Fate/kaleid saber (faker00)
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無印編
第1話 慟哭の騎士王 ~スパークスライナー~


最初のシーン、セイバー心境などは完全に妄想。



「セイバーーーー!!!!」

 

「……!!」

 

 目前に迫る刃と、文字通り全てを投げ捨てて向かってくる「元」主。 

 衰えたとは言え常人のそれを遥かに上回る直感は数秒後の景色……自らの敗北を鮮明に脳裏に写していた。

 

 しかし、その景色を回避しようという気持ちとは裏腹に私の身体が動くことはなかった。

 

「……グッ!!」

 

 突き刺さり、切り裂かれる。アーチャーの持っていた双剣--何故シロウが持っているかは私の知るところではない--煌びやかとは無縁なれども武骨なまでに鍛え上げられたそれが魔力で編み込まれた鎧の守りを突破し肉をえぐり心臓へと届いたのを感じた。

 

「ウッ……」

 

 致命傷、いかにこの身が英霊であろうともここまで命に直結する傷を負ってしまえばまず動けない。

 背中から冷たい地面に倒れ込みながらそう理解した。

 

「だというのにまだ回復の余地があるとは我ながら驚きですね……そんなことをしても無駄だと言うのに」

 

 皮肉混じりに呟く。

 これだけの傷を負ったと言うのに身体は諦めることなく回復をはじめる。

 後10分もすればこの身体は再び剣を取れるまでにはなるだろう。

 

 しかしそれは逆に言うならば、10分の間はただ無防備にこのまま倒れ込んだままでいるしかいないということでもある。

 

「ウッ……アアッ!!」

 

 聞こえてくる気合いの咆哮に首から上を傾ける。

 人間でありながら英霊を打倒するという奇跡を成し遂げた者、あと数分と持たないはずの身体で限界を遥かに飛び越えた者、そして……かつて自らが盾となり守ると誓った者……エミヤシロウは今にも崩れ落ちそうな身体をまた今にも砕け散りそうな双剣で支え必死に立ち上がろうとしていた。

 

「強くなりましたね……シロウ」

 

「当たり前だ……俺を鍛えてくれたのは……一体誰だと思ってるんだ?セイバー」

 

 

 その何時もと変わらないーーほんの数日前まではかけがえのない日常であったーー声に思わずそうですね、っと同意する。

 その声は、自分でも驚くほどに穏やかなものだった。

 

 --出来ることならいつまでも続けていたいのだがそういうわけにもいかない。

 

「……勝負は決しました。早くトドメを、シロウ。あと数分もすればこの身体は再び元に戻るでしょう。そうなってしまえば今度こそリンの命はないし、サクラも救えない」

 

 今ある現実のみを淡々と告げる。

 ここまで頑張った彼にこれ以上の負担を強いるのは酷だがそうしなければその命懸けの突貫が無になることだけは分かっていたから。

 

「全く……最後の最後まで手厳しいんだなセイバーは……」

 

 ヨロヨロと、亀が歩くかのごとくゆっくりと、シロウは私に近づく。

 

 そうして辿り着いた彼は息も絶え絶えに私の上に馬乗りになり剣を向けた。

 

「セイ……バー……」

 

 目が合う。

 強い意志を持った瞳、しかし先程までとは違いその瞳には迷いのようかものが見えた。

 

「そんな顔をしないでください。あなたがこれから成すことは決して間違っていない」

 

 それを見て、何だか安心した。

 この期に及んでまでシロウはシロウだということに心底ほっとした。

 

「セイバー……!」

 

 その瞳から、私を見下ろすと同時に大量の涙が溢れ出す。

 それを見て思わず溜め息をついてしまった。

 

 --あなたという人は本当にどこまでも。

 

「あなたは本当に優しいのですね、シロウ。私はあなたの敵なのですよ?」

 

「俺は……お前を殺さなきゃいけない……!」

 

「ええ」

 

 --分かっています。

 

「お前と一緒に戦うって言ったのに! 必ず聖杯をお前の為に手に入れようって言ったのに!」

 

「ええ」

 

 --よく覚えています。

 

「お前を……救ってやれない……!」

 

 --最後の最後まで人の事ばかり見ているのですね。

 

「けれどあなたは桜を救う。一番大事な人を救うのならば……その結論は間違ってなどいない。胸を張っていればいい、それはあなたの正義なのですから」

 

「……!!」

 

 涙が止まったわけではない。

 けれども確かにシロウの瞳に力が戻ったのを見た。

 

「それではお別れです。シロウ。その剣を心臓に突き立てさえすれば流石に私といえどもこの身を留まらせることは出来ません……あなたの勝ちだ」

 

「すまない……セイバー……!!!」

 

 慟哭と嗚咽混じりのよく聞き取れない叫びと共に振りかぶられた剣は心臓のど真ん中を射抜く。

 それと時を同じくして身体の回復の停止、そして消滅を感じた。

 

 

 

 

 

 

-----

   

「あ……」

 

 意識が覚醒する。

 目の前に広がるのはおびただしい数の死体、死体、そして……血にまみれた祖国の旗。

 また戦いが終わり帰ってきたということだろう。

 

 

「そうか……私は……なんてことを……」

 

 声は震えていた。

 今しがた大切な人にトドメを刺されたばかりの心臓はその鼓動を取り戻している。

 だがその動きは不自然な程に早かった。

 

「……っ!」

 

 柳洞寺で影に飲み込まれてからおおよそ7日間の記憶が頭の中へと流れ込んでくる。

 守ると誓った者を殺そうとした、自らの誓いを裏切った。

 そんな苦い記憶全てが……

 

「謝るのは……謝るのは私の方だ! 士郎!!!」

 

 叫ぶ。しかし声は届かない。ここには生者は自分一人だ。そもそも彼との間には千年以上という果てしなく分厚い壁がある……だと言うのにそれをやめることなど出来なかった。

 

 

「あなたが泣く必要なんてない! 私の為に涙なんか流さないでくれ!!」

 

 抱き締めたい。今すぐにその涙を止めなければならない。

 それなのに……さっきまで手の届く位置にいたはずの彼に会うことは二度とできない。

 

「うっ……アアア!!」

 

 泣いた、叫んだ、自らを何度も呪った。

 何もかもをやりなおしくて、救いたかった筈なのにまた一つ戻せない後悔が増えた。

 

 そうして涙すら枯れた頃に残っていた感情は1つだけだった。

 

「すまない……シロウ」

 

 それでも聖杯を手に入れるまで私の戦いは終わらない、どんな運命を辿ろうとも。

 それならば……

 

 ーー次に出会う誰かのことは、どんなことをしても守ろう

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

「いやー!!! 遅刻遅刻ー!!!」

 

 寝ぼけた衛宮士郎の頭を覚醒させたのは、そんな悲痛にまみれた妹の叫び声だった。

 

「っ!? どうしたイリヤ? まだ7時だぞ?」

 

 中途半端に整っていない制服と髪の毛のままバタバタとリビングへと駆け込んできた妹……イリヤに声をかけるとイリヤは鬼気迫る表情で

 

「今日は運動会の練習なの! もーう! なんで起こしてくれないのよリズはー!!」

 

 と、小学生らしく何ともほほえましいながらも彼女にとっては超がつくほど重要であろう事情を士郎に説明すると同時にその焦燥の根元であろう存在に抗議の声を上げていた。

 

「ごめーん、忘れてた」

 

 全く効果はないようであったが。

 半分涙目になりながら怒るイリヤに一応謝罪の言葉を返すもののリズはどこ吹く風である。

 

「リズ! あなたなんてことを……! イリヤさん、朝ご飯は……」

 

 洗濯物を干していたセラがその声にひょこっとベランダから顔を出す。

 イリヤの姿を認めるとその朝食を用意するためにスリッパを履いて部屋にあがるが

 

「いらない!それじゃあ行ってきます!お兄ちゃん!!!」

 

 

 当の本人はそう宣言するとまるで台風のように駆け抜けていき3人はそんなイリヤを呆然と見ていることしか出来なかった。

 

 冬木市内のとある一軒家、衛宮家ではこんな事が日常茶飯事なのである。

 

 

「はあ……リズ、少しはイリヤの話をちゃんと聞いてやれよ。これが重要なことだったら、いつかほんと困るぞ?」

 

「士郎うるさーい。まるでセラみたい」

 

「どういうことです!! ほんとに頭が痛い……只でさえイリヤさんのブラコンっぷりが最近加速していると言うのに……今も挨拶が士郎に対してだけでしたよ!?」

 

「ははは……ノーコメントで」

 

 妹--血は繋がっていない--が重度のブラコンだという頭を覆いたくなるような指摘に赤みがかった茶色い髪をかくと士郎は朝食の乗っていた皿を台所に置いて制服の上着を着直す。

 私立穂群原学園、彼の通う高校までは自転車でおよそ15分。今から準備をしても充分に間に合うはずだと士郎は感じていた。

 

 

 --ブラコンって流石にそれはないだろ……仮にそうだとしてどうするってわけでもないけどさ

 

 そんなことを考えながら鞄を持つと廊下へと出る。

 

 妹は確かに自分に懐いている方かもしれないが、それはあくまで普通の範囲だろう。

 士郎は最近至る所から聞こえてくるイリヤブラコン説についてそんな風に思っていた。

 

 ……実際のところ他の人が見ればなに言ってんだこいつ?気づかないとかどんだけ鈍感なんだよ?と100人中100人が答えるのか現実だったが少なくとも本人はそう信じていた。

 

 

「あれ……?」

 

 --なんか落ちてる……カード?

 

 廊下に出るといつもリズが丹誠込めて掃除しているおかげが埃1つ見当たらないフローリングに何やら見慣れないものが目に入る。

 拾ってみるとそれは裏に中世の騎士とおぼしき絵が書いてあるカードだった。

 

「イリヤ……かな? セラがこんなの落ちてたら見逃すはずないし今出てったときに落としたのか」

 

 年頃の少女が遊ぶようなカードにしては妙に重厚感のあるカードだな、と士郎は感じたが流行り廃りとはそう言うものだろうと特に疑うことなく自分の中で結論づけた。

 

「それじゃあ行ってきます」

 

 --もしかしたら学校で会うかもしれないしその時にでも渡そう

 

 なんの考えもなく士郎はそのカードを鞄に入れて家を出た。

 その判断が彼の人生を一気に動かすことになるとも知らずに。




書き始めた理由は久しぶりにレアルタヌアやって HFだけセイバー救いなくね!?

しかもこれグランドフィナーレだろ!?そんなん許せるかよー!!という至極単純なものです。

評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお願いします!作者のモチベーションは至極単純なので!笑


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第2話 エミヤシロウ

1話のセイバーvs士郎はスパークスライナーハイで士郎が踏ん張りきったifです。
というわけで本日は士郎目線でいきます。


「まさか一度も会えないとは思わなかった」

 

 夕焼けの中部活を終えて帰路についた衛宮士郎はため息をついた。

 今日も1日穏やかな日だったと言えるだろう。特に変わったことは何もない--あるとすればやってきた超美人転入生、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトと遠坂凛が揃って欠席したことで一部の男子が華がないと生気をなくしていたことくらいか--かわりに時たま偶然訪れる附属校内での妹との遭遇もなかった。

 

 休み時間など利用して探しに行ったのはいつもとは違っていたかもしれないが。

 ともかくいつものように学校へ行き、朝は生徒会の、ひいては一成の手伝い、昼は勉強をし慎二に昼飯を分けてやったり、そして放課後には部活へ行き美綴と勝負して熱くなりすぎて桜に仲裁されたり……そんな日常がまた1ページ積み重なった。

 

 --出来ればこのカード早く返したいんだよな……なんか変な感じするし

 

 そんな訳ないと分かってはいるが士郎はカバンに忍ばせたカードに違和感を感じていた。

 何というか……まるで生きているような、そんな気配がするのだ。

 

 校門をでると自転車に乗りスピードを上げる。

 どちらにせよ家に帰ればイリヤもいるだろうしそれで万事解決だ。

 見慣れた商店街を駆け抜けながら考える。 

 一体このカードは何なのだろうか?まずかつて自分がはまったようなトレーディングカードの類ではないのはわかる。キャラクター名も書いてなければ攻撃力だの守備力も書いていない。

 かと言って最近イリヤがハマっているカードをゲーム機本体にセットしてアイドルを強化するとかなんとかいうやつでもなさそうだ。絵柄が少女が好むそれとは違いすぎる。

 

 --いつの間にかカードに意識がいくな。今日はもうずっとだ。

 

 そう言えばそうだった気がする。

 朝も昼も夕方もいつもの日常だった。けれどそのどのシーンにもこのカードのことがどこか頭の中に影を落としていた。

 あまり関わりあいにならない方がいいのかもしれないしその通りだと思う。

 角を曲がると見慣れた通りに入る。家につくまではあと数分だ。

 

 

 

 

 

 

「イリヤが帰ってきてない!?」

 

 だっていうのに、帰ってきた士郎を待ち受けていたのは想定外の事態だった。

 駐輪場所に自転車を起き何時ものようにドアを開けると廊下に飛び出してきたのはイリヤ……ではなく半泣きになりながら息を荒くしているセラといつも通りのリズだった。

 

「ええ、どうしましょう……士郎と一緒にいないとなるともうあてが……もしかして誘拐!?それとも事故!?大変!警察に電話しないと!!」

 

「落ち着けセラ!!早計すぎるだろ!」

 

 こんな事は今までなかった!と取り乱し電話へと向かうセラを半ば羽交い締めのような形になりながら押し留める。

 確かにイリヤがこの時間までなんの連絡もなしに家へ帰ってこなかった事など前代未聞だ。

 インドア派の彼女は時折友達の家に遊びにいくことこそあれど基本的には家でリズとお菓子を堪能する、自分の部屋で少女漫画に没頭するということに楽しみを見出している。そんなイリヤが帰ってこないとなればセラの焦燥も多少は理解できた。 

 

「セラは心配性ーしわ増えるよー」

 

 少なくともリズのように何事もなかったかのように構えているよりは正常な反応だ。

  

 かと言ってこのまま放っておく訳にもいかない。

 今のセラに普段の冷静さは欠片も見受けられない。 

 こんな状態のまま放置しては今にセラがイリヤ以上の問題を起こしかねない……士郎は迫り来る新たな危機に頭を抱えた。

 

 

「分かった!俺も探しにいくから!それでダメなら警察よぼう!なっ!?」

 

「ほんとですね!?ちゃんとイリヤさんを連れて帰ってきてくれますか!?」

 

「ああわかってる!任せろ!」 

 

 両肩をグイングイン揺さぶられながらも安心させるように力強くそう答える。必死の説得で一応の決着を得た。

 かと言って今も目に涙を浮かべたまま士郎の肩を思いっきり握っているセラの様子を見る限りそれはとても猶予のあるものとは言えなかったが。

 

 --6時半か。そろそろ日も落ちるしそうなったら本当に警察を呼んだほうがいいかもしれないな……

 

 再び玄関を開けて自転車に飛び乗る。

 腕に付けた時計を見てみれば時刻は6時を通りすぎて辺りは暗くなりはじめていた。

 そんなことにならないのが一番だが本当にマズい事態を想定しなければいけない、と覚悟して士郎は片っ端からイリヤのいそうな場所を当たりはじめた。

 

 

 

 

 

 

「どこに行ったんだほんとうに……」

 

 息が切れる。

 最後の望みであった公園も空振りに終わり士郎は一度頭を整理するのと休憩を兼ねてブランコに座り込んだ。

 

 --学校、友達の家、マンガショップ、どこもいないどころか見たっていう人すらいない。一体どうして……?

 

 手掛かり1つないというのはもはや不自然だ。それこそ誘拐でもされたのでない限り。

 

「……っ!」

 

 最悪の想像が現実のものとして頭をよぎり弾かれたように立ち上がる。

 こんなことを言うとあれだがイリヤはハーフと言うこともあり間違いなく美少女という部類に当てはまる少女だ。それもいわゆるロリコン、変態という連中のストライクゾーンど真ん中であろう年齢の。どんなことがあろうと不思議ではない。

 

「ええい!こうなったらやけだ!!とことんやってやる!!」

 

 休憩する気など失せていた。それよりももっと重要なことがある。

 士郎は走り出す……が立ち止まりそばにおいておいた鞄に手を伸ばす。

 そして当然のようにそれを手に取った。

 

「不気味だけど今はそんなんどうでもいい。お前の言うとおりにしてやる……!」

 

 手の中のカードから醸し出される妙な気配というものはイリヤのことで精一杯になっているはずの頭の中からも消えることはなかった。

 それどころかむしろどんどんとその存在感を増していた。

 

 --頼みの綱がこれだけってんならやるしかないだろ!

 

 そんなことは有り得ない、有り得ないはずなのだが、これはイリヤのものだし今イリヤが行方不明になっているのもこれが原因の可能性だって否定できない。

 もはや士郎の中でこのカードがただのカードではないということは自然と結論として出ていた。

 

 今だってそうだ。ただの絵がプリントアウトされただけの紙切れがまるで意志を持っているかのように自分を引っ張っていくような感覚を覚えるなどあるはずがないのだから。

 

 どんどんと強まっていく慣れない感覚に身を任せながら自転車のスピードを上げる。引っ張られるがままに進むと普段はあまり通らないような道へと突き進んでいく。

 いつの間にか深山町の端っこ、新都へと向かう大橋に続く公園にまで来ていた。

 

「橋……?けどなんだってこんなところに」

 

 真っ赤に彩られた冬木大橋。

 ここにあるのはそれだけだ。人の気配は全くない。

 しかし自分で最後の頼みの綱と決めたカードはここが目的地だと士郎に告げていた。

 

 --なんか……光ってないか?これ

 

 それはもはや気配なんて曖昧なものではなくて外観にも表れている……少なくとも士郎にはそう見えた。

 

「うわっ!なんだなんだ引っ張るなよ……!」

 

 ダウジングの真似事でもやってみようか。そんなことを思ってカードを持った左腕を前方に差し出す。

 すると信じられないことなのだが……カードはまるで散歩中の犬のように自らの意志で士郎を直接引っ張り始めた。

 その姿は端で見ている人がいればかなり滑稽に映ったことだろう。なにせ何もないはずの空間でいい年頃の少年が一人でバランスを崩しながらぶつくさ文句を言っているのだから……当の本人からしてみれば笑い事でも何でもなかったが。

 

「ここだっていうのか」

 

 その奇行は数分で終わりを告げた。

 何となく空気が乱れている。それだけはわかる……けど、それだけ。

 橋の下のとあるそんな一点で士郎を導いていた力はその動きを止めた。妹の姿は、ない。

 

「……」

 

 だというのに士郎には落胆も、焦燥もありはしなかった。あったのは、むしろ安心。

 カードと同じく士郎も本能的にここが終着点であり、正しいゴールだとわかっていた。

 

 --なんだろう?昔こんな事をしたことがあったような……

 

 無意識にある一点にカードを置き手を乗せる。

 

 そこから先どうすればいいかは分かっている。何故かは知らないが頭からスルッと解決策が出てくる。ここは歪みだ。このカードはそれを開け、通るための鍵。

 だけどそれだけでは開かない。鍵があるならば、それを鍵穴に差し込み回す人が必要だ。なら俺が回せばいい。けどどうやって?そんなもの俺には分からないしここに見えてもいない。なら探せばいい。俺にはそれが出来る力がある。

 

 

「……ッア!」

 

 鋭い頭痛に一瞬意識が戻る。しかしそれも一瞬。そこから漏れ出す映像に全てを持っていかれる。

 自分ではない自分、妹ではない誰かを守るのだと決めたその人、彼は闘っていた。少なくとも、今ここにいる衛宮士郎とは比べものにならないくらいに。

 しかし、彼も自分も同じ衛宮士郎であることに変わりはない。なら出来るはずだ。劇鉄を下ろすイメージが引き金になる。集中しろ。衛宮士郎である以上、この動作に失敗は許されない。

 

 

解析……開始(トレース・オン)、基本骨子……解明、ここは既に此処のみにあらず、繋がる道はどこかに通ず」

 

 スイッチを入れる呪文。そんなもの、衛宮士郎の知識にはない。

 だがその言葉は自然と出てきたし、その後もすらすらと出てくる。微妙に重低音になっているその声は自分のものとは思えない。しかしそれでも不安は感じなかったし、それどころか違和感もなかった。

 

「同調、手繰り寄せるはお互いに。後は扉に触れるだけでいい。」

 

 簡単なことじゃないか。このカードと、歪みの奥にいる誰かは互いに求め合っている。ここにカードがある時点で鍵は既に開いている。それなら後は簡単だ。力を入れる必要もない。そこに少しだけきっかけを加えてやればいい。

 

 

「--接界(ジャンプ)

 

 

これも同じ。自分ではない自分が言葉を告げると衛宮士郎の身体は消え失せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわっ!?なんだ今の……」

 

 急に放り出されて尻餅をつく。

 特に何が変わった訳ではない。視界に映っているのは数秒前と同じ景色。

 手元には光も気配もなくなったカードがあるだけだ。

 

「……とりあえず出よう。イリヤを探さないと……なっ!?」

 

 これが空振りならば急いで次へと向かわなければいけない。

 そう思って橋の下から出てみればそこはまさしく別世界だった。

 

「イリヤ!?それに遠坂とルヴィアまで……」

 

 そこは、爆心地だった。

 公園の面影はない。舗装された道はこれでもかと吹き飛ばされ残骸の山を築いている。

 遊具は砕け散りもはやただの凶器でしかない。

 本来ならこれに意識を全て取られているだろう、パニックを起こし警察やら何やらに錯乱気味に電話をかけまくるくらいに。

 だが、それすら士郎にとっては些細なことだった。

 

「ちょっと凛さーん!!なんなのこいつー!!話が違うよー!!」

 

 捜し求めていた妹

 

「ちいっ!!準備は万端ってことね……やばっ!ルヴィア! 迎撃するわよ!!」

 

「分かっていますわ!そちらこそ足を引っ張らないように!!」

 

 憧れていた転入生2人

 

「……イリヤ!もっと上に!そこだと狙い撃たれる……!」

 

 見知らぬ妹と同じくらいの年頃の少女

 

 自分の頬をつねって現実かどうかを確認するには充分すぎる違和感しかない光景だった。

 

 

 

「ってかなんて服装してんだイリヤのやつ……!あんなんセラに見られたら……っておわあ!!」

 

 それでも一番最初に目がいったのがこの光景でも、何故イリヤが遠坂やルヴィアと一緒にいるのか?でも、何故空を飛んでいるのか?でもなく何故魔法少女のコスプレなのか?というところであったところ士郎は思ったよりも冷静だったのかもしれない……そうでなければ既に命はなかっただろうから。

 

 フラフラと近づこうとすると上空から迫る何かに気がつく。突然最大級の警鐘を鳴らしはじめた本能に身を任せ飛び退くと自分がいた場所は抉れてクレーターになっていた。

 

 そこでようやく気がついた。妹の服装以上に気にしなければいけないことがあるはずだ。そもそもなんでここはこんなことになっている?それには原因があるはずだし、それがまともなものであるはずもない。

 

「……なっ!」

 

 上を向く。

 そこに見えたのは空を覆い尽くす魔法陣魔法陣……また魔法陣……そしてその中心に揺れる黒い女の影

 

「……」

 

 ニタッと影が笑う。気付かれた。そう思った時にはもう手遅れ。

 こちらを向く砲門に士郎の足は動かなかった。

 

「え……?お兄ちゃん!?」

 

「衛宮君!?」

 

「シェロ!?」

 

「……一般人!……えっ!?」

 

 それと同時に4人もこちらに気づく。

 それが道理だ。突然敵が自分達全員から意識を逸らせば他に誰かがいると分かる。問題は、今気づいたところでどうしようもないということだ。

 

「あ……」

 

 自分に狙いを定める魔力の渦に士郎は死を直感した。

 あれが魔力だとどうしてわかったのか、魔力とはなんなのか、そんなことはどうでもいい。

 今気にしなければならないのはあの渦は間違いなく自分を殺すということ。

 

 考えるまもなく撃ち出される。避ける?無理だ、あんなものを避けるスキルはないしそんな身体能力もない。防ぐ?論外だ。そんなことが出来る人間はこの世にいるはずがない。

 ……死ぬ?

 

「あっつ!」

 

 そう自然な結末が予測できた所で手に持つカードが再びその息を吹き返す……その輝きは今までと比べ物にならない。

 それと同時に襲う頭痛。死の瞬間は着々と迫っているのにここにきて身体がおかしくなるとはなんて不運……そう観念しかかったところでその光景は突然見えた。

 

「……!」

 

 落ちている。身体はボロボロで防ぐものは何もない。今の自分と同じ、死を回避する手段はどこにもない。しかし絶望は感じなかった。

 どうすればいいのかは知っていたから

 

「……くれ」

 

 また下りた劇鉄にもう一度身を任せる。声は再び低くなる。自分が自分じゃないような感覚……あまり気持ちの良いものではないけど、何もしなくても死んでしまうのなら藁にすがるのもありだろう。

 

「……バー……」

 

 カードを強く握り締める。

 その言葉の意味は知らない。だけど不思議と呼び慣れているような気がしたし、なんとなくその響きには暖かみがあった。

 

 

「来てくれ……いや、こい!セイバーーー!!!」

 

 叫ぶと共に目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一際激しく光る。カードの感触が消える。

 そして数秒たって気づいた。先程まで近づいていた死の奔流も消えている。

 

「え……」

 

 閉じていた目を開ける。そこに映ったのは自分を庇うように立つ青いドレスに銀色の甲冑に身を包んだ金髪の少女の後ろ姿。

 その姿にどこか見覚えがあったような気がした。そんな記憶は16年の人生でどこにもないというのに。

 だけど、敵じゃない。それだけは士郎にも分かった。

 

 

「マスター、名乗ることも出来ずに申し訳ない。だが状況は危機的です。まずはここをなんとかします」

 

「え……」

 

 自分の事をマスター、と呼んだ少女は駆け出していく。そのスピードは、人のものではない。

 

「……!」

 

 その姿に恐怖を感じたのか黒い影はその全ての砲門を少女へと向ける。

 絶対的不利。そのはずなのに少女が敗れる姿をイメージすることは微塵も出来なかった。

 

 撃ち出される魔力砲、その中を駆け抜けていく。

 避ける、否、全てを弾いている。

 荒れ狂う暴風雨のなか彼女のいるその場所だけが台風の目のようだった。

 周りを焦土と化していく魔力の渦の中を少女は最短距離で突き進む。

 

 

「ちょっ!?なによあれ?英霊!?」

 

「分かりませんわ!黒化もしていませんし……けどあの対魔力は!!」

 

「反則よ反則!キャスターの魔術を無効化ってことはこの世の魔術はどれもあいつには通用しないって言ってるのと変わらないわ!」

 

 凛とルヴィアも想定外なのかその少女を唖然として驚いているように見えた。

 正に反則技、それだけの芸当を少女は見せつけていた。

 

 悪くなっている足場に意を介すことはない。そのままの勢いで黒い影ーー遠坂はキャスターと呼んでいたかーーのほぼ真下まで近づくと一際強く踏み込み少女はまるでロケットが撃ち出されるがごとく推進力を持って垂直に飛び上がった。

 それに焦ったかのようにキャスターは少女に向かい合うような形で上昇する。その間にも細かく魔力弾を撃ち出すそのことごとくを少女は無意味と弾き飛ばす。そうして間合いはどんどん詰まっていく。

 

「なにを……」

 

 士郎は呟いた。

 少女は構えている。それは当然だ、何の策もなく飛び込む訳がない。

 だがおかしい、あの構えは両手で剣を握っている者の構えだ。しかし今正にキャスターに激突しようかという少女は……何も持ってなどいなかった。

 

 

「アアア!!!」

 

 その数瞬後に響く絶叫と飛び散る鮮血。

 見間違えるはずがない。一体どうやったのか定かではないが少女は間違いなく何も持たないままにキャスターを「斬って」いた。

 

 

「……なんだったんだ一体」

 

 危機が去ったことは理解できた。

 キャスターは空中で消滅し、それとともに魔法陣の山も消え去った。

 少なくとも命の危険は去ったと見ていいだろう。

 

「フッ……」

 

「……」

 

 10m以上飛び上がっていた筈の少女は何事もなかったかのように着地するとこちらへと歩み寄ってくる。

 

 あまりにも目まぐるしい展開に気づかなかったがその少女は……とんでもなく綺麗だった。

 

「あ……えと……」

 

 近づいてくる少女に感謝の気持ちを伝えようとするが舌が絡まる。

 こんな場にも関わらずそのあまりの美しさに士郎の顔は真っ赤になっていた。

 

 更に近づく。そうして士郎の混乱がいよいよピークに達しようかと言うところで少女がふと顔を上げた。

 

「シロウ……?」

 

「え……」

 

 少女が小さく何か呟いた。 

 

 士郎に分かったのはここまで。そこからはあまり覚えていない。

 なぜなら……

 

「シロウ!!」

 

「あわわ!?いやっちょっ!?えええ!?!?」

 

 士郎は少女に抱き締められていたのだから。

 

 

 

 




セイバーさん大活躍。

どうもfaker00です。やっぱり士郎目線だと書くの早いです。楽ですもん。

士郎さん魔術目覚めはカードの魔力に呼応して回路開く、中の人繋がりで平行世界の士郎の記憶がちょろっと入ってくる。くらいに思ってくれると助かります。ご都合主義なのは否定できない……

次回はセイバーさん目線へ戻ります。
なお現在プリヤ組4人は(;゚д゚)って顔して固まってます。

それではまた!

評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!
早く色付きバーになりたいな(チラッ)


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第3話 初陣 

こんばんわ。怒涛の3日連続更新!!
予告通りセイバーさん視点です


「あ……」

 

 涙が止まってからどれだけの時間がたったのだろうか。

 何度もとなく駆り出された、 聖杯だけではない、私の思いが変わったからかいろんな場所に呼び出された。そして帰ってきた。

 ……特に何をする気が起こる訳でもなく丘の上に一人座り地平線の先を眺めていると突然鼓動がドクンッと大きくなる。

 

 ーー飛ばされるのですね。

 

 これで何度目だろう。

 闘いに赴くときはいつもそうなのだ。

 

「また今回もどんな場面に出くわすかわからない。集中しておかないと」

 

 いつかのこと……マスターがシロウだったときはその命が風前の灯のような状態で呼び出された。今回とてそうならない保証はどこにもないのだ。

 戦友達の血にまみれた地面から立ち上がり再び剣を握りしめ目をつむる。

 

 ーーさあ、行きましょうか。

 

 決意をもう一度自分の中で繰り返す。

 かつて私の目的はこの目の前に広がっている惨状ーーブリテンの滅びの運命ーーを変えること、それ一つだった。

 しかし今は違う、それだけではない。私は、私を必要としてくれる人を守り抜く。今度こそだ。

 

 足元から順に身体が光に包まれる。

 

 ーーシロウ……誰であろうともあなたの二の舞にはしない。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

「またなんて所へ……!」

 

 覚悟はしていたがあまりの極限状態に思わず世界への悪態が漏れる。

 どうせ飛ばすタイミングはそちらが決めているのだからもう少し早くてもバチは当たらないだろうに……

 迫る強大な魔力の塊、ランク付けするならばAかBか際どいところだろうか。少なくとも並みの人間に出せる威力ではないし、同時に防げるものではない。

 手に握った不可視の聖剣を振りかざす。

 私だけなら問題なく弾けるだろう。しかし気配を感じるに後ろにいるであろうマスターは別だ、取りこぼしがあればどうなるかわからない。

 それなら……この一振りで消し去る!!

 

「はああ!!!」

 

 迎え撃つ。一歩踏み込み切り裂く。

 それだけで荒れ狂い、全てを呑み込まんとしていた魔力の塊は影も形もなく霧散した。

 

「……これは!?」

 

 それによってようやく視界が開ける。

 この世界に来て初めて目の前に広がる景色は凄惨というに相応しいものだった。

 

 そこが以前どんな場所だったのかを推し量ることは出来ない。少なくとも今現在そこにあるのは廃墟そのものだ。

 これだけのことが出来る相手はそうはいない。

 

「キャスターだと……!」

 

 相手の気配を感じ上空を見る。そこには予想外のものがいた。

 

 長い紫色の髪の毛に体全体、そして漆黒の衣服に包みその表情はフードに覆われて伺い知ることは出来ない。そんな異様な出で立ちと桁違いの魔力。私は空に浮かぶあいつを知っている。

 キャスター……かつての聖杯戦争で合間見えたサーヴァント。早期脱落し利用されたとは言えその身は立派な英霊だ。間違いなく手強い。

 だが……今はそんなことは問題ではない。

 

 ーーなぜだ……あのキャスターは前回の者、2人のサーヴァントがまた同じ戦いに呼び出されるなどあり得るのか!?

 

 否、英雄はこの世界が続く限り数限りなく存在する。

 その中から聖杯戦争に選ばれるのは一度につき僅か7人、そこに2人のサーヴァントが2度重複する可能性は天文学的確率のごとく低いはずだ。

 あるとすれば英雄王のようにその戦いを跨いで同じ世界に残留したところにその世界に縁を残したサーヴァントーーこの場合は私になるーーが飛び込むくらいだがそれはありえない。

 私もキャスターも間違いなくあの冬木から消滅したのだから。

 

 

 ーー今結論を出すのは難しいか

 

 この疑問をここで解消するのは無理だろう。あまりに情報が少なすぎる。

 それならばやることは一つしかない。如何なる理由があろうとも再び戦場で顔を合わせた以上どうするべきかは決まっている。

 

「マスター、名乗ることも出来ずに申し訳ない。だが状況は危機的です。まずはここをなんとかします」

 

 後ろにいるマスターに謝罪する。

 

 マスターに名乗りすら挙げないのは不義理だということは分かっている。しかし既に戦場になっている以上一瞬でも気を抜けば命をもってその代価を支払うことになることも目に見えているのだ。

 ……それだけはなんとしても避けなければいけない。  

 

「行くぞ、キャスター!!」

 

 キャスターが次の動きに入る前に駆け出す。それもキャスターに向かって一直線に。

 それによって彼女の注意は獲物として捉えていたマスターから私へと向く。

 これだけでも狙いの一つは果たしているのだがそれだけではない。今の私には勝算がある。

 

「……」

 

 壊滅し散らばる残骸をものともせず駆ける。

 そんな私にキャスターの周り、空中を埋める魔法陣がその銃口を向ける。

 しかし止まることはない。どれだけ強大なものであろうとも恐れる必要などないのだから。

 

 

「……!」

 

 同時に4発、先程のものより更に大きな魔弾が前後左右を埋めるように撃ち込まれる。

 その大きさ、スピード、かわす術などない。

 私は勢いそのままに突っ込んだ。

 

「……、……!?」

 

 直撃、そして爆散する膨大な魔力。

 その無謀に見えるであろう突撃に勝利を確信したのか一瞬勝ち誇ったかのように余裕を見せたキャスターの雰囲気がその直後真逆の驚愕に変わるのを感じる。

 それは当たり前だ。何しろ吹き飛んだはずの私が「何もしていない」のに無傷で突破してきたのだから。

 

 対魔力ーー平く言うならば魔術に対する抵抗力。一定ランクまでの魔術は無効化し、それ以上のランクのものは効果を削る。セイバー、アーチャー、ランサーの3騎士クラスに加えライダーにもクラススキルとして与えられるスキルの一つであるがその威力はその英霊の格や逸話に左右される。

 

 そして私はその対魔力を最高ランクのAランクで保有している。

 キャスターがいかなる時代、神秘のもとの魔術師であろうと私に傷をつけるのはそう容易いことではない

 

「反則よ反則!キャスターの魔術を無効化ってことはこの世の魔術はどれもあいつには通用しないって言ってるのと変わらないわ!」

 

 その時なにやら知ったような女性の声が聞こえたような気がした……そんなはずないというのに。

 

 ーー幻聴が聞こえるほど大きいのですね、あの日々は。

 

 闘いの最中だというのに苦笑する。

 それならば、本当に彼女がいる世界だというならば、なおさらこんなところで負けるわけにはいかない。

 

「それにしても……」

 

 無意味な弾幕がどんどん激しくなる。

 焦りからくるものだと思うが少しは学習しても良いはずなのにあまりにも単純すぎる

 

 ーー罠か?

 

 可能性が頭をよぎるがそれを振り払う。私が現れてまだ数十秒、そしてキャスターの魔術が効かないということをあちらが知ってからはまだ数秒、そんなことは出来るはずもない……

 ならどうしてこんな単調な攻撃を繰り返すのかという疑問は消えないが深読みする意味もないだろう。

 ここで落ち着かれる方が厄介だ。

 

 

 

 そのまま走り抜けキャスターの真下までたどり着く。ここからキャスターまではおよそ10m

 

 垂直に10m飛ぶなど通常不可能、しかしものは使いようだ。

 

「はああっ!!」

 

 一際強く踏み込むと同時に魔力を足に込める。それを一気に爆発、推進力とし地面をえぐり取るまでの筋力を可能とする。

 飛び上がる。一気に詰まっていくキャスターとの距離。

 

「……ッ!」

 

 フードの下の表情が驚愕に歪むのがわかる。

 地の利と言うのは戦闘において大きなものだ。

 それだけで多少の戦力差程度ならひっくり返せるほどに。

 それが上空という全てを見通し、なおかつ相手の攻撃を限定するような場ならなおさらだ。

 

 それならば、それが突如なくなった時人はどうなる?

 

 今のキャスターがそれそのものだ。

 躍起になって細かい魔弾を四方八方から連発しているがそんなものに脅威はない。しかし冷静さを失ったキャスターがその事実に気づくことはない。

 

「これで終わりだ!キャスター!!」

 

 キャスターはそのクラス特性故に接近戦に優れた英雄が呼ばれることはほとんどない。

 このキャスターもその例に漏れることは無いのだろう。構えもなにもかもが隙だらけだ。

 

 

「アアア!!!」

 

 手応えあり。上半身を袈裟切りに。無防備になった肩口から順に鮮血が迸りそれとともにキャスターの絶叫が耳をつんざく。

 確実に致命傷を負わせた感触と一緒に着地する。そうして上を見てみれば既にキャスターの姿はこの世界から消え失せていた。

 

 

「なんだ、今の感覚は……」

 

 歩き出しながらも違和感を感じ今し方キャスターを切り裂いたばかりの剣を見る。

 あまりにも簡単……いや、それはいい。罠や権謀術数なしで1対1になれば私とキャスターとの相性は最高だ。どんな状況になろうと負ける気はしない。

 だが問題はだ、キャスターの対応反応の仕方、そしてあの叫び声、あれが人間のものか?それよりも……

 

「まるで獣を相手にしているような、そんな感じでしたが」

 

 更に違和感はまだある。

 今度は相手ではなく自分のことだが。

 

「全ての動作が遅いしぬるい、マスターとしての力量がかなり劣っていたシロウでもここまではならなかったものですがこれは……」

 

 全体的なパラメータが切嗣がマスターの時とは比べるに値せず、シロウの時と比べてもワンランク下だろう。

 サーヴァントの基礎的能力はマスターの力量によっても左右される。それを考えればあまり気にする必要はないのかもしれない。

 しかし今回は少しばかりおかしい。そもそもシロウとは力量云々の前にパスすらつながっていなかった。ならそれが私のサーヴァントの能力としての最低ラインでありそれ以下はかなり難しいはずなのだが……

 

 ーーまあそれはマスターを見ればわかることでしょう

 

 結論を急ぐことでもないと思い直す。

 何はともあれ一応この場は決着したのだ。

 周りにサーヴァントの気配もない、少しくらい落ち着いてもいいだろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーそんな

 

 そんな気持ちは顔を上げた途端にどこかへ吹き飛んでいた。

 

 ーー見慣れてしまった制服

 

 私の目がおかしくなったんじゃないかと本気で疑った。

 

 ーー赤みがかった茶色い髪の毛

 

 だってその人に会えるはずがないのだから

 

 ーーそして……強い光を宿す瞳

 

 だけど……見間違えるわけがない。そして私は確信した

 

「……シロウ?」

 

 聖杯、そして世界はもう一度私にチャンスを与えたのだと

 

「シロウ!」

 

 駆け寄り抱き締める。

 懐かしい……

 

 

「あわわ!?いやっちょっ?えええ!?!?」

 

「……?」

 

 声も変わらない。

 けど何かおかしい。この反応はいくらなんでもないだろう。それに……なんだか私の知ってる士郎に比べて一回り細いような……

 

 

「ち、ちょっとまって~!!私のお兄ちゃんに何するの~!!!」

 

 少女の甲高い叫び声、また聞いたことがある声に振り返る。

 そうしてなんとなくだが理解できた……ここは平行世界なのだと。

 だってそうでもなければ

 

「イリヤスフィール……その恰好は?」

 

 イリヤスフィールがこんなフリフリしたドレスに身を包んでいるわけがないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

「えーと……それじゃああなたはその聖杯戦争?っていうのに召喚されるサーヴァントで、平行世界の衛宮君がマスター、そして私と共同戦線を張っていた、そう言うこと?」

 

「ええ、その通りです。凛。相変わらずあなたは頭の回転が速いですね」

 

「あはは……ありがとう。けどなんだかむずむずするわね……その、一方的に知られてるっていうのは」

 

 眼鏡をかけた凛がそう謙遜する。

 

 結論から言うとここは冬木市……平行世界ではあるがそれで間違いはないらしい。

 フリフリドレスのーー魔法少女の正装だと彼女の礼装は言っていたーーイリヤスフィールにシロウから引きずりはがされると一緒に戦っていたのであろう少女達も駆け寄ってきてそこからは質問攻めだった。

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト、美遊・エーデルフェルト……そして、遠坂凛

 

 聞こえた声が本当に凛であったことにも驚いたが同時に彼女がやはり士郎に近い位置にいてくれることに安心した……そう伝えると彼女は真っ赤になって否定していたが

 

 結局私がそんなに危険な存在ではないと納得してもらうことができ、落ち着いて話した方がいいだろうということになりルヴィアゼリッタの屋敷に一度引き上げてシャワーを浴びてから私について一通り説明して今に至る。

 

「で、どうするつもりよイリヤ? あなたがセイバーのカードを落としたりするからこんな面倒な事になったじゃない。挙げ句の果てに衛宮君まで巻きこんじゃうし」

 

「ご、ごめんなさーい……だって朝急いでたし……」

 

「言い訳しない!」

 

「はぃぃ!!」

 

 凛が一喝するとイリヤスフィールが涙目になりながら謝る。

 一番驚いたのはこの2人の関係性でしたがこう見るとまるで姉妹のようで微笑ましい

 

「まあまあそんなに怒らないでくれよ遠坂、拾った俺も悪いんだし」

 

「そうですよ~そ・れ・に・いいんですかぁ~凛さんの本性、士郎さんにバレちゃいますよ~?」

 

「な!に!か!文句ある?」

 

 訂正、イリヤスフィールに同情します。

 茶化したほうも悪いですし、人じゃないから歯止めが聞きにくい、というのも分からないこともないですが怒りに任せて問答無用で相手を凶器で張り付けにする人間が姉では休まる暇がない。

 凛は少し照れ隠しが激しい傾向にありましたがこの世界の凛はそれに輪がかかっている…… 

 

「イエス……元マイマスター……今後一切不用意な発言をしないことを誓います……」

 

 カレイドステッキマジカルルビー……見たことも聞いたこともない礼装ですが無尽蔵の魔力を持っていたり、人以上に人間らしく知識もあるところを見ると相当高名な方が作った礼装なのでしょう。

 そして同時に人を魔法少女に変身させるなんて神業を成功させる彼女をも平身低頭させるリンの威圧感には敬服します。

 

「それは今はどうでもいいですわ、ミス・トオサカ。問題はシェロにカードが取り込まれてしまったこと、そして回収すべき対象であるはずのセイバーのサーヴァントが正気な上にとてつもなく強い、と言うことですわ」

 

「どうでもって……!まあ確かに重要なのはそっちよね。あーもう、どうなってんのよほんとにー」

 

 リンが頭を抱え込む。

 その隣で苦い顔をしながら私に警戒の目線を向けるルヴィアゼリッタ。

 

 完全に初対面なのですがそれもあって警戒されてしまっているようですね……

 

「……私はこのまま協力してもらうべきだと思います。キャスターを一撃で葬り去った彼女が協力してくれるならこれ以上任務にプラスなことはありません」

 

 今まで黙っていた美遊がそう提案する。

 

 長い黒髪が綺麗なこの少女はイリヤスフィールに比べると随分大人びている……しかし彼女までルヴィアゼリッタと同じように、いや、それ以上に警戒心溢れる目でこちらを睨みつけてくるのはなぜでしょうか? 

 言葉では私に対してそれなりに配慮してくれているようなのですが……

 

「あの……任務とは?どうもサーヴァントに関わることのようですが」

 

 それにしても聞き慣れない言葉があった。

 この任務、とやらが私にも大きく関わってくることは間違いない。確認しておかなければ。

 

「ああ……説明してなかったわね。ええと……今から2月ほど前かしら?時計塔でこの冬木に異常な魔力反応を感知したの……」

 

 そうしてリンは私になぜここに自分達がいるのか?そもそもなにが起こってサーヴァントが現れているのかを語り始めた。

 

「ではそのサーヴァントを具現化するクラスカードを回収する任務をリンとルヴィアゼリッタがおったのですがお二人のあまりの険悪さにルビーとサファイアが造反、新たな主としてイリヤスフィールと美遊と契約。英霊に対抗するためには2ほ……お二人の協力が不可欠と言うことでイリヤスフィールと美遊も巻き込んで任務を続行して今日に至る、これでよろしいでしょうか?」

 

「まあ抜き出せば……」

 

「そうなりますわね……」

 

「ふむ……」

 

 ーーこんなケースは今までになかったことですね

 

 英霊はその座から召喚される。それが大原則。

 それなのにそのクラスカードが具現化するということはそのカードが座に干渉する力を持っていることになる。

 そんなことを可能にする力が一体どこにあるというのか……私には一つしか思いつかない。

 

「分かりました。皆様の判断次第ですが私は協力するつもりです」

 

 些か毛色が違うと感じましたが私が呼び出された原因はそれなのかもしれないですね。

 

「ほんとに!?」

 

「いえ、待ちなさいトオサカ!私はまだ彼女を味方と認めたわけでは…!」

 

「敵ってことはないだろう、だってセイバーがいなきゃ俺死んでたし」

 

「シェロ!?……まあその通りですが」

 

 ルヴィアゼリッタを説得……と言うよりも認めてもらうのは大変でしょうがまあやるしかないでしょう。

 彼女も善人のようですしわかりあえないことはないはずです。

 

「ねえ……ちょっといいかなあ?」

 

「ん?何ですかイリヤスフィール?」

 

 いつの間にか私の横に来ていたイリヤスフィールがちょいちょいと袖を引っ張る

 

 ……この世界のイリヤスフィールはほんとうに可愛らしい。なにより無邪気ですし

 

「セイバーさん?もクラスカードから具現化してるんだよね?それじゃあなんでそのクラスカードがお兄ちゃんの中にあるの?」

 

「先程も説明したと思いますが……?」

 

「難しすぎてわかんなかった……」

 

 

 ーーそういえばこのイリヤスフィールは私の知っている彼女とは別人なのでしたね

 

 納得する。シロウやリンは大方私の知っている彼らでしたがイリヤスフィールは別、生まれた年も違えば魔術の知識もない。魔術師の会話についてこいという方が無理というものでしょう……シロウはシロウでただ現実感がないようなだけな気もしますが。

 

「そうですね……シロウは魔術の知識、そもそも魔術を行ったこともないでしょう?それなのに無意識に魔術……それもサーヴァントを自分の魔力とクラスカードの魔力を呼応させて召喚するなんて荒技をやってしまった。イリヤスフィール、もしもなんの知識も技術も知識もない人間がバイクに乗ってスピードを出したらどうなりますか?」

 

「それは……事故起こしちゃうよね?」

 

「そうですね。それと同じ。私を召喚した時には本当に膨大な魔力が必要だったはずです。本来ならシロウには絶対無理な話です。だというのにシロウはそれを成功させてしまった」

 

「どうやって?」

 

「自身の魔力では足りない分クラスカードの分を上乗せしたのです。それによって彼は私を喚ぶことは出来たものの逆にその膨大な魔力量を制御出来ず侵食されてしまった、というところでしょうか」

 

「それが事故ってこと……」

 

「はい。しかし寄りしろこそカードですが今は魔力提供は彼から行われていてカードは本当にそこにあるだけです。すぐに悪影響があるということもないでしょう」

 

 

 シロウに悪影響がないということを伝えるとイリヤスフィールは満足げに自分の席に戻っていった。

 あくまでも推測の範囲を出ないですがまああれ以外に筋が通る説明などできないですしシロウからパスが繋がっているのも本当なので恐らく正解でしょう。

 

 

「……とりあえず一度整理したいしこの件はまたゆっくり話しましょうか。もう時間も遅いですし」

 

「それもそうですわね。あまり遅いとシェロとイリヤスフィールの家の方も心配するでしょうし……オーギュスト!皆様の荷物を!」

 

「了解しました。お嬢様」

 

 ルヴィアゼリッタがパンパン!と手を叩くとこの家の執事が姿を見せる。

 

 どうやら今日はこれでお開きのようですね。

 

「ちょっと待ってルヴィア。セイバーはどうするのよ?」

 

「それは勿論ここで適当に部屋を用意しますわ。まだ完全に納得したわけではないですが敵意はないようですし」

 

「……って言ってるけど。セイバー?あなたはどうしたい?」

 

 じっと全員の視線が集まる。

 さて……どうしましょうか……

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

「士郎!イリヤさん!ほんとに心配して!……この方は一体?」

 

「えーと……交換留学生、ルヴィアの家で預かる予定だったんだけど都合が変わったみたいでさ。イリヤが遅かったのはこの人を迎えに言ってたから……自己紹介頼めるか?」

 

「イギリスから来ましたアルトリア・ペンドラゴンです。よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 

 




どうもfaker00です。流石に明日更新は無理ですね……学校がーー


ではでは本題、セイバーさん視点難しい!!主人公だからこれから一番多いのにすごく大変!!!
苦手な戦闘パートと重なったのもあって疲労はんぱなかったです(笑)

今からでも3人称にしたほうがいいのかなんて悩む作者でした。

それではまた!評価、感想、お気に入り登録お待ちしております!!
バーに色つくまであと2人という事実にワクワク
もちろん感想もとても嬉しいのでぜひとも!!






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第4話 乙女の困惑

お気に入りの伸びかたやらなにやらが半端なくて(作者比)狂喜する作者。頑張ります。
今回は渾身のメインヒロインイリヤちゃんのターンです。
そしてそろそろあらすじの注意書きが役にたつかも……?


「むー…」

 

「どうしたんですイリヤさん?まるで恋する乙☆女みたいな溜め息ついちゃって~」

 

「あわわわ、ルビー!?学校で出てきちゃダメだって!」

 

「大丈夫ですよ~私の感知では私を見える位置に人間はいませんから~……それで、どうなんですか?」

 

「わかってる癖に……」

 

 肯定とほぼ同義と見てもいいであろう アハー、なんて楽しげな笑い声を上げるルビーに軽い頭痛とともにガックシと肩を落としながら他に人がいない夕焼けの校庭を1人……いや、2人でイリヤは歩いていた。

 頭が痛い理由はいろいろとある。 

 終わっていない宿題があったから朝早起きしようと気合い万端でベッドに潜り込むが逆に寝れなくなり睡眠不足だったり、体育の授業得意の50m走で顔面から突っ込む見事なヘッドスライディングをかましたり、提出物を出し忘れてそろそろ5時になろうかというこんな時間まで居残りになってしまったりと本当にいろいろだ。

 けれども今日1日どころかこの3日間に渡ってイリヤの頭を悩ませている一番の原因はそれとはまた別のものだ。

 

「アルトリア……セイバーさんのことですよね~本当にとんでもない美人ですよねあの人~顔良し、雰囲気良し、スタイル良し……ちょっとだけお胸が足りないですけどそれを補ってあまりある美貌はそうそうお目にかかれないですよ~」

 

 余計なことも混じっていたが大方その通りだ。

 昨日突然現れた正気を保つ味方のサーヴァント、アルトリア・ペンドラゴン、本人曰くアルトリアよりもセイバーという呼び名の方が気に入っているそうだが……まあ今それはあまり関係なく、ルビーの言うとおりとんでもない美人だということがイリヤにとってはとても大きな問題だった。

 

「すっごい美人……そうなんだよねー」

 

 うー、と片手で頭を掻きながら家にいるのであろう金髪美少女--ルヴィアが偽造戸籍を用意してねじ込むまでは自宅待機なんだそうだ--の姿を思い浮かべる。

 今ルビーが上げたことのみならず礼儀も完璧、声まで綺麗という完璧少女、イリヤからみると完璧お姉さん、だが。

 その彼女がイリヤに警戒に近い感情を抱かせている理由は一つしかない。

 

「それでもって士郎さんにべったりで……超強力ライバル現る!って感じですね~♪」

 

「やめて!それ以上言わないで!」

 

 ルビーのど直球な指摘にザクッと心に何かが突き刺さるような音をイリヤは確かに聞いた。もっとも、にやにやと笑いながら彼女の頭の上をクルクルと浮遊しているルビーはそれを楽しんでいる節があったが。

 

 そう、セイバーはあくまで兄が偶然呼び出した英霊でありそれ以上特に意味はない、とイリヤは考えていたがどうにもその考えは間違っているんじゃないか?と揺らいできていた。

 それというのも--

 

 --セイバーさん、気がついたらいつもお兄ちゃんと一緒にいる……

 

 普段自分がしてきていたことだからこそ気付いた由々しき問題があるからである。

 

「だってお風呂と寝るとき以外ずーっとだよ!?心配になるに決まってるじゃない!」

 

 それ以外だと風邪を引いた時に夜看病してくれたときくらい。

 治りかけが一番危ないのですときてくれたときは本当に嬉しかった……昼間少しよくなった時に美遊のメイド姿に変なテンションになったせいで体調が悪化したのは絶対に内緒だ。

 

「あらーイリヤちゃんジェラシーば・く・は・つ、くぅ~! たまらないですよ~その幼いながら剥き出しの独占欲!イリヤさんのオンナが出てましたよ今の叫びは~……勿論録音済み」

 

 しかしそんな悲痛の叫びすらルビーの餌となった。

 

「いやぁぁぁ!!最悪!最悪の弱み握られたよ私!!」

 

 --またルビーのおもちゃにされる……

 

 イリヤは軽率な発言を呪った。

 

 そして考える。背中を後ろからポンポンと叩くように飛んでいる性悪ステッキに弱みを握られるのはこれで何個目になるのだろうかと。そして直ぐに考えるだけ無駄だと諦める。

 と言うよりも考えれば考えれるほどそろそろ主従関係が逆転するんじゃないか?という見たくない現実がちらついてくるからやめた。

 

「まあイリヤさんの心配もわかりますけどね~……ちょっとそれ以上の問題かもですよ?ほら、前」

 

「ルビーはそうかも知れないけど私には重要なの~……で、前って一体……美遊?」

 

 どうせ大したことではないのだろうと思いながら上を向くと校門の横に見知った黒髪の見るからに大人びた雰囲気の少女……最近ようやく距離感が縮まったように思える美遊が見えた。

 

 --おかしいな?こんな時間にいるわけがないんだけど。

 

 はてな?とイリヤは首を傾げる。

 小学生であるイリヤ達に部活動はない。今のイリヤのように居残りでもなければこの時間に学校にいるということはほとんどないのだ。

 勿論イリヤに比べて遥かに頭がいい美遊が居残りになるとはイリヤには思えなかった。

 

「あれですよ~あれ、こないだメイド服姿の美遊さんを襲ったやつ。イリヤさん、かなり彼女のことを辱めましたからね~仕返しにきたんじゃないですか……同じようにイリヤさんにメイド服を着せて」

 

「ちょっ!? 表現が最大限にいやらしいよルビー!? ……待って。仕返しってまさか……」

 

 --有り得ない、なんて言えない。

 

 イリヤの脳裏にあの日の光景がよぎる。

 勢いで押し切ったとは言えあの日の行動は充分根に持たれてしょうがないものだったと今のイリヤは理解していた。

 その証拠と言うべきか彼女の背中とランドセルに挟まれた薄い紫のTシャツは湿ってその色を濃くしていた。

 

「やだよ!?メイド服見るのは楽しいし可愛いと思うけど着るのは恥ずかしいもん!!」

 

「それは自業自得ってやつですね~いや~私の内部のイリヤちゃんフォルダがますます潤いますよ~これは~」

 

 完全に楽しんでいるルビーに目の前が真っ暗になったような錯覚をイリヤは感じた。それどころか思考は本人の預かり知らぬ所で暴走を始めていた

 

 --これはどうしようもないかもしれない。逃げる?ダメだ。足には自信があるけど美遊には適わないしそもそも校門以外に出口はない。そして頼みの綱であるルビーは完全に敵だ。頼りになるどころかその話を聞けば確実に泥沼に背中から突き落とされちゃう……!

 

「イリヤ……?」

 

「えーと、えーと」

 

 --なら他に突破口はないのか?いくら考えても見つから……ない。こんな時に助けてくれる人、そんな人がいるとしたら……

 

 イリヤの理性、羞恥心その他諸々はそこで吹き飛んだ。

 

「お兄ちゃんのことだよね!!」

 

「ええ!?」

 

 イリヤはいつの間にか目の前と言える距離にまで近付いていて不思議そうな表情をしている美遊の肩をがっちりと掴み揺さぶる。

 突然、そして想定外の出来事に美遊の顔は引きつって硬直しているが既に冷静さの欠片すら残していないイリヤがそれに気付くことはない。

 因みにこの時それを見たルビーはあまりの面白さに羽をピクピクと痙攣させながら笑いを堪えていた。

 

「やっぱり美遊もセイバーさんの事が心配なんだよね!?」

 

「え?え?何が?」

 

 それでもイリヤのマシンガントークは止まらない。勢いのまま美遊を校門の横の壁に押し付けるとそのまま顔を真っ赤に上気させながら暴走し続ける。

 

「セイバーさんとっても可愛いもん!お兄ちゃんとられちゃうよこのままじゃ!」

 

「セイバーさんに……?」

 

「そう!美遊も困るよね!」

 

「……それは……困る……!」

 

「アレッ!?」

 

 妙な友情が芽生える。

 イリヤと美遊は満足気にお互いを見つめ合ってがっちりと握手をしているがそれに違和感を覚えた者もいた。

 あいにくそれを口にする気は彼女にはなかったが。

 

「美遊!」

 

「イリヤ!」

 

 

 

「で?なーにしてるのよあんたたちは。美遊、ルヴィアも車で待ってるわ。 全く……なんであなたまでイリヤのペースに巻き込まれてるんだか」

 

「「あ……」」

 

 どれだけそうしていただろうか。実際のところは数秒なのだろうがイリヤと美遊の2人にとっては長い時間は突然終わりを告げた。

 そう、眉間にしわを寄せこめかみに青筋を立てたあかいあくまの登場によって。

 

 

「痛い……」

 

「……通常の女子高生の拳骨の威力でこれは有り得ないです」

 

 プクーと仲良くたんこぶを作ったイリヤと美遊は文字通り頭を冷やしていた。

 その前には未だに不機嫌そうな凛と呆れたと言わんばかりに顔をしかめるルヴィアがイリヤ達に向かい合うような形に座っている。

 ここはルヴィアの車の中。

 

 痛烈な痛みとともに頭に星が見えたと思えばイリヤが次に視界に収めたのはこの風景。

 間違いなく数分記憶が飛んでいた。

 

 

「あのー……これからなにを?」

 

「作戦会議&クラスカード回収ってところね。次のカードが見つかったの。」

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 一歩一歩歩くごとに踏みなれられていない地面が沈み、固まる音がする。

 規則正しい足音は計4つ。

 ここは冬木郊外の大きな森の中。都市部から少し離れたここに市民が足を踏み入れることはそうそうない。

 そんな人気のない暗い森の中を人が見たら場違いだと100人中100人が口を揃えて言うような恰好の少女達は進んでいた。

 

 

「ひゃい!?」

 

「どうしたのイリヤ!?」

 

「カラスが……」

 

「その程度でおたおたしない!」

 

 発光する2本のステッキをライト代わりに先陣を切る凛に怒られて、まだ何も始まっていないというのにイリヤの精神は既に限界スレスレだった。

 とは言っても、凛とてイリヤに配慮していない訳ではなく、なるべく何も見たくないという願望から下を向き、歩く方向を凛の腰をヒシッと両手で掴むことで把握しているイリヤの行動を黙認しているだけいくらか良心的と言えた。 

 もちろん、それを見てニヤニヤしながら明日はどうやって弄ってやろうと悪い顔をしているステッキに言及するまではしなかったが。

 

 

「ここね」

 

「あいた!」

 

「ほんとあんたって子は……」

 

 目的地に到達したのか止まった凛の背中にイリヤは顔面からつっこむ。

 それに振り返った凛の顔は呆れを通り越して何か残念なものを見るようなそれだったが幸か不幸かそれをイリヤが見ることはなかった。

 

「歪みは……大丈夫のようですわね。それ自体が異常なのでこの表現が適当かどうかは疑問ですが安定していますわ」

 

 そんなイリヤの横を殿を努めていたルヴィアがすーっとすり抜けて行く。

 そして一際大きな木に触れるとふーっと息をを吐いた。

 ここで問題ないらしい。

 

「今日ってこれからカード回収するんですよね?」

 

「そうよ?そうでもなきゃわざわざこんなところこないわ」

 

 そんなルヴィアを見てイリヤは横に立つ凛に問いかける。

 

 --人、少なくない?

 

 ここにくるまで何度か見返してみたけど……絶対足りない。

 

 何度数えてもここにいるのは4人と2本だ。それ以上はいない。

 つい先日まではそれで問題なかった。けれど今となっては最大戦力と言って過言ではない彼女の姿が見えないことにイリヤは違和感を覚えていた。

 

「セイバーさんは?」

 

「ふんっ私はあんな人を味方、だなんて認めた覚えはありませんわ。これは私達の任務、あんな得体の知れない相手に頼るつもりは毛頭ありません」

 

 それについて聞こうとするとその豊満な胸の前で腕を組んだルヴィアがプイッと横を向いてそう吐き捨てる。

 そんなことを言うなら私と美遊がここにいるのはなんなのか、とイリヤは感じたがそれを口にはしなかった。疑問を解消するのと引き換えに全く釣り合わない対価を支払わされるであろうことはルヴィアを見れば分かるからだ。

 

 このお嬢様、とりあえず機嫌が悪い。

 

「ちょっと凛さん……!」

 

「あー、ごめんねイリヤ。作戦会議というか話したかったのってこれのことなの。 こんな意地っ張りな奴だけど間違いなく頼りにはなるし協力しないと勝てるもんも勝てないから」

 

「……私も説得したけど無理だった」

 

 ルヴィアに聞こえないようにぼそぼそっと凛に耳打ちすると凛は苦笑いしながら ごめんね。と小さく両手をあわせる。

 美遊の説得も無駄だったということは本当にルヴィアの意思は堅い、ということになるのだろう。

 

「それにね、あいつの言うことも一理あるのよ。セイバーだけなら問題ない、と言うよりもいくらルヴィアが反対しようが連れてくるけど今はもう1人余計なのもくっついてきちゃうでしょ?」

 

「あ……」

 

 その言葉にハッとする。

 そう、セイバーが来るなら彼女1人、ということはないだろう。もう1人、絶対この場に来てはいけないし来てほしくない少年もやってきてしまうだろうことをイリヤは理解した。

 

 

「そういうこと。衛宮君を巻き込むのは論外よ。前回はセイバーがキャスターを瞬殺したから無事だったけど今回もそうとは限らないし。もし乱戦になったら真っ先に死ぬのは彼。 私達が守りきれる保証はどこにもない」

 

 死、という言葉にイリヤは背筋から血の気が引くのを感じた。

 ここにきて自覚が目覚めたと言っても良い。魔法少女となってから今まで自分の力、凛やルヴィアのサポートで事なきを得てきたが本来なら命の危険をふんだんに含んでいるのがこの任務なのだ。

 あと1時間後に自分が生きている保証などどこにもありはしない。

 

「ほら。 そんな顔しない!そうしないために連れてこなかったんだしあなたは私が守ってあげるから? ね?」

 

 そんなイリヤの心情を察したのか凛がバーンと背中を叩き励ます。

 その手はイリヤにとって痛いものではあったが、確かに安心感があるものだった。

 

「クラスカードはちゃんと持ってる?また落としてるとかなったら困るから最後の確認。」

 

「う、うん。ライダーとランサー。キャスターは美遊が持ってるから全部揃ってるよ。」

 

「セイバーはあれだからあと3枚か……よし!それじゃあいくわよ……接界(ジャンプ)--」

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり森の中なんだ……」

 

「いや~魔法少女と夜の森は相性最悪ですからね~定番の触手プレイなんか大抵こういう場所ですよ」

 

「やめて! 冗談でもやめて!」

 

 茶化すルビーの声に耳をふさぐ。

 ただでさえ夜の森で恐ろしいというのにそんなことを想像してしまえば足も竦みかねない。この場においてイリヤは日頃以上にもろい状態だった。

 

 

「それにしても見つからないわね。まあ鏡面世界があるってことはここにいるってのと同じだから間違いなはずないんだけど」

 

「英霊の数が減ってきたのもあってこの世界の広さもかなり縮小されている筈ですのにこれは確かにおかしいですわね」

 

「世界が狭く……」

 

 数分同じように木々が埋める道を歩いたところで少し開けた場所にでる。そこで凛がそう呟き足を止める。

 同意の意を示すルヴィアの言葉にイリヤが上を向くと空は今までみたそれとは全く違っていた。

 

 --形がなんだかカクカクしてる

 

 通常空というものは上を見れば視界全体を平面的に埋める。それは空に形などない--少なくともその下から見る分には--からだ。それは地球上のどこにいても変わることはない。

 よく流行りの歌詞などにこの空の下みんな繋がっている、などという文が多用されるのがいい例だ。

 だが今の空は違う。明らかに遥か彼方にはつながっていない。不自然な所で折れ曲がり、最終的に上空中央に向かって収縮している。

 

「……黒化英霊の減ってきた影響でしょうか」

 

「ですわね、まっこちらとしては探す手間が省けてありがたいですが」

 

 最初この任務に取り組んだときは遥かに大きかったのだとルヴィアが言う。

 

 イリヤはその空の異様な形に気を取られあまり聞いてはいなかったが。

 

 

「けど索敵って地味ですよね~よし、イリヤさん。ここは魔法少女っぽく上空からビーム連発して敵をあぶり出しましょう!」

 

「それは魔法少女じゃなくて敵の中ボスのやることだと思うよルビー」

 

 地味な空気に飽きたのかそんなことをいうルビーにイリヤは反対する。

 しかしこのままでも疲労が溜まる一方だという声がルビー以外からもあがりとりあえず一度やってみるということになった。

 そうしてイリヤが飛び始めたところで事態は急展する。

 

「え……」

 

「イリヤ!?」

 

 木々の間に何か黒いものが見えた気がした、と思ったらいつの間にか尻餅を着いていた。

 イリヤは混乱の中片手を地面についたまま何か違和感を感じた首筋を触る。

 そうしてねっとりとした感覚に震えながらその手を見ると頭が真っ白になった。

 

 --血……?

 

 自覚した途端に手だけだった震えは全身へと広がる。

 その震えを抑えるように両腕で上半身を抱え込む。

 そのまま力が抜けイリヤは膝をついて座り込んでしまった。

 

「ちいっ! こいつらどこから……!?いや、そもそも英霊が複数ってどういうことよ!?」

 

「そんなこと今はどうでもいいですわ!美遊、トオサカ、急いで散開!兎に角死角を潰しますわよ!」

 

「「(……)了解!」」

 

 イリヤは見ていなかったがその間にも突如出現した無数の黒い影が木々の間を駆け回り黒い短剣を次々と投げる。

 それを認めた他3人の動きは早かった。

 ルヴィアが声を上げると即座に互いが背中合わせになるように散り死角を削りガンド、宝石、魔弾といった手段で相殺、反撃に転じる……ただ1人を除いては。

 

「ば、バカ!早く立ちなさい!」

 

「ふえ……」

 

 イリヤは抱え上げられる感覚で正気を取り戻す。

 彼女の様子に気づいた凛が短剣飛び交う中を駆け寄り無理やり立ち上がらせたのだ。

 固まることでの狙い撃ちを恐れたのか凛はイリヤを立たせると直ぐに離脱する。それでようやく自分の足で立とうとするがそこで決定的な事に気がついた。

 

 --あれ……?立てない?

 

「イリヤさん!?」

 

 足がふらつく。ルビーの声に答えようとするが声がでない。視界も眩んでふらふらと世界が揺れている。

 混乱だけではない。何か先ほど飛んできたものに仕込みがあったのだ。とぼーっとしはじめた頭ながらイリヤは理解した。

 

 

「あっ……」 

 

 再び倒れこむ。今度は立ちたいのに、立てない。

 

「イリヤ!!」

 

 それにもっとも早く気付いたのはまたも凛だった。その叫びは何とか逃げろというとにかく必死の思いがこもったもの。

 いつの間にか影の大半は3人の注意を削ぐ最低限の人数のみを残してイリヤの正面に集中していた。

 

 

「---!」

 

 一斉にイリヤへと向かう短剣、そしてそれを投じた英霊「達」。

 そいつらはみんな同じお面を付けた黒い体。

 そしてそれは全てイリヤにはスローモーションのように見えていた。

 

 

 

 --なんでこうなっちゃったんだろう

 

 ゆっくりと、けれどかわすことは出来ないと分かっている剣をまるで他人事のように眺めながらイリヤは考えていた。

 はっきり言ってしまえばこの相手はあまり強くない。キャスターのような火力もなければライダーのようなスピードもパワーもない。だというのに今こんなことになってしまっている。

 

 

 --もうだめかもなあ……

 

 何となくそんなことを思う。

 これでゲームオーバーだ。今回は負け。また次がある……そんなものあるの?

 

 

「いやっ!」

 

 当然のことに気がついた。

 それだけで冷や水を頭から掛けられたように浮遊感が抜ける。

 

 --あれが当たれば死ぬ!間違いなく!!

 

 細胞すべてが警鐘を鳴らす。どうやってもそれは間に合わないのに。

 

「イリヤ!!」

 

 自分の名を叫ぶ声が聞こえる。けどそれすらも耳障り。

 

 --ヤバい!ヤバい!ヤバい!!防げない、当たレバ死ぬ、シンだらだらど…なる? ワカラナい

 

 駆け巡る思考

 

 --イヤだイヤだイヤだ!

 

 いつしか考えることを止めそれは否定と拒絶以外の意味を失う

 

 イヤイヤイヤイヤイヤ--ナラアケワタセ--イヤイヤイヤ

 

 入り混じるノイズ

 

 --イヤイヤイヤシニタクナイシニタクナイ

 ----オマエデハムリ

 

 片隅に生まれた小さなそれはどんどんと広がる

 

 --ダレダレダレ

 ----チカラヲカシテヤル

 

 -ータスケテ 

 

 全てが、暗転した。

 

 

 

 

「風よ!!」 

 

 凛々しい声が聞こえ、巻き起こる突風を感じ、吹き飛んでいく無数の短剣が見えた。

 しかしそれを感じたのはイリヤであってイリヤではなかった。

 

「----!!」

 

 

 

 




どうもです!

やっぱり本職だけあってイリヤ書きやすいな!(2話前にもそんなこと言った気がするけど気にしない)
隙あらばセイバーねじ込みますけどちゃんと意味はあるつもり。次回はついに、原作からガタッと外れたことやります。(もちろんセイバーさんのターン)楽しみにしてくれる人がいれば幸いです!

いよいよubwリメイク2期は明日! わくわくしながら待つ間にでも読んでもらえると嬉しいです!

それではまた!評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!!


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第5話 夢幻召喚

あと3時間でアニメ開幕だぁぁ!!
と言うわけで書き上げました最新話!!
アニメを待つ間にでもお読みください!!!!


「えーと……これで良いのでしょうか?」

 

「はい。アルトリアさんはパソコンは初めてで?」

 

「本当に片田舎で自然と過ごす生活を送っていたものですから……ありがとうございます。」

 

「いえいえ。それでは私はリビングにいますから何かあったら声をかけてくださいね。」

 

 それでは、と背を向けて歩いていくエプロン姿のセラにもう一度謝意を述べると顔だけこちらに向けてニコッと会釈し、今度こそ部屋のドアを開けて去っていく。

 パタパタと去っていく足音を聞いた後私も席を立ち、扉が閉まっているのを確認するとカチャリ、と鍵を回した。

 

「さて……」

 

 再び席に座り、それと向かい合う。

 ゴクンっとつばを飲み込む。チカチカと発光し何やらウィーンという音をたてているそれは先日のキャスター以上に手ごわく見えた。

 しかし、これを使いこなすことが出来れば私にとって大きな力になるに違いない。

 覚悟を決めなければ。

 

「おっと、その前にこれをつけなければいけませんね」

 

 そこで机の隅に置かれたものに気づく。

 あまり近づけすぎると目が悪くなるからこれを、とセラに渡された縁の細いメガネだ。

 それをかけると少し視界が鮮明になった気がした。

 おおっ、と思ったが逆に考えて見れば対峙するこいつはそれだけ目に負担をかける、とも言える。直前で間に合ったとはいえ1つの判断が致命傷になりかねない。

 気をつけなければいけない。

 私は一層の集中を自らに求めた。

 

「……」

 

 手の動きが鈍い……それどころか中途半端に伸ばされたそれは空中で行き場を失っている。最初の作業は聞いている。単純かつ明快。至極簡単な事だ。今までの戦いに比べれば造作もない。

 だというのにこのプレッシャーはなんだ!?

 まるで締め付けられているかのような圧迫感。ジワッと手に汗をかいているのを感じる。腕は震え、手元を狂わせんばかりにばたつく。

 

 --おもしろい。それは王に対する挑戦と見ていいのだな?

 

 それを見て、深くにある闘争心に火がついた。

 ここまで表立って反骨する相手は久しぶりだ。それも本来味方であり部下であるような存在であるものにされたならば尚更だ。

 この縦横数十cm、奥行き数cmの機械仕掛け、必ず攻略してみせる。

 

 一度座る座席の背もたれに深くもたれかかり深呼吸。

 抑えつける。震えなど心で制することができるもの。

 それが出来ないのは恐れ、気圧されているからだ。王たる私にそれは許されない。

 心をおちつけると身体の主導権が戻る。

 

 --いま!

 

 目を開く、上体を戻すとその勢いで手を伸ばす。我に開けない道なし。

 そもそもこれは切嗣も、セラも、それどころかイリヤスフィールでさえも自然に使っていたものだ。

 私が無理な道理はどこにもない!

 

「やった……!」

 

 内で爆発した歓喜の声が外にも小さく漏れた。

 手に初めて感じる感触。手で包むようにつかむとまるでその扱いを知っていたかのように自然と人差し指はそれを押しカチッという音を響かせる。

 無機質な青一色だった画面がその形を変える。

 長い日々の中でもこれほどまでに一度で多大な成果を上げたことは数えられる程度だろうという満足感が私を占める

 検索サイト、今ここにアーサー・ペンドラゴンは現代の情報を入手する手段を手にしたのだ。

 

 

 

 

 

 

「やはり……この世界は……」

 

 どれだけ時間が過ぎたかわからない。予想通りの答えに私は天を仰いだ。

 目の前の画面を見れば私の知りたかったことに対するインターネット……世界を繋ぐ電子の海からの回答が示されている。

 例え数百万の間諜を張り巡らせたところでこの大海から導き出される答え以上のものを得ることは不可能だろう。逆に言えば、ここに示されないということはその事実はなかったということ。

 もう一度画面をむーっと睨む。分かってはいたがそこに誤字などはない。

 

【10年前 冬木 大火災】

 

 それが私の知りたかったこと。かつての聖杯戦争で残した消えることのない爪痕。

 

 --あれだけの火災、隠せる訳がない。そもそもこの世界に聖杯戦争はないのか?

 

 その問いに自答するなら答えはイエスだ。この世界軸の聖杯戦争は間桐、アインツベルン、遠坂の3家が揃い踏みしなければ始まらない。

 しかし間桐はまだ不明にしてもアインツベルンと遠坂が関与している様子は全くない。

 これではあの戦いは起こらない。

 

 

「さて……となると次は--」

 

「なーにしてるのー?」

 

 不意に後ろから声がかかる。

 

「リ、リズ!?いつの間に」

 

「ついさっきー」

 

 想定外の出来事に通常以上に驚いたこともあったのか自分でもびっくりするような速度で椅子ごとクルッと回転して後ろを見る。

 アイスを舐めながらジーっとこちらを興味深そうにこちらを覗き込む大きな瞳、いつものように短いレギンスにタンクトップという見る者が見れば扇情的に見える格好のリズがいた。

 

 --セラと違ってなんというか掴み所がないんですよね……

 

 常にダラダラ、のんびり。

 この女性を表すならこの言葉が一番しっくりくるだろうし周りもそう思っているだろうし私もそう思う。

 しかしそれだけではない気がする。時々不意に目があったりすると全てを見透かされているような……そんな不思議な人物がリズなのだ。

 

「その前に鍵は…‥」

 

「閉まってる鍵を見ると開けたくなる……ブイッ」

 

 根本的な疑問を述べるがそんなものは彼女には意味がないらしい。

 目の前で誇らしげにVサインを作る彼女に頭痛に近いものを感じる。

 そもそも鍵を閉めるということは見られたくないからそうするわけなのですが……言ってわかるタイプでもないのでしょう。

 諦めの感情が支配する。その瞬間を侵入者は見逃さなかった。

 

  

「これなーに?……冬木の災害?」

 

「こ、こら!」

 

 スルッと入り込まれる。

 まずい。こんなもの、不自然にもほどがある。追求されれば相当にめんどくさいことになりかねない!

 頭をフル回転させる。何とかして誤魔化さなければ今後に差し支えるのは目に見えているから必死だ。

 

「ふーん、つまんなそうだからいーやー」

 

「え?」

 

 私の緊張とは裏腹にリズの対応は淡白なものだった。

 言葉通り興味を失ったのかパソコンから離れるとピョーン なんて声と共にベットへと倒れ込む。

 あの……一体なにがしたいのでしょうかあなたは?

 

「報告。イリヤ、今日は美遊の家に行くって」

 

「あの、それがどうしたと……」

 

「それだけ、じゃ、また」

 

 私の止める声など意に介さず立ち上がったリズは部屋を去っていく。

 なんというかとんでもなく疲れましたね……

 

 今日はもう良いかとパソコンの電源を落とし先程リズが倒れ込んだため若干温かいベッドに座る。

 これはかつてアイリスフィールが使っていたものらしいですし綺麗に使わないといけないですね。この世界の彼女はまだ存命のようですし。

 

「それにしても」

 

 聞き流してしまったがイリヤが美遊の家に行くっというのは気になることだ。

 単純に遊びに行ったという可能性もないことはないがそれよりもクラスカード絡みの可能性のほうが高い。

 

 --ならどうして私も呼んでくれないのでしょうか……

 

 なんとなく感じた疎外感。

 ええ、意外と寂しいものですね。

 

 時計を見ると7時前。士郎は今日遅くなるからご飯は先にみんなで食べておいてくれと言っていた。

 となるとそろそろ良い頃合いでしょう。

 背伸びをしてから部屋を出る。そうして廊下に出たところでそれはきた。

 

「--!」

 

 直感に近い感覚。

 具体的にどう、と説明することは難しい。

 それを感じたとたん私は走り出した。

 

「セラ!少し出てきます!夕食は先に済ませておいてください!」

 

「え!あっアルトリアさん!?」

 

 台所で食事の支度をするセラに声をかけるとそのまま玄関から外へ裸足のままでる。

 どうせ転身すれば吹き飛んでしまうのだからこだわる必要もないだろう。

 

「ここならいいでしょう」

 

 屋上に飛び移る。 

 誰も見ていないことを確認するといつものように青と銀の甲冑を呼び出す。

 もしもリズがいなければこの感覚の正体に気付くのは遅れたかもしれない。それを考えるとどうせ気まぐれのあの不可解な行動にも感謝しなければならない

 

「イリヤスフィール、凛!」

 

 屋上から屋上へと飛ぶ。

 夜の森へ向かって駆ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

「ここか……!」

 

 周りとは一線を画す雰囲気の場所を見つけるのはたやすかった。

 これは私の力だけではなくクラスカードというものの効果もあるのだろう。

 これほど遠くの魔力察知をできるほど私は器用ではない。

 

 --入り方も何となくですがわかりますね。

 

 中では戦闘が行われている可能性もあるので逸っていた気持ちがそれで少し落ち着いた。

 そして触れる。それだけで反転する世界は私をすんなりと受け入れた。

 

 

 

 

「まずい……!」

 

 飛び込んでみればそこにあるのは最悪の光景。

 正規のアサシンを相手に自らには遮蔽物がなく、相手にはあるという場所で戦闘するなど愚の骨頂だ。

 しかしどう誘い込まれたのかまでは私に知る由はないが4人はその状況に追い込まれ更に1人は詰めの段階に入っている。

 それが状況を見た私の出した結論。何故か放り出されたのは空中だ。

 彼女達までの距離は縦に7,8m、横に30mと言ったところか

 

 --間に合う! 

 

 1人倒れ込み自衛の手段を失っているのはイリヤスフィールだろう。その彼女に向けられる無数の短剣

 いかに私が速かろうと彼女を救い出すことは不可能に近い。 

 だが、それよりも遙かに早い突風ならどうだ。

 

「風よ!」

 

 聖剣を不可視たらしめている 風、を開放する。

 普段、超高密度で逆巻くことによって剣の周りを埋めるそれは光すら曲げる。

 それだけの質量を開放すれば一度のみだが必殺の威力をもつ疾風となる!

 

風王鉄槌(ストライク・エア)!!」

 

 風が吹く。秒速mに直すと優に3桁に届くであろう速度で瞬時に到達した疾風はほぼ同じタイミングで投げられたはずの短剣よりも早くイリヤにたどり着き、短剣の悉くを跳ね返した。

 

「凛!」

 

「え? セイバー? じゃあ今のは……」

 

 風から遅れること数秒、地面に降り立つとそのまま駆け寄る。

 なにが起こったのか分かる間もなく茂みに吹き飛ばされ焦る凛だが私を見ると安心したように立ち上がる。

 

「私の剣を少しですが開放しました……皆さん怪我は?」

 

「私は問題ないわ」

 

「わたくしもですわ」

 

「……大丈夫です」 

 

 ルヴィアと美遊もまた巻き添えを食らい別の方向へと飛ばされていたが大事件と多少飛ばされはしたもの目立った傷外傷もなく本人達も大丈夫だと手を挙げると此方へ歩み寄ってくる。

 

「セイバー、あなたどうして……」

 

「今は後です。あれはアサシン。百の貌のハサン。個々の戦力は大したことはないですが集団でこられると厄介です。イリヤスフィール!」

 

 不意を突いたことで吹き飛んだだろうが致命傷にはなり得ない。

 相手が体制を整える前にこちらが準備を整えなければならない。

 

「----」

 

「ん……?」

 

 私の声に反応したイリヤスフィールが立ち上がりこちらを向く。

 しかしその姿に大きな違和感を感じる。確かにあれはイリヤスフィールだ。姿、形、間違いない。ならこの感じはなんだ?

 

 --目が違う

 

 そう思うと堰を切ったように違和感の正体が頭から流れ出す。

 

 --待て、他の3人は巻き添えを食らっただけでも吹き飛んだ風王鉄槌を受けてその場にとどまっていられる?

 

 彼女は見てはいなかった。耐えられるはずがない。

 

 --なぜ、転身が解けているのにあれだけの魔力を保っている?

 

 変わらない、と思ったのがそもそも可笑しいのだ。イリヤスフィールは普通の少女のはず。その彼女が魔力を帯びていること自体が既に異常だというのに!

 

 悪寒が走る。これは、悪い方の直感。何となくだがわかってしまった。

 

「イリヤ!」

 

「ダメだ凛!彼女は!!」

 

 イリヤスフィールとは別の何かだと

 

 強引に引き止める。

 いち早く回復したハサンの1人がイリヤスフィールに飛びかかろうとする映像が目の前に広がっている。

 それでも……行けば死ぬと分かっていて行かせるわけにはいかない。

 

「----……」

 

「皆伏せて!!」

 

 叫ぶ。その時には何となく程度の違和感は感じていたのか私の警告に対してルヴィアゼリッタと美遊の反応は早かった。

 それを確認すると凛を抱きかかえて私も伏せる。

 その刹那、私の目に駆ける天馬と蹂躙される無数の人影が映った。

 

 

 

 

「なによこれ……」

 

「正確にはわかりません。ですが……これが彼女の宝具の威力だと言うことは」

 

「彼女!?まさかこれをやったのがイリヤだって言うの!?」

 

「残念ながら」

 

 立ち上がると凛が取り乱したように私にそう怒鳴る。

 なかなか理不尽ではあるがこうなってしまうのもまあ仕方ないことではある。

 私とて声こそ挙げはしないがこの光景に少しの動揺もないと言えば嘘になる。

 

「森が全方位少しずつ広がっているってどういうことよ……」

 

「信じられないことですが……恐らくイリヤスフィールがアサシンを一掃した際に巻き込まれたのでしょう。アサシンの気配がありません。それに……ほら、正面だけ更地になっている範囲が他の倍以上です」

 

「嘘……いったいどうなって……」

 

「直ぐにわかります--きます」

 

「なっーー」

 

 今や広場は広がり直径50mを上回る広さに拡張していた。 

 その外縁10m程度は不自然な程にまっさらになっている。

 私と凛はだいたいその縁から5,6m内側に入った位置にいて、気を失って倒れているルヴィアゼリッタと美遊は中心を挟んで同じような距離感の所に倒れている。

 そして……その中心に彼女は舞い降りた。

 

「イリ……ヤ……?」

 

 凛が言葉を失う。

 降りてきたのはもちろんというかイリヤスフィールだ。そこに疑問もなにもない。

 しかしそれだけだ、他は全く違う。

 充満する魔力は人としての常識を飛び越え英雄の領域に片足を突っ込んでいる。そしてその姿は凛も、そして私も見たことがあるものになっていた。

 

「なんで……なんでライダーの姿をしてるのよ!」

 

 真っ黒な服装と手にもつ鎖。髪の毛も心なしか紫色に変わっているように見えた。

 

「----」

 

 --来るか!

 

 イリヤスフィールがこちらを見る。

 その目にあるのは純粋な殺意。

 叩きつけられるように向けられるそれに凛の一歩前に立つ。

 

「----」

 

「え……?」

 

 しかし次の一手は予想外のものだった。

 イリヤスフィールは転身を解き再び彼女本来の私服へと戻ったのだ。

 

 --さすがに宝具を使って魔力が切れたか?

 

 宝具の使用は基本的に魔力を根こそぎ持って行くというリスクを伴う。故に一度使えば次はない。

 ならあのイリヤスフィールが魔力切れを起こした可能性は充分にある……そんな希望的観測を抱くがその期待は一瞬にして裏切られた。

 

「まさか……」

 

 元に戻ったイリヤスフィールだがそのスカートの裾から何かを取り出す。

 その正体を見て顔から血の気が引いた。

 何故ならそれは

 

「もう一枚……だと!?」

 

「--クラスカード、ランサー夢幻召喚(インストール)--」

 

 ライダーとは別の、クラスカード。

 

 イリヤスフィールはまたも姿を変える。

 その姿は私にとってライダー以上に見知ったもの。

 

 アイルランドの大英雄、光の皇子クーフーリーン

 全身を青に包み、その手に持たれる赤い魔槍ゲイ・ボルクを武器に数々の戦いを制した正に神速の英霊。イリヤスフィールの姿は彼を彷彿とさせるものになっていた。

 

 --魔力切れなどなんと都合のいい考えを

 

 奥歯を噛む。

 それとは真逆だ。彼女は戦意に溢れている。

 対多数となればライダーのほうが優れているかもしれないがこと単騎戦においてランサー以上に優れる者はいない。

 アサシンの殲滅を確認し、さらに確実に私達をしとめるための戦術的変更……!

 

「----!!」

 

 呪いの赤槍を持ったイリヤスフィールが構える。

 その構えは獲物をしとめる前の獣そのものだ。一瞬でも目を離せば、私の命は食い荒らされるだろう

 

「凛……」

 

「なに?」

 

 後ろにいる凛に声をかける。

 彼女にはこれからやってもらわなければいけないことがある。

 

「イリヤスフィールは私がなんとかします。その間に凛は美遊とルヴィアゼリッタを回収して撤退を」

 

「でも!」

 

 躊躇うような声がする。

 心配してくれているのか。

 これだけ強大な相手に1人立ち向かうと言えばそういう反応になるのは必然だろう。

 しかし、それこそが間違いだ。前提が違っている。

 

「凛、勘違いしないでください。何もあなた達を庇おうと言っているわけではありません。 あなた達を守って戦いきる余裕がないから言っているのです」

 

 厳しい言い方になってしまうがこれが現実。

 この相手とはそれこそ常に100%でなければ闘えない。そこに守るべき対象がいてもそんなものに気を配る余裕はないのだ。

 

「……!分かった。頼むわよ、セイバー」

 

 その意味を察したのか凛は了承する。その声は覚悟を決めたと言わんばかりに強いもの。

 

 --やはり凛は強い。いま立っているのが彼女で良かった

 

 心の底からそう思う。

 この状況を分かったとしても割り切れずに二の足を踏む人間はいくらでもいる。

 だが刻々とその時が迫っている今その決断を待つ時間はない。

 今必要なのは、冷徹なまでの決断力。

 世界は違えど遠坂凛はそれを当たり前のように備えていた。

 

「ええ。この剣にかけて。イリヤスフィールを必ず取り戻すことを誓いましょう……あと数秒もすれば彼女は私に向かってくる。正面から迎え撃つのでその間に外から回ってください」

 

「了解……セイバー、死なないでね」

 

「貴女もご武運を、凛」

 

 それを最後に全ての意識を前方へ間合いは30m強、彼女ならばあってないようなものだ。

 

 呼吸が細かくなる、にわかに大きくなる威圧感。

 すべてが破裂せんばかりに張り詰め……その時が訪れた。

 

「----!!」

 

「凛、走って!!」

 

「……っ!」

 

 

 目前に迫る赤槍と戦士を迎え撃つ、私の剣とぶつかり合い夜空に甲高い音が鳴り響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




おかしいな……本当はvsランサー(イリヤ)終わらす予定だったんですが……テンション上がりすぎて収まらず区切ることに。
次でたっぷりやるんでご勘弁を。
そして通算UAが開始一週間足らずで10000突破とは……嬉しいばかりです。
バーの色が変わってへこみもしましたがこれがあってなんとか本日更新まで踏ん張れました(笑)(現金な作者でごめんなさい……)

あと一応取っつきやすいかなと思って目次欄色々と変えてありますが正直いらんことするな、前の方がいい!などありましたら是非言ってくださると幸いです。

それではまた!

ああ、別に読むのは構わんが面白いと思ったら高評価投票、お気に入り登録しても構わんのだぞ?by今作では周りばかり活躍する予定の赤い人

追記 読者の皆様に良かったら聞きたいことがあるので 仕方ない、聞いてやるよと言う方がいらっしゃったら活動報告見てくれると助かります。すごく。


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第6話 歪みの赤槍

こんな時間に更新すいません。
vsイリヤです。


 夜空に超速を持って響く金属音と、ぶつかり合うたびに炸裂する火花というかもはや炎、圧力に耐えきれず鈍い音を立てて削られる大地、その剣を、槍を振るうたびに放たれる突風。

 

 戦士、それも得物を持つ者同士の一騎打ちというものは大抵直ぐに決着がつく。映画や特撮ものにありがちな長い鍔迫り合いや、永遠に続くと思われるような打ち合いなんてものはほぼないと言って良いだろう。

 それは何故かと問われれば、真剣、真槍といったものに代表される本物の得物は人にとって常に一撃必殺であるからだ。

 心臓を貫かれればもちろんのことだが、片足でも失えば機動は不可能になり、片腕でも失えばそこから先は蹂躙されるのみ、均衡を保つということは難しく、またその間合いは人の反射限界を越えるもの、常に最大限に神経をすり減らし予測、誘導、その他いくつもの要素を持って先を読むことでようやく回避、反撃にいたることができ、また此方が攻め手ならば、必殺の決意を込めた一撃が外れればその瞬間命は確実に無防備なものとなる。

 こんなことを繰り返し応酬すれば決着が早いのも必然というものだ。

 

 しかし、世の中には例外というものが存在するのが常なのもまた事実。

 お互いがその得物の威力を凌駕する守りを身に付けているか、もしくはその間合いですら制するだけの 速さ を持っているか、だ。

 

 今繰り広げられているのはその例外の中の例外、それもめったにお目にかかれない後者だ。

 前者は有り得ない、英霊と化した少女が持つのはアイルランド随一の英雄が持ったとされる伝説の魔槍、ゲイ・ボルク 一度でも当たれば確実に心臓を打ち抜く最強の槍、対応する剣の英霊が持っているのは何なのか判別できないが……一度の当たりではゲイ・ボルク以上の破壊力を生み出すそれもまた名だたる名剣なのだろう。

 そんな2つを退けきる守りなど有り得ない。

 故に2人を守りきっているのは戦士としての経験であり戦術であり、そして速さなのだ。

 

 人が支配し、闊歩し、同族の命をとることを最大限嫌悪する今の時代では有り得ない、魔獣、竜族など人を遥かに上回る者が世界を牛耳り、人と人も命のやりとりを平然と行っていた神代でしか起こり得ない伝説の中の戦い。 

  

 

「--うそ、なによ……これ」

 

 唯一それを見ていた凛はあまりの壮絶さに絶句する。この戦いが始まって僅か2分程度だがお互いに出した手数は既に300を越えるだろう。そしてお互いがそれを紙一重ながら全て裁ききっている。こんな戦いは、有り得ない。

 

 その中心にいる青銀の少女の願いを聞きとげた凛は彼女の言葉通りルヴィアと美遊を回収した。

 かかった時間は10秒強、本来なら既に撤退が完了していてもおかしくない手際の良さだったが、その戦いから十数m離れた茂みの中に彼女はいた。

 

 --援護くらいなら出来ると思ったけどそんなん無理よこんなもん!

 

 彼女、セイバーの言葉の意味を理解したつもりで動いていたが実は全く理解できていなかった事に気付き己へ苛立つ。

 動けない者がいるから足手まといなんじゃない、全開のコンディションであろうが、その戦闘に関わること自体が既に足手まといなのだ。

 

 

 --せめてルビーがいれば

 

「お呼びですか~」

 

「うわあ!なに、貴女どっからでてきてるのよ!?」

 

「イリヤさんに弾かれちゃいましてね~、正確に言えばイリヤさんのなかにいる誰か、になるんでしょうが」

 

 そんな声に呼応するように目の前の地面を突き破って本来ならイリヤの元にいなければならない筈のルビーがその泥だらけな姿を表す。

 

「まっ、今は言ってもしょうがないですけど。それで凛さん、やるんですか?やるなら今だけでもマスター契約戻しますよ」

 

 そうしてその愉快礼装はまるで凛の心を読んだかのようにいつもの軽薄さは欠片もない真剣な声でそう問いかけてきた。

 

「……正直迷ってる。いくらなんでも、あれは」

 

「ええ、それが冷静な判断です。 凛さんは性格こそアレですがマスターとしての実力はかなり抜けていますし、それも近接戦闘となれば歴代でも指折りだと本気で思います。 ですけど、途中からあれに飛び込んで生き残れる可能性は良くて2:8ってところじゃないですかね。 まあ賢明だからと言ってそれが正解かはまた別ですけど」

 

「褒めるのか貶すのかどっちかにしなさいよ……けど見立ては間違ってないと思う。 最初からならもう少し違うんだろうけど、今からあそこに殴り込むなんて回転してる刃物を素手で掴みにいくようなものよ」

 

 しかしその問いに対して簡単に首を縦に振ることはできない。

 現状突っ込むことで生まれそうなのは成果ではなく自らの死体だけという事実は理解している。

 

 --けどルビーの言う通りこのままじゃいけないのも確かなのよね

 

 かと言って何もしない、現状維持が最良なのかもまた凛の中では割り切れずにいた。

 なにせあまりのスピードに趨勢すら判定出来ないのだ。仮にセイバーが五分以上に戦っているならそれでいいのだがそうでないのならみすみす彼女を見殺しにすることになる……

 

「--ッ」

 

 悔しさから歯噛みする。  

 本来自分がやらなければならない仕事を全く関係なかった人間がこなし、更にその始末も他の人間がこなす。

 これが悔しくないわけがない。

 

「今回ばかりは仕方ありません。とにかくルヴィアさんと美遊さん、あとサファイアちゃんの回復を待ちましょう。皆揃えば流石にあの怪獣大決戦と言えどもなんとか出来るはずです」

 

「怪獣って……言い得て妙ね」

 

 なんとなくしっくりくる表現に苦笑しながら再び戦況に目を移す。

 普段の姿は怪獣とは似ても似つかない少女は変わらずに戦い続けている

 

 --お願いね、セイバー

 

 凛に出来るのは祈ることだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー  

 

 

 もう幾度になるか分からない打ち合いに神経を研ぎ澄ます。

 斬りつけ、弾かれ、突き出され、打ち落とす

 

 言葉にすれば実に単純なものだが担い手の実力が上がり達人同士が合間見えると時折その言葉では緩いとしか言いようがない、遙か高みに達することがある。

 

「----!!」

 

「てやぁぁぁ!!」

 

 それが今だ。

 お互いに限界速に到達し、それをなお上回ることですら倒せない相手に出会った時にのみ到達できる極地。

 

 思考は極限まで簡素化されなお鮮明。

 そして身体はその思考すら置き去りにして最適手を導き出す。 

 

「ふっ!」

 

 最後に下から身体を裂かんと振り上げられた槍を受け流すとその勢いのまま後ろへと飛び間合いを離す。

 僅か数秒の打ち合いで繰り出された剣戟は10を超える。

 どれも相手の隙をつき、急所をつき、致命傷を与えるに値するものだったが結果としてはどちらも無傷

 視界に捉える相手は未だ余裕を持っている。

 

 --五分五分……いや、五分五分にしてしまっている?

 

 剣を構えながら消えぬ違和感に首を傾げる。

 

 今の時点で私は全開だ。既に思考は澄み切り、無駄なものは一つとしてない。 

 身体も同様に滑らかに思うがまま、直感もあいまって数瞬先の未来へ向けてその軌道を取る。

 

 だというのに決めきれない。もちろん相手……イリヤスフィールの力量が高いのもある、それは間違いないのだが……

 

「キャスターと闘った際に感じたものは間違いではなかったということか……!」

 

 いや、そんなことは初めから分かっていた。

 ただ認めたくなかっただけ。そうでなければ凛に対してあんなことを言うはずがない。

 

 否定できない最大出力の低下に心の中で舌打ちをする。

 先の戦闘ではそこまでの枷にはならなかったが五分で闘える相手に出逢ったことでその狂いを一層痛感する。

 

 直に打ち合った今だからこそ正確に分かるがイリヤスフィールは完全にクーフーリンの戦闘を再現している。しかしその速さ、強さ、圧力は全てオリジナルの彼の劣化版だ。

 劣化と言ってもそこまで大きなものではないがギリギリの所で天秤の針を保つ戦闘のバランスを崩すには充分すぎるもの。

 

 --だが体感する戦闘は彼とそれと全く同じ、それどころか若干上回っている。

 

 その理由は、自らに他ならない

 

 クーフーリン以上の難敵とあらば勝機を見出すの非常に困難な作業だろう。

 

 --しかし

 

 あと2つ、違和感を感じる。1つは直接関係するものではないがもう1つは確実にこの膠着状態を打開に導くもの。だが確証がない。それを得るためには少なくとももう一度命のやりとりを乗り越える必要がある。 

 

「--!!!!」

 

 そう思うと同じタイミングで声にならぬ叫びと共に五度野生の獣が跳ねる、上下左右、全ての方向からでたらめなほどのスピードで繰り出される連撃。

 しかしその一撃一撃は緻密なまでに計算し尽くされたもの。

 避ければその次に繰り出されるのはその体勢から一番かわしにくいもの、死角に入り込むもの、こちらの反撃を未然に防ぐもの。

 その周到さ、闇に溶ける彼女はまるで夜に駆ける狼を想起させる。

 

 --試してみるか

 

 なんども見たその姿に腹を決める。

 その悉くを直感に身をゆだね身体に迫る前に打ち落とす。

 しかし今度はそれだけでない。敢えて直感ではなく自らの意志で防ぐ箇所を作る。もちろんそこを突かれた場合多少のリスクはあるがそれ以上に得るものが多いと賭にでる。

 

「あああ!!」

 

「--!?」

 

 彼女がその敏捷性を駆使し強引に方向を変え張り詰めた直感が危機が消えたことを私に伝える。

 全てを、防ぎ切った。

 完全に打ち落とされたことに焦ったか今まで退くことを知らなかったイリヤスフィールが初めて自ら間合いをとる。それで確信した。

 

 この相手を防ぎきることは可能だ、と。

 

「やはり……貴女は……」

 

 彼女が放ったのはそのすべてが最適解だった。

 それを放てるのは技量の高さ故だろう。あれだけのスピードでそれをやり遂げることが出来る時点で一流と言える。

 

 --ですが、それだけでは足りない。

 

 単純な実力だけでは測れない、高度な心理戦と経験則、今のイリヤスフィールにはそれが欠けている。

 今敢えて直感を解いたタイミング、私は狙ってそれを行ったが彼女はそれを隙と判断したのだろう。そして狙い通り私は全てを防ぎ、彼女は驚き、困惑している。

 

 

「彼女は子供だ……イリヤスフィールではない。彼女を支配している何かが子供なのだ」

 

 それでようやく理解できた。

 最初私はイリヤスフィールの身体を乗っ取ったのは彼女の神経が不安定になった隙をつきクラスカードの呪縛から逃れたライダーだと思っていた。

 クラスカードはその英霊が敗れ消え去った後も英霊の武装を具現化するシステムが残ると聞いた、英霊の武装とはその英霊の魂に他ならない、一心同体となる武器が残るならば何らかの方法で出てくることこそ抑えられているが本体も残っていてそれが出てきたのではないかと。

 

 しかしその考えは彼女がライダーのみならずランサーへとその姿を変えたことで否定された。

 もしも2人の英霊が1つの体を奪い合えばその宿主は耐えられず跡形もなく消し飛ぶはずだ。

 

 そこで一度途絶えてしまったのだがここに来て一つの仮説が浮上していた。

 それは--

 

 --彼女は、イリヤスフィールがその内側に内包していたもう1人の自分なのではないか?

 

 一般的に言われる二重人格かどうかは知らない。

 だがもうそれ以外に説明が付かないのだ。外圧に対抗できずなんらかの原因で精神が壊れればそこに生まれるものは何もない、残るのは虚無だ。私は何度もその狭間へと踏み込んだ少年を知っている。そしてそうなった人間がどうなるのかも知っている。

 あんな風について意志を持ち暴走することは出来ない。絶対にだ。

 

 そして直接の原因であるクラスカードでも違うとなればもう一つしかない。

 

 --それならどうする?

 

 槍を真っ直ぐに見据える。

 私の予想通り、その鋒は震えていた。

 

 怯えている。きっかけはアサシンに殺されかかったことだろう。

 力を持ち、全てを破壊し尽くすことでその身を守ろうとした彼女はそれだけではどうにもならない相手--私--に対峙することでどうしたらいいのか分からなくなって困っているのだ。

 

 あの殺意は誰が相手か分からないから見るもの全てに振り撒いていたもの。

 そして今までの戦闘で私の作った隙もなにも関係なく一般的な最適解にのみ撃ち込んできたのはそれしか知らなかったから。要は子供なのだ。

 

 それならば、その怯えを取り除いてやればいい。

 そうすればイリヤスフィールは帰ってくる。少なくとも彼女の暴走を止めることは出来るはずだ。

 

「やるしかないですか」

 

 溜め息をつく。 

 なんと難易度の高い子守だろうか。私以外にこんなものを引き受けられる人はいないだろう。

 

 --これだけ怖い思いをしたのですからそれくらい受けてあげましょう

 

 ならば何としてでもあちらから攻めてもらわなければならない。

 

「どうしたのですか?こないなら此方から行きますよ?まあ……長い得物で私の剣を防ぎきれるとは到底思えませんが」

 

 余りにも安易な挑発。

 そんなものに乗る相手は普通いない。少なくともこれだけの手練れなら。

 

「--!!」

 

「さあ、きなさい!」

 

 だが、相手は子供だ。

 そこに移る恐怖をかき消すためだけに単純に向かってくる。

 

 そして再度繰り出される連撃。

 スピードは相も変わらず最速だ。しかしどこにくるか分かっているものを交わすなど造作もない。

 

「------!!!!!!」

 

 だが今度は私も行動を変える。

 一度として反撃はしない。そのすべてを避け続ける。

 どれだけ苛烈さを増そうと、それによって隙が生まれようともそんなもの無視だ。

 とにかくかわす。私からは手を出さない。

 

 そうして粘り続け、その一撃を引き出す。

 

「ーー!!」

 

 闇雲に追いかけていたイリヤスフィールが後退する。しかしそれはただ退いたわけではない。

 特徴的な構え、赤い魔槍が尋常でない魔力を帯びる。

 かの一撃は、周りの大気をも呑み込みその槍が届く空間全てを文字通り支配する。

 心臓を握りつぶされるようなプレッシャーは5m先で輝く槍から放たれている。

 

刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)!!!!」

 

 真名が明かされる。

 因果逆転の呪詛、心臓を貫くことを狙うのではなく、心臓を貫いたという結果を先に用意し槍がそれを追い掛け成就する。

 そんな反則クラスの宝具を私は望んで発動させた。

 

「--!」

 

 考えることをやめた。

 いくら考えたところで絶対にかわせないのだ。そんなものは無駄。

 それなら最後に信じられるものは直感だ。

 

「ウアッ--!!」

 

 抉り取られる。

 触れたのか触れる直前か、私の意識と全く別のところで身体が緊急回避を行い逆転した因果の結果を覆す。

 しかしかわしきれるわけがない。心臓に当たるはずのものをほんのわずかにずらしただけ。その痛みは常軌を逸している。

 

「グッ--!」

 

 それでもここで倒れるわけにはいかない。

 目の前で勝ち誇る少女。その少女に手を伸ばし……抱きしめた。

 

「もう大丈夫ですからね」

 

「--!?!?」

  

 腕の中で暴れる少女。

 しかし離すことはできない。私を倒した所で彼女は恐怖から開放されはしない。

 

 --ここで終わらせる

 

「大丈夫。もうあなたを怖がらせる相手はいませんから……安心してください」

 

「--」

 

 どれだけ暴れようと優しく包み込む。何をしても大丈夫だと。

 

 そうして次第に抵抗が緩くなる。身体の緊張がほどけて力が抜ける。

 そしてそのまま抱き締めること数分……彼女の魔力が解けた

 

 涙にまみれ顔を上げた少女の瞳は元に戻っている。

 

「……ヒックッ……怖かったよー……私が、私じゃなくなっちゃって……」

 

「お帰りなさい。イリヤスフィール」

 

 --これで終わりだ。

 

 そう思いこちらも力を抜く。すると押さえ込んでいた激痛が蘇る。

 

 

「--!」

 

「セイバーさん!?」

 

「大丈夫です……とにかく今は早く戻らないと」

 

 額から脂汗が止まらない。

 片膝を付いて必死にこらえる。

 こんな顔を今のイリヤスフィールに見せるわけにはいかない。

 

 そう思ったとき異変を感じた。

 

「そんな……馬鹿な」

 

「え!?」

 

 イリヤスフィールも気付いたのか私の後ろに隠れる。

 目の前には、先ほどまではいなかった黒い影が再び。

 

「アーチャー……なるほど、あなたならやりかねない」

 

 赤い……いや、黒い外套の彼を揺れる視界に収める。

 少なくとも、今の私に勝てる相手ではない。

 

「ーーッア!」

 

 それでも立ち上がる。

 今立てなければどうにもならない。こんな終わりを許容出来るほど私は諦めが良くないのだ。

 

「--え?」

 

 誰かに、肩を支えられた。

 

「凛……なんで?」

 

「バカねー。あなたを見捨てて逃げる訳ないじゃない」

 

「ですよ~」

 

 魔法少女姿の凛 そしてルビー

 

「ええ、貴女を認めなかった自分を恥ずかしく思いますわ」

 

 心なしか表情の柔らかいルヴィアゼリッタ

 

「あとは……私達に任せてください」

 

 強い決意を込めてそう言う美遊

 

「「「あいつは私達が責任を持って倒す(しますわ)」」」

 

 その姿は、とても頼もしかった

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

「ねえキリツグ」

 

「なんだいアイリ?」

 

「イリヤちゃんが大変なことになってる気がするの」

 

「ママの勘、かい?」

 

「ええ、あと士郎も」

 

「……心配なら戻るといい。あとは僕に任せて」

 

「うーん……それは良いんだけど」

 

「なんだい?」

 

「貴方も一緒に帰るわよ、キリツグ」

 

「いや、そんな余裕は……」

 

「--」

 

「……分かったよ。 君のその目にはどうやってもかなわない。」

 

「流石私の旦那様♪」

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

  




どうもです!

皆さんに伝えたい……アニメのエンディング、あれで泣いてるセイバー。あれ1話で叫ぶセイバーのイメージそのものです!!僕の脳内イメージアニメ化されとる!?ってびっくりするほど!……そんだけです(笑)

次回、いよいよエアブレイカーママ&ケリイ登場。お楽しみに!

それではまた!評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!


追記 紅茶戦は申し訳ないですがカットです。
 凛の尻&絶対領域ガン見したあげく裏切った罰だ!!というのは嘘で都合上です。


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第7話 ten years ago 前編

やばいな。これ無印結構かかりそう……

お気に入り登録500件突破!ありがとうございます!!今後とも応援よろしくです!


「うし、そろそろ行ってくるけど大丈夫か?」

 

「ええ。大丈夫です。私もこの家の間取りはいい加減把握していますから……こちらも何度目か分かりませんが時間は大丈夫なのですか?イリヤスフィールが家を出てからもう15分は経っていますが」

 

「え--おわっ!?もうこんな時間!すまんセイバー、昼は冷蔵庫に入ってるから!」

 

「だから大丈夫ですと。シロウは心配性すぎるのです--いってらっしゃい」

 

 急いだ様子で靴を履いて駆け出していくシロウを玄関先で見送る。

 今日はセラとリズが何やら緊急の呼び出しとやらで朝から家を留守にしている--それを昨日の夕食で話すセラは本当に申し訳ありませんと泣き出さんばかりだった--ので現在私のことを心配し過ぎて遅刻しそうになっているシロウを最後にこの家にいるのは私だけになった。

 

 --全く……私のことをまるで子供のように扱って

 

 不思議とそれも悪い気はしなかったが。

 

「さて、と」

 

 取り敢えずリビングに戻ることにする。

 あの戦いから2日が経ったがそれ以前と今では色々な状況が変わりすぎているし一度整理するのもいいだろう。

 

 付けっぱなしになっていたテレビを消してお茶を入れる。

 セラに教えてもらったやり方だが今ではなかなかましになったと思う。

 

 机にお茶請けのクッキーも用意してどちらも一口ずつ。

 ほんのりとした甘さは朝の喧騒を忘れさせるものである。

 純和風だった衛宮家とは随分違うがお茶の味は変わるわけではないし、こういう洋風な家も悪いものではない。

 

「1人には慣れていますしね」

 

「だーれが1人ですか~?」

 

 否、最大の喧騒要因は珍しく家に残っていた。

 

「カ、カレイドステッキ!?イリヤスフィールと一緒では?」

 

「あ~今のイリヤさんは私がいても辛いだけですから時間をおくことにしますよ~ それとセイバーさん!私はカレイドステッキではなくルビーと呼んでくださいよー! 」 

 

「わ、分かりました……ルビー」

 

 突如天井から降ってきたルビーが耳元で騒ぐ。

 正直言ってかなり煩い。

 

「それで、何をしにきたというのですか貴女は?」

 

「いえいえ~セイバーさんがそろそろ今おかれている状況を整理しようかなという顔をしていたので私も混ざろうかと、貴女とは一度じっくり話してみたいと思っていたので--あの、もううるさくしないですから出来ればその左手をどけてください。 机ぐりぐりは痛いです」

 

「申し訳ありません。つい手が勝手に」

 

 --ルビーには人の心を読む機能でもついているのでしょうか?

 

 この人を食ったような態度もそれなら頷けると何となく納得してしまったのが恐ろしいところだ。

 

「ふう……ひどい目に遭いました。まっそれでも凛さんよりは遥かにましですけどね~ ……それでセイバーさん、貴女の身体は大丈夫なんですか?見たところその治癒は表面的なものだけみたいですけど」

 

 一転、ルビーの空気が変わる。 

 元々誤魔化す気はないがそんなことしたところですぐにばれるだろうと思わせるには充分なものだった。

 

「……シロウやイリヤスフィールには他言無用でお願いします」

 

「もちろんですよ~はい、続き続き」

 

「貴女の考え通りです。ゲイ・ボルクでつけられた傷はそう簡単に癒えない。 徐々に快方にこそ向かっていますが戦闘は難しい」

 

「--やはりですか。おかしいと思ったんですよ。いくらセイバーさんの魔力量が桁外れでそれを治癒に回していたとしてもあまりに早すぎますから」

 

「あの場ではああするほかに。イリヤスフィールに傷を見せるわけにはいかなかった」

 

 思い出す。あの時イリヤスフィールの精神は既に限界だった。

 そんな状態で自分が付けた傷--それも命に関わるようなものを見てしまえばそれこそ彼女は潰れていたはずだ。

 

「ああ、勘違いしないでくださいよ~その判断自体は感謝しています。それよりも私が心配してるのは貴女の身体です。まだ内部はズタズタですよね~気を抜けば卒倒しかねないくらいに」

 

「流石にそこまでは。確かに涼しい顔をしているのは大変なのは否定しませんが」

 

 ゲイ・ボルクの傷は思ったよりも厄介でなかなか良くならない。

 今でも戦闘になれば1分で腕が悲鳴をあげるはずだ。 

 

「それでは次は私の番です。イリヤスフィールは大丈夫なのですか?廊下なので私を見ると逃げてしまうので……」

 

「うーん、正直に言ってしまうとあまり芳しくないですねー。昨日凛さんにもう戦わないと宣言してましたし」

 

「そうですか……」

 

 予想通りの答えに落胆の感情が私の心に影を落とす。

 イリヤスフィールは変わってしまった。そもそも戦いというものを理解していない節はあったがあの戦いでそれが一気に顕在化したのだ。

 

 学校にこそ向かうもののそれ以外は部屋にこもっておびえる声が聞こえる。

 シロウやセラが心配して話をするも効果なし。

 もっとも2人が思っているより遥かに事態は深刻なので当たり前といえば当たり前なのだが……

 

「では彼女はもう魔法少女にはならないと?」

 

「その可能性は充分ありますね~ま、私はイリヤさんが立ち直るまで気長に待ちますよ~」

 

 まるで出来の悪い妹を見守るかのようにルビーは優しくそう言う。

 その姿にイリヤスフィールは彼女に任せておくのが最善だ、と心から思った。

 しかし、率直にそう思ったからこそどうしても聞かないといけないことがある。

 

「それではもう一つ。ルビー、貴女はイリヤスフィールが一体--」

 

「何者なのか、ということですね~……残念ながら私にも分からないです」

 

「ならなぜ凛と別れたあとイリヤスフィールを選んだ!ルビー、じっくり話したいと言ったのは貴女です。ごまかしはなしだ。イリヤスフィールのあの魔力は自分の内側に溜め込んでいたもの。ここ数日ではない、生まれた時から何かあったとしか思えない。貴女はイリヤスフィールと関わる中ではなにか掴んだのではないですか!?」

 

「--確かにただ者ではないと思ってましたよ。契約して初めて転身した時もセンスあるなとは思いました。けどそれだけです。あんな怪物級の魔力を持ってるなんて知ったのは一昨日です」

 

「では……」

 

「手がかりなし、ですね。私も貴女と掴んでるのは一緒のところまでです」

 

 申し訳ない、とルビーが小さくなる。

 彼女が知らないというなら本当に知らないのだろう。こういった真剣なシーンで適当なことを言わないのは何となくだが分かっている。

 

「異常と言うなら士郎さんもです。あの人もどうなっているのやら……」

 

「イリヤスフィールもそうですが何か鍵が開いた、というのが適当かもしれませんね。 --まあそちらはまだ自覚はないようですが」

 

 2人溜め息をつく。

 異常なのはイリヤスフィールだけではない。急を擁することではないとはいえシロウもシロウでおかしい。

 私がくる前は魔力の欠片も感じなかったというが、私を召喚してから最低27本の魔術回路の存在が確認出来るとルビーは言う。

 それだけの魔術回路が突如現れたとは考えづらい。

 

「まーもしかしたらこれから分かるかもしれません--だからこそ私も今日はここに残っているわけですし」

 

「それはどういう--」

 

 聞き返そうとしたところでピンポーン、と呼び鈴がなる。 

 それを聞いてルビーは私を急かすようにこう言った。

 

「後はお任せします。私はおもちゃに戻ってますのでお気になさらず」

 

 声をかけても、投げてみても、彼女はそこから何も言わなかった。

 

 

 

 

「一体誰だと言うのでしょうか?家の者なら呼び鈴をならす必要はないでしょうに」

 

 ルビーを机に置いたままスリッパを履いて玄関に向かう。

 

 そうして、その足は金縛りに合ったように止まった。

 

 --そんなバカな

 

 思わず目をこする。しかしそれは現実だった。

 

「ピンポンなんてしちゃったけど誰もいるはずないわよねー。士郎とイリヤは学校だしー、セラとリズは今頃来ない私達を空港で待ってるはずだし」

 

 懐かしい天真爛漫な声

 

「……アイリ、なんでそんな面倒なことを」

 

 私が聞いたことのあるそれよりも随分優しい声

 

「ご飯を作っていつも頑張ってるあの子達を労うのよーついでにーイリヤと士郎へのサプライズ!……それよりもなんで電気がついて--あら?」

 

「どうしたんだいアイリ……君は!?」

 

「キリツグ……アイリスフィール……」

 

 衛宮切嗣とアイリスフィール・フォン・アインツベルン、第四次聖杯戦争を私と共に戦ったマスター。

 二度と会うことはないと思っていた2人と私は再会した。

 

「セイバー?」

 

 アイリスフィールが信じられないという表情で私を見ている。キリツグも同じだ。

 

「あの、アイリス--」

 

 そこで気がついた。

 

 --何故、この2人が私のことを知っている?

 

 この世界にあの火災はなかった。 

 それならば、聖杯戦争はなかったということではないのか?だからこそイリヤスフィールは普通の少女として暮らし、凛もその存在を知らなかったのでは……

 私の中で出していた世界の前提が脆くも崩れていく。

 

「そっか……私の勘の正体はこれだったんだ。久し振りね、セイバー。 貴女は私を覚えてはいないだろうけど」

 

「待ってくれアイリ!もうこの地で聖杯戦争は起こらない。その確認はとれてるはずだ!……それじゃあ何のためにあの時セイバーを犠牲にしたのかわからなくなる!」

 

 キリツグの言葉で確信する。

 私は何もかも間違っていた。この世界に聖杯戦争は存在したのだ。キリツグが私に非難と拒絶の目を向けないところを見るとそこに鍵があるのだろう……これは話を聞かないわけにはいかない。

 

「いいえ、アイリスフィール、キリツグ、私はあなた達のことを知っています。 と言ってもあなた達とはまた別のあなた達のことですが」

 

 

 

 

 

「並行世界の僕とはいえ一体なんてことを……」

 

「仕方ないわよキリツグ。貴方だってもしもどこかで世界に絶望したりしていたら同じことをしていたはず。ほんの少し天秤が違っただけよ」

 

 両手で顔を覆うキリツグをアイリスフィールが慰める。

 テーブルを挟んで向かい合う2人に私の通ってきたエミヤとの関わりを話した。第四次での戦い、その結末、そしてさらにまた10年後シロウの剣となり戦ったこと、そして……今は聖杯戦争こそ起こっていないがシロウに呼び出されてここにいることを

 

 それを聞いている時の2人は思ったよりも動じることはなかった。

 どこかで判断を変えればその道を辿ってた可能性は充分あったのだと--キリツグは少し人としてそのものが私の知っている彼とは違うらしくその結末を嘆いていたが

 そしてボソッと

 

「僕もあの時ナタリアを殺していたらそう言う人間になっていたのかも知れないな」

 

 どこか懐かしむようにそうこぼした

 

「ナタリアとは?」

 

「僕の母親のような存在であり師匠のような存在の人さ。今はどこで何をしているのかもわからないけど時々連絡を寄越すし、いつか君とも会うかもしれないね」

 

「キリツグ!私の前でその人の話をするのは禁止だと言っているでしょう!」

 

 --どうもキリツグが柔らかすぎて調子が狂いますね

 

 アイリスフィールにペシペシ叩かれているキリツグに何だか苦笑に近いものが漏れる。けれどもそれは悪いものではなくむしろ良い意味のものだ。

 

「あの……お取り込み中申し訳無いのですが私のことは以上です。今度はそちらの世界では何があってこうなっているのか聞きたいのですが」

 

「ん……ああ、そうだね。アイリ、そろそろやめてくれ。何の因果がは知らないがこの世界にいる以上彼女には知る権利がある」

 

「それはその通りだけど……キリツグ、後で追及するからね」

 

「了解したよお姫様。それじゃあどこから話そうか……僕はね、聖杯戦争を潰す為にアインツベルンに送り込まれたんだ」

 

 そうしてキリツグは懐かしむように昔のことを語り始めた。

 

「14,5年前かな?僕はナタリアから聖杯戦争のことを聞いた。何でも僕のルーツがある日本に全てを叶える万能の釜が存在するってね。最初はそれは夢のようなものだと思ったし僕自身参戦したいとすら思ったさ。もしも勝利すれば恒久平和という願いが叶うんだからね」

 

「そして僕は本格的に調査を開始した。勿論勝つためには敵を知ることが第一だからね。けどそこで違和感を感じたんだ--冬木の御三家。遠坂、間桐、アインツベルンの事を調べ始めた時だったかな」

 

「彼等の妄執の深さに呆れたよ。500年生き長らえる化け物に1000年の悲願のために命を弄ぶ長老、遠坂はかつてゼルレッチと関わったからかまだまともなほうだったけどそれでも常軌を逸していた」

 

「その後歴史を調べてみてさらに驚いたよ。この戦いは秘匿されているが隠しきれるわけじゃない。知ったものを全員消しているんだ。嘗ての文献を見ると明らかに不自然な大量不審死、行方不明が聖杯戦争と同じタイミングで起きていたんだ。三度全てで、ね」

 

「それを見て確信したよ。この聖杯戦争は僕の理想なんかじゃない。 血にまみれた怨念の儀式なんだってね。そこで決めたんだ。次のチャンスは周期からすると後5年、必ずそこでこの3家とそれを駆り立てる聖杯を潰してみせると。そもそも人の作ったもので全てを叶えるなんてそんな都合の良いことが出来るわけがないんだ。聖杯がどれだけの魔力をため込もうとそれでできるのは魔術、魔法に関するものだけだ」

 

「そして僕は戦闘のできる魔術師を探していたアインツベルンに潜入した。内側から崩すのが一番上等な手段だから」

 

「そうして僕はアイリに出会ったんだ。驚いたなんてもんじゃなかった。アインツベルンのホムンクルス技術はもはや神域のものだった。僕には彼女が人間にしか見えなかった」

 

「アインツベルン当主、アハト爺は本物の化け物だったけどね。上手く取り入って聞き出したんだけど人を聖杯の器にするなんて正気じゃない。使い捨ての命なんて、あってはならないんだ」

 

「そして……ついにその時を迎えた」

 

 そこでキリツグは一息つくと私を真っ直ぐに見据えた。

 

「セイバー、これから話すことで君は僕を軽蔑するだろう。どんな理由があったにせよ僕は君の願いを潰したんだ。聞きたくなかったらここでやめて構わない--それでも聞くかい?」

 

 その問いに対する答えは決まっている。

 

「ええ、お願いしますキリツグ。私は全てを知りたいのです」

 

 

 

 

 

-----

 

「もしもし?あんたが携帯買ったなんて信じられなかったけど本当だったみたいね……え? どうせガラケーのくせに何を偉そうにですって?余計なお世話よ!このエセ神父!!とりあえず今日くるのね!?後で迎えいくから!」

 

 室内で電話をするにしては大きすぎる声で凛は携帯--それもガラケーというか電話とメール機能しかない--を鞄の中に投げ捨てた

 

「で、何ですの今のは」

 

 それを見たルヴィアは見るからに高価なソファーに座りなんとも微妙な表情を浮かべている。

 

「んー?助っ人よ助っ人。イリヤはダメだしセイバーもたぶん無理よ。 なら戦力を補充しないと」

 

「トオサカ、相手は英霊ですよ?そんな簡単に--」

 

 もっともな疑問を述べるルヴィアに凛は問題ない、大丈夫と断言した。

 

「言峰綺礼、私の兄弟子で今はトップクラスの代行者よ。性格には難しかないけど実力は間違いないわ」 

 

 




作者、賭けにでる。

もう出したいキャラだします。それでええんや!!

どうもfaker00です。この物語を上手く畳めるのか作者にとっても挑戦笑

というよりもケリィの独白が大丈夫か不安……イメージとしてはナタリア殺しのところで家族を取ったifケリィなのですが……

みなさんよかったら応援お願いします!!

それではまた!
評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!
あなたの応援が作者の力に……期待してくださる方がいたら是非是非(*^^*)


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第8話 ten years ago後編

こんなに早くUA2000突破とは……
読者の皆様に感謝です。
本日はもろオリジナルというか原作設定があやふやな所を勝手に補完しています


「キリツグ!」

 

「なんだいアイリ?」

 

「本当に……いいの?」

 

「ああ、かまわないさ。どうせ僕はこのアインツベルンを潰すためにここにいるんだ。今更アハト爺の機嫌をとる気はない--イリヤは普通の子として育てよう。君も一緒に生きるんだ」

 

 冬のドイツは寒い。

 その中でも深い深い森の中、人が入れば戻ってこれぬと言われるような場所に立つ場違いな城

 中世ヨーロッパ建築の粋を尽くした豪華絢爛それは1000年に渡りとある一族の住処として機能していた。

 

 その中の一室。 

 真っ赤な炎が燃え盛る暖房でその温度を保つ部屋の中でこれまた場違いな服装--よれよれのスーツ--を纏った衛星宮切嗣と、それとは反対に白く純白に金のラインという気品に溢れる部屋着を来たアイリスフィール・フォン・アインツベルンはお互いに最後の決意を確かめ合っていた。

 その間に置かれた揺りかごには2人の娘であるイリヤスフィールがすやすやと寝息を立てている。

 

「手筈通りだ。君がイリヤの聖杯の機能を封印すると同時に僕がこの触媒を用いてアーサー王を召喚する--タイミングは合わせなきゃダメだ。アハト爺はこの城全体に感知を張り巡らせている。数分と保たずに戦闘用ホムンクルスも出てくるだろうし何としてもその前に蹴りをつける。いいね?」

 

 その言葉に一瞬表情が強張ったもののアイリスフィールは首を縦に振る。

 自らを作り出した想像主と闘おうと言うのがどれだけ恐ろしいことか、切嗣にはわかる範囲を超えていた。

 

「それじゃあやろうか--告げる--誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者--天秤の守り手よ!!」

 

 

 

 

 そこら中からあがる叫びと炎

 そこから少し離れた場所で切嗣は待っていた。自らをアーサー王と告げた少女の帰還を

 

「きた!」

 

「マスター!最上階の老人は討ちました。急いで撤退を!」

 

「よくやったセイバー!アイリ、イリヤは?」

 

「大丈夫!もう乗せてるわ!」

 

「分かった!」

 

 切嗣はアイリスフィールへのプレゼントという名目で城に持ち込んだメルセデス・ベンツ300SLのアクセルを全力で踏み込む。

 そのウィンドミラーからは燃え盛るアインツベルン城が確認できた。

 これがアインツベルンの終わり。

 

「マスター」

 

「なんだいセイバー?」

 

「あなたは、勝ち残れば私の望みを叶えてくれますか?」

 

「--ああ、約束しよう」

 

 そして最初についた嘘。

 ある意味彼女の戦いは最初から終わっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

-----

 

「やあぼうや、生きてて何よりだ--首尾はどうだい?」

 

「上々さ。出なけりゃ僕らは生きちゃいない」

 

 数千km離れた海の向こう、生まれ故郷の日本、首都東京の国際空港で大きなトランクを2つ持ち切嗣達を待っていたのはナタリア・カミンスキー、魔術師殺しと恐れられる切嗣の師であり母である。

 銀色の髪に黒の重厚な皮ジャケット、そして透き通るような青い瞳はこういった人混みではよく目立つ。

 

「そうかい--あれがアインツベルンのホムンクルスと坊やのサーヴァントか。随分とイメージが違うね」

 

「正直僕もびっくりしたさ」

 

 ナタリアは切嗣の肩越しに始めてみる外の世界にはしゃぎあっちこっち歩き回っているアイリスフィールとそれに振り回されるようについていくセイバーを捉えて驚いたようにそう言った。

 それに関しては切嗣も全面同意である。

 

「まあ細かい話は後だ--例のものは?」

 

「ああ、用意してあるよ。全く、この人形を用意するのにどれだけかかったことか あの人形師、とんだ腹黒だ」

 

「これが--」

 

「今は皮ばかりだけど本人の精神と魂の移植が完了すれば人としてのカタチを取り戻す。間違いなく最高の器さ」

 

 その中身を見て切嗣は驚嘆の声を上げる。

 これがあるならば、例え聖杯を降臨させようとも妻の命を救うことができる、と。

 

「ナタリア、これは?」

 

 そしてもう一個のトランクに目が行く。

 ナタリアに頼んだのはこれだけのはずなのだが……

 

「これかい?ぼうやが来るまでに色々調べたんだけどちょっとばかり手違いがあってね。間桐ゾオルケンは人じゃない奴を殺すためには宿主ごと葬らないといけないんだ。」

 

「宿主……?まさか--!」

 

「後はぼうや次第だ。さて、私はそろそろ行くよ。他のマスターが日本にこれないように色々と妨害しにいく、なんて面倒な仕事があるからね」

 

「……ありがとう、ナタリア」

 

 

 

 

 

 

 

 

「グウウ……!貴様!アインツベルンの犬が主人を食ったというわけか!」

 

「主人?違うな化け物。あんなやつは僕にとってはターゲットでしかない」

 

 冬木、間桐邸、深夜2時の免れざる来訪者はそこに巣くう怪物に銃口を突き付ける。

 冷たい風の吹く屋上にもう下がるスペースはなく下凡そ9mに地面が広がっている。

 間桐臓硯は文字通り際まで追い詰められていた

 

「ええい!雁夜はなにをやっておる!」

 

 老人はしがわれ声で騒ぐ。 

 彼の息子--あくまで戸籍上はの話だが--サーヴァントの召喚に今日召喚したばかりだ。

 その隙をつかれたのは間違いないが、一体その本人は何をしているのか?

 

「呼んだか?臓硯」

 

「ようやくきたか雁夜!--待て。なぜそやつらと一緒におる?」

 

「それについては僕が説明してやろう」

 

 その声が届いたように屋上の扉が開き、今回間桐のマスターとして参戦する手筈の間桐雁夜がその姿を表す。

 しかし彼に闘う意思は全くなく、あまつさえ降参だと手をあげる始末だ。

 その後ろからはアイリスフィールとセイバーも続く

 

「間桐雁夜の望みは間桐桜の解放だ。僕にはそれを叶える手段がある。要するにお前に組みする理由はどこにもない」

 

「カッカッカ!あれを解放する?無理な話じゃ、あれは既に調整が加えられておる。もう元には戻れまい!」

 

 悪魔が笑う。

 しかし切嗣はなおほくそ笑んだ。

 

「ああ、彼女の身体はもう戻れないだろうな。だが--新しい器があるとしたらどうだ?」

 

「--!まさか!?」

 

 切嗣の言葉に臓硯に残っていた余裕が完全に消える。

 

「ありえぬ!人形を用意するだけならともかく魂の移植などそう簡単に行えるわけがないわ!」

 

「忘れたか臓硯?僕の妻はアインツベルン最高のホムンクルスだ。その道において彼女以上の存在はいないだろう」

 

 錯乱する臓硯に切嗣はこれで詰めだと言わんばかりにその事実を告げる。

 切嗣が動くときは全てが整った時のみ、そこに隙など有り得ない。

 

「殺せ雁夜!そやつらの言葉は妄想にすぎん!」

 

 臓硯は目の前の息子に命じる。

 しかし雁夜は冷たく笑うのみで動く気配はなかった

 

「それは無理な話だ臓硯。今のお前の態度をみて確信したよ。お前は殺せるし桜ちゃんは助かるとな。それにな、もう桜ちゃんの身体はもう安らかに眠っている。俺はこの人達につくしかないんだ。加えてバーサーカーを抑え込むのに使ったから令呪は後2つ。もう無駄打ちはできない」

 

「なんじゃと!?まさかワシの本体が既に掴まれていたとでもいうのか!?」

 

「その通り、と言うわけで残りの令呪の使い道はきまってる。一つはこの契約が完了したら報酬としてバーサーカーを自害させる。そしてもう一つは--」

 

「やれ!バーサーカー!!この怪物を、この悪夢を……ここで終わらせろ!!」

 

 500年の執念、それを諦めきれない断末魔が響いた。

 

 

 

 

 

-----

 

「マスター……」

 

「分かっている。このやり方は君の流儀には沿わないと言うんだろう?」

 

「はい」

 

「だがあの化け物を見ただろう?あれをのさばらせるのが君の騎士道だというのかい?」

 

「それは……そうなのですが……」

 

「もしもし。舞夜か?--分かった。もう数分とかからないからそのまま待機していてくれ」

 

 セイバーとの話を打ち切り切嗣は車を運転しながらその時代まだあまり流通していなかった携帯を手に取る。

 そうして切るころにはもう一段深くアクセルを踏み込んでいた。

 

「どうしたのキリツグ?」

 

「舞夜がやってくれた。 家に家族がいないことを確認して遠坂邸を爆破した。 奴は無駄な魔力を使うのを嫌がってぎりぎりまでサーヴァントを呼び出すタイミングを遅らせていると聞いたから大丈夫だと思うが……気は抜くな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「time alter--ダブルアクセル!」

 

「なに!?」

 

 倍速となった切嗣は炎の横をかいくぐり遠坂時臣の懐まで迫る、そこでナイフを取り出しその腸を切り裂かんと突き出したが、とっさに反応した時臣が膝と肘でそのナイフを挟みそれどころかへし折った。

 

「ちっ」

 

 そのまま下がり距離をとる。

 その体には固有時制御のフィードバックがきていたが2倍程度のそれなら耐えられると切嗣は表情にそれが表れないよう歯を食いしばる。

 

「衛宮か……魔術師としての誇りもなにもない奴だとは思っていたがまさかこんな卑劣な手段をとるとはな」

 

「生憎僕は守るべき誇りなんてない身でね」

 

 今にも崩落寸前の屋敷から出た中庭。

 木々に火が燃え移り始め灼熱地獄となっているそこで衛宮切嗣と遠坂時臣は向かい合っていた。

 

「……それにしてもだ。どうやってここに仕掛けてあるトラップを正面から切り抜けた?あれは人の手には余るレベルだと自負していたのだが」

 

 それでもなお涼しげな振る舞いを崩さない時臣は切嗣に問いかけた。

 屋敷に仕掛けてある数は質、量ともに膨大だ。仮に突破できたとしてもこんな風に無傷でいられるわけがないだろう?と

 そんな顔をする時臣に切嗣は挑発を込めて皮肉っぽく返す

 

「簡単な話だ。人でないものを用いればいい。君の自慢のトラップの相手は伝説のアーサー王がしているよ」

 

「貴様--!」

 

 時臣の顔が怒りに満ちる。

 

「聖杯の力を借りながらその開始の合図すら待たないとは……衛宮切嗣、貴様はこの私が必ずここで殺す」

 

「いい面構えになったじゃないか遠坂、なら全力でこい。お前の大嫌いな文明の利器でお前を殺してやる」

 

 そう言いながら切嗣は改造したトンプソン・コンテンダーに何時もとは違うところから取り出した30-06スプリングフィールド弾をセットする。

 そしてその銃口を何の細工をする事もなく数十m先の時臣に突きつけた。

 

「そんな鉛弾で……!ふざけるのも大概にするがいい!!」

 

 今までとは桁違いの炎の壁。

 それをみて切嗣は勝利を確信した

 

「さらばだ。遠坂時臣」

 

 空気を切り裂くような鋭い発射音からすこし遅れて時臣の身体から鮮血が迸る。

 起源弾、切嗣を魔術師殺したらしめていた切り札は38弾目にして38人目の魔術師の命をあっさりと刈り取る。

 

「くそ……」

 

 しかしまだ息はあった。

 最期を確認しに近付いた切嗣を時臣は怨めしげに睨みつけた。

 

「この雪辱は……必ず凛が……」

 

「娘まで巻き込もうとは……ほんとに見下げ果てるよ。お前のような魔術師は」

 

 

 

 

 

 

「マスター!--どちらへ?」

 

「アイリを頼む、セイバー。僕は1人の少女をこの闘いから救い出しにいってくる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが……」

 

「大聖杯……だと。こんなもので願うが叶うはずがない!」

 

 全てがすんだら柳洞寺に行け、階段を途中で逸れれば隠された洞窟がありそこが根源だ。

 ナタリアの言葉に従った切嗣とセイバーが見たのはまだサーヴァントが1体しかくべられていないため小さいが確かに禍々しい気を放つ孔、だった

 

「しかし世界は約束した!私が聖杯を手に入れればブリテンの滅びの運命すら変えられる力を得られるのだと!」

 

 セイバーが混乱気味に叫ぶ。 

 彼女はそのためだけに闘ってきたというのは切嗣も聞いていた。

 

 しかし……その願いを聞くことは出来ないといよいよ告げるときがきた。

 

「だが実際はどうだ、セイバー?例えあと何騎サーヴァントをくべようがこの底無しの悪意が増えるだけだ。君の願いは叶うわけがない。いや……君の願いがそんなに汚いものなら分からないがね」

 

「そんなことは……」

 

 分かっている。セイバーの願いがそんなものでないことは切嗣は重々承知していた。どこまでも彼女は善人なのだ。

 それでも敢えて心をへし折りにかかった。

 ここで全てを終わらせるために

 

「でも……私は……」

 

 どうしたらいいのだとセイバーが苦悶の表情で下を向く。

 彼女が苦しんでいるのはよくわかった。

 しかし例え彼女が壊れようとやり遂げないといけない、切嗣はここにきて機械に戻る決意を決めた。

 

「分かった。出来ることなら君にも納得してほしかったが仕方ない--令呪を持って奉る」

 

「待ってくれマスター!少し考える時間を!」

 

 セイバーがすがりつく。その姿は王ではなく、必死に願いをこう1人の少女のものだった。

 それでも止まるわけにはいかない

 

「セイバー、聖剣を持ってその呪いの塊を……破壊しろ」

 

「い、いやだ!撤回してくれ!私は……このまま何も見極められなかったらこれからどうしたらいいのか!」

 

 涙ながらに訴える。

 しかし覚悟を決めた切嗣は少なくとも表面上は揺らがなかった。

 

「頼む!動くな身体!私は……私は!」

 

 聖剣から光が溢れ出す。

 

「やめろぉぉぉ!!」

 

「すまない……セイバー」

 

「マス……ター」

 

 こうして第四次聖杯戦争は未然に防がれ、聖剣の余波で洞窟も崩壊。

 冬木から聖杯は消え失せた。

 

 

 

 

 

 

-----

 

「これが10年前の話だ。僕は君の信じていたものを全て壊した上で送り返したんだ。ただ負けるより断然性質が悪い」

 

「そんなことが……」

 

 私は背もたれにもたれかかった。

 そこで全てを信じられなくなった私のことを思うと力が抜けてしまったのだ。

 

「すまない、セイバー」

 

 キリツグが頭をさげる。

 少なくとも私がどうこういえることではないが、同時に彼が10年背負ってきた十字架を外せるのも私しかいないと分かっていた。

 

「いや、いいのですキリツグ。その私も聖杯が汚れていたのならそれによって叶えられる願いは望まないでしょうから」

 

 --気休めもいいところですね

 

 嘘ではない。しかし真実ではない。

 祖国を救う願いも、人を呪う杯を赦せないのも、どちらも本当だ。

 しかしどんな決断をするかはその場にならなければわからないだろうから。

 

 

 

「話は変わりますが……イリヤスフィールは聖杯としての機能を持っているのですね?実は先日その封印が融けました。なんとか撃退し彼女を取り戻しましたが……」

 

 キリツグとアイリスフィールの表情が変わる。

 遂にその時がきてしまったか、そんな顔だった。

 

「それは私に任せて。 イリヤのことは私が一番分かるから……それに封印した聖杯としての機能にも人格がついちゃったのは私のミスでもあると思うし」

 

 一度大きく息をつくとアイリスフィールがそう宣言する。

 いつもの柔らかなそれとは違う決意の籠もった顔だった

 

「お願いしますアイリスフィール。彼女の精神はすでに限界だ、母である貴女以外には無理だ。そしてシロウ……彼は一体?」

 

「シロウはね、孤児院から僕が引き取ったんだ。何でも部屋に入ると時々おもちゃが増えている不気味な子がいるって聞いてね。そして見た時には目を疑ったよ。彼はむちゃくちゃな方法で毎回1から別に回路を作り、消えない投影品を作り出していたんだ」

 

 キリツグの言葉に背筋から凍り付くような錯覚を覚えた。

 

「まさか--!?」

 

「そうだ、この時点で常識外れが3つある」

 

 --それは有り得ない

 

 私の言いたいことを読み取ったのかキリツグが真剣なまま指を3つたてる。

 

「まず何で士郎が魔術を使えるのか、正確には分からないけど調べてみたら元から魔術回路27本は定着していたみたいだから魔術師の家系だったことは充分考えられる」

 

 1つ折る

 

「後の2つは正直見当もつかない。消えない投影なんて有り得ない。 それは歪なんだ、等価交換ではなく一方的に持ってきているということだから……魔術ではない何かとしか言えない」

 

「それに魔術回路の件も同様だ。最初から魔術回路自体は備わっているのに関わらず毎回死の危険を犯してまで新しい魔術回路を作るなんて正気じゃない。いや、そもそも先天的に授かった魔術回路は増えないはず。なのにそれをしていたんだ、彼は。当時10才の士郎はそのむちゃくちゃの代償として中身をボロボロにしても顔色一つ変えずにこなしていたんだ」

 

 後の2本は折るというか諦めてしまってしまった。

 

 そこで私は嫌な予感を伝える。

 

「キリツグ……信じたくないのですが先程投影品で部屋が埋め尽くされていた、と言いましたね?話通りならその投影品の数だけシロウの魔術回路は増えているということになるのですが……」

 

 それを聞くとキリツグは、残念ながらそうだ、と言うと

 

「部屋にあったのはぬいぐるみやら剣のおもちゃやら種類は様々だったけれど計46あった。その前に捨てられたものもあっただろうし士郎は最低でも27+46--73の魔術回路を持っていることになる。最低でね。これはもう人の常識を超えている」

 

 目の前が真っ暗になりそうなほどの衝撃が走った。

 

「バカな……なら今の士郎は」

 

「引き取るときに記憶を消した。このままだと士郎はまともな人間じゃいられなくなると思ってね。さっきも言ったけど中身はボロボロで放っておいたら確実に死んでた。 君が呼ばれたのはその際に君の鞘を回復に埋め込んだのもあるだろう」

 

「アヴァロン……」

 

「そうだ。勿論君がいないから速効性はないけどね。士郎を今まで生き長らえさせていたのは間違いなく鞘だ」

 

 この時点で私の混乱は極まっていた。

 聖杯がない以上、封印された人格という問題こそあるがただ大量の魔力を持つことができるだけ、というイリヤスフィールよりも士郎の方が遥かに深刻ではないか!

 

「出来ることなら普通の人間として生きてほしかったけど……こうなったら仕方ないか」

 

 そう言うとキリツグは席を立ちコートを羽織る

 

「どちらへ?」

 

「士郎とは僕が話すよ。男同士の話は外のほうがやりやすいしね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうもです!

取りあえずこれで物語の導入部は終わりかな?っていうところでほっとしているfaker00です。

ここから物語が楽しくできるんじゃないかと作者も楽しみです。

それではまた!評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお願いします!


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第9話 親子

いよいよ無印編は終盤へと進んでいきます
あ、お気に入り登録600突破ありがとうございます。
なんとか無印編終了まではなるべくペース維持したいなと思っております


「……」

 

「どうした衛宮?」

 

 昼休みの生徒会室、ここで昼食を取るのは衛宮士郎の日常となっていた。

 それにしても愛用の湯呑みにお茶を注ぎながら眼鏡を光らせ俺を心配してくるこの柳洞一成、実に鋭い。

 確かに考え事をしていて少しばかりぼーっとしていたかも知れないが……こいつが声をかけてくるときは何かしら確信がある時だ。

 いつもの自分と様子が違っているとは思わなかったがそこまで一発でばれるとは正直驚きだ。

 

「いや一成、実はさ……」

 

 全てを話すわけにはいかない、と言うよりも話そうにも全てを知っている分けではないし、分かっている範囲を抜き出して話しても頭がおかしくなったか心配されるか思いっきり引かれるかというどうしようもない2択になるので話す気はない。

 妹が夜な夜な魔法少女になって戦いを繰り広げていて、自分は金髪美少女の英国最大の英雄をどこかから呼び出したなど笑い話のタネにもならないどころかシスコンorロリコン疑惑が親友の中に生まれるのは必至だ。それはなんとかして避けなければならない。

 かと言って何かあると言うことは間違いなくバレているので誤魔化すのも得策ではないだろう。

 そもそも中途半端な態度をとってしまったのが原因なのだから……さて、どこまで話そうか。

 

「妹が最近悩んでるというか大変みたいでさ……ちょっと塞ぎ込んでるんだ」

 

 ここが無難な落としどころだろう

 間違った事は言っていない。

 

「うん?衛宮の妹と言えばイリヤスフィール嬢のことか?いつも太陽のごとく可愛い笑顔を振り撒いていたのが印象的だが……それは心配だな」

 

「一成?お前そんなにイリヤのこと気に入ってたのか?てか確かにその通りなんだがお前と会った時のイリヤはそんなんじゃなかったような……」

 

 士郎の記憶の中では一成とイリヤが会ったのは数回、一成が家に遊びに来たときだけなはずなのだがその時イリヤは見た目はクールと言うか堅物にも見える仏頂面の一成に怯えてしまい、セラに連れ出され挨拶をするときも泣きそうな目でびくびくしながらか細い声だったのをよく覚えている。

 少なくとも、太陽というよりは泣き出しそうな曇り空と言った方が適切だろう。

 それだからむしろ一成はイリヤを嫌っていると思っていたのだが……

 

「ああ、何度か学校の帰り道で見かけたことがあるのだ。最初は少し驚いたがあれが彼女の本当の姿なのだろう。まああの年頃の少女が学生とはいえ年上の男を怖がるのは道理だ」 

 

「そう言うことか。でな、それでその妹のことなんだが--」

 

 そこまで言うと生徒会のドアがコンコンとノックされる。

 昼休みのこの時間にここを訪れる人は少ない。と言うよりも記憶にある限りそんな暇人はいない。 

 いるとしたら生徒会の顧問でもある葛木ぐらいだが今日は所用で欠席している。

 そう言うこともあって部屋の主である一成も怪訝な表情を浮かべている。

 

「誰かは分からんが……まあとりあえず出るべきなのだろう。すまんな衛宮、話は少し待ってくれ」

 

 一言詫びをいれると一成が席を立つ、そしてドアを開きその訪問者の姿を確認すると彼にしては珍しく驚いたような声をあげた。

 

「あ、あなたは衛宮の!?いや驚いた……海外に奥様と長期赴任と聞いていたのですがいつの間に……」

 

「久しぶりだね一成君、3年振りかな。ところで士郎はいるかい?」

 

「親父!?」

 

 珍しいと思い聞き耳を立ててみると今度は士郎が驚く番だった。

 その声はとても懐かしく、そしてこんな所で聞くはずのない声だった。

 

「やあ士郎、元気にしてたかい?」

 

「親父……」

 

 くたびれたスーツに黒いコート、ボサボサの頭にどこか少年っぽさを残した瞳……衛宮士郎の父、衛宮切嗣の姿がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

「何か飲むかい?」

 

「ああ、じゃあコーヒーで」

 

「コーヒー?士郎も随分と大人になったもんだ」

 

「あのな親父、俺ももう16だぞ16 ちょっとサボって抜け出さないかー、なんて言う中年不良なんかよりよっぽど大人だ」

 

「ははっこれは一本取られたな」

 

 駅前にあるふつうの喫茶店、その片隅で士郎と切嗣は向かいあっていた。

 目の前で頬杖を付きながらもう片方の手で水と氷の入ったグラスをクルクルとストローでかき回している切嗣は終始笑顔だ。 

 その姿は士郎から見ると自分よりもよっぽど子供だった。

 

 --少なくともまともな大人ならば自分の息子に学校をサボることを勧めたりはしないだろうな

 

 そんなことを思いながら士郎は苦笑した

 

「それで、どうしたんだよ親父、いつものアイリさんの気紛れ帰国か?」

 

「こらこら、アイリさんなんて呼んだら怒られるぞ。ちゃんとママと呼んであげなさい。 アイリも喜ぶぞ~士郎のこと抱きしめて離さないだろうな」

 

「いや、それが恥ずかしいんだけど……」

 

 --あの人どう見ても20代前半にしか見えないし

 

 しばらく会っていない妹と同じ髪をした義母の姿を思い起こす。

 可愛がってくれるのが嫌なわけではないし、それ自体はむしろ嬉しい。

 しかしスキンシップがちょっと過激すぎたり色々と刺激が強いのだ。

 

「まあそれはいいか。さっきの士郎の質問だけどその通り、アイリがママの勘でイリヤと士郎が心配!早く帰ろうってせがむものだからね。少し長めにいるつもりさ」

 

「そうなのか……」

 

 本当にそのママの勘とやらが働いたのかは知らないのがそれは正しい判断だったな、と士郎はアイリに感謝した。

 

 今のイリヤは残念ながら自分にもセラにも手がつけられない。

 兄としては悔しいがアイリ以上にイリヤのことを見てあげられる人間はいないだろう。

 

「まあ僕は--」

 

 切嗣はクルクルするのをやめて今までとは打って変わって真剣な瞳で士郎を見据える

 

「君の方が心配だけどね」

 

「はあ?」

 

 その言葉に士郎は呆れたように聞き返した。

 

 --俺……なんか言ったかな?

 

 そんな記憶はないし、心配されるようなことをした覚えもない

 セラが何か言ったという可能性はあるがそれにしても切嗣がこんなに真剣な顔をするのはあまり記憶にない。見たことはある気がするのだがそれはいつだったか……

 

「--っ!」

 

 ビリッときた頭痛に顔をしかめる。

 何故なのかは分からないが時々こういうことが起こる。

 それは昔のことを思い出そうとしたりするときにより顕著になる。

 士郎にはこの切嗣に連れられて衛宮家に来たときよりも前の記憶がない。自分が養子だと言うことは分かっているのだがそれ以外はさっぱりだ。

 その事が関係あるのかと思ったことはあるが何となく深く考える気はしなかったので放っていた。

 

 そして今も、頭痛はひくと同時に不自然なまでに士郎の頭から抜け落ちていた。

 まるでそんなことはなかったかと頭のどこか奥の方が言うように。

 

「記憶の方はしっかりとかかっているか。しかし……いや、分かっていたことだ。 今更嘆いても始まらないか」

 

「親父……?」

 

 それを見て切嗣が呟く

 

 士郎は何か薄ら寒いものを感じた。

 こんな切嗣は見たことがない。いや違う。見たことはあるはずだ。それなのに、それがいつのなか思い出せない。

 

「ああっ!」

 

 先程のよりも強い頭痛、その痛みに耐えきれず思わず頭を抱える。

 

 --頭が--割れ……

 

「僕は【魔法使い】なんだ。士郎、君に初めて会ったときに言った言葉だ。覚えてるかい?」

 

「え……」

 

 その言葉、と言うよりもその一部分を聞いた途端にその痛みは収まった。

 だがこれはおかしい。

 

「覚えてるさ……そんな言葉は聞いた覚えがなかったのに、今は間違いなくある」

 

 普通なら、何か思い出したらそれを思い出したという感覚があるはずだ。

 なのに今のはそれがなかった。

 自然に記憶の底が深くなったような。衛宮家のドアを初めて開けた瞬間、そこが最も古いものとして止まっていたはずの記憶が少し、その何日か前に切嗣と初めて出会い、今のように真剣な瞳で問いかけられた時のものに上書きされている。

 それ以外の情景は全くないが。

 

「大丈夫かい?少しだけ封印を解いた。これでもう辛くはないはずだ」

 

「親父、これは一体どういうことだ」

 

 今度はこちらが真剣に問いかける。

 士郎は切嗣を真っ直ぐに見据えた。少しの揺らぎさえ見逃さない、と

 それを受け止める切嗣は全く表情を変えない。

 

「一生話す機会がないことを僕は父親として望んでいたが話そうと思う。士郎、家にいるセイバーだが僕も彼女のことを知っている」

 

「は……」

 

 言葉を失った。

 だって、それは有り得ないことだから。

 セイバーはそもそもこの世界の人間ですらない。なぜそんな彼女のことを知っているのか?

 

「聖杯……戦争……」

 

 数秒かかって言葉を絞り出す。

 そう言えばルヴィアの家で聞いたことがある。

 並行世界の自分が彼女とパートナーを組んだと聞いた。しかしそれでも説明がつかない、どちらにしろ関わったのはエミヤキリツグではなくエミヤシロウだ。

 切嗣が彼女を知っている理由にはなりえない。

 だが、それ以外有り得ない

 

「君が知っているそれとはまた別のものだがね……そうだ士郎、僕があの時言った言葉は真実だ。そして君もまた……魔術師だ」

 

 士郎の頭は考えることをやめた。

 

 --待て、親父が魔術師ってどういうことだ?親父は普通に仕事を……いや、考えてみたら親父の職業なんてきいたことがない、それはまだいい。よくはないが。それよりも問題はその後だ、俺が魔術師……?そんなバカな。魔術師とは遠坂やルヴィアの事を言うはずだ。知識があって、実際に使えて、俺にはそんなことは--

 

 その直後、遅れを取り戻そうとするかのようにフル回転を始める。

 しかし整理がつかない、自分でも何を考えているのかわからない。

 自分が混乱しているということにすら士郎は気づかなかった。

 

「士郎、落ち着け」

 

「あ……」

 

 その渦から士郎を引き戻したのは、またも父親の言葉だった。

 

「びっくりするのは分かる。だが聞くんだ士郎。これは君だけじゃない、イリヤにも関わることだ」

 

「分かったよ親父、もう大丈夫だから話を頼む」

 

「それでこそ僕の息子だ」

 

 イリヤという言葉にすっと落ち着くのを士郎は感じた。

 どうやら妹のことになると兄としての意識か自分をコントロールするのがうまくなるらしい。

 そんな士郎を見て安心したような顔に変わって切嗣は話し始めた。

 

「僕も、そしてアイリも魔術の道に関わる人間、そしてそんな僕らの娘でもあるイリヤも、みんな魔術師と呼んで差し支えないものを持っている」

 

「そうか……」

 

 薄々だが気付いていた。

 イリヤが魔法少女として戦っているのを見たあの日以来そんな予感はしていた。

 信じたくはなかったが普通の人間にあんなことが出来るわけがない。

 

「そして10年前、僕はある目的の為にセイバーを呼び出し聖杯戦争を戦った。その目的というのは聖杯戦争を潰すことだったんだけどね……そしてそれは成功し、二度と聖杯戦争が起こることはなくなった--まあここまでは直接士郎に関係はないことだけどね」

 

「その後だ、僕らは二度と魔術には関わらないことを決めた。あんな世界は、捨てられるものなら捨ててしまったほうがいい。イリヤの魔術師としての部分を封印し、僕らはこの冬木に一般人として移り住むことを決めた」

 

「そしてそれから程なくして士郎を見つけたんだ。士郎、初めて見た君は……」

 

「怪物だった。士郎、君は魔術師、それも規格外の存在だ。そのことを知って君はどうしたい?」

 

「どうしたいって……?」

 

「なにも知らなかったことにするのもいい。今話した記憶を抹消し、僕と士郎は他愛もない世間話をした、ということにする選択肢もある。けどそれだけじゃない」

 

「何となくでも分かっているんじゃないか?士郎、君の封印は融けかかっている。 それがいつ起こったのかは分からないがそこから士郎の中で何か変化があったはずだ」

 

 その言葉には、思い当たる節がある。

 クラスカードを拾ったあの時、確実に自分の中で何かが開いていた。

 それは今は影を潜めている。

 だが言われてみれば以前と今では何かが違うような気がする--

 

「ああ、自覚は……ある」

 

「一体なんの拍子でそんなことになったのかは正確にはわからない。

 けどセイバーに聞いて少しだけ見えてはきている。士郎、僕は皆がまた何の問題もなく普通の生活を送れるようにこの事態の根本を突き止めるつもりだ。しかしそれには時間がかかる。

 その間にもイリヤやセイバーは闘いに赴くことになるかもしれない。その時に--士郎はどうしたいって聞いてるんだ」 

 

「それは--」

 

 決まっている。自分の大切な妹を、命を救ってくれた少女を、そんな二人が命を懸けて戦っているのを、黙って見ていられるはずがない。

 その世界がどんな場所かは知っている。正に規格外、常識外れな世界だ。

 だが今切嗣は言った筈だ。衛宮士郎もまた規格外の怪物なのだと。それなら出来ることもあるはずだ。

 

「やる--俺はセイバーやイリヤを戦わせて、自分だけのうのうと生きるなんて、できない」

 

 士郎の答えに切嗣はどこか安心したような、それでいて落胆したような、そんな風に一度視線を落とすと士郎の額に手を乗せた

 

「これから君にかけた魔術封印を解く。ブロックワードによる簡単な解呪だ。 さっきの言葉に僕が念を込めればそれで士郎の力は戻る--今ならまだ引き返せる。考えてもいいんだよ?」

 

 切嗣の言葉は父親として子を案じる、ただ純粋にそれだけの言葉。

 しかし士郎はそれを分かってなお止まる気はなかった。

 

「いいや、決めたんだ親父。俺は……イリヤとセイバーを守る」

 

 その決意に、切嗣は参ったなと笑う

 

「士郎、僕が昔何になりたかったか知ってるかい?」

 

「……いや?なんなんだよ一体こんな時に」

 

「答えはね……僕は正義の味方になりたかったんだ。いや、その思いは今も変わっちゃいない。けど今の士郎のほうがよっぽど正義の味方に見えるからついね……それじゃあ目を瞑って……【僕は魔法使い】なんだ」

 

 何かが、融けた

 

「士郎、昔僕がみた君の使える魔術は強化と投影、属性は剣だ。 何か知りたければ遠坂の娘のところへ行きなさい。彼女ならきっと士郎の助けになってくれる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




先に言っておきます。こんなこと言ってますが無印編に彼の戦闘はないです。

ツヴァイ編以降をお楽しみに!笑

次はいよいよラストバトルへ……ここにきて初の美遊視点です

それではまた!評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!


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第10話 ラストダンス 

お気に入り登録700突破ありがとうございます!


 そして夜がやってくる。季節が春真っ盛りから少しずつ夏へと移り変わる準備の頃。子供達の外で遊ぶ声はだいたい6時頃まで聞こえている。

 今はそんな時間も越えて街には人工の光が輝く。そんな繁華街から少し離れて寂れた雑居ビル、その一角に美遊、凛、ルヴィアの3人とサファイア、そして……その闇にとけ込むような黒い祭服に身を包み首からは十字架を下げ、まるで全てを悟ったと言わんばかりの雰囲気を醸し出す男、言峰綺礼はいた。 

 

 

 

「凛、なぜその少女がいるのか分からんがこれは余り良いことではないのではないかね?ゼルレッチ翁にこの任務を任されたのは君とルヴィアゼリッタの両名だけのはずだが」

 

「うっさいわねー アクシデントよアクシデント。何? 上に報告でもするつもり?」

 

「まさか、可愛い妹弟子に頼み事をされたのだ。手助けならいざ知らず、君の立場が不利になることなどするわけがなかろう?」

 

「……胡散臭い、これ以上ないってくらい胡散臭いわよ、今のあんた」

 

 7枚目のクラスカード回収、本来なら緊張感に溢れているはずの空気はなんというか中途半端にギスギスしたものになっていた。主に美遊の前で揉めている2人のせいで。

 

「ルヴィアさん……」

 

「仕方ないですわね。こういう場を和ませるのはいつもイリヤスフィールでしたし落ち着いて対処してくれそうなセイバーも今日はいません。まあ話を聞いた通り、大体想定内ですわ」

 

 いつもは自分も揉めているのにこういうときだけそんな顔をするのはどうなのか? と美遊は思ったがそれを口にはしない。

 下手に刺激してルヴィアも参戦、なんてことになればもう手がつけられない。場合によっては本日のクラスカード回収は開始前に内戦でお開き、なんて自体も充分に考えられる。 

 それは困るのだ。

 

「イリヤ……」

 

 昨日突き放した少女の顔が美遊の脳裏に過ぎる。

 酷な言い方だったのは分かっている、傷つけたのも分かっている、もう彼女が自分のことを見てくれないであろうことも分かっている。

 それでも敢えて泥を被ることに決めたのだ。怯えている彼女を守ることが出来るのは自分だけだと。

 

「……ッ!」

 

 --それなのに、この痛みはなに?

 

 美遊は自分の中に生まれていた小さな痛みに困惑していた。

 どう説明したらいいのか分からないが胸の奥が締め付けられるような、そんな痛みだ。 

 自分は正しいことをしているはずなのにどうして……

 

「それは後悔と言うものですわ、美遊」

 

「……ルヴィアさん?」

 

 それを優しく諭すように答えを出したのはルヴィアだった。

 その言葉の意味を美遊が理解できないでいる間にもルヴィアはいつものように豊満な胸を強調するかのように腕を組んだ状態で美遊に向かい合い言葉を続ける。

 

「美遊、正直私はあなたに初めて出会った頃からなにやら危ういものを感じていたのです。その年にしては優れすぎていると言っていい頭の良さ、考え方、そんなものどうでもいいくらいに何か大切なものが欠けていた」

 

「貴女の過去に何があったのかは知りませんし詮索する気もありません。しかし最近イリヤスフィールと知り合ってからの貴女は徐々にですが変わっていきました。それが原因でしょう」

 

「原因……ですか?」

 

 美遊には分からなかった。

 イリヤスフィールと自分が知り合ってから変わったのかも、ルヴィアがなにを言っているのかも。

 

「ええ、美遊、貴女は本当はもう分かっているのではなくて?そうでなければ貴女はイリヤスフィールを引きずってでもここにつれてきていたはず、そしてセイバーにイリヤスフィールのそばにいるよう頼んだりしないはずですもの」

 

「……何がですか?」

 

 本当に分からず困り顔をする美遊の様子にルヴィアは、鈍感なのか素直じゃないのか、とこれ見よがしに大きくため息をつく。

 そうして顔を上げて美遊を見据えると

 

「美遊、貴女とイリヤスフィールは 友達 ではないのですか?」

 

 そう聞き慣れない言葉を美遊に投げかけた

 

「……友達」

 

 

 

 

 

「ほらー!早く行くわよ2人ともー!」

 

 いつの間にか玄関から階段を登り始めていた凛が上から呼ぶ声が聞こえる。 

 知らぬ間に喧嘩は収束していたらしい。

 

「あの身勝手野蛮人ときたら……!行きますわよ!美遊!」

 

「……はい!ルヴィアさん!」

 

 つかつかと歩いていくルヴィアに続き階段を登る。

 最後の戦いの幕が開く

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここかね?歪みはあるが肝心の気配は何もがしないが……」

 

「言わなかった?ここから鏡面世界に飛ぶんだけど」

 

「聞いていない。凛、君のうっかり癖も大概にしたまえ」

 

「分かってるわよこのエセ神父……それじゃあサファイア、お願い」

 

「分かりました」

 

 どうやらまともに伝えていなかったらしい凛に文句を言う綺礼の後ろからすいーっとサファイアが飛んでくる。 

 そしてステッキに形を切り換えるとなにもないように見えるひび割れた床に突き刺さり魔法陣を展開すると同時に詠唱を開始する。

 そうして、それが終わると彼女達の姿は消えていた。

 

 

 

 

 

 

-----

 

「せまっ!」

 

「屋上……このビルだけってことですの?」

 

「美遊様、転身を」

 

「分かってる」

 

 飛んできたのはビルの屋上

 幾度となく訪れた鏡界面だがこの狭さははじめてだった。

 何せ広く見積もっても30m四方……もしかしたらそこまでないかも知れない。

 

 --残っているのはバーサーカー、これだけ開けている上にスペースがないのはまずい

 

 転身を終えた美遊はぐるっと辺りを見回してみてそう分析していた。

 バーサーカー--狂戦士のクラスはその英霊の理性を奪うことでその戦闘力を大幅に上げる。要は単純な戦闘には強く、うまく絡め手に嵌めれば簡単に転ぶと言うことだ。

 そしてこのフィールドは遮蔽物もなにもないシンプルそのもの、バーサーカーにとっては最高のものである。

 

「……」

 

「どうしたんですか、言峰さん?」

 

 1人何もない方向をじっと見る親父を見る。

 彼の眺める方向にあるのは防護用の金網だけだ。

 

「綺礼でいい。いや、少し不自然だと思ってね」

 

「不自然……?」

 

 非常に重厚かつ慇懃な声の綺礼が顎に片手を当てて思案する。

 何か確信ありげな物言いに美遊は問いかけた。

 

「ああ、ここにいるのはバーサーカー、というクラスの英霊なのだろう? 他の者ならいざ知らず狂った者が戦術的に時間を使って焦らしたりするのだろうかと考えると些か合点がいかない」

 

「そう……例えば。あの下から登ってきていると言うのなら話は--」

 

 その時、美遊はあり得ないものを見た。

 何もなかったはずの緑の金網、そこに点在する穴からは黒い虚空が見えていたはずだ。 それなのに、今は巨大な上半身がそのほとんどを埋め尽くしている。

 

「んな!?」

 

「なんですのあの怪物は!?」

 

 凛とルヴィアも気づき驚愕の声を挙げる。

 当たり前だ、おおよそ3m近くになろうかという大きさ、分厚い筋肉の鎧、野性的に赤く光る瞳

 驚かない方がおかしい

 

「あれが……ヘラクレス……!」

 

 しかし2人の言葉にはわずかだが語弊がある。怪我とイリヤのメンタル面を考え置いてきたセイバーからその正体は聞いているはずだ。

 美遊はその言葉を思い出す

 

『バーサーカーの正体はギリシャ神話最強の英雄ヘラクレスです。 単純なパワーだけなら私を上回りスピードも五分、もしかしたら負けているかもしれません。 理性を残していないと言えど正に最強の英霊と呼ぶに相応しい存在……色々あってその宝具は私も正確には掴めずじまいでしたが油断はしないでください。いや、やはり私も--』

 

 --セイバーさんの言ったことに間違いはなかった……!

 

 彼女の言ったことを疑った訳ではなかったが正直なところ自分達の気を引き締めるために少し誇張した所があると思っていた、そう信じたかった

 だが……そんなことはない。今フェンスを乗り越えて私達の前に立ったあの英霊は紛れもなく最強だ。

 

「美遊様」

 

「分かってる。一撃でも食らったらアウト。物理防御とスピードに全部振って」

 

 手早くサファイアに指示を出す。

 彼の生前の逸話、バーサーカーというクラス特性、色々なものを考慮すれば魔術防御には力を入れる必要はないだろう。

 それよりもシンプルな力に対する対策だ。まだどれだけのものかは見てはいない。それでもわかる。あれの一撃が直撃すればそれが命の終わりになると。

 

「……っ!」

 

 凛の舌打ちが張り詰める緊張の中に響く。

 睨みあい、しかし動けないのはこちらだ。

 事前情報がある分余計下手な動きは出来ない。誰が初撃にいく? カウンターのリスクを考えれば相手が万全な状態でこちらから動くのは難しい……!

 

「ふむ」

 

 そんななか、コツリ、と足音が静かな空気を動かす。

 動いたのは言峰綺礼、1人だけこの空気にも我関せずといった風な彼は美遊たちの前に立った。

 

「凛、私を呼んだのは正解だったな」

 

 背中を向けたままその黒く長い祭服の腕をまくりながら綺礼はなにか納得したようにそう言う

 

「なるほど、ギリシャの伝説ことヘラクレスか。お前達では触れることすら難しいだろうな。 だが……私なら時間を作れる。黒剣程度では通らないだろうから真っ向からの格闘になるがな」

 

 そしてそのままとんでもないことを言ってのけた

 

「……え?」

 

「貴方バカですの!? あれ相手に魔術なしで肉弾戦だなんていかれてるとしか思えませんわ!」

 

 酷い言いようだがルヴィアの言う通りだ。

 あれを相手にするには遠距離攻撃で隙を作り近距離は一撃必殺にかけるしかないはずだ。

 だというのに綺礼の言ったことはそれとは真反対の無謀極まりないことだ。

 わざわざ相手の英霊の土俵で戦う必要がどこにあると--

 

「分かってるじゃない。ええ、あんたにはあいつの動きを封じてもらうわ。 その間に私達で必殺の手段を考えるから……心配しないで、いざとなったらあんたごとぶっ飛ばしてあげるから」

 

 それを、当然のように凛は肯定した。かなり物騒な言葉混じりに

 

「トオサカ!?」

 

「……凛さん!?」

 

「なによー……冗談よ冗談、流石にあいつごとぶっ飛ばすなんてしないから安心して」 

 

「いや--」

 

 --それもないことはないけど一番の問題はそこではないのですが

 

 同じことを思っているのかルヴィアも唖然とした表情を浮かべている。

 分かっていないのは凛のみだった。

 

「凛、あまり悠長にお喋りをしている時間はないぞ。強化はちゃんとかかっているのだろうな?」

 

「完璧、うっかりも今回はねじ伏せてやったわ。これで時間稼ぎもこなせないようなら笑ってやるわ」

 

「そうか、それでこそお前だ。ならお望み通り時間稼ぎをするとしよう。 ルヴィアゼリッタ、美遊、信じられないのは分かるが今は集中しろ。私も無駄死にする気はないのでな--いくぞ」

 

 そこまで言うと何の前触れもなく黒い弾丸が駆け出した

 

「「は?」」 

 

 美遊とルヴィアは同時にそんな気の抜けるような声を出した。

 

 --人の動きじゃ……ない!

 

 瞬きした時には既に低く飛び出した綺礼はバーサーカーの目の前まで迫っていた。

 そのスピードはセイバーにも見劣りしない。人の限界を超えた境地のもの

 

「---■■■!!」

 

 狂戦士が吼える。

 声ではない。野生の王が放つような、そんなものだ。

 

「ほんとに徒手空拳で!?」

 

 驚くルヴィア

 そんな声が届く訳もなくバーサーカーの丸太の如き腕が横から綺礼の上半身を凪払わんと振られる

 

「……!」

 

 思わず目をそらす。無理だ。あんな重い一撃を受け止められるはずがない。

 目の前にあるであろう綺礼の死体を覚悟してその目を開く

 

「……そんな!」

 

 目を見開く。

 綺礼は死んでなどいなかった。 それどころか……

 

「この程度でバーサーカーを名乗ろうなど思い上がっているのではないかな? 狂戦士」

 

 それどころか薄ら笑いすら浮かべている。

 上げられた膝と下ろされた腕に阻まれる大木、バーサーカーの一撃は全身でその腕程度しかないはずの綺礼の防御によって完全に動きを封じられていた。 

 

「なんですのあの化け物……」

 

「散るわ! ルヴィアはこっち、美遊は上に!」

 

 凛から声がかかる。 

 それによって呆けて力が抜けていた身体に意識が戻った。

 空に足場を作るイメージで美遊が空に登り始めるとルヴィアも同様に動きはじめる。

 

「すごい……!」

 

 空へ、そして上から見ると綺礼とバーサーカーの戦闘はその激しさを増していた。

 

 

「--■■!!」

 

「--!!」

 

 殴る、蹴る、ただの醜い暴力だ。

 そのはずなのに目の前で繰り広げられるそれは何か壮大な芸術のように見えた。

 全てを飲み込むバーサーカーが台風なら、綺礼はまさしく鋭く渦巻く竜巻だろう。

 綺礼は自分のリーチが届くギリギリの範囲内で超速移動を続けバーサーカーの攻撃を紙一重のところでかわしつづける。

 そうして間隙を縫って研ぎ澄まされたその一撃を何度もバーサーカーの身体に叩き込む

 

「ふっ!」

 

 残像かと思わせる動きで綺礼の身体が消えた、かと思うとバーサーカーの下から現れ至近距離で正拳を繰り出す。

 時には横から身体ごと接触し衝撃を与えなお次の手を繰り出す。

 正に乱舞。荒れ狂う怪物に綺礼は正面から対峙していた。 

 

「八極拳……!」

 

 あまりの速さに見逃しそうになるがその型は美遊は知識だけではあるが知っていた。

 

 中国発祥の接近戦特化型武術、決して珍しい物ではないが使う者が者ならばそれは絶対の威力を持つ。

 最初のスタートダッシュで極限までの瞬発力を見せ、今もバーサーカーの攻撃を急激な体制動と重心の急展開で回避し続けるという桁外れのポテンシャルを見せる綺礼にとってそれは正に天の与えた絶対の武器

  

「ぐおぁぁ!!」

 

 闇雲に振り出される拳をフルスピードのままスウェーの体制で膝から上を全て水平に倒してかわすという荒技、そしてあろうことか綺礼はその反動を生かし真っ直ぐにバーサーカーの正中を撃ち抜く。

 常人なら最初の身体移動に耐えきれずそのまま頭を打って気絶、仮にこなせたとしてもそこから体制を戻そうとすれば膝が砕け散るだろう。

 今の流れ一度だけでも人間の体は確実に機能不全を起こす。そんな動きをもう綺礼は数十度に渡り繰り返し未だに動きは衰えない。

 

「■■!!」

 

「おおお!!!」

 

 初めてバーサーカーの身体が揺らぐ、それを好機と見た綺礼のかさらにスピードを上げてその懐に飛び込む

 

 今度こそ目に見えぬ連打、無防備になった上体をコンマ数秒につき凡そ10という爆発的瞬発力。

 

「なっ!?」

 

 完全なる手応え、それは美遊も感じた。それだからこそ綺礼の驚愕が理解できた。

 

 確かに揺らぎはした。しかしそれだけだ。摩擦からか白煙を挙げるバーサーカーの身体だが傷は見当たらない。

 

「……!」

 

「危ない!」

 

 

 先程の綺礼の動きの焼き直しが起こっている。ぐらつき倒れかかるバーサーカーだがそこから近寄った綺礼に右腕を振り抜く。

 美遊が叫ぶのとほぼ同時に綺礼も動く。

 体勢が悪い。そう判断したのか綺麗が選択したのは脚による防御。無理やり上体を下げ手をつくとカポエイラの要領で身体ごと脚を振り回す。

 ぶつかり合う脚と腕、通常なら勝つのは脚だ。

 

「ぬおっ……!」

 

 しかし今まで綺礼が立ち回れていたのはその攻撃をまともに受けることがなかったからであり、パワーのみなら純然たる差がある。

 そのまま弾き飛ばされると綺礼は駒のように回転しながら10m吹き飛び金網に叩きつけられた。

 

「ゴフッ……!」

 

「綺礼さん!」

 

 魔力で固めた空を蹴って彼の元へ向かおうとする、がそれは綺礼の目に制せられた。

 

 --来るな!

 

 口から血を滴らせながら睨みつけるその迫力に美遊は空中に留まらざるをえなかった。

 

 その間にもバーサーカーはその巨体からは想像つかぬ猛スピードで綺礼という獲物を仕留めんとしている。

 

「だーー!」

 

「ええ、綺礼よくやったわ。予想以上の時間稼ぎ、ほめてあげる。」

 

 その時、無数の宝石が輝いた。

 

「--■■!?」

 

 バーサーカーの咆哮に困惑が混じる。

 それもそのはず。バーサーカーの周りだけ重力の桁がおかしくなっていた。

 

「大丈夫綺礼? ごめんねー、このバカお嬢様が手間取っちゃって」

 

 左からは凛が

 

「むむ……今回ばかりは認めざるを得ませんわ。申し訳ございません、ミスターコトミネ。 貴方は本国にも勝るもののいない紳士ですわ」

 

 右からはルヴィアが

 

「さあやっちゃいなさい美遊、これで詰めよ!」

 

 2人が綺礼に肩を貸す。

 

 --後は私が!

 

「行くよサファイア!--限定召喚(インクルード) ランサー!!」

 

 赤い魔槍、ゲイ・ボルクが美遊の手に握られる。

 相手は無防備、この一撃で命を貫く!

 

刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルク)!!」

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 




どうもです!

綺麗な麻婆最高です。本日はこれにつきますね。強すぎるという意見あるかもですが凛ちゃんが有能だったことに……因みにこの綺礼は10年サボってないので本編のどの綺礼よりも強いです。

それではまた!評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお願いします!

いよいよ無印最終章、期待してくるかたは是非是非!
今は特に評価ほしいのでよろしかったら!


セイバーさんがゴッドハンド知らないのはオルタ時は蘇生の暇もなかったのでただむちゃくちゃ打たれ強いなくらいにしか思わなかったから、ということで補完してもらえると助かります


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第11話 それぞれの決断

あと3話か4話か……それよりも少ないか。

あっという間にここまできました。


 かの槍は、貫けば30の棘となり心臓を破壊する。かの槍は、どんな守りも貫通する。かの槍に付けられた傷は治らない。

 これはゲイボルクの逸話のほんの一部分だ。

 他にも様々な逸話が存在するがそれらを全て要約すれば簡単な結論がでる。

 そう、【ゲイボルクに貫かれた相手は死ぬ】

 それは例え相手が神話の世界の人間だろうと変わることはない。

 美遊の言葉とともにその実力を遺憾なく発揮したその槍は、鍛え抜かれたバーサーカーの身体、そしてその奥の心臓を容易く貫いた。

 

「--■■」

 

 狂戦士が膝から崩れ落ちる。

 胸から鮮血を迸らせ、口からも滝のように大量の血が零れる。

 その背中に乗り槍を突き立てる美遊の姿は正に神代の英雄そのものであった。

 

「サファイア……」

 

「心臓、及び生体活動の停止を確認。お疲れ様です美遊様。私達の勝利です」

 

 サファイアの言葉に大きく息を吐く。

 とんでもない怪物だったがこれで全てが終わった。

 これで……イリヤが戦う必要はもうない

 

 喜ぶ凛とルヴィアの姿が下に見える。

 それで終わりを実感した。 

 

 --さて、そろそろ降りないと……!?

 

 気がついた。

 何かがおかしいと。

 なら何がおかしいのか? そうだ、サファイアは確かにこの狂戦士が死んだと言わなかったか。それならば、なぜこの黒山のような身体は実体を保っている?

 

「……!」

 

 その顔が見える。光を失っていたはずの瞳は再び赤い狂気を取り戻していた。

 

「グッ……!」

 

 気付けば身体が横へと空中をスライドしている。

 何をされたのかわからなかったが視界の隅にバーサーカーを捉えたことで合点が言った。

 ただ闇雲に、背中にある異物を嫌がって後ろに腕を振るっただけ。

 だというのにその威力は今まで戦ってきたどの英霊をも越える。

 

「まずい……!」

 

 目をなんとか逆に動かすとよりによって向かっているのは屋上の入り口、必然的にこの屋上で唯一クッションがないところへと向かっていた。

 

 --死ぬ--!

 

 このままではそうなる。物理保護が間に合うかどうか、いや、そもそも間に合ったとして相殺がどうなのか--違う、希望などない。

 

「--!」

 

 本能的な防御反応か、美遊はとにかく手で頭を覆う。

 身体は緩やかに回転している。

 頭を守れても左半身が潰れるか、それとも背骨が吹き飛ぶか、その2択しかなかったがもう身体を自分の意識で動かす余裕はないし、他にやりようもない。

 

「……あれ?」

 

 目をつむった。

 しかしいつになっても予想していた鋭い痛みは襲ってこない。

 

 --止まってる?

 

 恐る恐る目を開ける

 止まっていた。視界に先ほどまでのぶれはなくしっかりと見える。

 そこでようやく感覚が元に戻ったのか自分の身体が誰かによって支えられていることに気がついた。

 

「綺礼さん……? --!?」

 

 礼もそこそこに顔を真っ赤にした美遊は暴れ始めた。

 それもそのはず、いつの間にか移動してきた綺礼が美遊の身体を受け止めた……まではいい。のだが問題はその姿勢だ。

 

「だから油断するなと言ったの--どうした? そんなに降りたいのか?」

 

「当たり前です……! これは--」

 

 --お姫様抱っこなんてされたことない!

 

 お年頃の女子の憧れを一心に集めるあれだった。

 

「はあ……そんなことを意識していたのか。ほれ、立てるか?」

 

「あ、ありがとう……」

 

 これ見よがしにため息をつく綺礼から身体を隠すように丸まり後ずさる。

 確かに憧れとは言ったがそれはあくまで一般的な話だ。少なくともかなり精神的に大人びている美遊にとってそれは羞恥の対象であった。

 

「--」

 

 相手も問題だ。感謝はしているがそういう意味は全くない。

 

「まあいい。しかしこれはかなり苦しいぞ」

 

「え……?」

 

 何もなかったようにそう言う綺礼の視線の方向を見る。

 その先でバーサーカーが猛り、凛とルヴィアが跳ね回っている。

 その狂戦士は無傷

 

「どうして……!」

 

「お前の槍は確実に息の根を止めていた。奴は蘇ったのだ」

 

「まさか--」

 

 困惑する頭に一つの答えが浮かぶ。

 ヘラクレスの逸話、それを辿れば簡単に行き着く最悪の答え。

 

「確証はないがまず間違いないだろう。ヘラクレスは生前12の試練を乗り越えた。 それもどれも命懸けのものを。それが奴の宝具、蘇生魔術の重ねがけ。恐らく奴は12ど殺さねば死なん」

 

 絶望的な答えが神父から紡がれる。

 いくら狂化しているからといって宝具を使わなかったのを可笑しいとは思っていた。

 しかしそんなことはなかった。バーサーカーの宝具は12の命なのだから

 

「撤退だな」

 

「そんな!?」

 

「私達の戦力であれをあと11回打倒すると言うのは無理な話だ。私の身体も持たぬし、

凛も宝石が足りまい。現状は間違いなく詰んでいる」

 

 2,3秒思案すると綺礼は冷静にそう判断を下した。

 美遊は反論しようとするが完全な正論に黙るしかなかった。

 綺礼の分析はどうしようもないほどに正しい。

 

「またやるなら戦力を補強してだ。一度は打倒出来たのだしどの程度かは分かった。 それからでも悪くはあるまい」

 

「戦力を補強--」

 

 

 そのまま綺礼は冷静に判断を下した。

 その時、美遊の頭に浮かんだのはイリヤだった。

 

「だめです!」

 

「……どうした? それがわからないほど君は子供ではあるまい」

 

「けど……!」

 

 突然の大声に綺礼も驚く。

 しかし美遊とてここで退くわけにはいかないのだ。

 

 --ここで撤退したら今度はイリヤが呼ばれる……それはだめ!

 

 そんなことになればイリヤがまた傷ついてしまう。

 それは今の美遊にとって最も恐れるべき事態であり、許せないことだった。

 

「……だめだ。なんの理由があるのか知らんがそれ以外に道はない。 私とて関わってしまった以上見殺しにするわけにはいかん」

 

 しかし綺礼は美遊の叫びにも首を縦に振らなかった。

 その判断が正しいものだと分かっているからこそ美遊はそれ以上なにも言えなかった。

 

「凛、撤退だ!」

 

「……! 仕方ないか……!」

 

 いつも負けん気が異様に強く、退くことなど知らないという体の凛とルヴィアが悔しそうに唇を噛んでいるとはいえ文句の一つも言わず大人しくその声に従っていることがその何よりの証明していた。

 

「食らいなさい!」

 

 階段へと駆け込む直前、これで最後とルヴィアが宝石を数個投げ込む。

 バーサーカーに直撃する前に砕けたそれは屋上に幾つもの火柱を上げバーサーカーを飲み込む。

 

「走りますわよ! これで少しは時間を作れるはずです!」

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

「ここらへんで、大丈夫よね……」

 

「あの巨体ではここまで入るのは難しいはず、ビルを壊しながらと考えるとそれなりに時間はあるはずですわ」

 

 階段を駆け下り廊下をビルの中心まで一息で駆け抜けた。

 少し大きめの会議室とおぼしき部屋に辿り着いた4人はそこでようやく一息ついた。

 

「そうだとしてもあまりのんびりとはしていられん。あの怪物ならばこのコンクリートの塊も雑木林をかきわけるような勢いで進んでくるだろう」

 

 普段ならジョークにもならないような綺礼の言葉は紛れもない真実

 それがより一層場の空気を重くしていた。

 

「これはもうセイバーもイリヤも動員しなきゃ無理ね……どうやっても火力が足りない」

 

「ですわね……特にイリヤスフィールを引っぱり出すのは気が進まないですがこれではもう致し方ないですわ」

 

「……!」

 

「美遊様……」

 

 サファイアを握る手に力がこもる。

 反論ができない。ここで我を貫けば間違いなく4人全員が死ぬ。

 それはもう分かっている。

 

 --けど!

 

 それでも割り切ることは出来なかった。イリヤスフィールが巻き込まれるのは何としても……

 

「やってみよう……」

 

「美遊様?」

 

「サファイア、静かに……」

 

「……」

 

 美遊はここで覚悟を決めた。 

 

 

 

「しかしそんなこと!」

 

「騒がないで……! 例えあなたがいなかろうが私は一人でも残る。 サファイア、後はあなた次第」    

 

「……」

 

 

 

 

「サファイア、お願い」

 

「分かりました。 皆様、私の近くへ」

 

 4人がサファイアを中心に集まる

 

「限定次元反射廊形成--鏡界回廊を一部反転--虚数軸を計測変数から排除--中心座標固定半径2mで反射廊を形成」

 

 サファイアの詠唱により床に魔法陣が形成される。

 バーサーカーの気配は未だない。

 そこでようやく空気が弛緩する。後は動かなければとりあえずこの場はなんとかなる。それが分かったから。

 

 その中で美遊は1人そこから外へ出た。

 

離界(ジャンプ)--」

 

「美--!」

 

 いち早く気付いたルヴィアが立ち上がろうするも既に遅い。

 その伸ばす手は届かず美遊以外は元の世界へと送り返された。

 

 

 

 

 

 

「……なんでですか、綺礼さん?」

 

「なに、みすみす死のうという人間を見殺しにするのはポリシーに反するのでな。 何せこの身は神に仕えるのも兼ねている」

 

 はずだった。

 気配を感じ振り向くといつの間にか魔法陣から出ていた綺礼が彼女の5m後ろに立っていた。

 

「それに全くの無策と言うわけでもないのだろう? 内緒話はもっと慎重に行うがいい」

 

「今後の参考にさせてもらいます」

 

「凛に比べれば物分かりが言いようでなによりだ。そのままその手段とやらも教えてほしいが……」

 

 またよく響く足音を立てて綺礼が美遊の横に並ぶ

 

「生憎そんな時間は無さそうだな。美遊、何秒いる? そう長くは保たんぞ」

 

「--■■!!」

 

 それと時を同じくして20m先の壁の向こうが壊れる。自らが暴れる場所を確保しバーサーカーが再びその姿を表そうとしていた。

 

「……いいんですか?」

 

「無論だ。 元々私の仕事は時間稼ぎなのだからな。 その役目を果たそう」

 

 最後の問いにも綺礼は顔色一つ変えない。

 それで巻き込むことに僅かながら残っていた罪悪感や躊躇いが美遊の中から消えた

 

「45秒……長くても60秒。後はどうにかします」

 

「ほう、随分と短いのだな。分かった、任されよう--ああ、最後に一つだけ聞いておくことがあった」

 

「……? なんですか?」

 

 この期に及んで彼からの言葉があると思っていなかった美遊は聞き返す

 

 

 

 

「いやな、時間を稼ぐのは構わんが--あれを倒してしまっても文句はないのだろう?」

 

 

 

 

 

 ボロボロの祭服に至る所から出血、加えて疲労の色は隠せないがその立ち姿には揺らぎなし。

 綺礼は半分だけ振り返るとそう言ってのけた

 

「え--」

 

 美遊は思わず言葉を失う、と同時に笑ってしまった

 まさかこの男がそんなことを言えるとは思いもしなかったのだ

 

「……はい! よろしくお願いします。綺礼さん」

 

 何も言わずに綺礼が駆け出す。

 それと同時に美遊は片膝を付き目を閉じて集中する。

 ここから既に彼の命を懸けた時間稼ぎのカウントダウンは始まっている。一秒たりとも無駄にはできない。

 

「--美遊様……」

 

 出来るかどうかはわからない。だがやるしかないし自信もある。

 

 美遊は3日前の事を思い出していた。

 

 セイバーとランサーと化したイリヤの死闘の後、凛、ルヴィアと共に闘った黒い弓兵のことを 

 

 その高い戦闘技術は愚直に鍛えあげられた末のもの、セイバーやランサーのように華やかな才のあるものではない。

 そしてその心はさざ波一つ立たぬ水面のごとく平面。

 しかしそれがどうした、その程度の技術を持つ英雄はいくらでもいる。

 目に思い浮かべるべきはそんなものではない。

 

「--」

 

 今考えて見ればあの時から気に掛かっていたのだ

 ルヴィアと凛の宝石によって弾かれた剣が何度も何度もいつの間にかその手に握られていること。

 そして……必中の槍に貫かれ消えるその瞬間、最後に黒いもやが晴れて見えたその瞳

 

「あれは……」

 

 美遊は夢でその瞳を思い出すたびに何度も跳び起きたものだ。

 それは彼女が何度もなく助けられてきた人の目に似ているから、それそのものだったから。

 

 そのカードを取り出しサファイアを突き立てる。

 やり方はだいたいだがわかる。イリヤのその姿を見たことで理論的には何をしたのか掴んでいる。

 しかし……リスクは大きい。何があったのかは定かではないがイリヤは完全に我を忘れ暴走したのだ。自分がそうならない保証はどこにもない。

 

 --でも、やるしかない

 

「美遊様!? これは……!」

 

「クラスカードの本当の力、それは英霊の武器を具現化することではなくその姿、能力、全てをこの世に呼び起こすこと。そんなこと普通は出来ないけどサファイアの魔力があればいける……!」

 

 巻き起こる風は濃密な魔力に満ちている。

 これだけの魔力を一心に集めるなど身体が保つわけもない。

 

「告げる--汝の身は我が元に。我が命運は汝の剣に--」

 

 これが他のクラスカードなら、どんな状況であろうともこんなリスクは背負わないだろう。

 だが、このカード、アーチャーならば試す価値がある

 

「美遊様いけません! これは!」

 

 察知したのかサファイアが制止の言葉を叫ぶ。

 でも聞けない。それが正解だと分かっていてもそんなことは関係ない。

 

 美遊の目の前で綺礼も踏ん張っていたがそれも限界に近いのは目に見えていた。

 

「聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うなら答えよ--」

 

 イリヤを守る。

 そのためにはもうこれしかない。

 

「誓いをここに--我は常世全ての善となるもの、我は常世全ての悪を敷くもの--」

 

 飲みのまれそうになる。

 私の中が染められる。それに流されてはいけない。

 思い出せ、彼の最後に見せた瞳を、安心したように笑った口元を

 

「汝、三大の言霊を纏う七天--抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!夢幻召喚(インストール)!アーチャー!!」

 

 頭の中を飲み込もうとしていたアーチャーの黒いもやが解けていく。

 

 ーー……さん!

 

 ……笑った彼の顔が最後に見えた気がした

 

「美遊様……これは……」

 

「……喋れるの?」

 

「ええ」

 

 手に持つ双刀、どんな原理かは分からないがその両方からサファイアの声が聞こえる。

 その刀はアーチャーのものだ。

 

「この魔力は……」

 

「時間がない、急いで決めるよ。サファイア」

 

 飛ぶ。力など入れていないのに今までより速く、軽く。

 ギリギリの所で踏ん張る綺礼とバーサーカーの間に割り込みその肉体を切り裂く。

 

「--■■!?」

 

「バカな!? 英霊の能力を外見とともに完全にトレースしただと!?」

 

 驚愕と困惑の声はどちらからもあげられたもの。

 

「綺礼さん、ありがとうございます。 ちょうど45秒です……後は任せてください」

 

「……まあ良いだろう。お陰で首の皮一枚繋がったようだ。任せ--」

 

 精根尽き果てたのか綺礼は最後まで喋りきることなく気を失い倒れる。

 

 --ここからは、私の仕事だ

 

 バーサーカーが美遊を睨み付ける。

 獲物を完全に切り換えたその殺意が美遊へと叩きつけられる。

 

 だがそんなものはもう怖くない。

 

「--ふうっ」

 

 頭の中で引き金を引く感覚。

 彼も同じような感覚を持ってスイッチを入れていたのかもしれない

 

 そして、懐かしい響きと共に初めて自分がその言葉を口にした。

 

「--投影……開始(トレース・オン)

 

 赤い外套が風に揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

「セイバーさん」

 

「イリヤスフィール……どうしたのですか?」

 

「……行こう」

 

「……宜しいのですか? また傷つくかもしれませんよ?」

 

「いい。 それよりも大切なものがあるから」

 

「大切なものとは」

 

「私と美遊は--友達だから」

 

「分かりました。 参りましょう、イリヤスフィール」

 

「ありがとう、セイバーさん」

 

 

 

 

 




反省はしてますが後悔はしてません。

麻婆祭りが連続してしまいました笑

無印編は本当に詰めの段階ですね。

それではまた!

評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお願いします!!


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第12話 友達

通算UA40000超えてた……感謝です。
あと3話で無印編完結します。



 少女が覚悟を決めたのは美遊が同じように覚悟を決める少し前の事だった。

 そして、それを受け止めるのはかつて王として様々な覚悟を見てきた翡翠色の瞳。   

 

「宜しいのですね。イリヤスフィール」

 

「うん」

 

 

-----

 

 

 そこから遡ること数分、時刻は夜の8時過ぎ。凛達が最後のクラスカード回収へ向かったのがだいたい1時間半前だからそろそろ決着が付いてもおかしくはない。

 

 --無事でいるといいのですが……

 

 テレビの右上隅に出る時間の進み方が異様に遅く感じる。セラが食器を洗うカチャカチャという音をBGMに見ていたのですが、そこに移るバラエティー番組、とやらの内容は元々あまり興味があるというわけではないこともあっていつも以上に全く頭に入ってこなかった。

 

 

「セイバーもうちょっと大人しくしてー このソファーだけ地震みたいー」

 

「え? あ、申し訳ありませんリズ」

 

「んー、はいチョコ」

 

 いつの間にか激しく貧乏ゆすりをしていたことに気づき顔が赤くなっていることを感じながら謝罪すると口元にチョコレートを突っ込まれる。ご飯は食べたばかりなのですがおいしい。

 

「で、なんか悩みでもあるのー? ずーっとだけど」

 

「うーん……まああるようなないような」

 

 --言えるわけがないですよね……

 

 適当に濁しながら頭の中で苦笑する。

 正直なところ悩み以外ないのですが……相談となると話は別だ。

 

「--」

 

 20分ほど前にアイリスフィールが通っていったリビングのドアのほうを見る。

 イリヤスフィールの状況は変わっていない。相変わらず目に見えていて塞ぎ込んでいる。

 アイリスフィールはなにを考えたのか彼女の前には姿を表さず風呂へと向かったのを確認して自分もタオルを持って出ていきましたが……まあ二人きりで話すと言うことを考えると風呂は最適ですし色々と考えがあるのでしょう。 

 

 そんなこと出来ないと分かっているがもう一度テレビに集中しようと試みる。

 この時間は、なにもできないことが余計に神経を削る。

 それはたとえどんな時でも先頭に立ち戦うことを求められてきた私にとって初めての経験であり、同時に耐え難いじれったさを与えるものだった。

 

「あ~、イリヤだ~」

 

「--? 分かるのですかリズ?」

 

「うん~今の足音はイリヤのだから」

 

 お菓子に没頭していたリズが突然顔を上げると今私が一番敏感になっている言葉を口にする。

 私にはなにも聞こえなかったし、全く分からなかったがリズがそう言うのならそうなのだろう。

 

 するとその直前にパタパタと階段を上る音、今度は私にも聞こえた。

 

「そのようですね、流石ですねリズお姉さんは」

 

「多分直ぐに降りてくる。この音のイリヤは急いでるときだから」

 

 賛辞の言葉を述べるとリズはふふん、とどや顔をして更に詳しい考察を私に語った。

 

 --急ぎ……この時間に何かあるのでしょうか? いえ、そもそも外出などセラが許すはずがないのですが

 

 その言葉に違和感を感じた。

 何日か過ごして分かったことだがセラはかなり良いお母さん役だ、ただの家政婦ではない。

 それもかなり過保護なタイプのお母さんである。

 シロウに関しては高校生と言うこともありある程度放任しているようであるがイリヤスフィールは別だ。

 絶対にリスクは踏ませない。夜間の外出なんてもってのほかだ。

 

「セイバーさん!」

 

 そんなことを考えているとドアが開き、随分久しぶりに聞いたような気がする声が聞こえてきた。

 

「それじゃあ私達はどっか行ってるね~ お二人さん、ファイト」

 

 それを見ると私に向けてグーサインをしてリズが席を立つ……それも洗い物をしていたセラをいきなり後ろから引っ張ってだ。

 

「ちょっ!? リズ、何をするのです! まだ洗い物が--」

 

「はいはーい、セラも少しは空気読んでねー」

 

「何を言って--」

 

 そんな風にいいあいをしながら2人は廊下へと消える。

 そしてリビングにのこったのは私とイリヤスフィールだけになった。

 

「どうしたのですか? イリヤスフィール」

 

 目に、光が戻っている。

 ここ数日のそれとは明らかに別人な彼女に問い掛ける。

 

 --まあだいたい分かってはいるのですが。アイリスフィールはどんな魔法を使ったのやら

 

 その頭の上をくるくるとルビーが回っているのを見ればだいたい分かる。

 やはり母親と言うものは偉大だ。完全に立ち直ったように見える。

 だからこそその決意をきちんと確認しなければならない。

 中途半端なものならば止める、それが美遊と約束した以上の責務だ。

 

「いこう」

 

 主語やらなにやら抜けているがまあ間違いないだろう。

 それを受け入れるかどうかはまた別の話ですが。

 

「いいのですか? また傷つくかもしれませんよ--そして貴女が傷つくことで傷つく人もいる、私だってそうです」

 

 嘘はつかない。まっすぐに目を合わせて話す。

 本当にその決断は覚悟があるのかと。

 投げ出すことは許されないのだと。

 

「いい。私には--もっと大切なものがあるから」

 

 その問いに、イリヤスフィールは視線を逸らすことなくしっかりとそう答えた。

 今まで見てきた普通の少女のものとは違う。どちらかといえば戦士のそれに近いものだ。

 

「大切なものとは」

 

 昔数多く見てきた今の彼女と同じような目をした少年志願兵をなんとなく思い出した。

 そう、彼等も今のイリヤスフィールと同じようなことを言って私の前に立った。

 そしてこの私の問いも同じ、そのすべてに問うてきたものだ。

 

「私と美遊は--友達だから」

 

「--」

 

 --合格、ですね。

 

 私の中で結論は出た。

 今のイリヤスフィールなら大丈夫だ。

 美遊には怒られるかも知れませんがそれはまあ致し方ないでしょう。

 

「分かりました。参りましょう、イリヤスフィール」

 

「ありがとう、セイバーさん」

 

 部屋を出て廊下を通り玄関へ向かう。

 先にイリヤスフィールは外にでたが私は靴を履くと一度後ろを振り向く。

 

「よろしいのですね? アイリスフィール」

 

「ええ、イリヤをお願いねセイバー」

 

 いつものように微笑みを携えたアイリスフィールが廊下の真ん中に立っていた。

 彼女の表情からはその真意は読み取れない。

 しかしその言葉には真実と思える響きがあった。

 

「分かりました。貴女には縁もある。騎士の誓いに賭けて彼女を守ることを誓いましょう」

 

「ありがとう……貴女がいるならあの娘も前に進めるはずだから--武運を」

 

 

 

 

 

-----

 

「セイバーさんはやーい。ルビー私もあんなのできるかな?」

 

「出来ることは出来ますけともうちょっと人工感でちゃいますよ~ あれもう水の方から避けてるじゃないですか」

 

「この身は湖の精霊の加護を得ていますから」

 

 凛達の気配を感じる方向へ向かって全力で未遠川の中心を走る。

 距離もそうだが武装した私の格好を考えるとなるべく人目につかない方が好ましい。

 イリヤスフィールは空を飛べるのでどこでも大丈夫、となればここを突っ切るのが一番だと判断できた。

 

「--」

 

 真上を飛ぶイリヤスフィールはあくまで見る限りだが以前の状態に近いように見える。

 なにか吹っ切れた、というのが適切だろうか。

 

「ここか!」

 

 直角に曲がり川をでて一息に洪水を防ぐ防護壁を飛び越える。

 予想に反して目に見えるビル群は薄暗い。新都の賑わいから少し離れて寂れた地域、その一角のビルが目的地だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「--まだ勝負はついていないようですね」

 

 ひび割れ今にも壊れそうな階段を駆け上り歪みの発信源まで辿り着く。

 未だ歪みは健在。それはこの中の主が健在であることも同時に意味する。

 

「イリヤスフィール、最後に確認しておきます」

 

 突入する前にイリヤスフィールに向かい合う。

 

「この中は恐らく死地だ。命賭けです。更に相手は最強の大英雄、加えて私は万全には程遠い。誰も貴女を守れない。その意味を、本当に分かっていますか?」

 

 もう一度現実を突きつける。尻込みするのならそれでいい。それは恥じるべきことではないのだから。

 何よりも困るのは準備も出来ていないのに中途半端に飛び込むることだ。

 

「--そりゃ死ぬのは怖いよ、セイバーさん。それに痛いのだっていや」

 

 イリヤスフィールが少し視線を下に落としてぽつりぽつりと語り出す。

 ルビーを握る手は強く、そして震えている。耐えられないような恐怖に襲われていることが傍目にもよくわかった。

 

 いざその場面を目前にしたからこそ実感する恐怖。

 それを乗り越えられないようなら例え何を言おうとも彼女は置いていく覚悟だ。

 

「でもね--」

 

 顔があがる。

 そこにほんの数秒前まで残っていた怯えは消えていた。

 

「守りたいものを守れない、守ろうとしないことほど辛いことはないと思うんだ。 美遊は私の友達。だから絶対、何があっても守らないと」

 

 芯の通ったしっかりとした声でイリヤスフィールは言い切った。

 そしてそれを見て、私の心にも来るものがあった。

 

 --ああ、私も彼女もなにも変わらないのですね。

 

 失意の中で私が見つけたもの。イリヤスフィールはそれを何か失う前に既に分かっている。

 それなら私がやることは1つだ。もうお節介はいらない。

 

「分かりました--では行きましょう」

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

「これは……」

 

 壊滅した屋上、どれだけの戦闘が行われたのか原型はない。

 というよりも半分ほどなくなっている。

 そして、そこにはバーサーカーも美遊も誰の姿もなかった。

 

「ルビー」

 

「下でだいぶ強烈な反応がありますね。恐らくバーサーカーとやらと誰かでしょう。 ただ--」

 

「--? どうしたの?」

 

「生態反応の数がおかしいんですよね~ サファイアちゃんは別としても3つしかないですよこれ~」

 

「3つ!?」

 

 アンテナを生やしたルビーが困ったように言うとイリヤスフィールが驚く。

 当たり前だ、少なくともこちらは5人参戦したはずなのだ。なのに反応が3つしかないということは--

 

「残りは死んだ、ということですか?」

 

「それは分かりませんね~ ただ最悪のパターンもあるということです」

 

「早く行こう! ルビーだいたい何階くらいかわかる!?」

 

「ちょっと待ってくださいよ--あれ……」

 

「どうかしましたか?」

 

 ルビーが見る見る青ざめていく。

 その姿に、何か嫌な予感を感じた。

 

「まずい……イリヤさん! セイバーさんを抱えて飛んでください! 早く!」

 

「わ、分かった! セイバーさん!」

 

「はい!」

 

 何時もとは全く違うルビーの逼迫した声。

 ただならぬものを感じたのかイリヤスフィールはそんないきなりの要請に疑問一つ投げることなく迅速に私を掴んで空へと飛ぶ。

 そうしてその直後、ルビーを焦らせていたものの正体が現れた。

 

 

 

 

海開きせる三つの嵐鉾(トリアイナ)!!!」

 

「--■■■!!!?」

 

 今まで立っていた場所が完全に崩壊した。

 そこから数秒、私の目に飛び込んできたのは信じられない光景。

 背中を向け下から真上へと飛ばされてきた黒山、そして比喩ではなく巻き起こる嵐、黒山--バーサーカーを貫く海神ポセイドンが持ったとされる槍、そしてそれを持ち叫ぶ赤い外套

 

 どれもこれもが現実離れしていた。

 

「あああっ!!」

 

「まさか……美遊?」

 

 吼える声で気付いた。

 その姿形は私の知っているサーヴァントのものだ。赤い外套に黒い防具、アーチャーのものだ。

 そして今し方バーサーカーを貫いていた槍が消えたのを見るとあれは投影による模造品だ。

 それもアーチャーのもの。

 

 しかしよく見てみればそれを操っているのは美遊だ。決してアーチャー本人ではない。 

 理屈は分からないが今の美遊はあの時のイリヤスフィールと同様にその姿を英霊としていた。

 

「どういうことルビー!? なんで美遊が!」

 

「私にもわかりかねますよ~! ですがあの時のイリヤさんと違って正気は保っているように見えます!」

 

 そう、違うのはそこだ。

 美遊は暴走などしていない。自分の意志で動いているように見えた。

 

「あと--5つ!!」

 

 再び空中で双剣を投影、回転しながらバーサーカーの上体を切り刻み美遊は叫ぶ。

 その言葉が正しいのなら彼女はここまであの狂戦士を実に7度殺したことになる。

 

「--■!」

 

 命を失い生気を失っていたバーサーカーの身体が再び動きを取り戻す。

 今までされるがままに弾かれていた身体が再び下へと落ち始める。

 

「くっ--!!」

 

 舌打ちするがもう遅い。

 バーサーカーに掴まれた美遊は上への推進力を失いその巨体とともに自由落下を始め下へと叩きつけられる

 

「美遊!!」

 

「イリヤスフィール!! 私を下に投げてください!!」

 

 形成が逆転した以上急がなければいけない。

 遥か下で上がる土煙。そこをいち早く飛び出した美遊は無事だった。しかし状況が悪い。一度捕らえた相手にそう間合いを与えはしないとバーサーカーもすぐにそれを追う。

 その先に待っているのは必然として接近戦。

 アーチャーの戦闘技術を持つ美遊も相当の実力を見せ耐えているが流石に相手が悪すぎる。

 

「ルビー! 右腕に全力強化!!」

 

「りょーかいです! 行きますよ~--」

 

「そりゃー!!」

 

 察したのか直ぐに力を込めてイリヤスフィールは私を綺麗なオーバースローで下へとぶん投げる。

 

「--風よ!」

 

 不可視の風を解く。

 その姿を顕わにした聖剣に魔力を込めてバーサーカーへと一直線に直撃せんとする勢いで突っ込む--!

 

「解放!」

 

 放たれる魔力の砲撃、私の身体を空中で停滞させるだけの勢いを持って撃ち出されたそれはバーサーカーの左胸を貫く

 

「--■■■!!」

 

 吹き飛ぶ巨体。

 恐らく8度目の死を迎えたバーサーカーは強固なコンクリートの壁を突き破り地面へと落下した。

 

「美遊!」

 

 降り立つと共に美遊へと駆け寄る。

 その身体は傷だらけで息も絶え絶えになっていた。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「あ……セイバーさん……」

 

 私の姿を認めると大丈夫、と美遊は何とか立ち上がる。

 しかし限界が近いのは見えている。

 呼吸は乱れ、必死に気丈な様子を保ってはいるものの膝は笑い満足に立つこともままならない。

 

「どうして貴女がこうなっているのかは聞きませんが……凛とルヴィアゼリッタは?」

 

「2人は強制離脱させました。あと助っ人で来てくれた言峰綺礼という人がいるんですけど彼はバーサーカーと肉弾戦をした疲労が限界に達して上で気絶しています」

 

 一番気になっていたことに対する答えにほっと安堵の息をつく。

 誰も死んでいない、というのはこの状況で期待することを諦めそうになっていた最高の答えだ。感謝しなければなるまい。

 

「分かりました。それでは--」

 

「美遊ー!」

 

 遅れて上からイリヤスフィールが舞い降りる。

 その姿を見て、バーサーカーと対峙してなお揺らがなかった美遊の目に明らかな動揺が見えた。

 

「イリヤ--なんで--!?」

 

 困惑を隠せず美遊が後ろへと下がる。その目に浮かんでいたのは恐怖。

 

「私はイリヤに酷いことを言った……イリヤに助けてもらう資格なんて--」

 

「そんな--資格なんていらない!」

 

 目をそらしながらそのまま後退する美遊をイリヤスフィールがその震える肩を掴む。

 そして--そのまま強く抱き締めた。

 

「私と美遊は友達でしょ? だから美遊は私を守ろうとしてくれたんだし、私も美遊を守りにきた。それに理由なんていらないじゃない……」

 

「イリ……ヤ……」

 

 美遊の体から震えが消えて力が抜ける。

 

 --とりあえずは大丈夫なようですね……ですが……

 

 私の集中は違う方向に向いていた。

 残念ながらこれでハッピーエンドとはならないのだ。

 

「美遊、申し訳ないのですが投影は後何度可能ですか?」

 

「……正直ほとんど余力はありません……あと1度行えば魔力切れです」

 

「1回ですか……」

 

 

 申し訳ないですと頭を下げる美遊の言葉を聞いて頭の中で計算を組み立てる。

 傷は思っていたよりはいい。だが高速での戦闘には耐えられそうもない。

 

「--っ」

 

 歯噛みする。足りない。

 切り札はある。様々な要素もとりあえずながら足りている。そして保険も。

 だがそれでも仕留める為には確実に直撃させることが求められるのだ。

 バーサーカーがただのバカならいいがあれには野生の勘のようなものを感じる。うまく追い込まなければそうそううまくいくとは思えない。

 

「なにか策でもあるんですか~? 今いい雰囲気だったんで言い出しづらかったんですけど結構詰みかかってますからね実際」

 

「ルビー……」

 

 いち早く気付いたのはルビーだった。ふよふよと浮かぶその姿に一つの希望を抱く。

 

「とりあえずですが。今のところ五分五分と言ったところです」

 

「当たれば勝ちですがゲイボルクほど必中ではなく、なおかつ外せばこちらが終わる。 そういうわけですか?」

 

「ええ、ですので何とか動きを止めて貰えればと思うのですが……ルビー、貴女とイリヤスフィールで抑えることは出来ませんか? 見たところ貴女のスペックはまだまだ引き出されていない。無茶とは分かっていますが……」

 

「うーん……」

 

 ルビーが考え込む、しかし導かれた答えは私にとって喜ばしいものではなかった。

 

「無理です。いや、絶対無理という訳でもないですがセイバーさんの言った条件を確実に満たすのは難しいとしか。必中を求められる状況を考えるとイリヤさんの能力を無理やり引っ張っても……」

 

「そうですか……」

 

 それでも中途半端な確率に賭けるのはいい手段とは思えない。

 

 --あるとは思えないですがもう一度ほかの方法を考えるべきか

 

 0とは限らないという可能性に賭けてもう一度一から練り直そう。

 

 そう再び思考の海に意識を集中したとき後ろから声が聞こえた。

 

 

 

 

「なに? いつの間にか人増えちゃってるじゃない。これなら最初っから連れてくれば良かったわね」

 

「ええ、ですがこんなにいるのに随分と困っているようではなくて? ここは私達の助けが必要なのではないでしょうか?」

 

「凛、ルヴィア!? どうやって……」

 

「衛宮君のやったことの真似よ。どうもクラスカードはこの世界と向こうの世界のパスの役割も兼ねているみたいだから」

 

 凛がひらひらとキャスターのクラスカードを振る。

 しかしどうやったかは問題ではなかった。今彼女達がいる、それが全て。

 

「ええ、その通りですルヴィア、2人とも力を貸してください!」

 

 

 

 

 

 

 




どうもです!

そろそろ終わりが見えてきて一安心の作者です。

あともう少しですがお付き合いください。

次回vsバーサーカー決着です。

それではまた! 評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃん待ってます!

突然オリジナル投影したのはまあ……なま暖かい目で見てやってください


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第13話 約束された勝利の剣

お気にいりが900越えるとかいう奇跡。

そして遂に無印編決着です。とにかくスピード感重視、高速のクライマックスを楽しんでもらえれば幸いです!


「--という感じです。皆さん行けますか?」

 

「いや、ちょっと待って。いくらなんでも--ああ……どちらにせよこの状況じゃ信じるしかないわよね」

 

「大した自信ですわね。余程のものだという自負がおありなのでしょうが」

 

「……? 私は大丈夫だけどなんで凛さんとルヴィアさんはぴりぴりしてるの?」

 

「あまり気にしない方がいい」

 

 大体の内容を伝えるとその反応は四者四様だった。

 イリヤスフィールくらい純粋に聞いてくれると楽なのですが……まあそういうわけにもいかないのでしょう。

 

 バーサーカーもそろそろ完全に復活して登ってくるはず。

 それまでに少ないとは言え準備をしておかなければならない。

 

「それじゃあ行きましょうか。とにかく広いところの方が良いのよね」

 

 一番悩んでいた凛が真っ先に腹を決めたと先陣をきる。

 相変わらず肝が座っている。

 

「美遊、少し--」

 

「セイバーさん?」

 

 3人が上に上がって行ったのを見送ってから美遊を呼び止める。

 彼女こそがこの作戦を成功させる最後の鍵となるのだから。

 

「--いけますね」

 

「剣であるなら問題ありません……それよりもセイバーさん、まさか貴女は……」

 

 核心に触れる内容を話したからか美遊は信じられないながらも私の事を察したようだ。

 

「それについてはまた後ほど。今はこの場を何とかしないといけないですから」

 

 敢えて背中を向けて崩落しかかっている階段に足をかける。

 出来ることならば不用意に自分の正体をバラしたくはなかったがこうなってしまった以上仕方がない。この戦いが終われば全てを話すことになるだろう。

 しかしその前にここを乗りきらねればなにも始まらないのだ。

 

 

 

 

 

 

-----

 

「あれ……ここってさっき私たちが離脱したところよね。確かここはビルの中ほどだったと思うけどここから空が見えるってどんだけ激しくやりあったのよ貴女達」

 

「バーサーカーの攻撃は一撃ごとに建物を壊していったので……倒壊するとこちらが危ないと思い上全部を吹き飛ばすことにしました」

 

「まあこの方が好都合ですわね。ミスターコトミネも離脱させましたし気にするものはなにもないですわ」

 

 いつの間にか屋上となっていたフロアにたどり着くと凛が呆れたようにその惨状に驚く。

 そこがかつては屋上でなく次へと進むことが出来るフロアだったことを示すのは端っこにある中途半端なところで折れてさきがなくなっている屋外階段だけだ。

 元々あったのであろう備品やら何やらは全て吹っ飛び、砕けたコンクリート、ガラス片がそこら中に転がっているが他に形あるものは何もない。

 

「ルビー、相手は」

 

「つい先ほど生体反応が戻りました。そろそろくると思いますよ」

 

 上空で構えるイリヤとルビーの言葉で5人の間に張り詰めた空気が流れる。

 私を一番奥にして左右両端に凛とルヴィア、そして上にはイリヤと美遊、これだけの手練れが揃ってもなお勝てる保証がないと言う事実がその緊張をより強くする。

 

「うわ……すごい地響き」

 

「無駄口はなしですわトオサカ……来ますわ」

 

 ビル全体がテンポよく揺れる。

 バーサーカーが登ってきているのだろう。その揺れの大きさに地に転がった残骸が跳ねる。最早地震、その揺れが立っていることすら困難になるまで強くなったとき。

 怪物は再び姿を現した。

 

「---■■■!!!」

 

「--なっ!?」

 

「なんですのこいつは……!」

 

 猛る。

 その姿はいままでの黒い岩山ではない。

 大剣を持ち、所々赤く染まっているバーサーカーのそれは燃え盛る熔岩流を私に想起させた。

 

「戦闘力が桁違い! 恐らくこれが本気狂化です!」

 

 ルビーが全員に向けて警告する。 

 バーサーカーには狂化にランクがありそれを最後まで解けば正に本能のみで向かってくる野獣と化す。

 その代わりその能力は今までを遥かに上回り、十分に難敵だった相手が更に厄介になる。ルビーの警告はその可能性を示唆していた。

 

「ごちゃごちゃ言ってもしょうがない! 行くわよルヴィア!」

 

「言われずとも!」

 

 挟み込むように凛とルヴィアが走り出す。

 それから1テンポ遅れるようにして上から美遊とイリヤが。

 その姿はまるで熊に挑む猟犬のごとく。

 

「--っ!」

 

 一度深く呼吸を入れてからそれに続き飛び込む。

 こちらの限界は最後も考えれば凡そ1分、それまでに詰める、そしてそこまでは耐える。

 

「--■■!!」

 

「はぁぁ!!」

 

 バーサーカーの大剣と真っ向からぶつかり合う。

 やはり力では叶わない。しかし防ぐだけならばしばらくはもつ!

 力づくで押しつぶそうとする相手を受け流すのではなく敢えて正面から押し返す。

 こういう手合いには小細工をかけるだけ無駄だ。そのままに流されてしまう。

 まるで子供の喧嘩、最悪の手段に見えるこれこそが今だけは最良のものとなる。

 

「--■!!」

 

 体格差のある私をしとめきれないことに苛ついているのか

 次第にその攻撃が荒く、大きなものへと変わっていく。

 僅かながらも回していた他への警戒がなくなりその赤い双眸に捉えるのは私だけへと変わるのを感じる。

 

 --ここ!

 

 次の一撃はかわさない。

 そう言うと語弊があるかもしれないが要は相手が手応えを感じ満足する、という状況をつくれば良いのだ。

 

 迫る横殴りの大剣、それを敢えて勢いを相殺しきれない距離まで引きつけてから受ける--そして同時に跳ぶ。

 

「ウァ--ッ!」

 

 間に剣を挟みおまけに自ら飛んだにも関わらず襲い来る横腹を抉り取られるような感覚。

 はっきり言ってとんでもなく痛い。

 

 --でもこれで!

 

「--■■!!!」

 

 吹き飛ぶ私を見て勝利の咆哮を上げる狂戦士。

 この瞬間、その意識、そして身体は完全に無防備。

 ようやく狙っていた状況を作り出すことが出来た。

 

「っ--!」

 

 横に横にと滑る身体を膝ごと地面に付け床を削り煙をあげながらなんとか踏ん張って止める。

 そして息をつく間も忘れて叫んだ

 

「凛! ルヴィア! お願いします!」

 

「「りょーかい(ですわ)!!」」

 

 横からクロスするようにルヴィアと凛が走り込む。

 そうして円を描くように駆け抜けると同時に彼女達の通った道に光り輝く宝石が散らばり、その事実にバーサーカーが気づく前に炸裂した。

 

「--■■!?!?」

 

 ダメージはない。いや、それでいいのだ。

 狙いはバーサーカーではない、その足場を支える床だ。

 

「--■■!!」

 

 宝石によって綺麗に円形に床が抜け困惑しながら落下するバーサーカー、ここにくるまでに下の階の床は全て崩してある。

 ここは7階、実に30mの自由落下は避けられない。

 

「いくよルビー!」

 

「りょーかい! いきますよー!!」

 

 それを確認して皆下へと下りるがその中でも真っ先に飛び出す影。

 イリヤスフィールとルビーは崩落を始めるのと同時かそれよりも早く弾丸のように飛び出すと落下するバーサーカーが地面にたどり着く頃には既にそこにいた。

 そうして構えるルビーは極大の魔力を帯びていた。

 

「イリヤさん、ちょーっと限界越えますよ~!」

 

「おっけー! 思いっきりやっちゃって!」

 

「出力限界突破、供給者からの強制供給開始--いけます!」

 

「全力全開--フォイヤー!!」

 

 反動でイリヤスフィールが後ろへとすっ飛んでいくだけの威力。

 落ちてくるバーサーカーの懐、0距離で放たれる圧縮された極大の魔力砲はその巨体を地面につけることなく真横へと弾き飛ばす。

 

「--■■!!」

 

 されどもそこは最強の大英雄。

 物理法則に従って飛んで行きこそしているものBランク,もしくはAランクにすら手が届きそうな大魔術砲を受けなおダメージは通っていない。

 一度に大量の魔力消費をしたことでその場に崩れたイリヤスフィールに直ぐにでも襲いかからんと手足を開き壁をこすり減速しようとする。

 

「「グレイプリル!!」」

 

 凛とルヴィアの声に合わせてその四肢を絡め取る拘束具。

 魔力を帯びた経典は引きちぎろうと暴れるバーサーカーの筋力さえも抑え込みその身体を完全に術式により束縛する!

 

「流石にこれならとおるわよね……って嘘でしょ!?」

 

 イリヤスフィールに続き全てを出し尽くしガス欠から座り込んだ凛、そしてルヴィアが驚いたようにその目を見開く。

 バーサーカーは狂っている上にそもそもが根っからの戦士だ、魔術に対する対処、解呪のやり方など知っているはずがない。

 だというのにも関わらず今し方その中に抑え込んだはずの菱形の結界には僅か3秒と経たないうちに既にひびが入り、その体の動きを直接封じている経典はところどころちぎれかかっている。

 圧倒的な力を持つはずの封印術式をそれをさらに上回る筋力だけで怪物は打ち破ろうとしていた。

 

「まさかこんな所で……!」

 

 ルヴィアが悔しげに叫ぶ。

 それはそうだろう。作戦はここで終わっていたのだから。

 この術式で動きを封じ、後は美遊と私の最大火力で蹴りをつける。

 しかし当然ながらこんなに早く結界が崩れてしまってはそれは叶わない。

 その上全員がガス欠、もしくは限界スレスレ。

 もう次はないのだ。

 

「美遊!」

 

「分かりました……! 投影開始(トレース・オン)!」

 

 しかし焦ることはない。

 本当にやるとは思っていなかったが私とてその状況に陥る可能性は想定していたのだ。

 保険があると知って万が一でも気が緩み全力を出しきれないなんてことになればここまでたどり着くのすら無理なので狙ってその事実を告げることはなかったが……

 

 まだ作戦は続いている。

 

「--!」

 

 美遊の手に剣が形づくられていく。

 その姿に思わず頼んでおきながらなんなのだが息を呑む。この剣の姿を見るのは一体いつ以来になるのだろうか?

 

 私が最後の切り札として美遊に投影を要請したのは私本来の剣、私が選定の石から引き抜き私を王とし、戦乱のさなかに折れるまでこの身をブリテンを守る最強の者とした伝説の剣。

 

「ーーっ! すいませんセイバーさん。 今の私ではこれが限界です。 外見こそそのまま複製しましたが恐らく中身は半分程度しか……」

 

「それだけあれば十分です! 後は私に任せて!」

 

 魔力を限界まで尽くし転身まで解けた美遊からその剣を受け取る。

 剣はまるで持ち主である私を探していたかのようにこの手に馴染む。

 美遊は半分だと言っていたが本当に十分過ぎるだけの出来と言えた。

 

 そうして時間軸としてはおよそ数百年振りに手にしたその剣の切っ先をバーサーカーへと向ける。

 

「--■■!!」

 

 束縛を引きちぎったバーサーカーが脅威を感じたのか一直線に向かってくる。

 

 だが……もう遅い。

 

 刀身に光が宿る。

 

勝利すべき黄金の剣(カリバーン)!!」

 

 煌びやかな装飾に、王を選定する剣、私を不老にするなどの逸話から武器というよりも儀礼的な側面の方が目立って後生に伝えられているがその威力は私の宝具に勝るとも劣らない。

 

 その輝きがバーサーカーを包み込む。

 

「--■■!!」

 

「ええ、貴方ならそうくると思っていました」

 

 直撃、間違いなく命を複数吹き飛ばした手応えがあった。

 しかしそれでもなおバーサーカーは蘇生した。

 光を抱え込むように数m後ろへと地を削る。

 その体は更に赤く揺らめきその咆哮は天を貫かんとばかりに高く響く。

 

「ですが……本命は此方です」

 

 手にしていた剣が消える。

 やはり良くできていたとはいえ投影は本来の品には及ばない。

 それ故にあの光を受けてもまだバーサーカーは立ち上がれるのだろう

 それならば……本物の聖剣の威力を持って打倒するのみ。

 

「風よ--」

 

 迷いは既にない。もう一度、その封を解く。

 しかし今回は今まで見せなかった奥深くまでだ。

 完全に渦巻く風を取り払う。

 その奥に見えたのは黄金の輝き。

 

「うそ……」

 

「まさかあれは--」

 

「やはりセイバーさんは--」

 

「きれい……」

 

 吹き荒れる風の中その姿を目の当たりにした四人が同じように感嘆の声をあげる。同時にそこにはいったい何故?という困惑も入っている。

 この剣は、あまりにも有名すぎる。信じることは簡単ではないが私が何者であるかを察するには充分すぎるほどに。

 

「手向けだ、大英雄。貴方は私の全力を持って葬ろう」

 

 それでも使うと決めたのだ。そうでなければ勝てないと。

 それは目の前で荒れ狂うこの最強の敵への賛辞の意味もこもっている。

 狂いながらなおその武練は生前の偉功を感じさせるもの。敬意を持って最善を尽くす必要がある。

 

 振り上げた聖剣が輝く。先程のカリバーンをも遥かに上回るそれは私の視界をも光のみに染めていく。

 そして奔流が加速し収束する。その密度はこの世のどんなものをも上回る絶対のもの。

 この聖剣は星によって鍛えられたもの。人の願い、幻想が現実のものとして降臨した人々の夢の結晶でもある。

 ならばここ輝きを手にした者に敗北の二文字は有り得ず勝利は約束される。

 そうしてその真名を口にした。

 

「--約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!」

 

 光に、包まれた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうもです!

いよいよエピローグを残すのみとは……こんなに早いとは思ってなかったです(笑)

エピローグは日常編、もちろんセイバーさん視点でしめようかなと思ってます。

それではまた! 評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!


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epilogue 穏やかな日常

無印編これにて完結。
とんでもなく忙しい2週間でした笑
皆様本当に応援ありがとうございます!


「……っ、朝ですか--」

 

 目が覚めると窓からは光が差し込んでいた。

 段々と夏が近付いているのか、枕元に置いてある時計の針が指し示している時間はまだ5時前だと言うのに窓を空け忘れた部屋の空気はうだるような熱気を持ち、着ている薄手のパジャマはうっすらと汗ばんでいた。

 

 --シャワーを浴びないといけませんね……

 

 流石にこのままでいるのは気持ちが悪い。

 タンスからセラのお下がりである薄い緑のワイシャツと茶色いロングスカートを取り出す。どうもセラとは嗜好というか考え方が合うようでなかなかに気にいっている。

 リズにもらった服もあるのだが露出度が高く恥ずかしい上にどうもバストサイズを求められるものが多いのであまり着こなせずレギンスなどズボン以外は手に取るのも億劫になってしまっている。

 そういうわけで専ら手に取るのはセラのそれだ。

 

「--」

 

 なるべく音を立てないように部屋のドアをゆっくりと開いて閉める。

 流石にこの時間だと起きている人はおらず電気のついていない廊下は薄暗く静かだ。

 そんな廊下を静かに歩いて浴室へ向かう。

 最近はこれが日常になっている。

 

 あれからもう2週間が経っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ、セイバーおはよう。相変わらず早いんだな」

 

「おはようございます、シロウ。朝ご飯の支度ですか?」

 

「ああ、セラとちょっと揉めたけどとりあえず今日は俺だ--全くセラも強情だよな」

 

「それに関してはシロウもセラのことを言えないと思いますが……」

 

 シャワーを浴びて髪をタオルでふきながら再び廊下出ると何か焼ける音と共に美味しそうな匂いが私の鼻腔を刺激する。

 それに釣られてリビングに向かうとそこには制服にエプロン姿といういつもの格好で調理をするシロウの姿があった。

 

 挨拶をするとシロウは笑顔で返してくる。

 この笑顔をみることが私にとって1日の始まりを告げる至福の時間になっていた。

 

「セイバーさんの言うとおりです。強情なのはどちらですか……これで今週の朝食は3回目です。明日は私ですからとらないでくださいよ」

 

「分かった、分かったからそう睨まないでくれよ。せっかくの美人が台無しだぞ」

 

「なっ--!? 貴方は本当にどこでそんなやり口を覚えて--それが祟ってのシスコンですかこの変た--」

 

「おはよう! セラ。朝からゴミ捨てお疲れ様です」

 

「あら、セイバーさんおはようございます。セイバーさんもシロウに何とか言ってくださいよ」

 

「ですからどっちもどっちだと」

 

 そんな穏やかな時間はあっさりと終わりを告げる。

 玄関の扉が開く音がする。パタパタという足音が近づき少し不機嫌そうな顔をしたセラがその顔を見せる。

 

 こんな風に朝食当番をシロウに取られた日のセラはどうも機嫌が悪い。

 話を聞く限りどうもセラはメイドとしての誇りが少しばかり行き過ぎているほどに強く、その仕事の領分にシロウが時折踏み込んでくることに関して否定的なのだ。

 これさえ無ければ女性として文句無し、言うことなしで尊敬出来る方なのですが……まあそう上手くはいかないものですね。その欠点もそう大したものではないですし。

 

「--はあ、分かりました。ですがシロウ、明日は私ですからね。 それをお忘れなきように」

 

 とりあえずは諦めたのかセラが折れる。もちろん最後にビシッと指を指し牽制は忘れない。

 

「りょーかい……それよりもそろそろ皆起こしにいった方がいいんじゃないか?」

 

 シロウもそれを了承しここに和平が成立する。そして壁につけてある時計を見ると朝一番の仕事の到来を告げた。

 

「あら? もうそんな時間ですか。セイバーさん、手伝ってもらってもいいですか? この家の皆さんはどうも朝に弱くて……」

 

「分かりました。私はイリヤスフィールとリズを起こしてくるのでセラはキリツグとアイリスフィールを」

 

 セラの言葉通りこの家の住人は皆朝に弱い。

 自然と起きてくるのは今ここに揃っている3人くらいなのだ。

 そしてそれを起こしにいくのもお決まりなのだがそれも簡単ではない。リズは全く起きないですしイリヤスフィールは寝ぼけて私とシロウを間違えてキスしてくることもある。

 

 --今日は平穏無事に行くでしょうか?

 

 何故か無駄に緊張する朝の一時なのである。

 

 

 

 

 

 

「うう……眠いよー……」

 

「ほらイリヤさん、味噌汁がこぼれますよ。肘をテーブルにつかない!」

 

「あらあら、セラは本当のお母さんみたいね。こんな可愛いお母さんで私はイリヤちゃんが羨ましいわ~」

 

「奥様も茶化さないでください! 旦那様も何とか--」

 

「ん? ああいいじゃないか。僕もセラみたいなお母さんなら大歓迎だ。 ぜひお嫁にほしいね」

 

「キリツグ、ちょっといいかしら?」

 

「ハハハ、待ってくれよアイリ、冗談に決まって--分かった、言い分を全面的に呑もう。 頼むから後ろから出てる黒いオーラを消してくれ!!」

 

「キリツグ、弱い」

 

「--」

 

 --賑やかですね

 

 家庭の朝の食卓とはかくも素晴らしいものなのか。

 若干1名窮地に追い込まれている気がしないでもないがその光景に何の理由もなしに微笑みがこぼれる。

 経験がなかったので知りようがなかったが意外と私はこういった暖かさが好きなのかもしれない。

 

 箸を口に運ぶ。塩加減の利いた鮭は白米によく合う。

 セラとイリヤスフィールは食べ過ぎると太るだなんだと言って遠慮することも多いが私は別だ。美味しいものを満足するまで食べられるのは幸せだ。

 

「そう言えばセイバー今日からうちの学校に通うんだよな?」

 

「はい、やっと編入許可が降りたので」

 

 士郎が私に声を掛ける。

 そう、今日は私にとって大事な日なのだ。

 一応ではあるがこの家に来るに当たって私は留学生ということになっている。そうなるとずっと家にいるのは不自然。

 なのでルヴィアゼリッタに頼んで学校にねじ込んでもらうことにしたのだが昨日遂にその事で彼女から連絡がきたのだ。話が付いたから今日から学校に来るように、と。 

 

「セイバーさんの制服……」

 

「あらあら~イリヤちゃん焼き餅~? うんうん、分かるわよ~セイバー可愛いもの--シロウのこと、とられちゃうかも知れないわね~」

 

「ブッ--! アイリさんなに言ってんだよ! そんなんあるわけ!」

 

「そうだよ! 焼き餅なんて--否定できないけど……」

 

 シロウがお茶を吹き出しイリヤスフィールは顔を真っ赤にする。

 一連の流れを見れば分かるが完全にこの家の主導権はアイリスフィールが握っている。

 

「だめよーシロウ、アイリさん、なんて他人行儀な。ママ、それかアイリお姉ちゃんって呼ぶようにいってるでしょ?」

 

「だめだ、いろいろとついていけん。というかママはともかくお姉ちゃんって……」

 

 この天然っぷりが人を惹きつけているのかも知れませんが矛先が向いた方は大変でしょうね。

 頭を抱えるシロウを見て純粋にそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

「ええと……これでいいのですか? なんだかピチッとしているような」

 

「うわあ……なにこの反則、ちっこい身体がとんでもなくいい感じにあってるじゃない」

 

「私も驚きましたわ……これでシェロを誘惑でもしようものなら……!」

 

 

 鏡に写る私と苦笑いの凛と何故か敵視の視線を向けるルヴィアゼリッタ。

 学校に行く前にルヴィアゼリッタの家にきて制服なるものを始めてきてみたのだがなんとも新鮮だった。

 

 --なぜこれが指定されているのかわかりませんが……なにか理由でもあるのでしょうか?

 

 この疑問をぶつけてみたが凛とルヴィアゼリッタからはなんとなく微妙な目を向けられるだけで満足のいく答えは得られなかった。

 

「まあとりあえず行きましょうか。セイバー、ちゃんとついてきてね」

 

 

 

 

 

 時刻は朝の8時過ぎ。校舎へと続く校庭は登校する生徒で溢れていた。

 その真ん中を私、凛、ルヴィアゼリッタは突っ切って歩く。

 なんとなく皆が距離を取っていたり視線が集中しているような気がするのが気になりますが……まあ気のせいでしょう。私も緊張しているのかもしれない。

 

「--」

 

「どうかしたのですか、凛」

 

 その様子になにか凛が考え込む。

 

「セイバー」

 

「何ですか凛?」

 

 そうして意を決めたように前を歩いていた彼女が振り向いた。

 

「頑張ってね。これから色々大変かも知れないけど、それはある意味宿命よ」

 

 その目は何か諦めたように遠くを見ているようだった。

 

 

 

 

 

 

「HRで紹介する。少し待っていてくれ」

 

「分かりました。葛木先生」

 

 

 葛木先生--彼が私の担当らしい--が教室へと入っていく。

 扉が閉まっていて中の様子は確認できないがたくさんの生徒が騒いでいるのがよくわかる。

 

 --せっかくですし馴染めるといいのですが

 

 よくよく考えてみれば王として常に人の上に立つことが当たり前であった私にとって対等な立場での集団行動など始めてのことだ。未経験の事とはここまでドキドキするものなのかと自分でも驚いた。

 

「--では新入生を紹介する……入りたまえ」

 

 扉が横に開き葛木先生がちょいちょいと手招きする。

 

 その手に従い、教室に足を踏み入れた。

 

「--」

 

 --どこまで新鮮なのでしょうか

 

 最初に思ったのはそれだった。

 私を見てざわめくクラスメート。教室という場所は色々な感情が交差するという点である意味戦場に似ていた。しかしそこは、どんな戦場にもない柔らかさをもっていた。

 

「えーと……」

 

 声が詰まる。人前にでるなど日常だった。だが……こんな事は始めてだ。

 緊張は緊張だ、しかしそれは張り詰めたものではなくむしろ心地いいもの。

 

「私は……アルトリア・ペンドラゴンです。皆さんよろしくお願いします」

 

 

 

 

 

-----

 

「学校とはこうも大変なのですね……」

 

「あはは、しょうがないだろ。最初だけだから心配するな」

 

「そういうものなのでしょうか……」

 

 自転車を引くシロウと夕焼けのさす道を歩く。

 

 1日はあっと言う間に過ぎていった。

 授業とやらを聞いて勉学に励み、休み時間にはクラスメートに質問責めにあったり、お昼ご飯を食べようと誘われたり……  

 楽しかったと言って差し支えないものだった。

 

「そうだよ、それにこれからはセイバーと学校に行けると思うと俺も嬉しい」

 

 --なんでここまで眩しくなるようなセリフをさらっとはけるのでしょうか

 

 思わず赤面しそうになり顔を背ける。

 

「どうしたんだよセイバー……あれ、イリヤじゃないか?」

 

「イリヤスフィール? 御学友と一緒のようですね。それに美遊もいますね」

 

 シロウの声に顔を上げると彼は隣にある公園を見つめていた。

 そこからは少女達の笑い声が聞こえる。 

 その中にイリヤスフィールと美遊もいた。

 

「お、あれイリヤの兄ちゃんじゃねーか!? おーっす!」

 

「おう龍子ちゃん、相変わらず元気だなー」

 

「だろー? 相変わらずイリヤのシスコンに苦労してんのか?」

 

「そっちも相変わらずとんでもないこと言うな……」

 

 1人が駆けてくると士郎に飛び付く。

 私と同じ金色の髪をした活発そうな女の子だ。

 

「ちょ! 龍子なにいってるの!? ごめんねお兄ちゃん、それにセイバーさんも」

 

 顔を真っ赤にしたイリヤスフィールがブランコを飛び降り後に続いてくるとタツコ、と呼ばれた少女を強引に引き離すと私達に頭を下げる。

 その後ろからも一緒に遊んでいた少女達がつづいてきた。

 

「こんにちは士郎さん……ってこのお姉さんは誰だ? まさか……」

 

 眼鏡を掛けた一際身長の高い少女が私を認めるとキラン、とその眼鏡を光らせイリヤスフィールの肩をポンポンと叩く。

 ……まるで何かに同情するように。

 

「違うよ雀花! セイバーさんはそういうのじゃなくて--」

 

「分かってる分かってる。あーイリヤは面白いなーほんとに」

 

 更に赤くなり今や達磨のように赤くなったイリヤスフィールに耐えられなくなったのか雀花と呼ばれた少女はお腹を抱えて笑っている。

 イリヤスフィールの立場はどうも学校でも変わらないようだ。

 

「いや、しかしこれは怪しいぞー。突然現れた金髪美少女と2人で下校するなんて普通じゃない」

 

「な、那奈亀ちゃん……じろじろ見たら失礼だよー」

 

「大丈夫だよ、ミミちゃん。そういうのが気になる年頃なのは分かってるから」

 

 ピンク色の髪の毛が目立つナナキという娘は私とシロウを何度も見比べている。

 その後ろでシロウがミミと呼んだ短い黒髪の少女は今にも泣き出しそうな目でナナキの袖を引っ張りながら私達に頭を下げていた。

 

「彼女達はイリヤスフィールの友達なのですか?」

 

「うん! 皆私の大切な友達だよ!」

 

 眩しい太陽のような笑顔でイリヤスフィールはそう言う。

 そこに死地を魔法少女の潜り抜けてきた魔法少女の面影はない。

 

「それじゃあ一緒に帰ろう、お兄ちゃん、セイバーさん。みんな、今日は先に帰るねー」

 

「おう! またなイリヤ!」

 

「また明日なー」

 

「気をつけてねー」

 

 友達に手を振るイリヤスフィールを伴い3人で公園を後にする。

 

 平和な帰り道はとても穏やかで、何故か同時に儚いもの何じゃないかと思えた。

 

「ねえセイバーさん」

 

「どうかしましたか、イリヤスフィール?」

 

 イリヤスフィールが私をじっと見上げる。

 何かいいたいのだけど出てこない。そんな感じだ。

 

「えーと……」

 

「どうしたイリヤ? 何か言いたいことあるならちゃんと言わなきゃだめだぞ?」

 

 シロウもそんな様子に気付いたのかそう促す。

 それに後押しされたのかイリヤスフィールは一息つくと意を決したようにその先を言った。

 

「うん……私のことなんだけどイリヤスフィール、じゃなくてイリヤ、って呼んでくれないかなー? ほら、友達もみんなそう呼んでるし私もその方が距離感感じなくていいかなって--けどセイバーさんが嫌なら別に今まで通りでも--!」

 

「--くっ」

 

「フフっ」

 

 必死な様子のイリヤスフィールに思わずシロウと顔を見合わせると2人揃って笑ってしまう。

 

 なんと平和で可愛い勇気なのか。これには応えなければいけないだろう。

 

「ちょっと!? なんで笑うのー!」

 

「いえ、申し訳ありません……イリヤ、これからはそう呼ばせてもらいます」

 

 そう呼ぶとイリヤは嬉しそうに笑いながら私の腕にしがみついてきた。

 

 私も笑いかけると赤くなった空を眺める。

 

 今は間違いなく幸せだ。何が原因でこうなっているのかも分からないし、いつまでこうしていられるかもわからない。

 けれど……この穏やかな日常が続くことを願うのは、いけないことですか?

 

 

 こうしてまた、1日が過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

-----

 

「ええ、分かっています……では」

 

「ほんとに困り者というか……まあ仕事に支障がなければ構いませんが」

 

「話はすんだかい? 私としちゃ待ったほうだと思うんだけどね。 感謝してほしいくらいだ」

 

「そうですね、あのエミヤを育てたとは思えない人情っぷりだ」

 

「勝手に育っただけさ。まっ一応保護者みたいなもんだし坊やが困るのを見過ごす気はないけどね」

 

「引く気はないのか?」

 

「ないね。お前も、教会も、時計塔も、一体何を考えているか知るまではね」

 

「そうか……なら仕方ない。あなたを相手にするのは気が進まないが立ちはだかると言うのなら排除するだけです。ナタリア・カミンスキー」

 

 

 

 

 

 

 




どうもです!

いやー、遂に終わりましたよ無印編。毎日6000文字前後書くのは楽しかったけどつらかった……けどセイバーさん笑ってるしまあ良しです


それでは今後の予定なのですが、正直セイバーさんこれで幸せだし完結でいいんじゃないか?とか思いましたがあまりにも無責任エンドなので続ける予定です。
ただこっからは今までと違い原作と違うことやったりオリ展ねじ込む可能性は十分にあります。
取りあえずは構想まともに練るのも兼ねてしばらく休みます。ちゃんと帰ってきますのでそこは心配なさらないでください。

それではまたツヴァイ編でお会いしましょう!
最後に読者の皆様にもう一度感謝です!!ありがとうございました!!
評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!

ps 活動報告の方のアンケートはまだまだ募集しております。もしかしたら今後に響くかも知れないので良かったらコメントお願いします。


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ツヴァイ編
prologue エミヤ


取り敢えずツヴァイ編始動します。
結構時系列などオリ要素入ってますが今回の仕様ということでお願いします。



「どんな化け物だよあの執行者……ちと坊やには荷が重いねこりゃ」

 

 かく言う自分も完全に負けているのだがそれはそれだ 胃からせり上がってくる嘔吐感に目を覚ましたナタリア・カミンスキーはそう漏らした。

 

 数時間前まで戦場になっていた森林--半径数百mが明らかに不自然な形に開けている--には彼女以外生き物の気配はない。皆逃げてしまったから。

 そうして静かになった森の中、その中でも一番大きな大木にもたれ掛かるように気絶していたナタリアだが彼女の周りにはその血で赤い水溜まりが出来ていた。

 

「--ペッ、久し振りにやられたねえ……動くにはちと時間がかかるか」

 

 嘔吐感に逆らうことなく身を任せ吐き出す。その口から出てきたのは大量の血。

 なんとか自由の利く右腕でその口元を拭うと意識がはっきりする。そうして現在の自分の状態を具体的につかみ始めた。

 気を失う直接の原因となった腹部への一撃、その拳一発で内臓はズタズタになっている。

 左腕は真ん中でへし折れて足も筋肉の至る部位が断裂、辛うじて無事なのは頭部と先程口を拭うのに動かした右腕位なものだ。

 

「人の域を超えた戦闘能力に卓越したルーン魔術、その2つだけでも充分だ」

 

 思い出す。ナタリアとて数え切れないほどの修羅場を乗り越えてきた戦士だ。その中で、いわゆる怪物やら人外と言われる存在とも幾度となく激突し、そして打ち倒してきた。

 だがそんな彼女からみても別格の中の別格。それが自分を打倒したバゼット・フラガ・マクレミッツと言う名の封印指定執行者に対するナタリアの評価だった。

 

 銃器を拳のみで圧倒するなど頭がいかれているとしか言いようがない。

 それをサポートするルーン魔術も一級品とくればもはやその身体は全身凶器と呼ぶにふさわしいものだった。

 

「だが……」

 

 それだけではない。

 ナタリアはその瞬間を思い出す。

 

 相手がどれだけ強烈な格闘技術を持とうとそれだけで倒されるほど甘くはない。

 それだけの自負と言えるだけの実力を確かにナタリアは持っていた。しかし事実として倒された。それには未だに彼女の中で整理のつかない理由がある。

 

 --起死回生の一手は用意していたんだけどねぇ……

 

 勝機を見出す為にその一手を出そうとし、そして敗北と死を直感した。矛盾しているようだがそうとしか言いようがない。

 S&W M500 世界最強との呼び声高い超大型回転式銃

 それがナタリアの用意していた隠し球にして切り札。いかなるフィジカルでもその威力を殺すことは叶わず確実にその肉を断ち身体を貫通し死に至らしめる。

 

 事前情報でバゼットの特徴を掴んでいたナタリアが選んだ必勝の武器。しかしそれを使う機会は最後まで訪れなかった。

 理由は単純、それを使えば負けると本能が理解したから。

 なぜそう思ったのかが定かではないのが一番の問題なのだがそれは絶対だ。

 

 とにかくその銃が文字通り火を吹くことはなく、逆にその瞬間致命的な隙ができそのまま敗れた。

 

「噂には聞いていたが……調べる必要があるか」

 

 あまりの激痛に呻き声を上げながらも何とかナタリアは立ち上がった。

 ここで動かなければ海の向こうにいる彼女の大切な人が危険に晒されるのは目に見えていたから。

 

「私が行くまで無事でいてくれよ坊や……それにイリヤ」

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

「いい? 私は他ならぬ衛宮君のお父さんから衛宮君に魔術の手解きをするように頼まれたの。わかる? 貴女は部外者であり邪魔なのよ、邪魔」

 

「グッ……しかしそれはシェロのお父様がエーデルフェルトを知らなかっただけのこと。知っていればトオサカになど……」

 

「負け犬の遠吠えね。見苦しいわよ? 常に余裕を持って……ああ、貴女のような人に求めるには些か酷でしたわねー」

 

「……」

 

 おかしい。なんで魔術を習いにきたのに魔術の魔の字も出ないうちにこんなに疲れているのか。というよりも何故師匠になるはずの彼女はメイド服を来て喧嘩しているのか。

 元々親父の言葉に沿って遠坂を訪ねてきたはずなのにそこはルヴィアの家で遠坂はそこのメイドで何故か学校では仲の良いように見えた2人は実はむちゃくちゃ険悪で……いやまて、そもそもこの下りをこの一月で何度見たことか。あまりに同じことを繰り返しているせいで逆に新鮮に見えているが同じことを一月前にも思ったはずだ。

 

 混乱の中いつの間にかとっていた正座の姿勢を崩せないまま衛宮士郎は今の状況、そしてある意味この状況を作り上げた義父に向けて頭の中で呟いた。

 なんでさ、と

 

 

 

 

 

 

「ハアハア……分かりましたわ。貴女のような人に頭を下げるなど気に食わないを通り越して屈辱ですがシェロの為である以上背に腹は変えられませんわね……不本意極まりないですがアシスタントという立場で今回も手を打ちましょう」

 

「あら? なによその上から目線。私は貴女がどうしてもと言うから提案してあげたのよ? それをそんな風に言われたらまた気が変わるかもねー」

 

「……どうしろというのです」

 

「人にものを頼むのならそれなりの姿勢、というものがあるんじゃないかしら? 貴族様ならそんなことわかるはずなのだけれど……ああ、成金には無理か」

 

 数分後、決着はついたようだ。

 勝ち誇ったように上から見下ろす遠坂と、屈辱の表情を浮かべながら身体を震わせ頭を下げるルヴィア

 どちらが勝ったのかは言うまでもあるまい。この流れもよくよく考えて見れば見ること既に軽く10は越えているはずだ。

 その結末もいつもと同じ。

 

「なあ、そろそろいいだろ? 俺も正座しに来たわけじゃないんだし……」

 

 士郎は遠慮がちに手を挙げる。

 ここからの流れもだいたいわかってはいるのだが目の前の2人から醸し出される威圧感は半端ではなく、正直なところ割り込むのは恐ろしいのだがこのまま放っておく訳にもいかないので仕方あるまい、という考えからだった。

 

「あ……そうね。そろそろ始めないと。ごめんね衛宮君、ルヴィアが強情で--今日はあまり時間もないし早くしないと」  

 

「申し訳ありません。今無駄にしてしまった時間の分も精一杯勤めさせて頂きますわ」

 

 その声に反応した、と言うよりもその声で士郎の存在を思い出したようにも見えた遠坂とルヴィアは先程までの威圧感とは真逆の天使のような笑顔になり謝罪すると最初に通された客間の扉をあけ廊下へとでる。

 魔術講座の教室となる遠坂の部屋は地下にある。真っ赤な縦断が敷き詰められた廊下を歩き下へと続く階段へ、2人の二歩後ろを歩きながら士郎は疲労から溜め息をつき誰に聞かれるでもない愚痴をこぼす。

 

「俺には優しいし、いざ教えるとなると2人とも息あってていい先生なんだけどな……なんであんな喧嘩ばかりして--」

 

「それが分からないから士郎さんはおもしろいんですよ~! と言うわけで士郎さんはそのままイリヤさんの面白映像製造機……もとい。よい兄でいてくださーい!」

 

「のわっ!? 甲冑の中から敵襲!? --なんだ、ルビーとサファイアか」

 

「申し訳ありません士郎様、姉さんがいいアイデアがあるなんて言った時点で察するべきでした」

 

 誰もいないなんてことはなかった。

 階段へとさしかかる開いた入り口を両側から守るように向かいあって設置された2つの甲冑。

 中世ヨーロッパを思わせる重たい雰囲気のその顔部分が開き、凡そ現代からみても遥かにオーバーテクノロージーな存在が士郎へ向けて飛び出してくる。

 

 明らかに人ではない彼女らに慣れたというのも士郎にとって一月前と大きく変わったことの一つかも知れない。

 少なくとも今の士郎は、突然の襲撃に驚きこそしたものの、ふよふよと浮かびながら不穏な発言を連発するルビーと、それに対して謝意を述べるサファイアそのものに驚くことはしなかったのだから。

 

「で、何のようだよ2人とも? 俺、今は暇じゃないぞ。 というかイリヤと美遊はどうした」

 

 怪訝そうな顔をして士郎はそう問い掛ける。

 実際問題ルビーの下らないからかいに付き合っている余裕はない。それに普段一緒にいるイリヤと美遊をほっぽりだしているとなれば良い顔になれないのは必然だろう。

 

「もちろん分かってますよ~っだ。今日は士郎さんの魔術の見学にきたんです。暇してる士郎さんなんてつまらないですし! それならイリヤさんを弄るほうが数百倍面白いですから~!」

 

「美遊様とイリヤ様のことならご心配なく。セイバーさんがついているので間違いなく安全です。現在は今度海に行くのに水着を選ぶということで外出中です」

 

 2人がそれぞれ疑問に答える。

 ルビーの言葉には引っかかりを覚えたがまあそれに目を瞑れば納得と言えば納得だ、と士郎は頷いた。

 夏休みになったら家族にセイバーに遠坂にルヴィアにイリヤの友達にで海に行く予定になっている。それの準備やらなにやらで最近イリヤが浮かれているのは士郎も見ていたので至極真っ当な理由と言えた。

 

「そう言うことか……まあ納得と言えば納得だけどいいのか? 鍛錬に顔出すの遠坂とルヴィアは嫌がってるんだろ?」

 

 だが疑問はまだある。

 基本的に魔術の鍛錬をする際他の人を入れることを遠坂とルヴィアは極端に嫌がる。

 事実、イリヤも美遊も、そしてこの2人も何度か見学しようとして追い出されている前科がある。

 今更遠坂とルヴィアが承諾するとは士郎には到底思えなかった。

 

「イエース。あの秘密主義者さん達は一体何を考えているのやら。正確には分からないですけどなにか秘密があるとみましたよ~」

 

「本来なら姉さんの下らない行動に付き合うことはないのですが今回は別です。明らかに凛様とルヴィア様の行動には不自然な点がありますので」

 

「不自然--」

 

 士郎は首を傾げた。

 遠坂とルヴィアが自分に何か嘘をついているとは到底思えない。2人とも熱心すぎるように見えるほどきっちり色々な事を教えてくれる。かと言ってルビーとサファイアの言葉も真剣そのもの。

 どちらが正しいのか判断しかねていた。

 

「まあとりあえず行きましょう。 バレたらバレたでその時です!」

 

「ちょ!? 何やってんだお前ら!」

 

「だってー、士郎さんはイリヤさんみたいに髪の毛に入るのも無理ですしここしかないじゃないですかー」

 

「確かにそうかも知れんが……」

 

 考えているうちに士郎の着ているジャージの首もとからルビーとサファイアが滑り込む。

 見るからに簡単にバレるだろうと思ったがサファイアも大人しく従っている以上何かしら勝算があるということだろうか。

 

「ま、いいか。バレたらその時だ」

 

 

 

 

 

 

 

「遅いわよ衛宮君。何かあった?」

 

「いや、ちょっとトイレに行っててな。すまない」

 

「まあよろしいですけど……次からは一声かけてからにしてくれると助かりますわ。この屋敷もトラップの類やら何やらで埋め尽くされています。下手に動けばシェロに危害を加えかねないので」

 

「分かった。これからは気をつける」

 

 部屋に入るなり遠坂とルヴィアからの詰問に合う。

 

 まあこれは仕方ないと言えば仕方ない。

 

「けっ……凛さんもルヴィアさんも士郎さんの前だからっていい顔しちゃってぇ~イリヤさんが同じことやったら大変なことになってますよ~」

 

「しっ、姉さん静かに」

 

 それもルビーから見ればずいぶんと優しいものであるようだったが。

 

「それじゃあ始めましょうか。衛宮君、まず基本的な事は覚えてるかしら?」

 

「ああ、平均以上に使える魔術は強化と投影。武器に関する魔術行使になると効率がよくなる。特に剣。

 回路の切り替えは劇鉄を降ろすイメージ。他の魔術は基本的には平均に達するのも時間がかかる。こんな所だったか?」

 

 そう答えると満足げに遠坂が頷く。

 これが今まで行ってきた検査やら実演で掴んできた衛宮士郎という魔術師のスペックだ。

 どうやらかなり特殊なタイプらしく最初は2人もどうするべきか悩んでいたようだがそれでもきちんと解決策を見つけ出したのか次からは普通に指導を進めるのを見るところ流石時計塔の首席候補といったところか。

 

「ええ、その通りよ衛宮君。そして私達がやるのは貴方に最低限の魔術知識を与えること、武器に対する投影、強化の精度をあげること、そして不得手なものを最低限のレベルまで上げるようにすること。

 幸い魔術回路は平均以上あるんだから無理ってことはないはずよ」

 

「分かってる。俺は戦えるようにならなきゃいけないんだ」

 

「異端と言えどシェロの望みに合っている特性だったのは幸いでしたわね。前2つは私達の力を持ってすれば問題ないですが最後の1つは正直な話し無理ではない、というだけでかなり難しいと言うのが現実です。

 トオサカのようなアベレージワンは望まないにしても五大属性全てに全く適性がないと上に特性が魔術に強くでているというのはかなり汎用性が薄いと言わざるを得ませんから」

 

 2人から言わせればかなり使い勝手の悪い、よく言うならば尖った才能を持つのが衛宮士郎と言うことだった。

 

「それじゃあ今日はなにをするんだ?」

 

「今日は投影ね。貴方の投影、実は投影の中でも更に特殊なの。消えない投影って言うのはかなりレア、ある意味オンリーワンだから」

 

 確認をする。

 そして遠坂の言葉を聞いた途端、服の中でルビーかサファイアのどちらかがビクッと反応したのを感じた。

 

 

「それでは上着をお持ちしますわシェロ」

 

 ルヴィアが手をさしのべる。

 

 --やべ、この2人どうしよう

 

 脱ごうとして気付く。この中には愉快礼装が紛れ込んでいるのだ。バレたら面倒だし、バレなくても2人の目的は果たせない。

 

「……頼んだ」

 

 そして諦めた。ここを打開するような知恵が浮かぶほど器用ではない。2人には後で謝るとしよう。

 士郎はそのままジャージを脱ぎルヴィアに手渡した。

 

「確かに預かりましたわ。トオサカ、クローゼットに行きますわよ」

 

「なんで私まで!?」

 

「貴女一応とは言えハウスメイドでしょう? それくらい手伝いなさい」

 

 また喧嘩を始めながら遠坂とルヴィアが部屋を後にする。

 それを見届けた後士郎は鍛錬に備えるべく目を閉じて集中を始めた

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、どういうことか説明してくれないかしら」

 

 外にでると凛が士郎が着ていた上着をひっくり返す。すると諦めたのかルビーとサファイアはすんなりと姿を表した。

 

「あちゃー、バレてましたか」

 

「当然ですわ。そう簡単に私達の目を誤魔化せると思わないことですわね」

 

 しれっとするルビーをルヴィアが睨む。しかしルビーは全く動じることなく切り返す。

 

「此方こそ説明してもらいたいですね。消えない投影。貴女達2人ならその異常性はよく分かるはずです。

 なのになんでそこまで平然としていられるんですか?」

 

「ち……なんだ、そう言うことルビー。貴女も知ってたんだ」

 

 一瞬の沈黙、その後凛は悟ったようにそう言った。

 全てが繋がった、と。

 

「はい~、サファイアちゃんは知らないですけど私は聞いてますよ~。で、知ってるってことは貴女達もキリツグさんに会ってだいたいの事情は聞いた、ということですね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 暗い暗い洞窟。数年ぶりに訪れたそこにエミヤシロウは言い知れない悪寒を感じた。

 

「あ……」

 

「大丈夫、衛宮君?」

 

 その隣を歩く赤い服の女性、トオサカリンは突然大量に汗をかきはじめ片膝を突いたシロウの身を案じるように寄り添う。

 その寄り添う彼の左腕は赤い布が巻かれその全容を窺うことは出来ない。

 

「そっか……ここ、貴方が彼女を……」

 

「……大丈夫だ。こんなんで脅えてたら最後に俺を正しいって言ってくれたあいつに顔向け出来ない」

 

 トオサカリンは何かを察するがエミヤシロウはそれを制すると大丈夫と立ち上がる。

 

「その通り、聖杯戦争を真の意味で終わらせたいのならこんな所でボーッとしてる暇はないんだよ。全く、まるで昔の私を見ているようじゃないか」

 

「それにしても驚きました。まさか私の後見人をつとめてくれたエルメロイ二世が聖杯戦争に参加したことがあるだなんて」

 

 2人の前を歩いていた長髪の青年--名をウェイバー・ベルベット、通称ロード・エルメロイ二世--が振り返り早くするように促す。

 

「あれが私の人生を決めた、と言っても過言じゃない。まあ今となっては良い思い出だが」

 

 そこまで言うとウェイバーは無駄話はこれまでと再び歩き始める。

 その顔が過去の思い出に僅かながら複雑になっていたの見たものは誰もいない。

 

「ここがそうか……おい、あれは誰だ? 先客なんて聞いていないが」

 

 奥へ奥へと進み一段と開けた場所へと出るとウェイバーが足を止め訝しむようにトオサカリンとエミヤシロウに声をかける。

 そこには3人以外誰もいないはずだった。だというのに、そこには人影があったから。

 

「わかりません……そもそもここには封印がかけられて人は入れないはず……」

 

 トオサカリンは宝石を取り出すと警戒心露わにそう言う。

 するとそれに気づいたのか奥に見えた黒い人影がゆらりとこちらを向く。その顔は何かに覆われて確認できない。

 

「そうか……この世界にも贋作者(フェイカー)がいたのか。--厄介だな。ここで消えるがいい」

 

 よくわからない言葉と共に瞬間放たれる殺気。それにいち早く反応したのはエミヤシロウだった。彼は2人を庇うようにその前へと躍り出る。

 

「遠坂危ない!! トレース--!」

 

 解き放たれた左腕は異質だった。

 

 

 

 

 

 

 

 




どうもです!

dancingとバカと運命書くつもりだったのにネタ思いつかず結局こちらが先になってしまった……もう少しお待ち下さい。

それでは本題に!
ツヴァイ編始まりましたが初っ端からむちゃくちゃやってます。最後とか特に。時系列やらなにやらはちゃめちゃですが上でも言ったように仕様ですのでそこはつっこみなしでお願い出来ると助かります。

今回は顔見せというか士郎君のスペック説明会だったのでツヴァイっぽくなるのは次回からですね。次回はセイバーさん視点に戻りいよいよ本格スタートです。

それではまた!評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!


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第1話 姉妹

なんとか2話目更新。そろそろちょこちょこオリ入ります。


 新都、正直私はこの町があまり好きではない。

 人が多い、と言うのもあるのだが外へでて辺りを見渡せば視界を埋めるビル群が何となく無機質で嫌なのだ。生命の香りがしない鉄の塊に囲まれるなどいい気がするものではない。

 しかし私が少数派なのもまた間違いない。事実ここにいる人は皆楽しそうなのだから。

 この新都の中でも一番の品揃えを誇るといわれる巨大デパート、そこに私と美遊とイリヤはいた。

 そして少なくともイリヤはその他大勢と同じく楽しそうだった。

 

 

「セイバーさん! 美遊! これとこれどっちがいいかな!?」

 

「私はあまり分からない……けどイリヤが着るなら何でも似合うと思う」

 

「ええ、イリヤは可憐だ。貴女が選ぶなら間違いはないでしょう」

 

「ちょ!? 嬉しいけどそれじゃあせっかく3人できた意味がないんじゃないかな!?」

 

 人混みに疲れて四方の壁すべてが海のプリントに彩られた水着売り場の中心にある大きな柱に沿うように作られた円状のベンチに美遊と座っているとイリヤが目当てのものを見つけたのか向こうから駆け寄ってくる。

 左手ににぎられているのは今身にまとっているワンピースと同じ純白のパレオスタイルの水着、右手には真っ赤なビキニスタイル。

 こちらとしてはどちらも本心から似合うと思ったからの発言だったがどうも彼女の求める答えとは違ったようでイリヤは私達にガーッとまくし立てた。

 

「……でも、私は本当にそう思ったから……」

 

 私の隣では美遊も同じなのか困ったように顔を赤らめながらそう弁明している。

 しかし若干水着を持ったイリヤのことを直視出来ないと言わんばかりに伏し目がちなのは何故なのか。

 

 

「うう……なんでうちって女の子ばっかりの家系なのにこういうのに皆疎いかなー……

 セラは地味すぎるのしか勧めてくれないし、リズは派手すぎるし、ママは……もうなんていうかダメだし……」

 

 イリヤががっくし、と肩を落とす。

 確かにせっかく身に付けるものを買い物に来たというのに客観的に見ることが出来る同伴者がまともにアドバイス出来ないというのは残念に思われても仕方がない。

 それにしてもイリヤの中でここまで評価を下げるとは一体アイリスフィールは過去に何をしたというのか。イリヤニさに対して失礼とは分かっていたがどちらかというと私にはその方が気になった。

 

「申し訳ありません、イリヤ。ですが私は生前海で遊ぶ、ということをしたことがない。それどころか海に対しては外敵がやってくる道という恐ろしいイメージしか……正直なところ未だに海水浴? とやらのイメージがついていないのです」

 

 取りあえず正直な言葉で俯くイリヤに謝罪する。実際すまないという気持ちこそあるもののイリヤの悩みには答えることが出来ないのが現実だ。

 現代では海といえば遊び場らしいがかつての海はそんなものではなかった。

 その地平線の向こうから訪れる敵に何度悩み、立ち上がってきたことやら。エクスカリバーで海そのものを干上がらせられないか試したこともある。

 とにかくそれくらい恐ろしい所、それが私の海に対する唯一無二のイメージだった。

 

 

「重い……事情が事情だから仕方ないけど重すぎるよセイバーさん……!」

 

 私の言葉にイリヤはどうしたらいいのか分からなくなったのかワーっと頭をかきむしる。そして数秒後、助けを求めるようにどうするべきか思案して棒立ちになっていた美遊に近づきその肩を掴んだ。

 

「けど美遊は! 海水浴位したことあるよね!? だって美遊は中世の王様じゃなくて現代の女の子だもんね!?」

 

 期待と熱の籠もったイリヤの言葉。

 至近距離からのそれに美遊は何度も視線をあっちこっちに揺らして動揺を隠せない。

 この感じ、この何とも言えない空気を私はよく知っている。かつて円卓の騎士の誰かも上手く場が進まないときに私に追及されたときこんな風になっていたはずだ。そしてそうなった時の結果は決まっていた。

 

「……私も初めてなの……力になれなくてごめんね」

 

 そうして美遊は覚悟を決めたのか真っ直ぐにイリヤを見据えてそう無慈悲な現実を突きつけた。

 

「あう……」

 

「イリヤ!?」

 

 ふわ~と何か力が抜けてしまったようにイリヤが膝をつく。

 それを見て美遊があたふたしながら彼女の身体を支える。

 

 原因が自分にもある以上あまり言えないのだが、その姿は見ていて痛々しかった。

 

「ふふ、ふふふ……」

 

「……!」

 

「イリヤ……?」

 

 しばらくそうしていたかと思うと急にイリヤが笑いながらユラリと立ち上がる。長い髪に遮られてその顔は見ることができない。

 しかし今までの彼女にはなかった氷のように冷たい雰囲気に直感と共に立ち上がる。

 

 --今のイリヤは危険だ!

 

 美遊も同じように何かを感じたのか後退ろうとする、がイリヤの手はがっちりと美遊の肩に食い込んでおり一歩として動けない。

 

「美遊!--っ」

 

 下手には動けない。

 美遊の怯えた瞳と目が合った。そしてその瞳は間違いなくそう言っていた。

 頼むから変な動きはしないでくれ、と。

 

「なんで下がるのー? セイバーさん……」

 

 イリヤの顔が上がりこちらを向く。

 その顔を埋める不自然なまでに爽やかな笑顔、そう。こんな笑顔は見たことがないくらいというほどに満面の。

 こんな彼女の顔は見たことがない。

 

「イ、イリヤとにかく落ち着いて……っ!?」

 

 思わず気圧されてジリジリと後退するが美遊を片手で引きずるようにイリヤはこちらへ歩み寄る。

 そのまま引くがガタッと膝裏になにかぶつかる感覚を覚えて振り返るとそこには座っていたベンチ。

 もうあとが……ない。

 

「ねえ、セイバーさん。セイバーさんも美遊も私のこと褒めてくれるけどそればっかりでなーんにも意見言ってくれないし、何のために3人できてるのかなぁ?」

 

「ひっ……」

 

 イリヤの手が私の肩に触れ、思わず変な声が出る。

 今や目の前にある笑顔は全く変わることもない。逆にそれが言い知れない恐怖を与えた。

 

「ふふふふ……もういい!! 私がセイバーさんも美遊もきっちりかっちりコーディネートするんだから!! もう誰にも頼らない! 頼れるのは自分だけだからー!」

 

 イリヤがカッと目を見開く。

 そして焦点の合わないその目のまま上を向くと、壊れたラジオのように大きな声で宣言した……周りにたくさん人がいる中で。

 

「あの……イリヤ……」

 

「……あれ? ……あ」

 

 それと同時に周りからこちらに集中する視線視線視線……

 当たり前だ。こんな所であれだけの大声を上げれば注目されるに決まっている。

 周りからの目に気づいたイリヤの目に光が戻る。そして2,3首を振ると身体全体から真っ赤になり目に涙を浮かばせると小さくプルプルと震えはじめる。

 

「あー……」

 

 そんなイリヤの頭に手を伸ばそうとして、やめた。

 もう間に合うまい。羞恥心で爆発直前の彼女を抑えるのは無理だ。

 それなら……

 

「またやっちゃったあああ!!!」

 

 せめて耳を塞いで鼓膜が破れないように全力を尽くすほうが幾分か建設的というものでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうやだ……」

 

「で、ですがイリヤ。結局お目当ての物は皆買えたんですし良かったじゃないですか……」

 

 時刻は恐らくもう6時近くだろうか。

 夕焼けの差し込むバス停に並んでバスを待ちながら私の腰に抱きついて顔をうずめるイリヤの頭を撫でて宥めるが残念ながら効果はない。

 若干Tシャツの裾が湿っぽい感じがするのから察するにまた恥ずかしさを思い出して泣いているのでしょうか。

 

「そう言う問題じゃない……」

 

 顔を上げないままくぐもった声でイリヤはそう言う。

 結論から言うと水着はちゃんと買えた。勿論3人分。

 それと言うのもイリヤが叫んだ直後に気を聞かせてくれた店の従業員がそこから私達について色々選んだりしてくれたからだ。

 まあ……その間も最初ほどではないにしろ人にジロジロ見られたのは言うまでもなくイリヤはもちろん美遊まで真っ赤になっていたのだが。

 私は私でそんな幼子2人に同伴しているにも関わらず声をかけて来た男性を多生の苛立ちも込めて毅然とした態度で一刀両断したところ別の意味の籠もった視線を浴びることになったのだがまあそれはそれだ。

 

「早くバス来ないですかね……」

 

 両車線沿いにビルが立ち並ぶの目の前の大きな通りは車の往来が激しく、それによって不定期に強い風が吹き抜ける。

 その風が入ったのか目を細めながらもどこまでも続くように見える車の列のずーっと先を首を伸ばして見ながら美遊はそう呟いた。

 

 彼女もイリヤ程ではないにしろかなりの疲労感を覚えているのかいつもにまして口数が少なくなっていた。

 

「あと10分くらいでしょうか……もう少しの辛抱です」

 

 左腕に付けているセラに渡された腕時計と右に立つ時刻表を交互に見る。

 バスに乗って帰れば衛宮家、そして先週突如として現れたエーデルフェルト邸までは凡そ40分。

 それだけの時間があればイリヤも落ち着くだろうし、何だかとても疲れたこの1日も取りあえずは終了だ。

 

「--?」

 

「どうかしましたか美遊? 身を乗り出すと危ないですよ」

 

 それを伝えようと美遊に視線を戻すと彼女は白いガードレールから今や身体半分乗り出すような形になって後ろを見ていた。

 ちょっとだけ我慢してください、とイリヤを腰から離し美遊を引き戻す為にその肩に手を伸ばす。

 

「いえ、どうも後ろがおかしいなって」

 

「おかしい……?」

 

 美遊の言葉に私も彼女と同じ視線を得るべく後ろから抱きつくようにして内側から顔を横にくっつけて後ろを見る。

 すると彼女の言うとおり、どうも様子が違う。

 先程まで二車線に所々隙間を作りながらだが何も滞りなく同じようなスピードで整然と流れていた車の列が乱れている。

 と言うよりも一台の車によって乱されている。

 

「何でしょうかあの車は……」

 

 通常の人間である美遊にはまず無理だろうがサーヴァントである私にはその原因が見て取れた。

 普通の車に比べてずいぶん長い車がクラクションを鳴らして強引に合間合間を抜けてくる。

 半分ぶつかりかかりながら強引に走る黒いその車を避けるべく他の車も強引な挙動を余儀なくされているのだ。

 

「黒くて長い……? もしかして……!」

 

 何か心当たりがあるのかその事を美遊に告げると顔色が悪くなる。

 そして私にその車のナンバーを見るように頼み、私が答えるともうその時には下を向き顔面蒼白になっていた。

 

「それ……ルヴィアさんの車です」 

  

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

「凛、これはどういうことですか」

 

「どうもこうもこのバカステッキのせいで衛宮君に思ったよりも時間取られちゃって。勿論あんな暴走を指示したのはルヴィアよ?」

 

「いえ、それもそうなのですがなぜこんなところに来ているのかです。それもイリヤと美遊には転身までさせて」

 

 横を歩く凛に多少強めに問い掛ける。

 あれから数十秒後、黒いリムジンは私達の前に止まり扉が開き、それとほぼ同時にその中に引きずり込まれた。

 そして中にいたルヴィアと凛に何の脈絡もなく「「仕事(ですわ)よ!」」と告げられそこからなんの説明もなくここまで連れてこられたのだ。

 何の目的か聞くくらいは許されてしかるべきだろうし説明の一つくらい欲しいものだ。

 

「なに、もしかしてセイバー洞窟とか嫌いなの? ピリピリしちゃって」

 

「そういうわけでは……」

 

 違うといえば違うしそうと言えばそうだ。

 認めれば私は確かに少しばかり気がたっている。なにせこの洞窟は……

 

「ここは私がシロウに……」

 

 正確に言えば違うのだがここは私とシロウが戦い、討たれた洞窟そのものなのだ。

 柳洞寺へ向かう階段をそれて奥へと進むと不自然に開けた入り口がある。

 そして更に突き進むと今私達が通っている一際広いスペースがある。日の光は届かず、薄暗い中に僅かに水が流れる音がする。視界の端々に見える鍾乳洞も含め全てがあの場所と一緒だ。  

 

 嫌悪感を抱かない訳がない。

 

「……ごめんね。あんまり追及する事じゃなかったわ。貴女、今ひどい顔してる」

 

 それが顔に出ていたのか。心配そうに私の顔を覗き込むと凛が頭を下げる。

 その言葉には紛れもない後悔が詰まっていた。

 

「もういいのです。それよりも目的を教えてくれませんか?」

 

「そうね。それじゃあ行きながら……私達の仕事がクラスカードを回収して冬木の歪みを解消すること、っていうのは知ってるでしょ?」

 

 責めることでもないのでその謝罪を受け入れ凛に続きを促す。

 凛は顔を上げるとまた私の横を歩きながら話し始めた。

 

「私達は貴女も含めると7枚のクラスカードを回収した、同時に鏡世界も消失。だっていうのに歪みは消えなかったの」

 

「凛、それは……」

 

「ええ、それで私は調査を続行してたんだけど……どうも元々霊脈であるここのマナが淀んで乱れてるのが原因みたいなのね」

 

 ここが大量の魔力を通す、というのは正解だ。

 なにせ平行世界ではここには聖杯の本体がある、そんな場所なのだ。他の場所とは魔術的に格が違うのは当然の話。

 

「それで平たくいうとその詰まりを大量の魔力をぶち込んでどうにかしようっていうのが今回の仕事。

 普通なら人の手にはあまるような大仕事だけどあのステッキがあればできる。それに万が一があっても貴女の魔力があるなら確実じゃない?」

 

「なるほど」

 

 凛の言葉は筋が通っている。

 ルビーとサファイアの魔力はそこ知れず、私とて多少万全ではないといえど通常の魔術師数百、もしくは千人単位分の魔力を保有しているのだ。

 魔力の力業で行う仕事ならば私達以上に適任な存在は他にいないだろう。

 

「納得してくれた? --ここね」

 

「これは--」

 

 凛が足を止める。

 そこは大空洞と呼んで差し支えない広々とした空間だった。

 しかし私の知っているそことは少し違う。

 

 --大聖杯はないですね。わかっていましたが。

 

 中心に禍々しい祭壇がない。

 数m下、完全にだだっ広いだけのそこの中心に魔力が集まっているのを感じる。その魔力も完全に自然なそれである。

 

「よっと」

 

 凛は私に待機するように言うと下へと飛び降りる。そのままルヴィアゼリッタ達の待つ中心部へと向かうと魔法陣を展開させそれに合わせてイリヤと美遊が飛び上がる。

 

「よーし、2人とも! やっちゃいなさい!」

 

 凛の声と共にイリヤと美遊がルビー、サファイアを介して魔力を地脈の中心に注ぎ込む。

 

「……っ!」

 

 空洞全体が揺れる。

 大気中で停滞していたマナが流れ始めるのがよく分かる。

 その揺れは数十秒程で緩やかになり、そして元の静かな姿を取り戻した。

 

「凛! 成功ですか!?」

 

 その声に凛が両腕を使って大きな丸をこちらに向ける。

 成功、ということなら何よりだ。何も問題がないに越したことはない--

 

「……!?」

 

 その時異常が起きた。

 再び視界が揺れる、それも先程よりも遥かに大きくだ。

 

「まずい……!」

 

 空間を覆う石壁に所々ひびが入ったと思うと上から手のひらサイズの石片がボロボロと落ちてくる。

 崩壊、何か下で起こっているのか単純にさっきの衝撃の余波によるものかは知らないがこの洞窟は確実に崩壊へと向かっていることだけはわかった。

 

「美遊! イリヤ! 凛とルヴィアを持って早く上へ!」

 

 フルスピードで駆け下りると降り注ぐ石片……と言うよりも今や石塊と言えるサイズになった破片を剣圧で振り払う。

 このペースだとあまり時間はない。

 

「けどセイバーさんは!?」

 

「私なら大丈夫です! 最悪エクスカリバーで全部吹き飛ばして--危ない!」

 

 私に気を取られて躊躇ったイリヤの頭上に特大の岩が迫る。

 間に合わない、そう思ったところでイリヤが掴んでいた凛が私の上に降ってきた。

 

夢幻召喚(インストール)--アーチャー--熾天覆う七つの円環(ローアイアス)!!」

 

 アーチャーと化したイリヤの右腕から七つの花弁が放たれる私の視界を埋め尽くす。

 かのトロイア戦争で大英雄の投擲を防いだと言われる伝説の盾。

 かつての神話の世界の一端がここに具現化される。

 

「あんのバ--こりゃなんも言えないわね」

 

 突然投げおろされたことに憤りを見せた凛だがその光景に溜め息をつく。

 今や際限なく落ちる空洞を完全に受け止めているその安定感は比肩するものがないだろう。

 このままなら完全にここが崩れ落ちようとも安全かもしれない。

 

「--っ!」

 

 そんなことを思い始めた頃、耳をつんざくような炸裂音とともに視界が突然真っ白になった。

 

 

 

 

 

 

「あいたた……なに? 暴発?」

 

「大丈夫ですか凛? 分かりかねますが随分派手に行ったみたいですね。 ほら、夜空が見えます」

 

「こんなんじゃなきゃ綺麗だなんだ言えたんでしょうけど……よいしょ、と。ごめんねセイバー、重かったでしょ?」

 

 上を見てみれば満天の星空。

 私に折り重なるように倒れていた凛が立ち上がると見える景色は別物になっていた。

 

「あら? ルヴィアも無事だったんだ。せっかくだから巻き込まれちゃえば良かったのに」

 

「そんな物騒なこと言わないで下さい……」

 

 凛はそんなことを言いながら近くに降り立っていたルヴィアと美遊に歩いていき私もそれに続く。

 辿り着いて見ると2人は完全に固まって同じ方向を凝視していた。

 

「2人ともどうしたって……え?」

 

「そんなバカな……!」

 

 その理由はすぐにわかった。

 私も凛も同じように固まる。

 なぜならその視線の先には……

 

「……ふぇ?」

 

「--」

 

「イリヤが……2人」

 

 魔法少女の格好をしたイリヤ、そしてアーチャーの格好をしたイリヤ、2人のイリヤがお互いに顔を見合わせていたのだから。

 

「ちょっ、あれなによセイバー!?」

 

「わ、私に聞かないでください! 魔術師である貴女達のほうが詳しいのでは? ですよね、ルヴィアゼリッタ」

 

「こんなの分かるわけないですわ! 突然ふらないで下さいませ!」

 

「私も分からないです」

 

 4人揃って分からない、という結論がでた。

 そうやってどうすればいいか決めかねていると片方が立ち上がるとゆっくりとこちらへと歩いてくる。

 

「やば、こっちきたわよ!」

 

「ですがあれが本物なのかどうなのか分かりませんしどうすれば!?」

 

「ええい、どっちでもいいわ! それじゃああいつははっきりするまでアチャ子よ! アーチャーの格好してるし!」

 

「ネーミングこそどうでもいいですわ! と言うかシンプルにダサいですわ!」

 

 凛もルヴィアゼリッタも完全に混乱している。

 私も整理がつかない内にイリ--アチャ子はそんな2人の脇を抜け私の目の前にまで迫っていた。

 

「えーと……」

 

 目の前に来ても全く分からない。

 どう見ても目の前にいるのはイリヤだ。しかしまだ向こうで呆けているのもイリヤだ。

 どう対応するべきか迷っているうちに彼女は満面の笑みを浮かべると聞き慣れない言葉を私に向かって口にした。

 

「やっと会えたね! おねーちゃん♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ミミちゃん歓喜展開へ(いきません)

どうもfaker00です。

クロちゃんは色々あって原作とは少し変わってます。無印編にちょろちょろと伏線ははっていたつもりなのですがいきなりなんだこれ?と思われる方もいるかもですがこちらのも楽しんで頂ければ幸いです。

それではまた!評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!

作者のモチベーション維持のために投票入れてやるよ、応援しに感想言ってやるよという方いらっしゃったら是非ともよろしくお願いいたしますm(__)m


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第2話 影

そろそろUA70000とかもう想像もしてなかったとこまできてる……



「えーと……それじゃあなに? あなたはイリヤの中に封印されてた別人格で、アーチャーのクラスカードを媒介に身体を得た、こう言いたいのかしら」

 

 椅子に座って事情聴取を行う刑事さながらに緊迫した空気を漂わせながら凛が凄む。一切の嘘偽りも許さないぞ、と。

 しかしその目には隠しきれない半信半疑、困惑の感情が見て取れた。

 

「まーそんなところね、色々と話したい人とか殺したい人はいるけど--どーしたのおねーちゃん? 顔色悪いよ?」

 

 そんな凛の追及に彼女はどことなくつまらなそうに淡々と答える。 

 ここまで様々な質問をされてきたが一度として言い淀むこともなくスラスラと答える姿に嘘があるとは思えない。

 更に私の変化に敏感に気付いて気遣う辺り本当に敵対する意思はないのかもしれないと思えた。

 

「いえ、出来れば放してくれると助かるのですが……」

 

 だが……私に取って一番の問題はそこではない。

 

「それは嫌」

 

「--」

 

 そう、これだ。

 ここまでは

 とりあえず話をしよう、あなたについて聞きたい、といった私の言葉に素直に従ってきた彼女だがこの言葉だけは完全拒否だ。

 崩落した洞窟から出てエーデルフェルト邸に辿り着き凛からの尋問が行われている現在までの約2時間、アーチャーの格好をし、私を姉と呼んだイリヤの片割れは一時としてしがみついた私の左腕から離れようとしなかった。

 

因みに私をおねーちゃんと呼んだ原因はやはりあの時のランサーの主人格を占めていたのが彼女であり、初めて優しくされた存在が私だから、と言うことだった。

 

「セイバー我慢して。この娘が大人しいのは貴女が側にいるからって可能性もあるんだから」

 

「そうそう、よく分かってるじゃない凛」

 

 なんて無責任な事をいう凛とそれに乗っかり腕に頬をすりつけてくる彼女。

 確かに姉と呼ばれて気分が悪いと言うことはないし、懐いた猫のようにくっついてくる少女の感触が嫌な訳でもない。

 だがいくら何でも2時間も正体すら不明な相手に密着されるというのは些か精神的負担が大きすぎる……!

 

「セイバーさん、ファイトです……!」

 

「私が2人、私が2人--」

 

「そうか、私に救いはないのですね」

 

 助けを求めて横にあるソファーに座っている美遊に視線を投げるが彼女から返ってきたのは右手のサムズアップとその言葉だけだった。

 因みに左手は彼女の膝の上に頭を乗せてうわごとを言いながら寝ているイリヤの頭を撫でることに全力を注いでいる。

 心なしか頬が紅潮しているのはそのせいだろう。

 

「申し訳ないですが今は我慢してください。いつまでもそうしているわけでもないでしょうし」

 

 壁に寄りかかって話を聞くことに終始していたルヴィアゼリッタが溜め息を尽きながらそう私に謝罪する。

 

 それは確かにその通りなのだが……ほんとにそうなのかと疑ってしまうほど今の彼女は私にべったりだった。

 

「まあこっちも聞きたいことは山々だけどとりあえずまずは貴女の名前を決めましょうか。

 あっちが私達の知ってるイリヤなら貴女もイリヤって呼ぶのややこしいでしょ? 何か希望あったら聞くけど」

 

 凛の提案は至極真っ当なものだ。

 あちらがイリヤなら彼女にも名前が必要なはずなのだから。

 

「え? うーん……」

 

 その提案が意外だったのか、彼女は目をパチクリさせながら顎に手を当てて考え込む。もちろん反対の手は私の腕をホールドしたままだ。

 

「何かいい名前ないかな? おねーちゃん」

 

 そして上数秒程考え込むと上目遣いでこちらを見て結局私に全てを投げてきた。

 

「私ですか……」

 

 とは言えその可能性も考えていなかった訳ではない。

 最初は混乱したものだが彼女の正体があの時の相手ならばむしろこうやって選択を私に委ねてくるのはむしろ当然なのだから。

 

「それでは……クロ、で」

 

「猫か」

 

「なんとも言えないですわね」

 

「私はおねーちゃんが言うならそれでいいけど……なんで?」

 

 私としては懇親のネーミングだったのだがどうやら不評なようだ。彼女さえもキョトンッと首を傾げている。

 けれど私も適当に決めた訳ではない。彼女とイリヤはほとんど見極めがつかないほど似ているがちょっとだけ違う所がある。

 肌が全体的に少し褐色なのだ。そして私にすがりついてくる様子は正に猫。

 彼女を言い表すに此処まで適当な表現は他にないと思ったのだ。

 

「はあ……まあそっちが納得するならそれでいいわよ、私は」

 

「いいじゃない! 私気に入った!」

 

 その旨を説明すると凛達はともかく彼女は納得したように顔を輝かせる。

 私にとってはそれだけで充分だった。

 

 

 

 

 

「それじゃあクロ、質問に戻るわ。さっきはあまりに自然だったから流しちゃったけど……話したい人、殺したい人って一体誰よ」

 

 弛緩していた空気が再びピンと張り詰める。

 そうだ、あまりにも無邪気な姿に忘れかけていたがクロは確かに言ったはずだ。

 殺したい人がいる、と。

 それは、決して見過ごせるものでも流せるものでもない。

 

「あー……言わなきゃダメかなやっぱり。ここで拒否はおねーちゃんも許してくれないよね?」

 

「ええ、クロ。はっきりしなければ貴女をどうしたらいいかわからない」

 

 私の言葉にクロはだよねー、と小さく漏らすとようやく私から離れる。

 そうして踊るかのように部屋の隅、私達を見渡せる位置に向かうとクルッと振り返る。

 

「私の目的はね……3人の人を殺すこと。私から全てを奪った人達を」

 

「--!」

 

 ぞっとするような冷たい声、そして雰囲気。

 今までの年相応の少女のものとは全くの別人、冷酷かつ非情なそれは魔術師と呼ばれる者達が一番近いだろう。

 突然の変貌に気絶しているイリヤを除く凛、ルヴィアゼリッタ、美遊も警戒するように各々の得物を持ち出し戦闘態勢に入る。

 

「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、アイリスフィール・フォン・アインツベルン、衛宮切嗣。アイリスフィールと切嗣はいないみたいだけどイリヤはここで……!」

 

「やめなさいクロ!」

 

 イリヤに向けた指先から充満する魔力とそこから形作られていく見覚えのある弓、その正体にいち早く気付き制止を試みるがそれは間に合うことはない。

 

「ごめんねおねーちゃん……おねーちゃんのことはなるべく巻き込まないようにするから--偽・螺旋剣(カラドボルク)--」

 

 本当に悲しそうに目尻に涙を浮かぶのが見えた。

 放たれる剣、迫る特大の魔力。

 しかし私の脳裏に焼き付いたのはそんなものではなく、今にも泣き出しそうな少女の横顔だった。

 

「--クッ……! 風王鉄槌(ストライクエア)!!」

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

「どうしたセイバー --セイバー?」

 

「……! シ、シロウ!? いえ何でもないです……」

 

「そうか? なんかボーッとしてたから疲れたのかと思ってさ。無理はしないでくれよ?」

 

 少し気を抜いた瞬間に寝てしまったのか。

 肩を揺さぶられる感覚で目を覚ますと心配そうに見てくるシロウの姿があった。

 

 それで思い出す。今のは3日ほど前の夢だ。

 結局私はクロの放ったカラドボルクを相殺するので精一杯で彼女は何処かへと消え去っていった。

 凛とルヴィアゼリッタは彼女がイリヤを狙っている、そもそもアーチャーのクラスカードと同化している以上放置しておくわけには行かないと言うことで日夜クロを探索している。

 私もそれに参加しようとしたのだが

 

「セイバーはダメ。あいつセイバーのことは好いてるみたいだし貴女がいたらどうせ出てこないわ。ま、後は何とかするから任せて起きなさい! 貴女はその間にも士郎のことを鍛えてあげて?」

 

 と言われてしまいこの3日間4人とは別行動になっている。

 出来ることなら自分でクロを説得したいのだが……それが難しいと言うことも凛の言うこともよくわかるからもどかしい。

 その間イリヤが帰ってくるたびにヘロヘロなのは何か問題が発生したわけではなく作戦などの都合上だと信じたい。

 

 

「そろそろ私も教会に戻らなければならんのだが……お前の体調が優れないなら送っていくのもやぶさかではないが?」

 

「いえ、大丈夫ですコトミネ。これから予定通り2時間ほど剣の鍛錬をしますので。お気遣いどうもありがとう」

 

 ガラガラっという音と共に道場の扉が開きそこから今まで士郎に格闘技術を教授していたコトミネが額の汗をタオルでふきながら現れる。

 その手にはペットボトルが3本握られており冷たいそれを彼は私達に手渡した。

 

 コトミネキレイ、元の世界でも名前だけは知っていたが接点はほとんどない。

 分かっているのは10年前の聖杯戦争と第5次聖杯戦争のどちらにも関わった唯一のマスターであるということと、あのキリツグが最重要人物としてマークしていたほどの使い手である、ということだけだ。

 聖杯戦争がなくなったことでこの10年が変わったのだろうが少なくとも私の見る限り誠実な人物だ。

 凛に頼まれたからという理由があるにしろシロウを熱心に教えてくれている。

 

 あくまでこちらの世界では、の話だがそれなりに信用してもよさそうな感じはしている。

 

「ところでコトミネ、シロウの具合はどうですか?」

 

「悪くはないが今のところ一般人の領域は出てはいない。本気の英霊と渡り合う、というレベルに達するには数年の修練が必要だろう……それこそ血の滲むような」

 

「そうですか--」

 

 シロウがシャツを変えてくると外に出たのを見計らってコトミネに質問するが返ってきたのはまあ予想通りの答えだった--だというのにそれに心の奥で落胆している自分がどこかにいることに気付き私は愕然とした。

 

 --なにを馬鹿な……今守るべきシロウと私の知っているシロウは別人だ、そんなことは分かりきっているのに私は今シロウにあちらのシロウの面影を探さなかったか?

 

 それは、あってはならないことだ。

 

「--何があったかは知らないが心に迷いがあれば死ぬぞ。少なくともお前が戦う世界はそのはずだ。」

 

 私の肩をポンと叩くとコトミネは外へ出ていく。

 扉が閉まり彼の足音が遠ざかってからも私は暫くの間自らのうちに生まれた葛藤に蹴りをつけられなかった。

 

 

 

 

 

「あれ? 言峰はもう帰ったのか」

 

「ええ、それでは剣の鍛錬を始めましょうか。手加減はしませんからね」

 

「こりゃ参ったな……」

 

 それでもやらなければいけないことはやるしかない。

 帰ってきたシロウと竹刀をもって向かい合う。

 私は決めたのだ、例えなにがあろうとも次に仕える相手は守るのだと。それに差し支える感情は必要ない、たとえそれが……一番大切な誰かに向けられたものだとしても

 

 竹刀のぶつかり合う音が静かな道場に響いた。

 

 

 

 

 

 

「いたた……こっぴどくやってくれたな」

 

「すいません。思ったよりも随分シロウの技量が上がっていたので少しやりすぎてしまいました」

 

「誉めてくれるのは嬉しいけどな……」

 

 1時間後、腫れ上がったシロウの腕に氷を巻く。

 苦笑いを浮かべる彼だが私の言葉は偽りない本音だ。シロウの力量は加速度的に上がっている。ほんの数日前まで素人だったとは到底思えないほどに。

 

 それも当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。

 魔術の師は当世では指折りの天才である凛に彼女のライバルであるルヴィアゼリッタ、格闘技術は英霊と張り合うという奇跡を成し遂げるだけの腕を持つコトミネ、そして剣術は私。

 自分も含めて語るのはおこがましいかもしれないが、これだけの面々が付きっきりで指導するというのはかなり強みだ。伸びないわけがない。

 それでも、私はシロウの成長に頬が緩むのを止められなかった。

 

「……? どうした、そんな顔して。なんか思い出したか」

 

「いえ、何でもないです--はい、これで終わりです」

 

「お、ありがとう……って言ってもやったのはセイバーだもんな」

 

 苦笑いしながら腕を回して士郎が立ち上がる。

 そうして靴をはいて外へ出ようとする。

 

「シロウ……? どちらへ?」

 

「今日はもう打ち止めだろ? 少し早いし家へ入ってお茶にしよう」

 

 

 

 

 

 

 

「--」

 

「和風の家は初めてか?」

 

「い、いえ。そういうわけではないのですが……」

 

 懐かしくてびっくりしたのだ、とは言えない。少なくとも私が「ここ」に来るのは初めてなのだから。

 

 道場でも感じたことなのだがこの屋敷はあまりにも同じなのだ。

 学校、街並み、どれも少しずつ変わっていたのだがここは違う。私がかつて過ごしたそこと全く一緒だった。

 キリツグが買い上げたというところまで一緒。流石に土蔵に魔法陣はなかったが違うのはそれだけだ。

 

 畳と座布団を指でなぞり、その懐かしい感触に浸りながら台所に立つシロウを覗き見る。

 

 --違う。シロウはシロウでも彼とは違う。

 

 再びダブる迷いを振り払うべく首をぶんぶんと振って頭に浮かんだ影を消す。

 何度となく私を救ってきた直感が告げてくるのだ。いつまでも固執するようなことがあればそれが命とりになるぞ、と。

 

 その日、シロウと2人で飲んだお茶はとても美味しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

「ゼルレッチ翁」

 

「どうした?」

 

「クラスカードの存在に教会も気付いたようです」

 

「また面倒だな……誰が動く?」

 

「……」

 

「先代、か」

 

「……はい」

 

「彼もかつては神童とうたわれた者だったのだがな。まあ成り行きを見守ろう」

 

「ですが彼相手は!?」

 

「焦るな。こんな事でダメになるようならあの2人もそれまでだということだ」

 

「分かりました……貴方の意志に従いましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうもです!

最近セイバーさんがプリヤ時空に引きずり込まれつつあることに気付き、違和感を覚えながらもこれはこれでと開き直り始めたfaker00です

クロが完全にシスコンなのはご愛嬌。シロウがSHIROU化待ったなしの指導体制なのも……

ある意味最初っから落ちてるのでクロ編は少し短めかもです。あと原作崩壊タグがそろそろ仕事するはず。

それではまた!
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第3話 覚悟

凛ちゃん可愛すぎた。
ですが今回凛ちゃんでませんごめんなさい。
なんとなんの脈絡もなくあの人の出番です。


 久しぶりに取り出した銘柄のタバコ、このタイプのものはあの日以降吸ってはいない。

 そうだ、ナタリアとその他大勢の命を天秤にかけたあの日以来だ。

 そこである意味エミヤキリツグという人間は死に、新たな衛宮切嗣が生まれたと言っても過言ではない。

 その際に色々なものを捨て、新たな者を得た。

 そしていま右手で握るタバコは真っ先に捨てた過去の思い出だったはず。

 

「今の僕はまだあの頃の僕に戻れるのか?」

 

 自問の答えはすぐに出る。

 答えは否だ。

 冷酷な殺人マシーンとしてのエミヤキリツグはナタリアをとった時にひびが入り、そしてアイリスと出会い、イリヤが生まれ、セイバーの願いごと自らの望みを断ち切ったことで完全に砕け散った。それが戻ることはもうない。

 

「だけど今の僕ではだめだ。大切なものを守るためには」

 

 皮肉なものだと切嗣は呟く。

 かつての彼は手の届くところにある小さな幸せを犠牲にしないために自分を捨てた。だというのに、今の自分はその幸せを守るために昔に立ち戻ろうとしている。

 これを皮肉と呼ばずなんと呼べば良いのか。

 

「あと5分か……」

 

 日本一大きく、人通りが激しいことで有名であり、毎日夕方過ぎにテレビを見ればニュースでそこの様子が映されるスクランブル交差点が切嗣の目前に広がっている。

 腕時計を見た後人混みを避け少し横にずれてその先へと視線を凝らすがあまりの多さにその中から目当ての人間を探すことは不可能とさえ思えた。

 

「前ならこんなもん朝飯前だったんだけどな」

 

 自嘲する。

 1km先からライフルで何処にいるかも、いつ現れるかもわからないターゲットを探すことに比べれば如何に人が多いといえども時間が指定されて更に自分に向かってくる相手を見つけるなど難易度は雲泥の差だ。

 だが今の自分はそれすらも簡単にはこなせない。

 

「--」

 

 握られたタバコの箱が手の中でクシャリとひしゃげる。

 あの日の自分の選択に後悔はない。少なくともこの10年はそう胸を張ってこれた。

 今もそれに変わりはない。だが正解だったのかどうかと問われると自信が揺らぐ。

 

「僕はここまでよわか--」

 

「切嗣さん!」

 

 家族の顔が過ぎり思わず口をつきそうになった弱音がどこかから自分を呼ぶ声にかき消される。

 

 随分と懐かしい声だがそれを聞き間違えることはなかった。

 再び交差点に目を移すと何百人という数の人がまるで波のように押し迫る中にただ1人明確に手を振ってこちらに向かってくる人影が見えた。

 その人物の顔を認めた途端切嗣は無意識に顔が綻ぶのを感じた。

 

「やあ、久しぶりだね--雁夜君」

 

 かつて聖杯戦争で自らが呪われた運命から解放した男、間桐雁夜。

 出会った頃の面影は内面的、そして「外面的」にもなくなり明るくなった彼との久しぶりの邂逅だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「一体何年振りになるかな?」

 

 切嗣は士郎と話をしたときと同じ喫茶店、同じ席に今度は向かい合う相手を雁夜に変えて座る。

 そして同じようにコーヒーをくるくるとストローでかき回しながら彼にそう訪ねた。

 

「5年振り……ですかね。イリヤちゃんの入学式の時に写真を撮らせてもらって以来ですから……イリヤちゃんは元気ですか?」

 

 雁夜は顎に片手を当ててむむっと考え込むと指折り数えてそう答えると、彼にとっても縁のある愛娘について聞き返してきた。

 

「そんなになるのか……ああ、元気だ。それにあの娘は今でもあの写真を机に飾っているよ」

 

 切嗣の答えに自分の写真が大事にされているということに嬉しさを覚えたのか雁夜は一見クールそうに見えるその顔をくしゃっと緩ませ破顔し、そうですか。と満足げに頷く。

 その笑顔は本当に爽やかなものだ。初めてあったときは違う意味で破れていた顔は今や好青年という言葉以外似合わないようなものに変わっている、というか戻っている。 

 流石に間桐の魔術の影響で変色した髪の色こそ白のままだが彼自身それはそれで味があると気に入ったうえで放っておいているようなのでそれはまあおいておいていいだろう。

 本当の理由がようやく懐きはじめていた姪に自分の外見の変化で怖がられたくないから、というのは火を見るよりも明らかだったこともある。

 

 とにかく間桐雁夜はこれ以上ないほど健全だった。

 

「それにしてもびっくりしましたよ。何の音沙汰もなかったのに突然連絡寄越すんですから」

 

「ハハハ、すまないね。偶々雑誌で君が今ロンドンで取材してるって報せを見たものだから……ナタリアには会えたかい?」

 

「俺の仕事がそれなりに順調に言ってるのが切嗣さんの役に立ててたなら光栄です。

 ええ、会えましたよ。かなりこっぴどくやられたみたいですけど」

 

 今まで柔らかなものだった雁夜の表情が真剣なものに変わる。ある意味それは10年前のそれに似ていた。

 その変化に切嗣も本腰を入れて集中する。

 

「ナタリアがやられたと言うのは信じ難かったけど……そうか、直接見たとあっては否定のしようもないか」

 

 ふーっと大きく息を吐くと切嗣は座席の背にもたれかかる。

 切嗣の元にナタリアが敗れたという報せが届いたのは大体一週間前だったろうか。

 流石に今の状態で日本を開けロンドンに飛ぶことも憚られたのでどうしようかと思っていたのだがそこで切嗣が思い出したのがフリーのライター、そしてカメラマンとして世界中を飛び回っている雁夜のことだった。

 雁夜はこの10年で地道に実績を積みそれなりに知名度も上がっていた。

 

 そのおかげで現在地を掴むことも容易く、偶然ロンドンにいたことを知り彼にナタリアの状態を確認してくるように頼んだのだが……残念ながら希望的観測というのは当たらないからそう希望なんて頭文字がつくらしい。

 

「それで、預かりものがあるんだっけ? まあ流石にそうでもなきゃ帰国することもなかっただろうけど……すまないね。仕事をほっぽりださせることになってしまって」

 

「いえ、他でもない切嗣さんの頼みですし。それに一度そろそろ桜ちゃんと凛ちゃん、それに慎二君の様子を見に帰ってこようと思っていましたからむしろちょうどよかった」

 

「遠坂……凛……」

 

 一度ナタリアの事で埋め尽くされていた頭に少女の顔が映った。

 6才というまだまだ幼く甘え盛りの年頃に尊敬する父を亡くし、全てを委ねることを出来た母は発狂し母と呼べる存在ではなくなった。

 そんな状態でさえ名家の次期当主としての自覚からか何もかもを抑え込んで気丈に振る舞っていた少女の姿が

 その時の記憶は切嗣の中で最後に不幸にした人の姿として今も鮮明に残っていた。

 

「切嗣さん、自分を責めないでくれ。時臣か、あなたか、どちらかが死ぬのは必然だった。もしもあなたが死んでいたら桜ちゃんはあそこから戻れなかった。

 あれはもう仕方なかったんだ。」

 

「すまないね……」

 

 その様子を見かねたのか雁夜が切嗣を慰める。

 仕方のなかったこと、片方を救えば片方が零れ落ちた以上どちらかを選び取るしかなかったのだと。

 

「それにね、葵さんやっと落ち着いてきたんだ。意識と記憶がようやく噛み合いだしてさ。まあ随分時間がたってその分記憶はすっ飛んでたり多少PDSDの症状が出てはいるけど、もう少し良くなったら俺は彼女を凛ちゃんと桜ちゃんに会わせるつもりなんだ」

 

「なっ!? それは--」

 

 本当かい?という続きの言葉は驚きのあまり出て来なかった。

 遠坂時臣の妻、葵は夫の訃報を聞くと壊れた。それこそ廃人のように。

 その姿を見た切嗣と雁夜は相談を重ね、彼女をそばに置いておくことで今度は凛が壊れることを危惧し交通事故を偽造、葵を死んだと偽って海外の専門病院に入れていたのだが……回復するとは切嗣は夢にも思っておらず、それは正に寝耳に水であった。

 

「だからそのことももう自分を責めなくていいんだ--それじゃあ本題に行きましょうか」

 

 にっこりと笑うと雁夜は大きめの茶色い封筒を鞄から取り出し切嗣な手渡す。

 その封筒には崩した筆記体でナタリア・カミンスキー、と署名がしてあった。

 

「ありがとう--なんてことだ……! 時計塔は愚か聖堂教会まで動いているというのか!?」

 

 その中身を見て切嗣は驚愕のあまり声を抑えられなかった。

 突然の大声に集まる視線に頭を下げると中に入っていた用紙をもう一度見返すべく更に手元に引き寄せる。

 しかしその内容が変わることはなかった。

 

 --クラスカードの存在に奴らが気づいただけでも問題だと言うのに既に実働部隊を動かす用意をしているだと!?一体ゼルレッチ翁は何を考えている? 

 遠坂の娘とエーデルフェルトを後継者候補とみているなら今すぐに危険を伝え、倫教に引き上げさせなければ命が危ないというのに!

 いや、彼女達だけではない。クラスカードに関わっていることが分かればイリヤと士郎も只ではすまない。セイバーがついているとはどういうわけか彼女は弱体化している。安心できる要素は何一つない……!

  

 切嗣を焦らせたのはその事実も勿論のことながら動き出している相手もだった。

 時計塔、協会からはナタリアを真っ向からねじ伏せたバゼット・フラガ・マクレミッツ、そして聖堂教会からは……かつて時計塔で神童と呼ばれ、飛ぶ鳥を落とす勢いで出世街道を爆走するも何の因果か鞍替えし、いまや最強クラスの代行者と誉れ高いケイネス・エルメロイ・アーチボルトがクラスカード回収任務に動き出しているとその紙にはあった。

 

 ナタリアが嘘をつく、もしくはダミーのネタにかかるわけがない。となるとこれは真実。

 闇の世界の奥深くへ踏み込んだ手練れとまだ10才になったばかりの愛娘が近く相対しようとしている。

 これは魔術師以前に父親として看過できることではない。

 

 

「切嗣さん」

 

「--なんだい?」

 

 完全に一人思考の海に沈んでいた切嗣を雁夜の声が現実に引き戻す。

 彼の目は昔のように鋭い眼光を放ちながら切嗣を見据えていた。

 

「あなたが何をしようと俺は詮索するつもりもなければ干渉するつもりもない。そもそも俺はもう魔術は完全に使えないしね。けどあなたに伝えておかなきゃならないことがある」

 

「いいよ、言ってみるといい」

 

「俺はあなたに救われた。あの時のあなたの目を見て俺は大丈夫だと信じることが出来たんだ。けどその直後に俺は全く違うものを見たんだ」

 

 切嗣はそれに心当たりがあった。

 10年前の冬木、そこでかつての自分を呼び覚ました時は3度あったはず。

 遠坂時臣との戦い、セイバーの思いをへし折ったとき、そして……

 

「臓硯を倒したあの時……切嗣さん、あの時のあなたは間違い無く強かったよ。まるで機械のような冷徹さと胆力。本当にどうしようもないくらいに。けど……」

 

 雁夜がそこで言い淀む。

 一体なんと表現すれば良いのか分からない。そんな風に。

 

「けど……同時にすごく危なっかしいというか……今にも崩れそうなほど脆く見えたんだ。矛盾してるかもしれないけど」

 

 切嗣からすれば納得だった。その通りなのだから。

 驚くべきことがあるとすればそれを妻のアイリ、そして右腕として戦ってきた舞夜以外に看破されたということだ。

 だからこそ、敢えて彼はなにも言わず黙ってその先を促した。

 

「あなたの過去に一体何があってあれだけのものを己の中に引き起こしたのかはわからない。だけどあれはあなたが人である以上起こしちゃいけないものだ、いずれあなたを殺す。

 だからお願いだ、あの目にはもうならないでくれ。イリヤちゃんと士郎君の為にも」

 

「--」

 

 それは頼みというよりも懇願に近いものだった。

 もしかすると雁夜は分かっていて、それでも尚言わずにはいられなかったんじゃなかったのかと切嗣は思った。

 間桐雁夜は衛宮切嗣の今後の行く末が朧気に見えているのではないかと。

 

「ああ、分かっているよ。僕はイリヤと士郎の父親であることを望んだんだ。ならあの時の僕には戻れないよ。そんな父親は自分自身許せない」

 

 だからこそ、嘘をついた。

 雁夜は日の当たる世界へと踏み出している。そんな彼を少しでも裏に引きずり込むことは切嗣にとってありえないことだった。

 

「本当にか……?」

 

「約束しよう。僕は彼等の父親でありたいんだ」

 

 その嘘は切嗣自身びっくりするほどすんなりと口を出た。

 その願い自体は、間違い無く本当だったからだろう。

 

「そうか、安心したよ」

 

 雁夜は本当に安心したように笑った。

 その言葉に切嗣の心がどこまで痛んだのかはわからない。

 

「それよりも少しは明るい話をしようじゃないか……そうだな、可愛い子ども達の成長について、なんてどうだい?」

 

「いいですね。僕としては桜ちゃんが士郎君とくっついてくれればと思うんですが……」

 

「ふふっ、それはなかなかに妙案かもしれないね」

 

 和やかな雰囲気が流れる。

 しかしそれは仮のものだと切嗣だけは分かっていた。

 

 皮肉にも覚悟を決めさせたのは雁夜の心からの心配だったのだ。

 父親でありたいと思うならば彼の言葉は抑止としては最良のものに違いない、しかし遅過ぎた。切嗣の思いはその段階を遥かに飛び越えていたのだから

 

 

 --例え士郎とイリヤが望まないとしても、僕は彼等を……

 

 ここに衛宮切嗣は、どんな手段を使ってでも10年前の自分を呼び起こす決意を固めてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうもです。

--皆さんの言いたいことは分かります。
セイバーさんはおろかイリヤも凛ちゃんもルヴィアも美遊も出てこないとはどういう了見だこらぁ!!

という声がパソコン、スマホを通して聞こえてきそうですね。すいません。

たまにはこういうこともあります。反省はしてますが後悔はしてません。

それではまた。評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております。

psお気に入り1200突破ありがとうございます。あと感想は明日朝返します。



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第4話 遭遇

通算UA80000突破感謝です


「んで、クロが見つかる兆しはないと」

 

「仕方ありませんわ。あんな存在は稀有にも程がありますし……既存の探知に引っかかなくとも不思議ではありません」

 

「まあそうなんだけどさ……ここまで音沙汰なしとなるとちょっとねー」

 

 そこまで言うと凛はルヴィアの自室の如何にも高級そうなソファーにドカッと腰を降ろした。

 その吸収性は半端ではなく、凛はまるでどこまでも沈んでいきそうな錯覚さえ覚えた。

 

「ああ、このまま全部忘れて深い眠りに沈みたい……」

 

「遊んでいる場合ではないと--まあその気持ちも分からないとは言いませんが」

 

 呆れたように凛を窘めるルヴィアだが彼女は彼女で声に覇気がない。というより最後の方は凛の言葉を肯定するという珍しい事態が起きている。

 疲労困憊のていでこれまた高級感溢れるテーブルに上半身を投げ出すような形で座る彼女の目の下にはほんのりと隅が出来ていた。

 

 クロの登場から1週間、2人にイリヤと美遊を加えた4人でのクロ捜索は毎日のように続いていたが、彼女の確保はおろかその姿を見ることすら叶ってはいなかった。

 

 --セイバーは英霊だけど感知は出来ないし……よくよく考えたらあの娘思いっきり戦闘特化なのよね……というよりも他のことは出来ない

 

 目の前に青銀の騎士がいてその言葉を聞いていたならばアホ毛ぴょこぴょこと揺らしながら「失礼な!」と怒りそうな事を考えてしまうのも疲労ゆえだろうか。

 

 手詰まりになった思考はもはやまともに生産性のある答えを導く気はないと言わんばかりに下らないことのみにその回転速度を上げる。

 今の2人の姿を見て、まさか時計塔の首席候補だとはだれも思うまい。

 

 

「学校休んで何日目だっけ?」

 

「3日ですわね……そろそろ行かないとシェロに怪しまれそうですわね」

 

 ルヴィアの答えに凛は何の毛なしに3日かー、と上を向いて復唱する。

 特にこの3日間は寝る時間以外の全てを注ぎ込む勢いで探しているのだ、だというのに手掛かりすらない。

 その徒労に終わった時間の大きさを改めて実感し凛は大きく息をついた。

 

「明日は学校に行きましょう。きちんとした高校生活を送る、というのもゼルレッチ翁の課題の1つだしね。

 あの化け物のことだしあんましサボってるとどこからか聞きつけてくるわよ」

 

「同感。他の人ならバカバカしいの一言で済ませられるのですがあのお方だけは別です。やりかねないですわ」

 

 何故、こんなめんどくさい制約までついているのか。

 凛は襲い来る頭痛に顔をしかめた。

 

 協調性を学べ、もちろんその主となる高校生活はキチンと送れ。

 

 自分達をこんな所に送り込んだ張本人の言葉だ。

 元の原因が自分にあるのは凛とて分かっているし、学生生活そのものに不満はない。むしろ好きだ。

 だが今はそんなことをしている余裕はないのだ。

 

「……となると次がラストチャンスですわね。今2時過ぎですし少し仮眠をとって美遊とイリヤスフィールと合流して何としてでもクロを見つけ出しましょう」

 

 ルヴィアの言葉に凛が首を斜めに傾けると確かに時計の針は頂点を遙かにすぎてそろそろお昼時とは言えない時間を指し示している。

 その方針に異存はない。

 

「そうね、けど休憩前にきっちり方針だけは決めておかない? 多分だけど闇雲に探したところで見つかるとは到底思えないわ」

 もう一度頭を働かせるべく凛はソファーから立ち上がり、1つ大きく伸びをするとルヴィアがぐったりしているテーブルに置いてあるティーセットに手を伸ばし2つのカップを芳醇な薫りの紅茶で満たす。

 そうして椅子を引き座ると片方を自分の手元に引き寄せ、もう片方を向かいあう位置のルヴィアの前においた。

 

「ほら、もうひと踏ん張りよ。砂糖ぶっこむでも何してもいいからとにかく頭動かしなさい」

 

「そんなことをしたらせっかくの香りが台無しではないですかこの野蛮人……まあ気が利いていた点だけは褒めてあげましょう」

 

 机に突っ伏していたルヴィアがのそっとその身体を起こす。

 凛のあまりにも不作法な言葉に非難するような視線を一度向けるもその香りに生気を取り戻したのかそれ以上の文句を言うことなく1つ礼を述べた。

 

 「それで? 何かアイデアが? こう言ってしまうのもなんですが思い付く限りの手段は一通り試したと思うのですが……」

 

「まあそこよねー……」

 

 言ってみたは良かったが凛自身アイデアなんてものは持っていなかった。

 そんなものは全て試していたのだから。

 

「魔力残滓追跡、ルーン魔術、ダウジング式、固定式使い魔、そして私達特有である宝石、他にも精度の高いものを数種類、他に何があるかと言われれば」

 

「それこそそれに特化した魔術師じゃないと苦しいわね。メジャーなものは精度が高いからこそメジャーなんだし」

 

 現状を確認し同時に溜め息をつく。

 詰まるところなにも良化していない。魔術とて万能ではないのだ。

 

「となるとなにか意外性のあるものに懸けるしかないわよね」

 

「意外性……とは?」

 

「こういう膠着を突き崩すのはいつも意外なものじゃない。ほら、時計塔でもそうだったような」

 

「まあ……否定はしませんが」

 

 凛とルヴィアが時計塔で二人揃って主席候補と並び称されるのはなにもその能力の高さのみではない。

 そらならば少しは評価が傾いてもおかしくない。しかし彼女達は常に二人で称えられる。それは何故かというと、単独の時よりも遥かに二人で組んだときのほうが成果を挙げるからだ。

 

 本人達が納得しているかは知らないが彼女達はコンビとしては相性が良い。

 直情型兼行動派の凛、そして冷静沈着理論派のルヴィア、能力の高さも相まって二人が組むとやたらと結果をだすことから、犬猿のベストコンビと人は彼女達のいないところで賞賛した。 

 

 そして行き詰まったときに突破口を見出だすのは大抵凛のほうだった。

 だからこそルヴィアも凛の投げやりにも見える、いや。完全に投げやりな言葉にも否定はしなかった。

 その時、色々どん詰まり疲弊はした凛の頭の中では策とは言えないような策が浮かんでいたことにも気付かずに。

 

「と言うわけで、ちょっとだけ試してみたいこと思い付いたんだけどいいかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

「ってなんなのこれー!? え? なに? 何で私宙吊りになってるわけ!?」

 

「ルヴィアさん……これは?」

 

「……私は知りません」

 

 数時間後、凛渾身の策は形となった。

 満足げに草むらのなかに紛れドヤ顔を浮かべる。両隣でドン引きする美遊と何か自分の至らなさを責めるように下を向くルヴィア。

 しかし凛にはそんなものは見えていなかった。

 

「ちょっと凛さん!? 降ろしてよー! 言っておくけど私にはそういう趣味はないからね!?」

 

「そう、じゃあ忠告。 その縄 、動くと余計にきつくなるわよ」

 

 木から縄一本で吊るされ、涙目になりながらも必死に抗議の声を挙げるイリヤに警告するも既に時遅し。

 次の瞬間。イリヤは、へっ? と気の抜けるような声を出したかと思うと直後うきゃー!? と苦悶の声を挙げる。

 見る人が見ればそれで何日間の情欲を満たせるような被虐心そそられる光景だが凛は大真面目だった。

 

「押してダメなら引いてみよ、ってね。色々試してダメだったから一度トラップの原点に立ち返るのもありかなって 」

 

 躍起になるから逆に泥沼にはまるのだ、と凛は力説する。時にはこのような単純な思考が活路を開くと。

 

「あの……流石に原始時代に立ち返る必要はないかと」

 

「同感ですわ。他に言うことはないとしか」

 

 しかし反応は散々たるものだった。

 特にルヴィアのそれは辛辣で、夕暮れの空を飛び回るカラスの鳴き声も相まってその場に変な空気が流れたのは言うまでもあるまい。

 

「う、うっさいわね! 見てなさいよー絶対にクロは来るから!」

 

 だと言うのに何故か凛の自信は揺れなかった。

 美遊のジト目にも、ルヴィアの凍るような視線にもめげることなく抵抗を止めなすがままに宙でしくしく涙を流すイリヤをじっと見つめる。

 その姿は滑稽--

 

 

 

「え--」

 

「嘘ですわ--」

 

 の筈だった。

 

「ははは! やったわ! だから言ったでしょ!?」

 

 驚愕するルヴィアと美遊を尻目に凛が歓喜の叫びを上げたのはそれから数分後のこと。

 祈るように見つめていた彼女もいい加減冷静になり、こんなもん無理か、と諦めようとしたところ奥の草むらががさごそと動いた。

 最初は見間違いかと思ったがそれは長く明らかに不自然だったのでそちらに注意を移す。そしてじっと待ってみると、ひょっこりそのなかから1週間求め続けたターゲットが顔を出したのだ。

 

「--?」

 

「あ、あわわ……ひゃい!?」

 

 興奮する凛の視線の先でクロが不思議そうな顔をしてイリヤのお臍のあたりをツン、と触る。

 そうして変な声を挙げたイリヤを本物と確認すると怪しげな笑みをこぼした。

 

「ふーん……なんでか知らないけど本物じゃない……じゃ、ここで殺そうっと」 

 

 その言葉で、凛含む3人は我に帰った。

 

「やば!?」

 

 凛は失念していた。

 イリヤを縛っている縄に彼女自慢のある仕掛けを施していたことを

 

「貴女バカですの!? 魔力循環の抑制だなんて無駄に手の込んだことを一体何のために!」

 

「だってそうでもしなきゃあのチキン(イリヤ)が大人しくしてるわけないじゃない!」

 

 たたでさえ臆病、怖がり、痛いのが嫌いなイリヤ。彼女が今の状態に我慢できるかと言ったらNOだ。

 

 その為に凛は手を打った。それが彼女が時計塔時代に考案した魔力抑制の術式を施した縄による拘束。

 出来ることなら任務をローコストでこなしたい=相手を無力化するほうが早い。という動機から研究を始めたものだが思いの外上手くいき、彼女の財布事情は幾分かましになっていた。

 

 そんなものでぐるぐる巻きにされているイリヤは転身こそしているものの、能力としてはただの一般少女と変わらない

 

「とにかく行きます……! サファイア!」

 

 言い合う二人を置いて美遊が真っ先に飛び出していく。

 クロから彼女達が隠れている草むらまではせいぜい15m、一息で詰められる。

 

「ああもう! とにかく獲物は出たんだしさっさと行くわよ!」

 

「こら! 待ちなさいトオサカ!」

 

 それを好機と見て凛もルヴィアから逃げるように駆け出す。

 自分のうっかりが原因である以上口喧嘩をしても勝ち目がないのはよく分かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「シュート!」

 

「「 フォイヤ!」」

 

 三者同時に放った攻撃はクロとイリヤの僅かな隙間へと吸い込まれるように向かっていき、爆散。

 巻き起こる土煙が視界を奪うなか彼女達はイリヤの前へと立ちはだかる。

 

「ふええ……凛さんのバカ……」

 

「あーごめんごめん、私が悪かったから、ね?」

 

 涙目、というよりも既に半分以上泣き出しているイリヤの縄をあやしながら解く。

 流石にやり過ぎたか、と凛が内心反省しながら手を進めていると不意に底冷えするような冷たい声が聞こえてきた。

 

「へえ、罠だったんだ。やるじゃない凛」

 

 土煙を突き破り飛んでくる中華刀。

 それに凛はすんでの所で気付き横に飛んで回避する。

 勢いからゴロゴロと二三回転がった後口許に付いた土を払いながら顔を挙げると既に視界は開け、その向こうで1週間ぶりに見る弓兵の姿をしたクロが仁王立ちしていた

 

「ええ、まあそれはいいじゃない」

 

 立ち上がりそんなクロを睨み付ける。

 ようやく会えた、だが本番はここからだ。

 

「それで? 罠だとしてこれからどうする? 4対1で逃げられるなんて思わないでしょ」

 

 こちらの有利を全面に押し出す。

 出来ることなら無条件降伏が理想なのは間違いない。こちらとて、クロを倒したい訳ではない。

 イリヤを殺すなんて物騒な事を言いださなければ、少なくとも今のところはという条件こそつくものの敵対する必要はないのだから。

 

「冗談、たった四人で私のことを止められると思ってるの? おねーちゃんもいないのに? バカね。そもそも今のイリヤなんて戦力にカウント出来ないのに」

 

「どういう……こと?」

 

 しかし、クスリと笑いながらの返答はとりつく島もないものだった。

 それどころか何か気になるようなフレーズまで残してくるというおまけつきだ。

 

「気付いてるだろうけど私はイリヤの中から生まれてるのよ? その時に大部分は持ってっちゃったから……ほら」

 

 クロが手に持っていた双剣を手放し地面に落とす。

 そして無防備なままに両腕を横に大きく広げ、ようやく拘束が解かれ凛の隣に立つイリヤにその視線を向けた。

 

「一発だけチャンスを挙げるわイリヤ。私はなんもしないから全力で一撃叩き込んでみなさい」

 

「なっ……!?」

 

 その言葉に驚いたのは指名された本人だけではない。

 凛も同じように愕然として、大胆不敵に笑うクロを見る。

 

 --正気とは思えない……けどあの目は

 

「嘘とも罠とも思えないですわね。あの自信は一体……」

 

「本当に食らう気、ってことかしら」

 

 全く自然だったのだ。

 通常フェイクを混ぜた発言は何かしら普段とは違いが出るのだ。言葉自体が震えたり、目が泳いだり、もしくは身体のどこかが特有の不自然な動きをしたりと言った具合に。

 しかし今のクロは違う。自然体も自然体、今日どこか遊びにいこう。と軽く言うように言ってのけたのだ。

 

「バカじゃないの? そんなん信じるわけ--」

 

「別に信じろなんて言ってないわよ。けど凛、貴女はイリヤにやらせるわ。だって今の貴女はもう疑ってるもん。敵を知り、己を知れば百戦危うからず。

 私のこともよくわからないのに今度は自分達までどうかわからなくなった。そんな状態で勝負をかけるほど貴女はバカじゃない、けど同時にこのまま退くほど物分かりは良くないもの」

 

 牽制は見透かされている。

 時間稼ぎも誘導も無駄だとこちらを見据えるクロの目は自信に溢れていた。

 だが、その姿に凛は妙な違和感を感じていた。

 

「正解……けど分からないわね」

 

「何がよ?」

 

「私のこと、貴女分かりすぎよ。イリヤの中で見てたとかにしても理解されすぎてる。私、そこまで自分の事を見せた覚えはないわよ」

 

 あまりにも遠坂凛という人間についてクロは理解しすぎている。

 凛が違和感を覚えたのはそこだ。直接話すのは初めて、イリヤとも大した時間は過ごしていない。だというのにクロは、まるで旧知の友であるかのように凛について語った。

 この理由がどうしてもわからなかった。

 

「うーん……何でって言われると困るんだけど……」

 

 クロがうーんと腕を組んで考え込む。そのまま数秒ほど困ったように考えこんでから口を開いた

 

「時々見えた、からかなあ。それこそ何年も前から」

 

「はあ?」

 

「私にも正確には分からないわ。見えたのも貴女だけど正確には貴女じゃないだろうし」

 

 これ以上は答えようにも答えられないから追及はなしよ、とクロが会話を打ち切る。

 凛からすれば要領を得ないどころの話ではない、それどころか無駄に謎が増えたが不思議とそれ以上は聞いても無駄だろうとなんとなく納得してしまった。

 

「じゃ、早くしましょう。来ないっていうなら私の方からいくし。せっかくだしチャンスを活かしたほうがいいと思うけど?」

 

 元に戻ったクロがそう告げる。

 もうこちらに選択肢はなかった。

 

「はあ……思い通りってのは気に食わないけどやるしかないか。イリヤ、一発ぶちかましなさい。それでなんかあってもそれはあいつの自業自得だから」

 

「はーい」

 

 大体会話の流れから察していたのか、イリヤが文句もなく前へ出る。

 そしてルビーをクロに突き付け魔力をため始める。

 

「全力全開……フォイヤーー!!」

 

「……!」

 

 集束する魔力束、濃い密度のそれがクロを呑み込まんとせまる。

 たがクロは逃げない。余裕めいた笑みを浮かべたままだ。

 

 そしていよいよ、本当によけないのか!?と凛が思った直後何か視界の端に銀色の何かが写った。

 

 

 

 

 

 

 

「Scalp--!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




悲報、作者の執筆を支えてきたスマホ、突如機能不全に。
そして代わりはめっちゃ使いづらい。

どうもです。そんなこんなで遅れました。
慣れないとまともに文字打てない……早く新しいのに変えなければ。

とまあ愚痴は置いておいて本題へ。

おかしい……主人公が連続で休みだ。
凛ちゃん出したすぎて喰ってしまうとは。

そして最後に現れた謎の声。一体だれなんでしょーねー(棒読み)

それではまた!評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!
作者のモチベなのでどしどしお願いします!
やっぱり投票の数増えてるとおおっ!てなるし、感想来ると返しとか頑張ろうってなるし、お気に入り来るとなんとなくニヤニヤしちゃう。人間ですもん。



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第5話 切開

 

「全く! どうなっているっていうんだ!」

 

 生徒達が見たならば、そのあまりの乱心ぶりに驚くであろう乱暴かつ珍しい言葉遣いと共にロード・エルメロイ・2世ことウェイバーは自室のソファーに座り込んだ。

 その眉間にしわが寄り、そわそわしているように動く組んだ手からは明らかな苛立ちが見えた。 

 

「こんな風に癇癪を起こすなんて10年前以来じゃないか!? ああもう! それもこれも全部ケイネスのせいだ! なんで今更こんな面倒なことに!」

 

 誰もいないことを良いことに喚き散らす。

 その姿はかつての矮小でプライドだけ高かったウェイバー・ベルベットでそのものであり、少なくとも時計塔で抱かれたい講師ナンバーワンの座に輝いた大人、名門アーチボルトの未来を担う者の姿ではない。

 

「まあ……クラスカードなんてものが出て来た時点で嫌な予感はしていたけどさ……」

 

 ゼルレッチ爺が好奇心に笑顔を見せ、時計塔の人間は血眼でその解析や情報収集に当たり始めたとき、ウェイバーは内心の動揺を悟られないようにポーカーフェイスを作ることに全神経を注いでいた。

 

 誰も見覚えがあるはずのないそれに、間接的ながら心当たりがあったから。

 

「ライダー……」

 

 なぜか日本へは行けなかった。と言うよりもイギリスから一歩も出ることは出来なかった。一般人含め全国民が動揺した空、海、交通経路の完全ストップ。

 今でも目的不明の最大テロとしてことあるごとに語られるアクシデントによって彼とそのサーヴァントは聖杯戦争に参戦することすら叶わなかった。

 

「あの時あいつはとても哀しそうな目をしてたっけ……もしかしたらあいつ、こういう風にいつかしっぺ返しが来るのを分かってたのかな」

 

 久しぶりに思い出した毛むくじゃらな顔、豪快だったその男だが最後にウェイバーが凝り固まった意地のみで命じた命令に酷く寂しげな目をしていたはずだ。

 自分は勝負がついたはずの相手を無駄に辱めた。

 そして彼は覚悟を決めたように口を開こうとして直後に消えてしまった。その時に。

 

 ウェイバー・ベルベット唯一の勝利にして絶対の空虚。

 

 とあるウェールズ地方の森でのケイネス・エルメロイとそのサーヴァントとの決戦。

 

 その戦いはまだ終わっていない。10年の時を経て自らが後見人を努める少女が全てを背負おうとしている。

 

「すまないな……トオサカ」

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 接近。そして退却。何度も繰りかえされる行程に突破口は未だ見えない。

 幾度となく積極果敢に迫る少女達だが変幻自在に形を変えるそれはその進撃をいとも容易く完封する。

 完全なる鉄壁。

 

「ぐっ……!」

 

「ルヴィア!」

 

 静から動への一瞬の変化、突如伸びた銀刺を避けきれず凛の目の前でルヴィアの腕から鮮血が迸る。

 

「この程度掠り傷ですわ! それよりも!」

 

 血の流れ出る左腕を抑えながら彼女は凛の隣までステップを踏みつつ退却する。

 その衣服は所々裂け、額には大量の汗が滲んでいた。

 しかし再三の特攻で何かを掴んだのか、そんなものはどうでもいいと強い口調で凛に向き直る。

 

「ええ、間違いないわね。あの銀色……心当たりがあるわ。水銀を用いた魔術礼装なんてそうそう聞かないもの。10年前まで時計塔で名を馳せた天才講師、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。今は行方知れずって聞いたけどなんでこんな厄介なのがクロのことを……!」

 

 導き出された答えに凛は内心の動揺を抑えられなかった。

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトと言えば名門アーチボルト家の出自で、かつて時計塔の最年少講師にも抜擢され神童の名をほしいままにした男だ。

 10年前に突如として協会、そして家から離反したしたときには一大抗争が勃発しそうな勢いだったが……今でもその実績は時計塔内で語り継がれている。

 言うならば凛やルヴィアにとっての大先輩と言えるのが彼だ。そんな人物がその代表的礼装とともに立ちはだかる、悪夢か何かと信じたかった。

 

「……!!--!?」

 

 半透明の水銀が球状の檻となってクロを拘束している。

 中でクロも抵抗するが全くと言って良いほど効果はない。

 

月霊髄液(ヴォールメンハイドラグラム)、話に聞いたことがありますがここまで隙がないとは」

 

 ルヴィアも忌々しげに舌打ちしながらその光景、そしてその隣にいる男を睨み付ける。

 上空から攻撃を加えていたイリヤと美遊も降りてきて並ぶように立つ。

 そんな4人を前にしても敵は微動だにしなかった。

 

「なるほどなるほど……これが今の時計塔候補の実力か。いや、実に素晴らしい」

 

 数秒の睨み合いの後、沈黙を破ったのはパチパチという拍手の音と彼女らを賞賛する声だった。

 だがその賛辞は額面通りに受け取れるものではないのはない。

 黒い神服に身を包み、オールバックにしたブロンドヘアに手を当てる。ケイネス・エルメロイ・アーチボルトが凛達を言葉でこそ賞賛しながらも見下しているのは明らかだった。

 

「名門エーデルフェルトの跡継ぎに、この土地のセカンドオーナー遠坂か。どちらも家柄としては相応しい。加えてガンド打ちと宝石魔術の腕も類い稀なセンスの賜物とみた。私が今も講師を勤めていたならば確実になにか爵位を手に入れされることが出来ただろう逸材だ」

 

「我が家のことを褒められるのは悪い気はしませんが……」

 

「ごめんルヴィア、私あいつ嫌いだわ」

 

 凛は直感的に感じた。

 どれだけ有能な魔術師かなんだか知らないがこいつは苦手だ、と。

 この冬木から時計塔に留学したのは2年前のことだったか、遠坂凛という人間を自分自身の目で見て判断する人、そして家柄だけを見て判断する人。二種類の人がいたが凛は後者とは悉くウマがあわなかった。

 そして凛から見てケイネスは完全に後者だった。

 

「そして--」

 

 ケイネスが凛とルヴィアからイリヤ、そして美遊へと視線を移す。

 

「なぜそんな珍妙な格好をしているのか理解に苦しむが……制作者のゼルレッチ爺も一筋縄ではいかない人物として有名だ。そこに何かしら理由があると考えていいだろう。少なくとも感じる魔力は段違い、それだけで十分だ」

 

「ルビーとサファイアの事を知ってる……?」

 

「知ってるに決まってるでしょ。多分今でも貴女よりよっぽど分かってる」

 

 不思議そうな顔をするイリヤを窘める。

 

 元々ケイネスは魔術協会の中枢に実力を持って相当に近づいた人物だ。今は離れているとはいえ私やルヴィアよりも遙かにその裏や機密に対する情報を持っていてもなんらおかしくない、むしろ知っていて然るべきだ。

 そう凛は考えていた。

 

「それで、なんで貴方がクラスカードに関与しようって?」

 

「上からの指示というやつだよ。今の私は代行者だからな」

 

「はあ!?」

 

 その答えに凛は素っ頓狂な声を挙げ、隣ではルヴィアが眉をひそめる。

 魔術協会と対をなす聖堂教会、血みどろの抗争を数多く繰り広げたこの二つの組織だがその原因はその成り立ちと教義の違いにある。

 魔術協会の目的が、表向き神秘の秘匿を志し、裏ではその発展とするのに対して教会のそれは異端を全て排除し、人の手に余る神秘を管理すること。

 どう考えても合うはずがない。

 

 それ故に争いは絶えず、今も表面上は不可侵の条約が結ばれているとはいえ至る所で小競り合いと言う名の殺し合いが起きているのだ。

 だと言うのにその教会、それも異端排除の最前線を行く代行者が魔術を使うなど有り得るのか? 有り得ない。個人として使える、というのは十分ある。だが少なくとも任務で使うようなことはない。そんなことをすれば自分が排除される側になりかねないのだから。

 

「随分と不思議そうな顔をするではないか。教会のルールは確かに厳しい、だが例外は常に存在するのだよ。さあ、久々に有望な魔術師の卵を見て元講師の血が騒いだのか今の私は機嫌が良い。

 答えられたなら君達の疑問にも答えようではないか。課外授業として、ね」

 

 そんな凛の反応を楽しむようにケイネスはクスクスと笑いながら両手を広げ慇懃な口調でそう言った。

 

「神の奇蹟……教会の認める唯一の神秘。ですがそれは--」

 

「正解だ、エーデルフェルト君。全くもって素晴らしい。そうだ、教会は神の奇蹟のみを認め他の全てを排除する……なら私がこの立場にありながら魔術を行使している理由もおのずと見えてくるのではないかね? そして遠坂、君ならその理由をよく知っていると思うが」

 

「私が……?」

 

 即座に答えるルヴィアを再びの拍手とともにケイネスが遮り凛に問い掛ける。

 しかし凛はなぜ彼が自分を指定したのか分からなかった。

 

 こいつが言いたいのが、クラスカードが神の奇蹟に関わってるから魔術行使を例外的に認められているってことはまあ分かる。

 けどなんで私なの?その情報に関しての知識はルヴィアと私でそう大差ない。わざわざ指名する理由が--

 

 そんな理由に心当たりはない。私がクラスカードの事を知ったのはルビーを渡されたあの日、ゼルレッチ爺の部屋でのことだ。

 なにも詳しいことなど知るはずがない。

 凛の中で結論は出なかった。

 

「……? その反応、まさか本当に分からないというのか?」

 

「--なっ!?」

 

 そんな凛を見て今までずっと笑みを浮かべていたケイネスの表情が崩れる。

 そしてその変化に4人全員一歩後ずさった。

 

 笑顔が崩れた。それはまだいい、問題はその変貌ぶりだ。どことなく上品な感じのしていた面影はない。

 狂ったように血走る目、額に浮かぶ血管、そして何か屈辱を思い出したかのように奥歯をぎりぎりと鳴らす。そこにエリート、天才の風格はなく、凛達の前に立っているのはただの狂人であった。

 

「ふざけるなよ小娘が……! エーデルフェルトはともかくよりにもよって御三家の一角である遠坂の跡取りが知らないだと!? 確かに本物の奇蹟ではないものの教会、そして時計塔のどちらも重要観察対象としてマークしていた聖杯を、そしてなにより私の人生を狂わすに至った願望機を! お前が!」

 

 ツバを撒き散らしながら、大きく手を振りながら喚き散らす。

 その目は既に凛達を見てはいない。どこか虚空の先の何かを見据えていた。

 狂気、それ以外の表現はたとえどのようなものでもケイネスには当てはまらない。

 

「聖杯……戦争……ですって?」

 

 だがそれは凛達も同じだった。

 全員思わず顔を見合わせる。ほとんど何を言っているのか分からないなかその単語だけははっきりと聞き取れた。

 確かに思い当たる節がある。だがそれは--

 

「どういうことなのルヴィア……聖杯戦争って……」

 

「分かりませんわ……ですがあれはセイバーの」

 

 私もルヴィアと同じ表情をしているのだろう。

 今までになく狼狽えるルヴィアを見て凛はそう思った。

 

 聖杯戦争、その言葉を聞いたのはだいたい2月前のことだったか。

 セイバー、彼女が初めて現れたあの日。

 なぜか自分の事を知っていたイレギュラーな英霊がまるでおとぎ話のように語った闘い。平行世界の自分が戦ったという苛烈な争い。そして、この世界にはあるはずのない闘い。

 だが今ケイネスは間違いなく口にした。聖杯戦争、と。この世界の住人である彼からなぜその言葉が出てくる?

 

 そんなこと、分かる訳がない。

 

「そうだ! 本当に知らないとは一体どうなっているのか理解に苦しむ! 数十年に一度、万能の願望機を巡ってサーヴァントを使役し争われる闘い。10年前、お前の父親の命を奪ったこの戦いのことをな!」

 

 そしてその言葉に、思考が砕けた。

 

「10年前……? お父様……?」

 

「凛さん……?」

 

 心配そうに下から覗き込む少女の姿も目に入らない、正確には入っているのだろうが脳はその認識を行わない。

 凛の意識は10年前に戻っていた。

 

 そう言えばそんなことがあったはずだ。

 10年前、少女であった私は突然母の実家へと移された。そこからは何があった?分からない。

 だがそれが彼女が父を、母を、家を、見た最後でなかったか? そして今考えてみればそこからの記憶に変な空白がある。そして一体なぜその喪失を簡単に受け入れられた?

 

「あ……ああ……」

 

「この目は……! 魔術痕!? そんな一体どこで!?」

 

「ルヴィアさん! 解呪を!」

 

「無理ですわ! 心の内側に深く食いこみすぎていて……! 下手に手を出せばトオサカリンという人間が壊れてしまう!」

 

 思い出せ、もっと深くだ。私の知らない何かがあるはずだ。

 いつの間にか隠れてしまったその記憶、堆く積まれたダミーの下にあるそれの存在が今なら分かる。

 そうだ、とある夜のことだ。寝付けなくてトイレに行こうと廊下を歩いていたらいるはずのない人が現れたのだ。

 そうして彼は私の額に手を伸ばした。その彼は……

 

「……Scalp!!」

 

「……!」

 

 引き戻される。現実世界では知らないうちに時が進んでいたらしく目の前に銀の鞭が迫る。

 間に合わない。叫ぶ少女の声も、庇わんと飛びついてくる戦友も、私の胸が貫かれる方が先だろう。

 

 凛は現実を受け入れた。

 

「ああ、なんで……」

 

 大事なものが見えそうになったのにうっかりが邪魔をするんだろう。

 

 

 

 

「そこまでだ、狂人」

 

 走馬灯のように何もかもがスローモーションになる。

 轟音と同時にそれで広がっていた視界に真っ赤な花が咲いた。

 崩れ落ちる身体、そして無機質に戻る銀色。

 

 だが、そんなものはどうでもいい。

 

 凛が見たのは一つだけだ。

 

「貴方は……」

 

「やあ凛ちゃん、一月ぶり……と言っても君にとっては別人になるのかな」

 

 振り向けば、10年前に見た何も映らぬ空虚な瞳が寂しげに彼女を見ていた。  

 

 

 

 

 

 

 

 




後悔はしていない。(冷や汗は止まらない)

どうもです。もはや凛ルート見たくなりそうですなこれ……いや、考えてはいたんですよ?プリヤ世界においてトッキー&葵さん何してんだよって。ただこれは……もうなるようになるしかないか。(諦め)

次はようやくセイバーさん視点に戻るのでいろいろ整理出来るはず。
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第6話 過去

UA6桁とか見えてくるとか一月前には想像もしませんでした(正直)


「むむむ……」

 

 授業が終わり人が少なくなり始めた教室、机に積まれた大量のチラシと睨み合う。

 正直なところどうしたらいいものなのかわからない。

 袋小路に陥った思考が手詰まっていくのを感じる。これはある意味、自らの側近となる騎士を選定したとき以上に慎重になる必要があるのかもしれない……!

 私、アルトリア・ペンドラゴンは迷っていた。

 

「どうしたんだセイバー? 難しい顔して……うわ、すごいなこれ」

 

「あ、シロウではないですか。ええ、学校とはかくも大変なものなのですね」

 

 これはもう一度吟味しなければなるまい。

 そう思い、いつの間にかやってきていたシロウを一瞥すると再び紙の山に意識を投じる。どうにもこうにも選択肢が多すぎるのだ。

 おまけにほとんど私からすれば未知のものばかり。この中から一つを選択しろと言うのは実際問題かなり難しいものがある。

 

「部活かあ……うちの学校は強制だもんな」

 

「はい……正直私は何が何だか分からないので……」

 

 その正体を理解したシロウ苦笑いを浮かべる。

 部活、という単語は今の私を一番陰鬱な気持ちにさせる言葉と言っても過言ではないのだ。

 生徒達がそれぞれの趣味嗜好に合わせてグループを作り、各自目的に向かって邁進する。それは構わないしむしろ尊い事だと思うのだがそこのどこかに自分も入れと言われればまた話は別だ。厄介この上ない。

 

「だよなあ、むしろ1000年以上前の王様があっさり部活に適応したらそのほうが不自然だ」

 

 俺も手伝うよ、とシロウが前の席の椅子に逆向きに座り私に向かい合うとチラシを何枚か無造作に取る。

 それに合わせて顔を上げると何時の間にか教室にいるのは私とシロウの2人だけになっていた。

 

「学生生活の基盤ともなる……ですか」

 

 机に頬杖をつき、少し力を抜いてだらーっとチラシに書かれた文字や絵を眺める。

 そうしているとこのチラシの山を持ってきた時の葛木の言葉がなんとなく思い出された。

 

 手に抱えきれないほど大量のチラシを抱えてきた彼を見たときは最初どうしたものかと思ったものだ……まさかそれが全て自分に当てられたものだとは思いもしなかったが。

 

「うーん……とりあえず運動部か文化部か、どっちにするか決めようか。それだけで半分くらいには絞れる」

 

「運動部と文化部?」

 

「ああ、部活動って言うのは大まかにこの二つのどちらかに別れる--ほら、外でいろいろやってるのが見えるだろ? あれは大概運動部だ」

 

 窓の外を指差すシロウにつられるように外を見る。

 普段は登下校時を除いて精々一クラス分の人数しかいない校庭、しかしその様相は様変わりしていた。授業中は皆同じ制服で過ごしている生徒達が各々幾つかのグループに別れ、それに合わせた服装で何やら集団で行動しているのが目に入る。

 あちらこちらから聞こえる活気に溢れる声が何だか眩しく感じた。

 

「で、文化部は室内で料理をしてたり編み物をしてたり校内新聞を作ってたり……まあ色々とあるんだけどセイバーはどちらかというと運動部、それもプレーヤーのが合ってると思うんだがどうかな?」

 

「シロウが勧めるなら私は構いませんが……ところでマネージャーとプレーヤーとはどう言う意味なのでしょうか?」

 

「あ--」

 

 そうか、それも分かるわけないじゃないか。と言うかのごとくまるで虚を疲れたようにシロウが一瞬固まる。

 

 これは……割と罪悪感がきますね。

 

「ち、違うんだセイバー!?別に悪いとかそう言うんじゃ --そうだ! あれ見てあれ! あれがマネージャーだ」

 

「いえ、そこまで焦らなくとも……由紀香ではないですか」

 

 そんな私の内面を見透かしたのかシロウがしどろもどろになりながら謝罪すると同時に弾かれたように立ち上がり、窓際に顔を押しつけるように外を見て必死に何かを探す。

 そうしてお目当ての人物を見つけたのかちょいちょいと私を手招きした。

 

 そんなシロウのあまりの狼狽ぶりに少しおかしくて笑いたくなるような、それでいて呆れながらも立ち上がり、彼の指し示す方向を見ると私も知っている茶色い髪の少女があくせくと動き回っているのが確認できた。

 

「……由紀香一人だけ格好が違いますね。それに加えて行動も異質だ」

 

「ちょっとその言葉が適当かどうかは微妙だが……そう、それがマネージャーの仕事だ。プレーヤー、選手のサポートをする。水出しとか、洗濯とか、三枝のいる陸上部ならタイム取りとか」

 

 シロウの説明を聞きながら由紀香の様子を観察する。

 言われて見れば確かにそうだ。他の人は自分の目的の為に動いているのに対して、由紀香の行動は全て人の為のそれである。

 私の時代に合わせるならば、前線で兵士が戦っているときにその後ろで働く救護兵、若しくは伝令兵辺りが適当なように思えた。

 

「救護兵ってまた凄い表現を……いや、あながち間違ってないような気も」

 

 それを伝えるとシロウは最初微妙な顔をした後なにか感心したように頷く。

 

「まあとりあえずそんな感じだ。けどセイバーはあんまりそう言うのは合わないだろ? セイバーは思いっきり前線で戦ってるんだから」

 

「それはまあ--」

 

 その通りだ。

 窓を閉め、再び私の正面の机に座ったシロウに同意する。

 そう言う存在に今も昔も感謝と尊敬の念を忘れたことはないが自らがその立場になりたいと思ったかどうか問われると答えはNoだ。どうも性に合いそうにない。

 どちらかと言うなら勝負の最中にいる方が好みだ。

 

「と言うわけで絞るならプレーヤーなんだが、セイバーが分かるスポーツなんてほとんどない……よな?」

 

「ないですね。やれば分かる物なのでしょうが」

 

 シロウが腕を組んでうーんと唸る。

 実際外を見ても何をしているのか分かったものはほとんどなかった。

 

「イギリスにルーツがあるスポーツだとサッカーとかテニスになるんだろうけど、サッカーは男子しかないしテニスは無駄に強いしでどちらもあまりお勧め出来ないのがまたなんとも」

 

「ルーツがあると言ってもブリテン時代にはスポーツなんてありませんでしたからあまり参考には……」

 

 何秒か考えた後に出た明らかに苦し紛れなアイデアは考えるに値せず。

 2人顔を見合わせて同時にため息をつく。

 

 結局の所、私の知識量ではどうにもならないというのが結論になるのだろう。

 なにもかもが初めてな以上傾向やら合う合わないの経験則もない。

 そんな状態で何か勧めるという方が元々無理な話だったのだ。

 

「--仕方ないですね。多少面倒なのは否めないですが何かしら選ばなければいけない以上片っ端から巡って少しでも理解を深めるしかないでしょう」

 

 やるしかあるまい。

 今一度掻き集めた紙の山に頭が重くなる感覚がしたが、そうも言ってはいられないと立ち上がりシロウに頭を下げ謝意を示す。

 

 葛木によって与えられた猶予は1週間。だがそれはこれだけの数を見て回る必要があると考えると決して多いと言えるものではない。

 かと言って適当に決めるのもそれはそれで失礼な事だしそんなことをするつもりはさらさらない、となれば今すぐにでも動かないといけないのだ。

 

「待てセイバー、お前もしかして全部回る気か?」

 

 結論が出ないまま再び両手一杯にチラシを抱えて立ち上がった私が何をしようとしているのか察したのかシロウがそう声をかけて呼び止めてくる。

 

「いくらなんでもそりゃ無理ってもんだろ。まだ勝手が分からないこともたくさんあるだろうし--」

 

 その問いをドアを開けたところで振り向いて頷き肯定した私にそう続ける。

 

 そのなんとも言えぬ表情からは“それが無理なのは確かだがいったいどう引き留めようか”という内心の葛藤が読み取れる。

 そしてその末に出た答えは私の興味を引くに十分なものだった。

 

「--あんますごすぎるか、イメージに合わなすぎるのもどうかと思ったから言わなかったけど……うちの部活来てみるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだった?」

 

「そうですね、なかなかに新鮮な体験でした。私は今まで剣しか触れたことがなかったので」

 

 沈みかけた夕暮れの強い光を後ろから受けながら家路を歩く。

 

 今のは本当だ。今日の体験は今までに自分が経験したことのないものでありそれは、少なくとも悪い物ではなかった。

 

 その言葉に隣を歩くシロウはよかったと笑う。

 

「ただ美綴もお前には教えるときに緊張してたみたいだけどな、後から言われたよ。どっからどうみても素人なのに雰囲気は一流のそれで私なんかが教えてよかったのかー、って。やっぱり分かる人には分かるもんなんだな」

 

「そんなことは--綾子の指導は適切だったし分かりやすかった。私としても満足しているのですが」 

 その時の事を想い出しているのかクスクスと笑うシロウに手を振って否定する。

 

 私が弓を持つなどこれが初めてのことだった。

 シロウに連れて来られたのは弓道部、一応剣道も含め武道全般を一つの部として統一していてその中の弓道部門にあたると言うことだったが。

 あまりイメージに合わない云々と言うのは私の外見とその武道における正装があまりにも場違いだったと言う意味だったのか。その場の全員が何かしらの違和感を感じたのようで周りから遠巻きに見られたのは印象に残っている。

 

 そんな中でも主将……大将を務めるという美綴綾子は別だった。

 胴着の着方から弓の持ち方まで今日1日、自分の時間も全てかけて教えてくれた彼女がいなければ私にとってもこの日は無駄になっていたに違いない。

 そんな彼女に感謝こそすれ文句などあるはずがない。

 

「分かってる、分かってる。ちゃんと伝えてあるから……ああ、間違ってたら申し訳ないんだけど--」

 

 安心してくれと頭をポンポンと叩かれる。

 そのままにこやかに言葉を続けていた彼だがそこで初めて表情を曇らせたかと思うと一旦言葉を区切った。

 

「なんでしょう」

 

「セイバー、桜のこと苦手なのか? 他の人が気付いてたかは知らないけど、桜を見た瞬間すごい顔が引き攣ってたぞ」

 

「----」

 

 言葉が出て来ない。それは真実だ。

 道場で彼女を見た途端、私の心臓は早鐘を打つように早く大きく音を立て、周りに聞こえるんじゃないかと思ったものだ。

 背筋には悪寒と共に嫌な汗が流れ、その瞳に見つめられた時には体全体が締め付けられたような錯覚を覚えた。

 

 全く違う存在だと分かってはいても、私にとってマトウサクラという少女は鬼門になっていた。

 

「それは--っ!?」

 

 何とか答えようとしたところで感じた殺気、こんな場所で感じるはずがないそれに身構え全方位を見回す。

 間違いない。これはこちら、それも私だけに向けられたものだ。

 

「--? どうしたセイバー?」

 

 隣にいるシロウが全く気付いていないのがその証拠だ。 

 彼も未熟ではあるがあからさまな殺気を感じとるくらいのことは出来るくらいの成長はしている。だというのにこれだけあからさまなのにも関わらず全く気付かないのは、それが彼には向いていないということ。

 

「--いえ、何でもありません」

 

 逡巡の後誤魔化すことにする。

 何となくだが直感的に分かる。この殺気の主はシロウに危害を加える気がない。こいつがようがあるのは私だけだ。

 しかしこの事実をシロウに告げれば彼は確実に私についてくることを望むだろう。それでは無駄な危険に巻き込みかねない。

 

「少し忘れ物を思い出しました。申し訳ないのですが先に帰っていてください」

 

「ちょ--」

 

 突然の豹変に困惑するシロウを一人その場に置き、そこへ向かって駆ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

「ここか」 

 

 繁華街の中でも人影の少ない空き地、周りをビルに囲まれて人気のないそこが指定された場所だった。

 どこから奇襲があるか分からない。

 死角の山が出来ている上を見上げて目をこらし感覚を研ぎ澄ます。

 

「きてくれたか、セイバー」

 

 だが、そんなことはなかった。

 その声は私にも聞こえるように、姿を隠すつもりもなく後ろから聞こえてくる。

 

「貴方は……なぜこんなめんど--っ!?」

 

 安心して振り向く。

 なぜわざわざ殺気を使って呼び出したのかは定かではないが味方であることは明白だったからだ。

 そうしてその姿を認め緊張を解き問いかけ--そこで異変に気がついた。

 

「答えろ。貴方は“この世界の“キリツグか? それとも他の世界の彼なのか」

 

 問いかける声が低くなる。

 その目には、見覚えがある。しかしそれは最近ではない。もっと前のことだ。

 

「安心してくれセイバー、僕はこの世界の僕だ。ただ昔の自分を思い出した。それだけのことだ」

 

 そうだ、この目を知っている。

 空虚で何処を見ているのか分からない、それでいて鋼のごとく頑強な意思を感じさせる。

 それは、自らを殺し、全ての情を捨て、この世の全てを引き受けてでも世界を救おうと決めてでも正義の味方になろうとした悲しい男のものだった。

 

「--っ!! なぜだキリツグ! 貴方は……!」

 

 言葉に詰まる。

 正直なところ私はこの世界の彼を見て安堵し、同時に喜びに近い感情を覚えていたのだ。

 一人の人間として生きる彼の方が、よっぽど似合っていたのだから。

 

「……すまないね。だがもう仕方がないんだ」

 

 タバコをに火を灯し煙を吐く。

 その姿も久しぶりに見た物だ。そして傍らに置かれたスーツケース、その中にあるものの察しがつく。

 嫌な予感が膨れ上がる中、キリツグは私の意図を読み取りそれを肯定した。

 

「キリツグ……貴方はシロウを、アイリスフィールを、そして……イリヤを捨てるというのか」

 

 それだけは阻止しなければいけない。そんなことをすれば、エミヤキリツグは壊れてしまうであろうことは考えずとも分かる。

 一歩前に出て聖剣を突きつける。それでも目の前のキリツグは眉一つ動かさなかった。

 

「いいや、それは違う。セイバー、僕は昔に戻ったんじゃない。家族を守るために立ち返ったんだ。それを間違えないで欲しい」

 

 そんな私の杞憂をキリツグははっきりとした口調で斬り捨てた。

 10年前とは違うのだと。

 

「色々な物が動き出している……今動かないと僕は一生後悔することになるだろう」

 

 淡々と告げる。

 しかしその姿にかつてみた悲壮感はなかった。

 

「--聖杯絡みのことですか」

 

「ああ、今はまだ気付かれていないが最悪イリヤも命を狙われることになる。魔術師というやつは一部を除いて冷酷だ」

 

 少し忘れかけていたのだがどうあろうとも私は聖杯を求め、それに導かれる者なのだ。

 そんなことを今更思い出した。

 

「貴方はこれからどうするつもりですか、キリツグ」

 

「協会と時計塔の目を引きつけながらこの事態をどうにかするために動くつもりだ……心配しなくても大丈夫さ。僕は一人じゃない」

 

 私が何を考えているのかはお見通しなのか。

 そう言って虚ろな瞳のままキリツグは笑った。

 

 私は、そんな彼に何も言うことができなかった。

 

「だから……イリヤ達を頼む、セイバー。僕がこうやって動くことを決意できたのは君が彼女達を守ってくれると信じているからだ。

 例えどの世界の僕でもこんなことを言えた立場じゃないのは分かっているが……頼む」

 

 タバコを地面に捨て、踏みつけて火を消すと私に頭を下げる。

 その姿は子供を思う一人の父親であり、それ以外の何者でもなかった。

 

「--分かりました。キリツグ。騎士の誇りにかけて、貴方の家族を守ると誓いましょう」

 

 その願いに、刀身を露わにした聖剣を地面に突き立て誓った。

 

 それを見るとキリツグはフッと息を一つつくと私に背を向ける。

 

「そろそろ教会の刺客がイリヤ達に接触するはず。彼女達でもどうにかなるかも知れないし、君が出れば簡単に片がつくことだけど僕が手を下す」

 

「それは--」

 

「敢えて痕跡は残す。そうすれば奴らは僕を狙うだろう。それでいいんだ。

 しかしセイバー、家族は誤魔化せない。僕が消えた後、必要なら真実を話してやってくれ。例え皆が僕を軽蔑しようともそれは本望だ」

 

「わかりました」

 

「それじゃあしばらくお別れだ。セイバー。皆を頼んだよ」

 

 革靴の音が遠ざかる、その姿を見えなくなるまで見つめた。

 そして私は、迷って迷って結局その逆方向に一歩を踏み出した。

 

「--御武運を、キリツグ」

 

 何度か歩いてから一度立ち止まり振り返る。そこにはもう彼の姿はない。

 呟いた言葉は誰に聞かれることもなく風に消えた。

 

 




 どうもです!

 結局こっちのが早く……あっちも今日明日にはなんとか(出来ればいいな)

 久しぶりにセイバーさん。やはりメインヒロインは違いますわ。
彼女の道着は皆様の想像にお任せします。

 次回は誰目線で行こうか……多少色々省いてセイバーさん続行か、凛ちゃんさんに戻るか

 もしかしたら完全な3人称に変える等色々とテコ入れするかもです。

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第7話 決別

「舞夜、そっちの状況はどうだい?」

 

『――ケイネス・エルメロイが御息女達に接触しました。しかし……』

 

 トランシーバーの向こうの声が詰まる。

 その声の主である久宇舞夜が困惑しているのは顔は見えずとも切嗣に感じ取れた。

 ブランクがあるとは言え彼女はプロフェッショナル……それも幾つもの死地を彼と共にくぐり抜けた強者である。異常事態が起こっていることは明白だった。

 

「どうした?」

 

『御息女が……2人……』

 

「――そうか」

 

 躊躇うように告げられた舞夜の言葉は想定内ではある。だがそれは最悪の方面でだ。

 切嗣はタバコを捨て、そのまま深い緑の茂みと木々に覆われた無き道を進む。

 

 舞夜の言葉通りなら、イリヤに封印していた彼女の魔術師としての人格が形を持ったと言う事だろう。

 もちろんそんなことにならないほうが良かったのは間違いないのだが、カレイドステッキなんて規格外の魔術礼装と出会って魔術の道へ足を踏み入れてしまった以上こういう事態も想像できたことだ。

 

「――」

 

 一歩歩くごとにスーツケースが揺れる。

 その重みも感じるのは10年来だ。

 

「あと数分で着くか」

 

 GPSでの探知が間違っていなければ舞夜の所までおよそ数百mという距離にまで近づいていた。

 彼女にはイリヤ達を視認出来るところに陣取るように伝えている。

 正確な位置関係はまだ把握出来ていないがそこまで行けば狙撃するのは容易い。

 

『――っ! 切嗣、彼女達が交戦を開始しました』

 

「ちっ――! 思ったよりも早かったな。分かった、そろそろ僕もそっちに行くから待っていてくれ。手は出すな」

 

『それは――御息女が危険に晒されてもですか?』

 

「――」

 

 試すような、それでいて何処か心配するような舞夜の声。

 かつての衛宮切嗣ならばその問いに答えるのに時間などいらなかっただろうし、迷う事もなかっただろう。

 だが、それに答えるまで事実として切嗣は数瞬の猶予を必要とした。

 

「いや、最悪の場合君の裁量で動いても構わない。だけど絶対に無茶はしないでくれ。それだけは約束だ」

 

『了解です――安心しました、切嗣』

 

 トランシーバーの電波受信を示す赤いランプの点滅が消える。

 

 それとほぼ同時に切嗣は駆け出した。

 

 今のような問いはかつて何度もしてきたし、されて来た。その度に出る結論はいつも同じ。目標の為に手段は選ばない。

 そういう意味では自分はかつての自分を取り戻しつつあるのかもしれない。と切嗣は思った。

 

 魔術師という人種は例外こそあれど基本的に近代科学というものを嫌う、というよりも侮蔑している。特に歴史のある名門ではその傾向が強く、アーチボルト等その最たる家系の1つだ。

 そんな相手が銃器で任務を妨害されでもしたら一体どうなる? 答えは明白だ。

 

「はっはっ――!」

 

 例え他の目標を全て無視しようとも必ずその相手を殺すだろう。

 

 結局のところ、それを分かっていて自分はイリヤを守る為に最悪死んでくれと舞夜に頼んだのだ。

 それを聞いて舞夜が安心したと漏らした理由は定かでは無い。

 しかし彼女ならば。一見娘を思いやるようでその実自分を捨てごまにしただけである切嗣の指示をその意図を汲み取った上で実行するだろう。

 

 それを、受け入れたくないと感じたのが1番変わった所なのかもしれない。

 

 

 

 

 

―――――

 

「――っ! こちらです切嗣」

 

 その願いは届いたのか、3分後未だ舞夜は健在だった。

 腰程度の高さの茂みの影に片膝をついて隠れその奥を観察している。

 切嗣の到着に気付き振り向いた彼女は右手で口を抑え、左手で低く、というジェスチャーを彼に向けた。

 

「どうやら間に合ったみたいだね」

 

 半ば滑り込む様に舞夜の横に入るとギリギリまで音量を落として安堵する。

 そんな切嗣に舞夜は頷いた。

 

「ケイネスは礼装を放っています。御息女達も攻撃はしているのですが――」

 

月礼髄液(ヴォールメンハイドラグラム)か――厄介だな」

 

 自由自在に舞う銀色と、その間隙をくぐり抜ける少女達。

 その光景を見て切嗣は舌打ちした。

 

「この中に飛び込むのは――無理だ、下手をすればイリヤ達にまで攻撃対象にされかねない」

 

 1番シンプルな方法は考える時間が無駄なだけだった。

 前提として彼女達は自分が来るとはつゆほども思ってはいないのだ。それどころか、自分が戦えるとも思ってはいない。そんな状況で飛び込めば悪戯に場を混乱させるだけになるのは火を見るよりも明らかだ。

 

「狙撃は――?」

 

「――無理だろうな。ケイネスめ、あんな狂ったような顔をして周りへの警戒も怠っちゃいない」

 

 スーツケースからライフルを取り出しスコープに獲物(ケイネス)を捉える。

 相当精度が増したその視界から見るとケイネスが目の前の相手のみに没頭しているわけではないのが見て取れた。

 

「その上あいつはまだ遊んでいる。これでは起源弾も充分な効果は望めない」

 

 ポケットの中のコンテンダーが揺れる。

 これを使うときは必殺の機会でなければならないのは切嗣自身重々承知していた。

 

「二手に別れよう、舞夜。現状固まることでのメリットは殆ど無い」

 

 戦闘が激化、もしくは沈静化して一瞬弛緩したところでの双方向からの銃撃。

 なんの捻りもない策だが現状1番ベターなのはそれだった。

 

「わかりました――切嗣、これを」

 

「盗聴器か」

 

「ええ、通常会話程度の声量でもあちらの様子を把握できるくらいの精度はあります」

 

 ケイネスの真正面と真裏、そこへ向かって別れる直前に舞夜が耳に付けていた小型盗聴器を外し切嗣に差し出す。

 

「ありがとう――もう一度だけ、絶対に無茶はするな」

 

 それを装着し念を押す。

 舞夜はそれに一度手を挙げてそのまま木立の中へと消えていった。

 

 

 

 

「宝石魔術か……相変わらず派手に使う」

 

 切嗣は舌を巻いた。

 ほふく前進で移動している最中にも爆風が横から轟音と共に切嗣を襲う。

 その威力は確実にランク付けされるだけのものだ。

 そんな大魔術を自分の半分も生きていない少女が使っている、それも連発しているとなれば彼の驚きも必然だった。

 

「それでも全くのノーダメージ、時計塔の神童も未だ健在と行ったところか」

 

 ケイネスの正面30m、同時にイリヤ達の背後15mにあたる位置に転がり込む。

 先程より幾分か視界が悪いが……その分見つかるリスクも少ないと考えればプラスマイナスゼロと言えるだろう。

 

「チッ――」

 

 銃器類を確認するが起死回生の一手になりそうなものはない。

 グレネード型の物ならケイネスを屠る事も充分可能だ。一撃でダメでも爆炎に紛れて接近してその心臓に銃弾を叩き込むことも出来る。だがそれでは確実にイリヤ達を巻き込んでしまう。

 

「――傍観するしかないか」

 

 様子見、そう簡単に事が進む事などない。

 こんなことは今まで何度も経験してきた筈だ。幾重に策を張り巡らそうとも上手く行かない、予想を上回られるなんてことはザラだ。

 そんな時は、とにかく待つしかない。狩りをする動物と同じだ。いつか必ず出来る一瞬の勝機を信じて待ち続ける。

 そしてその時が来たら――

 

『――っ!!』

 

「ん――」

 

 雑音が入り集中が解ける。

 いつの間にか炸裂する光も音も止んでいた。

 

 切嗣は手を当て接触を直し盗聴器に耳を済ます。

 

『聖杯……戦争……ですって?』

 

「な――に――?」

 

 そこから聞こえてきた声に切嗣は言葉を失った。

 

 声の主は遠坂凛で間違いないだろう。それは良い。彼女もそこにいるのだから。

 しかし発した言葉は、彼女の口から出るわけのないものだ。

 一体なぜこんな事になっているのか――

 

『――!!』

 

『切嗣――』

 

「分かっている。くそ、あの異常者め。余計な事をべらべらと」

 

 その訳はすぐに理解できた。

 もう盗聴器を使う必要も無い程の大声。

 何があったのかは知らないがケイネスは興奮していた。その拍子に聖杯戦争と言う言葉を漏らしたのだろう。

 クラスカードがサーヴァントと結びつく以上そこからそこにたどり着くのは別段おかしくない。

 

「チャンスと見るべきかピンチと見るべきか」

 

 どちらにも取れる状況に切嗣はため息をついた。

 今のケイネスは冷静さを欠いている。この分なら弾丸一発分の隙くらいは直ぐに出来るだろう。だが……このままケイネスを放置して置いて良いものか。

 

 ――答えはNOだ。

 

 コンテンダーに起源弾を詰めてセーフティを外す。

 

 遠坂凛の存在が切嗣の心に影を落とす。彼女には知られたくないこともある。只でさえ複雑な事情が更に絡まるのは彼女達にとっても良いことではない。

 堰の破れたのと同じような状態のケイネスを見れば早めに動いたほうが良い。

 

「だがしかし――」

 

 確実に来るであろう勝機を逸する可能性もある勝負を仕掛けても良いものか。

 

 二兎を取りに行くべきか、それとも確実に一兎を狙うか、非情と常識の間を殺しきれず一瞬固まる。

 

 その迷いが命取りになった。

 

『10年前……? お父様……?』

 

「しま――!!」

 

 切嗣は思わず顔を出しそうになる。

 聞こえてきた声は虚ろ。

 その声に、彼はつい最近聞き覚えがあった。

 

 それはあの日の喫茶店、息子である士郎の封印を解いたときだ。

 

「封印が解けただと――」

 

 導き出された答えは否定しようがない。

 だが切嗣には分からなかった。

 確かに彼女のそれは士郎のものよりも古いものだ。

 しかし元々その術式自体長期的なものを目的として作られたもの。士郎のそれは切嗣が干渉するまで充分その効力を保っていた。その時期がたかだか1年ズレた程度でそう大差がつくはずがないのだが……

 

「レジストか――! 元来士郎と凛ちゃんではどうしようもない差がある。それが裏目に出たと言うのなら」

 

 切嗣は納得し苛立ちに左拳を握りしめた。

 顕在化している力量の差、それを図りきれなかった自分に憤りを隠せない。

 

 もうこうなってしまった以上仕方が無いだろう。

 切嗣は息を吐き集中を高め数秒後に見える光景イメージした。

  

 強引な切開は多大な負担を強いる。一刻も早くケイネスを止めなければ彼女の心が壊れることになりかねないのだ。

 

「いける――!」

 

 スコープ越しに見ればケイネスの顔は既に常人のそれではなくなっていた。

 

 勝てる、そう踏んで切嗣は勢い良く立ち上がり――

 

「そこまでだ、狂人」

 

 引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 最期の瞬間まで何をされたのか気付かなかっただろうな。

 そんな事を思いながら切嗣は蜂の巣にされ横たわるケイネス・エルメロイ・アーチボルトに歩み寄りその息を確認する。

 

 完全に事切れていた。

 

 切嗣の銃弾が額を貫通、即死だろう。それに加えて一瞬遅れて舞夜が放ったものも的確に肺、心臓を撃ち抜いている。これで生き延びるのは例え死徒でも無理なはずだ。

 

 そう結論付けると切嗣は立ち上がり振り向いた。

 

「おとーさん……? なんで――」

 

「貴方は――」

 

「シェロのお父様!? いや、しかし――!」

 

 困惑する少女達が目に入る。彼女達の瞳は怯えも孕んでいた。

 出来ることならば見たくなかったそれを見るとこで、改めて切嗣は自らが引き返せない所まで来ていた事を痛感した。

 

「貴方は……」

 

「やあ、凛ちゃん」

 

 意識が飛んでいたのか、焦点の合わない目でこちらを見る凛の額に切嗣は手を置く――そして後ろ向きに倒れた彼女を受け止めた。

 

「トオサカ!?」

 

「心配する必要はない。ちょっと鎖を外しただけだから直ぐに目が覚めるだろう」

 

 駆け寄ってくるルヴィアゼリッタに凛を渡す。

 

「鎖……?」

 

「詳しくは目が覚めた後彼女に聞いてくれ。僕は――」

 

 訝しげに反芻するルヴィアゼリッタに背を向ける。

 必要な事を伝えた以上、最後くらいは自分の為に使う時間を切嗣は求めた。

 

「おとーさん……」

 

「ごめんなイリヤ、こんなお父さんの姿見たくはなかっただろ?」

 

 目の前で最愛の愛娘が怯えていた。

 それも当たり前の事だろう。そう切嗣は自嘲した。

 

 今の自分は父親ではない、殺人鬼の目をしている。

 そんな自分に怯えているのならそれは彼女が真っ当に育ったという事であり、ある意味喜ばしい事ではないのだろうか?

 

 そんな普段なら絶対に思わないような皮肉を心の中で呟きながら。

 

「違う……けど……」

 

「イリヤ――」

 

「――!!」

 

 もう、しばらくこんな事をする機会はこないだろう。下手をすれば一生かもしれない。

 

 そんな思いを込めて切嗣はイリヤを抱き締めた。

 

「今は分からなくてもいい。いつか……いや、そう遠くない内にイリヤには試練が訪れると思う」

 

 彼女はそんな切嗣の言葉を黙って聞いていた。

 

「まずはその時に僕が、お父さんが側にいてやれないことを許してほしい」

 

 油断すると涙が零れそうになる。

 随分と脆くなった自分に驚きながら切嗣は言葉を続けた。

 

 その声が震えていたことは、彼以外の誰もが気付いていた。

 

「だけど……それは全てイリヤの為だってことを知っていてほしいんだ……」

 

「それなら……それならこれからも一緒に――」

 

「それは――できない」

 

 子供ながらに何となく事情を察したのだろう。

 そう懇願するイリヤに思わず決意がにぶりそうになる。

 

 だが、ここでそれを受け入れるわけにはいかない。ここで流されてしまえば只でさえ過酷な道の広がる彼女の運命が更に険しくなることを切嗣自身が1番よく分かっていたから。

 

 そして。その願いを拒絶した。

 

「けど……私にはおとーさんが――!」

 

「イリヤの味方は僕だけじゃない。ママ――アイリもいる、凛ちゃんもいる、美遊ちゃんも、ルヴィアちゃんも、セラもリズも、そして……セイバーと士郎もいる。皆が味方だ」

 

「――」

 

 イリヤの顔は涙に濡れていた。

 

 片膝をつきそんな彼女に視線を合わせてその顔を優しく手で包む。

 

「おとーさん――」

 

「しばらくお別れだ、イリヤ――お父さんはいつでもイリヤのことを想ってるし、愛しているから」

 

「おとーさん!!」

 

 もう振り返れない。

 後ろ髪を引かれる……引きちぎられるような気持ちに耐えながら切嗣は歩を進める。

 そして、1人離れた所で気を失っている少女に気が付いた。

 

「参ったな……この娘も大切な僕の娘だっていうのに」

 

 彼女を抱き上げると方向を変え、側にあった大きな木に彼女を持たれかかるように寝かせる。その顔を隠す前髪を掻き上げて見れば、正にイリヤと瓜二つだった。

 

「イリヤ!」

 

「――!? なに!」

 

「この娘のこと、頼んだよ。何を言ってるか分からないかもしれないけど、イリヤにとって姉であり、妹のような存在だ。姉妹、そして家族皆仲良くすること、それがお父さんからイリヤへのお願いだ」

 

 後ろの少女が頷いたのが何となく分かった。

 それでもう憂いはない。

 

 今度こそ。

 切嗣は迷いを捨て1人闇の中へ踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




イリヤの切嗣への呼び方はパパで良いのだろうか。そもそも切嗣の頭良い戦闘書けない……
そればかり考えながらの更新。

どうもfaker00です。

しばらくケリィさん出せないと思うと寂しいなあ……これでツヴァイ編第1章終了ってところですね。 

それではまた!投票、感想、お気に入り登録お願い致します!!

ps お気に入り1300突破感謝です。そして活動報告更新


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第8話 和解

そろそろgo始まらないですかね……事前登録してからそろそろ半年立つ件


「おはよー……あれ? 珍しいねセイバーさんが朝練ある日に家にいるの」

 

「おはようございます、イリヤ。実はルヴィアゼリッタに8時頃に家に来るように言われていまして……」

 

 パジャマ姿にボサボサ頭、おまけに片手で熊のぬいぐるみを抱え空いている方の手で寝ぼけ眼を擦りながら、のいかにも今起きたばかりという体でリビングの扉を開けたイリヤが椅子に座る私に驚いたように挨拶する。

 

 飲んでいたコーヒーをテーブルに置き私も挨拶を返す。

 朝食は既に取り終わっていた。今卓上にあるスクランブルエッグとベーコンの朝食のセットは1つのみ。

 通常のものよりもかなり小さいそれはイリヤの為に用意されたものだ。

 

「おはようございますイリヤさん」

 

「おはようセラ……ありがと――8時? それって私がいつも美遊と待ち合わせしている時間だよね?」

 

 よいしょ、とイリヤがテーブルに座ると同時にいつの間にやってきたのかすっとセラが現れオレンジジュースの注がれたグラスを彼女の手元に置きそのまま台所へと引き返していく。

 まるで最初からそこにあったかのようにイリヤの手の中に収まったそのグラスの中身をぐいっと飲み干すと今までトロンとしていた瞳が覚醒する。

 そうして今朝の時間ずっと私の頭の中を占めていた懸念にも気がついたようだ。

 

「なんでなんだろうね? わざわざこんな朝から」

 

「それが全く――」

 

 分からないが面倒なことになりそうなのは確かだ。

 

 律儀にそう告げてくれる直感にため息をつく。

 

 たまには外れてほしいと思わないこともないがまあ外れないだろう。それだからこそ私はこの直感に全幅の信頼を寄せているのだから。

 

「――セイバーさん凄い顔してるよ?」

 

「……っ、すみません。今後の展開を予想してつい――只でさえ凛の事で大変だというのに」

 

「凛さん……」

 

 凛という単語にイリヤの箸が止まる。

 

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトの襲来から数日。

 表向き平静を保っている私達だが内情そんなことはない。

 切嗣を失ったアインツベルン家、特に事情を把握しているメンバーの焦燥は大きかった。

 いつも天真爛漫なアイリスフィールも理解こそしているが納得はしていないようで私が全てを打ち明けると

 

『なんであの人はいつも自分のことを捨ててしまうのかしらね……』

 

 と遠い目をしていたのが私の脳裏に焼き付いて離れないでいた。

 

 しかし精神的ダメージならそんなアインツベルン家の面々よりも凛の方が上だろうと私は心の中で危惧していた。

 彼女が知ってしまったことは大きすぎた。

 

 父親の死の真相、聖杯戦争と自らの繋がり、そして衛宮と自分。

 精神を病むのはある程度やむ無しだろう。事実この何日か私は彼女を見てはいない。

 自室に篭ってしまい食事も禄にとっていないようだとルヴィアゼリッタは言っていた。

 

 このまま行くのが好ましいとは到底思えない。

 

「なんとかしなければいけないのですが……う――思いの外苦いですねこれは」

 

 判然としない思いのままティーカップに手を伸ばしコーヒーを注ぐと口許へ運ぶ。新しい試みとして敢えて砂糖を入れなかったその味は苦く思わず顔をしかめてしまった。

 喉を通る不快な刺激と同じように心の中に渦巻くさざ波に私はもう一つ大きくため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

「おっねえちゃーん!!」

 

 だがそんな懸念は私達がエーデルフェルト邸に到着し、チャイムを鳴らし門が開いた直後――というよりも体感的にはほぼ同時と言っていい――に弾丸の如く飛び込んで来た少女によって強制的に頭から消し飛ばされた。 

 

「ク、クロ!? いったいその格好は!?」

 

 突然腰に感じた衝撃を受け止める。

 あまりの威力に全力を出したのに止まり切るのに数mほどを擁したことからもその勢いが窺えるだろう。

 地面にはローファーの底が摩擦によって幾分か削れたのか、二本のブレーキ痕がくっきりと写っていた。

 

 だがしかし、そんなものは大した問題ではない。

 私の鳩尾……もとい腰に顔を擦り付けるクロの服装には見覚えがあり。なおかつ彼女が身に纏うには意外なものであった。

 

 

「えへへー! ルヴィアに学校に行けるようにしてもらったの! どう? 似合う!?」

 

 ひょこっと顔を上げた顔を上げたクロの顔は満面の笑みに満ちていた。

 私から離れると制服をこれでもかのアピールせんばかりにくるくると回る。その姿は人を殺すだなんだ物騒なことを言う戦士のものではなく、年相応の可憐な少女のものだ。

 

「ええ、とても――ってちょっと待ちなさい、クロ」

 

 純粋に思った通りの賛辞を述べる――のと時を同じくして違和感を思い出した。 

 

「ん? なーにおねーちゃん?」

 

 頭の上にはてな、というクエスチョンマークが見えそうなくらい分かりやすくい仕草でクロは人差し指を顎に当て首をちょこんと横に傾げる。

 本当に分かっていないと言うことなのだろうか。

 

「――」

 

「……」

 

 そんなクロの斜め後方に見えるイリヤと目が合う。

 その彼女は……固まっていた。

 

「これはーー」

 

 おそらくだがあまりの展開に頭がついていかなくなったのだろう。

 だがその妙な沈黙もそろそろ終わりが見えてきていた。血の気が引いたように白くなっていた顔、特に頬が下の方から紅潮し始めている。

 

「あー――」

 

 どう声をかければ良いのか困る。

 生活を共にしていく中で分かってきたのだが、こうなった彼女は処理が追い付くと同時に爆発するのだ。それも後々本人が恥ずかしさで悶えること間違いなしの勢いで。

 そしてそれは止めることは今のところできておらず――今回も例外ではなかった。

 

「ちょっとまったー!! なに!? どういうつもり!? 私やママを殺そうとしてたやつがどの面下げて学校行くとか言ってるの!? と言うよりもルヴィアさんは何考えてるのー!!」

 

 指で耳栓をしていたにも関わらず頭がキーンとなる。

 

 言いたいことは分かる。非常によく分かるのだが……この爆発はどうにかならないものだろうか。

 

 

 

「うるさいですわよ!! 全く……こんなところではしたない」

 

「あいたっ!?――ルヴィアさん……」

 

「チョップで人を判別するのも如何なものかと思いますが――まあそれは良いでしょう」

 

そんな私の心の内を代弁するかのような声とともにイリヤの脳天に強烈なチョップが突き刺さる。

 スパコーンという擬音が似合う綺麗なそれを真後ろから受け涙目になる彼女の向こう側には般若よろしい怒気を全開にするルヴィアゼリッタの姿が見えた。

 

「おはようございます。セイバーさん――イリヤ、大丈夫?」

 

 その隣にいた美遊は私にペコリと頭を下げると未だ痛みに苦しむイリヤに駆け寄る。

 仲の良い事は良いこと……なのだが最近どうもその姿にただの友人以上の何か踏み込んでいけないものの片鱗を感じるのは私の気のせいだと信じたい。

 

「おはようございます。ルヴィアゼリッタ――なるほど、私を呼んだのはこういうことでしたか」

 

「おはようございます。まあそれも間違ってはいませんわ。万が一クロが暴れ出しでもしたら私と美遊だけでは手に負えないのは事実ですから」

 

 なんとなくクロを見た時には察しがついていた。

 確かに私を呼ぶのは道理である。

 

「しかしどういうことなのです? ルヴィアゼリッタ。なぜ彼女を――」

 

「外に出すのか? と言うことですわね。あれから本人たっての希望があったのです。イリヤに手を出したり魔術を使ったりしないから学校に行かせてほしいと」

 

「意外ですね。貴女はそう言った情に絆されてリスクを犯す人間ではないと思っていたのですが」

 

 私がここにいる時点でルヴィアゼリッタは承知の上だったということで間違いないだろう。

 

 年相応の柔らかさこそあるものの、ルヴィアゼリッタ、そしてこの世界の凛は向こうの士郎や凛に比べて魔術師らしい非情さがあると見ていた。

 だからこそいかに本人が希望しようとそれを彼女が許したことが少し意外だったのだ。

 

「む――なにか勘違いされているのかも知れませんが私とて血が通った人間です。確かに魔術師として抑える所は抑えますし非情にならざるを得ない場面ではそれを貫きますがなにもいつもそうだと言う訳ではありませんわ」

 

 私か何を言いたいのかくみ取ったのか、少しムッとした表情を浮かべるとルヴィアゼリッタはそう言い切る。

 あまり触れてはいけないところだったのかもしれない。

 

「申し訳ありません。ルヴィアゼリッタ」

 

「構いませんわ。魔術師とはそう見られる人種なのはまあ間違いありませんもの――ちょっと」

 

 謝罪すると、別にそんなことはする必要はないとルヴィアゼリッタは手を振る。

 かと思うとチラッと目線を外し、少女達の注意が私達から離れていることを確認すると私に近づいて、ひそひそ話をするように顔を近づけた。

 

「それにですね……あの娘を拘束しておくというのがそもそも無理な話なのですわ。私が知っている方法は全て試しましたが尽く軽々と破られて――学校に行くことで無駄なことが起きる可能性を無くせるなら取引としても悪くないと思いませんこと?」

 

「なるほど……それは判断としては正しいでしょうね」

 

 私がルヴィアゼリッタの立場だとしてもそうするだろう。

 

「ですが――」

 

「だからなんでって聞いてるのよ!!」

 

 それにしても1つ確かめておきたいことがある。

 

 そう思い聞き返そうとすると高い少女の叫び声が耳を突き刺した。

 

「――っ! あの娘達と来たら……!」

 

「普通の少女ならば微笑ましい程度ですむのですが……あの2人だと冷や汗が出ますね」

 

 お互いにぱっと顔を離し声のした方向を向くといつの間にか喧嘩が始まっていた。

 

 2,3mの距離をおいて睨み合うイリヤとクロ、そして間でおろおろする美遊。

 ただの少女ではない2人のどちらかが一線を踏み越えればここは一瞬にして戦場となるだろう。それは避けなければならない。

 

「私か行きましょう。クロはどうも私に懐いているようですし話にはなると思います」

 

「お願い致しますわセイバー。それでは私は――念のためのに防音結界を貼り直しておきます」

 

 そんな物騒なルヴィアゼリッタの声を受けながら私は少女達へと歩み寄った。

 

 

 

 

「何を騒いでいるのですか」

 

「セイバーさん!」

 

「おねーちゃん!」

 

「セイバーさん……!」

 

 私か声をかけると三者一斉に視線をこちらに向ける。

 特に美遊のそれは、まるでヒーローが助けに来た瞬間の囚われのヒロインのごとく熱い期待の籠もったものだった。 

 

「だっておねーちゃん! イリヤが私のことイジメるんだもん!!」

 

 クロは真っ先に駆け寄ってくると私の袖を引っ張りイリヤを指差しながらそう訴える。

 とりあえずそれを振り解くことはせずに為すがままにされておいてお互いの話を聞くことにしよう。

 私に言わされるよりも主体的に出る言葉のほうが真実に近いはずだ。

 

「ー! そうやって直ぐにセイバーさんに飛びつく! 私はイジメてなんかないんだから!!」

 

「へへーん! おねーちゃんは私のだもん! イリヤになんかあげないわ!」

 

「――――」

 

 訂正。どうも私か主導権をにぎらないとそもそも話が脱線しそうだ。と言うよりも既に半分以上脱線しかかっている。

 

「とりあえず私のことは良いですから……なんで喧嘩してるのかと聞いているのです。それをはっきりさせないようなら私はクロのことを嫌いになりますし、イリヤの事も悪い子としてシロウに報告せざるを得ません」

 

「――」

 

「――」

 

 絶望、私の言葉に瓜二つの容姿をした少女達は全く同じような顔をする。

 その姿に合う形容詞は絶望しかない。

 まるでこの世の終わりのような空気を醸し出す彼女達に若干の罪悪感が湧いてきたのは隠し通す必要があるだろう。

 

 

 

「だって――」

 

「ん? なんですかイリヤ」

 

 数秒の沈黙の後下を向いたままボソッとイリヤが口を開く。

 

 あまり聞き取れなかったがその声は震えているように思えた。

 

「だっておかしいじゃない! こいつは私のこと殺そうとしてたんだよ! そんな奴と一緒に学校だなんて嫌に決まってるじゃない!」

 

 やはりそこが納得いかなかったのか。

 イリヤは再びキッとクロを睨みつける。

 

「だから……それを説明しようとしたんじゃない……」

 

 その言葉を受けて、クロは私から離れて彼女へと近づく。

 

「貴女からしたら私は怖いでしょうね……ええ、貴女だって分かってるんでしょ? 私達が普通じゃないって」

 

 その声は私に向けていたものとは別物。

 聞いているこっちが寒くなるような冷たいもの。

 

「パパが言ってたのを貴女もちゃんと聞いてたでしょ。イリヤ。私達は……コインの表裏のようなもの。偶々貴女が表で私が裏だった。それだけのこと。

 けど今は、私と貴女。ありえない事だけどどちらも表になっている」

 

 淡々と語る。

 その内容は私の聞いていないものだ。

 だと言うのに、なんとなくその言葉は自然と理解できた。

 

「だからさ……私にだって表の世界を見せてくれたって良いじゃない。もう貴女に成り代わろうなんて思ってないんだから……普通の女の子の生活を私もしてみたいのよ」

 

「――――」

 

 最後は絞り出されるように小さくなった声。

 私はイリヤに声をかけるべく一歩踏み出す。

 声をかけるというよりは説得だろうか。

 詳しいことはアイリスフィールに聞かねば確証はとれないがまず今私が持っている認識で間違いないはずだ。封じ込まれた聖杯の機能。その際に何か起ころうと不思議はないのだから。

 となると今の言葉は真実であり、その希望は叶えるに値するものだと思う。

 

 しかしイリヤの気持ちも分かるし、今のクロの説明で割り切れるほど大人ではないことも承知している。

 それならば私が手を差し伸べる他ないだろう。

 

「――った」

 

「え――?」

 

 だがイリヤの反応は意外なものだった。

 

「分かったって言ってるの……本当にそうならだけど……」

 

 ぼそぼそと呟く。

 しかし彼女の言葉は確かにクロの事を肯定していた。

 

「私だって別に殺されたりしないって約束するなら無理やり嫌う必要ないし……別に学校くらいはいい……よ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

「驚きました、イリヤスフィール」

 

「なにがー?」

 

 今日は歩いて学校に行く気分だと語るルヴィアゼリッタに合わせて皆学校への道を歩く。

 先頭をウキウキで歩くクロに聞こえないように私はイリヤに声をかけた。

 

「先ほどの対応です。私はてっきり貴女が――」

 

「あのまま意地になると思った、でしょ?」

 

 私の言葉の先を読んだかのようにニッと笑って彼女は返した。

 

「私だって全部が全部納得してる訳じゃないよ? 正直クロのことを信用するなんて無理だし。けど――おとーさんの娘としてその言葉は守らなきゃ。突然のことで流石にちょっと混乱しちゃったけど、家族仲良く、ね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




投票を……投票をクレメンス

どうもです!

分かりづらいかもですがクロは前話最後起きていた、っていうオチです。
次は凛ちゃんさんのターンかそれとも……
 
それではまた!評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!


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第9話 間幕

やっぱり無限の剣製って最高に厨二(褒め言葉)


贋作者(フェイカー)め……"2人目"はかなり手こずったな。たった一人の端役のくせにちょこまかと……」

 

 その男は、苛ついていた。

 

 暗い空間に差す一条の光、スポットライトのように収束したその光を一身に浴びている男が立つのは舞台。

 しかし、その幕は降りている。

 

「いや……これも悪くないのかも知れない。名作には条件がある。主役だけじゃ駄目だ。破天荒な端役がいてこそより光は輝く」

 

 笑う。だがその表情は直ぐに憤怒のものへと変貌する。

 

「だが……俺の舞台は俺が決める! しゃしゃり出るんじゃねえ!」

 

 指を弾くとともに幕が上がる。 

 それと共に男は敢えて客席へと降りた。たった一つしかない特等席。

 最高の舞台を作り上げるためには時として鑑賞者となる事も必要、と言うのが彼の持論だった。

 

「ようやく演者が揃い始めた――だがまだ足りない。全てを救済するためにはこんなもんじゃあ足りない。器が一つでは届かない、それどころかエキストラが必要だと知った時は絶望もしたが……まあこれも一興だ」

 

 舞台に巨大な立方体が出現する。

 その表面に浮かび上がるは様々な世界の光景。

 その中から一つを汲み取った。

 

 残る器はあと――

 

「さあ、鑑せてあげよう。そして俺にも鑑せるがいい! 最後の―――、そして誉れ高き―――」

 

 

 

 

 

―――――

 

 荒れ果てた大地には無数の剣が突き刺さる、それが彼の世界だった。

 

 赤く染まる空に浮かぶ巨大歯車。目的、意味も忘れてなお回り続けるそれこそが本質だったのかもしれない。

 

「ここは一体――」

 

 自分ではない誰かの世界、それであって自分の世界。

 矛盾したその感覚ををあっさりと受け入れた。

 

 この世界は、一人の人間によって生み出されたものだ。

 

「あっ――!!」

 

 流れ込む。

 その奔流に頭が弾け飛びそうになる。油断すればその瞬間にこの余りに軽い自我は吹き飛び、2度と戻ることはないだろう。そうならないためにはとにかく耐えるしかない。

 

『――固―結―。――――つまりアンタは――でもなければ――でもなくて』

 

『――が持ち得るのはこの――だけだ。宝―が――のシンボルだと言うのならこの――――こそが俺の――』

 

 

 

「この声はとおさ……いや、違う。俺の知っているあいつじゃない……それにもう一人は……」

 

 人影が映る。と言うよりも頭に直接流れ込んでくる。

 見た事のある女性。だがそれば別人だ。

 そして赤い外套に白い髪。知らないはずなのに、誰よりも知っている気がする。

 荒野に倒れ込み頭を押さえながらも必死に顔を上げてその姿を見る、そして考える。

 あれは――誰だ。

 

『アー――……貴―は――』

 

 向かい合っているのは……

 

「ふざけ――てんじゃねえ、テメェ………――――!!!!」

 

 突如として視点が切り替わる。

 魂のみが身体を離れて別の容れ物に入ってしまったような感覚。借り物の目を通して見えるのは赤い外套の男。その後ろには無数の剣。

 そうしてそれが何かを理解する時間もなく、士郎は吠えていた。

 

 無数の剣が跳ねる。前だけではない。自らの後ろからもだ。

 それを最後に士郎はそこから意識のみ浮き上がる。

 回る世界。もう何も見えないし、何も聞こえない。

 

 

 

 

 

『勘――し――――』

 

『俺が―――――無――に――を内――する―界』

 

 

 否、知らず知らずのうちに呟いていた。

 だがそれも無意識のもの。

 彼自身それが何なのか分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

「うわぁぁ!!!!――あれ?」

 

 目の前に広がるのはいつもの教室。

 皆が驚いたように自分を見ている。それも当たり前だ、だって今は……

 

「――衛宮」

 

「は、はい。葛木先生……」

 

「私の授業がつまらないというのなら退出しても構わんぞ?」

 

「すいません……以後気をつけます――」

 

 授業の真っ最中なのだから。

 衛宮士郎、これが人生初の授業中の居眠りだった。

 

 

 

 

 

 

「どうしたのですかシロウ? 居眠りなど貴方らしくもない」

 

「俺も記憶にない……だいたいいつの間に寝ちまったのかすら分からないんだ」

 

 もしゃもしゃと玉子焼きを頬ぼるセイバーに心配される。

 士郎も同じように弁当箱の中身をつつきながら自分の失態に苦笑いしつつそう返した。

 だが今の彼にとってそんなことは些細なことだ。

 

「――」

 

「シロウ。どうかしたのですか?」

 

 屋上を吹き抜ける風が強い。

 そんな風を受けて頭の芯から冷やされるような感覚が士郎を包む。

 そして彼の意識は再び先程の夢の事へと沈んでいく。

 

 さっきの夢は一体なんだったのか。ただの夢とは到底思えない。だがそれがなんなのかは全く理解はできない。でもそんなことするまでもなく知っているような気がする。

 そんな不揃いなパズルのピースのように散らばる思考の破片が頭を混乱させる。

 何せそれを当てはめる台座はどこにあるのか士郎自身わからないのだ。

 だというのにそれを知っているという感覚は確信に近い。これを一体なんと表現すれば良い?

 

「シロウ……?」

 

「――あっ! ――済まないセイバー。ちょっとぼーっとしてた」

 

「本当にそうですか? どうも私には貴方がいつもと違うように見えたので……」

 

「――!! 大丈夫! 本当に大丈夫だから!」

 

 ふと気づけばいつの間にかセイバーの顔が士郎のすぐ近くに来ていた。

 最初はあまり集中できていなかったことが幸いしたのか逆に冷静に対応出来ていたのだが……そんな誤魔化しは一瞬のものだ。

 

 一気に沸騰する顔を見られないように顔を背けながらぱっと飛び退く。

 それを不思議そうに見つめるセイバーにしばらく目を合わせられそうにない。

 

「む……それなら良いのですが……」

 

 納得行っていないのが丸見えながらもとりあえずセイバーが引き下がる。

 

 そんな彼女を見て、なぜこの少女は自分の容姿がとんでもない美形なのか欠片も自覚していないのか。

 士郎は心底そう感じた。

 

 透き通るような白い肌、華奢で抱きしめたくなるような小さな体躯、流麗なブロンドの髪、吸い込まれそうになる翡翠色の瞳、時に鋭く、それでいて柔らかい雰囲気。

 何もかもがドストライク。だというのに彼女自身にその自覚がないと来たらもうたまったものではない。

 

 今まで血の繋がらない女性と同居する事など意に介さなかった士郎だがセイバーと過ごしたこの数ヶ月、間違いなく彼の睡眠時間は減っていた。

 

「あーーセイバー、ちょっといいかな?」

 

 ピンチの後にチャンスあり、それと同じように無駄な事の後に有意義な事あり。

 そんな煩悩を振り切ると、士郎の頭にふとアイデアが浮かんだ。

 

「はい? 私に答えられることなら構いませんが」

 

 真剣な表情でずい、っと詰め寄るセイバー

 

 確認しておくと今は夏なのである。そんなに密着されると薄手の白いワイシャツがすけて――!!

 

「あ、ああ。セイバー、赤い荒野、に覚えはないかな? 剣以外なにもないような、そんなことろ」

 

「荒野……ですか……?」

 

 理性がここまで働き者だと知ったのは今日が初めてだ。

 

 心の中で自分の理性を褒める士郎、しかしそんな風に見えないものが彼の内ですり減っていることも知らずにセイバーは考え込むようにうーんと目を閉じる。

 

 それを見て士郎はあの光景を思い起こす。

 

 荒野に立っていたのは4人の筈だ。

 

 あの声は聞いたことがある気がする。

 そして、その人物は目の前にいる。 

 

「そうですね――荒野と言うのはかつて戦場で幾つも見て来ましたが剣しかない、というのは記憶にないですね」

 

「そうか……」

 

 しかしその答えは期待通りのものではなかった。

 苦い表情で告げるセイバー。彼女が嘘をつくとは思えない以上自分の考えが間違っていたと言うことになるだろう。

 

「しかし突然どうしたというのですか?」

 

 今度はセイバーの番だった。

 不思議そうな表情でそう問いかけてくる。

 

 確かに突然の質問にしては随分と意味有りげなものだったかもしれない。しかし夢の話なんて荒唐無稽な話をするべきなのか否か……

 

「いや、ちょっと変な夢を見てな――」

 

 セイバーならそんな話をしても笑ったり、適当に流したりしないだろう。

 

 それが士郎の出した結論だった。

 

「夢……ですか?」

 

「ああ、その荒野には遠坂とセイバーと赤い外套の大男と……俺じゃない俺がいた」

 

「私に凛……それに赤い外套と言いましたか?」

 

「え……ああ、そうだけど」

 

「まさか……!」

 

 赤い外套という言葉にセイバーが驚いたように目を見開き食い気味に聞き返す。

 その姿は見るからに動揺していた。

 

「どうしたセイバー? 顔色悪いぞ」

 

「――」

 

 直後セイバーは考え込むようにうつむき黙り込んでしまう。

 突然の変化に士郎はついていくことが出来なかった。

 

「おい――」

 

「シロウの言っていた荒野には覚えがありませんが」

 

 士郎が声を掛けようとするがそれは途中でセイバーに遮られた。

 

 顔を上げた彼女の瞳には未だ困惑の色が消え切らない。しかし何か割り切ったように口調ははっきりとしていた。

 

「その赤い外套の男のことは知っているかもしれない。シロウ、その男は白髪ではなかったでしょうか?」

 

「え――」

 

 その通りだ。

 

 だからこそ士郎はそこで返答に困ってしまった。

 

 いくら意味有りげなもとはいえ夢は夢であり、さらに言うとそれは自分自身のものだ。

 しかしその登場人物をセイバーは自信有りげに知っているかも知れないと答えた。

 そんなことが有り得ても良いのか?

 

「そうなのですね――私もまさかとは思いましたが――」

 

 そんな士郎の沈黙をセイバーは肯定と受け取ったのか。

 一度目を瞑りため息をつくと彼女は真剣な表情で彼に向き直り言葉を続けた。

 

「シロウ、そこに私や凛がいたのは当然だ。なぜなら彼は――凛の剣として聖杯戦争を戦ったサーヴァントなのですから」

 

 

 

 

 

 

 

 





ちょっと短くなりましたが士郎さんのターン……いや、そうでもなかったか。

クッション回と言うかなんというか。

ここからもう少しおいていよいよ彼女が登場、そしていよいよツヴァイ編も佳境へ突入していきます!

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第10話 仮初の日常

最近作者の文体というか作風が悪い意味で変わってしまっているんじゃないかと不安になる……大丈夫なのだろうか……


「はい――ええ、今日本に到着しました。冬木までは数時間かかると思います」

 

 使い慣れないタブレット式端末の向こう側にいる上司の問いに答える。

 原理はどうだが知らないし、使い心地に違和感こそあるが何千kmと離れた所にいる相手とリアルタイムに会話できるというこの機械じかけの能力は素晴らしいと言えるだろう。

 自分自身はそうでもないが、古い権威に凝り固まったお偉方の中にも使用する人がいるというのが何よりの証拠だ。

 

「無茶言わないで下さいよ……ゼルレッチ爺の動きが気になるのはわかりますが私に求められているのは確実な任務の遂行、それだけです」

 

 電話をかける直前に目的地までの最短ルートを割り出していた。

 画面をタップ、スワイプするだけでこれだけの知恵が視覚化されるのだ。魔力の消費も時間もかからない。

 それによると冬木までは片道ですら数時間かかるのだ。

 例え命令されようとも日帰りでロンドンに戻るなどできるわけがない。

 そう日本という魔術後進国に無知な上司を説き伏せる。

 

「分かっています――コンディションは万全。今日中に片をつけて明日には帰国の途につけるように尽力します――ええ、それでは」

 

 何とか説得には成功したようだ。

 通話を切ると同時に電源も落とす。ここまで来た以上後は自分の領分だ、文句や横槍を入れさせるつもりはない。

 人使いの荒い上司に溜め息をついて彼女は人でごった返す空港ロビーへ向けて歩き始める。

 

 道行く人が何人か振り返るが彼女はそんなことを意に介さない。と言うよりも気付いてすらいない。

 

 身長は170cmを超え、女性としてはかなり長身の領域に入る。そこから伸びる手足は長く、プロポーションはそこらへんのアイドルやモデル程度は遥かに凌ぐ。

 欧米人特有の肌の白さ、整った顔立ち、更にスタイルの良さを強調するスーツという服装も相まって彼女は充分美人と形容されるに相応しい容姿を持っていた。

 

 しかし人は気付かないだろう、そんな彼女のしなやかな手足から放たれる一撃は自らの骨などたやすくへし折る、いや砕け散らすだけの威力を持っていることを。

 その綺麗な手で何人もの命をなんの感慨もなく奪ってきたことを。

 そして……彼女が魔術師だということを。

 

 彼女が背負うは現代に残る神代の傑物。それこそが彼女を超一流の執行者たらしめる。

 

 

 空港を出てバスに乗り込む。

 緊縮財政だか何だか知らないがあまり金銭的余裕はない。なるべく移動手段に無駄金は使えないのだ。

 

「はい、予約はしてあります。バゼット・フラガ・マクレミッツです」

 

 数分するとバスが走り出す。

 バゼットは窓を開けて風を取り入れた。

 冷房も効いてはいるがこちらのほうが心地良い。

 

「あ――そう言えばあの人に連絡するのを忘れていました」

 

 1人ポンと手を叩く。

 先程の上司への対応が面倒で頭から抜け落ちていたが、連絡するべき人がもう一人いたはずだ。

 

「――――」

 

 辺りを見渡す。

 幸い発車直後、これから向かう先が都会でも無ければ観光地でもないこと、などが重なったおかげが人影はまばら。

 それも大体の人が夢の世界に落ちているかイヤホンを付け音の奔流に身を委ねているかのどちらかだ。

 これなら軽く会話する程度なら問題ないはずだ。

 

 そう判断しバゼットはポケットに放り込んだ携帯に手を伸ばし、その番号を打ち込み耳に当てた。

 

「――――」

 

 鳴り響くコール音。

 それが10秒ほど続いた。

 

 やはりあの人物が携帯なんてものを日常的に使用していると考えるほうが間違いだったか。

 バゼットはそう嘆息して携帯を戻すべく耳から離し――ぎりぎりでやめた。

 

「ーー携帯に出るタイミングさえ性格が悪いとは驚きですね……お久しぶりです」

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

「凛の様子はどうですか? ルヴィアゼリッタ」

 

「ダメですわね。私もあれ以来姿を見ていませんわ」

 

 頭を振るルヴィアゼリッタの答えは芳しいものでは無い。

 授業も終わり時間は夕方、未だ部活動で人影の多い校庭を邪魔にならぬ様ルヴィアゼリッタと並んで歩く。

 因みにシロウは今日は先に帰っている。夕食の支度と言峰綺礼の格闘鍛錬の時間が被りとにかく急がなければならない、と言って授業が終了すると同時に駆け抜けていったのだ。

 

「心配……ですね」

 

「心配という感情かは知りませんがこのままでは張り合いがないのは事実ですわ――全く、早く立ち直れと言うものです」

 

 ルヴィアゼリッタの言葉は表向きこそいつも通りのトゲトゲしいものであるものの、その実凛の事を心配しているのは明らかだった。

 なんというかこう……雰囲気が違うのだ。

 

「セイバー、聞きたいことがあるのですが」

 

「なんでしょうか」

 

 ルヴィアゼリッタが一歩前に出ると私に向かい合うように振り返る。

 先程までの友を心配していた姿はなく、毅然とした魔術師のそれになっていた。

 

「私もあれから調べて見たのですわ。聖杯戦争というものについて」

 

「――」

 

 やはりそう来たか。

 いつかはくると思っていた質問に納得する。

 彼女達がどれだけのことを聞いたのかは定かではない。しかし聖杯戦争という言葉を聞いたことは間違いない以上私に辿り着くのは道理なのだ。

 

「しかし幾ら調べてもまともな情報は出て来ませんでしたわ……ええ、個人だけではなくエーデルフェルト家の力を持って捜索したのにも関わらず、ですわ」

 

 ギリっと悔しそうに歯噛みする。

 彼女が名家の出身だということは分かる。魔導の世界は狭い。それは権力さえあればその世界の大体の事情を把握しようとすれば把握出来るということと同義だ。

 なのに一つも情報を得られない。それが彼女にとってエーデルフェルト家の跡取りとしてのプライドを傷付けるものであったことは容易に想像がつく。

 

 しかし、ある意味それは当然のことだ。

 私はそう冷静に見ていた。

 運命の分岐点が何処にあったのかは分からない。

 だがこの世界の衛宮切嗣も、かつて私の主として戦った冷徹な衛宮切嗣だった時期があるのだ。

 その彼が聖杯戦争を集結に導いたというのなら、情報なんてものが残っているわけがない。

 全てを消し去り闇に葬ったに違いない。

 

「だからこそ貴女に聞きたいのです。聖杯戦争とは一体何なのか。そして何がトオサカリンをあそこまで追い詰めたのか」

 

「――――」

 

 彼女の期待に応え切ることは私には出来ない。

 残念ながらそれが現実だ。私の知っている聖杯戦争と、ここで行われたそれは別物だ。

 そもそも私の知っている凛はトラウマなんて抱えていなかったし、ケイネスに至ってはその戦いで死んでいる。

 何が彼女を狂わせたのか、それを知るのは本人、そして切嗣のみだろう。

 

「後者については私は何とも言えない。しかし――聖杯戦争のことならば私の知る限りの事を話しましょう」

 

 だがそれでも完全に力になれないと言う訳でもない。

 そんな思いを持って私は自分の知り得る聖杯戦争についての全て、そして私が知る遠坂家、そして遠坂凛という人間についてをルヴィアゼリッタに語った。

 

 

 

 

 

 

 

「――こんなことならばあの時にもっと細かく聞いておくべきでしたわね……」

 

「それは仕方のないことだ――私も聖杯そのものはともかく聖杯戦争が絡んでいるとは思わなかったしそこには思い至らなかった――これは私のミスでもある」

 

 悔しそうに顔を歪めるルヴィアゼリッタ。

 私も慰めているものの同じような表情を浮かべているに違いない。

 

 彼女の言うあの時と言うのは私達が初めて会った時のことだろう。

 この世界に聖杯戦争がないと聞いた私は多くのことを語りはしなかった。今思うと、幸せな世界に安堵すると同時に無意識の内にその事を避けていたのかもしれない。

 

 そんな自分の甘さを私は恥じた。

 

 

「とりあえずトオサカについては保留するしかないという事でしょうか――」

 

「残念ながらそういう事になりますね。切嗣がいればなんとでもなったのでしょうが今の彼はアイリスフィールでさえも行方が掴めていない。探すのが現実的でない以上真実を知るのは彼女だけだ」

 

 本質的にはあまり進んでいないのだろうがルヴィアゼリッタもとりあえずとしての結論を自分の中で出したようだ。

  

「まあ貴女の話通り何処までも無駄に強い人間なのも確かですからね。時間が経てばひょっこりといつものように戻るでしょう」

 

 そう言うと再び前を向いて歩き始める。が、数秒と経たずその足が止まる。

 

「あら――」

 

「――? どうかしたのですか? ルヴィアゼリッタ」

 

 突然止まった彼女の横に並ぶ。

 その目が見ていたのは、校門の先。

 

「いえ――ここからだとよく見えないのですが……あれ、美遊達ではなくて?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

「――なぜ貴女達はこう……いえ、そもそもドッヂボールで数時間気絶とはどう言うことなのですか!」

 

「だっておねーちゃん……」

 

「だってもへったくれもありません!」

 

「はーい……」

 

 クロはしょぼくれているがこれくらいはまあ躾としてしっかりと言わなければならないだろう。

 姉として見られている以上妹を教育するのも義務なのである。

 

「で、これは一体どう言う――」

 

「クロがイリヤや私の友達に見境なしにキスしまくった結果です。それをイリヤを止めようとしたのですがちょっとヒートアップしてしまって……」

 

「キス!?」

 

「ちょっ!? 待ってよ美遊! そんな言い方しなくても……確かに間違っちゃいないけどさ……」

 

 

 未だ目の覚めないイリヤを背負う美遊が淡々と理由を告げ、クロは反論しようとするもののその声はどんどんとか細くなり最後には殆ど聞こえなくなっていた。

 要するに信じがたい内容ではあるが美遊の言葉が真実であるということだ。

 

「クロ? どういう事かきちんと説明してもらいますよ……?」

 

「お、おねーちゃん……なんだか顔が凄く怖いよ……?」

 

 顔を引き攣らせながらジリジリとクロが後退る。

 

 おかしいですね?私が浮かべているのはそれはそれは素敵な笑顔のはずなのですが……チラッと視界の端で美遊が笑ったように見えたが気のせいだろう。

 

「ち、違うの! これは……」

 

「ええ、話ならじっくり聞きますよ? 貴女がそんな痴女まがいの趣味を持っているのならそれはそれで……全力で矯正してあげますから。姉として可愛い妹を正しい道に導かないといけませんし」

 

「か、可愛い……! 嬉し……じゃない! 今喜ぶのは違うぞ私! このままじゃ大変な事に……!」

 

 顔を赤らめたかと思うとブンブンと手を振り再び青ざめる。

 そんなクロを見ているのは割りと楽しいことではあるがそんなことに興じている暇がないのも確かだ。

 

「さあ、あまり焦らさないでください。お姉ちゃんは妹が心配で心配で堪え性がなくなってしまいそうです」

 

「わ、わかった! わかったから!」

 

 何に怯えているのか分からないが焦った様子でクロが弁解する。

 そして踏ん切りを付けたように大きく息を吸い込んだ。

 

「魔力供給よ魔力供給!! 私は自前の魔力で肉体を保ってるから時々そういうことして補給しないとやっていけないの!!」

 

「――――」

 

「――――」

 

「――――」

 

 その言葉に、空気が凍り付いた。

 

「美遊、こちらへ。倫理観が歪みかねない相手と一緒にいるのは保護者として承諾しかねます」

 

「――分かりました。ルヴィアさん」

 

「セイバー……後はお任せしますわ」

 

「ええ、私がなんとかして彼女を正常な道へ戻しますのでご安心を」

 

 すーっとルヴィアと美遊が退いていく。

 それも当たり前のことだろう。自分の欲望を満たすために魔力供給なんて理由を持ち出すとは言語道断である。

 これから思春期を迎えるお年頃の美遊を引き離そうとするルヴィアも普通だし、そんな悪い子にはお仕置きが必要だと思う私の感覚は至極当然のもののはずだ。 

 

「ち、ちが……ほんとにそうなんだってばー!!」

 

 夕方の住宅街に乙女の叫び声が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

「まさか本当だったとは……」

 

「だからそう言ったじゃない……おねーちゃんのバカ……」

 

「も、申し訳ないクロ……」

 

「別に良いけど……」

 

 結論として、彼女は嘘などついていなかった。

 実験台になったのは私であったが確実に魔力を持っていかれた感覚があった。

 

「それではまた明日。美遊はイリヤスフィールを送るまでは帰らないと?」

 

「はい……イリヤを送り届けるまでは離れません」

 

 そうこうしているうちに家の目の前までたどり着く。

 いつとはそこでルヴィアと美遊とは別れるのだが今日は違うようだ。

 

「それにしても美遊はすごいですね。同じくらいの体躯のイリヤスフィールを背負って息1つ乱さないとは……あの、本当に身体は大丈夫なのですか?」

 

「お構いなく。イリヤは私が運びます」

 

 こう頑なだと美遊をイリヤから引き離すのは無理そうですし。

 

 相変わらず変な気配を感じますがそれについては触れないようにと勘が告げている。触れては行けない。

 

 そうしていつもと違い、ルヴィアゼリッタのみを一人にして私達は家に入ったのだ。

 

 

 

 

 

 

「ただいま戻りました」

 

「お帰りなさい皆さん……あら? イリヤさんは一体どうしたのですか」

 

「少し遊び疲れて寝てしまったようで……」

 

 出迎えたセラが訝しげに私達を見る。

 そんな彼女に悟られないように口調をいつも通りにして愛想笑いを浮かべる。

 気絶しているなんてバレたら大事になるのは目に見えている。

 

「そうですか……それではベットで寝かせてあげておいてください。私は食事の用意、奥様とリズはリビングにいますから」

 

 何も気付かずにセラは引き返す。

 それに目配せして美遊とクロを部屋へと急がせた。

 

 

 

「お帰りなさいセイバー。今日は部活はなかったの?」

 

「おかえりー」

 

「ただいま、はい。今日はお休みだったので」

 

 一人でリビングに向かう。

 そこにはセラの言葉通りアイリスフィールとリズの姿があった。

 

「そうなのー。ああ、だから士郎も早かったのねー」

 

「はい。これから私もそちらへ向かおうと思っています」

 

 アイリスフィールはポンッと手を叩く。

 彼女は切嗣がいなくなった後もいつものように明るい――ように表面上は見えたが実際は違う。所々の所作が違うのを悟られないようにしているが元が天真爛漫な分嫌でも分かってしまうのだ。

 

「そっかー。士郎のことよろしくね、あの子ことビシバシ鍛えちゃっていいから!」

 

 しかしそれに子供達が気づいている様子がない以上見てみぬふりをするのが吉というものだ。

 私は知らないふりをしていた。

 

「あれ……誰か帰ってくる音がする」

 

 お菓子を食べる手を止め突然リズが呟いた。

 

 セラ含む3人がそれに ん? という表情を浮かべる。それはありえない事なのだ。

 

「誰かとは……もうこの家の住人は……」

 

 切嗣以外いないのだ。

 

 そう思い立った途端全員同時に立ち上がる。

 

「まさか!」

 

「旦那様!?」

 

「キリツグ!?」

 

「おー」

 

 そうだ、あと一人しかいない。

 

 それに気づき皆玄関へと走り寄り……

 

「あれ? どうしたんだ皆」

 

 そして同じように落胆した。

 

「あの……シロウ? 今日は言峰と鍛錬では?」

 

 あからさまに溜息をついて引き返していくセラとアイリスフィールに目をぱちくりさせるシロウに問いかける。

 彼がここにいるのもそもそもおかしなことだ。

 

「え。ああ……なんかあいつ用事が出来ちゃったんだってさ。びっくりだよな。あいつに友人がいるなんて」

 

 それを、当然のことと聞き流した。

 

 




どうもです。

クッション置くとか言っといて速攻バゼット編へ。

久々に戦闘書くとか大丈夫なのか不安になりますね……

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第11話 奇襲

皆さんGWいかがお過ごしでしたか?



「……あれ?」

 

 目に写ったのは真っ白い天井。

 イリヤはすぐには自分がどうなっているのか分からなかった。

 

「えーと……」

 

 ふよふよと浮かんでいる意識の中で理解した。

 はっきりとしてきたここに至るまでの記憶、横に倒れて力が抜けている身体、かけられたどことなくいつも使っているものと比べ厚い布団、鼻をつーんと刺す消毒液の匂い、これだけ揃えばもう分かる。

 

「ここ……保健室だ」

 

 そう呟きながらイリヤは上体を起こした。

 自分の服装を眺めてみれば倒れた時と同じく体操服のままである。

 それをみとめると共に一気に覚醒する。

 

「あ! そう言えばクロのやつ!――あいた!? 頭! 頭が割れるように痛いし身体全体が痛いよ!?」

 

「も〜う、怪我してても喧しいんですねイリヤさんは〜 少しは静かにしてろってやつですよ〜」

 

「ルビー?」

 

 こうなるまでに何があったのかを思い出してイリヤはベットを飛び降りようとし――横に向いた瞬間激痛に襲われ、その上を体を丸め転げ回った。

 他に見ている人がいるならば、その相手は間違いなく同情と共に失笑しただろう。

 現にどこからともかく現れたルビーは呆れきっていた。

 

「はい〜呼ばれて飛び出てマジカル☆ルビーちゃん! ですよ〜!」

 

「いや。別に呼んでないからね――?」

 

 直ぐにいつものハイテンションに戻ったルビーにイリヤは力無く返す。

 実際の所彼女にはまともに対応するだけの余力すら残っていなかったのだ。

 外見上の異変がなかったため本人も気付くのが遅れたが、全身の筋肉はバッキバキであり、頭痛も中々に酷い。

 これが学校に行く前の朝ならば、教育熱心尚且つ不正を絶対に許さないセラに自信を持って休みを要求ほどに。

 要するに彼女の中では非常事態宣言を出すレベルの辛さだということだ。そんな状態で一気に動こうとすれば今の状態はある意味必然と言えた。

 

「酷いこと言いますね〜私はずっとイリヤさんの看病をしていたというのに〜」

 

「――嘘だよねそれ。どうせ私がこうなるの見越してからかいにきたんでしょ」

 

「あら? バレちゃいました? イリヤさんも鋭くなりましたね〜 その通り、あんなに物理に魔力回したらフィードバックは当たり前ですし〜 あ、またイリヤちゃんフォルダが潤ったので感謝です」

 

「もうどうでもいいや――」

 

 どっと襲ってきた疲労感と共にうつ伏せにベットに倒れ込む。

 本来なら聞き逃せない単語がいくつも混じっていたルビーの言葉だがそれに反応するのも億劫である。どうせ口車に乗せられるのがオチと結果的にいつもよりも冷静な判断をイリヤは下していた。

 

「あ〜んもう! つまらないですね〜今日のイリヤさんは〜――――まあそれはいいです。単純な痛み以外は大丈夫ですか?」

 

「痛いけど他は大丈夫……頭はボールが当たったときのだろうし――クロのやつ、ほんとに手加減なしなんだから」

 

 異常がないことを確認するように頭に手を当てる。

 ボールが当たった時の痛みときたらもう二度と経験したいと思うものではなく、本当にお星様が見えたような錯覚がしたほどだ。

 そしてイリヤの中に忘れかけていた怒りが再び燃えがあり――

 

「それは仕方ありません。そもそも初っ端から魔力戦挑んだのはイリヤさんのほうじゃないですか」

 

「う……反省してます……」

 

 直ぐにしぼんだ。

 窘めるような口調のルビーにイリヤはビッと3本の羽根で額を指差される。

 冷静に考えれて見ると元はと言えば――更にその元凶を作ったのはクロなのは確かなのだが――ルビーの力を使って反則じみたドッヂボールを行ったのは自分が先だ。ここまでの仕打ちを受ける謂れはないが、無条件にクロを責めることも彼女には出来なかった。

 

「心配はいらないみたいですね――それじゃあ私はそろそろ失礼します」

 

「え? ルビーどっか行っちゃうの?」

 

 それでは。と敬礼するとふよふよと開いている窓へと飛んでいくルビーを呼び止めた。

 こんな時に彼女が何処かへ行ってしまうのはイリヤにとってかなり珍しいことであったのだ。

 

「はい〜今日はアイリさんとお茶会なんですよ〜――主にイリヤさんの学校での生活とそのブラコンぶりについて語るのがメインですが」

 

「待って!! 最後は聞き捨てならないよ!? ちょっとルビー!!」

 

 そうして静止も虚しくルビーが見えなくなっていくのをイリヤは真っ白になりながら見送った。

 あのステッキと母親が仲良くなっているのは薄々気付いていたが今回は最悪である。お互いある事ないこと好き勝手に吹き込み合って狂喜し、そして後日被害を受ける自分の姿が彼女の脳裏に浮かんでいた。

 

 

 

 

 

「もういい――寝よう」

 

 手を伸ばした姿勢で固まること数秒。イリヤが選んだのは睡眠という名の無自覚の世界への逃避という、結局逃げの一手だった。

 

「どうせ何をした所で私がおもちゃにされるのは目に見えてるし……なにしたって一緒だし……」

 

 人がいないからなのか、彼女のいじけモードに拍車がかかる。

 もしもここにセイバーがいたならば確実にお説教に突入していたことだろう。

 

「あれ? 誰か来る――って校舎の中ヒールで歩く先生なんてあの人しかいないか」

 

 布団を頭から被っていても大きくコツコツと廊下に響く音が聞こえる。

 それを聞いてイリヤは顔だけ出した。無視するのも良いのだが彼女相手にそれをするのは得とは言えない。

 

 

 

「ほんとに毎日退屈――あら? なんだ、起きてしまったの」

 

「お、おはようございます……あのー……起きてしまった、とは」

 

「もしも診断違いで命の危機に訪れてたらゾクゾクしたのに勿体無い、という事ですがなにか?」

 

「いえ、なんでもないです……カレン先生」

 

 冗談でもこんなこと言う保健教師がいるとは思えないが、この人に関しては本気も本気である。

 雑に開け放たれたドアと共にお互いから嘆息が漏れる。

 イリヤと同じ銀色の髪、短いスーツに不釣り合いな10代とも見れるような幼気でそれでいて達観した雰囲気、つまらさなそうな瞳、この学校の何故この人が教師なのかわからないランキングをダントツで独走する折手死亜華憐(カレン・オルテンシア)はいつも通りだった。

 

「で、もう治ったのですか?」

 

「え――まあ一応……」

 

「そうですか……」

 

「なんですかこれ!? 教師としては喜ばしいことじゃないの!? 私間違ってないよね!?」

 

 どう考えてもおかしい。

 つまらげな空気を全開に椅子に座り込んだカレンにイリヤは頭痛の悪化を感じた。

 

「あー――それじゃあ私そろそろ帰りますね……」

 

 ベットから降りてスカートのシワを伸ばすとイリヤはふらつく足にたたらを踏みながらも体勢を立て直す。

 正直身体はまだまだきついというのが本音だったがここにいては悪化する一途だ。

 

 

 

「ちょっと待ちなさい」 

 

「はい?――!?」

 

 フラフラと保健室を横切り廊下へ出ようとしたところで呼び止められる。

 振り向くと、イリヤの目前にいつの間にかカレンが迫っていた。

 

「あの……一体――」

 

「学校におもちゃ、それも喋るおもちゃなんて論外」

 

「はえ――?」

 

 突然のことに後頭部が殴られたような衝撃がイリヤに走る。

 

 それには確かに思い当たるふしがあるのだ。

 

「さ、さっぱりなんの事やら私には〜」

 

 しどろもどろになりながらそう返す。しかしそんな彼女の目は遠くから見ても分かるほど泳いでいた。

 

「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。ふむ、クロ・フォン・アインツベルンもそうでしたが……色々と面白い家族構成だとは思っていましたが本人も悪くない」

 

「え、ちょっ!?」

 

 いつの間にか壁際にまで追い詰められる。

 迫りくるカレンの目は猟奇的な何かに満ちていた。

 

「ゼルレッチ爺の魔術礼装、聖杯の器、クラスカード――面白いですがこのままあの人の思い通りというのも気に食わない」

 

「あ――れ――?」

 

 イリヤの視界に霞がかかる。

 聞こえてくる声は遠く、どこか反響しているかのように響く。

 

「間に合うかどうかは知りませんが……気がついたらエーデルフェルト邸へ向かいなさい。ま、間に合えば少しは驚いた顔も見れるというものでしょう。ええ、その方が私には好ましい――ダメならダメでなんの問題もないですし」

 

 最後の方は聞こえていたのかも定かではない。

 確実に言えるのは、この一連の流れの中で彼女が覚えていたのはほんの一部ということだけ。

 そのままイリヤは意識を闇に手放した。

 

 

 

 

 

―――――

 

「セイバーさん!」

 

「――? どうかしたのですか、イリヤ?」

 

 焦った様子でイリヤが駆け込んできたのは夜も8時を過ぎた頃だろうか。

 夕食も終わりアイリスフィールは風呂に、セラは洗濯に、リズは……お菓子を求め外に出て、リビングに残っているのは私と士郎だけだった。

 

「いや――あの、その、」

 

「どうしたイリヤ? 俺が居ると邪魔か?」

 

 勢い良く意気込んだイリヤだが私の横にシロウが居るのを見ると突然言い淀む。

 シロウもそれに気付いたのか心配そうにそう問い掛けた。

 

「そういう訳じゃないんだけど――えーと――」

 

「はっきり言っちゃいなさいよ。ルヴィア達が危ないから今すぐ行こうって」

 

「クロ!?」

 

 呆れたような顔を浮かべたクロがいつの間にか開け放たれたままになっているドアに寄りかかって私達を見ていた。

 その目はとても冷ややかで、初めてあった時の冷徹さを感じさせた。

 

「なんで――」

 

「貴女ねえ……寝言とんでもなく煩いの自覚した方がいいわよ? まさか起きてまで続くなんて思ってなかったけど」

 

 なんだがずっと煩いとは思っていましたがイリヤの寝言だとは気付かなかった。

 

「え、私そんなこと言ってた?」

 

「この2,3時間ひたすら休みなしでね。きょうかいがどうとか言ってたからこないだの夢でも見てうなされてるんだと思ったけど――」

 

「ちょっと待てクロ! ルヴィア達が危ないってどういうことだ!?」

 

「言葉通りよおにーちゃん、まあ詳しい事は知らないけど」

 

 クロが焦ったようなシロウの言葉を受け流すと全員の視線がイリヤに集中する。

 

 注目が集まったことにたじろいだ彼女だが一度深呼吸をすると

 

「うん――私もよく分からないんだけど――」 

 

 

 

 

 

「――何もなさそうだけど……」

 

「違います。シロウ、この屋敷には中の様子が確認できないように結界がはられている。例え中で何が起ころうと外には静かな姿の屋敷としか映らない」

 

 門の目の前で不思議そうにするシロウの勘違いを訂正する。

 彼には分からなかったようだが、むしろ私は中で何か異常が起きていることを確信した。

 普段からこの屋敷には結界が張られているのだが、いつもはここまでの強度ではない。

 あくまで自然に溶け込むようなものなのだが今日は明らかに外界と隔絶したものになっていた。

 

「ここから先は何が起きてもおかしくはない、単独行動は避けるように――」

 

「ねえねえ」

 

「――? どうしたのですクロ」

 

 いざ飛び込もうとしたその時、二人に気付かれないようにちょいちょいとクロが袖を引っ張った。

 

「本当にいいの、おねーちゃん?」

 

 心配そうにそう言う。その声色だけで何が言いたいかは大体理解できた。

 

「シロウの事ですね――まあ仕方ないでしょう。あれだけ話を聞いてしまった以上彼を置いてくると言うのは難しい」

 

「けど――!」

 

 それなら力づくでもどうにかするべきではなかったのか。

 彼女はそんな風な抗議の目を私に向ける。

 

 それは普通なら正解だし正しい判断だ。しかし――

 

「クロ、シロウとて貴女やイリヤを守りたいがために修錬を積んできた。私も今の彼ならば戦力になると思ったからこそ同行を許したのです」

 

 この言葉に嘘はない。

 元の世界ではライダーの掩護というハンデ付きながらも私を倒すという領域に僅か2週間足らずで飛び込んだのだ。

 正確に言えば別人とはいえそんな彼が月単位で修錬に励んでいるのだ。その伸び方は常人のそへではない。

 

「それはそうだけど――」

 

「それにですね」

 

 なおも不服そうな表情を浮かべるクロの言葉を遮る。

 

「クロ、覚えておいてください。エミヤシロウという人間はあっさりと常識を超えてしまう。良い方向にも、そしてその逆にも。彼は強い、だがそれ故に誰よりも危ういのです――どれだけの時が経とうとも、この言葉をどうか忘れぬように」

 

「ちょっと、それってどういう――」

 

「行きましょう。中でルヴィアゼリッタや美遊が待っている」

 

 表向き平穏なその門を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

「これは――」

 

「予想以上、ですね」

 

「屋敷も全壊してる――ルヴィア達が生きてるのかどうかも――」

 

 一歩踏み出せば別世界。この言葉が一番よく似合う。

 私達は皆一様に言葉を失った。

 

 いつもは緑に溢れ、その家の壮大さを表していた中庭には幾つもの火柱が上がる。オブジェや人工物の類は例外なく崩壊し、戦地の廃墟を彷彿とさせた。

 そして――何より目を引いていた豪華絢爛な屋敷、その屋敷に至っては場に存在すらしていなかった。

 

「魔術戦――にしても派手過ぎるわね。一個小隊でも攻め込んで来たっていうの」

 

 そんなクロの言っていることが正しいんじゃないかと思う惨状。

 

 聖杯と繋がった桜でもここまでの残骸を作り出すのには手間取る筈だ。

 となると、敵はかなり強大ということはその相手を見ずともわかる。

 

 

 

 

「美遊!?」

 

 周りに警戒を張り巡らせているとなにかに気付いたのか、イリヤが突如コンクリの山となった噴水へと走る。

 転身して強化された肉体を用いうず高く積もった瓦礫をどかしていくと――

 

「イリ――」

 

 その下から血塗れになっている美遊が現れた。

 

「血――!」

 

「大丈夫……最低限の治癒は済ませてあるから……」

 

 滴る真っ赤な血に叫びそうになったイリヤを美遊が立ち上がり制する。

 近づいて見れば確かにその言葉通り、至る所から出血し重症なのは間違いないが見た目ほどどうしようもない、もしくは命に関わるという風には見えなかった。

 

「ライダーの服……クラスカードを使っても尚届かない相手という事ですか」

 

「はい――完全な実力負けです。圧倒的身体能力もそうなのですが、何か得体の知れない武器を持っていて……私の宝具もそれに完封されました」

 

「ちょっと待って、ライダーの宝具って騎英の手綱(べルレフォーン)でしょ? あの大火力宝具に打ち勝つんじゃおねーちゃんの約束された勝利の剣(エクスカリバー)だってどうなるか……あ、気を悪くしたらごめんねおねーちゃん……」

 

「いえ、気にしないでください」

 

 ライダーの宝具には覚えがある。 

 誰に言われるでもあの洞窟のことを思い出していた。

 私の聖剣程ではないにしろ聖杯戦争でも最強クラスの破壊力を誇ったライダーのペガサス、それを真っ向からのぶつかり合いで制圧したとなればクロの懸念も当然のことだ。  

 

「ですがそれには発動条件があるみたいです。カウンター型の一撃必殺宝具……セイバーさんが聖剣を使わない限り――」

 

「あちらも使えない、と言うことですか。分かりました」

 

 それならば、聖剣なしでねじ伏せるのみである。

 

 

 

 

「ではとにかくルヴィアゼリッタと凛を――」

 

「ふむ――どうやら出遅れたようだな」

 

「コトミネ!? 貴方いつの間に?」

 

 ともかく敵の姿が見えない以上凛とルヴィアを見つけるのが先決。

 そう考えて動こうとした身体が慇懃な声に動きを止める。その声の方向を見てみれば、今日は友人と合うという理由で開けていたはずのコトミネがいつの間にか門をくぐって来ていた。

 

「今、だ。帰ってきてみれば明らかに空気が淀んでいたのでね。教会の人間として確認に来たのだが――何があった」

 

 コトミネは近付いてくると真剣にそう問い掛けた。

 私はジリっと一歩後ろへ下がる。

 

「詳しくは分かりません。ですが何者かに襲撃を受けた結果がこれだと言うことしか」

 

「なに、個人だとでもいうのか? バカな事を。これだけの損害、一人で起こせるわけがない」

 

 有り得ない、と両手を挙げる。

 彼に似合わぬかなりオーバーなリアクション。

 

「――っ! 本当です。コトミネさん――ここに来たのは一人、教会の封印指定執行者バゼット・ブラガ・マクレミッツだけです」

 

 私の横に来ていた美遊が本当だと付け足す。

 

 バゼット、その名を聞くとコトミネは何か意味ありげに、ほうっと頷く。

 

「コトミネ……何か知っているのではないか?」

 

「……なぜそう思うのかね?」

 

「勘です。コトミネ、何か知っているのなら勿体付けずに話してほしい。今は少しでも――!?」 

 

 理由は定かではないが私が持っていたのは味方としてではなく敵としての警戒、コトミネから他の皆を遠ざけるために一歩前に出て――突然、何かがブレた。

 

「おねーちゃん!?」

 

「美遊も!?」

 

「では教えよう、セイバー。私はバゼットをよく知っている。残念ながらお前達の味方ではなく、敵としてだがな」

 

 

 

 

 




速報 綺礼、やっぱり綺礼

どうもです!

やっぱり言峰さんはこうじゃないと……この流れはちょっとわかりやすかったですかね?
立場的に微妙なカレンさんがなんでイリヤに色々言ったかは……ご想像にお任せします。分かったら感想欄などどうぞ笑
次回からバゼットさん登場、そして満を持して士郎さん視点へ

それではまた!評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!



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第12話 窮地

Dancing nightの続きを考えてたはずなのに食戟のソーマとアーチャーのクロス、「食戟のエミヤ」なる作品の構想が頭の中で止まらない……
1話書いてみてもいいですかね?


「え――」

 

 凛とした背中がぐらりと揺れた、かと思うと力無く崩れ落ちる。

 それを見た士郎は一瞬なにが起こったのか理解できなかった。

 

「美遊!?」

 

「――」

 

 妹の叫ぶ声が聞こえる。見てみれば、美遊も倒れている――それでようやく理解した。

 緊急事態において人の脳のは現実的に起こりうる限りで一番楽観的な――場合によっては非現実なものも――可能性を即座に導き出し、可能性の大小問わずそれを真実と思い込むようにする自己防衛本能が働くらしい。

 事実士郎は、有り得ない、そんな偶然が突然起こるわけ無いと分かっていながらも、どこか頭の片隅でセイバーが倒れたのを認めた瞬間も急病か何かではないか? とそんな可能性で一瞬自分を納得させようとしたものだ。

 

 しかし美遊を見てそんな希望的観測は吹き飛んだ。

 一人なら、一つなら、どんな偶然だって起こりうるし、それは現実的な可能性である。

 だがそれは、複数になった途端に非現実的な願望へと切り替わる。

 

 そうして逃げ場を失った思考は次に現実的な可能性を、願望を抜きに士郎に突きつけた。

 

「こと――みね――?」

 

 もうそれしかない。

 彼女達に何かできる可能性があるとすれば、それは目の前で顔色一つ変えない神父にしか有り得まい。

 なんとかして否定しようとするが、それは無理なことだった。

 

「どうした衛宮士郎? この光景はそんなにも奇怪かね?」

 

「あ、当たり前だろ! なんでお前がセイバーを!? だって――」

 

 ――あんたは仲間のはずだろ 

 

 そう続けるはずだった言葉は、途中で途切れた。

 それ以上無駄な事を言うようなら殺す。綺礼の放ってきた殺気は嘘偽りのないものだったから。

 

「仲間だとでも? ――これはまたおかしなことを言う。一体私がいつ君達の仲間になったと言うのかね」

 

「当たり前だろ! あんたはセイバーやイリヤ達を助けてくれた! 俺の事だって真剣に教えてくれたじゃないか!」

 

 この数ヶ月は一体何だったと言うのか――そんな思いを込めた士郎の叫びも届かない。

 

 綺礼は呆れたように首を降る。

 

「現代の人間というのは総じて心が荒んでいると思っていたが――純粋すぎるのも考えものだな」

 

「なんだと……?」

 

「言葉の通りだ、衛宮士郎。そんな事だから直ぐに自分の都合の良いように物事を解釈し、いつの間にか墓穴を掘るのだ――そう、今のようにな」

 

「――――」

 

 それを言われてしまえばたとえどんな理屈であろうとも士郎には返す言葉がなかった。

 実際の所綺礼の言っている言葉の意味が分かったわけではないし、当たりがついたわけでもない。

 しかし、彼の足下に倒れる少女二人と言う現実を見ればそう受け止めるしかない。

 

 士郎は悔しさから唇を噛み締めた。

 

「私がお前達に協力したのはあくまで利害が一致したからだ。忘れたか? 私は教会の人間だ。クラスカードなんてものを放置しておける訳がない。かといってあのバーサーカーを単独でどうにかするのは不可能に近い、だからこそ凛の提案に乗ったのだ。

 そしてクラスカードは全て揃った……が、一つ問題がある。そう、ここで転がっているセイバーだ。理性を失わぬ英霊などイレギュラーも良い所だ。彼女も真っ向から倒せというのはかなり難しい。だから時が来るまで待っていた。

 そら、言葉にしてみれば随分と簡単だろう? 少しでも警戒していれば防げた自体だろうに」

 

 だから墓穴を掘ると言ったのだ。

 

 淡々と神父は語った。

 

 そしてそれに対して返す言葉など士郎には思いつかなかった。

 単純かつ明快、言われて見ればそうなるのが必然としか思えない。それだけ綺礼の答えは当たり前のものだったのだ。

 

「だから――」

 

「がたがた御託並べてんじゃないわよ。このクソ神父」

 

 尚も綺礼が続けようとしたが、その後は少女とは思えないドスの利いた低い声に遮られる。

 

「クロ……――っ!?」

 

 その声に驚き士郎が後ろを向くと、憤怒の感情を身体全体から放っているクロがこちら、その向こうの綺礼を睨みつけていた。

 

「あんたの事情もおにーちゃんの人の良さも今はどうでもいい。答えろ。おねーちゃんをどうするつもりだ」

 

 彼女にはセイバーしか見えていないようだ。

 しかしそんな今までに見たことの無い威圧感を醸し出すクロにも動じることなく神父は応える。

 

「決まっている。教会に連れ帰った後意地でもそのメカニズム、クラスカードについて解明するだろうな」

 

「え――?」

 

 それは違う。

 

 士郎はその言葉を呑み込んだ。

 クラスカードを持っているのは自分だ、彼女では無い。

 しかしそれを知らないのなら後々こちらに何か有利に傾くかもしれないのだ。

 

 

 

「へぇ……なら、殺す――!!」

 

 赤い外套の残像のみをはためかせてクロが飛び上がる。

 

 満天の月明かりを背に構えるは魔力で編まれた武骨なる弓。

 

「クロだめ!! その人には!」

 

「大丈夫よ! 死んでもおねーちゃんと美遊には当てないから――爆ぜろ!!」

 

 その姿を見てイリヤが静止の声を上げるがクロは耳を傾けることなくそのまま弓を放つ。

 音速を軽々と飛び越える速度まで一気に加速した矢は綺礼の目前に迫ったかと思うと突如輝きを放ち、轟音と共に炸裂した。

 

「おにーちゃん!」

 

「のわっ――!?」

 

 巻き込まれる直前、イリヤによってその範囲外へと弾き飛ばされた。

 そのままゴロゴロと瓦礫の中を転がり立ち上がる。

 

「すまないイリヤ――」

 

 起き上がると横にいたはずのイリヤがどこにも見えない。

 彼女の姿を探すが、見つけるより先に響いたのは剣戟だった。

 

「噓でしょ!?」

 

「だから言ったじゃない! この人はそんな簡単に行くような相手じゃないんだって!」

 

 残骸混じりの土煙に妨害されながらも音のする方向に視線を向ける。

 目が慣れるのにはそこまでの時間を擁さない。そうして見えたのは、あれだけの爆発の直撃を受けたにも関わらず無傷のまま襲いかかる綺礼、後ろを取られ驚愕の表情を浮かべるクロ、そしてその間にルビーと共に割り込むイリヤ

 

「早く行かないと――あれ?」

 

 掩護に向かわなかければ。

 

 そう判断したまでは良い。

 だが、頭は理解していたはずなのに身体は動かなかった。

 

「まさか――」

 

 背中に括りつけた木刀を取ろうとして手足の震えを理解する。

 話に聞いたことはあるが実際に体験するのは初めてだ。

 士郎は自分の不甲斐なさに拳を握り締める。自分の想像を超えた事態に完全にビビってしまっている事を自覚したのだ。 

 

「くそっ! なんでこんな時に!」

 

 今までの鍛練はこの時の為じゃないのか!? その筈だ。だけど身体が動かない。

 

 立ち尽くしたまま頭のみが無意味な問答に加速する。

 

 その内にも戦況は刻一刻と変化していた。

 

 

 

「ちぃ!! 何なのよこの化け物!! そもそもさっきのが効いてないってどういうことよ!?」

 

 縦横無尽に駆け回りながら時に弓、時に剣で迫るクロ

 

「効いてないってないって言うよりも当たってないのよ!」

 

 無尽蔵の魔力供給を誇るルビーの援助を受けて辺り一体を焦土と変えていくイリヤ

 

「はあ!? そんなん英霊でも無理に決まって――こんの!」

 

「どうした? 私が戦えることが意外かね?」

 

 そんな一部の隙も無いように見える彼女達の攻撃を受けても汗一つかかずに応戦、寧ろ互角以上の戦いを見せる綺礼

 

 この迫力は、模擬戦では見たことがない。

 

「戦えるってレベルじゃないでしょうがこの化け物め!! イリヤ! 援護!」

 

「りょーかい! ルビー!!」

 

「わっかりましたー!! 魔力砲に供給していた全魔力を物理攻撃、保護に変換、形状をランスに変更。イリヤさん、凛さんが以前使ってたあれです! 泥臭いのは嫌いですが仕方ありません! 思いっきりやっちゃってくださーい!」 

 

 近接戦闘中の援護は難しいと踏んだのかルビーを変形させてイリヤが斬り込む。

 二人がかり、それでようやく拮抗する。

 

「――これがゼルレッチ翁の魔術礼装か。只の少女をここまで強化するとは流石本物の魔法使いと言うべきか」

 

 左右3本ずつ持った黒鍵でイリヤとクロの剣戟を捌くと綺礼は後ろへと飛ぶ。

 しかしそれは後退ではない。余裕を持った上での仕切り直しだ。

 

「やっばいわねこれは――」

 

「分かってはいたけど――強い……!」

 

 対してイリヤとクロは息も上がり、疲労の色が濃く見える。

 今はまだジリ貧と言う訳でもないがこの先どうなるかは分からない。

 

 

 

「士郎様」

 

「サファイア―― そう言えば美遊とセイバーは!?」

 

「ご安心を、爆発の直前私の魔力放出で穴を掘ってその中です。障壁を張っておいたので二人とも無事です」 

 

「そうか……良かった」

 

 どこからやって来たのか、立ち尽くしている士郎の目前にサファイアが飛んでくる。

 一度意識から離れていた2人の安全の確保に士郎は安堵した。

 

「いいえ、安心されても困ります。現状は絶望的です、士郎様の力も借りてなお足りないかもしれませんが、なんとしてでも隙を見つけ出し離脱しなければ全滅は回避出来ません」

 

「えぇ――?」

 

 そんな彼の心の中を見抜いてかサファイアは冷ややかに告げる。

 

 それには違和感があった――士郎は彼女と自分の現状把握の差に疑問を覚えた。

 確かにこちらが有利ということはないだろう。今の戦いを見れば4,6で相手側有利、良くても五分五分と言ったところのはずだ。

 しかしそれにしても全滅不可避というのは些か行き過ぎてやしないだろうか。少なくとも士郎にはそう思えた。

 それに加えて――

 

「待ってくれサファイア、俺が加わってもそれでも足りないって、そんなにあいつは手をぬいてるのか?」

 

 今震えてしまっている自分自身を戦力にしても離脱が精一杯とはどういう事なのか。

 

 そんな事を言えた立場ではないのは重々承知だが、それでも言うなら士郎にとってこの戦いは確かにとてつもなく高いレベルでの争いなのは間違いないが、完全についていけないかどうかと言われればそう言う訳でもないと見ていた。

 

 他ならぬ綺礼、そしてセイバーを相手に鍛えた戦闘技術もまあ不格好ながら使えないわけではない。

 遠坂とルヴィアに鍛えられた魔術も、あいも変わらず最初からある程度形になっていた投影と強化以外はからきしだがその2つはかなり伸びた。あの黒鍵程度のものならいつでも作り出せるだろう。

 そして魔力そのものも、自分の中で撃鉄を下ろすイメージというものを確立することで常に魔力回路を回せるように――それでも遠坂に言わせると全体の3分の1程度らしいが――なった。

 

 戦えているならば、戦力になれる自信はあった。

 

「いいえ、カレイドの魔法少女とそれと同等の力を持つ少女。その2人を一気に相手取って手を抜ける人物などいません」

 

「なら――」

 

 俺が入れるなら形勢は変えられるのではないか

 

「違います。士郎さん。何も私は貴方の実力を過小評価しているのではありません。ただ――そもそも美遊様を倒した相手はあの人ではないのです」

 

「え――」

 

 サファイアの言葉に背筋に何か冷たいものが落ちるのを感じた。

 これをやったのが言峰でないのなら一体この光景を作り出したのは――

 

「おにーちゃん!!」

 

「――やばっ!?」

 

 遠くから聞こえるイリヤのひっ迫した声で意識が戻る。

 ここが既に戦場になっているという事を一瞬ながら失念し――それが致命的な間を作り出した。

 目前には弾丸のごとく迫る綺礼。

 

「抜かったな――お前はそこそこ優秀な教え子だと思っていたのだが、この程度とは残念だ」

 

 腹を串刺しにせんと突き出される黒鍵。

 目で追えないと言う事はない、しかし動かない。金縛りに合ったように止まってしまった身体。スローモーションのようにゆっくりと近づく死の瞬間。

 

「士郎様!!」

 

 どういう理屈なのかは分からない。本来入り込む隙のない筈の刹那、しかし確かにそこだけ早送りになった様にステッキが間に割り込んだ。

 

「ば――!」

 

「物理保護展開!!」

 

 目が眩む。

 サファイアが作り出した見えない障壁と黒鍵がぶつかり合い雷のように激しい光を放つ。

 あまりにも急造だったせいなのか、それとも相手の力量が単純に上だったのかは定かではない。その拮抗は時間に直すとほんの2秒弱。

 綺礼の奇襲からサファイアの介入、展開、そして砕け散るまで、士郎にとっては一瞬の出来事だった。

 

「――うあぁ!」

 

 真後ろへと吹き飛ばされる。

 確認すると幸いにして外傷はない。

 

「そうだサファ――」 

 

 自分の身を呈して守ってくれたサファイアを探す。

 見つけるのにはそこまで苦労しなかった。未だ燃え盛る屋敷、そちらへ飛ばされた彼女から長い影が伸びている。

 

 それはいい、良いのだが

 

「お前は――」

 

 なぜ、彼女以外に人影が見えるのか。

 先程の衝撃で綺礼は逆方向に飛ばされ、自分を庇いに来たイリヤと再び戦闘に突入し、クロも加勢している。

 そして自分はここにいる。ならあそこに立って彼女を掴んでいるのは――

 

 

 

「バゼット・フラガ・マクレミッツ――!」

 

「騒がしいと思い出てみれば……なるほど、どうりでクラスカードがいくら探しても出てこないはずだ」

 

 燃えあがる炎が逆光になり顔が確認出来ない。

 しかし声から察するに女性だろう。そしてサファイアの呼んだ名を聞くに外国人のはずだ。

 

「もう一振りのカレイドステッキも一般人が持っているのは予測外でした。しかしこれで全て解決です。問いましょう、貴女が残りのクラスカードを持っているのですね?」

 

 コツコツと革靴の音を響かせて近づいてきたことでようやくその姿を確認できた。 

 

「な――」

 

 思わず口から漏れたのは驚きの感情か。

 今この場においてそんな感情を持ったことに士郎はまた驚いた。しかしそれが事実なのだ。

 

 陽炎の中から見えたのは予想通り女性、そこまでは良い。だが士郎の予想の埒外だったのは――あまりにも彼女が美人だったことだ。

 

 細みのスーツに包まれたその肢体はしなやかの一言、精巧なまでに鍛え上げられそれでいて女性本来の柔らかさも失っていない。

 赤み――というよりも朱にピンクを混ぜたような色のショートヘアは目を引くだろう。

 そして白い肌端正な顔立ち、場が場ならどこぞのモデルかと思ったはずだ。  

 この惨状を作り出した張本人、バゼット・ブラガ・マクレミッツはどう考えても場違いな女性にしか見えなかった。

 

「はん! そんなもん知ってたって言うわけないでしょ!」

 

「クロ!?」

 

「集中しておにーちゃん。この状況はちょっと不味すぎる」

 

 干将漠那、見慣れた中華刀を構えたクロが何時の間にか隣に立っていた。

 そして僅かに遅れてイリヤも隣に並び立つ。

 

「バカめ。そんな殊勝な心掛けができる相手とでも思っていたのか? バゼット」

 

「私の任務はあくまでクラスカードの回収のみです。障害となるなら排除するまでですが労せずにこなせるならそれに越したことはない」

 

 綺礼もバゼットの横へと並ぶ。

 

 見下した様になじる綺礼だがバゼットはそれを意に介さずそっぽを向いて受け流す。

 

「息もぴったり……綺礼さん。最初からあの人と――」

 

 悔しそうにイリヤが呟く。

 先程の彼の言葉に加えてこの状況。恐らく、それが正解なのだろう。

 言峰とバゼットはどう見ても初対面には見えない。どちらかと言えば親密な仲……相棒、もしくは凸凹コンビと言う表現が適切だろうか。

 そんな彼等を見れば出てくる答えは必然。

 

「とんでもないレベルの達人が2人相手、こっちは3人だけど経験、火力、地力、どれをとっても上回れる要素はなし、と。絶体絶命ってやつねこりゃ」

 

 こんな悪魔のような組み合わせを相手にしなければならないということだ。

 

「クロ、作戦なんかある?」

 

 イリヤが不安そうにそう問いかける。

 彼女にもこの場の趨勢は見て取れるのだろう。

 

「ないわ。はっきり言って勝ち目なし」

 

 しかし一番落ち着いているはずのクロが出した答えはあまりに無慈悲なものだった。

 

 あっさりとそう言う。戦意を喪失したという訳ではなさそうだがそれはある種の開き直りのようなものだ。

 

「ちょっとクロ!?」

 

「あーもう煩いな。別に諦めた訳じゃないわよ」

 

 講義の声を挙げるイリヤをクロが制す。

 

「おにーちゃんもよく聞いて。現状は最悪。どうやっても私達にどうにか出来る相手じゃないわ――けど、おねーちゃんならどうにかできるかもしれない」

 

「セイバーがか?いや、けど……」

 

「分かってる。おねーちゃんが目を覚ます保証は無い。だけどもしも私達が生き残れる可能性があるとしたらそれはおねーちゃんの回復まで粘り続けること。さっきは不意打ちでやられたけどあんなんでどうにかなるほどおねーちゃんはやわじゃないんだから」

 

「――――」

 

 言われてみればそれしかないのかもしれない。

 セイバーの実力は頭一つ抜けているどころの騒ぎではないのだ。遠坂やルヴィア含めた全員でかかったところで自分達が勝てるかと言われれば微妙、と言うよりかなり厳しい。

 この劣勢を覆す起死回生の一手があるならそれは彼女の回復以外に有り得ない。

 

「じゃあそれまでは――」

 

「……見た感じになるけど多分あの二人だと綺礼のほうが上。私とイリヤで綺礼をどうにかするわ。と言うか2人がかりじゃないと無理。と言う訳でおにーちゃんはあのバゼットってやつをお願い」

 

 文句ある? ときっぱり今後の方針を断定する。

 それは愚策のようでいて、ここで考えうる最良の選択だと言う事は直ぐに合点がいった。

 

「おにーちゃんに1人任せるなんて正気なの……?」

 

 納得せざるを得ないのはわかっているがそう簡単に受け入れられない。

 そんな風に苦い表情を浮かべるイリヤ。

 その気持ちは痛いほどわかるし、心配してくれるのは嬉しい。だが――

 

「いや、いいんだイリヤ。確かにこれしかないだろう。言峰が単独で止められないのは目に見えてる。ならクロの見立てにかけるしかない」

 

 これしか、ない。

 

「――っ」

 

 目を合わせるが彼女はすぐにそっぽを向く。

 

「とりあえず納得はしてくれたみたいね――おにーちゃん。ちょっと」

 

「ん? どーし!?!?」

 

 クロに腕を引っ張られる。

 それに身を任せて彼女と同じところまで視線を落とすと突然視界が急速に狭くなる。

 そして額に何か当たる感触。クロの額と自分の額がくっついている事に気づき士郎は思わず赤面した。

 

「ちょ!! クロ!?」 

 

「イリヤは黙って! おにーちゃん、一度深呼吸して――そう、私と呼吸を合わせて――やっぱり、これだけ心が乱れてちゃ何も出来ない」

 

「あ――」

 

 ――何となくだが落ち着いた気がする。クロに委ねるとここに来てから上がりまくっていた心拍数が下がり、そして空回りを続けていた身体と魔術回路が自分の中に戻ってきたような感覚を士郎は覚えた。

 

「クロ――これは?」

 

「ちょっとした暗示よ。今この状態がおにーちゃんのニュートラル。つまり平常時、これでいつも通り身体も回路も動かせるはず」

 

 直接届いているかのように彼女の言葉が芯に響く。

 中を確かめる。確かにこれはいつも通りだ。

 

「ありがとうこれなら――」 

 

「ええ、私に出来るのはこれくらいだから――頑張って」

 

 柔らかに笑うクロから離れる。

 今なら、戦える。

 軽くなった身体と魔術回路はいつでも臨戦態勢と言わんばかりにその開放を待っている。

 

 

「ほう……中々面白いな。実力が分かっている私をなんとかして防ぐというのは理解できる。しかし衛宮士郎一人にバゼットを任せるとは大した信用だな」

 

「抜かしてなさい。おにーちゃんはあんたが思ってるよりもずーっと強いんだから」

 

 お互いの敵の前に立つ。

 愉快そうに笑う綺礼に対して士郎の相手となるバゼットは相手が士郎だけとなってもなんの感慨もみせなかった。

 

 

「降伏する気は?」

 

「ないな」

 

「では――力づくで!!」

 

 かわされた会話は僅か。

 弾かれたように飛び出してくるバゼット、そのスピードは先程の綺礼にも劣らない。

 しかし、違うことがある。それは――

 

「強化……開始」

 

 頭の中のスイッチが切り替わる。

 身体の中が迫る危機に対処すべく高速で回り始める。 

 

 手に持つ木刀を強化する。イメージするのは鋼の如く鍛え抜かれた真剣。

 この行程は何度となく来なしてきた、出来ないはずがない。

 

「うぉおおお!!」

 

 迎え撃て

 

 

 

 

 




どうもです!

今回の話はなんの為かと思われる方も多いと思うのでちょっとだけ補足を。
今話の目的は、プリヤ士郎とSN士郎の差異をはっきりさせると言うことです。

これがこんがらがると後々面倒なので。

それではまた!投票、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!
特に感想、投票、作者のモチベーションの為にも是非ご一考頂ければ笑


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第13話 異変

「はぁああ!!」

 

「グッ――!!」

 

 耐える、ただひたすらに耐える。

 それが本当に拳なのか、それとも他の何かなのかすら分からないはしないがひたすらに全神経を動員して致命傷を回避する。

 その光景は外から見ればただの蹂躙。しかしそれでも当の士郎本人からしてみれば100点以上の出来なのだ。

 

 だってまだ、生きているのだから。

 

「――驚いた。まだ立っていられるのですね。貴方は」

 

 幾度目か分からない攻防の後、向かいあったままバゼットは士郎に向けて息一つ乱さずそう言う。

 余裕の表れ――と受け取ることも出来そうな言葉だが、その響きは純粋な驚きとともに彼を讃えるものであったように見えた。 

 

「はっ、可愛い妹達に頼まれたんだ。そう簡単に倒れてたまるかよ」

 

 そんな言葉をかけられるなど不服だと言わんばかりに士郎は余裕有りげに返す――がその実余裕は無いに等しい。

 

 バゼットとは対称的に乱れきった息を整えると身体の状態を確認する。

 

 ――全身無傷な所など有りはしないが戦闘続行には問題ない。

 

「にしてもシャレにならないぞこれは」

 

「はい。ですが士郎様は良くやっておられます。常人なら今の攻防で5回は死んでいるはずです」

 

「……それは誉めてるのか?」

 

 それで合ってるはずだ。しかしそうは言ってもそれはあくまで 今は の話であり今後どれだけ続くかは分からない。

 吹き出す汗を拭いながら士郎は今後の展開を思い寒気を感じた。

 あと何度あの猛攻を防ぎきれる? いや五体満足で入れるのはあと何分だ?

 

「ちっ――」

 

 何時の間に切ったのか。手の甲で拭った汗が血の色に染まっているのを見て士郎は自分の額からも血が流れ出ていることに気がついた。

 そう言えば、なんだか視界が赤い気がする。

 

「士郎様――」

 

「仕方無い。この程度で済むなら御の字だ」

 

 その言葉は半分強がりで半分本当。

 士郎はサファイアの言葉を遮った。そのタイミングが来るのがいつになるのかは分からないが、死ななければ勝ちなのだ。そう楽観的に捉えるなら今の状況はむしろ好意的にとらえるべきだ。それは本当。

 しかしだ、アドレナリンやら何やらで誤魔化されているとはいえ確実に身体にダメージは蓄積されており、ぎりぎりの戦闘に疎い自分ではいつそれが噴出するか分からない。今の傷だってもしも普段の生活時ならば痛みで悶絶しているはずのものだ。必ずどこかでしっぺ返しがくるのは目に見えている。それが強がり。

 

 要するに何もかもが手探り。見通しなんて立っていない。

 そして一つどうしようもない懸念もある。

 

「――――」

 

 だが他にどうこうする手段があるわけでもないのだ。

 士郎は深く息を吸い込む。

 クロの暗示は効いているようだ。先程まで感じていた空回り感、そして必要以上に膨れ上がった緊張、恐怖も陰を潜めている。

 もちろん相応の分はずっしりと背中に貼り付いているが。この程度ならまだやれる。

 

「――全く。強い瞳だ。これなら衛宮切嗣の息子、ナタリア・カミンスキーの甥であると言うのも頷ける」

 

「――? 親父と叔母さんを知ってるのか?」

 

 睨み付けると何故かバゼットは少し脱力したように腕を下げると困ったようにため息をついた。

 未だ放つ殺気は尋常ではないが、先程までのキリングマシーンっぷりに対比すると大分人間の情のようなものが見える。

 何より士郎の気を引いたのは、彼女の口から父と叔母の話が出たということだった。

 

「私達の世界であの二人の名を知らぬものはいない……まああなたはの二人に比べればライオンとチワワくらい違う。随分と可愛いものですが」

 

 それは全く違うのではないのだろうか。

 なんて喉から出かかった突っ込みを抑え込む。どういうつもりかは知らないが、ベラベラと喋ってくれるのならその分体力を回復することができる。わざわざこちらからそれを打ち切る理由はない。

 

「それにしても――」

 

 よくそんなことを考える余裕が出たものだと士郎自身内心驚く。

 クロの暗示はもちろんあるのだろうがそれだけではこうはなるまい。肉体面と同様に精神面を鬼のように鍛えてくれたセイバーに彼は改めて感謝した。

 

 

 

「――やはり惜しい。最後にもう一度チャンスをあげましょう」

 

「なんだと――?」

 

 数秒考え込むとバゼットはそう突然の提案を士郎に投げかけた。

 

 この場に於けるチャンス、の意味があまりに広義な為それだけで彼女の真意を図ることは難しいことだったが。

 

 

「ええ。このままでも先は見えている。だから貴方にチャンスをあげようと言っているのです」

 

「……今更何を言っている」

 

 ――罠か? 

 

 真っ先に士郎の脳裏に浮かんだのはそれだった――が、一瞬でその考えは捨てた。

 まともな現状判断が出来るならそんな事をする必要がないのは明らかだし、なにより彼女の言葉に嘘があるとは到底思えなかったから。

 

「続けた先に待っているのは貴方達の全滅による強制カード回収です。私とて子供を手にかけるのは本意ではない」

 

「急に優しくなるんだな。交渉は1度きり、断わるなら2度とない。ってのが代行者、執行者のやり方だって言峰は言ってたぞ?」

 

「それはあの人のやり口でしょう……まあそう言った考えの人もいることはいますし、格下に無碍にされた交渉をもう一度持ち掛けるなど中々に珍しいことなのは否定しませんが――」

 

 無駄話はここまでだとバゼットの顔が再び真剣なものに戻る。

 

「衛宮士郎。私達と一緒に来なさい。そうすれば妹達の身の安全を保証――いえ。セイバーについても同様に対応しましょう」

 

「え――」

 

 そして持ち出されたのは交渉事に疎い自分でも破格の交換条件と分かるものだった。

 

「どういう――」

 

「言葉通りの意味です――私は貴女が気に入った、長ずれば良い使い手になるはず。出来ることなら殺さず手に入れたい。そして貴方は彼女達を守る為に戦っている。

 別にクラスカードのために戦っているのではないのですから利害も一致しているのではありませんか?」

 

「――」

 

 一理、ある。並べられた理由にどこか反論の余地はあるのか?

 士郎は自分の中でから改めて反芻する。

 

 自分が戦いを始めたのは――そうだ、セイバーとイリヤを守る為だ。それならばこの提案葉理に適っている。どこにも断る理由など有りはしない。

 戦い始めた理由を貫くならば、この提案は呑むべきだ。

 

「だが――」

 

「貴方自身がどうなるか、と言う事ですね。その葛藤は人間として正しいものです。貴方が臆病な訳ではない――そうですね、私の補佐と言う形に収まってもらって一緒に働いてもらいます。無論裏の世界踏み込むことになりますがそれ以外は人道的な扱いを約束しましょう」

 

「それは――」

 

 2度と元の生活には戻れないということか。

 その言葉にバゼットは頷いた。

 

「無理でしょうね。衛宮切嗣のようなケースもありますがあれは異端です。陽炎のように脆く揺らぐ日常の為により多くの痛みを背負ってきた。あんなことが出来る人間は感情のない機械か化物かのどちらかです」

 

「――――」

 

 士郎の中を切嗣の影が駆け抜けた。

 あれだけ人間っぽい人間もなかなかいるものではない。

 バゼットの言葉が本当なら、あの能天気な笑顔の裏にどれだけの傷を抱えていたのか。少しだけ、そちらに踏み込んだのは本当に少しだが、裏の世界の片鱗を僅かながら垣間見た士郎にはの痛みが想像できて――押し潰されそうになった。

 

 自分達を守る為にこんな選択を、彼は何度も繰り返してきたというのか。

 

 それなら、今度は守るべき存在の為に自分がそこに身を投じるのは当たり前のことじゃないのか?

 

「俺は――」

 

 だがそう簡単に結論は出そうにない。今までに経験したことの無い恐怖が支配する。戦闘のそれとは明らかに異質なもの。

 全てを捨てる、言葉で言うのは簡単だが実際にするのはここまで恐ろしい事なのか。

 

 士郎の中で今までの日々が駆け巡る。

 

 拾われた衛宮家での楽しい時間、学校の仲間達、家族達、その全てが。

 

 ――そして答えを出した。

 

「……皆の安全を保証してくれるなら俺は――」

 

 

 ゆっくりと息を吸い込む。そして震える声で結論を答えを告げようとし――

 

 

 

「バカですかこの鈍感朴念仁は!!」

 

「痛ってえ! ――ルビー!? 何やってんだお前!? イリヤは!?」 

 

 豪快に吹き飛んだ。

 突然側頭部に火花が散るように激しい衝撃が走る。

 士郎はあまりの痛みにしゃがみ込んで涙ぐみながらその元を見る。すると目の前にはふんぞり返っているステッキ――それも何故かサファイアではなくルビー――がいた。

 いきなりの出来事に士郎は抗議の声を挙げるがそんなもの彼女に通じる訳がない。

 

「イリヤさんならサファイアちゃんに任せてあります! 距離制限にかかったらその時はその時です! 全く! 念の為にと思って集音機能をONにしておけば……本当にバカですね!」

 

『ちょっ!? ルビー!?』

 

『集中して下さいイリヤ様……来ます!』

 

 遠くから混乱する妹の声がした気がする。

 

 しかしそれ以上に聞き逃せないことがある。

 

 

 

「バカとは何だバカとは! 俺はイリヤ達の為を思って――」

 

「それがバカだと言ってるんです! 全く……危うい所はあるような気はしていましたが。何ですか!? 士郎さんの中で切嗣さんの存在でかすぎです! しかも悪い方に!」

 

「痛い痛い! お前は凶器みたいなもんなんだからビシビシつつくな―― つーか親父は関係ないだろ!?」

 

 額をガシガシつつかれる。

 はっきり言って相当痛い。

   

「あります! 貴方はもとよりそんなに肝の座った……と言うよりもぶっ壊れた人間じゃないんです! 自分で分かっているでしょう? そんな決断を下せるのは機械か化物かのどちらかだと。

 だって言うのに貴方は自分が抱えきれない痛みを背負うことをあっさりと決めた! これが切嗣さんの影響以外のなんだと言うのです!」

 

「それは――」

 

 ガツーンと後頭部から揺れるような感覚が襲う。

 

 そんなつもりはなかった。だが、突然自信がなくなった。

 

 今の答えは自分で出したはず。そのはずなのに切嗣の名前が出たとたんに支えになっていたものが全て崩れたような、そんな錯覚を覚えた。

 

 言い返せない。 

 

「良いですか!? 耳の穴かっぽじってよーく聞いてください! 父親の思いを受け継ぐ、素晴らしいことです! ですがそれは貴方自身の幸せの為に選び取る結果としてであって、それによって自身を抑え込むための枷になってはならない!

 ――そんな事を出来る人間は歪です。いつか絶対に壊れてしまう。そしてそれは偽善です。貴方はそれで良いかもしれませんが誰も喜ばない。それが貴方と切嗣さんの1番の違いです。

 私の言ってること、わかりますか?」

 

「――――」

 

 理屈として分からないわけではない。

 これだけ分かりやすく言われてしまえばどうしようもない。

 そしてそれを否定したくても、自分の中で上手い答えが見つからない。

 

「理解はしているけど納得はしていない、って顔ですね……まあ今はそれで良いでしょう。切嗣さんと話が出来ればそれに越したことはないですが――ある種の呪いですねこれは。

 で、今の貴方はさっきの決断をもう一度出来ますか?」

 

「それは……無理だ」

 

 一度グラついた思いを封じ込めて出来るほどいまの決断は甘いものではない。

 

「それがまともな人間です。まあ納得は無理でしょうしそれは直接切嗣さんにでも聞いて下さい。では」

 

「おい!? 一体どこへ……」

 

「イリヤさんのとこに決まってるじゃないですか〜――サファイアちゃ〜ん、交代ですよ〜」

 

 

『早くして下さい。姉さん。そろそろ限界です』

 

『早くー!!』

 

 満足気にルビーは去っていく。

 まるで嵐のように過ぎた一連の流れに士郎はしばし呆然とせざるを得なかった。

 

 もう何が何だかわからない。

 

「けどまあ――」

 

 冷静になって見れば自分以外誰も喜ばないというのはそのとおりかもしれない。

 士郎はどこか気恥ずかしくなり頭を掻いた。

 あのままルビーの横槍が入らなかったとして、後悔はしなかっただろう。

 だがそれは自分だけの話だ。大義を盾に自分を正当化する事はそう難しくないだろうが――救ったと信じた少女達の顔を真正面から見れるかと問われれば断言は出来ない。

 それが分かっただけでもルビーの言葉には意味がある。

 

 

 

「交渉は決裂、と言うことで宜しいですね」

 

「ああ――構わない」

 

 顔を上げる。

 諦めたような、どことなく寂しそうにさえ見えるバゼットは先程と変わらず立っている。

 

 あれだけの隙があっても手を出さなかったところ彼女も実は善人ではないのだろうか……そんな事を士郎は思った。

 

「行けるな? サファイア」

 

「はい、お任せ下さい。士郎様」

 

 ルビーと交代して右後方に浮かぶサファイアに問い掛ける。

 

 やることは同じだ。

 

 

 

 

「残念です――なら、死になさい」

 

「――! サファイア!」

 

 再びバゼットが一瞬視界から消え去る。

 五感を全て動員しても届かない。だが今はそれ以上に優れた目がいる。

 

「強化魔術を右半身に限定展開……それにより強化強度を1.5倍に上昇――右です!!」

 

「があぁ!!」

 

 サファイアの言葉を頼りに、投影品と、強化したオリジナル、左右に構えた木刀で回し蹴りを抑え込む。

 通常なら抑えた所で吹き飛ぶのが道理、しかし強化された肉体は有り得ないだけの力を発揮し身体をその場に留める。

 

「っらあ!」

 

「そのまま後方へ飛んでください。それで追撃は避けられます」 

 

 一度身体を回転させ瞬間無防備になったバゼットの上半身を薙ぎ払おうとし――いとも容易くかわされる。

 しかしそれは想定内、サファイアの言葉通りそのまま後ろに飛ぶことで反撃を未然に回避する。

 それで構わない。こうしてまた1つの攻防を生きて乗り切ったのだから。

 

「――ふうっ ありがとうサファイア」

 

「いいえ、ですが――」

 

「ああ――」

 

 サファイアの危惧は理解できる。

 今まで自分を生かして来たのは一重に彼女のサポートあってのことだ。

 しかし、そのタイミングは徐々に難しいものへと変わってきているのは士郎にも分かっていた。

 そしてその理由はただ一つ――またも迫るバゼットに歯噛みしながら必死に身体を研ぎ澄ます。

 

「追いきれない――!! 全面へ防御を展開。あのルーンを用いた拳には対応出来ないかもしれませんが……!」

 

「ぐっ――」

 

 バゼットの拳が光り輝く。

 サファイアの魔術で自分の身体強化されているように、バゼットの身体も強化されている

 ルーンと言えば以前にルヴィアの授業で聞いたことがあるはずだ。確か北欧発祥で護符を用いるとかなんとか――

 

「そこ!!」

 

「ぬぁっ!」

 

 反応し切れぬスピードで脇腹を抉られる。

 サファイアの強化も有り得ないほどの強さなのだ。それをこうもやすやすと上回るなんて!!

 

「なろ!」

 

 無理に抵抗はしない。

 そのまま勢いに任せて受け身を取って転がる。

 反撃を考える余裕など士郎にはなかった。

 

 

 

「申し訳ありません士郎様……」

 

「いや、サファイアはよくやってくれてるさ……けど」

 

「私の目でも捉えられなくなり始めています。このままでは」

 

「ジリ貧だな。くそ、何なんだあの化け物」

 

 憎まれ口を叩く。

 そう、タイミングが難しくなっている、と言うより間に合わないのはこれが理由だ。

 バゼットの動きがサファイアの限界を超えつつある。全く人間業ではない。

 

「そろそろ掴み始めてきましたね……よく頑張ったほうですが」

 

 相手もそれをわかり始めているのだろう。

 だからこそ少し攻撃が緩まった。自分の限界に近い動きは相応の隙を生み出す。必要がないなら相手を1段階上回る程度にまで抑えて一分の隙も残さずいたぶれば良い。どこまでも狡猾。

 

 士郎は道が詰んでいくのを感じ始めていた。

 

「士郎様――」

 

「分かってる――」

 

 こうなれば全てを防御に回すしかない。

 士郎は覚悟を決めた。

 これは本当に最後の手段。一時凌ぎにしかならないのは目に見えているし、攻めを放棄した以上寧ろ最大値としての終焉は早まる恐れすらある。

 だがバゼットがサファイアの予想を超え始めた以上突発的な何かが起こる可能性を防ぐほうが優先すべき――ふーん。諦めるのか――ことなのだ。

 

 

「――ァ!」

 

「士郎様!?」

 

「大丈夫、ただの頭痛だ」

 

 そう割り切ったところで、鋭い痛みが頭の中枢を走り抜けた。

 それを自覚した頃にはもう消えている。そんな痛みだ。

 

「これは――」

 

 大丈夫と手を振りながら何か身体が芯から冷え込んだのを感じた。

 今、頭の中に何か異物が走らな――贋作者と言ってもそれが限界か、困るんだよ。この程度じゃ――かったか?

 

「やめ――」

 

 ――仕方ないから見せてやるよ、今回ばかりの大サービスだ。お前もこの舞台の端役なら相応しい物を見せてみろ――

 

 ……この痛みは知っている。始めて彼女と会ったあの日、あの時に感じた――

 

「士郎様!!」

 

 呑み込まれる。 

 

   




どうもです!

多分最後の展開唐突に見えてるんだろうなあと思いながら書き終えました。一応予定通りなのですが、自分でも若干――なんて思ったり(汗)

前回はSN士郎と今作士郎の違い、そして今回はプリヤ士郎と今作士郎の違い。

それではまた! 投票、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!

PS 感想ありがとうございます。返事は明日の朝には必ずします。申し訳ありません。


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第14話 赤き弓兵との邂逅

出したいキャラを出すという欲求には逆らえなかったよ……


 赤い丘が見えた。

 ここに来るのは初めてだろうか、それとも何度目かだろうか。

 分からないがこの無機質に、それでいて強い信念で形作られた荒野は妙に心地良い……

 

「――うっ」

 

 ……いや、訂正。ここは確かに近いのかも知れないが俺の世界ではない。

 

 心に溶け込もうとした風景に士郎は吐き気を催した。

 

 お前を形作るのは俺ではない。

 

「だけど――」

 

 何かを探さないといけない気がする。

 

 吹き荒ぶ向かい風の中を歩く。いつの間にか纏っていたくたびれた白いマントからはほのかに血の臭いがする。

 こんなもの普通ならすぐに破棄しているはずだ、別段風も強いわけではない。

 それなのにこの汚れた外套はまるで慣れ親しみ愛着のわいたお気に入りの服のように感じた。

 

 そして坂が見える。

 差し掛かるあたりで周りの風景が変わり始めていることに気がついた。

 何も無かったはずの荒野には無数の剣が突き刺さり、坂の向こうに見える真っ赤な太陽を覆い隠さんばかりに歯車が回る。

 

 登り切る。

 一歩一歩、確実に歩みを進める度にどんどんと増えていく剣。

 それを見ると何だか頭が痛くなってきた。

 こんな時に場違いかも知れないが、まるで試験勉強をする時に単語一つ一つを頭の空き容量に押し込んでいくように。

 今感じているのはそれを能動的ではなく受動的に行っているような――剣一つ一つが無理やり頭の中に飛び込んでくる感じ、もう空きなんてないはずなのに着実に浸透していくような、そんな感じ。

 

 そうしてようやく先の姿が見えた。

 

「ここは……」

 

 ここから一歩踏み出せば別の世界だ。

 何となく直感した。

 後ろも前も見た目は変わりはしない。 

 だが、何かが決定的に違う。

 

 そう分かってしまい士郎は躊躇した。

 

 このまま先に進んでも良いのか?

 

「――埒があかんな……まあお前という存在は既にここから運命の道が逸れている。その拒絶は当然の反応だ」

 

「え――?」

 

 立ち尽くしていると突然声をかけられる。

 士郎が後ろを見てみればさっきまで誰もいなかったはずのそこには大男が立っていた。

 身長はパッと見2m弱、褐色の肌に白い髪、赤い外套に身を包むその男など彼は知らない。

 そうなのだが、その目にはどことなく見覚えがある気がした。

 

「その顔を見てもオレ(・・)の中になんの感慨も生まれないの何よりの証拠だろう。なぜこの道を選ばなかった存在のお前がここにいるのかは知らんが――歓迎しよう、エミヤシロウ」 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

 私の事はアーチャーとでも呼ぶがいい。

 

 そう言った彼の後に続いて荒野を進んだ。

 考えてみればなぜ名前を知っているのか? とかあれほど躊躇した道をあっさりと進んで良かったのか? とか色々あるはずなのだが何故か何も気にならなかった。

 前を歩く男には妙な安心感があった。

 

「――ここでいいか」

 

 どれほど進んだだろうか、丘が見えなくなるくらい歩いた所でアーチャーがパチンと指を鳴らす。

 するとどういう仕組みなのか突如地面から無数の剣が出現したかと思うと意思を持っているかのように蠢く。そして数秒もすると剣達は椅子のような形を作り出していた。

 

「座るといい――ああ、安心したまえ、斬れたりはしない。無論、お前なら分かっているだらうが」

 

 意味有りげに呟くとアーチャーは玉座に座る。

 その姿を見て士郎には何となく分かった。彼がこの世界の主なのだと、何とも寂しく孤独な世界の王だが、その信念がいかに強靭なのかも。

 

「それじゃあ」

 

 右手をさしだし促すアーチャーの言葉に従い士郎も椅子に腰を下ろす。

 こちらは学校で使うようなあのタイプだ。

 

「では本題に入ろうか、エミヤシロウ。何故お前はここにいる?」

 

「それは俺が知りたいくらいだ。ホントならこんなとこにいる場合じゃないんだけど……気付いたらここにいたんだ……てかアンタは一体何なんだよ?」

 

 残念ながらそれはこちらが知りたい。

 むしろ士郎はアーチャーが知らないことにがっかりした。

 

「質問に質問で返すな……こういう細かく癇に障るところまではさすがに変わらんか――まあ良いだろう。先程も言ったがオレはアーチャーだ。

 果てのない無様な理想の果てに正義の味方なんてものになった挙句英雄になった存在。それがオレだよ」

 

「――? なんでさ、正義の味方ならカッコいいじゃないか。一体何が不満だって言うんだ?」

 

 ピクッとアーチャーの眉が動く。それと同時に何かが膨れ上がる。

 

「あまりそこには触れない方がいい。お前が違うとわかっていても手を出しかねん。いいな?」

 

「わ、わかったよ……」

 

 今のは確実に殺る気だった。

 士郎は冷や汗をかきながら謝罪する。

 これが人の琴線に触れてしまったというやつなのだろう。

 

「それでいい――ふむ、嘘は言っていないようだな。では少し――」

 

「おい!? 一体何やって――!」

 

「騒ぐな。お前に自覚がないならこうでもするしかあるまい―。理由もなくここに迷い込むなどあるはずがないのだからな――解析……開始」

 

 アーチャーは立ち上がると士郎に歩み寄り手を伸ばす。

 そして額に手を当てると目を閉じ、聞き慣れたような呪文を口にした。

 

「――ッぐ!?」

 

 同時に襲う頭の中の鍵が開くような開放感。

 全てを見透かされているような感覚は今までに経験が無いものだ。

 そのまま数秒が過ぎ……ようやくアーチャーは手を離した。

 

「――ハァハァ……」

 

「なる程、随分とふざけた真似をしてくれる――すまんなエミヤシロウ、少しお前の奥を探らせてもらった。多少疲労感はあるだろうがすぐに治る」

 

 舌打ちをするとアーチャーは上を向いてどこかを睨みつける。

 それはまるで見えないところから見下ろす誰かに不快感を表しているようだった。

 

「英霊の座に干渉してオレを起こし、こいつの精神をここに持ってきたのか、奴の世界やらなにやら入り混じっているのは何かクッションを置いた結果とすれば――並の魔術師の仕業ではあるまい――いや、もしくはこいつ自身が無意識に内面世界を具現化したものか? それならここにいるオレは現象以下の存在ということになるがあっさりとこいつをくみ取れたのを考えるにそちらの線も充分に有り得る――」

 

「おーい、アーチャー。大丈夫か?」

 

 暫くそうしていたかと思うと乱暴に腰を下ろし足を組み顎に手を置き何やらぶつぶつと呟く。

 はっきり言って何を言っているのか士郎には全く分からなかった。

 

「だとすれば――おっと、すまん。少し気になることがあったのでな。まあここで答えが出るわけでもないし質問に戻ろう」

 

 アーチャーは姿勢を戻すと真っ直ぐに士郎を見据える。

 

「エミヤシロウ、お前が戦うのは一体なんのためだ?」

 

 何かを試すような、測るような、そんな彼の感情が見えた気がした。

 

「――――」

 

 その言葉は奥深くまでいとも容易く入り込む。

 戦う理由――そんなもの、改めて言われてみると意外と言葉にするのは難しい。

 士郎は回答までに数秒の猶予を必要とした。

 

 はっきり言って理由など無い。今だって日常に戻れるならば戻りたいし、皆と一緒に幸せに過ごせるならそれに越したことはない。

 それでも敢えて理由を付けるなら……

 

「俺が戦うのは――守りたいものを守る為には力が必要だったからだ。アーチャー」

 

 これしかないだろう。

 一般人衛宮士郎ではセイバーとイリヤを守れない。だから戦士としてのエミヤシロウになることを望んだ。

 それだけだ。

 

「ほう……」

 

 興味深げにアーチャーは目を細める。

 

「セイバーもイリヤも、悔しいけどただの俺じゃ守れないんだ。だからこそ力を求めた」

 

「それはお前がしたいことか? それともお前がやらなければいけないことか?」

 

「は?」

 

 鋭く切り返すアーチャーの質問は意図が掴めない。

 士郎は思わず聞き返す。

 

「少しばかり意外な名もあったが――それはおいておこう。良いか、オレが聞いているのはその願いのでどころだ。彼女達を守るにお前を突き動かしているのは一体何だ?」

 

 もう一度問い掛けてくる。 

 

「――そんなん決まってるだろう? イリヤは大事な妹だしセイバーは……大切な人だ。そんな人を失うことに俺は耐えられない。みんなが揃っていてこその日常なんだ。俺はその幸せを失うのはごめんだ」

 

「なるほど、では――」

 

「ああ、偉そうなこと言っておいてなんだけど結局自分の為なんだよこれが。イリヤを守るのも、セイバーを守るのも、俺がそばにいて欲しいからだ。そうじゃなきゃここまで身体を張れるほど俺は強くない」

 

 ああ、なんて格好悪い理由なんだろう。

 士郎は思わず苦笑した。

 あれだけセイバーのためイリヤのため、兄として戦うだなんだカッコいいことを言っておいてそんな義務感で戦えるほど強くはなかったのだ。ただ自分が彼女達を守りたかっただけ。自分の欲なのだ。

 そんなことを、初めてあったこの男に気付かされるなんて。

 

「――では最後の問いだ、エミヤシロウ。AとBの2つの船が航行している。そして同時にトラブルが発生、放っておけば沈没し誰も助からない。Aには300人.Bには100人とイリヤとセイバー。お前は修理する術を持っているが選べるのは片方のみだ。さあ、お前ならどちらを助ける?」

 

「随分と意地悪な質問をするんだな……どうやっても俺の判断で100人は死ぬだなんて。そうだな、すぐには選べないだろうな。その事実に押しつぶされそうになって泣き喚いたり、ギリギリまで他の道を探すだろう。けど――」

 

「最後にはBを助けると思う。なにもかもをフラットに天秤を傾けるならAなんだろうけど、そんなん出来るのは神様か、本物の正義の味方位だと思うよ」

 

「クッ――」

 

 そう答えを聞くとアーチャーは一瞬呆然としたと思うとおかしいのをこらえるように背を丸める。

 

「おい、一体何が――」

 

「ハッハッハっ!! なるほど、確かにお前は衛宮士郎であってエミヤシロウではない。確認の為だったが間違いない。この世界に違和感を覚えたのも当然だ! 普通の人間からすれば明らかに異質なのだからな! それにしてもこんな世界線もあるとは驚いた! これはまるで一人の人間ではないか!」

 

 そして心底楽しそうに笑い始めた。

  

「はぁ!?」

 

「いや、分からなくていいんだ。むしろその方が助かる……さて」

 

 しばらく腹を抱えて笑った後アーチャーは立ち上がる。

 

「そういうことなら力を貸すのもやぶさかではない。エミヤシロウ、良く見ておけ。お前が求めている力を見せてやる――投影開始(トレースオン)

 

「え?」

 

 それは正に神業だった。

 何も持っていなかったはずの両手にアーチャーが呪文を唱えた瞬間剣が握られる。

 そしてそれが隠し持っていたりしたものでないことは明らかだった。

 

「今のは――」

 

「オレが、そしてお前が持ち得る唯一の力だ。エミヤシロウが何かを守りたいなどという大言を口にするならばこれを極めるしかあるまい」

 

 そら、と双剣を手渡してくるアーチャー。

 士郎もそれに抵抗することなくそれを握る。

 

「―――!!」

 

 手にした途端、一気に流れ込む。

 質感だけではない。

 その剣の持つ記憶が、歴史が、そしてこれを手にしてきた者全ての戦いが、僅か二本の剣を介し衛宮士郎へと押し寄せる。

 そうして見た。

 この剣、そしてアーチャーという男の本質を――

 

「む……? 時間切れか。オレにとってもなかなか有意義な時間だったのだが……まあ仕方あるまい」

 

 辺りを見てアーチャーがボヤく。

 意識を外へと戻すと世界全体がまるで霞かかっているようにぼやけ始めていた。

 

「まてアーチャー! お前は一体――っ!?」

 

 それに倣うようにアーチャーも、これだけ近くにいるにも関わらず薄くなっていく。

 まだ聞きたいことがある。そう思い呼び止めようとした士郎だがその口は途中で止まる。

 なぜなら――

 

「お前は既に答えを得ている。ならその道を突き進むがいい」

 

 そんなことを言う彼の逆立っていた髪の毛がいつの間にか下りている。そして柔らかに笑う姿はとても、誰かに似ていたから。

 

「またな、エミヤシロウ――ああ、1つ忘れていた。セイバーに伝えておいてくれ。たまには素直になっていい。そして食いすぎには気を付けるように、と――達者でな」

 

「まっ――!」

 

 

 

 

 

―――――

 

「――様!」

 

「――はっ!」

 

 目を開ければ、廃墟と化してるエーデルフェルト邸へ士郎は戻ってきていた。

 今のが夢だったのか何なのか、区別もつかない。

 

「すまないサファイア」

 

「全くです。こんな時に一瞬意識を飛ばすなんて……疲労を考えれば致し方ないのかもしれませんが。とにかくここからはひたすら守りを」

 

「いや、違う。サファイア」

 

 心配そうにみるサファイア。

 彼女の言葉を聞く限りこちらではほんの一瞬の出来事だったのだろう。

 だから違うのは衛宮士郎ただ一人だ。

 

「それじゃあダメだ。ここからは……攻める」

 

「何を言うのです!? もう私では追いつかない! そんな状態でどうやって――!?」

 

 サファイアを士郎は制して前へ出る。

 その雰囲気に、ほんの数秒前の彼とは違う何かを感じたのか彼女はそこから先を言えなかった。

 

「――? 突然変わりましたね、何か秘策でも思いつきましたか」

 

 その変化は、バゼットにも伝わっていたのか。

 警戒するかのように腰をぐっと下ろす。

 

「ああ――来いよ、バゼット。お前を倒してすぐにイリヤ達を助けに行く」

 

 先程まで恐怖しか感じなかったその構えも今は余裕を持って見ることができる。

 士郎は更に一歩踏み出す。その両手は開かれている。

  

「減らす口を――!」

 

 今度こそ衛宮士郎の身体を貫かんと迫る拳。

 その威力は段違い

 サファイアのサポートがあろうが致命傷は必須。

 だが、恐れはない。

 イメージしろ。あの男ならば作り出せる。

 この状況を乗り切ることができる強い武器を。

 そしてそれは俺にも出来る。

 

 回路を回せ。

 イメージしろ。

 全ては己の内側に。

 武器ならば初めから持っている。

 それこそ衛宮士郎唯一のもの。

 投影であり投影でないもの。

 そうして自らの中からその剣を幻想する!!

 

投影、開始(トレースオン)!!」

 

 基本骨子から順々に作り上げる。

 外見だけではダメだ。

 そんなまがい物はすぐに壊れてしまう。

 衛宮士郎は只の人間なのだから。

 ならどうする?

 かつての持ち主達の力も借りるしかない。

 そんなものは知らない? 出来なかろうがやるしか無い。

 守りたいものを守るにはやる以外に方法はない!!

 

「は!」

 

「な――!」

 

 陽剣干将、陰剣漠那、叩きつける。今までの衛宮士郎とは何もかもが違う一撃はバゼットの拳に追いつく。

 だがこれではだめだ。

 

「グ――ッ!」

 

 三度交差した後、パキイン、と音とともに双剣が砕け散る。

 今のではダメだ。

 作り出すのは形だけではない。

 こんなものでは本物の戦士には対応できない。

 もっと深く、更に深く、その年月を引きずり出さないと――

 

 

 

 

 

 

「「そこまで(よ)!!」」

 

 意識を沈めようとしたところで。聞き慣れた声と少し懐かしい声。

 それと時を同じくして青い疾風が巻起こった。  

  





おかしいな。赤い人は出す気なかったのに……

どうもです! 

もうどうとでもなれという勢いですね。ええ。
次回でバゼット編ラストになります。

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質問なども受け付けておりますよー


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第15話 復活の騎士王

「――っあ! ……ここは?」

 

 私が目覚めたのは暗く狭いどこかだった。

 頭がふらつくような感覚と共にこの暗さに目が慣れていないのも重なって何も分からない。

 

「私は確か……」

 

 なにか大切な事を忘れているような気がするのだが……一時的に記憶があやふやになっている。

 よほど強い衝撃を受けたのだろうか。

 

 一度頭を振る。

 それでほんの少しだけましになった。

 

 冷たい手触りとともに全体の輪郭がぼやけながらだがおぼろげに見え始める。 

 ざらつく感覚は恐らく土だろう。そして見える空間は狭い。手を伸ばせば上に手が届きそうな高さに人2人分くらいの横幅。

 となるとここは洞窟か何かか?

 

「それにしてもこれは、っ……!」

 

 注意を払って四つん這いになって辺りを探る。

 そして、それに触れてしまった。

 

「美遊!?」

 

 明らかにそれは人肌だった。

 自覚すると同時に一気に感覚が覚醒する。

 視覚が広がったことによって眠っている少女の顔から全体が鮮明に映る。

 触覚が鋭敏になったことで触れているのが彼女の足であることに気づく。

 そして……頭がハッキリとしたことであやふやだった記憶が戻りここに至るまでの過程を思い出す。

 

「シロウ達は!」

 守りを失った彼らがどうなったのか。

 顔を上げて辺りを見渡す。

 しかし平常時とほとんど変わらないまで回復した視野を持ってしても彼らの姿は確認できない。

 

「まずい……!」

 

 あの3人では綺礼に勝てない。

 それは間違いない。

 

 急いで出口を探すがあいにくそんなものはどこにも見当たらなかった。

 否、あることはあるのだ。悔しさと共に後ろを向く。

 真後ろ数mに不自然に積まれた残骸がある。そしてそこからは風が流れている。感知する限りこの空間での空気の出入りはそこでのみ行われていることからもあそこが出口のはずだ。

 だが問題がある。それは、明らかにそこを塞ぐ残骸が素手では取り除くのは無理と一目で分かる量だということだ。

 

「――く……」

 

 美遊を見るが目覚める様子は無い。

 

 本来なら、素手で無理でも剣を持って吹き飛ばすのみだ。

 しかしそれには、かなりの風と魔力を必要とする。これだけ狭い空間で実行すれば私はともかく意識を失っている美遊がどうなるかわからない。

 

 強行突破はそうおいそれと選択できない。

 

「だが――」

 

 あまり時間がないのも確かだ。

 いや、もしかしたら既に手遅れになっている可能性すらある。

 

 苛立ちはやる気持ちを抑えて残骸の山と美遊を交互に見る。

 

 どれだけの時間がたっているのかは分からないが、昏倒していたのは事実だ。

 それが例え数分……それどころか1分足らずの出来事だったとしてもあの綺礼を相手にすれば致命的だ。

 

「仕方ないか」

 

 判断にかけた時間はおそらく数秒だっただろう。

 私が下した決断は魔力放出による強行突破。放っておけば確実に3人は死ぬ。

 これから私のする事で美遊が怪我を負う可能性は否定しないが……それでもどちらかを取らなければいけないのなら他にどうしようもない。

 

「行くぞ」

 

 残骸を正面にとらえ、それでいて美遊をこの先巻き起こるであろう疾風から覆い隠せる位置に立つ。

 どれだけの効果が期待できるか保証はないがしないよりはましというものだろう。

 

 左足を一歩踏み出す。

 どことなく身体がいつもより軽い気がした。

 ――情けない話だが昏倒した際に睡眠と同じような効果が出たのだろうか。

 

 右に構えた剣を前へ。 

 巻き付いた紐をするすると解くように風を解放し始める。

 これだけ狭い空間だ。行き場を失った風達はすぐに辺り構わず反射し、ここだけまるで台風の最中のようになっていた。

 

 

 

「思ったよりも――ん?」

 

 予想以上の反発に美遊をチラッと見る。

 幸いまだ吹き飛んではいないが全力で開放したらどうなるか、そう思ったところで足下に違和感を感じた。

 

「まさか――」

 

 この下は地盤がゆるいのではないか

 最悪の予想がパッと浮かび上がる。ここが崩落すれば命が危ないのは目に見えている。もしも読み通りならばこれは一大事だ。

 

 咄嗟に風を緩めると下に意識を集中させる。

 そんな専門知識はないが硬いか柔らかいかどうかくらいはわかるはずだ。

 

「そんなにやわな感じには思えませんが――と言うよりも」

 

 明らかに天然物じゃない何かが下にある気がする。

 それが何なのか地面に耳を当て思案し始めた時、聞こえる筈のない声が聞こえた。

 

 

 

「ええい! この上にいるのは分かってるってのに! こうなったら……」

 

 久し振りに聞くその声は、私の知る限り最大級に物騒な彼女のものだった。

 

「え、いやちょっと……!」

 

 まずい。

 咄嗟に立ち上がり美遊を抱き上げる。

 なぜ彼女の声が聞こえたのかは分からないが今は良いだろう。それよりも重視しなければならないのは、その声の主が相当イライラしているだろうということだ。世界を跨いでも大元は変わらなかったのだ、それならこれからやることも変わらないはずだ。

 

 なるべく端によって来たるべき衝撃に備える。

 私の予想が正しければ彼女は私ほど躊躇しない。無理だと思ったら即座に強攻策に切り替えるはずだ。

 彼女の流儀通りど真ん中からドッカーン、と。

 

「仕方ないわね……この分はルヴィアにきっちり払ってもらうんだから――フォイア!!」

 

 待つこと少し。

 かくして私の予想通り、この空間の中心付近の地面が吹き飛んだ。

 

「あー……」

 

 言葉が出ない。

 噴水のように飛び散る土やら岩やら。 

 よくもまあここまで派手に吹っ飛ばしたものだと逆に感心した――特に上に私達がいると分かっているのにやったあたりが。

 

 

「うー、なんなのよこのここ……ほんと汚いわね」

 

 噴煙の中からよいしょ、なんて言いながら登ってくる人影。

 煤を払いながらこちらへと歩いてくる。

 その姿に何だか乾いた笑いが出てしまった。

 あれだけ心配したというのに、これはいつもと全く変わらぬ姿ではないか。 

 

「あら、起きてたのセイバー。ならさっさと行けばいいのに。上、大変なことなってるわよ」

 

 久し振りに見る遠坂凛は、相変わらず壮健であった。

 

 

 

「凛、貴女どうして」

 

「なんで元気なのかーって? ごめんね。色々と心配かけちゃって。色々と落ち込んだりもしたのはホントだし、疑問があるのもホント。

 けど転んだまま立ち上がらない、立ち上がるにしてもただでってのは癪じゃない? 立ち直ってから実は結構経ってたんだけどこんな事もあろうかと準備してたのよ」

 

「準備とは――」

 

 綺礼の裏切りのことですか? 

 そう問い掛けると凛はあっけらかんと頷き肯定した。

 

「そうよ、あのエセ神父は仕事だけは熱心なの。なのに同じ教会からケイネスが来たってのに加勢もしなきゃその後の対処もしなかった。

 それでなんかあるなーって感じたわけよ。教会が動くなら、協会が動かない道理がないってね」 

 

「ですがそれは……妹弟子である貴女に手を下すのは心苦しいなどという理由と言うことも考えられるのでは?」

 

 私としては当然考えられる意見を言ったつもりだったのだが、当の凛は何を言っているのか分からないと言う風にキョトンとする。

 そして数瞬固まった後、ようやく理解したように目をぱちくりさせると思い切り笑った。

 

「アハハ! ないない。あいつに限ってそんなんあるわけないじゃないセイバー。

 そんな殊勝なやつなら私もこんな性格に育ってないわよ」

 

 まあ、まさかバゼット・ブラガ・マクレミッツなんて大物を連れてくるとは思わなかったけどね。

 そう言うと凛は真剣な顔に戻る。

 

「正直なところ協会に知られたら面倒な事しかこっちにはないわ。ルビーとサファイアの所有者が変わってるのから始まり、明らかに異質なクロに衛宮君、綺礼はともかくバゼットみたいな執行者からしたらある意味宝の山よ」

 

 そして凛は苦い表情で指を折ったと思うとゴソゴソとスカートの裾から何か丸めた羊皮紙を取り出した。

 

「凛、それは……?」

 

「最終兵器ってところかしら。セイバー、自己強制証明(セルフギアススクロール)って知ってる?」

 

 バッと紙を開く。

 一瞬なんなのかわからなかったが、よくよく見てみるとその紙にはどこか見覚えがあるような気がし――随分と昔の記憶に行き着いた。

 確かあれは、切嗣と戦った聖杯戦争の――

 

「呪術契約――魔術刻印の機能を使った取り引き。その機能上、絶対に解呪は不可能。死後の魂までも束縛するなんて代物ですね」

 

「あら、知ってたんだ。意外ねこんな細かい知識まであるんだ」

 

「以前色々とありまして……それにしても凛、貴女は一体どんな取引をしようと言うのですか」

 

 へえー、なんて感心している凛だが私が気になっているのはそこではない。

 かつて並行世界のケイネスはその契約によってランサーを自害させた。サーヴァントを自害させるなんて事まで強制させる契約なのだ。

 彼女が何を条件にしようとしているかは定かではないが、それ次第では止める必要がある。

 

「まあ気になるわよねそりゃ。ええ、安心して。最小限の妥協で最大の結果を引き出すから」

 

 

 

 

 

 

 

 

「確かにこれなら……」

 

「納得した? と言う訳で急ぐわよ。あの3人がやられちゃったら元も子もないんだから」

 

 美遊は私が連れて行くわ。と凛は美遊を背負って自分が這い出てきた穴へ飛び降りた。

 彼女の話によるとこの下にはちょうどエーデルフェルト家の隠し通路があるらしく、そちらの方が安全だと言うことだ。

 

「さてと――」

 

 しかしこちらにはあまり余裕がない。

 と言うことで私は当初の予定通り強行突破ということに落ち着いた。

 

 

 今一度風が巻き起こる。

 

「しかしこれはどう言うことだろうか」

 

 突き刺すような目を細めながら考える。

 さっきも感じたことなのがどうも身体が軽い。

 それだけならともかく、魔力量まで上がっている気がする。

 

 私は久し振りに力が漲る感覚のする身体に逆に違和感を覚えた。

 未だ5割程度しか出していないはずのだが、体感的には8〜9割程度は威力として出ていると思う。

 全力でもここを突破出来るかどうかという危惧をしていたはずなのに、いつの間にかそれはどの程度に抑えれば上にいるであろう士郎達を傷つけずに出来るかというものに変わっていた。

 

「いざ!」

 

 踏み込み、一撃を振るう。それと同時に魔力を一気に放出する。

 そして私の周りの風景が瞬時に変化していくのが見えた。

 

 竜巻に巻き込まれたように今まで私を包んでいたものがすべて空中を回る。

 そのうちに上が明るくなり、久し振りに星が見えた。

 

「いっ……けえ!!」

 

 跳び上がる。自分でもここまで跳べたのかとびっくりするほどの跳躍、そして自らが吹き飛ばした物の上に降り立った私を見て、3人が凍りついたように固まったのが見えた。

 

「おねーちゃん!」

 

「まさか……!?」

 

「セイバーさん……?」

 

 驚愕の表情で固まる綺礼と、ボロボロになって倒れ伏すイリヤとクロ。

 ちょうど決着したところだったのだろうか。

 どこもかしこもひどい惨状だが……彼らの周りは一段とひどいことになっていた。

 そして3人とも目を当てられないほど傷だらけだ。

 

「なるほど、私の可愛い妹達に随分と手荒な真似をしてくれたものですね。綺礼?」

 

 綺礼へ向かって一歩を踏み出す。

 あのバーサーカーに対峙した時ですら飄々とした態度を崩さなかったという綺礼だが……私を見ると恐怖に近い表情を浮かべて後退る。

 その理由は、私が1番よくわかっている。

 

「バカな……これだけ早く回復しているのが既に異常だというのにこの魔力量は……!」

 

 驚いている。

 恐らく彼には私が回復したところで、防御に徹すれば抑える自信があったのだろう。

 しかし今の私にそんなものは通用しないと悟ったからこその驚愕だ。

 

「向こうで何が起きているのかは知らないですが……ええ、察しの通りです。綺礼。

 今の私は先程までとは別人です。まだまだですが、相当にサーヴァントとしての力を取り戻している」

 

 パスなし、供給源の不能による魔力の不足。

 これまで私を苦しめてきた最大の難関だ。

 サーヴァントが魔力で構成されている以上まともな供給がない限りそれは当たり前のことだ。

 しかし原因はともあれその問題は大分克服されたのだ。先程からの感覚が気のせいではないということは地上に舞い戻った時に直感した。

 確実に力が戻っている。

 

「士郎から供給が始まっている。何故かは知らないが――」

 

 もう生身の人間に遅れを取ることはないはずだ。

 

 身体から溢れる魔力が渦を巻き、青い色で視認できるほどの密度にまで濃くなる。

 風が唸り、我が剣はその開放をいまかいまかと待ち震える。

 そのどれもが懐かしい感覚と言えた。

 

「ち――!」

 

 覚悟を決めたのか、綺礼は黒鍵を幾つか投擲する。

 目くらましにすら温く見えるそれを剣で叩き落とす。

 

「はぁ!!」

 

 自らの投擲物とほぼ同等のスピードで走ると言う常人離れした瞬発力。

 私の側面から迫る正拳。

 本来ならば、前に意識を集中している相手の外側から迫るその攻撃は回避不可避の一撃だろう。

 だが、それはあくまで常識レベルの話であり、私には通用しない。

 

「グウっ――!!」

 

 剣を持ち替えると左手一本で振るい、面で叩き落とす。

 ぶつかり、その骨が軋む感覚で察した。

 なるほど、強化も何もなくこの威力とスピードとはこの神父はとことん人間離れしている。

 

「ちい!」

 

 苦痛に顔を歪めながら即座に破壊された右腕を引き、健在な左手で私の首元を狙った手刀を繰り出す。

 更に速度が上がる。加えて狙いも正確。しかし

 

「当たると思ったか?」

 

 私には見えている。

 今度は下から上にその軌道を逸らすと上体が無防備になる。

 殺す気はない。

 剣を逆向きに、そしてつき出す。

 峰打ちでのような形で正中を撃ち抜くと綺礼の身体は面白いほど軽く飛んでいく。

 

「カハッ――」

 

 血を吹きながら身体を九の字に丸め飛ぶ綺礼。

 そしてその飛行は大きな木に背中から直撃することで終わりを告げる。

 

「グッ――!!」

 

 一際大量に血を吐く。

 しかしそれでもなお目から力は消えていない。なにより意識を保っていることが私には驚きだった。

 

「驚いた……まだ意識を保っているとは。貴方は下手な英雄よりもよほど強い」

 

 その賞賛は紛れも無く本心。

 しかしさすがの綺礼もそれに反応するほどの余裕はないのか動こうとはしない。

 

「さて――」

 

 これで妹達の脅威は潰した。

 あとはもう一人。

 

 身体を反対に向ける。

 燃える屋敷を背に戦う二人の姿が見える……と時を同じくして迂回を選択した凛の姿も確認できた。

 美遊はどこか安全なところに置いて来たのだろう。

 

 1歩ずつ近づく。

 私の接近に気付いたのか2人の視線が私に集中する。

 

「そうでしたか――」

 

 シロウの手に握られた双剣に、なんとなく事の事情が分かった気がした。

 その剣は、かつて彼ではない彼が私にとどめを刺したあの剣。

 この世界に来て数ヶ月、彼とシロウの姿が重なったことはなかった。

 だが今はじめて、その姿がダブって見えた。

 

「「そこまで(よ)!!」」

 

 奇しくも凛と声が重なる。

 シロウと戦っている女性も只者ではないだろうが私の脅威にはなり得ない。

 今の彼を見ればこれは確信だ。

 

 聖剣を突き付ける。

 ブリテン国王、アルトリア・ペンドラゴンに敗北の二文字はあり得ない。

 

 

 




どうもです!

あっさりしすぎと思われるかもしれませんがこれにてバゼット編終了になります。

バゼットさんあんま活躍してない?それはその通りなんですがまともになったセイバーさんに勝てる道理もないですし……(ホロウのは何度となくリセットしてる上に特例なんでノーカン)

ここから日常回挟んでいよいよツヴァイ編もラストへと向かっていきます。残念ながら原作が終わるまでにドライ編行きそうなのでオリ展全開になる予感。

途中出てきたギアスの内容は次回説明。凛ちゃん?引っ張りますよこれは。

こんな感じです!

それではまた!評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!!

 


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第16話 見えだす歪み

UA150000&お気に入り登録1500突破感謝。
あとごめんなさい。今回だいぶ短いです。


 ――バゼット・フラガ・マクレミッツの今後 衛宮士郎、遠坂凛、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、クロ・フォン・アインツベルン、美遊・エーデルフェルト、アルトリア・ペンドラゴンへの危害目的での接触、及び外部への情報提供の一切を禁じる。

 

 ――術者である遠坂凛、及び上記に上げられた人物のバゼット・フラガ・マクレミッツへの危害目的の接触の一切を禁じる。

 

 ギアスによる強制的な停戦。

 これが凛によるこの場の調停だった。

 

「どう? バゼット。貴女も見て分かると思うけど、貴女じゃどうやっても今のセイバーには勝てないわ。

 彼女まで網羅したこの停戦なら貴女にとって破格の条件だと思うのだけど」

 

 あくまで絶対的有利権はこちらにあるという態度で凛がバゼットに最終通告を突き付ける。

 

「――――」

 

 対するバゼットは目に見えるほどの屈辱に対する悔しさと憤りに溢れながらも彼女を睨みつけ暫くの間沈黙し、そして頷いた。

 

「仕方ないですね。ええ、それで同意しましょう。どうも事前に聞いていたのとそちらの戦力が違いすぎる――命があるだけよしとするしかないでしょう」

 

 怒りこそあっても状況の判断を誤るほど馬鹿ではないのだろう。

 それだけ言うと彼女はうつむき気味に背を向け門へと立ち去ろうとする。

 

「待ちなさいよ。貴女も……と言うよりも協会が、かな。クラスカードを何とかしないといけないんでしょ。それなら提案があるのよ――8枚目(・・・)についてね」

 

 そして驚愕の表情で振り向く。

 

 私は穴の中での凛の言葉を思い出して唇を噛んだ。

 まだ戦いは終わらないのだ。

 

 

 

 

 

 

―――――

 

「では……」

 

「うん、8枚目なんて有り得ないのよ。おねーちゃん」

 

 学校から帰るなり私をちょいちょいと部屋に手招きしたクロはドアを閉めて鍵を閉じたのを確認すると子供用の小さなテーブルを前に座って向かい合う。

 そして神妙な顔付きでそう言った。

 

「おにーちゃんとイリヤは大して事情も呑み込めてないし、分かりもしない事で無駄に不安を煽るのもあれだからあんまり話したくないんだけど……」

 

「私なら問題ない、ということですね。確かに同じ様な違和感を感じてはいました。本来サーヴァントのクラスは7つのみ。8枚目というのは正規ではありえない」

 

 もちろんそれは聖杯戦争の時の話ですが。と念おきするのは忘れずにクロに同意する。

 この土地の地脈で今までのカードとは桁違いの魔力を貯め込んでいるという第8のクラスカード、凛がわざわざ冗談でそんな事を言うとは思えないから確かに存在はするのだろうが、私自身違和感を持っていたのは間違いない。

 

「ですが」

 

「分かってる。凛が嘘をついたとも思わない。どんなものかは分からないけれど8枚目はある。それで聞きたいんだけど……8枚目にはどんな可能性があると思う?」

 

 何か心当たりはないかと問い掛けてくる。

 

 そもそも私の知っている聖杯戦争と今回のクラスカード騒動はどこまで関係があるのか分からない。それ故に今までその知識を持っての事態の推測と言うのは控えていたのだが……そうも言っていられる状況ではないのだろう。

 

「1番に考えられるのはエクストラクラスというパターンでしょうか。セイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、キャスター、バーサーカー、アサシンの7つがクラスの基本になりますが、その中でも3騎士を除くクラスは場合によってはそれとは全く別のクラスとして召喚されることもあると聞きます」

 

 真っ先に思いついたのはこの可能性。

 クラスというものは基本的には7つだが英雄というのはそれこそ星の数のように存在する。

 ともすれば、その中にはもちろんそのクラスという括りには該当しない……と言うよりもそれ以外のほうが輝ける英雄も少なからずいるのも事実だ。

 ならそんな英雄達をどうやって呼び出すのか?

 その答えがエクストラクラスだ。あいにく私はその類の英雄と出会ったことはないが、例外という言葉で真っ先に浮かんだのがそれだった。

 そしてその特例で呼び出されるサーヴァントは常にイレギュラーと言うことくらいは知っている。

 それならば1枚だけ別にあったというのも頷ける。

 

「エクストラクラス……けどそれってあくまで召喚された英雄をベストの形に当てはめる為のものでしょ? 

 仮にライダーのクラスしか空きがなかったとしてそこにエクストラ……例えば盾のサーヴァント、シールダー何てのが呼ばれたとしても8人にはならない。

 ライダーというクラスがその戦いから消えるだけ……結局7つのクラスで争われる事には変わりないんだから」

 

「……そうですね。私の仮説ではそこを論破することはできない」

 

 が、この案は自分で言うのも何なのだが穴だらけにも程がある。

 それどころか根本的にはなんの解決にも繋がらない。

 

「むむむ……やっぱりおねーちゃんでも分からないか」

 

 半ばお手上げという感情が表に出ていたのか。

 そんな様子の私を見てクロがうーん、と唸る。 

 

「けどこのまま8枚目に挑むのもなんとなく嫌な予感がするのよね……」

 

「それは直感ですか?――ええ、私も同意見です。ことこういう事に関して私達の勘は外れない」

 

 二人揃ってため息をつく。

 こんな答えの出ない議論を飽きることなく続けているのは私達が同じ様な感情を抱いているからだろうか。

 正確に言えば畏怖と言う感情が近い。

 目の前が真っ暗で何も見えないが、このまま進めばその先に何かとんでもない落とし穴があるのはわかるから足が控える。そんな感じだ。

 

「それじゃあさ、おねーちゃん」

 

「? 何ですか?」

 

「ママに聞いてみるって言うのはどうかな? ママは聖杯戦争を経験してるし私達よりも深く知ってるみたいだし。やっぱりクラスカードは7枚だけだったのかな?」

 

「は――?」

 

 言っていることがよく分からず、変な声で聞き返す。

 もう一度頭の中で今の言葉を反芻する。

 結果は同じ。ということは、そういうことなのだろう。

 

「いえ……彼女に聞いても無駄でしょう。私やアイリスフィールの経験した聖杯戦争はクラスカード何てものは用いない。英霊の座から聖杯の魔力を通して直接本体の触覚として英霊を呼び出していましたから」

 

 なぜクロの口からアイリスフィールという言葉が出てきたのか。

 彼女が関わっていないことは明白だというのに。

 

「え――?」

 

 

 さっきの私もこんな顔をしていたのだろうか。

 トンチンカンなことを言ったクロは何を言っているのか理解出来ない、という風にきょとんとしたまま固まる。

 そしてハッとすると同時に両手でテーブルをバン!と叩くと私に詰め寄る。

 

「ちょっと待っておねーちゃん。それ、どういうこと?」

 

「言葉の通りです。これは聖杯戦争ではない。少なくとも、この地で4度行われたそれとは全くの別物だ」

 

 事実を述べる。

 アイリスフィールと切嗣の話を聞く限りクラスカードなんてものを彼等は使ってはいない。

 運命の分岐点が切嗣の心にあったから結末が違っただけで、根本は私の経験したそれと大差なかったはずだ。

 

「違う……そんな、そんな訳がない」

 

 クロの顔が目に見えて青ざめていく。

 私の言葉が信じられないと言うように。

 

「それは違うわ。これは聖杯戦争よ。だって、私の中の聖杯の機能は確実にこのクラスカードに引っ張られて機能してるんだもの……これが聖杯じゃなかったら一体何だって――っ!」

 

 震える声で絞り出すとそのまま下を向いてブツブツと呟き出す。

 次に顔を上げたクロの顔は信じられないという驚きと、それしかないという確信が入り混じったような、そんな2つの感情が見え隠れしていた。

 

「もしもよ、もしもだけど……幾つも連なる平行世界のどこかで聖杯戦争が行われていて、その舞台装置であるサーヴァントが何かの拍子に"他の世界"に送られてしまったとしたら……その戦いは場所を変えて続行されるんじゃないかな」 

 

「ねえ、おねーちゃん。美遊はルヴィアの妹でもなんでもないのよね? 素性も知れない女の子。ただでさえこの法治国家でそんなみなしごが出てくるの自体不自然なのに、その娘が偶然ステッキを使いこなすほど魔術に適性を持ってるなんてありえるのかしら? この街の管理人である遠坂の目を子供ながら掻い潜って」

 

 私は、何も言い返せなかった。




久し振りに文才の無さを嘆きました。

どうも、faker00です。
セイバーさんがいるならばクロのアイリ突撃やら、聖杯戦争関連諸々の話は一気に進むんじゃない? という事が今回の流れです。

ただ難易度が高かった……

いよいよ次回からツヴァイ編もラストバトルへ向かいます。
ついに奴の出番ということで作者もわくわくが止まりません。(だからこそ今回書きづらかったのか?笑)
そして唐突ですが大分前のアンケ、まだまだ募集しております!なにそれ?という方は活動報告へどうぞ!

それではまた! 評価、感想、お気に入り登録、じゃんじゃんお待ちしております!

感想の方は明日の朝返させて貰います。度々すいません。


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第17話 最後の刻

「私達の持てる最大火力で一気に片をつけるわ!」

 

 集まった私達を前に凛は今日の作戦をこれ以上なく簡潔に、それでいて堂々と言い切った。

 建設中の巨大なビル、未だ外からは鉄骨の骨組みも確認できるその地下に私達はいる。

 

 ここが最後の決戦の舞台。これから起こる嵐を予感させるかのように空気は重苦しい。

 そもそもなんでこんな所に入れるかというと、クラスカードの位置を把握するともエーデルフェルト名義で土地ごと買い取ったからだ……本当にバカげている。

 

「理由は分かってると思うけど……このカードは全く情報なし、分かってるのはここの魔力を吸い込みまくって確実に強くなってるってことだけよ。

 黒化英霊の性質的に一直線に向かってくる可能性が高いし、更に鏡面界は今までになく狭いわ。様子見なんて悠長なこと言ってたらそのうちに全滅しかねない」

 

 今回の作戦の根拠を状況から推測して凛が指折り数える。

 分からないことだらけと本人は言っていたが、ある程度の基本要素としては変わらないだろうというのが彼女、そして私達の共通した見通しだった。

 

「加えて私達の戦力がいつになく整っている、と言うのもありますわ」

 

 凛の隣で腕を組んでいたルヴィアがカツン、といういつものヒールの音を響かせながら一歩前へ出ると並ぶ私達を順にざっと流し見る。

 その顔は、慎重な態度を崩さない凛に比べていくらか自信に満ちていた。

 

「休戦協定を結んでいるバゼットにコトミネ、更にセイバーとシェロが近接戦闘担当、万能型なクロ、遠距離なら私達とイリヤスフィール、美遊。

 本当に特化しているのはバゼットのみで後の陣容は相手に合わせて自由自在、おまけにコトミネは回復魔術持ち、これだけの戦力が揃うのは壮観と言うべきですわ」

 

 その原因は今ここに揃っているメンバーが故だろう。

 英霊の私は置いておくとして他のメンバーも揃いも揃って人間としてはトップクラスの実力を持っている者ばかりだ。

 彼女の気持ちは分からなくはない。かつて私が率いていた円卓の騎士達もその全てが時代を代表するような戦士達だった。そのように味方が頼りになるという心強さはそうそうたるものがあるものだ。

 きっと、ルヴィアゼリッタが抱いている感情もそれに近いものに違いない。

 

「待ってくれルヴィアぜリッタ、確かにこの陣容はなかなかです。しかし士郎の実力のみどうも未知数だ。貴女と凛はこの数日彼の能力を把握するのに費やしていたはず――ある程度の情報がないと私としても戦い辛い」

 

 だがそれは必ずしも万全とイコールにはならない。

 唯一とも言える不安要素について問いかける。

 すると凛とルヴィアぜリッタは まあそうなるわよね。というふうに顔を見合わせると同じタイミングで同じ方へ視線を投げた。

 

「バゼットがギアスを掛けられている以上その目は私に向けられていると見て良いのだろうな……安心しろ。はっきり言って私は衛宮士郎がどんな特殊な魔術を使おうが興味はないし、それをどこかに報告する気もない」

 

「じゃああんたは何がしたいのよ」

 

「特にないな。ただ頼まれた以上断る理由もなかったので最初はお前に肩入れし、次はバゼット、そしてまたお前に戻っただけだ。それ以上に深い理由などない」

 

 私達から少し離れた位置に立つ綺礼はいつものように淡々としている。

 その隣ではバゼットがいかにも不服と言わんばかりの厳しい表情をしているが、何を思っていようとも何も出来ないのは彼女自身分かっているのか特に何を言うでもなかった。

 

「ま、最大の懸念はこのバカ神父だけどこいつがこう言ってるなら心配はないかな。こいつは読めないしやり辛いけど、嘘はつかないから――そうね、それじゃあとりあえず分かってるだけ話しておきましょうか」

 

 そんな綺礼の答えを聞くと凛はあっさりと視線を外し私達に戻す。

 正直私としては不安なのだがルヴィアも納得しているようだし、一番痛い目を見ているはずの凛がそう断言するならそれに口を挟むと言うのは野暮というやつなのだろう。

 

「まず士郎の基本スペック自体はそんな劇的に変化してるわけじゃないわ。サファイアの録画してた戦闘映像で見せてもらったけど、序盤でボッコボコにされてたのが本人の実力ね……まあお荷物と言って差し支えなし」

 

 ざっくりと語られた彼女の士郎評は随分と辛口なものだ。

 私の隣にいる彼の顔を盗み見ると、当の本人は引きつったような苦笑いを浮かべていた。

 

「けど――」

 

 そこまで言うと凛は一呼吸置く。

 

「魔術は相当マシになってるわ。まずそもそもこんなんは当たり前じゃなきゃいけないんだけど――まともに魔術回路が回せるようになってる。それだけでも大きな変化。使えるのは投影と強化だけなのは変わらないけど練度が段違い。

 特に投影は前までと別人。あの一瞬で何があったのかは知らないけど、剣ならなんでもほぼ100%って精度な上に双剣に関しては戦闘能力を底上げする効果まで持ってるみたい。それに……まだなんか切り札も他にあるんでしょ?」

 

 敵意か、もしくはそれに近い恐れか、ただ純粋な疑問と言うよりは何かを測るような微妙な目をした凛は半ば呆れながらそう言った。

 

「ああ、あいつには色々と世話になったからな。全部は無理だけど幾つかは手土産なんだとさ」

 

 そんな彼女の微妙な変化には気付く事なく士郎は頷く。

 凛とは対照的に彼の目からは迷いや恐怖の類の一切が消えていた。

 

「アーチャーに会った、というやつですか。ニワカには信じがたい話ですが事実士郎が強くなっている以上戯れ言と片付けるわけにもいかない」

 

 なぜそんな現象が起きたのか、など理由を考えるのは無駄だろうと、私はあの直後彼の言った突飛で空想とも思える言葉をとりあえず信じる事にしていた。

 理不尽なこと、説明がつかない事などいくらでもある。それこそ私が今ここにいるのも全く分からないように。

 

 それに思い当たる節ならあるのだ。

 

 私は以前彼が語ってくれた夢の話、そしてかつての記憶を思い出す。あの時士郎の左腕は確かに彼のものだった。

 人間にサーヴァントの腕を移植など出来るわけがない。そんなことをすればその腕に全てを持っていかれてしまうだろうから――それでもやり遂げる可能性があるとすればそれは1つしかない。

 当たり障りのない言葉の後すっと士郎から視線を逸らす。

 無駄な混乱は避けたい。私が勘付いていることは気付かれたくはないのだ。

 

「とりあえず纏めると、少ない時間ならバゼットと拮抗できるだけの爆発力は出せるって事ね。これで質問の答えになるかしら? セイバー」

 

「ええ、それだけ分かれば充分です」

 

 手をあげて応える。

 

 細かく突き詰め始めたらキリがない。

 おおよそが把握できただけでも良しとしよう。

 

「それじゃああと確認しておくことは……そうね、イリヤ。カードの振り分けはどうなってるの?」

 

「ええと……私がランサー、キャスター、アサシン。美遊が、ライダーとバーサーカーだよ」

 

 イリヤは腿に取り付けたホルダーからカードを取り出して確認する。

 確かにその手には三枚のカードが握られていた。

 

 

「――美遊は変わらず、ですね」

 

 しかし私が見ていたのは更にその奥にいる美遊だった。

 彼女は8枚目の存在が明らかになって以降どうも様子がおかしい。

 それはこの場においても変わってはいなかった。

 

 

「そう。まあ妥当な分け方ね」

 

 だが彼女の様子をマークしているのは私、そしてクロだけだろう。

 凛は特に美遊の様子を気にすることもなく納得した様子である。

 

 

「――クロ、美遊から目を離さないように」

 

「分かってる」

 

 士郎とは逆隣に立つクロにボソッと耳打ちする。

 彼女も了解済みなのか、グッと親指を突き立てた。

 

「それじゃあ行きましょうか。これで全部終わらせてやる。ルビー!」

 

「あいあいさ〜」

 

 ルビーを中心に全員が集まる。

 詠唱を開始すると同時に下に魔方陣が展開され、そして――

 

接界(ジャンプ)!!」

 

 

 

 

 

―――――

 

 圧倒的、という言葉は誰もが耳にしたことがあると思う。

 そしてその言葉が聞かれる局面は様々だ。

 例えばスポーツで今までに見たことがないような相手と対峙した時、人として器が大きい人を見た時、びっくりするほど美味しい料理を食べた時、それこそ数え始めたらきりが無いくらいに。

 しかし待って欲しい。

 本当にその全てが"圧倒的"という言葉に該当するかと言われればそんなことはないのではないだろうか。

 表現は人の自由だ、それについて文句をいう気はない。

 だがもしもそんな風に軽々しくその圧倒的という言葉を使う人がいたとして、この光景を見たならば考えを改めるに違いない。

 

 あまりの壮絶さに、息を呑む。

 

 

「これが本当の意味での圧倒的ってやつなのね……」

 

「覚悟はしてきたつもりでしたがその想定の遥か上を行くなんて……!」

 

 そこは神域だった。

 選ばれし者以外は触れることさえ許されぬ、そんな場所に足を踏み入れた。否、踏み入れてしまったことを私達は瞬時に察知した。

 それ故の畏怖。臆病とは違う。あまりにも禍々しいが為の自己防衛本能。

 人であるならば、それが正解。

 

「あの黒いモヤは一体……」

 

「超高密度の魔力の渦、と言ったところでしょうか――ここまで溢れ出すとなるとどれだけの魔力を保持しているのか考えるだけで頭が痛くなる」

 

 ルビーを手に持つイリヤの手も震えている。

 それも仕方のないことだ。あれを見て平然としていられる方が人としてどうかしている。

 

 視線を前にやるがはっきり言ってしまうとほとんど何も見えない。

 私達の前の空間全体を覆う暗闇。それは本体から吹き出した魔力だ。どこまでも暴力的で、それでいて深い魔力。

 その先に微かに人影が見えるからそれが8枚目なのだろうが、その詳細は全く掴めない。

 

 

 

 

「となると――」

 

「何を気圧されている、凛」

 

 しかし何処にでも例外はあるものだ。

 そんな領域を目の前にして、それでも綺礼はいつも通りだった。

 

 一歩前へ出る。

 

「詳しい情報は不明となると当初の予定通り全力を叩き込むしかなかろう。あれだけの魔力だ。どんな相手かは知らんがやれることはやれるうちにやっておいた方が後悔もないはずだ。

 ――そら、さっさと指示を出せ。先頭をきるじゃじゃ馬が大人しいと調子が狂う」

 

 そして皮肉げに凛を流し見る。

 結局のところこの神父の言う通りだ。

 半ば無理やりながら指針を定めたところでやけに落ち着く声に浮き足立っていた空気がいい意味で張り詰めたのを感じる。

 

 どうやら綺礼には場を整える才覚というものがあるらしい。

 

「……わかってるわよ! ルヴィア! 最大出力で先陣をきるわよ! クロと美遊とイリヤが第二陣! 綺礼とバゼット、士郎は後詰め、セイバーは状況次第でエクスカリバーか近接戦闘のどちらかを!」

 

 調子を取り戻した凛が叫ぶ。

 その声と共に、全員が散開した。

 

 

「いきますよーイリヤさん!! ど派手にぶちかましちゃってくださーい!!」

 

「魔力集中、大砲のイメージでど真ん中を撃ち抜く……」

 

「美遊様……」

 

「集中してサファイア……!」

 

 上空からイリヤと美遊のコンビが超巨大な砲門を展開する。

 防御など微塵も考えていないからこそ出来る一撃。初手である凛達より早く準備を始めたのはそれだけ溜めに時間がかかるということだ。

 その間の無防備な時間。万が一先に攻撃が来ようものならそれを防ぐのは後陣である私達の役割だ。

 

「ルヴィア! あんた出し惜しみしたりしないでしょうね!」

 

「当然ですわ! 総額云億円、今までにないエレガントな一撃をお見舞いしてやりますわ!」

 

 地上からはいつものように悪態をつきあいながら凛とルヴィアが今まで見たことも無い数の宝石を上空に投げたかと思うと、その宝石は綺麗な円を描く。そうして幾重にも重なった魔法陣を作り出す。

 展開された魔法陣は共鳴しだし、その縁を彩る宝石は耀き溜め込んだ魔力を放出し流れ込む。

 加速し、互いの威力を倍化していくその姿はさながら魔力で形作られたレールガンと言うべきだろうか。 

 

「「いっけえ!!!」」

 

 そして先陣をきって虹色の閃光が視界全体に広がる。

 

 彼女達二人の腕から同時に放たれた特大の魔弾はまず絡み合い同化する、これで倍。

 そして魔法陣を抜けるときに宝石から放出されたそれでまたも成長する。そこでもらう力は更に倍、と言うよりも乗だろう。

 そこからはもう同じ計算をひたすら繰り返し、最後には神代の大魔術師も真っ青になるであろう怪物になっていた。

 

 

 

「――っ!! どうよ!?」

 

「いえ、まだです!!」

 

 モヤと直撃し弾ける。

 轟く炸裂音。

 真っ白になった視界は何も見えない。 

 その威力は宝具換算でAランク、もしくは一瞬ならばA+がついていてもなんら疑問は感じないものだった。

 だからこそ手応えと期待の篭った凛の声。

 しかし、まだ足りないと直感が叫ぶ。

 

 

 

「――セイ――ハ――イ――!!!」

 

 爆風の後モヤが消える。

 完全な相殺、彼女達渾身の一撃でさえもその奥を捉えるには至らない。

 しかし遂に見えた。その先に浮かび上がる黒い人影。恐ろしいほどの威圧感を放つその相手がようやく見えた。

 

 

「見えた! 今度こそ決める!」

 

 クロが凛とルヴィアの二人と入れ替わるように前に出る。

 握られるのはアーチャーの弓。

 

「I am the boned of my sord ……」

 

 彼女は言っていた。

 私には理論や理由をすっ飛ばして結果を導き出す能力があると。

 普段よりも明らかに低い声はそれ故のものであり、彼女自身身に覚えがあるものではないのだろう。

 だが私には分かる。その呪文は、彼がその力を引き出すために己の内に問いかけるものであるということを

 

偽・螺旋剣(カラドボルグ)!!」

 

 矢ではなく、捻れた剣を弓にかけ放つ。

 特大の魔力をまとったその一弓はその形状のように周りの空間を引きちぎるように進んでいく!

 

「フォイヤー!!」

 

「シュート!!」

 

 同時に上空から轟く轟音。

 先程の凛とルヴィアの一撃に匹敵する魔力砲は先に出たクロの弓をも呑み込む。

 

「爆ぜろ!!」

 

 そして、8枚目の目の前でその強大な魔力を弾けさせた。

 

「あれは――」

 

 結果は直撃、開放された魔力が竜巻となり8枚目を包み喜びの声を上げる少女達。

 宝具を爆発させるなんてデタラメ。それを人を超えた威力の中でやってしまったのだ。その衝撃はもはや人の手で作り出せるものではないだろう。

 しかし、私はその時見てしまった。 

 絶対に見てはいけないものを

 

 脳裏に浮かぶのはその瞬間だけ。

 爆発の直前、今までずっと興味がないと言わんばかりに何処かを見ていたその顔がこちらを向いたのを、8枚目の瞳を。そして周りに浮かんだ黒に包まれる黄金を

 

「ダメだ――」

 

 声を絞り出す。

 

「え? 何か言った――」

 

 誰も殺したくないなら急がないと。

 

「ダメだ!! すぐに逃げて! あれには貴女たちでは!!」

 

 王に常識は通用しないのだから。

 

 

 飛び交うのは無数の、剣

 

 

 

 

 

 




どうもです!

遂に最終決戦スタートです。

ラストスパート作者も頑張りますのでどうかお付き合いください。

それではまた!評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!


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第18話 決死の抗戦

 迫る死の瞬間。

 そうだ、いかに優れた戦士であろうとも絶対に勝てないものがある。

 私はかつてそんな者達を何人も見てきたではないか。

 勇猛果敢な大剣士、全てを薙ぎ払う巨兵、頭脳明晰な軍師、影より表れる弓兵。

 本当にこんな戦士が敗れるなんてことがあるのだろうか? とさえ思わされた戦士たち。

 

 そんな彼らが敗れる時、その時の相手はいつも決まっていた。

 

 ――人では戦争には勝てない。

 

 数十、数百、あるいは数千に囲まれ奮戦しての大往生。

 

 

 当たり前だ。

 いかに人として飛び抜けていようとそれは個での話である。

 敵が集団になれば勝てる可能性がどんどんと減っていき、いずれ逆転するのは目に見えている。

 

 世界に輝く英雄譚は数あれど、それは名を残さぬ幾多の戦士や協力者の存在が影にあったからで。 

 一騎当千の伝説がどれだけきらびやかに語られようとも、それは戦争全体という視点て見ればあくまで一つの局地戦である。

 結局のところ、一人で戦争を勝ち抜いた者などこの世にはいない。

 

 英雄に天敵がいるならば、それは戦争そのものだ。

 

 ――そして信じがたい事なのだが、そんな非現実を実現する相手が目の前にいる。

 

 英雄王ギルガメッシュ。

 古代ウルクの王にして半神半人の裁定者。

 かつて世界が1つであった頃、その全ては彼が統べていたとさえ伝えられる。

 そして後々の世界において彼はこう伝えられた。そう、世界最古の英雄王、と。

 

「――グッ!」

 

 

 察したのは私だけ。

 無数の剣の前に躍り出る。

 

「急いで撤退を! ここは私が食い止めます!」

 

「ち、ちょっと待って! 一体何がどうなって……そもそもあれを喰らって無傷だなんてこと」

 

「理屈がどうかなんて私にもわかりません! だがあの男の事だ。何があっても不思議はない!」

 

 黒く染まる身体は変わらない。

 しかし今はその全貌が把握出来るようになっていた。

 

 2mにも満たない大きさに少し痩せた身体は普通の人間と大差ない。

 だが醸し出される威圧感、風格はヘラクレスをも上回る。

 正に怪物。黒の中に紅く光る双眸に、彼の後ろに浮かぶ剣達に、皆が息を呑むのを感じた。

 

「――――s――r――」

 

 一瞬にやりと笑ったように見えた。

 そして審判が下される。

 

「――――!!」

 

 舞う悪夢。これが壮観というやつなのか。

 矛盾しているとは分かっているのだが、一瞬見惚れてしまいそうになる。

 歴史を彩った魔剣、真槍、名剣、大斧、の類。その一つ一つが伝説を生み出してきた尊き幻想なのだ。

 そしてその全てを敵に回すということは幾多の英雄の逸話そのものと戦う事に等しい。

 たが、退くなどという選択肢は無い。

 王の裁定の前にそんな自由は許されない。

 

「はああぁぁぁ!!!」 

 

 ならば、自分が新たな伝説を作り出すしかない。

 

 剣を振るう。例えどんな逸話であろうともここは通さない。

 

 頭をこれでもかと鳴らす警鐘を全て抑えつける。

 元々無理は承知だ。振り返ってみれば何も今までの戦い全てが楽に勝てたわけではない。

 全力を尽くしなお届かないような戦いもあった。信じられないような幸運に助けられたような時もあった。

 思い起こしてみれば、限界は何度となく乗り越えてきたではないか。

 

 決意と共にまず初撃を打ち落とす。神速を誇る槍も我が剣を打ち破ることなどできはしない。

 二撃目は刀。幾多のサムライを惑わせたと言われる妖刀。真っ向から弾き出す。

 次いで今なお近代兵器にその名を残す名斧、圧倒的な圧力を受け流す。

 まだまだ終わらない、次は、次は、次は……

 

「――――あああぁ!!」

 

 荒れ狂う嵐の中を傘も持たず剣1つで突き進むようなものだった。

 ただの嵐と違うのは、その雨粒一つ一つ全てが必殺を誇る凶器だということ。

 

 どれだけ力が戻ろうとも、どれだけ覚悟を決めようと、世の中には限度と言うものがある。

 

 ――しかし、それでもやらねばならぬ。

 

 その光景は傍から見れば正に伝説の再現だっただろう。

 圧倒的な強者を相手にしても一歩として退かず、果敢に勝機を求め己の腕をふるう。

 例えその勝機がどんなに薄く儚いものだとしてもその望みを信じて高みへ挑む。

 

 振るう刃の一つ一つが、勝利へ続くものと疑わず。

 

 振るい続ける。

 

 

 

 

 

「――!!」

 

 しかし、私は大事なことを失念していた。

 そう。伝説とは、そうそう叶わないからこそ伝説として昇華されるのだということを。

 

「グッ――!!」

 

 長い長い剣戟。

 数日か、数時間か、あるいは数秒の刹那か、どれだけの時間が過ぎたのか分からない。

 しかし1つだけ分かったことがある。

 私の新たな伝説への挑戦はここで終わりを告げるだろうということだ。

 

 深く深く、どこまでも深く。

 集中という海の底へと沈んでいた意識が突然の刺激によって引き戻される。

 最初は何か分からなかったが理解するまでに時間はかからなかった。

 

 これは、痛みだ。

 

 原因に目をやると、左腕に鋭い槍が突き刺さりおびただしい量の血が噴き出している。

 これぐらいなら戦うのに支障はないと無視して何十と弾き出した宝具の雨へ再び向き直るが、微かに動きが鈍くなる。

 その僅かな隙は、瞬時に大きな弱点へと膨れ上がる。

 一騎当千の原則は、最後まで無傷でいること。これにつきる。少しでも動きが散漫になれば、迫りくる大波を断ち切り続けることなどできない。

 そして一度呑まれたら最後。そこから再び盛り返すこと出来るわけがないのだから。

 

「ウァ――」

 

「おねーちゃん!!」

 

「バカ! 前へ出たら死ぬわよ!!――ルビー! まだ離脱できないっていうの!?」

 

「やってます! どうにかあと数秒もあれば――」

 

「早く! このままじゃセイバーが――」

 

 出血で意識が遠のく。

 今まで124撃、それだけの数の宝具を凌ぎきったというのに。

 たった一度、戦闘に影響はない程度の一撃を受けただけで次の20撃の内3がこの身を切り裂いた。

 今や無事なのは左足と右腕だけ。

 

 けれども、今私を奮い立たせるに十分な言葉が聞こえた。

 

 

「倒れて――たまるか!!」

 

 あと数秒で離脱できる。確かに彼女はそう言った。

 

 崩れ落ちそうになる身体を必至の思いでふみとどめる。

 幸い無事なのは利き腕と、逆足だ。この二本に自由が利くなら立っている事ができる。

 何があろうともこの後ろへは一撃たりとも通しはしない。

 

「だめ!! おねーちゃん!! 早く退いて!!」

 

 そんな私の意図を察したのかクロが叫ぶ。

 今や視界は霞み、耳もほとんど聞こえていないというのにその声はやけにはっきりと聞こえた。

 

「すまないクロ。こんな方法でしか貴女を守れない姉を許してほしい」

 

 振り向く余力すら残ってはいない。

 だけど、最後に謝っておきたかった。

 

 必死の思いで上体を起こし顔を上げる。

 見えるのは、まだまだ数には困らないと言わんばかりにその時を待つ武器の海。

 

 対抗する手段は今の私にはない。

 ならせめて、堂々と立って最期まで皆を守ろう。

  

 またも私の身体を貫かんと迫る剣。

 良いだろう、この身程度ならいくらでもくれてやる。

 だが後ろには――

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!」

 

 終わりを迎えようとした最後の瞬間。

 私の目に写ったのは剣ではなかった。

 七枚の花弁。それが何を意味するのかも分からないまま。視界が回る。誰かの叫ぶ声が聞こえる。

 そのまま意識は闇へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

「な――」

 

 畏怖を覚えたのは自分だけではない。イリヤも、美遊も、クロも、遠坂もルヴィアもだ。

 だからこそ、彼女は叶わないと分かっていても前へ出たのだろう。

 士郎の頭は一周回って冷静の境地に達していた。

 

 セイバーは舞う宝具の山を一人で撃ち落としていく。

 その姿は正に鬼神。伝説として今に語り継がれるアーサー王そのものだった。

 

 でも、それでも届かない。

 拮抗している様に見えるように見えるがそれは絶対だ。

 理由とともに分かってしまったからこそ士郎は唇を噛んだ。

 

 セイバーの敗因は自分達になると。

 

 この場にいるのがセイバー一人だけなら勝負は分からなかったはずだ。

 彼女ならば、この嵐の中でも路を見つけ、前進することが出来るはず。前が無理でも縦横無尽に風となり、活路を見出した筈だ。

 それが出来ないのは、後ろに自分達がいるからだ。

 

 その証拠に彼女は直接自分に当たりそうもないものまで射出された武器全てを叩き落している。それは無駄だ。その動作によって今度は自身が危険に晒されているのだから。

 

「ルビー早く!!」

 

 それが分かっているのか、遠坂の声にも焦燥のようなものを感じた。

 足元に展開する魔法陣。

 必死の離脱へのカウントダウンが始まる。

 

「――ぐっ」

 

 その時だ。

 今まで呼吸すら無駄とばかりにひたすら剣を振るっていたセイバーが呻き声のようなものを上げたのは。

 そちらに目をやると、彼女の左腕には槍が突き刺さっていた。

 

「おねーちゃん!」

 

 それを見て、クロが正気に戻る。

 

 

「セイバー!!」

 

 一瞬、ほんの一瞬生じた僅かなタイムラグ。

 たったそれだけで彼女の身体から次々と鮮血が噴き上がる。

 

「――――!!」

 

 その姿に、今まで他人事のように何処か遠くから見下ろしていたような感覚が現実へと引き戻された。

 

 このままでは、目の前で彼女は死ぬ。

 何度も自分達家族の命を救ってくれたセイバーがこんなにもあっけなく。

 

 ――バゼットと綺礼が飛び出し彼女に迫る宝具を打ち落とす

 

 そんな事を許していいのか

 

 ――だがそれがどれだけ持つかは分からない

 

 許していいはずがない。

 そんな彼女の姿を見たくなかったから、戦うのを決めたんじゃなかったのか?

 思考が駆け回る。

 

「グウっ……!」

 

「これでは……!」

 

 

「すまないクロ……こんな方法でしか貴女を守れない姉を許してほしい」 

 

 そして、堤防が決壊する直前。

 笑顔を浮かべた横顔が目に入って何かが弾けた。

 

 ――頭の中でスイッチが切り替わる。

 

「あああ――!!」

 

 殴りつけられたような衝撃とともに全身が熱く燃え上がる。

 ギリギリと引きちぎられるような痛みは魔術回路の回転に身体が追いついていないが為だろう。

 このままでは壊れる――それがどうした

 戻って来られなくなる――そんなものどうでも良い

 まともではいられなくなるぞ――彼女を守れないならどの道まともではいられない……!

 

 ――警告を鳴らす理性を本能で抑え込む。  

  

 こんなことでびびっていてどうする。衛宮士郎は誰かを救う力がある。

 その力はとっくのとうにこの手の中にあるはずだ!

 

 

 

 今の君のほうがよっぽど――父の言葉を思い出してブレーキを叩き壊す。

 材料は衛宮士郎の中にある。まずはその全てを引き出す。

 

 衛宮士郎が何かを守りたいなどという大言を口にするならば――赤き弓兵の言葉でその心を思い出す。

 彼がくれた。皆を守る為の力を。基本となる骨子を想定し、現実のものとして呼び起こす。英雄でもなく、戦士でも無い衛宮士郎に許された唯一の力を幻想する。

 

 シロウ……――そして、彼女を思い出すことで覚悟を決めた。

 

 回るイメージ、引き出す幻想、彼の遺したものの中に答えはある。

 なら作り出せ、例えこの身が吹き飛ぼうとも。それだけの価値がここにはある!!

 

「ロー……」

 

 右腕をつき出す。

 イメージするのは最強の盾だ。どんなも一撃さえも通さぬその盾は大英雄の投擲さえ完封する。

 いかにこの宝具の山が規格外だとしても、担い手のいない原典ごときで通せる道理はない。

 完成図は出来ている。

 

「アイアス!!」

 

 舞う花弁は七枚。その大輪を持って絶対の防御となす!!

 

「うそ――」

 

 誰の声かは分からない。

 そんなものを聞く余裕はない。

 

 士郎はひたすらに右腕から脳の中心を叩く激痛に耐える。

 

 まだ、倒れるわけにはいかない。

 

 気を失った彼女を包み込むように浮かんだ花弁は5枚。

 完全な再現は出来なかった。

 そして打ち付ける嵐によってその2枚目の半分ほどまで散り始めている。

 ここで力を緩めれば瞬く間に霧散するだろう。

 

「とお……さか!!!」

 

「――出来た!! 綺礼! はやくセイバーを!!」

 

 その声で綺礼がセイバーを回収するのが見えた。

 それを確認しジリジリと後退する。

 

「皆入ったわね!? それじゃあ――」

 

 花弁が残り2枚というところで。

 世界が、揺れた。

 

 

 

 

 

 

「うあっ!」

 

 地面に放り出される。

 能力を超えた魔術は身体を破壊する。アーチャーの言葉通り右腕は内側から神経が焼け焦げていた。

 脂汗を流しながら士郎は立ち上がり必死に探す。

 

「セイバー……!」

 

 果たして彼女はそこにいた。

 血だらけになり意識もないが確かにセイバーは生きていた。

 凛に介抱されている彼女を見て、士郎はその場にへたり込んだ。

 

「……衛宮君のあれにも驚きだけど。ほんとこの娘は規格外ね。あれだけの数の宝具を真っ向から剣一本で受けてあれだけ時間を作るなんて化け物としかいいようがないわ」

 

 凛がセイバーに治癒をかけながら呆れたように、それでいて感心したように呟く。

 

 間違いなく彼女の決死の時間稼ぎが無ければあそこで全員死んでいた。

 それを分かっているからこそ無謀と分かっていた行動にも文句の1つも出てこない。

 

「ですか問題は、そんな桁違いの彼女を持ってしても8枚目はどうしようもないということですわ。なんとか対策を練らないと……」

 

「私も同感です…、」

 

 同じように座り込みながらルヴィアと美遊が焦りの感情を隠すことなく憮然とする。

 確かに彼女の言う通りだ。セイバーがいかにすごかろうとも現実には敗れてしまったのだ。最大戦力が正面から破られた事実は心に重い影を残すのはある意味当然のことである。

 

「……まあそれもセイバーが回復した後ね。とにかく今は休まないと……」

 

 そこまで言ったところで彼女の言葉が止まる。

 士郎もそこでようやく気が付いた。

 

 ここまで喋ったのは一体何人だ?

 

「まさか……!」

 

 凛の声とタイミングを同じくして、士郎は軋む身体を何とか制しもう一度立ち上がる。

 そして先程よりも視野を広くして辺りを確認し――覆らない現実に目の前が真っ暗になった。

 

「イリヤ……」

 

 ここにいるのは、5人だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

「何よ。なんてあんた達まで残ってるのよ」

 

「確認するまでもないでしょう。私の目的はあくまでカード回収だ。目の前に1枚でもあるのならそれを手にするのは当然です」

 

「私は少し違うのだが……恐らく撤退した所で結果は同じなのでな」

 

「……? どういう意味?」

 

「私は場に対する勘は鋭くてな。先の戦闘でこの空間は既に悲鳴を上げている。このままこいつがここにいればどうなるかは……わかるな?」

 

「まさか……!」

 

「そういうことだ。それが嫌ならばこいつはここで片付けるしかあるまい」   

 

 

 





やっぱり作者は戦闘書くの苦手なんじゃないだろうか。

どうもです!

決戦まで辿り着いておいて初っ端から弱気な作者です。

やっぱりAUOは強いです……そして次回。いろいろ好き放題するチャンスかも?

それではまた! 評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!


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第19話 ブレイク

そろそろUBW終わってしまう……無限の剣製カッコいいしみたいけど悲しくなってくる。
そしてプリヤヘルツ始まる前にこのツヴァイ編終わるか不安になってきた。


「何よ。なんであんた達まで残ってるのよ」

 

 クロの言葉は半分呆れ、半分困惑と言ったところだろうか。

 

 そうなるのも当然だ。

 彼女の姉が決死の思いで作った退却のチャンス。

 これに乗らなければ待っているのはまず死だろう。にも関わらずここに残るのはある意味自殺行為だ。

 なら自分は何をしているのかと問われれば口を噤むしかないが、それはそれである。少なくともまともな神経の持ち主が選べる選択肢ではないのだから。

 

「確認するまでもないでしょう。私の目的はあくまでカード回収だ。目の前に1枚でもあるのならそれを手にするのは当然です」

 

「私は少し違うのだが……恐らく撤退した所で結果は同じなのでな」

 

 が、目の前にいる二人にそんな常識は通用しないのか。

 綺礼とバゼットはこの危機的状況においてもいつも通りである。

 

「……? どういう意味?」

 

 クロは目を細めて無表情な綺礼を半ば睨むように見る。。

 別に2人がいつも通りなことではない。そんな事は気にかけるだけ意味がないだろう。

 人としての感覚などとうに壊れているであろうだけの修羅場を潜り抜けてきた戦士の精神構造など気にかけるだけ無駄というもの。

 それよりも気になったのは、少し自嘲気味にもとれるように呟いた綺礼の言葉だ。

 撤退した所で同じとはどういうことなのか。

 

「私は場に対する勘は鋭くてな。先の戦闘でこの空間は既に悲鳴を上げている。このままこいつがここにいればどうなるかは……わかるな? お前は勘が良い。それが分かっていたからこそ残ったと思っていたのだが」

 

「まさか……!」

 

 綺礼の言葉でクロはようやく感じていた違和感を理解した。

 元々戦闘時の彼女は現実主義者だ。と言うよりも勝手に現実という答えがが見えてしまう。だからこそ不合理、明らかに間違えっていると分かる選択肢は無意識のうちに自分から避ける節がある。

 その流れから行くと彼女こそ真っ先に撤退するはずだし、事実セイバーとほぼ同じタイミングで退くように周りに促していた。

 それなのだが、セイバーと8枚目の戦闘が激しくなるにつれその選択に対する確信が徐々に揺らぎ始め、最後には疑問になりこの場へクロを残らせた。

 ただの勘であったため彼女自身その理由を細かくは分かってはいなかったのだが、その理由が絡まっていた糸をほどくように解けていく。

 

「鏡面界は固有結界と同じであくまで現実世界とは別のもの……ならもしもそれが崩壊でもしたら……」

 

「そういうことだ。それが嫌ならばこいつはここで片付けるしかあるまい」   

 

 虚構には何も留まれない。必ず何処か実数世界へ弾かれる。そして辿り着く先は合わせ鏡のように存在する現実世界。

 つまり、セイバー達が撤退したその行き先だ。

 

「あんなんが外へ出たら一体どれだけの数の人間が犠牲になるのかしらね。街一つなんてもんじゃすまないだろうし……貴方達の秘匿の仕方によっては更に劇的に増えるんじゃない?」

 

「さあな。私にそんなものを決めるな権利など無い。たがお偉方の頭は私の拳などよりよっぽど堅い。想像通りの結果が出るだろうな」

 

「……あんたほんとに性格悪いわ。凛が毛嫌いするわけよ」

 

 肩をすくめる綺礼にクロは吐き捨てた。

 煮ても焼いても食えないような人間は稀に存在すると言うがそれは綺礼のような人のことを言うのだろうと

 

「とにかく今は私がどのような人間であるかどうかを議論するしている場合ではあるまい。それよりもだ――」

 

 綺礼は少しだけ緩んでいた口許を引き締めクロから視線を外す。

 そして次にその冷たい目が向いた先は先程とは打って変わって沈黙を守る8枚目。

 

「ええ、なに? おねーちゃんの時は嬉々として攻めてきたくせに……私達には関心もないと言わんばかりね」

 

 数十m先に見える威圧感と雰囲気自体は消えていない。

 しかしそれは今まで対峙していた騎士に向けていたものとは別物とクロは感じていた。

 

 今は何というか……そう、緩いのだ。

 たとえ喉元に剣を突き付けられていたところでお前には出来るわけがないと。絶対の自信を持つがための緩み。

 言うならば慢心というのが1番近くなるだろうか。

 こちらが殺意を持っていることは分かっていて、それでいてなんの脅威にもならないと捨て置いている。

 実力差があるのは確かなのだがこうも露骨だとイラッとする。そんな感じ。

 

「こちらをはるか高みから見下すような態度……任務の時は感情を殺すなんて初歩中の初歩の筈なのですがそれすら難しい」

 

 同意見なのか今にもその顔面を殴り飛ばすべく拳を握り締め飛び出しそうなバゼットが歯軋りしながら呟く。

 相当ご立腹なのか彼女から放たれる殺気は尋常ではない。

 もはや人の出せる領域を飛び越えたそれは、さながら獅子や豹のような鋭さを辺りに撒き散らしており、クロは思わず鳥肌が立つのを感じた。

 

「詳しい事はセイバーに聞けば良いだろう。奴が彼女に反応したように、彼女も奴に反応していた。そうでなければあんな出鱈目に対応できる訳がない。生前か、それとも聖杯戦争か、どちらかは知らぬが縁があるのは間違いない」

 

「――? 綺礼、あんた聖杯戦争のこと――」

 

「少しだけだがな。10年前、私も本来マスターとして参加するはずだったのだが……まあ今は置いておけ。とにかく今は――」

 

 そこまでで言葉を区切ると綺礼は一歩前へ出てバゼットの横へ並び同じように拳を握り8枚目に構え

 

「どんな理由かは知らんがせっかくあちらからくれたチャンスだ。これを活かさない手はあるまい。なにより、いつまでも手をこまねいている意味はないだろう?」

 

 そう抑揚も何もないまるで機械のように言った。

 

「――――」

 

 戦闘を見据えた途端にクロの頭の中で幾つものパターンが浮かんでは消えを繰り返す。

 相手はセイバーさえも一蹴した最強の英霊だ。

 生半可な手段では審議の必要もなく死のイメージというゴールへ直行してしまう。

 ありとあらゆる攻撃パターン、こちらの特性、相手の特性、更に現在の状況を絡み合わせ凡そ無限にすら思えてくる未来から最適解を引き出すべく全神経と勘を導入する。

 そして……

 

「粗は否定できないけどこれなら行けるかも……」

 

 ようやく一つの答えに彼女は辿り着いた。

 はっきり言って必勝を期すには不確定要素が多すぎて心許なく、いつものクロならば他の手段を再考する為にそのイメージにブレーキをかける程度の答え。

 しかし、あの相手を打倒するならリスクに構ってはいられない。

 

「何か思いついたのか? ならさっさと決めるぞ。奴はどうやら存在するだけで世界に影響を及ばすような化け物だ。あと数分もすればここは消え去る」

 

 顔を背けたまま綺礼が告げる。

 彼の言うとおりこの鏡面界の歪みは今や肉眼ですら分かるようになっていた。

 所々に不自然な裂け目ができ、そこからは何とも形容し難い不可思議な空間が顔をのぞかせている。

 その正体がなんなのかわかる人間は恐らく世界のどこにもいないだろう。

 

「任せて綺礼。1分もすれば片がつくわ」

 

 そんな不穏な言葉にクロはあくまで自信たっぷりにそう返した。

 実際の所内心では想定し切れていない粗とそれに対する不安が引き返せと叫んでいるのだがその声に耳をかたむける気がない以上、あるのは自信だけだ。

 

「綺礼、バゼット、私が合図したら前へ出て。守りは気にしなくていい」

 

 目を瞑り、集中して自分の内側からそのイメージを引きずり出す。

 兄がつくったそれは数秒で限界を迎えたが、自分ならばより精巧なそれを作り出せるはずだ。

 ポテンシャルで彼を上回るのは難しいにしても現状の投影魔術において負けるつもりは毛頭ない。

 

「トレース……オン……行って!!」

 

「む……!」

 

「なるほど……!」

 

 クロの意図を理解した2人がほぼ同じタイミングで飛び出す。

 それに対応するように8枚目の後ろの空間が歪み、数十の宝具が出現、そして真正面から突っ込んできたバゼットと綺礼を呑み込まん勢いで射出され――

 

「ロー……アイアス!!」

 

 彼らを覆うように出現した "七枚"の花弁によってその悉くが撃ち落とされた。

 

「グゥッ!!」

 

 単純な衝撃、そして自分の限界近くの能力を引き出したことによるフィードバックでクロの右腕から激痛が走る。

 彼女が投影したのはその兄がつい先程投影したのと全く同じ物。

 彼女の持ち得る最大の守り、アイアスの盾。

 それだけならば先の戦闘の焼き直し、ただひたすらに耐えるだけの戦いになっても不思議はないのだが……クロには勝算が3つあった。

 

「……いけるっ!!」

 

 ます1つ、アイアス自体の強度の違い。

 士郎のアイアスは不完全なものだった。本来七枚の筈の花弁は五つしかなく、その存在強度そのものがどことなく希薄なものであり、ある意味具現化した瞬間に崩壊の道を辿っていた。

 しかしクロのアイアスは違う。

 伝説とほぼ同じ姿を再現したそれは段違いの安定感と守備能力を実現し、雨あられと撃ち込まれる宝具の山にも対抗する。

 

「おっ……せえ!!」

 

 圧力に負けないように、全力で踏ん張りながら前進。

 特攻する綺礼とバゼットの前に盾を張り続けるために彼女自身も合わせて前へと進む。

 じりじりと、だが確かに距離が詰まっていく。

 それを見てクロは額に汗を滲ませながらニヤリと笑った。

 

「へえ……やっぱり私達には本気を出すつもりはないってわけ」

 

 これが2つ目の勝算。

 確かに盾の強度は上がった。しかしそれだけでどうにかなるほど本来8枚目の攻撃は甘くはない。なぜならば、単純にその攻撃の一つ一つがアイアスと同じく宝具に分類される。

 それが例え単調な射出であったとしても威力は全てが一級品。

 士郎のアイアスを破るまでの時間から計算してみれば、より完成形に近いクロのそれであってもせいぜい+数秒の時間を作るのが精一杯であり押し返すなど不可能……のはずなのだが彼女の目論見は当たった。

 

 その理由が、8枚目の慢心とも言える手抜き。

 賭けた彼女自身どういう訳かは知らないが、目の前の敵はセイバーを相手にした時に比べ露骨に手を抜いていた。その証拠に明らかに打ち付ける宝具の量は少なく、一つ一つの質も落ちている。

 それ故の反撃。

 

「――と言ってもそろそろ限界かな……」

 

 だがそれもあくまで8枚目の攻撃としては、と言う話。

 

 軋む腕と少しずつひび割れ始めた盾にもう一度渾身の力で魔力を注ぎ込みながらクロは舌打ちした。

 ここまでは予定通りに来ているが、この守りはもう保たない。

 それだけ前進に使ったエネルギーは大きく、今の彼女の腕からは鮮血が飛び散り始め、外からは見えないものの魔力回路は焼ききれんばかりの勢いで回転していた。

 

「けど……あともうちょい……!」

 

 クロは歯を食いしばり更にスピードを上げる。

 壊れる事は分かっている。無傷でどうにか出来るほど甘い相手ではないのは想定のうちだ。

 だが、勝機を見出す為には一歩でも前へ進まなくては――

 

「ああ……!」

 

「あとは任せたまえ」

 

 そうして限界を迎える本当にぎりぎりのタイミングで、彼女の限界を察したかのように2人が自ら守りの外側へと飛び出した。 

 

「え――? やばっ!」

 

 突然守るべき対象を失ったことで揺らぎが生じ、一瞬で盾が霧散する。

 クロはすぐに方向展開し上空へ飛び上がり宝具の射程圏外へと逃れた。

 

「何考えてるのよバカ綺礼!! まだその距離じゃ!」

 

 ――届かない

 

 そう分かっていたからこそ踏ん張っていたのにとクロは叫んだ。

 まだ8枚目と3人の間には10mは距離があった。

 上はビルの建築に使われる足場やら階段やらで身を隠す場所もあるものの、平面で見れば遮蔽物なんてものは無い。

 彼女の狙いは綺礼とバゼットが宝具の射出よりも早く8枚目に辿り着ける距離まで接近することだった。

 一撃でも当たれば致命傷な以上無傷で決めるしかない。

 その為には相手に攻撃させないことが第一条件だったのだ。

 だというのに彼等が飛び出した場所はまだ遠すぎる。これではいくら常人離れした瞬発力を持っていようと、光の速さで駆けることは出来ない。

 

 事実として、彼等と8枚目との間には外敵を殲滅せんと宝具のカーテンが敷き詰められ……

 

「バゼット」

 

「はあ……相変わらず人使いの荒い……」

 

「え……ちょっと、嘘でしょ!?」

 

 1つ残らず、スッと前へ出たバゼット一人(・・・・・・)へと降り注いだ。

 

「――!!」

 

 そのあまりの酷さにクロは思わず目を背けた。

 後ろ向きに倒れようとするバゼットから噴き出した血は例えるならば噴水だ。10か20か、正確な数は分からないがその全てが正面から突き刺さり肉を抉ったのだ。

 どう考えても生きてはいられない。

 

「よくやった。後は私がやる」

 

 そして無機質な声で再び視線を戻す。

 倒れる彼女になんの感慨もないのか、顔色1つ変えずに綺礼がその後ろから飛び出した。

 

 目の前に、彼と8枚目を隔てるものは何もない。

 

「あいつ――」

 

 そこでクロは綺礼の狙いを悟った。

 彼は最初からバゼットを犠牲にすることを前提に彼女の案に乗ったのだ。

 そしてそのやり方が正しいどうかは別として、その狙いは元々彼女が狙っていた通りの結果に近い形で成就しようとしていた。

 

 ゼロ距離での接近戦、相手の特性からすれば果てしなく無謀に見えるそれがクロの立てた勝利への小さな道筋。

 

「――――!!」

 

 相手も想定外の生存で形勢の逆転に気付いたのか、焦ったようにセイバーの相手をした時と同等の量の宝具を空中に出現させる。

 しかし――

 

「遅い。本人はこんなものか」

 

 懐にもぐり込まれては放つ事など出来ない。それをしてしまえば自分自身もただですまないから。

 

「――!」

 

 8枚目が急いで手元に剣を取り出す。

 そのままの勢いで一閃するが、焦りから単調になったその剣を綺礼はやすやすと掻い潜る。

 

「さらばだ。名も知らぬ英雄よ。自らの財の海へその屍を沈ませるがいい」

 

 拳が腹へとめり込む。

 クロが見出した第三の勝機。それが8枚目自身の戦闘能力。

 世の中何でも表と裏がある。善意の裏に潜む悪意、優しさの裏に隠れる臆病、それこそどんなものにもだ。

 それと同じように、多彩な武具を持つ英雄は純粋な本人の力量に劣る傾向がある。

 だがあくまでそれは傾向であり、例外はいくらでもある。本来賭けに出れるようなものではない。

 しかし、8枚目の宝具はあまりに飛び抜けていた。自らが戦う必要がないほどに。だからこそ信じることが出来たのだ。

 無論、信じる以外に選択肢が無かったのが一番の要因だが。

 

「――これか!」

 

 何かを見つけたのか綺礼が手を引き抜く。

 その手には最初は無かったはずの何かが握られていた。

 

 そしてそれを確認すると目へ魔力を注ぎ視力を上げたクロはその手の中の何かを見て驚愕した。

 

「アー……チャー……?」

  

 

 

 

 

 

 

 




どうもです!

これ絶対ubw使う流れですわ。ufoの映像美に心揺さぶられる作者です。

幸せな3か月が終わってしまうなー。この作品もだいたい同じくらいに生まれた訳ですがえらい密度の違いだ笑

とにかく、自分なりに最終局面突っ走ります。いよいよAUO戦も佳境へ。

それではまた! 評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!


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第20話 ブレイク・ザ・ワールド

いよいよubw最終回か……1期からおよそ9ヶ月。本当に幸せな時間でした(血涙)
ええい!プリヤはまだか!!


「出遅れた……」

 

「ですね……」

 

 高さとしては大体10階くらいだろうか。手すりからチラッと顔を出してみれば、下ではクロ、バゼット、綺礼の3人が息が詰まりそうなほど張り詰めた殺気とともに8枚目と対峙している。

 正直言ってどうすればいいのかイリヤには皆目見当つかなかった。

 

「もう! こっからどうしろっていうのよ!? こんな中途半端なとこに出ちゃって!」

 

「あんなぎりぎりのタイミングで外に出ようとするイリヤさんが悪いんですよ! サファイアちゃんが上手く引き継いでくれなかったら一人残さず次元にチリになってたとこです! 生きてるだけ感謝してくださいよ〜!」

 

「それは……そうだけど」

 

 処理能力の限界からくる八つ当たりをルビーに完封されイリヤは黙り込む。

 

 確かに彼女の言う通り原因は自分なのだ。もっと深く突き詰めればその限りではないのだがそれを否定することは出来ない。

 

 セイバーが倒れて離脱する直前、イリヤはその輪からさり気無く外に出ようとするバゼット、クロ、綺礼の3人に気付いた。

 急いで引き留めようとしたのだが、タイミングがあまりにもシビアすぎた為に自分まで外に出かけた状態で転移が始まってしまい、中途半端に出た彼女の半身は本来次元の狭間に取り残され塵になってもおかしくなかったのだが異変に気付いたルビーがサファイアに後処理を任せまた別の回廊を開きイリヤの全身をこちらの空間に残すことでなんとか難を逃れたのだ。

 しかしそれはあくまで緊急処理、無理やりな転移でこちらに残ったイリヤは元の場所に戻るのではなく、そこから遥か上の階段に弾き出され今に至る。

 

 落ち着いてみればどう考えても自分が悪い。交通事故の有責なら10-0で負けるくらいに。

 

「……まあ良いです。イリヤさんの選択は結果的に妙手だったかも知れませんから」

 

「どういうこと?」

 

 冷静になったルビーの言葉の意味がわからずイリヤは問い返す。

 一体何がよかったというのか。

 

「私も先程転移しようとした時に気付いたんですけど、この空間既に壊れかかってます。これ以上衝撃が加わったら跡形も無く無くなるくらいに。

 それに気付いたからあの3人も残ったんでしょう」

 

「空間が崩壊……?」

 

「そーです。恐らく小さくなったこの鏡界ではあの8枚目の大きすぎる存在に耐えることができない……要するにこのある意味英霊を閉じ込めている檻がなくなっちゃってあいつが自由になるってことです」

 

「自由になっちゃうって……まさか!?」

 

 イリヤは座った状態で思わず身を乗り出す。

 最初の方はチンプンカンプンだったがそれを表情から察したルビーの噛み砕いた説明で何となく理解できた。

 そしてもしそうなってしまった場合何が起こるのかも。

 

「お察しの通りです。鏡面世界と現実世界は合わせ鏡みたいなものでこの2つの間には通常の平行世界とは異なると強い繋がりを持ちます。なのでどちらが突然その繋がりを経ったとしたら――」

 

「余ったものは無事な方、今だったら私達の方へ……」

 

 そうなれば、どれだけの人が犠牲になるというのか。

 

「ちょっ!? 何をしてるんですかイリヤさん!」

 

「離してルビー! だったら早くあいつを倒さないと!!」

 

 下へ躍り出ようとしたイリヤだったが、ルビーが何かしたのかその身体は上体を乗り出し足も手すりにかけ、今にも飛び出ようという不自然な姿勢で硬直する。 

 原因でおぼしきルビーを睨みつけ抗議の声を上げるイリヤだが結局それ以上身体が進むことはなく、逆にもう一度通路へと戻され尻餅をついた。

 

「全く……イリヤさんは浅慮すぎます! あんな所にいきなり飛び込んで一体何をするつもりなんですかほんとに!

 クロさんやバゼットが何の策もなしに残る訳がないでしょうに。幸いあいつも私達の存在には気付いていないみたいなんですから時を待つべきです! 地力じゃあっちのが遥かに強いんですから!」

 

「あいたっ!」

 

 イリヤが顔を上げるとそのおでこをルビーがデコピンのように弾き飛ばす。

 その威力は尋常ではなく、イリヤは首を思い切り後ろに持ってかれるのと同時に反射的に涙が出てくるのを感じた。

 

「そりゃそうかもしれないけどさ……」

 

「特にバゼットさんと綺礼さんはプロです。あの2人がやれると判断したなら一度任せた方が――少なくとも素人のイリヤさんが乱入してそのプランを崩すよりはよっぽど賢明です」

 

「なんか今日のルビー私に厳しくない!?」

 

 それだけ彼女も必死ということだろうか。イリヤの言葉には答えずルビーはスイーッと離れて手摺りの影から下を観察する。

 イリヤも下の事が気になるのは同意なので不満をもらしながらも立ち上がり彼女の横に顔を合わせた。

 

「……来ますね」

 

「――!」

 

 それとタイミングを合わせたかのように戦況が動いた。

 先行するバゼットと綺礼、そしてそれを迎撃するように放たれる宝具の雨。

 

「危な――」

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!』

 

「まさか――」

 

 あれは人では防げない。

 その後に出来上がるあろう惨劇をを想像してイリヤは思わず目を背ける。

 しかしそんな彼女に聞こえてきたのは驚愕するルビーの声、そしてクロの声と共に弾かれる剣の甲高い音だった。

 

「え――あれって……!」

 

 自分の思っていたこととは何か別の想定外が起こったことを理解し、イリヤも再び顔を出す。

 するとそこに見えたのは考えもしなかった光景。

 

「士郎さんの使ってた盾……それも完成度が段違い……!」

 

 ルビーがまたも驚きの声を上げる。

 

 眼科に拡がっていたのは無惨に転がる死体ではなく、何もかもを寄せ付けぬと悠然と開く大輪の花だ。

 士郎のそれと1番違ったのは花弁の数だろう。

 彼の作ったアイアスよ花弁は4枚しかなく、どことなくか細さを感じたものだがクロの作ったそれは違う。

 7枚に増えたその完成度はそういったものに疎いイリヤからしても明白であり、打倒するのがどれだけ難攻不落なことなのか容易に想像がつくものだった。

 

「恐らくこちらが完成形なのでしょう。アイアスの伝承からしてもこちらの方が一致します」

 

「きれい――」

 

 ルビーの解説と同じくしてイリヤの口から場違いとも言えるような言葉が零れる。

 その間にもアイアスに守られたバゼットと綺礼はジリジリと前進していく。その姿にイリヤはどことなく安心感すら覚えたものだ。

 

「ねえルビー、これなら」

 

「……いえ、そう簡単にはいかないでしょう」

 

「なんで!?」

 

 ――このまま押し切れるんじゃないか

 

 そんな希望と共にルビーを見たイリヤだが、その思いを見透かしたようにルビーは否定する。

 イリヤは尚も食い下がるがルビーの対応は冷たいものだった。

 

「理由は1つです。いかに強固な盾を持とうと、最強の盾を構えようと、個人では戦争には勝てない」

 

「それってどういう」

 

 何を言っているのか理解出来ないイリヤは問い詰めようとするがルビーはそっぽを向く。

 

「……あまり時間がありません。だいたいクロさん達のやりたい事は分かりました。

 イリヤさん、ランサーのクラスカードの準備を。使う可能性があるとすればあの槍だけですから」

 

「――……!」

 

 ルビーの意味深というかどこかぼかし気味にも聞こえる彼女らしからぬ不明瞭な説明。

 しかしそれでもイリヤにこれ以上の追及は無意味と思わせるには十分だった。

 冷たい口調にただならぬ何かを感じた彼女は腿に取り付けたホルダーからランサーのクラスカードを取り出すとルビーにセットする。

 

「どっちにすればいい?」

 

「限定召喚で良いでしょう。夢幻召喚はどうも身体に負担を掛けすぎる節がありますから……それに私達がなにかするとして恐らく1発だけですし」

 

「分かった……限定召喚!」

 

 イリヤの言葉とともにルビーが赤い槍へとその姿を変える。

 魔槍ゲイボルグ、幾度となく彼女達の危機を救ってきた伝説の槍が再びその手に宿る。

 

 

「毎回思うけどなんでこの槍こんな軽いんだろ――あわわっ!?」

 

「思ったよりも早く動きましたね」

 

 何故小学生の自分がこんな槍を楽々振り回せるのか、そんなどうでも良さそうな事が妙に気になりイリヤはペン回しのように槍=ルビーを回す。

 今まで何かしらクラスカードを使うときは常に命の瀬戸際であったことに比べると、現在は直接的か間接的であるかの違いでしかないにしろ表面上余裕があるおかけでそんな事を思ったのか。

 

 しかしその疑問は残念ながら解消を迎えはしなかった。

 

 数秒もしないうちにアイアスのおかげで平穏を保っていた下からのどす黒い魔力の波と風がイリヤを吹き飛ばさんと巻き上がる。

 身体が半分浮かび上がり手すりを片手で掴むことで何とかその場に留りながらも焦る彼女に対比して、やけにルビーは冷静だった。

 

「どどどどういうことよルビー! この質問今日何回目か分かんないけど!?」

 

 風に巻き上げられながら、それでもその風に負けないよう必死にイリヤは相棒に問う。

 もう目も開けてはいられないが、彼女の声は聞こえた。

 

「ここまできたら自分で見たほうが早いと思うんですけど……ほいっ!」

 

「あれ?」

 

 突如として風が止む。

 いきなりの変化に戸惑いながらも目を開けたイリヤの目に入ったのは、相変わらず激しく渦巻く周りの景色と、赤く光る槍を中心に自らを守るように展開する僅かな安全地帯。

 

「流石は光の皇子の槍ですね。やろうと思えばどれだけのことが出来ることやら」

 

 それをやった張本人のルビーも感心した様に呟く。

 そしてそのまま唖然とするイリヤにその先を見るように促した。

 

「まあこう言う事です」

 

「――――」

 

 イリヤは言葉が出なかった。

 

 下の状況は変わりない、8枚目が攻め、クロが守り、バゼットと綺礼が前進する。表面上は先程と同じだ。

 だがその均衡はとても脆くなり、天秤は傾く寸前である。

 残念ながらそれは宙に浮く彼女達にとって好ましくない方でだ。

 

「そんな――」

 

 あれだけ堅牢を誇っていた盾は、今や小さな台風に散る花の如く。

 叶わないと分かっていてただ意地であがいているだけ。その結末は覆らないだろう。

 そしてそれを展開するクロに見えるのはどうしようもない疲労感。彼女も分かっている。

 

「遊んでいた、と言う訳ではないのでしょうが手を抜いていたというのが実際でしょう。無尽蔵の武器で攻め続けられれば幾ら堅固な盾でもいずれ破れます」

 

 ルビーの言葉通り雨の勢いが増している。

 

 今も周りを吹き抜ける風は8枚目が力を出したことによる余波なのか。

 

「ですか、これくらいクロさんならば想定していたはずです。私の予想が正しければ次は恐らく――」

 

 ――後数秒もすればまた動きがあるはず。

 

 しかし実際には彼女がそう言い切るのとほとんど同じタイミングで綺礼とバゼットが動いた。

 

「そんな!? まだ早すぎます!」

 

 盾が砕け散りクロが急いで範囲外へと逃れ、バゼットと綺礼が未だ止むことのない嵐の中を特攻する。

 目にも止まらぬ動きでミサイルを迎撃する巡洋艦のように撃ち落とし、突き進む。

 

「もう何も呑み込めないんで解説お願い……」

 

「恐らくクロさんが狙っていたのは、8枚目が緩んでいるうちにバゼットさんと綺礼さんの射程圏まで引っ張っての肉弾戦。

 あの二人の戦闘能力なら一瞬かも知れなくてもあの中を突破できますから。ですけど今はまだ……」

 

「距離がまだ遠すぎるってこと? そんな自分の間合いなんて3人とも分かってるはずなの――」

 

 イリヤの言葉はそこで途絶えた。

 否、今まで見た事のない凄惨な光景に止まらざるを得なかった。

「血――」

 

 1m四方になろうかという血溜まりが出来ている。

 灰色のコンクリートが完全に朱に染まり、染み込むそれは未だ広がり続けていた。

 その中心に倒れるのは原型を留めていない"元"女性の亡骸。

 

「まさか犠牲込みの戦術だったとは……行きますよ! 綺礼さんが届いたらその後を詰めます!」

 

「ふえっ?」

 

 ルビーに右腕を引っ張り上げられて、茫然としていたイリヤの意識が戻る。

 数十m下では黒い弾丸が剣を蹴散らしながら進んでいく。いつの間にか綺礼は8枚目の懐まで迫っていた。

 

『これか!』

 

「うえっ……」

 

 剣を躱しきった綺礼の腕が8枚目の上体に突き刺さったのを確かにイリヤは見た。

 倒れるバゼットに続いて本来ならば卒倒してもおかしくない光景の連続なのだが、血が噴き出したりということがなかったのが幸いしたか、多少の嫌悪感を覚えるのみですんだ。 

  

「――……!! イリヤさん! あれです!! あと、事が済んだらすぐに全員を回収してください! この空間はすぐに崩れます!」

 

 引き抜かれた綺礼の手の中に何かを見たのか。

 イリヤの意思に関係なくルビー=槍の周りにキリキリと張り詰めた魔力が渦が巻く。

 そのまま為すがままに腕が引き上げられ、いつの間にか彼女は槍投げ選手宜しい投擲姿勢をとっていた。

 

「……ええい! もう、どうにでもなれえぇ!!」

 

 混乱のオンパレード。

 とっくのとうにイリヤの頭で理解できる範囲は超えていた。

 その上今はわけも分からぬ状態で身体のコントロールまで奪われかかっている。それが逆に彼女に最後の踏ん切りをつけさせた。

 

 抵抗をやめルビーの流れに身を任せる、無駄な力を抜き全身を捻り、その一撃に全てをかけ――

 

刺し穿つ飛翔の槍(ゲイ・ボルグ)!!」

 

 投げつける。

 

 加速する槍は一瞬にして音速を飛び越える。

 そして極大の魔力を纏い、まるで吸い込まれるかの様にその一点を貫いた。

 

『なっ!?』

 

 綺礼が驚いたように飛び退く。

 

 目の前を突然頭上から槍がふってきたというだけではない。

 むしろ貫かれた何かからこれまで以上に濃密な闇が噴出してきたことに驚いた方が大きいのだろう。

 

「綺礼さん!」

 

「っ! イリヤスフィール!?」

 

 その闇に、どうしようもなく嫌な予感を感じながらもイリヤは直滑降し綺礼を掴み上げその中心から逃れる。

 

「そうか……今のはお前が……」

 

「はい……とにかく今は早くここから離れないと……!」

 

 綺礼の右腕を左手で掴んで飛びながら、次にクロを回収すべく左に旋回する。

 その際にチラッと後ろを見てみれば、そうこうしている間にも闇はどんどん吹き出していき、奥の8枚目はおろか依然赤く光るルビーの姿ももはや見えなくなり始めていた。

 

「イリヤ!?」

 

「掴まって!!」

 

 驚きながらも疲労困憊でへたり込んでいるクロを逆の手で掴んで一気に持ち上げる。

 そしてとにかく逃れる為に上へ上へと飛ぶ。

 

「…っ! 何なのよこの黒いの!?」

 

「私にも分からないわ!」

 

 困惑気味のクロにも分からないということはこの場にいる誰にも分からないと見て間違いない。

 心の中で舌打ちしながらイリヤは更に加速する。

 あの中に残されたルビーも心配だが、転身が解けていないということは大丈夫だと信じるしかない。

 

 そしてほんの数秒で屋上にまで辿り着いた。

 

「ルビー!!」

 

 着地して二人を下ろすとイリヤは下から迫りくる闇に向かって、その中にいる筈のルビーを大声で呼ぶ。

 1秒……2秒……沈黙と共に嫌な想像が頭を占め始めた所で奥から赤い閃光が見えた。

 

「はーい!! 取り敢えずずらかりますよー!」

 

「ルビー!!……ってバゼットさん!? なんで!?」

 

 槍のまま上昇してくるルビーの姿も非常にシュールだったのだが、イリヤの集中は全く別のものに注がれていた。

 有り得ない人がルビーにぶら下がっている。

 先程確かに絶命したはずのバゼットが、未だ血塗れながらもしっかりとその両手でルビーを掴み一緒にこちらへと向かってきていた。

 

「えーと……」

 

「説明は後ですイリヤさん! とにかく早く逃げないと!」

 

 時間をかけている余裕はないと、ルビーはイリヤの横を通り過ぎると姿を元に戻して離脱の為に魔法陣を展開する。

 イリヤがそこへと走っていくと、同じように驚いたようなクロがバゼットを凝視していた。

 

「バゼット……貴女なんで」

 

「治癒魔術のルーンです。ここまで大規模な蘇生すら可能にする代物は流石に1回限りですが……どうやら結果を見る限り無駄になってしまったようだ」

 

 悔しげにバゼットが口を噛む。

 その言葉に、確かにイリヤは違和感を感じた。

 

「待って、無駄だったってそれは――」

 

 ルビーを見る。

 彼女は一瞬躊躇うかのように硬直したが、結局諦めたように口を開いた。

 

「言葉通りです……すいませんイリヤさん。残念ながら本体が健在だったこともあってゲイボルグの投擲も8枚目を壊すには至りませんでした。

 未だ相手は健在。私達に出来るのは向こうに戻って体制を整えることだけです」

 

「そんな……!!」

 

 その時、離脱するのと同時に揺れる世界の向こうでイリヤは確かに見た。

 

 黄金の船が闇を貫いてその先へと進んでいくのを。

 

 

 

 

 

 

――――

 

「シロウ……」

 

 意識を取り戻した、というのは少し語弊がある。

 混濁こそしていたものの私はその後も見ていたのだから。

 

 ようやく頭と身体が思うように動き始めたところで凛に礼を言い立ち上がる。

 

 少し前ではシロウが呆然として立ち尽くしている。

 

「イリヤ……」

 

「シロウ、自分を責めてはいけない。貴方は出来ることをやった……責めを負うべきは私の方だ」

 

「セイバー……」

 

 肩に手を置くとシロウがこちらを向く。

 その顔には涙が流れ落ちた跡が糸を引いている。

 

「ルビーや綺礼を信じるしかないでしょう。私達が出来るのは信じて待っててあげることだけです」

 

「ああ……そうだな」

 

 それだけ言うとシロウはまた視線を前に戻す。

 彼女達が戻ってくるならば、出てくるのはあそこのはずだ。

 

 そして数分、お互い黙ったままひたすら念じるように見続けていると――

 

「――っ!! 鏡界面の揺れをキャッチしました!……開きます!」

 

 サファイアが離れるようにと叫ぶ声が聞こえた。

 シロウと共に数歩後退る。

 するとそれを待っていたかのように目の前の空間が歪んだ。

 

「ふぃ〜!! 危機一髪でしたよほんとに〜!!」

 

「ルビー! 皆さんも!」

 

 誰一人欠けることなく帰ってきた。

 ルビーを中心にあちらこちらへと向こうへ残っていた面々が転がる。

 バゼットが血塗れなのが気になるが、少なくとも見る限り全員生きていた。

 

「良かった……とにかく一度戻ってそこから対策を!」

 

 凛が駆け寄り手早く治療の為の準備を整えていく。

 だが少しおかしい。私はこの場に流れる空気が微妙なことに気がついた。

 

「どうしたというのです……誰一人犠牲になっていないというのにこの感じは」

 

 重い。

 8枚目を取り逃がしたとしてもここまで沈痛なものにはならないはずだ。

 特にクロとともにシロウの腕に抱かれているイリヤまでも静かなのはおかしい。

 

 そんな私の疑問はルビーによってすぐに解かれることになった。

 

「あー残念なことなんですけどね皆さん……8枚目、取り逃がしたどころかこっちに出てきちゃいます。それも猶予も何もなし、今すぐにです」

 

 後ろの方で轟音と共に地面が崩れ落ちるような音がした。

 それがなんなのか。確認するまでもないだろう。

 

 

 




どうもです!

お待たせして申し訳ない……全くアイデアが湧いてこないスランプ入ってました。
一応この闘いの結末までは考えているんですがなかなかうまく行かないですね。後何話かかるのかなこれ。
原作でもおよそ3割はここなわけですが。

次回はもうちょっと早く更新したいです。

では後一時間半。作者もドキドキしながら待ちたいと思います。

それではまた!評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!

ps お気に入り1700突破感謝です




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第21話 聖杯

fateが終わってしまった……もはや抜け殻
だがこう考えよう。アニメが終わった以上カッコカワイイセイバーさんをリアルタイム進行で見れるのはこの小説だけなんだと……!(暴論)




「まさか……」

 

「ありえませんわ! クラスカードの英霊が、まさか――」

 

 ――現実世界へと飛び出してきてしまうなんて

 

 驚愕と困惑の入り混じる声が私達の間を飛び交う。

 彼女質からしてみれば想定外も良いところだろう。

 

 その色が黄金であるか、それとも黒に染まっているか、それだけの違い。

 

 ジェット機やヘリコプターとはあまりにも違う。

 なんとも形容しがたく、どこか神々しさすら感じさせるそれは何かを待っているかのように空中に留まっている。

 かつて一度だけ見た事があるがその時はここまで近くではなかったはずだ。

 

「ヴィマーナ……」

 

 これだけ珍しいものだ。記憶の奥から引っ張り出すのはそう難しいことではない。

 驚愕に固まる皆を置いて私は至って冷静だった。

 

 確かインド神話に登場するはずだ。

 国から国を、世界から世界をかける伝説の乗り物。

 言うならば、航空機の原典とも言うべき存在。

 物によっては大気圏外への航空も可能にするというとんでもない代物なのだが……あの持ち主の事だ。

 それすらも造作もない最上の機体であることは間違いない。どんな機能があり、どれだけの機動性を誇るのかは考えるまでもないだろう。

 

「撃ち落とす……!!」

 

「っ!? やめなさい美遊! 迂闊に手を出しては!!」

 

 下手に手を出すのは得策ではない。

 かと言って傍観している訳にもいかないと次の策を考えながら上に浮かぶ舟を睨んでいると、突然青い影が飛び出した。

 それに気付いて止めようとするももう遅い。サファイアを手にした美遊は一直線に頭上のヴィマーナへと向かっていく。

 

「シュート!!」

 

 一点突破を狙ったのか、ある程度近づいた所で美遊が放った円型数十cmの狭い範囲に収束した魔力砲はヴィマーナのど真ん中を撃ち抜かんと進んでいく。

 その威力は充分。普通の航空機程度ならば問題なく貫通できるであろう。

 

「――っ!!」

 

 だがそれは、相手が普通であればの話だ。

 

「――――間に合えっ!」

 

 単純な魔力障壁どころではない。

 即興で込められる限界まで魔力を聖剣に注ぎ込む。

 

 結果から言ってしまうと彼女の一撃は目標には届かなかった。それどころか一瞬にして攻守そのものが逆転してしまっている。

 特に何があったと言うわけではない。ただ空中を飛ぶ相手が当たり前のように下からの攻撃に対する防御手段を備えていて、それが普通より少しだけ高度なものであり反射機能を備えていた。本当にそれだけ。

 混乱している状態のイリヤならどうなるか分からないが、そうでもない限りここにいるメンバーなら少し考えれば思い当たるはずの単純な流れ。

 一体どうしてしまったのか、今の美遊はそんなこと思いもしなかったというように跳ね返る自らの攻撃に空中で動きを失ってしまっている。

 

「はああ!!」

 

 そして、その程度の事だったからこそ私の対応も間に合ったのかもしれない。

  

 出来る限り最短の動作で聖剣を解き放つ。もちろん全開には程遠い威力、そもそも聖剣の一撃と呼ぶのには少し違う代物なのだが……まあそれはいいだろう。

 とにかく、私の放った一撃はぎりぎりの所で美遊へと跳ね返る魔力砲と彼女の間へと割り込み、そして互いに相殺した。

 

「あうっ――!」

 

「美遊!」

 

 その際に巻き起こった爆風に巻き込まれた美遊が地面へと叩きつけられるように落下するがそれをすんでの所でルヴィアゼリッタが受け止める。

 見たところ外傷はないように見えた。

 

「なんかあるとは思ってたけど、そう簡単にはやれないか」

 

 一連の流れを見て凛は悔しそうに舌打ちすると手に持っていた宝石を引っ込める。

 美遊の攻撃の効き次第では掩護を考えていたが、想定以上の防御能力を前に無駄打ちになりかねないということなのだろう。

 

「正解ですね。あれ、多分私達じゃ壊せません」

 

「私も無理ね」

 

 ルビー、そしてクロも同調するようにそう言う。

 サファイアの出力とルビーの出力とでは今までそう大差があるとは思えない。故にサファイアが全く通用しなかった以上彼女も無理というのは自然な結論と言えた。

 諦めたように両手を挙げるクロは……勘だろうか。

 

「残念ながら私とバゼット、それに衛宮士郎は空中戦闘に関しては無力としか言いようがない。こちらは只の人間なので」

 

 これもまた当然の結論……いや、もしかしたらと一瞬期待したことは否定しないが、流石に人間の領域は逸脱していない。

 

 

 

 

 

 

「まずい――っ!」

 

 そして手詰まった所で上から轟音が響いた。

 人工的に作り出された風が渦を巻き鉄骨が軋むように音をたてる。その元がどこかは考えるまでもない。

 

 

「くっ!」

 

「だめよ、セイバー! エクスカリバーは使わないで!――left!」

 

 逃さない手段があるとしたら一つしかない。

 だがその唯一の手段はキッパリと凛に否定された。

 

「なにをするのです凛!?」

 

 それも言葉のみならず物理的にだ。

 私の動きに呼応するように彼女が幾つか宝石を放り投げる。私の頭上に広がったそれはその言葉と共に弾け、この場の重力を何倍にも増幅させた。

 聖剣を開放するには尋常ではない集中を必要とする。いくら対魔力に優れると言っても流石に平行してまさか味方からの不意討ちへの対処など出来るはずがない。

 反応が遅れた私はそのまま巻き込まれ、ほんの一瞬だが立っているのがやっとという状況に突如追い込まれた。

 

「あいつは素のスペックで私達を圧倒する戦闘力を持ってる。倒すにはどうやっても貴女の力が必要不可欠……けど消耗してる今ここでエクスカリバーを使ってしまったらもう次はない。

 仮に戦闘する体力を残したとしても万全の状態は望めない。そうなったらそこで詰みよ。も一撃であいつごとやれる保証があるなら構わないけど、決め切れない可能性が1%でもあるならやめて」

 

 その一瞬でヴィマーナは急上昇し、雲の隙間へと消える。

 

 即座に結界を弾き飛ばし再び剣を構えた私に凛はそう冷静に告げた。

 聖剣を使うのなら一撃必殺。確実に仕留めなければそこでこちらの敗北が決まるのだと。

 

「――――」

 

 私は自分の宝具に絶対の自信を持っている。しかし、相手があの英雄王と考えると一体どんな奥の手を持っているかは分からない。

 そして凛の言う事も勿論理解できる。

 

 雲の隙間からついに敵の姿が消える。数秒の逡巡の後、諦めて私は剣を下ろした。

 

「ですがどうするのですか凛、このままでは一般人にどれだけの危害が出るか分からないではないですか」

 

 だが、ただ黙って引き下がる訳にもいかない。

 幸いにしてこの辺りには民家がないから今は大丈夫だが、あんなものが市街地に出れば大変なことになるのは目に見えている。

 

「分かってる。だからこそ焦らないでって言ってるの。あれだけの化物、私達が出来なかったらそれこそ冬木は壊滅する。

 それに気づいてる? どういうつもりか知らないけど、あいつからは一度も仕掛けてきてないのよ。今だってそう。またあの剣の雨がくるものだと思ってたけど結局何もしてこなかった。こんな風にお喋りしてる余裕もあるわ」

 

「では――」

 

「そう、闇雲じゃダメ。もう一度策を考える、そんでもってあいつが何をしたいのか考える必要がある……セイバー、貴女、あいつの事知ってるんでしょ。

 私達を庇うときにあれには勝てないって言ってたけど。あんなむちゃくちゃな攻撃してくるなんて事前に知ってなきゃ読めないわ」

 

「っ――」

 

 知っていること全てを話すしかないだろう。 

 場合によってはここにいる皆に絶望を与えかねないが、それでも何も知らずにまた挑むよりは遥かにましなはずだから。

 

「分かりました。手短にですが私の知っている8枚目についてすべてを話しましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うげ……何よそれ。最悪の怪物じゃない……」

 

「世界最古の王に……神秘の中の神秘ですわね。ならあの戦闘力も納得ですわ」

 

「クーフーリンにメドゥーサ、アーサー王と来てギルガメッシュですか。つくづく今回の事態は人智を逸している」

 

「セイバーの話通りならそれに加えて更に人格まで常識では図れないと見える。まあ黒化している以上そこについては考慮しないでいいだろうが」

 

「嫌な感じはすると思ったけど……」

 

「ギル……なに? 美遊?」

 

「ギルガメッシュ。古代メソポタミア文明、ウルク第1王朝の王。人と神の混血と言い伝えられている伝説の王。世界を一つに統一してその財の全てを蔵に収めたとも言われてる」

 

 案の定分からず首を傾げるイリヤに美遊が簡潔な補足を加える。

 大体彼女の言った通りだ。

 

 かつて聖杯戦争で相まみえたアーチャーのサーヴァント。

 その宝具はまさに規格外を誇り、同じように桁違いの宝具を誇るサーヴァントである征服王をも無傷で下し、私自身致命傷を受け勝ち切ることが出来なかった傑物。

 なんの因果かは知らぬが10年間現世に留まり最後は桜に呑まれたが……その実力は今まで対峙した英霊達の中でも断トツと言えた。

 

 そんな相手が今、私達の倒さなければならない相手なのだ。

 

 

「具体策と言われても正直な話、先が見えないのが実情です」

 

「話を聞けば何か思いつくかと思ったけど……まさか逆になっちゃうとは思わなかったわ」

 

 片手で頭を抑えて凛が苦々しい表情に変わる。

 弱点もなにもありはしない。私だって同じように頭を抱えてしまいたい。

 

「結局のところとにかく全力を持って対処する、しかないということですわね。

 全く……これならあそこでセイバーにぶっ放してもらっても大差なかったのではなくて?」

 

「う、うるさいわね! 私だってこんなことなるとは思わなかったのよ!!」

 

「あわわわ……こんな時まで喧嘩はやめよーよー」

 

 睨み合う凛とルヴィアの間にイリヤが割って入る。と言うよりかは偶然巻き込まれたという方が正しいのかもしれないが。

 

 しかしそれが功を奏したのか、二人ともイリヤを一瞥したと思うと互いにフンッと逆の方向へ顔を背けた。

 

「……そんなことをしている場合ではないでしょう。一応とは言え方針が定まってしまった以上、この場にいる価値はない。一刻も早く奴を追うのが先決だと思うのですが」

 

 溜め息を付くとバゼットがこちらを見る。

 

「問題の敵は雲の中だ。とにかく目星をつけないとどうしようもならない」

 

「――」

 

 思い当たる所がないわけではない。 

 しかしそこが関係していると信じたくない自分がいた。もしもそれを認めてしまったら、ある夫婦の努力が無駄だったということを否応無しにはっきりとさせてしまうから。

 

「それは――」

 

「気づいているのでしょう、セイバー」

 

 躊躇っていると、突然後ろから鈴の音ような細い声が聞こえた。

 

「円蔵山の横っ腹……あの英霊が求めているものはあそこにあります」

 

「な――っ!?」

 

 振り向く。

 するとそこにいたのは聖女だった。神服に身を包み、首からは十字架をぶら下げている。

 年は20前後だろうか、人のものとは思えない整った容姿に肩まで流れるような銀髪が風に揺れていた。

 そして彼女は、私の考えていた答えをあっさりと口にした。

 

「貴様は……一体――」

 

「カ、カカカ……」

 

 驚いたような表情を浮かべる中でイリヤだけが妙な反応を示した。

 まるで幽霊を見たかのように目を見開く。そして震えながら手を挙げると、彼女を指差してとんでもない言葉を口にした。

 

「カレン"先生"………!?」

 

「先生……?」

 

「こんばんわ。アインツベルン。そして……久しぶりね、お父さん」

 

 

 

 

―――――

 

「あんたみたいなのに子供がいたなんて信じられないわ」

 

「言ってなかったかね?」

 

「言ってない。頭にくるくらい言ってない」

 

 何事もなかったかのように表情を変えない綺礼に凛は苛立ちに似たなんとも言えない感情とともに乗り出していた上体を引き、身体をソファーに預けた。

 

 目的地の円蔵山までは車でも少し時間がかかる。現在ルヴィアの執事であるオーギュストが道路交通法も真っ青なドライビングテクニックを披露している真っ最中だがそれでも後数分はかかるはずだ。

 出来ることならそれまでの間に突然湧いてきた新事実について追求したかったのだが……この様子を無理だろうと諦めざるを得なかった。

 

「言えるわけがないでしょう。母を捨て私を捨てたこのゲスが」

 

「あんたもあんたで顔に似合わずむちゃくちゃ厳しいわね!?」

 

 綺礼の隣に座りながらニッコリと笑い毒を吐く姿にどこか既視感を覚えた凛だったが、それについて深く考えることはやめた。

 多分何か開いてはいけないものを開いてしまいそうな気がしたから。

 

 隣を見てみればルヴィアもカレンの外見に似合わぬ言動っぷりに苦い表情を浮かべている。

 

 残るはバゼットだけだが、彼女は少し離れた位置に座り我関せずと言うふうに窓の外を眺めていた。

 

「……まあいいわ。で、貴女は教会の……」

 

「監視役。で合ってるわ遠坂。冬木に降りた聖杯の流れを見ているのが私の役目」

 

「聖杯の監視役……それじゃあ……」

 

「10年前、4回目を数える闘争に於いて聖杯は願いを叶えることなく破壊された。しかしその破壊自体も不完全なもので聖杯は非常に不安定なものになった。

 衛宮切嗣、そしてアイリスフィール・フォン・アインツベルンの尽力によって暴走こそしなかったもののその脅威を重く見た教会は念のために監視役を置いた。説明はこれくらいでいいんじゃないかしら」

 

 言峰綺礼の娘を名乗るカレン・オルテンシアの言い分はこうだ。

 

 かつてこの地に降臨した冬木の聖杯が何かのきっかけで人間の手に渡り暴走することのないように監視し続ける。

 その為に自分がいるのだが、今回明らかに異常を感知したのでその元を探ってみたところここに行き着いたのだと。

 

「聖杯戦争とは……信じ難い事ですが現状、そして貴女の存在を見れば信じざるをえませんわね……」

 

 聖杯戦争の概要を聞いてからというものルヴィアはずっと顔を顰めている。

 その争い自体に驚いたというのもあるが、仮にも名門であるエーデルフェルトの跡継ぎである自分がそんな大規模な儀式のことを欠片も知らなかったという事にショックを受けたという方が大きいのだろう。

 

「この事を知る人間は今や驚くほど少ない。恐らく……そうですね。私達を除けば両手で数えれば足りるでしょう」

 

「たったそれだけ!?」

 

「それほどの傑物だったのです。衛宮切嗣という魔術師は。噂以上の情報を持つ人間を片っ端から消去していき、この儀式を都市伝説レベル以下の存在に引き下げた」

 

 カレンの語る衛宮切嗣という人間に凛は背筋に震えを覚えた。

 あの優しそうな男がそんな過去を背負っているとは夢にも思わなかったのだ。しかし、同時にどこか納得する自分もいることを感じていた。

 

「原因は分からないですがあの黒いのが聖杯を起動させれば世界はどうなるか……まっ別に私は構いませんが」

 

「はっ? あんた何言って――」

 

 凛の言葉はそこで途切れた。

 突然急ブレーキとともに自動でドアが開く。

 

「ここからは道がありません故……お嬢様。お気をつけて」

 

「お疲れ様オーギュスト。ここからは私達に任せない」

 

 いつの間にか風景が様変わりしている。

 凛達の目の前に広がっているのは木々の獣道だ。確かに車では進めそうもない。

 

「ミスオルテンシア、後は……」

 

「ええ、私が案内しましょう。聖杯の膝下まで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




速報 うっか凛ちゃんついに発動

どうもです!

アニメが終わりプリヤまでの3週間何をモチベーションにすれば良いんだ……

なんてぶつくさしながらの更新です。ようやくこのツヴァイ編も終わりが見えてきました……予定では恐らく後3〜4話程度の予定。

次回はいよいよfateファン待望?のあいつとあいつが登場!?(片方はまだ未定です)

皆さんの応援が最後の力になる!評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!

それではまた!


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第22話 英雄王ギルガメッシュ

 生暖かい風が吹く。昼間の気温が30度を超えるような日になると、夜になって涼しくなってもそこまで温度が下がらないのだ。

 只でさえ冬木は温暖な気候である。この土地が夏を迎えればこうなるのは当たり前だ。

 

「――っ…」

 

「大丈夫? おねーちゃん」

 

「ええ、大丈夫です。クロ」

 

 だが、今かいている汗の原因はそれではないだろう。

 およそ10数kmあまりを一気に駆け抜け、目的地の手前まで辿り着いた所で一度足を止めた。

 うっそうと生い茂っていた木々が減り始めたその向こう、ここから先が異界であると言うことは直ぐに分かった。

   

 クロやイリヤが止まったのは恐らくそのためだろう。

 こんな異常だらけの空間になんの躊躇もなく飛び込める人間は愚者だ。大概この手の質問だと愚者なのか、それとも大物なのか、という2択になるのが常だがこれは違う。愚者1択であり、それが通用しない存在はヒトではなく神の領域に踏み込んでいるはずだ。

 

 私とて例外ではないの否定しないが――けれど、本当の理由は他にある。

 

「――っ」

 

 腕が、そして全身が、カタカタと小刻みに震える。それは自力では止められそうもない。

 

「だが……」

 

 ここで止まる理由にはならない。

 心のうちを誰にも見透かされないように、無理やりに1歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 久しぶりに思い出した――忘れていたフリをしていただけかも知れない

 頭の底から爆発するように湧き出て、身体を蝕んでいく感情――これはなんなのか

 厳密には違うはずの目の前の光景がある1つの記憶と交差する――やめろ

 ここを私は知っている――違う、私は知らない

 暗い暗い闇の底と今にも壊れそうで悲しげな彼――これ以上思い出させるな!!

 

「エクス……」

 

「だめ!! おねーちゃん!!」

 

「――えっ……」

 

 その声で、ぎりぎりの所で引き戻される。

 自分の身体に意識が戻るといつの間にか私は剣を上段に構えていた。振り上げられた剣は今にもその真の力を見せつけんとばかりに輝きを放つ。

 

「ぐっ――」

 

 それを必死に押し留めた。

 こともあろうに目の前には決死の表情を浮かべて立ちはだかるクロが、少し離れたところには怯えたように立ち尽くすイリヤがいた。もしも止められなかったら二人とも跡形も無く消し飛んでいたところだった。

 

「私は――」

 

「おねーちゃん、覚えてないの?――茂みを抜けた瞬間に真っ青な顔して立ち止まって、私達の声も聞こえないみたいに突然剣を――」

 

 思い出しながら恐怖にかられたのか、徐々に小さくなる声と一緒にクロが俯く。

 

 小さな身体の向こう、地面が崩壊し崖になっているその下の景色を見て、何があったのかを思い出した。

 何か爆発でも起こったのか洞窟が消え剥き出しになった大空洞、そしてその中心にいる英雄王。

 

 聖杯は厳密に言えば2つある。小聖杯と大聖杯、聖杯戦争で争われる万能の願望機。表向きの商品として争われるのが小聖杯、これが一般的に聖杯として知られるものだ。というよりも参戦者でも普通はそれしか知らない。

 しかし、もう1つある。表には出てこないが裏で聖杯戦争を支えている屋台骨とも言える存在が。

 サーヴァントの召喚という荒業、マスターの選定から令呪の付与、それには莫大な魔力が必要となる。そして何もその魔力は何処からか自然に湧いてくるものではない。きちんとした供給源がある。

 それが大聖杯。この冬木の地脈である柳洞に設置された魔法陣である。

 地脈から数十年かけてマナを吸い取ることにより七騎のサーヴァントを召喚する魔力を蓄え、それと同時に聖杯の降臨にふさわしい土地に組み立ていく。

 聖杯戦争の舞台装置を一手に引き受ける巨大なエンジンとでも言えば良いだろうか。

 

 かつて、桜に取り込まれた私はそれを見た。どこまでも禍々しいその孔も

 そしてそこが私の死地となった。私に手を下した彼の顔。

 情けない話なのだがこの土地に足を踏み入れたことで思い出したくないものが全てフラッシュバックし、一瞬にして我を失ったのだ。

 

「あそこがなんなのか知ってるのね――それも私よりも正確に」

 

「ええ、私はあれを直に見たことがある。少しばかり形は違いますが」

 

 クロの言葉に頷く。

 まだ本格的には動いていないが大聖杯の基本的なシステムは私の知っているそれと同じだろう。

 

「あれが動きはじめたら厄介です。とにかく急いであれから英雄王を引き離さないと――」

 

「――――ha ha ――ha !!」

 

 そこまで言いかけた所で、ドンッという鈍い音と共に大地が大きく揺れた。

 

「あれって……」

 

「起動しただと――!」

 

 3人で崖の端まで駆け寄る。

 洞窟が剥き出しになった奥の景色は先ほどまでも充分に異様なものだったが、今は更に凄まじいものに変貌を遂げていた。

 

「ルビー! あれって!?」

 

「大聖杯のものでしょう。これだけの術式を地脈に組み込むなんてこれを作った人は神域の天才としか言いようがないですよ!」

 

 大空洞全体が何か形容し難い色に発光している。そのもとになっているのは無数に敷き詰められている魔法陣だ。

 怪しく光る一つ一つが極大の魔力の渦を巻き、外界と隔絶された世界を構成する。

 放出されるその魔力はこうしている間にも広がり、ドーム状の結界に近い物を作り出し始めていた。

 そしてその中心にいるのは紛れもない英雄王。

 

「ん――?」

 

 だがそれに、何故か違和感を覚えた。

 

 ――その原因は敷き詰められた術式……いや、確かにあれは聖杯のそれであることに間違いはないはずだ。以前桜の中で見たそれとほぼ同じはず……なのだが……

 

「そんなバカなことが……」

 

 突然全く関係のない点と点が結ばれた。

 この聖杯と、そして私。

 

「止めなきゃ――」

 

「イリヤ?」

 

「あれを……止めないと!!」

 

「っ! 待ちなさい!」

 

 ありえない仮説にたどり着こうとした。

 考えが纏まり切る前に隣にいたイリヤが空中へと舞い上がり、そのまま中心部の英雄王へと特攻していく。

 何か考えがあるのなら話は別なのだが……そんなことあるわけ無いのが問題なのだ。最後にチラッと見えた横顔。彼女は確実に恐怖と危機回避という本能だけで最悪の選択肢を選んでしまっている。

 

「美遊! クロ!」

 

「分かりました……!」

 

「りょーかい!」

 

 こうなってしまった以上は仕方が無い。

 クロと美遊に目配せし、イリヤを追ってほぼ垂直の崖を急加速しながら一気に下る。

 必然的にドームの中へと踏み込むことになるのだが、その中は台風よろしい爆風が吹き荒れていた。

 

「ローアイアス!」

 

「風よ!!」

 

 風王結界を解き風を風で相殺しながら中心へと駆ける。

 上ではクロが盾を展開する声が聞こえた。

 

「まだか……!」

 

 思った以上に視界が悪い。

 奥へと進めば進むほどに目の前に白い靄がかかる。それは大気中に満ちるマナだ。魔術行使には絶対に必要なものだがここまで濃くなるともはや毒の領域である。

 事実、私は一歩ごとにきつくなる息苦しさを覚えていた。

 

 

 

 

「――――」

 

 おかしい。

 数秒後、足を止めた。

 いつの間にか目の前をうめていた靄が随分薄くなっている。それも突然に、まるで潮がひくようにスーっとだ。

 

「へっ……?」

 

 そして完全に視界が晴れた時。思わず変な声が出てしまった。

 そこに見えたのは英雄王と激闘を繰り広げるイリヤでもなければ、無残に倒れる彼女の姿でもない。

 見えたのは……

 

「イリヤ……そんな破廉恥な娘に育ってしまって私はアイリスフィールと切嗣になんと謝れば良いのか……」

 

「はわ!? ち、ちが!」

 

 信じたくはない、と言うよりも直視したくない光景。

 

「あはは……ギャラリー増えちゃったね……しかもよりによってまた懐かしい人が――あとそろそろ"そこ"から手を離してくれないかな?」

 

 倒れる金髪全裸の少年と

 

「ん―― っっ○✗△▼!!??」

 

 彼に覆い被さり、それだけならまだしもその股間をしっかりと握っているイリヤの姿だった。

 

 

 

 

 

―――――

 

「あああ……何か大切な物が汚された気がする……」

 

「イリヤ……大丈夫。貴女は清らかだから。あんなやつには汚されない!!」

 

「随分と酷い言い草だね」

 

「いや、何でも良いから服来なさいよこの露出狂」

 

「――――」

 

 何と言えばよいのか分からない。

 

「貴方があの英雄王……ギルガメッシュの子供時代と言うのは信じられませんね……」

 

「ですよねー。僕もなんであんな大人になっちゃうのか理解できませんよほんとに。僕が迷惑をかけましたねセイバーさん。改めて謝罪を……あ、僕の事はギルとでも呼んでください」

 

 ペコリと頭を下げる英雄王、もといギルに目眩のような感覚を覚えたのは気のせいではあるまい。

 

 ――いくらなんでも別人にもほどがある。大人のこいつは唯我独尊を人の形にしたような奴だったのだが……少年時代はこんなにも純真な子供だったのか

 

 イリヤとギルを見つけた後、クロと美遊と合流して私達はすぐに場を離脱した。

 理由は1つしかない。イリヤの特攻によってギルは術式の中心から押し出され一度その結界の威力を弱めたが、制御を失った怪物はすぐに暴れ狂う。

 ギルという楔を失った大聖杯は暴走し、さっきまでいたあの場はサーヴァントも人間も、一歩足を踏み入れれば全てを殺す死地へと成り変わった。靄はかつて見た総てを灼き尽くす泥へと変貌を遂げ、風は触れるものを尽く切り裂く凶刃とかした。

 空を飛べる者がいなければあそこで全滅は免れなかっただろう。

 そして膨張を続ける聖杯から少し離れた所へと降りたのだが……そこからは今見ている通りだ。

 

 

 

「はいはいわかった……分かったから! 服を着ればいいんでしょ。ったく……けど今の状態でちゃんと繋がるかは分からないからね?」

 

 堂々としすぎているギルと過剰反応を起こすイリヤ。

 どっちもどっちだと思うのだがギルが服を着るという至極当然の結論で決着を迎えた。

 

「えーと……」

 

「あれって――!」

 

王の財宝(ゲートオブ・バビロン)……彼の宝具です。あの中は一体どうなっていることやら」

 

 ギルが手を伸ばすとなんの前触れもなくその手の先の空間が黄金に歪む。それに気付いたクロがギョッとして一歩後ずさるがまあそれも無理のないことだ。

 今のギル本人にこちらに危害を加える気はないだろうが、あれは大量の剣を射出したものと全く同じだ。何も反応しないほうがむしろおかしい。

 

「よし、まあ良いかな! これでやっとお話できるよね♪」

 

「むむむ……それならまあ……」

 

 ギルが服を着終わると今までずっと一定の距離を保ちルビーを構えていたイリヤが恐る恐るといった様子ながら近づいてくる。そして横についていた美遊も。

 

「いくつか聞きたいことはあるが……ギル、あれは一体なんだ?」

 

「相変わらず単刀直入ですね、セイバーさんは――貴女も知っていると思いますけど。と言うよりも自分で言ってるじゃないですか。その通り、あれは聖杯ですよ」

 

「私が聞いているのはそう言うことではない。貴様なら分かっているのだろう」

 

 ――この目は嫌いだ。

 

 全て何もかもお見通しと言うふうに見透かしてくる目。前言撤回。やはりこいつは純真でも何でもない。いや、子供らしい無垢さ、嫌味のなさはあるし多少は丸いのかもしれないが本質的には変わらないらしい。

 私は思わず口調が荒くなるのを感じた。

 

「はあ……なら最初からそう言ってくれればいいのに。セイバーさんも意地悪だなあ……うん、そうだよ。 

 あれは"貴女の知ってる"聖杯じゃない」

 

「やはりそうですか……」

 

「どう言うことおねーちゃん?」

 

 私の中での違和感がするすると紐解かれていくのと反対に、話がわからないとクロが私達の間に割って入る。

 

「確かに聖杯は起動している。しかし本来ならそれはありえないのです。なぜなら今聖杯戦争は行われていないのだから……だが聖杯が起動する条件はそれしかない。

 となるとその理由も、荒唐無稽ですが1つしか考えられない」

 

「まさか……」

 

 それだけで察したのかクロの表情がサッと切り替わる。彼女は聖杯戦争について知っている。それならば気付いてもおかしくはない。

 

「ええ。その通りです。そもそも私がここにいるのがイレギュラーなのですからどんな事があろうとおかしくない」

 

「クロ、この聖杯は私や貴女の知っているそれではない。どこのものか知らないが、どこか"別の世界"の聖杯。そして私は……本来そちらへ参戦するはずの英霊だったのでしょう」

 

 これしか、ない。

 切嗣は確かに聖杯戦争を止めたのだろう。しかしそれはあくまでこの世界のものだけであり、他の世界の事柄には手を出せない。

 無限に広がると平行世界ならば聖杯は唯一無二とは限らないはずだ。突拍子な話に聞こえるかもしれないがまるっきり出任せと言うわけではない。 

 ヒントはあった。何体もの英霊が巣食った鏡面界、あれはこの世界と平行世界の次元の狭間とも言える空間だ。

 第二魔法を応用できるルビーやサファイアならともかく、本来英霊がどうこうできるものではない。それでも出来る理由を探すなら……そう、クラスカードだ。

 あれが次元に干渉出来る力があるなら話は別だ。そしてクラスカードが英霊を呼び出すのなら、呼び出す為の大元になる存在が必要となる……

 

「さすがセイバーさん。当たりだよ」

 

 パチパチと拍手の音が聞こえる。

 そちらに目を向けるとギルが心底愉快そうに笑いながら手を叩いている。

 

「僕は特殊な英霊でね。聖杯戦争の記憶が英霊の座に行っても無くならないんだ。だから僕には色んな記憶があるんだけど……」

 

 そこで彼は私から目を離す。

 

「このカードには見覚えがある。そしてもう一人、ね」

 

「誰を見ている――っ!?」

 

「ね、美遊ちゃん。平行世界のお姫様」

 

 

 

 

 

―――――

 

「美遊! 美遊ー!!」

 

「さっさとひく!! 何度やればわかるのよ!? あれにはまともな攻撃は効かないわ!」

 

 ――美遊ちゃんは生まれながらにして完全な聖杯だ

 

 ――そして彼女はこの世界の人間じゃない

 

「けどクロ! あれに美遊が!」

 

 ――諦めなよ。これも君のfate(運命)だってさ

 ――ごめんね、イリヤ……

 

「だからってどうしようもないでしょ!」

 

 巨大な異形の塊が立ちはだかる。

 一番近いのは昔聖杯戦争で見たキャスターの大海魔あたりになるだろうか。

 最初はイリヤとクロも攻撃していたが効く様子がない。私の攻撃も届きこそするもののすぐに再生してしまいイタチごっこだ。

 

「美遊ごと取り込むとは……!」

 

 本体であるギルの姿は辛うじて見ることができる、が

 美遊の姿は見ることが出来ない。

 

「グッ!!」

 

 吹き出される泥を除けて横へ飛ぶ。

 そして私がいた場所を見てみれば、完全に溶解していた。

 

「触れたらアウトですね……あれに関しては私が誰よりも知っていますが」

 

 二度とあんなものを喰らう訳にはいかない。

 

「おねーちゃん!」

 

「――? どうしたのですクロ」

 

 上空から応戦していたクロが隣に降り立つ。

 

「エクスカリバーであれ消し飛ばせないの?」

 

「……微妙ですね。本体だけならともかくあの結界が障害になる」

 

 よく見積もって五分五分と行った所だろうか。

 本体の耐久力はそこが見えている。だが問題は周りを覆う聖杯の魔力だ。

 

「そっか……うん、私もそう思う。けどこのままじゃジリ貧よ。おねーちゃんはともかく私とイリヤじゃ火力が足りなすぎる」

 

「ですが凛達を待つ時間はないでしょう。あの結界がこれ以上広がれば……」

 

「暴発して大変な事になるわよね……あんまやりたくないけどこれしかないか……イリヤ! こっち来て!」

 

 大体分かっていたと苦笑するとクロがイリヤを呼ぶ。

 そうして降りてきたイリヤに真顔でこう提案した。

 

「イリヤ、このままじゃどうしようもないのはわかるわよね?」

 

「う……まあ……」

 

「原因は火力不足。せめて私達が倍の力を出せればいいんだけど」

 

「そんなこと言ったってしょうがないじゃない! 実際そんなに出ないんだから!」

 

「ええ、だからそれを解決しようと思って――二人に別れて力が半分ならもう一度一人になっちゃえばいいと思わない?」

 

 

 

 




駆け足気味ですが。

ギルパート説明多すぎてきつい、んや! 
セイバーさんの勘が良すぎる? セイバーさんはクールビューティーだから良いんです。(断言)メガネも似合ってたでしょ?(ubw並感)

それでは評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!


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第23話  so as i play Unlimited blade works another

遂に彼女を登場させる暴拳に……


「あー……つまんないわね、何もないってのは。座の景色ってどこもこうなのかしら? それとも私だけ? あの人追っかけてるうちにこんな殺風景なものになっちゃったわけどさ」

 

 赤い荒野に1人、立ち尽くした少女は何度目になるか分からない独り言をこぼした。

 答えてくれるものなど誰もいない。この世界にいるのは彼女だけなのだから。

 

「最後に人と話したのはいつだったかしら……だーめだ! もう思い出せないや!」

 

 もういい! とどこに向けられたのかも分からない悪態をつくと彼女は仰向けに倒れ大の字になって空を見る。

 ここはいつでも明け方だ。彼の風景が全ての終わりを待ち望むような夕暮れなのに対して正反対なのは、まだ彼女が希望を持っているからなのだろうか。

 

「シロウ……」

 

 一体いつになったら、彼を絶望の淵から救い出せるのだろうか。

 

 終わりの見えない道程に頭が痛くなるのを感じた。彼が限界を迎えて崩壊してから今この時まで、彼女はそれだけを考えて生き、そして死んでからも彼を追ってきた。それまでに捨ててきたものはもう数え切れない。

 

「……」

 

 いつもならここで切り替えるのが彼女の流儀なのだが、今に限ってはそこからもう一つ先に踏むこむことにした。

 目を瞑り、深く深く、消えないように、無くさないようにと大切に奥へしまい込んでいた大切な記憶。一番幸せだったあの家での生活だ。

 

 浮かび上がる情景はとても暖かい。

 

「良かった。まだちゃんと覚えてる」

 

 それに浸る前に、彼女はまず安堵した。たくさんのものを捨ててきたが、それでも拠り所にしたいもの、立ち帰れる場所は残しておきたかったから。

 

「どーしてこうなっちゃったかなーほんと」

 

 目を瞑ったまま呟く。

 それが彼女の素直な感情。あれだけ安らかな日々が当たり前のようにあったのに。

 

 あの頃の彼……衛宮士郎は真っ直ぐな人間だった。いや、今考えてみればあれもその振りをしていただけで実は壊れていたのかもしれないが、少なくとも彼女が兄と慕っていた少年は修羅の道に絶望するような人ではなかった。

 

 そしてその隣にいた少女。セイバーとリンの事も忘れる気にはなれずにいた。

 彼が幸せになることを祈り消えた騎士王と、最後の最後まで彼を諦めずに戦い続けた少女。

 その願いと彼女の願いは合致していた。

 

 それがあの日々をともに過ごした者の総意だというのになぜ彼には分からないのか。

 

「まあ分かっちゃいたのかしらね……特にセイバーは」

 

 彼女は久し振りに思い起こす。魔力が切れて限界を保っていられなくなったその時。

 涙する彼との時間を削ってまで自分達だけを呼び告げられた言葉を

 

 ――彼はいずれ道を外すかもしれない……いえ、彼自身はしっかりと歩いているつもりかもしれないがそれは道ではない。そうなった時は貴女達が……

 

「止めるのは私達の役目だって」

 

 そう口に出すとそこで回想をやめ、彼女は立ち上がった。時間に直すとせいぜい10分程度のものだっだが、充電はこれくらいで充分だった。

 

「さて――」

 

 彼と同じ赤い外套と、長い髪を後ろで纏めたおさげが風にたなびく。

 

「今度はどこに呼び出されるのかな? なーんかいつもと違う気がするけど」

 

 歪む景色にはてな、と小首を傾げる。

 しかし気には止めなかった。彼を捕まえるまでの長い道程、少しくらいの異変は何度も経験済だったから。

 

 とある世界線のイリヤスフィール・フォン・アインツベルン、英霊になった彼女は何時もと変わらず荒廃した世界をイメージして自らの座を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ……?」

 

 彼女は目の前の景色に思わず目を擦った。

 明らかにこの世界が荒廃していないこと、そして彼の気配が全くしないこと、それだけでも想定外な出来事なのだが……

 

「王……様?」

 

 驚愕の表情を浮かべている騎士が、思い出の中の姿そのままだったから。

 

 

 

 

 

 

―――――

 

「どういうことですクロ」

 

「元々私とイリヤは二人で一人なのよ? 二人に別れたことで威力が落ちてるなら今だけでももう一度一人になれば良い」

 

 訝しむ私にあっけらかんと、クロはまるで簡単そうに言った。隣にいるクロがとんでもない表情をしているのとは対照的だ。

 

「……そんなこと現実に可能なのですか? 私にはかなり危ない橋を渡るように聞こえるのですが」

 

「そ、そうだよ! もう一回一人になるってそんなの……!」

 

「出来るんじゃない? ちょっと違うかもしれないけど一応ママでもある程度形に出来たことなんだし、私達だけならともかくルビーがいれば楽勝よ楽勝……ね?」

 

 そう言うとクロはイリヤの手の中のルビーを妖しい笑みで見る。

 

「うーん……そうは言っても一度別れてしまった以上、もう一度というのは魂の再構成に近いですからね〜まあ完全じゃなくていいなら第三魔法まではいかないでしょうから、なんとか出来るような気もしないでもないですし〜」

 

 むむむ……と彼女にしては珍しくルビーが考え込む。その間も障壁を全開にして断続的に溢れる泥を防ぐことを忘れないなのは器用なのかなんなのか

 

 

 

「まあ時間も他に手もないみたいですしやるだけやって見ましょうか」

 

「そんな簡単に決めていいの!?」

 

 割りと結論はあっさりと出た上に、出る時には彼女のテンションはいつも通りだったが。

 抗議の声を上げるイリヤを横目にクロはウンウンと頷く。

 

「だけどクロさん? 完全に以前の状態にと言うのは無理ですよ? アイスだってそうじゃないですか、一度溶かしたのをもう一度凍らせたら成分は変わりますよ〜っていうのと同じ理屈です」

 

「おっけー。パパっとやっちゃって」

 

「嘘でしょ!? そんな適当でいいわけ無いでしょ!?」

 

 もはやイリヤの意見というのはあってないようなものらしい。

 私も助け舟を出す気はないのでそんなことを言える立場ではないのだが。助けを求めるイリヤにごめんなさいと目配せしてから視線を離す。

 理不尽だとは思うが今は少しでも戦力が欲しい以上文句を挟むつもりは毛頭なかった。

 

「クロ……あんたねえ……!」

 

「大丈夫よ。主導権がどうなるかは知らないけど貴女も私も消えちゃったりしないから。そこは経験者お墨付き――それともなに? このままあいつにやられて美遊も持ってかれるのが良いって言うの?」

 

「それは……」

 

 反撃もそこまで。イリヤは顔を真っ赤にしながらぐぬぬ、と俯く。

 どうやら彼女ではクロに一生口喧嘩で勝てそうもない。

 

「それじゃあやりますよ〜……ほら、イリヤさんもっと寄って寄って。なるべく密着度上げて通りを良くしとかないとそれこそ意識が次元の彼方へ吹っ飛びますよ〜」

 

「なんでこんなことに……」

 

 抱き合うようにクロとイリヤが密着する。

 正直言って目のやり場にとても困るのは一体何なのか。少なくともシロウに見せれば卒倒しかねない光景に私は気まずさを覚えた。

 

 

「……魂、意識の流動化――境界認識を――液体に設定――反転、拒絶作用を再拒絶――――」

 

「あれ……なんだか眠く……」

 

「あれ? これは主導権私ってこと? ルビーならイリヤを優先すると思ったけど」

 

 フッと力が抜けたようにイリヤが目を閉じるとクロへ寄りかかる。 

 ルビーの詠唱に合わせて二人の周りには白い靄のようなものがかかっているのだが、それを抜きにしても彼女達の境界があやふやに見えるのは気のせいではない。

 

「戦闘時の判断力なんかを考えるとクロさんの方が適任ですからね〜――その方が拒絶も少ないですし……よし、入ります!」

 

「ラジャ!」

 

 クロは最後にビッと私に私にVサインを見せると意識を失っているように見えるイリヤを抱えたまま一気に濃くなっていく靄の中に――「あれ!?」――消えていくと突如として爆風が私を包み込んだ。

 

 

 

 

 

「はっ――?」

 

 そんなもの、対応できるわけがないではないか。

 

 吹き飛びそうになる身体に事態を把握すると、同時にとにかく踏ん張る。

 今でもルビーの守りは続いているのだ。そこから飛び出してしまえば今も断続的に降り続く泥の餌食になりかねない。

 

 あの泥だけはごめんだ。その思いだけで必死に地面に突き刺した剣に覆いかぶさり身体を支えた。

 

「――――」

 

 ようやく収まった。

 目を開けるとイリヤ達が立っていた場所はモクモクと煙が立ち上り、そこがどうなっているのか窺い知ることは出来ない。だがうっすら見える影から察するにいるのは一人だ。

 成功したのなら良いのだがそれよりも今は――

 

「ルビー、これがどういう事か説明してもらいましょうか」

 

「あー……バレちゃってましたか?」

 

「ええ。確かにはっきりと聞こえましたよ。あれ、と言う声が」

 

 そろそろと逃げようとしていたルビーを鷲掴みにして追及する。

 冷や汗を流しながら声が若干震えていることから見ても間違いないだろう。どうやらこの愉快礼装はこんな大事な局面でやらかしたらしい。

 

「同化自体は成功したんですよ? 解けるまでもおよそ10分位に制御しきってますし、二人の境界線が合わさることもありませんでした。ただ――」

 

「ただ――?」

 

 しれっと目線を離すルビーを握る力を強める。

 どうやらこの弾力性のある感触、ルビーの用途は握力強化でこそその真価を発揮するらしい。

 

「あいたたた!! 言います! 言いますからやめてください!――主導権をクロさんに握らせる予定が最後の最後に掻っ攫われてしまったんですよ〜……彼女の中にいるクラスカードに」

 

「な――」

 

 となると今、あの白煙の中にいるのは誰なのか

 

「恐らくですけどね。形としてはクラスカードが同化した二人を殻として包み込んだということになります。なので英霊の座に干渉するというあのカードの特性から察するに――」

 

『あれ、どこよここは一体……』

 

 向こうの彼女が立ち上がる。その声はイリヤともクロとも取れそうなものだ。

 

「イリヤさん+クロさん、二人の情報を完全に足し切った上で一番近くなるアーチャーが呼び出されるんじゃないかと」

 

『王……様?』

 

 そしていよいよ煙の向こうから彼女が姿を表す。

 私を見た瞬間にカッと目を見開いた彼女は、紛れも無くイリヤとクロを色んな意味で足して、そして割らないような外見をしていた。

 

 

 

 

 

「どういう事ですこれは」

 

「えーと……非常に小さい。本当に砂漠の中から一粒の米粒を見つけるくらいの可能性なんですけど……どうやらどこかの世界のイリヤさんは、だいたいクロさんとイリヤさんの年齢を足したくらいの年で死に、それもなんの因果かアーチャーの英霊になったようですね」

 

「……そんなことがあるのですかほんとに」

 

 力が抜けてしまうような話だが信じるしかあるまい。

 事実として彼女は、そうとしか思えない姿をしているのだから。

 

「ふーん……仲良く寝ちゃって微笑ましい。あの人がいないのもそういうことか。納得納得」

 

 一人だけスッキリしたようにポンッと彼女は手を叩く。

 そして私の目の前までやってくると

 

「随分とイレギュラーだけど久し振り……いや、初めましてかな。王様。私はイリヤ、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンよ」

 

 イリヤの人懐っこさと、クロの小悪魔感を兼ね合わせた笑顔でそう私に手を差し出した。

 

「私はセイバー……いえ、どうも先程の口調から察するに貴女は私のことを知っているようですね」

 

「もちろんよ王様。貴女のことも、ここにはいないみたいだけどシロウもリンもタイガも皆よーっく知ってるわ。

 あ、難しい顔してるけど私の事はイリヤって呼んで。この黒い娘の方は私分からないから」

 

 どう呼べばいいのか思案しているとそれを察知したから彼女、イリヤの方から指定が入る。

 

「んで。どうすれば良いのかしらね私は……ってあれもしかして英雄王? まーた厄介なのが遭遇してるわねー。その上泥まで出てるし」

 

 あっちゃー。とイリヤは手で頭を抑える。

 彼女は一体どこまでを知っているというのか。

 

「貴女がどの様な経験をしてきたのかには興味がありますが……そんな時間はないのでしょうね」

 

「正解。このままじゃここら一帯直ぐに飲み込まれるわよ」

 

 彼女の手に双剣がにぎられる。

 どういう過程なのかは知らないが彼女が使っている魔術がなんなのかは明白だ。どうやらアーチャーであるのは外見だけではないらしい。

 

「王様の宝具でもあの靄ごと吹き飛ばすのは無理か……となると私の役目はつゆ払いってことね。

うん、面倒くさかったら帰っちゃおうかとも思ったけど王様の頼みだし引き受けますかね」

 

 ニヤッとイリヤが笑う。その裏に見えるのは絶対の自信。

 

「ですがイリヤ。下手をすれば貴女も言ったように泥が溢れる。そうなれば大変な事に……」

 

「分かってる。だったら他の世界に連れてっちゃえばいいんじゃない「セイバー! イリヤ!」あれ?」

 

 その言葉を遮るかのように後ろから大きな声が聞こえる。

 振り向いてみれば別れたシロウや凛達がこちらに到着し駆け寄ろうとしていた。

 

「シロウ……リン……」

 

「――――!?」

 

 真っ先に走り寄るそんな彼を見て、一番反応したのはイリヤだった。

 すぐに隠してしまったからあまり見えないが、その頬には間違いなく一筋の涙が流れていた。

 

「あーあ、年取ると涙脆くなっちゃってダメだわー……まだ至ってない彼を見るだけでこんなに感動しちゃうなんて」

 

「イリヤ……?」

 

「さて、それじゃあお手本も見せてあげないとね。どんな世界でもいずれ彼は至る。

 その時に、絶対に道を踏み外さないように」

 

 ゴシッと袖で顔を拭うとイリヤは一歩前へ出る。

 

「行くよ……身体は剣で出来ている」

 

 誰かに似ているその言葉と同時に。円形に半径数百mが高く舞い上がる炎の縁に囲まれた。

 

「血潮は鉄で心は鋼」

 

「幾度の戦場を越え不全」

 

「ただの一度の勝利もなく」

 

「ただの一度も理解されない」

 

「それでも担い手は一人」

 

「剣の丘で鉄を打つ」

 

「なればその生涯に意味は一つ」

 

「その身体は」

 

「無限の剣で出来ていた」

 

 

 

 

「Unlimited……blade works!!」

 

 

 

 錬鉄の、丘。




どうもです!

やってしまったが後悔はしてない。(何話目ぶりからわからないけど2度目)

詠唱が違う理由はオリジナルだからです。そんでもってそもそもアチャ子誰や?って人はググるor僕の他小説dancing nightへどうぞ(ステマ)

いよいよツヴァイ編も次回で最終話になります。

セイバーさんの戦いはどこへ行くのか……

それではまた!評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!!

ps感想は明日一括で返しますm(_ _)m


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Epirogue Restart of Fate staynight

遂にツヴァイ編完結。


「固有結界……だと?」

 

 明け方の紅い丘。無数の剣が大地に突き刺さり、朝焼けの太陽が眩しく照らす。空には巨大な歯車が2つ浮かんでいる。回る歯車は微妙に食い違っていて、互いに噛み合うことはない。

 感じられたのは不器用なまでに真っ直ぐで。それでいて今にも折れそうなのを必死にこらえるような信念。

 そんな不揃いな風景の中心にいるイリヤを見て察した。これは彼女の持つ世界なのだと。

 

 固有結界、自らの心象世界で現実世界を侵食する大禁術。

 私が現実に体験したのは今までに一度だけ……これで2度目になるそれが英霊と化したイリヤの切り札だったのか。

 

「ええ、私に残ってるのはこの世界と、彼への思いだけ。本当は反面教師としてこの娘達にも見せてあげたかったんだけど……」

 

 イリヤは一度手で胸を抑え、目を瞑って何か思案したと思うとしょうがないなあとため息をついた。

 

「こんなに気持ち良さそうに眠ってる女の子を叩き起こすのも、グロいの見せるのも趣味じゃないしね――シロウ! リン!」

 

 彼女は振り向かない。後ろにいる彼らにその顔を見せることはなく言葉を続ける。

 

「今はなんのことか、私がなんなのか分からないと思う……それでいい、それでいいから見ておいて。

 必ず彼はどんな道を通ったとしてもここに至る。けどそこから先、独りになるかはまだ確定していない。だから覚えておいて。この光景を、この哀しい世界を。そして……私という存在を! 二度と間違えたりしないように!」

 

 途中からは独白と言うか心からの叫びだった。まだ未来がある者に対する警鐘と、過去の己に対する叱責がない混ぜになったような。そんな叫び。

 

 さあて、スッキリした。なんて言ってイリヤは一歩を踏み出す。そして私はその横に並ぶ。

 

「イリヤ……」

 

「なに? 王様」

 

「私の胸で良かったら貸しますよ?」

 

「……バカ。王様の奥ゆかしい胸じゃ同情しちゃって他の涙出ちゃうじゃない。気持ちは嬉しいけど遠慮しとくわ」

 

 それが彼女に出来る精一杯の強がりだったのだろう。

 

 

 

 

「はっはっは!! いや、こりゃ傑作だね!!」

 

「……英雄王!」

 

 くぐもった笑い声が響く。ここにきて沈黙を守っていたギルがとてもおかしいものを見たと言わんばかりに高笑いを始める。

 

贋作者(フェイカー)の元になるお兄さんだけでも滑稽だって言うのにその道を示そうとするのは更にその贋作(フェイク)だなんてさ! 全く……つくづく憐れな存在だね」

 

「貴様――!!」

 

「やめて、王様。冷静にならなきゃ勝てるもんも勝てない」

 

 前に出ようとした私の腕を掴みイリヤが俯き気味に首を横に振る。

 

「まあ事実は事実だしね……確かに私は何も救えたことのないただの贋作よ。けどね英雄王――」

 

 彼女は顔を上げてキッと前にいる異形と化したギルを見据える。その顔には一瞬浮かんだ悲しげな表情はなく、覚悟を決めた強い決意だけが残っていた。

 

「今まで何も救えなかったからって今回も救えないなんて決まりはない。ここであんたぶっ倒して、シロウもリンも救って正義の味方に私はなる!!」

 

 バッと両手を広げるとその動きに呼応して大地から無数の剣が浮かび上がり、まるで意思を持っているかのように彼女の後ろに隊を為す。

 

「―――っ!」

 

 

 

「行くよ英雄王――武器の貯蔵は十分かしら?」

 

 その顔には、いつか、どこか昔に見たような自信たっぷりの笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

――――― 

 

「思い上がらないでくださいよ……贋作風情がぁ!!」

 

「はんっ! そっちこそただ持ってるだけのコレクター程度で調子に乗らないでよね!」

 

 それは正しく戦争だった。

 無数に飛び交う剣戟は絶え間なく、全ての空間が戦禍の渦に呑み込まれている。

 ただ一つ違うことがあるとすればそれは、その担い手がことごとく存在しないという事だろうか。

 

「いっけえ!!」

 

 イリヤはその中を縦横無尽に駆け、飛び回り隙を見ては宝具と化した一撃を叩き込む。

 しかし剣のカーテンを潜り抜けたその一撃でさえも彼を覆う聖杯の泥からなるモヤに阻まれて届かない。

 

「ちいっ!!」

 

 届かなかったことを確認すると彼女は空中で身体を捻り鎖付きの剣を取り出す。そしてそれを私のそばにある巨大な岩にぶん投げて突き刺すと、強引に起動転換し無謀備な身体へと迫る剣の山を回避した。

 

「ほんっとうに無茶苦茶な……」

 

「イリヤ!」

 

 そのまま岩陰に滑り込み息を整える彼女に駆け寄る。時間に直せば短いのだろうがこれだけの極限状態の中での全力だ。疲労の色は隠しきれていない。

 致命傷こそ回避しているものの身体中至るところボロボロで、もう赤いのが外套なのか、それとも血なのかすらわからない。

 

「このままでは保たない。私も……」

 

「だからダメだって言ってるでしょ? 王様じゃあれは突破出来ないし、逆に決められるのも王様だけなんだから。あのモヤは責任持ってなんとかするからそれまでは温存……それよりも――」

 

 私の提案を最後まで聞きもせずバツを出して否定する。そして額から流れる血を拭くと心配そうにチラッと私の後ろを見た。

 

「シロウ達ならだいじょうぶです。あのステッキはバカかも知れませんが能力は確かだ」

 

「そう、それ聞いて安心したわ。あの人たちに死なれたら一体何かしたいのか分からなくなっちゃうから」

 

 本当に安心したのか彼女はフーッと大きく息をひとつ吐くと立ち上がった。

 

「もう一踏ん張りしてみますかね。良い? 王様は絶対に出てこない事、これ約束だから」

 

 パンパンと背中と尻についた土を払うとイリヤは私にもう一度念を押して溢れる剣戟の中へ飛び出した。

 

 

 

「さて――」

 

 私も少し遅れて立ち上がる。いろいろと考えなければ行けないことはあるのだが――

 

「どう謝れば良いのかが問題ですね」

 

 これから私がすることについてどうイリヤに謝罪するか、だ。

 

 気持ちは分かるのだが、これ以上黙って見ているというわけにもいかない。と言うよりももう我慢出来ない。

 ここから見える戦闘は傍目から見れば五分五分だ。しかし実際の所イリヤにとって圧倒的に不利なのは明らかである。

 

 その最たる原因はやはりあのモヤだろう。戦力的には五分、それどころかイリヤの方が上回っているようにも見えるのだがモヤに対してのが決め手がない。

 それに対してギルからすれば一撃直撃させればそれで終わりだ。この差はどこまでも大きくなる。

 

「まあ勝てば官軍と言う事で」

 

 結局うまい考えが浮かばなかったのでそれ以上はもうやめた。

 

 根はイリヤなのだしあまり下手に策を弄するよりもその方がよっぽど良い筈だ。

 

 

「にしても……」

 

 相変わらず燦々たる光景である。

 岩の上に立ってみれば、その向こうは戦場だ。それを形づくっているのがたった二人と考えると背筋に何か冷たいものが走るのも致し方ないというものだろう。

 

「ちょ……! バカセイバー! 何やってるのよ!」

 

 いち早く気付いたイリヤから怒鳴り声が聞こえる。

 こんなシーンにも関わらず私は思わず苦笑した。何だかんだ言って彼女も相当なお人好しなようだ。

 あと王様なんて他人行儀な呼び方よりも彼女にはセイバーと呼ばれる方があっている。

 

「――ああもう分かったわよ! 勝手にしなさい! それでやられちゃっても知らないんだから!」

 

 私が引く気がないというのを察したのか、イリヤはそう一度だけ言うとそれ以上は何も言わなかった。

 ならそれをお許しが出たということで受け取られせてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

「へえ――流石はセイバーさん……これは僕も本気にならざるを得ないかな」

 

 数分後、息も絶え絶えな私達を見てギルがそう笑う。

 結果から言うと押し切ることは出来なかった。どれだけ撃ち込もうともモヤはビクともしない。

 膠着した戦局を覆すことは出来ず、次第に防御に不安の残るこちらが押され始めていた。

 

 対峙するギルの姿は戦いの最中にも徐々に変貌していて、今や巨人となったそれは酷く醜悪だった。

 

「なに? 私じゃあ前座にもならないって?」

 

 隣に立つイリヤが、皮肉げに返す。

 しかしその顔には明らかな憤怒の表情が浮かんでいた。

 

「いやいや、まさか贋作の贋作がここまでやるなんて思いもしなかったよ。さすがは聖杯の器だ」

 

「ちっ――やっぱりあんた嫌いだわ」

 

「ただもう時間切れだよ。不完全も良い所だけど聖杯は僕の支配下に入る……ほら、見てみなよ」

 

 ギルがそう言うと、今まで彼の周りを覆っていた黒い泥とモヤが黄金に輝き始めた。

 

「これは……!」

 

 この色は知っている。確か英雄王の宝具は全て……

 

「そう。もうこれは僕の財の1つさ。美遊ちゃんはまだ取り込めてないけどまあこれでも十分だよね。

 なにせ聖杯だ。英雄がいくら束になっても叶うはずがないでしょ」

 

「――――」

 

 万事休すか。私は思わず息を呑んだ。

 

 聖杯を相手取る、と言うのはかなり無謀な話である。

 どんな形であれそれが聖杯である以上は願望器であり、その影響を受けないものなど無い。

 やつが私達を消そうとすればその瞬間に勝敗は決する。 

 

「――へえ」

 

「イリヤ……?」

 

 だと言うのに、こんな状況でイリヤはここ1番の笑顔を見せた。

 まるで勝利を確信したように。

 

「――ん? 何がおかしいのかな?」

 

 それに気付かないギルではない。始めて余裕からではない言葉を吐く。そこに込められていたこは純粋な疑問だ。

 

「ええ、笑っちゃうわ。だってあなた――自分で勝てる勝負をわざわざ落とすなんて宣言したのもおんなじなんだから」

 

「は――?」

 

 何を馬鹿な、そう思ったのは私だけではないのだろう。

 ギルも間抜けな声を上げたかと思うと半ば困惑したような表情を見せる。

 

「――えーっと……贋作者さん? あまり変な駆け引きはお勧めしないよ? 僕としてもそんなことに時間は割きたくないし……壊れちゃったって言うならすぐに殺してあげるけど」

 

「駆け引きも何もないし壊れてもいないわ。ただ事実を述べただけよ。あなた言ったわよね? あれはもう自分の財だって」

 

「――それがどうかした?」

 

「じゃ、それはバビロンの一部、てことは宝具ってわけだ」

 

 ならやっぱり私達の勝ちよ。

 

 そう嘯くとイリヤは無防備なままギルへと近づいて行く。

 

「イリヤ! 何を――」

 

「ほんとは自分でここまで漕ぎ着けるはずだったんだけど……こんなにセイバーに対する執着が強かったなら最初からやっとけば良かったわ。全く、怪我損よほんとに」

 

 彼女はぶつくさ文句を言いながらモヤに触れる直前で立ち止まる。

 虚をつかれた形になったのか、それとも何も脅威に感じていないのか、ギルも特に動くことはない。

 

「英雄王? せっかく手に入れたところ悪いんだけどあなたの聖杯――食べさせてもらうわ」

 

「何を――!」

 

 彼女の周りの雰囲気が、空気が変わった。

 それに危機感を覚えたのかギルも彼女を押し潰さんと足を振り上げる。だが……もう遅い。

 

「今更気付くなんてほんとに慢心なんだから……刻印弓(フェイルノート)、第二開放」

  

 イリヤが右腕をあげ、袖を託しあげる。するとその腕につけた何かから刺青のようなものが浮かび上がると弓の形をなす。

 

夢幻凍結(ファントム・キャンセラー)!!」

 

 

 

―――――

 

 これが私が彼から貰った最初で最後のプレゼント。相変わらず空気の読めないあんぽんたんだから、サイズが合うまで何年もかかっちゃったし、それどころかこれをつけてる姿を見てもらうこともなかったけど……まあ良いか。

 

 彼の代名詞である弓でありながら私を守る盾でもある宝具。攻撃では下手くそな私の弓の技術を補い支え、守備では相手の宝具の効果そのものを無効化してしまう。

 なんでこんな桁違いなものを作れたのかは知らないけれど。現に今これのお陰で助かっているんだから。

 

 ありがとう……

 

――――

 

 

「宝具を……喰った?」

 

 言葉を失った。

 イリヤが彼女の宝具の真名を開放した。と思うとモヤが影も形もなく霧散した。

 一瞬の出来事だったが間違いない。確かにあの弓が――

 

「あっつー! 流石にこりゃキャパオーバーよねえ……あーあ、魔力もほとんどすっからかんよ」

 

 モヤを全て呑み込んだのだ。

 

 理屈がどういうことかは分からない。だがそうとしか言えない。

 疲労困憊になりへたり込むイリヤの右腕からは抑えきれなかった分なのか白煙が上がっている。

 

「まさか……こんな奥の手を持ってるなんてね――」

 

「しま――」

 

 あまりの衝撃にイリヤ以外は完全に止まっていた時間が動き出す。

 

 いち早く動いたギルがなんの抑揚もない無機質な声で倒れるイリヤを掴み上げた。

 

「ぐ――」

 

「君には最高の栄誉をあげる。まさか贋作者に僕の友を使う事になるなんて思わなかったけどそのくらいの報酬は与えるべきだからね……天の鎖よ!!」

 

 空間が歪み幾つもの鎖が飛び出す。 

 その鎖はイリヤの四肢を絡め取り宙に磔にする。

 

「イリヤ!!」

 

「だい……じょうぶよ……助けてくれるならさっさと……」

 

 こいつをぶっ飛ばしてよ

 

 かすれる言葉に最後のスイッチが入るのを感じた。

 

「ええ、イリヤ。貴女の渾身の一撃、絶対に無駄にはしない……!!」

 

 風を開放する。

 魔力は十分。体力も十分。これで最高の輝きを見せられないのなら人類最高の聖剣を名乗る資格などない……!!

 

「無駄だよ! 僕の剣には敵わない!」

 

 私の動きに合わせてギルも剣を取り出す。

 刀身が螺旋状になっている不可思議な剣。見たことはない。だが直感的に察した。あれがギル本来の宝具なのだと。

 

「はあぁぁぁ……!」

 

「出番だよ……エア!」

 

 聖剣は世界から光を集め、螺旋は世界を捻る。

 

 対極に位置する2つの力は互いに極限まで集い、そして……

 

「エクス……」

 

「エヌマ……」

 

「カリバー!!!(エリシュ)!!!」

 

 激突し、世界を裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

「グウっ――!!」

 

 紅い丘が消えていく。

 元に戻っていく世界を横目に激突は終わらない。

 大勢は……まさの少し不利。

 

「そんなことが……!」

 

 聖剣が押し負けるなんて

 

 今まで無敵を誇った聖剣で押しきれない相手に底しれない恐怖に近い感情を覚えた。

 星の危機に対応するため星に鍛えられた神造兵器、それがエクスカリバーだ。ならそれと五分、それ以上に対峙する相手は一体何なのか。

 

「――――」

 

 じりじりと、身体が引きずられるように後ろへ下がっていく。

 今までに感じたことのない感触。今まで私と向かい合い、散っていった英雄達も同じような気持ちを味わったのだろうか。

 

 このままでは――

 

「セイバー!」

 

「馬鹿! 飛び出したら死ぬわよ!」

 

「だけど見てるだけってわけにもいかないだろ!」

 

 絶望の淵に立ったその時。

 声が聞こえた。こんな状況でさえも私を助けようとするものの声。それを聞いて、ぎりぎりの所で踏み止まった。

 

 

「あ、あぁぁぁ!!」

 

 全てを込める。

 押しつぶされそうな圧力に一歩を踏み出し押し返す。

 それによって傾いた天秤がようやく戻る。だが戻っただけだ。こちらには傾いていない。

 

「――!? 僕の半身が執着するわけだ!! これだけ強い人は見たことが無い!」

 

 向けられる賛辞。それは半分本心で半分は余裕だ。絶対的に有利な状況から持ち直されたことによる驚愕、そしてそれでも傾かなかった自身の有利。

 その2つが混ざったのが今の言葉だ。

 

「この後ろには絶対に……!」

 

「でもエアには勝てない! この均衡を誇りに思いな「あーあ、あんた本当に詰めが甘いのね」がら――!?」

 

 勝ち誇るギルに突然冷静な声が混じる。

 引きちぎれそうな身体を抑えながらその方向へ視線を向ける。するとそこにはがんじがらめになりながらも指だけを上げギルに向けニヤリと笑うイリヤがいた。

 そしてその指に光が浮かび――

 

「やるなら徹底的にやりなさいよ――ガンド」

 

 ポーン、とホントに軽くギルの眉間を直撃した。

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

「まさかあんな初等魔術が決め手になるなんてね……いや、侮れないもんだね」

 

「随分と余裕ですね」

 

「ま、中途半端ですけど受肉できましたし……何よりこれだけやって負けたんだから文句なし、むしろすっきりですよ」

 

 黒い残骸に倒れるギルはどこか清々しくさえあった。

 

 随分と傍迷惑な話なのだが、もう敵意は感じない。

 

「で、一体どうなったのよルビー? 起きたら全部終わってたんだけど?」

 

「いやあ……ちょっと色々あって……」

 

「――――」

 

 ルビーと追いかけっこをするクロに彼女の面影を見た。

 本当に限界だったようであれから1分と経たないうちに消えてしまった彼女だが、その直前に残した

 

 ――シロウとリン、そして私をお願いね。貴女がいるならきっと運命も変えられるはずだから

 

 この言葉と、最後の最後まで浮かべていた爽やかな笑顔は忘れることはないだろう。 

 

「ええ、任せてください。イリヤ」

 

「え? なにか言った? セイバーさん」

 

「いえ、独り言です」

 

 シロウと共に美遊に肩を貸すイリヤに微笑みかける。

 もう二度と合うことも無いだろう名も無き英雄。彼女の願いがこの少女ならそれを叶えるのは私の役割のはずだ。

 

「じゃ、帰りましょうか! 色々あったけどこれで全部おしまいよ!」

 

「長かったようです短かったような……とりあえずゆっくりしたいですわ」

 

 凛とルヴィアの言葉でぞろぞろと皆が家路に着くべく動き始める。

 

「さて、私も行きますが貴方はどうしま……ギル?」

 

 どうするのか、とギルを見る。

 すると横たわっているギルは上を見たままカッと目を見開き途轍もない形相を浮かべていた。

 

「どうかしま――逃げろ――え――?」

 

 震える声で呟いた。

 そしてバッと立ち上がるとギルは叫んだ。

 

「みんな逃げろ! ここにいたら――」

 

 

 

 

 

 比喩でも誇張でもない。その瞬間、確かに世界は真っ白になった。

 

 

 

 

「あーあ、ギャラリー多すぎんだろこれ」

 

「うだうだ言うな。我々の任務は聖杯の器と特異点の回収だ」

 

「まさか……エアで出来た世界の裂け目から……!」

 

 落雷のような衝撃が走り続ける。

 地面に這いつくばる、と言うよりも立てない。なんとか顔だけを上げてみれば空が真っ二つに裂け、その中心から二人の女性が舞い降りてきていた。

 

「いや――」

 

「ほーう、言うようになったね、み・ゆ・さ・ま♪」

 

「み――ゆ――」

 

 その内の一人が美遊を蹴り上げると担ぎあげた。

 イリヤは意識はあるようだが身体は動かないようで、悔しそうに涙を流すことしかできないでいる。

 

「――! バカ者! 器に傷がついたらどうするつもりだ! ベアトリス!」

 

「あー、はいはい。分かってるよアンジェリカ。あんたもさっさと連れてきなさいよね」

 

 美遊を担ぐベアトリスと呼ばれた女性はアンジェリカというらしい相方に叱責されるがつまらなそうに受け流す。

 アンジェリカはそれを見てため息をつくとベアトリスとは別方向に行き一人を肩に担いだ。

 

「え――」

 

 その人物を見て、頭の中が真っ白になった。

 

「シロウ――」

 

「これがこの世界の特異点か……ほんとに似てるもんだね」

 

「根本的には同じだからな――では帰るぞ。ダリウス様の時間を取らせるわけにはいかん」

 

「なーんであんなおっさんに……私はジュリアン様の方が良いんだけどなー」

 

 何故かはわからない。だが分かるのは、このままではエミヤシロウが連れて行かれるということだけ。

 

「――――」

 

 そんなこと、許せるわけがない。

 

「ふざ――けるなぁぁ!!!」

 

 答えが出た瞬間、全神経をフルに動員して立ち上がる。身体は悲鳴を上げているがそんなことは知った事ではない。

 

「へぇ……」

 

 凶悪そうな笑みを浮かべたベアトリスが振り返る。

 

「アンジェリカ、こいつ頼んだ。オリジナルの英霊……せっかくだから相手してやるよ」

 

 アンジェリカに美遊を渡すとベアトリスは1歩前へ出て構える。アンジェリカは傍観を決め込むようで良いとも悪いとも言わない。

 

 

「まさかこんだけダメージあっても立ち上がれるなんてなあ、やっぱり本当の英雄は格が違うってか……けど、うざいんだよ。そう言うの」

 

「――――クラスカード!」

 

「少しくらいは楽しませてよね――夢幻召喚!!」

 

 クラスカードを取り出すとそう叫ぶ。

 そして再び雷鳴が轟き――

 

「さあ、始めようじゃない……」

 

 雷を纏う巨大な槌を取り出した。

 

「クッ!!」

 

 あれは不味い。

 直感的に脅威を理解し後ろへと距離を取る。

 対抗するためには、たとえ魔力が足りなかろうが最大の一撃しかない。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!」

 

悉く打ち砕く雷神の鎚(ミルニョル)!!」

 

 迫る雷を聖剣で迎え打つ。

 無茶な行使でもう何もかもが限界寸前だが、止まるわけにはいかない。

 

「いっけえええ!!!」

 

「おいおいマジかよ……!」

 

 渾身の力を込める。

 少しずつ、ほんの少しずつだが徐々に聖剣の輝きが雷の嵐を押し始める。

 それを見て焦ったような表情を浮かべるベアトリス。

 

 ――いけるか

 

 そう、思ってしまったことが行けなかったのかもしれない。

 

冥府門(タルタロスゲート)

 

「そんな――」

 

 上空から舞い降りた絶望の門に真っ向から立ち向かうことになってしまったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「流石は最優の英霊だ……まさか万全の半分もいかない状態でベアトリスの一撃を凌ぐなんてね」

 

「――――」

 

 片腕で首を掴まれ持ち上げられる。

 なんとか抵抗したいのだが……魔力も、体力も、もう何も残っていない。

 

「だが少し度が過ぎるようだな」

 

「ウァァ――!」

 

 力が込められる。私を掴んでいるのはどこにそんな力があるのかも分からないような細みの男性。

 

「ダリウス様」

 

「ん? もう時間か――よし、行こうか」

 

「ウッ……」

 

 アンジェリカに声をかけられるとダリウスは興味なさげに私を放り投げる。

 抵抗どころか転がされた所から体勢を整えることすらもう出来ない。

 出来るのは地面に臥してダリウス達を睨みつけることだけ

 

「カハッ――ハァハァ――」

 

「いい目だ……また機会があれば会おうじゃないか。誇り高き騎士王よ」

 

「まっ――」

 

 シロウと美遊を含めた5人が空中へと浮かぶ。

 

「いや――だ――」

 

 遠くなる。霞んでいく視界に必死にその姿を捉える。

 

「シロウ――」

 

 手を伸ばす。でも、それでは届かない。

 

「シローーウ!!!」

 

 

 

 

――――――

 

 覚えているのはそこまで。次に気がついた時には周りには誰もおらず、雪の降りしきる街に一人倒れていた。

 そばにあったのは、剣だけ。

 

「シロウ……」

 

 剣を杖に必死に歩いてきたがもう身体が動かない。

 

「一体……どこに……」

 

 雪の中に倒れ込む。衰弱仕切った身体が芯から冷えていく。

 

「シロウ……」

 

 もう何も考えられない。口に出来るのも考えられるのもそれだけだ。

 

 

「――――」

 

 自然と涙が溢れてきた。

 また私は大切な人を守れず、無様に消えるのだろう。そう思うともう止まらなかった。

 

「私は――」

 

「セイバー!?」

 

「え――」

 

 どれだけの時間がたったのか。

 知っているような声が聞こえた気がした。

 目だけそちらに向けるが――霞みきった視界ではあまり見えない。

 

「そんなことが……――セイバー! わかる!? 私よ!」

 

「貴女は――っ!?」

 

 もう一度声を聞いて、驚愕と共に意識が覚醒した。

 それと一緒に目まではっきりする。そして心配そうに私を覗き込む彼女を認めて、あまりの驚きに心臓が飛びてるんじゃないかというくらいの衝撃が走った。

 

「凛……いや、リン!?」

 

「まさか記憶があるなんて……久しぶり、セイバー。一体何があったのか話してくれるわね?」

 

 

 

 

―――――

 

 

 ――開けない夜はない。運命の夜は再び周りはじめ、霞む星は輝きを取り戻す。

 

 

 




ツヴァイ編完結です。なんとかアニメ前に完結できて良かった。そしてドライはオリジナル展開を決意。(ただの別視点かも?)とにかく、いよいよ原作ドライとは違うドライへと……

本当のkaleid saberはここからです。(もろパクリ)



今後の予定なんですが取り敢えずしばらくの間休みをください……もう疲労が限界です。
その間にのんびりとdancing night更新したり、気が向いたら短編書いたりして本格復帰まで過ごそうかなと思っています。

皆さんたくさんの応援ありがとうございました。感想ついたりお気に入り増えたり評価ついたりとても励みになりました。

またドライ編でお会いしましょう。

最後はいつも通りに……それではまた! 評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!!


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ドライ編
Prologue 遠坂凛


はい本編切嗣きたあああ!!(≧▽≦)(こっちとの折り合いどうしよう!!(;・∀・))
そしてfgoもきたあああ!! 647171327 これフレコなんでよかったらフレンド申請おねがいします!!

ここまで来たらやるしかない! と言うわけで本格再開はまだですがとりあえず1話上げます!


「セイバー、紅茶は嫌いじゃなかったわよね? とりあえずあったまってなさい」

 

「ありがとう、リン……」

 

 私がカップを受け取るとリンは柔らかく微笑み、どういたしましてと言うと再びキッチンへと戻っていく。

 椅子に座って彼女が持ってきてくれた毛布に包まり紅茶を飲みながらその後ろ姿を眺める。

 随分と髪が伸びたようだし、雰囲気も大人のそれになっていたが根本は変わらない。

 彼女はかつて私やシロウと共に戦い、そして最後にサクラとの決戦に赴いた遠坂凛に違いなかった。

 

「ん……どうしたのよ、ぼーっとこっち見ちゃって。なに? 体調が悪いなら寝ててもいいわよ。別に今すぐに何かしなきゃいけないってわけでもないんだし」

 

 リンは私の視線に気付いて振り返ると、一瞬怪訝そうな表情を浮かべたがそれはすぐに私を気遣うものへと変わる。

 

「い、いえ。そう言う訳ではないのです。ただ色々な事が起こりすぎて少しばかり混乱してしまったというか……」

 

 今でさえ彼女が目の前にいることが信じられないのだ。

 先ほどまでは意識が半ば朦朧としていたためにそこまで気がつかなかったが、ようやく落ち着き始めるとこの状態の異常さにようやく理解が追いつき始めた。

 

 非常識的な経験などこれまでいくらでもこなしてきたつもりでいたが、そのどれもが現在直面している状況には及ばないだろう。

 

「それはお互い様よ。私達には知らないことが多すぎる……貴女を見つけた時なんていよいよ私の頭はおかしくなったんじゃないかと本気で疑ったものよ」

 

 それはリンも同じようで苦笑いを見せると私に向かい合うようにテーブルの向こう側に座ると自分のカップにも紅茶を注ぐと上品な仕草で1口飲む。

 そしてカチャン。と軽く音を立ててテーブルに置くと

 

「ま、それでも今の貴女に比べたらましなのかもねー……色々と聞きたいことはあるけどまずはそっちの知りたいことに答えましょうか。

 もちろん私の分かる範囲でだけど」

 

 両肘を付き顎に顔を乗せ、いつか何度も見た射抜くような眼差しをこちらを見据えた。

 

「―――――」

 

 分からないことだらけのはずなのだが、なんでもと言われると意外に出てこないものだ。

 上手く優先順位が決まらず、なかなか言葉が出てこない。

 どれもこれも重要すぎてそこに差をつけられない。なら最初は軽く入るとして――

 

「では聞きたいのですが……そもそもここは一体何なのでしょうか……?

 慣れた様子で使っているようですが……」

 

 ぐるっと周りを見渡す。

 

 壁にかかる大きな時計を中心にかなり年季の入った、それでいてかなり高級感溢れる家具が並び、床には彼女の着ている服と同じ目の覚めるような赤の絨毯が敷き詰められている。

 このリビングの大きさから察するにかなり大型の洋風建築だと言うことはわかるのだが――

 

「ああ、そういえば貴女はここに来たことなかったのよね」

 

 リンは納得したようにポンっと手を叩く。

 

「ここね、実は私の家なの。もちろん正確に言えば違うんだけど」

 

「リンの……?」

 

「ええ。遠坂は冬木の管理者だからね。平行世界にもあるかどうか不安だったけど無事見つけたからこっちを本拠にしてるの」

 

「では――」

 

「そうね、質問からは少し離れて本題に入っちゃうけど……別に良いわよね? まさかさかセイバーの趣味がお家鑑定なんてことはないだろうし」

 

 そんな風に思われるのは心外の一言だ。

 

 彼女の言葉に頷く。

 

「じゃあどこから話しましょうか――時間はかかりそうだけど全部話しちゃう方が簡単そうね。セイバー、貴女がどんな道のりを辿ってここに来たのかは知らないけど、この冬木は貴女や私がいた冬木じゃない。

 何者かに連れてこられた平行世界。そして……その敵にシロウが拐われたわ」

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

「なんというか……ファンタジーな世界ね、イリヤスフィールが本当にただの女の子で魔法少女になってるだの、私とルヴィアが共同任務をしてるだの……」

 

「――そうですね。私も彼女の変わりようには驚いた……もしかするとあれが彼女本来の人格なのかもしれませんが」

 

「そうね……まあ今は置いておくとして……核心をまとめるとこういうことになるわけね。信じたくないけど」

 

 お互いの話を終えると今まで和やかな表情を浮かべていたリンが苦い表情になる。

 残りの紅茶をグイッと飲み干すとそのまま背もたれに身体を預け天を仰いだ。

 

「どこのどいつかは知らないけどようやく終わった聖杯戦争を平行世界を飛び越えてまでわざわざ蒸し返して聖杯の力を使おうとしてるやつがいる。

 しかもそいつ……いや、そいつらか――の腕前は普通じゃない。ライダーのサポートがあったとはいえ貴女を打倒し、今ではアーチャーの腕を使いこなせるようになった士郎を倒し、更にその仲間と覚しき相手は貴女まで圧倒したと。

 そんでもってこっちの士郎もそっちの士郎も連れ去られて情報はほとんどなし。なによこれ。桜の方がよっぽど楽だったわ」

 

「……悔しいですがそうなるでしょう。その前の対ギルガメッシュで疲弊していたのは間違いないですが、私が全力で放ったエクスカリバーを正面から受け止められたのもまた事実です。

 あの者の実力は人の領域を遥かに越えている」

 

 とは言え私も気持ちはリンと同じだ。

 彼女と同様にカップを空にすると溜息が口をつく。

 

 私のは置いておいておいて彼女の話を纏めるとだ……私がダリウスやアンジェリカに敗北してここへ飛ばされてきたのと同様に、リンも聖杯戦争から数年後、シロウと共に大聖杯を解体しようと大空洞へ向かったところそこでジュリアンと言う人物に遭遇。

 文字通り英霊と同等の力量を身につけたシロウが迎撃するも敗北。

 そこからは私と同じで気がついたらこの街のはずれまで飛ばされていて、この家を見つけたり街全体の変わりようからここが平行世界だという結論に至りシロウの情報を探りながら今に至る、というのが現状のようだ。

 

「昔のこと、というのも全く気にならないわけではないですが今はいいでしょう。貴女も、シロウも生きているのですから。それよりも問題はだ」

 

「そうね。私も貴女の行く末は気になっていたけどこうして元気……とは言えないかもしれないけど元に戻ってるのを見れただけで充分よ。

 今はとにかくここからの事を考えないと……」

 

 前から薄々思っていた事なのだが、どうやら私達はこういう場面では気が合うらしい。

 

 かつて……私がシロウに倒されてから彼やリンがどのように戦い、そしてここまで生き延びたのか、興味がないと言ったら嘘になるが一番の優先順位はそこではない。

 リンもリンで私と同じような感情を抱いているようではあるがそれを表に出すことはしない。

 ここで優先されるべきは過去の感傷に浸ることではなく、この状況をどうやって打開するかだ。

 

「一応ね、何もせずに手をこまねいていたってわけじゃないの。私達が来たのは大体2週間前。それからこの街に点天と残ってる魔力の残滓を追ってみたりこっちからあからさまに残してみたり……

 結局こっちの撒いた餌にはなんも反応しなかったけど、少し気になるところがあって」

 

 そう言うとリンは立ち上がると戸棚へと歩いていき何やら大きな紙を取り出すと戻ってきてそれを机の上に広げた。

 

「これは……」

 

「そ、この冬木の地図ね。何があったかは知らないけど随分おかしなことになってるみたいだけど」

 

 かなり大きなそれは、至るところに赤ペンやら青ペンで線が引かれた地図だった。

 見てみれば私にも覚えがある地名がいくつかある。

 

「とりあえず簡単に説明するとね、赤く丸がついてるのが自然と比べて濃い魔力の痕跡があったところ。それで青が自然のマナの流れとは違うおかしな流れ方をしてるところよ。

 本来なら気付かないような小さなものが多いんだけど……まっ、冬木の管理者たる遠坂の目を簡単に欺けると思うなってのよ」

 

「――っ!? それでは……」

 

「ええ、これは人為的なものよ。それもかなり大規模かつ周到に偽造された……ここ見て。印が集中してるとこ」

 

 リンが地図の真ん中を指差す。

 

 そこは彼女の書き込み以外は完全な空白になっていた。

 

「この空洞は……広場? いえ、それにしては形が……そもそもこの街にこんなものは」

 

 かつて何度も深夜の街を彼女らと歩いたはずなのだが記憶にない。

 

「そう、ないわ。少なくとも私達の冬木にはね」

 

 リンが私の言葉を肯定する。

 

 それはそうだろう。見るにこの空洞とかした空間は街の数%を占めている。

 こんなものがあれば気づかないはずがない。

 

「けど現実にこっちにはあるのよ。何度か足を運んだんだけど、ほんとにバカでかいクレーターみたいなのが。

 それでもって魔力痕はそこらへん一帯に集中してるでしょ? これはクロだなと思ってたんだけど……」

 

 そこで彼女は溜息をついた。

 

 なんというか……落胆というか疲れたような顔をしながら。

 

「肝心のものが見つからない……と言うことでしょうか」

 

 この顔には見覚えがある。

 私は彼女と始めてあった時の夜のことを思い出した。

 シロウのど素人っぷりに困惑と怒りと哀しさとその他諸々のどうしようもない感情がごちゃまぜになっていた時、あの時の顔に非常によく似ている。

 人がこのような顔をするのは期待が裏切られたり、途方もない道程に放り出された時くらいだ。

 

「――そう、そうなのよ。人為的な痕跡を発見したのもいい。そして本来の冬木にはやい異常地点を見つけたのもいい、けどそれだけなのよ、そこにあったのは。

 人は愚か使い魔の姿も無し。おかげて2週間ずっと手詰まりよ」

 

 ……リンがそう言うのなら本当にそうなのだろう。相手がサーヴァントならば私の感知も負ける気はしないが、魔術となると彼女の専門である。

 

「ですが……」

 

「分かってる、分かってるから言わないでセイバー。この痕跡の理由を解かなきゃ事態は一向に進展しない。

 そうなったら永久にシロウを取り戻せない……それもなるべく早くしないと今だって無事かどうか……」

 

 そこまで言うと彼女は立ち上がると部屋の端まで歩くとサッとカーテンを開ける。

 そこから見えるのは灰色の空と白く舞う雪だけだ。

 

「――ふう……らしくないなあ、こんなに焦っちゃって……」

 

「いえ……私こそ申し訳ありません、リン。貴女が何も考えもせずに過ごしているわけがないというのに……」

 

 頭を下げる。

 

 大きく深呼吸をする彼女の焦燥を見抜けなかったのは完全に私の落ち度だ。

 どうもあまりの急展開に私もいつもの自分を見失っていたらしい……

 

「いいのよ、とりあえず今は情報収集ね……実はこっちに飛ばされてきたのはシロウと 私だけじゃなくてもう一人いるの。その人と私とで交代交代でクレーターを見張ってるんだけ、ど――」

 

「――? リン、どうかしましたか?」

 

 こちらに振り向こうとした途中でリンが固まる。まるで何か重大なことを思い出したかのように。

 その視線は私とあさっての方向を行ったり来たりしている。

 

「リ――」

 

「セイバー、貴女第四次の聖杯戦争も参加してたのよね?」

 

「――はい……ですがそれがどうかしましたか?」

 

 唐突な質問、私が答えるとリンは、まずったなあ……なんて言って顔を手で抑える。

 

「いや……実はその私とこっちに来た人なんだけどね、実は第四次の聖杯戦争の生き残りなの……ライダーのサーヴァントのマスターだったって聞いてるけど、もしかして面識あったりする?」

 

「な――」

 

 ある。確かにある。

 懐かしい記憶がフラッシュバックする。

 ライダー……征服王イスカンダルは前回の聖杯戦争でも特に縁が深かったサーヴァントの一人だ。

 そしてそのマスター……確かウェイバーと言ったか、彼とも何度も直接顔を合わせていたはずだ。

 そこそこ常識はある人物だったと記憶しているがそれよりも様々な面で規格外のイスカンダルに振り回されていたことの方が印象に残っているような――

 

「――ん?」

 

 記憶を引っ張り出してきていると部屋にベルの音が響く。

 

「あ、噂をすればちょうど帰ってきたみたいね……ちょっと待ってて」

 

「あっ、リン!」

 

 呼び止めようとするがリンは既に廊下から階段へと降りてしまっていた。

 

「さて……どうしましょうか……」

 

 椅子に座る。

 こちらとしては別に避ける理由はない。極悪非道な人物と言うわけでもないし、何か遺恨があるということもないのだ。

 しかしあちらがどう思っているかと言えば……

 

「ん? どういう事だ遠坂?」

 

「だから助っ人ですよ先生! それも先生も知ってる人が!」

 

「私が知っている……? 一体誰が……」

 

 開いたドアの隙間から声が聞こえる。

 間違いない。多少声は変わっているが私の想像している人物だ。

 となると余計に相手としてはやり辛いと思うのですが……なるようにしかないのでしょうか。

 

「はい、それでは15年ぶり? の御対面です――さ、先生入って……先生?」

 

「お久しぶりです、ウェイバー・ベルベット……あの夜のカーチェイス以来ですね」

 

「――――」

 

 リンがドアを開けて彼を伴って部屋に入る……が、後ろの彼は動かない。

 私を認めるとまるで幽霊でも見たかのように目を見開いて立ち竦んでいる。

 背は随分と大きくなり風貌も変わったかようですが……やはりあの時の記憶は消えていないらしい。

 

「な――な――」

 

 口をパクパクするがうまく言葉になっていない。まあこれも仕方ないと言えば仕方ないのだが。

 

「ちょっとセイバー、どうなってるの!? 尋常じゃないわよあの震え方! 貴女一体昔あの人に何して」

 

「そうですね――色々なことがありましたが――」

 

 焦ったようにリンが私の袖を掴み部屋の隅へと移動すると詰問してくる。

 

 それに対して私は

 

「最後にあった時は彼は目がけてエクスカリバーをぶっ放したはずです。それも直線距離で10mもないところから」

 

 ありのままを正直に答えた。

 

「な、なんでお前がここにいるんだよー!!」

 

「先生!?」

 

 どうやら前途は多難なようだ。

 

 

 




とりあえず色々動き過ぎてもう、ね。まさかグランドオーダーちゃんと開始するなんて思ってなかったので……(メンテ?あれくらい延期地獄を常に経験してる型月厨からすりゃ余裕よ)

しばらくやり込もう。

連載再開はまだしません。てかグランドオーダー抜きにしてもそこまで余裕がないのです……

それではまた! 評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!

PS 作者は今のところレベル12 鯖は☆3 牛若丸ライダーでレベルは11? 概念は☆5の桜でごさいます。


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Prologue2 衛宮切嗣

FGO必死のレベリング作業でAP80突破。そろそろイベントなりオケアノス解禁なりしてくれないかな……こんな小説書いてるのにアルトリアさんもイリヤちゃんも持ってないんだよ、エミヤさんもいないんだよ……


 ロンドンの夏は日本に比べると遥かに過ごしやすい。

 気温が35度を超えるような事はほとんど無い、というよりも30度を超えるようないわゆる真夏日と呼ばれるような日もごくごく僅かだ。

 

 加えて時刻は夜。どんよりとした雲の隙間からほそぼそと降り注いでいた陽の光もなく、むしろ肌寒いと言ったほうが適当だろうか。

 

 だが、今ここにおいては随分と様子が違うようである。

 魔術師の総本山であるロンドン時計塔、世界の魔術の叡智の集うこの地だが、いつもの荘限さは見る影もなく、辺りを見渡してみれば至る所から火の手、そして多くの人の叫ぶ声が上がっていた。

 

 無論、ただの火事などと言うわけがない。

 そんなものにこれほどの侵食を許すほどこの時計塔は脆くはないのだから――

 

 

「く、食い止めろ! 魔導元帥の部屋には近づかせるな!」

 

「無理だ! もう止まらん! 防衛線がみるみる突破されていく……!」

 

「くっ……こんな時に限って執行者連中が出払っているなんて……!」

 

「魔術師殺し、衛宮切嗣とナタリア・カミンスキー……大分前に一線を退いた筈の奴らがなぜ今になっ――」

 

「邪魔だぁ!!」

 

 怒号に遮られた言葉が続くことはない。

 

 別段名門の出というわけでもない、だが歴史が無い家系の出自というわけでもない。

 凡庸であるもののセンスが無いわけではない。努力を積み重ねることでここにいる権利を得ることが出来た。

 言うならば中の上の魔術師、決して悪くはない。そんな彼が外敵と相対することが出来たのは僅か数秒のことだった。

 

 次の瞬間には彼の意識は根こそぎ刈り取られ、隣にいた同僚とともに目覚めるのは翌朝になってからの事であったのだから。

 

 そしてその時の記憶を元に後の彼はこう語ることになる。

 

 ――今後の魔術師には護身術も必修科目にするべきだ……と。

 

 

 

 

「はぁ――」

 

 発泡音と共に銀色の髪を靡かせた鬼が舞う。

 

 ありふれた比喩表現ではない。少なくともその後ろを走る切嗣には彼女――ナタリアの姿は正しく鬼にしか見えなかった。

 

 もはや手綱を取ろうとすることさえ諦め溜め息をつく切嗣、そんなタイミングで彼が自ら右耳に仕込んでいたイヤホンに音声が入る。

 

『どうかしましたか、切嗣』

 

「いや、なんでもない――そっちはどうだい舞夜?」

 

『問題ありません。むしろ思ったよりも雁夜が使えたので順調すぎるくらいです』

 

「雁夜君が……」

 

 いつもと変わらず冷静で抑揚すらほとんど感じ取れ無い声が淡々と告げる、陽動として別行動を取っている舞夜からの連絡に切嗣は目を細めた。

 

『舞夜さん! 爆薬のセットも終わったしそろそろ出ないと……追っ手がきます!』

 

『分かりました。では切嗣、また後ほど――』

 

「ああ、ちょっと待った舞夜――雁夜君に伝えておいてくれ。元々君はこっち側の人間じゃない、凛ちゃんのことで力むのも分かるけど無理はしないように、と」

 

『――了解です。そちらも気を抜かぬように』

 

 首尾は上々、それだけ聞ければ十分だとスイッチを切ると再び前を向きバーサーカーと化しているナタリアの後を全力で追う。

 前に立ちはだかる敵を薙ぎ払いながら進む彼女と、その後ろをなんの障害もなく走る自分とでなぜスピードが変わらない、むしろ離されかかっているのかは切嗣にとって大きな疑問であったがそれは考えるだけ時間の無駄だろうと諦める。

 人間執着したモノに異様な力を発揮するのは理屈ではないのだ。

 

「ぼうや!」

 

 切嗣がそんな事を思っていると突如としてナタリアが顔だけ振り向き叫ぶ。

 その顔は返り血に染まり紅く染まる……だけならまだ人間味があったものを完全に瞳孔が開き切り凡そ人とは思えない形相を呈していた。

 

「なんだい? 君の気持ちは分かるが殺しはなしだ! 僕達は別に協会に喧嘩を売りに来た訳じゃないし、そんな事をしたら今後やりにくくなる!」

 

「それぐらいは分かってるから心配すんな! 公然と追われる身になっちゃあイリヤちゃんとまだ見ぬ妹ちゃんを愛でる機会までなくなる……そうじゃなくて本題のほうさ! あの爺はちゃんといるんだろうね!?」

 

「ああ、それは間違いない! ちゃんと確認済みだ!」

 

 ゼルレッチが協会を訪れるのは稀である、がそれ故に一度現れれば大きな騒ぎになる。

 神出鬼没の魔法使いを捕まえるのはほぼ不可能に等しい、それが出来るとしたらこの時計塔にいる所にこちらから乗り込むことだけだ。

 

 これが切嗣の出した結論だった。

 

 そんな時にタイミング良く訪れたゼルレッチ来訪の報せ。

 この機会を逃すまいとわざわざ大量の封印指定者の情報を調べ上げ、このタイミングに合わせリークすることで警備の要となる彼らを出払わせることに成功したのだ。

 

 これで空振りなどありえない。

 

「ん――」

 

 廊下を曲がると景色が変わる。

 どちらかと言うときらびやかだった装飾はどこか骨董じみたものへと変わり、ここだけまるで中世やそれ以前の空間のような錯覚すら切嗣は覚えた。

 それと同時に頭に叩き込んだ見取り図を喚び起こす。この装飾はゼルレッチの趣味であり、ここからは彼のテリトリーであることを示す。

 そして彼のいる部屋はいつも決まっていて――

 

 

 

 

 

「――随分と騒々しい来客だな。こんな来客の予定はあったかな? ロードよ」

 

「知りません。とりあえず今回出た被害分の金は発つ前にきっちり支払ってもらいますよ。元帥」

 

「手厳しいな……」

 

「――――」

 

 まるでここに切嗣たちが来ることを分かっていたかのように出迎えた2人の男には動揺の色など欠片もない。

 否、呆れたようなしかめっ面と共に不機嫌さを全面に押し出して立つ若い男はともかくとして、その隣で足を組んで椅子に腰掛けているお目当ての人物はむしろこの状況を楽しんでいるかのような笑みを浮かべていた。

 

「なるほど――」

 

 その表情を一目見て、切嗣はその翁の真意を何となくだが理解した。

 

 こちらはなんの手掛かりもない状態から手探りで糸を見つけ、明かりを照らしここまで辿り着いたつもりでいたが、どうやらその糸は探していたはずの相手から吊るされていたものであり、こうなることが彼の望みであったのだと。

 

「お前の時計塔来訪の情報がかなり早い段階で流れてきたのも、そうなるように綿密に練ったとはいえタイミングが良すぎる封印指定者の情報で名のある執行者が一人残らず出払っているのも、全て計算のうちというわけか――魔導元帥(ゼルレッチ)

 

「フフッ――」

 

 そんなものが牽制になるはずも無いとは分かっているが、何もしないよりはましだと切嗣はフル装填したキャリコM950Aの刀身をゼルレッチに向ける。

 

 するとその対象であるゼルレッチは一瞬だけ眉をひそめ、切嗣の目を見据えたかと思うと両手を挙げ、今まで以上に破顔した。

 

「さすがの度胸だな。衛宮切嗣よ――顔色ひとつ変えずこの私に殺意を向けてきた者など一体いつぶりだろうか――だがその銃を私に向けることに意味はないぞ? 少なくとも今回私はお前に仇なすものではない。

 ああ、出来れば隣で野生の獣と化している彼女もなんとかしてくれるとありがたい。なに、これだけ剥き出しの圧をかけられては"うっかり"手が出かねない」

 

「――ナタリア」

 

 余裕の態度を崩さずに両手をひらひらと振るゼルレッチの言葉に切嗣は軽く舌打ちすると銃を下げ、隣で今にも飛び掛からんとしているナタリアの肩に手をかける。

 

「ああっ? 誰がこんな狸の言うこと聞くかってんだ。私の可愛い可愛いイリヤちゃんの情報吐くまでは一歩足りとも退く気はないよ」

 

「……と、言う訳なんだが」

 

 切嗣としては予想出来ていた反応なのだが、イリヤの失踪によっていつもに比べて悪い意味でハイになっているナタリアを諌めることは彼には出来そうにもなかった。

 

「ふむ――インキュバスとの混血が子に執着を持つとこうなるのか。なるほど、実に面白い」

 

 そんな切嗣の諦めにも似た焦燥が真実であるということを分かったのかゼルレッチもそれ以上の追及はなく矛を収める。

 その証としてなのかゼルレッチは両手を下げると真剣な表情に変わり切嗣に尋ねた。

 

「では本題に入ると――いや、1つだけ確認だが……どこで気づいた?」

 

「何処からがお前の手の上なのか知らないが……始まりはケイネスだ。まともな教会の人間ならばあんな狂人を表立った舞台に派遣したりはしないだろうからな。神秘の秘匿もあったもんじゃない。

 いや、そもそもなぜクラスカードの情報が外に漏れたのか? そこからになるな。僕はたまたま娘が関わっていたから知ることが出来たが、それを抜きにして1から調べて見ても全く情報が出てきやしない。完全なトップシークレットだ」

 

 試すようなゼルレッチの目線を真正面から受け止め切嗣は語る。

 

「それも考えて見れば当然だ。英霊を擬似的にとはいえ再現するなんて魔術の域は遥かに飛び越えている――半分以上魔法の代物だ。

 そんなものを手に入れれば最高機密になるのは当たり前……更に凛ちゃんとエーデルフェルトの娘を派遣したのはお前だ。

 ゼルレッチの目を掻い潜って情報を外に、それもよりによって教会に流せる人間などいるわけがない」

 

「――続けろ」

 

「なら誰ができるのか? 決まっている。ゼルレッチその人だけだ。

 そしてそうだとしたらその理由は? 彼女達の力量を疑ったというならば単純にバゼットブラガマクレミッツに戻して彼女らを撤退させればいい。事実彼女は再び冬木に舞い戻っているのだからな。

 だがそうじゃない。彼女達は何も知らないまま命の危機に晒されたんだからな。

 これだけ見ると遠坂とエーデルフェルトを消そうとしているように見えなくもない。だが――」

 

「メリットがないな。彼女達は今の所他の凡人に比べ少し見込みがある魔術師だ」

 

「そこに関しては主観になるから言及しないが――大まかに言うとそうだ。

 それは違うんだ。こうなると一旦今までの情報はなかったこととして考え直さなければいけないわけだが――正直な所これ以上は分かっていなかったんだ。

 その後僕がしたとはとにかくお前がこの一連の流れを裏で糸を引いているという確証を掴むことだけだった」

 

「分かって"いなかった"? そう言ったか?」

 

 ゼルレッチの顔が変わる。

 顎鬚を触る手は忙しなく動き何か面白いものを見ているかのように目が輝き始めた。

 

「ああ、ここに来てからの態度で分かった……お前が引きずり出したかったのは――僕だろう?

 だからカレイドステッキが一般人である僕の娘に渡っても見てみぬふりをした、僕の関心がそっちに行くように10年前の聖杯戦争のマスターとして選ばれていたケイネスを送り込み、間接的に言峰も。

 そう考えれば全ての辻褄が合う」

 

 随分と自意識過剰な考えだがな、と切嗣は付け足した。

 しかしそれしか思いつかなかったし、それ以外にここに来ることを歓迎するかのような態度を生み出す要因がなかったのも事実だった。

 

「どう思う? 時計塔の誇る最高講師ことロード・エルメロイ二世から見て今の解答は」

 

 楽しげな表情を崩さずにゼルレッチは脇に立つ男――ロードエルメロイ二世に問う。

 

「――知りませんよ。私はなにも。どちらかと言うとケイネスを送り込んだのが貴方だという事実について小一時間問い詰めたいところですが」

 

「……相変わらずつれないな」

 

「採点という意味ならあなたの顔を見れば分かる。彼の言っていることで大方正解なのでしょう」

 

 そう溜息をついたエルメロイの顔に薄く血管が浮かんでいたのは触れてはいけないところなのだろうか。

 

「我らが講師がそう言っている通りだ。

 その通り、パーフェクト。そう、私は何としてでも魔術師殺しを引っ張りたかった」

 

「――ならなぜこんな回りくどい真似をした」

 

「君とアインツベルンの"元"聖杯が聖杯戦争の根絶の為に動いているのは知っている。

 そんな状況下で依頼をしたところでどうせ無視するだろう?

 だからカレイドステッキの動向を見てチャンスと思い待ったのだ」

 

「――――」

 

 言われてみればその通りであると切嗣は納得した。

 彼は自らとアイリスフィールの仕事……聖杯戦争の根絶を何よりも重きを置いている。

 それ以外の事は二の次三の次だと言うのが実情であり、例え誰からであろうとも他からの依頼を受けるとは彼自身思わなかった。 

 

 しかし、何事もにも例外はある。

 切嗣にとってそれ以上に大事なもの――家族――がメイド兼ボディーガードであるセラやリーゼリットが対処できないレベルの魔術的脅威に晒される、という場合だ。

 大抵の問題ならばホムンクルスである彼女らからすれば造作もない。それであるがゆえに切嗣は安心して仕事に集中できる。

 逆に言えば2人ですら対応出来ない事態に直面するということは必然的に彼が出張らざるを得なくなるということだ。

 

 そしていまイリヤと士郎が失踪というその例外的事態が起きている――

 

「依頼はなんだ? もちろんイリヤと士郎を救い出せるものなんだろうな」

 

「物分りが良いと助かる。うむ、実はな、これは繊細な問題であるが故に私は介入できないのだ――平行世界、の原理は知っているな? そして互いに介入することがどれだけの問題を引き起こすか」

 

「一般的知識程度ならな」

 

「なら話は早い……そんな世界の大原則すら理解せぬ鼠が暴れているようでな、イリヤスフィール・フォン、そして衛宮士郎もそこに巻き込まれた。

 ナタリア・カミンスキー、衛宮切嗣、改めて両名に依頼したい。その内容は――エインズワースによる強引な世界介入の終結。そして彼らの抹殺だ。

 これ以上世界の秩序を壊す輩を傍観することはできぬ」

 

 

 

 

 

 

 




これも全部ゼルレッチってやつが悪いんだ。

どうもです! 

こんだけ時間かけてセイバーさん出てこないとは何事だゴラァ!という読者の皆さん。全くその通りでございます(土下座)

いやこんなに長くなるとは……予定外。次こそはちゃんとセイバーさんと凛ちゃんの出番を用意するのでなにとぞ。

それではまた! 評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしています!
そろそろお気に入りが2000に迫ってきてドキドキしております(現金)
面白かったし投票もしてやろうという方がいましたら無言歓迎なのでぜひぜひ 


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第1話 再会と撤退

悲報 クーフーリン(槍)レベル30で伸びが悪くなる。
なぜかモチベーションが高いので連続更新です。


「空洞の中心に魔力反応、それも爆発的に大きな――先生はどう思われますか?」

 

「そうだな――同じ、とは言い難いがこのパターンには覚えがある。よくお前とルヴィアゼリッタが引き起こしていたな」

 

「……?」

 

「――――」

 

 ん? というふうに顎に手を当てる凛と、そんな彼女を見て愕然とする元ライダーのマスター……ロードの2人を従えて雪で白く染まった道を駆ける。

 そのスピードはもしも見る者がいたならばあまりの衝撃に周りに吹聴し、回り回ってなにか新しい都市伝説を生みだしてもおかしくないようなものだ。

 なにせ私が手を抜かずに走るのと同等のスピードなのだ。およそ普通の人間が出せるものではない。

 

 もちろんこんなことをするのには理由がある。

 そしてそれは決してこの寒空の下を走りたくなったとかそんな適当なものではない。

 

「戦闘……でしょうか。それも突発的な。それならば納得がいく」

 

 私の顔をみた瞬間に腰を抜かさんばかりに驚きを見せたロードであったが、かつての彼に比べるとその後の立ち直りは非常に早かった。

 

 最初こそ不安げに何度か話をしながらも不自然なタイミングで私に視線を向けたりしていたものの、危害を加える気がない、そもそもそんな理由がないということを自分の中で確かな物と確立したのか次第に非常に冷静かつ分かりやすい語り口調に変化していった変化はなかなかに興味深いものだった。

 

 そしてそんな彼の話を纏めるとこうなる。

 

 いつものように様子見をしていた彼だが相も変わらず動きはなく、空振りを覚悟してその場を立とうとしていたそうだ。

 しかしその時突如として今まで故障を疑うほどに沈黙を保っていた探知用の宝石が起動。

 より詳しく探るために使い魔を現地に放ったところーーその尽くが跡形も無く霧散し、それが膨大な魔力負荷がかかったことに起因するということを示すフィードバックを受けたということだ。

 そうしてこれがただ事では無いと判断し凛の助力を受けるために帰還した所私と遭遇したということだ。

 

「えっ!? 何言ってるのよセイバー、そんなこと――そもそも私とルヴィアがどんな関係かなんて」

 

「いや、その通りだアーサー……セイバーと呼んだほうが良いか。

 魔力痕としては突然フルスロットルで戦闘が始まった際に流れるそれが一番近い――全く、世界を飛び越えてもお前たちの仲は変わらないとは……その世界に私がいるのかは知らないが、もしもいたなら一緒に酒でも飲みたいものだな。

 無論、出来が良く外面も満点、それでいて精神年齢には些かの問題がある教え子についての愚痴が中心になるだろうがね」

 

 ――自覚はあるということなのでしょうか。彼女が聡明なのは分かりきっていることなのですから、少しくらい自制心を働かせればそんなことを言われるようなことをするはずがないのに。

 

 黙り込むリンにそんなことを思う。

 

 そしてすぐにその当たり前の判断すら出来なくするのが犬猿の仲というやつであり、腐れ縁、天敵同士というやつなのかと一人納得した。

私自身にそんな経験はないものの、かつて付き従ってくれた騎士の中にはそのような関係同士の者もいて、彼等の距離感はリンとルヴィアゼリッタのそれと同じようなものだったはずだ。

 

 

 

「まあとりあえずは――」

 

 微妙な沈黙を崩しにかかる。

 

「明らかに不自然な何かが私達の目的地で起こっている。そういうことですね?」

 

 2人は無言ながらもお互いにそれを肯定する。

 今はそれだけで十分だ。

 

 

 

 

 

―――――

 

「止まってセイバー!」

 

 数分後、住宅街を駆け抜けきるといよいよ空気が変わり、そして爆心地に辿り着く。

 視界に入ってきたのはとにかく広く、そして白い空間。

 そこだけ霧がかかっているように奥を窺うことは難しくなっているがそれでもそこがどれだけの大きさを誇っているかを理解するのはそう難しいことではなかった。

 

 正にその中に飛び込もうとしたところリンから静止の声がかかる。

 アスファルトから離れ地面に深く積もった雪を巻き上げながらブレーキをかけて振り返るとリンとロードは数m後ろで止まり、なにか目を瞑って集中しているように見えた。

 

「ここから先はもう危険地帯よ――少しだけ待って、家を出るときに飛ばした使い魔がそろそろ中心につく。そしたらそのイメージを視認化出来るようにするから……先生?」

 

「分かっている――ったく、教え子に魔術師としての格の差を見せつけられるのはいつもの事だがやはり気持ちの良いことではないな」

 

「そんなこと言わないでください。その力を身につけられたのも先生の力あってのことなんてすから……出します」

 

 かつての少年の面影が残る不満げな口調のロードをリンがなだめる。

 

 そして彼女が腕を伸ばすと同時にロードが私達3人を包み込める程度の大きさの結界を展開する。

 すると私と彼等の間の空間にノイズ混じりの映像が浮かび始める。

 

「これは!?」

 

「使い魔を通して所有者がその場にいなくても偵察とかが出来るのは知ってるでしょ? けどそれだと一人しか見れないからその思考イメージを具現化――簡単に言うと本当なら私にしか見えないものを皆が見れるように変換してるの。

 因みにこの術式の元の理論を構築したのも先生」

 

「持ち上げるな……結局不完全だった私のそれに手を加えて形にしたのはお前だろう、遠坂」

 

 要するに戦場に放った斥候が得た情報をより早く、そしてより正確に皆が見れる。そう言うことだろうか。

 

 私の解釈で合っているのならばこれほど便利なものもそうあるまい。

 

「段々とはっきりしてきて――ってなによこれ!? こんなバカでかい城があるっていうの!? アインツベルンも真っ青よ!」

 

「いえ、それよりもあれは……リン、そこをもう少し大きくすることはできますか?」

 

 そうして私が感心しているうちに写ったのは巨大な城だった。

 それはリンの言うとおり確かにアインツベルンの城を思わせる絢爛さを誇っており、そこに目が行くのが普通である。

 

 だが私の目を引きつけたのはそこではない。端の方にわずかながら見えた人影の方が遥かに大きな問題だった。

 

「イリヤ……!」

 

「えっ!?――ほんとだ……確かにあの娘は……私の知ってるのに比べたら少しだけ子供っぽいけど……」

 

 その姿を認めるとリンは複雑そうな、そして懐かしそうな表情を浮かべた。

 

 ピンク色の見慣れた魔法少女の衣装に見を包みルビー片手に飛ぶ銀色の髪の少女。

 紛れもなく私の知っているイリヤである。

 

 リンの世界のイリヤの末路は私には分からない。しかしそれが幸せなものではなかったことを匂わせるにはそれだけで充分だった。

 

「懐かしがるのは良いが……これは穏やかではないぞ……!」

 

 ひっ迫したロードの声で現実へと引き戻される。

 

 よくよく見てみればイリヤの軌道は普通ではない。いや、これは最初からわかっていたはずのことなのだが失念していた。

 イリヤは空中で細かくきりもみ回転を繰り返し不規則な動きを繰り返したと思うと急停止と共に魔術砲を繰り出す。

 その姿はどう見ても戦闘のそれである。

 

「戦闘……! けどここからそこまではかなりの距離があるわ! このままじゃ」

 

「リン」

 

 となればやることは一つしかあるまい。

 

 剣を抜きリンに声をかける。全力を出せばいかに彼女達と言えどついてくることは出来ないだろう。

 何があるかわからない状況で彼女らを置き単独行動を取るというのがあまり上手くない手段だと言うのは分かっている。

 しかし選択肢はこれ以外にはない。

 

「分かったわ。お願いセイバー。なに、大丈夫よ。ここで止まって成功だったわ。こっち側は何も起こらないはずだから」

 

「必ずや」

 

「ああ、ちょっと待って……これを」

 

「――? これは一体?」

 

「宝石、1回きりの緊急用だから使わずに済むならそれがベストなんだけどそんなこと言ってられないわ。

 空間転移の真似事よ。それを持っていれば私は貴女をここに呼び戻せる。

 だから貴女はとにかく一瞬でいいからあの娘を確保すればいい」

 

「感謝します」

 

 

 

 

 

 

 そうして数秒後にはリンとロードの気配は遥か後方へと消え去っていた。

 周りの空気の壁を破らんとせん勢いで駆ける。

 

「恐らく――」

 

 相手が私の追う相手ならばイリヤでは到底敵わない。

 一刻の猶予も許されない状況が変わるわけではないのだがそれでも焦るものは焦る。

 

 

 

『イリヤちゃん頑張って! そろそろ助っ人もくるから!』

 

『助っ人って誰なのよ〜! 誰でも良いから早く来て!』

 

『ファイトです!』

 

『田中さんは本当に呑気でいいよね!?』

 

 

 

「……複数?」

 

 切り裂かれた空気が風となってゴウンゴウンと音を立てるのに混ざって人の声が聞こえた。

 それは一瞬だけだったが確かに聞き間違いではないだろう。

 一人はイリヤ、もう一人はなぜここにいるのかという疑問こそあるものの恐らくギルだろう。

 彼がいるというのは正直なところかなり心強い。

 だがあと一人は……誰だ? 

 

「それもすぐに分かることだ」

 

 そう思い走ることに集中する。

 この平行世界に飛ばされた以上可能性は無限大であり、その中から限定しようというのは難しい。

 

 それよりも今はとにかく早く辿り着く事のほうが先決である。

 

 

 

「――近い! ……ん?」

 

 近づいていることが一歩一歩進むごとに手に取るようにわかる。

 

 そんな感覚を覚えるようになってから数秒後、違和感は突然現れた。

 

「何か飛んで――……!」

 

 視界は未だ数十m強、その深くもやがかかった先から何かが打ち上げられる。

 

「間に合え――!」

 

 反射的に切り返す。

 何かは分からないがあれは"受け止めなくてはならない"ものだ。

 

 直感を信じその落下地点へと走る。

 その間にも刻々と宙に舞った何かは地面へと近づいていき……

 

「いてて……随分と派手にやってくれたもんだね……ありがとうセイバーさん。流石の僕でも宝具無しであの高さからの自由落下じゃ無傷ではいられない」

 

「ギ、ギル!?」

 

 地面に直撃する寸前、半分スライディングするように滑り込み腕の中に収めたそれは鮮やかな金髪だった。

 礼をいい立ち上がるギル。

 

 しかしその姿は私の知っている彼とは違う。

 

「貴女ともあろう英霊がどうしたのですその傷は……いえ、それよりも――」

 

 その怒れる神の如く燃える双眸はなんなのか。

 

 思わず気圧される。

 

 至る所から流れる血の痕も気にはなるが、それ以上にこんな表情を見せる少年は見たことが無い。

 少年というくくりでなくともだ。悪魔に魂を売った復讐の鬼、狂気に身を任せた蛮族、強い信念を持つ反逆者、今まで見てきたどんな人物よりも深い怒りを携えた瞳。

 

「ちょっとばかり度が過ぎる雑種がいてね……ああ、認めよう。今の僕は怒っている。けどまあ――」

 

 そこまで言うとギルは顔を背けて血混じりの唾を吐き、顔に手を当て一度髪をかきあげる。

 そしてその後に再び見えた顔は元の美少年のそれに戻っていた。

 

「こいつをとりもどせただけで良しとしようか。他の中身はまだ1,2割程度だけど」

 

 見慣れた金色の歪みが彼の後ろに出現する。

 少し満足そうな笑みを零すとギルはその中を右腕で漁ると一本の鎖を取り出した。

 

「それは……?」

 

「うん? まあ……大切な縁の品ってやつかな。僕は全てを従える王だけど、その中でも特に特別扱いに値するものだってある」

 

 どこか懐かしむように微笑むと、彼のイメージとはそこまで合致しないシンプルな、どちらかというと武骨な鎖を自らの周りに回らせる。

 

 その姿にまるで友と戯れる普通の少年の姿が過ぎったのは私の気のせいだろうか。

 

「さてと――」

 

 そんな錯覚を覚えたのは僅かな間。

 真剣な表情でギルは霧の向こうをみる。

 

「セイバーさんが来てくれるならチャンスもあるかとさっきまでは思ってたけど……そう上手くはいかないか。セイバーさん、撤退する算段は出来てる?」

 

「ええ、リンに貰った宝石がありますからこの霧の外側まで直ぐにでも」

 

「リン……? ああ、あの度胸のある娘か。彼女と関わる世界線はそう多くなかった筈だけど、覚えがあるってことは見所があるのか――

 まあ今はいいや。それは僥倖、ならさっさと逃げようか。今の戦力じゃ勝ち目はないし、幸いなことに相手のボスは去るもの追わず精神みたいだからね」

 

 大人の彼とリンに接点があったとは思わないがどうやら色々とあるようである。

 

「逃げる……? 貴方があっさりとそんな判断を下すとは意外ですね」

 

 それよりも気になったのはこちらの方だ。子供になって幾分か丸くなったとはいえ彼は英雄王に違いない。

 そんな彼がここまで簡単に今は勝てない、退くという判断をしていることが疑問だった。

 

「戦略的撤退ってやつだよ。僕の財の恐ろしさは僕が一番良く知ってるし……たとえ貴女の力を借りてそこを乗り越えたとしてもその後はジリ貧だ。

 勝ち目のない戦に飛び込んで全滅するほど王として恥じることはないんじゃないかな?」

 

「世界が1つであった頃の王の貴方に撤退戦の流儀があるとは思えないのですが……概ね同意です。

 ですがイリヤは――」

 

「それなら心配ないよ。僕の鎖を嘗めないでほしいね」

 

 鎖が二手に別れ飛んでいく。

 見えなくなっても尚飛び続けたそれは突然止まると、同時に奥から少女の叫び声が聞こえた気がした。

 

「捕まえた――!」

 

 それを確認すると一気に手繰り寄せる。

 徐々にその捕まえた何かの影は大きくなり次第に形がはっきりし始めて……

 

「ひゃわあ!!」

 

「どっひゅーん!! です!!」

 

 2人の少女が姿を現した。

 

 勢いの尻餅をついて涙目になっているのはイリヤだ。そしてもう一人……勢いのままにぐるぐる回っているのは……

 

「はいはい。二人ともそこまでだよ。お迎えのお姉さんが来てくれたからね」

 

「お迎えって……セイバーさん!?」

 

「はっ!? 外人さんです!? 田中、はじめて見ました!!」

 

「た、田中……?」

 

 この場に似つかわしくない体操服に身を包んだ自らを田中と呼ぶ少女が私を見ると目を輝かせて駆け寄り、手を取るとグイングイン上下に振る。

 

 年としてはシロウと同じくらいなのでしょうが……それにしても力が強いですね

 

「ちょっと待って! あそこには美遊も、お兄ちゃんもまだ!」

 

 その横ではイリヤがギルに食って掛かっている。

 必死に訴える彼女だがギルは頑として首を縦には振らなかった。

 

「ダメだよ。どう足掻いても戦力が足らなすぎる。本当にあの娘、それにお兄さんを助けたいなら今は大人しく退くべきだ」

 

「それは――」

 

 わかってはいるが納得はいかない。

 そんな風にイリヤは唇を噛み締めくやしげに俯く。

 

「決まりだ、セイバーさん。色々と聞きたいことはあるだろうけど全部後にしよう。あんまりのんびりしてると――ほら」

 

『くそぉぉ!! どこ行きやがった!!』

 

『落ち着け。そう遠くへは行けないはずだ』

 

 聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 それは冬木での最後に私と対峙した者のそれに間違いなかった。

 

「エインズワース!」

 

「そういうこと。言いたいこと分かったでしょ? 今の僕らじゃ――それじゃあ行こうか。最後に捨てゼリフでも残して三下っぽさでも演出してね」

 

 話は終わりだとイリヤを突き放しギルは私の方へと寄ってくる。

 イリヤはそれでも踏ん切りがつかないようであったが……遂に覚悟を決めたのか俯いたままこちらへと歩み寄る。

 

「リン!」

 

 私が呼ぶと同時に手に持つ青い宝石が輝く。

 それと同時に周りの空間がぐにゃりと曲がりはじめる。

 

「美遊! お兄ちゃん! ……私、諦めないから! 絶対に助けるから!」

 

 最後に彼女が叫んだ言葉は、届いたのかは分からない。

 

 

 

 




なんとかここから本格的にドライ編始動出来そう……

どうもです!

fgoによってモチベーションが瞬間強化されているfakerです。

ここからの展開が一番難しいんだろうなとなる今日この頃。

なんとかのんびりやろうかなと思います。

それではまた! 評価感想お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております。

ps最近オリ展に向かうのを意識して地の文増やすのにトライ中、漫画で脳内変換出来なくなることを懸念してですが実際これだと読みにくいとかありますかね?


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第2話 仕切り直し

作者、通算二度目の課金(3000円)で10連に挑む。詳細は後書きにて


「セイバー、ちょっとこっち来て」

 

「――? なんでしょうか、リン」

 

 リンが私を小声で呼びちょいちょいと手招きしたのは、エインズワース城から帰還後彼女の一言で

 

「とりあえずお茶でも飲みましょうか。話はその後」

 

 と言って重たい空気に僅かな風穴を開けた直後の事だった。

 

 彼女は人見知りをして目立たないように声を落とすような人間ではない。

 となれば理由は1つ。何かしら聞かれたくないことがあるという事だ。

 

 そう結論付けて席を立ちキッチンの奥へいる彼女の元へと向かう。

 

「あの娘、どっちとして扱えばいいのかしら?」

 

「あの娘……? ああ、イリヤのことですか」

 

「そ、私の世界のイリヤスフィールは……何というか子供と大人が同居してるような子だったじゃない? けどあの娘は……」

 

 柄でも無くこっそりと物陰からイリヤを覗き見るリン。

 

 当のイリヤはというとあれから一言も発していない。

 今も掛けられるがままに掛けられた毛布に包まり、ソファーに座り込んだままずっと下を向いている。

 その表情は見ることができないが、芳しくないものであるのだけは確かだ。

 

 ……正直なところ私にはどうしたら良いものなのか分からない。

 

「普通の少女……出来れば年の離れた妹のような扱いをしてあげてください。こちらのイリヤは紛れもなく一般的な少女ですから――あ、リン特有のハッパはだめですよ。シロウだからこそ上手く糧に出来ていましたが、彼女にそれをしては心が壊れてしまう」

 

「するか! 全く、貴女は私を一体何だと思ってるのよ……了解。その方がよっぽどやりやすいわ。私、意外と子供好きみたいだから」

 

 エプロンを巻いたままグッと親指を立てるリン。

 ココアにするべきかオレンジジュースにすべきか迷っていたようだがオレンジジュースを並々グラスに注ぐとそれを持ちイリヤの方へと向かっていく。

 

 どうも心配なので私も後ろから様子を伺うことにしましょう。

 

「大丈夫? お腹減ったりしてない?」

 

「あ、凛さ……えーと……」

 

「凛で良いわよ。貴女の知ってる私とここにいる私は確かに別人だけど、遠坂凛であることに変わりはないんだから――はい、オレンジジュース。甘い方がいいでしょ?」

 

「ありがとう、凛さん」

 

 イリヤは両膝をついて視線の高さを合わせたリンからグラスを受け取るとちびちびと中身を飲む。

 そこでようやく顔が見えたのだが、先の戦闘でついたのであろう傷と――恐らくそれ以前からの――泣きはらしたためだろうか真っ赤に腫れた目とが重なって酷いものであった。

 

 リンはそれを見てとてもいたたまれないような目になる。

 

 ――私も同じだ。幼子のこんな顔を見るのは心が痛い。

 

 無力さに拳を握る。私にもっと力があったならば、あそこで撤退などしなかった筈だ。更に元を辿ればあの時シロウと美遊を連れ去らせたりなどしなかったというのに。

 

「私は――」

 

 オレンジジュースを飲み干すとようやく少し落ち着いたのかポツリポツリとイリヤが口を開く。

 

「どうしたの?」

 

「私は――美遊もお兄ちゃんも助けられなかった! せっかくあと1歩のところまで行ったのに! あと……あと少しだったのに!」

 

 それは、慟哭だった。一人の少女では抱えきることの出来るはずのない孤独と、突き付けられた現実。それを一筋の希望を頼りに必死に抑え込んで前へ進み、その糸さえ断ち切られ何もかもを見失った者の叫びだ。

 

 私には、痛いほどわかる。 

 

 自責の念と自らの無力さから拳を握りしめた。

 

「イリヤ」

 

「ふぇ――?」

 

 彼女の嘆きが続く中、ガチャンという音が部屋に鳴り響いた。

 

 それに合わせて顔を上げると、自分のカップを地面に捨てたリンがイリヤの全身を包むように抱きしめていた。

 

「凛さ――」

 

「よーしよし、辛かったわねー……もう大丈夫だから」

 

「――――!!」

 

 一瞬だけビクッと身体を震わせたイリヤだがリンは構うことなくその頭を撫でるとそのまま身体ごと引き寄せる。

 そんな彼女にイリヤも次第に身体を預けた。

 

「大丈夫。貴女のお兄ちゃんも、美遊ちゃん? もちゃんと皆助けて元の世界に戻してあげるから……お姉ちゃんが約束してあげる。

 もう誰も貴女を一人になんかしないし、一人に荷物を背負わせたりしない。

 だから今は泣いていい。全部……私が受け止めてあげるから」

 

「凛さぁん……! 私――私!!」

 

「杞憂だったようですね」

 

 時は人を変えるとは良く言ったものだ。

 優秀な魔術師であり、何でも出来た彼女だからこそかつては少しばかり普通の少女に比べると感情の機敏に疎い――彼女が強い、己のコントロールに優れていたからこそであるのだが――というか弱者の気持ちを理解しようとするものの仕切れずに不本意なすれ違いを生み出してしまいそうな危うさを感じていたものだが、目の前にいるのは正に淑女であった。

 

 全てをさらけ出し泣きじゃくるイリヤを優しく受け止めるリンを見ながらそんな感傷にひたった。

 

 

 

「むむむ……私の知ってる凛さんもいずれこんな風になるんですかねえ……? なんか100年経っても無理な気がするんですけど」

 

「彼女ならばだいじょ――って何やってるんですかルビー。もしもここで邪魔を入れたら――」

 

「流石にそんなことはしませんよー――イリヤさんをあそこまで追い詰めてしまったのは私の責任でもあります。今は全てこちらの凛さんに任せましょう」

 

 神出鬼没。いつものように知らぬ間に私の横へと表れたルビーですら同じように黙ってその光景を見つめていた。

 

 

 

 

 

「――寝ちゃったか。まあそれもそうよねー……こんなの普通の女の子じゃ絶対に耐えられない。同い年の頃の私だったらどうなるかと思うとぞっとするわ」

 

「お見事です、リン」

  

 数分後、次第にイリヤの声は小さくなり、次第に安らかな寝息へと変わっていた。

 

 私の賛辞にリンはやめてよ、と僅かに赤面すると眠ってしまったイリヤを抱っこして立ち上がる。

 

「ベットで寝かせてくるわ。だいたいの事は掴めたし。戻ってきたら作戦会議よ」

 

 そう言うとイリヤを起こさないように静かに扉を開け部屋を出る。最後に見えたその目は、私の知る魔術師でありマスターの遠坂凛に戻っていた。

 

 

 

 

 

 

―――――

 

「結論から言うと敵の総本山はあそこで間違いないみたいね。そして連れ去られた私の世界の士郎とイリヤのお兄ちゃんの士郎、そして友達の美遊ちゃんもそこにいる」

 

 イリヤを寝かしつけて帰ってきたリンは開口一番にそう核心をついた。

 先ほどまでとは違うピリピリした空気の中私と彼女は席につき、ルビーもの真ん中にふよふよと浮かぶ。

 意外なことにリンはルビーの登場にも驚いた様子を見せなかったが、なにか向こうでおぼえがあるのだろうか。

 

「そうなります。私の探知機能は妨害されていたのか当てにならかったですけど、カメラ&ズーム機能は生きていてなんとか見えましたよー」

 

 視認というのは最も古典的かつ、有効な識別の1つだ。

 それができているのならもう確定と言ってもいいだろう。

 

「ただ――もう一人奥にいたみたいなんですけどその人は確認できなくて……申し訳ないです」

 

「もう一人……? リン、貴女に心覚えは?」

 

「ないわね。あの時大空洞にいたのは私と士郎と先生だけよ」

 

「こちらもです。となるとその人物は――」

 

「まあそこは気にしなくていいんじゃない? 助けるべき人なら一緒に助ける。違うなら放っておく。それでいいわ」

 

 それなりに気になるよう情報ではあるのだがリンはバッサリと打ち切る。

 確かに趣旨を考えるとそれはそれでありなのかもしれないが、何となく気にかかった。

 

「とにかく当面の問題は戦力の確保ね。こっちの最大戦力であるセイバーと士郎を完封出来るのが1人とサーヴァント能力を使役するのが分かっているだけでも2人。

 実質最低でもサーヴァントを3……いや、4騎以上相手にするのと変わらない。これは」

 

「――そんなもんじゃないよ、残念ながらね」

 

「ギル?」

 

 リンの戦力分析に頭を痛めていると、冷たい声が私達に注がれる。

 その声の方向を見てみれば、ロードと共に田中さんの面倒を見ていたギルが部屋に入りドアを閉めるところだった。

 

「田中さんは大丈夫なのですか?」

 

「うん。体調は大丈夫、寝てるだけみたい。けどちょっとばかり問題が――まあそれはおいおい彼が説明してくれるはずだから今は置いておこうか」

 

 ――どうも歯切れが悪いですね。

 

 どこまでも饒舌なはずのギルが微妙な態度を取るとは珍しい。

 

「で、どういうことよギル。今の不穏な言葉は」

 

「言葉の通りですよリンさん。あなたの見立ては甘すぎる」

 

 当然のように上座に座るギル。そんな不遜な態度をリンは何も咎めることはない。

 と言うよりもこの二人、やけに相性が良い。

 ロードともそうなのだが、それとはまた少しベクトルの違うものだ。

 

「サーヴァントクラスが二人と言ってもその二人の間には大きな差があると言うことです。

 最強の財を持つ王とただの雑種では同じ英霊でも格の差がある――そうですね。セイバーさんと打ち合ったベアトリスを1とするならば、僕の財を盗んだアンジェリカは3だ。

 ほら、これでもう4人分でしょ?」

 

「3人分!? 何言ってんのよあんた! そんな英雄いるわけが――」

 

「世界にはいるんですよ。常識なんて枠にに囚われない傑物が……それが僕、英雄王ギルガメッシュです。セイバーさんはよく知っているだろうけど」 

 

 その不遜な言葉にムッとしたようにリンがジロリとこちらを見る。

 ここでスパッと一刀両断できるなら、彼女の溜飲は下がる筈なのですが……

 

「ええ、残念ながら。3人かどうかは知りませんが確かに彼の力は普通の英霊とは一線を画している」

 

 リンは溜め息をつく。

 

「何でもかんでも好き放題に宝具の原典を持ち出して攻撃する……まあ規格外よね。じゃあ何かしら? ボスはそれ以上と考えたら相手の戦力はサーヴァント7騎分以上は確実、要するに聖杯戦争そのものを相手にするよりも難しいって言いたいの、あんたは」

 

「ハハッ! その通りだとも! いやあ、なかなか良い表現をしますねリンさんは。ますます気に入りました」

 

 半ばやけ気味に言い放つリンの言葉にギルはどこが惹かれたのか大声で笑う。

 それと反比例するようにリンのしかめっ面が見る見るひどくなっているように見えるのは気のせいだろうか。

 

「それに対して私達の戦力はセイバーさんとイリヤさんを最高にしてサーヴァント換算すると精々3騎分が良いところですかねー。圧倒的不利ってやつです」

 

「バゼットや言峰、それにクロがいればもう少しはましになるのでしょうが」

 

 話題を変えたルビーの言葉に冬木以降合っていない顔が頭を過る。

 皆無事でいるといいのですが。

 

「とりあえず戦力補強は必須な訳だ。で、そんな皆さんに朗報があるんだけど――」

 

 待ってましたとばかりにニヤリと笑うギルだがそこで言葉を区切る。

 

「ちょっとだけ待とうか。そろそろ悩める先生のお出ましだからね」

 

「先生?」

 

 首を傾げると同時に再び扉が開く。

  

「すまない。少し遅れたようだな」

 

 ロードは頭を下げると私達に歩み寄る。

 

「アインツベルンの娘は?」

 

「寝かしつけました。なに聞きたいことがあるのでしたら起きてからにして下さい」

 

「そうか。ならば仕方ないか――ではお前たちにだけでも話しておこうか」

 

 そう言うと深刻そうな表情で席につく。

 そして彼が次に放った言葉はその表情に違いないものだった。

 

「あの田中という少女はイリヤスフィールが気がついた時には一緒にいたと言う話だが――彼女は一体何者だ? 少なくとも人間ではない。言うなれば超高密度の魔術炉だ。それこそ聖杯クラスのな」

 

 

 




どうもです!

ゲームリリース当日以来の課金、いってもどちらも3000円ですが。に挑んで10連引いてきたfakerです。

せっかくなので今回はその報告を。

まずTwitterなどの報告例から聖遺物を用意したほうが良いということで今回はホロウコミック1巻 UBWコミックアラカルト鋼の章 UBWコミックアンソロジーの3冊を用意。右手にはコンビニで買ってきたグーグルプレイカードを握りしめる。

他にもzero小説などもあったのですが、下手に使用してもしも旦那なんかが出てきたら僕のライフがzeroになるので今回は見送りました笑

そして万端の準備を行い運命の10連――

リアルタイムテンションでお送りします。

1発目前 ――f「こい、セイバァァァ!!」――とりあえず叫んどく。

1発目……石油王 f「概念だけどnew☆4きたぁ!! 出だし悪くないんちゃう!?」――既に発狂気味

2発目……ガンド f「聖遺物マジでワロタww いやまて、☆4が2枚って初じゃね?」――既に興奮しております

3発目……………… 遂にサバ出現を表すカード。枠は……セイバー(金)!! f「きたぁぁ!! いやまて、しかしこれでデオンちゃん二枚目の可能性もある。下手に喜んでは宝具を使えない苦しみが……!」――携帯握りしめ祈る。なんとかしてまともな宝具のセイバーよこい!!

 そして現れたそのサーヴァントは――セ イ バ ー オ ル タ f「ん……?(目こする) えーと(もっかい)……マジできやがった!?!? オルタ!? 念願の対軍宝具きたぁぁ!!」――狂喜乱舞


 なんと! 聖遺物使ったら現状最強宝具と誉れ高い黒聖剣使いのオルタさんが来てくれました!! そして石油王が被り☆4は計4枚!
 槍兄貴との相性もバッチリ(クラス的にも宝具的にも)な彼女の出現は正に奇跡と言って差し支えないレベル!!

 と言う訳で暫くは貢いである程度のレベルに達したらリーダーに据えます。

 皆さん良かったら使ってあげてください!!フレ申請はまだ受け付けておりますので感想にでも!!

 以上、テンション上がりすぎたfgoガチャレポートでした!!(しれっと兄貴とけーかさんも被り即死二人の宝具がレベル2に進化しました)

 それではまた!評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!!
 
 ps皆さん、ガチャるときには聖遺物を用意しましょう(迫真)
 


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第3話 現状把握

お 気 に 入 り 2 0 0 0 突 破とかマジですか


 ――魔力に満ちているのは間違いない。その容量は正規のサーヴァントと同様のレベルという化物っぷり。しかし魔力回路があるわけではなく、同時に魔術師としての素養も感じられない。だが一般人と呼ぶ事だけは出来ない。

 お前達が知りたいであろう何者かという問いについてだが――その質問に答えるのは大師父でも骨を折るだろう。

 

 結論として彼女の正体は分からないということになる。

 

 田中という人物については彼女自身に敵対する意思がない限り傍観するしかないと言うことで一応の決着を迎え、今はまた微妙な空気がこの場を支配していた。

 あまり良い意味での進展がない以上仕方のないことではある。

 

 

「まあそれはおいおいでいいとして――いつ迄黙ってるつもりよ、ギル」

 

 静寂を破るのは時計の針音だけ、そんな現状を破ったのは――昔もそうだったが――例のごとくリンの一言だった。

 

「――はい、なんでしょうかリンさん?」

 

 きょとんとしながら微笑みを浮かべるギル。

 しかしその言葉とは裏腹に、彼女の言葉に思い当たるふしがあることは明確だった。

 

「――――」

 

「おっと、怖い怖い。睨まないでよセイバーさん。リンさんのそういう顔は僕としても見てて楽しいものだけど、貴女がやると恐怖しか覚えない。

 全く……オリジナルの僕は実は被虐体質とかだったんじゃないかなほんと……」

 

 ギルは両手を挙げて降参というふうに苦笑いを見せたかと思うと横を向き小さくぼやいた。

 

 何か聞き捨てならない言葉も混じっているような気もしましたがこれ以上話が進まないのもややこしいので今は見逃すこともしましょう。

 

 

 

「そうですね、僕達――セイバーさん、そんな嫌な顔しないで。少なくとも今の僕は味方なんですから――の最大の懸念が戦力の確保と言う話になったと思うけど、それについてはあてがある。それが朗報です」

 

「あてがあるって……簡単に言うわねあんたも。私達だってこの世界に跳ばされて協力してくれるような手練がいるかどうかくらい探したわよ――けどそんなやつはいなかった。

 どう言う訳かは知らないけどこの世界の魔術は私達の世界に比べてどうも衰退している。ロンドンも同じ、形こそ残ってはいるものの力は無かったわ。それは教会も同じだった……下手すりゃこの世界の最高戦力は私なんじゃないかってぐらい」

 

 この世界の魔術師事情というのもどうやら複雑なものらしい。

 

 最低でも私レベルじゃなきゃ戦力には数えられないと苦い顔をするリンをギルは真意の読めない微笑みを浮かべたまま見据える。

 

「もちろん分かってますよ。まあ貴女以上の雑種なんてどこへ行ってもそうそういないでしょうけど――」

 

「その雑種って呼び方やめてくれるかしら? すっごい嫌だわ。理由は特に無いけど」

 

「――なるほど、記憶に刻まれてるわけだ……分かりましたよ、リンさん。もう貴女に雑種呼びはなしだ」

 

「よろしい。じゃ、続けて」

 

 と思えばすぐにギルも眉がぴくりと動く。

 

 二人の間の空気が不穏なものが混じり始めているのを私はどうすれば良いのか――何もしないが吉なのでしょうね

 

 仲裁に入るべきかどうかの脳内会議をあっさり閉廷すると下手に刺激しないように傍観すべく目の前に置かれた煎餅に手を伸ばす。

 

「ええ、仰せのままに――それは当然です。僕が言っているあてというのはこの世界の住人ではない。貴女達のように他の世界から紛れ込んだ不純物だ」

 

「――ギル!? それはまさか!」

 

 バキッという音とともに煎餅が砕ける。

 それは口によるものではなく、驚きによって必要以上に力の入った私の手によるものだ。

 

「その通りです。セイバーさん。薄々気付いているとは思いますけど、この世界に飛んだのはあの空間にいた者全てです。

 とすれば――」

 

「クロ達も――」

 

 私の言葉にギルは頷く。

 

「時系列で考えると、まず最初にリンさんが2週間前に、それからほどなくして僕が飛ばされました。

 いやあ、焦りましたよ。だーれもいやしないんですから……まあそこからアンテナを張ってたら一週間前にまず2人反応が、そして2日するとまた2人、また2日して2人、1日おいて1人、そして今日2人――これはイリヤちゃんとセイバーさんですね。

 とにかく、リンさんが来てから計9人がこの世界に入り込んだのは確認済みです。

 そしてその大半は恐らく僕とセイバーさんが打ち合った時にいた――」

 

「彼女達、ということですね。因みに誰がどこにいるのかというのは」

 

「残念ながらそこまでは。あの雑種はどうやら見る目はあるらしい。めぼしいのは全部持ってかれて精度が低いのしかないんですよ。

 誰がいつ来たのかも実際問題分からないですね」

 

「そうですか……」

 

 苦々しげにそう言う。今彼の言った雑種というのは恐らくアンジェリカのことだろう。

 それにしてもクロ達もこちらにきているというのは良い情報であり、そして気がかりになることでもある。

 特にギルの話だと誰かは1人ということになる。言峰やバゼットといった大人ならともかくそれがもしもクロかもしれないと考えると――

 

「ちょっとついていけないんだけど……私の探知の後にそれだけの戦力になりそうな人が大量に入ってきた。こういう認識で良いのかしら?」

 

「あ……申し訳ない、リン。その認識で大丈夫です」

 

 不安から一瞬できた沈黙、蚊帳の外になってしまっていたリンが頬づえをつき少しむくれながら再び破る。

 

 認識がギル、私と彼女では異なっているのだ。

 そういう細かい所にも気を使わなければいずれ重要な行き違いも起こりかねない。

 

「なるほどね、因みに誰が来てるのかしら? 平行世界の住人だから結局は別人だってのはわかってるんだけど……それでも向こうの知り合いとかは気になるものじゃない?」

 

「はい、最後に私達と一緒にいたのは――」

 

 まだ体感時間としては1日も経っていないはずなのに、もはや懐かしくさえ思える面々を頭に思い浮かべる。

 

「まずはクロ――イリヤが持っていた聖杯としての機能が人格を持って独立した、と言うべきでしょうか……面識はないと思いますが貴女の知っているイリヤスフィールをイメージしてもらえれば良いかと」

 

「初っ端から頭痛くなる説明ね……」

 

「大丈夫です。彼女は良い娘だ。リンもきっと気にいるはずです」

 

 リンの顔色が悪くなったように見えるのはきっと気のせいではない。

 

「続いては……こちらは貴女もよく知っているはずだ。ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト、そして……遠坂凛」

 

「――もうイヤよほんとに。いや、貴女の話を聞いてそれなりに覚悟はしていたつもりだけどさ……そっか、あの成金も、そして私もいるのね……」

 

 リンはもうどんな反応をしたらいいのか分からないというふうに頭を抱える。

 彼女の気持ちは分からなくもない。私とて、自分と同じ存在がすぐ近くにいると言われれば複雑な気持ちにもなるはずだ。

 

「リン、顔色が悪い。別に無理をして聞く必要は……」

 

「大丈夫よ。これ以上頭の痛くなるような相手はそうそういないと思うしもう覚悟はできたわ」

 

 その言葉とは裏腹に彼女の心は既に折れかかっているように見えた。

 

 しかしこう言っている以上止めればそれはそれで逆効果だろう。

 

「そうですか――この人物は貴女はしっているでしょうか? バゼット・フラガ・マクレミッツ。封印指定執行者ということでしたが……」

 

「バゼット!?」

 

 今まで瀕死の体だったリンがガバッと顔を上げそのまま身を乗り出す。

 ここまで強い反応を示すということは何か覚えがあるのだろうか。

 

「知り合いですか?」

 

「いえ、直接面識があるわけじゃないけど名前は知ってるわ。協会の中でも指折りの実力者だもの。

 ――そっか、彼女がいるってのは心強いわね。正確には分からないけど彼女の切り札はそれこそどんな相手でも一撃で消し去るって評判だし。

 それにね、セイバーは知らないだろうけどランサーのマスターは彼女だったのよ」

 

「なんと!?」

 

 今度は私が驚く番だった。

 冬木の地で始めて対峙したサーヴァントランサー。アイルランドの光の皇子ことクー・フーリン。

 彼との接点はその一度だけであり、そのマスターまでは知る機会がなかったのだが……元の世界でそのような関わりがあったのは驚きの一言だった。

 

「やっとまともなやつが出てきたわね。よし、元気出てきた。次いきましょ、セイバー」

 

 にわかに活気付くリン。

 ここまであまり彼女にとって良くない因縁持ちの相手ばかりの中でようやく挙がった通常の助っ人にテンションが上がっているのだろう。

 

「そうですね。後は――あ、」

 

 そうだ、大事な人を忘れていた。

 

 頭を捻って思い出した私はその人物を失念していたことを恥じた。

 

 彼女にとって1番縁ある人物がいるではないか

 

「いました。リンにより強い関わりを持つ人物が。それも相当頼りになります。話を聞いただけですが、劣化した存在とはいえバーサーカーを一度殺したというほどの手練です。加えて人格的にも何ら問題ない」

 

「ほんとに!? いや、けど待って。私の知り合いにそんなやついたかなあ……」

 

 パアっと顔を輝かせた後に、ん?とリンは考え込む。

 

 どうやら彼女の中で兄弟子の評価はそこまでは高くないらしい。いや、近すぎるほど見えないものもあるというやつのだろうか。

 

「んー……わかんないわ。セイバー、じらさないで教えてよ」

 

 リンが急かす。

 彼女の言う通りここで焦らす意味もないだろう。

 

「はい、リン。言峰……言峰綺礼です。確か貴女の兄弟子のは――リン?」

 

「は――――」

 

 その言葉を聞いた途端、今度こそリンは固まった。

 

「まさか――」

 

 目の前に手を持っていってひらひらと振る。しかし反応はない。顔から血の気は引き、その目はどこか虚空を見つめている。

 

 そして横を見てみればここまで沈黙を貫いていたギルが必死に笑いを押し殺していた。

 

 それを見て私は悟らざるを得なかった。

 

「……ギル、貴方知っていましたね?」

 

「ま、何となくですけどね……いやあ。面白いものが見れました」

 

「すまない……リン……」

 

 人には触れてはいけない地雷のようなものがあるのだと。

 

  

 

 

 

 

 

 

「2人は不明……どういうことよそれは。ギル、あんた間違えてんじゃないでしょうね?」

 

「それは僕の財にケチをつけてるんですか? それなら流石に黙っている訳にはいかなくなるんですけど」

 

 バチバチと火花を散らすリンとギル。

 

 あれから十数分。ようやく機能を回復したリンはいつもの調査を取り戻していた。

 もっとも先程までは「なんであれとまた会わなきゃならないのよ……」「こんなの嘘よ、目が覚めたら全部夢に決まってる」等と彼女に似合わぬ弱気な発言の連続だったのだが。

 

 ともかく今は新たに発生した問題に生気を取り戻し、同時にいつもの調子にもどっている。

 そしてその問題というのは――

 

「だってそうじゃない。セイバーが挙げたのは自分とイリヤを除いて5人、それ以外に心当たりはないって。けどあんたは7人って言ってる。

 これじゃあ他のメンバーが来てるかどうかの信頼性もなくなるってもんよ」

 

「知りませんよ。僕はそこまでそちらの事情に踏み込んでないんですから。とりあえず僕は7人の来訪者が世界の壁を越えてきたのを感知した。信じないというのならご自由にどうぞ」

 

 そう、人数に矛盾が生じているのだ。

 

 私に心当たりがあるのは先程いった者のみでそれ以外はない。

 しかしギルは確かに他にも2人の存在があると主張しているのだ。

 

 そうこうしているうちにリンとギルはプイッと互いにそっぽを向く。

 

「ま、まあ今はそこまで気にしなくても良いではないですか……もしかするとあの付近に巻き込まれた者がいたのかもしれない。

 それを確かめるのはまず探してみてからでも遅くはない。来ているのならきっと皆も合流を望んでいるはずです」

 

 そこまで根拠のない願望と言うわけでもない。

 拠点がない以上それを求めるのは人の常だ。特に今の季節は冬、野宿には限界がある。

 

「まあそれはそうかも知れないけど……」

 

「僕が間違っているなんてありえないですけどね」

 

 私の言葉で2人の対立は一応の終結を迎えたらしい。

 

「なら今夜はそろそろお開きにしましょう。探索をするにも昼の方が効率が良いはずです」

 

 時刻は気がつけば22時を回っていた。

 明日以降もあるしこの2人の今後の関係が心配になるがとりあえずはこれで良いだろう。

 そう思い席を立とうとし――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――っ!」

 

 違和感を覚えた。

 この感じは知っている。確かにエミヤ邸に間違って酔っぱらいか

何かが入ってきた時のそれだ。

 ぴーんと張り詰めた糸に取り付けた鈴が刺激を受けて鳴り響くような。

 

「リン――」

 

「分かってる――これは――」

 

「まさかもうお出ましとはね。何が淑女の帰り道を邪魔しちゃいけないだ。紳士が聞いて呆れる」

 

 その仕掛け主であろうリンは勿論のこと、ギルも同じ感覚を抱いたようで真剣な表情で2人とも立ち上がる。

 

「行きましょう――夜分に招かねざる客、それなりの対応をすべきでしょう」

 

 この時、私達は気づかなかった。というよりもその可能性を考えもしなかったというのが本当だろう。

 

 戦えるのは自分達だけだと思い込み、より早く異常に気づいた少女が誰よりも早く打って出ていたことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




前書きに書いたことが全て。感動に打ち震えております。

皆さん今後とも応援よろしくお願いします。

FGO速報? ギルイベまではひたすら待ちですよ!!石全力で貯めるから特に何もないんですよネタが!! あ、オルタのキャラクエ半端なかったです!

他のネタ? パジャマセイバーは反則だと思います!(コミックアラカルト無限の章並感)

久しぶりに投票とかもらえたら嬉しいなあ……来なかったらさみし……おっと、心は硝子だぞ?

それではまた!評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!!


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第4話 急転

オルタ様、ようやく2度目の再臨。いや、ほんと辛かった爪集め(涙)


「イリヤおねーちゃんは美遊おねーちゃんの友達なんでしょー?」

 

 自分よりも遥かに小さい少女の言葉にイリヤは、ドクン、と心臓が跳ね上がるのを感じた。

 なぜこの子供はあっさりとこの屋敷の結界をあっさりと突破しているのか、そもそもこの子供は一体誰なのか?

 疑問は数多く有れどそれは全て一瞬にして1つの単語によって隅へと追いやられる。

 

 「美遊」

 

 イリヤが今一番求める友達。その名を確かに少女は口にした。

 

「そ、そうだけど……」

 

 混乱する頭の中自然とイリヤの口をついたのは肯定の言葉。少なくとも美遊と自分が友であることは絶対であるからだ。

 

「よかったー!」

 

 その言葉を聞くと少女はまるで大輪の花が咲くかのごとく笑顔を見せる。

 そしてイリヤの手を取るとブンブンと上下に振った。

 

「それじゃあいこ! おねえちゃん!」

 

「え!? ち、ちょっとまって!」

 

 少女はそのままクルリと後ろを向くと、イリヤの手を取ったまま木に囲まれた庭を歩き出す。 

 

 イリヤはされるがままに一歩を踏み出し――そこで彼女の思考回路はようやく機能を取り戻した。

 少女の背中に見えたのは場違いにも見える、赤いランドセル。その向こう側に問いかけ足を止める。

 

「ん? なーに?」

 

 少女は振り向くと、はてな? という表情を浮かべイリヤを見る。

 その表情から読み取れるのは純粋な疑問の感情1つだけだ。

 

「えーと……」

 

 そのあまりの純粋さにイリヤはどこから問えば良いのか分からなくなるのを感じた。

 

 

 

「そうだなー……よし、あのね。あなたは私の事を知ってるみたいだけど私はあなたのこと何にも知らないの。よかったらあなたのことを教えてくれないかな?」

 

「私の事?」

 

「そう。例えば……そう、名前とか」

 

「名前……あ、わかった! ジコショーカイって言うんだよね!」

 

 最初はピンとこないのかうーん、と唸っていた少女だが、名前という単語を聞いて合点がいったのか手を叩く。

 

「私はね、エリカって言うんだよ! おねーちゃん!」

 

 そして何故かえっへんと胸を張り、綺麗なブロントのポニーテールをなびかせるとそう宣言した。

 

「そっかー、それじゃあエリカちゃん。エリカちゃんはどうして美遊の事を知ってるの?」

 

 いつも年下として扱われているのだが今回は逆であることの優越感、不意に訪れた美遊の手掛かりという緊張感。

 相反する感情がごちゃまぜになりながらも努めて平静を装い、膝をついてイリヤはエリカに問いかける。

 

 この返答次第ではどんな流れも起こりうるという覚悟を決めながら。

 

「なんでって……美遊おねーちゃんは美遊おねーちゃんだよ? 知らない訳ないじゃん!」

 

「あー……」

 

 残念ながら返答は要領を得ないものであったが。

 

「んーと……それじゃあ――!!」

 

 

 質問を変えようとしたイリヤは、少女から放たれるはずのない、押し潰されるようなプレッシャーを感じ反射的に後ろへ飛び退いた。

 

「誰!」

 

 一瞬エリカを凝視したイリヤだがそんなはずが無いと思い至り後ろの木立を見る。

 

 セイバーや凛ほど察知力に優れていないことはイリヤ自身分かっている。そんな自分ですら分かってしまうほど明確な殺気を放てる相手がいるとしたら――

 

「だめじゃないかエリカ。勝手に進んだら。迷子になってしまうよ?」

 

「あれ――?」

 

 イリヤは思わず自分の目を疑った。

 

 その先から現れた人物はイリヤの目から見てなんというか――ダメだった。一番近い人物を挙げるなら最後に見た時以外の父切嗣のように。

 

 ボサボサの頭、何とも言えないふわふわとした空気。色々な物が酷似しているとイリヤは感じた。

 

「あ、パパだー」

 

 その人物を認めるとエリカは駆け寄る。

 

「よいしょっと……いやあ、全くここは本当に一軒家か? もはや森じゃないか」

 

 飛びつくエリカを抱き上げると男性は汗を拭くとふーっと溜め息をつく。

 

 ここに来るまでに迷ったのだろうか、ところどころに葉がつき、サンダルは泥だらけになっている。

 

「あの……貴方は?」

 

 すっかり毒気を抜かれながらもイリヤはとりあえず男性に話しかける事を選択した。

 このままでは何がなんなのか分かったものではない。

 

「おっと、すまないね。娘が失礼した――私の事はダリウスとでも呼んでくれたまえ」

 

 柔和な笑みを浮かべ、ダリウスと名乗った男性は頭を下げる。

 

「いえ、こちらこそ。私は――」

 

「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」

 

「え?」

 

 名乗り返そうとしたイリヤを遮って自らの名前を呼ばれる。

 

 驚いたのはそれだけではない。もちろんそれもそうなのだが……その声は先程までののんびりとした声と変わらないはずなのに、まるで別人のように冷たかった。

 

「――!」

 

 そこでようやくイリヤは思い至り、そして恥じた。

 

 一般人がここにいるわけがないのだ。この屋敷の主が貼った結界。人払いの効果もあるこの中に入るのは一流の魔術師でも骨を折る、というよりも無駄だと本人であるこの世界の遠坂凛だと語っていたというのに。

 そして自分自身もそれを承知していたからこそ違和感を感じてすぐに反応したはずなのに。

 

 あまりにも無防備なエリカに警戒を解かれた。あまりにも"自然"に、散歩をするかのように入り込んだダリウスに認識を曇らされた。

 

 今自分がどれだけ致命的な状態だと言うことすら忘れて。

 

「――」

 

 ようやく今の異常性に気づきイリヤは一歩後退る。

 顔を上げればダリウスの顔はもはや別人であった。

 

「とある世界では聖杯の器、とある世界ではただの小学生。どれだけ世界が多種多様といえどここまで運命に幅がある者もそうはいないだろう……実に素晴らしい!!」

 

「一体……何を……」

 

 狂気、一言で言い表すならそれしかない。腕に抱かれたエリカがあまりにも不釣り合い。

 

 イリヤには聞こえない小さな声でぶつぶつと何か呟いたかと思うとダリウスは高笑いを上げる。

 

「――」

 

 間に合わない。屋敷までは数十mなのだがそれ以上にこの相手には間合いが近すぎる。

 

 ダリウスがどれだけの実力かはわからないが、それだけは間違いないとイリヤは一度後ろを見ると向き直る。

 

「だがね……私"達"が紡ぐ神話の舞台に上がるのに無条件という訳にはいかないなぁ……」

 

「パパ? おにーちゃんに怒られちゃうよ? えきすとら は勝手に選んじゃダメだって」

 

「いいんだよエリカ……ジュリアンには神話のなんたるかを後でちゃんと伝えておくからね」  

 

 そこからの会話はもはやイリヤにとっては支離滅裂の類であった。

 

 聞き慣れない単語が飛び交うなか、彼女に分かったのは少なくともその神話とやらが自分達にとって都合の良くないものであることだけだ。

 

 

 

 

「なんとかしな――」

 

「イリヤさーん!!」

 

 頭をフル回転させるイリヤだがその後頭部に大きな声とともに鋭い痛みが走る。

 

 頭がショートしたのかと勘違いする程のタイミングだったが、その勢いのまま土にダイブした顔をあげてみればなんの事はない。

 視線の先には見慣れた彼女の相棒が陣取っていた。

 

「いったいなー! なにするのよルビー!」

 

「それはこっちのセリフてす!! 一体イリヤさんは一人で何をしているのですか!!」

 

「あいた!」

 

 一閃。抗議の声をあげたイリヤのおデコにルビーの根元ビンタが突き刺さる。

 

「ふう……まあとりあえずお仕置きはこれくらいで良いでしょう。まずはこの場をなんとかしないと……イリヤさん。転身準備を」

 

「ルビー?」

 

 いつになく真剣な様子のルビーにイリヤを違和感を覚える、というよりも気圧される。

 彼女が真面目な様子を見せたのは別に初めてではない、がここまで切羽詰まった様子なのを見るのはイリヤは初めてだった。

 

「なんとかセイバーさんかこちらの凛さんが来るまでの数分……いや、もう気付いてるでしょうし数十秒かせげればあるいは……」

 

 イリヤの問いかけを無視してルビーは物騒な響きの単語を連発しながら呟く。

 

「え? なに。ルビーはあの人の事知ってるの?」

 

 明らかにルビーはダリウスという人物の事を知っている。

 

 いつもは人を食ったようなバカにしているようなで何を考えているのか全く分からないのだが、明らかに違いすぎる態度からイリヤにもそれは見て取れた――逆に言うとそれがどれだけ危機的状態なのかということも否応無しに。

 

「そうですか。そう言えばイリヤさんは知らないんですよね……私としたことがとんだ失態を。いいですか、イリヤさん――」

 

 そんなイリヤを見るとルビーは何とも言えないという風に空中でユラユラと揺れ、一呼吸おき

 

「どういう訳か知りませんがこんなところであの人にあったのは間違いなく最悪です――あの人、ダリウスは……美遊さんを攫った首謀者であり、セイバーさんを真正面から完封した大ボスです」

 

「――!!」

 

 セイバーを策を用いず倒した。

 

 その事実はイリヤの喉元に死が目前まで迫っていることを彼女に伝えるのは十分すぎるものだった。

 

 あまりにも強大すぎる敵。

 今までセイバーが現れてからというもの、どんなに苦しく、自分達ではどうにもならないような局面が来たとしても最後には彼女がまるでスーパーヒーローの如く何とかしてきた。

 

 そんなセイバーが何も出来ずに敗れたということは先程ルビーが言っていたことも全く冗談でもなんでもないということだ。

 

 

 

「そう力む必要はないよ、カレイドステッキ。ここに役者は整った。

 そして今回の物語の中に私の役はない。君達の相手は他の者が努めよう」

 

「私の役はない――?」

 

 そんなイリヤとルビーを見てダリウスが微笑む。

 

 その言葉を反芻するとイリヤは首を傾げる。

 

 それが本当ならば彼は少なくともここでは手を出すつもりないということになる。しかしそれならそれで一体誰が相手をするというのか。

 

「何を言うかと思えば……なら誰が私達の相手をすると? そのおちびさんだなんて言うつもりはないですよね?」

 

 イリヤと同じ事を思ったのかルビーは疑問を投げる。

 

「まさか、エリカに戦闘が出来るわけがないだろう? そう焦らずともすぐに答えは出る――来たまえ」

 

「――!?」

 

 ダリウスが声をかけると後ろの木立がガサッと揺れその奥から人影が現れる。

 

 暗がりで輪郭しか見えなかったその姿が一歩一歩踏み出すごとに徐々に明らかになり始め――

 

「なんで――なんでよりによって!?」 

 

 

 

 

 

―――――

 

「反応が増えた!?」

 

「ええ――ちっ、ああもう! なんで家の敷地内にまた結界が貼られてるのよ! やったやつはぶっ飛ばしてやるんだから!!」

 

「落ち着けトーサカ。この屋敷の防備は万全だった。それをあっさり破った上に内側からめちゃくちゃに作り直すなおすだなど只者の訳がない」

 

「――分かってますけど……!」

 

 これで何度目か分からない。

 

 進路を塞ぐように現れるキメラをリンが宝石魔術で爆散させる。

 

 そしてまた走る。問題はいくら走っても現実世界においては全くのゼロだということなのだが。

 

「リン、結界の終わりは――」

 

「こっちであってる! 人の庭で好き勝手やってくれちゃって……!」

 

 隣を走るリンはギリっと唇を噛みしめる。

 

 話によれば魔術師の工房は己の粋を尽くしたもの、自らの結晶だという。

 それを好きに荒らされてはリンの怒りも当然というものだろう。

 

「しかしこれほどまでとは――」

 

 その使い手の技量に感嘆する。

 異常を察知して外に出てみれば、そこは既に異界だった。キメラが地を這い、命を吹き込まれたガイコツが走り回る。まるで遠坂邸の周りの空間だけが切り取られて迷い込んでしまったように。

 その一つ一つはけして魔力に富んだものではなかったが、そもそもそんな不純物をリンに気づかれることなく紛れ込ませたこと自体がおかしいのだ。

 

「あった! ってでか!?」

 

 リンが出口を見つけたのか声をあげ、そしてまた別の何かに驚く。

 

 私がそれを認めたのはわずかながら彼女に遅れての事だったのだが、リンの反応は当然だと思えた。

 

「伝説におけるキマイラの模倣ですか――今までとは桁が違う」

 

 今まで全く変わらなかった風景が変わっている。まるでその先には何もないという風に黒く無機質に。

 

 

 そこが出口で間違いないのだろうが、求めたそれよりも目を引いたのは立ちはだかる怪異だ。

 獅子の面に牛の胴、翼は……龍種の真似事だろうか。

 体長数mは確定的なそれは私達を見るとこの世のものとは思えない咆哮を挙げる。

 

「――■■■!!!」

 

「リン、ロード、離れて!」

 

 私の声を聞くと2人はパッと横に飛び退く。それでいい。 

 この相手には彼女達はリスクがある。

 

「しかし――」

 

 繰り出される爪を掻い潜りその面の上へと飛ぶ。

 

 それに反応し炎を吐くが、聖剣を振るい薙ぎ払う。

 

「この程度で……私を止められると思ったか!!!」

 

「――■■!!」

 

 一閃。重力の勢いも借りそのまま真っすぐに首を一刀両断する。

 

 断末魔さえ満足に挙げられずキメラはその身体も首も跡形もなく消え去った。

 

 

「あれだけのサイズも一撃か」

 

「ただの模造品なので。本物のキマイラならこうはいかなかったでしょう」

 

 地に降りるとロードが呆れたように賛辞を述べるが簡単に返すに留める。

 確かに大したものだったが、あくまてそれは即興の中ではに過ぎない。この程度でやられるほどやわでわない自負はある。

 

「とにかくお疲れ様……あれが肝だったみたいね。空間が崩れかけてる」

 

「下手に飛び込むよりも待つほうが良いでしょうね」

 

 リンの言葉の通り、空は色を失い、大地にはヒビが入る。

 

 彼女の言うとおりこの空間を維持していたのはあのキメラなのだろう。

 そして剥がれ始めた世界の向こうには、戻るべき本来の世界が見え隠れしていた。

 

 これだけの仕掛けをしてくるのには何か狙いがあるはずだ。

 急がなければならないのは確かだが、万全を期さなければなるまい。

 

 ほんの僅かな時間。一瞬暗闇に呑まれるその時、集中のため私は目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

「これは――!?」

 

 そして目を開けた時、目の前に広がる光景に私は目を疑った。

 

 なぜ彼女が私達より先にたどり着いているのか、なぜ転身しているのか、疑問は尽きない。

 

 だが何よりも――

 

「クロ――?」

 

 転身したイリヤと切り結ぶ少女には、嫌というほど見覚えがあった。  

 

  

 

 

 

 

 




どうもです!


とりあえずまずは他にめぼしい話題もないので英雄王ガチャですね。

課金はあまりしたくないので今回はチケットと元々の持ち石で計9回引きました。

ええ、期待しましたよ。金のアーチャー来たときは。まあアタランテ可愛いからいいけどね!!(ようするに収穫はアタランテさんのみ。チケットはプロト兄貴が黒鍵にサンドされました)

もうお願いだから早くオケアノス来てくれ……再臨辛すぎるんだよ。セイバーピース欲しいのにたまり続けるアーチャーピース
爪がほしいのに出てくるのはアサシン輝石とライダー輝石、ここまで育てるのが大変だとは思いもしなかったよ!!

まあなんとかオルタさん再臨してちょこちょこ育ててます。ドレス見れるのはいつになることやら……

皆様も再臨アイテムは定期的に集めて起きましょう。レベルストップしてからあつめるのは地獄ですよ……

それではまた! 評価感想お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!


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第5話 光の皇子の真髄

戦力を取るか? ロマンをとるか? そして僕はエミヤをとった(グッバイバサクレス……)


「なんで――」

 

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンはただの少女である。

 

 彼女はアルトリア・ペンドラゴンのように不退転の決意などを持ってはいない、衛宮切嗣のように己の心を殺し切ることでを救おうという覚悟などない、とある錬鉄の弓兵のように届くはずのないという矛盾に気づきながらなお理想に歩き続ける心など持っていない。

 

 元を辿れば本当にどこにでもいる少女であり、彼らのように人を超えた想いをもってして己を保つことなどできはしないだろう。

 それは絶対の事実である。

 

 しかしだ。それでも通り抜けてきた修羅場という経験によって、ある程度その心を強くすることは出来る。

 今まで彼女がしてきたのと同等、もしくはそれ以上の経験をしたことのある同世代の人間など世界中どこを探したところでそうはいないはずだ。

 そういう意味で彼女は常人に比べればよほど崩れにくい心を持っていると言って問題ない。

 

 だが――所詮はその程度。

 明らかな埒外な状況に追い込まれた時、彼女の平常心はあっさりと崩れ去る。

 そして今、目の前に見えている光景はその埒外に当てはまるものだった。

 

「クロ――?」

 

 エリカを抱いたままダリウスが横にはけるとその姿があらわになる。その人物にイリヤは全身から血の気が引くような錯覚を覚えた。

 

 自分と良く似た……を通り越して瓜二つと読んで差し支えないその容姿を見間違えるはずがない。

 

 初めて会った時は今と同じ様な状況だったはずだ。けれども、それは本当に最初だけだ。それからの彼女は敵ではなく、頼れる仲間であり、イリヤにとって唯一の姉妹だった。

 だというのに、今イリヤの目の前に立つクロはまるで彼女だけ時間が巻き戻ってしまったかのように冷徹で、感情も感じさせない虚ろな目でイリヤを見ている。

 

 それが、何よりも恐ろしく、悲しかった。

 

 

 

「――イリヤさん。あれ、クロさんであってクロさんじゃありません」

 

「え――?」

 

 だからこそ、彼女の隣にルビーが間に合っていたのが救いだった。

 

 不可思議なルビーの言葉に悪い意味で自分の世界、殻に閉じこもりかけていたイリヤの意識が外へ向く。

 

「どういう……こと?」

 

「肉体面がクロさんであることは間違いありません。感じられる魔力から恐らくその技量も……しかし彼女を彼女を足らしめる魂、意識のようなものが感じられません。

 言うならばあそこにいるのはクロさんの人形です。少なくとも、イリヤさんの知っているクロ・フォン・アインツベルンとは全くの別人」

 

「別人――」

 

 普段の彼女からは想像もつかないような冷静かつ静かな怒りの篭った声に、目前の現実を拒絶せんと泳いでいたイリヤの焦点が合う。

 

 落ち着いて見てみれば確かに様子がおかしい――イリヤは一度深呼吸するとクロを真っ直ぐ見据える。

 先程は一目見た瞬間に完全に気圧され思考停止してしまったのだが、それを乗り越え冷静になればいつものクロでないことは明白だった。

 

 冷徹だと思ったその目は別にイリヤを見ているわけではない。何も見てはいない。

 一直線に向けられていると思った殺気は特にどこに向けられているわけではなく、全方向に放たれているそれが平等に当たっただけ。

 感情が感じられないのは、意図して抑え込んでいるのではなく、ただそんなものがないからだ。

 

 あれがクロ・フォン・アインツベルンではない何かなのは疑いようもない。

 

 

「じゃあ一体あのクロは」

 

「まだ正確には分かりません。単純な催眠の類なのか、それとも魂レベルから弄られているのか――ただひとつ言えることは」

 

 そこまで言うとルビーは自らイリヤの手の内に収まる。

 

「あのクロさんを倒さないことにはイリヤさん、そしてクロさん、どちらの未来もないということです」

 

「――――」

 

 その言葉でイリヤの決意は固まったと言って良いだろう。

 

 今まで無意識のうちに出ていた全身の震えが収まるのを彼女は感じた。自分だけならどうだったかわからない。しかし、自分がやらなければ大切な人も死ぬ。

 それを看過できるほど彼女の良心は鈍いものではなかったし、そこまで分かっていて震えているほど弱くはなかった――そんなものは、あの日セイバーと共にバーサーカーとの戦いに挑むと決めたときに捨てている。

 

「――ルビー」

 

「はい、なんでしょうイリヤさん?」

 

「クラスカードは何枚ある?」

 

 覚悟を決めてルビーに問いかける。それを聞くとルビーはどこか満足気に――不出来な妹の成長を見守る姉というところだろうか――に頷くと、どこか明るい声で答えた。

 

「セイバーさんの以外全て揃っています。いきましょう、マイマスター!!」

 

 

 

 

 

 

「―――■■!!」

 

 イリヤが転身を終えるのと同時に今まで微動だにしなかったクロが咆哮を上げイリヤへと飛び出す。

 今までは敵として認識されていなかったということなのか、無論全霊で迎え撃つイリヤにそんなことを考える余裕などありはしないのだが。

 

「グッ――! 相変わらずむちゃくちゃな……!」

 

「イリヤさん! 集中して!」

 

「分かってる!」

 

 一息のうちにおよそ七度、イリヤの持つ剣型に変形したルビーと、クロの持つ双方なの合わせて3本が火花を散らす。

 その1つ1つが周りの木々に茂る葉を散らす程の風を巻き起こす程の魔力の塊であり、万が一急所を貫けば即死は免れない斬撃である。

 そして息が詰まるような八激目、接近を嫌がったイリヤが横凪ぎに払ったルビーをクロは沈み込むようにして交わし、イリヤの懐へと潜り込む。

 

「や――!?」

 

「イリヤさん!!」

 

 伸ばした腕を反応したイリヤが戻すのと、飛び込んでくるクロが切り裂くの、どちらが早いかは明白である。

 軽率な一撃に死の到来のイメージが見えたイリヤだったが、それよりも更に早く動いたのがルビーだった。 

 イリヤの腕によって受動的に動かされるのを待つのではなく自分から強引にその腕を引っ張る。

 

 果たしてその判断は英断であり、勝利を確信して確実に仕留めるべくほんのわずかながら威力を重視して振るわれたクロのアッパーカットにも似た軌道の一撃を横向きに受け止めることに成功する。

 そしてその状態から無理に押し返すのではなく"逆方向"に魔力でブーストをかけ、ルビーの意図を把握したイリヤも斜め後ろへ、高飛びの背面飛びのように飛ぶ。

 クロの斬撃の威力もあってその身体は相当な高さ――スイング後のクロでは到底追い打ちが出来ない――まで舞い上がり、地に降りる頃にはクロとの距離は十分なものに達していた。

 ここでイリヤはようやく1つ大きく呼吸するだけの余裕をえて一度深呼吸する。

 

 こうして真っ向から突っ込んでくるクロを正面から受け止めたイリヤ最初の戦いの結末はあっさりとついた。

 無論、彼女の撤退という結末で。

 

「ふう……ありがとうルビー、あのままだったらやられてた」

 

「いえいえ――しかしこのままだと……」

 

「勝てない。それもまだ弓すら使ってないアーチャーに……けど絶対に本職剣だよね」

 

 

 クロはイリヤにこう言っていた。

 

「自分の力はアーチャーのものである」と。

 

 そしてそれが本当であることは今まで彼女の戦闘の際でイリヤ自身分かってはいた……はずなのだがいざ目の前にするとこのまっとうな疑問に辿り着く。

 

 アーチャーという割に彼女の戦闘で弓が用いられる割合は少ない。剣と対照し比率にするとせいぜい弓2剣8が良い所である。

 基本的に各々のクラスにあった攻め方をするのがサーヴァントの特色なのだが、彼女の力はあきらかに異質であった。

 

「本来アーチャーのクラスはその名の通り弓を活かした遠距離特化のサーヴァントなので今回のような展開はこちらからすれば願ったりかなったりの筈なのですが……一体どこの英雄なのか、私にも検討がつきません」

 

「まあそもそもそんな英雄さんはいたところでセイバーとかそっちの扱いで伝えられるよね……」

 

 結局のところ何度考えた所で結論など出ないし、そもそも今は関係ない。

 自分で出した疑問なのだがイリヤはその疑問をあっさりと頭の隅に追いやるとクロを見る。

 

「――――」

 

 近接攻撃の強い相手には遠距離が有効、そんなものはイリヤ自身分かっている。しかし残念ながらそのカードはよりにもよって相手の手の中にあり、こちらには有効打となりえそうなものがない。

 そうなれば、彼女が選ぶカードは必然だった。

 

「ルビー! ランサー、夢幻召喚!」

 

「りょーかいです!」

 

 青い槍兵、赤き魔槍ゲイ・ボルグを手に戦場を駆けたアイルランドの大英雄クーフーリンへとイリヤの姿が変わる。

 相手が接近戦を望むというのならば受けて立つ。

 

 イリヤが選択したのは再度の真っ向勝負だった。

 

「いくよ――」

 

 陸上のクラウチングスタートの如く身を屈める。

 強化された彼女の脚はまるで限界まで引き絞られた弦のようにぎりぎりと音を立てた。

 

「そお……りゃあ!!」

 

「――■■!?」

 

 一瞬、今まで何もなかったクロの顔が驚愕に歪んだようにイリヤには見えた。それが彼女本人のものなのか、それとも彼女を乗っ取っている何かなのかは分からなかったが。

 

 周りの者が見れば消えたようにしか見えないほどのスピードでイリヤは大地を蹴った。元々地面に足を置いていたにも関わらず彼女の足型に数十cm抉れるほどの威力で。

 その常人ならざる瞬発力から弾き出された速度は一瞬ながら音速の壁を優に飛び越え、視認すら困難なものとなる。

 

 

 しかし相手も常人ではない。咄嗟の反射であり意図した反応では無いのだろうが、クロはイリヤが正面に突き出した槍の軌道を的確に察知し双刀をクロスするように構え受け止めようとする。

 

 

「――■■!!―!?」

 

 クロの困惑したような唸り声が響く。

 それを見てイリヤは当然だと心の中で呟く。

 なにせイリヤがクロを見ているのはクロが予測した正面ではない。斜め後方なのだから。

 

「ルビー! 心臓はなし! 足を止めるよ!」

 

「おっけーです!」

 

 空中で体を翻すとほぼ同時のタイミングでクロの両足を狙いイリヤは槍を突き出す。

 不意をついたようにも思えたがすんでの所でクロは上へ飛び、槍は地面に突き刺さる。

 だがまだ諦めない。不十分な体制のクロを追いイリヤも直ぐさま真上に飛ぶ。

 

「そおれえ!」

 

 タメがない分今度はクロもしっかりと視認した上でイリヤを迎え撃つ。しかしイリヤもひかない、そのまま出せる限りの最高速を用いて捌ききれない連撃を繰り出す。

 

「―――■■■!!」

 

 今度の勝敗は先程と真逆。

 

 イリヤの槍を受け切れずにクロは弾け飛んでいく。それでも致命傷を防いでいるのは流石というべきなのか。

 

「いける!」

 

 砂煙のように泥を巻き上げなから叩きつけられたクロは地面を滑るが素早く体制を整えるが、アドバンテージを取ったイリヤはそれ以上のスピードで追い、手を緩めない。

 圧倒的な初速を持ってクロの周り全方位を飛び、駆け、完全に脚を止めて防御に徹するクロをひたすらに攻める。

 

「セイバーさんの言う通り……!」

 

 手応えを掴み心の中でイリヤはセイバーに感謝した。

 このような戦法を彼女に教えたのはセイバーその人である。クラスカードの元となる英霊との戦闘経験のある彼女はその力の有効な活用方もイリヤや凛以上に理解していた。

 

 

 

 

 

『次は――ランサーですね。彼の能力は使い方次第でどこまでも強くなる』

 

 眼鏡を掛けてホワイトボードの前に立つセイバーがサーヴァントについての説明をしたのはいつのことだったか、彼女が現れてそう過ぎていない頃だったはずだ。

 因みに眼鏡は凛からの借り物であり、発言者がそれをつけるのが当然のような流れになっていた。

 

『使い方……ランサーって1番単純そうだけど?』

 

 その言葉を聞いてイリヤは首を傾げた。セイバー曰くランサーが1番使いこなすのが難しいらしいのだが、イリヤにはキャスターやアサシンの方がよほど簡単に思えたからだ。

 

『ふむ……ではその心は?』

 

『えーと……』

 

『ランサーって最速の英霊なんでしょ? ならベストの戦い方なんて簡単に分かると思うけど』

 

 答えようとしたイリヤを遮ってはいはーい!とクロが手を挙げる。彼女の言っていることと大体思っていることが同じだったためイリヤも文句は言わなかったが。

 

『どのような?』

 

『トップスピードを活かした短期決戦、さっさと攻め落としちゃえばいいじゃない。いざとなったらゲイ・ボルグもあるんだし』

 

 これもまたイリヤの思っていたことと一緒速いのならそれを活かしてしまうのが1番いいに決まっている。

 しかしそんなクロの言葉にセイバーはふふん、と胸を張り、凛とルヴィアは何やら怪訝そうにクロを見ていた。

 

『いい間違いですね。クロ。表面的に見ればそうかもしれない。しかしそれはランサーの速さを履き違えている。イリヤも分かりますか?』

 

『んー……わかんないや』

 

 セイバーの問いにイリヤは素直に白旗を挙げる。それを見たセイバーは何故か得意気だった。

 

『では解説ですね。確かにランサーは速い。しかし、トップスピードだけなら魔力放出を使っている時の私、そしてバーサーカー辺りとは大して変わらないのです。もちろん1番なのは間違いないのですが――』

 

『そうなの!?』

 

『はい、ですが私やバーサーカーが速さで真っ向からランサーと対峙できるか、と聞かれれば答えはノーです。彼の土俵では勝つのは難しい。

 その原因がこれなのですが、ランサーの持つもう一つの速さ、敏捷性に他ならない』

 

『敏捷性……』

 

『そうです。簡単に言うと小回り、切り返し、急制動の能力が桁外れている。それこそがランサー、クーフーリンの最強の武器です。

 短い時間で正面から攻め落とすのではない、じっくりと、何度も死角からじわじわとダメージを与えていき、時間をかけて隙を見つけそこを必中の槍で確実につく。長期戦こそが真の戦い方になる』   

 

『ほぇー……』

 

 その説明でようやく何となくだがイリヤにも理解ができたような気がした。 

 最もその理解は、彼女の好きな体育の短距離走に例えて、直線よりもカーブを走るのがうまい人のようなものだろう、という安易なものだったが。

 

『さっすがおねーちゃん! 分からなかった私に補習してー!!』

 

『こ、こら! 突然何をするのですクロ!! 急に飛びついて……しれっと胸に顔をうずめない! 貴女、知らないふりをしていただけで分かっていたのでしょう!!』

 

『えー、知らないよー?』

 

『あー……』

 

 クロがセイバーに飛びつく。

 それが確信犯である事はその場の誰が見ても明白だった。

 真剣な空気から一転し、なんとも言えない雰囲気がその場を支配する。

 

『まあ、あのシスコンはほっといて』

 

『凛さん?』

 

 頭を抱えながら凛がイリヤの隣に座る。美遊とルヴィアは軽くキレる寸前になっているセイバーをなだめるのと、クロを引き剥がすのに全力を尽くしていた。

 

『今回の話は割りと重要だからちゃんと覚えておきなさい、いずれ役に立つ日がくるはずだから』

 

 

 

 

 

 

 

「開いた!」

 

 何度飛び回ったのかはもうわからない。

 ひたすら押しに押しつづけたイリヤに遂にチャンスが訪れた。

 疲労から防御姿勢が徐々に小さくなり、上半身の守りが薄くなる。これだけ広くなればいくら反応出来たとしてもランサーの槍を防ぎ切ることは出来ない。

 そう確信するのに十分な綻び。

 

「これで……終わり!!」

 

 一際大きな大木でもう一度踏ん張る。

 この戦い2度目となるトップスピード、イリヤは勝負を決めるべく蹴り出した。

 

 

 

 

 

―――――

 

「クロ――?」

 

「なにセイバー、あの娘知り合い? そんな穏やかな空気じゃないけど」

 

 見間違えるはずがない。イリヤと対峙している少女が誰か、それは確実だ。

 

 リンの言葉に答えるよりもはやく、私は彼女達に駆け寄ろうとし

 

「なっ!?」

 

 見えない壁のようなものに弾かれた。

 立ち上がり何も無いはずの空間に手を伸ばす。するとそこには確かに彼女達と自分を隔絶する何かがあった。

 

「これは――いったい」

 

 試しに斬りつけるがびくともしない。それどころかイリヤとの距離は数mだというのに私がここに気づいている様子すらない。

 

 

 

「ほう……思ったよりも早かったじゃないか」

 

「ダリウス――!」

 

 握る拳に力が篭もる。

 

 そのタイミング見越していたかのように、耳障りな声とともに2度目の遭遇となるダリウスが木陰から姿を現す。その隣には見たことがない小さな少女も一緒だったが。

 

「これをやったのは貴様か――」

 

「ああ、物語は己の内にて(イストリア・オブ・カルディアー)、物語の内容は外界に放たれるまでは作者の心の中だろう? 彼女達の物語はまだ紡いでいる途中だ。完成するまでは例え世界が滅びようとも干渉はできない。

 無論、それは私とて例外ではない」

 

「結界型の宝具と言うわけか……」

 

 それなら話は早い。

 

 私は剣の矛先を変える。

 

「やる気か?」

 

「もちろんそのつもりだ。宝具なら使い手が滅びればその効果はなくなるだろう。彼女達のどちらかが倒れる前にお前を殺す」

 

 剣を向けられてもなお不敵に笑うダリウスは不敵に笑う、がすぐにその表情は微妙なものに変わった。

 

「それは困ったな……私はこの物語の行く末を見届けなければならない。というわけでどうしてもと言うのなら今回は彼女達が相手をしよう」

 

「なんだと――? お前たちは!?」

 

 ダリウスがパチンと手を叩くと上空から2つの人影が舞い降りる。

 

 巻き上がった泥が消えると、そこに立つ人物はどちらも見覚えがあるものだった。

 

「ダリウス様の道を遮るというなら排除する」

 

 ギルガメッシュの宝具を操るというアンジェリカ

 

「また会ったねーアーサー王様ぁー今度こそぶっ殺してやるよ!」

 

 エクスカリバーと互角の打ち合いをしたベアトリス

 

 そう簡単には突破できそうにない壁が並び立つ。

 

「だが――」

 

 今回はあの時とは違う。私の思いに合わせるように両隣に戦士が並ぶ。

 

「なるほどね、よく分かんないけどあいつらぶっ倒せば士郎に近づくんでしょ? ならやるしかないじゃない――先生、後ろからフォローお願いします」

 

「ほんとに度胸が良いというかなんというか―ま、嫌いじゃないですけどね。セイバーさん、僕と凛さんであの盗っ人を殺るんでセイバーさんはあの煩そうなのをお願いします」

 

 やる気満々というか息がピッタリというか、リンとギルはいつでもいけると言わんばかりである。

 そしてそのギルの煽りが戦いの火蓋を切ることにとなった。

 

「あぁ!? テメエから先に殺してやろうかクソガキィ!!」

 

「はん! 君みたいな下品な雌豚を相手にしている暇は僕にはないんでね! 行きましょう凛さん!」

 

「言われなくても!」

 

「いくぞ!」

 

 

 

 

 




どうもです!

どうせFGOの事しか書くことねーんだろ?と思ったみなさん……正直言ってそのとおりですm(_ _)mだが今回は一味違います!折角なんで皆の役に立つことやるぜ!ってことで1個やってみましたよ!

題して、「幸運はドロップに関係あるのかないのか!」

軽く説明を、サーヴァント個別に設置されている幸運値、本編においても地味に働いている(兄貴とかエミヤとか)あれはこのゲームにおいて関係あるのか?
軽く都市伝説化してるこの話題を曜日クエ(種火)でやってみました。

まずそもそも僕のパーティは元々大分不幸……並べて見ると
オルタ様(59,C)マシュちゃん(37,C)槍兄貴(40,E)緑茶(40,D)清姫(33,E)キャスニキ(35,D)……酷すぎワロタ。体感的にはせいぜい2-3回に1個、あれ、これ完全に幸運のせいじゃ……

という訳でパーティから選りすぐりの幸運を集めて10回ほどノンストップで回してみました!目標はドロップ率4分の3!!
オルタ様(59,C)ステンノ様(20,EX)リリィ(25,A+)デオンちゃんくん(35,A)ゲオルギウス先生(25,A+)
フレンドはアルトリアさん(A?)ギル様 バサクレス(B)で回す。

そして結果は……
2→1→1→2→0(ミスって不幸パーティ)→1→1→0→0→1→0→2→1

速報、幸運パーティ、12/12でなんと平均1つ金を落とす。

これ多分幸運関係ありますわ!不幸パーティ案の定落ちないし!

更に特筆すべきはギル使用時、なんと2→1→2→1と期待値1,5!金ピカやべえ!!

というわけでまとめ、試行回数が少ないため確実とは言えないが戦力に余裕ありそうなら幸運パーティ作っておく価値はありそう。


また何かやってみようと思うので何かありましたらー

それではまた!評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!!

PS種火は全部エミヤに食わせました


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第6話 人間と、魔術師と

唐突ですが


「これで――終わり!!」

 

 蹴りだすと同時に幹周り1mは軽く越すであろう大木がバキッという音を立ててへし折れる。

 その音がイリヤの耳に届くことは無い。なぜなら、今の彼女は音よりも速いからだ。

 

「―――」

 

 彼女が目標とする褐色の人形までの距離はと言えばせいぜい10mいくかいかないか。

 となれば到達までにかかる時間はほんの刹那、瞬きしている間に終わってしまうというやつだ。

 しかしサーヴァントの力を借りたイリヤにとってはその僅かな時間すらまるで彼女の嫌いな算数の授業の時間ほど長く、鮮明なものに感じた。

 

 その先に見えるのは、度重なる連撃にいよいよバランスを崩し片手を地面に付くことでなんとかバランスを保っているクロ。

 反応が遅れ完全にイリヤの姿を追うことは出来なくなっている。

 

 そこに襲いかかる最速の槍。交わす術などはありはしない。

 

「――さっさと目を覚ましなさい……馬鹿クロー!!」

 

 心の底から叫ぶ。それはただの気合というだけではなく、最後の最後に心の中に湧き上がってきた何かを押し止めようとするものだったのかも知れない。

 そうして槍が突き刺さり、肉が切れる不快な音がする。それは彼女が初めて聞く"人の身体"を斬った音。

 

「あ――」

 

 びちゃっと冷たい何かが顔を濡らす。その感触に、いつの間にか瞑っていた目を開けると、両膝をつき、顔を下げるクロの肩口から右腕の付け根にかけて大きな傷ができ鮮血が噴き出していた。それでイリヤは理解した。自分の額を濡らしたのは彼女の血であると。

 

 他の世界線でどうなるかなどは定かではないが、少なくともこの世界において幾度となく彼女達の危機を救ってきた必中の槍は今回も必中であった。

 

「とりあえずこれで――」

 

 だがそれは、その必中の意志を担い手である彼女自身が本気でもっていれば、という話だった。

 

「――■■!!」

 

 

――――――

 

 

「なにを言ってるんですかイリヤさん! 早く離れ――!!」

 

「――■■■!!!」

 

「アウ――!」

 

 いち早く事態を察知したルビーが叫ぶ。

 一度沈黙したかに思えたクロだが、止まったのはほんの一瞬。天を向き一際大きく野獣のような咆哮を上げると、周りの肉が引きちぎれるのも構わずに無理やり身体をひねるとその勢いのままイリヤの横っ腹に回し蹴りを叩き込む。

 両手を使い全力で槍を突き立てていた彼女がその反撃に対応できるはずも無く、まるでおもちゃのように宙を舞い、地面に落ちても2回、3回と転がり、ようやく呼吸を取り戻したのはその後のことだった。

 

「カハッ――」

 

「なぜ……なぜですイリヤさん! 今のは貴女の……」

 

「分かんない――私はちゃんと……」

 

「――――」

 

 ――――今のは貴女の失策だ。

 

 そう言おうとしたルビーの言葉が止まる。

 血を吐きながらもその言葉の節々に本心からの疑問符を浮かべるイリヤの返答に、彼女には分かってしまった。

 

「違う――今のは、私の失策――」

 

「ルビー……?」

 

 不思議そうに問いかける主人に返す言葉はルビーには思いつかなかった。というよりも聞こえていたかも定かではない。

 彼女の心を埋め尽くしていたのは明確な後悔。ただそれだけ。

 結果など、この戦いが始まった時点で分かっていたのだ。それに気付かずに履き違えた自分の落ち度。

 

「――――」

 

 ルビーは直前の記憶をもう一度反芻する。

 そして、その中に潜んでいたこの結果を導く手掛かりの数々がよりはっきりと見え、彼女は天を仰いだ。

 

 目の前で苦しげに倒れるマスター、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンはたとえこの勝負に負けない結末は自力で用意出来たとしても、勝つ結末は、それがより明確であればあるほど自ら手繰り寄せることが出来る存在ではない。

 そんなこと、彼女と初めて会った時から分かっていたはずのに。

 

 あの時……イリヤが覚悟したのは敵となったクロを"倒す"ことではなく、クロを"助ける"為に力を振るう事だった。そして問題はここなのだが、彼女にとっての助けると、ルビーにとっての助けるは同じ言葉でも少し違ったのだ。こんなところにいる以上大抵はルビーと同じ意見になるはずなのだしそう思い込んでいた。

 だがイリヤは――

 

「ルビー……!」

 

「――っ! しまっ!!」

 

 思考は一旦中断。

 イリヤの声でここを好機とばかりに突っ込んでくるクロの存在にルビーも気が付いた。

 僅かながらも体力を回復したイリヤとルビーはとにかく防ぐ為の連撃を繰り出す。

 本来イリヤとの相互疎通に失敗した際の二重リスクを警戒しほとんどその機能を停止しているアシスト機能もフルに駆使しなんとか食らいつく。

 元来スピードでは彼女達が上回っている事もあり押され気味ながらも決定打は与えない。

 そしてクロの手に握られる双刀を叩き落し……

 

「ゲホッ――」

 

「やはり――!」

 

 イリヤは再び蹴り飛ばされた。

 

 それは先程の再現だ。イリヤの体躯でクロの蹴りを抑えきることも出来るはずがなく、再び宙を舞う。

 だが一つだけ違うことがある。それはルビーの心の中にある確信が生まれたことだ。

 

「――――」

 

 クロは流石にダメージがあるなか無理をしたのがたたったのかこちらを無理やり追おうとはせずに傷口を抑えて息を整えている。

 そしてルビーはもう一度その傷を見直す。細長く腕を覆う切り傷。見ようによっては狙ってそうしたようにも見えなくはない。しかし――

 

「イリヤさん」

 

「なによルビー……耳あんま聞こえないからもっとはっきり」

 

「イリヤさん、貴女ではクロさんには勝てません」

 

 それを見てこれが現実だと、ルビーは再確認した。

 

「な――」

 

 イリヤが言葉を失う。

 一体何を言うのかと、確かに現状の不利は否めないがなんのメリットがあってそんなことをいうのかと、その目が困惑に染まる。

 

 だがそれでも、淡々とルビーは続けた。

 

「じゃあイリヤさん――なぜ貴女は槍を無理やり(・・・・)外したのですか?」

 

 無意識か後ろめたさか、さっと目の前の少女の瞳から光が消える。

 それはおそらく自分ですら気付かなかった、もしくは薄々感づいてはいたが理解しきれていなかった前者をここにて自覚したものだとルビーは判断した。

 

「セイバーさんに教えてもらったとはいえ、先のイリヤさんの戦闘はパーフェクトでした。

 ええ、あれだけやって外すなんて有り得ないくらいに。加えて今の私はオリジナルには程遠いとはいえゲイ・ボルグの必中理論、因果逆転を理解し体現することができる。正に完璧な運び……ですが事実として利き腕となる右肩を破壊して勝負を決めると言う思惑はずれた。

 それは槍がクロさんに突き刺さる直前まで私"達"の狙いだったものが私"だけ"のものになってしまったことに他ならないのではないのでしょうか?」

 

 イリヤはもう何も言わない。

 それは沈黙と言う名の肯定なのだろう。

 

「イリヤさん……貴女は成長しました。初めて出会った時には敵を目の前にすれば全力で敵前逃亡をかましたり、私生活でも何かあるたび些細なことでも逃げの一手しかうてなかったただの女の子と本当に同一人物なのか信じられないくらいに。

 ですが凛さんやルヴィアさんに比べても全く出来ていない心構えが1つあります。いえ、むしろそんなものは覚えないほうがよっぽど良いのかもしれませんが……」

 

 

「イリヤさん、いくら強くなっても、どれだけ異形を斬っても、今の貴女には"人"を斬ることはできない」

 

「――――っ!」

 

 息を呑む音が聞こえた。

 

 そうだ。いかに非現実に足を突っ込んでいようとイリヤは根本的にこちら側の人間ではないのだ。

 それが魔術師である凛やルヴィアと、イリヤの決定的違い。

 そもそも人間という生き物は倫理観というものを持っている。人を殺してはならない、傷つけたくないというのはその最たるものであり、どんな行動をするにしても無意識のうちにそれが一番に来るように出来ている。

 

 だが、それを良しとしないのが魔術師という人種だ。

 彼らの場合はそれよりも上に根源の追求というものがある。故に、相応の覚悟は必要とはなるが、好き嫌いは別として根源に至るためには人を殺すことも厭わない、目標の為ならやむを得ないこともある、という普通の人には到底及びつかない考えを持てる。

 だからこそ彼らは一般人とは違う。人を人として形作る最大の論理が異なっているのだから。 

 

 しかし、それだからこそ出来る事もある。

 今の場面がまさにそれだ。もしもこの場で闘っているのが凛なら、ルヴィアなら、全てが終わったあとに泣きもするだろう、悼みもするだろう、だが最後の最後までぶれたりはしないはずだ。

 そしてそれを当たり前のように自分も求めただろうとルビーは思う。

 

 けれど、それをイリヤに求めてはいけなかった。

 

 いくら理由があるとはいえ家族を傷つける。それを全くぶらさずに実行できる人間がいるとしたら、それは魔術師か、そこに快楽を見出す狂者か、あるいは人としてこわれている何かだけだ。

 

 当然ながらイリヤはそのどれにも該当しない。

 

 だから、ある意味槍が外れたのは必然。それに気付かなかったルビー自身の落ち度。

 彼女には悔やむことしかできない。

 

「じゃあ――どうすればいいのよ!」

 

 ガクガクと笑う膝に手を当てながら必死にイリヤが立ち上がる。

  

「そんなこと言ったって、やらなきゃクロも私も死ぬって言ったのはルビーじゃん! なら、私がやらないと……」

 

 だがその言葉はか細く、今にも消え入りそうなもの。目には涙が一杯に溜まっている。

 人である以上当然のように備えている感情と、それを許さない今の矛盾した状況との板挟み。

 どちらからも逃げられず、どちらも乗り越える術を見つけられないというように。

 

「いえ、もう無理しなくていいです」

 

「え――?」

 

 だから、ルビーは決めた。

 たとえ今後イリヤにどう思われようとも、彼女の人としての部分は壊させないと。

 

「マスター登録者イリヤスフィール・フォン・アインツベルン……緊急事態と判断し神経接続開始――」

 

「ちょっ――ルビー……? まって、いったいなにを――」

 

 カレイドステッキの持つ無限の魔力、無数の機能は元来人の手に負えるものではない。

そのあまりの力によって幾度となく封印されたりもしたものだが、今こうして外に出ているのはそれに附随する形で付けられた人口天然精霊、要するにルビーの存在があるからだ。

 悪用を防ぐ門番にして力を開放するスイッチ、この相反する2つをこなす彼女の役割は大きい。

 だからゼルレッチは彼女に人と等しいと言えるだけの人間性をとりつけたのだろう。

 人と同じように喜び、同じように悲しみ、同じように趣味を持ち、同じように悩み……その存在が何があっても人類の敵となるようなことが決してないように。

 そしてそれは、裏を返せば人1人の意識の主導権を乗っ取るくらい簡単だということ。それもマスターとして直接的な繋がりがある者ならばなおさらだ。

 

「――――っ」

 

 一瞬、ほんの一瞬だがルビーは躊躇った。

 

 それは今しがたイリヤが感じた矛盾と同じものだろう。

 やらなければいけないことは分かっている。しかしそれで失うものの大きさもまた分かっている。

 

 そこでイリヤは止まった。人間であるが故に。しかし、魔術師の感性をもつルビーは――

 

「接続完了――意識占有100%、身体機能異状なし、抵抗反応クリア――戦闘行動可能と判断。接続時間は150秒に設定――」

 

 イリヤは槍を持ち立ち上がる。だがそれはイリヤであってイリヤでない存在。

 

「時間がない。早く決めないと――」

 

「――■■!!」

 

 本能的に何かが変わったことを察したのかクロも息を切らしながらだが立ち上がる。

 そしてそのまま大きく後ろへと飛ぶと大きな弓を投影する。

 

「なるほど、流石は姉妹。意思なんてもはやなくなっているでしょうに……悲しいものです。ここで対峙している2人はどちらも本来の身体の持ち主と違うものに支配されているだなんて」

 

 ルビーも槍を握ると全身のバネを太腿一点に集約し構えを取る。

 

 先程一撃を与えた際にクロの中へと入り軽い解析を行った。だいたいのネタは分かっている。

 

「仮にこれをイリヤさんに伝えたとしても、クロさんの姿をしている相手に槍を当てるのは無理でしょうしね」

 

 そのまま大きく跳ぶ。因果の逆転を覆せるとしたらそれは自らの意志だけだ。

 

「ka――bo――g!!」

 

 クロが弓を放つ。螺旋型の到底弓には見えないそれは疾風となりルビーへと迫る。

 

「破壊するのは偽りの心ではなく真の霊核――突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルグ)!!!」

 

 必中の槍を放つ。

 こちらも弾丸かと見間違えるほどの速度を保ち狙うべき命を刈り取るべく直進する。

 

「――!!」

 

 直撃、そして均衡はほんの数秒ともたなかった。

 爆散する螺旋の奥へと槍は進む。劣化の投擲宝具と劣化の劣化の贋作。その勝敗は見るまでもなかった。

 

 もうクロに出来ることなどない。

 諦めたのか逃げもせず、そのまま両手を広げ、死の一撃を受け入れた。

 

「―――」

 

 本来心臓があるのとは逆、右胸を貫いた。

 

 

 

 

 

 

――――――

 

「終わりだ。戻りたまえ」

 

「――っ!」

 

 趨勢を問われたならば五分と五分……少しだけ私のほうが良いか。

 そんな状況の中、突如後ろで傍観を決め込んでいたダリウスが手を挙げ、不服そうな表情を浮べながらベアトリスも引き下がる。

 

「イリヤが勝ったのか……あれは!?」

 

 完全に目の前の敵に合わせていた集中を解き、隔絶された空間とかした彼女達の方へと目をやると、立ち尽くすイリヤの横にクロが倒れていた。

 そして、イリヤの手に握られているのは必中の槍。

 

「いや、どうやら私の思惑とは少し違うが……これも一興か。安心したまえ、クロ・フォン・アインツベルンは死んではいない。

 私は彼女達の神話への登壇を認めよう」

 

 さっと頭を過ぎる嫌な想像を否定したのは、ほくそ笑むダリウスだ。

 満足げな雰囲気を漂わせた彼はエリカの手を握り後ろを向き……もう一度振り返った。

 

「アンジェリカは……手こずっているのか。あの小さな英雄王の登場は流石に想定外だったが……ベアトリス」

 

「はいはい、分かりましたよっと」

 

 ベアトリスが大鎚を振り上げると何百mか離れた位置に一本の雷が落ちる。

 そしてその直後に身体中に傷を負ったアンジェリカがそこから飛び姿を現した。

 

「驚いたな。まさか君が押されるとは」

 

「申し訳ありません。あの二人が想像以上に相性が良く」

 

 その向こうから『逃げるなこのやろー!』とか『まだ3割も返してもらってないてすよ!』とか聞こえたのを考えるにどうやらふたり共元気……無事なようである。

  

「あの魔術師の女も十分に見込みあり……ジュリアンめ、あいつの審査は厳しすぎる。あの心の器のひとつも大したことがないとか言っておきながらその実怪物クラスの傑物だった件もあるし1つ言い聞かせなければ……」

 

「あれは全力を尽くしても際どい勝負になったことがジュリアン様のプライドを傷つけたのかと」

 

「心の器……?」

 

 聞き慣れない単語の意味を考える。しかし私に思い当たる節は何も無かった。

 

「じゃあ今日はここまでだ。ああ、死んでいないとは言ったが早く治療しなければクロは死ぬぞ。私達を追うよりもそっちのほうが余程重要だと思う、とだけは言っておこう」

 

 それだけ言い残すと4人は悠々と遠坂邸の庭を歩いていく。

 私がここで追撃するなどあり得ないと確信しているように。

 

「クロ! イリヤ!」

 

 そしてそれは正解だ。

 彼女達に駆け寄ると今まで私達を隔てていた壁のようなものは消え去っていた。

 

「すいませんセイバーさん。すぐに意識は戻しますので」

 

「その声は……ルビー?」

 

 

 

 

 

―――――

 

「――♪」

 

「どうしたんだいエリカ? ご機嫌じゃないか」

 

「んー? だってね……イリヤおねえちゃん、とっても優しい人だったから!! おねえちゃんなら美遊おねえちゃんに合わせても大丈夫だよね! パパ!」

 

 

 




どうもです!

今回はあんまFGO話すネタがない(笑)

あ、エミヤさんのキャラクエは和みました。

とりあえずひたすら混沌の爪を集める悲しい作業に挑んで早くオルタ様をゴスロリにしたい(カニファン並感)

まあたまには本編について皆さんと語れればいいですよね!

それではまた!評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!!


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第7話 疑問

「にしても良く似てるわねー。肌の色以外見分けつかないわよこれ」

 

「そんなことありませんよ。よく見てみれば全然違います」

 

 2人並んでスヤスヤと寝息をたてるイリヤとクロを眺めながらそう言ったリンに少しムッとしながら返す。

 なぜそんな風な感情を抱いたのかはよく分からない。

 

「双子以上に双子なんだから家族でもなきゃそう簡単に分からないわよ普通──ところでセイバー、あのバカステッキはどこいったのよ」

 

「……分かりません。今回の事は彼女自身責任を感じていたようですので」

 

「ふーん……ま、今回のルビーの判断は正しいと思うわよ私は。こういう考え方がどうかってのは分かってるけどね。……むしろあいつが気に病んでる方が驚きってもんよ──それだけこのイリヤとの時間が大きかったってことなんだろうけど」

 

 そう語る彼女の目は魔術師のそれだった。

 リンは立ち上がるとカーテンごと窓を開け外を眺める。差し込む柔らかい月明かりと、雪こそやんだものの未だ冷たく荒ぶ風。明るく照らされているはずの彼女の横顔は風に巻かれて靡く長髪に隠れて見ること出来ない。

 これは錯覚だ。今そのことを考えているからそう見えているにすぎないのはわかっている。だがその光景は彼女の中に同居する優しい人間、遠坂凛としての面、そして魔術師トオサカリンとしてのそれ、相反する2つを表しているかのようにも見えた。

 

「────」

 

 そんなリンから目を話しもう一度幼子二人を見る。

 

「これからの相手は今までとは全く違う。少なくとも彼女達にとっては」

 

 ──イリヤさんにクロさんは斬れないと判断しました。どのような処分も受ける覚悟はしています

 

 あの後、イリヤの声を借りてルビーが言った言葉だ。 

 もちろん彼女が責られる道理などどこにもない。むしろ結果だけ見れば賞賛されるべき行為と言って問題ないくらいだ。

 私達は手を出すことができず、イリヤ自身勝機を逸した。彼女の機転がなければ二人とも今生きていなかったかもしれない──だがそれは、結果だけを見ればの話だということも理解している。

 

 もしも仮に乗っ取られたのが私だとしたら、何も言わずその判断に感謝するだけだろう。目的を達成したことに変わりはないのだから。

 けれどもイリヤが同じかどうかはまた別の話である。人の本能としての倫理感、今まで積み上げてきた信頼、一時的とはいえ自らがなくなるという行動そのものに対する恐怖。

 

 だからこそルビーは悔いた。そして私はこうして悩んでいる。

 二人はこれからエインズワースという"人間"に対して本気で戦えるのかと。

 

 クロはまだ何とかなるかも知れない。少なくともかつては本気でイリヤやキリツグを殺そうとしていたのだから。けれども、それはあくまで人の温かさを知らなかったからこそのことでもあり、今はどうかは分からない。

 そして問題はイリヤの方だ。考えてみれば彼女に出来る道理のほうが無い。どちらかといえばここまでボロが出たのが一度だけ、そしてそこから立ち直ったことの方がおかしいとさえ思える。 

 

「ゲーム、もしくは非現実的なものとして捉えていたからこそ」

 

 サーヴァントという桁違いの存在。あまりにも大きすぎて理解が追いつかなかったからこそ戦えたとは皮肉でしかない。 

 

 結局のところこれからは彼女達の心次第としか言う他ないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───あれ……ここは……」

 

 

 各々答えの出ない問いに私もリンも黙り込む。

 そうしてどれくらいたったのか、沈黙を破ったのは久しぶりに聞く彼女の声だった。

 

「クロ! 目が覚めたのですか!?」

 

 いつの間にかうたた寝しかかっていたのか、そんなつもりはなかったのだがいつの間にかボヤケていた意識も視界もはっきりとする。

 

 顔を上げてみれば今まで寝言1つなく静かに眠っていたはずのクロがベッドから上体だけ起き上がり不思議そうに回りをきょろきょろと見渡していた。

 

「おねーちゃん!?──そっか、じゃあイリヤが勝ったってことか……」

 

 その瞳が私を捉えると同時に大きく開いた、と思えばなにか思うことがあるのか急に俯き何かぶつぶつと呟く。その内容は小さすぎて聞き取れない。

 

「あ、起きたのね。えーとそっちは……」

 

「クロ・フォン・アインツベルン。クロでいいわ。凛? にしてはだいぶ大人びてるわよね。貴女は──」

 

「凛でいいわ。ま、どちらも色々話すことはありそうだし──」

 

「リン、どちらへ?」

 

 机に突っ伏していたはずのリンは一度大きく伸びをして軽く自分の名前だけ言うと立ち上がり部屋の出口へと歩いていく。

 

「お風呂よお風呂。二人も入りましょ、眠気ざましにはぴったりだろうし。それに……」

 

「それに?」

 

「そろそろ作業が終わるはずだから。あの成金の力、見せてもらおうじゃないの」

 

 

 

 

 

―――――

 

「一体これは──」

 

「世界最古の成金恐るべしってやつね……あー気持ちいい」

 

「ギルー、あんたやるじゃない! 見直したわよー!」

 

 その恩恵を受けてからこんなことを疑問に思うのはそれはそれでどうなのか。

 風呂に行くと言ってリンが私達を連れ出したのは屋上。そんなところに何があるのかと思えば、この古風な洋館には場違いにも程がある温泉が見事に出来上がっていた。

 

 ちなみにお湯の温度、種類はもちろんのことシャワーやらサウナも全て完備という充実ぶりである。

 装飾だけそこら中から突き出る剥き出しの竹やら、意味の分からない漢字の羅列に何故か上を舞うタコやらとどうも間違った日本文化全開なのだがそれくらいはご愛嬌と言っても何の問題もないと言えるくらいに。

 

『それはどうもー! これで今回の件は貸し借りなしってことでー!!』

 

 一番大きな湯船の石縁に座り髪を纏め上げながら大声で壁の向こうにリンが呼びかけると、ちょうどあちらも入浴中なのか──入り口もしっかりと男湯と女湯と別れていた──ギルが返事を返してくる。

 因みに貸し借りと言うのは先のアンジェリカとの戦闘でギルが想定外のピンチに陥り、その打破の為に使う予定のなかった宝石を使ったとかそんな話だ。

 

「なに言ってんの! あれ一応8桁はするんだからね! こんなんじゃまだまだよ!!」

 

『……鬼の借金取りですね。これならいっそのことあのまま食らったほうがましだったかも……』

 

『諦めろ。彼女に借りを作れば最低でも5倍返しが条件だ』

 

 しかしギルの見立ては甘いとしか言いようがない。

 それを象徴するかのように彼と共に入浴しているのであろうロードの今まで聞いたことのない諦めたような声が虚しく響く。

 

 そうしてそれから男湯から聞こえてくるのは二人のため息と、よく聞き取れない愚痴だけが聞こえるだけであった。

 

 

 

 

 

「──流石ですね、リン……」

 

「ん、まあね。あれから色々と大変だったし無理やりでもたくましくなるわよ」

 

 そう胸を張って答えるリンだがちょっとズレているような気がしないでもないのは触れないが吉か。

 

「それじゃあそろそろ真面目な話を……ってあの娘どうにかならないの? 邪魔にならない気がしないのだけど。と言うよりもそもそもいつの間に?」

 

「ああー……」

 

 リンは目を細めてため息をついた。

 その視線の先では──

 

「ちょ!? なにするのよあなたは!?!?」

 

「プロレスですー!!」

 

 じゃれ合うというか一方的に絡む形で田中さんがクロに飛び付いていた。

 

「ああもう……! ちょっと田中さん! 少ししず──「乱入大歓迎です!!」──キャッ!」

 

 トラブルメーカーはどうあってもトラブルメーカーらしい。

 呆れながらも仲裁に向かったリンの顔面に田中さんはシャワーを噴射する、それも威力全開で。

 それがあまりに突然のことだったこと、それまでに彼女が床に大量のシャンプーをぶちまけていたこと、そもそも床が滑りやすい大理石だったこと。様々な条件が重なり合った結果、ペタン、というなんとも可愛いらしい音と共にリンは尻餅をついた。

 

「へ〜……そういう態度とるんだ」

 

「──!!」

 

 その時、空気が凍り付いた。

 湯に浸かっているにも関わらず背筋に寒気が走る。そしてそんな感覚に襲われたのは私だけではない。 

 お尻を擦りながらバスタオルがはだけるのも関係なく立ち上がったリンにクロは思いっきり顔を引き攣らせ、田中さんはよく分からない姿勢のまま恐怖の表情を浮かべ全身固まっていた。

 こちらからは見えないが、きっとリンの表情は素晴らしい笑顔に違いない。

 

「ダメよ〜二人ともお風呂で遊んじゃ。ちゃんとご両親に教わらなかったのかしら?」

 

「た、たなかはそういうの分からないです……」

 

「わ、私もまだ外に出てからまだ数ヶ月だし……」

 

「あらそうなの〜。それじゃあ私がちゃんと躾けてあげないと……ちょっと痛いかもしれないけどそれくらいは許容範囲よね、二人とも?」

 

「「ヒッ──」」

 

 これはいよいよまずい。リンの右手がすっと上に上がったのを見て本能的に身体が動いた。

 

「ま、待ってくださいリン! 少し落ち着いて!」

 

「離しなさいセイバー!! こういうクソガキはしっかり躾とかないと後々後悔するんだから!!」

 

「それは躾ではなく制裁です! お願いですから──」

 

 羽交い締めにするが思った以上に力が強い。ちょっと待ってください! そんなに暴れられると──

 

「ひゃっ!?」

 

 リンから素っ頓狂な声が聞こえる。そう思えば突然今まで踏ん張っていた足から感覚が消え。私の目に見えている景色が突然満点の星空に変わった。

 

 おかしいですね……なんでこんな……あ──

 

 そして気付いたのは本当にその直前だった。

 だがもう遅い。

 

「おねーちゃん大丈夫!?」

 

 頭が……割れる…… 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いたた……なるほど、風呂場の転倒とはかくも危険なものなのですね……一度タイガが悲鳴を上げていたのを聞いたことはありますがまさかここまでとは……」

 

「即効性の薬湯があって良かったね、おねーちゃん」

 

「ありがとう、クロ」

 

 クロが後頭部を擦ってくれる。そこには大きなタンコブが出来ていた。

 

「凛さん大丈夫ですか……? もう田中悪い子しないです……」

 

「あーはいはい。分かったからそんなに気にしないで、ね? もう怒ってないから」

 

「ほんとですか!」

 

 隣は隣で似たようなものである。もっともこちらはいつの間にか慰める側と慰められる側の立場が逆になっているのだが。

 

 しゅんと小さくなっていたのから一転、パアッと明るい笑顔に変わる田中さんとその頭を苦笑しながら撫でるリン。

 とりあえずはこれで一見落着と見て良いだろう。

 

「じゃ、遅くなっちゃったけどそろそろ本題に入りましょうか……クロ、だっけ? 貴女、一体何を知ってるの? さっき起きた時の言葉、セイバーは聞こえてたか分からないけど私はきっちり聞いてたわよ。イリヤが勝ったのかってね」

 

「──」

 

 こういう時にもポーンと直球で放り込めるのが彼女の凄いところでもある。

 突如として空気が張り詰め、心なしかリンとクロ、お互いの視線が鋭くなるのを感じた。

 

「──まあ全部話すつもりではいたけど……そうね、それじゃあおねーちゃんとはぐれてこの世界に飛ばされた所からでいいかしら?」

 

「私が目覚めたのはね、あいつらの本拠地の中だったの──細かいことはとりあえず置いておくとして、一番大事そうな所だけ話すわ。

 あいつらの目的は世界そのものを"置き換えて"しまうこと。そしてその先にあるのは──"この"世界、"この"人類の救済よ」

 

 

 

 

 

 

―――――

 

「英雄王」

 

「ん? なんだい先生。質問なら遠慮しないほうが良い。今の僕は機嫌が良い。いつもなら答えないようなことも答えちゃうかもしれないよ?」

 

 そう言ってギルは笑った。そんな彼を見てロードは重い口を開く覚悟を決めた。

 

「クラスカードのことだ。お前は一体何を知っている」

 

「……意外だなー。そっちか。てっきり僕は……」

 

「あの人の事だとでも思ったか──そこにはいずれ自力で辿り着いてみせるさ。それよりも今はこっちの方が重要だ」

 

「ふむふむ、その心意気やよし。けどその質問はあまりにも大雑把すぎて答えようがないかな。

 僕だって万能じゃない。知っていることはもちろんあるけど、知らないこともある」

 

 全く真意の読めない笑顔。だがそれはロードにとっては予想の範疇──むしろ本命の反応だった。

 動じることなく次の質問へと移る。

 

「ならもう少し具体的にしようか。英雄王──お前は、誰だ。私が……いや、僕が知っているアーチャーか? それとも──」

 

「……体のいい疑問だね。この英雄王から一度で二つの答えを引き出そうだなんて」

 

「まて英雄王! どこへ」

 

「興が冷めた。僕はもうあがるよ──けど1つだけ。ライダー、征服王のマスター ウェイバー・ベルベット。仮に君の求める答えと僕の答えが違ったとして……それはそんなに重要なことなのかい?」

 

 

 

 

 

 

――――――

 

「おねーちゃん!!」

 

「どうしたというのです。騒々しい……そろそろイリヤも起こさないと」

 

「そのイリヤが! いないの!」 

 

 

 

 

 




どうもです!

ネロ祭楽しすぎぃぃ!!!

オルタ様遂にゴスロリに進化したぁぁ!!礼装も3つドロップしたぁぁ!!
今後のゲームバランスが少し心配です(小声)

そして物語はようやく核心へ。
ここから一気に最終章へと突き進むのか、まだまだ先は長いのか。作者も知りません。

それではまた! 評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃん待ってます!!


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第8話 嵐の前の静けさよ

この作品ではクロの名前はクロですから! セイバーさんが名付け親ですから! クロエじゃないです!


「ちっ……やられた。まさかあんな悠然と帰っていったその日のうちに行動起こすなんて思わないわよ普通!?」

 

「ですが我々の虚をつく一手としては確実に有効ではありました……特にイリヤには普段からルビーがベッタリと張り付いている。そのガードを掻い潜らなければならないことを考えてみればここしかない絶妙なタイミングにも見える」

 

「まー……ね。ルビー、気持ちは分かるけどぐじぐじしてても仕方ないわ。とにかく早く動かないと」

 

「こうなってしまった以上それしかないだろう──どうしたクロ、何か気になることでもあるのか?」

 

「え……あーうん、あるにはあるんだけど」

 

 外からは爽やかな朝日が差し込み、朝食に用意されたスープとスクランブルエッグにトーストはその温もりとともにいかにも美味しそうな匂いを漂わせる。

 が、それに手を付ける者はいない。と言うよりもその存在自体忘れているようなものだ。

 

 今から遡ること数分前に突然もたらされたイリヤ失踪の知らせ。その衝撃は計り知れない。

 

「クロ、何かあるのなら言ってほしい。正直私達はあまりにも事が進みすぎて何がどうなっているのか把握できない。もしも思い当たるものがあるのなら少しでもほしい」

 

「……それもそうよね。どこから話そうか……あいつらの目的については話したよね」

 

「ええ、細かい内容まで突き詰めなければ到底信じがたい話ですが」

 

 昨日クロの言っていた内容を思い出す。

 

 単独でこの世界に飛ばされたクロはそのままエインズワースに捕らえられ、彼らの魔術によって意識を人形かなにか──リンによると置換と呼ばれる魔術の可能性が高いという──に移し変えられ、戦闘中イリヤに一撃を加えられた際に意識そのものは身体に戻ったものの混濁し、主導権はにぎられたまま終結を迎え、ようやく完全に元に戻ったという。

 

 その意識を移し替えられる前の時間でダリウスとも接触したのだと言うが──

 

「あいつはどちらかというと私達が来るのを待っているふしがあるわ。神話の創造には必要だ〜とかなんとかいって。私の身体をイリヤが倒した時点であの娘も自分の神話挑む者……いえ、作り手にカウントされてるはずなのよ」

 

「そういうタイプの魔術師もいないことはないわ。目的を達成するのが1番ってわけじゃなくて自分の美学やらを最も重視するタイプの……まあそういうやつほど大抵危ないやつで、強制執行の標的になるんだけど」

 

「その通りよリン。で、そのタイプのやつはハナから自分の欲一直線だからそうそう一度決めたことを撤回したりしないのよ。だってスタートからゴールまでの思考が他が介入する余地なく一本道だから。

 狂信者ってやつはある意味最悪に一途だからわざわざ意図して返したはずのイリヤを攫ってくなんてブレブレなことするとは思えないんだけど……」

 

「──」

 

 リンとクロの会話を聞きながら頷く。

 そういった手合との経験がないわけではない。自らを神の写り身と信じて疑わない教祖やら、私が悪魔の子だという妄想に捕らわれ、それを全く疑わずに本人からすれば完全なる善意で暗殺しようとしてきた下手人など様々に。

 

 そんな者達の目は決まって通常の人間よりもなんと言うか……覚悟の据わり方が違っていたのを今でも覚えている。

 結局のところ振り切れた人間はその心、意志も振り切れて固まっているのだ。そしてそれが善なのか、悪なのかはその個人のものさしで全てが決まる。

 

「だがそんなことをする意味があるのはエインズワースだけだ。この荒廃しきった世界では犯罪組織すらまともな機能を保っていないだろうからな。なら答えは決まっているだろう」

 

「先生、それは私達も分かっています。ですがその動機が余りにも不明瞭だからこたちらも罠なのかなんなのかと困って」

 

「ふう……これだからエリートは──」

 

 声のする方に顔を向けると、少し離れたソファーに私達に背を向ける形に座ってコーヒーを飲んでいたロードがいつもの仏頂面──そこにかつての面影はほとんどない──をこちらに向け立ち上がる。

 

「常に物事の本質を完璧に理解しようとする、安易に騙されないように裏を裏をと考える、大いに結構だ。そういった思慮深さは大成するのに必要不可欠なのは間違いないからな。

 しかしだ、あまり全ての物事に意味を求めるのもまた愚策だ。時には意味のないものはない、またはそんなものどうでもいいと割り切る豪胆さも必ず必要になる。因みに今回は前者になるのだが──遠坂、お前は子供の無邪気な行動1つ1つに完全な動機付けが出来るか?」

 

「──? 一体なにを仰って……そんなこと出来るわけ──まさか」

 

 首を傾げていたリンだが何かに気づいたのかパッと目を見開く。

 それを見たロードは満足そうに手を一度叩く。

 

「そうだ。今回の事に意味などありはしない。それをした張本人になんの意図もありはしないのだからな。

 エリカと言ったか? あの少女は我々が駆けつける前にイリヤスフィールと接触している。仮にだが……もしも彼女がそこでイリヤスフィールに何らかの執着をもったとしたら、タイミングを計ったり、我慢するなど出来まい。お気に入りのおもちゃを手に取るのと同じ欲望ですぐにでも取りに来るだろうな」

 

 

 

 

 

 

 

────

 

 とある少女は言った。「あのお姉ちゃんがほしい」と

 彼女の従順な侍女はこう言った。「仰せのままに」と

 そして白銀の少女に全てがのしかかった。

 

「(ちょっとまってー!! これは一体なにー!?!?)」

 

 困惑と明らかに違和感のある視点の低さと手足の感覚。

 目が覚めたイリヤを支配していたのはこの2つだ。全く理解の及びつくものではない。

 それは他の誰であろうとそうであろう。なにせ彼女の身体は、わずか数十cmの人形になっていたのだから

 

「(いやいやいや! まずは落ち着いて……そしたら絶対やるべきことがわかるはず! えっと……そうだ、寝てたら突然見えない手に掴まれて……)」

 

 頭をフル回転させるが思考がごちゃごちゃにこんがらまった状態ではそう上手くいくはずもない。

 結果としてほんの数時間前のことを思い出すのに要した時間は本来の倍近くかかっていた。

 

「(で、エリカちゃんとアンジェリカにここに連れてこられて、入り込まれそうになってなんとかそこだけは拒否してそこから──)」

 

 そこで終わりだ。なんとか自分の中の鍵を閉じることに成功したはいいがその直後に意識が飛び、今に至る。

 なにがどうなったのかという具体的な手掛かりはなし。

 

「(なんも状況好転しないよねこれ!? ってあれ……)」

 

 不意に感じた違和感。そもそも現状違和感以外の何もイリヤにはありはいないのだがその中でも異彩を放つそれに気付き手を喉に伸ばす。そして──

 

「(声も出なくなってる──!!)」

 

 ズーン、という効果音が一番似合うだろうか。

 イリヤはそのまま床に崩れ落ちた。幸いな事に身体は動く。しかし声がでないとなれば、仮に誰かが自分の事を見つけてくれたとしてどうやって自分が自分だという事を伝えればいいのか、只のぬいぐるみAとなったイリヤの絶望は軽いものではない。

 

「(やばい! これは絶対絶命のピンチだよ!!)」

 

 困った時には人間の本性が出る。

 一時の混乱を抜けたイリヤが選択したのは例の如く逃げの一手。 

 もちろん具体的な解決策があるはずもなく、とりあえず現状が良くないという事実に従って走るだけなのだが。

 

 外に出ようとしているのか、とにかくその場を離れようとしているのか。どちらなのかは彼女自身よく分からないままドアの隙間を抜け、先が見えないほど広い廊下を走る。

 

「(なんでこんなタイミングー!!??)」

 

「ん? なんでこんなとこに人形落ちてんだ?」

 

 その決死の逃走劇。僅か10秒。

 

 咄嗟の判断で倒れ込んだイリヤの頭上から声が響き、その身体があっさりと宙に持ち上げられる。

 人形は汗をかかないという当たり前の事実に彼女は感謝した。

 目の前には敵の顔がこれでもかとばかり広がっていたのだから。

 

「おっかしーなー、こんなん私持ってたっけ?」

 

「(痛い痛い痛い!! なんで痛みは感じ……腕は引っ張らないでー!!)」

 

 不思議そうにあちらこちらを引っ張りながら呻るベアトリスにイリヤは声にならない叫びをあげる。

 

「いやー、こんなブッサイクなの私持ってねーわ」

 

「(うう……なんかよく分からないけど傷つくこの気持ちはなに……)」

 

 思い当たるフシがなかったのかベアトリスの目が興味なさげなものに変わる。

 

「と言うわけで……」

 

「(え……ちょっとまって……)」

 

 だけなら良かった、のだがその目は一転して好奇心に満ちた輝くものへとまた変化する。

 そしてイリヤにはその目には覚えがあった。

 自分がそんなふうな目をすることはあまりない、自宅では兄である士郎、そしてキビキビしたメイドであるセラもまずない。

 しかし同じメイドでもぐうたらなリズはその目をする、小悪魔系ことクロもする、そして天然フリーダムママことアイリは……常にしている。

 

 それはイリヤの苦手なもの

 

「(そのイタズラっぽい目はやばいやつ……!)」

 

「どこまでもとんでいけー!!」

 

「(やっぱりー!)」

 

 綺麗なオーバースローからイリヤは空中に弾丸のように飛び出すとそのままあっという間に加速していく。

 

「(野球ボールの気持ちが分かった気がする……あれ……)」

 

 そして目の前に迫ってくるのは通気口の、穴。

 

 

 

 

 

 

 

 

「(痛た……もう、いや……)」

 

 数分前以来の気絶から目覚めたイリヤはもうやる気も何も失っていた。

 

 状況はずっと最悪のままだ。と言うよりも何がどうなっているのかという把握すら出来ていない。

 ここから先何をどうすれば良いのか分からないという事実が彼女に虚脱感を与えていた。

 

「(もうこのまま寝ちゃ──)」

 

「イリヤ様!?」

 

「(え──?)」

 

 そこは牢獄なのか電気などなく、雑につまれた石で出来た壁と布団代わりなのか藁が敷き詰められているだけだった。

 しかし藁すら心地よく、そこに寝転んだ瞬間聞こえるはずのない声がイリヤの

耳に響く。

 

 そんなはずがないという驚きとともに顔を上げるイリヤ。すると横にはふよふよと浮かぶ見知った顔が……

 

「(サファイア!?)」

 

「やはりイリヤ様! なぜこんなお姿に……いえ、それよりもまずは」

 

 なぜ、どうして、そんなことはどうでも良かった。今大事なことはとにかく味方となる存在がそばにいるということ。

 その衝撃から身振り手振りで必死に意思を伝えようとするイリヤにパアっとサファイアから一本の光が注がれる。

 その効果は直ぐに彼女に現れた。

 

 

 

「声が……でる! ありがとうサファイア!」

 

「これくらいは簡単です。しかし一体イリヤ様の身体は……」

 

「分かんない……けど気付いたらここにいて……けどサファイアこそなんでこんなところに」

 

「美遊様が隙を見て私を逃がしてくれました。残念ながら敷地外に出ることは叶わなかったのですが……しかしイリヤ様がいるのならもしかしたら」

 

 

 

 

 

「おーい、何してるんだサファイア?」

 

「お兄……ちゃん?」

 

 悪いことが続けば逆に良いことも続く時は続く。

 こんなところでサファイアに会えた、それはイリヤにとって最上級の幸運だったのは疑う余地もない。

 しかしその時聞こえた声は更にそれ以上の幸運を告げていた。

 

「は……? その声は……まさか……」

 

「おに……」

 

 愛しき声のする方向にばっと顔を向けたイリヤ。

 そこにいたのは果たしてその人物そのものだった、のだが──

 

「お兄ちゃん……その左腕は、なに?」

 

 彼女の知っている兄は、そんな腕をしてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

───── 

 

「あら……ギル、こんなとこにいたの」

 

「そう言えば食事の席には見えなかったですね」

 

「どうもです、リンさん……行くんですか?」

 

「当然」

 

 遠坂家の門を出ると微笑みを浮かべたギルが振り返る。

 

 確かに今朝は姿が見えないと思っていたがやる気があるということなのか。

 

「私としてはあんたがそんなにやる気な方がびっくりよ。どういう風の吹き回し?」

 

 真っ赤なコートに身を包んだ凛がポケットに手を突っ込んで茶化すようにギルにそう言う。

 それに対してギルはやれやれと手を振った。

 

「いやいや、むしろ逆です。貴女達は全く分かっていない……まあ何のエインズワースと言う名前が聞こえただけで飛び出していった彼女よりはマシですけど」

 

「彼女……?」

 

「はい……ああ、これじゃあ見えないのか、よいしょっと」

 

「なっ!?」

 

 彼がパチンと手を鳴らすと今まで何もなかったはずの道のど真ん中に鎖でぐるぐる巻きになった田中さんが出現する。

 

 しかもその身体は傷だらけである。

 

「ちょっと!? 何してんのよあんた! 田中さん大丈夫?」

 

「ズンガズンガするです……」

 

「だから落ち着いてくださいって、一人で乗り込んで死ぬよりはマシでしょう。むしろ感謝してほしいくらいなんだけどなあ」 

 

 リンがギルに詰め寄……ろうとして田中さんの救出に向かう。

 ギルとしてもそれ以上手を出す気はなかったのかあっさりとその拘束を解いた。

 

「まあいいんですけど。とりあえず皆さんにはちゃんと確認しておかなきゃいけないことがあるんですよ」

 

「何がです」

 

 この男がこういうことを言い出す時には何かしら深い意味がある。

 

 そんな警戒の元問いかける。

 

 

「いえ、根本的に皆さんには理解しておいてもらわなきゃいけないことがあるので。皆さんは間違いなくイリヤちゃん、そして美遊ちゃんを救うことを正義だと思っているでしょう。

 けどそれは違う。この世界からすればあっちが圧倒的正義でこちらが悪だ。

 その悪を、背負う覚悟はありますか?」

 

 

 

 

 

 




どうもです! 前書きは……まあ置いておきましょう。

遂にヒロインの出番です。一体何話ぶりなのか作者も分からないのですが……

とりあえずFGO日記。

──教えてくれ運営、俺はあと何度狼を殺せばいい?
──やめてよね、僕が本気を出したら狼如きが敵うわけないだろ
──(団子を集めたいというこの気持ちは)決して……間違いなんかじゃないんだから!

はい、団子集め辛いです。現在ノーマル1529(1個礼装交換) 特選2207
まさかこのゲームをやっていて金箱が辛くなる日が来るなんて思いもしなかったよ!呼符は相変わらずクソだったよ畜生!!
あと2日でなんとか4000達成したいなあ……

そして新ログボ、有能。これでうちのエミヤさんがついに本気のUBW展開できる……(涙目)

400万DLおめでとう!けどこの小説も30万UA達成したからね!←なぜ張り合うのか

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第9話 覚悟

50話突破、そして今回の話が第1話と繋がってたり……


「はあ? 私達が悪?」

 

 リンが怪訝そうな声をあげた。

 

「冗談よしなさいよねギル、私達や士郎の平行世界を超える拉致に今回のイリヤスフィール誘拐、それにあの娘の友達も連れてかれてるんでしょう? 

 どこの紛争地域のテロリストよ。それに対してただ元の状況を取り戻して帰りたいだけの私達、どっちが悪かだなんて考えるまでもないと思うけど」

 

 そのままこれまでに引き起こされた事態を指折り数えるリン、そのうちにだんだんと苛立ちが募ってきたのか口調も次第に荒くなり、目つきも嫌な方に鋭くなっていく。

 

 しかしその圧力をもろに受けているはずのギルも慣れたものでどこ吹く風と言った体で彼女を流し見る。

 

「違うね。全く持って分かってない。まあ分かるはずがないし、それ自体は仕方のないことなんですけど──お、ちょうどいいや」

 

 どう説明すべきかというふうに思案していたギルが何かに気付き腕を上げて微笑んだ。

 

 合わせて上を見上げる。空は見るだけで気持ちを陰鬱にさせるような曇天……だったのだが、ぽつりぽつりと白い雪が舞い降り始めていた。

 

「雪か……日本は面白いよね。季節の節目がはっきりとしていて四季なんてものがある。当たり前に思ってるかもしれないけど、これってなかなか珍しくてね。

 世界の多くは乾期と雨期の2つだけとか、季節として区切るには微妙な変化だとか、そんなところが多いんだ。ね、セイバーさん?」

 

「わ、私ですか?」

 

 一体何を思って話題を振ってきたのか。

 

 一瞬ギルを凝視するが相変わらずその真意は全く掴めない。となると、とりあえず答えるしかないのだろう。

 最も私に答えられるのはブリテンのそれだけなのだが。

 

「まあそうですね……ブリテンもそれなりに季節の変化はありましたがここまでバランス良くというかキリがよくという感じではなかった。半分くらい冬のようなものでしたから……で、それがなにか?」

 

「私もそれくらいは分かるわよ。ここ数年はロンドンと日本を何度も行き来してたわけだし」

 

 隣のリンも意図を把握しきれなかったのか渋い顔になる。私も同感だ。

 

「ええ、意外にこれが重要……皆さん知ってますか? この世界での今日の日付けは8月18日、夏真っ盛りなんだそうです」

 

「は……?」

 

 そんなことは有り得ないだろう。頭の中で分かりきった事実を反芻する。

 

 今まで私はここ以外に2つの冬木を訪れている。ここと時系列を同じにするであろう冬木と、そして10年前のその冬木だ。

 例えどんな異常気象が起こったところで真夏に雪が降るような土地ではないのは経験上分かっている。

 

「ち、ちょっと待ちなさいよ……! じゃあなに? あんたはこの世界の季節が不自然にねじ曲がってるっていうの? そんな無茶苦茶それこそ魔法が起きたか、もしくは星そのもの……が……」

 

 ギルが何を言わんとしていることの先に辿り着いたのか、リンはまさか……と言葉に詰まる。

 それを見て彼は満足そうに頷いた。

 

「うん、ここまで言えば分かるよね。季節はある意味星の理だ。常に日は朝に登り。夜には月が光るように……それに比べれば多少のズレは確かにある、けれどそれと同じような理屈で回るのが季節なんだ。

 皆さんがどこまで知っているのか、クロちゃんがどこまで話したのか僕は知らない。ただ僕が言えるのは、世界を救うというエインズワースの言ってることは誇張でもなければ自惚れでもない。この星は、確実に死にゆく運命を辿っているってことさ」

 

 

 

 

 ──今から数年前、突如として冬木に起きた巨大な爆発。市の中心部、半径数kmに渡るクレーターを作ったそれが何なのかは誰も知る由もない。天災なのか、人為的なものなのか、それともそれ以外の何かなのか、とにかくそこからこの星全体が狂ってしまった。

 引き起こされたのは地軸のズレ、角度にすればほんの数度と言ったところだが、そもそもこの地球に命が存在する事自体が奇跡的なバランスによるところが大きく、その土台を支える星の異常は容易く命を吹き飛ばす。

 その変化の前においては人の常識などあってないようなものだ。そして訪れた終わらない冬、平均気温は世界的に毎年猛烈なペースで落下し続け、今や世界の半分は人の住むことの出来ない極寒の土地へと変化した。

 その残り半分もどれだけ持つかは分かったものではない。ただ言えることは、地球が死の星になるのはそう遠い話ではないということ。

 

 

 

「で、少なくともエインズワースはその運命から逃れようとしてる。これは間違いなくこの世界における正義でしょう?

 ま、美遊ちゃんや贋作者さんはそれを成し遂げる為の尊い犠牲ってわけだ。数億と数人、どっちが重いかは聞くまでもないと思うけど……だから貴方達は悪なんです。

 考えてもみてください、世界が滅びるのを止める手段があるのにそれを異邦人が攫おうとする、この世界の住人からすれば悪夢も良い所だ」

 

「──じゃあなに? あんたはその大義名分の為に士郎達を見捨てろって言いたいわけ? 私達と敵対すると」

 

 ギルの演説に近い話が終わり、張り詰めた沈黙が流れる。

 

 そしてそんな空気を切り裂くようにリンがゆっくりと右腕を挙げていつになく冷たい声でそう問いかける。

 彼女の手には複数の宝石がにぎられていた。

 

「いえいえ、そんなつもりはさらさら無いですよ。ぶっちゃけ僕としたらこの世界がどうなろうが美遊ちゃん達がどうなろうが基本的には興味ないですし──ああ、けど気に入らないものならありますよ。それはどっちにも言えることですけど」

 

「ふーん、じゃあどういうつもりよ」

 

「別に、ただどんな決断をするにしても何も知らずに下すそれは見るに値しない。僕はただ事実を伝えておきたかっただけですよ」

 

 その言葉は恐らく真実なのだろう。脱力しきったその立ち姿に演技の類は全くと言っていいほど感じられない。そもそもかなり分かりにくいタイプの人物であるのは間違いないのだが。

 

 

「で、どうしますか? 行くというのならとりあえず今言ったことは覚悟して背負ってもらう必要があるわけですけ」

 

「愚問ね」

 

「あら?」

 

 どこか愉しむように言葉を続けようとしたギルだったが、あっさりと言葉の腰を折られる。

 腕を降ろした彼女は迷いなど微塵も感じさせなかった。

 

「私は引かないわ、絶対に。だいたいね、世界を救うっていう大義名分を否定する気はないけどその為に何かを諦めるっていう考え方が気に食わないの」

 

「……意外ですね。貴女がそんな理想論を唱えるなんて。もう少し現実主義者かと思ってましたよ」

 

 本当に意外そうにギルがリンを見る。

 その視線を受けるリンは腕組みをしながら、そうね、と1つため息をついた。

 

「確かに数年前までの私なら間違いなく同意したでしょうね──けどね、今の私は知ってしまったの」

 

「何がですか?」

 

「例えどんなに状況が絶望的だろうと1つの思いを貫き通す1人……いえ、2人のバカな男のことをよ。そいつらは正反対のようで実はとっても似ててね、どちらも笑っちゃうほどのお人好しで、人のことばっかり考えてて、それでいて子供で変な所で頑固で、そして──何かを決めたら例え自分の命が消えるとわかっていても絶対に最後まで諦めなかった」

 

「リン、それは──」

 

 それが、誰の事なのかは分かっている。もちろん2人共だ。もっとも1人は剣を交えた結果薄々そうだろうと思っていた、という程度なのだが。

 

「ええ。その一人はアーチャーよ。全く……最後の最後で詰めが甘いんだからあいつも。最後まで正体明かさずに消える腹づもりだったんでしょうけど、あんな声で、あんな風に呼ばれたら目も醒めちゃうってもんよ」

 

 どこか懐かしい記憶を辿るように目を細める、がそれはほんの一瞬。すぐにいつもの鋭い目つきに戻った。

 

「まああれよ、バカが移ったってとこかしらね。断言するけどあいつは今も諦めてない。桜の元に帰るまではどんな障害があろうと絶対に止まったりしない。

 なら私は桜の姉として、そして……あー、これはちょっと嫌なんだけど義姉として、私も降りるわけにはいかないのよ」

 

 リンが胸を張る。それを見てどこか誇らしく、それでいて胸の隙間に一筋の風が吹き抜けたような寂しさを感じたのはどうしてなのだろうか。私には分からない。

 

「バカが移ったという点においては私も似たような物だろうな」

 

「先生?」

 

 ロードが照れを隠すように長い髪の後ろをかきながら前へ進み出る。

 

「世界を救うか。何故この目的に反発しようなんて気になるのか自分でも分からないが……あの人の言うところの王道ではない、って所なのだろうな。私は他人の事情など知ったことではない。そこに辿り着くまで自分の心の命ずるままに征くまでだ。それがどんな彼方でもな」

 

「……聖杯戦争を生き抜くと人間ぶっ飛ぶものですねー。二人とも今確実にこの世界敵に回しましたよ。ま、そんなものどうでもいいって思えるぐらいの度量が無きゃとっくの昔に死んでるんでしょうけど──じゃあセイバーさんはどうですか? 貴女は一応"落伍者"だと思いますし……それに貴女の望みからしたら彼等の願いを打ち砕くなんてできないんじゃないかなあ」

 

「──」

 

 冷たい視線が私を射貫く。落伍者、と言うのは当然聖杯戦争のことだ。そして望みというのも……当然彼なら知っているだろう。

 

「それは……」

 

 簡単には答えられない。滅びゆく、と言うよりも滅んだ祖国の救済を望んだのが私という存在だ、そしてエインズワースの願いは今正に避けられぬ滅びの道を歩む世界の救済。

 その気持ちは、分からない訳がない。 

 加えて彼等の世界はまだ終わっていないのだ。ブリテンとは違う、ならそれを止める権利が私のどこにあるというのか。

 

「私は──」

 

 喉が渇く。そうだ、答えようとしたのだ。私には彼らの願いを壊す資格はないのだと。

 だがどうしてだ? その言葉はどこか奥でひっかかってしまい出てこない。

 

 

 

 

 

「シロウ……」

 

 目を瞑る。するとその正体はあっさりと姿を表した。

 今にも壊れてしまいそう──それとももう壊れているのか──にボロボロなその姿。瞳には何も写らず深い虚無が拡がるのみ。

 こんな彼を見るのは随分と久しぶりの事だ。あれから幾度となく戦ったし、この世界にやってきてから出会ったシロウは文字通り別人だったのだから。

 

 そんな感慨にふけっていると彼の瞳に一度消えた筈の輝きがもどる。そして私を見据えたと思うとその頬を伝う一筋の涙。何故泣いている?

 

 

 

 

 一体何故涙を流す──ああ、そうか。

 

 

 

 

 一人合点がいった。これは、守れなかった者の涙だ。契約を結んだあの日、彼は私と共に戦うと言った。そして致し方なかったとはいえその誓いを守ることが出来なかった後悔の涙。それを間近で見たのは他でもない私ではないか。

 

 そしてその涙は、私が流したものでもある。その果てに私は決めたはずだ。次に会う者は必ず守り抜こうと。

 だからこそ、あの先も私は折れかけた心を奮い立たせて戦いを続けられたのだろう。 

 果てしない救済の願い、そして──自分の隣に立った者を二度と泣かせないという誓い。

 

 いつの間にかあまりにも身近なりすぎていたこの誓い。

 

 果たしてそれは、願いと天秤に掛けられるものだろうか?

 

 

「私は──」

 

 そんなこと、考えなくても決まっている。

 

「私には……選べない」

 

 そして答えを、絞り出した。

 

「今更それはないでしょうセイバーさん。いつの間に貴女はそんな脆弱になってしまったんですか……やれやれ、大人の僕も見込み違いというか何というか……」

 

 露骨に失望感を示すギル。

 それはそうだろう、決断の出来ない王など王に非ず。今の彼には私がただの小娘に見えているに違いない。

 だが……たとえそれでも構わない。

 

「侮るなよ、英雄王」

 

「──!」

 

 言葉から生気が消えていない、それどころかいつも以上に熱が篭っている。それが意外だったのだろうか、ギルの雰囲気が変わる。

 

 ならば聞かせてやろう。これが私の答えだと。

 

「この世界も、シロウも、イリヤも、美遊も、決して諦めはしない。私は……どちらも救ってみせる。必ずだ」

 

 

 終わったものは戻せない。だがまだ何もしていない、することが出来るうちにどちらか片方を犠牲になど、出来るはずがない。

 もう二度と、後悔はしないしさせないと決めたのだから。

 

 

 

 

 

─────

 

「イリヤ……」

 

「おにい……ちゃん?」

 

「イリヤ!」

 

 イリヤがそう呼ぶと、士郎は強く彼女を抱きしめた──姿は人形なのだが。そんなことは関係ない

 

 だがこの二人の意識には相違がある。イリヤが見ているのは彼よりも幼い本当の兄の幻影で、士郎が見ているのは当の昔に彼の為に命を投げ出した姉であり、妹である存在だ。

 

「あ……ごめんな。君は……」

 

 ──俺の知っているイリヤじゃない。

 

 より早くその事実に気づいたのは士郎のほうだった。

 突然自身の閉じ込められている独房にサファイアと名乗るステッキが飛び込んできて──ゼルレッチの製造と聞いた途端その埒外の存在にもあっさり納得がいった──ある程度事情の説明も受けていたため順応が僅かながら早かったのだ。

 彼自身その前にも思い当たる節があったのが一番大きいのだが。

 

「えっと、あの、その……」

 

「お兄ちゃん、って思ってくれるならそれでいいし、思えないのならそれでもいい。ただ……俺はイリヤの味方だ。それだけは信じてほしい……イリヤに怯えられるのは流石に傷つく」

 

 どうしたらの良いのか分からないとオロオロするイリヤに士郎は努めて穏やかに話しかけた。

 

 そしてその思いは通じたのかイリヤも少しだけ落ち着いた様子を見せた。

 

「あ……うん。ありがとうございま……す?」

 

「ふふっ、なんだよその中途半端な敬語」

 

 ギクシャクとした答えに思わず士郎は苦笑した。純粋に子供なイリヤという存在は彼の心を癒やすには最適な存在だったのは間違いない。

 

「イリヤ様、少し失礼します──簡単な転移魔術。これなら……」

 

「どうした、サファイア?」

 

 サファイアがイリヤに近づくとどこから出てきたのか聴診器のようなものが飛びててイリヤに絡みつく。

 そしてガガガガっといかにもなにか処理していますというような音を立てると一転沈黙した。

 

「はい。イリヤさんの意識がこんなものに押し込められている原因がわかりました。これなら軽い刺激で元に戻せるはずです」

 

「本当か!?」

 

「ですがイリヤ様の身体を取り戻してもこの部屋を覆う障壁を壊すのは難しいでしょう。元々の出力が足りません」

 

「そうか……いや、でも」

 

 喜びから落胆へ。

 結局のところここから出るには至れそうにない。

 

「とりあえずイリヤと一緒にここから抜け出してくれないか? お互い一人なら無理でも二人ならなんとかなるんじゃないか?」

 

「はい。上手くいけば助けを呼んでこれるかも知れません」

 

「そうか、なら頼む」

 

 だが可能性はまだある。

 

 再び小さな通気口へと戻っていく二人を見送りながら士郎は帰るべき人の名前を呟いていた。

 

「桜……」

 




どうもです!

時間開けてすいません。ただ次回も空きそうなんですよね……

今回は少し物語について先に、
あくまで作者の解釈ですがセイバーさんがエインズワースの願いを否定するとはどうしても思えなかったんですよね……なので今回色々と彼女の心理描写に文を割かせて頂きました。ストーリーもうちょい進めろよ!って方には申し訳ないです。ただ区切りのタイミング(50話なのは偶然)で必ずやっておきたかったことなので。
質問などありましたら感想にてどしどし受け付けておりますので。



そしてFGO……セイバーモニュこねえええ!!いつの間にかエミヤさんのが先に最終再臨素材揃ったぞおい!!(なお心臓かぶり)
次のイベントでセイバーモニュおなしゃす!!

そしてイスカンダルはいつくるのか……僕は10連引きたい欲望を必死に抑えてるんですよ……頼む。


それではまた! 評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!!


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第10話 間幕

お待たせしました。本日より活動再開します


「で、どうするつもりだよ親父どの」

 

「はて、何のことかな」

 

「惚けてんじゃねえよ。こんな方向に展開が動いたのはあんたがちょっかいかけたからだろ」

 

 身長の倍はあろうかという大扉が勢い良く開かれ、壁と叩きつけられる。

 

 自らが主でもない部屋に立ち入るのに扉の悲鳴とも聞こえるような騒音をたてるのはマナーとしては論外も良い所なのだが……そのような概念はこの訪問者にはないと見て良いのだろう。  

 黄土色のブレザーというかなり珍しい――これでも穂群原高校のれっきとした正装である――制服が歳相応に見える少年は前髪を掻き上げると、学生にあるまじき悪態と殺気を振り撒きながら静かに怒りの声を挙げた。

 その双眸は形容し難い程の怒りに燃えている。

 

 

「私としては迅速に世界を救う為に最良の選択をしたつもりだが……最愛の息子にそんなことを言われるとは心外だね、ジュリアン」

 

「その寒気がするような笑顔むけんじゃねえっていつも言ってんだろ、ダリウス殿」

 

「そんな呼び方を許可した覚えはないが?」

 

 ダリウス、そう呼ばれるとこれまで少年に顔だけ向けてどこまで続いているのか分からないほど高い本棚――この部屋は書斎なのか360度全て同じように本に埋め尽くされているのだが――の中身を弄っていた主が梯子からすっと飛び降りる。

 そして、彼の息子である少年と同じような仕種で前髪を掻き上げると正面から向かい合った。

 

「思い通りにならないのはお互い様だ……とりあえずこれ見ろよ」

 

 ジュリアンと呼ばれた少年がパチンと指を鳴らすと、部屋全体が暗転し、その中心に3つ立方体が浮かび上がる。

 最初は無色透明だったその表面にノイズが走り、そして各々が異なる風景を映し出しはじめた。

 

「騎士王……わかっちゃいたがこいつは別格だ。足止めなぞ効きやしない、あと数分もしないうちに辿り着くだろうよ」

 

「ほう……彼女か。問題ない、むしろ期待通りだ」

 

 その内の1つが他の2つと同じだったのが数倍のサイズまで巨大化した、と思えば映る映像の彩度も増した。

 今や等身大といえるまでに拡大されたその中に映し出されたのは、クレーターの入り口から屋敷までの道中に広がるだだっ広い空間を一部の隙もなく埋めて波のように迫っていく骨や獣の山を紙くずのように消し飛ばしながら進む少年少女の姿だった。

 その中でも先頭を突き進む蒼銀の騎士は別格である。

 まさに一騎当千と言う言葉が相応しいその進撃は、防がんと迫る異形に感情というものがあるのならばその役割をあっさりと放棄し平伏すであろうと――同時にそれを責める気も起きないだろう――と言う事が容易に想像がつくほど苛烈であり、修羅であり、また美しくもあった。

 

 そして、そんな彼女を見てダリウスは確かに微笑んだ。

 

「後ろに引っ付いてる魔術師連中はそこまで脅威じゃないがな。こっちの手にある人形と良い勝負ってどこだろ。で、次だ……」

 

「衛宮士郎か」

 

「ああ、取るに足らない雑魚と、少しだけ出来る雑魚の方は一纏め。もう一人は専用の独房へ収監中だ。こいつらは自力で拘束を解けるとも思えねーが取り敢えず目だけはつけとく」

 

「……彼らは美遊につづく大事なピースだ。君の個人的な感情がどうかは知らないが丁重に扱いたまえ」

 

「この化け物のせいでな」

 

 ジュリアンの舌打ちと共に最後の立方体がすっと広がる。

 そこに映し出されていたのは今までのものとは明らかに異質な、闇だった。

 

「……暴走が止まりそうにないな」

 

「ああ、こいつには一応耐久特化の自律型使い魔を放ってはいるがもう保たねーだろうな。と言うよりもそろそろこいつを放り込んである塔ごと別物に変えねえと時期にこっちまで危なくなりかねねえ……っ!」

 

「―――aaaaa!!」

 

 二人が同時に後退る。

 彼らの見ている光景はあくまで通信によって映し出された別の場所で起きているものだ。実際の距離としてはかなり離れていて、影響などはありえない。しかし聞こえてくる咆哮は、そんな事を忘れさせる程の怨唆の篭った叫びであり、呪いであった。

 

「聖杯の失敗作。もしも彼女がまともな機能を持っていたならば我々の願いは達成されていただろうにまさかここまでの厄災を招くとはな」 

 

「破滅という道でしか願いを叶えられない願望器……御三家なんて輩は一体何を考えてやがった」

 

「いや、彼らもこんなものを作るつもりはなかったはずだ。元々聖杯戦争は根源に至るための道であり、その鍵となる聖杯がこんな不純物を含むなど魔術師であるならば看過できるはずがないからな。例えその外殻が人になったとしてもその本質は変わるまい。

 創始者の目が届かぬどこかのタイミングでアクシデントが発生したと考えるのが妥当だろう」

 

 あからさまに失望の表情を浮かべたダリウスがすっと腕を横に振るうと、漆黒とかした立方体が元のサイズへと縮小する。

 それと同時に絶え間なく続いていた叫びもまるでテレビの音声を絞るかのように急激に

縮んでいった。

 

「……まあ今が想定内だって言うならそれで良い。俺は俺の邪魔をするやつを消すだけだ――ああ、1つ聞いていいか」

 

「なんだい、ジュリアン?」

 

 一度ダリウスに背を向けて、扉に手をかけたジュリアンが振り返る。

 

「あの出来損ない……俺はあいつを使って術式を確保するために転移したわけだが、その反動がないのはどういうわけだ?

 確実にあいつは俺達の願いを叶えた。正直俺としては帰ってきたらどっかの地形が跡形も無く吹き飛んでるくらいは想定していたんだが……」

 

「ああ、そんなことか。簡単なことだよジュリアン。これは物語の王道でもあるのだが……時に愛は容易く現実を飛び越える」

 

「はあ?」

 

 ジュリアンの眉がピクッと跳ねる。無駄話に付き合う気はない、かといってダリウスの語りに変化はなく、嘘を付いているようにも見えない。

 そんな感情の板挟みを表すように。

 

「あの濁った聖杯はコントロール不能だ。手懐けることはまず無理だろう」

 

「ああ、だから――」

 

「だが、一人だけそれを可能にし得る人物がいる――器となっている彼女だ」

 

「……あいつはもう自我を失っている。それは今のを見ればわかるだろ」

 

「しかし常にそうであるという訳でもあるまい。少なくとも君は見ているはずだ……違うかい?」

 

「っ…」

 

「彼女にほんの一縷残った自我は救いを求めている。それもある人物による救いを。だからこそ、君の飛んだ先のエミヤシロウが強者だったのは必然だった」

 

「……」

 

「起動可能な状態で残っている術式の確保、この願いに私は彼女の意志が介在する余地を残した。そうでもしなければその代償を払わなければならなくなるのは目に見えていたからね。そしてその代償がどれだけのものになるのかは分からない。

 ――エミヤシロウがマトウサクラを守り切る世界。使用者である我々の願いだけではない。聖杯そのものの願いだからこそ成し得た奇跡だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 再び一人になった。

 ジュリアンも去り、部屋の中心を埋めていたものも今は消え失せている。再び書庫の整理に勤しみながらダリウスは狂気に満ちた笑みを浮かべた。

 

「エミヤシロウ、騎士王アルトリア、聖杯、ジュリアン、ドールズ、これで全ての準備は整った――さあ、第六次聖杯戦争を再開しよう……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

「あ、じゃあ僕はここで抜けますね。セイバーさん」

 

「はっ? 貴方何を言って……」

 

「僕には僕の事情があるので。雑魚共の処理はお任せします」

 

「待ちなさい! 何を考えてるのかぐらいちゃんと……」

 

「私も行こう」

 

「ロード?」

 

「あの英雄王の事だ。ついていきでもしない限り本心を知るのは不可能だ。この中で1番抜けても戦力ダウンの少ない私がついていくのが一番合理的だ」

 

「……お願いします」

 

「あれ、先生ついてくるんだ。いいの? あっち放っておいて?」

 

「お前を一人にするよりはよっぽどな」

 

「信用されてないなあ僕……まあいいですけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この作品はあくまでプリヤです。要するに何が言いたいかって?原作者様の言葉を借りると、細けえ設定とかは気にすんな!!と言うよりも比べちゃダメ、絶対ってこと。

どうもです! いや、ほんとお待たせしました……ええ、これからのんびりながら再開します。

年内で完結……までは無理でもその道筋ができるところまで行く予定です。

そして懲りずにFGO
オケアノス面白かったよ。素晴らしかった。けどね……イスカンダル出せやぁ!!!石160あるのに使えないんだよこのやろう!!

それではまた! 評価感想お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!


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第11話  交点

「ねえサファイア……」

 

「なんでしょうか、イリヤ様」

 

「いや、そのさ……そろそろ私の事戻せるなら戻してくれないかな? この格好動き辛く「だめです」なんで!?」

 

 彼女としては切実な案件である提案を一蹴されイリヤは抗議の声を上げた。

 以前として彼女は何とも言えないファンシーな人形のままである。

 故に通常人間が入ることなど叶うはずのない排気口を伝って誰にも気付かれずに進むという荒業を敢行できているのだが、道中時折目の前に現れる体感サイズが明らかに異様な蜘蛛やネズミの登場に肝を冷やし、絶叫したのは一度や二度ではないのだ。

 あまり納得のいく状態であることは否めない。

 

「ちゃんと気をつけるから……それに何だか外が騒がしくなってるし皆そっちに気を取られているんじゃないかなー?」

 

「確かに警備の目はそれほどないかもしれません。しかしイリヤ様を戻すということはどこかに置いてあるであろうイリヤ様の身体をこちらへ持ってくるのと同義。

 空っぽの中身だけがいどうすればすぐに気づかれます、なので気付かれても安全圏内と言える場所まで退避してからでないと」

 

「うう……一部の隙もない完全論破。ルビーと違って詰めが良すぎるよ……あ、そうだサファイア」

 

 何一つ返す言葉もない。

 イリヤはガクンと肩を落とすと再び見たくない前方を見据えほふく前進を開始……しようとして再び後ろでライトの役割を兼ねて青い光を放つサファイアへ振り向いた。

 

「なんでしょう。これ以上の交渉はイリヤ様の心をえぐるだけなので私としても心苦しいのですが」

 

「いや、もうそっちはいいです……そうじゃなくてね、あの、その」

 

 言いたい事はあるのだが、こう都合よく上手い表現が浮かんでこない。イリヤは言葉につまり、うーんと頭を抱えた。

 なにせ本来こんなことはありえないのだ。仮にテレビ番組のドッキリ企画なんかに採用されたとしてもここまでのクオリティを保つ事は難しいくらいに。それがノンフィクション、現実に起こっているのだから当事者としてはたまったものではない。

 なんて、難しく頭を回転させているうちに彼女の思考は明後日の方向へと向き始める。

 

「"こちらの"士郎様のことでしょうか」

 

「そう! その……なんて言えばいいんだろう。お兄ちゃん、って呼んで良いとは言ってたけど私のお兄ちゃんとは少し違うし、かといって他の誰かと言われればお兄ちゃんだし……」

 

「そうですね。少しばかり説明不足でした。では進みながらですが答えられる範囲で答えようと思います」

 

 

 しかしそこは流石のサファイア。イリヤの何とも言い難い――奥歯の奥になにか詰まってそれが取れなくてもどかしい、そんな感じ――葛藤を即座に見抜き助け船を出す。

 それを聞いてイリヤは頭の中で疑問を整理しつつ動き始めた。

 

 

「えーと……それじゃあすっごい大雑把なんだけど……あの人は、誰?」

 

「衛宮士郎。なのは間違いないです。しかし様々な物が貴女の知る彼とは異なっている。まず年齢から既に異なっていて、貴女のお兄様である士郎様は16であるのに対し、あの士郎様は20だと仰っておられました。

 更に経歴なのですが、彼は衛宮切嗣の義息子でありながらアイリスフィール・フォン・アインツベルンとは義家族ではない。それどころか面識すらないそうです」

 

「やっぱり……じゃああのおに……士郎さんは私がこっちであった凛さんと同じ世界からこっちに飛ばされてきたのかな」

 

「凛様、ですか?」

 

「うん。ここに連れてこられる前にセイバーさん達には会ってるんだけど、私の知ってる凛さんとは違う凛さんも一緒にいたんだ。セイバーさんは知り合いみたいだったけど、あの人も多分それくらいの年齢だったと思う」

 

 イリヤはついこの間出会ったばかりの彼女の顔を思い浮かべた。

 先程は自分自身混乱していて気付かなかったが、今考えてみると自分の知らぬ遠坂凛も確かに彼と同じように少しばかり大人びていた。

 今彼女と、そして彼を頭の中で並べて見るとちょうど良く見える。

 

「なるほど……確かに士郎様も飛ばされる前は凛様と一緒にいたと言うようなことは言っていました。納得です」

 

 サファイアがぽんっと羽を叩いたのかルビーの視界を照らす青い光に一瞬影が走る。

 

「それじゃあサファイア、あの人と私達は……」

 

「直接的に関係は、しかしこの世界を基準にするならばある意味同類といえる存在でしょう。違う世界からの異邦人であり、そして士郎様と凛様に至っては同位体とも言い換えられます。ただ少しばかり時間の横軸がずれただけ」

 

「……あの人にとって"イリヤ"ってどんな存在なんだろう」

 

「それは、どういう――」

 

「私を見つけた時のあの人、すごく嬉しそうだったけど、同じくらい悲しそうだったから」

 

 次にイリヤの口をついたのはそんな言葉だった。

 彼女の兄が2人いるならば、彼女の師といえる存在が2人いるならば、むしろ自分と同じ存在がいない方が不自然である。

 そして、全てが一致しているならば、兄はあんな顔をするはずがない。

 それが、どうにも気になった。自分に関係ないのは分かっている。だけれども気になったのだ。

 

「……私には測りかねます。むしろ私も驚いたのです。士郎様はそれまで話の中で凛様や藤村教授、それに桜という同級生の方については口にしていましたがイリヤ様には一言足りとも言及されていませんでした。だというのにここまで姿が変容したイリヤ様を一目見ただけで看破なさるとは……」

 

 ――なにかしらの強い執着、それこそ親友や家族レベルの親愛がなければありえない。と言うよりも、それだけのものがあったとしても気づけるとは限らない。

 

 サファイアの出した結論をイリヤは黙って聞いていた。

 結局のところ人の心を正確に読む事など出来やしない。いや、ルビーやサファイアが本気を出せばもしかすると出来るのかもしれないが……それはまた別問題だ。

 今はこれだけで十分である。これからどう接していけばいいのかとか、何て呼ぶのが適当なのだろうかとか、色々疑問はあるがそれは今どうこうできる問題ではないのだろうと。

 

「僭越ながらイリヤ様――」

 

「ん? なーにサファイア?」

 

 こちらの言葉を遮るサファイアにイリヤは振り返る。

 そんな彼女にサファイアはいつもと変わらぬ淡々とした様子で告げた。

 

「こちらの士郎様の事もイリヤ様が嫌でなければ、お兄ちゃんと呼んであげてもらえないでしょうか。確かに不審な点も無いとは言えませんが、彼のイリヤ様への親愛の情は貴女の兄である士郎様と同様だと私は思います」 

 

「――確かに、ね……」

 

 それはそうなのかもしれない。とイリヤは肯定した。

 あの衛宮士郎が自分が生まれてからおよそ10年間、色々な意味で――細かい表現はクロに任せよう――慕ってきた兄と別人なのは分かっている。 

 だがあの時、抱きしめられた時に感じた暖かいものは同じだったから。

 

「そうだね……うん、あの人もお兄ちゃんって呼んで欲しいって言ってたもんね! それならそれを嫌がる理由は別にないし、ここを出て助けてあげたらそうしようっと!」

 

「はい。士郎様も喜ばれると思います」

 

 上機嫌になりイリヤは前進を始める。先程まで苦手なものラッシュで前を見れば不安しかおこらなかったが、今はどことなく爽やかな風が吹き、気持ち目の前から光が見えるような気すらしていた。

 

 

 

 

「よし! それじゃあまずは外に出ないとね! さーて頑張らな……っ!?」

 

「イリヤ様!?」

 

「ちょっ! なにこれ!? え!? モップ!?」

 

 それから本当に光が見えたのはほんの数秒後のことだった。

 問題はその光の見えどころが前ではなく、真下からという事、そして更になぜかモップの先端が目の前につき出ている、ということだが。

 

「まさか……イリヤ様! 早く後退を……しまっ――」

 

「え、いやぁぁ!!」

 

 なにか思い浮かぶ節があったのかサファイアが声を上げるが間に合わない。

 イリヤが事態を把握できないでいるうちに今度は彼女の後ろから箒の柄がまたも通気口を突き破り顔を覗かせる。

 前後に支えを失ったイリヤの乗る地を支えるものはもう何もありはしない。ごく単純な結末として彼女の身体は重力に従い下へと落下する。

 

「ひゃっ!……ったーい。一体なにがどうなってっ――」

 

 なぜ人形になっても痛みは変わらず感じるのか。

 背中から臀部にかけて万遍なく広がる痛みに涙目を浮かべながらイリヤは顔を上げ――言葉を失った。

 

「凛さん……ルヴィアさん……」

 

「――」

 

「――」

 

 珍妙な格好――普段からメイドをバイトにしている凛はともかく――をしているのにも全く気が回らない。 

 そんなことどうでも良くなるくらい、目の前の二人は良く知っているはずなのに全く異質だった。

 

「お立ちになってくださいイリヤ様!」

 

「っ――!」

 

 間一髪、サファイアの叫びでイリヤは我を取り戻す。

 

 人形とは思えない俊敏な体捌きで立ち上がるとそのまま高速で後ろへ転がる。そして立ち上がると先程自分がいた場所にはまたもやモップが突き刺さっていた。

 だが一番に驚くべきはそこではない。

 

 

「なんでこんな所に……! いや、そんなことよりも!」

 

「イリヤ様の逆状態です。今のあの二人は抜け殻……身体は彼女達そのものでも中身は別の何か。情を持てば一瞬でやられるでしょう」

 

「なんでそんなに落ち着いてるの!?」

 

「私が士郎様の独房に飛び込むまで彼女達に追われていたからです。今の二人は私達の敵です」

 

 サファイアの言葉が真実であることは明白だった。

 否定しようにもできずイリヤはギュッと口を結ぶ。立ち塞がる掃除用具を構えた使用人コスチュームの良く知った二人組。

 その目は虚ろで、何が映っているのかすらわからない。

 

「そんな――」

 

「モクヒョ、ウヲハッケンシマ、シタ」

 

「オソウジヲ、カイシシマす」

 

 どこか声まで機械的になっている。抑揚のない宣告とともに師とも言える存在の二人は容赦無くイリヤへと飛び掛かる。

 

「やば――」

 

「!?」

 

 人間の本性とは、窮地に追い込まれた時にこそ出るという。その言葉が真ならば今回はその人間の性に彼女達は感謝すべきだろう。

 

 真っ白になる頭。その中で反射的に、そして最速に、イリヤの身体は無意識のうちに最善の答えを導き出し、そして実行に移す。  

 自らの出しうる最速での逃げの一手。イリヤは機械的に選択された先手必勝の一撃を交わし切ることに成功した。 

 

「はっ、はっ――!」

 

「イリヤ様!」

 

「ごめんサファイア! どうしたらいいのか分かんなくて!」

 

「いえ、今のは確実に最善手です。ですが――」

 

 サファイアの言わんとすることは理解できる。

 後ろから追ってくる気配は離れそうにもない。全力で走り息を切らせながらもイリヤはそれだけ把握していた。

 

「どう――しよ――!」

 

「……仕方ありません。イリヤ様次の角を左へ。今の二人はまさに機械そのもの。視界から消えさえ出来れば一瞬罠を警戒し時間ができるはずです」

 

「そんなの――ほんとに一瞬だよねっ! もしも行き止まりだったりしたら!」

 

「構いません。私を信じてください!」

 

「分かった!」

 

 そこまで言われてしまえばもう縋るしかない。

 イリヤは角までたどり着くとスピードを落とさず直角に曲がり切る。

 

「速く――」

 

「申し訳ございませんイリヤ様。一瞬だけ我慢してください」 

 

「へ――」

 

 頭頂部に雷が落ちるような感覚。イリヤは目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

――――

 

「あれ……?」

 

「どうかしたのですか、リン?」

 

 ピタッと凛は立ち止まった。先導するセイバーが不思議そうに振り返るのを見て彼女は大丈夫と手を振る。

 

「いや、ちょっと突然大きめの魔力が現れたから……この中かしら?」

 

 城壁に額を寄せる。雑兵の群れは城に近づくたびにどんどん増えていたのだが、あるところを境にピタッと姿を見せなくなった。

 戦いの本陣に小細工は不要。敵はそんなことを考えているのかも知れないと、直にダリウスと接したことのある凛とセイバーの意見は一致していた。

 

「罠か……それとも別の何かか……」

 

 凛は逡巡し、そして瞬時に結論を弾き出した。

 

「セイバー! ちょっと先に行ってて。私、ちょっと確かめたい事があるから!」

 

「それならわたしも――」

 

「いいわ、私一人でどうにかする! だからセイバーとクロは先を急いで!」

 

 この場は自分一人でどうにかする。もしもこれが時間稼ぎ系の罠か何かだとすると、わざわざセイバーまで引っ掛けるメリットはどこにもない。イリヤや美遊という少女がどうなっているかわからない以上今現在求められるのは最大戦力であるセイバーをなるべく早く敵の懐まで送り込む事だ。ならここで取る道はこれしかない。

 

 魔術師の正々堂々と一般人の正々堂々は少し違うのだ。敵の思惑があるかもしれない所にわざわざ乗ってやる必要もないのだ。

 

「――」

 

 セイバーも承知したのか。クロに一声かけるとまた走りだす。やはりザーヴァントの脚力は次元違いで、見えなくなるまでそう時間はかからなかった。

 

「さてと……」

 

 それを確認して凛は一歩下がる。

 同時にポケットから数個宝石を取り出した。離れとはいえ城壁を吹き飛ばすのは少しばかり無理をしなければならないだろう。

 

「お願いだからこれで無傷とかやめてよね……爆ぜろ!!」

 

 轟音と共に白煙が巻き上がる。

 凛は本能的に腕で顔を覆う。そしてその腕にあたる感覚でその成功を察した。

 

「うし! とりあえず成功っと……あ――」

 

 一瞬の歓喜。しかし次に目に飛び込んできた光景に凛は閉口せざるを得ず、それなりに経験を積んできたという自負を打ち砕くのに充分なものだった。

 

「イリヤ……あんたなんて格好してんの? それに――」

 

「――」

 

「この趣味の悪い格好してるの……もしかして私?」

 




どうもです!

ダメだ。ペースが戻らない……とにかく書くしかないなー……

なんかもうぐっちゃぐちゃですが頑張ります!

それではまた!評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!

作者に励みを……


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第12話 年季

「なーんかイライラするわね……なにこれ、認めたくないけど同族嫌悪ってやつ?」

 

「あわわわ……こっちの凛さんは大人だと思ってたけどやっぱり凛さんは凛さんだ……!」

 

「イリヤ様、生きていたければ口を閉じるのが賢明かと」

 

 遠坂凛は憤っていた。

 これほどまでに怒りが渦巻いているのはいつぶりだろうか……少なくとも近いうちの記憶には、ない。

 ならいつだろうか? 時計塔に留学していた頃か? いやいや、ルヴィアにイライラさせられたり、極東の日本人というだけで見下してくる名家の連中をいつか必ず殺してやると思った事は何度でもあるがここまで怒りを覚えたことはないだろう。

 

 となると更に遡って――ああ、あった。

 

 凛は1人納得した。あれは確か、聖杯戦争の時のことだ。

 自分の最愛の妹が10年間クソ爺の嬲り者にされていると知った時。その時の激情に近いものを感じる。

 要するに、今自分は人生の中で最も怒った時と同質の怒りを抱いているのだと。

 

「あのね、遠坂家の当主たるものが他人の傀儡になるなんてどれだけふざけた事か分かってるの……?」

 

 自分でも驚くほど冷たい声が出ているのを凛は自覚した。

 しかしそれと同時に仕方のないことだろうとも思った。

 これは遠坂凛という魔術師、そして人間としてのプライドの問題なのだから。

 

「――」

 

 対象は答えない。

 そしてそれは彼女の触れてはいけない何かを確実に踏抜き、そして飛び越えた。

 

「なっさけないったらありゃしない……! イリヤ! こっち来なさい!!」

 

「はいぃ!!」

 

 ビクッ!と青い魔法少女コスチュームに身を包んだイリヤが弾かれたように背筋を伸ばすと、1秒たりとも時間を無駄に出来ないと言わんばかりに俊敏な動作で凛の隣へと飛んで来る。

 その姿は傍から見ればかなり無防備だったはずなのだが、それに対して敵が手出しをしなかったのは凛から発せられる異様な威圧感によるものなのか。

 

「……うちの士郎が見たら涙流して"イリヤはそんな格好しちゃだめだ! なにか不満とかあるなら俺がどうにかしてやるから!" って説得しそうなその格好は――それもそうなのね?」

 

「う、うん。サファイア」

 

「お初にお目にかかります凛様。私、ゼルレッチ卿製造ステッキ型魔術礼装、サファイアと申します。もう察しがついておられるかもしれませんが、ルビーは私の姉にあたります」

 

「サファイア……ああ、そういえばお父様のあのステッキに対する記述にそんなのがあったような……ルビーに対する唯一の抑止力とかなんとか。もう私の家から他に移されてたみたいだけど」

 

「はい、それ自体は平行世界の私であり、姉さんかと思われますが基本的な認識としてはそれでよろしいかと」

 

「なるほどね」

 

 スッとイリヤの手の中から飛び出した青いステッキ――サファイア――の挨拶に凛は心の中で安堵した。

 なにせ今まで知っていたのはあの愉快型礼装だけなのだ。姿形は一緒であれどサファイアがまともな思考パターンをしていそうだというのは十分な安心材料である。

 

「オーケー。多分あなたの方がイリヤより冷静だろうから現状確認任せるわ。サファイア、あいつらは貴女達の世界の私、そしてルヴィアってことで良いのよね?」

 

 ガーン、とイリヤが肩を落とすのは目に入っているが、凛はそれを見てみぬふり、無視である。

 実際問題 精神、肉体年齢ともにお子様であるイリヤよりもサファイアの方が頼れそうなのは見るまでもないのだから。

 

「はい。ですが恐らく簡単な置換魔術で魂が別の何処かに放り出されているのか自我はありません。しかしながら単純なスペックにおいて変わりないので魔術師としては最大級の脅威かと」

 

「年は?」

 

「両者ともに17です」

 

「得意魔術は……宝石魔術よね。そりゃ」

 

「はい。大質量をコントロールし切るルヴィア様、一撃のクオリティと戦術に長ける凛様、加えてそこからの近接格闘もかなり」

 

 ――きっちり寸分たがわず、ね

 

 ある程度想像通りの答えに凛はため息をつく。これは確実に強敵だと。

 認めたくはないが……ルヴィアと自分自身が感情を抜きにすれば戦闘面で組んだ場合相性が良いのは経験上分かっている。

 そして今、目の前の二人に感情は存在しない。

 これで弱いはずがない。

 

「確かそっちの世界は聖杯戦争がなくて私はもう時計塔に留学してたんだっけ? いつから?」

 

「恐らく2年程前かと」

 

「じゃあ魔術の腕に関してはちょっとだけ上方修正して想定しとかないとまずいか……あー、頭痛くなってきたわこれ。せめてクロを置いて行ってもらうべきだったかな」

 

 凛は後半心にもない軽口を叩き舌打ちする。

 それどころか実際のところ彼女の内心はその逆を考えていたのだが。

 

「凛様……」

 

「ん、なにサファイア?」

 

「クロ様やセイバー様から聞いておられるかも知れませんが、私達の世界には凛様達の世界にはないクラスカードという概念があります。そして彼女達は――」

 

「凛さん!」

 

「はっ――!!」

 

 今まで完全に蚊帳の外だったイリヤの甲高い声に反応して飛び退く。

 強化の魔術も間に合わないので強引に身体能力に任せた横っ飛び。凛とて魔術師ではあるが人間だ。素の筋力は通常の成人女性……に比べれば遥かに高いものの人の域を超えるものではない。

 そんな状態で行う緊急回避などたかが知れており、必然の結果としてそこに振り下ろされた"なにか"が頭を庇った彼女の腕を掠め鮮血が散った。

 

「ぐっ――!」

 

「凛さん!」

 

「これぐらい心配無用よ! それよりも――」

 

 ――こんな魔術、私もルヴィアも知らないはず

 

 一瞬でも凛の焦らせたものがあるとすればそれだろう。回避する寸前、彼女は確かに見た。

 一歩で距離を詰め飛び込んできた"自分"が何かをポケットから取り出すとそこから真っ黒な、まるで影のような剣が現れ、こちらのいた場所を切り裂いたのを。

 それが何か魔術的なものであることは想像に難く無いのだが、問題はその心当たりがどこにもないことである。

 彼女の攻撃パターンを一番知っているのは他でもない自分自身であるはずなのに。

 

「あれがそのクラスカードってやつね」

 

 今度はきっちりと身体全体を強化し後ろへ飛び、ついでに牽制としてガンドを数発目くらましに地面に放つ。

 白煙が黙々と上がるなか、その上を飛び越えてきたイリヤ、というよりもサファイアに凛は問い掛ける。

 

「はい。原理は不明ですがあのカードは英霊の座に干渉し、該当するクラスの宝具の力を引き出す事が出来ます。イリヤ様や美遊様は例外として英霊の力そのものを引っ張ってくることが出来るのですが……まあ今はおいておきます」

 

「ふーん……けどそれにしちゃ随分と雑ね」

 

「お気づきですか?」

 

「まあね。これでも私は聖杯戦争を経験してる。すなわち、宝具ってやつがどんだけ化け物じみてるかもよく分かってる。

 けど今のは形こそ何かの宝具の体をなしていたけど威力も神秘も酷いもんよ。あんなものは英雄のシンボルたる宝具なんて呼べやしない」

 

 サファイアの説明を聞くうちに凛の中に一瞬芽生えた焦りに近い感情も消えていた。

 凛にとって衝撃であったのはあくまでその攻撃が知らないものであったから、であり決して威力だ質だのはその考慮には入っていない。

 そのネタのヒントがあり整理がつくのなら、そう驚くようなことでもなかった。

 

「正解です。凛様の見立て通りあれは宝具の劣化品の更に劣化品。名を借りただけの別物です。敵にとっても精度の高いクラスカードは貴重な戦力。そう幾つもあるものではないでしょう」

 

「そう、じゃあ突然あの二人がセイバーの宝具みたいなのを持ち出してくる、なんてことはないと考えて良いのかしら?」

 

「その可能性はないかと」

 

「――」

 

 一番に聞いておかなければならない事がらに満足のいく答えを聞いて凛は頭の中で現状、それもここのみならずあくまで全体を見据えたそれを整理し、今後の展開をシュミレートする。 

 

「はあ……仕方ない、か。せめてギルがこっちにいたらまだやりようもあったかもしれないのに」

 

 そうして、結論に辿り着いた。

 それも彼女に似合うとびっきり男前な結論に。

 

「どうしよ凛さん……」

 

「そうねー……とりあえず貴女達、ここは私に任せてセイバー達追っかけて。向こうの方にいるはずだなら」

 

「凛さん!?」

 

「危険です! いかに未来の凛様と言えどあの二人を同時に相手取るのは……!」 

 

 それが想定外の言葉だったのか、イリヤとサファイアが同時に驚きの声を上げる。

 しかし凛の決意は変わらなかった。

 

「あのね、あんまり私のことをなめないでよね。いくら相手が私とルヴィアだからって見習い魔術師に遅れをとる気はないわ。

 それにね、どちらかというと戦力が必要なのはセイバーの方なのよ。多分あっちにダリウスも、そして私達の世界の士郎をやったやつもいるはず。こんなやつら相手にかけてる時間は本来ないの。それに加えてこっちの最大戦力を失ったらその瞬間に詰み、それくらい分かるでしょ?」

 

「――」

 

「けど……!」

 

「分かりました」

 

「サファイア!?」

 

 何をどうイジったのか、イリヤはサファイアから手を離せずそのまま引き摺られるように凛から離れていく。

 なかなか強引なやり方だが今はそれが正解だろうと凛は思った。

 引っ張られながらも心配そうにこちらを見るイリヤの顔を見るに、あのままではグズグズと長引くことは目に見えていただろうから。

 

「凛様。ご武運を」

 

「そっちこそ、多分あっちの方が厳しいと思うからイリヤをお願いね」

 

「承知しました」

 

「ちょっ!? サファイア、ま――」

 

 それ以上イリヤの最後の抵抗は凛の耳に聞こえなかった。

 有無を言わさずにサファイアはイリヤを伴い空中へ舞い、そして消えていった。

 

「全く――イリヤってのは極端じゃなきゃ気がすまない存在なのかしらね」

 

 それを確認してから呟く。

 脳裏に浮かんだのは、今目の前からいなくなったイリヤではない、冬の少女の姿だった。

 

「ま、こっちのほうが可愛げがあるぶんましかもしれないけど――集中しなきゃ」

 

 白煙が薄れていく。相手はこちらを警戒しているのか迂闊に手を出してこないが、この煙が消失するのが開戦のサインになるのは目に見えていた。

 それに合わせてポケットから宝石を数個取り出し手の中で転がす。

 

「行くわよ――!」

 

 タイミングを見計らい――右足で地面を撃ち抜かんばかりに踏み込む。

 斜め45度、まるで砲弾になったかのような錯覚を覚えるほどの勢いで飛び出す。

 

「ま、そう上手くはいかないか」

 

 ――これでどちらも裏取らせてくれれば楽だったんだけど

 

 眼下に捉えた敵を見てぼやく。先陣をきるつもりだったのか一歩前に踏み出していたルヴィアは完全に前を向いている。恐らくその視界に自分の姿はないと凛は判断した。しかし――

 

「――無銘、槍」

 

 真っ黒な槍を構えた自分と目があった。

 

「やるじゃない、けどね――」

 

 狙いすまし投擲された黒槍、それに合わせて宝石をひとつ弾く。

 

「弾け――!!」

 

 轟音が響いた。正面衝突した宝石と槍のぶつかり合いは五分と五分、どちらもチリと消えた。

 だがその瞬間にこそ空白の刹那が生まれる。

 

「いける!」

 

 更に宝石を2つ足裏に。これは先程とは全く別のものだ。展開することでそこに魔力で編まれた足場を出現させる――そしてそれを思い切り蹴飛ばした。

 

 

「遅い」

 

「――!!」

 

 振り返る自分、しかしその懐にもう凛は飛び込んでいた。

 驚愕の表情が浮かぶ。だがそんなもので躊躇するほど甘ちゃんであるつもりは彼女にはなかった。

 

「さっさと目ぇ覚ましなさいよ! この未熟者ぉ!!」

 

 渾身の、右ストレート。

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

「良かったの? おねーちゃん?」

 

「……リンなら大丈夫です。彼女以上に信用出来る魔術師を私は知らない。彼女が判断してだめなら、それはもう本当にダメなのでしょう」

 

 会うのがいくら久しぶりであろうとリンの考え方は変わらない。彼女は勝算のない戦いに挑むほど愚かではないのだけは分かっているつもりだ。

 

「ふーん、買ってるのね、リンのこと」

 

「――? ええ。そのつもりですが」

 

 隣を走るクロが何故か不機嫌そうな理由は分からなかったが。

 

「クロ、確認しておきますが今回優先されるのは美遊、イリヤ、そしてシロウの救出です。もちろん戦わざるを得ないのなら戦いますが、そこを間違えないように」

 

「分かってる。腹がたつのは間違いないけど今の戦力じゃあっちには及ばない。それくらい自覚はあるわよ」

 

 だが冷静さを失っていないのならまあ良しとしよう。

 

 これ以上話をして拗らせるのも良くないと前を向く。

 

 

 

 

「おねえちゃん――!」

 

「――そうですね」

 

 その足が止まるのは以外にも早かった。

 目の前を塞ぐ二人組が目に入る。そのうちの一人は私も知っていた。

 

「ベアトリス――!、それに――」

 

「ジュリアン――」

 

「クロ?」

 

 そう呼んだクロの声には、僅かに怯えのような感情が見えた気がした。

 

 

 

 

 

 




どうもです!

凛ちゃんが2人、凛ちゃんが向かい合う……爆発しそうです。
ええ、訳がわからないよ。

と言う訳でFGO速報
 悲 報 作者の石172個。藻屑と消える。

なんでだぁぁ!!! 43連ガチャで沖田出ないのはともかく何でSRすら一人もこんのじゃああ!!現金換算だと諭吉さんいったろこれ!! 
眼鏡ライダーさんとかクロアイリさんとかザビ子とかイリヤちゃん(プリヤみたいな方)来たけど礼装ばっかや!!

こっちはなあ、ここでウキウキで沖田とったぜ!!って報告するためにわざわざ毎回スクショして気合い入れてたんだよー!!
ダメならダメでも沖田さんはダメだったけどジャンヌきたよ!とか我らが主人公セイバーさんきたよ!!とかやりたかったのに……くそう……

大人しくイベントやってます……皆さんもガチャには気をつけて……

それではまた…評価、感想、お気に入り登録、そしてガチャ報告するじゃんじゃんお待ちしております……


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第13話 反撃への胎動

こんなに遅くなるとは思わなかった


「ジュリアン?」

 

「あ、ごめんおねーちゃん。つい……」

 

「いえ、貴女が気圧されるのも分かる。あの者の威圧感は――」

 

 隣にいるベアトリスがまるで赤子に見える程だ。

 

 目前に立つ敵を見据える。敵は2人、うち1人は剣を交えた事もあるベアトリス。強敵ではあるが……今優先すべきはこちらではないだろう。

 反射的に、恐らく自分でも気づかぬうちに一歩引いてしまったクロに対して1歩前へ踏み出し視線を隣に立つ男へと移す。

 見たところ年は恐らく士郎や凛と同程度か。着ている服にも見覚えがある。だが――発せられるオーラが明らかに違う。

 

「本人そのものかは分からないがサーヴァントと同等の殺気……」

 

 何をしているわけでもないのに彼の周りだけ空気がまるで恐れをなしたかのごとく震えているのは錯覚ではないだろう。

 もう考えるまでもない、掛け値なしの強敵。

 サーヴァント、人間、そんなものは関係ない。

 

「下がってろベアトリス。少し話がしてみたい」

 

「はい! ジュリアンさまあ!」

 

「――」

 

 それにしてもベアトリス過去の遭遇時との豹変ぶりはどうかと思うが、まあリンの猫かぶり時と素の違いのようなものだろうと一人納得する。

 

 

 

「おねーちゃん」

 

「……少し待っていてください。万が一奇襲などがあった時にクロが控えていてくれないと困る」

 

 ――まあそんなことはないだろうが 

 そんな最後の言葉は口に出さずに前へと歩く。

 ただの勘と言われてしまえばそれまでなのだが、同じように前へ出ているジュリアンという男が現状小細工を仕掛けてはいないというのは確信の域に達している。

 

「――」

 

 果たしてその判断は正解だった。ジュリアンの目の前まで歩いて止まる。

 その距離はもう一歩踏み込めば剣の鋒が喉をかき切れるほどにまで近づいている。しかしそこまで進んでも私自身何か異常を感じることはない。強いて言うなら息が詰まるほど張り詰めて緊張感を増していく空気ぐらいである。

 

「……っ、気に食わねーな。セイバー」

 

「何がです」

 

 同じ様に歩いてきたジュリアンもまたその距離を計っていた様にピタリと止まると私の全身を一瞥し――憎たらしげな舌打ちと共に表情を歪めた。そして紡がれた言葉はその表情そのままのものだった。

 

「言葉のとおりだ」

 

 大袈裟に両手を上げ天を仰ぐ、そして掛けていた眼鏡を外すとその目つきがより一層厳しくなる。

 

「剣の英霊、セイバー。聖杯戦争において最優にして最良のサーヴァント。ま、所謂当たりサーヴァントってやつだ」

 

「――」

 

 それを否定はすまい。セイバーというクラスはアーチャー、ランサーと並び三大騎士クラスと呼ばれる。そしてセイバーはその中でも英霊としてのステータスの足切りラインが高く、その土俵に登ることがいちばんむずかしいとされる。

 もちろんサーヴァントとしての真価はステータスだけでは測れないが、少なくともセイバーでどこの輩とも知れない英霊が呼び出されることはまずない……と、かつてリンに聞いたことがある。

 呼び出すマスターとしての心理としてはセイバーは当たりであり、私も引きたかったとかなんとか言っていたのは今でもよく覚えている。

 その言葉に乗っ取ればジュリアンの言葉は間違いではない。

 

「だがよ、いくら優秀っつってもそれはあくまでそのルールの範囲内でって話だ。聖杯がなけりゃそもそもお前たちはここに存在することだって出来やしない」

 

「……? それが一体なんだと」

 

「気に食わねえ」

 

「は――?」

 

「気に食わねえ。お前らはただの駒だ。その駒風情がこっちの計画を邪魔するなんざ……あっていいはずがねえ」

 

「……っ!?」

 

 半歩右足を後ろに反らし右手を剣の柄に伸ばす。いや、伸ばさせられたというべきか。

 

 私を睨むジュリアンの眼光が眼鏡の下でまた更に一段と鋭くなる。

 

 

「うちの親父殿は寛容だ。乱入、アドリブ、アクシデント、それで自分の劇が上手くいくならってスタンスだな。だが……俺は違う。そんな異物が混じった時点でそれは腐っていく。全てが統一され完璧に為されてこその神話は初めて完成する。つーわけで……」

 

「お前はここで消えろ。他の奴らとは違う。想定外のイレギュラー」

 

「……! クラスカード!!」

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

「だめ……! いくらセイバーさんでもジュリアンとやりあうのは!」

 

 届かないと分かっていて、それでも思わず叫んだ。叫ばずにはいられなかった。手を伸ばせば届きそうにも見えるが、その手が届くことは絶対にない。

 戦場から隔絶された塔の最上階。突然にして頭の中へと流れ込んできた――だいたい何処からのものなのか察しは付いたが――映し出される様々な光景を、各所で繰り広げされる自らの為の戦いを、無力にも眺めることしか彼女には出来ないのだ。

 それがよく分かっていてもなお、この場に移されてからほとんど無気力と言って良い状態だった彼女は皮肉にも初めて生気を取り戻していた。

 出来ることならば、奇跡が起きてその声が彼女達に届く事を信じて。

 

 美遊は、放棄したはずの感情を祈りとともに思い出した。

 

 

「美遊おねーちゃん元気になった!?」

 

「……! エリカ……」

 

 隣で無邪気に笑うエリカの存在に気付く。彼女はいつの間にか美遊の膝の上に頭を載せて気持ち良さそうに丸まっていた。

 

 恐らくこの無垢な少女のことを自分は、意図的ではないにしても今まで無視し続けていたはずだ。それは受ける側からすればあまり気持ちの良いものではない。少なくともエリカくらいの年齢の通常の子供であれば、へそを曲げるか癇癪を起こすのが普通だろう。

 しかし、眼下にうつるのはそんなことを全く感じさせない人懐っこい笑み。

 

「教えて! ダリウスは一体どこ!? 私にこれを見せてるのはあの人なんでしょ!」

 

「わ、わからないよ……パパは用事があるってどっか行っちゃったし……いたっ!」

 

「あ……」

 

 か細い声に美遊は我に帰った。

 いつの間にか自分の両手はエリカの震える小さな肩に食い込んでいる。今にもその肌をつきやぶらんばかりに力の入っていた手を美遊はさっと背筋に寒いものが落ちるのを感じながら急いて離す。

 自分に絶望しか与えないエインズワースの一員であることには違いない彼女にこんなことを思うのはどうかと思うが……エリカ自身に罪はないのだ。

 

「ご、ごめんね。エリカ……」

 

「うきゅう……大丈夫だよおねーちゃん。美遊おねーちゃんはちゃんと謝ってくれたもん。ごめんなさいした人は許してあげなきゃダメだってパパも言ってた!」

 

 見え見えの強がり。しかしそれを指摘することなど誰にできようか。

 痛みをこらえているのか顔を真っ赤に上気させ、その大きな目の縁に大きな涙粒を浮かべながらもせいいっぱいの笑顔を浮かべるエリカに美遊は何も言うことはできなかった。

 

「私は……」

 

 美遊は無力さに唇を噛みしめる。

 結局のところ、自分はカゴの中の鳥なのだ。一度はそのカゴを叩き壊してくれた人がいた。しかしその人はその為に犠牲となった。

 そしてまた、今度は自分の友達がまた同じことを繰り返そうとしているというのに、自分にはそれを見ていることしかできないのだと。

 

 エリカの頭を一撫ですると、ボロボロに壊れた無残な姿で椅子にもたれ掛かる人形に目を転じる。

 そこにほんの数分前まで親友の抜け殻の幻影を見ながら。

 

「イリヤ……お願い……」

 

 その言葉がどこに宛てられたものなのか、美遊自身にも分からなかった。

 

 

 

 

―――――――

 

「どこへ行くつもりだ? わざわざ城の内部まで入っていくとは……まさか一人で敵の本丸を叩こうなどと殊勝なことを考えているわけではあるまい?」

 

「いやだなー、なんで僕がそんなことしなきゃいけないんですか。はっきり言ってしまうと勝ち目もないのに。そこらへんはノータッチですよ」

 

 実際のところがどうなのかは別として、少なくとも表面上の内部構造は自分が知っている中世のヨーロッパ型建築とそう大差ないらしい。

 コツコツと響く石段特有の足音を刻みながらロードは辺りを眺めた。

 明かりは両壁にぽつりぽつりとある松明の炎のみである。

 

 如何にも何か罠でもありそうなものなので、最初は彼自身警戒を解くことはできなかったのだが、前を行くギルがなんの躊躇もせずまるでスキップでもするかのように進んでいくのを見る限り問題ないのだろうといつの間にか自然と歩みを進めていた。

 

「ついでにいうと僕の目的は1つだけ、僕の財を取り返すだけです。そして貴方達の言う本丸はそれとは無関係だ……まあ広義的に解釈して、皆さんの敵になって得られる得が0なのに対して、味方につくなら1あるかなってぐらいの話でして。だから別に警戒する必要はないです」

 

「ふむ……となると今お前が向かっているのはアンジェリカのもと、という事か? むしろそれ以外には思いつかないのだが」

 

 英雄王ギルガメッシュの宝具、ゲートオブバビロン。この世すべての武具の原典を収めたと言われる蔵そのものを宝具に昇華したまさに規格外。その威力は10年以上の時が経とうとも当然のようにロードの脳裏に刻みこまれていた。

 それであるがためにこの答えはロードにとっては明らかなものであり、確認程度のつもりでの問いかけだったのだが前を行くギルはこちらを振り向くことなくフルフルと首を振った。

 

「いいえ、違います。やつは僕の財の9割を持ってる。僕の友(エルキドゥ)以外は今の手持ちのじゃアドバンテージはとれそうにない。いくら練度が違うと言ってもこの状況を簡単にどうにか出来ると思うほど僕は浅はかじゃないし、財を過少評価もしていない。

 言ったでしょう? 皆さんの味方になるなら1くらいは得があると。とりあえずその得をとりに行くまでです」

 

「得だと……?」

 

「ええ、本来なら気に食わないし、どちらかと言えば歓迎しない存在だけど戦力としては確かです。たほんとのことを言うと貴方が着いてきてくれて助かった。よくよく考えると僕一人だと話すら聞いてもらえなかった可能性もありますから」

 

「……なるほど、そういうことか」

 

 少しばかり苦くなったギルの言葉にロードの中で合点が言った。

 今の言葉から予想される人物は一人しかいない。なぜその居場所を掴んでいるのかどうかは別として、確かに得ではありそうだと。

 

「そこで僕と貴方達の仕事の共有は終わりです。イリヤちゃんやセイバーさんの事は気に入ってるんで敵対はしない。けど積極的に味方をする気もない。それだけはお忘れないように」

    

「充分だ――そろそろか?」

 

「そうですね」

 

 今まで細長い道が一本に続くばかりで、先の見えない暗闇だったのがうっすらと光が差し込み始める。

 そしてたどり着いて上を見上げてみれば吹き抜けが何処までも続く円形のスペースで、そこが何処か塔の中だということを嫌でも意識させた。

 

「北の塔、ですね。さてさて、これがあたりだといいんですけど」

 

「当たり外れがあるのか?」

 

「はい。律儀な事に欧米の由緒正しき屋敷を象ったこの城は東西南北に魔術的強度が段違いの塔がある。正確に言うと中央にもあるんですけどまあそれはおいておいて良いでしょう。あのお兄さん達レベルの人を完全に隔離しておくならこのどれか……まあ要するに4分の1ってことです」

 

「……」

 

 あまり景気の良い話ではない。

 ロードは静かに舌打ちした。こちらの共通認識としてあるのは、正面衝突で勝つのは難しいということである。

 無論、今自身が望む相手がいるのならの限りではないが、あまり時間がかかり過ぎてしまえばもうその時には全て手遅れという可能性も否定できないのだ。

 

「ま、とりあえず運試しということでさっさと開けてみましょうか」

 

「おい、いくらなんでもけいそ――」

 

「あら……?」

 

 そしてそんなロードの焦りを嘲笑うかのように状況は悪化することになった。

 眼前には大きな扉、他には先ほど通ってきた道以外には何もない。さもすれば、ギルがとった行動自体に間違いはない。結局は同じだったかもしれない。

 だが……それでももう少しやりようがあったんじゃないかとロードは顔をしかめざるをえなかった。

 

 ギルが扉に手を掛けた、特に何も警戒することなく無遠慮に。そしてその瞬間この塔全体に反響する大きな叫び声が……

 

「ちっ……! 悪趣味な警報音だな!」

 

「これ警報なんですかね?」

 

「たわけ! 笑っている暇などない! さっさとその扉ふっ飛ばしてでも……」

 

「的確な判断で……けどちょっと遅かったか」

 

「……! 上か!!」

 

 上から何かが降ってくる。その気配を察知するとロードは瞬時に脚部に強化を掛け後ろへと飛び退く。

 間髪おかずに走る衝撃音。モクモクと上がる黒煙はそれそのものが発しているものなのか。対象は目に捉えることができない。

 

 

「落ちた時に何か舞い上がった、とかいうならいくらか気が楽なのだがな」

 

「そうですね。けど残念ながらそれはないでしょう。この石畳から舞い上がるものなんてせいぜい砕けた破片くらいなもんです。まあ……あんなふうに煙が辺り一面広がるなんてことはまず」

 

「黒化サーヴァントか」

 

「出来損ないの出来損ない、って感じですけど。弱ったなー、それでも今の僕じゃ良い勝負かもしれませんよ」

 

 そう言うわりには緊張感の欠片もないギルを横に目を凝らす。

 次第に薄くなりつつある黒煙は魔術によるものだろう。下手に手は出せない。相手がどのようなものなのかも全く分からないのだから。

 そして――

 

「――――■■■!!」

 

「な――」

 

「下がって!」

 

 なんの前触れもなくその闇を貫いて突進してくる影に反応が遅れる。迫る黒影、動かない体。そんなロードよりも一瞬早く動き出していたギルが鎖をそのなにかに強引に軌道を変更し引き離す。

 コンマ数秒の先制攻撃。

 それが終わってようやくロードはその全容を捉えることができた。

 

「こいつは……」

 

「戦国武将、ってやつですかね。どうもモブくさいですけど。座に至れないぐらいのご当地の英雄ってところを強引に当てはめたってところでしょうか」

 

 馬に乗り槍をもち、全身を見慣れない鎧で包むその姿はテレビゲームの中でのみ見たことがあるものだ。

 たしかこれは数百年ほど前の日本の戦士特有の武具だったはずだ――今は馬もろともがんじがらめにされているために見る影もないのだが。

 

「ま、いっか。僕の原典から面白く流転したような業物とかなら見てみようと思いましたけど、そんな良いものでもなさそうですし」

 

 興味なさげにギルがグッと手を握る。

 一気に引き絞られた鎖は馬の脚、侍の鎧、どちらもまるでチーズかなにかのように軽々と握りつぶす。  

 こうして目の前に現れた敵は断末魔を上げる暇すらなく一瞬にしてこの世から消え去った。

 

 

「……何が良い勝負かも、だ?」

 

「いやだなー、何事も緊張感が大事じゃないですかー」

 

 アハハ、なんて笑い声をあげるギルにロードは心底辟易していた。

 確かに今彼の助けがなければ危なかったのは確かなのだが、それはまた別の話だ。

 

「まあいい……それもこれも全部計算済みとでも言うのならばこれで終わりなのだろう」

 

「いえいえ、本題はむしろこっちで――どうぞ」

 

「これは……」

 

 そっぽを向いて扉へ向かおうとしたロードの手にギルが何かを滑り込ませる。慣れない感覚にロードが目を向けると、その手には1枚のカードが収まっていた。

 

「クラスカード……私が持ったところでなんの意味もないと思うが……?」

 

「いーや、そう決めつけるのは早計というものです。確かにイリヤちゃんの持ってるカレイドステッキのように特殊な礼装がない以上同じ使用法は無理でしょう。けど確かに、こんな出来損ないでも座に干渉することは出来るんです。

 道さえ分かっていれば、自ずと求めるものに辿り着けるんじゃないでしょうか?」

 

「おい、それは一体どういう」

 

「さーて、じゃあ僕はこれで。後は潰しあいをゆっくりと眺めて何処かのタイミングで取り替えさせてもらうだけです」

 

 いつの間に、そんなことを言う間すらない。

 ギルの声は黒化サーヴァントが現れるに際して突き破った塔の上から響き、そして一方的に気配とともに消え去った。

 

「Fu✗✗……これで何か不足の事態でもあったら必ず殺してやる」

 

 愚痴りながらも扉に手を掛ける。そして意外なことにあっさりと開いたその向こうに見えた光景に再び頭を痛めることになった。

 

「「あんたは?」」

 

「……時計塔でもこんな不可思議な光景は見たことが無いな。同一人間が2人、それも正確に言えばどちらも私の知っているその人間ではないとは」

 

「サーヴァント・セイバー、そして美遊・エーデルフェルトの知人だ。それ以上に説明が必要ならこれから考えるが」

 

 二人のエミヤシロウは立ち上がり、それを見るとロードは元来た道へと向き直る。 

 その手の中で、ギルに手渡されたクラスカードが一瞬光輝いた。

 

 そこに記されていたのは「RIDER」の5文字だった。

 

 

 

 




すいません。こんなに遅くなるなんて思わなかったよちくしょー。
そして後書きとか書く前に投稿したんで急いで書きますよとにかく。

とりあえずなんとか復活。あれですね、学生生活の終わりは思ったよりも忙しい(白目)

じゃあこりずにFGOのお話を

4章でほんと一気に話進んで驚くばかり。そしてやっぱこのストーリー面白いですわ。とりあえずモーさんかわいい。

そして今回は皆さんにも使えそうなFGO都市伝説第二弾、ということでやってきたんでその報告を……題して、遠坂凛式午前二時召喚は本当に意味があるのか!?

もしかしたら知らない人もいるかもなので解説すると、クソと名高いFGOのガチャ。多数の爆死者を生み出し(作者も43連爆死を経験)たこのガチャですが、どうやら時間によって変わるらしい、との噂が。それが午前二時に引くといける、所謂遠坂凛スタイル。今回はこれを検証。

計20連、お正月のあれを一気に投入。狙うはもちろんモーさん!午前2時に目をこすりながら頑張る。結果は……

キャスニキ……ま、まあサバだし
カリヤーン……☆4は順調やね
牛若、……これあかん流れか
ヘクトール……もうサバ出ないだろこれ
モーさん……え、ええ!?ほんとに来やがった!!まじか、モーさんまじかー!!!!

結論、午前2時理論。有能

まさかほんとにモーさん来るとは思わないよね。
結局20連して
☆5サバ1
☆5礼装2
☆4サバ1(フランちゃん)
☆4礼装7

とまさかのSR以上が過半数を占める結果に。皆さんも眠いのこらえて2時まで待つ価値あるかも……?
こんな感じです!今回は良い検証(少なくとも自分には)でした!

また何かやろうと思うのでこれやってほしいとか噂とかでも受け付けます!

それではまた!評価、感想、お気に入り登録、じゃんじゃんお待ちしております!



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第14話 第3の魔法少女

思ったより時間があかないことにビビる日々


「近づけもしないだと……!」

 

「おねーちゃん!」

 

「っ……!?」

 

 クロの警告と同時に頭の奥を打ち鳴らす直感と言う名の警鐘。

 考えるよりも先に身体は空中へと待っていた。

 受け身を取りながらぐるぐると3回転、今しがた私がいた地面は一筋の雷によって削り取られていた。

 

「そらそらぁ! どうしたんだよ騎士王様ぁ!!」

 

「ちっ……!」

 

 間髪入れずに飛び掛かってくるベアトリスを片膝をついたまま受け止める。巨大な槌は雷を帯び、単純な筋力や重さ以上の圧力を感じさせる。

 目もくらむような閃光、明確な死を予感させるそれが弾けるより一瞬だけ速く薙ぎ払い、なんとか制動を取り戻す。

 しかしまだ終わらない。今度は視界の端に捉えたジュリアンの右手が上がり……

 

「無銘・槍」

 

 なんの意志も感じられることはない。無機質に、ただ黒い大量の槍が後ろへ大きく飛んだ私へ迫る。

 無論、どちらが速いかは言うまでもない。高速で迫る槍を引きつけたうえで一撃で叩き落とし

 

「もう一本……!」

 

 血の気が引くのを感じた。叩き落とした有象無象とは違う、何かしらの逸話を持つであろう魔力を帯びた黄槍。

 止められない。それでも致命傷は避けられるかもしれないが、この一撃を完全に弾くことは難しい。

 うちなる声は基本的には正しい。振り下ろした剣を戻すことは諦め、僅かな可能性の回避に切り替えて上体を捻る。

 

 間に合うか。

 

 ぎりぎりの刹那、今にも青銀の鎧と槍が触れ合おうとして

 

「偽・螺旋剣!!」

 

 眼前を上から下に何かが突き抜けた。

 

「クロ!」

 

 彼女がなぜ撃ち落とすだけのために普通の矢ではなく、敢えて宝具級のそれを使用したのか、その意図は明確である。

 瞬間の爆風に備えて体を丸め、同時に尋常ではない圧力が身体にかかるのを感じた。

 

「ぐう……!」

 

 この爆風には2つの意味がある。一つは完全に相手の視界を砂塵で塞ぎ、一瞬の躊躇を生み出すことでこれ以上の追撃を防ぐこと。

 そしてもう一つは、私をこの風に乗せて自らの脚力では生み出せないだけの距離を稼ぎ出すこと……!

 

「さすが!」

 

「貴女こそ良い判断です!」

 

 吹き飛ぶ私を受け止めたクロと互いの判断を称え合う。

 今の攻防は自分一人では間違いなく堪えきれずにどこかで死んでいたはずである。

その運命を回避できたのは、ぎりぎりの中で最良の選択を出来たからに他ならない。

 

「ですが……参りましたね。ベアトリスはまともに連携が出来るようなタイプではないと踏んでいたのですが」

 

「あいつはジュリアンを熱狂的に崇拝してるからね。それに仮に従う気がなかったとしてもそんなん関係ない。逆らったら死ぬだけよ」

 

「そのようだ。ここまで実力に差があれば力任せだとしても従うしかない」

 

 いくら実力者と言っても数的に不利となれば、余程の差がない限り行動を制限されるのが常だ。

 戦いにおいて1+1は2ではない。1人で出来ることと2人で出来ることには1と100ほどの違いがあるのだ。  

 だからこそ単独に走る傾向がありそうで尚かつ力で劣るベアトリスを早めに引き離し、倒しておきたかったのだが……現状は嫌な誤算としか言うしかない。

 

 

「……」

 

 かと言ってだ。私がジュリアンと、クロがベアトリスと、一体一を2つ作り、どちらかが先に敵を倒し、もう片方の助けに入ればどうにかなるのではないかと言えばそれはまた全くの別問題だ。

 例え私はどんな相手だろうとも必ずや正気を掴み打ち倒してみせる。しかしベアトリスが劣るだろうと言ってもそれはジュリアンに比べれば、という話でありクロが正面から打倒できるかと言われれば疑問符がつく。というよりも。かなり分の悪い賭けになるのは間違いない。

 

「もう一手……どう転ぼうにも何か1つは戦況を変える手立てがなければ……」

 

 厳密に言うならば何も手がないわけではない。身体も回復し、本来の召喚におけるパスというか魔力供給を司る中枢部と同じ役割を果たしているクラスカードが身体の中で自分自身の魔術回路と結びつく事でそれなりの自立を実現している今ならば、聖剣を解放してなお戦闘を続行することも不可能ではない。

 しかし、ここから先がまだあり加えてそれによる打開が100%といえる保証がない以上あまり現実的な手段とは言えないだろう。

 そうなれば、この結論は当然の帰結。

 

 

「それはその通りなんだけどそんな出し惜しみしてる余裕はなかったし都合よく現状を打破できるようなも「はーい! ここは私の出番ですねー!」 ……は?」

 

「待ってください。貴女……どこから?」

 

 荒唐無稽な願いも叶う時にはあっさりと叶うらしい。

 突如としてクロの後ろから飛び出す物体。その特徴的な形、何より声を間違えるはずがない。いつの間にか分からないが……確かにルビーはそこにいた。

 

「ねー……今確かに私の髪が揺れ」

 

「とりあえず詳しい話はあとにしまーす! はい、クロさん。うだうだ言わずにそのラブリーで繊細な右手で私を握ってくださーい!」

 

 不覚にも少しばかり空気が弛緩するのを感じた。

 どうにもだ、たとえ極限状況にあったとしてもこの人智を超えた類であるカレイドステッキには通用しないらしい。

 怪訝そうな顔を浮かべていたクロにしてもそれは同じなのか、勢いに押し切られルビーを手に取るまではそう時間はかからない。

 

「それではー……邪魔が入るのは面倒なので煙幕増量しまーす!!」

 

「……!?」

 

 大砲の乱れ打ち。

 イリヤがルビーを介して射出する魔弾がマシンガンならば、今も微妙な顔をしているクロのそれは大砲である。

 それも、見る限り回転数に変わりはない。結果として一撃の差の分だけ威力も向上し、今までにない破壊力を生み出していた。

 今や私達と敵を隔てる白煙爆煙は壁のごとく分厚いものへと変貌し、戦いの定石を少しでも心得ているている者ならまず迂闊には動けない。

 

 それを確認してから視線を移した。

 

「で、貴女はどこから出てきたというのです。いえ、今考えてみれば屋敷を出た頃から静かだったことのほうが不自然なのですが。

 イリヤを失ったショックと自責からしおらしくしていると踏んでいた私の読みが間違っていたということでしょうか?」

 

「そりゃー責任は感じてますよ? イリヤさんが攫われたのは私の落ち度です。しかしながらそうなってしまった事実を変えられない以上余計な感傷に縛られないのがルビーちゃんなのです!

 ……因みに私はずっとクロさんの髪の中にいましたよー、いやークロさんはイリヤさんに比べてアクロバティーックな戦闘なので付いていくのが大変でしたー」

 

「それに気づかないほど私は自分がにぶいと思ったことは無いんだけど……」

 

「ふっふっふ……そこはルビーちゃんの秘密機能その17、アサシン顔負け気配遮断の威力なのですよー。クロさんにバレなかったということはまだまだ実用性、ありそうです」

 

 クロがますます目を細める。

 あれはなんというか……不審物を捉えるそれと同じ類のものだ。

 まあ知らぬうちに密着され、しかもそれに気づかなかったとなれば無理はない。

 

「その辺りはこっちが頭痛くなってくるので置いておきましょう。ルビー、わざわざ出てきたということは何かしら意図があってのことだと思いますが」

 

「はい、出来ることなら最後まで温存……勝負を決める切り札ってやつですかね。どちらにも気づかれずジョーカーにでもなろうかと思っていたのですがそう上手くはいかないみたいです。セイバーさんが倒れてしまっては勝ち目なんてないので」

 

 要は現在の戦況が彼女の我慢の範疇を越えた、ということなのだろう。そしてその判断は決して間違ってはいない。

 

「それ自体は悪くない判断だ。しかし一体どうしようというのです? 

 カレイドステッキはほぼ無尽蔵に魔力を出せるタンクではあるが、その総量は結局蛇口をひねる使い手次第……相棒となる魔法少女の力量次第と言っていたのは貴女自身だと記憶していますが?

 私にも似たような経験があるからその理屈は理解できる。だからこそ、イリヤのいない今のルビーにできることがあるとは」

 

 思えない。

 それが私の見解だ。言ってしまえばルビーは、持ち主の限界を引き出すのに特化した礼装である。

 しかしその機能は基本的に持ち主と持ちつ持たれつの関係であり、比例するものだ。そして現在その持ち主はいない。

 となれば、0には何をかけても0なのである。

 

「同感、イリヤなしのルビーなんてただのニワトリと一緒よ」

 

 それはただうるさいだけと言うことなのか。

 クロは私の評価よりも幾分か辛辣なそれを直球で投げつける。

 

「もー! ナンセンスですよお二人共! それではまるで私がイリヤさん無しじゃ生きられない、いやらしい●奴隷みたいな言い草ではないですかー!」

 

「「いや、そこまでは言ってない(のですが)」」

 

 心外です!と怒りマークをそこかしこに浮かべたルビーが縦横無尽に飛び回り抗議の声を上げる。

 

 ですが正直……疲れました。

 

「で、どうしようと言うのです。このまま喚くだけ喚いて何も出来ないというのなら本当に……その、奴隷以下という評価を下さざるを得なくなりますが」

 

「ハウッ!? 今日のセイバーさんは些か手厳しすぎます!? 分かりました! 分かりましたからそんなに冷たい目で見ないでくださーい!」

 

 今回は真剣だということに気付いてくれたのか、思いの外ルビーはあっさりとひいた。そのまま再びクロの手の中に収まる。

 

「確かに魔法少女がいなければルビーちゃんの魅力、能力、共に大ダメージ! なのは認めざるをえません! しかしながらー、ここには既に魔法少女がいるではありませんかー!」

 

「「は……?」」

 

 あはー! なんて笑い声を上げるルビーの言葉に思わずクロと同時に辺りを見渡した。

 しかし当たり前のことながら、どこを見てもイリヤ、そして美遊の姿はありはしない……当たり前だ、もしも彼女達二人がここにいるのなら、わざわざこんな不利な戦いに赴く必要などないのだから。 

 

 

「おねーちゃん」

 

「はい、しっかり抑えていていてくださいね。大丈夫、騎士の誇りにかけて必ず一刀にて魂ごと両断して見せます」

 

「あだだだ!! 待って! タンマ! タンマです! もうまどろっこしい言い方しません! 本題に入ります! だからクロさんもしれっと握力を"強化"しないで……!」

 

 深く溜め息をついて、クロにルビーを握り潰すのをやめるように促す。

 クロは相当に不満げな様子を隠そうとせず、彼女に自由を与えることは許さなかったが、とりあえず万力のようにギリギリと締め上げていたルビーが軋む音が聞こえなくなっただけ良しとしよう。

 

「し、死ぬかと思いましたよほんとに……ですからねー、お2人のイメージがどうかは知らないですが、別に私はイリヤさん専用の礼装という言うわけではないのですよ? 魔法少女さえいれば良いのです」

 

「ええ、ですからその魔法少女は」

 

「シャラーップ! です! セイバーさんは頭が固すぎです! 良いですか? 魔法少女とは、世界中の夢見る少女全てにその資格があり、誰にでもなれるものなのです!」 

 

「――」

 

 ……何を言っているのかよく分からないのは私がおかしいのか否なのか

 

「ですから! 魔法少女はここにもいるのです! 今私を握っているその人が!」

 

「えっ! 私!?」

 

 やっぱり何を言っ……!?

 

「クロ、ですか!?」

 

「ふっふー、やーっと理解して頂けましたか! そう! 魔法少女になる資格があるのは15……正確には18説やら16説もありますが私は15でいきます! その年以下の少女! 要するにクロさんはバッチリオッケー素質十分なのです!」

 

「いや、そんなふざけたこ……とれない!? ちょっとルビー! 貴女一体!?」

 

「いやー、どうやって握ってもらおうか考えていたのですがまさか自ら私を手に取ってくれるとは嬉しい誤算です! こうなったらもうルビーちゃん、狙った獲物は逃しませんよー」

 

「い、いやよ! あんたと契約したらあのどっからどう見ても放送禁止コード踏み抜きにかかってるエッチなコスチューム着ることになるんでしょ!? プライバシーダダ漏れも目に見えてるし絶対いや!!」

 

 事態を把握し、サッと顔を青ざめるとブンブンと腕を手を開いた状態で振り回すクロだが、その手のひらのルビーはまるで空間ごと固定されているかのように動かない。

 

 確かに理には叶っている。私達の中ではルビー=イリヤ=魔法少女、の図式が完全に定着してしまっているが、よくよく考えてみればイリヤでなければならないというような話は聞いたことがない。

 と言うよりも、今まで忘れていたが一度凛もなっていたようななかったような……

 

「もう手遅れですよ〜、ほら、さっき散弾打ったところでもうクロさんの魔力は採取済み、ゲストマスター仮登録までは済んでるので結びつきも強いんです。ちょっとやそっとじゃ離れません!」

 

「どこの詐欺師よ!」

 

 ガーッ!と吠えるクロだが対照的にルビーはどこ吹く風、むしろ今にも鼻歌でも歌い始めそうなテンションである。

 正直もう勝負のオチは見えているような気がしないでもない。

 

「おねーちゃん!」

 

 最後に、縋るようにクロが私を見上げる。

 若干涙で潤んだ瞳でこちらを見るその姿は非常に愛らしく、出来ることなら味方になってあげたいと心から思わされる。

 しかしだ……

 

「クロ、諦めてください。本当に出来るというのなら、それが最善だ」

 

 状況が状況である以上、背に腹は変えられない。

 

「おね――」

 

「流石セイバーさん! 話のわかる人は好きですよー!」

 

 天国と地獄。

 絶望の面持ちで絶句するクロと、ある意味公認を得たことでがぜん勢いづくルビー

 

 ええ……この光景を作ったのは私が悪い、それは認めるしかない。

 罪悪感が胸を締め付ける。

 

「ほらー♪ 早くしてくださいよー、セイバーさんが認めた以上選択肢はないですよ? それにそろそろ弾幕も尽きちゃいますし〜」

 

「〜〜!! おねーちゃん!」

 

 しばらく俯いてブルブルと肩を震わせていたクロだが突然バッと顔を上げる。

 そして何故か、ルビーではなく私にむけて鋭い声をあげた。

 

「はいっ!?」

 

「終わったら覚えててよね!! 今日ばかりは逃さない! わがままざんまいしてやるんだから!!」

 

 あまりの剣幕にとっさに身構えるも、その口から発せられたのはとても可愛らしいお願いだったのだが。

  

「ええ、分かりました。何時間膝枕でも抱っこでも、寝る時一緒でも喜んで受け入れましょう」

 

 それくらいは安いものである。

 

「言ったわね!? 約束なんだから! ルビー……わけ分かんないコスにしたら承知しないからね」

 

「はーい! それではマスター登録開始しまーす! さ、クロさん!貴女の本名を甘ーい声で私の耳にお聞かせくださーい!……魔法少女っぽいオリジナルの決め台詞と一緒に」

 

「なにそ……〜〜!! ええい!! やればいいんでしょやれば!!

 クロ・フォン・アインツベルン! 言うこと聞かない悪いやつは……えーっと、お仕置きよ!」

 

「どことなく既視感ある上にぎこち無い決め台詞ですがまあいいでしょう!! カレイドステッキマジカルルビー、クロ・フォン・アインツベルンを仮初のマスターと認めます! じゃあ、いきますよー!」

 

「これは……!」

 

 言葉だけを見れば、ふざけているようにしか見えないだろう。

 しかし目の前でこの光景を見ているならば、それがとてつもない規模の契約の義だと言うことは簡単に理解できるだろう。

 

 彼女達を中心に巻き起こる紅い魔力の渦、竜巻の如く荒れるそれは近くにあるもの全てを吹き飛ばさん風となる。

 圧縮された魔力は今や私の鎧までも引きちぎらん勢いで加速し続ける……!

 

「ジュリアン様……!」

 

「ちっ……何したか分かんねーが様子見が仇になったか」

 

 

 敵も同様な感想を抱いたらしい。先程以上に鋭い目つきに変わったジュリアンが一歩前へで、合わせるようにベアトリスが後ろへと下がる。

 どちらも例外なく、驚きを浮かべていた。

 

 そして……

 

 

 

 

「カレイドライナー、プリズマクロちゃん、爆誕です!!」

 

「ちゃんってなによ! ちゃんって!……って何なのよこの布の少なさと頭にくっついてるこれはー!!」

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

 

「何この爆風……!」

 

「この魔力は……姉さん!?」

 

「!? じゃあルビーがあそこに!」

 

「はい、急ぎましょうイリヤ様。もうすぐそこです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ubw一挙放送見てて更新が遅れたことをお詫び申し上げ……

どうもです!faker00です!
ええ、車の免許とは本当にめんどくさいものですね。はい、リアルな愚痴終了でございます。

やはりエミヤ対士郎は何度見ても素晴らしいものです。感動しかないね……ラストスターダストすぐにダウンロードしましたよ。
HFベースに書いてるやつが何言ってんだって話ですけど……笑

そして本題です。


原作が更新されるごとに軌道修正するの大変すぎるよ!!ただでさえとある設定捻じ曲げる気満々なのに、これ以上無視したらもはや別物になっちゃうから無視できないのもあるのに!!
そしてワカメご臨終さま!!←これが言いたかっただけ

ああ……早めに原作追い抜くとこまで言ったほうが良いのかもしれない……

いつも以上にしっちゃかめっかな後書きでしたがここまで読んでくれた人にほんと感謝です!あ、fgoついに500万ですね!セイバーさん私服装備待ったなしや!良くやった運営!

それではまた!評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお願いします!



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第15話 無限の剣製――ヘブンズフィール――

作者、ここに来ていろいろ試す


「っつー……やっぱり今の僕じゃ分が悪いか」

 

 数度に及ぶ宝具同士の打ち合いの結末はいつも同じ。輝く黄金の大半は彼のものではないのだから。

 

「ならば退くがいい――安心しろ、追いはしない。私にとって貴様の命程度よりもここを守る方が優先事項だ」

 

 ギルは後頭部に手をやると、そこに感じた嫌な違和感に顔を顰めた。そして即座に結論を弾き出した。恐らくそこから城壁に突っ込んだのが悪かったのだろうと。

 もちろんサーヴァントの頑丈性は通常の人間のそれを遥かに上回る。その証拠に、現在彼は頭部の異常を確認するために回した右手を覗いて大の字に倒れ込んでいるのだが、その周りを粉々に破散したさきほどまで城壁"だった"ものが大小様々な欠片となって埋め尽くしていた。

 対照的に、対峙するアンジェリカは荘健そのものと言った体で彼女の後ろにある扉には一歩足りとも近づかせないとばかりに立ちはだかっている。

 この場の趨勢を見て取るのは幼子でも容易いことだろう。

 

 

 

 

 

「残念ながらそう言う訳にもいかないんですよこれが」

 

「なぜだ。少なくともお前は他の連中とは同じ立場には立っていないというのが私の読みだったのだが……違うか?」

 

「ええ、僕はあの連中とはギブアンドテイク……気に入ってる人がいるぶん、せいぜい敵対はしないってくらいの関係です。味方だなんて思ってないし、あっちだってそうでしょう」

 

 そんな状況にも関わらず、いつもと変わらぬにこやかな微笑みを携え立ち上がったギルは服についたすすを払いながら、あっさりとアンジェリカの問いを肯定した。その答えに裏などありはしない、彼自身本当にセイバー筆頭にエインズワースと対立する陣営に与したつもりはないし、これからも余程のことがない限りそうなることはないだろうと思っている。

 もっとも、彼におけるその余程のことというのは、天変地異程度では到底辿りつけないレベルなのだが。

 

「なら余計に分からないな」

 

 が、その答えを素直に受け取ろうとする人間の方が稀有なのだろう。例に漏れずアンジェリカは訝しげに眉をひそめた。

 なにせ彼女が使っている能力は、現状完全に敵の上位互換とも言えるべきものなのだ。その絶対的不利な状況で、わざわざ味方でもない者の為に立ち向かってくるギルはアンジェリカの理解できる程を越えていたと言っていい。

 

「この後ろにいる者に思い入れがあるという……わけでもあるまい。英雄王ギルガメッシュ。あれはお前が最大限に嫌悪する存在のはずだ」

 

 そう言うとアンジェリカはチラッと後ろの扉へと目をやる。強固に閉じられたその扉はエインズワースがその技術の粋を尽くして制作した最強の監禁扉とも言える代物である。

 外部からならばともかく、内部からは何をしようと破壊できるはずがないのだが……内側からしきりに炸裂音のようなものが聞こえるということは、中にもこの戦闘は伝わっているということなのか。

 

 

 

 

 

 

 

「ええ、贋作者(フェイカー)なんて今の僕でさえ虫唾が走る。もしも大人の僕が見でもしたら、全力を持って殺しに行くでしょうね」

 

「ならば」

 

「けど……それ以上に気に入らないものもある」

 

「……っ!」

 

 

 突如として発せられた圧倒的な威圧。自らが一歩後ずさったことにすらアンジェリカは気付くことができなかった。

 その様は自然に、王に道を開ける凡百の民草のように。

 

 

 

 

 

 

「ただの人形風情が何を勘違いしているのか知らないですけどね……王の財を真似る贋作と、王の財を盗む盗っ人。果たして先に裁くべきはどちらだ?」

 

 もはや先ほどまでの笑顔は欠片足りともありはしない。そこにあるのはおよそ人のものとは思えない猟奇的な狂気だ。

 

「僕を誰と心得ている……世界最古の英雄、頂点にして原典。英雄王ギルガメッシュだ! 今までの不敬、その財の返還と命をもって償うがいい……!!」

 

 獲物を見据えるかのように左手で髪をかき上げ、その紅い双眸を一層煌めかせるとギルがそう一喝する。

 その後ろに、アンジェリカはなにか幻影を見たような気がした。この美少年とは似ても似つかない、それでいて誰よりもその未来に相応しい超越者の存在を。

 

「……っぐ!」

 

 凡百の戦士ならば、見るだけで卒倒するようなその圧の中でもアンジェリカの行動は早かったと言っていい。

 落ち着きさえしていればこの圧倒的有利は揺らがないのだと。そう言い聞かせるように自らの後ろの空間を宝物庫へと繋ぎ、そして放たれた先制の一撃を真っ向から相殺する。

 

「まずは5本」

 

 織り込み済みだと言わんばかりにギルが宙へと舞う。その手に握られるは彼の唯一の友。

 放たれたそれは一直線に黄金の中へと飛び込み、中から財を掠め取る。そして少年の後ろにも同じ様に展開されている本来あるべき場所へと還っていく。

 

「な……!」

 

「僕の財なんだ。これくらい出来て当然でしょう?」

 

 アンジェリカが驚愕に目を見開く。

 かつて同じ相手と一度対峙したその際にも何本かの宝具は回収されている。しかしそれはあくまで射出後フィフティフィフティになったものを早く取られたというだけであり、主導権があるものを取られたという事ではない。

 この戦闘における有利性の前提を覆しかねないだけのイレギュラー

 

 

 

 

 

「そら? どうしたんです? 撃たなきゃ僕を捉えることは出来ませんよ……こんな戦い方をするなんて僕自身初めてなんですから。もしかしたら焦って手元が狂うなんてこともあるかもしれない」

 

「ぬかせ!」

 

 あざ笑うかのように視界から消えるギルに反応し、アンジェリカは最低限のみに抑えた本数宝具を放つ――ギルの身体能力ははっきり言って並のサーヴァント以下だ、元々王であり戦士ではない彼が更に年を遡ればそうなるのは必然である、現にここまで宝具の撃ち合いで彼の宝具の波を抜けた宝具に対して目を見張るような回避はみられなかった――が、当たらない。

 1本、また1本と虚空を切った後本来の宝物庫へと戻っていく様にアンジェリカの無表情が僅かながら歪んでいく。

 

「まるで童心に帰るようだ! さあ、もっと遊ぼう! 友よ!!」

 

 それを可能にしているのは、二人がいる場所がそれなりの広さがあり、尚且つ四方を堅い壁に囲まれているという、鎖を楔に見立て連続で打ち込み立体機動を行うにはうってつけだったというギルにとっての地の利、幼年期である彼の少なくとも青年期に比べれば遥かに寛大な心でも受け入れられぬアンジェリカという盗っ人の存在、そしてなにより、その宝具の力を見誤った彼女の失策である。

 

「ばかな……天の鎖は神を捕らえるのに特化した宝具であり、相手がそうでない場合にはただの頑丈な鎖のはず。なぜそれが……」

 

 このように持ち主の意志に呼応するかのような柔軟かつ応用的な動きを可能にしているのか。

 CG技術を利用したワイヤーアクションさながらに空間をフル活用するギルを見失わぬよう視線を動かしながら、アンジェリカは自らのうちに焦りに似た感情が芽生え始めているのを自覚していた。 

 動くはずのない天秤が少しずつ、本当に微量ながらも動き出しているのだ。ストック、奪い返した宝具が増えていくのに比例してじわりじわりとギルの攻撃はその激しさを増していく。

 そしてそれは同時に、アンジェリカの総戦力の減少を意味していた。

 

「僕は確かに所有者であり、担い手ではない。けれど全部が全部そうだと誰が言った?」

 

 雷を纏う槍がアンジェリカの左をそれて後ろへ飛んでいき、爆散する。間違いなく外れだ。なんのダメージなどありはしない。  

 だがそこで笑みを見せたのは外したはずのギルであり、反対に目を見開き一瞬身体を硬直をさせたのはアンジェリカだ。何度目かわからない交差、彼の宝具が撃ち落とされることなくそこまで届いたのはそれが初めてのことだった。

 

 

 

 

 

「貴様……!」

 

「その反応すら憎たらしい……僕を真似るなんて3度死してなお足りない!」

 

 激情したアンジェリカが右腕を体の横から前へと振り抜くと、それに合わせるようにゲートが細かく開く。その数およそ15,取り返されることを危惧した戦い方を始めてからは初めてとも言える規模の展開。

 

「さっきまでならそれに対応することは出来なかったでしょう、けど今なら……!」

 

 ギルは向かい合うように地に降りると、両腕をアンジェリカと同じように振る。出来上がった数は同じ15

 

「「いけ!!」」

 

 射出される剣と剣。ロケットの如く加速したそれらは互いにぶつかり合い飛び散り……

 

 

「うおっと」

 

「ぬっ……!」

 

 1本ずつずれて互いの近くへと着弾した。ギルは顔面めがけて飛んでくる剣を上体を横に反らすことで躱し、アンジェリカは足下へと向かってくる槍を一歩後ろへ飛ぶことで躱した。

 同じような回避行動……のはずなのだが、またもや二人の間には精神的な勝敗が決していた。

 

 

 

 

 

「動きましたね? その鎧を纏う王がよりにもよって逃げの行動で立った大地を蹴るなんて……落ちたな人形。いや、端からお前など王ではない。話にならない偽物だ」

 

「……」

 

 アンジェリカはギリっと奥歯を噛む。世界の全てを収めた英雄王ギルガメッシュにとって後退とは即ち敗北と同義ある。他ならぬその当人から指摘された言葉はどうしようもなく

正しいと分かっていたからこその苛立ち。

 

 

 

 

「分かった……認めよう……」

 

「なにをだい?」

 

「お前と私ではこの力の熟練が違う……貴様が本物だ」

 

「そうですか。当たり前のことですがわかってもらえてなによりです」

 

「だが……」

 

 顔を上げる。震える声でそう告げる姿は謝罪かなにかの類に見えないこともない……しかしその姿は次の瞬間に一変する。

 

 

 

 

「偽物が本物に敵わない道理はない……!!」

 

「なるほど……こりゃ壮観だ」

 

 長期戦は不利と踏んだのか。次にアンジェリカが選択したのは一斉掃射による短期殲滅戦だった。天秤がこれ以上傾き、万が一が起こる前……確実に上回っている間に勝負をつける単純かつ確実な策。今までとは比べ物にならない数の宝具が宙に展開され、その絢爛さにギルも思わず目を細めた。

 

 

 

「お前のもとにある宝具は100を超えるかそこらだろう。ならこちらは1000の宝具で押し潰そう」

 

「ああ……それが正解だ」

 

 質が変わらない以上最後の決め手となるのは量の差。あくまでこの二人の戦闘だからこそ成り立つ理論にアンジェリカの瞳が妖しく光る。これで終わらせる、その強い殺意と共にギルを見据える。

 そしてその殺意を向けられたギルは……両手を下げ自らの宝物庫を閉じた。

 

 

 

 

 

「な――「僕がこの鎖をもっていなければね!」」

 

 その姿があまりにも想定外だったからか……アンジェリカに僅かな隙……虚が生まれたのだろう。その他どんな手を打とうとも、この勝負は既についていた。結局のところギルが持てる戦力をどう活かそうと今の戦力差を覆す事など出来やしないのだから。

 だからこそ、最後の詰めとして彼女は次の彼の挙動に全神経を張り巡らせていたのだ。アンジェリカは決してギルを過小評価してはいない。彼がこのまま自分の攻勢を続くと信じるような愚か者ではないと分かっていたし、こうなる事も織り込み済みの上で何か手を打ってくるものだと思っていた。

 

 そんな状態での奇行にも見える行動が、彼女の意識に空白地帯を作り出してしまったのだ。

 

 

 

 

「は――」

 

「捕まえた……うん、そうだと思った。使いこなせないものは無意識に隅に置いてしまうものだからね。だからこそ道が開かなきゃ僕の鎖を以ってしても届かなかったわけだけど」

 

「何をしている……その鎖で絡め取れるような量では……っ!?」

 

 バビロンへとギルの鎖が真っ直ぐに突き刺さる。無謀だ、アンジェリカはそう結論づけた。その手は想定している。その上で取り切れないだけの量を取り出したのだと。

 だというのに……背筋に走る悪寒を感じてアンジェリカは後ろを振り向く。そして驚愕した。

 

 

 

 

 

 

「剣が……震えているだと?」

 

 カタカタと、小刻みに震える宝具の群れ。こんなことはありえない。

 

 

 

 

 

「ほう……それが分かるだけ上出来ですよ。なら次に僕が言うこともわかるはずだ」

 

 先ほどまで鎖を巻きつけた右手をまるで何かを探すかのようにガチャガチャと動かしていたギルが満足げな声色でそう言う。そこに今までの緊迫感は無く、普段のような余裕と柔らかさのみ

 

 

 

 

 

「剣にも王というものは存在するんですよ。至高の財の中でも他の追随を許さぬ圧倒的強者が……困ったものですよ。主導権がそっちにある現状では僕ですら探すのに苦労する。加えて鎖越しじゃほとんど言うことを聞かないつもりときた」

 

「まさか……!」

 

 アンジェリカの背中を雷を貫いたような衝撃が走る。危機に気づいた彼女は急いで宝具を射出しようとした……が、出来ない。背後の宝具達はまるで何かに慄くように震えたままその場を動けない。

 

 

 

 

 

「もう無駄ですよ……ああ、やっぱりダメか。まあいいや、とりあえず余波(・・)程度でもこの塔1つふっ飛ばすくらい出来るでしょう」

 

「さあ起きろ……エア(・・)

 

 深淵から、世界が歪む

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあー……僕が二度も地に倒れて天を仰ぐなんていつ以来だろう……いや、しかし星が綺麗だな」

 

 またも大の字に倒れてギルはそう自嘲した。身体は既にボロボロである。しばらくはまともに動けそうもない。それを自覚した彼は、ただ疲労感に身を任せて広い星空を見上げていた。

 

「けどやっぱり頑丈だなーあの鎧……もしも僕と話す機会があったらもっと丁寧に扱うように言っておかないと」

 

 少し離れたところから聞こえるカチン、という金属音になんとか顔だけ起こす。特に驚きはない。そもそも仕留められるとは思っていなかったのだから。ただ……少しばかり予想よりも丈夫だっただけ

 

「貴様……!」

 

 もはや余裕も無表情もあったものではない。壮絶な憤怒を浮かべたアンジェリカは立ち上がり、傷だらけの鎧のままギルに向けて1歩を踏み出そうとしてる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしもエアに巻き込まれた衝撃で僕とあいつの位置が入れ替わって(・・・・・・)なかったらほんとに危なかったかもしれないなあ……ま、こういう時に運が回ってくるのも王としての素養ってやつですかね……貴方もそう思うでしょ?」

 

「……君がなんなのかは分からないがとりあえず礼は言っておかないとな……ありがとう」

 

 首を逆に向けたギルの前から7枚の花弁が消える。その向こうに現れたのは、赤みがかった茶色の短髪に成人男性としても比較的高めと言える身長の、しなやかかつ強靭な筋肉を身を持つ青年の姿。

 

「例なら結構……もしもその気持ちがあるならあれを僕の代わりに倒してくれませんかね? 非常に業腹ではあるんですけど僕はもう限界なんで」

 

 青年は無言でギルの前に立つ。そして一言だけこう問いかけた。

 

「その前に聞かせてくれ。君はイリヤの味方か?」

 

「味方じゃないです。けど、あの人達と違って敵になる気もさらさら無いです。凛さんも……もちろんセイバーさんにも」

 

 セイバー、その言葉を聞いた途端青年の肩がビクッと大きく動いた。そのまま1つ大きく深呼吸。少しだけ斜めに向けた顔から読み取れる表情は、何かを懐かしむように。

 

「そうか……なら要望に答えなきゃな。俺もあいつには会って、そして……伝えなきゃならないことがある」

 

 一度柔らかくなった声色。かと思えば次の瞬間青年の纏う空気が変貌する。ギルでさえ一目置こうと素直に感じたほどの修羅、この年若き青年が乗り越えてきた修羅場を感じさせる鋭い殺気。

 

 

 

 

 

 

贋作者(フェイカー)め……!」

 

「出し惜しみはなしだ」

 

 アンジェリカの背後に揺らめく黄金、それに臆することな青年は数歩歩みを進めた。躊躇いなどありはしない。まるでそんなもの脅威でないと言わんばかりの行進。

 

 

 

 

 

 

「俺は……怖がっていたのかもしれない」

 

「確かに桜を守る為のこの力だ、彼女がそれを望まないならこの左腕(・・)を使う必要はなかったのかもしれない」

 

「だが……それを隠れ蓑にする事で俺はこの力と向き合うこと、いつ動くか分からない侵食、そしていつしか見るようになっていたあいつの世界を理解することを放棄していた」

 

「その結果がこれだ。遠坂を守れず、今俺を必要としているかもしれない桜の隣にいることが出来ない」

 

「俺は……そんな自分を許せない」

 

「だからもう躊躇わない」

 

 青年の身体には1つだけ怪異があった。それが左腕だ。正常な右腕に比べ不自然に長いその腕は赤い布の様なものでぐるぐる巻にされている。普通ではない抗魔力。そしてそれでも漏れ出す障気が、これがどれだけの異常であり、それを担う青年の苦痛を雄弁に語る。

 

 そして青年は躊躇いもせず……それを外した。

 

 

 

 

 

 

 

「その腕が……」

 

「お前の能力は見せてもらった……なんて無茶苦茶。だが俺には、それを制することができる力がある」

 

 青年の周りを静かに、それでいて熱い魔力が渦を巻く。その中心で青年……衛宮士郎はポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「身体は剣で出来ている」

 

「血潮は鉄で心は硝子」

 

「一度の戦場にて根を下ろす」

 

「ただ一つ道を求め」

 

「ただ一つだけ夢を見る」

 

「担い手はここに独り」

 

「春を浮かべて剣を打つ」

 

「故に、その生涯は求められ」

 

「この身体は」

 

「無限の剣で出来ていた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……」

 

 荒野を見た。何処までも赤く続く荒野は荒れ果てた死地さえ想起させる。一面に広がる剣の丘。

 その先を見た。ガラガラと廻り続ける歯車。何か目的を見つけたのか必死で動き続ける様はどこか熱く衰えることのない情熱を思い浮かばせる。

 根本を見た。この場に不釣り合いにすら見える緑……桜の木だ。そこだけは雲が晴れた青空、その下のオアシスの中に浮かぶ桜は満開の花を咲かせ、まるでそれを守るかのように大量の剣が囲む。

 そしてその先頭に立つのは……

 

 

 

 

 

 

 

 サクラの世界

 










55話目にしてHF士郎本格登場じゃーい!!そしてこんな時に新しい文書構築に乗り出す作者はアホなんだろうな……

どうもです! 
ついにここまで来たと自分でも感動してるfakerです。

エリヤに続いてまたまたオリジナル詠唱は……まあおいておいてください。ええ、あの時以上にキレがない自覚はあります。だってこの士郎比較的葛藤が無いんですもん。
ちなみにいろいろごちゃまぜになってるのはやらかしではなくubW士郎ともエミヤとも異なる存在という意味での表現でございます。

あ、良かったら新しい書き方についても今までのが良いとか案外こちらも……みたいな意見もくださると嬉しいかもです。

それではまた!評価感想お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!!


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