の呪術師も含む)が取らねばならない免許の最上級の『祓魔第Ⅰ種』、十二神将になるために最低限必要な『陰陽第Ⅰ種』の3つのことである。

 

 

 

帰りのバスの中で蓮司を皆で質問攻めにした。

「蓮道祓魔官は十二神将になる前独立十将でしたよね?」

「ああ。 昌次郎は12歳で独立十将になったんだ」

「陰陽Ⅰ種ってどれくらい難しいんですか?」

「うーん、皆じゃまだまだ取るのは難しいと思うよ。 それこそ昌次郎に本気の防御障壁張らせるくらいの実力は必要だ」

優しく答えてはいるが現実的である。勇子はうわ、と言った。

「蓮道祓魔官そんなにすごいの?」

「あれは母さんに頭が上がらないからウチで養えてただけらしいからね。 神成家じゃアイツ止めらんないよ」

勇子の言葉に、朱里は横に座っているアレンに尋ねた。

「…アレン、第Ⅰ種ってそんなにすごいの?」

「陰陽免許は世界共通で日本が基準。 他の同じ基準の免許は国連の設定だし、万国共通だよ。 でも陰陽Ⅰ種、Ⅱ種、Ⅲ種は日本にしかないし、4年前ので基準が改められてからは十二神将しかⅠ種の基準を超えられなかったって話だよ」

御影を基準にしたというのなら相当なものだろうな。

冬士はぼんやりとそんなことを考えていた。

「あと10分くらいだ、寝てるやつを起こせ」

烏丸が言って、皆で隣の寝ている生徒を起こした。その時である。

「!?」

蓮司が窓の外を見た。

「どうしたんですか?」

勇子が声を掛けた。蓮司がバスの運転手に言った。

「祓魔局へ向かって下さい。 早く」

バスの運転手はうなずいて祓魔局へと向かい始めた。冬士は隣で寝ていた千夏をつつく。千夏はまだ寝ぼけていたが、何か感じ取ったらしくすぐに意識を覚醒させた。

「…近いな…」

「百鬼夜行か?」

「たぶん。 でもそんなに強くはない。 あ、でも近くにタイプ鬼も感じる」

「…そんだけわかりゃ上等だろ」

冬士は窓の外を見た。千夏も窓の外を覗き込んだ。

「…おいおい…洒落になんねえぜ…」

冬士が青ざめた。千夏も大輔の方を見た。

「…皆、祓魔局に着いたらバスの中で待機。 身固めを徹底して」

「はい」

勇子がすぐに返事を返して皆に向かって言った。

「皆、百鬼夜行が出現したみたいだから、これから学園より近いし結界が強力な陰陽局に向かうよ」

吉岡たちもそれで状況を理解して、うなずいて見せた。

それから5分ほどで陰陽局に着いた。

 

 

 

 

 

「…!」

俊也と京一はばっと振り返った。振り返った先の空に、黒い影がいくつも見えた。

「…百鬼夜行だ…」

京一が言った。京一は2振りの刀と、自分の愛刀1振りを持っている。俊也は刃の赤い刀と愛刀を1振り持っていた。

「…祓魔局はまだなのか?」

「もうちょいですよ、もう建物は見えてます」

京一はそう言って走り出した。俊也はそれについて行く。

霊災放送が入った。

『百鬼夜行の出現を確認。 レベル10、フェイズ4、タイプワーム』

虫かよ、と京一がつぶやいた。祓魔局の敷地内に入ると、結界が立ちあがった。

「!」

「俺らが入るまで待っててくれたみたいっすね」

京一はそう言って、ふと近くに止まっているバスを見た。俊也が尋ねる。

「あれは?」

「倉橋陰陽学園の私有バスっすよ。 どこかに出かけてた帰りじゃないっすか?」

京一は建物の方へと歩き出した。俊也も付いて行く。

中からたくさんの職員たちが出てきた。

「? 君たちは?」

1人に声をかけられ、2人は礼をした。

「中部から抜けてきたんすけど。 祓魔、参加しましょうか?」

「!? …いや、大丈夫だ、ありがとう。 魔人だね?」

「うッス」

「ここで休んでいたまえ。 霊脈が近いからだいぶ体調も整うはずだ」

そう言って祓魔官たちが結界を出ていき、京一と俊也は取り残される。

「君たち!」

「?」

2人が振り返ると、そこにはよくテレビに出ていた人物がいた。

「! すげ、十二神将『断空』多嶋蓮司祓魔官!? ホンモノ!?」

「いかにも。 すまないが、2人は魔人ということで間違いないかな?」

「はい」

「俺、あまりあのバスから離れられないんだ。 見たところ2人とも斬撃系だし、局舎を守ってもらえるかな? アレが傷つくと結界にラグが起きる」

蓮司が言うと、2人はうなずいた。

「分かりました」

「任せな」

蓮司はうなずいてバスの方へ戻っていく。そこで彼もまた刀を抜いた。

バスの中に30名ほどの生徒がいて、中で身固めをしているのが見えた。京一はそのうちの1人に見覚えがあることに気付いたが、愛刀を抜いて局舎の方へと向かった。

 

 

 

「…冬士君、魔人って知ってる?」

犬護の問いに冬士は首をかしげた。

「いや、詳しくは知らねえな…魔人っていうと、あれだろ。 龍脈やら霊脈やらの影響を受けて見鬼になったり霊獣との戦闘技能を手に入れてるやつら」

「うん。 今そこにいた2人のうち1人、たぶん知り合い」

「…そいつが魔人ってことか。 …まずいじゃねえか。 翔、お前だけ身固め一段階上げるぞ」

「は?」

翔は首をかしげた。

「魔人が霊脈の影響を受けるなら、お前と俺と大輔はマイナスの影響を受ける可能性は高いぜ。 俺たちはまだ封印は強化されたまんまなんでな、問題があるのはお前だけだ」

「…マジかよ…」

翔はハアと息を吐いた。最近こんなんばっかりだ、とつぶやく。

「不運だったな」

「まあいいけどよぉ…。 臨っ、兵っ、闘っ、者っ、皆っ、陣っ、列っ、在っ、前っ」

呪力をこめて九字を切り、大輔が上から八角結界を張った。

「…御影の霊脈が近いのだけが救いだな」

「まったくだ…」

冬士と大輔も改めて身固めを組んで、蓮司の様子をうかがった。

 

蓮司の斬撃は物理的なものである。また、あらかじめ波長を合わせられた結界ならば傷つけることなくその向こう側にいる相手を叩き切ることができる。

蓮司はその刀で寄ってくるタイプワームを切っていく。

「…何でこんなに寄ってくるんだ…?」

先ほど声をかけた2人の魔人に特に上質な陰の気を感じたわけではなかったが、もしかすると、と思って2人の気を探った。

見つけた。

が、どうだ、これは。

片方はやたらと強い陽の気、もう片方はまさに生成りの気と同じ類の霊気を発している。

余所見をするわけにはいかないが、2人のことが心配になってきた。

そもそもここまで中部地方から抜けてきた時点で2人にかなりの戦闘技術があることは予測できることである。さて、ならばこの生成りじみた霊気と先ほどの刀から察するに、2人が来た場所は。

「…静岡の子たちか…!」

タイプワームの数が多くなってきた。すると、そこにふっと姿を現したのはつい先日も現れた2人組の男たちだった。

「酒吞童子、茨木童子!?」

「霊脈が溢れているらしい。 もうすぐ治まるだろうが、もうしばらくはまだ湧くぞ」

酒吞童子が言った。どうやら冬士が結界に入る前に2体とも控えさせるのではなく車の外をついて来させていたらしい。

「私も出るわ。 主たちをお願い」

煉紅が姿を現し、その場の鬼気が一気に爆発的に広がった。タイプワームの動きが止まる。酒吞童子と茨木童子が軽く手を薙いだだけでタイプワームが消え去った。煉紅がさっと金棒を取り出し、こちらも薙ぐ。それだけでアスファルトが砕けた。

「道を壊さないでくれ!」

「何でこんなもので固めちゃってるのよ!」

文句が返ってきた。霊獣からすればそんなものだろう。あまり影響はないとはいえ、今までは直接肌に感じていたであろう霊脈を少し遠く感じているはずなのだから。

蓮司は小さく苦笑いで煉紅に謝った。もちろん、特に蓮司が悪いということはない。

煉紅、酒吞童子、茨木童子が結界から離れていく。その先で鬼の姿を現すと、蓮司の視界の端で冬士と勇子がタグに何か言っているのが見えた。

 

 

 

 

 

「…」

少年が1人、駅のプラットホームから線路に降りた。まったく危険なことこの上ないが、霊災が起きた今、すべての公共交通機関はストップしている。少年はバッグから横笛を取り出した。

少年は無造作に笛を吹きながら歩いて行く。

「君、どこへ!? 避難誘導に従って!」

職員が声をかけても少年はそのまま線路を歩いてゆく。

そして、そのまま歩いて行き、突然姿が見えなくなった。

 

その時それを見ていたものたちは、口をそろえて、「飛歩を使った」と言ったという。

 




感想待ってます。


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第15話 和坂の刀

なんだか…長くなりました。


 

霊脈の暴走が止まったのは笛を吹いていた少年が姿を消した直後だった。

『霊脈の暴走の終息を確認!』

本局指令室からの連絡を受けた蓮司は酒吞童子たちが向かった霊脈の方を視た。

なるほど、タイプワームが新しく湧き続けて霊瘴が広がっていたはずの空はすでに湧いてしまったタイプワームのほかには霊瘴は見当たらない。

「タイプワームの出現の終息を確認! 修祓を続行する!」

蓮司が連絡を入れて刀をもち直す。

とはいっても、もう蓮司の刀はほとんど切れない。陰の気を払ってやらねばならないが、そんな時間をくれないのが百鬼夜行というものである。

バスの中の生徒たちははっきり言って祓魔に使えるような実力自体は備えていないというものである。そもそもこんな命が懸かったような修祓の場に生徒がいること自体が通常はおかしい。もっとも強力な結界が張られている一番近い場所が陰陽局ということで蓮司が判断してここに来ただけである。蓮司に後悔はない。

が、逆を言うならば強い霊気を持つ者が集まる場所に春樹を連れてきてしまったことはかなりつらいことである。狙われやすくなっただけだ。他の避難場所ならばそういう体質の者を守るための障壁も一括して張ってあるためやたら狙われるということはない。

愛刀の陰の気を自分の霊気の陽の気を集めて拭った。砥石が欲しいところである。通常の砥石ではなく、陰の気を払うためのものが。

目の前に迫るタイプワーム3体をまとめて切り捨て、蓮司は舌打ちした。

欠けた。

愛刀につけていた式神―――白葉と黒葉が泣き叫んだ。

『いったああああい!!』

『蓮司! 痛いよ!』

こいつらが騒ぎだしたらもう刀身が持たない。予想以上にグールとの戦闘が刀身にダメージを与えていたようである。蓮司は鞘に刀を納めて呪符を取り出した。

寄って来たタイプワームに符を一枚投げつけた。

「ノウマク・サンマンダ・インドラヤ・ソワカ!」

雷がタイプワームを穿ち、タイプワームが消え去った。

息を尽く間もなく次から次へとタイプワームが寄ってくる。心配しているのか烏丸と辰巳が蓮司をちらちらとみているのが視界の端に映った。

その時、タイプワームがぐっと上空にかっさらわれて行った。

「!」

「蓮司、大丈夫か?」

すっとゆっくり降りてきたのは龍冴だった。

「『龍使い』影山龍冴、『断空』と合流した。 修祓に入る」

龍冴は手を振った。タイプワームのほとんどが上空へと向かっていく。

「…久しぶりに見ましたよ、影山の龍」

蓮司はそう言って上空を見上げた。そこには、青い鱗におおわれたしなやかな体をしならせた龍がいた。

「ああそうそう、俺のじいちゃんにも来てもらったからな、すぐに終わるぜ」

「! 『影鬼』が出ているんですか?」

龍冴はうなずいた。蓮司は小さく安心したように息をついた。

「子供たちを頼むぜ。 特に冬士。 あと局舎にいる魔人2人も休ませろ。 片方やばそうだからな」

「はい」

蓮司はバスの中に入った。

 

中に入るとどちらかというと翔よりも冬士と大輔の方が状態はひどかった。

「冬士君、大輔君。 大丈夫かい?」

「…ッ、気持ち悪いっす…」

冬士はすっかり青ざめている。アレンが治癒符でぎりぎり保たせているような状態だった。

「今独立十将の第1席『影鬼』が出てきているらしい。 彼は悪鬼型だから2人にはきつかったかもしれないな」

「あとでたかっていいっすかね」

「冬士君はきっと許されるよ、おじいちゃんに思い切りねだっておいで」

冬士がふっと笑った。クク、と小さく声を漏らして。

そして、衝撃が走り、外が明るくなった。

連絡が入る。

『修祓の完了を確認。 十二神将は本局に集まってください』

「…皆、もう大丈夫。 俺は一旦向こうに戻るよ。 春樹様、すみません、ついて来ていただけますか」

「はい」

春樹が席を立ち、蓮司とともに外に出た。

冬士はとりあえず席に座って息をついた。呼吸を整える。

「大丈夫?」

「…何とか、な…。 あ、くそ…苦しい…」

冷や汗でびっしょりになった冬士に千夏がタオルを渡す。

「…ヤバいなこれ…」

「ダルぃ…」

愚痴をこぼす冬士に、千夏は治癒符を張り付けた。勇子も治癒符を大輔に張り付けた。

 

 

 

 

 

「…春樹様、ここで休んでいらしてください」

「は、はい…」

春樹はロビーのベンチに座って息をついた。

蓮司が会議室へと向かい、春樹は辺りを見回した。2人の少年が近くのベンチに座っていた。

「…」

「…」

バンダナをつけた少年と春樹の目が合った。

「…どした、京一?」

「…すげー美人…」

春樹は一瞬で悟った。ああこの人たち見鬼だな。

「…えっと、俺、和坂京一です」

「ぼ…僕は土御門春樹」

「俺は宮崎俊也。 魔人だ」

「…魔人?」

春樹は尋ねた。

「ああ、龍脈の影響を受けてるって話。 俺らも詳しくは知らねえけど」

京一と俊也は春樹の横に座った。

「…龍か?」

俊也が尋ねると、春樹はまあ、と小さくうなずいた。

「土御門…あのさ、親御さん近くにいる?」

「…いいや。 僕の両親は関西にいるんだけれど」

「…マジか…」

「どうかしたの?」

「いや、お祓いしてほしいんすよ、あと封印をしてほしいんす」

「…何を? 陰陽局には強力な陰陽師が揃ってる」

春樹が言うと、京一は小さく唸った。

「何かやばい刀なんすよ」

「…どんな?」

「これ」

京一が包みを春樹に見せた。

「…」

ざっとひととおり霊気を視る。禍々しい霊気が2つ。入っているのは3振りのようだが。

「これ…かなり人を切ってる刀だね」

「…俺らが使う前からこんな感じだったんすよ」

「…妖刀を使ってたってことかい!? …僕の両親を呼ぶなんて悠長なことは言っていられなさそうだね」

春樹はすっと立ち上がった。

「待ってて、すぐ十二神将呼んでくる」

すぐそこにお祓いのスペシャリストたちがいるでしょう?

春樹はそう言って走り出した。

「!」

俊也がはっと目を見開いた。

「?」

京一は俊也を視る。俊也は立ち上がった。

「俊也さん、落ちついてください」

京一がそっと俊也に声をかける。京一は辺りの霊気をうかがった。

かすかだが、鬼の気が近づいて来ている。おそらく鬼本体ではない。鬼本体ならばすぐに陰陽師たちが動くはずであり、そう考えれば行きつく答えは一つだ。

「俊也さん、その刀を放してください」

言い聞かせるように言い、俊也の目を覗き込もうとした京一は、蹴り飛ばされた。

「ッ!?」

鬼の気の動きが止まった。

「いってぇ…!」

京一は地面に叩きつけられたがすぐに体を起こした。視界いっぱいに赤い霊気が広がる。俊也の手に握られている包みの布を、俊也が投げ捨ててしまった。

「俊也さん、しっかりして下さいっ!」

京一たちを見ていた職員たちが降りてくる。

「…これは…エンカウンター、タイプ鬼、妖刀型、レベルは不明、フェイズ3!」

1人が叫び、その瞬間に俊也が刀を振るった。

「!!」

斬撃に乗った霊気が鬼の気の方へと向かった。鬼の気もそれに気付いたらしく、横に転がるように避けた。

「これは一体!?」

「妖刀に乗っ取られたんだ…」

京一はギュッと手を握りしめた。鬼の気が離れ始めた。俊也がそれを追って飛び出していった。

「乗っ取られた?」

「…封印してもらおうと思って持ってきたやばいのが1振りあったんです。 さっき俊也さんが持ってたやつです」

京一はそう言って愛刀を鞘から抜いた。

「ごめんな、しぶき。 研いでやれてないのに」

『気にするなよ、京一。 俊也があの鬼を切るようなことになったら何が起きるかわかったもんじゃない』

愛刀しぶき。金気の塊である妖刀にしては珍しく水気を纏った妖刀だ。

京一も建物を飛び出し、そこで俊也と対峙している紫色の髪の青年を見た。

「俊也さん!」

声をかけるが、俊也に反応はない。青年の方は大量の呪符を手に持っている状態である。

(まずい!)

京一は察した。

青年は呪術戦やら霊災の対処に慣れていない。呪符をたくさん出すということは、それだけゴリ押しするということでもある。見れば青年の後ろにはあのバスがあり、その周りに倉橋の生徒たちがいて、避難中だった。

青年は狙われていることに気付いている。下手に動くことができなくなっているのだろう。

そもそも、鬼だ鬼だと思っていたが、青年は鬼ではない。

いや、鬼ではある、だが、それは限定的でかなり抑え込まれたもの。

「―――ッ!」

生成り。

相手が悪すぎる。

京一はしぶきで横に薙いだ。俊也はそれを容易くあの赤い刀身で受けた。

赤ということは火気のはずなのだ。にもかかわらず相剋できず相侮されている。

「あんた、逃げろッ!! 死んじまうッ!」

京一は青年に向かって叫んだ。青年は俊也から視線を外すことなく、首を横に振った。

俊也が大きく踏み込んだ。青年が叫んだ。

「第一門開門ッ!」

ビリ、と鬼気が溢れた。青年の髪が長く伸びた。

俊也が袈裟掛けに切る。

「水剋火ッ! 急急如律令ッ!」

青年の体が吹き飛ばされた。ぎりぎりで後ろに飛んだか。俊也が追撃をかける。

青年はすぐに止まって俊也にぶつかりに行った。あまり後ろに下がれば学生に当たる。京一はしぶきに霊気を集める。俊也丸ごと叩き切るしかない。

青年の名を呼ぶ少女の声が、京一の後ろから響いた。

「冬士ぃぃィッ!!」

京一が大きく踏み込んで俊也に切りかかった。俊也が舌打ちした。

「てめぇッ! 俊也さんに体返しやがれえええッ!!」

俊也はちらっと京一を見ただけで、すぐに青年に向き直った。

「…邪魔なんだよ」

俊也は京一を峰打ちで吹き飛ばした。

「ぐえっ」

京一は吹き飛ばされて地面に倒れた。腹を押さえてうずくまる。鬼気を直接ぶつけられたのである。まだ意識があるのは京一が一般人よりもはるかに霊力を持っているからと言っていいだろう。

「ッ…」

京一が顔を上げた時、目の前には俊也がいた。その手の刀が赤い刀身を閃かせていた。

片手で俊也は刀を構える。刺突の構えだ。体は起こせそうになく、京一はギュッと目をつぶった。

そして、その後の衝撃はこなかった。

「…?」

恐る恐る目を開けると、そこには血溜ができていて、刀は誰かの右の掌を貫いていた。

「…ックク…あははははははッ!!」

俊也が笑いだし、手を貫かれた人物がうめいた。

「ッぐ…!」

冬士である。

冬士は京一を庇うためにしゃがんでいた。もう逃げ場などなかった。

俊也が冬士の顎を掴みあげた。

「クク…上等な鬼の器だ…堕ちるがいい。 人を食らえばさぞ美しい鬼となるだろうに!」

「…ケッ、誰が堕ちるかよ。 とっととそいつに体をかえしやがれッ!!」

冬士が吠えた。強烈な鬼気が広がった。胸が苦しくなるような瘴気。

「ククク…」

俊也の表情はまるで鬼だった。

「…そうかい…だったらテメエ丸ごと食らってこき使ってやらぁッ!!」

冬士の放つ鬼気が一層強くなった。霊災警報が鳴るほどに。

俊也が表情を消した。刀から手を離す。俊也がそのまま倒れた。

「ッあ」

冬士が小さく声を上げた。冬士は左手で右手首を掴んだ。

十二神将がばらばらと現れ、龍冴は慌てて冬士に駆け寄った。

「冬士ッ!」

「龍冴…せんせっ…」

冬士の顔に脂汗がにじんでいる。先ほど『影鬼』の影響で気分を悪くしていたと聞いたばかりである。龍冴は刀の柄に触れた。

「ッ!」

バチッ、とはじき返される。龍冴はよく目を凝らして霊気の流れを見る。

「…こりゃ…最悪だ、くそっ! 和坂ッ!! おまえん家の刀だッ!!」

龍冴は声を上げ、十二神将の1人がゆっくりと近づいてきた。中年の男である。

「…! これは…紅蓮…」

男は京一を見た。

「すぐに離れなさい」

「…ん」

京一はまだ痛む体を無理やり起こしてなんとか歩きだした。すぐに春樹が支えに来てくれ、小さく礼を言いつつ俊也はそこを離れた。

冬士が叫んだ。

「ぐああああッ!!」

ズプ、と音がしたのは聞き間違いなどではない。

俊也と春樹はふいに振りかえった。

冬士が地に伏しうずくまって苦痛に耐えているところだった。その掌に刺さっていたはずの刀の刀身は、ほとんどなくなっていた。文字通り、なくなっていた。

「冬士、耐えろッ! すぐ主治医呼んでやるっ」

龍冴たちがあわただしく動き始めて、俊也と冬士はひとまず陰陽局の医務室に運ばれた。

 




和坂はカニガサカと読みます。

感想お待ちしています。


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第16話 終息

正純が医務室から出てきた。

「どうでした!?」

京一がはじかれるように立ち上がった。

「宮本俊也君、だったな。 彼はもう大丈夫だ。 冬士が俊也君の鬼とあの刀の鬼を引きうけてくれたからな」

「…よかった…。 じゃあ、その、冬士ってやつは?」

「こっちも問題はない。 冬士自身にはな」

千夏と勇子が顔を見合わせた。

「さて。 あの赤い刀はこのまま冬士の式神になることになるようだが、いいか?」

「…はい、あいつの体に障りがないなら」

「ははっ、こりゃしっかりもんだな」

正純はそう言って、京一が携えている2振りの刀を見た。

「…問題はこっちの2振りだが、どうやら持ち主が会いに来ているらしい」

「?」

首をかしげる京一に、すっと現れたあの中年男が言った。

「その2振りは和坂が作った刀でな、平安時代の代物だ」

「親父…」

京一は男を見た。男はにっと笑った。

「そいつらの持ち主は平安時代の殿上人でな。 ここにいるんだが」

体をずらすと後ろから170センチくらいの青年が顔を出した。

「はじめまして、黄桔梗和坂の若。 俺は源博雅(みなもとのひろまさ)

京一だけでなく、春樹や勇子、千夏も目を見開いた。

「源博雅…!? って、何で俺ん家を知ってるんすか!?」

「その2振りが逐一俺にお前のことを報告して来ていたのだよ。 うんうん、良い目だ」

博雅は笑った。刀がカタカタと小さく震えた。

「…ってことは、こいつらは修繕したらあんたに返せばいいんすね」

「ああ。 そうしてもらえると助かる」

博雅はそう言って、すっと横笛を取り出した。

「?」

「吹きたいので吹くぞ」

博雅は横笛を吹き始めた。

ドアに近付いてきた気配。

「冬士、開けていいぞ」

正純が言うと、そっと遠慮がちにドアが開き、中から秀麗な顔立ちの青年が顔を出した。

「…」

博雅の笛は続く。現代の曲をよくここまで笛で吹けるものだとも思ったが、3曲吹いた後、古い曲に移った。

皆何も言わずに聞き入っていた。

 

源博雅。

平安時代中期ごろを生きた人物である。ちょうど安倍清明と生きた時代がかぶっている。醍醐天皇の孫であり、従三位の殿上人だった。

琵琶『玄象(げんじょう)』を羅生門から探し出したり、笛『葉二(はふたつ)』を朱雀門の鬼からもらったりとさまざまな物語に登場する人物である。

雅楽に優れていたと言われ、生まれた時には空が勝手に音楽を鳴らしたのを聞いた人がいたとか。

そんな逸話すら残されるほどの雅楽の名手だったということである。

 

「…」

曲が止む。博雅が笛を口から離した。

うっとりと聞き入っていた千夏と春樹はすっと博雅と視線を合わせた。

「…なんて言えばいいのか…言い表せませんね…」

「すっげーきれいっつーか…なんだろ。 落ち着くっていうか」

なんとも言い表せない感想を何とか表現しようとする2人を見て、博雅は笑った。

「2人とも清明の子孫だろうに、似てないなあ。 これだけ年が経てばこうなるのか?」

「えっと…」

「ああ、親しみやすくてよいと言っているのだよ。 ああそれと、俺のことは博雅で構わない。 二度目の人生は前世をカウントするのは無しだ」

冬士は正純に引っ張られて皆の横に座った。

博雅は冬士にも興味を示した。

「俺の知る生成りは女でな。 昔とは分け方が違うのだろう?」

「そうだな…今は霊獣に取り憑かれた奴のこと全般を指してる。 俺は鬼だからあんま生成りの概念からかわんねーけど」

冬士はすっかり打ち解けてしまった。博雅もまた冬士にごく普通に笑顔を向けた。

「しかし、大変な体質だなぁ」

「おっと、同情はいらねえぜ? 俺もこいつらとは結構長い付き合いでな」

「ははっ、これはいい。 気丈な美丈夫と来たか!」

博雅と会話していると生成りかどうかなんて関係なくなってしまうようだ。

こういう環境が最も心地いいものであると博雅が知っていたのかどうか。その答えはおそらく否であるから、彼を良い男だと称する者がいたっておかしくはないわけである。

「京一、お前砥石全然無いんだってな?」

「いやぁ…」

「限界になって東京に来たってことか? 他のメンバーはどうした?」

「先輩たちに任せてきた。 ほとんどの人が真榊の結界抜けらんないから」

京一の父の名は和坂祐善。京一にとっては最も上の目標の人物でもある。

十二神将『研ぎ師』和坂祐善。十二神将であるから相当強いのはわかるが、問題なのは彼が武器の陰の気による穢れを祓うことしかできない点である。

「和坂が静岡に残れたらよかったんだがな」

「一族でその体質だからな、仕方ないだろ」

正純がハハハと笑った。春樹が首をかしげた。

「体質?」

「ああ、和坂は特殊体質でな。 一族全員、霊脈やら龍脈やらを引き寄せてしまうんだ。 だから、霊脈の暴走も増える。 ってことで、1年前のがあってから東京に強制移住させられたんだ」

正純の説明に冬士がふむ、と考えこんだ。

「…やれやれ、陰陽師の難しい話は今も昔も変わらんな」

博雅が呆れたように肩をすくめた。千夏が尋ねる。

「ところで気になってたんだけどさ、博雅はいつごろから博雅だって自覚あったんだ?」

「ああ、3月下旬ごろからだ。 胸騒ぎがしてなあ、清明に呼ばれた気がしたのだよ」

千夏と冬士が顔を見合わせた。

「…もしかして、4月下旬から5月上旬にかけてもなんかあったか?」

「ああ、あった。 久しぶりに飛燕が出てきたような気がしてな、ずっと笛吹いてた」

博雅はうんうんと頷いた。

「…飛燕って…」

「間違いないだろうね…」

春樹と勇子が顔を見合わせていた。

 

 

 

 

 

百鬼夜行タイプワームはすべて無事に修祓され、人々が日常を取り戻すのにそんなに時間はかからなかった。

京一は翌日、博雅が『白銀(しろかね)』と『黒鉄(くろがね)』と名付けていた2振りを修繕するために現在他の家族たちが住んでいる六本木に向かった。

俊也も3日後には目を覚まし、冬士は同日学校に復帰した。

 

「また編入生のお知らせだ」

烏丸が告げた。また?と生徒たちがざわついた。しかも初めからAクラスに来るだなんて、と。

「今回は1人しか来ていないが、1週間後には一時的に受け入れる生徒も含めて32人が倉橋に来る。 そのうちAクラスに来たいと言っているのが2人。 まあ、自己紹介してもらった方が早いな」

烏丸は外の生徒に声をかけた。生徒が入ってくる。黒い制服であるから、男。

「…親御さん大変だっただろうな…」

しんみりと千夏が言った。冬士が小さく笑っていた。

「源博雅といいます。 よろしく!」

黒く長い髪をポニーテールにしている。その髪にところどころ焦げ茶色が混じっているから、彼が特に霊気の影響を受けているわけではないことを示していた。

「先日影山たちと知り合ったようだな。 …さて、今日から龍冴先生の実技訓練も再開だ。 挨拶!」

「起立、気をつけ、礼っ」

挨拶をして皆が教室を出ていく。

冬士と千夏が博雅に飛びついた。勇子と大輔がそのあとを追った。

 

 

 

張り出されたテストの結果。

実技試験のみの結果である。

「…」

闇はその前で立ち止まった。

冬士や大輔の順位を指先で追う。

「…20と25か…」

生成りとしては上出来だろう。だがしかし、闇は苦い表情である。

「…雅夏は早めに鍛える必要があるのう…」

闇が立ち去った後、生徒たちが見に来た。

「あ、影山すごい!」

「20か…まあまあだな」

「まだ上狙うのかよ?」

「当たり前だろ。 勇子は7じゃねえか」

「神成と比べるのは無茶だろ!」

笑いながら生徒たちの一団は結果を指で追っていく。博雅が解説を春樹から聞きながらやっぱりわからん、と首をかしげるのだった。

 




源博雅
安倍清明と仲が良かった人物。朗らかで裏表がなく嘘をつくのは苦手でよくだまされる。特に呪術に関する力は持っていないが、妖刀『白銀』『黒鉄』の主で、笛も箏も弾く。その音は鬼すら鎮める力を持っている。


夢枕獏さんリスペクト中です。
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第17話 一般人の世界

かなり迷走しました。(←オイ)


 

「俺は宮本俊也。 魔人だ。 冬士に世話になりましたっ!」

 

この台詞とともにクラスに早くも打ち解けてしまった俊也は、仲間たちも連れてきていると語った。

静岡ははっきり言ってもう都市機能を取り戻すことはできない。そんな中でたった10人前後の魔人に数十名の人間を任せることに対して、他地方から抗議の声が上がった。俊也と京一が抜けてきたことで声を上げた大人がいたわけである。

しかしそれで助かった命はあったが、結果的にはマイナス面が大きかったと言える。

 

「…俺たちとしては、皆を助けられて万々歳だったんだけどよ。 今頃になって思うんだわ。 真榊の結界、なんか理由があったんだろ?」

俊也の言葉に春樹がうなずいた。

闇の方針で実際にあったことをネタに授業を繰り広げる形態をとっているAクラスでは、最近ずっと魔人についての話で持ちきりになっていた。

今日は他のクラスに散った魔人たちも集めてということで、1年生合同の話し合いになっていた。無論魔人たちと行動を共にしていたものたちもいる。

土御門家は陰陽師の統括者の一家である。春樹と千夏は責任から逃れることはできないし、責任から逃れるつもりも毛頭ない。

「先日言ってたよね、陰陽師も祓魔師も嫌いだって」

「エクソシストは特にな…」

俊也の声のトーンが下がった。ここに京一はいない。

当たり前だ。彼はまだ中学3年生であったのだ。現在は倉橋陰陽学園中等部に入っている。

「…真榊はすぐに結界を張った。 僕らは逃げることすらできなかったんだ」

気の強い少女が口を開いた。明である。

「逃げられない、身を守る術を皆は信じてくれない。 もう最悪だった」

「エクソシストが来てくれたらもっと楽になるって叫んでたやつらもいたな。 死体相手に祈って光を出すだけのやつらに何ができるっていうんだ」

力太が息を吐いた。

「…真榊が結界を張って皆を見殺しにする形になったことは本当に、もう、何を言ったって許されることじゃない、わかってる」

全員が春樹を見た。恨めしげに春樹を見ているものもいる。

「…何であんなことになったの? 何で私たちは助けてもらえなかったの?」

「…まず第一に、中部地方には陰陽会が構えているんだ。 陰陽会の人たちもそんなに弱くない」

春樹が言うと、少女が叫んだ。

「でもみんな死んじゃったじゃない!」

「よせ。 土御門を責めてもどうにもならん」

力太がすかさず止めた。

「…お前らなぁ…不満なのはわかるけどよぉ…」

「俊也、庇うな。 春樹も千夏もこれから先こういう風当たりが強いとこに出ていく立場の人間だ。 いい練習じゃねえか」

「冬士、ぜってーお前のやり方は脱落者が出る」

俊也はそう言ってハアと息を吐いた。勇子がパソコンを取り出して来て、電源を入れた。

「…春樹、準備できたよ」

「よし。 じゃあ皆、一つずつ皆の質問に答えられるところだけ答えていきたいと思う。 曖昧な情報を伝える気はないから、わからないところはしっかり切り捨てさせてもらうよ」

春樹は皆を見渡した。千夏と冬士、大輔、迅、咲哉が前に出ている。

「んじゃま、俺から」

俊也が手を挙げた。

「何で真榊が結界を張ったのかについてだが」

「…うん。 あの霊災の特徴を簡単に述べさせてもらうよ。 まず、あの霊災にはリーダー格の霊獣がいた。 そいつはとても強力で、後続した百鬼夜行と切り離す必要があった。 だから真榊は一番強力な結界を張った」

「…ってことは、真榊が結界を張るのを許したってことね? 何で皆を避難させることすらしなかったの?」

少女が春樹に喰ってかかる。

「真榊への命令権はすでに土御門にはないんだ」

春樹が答えると、冬士が口を開いた。

「しばらく神成家として口出しさせてもらうぜ。 土御門から安倍と真榊が独立したのは3年前。 それまで土御門が統括していた陰陽師の家の管理ができていないのではないかという責任問題を市民団体が追求してきた。 もともと祓魔業界の隠蔽体質は有名だったしな。 土御門はどうしようもねえってことで安倍と真榊の独立を認めた。 独立しちまったらもう命令権を放棄させたも同然だ。 土御門を気にすることもなく堂々と好き勝手に術を行使できるってわけだ。 蘆屋一門と同じようにな」

冬士の説明を聞いて、少女が目を丸くした。

「じゃあ、なに? 責任は丸投げなの?」

「丸投げするしかねえだろ。 お前が犬を飼ってたら友達がその犬を欲しがった。 お前はその犬を友達にやった。 そしたら友達が犬に手を噛まれたと苦情を言ってきた。 お前はブリーダーか? ただの飼い犬だろ? そんな文句を言われるいわれはないとお前はいうはずだ。 俺たちからすればお前のその真榊ではなく土御門へのバッシングが理不尽なものにしか聞こえねえんだがな」

冬士は目を細めた。少女は口をつぐんだ。

「…じゃあそれについてもう一つ。 皆はそれを知ってたの?」

おしとやかな少女が口を開いた。望である。

「俺は知らなかった」

「俊也はほんとに新聞見ないんだね」

「え、新聞?」

「俺も読んだ」

「俺も読んだよ。 俊也の家と同じ新聞だぞ」

「ってことは京一は知って…」

俊也が何か思い出そうとしている。1人が口を開いた。

「俊也、京一は俺たちにその新聞記事スクラップにして持って来たぜ?」

「京一の話聞いてなかった!」

「「「最悪の先輩だなッ!!」」」

皆で俊也に突っ込みを入れて、次の質問を春樹に向けたのは歩だった。

「じゃあさ、何で1年も張りっぱなしなんだい?」

「…お前さんが一番よく知ってるんじゃねえのか?」

冬士の言葉に歩は目を見開いた。

「分かるのか?」

「ああ。 生成りなもんでな」

「…納得がいったよ」

歩はほうと息をついた。春樹が答える。

「真榊の結界の中で一番強力なものは代償は人の命だけれど、それ以外の術はほとんどを霊脈に頼って張っているんだ。 だから逆を言ってしまうと、一度張るとなかなか解除できない」

「生成りに対してよくつかわれる封印の第一段階の結界だが、実は解除すると生成りは90パーセント堕ちる。 まあ、真榊と土御門が仲悪い理由の一つだ」

冬士のその情報も加味して考えたらしい望が口を開いた。

「では、つい先日堕ちてしまった生成りの子は、真榊の結界が緩んだことによるものということですか?」

「たぶんそうだろうな。 特に中部と関東の間にはでかい龍脈が通ってるから、そうとう影響はでかかったと思う」

千夏が言った。俊也が千夏を見て言った。

「…俺の式神にしたダチが何人かいた。 あと、弟。 そいつらをエクソシストが祓魔したことについては?」

「…またか…」

「!?」

大輔が小さくつぶやいた。皆がそちらを向く。

「…エクソシストにとっては生成りは準霊災。 生きている価値もない、税金暮らしの不要物ってところだ。 死んで霊獣化してしまったり式神になったりしたものをエクソシストが祓魔しないわけがない。 運が悪かったな、陰陽師ならば保護してくれただろうに」

「大輔、あんま言うと皆泣いちゃうわよ?」

勇子が言った。俊也はぐっと手を握りしめた。

「…僕たちは見殺しにされた―――それが今のところ正しい見方、かな?」

明が言うと、春樹は苦い顔をしてうなずいた。

「…すまないが、それが事実だ。 …なんだかんだって言い訳したけれど、結局そうなんだよね…。 皆、ごめんね。 陰陽師は数が少ないから、霊災が集中しやすい大都市に集まっているんだ…」

春樹の声が消え入りそうになってしまった。望が言う。

「そんなことありません。 和坂だって理由があって一番最初に強制移住させられてしまったくらいなんですから」

「…それでも、陰陽師は一般人を守るためにいるのに…」

「春樹は理想が高すぎるわよ。 陰陽術なんて万能じゃないんだし、人は殺せても生き返らせることなんてできない。 当たり前でしょ。 過去は変えられない、皆が死んだのは力がなかったから、真榊が皆を見殺しにしたのはそっちの方が都合がよかったからよ」

勇子がきっぱりと言い切った。

「神成、言い過ぎだよ」

Bクラス、Cクラスからも声が上がった。しかし勇子は続ける。

「真榊が生成りを封印施設に閉じ込めるか闇の中に無理やり閉じ込めるかしようとしてるのは皆もよく知ってるでしょ? …ああ、ちがうよ、こんなこと言いたいんじゃない」

勇子は頭を振ってもう一度皆を見渡す。

「真榊家としては、100パーセント生成りが新しく生まれる百鬼夜行の被害に遭ったところはそのまま兵糧攻めにして皆殺した方が楽なの。 これは褒められた話じゃないけど、たぶんこの案を出したのは先日倒れた真榊先代当主の妻よ」

「…そういや、飛海家から嫁に入った人だったっけ」

春樹が小さくつぶやいた。

「飛海家?」

俊也が首を傾げると、冬士が答えた。

「蘆屋家の神成と双璧を為してる家だ。 土御門でいってた倉橋と安倍みたいなもんさ」

「…安倍は抜けたっつってたよな? てか、何で蘆屋とかって土御門の管理下にないんだ?」

俊也が続けて質問をぶつける。

「安倍清明の師匠である賀茂忠行の賀茂家、清明の生まれ以前から生きていた蘆屋道満。 この2人の家と、土御門になる前の安倍家。 この3つはもともと土御門の下にはなかった。 管理しやすいからってことで、土御門の下に登録ってことにはなったけど、実際は管理してるのは家の中の人たちだし」

千夏が答えた。

「神成家は有名なのに20年前の、一門の中での制裁があった」

「…それは知ってるぜ。 神成家の跡取り候補だったヤローが私怨で人を呪ったんだろ。 それがわかって、そいつの父親がそいつに蠱毒をぶつけて殺しちまったって話じゃなかったっけか?」

「正解」

勇子はうなずいた。

「…そんなのが許されるわけない…」

少女の声が震えていた。望が言った。

「許されないと思うかもしれませんが、現状こういう闇を抱えているのが現代陰陽業界です。 …この話をしたのは不用意でしたね…」

歩と俊也は顔を見合わせてうなずき合った。

「…じゃ、最後の質問なんだが、これ結構重要だと思うんだわ」

「?」

「俺らへの補償金っておりるのか?」

千夏と春樹は顔を見合わせた。

「…それは…」

「真榊を叩くしかないな…」

千夏と春樹が勇子を見た。勇子は肩をすくめた。

「…まあ、国は真榊のやり方に今回は反対してたし、おりるんじゃない? でも、お金より施設に送られる可能性の方が高いよ。 特に魔人は気をつけた方がいい。 真榊に捕まったら監禁されるかも」

「それで終わるはずがないな。 真榊のことだ、実験台にでもして廃人になったら捨てられるかもしれん」

大輔が急に口を開いた。勇子が大輔を見た。

「脅しを言うなよ…」

「俊也は突っ込んでいきそうだからな。 先に牽制させてもらう」

その時、チャイムが鳴った。

解散の時間である。

納得がいかないといいながらも教室に戻っていく生徒たちがいる。そんな中、迅と咲哉が望に声をかけた。

「あの」

「?」

「…その足…グールにやられたのか?」

「…ええ」

望は苦笑いしてロングスカートを見つめた。膝の下などはるかに超えて床のすれすれのところまで伸ばされたロングスカートである。

「…式神を使った傀儡師の家がある。 紹介してやれる」

「…あら…ありがとう。 千陣谷と…千駄ヶ谷さんだったかしら?」

「ああ」

「…お願いしようかな」

望は小さく笑った。はっとして迅が望の肩を掴んだ。望の体が落ちかけた。

「…あれ…」

「…大丈夫か?」

「…はい…疲れが出てしまったみたいです…」

「一旦医務室に運ぶ。 休め」

迅は望を抱えて医務室に向かった。

勇子がパソコンを閉じた。

「書けたかい、勇子?」

「うん。 これであとは真榊をバッシングするイベントがあればいいんだけれど」

春樹と勇子はそう言いつつ教室へと戻っていった。

 

夏休み直前の話であった。

 



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第8章 合同合宿
第1話 合宿に向けて


新章です。


 

「夏休みだあああッ!!」

どこの学生でも喜ぶ夏休みである。倉橋陰陽学園の生徒といえども例外ではない。

終業式が終わって、最後のホームルームが終わった瞬間にこれである。

「こら、萬谷。 喜ぶのはわかるが、お前ら最初の一週間は佐竹と合同合宿だろうが。 忘れたのか」

烏丸に言われ、萬谷が首をかしげた。本格的に忘れているようである。吉岡が苦笑いを浮かべた。

「…この1学期、すっげえ忙しかったなぁ…」

「主に影山の所為でね!」

「否定はしねえよ」

アレンが言えば冬士が返事をする。千夏も春樹も勇子も大輔も、それ以外の皆もそうだが、夏休みが始まるまでのこの1週間、なにもイベントがなかったため、だいぶ落ち着いて来ていた。

四葉とともに中部に抜けた焼原に関しては、俊也たちとともにいた19歳と20歳の魔人が無事に四葉とともにいるのを保護したという連絡がきた。

ダークバーレルだの解鬼会だのという秘密結社についてもこのところ大きな動きはない。皆にとってまさに平和な時期であった。

「俊也と歩、博雅は強制的に班を組んでもらうぞ。 佐竹には7人出してもらうことになってる」

「「「はーい」」」

3人が返事をした。

朱里は一つ心に決めたことがあった。

修行である。

冬士と一緒にいてわかったことがある。

自分の無力さである。

いやそもそも、もともと見鬼ですらなかった自分にそこまで強力な霊獣を相手取れるとも思ってはいないのだが、それにしても無力さが身にしみた。

冬士を救ったのは冬士の両親や、妹や、友であり家族である千夏、勇子、大輔である。彼らは冬士の心の支えになっている。自分がそう簡単に冬士の心の支えになれるなどとは思っていない。しかしそれでも、何か力にはなりたかった。

自分が周りを巻き込むことを自覚し、その分皆を守ろうとして何かと耐えようとする傾向のある冬士の性格はこの4カ月足らずで大体理解したつもりである。それでも、何かと予測不能なところはある。なんせ人間だ。

自分は最初から守られっぱなしだ、と朱里は思った。

今思い返しても、最初の蠱毒と紛いものの犬神のことから始まり、煉紅という強力な獄卒の出現。冬士の心の傷とそれに反応して出現した白虎。犬護については気付いたら解決していた感じだった。

冬士と、その友人である亜門が出張ってきて犬護の肩を支えていたのは確かである。犬護のつらい思い出のことなど朱里は露も知らない。

冬士のように周りに言う機会がないためにそうなるだけであり、ましてやそもそもそんなに関係人物に上がっていたわけでもない人物に対して、犬護たちが心を開くことはあり得ないというのが、現状祓魔業界関係者の意見である。

アレンは心配になってきていた。

「…朱里、あんまり無茶するなよ?」

「…大丈夫。 でもこの休みの間にやれるだけのことはやっておきたいんだ」

朱里は低くつぶやく。

班にそれぞれで分かれるよう指示があり、班を作って全員座った。

「班長と副班長を決めろ。 10人班のリーダーは佐竹と合流してから決める」

烏丸が資料をめくりつつ言った。最近闇がまともに担任の仕事をしていないのはなぜだろうかと勇子が言ったため、どうせ雑誌を読んでいるんだろうと大輔が返して朱里たちは笑った。

「班長は冬士で」

「じゃあ副班長は朱里だな」

「…俺?」

「俺を班長に推薦したんだから責任とれよ」

「…まあいい。 でもいいのか、どっちも後天的な見鬼って」

「…それもそうだな。 勇子、朱里のサポート頼む」

「頼まれた」

勇子はうなずいた。朱里がいつもよりも硬い表情をしているのを見て、冬士は少し目を細めた。千夏を見ると、千夏は小さく烏丸を顎でしゃくった。

「…」

冬士はますます目を細めた。それに朱里が気付いた。

「…どうかしたのか?」

冬士はニヤッと朱里に笑って見せた。

「…この合宿、何かあるぜ」

「…冬士が笑ってるってことは、そうなんだろうな。 …ところでさ、身体能力者(フィジカルスキラー)って具体的にどんなのがいるかわかるか?」

朱里は疑問をぶつけた。勇子は紙を取り出してさらさらと書きあげた。

「私が知ってるのはこれくらい」

具現化、時間操作、圧力操作、ベクトル変換、発火、水流操作。勇子が示したものに大輔が付け加えた。

「俺の従兄に言霊使いがいる」

「…」

朱里の目が一瞬輝いた。冬士はそれを見て、ふと思い出した。

「そういや朱里はテストの結果4位だったよな」

「ああ…あんなに行けるとは思わなかった。 冬士たち低かったな。 もっと行くんだと思ってたんだが」

「生成りってのはどうもそこんとこ使い勝手悪くてな。 テスト中鬼気が漏れて減点食らったしな」

それでも20位だったのだから褒められてもいいものだと朱里は思った。しかし冬士はそれがどうにも気に喰わないらしい。

「もっと鬼気をうまく操作できるようになるのは俺の急務だな」

「ペーパーテストでお前トップなんだからそんなのいらねーだろ」

「千夏は手ぇ抜き過ぎだろ。 まあ、アレンも相当手ぇ抜いただろうけどな」

冬士の言うとおりである。アレンはすでに免許持ちであるためまともに測られている可能性は低い。しかしそのアレンが1位2位の支島や春樹を抜けていないというのは、逆を言うならば支島と春樹は頑張れば準1級を取れるレベルにまで達しているということでもあるだろう。

そんなに甘くないのは皆よく知っているのだが。

合宿の日程の最終決定が改めて配布された。誰と同じ班になるのだろうかと皆わくわくしているところ、冬士だけは相手のうち1人が誰であるのかを知っていたというのは、皆は知りようもなかったのだった。

 

 

 

 

 

改めて学園長室に呼び出された烏丸と辰巳。そこには龍冴もいた。

「呼び出してごめんなさいね、2人とも」

「いえ」

烏丸は首を横に振った。真千は小さく笑った。

「百鬼夜行は過ぎました。 今度の合宿で大事件が起きる可能性は低いです。 安心して下さい」

「…それならば、なぜ?」

烏丸は小さく首をかしげた。

「一つは、大輔さんの様子見です。 もう一つは、冬士さんの霊気の安定を図る目的なのですが…おそらく、冬士さんは今ひどく不安定になっています。 とにかく土気が足りないんです」

「…ああ、なるほど」

辰巳が理解したというようにうなずいた。

「辰巳さん、冬士さんの傍にいてあげてください。 お願いします」

「分かりました。 …他は?」

「…なるべく冬士さんの霊力を使わせないようにしてください。 分かりづらかったんですが、星が消えかかったので」

星詠みか、と烏丸は小さくつぶやいた。

「…ってなわけで、ウチの孫よろしくな」

龍冴が頭を下げた。十二神将に頭下げさせる孫への愛すごい、などと辰巳が言うから烏丸は笑ってしまった。

「…笑わせてくれるな、辰巳」

何とか笑いをこらえつつ言うと、辰巳は肩をすくめて言った。

「肩の力を抜け、烏丸。 あまり力んでいると冬士のようになるぞ」

烏丸ははっとした。生徒を見守ろうという立場が生徒と同じものになってどうする。烏丸は深呼吸した。

「…頑張ってください」

真千は笑って2人を見送った。

 




身体能力者
その肉体そのものが特殊な能力を持っている、簡単に言うならば超能力者みたいなもの。ただし、精神力が尽きたら止まるなんていうことはなく、操作できずに大暴走することの方がほとんどである。


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第2話 対面

送迎バスを降りて会場に全員が集合した。

割り振られた数字で指示が出されており、その場所にそれぞれ集合する。

冬士が向かった先には見知った顔がずらりと並んでいた。

「よ、冬士」

「よぉ、亜門」

一足先に来ていた亜門と合流する。亜門の後ろには先日冬士が世話になってしまった佐竹の生徒たちがいた。

「ええと…(つなし)輝昭、四月朔日(わたぬき)ルイ、だったな」

「おう。 ってか、お前いつ俺らの名前覚えたんや」

「亜門に聞いた」

輝昭はルイと顔を見合わせて、冬士に手を差し出した。冬士はその手を握った。

「…十は寺関係者か?」

「まあな。 そうは言うても、親戚ほとんど百鬼夜行にやられてしもたわ」

「…悪ぃ」

「気にすんな、つらいんはどっちかっていうとお前やろ」

輝昭は肩をすくめてそう言った。冬士は小さく笑った。

「輝昭って呼ばせてもらうぞ?」

「エエで。 ほな、俺も冬士て呼ばしてもらうわ」

「ああ」

皆の集合前に仲良くなってしまった輝昭と冬士をみて、ルイがうらやましそうにしているのを、フクロウがなだめていた。

「…博識王子。 先日は両親がお世話になりました」

冬士はフクロウに向かって言った。フクロウはルイの頭から離れることなく、小さく言った。

「いえいえ、あんなことをするほどダンタリオンが強く人間に従わされるとは思っていなかったものですから、こちらも迂闊でした。 どうやったって貴方から奪われた大切な時間は取り戻せません」

「命あってこそだ。 完全に鬼になる前にあなたに会えて本当によかった」

「…」

そこでフクロウは黙ってしまった、首をかしげている少年が1人。ルイである。

「…ルイには少し難しかったかな?」

亜門が苦笑いすると、ルイはうなずいた。

「悪ィ、俺馬鹿だからよくわからねえ」

「…冬士、説明しても?」

「俺がダイジェストで説明してやるよ」

冬士が乗ってきたあたり、もうたかをくくっているのだろうと大体予想できる。

「俺は生成りっつってな、準霊災なんだよ。 霊獣にかなり近い人間。 俺はそのうち死んで鬼になる。 そうなっちまったら俺はもう人間じゃねえ、鬼は基本的に人間の体温を感じたらそれを食いに行く。 だから人間と一緒にはいさせちゃいけないって法律に縛られてんだ。 俺は死んだら封印されるはずだしな」

「なんだよそれ!」

ルイが声を上げた。冬士は首をかしげた。

「…ちょうど皆来たみたいやな。 こいつについても説明しとこか」

輝昭はそう言って、ようやくやってきた千夏、勇子、大輔、朱里の方を見た。

「あー、久しぶり」

勇子が声をかけた。

「おう、先日は世話んなったわ」

「改めて自己紹介といこうか。 冬士は終わった?」

「まだだ」

冬士は改めて亜門の後ろの者たちを見た。

「俺は影山冬士。 鬼の生成り。 倉橋班の班長だ」

「お前が班長ならかなりやりやすいわ」

輝昭はそう言って笑った。

「…私は鋼山朱里。 副班長をさせていただいています」

朱里はそう言って礼をした。

「神成勇子よ」

「土御門千夏だ」

「雅夏大輔、鬼の生成りだ」

大輔までが一気に自己紹介をすると、輝昭も礼をした。

「俺は十輝昭。 佐竹班班長や」

「火橋亜門だ。 副班長でーす」

「四月朔日ルイだ」

「安倍七よ」

「結城誠だ」

自己紹介を終えたところで、誠が言った。

「生成りってこっちでは習わないんだが?」

「そりゃあな、生成りって今は憑き物のこと指すわけだし」

「…もとは別のものか?」

「般若の一歩前が生成りだ」

「…ああ、能面見たことあるかもしれない」

誠は納得したらしく、ルイを見た。

「ところでお前らって悪魔は嫌いか? 影山は嫌いじゃなさげだが」

「嫌いじゃないわよ? 近所にも住んでるし」

勇子がさらっと言った。

「…先生に言ったら祓いに行くかなぁ…」

「返り討ちにされるのがオチよ。 ウチの近所は結構大きな霊脈流れてるから、あっという間に霊脈に潜って姿くらますだろうし」

勇子は肩をすくめた。

「で、何で悪魔の話になるの?」

「実はな、ルイが半分悪魔やねん」

「へー。 そうなんだ。 どんな悪魔?」

「ルシフェル」

「え、すごーい」

勇子は驚いたようにルイをまじまじと見つめた。

「…なあ俺の聞き間違いやろか。 今神成かなりあっさりと半分悪魔ってところをスルーしたように聞こえたんやけど」

「あたしもそう聞こえたわ」

「俺も」

冬士と大輔が爆笑する。

「ッは! あっはっはっはははははっ!!」

「あははっ! あー、あっはっはははははッ!」

呼吸が苦しいと言って冬士と大輔は笑うのをやめた。

「…お前らリアクションでかすぎやろ」

「中身が笑うとどうにもならん」

大輔がいたって真面目な表情で言った。ストラスがホゥ、と小さく鳴いた。

「…ん? そういやさっきもっと気になることを聞いた気がするな」

「ダンタリオンのことか?」

青年が声をかけてくる。冬士は輝昭の後ろから現れた青年を見た。

「ああ」

「なんやアンドロマリウス。 戻って来とったんかいな」

「でかい霊気があったから追ってたんだが、気付かれちまった。 もう隠行でどこ行ったのかわかんねえ」

アンドロマリウスはやれやれと息を吐いた。勇子が尋ねた。

「ダンタリオンって冬士のご両親に術をかけてた悪魔でしょ?」

「ああ。 あいつはあんまり腕っぷしは強くねえしな。 あと相手に興味を持つと結構言うこと聞いたりする。 でも、ストラスから聞いた話だと契約者を殺すっつー内容を口走ってるみたいだからな、おそらく自力じゃ契約者の霊力を退けられなかったんだろう。 悪魔は別に必ず人間の魂を採っていくわけじゃねえからな」

「…なんかわかった気がする」

千夏がつぶやいた。

「ま、教会のエクソシストの言うこと鵜呑みにせずにスルーしてくれた日本の寛容的な宗教観には感謝してもしきれねえな」

「そのおかげで私のように戦闘に直結する力を持たない悪魔も排除されずに生きながらえているんです。 ルイが日本で国籍を取得しているのがいい例でしょう」

「悪魔とのハーフなんて生成りより待遇いいじゃないか。 霊災扱いされない」

大輔が言うと、ルイは首をかしげた。

「俺は結構嫌われてたぞ?」

「冬士とどっちが嫌われてたか比べてみるか?」

「おい大輔洒落になんねえぞボケ」

冬士が大輔にチョップをかます。大輔は小さく笑った。

「ま、これからよろしくな。 ああ、七は炎しか使えねえから」

七がびく、と小さく肩を震わせた。冬士はざっと霊気を視てから口を開いた。

「…体内の霊気の流れに問題はなさそうだが、放出の回路が火気に偏ってるな。 お前、陰陽会か?」

「…まあね。 い、言っとくけどこれでも結構強いほうなんだからねっ!? 火だけに特化して鍛えてきたんだからっ!」

七が言うと、勇子と大輔、千夏と冬士と朱里が顔を見合わせた。

「いやいや、むしろ心強いって。 陰陽会は実際に霊災の修祓に参加している(・・・・・・・・・・・・・・・)ことに価値がある」

千夏は言った。

「それに、冬士がいる以上、ここでは陽の気―――つまり火気と木気だ、これらが大量にないと術のバランスはガタガタ、まともに結界一つ組めない」

「そんなやばいんか、冬士の鬼って」

「4年前の本体と金気の天邪鬼とあとは…」

「水気の鬼と火気の妖刀型」

「…エグいな」

誠が青ざめた。さすがに七やストラスも青ざめた。

「…妖刀って、そうとう暴れてるだろ、今」

「ああ、水がそこそこ強いのだけが救いだ」

冬士は苦笑いした。

烏丸の声で放送が入った。冬士たちはその指示に耳をすませ、早速出された課題にうげ、と表情を歪めたのだった。

 



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第3話 宝石について

ちまちま進んでいきます。


 

「お…終わった…」

「きっつぃ…」

口々に文句を言う佐竹の生徒たち。当たり前である。なぜならば今回の課題は陰陽師訓練生のための課題だったのだから。

『お試しでトライした佐竹の生徒諸君。 線は悪くない』

「…烏丸先生がエクソシストを褒めるなんて」

勇子が言う。

「そんなにエクソシスト嫌いな先生なんか?」

「…ううん、そんなに偏った人じゃないんだけどね、親戚に生成りがいて、生成りと仲がいい人って案外そういう傾向強くてね」

「…分からん話じゃないな」

輝昭はそう言いつつ息を整えていた。

輝昭はもともと寺の支流である。そのためもともと見鬼ではあったし、悪魔に分類して学習しているものが陰陽業界ではすべて霊獣と呼ばれるということも知っている。陰陽業界からエクソシスト業界に入ったタイプの人間だ。

だからこそ、なぜ教会が生成りを嫌うのかが分からなくもある。どうせならばこの機会にいっそ編入を考えるか。

そんなことを考えていると、冬士が声をかけてきた。

「輝昭、次の課題が出た」

「…次は…って、なんやこれ! あんのくそ教師ルイが霊気を乱すのわかっとってこれ言いおったな…ッ」

輝昭は拳を握りしめてわなわなとふるえる。冬士が肩をすくめた。

「ルイ、お前全力でやってみろ。 おもしれえモン視れるぜ」

ルイはおう、と笑ってうなずいた。輝昭はそれを視てはあと息を吐いた。ルイの朗らかさには無邪気すぎる面があるというか、単語で言うならば『イノセント』が本当によく似合う男だと思っていた。

「…冬士、あいつの祓魔やばいんやで? 霊気の乱れほんまにあかんて」

「俺の方がひでえと思うぜ? 亜門、お前から見ればどうだ?」

急に話を振られた亜門だが、へらっと笑った。

「普通なら冬士の方がヤバい。 でも今はルイの方がヤバい」

ほう、と小さく冬士は感心したようにルイに視線を向けた。

「どういうこっちゃ?」

「俺は今ちょいと封印を強化してもらってる。 解放できるのは最低ラインまでだから、最低でも第二門を開けないと俺はルイに勝てねえってことだ」

「…どれくらいヤバいんや?」

「レベル4フェイズ5ってところだな」

「…俺が止められんわけや…中級霊獣並みやないか」

輝昭は呆れたようにルイを見た。ルイはといえば、何やら勇子と朱里から炎の操作方法を教わっているらしかった。勇子も朱里も火気が強いのだと今さら気付いた輝昭だった。

この班の構成は水と木の冬士、火の朱里、勇子、七、輝昭、ルイ、亜門、火と金の大輔、金の千夏と誠である。バランスが悪いとさえ思っていたにもかかわらず、千夏はこれでいいと言い、実際、冬士の水と金の強力さは尋常ではなかった。そして何より、土気が著しく冬士には足りない。これをどうにかしようという話が持ち上がり、ストラスがどこかへ出かけていった。

「ストラス何しに行ったんや?」

「ストラスの得意分野は宝石や薬草の扱い、特に宝石の扱いに関しては随一だからな。 冬士のペンダント見て何か思うところがあったんだろう」

アンドロマリウスはそう言って冬士のペンダントを見やった。冬士はペンダントトップを持ち上げた。

「これか?」

「ああ。 それはオニキスだ。 そうとう使いこまれてるし、長く鬼の傍に在った所為だろうな、もう自浄作用が消えかかってる」

アンドロマリウスはそれと、と付け加える。

「冬士、お前がずっと連れてるその小鳥、鬼だろう。 しかも結構強力な術を使うみたいだが」

「…俺の妹だ。 4年前の被害者でもある」

「…納得。 鬼に転生したか」

アンドロマリウスは冬士に歩み寄った。小鳥が冬士の頭から立ち上がってアンドロマリウスの手に降りた。

「気付くの早すぎです」

「悪魔だからな。 まあ、ペンダントがなかったら気付かなかったと思う」

冬士はペンダントについている黒い石を見た。

「…オニキス…黒メノウだっけか」

「ああ。 妹さんからのプレゼントか? そうとうこの鬼の霊気が纏わりついてるが」

「ああ」

「お兄ちゃんもう8年も前にあげたペンダントまだしてるからびっくりです」

「女々しいんだな、冬士」

「そこになおれ、今すぐだ。 ぶっとばしてやる」

冬士が双眸をぎらつかせた。アンドロマリウスはヤベ、と言って輝昭の後ろに回った。

「何で俺を盾にするんや!」

「多少でも冬士の勢いが止まればと思って」

「んなことで鬼が止まるわけないやないかあああ!!」

冬士は輝昭の肩を踏み台にしてアンドロマリウスへ突っかかったのだった。

 

 

 

 

 

次の課題の内容を確認した七はため息を吐いた。

チームワークでの祓魔訓練である。合同でやれることといえばこれぐらいである。しかし彼女にとっては最悪の内容だった。

「どうしたの?」

「!?」

突然声をかけられ振り返る。そこには勇子がいた。

「…何、あんただったの」

「思いつめたような顔してるからさあ」

勇子は七の手に在った資料を覗き込んで内容を確認した。

「…あら、タイプ鬼。 これ嫌いなの?」

「…ま、まあちょっとね。 怪我したのよ、小さい頃に」

「あー。 奇遇ね。 私もなの」

勇子はそう言ってふと辺りを見回した。

「?」

「…お呼びじゃない人が1人いるわね。 ちょっと、姿現したらどうなの、野本泰蔵」

「!」

七は肩を震わせた。新聞でよく名を見かけていた陰陽師である。4年前の首謀者だとか言われている。

「…そんなテロリストがここに?」

「テロリストだなんて酷いですねえ」

ふっと突然現れた男は眼鏡をかけていた。黒い髪は短めに切り揃えられている。

「私は単に私が起こした霊災の被害者たちの様子を見に来ているだけですよ」

七が身構える。勇子はリラックスしたままである。

「七ちゃん、気にしなくていいよ。 この人冬士の様子見に来ただけだから」

「か…影山の?」

「うん、この人冬士の担任だったんだよね。 それだけだよ」

勇子は冬士を振り返る。冬士は亜門と話しながら小さく笑っていた。

「冬士が幸せそうでなによりです」

男はそう言ってふっと姿を消した。

「…なんなの、あいつ、テロリストじゃないの?」

「よくわかんないの。 あいつの術は十二神将クラスがかけるのに匹敵するらしいから、まあ私ごときじゃ相手にもならないっていうか」

勇子はそう言いつつ冬士たちのもとに向かう。七もあとを追った。

 

 

 

ちょうどストラスが戻ってきた。

「これで足りますかね」

「こんなに水晶持って来たのか」

アンドロマリウスはストラスから受け取った袋の中身を確認した。

「冬士君の土気の補強にはこんなんじゃ足りません。 今は持ち合わせが少ないのでこれで我慢して下さい。 本当はトパーズやシトリンあたりが欲しい所なんですが」

「本拠地に置いてきたのか?」

「いいえ、お恥ずかしながら、お金がなくて」

「ああ、そりゃあ大変だ」

「あとは冬士君の金気の割合がもう少し高ければ、うまく土気の補強につながるんですが」

ストラスは冬士の肩に止まった。

霊気を視て、ストラスは水晶をつまんで冬士に乗せていく。

「…ストラス」

「はい」

「…やっぱ金気弱ってんだよな」

「…ええ。 早めに主治医に看てもらって下さいね」

水晶に色が付く。黒、青、赤、黄。白は出てこない。

「…亜門、ブレスレットを作るのを手伝ってください。 冬士君にはめて長時間保つようなものを」

「了解」

亜門は水晶をつないでブレスレットを作り始めた。

 




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第4話 冬士と辰巳

 

修祓訓練。

エクソシスト流である。陰陽師たちにとっても楽勝、とはいかない。

 

「冬士、お前は不参加だ」

「!?」

烏丸の言葉に冬士は驚いて振り返った。

「何でですか」

「…お前はタイプ鬼を使う訓練だと、タイプ鬼を引き寄せて本物の鬼にしてしまう可能性がある」

「…そんなのは大輔だって同じだ。 下手な嘘つくのはやめてください」

冬士は烏丸を睨む。烏丸が口を開こうとすると、辰巳が前に出た。

「辰巳…」

「冬士の望む情報を与えればいい。 こいつは引き際はよくわきまえている」

辰巳は冬士と視線を合わせた。

「冬士、今のお前の霊気の乱れは酷過ぎる。 そのまま霊気を使うと堕ちる。 俺たちの目の前で堕ちられては困る、俺たちはここの生徒を全員守るような力はない。 今回来ている十二神将は多嶋蓮司祓魔官のみ。 お前に引きずられて堕ちる人数を考えると全員死ぬ可能性の方が高い」

「辰巳、脅す必要は」

「俺は陰陽師としての教育を受けたわけでもなければ陰陽師を名乗ったこともない、我流の大馬鹿だ。 俺は教育者じゃない。 お前のようにこいつを守る立場に回ることは考えていない。 ―――俺はただ、こいつと戦いたくないだけだ」

辰巳の言葉に冬士はうなずいた。

「そうだな。 それぐらい言ってもらった方がわかりやすくていい。 …辰巳、―――」

冬士は言葉に詰まった。次の言葉が出てこない。

「…無理に言う必要はない。 烏丸、俺はしばらくこいつを見ておく。 頼む」

「…ああ、分かった」

烏丸はうなずき返し、生徒たちの方へと向かった。

辰巳は冬士を連れて木陰へと移動する。

冬士の顔色はあまり優れてはおらず、座りこむとすぐに大きく息を吐いた。

正直言って、かなり苦しい状況だった。辰巳がああやって冬士を強制的に引き離してくれなければおそらくBクラスやCクラスの生徒からのバッシングもあっていただろう。金気の量が著しく低下している現在、冬士としてはなるべく霊気を使用すること―――つまりは修祓訓練や式神の使役訓練などは避けておきたかった。

烏丸のあのタイミングから考えて、おそらく烏丸たちに手を打つように言ったのはここに来ていない闇や真千あたりだろう。

闇が最近クラスにも顔を出していなかったことがた正直気になるところではある。しかし、闇は普通の人間ではない。人間だった大いなるものと呼べば妥当になるだろうか。闇は閻魔天である。彼が何を考えて行動しているのかは分からない。冬士たちからはおおよそ想像もつかぬことである。

「…冬士、そのブレスレットは?」

「…ストラスがくれました」

「…」

辰巳は振り返った。そこに少年が1人いた。少年はうなずいた。

「ストラスの魔力だ。 人間らしき霊気も混じっているが、こちらは彼と仲がいいんだろう。 だが、この程度ではこの3日間は耐えきれないだろう」

「…そのたびに作る気かもしれんな」

「ストラスは強欲系ではない。 金を持っているとは思えないが」

冬士はそういや金の話してたな、とぼんやりと考える。どこに行ったって金は大事だな、と遠く思う。

「…霊気を使わなけりゃ、多少は暴れたって大丈夫だろ」

「…そうだな。 多少は動かねば評価もしてはもらえないだろうしな。 …お前が参加できそうなのは…」

辰巳が資料を取り出した。冬士はそれを覗き込んだ。

1日目のプログラムは今冬士が見学している修祓訓練で終了だ。2日目のプログラムは式神の使役訓練で始まり、昼からは自由時間。夜はもう一度修祓訓練。3日目はすぐに帰る。どれにも参加できそうにない。

「…ないな。 これはどうしたものか…」

「…式神の使役訓練はかろうじて、って感じだな」

あまり使いたくない。冬士は小さく息を吐いた。

―――先生が実家に帰ってたから先生に診せずにきたが、まずかったな。

体調がかんばしくないときに式神を使うなんてもってのほかである。特に冬士のように生成りだったりして一種類の霊気に統制できない霊気の波長だと、式神はすぐにラグを起こして消えてしまう。

「…くそっ」

「…焦っても仕方あるまい」

辰巳の顔に黒いあざが浮かび上がった。いや、刺青というべきだろうか。冬士は目を見張った。

「…龍の生成りってのはそういうことだったんだな」

「…上がって来たのか?」

「自覚はねえんだな」

「動いているなんて知りもしなかったしな」

顔に黒い龍の腕が伸びてきている。

「…冬士、お前本当に鬼か?」

「?」

「鬼を龍すべてが気に入るわけじゃないんだろう?」

辰巳の問いの意味に冬士は気付いた。

「…あんまりその話は周りにはしないでくれ」

「…分かった」

辰巳はうなずき、少年を膝の上に乗せた。

「こいつはブエル。 まあ、悪魔だ」

「ソロモン72柱の一角だな」

「よく知っているじゃないか」

ブエルが口を開いた。冬士は目を細めた。

なぜかは知らない。ただ、少し落ち着く。封印を強化された直後の安定感がある。

「…医療系か?」

「御名答。 どちらかというと精神系の方が得意だよ。 信用しろとは言わない、だが君の主治医の術をつなぐことはできる」

ブエルはそう言って冬士の肩に触れた。じんわりと暖かくなる。

「…これは結構手が込んでいる―――ふむ、ずいぶんと気にかけてもらっているようだ。 大切にされてきた証拠だな」

冬士は小さく息を吐いた。手が小さく震える。相手が子供だから何とかなっているだけのような気がする。いまだに相手側から触れられるのは慣れない。

「…震えているな。 大丈夫だ。 すぐに終わる」

辰巳が冬士の手を掴んだ。冬士の手はしっかりと辰巳の手を掴み返した。

「…すぐに終わる。 お前がよく知っている奴もいる。 千夏も呼ぶか?」

「―――いや、あいつに心配かけるほどぐらついちゃいねえよ」

にやりと自信ありげに微笑んだ冬士を見て、辰巳はうなずいた。

 

 

 

その間、烏丸は言うことをちゃんと聞いてくれない勇子に散々怒鳴り散らしていたのだが、勇子は全く気にかけず勝手に護法の鷹を呼びだして修祓訓練をクリアしていくのだった。

 




話がなかなか進まないことが悩みですね。ゆっくりお付き合いください。

お気に入り登録して下さってありがとうございます。
頑張ります。


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第5話 霊界の宴

 

―――飛燕、何をしているんだ?

 

―――宴の準備だ。もうじき生まれてくる我が同胞たちのための、な。

 

―――そうか。盛大に祝ってやれよ、飛燕。

 

―――無論だ。言うまでもないと思うが、お前も祝え、博雅。

 

―――俺も行っていいのか?

 

―――行くも何も、お前のすぐそばに起こる宴だ。お前にはたくさん笛を吹いてほしい。

 

―――俺に出来ることなら何だってするぞ、飛燕。お前がまた笑えるのなら。

 

―――相変わらず恥ずかしげもなくそんな台詞を言う。

 

―――言いたいから言うのだよ、飛燕。本当にそう思っているから言うのだよ。

 

―――それがお前の愚直さというものだ、博雅。

 

―――そうだろうか。

 

―――ああ。ほら、もう夢の覚める時間だ。行け、博雅。

 

―――もう、か―――

 

 

 

 

 

博雅は目を開けた。

心地良い夢だった。はて、懐かしい名を呼んで会話を交わした気がするが、誰とだったのだろうか。

博雅は辺りを見回す。隣にうっすらと藤色に輝く髪を見つける。冬士の髪である。

夜の闇の中で、はっきりと浮かび上がるその姿。それこそ、彼が生成りとしてもかなり最終段階に差し掛かっていることの証拠でもあった。この状況が長く続くのであれば、冬士はもう鬼と化すということになる。

見つめていると徐々に光が収まっていくのがわかる。

まだ冬士は人間の区分に踏みとどまっている状況であるらしい。

博雅は小さく息を吐いた。

夏のこの暑苦しい時期にテントに3人をぎゅうぎゅうに詰め込まれている。とはいっても、冬士は属性が水である上に冷気としてその有り余る鬼気を放出している状態らしく、博雅は肌寒さすら覚えた。博雅と冬士と共に眠っているのは亜門だった。

千夏が外されたわけだと何となく納得する。

清明とともにいたころ、博雅は何度も奇怪な現象に出会った。夏だというのに肌寒さを感じるのが水気の冷たさだと説明されてもピンとはこないが、おそらく現在の冬士を説明するならばそうするしかない。そしておそらく、千夏は冬士のこの鬼気を変換した冷気に耐えきれないのではないか。

そんなことを考えつつ、博雅は体を起こした。よく見ると亜門の髪はアイボリーに光って見えた。

―――こいつも物の怪の類か?

そう思うと同時に、こちらもやはり何となく納得する。

先読みして動くにしては動きが正確すぎたのである。

前日の修祓訓練で亜門が見せた動きは、相手の動くパターンはおろか思考パターンまで読んだかのような動きであった。先へ先へと回り、亜門はあっという間に1人でタイプ鬼の霊気をほとんど削ってしまった。とどめだけを他の皆に譲ったような形になっていた。

 

冬士がうっすらと目を開けた。

「…はよ」

「おはよう、冬士」

博雅は冬士に返した。亜門がばっと起き上った。

「おはよーさん、冬士、博雅」

「おはよう、亜門」

「…はよ…」

冬士はまだ眠たいらしい。亜門が軽く肩を震わせた。

「寒い。 いま7月だよな?」

「下旬だな」

「…冬士、ブレスレット壊れてねえか?」

「…ん…」

冬士はまともに返事を返す様子がなかった。亜門が冬士の顔を覗き込む。

「…すげえ白いぞお前。 病人の顔だ」

「…るせぇ…」

冬士は亜門をはたいた。亜門は小さく息を吐いて指先から炎を出す。

「これ抱えとけ、あったまるはずだから」

「…うー」

冬士にその秀麗な顔でそんな台詞は言ってほしくないものである。子供っぽいしぐさと口調がこれほど似合わない者もそういないだろう。

亜門に押しつけられた火を抱え込んで冬士はようやく体を起したものの、そのまま体育座りで膝に顔を埋めてしまった。

「…しばらく起きないな」

「いつもこうなのか?」

「むしろ逆。 誰かが起きるときにはもう先に起きてるのが普通だ。 疲れてたんだろうな」

亜門の言葉から博雅は何となく冬士の人となりを想像した。

「…主夫というやつか?」

「思考が100フィートくらいぶっ飛んでるけど、そうだな。 冬士は主夫だ。 ちゃんと愛してくれる嫁がいれば完璧だ」

亜門はそう言いつつテントを出る。そしてすぐに戻ってくる。

「どうした?」

「くっそ暑い」

「日本の夏なんてそんなものだろう」

博雅も外に出るとなるほど、かなり暑かった。そうとう湿気が多そうである。

「冬士は除湿機だったわけか」

「除湿機ならぬ除湿鬼で」

「…ぶっとばすぞ亜門テメエ」

冬士が起きてきたらしい。亜門の首に腕を回しつつそんな台詞を至近距離で吐いてはいけない気がするのは博雅だけではなかろう。

 

 

 

 

 

夢の内容を博雅がようやく思い出したのは昼食を式神で作っている時だった。

博雅はどちらかというと見鬼の力も強くはないし、楽器を使って霊獣たちとの対話を実現させること以外に特に能力などは持っていない。せいぜい武勇に優れているということぐらいだろうか。

とはいっても、まだ和坂に修繕してもらっている白銀と黒鉄は戻ってきていないため、あの2振りに見鬼の力を頼っていた博雅ははっきり言って皆が何をしているのかよくわからないのである。ぺらぺらした黒い人型は意識せねば視えない。

ただ、博雅の目には人格を持った式神、つまり上位式神や護法式がはっきりと視えるようになっているらしい。

冬士はだいぶ博雅の目には留まらなくなっていた。

「…」

冬士を見て鬼、と思った時、飛燕が浮かんできたのだ。

昼食のカレーが出来上がり、同じ班である俊也と歩に尋ねた。

「俊也、歩。 飛燕という式神は知っているか」

「?」

「…飛燕、安倍清明が持ってた式神だね。 本人がそう名乗ったっていう話しか残ってないらしいけど」

歩の言葉に博雅はむう、と唸った。

「飛燕については陰陽師の方が詳しいと思うよ。 まあ、飛燕は比較的有名だからね」

「有名?」

「飛燕は何度か現世に出てきているらしいから」

「…あの子が…」

博雅は小さくつぶやく。

「…そういや源博雅って古典で名前見るなあ」

「…そういやそうだね。 …転生者とか京一が言ってたけど」

「ああ。 そういうものらしい。 冬士の主治医殿がそう言っていた」

博雅はカレーを口に含んだ。

「で、何でまた飛燕の話なんか?」

「…夢で見た。 呼ばれたようだ」

「…呼ばれた? ああ、そっか、飛燕の知り合いってことなのかな」

俊也は博雅をつついた。

「?」

「どうせなら土御門様たちに聞いたらどうだ? 俺らなんかよりよっぽど詳しい」

それもそうである。なるべく『呪』の面倒な話はされたくないというのが博雅の本音でもあるのだが、そうもいっていられまい。

博雅はカレーの皿を持って千夏たちのところへ向かった。

 

 

 

「飛燕?」

千夏は驚いたように声を上げた。

「ああ。 夢に出てきた」

「…博雅なら、なんかイベントへのお誘いの可能性が高いけど…」

「イベント、か」

「ああ。 宴とか会とかなんか言ってなかったか?」

「宴とは言っていたな」

「なら笛を吹け、箏を弾け、ってことだと思うぞ。 …場所はわかるか?」

千夏が真剣な表情で言う。博雅は首をかしげる。

「俺の身近らしいが」

「…ならやばいな。 合宿中だったら最悪だぞ」

「蓮司さんに言ったら?」

勇子が言う。博雅の話を聞いてルイたちも首をかしげている。

ただ、亜門だけは少し視線が泳いだ。

「亜門は何か心当たりがありそうだな?」

「冬士、やめろって」

「ってことは確定未来だな。 何が見えたんだよ?」

アンドロマリウスまでもが絡んでくる。亜門はやれやれと息を吐いた。

「…教えたくない。 黙秘で」

「てめーなあ」

アンドロマリウスは口をとがらせた。亜門は冬士を見る。

「…マジかよ。 悪かったって」

「うぉい! お前らの間だけでアイコンタクト会話を成立させるな! 全然分かんねーじゃんか」

朱里が小さく笑った。冬士と亜門も笑う。大輔もかすかに笑った。

勇子と千夏は顔を見合わせて、博雅に言った。

「…飛燕っていうのは、龍鬼なのよ。 だから最低でもレベルは9、フェイズは最初から4か5で出てくるわ」

「博雅の身近にそんなバカでかい霊災を発生させる霊獣が出現すると考えていい。 博雅はまだ検査してないけど、たぶんそんなに霊瘴への抵抗力が高いわけじゃないと思う。 その警告もあったのかも」

博雅は考え込んだ。

龍鬼についての情報というのは土御門、正しくは影山家の規制下にある。龍鬼という霊獣は一般には知られていないため、想像しにくいものだが、龍と鬼が合わさったものであるということで大体言い中てられている。

「…飛燕が同胞と言っていたから、きっと龍鬼だろうと思うのだが」

「…博雅ごめん。 俺たちの手に負えるものじゃないよそれマジで」

千夏はそう言ってカレーを食べ上げた皿を片づけに行った。冬士はおかわりすると言ってすでに3杯目である。とはいっても、大輔も2杯目を食べているため目立ちはしないのだが。

「生成り分多く作ってるんだからしっかり食べなさいよね」

「そんな言い方したら食いたくなくなってまうわ」

「あたしがよそってくるんだからむしろ肯定してるわよ?」

「そういう意味とちゃうわ…」

突っ込みにそろそろ疲れてきたよ、と輝昭がぼやく。亜門がけらけらと笑った。

 

霊界の宴。

博雅の身近に起こるらしいその宴。

一体誰が飛燕の言っていた同胞なのか。

まだそれを知ることはできなかったのだが。

何となく、何か喜ばしいことのような、喜ばしくないことのような気がするのだった。

 




伏線の回でした。

突っ込み、誤字脱字の指摘、感想お待ちしています。


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第6話 潜む者

 

「…そろそろあの糞眼鏡の術が切れてくるころだな…」

小さくつぶやく昌次郎。まったくこの男は春樹のボディーガードになっているはずにもかかわらず、その大役は蓮司1人に押しつけて1人のうのうと酒をかっくらって十二神将控室で過ごしていた。

『昌次郎、お前また酒飲んでるな』

「今日は非番なんっすよ」

『休日返上しろ。 ついでだから俺の休日返せ』

「グールの百鬼夜行結局後始末俺がしたじゃないっすか!」

「昌次郎、真昼間からまた酒飲んでるのか!」

「黙ってくださいよ局長!」

『局長もっと言ってやってください!』

「うざ、切りますよ!」

ぶちん、と強制的に電話を切った昌次郎は窓の外を見る。バン、と康哉がタッパをテーブルに置く。昌次郎は視線だけそちらを向いた。

「…ほら、これはとある学生がお前はきっと食事のバランスなぞ考えずにカップ麺ばかり食っとるだろうと言って手作りしてくれたんだぞ」

「は、誰っすかこんなきれいに野菜チップ作る暇人は」

などといいつつも昌次郎は野菜チップをつまんだ。

康哉が持ってきた野菜チップは昌次郎用と書かれた紙が添えつけられていて非常にむかつくものではあったのだが。

―――俺は犬か。

誰なのか分かったら一発殴ってやろう。

そう思いながら昌次郎は野菜チップを口に入れた。

「…」

更に手を伸ばす。ぱき、と軽快な音でチップは割れた。

「…」

味は少し薄いと思ったが、健康面を考えるような暇人ならば仕方ないかとも思った。

「…」

「…なんか感想は」

「…うまい、です」

酒よりも野菜チップの方ばかり食べるようになっていた。やけに素直に感想を言った昌次郎に康哉は小さく微笑んだ。

昌次郎が素直に感想を漏らすことはほとんどない。

そんな昌次郎に少し冬士を重ねてしまった。

冬士はまさに昌次郎と同じ道を歩みかけた少年である。重ねてしまうのは仕方がないかもしれない。

「…それにしても、さっき糞眼鏡の術がどうとか言ってたな。 あいつの術の綻びはどうなっているんだ?」

「ああ―――いろいろ調べてみたんすけどね、あの…冬士ってやつ。 あいつ、術の効きが悪いみたいっすよ。 案外思っていたより早くから生成りだったとか」

昌次郎の言葉に康哉は少し顔をしかめた。あたっている。まったく蓮道家と鬼は相性がいいらしい。

「…あの糞眼鏡は術を二重にかけているだろう」

「ええ。 でもおそらくまだ二個目の方は発動してません。 こっちは冬士ってやつのためじゃなく、他の、もっと広範囲の複数に対してかけられたものっす」

昌次郎は野菜チップを口に放り込んだ。

「…えらく気に入ったらしいな」

「うまいです。 添えられてた紙がムカつきますけど」

「ははは。 さて。 俺は少しここを離れる。 あとは雷道に任せてあるから何かあったら雷道に言えよ」

「うっす」

康哉は部屋を出ていった。昌次郎は相変わらず野菜チップを口に放り込んでいた。

 

 

 

 

 

亜門は伸びをした。ようやく日程のラスト、タイプ鬼の修祓訓練(3回目)を残すところとなった。冬士は相変わらず木陰で休んでいる。

千夏と勇子と大輔と朱里は、冬士なしでもタイプ鬼を修祓して見せていた。2回の訓練において、4人は冬士を必要としていなかった。しかし、修祓するたびに冬士の方を見る動作は忘れていなかった。チーム戦において、メンバーを気にかけるのは当たり前のことだが、たとえ訓練に参加していなくても気にかけるというのは、そのメンバーをチームメイトとしてきちんと考えていることの表れでもある。

「お前ら、冬士をメンバーにカウントしているんだな」

佐竹の教員がやってきて聞いた。勇子はうなずいた。

「当り前じゃないですか。 冬士はチームメイトなんですから」

勇子は笑ってそう返して、また冬士の方を見た。冬士はそれに気付いて勇子に小さく手を振った。

「なあ亜門」

アンドロマリウスが亜門に声をかける。亜門はアンドロマリウスを振り返った。

「どした?」

「…最初に言ってたやつの気がまた出てきた。 でも隠形しててよくわからん」

「…冬士を見てるんだよ。 野本だ」

「…知り合いかなんかか?」

「いろいろあんのさ」

亜門は肩をすくめた。アンドロマリウスはそうかい、といって息を吐いた。

おそらく冬士も気が付いているだろう。野本が近くにいることくらいは。

野本の気は特に冬士の中にあるとある気と非常に性質が似ている。そのため冬士からすると野本の気は発見しやすい。

それよりも問題なのはなぜここに野本がいるのかということの方ではないだろうか。

亜門は小さく手を振った。カラスが一羽舞い降りてくる。亜門の腕に乗ってくる。亜門はカラスに言伝た。

「何でここにいるのか聞いてこい」

カラスは飛び立った。さて。エクソシストにばれていなければいいのだが―――

「火橋! お前今黒魔法を使ったな!」

「ちぇ。 やっぱばれたか」

「お前は相変わらず魔法の特性を理解できてねえな!」

アンドロマリウスに笑われる始末だった。

 

冬士は勇子たちのところへ向かった。後方によく知っている人物がいることには気付いているし、その人物がわざと冬士からわかるように霊気を流していることもわかる。

しかし、この人物は何ともあり得ない危険を冒しているのである。

―――何で追われてる身のあんたがこんな十二神将が来てるようなとこにのこのこ出てきたんだか。

詳しく考えようとすると頭痛がする。だから冬士は詳しくは考えない。

おそらくこれは彼が詳しく考えるなと冬士にストッパーとしてかけた術の効果か何かだろうから。恩師と彼を信じている冬士にとって、その忠告はまだ聞くべきものだ。いつか見返してやりたいところなのだが。

「…冬士、接触はなかったの?」

「霊気チラ見せしてくるだけでどこに居んのか分からねえ。 まあ、これ以上霊気を流すと蓮司さんが気付くかもしれねえしな。 案外もう気付いてるかも」

「可能性高いな」

千夏が肯定した。朱里は首をかしげた。

「どういう?」

「ここに今ね、テロリストといわれているかの野本泰蔵が来ていらっしゃるわけですよ」

「…新聞で見たことあるな。 4年前の霊災の召霊者って―――あ」

朱里は冬士を見た。冬士はニヒルに笑った。

「その通り。 野本先生は御影春山を召霊したテロリストだ。 ―――ま、仕方ないとも思うがな、俺的には野本先生の術が気に喰わねえのさ。 4年前じゃなくて、6年前の方がな」

「…6年前?」

朱里はさらに首をかしげる。勇子が目をきらめかせた。

「私たちも冬士から教えてもらえてない禁断の6年前! 解禁ですか?」

「禁断って…俺は何もやましいことしてねえよ」

冬士は呆れたように勇子を小突いた。

千夏と大輔はさっさとテントに戻っていった。朱里は冬士を見つめた。

「冬士、お前はまだ問題を持ってくるのか?」

「まあな。 野本先生の術が解けりゃあ、だいぶマシになるんだがな」

朱里はふと、勇子たちの言う野本泰蔵がどうやら冬士や勇子の中ではテロリストではないらしいことに気付いた。

冬士はかなり警戒心の高い男のはずである。必要以上は語らないし、どう考えても警戒している姿を大っぴらに見せることがないのは平常運転であることもなんとなくわかる。とするならば、おそらく野本泰蔵は冬士から絶対の信頼を得るほどの人だったのではないか。そうでなければテロリスト扱いされている人物を冬士が“先生”なんて呼び続けるはずもない。

「冬士、手伝えることあったら言ってくれよ?」

「…ああ。 そんときゃ頼らせてもらうぜ、朱里」

冬士はそう言って空を見上げた。

「…タイプ鬼。 なんかいやな予感がする。 朱里、さっそく頼まれてくれ」

「ああ」

「…たぶん、百鬼夜行が出る。 タイプ鬼だ。 時刻はわからない。 だが、近日中に。 気をつけろ」

冬士は焦っている様子はなかったが、口に出してやばいと言っているから、朱里にとってはかなり面倒な類に入る規模のものが出現するということなのだろう。そもそも、百鬼夜行といえば現霊獣分類表では常にレベル10に分類されている。強いのではなく単に、ゾンビ映画のような、数のゴリ押しで来るのである。十二神将でも警戒せざるを得ない理由でもある。

「…アレンにも言っとけ。 ここで一番使える学生はあいつだ」

「冬士よりも?」

「あいつは実践を積んできてるはずだ。 俺みたいな訓練ばっかの箱入りよりよっぽど使いものになる」

冬士の冷静な判断に朱里は小さくうなずいた。

朱里の実家は神社である。従兄が神主を務めているが、アレンはもともと見鬼でなかった朱里と違い、最初から見鬼だった。苗字が違い、鋼山の血統から離れていることが予想されるアレンがそれでも男巫女になっている由縁だ。

「アレン」

朱里は冬士の話をそのままアレンに伝えた。アレンは苦虫をかみつぶしたような表情になる。そんなに百鬼夜行とはやばいのだろうかと改めて考えを巡らせた。

「百鬼夜行ってそんなにやばいのか?」

「…モノによるけどね。 でも百鬼夜行は基本的にいくつか別の種類が集まってるから、毒気の強い霊獣が混じってることがあるんだ。 それこそ、霊獣に限らず怨霊やら悪霊やらの類までさまざまさ」

アレンの言葉に朱里は身を固くした。怨霊や悪霊に関しては除霊を頼む参拝者がいたのを朱里も知っている。

「…結界を張ったら冬士たちはどうなる」

「冬士のことだからなあ。 結界から抜けちゃうんじゃないかな」

「結界に入れられないのか?」

「俺が言うのもなんだけど、無理。 鬼を中に入れてる結界なんて無いも同然だよ。 だから冬士は絶対に結界から抜けようとする」

それくらいは俺でもわかる、とアレンは言った。朱里はクラスメイトを助けたいだけだろうが、そのクラスメイトは普通の人間ではないのだ。生成りという、準霊災なのである。いくら冬士が中の鬼たちと良好な関係を築けていると言われても、鬼は基本的に破壊衝動を持っている。冬士が攻撃的な気性をアレンに見せたことはないが、能ある鷹は爪を隠すというではないか。アレンははっきり言って、冬士の封印がすべて正常に発動していたとしても冬士を1人では止められないと考えている。鬼はそんなに甘くない。

まして、それが複数入った複合鬼というならば、アレンの手には負えない。

それくらいは、アレンは実力をちゃんと図る能力はあると自負している。

何より、冬士からの厚意をむげにはできない、助かる対象が朱里だというならばなおさらだ。

「朱里、冬士はきっと大丈夫」

「…そう、だよな」

「そうそう。 先生たちもいるわけだしね」

よくわからないが冬士と似たような気を感じるものが近くにいた。場所までは特定できなかったから、おそらく手練で、わざと霊気を流していたと考えるのが妥当。近くにいたのは冬士であるから冬士に気付かせるためだったと仮定しよう。そしてそれほどの手練ならば、たとえ百鬼夜行が出たとしてもしっかり対応をしてくれるはず。味方と考えるのは軽率すぎるが。

とりあえず、朱里を安心させる方が先である。

「さてと。 とりあえず、今夜の修祓訓練に集中しよう?」

「…そう、だな」

朱里はうなずいて、アレンとともに皆のもとに戻る。勇子と一緒に女子テントの方へと向かった。

 

 

 

「…やれやれ」

野本は息を吐いた。

―――まったく困った教え子だ。

気付いているくせに全く反応を返してこなかった。釣れない教え子である。

冬士の荒んだ目を二度と見たくないのだから、釣れなかったのはまだいいほうだろうか。

そんなことを考えながら男は霊気を消す。

眼鏡をかけたスーツ姿の男。野本泰蔵である。

冬士とは4年ぶりなのだが、別れが微妙だっただけに突然姿を見せてもいいものかと悩んでしまうのである。かなしきかな、野本には冬士と同じくらいの年の息子と娘がいるため、つい冬士と紫苑の兄妹を重ねてみてしまうのである。

術の効力がそろそろ切れてしまうころである。十二神将が気付いているかもしれない。特に警戒するべきは蓮道昌次郎。彼はあっという間に他人が丁寧にかけた術の膜を髪を破り捨てるがごとく引き裂いてしまう。

ここにいるのは多嶋蓮司だけとはいえ、蓮道昌次郎に関しては飛歩が使えるため、一瞬で飛んできて野本が捕まってしまう可能性だってある。それでも出向いたのには理由がある。

「…ぜひ、見届けさせておくれ、冬士」

野本の声は小さくかき消えていった。

 




野本泰蔵
6年前に小学4年生だった冬士の担任だった男。また、4年前に御影春山を召霊した。


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第7話 タイプ鬼と鬼

ちょっと残酷。頑張ったつもりなんですよ?


 

タイプ鬼の修祓に関して、朱里は気付いたことがある。勇子、大輔の連携はうまく取れているのだが、千夏と勇子の連携はまだしも、大輔と千夏はほとんど連携が取れていない。

そんな状態でいいのかと尋ねると、冬士がいるのが前提だからなあと千夏は返した。

使えない状態のやつを想定して戦うのはどうか、と言ったのは大輔だった。しかしそれだと大輔は千夏の守りまでせねばならない。

さすがにそれは負担が大きすぎる。

千夏はそう言ったが、ならば別の方法を考えればいいと朱里は提案した。すると大輔は考え込んでしまった。勇子が気を利かせて朱里に言った。大輔は鬼であるから式神を傍で一緒に使えないのだ、と。

しかしそれでは勇子の式神はどうなるのかと問う。すると勇子は、自分の式神は大丈夫だと言った。大輔と波長は似ているから、と。

大輔の鬼に食われることはない。

しかし千夏の式神がいつもは食われない理由は冬士が傍にいるためだとも。冬士はこの鬼たちの中で最も強力な御影春山を抱いている。そのため大輔の鬼によって千夏の式神や千夏が食われるのを防ぐことができている。その冬士がいないのだから、千夏は自力で大輔の鬼から身を守らねばならず、式神に割いてやる霊力もできれば自分の結界に使いたい。

朱里に関しては、千夏と勇子が冬士と大輔に霊力の供給の一部を担っているため、他の人間である朱里にまで鬼の手が伸びることはないという。

朱里が歯痒さを覚えたのはいたしかたないことだった。守りたいなどと思ってもその力は朱里にはない。口先だけの偽善者になどなってたまるものか。

冬士は相変わらず涼しい顔をしている。

さて。

朱里は改めて決意した。

 

―――修行、頑張ろう。

 

頑張るで済まされることではない。まずは己の身を守れるようにならねば、誰かを守るなどとほざく権利すらありはしないのだから。

冬士や大輔、他の生成りである犬護たちもそうなのだろう、彼らの傍にいるということはこういうことなのだろう。

そう薄々と感じている。朱里は小さく息を吐いて空を見上げた。

3日目の朝。

もう、帰りの支度を皆は終えてしまった。

朱里も荷物をまとめ終え、バスに荷物を運ぼうとしているところだった。

「―――!」

朱里は辺りに満ちた瘴気に気付いた。朱里が立ち止まったことに冬士が気付いて足を止めた。

お前は足を止めちゃだめだろう。

朱里はそう言おうとして、言うことができなかった。冬士が突っ込んできたからである。

「っ!?」

「…悪ぃ…」

冬士は低く唸るようにつぶやく。朱里は冬士に押し倒された。

朱里は何が起きたのかを理解しようとした。そして、ミチミチと音がし始めたことに気付く。まさか、と冬士の表情を見る。苦痛にゆがんでいた。

「アレンのとこに行け、全員に結界張らせろ。 翔と大輔は外せ」

冬士は体を起して振り返る。微かに肩が朱里側を向き、黒い制服が赤黒くなっていることが見て取れた。視線を冬士の背に移動させると、制服の生地が引き裂かれて浮き上がっている。地面には血が飛び散って赤く染まっていた。

「とう、じ」

「行け、朱里。 俺とこいつらじゃまだこいつらの方が上だ」

遠くでサイレンが鳴り始めた。朱里は荷物など置いてその場を離れる。アレンはまだテントの方にいるはずだ。朱里はアレンの方へ向かう。冬士にならば背中を任せていいと思える、それぐらいの安定感を冬士は持っている。朱里は視界に相手を視てはいないが、わかる。相手は鬼だ。タイプ鬼、そしてレベルは8以上、本物だ。

鬼とはこうも恐ろしいものなのか。

冬士の中の鬼たちがどれほど冬士と友好関係を築き、冬士の友人たちを傷つけぬようにふるまっているかがようやくわかった。封印とはこのためについているのだと叩きつけられたような気分だ。冬士がいなかったら朱里は情けなくその場に崩れ落ちていただろう。いやそもそも、冬士が庇ってくれなかったら死んでいた可能性が高い。今走れているのもおそらく、冬士が朱里を庇っているためだ。つまりこの鬼気による重圧は本来もっと重く苦しいものであるということ。

修行を頑張ろう?

温すぎるのだ。朱里は必死で言葉を紡いだ。

「ッ、走れ、走れ…もっと、速くッ!」

言霊。強力な言霊を。己の体にかけて。

朱里は走った。そしてアレンのもとにたどり着いた。

離れていたのはほんの百メートルほどである。階段を駆け上がりはしたが。

「朱里っ!」

「あ、あれ、ん」

ガタガタ震えている朱里は、アレンが肩に手を置いて何とか息を吐いた。

「皆、結界、を」

言葉がカタコトになる。アレンは顔をしかめた。

「あのバカヘッドバンドはどうしたの」

「むこう、で、鬼、を」

「! 中心地にいるのか!?」

中心地。つまり、その霊獣の顕現地点のことである。朱里は多分、と言うこともできず、もう、頭がいっぱいになってどうすればいいのか分からなくなり始めていた。

「鹿池、鋼山!」

大輔が声を上げた。頭を押さえて呻いている翔がその手に襟首を掴まれていた。

「俺はこいつとここを離れる。 結界はお前らだけでやれ!」

アレンは小さくうなずいたが、大輔のように結界を張り慣れている人員がいないのはやりにくかった。しかし翔の様子を見る限り封印が綻びそうになっていたのは間違いない。いなくなってもらった方がいい。

「神成、土御門! 春樹ちゃんも、結界の柱よろしく! 先生たちとエクソシストたち全部巻き込んで結界張って!」

「お前はどうするんだ!?」

「雑魚を一掃する! 準1級なめないでよね!」

アレンはそう言って朱里を勇子に任せて階段を駆け下りていった。勇子たちは犬護、春樹、千夏、勇子、そして、令子に声をかけた。

「湯島さん! 久しぶり、さっそく手伝ってもらうわよ!」

「今度は、水かしら? 霊力鍛えてきたから抜かりはないわよ!!」

令子は声を上げた。冬士も大輔もとんでもないものに巻き込まれたものである。その始まりは自分だったのかもしれない、令子はそう思った。

 

 

 

「影山―――っ!?」

アレンは驚いた。冬士は封印がかけられており、まともに動けないと踏んでいた。しかし、どうだろうか。冬士の姿は、鬼に転じかけていた。要は、生成りの姿になっているということである。

その額には鬼の角。複合鬼の特徴的なグラデーションが現れている。と言うか、左右で角の色が違うというのはどうなのか。どれだけ強い鬼を中に飼っているのだ、影山は。

アレンはそう思いながら呪符を取り出す。

アレンに護法式はいない。護法式、要するに高等式の一種で個体の特定ができ、力が強く、また人格を持っているものだ。

アレンには護法式を維持するほどの安定した霊力供給ができない。そのため、護法式を起動するのが精いっぱい、ただの操作型の式神の方がましだと従兄に言われたのを思い出す。従兄と言っても、自分の従兄ではなく、朱里の従兄だ。

「…」

目の前の鬼を視る。

タイプ鬼、レベルは8、フェイズは4といったところだ。

筋骨隆々、体は赤っぽい。火気が根底にあるのだろう。冬士とは相性がよさそうだが、冬士は今戦えないはずである。なぜ彼は今鬼の姿になっているのだろうか。それがわかればだいぶ戦い方が変わってくるのだが。

「影山!」

改めて声をかける。冬士はアレンの方を目で見やっただけだった。それだけ目の前の鬼を警戒しているというのが分かる。そもそも、本来アレンならこんな状況では声をかけたりしない。相手が戦える状態ならばの話である。

アレンでもさすがに本物の鬼に会うのは初めてのことである。本当はすでに足がガッタガタになっている。逃げ出したい、そう思えていることが奇跡でもあった。冬士が今鬼気を一身に受けているのははた目から見て明らか。冬士は格上の鬼相手に対峙している。

アレンは冬士の後ろに回る形で鬼と対峙する。

「…ごめん、盾になってて」

「俺に構うな。 内臓全部ぶっ飛んだりしねえ限り楽にゃ逝けねえよ」

冬士は後ろに回ったアレンに言う。鬼は冬士を見つめているらしい。手が迫ってくる、というのはアレンでもわかった。アレンが動かねば冬士は避けられないではないか。アレンは右に避けた。スライディングの要領になるが、鬼の霊気など掠りでもしたら体が動かなくなるに決まっている。と、冬士も右にたった一歩だけ、避けた。そしてその手を大きく開き、爪を伸ばした。

鬼の動作は緩慢だった。おそらく顕現して間もないため、そしてもう一つは。

「…まだ意識の統合がされてないのか…」

なんだって、こんなところでタイプ鬼の修祓訓練をしたのかと考えてみれば、蓮司という修祓退魔のスペシャリストが1人いたためだろう。彼はちゃんとこの2日間、仕事をしていた。タイプ鬼を修祓した後の霊気の残りを残さずすべて祓ってしまっていたはず。

誰かが糸を引いている気がする。

「グォオオオオオッ!!」

アレンは鬼の咆哮にハッとなって態勢を立て直した。考え事をしている暇はない。

咆哮の正体は、鬼が手を冬士に引きちぎられたためだったらしい。

ぼたぼたと赤い液体が落ちては霧散していく。火の霊気の塊だ。

「…」

水剋火。これは真言を使った方がいいか。しかしそれで冬士を巻き込んでは意味がない。

アレンは呪符を投じた。

「水剋火、急急如律令!」

呪符の数は5枚。冬士は周りに近付いて来ていた小さな体の鬼たちを見渡した。

これらを、雑鬼と言う。タイプ鬼の中で最も鬼からかけ離れているもの。それはあくまで、外見上タイプ鬼に分類されているだけのような存在である。

 

―――腹が、減った。

 

ずくん、と体の内側から焼かれるような感覚に襲われる。

「っ!」

冬士は手を握りしめたつもりだったが、どちらの手も握りしめることができていなかった。

―――くそ、どっちも持ってかれた。

冬士はアレンに向かって叫んだ。

「アレンッ! 雑魚をやれ、俺の霊圧が鬼に変わったらそれも中断して逃げろ、両手を火と金に持ってかれたッ!」

アレンからすればかなり普通の声だったのだが、かなしきかな、これが冬士の悲痛な声音だ。だがアレンは冬士が複合鬼と呼ばれる類であることを加味してかすぐに理解してうなずいた。アレンの補助がないというのは冬士にとっては賭けだ。庇うものはない、だが、1人で鬼たちの手綱を持ち続け、皆を襲わずに納められるか。

―――やるしかねえんだよ。

自分に言い聞かせ、冬士は両手を乗っ取ってしまった鬼に身を任せた。

炎が一文字に走り、刀が現れる。鞘から抜き去ると、左では強烈な金気を纏って硬化する。足は何とか動く。冬士は踏み込んだ。

鬼の先ほどちぎった腕はすでに鬼の腕に収まっていた。もう治ってやがるのか、と悪態をつきつつ鬼の顔のすぐ下にまで入り込む。一瞬のことである。

フィン、と風を切る音。右足の踏み込みと同時に袈裟掛けに振りおろされた刀。そのあとを追うように炎が走る。左足を上げて右足を軸にして遠心力で再び鬼に切りつける。片手で切っているからできる芸当。鬼の意識が冬士に向き、目ははっきりと冬士を捉えた。

「…意識が統合されたか…」

―――面倒だな。

まだ外に出てきていない御影春山と紫鬼はどうしたのだろうか。紫鬼の属性をとっとと使って鬼の弱体化を図りたいところである。

火属性の鬼を火で切っても、五行相乗、火は火を強化してしまうだけだ。鬼紅蓮で切るたびに鬼は強くなる。火剋金の関係を考えると左手を乗っ取ったカノンに期待するのは無駄。冬士は呪符を取り出す。

鬼気が乗りすぎると呪符が使いものにならなくなってしまう。冬士は今自分がどれくらいの鬼気を放っているのか分からなかった。

「グォォオオオッ!」

鬼が再び咆哮を上げ、冬士は呪符を投じた。

「水剋火、急急如律令」

小さな声で。声をあまり出すときっと呪符が燃えてしまうから。

呪符は水を放ち、鬼に当たる。鬼は冬士に手を伸ばす。まるで水なんて効いてないかのように。しかしなぜなのか、なんとなくわかる。

―――こいつ、まさか。

張り合いがなさすぎる。攻撃という攻撃がほとんどない。こいつが、何かを釣るためのものだったら。

冬士はそんな考えに至って、アレンの方を見た。アレンは雑鬼を滅している、楽勝そうだ。そしてその霊気はどうやらこの鬼に集まって―――

「アレンッ、逃げろッ!! こいつら全部囮だッ、百鬼夜行が―――」

 

ドシュッ

 

「…え?」

「…ほんと、めんどくせぇ…」

ぼたぼたと温かい赤い液体が零れ落ちる。ゴホ、と冬士は咳込んだ。

アレンは振り返った。そしてそこで、鬼の指に貫かれた冬士を見た。

「影山ぁぁぁッ!」

そして、見たのだ。

見た、のだ。

先ほどの鬼とは比べものにならない鬼を。

「フェイズ、5…」

アレンは後ずさった。雑鬼に体を支えられる始末だった。冬士の鬼気がずいぶん小さく感じられた。レベルは変わっていないという放送が遠く聞こえた。

鬼の体は浅黒いが、肌色だ。この色を持っている鬼と言えば、一つしかない。

「…土鬼…」

五行相生、火生土。冬士が囮だと言った理由がわかった気がした。

さっきの鬼はきっとこの鬼が出てくるための依り代にされたにすぎなかったのだ。

アレンが気付かず雑鬼を祓い続けたために霧散した霊気が先ほどの火鬼に集まってしまったのだ。冬士を苦しめたのは、アレンだったようである。

「…アレン、下手なこと、考えんじゃ、ねえ」

息も絶え絶えに冬士が言う。その目にはまだ俺は負けてねえと言いたげな光が宿っている。

「かげ、やま…」

「お前が、そんなんじゃ…、朱里が、泣くんじゃ、ねえか…」

朱里の名前を出すなよ。

アレンはそう思う。生成りが強いなどと言っても、肉体は人間である。再生能力には限界ってものがある。

「さっきの悲鳴、朱里、びっくり、してるだろうなぁ…」

だから、朱里の名前を出すなよ。

アレンには冬士が言わんとしていることが何となくわかった。

冬士は何かする気だ。

そしてそれはおそらく、アレンを巻き込むこと。だから、引き離そうとしている。

「…死んだら許さん。 お前死んだら朱里がほんとに泣いちゃう」

そう言ってアレンは踵を返す。雑鬼たちが土鬼に向かって集まっているのが見えた。

―――これ全部、フェイズ5か。

アレンは冬士の意志の強さにかけることにした。

 

 

 

アレンが階段をひとっ飛びで上がった。

冬士は中に入れ込まれた土鬼の霊気に吐き気を覚えた。しかしこれはチャンスでもある。待っていたと言わんばかりに御影の木気が冬士の体を満たしていく。

五行相剋、木剋土。冬士はニィ、と鬼の笑みを浮かべた。

それは、鬼たちか冬士か。

 

―――まあそんなこと、カンケーねえなぁ?

 

土鬼が冬士から指を抜き、後ろに下がった。

冬士の傷はふさがらない。

一方的に蹂躙された気分でムカつく。蹂躙してやりたい。この目の前の鬼は、お誂え向きに、冬士の唯一持っていない属性なのだから。

 

―――食ってやる。

 

その感情と言っていいのかどうかもわからぬ形容しがたい感情。冬士は上着を脱ぎ捨てた。邪魔だ。封印が施されているアクセサリも投げ捨てた。

亜門が作ってくれたブレスレットの石が、すべて砕け散った。

耐えているのは、冬士がずっとつけているペンダントのみ。

「ウォオオオオオッ!」

冬士は吠えた。土鬼が一瞬で距離を詰める。冬士の目の色ははっきりと分かれた。

碧と、翠の瞳。耳がとがり、牙と爪が大きく伸び、角はさらに伸びる。

土鬼が手が一瞬で冬士の左手を掴んだ。小さく冬士はつぶやく。

―――土生金。

鬼の腕が肥大化し爆発し、左手は思うままに鬼の土気から生じた金気を食らっていく。祓って霊瘴が残るならば残さず食べてしまえばいいのだ。

封印?知ったことか。

とりあえず全員助ける方が先だ。

あれ、全員って誰だっけ。

まあいいや。

冬士は土鬼の角を掴んだ。

その金色の角はざらざらとしていて、触り心地はあまり良くない。土と言うよりも砂に触れている気分である。

「―――ハッ。 誰の差し金かは知らねえが。 乗ってやるよ」

冬士は角に噛みついた。

 

バキンッ

 

「グァアアアッ!!」

鬼は悲鳴を上げた。と、右手の刀が一閃振るう。お前がやると相手が強くなるだろうが、ボケ。冬士は小さく鬼紅蓮を叱責して足に木気を集める。そして、蹴りを放った。

 

バシュンッ

 

音がした。

しかし、それで終わりだった。

鬼の姿を無残なものになっていた。頭がない。右手も、腹もない。

「…く、ククっ」

冬士は笑いだした。

土鬼。不味くはなかったなあ。

でもまだ、足りない。

上等な霊気を知ってる。

取りに行こうか。

それとも。

冬士の思考は鬼に重なり、呑まれかけていた。

ゆっくりと。

歩き出した。

 




私は好きなキャラほどきつい立場にする傾向があるらしいです(←親より)

感想、誤字脱字の指摘等、お待ちしております。


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第8話 複合鬼

 

冬士が階段を上がって来たと思ったら、勇子がどこからかナイフを取り出しました(by朱里)

 

 

 

冬士が階段を上がって来たのを見て、皆はほっとした。アレンの様子からして、冬士が無事だとはだれも思ってはいなかったからである。

いやそもそも、服に穴があいているのに冬士には傷がないことがおかしい。

勇子はナイフを冬士に向けていた。

「神成、影山は…」

「よく見てよ、鬼だよあれ。 あんなの結界に突っ込んできたら死んじゃうわよ」

勇子は容赦がないというか。

アレンたちはちょっと楽観視していた。

蓮司が叫んだ。

「冬士君ッ! それだけはやらせないッ!!」

蓮司は冬士の前に刀を持って立ちはだかる。

「蓮司さんッ!?」

春樹が声を上げる。千夏が叫ぶ。

「冬士ッ!! 鬼なんかに呑まれるんじゃねえッ!」

ようやく数名が状況を理解し始めた。犬護はあたりを見回す。

「勇子ちゃん、大輔君と翔君は!?」

「あいつらはちょっと離れてるはずよ。 大輔じゃもう冬士に敵いそうにないわ」

勇子はそう言いつつナイフを逆手に握り直す。千夏もナイフを取り出す。

「そんなの一体どこに持ってたのさ?」

「時空間術」

アレンの問いに千夏は答えて、結界のぎりぎりにまで出ていく。

「千夏様」

「蓮司さんがやられたら取り返しがつかないですよ。 俺が止めときます、どうか春樹を」

蓮司はうなずく。冬士は春樹という名を聞いて小さく反応を示した。

「…ぁ…」

目を見開き、あたりを見渡す。自分が何をしようとしているのかに気付いたらしい。

蓮司は春樹の居る方向へ向かった。

「…ち、か」

「俺のことはわかるんだな、馬鹿冬士」

冬士は小さくうなずき、急に咳込んだ。

「ゲホッ、カハッ…」

「冬士ッ!?」

千夏は慌てた。冬士が声を荒上げた。

「千夏、ナイフを下ろすんじゃねぇッ」

「!」

冬士の表情は苦痛にゆがんだ。

喉を押さえる。押さえたところでどうしようもない。

喉がいがついているわけではないのだ。

喉が、焼けるように熱い。喉が渇く。どうすれば癒せるのかは知っている。だがそれはやってはならないこと。

どうすればいい。

冬士は考える。

どうすれば。

千夏を見る。喉の渇きが酷くなるばかりだ。これはいったん皆を視界から外さなければならない。

冬士は踵を返した。が、そこまでだ。

足が動かない。

「…冬士?」

「…くそ、紫鬼が言うこときかなくなった」

冬士は忌々しげに言った。千夏は式神を出す。それは人間の女の姿をしている。

「どうなさいましたか、千夏様」

「蓮司さんに伝えてくれ。 冬士にここの霊気を食わせる」

「はっ」

女は姿を消し、千夏は冬士にナイフを向けたままでいる。

「冬士、ここの霊気全部で足りるか」

「自信はねえ。 …あー、くそ…」

胸やけまでしてきやがった。

冬士は目を細め、千夏の方を振り返った。御影春山の優しげな光が失せている。ぎらついた目をした、飢えた鬼だ。

この目を見たら皆足がすくんでしまうだろう。

「…冬士、封印ぶっ壊したのか」

「…先生に土下座決定だな」

ニヤッと笑って見せる冬士に、千夏は小さく笑ってうなずいた。

どこまで強がれるのか、この男は。

どれだけ安心させようとしてくれるのだろうか。

千夏は深呼吸した。

「冬士。 いいらしいぜ」

式神が直接千夏につないできた。冬士に告げると、冬士はうなずいて近くを彷徨い続けている雑鬼たちに手を伸ばした。

雑鬼は冬士の手に気付いて近寄ってくる。それが一瞬で消えた。

千夏からは見えないが、ゴリゴリと音がする。相変わらず捕食シーンだけは見せてくれないなあと思いつつ、千夏はナイフを下ろした。捕食に入ればもう冬士は千夏の方を見ない。千夏はすばやく後ろに下がった。

「千夏、くん」

犬護は微かに震えていた。千夏は犬護を安心させるように肩を叩く。

「大丈夫だよ、冬士は発作が起きたからしばらくその辺の雑鬼を食ってる」

「…」

アレンと朱里がゆっくりと近づいてくる。さすがのアレンも顔は青ざめていた。

「真っ青だな、アレン」

「当たり前だろ…クラスメイトが鬼もビビる鬼喰いだったなんて」

鬼喰いと言うのは、鬼の子供のことを指す。タイプ鬼が他のタイプ鬼を食らって強大になっていく、つまり成長することからついたあだ名である。

「…まだ、6割は超えてない」

「…マジで?」

「マジ」

「…なるほど…複合鬼だからあんなに食べるわけね」

アレンは1人で納得してしまった。朱里はアレンに支えられて立っている状態である。

「…なあ、俺がさっき会った鬼は…」

「あいつは冬士が食ったんじゃ」

朱里にアレンが返すと、すっと姿を現した亜門が言った。

「火の鬼だったら土鬼の媒体になったぞ。 土鬼なら冬士に食われて霊気の欠片も残っちゃいねえ」

亜門の姿は特に変化があるわけではないが、普段の亜門の霊気からするとかなり火気が強く感じられる。千夏は小さく笑った。

「なるほどな」

「さて。 全員で春樹ちゃんでも守るか? 冬士霊気足りなかったら春樹ちゃんに向かうの目に見えてるぜ」

「やれるだけのことはやってみよう」

千夏たちは春樹のもとへ向かった。

 

 

 

雑鬼のその右手の刀と左手で食らっていく。足に当たればそちらからも食えるのだが。

冬士はひたすら、左手での捕食に集中していた。

金気がなかなか回復しないのだ。

鬼紅蓮が入った時点でカノンが弱ったのはわかっていた。だからあまり鬼紅蓮を使いたくないしカノンの回復のために霊気のほとんどはカノンに食わせていた。

だが。

さっきの土鬼との食らいあいで状況が変わってしまったのだ。

よく言えば、冬士による鬼たちの統制が上手く取れるようになった、すなわち紫鬼が強くなった。

悪く言えば、カノンが得るはずだった霊気を紫鬼が取ってしまったということになる。

カノンの弱体化、強いては消滅はもう避けられないだろう。

6年暮らしてきた仲である。消えるなどと言われてしまうとやはりさびしい。たとえ最初の出会いがどれほど最悪なものであったとしても。

雑鬼をあらかた食いつくして、冬士は立ち止まる。まだ喉の渇きは癒えない。鬼紅蓮を納刀し、左手を握ったり開いたりを繰り返す。

「…まだ死んでくれんじゃねえぞ、カノン…」

皆のところに戻ろう。冬士は再び踵を返す。

と、その時だった。

「冬士」

「―――!」

聞き覚えのある声がした。冬士はあわてて振り返った。

「…野本先生…」

冬士が振り返った先には、野本がいた。相変わらずスーツ姿で眼鏡が光っている。

「久しぶり。 とはいっても、昨日のうちに存在は認識してもらったけれどね?」

野本は冬士の頭を撫でる。

「…まったく、何のために術をかけたのか分からないじゃないか」

「野本先生が紫鬼に気付かなかったせいですよ」

「ふふ、まったくだ」

野本が話し始めた途端、冬士の喉の渇きが一気に癒えていった。

「…」

「御影春山、無理をさせて申し訳ありません」

「…問題ない。 さっさと帰ってきたらどうなんだ、泰蔵―――」

冬士の口をついて出た言葉は、冬士の意志と関係ない。御影春山が言葉を紡ぐ。

「―――そうですね。 まだ帰ることはできませんが、近いうちに」

野本は冬士の頭を改めて撫でる。

「冬士、正たちを頼むよ。 あの子たちへの術を解除したから」

野本はそう言って冬士の額に手を添える。指先が光り、淡いオレンジ色の光が冬士を包んでいく。

「…つらい思いばかりさせてすまない」

「…ホントにそう思ってんだったら、早く帰ってきて俺たちの傷を癒す方で努力して下さいよ」

冬士の嫌味に野本は苦笑した。そうだな、と言って、静かに手を離す。

野本はすばやく姿を消した。

 

――――もう大丈夫だろう?

 

そんな声ははっきり、冬士に届いていた。

 

 

 

蓮司が最後の雑鬼を修祓した時、冬士が姿を現した。結界を張っていた生徒たちはもう霊気が限界に来ていて、結界が霧散した。

エクソシストたちには結界を張る力がないのだから、倉橋の生徒だけでよく保ったものである。蓮司は納刀し、改めてあたりを見渡し、霊気に異常がないか視る。

揺らぐ霊気に気付く。冬士が帰ってきたらしい。

すぐに蓮司のところに来たということは、冬士の意識ははっきりしているということだ。蓮司は冬士の姿を捉えた。

相変わらずの複合鬼の姿だが、安定感がはっきりしている。何があったのかは容易に想像できた。

「…そのまま俺に捕まってくれないかなあ、冬士君の元担任」

「無理ですよ」

冬士が口端を上げて笑った。蓮司は苦笑いを返す。

呪術が何か解けているのは明らかだった。

「…さて。 皆を休ませたいなあ。 ケータイはある?」

「あります」

「皆のことは任せてくれ。 冬士君は自分の身を案じてくれよ」

「善処します」

「そこははいだろ」

蓮司はそう言いつつケータイを取り出す。まったく面倒なことを1人でやらされている感がある。

―――昌次郎のやつ、酒飲んでたりしないだろうな。

そんな不安がよぎった蓮司だった。

冬士はスマホで正純に電話をかける。

「もしもし、先生。 冬士です」

『この大馬鹿野郎が。 封印2段階ぐらいぶっ壊れてんだけど!』

「ほんとにすいません」

『ったく…調子はどうなんだ? 気分は? 喉は渇かないか?』

「大丈夫、です。 野本先生に会いました」

『…蓮司ちゃんに捕まってくれないかな、マジで』

「無理ですね」

冬士は笑う。なんだかほっとして、いろいろ頭が混乱しているのに、もうどうでもよくなった。すぐにでも正純は来てくれるだろう。

あまり心配をかけてはいけないなと改めて思う。

電話を切って、冬士は千夏たちの方へ向かった。

「冬士」

「よお、千夏。 こんなカッコで悪いな、アレン、朱里」

冬士の角と爪と牙を見れば普通は皆でびっくりして動けなくなるか、それに類似する反応が返ってくるが。

「…鬼気は、ないな…」

「出してねえからな」

「冬士、喉は?」

「今は大丈夫だが…保険はかけとくか」

冬士はあたりを見回した。すぐ傍にまで、その人物は来ていた。

「博雅、数曲頼めるか」

「あいわかった」

博雅が笛を取り出して吹き始めた。

大輔と翔が笛の音を聞いてか帰ってくる。勇子は大輔と翔の霊気を見て、冬士の傍に2人を置いて、近くで一緒に曲を聞きはじめた。

 

 

 

 

 

正純が来るまでに3時間ほどが経った。冬士は正純の車で病院にそのまま向かうことになった。昌次郎が来たので蓮司は後処理をするからと言って春樹を昌次郎に任せたのだった。

 




複合鬼
いくつかの鬼の集合体で、それぞれの力がまだ残っている状態。統制についている鬼がいる。冬士の場合は紫鬼、らしい。


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第9話 一歩先へ

合宿で得たモノはあったか。

闇に尋ねられ、帰ってきた千夏たちはうなずいた。

得たモノは多かったが、失ったものもある。

それを理解しているからこそ、彼らに笑顔はなかった。

皆から一時的に笑顔を奪っていく天才・影山冬士は帰ってこなかったものの、無事であるという電話は勇子のスマホにかかって来た。

 

 

 

「冬士、調子はどうだ」

「…だいぶ楽になりました」

冬士の口調がだいぶふてぶてしくなってきたな。

正純はそう思いながら冬士の頭を撫でる。相変わらず大人しく撫でられている冬士だが、以前なら少し受けるのをためらっていたはずである。分かりづらいのだが。

正純は気付くが、他の職員では気付けないだろう。こんな厄介なものを一般の封印施設にでも入れてみろ、すぐに堕とされるのがオチだ。

生成りというのは精神的には不安定だ。

だからこそ、最期まで寄り添っていかねばならない。

それがどんなに面倒でも、陰陽医となれば、このご時世ではどこかでぶち当たる問題だ。正純が担当している生成りはこれまでで30人。その中に冬士と大輔も含んでいる。一人の陰陽医が診る生成りは、かつては一生に1人がいいところだった。しかし今は、何度も霊脈が荒れ、霊脈の集中しているところで定期的に、断続的に、霊獣が出現し、顕現し、生成りになる者、生成りとして生まれてくる赤子が増えている。この流れをどうにかする方法というのを、陰陽師は知らないし、陰陽医も知らない。そんなことができるのであればもう人間は自然すら超越した存在になってしまうだろう。

しかしそんなことはあり得ないのである。

人間は自然の流れという川に流れる水に浮いた木の葉のような存在である。

生成りが生まれてくるということは、その場所で膨大な量の霊気の噴出があっているということの証でもある。

冬士の場合は、少し事情が違うが。

冬士は人為的に引き起こされた霊獣顕現に巻き込まれる形で生成りになった。

野本泰蔵が引き起こした霊獣顕現、タイプ鬼。レベルは10、フェイズは5という、戦後最悪とまで言われた顕現だったが、顕現後突如弱体化、そのまま修祓を受ける前にフェイズが2まで落ち、霊獣の位置が特定できなくなってしまった。

その原因が、謎の“顕現場所のズレ”と、“混気現象”だった。

顕現場所は本来ならば召霊した野本の真上だったはずなのだが、何らかの理由によって勇子や冬士の方へズレていた。

また、混気現象はおそらく冬士の混気体質が関係していると考えられた。勇子の両親の証言をもとに冬士を調べるとすぐに、レベル10の鬼が見つかった。が、山神であったこと、そして何より、冬士の混気体質と冬士にかけられた童子結界によって御影を冬士から引きずり出すことはかなわなかった。

建物の直接的な損傷こそなかったが、冬士、勇子、大輔への精神的なダメージは深く、3人への補償をするべきだといいだす一般人が出てきたために、陰陽業界は揺れたものだ。土御門、神成が庇いに入ったため冬士は堕とされずに済んだようなもの。大輔に関しては雅夏家の跡取り候補ということで一命を取り留めたが。影山家が形を潜めている間は影山家の生成りは庇うのが大変なのだ。

なにはともあれ、冬士は土御門分家の補助と神成家の保護のもとで丸々3年間過ごしてきた。まして、冬士が中の鬼を統制出来ている今、冬士を堕とせばデメリットが大きいのは皆もわかっている。これを機に影山家もいい加減表に出てくるころだろう。倉橋ではもう随分と有名になっているようであることだ。

「冬士、分かっているとは思うが、もう封印を解除するなよ。 このままゆっくりお前の霊獣化を進める」

「はい」

冬士はコクリとうなずいた。素直な返事は正純に対してはいつものことだったのだが、それにしてもずいぶんとあっさりとしている。

もしかすると、よく笑うようになっているかもしれない。

ニヒルな笑みの方ではなく、普通に。

微かなものではなく、冬士をよく知らない者からもちゃんと笑っているのがわかるくらいに。

「…冬士、もうひとつ」

正純は真剣な表情で冬士に告げた。

「―――いいな?」

「…は、い…」

冬士の瞳が揺らいだ。正純は再び冬士の頭を撫でる。

「もう学校は行かねえのか?」

「…いえ、神成家に戻る前に荷物取りに行かなきゃなりませんし」

「…そうか。 たまには土御門分家(うち)にも来いよ」

「はい、お言葉に甘えさせていただきます」

冬士が笑う。

正純の始めてみる笑顔だった。

 

とても、自然な笑みに見えた。

 

 

 

 

 

「じゃ、京一誘って肝試しに寺に行くってことで」

「なんで寺なんだよ、墓地だろ」

「どっちでもいいじゃねーか」

俊也と歩が言い合っている。勇子と千夏と冬士と大輔の帰省に合わせて彼らも神成家に来るらしい。とはいっても、京一の家―――和坂家の別荘が、勇子たちがつい中3まで住んでいた家の近くにあったらしい。俊也たちの家はもうない。いや、家はあっても家族は皆死んでいる。俊也たちが全員の家族を確認して回ったのだと彼らは語った。

「その肝試し私たちも参加するわよ!」

勇子が声を上げれば歩は諦めたように息を吐いた。歩曰く、幽霊系は苦手とのこと。俊也がニヤニヤしているのを見て勇子が即ネタにしたのは言うまでもなく、突っ込み役の千夏は冬士がいないことに意気消沈しており、大輔は傍観を決め込んだ。2学期になったら大変なことになっているのが目に浮かぶ光景である。

「…売る気か、勇子?」

「どっちもそこそこカッコいいんですもの」

「…気の毒な奴らだ…」

突っ込みの義務感は感じたらしい。

博雅は神成家への招待状が勇子から手渡され、一緒に神成家へ行くことになっている。

「しかし、寺か。 幽霊か。 …」

「…清明に会いたいのか」

「!」

大輔に言われ、博雅は驚いたように目を見開いた。

「分かるのか?」

「聞こえる」

「…“覚”か」

「ああ」

勇子が目を見開く。

「すっかり忘れてたわ」

「俺は寺行きはパスだ。 墓地の霊の思念なんぞ聞いていたらロクなことにならないのが目に見えている」

「そうだね。 ごめんね大輔、夏祭りも行けなくない?」

「ぐッ…行きたい…」

「カズヒサ兄ちゃんに頼んどくね。 間に合うといいけど」

勇子は苦笑いする。大輔にくっついてきた覚の力は、どうやら面倒なものらしい。俊也と歩は、学校もあんま変わらないじゃないかと思う。

「…いや、学校は割と大丈夫だ。 結界のせいだと思うが」

「学校に結界張ってあんのか?」

「俊也、気付いてなかったのか?」

「んだよ、歩は知ってたのかよ!」

「当たり前だ、こんな大規模な結界が何重もかけてあるのは珍しいし」

俊也と歩の言い合い、もとい説明が始まった。

博雅はくすくすと笑う。その腰にはもう、2振りの刀が差してあった。先日和坂家から修繕が終わって返還された白銀と黒鉄である。

黒鉄の禍々しい気は博雅のもとにあるときは落ち着いている。京一は盛大に安心の息を吐いていた。

現代の祭りを楽しむのもよかろう。

博雅は目の前の子どもたちを見ながらそう思う。そして、今頃実家に帰っているであろうクラスメイトを思った。

 

 

 

 

 

「ただいまです、折哉兄さん」

「お帰り、朱里」

「ただいま、折哉さん」

「元気そうだな、アレン」

朱里とアレンは実家に帰って来た。

2人の実家、鋼山神社。

そこの神主、鋼山折哉が2人を迎えた。

「朱里、覚悟はできてるのか」

「はい。 …自分の身を守る力は最低、できれば友達を守る力まで欲しい」

朱里は強い眼光を宿して言った。折哉は朱里の目を見てうなずいた。この目は何を言っても聞かない目だ。それに、どうやら何か経験してきたらしい。

「…何があったのかだけは教えろ。 お前ら、何度か鬼気を纏ってるな」

折哉の指摘に朱里は微かに震えた。アレンが前に出た。

「クラスメイトにトラブルに好かれるやつがいるんだよね。 朱里を巻き込む位置にいる」

「…ほう?」

「この鬼気はそいつが俺たちを守るために張った鬼気の名残だよ…たぶん」

アレンは彼を思い出して身震いした。

アレンが身震いするほどの鬼と言ったら、折哉に考えられるのは一つしかない。

「…先日の合同合宿、タイプ鬼が出たらしいが…フェイズ3だったのにいつの間にか5まで上がってたやつだろう」

「知ってるの?」

「霊獣顕現という形で放送が入っている。 知らんわけがなかろう」

折哉は朱里を改めて見つめた。

「…確かに、今のお前のままでは自分の身を守りきれそうにないな」

そもそも、後天的な見鬼である朱里は、特に修祓に回る予定はなかったからだ。男巫女のアレンだけでも神社への依頼はさばけている。アレンの性格上ほっぽり出す可能性があることに対しては、折哉がなるべくカバーするのだが。そんな折哉を見て朱里が、自分も何かしたいと言い出したのがきっかけではある。その後のこともかなり大きいが。

「…きちんとついてこい、朱里」

「はい!」

朱里はうなずいた。

 

 

 

一歩先へ。

進まなければ。

 

 

 

ふつり、と、誰かとのつながりが切れた気がした。

誰だったのかは分からないが、でも、ちょっと見知っていた人のような気がする。

 

 

 

その日、謎の番号からメールが届いた。

『死神からのメールでーす。 紫の鬼女の初仕事! 君たちの見知った屍さんは回収しました~。 じゃあまたね、閻魔の生徒諸君!』

怪しすぎると皆は疑った。しかしそれでも、このメールの内容はわかる。

御冥福を、とつぶやいた者がいた。

さようなら、とつぶやく者もいた。

何も言えず、泣き崩れた者もいた。

またな、とつぶやいた者もいた。

あの少女の名に冠された植物の意味は、“幸せ”だという。彼女は皆に、幸せを届けられただろうか。

 

 

 

数日後、折哉が朱里をほっぽり出さねばならなくなったこと、折哉は悪くない。

「どうしたの?」

「人手が足りんらしい」

「え?」

「中部地方で、静岡まで子供たちが出てきたらしい。 小さな子ばかりだと」

「「!!」」

朱里とアレンは顔を見合わせた。

そして改めて、

大平四葉に

感謝と、冥福をこめた祈りを送った。

 




四葉ちゃん、お休み。


言い訳をさせてください。
学生の本分は勉強とのことで親からパソコンを取り上げられかけている受験生でございます。ええわかってます受験馬鹿にするなというお話ですねわかります。
夏休み終了次第更新が止まると思います。きっとまた戻ってくるのでその時は温かい目で見守ってください作者は泣いて喜びます(←)。


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第9章 無邪鬼外伝
第1話 少年の苦労


新キャラ達登場です!


 

夏休みに入ったのは高校ばかりではない。

中学校も夏休みに入った。

少年は頭を抱えていた。

名は、彪弥。高木彪弥という。

見鬼だ。そして妖怪も霊獣も大嫌いだ。びっくりすると大声を上げてしまうため脅かしても気付かない人間たちに飽きた妖怪たちに付き纏われるという不運な人生を送っている真っ最中だ。

そんな彪弥を気遣ってか、近所に住んでいる鬼良狂元と限瑪秀親、限瑪キミチカ(いずれも一つ年上、高校1年生)が一緒にいてくれるのだが、今年の夏休みに限って3人とも家の集会でいなかった。

鬼良、限瑪というちょっと変わったこれらの苗字は、彼らが生粋の人間ではないことを表している。それを知った時は、ああやっぱりな、なんて思ったりしたものだが、キミチカが年上と思えないほど子供っぽい反応をするくせに、やたらと強い妖怪を連れているものだから、周りの妖怪たちがあまりちょっかいを出してこなくてずいぶんと助けられたのもよく覚えている。

 

―――ユーレイが視えるんだから、あんまり墓地には行くなよ。

 

キミチカの忠告を今の今まで聞いてきた彪弥にとって、友達が提案してきたことは本当に、行きたくないものだった。

そう。

肝試しである。

寺の裏の墓地に行こうということになったのである。

嫌だと絶叫したのだが、抑え込まれてしまった。こいつがいると臨場感出るじゃねえか、などと言われる始末だった。これだから霊獣や見鬼への理解のない地域は嫌いなのだ。

「…みっちー…ごめん、俺は約束守れそうにないや…」

先輩への不敬発言が混じっているがキミチカ本人は気にする人ではない。

彪弥は、秀親が作ってくれたお守りと、狂元がくれたもふもふな小妖怪を懐に忍ばせたのだった。

 

 

 

 

 

家に帰って支度をする。

準備自体はあまり必要はないが、墓地と考えるとかなり恐ろしい。

時たま怪談話に出てくるような光景を見ることもあり、声を上げないようにするので必死になっていると実は狢が化けてただけだったり、狐に騙されたりもする。とりあえずお守りは大事なものだ。

秀親は人間とあやかしものの混血児だという。キミチカもそれに類するものだと語ってくれたこともあり、その類のモノに対してはだいぶ驚かなくなった。鬼良家に遊びに行った時にはこれでもあやかしものの家なのかと思うほど、霊気が綺麗になっていた。淀みがないということである。

それから比べると、彪弥の家には淀みが多い。近くに有名な神成家と和坂家の別邸があるが、どちらも現在はほとんど使われていない。神成家は、高校1年生になって住んでいた子供たちが東京に出てしまったから余計に。彪弥は面識はなかった。あやかしものと友達になると逆に陰陽師が恐くなるというものである。友達が祓われたりしたら耐えられない。そう語った時、秀親やキミチカはありがとうと言って微笑み、狂元は俺がそんな陰陽師なんぞに負けるわけがない、俺は死なないと豪語した。

「…会いたい…」

家の会議2週間も続いているぞ。

どれだけ長い会議なんだ。

悪態を吐きつつ彪弥は窓から空を見上げた。

彪弥の部屋は和室で2階にある。一戸建ての家とはいいものである。

宿題は目標だった7月中に済ませた。中学3年、彪弥はまだどこの高校に行くかキッチリとは決めていない。ただ見鬼というだけで陰陽学園へ行くというのも気が引ける。確かに何かしたいとは思うのだが。狂元や秀親、キミチカに何か返したいというのもある。特に狂元は全く陰陽術が使えないから。

自分が彼らに何かできると思うのもおこがましいのかもしれない。

それでも、何もしないよりは何かしようとしてできないと言われた方がましな気がした彪弥だった。だから、彪弥は陰陽学園に行こうかと考えているのだ。

窓の外はオレンジ色に染まり始めている。カラスが数羽飛んでいる。

「彪弥、夕御飯できたわよ」

「はーい」

母親の声に返事を返し、彪弥は部屋を出る。小妖怪については4人で名前を決めた。もさもさしているので『もっちゃん』だ。ネーミングセンスねえなと笑われたが、それでもいいじゃないかと開き直ってみたものだ。

「もっちゃん、腹減ってるか?」

「きゅ!」

コクコクとうなずくもっちゃんを肩に乗せて彪弥はリビングルームへ向かった。

 

 

 

「いただきます!」

「はーい」

夕御飯がそうめんになるとは思わなかった彪弥だったが、嫌いではないので食べる。でもこれだと実はもっちゃんが食べられない。母親は視えていないが、もっちゃんの存在自体は伝えてあるため、もっちゃんの分を用意してくれる。もっちゃんは彪弥と同じものを食べたがるのだが。

「はい、もっちゃん」

視えていない母親がコトリと小さな皿を置く。夏蜜柑を剥いたものと、レタスのサラダである。今日は昨日の手作り唐揚げの温め直したものが小さく切られて一緒に乗っている。

「これもっちゃん用になったの」

「もっちゃん皮好きだって言ってたでしょう?」

そのために皮のところだけ外すのはどうか。もっちゃんが涙目でもそもそ食べ始めた。可哀想になってきた。

「俺にもくれない?」

「いいわよー」

彪弥は唐揚げの残ったものを温め直して出してもらい、噛みちぎってもっちゃんの皿に乗せた。間接キスになるとかは考えてはいけない。あくまで人間のあやかしものの仲である。ペットみたいなものである。

涙目になっていたもっちゃんが喜んできゅっきゅと踊り始めた。踊らずにさっさと食べてくれ。

そうめんをすすり始めたのを確認してか、母親は茶碗を洗いはじめた。母親は父親が帰ってくるまでご飯を食べない。いつもは狂元やら秀親やらキミチカやらが一緒にご飯を食べてくれるため、彼は傍から見ても1人ではなかった。今ももっちゃんがいるから1人に見えても1人ではないが。

「―――ふー。 おいしかった。 ごちそうさま!」

「おそまつさま。 行ってらっしゃい」

母親の声を背中に受けて、彪弥は荷物を持ち、もっちゃんを肩に乗せて出ていった。

目指すは、近くの寺なのだが。

きっとクラスメイト達はもう来ているだろう。

空はだいぶ暗くなってきていた。

大人がいない?

気にするな!

これからが、逢魔ヶ時本番だ。

 




いい子はマネしちゃダメ、絶対。
夜間外出になりますね、こいつら。


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第2話 帰省

 

「ただいまー」

勇子と千夏と大輔が家に入ると、おいしそうな匂いがしてきた。

「くっ…冬士に後れを取ったか!」

勇子はちょっと悔しげに上がっていく。先に和坂家に荷物を置いて来ていた京一と俊也、歩も来ている。

「…料理の匂いと冬士と関連が?」

「冬士が飯作ってるのさ。 皆も上がってくれよ、俺ん家じゃねえけどな」

千夏はそう言いつつ上がっていく。大輔も上がり、荷物を置きに行く。

博雅と京一と俊也と歩はそっと台所をのぞいた。

「「「「!!」」」」

男子用のエプロンをつけた冬士が料理をしているところだった。揚げ物をしているらしい。

イケメンだ、主夫だと俊也と歩が言いはじめる。あんたらもあんま変わんねえよと京一の突っ込みは冷静だった。

冬士が振り返った。

「手、洗ってこい。 もう飯だぜ」

唐揚げ。

それが目に入った時点で京一と俊也は我先にと手を洗いに洗面所の場所を勇子に聞きに行った。

「…単純だな」

「俊也と京一が冬士の料理につられる千夏たちと同じものに見えてきた」

「同感だ」

冬士は揚げ物に向き直った。

「…慣れてるな」

「…ここで丸3年過ごしたからな。 ここでの家事は全部俺がやってた」

「…主夫になるわけだ」

「納得」

家事する鬼なんざアホらしくて、という冬士に、博雅はそうは思わないと返した。

「そうか?」

「いいことだ。 特にお前のように、生成りならば。 人としてのバランスを失っていない。 ちゃんと人だと言える」

「…博雅、お前陰陽医向いてると思うぜ」

博雅の言葉に冬士はそう返した。

唐揚げが揚がり、皿に盛り付けて冬士が持っていく。手を洗っていないから手伝うこともできない。博雅と歩はそれに気付いて手を洗いに行った。

 

 

 

「気が利かねえことだ、勇子、千夏、大輔」

「えー」

「客に運ばせてどうすんだよ」

冬士は家では根っからの主夫らしい。京一はさっさと席に着いてしまった俊也をよそに、手伝うために台所に戻ってきた。歩と博雅と冬士が皿を運ぼうとしているところで、京一は他の食器類を頼まれて、嬉々として運んだわけだ。

「いや、冬士が運ぶかなって」

「嫁の貰い手がねえな」

「お前はボクの父親か!!」

「…大輔、いろいろしてくれる嫁を探せよ」

「お前今千夏を飛ばしたのはわざとか」

「結果が目に見えてたもんでな、自主規制だ」

冬士と皆の会話を聞いていると笑ってしまった、博雅だけではないだろう。

「千夏に話を振ったらどうなる予定だったんだ?」

「主に勇子にとってのみ美味しい結果になるのだけはわかる」

「…冬士、お前もしかしてsy」

「それ以上言うと唐揚げに七味ぶっかけるぞテメェ」

逆鱗。鬼に逆鱗はあったか。いや、龍だったな。

そんなことを思った博雅だった。

しかし。

「七味をかけてもうまそうだな」

「チッ…」

あからさまに不機嫌を表情に出す冬士に博雅はふっと微笑んだ。ほんの短い間しかともにいないが、それでもわかることだ。学校にいた時にこんなに表情を見せたところを博雅は知らない。

これが冬士という個体の特徴だというのならば、冬士はとんでもない鬼になろうとしているかもしれない。

博雅は、今は考えても仕方ない、と、唐揚げに箸を伸ばした。

大人はいない。まだ仕事から帰ってきていないらしい。

まだ6時であるため仕方ないと言えばそうだろう。ただでさえ公務祓魔官は多忙だ。

「んー、おいしい!」

勇子が笑って言った。大輔はあまり食べようとしていない。

「…大輔、お前いつ6割超えた?」

「…煉紅戦の時だ」

「…結構前じゃねえか。 何で言わなかった」

冬士の目が細められる。大輔は冬士の目を見た。

「言って何になる」

「お前飯コンビニ物で済ませてただろうが。 勇子への負担を考えろ」

「…すまん」

大輔が大人しく謝った。唐揚げに夢中になっていると思われていた俊也が口を開いた。

「生成りのその6割って何だ?」

「…人間と霊獣のうち、霊獣の割合だ。 6割超えるともう人間には二度と戻れないラインを越えたことになる」

冬士が言うと、歩が目を見開いた。

「そんな割合があったのか?」

「一括して6割ってなってるが、実際は個体差がある。 大輔は文字通り6割。 犬護あたりは7割くらいだろうな」

冬士も唐揚げに食らいついた。

「冬士、お前は?」

「…俺はわかんねえ。 俺の6割は戻れなくなるラインのことを言う。 変動するらしい」

「…アレンがお前のことをフクゴウキって口走ってたが。 どういうことだ?」

「複合鬼ってのは、いくつかの鬼が一つの個体に集合しちまってるタイプのことだ。 俺の場合は御影春山、カノン、鬼紅蓮、紫鬼と俺だ」

冬士が言うと、千夏がは!?と声を上げた。

「?」

「ちょっと待ってくれ、冬士」

「チッ。 気付きやがったか」

「気付くわ! とうとう紫鬼との二重人格にでもなったのか?」

「なってねえよ。 まあ、なんか衝撃があったらなるかもしれねえとこまで来ちまったらしいが」

冬士と千夏の会話について行けず俊也が首を傾げると、京一が言った。

「要は、冬士先輩はなんかが原因で自分の中の鬼と自分の人格が分裂しちゃってるってことっすよ。 プラナリアっすね」

「どっか切ったらそこから別れるって言いてえわけか」

「はい」

冬士の補足がなければ理解できないところだった、と俊也が文句を言うと、京一は、すんません、と小さく謝って苦笑いした。

「冬士は生鬼体質なの」

「鬼を生むって書くんだ」

勇子と千夏が言うと、歩はああ、と理解を示した。

「…今はそのような呼び方をするのか…」

「ああ…博雅は今の呼び方はわからないよな」

「ああ、人の中には鬼が生まれるものだと思っていたからな」

「間違いじゃないけれど、生鬼体質ってのは、男女の差が出るんだ」

「?」

生鬼体質。それは、男女にかかわらず、子供のころから、つまり恨み辛みだ妬みだ嫉妬だという複雑な感情を得る前の状態で鬼を生んでしまう体質のことである。通常は、親の胎内にいるうちに強大な鬼の鬼気に中てられた場合に生じるもので、男児ならばそのものが鬼と化し、女児ならば鬼を生み顕現させ鬼の母となってしまう。

冬士の場合は冬士が男であるため、鬼と化す。

「…そのくせに生成りかよ。 面倒だな」

俊也が言うと、冬士はハ、と鼻で嗤った。

「なんで嗤うんだよ」

「いや。 俺は生鬼体質で混気体質、ついでに生成りだ。 生鬼体質のおかげで混気体質で生まれても無事でいられて、ついでに一度目の生成りになる機会は回避できたもんでな。 俺は偶然が重なって生き残った特殊例ってところらしい」

そんな冬士の言葉に、博雅はちょっと待ってくれ、という。

「?」

「俺の知っている生成りは女だった。 自分を捨てた男への恨みと、男を引き付けた女への恨みから鬼と化した。 しかしお前は色恋沙汰は絡んでいないということだろう? 俺の言う生成りと今はだいぶ異なっているようだな」

「…ああ。 昔は嫉妬から来る鬼化の途中の段階のものを生成りって言った。 今は霊獣と魂がくっついちまった憑きもののことまで指す」

「…なるほどな。 だいぶ広義の意味になったわけか」

「“生きながら”に霊獣に“成る”ってことでな。 “生成り”ってわけだ」

冬士は皮肉気に言った。癪に障るらしい。

「…つまり、えーと?」

「冬士は生鬼体質だったことによって鬼を中に最初から飼っている状態でスタートして、一度目の生成り化を回避。 その時の霊獣と同等かそれ近くの力を冬士の鬼が持ってたってことだろう。 紫鬼って言ったっけ。 でも、二度目、これは御影春山だろう。 御影春山に紫鬼は敵わなかったってことだ」

歩の説明で俊也は理解したようにうなずいた。冬士はくすっと小さく笑った。

「?」

「いや。 理解が早くて助かる」

「普通は理解しようとするやつすら珍しいからな」

「…」

歩の言葉に俊也は表情が沈んでしまった。

「…生成りが中部で死んだかしら?」

勇子の言葉に京一がうなずいた。

「霊災被害者になった人でした。 エクソシストにやられました」

「…あちゃー。 またやらかしたのね、教会のエクソシスト。 外人だったでしょ」

「はい」

勇子は息を吐いた。

「完全に祓魔されちゃったの?」

「いえ、堕ちました。 ぶった切ったけど霊脈に潜ってどっか行っちゃって」

「じゃあ、まだ生きてるだろうね。 戻れた時に探してみたらどうかな。 霊脈に入ったなら回復してるだろうし」

勇子の言葉に歩と俊也が勇子を見た。そんなことを言ってくれたものは初めてだ。そんな目だった。

「…ま、土御門ならそんなことは勧めねえわな」

「…あ、そうか。 神成は蘆屋道満の家系か」

納得したように俊也がうなずいたのだった。

博雅はまだ悩んでいた。

冬士の中の鬼が2体になる、そんなことありなのか。

それともう一つ。

千夏の反応だ。名前を聞いていた鬼しかいないにもかかわらず、なぜ反応したのか。

考えられることは、一つだ。

「冬士」

「?」

「さっきの、紫鬼と俺、という発言だが」

「…」

「先日の合宿の影響か?」

「…まあな」

冬士は立ちあがった。

「こんな湿気た話は終わりだ。 食い終わったら茶碗持ってこい」

冬士はそう言ってさっさと台所へ姿を消してしまった。

 



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第3話 鬼とは

鬼にはいくつもの種類がいる。

たとえば、餓鬼。

たとえば、山神。

この二つだけでも、性質は全く異なるものである。

彼らを一括して結んでいるのは“鬼”という一字だ。

しかしこれの表すモノは全く違うものだ。

たとえば、餓鬼の“キ”と言うのは、死者のことを指している。

しかしこの字を“オニ”読むと、性質が変わる。

酒吞童子がいい例だろう。彼は鬼だ。角が生えていて性格は凶暴だと言われている。彼は日本の“オニ”に近いが、人間から成ったものである。茨木童子もそれに準ずる。

では、御影春山はどうか。彼の場合は、角が生えていて筋骨隆々。それだけだ。つまり、御影春山を鬼たらしめているのは、彼の外見だけなのである。彼は山神や精霊としての性格の方が強いため、悪さをすると言っても一つ一つがすさまじい威力になってしまう。村一つ、今ならば県一つが吹き飛ぶだろう。東京の霊脈に乗っていたので東京が吹き飛んで数百万が餓死する規模の霊災と言えばかなり現実に近くなる。

“オニ”は日本古来の“妖”の一つである。

 

 

 

「…この参考書読むの宿題とか言われてもよぉ、やってもやらなくてもわかんなくね?」

「倉橋の教師ナメてかかると痛い目見るぜ」

冬士の言葉に俊也はうげ、と呻く。運ぶのを手伝わなかった罰として冬士と一緒に茶碗洗い中なのだが、まったく手伝っていない。

「せめて勉強しろっての」

「意味不明ですー」

「お前の頭がそんだけ緩いってことか?」

「何だと生成りテメェ!」

「やるか魔人?」

なぜヤンキー系は一緒にいるだけでああなるのだろうか、と勇子がつぶやいた。

「冬士も最近暴れてないせいじゃね?」

「病院にほとんど収容状態だったからな」

大輔が千夏に同意した。ドタン、と音がした。

「!」

勇子がカメラを片手に台所に向かった。

「ってぇな…」

「…ワリィ」

カメラのシャッター音がする。

「…あ、おいコラ勇子! 今のデータ消せッ」

「ヤダ!」

大輔と千夏がやっぱりな、と言って息を吐いた。

「どんな写真なのか気になるところだな」

大輔が言うと、歩が言った。

「俊也が謝ってたから、冬士の服を濡らしたに一票」

「俊也が冬士を押し倒したに一票」

大輔がそう言って千夏を見る。

「じゃあどっちもに一票で。 マジだったら俊也シバく」

「冬士の監禁が先に来るんじゃないのか」

「それは自主規制で」

とんでもない会話になったなと思いながら、出ていく歩、大輔、千夏の会話を聞いていた博雅だった。

「…俊也、逃げろ」

「―――俊也覚悟してくれ。 冬士、俊也を庇うなよ、酷いことしたくなるだろ」

「誰か千夏のヤンデレを止めろッ。 勇子! いいからデータ消せ!」

冬士の精一杯の切羽詰まった声が神成家に響く。

「千夏君って素はそんな感じだったんだ! 意外だよ」

「寮でもこんなもんだぜ? さて。 今夜は―――」

「自主規制しろ千夏! いくらでも相手はする! 家と学校の差が酷過ぎるぜお前!」

博雅は外を見る。今日は肝試しに近くの寺に行くと言っていたのだが。

「…行けるのか、まったく」

 

 

 

 

 

30分後、全員で寺への階段を上っていた。

「…どうなる事かと思ったぞ」

「寿命が縮んだ…」

「慣れろとは言わねえがな。 俺の日常だ」

「寮でのお前のことが心配になった」

「学校では立場逆なんだがな」

冬士は伸びをした。

「ところで、鬼ってどんな種類があるんだ?」

歩が言った。冬士がかすかに目を光らせた。目の色がはっきりとブルーグリーンになった。

「鬼、ってのはな。 大鬼、中鬼、小鬼の3つに大別される。 大鬼ってのは体のサイズが大人の人間サイズ以上のやつだ。 小鬼は1メートル以下のやつ、間は中鬼って呼ばれる。 大鬼は大体は山神、獄卒、羅刹、夜叉。 中鬼は天邪鬼とか成長した無邪鬼とかだ。 小鬼は雑鬼、無邪鬼、疫鬼、子鬼、あとは豆鬼だ」

京一はすっと目を細めた。俊也が尋ねる。

「無邪鬼? 無邪気となんか関係あるのか?」

「ああ。 無邪鬼は人間があとあと付けた子鬼の呼び方の一つだ。 無邪気が語源だ。 悪気無く人間を殺す」

階段を上っているにもかかわらずまったく息を上げていない冬士には驚いている博雅だったが、話している内容にはもっと驚いた。

「子鬼と言うが、種族でもあるのか?」

「オニって読んだら、なんか、日本古来からいる種族を指すんだぜ」

「教科書の内容だな。 ちゃんと覚えてんのか?」

冬士がニヤリと笑って俊也をつつく。

「…俺も早く教科書を読むべきだな」

「帰ったら読んだらいいよ。 そういや、この近くに真鬼の家が2つくらいあるんだよね」

勇子の言葉に、は?と首を傾げた歩に、京一が言った。

「真鬼ってのは、その日本古来の“オニ”の純血を保ってる家の系統のことっす。 この近くには“鬼良”と“限瑪”がいます」

「真鬼が鬼ってことは、陰陽師たちは祓おうとするんじゃ?」

「山神を殺すようなもんだぜ。 陰陽師もそこまで馬鹿じゃねえ」

冬士が言った。ようやく京一はわかったように言った。

「あんた、御影春山か?」

「たぶんな」

「霊気全然変わらないっすね。 冬士先輩の意識あるんすか?」

「もうほとんど混じっててどっちがどっちか分からねえよ」

冬士の足が最上段に着いた。

「到着」

「長かった…」

千夏と大輔は顔を見合わせた。

「先客がいそうだな」

「ああ。 数は7、男子だけだな」

大輔がすぐに霊気を視て言った。

「とりあえずまずはウチのお墓に参ってくるから」

勇子がそう言って墓地の方へ入って行った。大輔が後をついて行く。

「…」

冬士が目を細めた。

「どうした、冬士?」

博雅が尋ねると、冬士は墓地の横の森を顎でしゃくった。

「そこに霊気が集まってる。 嫌な予感がするぜ」

と、そこに少年が1人走って来た。

「?」

「あ、こんばんは」

少年は短髪で、おそらく黒髪である。右肩にもふもふしたものが乗っている。

「1人か?」

「あ、いえ。 肝試しで2人ずつ行ってるんですけど、俺はもう終わってて。 友達たちがなかなか帰ってこなくて、ちょっと様子見に行こうと思って」

冬士の問いに少年はすらすらと答えた。

「お前、名前は」

「高木彪弥です」

「俺は影山冬士。 ダチは森の中か?」

「はい」

その瞬間、全協が響き渡った。

「ギャアアアアアッ!!」

「「!!」」

全員森の方を見た。

「…行くぞ」

「お、俺住職さん呼んどくっす!」

京一は寺の方へ向かい、冬士たちは彪弥とともに森へ走り出した。

 




勉強って書いてて自分の首絞めてる感じが否めない←


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第4話 肝試し

 

友達と合流した彪弥は驚いていた。

墓にたくさんの人魂が浮いていたからである。

お盆が近いとはいえ、まだ迎え火を焚く火ではない。つまり、これは。

「鬼火…」

妖怪がいるとわかっているところに進んではいるほど彪弥は精神タフにできていない。

だが。

「お、俺最初に行く!」

見鬼ですらない者たちがそんなところに入るのはいただけない。彪弥は森にいるであろう霊獣たちの様子を視てこようと決めた。

見鬼でなければ避けることすらできはしないのだから。

というかそもそも、鬼火を出す霊獣は何だったか。ちゃんと狂元たちに聞いておくんだったと今更ながらに後悔する。

「お前が最初にいったらおもしろくねーじゃん!」

「そうだぜ。 2人組で行こうと思ってんだよ」

「それはいいけど、俺は最初に行くよ? あ、それと、できれば銀竜に来て欲しいって言うか!」

彪弥は声を上げることができない友の名を呼んだ。

「えー」

「ほ、ほら、銀竜となら俺やたらビビったりしなくて済むし!」

声を上げられないのだから彪弥が銀竜の悲鳴に驚くことはないということなのである。悲鳴を上げれば妖怪の類はよってたかって驚かせようとしてくる。生首が降ってきてろくろ首が出たりしたらもう彪弥は腰が抜けることだろう。

「いいよな、銀竜?」

「…」

銀竜がうなずく。鬼火に照らされて、銀竜がうなずくのがはっきり見えた。

 

 

 

彪弥は銀竜とともに森に入って行った。懐中電灯で前方を照らしながらゆっくりと進む。コースとしては、森の一本道を道なりに進み、途中で二手に分かれるところがあるため、そこの道を左に曲がってそのまま道なりに進み、また二手に分かれるところを左に進んで、墓地の反対側に出るためそこから元の位置に戻ってくる、というものである。

「…銀竜、どうした?」

銀竜が立ち止まったため、彪弥は立ち止まった。すると、ゆらり、と青年が姿を現した。

「!?」

どこから来たのか、と彪弥は身構えた。

「…視えるのか」

「!」

しまった、と思った。こいつ、妖怪だ。

彪弥は相手の姿をじっくりと見つめた。よく見ると、首が浮いているようで。

「…抜け首…」

「安心しろ、俺はずっとここに住んでる。 とって食いやしねえよ」

抜け首はそう言って、提灯を取り出した。懐中電灯が消えていた。

「あ、あれ?」

「人工的な光は使えないぜ。 持って行きな」

抜け首が手渡してくれた提灯を銀竜が受け取る。

「…お、反射能力者か。 面倒なの連れてんな」

「?」

「まあいい。 ここをずっと行け。 今日は三又の道になってるから、真ん中の道を行け。 じゃあな、ゴール地点で待ってるぜ」

抜け首は一方的にそれだけ言って姿を消した。

「…行く、か」

銀竜はうなずいた。そういえば、と思って、銀竜に言った。

「聞こえてはないんだったよな?」

銀竜がうなずく。反射能力者というのは、身体能力者の系統の一つで、音を反射してしまう状態になっているため、耳が聞こえないという状態になる。そのため声の出し方がわからない。よって話すことができないという状態になる。銀竜は口の動きで会話を何とか成立させてくれる。

「…ヤバいと思ったら俺を置いてでも」

「…」

銀竜は首を横に振り、歩き出した。

しばらく歩いて行くと、生首が5,6個落ちてきた。無論彪弥は口を押さえて叫ぶのをぎりぎり耐えた。

「…っは、くっそ、いきなりかよ、つるべ落とし! 怖えっつってんだろ!」

叫ぶと、くすくすと笑う声が聞こえてくる。

毎回こんな反応をするからいつまでたっても妖怪たちが構ってもらいに寄ってくるということに気付いていないのだろうか。

「次行こう」

また歩き出すと、今度はとととと、と走る音が聞こえてきた。

「…」

銀竜が彪弥を引っ張る。樹に登ろうと言っているのだ。

彪弥は銀竜を押し上げて樹に登らせる。彪弥は上から銀竜に引っ張ってもらい、樹に上った。すると、ざざっ、とたくさんの犬が集まって来た。

「…」

息を殺して犬が去るのを待った。犬が去ってしまうと、樹から飛び降りた。

いつも見る犬だったため、もう降りても問題ないと判断したのである。そこにまだ犬が残っていた。

「昼見るよりでかいんだよなぁ…」

銀竜を見ると、銀竜は肩をすくめただけだった。彪弥の前をちょこちょこと走って行く犬が姿を消す。提灯は明かりを消してはいない。

「…」

歩いて行く足が自然と早くなる。

「…長くね」

「…」

銀竜はうなずく。抜け首が出てきたのもそのせいか。そう思って、はっとして振り返ると、銀竜の肩に手が乗っていた。

「…やめろっての!」

銀竜の肩の手を払って走り出した。ひたすら走る。すると、三又の道が見えてきた。

「真ん中!」

彪弥は走る。いつもよりもずいぶんと冷静に対応ができているのは、銀竜のおかげだろうと思った。

また長い道に入った。次の分かれ道までは長い。走るスピードを落として、彪弥と銀竜はゆっくりと進んでいった。

「…銀竜、今日は何かいるのか?」

「…」

銀竜はコクリとうなずいた。何が、とは問えない。名詞を言う力は彼にはない。

やはりさっき墓地にたくさん浮かんでいた鬼火が関係あるのだろうか。

と、彪弥の手右手が握りしめられた。

冷たい。

「っ!!」

驚いて手を見ると、人間の手首から先が彪弥の手を握りしめていた。まったくやめてほしい。声をあげそうになった彪弥の口を銀竜が押さえた。

「…ッ」

「…」

銀竜を見ると、銀竜は首を左右に振った。

そのまま歩いて行くしかない。おそらくこの手首自体は狢か何かが化けたもの。そう考えておこう。それが真実じゃなかったとしても。

「!」

彪弥と銀竜は立ち止まる。

彪弥と銀竜の前に現れたのは、一本道だったからである。

「…抜け首のやつ、三又って…」

彪弥が言うと、手首がぐいと提灯を引っ張って茂みの方へ向かおうとした。銀竜もそんな彪弥の背を押す。彪弥はえ、えと言いながら茂みに押されていった。

茂みに入ると、犬がちょこんと座っていた。

「…」

彪弥のすぐ後ろで水の降るような音がして、振り返ったら銀竜が真っ赤に濡れているように見えた。

「―――ッ!?」

また口をふさがれる。銀竜の方は特に気にしている様子はない。つまり、見鬼だから視えているものということだろう。

彪弥は犬が立ち上がり歩いて行くのについて行った。

少し歩いて行くと、鬼火がたくさん浮いた墓地に出た。

さっきの抜け首がそこにいた。

「…何とか…着いた」

「おっそーい。 陰陽師来ててこっちはハラハラなんだけどよ~」

抜け首はそう言って手を伸ばす。彪弥は提灯を抜け首に返した。

「ありがと…ところで、陰陽師って?」

「あいつら、見えるだろ? 2人は一歩こっち側だがな。 まあ、神成家だと思うからあんま近づかなきゃ何もされねえかな」

抜け首は寺の方へ歩いていく。

「ああ、さっきお前の仲間が森に入ってったぜ。 後ろの子みたいにしたくなかったら助けに行ってやれよ」

「お、俺に何ができるんだよ!」

そう言いつつ振り返ると、そこには、首のない銀竜の体があった。

「―――ッ!?」

何度驚けばいいのだろうか。

そこにはただ首がないならまだしも、血だらけの体があったのだ。足がふらつくのがわかった。すると、少女の声がかかった。

「あんたばっかじゃないの? 兄さんがそんな風になるわけないじゃん」

「…鈴蘭…びっくりしただろ…!」

「あんたビビりすぎ。 まあ、兄さんの使役式だったから見間違えてもおかしくはないんだけどね?」

鈴蘭。銀竜の双子の妹である。

「あー、楽しかった。 じゃ、あとは頑張れ」

鈴蘭はすべてを彪弥に丸投げして帰って行った。少し、抜け首の笑いを押し殺した声が聞こえた気がした。

彪弥は森の入口に向かった。

そしてそこで、大所帯の高校生に出会った。

周りの鬼火が揺らめいた。

ヘッドバンドをつけた青年は優しく声をかけてきた。とりあえず嘘ではない証言をして、森へ向かおうとした時、悲鳴が上がった。

 

 

 

今、彪弥は高校生たちとともに走っている。前を先行するのは5人。ヘッドバンドの青年(冬士)片目を髪で隠した青年(大輔)刀を持った青年たち(俊也と京一)前髪が目元を隠すくらいに伸びた青年()である。

横にいるのは赤っぽい髪の少女(勇子)と、黒い髪の毛先が赤い青年(千夏)

全員とりあえず、陰陽師訓練生というくくりらしい。

友人たちを助けるために、彪弥はとりあえず、走る。

何ができるとは、思っていないのだけれど。

肩でもっちゃんが、きゅ、と鳴いた。



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第5話 フェイズ5

ホラーものの書き方がいまいちわからないんです。


 

冬士が動きを止めた。大輔、俊也、京一、歩も止まり、追いついた勇子と千夏、彪弥も止まった。

「…なんすか、これ…」

彪弥がつぶやくように言うと、千夏が答えた。

「霊瘴だ。 こいつら…妖怪だよな」

「…ああ、レベルは3から4ってとこだな」

冬士がそう言うが、千夏がギッ、と冬士を睨み、冬士はそれに気付いて肩をすくめた。

「千夏、俺は戦いやしねえよ」

「なら俺の後ろに来いよ。 んでもって冷静に状況分析よろしく」

「おう」

冬士は千夏のところまで一発で飛びのいて止まる。

冬士たちの目の前にはたくさんの妖怪が百鬼夜行を成していた。

勇子がそっと近づいて、指を出す。それに触れたらしい。

「ちょっと千夏、これやばいよ」

「?」

「こいつらフェイズ5かもしれない。 今1匹触れた」

勇子が言うと、俊也と京一が刀を抜き身にする。

「気が早いぞ、2人とも」

「でもよぉ。 こいつらもぶった切ればなんとかなるんだろ?」

「俊也さんは紫っぽい毒々しいのだけ狙って下さいよ」

「なんでだよ」

「寺は霊脈の上にあることが少なくありませんから。 ここのやつらだって霊脈の一端になってる可能性が高いんです」

京一はそう言って、目の前に迫って来た妖怪を蹴り飛ばした。

「ここはそこそこ強い妖怪がいるんじゃないっすか? 彪弥、ここにろくろ首とか抜け首とかいないか?」

「抜け首が、ずっと住んでるって」

「…陰陽師相手には出てくるわけないな。 とりあえず、とっとと彪弥のお友達探しましょう!」

京一が先行して走って行く。彪弥はついて行きつつ、足もとが光っていることに気付く。ちゃんと確認することはできないが、細かく砕け散っているようである。

「…突破するしかないな」

大輔が言い、勇子が呪符を取り出す。青っぽい霊瘴に向かって呪符を投じた。

「我が前を塞ぐものを切り伏せよ。 金剋木、急急如律令」

呪符から刃が飛び出し、霊瘴を切り裂いて消えた。

「…!」

「さー行こう行こう」

勇子は立ち止った彪弥に言った。

進んでいくと、道が二股に分かれていた。

「右だ」

冬士が言った。その目は道ではなく、茂みを見ていた。

「…俺が来たときは三又だったんですけど…」

「抜け首が何かしたんじゃない? 提灯とか」

「…はい。 提灯借りました」

彪弥がうなずくと、冬士が続けた。

「衾にでも捕まってんじゃねえだろうな? あれは人を殺すぞ?」

「衾くらいなら俺らでもやれるぜ」

俊也が答える。冬士はうなずいた。

「最悪ぶった切るかな。 まあ、効かない可能性は高いが」

「一服してる暇はないからねえ」

勇子は小さく笑って言った。

衾というと、ノブスマを連想するのが彪弥の常である。困らせられてばかりだ。最初こそ驚いたが、彪弥には何か食わせろと言って寄ってくるだけだった。まさか人を殺す類のものだったとは。

「妖怪って案外人の思い込みに影響されるからねえ。 殺される、とか、恐い、とか思うとその通りに行動して人を殺すってことよ。 人の恐怖心が生み出すさらなる凶悪な化け物、それが霊獣全般」

勇子はそう言って辺りを見渡す。霊気を視て、小さく唸った。

「どした?」

「冬士は今視えてないんだよね?」

「ああ」

「墓地の鬼火の原因を見つけたかもしれない」

「どういうことだ?」

大輔が問うと、勇子は茂みを指差した。

「血がついてる」

「…これは…衾か」

大輔は小さく舌打ちした。

「冬士、鬼がいる」

「…無邪鬼か。 鼻が利かねえわけだ」

千夏が一枚、呪符を取り出す。

「行け」

呪符は蝶々のような形になり、ひらひらと飛び始める。その翅は青白く光っていた。

「追うぞ」

 

 

 

 

 

どれくらい走っただろうか。

やはり何かいるのだ。彪弥はもう後ろを振り返る勇気はなかった。

むしろさっき振り返れたのはきっと銀竜のおかげだったのだと思う。銀竜は式神できっと彪弥に及びそうになっていた害を取り除いてくれたのだ。犬が通った時もすぐによけようと指示をくれた。やはり伊達に一級陰陽師の子供をやっているのではないのだ。

そう思いつつ彪弥は自分の後ろをついてくる勇子のことが気になった。

いろいろと知っているらしいことはわかるのだが、それにしても余裕すぎるし、何よりも、ここにいることが不自然でないにも関わらず、不自然に思えて仕方がない。

―――まるで、一度死にかけたような。

そう考えて、慌てて思考を振り払った。

そんなことを考えるのは失礼というものだろう。

「いた」

歩の言葉に皆で立ち止まる。

「…!」

彪弥は息をのんだ。光は足元にあるものにしては上から光があたっている気がするが、それも今はありがたい。

皆の体には血がべったりとついていた。

しかし皆の霊気と違う属性を纏っているのが視えたため、別のものの血だとわかる。

「…これ、衾の?」

「いや、これは衾のじゃないな」

皆の脈をみた歩が言った。

「え?」

「ああ、これはおそらく無邪鬼にやられたんだろうな。 全滅だ、食い散らかされてるわけでもない」

「遊び相手を守ろうとしたってところか。 面倒なこった」

冬士は悪態をつく。

勇子がスマホを取り出した。

「博雅、そっちから何か視える?」

すると、スピーカーにしているわけでもないスマホから大音量が流れた。

『式神の死体は見つけたぞ。 首がない。 無邪鬼に持って行かれたようだ』

「―――!」

彪弥は振り向いた。式神は破壊されればすぐに壊れるものだと思っていた。おそらく、銀竜だ。

「無邪鬼って、やばいやつなのか!?」

「いや、こういう人気のない所にいるやつは外に出れなくなって、たまに来る子供と遊ぶのだけを楽しみにしてんのさ。 だから子供に手を出そうとするやつは何だろうと容赦しねえ。 殺す、その1択だ」

冬士はそう言って、彪弥の友人たちから離れた。

「俺と大輔は先に戻る。 道はぶち抜いてやる。 早く帰ってこいよ」

「おう」

千夏が答える。

「どういう…?」

「あの2人は生成り、っていう、霊災被害者で、後遺症持ちっつーか」

「ああ…生成りですか。 何かそんな感じのやつ知ってるんでいいですよ、大丈夫です」

妖と人間の混血って生成り区分になるのだろうか。そんなことを考えながら、彪弥は友人を一人背負った。

俊也が背負った少年は、急に手首がぽろっととれた。

「―――ッ!?」

声にならない悲鳴を俊也が上げたのは言うまでもない。

そして気付いた時には、少年の手首から先は消えていた。

俊也は外人が日本のお化けを恐がる理由に思い当たった。

「…確かに、グールよりよっぽど怖いな…」

小さくつぶやき、皆について行った。

 




作者はどっち(西洋の化け物と日本のお化け)も苦手です←


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第6話 無邪鬼

 

冬士たちが言っていた道というのはどうやら、茂みを一気に横に抜ける道のことだったようである。

千夏たちがそちらへ向かった時彪弥は驚いたが、皆を助けるには最短ルートだと思って茂みへと踏み出した。

博雅が住職とともに待っていた。

「…あの無邪鬼は…もう、夏祭りからすっかりはしゃいでしまって…」

夏祭りの時には花火が上がる。高台の方が見えやすいため、この高い位置にある寺も花火観賞スポットになり、子供連れが多く来ていたものと思われる。

「一体ですか」

「ええ…他にもいましたが、いつの間にか天邪鬼になったところを、今残っている無邪鬼に食い散らかされていたようで」

住職は悲しげに言った。

「…」

彪弥はそこを離れた。

だから来たくなかったのに、と思うのと同時に、やっぱり何もできなかったという無力感にさいなまれる。

自分は何も悪くないのかもしれない。でも、皆に危険を知らせる程度の力はあったはずだ。銀竜もいたわけだから、と思って、ふと考えた。

式神とは、一般人にも見えるのだろうか?

見えていたと仮定しよう。

次に浮かんでくるのは、なぜ妖怪が普通の者に見えたのかということである。

“視る”ではなく、“見る”。

見鬼の力の調整ができない彪弥にはよくわからないのだが、この差がどれほどのものなのかを聞いたことがある。おそらくキミチカや秀親の言葉だったように思う。

 

―――“視る”ってのは、“見る”ものの上から霊気がかぶっている状態を“見る”ことだ。

 

そこに無いという風にしか認識されないものを見ることができるということなのだろう。

本来見えないはずの妖怪やら霊獣たちが一般人に見える状態がフェイズ5と呼ばれていることは彪弥も知っている。

ならばやはり勇子が言っていたように、ここにいたものはすべてフェイズ5なのか。

だとすればなぜ放送が入らなかったのかも気になるところだ。

もっちゃんがきゅう、と鳴く。

「もっちゃん、大丈夫だよ」

そっと撫でると、もっちゃんはふるふると体を震わせて、彪弥の服の中に潜り込んできた。ツンツン頭に隠れる場所はないためだろうが、何かに脅えているようにしか見えなかった。

足元に視線を向けるとやはり足元は光っている。

小さな欠片だが、今まで見た中ではかなり大きめなものだったため、ゆっくりとつまみあげた。

「…」

元の色は何色かわからないが、青っぽい光を灯している。ふと、鬼火のようだなと思った。

そのまま次の欠片に手を伸ばし、つまみあげる。

そうやって、どんどん欠片を集めていった。

少しばかり丸みを帯びているようにも思えた。

これはいったい何だろうか。

ごつごつとした硬い大きめの欠片もいくつか拾った。

下ばかり見ていたから、目の前に草鞋を履いた足が見えた時には驚いて顔を上げた。

「?」

そこには、にこにこと笑った、笑顔の少年が立っていた。

少年は、浴衣姿だった。

暗闇の中であるにもかかわらず、その輪郭ははっきりと目に見えた。霊獣が人型に化けて出たのか、と思ったが、すぐに違うと気付いた。

角がちょこん、と申し訳程度に伸びているのが見えたのだ。

「…鬼」

小さく言うと、少年は小首を傾げて、こう言った。

 

アソボウ

 

彪弥はごくりと生唾を飲み込んだ。

体は動く。逃げるか。どこへ。外へか?

そうだ、さっきの高校生たちのところへ。

彪弥は小さく笑って、こう言った。

「じゃ、お前オニな! おにごっこだ」

そして、踵を返して走り出した。

ついそこにいると思っていた勇子や千夏はずいぶんと遠くにいた。

しかしだんだんと近づいて行ってはいるようで、徐々に千夏たちが近くに見えてきた。

少年は嬉しそうに走っている。しかし不思議なことに、少年の速度は彪弥とは比べものにならないはずなのに、彪弥に引き離されつつあった。

冬士と目が合う。

冬士の目は、ブルーグリーンに光っていた。

生成りだと言っていたか。

こんな力も持ってるのか、などと思いながら、彪弥は何とか千夏たちのところにたどり着いた。

「うわ!? なんだよ急に出てきて!?」

千夏が驚いたように声を上げた。

「え?」

「今ちょいとこいつを霊脈に通した。 無邪鬼がこいつに取り憑いちまったみたいだぞ」

冬士がさらっと状況説明をした。

「あら、大変ね」

勇子はそう言って、呪符を取り出した。

「…って、最悪じゃん! 彪弥、あんた無邪鬼の骨を拾ったわね!?」

勇子は声を荒上げた。千夏が青ざめた。

「??」

「無邪鬼が取り憑く人間ってのは、その無邪鬼のもとになった人間の骨を拾った子供に限定される。 こいつ、拾っちまったんだな」

冬士の説明に頭がようやく追い付いて、彪弥は掌を見た。

そこには、青白く光るものがある。

「…これが、骨なのか?」

俊也が尋ねる。

「ああ…だがこれは…一度回収されてるぞ。 そもそも現代の寺に骨が放置されているとは思えん」

大輔が答えると、住職が口を開いた。

「…もしかすると、数年前に行方不明になった子供かもしれません」

行方不明になる、といえば、人間がさらったのでなければ、もう一つのパターンしかない。

「…霊界で霊獣化したのか…!」

「キマイラ層で鬼にでも会っちゃったのかしら。 どっちにしろ、厄介な類なのに変わりはないわね」

勇子は悪態をついて、京一に言った。

「無邪鬼はエクソシストじゃ祓えないし、陰陽師がやると生成りを生む可能性が高くなるだけ。 別の依り代を用意した方がいいと思うの」

「えーっ。 和坂の刀に鬼は取り憑けませんよ!」

京一はそう言って、フムと考え込む。

「…一番いいのは、彪弥が陰陽師系の学校に行くことっすけど」

「その前に無邪鬼に殺されちゃうって。 彪弥を無邪鬼にしちゃう気なの?」

「それはありえません。 でも、いい刀鍛冶なんて…しかも、鬼が宿るだけの器でしょう!?」

京一はうーんと唸って考え込んだ。大輔と千夏が冬士を見る。歩と俊也、博雅も勇子も、冬士を見た。

彼らは京一以外の刀鍛冶の家なんて知らないのだから当たり前である。

「…あー、分かんないっす!」

京一が言ったと同時に、無邪鬼が突然姿を現す。

 

ツカマエタ

 

無邪鬼は笑顔を浮かべて、嬉しそうに彪弥を見る。

彪弥は小さく笑みを返した。

冬士はそれを見て、フ、と小さく笑った。

「いいだろう。 教えてやる。 この寺の裏山の中腹あたりに、一本ダタラがいる。 そいつに頼んでみろ。 無邪鬼の器を作るなんざ造作もねえはずだ」

目はブルーグリーンにらんらんと輝いている。

「御影、ほんとに封印はたらいてる?」

「勇子、俺だぞ?」

「ってことは、御影の指示で冬士が言ったってことね?」

「そういうことだ」

「ほんとに分かりにくくなったわねー…」

勇子は呆れたように言った。

「…えっと、俺はどうすれば」

「彪弥君は、お酒とか何かお土産を持って、今すぐにお泊り準備をしなくちゃいけないね。 親御さんには神成家の人に伝えてもらうから、気にしないで」

歩が微笑んで彪弥に言った。

「…え…」

「彪弥君、だったね。 君は霊災に巻き込まれたんだよ」

住職に言われ、彪弥は声を上げた。

「ええええええ―――っ!?」

 

 

 

 

 

翌日、一つ目片足の大男のところに彪弥は泊っていた。

「…できたぞ」

この男が、一本ダタラという。

名は別にあるらしいが、一つ目ということで近くに住んでいるエクソシストにキュクロプスなんてあだ名をつけられてしまったらしい。

鍛冶をしているところの類似性の所為だろうなんて思いつつ、そんな彼の話に耳を傾けていた彪弥は、一本ダタラも鬼の一種だと聞いて固まった。

山神と考えられていたことの名残らしいというのは最後に千夏が教えてくれた。

ずっと一人ぼっちだったという一本ダタラ。

御影春山という山神友達がつい30年ほど前に人間によって封じられて以来、誰とも話をしていなかったというのだから、饒舌になるのも仕方はなかったろう。彪弥の周りには鬼が集まっているねと言われ、やはり狂元たちも鬼なのかと改めて思ったのだった。

「…また、来るか?」

できた刀と、そちらを依り代にして安定した無邪鬼を伴って彪弥が出て行こうとすると、一本ダタラが言った。

「…」

振り返って、彪弥は家の中を見た。

特になにがあるわけでもない。さびしいくらいだ。

そもそも、こんな鬼の家になんぞ来る人はいないだろう。

ふと小さい頃に読んでいた絵本の優しい鬼を思い出して、彪弥はうなずいた。

「また来るよ」

一本ダタラが小さく笑った。

口元に大きめの牙が覗く。彼に角はない。

「菓子、準備、しておく」

霊獣も悪いやつばかりではないのだ。

守ってくれていた鬼たちがいなくてもそう思えたので、やはりそうなのだと思った。

ついでに、彪弥の進学希望高校も決まった。

「絶対に倉橋いってやる」

彪弥は家路を急いだのだった。

 




無邪鬼
我がオリジナル霊獣。小さな子どもの鬼で、”無邪気”なのが特徴。子供特有の、無邪気さゆえの残酷さで人を殺す。
今回の無邪鬼は元が人間です。

一本ダタラ
こちらはもとの話がちゃんとあります。鬼の一種。
『鍛冶をやっているせいでよく使う片目はそのうち見えなくなって、このため単眼とされ、ふいごを踏む足はそのうち萎えて使えなくなるため片足とされる』ということらしいです。
御影春山のお友達君です。


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第10章 冬士と因縁
第1話 修行成果?


新章、夏休み終了。


新学期になって、冬士の封印はちょっと緩んだ。とはいっても、夏休みの騒動の結果からは基本変わっていない。

千夏と勇子と大輔は、今までとは比べものにならないほど強くなった。理由ならある。

勇子の従兄のカズヒサが大輔を鍛えたためである。それに比例して、勇子が自分にかかっていた封印を一つ解いた。千夏も出し惜しみしている暇はないと言って、一つ封印を解除した。

これが“ヤバいこと”を引き起こすことになるとは、だれも思ってはいなかった。

たった1人の少年を除いて。

 

 

 

「みんなー、おっはよー!!」

朝っぱらから、しかも新学期早々、ハイテンションなアレンを見て、皆は苦笑いした。

「アレン元気だね…」

「うん! 今日俺と朱里にとってメチャクチャ頼もしいお方が倉橋に来たから!」

そうなの、と玲が朱里に問うと、朱里は嬉しそうにうなずいた。

「そういや、冬士と大輔に3級免許受験許可下りたってマジ?」

「ああ。 先輩、やったらしい」

「どんな先輩なんだろうね?」

「…まあ、今日会えるぜ?」

冬士がそう言ったものだから、皆は首をかしげた。アレンと朱里は、その事実を本人から聞かされたため冬士の言っている意味がよくわかる。

「まさか関係があったなんてねえ」

アレンが言うと、冬士はふっと小さく笑った。

勇子は小冊子をラッピングしていた。

「久しぶりに見た気がするぜ、それ」

「うん、最近やってなかったよ。 真榊との交渉もやってたしね」

ラッピングの手を止めることはなく、勇子はそう言った。

「真榊との交渉?」

「うん、ほら、中部の人たちの転校先とか、住居とか、全部後始末丸投げするわけにもいかなかったからね、多少は保証してやったわけよ」

次のラッピングを始める勇子。その顔に赤いペイントが入っていることに吉岡が気付いた。

「そのペイントは?」

「ああ…これ、封印1個解いてきたのよ。 私と千夏足しても冬士には全然及ばないんだけれどね」

皆は千夏の方を見る。千夏の顔にも赤いペイントが入っている。

「…それ、なんの封印?」

吉岡は遠慮がちに尋ねてきた。

「…んー、教えてあげない」

勇子は笑った。

「吉岡たちも、冬士としっかり話し合って記憶の整理しなくちゃだめだよ? 野本、術解いたとかのたまったらしいけど、結局夏休み中はほとんどかえって来なかったんでしょ?」

「…まあ、な」

吉岡はうなずく。冬士に無茶はしてほしくないし、かといって記憶がむちゃくちゃなままも嫌である。

だから、とりあえず学校にいる間、ゆっくり全員で記憶の整理をするということになったのである、が。

「ちゃんとした記憶の持ち主がいねえんだよな」

冬士の言葉に、はあ、と吉岡は息を吐いた。

そう。

野本が術をかけて行ったのは、吉岡や冬士と同じ小学校にいた人物たち。紫苑を使うのは冬士が否定した。死人の記憶を使うのはよくない、と。

やはり冬士の中では紫苑は死人なのだった。

―――そこの境がはっきりしてる限り、お兄ちゃんは大丈夫ですね!

そんな風に言って屈託なく笑った紫苑の笑顔は記憶に新しい。

「1人だけ知ってるが、学校が違うんだよな」

「は?」

「あー、亜門?」

勇子が言うと、冬士はうなずいた。

「は!? 亜門は知ってるのかよ!? あいつ県違くね!?」

「アイツ俺が拉致られんの見てついてったとかのたまったけどな」

「超人か、あれは」

吉岡でなくとも呆れる。千夏は春樹と顔を見合わせ、勇子は大輔と迅と顔を見合わせた。朱里とアレンも顔を見合わせたのだった。

 

 

 

 

 

新しく来た生徒と教師人の紹介があったのはそのすぐ後のことだった。

「火橋亜門でっす。 よろしく」

「十輝昭や」

「四月朔日ルイ! です!」

「安倍七」

「結城誠だ。 よろしく~」

この時点で千夏は突っ込んだ。

「なんでお前らがこっち来たんだ!?」

「気にすんな、こっちの方がいろいろ楽になるのさ!」

亜門はそうのたまって次の教師陣の方を見た。

「神成カズヒサでーす。 九玖って書くんやで。 勇子の従兄なんだわ」

「無駄口叩く余裕があるみたいね、カズヒサ兄ちゃん」

「あーやめて、鬼火は洒落にならへん」

九玖は苦笑いした。

「…鋼山折哉だ」

鋼山、という変わった苗字を聞いて、皆朱里の方を見た。朱里はポーカーフェイスを崩すことなく、そこにいた。

ちなみにもう1人生徒がいるのだが、完全に忘れられている。

「ん」

折哉がその生徒に順番を回したため、その生徒は無事に自己紹介ができたのだが。

「っと、俺は藤堂悠夜」

「「「藤堂…藤堂財閥ッ!?」」」

数名の生徒が同時に叫んだ。悠夜は耳をふさいだ。

「うるせえよ! あーくそ、酔う…」

悠夜はうずくまってしまった。悠夜は眼鏡をしているのだが、どうやらこの眼鏡は霊気をシャットアウトするもののようである。

藤堂財閥。

それは、戦後土御門家をはじめとする陰陽師家の財政的な立て直しに一役買った家である。陰陽師の家ではない。財閥解体後にもかかわらず陰陽師の家にずいぶんと浸透してしまって、現状で財閥のためこう呼ばれる。

土御門家系統だとほとんどが藤堂家の頼みを断れないというくらいなものだ。

そんなところの御曹司がくれば、まあ当たり前のように春樹のような子は固まってしまうのだ。

「と…藤堂財閥…」

春樹は微かに震えている。が、千夏は震えていないし勇子も大輔も無反応、冬士も無反応、迅は微かに顔をしかめた程度の反応で、アレンと朱里、折哉も特に反応はなし。つまり。

「…春樹君、そんなに気にしなくても…」

「ぼ…僕はどうすれば…失礼の無いようにしなきゃ本当に実家に迷惑がかかってしまう…」

「口に出てるぞ、春樹」

千夏が苦笑いしつつ言った。

「…何、土御門本家がいるのか?」

「ああ。 まあ気にしないでいてくれよ」

「おう、問題外だな。 俺は親父の後継ぐ気ねえし! 俺が来たせいで監視受けたりしたら言ってくれ、そいつクビにしとくから」

発言はかなり俺様だがこれが本当ならばかなり春樹にとっては心強い味方となる。

「…よ、よろしく…」

「おう…」

まだくらくらするのか、悠夜は苦笑いで応えた。

春樹は言った。

「術の実験台になってください」

「俺?」

「はい、多少ですけれど、霊気をシャットアウトできる術式なんですが」

「失敗したらどうなる?」

「見鬼が一時的に封じられます」

「むしろ失敗してくれ」

「ええ!?」

春樹は驚いたように声を上げ、千夏たちが笑った。

悠夜を術対象者として陣を組んで、春樹は術式を組みあげていった。皆はただ見ているだけだが、はっきりと感じることがある。

春樹の霊気の量が格段に上がっている。

「…千夏、春樹ちゃん何してたの?」

「…ずっと滝のとこに籠ってたぜ」

「…今も昔も霊力の底上げ方法は変わらないな」

アレンが言うと、朱里が苦笑いする。

「そんなもんだろ」

「朱里も修業したりとか?」

「否定はしない」

朱里が答えると、冬士が振り返った。

「マジで?」

「…ん、マジ」

「…どーすんだマジで俺…」

「お前が今気に病んでも始まらないぞ、冬士。 早く前みたいに動けるようになれよ」

「おう」

朱里の言葉に冬士は苦笑する。難しいということぐらいはわかっている。しかし言わずには居れないのだ。

あの合宿に参加しなければよかったと言ってしまえばそうだが、それは結果論でしかない。冬士は訓練に参加して自分を揺るがすようなことはしなかったのだから、冬士側に非はない。

未来のことを皆がちゃんと知っているわけではないのだから。

と、言いたいところだが。

冬士が亜門を見る。亜門は冬士の言いたいことが分かったらしい。

「なんで俺の方見んの!? 確定未来は教えねえって言ってんじゃん!」

「使えねえな」

「何それ酷い! 最低限の結界は張ったじゃんかぁ! まだ根に持ってんのかよ!」

「鬼の恨みは強烈なんですー」

冬士は後ろの、犬護の横に座った亜門から視線を外した。犬護は苦笑いで亜門を見る。亜門は何を思ったのか、犬護の頭をくしゃくしゃに撫でくりまわしたのだった。

 

ちなみに、春樹の術は成功した。悠夜はだいぶ楽になったと言って、春樹にお礼だとのたまって5万円ほどを出していた。

 




通常の治療費は1万円ほどの予定。
生成りはこれがバカにならないんですよ。そういう設定です。


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第2話 新陰陽法

 

呪術法に加えていろいろと思考したい法律について整理をし始めたのがこの春。

施行がこの9月上旬。

早すぎる。

が、それに対して別に文句を言うつもりは全くない折哉だった。

そもそもこれの原因は折哉にもある。

陰陽免許取得の基準を勝手に解釈して変えていた今代の試験管をしばいて別の人間に換えさせた。換えたくても陰陽局の独断ではできないために康哉が苦心していたのを折哉が見かねて、『独立十将第3席候補』という立場から蹴落としてやっただけのことである。

別に折哉のやることには支障などありはしないのだが、気にくわなかったのと、もう一つ。何のために基準が敷かれているのかを理解していないのかという素朴な疑問によるものだった。

生成りは3級を取るのがとても難しくなっていた。しかしこれは、何も生成りのみではなかったのだ。

半妖と呼ばれる、霊獣との混血児たちもまた、生成りの基準に準じていた。

彼らが1級クラスの力が無ければならないといわれる理由は、自分の中の霊獣を自分で抑え込むだけの力があるということの象徴的なものである。3級を持った生成りは1級が1人で相手できるかどうかといったところ。生成りをなめてかかって生成りにされた人間数知れずだ。

その基準を引き上げていたのだから、馬鹿かという話になってしまうのだ。

冬士が取れない3級免許があってたまるものか、と折哉は思った。

朱里から話を聞く限り、かなりの陰陽師としての素質を持っている。それに加えて、アレンの話に出てきた複合鬼であるという言葉には驚かされた。普通は複合鬼になる前に肉体が滅ぶ。しかし冬士はおそらく混気体質。そうなってくると、今までの朱里の巻き込まれ方にもうなずけた。

冬士はもともとどこかの組織にマークされていたのだろう。朱里が語ったダークバーレルだの解鬼会だのという組織名に、なるべく関わりたくないという思いが勝った。朱里をこれ以上巻き込む存在を遠ざけたいとは思った、しかしそれはおそらく冬士側にとってかなりのマイナス点になる。冬士が万が一死んだ時、朱里がそれを割り切れるとは思えなかった。

「…」

小さく息を吐き、折哉は資料に目を通す。

影山家がつい先日記者会見という形で日の下に姿を現した。これでいよいよ十二神将『龍使い』影山龍冴は土御門系の人間、影山家当主として見られるようになったということになる。また、影山が表に出てくるのと同時に、影山法というものが制定された。

これは、生成りの人権の一切を認める代わりに、影山家の保護下に入らねばならないという内容である。簡単に言うならば、影山家のみが生成りを支配できると言っているようなものである。しかし、こうするしかないのだ。

こうするしか、生成りを守れない。

まだ、生成りの数が少なすぎるのだ。

昔よりはだいぶ増えてしまったけれど。

それでもまだ足りないのだ、外国人旅行者よりも少ない。

1億3千万人いる内に50人ほどの生成りがいるとして、それを守るために法律を作る馬鹿がいるのか?

倉橋に40人ほどが集まっている今、その制定はしやすくなっている。皮肉な話だが、何度も冬士が襲撃を受け、生徒たちを巻き込んでいることを一般人が知ったのだ、あの白虎の一件で。だから制定が急がれたというのもある。そりゃそうだろう、一般人の見鬼の子供や陰陽会に所属する子供まで巻き込まれているのだ。対応する力が十分に育っていない者が巻き込まれればただの自然災害でしかない、霊災。

それへの対応に問題があるだろうと国民側からのバッシングがあればそれなりに対応は急がれる。

「…生成りを生めば捨てるくせによくやる…」

ふと零れた本音にハッとなって口を押さえた。

「…」

折哉がそんな本音をこぼしたのが珍しかったためか、康哉が目を丸くしていた。

「…お前が本音を出すとはな」

「…俺も人間ですよ」

康哉はああ、とうなずく。

「…あの子たちを迷わず“堕と”したお前を知っているからな…」

「…」

折哉は微かに表情を歪めた。

あれをやって精神的にまともなままいられるものは少ない。

目の前で人間だったものが完全な霊獣と化していくのだ。その間に見せられる彼らの苦痛とその表情と、泣き叫んで助けてと喚き続ける姿は陰陽師たち側の心を抉って行く。

「他の生成りを巻き込む可能性があった。 他の生成りたちを巻き込むほどの力のないうちに堕とす方が都合がよかった」

「そう言うなって。 本当は結構きつかったんだろ、あの子に重なって」

折哉はあからさまに不機嫌を示して舌打ちした。

「おお怖い」

「その話はしないで下さいと、あれだけ言ったはずですが」

「…すまんすまん」

康哉は苦笑する。

「…しかし、お前があいつを追い出してくれて本当に助かった。 うん、こんなこと言ってちゃいけないな」

「分かってるならもういい加減俺に独立十将の話持ってくるやめてくれませんか」

「そうはいかないな。 お前は実質独立十将第3席の実力を持っているんだから」

康哉は悪びれもなく言った。この男が局長にいる間はこの応酬は続くようである。

折哉はそんなのもまあいいかなと思っていた。

平穏な証だ。

霊災が起きれば彼らは一気に散って行くのだ。

公務祓魔官としての免許を持っていない折哉に話しかけることはない。

話す暇なんてありはしないのだ。

分かっているから、折哉は勝手に動いて皆のフォローに走る。そうすること以外に、免許を持っていない実力者は使い道がない。

朱里とアレンのことがなければ公務祓魔官になるのもありではあった。しかしやらなかったのは、とりあえず本家の跡継ぎ候補が自分だったことと、朱里の力のせいであった。

「生成りってのは扱いが難しいからな、倉橋に神成家の生成りが行くらしい」

康哉からもたらされたその情報に、折哉は驚いた。しかしそれ以上は何もない。

「生成りへの対応がしやすくなるだけですね」

「だろうな」

ハハ、と笑って、康哉は部屋を出て行った。

新陰陽法、影山法、施行は9月1から。もう、施行されたのだった。

 



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第3話 楽観的

 

ここはCクラス。

「鬼道ー」

ぱっと2人の少年が振り向く。

「何ですかー?」

焦げ茶色の短い髪の少年が笑って応えた。

「ちょっといいか」

廊下に少年が出てくると、少年を読んだ生徒が苦笑いする。少年の後に、黒い眺めの髪を結んだ少年がついてきたためである。

「…千夏、ごめんね?」

「謝んなくていいって。 こっちの所為だし」

千夏はそう言ってメモを取り出した。

「ここに書いてあるものを集めてほしいんだ」

「土御門の頼みとあらば」

少年はそう言って紙を受け取った。

「…彼、覚えてくれた?」

遠慮がちに尋ねると、千夏は首を横に振った。

「王道も覇道も覚えてないみたいだ」

千夏の言葉に焦げ茶色の髪の少年は肩を落とした。

もう知り合って2年ほどになるが、いまだにちゃんと名前を覚えてもらえていないという事実に打ちのめされているところである。

「仕方ねえだろ。 あの色ヤンはあの鬼が中にいるんだぜ? あいつが爺たちを許さねえと俺たちを許すことはまずねえだろ」

この黒髪の方が覇道、こげ茶の髪の方が王道という。

2人の苗字である鬼道は、土御門系の家ではあるが、土御門の分家というわけではなく、だからと言って蘆屋系の流れでもない。名家の流れとしては独立している。

鬼道家は鬼の天敵であるため、鬼である御影春山が毛嫌いするのもうなずける話ではあるのだが。

ちなみに千夏は、彪弥と一本ダタラに連絡を取って御影春山について少し尋ねていた。

 

 

 

―――夏休み中。

「御影春山?」

「ああ、教えてほしいんだ。 あいつのことよく知らないから」

一本ダタラはうなずいて、かいつまんで話してくれた。

御影春山は強大な山神だった。しかし人間の住む土地がないということで、御影春山の山を切り崩すことになった。御影春山はやめろと言った。しかし聞き入れられず、御影春山を祭っていた小さな神社もそこで廃業に追い込まれた。

霊脈を管理していた御影春山をエクソシストたちが祓ってしまおうとした。それだけはさせまいとして土御門が命じたのが、鬼道家による穢れ流しだった。

術者はたった一回の穢れ流しで死んでしまったし、それが鬼道家の当主だったこともあって、鬼道家はお家分裂寸前まで行ったという。

御影春山は怒ってしまった。

付近に田畑はあまりなかったものの、御影春山が時折揺さぶる霊脈によって川は氾濫するし地震は起きるしで大変だったという。

「この山も崩れたんだ」

「マジで?」

「彼は俺よりもずっと強い。 俺もレベル10のタグがついている、が、あいつは俺の親の代から存在している。 俺は人間に認識されるようになった後の存在にすぎん」

存在年数というのはその霊獣の格を決めるものでもある。一本ダタラはタイプ鬼。レベルは現在10段階ではあるが、本当はもっと厳しい分け方でいいというのである。千夏は閻魔を思い浮かべたのだった。

冬士のすべてが30年前に始まったと言っても過言ではない状況だ。

千夏は全く教えてくれない御影春山に悪態をつきつつも、冬士の助けになりたい一心でこうして御影春山についても調べているのだった。

「御影春山は自分を封じた鬼道家の当主を連れて行ってしまった。 鬼道家の当主はタイプ鬼を道具のように扱う男ではなかったのだがな」

あいつがいなくなってから、俺たちは邪険にされるようになった。

一本ダタラは悲しげに語った。

俺の子の家をこさえたのもあいつなんだ。

なつかしむようにその単眼が細められる。

鬼道家。

別名、外道。その由縁は、タイプ鬼へのその強行姿勢。言うことを聞かないタイプ鬼は捩じ伏せて従わせる、人殺しをなんとも思わぬ、まさしく外道。

蘆屋系の家ではないため、現在は人殺しは禁じられているが、一昔前は神成家、千陣谷家と並んで他人を呪うことに定評のあった家である。直接殺しに行く方が多かった家ではあるが。

「…逆なんじゃないかな。 その人の意見すら捩じ伏せられそうになってたんじゃないのか」

千夏の問いに一本ダタラは目を丸くした。

「…察しがいいな。 ああ、御影春山はあいつを救いたかったんだろう。 そのために殺しては、元も子もないではないか」

山神様の考えはよくわからん、と一本ダタラは言った。

 

 

 

―――そんなことを思い出して。

「…王道、覇道、ちょっと冬士にあってみないか?」

千夏が言葉をかけると、王道も覇道もぎょっとしたように目を見開く。

「…またお前ら誰って言われたら僕…もう心が折れちゃう…」

半泣きになった王道に、覇道が手を肩に置く。

「あってみるか。 何で俺たちを忘れっぱなしなのかって問いただして今度こそ答えを引きずりだしてやる」

「そんなの決まって…」

「王道、俺たちはあいつの口から直接は聞いてねえんだ。 引きずり出してもその答えだったら諦めるさ」

ぎらつく覇道の目に王道は身震いしたのだった。

 

 

 

 

 

クラスに戻って来た千夏は、目を丸くした。

アレンが何かを組んでいたからである。

「何やってるんだ、アレン?」

「いやーね、避難指示を一般人に対してするってことになった時、班行動の方がいいだろうって言われてさあ。 その班を組み中です」

「手伝うぜ」

「ありがと千夏。 組めって言われても俺抜けちゃうんだよね」

「免許持ちだからな」

千夏はそう言いつつ表を見る。皆の名前が適当に並べられているが、大体実力的には同じくらいだろうか。

「…よく見てるな」

「そう?」

「ああ。 今んところ実力は平均だ。 でも、この状態じゃ避難指示はできても皆死ぬぜ」

千夏の言葉にアレンはやっぱりか、と言った。

「分かってたのかよ」

「なんとなく、ね。 冬士に耐えられるやつって考えると5人だと絶対朱里入っちゃうし」

「あー、朱里を冬士に近付けたくないってか。 賢明」

千夏が言った時、朱里が近づいてきた。

「何だと千夏。 そりゃあ俺は実力的にまだまだだが、自分の身を守れるように最低限はできるようにしてきたつもりだぞ」

「いや、でも実戦ほとんどないだろ? 冬士は今鬼気も使えないし、マジでやばくなると冬士は一般人よりも知り合いを優先するからな? 被害増やしてちゃ意味ないし」

千夏はあくまでも陰陽師としての対応を求められるのだと返した。朱里はう、と詰まった。

「でも」

「うん、朱里の気持ちはすごく有り難いんだ。 でもそれじゃ、朱里が傷ついたら冬士に“堕ち”の可能性が出てくる」

「!」

朱里はぐっと唇をかんだ。

「千夏、その話はナシで。 お願い」

アレンの目が笑っていないため千夏もすぐに理由に思い当たったらしく、うなずいた。

「アレン、とにかく俺は冬士と同じ班がいい」

「もう、怪我しても知らないよ!」

どうせ庇うくせに、とは言わずにいてやることにした。

 

―――まだ、楽観的に考えていたから。

 




伏線しか張ってない気が←
そして伏線回収できてない!ホントにごめんなさい。
四葉ちゃんの時みたいに数章にわたる可能性があります←

感想お待ちしています。


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第4話 言うからそうなる

ちょっと短めです!


 

「皆! 班分け決定したよ!」

アレンの言葉に皆が振り向いた。

昼休みになり、ほとんどの生徒は食堂に行こうとしていた時だった。

「今頃かよ!」

「仕方ないでしょ! 皆もともと見鬼じゃない子ばっかりなんだもん!」

「ぐッ…」

反論できない要素の一つである事実を言われて、萬谷がうっ詰まった。

「まあいいって。 エクソシスト組は行動しやすいように一班くくりだからね?」

アレンが言うと、輝昭がうなずいた。

「力の配分とかはええんか?」

「力のない子は下手に結界張るより一般人と一緒に逃げてくれた方がいいからね。 力のない子ばっかり組ませてると思ってね」

アレンはそう言って黒板に名簿を書いていく。

第1班、土御門春樹、土御門千夏、影山冬士、神成勇子、雅夏大輔、千駄ヶ谷迅、鋼山朱里、矢竹犬護、烏丸燎、一橋玲。

第2班、八神歩、幸泉寺俊也、島坂明、百目鬼(とどめき)力太、勘解由小路(かでのこうじ)望、十輝昭、四月朔日ルイ、火橋亜門、安倍七、結城誠。

第3班、吉岡正、赤石翔ほか、初期メンバー。

第4班、源博雅、藤堂悠夜、山村圭吾の3名のみ。

「全部で40いるのにこれかよ」

「源は単独でもいろいろできるからほっとくの。 藤堂はさっさと逃げやすくするため。 山村は基本出てこないからここ」

「山村の存在忘れられてるもんだと思ってたんだがな」

冬士の言葉にアレンは苦笑いした。

「朱里に言われるまで気付かなかったんだよね」

班分けのメンバーを勝手にアレンが決めたのは理由がある。もちろん、このクラスの中では最も実力があるであろうということからではあるが、これは九玖からの挑戦でもあった。

もしもこれで朱里と冬士を引き離すならば、アレンの実力はその程度と見限るというものだった。九玖としては別にそれでも構いはしなかったのだが、それはあんまりだという烏丸に押されて譲渡したのである。アレンにあえて、冬士と朱里を引き離すなという条件を突きつけて。

「…そんな条件が?」

「うん。 大人って何考えてるか分からないねえ」

アレンが笑って言うと、亜門が目を細めた。

「…一嵐来るな、こりゃあ…」

「まだ確定未来じゃねえのか?」

「まだ、な。 俺にも見えるもんと見えないもんあるから、その辺どうかって言われてもわかんねえぞ?」

亜門は机に突っ伏して冬士の髪をいじる。

「…冬士、髪引っ張ってる感じしねえのか?」

「しないな。 最近湿度もわからん」

結構重傷だな、と亜門が冷やかすと、アレンが少し表情を険しくした。

「火橋、それどういうこと」

「冬士がいよいよ鬼になろうとしてるってところか? よかったじゃん、冬士が鬼になったら鋼山が危険に巻き込まれることもなくなるぞ」

「…文字どおりの意味なわけ? 洒落になんないんですけど」

また俺の心配事増やしてくれるきなワケ?

アレンはそう尋ねてくる。亜門にその意思があるわけではないが、アレンからすればそうとしか思えない事実を突き付ける言葉だった。

 

冬士が鬼になるというのは、要するに、冬士が人間をやめるということに他ならない。

それは冬士の人間としての死を意味する。

きっと冬士は鬼になってからも学校には来るだろう。

でもそれはおそらく、本格的に千夏に服従した式神、使役式という形になるはずである。もうそこに冬士の意志はないに等しい、無論、千夏がそんな使い方をするなどとは思っていない。

それでも、それだけの差があるのだ。

冬士の中で紫苑が死人であるのと同じで、千夏や勇子、大輔の中で冬士は死人になる。

朱里たちはそれを受け止めねばならなくなる。

 

アレンからすれば、そんなのはごめんなのだ。

「―――もう嫌だからね、そんなのは」

そんなことにならないための人選なんだから、簡単にあきらめんじゃないぞ。

アレンは冬士を見た。

冬士はアレンに頷いて見せた。

事情を知るものだけで進められる会話ほど面白くないものはない。吉岡にしろ俊也たちにしろ、分からないことばかりで首を突っ込む暇もなかった。

 

 

 

 

 

「おや」

酒を口に含んでいた男がふと空を見上げた。

「…おお、そうかそうか。 ようやく一線を越えるか」

その男、名は、蘆屋道満。

隣には、涼やかな顔をした、白い狩衣姿の青年が座っている。名は、安倍清明。

「彼らが動くと?」

「そのようだな。 やれ、やっとあの美しい鬼の完成形が見れるわ」

道満はカカカと笑う。深緑の水干を瞬時に纏い、立ち上がる。

「もう行かれますか」

「おう。 あの子鬼に術をちょいとな」

「天狗の力をお借りになるのですか」

「おう、アレが堕ちぬための秘策よ」

道満はそう言って姿を消した。

なんだかんだ言いつつずっと彼の子鬼を気にしているのは道満の方だ。それがわかっているから、清明はふっと口元をゆるめた。

すぐ横に控える少女の姿をした鬼に言った。

「飛燕、もうすぐお前の対になるだけの器をもつ鬼が出来上がる」

鬼―――飛燕は応えた。

「はい。 …彼は、さぞや美しき同胞となりましょう」

さて。

この飛燕。

鬼とは言うが、鬼ではない。純粋な鬼ではなく、龍が混じっている。

形の良い唇が弧を描く。飛燕は空を見上げた。

「さて…愚か者に反撃をするときですよ」

 

 

 

 

 

「つか、こんな班分けしてもさ、実際使うことなんてあるのか?」

「さあ?」

昼休み終了間際、そんなことを話していた吉岡と萬谷は耳を疑った。

『霊災発生。 タイプ不明、霊獣個体数4』

霊災放送が入った。しかも、かなり判断は遅れているらしい。つまり、弱い霊災だ。

「…マジ?」

「俺らが言ったせいじゃね」

「…いやさすがにそれはないだろ…」

アレンが声をかける。

「ほらそこ、ぼさっとしてないで! 渋谷に出たんだよ、避難誘導に行くの!」

倉橋の生徒たちが慌てて出ていく。

アレンは折哉と顔を見合わせて出て行った。

 



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第5話 避難指示先生

話が全然進まない←


 

紫苑はふっと不安にかられた。冬士の背が遠く見えたからだ。

「!?」

目を凝らして冬士について行く。紫苑の手は簡単に冬士に届いた。

「? どうした、紫苑」

冬士がそう尋ねると、紫苑はフルフルと首を左右に振った。

何もないのだ。なにもあるはずがないのだ。そう信じたいが、不安は収まらなかった。

「…お兄ちゃん、ちょっと皆から離れよう? なんだか嫌な予感がするよ」

紫苑が言ったが、冬士は紫苑の頭を撫でた。

「…ありがとうな、紫苑。 でも、千夏たちが何も言ってこないから、俺はまだ紫苑の言うことを聞いちゃいけないんだろうぜ」

冬士がそう言うと、紫苑は小さくうなずいた。死者はあまり生者に関わるべきではないのだ。これだけは守れと闇から紫苑が念を押されたことでもあった。

生きている者たちというのは、自分の身の危険には敏感だが、他人のこととなるとからきし探知能力が働かなくなるものだ。蹴落として生きていくものだ、その摂理は人間にどんなに倫理感が備わったって最終的には変わらないものだ。それこそが、生存本能。わざわざ助けられもしない相手を自分も死ぬのがわかっていて助けに行くのなんてよくできた聖人か命令されなければ動けないただの傀儡ぐらいなものだろう。

「お兄ちゃん、気をつけてね」

「ああ」

紫苑の言葉に冬士はうなずいて皆の後を追った。

 

 

 

 

 

冬士たちが任されたのは最も霊災の中心地に近いところだった。

違うクラスの1班ずつと組まされているため、大体4か所に散っている。

「影山」

黒髪のCクラスの少年が冬士に声をかける。冬士は少年を見て、首をかしげた。

「…Cクラスの…」

「そこまでは覚えてくれたのか。 嬉しい限りだぜコンチクショウ」

覇道である。後ろに王道がついてきた。

「クラスは覚えててくれたぞ」

「…名前はまだなんだね…御影春山様も強情だ…」

王道は小さく息を吐いて、苦笑いした。

冬士の前に時たま出没するこの2人は鬼道家の人間だが、冬士は全くこの2人のことを覚えることができない。かなり冬士にとっては苦痛である。一度見れば忘れないというほどの記憶力の良さだ。それを強制的に御影春山に止められているのだからたまったものではない。

「…悪いな」

「いいって。 俺は鬼道覇道」

「僕は鬼道王道」

2人は何百回目の自己紹介をする。冬士は2人の名を繰り返した。

「覇道、王道」

ピク、と冬士が動きを止めた。

「…」

「―――」

覇道と王道もまた、動きを止めた。

「…今のは…?」

「…何だ? わかんなかったぞ。 …すげえな、この隠形」

王道と覇道が小さく感想を述べる。冬士は封印の状態を確認する。

「…」

―――まだ、大丈夫だ。

やはり、紫苑の言葉が頭をかすった。

冬士たちの傍で、朱里と勇子が子連れの人々を結界展開場まで誘導していた。

 

 

 

「―――!」

折哉が動きを止めた。アレンは辺りを見渡した。辺りに怪しい影はない。朱里たちはもう人々を避難させられただろうか、などと従姉妹のことを心配してみた。

「折哉さん?」

「…アレン、ここの雑魚どもをやれ」

「え? どこか行くの?」

「ああ」

折哉はそう言ってあたりの霊気を視る。そして、決めたように振り返った。

「アレン、十二神将に伝えろ」

「へ」

「この霊災、おそらく人為的なものだ」

「…テロってこと?」

「…」

折哉はもう答えずにふっと姿を消した。飛歩だろう。まったくそんな術を使えるのはほんの一握りしかいないのだから何でもないように使えないものの前で使うのはやめてほしいものだ。

とは思うが、アレンも、胸のざわつきを感じていた。

―――朱里に何もないといいけど。

なんて思うが、それが十中八九裏切られることはアレンは嫌というほど知っている。自分が朱里の心配を本気でしている時に限って、朱里は傷つくのだ。

折哉が向かったということは、相当やばいことの部類に入るはずだ。そしておそらく、間に合わないこともわかる。

アレンは小さく息を吐いて、呪符を取り出した。

自分にできるのは少しでも多くの雑魚を祓って、折哉のサポートに向かうことだろうか。

否。

「…雑魚ども、かかってこいよ…まとめて祓ってやる!!」

冬士を苦しめてしまった夏休みの合宿の苦い思い出を教訓に、多少あたりの霊気の確認はする。そして、何もないことを確認して、朱里の傍にいられないことのイライラを霊獣にぶつける。

こいつらは、出てきたことが罪だ。

とっとと祓って、十二神将に伝えよう。うん。

 

 

 

千夏ははっと振り返った。

いやな予感がした。

しかしそこには何もいない。いや、この感覚を千夏はよく知っている。

「隠形か…」

しかも、熟練度が高い。2級は下らないか。いや、そんなのは生温い。

「…!」

千夏ははっとして叫んだ。

「冬士ッ!! 逃げろッ!!」

 

ザシュッ

 

冬士が振り返った。

―――ああ、なんてものをあいつに見せてくれるんだ。

千夏は己を切り裂く刃の反射を見て思った。

 

「―――君が一番邪魔だからね、ここで死んでもらおう」

 

聞いたことのない男の声がする。

冬士が叫んだ。

 

「千夏ああああああアッ!!」

 

千夏が倒れてどさりと音がする。

朱里が振り向き、青ざめる。その瞬間、式神が4体、現れた。

「ッ! ちょっと、何するのッ!! 蒼空、放しなさいっ!!」

勇子の怒号が飛ぶ。

「行けません、勇子様。 千夏様がああなったということは次は狙われるのはあなたです」

「黙れッ!! 千夏ぁ、冬士ぃッ!!」

勇子に電気が浴びせられた。そして勇子はそのまま式神たちに連れて行かれた。大輔が小さく舌打ちして言った。

「第一門開門」

大輔の額に鬼の角が現れる。

「おや、そちらにも生成りがいましたか。 これはいい」

「解鬼会か、クソッタレ」

大輔がストレートに悪態を吐く。覇道と王道がクラスメイト達を避難させていく。

「朱里、行け」

大輔が鬼気で背を押す。しかし朱里は動かない。

「朱里!」

「鋼山さん!」

王道も呼ぶが、朱里は動けなかった。王道がよく視ようとすると、弾き飛ばされた。

「鬼道家の人間に用はありませんよ。 失せなさい」

男の言葉と同時に式神が2体現れた。

「海星、冬士を捕らえなさい」

「はい」

海星と呼ばれた式神は女の姿をしている。音もなく冬士に向かった。

その一撃目を大輔が防ぐ。

「冬士、しっかりしろ」

「…悪ぃ、大輔…不動金縛りに、捕まっちまって…ッ」

さっきの言葉はどうやら言霊として使われたようである。いや、それとも大輔の認識が冬士を捕らえられる原因になってしまったのだろうか。

「ぐッ!」

「邪魔…」

海星は大輔を吹き飛ばした。嘘だろ、と冬士は内心思った。大輔は生成りである。鬼の生成りである。曲りなりにでも鬼で山神なのだ。それを吹き飛ばすとは。冬士は悟った。

「…ハッ。 あんたも鬼か」

「うん…仲間、だよ」

「笑わせんじゃねえ…俺はまだ…生成りなんだ…鬼じゃねえッ!!」

冬士の封印は今はびくともしない。封印を緩めることは冬士にはできない。しかしそれでも鬼気が漏れるほど、冬士の鬼は強くなっていた。

「!!」

海星が吹き飛ばされる。その瞬間、海星を貫いた刃があった。

「…え?」

「やれやれ、冬士が抵抗してなかったら私まで間に合わなくなるところでした」

冬士は声のした方を見た。冬士の後ろから、野本泰蔵が現れた。

「野本…先生…」

「3週間ぶりですね、冬士。 さて…一肌脱ぎますよ、御影春山様」

野本の登場に一瞬たじろいだのは男の方だった。

「…ッ、廃業した家の息子が何をッ…」

「あなた方は私の家と御影春山様をバカにし過ぎたんですよ。 愚か者め、こんなことをすれば生成りは堕ちるだけだというのがまだ理解できないのですか、最近のゆとり世代は」

野本に向けて呪符が放たれた。

「我が前に立ち塞がるものを焼き払え、急急如律令!!」

「水剋火、急急如律令」

一瞬で返された呪符は男の式神に当たる。式神は微かにラグを起こしただけだった。

「…強力なのを使ってますねえ。 なるほど、人工的に作った鬼ですか。 けがらわしい」

野本は問答無用で呪符を放つ。

赤い文字の呪符。

「長月丸、あの女型の式神を消してください」

「らじゃ」

烏天狗が現れて、海星に向かって飛んで行った。

「冬士、逃げられますか?」

「…ッ」

まだ不動金縛りは解けない。

「…仕方ありません…彼のは使いたくありませんでしたが…」

野本は冬士の胸に金色の字の書かれた呪符を張り付けた。

「?」

光を放って消えていく。否、それは冬士の中に入ったのか。

「!?」

「堕ちないようにするためのセーフティネットです…感情を抑えてはいけませんよ、冬士」

野本はそう言って、男に向き直った。

「私の生徒に手を出したこと―――この子が鬼となる姿を見せるわけにはいきませんねえ」

その手には、呪符の束。

誰も間には入れない。

入れるものは、まだ、ここにはいない。

 

30年前に廃業に追い込まれた家の名は、野本。

御影春山を抱いた、小さな、神社だった。

 



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第6話 鬼堕ち

ちょっと真っ赤です。


 

朱里は何とか体を動かせないか試してみる。びくともしない。

体に痛みは走るだろうが、致し方あるまい。朱里は大きく息を吸った。

「“動け”ッ!」

男と野本の視線が微かに朱里に向いた。

「―――ッ!!」

不動金縛りは解けた、だが体に激痛が走り、朱里はその場に崩れ落ちた。関節がギシギシと軋んでいる気すらする。相手の霊力に驚いた。

「…やれやれ、言霊の身体能力者だなんて、とんでもないもの連れてますね。 しかも甲種まで使えるとは」

「はて。 あの子はもともと見鬼ではなかった気がしたが―――」

野本はとん、と軽く地面を蹴る。木気が辺りに溢れかえり、男に向かった。

「おっと…我が身を捕らえんとするものを切り裂け、金剋木、急急如律令」

男も呪符で霊気を断ち切って、次の呪符を投じる。

「押し流せ、金生水、急急如律令」

「ッ!」

野本の動きが鈍った。冬士が後ろにいるためである。

今の冬士の状態は、土気を生じれは迷わず食らいついてくる状態に近いはず。迂闊に土気を生じれば、野本にとっては最悪のパターンを引き起こすことになる。

「―――」

長月丸を呼ぼうとして、そんな野本を突き飛ばしたのは冬士だった。

「冬士!」

突き飛ばされて尻餅を着いた野本の前に冬士が立っている。冬士の頭に角こそ出ていないものの、爪がすっかり伸びている。

「凍っちまえ」

冬士が言うと、相手が生じたはずの水がガチガチに凍りついた。そしてそれを、冬士は叩き割った。

「あんま、周りを巻き込んでくれるんじゃねえよ…」

冬士がちらりと野本を見る。野本ははっと空を見上げた。

キラリ、と小さく光った何か。野本は立ち上がり、悪態をついた。

「まったく困った人ですね…」

指を組み、小さくつぶやく。

「我、我が身を賭してこの子らを守らんと欲するものなり。 四神結界」

ゆらり、と辺りの霊気が揺らいだ。

冬士が膝を着く。

「グゥっ…!?」

「冬士、怒るなよ。 …これがお前の見る身近な人間の最後の血にしよう」

冬士は野本を見上げた。

野本の目に懐かしさを覚える。

それと同時に、恐怖が、人間としての感情が、冬士を飲み込んだ。

「野本、先生っ…」

冬士が野本に伸ばした手は震えていた。

「鋼山君―――冬士を頼むよ」

野本がそこを離れる。ほんの一瞬。冬士の手は野本に届かなかった。

そして次の瞬間、鈍い音とともに辺りに血が飛び散った。

「うわああああぁぁぁッ!!!」

冬士が絶叫した。また封印が壊れたのは朱里にもわかった。しかし鬼の角はうっすらと霊体の状態のままで、実体化しない。

冬士がゆっくりと立ち上がる。

目に光はなかった。

「…フフっ…邪魔な封印ですね…しかし、それもいいでしょう。 苦しみ、霊獣に、鬼になりなさい。 君が完成する日が待ち遠しい」

男はそう言って、手を振る。男の姿をした鬼が冬士の目の前に現れた。

「冬士ッ!!」

朱里が叫んだが、冬士は無反応のまま、鬼に切られた。

3人。

3人も切られた。

野本のことは知らないにしても、千夏と冬士が切られたのである。朱里は叫んだ。

「“動くな”ッ!!」

「!」

男と鬼の動きが止まった。

「…おや。 何ですか、案外強い力ですね」

「…殺すか」

鬼の言葉に男は首を振った。

「あの子は冬士との絆が育ってから殺しましょう。 それまでが楽しみですねえ」

「…」

鬼は不服そうに朱里を見つめる。

「…殴ってきても構いませんよ? どうせ冬士に守られている(・・・・・・・・・・・・)でしょうから」

男はそう言って踵を返す。朱里の言霊はいつの間にか破られていた。

「!」

「ふふ、この程度の言霊と霊力で陰陽Ⅲ種の所持者に敵うなどと思わぬ方が身のためですよ。 身体能力(フィジカルスキル)に頼りっぱなしの使えない駒風情が」

朱里はびくりと体を震わせる。

「…」

自分の能力が効かないなんて。いや、効くなどと思ってはいなかった、そこまで驕っていたわけではない。しかしそれにしてもひどすぎるだろう。止めれたのはほんの一瞬のこと。しかも相手の退散理由が自分が冬士に守られているから。

屈辱以外の何でもない。

涙がこぼれそうになるのを必死でこらえる。歯を食いしばって罵られることに耐えるしかない。ここで耐えきらねば、すべてが壊れるような気がした。

鬼がふっと一点を見据えた。朱里と目が合う、しかし朱里を見ているわけではない。朱里はギッと鬼と男を睨み続けていた。

すると、ぽんと頭に手が置かれる。

そして降って来たのはよく知った声。

「よく耐えたな、朱里」

「―――」

目を見開いて、見上げる。

折哉がいた。肩には赤い弓をかけている。

「…まったくめんどくさいモノを残していくものだな、解鬼会」

折哉はそう言って呪符を1枚投じた。

「アレン」

『はーい。 今十二神将がそっちに向かってるよ』

「影山のガキが堕ちかけている。 相手を追うよりこっちを優先させろ」

『はーい』

折哉が肩にかけていた弓を下ろして矢をつがえる。

「…なるほど、第3席候補を辞退した鋼山神社の神主君ですか。 天風、行きますよ」

男が歩きだした。鬼がうなずいて引いて行った。

折哉は小さく息を吐いた。

「…さて…このクソガキ、いきなり堕ちやがって」

冬士がわざとらしく悪態を吐く。ゆらり、と冬士が立ちあがり、正面に折哉を見る。

その制服は真っ赤に血で濡れているが、傷口は見当たらない。

「朱里、さがれ。 あれはさすがに俺も楽勝とはいかん」

朱里はうなずいた。冬士が堕ちたなどと言われても実感がわかない。当たり前だ。

冬士の霊気は鬼に呑まれているわけではないから。

「…十二神将、遅いですよ」

「うるせえよ後輩風情がほざくんじゃねえ」

蓮道昌次郎、エンカウンター。

昌次郎はそう言ってニッと笑う。

「ハッ! こりゃあいい、これが生成り!? 笑わせてくれる! 解鬼会はとんでもねえモンに手を出してる自覚がねえのか!」

朱里に昌次郎の言葉の意味はわからない。ただ、少し振り返った時に、春樹の傍で感じた龍の気を感じた。

「…?」

ふと、合宿の時に博雅たちが話していた龍鬼という言葉が甦って来た。

はっとして大輔を見ると、大輔の方も頭を打って気絶しているし、血が流れていた。

「…」

朱里は大輔に駆け寄って、その体を引きずり、千夏のところまで後退した。

 

―――恐いさ。

―――でも、千夏がこんな状態になっても冬士が人の姿を保っているってことは。

 

朱里は千夏の首筋に手をあてる。

まだちゃんと、温かかった。

「冬士―――千夏はまだ死んでないっ! 頑張れよバカッ!!」

あの男には効かなかったけれど。

弱いならば弱いなりに、友達を救うための乙種言霊にでも使ってやろうじゃない。

朱里の言葉が合図だったかのように、折哉が矢を放った。

 




分かりにくかったかもしれないのでここに書いておきます。

鋼山朱里
言霊の身体能力者。「“”」内の言葉が甲種言霊。


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第7話 中途半端なそれは

のっそり進んでおります。


 

何もかもが中途半端なところで止まっている。

でもだからこそ、今の状態ならば、救える。

折哉の確信めいた感覚。

それはしかし同時に、とてつもなく大きな危険も孕んでいた。

一歩間違えば堕ちる。

堕ちかけている状態は生成りに最も負担が大きいときだ。であるからこそ、さっさと引き上げるにこしたことはない。皆面倒くさがって堕とす。だから生成りはいつまでたっても自分を殺した陰陽師たちへの恨みを忘れることがない。その無限ループにこの鬼が入ってみろ、一族滅亡なんて目に見えている。

そんなことをふと考えてみた。

らしくないなと自分の考えを振り払う。これも冬士の鬼の所為か。そうであるとあえて仮定して鬼の状態を考えながら弓に矢をつがえなおす。

通常の鬼との戦闘ならば問答無用で突っ込んでいくはずの昌次郎が距離をとっている。

冬士の角の生え際を見て、折哉は我ながら無謀なことをしたと悟った。

冬士の頭に鬼の角がうっすらと現れているが、その付け根は額というよりはこめかみから3センチほど上で、垂直方向に、緩やかな曲線を描いて伸びている。

「…真鬼か…」

小さくつぶやくと、冬士が折哉を見た。おそらく今の冬士から折哉たちを認識することはできない。冬士が小さく手を払う仕草をした。

昌次郎と折哉が同時に上に跳んだ。

直後、そこが凍りつき、冬士はパンと手を叩いてそこに氷柱をいくつも立てた。

「ッ!」

「チッ」

とっさに折哉の足元に霊気の障壁を作ってくれた昌次郎に感謝するほかない。

「礼は後でする」

「お前が怪我してなかったらな」

昌次郎は無言で不動金縛りを冬士にぶつけた。冬士の体が締め上げられるが、冬士は小さく唸ってその爪で昌次郎の霊気をいとも簡単に引き裂いた。

「チッ…やっぱ言霊使わねえとあのレベルは止めらんねえか…」

昌次郎が小さく唱える。

「ノウマク・サンマンダ・ボダナン・バク」

冬士が飛びのいた。

「! ッの野郎、可愛げのねえクソガキだなッ!!」

避けられたらしい。折哉はいや、と小さくつぶやいた。

「真言にあれだけ反応するってことは、真言がまだ効く状態ってことだ」

「…なら、テメエのその弓もおもちゃにならずに済むってことだな」

昌次郎はそう言って前に出た。

「ははん…土御門千夏が死にかけてて封印が緩んだのか。 いいねえ、いっそそのまま俺の式神にしちまおうか」

冬士が目を細めた。

「…」

品定めでもするような。

昌次郎は口端を上げてニヤリと笑う。

「かかってこい、躾けてやる」

昌次郎の後ろで折哉が自分の金気で矢を練り上げる。

これを折哉が撃てるのは一日に7本が限界だ。まったく厄介なレベルの鬼が人間の中でよくもまあ育ったものである。冬士はいつ死んだっておかしくない。

「…」

それだけ耐えさせたというべきか。

それだけ勇子や千夏と過ごした環境がよかったのか。

それだけ冬士が強かったのか。

おそらく、すべてなのだろうと折哉は思った。

やたら強く感じる水気と、弱々しい金気、水気に押されて弱っている火気、水気の所為でこれまた強くなっている木気、木気に押されてしまって弱っている土気。

最悪の状況だろう。強い木気から火気を生じようが水気に押しつぶされるがオチだ。

折哉は真言を使うことにする。

「ノウマク・サラバタタギャテイビャク・サラバボッケイビャク・サラバタタラタ・センダマカロシャダ・ケンギャキギャキ・サラバビギナン・ウンタラタ・カンマン」

炎を生じ、不動尊の力を纏わせた矢を作り上げた。

まっすぐに昌次郎の背を狙う。

 

「―――」

 

ひょう、

 

矢が風を切った。

矢は昌次郎を貫いて冬士に中った。

「…?」

冬士がよろめく。

「ハ、注意力はまだまだだな。 目の前の獲物に熱中し過ぎだぜ、鬼としちゃまだまだだな」

昌次郎が言い放った。

と、突然あたりに爆発的な木気が広がった。

「ノウマク・サラバタタギャテイビャク・サラバボッケイビャク・サラバタタラタ・センダマカロシャダ・ケンギャキギャキ・サラバビギナン・ウンタラタ・カンマン」

昌次郎がさらに不動明王の火界咒を唱え、辺りは火気に埋め尽くされた。

冬士の角が消えた。否、位置が変わった。

青いしっとりとした光沢の角だ。

「…チビスケどもが暴れおって…」

冬士が唸るようにつぶやく。頭を軽く振って、顔を上げた。

「チッ、これだから複合鬼は嫌いなんだよ」

「貴様のモノにされとうなどないわ」

少しばかり上から目線なところと青い角を見ると、おそらく御影春山なのだろう。

「…しかし、まさか道満の力を借りることになろうとはな。 あんな奴に借りなど作りとうないというのに…」

御影春山はそう言いつつゆっくりと歩き出し、朱里の方へと歩みよって行った。

「…鋼山、霊気切れか?」

「ッ…」

1本の哉に7本分の力をつぎ込んだのだからむしろ褒めてほしいくらいである。

ともかく、ようやく集まって来た十二神将に少し苛立ちを覚えながら折哉は立ちあがり、朱里の方へ向かった。

 

 

 

「…御影…?」

「…さあて。 どっちだろうな?」

冬士の顔にうっすらと浮き上がった脈の筋に目が行く。朱里の腕の中で千夏は気を失っていた。

「…なら、冬士だ」

朱里はそう決めつけて、冬士と折哉たちが戦っている間中頑張れと声をかけ続けていた千夏を見下ろした。失血死してもおかしくないほどだ。

「…朱里」

「?」

冬士が朱里を呼ぶ。

「…俺はもうしばらく、白にも黒にもなれなさそうだ」

冬士の手がそっと千夏の頬に触れた。

「…いいんじゃないかな…俺が知ってる冬士は、白でも黒でも冬士だったから」

どちらの片鱗も見せていた。

だから俺は気にしない。

毛嫌いなんかするもんか。

言葉にはしなかったがその思いをちゃんと冬士は酌んでくれたらしく。

「―――ありがとう」

そう言って、朱里から見えないように自分の背で隠しつつ、千夏に口づけた。

「っん…」

千夏が目を開ける。冬士が口を離す。その唇には、千夏の血が付いていて。

「…っ、とう、じっ…!」

「まだ動くんじゃねえよ、千夏。 お前に死なれたらさすがに堕ちるぜオイ」

冬士はいつものニヒルな笑みを見せて、立ち上がった。

「…まさかこんな早くから影山法を使うことになるとはなぁ…」

龍冴がぼやいた。

「うるせえよジジイ。 野本先生が呼んでる四神がまだこっちに少し霊気を残してる、マジで手遅れになる前にやってくれよ?」

冬士が言うと、龍冴はハアと息を吐いた。

「年寄り使いの荒いやつだな。 …まあ、その程度の気性の荒さなら慣れっこだがな」

龍冴が振り返って声を上げた。

「影山家当主、影山龍冴、これまでの慣習により、土御門千夏、および野本泰蔵への禁呪を使用する。 誰か、勇子ちゃん呼んで来い、あの子の力がいる」

アレンがやってきて朱里に駆け寄った。冬士の姿を見て、アレンは冬士の鳩尾に肘を入れたが、冬士の方は無反応だった。

「憎たらしいやつ」

「ああ、悪かったな」

「すぐ謝る影山気持ち悪い」

「…それ、酷くねえか?」

朱里はくすっと笑ってしまった。冬士の鬼気に押されているのだろうか。

「…中途半端だね、影山は」

「今下降中なんだから急かすなよ、馬鹿」

冬士とアレンはお互いにつつき合いながら言う。朱里の目にふと、冬士の角が6つに分かれているように視えた。

「!?」

「?」

冬士が朱里を見て首をかしげた。

「…アレン、鬼の角って2本だよな」

「そうだよ。 1本も3本もいるけど」

「どうかしたのか?」

「…今、なんか、分かれてるように視えた」

冬士は角に触れた。無論そこには今は2本しか角はなく。

「…視えた?」

「うん…たぶん、6つ」

「口外禁止、影山法に引っ掛かるぜ、朱里」

「ゲッ」

少し表情を朱里がひきつらせたところで勇子が戻って来た。式神たちを張っ倒して怒りMax状態だった。けして勇子は悪くない。

そんな倉橋の生徒たちを見つつ、昌次郎は再び冬士を見る。

 

―――中途半端だ。つまらない。

 

それはそうなのだ、だが。

逆に、これから自分の手でそこそこ使えるものにしてやるというのも悪くない。

 

―――中途半端故、かねえ。

 

見つめすぎたのか、冬士が気付いて視線を昌次郎によこす。

その目に熱を孕んだ眼光が宿っていることに、昌次郎が気付かなかったわけがなかった。

 




結局名前出せなかったのでここに。

鋼山折哉
朱里の従兄、鋼山神社の神主。強力な式神を連れているが、使っているところは誰も見たことがない。故に護法式がいると知られていなかったりする。
武器は弓。霊災修祓には『破魔矢』を使用する。冬士に用いたものも破魔矢。


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第8話 龍鬼と穢れ流し

 

勇子が息を吐いた。

「なんでこんなことに…千夏だけはこれやってほしくなかったのに」

その表情は明らかに落ち込んでいる。冬士は勇子に声をかけた。

「確かに、これをやったらお前の周り生成りだけだもんな」

「もうちょっと気を利かせた言葉はないのか!」

そう突っ込んで、勇子はふっと笑った。

「それが精いっぱい、かな?」

「妥協点」

「そっか」

勇子は深呼吸して、パンパン、と2回手を叩いた。

「鬼菊、出てきていいよ!」

次の瞬間、ダンッ、と重い音とともに朱塗りの、黒い金具付きの門が現れ、ギイ、と開いた。

その向こう側を見てしまった朱里は驚いた。冬士がアレンの目をふさいだ。

「ちょっと、何すんの爪痛いよ」

「我慢しろ、普通の野郎が視ると連れてかれるからな」

「説明求む」

「あとで。 俺もあんま口きける状態じゃねえ」

冬士が口をつぐみ、アレンも黙った。

門から、ゆらり、と巨大な鬼が現れた。

左肩から背中にかけて、菊の刺青が入っている。その肌は浅黒いだけで、髪は美しい赤毛。角は3本、白銀に輝いていた。

龍冴たちが少し離れたところで千夏と野本に対して、禁呪を使った儀式を執り行っている。

門が閉じて、冬士がようやくアレンの目元から手を離した。

「…何だったの?」

「『穢れ流し』って知ってるか」

「あー、うん、生まれつき鬼と契約してる魂の持主のことでしょ」

アレンが言うと、冬士はうなずいた。朱里はふと、冬士の教科書の付箋紙の張ってあったページの記述を思い出した。

「…生まれつきと訓練で勝ち取るものがいるって書いてあった気がするけど」

「勇子と千夏は生まれつきだ」

「へー」

「へー、じゃないからね、朱里? 何、この世代2人も生まれつきいたの?」

アレンがぎょっとしたように尋ねる。冬士はうなずいた。

「命を狙われやすくなるだけだから隠されてたってことさ。 アレン、お前は気付くヒントはあったろ」

「え?」

「千夏の名前聞いて何も思わなかったのか」

「いや確かに、女の子みたいな名前だなっては思ったけど、それ以外は何も」

冬士が呆れたように肩をすくめる。アレンがくってかかろうとしたところに、折哉の声がかかった。

「アレン、お前はその感性から叩き直した方がいいのか?」

「お、折哉さん!」

振り返ると折哉がいる。アレンは振り返った。

「アレン、穢れ流しの力はもともと神主系統の家のものが持つ力だ。 お前には散々教えたんだがな」

「え」

「朱里が可能性あったんですよね?」

「ああ」

折哉は冬士の言葉にうなずき、そっと手を伸ばした。冬士は微かに頭を下げた。

折哉が冬士の頭を撫でる。

「…鬼の毛じゃねえな」

「はい」

「…朱里、しばらくこいつの頭撫でてろ。 水の小さいほうが落ち着くようだ」

折哉の言葉に、朱里はうなずいた。冬士をつつくところんと寝っ転がってしまったため冬士に膝枕をしてゆったり撫で始める。

「アレン、何をする気だ」

「折哉さん止めないでッ! 俺は冬士が憎いッ!!」

アレンが涙目で叫ぶのだった。

 

 

 

 

 

「―――どう?」

「…引っ張れた。 これで千夏ちゃん繋げるよ」

鬼菊が言った。勇子はうなずいた。

龍冴が小さく祝詞を呟き、千夏の体に纏わされた水気を払っていく。払ったところから千夏の血がまた溢れだす。そこに引っ張ってきた霊気をつなぎ合わせて塞いでいく。

鬼の霊気が長時間人間の体に触れるのはまずい。早急に終わらせなければ、千夏が鬼の生成りになる。というか、千夏の魂の本質が変化してしまう。

穢れ流しと生成りの差なんて、魂に鬼を飼っているか肉体の外に飼っているかくらいの差しかない。

貫通した傷をふさぎ、細かい傷にまで霊気を回していく。千夏が目を開けた。

「…う…気分悪…」

「悪いなあ千夏。 引っ張れたのが朱雀だったんだ。 金気が強めのお前にゃつらかろうが、耐えてくれ」

「はい…」

千夏が苦しげに呻いた。千夏の隣には野本が一緒に置かれている。野本も意識は取り戻している状態だった。

「野本さん」

「何だい、土御門君」

「後でぶん殴らせて下さい」

「急に物騒だね」

野本は懐から赤い字の書かれた呪符を取り出した。龍冴がそれを受け取った。

「よし、千夏ちゃん退かして、天狗用のを張るぞ」

儀式はさっさと進んでいく。

「お前さんら、冬士の力が弱かったらどうする気だったんだ」

「「地獄へまっさかさまにきまってる」」

千夏と野本が言った。お前らな、と勇子が呆れたように声を上げた。

「ったく、御影がいたから暴走もしなくて済んだが! 生成り堕とすなんざ土御門の恥だぜ、千夏ちゃん!」

龍冴の言葉に千夏は、面目無いです、とうつむいた。

龍冴は呪符の封を解き、中にいた野本の護法式を呼びだす。

「長月丸殿」

「…影山の小僧か」

「名はかねがね伺っております。 野本泰蔵の傷をふさぐ助力をいただけないでしょうか」

「…構わぬ。 …近くに御影春山様がおわすようだが」

「とりあえず野本の傷ふさいだらまともに会える状態になるさ」

長月丸。それは烏天狗だった。

もとは御影春山のところにいた上級の霊獣である。

「天狗の生成りなんざ医療目的でもなきゃお目にかかれねえな」

「でしょうねえ」

千夏と朱雀の要領で、野本と長月丸の霊気をつないでいく。長月丸の属性と野本の属性は同じ木気。その性質上、傷のふさがりが目に見えた。

「…これにて、儀式を終了する。 冥土の諸神にお礼申し上げる」

龍冴は手を合わせて礼をした。

最後の言葉でようやく回りはこの一連の禁呪がなんだったのかを理解した。

「…泰山府君祭…?」

「…そうか、死にかけの命をつなぐわけだから…」

鬼籍に名を刻まれる前に霊獣の力を使って現世に無理やり引き戻すという状態。それがこの儀式の形態であった。

「…ったく、これやると模倣するやつが出てくるからなぁ…」

龍冴は諦めたように言った。そこに正純がやって来た。

「龍冴さん」

「おう、正純ちゃん。 朱雀の状態視てくれ。 あと、冬士が不安定になったな」

「姿を晒すかもしれないな。 早めに行きます」

正純は静かに千夏の方に歩いて行く。

 

「馬鹿野郎」

「ごめん、親父…」

「息子を2人とも失うところだった」

正純の言葉に、千夏は苦笑いした。正純はざっと千夏の霊気を視る。安定しているようである。ただ、千夏の皮膚に赤っぽい刺青が入ってしまっていた。

「…やっぱり四神の力は強いな」

「うん。 そうだ、冬士との契約が切れてて」

「分かってる。 立ちあえよ、しばらく冬士を別のやつに渡すことになるが妬んだら負けだ」

千夏は、う、と詰まった。正純は、千夏が、冬士が選んだ人物に思い当たっていることを悟る。なるほどあいつには渡したくなかろうなあ、などと思いつつ千夏の頭を撫でて、冬士の方へ向かう。

四神とは、鬼をはじめとする妖怪変化化け物の類の一切を都に入れないために配される守護霊獣たちである。戦闘風景を霊気のみで視ていたにしても、折哉が放ったあの一撃がどんなものだったかくらいの判別はつく。

破魔矢で撃たれてダメージを受けたのだから、四神の霊気がダメージにならないわけがない。まだ冬士はバランス的に悪鬼に分類されるカノンと鬼紅蓮が強めだ。鬼紅蓮の方は御影の次の属性の相生関係にあるため、いたしかたない。

冬士に膝枕をしている朱里の前に膝をつくと、正純は笑った。

「鋼山朱里さん、だね」

「…はい」

「土御門正純、冬士の主治医だ」

自己紹介をしたところで冬士がすっと目を開けた。

「よお冬士、女の子の膝枕なんてうらやましいねえ」

「…陰の気は、落ち着く」

冬士が小さな掠れる様な声で言った。

 

―――マズいな。封印が冬士を侵食し始めてる。

 

「…冬士、一旦全部封印を解く。 段階的に、な。 ここにいる皆に見せつけてやれ」

正純はそう言って、朱里に目で合図を送る。朱里は酌み取って、冬士の体を起こした。

「くそ、客が増えたぞ、土御門陰陽医」

折哉が言うと、正純はそっけなく返す。

「大物はどちらも来るよ。 悪さはするまい、彼らにとってはただの戯れだ」

「…ウチのも出していいですか」

「ああ、彼女にも見せておくといい」

朱里たちが気付くと、周りにいつの間にか最大規模の結界が張られていた。これはどういうことだ、と正純に問うと、正純は笑う。

「龍鬼の宴だ」

 




伏線しかない気がするのが常←

誤字脱字の指摘、感想などお待ちしています。


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第9話 龍鬼の宴

文字数が揃いません!


 

龍鬼とは何か?

それについての資料は一切流れていない。祓魔庁ではなく、陰陽局の厳重な管理下にある情報である。しかも、この情報自体は、1級免許の所持者以上でなければ見ることができない。そしてその許可を出すのは陰陽局となっているが、実際は影山家に許可権は握られている状態だ。

そうなった原因は、先の世界大戦である。

龍鬼、それすなわち、鬼と龍の複合霊獣。だが、鬼と龍がまぐわうことはまずない。ならばどうするのか。簡単な話だ、人間を仲介すればいい。人間に取り憑いた鬼か龍に、龍か鬼がさらに取り憑けばいいのだ。これは主に生成りのことを言っている。

しかし龍の生成りというのは極端に数が少ない。鬼の生成りも相当数が少ないが、それ以上に少なくなってくる。つまり、龍の生成りから龍鬼になる可能性自体は極端に低いのである。よって、必然的に龍よりは数のいる鬼の生成りが龍鬼の媒体として選ばれることになる。

この龍鬼、基本的に現在、『日本のオニと日本の龍』の複合霊獣という扱いになっている。これが指すところは、要は海外の鬼と竜、すなわち、オーガやゴブリンとドラゴンでも似たものが出来上がるということなのである。しかし圧倒的にその希少性と保持霊力量が海外のモノを上回ってしまう日本の龍鬼。同じものとして呼ぶことができないという判断のもと、海外のものに関しては霊獣名が存在していない。日本のものはただ、龍鬼と呼ばれる。

そして、戦争兵器として投入されたのには、彼らを作る条件を人為的に整えることができるという理由があったからである。

中途半端な、龍鬼になれなかったものでも、相手を壊滅に追い込むためだけならば使える。人道的な考えなど持ち合わせているはずがない。生成りは霊災と何が違うのか、一般人にわかるわけがないのだから。軍の上層部に陰陽師たちがたくさんいたならばまだ話は変わっていただろうが、初期の帝国軍に陰陽師は少なかった。そのため、人工的に龍鬼を作れという命令が影山家には下ってしまった。影山家は逆らえなかった。戦争には負けられない。敗北は許されない。教会のエクソシストに見つかれば影山家は皆殺しにあってしまう。その当時の影山家は赤ん坊と嫁いできた嫁ぐらいしか生成りでないものがいなかったからである。負けたらとんでもないことになっていただろう。

家の存続もかかってしまい、影山家の当主は慌てたのだろう。しかし、その時鬼の生成りは極端に数が少なかった。なぜなら、戦争中は、諦めることを努めようとしても諦めきれない、なんて感情のループに陥ることはまずないのである。これでは鬼の生成りは生まれない。霊災の発生件数も極端に減っていた。生成りの数は、影山家にいるもののほかに2,3人全国にいればいい方だっただろう。

その状況で龍鬼を作れなどと言われても、無理な話である。

影山家は努力はした、しかし龍鬼というのは別に100パーセントできるものではない。

野良猫が5匹ほど子猫を産んだとしよう。その中で大人になるものは何匹になるのか。これだけは言える、5匹ともちゃんと育つ確率は100パーセント未満である。むしろ、食べ物がなければ最悪一番小さいものが食べられるかもしれない。そうでなくても、単に餓死したり、病気になったり、犬に襲われたり、車に轢かれもするだろう。

生成りが龍鬼になれるかどうかは本人の意志の強さと鬼との相性と、最後の、龍との相性で決まる。意志が弱ければ鬼に堕ちきって死ぬだけ。鬼との相性が悪ければ鬼堕ちして終わり。龍との相性が悪ければ、多少自分の意志をもって行動のできる鬼に堕ちるだけだ。

要は、鬼の生成りは鬼にしかならないということだ。

軍部はそれをどうにも取り違えていたらしい。

ともかく、日本は敗戦国になった。影山家はもともとあまり表に立っていなかったこともあり、追求からは逃れきった。

逆に土御門は散々叩かれる羽目になり、藤堂家に頼らざるを得なくなってしまって今に至る。

 

 

 

 

 

現在龍鬼の数は11体。そのうちの2体が影山家にいたはずだ。

折哉はそう思いつつ、赤い文字の書かれた呪符を取り出した。

「紫陽花丸」

「はい」

すとん、とそこに降り立ったのは、朱里とアレンのよく知る人物だった。青紫の髪は腰まで伸びており、瞳は淡紅色。

「「四片姉さん!?」」

「やっほー」

四片はにこっと笑って手を振った。

そして、折哉と同じ方を向き、ギリギリと音を鳴らし、小さめの牙と、龍の角を持つ姿に変わる。

「…霊獣だったの…?」

朱里の小さな声に、四片はうなずいた。

冬士の手を引いて正純が少し朱里から離れた。

「…冬士、耐える必要はない。 お前を支えてくれる鬼がいる。 大丈夫だ」

正純は冬士を安心させるように言った。冬士はうなずく。ヘッドバンドを外して、制服の上着を脱いだ。

正純が封印を解きはじめる。

「…すごい霊圧ですね」

四片が小さく言った。折哉はああ、と小さくうなずいた。

「そんなにすごいの、これ?」

「…お前と朱里には、龍の結界が張ってあるな。 土御門の龍か」

「…春樹ちゃん、ね…」

アレンは辺りを見回した。この状況ならば春樹たちがいてもおかしくはない。

「!」

朱里は笛の音を聞いた。

「朱里?」

「…博雅の笛だ」

朱里は辺りを見回す。まったくこんな道のド真ん中で自分たちも何をしているのかと思ってしまうが、そこで優雅に笛を吹く博雅は、ここでもっともこの状況に似合わず、しかし最も重要な人物であった。

「…」

朱里の脳裏に、博雅が合宿の時に行っていた言葉が甦る。

―――身近で何かが―――

博雅の身近。そこにもうとっくに冬士が含まれていたことに、なんとなく、朱里は、古典で名を見てきた源博雅という人物の人となりを垣間見た気がした。

「やれ、間に追うたわい」

「ああ」

スーツを着崩した男と、ワイシャツとスラックス姿の青年が現れた。見紛う筈もなく、彼らだった。

「…蘆屋道満…」

「安倍清明殿も…」

冬士がふわりと微笑んだ。

「飛燕殿も」

清明の隣に現れた少女は、唐衣が元になったのだろうとわかる赤い、現代風のスカートにデザインし直されたような浴衣を着ていた。

「先日はご無礼をはたらきました。 お許しを」

「畏まるなよ、あんたの方が大先輩なんだぜ?」

冬士はそう言って手を伸ばす。飛燕がそれに応えて地面に降りてくる。冬士の手を握り、正純を見る。

「…礼を言う、清明の子孫」

「…私の息子みたいなものですから」

正純はそう言って、ゆっくりと冬士から離れた。その瞬間、冬士がどす黒い鬼気を纏った。

「ッ…!!」

冬士の表情が微かに苦痛に歪む。飛燕が手を握りこんだ。

「任せるがいい。 大丈夫だ」

飛燕の言葉に、冬士は微かにうなずいた。

ふっと、何かが増えたのが朱里にはわかった。何かがものすごい速度で近づいて来ている。これが龍鬼か、そう思うような容姿のものが2人。

龍の角と鬼の牙をもった少年が2人。

「疾風、鶍…」

龍冴が儀式を終えてやってくる。

「来ちゃった」

「冬士ちゃん苦しそう」

「暴れられる?」

「暴れちゃだめ! 街が壊れるよー」

疾風と鶍は口々に言う。冬士の纏う鬼気の量がまた増える。

「!?」

「ったく、先代がここにいなくてどうすんのさ、じいちゃん!」

龍冴は悪態を吐いた。

正純が咳込みつつ離れていく。

「鬼に耐性の無いやつ全員離れてろ。 龍鬼の宴に巻き込まれるぞ」

龍冴はそう言いつつ結界を丁寧に一枚張り上げた。折哉はアレンと朱里をゆすったが、すぐに動けたのはアレンだけだった。

「朱里、行くよ!」

「…」

「朱里!」

「アレン無駄だ、影山は朱里を選んだ」

折哉の言葉にアレンは驚いた。

「影山はそんなこと…!」

「親と引き離されていた生成りってのは、女になつきやすい。 影山分家の子供が拉致られたって話はこっちではかなり有名だったんだが」

「知らないよそんな他人の情報!」

アレンはそう叫び、冬士を睨んだ。冬士のぼんやりした視線にぶち当たる。冬士がニタリと笑う。凶悪な表情といえばわかりやすいが、それでもさまになるから本当に冬士の顔はタチが悪いとアレンは思った。

「やめろアレン、お前だと殺される可能性が出てくる」

「なんで」

「そこそこ強いからだ。 鬼ってのは強くて使えるやつなら問答無用で食い散らかしに来る。 影山は龍鬼だが、鬼が極端に強い」

「ちょっと待って。 本当に影山って龍鬼なの」

「これだけ龍鬼が出てきているんだから間違いないな。 …夏芽は来ていないようだがな」

「…もういい、わかんない」

アレンは理解するのをあきらめる。鬼気の渦に呑まれそうで、冷静に思考で来ているかどうかすらも怪しい状態だ。折哉についてその場を離れる。朱里を最後まで気にしながら。

 

 

 

龍鬼の宴。

別に、酒飲みとかそんなのは必要ない。

必要なのは、鬼の気と龍の気、それと少しの他の生き物の血肉。

鶍がそこを飛び去ろうとする鳥の首をあっさりとはねた。

「鳩って食べれるっけ」

「冬士ちゃん食べれないよ」

「こら、まだ冬士に血の味を覚えさせるんじゃねえやい!」

龍冴に叱られて鶍と疾風ははあい、と気の無い返事をする。龍冴は冬士に近付いた。

「気分は?」

「…ぁ…オ、レ…?」

「ああ」

龍冴は冬士の返事をゆっくりと待つ。静かに、昌次郎が近づいて来ていた。

「…気分は、最悪」

冬士はそう言って立ち上がる。

「暴れたいか?」

「…できれば。 あと、なんだよ、これ」

「お前の中の紫鬼をお前が1人で抑えられた理由ってところだ。 誰もお前の魂を人間じゃないなんて言いやしねえさ」

「…言ってくれれば楽になれるのに」

「そりゃお前の命日用にとっといてやるから安心しろ、口の減らねえクソガキめ」

「るせぇよ引退しろくたばり損ないのクソジジイ」

冬士の口調にいつもの調子が戻ってくる。龍冴はほっとしたように冬士の頭を撫でた。

「あとはそこのデカブツの血肉で我慢しろ」

「今の俺には馳走だな」

「ハ、マジで口の減らねえクソガキじゃねえか」

昌次郎が声をかける。冬士の目にぎらついた獰猛な獣のような光が宿る。

「いいねえその眼! ハハ! 今にも人間を殺したくて喰いたくてたまらねえって顔してるぜオイ」

「昌次郎、煽ってんじゃねえ。 マジで人食いになっちまう」

「大丈夫ですって。 それにこの程度で人食いになってたら―――」

昌次郎は冬士の目の前に立つ。180センチはある冬士よりも背が高い。それはそうだ、蓮道昌次郎、この男、193センチの巨漢である。細身ではあるが、霊力量は冬士とは比べるべくもなく昌次郎の方が上。そんな相手に挑むほど冬士の鬼たちは馬鹿ではない。

「―――もうとっくに土御門やウチの姪っ子食い散らかしてる頃だもんなぁ?」

昌次郎は冬士の首に手をかける。ぎゅ、少しばかり力を込める。冬士は苦しげな表情は一切見せなかった。昌次郎は掌から霊気をゆっくりと放出し冬士になじませていく。混気体質であることを凶とするか吉とするか。あっさりとなじんでいく霊気。

冬士の姿が一気に“龍鬼”に転じた。

「…ヒュウ、こりゃまた―――」

 

「―――ずいぶんな上玉よ」

「非の打ちどころのない出で立ちだな」

道満と清明が言った。博雅はぼんやりと清明の隣に歩を進める。

「博雅、久しぶりだな」

「清明、俺はまだ状況がよくわかっていないよ」

「博雅はわからずとも感じ取ることができる」

清明のフォローになっていないフォローに博雅は苦笑した。

「ヒヒヒ、アレが酒吞童子と茨木童子が見染めた鬼っ子の姿か。 よいものが見れたわ」

「道満殿、ちゃんと育つまで待ってやってくださいませ。 貴方はすぐに龍鬼を潰してしまわれる」

「分かっておる、此度は待つとしよう。 なんせ、“初物”じゃ」

道満はそう言って指を組む。

「“解”」

ぱしゅん、と小さな音がした。氷がすぐに道満の右手を切り裂いた。

「おう、おう。 獰猛じゃな」

「戯れもほどほどにしてくだされ、道摩法師!」

博雅が声を上げた。

「術をお解きになられたのはわかります。 しかし冬士の人生を弄り倒すことを宣言なさるのはいかがかと!」

「ヒヒヒ、これくらいはわかるようになったかよ」

道満はからからと渇いた笑い声を上げて、すっと姿を消す。

「…まったく…」

「諦めろ、博雅。 俺も道満も似たようなものだ」

清明は立ち上がる。

「飛燕、その子と十分に遊んできなさい」

「はい」

飛燕が振り返った。清明は博雅に微かに微笑みかけて姿を消した。

 

 

 

冬士の纏っていた鬼気が龍の気と混じり合っている。

「…こりゃとんでもないモンになったな、冬士」

「…まだ強くなれんのか、これ?」

「雑魚が鍛えても強くなるっつーの。 とんだダイナマイトだぜこれ…」

龍冴は息を吐いた。こんな危なっかしいモノを昌次郎に任せるというのが気が引けているのだ。孫を単に任せるということよりもよっぽど恐ろしい。1人で大陸を消し飛ばすくらいの力は持っているんじゃなかろうかと思うほどの霊圧を放っているのである。

「冬士、噛みつけるか?」

「…」

「いてえなクソ、いきなり噛むんじゃねえよ」

昌次郎の首筋に問答無用で噛みついた冬士だった。

「テメエに遠慮はいらねえだろう?」

「ケッ、可愛げがねえな」

「16歳で180センチに可愛げなんざ求める方がどうかしてるぜ」

昌次郎の皮膚は破れて血が流れ出した。冬士は昌次郎の血を舐め取る。

千夏の時とはやり方が違う。千夏の時は単に重石の役割を果たすだけだった。

昌次郎と結んだこの契約は、昌次郎が基本的に霊力を供給してくれる形になる。その分、昌次郎から受ける制限も多くなるが、この男が何かを制限してくるとは思えない冬士だった。そう感じているからこの男を選んだのだろうということは、嫌でもわかる。

冬士を見る大人の目は5パターンだ。

見た目が綺麗だからといって抱くの抱かれるのというのを強制するもの。生成りだからといって穢れたものを見る目で見るもの。同情してくる、そんな振りをする、何もしないできない偽善者。喧嘩をしている者同士の、興味本位によって冬士に声をかけるもの。そして、同情もするし温かい目を向けてくれて、何もできなくても隣に立っていようとするもの。

昌次郎はおそらく、4番目に当たる。前半の3つは大嫌いだが、後半の2つはそうでもない。

冬士はうっすらと笑みを浮かべた。

「忠誠を誓えなんざ言わねえよ。 テメーはテメーのままでいろ」

「…ハ、条件最悪だぜクソ野郎」

―――なあ、愛すべき元御主人様。

冬士は千夏の方を見ようとして、やめた。

これから千夏と冬士の間には距離が生まれる。それを少しでも埋める努力を、この主人はしてはくれないだろうな、などと思い、その時はおとなしく朱里たちにでも頼ってみようと思った冬士だった。

 



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第10話 鬼龍鬼、初物にて

 

鬼龍鬼、という霊獣を聞いたことがなかった倉橋の生徒たちは皆首をかしげた。

全校集会中である。

 

「今回、皆さんにお伝えせねばならないことがあります。 鬼の生成りだった影山冬士さんが、龍鬼としての特徴を示したことにより、龍鬼認定を受けることになりました。 同時に、雅夏大輔さんも龍鬼認定を受けることとなりました」

 

龍鬼という霊獣は皆知っているのだ、その先が問題だった。

 

「なお、これから龍鬼のことを2つのタイプに呼び分けることが決定しましたので、それをお伝えしておきます。 教科書等に出てくる飛燕をはじめとする、大輔さんまでの龍鬼はすべて“龍龍鬼”、冬士さんのことを“鬼龍鬼”と呼ぶことになります」

 

何のことかすぐに理解はできるが、具体的に一体何が違うというのかを皆は知りたかった。

「学園長」

「はい」

「具体的に違いって何ですか」

「そうですね、あまり言わない方がいいのですが…龍龍鬼は術に長け、鬼龍鬼は白兵戦向きだということでしょうか」

真千も自信はなさそうで、皆の視線は一気に冬士と大輔に集まってしまった。ステージの真千の横に立っていたためだが、冬士が答えた。

「残念ながら俺はまだ完成された龍鬼じゃないんで、どういう性質があるかとかその辺はこれから調査するってことらしいです。 俺しかいないのにどうするのかとかそういう突っ込み入れていきたいと個人的には思ってるんすよ」

冬士が今までよりも饒舌になったのだということをわかる人はいないだろう。

仕方ないだろう、なんせほとんど食堂にも出てこない生徒である。

す、と立ち上がった生徒。眼鏡が光っている。

「1つ提案をいいでしょうか」

この生徒、倉橋の生徒会長である。名は、相模永仁(えいじ)

「はい」

「影山君。 君はあまり食堂に来ていないよね。 ぜひ、来て欲しいんだ。 君が来てくれれば、たぶん…皆も来てくれるようになると思うから」

「…はい、善処します」

冬士はあっさりと答えた。

3年生の生成りの生徒のことを生徒会長が気にかけているとはっきりしただけでも十分ではないか。そんな目をしている冬士に、勇子と千夏は盛大にため息を吐いた。もちろん、ステージの下での話である。

「欲が無い」

「まあ、だからこその冬士だよなあ。 …ああ…今日から一人部屋だわ」

「お、寂しいの?」

「寂しいに決まってんだろ。 今の今まで4年間同じ部屋で寝てきた仲なんだぜ…」

「チッ…そこは“一緒に寝てきた仲”でしょ」

「勇子の前でどっちとも取れる台詞吐くわけ無いだろ馬鹿かよ」

これ以上腐海を広げんじゃねえよ。

勇子と千夏は今まで通り話しているのだが、これからはその間に冬士が入ることはなくなる。冬士の扱いは生成りのままだが、倉橋にいる霊獣の中で最強クラスの力を誇る霊獣に成長したことは間違いなかった。

 

 

 

 

 

昌次郎は珍しく春樹の傍にいた。いや、仕方がない。冬士を見ていなくてはならないのだから必然的にこちらに移動してくることになるのである。ようやく仕事らしい仕事をやってくれた、と蓮司が満足げに笑っていた。

春樹は手を握りしめていた。

いつも一緒にいた勇子、千夏、大輔のところに冬士がいないという今の状況がおかしいものに見えて仕方がない。千夏から発せられた朱雀の霊気は、隠行で隠されてはいるものの、確実に霊獣を削るということで、傍にいることに慣れているうえ、冬士よりもはっきりと霊獣化の進んでいる大輔以外の生成りは近付くことを許されなくなった。

冬士とのやり取りはこの至近距離でメールになっている。

同じ土御門一派として、土御門分家と影山が仲がいいのはよいことだととらえている春樹。しかし千夏にも冬士にも憧れやら思慕やら、いろいろと自分が抱いていたらしいことに気付き、混乱もしているのだ。

春樹が面会を許された千夏も冬士も血だらけの状態でへらっと笑っていたわけだから、春樹は肝を冷やした。何があったのかは、霊気を視てすぐに分かった。冬士と千夏、正純からは、冬士が龍鬼になりかけていたことを教えていなかったことを謝罪された。

仕方ないと春樹にはわかってしまっていたから、責めることはしなかったし、責めるのがお門違いなのもわかっていた。

そもそも冬士がキマイラ層にとんでしまったあの時に、龍に出会ったらしいあの時に、大輔が龍鬼になりかけていたのに、冬士がなっていないはずがなかったのだ。

千夏はさすがに正純から教えられていたようだったし、勇子もおそらく勘付いていただろう。大輔がわかっていないはずはない。

亜門の反応も全く変わらないものであったことと、ようやくばらしたんだなという辰巳の言葉を聞いて春樹は確信した。亜門は確定未来が見えているというではないか。おそらく知っていたのだろう。辰巳は龍の生成りだ。とすれば、龍が気付かないはずはない。春樹はそれが龍鬼への龍の反応であることを知らなかったためスルーしていたが、龍は気に入った龍鬼にはよくすり寄ったり懐いたりするという。グールと戦うはめになったあの時に春樹の龍は思いっきり冬士にすり寄っている。千夏がいたからそのせいだと思っていたが、冬士の方にも理由があったようだ。

「…」

そんな冬士のそばには、今は朱里とアレンと亜門がいる。

 

 

 

「んじゃ、今日から千夏が部屋移動?」

「ああ。 犬護と千夏がチェンジだ」

「あー。 犬護一人部屋だったもんねえ」

アレンが納得したようにうなずいている。朱里は亜門を見た。亜門は肩をすくめた。

「俺が同じ部屋でもよかったんだけどな? でもほら。 ルイと同じ部屋いやがるやつ多いだろうし?」

「そっか、四月朔日は半妖でしたね」

朱里はああ、と息を吐いた。

「そういうこと。 仕方ないさ。 にしても、冬士の心配してくれてる女の子がこれだけ冬士の傍にいるってのも珍しいよな」

「朱里はうざくねえからな」

「女の子にうざいとか言っちゃだめだぞ、影山」

「やたら世話を焼いてくるのはうぜえんだよ。 俺が生成りだってわかっても俺を部屋に監禁する物騒な女が多くてな」

「女運がないな」

「でもわかる、冬士は閉じ込めて自分だけが見れるようにしておきたい感じだ」

アレンと亜門が繰り広げるトンデモ会話に冬士がドン引きの表情を見せた。

「あ、影山ひどくねその顔!」

「鹿池、なめちゃいけないぜ! こいつは人を蛾でも見るような目で見ることがある!」

一体何の話だ。

そんな疑問を朱里は呑み込んだ。ここで突っ込んだら自分で笑ってしまう気がした。

冬士が鬼龍鬼になろうが、生成り先生が増えようが、生成り生徒が増えようが、もう彼らの日常生活は変わりそうになかった。

 

野本が、おそらく正純の次に冬士への対応に慣れているということで事情聴取を受けながら講師という形で倉橋に勤めることになった。吉岡たちがガッツポーズをしたのは言うまでもない。おそらく直接話を聞きだしに行く気だろう。

そんな皆を見ながら、アレンは友達にメールを送った。

 




祝・100話突破。

お気に入りに入れてくださってありがとうございます。
感想お待ちしています。


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第11章 文化祭
第1話 称号持ち


新章です。夏休み中に終われる気がしない。


 

称号持ちが発表されるよ、という話を持ってきたのは咲哉だった。

 

「…すっかり忘れてたな」

「そうか? 俺は実力考査全力だったけど?」

「お前に振り回されてたんだよ、馬鹿!」

「千夏、痛え…焼ける…」

冬士が控え目に教室の隅っこから言ったはずだったのに反対側にいるはずの千夏の言霊は悪鬼を祓う霊力をもって冬士を削るのだった。

「あああ、ごめん冬士ッ!」

だからメールでなければならないのである。

「馬鹿だな」

「馬鹿ね」

大輔と勇子が呆れたように肩をすくめるのだった。

咲哉は迅といくつか言葉を交わして皆に向き直った。

「ところでさ、お前ら文化祭どうするの?」

「あー。 その話し合いしてたんだよねえ。 千夏と冬士を一緒にできないから離れたところに2人を配置できるのがいいなってことになって、ステージ系はダメってことになったのよ」

勇子が言う。咲哉はああね、と納得したようにうなずいた。

「ま、これは俺が知るべきじゃねえな。 …さて、そろそろ学園長の放送が入るころなんだけど」

咲哉はそう言って時計を見る。朱里は窓の外を見る。

そこそこ高い成績は取っているが、おそらく朱里よりもアレンの方に称号は行くだろうと踏んでいる。男女で同列のものがそれぞれ用意されている事実を朱里は知らない。

と、放送のチャイムが鳴り、真千の声がした。

『1年のみなさん、お待たせしました。 称号持ちの発表です』

放送が入ると同時に闇が準備室から姿を現した。蓮司、昌次郎も春樹の近くのいすに座っている。

『まずは―――“皇帝”Bクラス、支島直樹』

おおっ、と、Bクラスから声がした。

ずっと春樹を抜いて不動の1位だった少年である。わかりきっていたと言えばそうだが、春樹が女帝になる可能性はなくなったな、なんて思った勇子だった。

『なお、今年は皇帝クラスは2名です』

真千の声にハッと勇子は思わずスピーカーを見てしまった。スピーカーの向こうで真千が柔らかく微笑んでいるのが見える気がした。

『“女帝”Aクラス、土御門春樹』

龍を従えている者が今までに皇帝クラスにならなかったことはない。その慣習に乗っ取ったという形だろうか。

千夏はぐっと伸びをした。これで春樹の一人部屋行きは確定だ。これで封印の結界のということの心配はぐっと減る。

『“王”Aクラス、千駄ヶ谷迅』

皆が迅を見る。迅はふうと小さく息を吐いた。

「咲哉も選ばれるかな?」

「…自信ねえよ」

「残念だ、お前は俺の主になるのに」

迅がくつくつと笑う。咲哉は呆れたように言った。

「お前冬士みたいに笑うようになったな。 何、冬士のヤンキー化って伝染すんの?」

「うつした覚えはねえなぁ?」

冬士がニヤリと笑って言った。

『“女王”Aクラス、神成勇子』

「あれま」

勇子が目を丸くした。

「私そんなに成績良かったっけ?」

「いつも司令塔格やってるからな。 実技での評価としちゃ妥当だろうぜ」

冬士がそう言えば、勇子はそうかと小さくつぶやいた。

『“玄武”Cクラス、丸田博樹』

よっしゃあああ、と大声で叫ぶCクラスの面々の顔が浮かんでくる声がした。くつくつと笑う冬士、Cクラスには生成りがいることもあいまって仲が良いらしい。

『“朱雀”Aクラス、土御門千夏』

「いやいやいや、洒落になんないって」

千夏が即言った。

「…俺が称号持ちとか明らかに間違いだろ。 俺今一番霊災に耐性ない状態なんだぜ?」

「でも、朱雀がいる今なら大丈夫なんじゃない?」

玲が言った。千夏はう、とうっ詰まった。

「…称号持ち、陸海空以外は生徒の中で最初に霊災に対処しなきゃいけないんだぜ? 戦力外通告受けてるやつにやらすかよフツー」

「でも、そうなるとそこに適任の火属性はいなくなってしまうよ」

春樹の言葉に千夏は黙りこくった。

『諦めろ』

ラインで冬士がそんな文面を送って来た。千夏は机に突っ伏した。

『“白虎”Bクラス、金子美波』

Bクラスでの拍手が聞こえてくる。称号持ちがいればそれだけクラスの得点も高くなる。この後いろいろな大会に出るために選ばれる基準となるのがこの得点である。

『“青竜”Bクラス、青木晃』

お、と翔が声を上げた。

「晃のやつ、選ばれやがった」

「上に上がって来たんだから、まあこうなる可能性はあったわな」

亜門が笑って言った。

陸、海、空はそれぞれ2人ずついる。放送はされたものの、ほとんど聞いているものはいなかった。陸海空は戦闘員ではなく、もっぱら避難誘導要員であるためである。

 

 

 

『では、最後に、“鬼”の2名の発表になります。 彼らは皇帝の言うことを聞く必要はありません。独断行動で皆さんを守るための要員の方々ですので、ちゃんと彼らの言うことも聞いてあげてくださいね、みなさん』

真千がそう言って、名を読みあげた。

『“鬼”Aクラス、雅夏大輔』

「…俺が来たということは…」

大輔は冬士を見た。

『“鬼”Aクラス、影山冬士』

やっぱりな、というような表情をした大輔。千夏はこの結果に満足いったようで、冬士にラインで『やったな!』と言ってくる。

『まあな』

冬士はそう短く返して、顔を千夏に向けた。千夏もわかったらしく、顔を上げてにっと笑った。

 




称号
上から“皇帝”“女帝”、“王”“女王”、“玄武”“朱雀”“白虎”“青竜”、“陸”“海”“空”、これらから外れて独立かつ皇帝と女帝の言うことを聞く必要のない“鬼”の5クラス存在する。ペーパーテストよりも実技試験の方を重視して選ぶため、そこまで順位が高くなくても入る場合がある。なお、“鬼”の選定基準は式神に鬼をもっていること、または生成りであること。


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第2話 文化祭出し物決定

アレンは友人たちにメールを送っていた。

「よーし。 これで皆楽しみにしてくれるなぁ…」

1人で勝手にニヤニヤしてみる。

「さて、行こうかな」

一人部屋の寮を出て、教室へと向かう。

 

 

 

 

 

教室に入ると、すでに来ていた迅と冬士が2人で何かを話し合っていた。

「なになに、何してるの?」

「ん、俺らの提案だ」

「あー、ね」

アレンはうなずいた。冬士と迅は紙にいくつかの案を書いていた。

「…カフェ、うーん。 劇はダメなの?」

「悪いな、俺が千夏に近付けないから」

「ああ、なるほどね」

アレンは納得した。

「で、影山の一押しはカフェなわけね」

「そういうことだ。 俺が外を回って、千夏が接客ならすれ違ってこっちが体調崩すこともねえしな」

冬士は何でもないように言うが、迅が言った。

「冬士にいが接客を降りるなんて許されない」

「迅お前喧嘩売ってるととっていいのか。 買うぞ?」

「千夏にいは接客得意だ、でもそれは千夏にいの素が出る時の話」

アレンは紙を改めて見つめた。

 

実は、アレンの中学校での話なのだが、朱里がすさまじい人気を誇っていた。

中学校での文化祭は、いずれもくじ運が無かったというべきなのか、食料提供班になってしまったのである。

朱里のファンクラブがいつの間にやらできてしまい、その統括に奔走し、公式ファンクラブにしないと朱里の雷が落ちることもしばしばだった。今となってはいい思い出の域にあるが、アレンにとっては苛々との戦いだった。

元来そこまで気が長い方ではないアレンだ。ついでに友達のファンクラブの副会長だった方の性格もあいまってひっそりと制裁を行ったりもしていた。それにしてもやたらと人気の高かった朱里は、食事提供のためにネコミミメイドの姿を皆の前にさらす羽目になったことがあったのである。

仕組んだのはアレンで、反省はしているが、後悔はしていない。

 

よって、今回も似たようなことをしたくなったのである。

である。

だから生成りに抜けられるのは避けたかったりする。

まさか考えを読まれたのかとヒヤッとしたアレンだった。

「俺の考えを聞いてくれ、そして無言でうなずいてほしい」

アレンが言うと、迅はうなずき、冬士はいぶかしげな眼でアレンを見た。

アレンがしっかりと目を合わせていると、冬士はニヤリと笑った。

「だったら、楽しませてもらおうじゃねえか」

「おう」

アレンはニッと笑い返す。男子どもの悪戯が始まった。

 

 

 

「おはようございます」

朱里がクラスに入った時には、もうすでにクラス内で文化祭についての話し合いが始まっていた。

「え、俺遅刻?」

慌てて席について荷物を下ろし、アレンに駆け寄った朱里は、アレンたちがやたら真剣に考えている様子を見て、そっと後ろからのぞき込んだ。

そして、絶句した。

「―――で、こう、生成りたちがわからないように、女子は基本的に猫か狐、男子は鬼か犬で行こうと思ってるんだ」

そんな話をいとこが真剣な表情でしているからたまったものではない。

「…アレン…?」

ゴゴゴゴゴ、と効果音でもつきそうな凄みのある黒い笑顔になっている朱里に気付いた犬護が苦笑いした。

「あ、あはははは…」

「どしたの、矢竹?」

「アレン君…後ろ…」

アレンが振り返った。朱里は即アッパーを食らわせた。

「いっ…!!」

「あーれーんーくーん? これはいったいどういうことですかぁ~?」

黒い笑顔は絶賛続行中である。

「えっとね、これは、冬士と千夏のこともあるからステージは無理っぽいねってことで、軽食出そうってことになって、どうせならクラスらしさ出そうってことで、生成り多いし生成りカフェでもっていう案になって!」

アレンは慌てて言った。朱里は少し考える。

そして、ゆっくりと口を開いた。

「…冬士、本当は?」

「アレンが朱里のネコミミ姿が見たいと言って押し切った」

「影山! 裏切り者!」

「アレンッ!!」

「ねえなんで俺!? 何で止めなかった冬士たちじゃなくて俺が叱られてるのッ!?」

勇子たちが大爆笑し始める。冬士はすました顔でアレンに肩をすくめて見せた。

「…でも、何で食料系に?」

「俺と千夏がニアミスしない方がいいからな。 展示はクラス総出になる可能性もある。 ステージは絶対する。 なら食料系だけだろ」

「…えーっと」

朱里は考えを巡らせる。文化祭はそんなに限定的なものだったか。

「ああそうか、朱里はわからないんだよね」

春樹が言った。

「倉橋の文化祭は、式神を使うのが最低条件なんだ。 冬士、千夏、どっちも使役式の扱いはとても上手だから操作側のメンバーに入ってしまうんだ。 裏方でニアミスしたら式神ごと吹き飛ぶ可能性だってある。 それに、千夏が朱雀ということを考えると、皆の式神も千夏の霊力に滅される可能性は無きにしも非ずなんだよ」

勇子が噛み砕いて言う。

「要するに、千夏の今の霊気は式神を皆と使うにはあまりにも向いてないってこと。 だから、一番式神を使う必要が無い食料品を選ぶのは必然、ね」

「…なるほど。 それはわかった。 でも、やっぱりネコミミは信じられない」

「それはアレンが」

「やっぱり売るの!? 俺は売られる運命にあるの!?」

朱里は真っ黒な笑顔を浮かべてアレンに迫る。

「ごまかそうとした罰だ、アレンッ!」

「ネコミミつけてって言ったってつけてくれないじゃんかああああ!!」

「俺はお前の着せ替え人形じゃなあああい!」

教室内でドタバタと暴れ始めた朱里とアレンを、クラスメイト達は生温かい目で見守っていた。

 




作者の頭の中では『バカとテストと召喚獣』の中華喫茶ヨーロピアンが浮かんでおりました…。←

感想お待ちしています。


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第3話 準備

ギャグを書きたかった。後悔はしてないです。


 

「じゃ、さっそく、どんな飾り付けをするかとか考えよう」

勇子の提案によってさくさくと話し合いが進んでく。

「やっぱメイドと執事って考えたら、ヨーロッパ風の…」

「レースとかあるとよさそうね」

「テーブルはどうする?」

「高さがきっちり合ってるやつを4つずつ合わせて…」

もう朱里に口を挟む隙などない。アレンの生成り軽食堂の方向で固まってしまったらしい。

「…アレン」

「うん?」

「…ネコミミ皆のローテーションじゃダメ?」

「…あ、やば。 全員につけることになっちゃってる」

「!!」

どうしてもずっとつけていなければならないのか。泣きそうな朱里に、冬士が助け船を出した。

「じゃあ、朱里は厨房組と交代で入るってのはどうだ」

「!」

「あー、それいいね! 影山には適応しないけどね?」

「ハ、上等」

冬士がニヤニヤと笑みを浮かべつつちらりと勇子を見た。

「…ああ、いいわよ。 とびきりのを用意してあげるわ」

「待って! 影山と神成の謎のアイコンタクトに俺は寒気がしました!!」

「決定事項で~す」

両手を上げ冬士がそんなことを言うものだから、もう皆は聞いちゃいない。アレンは1人で涙をのむ羽目になったのだった。

 

 

 

 

 

教室を飲食物の提供場所にするのだから、綺麗に飾り付けをしたい。

ならば、と言って勇子たちが時間をかけて用意してきたのが、レース製のテーブルクロスやらカーテンやらといった代物だった。

テーブルは準備室にあるものも含めて丁寧に高さを合わせた。

メニューは基本的に誰でも作れるものにしようということでパンケーキ。飲み物は炭酸を3種類、ソフトドリンクを3種類、コーヒーとお茶も用意することになった。

問題は、経費に収まるかということだった。

「…収まる?」

「たぶん大丈夫。 でも、これだとメイド服と執事服は人数分揃えるのは難しいなあ」

レンタルしたらとんでもない額になりそうだ、と勇子は言った。

「んじゃま、縫ってみるか」

冬士からとんでもない提案が出た。

「縫う? 何、影山そんな主夫スキルあるの?」

「…勇子の中学校のスカートの補整をしたのは俺だ」

「へー」

折哉さんもできるし、などと心の中で思ってみたアレンだったが、突然現れた野本に驚かされた。

「うわッ!?」

「冬士の主夫スキルをなめてはいけませんよ。 彼、洋裁も和裁もこなしますから」

「あんたまでその話…?」

呆れたアレンだったが、はて、メイド服とは洋裁ができる程度で作れるものなのだろうか。中学校の時に手伝ってくれていたあの少女たちはいったいどんなスキルをもっていたのだろうか。そんな疑問が浮かんできてしまった。

「…朱里、メイド服って手作りしたら」

「1着最低5日くらいはかかるかな」

朱里の言葉にアレンは少し身を固くした。

「…それ手縫いとか言ってるの、影山?」

「あ? 誰が1人でやるとか言った? 俺が大体の形やってやりゃああとは女子がレースでも何でもつけて可愛く仕上げちまうだろ」

冬士は何でもないというように肩をすくめた。

「じゃあ、黒い布と白い布がたくさんいるね」

「ウチにいらない布が大量にあるから持って行ってちょうだい」

「あー、ウチにもあるよ~」

女子たちから次々と声が上がる。

「じゃあ早めに持ってきてくれ、持ってきたやつからやるから」

「はーい」

「採寸しなくちゃいけないね」

「それは春樹と勇子に任せる。 男子の採寸はアレンがやれ、言いだしっぺ」

「冬士が悠々と俺と反対派の間を歩いてるよ! 安全圏から俺を見下ろしているよ!!」

アレンが騒ぐと皆が笑った。

こんな日が続くといいなあなんて、アレンは柄にもなく思うのだった。

 

 

 

 

 

千夏とアレンがニッと笑いあう。

2人の手にはそれぞれ執事服とメイド服。しかも、何やら色が違う。

それを教室に持っていったら、冬士と朱里の怒りが爆発した。

 

「千夏テメエぇッ!!」

「冬士はこれ着るの決定で!」

「食い散らすぞ馬鹿やろおおおッ!」

 

冬士があっさり鬼と化した。封印に意味があるのかとそっちに突っ込みを入れたくなったアレンだった。折哉も闇も烏丸も九玖もなんてことなさそうに笑っているため(折哉は本当に何か懐かしそうだった)問題はないのだろうが、春樹はちょっとだけ苦々しく笑った。

 

「あーれーんーくーん?」

「あ、朱里怒った!」

「なんでこんなにスカートが短いんだあああっ!! もう着ないぞ、もう絶対着ないからなッ!!」

 

朱里と冬士はほぼ同時にホルダーに手をかけた。

 

「「このムカつくやつを締め上げろ、急急如律令ッ!!」」

 

奇しくも同じ台詞で千夏とアレンを木気で絞めた冬士と朱里だった。

 

 

 

「出来心です、ごめんなさい」

「ごめん、冬士ぃ…」

朱里は相変わらず怒っているし、冬士もイライラを隠さない。それはつまり、この2人は鬼気に晒されているということであろう。いや、鬼気迫る殺気を冬士が放っているにすぎないのだが。

冬士と朱里に渡された衣装は、それぞれ、冬士の執事服は、黒と青をベースにした銀糸の刺繍入りの派手とまではいかないが、それなりに目立つものだった。朱里のメイド服は、黒と薄い赤をベースにしたちょっと派手なもの。しかも、ミニスカでこれ以上ないというくらい短い。

「千夏、俺にホストになれっつーのか?」

「洒落になりませんすいませんごめんなさい」

近づいちゃいけなかったんじゃないのか、冬士。

そんな吉岡の突っ込みに勇子が答えた。

「この後冬士がぶっ倒れるに一票」

「わかりきったこと言ってんじゃねえよ勇子」

「確定事項!?」

「当たり前だ。 今も頭痛え」

冬士はそう言いつつ千夏のほっぺをむにむにと伸ばした。

「いひゃい」

「罰だボケ。お前の衣装好き勝手に飾るぞ」

「あい」

冬士は千夏を放してはあ、と息を吐いた。ゆっくりと千夏から離れる。亜門が冬士を支えて席に座らせる。

「…」

冬士は机に突っ伏した。とたんに、昌次郎がギャア、と小さく悲鳴を上げた。

「?」

「…死ぬかと思った…冬士テメエこの搾取量洒落になんねーぞ!! 命の危険感じたぞコラ!!」

「…強い鬼でようござんしたねー…」

そうとう疲れているからまたあとで、と勇子が昌次郎をいさめた。

朱里は、アレンに詰め寄った。

「…朱里、どうしても着てくれない?」

スパッツ履いていいから、とアレンが言うと、朱里はにっこりと笑って言った。

「…アレン、こんなに短かったらスパッツ見えるんだよ?」

「「「朱里ちゃんちょっと待って。」」」

女子から声が上がった。

「スパッツ履かない気だったの?」

「え、だってこんなに短かったらスパッツ履いたら見えちゃってカッコ悪いじゃないですか」

「防衛本能はドコに!?」

玲と怜奈が頭を抱えたが、俊也が言った。

「なあ、明だったら短いの持ってそうじゃね?」

「ああ、彼女ならあり得るね。 結構ミニスカートも履いてるし」

「なんで今いねえんだよ」

「弓道の大会だって言ってたじゃん」

「使えねー」

「矢が正確に飛んでくるからそういうのやめといた方がいいって」

俊也と歩がそう言いつつ窓の外を見た。

「マジで飛んできたよ」

「よし、当たってこい俊也」

「ええええ!?」

窓を割るわけにはいかないよ、と窓を開けてしまう蓮司がそこにいた。

「天然十二神将この野郎ッ!」

「え?」

蓮司が振り返ると矢に正確に頭を射抜かれた俊也がいた。

「ええええっ!?」

「ノーダメージなんで。 破魔矢なんでコレ」

俊也はそう言いつつ矢に触れた。矢がさらりと消えた。ケータイに着信音。俊也は電話に出た。

「俊也」

『さっき使えないとか言ってたわね。 で、用事って文化祭のこと?』

「そうそう」

『で?』

「お前短いスパッツ持ってる?」

『…変態』

「うおおおいッ! 何もやましい心はねええええッ!!」

『電話口で叫ぶな単細胞ッ!!』

電話から漏れてくる声で皆にまで内容は丸わかりだ。冬士が器用にも突っ伏したまま笑っていた。肩が揺れている。

「鋼山専用のメイド服がすっげー短くて、鋼山のだと見えちまってカッコ悪いっつってて」

『…朱里ちゃんに代わって。 これ以上あんたから変態じみた台詞を聞きたくない』

「俺にやましい心は何もねえって言ってんのわかってる!?」

『分かったから早く代われバカ!』

俊也は朱里に電話を代わった。朱里は受け取った。

「もしもし」

『やあ、朱里ちゃん。 …君の防衛本能はドコに?』

「さっき皆から同じこと言われました」

『言うよ! 普通に言うよ!? 心配するからね!? 履かない子もいるけど自分の身を守るためだと思って履いて!』

「はい」

電話の向こうですっ、と息を吸う音が聞こえた。

『スカートの長さってどれくらいなの?』

「30センチ弱ですね」

『うわ、短っ…。 うん、大丈夫。 確か25センチに合わせられるのもってるから』

「では、お借りします」

『うん。 じゃ、俊也に戻して?』

「はい」

話が一段落したようだと皆は顔を見合わせた。

元凶となったアレンは折哉に激しく睨みつけられて子犬のように震えていたのだった。

 




ホントはイラストも考えてるんですけどね。載せられるようなが力がないので自粛です←
レースが描けないんです。そもそも人を書くのが苦手だから問題外(笑)


とりあえずこの話をもって一旦休止とさせていただきます。
今まで読んでくださった方、お気に入りに入れてくださった方、本当にありがとうございました。
作者受験生なので頑張ってきます。受験成功して生活が落ち着いたら戻ってきます。必ず戻ってきます!(熱弁)
この子たちはあっためてる話多いので、待ってて下さい。
ありがとうございました!


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第4話 文化祭初日

お待たせしました。
大学に無事受かりました……直後地震だったんですが(;´д`)トホホ
いくつも並行して違う話を書きなぐっているせいでどれもこれも更新が遅れがちです。
よければ他の作品も読んでいただけるとありがたいです(`・ω・´)
小説家になろうさんで『日風翔夏』という名で活動しております。

今回はきりのいいところで切っちゃってるので短いです……。

では、どうぞ!


文化祭初日

 

文化祭の初日になった。

着々と準備を進めてきた勇子たちだが、ようやく報われる、と言ったところだろう。

アレンがホクホクしながらカメラのバッテリーを確認しているのを見て、朱里はあらためて本番になってしまったなと思った。

アレンが中学校の同級生たちに連絡を入れたということは聞いている。売り上げはそのままクラスが使えるお金になると言うのを聞かされて俄然ヤル気を出してしまった数日前の自分を叱りたいくらいである。冬士は相変わらず突っ伏して笑っていた。実に器用な男である。

「朱里、頑張ろうね!」

「ああ…」

やる前から疲れているのは皆のテンションがやたらと高いせいだと思う。

アレンと千夏、勇子、大輔は厨房の最終確認やらなんやらに回るために調理室へと向かって行った。

朱里は着替えのために奥に引っ込んだ。

用意された衣装を着て、とりあえず鏡で確認しつつ髪形をしっかり整えて、ネコミミまでつける。これはすごく恥ずかしくて、朱里はそれでもやるしかないのだと自分に言い聞かせる。

ドアがノックされ、冬士の声がした。

「着替えたか?」

「ああ、今」

「入るぞ」

冬士が入ってくる。

冬士は衣装を着て、鬼の角を出せば終わりである。髪を整えたりする必要がないが、朱里的には鬼の角がある冬士に洋服は似合わないと思われた。

鬼と言うとどうにも和風のものをイメージしてしまうのである。

冬士は朱里がいるのに構わずさっさとそこで着替えを始めたから朱里は慌てて顔をそむけた。

「…あ、悪い」

「なんで何も言わずに脱ぐかな、お前!」

たとえ何も思っていなくても冬士だったら皆が見る。

これは千夏の言葉だっただろうか。

着替えた冬士が鬼の角を出した。

「鬼気は?」

「大丈夫」

「よし、行くぞ」

「ああ」

深呼吸をする。やるしかないんだ、とことんやってやろうじゃないかと自分に言い聞かせる。朱里は顔を一回ぺちんと叩いて、よしっ、と気合を入れた。

「お前はネコミミメイド、俺は基本執事。まあこんなゲテモノに頼む客はほとんどいないだろうから、お前の方に客が行くのは堪忍してくれよ」

「冬士はやっぱり自分の顔をしっかり鏡で見た方がいい。こんなイケメンがいるのに女性客が俺に頼むはずがない」

二人が教室に出ると、やって来た折哉が立ち止った。

「…お前ら、何がどうなってそうなった」

「「相棒の趣味」」

衣装については大人に何も言っていなかったのだった。と言うか、言う前からなぜか知っていた九玖についてはほっておくとして、他のメンツは冬士の姿についてかなり気にしていた。

さらに手が加えられて派手になってしまった朱里の衣装と、落ちつけようとした結果が肌の白さをさらに強調してしまった衣装の冬士。

「どうやったらそんなダイナマイトになるんだお前たちは」

「折哉さんからそんな台詞が出るなんて」

「俺も一端の男だぞ、朱里。聖人じゃない」

折哉はひとまず二人の写真を撮って、頑張れ、俺は見回りだ、と言って出て行った。

「…さらっと写真撮られたな」

「折哉さんは悪用しないよ」

「アレンは?」

「する」

「即答かよ」

冬士はククク、と低く笑った。鬼たちもうけたらしい。

時計を見ればあと5分で生徒たちが解放されるという時間。その30分後には一般向けに開放される。

「もうすぐだぞ! 鉱山、影山、頼むぜ!」

今回最初にホール担当になっている吉岡と亜門が揃えられた執事服を着て最終確認を行っている。

「よし、千夏、春樹、行ってらっしゃい!!」

「「行ってきまーす」」

時間になったということで勇子が2人を送り出した。

 

 

 

 

 

朱里の中学校での人気がどれほどのものだったかというと、アレンが本気で取り締まりに乗り出すレベルだった。アレンは確かに気が長い方ではないが、それでも十分待っていたといえる――それくらい、厄介なタチのものが絡んでくるのである。

「一般公開は30分後だぞ?」

「いいじゃないか、ちょっとぐらい早く来たって」

アレンは既にやってきている中学の同級生、アレンから見ても珍しく共と呼べる人物に会っていた。

「…まあ、あんまり殺到しないようにって考えを回してくれたのはホントに助かったけど」

「本当はすぐにでも朱里様に会いたい」

「おい」

「だが朱里様が文化祭を楽しむためには殺到しない方がいい」

「そうだよ」

「アレン、朱里様にしっかり文化祭を満喫させるんだよ!」

「おー」

アレンは内心苦笑する。

アレンと朱里のシフトを重ねて、2人がいっぺんに抜けられるように調整したのは冬士だったりする。まったくもって根回しのいい男である。

「…ああそう言えば、朱里様最近ちょっと危ない目に遭ってるみたいだね」

「え。どこからその情報仕入れたの?」

「ネットだけど、朱里様のクラスぐらい知ってるよ」

ああなるほどね、とアレンは思った。危ない目に遭っているのは事実であるため、否定はできない。

「朱里様は大丈夫?」

「うん、俺が見てる限りは」

「でも夏休み全然遊ぼうって言ってくださらなかったよね」

「あー。それはちょっと修行に行ってたから」

「修行!?」

アレンはしまった、と思った。

「なんで? 原因は? どの事件?」

「あ…あはは…全部?」

「…中央にいたのって確か生成りだったよね?」

「ド素人の手に負えるやつじゃないからやめなさい」

危ないっ!とアレンは思った。危うく冬士にとんでもないものを差し向けてしまうところだった。

「…あ。俺次のシフトなんだ。そろそろ行くよ」

「うん、頑張ってね」

アレンは時計を見ていそいそと教室へ戻っていった。

 

 

 

 

 

アレンが教室へ行ったら女性客の数がすごくて冬士と朱里がとてもバタバタしていたとかなんとか。

 




感想お待ちしております。泣いて喜びます。


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第5話 客の中

スローペースですみません。


「朱里、たっだいま~」

「勇子時間ぴったりだな」

「えっヘん! 待たせたりはしないわ!」

勇子がそう言って着替えのために準備室へ向かう。すぐ後に付いて来ていた大輔はアレンを見やった。

アレンはなかなか整った容姿をしているし、話しかけやすい雰囲気を纏っていることもあり、かなりお呼ばれしていた。その奥で丁寧に皿を下げたり注文を取ったりしている冬士は周りの女性客から視線を集めっぱなしだったが。

「お帰り大輔。うまく回れたか?」

「……ああ」

大輔は言葉少なめに朱里に答え、着替えて出てきた勇子と入れ替わりで奥に入っていった。

「3班戻ってきたよ!」

「了解」

アレンが返す。冬士は今日は一日働きづめになる予定である。その代わり明日、冬士は自由に行動することになっている。大輔は3日目に自由時間が与えられている。これは称号持ちの義務でもある、イベントごとの際にトラブルが起きないように抑止力として校内を回る、というものがあったために行われることになったもの。冬士は当初、3日目に自由日にしてくれと言っていたのだが、朱里が押し切った。ちなみにこの時なぜかアレンも冬士の意見を推していた。

ともかくである。

勇子は赤っぽい髪に合わせた赤っぽいネコミミカチューシャをつけ、ロングスカートタイプのメイド服を着ている。

「……着替え早いな」

「え、だって巫女服みたいに禊いらないじゃん?」

「形式守ってたのか」

「……いくら蘆屋系でもそこぐらい守るからね?」

神成家の意外な一面を知った気がした朱里だった。

 

 

 

 

 

<冬士サイド>

恐ろしいまでの繁盛を見せるAクラスの生成り喫茶に、8人ほどの生徒が固まって現れる。ああ、こいつらさっき来たグループと同じか。メンバーが同じと言っているのではなく、同じやつを目当てにしているという話である。

というか俺が一番近いので俺が必然的に相手をする羽目になる。情報は流れちゃいねえだろうが、それでもあまりな……。

ともかく、対応した。

「お帰りなさいませお嬢様、お坊ちゃま」

これ絶対言えとアレンから言われてしまったセリフだ。こいつら相手にわざわざ笑う必要もない。目的がはっきりしているからな。

席へ案内してすぐに俺は朱里の方へ向かう。

「朱里」

「冬士?」

「あのテーブルの相手をしてくれ」

「え? 俺はまだ……」

訳が分からず朱里は首を傾げた。

「お前目当てだ」

「お、おう」

朱里と俺が持ち場を入れ替わり、朱里が担当していたテーブルの相手をする。なるほど、相手が男ならそりゃ渋るわな。問題ない。

注文を取る直前だったようだしな。

とっとと注文取って女子に代わるか。つか代わってもらおう。

朱里は俺の読み通り、中学の知り合いらしい。まああまり長話できるわけじゃないが、多少ならいいだろう。

「冬士」

「勇子?」

「厨房に回ってちょうだい。千夏を使うわ」

「はは、結局アイツ使うんだな」

「あそこまで執事の似合う土御門もそう居ないわよ」

一体どこで式神を利用してるんだろうな、この学園祭。料理してんのもほとんど人間だし。いや確かに、式神使ってるやつらは使ってるんだが。

宣伝に回っているのは式神だしな。

俺は着替えるためにいったん下がった。服を着替えると家庭科調理室へ向かう。後ろから千夏の気配が近付いてくるのが分かった。まったく、嫌な距離感だ。

 

 

 

 

 

「朱里先輩!」

「鉱山、久しぶり」

朱里は、8人の中学の知り合いに驚きを隠せずにいた。

「どうして皆がここに……? 県違うんだよ?」

「うん、見たくて来ちゃった!」

それで済まされるならば学校なんてなくていいのである。

今日は平日なのだから。

「本当は、私たちの前にも8人来てるんだけど、朱里とは入れ違いになっちゃったみたい」

「そ、そうだったんだ……」

よくもまあ学校も許可したものだ、と朱里は思ったが、ハッと我に返る。

「ごめん、あまり話していられないんだ」

「うん、繁盛してるもんね」

「頑張れー」

「ありがとう。じゃ」

注文票が手元になかった。冬士に渡してしまったためである。朱里は隣の食器を下げて準備室へ戻った。

冬士の姿が見えないので近くにいた大輔に問う。

「大輔、冬士は?」

「……調理班に行った」

「そうか……わかった」

朱里は冬士がいなくなった分しっかり働かねば!と意気込んだ。

そこに千夏がやってくる。

「千夏?」

「おう、冬士が調理班に行ったら俺が戻ってくる仕様なんだよ」

「千夏、逆よ。アンタが来るから冬士が向こうに行くの」

「冬士が逃げてますって風に聞こえるように言わないでくれる? 俺結構傷付くのよ?」

勇子はやっぱり容赦がなかった――。

千夏が着替えてくる間に朱里は知人たちから注文を取り、伝え、他の客の方を回る。

こうしてざっくり1時間ほどが経った。

 

「お疲れ朱里」

「アレンもお疲れさま」

朱里とアレンは小休憩を挟むことになった。アレンの分は千夏が、朱里の分は勇子が働いてくれるそうである。あの2人はやるといったらやる!タイプであるため、朱里もアレンも特に心配はしていなかった。

「……アレン」

「何?」

「……皆を呼んだの、アレンだろ」

「……バレた?」

「隠す気なかっただろ」

アレンがテヘペロ☆として見せれば朱里は何となくだがこのいとこの考えに思い至った。中学の二の舞にしてほしくなかったのに同じ状況が出来上がっているという何とも不可解な状況ではあるが。

「……冬士たちまで巻き込んで」

「アイツは乗ってきたからさ」

「……この調子だと来れるのは皆来るんだろ?」

「まあね。大体入れ替わりのタイミングで来るらしいから、朱里の仕事があっている間に集中してくると思う」

「俺の担当時間まで流したのか……」

「そうしないと朱里ずっと働き詰めにするでしょ?」

「グッ……」

確かにそうである。冬士にいちいち教えてもらうわけにもいかないし、そもそも2日目は冬士は見回りのために屋上待機なのだから。

こういう時は冬士が称号持ちなのが恨めしいところである。

それを言ってしまうならば、本来は千夏と勇子、春樹、迅も称号持ちであるため警備に当たらねばならない。しかしそれだともともと人数が少なかったAクラスの出し物の運営が立ち行かなくなってしまう。よって今回は特別に昌次郎が警護に当たっている。

十二神将を出しているのだからまあ、大丈夫だろうということで委員会等は黙ったのだが、逆を言うならばこういうことである――春樹、裕子、千夏、迅の力を合わせたとしても、昌次郎には遥か遠く及ばない。

「さて……俺はそろそろ戻る。アレンは?」

「ちょっと考え事する」

「へえ?」

朱里が目を細めると、アレンはバツが悪そうに顔をそむけた。

「……叶も来るんだな?」

「……そうだよ。とりあえず、アイツと冬士をいかにすれ違わせるかを考えとく」

「……」

朱里の顔から表情が消え失せた。

「……アレン。なんでそれを先に言わなかった?」

「……朱里、俺、影山と一緒に影山の自由日というか警護日を3日目にしてって言ったよね?」

「……今からでも調整できないか」

「祓魔庁の管轄である十二神将が動いてるからプラン提出があったんだぞ? 今更どうこうできるかよ。だからやれるだけやってみるさ」

「……すまない、アレン」

朱里は俯いた。

「謝るなら影山にしなよ」

「……ああ」

朱里はネコミミカチューシャの位置を調整し直し、ホールに出て行った。

アレンははあ、と息を吐いた。

「……影山とアイツを会わせないって……難易度高いなあ……」

アイツは絶対に影山を狙ってくる。アレンにはそんな、絶対外れない!と思えるほどの自信があった。こういう時には外れてほしい直感が当たるなんてよくある話だが、それがまさに現実になろうとしているので、アレンは盛大に溜息を吐いたのだった。

 




誤字脱字の指摘から感想まで、お待ちしております。


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文化祭2日目

間空きすぎて自分でどんな話かってところを改め直さねばならなくなる←

お久しぶりです。
愚か者は私です

リメイクの方に力入れてたら話が進まなくなる

こちらの話はリメイクの進み具合次第ですが、勇子たちが1年終えたら終了かな、と思ってます。これからも不定期更新ですがよろしくお願いします。

短いけど1話だけです。


大繁盛するクラス出し物、それは良い。

百歩譲って、やたら客足が均等なのも。

勇子はちゃんと気付いていた。

「朱里、この時間調節ってアレンがやったのかしら?」

「ああ。やたら混まないようにって」

アレンの配慮であるということを伝えた朱里は、2日目である今日もまた自分の中学の知り合いたちを相手取ってホールの役目を負っていた。

今日は冬士が抜けてしまう日であり、千夏はホールにずっと入っている。

冬士の分までさばくには千夏並みのがもう1人欲しい!と勇子は声を上げていた。しかしそう給仕能力が高い人物がいるわけもなく、勇子が直々にホール班に回っているのだ。

「勇子、ごめん……」

「あらら、いいのいいの。写真集の販売は玲たちに任せてあるし!」

何事もなければいいとよく言うけれど、そう思っているときに限って何か持ってくるのはもはや陰陽業界では当たり前のことである。

この日は、大輔の調子がすこぶる悪かった。

体調というより、機嫌の方だ。

冬士は無事だろうかと心配をしているのは勇子だったり、大輔だったり、千夏だったり、春樹だったり、犬護だったりする。

 

この日、犬護は自由時間を楽しんでいた。

その途中で、冬士がベンチで眠っているのを見かけた。傍には昌次郎が居り、昌次郎が冬士の代わりに見回りに近いことをやっているのだと窺い知れた。

犬護は昌次郎が怖いものの、勇子の親戚であることを知っているため、他の皆ほど彼を警戒したりはしていない。いや、物の言い方はアレで冬士を狙っているような口調はどうにかしてほしいところがあるのだが。

犬護は飲み物とたこ焼きのパックを買って昌次郎の前に立った。

「あ?」

「こんにちは」

昌次郎はすこぶる機嫌が悪かった。ピリピリした雰囲気を十二神将ともあろう者が纏うのはいただけないものだ。

「これ、どうぞ」

「……」

昌次郎は犬護の差し出したお茶のペットボトルとたこ焼きのパックを見て、素直に受け取った。ちなみにこれはかなり珍しいことである。勇子が居たら喜んで写真に収めたことであろう。

犬護はそんなこと知らないので、眠っている冬士を見て、その顔色があまりよくないことに気付き、眉根を寄せた。

「――心配か?」

「……はい」

昌次郎の問いに犬護はうなずいた。

「ま、気にすんな。気にしたら呪術は負けだ」

「……そう、ですね」

せっかくの祭りだが、皆で一緒に楽しみたかったなあ、と犬護は思う。皆自由時間がばらけたうえに、冬士と千夏はよりによってあまり近寄らない方がいい状態。千夏がもう少し安定して朱雀を抑えることが出来るようになればなんとかなるのだが。

しかしそんなことは犬護にはどうしようもない。千夏の問題だ。

「ま、犬は犬らしくするこった。負け犬と駄犬にだけはなるなよ、ぶっ殺すぞ」

「狼ですってば!」

犬って言うな、と犬護は噛みついてみせる。昌次郎はゲラゲラと笑い、たこ焼きのパックを開けた。

「そんだけキャンキャン吠えるならまだいい。おもしれえ、お前の庇護者を守るためにせいぜい吠えろ」

馬鹿にされている言い方は気に障るものの、言っていることは概ね正しい。犬護は小さく頬を膨らませてジト目を昌次郎に向けた。

 

 

 

 

 

祭時は騒ぎを聞きつけて、霊界から異形がやってくる。祭りごとが好きなのはみんな同じである。酒を持って来いと言わんばかりに、みなこぞって騒ぎに来る。

それらが視えているから見鬼というのは厄介なものである。

「朱里ー、ちょっと休んだら?」

「え、いや、まだいける」

朱里は勇子に休憩をすすめられたが断り、持ち場へ戻る。頑張り過ぎだよー、と他のクラスメイト達からは言われる。しかし、自分目当てで来ている者たちが居ることが分かっているのである。ここで朱里が休むはずがないのである。そもそも、昨日休んだではないかと、朱里はそう思っている節もある。

「まだいけるじゃないってーの。普通は一日ずっといること自体がおかしいのよ? 休むのが悪いって思うなら、アレンにでも言えばいいのに」

勇子は自分の想像と違う文化祭を過ごして来たらしい朱里に同情の眼差しを向けた。何だってそんなにきつい思いをして文化祭をしなくてはならないのだ。

「……」

勇子はこっそりと休憩室へ行き、鳥の式神を飛ばして戻ってきた。

「どうしたの?」

「犬護にたこ焼きと焼き鳥頼んだ」

勇子はそのままシフト表を確認しに行く。朱里の休憩時間がほんの4時間ほどしかないってどういうことだ、と心の中でひとりごちて、人知れず息を吐いた。

 




感想お待ちしてます。


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朱里とアレンの友人

お久しぶりです
ようやくまとまりました
待っていてくださった方々、ありがとうございます


朱里とアレンには、こちらの学校へ来るときに丁度置いてきた形になった友人がいる。名は、真白叶。

アレンが冬士に会わせたくない、と思っている人物でもある。

だって面倒ごとにしかなりそうにない。

なんでそのように思うのかと言えば、叶の性格は、初対面の人間には分かり辛いのだ。

アレンにとっては朱里についての唯一の相互理解者にして、朱里狂信者と評するのはあれだけだと言わしめる存在でもあるのだ。

朱里狂信者、とは実に的確に彼を現した言葉ではあるが、朱里はその事実を諫めつつも見守っているだけである。

 

アレンは息を吐いた。

結局、朱里にはああ言ったが、うまくいかなかったというべき結果と相成ってしまったのである。

「どうしよう……影山ぁ、ごめんよぅ……」

「お前がそんな言い方するとちょっと引くわ」

「ひでぇ!」

アレンはいつの間にか来ていた冬士に言葉を返した。

「別に、そいつとのエンカウント時にお前がいりゃ何とかなるだろ。今日は勇子もいる」

「うん……そう、だよな」

アレンから冬士に、叶についての説明はしっかりしておきたい。昨日しておけばよかったのだが、朱里に知らせたのも昨日、他にも仕事があったために身動きは取れず今の時間となってしまった。

「神成、しばらく影山借りる!」

「またあんた下手打ったわね!」

「またとか言われるほどしくじってねえ!」

アレンが言い返したのに対して冬士が呟く。

「いや、今のたぶんカマ」

「えっ」

「勇子のあれ、テキトーだぞ」

「……今度からこれをネタにいじられるとか?」

「いや、弄るのは俺だけど」

「鬼!」

「鬼ですが」

「そこじゃない!」

アレンは控室に冬士を連れ込んで、叶についての説明を始める。

「はぁ、とりあえず。今日来るのが確定してる真白叶。こいつ、たぶん女装してくるから」

「また変なとこから説明始めたな」

「そうじゃねえ、お前女子に当たってるだろ、だから叶が来たら俺が行くから、俺が動かなかった女子に当たってくれ」

「なるほど」

女装してるのは確定か、と冬士が問えば、アレンは小さくうなずいた。

「趣味、だしな」

「目が泳いでる」

「だって俺でも女にしか見えないのに……!」

「つーか、見鬼なんだから分かるだろ」

「そうだけど!」

ああもう、とアレンは髪をぐしゃぐしゃにかき乱し、話す内容を決めたようで顔を上げる。

「影山、俺が怖いのは、叶が“呪い”を使うことなんだよ」

「……蠱毒タイプじゃねえだろ。純粋なあれか、丑の刻参り系の」

「アレのもっと簡易版。でも、アイツそれの解呪法一切知らないんだよ。だから怖い」

ああ、そういうことかと冬士は納得したように小さくうなずいた。

そして、口にしてみせる。

「つまり、俺がそいつが放った呪いを打ち返すのが怖いわけだな?」

「はいそうです! チクショー俺じゃお前に打ち返されても落としどころ無いわ! お前に返されたら大抵の陰陽師死ぬわ!」

「だろうな」

冬士はニヤリと笑う。

「なら、下手に俺に呪詛をそいつが吐かないようにしとくんだな」

「影山も手伝ってよ……」

「何で呪ってくる相手の心配をせにゃならん」

「いろんな意味で嫌な予感しかしないからだ!」

結局アレンがいろいろ説明をした結果として、冬士は今回ほとんど裏方で過ごすことになった。

勇子にも一通り説明したのだが、勇子は渋い顔をした。

「そいつ、冬士に合わなかったら最後まで残ってそうね」

「う……可能性ある」

「……まあいいわ。いざって時は助っ人放り込むから」

「うん、助かるわ」

勇子の言う助っ人が誰なのか、アレンは大体分かっていた。

まあ、普通はその人を連れてくるよなあと言うべき人。

それにしても、と、アレンは息を吐いた。

「もうちょっと仕事減らしてよ……」

「何言ってるんだ、冬士に迷惑を掛ける可能性がかなり高いんだから、これくらいは当然だろ、アレン」

「いやいやいや、冬士のスペックおかしいよ!」

ハイスペックな人間が抜けると穴が大きくなるものだ。朱里とアレンは冬士が抜けた分――つまり朱里がいる時間帯は冬士は調理班へ行ってしまうのだ――のために全力で立ち回ることとなったのだった。

 

 

 

 

 

<勇子サイド>

今日私は基本的に休みなので、写真集の方を見に行くことにした。

さーて、生成写真集の売り上げはどうですかな。

玲ちゃんたちに任せていたんだよね。

「やっほー」

「あ、勇子ちゃん」

「どんな感じ?」

状況を尋ねると、玲ちゃんはニヤリと笑った。

「大繁盛でっせ」

「昨日分は完売したしねー」

「マジか」

「今日分ももうあんまり残ってなくてさー」

玲ちゃんがもうあんまり冊数の無い写真集を示して見せてきた。

――1冊600円というぼったくりなんですがねー?

ちなみに120冊くらいしかない。

ぼったくりをそんなに買っていくのか。

違うな。

影山家の皆様が買ってるのか。

「買っていくのって、どんな人たち?」

「同い年の子たちも結構買っていってるよー」

「でもなんか、撮影者めっちゃ聞かれるよね」

あ、分かった。

朱里ちゃんだわ。

朱里ちゃん目当ての子たちだわ。

こんなところでも集客に貢献する朱里ちゃん、恐るべし。

冬士は今日はいろいろ覚悟がいる日だって聞いてたけど、大丈夫かな。アレンの奴、冬士に何かあったらただじゃおかないからな。

 




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文化祭終了

文章がなかなか進まない件
浮気するなって話ですね←


倉橋学園に、後夜祭であるとかそういったものは、無い。

が、その日の夕食の学食が閉まっており、出店ですべて調達することになるのが通達されている。

勇子はいろいろと食品類を買いあさって教室へと向かう。終了までは時間があるが、片付けは今夜中である。

寮生ばかりであるため、消灯時間までに片付けを終えなくてはならない。

勇子たちのところでは、細々した小道具類のほとんどを演劇部から拝借しているため、そこに返しに行けばいい。

勇子は大喰の生成たちに対して大量に買い込んだ食品を届けるために教室に戻ってきた形だったのだが、そこで頭を抱えることになった。

「ちょっと……何よこれ」

「あ、神成さん!」

やっと戻ってきた、とクラスメイトから言われてしまえば勇子は苦笑して教室の中央へ向かう他無い。食品は戻って来ていた犬護に預けた。

「どうしたのよ、これ」

「勇子」

春樹がもたついている。勇子を見つけてぱあっと表情を明るくした。

勇子の視界には、朱里、アレン、冬士、そして、女装した――いわゆる、男の娘がいた。

男は陽の気を、女は陰の気を纏っているのが常であり、冬士のようなイレギュラーでない限りは、陽の気を纏った女など、女装しているに決まっているのだ。

勇子の目は騙されるほど練度も低くはないので余計に。

「神成」

「ちょっと、何、何があったコレ」

何で冬士からこんなに怒気が漏れている?

勇子はアレンを睨みつけた。

「俺のせいかよ!?」

「当たり前だろ、お前がこいつらの予定を知らなかったのが悪い! 大体、こんな怒らせて! これ冬士じゃないわよ!」

何でこんなことになってんのよ、という意味を込めて勇子は冬士を見た。冬士は肩を軽くすくめた。

「俺もよく分からん」

「何言われたのよ……」

朱里がこいつは、と言って男の娘を勇子に紹介した。

「真白叶。俺の中学の同期だ」

「……狂信的な朱里ちゃん信者って彼のこと?」

「……ああ、まあ」

狂信的かどうかは置いとくけどな、と言いつつ朱里はそっと場所を勇子に譲った。勇子は真白と向き合った。

「……私は神成勇子。真白さん、初めまして」

「真白叶です。以後お見知りおきを」

真白はそう言って、すっと目を細めた。

「……何を言ったのか、でしたね」

「ええ。なんだって本物の鬼をこんなに怒らせていらっしゃるんですか? あなたは呪術の一端をかじった人間であると聞き及んでおりますが」

「逆鱗に触れてしまったらしいのです」

少しばかり目を伏せがちに言った真白を、勇子は内心せせら嗤った。

「それで?」

「……自制の効かない力は使うなと、申しました。朱里様を巻き込むなんて言語道断ですので」

勇子は声を上げた。

「アレンお前か――ッ!!」

「こんなことになるとか思ってなかったんだって!!」

アレンが慌てて言葉を返した。

「てめーは一度免許返上した方がいいんじゃねえか? させてやるぞ、生成を暴走させたら陰陽免許全剝奪の上地下牢行きだったな?」

冬士がごく真面目な表情で淡々と言い放つが、口端が上がっている。言うほど彼は怒っていないらしい。むしろ中身が怒り心頭のようで、怒気がますます強まっているのだが。

「ちょ、やめ、どちら様――ッ!?」

「制御が効かないならいっそ堕としてしまえ、そして鬼に成れ、そんでもってムカつく陰陽師どもを皆殺しにしろと叫んでいる人斬りがいるな」

「紅蓮かよ!?」

くつくつと笑う冬士は実に楽しげである。

勇子はハアと息を吐いた。

「もう、真白さん、あまり鬼は怒らせないようになさってください。冬士だから何とかなってますけれど、他の生成だと襲い掛かってますよ」

「その時は逃げますので」

「いや、朱里ちゃん死ぬし。信者なら朱里ちゃん巻き込む要素をすべて排除しろよ」

「なんで朱里様が巻き込まれるんですか」

アレンが蒼褪めた。ははん、と冬士が小さく笑った。

「アレン。お前、朱里が言霊使いとしての訓練積んだの、教えてなかったんだな」

「あーッ、言うんじゃねーッ!!」

「えっ……アレン、何それちょっと、聞いてないんだけど!?」

真白がアレンに詰め寄った。

「影山の鬼ッ!!」

「影山の鬼ですが何か」

「そこじゃない。そこじゃない!!」

冬士から怒気が消えていく。クラスメイト達は平常運転に戻るために片付けを始めた。勇子は皆に指示を出す。

「皆は片付けをしてくれるかしら。私たちはこのアホどもの話聞いてくるわ。わからないところは千夏と春樹の指示で動いて。犬護はそれキープよろしく」

「はーい」

全員がさっさと動き出し、勇子たちは廊下に移動した。

「……まったく、あのねー。真白って言ったわね。あなた、あんまりにも短絡的すぎる」

「……うん、まあ。はい」

勇子に睨まれた真白は小さくうなずく。

勇子は分かっていた。

そもそも、なぜ彼のような、呪術をかじっているはずの者が倉橋に来ていないのか。

「どうやって抜けてたのかは知らないのだけれど。――で、鋼山先生に捕まったのね?」

「うん。もう、ね。うん」

困ったように表情を歪めた真白に冬士は小さく息を吐いた。

「抜けてたお前が悪いだろ。普通はお前みたいなのは佐竹か真榊に捕まって使い潰されるぞ」

冬士は静かに事実を述べる。真榊というと思い出してしまうこともある。勇子はちらりと教室の方を見た。

千夏が勇子と目を合わせた。そして、小さく笑った。

「……ま、土御門は知ってたみたいね」

「マジか」

「千夏の反応がそれっぽい」

勇子はそう言って、朱里を見やった。朱里は小さくうなずいた。

「えっ、ちょ、俺知らない!」

「アレンには言うなって、折也兄さんは言ってた」

アレンだとすぐに知らせると思ったのだろう。そんな予測を立てて勇子は笑んだ。

「ま、いいわ。今度からよろしく、ってことになるかしら。どのクラスかは知らないけれどね」

さ、片付けしましょ、と優子は言った。もう皆解散したはずなのに真白だけが校内に残っている状況である。

「叶、今日はどうするんだ」

「入寮までは仮部屋で過ごせって言われてるよ」

じゃあここで別れなくちゃな、と朱里に言われ、真白は小さくうなずいた。

朱里は真白を見送り、はたと気が付いた。

「勇子、ここの制服の色って意味あったよな?」

「あるよ」

「あいつ改造すると思う」

「生徒会にしょっ引かれるわよ」

 




ブクマ、コメントありがとうございます。


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