魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ (群雲)
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異なる世界

えっと、初めまして。
ついこの前まで『にじファン』にて執筆していた群雲といいます。

とりあえず、悟空の異世界漂着~~目覚め編です。
ではでは


第一話 異なる世界

 

「これ以上、お前たちにドラゴンボールを使わせる訳にはいかない」

 

世界の危機を救った戦士たちの目の前に現れた、巨大な緑色の龍は『それ』を告げる。 いまのいままで、ことあるごとにその龍の持つ奇跡と呼べる力に助けられ、頼ってきた。 それがこんな全宇宙未曽有の危機に陥るとも知らずに。

 

その危機が去った今、龍は其の力をこの世界の誰もが届くことのない場所へと連れて行こうとしている。

 

「さぁ、いくぞ。 孫悟空」

 

そしていざなう。 これまで四十以上の年月にて、幾度も世界を救い、今回の騒動にの終止符を打った男……孫悟空を。

 

「あぁわかってる。 じゃあ……オラ行ってくる」

 

「父さん! 行くってどこに!!」

「カカロット……貴様…………」

 

 困惑する仲間たち。 しかしそんな彼らをよそに、男は『あいさつ』をする。 目の前でその巨大な頭部を差し出している緑色の龍――――『神龍』にむかってただ、歩いていくだけで。

 

「…………孫悟空」

「――ああ」

 

 そしてたどり着いた神龍の目の前。 そよそよと悟空に吹き付けられる生暖かい風は龍の吐息であろうか……しかし、そんなことなど今はどうでもよく。

いまだに差し出されたままの龍の頭部は、小さな体をボロボロの道着で包んだ少年を誘っている。

 

「―――よいしょっと」

 

 一気に、そしてとても軽快に、悟空は神龍の頭部を駆け上り……そのまま乗っかる。 そこから少しの間、だがすぐにいつもの笑顔を見せると、そのまま『みんな』にむかって大手を振る。

 

「バイバーイ、みんなー」

 

 それはきっと別れの言葉。 でも彼の、少年の声は『また、明日あそぼうな!』といわんばかりに明るく彩られている。

だれもが『彼』を見上げ、心配し、疑問を見つけ……そして何名かは察してしまう。 しかし『そのこと』に気付きた時にはもう。

 

―――――――龍は、天へと昇ってしまった。

 

 

 

「なぁ神龍、オラ……ちょっと寄り道してぇんだけど」

 

『別れ』を済ませ、大空を昇っていく悟空は言う。 ほんの少しだけの“わがまま”を……

 神龍に『頼み』を言った悟空はそのまま『飛ぶ』 かつて競い合った“親”しき“友”、そして殺し殺された不思議な関係である仲間。

 彼等にもえらく世話になった。 ちからを借り、頼みを聞いてもらい、自分の至らなかったところを何度も助けられた―――だから最後に話をしたい。

 

 海の真ん中、さらには死者の集う場所での大事な会話を終えた彼は笑顔のまま、『彼ら』の前からその姿消す。 そしてまた空を昇っていく…………彼らはやがて雲を超え、神の神殿がある天界を超えて――――その頃には。

 

「神龍ってあったけーなぁ。 ん~~オラ……なんか眠くなっちまった……」

 

 なんだか身体がぽかぽかしてきた。 そんなことを思いながらも悟空に迫るいくつもの感覚……急に襲い掛かる強い眠気。 けれど重いまぶたを擦りながら、彼は呟く。

 

「神龍、オラさぁ……」

「…………」

 

 それは只の独り言。 もう、意識を保つことさえ困難な彼は言う。 ただ思ったことを……ずっと昔を見るような目で、その黒い瞳を強く輝かせながら―――言う。

 

「―――――だと思うんだ。 だからよ…………」

 

 その口から出た音は、つよい風に遮られながらも龍に聞き届けられる。 なぜ、そんなことを言ったのか。 どうして、今そんなことを思ったのか。 結局のところは彼にもわからない………でも、そんな彼の『独り言』を。

 

「――――そうか」

 

 龍は“聞き遂げる” そして輝く紅い瞳。 青い大空を赤く染め上げるその輝きは一瞬のもので…………そのまばゆい光が消えると。

“この世界”における、龍に残された願いの回数は――――――ゼロとなる。

 

「孫悟空……しばらくのあいだ、眠るがいい……」

「あぁ…………おやすみな…神龍………」

 

だんだんとぼやけていく視界。 徐々になくなっていく身体の感覚――――その、あまりにも気持ちの良い感覚に悟空は、神龍にその身を委ね…………ゆっくりと目を閉ざす。

 

 やさしくも厳しく。 そして皆に愛された人物……そんな最強の戦士は―――しばらくの眠りについた…………

 

 

 

 

 

鳴海市のとある公園

 そこは桜が咲き乱れる季節を迎えた世界。 心地の良いそよ風が通り抜けていく街は只静かで。

 只今の時刻は朝5時を過ぎた頃だろうか。 日が昇り始め、朝焼けがあたりを薄く照らし始めた頃。 雲一つない晴天の空の下に、いつもの日課としてランニング途中で通りかかる公園で稽古をしている親子がいた。

 一人は大学生くらいの若い青年、高町恭也。 もう一人はその父親である高町士郎である。

 

「父さん、次こそ一本取ってやるからな」

「はは、まだまだお前には負けられんからな。 次も手加減は無しだ!」

 

 ふたりの格好はよく見かける道着……ではなく、ランニングシャツ……でもなく、どこにでもあるようなただの普段着。 運動に適さないわけでなく、だが決して運動用なんかでもない、ただの服。

 

「その自信も今日までだぜ? 父さん」

「よし、いくぞ!」

 

 そんな彼等が握るのは2振りの小太刀…………それを模した木刀ではあるが、当たればやはり怪我をする。 そのような代物を手足のように扱い、あまつさえ『演武』のように舞い踊るその剣捌きは、もはや常人の域を超えているであろう。

 

『はあああ―――――なっ!!』

 

 いざ始めよう、これからが本調子だ。 そんなことを心に描きながら、一気に駆け出そうとした2人は急に立ち止まる。

 

 

――グオオオオオオオ!!!――

 

 

 耳をつんざく『なにか』の咆哮。 その思わず両手で耳を覆ってしまいそうになる大きさからして、発声元はすぐ近くだろうか。 いきなりの騒音に驚く彼らの周囲は更なる変化を催す。

 

「どっ、どうなってるんだ!? 朝だってのに真夜中みたいに暗くなっちまっ………」

「恭也! あれを見ろ!」

 

あたりが夜のような真っ暗闇に包まれたことに驚いた恭也だったが、それとは別のものに驚いた士郎がそれをかき消すかのように息子の名を叫ぶ。

 

――――龍がいた。

 

それは西洋の物語に出てくるような、胴体に手足があるというのではなく。 その胴はどこまでも長く、まるで東洋の伝承にあるような巨大な……そう、ほんとうに巨大な緑の色をした龍。

 

「…………うそ、だろ…………」

「……こんなことが」

 

 それを見て、天を見上げる。 そこにはいつの間に出来たのだろうか、先ほどまでの晴天とは打って変わって現れた暗雲。

 見上げた空にどこまでも広がるその暗雲と、さらにそこから這い出ては潜り込んでいくものがいくつも……

 

「ま、まさか『アレ』全部がアイツの胴体かよ……?」

「たぶん間違いない、『アレ』全てで『本体』なんだろう」

 

 まるで蛇の腹で作った虹のアーチ。 一瞬だけでもそう思ってしまった恭也は、すぐにそんな思考を捨て去ると視線を『アイツ』に戻す。

 緑の龍――――見渡す限りの雲から見え隠れするそいつの胴体を認識し、その全長を認知した親子の口からは、もうなにも音など出てはこない。 圧倒的な存在感……まさにこの世のものではない存在に、たかが人間2人の心は完全に魅せられていた。

 

「あれは………?」

「父さん?」

 

 そんな中で士郎は視認する。 龍の額、その近くを浮遊する奇妙な物体を…………それはゆっくりと高度を下げながらも、親子がいる公園の敷地内にある林の中に消えていく。

 

「「あ!! 龍が!?」」

 

 疑問を拭いきれない士郎を余所に、状況はまたも激変する。 突如としてまばゆい閃光を放ちはじめた龍。 その光は巨大な龍の全体から発せられ、夜のような暗い街を眩しく照らしていき。

 

「光が……」

「……小さく」

 

 やがてそれは5メートル程度の光球へと変わると。

 

「うわ!」

「飛んで行ってしまった……」

 

 四方八方……無秩序に複数の光たちが高速で飛び散っていった。 はじけ飛ぶように遠い空の彼方に消えていった『6個』の光球たち、それを見届けた高町親子の頭上に光がさす。

 

「空が晴れていく……いや、元に戻った……のか?」

「…………」

 

 まるで今までの出来事がなかったかのように、元の景色に戻されていく町並み。 どれくらい経ったのだろうか……数時間? それとも数分? 親子がぶつかり合う前より、ほんの少しだけ明るくなっていた空を恭也は見渡し。

 

「…………よし、行ってみるか」

「え? 父さん、行くって……?」

 

 なぜか、どういうわけか、どうしてそんなことをしたのか? 特に理由もなく、林の方へと視線を投げかけている男…………高町士郎は、その一歩を踏み出していた。

 

 

 

 つい先ほどまで朝焼けが差し込んでいた雑木林の中。 一番初めの主だった目的も今はなく、会話もなく、ただ茂みを踏みつけながらも奥へと歩いていく親子が2人。

 

「父さん……」

「…………」

 

歩く

 

「……父さん」

「………………」

 

 ただ歩く

 

「父さん!」

「――――! なんだ恭也か、どうかしたか?」

「それはこっちの台詞だって! さっきからずっと黙ったまま歩いて……いったいこの先に何があるっていうんだよ!!」

 

 いつまでも淡々と道を進んでいく士郎、そんな彼を見てついに声を荒げた恭也。 よほど集中していたのだろう、その声に構えを取りながら振り向き返事をする士郎。

 その目は鋭く、瞳は深く――暗い色をしている…………彼は今どう見ても戦闘態勢である。 そんな彼の頬には水滴がひとつだけ顎まで落ちていく…………もしかしたら彼は、生きてきた今までで一番の緊張をしているかもしれない。

 

「……………」

「………」

 

 どこまで歩いても木、木、木。 草と木しかないこの敷地内だが、それは別に普段と変わらない道のはず…………なのに。 ここまで士郎を警戒の念を抱かせるのは先ほど起こった『不可思議』であり。

 それらと今の現状は見事なまでに混ざり合い、士郎と恭也の2人は甚大な量のストレスをため込んでいく。

 

「「………………」」

 

 またもなくなった会話。 しかし止まることのないその足は林を突き進んでいくのみで。沈黙がその場を支配するなか、いまだ歩みを止めずにいる彼らに――――

 

「――――!」

「誰だ!!」

 

 

『それ』はついに姿を見せる。

 

 

 ナニカの気配。 空気のちょっとした変化と、草木を揺らすほんの小さな音……たったそれだけの事象に過敏とも取れる反応をして見せた親子の前に『そいつ』はいた。

それは生い茂った雑草を踏むことなく、そもそも地面に足を踏みしめることすらなく……しかし確実にその上に存在する。 つまりは宙にそのモノは浮いていて。

 

「…………子供?」

「それにコイツは…………?」

 

 そのモノは『只の子供』 背丈は目測だが高町の家にいる末子と同じくらいか、もしくはそれより低めの男の子。

 髪を四方八方に伸ばした黒いツンツンあたまに、オレンジ……山吹色の珍しい道着を着込んだ少年が横たわっていた――それも

 

『黄色い雲の上に』

 

「――――これは……」

「俺はもうダメだ父さん。 俺さっきからありえないことばかりで、気がどうにかなってしまいそうだ」

 

 それは二人を苦悩の底に叩き落とす。 雲、そうとも只の雲――だが雲だ、それに人が乗るなんて…………あまつさえこんなにも――

 

「ぐごごご~~ん~~ZZZ」

 

「なんて気持ちよさそうにしているんだろう」

「あ~なんというか……見た目に反した酷い『いびき』だ」

 

 さらに事もあろうか、その小さくかわいらしいお鼻にはでっかいチョウチンを作り、まるでお昼寝のように横たわっている……早朝なので実際にはただの睡眠なのだが、『その子』から発せられる雰囲気はとても暖かくて。 だからだろうか――

 

「父さん!?」

「――――はっ!? つ、つい」

 

 いつのまにか士郎は、いびきをかいたその子のツンツンあたまに手を乗せて、ゆっくりと動かしていた。

 所謂『ナデナデ』と呼ばれるこの動作。 その時の士郎は無意識かつ、無自覚ながらもひどく優しい目をしていて。

 

「ん? どうした恭也?」

「………なんでもないよ…父さん」

 

 それを見つめる恭也は、ただそれだけを『父』に伝えるだけで。 士郎も士郎でそれ以上の事は聞こうとはしなかった。

 ちょっとだけ微妙な空気を醸し出す親と子の“あいだ”で、そんな空気を知ってか知らずかそれは突如として動き出す。

 

「…………おわっと! な、なんだコイツ!?」

「恭也!? っと、お……おいおい………キミ…でいいのかな?」

 

 突然の事に驚くふたり。 その原因に視線を持っていくが、しかし『その子』はいまだにその目を閉じたまま、心地よい夢の中にどっぷりつかっている。 よだれをたらし、両手を広げているその姿を確認した親子はお互いに顔を見合う。

 

「この子じゃない……?」

「それじゃあもしかして……コイツが!?」

 

 そこに至るまでコンマ数秒。 ふたりしてテープを切ったその思考のゴール地点……つまりは考えた答えというと――

 

「「この雲……生きてるぞ!?」」

 

【……………】ぷかぷか

 

 黄色く、綿菓子のように柔らかそうで、なおかつ人を乗せることのできるこの雲が“自身の考え”により行動を開始し、士郎と恭也に体当たりを…………実際には雲の上にのっかった少年の身体が二人に激突しているのだが…………したことであり。

 

 それは雲自身に『いし』があるということの証明である。

 

「おい! やめろって、この――――おわっ!!」

「恭也!!」

 

 まるで子犬か何かのよう。 じゃれつくように懸命に、それでも何かを訴えようとするその雲に気圧される形で後ずさった恭也は何かを踏んづけ、それによりバランスを崩しては後頭部からすっころぶ。

 あわや頭部強打のところを受け身で防ぎつつ、自身がこうなった原因に鋭い目線を送る。

 

「いたた…………これは……球?」

 

 そこにあるのはひとつの球。 玉ではなく球。 成人男性の握りこぶしぐらいの大きさだろうか、水晶のように透明なオレンジ色のその球を見た恭也は立ち上がり。

 

「なんだこれ? 赤い星の模様が……?」

 

 拾い上げる。 感触的には天然ゴムに似ているその質感を弄びながらも、おもむろにその半透明の球を太陽にかざすと覗く。

中に赤い星だろうか? それが4つ、自身の手の中で握られている球の中心に描かれているのがわかる。

 

「大丈夫か? 恭也」

「え? あ、あぁ。 受け身もとったし、取りあえずは平気だ……けど」

 

 息子の一連の動作を見守っていた士郎は声をかける、特にケガもなさそうなその姿に若干の安堵の表情を浮かべつつも――

 

「ん~~いったいどうしたものかな?」

 

 次の行動を迷っていた。 普通ならば警察なりなんなりに届け出をするべきなのだろうが、先ほどの龍と言いこの雲と言い、確実に普通ではないと思われるこの子を不用意にそんなところに突き出していい……訳もなく。

 

「――――父さん?」

「…………それはさすがに不味い……だろうな」

 

 迷った士郎は視線を『その子』から横に向ける。 そこには自身の息子の恭也がいるのだが、士郎が『みている』のは息子の事ではなく。

 

「『あの子たち』の事もある。 ここは一端ウチに連れ帰るのがベストかな?」

「…………ん?」

 

 それは恭也の大事なひと……その彼女達の事を知っているからこその発想であり、判断である。

 思考を何となく終えた士郎に、若干ながら疑問符を1つだけこさえた恭也。 いきなり自分の事を見て、ひとり納得したような顔をされれば誰でもそんな風になる……なるのだが。

 

「――――あっ! そうか、そりゃ確かにそうだよな」

 

 ここで恭也も思い至る。 そういえば居た、自身の一番近しいところにいる『非常識』 既に自分にとっては常識の範疇と言っていいほどに懇意、というかなんというか…………とにかく、大切な存在でもある『彼女たち』を思い浮かべては、後頭部に手を持っていき――笑う。

 

「まぁ、そういうことだ。 とりあえずはこの子から話を聞いてみないと……そのあとはその時にまた考えればいい」

「それもそうかな、それにもしこっちで手におえなかったら―――に聞いてみればいいだろうし」

 

 ここで話はひとつの区切りをつける。 これからの行動と方針を大まかに決定できた2人はさっそく目的地である家に帰ろうとするのだが…………

 

「えっと雲くん……で、いいのかな? そういうわけだから、この子を家に連れ帰ってもいいだろうか……?」

 

 ここで始まる説得フェイズ。 昔やってた仕事でもこんなことなどやりはしなかった……というより確実にどんな人類でも雲相手に説得なんてものなどしたことがあるはずもなく。 

 

【………………】ふよふよ

 

「は、はは……は(これはたぶん、一生忘れられない出来事になりそうだ……はぁ)」

 

 口では小さく、心の中では大きくため息をつく。 そしておずおずと差し出したるその両手を少年へと到達させようとしたその時である。 彼は……気付く。

 

「おや?…………もしかして」

「父さん?」

 

 突然動くことをやめた黄色い雲。 そしてゆっくりと士郎に近づいていくそれは、その上に乗せた『少年』を士郎のひざ下あたりにやさしく当てている。

 さすがにここまでされれば……士郎と恭也は、この行動により言葉をしゃべることのない雲の心意を受け取ることとなる。

 

「…………コイツ、俺たちに」

「この子を、託すっていうんだね?」

 

【………………】フヨフヨ

 

 若干訝しげな恭也と、あくまでも優しく……まるで小さな子供に問いかけるように訪ねる士郎。 その二人の反応に答えることはないのだが、しかしその場から動こうとしない雲の反応はまさしく肯定。

 そんな黄色い雲を見下ろす士郎の両腕は、自然に『その子』に手をのばす。

 

「…………お?」

 

 いまだに心地よい……音量の大きい……否、ぶっちゃけ耳障りな寝息(いびき)を立てながらも、仰向けになって眠っている少年の両脇にその手を通す士郎。

 彼はそのまま少年を持ち上げると……若干目を見開く。

 

「思ったより…………軽い? だけど――」

 

 20数キロぐらいの重さだろうか、そんなことを頭によぎらせた士郎の思考は一瞬だけ。 次に思うことと言えば―――少年の身体つきである。

 

「この子…………見た目に似合わないくらいに身体の基礎が結構……いや、かなり『できあがった』身体つきだ」

「できあがった……?」

 

 そう、この少年の身体……道着を着込んだ恰好からして、何かしらの武術を習っているとは思ってはいたのだが―――しかしそれを鑑みてもこの少年は……

 

「ああ、おそらくだけど、相当な修練を積んだ上に、過酷な実戦……下手をすると死線すらも乗り越えてきたとみてもいいかもしれない」

「死線!? こんな子供が……そんなこと」

 

 常識的に考えて、ありえないほどに鍛え上げられていた。 それを看破した士郎の発言は恭也に困惑をもたらす。 どう見たって自分の妹と……下手をするとあの子よりも小さい見た目をしたその少年がなぜ?

 

「こいつは……いったい」

 

 恭也自身もそれなりに修練を積み、その身は既に常人を凌駕していると自負している。 しかしその過程はとても険しく、しかもいまだに発展途上……そんな自分を差し置いて“出来上がった”と発する父のその言葉は。

 

「ぐがががが~~~むにゃむにゃ」

「………………」

 

 恭也の心に、一つの影を射す……のだが。

 

―――――――――――――カラン

 

『――――!!』

 

 その空気に広がる波紋がひとつ。 まるで読んでいたかのようなタイミングで鳴らされる物音は、目の前の雲、その真下から発せられた。

 なぜそんな音が? というよりこの雲はなにかしたのか? 士郎、そして恭也はそろいもそろって視線を一か所に集める…………そこには。

 

「…………棒?」

 

 棒きれがあった。 それは『赤』という派手な色以外に何の飾りっ気もないただの棒。長さにして1メートル弱というところだろうか?

本当に何の変哲もないそれは……しかしなぜだろう、ふたりの視線を釘付けにする―――筈だった。

 

「ただの棒……だよな? でもどこから?」

「恭也」

「―――? 父さん?」

 

 雲から出てきた赤い棒。 それに視線を取られているのは……実は恭也だけ。 もう一人の男……少年を持ち上げたままの態勢で、身動きの一切を取らなくなった士郎は小さくつぶやく。

 

「…………なことになった」

「え………?」

 

 つぶやかれたその声はいまだ聞こえず。 しかし、その間に流れる士郎の脳内モノローグ。

 

今日が始まってまだ5時間強。 巨大な龍との遭遇から始まったこの一連の騒動はかなりの驚きをこの私たちに与えた。

 『いし』を持った謎の雲、それから落とされた不思議な雰囲気を醸し出す赤い棒、中々に屈強な身体を持った謎の少年……もうそろそろ。

 

あぁ、そうだとも。 もういい加減、この朝っぱらから続いた騒動も落ち着いていいころだろう。 そしたら早く我が家に帰って、母さん……桃子の作った朝ごはんを腹いっぱい――――『ふりふり』――――はぁ~~~なんでだろう。 どうして『これ』はこんなにも。

 

 そんなことを思う士郎に…………

 

「大変困ったことになった」

「大変……困ったこと?」

 

 またもひとつ、大きな問題にぶち当たる。

 

「ああ。 これはいよいよもって、この子を警察とかに引き渡せなくなってきたぞ……」

「……? いったいどうしたっての…………さ……あれ?」

 

 困った顔をする士郎。 その顔は、普段の優しくも厳しい父親の印象を完全に消し去るほどのもの。 『あはは……は』『これはこれは』『あちゃ~~』

 そのどれもが該当するほどの困惑な表情、いったい何が彼にこのような表情をさせるのか? その答えなど、士郎の横にいる恭也でさえ………“わからなかった”

 

「父さん」

「なんだい?」

 

 それは少年を『たかいたかい』するように抱え上げている父に対する疑問。

 

「たぶん俺の見間違いだとおもんだけど」

「…………」

 

 その疑問に返す答えはひとつしかない。 それをわかっていながらあえて沈黙を決め込む士郎。

 厄介だ、本当に厄介だ…………普通ならそう“ぼやく”場面でも、この偉大なる恭也の父は無言。 もう黙るしかないということなのか、それともこれから起こりうる喧噪と騒動と始末に追われる未来を、そのまぶたの内側で描いているのだろうか……その時の士郎は本当に静かであったとか。

 

 

「そいつ……」

「あ~~うん、まぁ。 恭也も同じものが見えているみたいで、正直父さん、安心したよ」

「いやいや、安心している場合じゃないだろ! だってそいつ―――」

 

 

――――――『しっぽ』が生えていないか?

 

 

「そうなんだよ。 ほんと、無性に握りたくなる困った『しっぽ』だ!」

 

 高町士郎――――今までの悩んだ表情とは…………尻尾を触るorそっとしておく。 その2つの選択をまえに、ただ必死になって考え込んだだけだったとか。

 

「父さん……困る方向性がズレてるって」

「ははは!」

 

 思わず突っ込む恭也からは、さっきまでの暗い雰囲気などは見受けられず。 また、それをまるで分っているかのように……『解って』いるかのように、父は笑い……

 

「まぁ、なんにしても恭也……『話』は、取りあえず帰ってからしようじゃないか……な?」

 

「え?」

 

 落ちている赤い棒を拾いながらも、息子はただ、父の話の内容に疑問を持つばかりで。

 

【…………!】

 

「おっとと!?」

「――――なっ!」

 

 そんな親子を余所に、黄色い雲は動き出す。 まるで用が済んだと言わんばかりにふたりから距離を離し、たかく高く舞い上がっていく。

 徐々に見えなくなっていく不思議な雲に、親子はそろって見上げ。

 

「…………この子は責任を持って預かろう。 それがきっと―――――」

「え? 父さん、今なんて?」

「ん? いいや、なんでも……ないかな?」

「??」

 

 士郎のつぶやきを…………恭也は拾うことができなかった。 それにどんな想いが込められていたのだろうか。

 それは遠い『昔』を思い出すような目で、『いま』目の前に抱き上げている少年を見ている士郎からは――――ついにはうかがい知ることができなかった。

 

「じゃあ――――帰るか、我が家へ」

「あ、あぁ」

 

 今はもう、朝焼けに交じった黄色の飛行機雲だけが残された空、そこにはあの雲などすでに見当たらず。

そして、それを見上げるふたりは後ろを振り返る。 いままで散々歩いてきた公園、その奥の雑木林から抜けだし、公園の遊具のあいだをすり抜け、道路に出て、そこから20分かけて自宅へと『歩いていく』

 

 ここに来るときとは違い、小さな荷物がふたつと、大きな荷物をひとつ増やした親子はただ歩く。

 本来だったら、やはりこの道も走って帰るべきなのだが……

 

「父さん、やっぱり俺が背負うよ」

 

 大きな荷物……もとい、小さな少年をおぶった士郎に声をかける恭也。 そんな彼も片手に赤い棒、もう片方にはオレンジ色の球が握られており、少年をおぶさるのはいささか無理があるようにも見え。

 

「いや、いいんだ。 恭也だって荷物を持ってるんだし、というより見た目以上に軽い子だから、あんまり苦でもないからね」

「それならいいんだけどさ」

 

 故の続行、必然の進軍。 背にはいまだに深い眠りを知らせる吐息、それを乱さないよう、起こさないようにゆっくりと、でも少しだけ駆け脚なのは……やはりこの少年の事が気になってしょうがないから。

 海からの風を受けた桜の花びらが、ゆっくりと宙を舞っていくなかで、ふたりの親子と独りの少年は帰り路をひたすら進んでいく。

 

 

 しかしこの二人は知らない。

 

 

 恭也が拾い上げたオレンジ色の『球』 これが今現在どれほどにありえない『状態』で存在しているのかを……

 

 そして公園の奥。 先ほどまで居た場所に自生する、たった一つの『苗』に気付かないまま…………彼らはそこを離れ、家へと帰っていくのであった。

 

 

 

〈海鳴市 高町家〉

 

「「ただいま」」

 

 和風屋敷――高町の家を見た人の第一感想と聞けば、大体こう返ってくるだろうか。 それなりに広い庭と控えめに備わっている小さな池、2階建ての屋敷と、離れには道場がある。

 そんな一般家庭よりも若干裕福そうに見える家の門を、3人の男がくぐっていく。

 

「アナタ、恭也、お帰りなさい……あれ?」

 

 開門一番。 まるで帰ってくるタイミングがわかっていたかのように庭先から顔を出す女性が一人。

彼女は家事の途中なのだろうか。 その身にエプロンを装着した、栗毛色の髪を腰まで伸ばした見目麗しい女性――高町桃子は帰ってきた2人………否、3人を迎える。

 

「ただいま母さん、美由希はもう起きた?」

「え? えぇ、美由希ならもう起きてるけど……でも」

 

 今朝、家においてきた妹を訪ねる恭也。 とある理由で朝の鍛錬から外れてもらった彼女の事を思案する恭也に、しかし桃子は生返事。 夫……士郎に背負われている『少年』から彼女の視線が外れない。

 

「あ、あ~~母さん。 『この子』のことは――――「むぐむぐ……ぐがぁ~~~むにむに」―――あっと……取りあえず家に入ってから話しをしよう」

 

 その視線を痛いほどに受け取る士郎の本日二回目となる説得フェイズ。 だが議題の張本人である少年から放たれる、いびきという名の安眠の音に中断を余儀なくされ……

 

「あはは……はは」

「と、父さん……」

 

 おぶさる少年に若干困った士郎の顔……それでもどこか笑顔に見えるその顔に、桃子は右手を頬の位置に持っていくと。

 

「あらあら♪ じゃあ、まずは朝ごはんかしら? まだ下ごしらえしか終わってないから、もう少し待っててね」

 

 ただ笑顔。 まるで疑うことを早々にとりやめたその表情はとても明るく眩しい輝きを放ち、士郎たちとともに家へと向かい。

 

「ががががぁ~~~ZZZ」

 

 自宅へとあがろうとする士郎の背中からは、いまだに少年の大きないびきが…………

 

「ががぁ~~~………ん――~~なんかいい匂いがすんぞぉ……すんすん」

 

――――止む

 

 あれほど大きかったいびきが――今まで歩いてきた道のりで、どんなに甲高い騒音……道路工事の現場を素通りしても乱さなかったその寝息が――止んだのである。

 

「ん~~よく眠たぞぉ……あれ?」

「お? 起きたかい?」

 

 いまだ微睡の中なのであろう。 士郎の背におぶられた少年の目は半開き、『はぁ~~あ!』 などと欠伸(あくび)をするとモゾモゾと動き出す。

 

「…………ん?」

「……? どうかしたのかい?」

 

 顔を上げ、周りを見渡し、そして自身が掴んでいる人物と目線を合わせる。 その間にも少年の疑問は膨らむばかり……知らない背中に、知らない匂い……さらに見たこともない周りの風景に首をひねってしまう―――だが。

 

「ん~……だれだ? おめぇ……」

 

 それ故に、少年はいちばんシンプルな選択を取る。 良く考えてもわからないものはどうしようもない―――と言うより、そこまで考えてもいないのだが――だから聞く

自分を背負っているこの目の前の男に……

 

「えっと、僕の名前は士郎。 高町士郎……で、こっちが」

「恭也だ」

「桃子よ」

 

 余程眠りが深かったのか、まだ目を擦っている少年に振り向き、答えていく高町の面々。 そんな彼らの顔を、四方八方に伸ばしたツンツンあたまを揺らしながらも順に見渡していき、声は小さいながらも少年は口を動かしていく。

 

「……しろう……きょうや……ももこ……?」

「そうだよ、それが僕たちの名前。 それで……」

「ん?」

「……キミの名前は?」

「オラか?」

「うん(おら? それにどこか東北弁に似た訛りがあるのは気のせいだろうか……?)」

 

 未知との遭遇から数十分が経った今、ついに士郎はこの質問をする。 『キミはだれ?』この言葉にどれほどの意味が込められていようものか……

 巨大な龍、いしを持った雲、そして茶色く長い尾……それらすべてを知るための最初の一歩を彼は踏み出す。

 

「オラ悟空だ」

「ごくう?」

「そだ、オラ孫悟空だ」

「そん……ごくう……? え!? 孫悟空!?」

 

  “孫”という名前に一瞬だが中国のひとかな? などと思ったのも一瞬、そして訪れる驚愕の時間――“孫悟空”それは士郎が知る限り、あの天竺を目指して~~という中国の文献なりなんなりが有名である。 

 

 そう、あまりにも有名すぎるその名前と、でん部から伸びる茶色く長い『尾』は“それ”を連想させるには十分すぎて。

 

「孫悟空って、あの“斉天大聖”とか“美猴王”なんて呼ばれて、後に法名としてもらったっていうあの!?」

「???」

 

 ついつい少年に問い詰めてしまう士郎。 若干まくし立て気味の問答に少年……悟空は目を回しそうになりながらも。

 

「よくわかんねぇけど、オラその“せいてんなんちゃら”とか“びみょう”とか何て名前しらねえぞ」

「あ、いや斉天大聖……なんだけど……いやまぁ、取りあえずキミの名前は悟空君でいいのかな?」

「そだぞ。 よろしくな、シロウ!」

「え? あ、よろしく(いきなり呼び捨てかぁ……でもまぁどうしてかな。 あんまり悪い気がしないのは)」

「ん? どうかしたんか?」

「あぁいや、なんでもないよ(ひとえにこの子の仁徳というものなのかな?)」

 

 やっとこさ終わる自己紹介。 たった数回交わした会話ながらも、徐々に悟空の人となりを掴んでいく士郎と、それらを見守る恭也と桃子。 ちなみに、悟空はいまだにおぶされたまま、士郎の肩口を掴みながら尻尾をゆったりと動かしている。

 

 自身の状態……恰好を確認した悟空は士郎の肩を『ポンポン』叩く。

 

「なぁシロウ?」

「なんだい? 悟空君」

「そろそろおろしてくんねぇか? オラ、もうひとりで歩けるからさ」

 

 ごく自然に交わされる会話、気付けば士郎からは緊張……というより、遠慮と思われる雰囲気が抜けていく。 あってまだ数十分、言葉を交わしてまだ数分。

 彼らを囲む空気はあたたかく、とても穏やか。 春風がそよそよと髪を揺らし、徐々に頭上へと昇っていく太陽はすべてを等しく照らしていく。

 

 そんな中。

 

「よっと!」

「あ、飛び降りた」

「お? 悟空君、キミ結構身軽だね」

「へへっ、まぁな。 これくらいは朝飯前ってとこだぞ」

 

 少年……孫悟空はついに“この地”を踏みしめる。 これから先起こる数多くの事件――悲劇――そして運命(さだめ)を大きく狂わされた者たちとの出会い――その第一歩は……

 

 

「まぁ確かにいまは“朝食前”だけどな」

「あら、恭也ったら上手なんだから」

 

『ははは!』

「……ん?……はは!」

 

 とりあえず、笑いと共に始まることとなる。

 




悟空「おっす、オラ悟空」

士郎「何とか目を覚ましてくれた謎の男の子、彼はいったいなんなんだろうか。 あっ恭也、いままでどこに……」

恭也「ちょっと荷物を置きに……と、そうだ悟空。 これはもしかしてお前のじゃないのか?」

悟空「ん? ああ!!? それ、じいちゃんがくれた――! なんでおめぇが持ってんだ!?」

恭也「おい!? 飛びついてくるな! その話は後でおいおいな―――次回!」

悟空「ん? あ、そっか。 次回、ドラゴン―――」

士郎「悟空君。 ちがう、ちがう」

悟空「いけね。 次回、魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~第2話」

士郎「お願いがあるんだ」

なのは「あの~~わたしの出番は?」

男ども「ない!」

なのは「ええ~~!!」

美由希「ば、ばいばーい」


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第2話 お願いがあるんだ

やっとこさできた2話目

いろいろ改変やら話の統合やらをやってたらこんな時間が……まぁ仕事で手が離せなかったのもあったのですが。

今回の一番の改変は悟空と恭也のやり取りです。 平和な時代と環境で育った恭也の考えやらは、きっと『とらは3』とはそれなりにかけ離れているんじゃないかと……それを書ければなぁ、なんて思いながらやってみました。

では、りりごく第2話……どうぞ。


第2話 お願いがあるんだ

 

 道場――――それは武道を極めるための場、その道のものならば誰もが踏むであろうその冷たい床を、男3人はゆっくりと……踏みしめていく。

 

「は~~広ぇなぁ!! こんな道場があるなんてなぁ~。 シロウって結構金持ちなんか?」

「え? そんなことはないけど」

 

 男二人と、やけに騒がしい少年一人は中央まで歩く。

 

「天下一武道会の会場なんかとまた違うみてぇだなぁ、床が全部木でできてんぞ」

「天下一……武道……? やけにすごい名前だけど、大会か何かかい?」

「そだぞ。 3年に一回だけやるんだけどさぁ、どいつもこいつもすんげぇ強んだ! オラ決勝まで行ったけど、もう少しってところで天津飯に負けちまったしな」

「決勝!?」

「てんしんはん……?」

 

 悟空から語られる単語の一つひとつに男たちの驚きは続いていく。 そもそも、なぜこの3人がこんなところに来たのか、それは士郎の“お願い”が原因である。

 

 時間を――5分前に戻そう。

 

 それは少年の目が開いてすぐの事だろうか、一端“荷物”を自分の部屋に置いて来ることとなった恭也。 彼は自身の部屋へと急ぎ足、拾った“球”を机の引き出しに押し込んで、“赤い棒”を適当に立てかけておこうとした時である。

 

「そういえば『コレ』はあの雲が落としたんだよな…………それにあいつの背中」

 

 そこで思い出されるのは少年の装備。 山吹色で胸に亀の字のロゴが入った見たことがない道着に青いリストバンド。 そして小さな背に掛けられた、筒を鞘のように仕立てた奇妙な物体。

 

「…………あ~、一応聞いてみたほうがいいかもな」

 

 そこまで思い出したら気になってくる……立て掛けようと握ったままの棒を持ち上げると、数秒のあいだだけその棒を凝視―――軽く片手で弄ぶように2回転半まわしてやると、肩で担ぐように持ち、つぶやく。

 

「持って行ってやるか」

 

 ちょっとした遊び心を満たした恭也は、その手に赤い棒を携えたままに自分の部屋を出ていく。 落ちていた、雲の奇行がインパクトがあった…………だからだろうか? 彼は忘れ物を一つしてしまう。 机の中でほんのりと光を放つオレンジ色の球を―――急ぎ足の彼は玄関を出るころにはもう、そのこと自体忘れてしまっていた。

 

 

 

「なぁ、悟空」

 

 所要時間およそ1分程度。 部屋から帰ってきた身長175センチ程度の青年は、自身より50センチほど背の低い男の子を見下ろしている。 小さな背に、小さな手足、その何もかもが自身よりも幼い少年をまえに、先ほどの父の言葉を思い出しながらも、用事を済ませるために声を投げかける。

 

「ん? なんだ……えぇっと…………」

「??」

 

 しかしそこで問題は起こる。 捻られるは少年の首、動かされるのは青年の身体。 少年……悟空を呼ぶ恭也の顔を見ては、彼は『うんうん』唸り始め……それを見た恭也は思わず前かがみになる。

 まるで電気の通っていない白熱球が頭上に浮かんでいるかのような悟空の背景。 それが突然ぴかっと光っては、悟空の人差し指が恭也に向けて一直線を描き―――

 

「そだ! ゴーヤだ!」

「…………ご、ごーや……?」

 

 悟空の“お約束”の始まりである。

 

「俺はな……恭也だ」

「ギョウシャ?」

「恭也!」

「どうだ!」

「キョウヤだああああ!!」

「うっし、キョウヤだな」

「だから! 恭也だと……「なんだよ? あってるじゃねぇか……?」――はっ!? いつのまに……」

 

 天真爛漫……まさに絵に描いたようなそれを前に、持ち前の冷静さと思慮深さを一気に散らしていく恭也。 思わず顔を手で覆いたくなる……言葉に出さずともその心境は全身からにじみ出て――否、あふれ出ており。

 

「あはははー」

「……はぁ~~」

 

 元気な子供の笑い声と、気力少ない青年のため息が見事に混ぜ合わるのであった。

 

「これはまた随分癖の強そうな。 わざとじゃないところがこれまたなんとも…………」

「ふふ、でも随分かわいくていい子じゃない。 うちの子たちったらみんな大人びじゃってるから、ああいう元気な子もいいかもね……あなた?」

「え? あ~~、僕はまだ何も言ってないはずなんだけど―――やっぱりわかる?」

 

 ふたりの声と、二人の会話。 それは騒いでる子供“たち”を見守るような形で展開されてゆき、その話題は桃子の一言によって終結へと向かう。

 

「何年あなたの隣にいると思っているの? それにあの子、何となく放っておけない気がするのよ」

「……そっか」

 

 それは納得できたから出された声だったのだろうか。 いまだに何かが痞えた感覚が抜けきらない士郎に、しかし桃子は言葉を発さない。 陽光にも似たあたたかさを含んだ微笑みを、ただただ士郎に向けるだけで。

 

「…………ありがとう」

「ふふ、いいえ♪」

 

「「ん?」」

 

 そのやり取りだけで夫婦は互いを理解し、認める。 ここまで来てやめましたはもうないであろう。 士郎の心にはもう……

 

「とりあえずは話を聞いてみないとかな? とても深刻な問題があるかもしれないし……ね」

「ええ」

 

 迷いは、見当たらなかった。

 

「ところで悟空」

「ん? どうかしたんか? キョウヤ」

 

 そこで会話は一コマもどる。 子供の騒ぎが終わった悟空と恭也の二人、彼らは……というより恭也はその手に持つ“棒”を悟空に向けると。

 

「これはお前のじゃないのか?」

「ああー!!

 

 少年の叫び声が一丁。 恭也の差し出したそれは悟空にとって大事なもの、祖父からもらい、その使い道を『習い』鍛えられた。 とてもとても大切なモノ。

 

「如意棒! 如意棒じゃねぇか! なんで恭也が持ってんだ?」

「やっぱりお前のだったか……って、如意棒!?」

「?? なんだキョウヤ、おめぇ如意棒しってんのか?」

「知ってるも何も……いやまぁ、“孫悟空”といえば如意棒ってのはだれでも――」

「ん???」

 

 もう何度目になるだろうか。 たった数時間……否、この1時間ほどで既に数えることを放棄したくなるほどの回数をカウントする、この驚愕の声。

 “如意”の長さに伸縮できる“棒” 故に如意棒。 この言葉と、悟空の言っていることが本当ならば……だから恭也は。

 

「…………よし」

「お?」

 

 息を吸い……その一言を吐き出す。

 

「の、のびろ!」

 

「「「………」」」

 

 しかし伸びるのは……『間』 その静寂さは、どんなに有名な公立学校の図書館にも引けを取らず。 そして若干ながら周りの気温が下がった気がするのは、やはり気のせいではないだろう。

 

「…………すまない」

「……? なにあやまってんだ?」

「いいんだ、頼むから言わせてくれ…………すまない」

「?? へんなやつだなぁ。 まあいいや、とりあえず如意棒はもらっておくぞ?」

「あぁ、それでいい…………とにかくすまない」

 

 押さえられなかった好奇心を後に悔やむ恭也に対して、いまだに疑問符を後頭部に添えては、黒いつんつんあたまを揺らす悟空。 そして恭也から受け取った如意棒を―――

 

「ん~……いよっ、はっ! と、はは! やっぱりオラの如意棒だ!」

「…………なんと」

「こいつは……」

 

――――振りまわす。

 

 まるで確かめるように振るわれる赤い棒――縦に振れば打ち下ろし。 横に振るえば薙ぎ払い。 悟空がとったその2動作。 だが、その“素振り”ですらも、士郎と恭也の目には、言い知れない何かが映り込む。

 幾たびも振るわれてきたからか、それともただの勘違いか……いいや、それはありえない。 なぜなら二人は、現代を生きる『剣士』なのだから。 故にわかる、孫悟空という少年の動きの意味が。

 

「悟空君」

「お? どうかしたんか? シロウ」

「キミにお願いがあるんだ」

「おねがい?」

「うん、おねがい」

 

 使ったらちゃんとかたずける。 振り回した如意棒を、いつもの所定位置……背負った鞘に収納する悟空に、声をかける士郎。 前かがみになり、背の低い悟空に向かって話しやすい姿勢になると、言葉静かに語りだす。

 

「悟空君、キミはなにか武術を習っていたりするのかい?」

「ぶじゅつ? オラ“ぶどう”なら亀仙人のじいちゃんから教えてもらったけどなぁ」

「かめ……せ、仙人?! じゃ、じゃあ悟空君は、仙人のひとから武術……武道の手ほどきを受けたのかい?」

「そうだぞ、そんでカリンさまにもいろいろ教えてもらったし、今はミスターポポと……あれ?」

「うん?」

 

 そこから指折りを始める悟空。 小さく短い指先をひとつ、ふたつと折っていき、自身の“師”を数えはじめる。 海に住む仙人に塔の天辺に住まう描仙、さらには天空より下界をながめる者……“今現在”悟空が師事するその名前は―――

 

「あ、そうだ。 今オラ、神さまんとこで修業してるんだった……すっかり忘れてたぞぉ」

「「「…………かみ……さま…………?」」」

 

 神……である。 神殿に住まい、悟空にこれから超重量の装備を与えようと、デザインに悩み。 結局、靴とリストバンド、さらにインナーを選定した神様である。

 それの名を極々自然に発する悟空、しかしあまりにも荒唐無稽なその名は……親子3人の無意識領域にまで直撃する。

 

「か、かみさまって…あの神様かい?」

「お、おいおい。 いくらなんでもそれは冗談が過ぎるぞ!」

「ん? “じょうだん”なんかじゃねぇぞ。 オラが仕留めそこなっちまったらしいんだけどよ? ピッコロ大魔王ってやつがいてさ、そいつが3年後にオラの命を狙ってくるらしいんだ。 だからよ、オラそれまでウンと強くなるために修行つけてもらってるんだ」

「「「だ、大魔王……」」」

 

 さらに悟空の追い討ち。 それは、つい“数日前”に倒したみんなの仇である大魔王の存在と決着の行方、そしてこれから先を見据えた神の打診による新たな修業。

 それは超神水でそれまでの限界以上に力をつけた悟空を、さらに強くするため。 ひいては彼に世界を救ってもらうため……なのだが。

 

「たのしみだなぁ、ミスターポポとの修行がある程度終ったら見てくれるって言ってたんだけどさぁ。 いったいどんな修業なんだろうなぁ、オラわくわくしちめぇぞ!」

「そ、そうか(尻尾と言い、名前と言い、これはいよいよもって…………)」

「…………ん」

 

 “そんなこと”悟空には関係ない。 確かにピッコロの奴は許せない、生き延びているのならとどめを刺さないといけないのかもしれない。 でも、それ以上に―――

 

「なにすんだろうなぁ……はは!」

「修行が……たのしい……か」

「わくわく……か(なんとなく、わかるかもしれない)」

 

 その黒い目を宝石のようにキラキラと輝かせて、茶色い毛の尻尾を2,3回振るっている。 そのすがたに共感が持ててしまうのは、やはりこの親子も生粋の剣士であるためだろうか……だからであろう。

 

「あっとと、ずいぶん話がそれてしまったけど、悟空君。 さっき言ったよね? お願いがあるって」

「あ、そういえばなんかいってたなぁ。 いいぞ? オラに出来ることなら手ぇかすぞ」

「はは、ありがとう。 それでお願いっていうのはね」

「うん」

「恭也と一戦交えてほしいんだ」

 

 この子を、この強い輝きを秘めた目をした男の子を、自分の息子に当ててみたいと思ってしまったのは。

 きっとなにか変化が起こる。 そう――心に強く描きながら。

 

「お願いできるかな?」

 

 やさしくかけた声とは裏腹に、士郎の目は…

 

「…………」

「父さん?」

「あなた…」

「ん………」

 

 とても鋭いものとなる。 お願いと言いながらもその鋭い視線は決して子供に向けていいものではない。 しかし、それでも……どうしてもこの子の『ちから』を息子たちに……士郎の、その強い意志は見事悟空に――――――

 

「キョウヤと闘うんか? 別にかまわねぇぞ」

「え? あ、あぁ……ありがとう(自分から言ったとはいえ……)」

「な、なんて軽い奴(というより父さん、さっきから俺への意思確認が……)」

 

 あんまり届かなかった。 半ば反射的に返事を返したのは悟空。 彼の頭には現在『ねむい』『食い物』『たたかい!』 が見事な3すくみで成り立っており。 というより、それ以外の要素が皆無だったりする。

 

「じゃ、やっかぁ」

「あっと、ちょっとまって」

「ん? ここでやるんだろ? だったらさっさと……」

「いや、ここじゃなくて。 ほら、あそこに木で出来た建物があるだろ? あそこでやろう」

「木? 建物……あ! あれかぁ!」

 

 そして構えをとる悟空。 それに待ったをかける士郎は庭先……敷地のはじを指さす。 青い瓦に木の柱、木造建築の道場がそこにある。

 基本的にレンガやコンクリートが主流である、悟空がいたところの建造物。 だからこんな建物は珍しい。

 

「へぇ~~あそこでたたかうんかぁ」

「あぁ、そうだよ。 な? 恭也」

「え? あ、あ~~そうなるかな?」

 

 だんだんとその顔を暗くしていく恭也。 自分を置いていってトントン話が進んでいくことに若干の憤りを感じつつも、しかし心は徐々に弾んでいく。

 それは悟空も同じなのだろうか、さっきまで眠たそうだった目を、みるみる広げていっては元気があふれんばかりの笑顔を作る。

 

「まぁ、取りあえずは悟空君。 キミの事について詳しいことを―――」

「お、おい悟空! 走るなよ!!」

「なにしてんだー早く来いよぉー! もうオラ、ワクワクしていてもたってもいらんねぇぞ!!」

「あ………はは、まったく元気な子だ。 でもまぁ、なのはと同い年ぐらいなら、むしろあれくらいが普通なのかも……な?」

「ふふ、そうねぇ。 あれくらいの年の男の子だったら、手なんか付けられないくらいに元気に決まってるものねぇ」

 

 走り出した少年とそれを追いかける青年、そして遠くから見守る夫婦。 4人はそれぞれの足取りで、庭にある道場へと足を運んでゆくのであった。

―――時間は、冒頭に追いつく。

 

「ん? キョウヤおめぇその服でやんのか?」

「まあな、『たたかい』っていうのは合意がある場合がほとんどだけど。 こと戦闘と言ったらほとんど突発的に起こるもの、そんなときに敵がいちいち着替えたり、準備をするのを待っててくれるわけもない。 だから“御神流”には特別な道着もなければ靴もないんだ」

 

かなりラフな格好をしたままに、道場内に入っていく恭也。 悟空は悟空でいつもの亀マークの入った山吹色の道着を着込んでいる。 悟空は、自身の道着を見つめて、恭也を見るとひとつ、あたまを縦に振る。

 

「へぇ~、まぁ確かにそうかもしんねぇな。 オラも突然、恐竜とかサーベルタイガーなんかに襲われたりしたらそんな余裕なかったもんなぁ」

「「「それは……なんか違う気がする」」」

「へ?」

 

 エンカウント=食事の時間。 かつての山暮らしでは、自身が餌であり獲物を捕らえる罠で、武器でもあったのだから無理もない……というよりこの少年。 場合によっては例え全裸でも戦闘続行も辞さないのだから仕方ない。

気付けば結構な雑談タイムが繰り広げられている道場内、あっという間に空気を呑まれてしまった士郎たち、しかしそんな彼らを迎える人物が一人、道場の奥から足音もなくやってくる。

 

「あれ? 恭ちゃん? それに父さんと母さん……と、この子は…?」

「ん? だれだおめぇ……」

「おっ、起きてたか美由希。 おはよう」

「え? うん、おはよう……」

「ほら、悟空君も」

「お? ……おっす!」

「……おはよう…ございます(知らない子……あれ? この子、なんか腰のあたりに…)」

 

 長い髪を三つ編みにしたその女性、高町美由希という。 恭也の妹であり、士郎と桃子の娘でもある。 そんな彼女は見知らぬ少年、悟空を前に若干の硬直。 しかしすぐにいつものペースを取り戻すと、士郎によって挨拶を促された悟空に続く形で声を出す……のだが。

 

「なぁキョウヤ、いつになったらやるんだ?」

「え? 恭ちゃん、もしかしてこの子と……」

「……あぁ、気付いたらそんな話になってた」

「気付いたらって……それにこの子まだ――」

 

 どう見たって子供、しかも下手をすると妹よりも低いその身長は、美由希を不安と疑問のどん底に叩き落とす。 

 

「美由希、ちょうどいい。 お母さんと一緒にそこで見てなさい」

「見てなさいって、待ってよ父さん。 こんなの勝負以前に――」

「いいから見てるんだ、きっとすごいものが見れるから……ね?」

 

 大人と子供――そんな当たり前の結果しか見えてこないようなこの組み合わせは、美由希の反感を買う。 それでも……そこで見ていろと、間違いなく自分たちを驚かしてくれる何かがあると――士郎の目は鋭くも優しく美由希に向けられる。

 

緊張の瞬間、しかしその当の本人たちは特に気負った様子もない。 完全なる自然体は己が相手に自分を呑み込ませないためのもの……そんな二人のあいだに、士郎はゆっくりと割って入る。

 

「それじゃあ試合のルール確認だ。 時間は無制限、先にあいてに一撃を入れたほうが勝ち……あ、防御はカウント外だからね……それと急所は絶対にねらわないこと」

「ああ」

「おう!」

 

 行司、審判、見届け人。 呼び方はなんでもいいが、取りあえず判定は言いだしっぺの法則から、士郎が自主的に行うことに。 そんな彼は悟空を一瞥、何かを思い出したかのように顎を人差し指で掻くと、小さく声をかけてみる。

 

「それじゃあ――と、悟空君、キミは急所の意味って解るかな?」

「そんくらい知ってんぞ、キン■マの事だろ?」

「き……」

「なんだ? ちがうんか?」

「あ、や! いいんだよ? うん、それであってる……んだけど」

 

 そこから帰ってくるのは……なんとも恥も知らない元気な一言。 それに硬直する男衆と……

 

「き、き……」

「悟空君ったら……もう」

 

 何とも言えない空気を醸し出していく女性陣、あんまりにもストレートな返事をする悟空に、顔を高揚させる美由希。 彼女は今現在、花も恥じらう16歳である……

 それとは裏腹に、頬に片手を持っていきながら微笑んでいるのはさすが3児の母、桃子は大人の余裕を見せている。

 

「なあ? もうはじめてもいいか?」

「え? あ……そうだね。 恭也は……」

「問題ない、こっちも準備できた」

 

 そんな外野はほっといて……上目線の悟空と、小太刀――無論、木刀の非殺傷兵器である――を2振り装備する恭也の二人は、そろって中央にいる士郎を見やる。

 高揚する心を抑えきれないものと、心静かにその場にたたずむもの。 少年と青年の発する空気に違いはあれど、しかしその根本はやはり……

 

「…………」

「よぉーし」

 

 どこか似ているように思えるのは、気のせいではなく。 それは二人が武を志すものだからなのか―――その答えは。

 

「では、始め!!」

 

「「―――――」」

 

 すぐにわかるかもしれない。

 

「だあああ!」

「―――ふっ!」

 

 ふたりは同時に踏み込む。 悟空は手に持った如意棒を薙ぎ払いの態勢で持つと、そのまま恭也に突進。 対する恭也は小太刀の特性を最大限にまで発揮するために、自身の有利な歩幅を正確に目測……片足の着地と同時に“右”を打ち下ろす。

 

 棒と小太刀は激しくぶつかり合い、硬く鈍い衝撃音が道場内に響く。

 

「……速い」

「す、すごい。 恭ちゃんの動きに全然負けてないよ、あの子」

 

 悟空と恭也は互いの武器を打ち鳴らすと、同時にバックステップ――とはならず。

 

「「「な!?」」」

「だりゃあ!」

 

 ここぞとばかりに悟空の追撃が来る。 それをいまだに宙に浮いたまま、地に足がついていない恭也に避ける手立てはない。 ならば―――

 

「くっ!(軸をずらして……)」

 

―――――受け流すまで……!

 

 見る見るうちに迫る赤い棒、それは当たれば確実に意識を刈り取られるであろうものだと、その威力は空を切る音の激しさで嫌でもわかる。

 こんなものを防御をしても、確実にこちらの得物が真っ先に粉砕されてしまう。 故の受け流し……この間の思考、およそ0.3秒未満―――まさに一瞬の勝負。

 

「あ! すごい恭ちゃん。 あの態勢で攻撃を凌いだ!」

「おわっとと……やるなぁキョウヤ」

「………ふぅ(こ、こいつ。 一撃一撃が見た目不相応に強い!? それに……)」

 

 棒の接触……ソレと同時に、刃の面を絶妙な“業”をもって反らし、自身と悟空のあいだにある攻撃の『軸』をずらした恭也。 そんな彼は、今の一合で確信に至る――この目の前に居る少年は。

 

「……(攻撃に一切の迷いがない!? こんな子供が……いったいどんな暮らしで、どういう鍛錬を積んだらこんな―――)――――なっ!」

 

 只者ではない。 確実に自身の妹弟子である美由希を遥かに凌駕した踏み込みの速度と、威力を持った攻撃……それは恭也に衝撃を与える――暇もなく。

 

「これならどうだぁ!」

「は、速い!?」

 

 悟空の如意棒は、その先端を恭也に向けると……またも突進を仕掛ける。 如意棒の突進…つまり『突き』である。 その突きに驚く恭也だが、脊髄反射のごとく顔をそらすだけでかわす……かわすのだが。

 

「なんて鋭い突きなんだ……あの恭也が」

「恭ちゃん、頬から血が……」

 

恭也の頬をかすめるだけに留まったはずのそれは、その威力から恭也の柔い頬を切り裂く。 

 

「はぁ……はぁ……すぅ……はぁ~~」

 

 垂れる血を、小太刀を持ったままの右手で拭う。 そのまま息を整える恭也は、自身の置かれた状況を軽く整理する。

 一撃を貰った……のだろうか。 しかし父さんは何も言ってこない―――違う、そんなことではなく。

 

「たった数歩動いただけで、こんなに息が乱れるなんてな……それに引き替え……」

「ん? あ! キョウヤおめぇ、ほっぺから血が出てんぞ! 大丈夫か?」

「息を乱すどころか……相手の心配までしてやがる………なんてやつだよ、まったく」

 

 対戦相手……悟空の、その自然体のままでいる状態を確認すると、若干肩を落とす。

「……恭ちゃん」

「恭也……」

「恭也」

 

 その姿に小さな声を漏らす高町家の3人。 別にひいきをするわけではない……ないが、それでも今まで、彼の行ってきた努力と鍛錬は知っている。 だからこそ―――心配にもなる。

――――それを

 

「悟空」

「ん? なんだ?」

「さっきお前が言ってた“天下一武道会”ってやつには優勝できなかったんだよな?」

 

 これまた気にせず、悟空にそっと語りかける恭也。 それはつい先ほど上がった悟空が出場したという大会の話。  いまだ試合のなかだというのに、二人の会話は止まらない……恭也はただ、知りたいのだ……

 

「あぁそうだぞ。 もう少しってところで、車にはねられちまってよぉ……場外負けで準優勝だったぞ」

「く、くるま? なんで武道大会で車なんて……」

「へへっ、いろいろあってさぁ。 天津飯のやつに武舞台を消されちまってよ、そんで空で決着つけたらそうなったんだ」

 

 激闘の末の空中戦……気功砲により武舞台が消失する寸前。 はるか上空、雲が漂う空の彼方まで跳躍して見せた悟空と、武空術を扱える天津飯との最後の激突。

 それを思い出しては『いい顔』をしだす悟空を見る恭也は、呆けながらも目の輝きが増していく。

 

「……そ、そら……か――――はは」

「恭也?」

「恭ちゃん?」

「お? どうかしたんか? キョウヤ。 急に笑い出しちまってよぉ」

 

 小さく、そして徐々に大きく笑い声を出す恭矢。 だが勘違いしてはいけない、彼は決しておかしくて笑ったのでも、もちろん気が触れたからでもない……彼は………知ったのだ―――否、気付いたのだ。

 

「俺は、今まで誰かを守るために剣の技に磨きをかけて、腕を上げてきたつもりだ」

「ん? ……おう」

 

 それは悟空に語る声ではなかったのかもしれない。 自問自答……ひどく澄んだ心から発せられたのは恭也の心境。

 

「それは父さんがそうだったから……きっと憧れてたんだよ、俺は………」

「……恭也」

「恭………ちゃん」

 

 構えた腕を、小太刀ごとぶらりと下に降ろす。 そのままどこを向くでもなく、ただ上に視線を上げた恭也の目には……『天井』が映り込む。

 

「だからかな? 当主の座にも実はあんまり興味はなかったし、成りたいとも思わなかった……どこか父さんのようになれればそれでいいって。 ただ、そうおもってた」

 

 上には上……今日、この瞬間の出会いはきっと偶然なのだろう。 でも、小さな少年のおかげで息吹いたこの気持ちは―――

 

「でもわかったよ。 あぁ、そうだ……俺は―――――!」

「……ん!」

 

 話はそこで幕を下ろしていく。 続きは後で、そういわんばかりに振りあげ、構えを取っていく2振りの小太刀。 恭也の瞳に、ゆらりと戦意という名の青い焔が静かに燃え上がる。

 それに答えるように、同じく構えを取り直す悟空。 左手を相手に、右手を自身に向けるような体制で如意棒を握り締めては『突き』の姿勢をとる。

 

「なんか知んねぇけど。 今のキョウヤ、すんげぇいい目してんぞ。 雰囲気もさっきとはまるで別人みてぇだ」

「それはどうも、お前のおかげで頭の中のもやもやが消えちまったからな……じゃあ、また一手頼めるか?」

「おう、こっちからもお願いしてぇくれぇだぞ」

 

 空気が変わるとはこのことか。 いま、この場にいる者たちを取り巻くナニカは全くの別物。 ただの小手調べからいよいよ『試合』と相成った道場内……その空気の変わりようは、ただの一般人である桃子ですら感じ取れるものである。

 

「アナタ……恭也が」

「まぁ見てなさい。 恭也があんなことを言うとは思わなかったけど、悟空くんとの打ち合いで何かを感じたんだろう。 さっきとは目の色が違う……お前にもわかるだろ? 美由希」

「うん。 あの男の子もそうだけど。 恭ちゃんの構えが……なんていうんだろう。 こう、研ぎ澄まされてくって感じがする。 いつもわたしと打ち合ってるときとは全然雰囲気も違う」

「…………そう、なの?」

 

 じりじりとにじり寄っていく試合場の二人。 お互いの得物が持つ攻撃可能範囲と、自身の速度……それを読み、動いていく。

 現在、二人のあいだにある距離はおよそ3メートル弱。 手足が短い分、如意棒という長い武器で戦う悟空と、小太刀という普通の刀よりも短いが、その分近接戦での速度を重視した恭也。

 ふたりの攻撃圏内はほぼ同じにある……はずである

 

「「…………」」

 

 静寂する道場内。 その空間にたたずむ両者の身体が―――ぶれる

 

「――――はあ!」

「だりゃ!!」

「「「!!」」」

 

 ぶつかり合う互いの得物。 その激しい衝突音は観戦者たちの身体に衝撃音となって襲い掛かる。

 悟空が突進の勢いを如意棒に乗せて横に振るうと薙ぎ払い。 身長差から足払いとなっているそれを跳んでかわす恭矢は、しかしその跳躍の方角は真上ではなく悟空に向かったもの。 跳んだ勢いを殺さず生かして小太刀を打ち下ろす……恭也の技が炸裂する。

 

「御神流―――『虎乱』!!」

 

 空にいる中で放たれる恭也たち御神の流派の技の一つ。 その二刀からなる連続攻撃は、一刀のものより断然手数が多い。 其の刃の連撃に巻き込まれれば敗北まで一直線。 迫る刃の木枯らし、その攻撃が悟空に命中すると誰もが思い息をのむ――――筈だった。

 

「当たっ……―――!(攻撃の感触が!?)」

「え!? 悟空くんがいない……?」

「―――消えた!!?」

 

 少年――悟空に迫る刃の嵐は確かに届いた……そう、“悟空が居た場所にまで”……恭也の『虎乱』は悟空を捉えるまでに至ったのだ。

 誰もが悟空の敗北を悟ったであろう瞬間、しかしそれでも一人だけ表情を崩すことがない少年の顔は笑顔、そして一番『的』のデカい胴体を二本の木刀が激突する刹那―――――恭也の『虎乱』は、山吹色の道着ごと悟空を透過していく。

 

「――――な!? すり抜けた!!」

「恭也! うえ―――」

 

 まさかの事態。 誰もが予想をしえなかった悟空の起こした行動に、しかし立会人である士郎は気付く。 

 恭也は依然として気づかない。 自身の頭頂部に差し掛かった黒い影……人の形をしたその影は徐々に『大きくなっていく』

 

「――――すぅ……(左右……後ろ……どちらにも気配がない―――! まさか上!?)」

「お!?」

 

 ことが起こってからコンマ数秒か、そこでようやく天井を見上げた恭也は――それと同時に右手の小太刀を振りあげる。

 技なんてない、それは只の斬撃でありながらも、姿勢を完全に崩したこの状態で撃てる渾身ともいえる力を込めた一撃………それは。

 

「くっ!!」

「べろべろばぁ~~」

 

 またも空を切る。 だがそこには少年の姿が在り、恭也に向かって舌をだしては顔の真横に両手を持ってきて挑発するかのように気の抜けた声を上げている。

 若干透けているようにも見えなくもないそれは―――士郎たちから見るとなんと―――

 

「な!? こ、こんなことって……」

「ご、悟空君が……」

「ふ、増えた……!?」

 

「へっへ~ん」「こっちこっち」「ちがうぞ、こっちだって!」

 

 いつの間にか恭也が3人の悟空に囲まれていた。 本当に気付く暇さえなく、微かな足音に観戦者の驚愕の声に周りを見た恭也は両足を地面にベタふみ……ステップも取らなければ歩方なんかも取らない―――いや、取れない。

 

三重残像拳―――先ほどの上方、いつの間にか現れた右方、知らぬ間に在った真後ろ。 それぞれが小ばかにしたような幼いポージング……

 

・上方、前途通りのべろべろ

・右方、右手で目元をちょっとだけ下に伸ばしてあかんべぇ

・しりを突出してはしっぽをふるう

 

 やたらと元気な挑発、それでも呼吸を乱さないよう……普段どおりの空気を取り戻そうと小太刀を構えなおし、軽く息を吐く――もはや常識などどこにもないこの試合に、それでも恭也は集中を高める。

 御神流『心』 目で見るのではなく感覚……耳で聞いて音。 肌で感じては気配を、いまの恭也は無意識にそれを実行していた。

 

「全部……幻? いや、たぶんどこかに実体が…………そこだ!!」

「うわぁ――――」

 

 そこから導き出された答えは“すべてが虚構”という事実。 そしてなにもいない自身の左側にローキックをぶちまかす。

 上がる悲鳴、息をのむ観客……ついに決着が――

 

「す、すり抜けた!? あれも幻!!?」

「へへん! ざんねんでした。 4重残像拳だぁ!!」

「―――下!? はっ!!」

 

 ―――つくこともなく。 その攻撃すらもすり抜け自身の真下、周りを警戒することで空いてしまった意識の内側……空白地帯となった自身の懐に突如として現れた悟空。 その少年が持ってる赤い棒の先端が恭也の顔面に肉迫する。

 

 5,4,3,2―――恭也の顔面に如意棒が到達する残り1センチとなった瞬間である。 もう完全に当たる攻撃に対して一向に目をそらさない恭也の見る世界から、色彩が消えていく。

 道場の床は木の色から灰色に、少年の着こんだ山吹色の道着は白く、迫りくる赤は―――真っ黒に染まる。

 

「――――神速!!」

 

すべての現象が―――スローモーションになる。

 

「――――(こ、ここまで追い詰められるなんて)」

「………………」

「――――(だがこうなったらこっちのものだ。 この一撃を避けざまにカウンターを)」

「…………」

 

 御神流の奥義の一つ……人間に備わる感覚すべてを視覚に割り振り、それにより使用者を超高速の世界へ到達させる技、それを――――神速の領域という。

 悟空の残像すべてが消え失せ、ただ目の前の本体に狙いを定めるだけ。 迫る高速の如意棒もすでにその速さは見る影もない……恭也は、涼風を受けるがのごとくそれを躱す。

 

「――――――取った!」

「……」

 

 想定通りの展開を繰り広げる恭也。 御神の奥義まで出したこの勝負は負けるわけにはいかない、師が、妹が、母が――皆が見ている中での、この勝負は……

 

「………………にぃ!!」

「―――な!?(目が……合った!!?)」

 

 しかし勝負は終わらない。 それはありえないこと、神速に“入った”御神の人間と目が合うなど、あまつさえ笑いかけるなど……その様なことできるわけがない……そんなことができる奴は『人間の限界を遥かに超えている』

 

「し、しまった!? 集中が途切れ―――」

「いまの攻撃よけちまうなんて、おめぇすげぇなぁ。 でも―――これはどうだぁ!!」

 

 あまりの驚愕、常識はずれもいいところの事態に恭也の神速は途切れてしまう。 景色が元の色に戻っていく中で、山吹色がひとつ肉迫する。

 

 突きを避けられ、虚空を刺している如意棒がひとつ。 それを先ほどの動作とは真逆に自身にひきつけ、床に突き刺すと一気に“つたう”悟空。

 右足を恭也に向けての飛翔。 如意棒を掴んでの反動を利用したそれは―――只の蹴り。

 

「な!? なんて鋭い」

「――蹴り!!?」

 

 士郎と美由希が驚愕する。 特に技巧がなされたものではないそれは通常ならば切って捨てる程度の技であっただろう。 しかしそこは悟空の蹴り。 かつて魔族を一撃のもとに葬ったことさえあるその蹴りは。

 

 速さも

 威力も

 ちからの流れも

 

 全てにおいてすべてを超越していた。 そんなものを喰らえば―――当然……

 

「――――うおぉおおお(こいつ……こんなもの喰らったら死ぬだろ!? こうなったら)御神流―――」

「でりゃああ!」

 

 死は必然。 だがここで引かないのは勝利に対する執念か……恭也がとったのはまたもカウンター。 らしくないと言えばらしくなく。 だが、しようがないといえばそうであろう。

 既に燃え上がってしまった闘志の炎は消えず、ただ燃え上がるのみ。 同時に叫びだした悟空と恭也の攻撃は交差する―――筈だった。

 

「―――――徹!!」

 

 上がる雄叫びは恭也のもの。 御神の奥義がひとつ【徹】 独特な振りにより打ち出されるその技は攻撃を当てるのではなく貫き“徹す”もの。 技の出は恭也が遅いが、リーチ差からこのタイミングでもあたる可能性はある。 よくてクロスカウンター、悪くて……訪れる緊張の瞬間である。

 

「――――!!」

「であああ………………ふあぁ【ぐぎゅるるるぅぅぅ】」

 

「「「……へ?」」」

 

 ――――空気がふにゃける。

 

 訪れる最高の瞬間にやってきたその音は、これまた常軌を逸した謎の音。 なにか空気が吸い込まれるような、ねじれているような―――そうだ、この音は……

 そんなことを誰もが思っている中で、恭也は悟空に向かって大きく叫ぶ。 攻撃の途中、しかも御神の奥義を出した状態でいきなり無防備となる“少年”に。

 

「な!? バカやろ――――」

「へ?―――――ぐぁあああああ!!」

 

 しかしそれも届かない。

 

 結局当たってしまう【徹】 攻撃特化、しかも相手の内側に浸透させるような攻撃方法なのだから、かなりのダメージを負うのは必然。 それを顔面に喰らった悟空は、頬をゆがませ、首を曲げ、その小さな口からは最大音量に引き上げた断末魔の叫び声を上げながら飛んでいく

 

「――――しまった……」

 

 こんなはずでは―――まさか無防備となった子供あいてにこの技をあててしまうとは……恭也に懺悔の影が差す…………

 道場中央から飛んでいく悟空、彼は身動き一つ起こさない。 無抵抗のままその背を道場の出入り口付近へと叩きつけられ――――

 

「あれ? お父さんたちなにしてるの? もう朝ごはんの時か―――――きゃ!?」

 

 かくて交通事故の完成である。 時刻は既に7時過ぎ、普段ならリビングにあるテーブルの上に朝食と家族の団らんを彩っているこの時間に、この喧騒を聞きつけたのは“少女”

 彼女は道場のふすまを開けるなり、突如として頭上から襲いかかる『そいつ』によって地面に伏せられ、硬直する。

 

「え! なに!? いったいなんなの!!?」

「ん~~~」

 

 しかしそれも一瞬のお話。 ジタバタと四肢を振り回すも『そいつ』を払いのけるのは不可能。 だが少女は賢い、振り回すのがダメならばこの手で払いのけるまで。

 まるでそう言わんばかりに、少女は『そいつ』の“それ”を【握り締める】

 

――――ぎゅっ!!

 

「…………え?」

 

 あっ……なんか握り心地がいいかも―――そんなことを思ったのは少女。 そしてみるみる青ざめてく顔はまるでかき氷のブルーマウンテンのように見えて……

 

「なっ」

 

 声が引きつり。

 

「ひっ!!」

 

 ほい、悲鳴へと大変身。

 

「いやああああ!! なになに!? なんか『かたくて』『やわらかくて』『クネクネしてて』『毛むくじゃら』なのが――――」

 

 大惨事、朝からそれはもうえらい大声を張り上げる少女は大暴れ。 得体のしれないナニカを握りしめたままに、道場内で悲鳴をまき散らす……そんな中。

 

「…………はぁ」

「…………とりあえず無事みたいだな」

「あらあら、女の子が大声を張り上げて。 まったく……」

「えっと、それより助けなくていいの?」

 

 マイペースすぎるぞこの家族。 悟空によってすっかりその手の感覚―――驚愕への水準がマヒしてきている4人は至って冷静。

 呑気なうめき声を上げる悟空に安心しつつ、4人はいまだにジタバタと小さい手足を振っている幼女……少女にゆっくりと近づいていく。

 

「ん~~よっこいせ」

「うわわ! 浮いた!?」

「おお! これまた器用な」

「あら、さすが男の子。 力持ちねぇ」

「……ていうか、なに? あれ」

「まぁ、なんていうか、見たまんまだよ……な?」

 

 立ち上がる少年。 そしてその身体を宙に浮かび上がらせる少女。 彼女に何が起こっているのか……それは至って簡単な話で。

 

「ん? なんだおめぇ。 どうしてオラのしっぽなんか掴んでんだ?」

「どうしてって……え? しっぽ!?」

 

 そう、少女が掴んだのはしっぽ。 それは悟空によって鍛え上げられ、強くしなやかに動き、“弱点”すら克服した茶色い尾っぽ。

 それを強く握りしめた少女は、起き上がった悟空に並列するかのようにその身を起こし、浮き上がらせる……ぶっちゃけ、尻尾に絡まった小枝のように軽く持ち上げられる様はなんともシュールである。

 

「ほれぇ、これで降りられんだろ?」

「……あ、うん。 ありがとう(………しっぽ)」

 

 すとん。 床に尻餅をつく形で下された少女は若干、呆然自失ぎみにクネクネと動く悟空のしっぽに視線を釘づけにされるばかり。

 対して悟空はというと、そんな少女に目もくれず。 先ほどの対戦相手に向かって笑顔を向ける。

 

「すんげぇなぁ! 今の技、オラぁばっちり食らっちまったぞぉ……急に動きも“良くなった”しさぁ。 おめぇなにしたんだ!!」

「お、おい! そんなにはしゃぐな(アレを受けてこんなに元気だなんて―――) というよりお前だっていきなりどうしたんだ? さっきの“徹”のとき、急に動きが悪くなっただろ? いったい何があった?」

「そうだね、それは僕も思った。 あの蹴りの威力も極端に落ちたみたいだったし、何かあったのかい?」

 

 やられたくせに妙に元気な悟空に対して、若干気遣いぎみな男2人。 神速にも対応しかけた悟空の動きのいきなりの低下は火を見るよりも明らかであり。

 なにか不調があったのではないか? 小さい少年に向かって、いまさらながらも気遣いの視線を2人は送る。

 

「へへ、いやぁ。 オラ急に……」

「「…………」」

 

 少年の腕が動く。 右手を後頭部に、それを上下させると一気に『にかっ』と笑いだし

 

―――――――ぎゅるるるぅ~~~

 

 先ほどよりも1オクターブ高い……重くありつつなんとも軽い。 そんな奇妙奇天烈な怪異音を打ち鳴らす。

 

「ハラぁ減っちまってよぉ。 もう戦けぇねぇや……はは」

「は、はら? もしかして今の音……」

「……おなかの音…………?」

「ひ、非常識」

「これはまぁ」

「えっと……あの~~さっきから置いてきぼりなのですが…………」

 

 時間にしておよそ10分程度だったろうか、その時の中においてあまりにも濃密な時間を過ごした4人と少年ひとりは、非常識の世界から常識あふれる日常へと足を運びだす。

 その中でもいまだに鳴り続けるムシの音は、休戦のベルの音か……それとも。

 

「あ、そうだ。 オラおめぇのこと踏んづけちまったんだっけか? さっきはわりぃことしちまったな……えっと…………ん?」

「――え?」

「そういや、名まえを聞くときは自分から名乗るんだったっけかなぁ? まぁいっか。 オラ悟空――孫悟空だ。 おめぇは?」

「あ、えっと。 なのは、高町なのは……です(そん? 中国の人……?)」

「なのは……なのはかぁ―――うっし! 覚えた!! よろしくな、なのは」

 

――――この出会いに対する祝福の音色なのか……それはまぁ。

 

「うん!」

「ははっ!」

 

 いつもよりちょっとだけ遅い“朝食”を終えてからの話になるであろう。

 

「じゃあ、あさごはんにしようか?」

「ほんとか! いやったぁ! 飯だメシ~~~やっほーい!!」

「あぁ、ほら。 そんなにはしゃがないで」

「…………あんなに動いてまだ元気だなんて―――わたしも見習わなくちゃ」

「そうだな。 あいつぐらいに動けて、なおかつ体力が持てば完全に一人前だろう」

「お母さん、今日の朝ごはんなに?」

「ん~~ちょっとだけ……うんん。 “結構”変更かな?」

「え?」

「ふふ、久しぶりに腕が鳴るわ」

 

 皆が雑談に花を咲かせながら、母屋に向かっていく高町の庭の片隅。 そこにささやかに根付く“菜の花”は、ほんの少しだけ背伸びをしては蒼く大きい“空”に向かって咲き誇っていた。

 この物語の始まりの季節…………それは春である。

 

 今日の決まり手―――恭也による“徹”のモロ決まり。 

 

 

 

 




悟空「おっす! オラ悟空」

恭也「ふぅ、朝からかなり動いたなぁ。 というより悟空、お前実は武器使うより素手の方が強いんじゃないか? なんださっきの蹴りは! 死ぬかと思ったじゃないか」

悟空「そうか? ん~そういえばそうかもな。 オラ、じっちゃんに相当鍛えられたもんなぁ」

恭也「じっちゃん? 仙人だっていう?」

悟空「おう! でも亀仙人のじいちゃんだけじゃなくってよ。 オラを――」

桃子「悟空君ー! ご飯で来たわよーー」

悟空「――!! ほんとか!! いやっほーうメシだーー」

恭也「……なんか気になるが――っ! もうこんな時間か。 次回!!」

悟空「!? ももほんほーる―――んぐんぐ……はいはんわ」

なのは「あ、あの~悟空くん、食べながらはさすがに汚いからちゃんと飲み込んで―――」

恭也「………よし、放っておこう! 次回、魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~第三話 」

なのは「『呼ばれた気がして』――えっ!? それじゃついにわたしが―――」

悟空「ん? そりゃまだなんじゃねぇのか?」

なのは「そう……なの……?」

悟空「あぁ、きっとそうだぞ!!」

なのは「そんな自信満々で答えられても……はぁ~出番……」

悟空「なんだよ、おめぇ今日出てこれたじゃねぇか……ん? どっかいっちまった。 んじゃ今日はここまでな! ばいば~い」


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第3話 呼ばれた気がして

改善ってむずかしいですね。
気付けばいろいろと足してばっかりで……こんなペースでネタが持つのだろうか。

そんなこんなの第3話
サプライズゲスト? を引っ提げて、悟空は今日も飛んでいく! 

りりごく第3話……どうぞ


第3話 呼ばれた気がして

 

 一日の始まりとはなんだろうか。 それは朝日を浴びて目を覚ますところから? それとも顔を洗って服を着替えてから?

 きっとどれも正しいはずの選択肢。 でも朝と言えば――――『おかわりーー!』―――朝食である。 朝だからこそできることであり、朝の食事だから“朝食”

 

 パン派、ご飯派、ゼリー派など。 様々な派閥が見られる中で、彼らが手に取るのは『おかわりーーー!!』―――茶碗。

 白く、柔く、ホッカホカ……噛みほぐすと、ほんのりにじみ出てくる薄い甘みがこれまた『おかわりーー!!!』――おいしく。 何度食べても飽きが来ない、そんな食事の主役たちが『おかわりー!!!!』…………絶賛活躍中である。

 

「…………」

「…………いまので何杯目の“おかわり”だ?」

「茶碗で2回……どんぶりで6回目……だっけ?」

「「………はぁ~~」」

 

 そんな中であきれる声がいくつか。 『ソレ』に向かってジト目となっている恭也と、質問に答えながらその視線を追っていく美由希。

 あらためて目の前の珍事を確認すると、高町家の若い衆ツートップはそろって眉間を押さえていた。

 

「……すんごい食べっぷりだなぁこれは。 あれだけの料理がこの子のいったいどこにはいってくんだ……」

「あはは……やっぱりおなかの中じゃないかな?………たぶん」

 

 重ねられていく皿の山、それが双子から三つ子になっていく様を見ることしかできない士郎となのは。 父子は製作途中にある皿の山を見上げ――軽く感嘆する。

 どう見たって小学生の……一般成人男性の腹にだって収まろうはずもないその摂取量……いいや、吸引量は既に高町家の冷蔵庫に痛烈なダメージを与えていたりもする。 『もうでねえっす! あとは氷ぐらいしか出せねえっす!!』なんて声が冷蔵庫から上がるのも最早時間の問題。

 

 

 

「んぐっんぐっ!―――ん~~ふへぇー!! ももほーおぼをうぃーー!!」

「はーいはい! ちょっとまっててねぇ~~」

「んぼーーーーーい!!」

 

 高町さんちの人数――5人。 ただいま、その家族の三日分の食料が底をつこうとしていた。

 

「……なぁ美由希?」

「なに? 恭ちゃん」

「いま、悟空が何言ったかわかったか?」

「ん~ぜんぜん」

 

「…………『かーさん』ってすごいんだな」

「「「うん」」」

 

 右手に箸を、左手にどんぶりを。 それを持つのは山吹色の道着に、両腕につけた青のリストバンド、そしてご機嫌にふわふわとゆられている茶色い尻尾が特徴的な少年。 孫悟空は“そこ”にいる。

 そんな悟空と桃子の不可思議なやり取りは、高町家全員に改めて母の偉大さを再認識させるには十分で。

 

 平穏な……とても平穏な朝を迎えては、その周囲のヒトたちを巻き込んでは大騒ぎ…とはいかないまでも、やはり全員笑顔。

 いまだに打ち鳴らされている食事の音……食器に景気よく叩かれる箸の音はいまだ止まず、それは食事が終わらないことを意味し。

 

「……いかん、なんだか見てるこっちが胃もたれしてきた」

「うん……いつも通りに食べたはずなのに、満腹感が尋常じゃない―――うっぷ……」

「わたしも……あんまりごはん食べてないのに胸焼けっぽいかも」

 

 3兄妹に深刻なダメージを負わせるには十分であった。

 

 悟空が食器をドラミングが如く打ち鳴らす中、朝のさわやかな時間帯はドンドン浪費されていく。 気付けば数十分が経っていただろうか、しかしそんなことも気付かぬままに居た3兄妹のうち、末っ子であるなのははそれを見る。

 

「あ、あれ……?」

 

 短針が7~8のあいだを差そうかというリビングの時計、そして自分たちが家を出なければならない時刻は7時40分過ぎ。 特になのはは送迎バスがあるために、遅刻はご法度……そんな少女の表情は―――

 

「―――――っ!! ぁぁああああ!!」

 

 一気に青ざめていく。

 

「むぐっ! ん~ん~……ぐふっ!んふっ! なっ、なのはおめぇ。 急に叫んでどうしちまったんだよ?! オラぁ食いモンが詰まっておっちんじまうとこだったぞぉ」

「あっ、ご、ごめんなさい……じゃなくって――時計! もう行く時間だよ!!」

「あっ!! ほんとだ、もうこんな時間!? 大変―――お母さん」

 

 叫ぶ声とむせる声。 そこから始まる喧噪は普段では考えられない理由からくるもの。 喧噪の原因たる少年は、切っ掛けたる少女の声にむっせっ返すもなんとかそれを切り抜け。

 今度はなのはたち学生諸君が、遅刻という名の危機的状況を脱するために行動を開始する。

 

「はいはい。 これ、お弁当ね」

「「ありがと―――いってきまーす」」

「気を付けていってくるのよ~~」

「「はぁーい!」」

 

 時間にしてわずか30秒。 あらかじめ準備ができていたとはいえ、ここまで機敏に動けたのはひとえに火事場の馬鹿力のせいか……

 始まった騒動に置いてきぼりを喰らい、ポツンという単語を打ち鳴らしている悟空をしり目に、桃子から弁当を受け取るや颯爽と玄関を駆け抜けていく女子二人。 彼女たちはいま、自分の限界に向かって通学路を激走していったのである。

 

 

 

「ふぃ~~食った食ったぁ~~」

 

食事が終わり高町姉妹がそれぞれ学校に行った後、リビングにはソファーに腰を掛けている士郎と、片付けを終え、洗濯物を干そうとしている桃子に加え、結局あの後もガッツリと食事を堪能し腹を風船のようにふくらませるまでに至った悟空が、士郎の横でテレビを見ていた。

 

「さて悟空君、改めていろいろと聞きたいことがあるのだけどいいかい?」

「ん? オラに聞きてぇこと? なんだ?」

 

そこで唐突に、しかし至って慎重に話を切り出した士郎、だがやはり何を聞けばいいのか戸惑い一瞬の沈黙。 そして顎に手を持っていくとわざとらしく咳払いをしつつ、悟空に目線を合わせ第一の質問を発する。

 

「まず、悟空君が居たところかな? いままでキミはどこに住んでいたんだい?」

 

それはとりあえず無難な質問。

 

「オラか?オラぁ最初は『パオズ山』ってとこに住んでたんだ」

「「パオズ山?」」

 

まったく聞いたことのない山の名前に士郎と桃子は怪訝そうな顔をする。 やはりどこか秘境の地出身なのか、そう考えた士郎は一瞬だけ首を捻り。

 

「おうっそうだぞ! そこでじっちゃんと一緒に暮らしてたんだ」

「えっ!おじいさんとふたり?ほかにご家族の方は?」

 

じっちゃんと二人という言葉に驚いて―――

 

「ん? オラ家族いねぇぞ、オラが赤ん坊のころ山に捨てられてたのを、死んだじっちゃんが拾ってくれたんだってよ?」

「…………え?」

「あ…………」

 

―――続いて発せられた言葉に2人は凍り付く。 

あまりにも軽い口調で発せられたその言葉は、しかしその内容はとてもじゃないがニコヤカに話せるものではないし、軽く相づちをうてるものでもなく。 こんな無邪気な子供にこれほどまでに―――さらにはそれ以上に重い十字架が背負わされているなんて、いったい誰が予想できようか……

ついには押し黙る2人。 けど―――

 

「ん? あ、そうだ。 そんなことよりさぁ、なのはたちどこ行っちまったんだ? 急に外に行っちまったけどよぉ……なんかあったんか?」

「……そんなことって」

「あ、えっと……」

 

 悟空は、笑っていた。

 

ただそんだけだろ? 口にもしていないはずなのに聞こえてくるその言葉は、なんとも明るい色を乗せたもので。 その声を聞いた高町夫妻を前にしつつ、先ほどそろって出かけた高町姉妹の行方を気にしていた。

そんな『なんでもない』様子の悟空を見て、二人はお互いにパチクリ――次に互いに見やると、桃子はそっと動き出す。

 

「悟空くーん、ちょっとこっち来て~」

「……? どうかしたんか―――お、おわぁ~何すんだぁ……ははっ! くすぐってぇぞモモコ」

 

 

悟空を自分の膝の上に座らせ、微笑みながら頭を撫で始め

 

「…………よし!」

 

それを見た士郎は意を決したように声を上げると

 

「悟空君、今日から君はうちの子だ!!」

 

そう高らかに告げたのであった。 かねてからの思案通り、この不思議なくらいに気にかかる子を自身の家で引き取る―――それを実行に移すことがようやくできた士郎はいよいよもって意気込みを強くし。

 

「……ふふ♪」

 

 悟空をぬいぐるみのように抱きかかえた桃子は、そのつんつんと自由に伸ばされた悟空の黒い髪をそよそよと撫でつつ、士郎にそっと笑いかける。

 それは夫の発言に対する肯定とも取れる微笑み。 納得いかないことなど何もない、そういわんばかりにただ……「あのよ?」

 

「「―――え?」」

 

 しかし、そんな“締め”に入りつつある会話に、一石を投じる声がひとつ。 その声の主は、いまだに桃子の膝の上で仔猫か仔犬のように抱えられた少年。

 真ん丸に据えられた黒い瞳で、ただまっすぐに士郎を見つめるそのすがたは、本当に見た目相応の“コドモ”に見える。

 

「えっと……悟空くん? どうしたの?」

「あ~~と。 やっぱりイヤだったかい?」

 

 無垢な瞳に気圧されて……まさにその言葉が似合う表情をする大人二人。 少々強引だったか――そんな思考が脳裏によぎり。

 

「ここに住むのも別にいいんだけどよ? でもオラさぁ、ずっとここにいるってわけにもいかねんだ。 さっき言ったろ? オラ3年後の天下一武道会に向けて神さまんとこで修業しなくちゃなんねぇって」

「…………あ」

「そういえば…………」

 

 一気に引き戻される。 せっかく“止めて”“引く”ような演出で終わりそうだった話もここで一旦停止。

 悟空の現在の目的……それを完全に失念していた夫婦はそろって間抜けな声を上げる。 恭也との試合ですっかり飛んで行ってしまったその話。 魔王が~~神様が~~というトンでも話なのであるが、悟空が言うとえらく信憑性があるのはやはり、既にこの少年の特異性を感じ取れているからであろうか。

 

 だからと言って、目の前の問題が解決するとも限らないのだが……

 

「ん~~だからよ? オラ、もう少ししたら神さまんとこに行かねえと…ここに住むんなら、そうだなぁ…3年経ったらだな!」

「そ、そっか~~あっはっは。 それはそれは―――」

「あなた、ありえないくらい棒読みになってるわよ。 ん~でも残念ねぇ、せっかくなのはと同い年のかわいい男の子が出来たと思ったのに」

 

 残念…そう言いながら、自身の頬に手のひらを持っていく桃子。 もう片方の手でそっと悟空のあたまを一回だけ撫でては、名残惜しそうにその手を引く。

 一方、桃子に抱えられたままの悟空は士郎に向かって『にっ!』っとひと笑い。 ゆらりと尻尾を振ると右手で後頭部を掻きだし。

 

「ははっ! わりぃな」

「あ~まぁ、その、こっちこそ勝手に盛り上がって…悪かったね」

「……あなた」

 

 にこやかに伝えられる謝罪の言葉。 3年後……確かにそういった彼の言葉を胸にしまいこむと、申し訳なさそうに笑っていた士郎の表情(かお)は微笑みの色を放っていく。

 

「―――いよっと」

「あら……」

 

 それを見た悟空は桃子の膝から跳ねる。 悟空はウサギのような仕草でそこから飛び降りるとリビングの入り口まで歩いていく。

 勝手も知らない家だが、玄関までなら何となくわかる。 もうすぐ出口、そこまで歩くといったん振り返り、その黒く輝く瞳を士郎に向ける。

 

「行くのかい?」

「おう! めし、あんがとな」

「……そうか」

 

 たったのそれだけの挨拶。 できれば年が近いであろうなのはが帰ってくるまでは居てほしかった士郎だが、それでも悟空を引き止めることができないのは…

 

「…………お?」

「……(強い目だ、こんな歳の子がこれほどまでに迷いのない目をするなんて……余程の事があったんだろう……)」

 

 悟空の『つよさ』を感じ取ったから。

 

 その揺るぎなき想いを秘めたる黒い瞳は、士郎の口からそれ以上の言葉を出すことを躊躇わせ、押し黙らせる。

 きっと誰にも想像つかないであろう。 この純朴な“少年”に生み出された激しい怒気を、吐き出された怨嗟の声を。 失くした友と師の仇を取りたい、ただそれだけの思いから成された文字通り“必死”な決心を――

 

「んじゃ、またな!」

「あ、あぁ…」

「気を付けるのよ」

「おう! 気ぃ付けていってくる。 シロウにモモコも元気でな」

 

 そう、今はまだわからない。

 

 それを|理解する≪わかる≫ために、また今度会おう。 一度は家族と誘ったその少年の背中を、士郎と桃子はそっと―――「あっ! そうだ――」

 

「「え?」」

 

 見送ることもできず。

 

「なぁシロウ?」

「え? なんだい、悟空君」

「あのよ? こっから“カリン塔”ってどっちに行けばいいんだ?」

「「か、かりんとう…?」」

 

 ここでまたしても巻き起こるひとつの難題。 悟空から投げられた聞きなれない単語は士郎と桃子の首を傾げさせ、その脳裏にとてつもなく甘い茶色の駄菓子を連想させていく。

 

「そだ、カリン塔だ。 すんげぇ高い塔でよ? その上に神さまの神殿があるんだ。」

「たかい……とう……あ! 『塔』か! え? でもそんな塔なんてあったっけかな…? 昔仕事でいろいろ外国とかに飛び回ってたけど、あったっけかなぁそういう名前の塔って」

 

 悟空の拙い説明に、ようやく会話の受け答えが正常になっていく。 しかしそれもほんの一瞬だけ、すぐさま自身の体験に基づく知識の数々を総動員しては悟空の言った『塔』についての情報を選りすぐんでいき……あたまを掻き始める。

 

「あ~うん、やっぱり聞いたことないなぁ。 悟空君、その塔には行ったことがあるんだよね?」

「ん? そうだけど、それがどうかしたんか?」

「なにか特徴とかってないかな? 天辺の形とか、どれくらいの高さとか」

 

 そして始まる情報収集。 聞いたことはないが、それでもこの広い世界だ、どこかにそんな秘境がないとは決して言いきれない。 足を踏み入れることができない樹海に、絶えず雲に隠され衛星では確認できないetc.……そんな特殊な環境だってあってもおかしくはない―――筈である。

 

「え? “とくちょう”か?……ん~~とんでもなく高くってよ、オラでも最初によじ登ったときなんか、カリンさまがいるところまで丸1日かかったもんなぁ。 そんくれぇでけぇんだ」

「丸一日か……――っ!! って悟空君、いまキミよじ登るって言わなかったかい? まさかそんな塔の外壁を一日中引っ付いて登ったんじゃ」

「ん? そうだぞ。 というよりよ? あんなの、ひっつかまって登る以外に方法なんかなかったぞぉ。 ズルするとカリンさまに怒られちまうしなぁ」

「そう…なんだ…」

 

 しかし出てきた情報はあまりにもあんまり。 階段…というより足場すらないという奇妙奇天烈な塔の存在は士郎を悩ませ。 おそらく恭也を圧倒して見せた、いまだに“底”というものを見せないこの少年ですらも1日かかって―――「まぁそのあとに登ったときはそんなにかかんなかった気がすんけどな」―――かかったらしいその塔の全容を、空想することすら出来ずにいた。

 

「ねぇ悟空くん? さっきから言ってる“カリンさま”って、その塔にいる人の名前かしら? いったいどんな人なの?」

「あ、そうだねぇ。 それは僕も気になるかな?(悟空君が“さま”付けするくらいなんだから、相当にすごい方なんだろう)」

「カリンさまか?」

「「……ゴクリ」」

 

 話はいったん逸れる。 塔の主はどんな人? 行き成り大人である自分たちを呼び捨てにして見せた悟空が『さま』をつける人物。 きっとかなりの達人であり、人格者なのであろう。 同じ武道を嗜むものとしては知っておかねばならない。 そう思い、期待に胸をはせようとした士郎に、悟空はその“正体”を言い放つ。

 

「………………猫だ」

 

「「……………………へ?」」

「そういや、神さまはいたずらネコなんていってたっけかなぁ。 それでもすんげぇ強ぇんだぞ? オラなんか最初はどうやって壺を取ってやろうか必死だったもんなぁ」

「……そ、そうか(つぼ?)」

 

 まさかの正体と、あまり要領を得ない詮索結果。 ここまで話してもらってなんだが、士郎のキャパを軽く超越し始めた奇想天外話はそろそろ切り上げたいところ。

 でないと士郎の常識は完全に崩壊してしまうだろう。 逸れに逸れた会話の軌道を修正してみよう……士郎は右手を握り、口元に持っていくと咳払いをひとつ。 会話を最初に戻すことにする。

 

「とりあえず悟空君が教えてくれた塔は、たぶんこの辺……というよりこの国には無いはずだね。 どこか外国かと思うんだけど――」

 

 塔の外観から今度は地理へ。 悟空がいた場所のおおよそを掴んでみようと行った質問は……

 

「がいこく? そういや“ここ”ってどこだ? 『西の都』じゃねえみてぇだし……あっそうだ! 西の都だ!! あそこのブルマんちにまで行ってみりゃいいだ。 なぁ! 西の都ってどっちだ?」

 

「「…………西の……みやこ?(もしかして……この子……)」」

 

 この夫妻をダンダンと真実へと近づけていく。 聞いたことのない塔、これまた聞き覚えのない都市の名前。 尾の生えた少年を見る二人の目に変化はない…変化はないのだが。

 

「悟空君」

「どうかしたんか? シロウ」

「たぶん……なんだけどね?」

「……お?」

 

 思いもよらないであろう。 まさかこのような事実だったとは……いや、あの龍を見た時から何となくそうなのではないかと思いはしたが。 恭也との一件でそんなことはすっ飛んでしまっていた士郎は、ここで『現実』を直視する。

 士郎の心境は……大きく変化する。

 

「“ここ”は……悟空君が居たところとは別の世界なのかもしれない」

「……え? あなた?」

 

 ほのぼのムードが瓦解する。 気付いた真実はたったのそれだけなのに……しかしそれはとてもじゃないが自分達にはどうしようがない問題。 どうしたって解決できそうにない問題を前に、高町夫妻の表情は徐々に暗くなってゆき。

 問題の当人である少年……孫悟空は当然――

 

「ん~~?」

 

 …………よくわかってなかった。

 首をひねりつつ、しっぽもくねらせながらも眉を八の字に……どう見たって宿題がわからない小学生みたいなその仕草は。

 

「オラよくわかんねぇぞぉ」

「あ……はは……は」

「ご、悟空くん……」

 

 案外すぐに終わってしまう。 かなりの大問題を前に、これまたかなりの他人事な態度。

 

「ん~、とにかく“ここ”がオラが知ってるとこじゃねぇってことだろ? だったら――」

 

 しかしそれは……

 

「いろんなとこ見てって、探しゃいいんだろ? だったら別にどおってことねえぞ。 オラよく探し物してさ、いろんなとこ飛んでったかんな。 なんとかなるさ!」

「あ………あぁ(まったく、この子は……何も考えてないっていうか)」

「……ふふ(前向き……というか)」

 

 俯くことをしない、それは少年のいいところ。 そんな少年のありざまに夫婦は若干呆れの声を上げつつも。

 

「「…………(とにかく前に進んでいく……か……)」」

 

 関心、そしてなにか言葉では言い表せれない感情がこみ上げてくる。 まるで心が暖められていくその感情は、けれどそれに振り回されずに士郎は最後の質問をする。

 

「悟空君。 キミはこれからどうするんだい? おそらくだけど、どこをどう探しても……というより子供だけではどうしても、もの探しは限界があるはずだよ」

 

 人間ひとりができる限界などたかが知れている。 どう足掻いてもできないものは出来ない、情報収集に路銀の調達、そして極めつけは移動手段。

 自動車もなしでは、県道に出るのも一苦労だろう。 それにもちろん素性の知れない彼はこの国から出ることすら出来やしない……それを本当にこの子はわかっているのかと、まるで問いただすようにややキツイ口調で言い放つ士郎。

 

「出来れば僕たちも協力してあげたいけど、さすがにできないことの方が―――「大ぇ丈夫だぞ」―――え?」

「言ったじゃねぇか、オラ探し物は得意なんだぞ? ボール集めよりもむずかしいかもしんねェけどさ。 なんとかなるさあ! それにやってもみねぇうちからあきらめたくねぇしよ」

 

 それでも、悟空の考えは何一つ変わらない。 なんとかなる……根拠のないその言葉は、しかしなぜか自身に満ち足りているように見えるのは、士郎たちの目の錯覚だろうか。

 

「そんじゃあ、さっそく行ってみっかぁ!」

「あ! 悟空君!! 行くって―――すこし待ちなさい!」

「悟空くん……」

 

 右手を『ぐっ!!』と握りこんだ悟空は、すかさず玄関へとまっしぐら。 後から聞こえてくる士郎の声に気付かないまま、その扉を引くと晴天の青空が悟空を見下ろしてくる。

 すでに朝の渋滞の時間帯を過ぎたころであろう、門前の道には人っ子一人として歩いている物はなく、当然ながら人の目はない。 悟空自身は特に気にはしないのだが、自然と『あれ』を呼ぶには絶好のタイミングである。

 

「来てくれっかなぁ…………すぅ――――」

「悟空く――」

「あ、あな……た?」

 

 息を吸う。 大きくおおきく膨らませた肺には、精一杯の声を轟かせるための空気が充てんされていく。

 両手の平を口元に持っていく。 山びこを響かせるようなその仕草は、これから起こることを士郎と桃子におおよその見当をつかせ、悟空を追いかける二人の足は自然とその歩みを止めていた。

 

 悟空から発せられる空気の吸われる音が止む。 そこから一瞬の間、悟空たちを囲むまわりの音が消え―――― 一気に爆発する。

 

「筋斗雲やーーーーい!!」

「「―――!!」」

 

 振るえる空気に揺れる木々たち、木の葉が舞っては風に乗り、小さな池の水面は静寂さを失う。 小さな背に反比例するかのごとく発せられた声は、大空に響き彼方へと届く。

 

「…………ん~~来ねぇ。 どうしちまったんだ?」

「「??」」

 

 しかし、『あれ』はやってこない。 徐々に不安そうな顔を見せる悟空、彼にしては珍しく、けれど“つい最近”失ってしまったばかりだからであろう。 その感情は何ら不思議なことでは――「あ!! 来た――!!!」―――だがそれは、杞憂となって霧散していくのである。

 

「なにかしら、黄色い……雲?」

「――!! あ、あれは!?」

「え……あなた?」

 

 霧散した不安とは裏腹に、突如生まれる驚愕の声。 士郎は見る、広い青空に映る黄色い点。 それはつい先ほど自身と自身の息子が『あの子』とともに出会ったもの。 グングン迫ってくるそれに、士郎の手にはいつの間にか汗が握られていた。

 そんな士郎の心境も知らず、悟空は小さく飛び跳ね……

 

「筋斗雲! ははっ“久しぶり”だから来てくんねぇかと思ったぞ――あはは! やめろって、くすぐってぇよ」

 

 歓喜の声を上げる。 自身の発した言葉に何の疑問を持つことはない、間違ってはないが矛盾のあるそれは、悟空がわからなければこの場にいる誰もわからない。

 しかし今はこの再会を祝福しよう。 そういわんばかりに筋斗雲は、悟空に身を寄せ、引っ付き、もぞもぞ動く。

 

「悟空……君、それは……いったい」

「ん? 筋斗雲っていってよ、オラのともだちなんだ」

「悟空くんの…ともだち…?」

「そだ」

「「………はあ~~」」

 

 ふたりの戯れをながめる夫婦に言葉はない。 まさに常識外と呼べる悟空と雲のやり取りの、しかしあまりにも心が暖められるその光景に視線を奪われ、近づくことを憚らせる。

 雲が言葉など喋ろうはずもない、それでもきちんと意思の疎通ができるあたりはさすが悟空と言ったところか。 そんなこんなを過ごすうち、なのはたちが家を出てから既に1時間以上が経った。 

 

「筋斗雲も来てくれたことだし、これならカリン塔まであっちゅうまだぞ」

「あ、いや悟空君そうじゃなくって。 そもそも――」

 

 屈み、伸び、跳ね、飛び乗る。 黄色に飛び乗った山吹色は、茶色い尻尾を振りながら士郎に手を向け。

 

「んじゃ、行ってくる!」

「…………悟空君」

 

 挨拶をひとつ。 どう考えてもうまくいきっこない、そしてそれでも行こうとする少年を強く止められない自分に若干の苛立ちと焦りを募らせる男の横で、桃子は手を振りかえし。

 

「気を付けていってくるのよ!」

「――え?」

 

 見送る。 ―――なぜ!? 士郎がそんな目をしたのも一瞬。 その目は桃子を見た瞬間に、一気に落ち着いて見せる。

 ただただ微笑んだその表情は“母”のもの。 そこから発せられる優しい空気は悟空まで漂っていき――――それと同時に桃子は、対悟空必殺兵器を使用する。

 

「もしその『塔』が見つからなかったら、ちゃんとお夕飯までには帰ってくるのよ? 悟空くんが食べたいものを用意しといてあげるからね♪」

「ホントか!? 来るくる!! オラちゃんと帰ってくっぞ!!!」

「あらら」

 

 母の籠絡にすぐさま気持ちが傾く悟空。 朝めしうまかったもんなぁ~~などと漏らしながらもその口元はだらしなくよだれが垂れている。

 そんな二人の会話を見て、うつむく男が一人。

 

「こんなことで引き止められるなんて……恭也の言った通りだ。 かーさんはすごい」

 

 何をいまさら――そんなツッコミが来ることはないが、まさにそんな言葉を脳裏によぎらせては、先ほどまで決意の塊に見えていた少年を見る。

 迷いがなく一直線、そうだ確かに迷いがない。 だから|進路変更≪よりみち≫をすることになんら迷いがない……自分の様な立場のものがこの子のように振る舞っていたら、きっと周囲はほとほと困ってしまう、この子の将来はおそらく女房泣かせになるのであろうか。

 

「………いかん(ちょっと思考がずれたかな?)」

 

「晩飯はいつにすんだ? オラそれまでには絶対かえってくっからさ」

「えっとねぇ、だいたい7時過ぎくらいになるかもね? 何しろ悟空くんが満足するものを作るんだからそれくらい――」

「わかった! 7時だな。 んじゃとりあえず100キロぐれぇ見てきたらまた戻ってくっぞ」

「あらあら、随分と長い旅ねぇそんなに遠くに行って帰ってこれるの?」

「大ぇ丈夫だ。 筋斗雲はすっげぇ速ぇから、そんぐれえの距離ならあっという間だぞ」

 

 既に当初の目的を見失いつつある悟空と、勝手に思考をずらしていく士郎。 一方で、そんな悟空の手綱さばきをマスターしつつある桃子は終始笑顔。 ここまで純朴な子は本当に珍しいかもね……なんてつぶやきながらも、筋斗雲に乗ったまま近づいてくる悟空のあたまを撫でている。

 

「ん~ほんと……すごい」

 

 それを見ている士郎は、たった一言だけつぶやくのであった。

 

 

 

「「いってらっしゃーい!」」

「おう、いってくる! いっけー筋斗雲ーー!!」

 

 ついに動き出した物語。 筋斗雲の背に乗り、浮上し、大空へと翔けてゆく。 その背には紅の棒を、右手の“センサー”は今回はないけど、探し物が違うから別にかまわない。

 とりあえず上に、そして今度は太陽を背にして、とりあえずそのまま筋斗雲で飛行機雲を造っていく。

 

「行ってしまったか……なんだかいろいろと振り回された感がすごいけど」

「目的地、見つかってほしい?」

「え? …………それは」

 

 見上げる夫婦。 士郎は背を曲げ、若干疲れた顔を見せ、そんな士郎に桃子はちょっと意地悪な質問をする。

 普通ならわかりきった、けれど――どこかそうあってほしくない矛盾。 士郎は右手で頭をかくと、取りあえず自身の心境だけを伝える。

 

「あの子が無事なら、なんでもいいかな」

「……そう」

 

 それは、心から吐き出された一つの思いであった。

 

 

 

「いやっほーう!」

 

 高町の家を出てから、およそ5分が過ぎた頃。 悟空を乗せた筋斗雲は最高速度の半分もない速さ……時速200キロをマークする勢いで青空を飛行していた。

 

「よっほー」

 

 空を翔け、雲を突き破り

 

「きゃっ!」

「な、なんだいいまの!?」

「いやっほーい!!」

 

 黒い服を着た少女とオレンジの髪の女性を追い抜いて、悟空は晴天の下を疾走する。

 

「あり? いまなんかぶつかったような……ま、いっか!」

 

 細かいことを気にしないのも彼のいいところである。 呆然とするその者たちを追い抜いて、上空700から2000メートルを行ったり来たりしつつ、悟空はこの町を見下ろしていた。

 

「やっぱりシロウの言った通りだ。 オラが居たところとも、西の都なんかとも違う……山の近くに海があるし、建物なんかも結構ちげぇ……のかな?」

 

 眼下の町、『海鳴』というこの町は非常に稀有な作りをしている。 町は山に囲まれつつも、その一辺は海に面し、気温はやや温暖傾向。

 寒さが苦手な悟空にとってはなんともありがたく、そびえる山々はまるで悟空の到来を歓迎するかのように揺れ動き、輝いて見える。

 

「でもおっかしいよなぁ、たしかに神さまんとこで飯食ってたと思ったんだけどなぁ―――ん?」

 

 そのなかで飛行を継続する悟空。 思い出すのはここに来るまでの記憶に出来事の一部、どこもおかしいことはないし変なところもない。 筋斗雲はともかく、如意棒が手元にある理由と矛盾に思い至らないのは、ひとえに彼の人柄からくる単純さのせいだからか。

 

 ちょっとだけ首をひねり、眉をやや八の字にしつつも……

 

「…………ん?」

 

 悟空の耳に……正確には頭の中に、誰かの声が響いてくる。

 

いたいよぉ―――――すけて…………だれかぁ

 

「―――!? だ、だれだ!? どこに居んだ!!?」

 

 あたりを見渡すも、周囲は青い空だけ。

 

「どこだ? なんかとっても辛そうだぞ……いまにも死んじまいそうな声だ。 おーい! どこにいんだーー!!」

 

 筋斗雲を呼ぶときよりも大きく張り上げられた声に、帰ってくるものはない。 あまりにも弱々しい声も今は聞こえない。

 気のせい……にしては置けないのは、ついこの前起こった重大な出来事のせいであろう。 友が殺されたときの虫の知らせに、今の状況はあまりにも似通っていて。

 

「…………ん、あっちか!」

 

 あのときの光景を

 

「間に合ってくれよ!」

 

振り切るように

 

「クリリンみてぇなことには……させねぇかんな、まってろよ!!」

 

悟空は筋斗雲を走らせる。

 

 少し離れた森の中、人気のあまりにもないこの地に悟空はたどり着く。 確証があるわけでもないし、絶対にここにいるとか言われれば首を縦には振らないであろう。 だがそれでもここに来たのは。

 

「こっちからだ、こっちから血のにおいがする」

 

 悟空の超絶的な嗅覚をもってしての技のため。 決して感などではないそれは、しかし猟犬並に優れたそれは、悟空にこの道を示すのである。

 

「おーい! ここに居んだろー! 居るんなら返事してくれよーー!!」

 

 木々をすり抜け、小川を飛び越え、筋斗雲に乗った悟空はドンドン奥に突き進んでいく。 徐々に濃くなる血の匂い、それに比例するかのように流れる悟空の汗。 彼は珍しく焦れていた。

 

「こういう時………こういうとき……」

 

 こういう時■■■■が使えれば―――言葉にならない単語が悟空の脳裏に一瞬だけよぎるも、霞のように消えてしまう。

 ナニカタイセツナコトを忘れている、そんな不安を抱えている暇など今の悟空には無い。 彼はただ、助けを呼ぶ声に向かって翔けるだけである。

 

「…………キュウ」

「あ!? なんか聞こえた! ど、どこだ!?」

「キュウ……」

「どこだ……どこだ……」

 

 またも聞こえた声に急速反転。 足元の茂みに向かって筋斗雲から飛び降りると、悟空は草の根を分けていく。 たどってきた匂いが一気に強いものとなり、ここに探し人がいることを断定付させていく。

 そして、それはそこにいた。

 

「きゅ、キュウ……」

「あ! いた!! ひでぇケガだ……待ってろ! オラがなんとかしてやるからな!」

 

 傷つき、倒れ、うずくまっているものが居た。 淡い黄色の毛に包まれたそれは悟空の片腕ぐらいの大きさであろうか。

 

「たしか怪我した時に使う薬草は……じっちゃん何て言ったっけかなぁ。 ん~~いそがねぇと」

「キュウ……」

 

 擦り傷と打撲、さらに血を流してる箇所が見受けられるそれは……イタチ。 振るえ、冷たくなっていこうとするそれを、悟空はそっと抱きかかえ。

 

「筋斗雲に乗ってもうしばらく頑張ってくれ。 えっと、やくそう……やくそう……」

 

 あたたかな黄色い雲に乗せる。 そして一目散に林の奥に駆けていく悟空、形を思い出せない彼は別の手段であたりの野草を“視て”回る。

 

「スンスン……これじゃねぇ……うげぇ! こりゃ毒草だ。 ん~~こっちは……ぺっぺ! 苦っげぇ!!」 

 

 嗅いではむせて、なめてみては吐き出す。 シンプルながらも難しく、さらに危険が付きまとう方法だが今はこれしかない。 そして……

 

「こ、これだ! まちげぇねぇ!! じっちゃんが言ってた奴とそっくりだ!」

 

 見事に見つけ出す。 捜索時間にしておよそ5分であろうか、知らない土地でこうも早く見つけ出した悟空はすかさず筋斗雲のいるところまでまっしぐら。

 とび乗り、上昇し、そして飛んでいく。

 

「えっとぉ水があるところは……あ! 川だ、あそこがいいや!」

 

 道着の懐に潜ませた小動物の震えが止まっている。 それは悟空のぬくもりのためだろうか、だがそれでも危険な状態なのは変わらないそれに、悟空は急いで処置を施そうとする。

 

「これをこうして……水かけて……すりつぶして……このこの! はやくはやく!!」

 

 適当な石に薬草を乗せ、水を数滴染み込ませ、その上から手のひら大の石で押し付け、すりつぶし、ペースト状に仕立てていく。

 出来上がったそれをこれまた適当な大きさの葉っぱに塗りたくると、それをイタチに巻いていく。 このとき、汚れを落とすことも忘れない。

 

「ふぅ~、これでなんとかなるはずだぞぉ。 にしてもなんでこんな怪我したんだ? この辺にでっかいイノシシでもいんのかなぁ」

「…………」

 

 処置が効いてきたのか、はたまた助けられた安心感か、すやすやと寝息を立てていくイタチ。 それを見た悟空は額に浮き出た汗をリストバンドでひと拭い、眠っているイタチを筋斗雲に乗せると……

 

「あれから結構時間が経ったんかなぁ? オラ腹減ったぞぉ」

 

目の前の川をながめる。 じゅるりと口からこぼれる雫をふき取ると、道着を脱いでいく。 帯を解き、ズボンを下ろして、上着を脱ぎ、トランクスを蹴っ飛ばし。

 

「それーー!」

 

あたりに衣服を散乱させながら、“狩り”の態勢に入っていく悟空は川に向かってダイビングを敢行する。

 

「とったぞーーー!!」

 

川魚を捕獲、お約束を披露、火をたく、調理、いただきます!! 取りあえず移動、近隣の林を通過。 眠くなってきた―――そんなこんなで時間は…………数時間経過する。

 

 

 

「―――は!? ここは……」

 

 そのものは目を覚ます。 暗い淵に居たと思っていたのに、いつの間にかあたたかいナニカに包まれては心地よい眠りについていたことに驚愕する。

 ここはどこ? 自分は確かあの怪物に……それはあたりを見渡していた。

 

「なにこれ? すごいフカフカして……あれ? あそこにいるの……だれ?」

「むにゃむにゃ、んが~~」

 

 いまだ状況がつかめない『それ』は筋斗雲から飛び降りる。 若干名残惜しそうに見えるのはあまりにも乗り心地が良かったからであろうか……

 その甘い誘惑を振り払って、自身の状態を再確認する。

 

「たしかボクは結構なケガをして…………でいられないからとりあえず―――になって。 あれ? この葉っぱ薬草かな? とってもぶきっちょだけど手当されてる……この人がやってくれたのかな?」

「ん~~ははっ! オラそんなには食えねぇぞぉ……いただきます……んん」

「起こしたほうがいいのかな……お礼もしたいし、それにここがどこかも知りたい。 どうしよう」

 

 あたふたし始めるそれは、大の字で寝っころがる悟空の前を右往左往。 ゆかいな寝言を披露する彼を起こすべきか立ち去るべきかを悩みに悩みぬき。

 

「――!! 誰か来る! ど、どうしよう……」

 

 人の気配が近づいてきて、彼は若干パニックになる。 頼れそうな人はいないし、下手に行動して“自身の事”を知られたら大変なことになる……またも湧き上がってきてしまった問題に、彼は悟空を見てとっさの行動に出る。

 

「か、隠れよう。 ――――あわわ、こっちに来た!? はやくはやく――とりあえずこの人の懐に入って」

 

 物陰に隠れることもできたろうに……咄嗟すぎるその行動は仕方がないと言えば仕方なし。 とりあえず声の主たちが去ってくれるのを待とうと、彼は悟空の道着の中に身を潜める。

 

「にゃはは、それでその子お兄ちゃんに――」

「え!? 恭也さんと試合してたの? わたしたちとそんなに変わらない歳なんだよね?」

「なのはのお兄さんって結構な達人なんでしょ? うちのSPなんかじゃ歯が立たないくらいって忍さんが言ってたと思ったんだけど……ホントなの?」

「ん~~わたしも終わったくらいに少しだけ覗いただけだからよくわかんないけど。 お兄ちゃん、ほっぺたから血を流してたかも……」

 

「「……うそ、あの恭也さんが?」」

 

 声が近づいてくる。 3人くらいだろうか、歳にして10歳にも満たないであろう女の子が林を通り抜けようとしていた。

 

「…………(よかった、おとなしそうな子達で。 お願いだからこのまま通り過ぎ――)」

 

 『それ』が小さくうずくまり、祈りを唱えようかというところ。 彼女たちは……

 

「あれ?」

「どうしたの?なのはちゃん」

「あそこ、誰か倒れてる」

「「え!?」」

 

 悟空を見て、近づいてくる。

 

「………!(こっちに来た!? ど、どうしよう。 もう逃げれないよ……)」

 

 焦るものと、寝息を立てる者。 もぞもぞ動くこともやめ、ただひたすら置物の様に硬直するソレ。 傷は大分癒えたようで、なかなか元気なそれは内心ビクビクしながら、この激流のような展開に身を投じた。

 

「あれ? この子……この子だよ! さっき話した子!!」

「え? この子が……? でもなんでこんなところで倒れ―――「ん~~もう食えねぇぞ……おかわりい!!」―――えっと……眠ってるの?」

「ていうより、いまどきこんな寝言を言うやつがいるなんて。 あたしはそっちの方が驚きよ」

 

「…………(え? このひとと知り合い!? まずい、何が不味いのがよくわかんないくらいにまずい! ど、どうしよう……)」

 

 聞こえてくる会話を必死に聞き届ける小動物は焦る。 このままでは見つかってしまう、別にそれでもいいかもしれないけれど、できれば他者との不用意な接触は避けたかった彼は悩む。

 

「…………(いっそのこと、このまま見つかってしまおうか――でも)」

 

 悩む、下手に接触を持ってしまい、危険に近づけてしまうことを彼は何よりも恐れる。 こんな平和な日常を生きる彼女達を果たして―――「んん? なんだよさわがしいなぁ……」―――其の迷いは。

 

「あ、おきた? えっと……悟空…くん?」

「ん? なんだおめぇ……」

 

 目と目が合う、重いまぶたを擦って少女を見上げる少年が一人。 ぷっくりと不自然に膨らんだ自身の道着に気付かずに、少女に向かって声を上げる。

 

「あ! おめぇは!!」

「うん――」

 

 2度目の邂逅。 お互いにあたたかな微笑みでそれを向えると、一転。 悟空は不思議そうな顔をして、少女を見つめたまま首をひねる――そして

 

「だれだっけ?」

 

「「「だぁ!!」」」

 

 お約束である。 あんまりな出来事にズッコケる少女達。 感動の対面は? 不思議な雰囲気は? 何となく甘い雰囲気になると予想していた少女たちの考えを、真っ向からたたき折る悟空の天然に少女たちはそれぞれ地に伏せる。

 

「なのは! なのはだよ!」

「なのは? ん? ………ああ! さっき道場にいた奴か! なんでおめぇここにいんだ?」

「それはこっちが聞きたいんだけど。 ねぇ悟空くん、どうしてこんなとこで寝てたの? 家でお留守番してたんじゃ……」

「留守番……?」

 

 ひとり起き上がるなのははすかさず悟空に訂正を求め、ここにいる理由を聞く。 学校に行っている間に、悟空は家で留守番をしている……などと勝手に思い込んでいた彼女は、あたまに疑問符をひとつこさえる。

 それは悟空も一緒、留守番と言われた悟空も首を傾げてなのはを見る。 一向に進まない会話は、金髪の少女のしびれを切らせることとなる。

 

「あんたはここで何してたのよ? こんなとこで昼寝するために出かけたの?」

「オラか? オラ、カリン塔を探してたんだ。 でもよ、なっかなか見つかんなくてよ……」

 

 優雅にひるがえるは腰まで届くブロンドの髪。 それを片手で掻きわけると、そのままその手を悟空に向けて、一気に言い放つ。

 何となくどこぞの天才わがまま娘にも似たその言いざまに、しかし悟空の返答のおかげで伸ばした人差し指は、力なく折れ曲がる。

 

「「カリントウ?」」

「なにあんた、お菓子でも探してたの?」

「お菓子? オラそんなもん探してなんかねぇ!!」

 

「「「…………えっと」」」

 

 そしてこの状況を余計にややこしくさせ、数時間前に士郎たちが行った勘違いをするなのはたち。 それでもお構いなく立ち上がろうとした悟空に、なのはは疑問の声を上げた。

 

「あれ? 悟空くん、おなかのあたりが膨らんでるけど……どうしたの?」

「――――ぎく!!」

「ん? なんだこれ……あ! そうだ、すっかり忘れてた」

 

「「「???」」」

 

 それは不自然に膨れた腹部、正確には道着の帯の真上くらいにこさえたへんな膨らみ。 それが気になる3人と、さっきまでの必死さが嘘のような態度の悟空。

 すっかり―――などと言っている彼の様子から。 よほどどうでもいい事などではと高をくくっていた彼女たちは。

 

「ほれぇ! こいつすっげぇ酷いケガだったんだ。 もう少しで死んじまうとこだったんだぞ」

「「「え!! なにそれ!?」」」

 

 『それ』をみて、驚愕する。

 

 緑の葉っぱに包まれたそれは、悟空の手の上でぐったりしている小動物。 しなやかで長い胴体をもち、なおかつそれに反比例するかのような短いあんよを持つ、黄土色の毛に包まれたもの――その名は

 

「かわいい……もしかしてフェレットさん?」

「すごい、わたし初めて見たかも」

「でも怪我してるじゃない、もしかしてアンタが手当てしたの?」

 

 イタチである。 なのはが言うように、フェレットにも見えなくもないそれは、悟空の手のひらの上でぐったりしている。

 

「ん? なんだおめぇ、ずいぶん元気がねぇなぁ」

「…………(ダメだった、抵抗する隙すらなかった……どうしよう)」

 

 それを見つめる4人の視線。 本来動物は観察されるのを嫌い、そのときのストレスのせいで、寿命を減らすものも少なくないらしい。

 まぁ、この小動物に限ってはまた別の理由でストレスを受けてはいるのだが……

 

「悟空くん、この仔どうしたの?」

「ん? おらコイツに呼ばれたんだ」

「「「よばれた……?」」」

「そだぞ、最初はどこにいるかわかんなかったけどよ、コイツの血の匂いを辿ってったら見つけたんだ」

 

「…………キュッ!?(このひと……もしかして)」

 

 悟空の簡単な説明に驚く4人。 動物に呼ばれた、などと本気で言いのける悟空に、けれどなぜかバカにできないのは、悟空があまりにもまっすぐに言い放ったからだろうか。

 両手で持ち上げたイタチを見上げながらも、のびのびと自身の尻尾をふるう悟空。 ピコピコと動くそれは彼のご機嫌さをうかがわせる。

 

「あ、あんた……」

「ん? どうかしたんか?」

「えっと……悟空…くん? もし間違ってたらごめんなさい。 その…あのね?」

「……? なんだよ、言いたいことがあんならはっきり言えよ」

 

そんなご機嫌な悟空に一石を投じるアリサ。 彼女ともう一人、緩いウェーブがかかった青紫の長髪を揺らしている女の子、月村すずかの二人は呆然とする。

突如として目を丸くし、悟空の発言に疑問を呈したアリサもただ黙るのみ。 その視線は悟空のでん部に釘付けとなっている………そう、彼が動かしている『しっぽ』に指さし。

 

「それ、なに?」

 

 そう発するので精一杯であった。 震える指、かすれる声、しかしなぜか恐怖はない。 ただ目の前のそれに吸い込まれるような感覚が二人を支配する。

 そんな中で、悟空となのははいたって普通……若干なのはも硬直ぎみだが、アリサやすずかに比べれば、幾分かはマシなので割愛しよう。

 

 とにもかくにも呆然自失な二人に、悟空はあっさりと返答する。

 

「なんだよ、見てわかんねぇのか?」

「えっと、よくわかるから聞いてるんだけど。 ねぇ? すずか」

「うん、悟空くんのそれって……ほんもの?」

「ホンモノも何もなぁ、生えてんだからそうなんだろ? 変な奴らだなぁ」

 

「「変って……アンタ(あなた)には言われたくないわよ(ですよ)!!」」

 

「え? そうか? ん~~そっかぁ」

「にゃはは…は…」

「キュ……」

 

 その答え、その素振り、あまりにも軽くあっけないそれに頭を抱えながらも悟空を中心に集まった者たち。 いつの間に“のほほん”とした雰囲気になりつつあるその場で、二人ほど悟空に対して普通じゃない視線を向ける者がいた。

 

「………(しっぽ……あとでおねぇちゃんに聞いてみなくちゃ)」

「キュウ……(ボクの声が聞こえた?……このひと、もしかして――)」

 

 それは正体を疑う眼差し。 でも、誰にも気づかれずに悟空を射抜くそれはアリサとなのは、そして……

 

「……ん……まぁ、いっか」

 

 悟空には……悟られることはなかった。

 

 今だに正体の知れない物同士、少女と少年達の物語は……まだ始まらない。

 

 皆が笑い、微笑む中、同じく笑っているはずの悟空……しかし彼はいまだに

“眠っている”最中である………来るべきときは、まだ来ない。

 

 

 

 

 




悟空「おっす! オラ悟空!!」

なのは「悟空くん、すごくあっさり行くんだね……これからわたしたちがすっごく悩むことを……」

悟空「なんだよ、どうかしたんか? そんな暗ぇ声なんかだしてよ?」

なのは「だって悟空くん、しっぽのことをあんなあっさり――」

悟空「え? そのことか? しかたねぇじゃねぇか、あるもんはあるんだからよ。 それよか次の話だぞ」

なのは「え! もうこんな時間!? 2度も遅刻なんてできないよ~~次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~第4話」

悟空「イタチの恩返し」

???「お願いします、お礼もします。 だから『コレ』を!!」

悟空「なぁ? こんな玉っころでオラに何しろっていうんだ?」

なのは「え? 悟空くん!? それって――――」

アリサ「また見なさいよ」

すずか「アリサちゃん! そんな言い方……えっと、また見てください。 ばいば~い」


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第4話 イタチの恩返し

最初に一言

なげぇ

分割しようにも切りどころを見失い、そして勝手に動いていくキャラ達。
おぅ……気付けばあのキャラがこんなことに。 いったいこの先の展開どうするんだ!?

なんていう第4話です。 ではではどうぞ


第4話 イタチの恩返し

 

「病院に行くんか?」

「そうだよ、悟空くんが手当してくれたみたいだけど、やっぱりちゃんとお医者さんに診てもらった方がいいと思うし……ね?」

「そっか、おめぇもそれでいいか?」

 

 あれから数分が経っただろうか、悟空と遭遇した下校途中のなのはたちは、林の中を歩いていく。 桜の花を散らし、そろそろ青い芽を開き、緑の風景を彩ろうという木々たちのあいだを歩んでいく姿は、これから春から夏へと移り変わろうとしている季節を連想させるようで。

 

「ねぇあんたまだそいつに話しかけてんの? フェレットが喋るわけないんだから、いい加減やめときなさいよ。 変な人に思われるわよ!」

「あ、アリサちゃん…悟空くん、あのね?」

「………」

 

 しかし、季節の変わりには必ず困難が待ち受ける。 春から夏に変わるとき、それは長く険しい梅雨の季節の到来を意味し、それがもたらす大雨は決して恵みの雨とは一概には言えないもの。

 

「ん? そんなことねぇだろ? 現にコイツはオラを呼んだんだしよ、それにオラの仲間にもしゃべるブタとかネコとかいんだぞ? だからコイツだって」

「「「………」」」

「……キュウ」

 

 疑心という冷たい雨は、悟空に向かって降り注いでいくのである。

 

 しかしそんな中でも事実しか言わない悟空……なのだが、内容がないようなだけあってアリサを筆頭にすずか、そしてなのはの彼を見る目は訝しげなものとなる。

 なんてホラ吹き少年だ! そう罵倒されてもおかしくない少年の言は、しかし彼女たちはどうも攻めあぐねる。 どう考えてもあり得ない……ありえないのだが。

 

「?? どうしたんだコイツ、さっきから鳴くだけで喋んねぇぞ……ハラ減ってんのかな?」

「きゅっ! キュキュウ~~」

「あ! ダメだよ悟空くん。 その仔、怪我してるんだから」

「おわとと……わりぃな、大ぇ丈夫か?」

 

 どうも見栄や虚勢を張ったふうには見えない少年の、そのあまりにも自然体な姿はアリサの懐疑心を角砂糖のように崩していく。

 

「アイツが言ってる事、なんか嘘とは思えないのよねぇ。 会ってそんな時間経ってないけど、なんでかそう思う……ん~~あいつが変だから?」

「あ、アリサちゃん。 そんなヘンって……失礼だよ…」

「へぇ~~じゃあ、そういうすずかはアイツのことまともだって言えるの?」

「そ、それは……その……」

 

 まともだとは、決して言い張れないすずかさん。 それもそうだろう、見たことない、知らないわからない……それらを凝縮して見せたような子だ、そんな彼を『まとも』だなんて誰が言い切れようか。

 アリサとすずかはお嬢様である。 故にそれなりに|見聞≪けんぶん≫は広いつもりだ、しかしなまじ広いそれは今回に限っては邪魔になってしまうのだろう。 非常識の塊である悟空に対して正常なリアクションが取れずにいた.………答えなんて、案外簡単な公式で出て来るのに……

 

「ねぇ、悟空くん?」

「なんだ?」

「この仔、名前ってわかる? いつまでも『こいつ』呼ばわりじゃかわいそうだよ」

 

 そんなお嬢二人を置いていくように、なのはは悟空に質問する。 お話ができるという前提での質問であるこれを鑑みるに、どうやらなのはは悟空の言ったことを信じようと決めたようである。

 そんななのはの質問は、しかし悟空は浮かない顔。 眉は八の字……を通り越して、頂点がループしたジェットコースターみたいになってしまっている。

 

「そういやオラもわかんねぇな。 なぁ? おめぇなんていうんだ?」

「えっと……」

「キュ、キュウ~~」

 

 あくまでマイペース。 おそらくこの中で一番年齢が低いんじゃないかってくらいに周りを引っ掻き回す彼は、ここでもまたその力を発揮する。

 自身に投げかけられた質問を、おそらく返すことのないはずの者へと強引にパス。 いかなるサッカー選手でもトラップできないそれを前に、全身から汗を拭きださせる小動物。

 いつまでもプーアルやウーロンに話しかけるノリでいる悟空、でも実は案外……

 

「キュウ……(……どうしよう、なにか返したほうがいいのかな……えっと)」

「ん? おめぇ名前ないんか?」

「キュッ!? キュキュッ!!(あ、え? その……!!)」

 

 間違ってなかったりする……はずである。 その光景を見守っている少女たちは、まるで腹話術を見ているような錯覚に陥る。 別にフェレットが喋っているわけではないし、悟空と会話をしているわけじゃない、そうではないのに。

 

「なんか意思の疎通ができてる……のかな?」

「なにこいつ……本当に会話してるの? マンガじゃあるまいし」

「でも本当に意味が通じてるみたい。 この仔、賢いんだね」

 

 なぜか男の子が悟空としゃべっているように見えてくる。 それもあながち間違いじゃない……かもしれないのだが。 いまはそれを論議している場合ではなく。

 

「いつまでも名前がないのはかわいそうだよ。 悟空くん、何か考えてあげようよ」

「え? こいつの名前ぇか? ん~~ん~~~~」

「キュ、キュウ……?(え、あの……ちょっと!)」

 

 なのは主導の下、悟空によるフェレット命名の会が勃発していた。

 

 あーでもない、こーでもない。 その内『何面白そうなことしてんのよ』などと金髪お嬢様も混ざって大混乱。

 その中でアリサに突如、神が降りてくる。

 

「ねぇ、あんた悟“空”っていうんでしょ? だったら……ごて―――」

「ぶえっくしゅん!! ふぃ~鼻がムズムズすんぞ」

「きゅ、キュウ~」

 

 まさに“天”啓、まさに“天”命、そう思ったアリサに先んじて盛大にくしゃみをする悟空。 まるでなにか|拒絶反応≪アレルギー≫を起こすかのようなそのタイミングは、ご都合主義と言わんばかりな勢いで……しかし悟空に罪はない、そしてこのタイミングでイヤイヤをするフェレットも同じ。

 だがそれはすぐに黙る。 まるでこれ以上騒ぐと、どこかの誰かみたいにその名前が気に入ったと思われて、その名前に決められてしまうことがわかっているかのような態度。

 黙り、伏せ、時をうかがう。 良くできた状況察知能力である。

 

「……なによアンタ? 気に入らないの?」

「なんだよ? オラなんもしてねぇだろ」

「あ、アリサちゃん! 押さえて……ね?」

「えっと、それよりみんな、はやくその仔を病院に連れて行かないとダメなのでは……」

 

 まさかの企画倒れに、何気いちばん気に入らないといった表情をするアリサ、それを抑えるすずかと、いつの間にか置いてきぼりを喰らっているなのは。 女三人寄れば……とはよく言ったものであろうか。

 そんな中で唯一の“男”である悟空はというと。

 

「ん~~そうだ! ぴょんき―――」

「ちょっと悟空! 話聞いてるの!?」

「悟空くん……それはちょっと……」

 

 秘かに思い浮かんだ名前を付けようとしていたり。 悟空のネームセンスはふり幅がある……今はそう思いたいと願うなのはであった。

 

 

 

 

 

 時は流れ、あれからすぐに町内のとある小さな病院にたどり着いた悟空一行。 そこから獣医でもない普通の医者に、子供たちは寄ってたかっての大奮闘。 少し離れたところに突っ立っていた悟空はフェレットを頭に乗っけながら、その様子を見守っていた。

 

 そして勝利をもぎ取ってきたなのはたち。 そんな彼女らはフェレットをあたまに乗せた悟空の周りに群がり、飛び跳ね、事の結果を祝う。

 

「よくわかんねぇけど、よかったな」

「……キュウ」

 

 そんな彼女たちに付いていくようにフェレットに一言、さらに両手で持ち上げ、自身の頭から降ろすと持ち運び式のケージに入れる。

 若干ながら悟空に向かって不安げな視線を送ってきた彼に、悟空は当然のように笑い返してやる。

 

「そんな顔すんなよ、大ぇ丈夫だって、“おいしゃさん”がちゃんと治してくれるって言ってんだからよ?」

「……キュキュウ~~」

「元気になったら、今度オラの友達に合わせてやんぞ。 そうすりゃおめぇも―――」

「キュウ……キュッ」

 

 交わされる会話、結ばれる約束。 するとどこか引き締まったかのような顔をし始めるフェレットに、悟空は満足したかのように尻尾をふり歩き出す。

 そして迎えた別れの時間。 ほんの少しのあいだだけ……そう呟いたのは誰だろうか? 彼らは帰り路につこうとしていた。

 

 

「じゃあよろしくな! おめぇも早く治すんだぞ、じゃな!!」

『よろしくお願いします』

 

 太陽が空と大地の狭間で紅に輝いている中、高らかに響く音は子供たちの声。 カラスがなき、道を歩く人影も徐々にその数を減していく。

 もう子供が出歩くには遅い時間だ、だから帰ろう自分の家へ。 アリサとすずかには車の迎えが、そしてなのはと悟空は……

 

「ん~~バスに乗りたいけど、二人分は払えそうにないかな? 悟空くん、お家まで歩いて帰ろ?」

「ん? 歩くんか?」

 

 一緒に帰ろうとしていた。 ガサゴソと通学鞄をあさり、小さなサイフを取り出しては所持金を確認するなのは。 足りない、あと少しだけ足りない所持金とニラメッコすること3秒半、仕方がないので歩くことを提案したなのはは悟空を呼ぶ。

 自然に、本当になんの抵抗もなく“一緒に帰ろう”と発した自分に疑問を浮かべることなく、ひとり佇んでいる悟空に彼女は優しく声をかけていた。

 

「あるくんか……」

「悟空くん、歩くのイヤ?」

「そんなことねぇぞ? でもよ、どうしても歩くんか?」

「え? だってバスにも乗れないし、ここからだとすずかちゃんとアリサちゃんたちとはお家が反対方向だし……それに15分くらい歩けば着いちゃうもん。 ね? だから行こ?」

 

 なんだか乗り気じゃない悟空に、若干おねえさんっぽく振る舞うなのは。 家では一番の年少さんな彼女は、ほんの少しだけ背伸びをしてみたかったのかもしれない。

 悟空の言っていることに含まれた意味など分かるはずもなく。 彼女は気付けば、悟空の手を引っ張っていた。

 

「おわっとと……んまぁ、おめぇが歩きたいってんならいいや。 それに歩くんは足腰を鍛えんのにいいかんな!」

「え? ………うん!」

 

 歩幅同じく歩き出す二人。 ボサボサでツンツンな髪の毛のせいで、すこしだけなのはより大きく見える悟空の背は、実は彼女より低かったりする。

 それがなんだかうれしい気がして、なのはの歩調は楽しげにはずんでいく。

 

 高町なのは――9歳。彼女はいまだ|等身大≪ありのまま≫な只の少女である……だからだろうか? 彼女は気付かない。 ついさっき出した『ソレ』が自身の背負っている細い通学カバンに入っていないことを……彼女は、玄関をくぐるまでそのことについには気付かなかった。

 

 

 

 

 PM6時30分 高町家――玄関

 

「ただいまーー」

「たっでぇまーー!!」

 

 元気よく、力強く、精一杯のあいさつ。 朝の騒動には遠く及ばないが、それでも敷地内を響き渡ろうかというくらいに出された声に……

 

「うを!?」

「きゃッ!!」

「あ!? かーさん! 鍋!なべ!! う、うおおおぉぉぉ―――ぐわっちゃー!!」

「大変!! 恭ちゃんの頭に圧力鍋が!?」

 

 響く轟音(おもに悟空のモノ)に驚き、おののく4人が居る。 彼らはキッチンで盛大な盆踊りを繰り広げては、持っていたものすべてを宙に放り投げ、しかしそれらをそのまま落とすわけにもいかず常人離れした俊敏さと動体視力により、桃子を除いた3人はそれらを見事にキャッチ。

 中にはとんでもないものが降ってきたために顔面アウトとなった者もいたのだが、残念ながら詳細を書くにはあまりにもひどい惨状なので割愛しよう……

 

「…………にゃはは……は……」

「…………わりぃことしちまったかなぁ」

 

 その風景を音だけで判断したなのはと悟空はしばし、家に入るのを躊躇うのであった。

 

「おかえりなのは、それに……悟空君も」

「帰ってきたってことは『塔』の方は……」

「見つかんなかった。 けどそんかわりに、おもしれぇやつみつけたんだ」

「「おもしろい……やつ?」」

 

 あれから5分、速攻でシャワーに向かった恭也と入れ違いでリビング身入ってきた悟空となのは。 

2人はそれぞれ手を洗い、持っていた荷物をすぐ近くに置き、リビングとキッチンの間に備えたテーブルとイスに腰をおちつける。

 そのなかでも、士郎と桃子の悟空を見る目はなんだか安心したようなそうでないような、どこか言い知れない感情を移しているように見えて。

 だが、そんな二人の様子に構うことなく、というより気付くことなく、悟空はさっきの出来事を話すことにする。

 

「あんな? オラが飛んでった後なんだけどさ、変な声が聞こえたんだ。 そんでいろいろ探してたらよ、“イタチ”が血まみれで倒れてたんだ」

「「イタチ?」」

「えっと、何となくフェレットみたいな仔だったかな? その仔を悟空くんが手当てして……いまは病院に泊まってるの」

「へぇー悟空君、そんなことができるのかい? すごいなぁ」

 

 そこで上がるのは一連の出来事で、おそらく上位に食い込むであろう隠された事実…悟空の応急手当である。

 祖父が生前に教えた様々な事柄は、何も武術や棒術だけではない……悟空が野生に在りながらも、きちんと人間らしく生活できたのはひとえに彼のおかげ。

 その辺を大体把握したかのようにふるまう士郎と桃子は、よだれを垂らしている悟空の顔を視ては感心そうにうなずいていた。

 

「じゅるり……そだぞ。 ずっと前ぇにオラが大怪我したらしんだけどよ? そん時に使った薬草とかの話を覚えてたんだ。 モモコー! 飯まだかー!!」

「大怪我? 悟空君が? けっこう酷かったのかい?」

「ん? ん~オラよくわかんねぇけど……ほら、ここんとこにキズが残ってんだ」

 

 そういって自身の頭を士郎に差し出す悟空。 特徴的な黒髪に隠れてしまってよくわからないそれを、士郎はまるで草木をかき分けるように探ってみる。

 

「う……これは……」

 

 そこで見つかる頭頂部付近に入った無数のライン。 まるで強化ガラスをハンマーで無理矢理叩き割ろうとした感じの傷跡がそこにはあった。

 こんな子供に付いていいような傷では断じてない、それは士郎が見た第一感想である。

 

「……わたしにも見せて?」

「あ、いや。 なのははやめておきなさい」

「え?」

「悟空君も普通に座ってていいからね」

「ん? もういいんか?」

「うん、ありがとう」

「おう!」

「………ふぅ(この子は……おじいさんの事といい、こういう“おもい”ことをなんともあっけなくしゃべってしまうんだから。 今後気を付けないと)」

 

 自身が見たもの、それに興味を示したなのはをやんわりと抑え込み、悟空には食事の準備ができるまで――の流れで待ってもらうことに。 この歩く優しい地雷原という矛盾の塊な男の子の今後を心配しつつ、そんな優しさで出来ているような彼をこれまた優しい目で士郎は見つめている。

 

「はいはーい、ちょっとだけごめんねー はいなのは、これをみんなに配ってね」

「あ、はーい……あ、そうだ。 ご飯の前にお弁当箱、水につけとかないと……カバンはっと――」

「メシか! よぉし、いっぱい食うぞ!!」

 

 そんな士郎を知ってか知らずか、大量の料理をもってやってくる桃子は笑顔、花のようなその微笑を周囲に振りまいていく。 癒し……彼女はまさに、武闘派ぞろいのこの家でただ唯一の清涼剤である。

 運ばれてくる食事、滝のように流れるよだれ、激しく振るわれる茶色いしっぽ。 悟空の胃袋が臨界に達するところでまたも、彼女は大声を上げる。

 

「あーーーー!!」

「ぐぇっ! ――――なんだよ! またおめぇかぁ……今度はなんだよ?」

 

 それはおもむろに足元のカバンを開けていたなのは声。 ガサゴソと中身をかき分ける焦ったなのはに対して、ムスッとした悟空はなんとも対照的で。

 『ごめん』と舌を出しつつあやまるなのはだが、あせった心は静まらない。

 

「ない、どうしよう……」

「あら? どうかしたの? なのは」

「うん、お弁当箱を出そうと思ったんだけど……」

「忘れてきちゃったの?」

「えっと……お弁当はあったんだけど………」

 

 ない! ない! ない!! いくら探っても出てこないのは小さな入れ物。 きっと万人が大事に抱えて持ち歩くであろうそれは――「え? 弁当より大事なもんか?……なんなんだ?」―――それは――

 

「お財布……忘れてきちゃった」

「え!」

「どうしちゃったの? めずらしい」

「えっと、病院を出るときまでは確かにあったんだけど……どうしよう」

 

 それは現金入れ……つまりは財布であった。 しっかり者として周囲に知れているなのはの、そのあまりにも珍しい失敗に驚く母と、心配する姉。

 挙動不審になっていくなのはの頭にある、両側で結ばれた短い髪の毛は、結構な感じで揺れ動いていて。 2回、3回と前後に揺れたかたと思うと、今度は激しく上下する。

 

「よし、取りに行こう!」

 

 思い立ったが吉日、しかし外はもう暗く、時計の短針も7を過ぎたというところ。 子供が独りで歩くにはあまりにも……

 

「ダメだなのは、お財布は明日にしなさい。 こんな時間に出てってもし……」

「そうね、変質者が出ないとも限らないし…変わりの財布を用意しといてあげるからまた今度にしておきなさい」

「……はーい」

 

 あぶないの一言に尽きる。 故に却下された自身の発言に、納得しつつもしょぼくれるなのは。 しかしそこで上がる声がひとつ、それはなんでもない顔をして見せ、風呂場から出てくる青年。

 

「俺がついてこう、忘れ物はなるべく早めに回収した方がいいしな」

「……おにいちゃん」

 

 やっと出てきた青年の名は恭也。 まだ微かに濡れている髪をバスタオルでバサバサと拭きながらリビングに入ってくる彼。

 そこはかとなく微笑んだような風に見えるのは、しっかり者の妹がおこした粗相を手伝うという珍しい作業に、何となく胸を弾ませているからか。 この兄、ほんの少し意地悪である。

 

「恭也か…もういいのか? 随分と派手に熱湯をかぶってたみたいだけど」

「あぁ、すぐに水をかぶったのがよかったかな? 服ごといったから全部洗濯行きだけど」

「でもどうせお風呂入るんだから一緒だもんね?」

「美由希……」

「あはは、ごめん恭ちゃん」

 

 家族仲は良好でのようで……ちょっとだけジト目の恭也と、両手の平を前に突き出している美由希。 それをながめる悟空は、一瞬だけそっぽを向いたと思うと恭也に向かって口を開く。

 

「おめぇたち仲いいんだな」

「そりゃまぁ兄妹だしな」

「ふーん、そうなんか?」

「?? なんだ悟空、お前だって家族ぐらい――」

「――恭也、なのはと一緒に行ってきてくれないか」

「え? あ、あぁいいけど……?」

 

 でてきた言葉はなんでもない……ように聞こえるものばかり。 しかしそのどれもがこの団欒をぶち壊せるほどの威力を持ったものと知っている士郎は緊急回避。

 まるで綱渡りなこの会話を切りあげるべく、とっさに放ったは苦し紛れは……士郎を少しだけ後悔させることとなる。

 

「なんだなのは、おめぇどっかいくんか?」

「うん、さっきの病院に行ってくるね」

「そっか……オラも行った方がいいんか?」

「え? う~ん……大丈夫! お兄ちゃんがついてきてくれるみたいだし」

「そうか? ……わかった」

 

 なのはと悟空、ちょうど隣り合わせに座っていた彼らはここで一旦の別れ。 ほんの少し――そういって席を立ち、恭也とともに玄関から出ていくなのはを見送る悟空は、そのまま箸も持たずに座ったまま。

 少しだけ聞こえてくる腹の音は、悟空の限界値を示すかのように段々と大きくなっていく。

 

「悟空くん、先にご飯にしてもいいのよ?」

「ん~いいや。 オラ恭也となのはが帰ってきてからにする」

「……そっか」

 

 桃子の勧めを、しかしやんわりと断る悟空。 

 

「…………食事が終わってから行かせればよかったかな」

 

 どんどん膨れ上がっていく悟空の空腹は、その盛大な音をもって部屋中に嫌というほど知らしめる。 それを耳を押さえながら聞き届けさせられる士郎は、ボソリと一言だけ漏らすのであった。

 

 

「ねぇ、おにいちゃん」

「どうした? なのは」

 

 暗い夜道。 半分に欠けた月が白銀に輝くその下で、兄妹はひたすらに歩みを進めている。

 

「悟空くんって……」

「ん?」

 

 そこであがったなのはの声、今日という日に出会った彼はとてもわかりやすいのだが、どこか掴みどころがないというか……そんな感想を悟空に抱いている恭也は、なのはがする質問を……

 

「変な子だよね?」

「……え! ああぁ、そう……だな……」

 

 予想できなかったりする。 

 

 

 

 

「ん~~そうだなぁ」

 

しかし言われてみればそうであろうか、朝のアレで悟空が父さんの言った通りに『死線』を潜り抜けてきた|強者≪つわもの≫であるのは間違いないし。

しかもそうであるにもかかわらずにあの性格だ…はっきり言って異常だと思う者も、もしかしたら居るかもしれない。

 

「まぁ、俺はそうは思えんが」

「え?」

「ああいや。 なんでもない、なんでもない」

 

 けど、そんな自身の考えを否定するのもまた自分。 まだほんの数時間しか過ごしてはないが……しかし“ケン”を交えて分かったものもある。

 

「そうだなぁ、あいつは……」

 

 裏表のない……ただの自然体がアイツのすべてで。 だから笑っていることが多いアイツは、本当にいつも何かに喜んでいて。

 

「きっと俺の勘違いかもしれないけど……な」

「おにいちゃん?」

「ははっ、すまない。 さっきから独り言が多いよな」

「う……うん」

 

 だからであろうか、あんな不思議なことがあった今日は―――アイツと出会ったあたりから、それほど俺の心を揺さぶらないで“いつも通り”に居ることができた。

 

「なのはのいう通りだ」

「え?」

「あいつは……悟空は変なヤツだな」

 

 だから俺は、こんな人を小馬鹿にした言葉でも、とても清々しく口に出来たんだろう。

 

「おにいちゃん、ほら! あそこ」

「お、あれか? なるほど、結構近場にあるんだな……ん?」

 

 やっと見えてきたな診療所。 はー、それなりに小さいけど結構見栄えのいいところなんだなぁ。 こんなものがあったなんて、今度診察を受けてみようか……あ、動物を預かってんだから動物病院なのか?

 

「ふーん……と、そうだなのは、財布を探しに来たんだろ? 残ってる探し場所はあとここらへんなんだから、ちゃんと探し――――」

「え? おにいちゃん!?」

「く、なんだこの感じ……空気が……震えてる?」

 

 なんだか背筋が冷やされていく。 肌にまとわりつく気色の悪い空気、それに比例するかのように粗ぶっていく俺の警戒心。

 

「何かいる……近い、どこだ?」

「あわっ、お兄ちゃん急にどうしたの?」

 

 身体は自然となのはを近くに寄せ“こと”が来るのを待ち受ける。 武器は無い、当然だ、こんな平和なご時世に武器を常に持ち歩くバカは……

 

――――はは! なんだキョウヤ、如意棒しってんのか?

 

「……いたな、そういや」

 

 とにかくほとんど丸腰だ、もし本当に危ない奴だったらこっちもそれ相応に覚悟を決めておかなければ。 来るなら来い、御神流がただ小太刀を振り回すだけの流派ではないことを教えて――――

 

「…………は?」

「え?」

 

 意気込む俺は途方に暮れる。 それはそうだろう、なんせこんな緊迫した空気の中で出てきたのはとても小さな……

 

「あの時のフェレットさん! 逃げてきちゃったのかな……?」

「はぁ、なんだ…脅かすな――――ん?」

「キュー! キュキュー!!」

 

 なんだこのフェレット。 まるでここから逃げるように俺たちに訴えかけてるみたいだ。

 

「待てなのは、どこか様子がおかしい」

「え? 具合でも悪いのかな?」

「そういうのではないみたいだ、これはきっと―――ッ!!」

 

 おおきな……爆発音がした。

 

「は……な……?」

「きゃあ!!」

「キュッ!!」

 

 あまりにも大きい音、その音量に鼓膜がしびれて『キーン』と耳鳴りを引き起こしている。 いったい何が起きた!? 俺は周りを見渡す、道路……よし。 民家……問題ない。

 

「病院は……なん――だと!?」

「え? え?」

「キュウゥゥ」

 

 ない。 そんな馬鹿な……さっきまでそこにあったはずだ、なぜない。 いや、正確にはまだ“ある”んだ。 だが、しかし……この惨状は果たして建っていると言っていいのだろうか。

 

「出入り口を残して……全壊してやがる」

「え? ええ!? どうして!? なんで!!」

 

 やばい、これは予測の遥か上だ。 あまりにも今の装備……丸腰だが……では相手に出来ない。 これほどの威力を持った武装をした“人間”あいてに果たして無事にやり過ごせるのか?

俺は全神経を集中する。 よし、まずやることは――

 

「なのは」

「え?」

「そのフェレットを連れて敷地の外……10メートル離れた先に電信柱がある、そこまで全力で走るんだ」

「……うん」

 

 よし。 さすがなのは、いい子だ。 こんな状況でも足は竦んでないな、あとでほめてやるか……けどそれは。

 

「お兄ちゃんは……あの“化け物”を倒したら行く、なのははいま言ったところまで行けたら、その次は隙を見て父さんの所まで走るんだ…いいな?」

「は、はい……」

 

 この窮地を、切り抜けてからか……

 

『グオオオオオオオオ』

 

 化け物の叫び声があたりを激しく揺らす。 さぁ、化け物退治といくか――

 

 

 

 

――――高町家

 

「……あいつら遅ぇなぁ。 シロウ、もう30分経ったろ?」

「ん~そうだね、確かにちょっと遅いかもしれないかな?」

「……ん~」 ぐぐぅ~~

 

 なのはと恭也がリビングを出てから30分を過ぎた頃、悟空はいまだに箸を取らないでいた。 皆揃ってからと、どこかそう物語っている雰囲気とは余所に、その腹からは非常に大きな腹の虫が喚き散らしていた。

 

「悟空くん、先食べちゃいなよ? おなかすいたんでしょ?」

「そうだけどよ……けどよぉ」ぐりゅりゅ~~

「あらあら、悟空くんったら……」

 

 腹を空かせて尻尾を力なくダラリとぶら下げている悟空を見て、美由希が心配そうに声をかける中、士郎は少しだけ浮かない顔をする。 確かに遅い、けどなのはの言っていた病院からここまでだったらもう少し時間がかかるはずだろう、だから問題はない……ないはずだ。

 

「ん…………(なんかやな感じがすんぞ)」

「………胸騒ぎがする(虫の知らせでなければいいけど)」

 

 しかしこの心臓の不規則な鼓動はいったいどうしたものか、別に士郎の体調が悪いわけではないし今日は至って健康だ。

 それでも……なぜか……

 

「悟空君?」

「…………………………」

 

 前を見る。 士郎の目に映るのは、料理に目もくれず首をひねって窓をじっと見つめる悟空。 彼はさっきから一向に喋らないし、朝から散見された慌ただしさの欠片もない。 どう見たって様子がおかしい悟空は―――

 

―――――――――来て……おねがい……

 

「―――!!」

「悟空君?」

「「……?」」

 

 音を立てて立ち上がる。 盛大に椅子を倒しては右を左をと首を振り、何かを探す悟空。

 確かに聞こえた、自分を呼ぶ声。 それは朝にも聞いた声だ、けどあの時よりも必死さをうかがわせるその声は……

 

「ん!」

 

 悟空に如意棒を持たせる。

 

それを見た士郎の胸騒ぎはピークに達する。 なにかおかしい、何かが起きている。 この平和が取り柄の様な街に何かが起こっている……その不安な心を

 

「お、オラ行ってくる!!」

「あ! 待ちなさい!! 悟空君!!」

 

――――筋斗雲やーーーーい!!

 

「ダメか……もう行ってしまった」

「悟空くん? お父さん?」

「………まぁ」

 

 蹴っ飛ばすように走り出す悟空。 それを呼ぶことでしか止めれなかった士郎は歯ぎしりする。 ここまで気持ちがざわついたのは“あのとき”以来だ……自身が遠い昔に死にかけて―――

 

「“あのひと”に助けられたとき以来……か」

 

 その時のことを思いだし、さらに不安に駆られる……自身が駆けつければいいのだが。

 

「場所もわからないのに下手には動けない……な」

 

 物理的な問題が士郎を縛っていた。 今出ていった悟空を追いかけようにも、きっと筋斗雲という悟空の『ともだち』のせいでもはや追いつけないところまで行ってしまっただろう……だったらいっそ。

 

「ここで、帰りを待つしかないか……」

 

 待つことにする。 そりゃこの胸騒ぎが杞憂であればいい、けどどうにも腑に落ちないその不安は、自身の息子と――

 

「悟空君……」

 

 あの子が何とかしてくれる。 そう思い、静かに席に着く士郎であった。

 

 

 

 

 

 

 

「なのは! あぶない!!」

「きゃあ!」

「キュ!」

 

 それはいきなり襲い掛かる。 恭也でもなく、フェレットにでもなく、遠く離れようとしたなのはに向かって飛びかかる。

 もちろん、それを簡単に許す恭也ではなく。 常人離れした身体能力を駆使しては、落ちていた建物の残骸……先のまがった鉄パイプをひっつかんでは化け物を迎撃する。

 

「はぁぁああああ!」

 

 打ち鳴らされる金属音……ではなく。 それはまるで生ハムを切り裂くかのような小ぎみ良い斬撃音。 化け物と恭也の影が交差し、お互いに離れていくと――化け物の身体は二分割され、地面に醜い音を立てながら倒れていく。

 

「……なんだあっけない。 なのは、けがは――」

 

 “虎乱”を放った恭也の手に残る確かな手ごたえは、確実に仕留めたという情報を彼に伝え、それを何の疑いもなく受け取った恭也はなのはのもとに駆け寄ろうとする。

 だが彼女の表情は硬い。 そして一向に合うことのない視線、いつまでもワナワナと震える指先は恭也の向こうを指していて。

 

「おにいちゃん! あぶない!!」

「な!? が―――」

 

 分断されたはずの黒い影が、恭也の背中に飛んでいく。

 

 なのはの表情と声、そして自身の瞬発力でなんとか直撃を免れた恭也は、しかし態勢を崩した彼に向けて怪物の攻撃が迫る。

 

『ガアアア!!』

「こいつ――!」

 

 相手の攻撃を薄皮一枚で受けつつ決めた恭也のカウンター。 乗せた技は今朝悟空にも使った“徹”である。 切って駄目なら貫いてやる……そんな考えで放たれたこの技も

 

『グルル』

 

 奴は自慢の再生能力でなんなく立ち直る。

 

「くっ! 足が……!」

「キュウ!!」

 

 そんな怪物とは反対に、今のカウンターで脚に若干のダメージを貰ってしまった恭也、そのせいで自身の本領である速度と技を出しきれなくなってしまう。

 そうでなくても目の前の怪物は切り落とそうが、切り刻もうが、尋常じゃない速さで再生していくのである。 このまま消耗し続ければ、勝ちは無い……それどころか。

 

「――――来る!」

『グルルゥゥゥ………アアァァアアアア!!』

 

 打開策を講じる暇もなく響く怪物の咆哮。 今度は恭也に狙いを定め放たれた黒い塊はまるで砲弾の様で……それを当然のように構え、打ち落とそうと手に持ったパイプを振りかぶる恭也。

 

「すぅ……」

 

 呼吸を怪物の挙動に合わせ、血の脈動は|得物≪パイプ≫の呼吸を助長させ、まっすぐに据えられた眼光は迫る砲弾を狂いなく狙い……定める。 到達まで3メートル、2、1と相成った瞬間――恭也は目を見開き……叫ぶ。

 

『―――――』

「なっ!?」

 

 ありえない、こんなことが――と……恭也に迫る砲弾は、その勢いを殺さずに花火のような炸裂音を打ち鳴らす。

 近距離でいきなり散弾銃が如く散らばりだした砲弾。 無数と言っていいほどに分裂したそれは恭也を通り過ぎようとし、背後のなのはに迫る。

 

「こ、こいつ! ――――なのは!!」

「え!」

 

 打ち落とす――打ち落とす―――撃ち漏らす……その身で受ける。 おもむろに、しかし必死な思いで発動した“神速”

 全てをやり過ごすことならばできた、かわすことも不可能ではない、自身を守るべく必要最低限に打ち落とすことだってできたはず、だが……

 

「ぐぅ!! がは! だめだ、アバラが……(お、折れてはないようだが、これじゃ――)」

「おにいちゃん! おにいちゃん!!」

 

 彼は今、“守る”べくして傷つき、膝を―――叩く。 折れそうだった膝はその場で踏ん張りを見せる。 ここぞというばかりの食いしばり、せめて……せめて…… 

 

「く、来るな! いいから隠れてるんだ!!(せめて、なのはだけでも)」

「――! で、でも!」

「大丈夫だ、こんなもの……忍のビンタに比べたら――くっ!」

 

 さらなる怪物の攻撃が恭也を襲う。 黒い鞭状の物体による攻撃は腹部と背中に深いダメージを負った恭也を遠くに吹き飛ばしていく。 だが、それでも壁際で何とか着地をしてすかさず構えを取るその姿は、いまだあきらめの色を見せず。 恭也は空元気を振り絞って、なのはを押しとどめる。

 

「―――はぁぁぁぁぁ………」

 

深く……深く。 意識的に行われた呼吸は只の呼吸、しかしそれは鬼気迫るものを眼前の怪物に与える。 本来ならば最初の一撃で沈んでいるはずの展開だったが、まさかここまで窮地に立たされるとは……だが自分の甘さを悔いることはしないし、恭也の膝はいまだ折れもしない。

 

「ふっ! はっ……このぉ!!」

『ガアアアアア!!』

 

 一撃、またも一撃。 飛んでくる怪物の腕を手に持った鉄パイプで撃ち落としていく恭也。 しかし左手で抑えた腹部の痛みは、この間にも容赦なく恭也を苦しめていく。

 歪む顔に力の入らない足、追い込まれていく自身……そして。

 

『グルル……――ガアアア!!』

「な!? しまった!」

 

 ここで怪物のリズムが変わる。 “押し”の攻撃だけしかしなかったアイツは、ここにきていきなり搦め手を使ってくる。

 今まで攻撃を捌いていた恭也の足元に、横払いに打たれた黒い鞭。 それをバックステップで躱すこともできず、恭也は怪物の攻撃をもろに受けてしまう。

 

「がはあああ!」

「おにいちゃん! ……フェレットさん、ここでまってて」

「キュ!?」

 

 足払い、そして浮いた身体に迫る巨木にも似た黒い影。 それは怪物の持つ触手が幾重にも重なり螺旋状に混じりあい、一本の腕と化した巨大な武器。

 見事な“ワン・ツー”を決められ、放物線を描きながらも壁にぶち当たる恭也。 そんな光景を見せられたなのはは堪ったものではない、兄の下に駆け寄り身体を揺さぶる。

 

「ど、どうし……て、来た! ぐぅぅ……あれほど――来るなと言ったのに……」

「そんなの出来ないよ! だってお兄ちゃんが!!」

「ち、ちくしょう……守るべき妹に、心配……されるなんて」

 

 全身から力が抜けていく、今の衝突のせいだろうか? 背後のコンクリート製の壁には大きく亀裂が走っている。 それほどの威力で叩きつけられた恭也のダメージは推して測れないだろう。

 そして近づいてくる怪物。 |弱った獲物≪キョウヤ≫が動かなくなったことを確認するかのようにゆっくりと近づいていき、距離が残り3メートルと相成ったところで一時停止。 

 

「……とまった?」

「くっ、いかん―――なのは離れ――――!!」

 

 それはまるで狩人の舌なめずり、それはいかにも追い詰めた側の態度。 言葉もしゃべらない、思考もわからない怪物相手に……しかし恭也はこれだけなら把握する。 自分たちは……アイツに殺されると。

 

『ガアアア!!』

 

耳をつんざく咆哮と、唸りを上げる黒い触手。 高く振りあげられたそれは、怪物の名の通りに力任せの勢い任せに、恭也をかばうように覆いかぶさったなのはに向かって振り下ろされる。

 

「っ~~~~!」

「ちくしょう――――!!」

 

 絶望の瞬間……恭也の周囲全ての音が消え、目の前が真っ暗になる。 死の淵に立たされ、無意識に使われた“神速” しかし今はすべてが無意味。

 立つことすら困難な状態の恭也にとっては、死ぬまでの体感時間が伸びたに過ぎない ―――――――――――――だが

 

 

「――――――だりゃあ!!!」

 

 

『グギャアアア!! ガアアア!!』

「「……え?」」

 

 そのときは、いつまで待っても訪れることはなかった。

 

 代わりに響く獣の咆哮……その前にあがった聞き覚えのある声は、二人の耳に届くことはなかったけれど。 それとは別に、恭也となのはの耳に届いた大きな衝撃音。

 硬く、鈍く、そして斬撃にも似た鋭い音。

 

「…………え?」

「お、おまえ……どうして……」

 

「…………」

 

 目を見開く。 暗闇でも見えるほどの輝きを見せる紅い棒、それを握るのは青いリストバンドを付けた短い手。

 宙を漂う茶色の尾は、不規則に動いては本体の気持ちを投影しているかのようで。 そしてその者を包み込む山吹色の道着、さらになのはたちの視線を奪う、円に囲まれた『亀』という字は……そこに“少年”がいることを証明する。

 

―――――――――孫悟空は、そこにいた。

 

「キョウヤ、おめぇケガは大ぇ丈夫か?」

「え? あ、あぁ…見た目ほどひどくはない…が、足を痛めたらしい。 これじゃまともに動けない」

 

 気付けばずいぶん遠くに吹き飛んで行った怪物は、地面を抉りながらもバタついて態勢を整えようとしている。 不意を突いた……にしてはあまりにも大きく思えるそのダメージは、悟空が持った如意棒の一刀によるもの。

 

 ざっくりと開いた……人間でいうと肩口から真っ二つにされたような感じと言えば分るだろうか。 それを修復しようと怪物は唸る。 傷口から伸びてくる細い触手はひきつけあい、絡み合い、互いを補うように開けられた空間を埋めていく。

 だが、その間動くことをしないそれをしり目に、悟空は恭也に振り向き膝をつく。

 

「そっか、だったらそこでじっとしててくれ。 オラがすぐに片付けてくっからさ」

「!? 片付けるって……悟空、そいつは――」

「悟空くん!!」

 

 呼び止めるふたり。 しかし彼女たちの判断は正しくあるものの、間違っている。 確かにあんな怪物を前に子供が立ちふさがるべきではないのだ……そう。

 

「おめぇ、よくもキョウヤとなのはをこんな目に合わせたな! ぜってぇ許さねえぞ!!」

『ガアアアッ! グアアア!!』

 

 それが、只の“こども”であるならば……

 

「「―――くぅっ!!」」

 

 悟空の怒気、おそらく初めて見るであろうその猛る姿は、なにに例えるか戸惑う姿と恭也は思う。 こんな顔もできるのかと、いつも笑っている印象しかない彼に対する見方を改めると共に。

 

「だぁりやぁあ!!」

『グギャアアァ!!』

 

「……なんて奴だ」

「…………すごい」

 

 この少年を、この者の“つよさ”を再認識させるのである。

 

 初撃、構えた如意棒を横に薙ぐ。 これで歪な十文字が完成。 狂うように叫ぶ怪物は、それと共に大きく後退をする。 まるで理性がない振る舞いをする奴の、その本能的なものを感じさせる後退を……

 

「だだだだだっ! だりゃあ!!」

『―――ッガアアア!!』

 

 さらに超える速さで追撃する悟空。 持っていた如意棒を曲芸のような扱いで尻尾に持たせたと思うと連打、連打――連打!! 強く握られた両の拳による激しい乱打が始まる。     

その一つひとつが身を裂き、打ち砕いていく様はまさに圧巻。

 

 悟空の気会いに比例するかのように放たれる拳の雨、既になのはには手が8本あるかのように見えるそれは………八手拳と呼ばれる他人の技である。

 

「「………」」

 

 恭也たちはそれを見守るだけ、そんな彼らに――

 

『ォォォォオオオオオ!!』

「「なっ!?」」

 

 獣は悪あがきをする。 放たれる触手の束、5本10本と増えていっては既に外野となっていた高町兄妹を強襲する。

 突然の事に身動きが取れない二人に避ける選択肢はあろうはずもなく、ただされるがままにその攻撃を受けるしかない……そう、彼が居なければの話だが。

 

「こんにゃろ! きったねぇマネなんかしやがってぇ―――のびろぉぉ!!」

 

 それを許す悟空ではない。 あまりにもアンフェアな怪物の選択肢に更なる闘志を燃やし、両手で掴んだ如意棒をおおきく振りかぶる。 天にまで届けと言わんばかりに振りあげたその棒は。

 

「如意棒おおお!!」

 

「な!? 棒が――」

「のびた!!?」

 

 文字どおり、天まで届くかのように伸長した。 暗い夜を赤く照らしだしたその棒は悟空を定規にして8人分以上はあるだろうか。 そんな自身の8倍まで伸ばした如意棒を、重力の助けも含めた全力で………一気に振り下ろす。

 

「でぇりゃあ!!」

『―――――ッ!!』

 

 それは巨大なギロチンのごとく、ブチリという音とともに触手たちを切断していく。 

 

「うおっ!?」

「きゃっ!」

「こいつは、キョウヤの分! 覚悟しろよぉ、次はなのはの分だ!」

 

 壮大な地響きとともにひび割れていく黒いアスファルトは、悟空の持っている如意棒の形に添うように沈殿している。 その威力はおそらく生身の人間に向けていいレベルをはるかに超えているであろう。

 悟空の優勢、それは火を見るより明らか。 だが恭也は安心できない……なぜなら奴は

 

「――ッ! 悟空! うしろだッ!!」

「え?―――ぐああ!!」

 

 不意を突かれる。 ここにきて急に速度を速めたその再生能力、それにより最初の時と同じような形に戻った怪物は3度悟空に襲い掛かった。

 避けようとした悟空は、しかし一瞬だけ怪物が早く悟空の右足を絡め捕り――投げまわす。

 

「うわあああ!!」

「悟空!!」

「悟空くん!!」

 

 そして弾丸のように打ち出された悟空。 さっき恭也がぶつけられ、ひびの入ったコンクリ製の壁に激突すると、壁は一気に崩壊する。

 崩れる壁、積まれていく瓦礫。 悟空はそれらすべての下に生き埋めにされる。

 

「ご、悟空くん! うぅ……」

「くっ……なんてことを」

 

 この光景に竦んでしまうなのは、それに相反するかのように歯を食いしばる恭也と……

 

「キュキュ!」

 

 瓦礫に向かって走り出すフェレット。 それは瓦礫の山のふもとまで行き――いきなり短い脚が突き出る。

 その色合から何となく畑に生えているニンジンにも見えなくもないそれは、一気に瓦礫を突き抜け空を舞う。

 

「くっそぉ、あんにゃろーやりやがったな!!」

「ぎゅっ!!?」

「な!?」

「えぇ!!?」

 

 突如として這い出てきた悟空に驚き、わななくこととなる3人。 山を掻き崩し、自身についたほこりを払い、打った顔面をさすりながら出てきては怪物を睨んでいる。

 しかしその目は怖いというより、近所の子供が鬼ごっこで負けたぐらいにしか見えない……どう見積もっても迫力なんてものは微塵もない表情であった。

 

「ご、悟空さん! 無事だったんですね!! よかった」

「あの速さでぶつかってケガひとつしないなんて……」

「なんて頑丈な奴なんだ」

「そんなことねぇぞ、ほれ! ひざのところすりむいちまった」

「「「……そ、そうですか…………」」」

 

 そんな悟空に影響を受けるかのように、どんどん緊張感が抜けていく3人。 そろってツッコミを入れることもなく、ただ悟空に困った視線を送ることしかできず。

 

「あ! そういやおめぇ今喋ったろ、話せるようになったんか?」

「……あ、しまっ――、いやいまはそんなことより……」

「……そんなこと?」

「結構重要なことだと思うんだが……」

 

 立ち上がり、近寄ってきたフェレットに向いあう悟空。 足元で若干あたふたしている小動物は、しかしそんなことよりも伝えたいことがあるらしく。 なのはと恭也のツッコミを流しながらも“あるもの”を取り出す。

 

「悟空さん、これを」

「なんだこの玉っころ? あめ玉か?」

「ち、ちがいますよ。 それは『デバイス』といって悟空さん、あなたの中にある……」

「オラの中?」

 

 取り出した赤い宝石、それを悟空に持たせると口早に説明を始めるフェレット。 しかし突然その饒舌が止む。 額には滝のような汗が流れゆき、そして小動物は突如として震えだす。

 

「―――あれ?」

「なぁ? オラの中になにがあんだよ?」

「え? なんで! こんなことって……デバイスが反応しない!? まさか魔法の素質が……でもボクの“念話”は通じたはずなのに」

「「??」」

 

 そしてまくし立てていく小動物。 こんなはずではと膝をつき――つくほどの大きさの膝はないが――大きくうなだれていく。

 絶望にも近い空虚な感情が小さな体の身動きを縛り付けていき、焦りとともにフェレットの息遣いはドンドン荒くなっていき。

 

「だめだ……もう、おしまいだ――――うぅ」

 

 どこぞのエリート戦士と同じようなことをボヤく。

 

「ん~そんな落ち込むなよ、な?」

「で、ですけど……」

『ガアアアア!!』

「お?」「あ!!」

 

 しかし遊んでいる場合ではない、仕留めそこなった獲物にとどめを刺そうと怪物はやって来る。 伸ばされた触手をうねらせながら数を増やしていき、10……20となったぞの手を悟空に向かって伸ばす。

 

『グオオオオ!!』

 

 月夜に吼える怪物。 それはまるでこの小さな少年を確実に仕留めてやると言わんばかりに力強い咆哮。 苦しく、繰るい、狂うように飛んでくる触手たち。

 

「にげろ悟空!」

「悟空くん!!」

 

 なのははもちろん、すでに動くことができない恭也もその動きを捉えることは今は出来ない。

それほどの速度、それほどの威力が押し迫るなか。 悟空は―――

 

「―――――いまコイツと話してんだ! 邪魔すんなよ」

「「「え!?」」」

『グル……ル!?』

 

 視線をユーノに向けたまま……なんと片手でそれらを捌いていく。 叩いては落とし、払っては跳ね返し、拳を撃ちつけては粉砕する。

 そして訪れる静寂、恭也は言葉を失う。 この少年の戦いかたに、異質ともいえる実力に。

 

「こいつ、いま相手をまったく見ないで打ち落としやがった……何をしたんだ!」

 

 御神の“心”にも思える雰囲気だがまったく違う悟空の戦いかた。 見てもいないのに明らかに場所が分かってるようにすべての攻撃をねじ伏せた悟空。

 しかし一番驚いてるのは……

 

「ん? オラ今どおやって防御したんだ? 何にも考げぇてなかったぞ」

 

 会話中にほぼ無意識にそれらを行った悟空であろうか。 しかし彼は思い出すべきである、“現在”修行中であり目指している高み……空のように静かに――を確かに実践して見せたのだ

 

「どうやってって……」

「……知るかよ、そんなこと」

「す、すごい……」

 

 段々と崩れていくシリアスを前に感嘆する3人に対して、よくわからん! という顔をする悟空。

 

 ほぼ無意識だから当然であろうが、彼は困った顔をする……しかしそれはほんの一瞬である。 彼は……フェレットに向かってにこりと笑う。

 

「あ、そうだ。 まだ晩飯の途中なんだ、コイツかづけたらよ? おめぇも一緒に食おうな! モモコのめしはさぁ、すんげぇうめぇんだ」

「は……はぁ……」

「うっし! そんじゃとっとと終わらせっかぁ! とっておき……いくぞ!!」

 

「「「とっておき?」」」

 

 ここで場の空気が変わる。 怪物と悟空の距離は4メートルにも満たない、そこからあまりにも近くにいるなのはと恭也。

 そしてフェレットは……

 

「だめですよ悟空さん! そいつは普通にやったんじゃすぐに再生してしまうんです!」

「そんなんわかってるけどよ、でもほかに…」

「アイツはジュエルシードっていう『石』が元となった怪物です! だからその石を封印できれば何とかなるはずなんです!」

 

 悟空を呼び止める。 物理的に……常識的に考えてできないと言い張る彼はここで口ごもる。 ―――さえつかえれば……そんな“内なる独り言”は悟空には届かず。

 

「え? どうしたの?」

「あ、いえ……なんでも……?」

 

 少女の耳にだけ届く。 彼はハッとする、いま彼女は“自分の心の言葉”を読み取ったのだろうか……? しかもはっきりと聞こえた風にも見える。

 その少女を見て、フェレットの目に光がともる。

 

「この子ならきっと……すみません! こ、これを」

「なにこれ、あたたかい」

「押し付けるみたいで本当に申し訳ないんですが―――けど、あなたにしか頼める人がいないんです!」

「え? ええ?」

 

 それは赤い宝石、ビー玉のように小さくて……けどほんのりとあたたかく、しかも脈を打っているような感じがする。

 生きている――彼女の第一感想である。 恭也が倒れ、悟空が若干手を焼いている状況下で渡された彼女の“可能性” それは微かに光っては彼女を誘う。

 

「悟空さんだけじゃ、あの怪物は倒しきれない……けどあなたの――魔法の力があればきっと!」

「ま、魔法!? なにを――」

 

 その誘う言葉に恭也は疑心を持ち。

 

「わ、わかりました」

「……よ、よかった」

 

 なのはは信じてみることにする。

 

「目を閉じて、心を澄ませて僕の言うことに続いて!」

 

赤い宝石を受け取ると言われたとおりに目を閉じるなのは、そこに

 

「おぉ~いまだかぁ~」

 

 もたもたしているなのはに悟空は両手のひらを口の横に持っていき呼びかけながら

怪物の攻撃を右に左に避け、隙あらば懐に潜り込み拳を2,3発当ててはまた離れる作業を繰り返していた

 

「こいつ、やっぱり殴ったところが元に戻っていきやがる」

 

 怪物の身体が液状に変わったかと思うとまた元に戻るとまったく無傷の姿に戻っていた、これを見た悟空は後ろに飛び跳ねて

 

「よぉし、今度こそオラのとっておき見せてやる!」

 

 孫悟空は、“あの”構えに移ろうとしていた。

 

 

「よし、いくよ!」

「うん」

 

「我、使命を受けし者なり」

「われ、使命を受けしものなり」

 

「契約の元、その力を解き放て」

「契約のもと、その力をとき放て」

 

呪文を唱えると渡された宝石に鼓動が走り、赤い光が漏れ始める。

 

「「風は空に星は天に」」

 

 そろい始める声、それは少女とフェレットの二人が奏でる二重奏。 その声とは別に、とても重く力強く、高らかに上がる声がひとつ。

     

     かぁ

 

「「そして、不屈の心は」」

     

     めぇ

 

「「この胸に!」」

     

     はぁ

 

「「この手に魔法を!レイジングハート、セットアップ!!」」

[Stend by raedy Set up]

 

       瞬間、夜空に桃色の極光が駆け上る

 

 少女を包み込む光は桃色。 それは彼女の持つ力の色であり、彼女の象徴。 それが自信を覆い尽くしたと思うと、不思議と自身の内側から力がこみあげてくる。

 次に少女を包み込むは純白のワンピース、その縁を青で型取り、胸元の赤いリボンでアクセントをつけている。 パッと見、制服と見まがうそれは、しかし立派な戦闘服である。

 

――――バリアジャケット。 闘うための武装服……先ほどまで非戦闘員であった彼女はいま、たしかにそれを装備した。

 

「あれ?服が!それにこの杖」

「それは君のイメージが具現化したものなんだ、それより早く悟空さんを」

「う、うん!」

     

     めぇ

 

なのはが手にした杖、レイジングハートは強く握りしめられると。 まるでうなずくように光る。 そして二人は悟空のほうへ向かう、すると。

 

「悟空君が光ってる!?」

「な、何をしようってんだ!? 悟空の奴は!」

「あ、あれは砲撃呪文!?」

「「砲撃!?」」

 

 目の前にいる少年は両足を曲げ踏ん張りがきく態勢になり、両手は何かを包みこむように後ろにいるなのは達のいるほうに持っていき腰の位置で固定している。

 青白い光が手の中に納まりきらずあたりを眩しく照らしていくと、両手を一気に怪物の方に向け――――打ち出す。

 

「波ぁぁぁああ!!」

 

「なに!?」

「きゃぁ!!」

「わわ!」

 

 あふれ出る光はまさに閃光、轟く爆発音は人体が打ち出してはいいレベルをとっくに超えている。

 

『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA』

 

 夜空に上がる断末魔。 今まで散々苦戦した怪物は輝く光に溶け込んでいく、その光景、その勇士、その力強さは決して万人が到達できるものではない。

 

 亀仙流が奥義――かめはめ波

 

その技は、この異世界の夜空を大きく塗り替えていくのであった。

 

「…………すごい」

 

 残るのはぽつりとこぼれたその言葉。 自身が出張るまでもないと、いつの間にか尻餅をついてしまったなのは。

 だがそれは仕方ない、なぜなら武道の達人である恭也ですらも驚き、動揺している始末なのだから。

 

「そうだ、早くジュエルシードを封印しないと」

「あ、うん」

 

するとなのはを先ほどまで怪物のいたところまで行くフェレット。 がれきの中を探っていく姿を悟空たちが静かに眺めると、やがて青い宝石が掘り起こされる。

 

「これがジュエルシード、いまはむき出しになってはいるけど早く封印しないとまたさっきみたいな怪物になってしまうから気をつけて」

「うん、わかった」

「へぇ~そんな石っころがあんな化けもんになっちまうんだなぁ」

「こんなものが……なぜこの町に――」

 

 フェレットの説明を聞き終えた3人は落ちているジュエルシードを見つめた、こんな小さな石があんな化けものになってしまうなんて不思議ではならず。 そんな物騒なものがこのような何もない街にあることを疑う恭也。

 だがいまはそれを議論している場合ではなく、知ってか知らずかフェレットは話を進めていく。

 

「じゃあさっきみたいに僕の言葉に続いて?」

「あ、はい!」

「「ジュエルシード、シリアル21封印」」

 

[Stend by raedy]

 

 唱えるとレイジングハートから桃色の光がジュエルシードを包み込む。 すると激しく発光した青い宝石は、しかしすぐさま元の光度に戻ってしまう。

 不思議な現象……しかし今回何より不可思議だったのは――

 

「え?」

「ん? どうかしたんか?」

 

「「な、なんでもありませんよ?」」

 

 この二匹のケモノであろうか。 言葉はしゃべるわ、手から光線を打ち出すわ……キャパを超えつつある二人の常識は。

 

「ん? なんかうるせぇ音が近づいてくる」

 

「「げ、マズイ!」」

 

 迫るパトカーのサイレンにより、正常値まで引き下げられる。 全壊した病院、亀裂の入ったアスファルト、瓦礫の山となったコンクリ製の塀。

 

 こんなところを見られてら……間違いなく補導以上の何かを喰らってしまう

 

「も、もしかしたらここにいると」

 

大変なのではと思ったのはフェレットも同じ、だが急に全身をを引っ張られる。

 

「うぉ!? おい、悟空!!」

「悟空くん!?」

「よっくわかんねぇけど、いつまでもここに居ちゃまずいんだろ? だからちゃんと捕まってるんだぞ?」

 

 恭也をおぶり、なのはの腕を取る。 そしてまとめてみんなで少しその場で跳ねると――

 

「いっくぞぉ―――きんとぉぉん!!」

「えっなに? え? え!?」

「な!?」

「ええ!?」

 

 遠い夜空からアイツがやって来る。 音に追いつく速さで飛行してくる彼の名は筋斗雲。 そのものは悟空の足元にスライディングすると、全員まとめてダイビングキャッチする。

 速度はもう50キロ前後にまで急激に落ちてはいるが、相も変わらず速いその雲に乗った女の子はというと。

 

「きゃぁぁぁぁあああ」

 

海鳴市の夜空に小学3年生女子の悲鳴を響き渡らせていたりする。

 

 欠けた月が銀色に輝く今宵この時。 出会うべくして出会い、傷つけあうべくして戦いあう。 それを宿命つけられた者たちの“最初の出会い”は、空に上がった2色の閃光の光と共に終わる。

 

 その光を、これから出会う者たちが目撃しているなど、露にも思わず……今日の物語は幕を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 




悟空「おっす! オラ悟空」

なのは「えっと……なにあれ?」

恭也「武道……武道かぁ……武道ってなんだっけ」

なのは「お兄ちゃんが……」

悟空「ん?? なんだよキョウヤ、おめぇさっきからぼうっとしちまって―――お? どうしたおめぇ」

???「悟空さん、いまはそっとしておきましょう」

悟空「……? おめぇたちがそういうならそうすっけど……ま、いいや」

なのは「にゃはは……えっと次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~第5話」

恭也「~~~~~~」

なのは「お兄ちゃん……えっと、次回!!『突入! 月村家!!』……アレ? どうしよう、明日すずかちゃんのお家に行くことになってたの忘れてた」

悟空「また寝坊か?」

なのは「し、しないもん!!」

恭也「……はぁ~~また、こんどな」

???「さ、さよなら~~」 



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第5話 突撃! 月村家!!

早くしろ!
自分でもそう思えてしまうくらいの執筆の遅さにあきれてしまいそう。

えっと、だらだらと4話消費して、ようやく一日が終わるんだ(泣き)

はい、りりごく第5話です。


第5話 突撃! 月村家!!

 

 高町なのは……9歳。 私立聖祥大付属小学校の3年生である彼女は、つい数分前までは只の非力な子供であった。 しかしそれは黒い影の襲来と共に瓦解――兄が倒れ、自身も命の危機にさらされたところを、孫悟空という“少年”に助けられ。

 少年が闘志を燃えたぎらせる中、今度は自身も『ちから』を手に入れる―――それがすべての始まりであり。

悟空にもない力。 魔法という未知の力を……彼女は手にしてしまう。

 

…………とまぁ、そんなことはどうでもいいのだが。

 

「はーらへったぁ~~ は~~らへったぁぁーー……ふんふーん」

 

 ぴきぴきぴきぴき――――夜空に上がる不思議な歌、それはとっても機嫌がいい声色であり、聞く者の口元を不思議と緩めさせる。

 きっと、よほど待ち遠しいのだろう。 彼はあぐらをかいてなお、その場で飛び跳ねかねないテンションを維持し続けている。

 

「っ~~~~」

「…………傷が……すごいな」

「……あ、あんまり動かないでください」

「ん、すまない」

「え、あ……いえ……」

 

 その中でいくつか見える別の顔。 怯えと恐怖……それにどこか好奇心が見え隠れした、非常にアンバランスな表情をするのは、この中で唯一の女の子であるなのは。

 彼女はその表情の通り、今いる場所におびえている……そう、いま彼女たちは――

 

―――――地上、5000メートルを飛行していた。

 

「ご、ごごごご……悟空くん! も、もう少し低く飛ぼうよ!!」

「え? そうか? でもよ、そこにいるイタチがさ、あんまし低く飛んで誰かに見られるんはよくねぇっていうからよぉ……」

「そ、そうなんだけどね? いくらなんでも――わぷゅ!」

「あはは! なのはおめぇ、雲に頭つっこんでらぁ」

「ん~~もぉーー」

 

 動揺し、しかし悟空の言葉でむくれる彼女には既に恐怖はない。 彼女は案外平気そうである。

 そんな彼らとは別に、ここで驚くべき事実が発覚する。 高町恭也、彼は今……筋斗雲に乗っているのである。

 

「にしても不思議な雲だ、こんなにやわらかいのに人を乗せて空を飛んで……面積も若干ごまかしてるのか? さっきより少し広くなっただろコレ」

 

 まるで低反発マット……否、羽毛布団にくるまれているような感覚に恭也は驚いている。 今自分がどれほど名誉な出来事にあっているかもわからないのはまぁ仕方のないことであろうか。

 

「あの、みなさん……」

 

 そんなこんなで、非常識にかなり驚いている兄妹を前に、フェレットは若干頭を垂れる。 先の戦闘で傷ついた恭也に向かって、緑色の光……治療魔法をあている彼。

 どことなく落ち込んでいるかのように見えるそれを見た彼らは、彼が言いたいことを何となく把握する。

 

「どうかしたんか?」

「………えと、悟空くん……」

「悟空、今は少しだけ待っててくれ……な?」

「……お?」

 

 悟空以外は……という話ではあるが。

 

「みなさん、先ほどは本当にありがとうございました。 そちらの……えっと……」

「俺か? 恭也だ……で、俺がどうかしたのか?」

「あ、いえ……ただ、かなり酷いケガを負っていたので――その」

「なに、気にするな。 なのはにも言ったが、あんなものは忍のビンタに比べたらどうってことはない」

「す、すみません」

 

 フェレットの謝辞。 それに若干戸惑いながらも、彼を気遣うように小さく笑って見せる恭也……そんな恭也は悟空に向かって指示を出す。

 

「悟空、少し遠回りをしてくれないか? そうだな……あぁ、あの林のあたりがいい。 あそこで一旦降りよう」

「え! でもオラ、早く帰んねぇと飯が……」

「そんな泣きそうな顔をするな。 大丈夫だから、晩御飯は逃げやしないから」

 

 自身の提案、それに難色を表す悟空はおなかの音も一緒に露わにする。 くるくると鳴っているその音と、ホントに只の子供の様な落ち込んだ顔を見た恭也はすぐに訂正、説得にかかる―――それを。

 

「でもよ、早くしねぇと……エビフライ、冷めちめぇぞ?」

「えびフライ…………だと!? わかった、2分で済ませよう――ふっ、えびフライか」

「お、おにいちゃん……」

「は、はは……」

 

 逆に説得される恭也であった。 彼は、本気で桃子氏の作るフライは世界一……なんて思っていたりする。 たぶん今の悟空と恭也のシンパレートは200%を突破しているであろう。

 

 そんな二人をほっといて、なのははフェレットにひとつだけ質問する。 なんだかんだで一番知っておかなければならない大切なこと、それは―――

 

「ぼ、ボクの名前は…ユーノ…ユーノ・スクライアと言います。 えっと……スクライアは部族名だから、ユーノが名前です」

「ユーノくんかぁ、かわいい名前だね」

「え、あ……はぁ」

「??」

 

 そう、名前である。 細く、小さく、愛らしくてかわいらしい。 そんな彼の名前を受け取った彼女は、思った通りの事を口にする。 どこも変じゃない、“こんな姿”の彼を見れば誰だって同じアクションを起こすであろう。

 

 だからって……そんな言葉さえ出ない“彼”はただうつむくことしかできずにいた。 

 

 

 ―――――そんなこんなで2分が経過する。

 

「わかった!」

「ちょっとお兄ちゃん!?」

 

 高町恭也、かなり理解力がいいようである。 フェレットの話を聞いた恭也はただうなずきこう言う、しかしその顔は険しい。

 その原因は、フェレットの言ったこの言葉である。

 

「妹さん……なのはさんじゃないと、今回の……ジュエルシードの事件は解決できないんです」

 

 それは必然として、自身の妹が危険にさらされていくことを意味し、それは恭也の心情と摩擦を生むのには十分すぎる案件であり。

 

「確かにわかった。 おまえが発掘したあの青い宝石……ジュエルシードだったか。 それが事故でこの町にばら撒かれてしまったこと。 そうだな?」

「はい」

「それを集めたいっていうお前の決心は確かにすごいと思うし、俺もできれば協力してやりたい……これもわかるな?」

「……はい」

「だがな、それとこれとは別として、なのはを……妹をたたかいに巻き込むのは反対だ」

「…………はい」

 

 理解した。 そう、確かに恭也は理解している。 この少年が背負わんとする事の重大さを、危険性を。 生半可な気持ちで手伝うなどと口にすれば、その先に待ち受けるのは後悔と――――であることを……

 

 それはフェレット……ユーノと名乗った彼もわかっているのであろう。 彼の声色は深く沈んでいくばかり。 事件を解決したい、けどそのためには彼女の力が必要だ、でもあんな小さな女の子を自分が原因であるはずの危険に巻き込むなんて……

 

「自分勝手というのならそう言ってくれて構わない。 確かになのははあの怪物をどうにかする力を持っているんだろう。 それでもなのははまだ10歳にも満たないんだ、それにあいつは戦いとは無関係なところに今までいたんだ。 それらを踏まえて、すまないがもう一度言わせてもらおう――俺は、そんな妹を戦わせるなんて反対だ」

「………………はい」

 

 できるわけがない。 雁字搦めとなっていく少年の決意、一歩動くたびに他の誰かが傷ついていく現実、そして仕様がないとはいえ巻き込んでしまった事実。

 彼の口からは、空気の出入りする音しか聞こえはしなかった。

 

「…………まぁ、しかし―――」

 

 そんな彼を、しかし突き放したままにはしないのが“兄”のいいところ。 恭也はそっぽを向きながら頭をかく。 その仕草はどこか自分を責めているようにも、彼を放っておけない優しさが混じっているようにも見え。

 

「俺が―――「大ぇ丈夫だ、オラが手伝ってやっぞ!」―――む」

 

 けどその言葉は、後に続くことはなかった。

 

「え? あの……? 悟空……さん?」

「悟空くん?」

「オラさぁ、もの探しが結構得意なんだ。 ボールさがしとかでいろんなとこに行ったりしたしな」

「あ、え……? で、でも……」

 

 続いた声は男の子のもの。 重く、深く考えていた恭也とは正反対な軽い声、それは何も考えてないから? けど、そんな声がとっても頼もしく思えるのはユーノが追い詰められた状態だからだろうか―――きっと、違うだろう。

 

「でも悟空さんだって危険が―――うわわ!?」

 

 戸惑う声はすぐ消える。 いいや、悟空によって上書きされる。

 

「さっきの事、気にしてんのか? そんな過ぎちまった事いつまでも引きずってんじゃねぇぞ―――うりうり!――また次頑張りゃいいじゃねぇか……な?」

「悟空……さん…………」

 

 その一言はホントに無責任に聞こえるかもしれない。 後先は考えないと思えるかもしれない。 けど後先が不安以外なにも見えないものがいたとしたら? その者にとって今の言葉は……

 

「う……うぐっ―――ひぐっ―――」

「ん、なんだおめぇ泣いてんのか?」

「な……泣いてなんか……いませ―――んく」

「え? でもおめぇ―――「悟空」―――お? なんだキョウヤ?」

「そっとしておいてやれ」

「ん??」

 

 きっと何もにも代えられない、救いの言葉になるかもしれない。 

 

 俯き加減が物悲しさを彩るフェレットは、その小さい身体を丸めてはさらに小さくなりつつも、悟空に持ち上げられるとテンヤワンヤ……零れそうだった涙は静かに、しかし一粒だけ流されるのであった。

 

「……もういいんか?」

「す――ぐしゅ……すみません、まさかこんなふうに誰かが協力してくれるだなんて夢にも思っていなかったものですから……その」

「ふーん、そっか」

 

 すこし、時間が経った。 むせび泣くユーノをあたまに乗せたまま、少しだけ肌寒い風に身を委ねていた悟空。 ちなみに彼らは筋斗雲からは降りている、ここから自宅まではもう1分と掛からない距離。

 なんだかんだでここまで来て、人の目について大騒ぎなんて御免だ――ということでこのまま歩くことにしたのである。

 ちなみに、ここに至るまでなのはのバリアジャケットは解除されないでいたりした。

 

「もうすぐ家か」

「もうか! オラ腹ぺこだぞぉ」グゴゴゴゴゴ!!

「にゃはは。 悟空くんってば、すっごいおなかの音」

「しかたねぇだろ? オラおめぇたちが帰ってくるまでなんも食わなかったんだからよ」

「え……? なにも? どうして?」

 

 そこで知ったのは意外なこと。 悟空の食欲を朝の一件で十分に思い知っていたなのははここで驚き、疑問符を浮かべる。

 きっと我慢なんてできないだろう……そう思っていたのはなのはだけではない。 士郎も桃子も恭也も美由希も、皆が思っていた中で彼が見せた意外な一面。

 真面目……誠実ともいえるこれは、彼の本質的なものであろうか……それはわからないけど。 けど……

 

「飯はよ? みんなで食うもんだって、じっちゃんが言ってたかんな。 それにオラもみんなで食った方が美味いと思ったんだ」

「…………そっか」

 

 いまはただ、彼のそんな一面を見れてうれしかった。

 

「ありがとう。 悟空くん」

「ん? ……おう!」

 

 ただそう思う、なのはであった。

 

 

 

 

「たっでぇまーー!!」

『ただいまーー』

「きゅ、キュウ~~」

 

 本日二度目の振動音。 人体から発せられた“らしい”その大音量は、またも高町の家を大きく揺らす。

 さっきは二人で……だけど今度はその倍の4人で上げられた声なのだ、大きくて当然であろう。

 

「ご、悟空君!! みんな無事だったかい?」

「あらあら大変! 恭也、ボロボロじゃない!?」

「服だけやたら汚れてる……どうしちゃったの? 恭ちゃん」

 

 そこで向える3人。 悟空が出ていった後に発生した、謎の暗い雰囲気と空気に包まれたリビングから飛び出した士郎を筆頭に、桃子と美由希も続いて玄関口に駆け寄ってくる。

 

「えっとぉ……」

「……どうしたものか」

 

 誰もが心配そうな顔と困惑そうな顔を浮かべる瞬間。 しかし彼は人知れず靴を脱ぎ、如意棒をその場に置き、士郎の足元まで近づくと。

 

「なぁシロウ! みんな揃ったんだからよ、早くメシにしねぇか?」ぐぎゅる~~~

『…………』

 

 平常運転である。 先ほどまでの表情も焦りもまったく感じさせないその姿、その在り方は強張っていた雰囲気を瓦解させるには十分すぎて。

 そんな悟空に、既に慣れつつある士郎は小さくため息。 だがすぐに口元を緩めると……

 

「はぁ。 それじゃあ、少し遅いけど晩ご飯にしようかっ?」

「おう!!」

 

 悟空のあたまに、そっと手を置くのであった。

 

 

 

「……キュウ」

「へぇ~この子『ユーノ』君っていうんだ。 あ、逃げちゃった」

「おわっと――ちゃんとあいさつしなきゃダメだろ? これからここで厄介になんだからさ」

 

 またも時間が経ち。 盛大な晩御飯を終えた悟空と高町家一行は、ここでひとつ話題を作る。 本日2人目の来客である小さな彼、フェレットのユーノについてだ。

 悟空はともかく、このフェレットもどきに対する扱いにいささか困惑していた恭也。 一般家庭なら普通に飼うこともできるだろうが、なにせこの家には……

 

「お、おい悟空。 そんなストレートに――父さん、母さん、実は……」

「ん?」

「え?」

 

 言いづらい。 ただそれだけが脳内を駆け巡り、恭也の口からその単語を出させるのを妨害し、彼を沈黙させる。

 ついつい右手を握っては開くを繰り返し、表情筋を若干引きつらせていき―――ついに。

 

「なぁ、こいつ飼ってもいいだろ?」

「え? この子?」

 

 少年が動く。 素早く、且つ適当に、そんな感じで動き出した悟空に作戦などない。 ひたすらに真っ直ぐを突き詰めたその一言に、けれど夫婦の顔は曇っている。

 

「ん~~動物かぁ。 いいって言ってあげたいけど……うちは食品を扱ってるから――」

「そうだね……」

「え! ダメなんか?」

「やっぱり無理があるか……」

 

 そうなのである。 この家は別の場所にだが店を営んでいる。 『喫茶 翠屋』 海鳴の商店街にそびえるそれは洋菓子兼喫茶店として、人手不足が嘆かれるほどに繁盛しているのである。

 故に夫婦は困る。 飲食の場を預かるものとしては、あまり動物との接点は設けたくはない……ないのだが。

 

「だめ……かな?」

「なんとかなんねぇか? 飯もトイレもオラが教えておくからよぉ」

「う~~ん」

 

 普段からあまりこういったお願いなどしてこない愛娘と、悟空からのお願いに頭を斜めに傾ける士郎。 大黒柱としては、ここで一気にババーンと決めておきたい……ところなのだが。

 などと思っている間に―――かわいらしい吐息が、一つだけ零れる。

 

「ふふ♪」

 

 その吐息の発声元――高町桃子さんである。 彼女、実はこういう場面に……非常に弱かったりする。

 

「ちゃんとお世話して、途中で放り投げないでさえいればいいんじゃないかしら?」

 

 なんて言いつつも、その実本当は心が決まっており。 そのいかにも嬉々とした妻の姿を見た……見てしまった士郎は。

 

「……かーさんが言うならいいかな? なのは、悟空君、しっかりと育てるんだよ?」

 

 あっけらかんと折れてしまう。 ちなみに、今回の決め手である桃子さんなのだが。 こういった場面で子供を甘やかすのが大好きというレアスキル“親バカ”を固有装備していたりする。 なのはたちの勝利の瞬間である。

 

 もうひとつちなみに。

 

「いいか? ユーノ。 イタチってのはネコの友達みてぇなもんなんだ、だから飯は裏でネズミを捕まえるとこからオラと一緒に――」

「キュウ!?(え! うそ!?)」

「悟空くん、ちゃんとご飯ぐらいだすから。 だから変なこと教えないで……」

「え! メシでんのか? よかったなユーノ」

「キュウ……(よ、よかった)」

 

 悟空主導の下による“野生化”をなんとか免れたユーノであったりする。

 

 

 

「さて……」

「お?」

「晩御飯も済んだことだし。 悟空君、お風呂に入ってきなさい」

「風呂か?」

 

 一区切りついた話。 それから数十分が経つと、士郎は悟空を誘う。

 

 風呂―――それは身体を洗い、心を清め、魂を潤わせる魅惑の地。 ひとたび浸かれば肺から空気を出し切り、低い声を上げざるを得ない至高の癒し場。

 一番風呂をなのはと桃子の二人に済ませた士郎は、頃合いを見て悟空をその地に送り込もうとする。

 

 もちろん―――

 

「そう、風呂。 ほら、ちょうどなのはが上がったところだから、後に続いていってくれると助かるんだけど」

「わかった。 じゃあもらうぞ」

「悟空が風呂か。 よし、それじゃあ俺も一緒に―――「恭也、お前は少しだけ父さんとお話しをしよう」……ですよね。 悟空、先入っててくれ……はぁ」

「ん? わかった」

 

――――すべて意図ある行動である。

 

「あ、悟空くんお風呂入るの?」

「そうだぞ……? なんだミユキ、オラになんか用か?」

 

 ドアを開け、なのはが出てきた部屋……風呂場に入ろうとする悟空を呼び止める声がひとつ。 それが後ろから歩いてきた美由希の声だと知った悟空は、風呂場の前でたちどまり、尻尾と共に向き直る。

 そんな悟空を見て若干“おねえさん”の顔になる美由希は……少しだけ悪戯寄りな意地悪を敢行する。

 

「ねぇ、悟空君?」

「??」

「お風呂……いっしょに入らない?」

「…………」

 

 それは……とても魅惑的な誘い。

 それは…………とてつもなく動揺を誘う言葉。

 それは――――――男にとっては夢のような出来事。

 

 この娘は、この16歳は、この女子高生は!!――目の前の“コドモ”にむかってそんな夢と希望が凝縮され、さらには周囲から哀と怒りと悲しみの声が上がりそうな……まさしく阿鼻叫喚となるのではないか言うくらいの発言を……したのだ。

 

「ふふ~~それとも恥ずかしいかなぁ~~?」

「…………?」

 

 しかしそれは彼女も承知の上。 どう見たってなのはと同い年の“おとこのこ” それは誰が見たってそうであって。 だから彼女に『そんなつもり』などなく。

 恥ずかしがって、うつむいて、慌てふためく姿がみれればなぁ……などと思ったこの発言を…………それを――― 

 

「一緒に入るんか? わかった、そんじゃ早くすっぞ―――それえ!」

「え!……悟空……君?」

 

 事もなく、こともなく、コトモナク。 あっけらかんとした二つ返事で切り返す悟空。 そんな彼の顔に羞恥の色はなく……それどころか、異性に対する興味の色さえ見当たらない。

 ない……ない……ない。 なんでもない様子に呆ける美由希、まさか自分に魅力がないのか――そんなことすらよぎってしまうこの出来事に、しかし悟空はまたしても平常運転。

 バサバサと道着を脱ぎ捨て、裸一貫となった悟空は風呂場のドアを開けては湯気の中へと消えていった。

 

「…………えっと……とりあえず、服を脱ごうかな」

 

 取り残された美由希の、弱々しい呟きを残して……

 

 

シャワーの前でバスチェアーに座った悟空は、取りあえずコックを全開にし始め――

 

「おわちち―――ひえぇーー! 冷てえ!!」

「あ、悟空君! …シャワーの設定温度は…っと。 あれ? 40度?」

「お! だんだん温かくなってきたぞ!!」

「あ、ホント? 良かった、壊れちゃったかと思った」

 

 叫ぶ。 いきなり冷水を浴びた彼は声を上げる。 その音量たるは、嫌でもエコーのかかるこの場では必殺の武器ともなりうるほどであろう。

 そんな悟空のリアクションに、取りあえず冷静に対応する美由希。 その姿、その仕草はどこか桃子に通じるものが見えるのは、ひとえに彼女の母性が悟空によって刺激されたからか……

 

「前ぇにも思ったけど、火にかけてねぇのに水があったまっちまうんだもんなぁ、“しゃわー”ってすげぇなぁ」

「え? 悟空君ってこういうの使ったことないの?」

「あんましねえぞ? オラずっと山で暮らしてたもんなぁ。 風呂なんかその辺の川に飛び込んでたんだ」

「へ、へぇ……そうなんだ」

 

 そんな感じで繰り広げられる会話。 広がっていく先に、一抹の不安を悟った美由紀は気を遣う。 ここで話題を切ろうと、悟空のうしろにしゃがみ込みシャンプーを手に取る。

 

「あれ? そういえば朝見た時からずっと疑問に思ってたんだけど……」

「なんだ?」

「悟空君、“それ”ってアクセサリー? 良くできてるけど……お風呂でも外さないの?」

 

 そういってシャンプーのついでに取った“それ”をニギニギ……触感を味わうように握る美由希。

 あ……なんかホンモノみたい。 そんな感想が口からこぼれようとする瞬間である、悟空は答えを美由希に返す。

 

「“これ”か? そいつな、オラが生まれた時から生えてたんだ……ほれ! こんなこともできんぞ!」

「え? ええ!?」

 

 そう、豪速球で返された悟空の答えは只の事実。 いま言ったことを証明するかのように、美由希の手から離れたソレ……『しっぽ』は彼女の持ったシャンプーに巻きつき、宙に持ち上げられる。

 実は今朝の時点でなのはを持ち上げて見せたのだが、そんなことなど判らなかった美由希さんは口を丸の字に空けたまま硬直する。

 

「は……はは……ウソ」

「ん? 喋んなくなっちまった……まぁいっか。 しゃんぷーしゃんぷーっと」

 

 実際問題“彼女達”がいるのだから、そのようなことはもしかしたら些末事で済むかもしれないのだが、いささかインパクトがでかすぎるその事実を前にいまだ帰ってこない彼女。

 そんな中でも頭を洗い、身体を洗い、お湯をかぶって泡を落とす悟空。 彼は本当にマイペースである。

 

「ミユキ! おーい……ん?」

「あ……あれ? いつの間に湯船に入ったの?」

「やっと気が付いたんか? おめぇいつまでもぼおっとしてたんだろ? オラ結構前から風呂に入ってたぞ」

「え? あ、そうなんだ(ん~この子“あの子”と違って全然周囲の目を気にしないのかぁ……そうだ)」

 

 湯船につかって100数えよう。 そんな雰囲気で肩まで浸かっている悟空に対し、義妹になるであろう“少女”の事を思い出す美由希。

 すこしの思案は、だがすぐに中断。 きっといい刺激と効果をもたらすと、ほんの少しのお節介を焼こうと思い至る。

 

「ねぇ、悟空君。 あした、なのはがお友達の家に行くんだけどね?」

「なのはのともだち?」

「そう、友達。 それで悟空君には、そのときなのはと一緒に行ってもらいたいんだけど……大丈夫?」

 

 彼女はシャワーのコックを捻ると、湯を浴び髪をなじませる。 結っていた髪は今は解かれて只の長髪に、それがすべて湯で濡れるとシャンプーで丁寧に洗い出す。

 そうしながら尋ねる内容は明日の事。 ただ遊びに行く、けれどそこにはとても重大な意味が忍び込まれている……そうとは知らず。

 

「わかった、明日なのはについて行きゃいいんだな?」

「うん―――わっ! 目にシャンプーが……いたた」

「……明日かぁ、ん? ユーノの奴も連れてった方がいいんかなぁ……なのはの奴に聞きゃいっか!」

「え? 悟空君なにか―――「うっし、そうと決まったらさっそく聞いてみなくちゃな。 ミユキー! オラ先に上がってるぞー!!」―――え!? ちょっと悟空君!!」

 

 思い立ったが吉日と、いったい誰が言ったのか……今は誰もそんなことは言ってはないが、悟空の行動はまさにそれ。 肩まで浸かっていた湯船から勢いよく飛び跳ねると、そのまま湯煙の中から突き出て……風呂“場”の外まで駆けていった。

 

「おーい、なのはーー! 明日―――」

「うお! 悟空! おまえなんて恰好で―――」

「悟空くん!?」

「やぁああ! こっちこないでぇぇええーー!!」

「わ! なんだよ!? 痛ええ!!」

 

 

 もう一日が終わろうというのに……こんな時間にまで騒動をまき散らせる少年。 高町家の一日はいまだ終わり知らず。

 その中でひとり風呂場で身体を洗い出した美由希は、起こった事態を背にしながらシャワーのコックを捻ると。

 

「………あーあ」

 

 目をつむりながらため息をするのであった。

 

 

 

 PM9時―――高町家リビング

 

 悟空の大騒動から数分が経ち、周囲は穏やかさと静寂さを取り戻そうとしていた。 なのははテレビを見て、美由希は自室に、桃子はなのはの横で微笑んでいる。

 一日の終わり。 それを飾るにはとても朗らかな景色であり……ながらも。

 

「御神流! 『徹』 ――――かぁあああ~~なんつう石頭だ!」

「いちちぃ~~何すんだキョウヤ!」

 

 この二人は、そんなことなどお構いなしである。

 戒め一発。 それは悟空はもちろん、放った恭也にも甚大なダメージを負わせていた。 わざわざ御神の技まで出した恭也は徒手空拳。 しかしそれでも威力はあるであろうその拳は悟空の頭皮に巨大なタンコブを作るに至り……終わる。

 

「悟空君、キミはもう少し“常識”というのを考えて行動した方が――」

「そうだぞ、いきなり全裸でリビングを駆けまわるもんじゃない。 特になのはのような年頃の女の子は“でりけーと”なんだから」

「けどよぉ、オラ……」

 

 コブをさすりながら始まった説教の時間。 叱る士郎にうなずく恭也、悟空は悟空で言いたいことがある中で、彼女は風呂場から出てくる。

 

「うわ! 大きいたんこぶ……悟空くん大丈夫?」

「美由希、いつの間に風呂に入ったんだ?」

「え? あっと、悟空くんと一緒に入ったんだよ」

『なに!?』

 

 美由希である。 風呂を出て、結っていた三つ編みを解いてメガネは外している『無装備』な彼女はそこに居た。

 そしてそんな彼女から出てきた言葉に、更なる動乱の予感をはためかせながらも美由希は彼らにコソコソと話し始める。

 

「それよりお父さん、恭ちゃん」

「な、なんだい?」

「……どうした?」

「あのね? 明日、なのはって“あの子”のところに遊びに行くんでしょ?」

『え?』

 

 それはさっき思いついた“お節介”を実行するための相談。 これを実行するのは簡単で、しかし成功させるには周囲の協力が必要で、だから彼女は彼らに話を持ちかける。

 

「その時にね、悟空くんも一緒に行ってもらおうと思って。 きっといい刺激になると思うんだ」

「……なるほど」

「そういうことか」

 

 その内容に感嘆する男たち。 いつまでもなのはに尻込みするみたいに『話』をしない……できない“あの子”に、きっと悟空は大きな変化をもたらすはず。

 まぁ、良くも悪くもという意味でだが。 それでも何もしないより、手をこまねいているよりは全然マシなのだから……だったら。

 

「オラ、明日なのはと―――」

「話は大体分かった」

「お?」

「明日の事はきみが思った通り動けばいい。 それとユーノ君も一緒に連れてってあげるといい、なんたってあの屋敷には彼の仲間“みたいな”のがたくさんいるから。 きっと彼も喜ぶだろう」

「ホントけ!? うっし、これで明日の心配はなんもねぇな!」

 

 いつのまにかトントンと進んでいく話題。 説教は? お叱りは? そんなものはいつの間にか飛んでって、悟空はトン! とジャンプする。

 

「それと、今夜はなのはの部屋で寝るといい」

「え!? と、父さん!!?」

「恭ちゃん、反応しすぎ……子供同士なんだから平気だって。 それに悟空君“興味”ないもんね?」

『え?』

「きょうみ?」

「んーーん、なんでもないよ~~」

 

 士郎の思いつきと恭也の驚愕と美由希の経験談が交錯する中、意味が解らない悟空の頭をわしゃわしゃとかき乱していくのは美由希。

 悟空がもたらす刺激は、なにも“あの子”だけではない。 そう、我が家にもひとりだけいる、この先どうするべきか道がわからず悩む歳不相応な問題を抱える妹が。

 だから士郎は……

 

「なのはと“いろいろ”と話をしながら寝るのもいいかもしれないね?」

「そうなんか? でもオラ、そんなおもしれぇ話なんかねぇぞ」

「……なにを」

「いってるんだか……」

 

 “わかっている”顔をしながら悟空を促す。

 

「……としては失格かもしれないな」

「なんだシロウ、なんか言ったか?」

「え? あぁいや、なんでもないよ」

「ん?」

 

 その顔に、わずかな影を落としつつも、これからの事を見守ってみようとする姿勢は崩さない。 なぜ彼がその選択をしたのか、どうして手を差し伸べてやらないのか。

 今はまだ語られる話ではない、けれどきっといつか分かるその話は……

 

「なのはのこと、頼んだよ」

「おう!」

 

 彼女が“大きくなったら”わかるのかもしれない。

 

 

 

PM9時30分 なのはの部屋

 

「はぁ~~魔法……かぁ」

「キュウ……」

 

 少女はため息をついていた。 もう寝る時間だろうに、ベッドに身を投げているもののその目は冴えきっている。

 それほどまでに先ほどの事が心に強いナニカを残し、こびりついて離れないそれは少女の心を摩耗させていく。

 

「ジュエルシード……怪物……それに……」

 

 いろんなことを知り、大変な目に合った。 けれどそれよりも印象的なのは“あの顔”で、林でのひと時とはまた違った戦う顔をしたあの少年。

 

―――――よくもキョウヤとなのはに……

 

「……ん」

 

―――――ゆるさねぇぞ!!

 

「悟空くん……かぁ」

 

 彼の事を考え、その顔を枕に押し付けるなのは。 うつ伏せになっている彼女の表情をうかがい知ることはできないが、きっと困惑なものではないはずであろう。

 ただ、やさしい子だと。 ただ年下の男の子だと思っていたあの子が持っていた別の顔……そんな彼になのはただ。

 

「ふぅ」

 

 ため息を吐くのであった。 訪れる静寂、部屋の主が静かなのだから当然だ。 しかしそれはあっけなく崩されるのである。

 

「なのはーー」

「え!? 悟空……くん?」

 

 そう、騒動の中心人物の手によって。

 

「悟空くんどうしたの……って、お布団?」

「シロウがよ、今日はここで寝ろってさ」

「えぇ!? なんで!」

 

 一緒に朝日が昇るところを~~なんて言葉が、ほんの一瞬だけ出てきては霞のように消えていくなのはの脳内。 ついさっきまで考えていた人物が目の前で、しかも一晩一緒に居るなどと言い出せばパニックになるのも無理がなく。

 

「それと、なんかいろいろ話をしてみろって言われたっけかなぁ」

「……お話?」

「キュウ?」

 

 だがそれは、悟空に言われた一言によって鎮火するのであった。

 

「よっと、ふとんはここでいいんか?」

「う、うん。 とりあえずそこで……ていうよりここまで担いできたの?」

「そうだけど……それがどうかしたんか?」

「えっと……やっぱいいや」

「?? へんなやつ」

 

 担いでいたふとんを、なのはのベッドに並行する形で敷く悟空。 簀巻きのように丸められたそれを、赤絨毯(じゅうたん)よろしく広げると、そこに居を構える。

 すると、あぐらをかいた悟空にかけよるものが一匹。 それは細い身体を持つフェレット……改め。

 

「なんだユーノ、おめぇ一緒に寝るんか?」

「あ、はい……よかったら」

「ユーノ君やっと喋った。 わたしと一緒だとあんまり喋んなかったのに」

「え? あ、それはその……なのはさんは」

 

 ユーノである。 彼はなのはの一言に動きを止める。 そんな彼を不思議そうに見つめるなのは。 だがそれも数秒の事、すぐさまもとの目をすると彼に向き直り言葉を発する。

 

「なのはだよ?」

「え?」

「さんづけ、やめてほしいな?」

 

 一つのお願いである。 それはいつまでも他人行儀である彼を心配した……訳ではなく、何となく気になったから。

 もう少し距離を縮めてみてもと思い、言い放ったそれは―――

 

「あ、はい!」

 

 見事、彼に直撃するのであった。

 

 

 

 

「天下一武道会?」

「おう、そうだぞ。 3年後やる武道会に向けて修行中なんだ」

「魔法の力もなしに……あの時の悟空さんと同じことができる人がいっぱいいるなんて」

 

 それはお話。 奇想天外としかいえないその実体験は驚きの連続であり、ジャン拳に残像拳にかめはめ波etc.

 少年少女が聞いたこともない話はホントの話。 特にさっき見た閃光……かめはめ波は、なのはとユーノの関心を強く集める。

 

「それに前に倒したピッコロって奴がオラの命を狙って出てくるらしんだ。 オラ今度こそぶっとばしてやるんだ」

「命……って、そんな危ないことを!?」

「それに今度こそって……悟空さん、そのピッコロって人となにかあったんですか?」

 

 そして語られる目的地。 それは3年後……悟空が目指すは今より高い位置で。 その目は静かに語っている、奴だけは―――

 

「アイツは……アイツだけは絶対に許せねんだ。 あいつは、オラから大事なものをたくさん取ってっちまったかんな」

『たいせつな……もの』

 

 息をのむ。 彼のいまの言葉は、彼女たちの背筋に緊張を走らせる。 何度目かになる真剣な眼差しは、しかしさっきの戦闘の時とは比べ物にならないくらいの決意……そしておそらく殺気にも似たなにかが深く深く沈みこんでいた。

 その目を見て、少女は身動きを取ることを忘れ、胸にちくりと……何かが走る。

 

「…………(悟空くん)」

「…………(もしかして、悟空さんって……)」

 

その正体を掴めないまま、彼女はその感覚を手放してしまう。

 

「それよかよ? なのはおめぇ、明日ともだちのとこに出かけんだろ」

「え? うん、そうだけど」

「それな、オラも一緒に行くことになったらしいぞ?」

「悟空くんも?」

「それと……おめぇもな」

「え? ボクも!」

 

 話は変わる。 同時に悟空の顔はいつもの調子に戻り、空気は穏やかさを取り戻していく。 急な申し出に驚くなのはと、既に巻き込まれているユーノは驚き。

 

「そだぞ? たしかキョウヤも行くって言ってたなぁ。 病院に行ってからって言ってたからオラたちの後に合流するみてぇだけどな」

『そ、そうなんだ』

 

 結局、納得せざるを得なかったのである。

 

 

 

 深夜―――月が頭頂部から外れ、既に近隣の家屋からは明かりが消え失せ、静寂と闇が支配しようかという時間帯。

 なのは、悟空、そしてユーノはそろって『川』の字で寝ていた。 ベッドから転げ落ちたなのはの膝が悟空に直撃するというハプニングがあったりしたが、さすがに悟空が“そんなもの”で目を覚ますことはなく。

 逆に落ちてきたなのはの横っ面に、右足を据え置くようにキックをお見舞いする始末。

 

 人間というのは、特に疲れているときが一番寝相が悪いというが……今の彼らがそれであろうか。

 

『………ZZZ』

 

「はは、もう打ち解けたみたいだね」

「あらあら、なのはったらベッドから落ちちゃって」

「にしても悟空……なのは蹴っ飛ばしてるぞ」

「あ、もぞもぞしっぽが動いた……かわいい~~」

 

 それを見守る4つの影。 影から見守るとはこのことか……彼らはそっと開けたドアから見えた、なんとも形容しがたい穏やかな風景を見ると。

 

『おやすみなさい』

 

 そのドアをそっと閉じるのであった。

 

 

 翌朝―――9時半

 

「遅刻―――! 遅刻!!」

「モモコーーおかわり!!」

「はーい! ちょっとまっててねぇ」

 

 約束の日が来た! 本日は10時から月村さんちに集まることとなっている。 そう、10時にだ。

 

「ここからすずかちゃんのところまで1時間以上かかっちゃう! ん~~どうしよう!!」

「なんだこの魚! すんげぇうめぇ!!」

「それはね“ホッケ”っていって、このあいだお店のお客さんからもらったのよ」

 

 完全なる寝坊。 絶対的なる遅刻。 またこれか、昨日に引き続きまたこの展開か――なのはの脳裏にはそればかりが木霊している。

―――――というより。

 

「悟空くん! “10杯目”にいってる場合じゃないよ! とにかく急がないと―――」

「はむ?」

「も~~~!」

「きゅう……」

 

 実は今回、悟空に非はない。 そもそも悟空は1時間以上前には目を覚まし、桃子に朝食を作ってもらっていたのだから。

 勝手に寝過ごしたのはなのは……起こさなかった悟空も悟空だが。

 

「どうしよう……どうしよう……」

 

 焦る彼女は部屋を行ったり来たり。 両手を振ってはあわてふためて次の行動を起こせずにいる。 そんな彼女に……

 

「なぁ、なのは?」

「なに……悟空くん」

「筋斗雲ならすぐじゃねぇか、道さえ教えてくれればオラが連れてってやる」

『あ! そっか!!』

 

 彼は、救いの手を差し伸べる。 ボリボリと魚の骨をむしゃぶる悟空は、文字通りに右手をなのはに伸ばしている。

 さぁ、行こう。 ここからなら数分でついてしまう―――そんな彼の手を、なのははすがるように掴み取る。

 

「気を付けていってくるのよ?」

『はーい!』

 

 ドアを開け、玄関で靴を履き―――如意棒を背負って。 悟空となのはの準備は万端どなり。

 

「筋斗雲やーい!!」

『―――!! すっごい大声……』

 

 昨日の鏡写しのように友を呼ぶ。 遅れること数秒で空の彼方からやって来る雲……筋斗雲は悟空の足元で急停止。

 まるで忠犬の様な振る舞いで悟空にじゃれては、その表面積をむくむく広げる。

 

「これでみんな乗れるな、しっかり捕まってろよ?」

「あ、はい!」

「筋斗雲はとっても速えかんな、振り落とされないようにすんだぞ」

 

 警告もOK! 全ての準備を整え、彼らは今大空えと旅立つ――――

 

「いっけー!」

『―――――ひっ』

 

―――――時速200キロで。

 

 高速なんてもんじゃない。 いきなり200、何が何でも急発進。 助走なんてあったものじゃないこれに、なのはとユーノから声が消え。

 彼らの周りからも風を切る爆音以外の音が消失する……彼らは、風となった。

 

 彼らが目指すは“月村”の家……悟空にとって特別な、切っても切れない縁がある単語を冠するその名を持つ彼女たちは。

 悟空にいったい、どんな出来事をもたらして行くのか……それは取りあえず次の話であろう。

 

 今日の話は――「きゃあああ……ふぅ…………」なのはの意識と共に終わりを迎えるのであった。

 




悟空「オッス! オラ悟空!!」

なのは「ここは……わたし……」

悟空「あ! 起きたか? おめぇいきなり喋んなくなっちまうんだもんなぁ。 オラびっくりしちまったぞ」

なのは「そっか……わたし悟空くんに……」

悟空「――!! なのは、おめぇ向こうに行って隠れてろ!」

なのは「はぇ? ご、悟空くん?」

???「該当するデータ……なしですか。 あなたはいったいどちら様で?」

悟空「おめぇこそだれだ?」

???「今日は来客の方がいらっしゃいますので……お引き取りください」

ユーノ「あわわ……なんだか大変なことになってきた。 えっと次回!!」

なのは「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~第6話」

???「誤解……?」

すずか「なのはちゃん遅いなぁ」

アリサ「ねぇ、このモニターに映ってるのって……」

悟空「また今度な!」


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第6話 誤解……?

え~ついにここまでこぎつけました。
お急ぎ展開……かなぁ

それと戦闘力に関して、感想でちょこっと触れていましたが。 この作品……というより、これからの悟空さんの関係上、ある程度うやむやに(おもにリリカル勢)しておかないと大変なので。

結構納得できない描写が目立つかもです………特に次回。

では、りりごく第6話です


 わたし、高町なのは……9歳―――以下略!

 

 実は今日はすずかちゃんの家に行くことになっていたのですが、うっかり寝坊をしてしまって……なので昨日からうちで寝泊まりするようになった男の子――孫悟空くんにお願いして送ってもらうことになったのです。

 

「う、う~~ん……あれ? ここは……」

「なのは、気が付いた?」

「え? ユーノくん……? わたし……」

 

 ですが目が覚めるとそこは木々が広がる林の中。 でもどこかで見たことがある気がするのはどうしてだろう?

 必死になって思い出そうとするわたしだけど、やっぱり思い出せなくて……そんなわたしにユーノくんは、取りあえず事の成り行きを説明してくれて……

 

「悟空さんが上昇時に思いっきりスピードを出したせいで、なのは、ブラックアウト現象で気を失ってたんだ」

「…………そうなんだ……」

 

 そっか、急に目の前が真っ暗になったと思ったけどアレって脳に血液がまわんなくなったからなんだ…………わたし、実は結構危険な状態だったみたいです。

 

「あれ? そういえば悟空くんは?」

「悟空さんは、ちょっと……う~~ん結構? 取り込み中で……」

「取り込み中?」

 

 女の子ひとり気絶させておいてどこ行っちゃったのかな? 後でいろいろと問いただ――聞いてみないと。 ねぇ悟空くん、ちゃんとお話してみれば答えてくれるよね?

 

「あれ? ユーノくんどうしたの?」

「な、なんでも……なんでもありません! ないでございます!!」

 

 なんでだろう、急にユーノくんが小刻みに震えだしちゃった。 寒くはないと思うんだけどなぁ……

 

「―――! あれ? なにか音が」

「はじまった!」

「え? ユーノくん?」

 

 急に聞こえてきた何かがぶつかり合う音。 これどこかで聞いたことがある……どこだっけ?

 あ、そうだ! 毎朝お兄ちゃんたちが稽古してる時に聞こえてくる音にそっくりかもしれない……でもどうしてここでそんなものが聞こえるの?

 

「悟空さん……がんばって」

「ユーノくん、さっきからいったい……」

 

 とりあえず“ここ”から降りて状況を確認してみないと……えっとぉこの子の名前って……

 

「あの~筋斗雲さん? ここから降りたいんですけどぉ」

[…………]ぷかぷか

「えっ? だめなの!?」

[…………]ぷかー

 

 悟空くんが友達だって言ってたこの雲さん、何となく意思の疎通ができるみたいだけど……どうもわたしを悟空くんがいるところに近づけないようにしてるみたい。

 少し様子が知りたいだけなのにな……う~ん、どうしよう。 あ、そうだ!

 

「じゃ、じゃあ危なくないところまでこのまま近づいて……もらえないでしょうか?」

[…………]ぴきぴき~~

「あ、うごいた!」

 

 茂みの向こうに近づいていくみたい。 すごい、ちゃんとこっちの言葉がわかるんだ……悟空くんのお友達かぁ……きっとこの雲さんよりももっと驚くような人がいるんだろうなぁ。

 

「とまっちゃった……」

「なのは! あれ!!」

「悟空くん……それに……あれ!?」

 

 少し考え事がそっぽを向いてしまったわたしは、その光景を見て呆然としてしまいました。 そこには赤い棒……如意棒を斜めに構えた悟空くんと、その対面になにか構えを取っている女の人がいて。

 白いヘッドドレスにひらひらと揺れるこれまた白いドレス、それに合わせるかのようにたなびく長い髪……すずかちゃんが青紫っぽい色なら、あの人は藤色に近い色かな?

 きれいに整えられた涼やかな表情と相まって、とってもきれいに映る人……その人はわたしがよく知っている人でした。

 

「え!? なんでノエルさんが―――!!」

 

 そのひとは、すずかちゃんの家で働いているメイドさん……ノエル・綺堂・エーアリヒカイトさんだったのです。

 どうして? どうして二人がそんな目で睨みあっているの…………

 

 

 

 

 

――――なのはが目覚める10分前の時間軸。

 

 出発後ほどなくして気絶したなのは、彼女の身を案じ……「なんだ、なのはの奴、目ぇまわしちまってる」……ることもなく。 一応桃子に教えてもらっていた目的地に向かって只まっすぐに筋斗雲を走らせていた悟空。

 彼は知らない。 この世には用心には用心を、そして迷惑な新聞勧誘を撃退するためだけにゴム弾を打ち出す機械を発明、自宅に装備するとんでも女子大生がいることを。

 

「うわあ!!」

 

 それは突如として襲い掛かる。 低空飛行をしつつ、木々の間を自在に潜り抜けていた悟空のすぐ横をかすめるように飛んできた黒い物体。

 直径にしておよそ15センチ程度だろうか、それが時速換算でおおよそ140キロで飛んできたのである。

 

「あっぶねぇ! なんだいまの?」

 

 ちなみに今現在起きているのは悟空だけ。 なのははもちろん、ユーノも例のブラックアウト現象にやられて安らかな夢に浸っている。

 だからであろうか……

 

「確かめてみっかぁ!」

 

 誰も知らない……彼がいま、月村邸不法侵入による威嚇射撃を受けていることを。

 

「よし、おめぇたちはここで隠れてんだぞ? すぐ帰ってくっからな!」

 

 近くの茂みに筋斗雲ごとなのはたちを“安置”する悟空。 別れの言葉をひとりつぶやきながらも、筋斗雲にそっと手を置き前後にさする。

 同時にユーノが一瞬だけ夢から帰還したのだが、それに気づかず彼は行く……すべては眼の前の不可思議を確かめるため……の筈である。

 

「ん~~こっちのほうから飛んできたよなぁ…………あ! これか?」

 

 歩くこと10メートル少々。 そこで見つけたのは黒い筒のようなもの。 ツンツンと如意棒で小突いてみては様子を見て。

 

「せーの!」

 

 ばっくり! 一刀のもとに両断するのである。

 

 そこに邪魔なものがあるならどうする? 答えは簡単だ、どかせばいい。 まるでそれを実践するかのように器物破損を実行する悟空に迷いはない。

 先にけしかけてきたのはむこうだ! まるでそう言わんばかりに尻尾を振り、なのはたちがいる茂みの向こうに行こうとすると――――

 

「お待ちください」

「ん?」

 

 凛とした声がひとつ響く。

 

 それは涼やかでありつつも、どこか憤慨を感じ取らせる熱さを備え、さらには眼の前の不審者に対する警戒の色を持った声。

 きっと悟空の行動を見ていたのであろうその人物は、無駄なく静かに佇んでいる……そんな彼女に――

 

「なんだおめぇ? はは! すんげぇヒラヒラした服だなぁ」

「――――」ぴき!

 

 悟空は無自覚に挑発する。

 

 きっと気のせいではないだろう。 一瞬だけ右の後頭部付近に青筋を作った女性は、一歩だけ悟空に近寄る。

 徐々に詰める間合いは、彼女の“手の届く”範囲を計算に入れた末の距離。 しかしそれは常人から見ればいささか遠い気がしなくもない……だが、これこそが彼女の狙いである―――のだが。

 

「ん?」

「……」

「んん?」

「…………えっと」

 

 ほんの少しだけ、迷いが生じる。 只のいたずらボウヤなのでは……そう思うのも一瞬、彼女は思い出す。 そう、この敷地内にただの子供が侵入できるわけがない。

 

「…………(無駄な考えでしたね、この敷地内……しかもここまで屋敷に近い位置まで、どのセンサーにも感知されずにやって来ることはまず不可能の筈)」

「なんだアイツ、全然喋んねぇぞ」

「…………(見かけだけならすずか様と同じくらいの男の子……ですが一挙手一投足に、どこか恭也様たちに近いナニカを感じてしまう。 気のせいでしょうか?)」

 

 その思考は真実に大体近づいている。 ここまで来るのに、まず悟空は敷地のなかに足を“踏み入れていなかった”し、立ち居振る舞いはどうかわからないが少なくともここにいるどの人物よりも実戦経験は豊富であろう。

 故に女性……メイド服を着込んだ彼女は戸惑う。 今日は大事な来客が来る日、余計ないざこざはきれいすっぱりと片付けてしまいたいもの……だからこそ。

 

「あなたに、質問があります」

「わ! しゃべった!!」

「……ふぅ、いけませんね、どうにも調子が……こほん。 あなたはここに何しに来たのですか?」

「え?」

 

 慎重さを見失わなかった。 確認、それはとても大事なことである……正体不明をそのままにしておくことを良しとしない彼女は、“現状”を維持したままに悟空を見つめ、声を出す。

 急に喋りだした彼女に、飛び跳ねつつも驚く悟空は質問の答えを考える。 別にむずかしいことはない、ただ正直に言えばいいのだ――――

 

「オラな? ここに来るように頼まれたんだ」

「頼まれた……?(どういうこと? もしかして何者かの依頼……?)」

 

――――――言い方が、まずかった。

 

 今の一言で、女性が纏う緊張の空気は一気に温度を下げる。 鋭く、鋭く……どんどん研ぎ澄まされていく彼女の警戒心は悟空を突き刺すように鋭さを上げていく。

 子供……使い捨て……施設の破壊……背に負った赤い筒状の不審物――――自爆テロ。彼女の思考が組み上げていく、その物騒な単語のパズルは徐々に完成の目途が付いていく。 それはあまりにも答えとはかけ離れている不思議な事象で。

 

「なんだ? また喋んなくなっちまった……」

「――――あなたを」

「ん?」

 

 普通ならここでこの子供を保護するなり、確保するなり……何となく穏やかに事を進めることができるであろう。 そう、柔軟な対応をすることこそが物事で一番大事なこと。

 自身の与えられた“仕事”を若干なりとも曲げつつ、のらりくらりと進んでいくことも時には必要なのだ……そうなのだが。

 

「これ以上先に行かせるわけにはいきません、ここで排除します…………」

「……じょ?」

 

 彼女は、生真面目だった――――そのあまりにも硬い主に対する忠誠心は、ここで間違った方向へと彼女を進ませていく。

 対して、これ以上にないってくらいに平然と……呑気に首を傾げている悟空は、彼女から発せられた言葉の意味を考え―――

 

「ん~」

 

考え…………

 

「らいぎょ? オラをらいぎょするってどういう意味だ? オラそんなもんになりたかねぇぞ!」

「えっと……」

 

 もう……めんどくさいの一言であろうか。 意味が通じず話が進まず、若干だが衣服の肩口がズレてしまったように見える女性からは気の抜けた声が聞こえてくる。

 端正に整った涼しげな表情を崩した彼女、近年稀に見ることもないとんでもなくボケボケとした悟空のアクションに辟易し、警戒のレベルが自然と2ランクほど落ちてしまう。

 

「…………機械の故障はないはずなのですが………どうしたものでしょうか………?」

 

 やっぱり只の子供なのか……あまりにも無邪気な悟空に対する対応を考え直し始める彼女、仕舞いには厳重なはずのセキュリティの方を疑いはじめるこの始末。

 しかし彼女は見る……というより気付く。 彼、悟空から伸びる茶色い物体、気持ちを代弁するかのように自由気ままに宙を漂うそれは、悟空の尾っぽ。

 

「…………申し訳ございませんが、あなたのそれは?」

「……それ?」

「その、しっぽに見えるそれです」

 

 ここで彼女の目つきが変わる。 だが勘違いをしないでいただきたい、この目は警戒をしている目ではないのである。

 それは何かを思い出す目、それはもしかして……と呟く仕草。 主から、正確には主の将来の伴侶である“あのひと”から言伝を承った内容。

 

――――――――――来客の人数が増えるかもしれない。

 

「……たしか、オレンジ……いえ、山吹色の派手な道着に」

「ん?」

「青いリストバンド……」

「お?」

 

 ここで、やっとここで彼女は本当の意味で現状の確認をする。 悟空の頭のてっぺんに視線を配ると、そこからゆっくりと首を縦に振っていく。

 胴、手、足。 それらを包むオプションと聞いていた特徴とを照らし合わせ……後頭部に大きな汗マークを作り出す。

 

「重ね重ね申し訳ありませんが、お名前の方をうかがってもよろしいでしょうか?」

「ん、名前ぇか?」

「は、はい……」

 

 そして最終確認を取る彼女の、その口調はいつの間にか来客に対する丁寧なものとなり、表情は依然として無表情でありつつ、しかも構えを取ったままというなんともシュールな絵面となっている。

 決して名前を聞いている雰囲気には見えないその風景は、しかし悟空は何事もなく彼女を見つめる。 その視線が若干眩しくも見えるのは、彼女が間違った対応をしていたからか……そんな彼女の不安を決定づけさせるべく、悟空は元気に質問を返すこととなる。

 

「オラ、孫悟空だ!」

「ソン……ごくう……――――!」

 

 聞いた、聞こえた、聞いてしまった……彼の名前は聞き覚えのあるもの。 間違えなくあのひと……恭也から聞いたその名前。

 どことなく中国の方とも取れるその名前はとても有名な名前である。 こんな名前の人物が他にそうそういるわけではない、故に――だからこそ……

 

「これは大変申し訳―――」

「む!」

 

 謝罪を急いで行おうとした女性に、しかし悟空はそっぽを向く。 機嫌を損ねた? そう彼女が思うのも一瞬のこと、今この場にいる二人の前に彼女はついに飛び出してくる。

 

「おねがい! ケンカしないでーー!!」

「なのは様!?」

「あ! おめぇ!!」

 

 その者は、つい先ほどまで筋斗雲で眠っていた少女。 栗毛色の髪を短いツインテールに結んだ小学3年生のその子の名は――――高町なのは。

 筋斗雲の上から飛び出し、ケンカしている(ように見えた)悟空とメイド女性のあいだに割って入るかのように宙を飛ぶ彼女。 その姿はさしずめ天翔ける天使のよう――――そんな彼女は……

 

「ん? なんだ? 『ぴー』って音がすんなぁ」

「――――え?」

「この音は!」

 

 防犯センサーに大胆に触れる。

 

・もうこれ以上ないくらいに大声で叫んだ彼女―――音声センサーに引っかかり。

・無駄が多すぎる、いかにも一般人な行動―――防犯カメラに写りこみ。

・いまだ宙に浮いたまま、地面に向かって落下途中の彼女―――恰好な的とみなされ。

 

 彼女はこの3点を保ったままに、10メートル程度離れているこの邸宅の家主自称、防犯用自動銃の銃口と目が合い。

 

「ロックのアラートを確認……いけない! なのは様!!」

「ふぇ!?」

「なんだアレ? 『てっぽう』みてぇな形してんなぁ……?」

 

――――――ダン!

 

 耳をつんざく大きな音が、硝煙のにおいをただ寄せながらあたりに響くのであった。

 

『――――!!』

 

 音だけに反応したのは、なのはとメイドの二人。 打ち出された弾丸など捉えるこなど叶わない彼女たちは、次に起こるであろう事態を予想してはそれぞれ別の行動をする。

 なのはは目をつむり、メイドは間に合わないのを承知で地面を蹴る。 ただそれだけ、それ以上は何もできないしそれらは決して最善ではない。 そう、それが彼らの限界である――――だが。

 

「――いよっと」

『!?』

 

 彼は、彼だけは違った。 彼は打ち出された銃弾を“目で追う”

 本来それは不可能なこと、だが人間の常識レベルをはるかに超える力を身に着けることこそ彼ら――――亀仙流の修行なのである…………故に。

 

「おぉ痛ちち~~少しだけ失敗しちまった、はは!」

「アノ速度の弾を……」

「手で掴んじゃった……」

 

 たかが鉄砲の弾丸くらい目で追えない悟空ではない……つまりはそう言うことである。

 

 やすやすと銃器となのはの間に割って入った悟空は、その場で『ジャン拳』の態勢に入る。 そしてそのまま広げた右手を大きく振りかぶると、まるでコイントスで打ち上げたコインを掴み取るように、発射された銃弾をキャッチするのであった。

 見事に助けられたなのは。 彼女は呆けながらも、自身を身を挺して助けてくれた悟空にどこか焦点の合わない視線を向けつつ、お礼の一言を言おうとし――――

 

「ご、悟空く……」

「なんだコレ? やらけぇなぁゴムみてぇだ……はは! よぉし、とんでけー!」

「あ……投げちゃった……」

 

 結局言えない彼女であった。

 

 

 

 

「先ほどは、大変申し訳ありませんでした」

「え! そんなあやまらなくても。 全然気にしてないですよ――ね? 悟空くん」

「…………飛んでいっちまった」

 

 事が済んで早や5分。 緑の芝生の上で立ち尽くしている3人は、猛省するように頭を下げているメイド……ノエルにむかって、なのはが手を振ってはたしなめて。 近くの木にとまっている小鳥を悟空が眺めては、そっぽを向いているという構図が出来上がっていた。

 

「ですがなのは様、どうやってここまで来られたのですか? 監視カメラには映らなかったと思ったのですが……」

「え!? えっと……わたしは……その」

「?」

 

 気絶してたから――――そう言うわけにもいかず口ごもるなのは。 全ての原因はここまで意図せず迷い込んできた悟空にあるのだが、彼に任せてしまい……

 

――――どうって……空飛んできたんだぞ?

 

「あはは……はは……(なんて言われたら大変だもんね……)どうしてでしょうかね?」

「???」

 

 そんな最悪の事態を想定しては、わかっていながらも自分らしくないヘタクソな言い訳すらも用意できず、あたまを斜めに傾けるなのはである。

 ちなみに悟空、彼はなのはに言われ、筋斗雲を片付けてはユーノを迎えに行く作業のために茂みに入っていったようだ。 下手に喋られるよりは――――そう思ったなのはの頭は現在、かなりの高回転をキープしているようである。

 

「悟空様、おそいですね?」

「え!? そ、そうですね……(どこまで行っちゃったんだろう……もう……)」

「またせたな」

「キュウ!」

「あ! 悟空くん……それにユーノくんも」

 

 待ちぼうけを喰らうこととなりおよそ2分。 ここに来てようやく10分が経過した頃だろうか、ここで招待客は一応全員そろうこととなる。

 イレギュラーはあったものの……なのは&ユーノのブラックアウト現象とか……一応は“いまのところ”流血沙汰とか物騒なものは起こってない点だけを見れば、それなりにいい出だしなのであろうか。

 

「それでは、行きましょうか」

「はい!」

「おう!」

「キュ!」

 

 そんなこんなで、3人と1匹は月村邸へと向かって歩き出すこととなるのである。

 

 

 

「どうぞ、お入りください」

「おじゃましまーす!」

「ひぇーでっけえなーー!」

 

 ついにたどり着いた月村邸。 広さにして―――例えるのが億劫になるため省くが、目安としてはここの長女の部屋で、高町の家の庭一つ分はあるらしい。 飛んだ化け物屋敷である。

 

「なのはちゃん! いらっしゃい!」

「ずいぶんギリギリねぇ……まぁ仕方ないわよね、ここまで遠いし」

 

 そんな中で迎える声が2つほど、そのふたりはなのはと同じくらいの背丈で、ひとりはブロンドであり、もう一人は青紫色の軽いウェーブがかかった女の子たち……

 

「あれ? あなたは確か……昨日の……」

「悟空! それにこの仔―――ケガ治ったのね?」

「うん……まぁ……」

「ん?」

 

 彼女たちはなのはの隣にいる彼らを見て、一気にはしゃぎ始める。 おそらく年下であろう悟空と、その彼が拾ったというユーノをちやほや……騒がしさを増す女の子たちにしかし悟空は……

 

「ああ! おめぇたち!!」

「え?」

「なによ……?」

 

 頭上に一つ、白熱球をこさえる。

 

「おめぇたち、あんときに“びょういん”までオラたちを連れてってくれた――――」

「なに、いまさらなの……」

「…………」

 

 そうそうあんときの…………だが、言葉はそこで詰まる。 あんときの……あんときの……そう言っては俯き、言葉を発さなくなり――――後頭部を右手でひと撫で……すると。

 

「はは! 誰だっけ!」

 

『だああっ!!』

 

 女の子三人とメイド一人は盛大に地面にダイビングをかますのであった。

 

「あ、あんたねぇ! それ昨日なのはにもしでかしたでしょ!!」

「ん? そうだっけか?」

「そうよ! 大体、こんなかわいい子3人もいて名前を覚えられないって……あんた一体どういう神経してるの?」

「あ、アリサちゃん。 かわいいは関係がないかと……」

「アリサちゃん……」

 

 起き上がり、ブロンドを盛大に振り回しては獅子舞が如く騒ぎ始めるアリサ。 それに対して動じもしないのは、おそらく悟空が旅した道程においてあのわがまま16歳(当時)が居たからだろうか。

 両腕をあたまの上に組んでは見事な聞き流し……まではいかないが、アリサの必死な叫びもこの少年に深くは突き刺さらないであろう。 そんな彼女を――

 

「うるさい奴だなぁ、まるでブルマみてぇだぞ」

『ブルマ?』

 

 悟空は独り、旅の仲間を思い出すのであった。

 

「じゃ、じゃあ改めて自己紹介だね? わたしは月村すずかって言います」

「……アリサ。 アリサ・バニングスよ」

「あさり?」

「アリサ!!」

「ご、悟空くん……」

 

 ここで始まる自己紹介の時間。 かなりいまさら感がある中、そして悟空の約束が再び炸裂する中で彼らは名前を交換する。 それはこれから友となるならとても大事なこと、そんなことは言われるまでもなく、だからこそのこの行動である。

 

 いまだ収まることのない騒ぎの中、奥の扉がゆっくり開く。 とても重そうに奥に構える装飾過多なそのドアを開くのはこれまた女性。

 その女性があらわれると同時、悟空は首をひねる。 どうしてかその人からは……

 

「……キョウヤだ、キョウヤのにおいがする」

「え……?」

 

 昨日たたかった“彼”と同じにおいが、かすかに漂ってきてしまうから。

 

「い、いらっしゃい……」

 

 そんな悟空を知ってか知らずか、なぜかこっそりと入室してくる彼女。 容姿で言うならばいまアリサの横にいるすずかを幾分か成長させたと言えば分るだろうか。

 年にして17~9というところだろうか、おそらく高~大学生程度の彼女は悟空を見て、なのはを見ると――――

 

「ごめんなさーい!!」

『え?』

「ふぇ?」

「なんだ?」

 

 一気に駆け寄る。 まるで残像拳を使ったかのような……そんな風に消えては現れるような移動方法でなのはに詰め寄る彼女。

 そしてなのはの頭をひと撫ですると、今度は悟空の目の前でしゃがみ込んで彼の手を握っては胸元まで引き寄せる。

 

「なにすんだよ?」

「痛かったでしょう? まさかあんな風になるなんて思わなかったから――」

「あんな風……あ!」

 

 めずらしく困惑している悟空と、女性の一言で何かを察するなのは。 そんななのはを見た彼女は小さく舌を出して片目をつむる。

 

「うん、そうなんだ……さっきの見てたの、全部。 だから――」

「そうだったんですか……でも、悟空くんが助けてくれたから心配ないですよ――――忍さん」

 

 そうしてなのはは彼女の名前を声に出す。 月村忍(つきむら しのぶ) 彼女はこの家の長女であり、長期不在の両親に代わってこの邸宅の家主となっている人物である。

 ちなみに、恭也とは“いいなか”でもあったりするのだが……いまは関係ないので割愛しよう。

 

「話はおおむね……恭也から“聞いてる”わ。 とっても強いんだってね?」

「え……? おめぇキョウヤの事知ってんのか!」

「あれ? 恭也から聞いてない?」

「オラしらねぇぞ」

「…………そう」

 

 この先の恭也の展開も割愛だ!

 

「私は忍。 月村忍」

「シノブ?」

「そう。 ほら、アリサちゃんの隣にとってもかわいい子がいるでしょ? 私はあの子のお姉さんでもあるの」

「おねえちゃん!?」

「おねえさん? ミユキみてぇなもんか?」

「えぇ、そういう感じで思ってくれてもいいのかな?」

 

 あいてが子供だからかどうだか判りはしないが、とてもオープンな正確な彼女はすずかの姉だという。

 そんな忍とすずかを見て、悟空は何となく正反対な性格……などと思いながらもすぐにそんな思考はどこかへと流れていく。

 

「――――! なんだ……」

「悟空くん?」

 

 突如として表情を鋭いものへと変化させていく悟空。 引くつく鼻はそのものを捉え、黒い(まなこ)はその者を見据える。

 

「お、お茶菓子を~~」

 

 それは銀色の大きなトレーに乗せられた食事達。 おそらく茶菓子のようなものであろうそれらは悟空の下に近づいていく。 それを見ては振るわれていくしっぽにきらめく笑顔……悟空の御機嫌はうなぎ登りとなる。

 

「きゃっ!」

『あっ!』

「あ……」

 

 しかしそれらは悟空の下にたどり着く前に最大の試練を迎えることとなる。 いきなり……そう、いきなりである。 何もないところでつまづいたトレーの持ち主は、その場で茶菓子たちを空に放逐する。

 皆が呆け、驚きの声を上げる中――――悟空の集中力は最大限発揮される。

 

「~~~~!」

「いよっと!」

 

 左手で食器をひとつ……

 

「この!」

 

 若干離れたところに落ちていくのは右足で……

 

「もういっちょ!」

 

 その隣にあるのは左足で……

 

「きゃーー」

「最後にもひとつ!」

『おーー』

 

 悟空にむかってスっ転んでくる女の子は右腕でキャッチ。

 

 そし完成される曲芸のようなポーズ。 既に四肢のすべては使っている悟空に残された最後の支え――しっぽが、現在彼の態勢を支える柱となっている。

 何とも器用に、なんとも絶妙に。 まるで一輪車に乗る子供の様な風な悟空の態勢に思わず皆は感嘆する。

 

「あ、ありがとうございます……えっと」

「気をつけろよ、もう少しで食いもんが全部ダメになるとこだったぞぉ」

「あ……はい……あれ?」

 

 抱えられた少女を除いて……

 

 少年が自分を助けに回ったと、若干妄想入り混じったことを思っていた彼女。 しかしそんなことはありはしない、悟空が彼女を助けたのはおそらく“ついで”である。

 少女が軽くピンチ<食事が食えない――――そんな方程式の下で動いた彼に『狙い』なんてものはもちろん存在しない。 この点はさすが悟空と言ったところだろうか……伊達に昨日の美由希の件をスルーしたわけではないというかなんというか。

 

「……コホン! えっと、遠いところから来てくれたからからね、飲み物を用意させたんだけど……いらなかったかしら?」

「あ、そんなことないです! ありがとうございます!」

「ははっ、サンキュウな! シノブ」

「どういたしまして――――ファリン」

「はい」

 

 …………少しして。 軽く咳払いをしたのは忍。 彼女は先ほどトレーをぶちまけた少女――ファリンを呼ぶと、二階に移動し、テーブルに皆を集め座らせる。

 さぁお茶会の始まりだ、そんな雰囲気が部屋中を巡らせる中で悟空は思い出す。 そう、あいつがいないことを……

 

「なぁなのは?」

「え? 悟空くんどうかしたの?」

「ユーノが居なくなっちまった」

「…………え?」

 

 そうなのである、イタチ≠フェレットの彼がいないのである。 既に種族としてはどっちに属しているかなんてどうでもいいのだが、取りあえずこの場で彼がいないのは結構危ない状況下である……なぜなら。

 

「ニャアーーー!!」

「キュウ~~」

 

 この家の彼等(ねこ)は、結構な好奇心の塊なのだから。 駆ける駆ける、もうこれ以上にないってくらいに激走をかますのは居なくなっていたユーノ。

 彼は数匹の猫たちが後ろで追走する中で、今を必死に生き残ろうと奮闘していた。

 

「なんだユーノの奴、すっかり仲良くなっちま―――」

「キュウ――――(悟空さん! たすけてー!!)」

「…………なんだ、ちがうんか」

 

 誤解する悟空。 だがそれはすぐに違うものと理解し、ユーノの前に立ちふさがってはしゃがみこみ、抱え、持ち上げる。

 すると頭の上に乗せてやり、『にかっ!』と笑って腰に手をつく格好を取る。

 

「これでいいんか?」

「…………(すみません)」

「ゆ、ユーノくん……」

 

 堅牢な城の完成に一息つくユーノ、そんな彼を追ってやってきたネコたちは悟空の前で右往左往。 やがて足元まで近づくと、悟空の道着に鼻を近づけ引くつかせながら……

 

「…………にゃぁ~~」

「ん? どうかしたんか?」

 

 ゆっくりと悟空にすり寄ってくる。 どこか大自然を呼び起こす――もとが野生児であり都会とはあまり縁がないから仕方ないが――そんな匂いを嗅いだ彼等は警戒心というものを投げ捨てる。

 あからさまにこの家の主人以上になつき始めた猫たちに、忍は驚きすずかは目を白黒させる。

 

「わ~~悟空くんすごい……何にもしてないのに手なずけちゃった」

「もとからそんな感じとは思ってたけど……なんなのアイツ?」

「このままウチにいる猫たちが籠絡されちゃったりして……大丈夫かな」

 

 なのは、アリサ、すずかの3人は悟空に関心しつつも、その謎の魅力を理解できず……

 

「にゃ~~?」「にゅ~」「にゃあ!」「にゃ!!」「ゴロゴロ~~」

 

 あっという間にネコの集落が完成されてしまっていた。 悟空を中心に展開されていく謎の動物王国に困惑しつつ、その中で囲まれ……もとい、完全包囲されたユーノはもう恐慌状態である。

 小さく丸まり、悟空の頭の上で“携帯電話”になりながら事が済むのを待つ作戦にシフトしている。

 

「にゃにゃ!」

「どうかしたんか?」

 

 そんな中で一匹の猫が悟空になにかを差し出している。 まるで“お近づき”と言わんばかりのその行動は人間社会にも似た行動で。 あんまりにも稀なその光景に見とれつつも、しかしなのはとユーノの二人は……

 

「――――あれ?」

「キュウ!(こ、これって!)」

 

 それがなんなのかを見て驚愕する。 猫が悟空に差し出したのは“石” その石はとてもきれいでいて、どこか禍々しく見え、されど青く澄んだ輝きを放っている。

 それはつい最近、というより昨日見たのと同じ形をしていた。 色も大きさも酷似しているソレの名を、ユーノは心でなのはに伝える。

 

【間違いない! なのは、あれはジュエルシードだ】

【ユーノくん? え? 頭の中に声が……】

【念話……というんだけど、今は詳しいことを説明してる時間がない。 アレが変なことを起こさないうちに早く回収しないと!】

【わかった】

 

 阿吽の呼吸……まさにそんな意思伝達の速さで事を実行しようとする二人。 ユーノは自らの使命に燃える眼差しでその石を見ると、一気に駆け出す――――地獄の中へ。

 

「ユーノ! おめぇ……」

「…………にぃあ~~」

「あっ! しまったッ!!」

 

 自身が置かれた立場というのをすっかり失念していた彼は思う――――もう少し落ち着いて動いていれば長生きできたのかな……などと。

 それはともかく、とにもかくにもそこに着地してしまったユーノは、目の前に居る石を咥えたネコと目が合い……息をのむ。

 

 想像してもらいたい。 およそ自身の倍以上ある獣を前に怯ます接することができるのかと、故に彼を笑わないでいただきたい。

 今にも泣き出しそうに、そして勝手に閻魔界にでも行きそうなほどに震えあがっている彼の事を――――

 

「ははっ! 怖いんなら降りちゃダメじゃねぇか」

(そ、そんなこと言ったって!)

 

 まぁ、悟空は笑うのだが。

 

「にゃ!」

「――――ひっ!」

 

 そして運動会の始まりである。 一気に駆け出す獣の群れ、ぞろぞろとうごめきつつも中には悟空から離れようとしないものもいるのだが、それでもユーノを追う数の方が断然多い。

 

「に、逃げ場は! そこだ!!」

「にゃう!」

 

 ユーノの急転回。 自由に開け放たれた窓を見ると同時に、彼の全身を巡る血液が“たぎる” ここだ! 今しかない!! まるで映画のスタントのように彼は風となる。

 

「ユーノくん! ここ2階――」

「キュウ……(え……)」

「おーアイツやるなぁ」

 

 彼が思いもしない意味でだが。 ひっかるテラス突き抜けFly Away〈Fly Away〉――――二階からユーノが飛び出した瞬間である。

 そして、ネコ。 さらになのは――「遠回り、とおまわり……」――は無理として。

 

「オラ様子見てくるーーー!」

「あ! 悟空くん!?」

「ちょっと!? アンタまちなさいよ! ここ――――」

「悟空くん!!」

 

 コトモナク、あっけらかんと悟空もテラスを翔けだしていく。

 

 なのはの姿も見あたらない。 彼女は既に玄関から外に飛び出しているからである。

 

「ファリン! 急いで庭の防犯装置を解除して! またさっきみたいなことになったら大変だから!」

「わ、わかりました! ノエルおねぇさまーーー」

 

 忍のとっさの判断、それは正解である。 悟空やユーノはともかく、なにせ運動音痴がひとりついて行ってしまったのだから……まぁ、誰とは言わないが。

 そんな彼女たちはいったいどこまで行ってしまったのか……心配しても、防犯カメラさえ同時にオフにしてしまうのだから探しようもなく。

 

「恭也ぁ、お願いだから早く来て~~」

 

 忍の、そんな愛しい彼を求める……深刻なツッコミ役の不在を嘆く……声が、部屋の中に木霊するのであった。

 

 

 

 

 

「お! いたいた!! おーい、ユーノーーー!!」

 

 午前の日差し、木々を照らすあたたかな日の光はとても眩しく。 そんな輝きの中で軽快なリズムを保ちながら、木から木へと移動している悟空はターゲットを見つけ出す。

 

 逃亡者ユーノは狩人からの執拗な追撃で精神をひどく摩耗しているみたいだ……たぶん。

 

「ご、ごぐうざ~~」

「あーらよっと」

「にゃあ!?」

 

 木から木へ、その点と点を結ぶ中間地点にいる猫に向かって飛び降りた悟空は猫を抱きかかえる。 最初は暴れたネコも次第に落ち着きを見せ、すぐに悟空の成すがままにされていく。

 顎をぐりぐりとなでられては至福の声を上げるそのすがたは、とてもじゃないが今日初めてであった仲とは思えないほどであり。

 

「か、怪物が……手なずけられている……」

 

 ユーノはあらためて悟空の偉大さに心を弾ませるのであった……大げさである。

 

「ごっ……はぁはぁ……ごくっ―――ふぅ…ふぅ…悟空っ――くん……」

「やっと追いついたんか、おめぇ足おせぇぞぉ」

「そ、そんなこと……言ったって…………はぁはぁ……無理だよ!」

 

 さらに追いついたなのは。 彼女は息も切れ切れに脇腹を押さえながら悟空の下に到着する。

 そんな彼女に呆れた声を出す悟空。 しかしそれは無理というものであろうか? なにせ50メートルを7秒出せればすごいと言われる小学生たちと、100メートルを加減した上で5秒6で走りきる亀仙人の修行に耐え、さらにその上を行く実力を身に着けた悟空を比べるなど愚かにも近い行いであるのだから。

 

 抱えられた猫がひと鳴きする中で、悟空はまたしてもそっぽを見る。 それはここより遥か遠く、月村の敷地内にある一際大きい木の真上…………

 

「なんだ? アイツ」

「え? 悟空くん?」

「悟空さん?」

 

 そこに彼女は居た。

 

 遠くでよくわからない、わからないが……悟空の目にははっきり映りこむ影。 なぜかこっちを睨みつけるように佇むその影はいまだ動かない。

 

「…………いよし!」

「え?」

「わ!」

「にゃ!?」

 

 掛け声をひとつ、そして猫を右手に抱えたままに悟空は一気に駆け出す。 その時の顔は少しだけ笑顔。

 また新しい冒険を前に胸を弾ませた冒険家のように、彼は森の中を突っ切っていく。

 

「悟空さん!? ジュエルシード封印しないと……なのは!」

「また走るの~~待ってよぉ~~悟空くーん!」

 

 ただ後をおっているだけで既にピンチを迎えている、小学三年生のなのはを置いていったままに。

 

「なにモンだあいつ……オラたちの事、“さっきから”ずっと見てたみてぇだけど……まぁ、行ってみりゃわかっか! おめぇもそう思うだろ?」

「にぃ?」

 

 走りながら独りごちる悟空。 今回は本当に言葉のわからない相手だが、それでも会話をしているように見えるのは彼の有り様が自然すぎるからか……

 そうかな? なんて返事が聞こえてきそうな猫の素振りは悟空にも届き……

 

「もっとスピード出すからな、ちゃんと捕まってんだぞ! それー!!」

「――――!」

 

 自分が言ったことを証明するために、悟空は進行速度をさらに上げることとした――――そして。

 

「ついた!!」

「――――え!?」

 

 あっという間に到着。 そこは開けた土地であり、まん中に大きな気がそびえ立っている以外は他の場所とあまり変わり映えしないところ。

 しかし緑あふれるその場にそぐわない色が一点だけある。

 

「おーい! そんなところでなにやってんだーー!!」

「…………」

 

 それは黒。 全身を黒で染め上げ、ピンク色のパレオでアクセントを取りつつも、どこか軽装で身軽さを意識した“装備”を施している少女が居た。

 そんな彼女は、悟空の掛け声に答えることはない。 ただ見下ろし、彼の様子を探っている。

 

「なんだアイツ? 黙ったまんまで喋んねぇな……」

「にぃ……」

「…………!」

 

 一行に動きを見せない少女、だが猫の一声と共に彼女の目つきが変化する。 別に猫が原因ではないのだが、それでも彼女の視線はただ一点――猫が咥えた“石”に向けられている。

 

「……あんなところに…………」

「ん? おめぇ、アイツと知り合いなんか?」

「にゃ?」

「ちがうんか……なんなんだろうなぁアイツ」

 

 その視線は悟空も気付いている、自分にではなく猫に向かって向けられたその視線に、悟空は彼に質問するも、その仔の返答は否定。

 故に悟空は測りかねる。 木の上に突っ立ったままに動こうとしないそのものの目的を……

 

「ご、悟空くーん」

「ん? あ! なのはおめぇ、やっと追いついたんかぁ」

「あれ? あそこにいるのって」

 

 そして合流しだしたなのはとユーノ。 そこで彼らは悟空が見ている者に視線を向ける……のだが。

 

「よく見えない……変人さん?」

「…………」

 

 彼女はただ、思ったことを口にするにとどまる。 確かに見えない、男とも女とも判別がつかないくらいにぼやけて見える高さだ、当然であろう。

 むしろあれを目視で来た悟空が異常なだけで、そしてその悟空はここで一つの結論を生み出していた。 高いところ――喋らない――動こうとしない……そこから導き、叩きだしたのは―――――

 

「わかったぞ! おめぇそこから降りられなくなったんだろ!」

「え? あの……わたしは……」

 

 ちいさい猫がよくアレである。 上ったはいいけど~~なんていうフレーズが浮かぶ中で、『あぁ、昔やったなぁ』なんて頭を縦に動かすのは悟空に抱えられた猫。

 その悟空の大声に、若干反論の声を上げようとしてついに声を悟空に向けて投げかけた彼女。 それはどこか儚い印象を与える細い声……それを聞いた途端に、なのはは一人の女の子の事をもいだす。

 

「あの子……」

 

 其の昔、まだ自分たちが一人だったあのころに……大事なものを取られ、今にも泣きそうだったあの子の事を――――

 

「いまオラが助けに行くかんなーー! よっこいしょ……おめぇはそこで待ってろよ?」

「え? だからわたしは―――」

 

 なのはが昔を思い出す中、悟空はその場でストレッチ。 困惑している少女を余所に、勝手に話を進めていくのは悟空の悪いところだろうか。

 勝手な少年、そんな彼を見下ろしている少女はそれを見る。 彼が抱えていた猫が持つその石、それを悟空が受け取っている様を…………そして。

 

「待って!」

『―――?』

 

 呼び止める。 それは黒衣を羽織る少女の声であり、どこか力のこもった闘いを知っている者の声。

 急に雰囲気が変わる彼女に、ユーノは気付く。 彼女のあの恰好は、昨日なのはが着込んだあれと同質なものであると。

 

「なのは、あのひとが着ているの、たぶんバリアジャケットだよ!」

「え? それって昨日の……確か魔法で作った……?」

「そうだよ」

「ということは……」

 

 気付いた彼女の思考は一発正解。 彼女は間違いなく自分と同じく魔法を行使するものであろう……と。

 

「あなたが持っている“石”を渡してほしいの」

『え!?』

「オラが持ってる石……? コレの事か!」

「そう! それのこと……お願いだからわたしにそれを――」

 

 明かされた彼女の目的。 驚愕するはなのはとユーノ。 なぜそれを? それはユーノが探しているものであり、あの少女はこちらと面識がない……つまりは向こうは独自の目的をもってして行動していることとなる。 それを知ってか知らずか……

 

「おめぇコレが欲しいんか? でもよぉ……こいつはさぁ……ん?」

『?』

 

 悟空は言葉を詰まらせた。 この先の言葉が出てこない、確か……えっと……と呟いては……答えに至る。

 

「そだ! “じゅえるみーと”はユーノの奴がばら撒いちまったからって、自分で集めてんだぞ? なんでおめぇも集めてんだ?」

「じゅえる……」

「みーと……」

 

 答えは若干間違てはいるが……とてつもなく美味しそうな肉の名前と勘違いしては、けれど悟空の言ったことはひどく的を射たもの。

 ユーノの頑張りは悟空にだってしっかり伝わっているのである。 そんな彼の行いを、もし手伝ってくれるならばありがたい話なのだが。

 

「あなたには……関係ない」

「なんでだ!」

「…………」

「また黙り込んじまった」

 

 少女の答えは否定的。 明らかに悟空たちとは違う目的を秘めたその態度に、悟空の警戒心は上昇する。

 それは少女がいきなり武器を構えだしたから。 すらりと構えられるは、少女と同じく黒いボディーの斧。 黄色い宝石のようなものが埋め込められており、それはどこかなのはのレイジングハートと似た印象を彼らに与える。

 

「…………あまり手荒なことはしたくないけど……それを渡さないのなら―――」

 

 宣戦布告の声。 最初に何やらつぶやいたが、あまりに小さい声は悟空でさえ聞き漏らす。 迫る緊張の空気、それは悟空の肌に伝わり、後ろにいるなのはたちに声をかけさせることとなる。

 

「おめぇたち、どっか茂みに隠れてろ……コイツ――――」

 

 拳を握る。 構えては尾をゆらりと振って、“戦闘態勢”を悟空に取らせる。 なぜかはわからない、どうしてかはわからない。

 だが”今の悟空にも”わかる、この少女の気迫は間違いなく―――

 

「強ぇえ!!」

『え――――!』

 

 ――――本物であると。

 

 邪魔をするなら切って捨てる! 彼女が持つ斧から伝わるその心意気。 それは悟空に混戦の予感を張り巡らせる。

 かつて大魔王を倒した少年をここまで警戒させる戦いが……いま、切って落とされようとしていた。

 

 




悟空「おっす! オラ悟空!!」

なのは「始まった戦い。 それをただ見守ることしかできないわたしたち――――あ! 悟空くんあぶない!!」

悟空「へん! こんくれぇの攻撃、天津飯に比べたら何ともねぇ! それよりなのは、手を出すなよ!!」

なのは「え? で、でも……」

ユーノ「次回、魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~第7話」

悟空「奇策!! 悟空、決死のかめはめ波!」

???「その砲撃は……効かない!」

悟空「だったら……これでどうだーーー!」

全員『えーーー!?』



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第7話 奇策!! 悟空、決死のかめはめ波!

ついに来た『あの子』とのバトル回。
出来の方は……自信ないうえに、なんだかどっかで見たことあんだろ!

とか

こんなになるはずないだろ!!
などとおしかりを受けそうな……戦闘を文章にするってむつかしいです、はい。

先に謝らせてください……ごめんなさいと。

そんなこんなでりりごくは第7話ですね……ではでは!!


 

 

 睨みつけるものがいる。 それは相手が憎いから? いいや違う。 それは彼女が幼いから……ただ願った思いをひたむきに貫こうとしているその姿は確かに立派だ。

 頼れるものは少なく、およそ味方と呼べるものはほとんどいない……さらにどこに敵がいるのかもわかったものではない。 故に彼女は気を抜かない、いつも肩肘を張っては心に深い杭を打つ――――かならず、目的を達成するために。

 

「だから……」

「ん? なんかいったか?」

「…………」

「また黙っちまった……変な奴!」

 

 だから彼女は武器を持つ。 目の前の子どもが何者かなんて興味はない、弱ければ蹴散らして強ければ抵抗するまで。

 だから………だからこそ………黒い装備を纏う彼女は、無表情のままに悟空を襲う。

 

「はあああ!」

「来た!」

 

 振るわれし漆黒の斧は悟空が掴んだ如意棒に阻まれる。 一見ただの棒にも思える悟空の得物は、しかし彼女の鋼鉄をも両断するであろう斧に引けを取らない威力を誇る。

 

「でりゃああ!!」

「――くっ! なんて馬鹿力……」

 

 少女の斧は弾かれる。 しかし悟空の追撃は無い……というより。

 

「いちちちぃ~~手がしびれちまった」

 

 攻撃に移れない。 あんな華奢な身体のいったいどこにそんな力があるのだろうか、悟空との打ち合いは彼女が若干有利を勝ち取る。

 さらに悟空はここに来て大声を上げる。 なぜならこの黒衣の少女は――――

 

「飛んでる……おめぇ空飛べんのか!!」

「飛行魔法……」

 

 自在に空を舞うからである。

 

「すげぇ……天津飯が使ってた舞空術なんかよりも動きがいいぞ……なんて奴だ」

「ぶくうじゅつ? よくわからないけど、あなたも魔導師ならこれくらい」

「??」

 

 感嘆する悟空。 しかし少女は首を傾げる、今自分と打ち合った少年は明らかに普通の物ではない。 ならば考えられるのはひとつだけ。

 自分と同じく魔法という『ちから』を扱い、操るもの……つまりは魔導師であると。

 

「なぁ! ユーノ!!」

「え……?」

 

 ここで悟空はまたしても疑問符を建築。 聞きなれない単語、知らない言葉……実際問題、彼がここに来てはいまだ本格的に触れなかったのだから仕方がない……

 

緊迫する戦闘中の今現在、彼は大声でユーノに叫ぶ。

 

「マドーシってなんだ! 食いもんか!!」

『あらら―――』

 

 緊張感……台無しである。

 いきなりの悟空の質問に、思わず『コケ』が入る魔導師3人。 敵も味方もごちゃごちゃに、引っ掻き回すが如くのこの展開……まさしく悟空である。

 崩れ落ちた三人、だがすかさず起き上がったユーノは茂みの向こうから大きく答える。

 

「魔導師というのは! 魔法の力を行使……使いこなしている人の事を言うんです! だから魔力のない悟空さんはー魔導師じゃないんですよ―――!」

「…………だそうだぞ?」

「……そう」

 

 ユーノの解説で心得た悟空と少女。 悟空が魔導師なんかではないのはわかった、だからと言って引き下がれるものではないのはこの場の全員が理解している。

 黒い少女がここで動く―――

 

「はあ!!」

「ちっくしょう! あいつ、オラが飛べねってわかったから飛んでいきやがったなぁ!!」

「ダメだ! 空を飛べない悟空さんが圧倒的に不利だ!!」

「そんな!悟空くん……」

 

 少女は飛翔する。 高く高く舞い上がっては大空に制止。 滑空でもなく、落下でもないそのさまは正に彼女が空を飛べることを証明している。

 その高さはおよそ地上100メートルほど…………そう。

 

「よし、あんくれぇなら――――」

『え?』

「そこを動くなよぉおお!!」

 

 悟空にとっては、たかが100メートルなのである。

 

 かつての戦いを経験した悟空。 そのとき彼は気功砲から逃れるために、およそ雲が浮いている上空まで“跳躍”したことがある。

 大体、雲があるのは低いところでは2キロメートルからで、最高は地上10キロメートル以上……つまりは旅客機が飛ぶ高さにある。

 彼が実際に跳んだ高さはわかりはしないが……いま、漆黒の少女が居るところなど…………

 

「―――――!!(飛んだ! ちがう……まさか只のジャンプ!!)」

「いっくぞおおお!!」

『えええええ!!』

 

 裕に届く距離である。 まさかの事態、甘く見積もった相手の身体能力……彼女に大きな隙ができる。 そしてそれを逃す悟空ではなく。

 

「久々に行くぞーーー! ジャン……拳!!」

 

 追撃に出る。 それは会心を込めた重い一撃。 強く握られ腰まで引きつけた右こぶし、それを包み込むように添えた左手――――悟空の『ジャン拳』の態勢が見事に整う。

 

「――――くっ!」

 

 悟空の発した言葉の意味を理解するまでもなく、防御の態勢を取る彼女。 もう回避が間に合わない……自身の武器……相棒を信じて悟空に向かい構えを取る。

 

「グーーーーー!!!」

「―――!!」

 

 少女は――――吹き飛ばされる。

 

 車の衝突音にも似た、とても重い音を鳴り響かせながら飛んでいく彼女。 なんと重い攻撃か、防御も踏ん張りもしていたのに10メートルは吹き飛ばされていく。

 

「受け流してカウンターを打ち込むはずだったのに……「そう来ると思って、オラちゃんと(りき)込めて打ったんだ! とうぜんだろ!」――――え!?」

 

 まさか考えを読まれていたとは……悟空の指摘に思わず後ろに下がる彼女。 だが悟空の追撃はまたも行われない。

 それもそのはず…………

 

「また飛んでくっからな! 待ってろよおおおぉぉぉぉ―――――」

「降りてった……の?」

 

 滞空時間の限界である。 翼もなければ“相棒”も使わない悟空に、空を自在に翔ける能力はない。 ジャンプで跳んでいく距離からして、地形適応【空B】という判定であろうか。

 さらに滞空時間を伸ばす方法があるのだが……

 

「あれは身体中の力がなくなっちまうかんなぁ。 あんまり使えねぇ……よし! 地面だ!!」

「わ!? 悟空く――」

「もう一回! それーーーー!」

「…………行っちゃった」

 

 今は使いどころを間違えてはならない。 普段の悟空からは想像できもしないこの計算の高さ……それはおそらく彼の天性の才からくるものなのであろう。

 

 地面を両足で叩き、空に向かってUターン。 悟空は2度、黒衣の少女に肉迫する。

 

「―――――また来た! でも!!」

「あ! アイツ移動しやがった!!」

 

 だが少女は動く。 当然だ、自在に動けない相手に遠慮してやることもないのだから。 そしてそれは悟空もイヤというほどにわかっている。

 天津飯との戦い、そしてピッコロ大魔王との戦い……彼らはともに空を飛んで悟空をピンチに追い込んだ。 そして目の前の少女は、なんと彼等よりも空の飛び方がうまく――速い。 その圧倒的ピンチを前に、悟空のやることはただ一つである。

 

「にがさねぇぞ!」

 

 背中に手をのばし、紅の棒を手に取る。

 

「伸びろ――!!」

 

 例の合言葉を空に響かせ。

 

「如意棒おおおお!!」

 

 圧倒的な速さをもつ少女に向かって、彼は力で圧倒して見せる。

 

 振りかぶり、打ち下ろされた悟空の武器……如意棒。 その威力は昨日の怪物を倒して見せたことからもかなりの威力がうかがえる。

 

「え……ええ!? 武器が伸びた!?」

 

 そしてその武器の有り様に大声を上げる黒衣の少女。 悟空と彼女の距離はおおよそ8メートル足らず。 そんなものは如意棒の有効射程圏の前ではないも同然。

 迫りくる赤に対して、黒い少女は無防備となり…………その頭に棒の直撃を貰い受けてしまう。

 

「ああああ!!」

「やったー!」

 

 思わずガッツポーズをとる悟空。 如意棒片手に地面へと急降下していく彼に――

 

「ま、まだ―――!」

「ぃい!!」

 

 黒衣の少女は手のひらを向ける。 そこから生成される黄色い魔力光――――フォトンスフィアは、彼女の手のひら大まで大きくなると輝きを強くし。

 

[Photon Lancer]

「ファイア!」

「やべ――!!」

 

 悟空に向かって、電気を帯びた魔力の槍を射出する。 

 

「あばびばばばぶばばばば――――!!」

「やった……」

 

 痺れ、至る所を焦げ付かせる悟空。 これにより彼らの立場は逆転。 しかもダメージ的には悟空の方が深手を負っている。 その訳はというと彼女が着こむバリアジャケットにある。

 

「そうか、悟空さんがダメージを直接喰らうのに対して、あっちの魔導師はバリアジャケットがある分、悟空さんの攻撃にいくらか……いや、ほとんどダメージは通ってないんだ!」

「そ、そんな!」

 

 墜落してくる悟空を見ては、ユーノは冷静に分析をする。 悟空の耐久度は遠距離からの狙撃、または至近距離から拳銃、もしくはマシンガンで撃たれても「イテェ!!」で済む程度である。

 だが彼女の防御力はいちいちそれらを上回り、威力に関して言えばおそらく……

 

「痛ちちぃ…………ちっくしょ~~ あ……あいつ、なんて攻撃をしてくんだ!! ピッコロよりも強ぇんじゃねえか!?」

 

 あのピッコロ大魔王よりも上であろうか、それがこの戦闘における彼女に対する悟空の第一感想である。

 

「このまま落ちてくるのを……迎え撃つ!」

「悟空くん!」

「悟空さん!!」

 

 そうこうしてる間に悟空の旗色は怪しくなる。 先に地上付近まで降下していった黒衣の少女は手に持った斧を振りかぶり待機している。

 いつでも仕掛けるという気迫と共に、只落ちることしかできない悟空をまっすぐに捉え……叫ぶ。

 

「これで……終わり!!」

 

 確信した勝利の瞬間。 それは悟空の敗北を意味し、なのはたちですら悟空の勝利はもう無いと見え……彼を見る目に光がなくなっていく。

 無防備に落ちてくる悟空、迎え撃つ少女。 その構図にいまだ何ら変化はない――当然だ、悟空は空を飛べないのだから。

 

 決着まで残り6メートル。 もう感覚的には目と鼻の先という距離。 何もかもが間に合わない、そう誰もが思い――しかし……だからこそ悟空は……

 

「すぅぅぅーーーー」

「なに? なにをしようとしてるの……?」

「息を……吸い込んでる?」

「悟空さん……」

 

 まだあきらめない。 こんなに強い相手との戦い……普通の者ならば身震いする場面でも、彼がするのは武者震い。 高揚する心を溜めこむように肺の中いっぱいに空気を吸い込んだ悟空は、今フルスイングを決めようとしている彼女に向かって一声を――

 

 

「    わっ!!!   」

 

 

『~~~~』

 

 発するのである。

 その声に耳をふさぐなのはとユーノ。 少女の方はなんとか耐えたようだが、やはり目を白黒させる程度にダメージらしいものを受けている。

 だが、そんなことより何よりも。 ここで一番重要なのは…………

 

「しまった――――」

「え!? 悟空くん――」

「空中で止まった……」

「へへ……」

 

 それはほんの一瞬。 落下してきたはずの悟空の速度は確かにゼロとなる。 なぜ? どうして? 皆が疑問に思う刹那――悟空は少女に向かって後方宙返りを繰り出し。

 

「でりゃあ!!」

「ふぐぅ!」

『あの態勢から蹴った!!』

 

 勢いそのままに、悟空は黒衣の少女の顔面に自身の青い靴をめり込ませる。

 そして着地。 左右の手の平を広げ、指の隙間を埋めるように閉じてピント伸ばす、さらに指先は下に向けたままにそのまま腕を上げ、同時に片膝も上げる。

 

 それは亀の姿を模倣したかに見える構え――――“残心”と呼ばれるそれは、武道などで技を決めた後に取るという身構えに対する心構えの一つ。 攻撃をあてた相手に気を張りながらも次の攻撃に対して必要最低限の準備をするのが残心である、つまり。

 

「今のはそんな効いてねぇはずだ……ドンドン行ってやる!」

「え? 今のが効いてないって……」

 

 今の悟空に、ほんのわずかな隙もない……つまりはそう言うことである。

 自身の蹴りの感触からそこまでわかるものなのだろうか、黒衣の少女が蹴り飛ばされた先を鋭い目線で見据えて、そう呟く彼になのはは驚く。

 今のは確かに『入った』ように見えた、彼の攻撃は強烈であるのも理解している、だからこそ今の発言が信じられずに――

 

「えっ!?」

「…………」

 

 おもむろに立ち上がり、飛ばされていった茂みからゆっくりと出てくる黒衣の少女にひどく驚くのである。

 

「ちぇっ! ばっちし決まったと思ったんだけどなぁ。 おめぇ見た目よりうんと頑丈でオラびっくりしたぞぉ」

「そう言うそっちこそ、今のを喰らって反撃までしてきた……」

「ん? そりゃ隙があったんだしなぁ……するだろ?」

「…………そういう意味で言ったんじゃない……」

 

 その中で交わされる会話。 どこか練習中のスポーツ選手がするような互いを褒め合う感じの会話に聞こえなくもないそれは、戦闘中の今現在ではいささか場違いなものであろう。

 だがそれでも彼らは……悟空と黒衣を着た少女の目は鋭いまま。 互いの一挙手を警戒し、一投足を見逃さない。

 混じりあう視線、片方は無言で鋭く冷たくて……刀剣の様な切れ味を思い起こさせる目をしている――そして……

 

「…………にぃ!」

「…………なに……?」

 

 もう片方は……もちろん笑っていた。

 

「ユーノにはわりぃけど、石ころ集めがだんだん面白くなってきたと思ってよ」

「???」

 

 その笑顔の持ち主は悟空。 その彼を見たなのはたちは後にこう語ったという――――晩御飯前とおんなじ顔をしていた……と。

 要約すると、とてつもなく『わくわく』しているのである。 それがどんなに不純な動機であろうと、それをわかっていながらもなお悟空の胸の高鳴りは止まらない。

 

「おめぇみてぇに強ぇ奴と戦えるんだからな! オラもうたのしくてよぉ!!」

「……戦うのが……たのしい?」

「それにおめぇ……」

「……え?」

「なんだかわりぃ奴じゃねぇみてぇだしな」

「……」

 

 さらに付け加えた悟空の言葉は只の本心。 それもそのはずだ、彼が今までこういう奪い合う戦いをしてきた相手は大体悪い奴なのだから。

 砂漠のヤムチャに始まり、ピラフ、レッドリボン……そして――――悪者退治のエキスパートと言ってもいいほどの戦績を残す彼だからこそわかる。 彼女自身に決して悪意があっての行動ではないことを……

 

「……? ちがうんか?」

「……」

 

 まぁ、本能的にだが。

 

 口数がなくなっていく彼女。 いつのまにか俯き加減に下げられたその幼い顔の表情は、垂らされた金色の前髪で閉ざされ見えはしない、わずかに震えている肩は何を意味しているのか。

 それは彼女にしかわからない。 遠いところから二人の事をのぞいているなのはとユーノも、もちろん悟空にだって。 彼女の思いも……願いも……わかりはしない。

 

「――――!」

「ん?」

 

 突如として振りあげられた顔。 その顔に変化はなく、先ほどまでと同じく冷たい印象を相手に与えるその目は悟空を再度捉える。

 そんな彼女に悟空は、しかし反応が一瞬だけ遅れる。 後ずさることもできないままに彼女の“信念”を映し出すかのような強い光は悟空に向けて放たれる。

 

[Photon Lancer]

「…………」

「――――!?」

 

 それは先ほどと同じ光。 彼女の魔法……フォトンランサーが悟空を射抜く。

 電撃を帯びたそれは普通の魔法の弾丸よりも威力があり、さらには相手に感電の追加効果を与える……いわば一石二鳥な攻撃である。

 その槍が悟空を確かに貫い――――『ええ!?』

 

 貫いた……皆は確かにそう見えたのである。

 

「へっへ~~ん」「じゃーーん!」

 

 雷の音に続いて森の中に響く二つの声。 その声の主は声も姿も同じで、けれど同一の場所には存在していない。

 いいや、逆である。 違う場所に居るのに――彼らは姿かたちがまるで同じ……まったくの同一人物なのである。

 

「ご、悟空くんが…………」

「…………ふ、増えた……!」

「なに……? どうなってるの……」

 

 驚く彼らはわからない。 これが“彼等”にとっては使い古された時代遅れの技術であることを……

 しかし効果は上々。 ホログラムのように実体のない幻影に目を奪われながら、持った武器は中段構えから下段となっては地面に着く。

 一瞬の戦意の喪失。 彼女の中にある知識を総動員してもなお、この少年……悟空が使っている技を理解できない…………

 

「――くっ!」

「すごい……こんなことができるなんて」

「忍者が使う分身の術みたい……」

 

 黒衣の少女に続き、感嘆の声を上げるユーノとなのは。 それとは裏腹に焦りの声を上げる少女の表情(かお)は硬い。

 そんな彼女に、悟空はさらに追い打ちをかけようとし…………

 

[Scythe Form]

「はあ!!」

「げっ!? 全部消されちまった!」

 

 横払いに薙いだ彼女の鎌状に変形したデバイス――――バルディッシュのサイズフォームによる斬撃で残像が一瞬のうちに消失し、悟空本体が姿をあらわにさせられるのである。

 そしてその悟空はというと……

 

「え! 後ろ!?」

「ばれちった――めぇ……」

 

 少女の背後に回り込み――――

 

「あ! あの構え――――」

「昨日の…………!」

 

 腰を深く据え――両手は腰の位置までひきつけ、何かを包み込むように添えられ。

 

「――――まさか……砲撃!? この距離で!!」

「はぁ…………めぇ……」

 

 その両手からは、急速に青白い輝きが漏れ始めている。 急ごしらえで作成されていくのは悟空の十八番(おはこ)――――かめはめ波。

 

 それは先ほどの少女が行った不意打ちに対するお礼と言える光景。 得物を大降りした後に出来た圧倒的な硬直時間の最中に姿をあらわにする悟空。

その悟空の丁重なお礼は彼女の隙を、意表を突き……光は解き放たれる。

 

「破ああああッ!!」

「!!?」

『わっ!?』

 

 ほぼゼロに近い……クロスレンジから放たれる悟空のかめはめ波。

 それは木々を根絶やしにせぬように、やや上方に向けて放たれ――少女を光の中へと沈めていく。

 

 数メートル離れているなのはたちですら、その衝撃に身をかがませ、閃光から目を守るために腕で顔を隠している。

 それほどの衝撃、そこまでの強さ。 不意を突いたうえでこの攻撃力だ、少女の方は只では済まないであろう。 誰もが悟空の勝利を信じた――そのときである。

 

「…………ありがとう、バルディッシュ」

[…………]

「な……!」

 

 光の中、悟空のかめはめ波を切り裂くように彼女がそこに居た。

 青白い輝きの前に立ちふさがる金色の光。 壁のように現れては少女をかめはめ波から完全に守りきっている。

 

「な、なんてやつだ! オラのかめはめ波がまったく効きもしねぇなんて……」

「……危なかった。 直撃を受けてたら無事でいられたかどうか…………」

 

 それは彼女が持つ斧……今は鎌だが――――バルディッシュと呼ばれたその武器が起こした連携。 自動詠唱と呼ばれる、武器の持ち主の意図せぬ魔法の発動。

 いわばオートで行われる防御。 それが悟空のかめはめ波……彼らにとっては砲撃というものだろうか……の発動を感知したバルディッシュが、主を守るために自らの判断のもと障壁を張って見せたのだ。

 

 次第に消えていく光り、染め上げられた周囲の青は元の風景に戻っていき、緑あふれる森へと場面を転換していく。

 そしてそれは、彼らの戦闘を次の場面へと移行させるものでもある。

 

「今度は……こっちが!」

「やべっ! 身体がまだ――」

「あ……だめ!」

 

 かめはめ波の発射体制から通常の構えに戻ろうとする悟空に、今度こそと黒衣の少女が動きを取る。 それはまたしても片手を前方に向けたあの構え、その構えを悟空は只じっと見ているしかできず。

 

「――――ランサー!!」

「くっ!!」

 

 作り出された黄色い電気の槍を、少女は無防備をさらす悟空に打ち出した。 それを――

 

「だめ……ダメ!! お願い! レイジングハート!!」

 

 なのはは今度もその身を投げ出す。

 輝きだす身体、全身が宙を舞う感覚に内心驚きつつも、彼女は今度こそ戦いの場に割って入る。

 

「え!?」

「~~~~っ!」

 

 悟空に向けられたフォトンランサーは、間に入ってきたなのはに命中する。 しかしなのは自身はまったくの無傷。

 しかも数メートル離れた距離ですらもあっという間に翔けぬけて、悟空の前に颯爽と現れていた。 まったくの無意識、危ないと思ったから……助けなきゃと思ったらこんなことになっていた。

 

 昨夜と同じ白い戦闘服(ワンピース)姿となっては、黒衣の少女と同じように目の前に桃色の障壁を張ったのは、なのはではなくレイジングハート。

 それを表すかのように、いまだ心が迷いという足かせをさせられている少女は、無自覚なままに戦場へと“飛び込んで”行くのである。

 

「増援……まさかあの子の方が魔導師だったなんて」

「え? その……わたし……!」

 

 そして向けられた敵意の目線。 悟空は今のいままであんな目で見つめられながら戦っていたのかと、『闘い』というものに恐怖心を駆り立てられていくなのは。

 

「…………」

「う……」

 

 玉状から杖の形へと変形したレイジングハートを握るその両手は、自然と込める力を強くする。

 しかしそれは眼の前の少女と戦うためなどではなく……

 

「…………(ど、どうしよう。 割って入っちゃったけどこの後どうすれば……」

「…………」

 

 怯えて竦んでいる自身の心と体が戦っているからで。

 人を傷つける、それを実際に自分がやると思っただけで彼女は全身を強張らせる。

 ケンカをしたことが、決してないわけではなかった、でもそれは互いに傷つけ合いたいからではないからで。

 

「~~~っ」

「…………?」

「なのは……だめだ、やっぱり恭也さんが言ってた通りに……」

 

 彼女はそこから動けないでいた。

 

――――――そんな彼女に。

 

「なのは――」

「え? 悟空くん……?」

「悟空さん……」

 

 彼は静かに声をかける。 きっと震えを隠そうとする彼女を見ての声だろうと、ユーノはこころにあたたかいものを感じ取る……

 追い詰められて彼を助けるなのはという、心が熱くなる展開。 協力し合い、強敵を倒していこうとするのは決して悪い展開なんかじゃない……そう、ユーノは思う。

 

――――思うのだが。

 

「なのは! オラいま、アイツと一対一でたたかってんだ! ジャマしねぇでくれ! いいとこなんだ!!」

『えっ!!』

 

 悟空はその誘いをひと蹴りする。

 若干だが機嫌が悪そうにも思える悟空の声と表情。 それは遊んでいる途中で親に呼ばれた子供の様な不機嫌ささえ垣間見え。

 

「な、なんで! だって悟空くん、いまとっても危なかったんだよ!!」

「そうですよ悟空さん! 今なのはが助けに入らなかったら……」

 

 なのはとユーノは大きく非難する。 手助けに入ってこの仕打ち、これでは何のために心を震わせ、勇気を振り絞ったのか判らない。

 プンスカ! と、音を立てそうななのはを置いておいて、悟空は構えを……『解く』

 

「おい、おまえ!」

「え? わたし?」

 

 少女を呼ぶ。 眉を吊り上らせつつも、その声はどこか……本当にほんの少しの謝罪の声が込められた呼び声。

 

「いまの攻撃、オラに撃たせてやる!」

「いまの攻撃……?」

「そうだ! いま、なのはが邪魔した分……さっきの変な黄色い玉っころ、オラに撃たせてやる!!」

『ちょっ! 悟空くん(さん)!!』

 

 そこから持ちかけられたのは、なんと再攻撃の相談。 しかも自身は何の防御の構えもせずに、ほとんど隙だらけという体裁を取っているのである。

 その相談事……というより、なかば強制さえ感じさせる悟空の声に。

 

「え……え? なんで……だって…………」

「ほら! 撃てよ!!」

 

 攻撃する方が逆に面を喰らってしまっている。

 せっかくのチャンス、この好機に手を出さないわけがない!

 

…………ないのに。

 

「はっ!」

「――!? あいつ、また飛びやがった!!」

「悟空くん!!」

 

 誘いを蹴るようにまたも大空に舞いあがる少女。 それと同時に構えを取り直す悟空は三度の跳躍姿勢を取る。

 

「でああああ!!」

「――――悟空くん……」

 

 またも空へと跳んでいく悟空。 それをただ見上げることしかできないなのは……彼女は飛び去っていく悟空の小さな影を見つめながら、ひとりそよ風に仰がれるのである。

 

 

 ――――はるか上空

 

「見つけた……今度はえらく高いとこに居んだなぁ」

「もう追いついてきたの!? 結構な高さまで飛んでるはずなのに……」

 

 そこはおよそ雲が漂う下層よりも下の上空。 地上から大体900メートル程度のそこに、悟空と彼女は相対する。

 

「おめぇ! なんでオラに撃たねんだ!」

「別にあんなの気にしてない……それより!」

「――――わかった! さっきの続きだぞ!!」

「…………」コクリ

 

 さぁ、仕切り直しだ!!

 そういわんばかりに笑顔となる悟空。 そして……そして、それにつられるように硬かった表情を崩すのは黒衣の少女。

 彼女はこのタイミングで、悟空に向けて『素』の表情を見せる。

 燃え上がるようなこのとき、彼女は心の底から戦いに集中しているのである。

 

「でりゃあッ!!」

「はあ!!」

 

 振るわれた赤と黄色。 悟空の如意棒と、バルデッシュの黄色い魔力刃は互いに傷つけ交差する。

 一回、二回……数度にわたり大空へと響き渡る激突音は激しさを増していく。

 

「伸びろおおー」

「アーク……」

 

 今度は互いに振りあげる。 近接戦闘から中距離へと離れては互いに繰り出す大きな“溜め” それは限界を振り絞るための待ち時間。

 たったの数瞬だけの時間の中、悟空と少女は互いの武器を振り下ろす。

 

「如意棒―――!!」「セイバー!!」

 

 悟空は物理的な方法で距離を稼ぐのに対して、少女のとった行動は『投擲』

 黄色い半物質的な魔力の刃がある、その黒い本体の鎌から放たれた中距離攻撃は悟空の如意棒を……切り裂く。

 

「げ!? しまった!!」

「こんどこそ!」

 

 叫び声が上がる中、何度も何度も少女の手ごたえからくる期待を裏切ってきた悟空に迫る黄色い刃。

 ブーメランのような形と刃、さらに軌道を描いて飛んでくるそれを、今の悟空にかわすことはできない。 もう少しだけ遠ければ……そうすればギリギリで交わせたはずなのだが――しかし、そんな思考もいまは後の祭りであり。

 

「ぐああああ!!」

「…………決まった……」

 

 刃は悟空に直撃する。

 落ちる悟空。 彼に飛行の手段はない。 どんどんと近づいてくる緑色の大地に、悟空はそっと神経を集中する。

 

「くっ! やっぱあいつやるなぁ。 かめはめ波も効かなかったし……」

 

 回想を始める彼にあきらめた様子はない。 いつの間にか態勢を立て直した彼は、着地の態勢を……取らず。

 

「こうなったら“あんとき”みてぇに、(りき)をめいいっぱい込めたパンチで……」

 

 あの時を思い出す。 大魔王を仕留め、激闘に幕を下ろしたあの“拳”を――――さらに。

 

「でもたぶんあれだけじゃあの変な壁みてぇのは破れねぇ……うっし! アレもやってみっかぁ!」

 

 悟空はとっておきを“2個”披露することとする。

 

「――――なに……? こえ?」

 

 上空で悟空が落ちるのを見下ろす少女。 それは先ほどまでの、また来ることを待ち構えるものではなく、今度こそ決まった自身の技と手ごたえを実感しているものであり。

 それ自体が大きく間違ったことであり、まったくの隙と言えることがわからないのは、彼女自身もおそらくなのは同様、こんなにも実戦らしいことをやったことがないからであろうか。

 

 だから―――だから―――彼女は気付かなかった。

 

――――かあああああ!! めええええ!!!

 

 下方に落下していく、尾の生えた山吹色の少年から響き渡る、いまだ勝利をあきらめない雄叫びを。

 輝きだす空。 それは先ほどと同じく青白い閃光。

 爆発的に大きくなるその輝きに……やっと彼女は気付く。 あの子は……あの男の子は……

 

「まだあきらめてない……? でもあの砲撃は……」

 

 さっき自身が防いで見せた。

 自分自身、防御の魔法があまりよく使いこなせないとはわかっているが、それでもかなりの硬度があると自負している。

 だからであろう。 だからなのであろう。 彼女は完全に失念していた……彼が、悟空が――――

 

「はああああ!! めぇぇえええええ!!」

 

 誰もが考えもしない奇抜で大胆な事をやってのける、荒ぶるほどの破天荒さを持ち合わせていることを。

 

 少女の遥か下方。 地上まで100メートルを切った箇所に悟空は居た。

 ぐるぐると乱回転している自身の態勢をそのままに、悟空が考えているのは昨日の事。

 

――――御神流……!!

 

 戦った恭也の最後の一撃はかなり効いた。 まるで『撃ち抜かれるような』感覚を覚えたあの“攻撃方法”はえらく鮮明に覚えている。

 アレなら……きっとあれならば……だから悟空はまず。

 

「破あああああああああああああ!!!!」

 

 あの少女が待つ大空まで、打ちあがることにしたのである。

 またも放たれたかめはめ波、だがそれは少女に向けたものではない。 しかも――――

 

「――――また来た!? でもなんだか様子が…………!!!」

「見つけたぞーーーー!!」

「そ、そんな!! 砲撃が――――」

 

 それを見た黒衣の少女は硬直する。

 本当に常識外。 最初からおかしいとは思っていた少年の奇行の数々はここに来て一気に爆発する。

 焦る少女の表情は驚愕の一色。 なぜ彼女がそんなに驚いているのか……それは。

 

「あ、足から……足から砲撃が――――」

「だああああ!!」

 

――――ロケットの様だ。

 

 それを見たものの第一感想はそれだけだろうか。 膝の屈伸運動をするかのような態勢の悟空は、なんと足の裏からかめはめ波を放出……少女に向かってまさに一発の弾丸の如く突撃していくのである。

 

「バルデッシュ!」

[Defensor]

 

 間に合わない、どう見積もってもよけたりできる距離ではない……迫りくる悟空はまさに弾丸飛行を敢行し、彼女に圧倒的速さを見せつける。

 それを見た少女は今度こそ自身から防御に回る。

 砲撃の威力を殺さず、その反動を利用してくるバカがまさかいようとは思わない彼女。 ここに来て、悟空の本当の恐ろしさを肌で感じ取ったからこその防御。

 下手な小細工をすれば逆にこっちがピンチに回る……彼女は正面から悟空に向かっていった。

 

「次も……防いで……見せる!」

「今度こそ……貫けええええ!!」

 

 そしてそれは悟空も同じ。 引きつけ、強く握られた小さな手に集められていく全身の力。 それは蒼く発光していくと悟空の“気”合と共に硬度を増していく。

 しかしこれだけでは足りない。 何かが足りない……かめはめ波を防いだ彼女相手に、これではまだ『ちから』が足りない――だからこそ悟空は思い出す。

 

「キョウヤ! 技を借りるぞおおお!!」

「!!?」

 

 捻れられた右腕。 それは独特な回転を攻撃に伝えるための下準備。

 見よう見まねで不完全なそれは……しかし悟空の力によって巨大な武器の礎となっていく。

 

「はああああ」

「だああああああああ――――」

「――――!!?」

 

 交錯する子供たちの叫び声。 しかし少女は見る、悟空の背後に現れるナニカ……形容できないちからの塊が彼の全身から吹き出すようで……

 

――――グオオオオオオオ!!

 

「な……あれは……!?」

「――――ああああああ!!」

 

 それを知らない悟空の高速の拳は、少女の『守り』を一気に撃ち貫き“徹す”―――

 

「――っ! くぅうう!!」

「いっけぇーーーー!」

 

 瓦解したのは少女の黄色い盾。 さらに勢いが若干落ちた悟空の右こぶしが彼女を吹き飛ばす。

 

「こ、これでどうだ……」

 

 気力少なく黒衣の少女の方を見る悟空。 やるだけやって、出せる限りを出し尽くした。 着いた戦闘の行方に……だがそこに一つの影が少女を拾う。

 

「な、なんだあいつ……女か……」

「…………」

 

 それはオレンジ。 やけに運動的な服装のオレンジ色の長い髪をした女性がそこに居た。 年は大体、美由希と同じくらいかというところ。

 その女性は……

 

「――――きっ!」

「!?」

 

 いまだ落下中の悟空を見下ろし、人ならざる牙を向けている。

 あまりにも鋭くとがった其の犬歯は今にも視線の先の人物を食い殺さんと唸りを上げている……しかしそれもすぐ止み。

 

――――あーー! ジュエルシードがなくなってる!!

 

「え……? なのはの声?」

 

 地上から聞こえてくる大声に悟空は反射的に上空の女性を見上げると。

 

「……フン!」

「あ、あんにゃろう! オラたちが戦ってる間に石っころ盗ってきやがったな!!」

 

 少女を抱き上げる腕の反対の手には蒼く輝く小さな石が握られていた。

 

「ま、待て―――!! ちくしょお! 力が……」

「…………フェイト、行くよ!」

「……うん、いこう……アルフ」

 

 何かをつぶやいた二人、すると悟空を背にして飛んでいき空の彼方に消えていく。 それを見上げるだけで、悟空に残された手は…………ある!!

 

「に、にがさねぇぞ!! 来てくれーー! 筋斗雲!!」

 

 そう、ついに先ほどまで使わなかった、あの悟空の相棒を呼び出すのである。 彼はなのはたちがいるところを通り抜けてはひとっ飛び。

 素早く悟空を空中で捕まえると――「悟空さん!!」

 

「え? ユーノおめぇ乗っかってたんか……?」

「えぇまぁ……じゃなくって!」

「??」

 

 呼び止めるのは小さいフェレット。 強い眼差しで悟空を見つめると、一気にまくしたてるように叫びだす。

 

「そんなボロボロなんですよ! 今追撃しても……きっと返り討ちになってしまいますよ!」

「でもよ……おめぇの石っころ……」

「そんなことはどうでもいいですから! 悟空さんが大怪我するくらいだったら……どうだっていいです!!」

 

 叫んだ声は止みそうにない。

 そんなユーノをみて、悟空の表情は戦闘的な笑顔から力が抜けた朗らかなものとなる。 昔に亀仙人の忠告を無視して、勝てる相手であったピッコロの手下に惨敗を喫したからか……きっと違うだろう。

 目の前のユーノが浮かべる、自身の身を案ずる賢明さを伝えるその真っ直ぐな目に、悟空はナニカ“遠い昔”を思い出すように……でもそれは思い出せなくて……

 

「…………わかった」

「……ふぅ、よかった」

 

 ただただ、ユーノの言葉を汲んだ悟空であった。

 

 

 

 地上、一際高い木の真下

 

「悟空くん……」

「ただいまっと!」

 

 地上に一人取り残されていたなのはのもとに、筋斗雲と共に地上に降り立った悟空。

 彼の姿を見たなのはは、一安心の声と共に悟空に近づき……

 

「あ……あの子は?」

「逃げられちまった」

「そうなんだ……」

 

 なぜか彼女の身を案じていたなのは。 悟空は悟空で心配だった……だがなぜかあの女の子が……とても寂しそうな眼をしていたあの子が気になって……

 

「でぇじょうぶだ!」

「え?」

「アイツもあの石っころ集めてんだったら……またどっかでオラたちにケンカ吹っかけてくるはずだかんな。 その内会えるさ!」

「……え? 悟空……くん?」

 

 しっぽを振りながらも、なぜか少女の心情に直接語りかけるような、ほんの少しだけ“おとな”な雰囲気を醸し出していて……それでも。

 

「そうしたら、また今日みてぇに戦うんだ! ……ははっオラすっげぇ楽しみだぞぉ」

「…………悟空くん……えぇ~~」

 

―――――やっぱり悟空であった…………

 

 

 

 

『ただいまーーー』

 

 月村家――玄関

 ここでは先ほどの大騒ぎを鎮静化させた女子供4人が、息を切らせて各々テーブルの席についていた。

 その中に一人、さっき悟空が思い浮かべた人物が紅茶を片手に笑いを浮かべていた。

 

「あ! キョウヤ! キョウヤじゃねぇか!!」

「お? 悟空……それになのはも。 お前たち今までどこに……ん? 悟空お前……」

 

 其の人物は、昨日のジュエルシード騒ぎでケガを負いながらもなのはを守りきり、悟空へとバトンを渡しては、ユーノの回復の魔法により後遺症を避け。

 さらに行きつけの病院にて、精密な検査を受けてきた高町家の長男……高町恭也その人である。

 その恭也は、いたるところが破け、焦げ付いている悟空の道着を見て神妙な顔つきに変えていく。

 

「…………なにかあったんだな?」

「なにか? おう! すんげぇ強ぇ奴がいたんだ!!」

「馬鹿! 声がでかい……それでそいつがどうしたんだ?」

「そいつな、ユーノみてぇに“じゅえるみーと”を探してるみてぇでよ。 しかもオラたちが持ってるやつを奪おうとケンカ吹っかけてきたんだ」

「…………なるほど。 それでそいつと……」

 

 恭也と悟空による現状報告……ぶっちゃけなのはに聞いた方がなどと思いもするが、そこはかとなく隠そうとしていた我が妹の素振りを察知した恭也は、口が軽そうな悟空に軽く聞くと……結構な情報を彼にもたらす。

 

「そいつすんげぇ強くってよ、空も飛ぶ上にオラのかめはめ波も効かなかったんだ」

「かめはめ波……昨日出した光線か? あれが効かないって……!」

「そだ、なんてったけかなぁ……“ふぇいと”ってやつと……ん~~“あるふ”って名前ぇだった気がすっけど。 たぶんあいつら、なのはと同じだぞ?」

「なのはと……おなじ?」

 

 ここで悟空の考察。 聞えてきた単語を名前と判断、さらに彼女が魔法というちからを行使してくる者であることを恭也に報告する。

 しかしそれらを聞いた後の恭也の表情は重く暗い。 悟空にこれほどまでの苦戦をしいた少女の出現は、確かに驚くべきこと……ことなのだが。

 

「悟空、さっきの話……」

「さっきの?」

「あぁ、さっきの戦闘でお前がその女の子に使った俺の技……“徹”の事は美由希には内緒だぞ! いいな!!」

「ミユキに……? なんでだ?」

「なんでもだ! いいな?」

「よくわかんねぇけど……わかったぞ」

 

 それは悟空が終盤、とっさに使って見せた恭也たち御神の技……徹。

 それをたったの一度見ただけで使ったという悟空に、驚愕し、愕然となるのは恭也である。

 ちなみに、その(くだん)の美由希氏であるが、彼女はここ最近やっと習得の目途を見ようというところ。 その修練の期間にして、ざっと1年は重いだろう。

 これを考慮してみると、悟空がいかに異常かがうかがえる……そんな恭也であった。

 

「…………悟空くん」

 

 そんな中で無言となる少女が一人……「…………あの子……」否、ふたり。

 そのふたりは立場も環境も違うが、たった一つだけ悟空と共通する点がある……それは人ならざる『ちから』を持っていること。

 だからこそ悩み、故に彼女たちは悟空を見る。

 周りと違うのに周囲と同じように接し、笑い。

 ちからを持っているのに、それを本当に使いたいことのためだけに何の迷いもなく使っているその男の子の事を……

 

「……? なのは、すずか、そんな顔してどうしたのよ?」

『え? な、なんでもないよ?……え?』

 

 アリサに指摘されるまで、彼女たちは悟空をただ――じっと見つめていたのである。

 

「お? おぉ!? はは!! やめろっておめぇたち……くすぐってぇ――あはは!」

『にょ~~ん』

「あら、悟空くんモテモテねぇ?」

「なぜかあの絵がよく似合うな、悟空の奴」

 

 帰ってきた悟空に引き寄せられるかのように、ぞろぞろと部屋の中に入ってくる猫たち。 彼等彼女達は悟空の近くによると……一気に飛びつきじゃれついて行く。

 まるで猫で出来た山。 その中心で笑っている悟空は先ほどの戦闘など感じさせないほどに日常的な雰囲気を醸し出している。

 

 今日の非日常はここまでと、そういわんばかりのこの光景の中で……悟空はそっと窓の外を見る。

 そこには銀色にも金色にも見える三日月がひとつ。 周囲の星の輝きを寄せ付けずに大きく輝いていた。

 強すぎる光は視界を奪うだけで、周りのものを寄せ付けない……そんなことを暗示している光景。 そんな難しいことなど悟空は思いもしないのだが、その月を見てはなぜか……

 

「ふぇいと……フェイトか……」

 

 今日の強者(つわもの)をおもいだし。 小さくしっぽをふるう悟空であった。

 

 




悟空「おっす! オラ悟空」

なのは「悟空くん、けがは大丈夫?」

悟空「大ぇ丈夫だぞ、それにしても強かったなぁ! オラつぎに会うんがたのしみだぞぉ!!」

なのは「…………戦うのがたのしみなの?」

悟空「え? そりゃあな。 だってよ――」

恭也「すまんな悟空、時間切れだ。 なのはとの話はまた次回やってくれ」

悟空「もうこんな時間か? よし、次回!! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第8話」


恭也「固まる決意! なのはが起つとき!!」

なのは「わたしはどうして戦うんだろう……ユーノくんの手伝い? うんん、ちがう……わたし――!」

悟空「……またこんどな! じゃあな~~」


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第8話 固まる決意! なのはが起つとき

今回、にじファン時代で忘れていたエピソードを書いてみました。

これをやらんと、なのはが悟空を……
そんなこんなでりりごくも8話。 末広がりの良い数字の話数です、そんな話で彼女は少年に何を見るのか……では。





 

「悟空くん! そっちいったよ!」

「わかってる! くらえー ジャン! 拳!!」

 

 月村家を訪れ、黒衣の少女……フェイトという名の女の子との熱戦を終えた悟空となのは、彼らはその後2日間の休息を取りながらも今後について話し合っていた。

 その結果、このままジュエルシードを発見し次第、悟空となのはは“一緒に”それにまつわる事件を解決することと相成ったのである。

 

 そして月村邸宅訪問から五日あとの午後。

学校が終わったなのはを悟空が迎えに行く“ついで”にジュエルシードの事件を解決している今現在である。

 

「グー!」

「ギャアア!!」

 

 悟空たちが相手取ってるのは巨大な狼……の様でいて背に翼をもつという奇怪な生物。

 俗にいうキメラと呼べるそれは、原生生物を取り込んだジュエルシードの暴走態らしい。

 

「チョキ!」

「グアア!!」

 

 そうこう言っている間に繰り広げられていく悟空の『ジャン拳』は怪物の頬、目にヒット。 それらを深く抉りながらも彼は最後の仕上げに、怪物の横っ腹に向けて手のひらを勢いよく仰ぎ撃つ。

 

「パー――!!」

「ギィィアアアアアァァァ――――」

 

 衝撃音が周辺に轟き……モミジの手跡が深く怪物のアバラに刻まれては、遠くに吹き飛ばしていく。

 まさに小型の台風の様な快進撃を見せる悟空の、そんな準備運動にも満たない彼の動きですら。

 

「すっごい……たったの3回で倒しちゃった……」

「悟空さん、5日前よりも明らかに強くなってる……こんな急激なレベルアップができるものなのか……」

 

 彼らにとっては、非日常的で常識はずれな光景なのである。

 難なく……本当に何でもないように怪物を倒して見せた悟空に驚くなのはとユーノ。 悟空の戦闘能力が飛躍的に上がっている気がしてならないユーノは悟空を見つめ深く考える……のだが。

 

「まぁ、悟空さんだし……できないわけじゃないか!」

 

 という結論で、その思考に幕を下ろすのである。

 しかし彼は知らない。 あの戦闘を経験したことにより、悟空はなのはたちが学校に行っている間中ずっと神の神殿での修行方法を繰り返していたことを。 そしてそれ以外の要因があることを……

 

「悟空くん、ジュエルシードそこに置いといて。 今封印するから」

「わかった」

「……なのはも戦うことについては慣れてきたみたいだ。 悟空さんが一緒に居るっていうのも大きいかもしれないけど……とにかくこれで当面の心配は解消されたのかな」

「なんだよユーノ、さっきからブツブツとさぁ」

「え! あ、なのはが戦闘慣れしてきたなって……」

 

 独りごとをつぶやくユーノに、すり足で寄ってきた悟空。 その悟空の質問に一瞬キョドリながらも返事を返すフェレットの絵がそこにあった。

 そんな彼に悟空はうなずき返す。 なんといっても最初は大変だった……本当に……

 

「魔法ってやつを使わねェと、なのはのやつテンで動けねぇんはビックリだったぞぉ。 ブルマの方が全然マシかもしんねぇ」

「ブルマ……(なのはが体育の授業で穿いてるアレ?)」

「そだぞ、オラがドラゴンボールさがすのを手伝ってやったやつでよ。 運動音痴だし、筋斗雲にものれねぇし、やかましくってわがままな奴でよ」

「は……はぁ……(あ、人の名前でしたか……はは!)」

「でも、よくオラの事助けてくれるいい奴なんだ」

「…………そうなんですか」

 

 歩けば転び、走ればすぐに息を切らす(悟空のすぐは1キロ程度の感覚……らしい)そんな彼女に呆れるを通り越し……

 

「なのはおめぇ“びょうき”なんじゃねぇのか?」

「そんな!?」

 

などと、リアルな心配をし始めた悟空は恭也に相談。

 後頭部を掻きながら、苦笑いをする彼から言われたのは――

 

「頑張ってくれ! 俺も不肖な長女を鍛え上げている最中だから!」

「ちょっと恭ちゃん! それはひどいよ!! あ、悟空くん? 今度わたしとも組手してね。 じゃね!」

 

 只の応援。 そのあとに聞いた『うれしいこと』に元気よく返事をした悟空はそのまま自分だけで修業を開始する。

 その間にユーノと相談し、解決したことと言えば、魔法を使わないとなのはは悟空の様な戦いができないという事実だけ。

 

「あれから一応、自分なりのやり方っちゅうのを見つけたみてぇだしな、これで『アイツ』みてぇに出来るようになれば完璧だ」

「あいつ……あのフェイトって名前の魔導師の事ですか?」

「そだ、アイツもたぶん“なのはと同じ”だと思うかんな。 だからよ、魔法を使いこなせるようになれば、あっちゅうまにオラより強くなっちまうかもしんねぇぞ」

「悟空さんより……強く……(悟空さん、普段からじゃとても考えられないくらいに……どうして?)」

 

 だからそこを強くする。 そういう方針へと導いていく悟空の提案は至極『的』を射た内容である。

 どこか人を指導するのが慣れている感じがするのは気のせいだろうか……だがあまり人の事をとやかく言うのはと気遣うユーノはそこで疑問符を取り下げる。

 

「おまたせー あれ? ふたりしてどうしたの?」

「うんん、なんでもないよ?」

「暇だったかんな、少しだけ話してたんだ」

「おはなし?」

 

 そこにようやく帰ってくるなのは。 彼女は白いバリアジャケットのままに悟空たちのもとへと小走りで近づいてく。

 手には赤い宝石が目立つ杖……レイジングハートを掴んだままに。

 

「おめぇが運動音痴だってはなしだぞ」

「運動……て。 悟空くん、それって本人に向かってストレートに言うものじゃないと思うんだけど……」

「でも事実だろ?」

「そうだけど……もう~~」

「なに牛みてぇに鳴いてんだよ?」

「むっ! なんでもないもん!!」

「なのは、悟空さんも……はは……」

 

 こんなやり取りがもう、ここ2日くらい繰り返されているだろうか。 既に軽口を叩けるほどにまで距離を縮めている彼等3人は今日もいつもの通りを繰り返す。

 悟空がとぼけて、なのはが怒って……それをユーノがたしなめて。 どこか兄妹にも近いその流れはとても――――朗らかさを感じさせる。

 

 とても戦闘後のやり取りではないこの空気の、一番の原因はやはり彼だろうか……戦うことを何よりも楽しいといい、しかしそこには邪気というか暗い感情がなく、清々しいまでにあふれ出る戦闘に対する欲求……戦闘欲は、ジュエルシードの事件に対して、戦闘にたいして及び腰だったなのはをここまで引っ張ってきたのだ。

 

「そんじゃ帰ぇるか! モモコがよ、おやつ作って待ってるからって言ってたんだ」

「え、おやつ? でも今日は“翠屋”に居るはずだから……」

「みどりや?」

「うちはね、お家とは別の場所にお店をやってるの」

「みせ? 食い物屋かなんかか?」

「悟空くん正解! んっとね? 喫茶店っていって、お菓子やコーヒーとか……それに紅茶とか、そういったものを提供する……たしか――」

 

 ここでなのはは思いにふける。 たしか昔、父士郎が軽やかに語っていた翠屋のイメージフレーズ。

 なんとなくクラシックでいて、どことなく皆の心に安らぎを与える……そう、あれは

 

「たしか、オリエンタルな味と香りの~~~~」

「なのは、それは多分違うお店だと思うよ? そしてあのお店には特製カレーなんて置いてないから、悟空さんは口元をきれいにしてください!」

「んぐ?」

「ふぇ?」

 

 どことなく悟空のように、笑顔が似合う別の世界のヒーローが入り浸っている、そんなすてきな喫茶店の事を知らず知らずのうちに口走るなのはを、戒めるユーノは若干顔が青い。

 

「なんだカレーは無ぇんか……ま、いっか! モモコの飯はみんなうめぇもんな!」

「そうそう! お母さんが作るものはみんなおいしいもんね」

「二人とも…………ふぅ」

 

 なんとなく、そう、なんとなく思考が悟空寄りになりつつあるなのはに気持ちを大きく揺らされつつ、心からおおきな息を漏らすユーノであった。

 

「みんなのったな?」

「はーい」

「乗りました」

 

 悟空が召喚した筋斗雲に乗ったなのはたち。

 別になのはは魔法で飛べるからいいじゃねぇかという悟空の言葉を大きく引き裂いては“二人乗り”を強く強調するなのはに悟空はタジタジ……

 なんでそんなことすんだろうな……などと呟きながらも、筋斗雲と共に大空へと飛び立つこととなる。

 さぁ行こう無限の空へ。 そこにはきっと夢と希望が~~などというフレーズが頭をよぎる中で、彼女たちは失念していた……

 

「んぐぐぐぐぅ~~~」

「ご、悟空さん! もう少し発射スピードをををを~~~~」

「ん?」

 

 なにかに夢中となった悟空の考えのなさに、同じ愚行を繰り返している彼らに悟空は無関心。 そういえば前にもこんなことがと思い……もせずに、ひたすら桃子が勤める喫茶店へと進路を決めて走り出す。

 

「もう……だめ……――視界が真っ暗に……がく……」

「あぁあ!! なのはが! なのはがまたブラックアウトを――ううっ!! ボクも……もう……キュウ~~」

 

 彼と彼女の意識を、深い深い地の底に忘れていって……

 

 

 

PM4時丁度

 

 ここは海鳴のどこかにある商店街。 さらにそのいずこかにある小さくもなく、大きいわけでもない、けれど繁盛という嬉しい忙しさに迎えられている喫茶店。

――――喫茶翠屋。

 洋菓子兼喫茶店を看板に掲げるその店は、今日も今日とて大いに賑わいを見せていた。

 

「あ、いらっしゃいませ~~」

 

 チーフウェイトレスの女性の声が響く。 とても軽やかなその声は、どこか湖の上でさえずる小鳥のような綺麗な旋律を浮かばせて。

 

「オッス!! モモコー! ハラ減ったーー!」

「え……? えっとぉ~~」

 

 そんなもんをぶち壊すように轟かせた悟空のあいさつは、例えるならばジャングルのざわめきだろうか。

 はい、まったくそんな感じで喫茶店に入場めされた悟空はとてもご機嫌みたいである。

 

「あら? 悟空くん! それになのはも……もう帰ってきたの?」

「おう! あさ言ってた“おやつ”を貰いに来たんだ」

「にゃはは……わたしもなのです」

「キュウ~~(ぼ、ボクも……)」

 

 ウェイトレスの女性が困惑する中、どこかで聞いたことがある大声に、厨房から小走りで駆け寄ってくる女性が一人。

 それはなのはと同じ色のセミロング風な髪をたなびかせた、きれいなお姉さん……高町桃子その人である。

 彼女は悟空たちを迎えると、外を一瞥してはウェイトレスに耳打ち。

 すると耳打ちされた彼女の表情が真っ青になると共に、まるでサーキットのマシンよろしく。 厨房へと駆け抜けていくのである。

 

「団体様一組! ごあんなーい!!」

 

 そんな、喫茶店とはどこか間違った出迎える声を響かせながら。

 

「あっと、そうだ! なのはと悟空くん……それにユーノくんも」

『え?』

「一応、うちはペットの御同伴は禁止なの、だから……」

「わかった。 そんじゃユーノは裏でネズミを捕まえてくんだぞ?」

「ギュッ!!?(そ、そんな! あっさり見捨てた!!)」

「そうじゃなくって……」

 

 走り去ったウェイトレスを横目に、『団体様』と銘打たれた悟空たちに桃子はとある席を案内する。 その中で、悟空がユーノを外に追い出そうとするのをなのはが“まぁまぁ”となだめているのは、最早お約束の域なのであろう。 保護者の桃子はあまり焦りの色を出していなかったりする。

 

「みんなは、外のテラスでお願いしたいって言いたかったんだけど……えっと?」

「キュキュウ!!(ボクだって楽しみだったのに!)」

「でもおめぇが居ると食えねんだろ?」

「きゅ、キュウ~~(そんなぁ~)」

『あはは!』

 

 結局は最後でみんな大きく笑いだす。 そんなことがわかっているからこそ、彼女は決して焦ることはなかった。

 

 

 

「はー! 食った食ったぁ!!」

『ごちそうさまー』

 

 時刻はもう4時半。 カラスが大空に舞いあがり、『嗚呼』と鳴いては闇夜に向かって翼を羽ばたかせていく。

 いまだ日没が早いこの季節は、悟空たち“子供”に帰宅を迫り急がせる。

 

「なのはー! 悟空くん! そろそろ家に帰ってなさーい!」

「はーい」

「ん? もうそんな時間か?」

 

 それは悟空たちも例外ではない。 子供であるなのはと、その彼女よりも背の低い悟空に帰るように言い放ったのは、店の窓から顔をだしてはオープンテラスに声を響かせている桃子。

 

「あれ? なんでおめぇが……」

「…………」

 

 そんな彼女に促されるように席を立っていく悟空たちに、一人の男が立ちふさがる。

 その男は二つの包みを持った身長176センチの大学生。 彼はなのはの前に立つと、ゆっくりと右手を彼女の頭の上に持っていき、乗せる。

 

「わぷ!? お、お兄ちゃん! いきなり――」

「すまんすまん。 ちょうどいいところに乗せやすそうな頭があったもんだったからな、つい」

「むぅ~~」

 

 其の人物は乗せた手を左右に動かしながらも、軽い口調でなのはの文句を華麗に受け流している。 その男、その青年の名は――

 

「キョウヤじゃねぇか! あれ? おめぇミユキのやつと修行してたんじゃなかったんか?」

「よ、悟空。 いろいろあってな……休憩がてらに“こいつら”の手入れをな」

「こいつら……? その手に持ってるやつか?」

「まぁな……ところで……」

 

 悟空にキョウヤと呼ばれた人物。 高町恭也は、手に抱えた二つの包みを見せるかのように上下に揺さぶると、悟空にそっと近づきコソコソと会話をし始める。

 

「もしかして今日“も”あの石……ジュエルシードを集めてたのか?」

「そうだぞ? 今回はなのはの奴もちゃんと混ざってやってたんだ」

「……そうか……なのはが……」

 

 その内容は自身の妹を気遣う優しい兄の言葉。 だったら自分も手を貸してやれというところだが、それはとある出来事……悟空が高町家にすみこんだ第一夜の士郎との会話が原因であり……

 

「…………」

「どうかしたんか?」

 

 それは……まだ語られることではない物語である。

 

 そっと手を拳の形にする恭也を見上げながらも、特に配慮のない声色で彼を呼びかける悟空の声に、ふと我に返る恭也は悟空を見ると小さく笑い。

 

「いや、なんでもない」

「???」

「お兄ちゃん?」

 

 なんとなく、お茶を濁した表情(かお)をする恭也であった。

 

「さて、空も暗くなってきたことだし。 このまま家まで帰るか……なんといってもうちのなのははドンくさ……」

「……お兄ちゃん」

「…………正直ですね、言いすぎだと思っています……すいません(なんだ!? この怒った時の“かーさん”にそっくりな雰囲気は……)」

 

 夕日が真っ赤に空を焼き尽くしているかのような時間帯。 なのはに異形の影を見出しながらも腰を直角に曲げている兄は少しだけ冷や汗。

 彼は間が悪かった。 普段ならこんな言葉ではそこまで行かないなのはちゃんは、しかし悟空によって彼女のそっち方面での精神力……というか、我慢てきなモノが限界を迎えようとしていたのである。

 

――――――おめぇ足おせぇから邪魔だぞ。

――――――なんで今のが避けらんねんだ?

――――――すんげぇ“うんどうおんち”だなぁ……こまっちまうぞ。

 

 などなど。

 悟空の思った通りの、思いやりという名のフィルターを通さない文句の数々は――「ふぎゅ……」――彼女を涙目にしつつ。 だが、事実なものだから言い返せないなのはの心を徐々に軋ませていった。

 例えるならば、くしゃみをしそうになっている『ランチさん』

いつ爆発する……いつ爆発する……!! である。

 そんな地雷原でブレイクダンスを踊ってやると言わんくらいに、女の子に対しての配慮がないのはひとえに悟空の生い立ちが原因であるのだから仕方がないだろう。

 

「なのはの奴、最近ずっとツンケンしちまってよぉ。 なんかあったんかなぁ?」

「悟空さんが一番の原因だと思うんですが……」

「あぁ、悟空がいけない」

「…………むぅ」

「オラがいけねんか? なんでだ?」

 

 仕方がないとはいえ、そのようなことを知らない者たちからすればそんなものなど考えようもなく。 少しだけ悟空に対しての好感度が下方に向かっていくなのははむくれっツラ。

 それを訳が分からんと後頭部を掻いている悟空に、少しだけ冷ややかな視線をする恭也とユーノは、なのはに深く同情したとかどうとか……

 あまりにも無神経な彼に果たして届いたかどうかはこの際おいておくことにするべきか。

彼が今現在起こっている意味を理解するには、きっと5年……8年の歳月が必要になることであろう。

 

「…………ねぇ、悟空くん」

「ん? なんだなのは……まだ食い足りねんか?」

「悟空くんじゃないんだから……そうじゃなくってね。 悟空くんって、どうしてそんなに強くなったの? わたしよりも年下なのに……」

 

 歩き出したなのはたち一行。 そのなかで少女は少年に向かってぽつりとこぼす。

 今まで……まぁたったの五日だけだが……その中でなのはが見た悟空の強さは常軌を逸していた。 まさにテレビの中でしか起こりえない事柄の連続に、空を見上げては驚き、地を駆け巡る姿に目をまわす。

 そんなことがザラだった、自分とあまり背丈が変わらない彼をいつも見ていたからこそ……彼の事を知りたくなるのは至極当然なのだろう。

 

「へ? おめぇオラより歳食ってんのけ……へぇー!」

『???』

 

 そんな悟空の意味深とも取れる返しに疑問符を浮かべながら……彼女たちの歩は止まらない。

 家へと向かっていくなのはたちには、いまだ多くの時間がある。 だからこそ聞いてみよう……決して深い意味はなかったし、悟空が拒むのならば潔く引き下がる気でいた。

 だけどとっても気になるという相反する自身の思いは……しかし、その少女の望みは……

 

「オラな、いろいろあってよ? 3年後の天下一武道会までに、今よりウンと強くなんねえといけねんだ」

「天下一……前に話してた大会だよね? たしか命を狙われてるって……でも」

「そうだ、だからよ? 早く石ころ集め終わらせて、神様んとこに戻ってみっちり修行すんだ」

「え……もどる……?」

 

 すこしだけ、自身の予想外の答えが返ってくることとなる。

 もどる……戻る。 つまりは家を出て、悟空がもと居たところに帰るということ。

 それを頭で理解しては、ゆっくりと口から吐き出すようにつぶやいたなのはから表情が……消える。

 

「この調子で行けば、1か月かかんねぇだろうしなぁ……そしたら今度こそ“ミスターポポ”に一撃当ててやるぞぉ!!」

「…………」

「なのは?」

「こいつは……どうしたものか……」

 

ひとり燃え上がる悟空を余所に、一言もしゃべらなくなったなのはと、それに気づきはしたが意味を理解するまでに至らないユーノと。

 さらにはすべてを理解し、それでも手出しをしようとしない恭也。 4つの異なる考え、想い、願い……それはいまだに交じりあうことはなく。 それでも彼らは歩んでいくことを“やめられない”

 

 時は只、進んでいくことしか――しないのだから。

 

既に暗闇となっていく海鳴の街を歩いていく彼らは、それ以上の話題があがることもなく、ついに高町の家に到着してしまうのであった。

 

 

 

 

――――帰宅後……2階、なのはの部屋

 

レイジングハートを定位置に置き、すぐ横にはいまだ収納されていない“今日の成果”を置いておき、なのはは今日の出来事を整理し始める。

 

 

 

「悟空くん、今日もすごい食べっぷりだったなぁ……」

 

一足先にお風呂に入って、悟空くん達が上がってくるまで先に自分の部屋に戻ってきたわたし……高町なのはは、最近何となくやっている一人反省会という名の回想に思いをふけることにしてみました。

 

「今日は……んっと……」

 

今日は昨日よりもうまく動けたと思う。 いつもみたいに「なのはーうしろだ!!」みたいなことは言われなかったし。

ジュエルシードの怪物相手だったら、もう一人でもやっていけるかもしれない。 もちろん、レイジングハートのちからは貸してもらわないといけないけど……

いつの間にかベッドの上で寝転んで、いままでの事、これからのこと――いろいろ考えてしまうけど、今気になってしまうのは……

 

「あの子と……悟空くん……」

 

 悟空くんが“フェイト”って言ってたあの黒い魔導師の女の子……きっとこれから先もあのときみたいな目をしながらわたし達と対峙していくんだろうな。

 

        でも……

 

「もどる……帰るってこと……?」

 

それと同じくらい……うんん。 それよりも気になってしまうのは悟空くんが言っていた話の内容。

確かに、突然現れて……いきなり家に住むことになって、いろいろ無茶苦茶な男の子だったけど。

それでも今は、いつの間にかいるのが当たり前になっている。 最近は気付けば悟空くんの背中を目で追っているのが多くなっている気がするし……それに――

 

「そうだよね、悟空くんだって“帰るおうち”があるんだもんね……それに“家族”だって」

 

 もしもわたしが悟空くんの立場だったら……

 きっと不安で押しつぶされちゃって、ユーノくんのお手伝いなんて言っていられなくって。 周りのみんなに当たり散らして、勝手に騒いで……そんなことも想像することしかできなくて。

 だから悟空くんを見ていると、つい忘れちゃう。 ここに来たときは彼は一人ぼっちだったんだ……て。

 それでもあんな風に何かのために……誰かのために一生懸命になれるってすごい素敵なことで……それで……それで…………あれ?

 

「…………ん。 わたし、さっきから……」

 

 気付いたら今日の反省会から、悟空くんの事に考えが偏っちゃった……どうしてだろ?

 

「まぁ……いっか」

 

 ちょっとだけ悟空くんみたいに「い」の部分にアクセントをつけてみた今の言葉。 結構な事態に出会ってもよく耳にするこの一言は、きっと悟空くんを表しているひとことなんだろうな……んん~~なんだかまぶたが重たくなってきたかな……

 

「学校に行く準備も終わってるし……あ、そうだ……机の上のジュエルシード……」

 

 思ってたより疲れがたまってたのかな……もうベッドから出られそうにもないかも……

 ジュエルシード……封印すれば害はないってユーノくん言ってたし、大丈夫だよね。

 

「もう……寝ちゃおう……」

 

 そう思った途端に、一気に睡魔が襲ってきたのかな? とっても重くなっていく身体に、うすれていく周りの景色と自分の意識。

 その気持ちのいい感覚の中で……わたしは最後に思い出してしまいました。

 悟空くんの……最初の夜に言っていた一言――

 

「…………大事なもの……たくさん取られちゃった……どういう――――」

 

 悟空くん、あの時とっても辛そうな顔してた……なんで……どうして……

 聞いてみたい気持ちもあるけど、“デリケート”な話題は誰にでもあるってお母さん言ってたし……でも――でも……ん~~

 

「悟空くんの事……知りたい……かも。 んん…………」

 

 まぶたが開かない……

 もう駄目……かも。 一足お先に……おやすみなさい…………ZZZ。

 

 

 

 

 

「なのはーー! お? 部屋が暗ぇ……なんだよなのはの奴、先に寝ちまったんか」

「あはは……今日も悟空さんのうしろをずっと追いかけてたから、とっても疲れてたんでしょうね」

 

 少女が意識を手放してから数分が経った頃。 少年たちは少女の部屋に音を立てて入ってくる。

 悟空はともかく、比較的女子に対して普通の感覚を持っているユーノですら、どこか慣れている感じがするのは既にこの部屋に入るのが日常になっているからである。

 初日の一件以来。 なのはの部屋で寝ることが定着してしまった(あまりにも無害なので恭也ですら“いいんじゃないか”と賛同したほど)悟空とユーノは、今日も今日とてなのはの部屋に入り込むのである。

 

「ま、いっか! そんじゃ、オラたちも寝るか!」

「あ、はい!」

 

 布団を敷き……ちなみに、悟空のふとんはなのはの部屋の片隅で、簀巻き状に丸められては放置プレイされている……枕をどこぞから取り出して、二人一緒にごろりと寝転ぶ。

 一日の終わりの至福の時間。 一日を普段から精一杯生きている悟空に、睡魔がやってこないわけがなく。

 

「ぐごごごごごぉぉぉ…………んん……ははっ! んむぅ……」

 

 彼はすぐさま、小うるさい鼻息……吐息……いびきと、順にクラスチェンジさせながらも深い眠りについていく。

 それはユーノも同じであり、当初はうるさかった悟空の寝息も今は只の子守歌……

 彼も悟空に続くような形で寝息を立てては今日という日に幕を閉じるのである。

 

――――そんななか。

 

「…………んん」

 

 既に喋るものが居なくなった部屋に、小さく漏らされた吐息。

 その息の(ぬし)は、この部屋の(あるじ)であるなのはのモノ。 どこか寝苦しそうにしているのは、決して悟空の声がうるさいからではなく。

 

「…………どうして……」

 

 すでに夢の中に居るはずの彼女はいまだに、彼……悟空が抱えるナニカを考え……悩んでいるのであって……

 そんな彼女の吐息が止む……ソレと同時に……部屋が薄暗く輝きだす。

 

 その光はほのかなもの。 気にしなければどうってこともなく、捨て置ける程度の弱い輝き。

 薄ぼんやりと光るそれは、なのはの机に置いてある宝石『レイジングハート』ではなく……その隣に置いてあるジュエルシードからのものである。

 既に封印済みのその石がなぜ輝き始めたのか、それはわからない。 わからないのだが……

 

「んん……」

【――――――】

 

 まるでなのはの吐息に呼応するかのように……少女の心にわずかながら芽生えた“願い”に答えるように。

 その青い宝石は、ほんの少しだけなのはに『夢』を見せる。

 見たい、知りたい、わかりたい……その少女が奥深くに仕舞い込もうとしていた感情。

 彼は言わない。 自分から言いふらすようなことはしない。 こっちから聞けば答えるだろうが、少女にそんな踏み込んだことをさせる勇気はいまだなく。

 

だから……少女はさらに知りたくなってしまう。――――だったら……そうだ。

 

すこしだけ話しをしよう……少年が、この小さな男の子が辿った――走り抜けてきた。

険しくもワクワクするというお話を。

――――いま、少女の意識は……より一層、闇に沈んでいく。

 

 

 

 

 

深夜 ???

少女の知らない何処(いずこ)か……

 

「――――え!?」

 

 ここ……どこ?

 さっきまでベッドの上で眠ろうとしてたのに……

 

「なんだろう、すごく開けた場所……石畳があって……あ! まわり、水で囲まれてる」

 

 そこはわたしが知らないところでした。

 奥に大きな建物……少しだけインド風っていうか、アラビアンナイトに出てくるような建物があって、そのすぐ前には大きな舞台みたいなものがあって。

 

「でぇああ! はっ! はあ!!」

「ふっ! く―― だりゃあ!!」

「誰か二人……たたかってる」

 

 その中央では知っている男の子と、見たことない狐のお面を付けた人がたたかっていました。

 知っている男の子……その子は、しっぽを生やしている彼は、ひと目見て悟空くんだってわかったけど。

 悟空くんが戦っている相手がわからない……というより、どうしてこんなことになっているのか。

わからないだらけのわたしは、とても混乱していて……でも。

 

「あれ? 景色が“とんだ”の?……え? あのお面の人、降参しちゃった」

 

 そんなわたしを、本当においていくように周りの景色が“流れていく”と、舞台の上での出来事はどうやら収束に向かっていて。

 良くわからないと……自分が置かれた状況に戸惑うわたしは、取りあえずこのまま状況に流されることにしてみました。 「ま、いいか」 なんてつぶやいてしまったのは、きっと悟空くんの言葉が移ってきているんだろうな……

 

「あれ? 悟空くんなんか変……? どこかすっきりしたっていうか……」

 

 跳んだ景色で思ったのは違和感でした。

 別にどこもおかしいところはないはずなんだけど……う~~ん。

 

「悟空。 弱点の尻尾を鍛えるのを怠ったようじゃのぅ」

『え?』

 

 お面の人が悟空くんに言った言葉に、そろって疑問の声を上げてしまったわたしと悟空くん。

 けど、それはお互いに違う意味が込められていたみたいで……だって……だって……

 

「あ……あのひと……ご、悟空くんのしっぽ……! え!? 悟空くんしっぽが!!」

 

 普段から生えている悟空くんのトレードマーク? の茶色い尻尾が、あのお面のひとの手に握られていたからなのです……そしてさらに。

 

「じ…………じいちゃーーーん!!」

「しっぽが……え!? じ、じいちゃん!!?」

「ほっほ……これこれ――」

 

 お面をおもむろにとったその人……おじいさんを見た悟空くんから聞こえてくる声に、わたしはさらに驚き、はためくのでした。

 

「じいちゃん……あいたかったよ……~~~~~っ!!」

「あ……悟空くん、泣いてる……」

「お~~よしよし」

 

 大声を上げて、駆け出して……おじいさんに向かって飛びついて行った悟空くんは、普段からは想像できないくらいに“子供らしい”姿でした。

 どうしてだろ、よくわかんないけど……こっちまで涙が出てきそう……

 あんな悟空くん見たことない。 うちのお母さんにだってあんな風に抱きついて、甘えた声なんか出さなかったのに……とっても、大事なおじいさんなんだ。

 

「あ、あれ!? またなの?」

 

 そこで景色はまた動きました……さっきは早送りのように動いていった景色が、今度はリモコンでチャンネルを変えたように切り替わる感じ。

 

「あ、もとにもどった……こんどは……え?」

 

 終わったと思った景色の切り替え。 そして次に映りこんでくるのは倒れたひと……

 青い背広を着て、悟空くんよりもほんの少し背が小さそうで、あたまを丸めたお坊さんみたいな人。

 

「なんだか様子が……」

 

 でもその人……目を開けたまま倒れてる。

 それになんだかわたし自身の身体の自由がきかない。 まるで映像だけを見せつけられているような……いったい何が起こっているの?

 

「クリリン!!」

「え? 悟空くんの声……?」

 

 突如として聞こえてくるのはよく知った男の子……悟空くんの声。

 その声と共に、映り込んできている景色は激しく揺れ、映像の真ん中である倒れたそのひとが大きく映し出されていって……

 

そっかこれって――

 

「悟空くんが見てる光景……」

 

 そう気づくのに時間はかかりませんでした……だって…………

 

「クリリン!! あ……あぁ」

「こ、このひと……うそ……」

「………………死んでる……」

「~~~~ッ!!」

 

 手の感触が、漂ってくる血の匂いが……そのままわたしに伝わってきたから……

 

「クリリンが…………ころされた……――――っ!!」

「え!? 悟空くん、まって!!」

 

 いきなり立ち上がる悟空くん。 そして悟空くんの仲間だと思う人からなにか丸い機械を受け取ると、誰かが止める声を無視して……そのまま走っていきました。

 

 だめ……だめだよ。

 

「お、おまえか!! クリリンの仇! おまけにじっちゃんの形見をとってった!!!」

「また……映像が……」

「ゆるさねぇぞおお―――!!!」

 

 こんな悟空くん……見たことない。

 初めてジュエルシードの事件に遭遇した時も、怒った表情は見たことあるけど……こんな……こんな悟空くん……見たことない…………

 

 やめて……こんなの悟空くんじゃない……

 

「――――ぶっ殺してやる!!!!」

「…………え」

 

 さらに聞こえてくるのは怨嗟の声。

 それと同時にわたしの中に流れ込んでくるのは深い悲しみと……怒り。

 執念という言葉はこの時の悟空くんのためにあるのではないか。 それくらい全身を駆け巡る熱い感情は、それだけ悟空くんが怒っているから。

 

 お願い……おねがいだから…………もう……

 

「悟空くん……だめ……」

 

 目の前に居る怪物に向けられる悟空くんの怒声。 けれどその声は虚しく……次に悟空くんは――

 

「…………フン!」

「うああ!!」

「あ!! 筋斗雲さんが――!?」

 

 またも大事な“友達”をうばわれてしまいました。

 

 怪物から放たれた光線に貫かれて、霞のように消えていく筋斗雲さん……

 もうやだ……これ以上みていられないよ……どうしてこんなことに――――

 

「ち、ちくしょ……カタキ……クリリンの……クリリンのぉぉおお!!」

「立たないで!! 悟空くん!! もう……もう無理だよ……」

 

 空から地上に落ちていった悟空くんは全身ボロボロで……だめだよ! これ以上はホントに死んじゃうよ!!

 

「ちくしょう……ちくしょおおおおおお!!」

 

 叫んだ悟空くんの声が響く中で、わたしはあまりにも悲痛な声に耳をふさぎこんで……起こった事実から目も耳もそむけて……そんなことをしているわたしを無視するかのように、場面はまたも切り替わっていきました。

 

 流れていく映像……その中で悟空くんは『毒』を呑むことを選択しました。

 強くなれると言われたその毒は、でもそれで強くなったものはだれ一人いなくて……

 

「これを飲んだものは……皆、引き出す力がなくてのぉ。 全員死んでしまったのじゃ」

「…………」

「そんな!! 飲んだひとみんなって――――」

 

 只の劇物……それはたった一杯のコップに入れられた黒い液体。

 聞えてくる声の主の風貌よりも、そっちの事が頭を埋め尽くして……

 

「悟空くん! そんなの飲んじゃだめだよ!! 死んじゃうよ!!」

「…………オラ……のむ!」

「悟空くん!!」

 

 でも悟空くんは……とんでもなく頑固で……会話をしているわけじゃないのに、意思が通じ合っているわけじゃないのに。

 わたしは思わず悟空くんを掴みかかってでも止めようとして……止められなくて。

 

「ぅぅぅぅううううううあああああああああああああ!!!!」

「~~~~っ!!」

 

 いままで一度も聞いたこともない、どんな騒音よりもおおきくて、地の底から響くような唸り声にただ両手で耳をふさいでる事しかできませんでした。

 

 ついに閉じてしまった目、でも次にその目を開けた時は周りは青い空。

 けれどそこに広がる光景は血みどろな“死闘”と形容するべきものでした。

 

「ぐあああ!!」

「―――!!」

 

 左腕を……

 

「うあああ!!」

「~~~っ!!」

 

 左足を……

 

 四肢のほとんどを撃たれ……地面に這いつくばっているのは……悟空くん。

 それでも……それでも……

 

「ついに終わったな!! ピッコロ大魔王さまの勝利だ!!」

「悟空くん……」

「失敗したなあああああ!!」

『!!』

 

 彼はあきらめませんでした。

 それはまさに“不屈の闘志”を絵に描いた行動で……悟空くんに残された武器はたったの右腕一本の筈なのに……それなのに――――!

 

「腕を一本残してるぞおおお!!!」

 

 それでも彼は立ち向かうことをやめませんでした。

 右腕から放たれる青い光……それは悟空くんを大空に打ち上げると……

 

「オラのすべてを……この拳に賭ける!――――貫けええええ!!」

「~~~~~~眩しい!?」

 

 わたしの視界に突然、巨大すぎる光が差し込んできて……そこでわたしは意識を手放してしまいました。

 どうしてこんなものを見たのかはわかりません。 だけど、わかってしまいました……あのとき、最初に出会ったときに悟空くんが言ってた“大切なもの”

 

「悟空……くん」

 

 もう消えてしまいそうな意識の中で、わたしはただ、絶望に立ち向かっていった男の子の名前をつぶやくだけでした。

 

 

 

 

 

「……のは……なの……!!」

「う、う~~ん?」

「あ! やっと起きた! おめぇ今日も“がっこう”行くんだろ? おーい?」

「はへ……? 悟空くん?」

 

 目覚める、高町なのはの“夢”はそこで途切れる。

 そして目に映りこむ日の光。 それは先ほどまで居た夢の中などよりも強い光であり、彼女にここが現実であることを嫌でも思い知らせる。

 

「はやく着替えて降りて来いよ? オラ先にいってるかんな!」

「あ……悟空くん――いっちゃった」

 

 部屋から駆け足で出ていく悟空。 それをただ眺めながら見送ったなのはは、先ほど見たことを思いだす。

 妙にリアルで、それでいて自分の感覚がほとんどなかったあの夢。 本当にただの夢なのか? そんなふうにさえ思ってしまう彼女に、しかしあの時感じた悟空の怒声だけは彼女の耳から離れない。

 

「悟空くんの大切なもの……あれって物じゃなかったんだ……」

 

 起こした身体をそのままに、彼女は独り思いにふける。

 あのときの悟空の表情に隠された真実。 友を文字通りに失った彼を知ってしまったなのははここでやっと――――

 

「~~~~~~!」

 

 身震いをする。

 とても人に言えない事実。 それはなのはの心に縛り付けるような感覚圧迫感をもたらしていく。

 

「悟空くん……友達だった人が……」

 

 夢で見たその感触はほとんど残っていない、だがそれでも少女にはきつすぎる死の感覚はイヤに鮮明に脳裏に刻まれて離れようとしない。

 もし自分が―――― 一度でもそう考えてしまったが最後。 彼女は震え……動けない。

 いつも通りにするということさえ浮かんでこない。

 その“いつも”の風景が、何の前触れもなく崩れてしまったら……そんなことばかりがよぎって彼女は掛布団を握る。

 

「…………怖いよ……もしもあんなことが起こったら……」

 

 自分にも特に仲の良い友達がいる……いつも学校では一緒で、大体遊ぶ時も一緒。

 友達はと聞かれて、最初に頭に浮かんでくるのも彼女達だ。 もしもそんな彼女たちが……

 

「やだよぉ……」

 

 その先を考えることすら出来もしない。

 弱々しく吐かれる心の内。 それは誰もいない部屋に響き……「なにがイヤなんだ?」……廊下に居る少年へと聞こえてしまう。

 

「悟空……くん……」

「ん?」

 

 いくら待っても降りてこないなのはに、まさか2度寝してるのではと駆けてきたのは悟空である。

 そんな彼は、掛布団を握っているなのはを見て……首を一回傾げる。

 

「なんだなのは……おめぇ」

「……え?」

「ふとんから出たくねんだろ?」

「…………ちがうもん」

 

 ノウテンキを絵にかいたような彼に、なのはは体育座りでぼそりと答える。

 座り込んだ彼女の膝元までかけられた掛布団。 その上にちょこんと頭を置いては『ここから動かない』をアピールしている彼女。

 そのすがたは普段感じさせる歳不相応な落ち着きを微塵にも感じさせず、等身大(ありのまま)の少女を映し出しているようで……しかし、その彼女を見ては悟空のやることは変わらない。

 

「なぁ! 早くメシにしねえんか?」

「…………」

 

 またも呼び掛ける声、けれどなのはは声を出すこともしない。 ついに顔をうずめて横に振り『イヤイヤ』をする子供のように、その場を動こうとしなくなる。

 

「ん~~こまったなぁ……どうしちまったんだ?」

「…………悟空くん」

「ん?」

 

 八方ふさがりかと思われたところである。 ベッドからなのはの声がひとつ。

 それはあまりにも小さく発せられた問いかける声。

 

「悟空くん……どうしてそんなに笑ってられるの?」

「え?」

 

 それは、どこか理解ができないと……少年のことを罵るかのような言の葉。

 

「殺されちゃったんだよ……お友達……」

「ともだち……?」

「クリリンくん……あの怪物に殺されちゃったんでしょ……なのになんで……」

「え……なんでおめぇクリリンの事知ってんだ?」

 

 段々と強くなる少女の言葉。 だが言われた本人は、その言葉よりも思いもしなかった人物の名前が出てきたことに大きく動揺する。

 そしてその人物の末路まで言い当てた彼女に、悟空は少しだけ戸惑い……逆に質問をすることとなる――その質問も……

 

「夢で見たの……どうしてかは分かんないけど……」

「ゆめ?」

「うん……」

「そっかぁ夢かぁ……」

 

 返ってきた答えはよくわからないけど、それでも腕をあたまの後ろに組んでは笑顔でなのはに相づちをうつ悟空。

 彼はよく考えてみる……こんなふうになってしまった子をどうすればいいか……足りない頭で考えて……考えて……

 

「ん? ん~~心配ねえぞ」

「…………え?」

 

 とりあえず、彼女に“教えてみる”ことにする。

 

「クリリンや亀仙人のじいちゃん、殺されちまったんは確かに悔しいけどよ。 でも…………」

「でも……?」

「今頃きっと、ブルマたちが“ドラゴンボール”で生き返らせてくれてっからな。 だからオラ、そんな“しんぱい”とかしてねんだ」

「……生き返る……?」

「そだぞ? “神龍”はな、なんだって出来んだ」

「シェン……ロン……?」

 

 それはむかしむかしの物語

 見るものを畏怖させるが、どんな願いでも叶えてくれる巨大な龍。

 そしてそれを呼び出すために必要な7つの奇跡の球。

 

 さらには世界中に散らばりしその奇跡を集める壮大な物語……

 なぜか夢で語られることがなかったその事実は……悟空の拙い説明によってなのはに伝えられ……

 

「じゃあ……悟空くんの友達は……」

「ああ! まだ生き返ったクリリンには会ってねぇけど……きっと元気にしてると思う」

「そう……なんだ……」

「おう、そうなんだ!」

 

 不安と悲しみで押しつぶされそうだった彼女の心から、そっと“おもし”が消え失せていく。

 暗い表情から、だんだんと明るい顔に戻っていくなのは。

 悟空の突拍子もない、奇想天外な話はすぐに信じられるものではない……無いのだが、夢で“悟空を見た”彼女だから信じることができる。

 数多くの苦難を乗り越えた、そんな少年のまっすぐで綺麗な黒い瞳を……まっすぐに見つめることができる。

 

「悟空くんって……すごいんだね」

「ん? いきなりどうしたんだ?」

「わたし見たよ? どんなに大変で、どんなに苦るしくても立ち上がっていって……」

「???」

 

 そんな悟空の瞳から少しだけ視線をそらすと、なのははうつむき、悟空に喋りかける。

 もう忘れることができない悟空の戦いの数々。 いくつか見落とし、うすらぼけているシーンもあるものの、それでも彼のすごさは薄れず……深く印象に残る。

 そんな彼がとても――――

 

「とっても……かっこよかった……」

「そうなんか? はは! ちっとばっかしテレちまうぞ」

「…………ふふ」

 

 勇ましく……大きく見えて。

 そして笑い出す悟空。 それに釣られるかのように、ほんの少しこぼした笑みはなのはのモノ。

 ようやく彼女から出てきた微笑み。 それを見た悟空は、なんだかとっても嬉しそうで……

 

「やっと笑ったな! そんじゃ飯食いに行くぞ? オラもう腹ペコで……」

「あ……うん!」

「早く着替えて来いよ? オラ先にいってっかんなーー!」

「…………悟空くん」

 

 そして彼は部屋を出ていく。

 そんな彼を追うように、なのはは先ほどまでうずくまっていた布団の中から抜け出し、クローゼットを開け、学校の制服を取り出す。

 それは最近、放課後に身にまとうこととなる“あの服”にそっくりで……

 

「ユーノくん、わたしのイメージが具現化したものって言ってたっけ……」

 

 少し前に言われたことを思いだし、何となくあの時の自分を思い出し。

 

「ん~~」

 

 彼女は少し物思いにふける。

 あの服を着た時、自分は何を思って杖をふるっていたのか……

 

「たたかう……そう、いつかは“あの子”とぶつかる時が来るんだよね……」

 

 きっと何も思っていなかったのではないのか……?

 悟空が居た、ユーノもいる。 そんな彼らのうしろでただ手伝い気分で……そう、どこか軽い気持ちでいたのではないか。 だから初めてあの黒衣の少女と目が合って、空気に触れた時に動けなくなってしまったのではないか――――

 

「悟空くん……戦っているとき、いつも笑ってたけど……でも……」

 

 その目はどこか、決意を感じさせる鋭い目をしていた。

 特に最後の方の“死闘”らしき場面の悟空は、普段から……ジュエルシード集めの時ですら見たことがないほどで。

 

「いつも……そうだよ。 いつも誰かのために……」

 

 本人が言うように、戦うのが楽しいというのもあるかもしれない。

 ワクワクして仕方ないという時があったのかもしれない……けれど、あの時見た彼の顔は間違いなく誰かのために怒っている顔だから……

 

「本当に優しくて……明るくて……裏表っていうのがどこにもなくて」

 

 だから少女は思う。

 

「わたしも……悟空くんみたいに……できるかな…………」

 

 自分も、誰かのために“たたかう”ことができるのであろうか……と。

 ケンカなどではない、本当の意味での戦い。 

 

「わたし……頑張ってみよう――――!」

 

 そう呟いた彼女は、持っていた制服の裾をゆっくりと握るのであった。

 

 太陽が昇り、部屋の窓から日の光が差し込む午前の空気。 少しだけ肌寒く、意識をクリアにしてくれるその気温の中で、少女は少年から見出した“不屈な心”を内に秘め、そっと衣服を脱ぎだしていく。

 今までの自分を脱ぎ捨てるように、そしてこれからの自分を身に着けていくように、彼女は肌着を脱いでは制服にへと着替えていく。

 

 最後に髪を両サイドで束ね、小さなツインテールに結び……キュッと音を立てて締めていく。 ほんのちょっとだけ、帯を結んだ時の彼に似せてみたのはみんなには内緒。

 少女は、少女らしからぬ気合を入れ……部屋を――――

 

「なのはー! 大ぇ変だーー! “ちこく”だってよーーーー!」

「ぇぇええええ! うそーー!!」

 

 一気に駆け出していく。

 迷いを振り切るように、新しい自分にへと走り出すように。

 

 

 




悟空「おっす! オラ悟空!!」

恭也「なぁ悟空? お前、温泉って知ってるか?」

悟空「おんせん? 知ってるぞ! 前にどっかの村で入ったことあんぞ」

恭也「どっかの……村? まぁいい、ならば話は早い! 悟空、明後日からみんなで湯治を兼ねた小旅行に行くぞ!」

なのは「あ、もうそんな時期なんだ……すずかちゃんたちに電話しておかないと」

悟空「”りょこう”かぁ……じゅるり! うめぇもんいっぱい出っかなぁ、オラ楽しみだぞ」

???「ふん! そうやって面白おかしくやっていられるのも今のうちだよ!」

悟空「?? いま、なんか声が聞こえたぞ……ま、いっか!!」

???「え! ちょっとまって―――」

悟空「次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~第9話 犬猿の仲? 旅館で出会った二匹の獣!」

???「アンタねぇ! 人の話くらいちゃんと――――」

悟空「ん? なんだおめぇ、ケモノくせぇぞ?」

???「え!? あ、いやぁアタシは……くぅ! また来るよ!!」

悟空「変な奴……んじゃ、またな!」


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第9話 犬猿の仲? 旅館で出会った二匹の獣!

やっと来ました温泉回。
しかし最初に言っておきましょう! 女の子は……極力……脱がない。

まぁ、まっぱになるのは悟空だけでいいってことで。

りりごく第9話! どうぞ!!


 

 

 

「な!! なのは!? しっかりしろ!!」

「美由希!? 気をしっかり持って! 傷は浅いわ!!」

「…………きゅう~~~~」

「そんな……まさかの…………だったなん……て――――がくり」

 

 それは突然起こった!

 桃源の香り漂う湯の煙、それを周囲に取り巻くは、本日この地に参った御三家の方々。 そんな彼らはそろいもそろって“その者”に視線を向けては天を仰ぐ。

 この地にて、ついに知りたる驚愕の事実。 まるでそれを放り投げてやると言わんばかりに彼らは陽の光で目を焼いていく……

 

「ん? なぁ! おめぇたち、急に騒いでどうしちまったんだ?」

 

 尾をもつ少年が一人ポツンと佇むその仕草は、まるでただの傍観者のよう……しかし騙されてはいけません。

 なにせこの純真無垢を絵に描いた少年こそが――――本日起こりました事件の中心となるのですから。

 

「…………ん? なんだ?」

 

 そんなことなど露とも知らない、天真爛漫な純朴モノはこの際おいておきまして……さぁあて、さてさて!

 ここで時間は数分……いいえ。  50時間ほど巻き戻してみましょう……

 

 では、ごゆるりと…………

 

 

 

「悟空、突然なんだが。 あさってはこの家から離れるなよ?」

「え? 離れるなって……突然どうしたんだよ? んぐんぐ……何かあったんか? キョウヤ」

 

 それは、なのはが2回目の遅刻をしてしまったとある午後。 大学を午前で切り上げてきた、高町家の長男坊である高町恭也さん(19歳)から切り出された一言から始まる。

 そんな彼の言葉を聞いているのは、茶色の尻尾をユルユルとご機嫌に動かしては、手に持ったみたらし団子を串一本まるごと頬張る孫悟空である。

 縁側ですこし薄めの緑茶をすすりながら、その甘ったるい団子をもちもちと咀嚼している悟空はいま、最高にご機嫌な模様であって……

 

「……む、俺もなんだか団子が食いたくなってきた……」

「――――!! もいふはやわえーぼ!」

「別に横取りなんかはしない!」

「……ほっは! んぐんぐ…………」

 

 ついその食欲に釣られそうになってしまう恭也なのである。

 

「いやいや! そうじゃなくってだな?」

「なんだよ? 今日はずいぶん騒がしいじゃねえか」

「…………今度の土曜から祝日の月曜にかけて、みんなで温泉に行くことになったんだ!」

「………おんせん…?」

 

 悟空の“さわがしい”という言葉に、右手で握り拳を作ること約1秒。 同じく右の眉を引くつかせながら、怒鳴りと語りかけるの中間点くらいの声色で会話を続行する恭也。

 クール系男子のなんたる辛い情景が展開される中で、悟空は至って自分のペースで昔を思い出す……

 

「“おんせん”かぁ……そういや昔、世界中ひと回りした時に入ったかもしんねぇな。 ふぃ~~食ったくったぁ」

「そうか、入ったことがあるのか……それなら話が早い。 今度、その温泉にみんなで行くから、お前はいつもみたいに『ふらっと』居なくならんでくれ」

「なんでだ?」

「正直、“あの”修行中のお前を探し出すのは至難の業なんだ」

「そうけ? オラなんか、まだまだだと思うんだけどなぁ」

「……目の前に居るのに気配を完全に消してくれるくせに……よく言うよ、まったく」

「はは! そんなほめられると照れちまうぞ!」

「はぁ……はいはい……ん?」

 

 こんなやり取りも、既にやりなれた感じの恭也。 会ってまだ一週間が経とうかというのにこなれた感じに見えるのは、それだけ少年がこの地に馴染んでいるからであろう。

 少しめんどくさくて、少し鬱陶しく思えて……でもどこかこんな時間が楽しくて。

 剣に生きてきた青年は、まるで弟が出来たこの感覚をどこか嬉しそうにもてあそんで――――「――って、世界中!!?」――――話はまだまだ続きそうである。

 

「世界中って……まさか悟空おまえ、世界を回ったっていうのか!?」

「そうだぞ? 昔にな? 亀仙人のじっちゃんに言われたんだ。 “世界を足だけで見て回れ”って」

「…………足だけ……じゃ、じゃあ筋斗雲とかは……?」

「うん、使わなかった」

「は…………はは――(ウソだろ? 世界って……単純に一週と考えても、確か4万キロはあるはずだよな……?)」

 

 とまぁ、こんな感じの驚きが数日間連続で、しかも特に予告もなく唐突に訪れもすれば、大体この少年に対する接し方も理解してくるものであろう…………か?

 

 ちなみに、日本の全長が大体3000キロ。 東京駅から新大阪駅まではおおよそ500キロはあるはずだとここに明記しておこう。

 

「な、なんとなくわかってきたかもしれない…コイツの強さの秘密…」

「ん?…………ははっ!」

 

 頭上に昇りし日輪が、ほんの少しだけ傾いていくとある午後。 また一つ判明した、悟空のトンでもさに驚きのたまう高町の恭也さんであった。

 

 

「……ん!」

「……? どうした悟空」

 

 それから少し時間が過ぎたくらいだろうか。 心地よい日差しに照らされ、涼しい風が頬を流れる午後の陽気。

そのあまりにも“のほほん”とした時間を縁側でくつろいでいた悟空と恭也に、一つ変化が訪れる。

 

「…………なのはだ……それにユーノもいっしょだ……」

「なに……?」

 

 なんとなく……そう、何となく玄関の方を向いた悟空は呟いていた。

 今朝、大急ぎで家を出ていったあわて娘……高町家の末子の名前を。 そんな悟空の言葉に疑問符を浮かべ、持っていた湯呑みを床に置く恭也。

 いきなりどうしたという表情で悟空を見て……玄関の方へと視線を泳がせると……

 

「ただいまー」

「キュウーー」

 

 悟空の言葉を証明するかのように聞こえてくる二つの音。

 トテトテと音を立てながら玄関、廊下と歩いてきてはリビングへと顔を出したのは……あたまにユーノを乗っけた高町なのは(9歳)

 彼女はリビングから見える縁側に座り込む悟空と恭也を見つけると、その幼い表情(かお)を満面の笑みにして……

 

「お! (ホントに当てたぞ、いったいどうして……)なのは、おかえ――」

「悟空くん! ちょっとこっち来て!!」

「おわぁ!? なにすん――――」

「…………り……なのは…………あれ?」

 

 これまた笑顔で迎えた恭也を振り切っていくように、悟空の右手……左手は湯呑みで塞がっている……を掴むと、一気に駆け出し二階へと消えていくのである。

 

「…………うむむ……これはまたどうしたものか」

 

 その後ろに、これからの展開にいろいろと頭を悩ませる恭也を置いていって……

 

 

高町家――2階、なのはの部屋――

 

 悟空を引っ張りこんだ部屋の主であるなのは、彼女はひどく御機嫌である。

くねくね、もじもじ……トレードマークともいえる、短いツインテールを悟空の尻尾のように動かしては、目の前の彼に“今日の成果”を取り出して…………見せる!

 

「じゃーーん! これ、なーんだ!!」

「ん? ああ!! なのは、おめぇそれは!?」

 

 それは宝石。 きれいに済んだ色でありつつもどこか濁った輝きを……今はしていないが……ただ綺麗な青色の宝石がなのはの手に1つ収まっていた。

 

「“じゅえるしーど”じゃねぇか!? それどうしたんだ!!?」

「へっへーん」

「はは……なのはってば……」

 

 それを見た悟空の顔は驚きに染まり、そんな彼を見たなのはのテンションはいきなりクライマックスである。

 “ない”のに張ったその胸を悟空に突出し『えっへん』しているそのさまは、どう見たって初めてやったお使いに成功した小学生……いや、間違ってはないのだが。

 

「実は帰りがけに、ジュエルシードの怪物に襲われて……悟空さんを呼んでる暇がなかったから、ふたりで応戦してたんですよ」

「最後の方で逃げられちゃいそうになったけど、『悟空くんみたいに遠くに攻撃できれば』って思ったらレイジングハートが力を貸してくれて。 悟空くんのかめはめ波みたいにはいかなかったけど、わたしも“砲撃”っていうのができるようになったんだよ!」

 

 そんな彼女から出てきた本日の戦闘。

 悟空がいない逆境(ピンチ)をはねのけ、むしろ悟空がいないからこそと闘志を燃やしたのはなのはである。

 彼女のその思いは……自身に新たな力を授けることとなり、それを見事にものにしたという。

 

「へぇ~~こんな石っころがなぁ」

【…………】

 

 強い想いを宿した彼女を手助けした赤い宝石――レイジングハートを正面から見据えている悟空。

 その小さな球面に映り込んでいる自身の顔とニラメッコ。 するとほんのりと光ったレイジングハートは、しかしそのままなにもしゃべることはなかった。

 

 まるで挨拶をするかのように。

 まるで当然のことをしたというかのように。 それは輝き、ゆっくりと光を消していった。

 

「あり? 消えちまった……ま、いっか。 ところでよ?」

「え?」

「さっきな? 恭也から聞いたんだけどよ。 こんど、おんせんに行くんだってな?」

 

 ここで話題を切り替えよう。

 それはついさっきあがった湯治旅行。 滅多に行かないその旅を、きっと楽しみにしていたなのはは、この話に……

 

「あ、うん! えっとね、毎年うちでは――――」

 

 えらく食らいついてきた。

 そして説明役に立候補する彼女。 おそらく“なんにも知らない”であろう悟空に、やたら元気に事の行先を説明しようと、右手人差し指をちょこんと口元のあたりまで持っていくと、お姉さんぶってみたりする。

 そんな微笑ましいなのはに、悟空は大きく振りかぶり……なのはに先んじて答えを返して見せた。

 

「“とうじ”っていうんだろ? さっきキョウヤから聞いたぞ!」

 

 一投。

 

「あ、じゃあ。 今度の――――」

「“れんきゅう”っちゅうときに行くんだろ? これもキョウヤが――――」

 

 二投。

 

「……すずかちゃん」

「めえに会ったアイツらと一緒なんだろ? それもキョウヤ――――」

 

 三投と、なのはから投げかけられてきた会話のボールを、ことごとくピッチャー返しで打ち飛ばす悟空。

 なんでもない顔で答える悟空、それとは反対にモノトーンがかかっていくなのはの表情(かお)はなんとも形容しづらい何かを纏っていく。

 そしてそれは、ついにクライマックスとなるのであります。

 

「…………2泊――」

「3日だぞ!」

「にゃはは。 まったくお兄ちゃんったら――――しゃべりすぎだよ……レイジングハート…セット…」

「なのは?! ちょっと!!?」

 

 早着替え(バリアジャケット)を発動しだす少女は笑顔。

 ただ、あまりにも背景が地獄にしか見えない。 そんな彼女に、小動物が全身全霊をもって彼女の服の裾を引っ張り出す。

 

「大丈夫だよ……? ほんと、少しだけ文句を言うだけだもん?」

「語尾が疑問符!? っていうより、なんで話に行くだけなのに武器(つえ)を持っていくの! それは冗談じゃなくって本気で不味いから!!」

 

 末っ子だった故に、ほんの少し憧れていた年上の余裕。 それを見事に打ち崩されたなのはは、“ちょっとだけ”怒っているようだ。

 ダンダンと大声になっていくユーノにむかって「そんな大げさだよ」なんていって、どこか涼しい声を出している。 実際問題、どっちが大げさなのかは……

 

「?? なんだなのはの奴、いきなり着替えちまって?」

 

 悟空にはよくわからなかったりする。

 

 

 

 徐々に日が暮れていく今日の海鳴市。 そんななかで、悟空と共に強くなっていこうとしていく少女はただ笑っていた。

 良く動き、よく食べ……ほんの少しだけ夜更かしして。

 悟空の”昔話”と”やってみたこと”とか、いろんなことを聞いてはうなずいてるなのは。

 

「そんでよ? かめはめ波をよ――――」

「え! そんなこともできるの!?」

「ん~~魔法じゃそんなことは……でも――」

 

 学校では決して教わることのできない非常識な体験と、たたかう時のお話を、彼女は深く聞きいるのであった。

 

 毎日が劇的に変わっていく感覚。 それを享受する彼女の数日は本当に一瞬であった。

 どれくらい一瞬だったかというと――――

 

 

「着いた―――!」

『おんせーーーーん!!』

「みんな騒いじゃってまぁ」

「そういうお前こそ、結構そわそわしてるんじゃないか? 美由希」

「あはは、まぁね」

 

 あっという間に旅行当日になっていたぐらいなのだから。

 あれから差し当たって記述するような出来事はなく、ジュエルシードの事件も一端の休息を見せていた。

 強いて言うならば、なのはが悟空の修行に疑問符を浮かべていたことだろうか。

 

「ただ眼をつむっているのが修行なの?」

 

 なのはの質問ですら、只だまって聞き流して『それ』に没頭する悟空。

 そんな悟空を見て、まるで信じられないものを見たという目をしている剣士が3人ほどいたのだが、それはまた別のお話である。

 

 

 

「……悟空さん……悟空さん」

「ん? なんだよユーノ、そんなコソコソ話しかけてきてよ?」

 

 話は元の時間軸に戻り、ここは温泉旅館玄関口。

 そろり、そろりと悟空の足元まですり寄ってきたのは小さな体を持つフェレットのユーノ。

 

「悟空さん、何かとっても嫌な予感がするんです……そう、ボクの名誉にかかわるそんな一大事が! お願いですからボクからはなれないでぇ~~!!」

「?? よっくわかんねぇけど、よいしょ。 これでいいんだろ?」

 

そういって、ユーノの首根っこをつかんだ悟空はそのまま自分の頭の上に乗せると。

 

「シロー! モモコー! オラ先に風呂入ってくるぞぉーー!!」

「お、そうか。 気を付けていってくるんだよ」

 

 ちょっとした作戦会議を終えた少年達。 ユーノのシックスセンスが捉えた、未来予知にも似た底知れぬ不安におびえる中、彼は悟空と共に旅館の中に入っていく。

 するとダンダン薄れていく不安。 余裕が出てくる心とカラダ。 部族名を持つフェレットもどきは今、この先起こりうる”不幸”を見事打ち崩すのであ――――

 

「あ、悟空君! ちょっとまって」

「――!!!」

 

――――あと少し。 あと少しだったのに……ここでユーノの足に掛かってくる枷。

 それは只の誘う声。 ほんの思いつきから、美由希の口から出たのは本当に気のない只の”冗談”

 しかしそれはユーノにとっては死にも等しい”どこか”へと誘う悪魔の声にも聞こえて。

 

「きゅーー!! キュキュ―――――!!(悟空さん! ダメだ!! 振り向いちゃ――)」

 

 彼は止める。 必死に止める。

 ダメだ! ここで振り向いては。 そう念じては、まるで童話に出てくるどこぞの愚か者を冠する夫婦のような絵が頭に浮かんでしまい……あわてて消していく。

 決してそうはさせないと、彼の足を止めさせまいと、自身が乗っている頭のぬしに向かっての精一杯な自己主張、されどその願いも――

 

「ん? なんだミユキ?」

「…………キュウ(あああああああ~~~~どんどん先行きが怪しくなってく~~)」

 

 呆気なく崩される。

 破られた安息の瞬間はユーノだけのモノ。 悟空にとって否、ここに居るほとんどのものはいまだ平穏に身を委ねている。

 だから仕方ないのだろう、故にあきらめるべきであろう。

 さぁ、聞こうではないか。 ユーノと悟空に言い渡される、美由希さん(16)の甘い誘いを……

 

「ここってね? “10歳未満”の子ならどっちにでも入れるんだってぇ~~」

「10歳“みまん”?」

「うん、10歳未満。 つまり9歳から下のことだね。 それでね? 悟空くん」

 

 そこで一瞬の間。 何となく作られていく“タメ”に、嫌な予感が脳内を駆け巡るのはユーノだけではない。

 

『えっとぉ~~おねえさん?』

 

 それはなのはたち女の子3人組にも伝染し、彼ら彼女達の後頭部にデッカイ汗マークを作成させていく。

 なにかおかしい、そう思った時にはもう……手遅れであった。

 

「悟空くん、女湯(こっち)こない? こんどはちゃんと背中洗ってあげるから、ね?」

「なっ!」

「ん!」

「でッ!」

「――すと~~~!!」

 

 美由希から言い渡されたまさかのリベンジ。 しかしそんなことは今はどうでもよく、ただ彼女から発せられた混浴宣言(バクダン)が、少女たちの脳に連鎖爆発を起こさせていた。

 見事な連携は決して打ち合わせが行われていたものではない。 だがあまりにも息の合ったその驚愕の声はリレーのように一つの言葉を作り出しては、旅館のロビーに素早く大きく響かせる。

 

「――――かはっ!!(終わった……なにが終わったのかよくわからないけど、何かが終わった!!)」

「……ん?」

 

 小さき者の奮闘劇は、たったの50秒で幕を閉じるのであった――――本当ならば。

 そう、悟空が『ただの子供ならば』であれば……ここで騒動は何となく収束したのである。

 小首をかしげた少年は、真横に居る女の子に向き直り。 ひとつわからないことを聞いてみることにした。

 

「なぁ、なのは。 10ってよ、11のまえだろ?」

「え? 悟空くんいきなりどうしたの?」

 

 それは本当になんでもない質問。

 ちょっと教えてほしいんだけど――なんて、学校の問題を教えあう友人みたいな感覚と言えば分るだろうか。

 ホントにそれくらいな軽さで聞かれた、まさかの『さんすう』の問題に……

 

「なにアイツ、まさかとんでもなく頭が悪かったりするわけ?」

「アリサちゃん…………毎回の事だけど、ホントに失礼だよ?」

 

 少女二人、困惑するすずかに対して、アリサは若干……引き気味である。

 ある程度は予想できていた、言動もバカ丸出しであった。 それでもやはり常識程度はなどと勝手に思っていた少女たちに、この発言は悟空の凄さを改めて知らしめるには十分で。

 

けれど

 

「うん、そうだよ。 10の次が11で……」

「11のつぎは……14――じゃなっくって、12だったっけかなあ?」

「そうそう!」

 

 そんな悟空に、決して変な視線を送らないなのは。 彼女は優しく悟空に教えを説く。

 彼の“事情”というものをだいたい把握してしまったからなのだろうか。

 いいや、きっとそれだけではないだろう。 それは間違いなく、彼女が本来持ち合わせているあたたかさがあってこその産物であって、彼女の本質なのだから。

 

「ねえねえ、恭也?」

「なんだ? 忍」

 

 そんな子供たちをはた目に、ここで将来を誓い合ったカップルが話し出す。

 それは今まで気にも留めなかったこと。 なんだかんだで気にせず、勝手に『そうであろう』と決めつけていたこと。

 月村忍(18歳)はそれに気が付くと、本当にいまさらながら聞いてみた。

 そう、彼なら知っているんだろうな。 そう思って行われたこの質問は……

 

「悟空君っていくつなのかな? なのはちゃんよりもどれくらい年下だったりするの?」

「えっ? そりゃなのはと同じくらいだ……よな? あ、父さんはなにか――」

「悟空君かい? 悟空君は……あれ?」

「え? もしかして二人とも……」

『面目ないでござる』

「…ござるって…」

 

 ダンダンと不安な予感を募らせていく。

 推定年齢はおよそ6~10歳程度という見積りで接してきた彼等。 しかし、しかしだ、皆はこんな『ことわざ』を知っているだろうか。

 

 

“あの声でトカゲ喰らうかホトトギス”

 

 

 今こそ、そのことわざの片面程度の意味を実演する時が来たのである。

 

「……なんだか、とっても嫌な予感がするわね。 恭也――」

「お、俺か? …………な、なあ。 悟空……」

「なんだ?」

「あ、いや……あのな?」

 

 それはいまさらな会話。

 本当に迂闊だった。 まさかこんなくだらない事を、いまさらになって聞くことになろうとは。

 そんな、どこか背中で涙を流した彼は、年下の姉さん女房的な彼女にせかされ、“少年”に聞いてみることとする。

 

「お前、歳……いくつだ?」

「オラか?」

『うん』

 

 いつの間にか周囲を巻き込んでいたその会話。

 耳が『ぞう』のようになっている悟空とユーノ以外の彼等……当然なのはも例外ではない……は、いつの間にか会話がなくなる。

 

「天下一武道会が3年に一回だったろ? だから~~ ん? 3+2が……えっとぉ」

「……ごくり」

 

 士郎(36)も。

 

「悟空様の……」

 

ノエル(24)も。

 

「あの方の……」

 

 ファリン(15)も

 

「あらあら♪ みんな興味津々なんだから。 気持ちは分からなくないけど」

 

 桃子(ないしょ♪)ですらも。

 

悟空を注視し、注意深く耳を傾け動向を探り始めている。

そんな静寂が訪れる旅館の玄関口。 そよそよと鹿威し(ししおどし)に水が流れ、増えていく自重は自身を水平に持ち上げている。 そしてそれは、突然――――

 

「そんで半年くれぇ経ったんだろ……だからえっとぉ――――6歳だ!」

『な、なんだ……』

 

落ちる。 小気味良い音があたりに響くさまは、静寂の広がる彼らの空気に波紋を巻き起こしているようにも見えてくる。

“聞えてきた”単語はえらく小さいもの。 だが、これが落としどころなんだろうな――どこからか聞こえてきた声はいったい誰の声だったろうか

 

生まれる油断。 それは恭也に余計な一歩を進ませる。

 

「案外小さかったんだな。 6歳か、その歳であそこまで――」

「ん? ちげえぞ」

「なに?」

 

 いらない追撃、必要がなかった聞き直し。

 それは彼等を、激動と混乱のどん底に引き落とす引き金となってしまう。

 

「オラ6さいじゃねぇぞ 【じゅうろくさい】だ!」

「…………はい?」

 

 思わず、聞き返してしまった。

 

 さっき聞こえたものに付け加えられた余計なもの。 その言葉に全世界が凍り付いた。

 

「なんだ? みんな黙っちまったぞ」

「じゅう、ろく………………あは♪」

「お? ははっ! なのはが笑ったぞ!」

「悟空さん、マズイ。 あれは、イケナイ――」

「へ??」

 

 凍った世界に響く一つの音。 まるで巨大な氷山に一筋の亀裂が入ったかのようなその音は、しかし勘違いしてはいけない。

 その音は確かに小さい音であった。 聞き逃せば何も聞こえないものとも取れるそれは、発信源の近くに居た悟空とユーノだからこそ拾えたもの。

 聞かなきゃよかった、知らなきゃよかった。

 そんな彼女たちの喜劇【第一幕】が始まるのでした。

 

 

 

 

「うふふふふふふふ―――――あはははははははははははははははははははははははははははははははははは――――――」

『な?! なのはが壊れた!!?』

 

 

 

 

 ケタケタと笑い出したのは、先ほどまで陽光の明るさで悟空を照らしていた高町の末子。

 少女は、彼女は、笑う。

 その目は海峡の大渦とたがわない混沌を映し出し、クルクルと回ってはすべての景色を拒絶するかのようで。

其の景色の中で今までの出来事を哂い。

自身の行いに嗤い。

現状のショックをワライ……

大口を開けたまま、ふさぐことなく吐き出されていくその大声は。

 

「――――あははははははは、ははっ……は――――キュウ~~~~」

「な!? なのは! おい! しっかりしろ!?」

 

 こと切れる。

 

 とっさに少女を抱きかかえた恭也は、いち早く混乱から抜け出る。 悟空の歳うんぬんより、今は気を失った妹が心配だ、彼の判断は――――「いやあああああああ!!!!」

 

「クソッ!! 美由希が感染した!!」

「嘘だ! ウソだぁぁぁぁーーーー!!」

「しっかりして! キズは浅いわ!!」

 

 間違いではなかったはずである。

 今度の被害者は、数日前の出来事を回想しきって、現実へと帰ってきた美由希。 だが彼女を待っていたそれは、受け容れるにはあまりにもハードルが高かった。

 結果、彼女も妹と同じ道を辿ることを選んだようである。

 狂気が他者に伝染した瞬間である。

 

「こ、こんなことって……あんなのが……」

「わたしたちよりも7つも大きいなんて」

「きゃああああーーーーまさかのお兄様あああぁぁぁーーーーー」

「え!? ファリン、待ちなさい! も、申し訳ございません、少し失礼いたします」

 

 ドミノ崩しのように広がっていく狂気の波。 一度コケていったそれを、止める手段など何もなく。 その元凶と言わざるを得ない彼はというと。

 

「騒がしくなっちまった……しかたねぇなあ。 ユーノ、先入っちまうか」

「あ、あ~~そうですね……いきましょうか?」

 

 頭の上の友人に一声かけて、スタスタと男湯に架かっている青い“のれん”の下を通過していくのであった。

 その道の方が居れば、見習いたいくらいのスルースキルである。 正直、うらやましいほどかもしれない。

 

そんな中…………

 

「……なんだろうね? あれ」

「変人の集まりじゃないのかい? まったくうるさいったらないねぇ」

 

 因縁のふたりが居たことは、誰も知らなかった――――

 

 

 

AM 11時 男湯

 

 いまだ戦乱駆けぬけている高町の一行を差し置いて、ふたり一緒に白く濁った湯につかる少年と小動物。

 カコーン……どこかから聞こえてくる軽い音を耳で受け流し、湯水が流るるさまを背景音にしながら、彼らはそっと天を仰ぐ。

 

 足から浸かったその湯の温度が、徐々に頭にまで昇って行き。 それが肩から全身にかけてを刺激し、自然と膨らんでいく肺は空気を普段より余計に蓄えさせる。

 それが限界を超えた時、彼らはそれを一気に吐き出し……つぶやく。

 

『ふぃ~~~~』

 

 ひどく振るんだ顔は彼らの緊張感と比例しているかのようで、いつも以上に彼らの距離は近くなる。

 そんな状況だからだろうか、ここでユーノは。

 

「あ、あの。 悟空さん?」

「なんだ?」

「その……もっといろんな話を聞いてみたいと思って」

「ん? 話すんか?」

「あ、はい!」

 

 すこし、話をしてみたいと思った。

 武道の事、なぜそれを突き詰めていっているのか。 

どうしてなのはの家に居るのか……聞きたいことは山ほどあって、けど今一番聞いてみたかったのは。

 

「悟空さん、悟空さんは寂しくないんですか?」

「さびしい? なんでだ?」

「だって、もと居たところに残してきたご家族の事とか、心配じゃないんですか?」

「ん? ん~~」

 

 悟空の身の回り。

 何となく、悟空がなのはの家に転がり込んでいる存在なのは、ここ数日で理解できたユーノ。 けど、あまり突っ込むこと、というよりなのは、悟空、恭也の3人以外とは会話ができない彼に集められる情報はそれくらいのもの。

 それに、幾ら彼が自分のおよそ倍の歳だとしても、いまだ子供と呼ばれる年齢の筈だ……だったら。

 ユーノの、そのあまりにも真っ当な質問は――――

 

「オラ家族いねぇからなぁ。 そういう心配いらねんじゃねぇか?」

「………え………?」

 

 あまりにも突っ込んだ質問だと、彼に後悔の念を抱かせる。

 いない、居ない。 だんだんと鮮明になる彼の脳内。 しまったと、そう思って次の発言をすぐさま用意してしまい、不用意に発してしまう。

 

「じゃ、じゃあ……お、お亡くなり……に……」

「さあなぁ? なんでも、オラが山に捨てられてたのをさ、死んじまったじっちゃんが拾ってくれたんだってよ?」

「あ……ぁ……ぼ、ボク……」

「??」

 

 地雷。

 それはあまりにも深くふかくに埋葬されていた巨大な爆弾。

 不覚にもそれを掘り起し、あまつさえ蹴りつけるように起爆させたユーノの心理状況は、平常時から大きく瓦解する。

 引きつっていく声、むせび泣いていく小動物。

 普段の悟空を近くで見ているからこそ。 普段から笑みを絶やさず、落ち込んでいた自分に笑顔を分け与えた彼を知っているからこそ。 彼に隠されていた暗い話など想像もできなくて。

 

「す、すみませ――――」

「そんなことよりさぁ」

「…………え?」

 

 でも。

 

「オラ腹減っちまった。 そろそろ上がって、メシにしねぇか?」

「…………はい。 めし――え?」

 

 そんなこと――――確かに彼はそう言った。

 暗い話より喰らう話。 まったくと言っていいほどに、自身の出生について気にもせず。 本来ならば、なぐさめる立場に居るはずのユーノを逆に、しかも無自覚に引っ張っていく悟空に普段と違うところなんかどこにもない。

 

「今日の、めっしはなぁにっかなーーふんふーん!」

「あ、悟空さんまって――」

 

 だからであろう、いつの間にかユーノからは暗い表情が消えていく。

 いつも通りのとてつもなく軽いノリで、鼻歌ひとつこさえながら風呂場の外へと消えていく悟空。 それを反射的に追うユーノは、改めて思う。

 

「すごいな……このひとは……」

 

 ただ一言、そう呟いたのは彼の本心であった。

 

 

 

PM12時10分

 旅館内 縁側

 

 笑劇……いいや、笑劇…………否、衝撃の時間を乗り過ごした高町なのはと愉快な仲間たち。

 彼等彼女たちは、それから言葉少なく服を脱ぎ、温泉にその身を沈め、ゆっくりと数十分間の魂の洗浄を行なった。

 いつもよりも時間をかけて体を洗う彼女達。 その身に立てる泡は彼女らの困惑を覆い隠し、被る冷水は少女達の慟哭を洗い流す……彼らは、精神的にかなりキテいた。

 

「それにしてもホント驚いちゃったわよ、まさかあの悟空がわたしたちよりも……というより、恭也さん達くらいの年齢だったなんて」

「うん、わたしもびっくりしちゃった。 なのはちゃんは……」

「…………はぁ~~~~」

『あ、ははは(よほどショックだったんだ)』

 

 すずかにアリサ、ふたりの少女の後ろをついて行く形で歩いているなのはは、ただ口からため息を漏らすだけで。

 そんな彼女に、同情の念を禁じ得ない二人は苦笑い。 学校にてまるで弟扱いだったと、なのはから悟空のことを聞いていた彼女たち。

 故になのはのショックの大きさ……弟だと思っていたら兄でした……という事実はとてつもない破壊力で。

 

――――へぇ、あんたかい? アタシたちの邪魔をしてくれてるあの坊主のお仲間は……

 

「悟空く……さん。 とてもおねぇちゃんと同い年には見えなかったのに……」

「あ、えっとなのはちゃん。 ひとは……ほら! 見かけによらないってよく言うし……ね?」

「そうよ! それにアイツ、言動から行動まで全面的に幼稚園児じゃない。 背だってわたし達より低いんだし、今回のは仕方がないわよ」

「…………うん」

 

――――ちょっと? あれ?

 

 なんとか立ち直ろうとするなのは、それに手を貸すアリサにすずかもそれなりに手負いなのだが、それでも彼女たちはなのはに手を差し伸べる。

 本当に仲がいい。 『親友』と呼べる彼女たち3人は、お互いがお互いの傷を癒すかのように、ゆっくりと廊下を――――ちょぉっと! いい加減に気付きなよ!!

 

 通り過ぎることはできないようである。

 

「え? だれ?」

「なによアンタ!」

「…………?」

 

 その声は突然降りかかる。 それに三者三様に反応しては、すぐさま振り向くなのはたち。

 彼女たちは見る。 その者は、その声の主は……美女だった。

 腰まで届く、毛先まで整ったオレンジ色の髪。

 強い光を秘めた青い瞳。

 身を包んでいる浴衣からわずかに見え隠れする、細く、白い脚。

 

「わぁ……キレイ」

「美人さんだ……」

「悔しいけど、負けたわ」

 

 その姿、その全体像を見た彼女たちから出た言葉はひどく短く、しかし飾りげない簡潔な感想は本当に思ったことをつぶやいたからで。

 

「…………ふ、フン!」

 

 それを感じ取ったオレンジの女性は、軽くそっぽを向いてしまう。

 軽く乱暴に振るわれてしまった長い髪は、すぐさまもとの腰まで届く位置に戻っていく。 その一連の流れですら、きれいなものにも見えて……

 

『わぁ~~』

「うっ……(なに? このキラッキラ輝いてる目は――やりにくい!)」

 

 まるで宝石でも見てるかのような視線を投げかけてくるお子様3人組に、オレンジの女性はタジタジ。

 しかしすぐさま目つきを鋭くすると。

 

「コホン!!」

『??』

 

 咳払いをひとつする。

 それだけ、たったのその一声だけで変わる。 場の空気、女性から放たれる視線の種類、声の色すらも。

 

「なに……このひと」

 

 いつの間にか後ろに下がり、そっと腕で身体を抱くすずか。

 

「なんなの……」

 

 すずかと対照的に、負けん気を振り絞っては前に出て、必死に後ろのふたりを女性の視線から守ろうとするアリサ。

 そして。

 

「…………」

「……へぇ」

 

 怯まず、竦まず、下がらない。

 ただ無言の中で、しかし揺るがない光を目に宿した少女がそこに居た。

 

「……ん!(悟空く……さんが戦ってきた人たちに比べたら――これくらい!)」

「弱そうにも見えたけど、アンタ思ったより……」

「なのは?」

「なのはちゃん……?」

 

 それは夢の中の出来事のほんの欠片たち。 命を奪い、奪われて……そんなやり取りを繰り返してきた少年を見てきたのだ、たかがこの程度の事で後ずさってしまえば。

 

「……さんに、笑われちゃうもん」

「は?」

 

 だからなのははここから動かない。 そう、動けないのではなく、動かないのだ。

 右手を閉じる。 確固たる想いをその手に握るように閉じたその手は、わずかに震えていて。

 

「む!」

「……フ~ン(こいつは……)」

 

 それを見つけない女性ではなく。 だが、その意気込み、その行動力に関心を示すかのように、鼻でそっと息を吐く。

 こんな子供が、こんな弱々しい只の人間が……そう見下していた視線が、ほんのわずかに上昇方向に動いた――――その時である。

 

「おーい! なのはー!!」

『悟空――! さん……』

「……あいつか」

 

 主役の到着である。

 少年は居た。 白い布地に青いラインが入った、この旅館にある子供用の浴衣を着つけて縁側を歩いていた。

 その目は、探し物を見つけた子供のような輝きに満ちていて。 それを見付けだした彼は、彼女のもとへと……

 

「なんだおめぇら、このあいだの続きでもしてんのか?」

『このあいだの……続き?』

「――キッ!」

 

 ゆっくり歩き出す。

 その中で、意味の解らない言葉をしゃべる悟空に、若干困惑気味な3人娘。 それとは裏腹に、どんどん目つきを鋭くしていく女性は、悟空の方へとゆっくり歩いていく。

 

「あんた……アンタだね? このあいだうちの子に“お痛”してくれた間抜け面は!」

 

 あふれ出るシリアス臭。 気まずくなる周りの空気。 なのはたちにだってわかる、目の前の女性が、どんどん不機嫌になっていくのを。

しかし、しかしだ。 

 

「うちのこ? あんときの“トラ”みてぇな色の女の事か?」

「と、トラ?!」

 

 話し相手が悪かった、戦う相手が能天気(つわもの)だった。

 あんだけシリアスに引っ張っておいて、既に名前がうろ覚えの彼。 何となく覚えている特徴を引っ張り出しては、それに見合う山で捕食した動物の名前と合致させ……今に至る。

 

「だってよ、黒と黄色しか覚えてねえもんなぁ。 名まえだって、遠くからボソボソ言ってるのが聞こえただけだったしよ。 オラよく覚えてねぇぞぉ」

「遠くからって……あのときアンタ、地面にまっさかさまに落ちてんじゃ? それなのに聞こえたってのかい?」

「たぶんな!」

「胸を張るな!」

「??」

「はぁ~~~~」

 

 この一連の流れである。

 これこそ悟空の真骨頂。 殺し屋であり、当初険悪だったあの天津飯ですら仲間に引き入れた、彼の持つ独特な雰囲気。

 あのときは亀仙人の助力もあったが、暗い道を歩いていた者を、光射す世界へと引っ張り出すことに関しては……

 

「はは! すまねぇ」

「まったく、なんか調子がくるうねぇ」

 

 彼はおそらく、誰よりも無意識で。 何よりも長けているはずである。

 

「あ、そうだ。 なのは!」

「ふぇ?」

「へんな声出してる場合じゃねぇぞ! おめぇたちがこねぇと飯にならねんだ、早く来てくれよ」

「め……めし? あ! その手に持ってるの!」

 

 そして始まるドタバタ。 その最初の項目はまず、悟空の右手から湧き上がってくるあたたかな湯気である。

 湯気からほのかに香るスパイシ―な刺激は、振りかけられた香料のおかげだろうか。

 さらにはパリッパリに焼けた皮の部分は、見る者の唾液の分泌を促進させ。

 食材から突き出る白い骨は、そこを見たものに掴みかかることを強要させる魅惑を醸し出す。

 

 ここまで言えば分るだろうが、悟空が持っているそれはまさしく――――マンガ肉……もとい、こんがり焼けた極上肉である。

 

「はは! あんまりにも美味そうだったから、つい……な」

「先に食べちゃったの?」

「大ぇ丈夫だ、まだ口にしてねぇぞ。 ただよ? 持ったら手放せなくなっちまったんだ」

「…………そうなんだ」

「わかる、その気持ちはよぉくわかる」

『え?』

「――はっ! い、いや! なんでもないんだ! なんでも」

 

 崩れるシリアス。

 その最たる原因である肉……ではなく。 ごくじょう……違う。 悟空の一言に賛同するのは。 どうしてだろうか、なぜか頭部から犬耳が見えるオレンジの女性である。

 それをみて、首を傾げるのは悟空。 さらに右手人差し指をピンと伸ばしては斜め上に向けると。

 

「ん? なんだ、おめぇ」

「な、なんだい!」

「なんかケモノくせぇ!」

「――――ギクッ!!」

『けもの……?』

 

 彼女の度肝をついて出る。 その言葉に、その指に、ズサリと後に下がる女性はひやりと汗をかく。

 しまったと、そんな声が漏れるのだが、その声は誰にも……

 

「なにが『しまった』んだ?」

「な!?」

『???』

 

 そう、常人ならば誰にも聞こえることのない小さな音だった。 筈なのである。

 しかし聞こえてしまったその声は、少年にとっては意味が解らず、だから素直に聞いて尋ねたのだが。

 

「くぅ~~~~(このガキ! さっきから余計なことをぉ~~)」

「ん??」

 

 いまは只の迷惑行為。

 女性はさらに焦る。 どうすればいい? 迂闊だった、このままでは主人の彼女にまで迷惑がかかる。

 なにか……なにかないか……(おなかすいた)……どうすればこの危機を脱することができるのか。

 彼女は必死に考える。 しかし、その間にも迫りくる魔の手がもう一つ。

 それは欲求。 ただ純粋に求めるさまは、ただ美しく。 しかしそれと反して、その行動は醜いものにも見える。

 なにかを犠牲にしなければ、なにかを得ることはできないという最大の例えであり、人が、いきものが生きていくには絶対に避けては通れない関門でもある。

 

「…………(おなか……すいた)」

「ん?」

「――――じゅるり」

「??」

 

 まぁ、要約すると只の空腹なのだが。

 ちょうど時刻はお昼時。 そして目の前には最高の食事がぶら下がっている。

 据え膳……確かこの世界ではこういうんだったっけ? などと、ちょっと賢く頭を回転させた女性は、口からあふれ出そうになった水滴……唾液を、そのピンクで健康そうな舌で軽くなめとる。

 その、光景は正に――――

 

「男の子と大きな女性……」

「なんかこういうのがおねぇちゃんの本棚にあったような……?」

「悟空く……さん! なんかその人あぶないよ! こっちに来て!!」

 

 まぁ、口で言うのもはばかれるものだと明記しておこう。

 そんな、変な想像をした3人娘に対し、相変わらず自然体でボウっとしている悟空と、何かを感づいた女性は一斉に口を開く。

 

「なんでだ?」

「あんたたち……失礼だよ!」

『でも……』

「でもじゃない!!」

『ひぐぅ!』

 

 もぅ、真剣な空気はどこへ行ったのさ?

 彼が登場してまだ2分。 場はすっかり盛り上がり、それはさらに栄えることとなる。

 

「くぅうう!」

「ん?」

 

 右に。

 

「あ……」

「んん?」

 

 左に。

 

 おもむろに振り子の運動を連想させるよう、悟空は持った骨付き肉を左右に揺さぶる。

 まるでわが子を人質にとられた母の眼差しで、それを目で追う女性に鋭さは既にない。

 

「おめぇ、こいつがほしいんか?」

「そんなこと――あぁあああ……あるわけないだろ!」

「ふーん、そっか」

 

 気概だけなら超一流。 だがその形振り(なりふり)は威厳をまったく感じさせず、悟空の持った肉に視線だけにとどまらず。 首ごとふってはソレの軌跡を追いかけていく。

 そんな彼女に、一切の言い訳など用意できようもない。

 

「いよっと」

「ちょっと!? あんたなにを――」

 

 彼は振りあげる。

 その肉汁あふれる骨付き肉を、高く高くに持ち上げて。 それを見る女性に、若干意地悪な笑みを浮かべて、悟空は元気に話しかける。

 

「とってこーい!」

「ああああああ! なんてことを~~」

 

 運動会の始まりである。

 ひとり100メートル走を開始して女性。 彼女はとてつもなく速い、ダッシュダッシュの全力疾走。

 一陣の風となった彼女は遠くの林に消えていく。

 

「なんだよ、結局食いたかったんじゃねぇか。 言えばわけてやったのに」

『は、ははは……悟空さん、ずいぶん強かなんですね』

「ん? “したたか”ってなんだ?」

『あ、はは……』

 

 その流れは、どこか草原で戯れる子犬と飼い主。

 いとも簡単に手なずけていく様は、なのはたちから敬語というものを使わせ、その単語に疑問符をひとつこさえる悟空であった。

 そこに……

 

「はぁ、はぁ、はぁ~~~~なんてことするんだい!」

「お、もう帰ってきたんか? ずいぶん速ぇじゃねぇか」

「こ、こんのクソガキはぁ~~~~」

「でも、うまかったろ?」

「……まぁ…………」

『あ、ちゃんと食べたんだ……』

 

 女性は帰ってきた。

 しっかりと得物を捕食しつつ、さらには片手で食い残しである白い骨をクルクルと弄びながらも、きちんと悟空のもとに帰ってきたのである。

 よほど主人のしつけがいいのであろう。 何とも行儀のいい■である。

 

「~~~~っ!」ぐりりゅうう

「ははっ! でっけぇ腹の音! おめぇ、まだハラ減ってんのか?」

「う、うるさいよ! 関係ないだろ!?」

「ん~~」

「ちょっとあんた? 人の話ぐらい――」

 

 怒鳴る大人に、考える子供。 いい加減にテンションが最高点にまで上がっている彼女、そんな彼女の腹の音に、少しだけ笑っては、これからの事を考えてみせる悟空。

 あ、そうだ。 なんてつぶやいて、彼女を見る悟空は只の純朴な少年に他ならず。

 毒気がなさすぎるその笑顔に、逆に自身の毒気を抜かれていく始末である彼女は、その手を悟空に取られていた。

 

「おめぇも来いよ。 ここのメシもなかなかうまそうなんだ! いっぱいあるからよ、おめぇも食ってけ」

「ちょっと!? そんないきなり引っ張るんじゃ――(な、なんて馬鹿力!? まるで万力に挟まれたみたいに……この! とれない!!?)」

 

 ちょっとそこでお茶しようぜ?

 まるでナンパを決め込むかのようなその行動。 しかし悟空が行うそれは、どこか動物の群れに君臨するリーダーが、今日の成果を子分たちに分け与える光景にも見えて。

 それを感じ取ってしまった女性からは。

 

「…………むぅ」

 

 言葉はもう、上がりはしなかった。

 

「おめぇたちー! 早く来いよぉ!」

「あ、え? 悟空く……さん! まってぇ~~」

「あ、アイツ。 とんとん話だけ進めて……勝手に行くなんて……」

「あは……は。 ホント、自由人なんだね。 悟空さんって」

 

 その奔放人を後から追いかける彼女たちの顔も、皆きれいに笑顔を花咲かせていたとか。

 皆は、悟空に引っ張られるかのように大広間へと進んでいく。

 

 

 

PM12時30分

 旅館内 大広間

 

そこは開戦前の戦場であった。

いきなり連れてこられ、目の前にたくさんの食事達が並ぶ食卓に座らせられる女性。

一面畳であるその部屋に、まったく不似合いなほどに並ぶ豪華絢爛な食事達。 それは満漢全席を連想させるようで。

たかが食事と、なめてかかっている愚者にはとてつもない衝撃を与える輝きを放っていた。

 

「なんなんだいコレは!? たった十数人で、なんでこんな量の食事が並ぶのさ!!? ザッと見ても50人前はあるよこれは!」

「えぇ……その、大変申し上げにくいのですが」

「え?」

「それは……1人前でございます」

「!!?」

 

 そこでオレンジの女性が、浴衣姿の女性……ノエルから聞いた事実はありえないものであった。

 

 位置について……

 

 はん! と、鼻で笑ってしまうような数を、それを……それをたった一人で食い尽くす? なんだその冗談は、こちらを馬鹿にするのもいい加減にしろ。

 そう言葉に出そうそのときであろうか。

 

 よ~~い……ドン!

 

「―――!! な! なに!? 一瞬で……皿が3枚ほど空に……」

「んぐんぐ~~~~んめぇ!!」

「な!? こ、こいつは!?」

 

 一瞬であった。 まばたきをしたはずだった、ほんの少しだけ閉ざした目がもう一度開く間の時間だっただろう。

 その音に追いつく程度の速さ……少年の手には“4皿目”が握られていた。

 大きく頬張り、チャーハンを口に含みながら、ワンタンメンをスープ代わりにして咀嚼する彼は笑顔。

 そんな彼の姿を見れば、幾ら初見さんの彼女でもわかるだろう。

 

「こ、こいつなのか? こいつひとり分だってことなのかい!」

「は、はい……あまりに信じられませんが。 『これ』が悟空様ひとり分でございます」

「――――うっぷ(ダメだ……胃もたれが……)」

 

 さっきまで空腹を訴えかけていた女性の胃袋は、突如として別の種類のアラートを鳴り響かせる。 それは胃痛と胃もたれの信号。 音は聞こえないが、キリリと雑巾絞りの様にねじれる感覚は、彼女から空腹感を奪い去っていく。

 

「信じられない……(これがコイツの強さの秘密……? 魔法も使わないこいつが、フェイトと互角に渡り合えたってのは……って)そんなわけないか」

「ふも? んももおふわふぇぇんふぁ?」

「ふ~~……いいよ、アタシはそこの皿に乗ってるやつを食い終わったら、おいとまさせてもらうよ」

「ふぉうふぁんわ?」

「そうなんだ!」

『はぁ~~すごい。 ちゃんと会話になってる』

 

 完璧なる意志疎通。 言葉になってない悟空語にきちんと対応して見せる彼女に上がる称賛の声。

 どよめき声は彼女にも届き、若干身構えつつも周りを見る。

 そこには悟空が居て、周りには幸せそうに笑う人間たち……それを見て。

 

「…………も、フェイトが――」

 

 彼女はそっと歯ぎしりする。

 だれにも気づかれずに、何物にも悟られずに。

 ただ一人“あんな奴”のために血を流し、傷を作っている少女を思い……想う。

 

「お? なんか言ったか?」

「――!? いいや! なんでもないさね。 そんじゃ腹も膨れたし…………【そこのおちびちゃん、あとでこの坊主に言っておきな!!】」

【え!? おねぇさん?】

 

 なんとなく気付いた悟空をそっといなして、彼女はなのはに伝言を残す。

 

【次会ったときはこうはいかない。 ジュエルシードは全部あの子のモンだ……てね】

【そ、そんな!】

 

 本人を介さない宣戦布告。

 完全に威嚇している彼女は、なのはに向かってちらりと犬歯を見せびらかす。 それがどういう意味かなんてなのはにだってわかる。

 鋭く、真っ白で、ほんのりと滴れる唾液は妖艶さを醸し出し……

 

「そいつはわかんねぇぞ。 なのはだって、随分やるようになったかんな」

【!!?】

「悟空く……さん?」

「ま! そん時はまた闘おうな! オラ今より、もっともっと強くなって、今度はガッツリ勝っちまうからな!」

「あ、アンタ……いまのが……?」

「ん? どうしたんだ?」

「いいや……なんでもないよ」

 

 その雰囲気は、やはり悟空の手によって崩されるのであった。

 『盗み聞き』をしていた……そんな風には見えない悟空の、当然だろ? なんて声が聞こえてくる笑顔は、女性……アルフと呼ばれていた彼女にも映り込み、移っていく。

 “いいかお”になっていく二人、そして彼女は席を立つ。 ゆっくりとふすまの近くに寄って行き、振り向きざまにニコリとわざとらしく笑顔を作り。

 

「世話になったね、そんじゃ――」

「あ、忘れてた……えっと……これっくれぇかな? おめぇさ、アイツにこれ持って行ってくんねぇか?」

 

 部屋を出ようとして、呼び止められる。

 その声の主は、袋を持っていた。 縦に長い紙袋に山ほど食卓の肉まんを詰め込んで、もう入りきらないくらいに詰められたその袋を、軽々持っては彼女……アルフに向かって差し出していた。

 

「なんだい? これは……」

「このあいだの『借り』がまだだったかんな」

「借り?」

 

 出来上がった肉まんの山を受け取るアルフ。 しかし彼女にこれを受け取る理由が思い浮かばない。

 そんな彼女に助け舟が、それはポツンと取り残され気味だったなのはである。

 少女は、悟空の“このあいだ”という言葉に、すぐ思い至るのであった。

 

「あ、もしかして。 わたしが割って入っていった時の……」

「そだぞ、あんときな、結局オラに撃ちなおさなかったもんなぁアイツ。 だからアイツにコレ渡しておいてくれねぇかな」

「あ~~そういえばそんなこと言ってたっけかねぇ。 ……わかったよ、コイツはありがたく受け取っとくよ。 そんじゃあね」

「おう! またな!!」

 

 ぴしゃりと閉められたふすま。 そして悟空に群がる周囲の人物たち。

 特に士郎を筆頭とした武闘派の方々は、彼女について興味津々で。

 

「なんだよあの(ひと)、尋常じゃない身のこなしじゃなかったか!?」

「うん、まるで人間じゃないって感じ」

「悟空君の知り合いかい?」

 

 本人を目の前に、およそ聞けないであろうことを一気に聞くのである。

 風貌も、自然と出る体捌きも、不必要な箇所を削いだように締まった美貌を持ち合わせた美しい身体。

 あんな知り合いが居たことに驚愕し、あんな人物がいたことを信じられない高町の武人たちに……

 

「ん? ん~~おもしれぇやつだろ?」

 

 やはり彼は、思ったことをそのまま言うだけで。

 

「オラたちにケンカ吹っかけてくっけどよ、たぶん悪い奴じゃねぇと思うんだ。 だから、今度会ったら……」

「仲直りするの?」

 

 悟空の思惑を、何となく予期するのは桃子。 けど、その考えですら。

 

「ん? ちげぇぞ」

『???』

 

 少年は否定する。

 では、どうするのか? それは誰もが思わない形。 面白くって、どこか気持ちのいい人柄で……強いヤツ。 それに当てはまるとなれば、悟空が望むのはただ一つ。

 

「おもいっきり、たたかうんだ!」

『…………そっか』

 

 単純明快(シンプル)な答え、ただそれだけである。

 それに難色を示すこともない彼等彼女たち、それは悟空の言っている意味を深く理解しているからであろう。

 ケンカではない、けれど解りあおうというものでもない。 ただ純粋に“競い合いたい”が故のこの発言。

 それがはっきりとわかっているわけでも、悟空に聞いたわけではないのだが。 高町の一家はそれとなく気付いた…………はずである。

 

 湯けむり漂う温泉街。

 今まさに、複数の運命が複雑に絡み合い、お互いを引っ張りあおうとしていた。

 そうとも知らず、呑気に今を過ごしている彼は知らない。 彼がやってきた原因であり、恭也がいまだ大事に保管し、存在を忘れていってしまったソレのせいで。

 

「たのしみだなぁ」

「悟空く……さん」

「悟空さん」

 

 次元の向こうから、それを見つけようと『船』がやってこようとは、まだわかりもしなかったのである。

――――接触のときは……近づいていた。

 

 




悟空「オッス! オラ悟空!」

なのは「…………~~………~~~~……ぶくぶく」

すずか「な、なのはちゃん!? だめだよ! そっちに行っちゃだめだってば!」

アリサ「ほっときなさいよ。 どっかの馬鹿のせいで、いまちょっとだけ充電期間なんだから」

すずか「いい……の?」

アリサ「い い の!」

悟空「そか! そんじゃ次行こうな!」

娘ふたり『あなた(あんた)は少しでもいいから心配しなさい!!』

悟空「え? なんでだ……?」

ユーノ「えっとぉ、次はシリアス……シリアスですよぉ? はぁ、誰も聞いてない。 次回!!」

黒衣の“少年”「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第10話」

ユーノ「欠けた月夜に吼えし者」

悟空「なんでわかんねんだ! 変な奴がおめぇのことねらってんぞ!!」

???「――――え?」

悟空「こ、コノヤローー!!」



なのは「また……次回だね?」


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第10話 欠けた月夜に吼えし者

コレのオリジナル(?)を書いていたころは、確かリリカル勢と悟空さんの生い立ちなんかが悲惨だなぁなんて思っていたころだったか……
いや、本編とは何も関係はないのですが……今のところは。


ぬるま湯のようなほのぼの展開に一石を投じる第10話!

ではではどうぞ。


 

 

 夢。

 

 それは人が眠りについたときに、脳がその膨大な情報を整理した際に流れ出た情報の一部が、映像として本人に見せているもの。 または人の深層心理が見せる幻想だという。

 

もしもこれらのことが本当ならば、いま、この少年はいったいなにを見ているのだろうか。

 

 

「ん? どこだここ? 真っ暗でなんもみえねぇ」

 

 夢の主……孫悟空は、暗闇のなかで“目を覚ます”

 ここがなんなのかよくわからず、周りを見渡しても何もなく。 そこはただ、果てしなく闇が広がるだけであった。

 

「なぁ! だれかいねぇのか!?」

 

 さすがの悟空もたまらずに、どこでもなく、誰にでもなく。 そっぽを向きながら大声を出していた……しかしそれも虚しく、大きく放たれた声は、闇に溶けるかのように消えていく。

 

「....すがの...クも....ばかりは.........」

「だれかいんのか?」

「....この■■■■様が死に掛けたんだぞ!」

 

 どこともわからぬところから突然聞こえてきた声。

 まるで自分以外のすべてを見下し踏みにじる、そんな邪悪に染められた声に警戒心を強めた悟空は、だんだんと強くなるその声に意識を集中し始めていく。

 

「■■!! ■■■■をつれて早く逃げるんだ!」

「この声どっかで……?」

 

 次に聞こえてきた声は、どこかで聞いたことのある声だった。 そう、まるで普段聞いているような声。

 しかしその声が誰の物なのか見当もつかず、悟空はただ、目の前の惨事を見つめていることしかできない。

 

「貴様らを許すと思うのか? 一匹たりとも生かしては帰さん!」

 

この声が聞こえた途端、悟空の目の前には兄弟弟子であり。 さらにはかけがえのない親友がいた。 彼の名は――――

 

「ク、クリリン! おめぇ生き返ったのか?」

 

 それは全身に見たことのない鎧をつけているクリリン。

 しかもどこか大人びて、身長もかなり伸びているように見えて。

 けれど、そんなことよりなによりも、悟空はこの再会を喜んだ……すると今度は二人の大人が表れるのである。

 

「うあぁっ…………あぁぁあぁぁあああ!!」

「なあ! クリリンどうしたんだよ!」

 

「ふははは!」

「おいおまえ! クリリンを離せ!」

 

 二人とも顔は闇に隠されよくは見えないが、一人はぼろぼろの青いアンダーと山吹色のズボンを履いた背の大きい人、もう片方は...白い体で要所が紫色の怪物のようなやつ。

 そしてその白い怪物がクリリンに向かって手を差し出している。 どうにも嫌な予感が頭から離れない。

 この光景を知っている、なぜかそう思う悟空に、しかし彼に与えられた問答の時間は――――ゼロだった。

 

「だあああああ!!」

 

 させない。 これ以上はやらせない。 直感レベルでなにかを感じ取った少年は、気合と共に走りだし……

 

「な!? 体がすり抜けちまう!」

 

 その気迫も虚しく、彼のすべては彼らに届かない。

そうしている間にクリリンは目の前の悟空に気付いた素振りも見せずに、その身体を宙に浮かせていく…………そして。

 

「やめろー■■■■!!」

「クァァッ!」

 

 背の高い男がなにか聞き取れない単語を叫ぶと、白と紫の化け物が宙に掲げた手のひらを強く…………握る。

 

「ごくうぅぅぅうううううう!!」

「やめ――――!!」

 

途端、世界が終わった。

 

 

 

 

鳴海温泉・男部屋寝室

 鈴虫が一斉に鳴き、夜の空に美しい音色を奏でている温泉街。

夜も遅いこの時間のなかに、士郎、恭也、ユーノ、悟空の4人はすでに夢の中にいるはずだった。

 

「はぁ! はぁ! はぁ!! な、なんだったんだ……いまの……」

 

 悟空は散々うなされたあと、いきなり声をあげながら飛び起きる。

 妙に現実的(リアル)で、全身にさっきまでの空気がまとわりついている気がする。 それは、先ほどまでの出来事が『夢』だったと認識するにはひどく曖昧なもので、それでも悟空はいきなり立ち上がり。

 

「おーーしょんべん! しょんべん!……あれ? ユーノの奴がいねぇ……」

 

 厠に行こうと、近くのふすまに手をのばした悟空であったが、隣で寝ていたはずの小動物のユーノがいないことに気付くと、素早くあたりを見わたし。

 

「まぁいっか!」

 

 構わずふすまを開けた。

 忘れよう。 あんな怪物など知らない。 ましてや、仲間(クリリン)の2度目の■なんか――――

 

「も、もるもる――――!!」

 

 彼はただ、闇の中を走り出していった。

 

 

 旅館正面玄関

 悟空の隣で寝ていたはずのユーノは、突然感じたジュエルシードの反応に、なのはと合流しては外に飛び出していた。

 なぜふたりなのか、どうして黙って出て行ったのか……それは。

 

「ねぇなのは、本当に悟空さんを起こさなくてよかったの?」

「うん、平気だよ。 今回はわたしだけでなんとかしてみるから。 この数日間ジュエルシード集めと一緒に、悟空く……悟空さんの修行みたいに魔法の訓練してきたし。 それに……」

 

 最初は悟空を起こそうとしていたなのはだった。 だったのだが、ふすまの向こうから聞こえてきたのは、悟空のうなされている声であり。

その声だけを聴くと、ひとりその小さな両手をギュッと握りしめて、彼女は後ろを振り向くと、無言のままにユーノと2人で玄関の方へと歩き出したのである。

 

「なのは?」

「ううん、なんでもないよ……」

 

なのははジュエルシードの反応がする方に目を向けると、そのまま手のひら大の赤い石、レイジングハートを夜空に掲げる。

 

「レイジングハート、セートアップ!」

 

 光りだす宝石。 輝きに包まれる全身。

なのはを包み込むその衣服は、旅館の白い浴衣から、より一層白い戦闘服……バリアジャケットへと変わっていく。

 

「ユーノくん、この間教えてもらった飛行魔法、もう一回使ってみるね」

「いいけど……気を付けてなのは、なんだか嫌な予感がするんだ」

「うん、わかったよユーノくん」

 

 ユーノに促され、空へと浮いていくなのは。

 彼女はつい先日、ついに筋斗雲なしで飛行することが可能となったのである。 あのときの悟空の驚き、そして自分の事のように喜んでいたあの目を思い出しては。

 

「いってきます……」

 

 彼女は暗い夜空へと、心もとない不安を抱きつつ飛んでいくのであった。

 

 

 

旅館より1キロ程度離れた地点

 ここには漆黒の少女……悟空曰く、トラ娘であるフェイトと、昼間のオレンジ色の髪の若い女性、アルフと呼ばれたツリ目がちな女性とがふたり、唐突に反応が確認できたジュエルシードを探していた、いたのだが。

 

もぐもぐ

もふもふ

 

「ねぇフェイト?」

「え? どうしたのアルフ」

 

もぐもぐ

もふもふ

 

「フェイトの言っていた『ゴクウ』ってやつ、あいつかなりできるよ」

「うん、わたしも戦ってみて思った」

 

もぐもぐ

もふもふ

 

「あいつの目を見たときからわたしの中の野生が、こう、『じゃれつけ』って鐘を鳴らしてくる感じでさ」

「え?」

 

がさがさ

がさがさ

 

 

「とくにあの尻尾を見てると無性に握ってみたくなる……あ! いや。 とにかくあいつ、とんでもないよっ!」

「あ、あの…アルフ…?」

 

もぐもぐ

もふもふ

 

 

 二人は昼間の別行動中の報告、そして悟空たちが近くにいることへの対応についての話をしていたのだが。 途中で『くぅ』と、なんともかわいらしい音を腹部から鳴らしたフェイトを見たアルフが、昼間に悟空から渡された肉まんを思い出しては今に至る。

 若干冷たくて、けれどいまだにあたたかいのはどうしてか? 理由はわからないが、とにかくそれを頬張る彼女たちは……あたたかかった。

 

「いよし! 腹ごしらえも終わったことだし」

「うん、行こうアルフ」

 

 最後の肉まん。 それを取り合うこともなく、2人仲良く半分ずつにして食べると、フェイトは金色の三角形のアクセサリー……バルディッシュを正面にかざし、優しくしゃべりかける。

 

「起きて、バルディッシュ」

 

 語りかけるように、そっとつぶやくように。 発した音が届いた瞬間。

黒いバリアジャケットを身にまとったフェイトがそこに居た。 彼女が纏うのは黒。 それはこの深い夜の闇に溶け込むように、ただ黒く、そこに居るということさえもごまかしてしまう、そんな夜間迷彩の役割も果たしているのであろう。

両側で結った金色の髪の毛を揺らすと、彼女はなのはたちとは逆に、ジュエルシードの反応がある森の方へ歩いて行くのであった。

 

 

 

 

「なのは!あそこ」

「あの光...それにあの子は」

 

 そこは旅館から離れたところにある森にある小さな川。 そこから立ち上る青白い光を見たなのはとユーノは急いで近づこうとする。 暴走の危険、それもあるのだが……

 その近くにいたのは漆黒の少女と昼間のオレンジ髪の女性。 悟空が言っていたフェイトとアルフという名の2人組がいることに気付くと、その付近の上空で止まってしまう。

 

「あの....「なにしにきたの?」えっ?」

「悪いんだけどさぁ、今ちょっと取り込み中なんだけど……邪魔しないでもらえないかい?」

 

 このあいだ会った少女だと思い、声をかけようとしたなのはだが。 少女……フェイトの冷たい視線と声に遮られ、それと同時にアルフが構えを取り始める。

 それは敵対の意。

 そして彼女は表情で語る――昼間いっただろう? と。 それにたいして……

 

「キミたちが集めているジュエルシードはとても危険なものなんだ! 使い方を誤ったりしたらとんでもないことになる、それをキミたちは!」

「そんなことは知らない。 ただ、わたしはあれを集めなくちゃいけない……それだけ」

 

小さい身体に反して、大きい声で行われるユーノの説得も空振り。

長い柄の黒い斧を持つフェイトは、前傾姿勢を取り、戦闘態勢に入っていく。 そんな彼女に……

 

「わたしと戦って。 あなたの持っているジュエルシードと、わたしの持っているジュエルシードを一つずつ賭けて」

「なんで戦わなくちゃいけないの!? ジュエルシードを集めるなら協力して「いいからはやく!」~~~~っ!!」

 

……やはりなのはの言葉も耳には届くことはなく。

そんなフェイトを見たなのはは、杖になったレイジングハートを握りしめ深呼吸をする。

 ふかく深く。 朝方、兄や悟空がやっているのを見よう見まねで行われるこの(まじな)い。

 大きく深く、それでいて意識ははっきりと。 彼女の脳内は、普段よりも一層速い回転を行っていく。

 

「フェイトちゃん、どうしても戦わなくちゃいけないの?」

「……には……関係ない」

「関係ないって…………ぅく……い、いくよ、ユーノくん!」

「なのは…………わかった。 気を付けて」

 

 にらみ合った状況になるフェイトとなのは……互いに出せる言葉はなく。 そうする必要もすでに無くなった。

 ここでなのはは思い出す。 遠い昔、誰かが言っていた気がしたあの言葉。

 

「言ってもわからないんだもん、だったら……わかってもらえるまで――」

 

 ぶつかってみるべきだと。

 

「――――っ!」

「…………ッ!!」

 

 

――――次の瞬間、広大な林の中で、一陣の突風が吹いた。

 

 

 旅館内 とある一室

 トイレから帰ってきた悟空は、寝室の窓から見えてくる青い光を見ていた。

 それは雲にまで届く勢いで伸びていく青い輝き。 勢いよく伸びては、まるで気付いてほしいと言わんばかりに少年を照らし出す。

 

「なんだ? どっかでおんなじ光を見たような……ん?」

 

 何のことだったか。 ゆっくりと思い出そうとしている悟空は、うんうんと唸りながら頭を左右に振っていく。

 なんだっけ? そんな声がつぶやかれていく中、彼は思い出す。

あのへんてこな形の“なかなか”強い怪物たち。 それを作っていたあのきれいな石っころの事を。

 

「あーー!! そうだ、オラたちが探してる……んーと? なんだっけかなぁ……まぁいいや」

 

 本日2度目の『まぁいっか』で終わらせ、そのまま玄関の方へと走っていく。

 ホントは窓から飛び降りたかった悟空だが、この前のすずかの家で窓から出ていったことを桃子に言った際のことである。

 

「お家に出たり入ったりするときは、ちゃんと玄関を使わなきゃだめよ! 悟空君♪」

 

 などと、厳しくもやさしく叱られ、今後やらないと約束までした悟空は、ただそれを忠実に守っているだけ。

 言えば分るのが悟空のいいところ。 それをわかっている桃子は本当に良い母親であろう。

 いつの間にか着替えていた彼。 山吹色を見に包み、青い帯でそれを結ぶ姿はかわいらしい武道家見習い。

 だが人は外見で診ることが出来ぬもの。 いったい彼がどれほどの回数、その帯を結んできたかは数えるのも億劫で。

 

「けどなのはの奴、オラのこと起こしてくれてもいいのによぉ、もしフェイトってヤツみてぇに強ぇやつがいたらどうすんだ……オラぁ」

 

 そんな経験豊富な少年は、走りながらつぶやく。 彼は考えていた、とあることを。

 何も言わずに行ってしまい、今はどこに居るかもよくわからないなのは達の事……それを想い……

 

「オラそいつと戦ぇねぇじゃねぇか!」

 

 ……その実、心配などしていなかったりする。

 それは決してどうでもいいからではない。 彼は信用しているのである、彼女の、なのはの築いてきた力のことを。

 玄関口に到着した悟空、彼はすでに消えてしまった光の柱のあった方を見上げると、息を思いっきり吸い込み、叫ぶ!!

 

「筋斗雲…………やぁ~~~~い!!」

 

少年の呼び声。 それに呼応するように空のかなたから飛来してきた筋斗雲は悟空のすぐ横をめざし、急降下。

悟空は悟空で、筋斗雲のうごきに合わせるように空中へ飛ぶ。 するとそのまま高速で移動する筋斗雲に乗っかり。

 

「いっけー!」

 

 もしかしたらいるかもしれない強敵……ついでに、もしかしたらピンチかもしれないと思われるなのはたちのもとに、筋斗雲を飛ばしたのであった。

 

 ジュエルシード付近 

 なのはとフェイト、それにユーノとアルフは、それぞれ戦いを繰り広げていた。

 アルフはその身を本来の狼に戻し、なのは達から離れていくユーノを追いかけている。

 対して、なのはとフェイトのふたりの少女は、互いの武器を輝かせながら、強く、激しくぶつかり合っていた。

 

「どうしてわかってくれないの!」

「わかる必要なんか……ない!」

 

[Divine Buster]

[Thunder Smasher]

 

 お互い同時に放った砲撃魔法。 それは同じ射線上を走り抜けては激しくぶつかる。

 拮抗する魔力光の中、なのははさらに出力を上げようとするが……

 

「もっと冷静に、周りを見て……悟空さんと戦ったときのフェイトちゃんのスピードはすごく速かった! もしフェイントを混ぜられたら絶対に勝てない……なら!」

 

 運動神経がなんとか人並ぐらいの自分じゃまず太刀打ちできない、

 なのはは今までの自主訓練……悟空の素直な感想という名の罵詈雑言……により、正確に自分と相手の力量差をあらためて測っていた。

 

 旅行前、悟空とフェイトの戦いを見たなのはは「わたしもあんなふうに動けるかな?」などと、同じ魔法少女のフェイトに沿った戦いができないか、朝の稽古中の悟空に提案してみた……結果、悟空の「のびろぉ如意棒ー」の一突きでダウン。

 

――――なんで今のが避けらんねんだ?

 

 という悟空の言葉により、自分とフェイトとの戦闘スタイルの違いを何よりも深く思い知っていたのである。

 故に――――

 

 

『はぁ!』

 

 彼女との戦闘において、なのはは正反対というべき戦いかたを構築するに至る。

 

 ふたつの掛け声が重なる瞬間、魔力光が爆発し、周囲を大量の煙が包み込む。

 フェイトを見失ったなのははあたりを見渡し、彼女を探す。 暗い風景が広がる中で、さらに悪くなった視界。

 それはフェイトも同じ。 視界がほぼゼロの中、焦りの色が浮かび上がるフェイトは……唐突に見えてきた白い影に強襲する。

 

「……!!」

「これで…………!」

 

 対するなのはは、いきなり現れた黄色い閃光を握る彼女――バルディッシュをサイズフォームにしたフェイトに驚きを見せつつ、しかし心は至って冷静。

 伊達に悟空の後を追って来たわけではないのだ! 彼女は心静かに対応して見せると、肝を据えては黒衣に向かって構えを取る。

 彼女の手に持った、黄色く、死神の鎌を彷彿とさせる刃が迫るなかで、なのははほんの少し笑みを浮かべる。

 

「レイジングハート……おねがい!!」

「あの顔!? いけない―――くぅっ!」

 

 フェイトが鎌を振るう直前。 なのはが見せた笑みに、あの時戦った悟空の影を見た彼女は攻撃の手をやめようとして……

 

「かはっ!!」

 

 背中からの衝撃に動きが止まる。

 おそわれた背中は若干焦げ付き、自身のバリアジャケットを貫通しては、それなりのダメージを負わせる。 彼女を襲った衝撃、その正体はホーミング性能を持つ魔力の球――――ディバインシューターである。

 

 悟空との初めての修行……“てきなもの”において、自分の兄の10分の1以下の時間で料理されてしまったなのは。 その後ユーノとレイジングハートとで話し合い、同じ砲撃魔法(実際は違うが)を使える悟空から聞いた話。

 

「オラぁ、まほうっていうんはよく分かんねぇけど、前ぇにな? かめはめ波を曲げたことならあっぞ!」

 

 この一言により、なのはの背筋に電流が走った。

 そうだ、自分の魔法に追尾…ホーミングを持たせられないか…そう思ったのである。 思い立ったが吉日、彼女はさっそくレイジングハートに聞いてみたところ。

 

 砲撃魔法のホーミングは無理だったのだが。

 秘かに、追尾性を持たせた魔力光弾の使用に成功していたのである。

 

(今のわたしが、たたかいながら制御できるシューターは、レイジングハートの力も借りてなんとか2個まで。 でもこれくらいできないと……悟空さんに引き分けたあの子には絶対に勝てない!)

 

 

 なのははレイジングハートを強く握りしめ、怯んだフェイトに向かっていった。

 翔ける。 地に足がついていたときは、悟空からは「“うりごめ”よりも遅え」という言葉をいただいていたが、飛行魔法による移動は、悟空をおどろかせ……「なんかずりぃぞ」などと、彼から漏らさせるに至ったのである。

 だからこそ、いまのなのははフェイトに何とか食らいついていけるのだ。

 

「いま!」

「く!」

 

 ディバインシューターの直撃で反応が遅れたフェイトだが、こちらも悟空との戦闘が生きたのか、とっさにバルディッシュを前方に中段で構える。

 来る衝撃に歯を食いしばり、けれどその目はしっかりとなのはを見据える。

 皮肉なことだ、話し合いでは決して見向きもしなかった彼女が、今ここに来て、なのはに向かいあっては視線を合わせている。 それが話し合いで解決しないことが証明された瞬間であり。

 

「負けない……ちゃんと話してもらうまで――絶対!!」

「――――が待ってるんだ。 こんなところで!!」

 

 つば競り合いの形になった彼女たちは、物理的に、いままでで一番近い状態となり。 なのはとフェイトは互いにこう着状態になる。

 動けない。 互いの武器を重ね合い、視線を合わせる少女達。 しかし思いまではそうはならず、決して重なり合わないのは心と気持ちであろうか。

 

「フェイト!」

「なのは!」

 

 その様子を地上から見ていた2匹の獣も同様で。 互いに叫んだ言葉は自身のパートナーを助けようとする声。 だが……

 

「くっ行かせるか!」

「それはこっちのセリフだよ!」

 

こちらも自分たちの戦いで精一杯。 互いが互いを牽制しあい、泥試合のように混戦を深めていく。

 

「「はぁぁぁ!!」」

 

 下で戦う者たち、その上空で火花を散らすなのはとフェイト、彼女たちのつば競り合いは続いていた……だが、そこにひどく大きな変化が訪れる。

 

 

「なに?」

「くっ!?」

 

 突然、上空から二人を引き裂くように水色の閃光……“魔力光”が降り、それと同時にフェイトとなのはの四肢には水色の魔力による輪っか……『バインド』がかけられていた。

 全員は一斉に上を向く。 この事態を生み出したものを確認するために、今現在の空気を支配したものを視るために。

暗い夜空を背に、銀色に輝く月の光を受けながら、そこには黒衣を着た“少年”が宙に浮いていた。 彼は背丈にしてなのはより若干高いくらいだろうか?

そんな子供と青年の中間地点に居るよな者が、彼女たちをそっと見据えると……小さく口を開いていく。

 

「僕は時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ」

 

 黒い髪、黒い服、そして黒い杖。

 それはフェイトよりも黒く、なのはの色と対極に位置するかのような色彩の服装である。 そんな彼は、自身の魔法によって拘束した少女たちを見下ろし、自身の名を告げる。

 

「管理局!」

「え!」

「さて、事情を聴かせ……く!」

 

 皆が見ている中、クロノと名乗った少年がこの事態を聞こうとしたその時である、地上からオレンジ色の魔力弾が彼目がけて飛翔する。

咄嗟に防御魔法で弾いたクロノの対応は完璧だ、かすり傷ひとつ負っていない。

 状況確認の後、障壁を消した彼は、持っているデバイスを襲撃者、人間態になったアルフに向けて構えるが、そこにまたオレンジ色の魔力弾が彼を襲う。

 

「フェイト! 今のうちに撤退するよ!!」

「……アルフ」

 

 それは攻撃のためのものではなく、目くらまし。 不意を衝いて出来上がったクロノの隙をつくように、バインドによる拘束を解除(レジスト)したフェイトは、アルフの言葉に……しかし一瞬だけ地上のジュエルシードに目を向けてしまう。

 

「あ、フェイト!」

「く! させるか!! スティンガーレイ!!」

「!!」

 

 フェイトはアルフの制止を振り切ってジュエルシードの方へと疾走。 それを見逃すクロノではなく、彼は速攻性の強い魔法にてフェイトを狙撃。

 それは先ほど、なのはのディバインシューターを受けたところと同じ箇所、焦げ付いたバリアジャケットの背中部分に直撃する。

 

「かはっ!!」

「フェイト!!」

「あ!!」

 

 直撃の衝撃で肺に溜まった空気を吐き出させられ、ついには落下していくフェイト。 それを地上すれすれで受け止めたアルフはそのまま動けない。

 彼女の事が心配だ。 傷の程度は? 動けるのか? 動かしていいのか?

 悩み、考え、思考が渦巻いていく彼女の足は完全に止まる。

 その絶好の隙を見逃すはずもなく、明らかにこの手の方法に成れているクロノは、デバイスを構えつつ上空から降りてくる。 すると、デバイスの先端に光……魔力が込められていく。

 

「だ、だめ!」

「殺すわけじゃない、ただ拘束するだけ」

「でも!」

「…………」

 

 攻撃を止めようと、クロノに叫ぶなのは。 だが、フェイトから目を離さず淡々と返答するクロノはさらに魔力を込める。

 輝く黒い杖。 それは光度と共に周りの温度を少しずつ、だが確実に高温にあげていく。

「くっこうなったら!」

「っ! 逃がすか!!」

 

 そのさまを見て、徐々に追い詰められたアルフはついにしびれを切らす。 フェイトを抱えたまま上空へ逃げようと、彼女は全力で跳躍……するが、クロノはそのまま上空に跳んだ彼女たちに向けてデバイスを掲げる。

 

 冷たい目、淡々としていて。 当然のように人を撃とうとするその姿に、なのはは思わず声を出す。

 

「やめて! そんな酷い事!!」

「しつこい! いっただろ、ただ……捕まえるだけだ!」

 

 彼は怒鳴り声に近い制止の言葉に、同じく怒声で答えると、持った杖に意識を移す。

 魔力のタメは十分だ、あとは心で引き金を引けばいい。 照準もインサイトに捉えている……打ち落とすなら……

 

「いま!!」

「やめてよ!! 誰か……」

 

 上げられた手、それに集まる水色の輝きは攻撃のためのモノ。

 ついに放たれたその光を、見ていることしかできないなのはは叫ぶだけ。 しかしその叫び声は次第にトーンを落としていく。

 叫びは訴えになり、訴えるこえはさらに願うだけの弱い声になる。

 

「たすけて――――」

 

 既に声にならない叫ぶ声。

 きっと誰にも届かなかったその声に――――

 

 

 

 

 がああああああああああああああああああああああああッ!!

 

『――――!!?』

「…………え?」

 

 たったひとつ。 空を震わさんばかりの雄叫びが答えた。

 

 

 

 

■■■到来から数十秒前の時間軸

 

 銀色に輝く月が、暗い空を吹きすさぶ小さな空気のうねりを柔く照らしていた。

 その風を受け、全身が少し寒気に当てられ震えている深夜の時間。 漆黒色の空のなかに黄色のラインを刻み付け、颯爽と翔けぬけていくものが居た。

 

「ずいぶん近いとこにあんだなぁ。 もう着いちまうぞ」

 

 それは黒い髪に黒い瞳。 しかし生えた尾は茶色な自由人――――孫悟空はひとり、なのはたちが戦う近隣を飛翔していた。

 彼は速い、否、正確には彼の相棒が早いのだ。 推定時速1800キロ……それが彼の最高速なのだから。

 

「あ! いたいた……ん?」

 

 そこで見つけたのは戦闘音と、決着がついたように見えた二人の格好。 だがどこか変だと悟空は首をひねる。

 ふたり……なのはもフェイトも、互いに両手両足に変な飾りをつけて……

 

「あぁ!! フェイトってヤツの腕輪みてぇのが砕けた!!」

 

 片方がそれを崩すと、それは一気に地上へと飛来する。

 それを目で追う悟空は名前を叫ぶ。 ダメだ、アイツはお前を狙っている……それが――

 

「お、おい!! なんでわかんねんだ! 降りるんじゃねぇッ! 変な奴が狙ってんぞ!!」

 

 叫ぶ声、ソレと同じく届かない悟空と彼女たちの距離。

 先ほどまでのゆっくり気分など今はなく、少年は見せたことがない焦りで自身の顔を染め上げる。

 

「は、速くだ! もっとはやく飛んでくれ! 筋斗雲ッ!!」

 

 もうすぐそこなのに……あとほんの僅かなのに……届かないその手。

 

――――貴様らを許すと思うか?

 

「――――!? な、なんだ……いまの」

 

―――― 一匹残らず生かしては帰さんぞッ!

 

「ぐぅ、な!? なんだよ……何がどうなってんだ……」

 

 彼の脳裏に巻き起こるのはフラッシュバック。 現れては消えて、目の前を眩しく照らしては、自身の視界を奪っていくようで。

 そこから映し出されていくもの、それは自身にとって知らないはずの……知っていたはずの遠い昔の話。

 幼い彼が知る由もない、宇宙を背負った最終決戦の内のひとつ。

 仲間が傷つき、■■が怯え、そして――そして――

 

「フェイト!!」

「くぅぅ!!」

「……や、やめ――」

 

 友……親友のはずなのに、彼が2度目の■を迎えたその瞬間。 彼はいったいナニヲシテイタンダロウ。

 

 ちからが足りなかった?

 

「やめろ……」

 

 修行が足りなかった?

 

「やめ……ろ…………」

 

 それじゃあいったい……なにが――「やめろおおおおおおおおオオオオオオッ!!!」

 

 彼はかき消す。

 声でない何かが、頭に刻み込まれるかのようにしていたその文字を、その光景を。 彼は消し、見えないところまで追いやり。 己の中身を空っぽにする。

 

「……」

 

 空になった彼の中、それは黒い世界が広がるだけ。

 

「…………」

 

ただそれは闇ではない。 闇は彼のモノではないからだ、それは当然である。

では何か? それは…… 

 

「……………ガァァァ………」

 

 いったいナンデアロウカ。

 

 

 

 

 

 ソンゴクウ……到来

 

 それは、誰もが空に逃げて行ったふたりの無事を否定した瞬間である。

 放たれた熱量を持つ魔力の光、他の追随を許すことがない速攻の呪文。 それは確実に彼女たちに迫り、打ち落とさんと肉迫し、接触しようとする。 その寸前!!――――それは直角に曲がる!!

 

 

ガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!

 

「な!? なんだ……あいつは……」

 

 クロノという少年は、時空管理局という仕事柄、様々な世界を見てきた。 文明が栄えている世界、逆に未発達な世界。 さらには行き過ぎた文明により滅んでしまった世界。

 そのいずれも彼は経験し、それらの事象の理由を学び、理解し、己の糧としてきた。

 

「なんなんだよコイツは……」

 

 そんな彼は、いつの間にか世界をどこか均一のモノと思ってしまった節がある。 必ずある共通点、どこか似通った生態系。

 この地球という世界に生きるものと、異世界で生きてきた自分たちがその最たる例であろう。 2本の足で歩き、2本の腕で様々な行動をする……そう、もう何度も見てきたその共通の事項。 だからだろう、彼は知ろうとはしなかった。

 

「…………グルルゥゥ」

「腕で……僕のブレイズカノンを……右腕一本で……」

 

 常識を……世界の均衡を……森羅万象を覆す存在を……それすらをねじ伏せてしまった存在がいるという事実を。

 

「弾いたっていうのか!?」

「ガアアアア!!」

 

 彼は知るべきだったのだ……

 

「ご、悟空……くん……」

「悟空……さん」

 

 戦闘の途中だったその地に現れた異形、だが、その正体をひと目で看破したものが二人。

 

「あ、あの子……この前の……」

「ご、ゴクウ…あの坊主…いったい何を!?」

 

 いや、4人。

 彼等彼女たちはそろって目を見開いていた。 何に? どこを見て?

 

「悟空……くん。 ねぇったら……聞こえてるんでしょ?」

 

 それは理性をうかがわせない“狂った眼差し”

 

「ご、悟空さん。 いったいどうなってるんだ……」

 

 それは内なる感情を表すかのように逆立った“黒い髪”

 

「まずいよフェイト」

「アルフ?」

「あいつ……あいつ……」

 

 それは剥き出しになった、獣の如き“力強い体躯”

 

「あいつ、正気じゃない……気を失ってる!」

「え!?」

 

 そして狂いに狂った、大地揺るがす轟音たる大声。

 そのすべてが、既に彼らの尺度からは完全に外れているモノであり。

 

『―――――!!』

「…………」

 

 遠くで響いた爆音は、先ほどクロノが撃ちだし、悟空が弾いた“ブレイズカノン”

 それが地面に落下し、周囲の木々をなぎ倒していく音であり。 その威力をああもあっさりと、しかも振りぬいた片手で捌いて見せた彼はまさしく……

 

「この……化け物ッ!!」

「――――!?」

 

 クロノという少年は、彼をそう形容したのである。

 だれもが触れないが、悟空はいま空中で制止している。 空を舞うその技を、無意識の中で使う彼はその時点で異常である。

 ふつう魔導師なら、気が狂った状態になればそこで魔法は使えなくなる筈……はずなのに。

 

「ガアアアアアア!!」

「き、来た! くそっ! 考えなしに突っ込んで……なに!?」

 

 悟空と呼ばれた怪物は地上に飛来する。

 一直線に向かっていったのは“彼に向かって攻撃したモノ”ただ一人。

 しかしクロノは彼を見失う、決して目を離したわけではない、それでも彼は、悟空の姿を見失ってしまう。

 向かってきたはずなのに……まるで最初からいなかったかのように消えてしまった悟空を探すべく、首を振り、あたりを見渡し、周囲をうかがう。 状況は至って最悪で、自身が置かれた著しく変化する戦況に、若干の不安を感じつつ。 彼は杖に力を込める。

 

「どこだ?」

「……はぁ……」

「どこに、居るんだ……」

「…めぇ……」

 

 聞えてくる絶望への招き声を、聞こえないふりなんかして……彼は悟空を探すふりをする。

 わかっているはずだ。

 

「ど、どど……どこに……」

「…………」

「……あ、あぁ……」

 

 すぐそこにヤツが居ることが。

 いつの間にか周囲を照らす光の色は『青』 それはクロノの水色よりもひどく純粋な、三原色と呼ばれる物のひとつ。 それが林だった広場をまばゆく照らしていくと、力を伴う輝きへと変貌していく。

 気付けば震える手、がちがちと大きく音を立てているのは自身の奥歯。

 持った杖も心なしか弱々しく光るだけ。 それは魔力が霧散していくことを意味し、彼から攻撃の意思がなくなっていくことを周囲に知らしめる。

 

「ダメ……」

 

 狂気に満ちた少年の背に佇むものが一人。

 それは白い戦闘服(ドレス)を身に纏う幼き少女……高町なのはである。

 

「やめてよ……」

 

 彼女は悟空に向かって歩き出す。

 届くという確証も、それでどうにかなる確信もない。 だが、そうしなければ……

 

「こんなの、おかしいよ」

「…………」

 

 彼は返事をしない。 だからこれは少女の独り言。 けれどその目は訴えかけている。 このままじゃ……このままじゃ……

 

「今の悟空くん……クリリンさんを殺した人とおんなじ目をしてるよ!」

「…………」

「そんな目、悟空くんにしてほしくない……」

 

 許せないと。 そう自身が言っていたものと、同じ存在になってしまいそうだから。

 だからそんな怖い顔をしないでと、なのははやさしく声を出す。 決して気丈な声ではない、それはとてつもなく強く見せようとしている震えた声でもあり。

 

「悟空くん」

「…………」

 

 それでも、いまだ眩い輝きを放ち続ける彼に、少女はそっと近づいていく。

 1メートルあったその距離は、既に30センチほどにまで縮まっていて……なのはは、あらん限りの思いを胸に、勢い大きく悟空に飛び込んでいく。

 

「やめてよ! お願いだから!!」

『な!? あ、あぶない!!』

 

 皆が叫びだす。 飛びつき、抱きしめ、腰元まで崩れ落ちた彼女は既に脚から力が抜けている。

 立ち上がることも、動くこともできない彼女はそのまま悟空から離れない。 制止の声、避難を促す声。 それと…………

 

「ぐぅうううあああああああああああ」

「!!?」

 

 いまだ“目を覚まさない”少年の戦咆。 もう弾けんばかりに輝く光と、それを撃ちださんとする必殺の構え。

 いつもはそれに助けられ、今はそれが恐怖の象徴で……でも、それでも彼女は止める声をやめようとしない。

 

「やめて!」

 

 それでも。

 

「悟空くん!」

 

 決して止められないモノというのは。

 

「やめてえええ!!」

「波アアアアアア!!」

 

 この世には、存在してしまうのである。

 無情にも放たれた、心なきかめはめ波。 それはクロノの真横を大きくそれ、上空へと舞い上がり、フェイト達が居るところの20メートルほど近くを通過しては夜空に大きな穴を作り出す。

 それは光の穴、周りが夜の闇に染められたからこそ出来上がった輝けるトンネル。

 大空にかかっていた雲がそれを避けるように穿たれ、ドーナツ状に広がる様は既に幻想的とも見えようか。 この威力、この輝き、並みの魔導師では遠く及ばないその威力は。

 

「――――!!」

「ほ、砲撃!? で、でもあれは。 あの時撃った時なんかより……」

「悟空さんの……かめはめ波だ。 でも、なんて……なんてでかい光なんだ……」

 

 彼らが扱う定規なんて、只の棒きれ程度のものでしかないと思い知らせ。 そんな彼らは。

 

「あ、あぁ……」

「なんてこったい」

「尋常じゃない……」

「なんだっていうんだ……デバイスも何もない、ましてや魔導師でもない人間が。 こんな、こんなことをやってのけるなんて……あいつは本当に人間か!?」

 

 怯え、竦み、ただ思ったことが口から出て来るだけ。

 光りに消えていったもの、ましてやケガをした人間もいない現状は奇跡ともいえるだろうか。 いいや、それは間違いだ。

 

「うぐ……ひっく……やめてよぉ……」

「…………」

「そ、そうか。 なのはが掴まっていたおかげで、かめはめ波の軌道に大きくズレが生じたんだ」

 

 奇跡なんて起きてはいない。

 起こって当然の事象だと、小さな体のユーノはなんとか分析していた。 それで状況が好転するわけでもない、けれど今はそんなことぐらいしか出来ることが判らない。

 爆音広がる夜の空が、まるでその事実を忘れてしまおうと、そそくさと穏やかな風景に戻っていく。

 ちぎれ飛んだ雲たちは元には戻らないが、それでも周囲の自然は今、必死に元の姿に戻ろうとしていた……それは、『彼』も同じで。

 

「うぐ……くっ――――!」

「ご、悟空くん!!」

「悟空さん!!」

 

 唐突に、まるで糸が切れたように大地に向かって倒れ伏す悟空。

 全ての力を使い切ったのだろう、彼はそれから微動だにしない。 それを見たなのはとユーノは悟空を揺さぶる。 それとは別に動く者が2人、それは先ほどまで逃走を図っていた魔導師2人組であり。

 

「逃げるなら今だよ! フェイト!」

「あ、え? で、でもあの子が――!」

「あいつは……あんなんじゃくたばんないよ! だから行くよ!!」

「…………う、うん」

 

 大きく吠えるアルフに、小さくうなずくことしかできないフェイトは、そのまま遠い夜空に向かって飛行魔法で飛んでいく。

 たなびくオレンジとブロンドの長髪、振り向くことなく飛んでいく彼女たちは、しかしその心中にひとつ“くい”があるのは言うまでもないだろう。

 

「…………ごめんなさい」

「……無事でいるんだよ……ゴクウ……」

 

 彼女らだって、心を持った者なのだから。

 

「悟空くん……」

「…………」

 

 空に消えていく彼女たちとは反対に、地上ではなのはとユーノが流れゆく事の展開に身を強張らせていた。

 既に力の入らない身体、今にも切れてしまいそうな緊張の糸。 彼らはひどく消耗していた。

 

「…………」

「……くっ(ダメだ、悟空さんは気を失ってしまって。 なのはもさっきの戦闘で、魔力のほとんどを消耗してしまってる……それにボク自身、はじめっから大した魔力があったわけじゃないから……)」

 

 “彼”にむけて、気丈な視線を外さないなのは、しかしユーノは思う。 管理局に向かって半ば事故であれ、攻撃を繰り出した悟空。 彼の身の安全は定かではない、もしかしたら何かしら罰を受けさせられるかもしれない。

 

「…………(そんなことはイヤだ。 悟空さんをそんな目に合わせたくない!)」

 

それでも彼はぶつかってしまう。 自分達にはもう、これ以上戦うことはおろか、どこかへと逃げる手段さえないということ事実に。

 

「こ、こないで!」

「なのは…こうなったら…!」

 

 だから残された選択肢はただ一つ。

 最後の最後まであきらめないで――――「ちょっと待ってくれ!」――――しかしその熱は、彼……クロノと名乗った男の子により急激に冷やされるのである。

 

「さっきは状況確認のため、強硬手段……バインドで拘束させてもらったが。 こちらに攻撃の意図はない」

「…………ふぇ?」

「はぁ……けど、さっきは……」

「あれは向こうから先に仕掛けたものだ、立派な正当防衛だとおもうんだが?」

「そう……ですか……」

 

 それは停戦の呼び声。

 片手をあげて、手のひらをなのはたちに見せるように待ったをかける彼は、若干疲れた顔をしている。 体力的というよりは、精神的にという感じの疲れ方は、やはり先ほどの悟空のかめはめ波までの流れが原因であろうか。

 

 まさかの終息。 それに全身の力……緊張の糸を一気にほぐしていくなのはたちは、その場で崩れるように両手をつく。

 

「疲れた……」

「わたしも……」

「それはこっちもだ」

 

 三者三様に流れ出た言葉はそろって同じ内容で。 そんな些細なことですら、彼女たちから緊張感を取っ払っていく。

 そして……

 

「悟空くんは……?」

「大丈夫、体力を使い果たしただけみたいで、今はぐっすり――」

「ぐごごごぉぉ……むにゃむにゃ……もうくえねぇぞぉ――やっぱおかわりぃ!!」

「こ、こんなアホらしい寝言を言える奴に圧倒されてたなんて」

『あ、ははは……よかった、いつもの悟空くん(さん)だ』

 

 彼の空気を読むことの知らない大いびきと寝言は、彼らにとって安息ともいえるほどのため息をつかせ。

 なのはとユーノの様子から、何となくこれが悟空の性質なんだと読み取るクロノは、ここで一つだけ咳払い。 彼らの注意を自分にひきつけ、これからの行動を立案するべく、天に指を立ててみる。

 

「とりあえずこうなった理由……キミたちが何をしていたかも含めて詳しく知りたい。 申し訳ないが、そこで寝ている彼もいっしょに『船』に同行してはもらえないか?」

「ふ、船? でもここ、まわりは森で……」

「あぁ、ちがうちがう。 キミの思っているような船ではなくって――」

[わたしたちの戦艦。 【アースラ】に来てもらいたいのよ?]

「だ、だれ!?」「どちらさまですか!?」

 

 その指の先、突如開いた青い窓枠の様なものが開くと、微笑みながら「うふふ♪」と笑う女性が一人。

 ライトグリーンを後ろで束ねてポニーテールにした、どこかなのはの母……桃子と似たような雰囲気をただ寄せる彼女は、これまた青い制服にネクタイ、白いワイシャツと、どこか軍人の様でいてけれどかなりやわらかいという相反する印象をなのはに与える。

 

「あ……でも!」

[平気よ? さっきクロノ…そこに居る男の子が言ってたと思うけど…そちらの彼、ゴクウくんだったかしら? その子のこともちゃんと診てあげますから]

「ホントですか!」

[えぇ、本当よ]

 

 話の途中、ちょっとだけそっぽを向いたなのはの心の内を読むかのように紡がれていく女性の言葉。 なんだか先へと誘導されていくみたいだと、だがそんなことに気付ける余裕など今はなく。

 なのはは彼女からの相談を……

 

「おねがいします!」

[えぇ、こちらこそお願いするわ]

 

 呑むことを、自分自身で決めたのである。

 悟空が経験したかつての“毒”に比べたら、こんなことなど容易く呑み込める。 どこかそう自分に言い聞かせたのは、きっと彼女にしかわからない……

 

「……なのは」

 

 そう、きっと……

 

 

「よし、それじゃこのまま転移魔法でアースラまで行くから、キミたちはそこから動かないように。」

「あ、はい!」

「わかりました!」

 

 今後の行動を固めたなのはにむかって、次なる道を指し示すクロノ。 彼は空中に自身のパーソナルカラーである水色の魔法陣を描くと、それが彼らを通り抜け、足元でゆっくりと回転している。

 時計回りに廻るそれが、意味あるものと機能した時……

 

「転送!」

『――――!!』

 

 旅館から遠く離れた林にて、地に両手をついていた者たちが、“この世界から”存在を消したのであります。

 誰もいなくなった闇夜の中、戦闘痕だけを残していった彼ら以外にあるのは、ついぞや終わった大嵐を確認するかのように細々と合唱を開始した鈴虫だけであった。

 

 物語の場は、地球という星から留まろうとはしなかった。 かつての“青年の物語”が紡いでいった経路のように……

 

 

 ??? ブリッジ

 

「ふぅ、なんとかこちらの呼びかけに答えてもらえたわね」

「はい、もしも抵抗されてたら、こっちにも相応の被害が予想できましたから。 ホントよかったですよ」

「えぇ、ほんとにね」

 

 そこに居るのは二人の女性。

 ひとりは先ほど通信でなのはに相談を持ちかけてきた女性。 もう一人は茶色のショートヘアーをした、明るい雰囲気が印象に残る若い女性。 先に出てきた方を桃子ぐらいの年齢とすると、後述の彼女は美由希と同年と言ったところであろうか。

 その彼女たちは、目の前に映り込んでいる二人の少女から目を離すことなく、会話を継続してい……

 

「こっちの白い子、魔力の平均値が127万。 それにこっちの黒い子が……」

「143万、ねぇ。 どちらもAAA(トリプルエー)クラスに相応するレベルの魔導師かしら? こんなに幼いのにもまぁねぇ」

「艦長、言い方が叔母さ――なんでもないですよ~~ ですからその攻撃魔法は解除してくださーい!」

「……ふふ」

 

…………していた。

 ほんの少しのお遊びを交えながら、だが、画面を消してからのふたりの顔は暗い。

 それは次にあらわれた人物を見たからである。 黒い髪、山吹色の布地を使った道着に青い帯。

 先ほどまで映っていた少女達と同年と判断できそうでありながら、ひと目見た印象は大きく違う。

 

「この子。 なんていうか獣ってかんじね。 まったく理性をうかがわせないっていうか」

「はい、しかも短時間ながら飛行して、さらにこの……」

「空に大穴をあけるほどの砲撃魔法……いいえ、ちがうわね」

「そうですねぇ、この子が使ったこれは、確かに砲撃“魔法”ではないですよね」

 

 自身の考えを否定した言葉と、それを肯定した言葉。

 それはなにも間違ってはいないし、正論なのだから是正する必要すらない……無いのだが。

 

「でも在りうるのかしら? いいえ、もう目の前に出てきてしまったんですもの、認めるしかないわよね」

「…………はい」

 

 彼女らの声は暗い。

 日常を、常識を、方式を、公式を、そして自身らが信じていたであろう必然を――いともたやすく打ち崩すの光。

 大きく、強い原初の光。 それを見た彼女たちは小さく手のひらを丸め……握る。

 

「魔力が無い。 これは本当に計測ミスではないのよね?」

「間違いないです。 どこをどう測ったって、あの男の子からは魔力のまの字も見つかりませんでした」

「そう……」

 

 彼女らの視線の先。 広いスクリーンの右端に掛かれている短い文。

 

 

 魔力値――――0

 

 

 この表示を見ている彼女たちの目はただ険しい。

 思いもしなかった事態。 会うはずもなかった重大事件。 果たしてこれから起こりうる前代未聞。 一世界……地球を丸ごと巻き込もうという超大なる決戦、その序章を前に、いったいどう動いていくのでしょうか。

 

 そして我らが孫悟空は、無事に目を覚ますことができるのか……

 

 

「なんだよ  さまぁ……ん~~もう少しうめぇもん無ぇんかぁ……ZZZ」

 

 それはまだ、分らない……

 




悟空「~~~~むぅ……っす! おら悟空……」

なのは「え? 寝言……?」

ユーノ「恒例行事もここまで行くと……おわとと。 えっと?! 時空管理局に接触したボクたち。 だけどそこでなのはは、重大な事実を知ることに」

なのは「え? なにかあったっけ?」

ユーノ「……さぁ…………」

なのは「ユーノくん?」

ユーノ「……そして! 事情を知り、それでも理解が及ばない管理局の面々。 そんな中でも船内で眠り続ける悟空さん! その彼が目を覚ますとき、彼の身にまた一つ変化が訪れるのでした!!」

なのは「…………どうしたんだろ?」

クロノ「次回、魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第11話」

ユーノ「時空を管理し、監視するもの」

悟空「うげぇ! なんだこれ!? にげぇのにすっげぇ甘ぇ!!」

???「うふふ♪ ミルクティーみたいなものだと思うのだけど……あ、またねぇ~~」


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第11話 時空を管理し、監視するもの

ついに彼らとの遭遇。
その時にもたらされた悟空がいた世界の秘宝を知った“彼女”はその時何を思い、どんな光景をまぶたの裏によみがえらせていったのか……

りりごく11話。

迫りくる刻限を前に、彼らはいま、ほんの安らかなひと時を過ごしていく――――

では、どうぞ。


 そこは白い空間。 ただ狭く、何もなく、それでいて様々なものがあふれかえっている不思議な場所。

 そんな矛盾をきたしているところにて、たった一人。 小さな少年が座禅を組んでいた。

 

「…………」

 

 何もない、それは彼にとっては……という意味であり、その実ここには様々なものがある。

 ただそれの意味が分からなくて、何をどうすればいいのかがわからなくて。 故に彼は……

 

「身体がおめぇ…………それにこっから出られねぇ」

 

 ほんの少し、困った顔をし始める。

 彼には力がある。 それは常人では計り知れず、並みの達人では見通せず、常識を外れたものからしてやっと理解できる大きな力。

 けれど今はそれをふるえない。 振るわないのではなく、使わないのではなくて。

 どうして? なんで? そんな疑問の声が上がりそうな彼に対する疑問は――

 

「はぁ。 ダメだ、ハラぁへっちまって、(りき)が入んねぇ」

 

 彼、孫悟空の一言で見事解決するのである。

 自身がどうしてこんなつまらない部屋(ばしょ)に居るのか、息苦しくて全身が“重く”身体が極端に疲弊しているのかさえわからなくて。

 どうしようもないと、そう考え至った彼は取りあえず……

 

「ま、いっか! とりあえずもうひと寝入りすっかなぁ? なんだか眠くなってきた」

 

 “そこ”でまたも眠りにつくのである。

 彼は知らない、今自身が居るところを。 先ほどまで黒く在った自身の内側の事を……彼は知らない……

 

 

 

 

 時空航行艦 アースラ内部

 

 つい先ほどまでの戦闘の疲れを癒さぬままに、クロノと名乗った少年と共に、時空管理局所有の船に招待されたなのはとユーノ……それに悟空。 彼女たちは転送ポートと呼ばれる、空間転移の補助装置を兼ねた場所から光と共に現れると、そこから一望されるだだっ広い船内に口を開けてしまっていた。

 

「広い……わっ! すごーい! 声が返ってきた!!」

「な、なのは……悟空さんみたいなことしてないで先に行かないと……」

「え? あ、あはは……悟空くん……みたい……か……」

 

 少しだけはしゃいでしまうのは小さな女の子。 彼女はらしくないくらいに元気に“振る舞う”と、自身のあたまをひと撫でし、ちろりと舌を出しては苦笑い。 若干の反省と共に、再度この船の入り口を見渡していくのである。

 

「ふぅ……気は済んだかい? 準備が出来たら、僕と一緒に艦長室にまで来てくれ。 この船の艦長が待っているから」

「艦長……さん?」

「さっき顔を見ただろ? あの髪の長い女性が、この船の艦長だ。 くれぐれも変なことはしないでくれよ?」

『はい!』

 

 そこから流れるように進む案内の言葉。 クロノは成れた手腕でなのはたちを片目に入れつつ歩みを始める。

 進む会話、止まることないその足。 彼等彼女たちは確実に出会いの瞬間に近づいていく。 ちなみに、我らが孫悟空はというと、クロノの束縛魔法(バインド)によって簀巻きのように包まれ、宙に浮かされては彼らの後ろを漂っていたりする。

 

 その間にも鼻チョウチンを艦内に飛ばしていく様は、通り過ぎの局員のささやかな笑いを誘ったとかどうとか。

 

「すぴ~~『ぱちん!』……むぐむぐ――すぷぅ~~」

「もぉ……こっちの気も知らないで……」

「悟空さん……」

「……なんなんだこいつ……」

 

 そんな真剣さのかけらもない彼等(主に悟空のせいなのだが)の行動は、クロノの胃袋に向かって、ほんのりとささいな攻撃をするのであった。 まじめ人間というのも大変なものであろうか……

 

「出来れば医務室で寝かせてやりたいところだが、あいにくお互い時間が限られている。 だからコイツはこのまま連れていくけど、構わないか?」

「あ、あ~~えっとぉ」

 

 クロノの提案に、悩むなのは。 つい先ほどまでならばここですぐさまyesと答えたろう。 この船に来た理由の半分はそれが目的であったし、それが叶うからうなずいてしまった側面も否定できない。

 

「ん~~」

 

 だがしかし……だが、しかしだ!

 いまはどうだ? こちらの都合も考えも心配も配慮も遠慮も思いも何が何でも……それらすべてをすっ飛ばして、ひとり幸せそうに眠っている少年になんの気遣いが必要か。

 いらないのではないか、必要としてないのではないか? クロノなんか既に頭をぶん殴ってやろうかとスタンバってる最中である。

 そんな誰もが心配無用と太鼓判を押したくなるような無邪気を前に、それでも彼女は……

 

「やっぱり、ちゃんとしたところに連れてった方がいいと思うんです。 お願いできませんか?」

「そうか……わかった」

 

 やはり少年が心配で。

 作戦変更で、進路変更で。 進行方向から見て面舵を一杯に切ったユーノは、彼女たちと顔を合わせるかのように向き直る。

 するとそのまま歩いていき、なのはとユーノのすぐ横を通り過ぎると首だけ振り向き、静かに口を開いていく。

 

「こいつは僕が送ろう。 キミたちはこのまままっすぐに通路を進んで、突き当りまで行ったら右に、そして……」

「えっと……」

「うんうん……」

「そのすぐ先にある十字路を右に、10メートル先を進んだら今度は左。 さらに8メートル先で右に曲がったら開けた場所に出るから今度はそこを…………」

『え!? そんなに!!?』

「冗談だ。 あとの案内は“彼女”にしてもらう」

『彼女……あ!』

 

 黒い少年のちょっとしたジョーク。 それに頭を唸らせていった少年少女たちは知恵熱ぎみの幼児並みに発熱しようかというくらいに、あたまから煙を出していると。

 

「やっほークロノくん! だいじょぶだった?」

「……いちおう」

「へー! その宙に浮いてる子が“例の子”かぁ。 ね? ちょっと相談があるんだけど」

 

 いつの間にか廊下に現れ、クロノに向かって小さく手をふる女性が一人。

 彼女はそのままクロノに話しかけると、宙に浮いてる悟空に向かって歩き出す。 話しながらも笑顔を絶やさず、そこはかとなく周りの温度を上昇させる笑顔は、なのはよりも悟空よりの笑顔と言えるだろう。

 

「相談?」

「うん、相談」

『…………えっと……』

 

 止まることのない会話。

開いた口がふさがらない……意味合いの違いはあれど、それはなのはとユーノの状態であり、それほどまでに流されていく彼女の勢いに、話し相手であるクロノも、服の袖で額を拭っているところだ。

 そんな彼女……名前はというと。

 

「あっ! わたし? わたしはエイミィ、『エイミィ・リミエッタ』だよ、よろしく!」

「あ、はぁ……」

「…………(ずいぶん元気なひとだなぁ)」

 

 …………という名前らしい。

 振りまく元気は人一倍。 やはり悟空を連想させるのは、彼女がこの船のムードメーカー的存在だからであろうか。

 そんな彼女は悟空にそっと手を触れる。 やさしくひと撫ですると、視線をクロノに移して目を閉じる。

 けれどその閉じ方は静かではなく、騒がしさをうかがわせる閉じ方……『にこっ!!』なんて擬音を風景に、どこかクロノの『師匠たち』を連想させる無邪気であやし笑顔を見せつける。

 

「この子、わたしが運んでいこっかなって思うだけど、どうかな?」

「エイミィが? どうかしたのか?」

「ん? ん~~知的好奇心?」

『……む?』

 

 答えを言い放った彼女。 しかしその単語に反応する少女&小動物の表情は硬い。 何をする気なんだと、ここに来て一番の鋭い視線をエイミィに送るとそのまま唸りだす。

 

「あ、いや! そんな物騒なモンじゃないんだよ? ただなんとなく気になったっていうか……ね?」

 

 若干気まずい雰囲気で汗をかくのはエイミィ。 ジト目となったなのはたち(なぜかクロノも……)を前に、両手を振っては後ずさり。

 宙に浮かされている悟空の後ろまでいくと、彼を盾にするかのように身を隠そうとする。 しかし、しかしだ。 彼女は見てしまう。

 

「あっれ? この子、尻尾が生えてる」

「しっぽ? そいつ人間じゃないのか?」

『あ、えっと――』

 

 そう、尻尾である。

 今のいままで……先の戦闘の時ですら気づいてもらえなかった悟空の長く茶色い毛をもつしっぽ。

 それは普段のように自由に漂うことはなく、寄り添うように悟空の身体にへばりついていたため、エイミィの見る視点からやっと気づかれるに至る。

 それに気づいた彼らの感想に、しかしなのはとユーノは言葉を選んでいく。

 

「えっとぉ、悟空くん、なぜかしっぽが生えてましてぇ~~」

「そうなんです。 それも本人ですら理由がわからないみたいで……」

「なんだって? というより」

「え?」

 

 本人ですら「わかんね」という始末なのだから。

 だから彼らは悩んで、言葉に詰まる。 いつだってマイペースな彼から得られる情報なんてそんなになく。

 彼の事を“観た”ことがあるなのはだって、正確な情報はつかみきれていない。 気付けばいまだになぞの多い……つい最近、年齢という大騒ぎはあったものの……彼についての言い訳や弁明は、思った以上に難しくて。

 

「キミの使い魔とかじゃないのか?」

「あえっと……そんなんじゃないです」

 

 周囲の誤解は深まるばかりで底が見えないでいた。

 

 尻尾があることから、ネコ、またはそれに近い何かを媒体にした使い魔であると誤認したクロノ。 しかしそれは局員の中に置いて、彼だけがした誤解であり、他の者は全員それが違うと確信めいている。

 特にエイミィのいまだ疑問が晴れない表情はひどいもので……だが、それも一瞬の事だけ。 すぐに元の顔に戻すと、やっと話を前へと進める。

 

「まぁ、取りあえずの話はこの子が目を覚ますか、キミたちが艦長室についてからかな? けどまぁ、とりあえずこの子は医務室に運んでいくからわたしはもう行くね」

「あ、はい! おねがいします!」

「おねがいします」

「は~~い、まかされちゃったよお!」

 

 そしてそのまま浮いた悟空のからだを、ビーチバレーのように弾いていくエイミィ。 あらよっとなどと声を漏らして通路の奥に行く様は、どこぞの業者か商人のようである。

 

「まったく……ふぅ、それじゃ僕たちもいこうか」

「えっと、いいんですか……?」

「本当に遺憾だが、実際問題キミたちだけじゃたどり着けないだろ?」

「あ、はい……そうです…ね…」

 

 去っていく彼女、それに背を向けて歩いていくのはクロノ率いるなのは一行。

 彼女たちは先を急ぐ。 若干背後に引っ張られる感覚があるのは悟空が心配だからであろうか……だがそれでも彼女らは振り向かない。 悟空は大丈夫だから、彼ならすぐに元気な笑顔を自分たちに見せてくれるから……だから彼女たちは先を行く。

 

「悟空くん……」

「……悟空さん……」

 

 たった一言、小さな呟きを残しながら――――――

 

 

 

 

 

 ミシラヌセカイ ??界

 

「……どこだ? ここ」

 

仰向けに転がっていた悟空はまたしても「眼を覚ました」 あたりを見渡してもだれもいなかったが、さっきの『夢』とはかなり違う印象を彼に与える。

まずそこは明るいのである。 さらに地面は緑色の芝生が生えて、生命の存在感を思う存分振りまいており。

 

「あ! 道だ、狭い道がある」

 

彼が寝転ぶすぐ近くには、自動車が一台だけ進んでいけそうな広さの道がある。 白の煉瓦で舗装されたそれは、この“狭い世界”をひと回りしていて。 ここにいるもののほんの些細な娯楽を提供するという役目をはたしている……らしい。

 

「――――!? な! なんだ!!? ぐ、ぐぐぐぅ……か、からだが。 身体がぁ……重いぃ!!」

 

 突如歯を食いしばる悟空。

 軋む体に、縛り付けられるような痛々しい感覚。 それらすべてが彼の感覚を圧迫し、気付かぬうちに全身を支配している。

それはさっき見た夢の浮遊感とは逆の状況。 彼はそのどうしようもない事態に対し、今の態勢……仰向けのままに、ただその重圧によって押しつぶされようとしていた。

 

『ふぐぐぐぅぅ! 重ぇ!!』

「ふぎぎぎぎぎ! びくともしねぇ!! か、からだが……さっきよりも……!!」 

 

あまりの重さ、あまりの痛さ。 耐えることもできずに、うめき、痛烈な声をあげた悟空だったが、すぐ横に自分と同じようなうめき声をあげている男がいることに気付く。

 

「ん? あ、あいつ……あんとき……の」

『ひえー参ったなこりゃ! よーしこれで』

 

悟空の横で謎の圧迫感に堪えていた男は、悟空と同じく山吹色の道着を着込んだ青年。

どことなく先ほど見た夢に出てきた男だと見抜いた悟空であったが、次に彼がとった行動に思わず感嘆の声を上げることとなる。

 

『ヤッホー!軽い軽い!!』

「す、すげぇ……こんなからだが…………重ぇ…のに! あ、あんな…ぐぎぎ!」

 

青年が道着の中に着込んでいた青いアンダー、そして穿いていた靴、さらに腕に装備していた青いリストバンドを外すと。

なんと彼は、この絶大なる圧迫感の中を元気に走り出したのである。

走り出した青年を見た悟空は、いまだ自身を襲う圧迫感に歯を食いしばりながら堪えていた。 どうして? なんで!? そう思うことすら出来ず、彼はただうねり声を出すだけで。

しかし状況は流れていく。 止まることを知らないその流れは、さらに別の状況を悟空に見せつける。

 

『おぉ~こんなところに客なんてひさしぶりだなぁ~あ?おまえ、何しに来た?』

『あ!おめぇが■■か!?オラあんたに修行つけてもらいたくってよぉ』

 

 走り回る青年を呼び止めるものが一人。

その人物は丸っこい体型に、胸元に丸印の中に何かが書かれた黒い服を着込み、その目にはこれまた丸っこいサングラスで素顔をかくし、長く伸びた2本の触覚が弧を描くように頭部から生えている男性。

珍妙な生き物がいる悟空の世界においても、さらに珍妙と呼べなくもない者がそこにはいた。

 

「な、なにモンだあいつ……いづづ!! 『アイツ』よりもぜんぜん自由に動き回ってる……」

『修業か?』

『ああ! オラどうしても強くなって、1年後にやってくるっちゅう■■■人に勝たなくちゃいけねぇんだ!』

『ふ~むそうだなぁ~ではまず試験だな!』

『え? しけん……!?』

『そうだ! というよりさっきからおめぇとか言って随分失礼なやつだなぁ? 修行つけるの……やめちゃおっかなぁ~』

『あぁぁぁ! 悪かったってぇ。 えぇと? ■■さま!』

『それでよい、じゃあまずは――――』

 

流れていく一連の会話。

その意味を理解する暇もなければ余裕もなく。 そして黒いサングラスの男が説明をしようとしたとき、悟空の視界が一気に歪む。

 もう限界だ、これ以上は“ここ”には留まれない。 一刻も早くここから出ないと身体が押しつぶされてしまう。

 

「お、オラ……まだ死にたかぁねぇぞ……この!」

 

 もがくこともできない悟空は、何もしていないのに既に限界。

 あばれ、苦しみ、声を張り上げる……ことすら出来ず。 次第に霞んでいく景色は悟空の体内が限界である証拠。

 彼に血のめぐりは、普段よりだいぶ遅い速度にまで落ち込んでいた…………目の前が闇に包まれていく。

 

「ぐぅぅぅ! もうだめだぁ……身体が!!」

 

バラバラになる! そう思った悟空は強く目をつぶって。

 

『……が…………っとんだぁ~~~~!!』

 

何かを叫ぶ声と、ほんの少しの地響きをその身に受けながら、彼の意識は身体からフェードアウトしていくのであった。

 

――――時間は、すこしだけ戻る。

 

 

 時空航行艦アースラ 船内医務室

 

「よいっ……しょっと! ん~~筋肉質に見えて、その実見た目より全然かるいなーこの子。 そうだ、空調は……あったあった」

「~~~~ん……すぴ~~」

 

 そこは白い部屋であった。 医務室と呼ばれながら、治療器具があまり散見されないこの部屋に供えられているふたつのベッドの内のひとつ、そこに転がされた悟空はいまだに安息の音を奏で。

その音を聞きながら、あらかじめ設定されていたらしい時限設定により解かれた拘束魔法(バインド)に感心しては悟空をベッドに寝かしつけるエイミィは、前に士郎が味わった不可思議な感覚を味わっていた。

 

 

 

 …………体重が軽い。

 

 見た目、120そこそこの身長の男の子。 しかも武道家というその身はかなりの筋肉質である……それなのに彼女でも抱えることができるその彼は、とても不可思議極まりなかったりする。

 

「それにしても……ホント不思議な子だよねぇ。 あの子たちの反応を見ると、今の状態が普通らしいんだけど」

「ん~~お重ぇ……からだぁ~~zZ」

 

 けれどその不思議を文字通りに蹴っ飛ばしてくれるのはやっぱり彼。 幼児なみな寝相の悪さで掛布団を大きくどかしては、いつの間にか解けた青い帯を床に垂らして腹を出して寝言を唱える。 その奔放という言葉を体現するかのようなその態勢は……

 

「あらら。 もう、ふとんを蹴っ飛ばしちゃ……これでいいかな?」

 

 ……エイミィの保護欲を適度に刺激していくに至るのでした。

 

「さってと、ホントはいろいろ“診て”みたかったけど……ん~~正確なライフデータだけとったらわたしもくろのくんのとこにいこうかな?」

「…………?」

 

 振り向く彼女。

 伸びきるしっぽ。

 

「えっと、ここがこうで……あれ? センサーが――」

「??」

 

 機械をいじくりだしては操作を誤る彼女。

 大きく振られるボサボサあたま。

 

 

「――――あ」

「…………」

 

 目と目が合ってしまった瞬間である。

 ここはどこだ? まるで小動物をうかがわせるきれいな瞳に捕まったエイミィはその場で一時停止、黒く透き通った瞳を只見つめるだけで。 そんな彼女は思い出す。 先の戦闘を、ついさっきまで凶暴の一言であったこの者の力の事を。

 

「これは……(非常にまずいんじゃ……かわいい寝相ですっかり油断してた――)」

「…………」

 

 人は見かけで判断が効かぬもの。 それは眼の前の少年にも該当し、すっかりと朗らかな雰囲気に呑まれ、やっとのこと先ほどの惨事を思い出した彼女の背には汗が流れる。

 いまだ暖房が利かないにもかかわらず、彼女の体温にも変化がないにもかかわらず……エイミィ自身の脳裏によぎる凄惨な未来予想図は彼女の心に作用し、それが大きなストレスに変換されると全身の毛孔が広がっていく感覚を彼女を襲う。

 

「…………あは?」

「…………ん!」

 

 沈黙し、笑いかける。 緊張感が一山登り切ろうかという彼女の精神力は既に下降気味。

 この後をどうするかという状況で、しかし彼女のその心配は……

 

「オッス!」

「……へ?」

 

 かなり杞憂であったと明記しておこう。

 そしてまたも時間はうつろう。

 

 

 アースラ艦内 艦長室

 

「わぁ…………すごい」

「たしかなのはの世界にあった木だよね? それに『野点』だったっけ、これ……」

 

 桃色がそこにはあった。

 雄々しくも儚げで、それでも逞しさを感じさせるそれは桜の木。 早咲き遅咲きもへったくれもない今の季節……梅雨に入ろうかというこの季節には何とも不釣り合いなこうけいであり、だがそれでも見る者の視線を釘づけにしてしまうのはこの木がそういった見えざる“ちから”を持っているからか……

 

「どうかしら? そちらの世界の話し合いの環境を用意してみたのだけど」

「え? あ……」

「あ、あなたが」

 

 部屋の中央に桜の木を構え、その周りにはよく日本の野点に使う『あの』風景が広がっている。 戦艦のなかにおいて、その有機的な暖かさを連想させる道具たちは何ともミスマッチな光景で。

 さらに周りに敷かれた赤の布。

 緋毛氈(ひもうせん)と呼ばれるそれに足を正座の形に畳んでは佇む女性が一人。 彼女は優しくなのはたちに話しかけると、そっと目を閉じ口元を緩め、朗らかな空気を部屋中にただ寄せ始めていた――――その女性、名を……

 

「こんにちは。 この船の艦長をやっている、『リンディ・ハラオウン』といいます。 よろしくお願いします」

『あ、はぁ……こちらこそ……です』

 

 リンディと名乗る彼女はそよそよと頭を下げる。 そんな彼女に釣られるかのように、なのはもユーノも腰を曲げ、相手に頭頂部を見せるようにあいさつを済ませると。

 

「さぁどうぞ。 こちらにお茶と茶菓子を用意しましたから、ゆっくりと味わってください」

「ありがとう……」

「……ございます」

 

 彼女たちを自身の座る対面へといざなう……その前に。

 

「あ、そうだわ。 もうバリアジャケットは解いても平気よ? 別に襲ったり酷いことをしようってわけじゃないのだから」

「そうですね。 えっと……それ!」

 

 リンディに言われ、やっと自身の格好を確認したなのは。 いつまでも戦闘服のままではという彼女の誘いをそのまま受け取り、少女はそっと全身を輝かす。

 桃色の光は周囲を照らし、だがすぐに元の風景へと戻るその刹那――

 

「それと、あなたも『元のすがた』に戻っても平気よ? ここは魔法関係者しかいないから」

「あ、そうですね。 ずっとこのままだったからすっかり忘れてました」

「…………へ?」

 

 リンディの声に、思わす素っ頓狂な声を上げてしまう幼き魔導師見習い。

 

「ん……」

 

 声を上げたのはユーノ。 彼はその小さな体から、緑色の輝きを放つ。

 同時に広がる魔法陣は緋毛氈を緑に染め上ると、さらに光度をましていく。 輝く身体、まるでなのはがバリアジャケットを解除するかのように輝く彼はいったい何をしようかというのか。

 

「え! ええ!!?」

 

 さらに声を上げるなのは。 それは彼の体積が急激に増大していったからで……わかりやすく言うと、大きくなったのである。 それもただ大きくなったのではない、獣の形を捨てていくかのように2本足で立ち上がり、短かった腕はすっかりと長く立派なものとなり。

 

「う……そ……だよね」

「ふぅ、この姿は……悟空さんも何回か見てるはずだからえっと? 4回目ぐらいかな? なのはも最初に見たとおも―――――――「見てない! わたし知らないよ!?」――ぇえ?! でもだって!」

 

 眩い光が落ち着き、周囲の景色が元に戻っていく中で彼はもう、小動物ではなくなっていた。

 驚く少年、驚愕する少女。 それを見守る管理局のふたり。

 彼らの間にあった疑問という名のかみ合わない歯車が、またひとつかみ合った瞬間――

 

「ぇええぇえぇぇぇええええ!!」

「な! なのは!?」

 

 本日通算2度目となる魂の雄叫びを、彼女は無駄に披露するのであった。

 

『えっと? そろそろはなしを~~』

 

 管理局務めの親子を置いていったままに。

 

 

 

 

 あれから120秒あと――

 

 やっと整った対話の空気。

 気が付けば焦った調子を打ち消していったなのははきれいな正座を披露する。 若干ながら足をもじもじと動かすユーノはいまだ落ち着かず、しかし例の騒動はなのはが悟空から伝染(うつ)された例の言葉によって終息していた。

 

「なのは……ごめん! その――――」

「まぁ……」

「え?」

「いっか♪」

「なの……は?」

 

 陽光を思わせる笑顔は、熱を持たないあたたかさを彼に与えていた。 それはあの少年を思い出させるに至る。

 なんでもないよ? そんな顔をした彼女を、どこか不思議そうに見ているのはこの部屋にいるほとんどのモノであった。

 

 そして話は本題に戻るのである。

 

「そう。 じゃあ、あのときクロノを襲った彼は正気ではなかったと?」

「あ、はい! ホントにほんとに悟空くんはあんな感じじゃなくってですね!」

「いつもはその……天ね――違う……明るく元気なひとなんです!」

「そう……なのね」

 

 なのはとユーノの必死な弁明。

 故意であんなことは絶対にしないと強く言い放つ彼女らに、リンディは思案気な表情を崩さない。 どこか聡明で、どこか難しく、事態を深く呑み込んでは見渡そうとする彼女はやはりこの船の艦長を任されるだけの事はある。

 ジュエルシード、3人の魔導師、そして一人の一般人……

 

「彼を一般人と言っていいかは正直疑問だけど」

「それは……」

「その……」

 

 とにかく知らない事態。 しかし彼らはこの件――

 

「正直言って、今回私たちは別件でこの地に来たの。 しかもごく少数で」

「別件ですか?」

「えぇ、つい1週間前ぐらいかしら? この世界を中心に、小規模な次元振を観測したのよ、だからそれを調査しにね?」

「じげんしん?」

 

 あまり強く、力を入れることが出来ぬやもしれない……と。

 明かされたのは彼らの事情。 それは聞きなれない単語を備え、その意味が解らないなのはは思わず隣にいるユーノに顔を向けてみる。

 

「えっと、次元振というのはその名の通り、次元世界においての振動……つまりは地震が起こっていると思って」

「地震?」

「そう、それがあまりにも大規模なもの……ほら、地割れとか起きたりするだろ? あれのひどくなったものだと考えてもらえると」

「地割れ……とにかく酷い状態っていうことだね?」

「そうだよ」

 

 ユーノの『なんとなくおしえちゃう次元世界! 次元振編』を終えたなのははリンディたちに振り向く。 しかしここで思い出すのはつい数日のこと。 じぶんの記憶違いでなければ……

 

「でもおかしいですよ」

「……どういうことかしら?」

「つい最近、そんな物騒なことはなかったですもん。 あ、ジュエルシードの怪物さんとかは別に考えてですけど」

「あ! そうだ、そういえばそうだった。 ボクがなのはたちの世界に来てから1週間は経つけど、その間は目立った事件なんてジュエルシードの小競り合いくらいだったはず」

 

 次元の地割れなど、起こった風なことなどなかった事実。

 そんな大規模な災害が起これば、何かしら察知するであろうもの。 だが彼らの身に覚えはなく、その事実はリンディたちの声を若干張り上げさせる。

 

「それはほんとかしら? わたしはてっきり、ジュエルシードというロストロギアのせいだと睨んだのだけど……」

「ロスト……ロギア?」

 

 少々上がる室内の気温。 それに反して、またも知らない文字に首を傾げて。

 

「あえっと……ユーノ君、お願いできるかしら?」

「ボクですか? いいですけど……」

 

 リンディはユーノにスルーパスを決め込んでいた。

 

「ロストロギア。 それは遺失世界……つまり、滅んでしまった世界に残された高度な技術によって生み出された技術、または産物のこと。 今回で言うジュエルシードがそれに該当するはずだよ」

「滅んじゃった……世界?」

「うん。 あ、そうだ」

「え?」

 

 ユーノの二回目の説明。 それを何となく受け止めるなのはに、ユーノはあのことを思いだす。

 

「そういえば、悟空さんの世界にも似たようなものがあったっけ?」

「悟空くんの?」

『???』

 

 そう、それはかつてなのはが夢のあとに知り。 のちにユーノも悟空から何となく聞いたむかし話。

 それがわからず首を傾げるクロノとリンディ。

 彼らは知らない。 かの世界には、世界が遺失するまでもなく築かれた奇跡の代物があることを……

 

「なのはも聞いてるって悟空さん言ってたけど……ほら! 悟空さんの友達の……」

「クリリンさん?」

「じゃなくって、ホラ……えっと?」

 

 なのはとユーノ、彼らはその話のとっかかりを思い出すため互いにニラメッコ。

 そういえば……そう唱える

 

「あぱ? 違う。 ん~~」

 

 何やらわけのわからないことを唱えるユーノ。 いったい何を言っているんだかと顔の管理局二人組に対して、なのはは少し思い出す。

 そういえば夢で見たあの映像に……それは思い出せそうで出来ない歯がゆいことで。

 彼女が思い出せなければわかるのはユーノと……だからそれを思い出そうとしているユーノには手助けはなく、故に彼は頑張って思い出そうと――

 

「あぱ? いぱ?」

 

「――ウパだぞ」

 

 思い出そうとする彼に。

 

「え…………?」

「この声……」

 

 少年が最後の一押しをして見せた。

 それは聞き覚えがある声。 けれど長らく聞いていなかったんじゃないかというその声はひどく懐かしいモノ。

 明るく元気で騒がしくて、だけどなんだか優しくて。 そんなあたたかいものが一緒くたになったような声を出せるのは数少なく、その声の持ち主はなのはが知る限り3人。

 ユーノはというと……やはり一人しかいないであろう。

 

「おっす!」

『悟空くん(さん)!!』

 

 彼は……少年は居た。 その身を包む山吹色の道着をそのままに、先の戦闘で感じた荒々しいまでの狂気は既になく。 いつもの彼がいつもの通りのあいさつをしていた。

 片腕を上げ、手のひらをこちらに向けては大きく口を開けてのたった一言。

 これを聞いて始まる朝がすっかり定着した彼等はすかさず振り向いて、駆け出す。

 

「悟空くん! 心配したんだよ!!」

「お? そいつは悪かったな」

「ずっと呼んだのに……怖い目でクロノくんに飛び込んでいって――」

「…………なのは」

 

 飛び込んでいったふたり。

 男だから? 女の子だから? 今はそんなことは関係ないであろう。 大事な人が、かけがえの無いヒトだから、こうもあっさり飛び込んで文句を言ってしまう。

 トントンと悟空の胸を叩くなのはに、すぐ横で彼女を案じるユーノ。 それを、自身より背の高いなのはたちを見上げる悟空は困り顔……だけどすぐにいつもの顔に戻す。 その表情(かお)はやっぱり――笑顔。

 

 彼は大きくわらいだす。

 

「ははっ! なんかよくわかんねぇけど、すっかり心配掛けちまったな。 わりぃわりぃ」

「……悟空くん」

「悟空さん」

 

 どこか大人びた風な彼を余所に、ジワリと目尻を濡らす少女と少年。

 そのさまを見ては言葉に詰まっている大人と青年はただ黙っているだけ、空気というものを読んだ彼らはやはり大人なのであろう。

 

「あ! いたいたーー! ダメだよ勝手にいなくなっちゃ……あれ?」

 

 詠み人知らず(エイミィ)は放っておくとして…………

 

「えっと、クロノの事はまぁ彼女たちの話を聞く限り、何らかの事故ということにしておくとして」

「??」

「まずはあなたの……悟空君のことについて教えてもらえるかしら?」

「オラか?」

「えぇ、それにさっきユーノ君が言いかけていたこともかしらね?」

 

 ついに集まった主要人物たち。 彼らの集合は話の内容を一段階繰り上げることとなる。

 内容……ユーノが話しかけていた“昔話”を、悟空の口から聞くこととなったのだ。

 

「ユーノが? ん……あれ? ユーノおめぇ……」

「え?」

「あ……(そっか悟空くん、ユーノくんのこと)」

 

 そこで悟空は向き直る。 その視線の先にはヒト型となったユーノ・スクライアの姿が在り、それをまじまじと見た悟空は3秒間停止……

 ここまでわかりやすいアクションをされればなのはにだってわかるもの。 そう、彼は驚いているのだ、いきなり自身より背の大きい少年へと変わったユーノに悟空は大層――

 

「なんだおめぇ、変身したんか?」

「違いますよ悟空さん、元に戻ったんですよ」

「あ、あれ!?」

 

 おどろいた……それはなのはの方であった。

 なんだか会話が酷くスムーズである彼等、なぜ? どうして? 膨らむ疑問になのはは構うことなく、気付いた時には大きな声を出していた。

 

「悟空くん……ユーノくんの事、知ってたの!?」

「しってたの? ――って、オラ、こいつがおめぇんちに居ついたその日に教えてもらったんだぞ」

「え!? ええ―――!?!」

「あ、そっか。 あのときなのは、学校に居たんだ……忘れてた」

「ええええーーー!!」

 

 それでわかったことと言えば、自身が1週間前から置いてきぼりを喰らっていたことだという事実であろう。

 それはなのはが学校に行っている間の出来事。 悟空の仲間のことで話に花を咲かせていた少年たちは、喋る動物2匹の話題に突入。 へんげ!! という掛け声で様々なものへと姿かたちを変えていくというその話に、ユーノは思い出したかのようにこう告げた。

 

「そういえばボク、ずっと変身したまんまでした」

「いい!? おめぇも“へんしん”すんのか!」

 

 そこからはもう早かった。

 いつものように軽く受け止めた悟空に、このことを恭也たちには言わないでと説得を試みるユーノの構図が完成していた。

 今思えばどことなく悟空がユーノに接するときは、他と違いなんというか動物に話しかける風ではなく、ホントに友達と会話をしているようであった。 けどそれは悟空の特性だと思っていたなのははここで思い至る。

 

「で、でも! たまにネズミを取ってくるようにって!」

「ん? そりゃ言ったけどよ」

「ほら!」

 

 そういえばいろんなタイミングで言っていたあのセリフ……「裏でネズミをとってくるんだぞ」という言葉を思い出したなのはは、これ見よがしに悟空に向かって指を向ける。

 人間相手にあんなこと言うはずはないのでは! 今になってはどうでもいいようなその問答は、しかし驚くことなかれ、悟空に取ってそんなこと――

 

「ネズミはちいせぇけどよ、めし取ってくるのを覚えんならちょうどいい大きさだろ?」

「…………はい?」

「ムカデやイモムシなんかもいいけどよ、やっぱり肉がある奴がいいもんな! ユーノじゃトラは強すぎるしよ、オオカミなんかでも歯がたたねえもんなぁ」

「…………」

 

 

 野生児(ゴクウ)にとっては日常茶飯事なのである。

 ブルマと会う以前から、既にクマは何度か食したから、久しぶりに魚にするか! などと献立に困るほどの猛者である悟空に、そういった常識を当てはめてはいけない。

 あまりにもサバイバルが過ぎる彼の食生活に、なのははおろか。

 

「…………中々壮絶なのね、彼(…………うぅ)」

「そうみたいですね……かあ――艦長(かんべんしてくれ……)」

「すみません……少しトイレに」

 

 この3人ですらそれ以上言葉を出すことをやめた。

 ちなみにこの3人、この後の食事を大幅に残すこととなるのだがそれは語られることのない話である。

 

 崩されていく余裕という名の鉄仮面。

 気取った態度を使うことなく、だんだんと笑顔の下にある素の表情をさらしていくリンディ……策士と言われたはずの彼女も、とんでもない天然ボケを前にしては最早作戦も何もないのであろう。 彼女たちは、完全にペースを乱されていた。

 それに逸れた話題。 その軌道修正を試みるのは管理側ではなく……

 

「あれ? そういえばおめぇたち“ウパ”がどうとか言ってなかったか?」

『あ、そういえば!』

 

 なんと悟空である。

 彼は後頭部に両腕を汲んだまま、適当にあたりを見渡すとこれまたテキトーに口を開く。

 気が付けば三回くらい進路変更をしていたこの話題に誰も突っ込むことがないのもおそろしい話で、こうなった原因の彼に指摘されたなのはたちはというと……

 

『なんか……激しく疲れた』

「あは、は……みなさん(ボクも最初は驚いたけど……やっぱり悟空さんって……)」

「なんだよおめぇたち。 結局なんも話さないのか?」

『はぁ~~』

「お??」

 

 態勢を崩し、肩口がずれこんでは疲れたという状態を全身で訴えかけていたりしていた。

 

「えっと、とりあえずユーノ君が言ってた話の続きからかしら? 悟空君についてだったかしら?」

「どういうことなんだ?」

「ご、悟空くん……ちょっと、静かにしようか……」

「あ……はは。 えっとですね――――」

 

 いい加減進みたい話の内容に、全力で支援攻撃をしたなのはの顔は暗い。 いやいや、決して落ち込んでいるとかそんなチープな理由ではなくて……青い焔がともったと言えばお分かりになるであろうか。

 とにもかくにも、ユーノの解説は進む。 それは悟空が第21回天下一武道会出場後まで遡る話。 悟空が世界一の殺し屋との勝負に惨敗し、九死に一生を経た時の事である。

 

「ウパさんのお父さん……ボラっていう方が殺されてしまったというお話を、前に悟空さんから聞かせてもらいました」

「いきなり重い話ね……それで悟空君はどうしたのかしら?」

「オラな、カリンさまに修行つけてもらってな。 いろいろあって、桃白白って奴を倒したんだ」

『タオ……パイパイ?』

 

 それが殺し屋の名前というのは、詳しく聞かなくてもわかるリンディ。 だがそこからが予想できない。

 友の父が殺され、そのカタキを取ったという話ではないのか。 彼女のその思考は確かに正しくもあり……答えが足りないともいえる。

 

「そんでよ、レッドリボンっちゅう悪い奴らもやっつけてさ、“ドラゴンボール”でよ?」

『ドラゴン……ボール?』

「ウパの父ちゃんな、生き返らせてもらったんだ」

「………………なんですって――!?」

「生き返らせ……た?」

 

 そう、それが今回の話のキモ。

 いま、彼はなんといっただろうか……そんな自問自答を2回ほど繰り返して出てきたのは驚愕の声と、悟空の言葉におうむ返しする声。 信じる信じないどころではない、いまだ彼の言った言葉の意味がつかめずに、リンディは長い髪を大きく揺らしながら悟空に食って掛かるように質問をする。

 

「それはどういうことかしら!」

「どういうことって言われてもなぁ……これっくらいの星が入ったさ、球っころを七つ集めるとよ? 神龍が出てくんだ。 そんでそいつに頼んで生き返らせてもらったとしか言いようがねえんだけどなぁ」

「シェン……ロン……」

 

 目を見開くのはリンディである。 彼女の気は動転していた、死人が生き返るというバカげた言葉は信じられぬもの。 だがどうしてだろうか、この目の前の少年が言うと自然に信憑性が増してくるのは? リンディはその自身の経験に基づく洞察力で、悟空の言っていることを嘘ではないと断定したうえでこの話を聞いていたのだから、故に聞き入っていた彼女の動揺ぶりは計り知れない。

 彼女は呟く……心の中で。

 もしも彼の言うそれが本当ならば……だったら――

 

「――――あのひとも……」

「ん?」

 

 つぶやいた声は悟空にしか聞こえないもので、そしてその真意は当然悟空にはわからないモノ。 過去の過ちを是正できるというその究極のアイテム、それは確かにロストロギアと呼ぶにふさわしいのかもしれない。 しれないのだが――――

 

「それにしても、ウパの父ちゃんホント運が良かったぞ」

「…………え?」

「神さまに教えてもらったんだ。 死んで生き返られるんは、死んでから1年以内だって。 もしもボール集めがうまくいかなかったら、生き返らなかったもんなぁ」

「…………そう……なの……」

 

 そこで聞いたドラゴンボールに掛かっている制約を知ると、その熱は一気に鎮火していってしまうのである。

 

「そう……よね。 そんな都合のいいものがそうそうあるわけないわよね……」

「おめぇどうかしたんか? 顔色わりぃぞ」

「あ、ごめんなさい。 信じられない話を聞いてしまったから……つい」

「そうなんか?」

「リンディさん?」

「…………(かあさん……)……ん?」

 

 静まる熱気、気落ちするリンディ。

 その姿に息を詰まらせていたクロノは、しかしそこで会話のログをあたまで巻き戻していく。 この少年は今なんといっただろうか? とてつもなく信じがたい言葉を発したように思えたが……

 

「…………まぁいいだろ」

 

 この際それは、深く検索しないでおこうと決めたクロノであった。

 

「そういえば……」

「なんだ?」

 

 話題変更。

 ここで何となく気まずい雰囲気を払拭するべく、なのはが思い出したのはさっきの事。艦長室までに来る道のりの事である。

 

「悟空くん、よくここにわたし達が居るってわかったよねって」

「あ、そういえば。 ここまでは確か、結構曲がり角とかあって迷いやすいはずなのに……もしかしてまた匂いを追って来たんですか?」

「それもあんだけどよ?」

 

結構入り組んでいたような……そう思っては答えに颯爽と到着したのはユーノ。

 だけどそれだけじゃ答えは足りない。 そう、彼はついに掴んだのである、自らが進むべく歩んだその最初の一歩……それを彼は手にしたのである――――それは。

 

「おめぇたちの“気”があんのがさ、何となくわかったんだ」

『き?』

「そうだ、気だぞ」

 

 気。 

 

森羅万象に働きかけるというちからの一つであり、有象無象が持ちうる根源的な要因の一つ。

 それを何となく使ってきた技がかめはめ波であり、それを業として作用させたのが悟空が使って見せた“探知”である。

 

「ミスターポポがいってたからなぁ。 見るだけでなく感じる――気を周りに張りめぐらせるって」

「え、えっと?」

「どういうこと……?」

「はは! オラもよっくはわかんねぇ。 何となくできんじゃねぇかって思ったらできたんだ」

『そうなんだ』

 

 いまだ解らないことだらけのなのは達に、でも悟空の解説はそこまで。

 自分で言っときながらも、自分自身が他人の受け売りなためにここから先は語ることができないのだ。 だから悟空が喋れるのはここまでで、それを知ってか知らずか。

 

「話はいろいろ分かりました……」

 

リンディは彼らに議題を持ちかけることとする。 

 

「悟空君の世界と、なのはさんの世界。 それにジュエルシードについての現状」

「え? あ、はい」

 

 垂れた前髪をかき分けるリンディ。 そこから見え隠れしたのは大人の貌と仕事の時の視線。 隠すことなく見せつけたそれは若干なのはを後退させて……

 

「なんだよ? 言いたいことがあるんならはっきり言えよ!」

「……えっとね? とりあえず、今回の件はこちらに任せてもらえないかなってことなんだけど……?」

 

 それはあっけなく悟空に打ち崩される。

 回りくどいのは嫌いだ! そう言っては駆け引きの得意な大人(リンディ)に言葉の右ストレートをぶちかました悟空。 それに応じたリンディはあきらめ半分で本音を暴露し、悟空に向かって優しさ半分の目線を送る。

 明らかに負けを認めた彼女の本音に……

 

「なんでだ?」

 

 悟空はどこか納得いかないようで。

 眉を逆八の字にしては腕を組んでプースカ……擬音を立てている彼は本当にお子様で、それを見たリンディはここで畳みかけようとはせず、さらに言葉を重ねていく。

 

「もとは民間人……危険とは縁のないところに居たんですもの、だったらこのまま私たちに任せて、元の生活に戻った方がいいに決まっているはずよ?」

「そうなんか?」

「……そのはず……よね?」

「え?! またボク!?」

 

 それを即座にピッチャーライナーで返してくるのだから、リンディは思わず通訳(ユーノ)に向かってアイサイン。

 しかし彼女は知るべきだった。 この少年、悟空がやっていたもの探しの範囲の広さを……そして既に心を決めている少女の強さを――

 

「それはよ――「できないです!」――お?」

「……あら? どうしてかしら?」

 

 高町なのはの否定の声が、艦長室に木霊する。

 それは小さな少女の強い願い。 もう決めた、決めてしまったその心は梃子でも動かすことは出来ぬと誰かが言っていた気がして。

 それが恭也と美由希だと思い出したユーノは、手伝ってもらっているという節目もあわさりただ黙りこみ、悟空は悟空でうれしそうに口元を緩めている。

 

 子供たちのまさかの反対意見。 これにはリンディも驚きを隠せない……故に聞く。 いったいどうしたというのかを。

 

「わたし、決めたんです」

「決めた?」

「はい。 最初は悟空くんが走っていくのを追いかけていくだけだったけど、今は違うんです!」

「…………」

 

 声を張る少女に対して、リンディはひどく静か。 決して聞き流さないようにと、いかに子供でも……いいや、子供の必死な言葉だからこそ今は真剣に聞いている節がある彼女の顔は、どこか昔を思い出すかのようで……

 

「自分で決めたんです! 悟空くんやユーノくんのお手伝いじゃない。 わたし自身がやりたいから“ちからを合わせる”んだって!」

「…………そう」

「なのは……」

 

 気迫。 大きく灯るその炎は誰の影響なのだろうか?

 考えるまでもなくあの少年のせいであろう。 リンディは悟空を一瞬だけ視界にとらえると、そのまま目をつむる。 静かに息を吸い、吐いていくその仕草は自分の思考をまとめているからであり。 それが終わった今、彼女は自分が出した答えをなのはに返す。

 

「わかりました」

「――――じゃあ!」

「ですが、条件がひとつあります」

「え……」

 

だからこれが最後の譲歩だ、そう心で唱えながらも少女の瞳を見つめるリンディ。

 その内容とは……

 

「出来る限り、こちらと情報を共有すること。 それと、こちらの呼びかけにきちんと答えること、以上を守ってもらえればあとは好きにしてもらっていいでしょう」

「それだけ……ですか?」

 

 あまりにも安い条件。 それは裏表なく彼女たちに協力するというリンディの心情のあらわれ。 交渉術としては最低で、それでも子供たちにとっては……

 

「ありがとうございます!」

「すみません!」

「サンキュウな!」

「えぇ、どういたしまして♪」

 

 とても最高に喜ばしい条件で。

 滞りなく進められるという好条件は彼らに笑顔をもたらしていく。 なぜ彼女がこの決断をしたのか……それは――

 

「はぁ~~(まったく、昔の自分の言葉をそっくりそのまま聞くことになるなんて。 しかも理由が……)」

「なんだ?」

「え! いいえ、なんでもないわよ?(男の子っていうのもまた……)」

 

 彼女にしかわからない理由があるのであろう。

 それに、彼女には懸念事項がひとつ増えてしまった。

 

【ねぇクロノ? 今回のこと、上に通さない方がいいかしら?】

【今回? ジュエルシードの事でしょうか?】

【いいえ、違うわ】

【――! アレのこと……】

【えぇ、そうよ】

 

 クロノ……自身の息子と交わされる心の会話。 その内容は悟空のもたらした一つの重大事項に移行していく。

 どうあっても満たしてしまった例の特徴。 球、星が入っている……そしてサイズ。 それを思い出して彼女は気付いてしまった。

 

【おそろしいものね、女の勘って奴かしら。 あれを上に報告していたらどうなっていたことかしら……】

【そうかもしれない、もしあんなものの実態を上層部にでも知られたら……】

 

 彼女の脳裏に浮かぶのはひとつの部屋。

それはロストロギアの搬入用倉庫の一室で、その奥深く……厳重封印と打刻されたプレートの内側にある物体。

 

【えぇ、きっと血眼になって悟空君が居たという世界を捜索し始めるはずよ。 死者の蘇生に若返り――制約はそれなりにあるようだけど、“どんな願いでも一つだけ叶える”っていう代物が、それもほとんどノーリスクなものだと知れば……それはきっと】

【動乱の元凶となる……か】

 

透き通るように澄み渡ったオレンジの水晶、その中に赤い一つ星を覗かせた恣意さ苦も無く、大きすぎもしない球が安置されていた……

それは唐突に周囲を小さく照らす――

【とてつもない胸騒ぎがしてならないわね、何事もなければいいのだけれど……】

 

リンディの心の内を表すかのように、何事もなかったかのように暗転していくのであった。

 

 彼らは知らない。

 その球に込められた大きすぎる願いの意味と代償を――

 たった一人が、全世界に呼びかけた末の終焉を……

 そして、その者を中心に、今まさに劇的な変化を遂げようとするこの世界の流れるさまを――彼らはまだ、知る由もない。

 

 きらびやかに揺蕩う星々の、その狂ったように輝き照らす、安穏とした闇夜の空。 そこはいまだに雲がかからず、開けた夜空がすべてを見下ろしていた。

 そんななかでひときわ強く輝く星がひとつ。

 銀色に輝くそれはいまだ完成を見ない傍らの星。 寄り添う相手を常に追い続け、日を追うごとに容姿を変えていく姿は恋を知った人間の様にも見えて…………その星の名は――

 

     月

 

 いまだ銀の輝きで大地を照らすその星は、いまは齢“十三夜月”の顔でありました。

 古来よりて、その美しさから宴が開かれていたとされるその表情は、まるで優しく微笑んでいるよう。

 さぁ……と。 これから始まる狂乱を、ともに見おろしていこうではないか……

 

 そう、全てに等しく嗤いかけるように――――

 




悟空「おっす! オラ悟空!!」

なのは「終わっちゃったね……」

ユーノ「うん、終わっちゃったね……」

悟空「なんだよ、そんな顔しちゃってさ? なんかあったんか?」

恭也「おい悟空、旅行の途中なんだが、残念なお知らせがある」

悟空「おしらせ?」

なのは&ユーノ「…………」

恭也「事実はな、2泊3日のこの旅行……一泊で帰ることになった」

悟空「え!? なんでだ! オラまだ、メシたらふく食ってねぇぞ!!」

なのは&ユーノ「ソレ……」

悟空「え?」

恭也「まぁ、わからんのなら帰ってからじっくり教えてやろう。 では次回!」

フェイト「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第12話」

アルフ「『さいかい』!? それは再び出会い、開かれてしまった幕」

恭也「な!? なんだこの子たちは!」

悟空「ん? トラにオオカミだ!」

フェイト&アルフ「違う!!」

なのは「にゃはは……またね~~」


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第12話 『さいかい!?』 それは再び出会い、開かれてしまった幕

え~遅くなって申し訳ないです。
少しネットから隔絶されてしまって……はは……


さて第12話! 今回はごちゃごちゃしてます。
アイツが出てきて、あの子がひょっこり顔を出して、悟空がナントかフラグを建てて(恋愛ではない! 念のため)

そんなこんなでりりごく12話です!


 

 おっきな太陽が昇る昼前。 サンサンと降り注ぐその陽光のもと、高町と書かれた表札を引っさげた純和風の宅の門前に、それはいました。

 

「…………帰ってきちゃった」

「そうだね……こんなに短い慰安旅行は初めてかな?」

「それもこれも全部――いや、半分……」

 

 なのは、士郎、恭也の順に吐き出されていく小さな吐息。

 彼らはひどく呆れ、疲れていた。

 

 小旅行出発から……1日あと。 3日間の旅だったはずの彼等が、いったいどうして2日目のこの日に自宅へと帰ってきているのか……それは。

 

「けふ……なぁ? おんせんはもう終わりなんか?」

「そうねぇ。 旅館の方が休業しちゃったから、今回はもうおしまい」

「そうなんか――けふっ」

 

 この少年。 孫悟空から発せられる“おくび”が原因の一つとも言えようか……

 

「キュウ……(まさかアレが全部悟空さんのせいだなんて、誰も思わないんだろうなぁ)」

 

 自宅の前で立ち往生する家主たちをまえに、悟空の頭の上で冷や汗。 小さな手でそれを拭うと、昨日の事を思い出しては感傷に浸ろうとしていた。

 そう、あれは悟空が謎の暴走を起こし、アースラでの会談後の事。

 旅館に帰ってきたなのはたちが最初に見た光景はというと、旅館のすぐ近く20メートルほど離れた所に出来た、直径10メートルほどのクレーター。

 隕石でも降ったのではないかというくらいなそれは、旅館にいる者全員を大騒動の渦に叩き落とし、警察、消防……あわや軍隊まで出張るところだったのを、どこかの甘党お姉さんの遅い尽力により回避。

 そして今に至るわけであるが……だが、問題はそれだけではなかった――

 

「きゅ……(弾き飛ばしたクロノの魔法でクレーターが。 そしてその止めが、悟空さんの胃袋だなんて。 口を裂かれるまでは言えない……あれ? この言葉であってたっけ?)」

 

 そうなのである。 この事件のもう半分を占める内容、それは悟空の欲であった。

 それは生きるのに必要な善良な欲。 切っても切れない人体のシステムであるその名も『食欲』

 

 余りあるそれを弄んでいる彼には……手加減などなかったのである。

 

【ねぇ、なのは?】

【なに? ユーノくん】

【悟空さん、前よりも食欲が増してるように思えるんだけど、気のせい?】

【う~~ん、どうだろ? いつもお茶碗の数とか数えてるけど、途中で辞めちゃうし……わかんないや】

【そうなんだ……(でも、旅館が休みになった“謎のクレーター”はともかく“食料在庫切れ”ってどう考えても……)】

 

 そこで始まる心象会議。

 悟空の些細な変化に気が付くユーノに、言われてようやく気付いたなのは。 それは確かに言われてみないとわからないくらいなほど(あまりにも被害が大きく、統計するのが億劫)であり。 今のいままで気にもしなかったのは、既に常識という名の感覚感が悟空によって浸食され始めているからかもしれない。 そこに――

 

「なんだよおめぇたち、ふたりでコソコソしちゃってさ。 なにしてんだ?」

【!!?】

『悟空(君)?』

 

 ちゃっかり聞こえてたという悟空の横やりが入る。

 それに反応する高町の一家と、念話で内緒話をしていたなのは達。 これもいつもの事、これが1週間繰り返されてきた彼らの新しい日常。

 

「なんでもないよ! うん、ほんとに」

「きゅ! キュウ!」

「そうなんか」

『??』

 

 それを彼らは、ただ過ごすのであった……

 

「……(また内緒話か……)そうだ悟空」

「お?」

「お? じゃない。 ほら、お前宛に封書が……ん? なんだこの封書」

「恭也、その手紙がどうしたんだ」

 

 ちょっとだけなのはの顔を見た恭也が、悟空の背中に立っては一声かける。 その手に茶色く細長い封筒を持った彼は、それをひらひらと仰ぐと疑問符を浮かべる。

 曲げられた眉は少しだけ吊り上っており、それを見守る父、士郎も疑念の思いで声をかけようとし――

 

「なんだそれ? 食いもんか?」

「ちがうわ! ……はぁ、珍しいものを見つけたらすぐこれだ。 ヤギのお話じゃないんだぞ、まったく……」

「ん、んん!」

 

 ボケとツッコミが入るのである。

 これもいつものこと、これが普段のやり取りだと思うと、恭也の心労がうかがい知れないのは想像に容易いであろうか。

 話を本題に戻そう……

 

「恭也、その手紙がどうしたんだ?」

「えっ? あ、いや。 コイツ送り主の名前はおろか、こっちの住所すら書いてないんだ。書いてあるのが悟空の名前だけ、しかもかなり字がうまい……これってなんか変じゃないか?」

「…………どうしたものか」

 

 “孫悟空 様”

 あまりにも達筆で、しかも修辞で掻いたようなその筆記体は思わず背筋が伸びてしまいそうになり。

 だが、その手紙が悟空の名前以外何も書かれていないことに大きな疑問を抱えた男衆。 彼らはそれとニラメッコをすると、そのまま身動きが取れなくなる。

 間違いなく普通の手紙ではないそれを前に深く考え、繊細に動き、次の手を想像する彼らはとても慎重であり。 そんな彼らは悟空に注意の声を促そうとしては。

 

「中になんか入ってんだろ? さっさと開けちまうぞ……」

「あ! ぁあ!!」

「こ、こら! 悟空君!?」

 

 ビリビリと盛大に上端を引き裂いていく悟空に慎重な雰囲気を見事に崩されて――

 

「ん?? 何がいけねんだ?」

『はぁ……』

「ご、悟空くん……」

「悟空くんに手紙なんて……いったい誰なんだろ?」

「そうねぇ、悟空くんの知ってる人かしら?」

「悟空くんの知り合い……かぁ」

 

『…………』

 

 いまだ謎の多い少年(見た目)の孫悟空……彼宛に送られてきた手紙に興味津々の高町家御一行、だがその中でふたりだけこの手紙にまったく別の意味で視線を送っていた。

 

【ねぇなのは?】

【どうしたの? ユーノ君】

【あの手紙、誰からだろう?】

【……】

 

 ユーノの疑問は高町家の面々と一緒のようでまったく違う。 何しろ次元漂流者であり、管理局でさえ把握していない文明の次元出身者であるはずの悟空。

 このことを知っているのはこの場ではユーノとなのは、そして悟空本人だけである。

それを含んでのユーノの質問になのはは、口を開こうとしなかった

 

「ん~~」

『……』

 

 あっさりと開かれてしまった封筒。 そこから取り出された紙は、きれいに折りたたまれたA4サイズの白い手紙。

 まっさらなその神のど真ん中に、大きく、くっきりと、なおかつ力強く書かれている字を、悟空はただ眺めている。

 

「…………ん」

『…………(いったい何が……)』

 

 いつまでたっても手紙の内容をしゃべってくれない悟空に焦れていく高町の面々。 それを余所に、いまだ手紙から視線を外そうとせず、紙面の右上あたりで目線そ固定している悟空は……

 

「?」

『えっと?』

 

 小首をひとつ傾げる。

 ダンダンとジェットコースターのループ部分のように曲がっていく眉、その表情の意味をいち早く看破するのは……なのは。

 彼女は悟空の真横まで行くと、小さな声で悟空につぶやく。

 

「どうしたの?」

「ん? あのな?」

「うん」

 

 それに答えた悟空は居たって普通の顔。 何かにおびえた様子もなければ、あせった様子もなく、それを見た恭也と士郎は手紙の内容予想から“脅迫状”という項目を排除、一汗拭うのである。

 

――――しかしだ。

 

 それでも疑問は残る。

 なぜこの少年は早く内容を教えてくれないのか。 なにか別に言えない理由があるのか? 疑問が疑問を呼ぼうとする刹那、悟空はいきなり『にぱっ!』と笑い出す。

 すごい笑顔、とてつもない明るい景色。 どうしてか太陽にもひまわりにも思えるその大きな笑い顔から発せられるのは……

 

「なんて書いてあんのか、わかんねぇ!!」

『だぁぁああ!!』

 

…………字が、読めませんでした。 そんな一言。

 

 盛大にズッコケた高町の面々。

 コンクリに顔をうずめた士郎と恭也を筆頭に、衣服の肩口をずらした桃子と、持った荷物をあさっての方向に投げ捨てては後ろに倒れる美由希。

 さらにはなのはとユーノはそろって空を飛翔。 なんだか懐かしい風景だなと、若干ニコリと笑う悟空を余所に、彼らはどこかにトンで行きたくなる衝動を大きく解き放っていた。

 

「ご、悟空……おまえ字が読めんのか!?」

「はは、むかし、亀仙人のじいちゃんとこで“こくご”と“さんすう”教えてもらったんだけどよ? こんな字、オラ教わんなかったぞ」

「こくご……」

「さんすう……」

 

 そこで彼から聞いた学歴ともいえない、いわば“勉強歴”は衝撃的で。 下手をすれば小学三年生(なのは)よりも低いそれは、決して美由希と同い年の者から発せられていい内容ではなく、士郎、そして恭也はその単語を復唱、よく噛みしめては悟空に対する見方を――

 

「そう、なのか……(そういえば“そう”だったね)」

「なるほどな(そういえば壮絶な人生だったか。 こいつがあんまりにも明るいからわすれてたな。 学校にも行かない、行けない人生か……)――よし!」

 

 改め、悟空の事を思い出す。 結果は仕方がないという事実だけであり、恭也は悟空の手紙を受け取ろうとすると。

 

「ん~~~~」ぐりゅっ!

「…………減ったのか?」

「ん? なにがだ?」ぐりゅりゅ~~

「悟空くん、おなかの音」

「お! ホントだ、おらハラ減っちまってんなぁ!」

「なんて奴だ……思考と身体が別行動を起こしてやがる」

 

 腹の音にその行動を止められてしまう。

 そうとも気づかず、恭也を見上げていた悟空はなのはの指摘でようやく至る。 自身から鳴り響くムシの音は少し遠慮がちで、いつもよりトーンを落としている感があるのは気のせいではないだろう。

 

「仕方ない。 とりあえず、少し早い昼飯にするか。 ね? かーさん」

「ふふ、いいわね。 腕によりをかけちゃおうかしら」

「ほんとか! モモコがそういうと、いっつもメシがたくさん出るからなぁ、オラ楽しみだぞ」

 

 だから少しだけ間を置こう。 そう思って士郎は悟空を我が家に招入れる……否、“一緒に帰ってくる”ことにしたのである。

 

 

 

高町家――リビング・戦場(しょくじ)あと

 

 ここ最近のあいだに圧倒的に増えていった高町家の食器、その数々を山にしてはリビングで大きな腹を叩く少年が居た。

 周囲の人間も、若干ながら重い腹をさするように席に着いては水を飲んでいる。

 油っぽい皿の一枚一枚が、先ほどまでの壮絶なバトルを物語るようで……悟空と桃子の熾烈な競い合い――食う側と提供する側の戦いは、30分という短い(料理を作るという時間では驚異的)な時間で幕を下ろしていたのである。

 

「くったーー! やっぱモモコのメシはうめぇなあ!」

「うふふ、ありがとう悟空君」

「悟空くん、相変わらずすごい食べっぷり」

「常人の10倍は硬いからな……しかもまだ余力を残しているはずだ。 奴が本気になったら、この家のエンゲル係数は60を超えてしまうだろう」

『……冗談みたいな話だけど、冗談に聞こえないのが恐ろしい』

 

 悟空と桃子がお互いの健闘をたたえている中で、なのはと恭也を中心にこの家の末路を何となく想像し始めた彼等。

 ふつうは25そこそこで済むはずのそれ。 しかし悟空を見ているといつか恭也が言ったそれ以上を行く想像が容易いと、思わず固唾をのんでしまう高町一行であった。

 

「あ、そうだ」

「え? 悟空君?」

 

 腹を叩いたままの悟空は思い出したかのように声を出す。 すると自身の道着に手を突っ込んで、懐から先ほどの封筒を取り出す。

 先が破けたソレの中から白い紙を抜き出すと、広げ、見つめ、席を降りて歩き出す。 目標は栗毛色を左右で束ねた女の子……なのはである。

 

「なぁ、なのは」

「ふぇ?!(ち、近っ!!?)」

「コレ読んでくれよ?」

「あ、え? その――」

 

 何か考え事をしていたのだろう。 急な声に背筋を伸ばし、猫の尻尾のように束ねた髪を伸ばした彼女は悟空からさっと距離を離す。

 気付けば息が届くような距離だった、だからかどうかはわかりはしないが彼女の顔からは湯気が散見され、表情は見えないが頬が若干リンゴ色に染まって見えなくない。

 

「お? なのは……」

「あらあら♪」

「あはは! 悟空君、あれで何にも考えてないんだからこわいよねぇ? 恭ちゃん」

「……見た目はアレだが、実際は美由希とはタメらしいからな。 もし“そういうこと”になったら犯罪もいいところだな…………悟空相手に成立するかは正直不明だが」

「回避率と装甲値がとんでもなさそうだもんね」

『うん』

 

 どう見ても『 』の字だと、高町の家の誰もが思う中――

 

そ れ を

 

「コレだぞ。 オラじゃ全然わかんねぇからよ、なんて書いてあんのか教えてくれよ」

「あ、う、うん」

 

 気にしない、気付かない、疑問にも思わない。

 見事な3拍子を決めつけた悟空は、視線をなのはから外さない。 見た目、弟が姉に絵本を読んでもらうかのような光景は、しかし本来の中身的には立場が逆で。

 

「はやくしてくれよ?」

「ちょ、ちょっとまって!」

「…………キュウ~~(なのは、大変だ……)」

 

 それでもその表現が正しいと思えるのは、なのはがしっかり者だからだろうか? それだけじゃないとも言えるけど、今はそうとしか言えないのである。

 

「なんだよ、よんでくんねぇのか……キョウヤーー!」

「え! ちょっと悟空くん!?」

「……仕方ない、助け舟を出してやろう」

 

 振り向いていった悟空は走り出す。

 そんなに距離は離れていないのに、急いで恭也のもとに走り出していく悟空。 対してなのはは小さく肩から力を抜いては、口元から軽く息を吐き出す。 「あ~あ」なんてつぶやいた彼女の声は誰にも届かなかったが、その姿、その仕草からは彼女自身が気づかない感情を、この家のほとんどの者がわかってやることができているのは言うまでもないだろう。

 

「キュウ」

「うん、ありがとう。 ユーノくん」

 

 そう、小さい身体の彼だってわかるのだから。

 

「キョウヤ!」

「わかった! わかったからそんなでかい声で叫ぶな。 ……えっと読むぞ?」

 

 飛び跳ねながら……というか、いつの間にか目の前に現れた悟空に驚く声を上げることなく、差し出された手紙を開いていく恭也。

 その文面の1行目、それを見た恭也から言葉が消え、表情からいろんなものが吹っ飛んでいくなかで、彼が何とか発音できたのは一言だけ。

 

「なんだ、これ……」

 

 それだけであった。

 そこの書かれているモノがなんとも理解を超えたもので。 良くわからないなんてものじゃない、これは紛れもなく――

 

「中国語……? しかも随分と達筆な」

「どれどれ。 ん~~これは確かに中国語だね、しかも教科書に出て来るかのような丁寧な字だ」

 

 日本国の文字ではなかったのである。

 見た目、漢字を複雑化させたそれは、日本語の祖であり元となった姿。 それらが2行程度に羅列されており、しかしどこか純和風を醸し出すのはその字体が流麗であり涼やかだからであろうか。

 

「すごいな。 父さん、読める?」

「えっと、中国語は昔――」

 

 とにかく美しいとさえ思えるその字を、以前、悟空とは別の目的で世界を巡った高町の父が翻訳を開始する。

 

「なになに? 『あのときの礼がしたいです、今度の月曜日に臨海公園で待っています――』…………ん」

 

 簡素。 要点をまとめただけともいえる、その飾りっ気ない手紙を読み上げた士郎はただ黙る。

 必要最低限、それはいい。

 日本語じゃない。 孫悟空という名前からの勘違いか何かだろうと予測もできる、だが。

 

「えっと」

「おとうさん?」

「ん~~」

 

 “そこから先”がまったくないのである。 相手、要件、場所……それらは確かに書いてあった、そこまでならばただの丁寧な手紙であっただろう――けれどやはり足りないものがある。 その数は2つ、かなり重要なものを示すその名称は。

 

「差出人の名前と、詳しい集合場所や時間がどこにも書いてない」

『…………え~~』

「そうなんか??」

 

 正直、いちばん肝心なものを忘れていた。

 こんな誰が出したかわからない手紙、それも内容が簡潔すぎて『お礼』と書かれた単語が、どこか物騒な『参り』をする光景を連想させるのは気のせいでもなくて。

 

「――! ……すんすん」

「悟空君?」

 

 そんなこんなで、いきなり手紙に顔を寄せたのは悟空。

 何となく嗅ぎつけた空気……匂いは、悟空が知っているモノ。 おんな、子ども、ケモノ……たったのふた嗅ぎ読み取ったそれらの情報は、悟空に染みついた本能的な思考によって答えへと導いていく――その答えとは。

 

「あいつだ。 おんせんで会ったあの女の匂いだ。 それにトラみてぇな色のヤツの匂いもすんぞ」

『虎?』

「……あ」

「もしかして……」

 

 疑問符は高町家の4人。 それと同時にあがった心当たりがあるというトーンの声はユーノとなのはである。

 

「フェイト……ちゃん?」

「あ! そうだ、フェイトってヤツだぞ!! この手紙、あいつの匂いがする」

「そんなことまでわかるのか」

「さすが悟空。 嗅覚は犬並みで、身体は“ステンレス”のように鍛えてあるってのは伊達ではない……か」

 

 思い出したなのはの声に続いてくのは悟空、それに士郎と恭也である。

 そんな彼らのすぐ近く、母と長女は、そっと触れるのでした……なにに? あぁ、それは――

 

「へぇ~フェイトちゃんっていうんだ。 悟空君とはどんな関係なの? もしかしてイイ仲? なんかそう思うとこの手紙って――」

「そうねぇ、まるで恋文……よね?」

 

    バキン!!?

 

『え!?』

 

 ナニカにである。

 

異変其の一 空気の割れる音。

 

「なんだ!? すげぇ『気』だぞ……ん? 消えちまった?」

 

 其の二 突然高まり、消えていくナニカ。

 

「キュウ! キュウ!!(悟空さんじゃないけど、ボクにも何か感じた!!)」

 

 其の三 はやし立てるように迫る野生の勘。

 

 以上のすべてが同時に起こり、それら全部がたった一人によっておこされた喜劇。

 全ての元凶、は……悟空として。 今回の原因となった小学生はというと。

 

「え? みんなどうしたの?」

 

 首を静かに傾げていた。

 一斉に集まった自身を射抜く視線に、驚きながらも疑問符を掲げる彼女は只の幼子で。

彼女は知らない。 今まさに、自身が何か超えてはならない一線を踏んづけていたことを、彼女は知らない。

 

「…………んん! と、とりあえず。 悟空君、今度の月曜日――あ! 明日か。 明日みたいだけど行くのかい?」

「明日か」

 

 咳払いをひとつ。

 まるで無かったことにしようとする仕草はとてもわざとらしく、それを見たなのはと悟空以外の人物は皆で息を合わせて相づちを入れていた。

 そのあとに出された手紙への対応は、ここで悟空に考え事をさせることとなる。

 明日はどうするか。 明日…あした… 俯き加減な彼は、ツンツンあたまを前後に揺らすとそのまま一気に振りあげる。

 

「よし! あしたは!」

 

――桃子の方へと。

 

「明日はべんとう作ってくれよ。 途中でハラ減っちまったら大変だもんな」

「ふふっ♪ いいわよ」

『…………え~~』

 

 ご飯のおねだりをしたのである。

 時刻は既にお昼前。 時計の針が左上を指した今日この頃、悟空はいつもを繰り返す。 待ち人というイベントが起こりつつも、彼の調子が狂うことはある訳もなく、ただ彼は、その長く茶色い尻尾を振っていた。

 

 

翌朝 午前6時30分過ぎ。

 

 手紙の騒動から十数時間後。 悟空は玄関先で両手を頬の前に持っていき、大きく息を吸い込んでいた。

 

「筋斗雲やーーい!」

 

 そこから飛び出る大声は庭先の木々を揺らし、出迎えに来ていた桃子となのはの耳を両手でふさがせる。 爆音と言ってもいいくらいなその声に、やって来る黄色いアイツ。 筋斗雲は空の彼方から速く、静かにやってきた。

 

「いよっと! んじゃ、オラ行ってくる」

「悟空君、気を付けていってくるのよ?」

「おう! 気ぃつける」

「~~くぅくん……フェイトちゃ……Zz」

「ああ、ちゃんと“やってみる”」

「なのはったら。 普段ならまだ寝てる時間なのに、無理するから」

「ん~~」

 

 筋斗雲に飛び乗った悟空に、日の光を拒むかのように持ち上がらないまぶたを擦りながら、彼を送り届けるなのは。

 そんな彼女の横には、悟空の弁当――只のデッカイ握り飯――を片手に持った桃子がいる。 日が昇って数刻というこの時間、なぜ悟空が出発の支度を整えているのか、それはやっぱり昨日の手紙が原因であったりする。

 

「手紙に場所しか書いてなかったから、それでこんな早くに出かけるっていったけど、悟空君眠くない?」

「大ぇ丈夫だ、オラ亀仙人のじいちゃんとこで、いまよりずっと早くから修行とか“あるばいと”とかやってたからな。 こんくれぇへっちゃらさ! それにアイツら待たせたらわりぃもんな」

「ふふ、そっか」

「ふみぃ~~」

 

 仔猫の様な鳴き声を上げるなのはを余所に、トントン話を進めていく悟空と桃子。

 実際問題、なのはがここに居なくちゃいけない理由は無いのだが、彼女はどうしてもと言ってきかないからここにいるのである。 ちなみに。

 

「悟空くん、明日わたしも行く!」

「おめぇも行くんか? でもよ、がっこうに行くんじゃねぇのか?」

「大丈夫! 明日は学校やす――」

「ダメだぞなのは、学校にはちゃんと行きなさい」

「…………はぁい」

 

 などという会話があったことを記述しよう。

 自身の突然のひらめきを士郎に一蹴されたなのはは、今朝、悟空が起きるタイミングでベッドから転げ落ち、彼が道着の帯を結んでいる中で目を擦り、食事を済ませている間中はソファーでヘタレこんでいたりと大忙し? 以上の事をやり過ごし、今に至る。

 

「ホントに気を付けていってくるのよ? おやつはお団子用意して待ってるから」

「だんご? ダンゴかぁ」

「車に……えっと、飛行機に気を付けるのよ?」

「おう、じゃな!!」

 

 規模のデカい注意ごとをひとつ

 同時に飛び去っていく悟空は既に空の彼方に消えていく。 見たことがない黄色い飛行機雲を造っては、大空を翔けていく。

 明るい空へ、無限の旅路の第一歩を思い浮かべて――――そんな彼の旅路は。

 

「あ! 悟空君、反対方向に行っちゃった……」

「むぅ~~」

 

 しょっぱなから、ひどく桃子に心配をさせるのであった。

 

「お母さん、どうして今日はお団子なの?」

「え? う~ん。 ちょっと季節が前倒しだけど」

「??」

 

 悟空の去った後、ここでなのはは質問する。 いつもはケーキを中心とした洋菓子なのに、どうして今日は和菓子なの?

 そんな素朴な質問に、桃子はゆっくりと笑いかけながらも、“今日が何の日”かを教えてみせる。

 おとといが十三夜で、それから2日経った今日は夜空に大きな星があらわれるときなのである。 日本では8月に行われるというその行事を、悟空にも教えてあげようかという桃子の考え。

 それは確かに優しいさであった、気遣いと言ってもいい。 だが……

 

「今夜は――――満月だものね」

「あ、お月見」

 

 にこやかに笑う彼女たちは知らない。

 その伝統の行事に出現する金色の星が持つ知られざる力を、この世のものとは思えない事態をもたらすその星の意味を彼女たちは……この世界にいる誰もが知らないでいた。

 

――――そう、“今は”まだ…………

 

 

 

 海鳴市 上空

 

「いやっほー!」

 

 空を翔ける。

 段々とあがっていく空の気温に吹き付ける風、悟空はそれらを一身に受けながら弾丸のように飛んでいく。 どこまで行っても広い空を翔ける彼は笑いを抑えきれない。

 にこにこ。 ウキウキといっても差し支えない彼の心情は、これから出会うであろう彼女たちとの戦闘(でーと)を想像しての事だろう。

 

「オラ、あんときよりも強くなってきたもんな。 気のことだって何となくわかってきたし。 今度はオラが勝っちゃうもんねぇーはは!」

 

 そう、比喩でもなくなんでもなく、彼がこのあとやることは“戦い”なのである……と、悟空はそう思っている。

 そんな彼は知らない、自身が飛んでいる航路の先に目的地が存在しないことを。 これから行く先には、集合広場の無い川だけが続いていることを。 気付くべきところにくづかないまま時間だけが過ぎていき。

 

「おっかしいなぁ。 あいつ等いねぇぞ」

 

 そこらじゅうを飛び回り、あわや国外に行こうかというところを戻ってきては、河川敷があるところで一休み。

 腕を組んで、眉毛をハの字に曲げてはあからさまな『困った』という仕草であたりを見渡していく……すると。

 

「ん? なんだ?」

 

 悟空は気付く。 それは見た目からして不自然なほどに大きく不安定。 悟空が見つけたその者は、小さな木の下で只上を見上げていた。

 

「んん?」

 

 何が大きくて、どう不安定なのかは“今の悟空”にはわからない。 けれど、どうやっても気になってしまうその子にとりあえず悟空は。

 

「……あいつに聞いてみっか」

 

 道を聞いてみることにしたのである。

 

「おーい!」

「――――え?」

「わふ?」

 

 小さな少年が、大きな声で呼びかけた。 その声で木々がざわめき、落ちてきた木の葉はそよ風に流されてどこか遠くへと消えていく。 フラッとあらわれては消えていく、それが彼らの出会い(はじまり)だった。

 

 

 

 

「どないしよう」

「わふ……」

 

 わたしはいま、大変困っています。

 昨日見たテレビに映っとった番組で、犬と一緒に遊んでるその映像を見たわたしは。

 

「……あ」

「どうかしたのですか?」

「え!? ううん! なんでもあらへんよ?」

 

 ほんの少しため息をついてしまってて。

 それを聞かれたんやろうか? わたしの顔を覗き込んでくれる“家族”が一人。 それと同時に近づいてくる大型犬……家族がもう一人。

 

「やってみたいのか?」

「あ……その……」

「……遠慮することはない」

「うん」

 

 普段は物静かに後ろから見守ってくれる人やけど、わたしが今みたいに遠慮しようとすると、そっとうしろから押してくれる優しいヒトで。

 おとうさん。 もしも居るんなら、きっとこういう人みたいなんだろうなって思ってみたりして……そういう風なことがあって、今日は二人で少し遠くに遊びに来たんやけど。

 

 

「どないしよう」

「わふ」

「ダメやで? こんなところで――したら、世間様の迷惑になってまう」

「……わふ」

 

 わたしが昨日見とれてたんは動物番組。 そこにはフリスビーで遊んどる人がおって……それを見ていた家族――ザフィーラは、今日いっしょにやろうって言ってくれたんやけど。

 

「わたしがついはしゃいでもうたから、あんなところに引っかかって……うぅ」

「わふわふ」

 

 1投目は恐々と、2投目で自信がついて、3投目でもう大はしゃぎ。 どんどん大きくなってくフリスビーの飛距離に、わたしは全然気づかなくてな。

 そんでもってわたしがどんなに無茶な方に飛ばしても、必ず掴んでくれるザフィーラがとっても嬉しくって。 それで気づいたら背の低い木の上に引っかかってもうて。

 

「車椅子のわたしじゃまず届かへんし。 ザフィーラは“いま”はダメやしなぁ」

 

 ちなみに、わたしは小さいころから足が悪くてな、ずっと車椅子生活。 だから木に登るのももちろん、自由に歩くこともでけへん。

 とっておきはあるんやけど、人様の前でやるのは絶対でけへんし……困ったわ。

 

「ん~~誰か助けを呼んで……」

 

 すこし周りをみてみると、ジョギングをしてるジャージ姿の人。 わたしみたいに散歩中の人に、黄色い雲みたいな乗り物に乗ってこっちをじっと見ている男の子に、芝生に寝転んで日向ぼっこしている人……なんやえろう気持ちよさげやなぁ。

 

「あ~~気持ちよさそうやなぁ」

「わふわふ!」

「なんやザフィーラ?」

 

 幸せそうに眠っている人を見ていたわたしの服を、優しく引っ張ってくるザフィーラ。 なんや? そんな忙しそうにいったい何がどうし…………

 

「おっす!」

「――へ?」

「グル!」

 

 男の子が居った。 片手をあげて、その上げた手のひらをこっちに向けながら元気いっぱいに笑いかけるその子は、わたしと目が合うとフヨフヨと近づいてくる。 ん? ふよふよ??

 

「う!? 浮いてる!! 人が……空に!!」

「お??」

 

 さっきのは訂正せなあかん。 超常現象がそこにおった。

 その子は、う~ん。 すっごいボサボサの黒い髪で、わたしよりも低そうな身長……年下かな?……それにオレンジ? 山吹色っていうんかな? 円の中に『亀』って書かれた結構派手な色の道着と青いリストバンドと小さい靴。

 それだけでも十分に人目を引きつけるのに、その子は雲の上にのっかってこっちをじっと見て来とる……なんなんやろ。

 

「なぁ、聞きてぇことがあるだけどさ」

「き、聞きたいこと?」

「そだぞ。 おめぇよ、“りんかいこうえん”ってとこ知ってるか? オラそこまで行かなくちゃなんねんだ」

「りんかい……あ、臨海公園!」

「そうだぞ、りんかいこうえんだ! オラあっちの方からずっと探してたんだけどさ、ちっともそれっぽいところがなくってよ」

 

 あっち? えっとぉあっちって確か臨海公園がある方だった気が……もしかしてこの子、正反対の方から来たんちゃうんかなぁ。 そうだ。

 

「えっとあなたが来たところに一回戻ってみたらええと思うよ? そしたら今度はそのまままっすぐ行けば、大きい公園が見えてくるはずやから」

「もどる? そんじゃオラ逆方向に来てたんだなぁ。 そりゃ見つかんないわけだ」

「あはは」

「ははっ! ……ん?」

 

 良かったなんとか話がまとまってきた。 でも突然上を見上げた男の子。 そしてわたしの顔を見比べると、不思議そうな顔になる。

 どうかしたんやろか? わたしがそんな心配をしていると、その子はゆっくりと話しかけてくる。

 

「おめぇあれ取ろうとしてたんか?」

「……あ」

 

 あれ……見てたんやな。 どないしよう、頼めるんならお願いしておきたいところやけど、こんな小さい子に頼むのも少し気が引けてまう。

 

「よっし! 道教えてくれたかんな、オラ取ってきてやっぞ」

「あ! ちょっとキミ!」

 

 登って行ってもうた……あ、すごく身軽やなあの子、尻尾もあってまるでお猿さんみたいやわ――ん? しっぽ??

 

「いよっこいせ! これでいいんだろ?」

「あ、うん……」

 

 あっという間やったなぁ。 何かお礼でもしてあげたいけど、この子先急いでるみたいやし……そや! 今度うちでご飯でも作ってあげよか、味にも自信あるしきっとこの子も満足――

 

「え?」

 

 この子も……今のいままで、目の前に居た小さな男の子が喜ぶ姿を想像していたわたしは、そこで言葉を詰まらせていました。

 だって、そこにはもう男の子なんかいなくて。

 

「それ、車いすって奴だろ? 足が悪いヤツが乗るもんだって、キョウヤが言ってたっけかな?」

「ほぇ……」

 

 つい、見とれてしまうくらいに、背の高い男の人が居って。 その人はわたしの頭を大きな手で撫でると、にこりと音がするくらいに微笑んで。

 

「あんま無理すんなよ? 転んだりしたらあぶねぇもんな、今度は気ぃ付けて遊ぶんだ、いいな?」

「は……はい……」

 

 わたしを気遣う言葉。 それを言い出すと背を向ける。

 先ほど立っていた男の子と同じ色の道着と青いアンダー、それと同じ色のリストバンド、さらに特徴的な黒いつんつんあたま。 背中いっぱいに書かれた円の中に刻まれている字……なんて読むんやろ? 悟り? とにかくさっきの男の子とは違う人の筈なのに……はずなのに。

 

「きゃ――」

 

 一瞬だけ吹いた風。 思わずつむった目はあの人の事を見失う。 もっとよく見ておきたい、あの人の顔をおぼえておきたい。

 焦りながら目を擦り、すぐさま開いた視線の先には……

 

「あれ?」

「?? どうかしたんか? ぼうっとしちまってよ」

「わふ?」

「え? ええ?」

 

 あの人はもういなくて、その代わりに居たのはあの男の子。

 悟りっていう字も、山吹色の中にあった青いアンダーもなくなっていて、あのひととの接点は多いけど、それを否定するかのように違うところの方が多くて。

 

「とにかく、オラもう行くな。 道教えてくれてアンガト」

「あ、ちょっとまって!」

「なんだよ? まだなんか用あんのか? オラ急いでんだ、早くしねえと……」

「その! なまえ……名前教えてくれへんかな?」

「名まえか?」

「うん」

 

 とりあえず、そやな、この男の子の名前だけでも聞いとかなあかんな。 えっと、人に名前を尋ねるんやから……そやな。

 

「わたし、“八神はやて”言います。 そんでキミは――」

「オラか? オラ孫悟空だ」

「そん……悟空?」

「そだぞ、悟空だ」

 

 空を悟る……えらく大層ななまえやなぁ。 驚いたのも一瞬だけ、悟空と名乗った男の子は元気よく飛び跳ねて、さっきまで乗っていた雲? の上に降り立つ。

 孫悟空……雲……あ、背中に赤い棒背負ってる! もしかして……あはは、そんな訳あらへんよね。 きっと急いでいるんだろうなぁ、名前を教えてくれたあの子はふらっと空に浮かんでいくと。

「きゃあ!」

「がう!?」

「いっけー! 筋斗雲!!」

 

 遠くのお空に消えてもうた……なんやろうなぁ、いろんなことがあって頭がいっぱいいっぱいや。 

 いきなり現れて、困ってるこっちを笑顔にして、あたま撫でたらどっかに飛んで行って……えらく気持ちの良い子や。 家で待ってる“みんな”にも会わせてあげたいなぁ。

 

「そうやな、今度ウチに招待しよ! ね? ザフィーラ」

「……そうだな(しっぽ……かぁ)」

「えへへ。 また会おうな、ごくう……」

 

 別れた後、誰に聞こえないくらいにささやいたあの子の名前。

 そこに含んだのはどこにでもあるような親愛の想いで、きっとまた会える、そんな予感めいたことを強く感じたわたしは、ごくうが消えていった空をずっと見上げていたんや……いろいろと不思議なことが多い男の子。 また、会おうな――ごくう。

 

 

 

AM11時 臨海公園 敷地内

 

 悟空がはやてと名乗った少女と別れてそれなりの時間が経った頃だろうか。 この海鳴りの中でも屈指の面積を誇る敷地の中に彼女たちはそこにいた。

 

「悟空、おそいな……」

「ん~~」

 

 金とオレンジの頭髪の女の子が二人。 片方はフェイト、もう片方はアルフと呼ばれていた女性だ。 彼女たちは公園の噴水で立ち往生している。

 右を視てはため息をつき、左を見ては肩から力を抜いていく、さらに天を仰ぐと目を閉じて、この間から続く彼等との小競り合いを思い……描く。

 

「なんでだろ……」

「え?」

「あ、ううん。 なんでもないよ?」

「そうかい?(フェイト、この間からずとこの調子。 アイツに手紙を出すなんて言ったときも頑張ってパソコンでいろいろ調べたりして……どうしたんだろうねぇ)」

 

 描いた先は優しい顔とひどく怖い顔。 その対極は彼女の心に一つの波紋を作り出す。

 

「こっちの邪魔したり、助けたり……怒ったり……よくわかんない子」

「ん~~(よくわかんないのはフェイトもなんだけどねぇ、実際、敵のアイツに会うだなんて変だし、手紙を書いてるフェイトはどこか浮かれていたみたい……? だったし)」

 

 その波紋は彼女の心の淵まで届くと、跳ね返っては中心に戻っていく。 トクントクウと鳴り響くかのようなその振動が、自身の心臓の音だというのを彼女は自覚出来てはおらず。 その代わりにわかることなんて、今自分が行っている行動の不合理さ。

 

「気付いたら手紙を置いてきちゃったけど……どうしよう、この後何するか考えてないや」

「えぇ!? ウソだろフェイト!」

「…………ごめん」

「あ、あはは(どうしちゃったのかねぇ……ほんと)」

 

 それに気づいた彼女は自分の足元……つま先付近を見つめると、金のツインテールを左右に揺さぶる。

 どうして? なんで? 自問自答を始める彼女に返ってくる答えなどなく、それは彼女の真横にいるアルフも同様で。 彼女たちが求めたもの、しかしそれは唐突に飛んでくる。

 

「おーい!」

「――あ」

「うげ!」

 

 ついに到着した悟空。 彼は筋斗雲に乗ったまま、はるか上空からフェイトたちを見下ろすと高速で突っ込んでくる。

 あわや激突するかというところで、筋斗雲をパージした悟空は低姿勢で地面に着地、そこから一気に両手を上げると体操選手よろしく大きく伸びをして。

 

「じゅってーん!!」

「……」

「あんたねぇ――ってちょっと!?」

 

 あまりの登場にシリアスが去っていく公園内。 俯き加減だった少女も今はただ苦笑いをするだけで、そんな彼女たちに悟空は首を傾げる。 なんでそんな顔をするのかと、しかそんな悟空の質問が出る前に、オオカミが一人だけ即座に行動する。

 

「いきなり何すんだよ?」

「うるさいよ! っく! この?!」

「あ……えっと……あうあう」

 

 いきなり悟空を抱え込み小脇に抱えると、今度は彼が乗ってきた相棒に手をのばす。 それはあまりにも世間的に不自然で、どう考えても非常識(こちら)側の物体であるソレを隠そうとするも。

 

「この雲! なんで触れないんだい!!」

 

 スカスカと言ったり来たりする自身の手にイライラを隠せないアルフ。 まるで霞に突っ込むようなそれにキャンキャン咆えると、横でフェイトが困り顔。

 片手を口元で軽く握って、もう片方はどこかえ向かって行ったり来たり。 軽く挙動不審な彼女は普段取るはずではない行動を連発していた。

 その絵面をながめていた悟空は首を傾げると。

 

「?? 急にあわてたりしちまって、変な奴らだなぁ」

『ちょっとは慌てようよ!?』

「……お?」

 

 ここでもいつもの調子であったりする。

 

 ~~~~それから5分が過ぎ。

 

「そっか、この辺じゃ筋斗雲は目立つからダメなんか」

「あ、うん。 この世界はね、魔法とかそういうのは知られてないから、あんまり目立つことはやっちゃダメなんだ」

 

 かなり心を乱された少女は、そこからなんとか立て直すと雲……筋斗雲をあわあわとおかしな挙動で、けれどとてもやさしく“押し出し”てはなんとか空にお帰りいただき、その騒動がひと段落すると、今度は近場のベンチで悟空に『常識』を言い聞かせているところである。

 

「そうなんか。 魚屋のじいちゃんや、一緒に居た玉打ちの広場にいた女とかに見せたら嬉しそうに大笑いしてたからよ、オラてっきり問題ねぇモンだとばかり思ってたぞ」

「……え……?」

「こ、この町の人間はどんな思考をしてんだい。 どう見たって未確認飛行物体だろうに……はぁ」

 

 教えていたはずである。

 

 事ここに至って、やっと思い出した悟空の型破りさを再確認した彼女たちはそこで我に返る。 思い出したともいえるその仕草に悟空は気付かないが、それを気にしていられる彼女たちではない。

 すかさず本題に……入りたいのだが。

 

「えっと……」

「なんだ?」

「……その」

「なんだよ? なにか言いたいことあんのか?」

「うぅ」

「ん? ……ぁあ! そうだおめぇ!!」

「え?」

 

 言いたいことは、悟空の方にあったりした。

 昨日貰ったアレ、あれの内容が変だったからしなくていい苦労をした悟空はここで少しふくれっ面。

 プンスカと頬をふくらませるとフェイトに向かって指を向けては大きくしゃべりだす。

 

「おめぇが送ってきた手紙よ、あれ時間とか詳しい場所が書いてなかったぞ!」

「え?」

「おかげでオラ、日が昇ったらすぐに家出てよ、ずっとおめぇたち探してたんだぞ。 モモコがくれたべんとうがあったから平気だったけどよ、ちゃんと書いておかねぇとオラ困っちまうぞ」

「え! ウソ!?」

「ホントだ! 文字だってシロウが読んでくれなくちゃわかんなかったしよ」

「え? ええ?!」

 

 サクサクと文句を言い放ってくる悟空に、目を白黒させるフェイト。

 お互いにどうしてという顔で見つめ合う中で、それを少し離れてみている傍観者(あるふ)は独りだけ事態を把握する。

 

「はぁ、だから普通に書けばよかったのに」

 

 それは悟空に出された手紙の事であり、昨日の早朝に少女が一人、自宅にて36枚の和紙を犠牲にしたうえで完成させた傑作の事。

 悟空という単語の意味を調べ、その者の母国を見て、さらに母国語を見て……書き連ねる。

 実はこの娘っ子は、美由希と大体同程度の学を修めているらしいのだが、それが災いしたのであろう、そこから生まれてしまった生真面目さが今回の誤解を引き起こしてしまったのである。

 

「えっと、悟空の国の言葉だったと思ったんだけど……ちがったかな?」

「ちげぇぞ。 亀仙人のじいちゃんとこで“こくご”や“さんすう”教えてもらってたけどよ、オラあんな字見たことねぇぞ!」

「うぅ……そうなんだ」

 

 すこしづつ解かれていく誤解の糸。 こんがらがっていたそれは別方向に不器用なふたりの手によりゆっくりともとに戻されていく。

 大雑把な男の子と、他人との距離感がわからない女の子はゆっくりと歩み寄っていくのであった。

 

 段々と理解してきた今回の失態だが、その間に聞いた『じいちゃん』という単語は、少女にほんの少しの好奇心をもたらす。 悟空の関係者、彼に何かを教えたであろうその人物。 いまだに悟空の事をわかりかね、徐々に知りたいと思いつつある少女は、ついついそれに手をのばしてしまう。

 

「……亀仙人のじいちゃん? じいちゃんってことは、悟空のおじいさんなの?」

「ん? ん~~亀仙人のじいちゃんはどっちかって言うと師匠になるんかなぁ? オラのじいちゃんは別にいんだ」

「別?」

「そだ。 “孫 悟飯”って名前ぇでよ、オラの事拾って育ててくれたんだ」

「え?」

「なんだって……?」

 

 それは前にユーノがやって見せた失態。 悟空の『ひろった』という言葉に一番鋭く反応して見せたのはオレンジ頭のアルフ。

 彼女は先ほどまでの呆れ顔を消すと、悟空の顔をじっと見つめる。 背丈から前かがみになっている彼女はその状態を保つこと約3秒、スッと元の態勢に戻ると。

 

「……ふーん」

「なんだ?」

「なんでもないよ」

「……アルフ」

 

 先ほどよりもそっけない態度を見せてはそっぽを向き始めていた。 そこはかとなくその目が『同じもの』を見つけた共感めいた光を含んではいたが、それはフェイトにしかわからず。 

 

「そいつ」

「ん?」

「アンタを拾ったその“ゴハン”って言うヤツ。 今どうしてんだい? 元気なんだろうね?」

 

 それを悟らせないようにするかの如く。 ほんの少しの興味、拾ったという言葉から大体を読んで取れたアルフは悟空に祖父の事を聞く……聞いてしまう。

 

「元気なんじゃねぇかな」

「なんだい、はっきりしないね! あんたを拾ってくれたひとなんだろ?」

「ん~~」

「悟空?」

 

 返ってきた答えはあやふやで、不確かなもの。 右手で後頭部をかいては尻尾を不規則に漂わせる彼はまさに迷い顔。 どう言ったらいいんだろうとつぶやいて、やっと出した言葉。

 

 遠い昔……今の悟空からすれば数年前になるだろうか。 そう、朝目が覚めたらすぐ近くには祖父が眠っていた……

 

「一回だけな、じいちゃんとまた会った時があってよ。 そん時に言ってたんだ、『あの世もわるくない』ってさ」

「……う」

 

 何度呼びかけても目を覚まさない。 住んでた家は滅茶苦茶に破壊され、祖父の周りには大きな足跡のようなものが刻み付けられており。

 

「あ、あの世? い、意味が分かんないんだけど……アンタの爺さん、もしかして――」

「ん? じいちゃんか? オラのじいちゃんな、オラがもっとチビだったときに……」

 

 そこで彼は祖父の言いつけを思い出す。 彼らが住んでいたかの地には『ある夜』に唐突に巨大な怪物が出現するお話を。

 外にさえでなければ“現れることがない”その怪物に対抗する手段はただ一つ。 『その夜』には決して外に出ないということ。

 巨大な怪異の生物。 その名は――――

 

「大猿の化け物に踏み殺されて死んじまったんだ」

「………あ…」

「……む」

 

 大猿の化け物。

 あまりにもあっけらかんと言い放ったのは凄惨な事実。 まさかこんな話になってしまうなんて思わなかった彼女たちは口を紡ぐ。

 天涯孤独……こんな小さな男の子がと、暗い顔をし始める……のだが。

 

「なんだよ? シロウやユーノとおんなじ顔しちゃってさ。 あ、そうだ! 今日さ、なんでオラの事よんだんだ? この間の続きか?」

「あ、え? ちがうよ!? きょ、今日はこの間のお礼がしたくて……って、これは手紙には書いたと思うんだけど」

「そうだったっけかなぁ? 忘れちまった!」

「……もぅ」

「………コイツは…」

 

 つまらない話はもう終わり。 そう言わなくてもそうさせてしまった悟空にふたりは最初とおんなじ呆れ顔を披露する。

 悲壮感なんか悟空には似合わないし背負うこともしたくない。 それを言うわけでもなく思っているわけでもなく、気付けば空気があたたかくなっていて。

 

――――けれど。

 

 そんな彼らに、不意に変化が突き刺さる。

 

「――――!!」

「え?」

「悟空?」

 

 唐突にあさっての方向を見始めた悟空。 その顔はひどく強張った重い雰囲気をもたらす、力がこもった表情(かお)であり。

 先の戦闘と、最初に出会った時の戦闘ですら見せたことのないそれが映すのは警戒……なのだが。

 

「?? 消えちまった……なんだったんだ?」

「え? え??」

「……(コイツ、あんな顔もできるのかい……)」

 

 困惑するフェイトたちを余所に、不意に消えてしまったプレッシャーに疑問を持ちつつも警戒を解く悟空。

 確かに感じたはずだった例の力。 『気』と呼ばれるそれを取り逃がしたか勘違いだったか……とにかく、いま悟空には何も感じ取れず。 見上げた空をただ眺めるだけで、結んだ眉をグシグシほぐすと、傍らの彼女たちに向かって口を開く。

 

「なぁ! 今なんかいなかったか!?」

「??」

「さあねぇ。 アタシはなんにも気が付かなかったけど? なに? もしかしてこないだの管理局の奴かい?」

 

 悟空の質問に警戒心のレベルを1段階引き上げようとするアルフ。 それとは対照的に何事かと周囲を見渡し、金色のツインテールを前後に振っているフェイトは若干置いてきぼり。

 感知能力が犬並みのアルフとそれ以上の悟空が見逃してしまったほどのものだ、平均的な感覚を持っている彼女にわからないのは無理もなく。

 

「おっかしいなぁ……誰かが見てたような? なんかやばい感じがしたんだけどなぁ」

「悟空――「ま、いっか!」……いいんだ」

 

 切られていく会話。

 『いつもの奴』をやって見せた悟空にため息を隠せないフェイトはほんの少し頭を抱える。 

 

「はは! それよりもよぉ、オラ腹減っちまったぞぉ」

「う!?」

「アルフ……?」

 

 時刻はもう昼過ぎになっていた。

日は少しだけ頭上から傾いており、朝早くから筋斗雲を飛ばしていた悟空のアイマイな腹時計はいつも通り、下手な目覚ましより効果のあるアラームを鳴らしていた

 

「あ、うん、そうだね、わたしたちもご飯にしよっか。 えっと、アルフ?」

「え? あ、あぁぁ~。 そ、そうだねフェイト!」

 

 ややぎこちない反応をするアルフを疑問に感じながらも、フェイトは悟空を連れて広場を後にした。

 

 だが彼女はまだ知らない、自分が今どれほど盛大に選択肢を誤ったのかを、そしてすぐ横で必死にこの状況を打開しようとしている主人想いな相棒の苦悩を…………そして彼らは知らない。

 

 

「つまらない世界にたどり着いたと思ったが」

 

 

 その光景を見ていた男がいたことを。

 

 

「まさかおまえがいるとは思わなかったぞ」

 

 

 遠くの山奥から見えるその男は全身が薄黒く、とてつもないほどに屈強で。

 

 

「そんな成りだから、一瞬だれかわからなかったがな……」

 

 

 左目には妙な機械を付け。

 

 

「せいぜい今はそのママゴトを楽しむんだな」

 

 

 上下に揺れるその『尾』は長く茶色。 宙に揺蕩うその尾を、帯のように腰に巻きつけ。

 

 

「今度こそ殺してやるぞ」

 

 

 黒い鎧を怪しく鳴らして、懐から取り出したきれいに輝く『青い石』を口元に運んでいくと薄く笑い。

 

 

 

 

 

 

「………………カカロット」

 

『それ』を一気に飲み下した。

 

 




悟空「おっす! オラ悟空!!」

フェイト「いろいろと話を聞きながら、町に食事に出かけるわたしたち……あれ? どうしたのアルフ?」

アルフ「いやぁなんでもないんだよ?! ただちょっと(犠牲になってもらう)お店を探してて……さ?」

フェイト「そうなんだ。 あっ、あそこなんか――「あの食べ放題やってるとこでいいんじゃないかい!?」――そうなの?」

悟空「あ! なんかいい匂いする!!」

アルフ「はい決定! はい行こう!!」

フェイト「アルフ、あんなにあせってどうしたんだろ? あ、もう時間だ」

悟空「じゃ、今日はオラだな! 次回!! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第13話」

アルフ「穏やかな時間は打ち砕かれた」


悟空「なんだおめぇ?! オラとおんなじしっぽが――!!」

???「ふはははは!! 何もかもを思い出せずに死ぬがいい!!」


フェイト「また……ね?」


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第13話 穏やかな時間は打ち砕かれた

13話 不吉な数字のこの話。

いよいよさんざん引っ張ってきた『あの日』がやってきました。

せっかく気づきあげてきた絆はここで断ち切られてしまうのか。
悟空以外に現れたなのは世界に対する異変、3点目、遂に登場です。

では――


 フェイト・テスタロッサ。 目的不明の外見年齢およそ9歳である彼女は現在、同じく外見年齢9歳前後とみられる……見られていた少年について行く形で、明るい商店街の中を堂々と歩かされていた。

 

「おー!」

「……!!」びくっ!!

「高町さんとこの悟空ちゃんじゃねぇか! どうだい、今日はいい魚が入ったよ?」

「ほんとけ!? ん~~でも今日はモモコと一緒じゃねんだ。 わりぃけどまた今度な!」

「ほっほ~う……おうおう。 そんじゃまたご贔屓に~~」

「…………ほっ」

 

 道を歩けば知らない人から声をかけられ、そこから広がっていく会話の輪はとても賑やかなもの。 めまぐるしく変わる状況は、元来、人との交流の範囲が極端に狭い少女を少しだけ委縮させる。

 一瞬だけ震わせた肩をすぐに元の調子に戻したのは良かったが、そのあと声をかけてきた桃子のお得意様から隠れるように悟空の背中に引っ込むフェイト。

 さながら小動物を思わせる彼女を、まるで悟った顔で見送っていった魚屋店長は既に別の客人の相手をしていた。

 

「なんだおめぇ? さっきから後ろに隠れちまって。 歩きにきぃから離れてくれよ?」

「で、でも……」

 

 過ぎ去っていく町並みを後に、悟空はいまだに後ろを歩くフェイトに顔だけ振り向く。

 そこから出てきたのはなんてことはない、ただデリカシーがない無骨な一言。 『とってつける』ことすらしないで、心が赴くままに発言して見せた悟空は、どこまでも女心をわかってはいなくて。

 

「…………」

「ん~~しかたねぇなぁ」

 

 少年の言葉にうつむいてしまった彼女を、悟空は一旦は引きはがそうとするもすぐその手を止めてしまう。

 こんなふうに俯いてしまった女の子、こんな子を遠い昔に見たことがある……ような無いような……

 

――――じぃちゃん……

 

「ん!? ん~~ま、いっか」

「え?」

 

 フラッシュバックした光景は自分の足にしがみつき、『行っちゃヤダ』という顔をする小さな女の子の顔。

 山吹色の道着に、朱色の帯を締めたその女の子の名前は――わからない。 けど、その光景はたしかに悟空の心に触れるモノであり。

 

「こうすりゃいいんだろ? 早く飯屋探しにいったアルフ見つけに行かねぇとな」

「あ……うん……」

 

 なんの唐突もなく握られたのは悟空とフェイトの手。 握手と呼ばれ、悟空が彼女を引っ張っていく事を意味するその行為は、フェイトの表情を若干ながら高揚させるのであった。

 

「フェイトー!」

「あ、アルフ! 」

「――――!!」

「はっ!!」

「え?」

 

 人込みをかき分けて大声を上げたのはオレンジ頭のアルフ。 彼女は悟空とフェイトが居るところまで駆け寄ると……いきなり翔ける!

 

「ふっ! はっ!!」

「せい! だりゃ!!」

 

「えっと……」

 

 唐突に始まる悟空とアルフの攻防。 其の“繰り出したときと同じ速さで戻されていく拳”はスピード重視の高速拳。

 拳打、手刀、掌底……それらが激しくぶつかり合うと、両者は同時にバックステップ。

 

『はぁ~~~~』

「アルフ? 悟空……?」

 

 深く行われる“残心”の構え。 どこか野を駆ける獣を連想させる、腰を落とし、構えた右手のひらを、相手に向けながら爪が如く半分ほど握ったその態勢は――――

 

『狼牙……』

「えっと……?」

『風風拳!!』

「あ、あの~~?」

 

 狼を象った(かたどった)高速拳の構えであった。

 いまだ緊迫した空気を、しかしフェイトは置いてきぼり。 後頭部に汗を作っては二人を困った顔で見比べている。

 何が起こったかわからない、フェイトはめまぐるしく変化する光景に、良いはずの頭を高速回転させるのだが……結局わからず。

 

「なかなかやるじゃねぇか。 何となく特徴教えただけなのに、もう自分のモンにしちまったなぁ」

「フン! フェイトの使い魔なんだ、これしきできないわけないよ! (痛つつ~~なんて無茶苦茶な速さなんだい! これをずっと使い続けるコイツの仲間ってのは飛んだ化け物じゃないのさ)」

「ひぇー! そうけ!! ヤムチャが聞いたらきっと驚くぞ!」

「えっと? ふたりは何やってるの?」

『稽古だぞ(だよ)?』

「…………そうなんだ」

 

 返ってきた自身の質問に、更なる汗を後頭部に追加していくのであった。

 狼牙風風拳(ぜんざ)も終わって、やっとのことで見つけた(犠牲になってもらう)飲食店を見つけてきたアルフは悟空たちをその場へと案内する。

 

『神龍軒』という看板を掲げたどう見ても中華飲食店が佇んでいた

 

「おっ! なんかうまそうな匂いがすんぞ!」

「はい決まり、ほらほら行くよ!」

「あ、ちょっとアルフ?」

 

幼いながらも男女が一緒にいて、しかも昼間から中華――もしこれが健全な付き合いをしている男女ならば下手をすれば破局ものかもしれない。 だがアルフにはこれしか選択肢がなかったのである。

 

 そう思いながら入ったアルフ達のうしろには一枚の張り紙がしてあった

 

 

『スペシャルドラゴンラーメンセット2万円 ただし30分以内に食い終われば無料』

 

 

 そうかかれた張り紙が……

 

 

 

「へい、らっしゃい!! 何名様で?」

「あっ3人です」

「奥のテーブル席でおねがいします!」

 

威勢のいい店員に案内された悟空たちは四人ぐらいが座れそうなテーブル席へと向う、悟空を対面に座らせる形で席に着いた3人にお冷を持った店員が近づいてきた

 

「ご注文はお決まりでしょうか?」

「私とこの子にはこのチャーハンセットってのをお願い」

 

店員に促されたアルフはメニュー表を流して見ると、値段もお手頃な餃子とチャーハン、それに小皿ほどのスープがついたセットを選ぶ。

料金にして650円というなかなか手ごろな量で安い値段である。 一般人の話ならばだが――

 

「で、こいつなんだけど」

「ん?」

 

アルフは右手で悟空を指さすと、そのまま壁に貼ってある紙に指先を向けた。 指された悟空はキョトンとしていたが、おなじく言われた店員もキョトンと表情を消す。

 

「え? お客さん冗談はやめてくださいよ~」

「冗談じゃないからさ?早く持ってきておくれよ」

 

 いやいやまさか……冗談でしょ? などと捉えた彼も、やけに真剣なアルフの視線に釣られて鋭い空気を醸し出す。

 その彼の脳裏にはある一つの“伝説”が一瞬だけよぎる。 まさか! そんなことが!! まるで自身に言い聞かせるかのように、そのいまだ発展途上である料理人見習い以上達人以下である右手で拳を作ると、彼はある男を呼ぶのである。

 

「……少々おまちください、店長ぉー!!」

 

その男はカウンターで巨大鍋を振り、これまた大きなガタイで頭にねじり鉢巻きをまいた大男……神龍軒の店長と思われる男を呼び出した。

 

「アルフ、あれってすごい量があるんだよね? いくらおなかが空いてるからって悟空じゃ」

「この坊主か?『アレ』を食いたいなんていう馬鹿野郎は........」

「オラなんも言ってねぇぞ?」

 

 心配するフェイトを遮るように現れた店長と呼ばれた男は、そのゆうに2メートルは超えているだろう長身で悟空を睨みつけた。 そんな視線に怯まず、普段どおりな悟空を見た店長は悟空の頭の上からつま先に至るまで視線を滑らせ、改めてかっこうを見る。

 

「四方八方に伸びた髪、低い背丈、尻尾のアクセサリー……おい坊主、おまえなんて名だ!」

「オラか? オラ孫悟空だ……はは! おめぇ牛魔王みてぇだな」

「―――――!!」

 

 観察の終了した彼、最後に悟空の名前を聞いた店長は右手で顔を覆う。 大きく、無骨と表現できるその手の隙間から天を見上げる事7秒。 まるで来るべき時が来てしまった、そんな雰囲気を纏わせながら彼は口を開く。

 

「て、店長? どうし「おめぇらぁ! ドラゴンセットの準備だぁ!!」は、はいいい!」

 

顔を覆っていた右手を裏拳のように振るうと、厨房にいた店員たちに激を飛ばした 。こいつら、料理人というよりまるで海賊かなんかのようである。

 

「どうしたんだろ?」

「さ、さぁ?ごくう、あんたなにかしたのかい?」

「なんもしてねぇぞ?」

「何にもしてないとは恐れ入るぜ坊主」

 

 急に慌ただしくなった店内に若干の怯えを含んだ表情のフェイトとあまり動じずに悟空に問いただしたアルフ達に、店長は口元を吊り上げながら悟空を睨みつけながら答えた。

 

「最近この町にあらわれては俺たちのアイド――げふん!! 喫茶翠屋の桃子さんとともに入店してきて、その店自慢の大食いメニュー……いや、食材すべてを愕然と膝をついている店主を背にタダ飯にして食っていく悪魔……」

『え?』

「立ち去っていくときにその尻尾のアクセサリーを満足げに振って帰っていく姿からついたのが!」

『え?あのぉ』

 

店長のあまりにも壮大な語りに思わず飲まれてしまっているアルフとフェイト。しかし店長の語りは終わらない、もったいぶりタメを作ると一気に叫んだ

 

「高町家の秘蔵っ子 悪魔の尻尾(デビルテイル)孫悟空!! まさかうちにもくるとはなぁ!!!」

『えぇ~~なにそれ』

 

店長の限界まで上り詰めたボルテージは店を震えさせた。しかしフェイトたちのテンションは逆に落ちていく、げんなりである

 

「ふーん、そうなんかぁ」

 

悟空に至っては完全に他人ごとである自分のことなのに

 

「店長ぉースペシャル一丁できやしたぁ」

「出来たか……どれ、それじゃやるか小僧!」

「ん? これオラのか? くれるっちゅうんならもらうぞ」

「え?なに、これ?」

「いくらなんでもこれはないんじゃ……」

 

 店員が完成の知らせとともに持ってきた『それ』は巨大だった。 具体例を挙げるのも馬鹿馬鹿しくなるほどの大きさ、それを特注の盆に乗せて二人がかりでもってくる店員の表情はまるで荒波を前にした船の船員のそれだった。 二人がかりで持ってきたそれをテーブルに置くと。

 

 

          ズドン!!

 

 

間違っても食器を置いたときにしていい音ではなかった。

 

「ねぇフェイト?ごみを捨てる容器ってなんていったけ?」

「たしか……ポリバケツ、だったっけ?」

「アタシあれより大きい食器なんて見たことないんだけど」

「..........」

「では、只今よりスペシャルドラゴンセットのチャレンジを開始したいと思います!30分以内に食べ終われば無料!ただしスープの一滴でも残せば2万円いただかせてもらいます」

 

黙りこくったフェイトたちを余所に店と悟空のたたかいは――

 

「では、スタート!!」

 

 切って落とされた。

 

 

 

 

がつがつがつずるずるずる

 

「おい!今何分経った!?」

 

ずるずるずるずる!! もぐもぐもぐ、ゴクン!!

 

「…………ま、まだ10分こえてないです」

 

ゴクッゴクッゴクッゴク!

 

「…………なんてこった」

 

 厚切り……こぶし大にぶつ切りにされた3個のチャーシューを口の中に放り込んでは即座に飲み下し

 底の見えない極太の麺をすすることおよそ7分強、悟空はそのあまりにもでかい器(ポリバケツ)を両手でつかむと一気にあおった

 

「おいしいねアルフ?」

 

「……そ、そうだねフェイト」

 

その目の前では今起こっている惨事を、チャーシューの丸呑みのあたりからないこととして切り替えたフェイトと、以前に悟空の力の『片鱗』を見せつけられたことのあるアルフが自分たちの食事を堪能していた。

フェイト・テスタロッサ。 中々に強かな子である

 

 

ゴクッゴクッゴクッ!「ぷはぁ~食った食ったぁ!」

 

 どんぶりを両手でもって、運動後のスポーツドリンク張りに飲み下す悟空。 いかにも軽い運動後であるその表情は、思うままに振るわれるシッポも相まって、彼の御機嫌値をうかがわせる。

 

「……おい! タイムは!?」

「きゅ、9分8秒ジャストです」

「ぐふっ!!」

『店長ぉーーー!!』

 

設定時間の3割程度の時間で平らげてしまった悟空のうしろ、この無敗を誇ってきた料理が無残にも悟空の胃袋(ゴミ箱)に放り込まれていく姿を見せつけられた神龍軒店長が絶望に打ちのめされていたとか。

 

『ごちそうさまでした!』

 

それと同時に『普通の』チャーハンセットを平らげたフェイトとアルフは、特にその気はなかったのだが悟空と同時に食後の礼を行った。

しかしこのドラゴンセット、悟空に9分で食べられてしまったと言えばいいのか、それとも悟空ですら完食に9分かかったというべきか。 とにかく悟空以外に需要があるのか謎である。

 

「じゃあそろそろ行こうか?」

「うん、悟空……行こ?」

「ん~」

 

食事も終わり店から出るために勘定を済ませようとしたフェイトだが。 立ち上がり、その場で唸っている悟空は、ただ自身のおなかをさするばかり。

どことなく妊婦を連想させるさすり方をする中、その元気に育った自分のおなかに向かってこうつぶやいた。

 

「腹6分目ちゅうとこだな!」

 

ガッシャァァン!!

 

あのポリバケツラーメンを食べたのにもかかわらず、いまだ折り返し地点序盤の悟空の胃袋に店中が盛大にズッコケる。

 そんな悟空を見た店長は、悟空とフェイトたちの顔を見据えると。

 

「待ってくれ……金はいい」

「え? なにいってんだいあんた!?」

「どうかしたんですか?」

「坊主……いや悟空さんのお連れさんから、金なんてとれねぇ」

 

 そういうと店長は頭のねじり鉢巻きをとって宙に放り投げる。

 

「今度は悟空さんを満足させてみせる、だからまた来い!」

「あぁ、またくんぞ! ここな、モモコの料理ぐれぇうまかったからな!」

「……そうかい、あの桃子さんぐらいか……嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか」

 

 そして二人はどちらからとも言わずに無言で握手していた、まるで散々なぐり合った後に川辺で握手をした仲の悪い友人のように

 

「だがな……」

「ん?」

 

うつむいていた顔を悟空に向けた店長は。

 

「しばらくはウチに顔だすのは控えてくれ! たのむ!!」

『だぁぁぁあああ!!』

 

 仕方がないとはいえいい雰囲気をぶち壊した店長にコケが入るのであった。

 

 

PM16時半 商店街

 

「なんか、お昼を食べただけなのにすごくいろんなことが起こったみたい」

「ゴクウあんた、あんなに食ったのになんで体型が変わらないのさ」

「へへへ、オラまだ余裕あるかんなぁ~だからじゃねぇんか?」

『そういう問題じゃないと思うんだけど……』

 

 質量保存、容積、体積などなど。 いろんな法則、用語などに激安でケンカ売っている悟空の発言に、二人はいい加減慣れてきたのか軽いツッコミを二人同時に入れるフェイトとアルフ。

 

 

「悟空」

「どうかしたんかフェイト」

「管理局に見つかっちゃうと困るから、今日はもう帰るね?」

「もう帰ぇるんか? 飯食っただけじゃねぇか」

「確かにそうだけど。 あんな風に誰かと一緒に食事するの、とっても楽しかったから……じゃあ」

 

そういうとフェイトとアルフは悟空に背を向けて歩き出す

 

「ありがとう……悟空」

 

小さく、誰にも聞こえないように、そう呟きながら。

 

―――とうん――――ぁーい―――

 

ふよふよ

すたすた

 

後ろを決して振り向かないように。

 

「……」

 

ふよふよ

すたすた

 

これからの戦いで迷いを出さないように。 大切なあの人のために。

 

「…………」

 

 

ふよふよ

すたすた

 

その背に哀愁をただ寄せながら――彼女は、足音もなく夕日の向こうへと消えてく……行こうとしていた。

 

「……ぁさんのために、わたしは――」

「おめぇかあちゃんのためにあの石集めてんか?」

「うん、そうなんだ――――――きゃ!?」

「あっフェイト! ちょっとごくう! あんたはさっきからなんなんっ――!?」

「う、いたい……あっ!?」

 

フェイトが背を向けたあたりから、筋斗雲を召喚し、そのうえでどっぷりとあぐらをかきながら乗っかり、彼女たちのずっと後ろを漂っていた悟空の呼び声に驚き、両手を振り回しながら尻餅をついたフェイトは、立ち上がろうとしたところを悟空に腕を掴まれる。

 

「少しだけつきあってくんねぇか? いけぇ筋斗雲ー!」

「え? なに?……きゃぁぁぁーー!!」

「ごくうー! ちょっ! ほんといいかげんに!」

 

同時、しっぽに捕まったアルフの叫び声とともに、悟空の筋斗雲が唸りを上げると、彼らは空のかなたに消えていったのである。

 

 

 

あたたかな太陽の光、天に届けと手をのばす森の木々、地に激突し続けては決して枯れることのない滝。

海鳴市のはずれに人知れず在るその場所は密林。 いかにも年数を重ねたと思われる木々……否、『樹』が生い茂るその大自然は驚くことなかれ。

 ここが出来たのはつい4日ほど前の話なのである。 突然ここに連れてこられたフェイトとアルフは今、この壮大な大自然の中に佇むことしかできずにいた。

 

『…………』

「――――――」

 

 そんな二人を連れてきた張本人である我らが悟空は、ふたりの目の前……大自然のなかで座っているだけ。

 両足を組み、あぐらをかいては両手を中央に持ってくる恰好。 良く僧侶などがやる座禅を、見よう見まねながら、さらに展開にいる例の2人から教わったその座り方は、元気な彼には不釣り合い。 けれど……

 

『…………ごくり』

「――――――」

 

 ただ座って目をつむっているだけの悟空、だが二人はそんな悟空に一声もかけることができずにいた。 武術のなんたるかをまったく知らない、だが決して戦いとは無縁ではない二人だからこそ。

 

今、悟空のまわりをただよう空気に飲まれていた

 

「あっ」

「鳥が……」

 

「――――――」

 

目をつむり、深く根付くように大地に腰を据え……座禅を組んでいる悟空の両肩と片膝にとまった3羽の小鳥、まるで木の枝にいるが如く悟空の身体の上でその小さな翼を休めはじめる鳥たちに不自然さは感じられず。

 

 

バサバサ

 

「ふぅ~今日は3羽かぁ」

『…………ほぇ~~』

 

突然鳥たちが羽ばたき空に逃げていく。 悟空はゆっくりとその目をあけて息を吐き出す。 それを契機に彼を取り巻いていた空気が普段のそれに戻ったと同時、フェイトとアルフは無言ながらもそばまで歩いて行く。

 

 

「悟空……いまのって?」

「あんたいったいなにしたのさ!?」

「なにって修行だぞ?」

『いまのが修行?』

「そうだぞ、『空のように静かに構え、雷のように速く動く』なんだってよ?」

「そら?」

「かみなり?」

 

 悟空の修行と『空』『雷』の言葉に首を傾げるフェイトとアルフ、二人にとって修業とは厳しい修練を積み、激しい鍛錬を行う、そういったものしか想像できずこれを修行という悟空にはかなりの疑問がある。

 しかしそれ以上に疑問なのは……

 

「それにしてもこの町にこんなところがあるなんて」

「このあいだジュエルミートみつけた時に出来ちまったんだ、なのはもびっくりしてたぞ」

「……え? あの石って封印したら効力がなくなるんじゃなかったっけ?」

「たぶんこの森の強く根付きたい~とかそんなもんを増幅させちまったんじゃないのかい? 元からあったものがそのまま成長しただけなんだから、ジュエルシードの効力が切れても残り続けたってところだろうね」

 

 この大自然の事であろうか。

 コンクリートジャングルがすぐそばにあるこの地に不釣り合いなほどの緑の数々、大方の予想は出来たはずのフェイトも、件の青い宝石が持つ力の大きさを再認識させるには十分すぎて。

 

「……(たった1個でこんなふうになる……―――さんはこれを集めて何を……)……ううん、それより――」

 

 いったん思考を切り替えたフェイトは連れてこられた森を見渡すと、そのあまりにも広大な自然に改めて驚きの表情を表す。

すぐ横にそびえ立つ巨木なんて、子どもが腕で描いた『輪っか』などをはるかに凌ぎ、10メートル以上に生やしたその背は他に比べればまだまだ発展途上を思わせるほどに幼く……若い。

それらを含め、あらかたこの大自然を見渡すフェイトは、その広大さにココロを撃たれながらも、そっと視線を悟空の方に向け、普段よりあまり発することのない色をもってゆっくり声を投げかけるのである。

 

「ねぇ……」

「ん?」

「どうしてここに連れてきてくれたの?」

 

 近くの木に片手で触れるとそのまま悟空を見つめた、その時のフェイトの目はひどく透明で。

 

「さっきのフェイトよ? ジュエルミート集めをはじめたぐれぇのなのはの顔にそっくりだったんだ」

「え?」

「最近はさ、あんましそういうの無かったんだけどさ。 ここができた時、またそん時のこまった顔しててよ?」

「うん」

「でもよ」

 

 そこで悟空はいったん会話を切る、『その』ときを思い出そうと視線を宙に流す顔はどうしてかえらく年が上のお兄さんという顔つきで。

 

 

「石っころの化けモンをやっつけた後にさ、オラがここでおんなじことやってたらすげぇおどろいてよぉ、次の日くれぇからよくここに来るようになったんだ」

「……うん」

 

 その視線を今度はフェイトに向ける悟空。 貫く訳でも射抜くのでもなく、ただ、投げかけるように送られる表情……ほほえみはとても朗らかで。

 

「そんで、いっしょに頑張る――なんていってきたアイツの顔がさ、なんかこううれしそうでよ」

「…………うん」

 

 屈託のない笑顔を向けて。

 

「だからおめぇもここに連れて来れば、さっきみてぇに暗い顔しなくなると思ったんだ。 つまんねぇ顔してっと、戦ぇねぇしメシが不味くなるしでよ、いいことなんかひとっつもねぇって、じいちゃん言ってたかんな」

 

ただ、無邪気に笑っていた。

 ただ、彼女と一緒に笑おうとしていた。

 

そんな悟空の笑みを見たフェイトはその透明な目からひとすじ、雫をこぼしていた

 

「…………う……ん…………」

「……フェイト」

「あぁあぁ! どうしたんだ急に泣き出してよ、どっか痛ぇんか!? なぁ!!」

 

 ――――きっと笑ってくれる!

 

ジュエルシードを集めればあの人は……母さんはきっと昔のようにわたしに笑いかけてくれる! だからいまはどんなことにだって耐えられるし歯を食いしばってもいられる。

たとえ、あの人からどんなことをされても……だけど。

 

「ううん、ちがう……」

 

 揺るがない……揺らぐはずのない少女の決意とゆめ。 苦難苦悩のその果てに求めていたものが、欲しかった笑顔が、与えられたことがなかった暖かさが。

 

「ちがうの……どこもいたくないのに……なんで?…だいじょうぶ………だから」

 

 彼女のココロを大きくゆさぶっていた。

 

 

どれくらいの時間が経っただろうか。 日はさらに傾き、あたりは夕暮れのせいで真っ赤に染まっている。 青い空だった天井は、ただ真っ赤に輝き、燃えるような黄昏どきを演出している。

 

あの後、いっこうに止もうとしない少女の涙に困り果てた悟空は、なんとかしようとあの手この手とフェイトを笑わせようとするのだが成果が上がらず。

 踊ったり倒れたり、筋斗雲で遊んでみても変わることがないその状況に、いい加減『ハ』の字になってきた悟空の眉。 それが解かれる間もなく、彼がとった行動は……待つこと。

 

彼は結局、フェイトのしゃくり声が落ち着くまで近くの川辺にある岩に、ふたりで腰を落ち着けるのであった……ちなみに、彼らと行動を共にしていたアルフはというと。

 

「すこしあたりを見てくるよ……頼んだよ、悟空」

「え!? 行っちまうんか?」

「…………」

 

などと言い残して、オオカミの姿に戻っては林の中に消えてしまった。

取り残された子供二人。 彼らに次の行動は特に用意されておらず、時が時ならば子供は既に家に帰る時間帯。

 

 

 

「その……ごめんね」

「ん? どうしたんだ突然」

「いろいろ迷惑……かけちゃって」

「迷惑……ん~~」

 

どうかしたのかという表情をそのままに、フェイトの話を聞く悟空。 対してフェイトはというと、悟空と目を合わせないようにずっとうつむいたまま。

 下を向いたその顔は、どこか朱に染まっているように見えたが、果たしてそれは夕日のせいか涙の跡か……それとも――――

 

―――――だが。

 

 

    こんな時間が

 

            永遠に

 

                 続く訳など

 

                       ない…………

 

 

 

 

 

「―――!!」

 

悟空は空を見た、夕日に染められた紅に一点だけ……見つけてしまう……見つかってしまう。

黒い殺気を放つ『そいつ』を悟空は睨み、『そいつ』もまた、悟空を強く睨みつけていた。

 

「誰だ!!」

「え……?」

「おお怖い怖い、そんな顔するなよ? この世界でたった二人の同族(なかま)じゃねぇか」

 

 聞いたことがある声……これがフェイトの第一印象であった。

 

「だれだおめぇ!」

「……え!?」

 

次に思ったのがどこかで見たことがあるということ。 漠然とだが、しかしつい最近似たような人物を見た気がするのは、きっとこの場に居ないアルフも同じことを思うだろう。

さらに『それ』を見たフェイトの顔は驚愕に染まる。 それは隆々とした肉体でも、身に着けた堅牢さを誇る黒い鎧でもなく――――その容姿。

 

「誰とはごあいさつだな……」

 

四方八方に伸びた髪の毛は、すぐ隣の『少年』を彷彿とさせるには十分なもの……なにより。

 

「互いに殺し合った(たたかった)仲じゃねぇか」

「オラ、おめぇみてぇな奴……知らねぇ!!」

「しっぽ!?」

 

その男には在ったのだ。

今現在フェイトの隣にいる彼……悟空と同じ、茶色く、長い「尻尾」が生えていたのだ、フェイトの驚きの声、しかしそれを無視……否、まるで存在自体を気にも留めていない男は、ただ悟空の方を向いたまま語り続ける。

 

 

「だがオレは知っている。 すごかったぜぇ? あの時の貴様は……だがあの時と同じようにこんなつまらない世界(ところ)でのうのうと暮らしてるとはな。 この――」

「フェイト! 逃げろ――」

「え?」

「――サイヤ人の面汚しが!!」

「がはっ――!!」

 

それが合図だった、悟空がフェイトを押しのけ、鎧の男は叫ぶと同時にその場から消え、気付いた瞬間にフェイトの隣にいた悟空は遥か後方に吹き飛ばされていた。

 まるでコマ送りのように切り替わった景色は……戦場。 しかしフェイトはいまだに気持ちの切り替えができずにいた。 そんな彼女の気持ちが切り替わるのを待つ男ではなく。

 

「――――!?」

「おっと悪い悪い」

 

 バリアジャケットを纏う隙もない。 フェイトは、吹き飛ばされた悟空と入れ替わりで真横に『いた』男を――その口元を邪悪に吊り上げてはこちらを見て笑っている男を……

 

「ごふっ……うぅぅ……」

 

首を掴まれながら見下ろしていた。

 

「安心しろ、『貴様ら』はまだ殺さないでおいてやる」

「ぐぅ――!」

 

 ゆっくりと、だが確実に締まっていくフェイトの首。 酸素が脳に届かなくなったフェイトの意識は徐々にかすれていく。

 締め付けられ、狭まっていく気管の感触は、フェイトに今の現状を認識させる。

 

「だが、あいつだけは別だ」

 

 まるで小枝を握りつぶすかのようにフェイトの首を片手で掴みあげているその男は、そこから離れた場所で片手を大地にあて、震える足に激を入れつつも、なんとか立ち上がろうとしている悟空をみた。

 

「フェイトを……はぁ……はぁ……はなせぇー!」

 

 重い一撃を貰い、極端に体力を減らされた悟空。 しかし持てる限りの力を振り絞り、翔けた。

光る! 強く握りしめた拳の輝きは青。 自信を吹き飛ばし、フェイトをその手で締め上げる眼前の男を打ち倒さんと、力の限り声を張り上げた。

 

「つらぬけぇぇぇ!!」

 

あのピッコロ大魔王をも倒し、フェイトとの戦いで更なる進化を遂げた悟空最大の拳。だがあの時よりも力を蓄えた悟空のそれはさらに威力をあげて相手に迫る。

 

「だあああああ!」

「……ふん」

 

 青く光る閃光は、しかし男は鼻で笑い……目で訴えかけている

 

「いい攻撃だ……だがこれじゃオレは倒せんぞ?」

 

 そう、悟空と男ではあまりにも力量(レベル)に差がありすぎる……と。

 

「ぐぅぅ!」

「ははははは! こんなものか? カカロットよ」

 

悟空の拳は男の鼻先で止まっていた。 放たれた渾身の一撃は、フェイトをとらえている方とは別の手により悟空の手首を掴まれ、いとも容易く防がれ、同時、悟空の顔が苦悶に歪む。

 こんなはずでは……ここまで力に差があるなんて……

 

「あのときより『お互い』弱くなったものだなぁ。 こんな攻撃しかできない貴様と、受け止めさせられたオレ。 だがオレはこのままでは終わらない」

「―――はっ、がは! ごほ!」

「おいガキ、これが見えるか?」

「あ、あれは」

「なん……で、それが――かはっ」

 

 男は高笑いをするとフェイトを掴んだ手から力を抜く。ドサリと地面に落とされたフェイトは男が懐から取り出したものに目を見開く。

 手は震え、声がかすれ、脳内では既に様々な憶測が飛び交っているフェイト。 なぜなら。

 

「こんなつまらん世界にもすこしは役に立つものがあるらしい。 この石は持ったものの願望を叶える性質があるらしくてな」

「そ、それはわたしが、母さんに――」

「あの爆発の後、目が覚めたらあの気にくわねぇ科学者に拾われていたオレは、“神精樹”の実で上げたはずの力の大半を失っていた。 極端に弱ったオレは正直戸惑ったさ」

 

 青く輝く『石』を持った方の手を握りしめると、妖しくも鋭く口元を吊り上げる

 

「なんせあの弱虫ラディッツ程度にまで力が落ちたんだ。 我ながらあのときは情けないったらなかったぜ……お笑いもんさ」

「どうして『それ』を……もってるの!?」

 

 一向にかみ合わない会話。 だが目の前の石は間違いなく、あの時フェイトが母に渡したそれ。 理解が追いつかないフェイトは、倒れ伏したままに目の前の男へ悲痛な叫び声をあげる。

 だが、そんなフェイトを見ると男は――

 

「貴様ら親子は本当にいい働きをしてくれる。 どこぞの裏切り者の親子にも見習ってもらいたいぐらいに……な!」

「え?」

「うわぁぁぁああ」

「悟空!!」

 

 悟空を掴んでいた腕を思いっきり振りかぶり、一気に近くの岩に背中から叩きつける

その衝撃に耐えかねた岩は粉砕……周囲の地面は陥没し、2メートル大のクレーターを作った。

 

「本当に運が良かった。 どこぞの馬鹿がこの石をばら撒いてくれたおかげで俺はこいつの力を知った。

 こいつを喰らった俺は一気に戦闘力を増し、あの気に食わねぇ王子様にはまだ届かんが、今じゃ十分に戦闘力を上げた。 研究所にいたほかの奴が同じことをしたが俺ほど変化が無かったのは気にはなるが……そんなことはどうでもいい」

 

 男は叩きつけられた悟空に手のひらを向けるとフェイトを睨みつける。

 

「21ある内のたったの3個でここまで力が上がるのだ、残りすべてを取り込めばこの俺に勝てるものは居なくなる。 さぁ、おまえが持っている残りの石も渡してもらおうか」

「そ、そんなことできるわけ……」

 

 フェイトが言葉を迷う。 それが気に食わないのか、男が眉をひそめるとかざした右手がほんの一瞬だけ灰色に輝く。

 次に聞こえてきたのは何かを撃ちだす音と……

 

「ぐあぁああぁああああ!!」

「ご、悟空!?」

「あぁ悪い悪い、つい力んじまったぜ……さて、もう一回聞かせてもらおうか?」

「あ、足……がぁ……」

 

 仰向けに倒れていた悟空の耳障りなほどに放たれる、苦痛を訴えかける叫び声。

 思わず耳をふさいでしまいそうになるその音量は、それのケガの具合に比例していて……

 

「あが……うぎ――」

「悟空!」

 

エネルギー弾の直撃を右ひざにもらった悟空は、あまりの激痛に左手で顔面を覆い、残った右手で地面を掻きむしる。

 

「ぐぅぅ。 フェ、フェイトぉ……」

「悟空……」

 

 フェイトの耳には聞こえてくる。 それは助けを求める弱々しい声ではなく……

 

「そんな奴にわたしちゃダメだ! かあちゃんのために頑張って探してたんだ……ろ」

 

 強い意志を宿した、不屈なる訴えかける声。

 如意棒を杖代わりにして、目の前の男に敵わないと知りながらもなお立ち上がる。 右ひざの出血は多量、骨にはひびが入っており、わずかに聞こえてくる引っかかる奇妙な音は、骨同士が擦れるモノ。

かなりの重症にもかかわらず、悟空はまだ立ちあがり、男に向かっていく。

 

「そんなに死に急ぎたいか。 カカロットよ」

「さ、さっきから言ってるその……カカロットって、オラのことか!」

「あぁそうさ。 どうやら貴様は自分が何者かであるのかも忘れてしまったらしいな」

「なんだと!」

「自分の事を地球人だとでも思っているみたいだが……」

「…………くっ」

 

 そこで男は一瞬だけ口を閉じる。 目の前の子どもが、どんなに身体を傷つけても立ち上がり、自身を強く睨みつけてくるその様に、“つい最近の出来事”を思い出し……そんな彼の心を砕かんと、冷たく否定の声を出してやる。

 

「違う」

「な!!」

「え……?」

「貴様の名前はカカロット。 このオレと同じ惑星ベジータで生まれ、地球人を根絶やしにし、その星を手に入れるため生まれてすぐに一人送り込まれた……誇り高き最強戦士の一人。 戦闘民族サイヤ人だ!」

 

「サイヤ人――!?」

「悟空が……地球人を……」

 

男の言葉。 戦闘民族、地球人の殲滅。

フェイトにはどれも信じられないものであり、あの悟空が、あんな笑顔ができる彼が……そんなことあるわけない、何かの間違いだ!

しかしそのセリフは口からは出ない。 否定の声を出そうと、握りこぶしを作っているフェイトを閉口させるには十分なほど、あの男はあまりにも容姿が悟空と似すぎていて。

 

「ちげぇ! オラ『カカロット』じゃねぇ!!」

「フン……信じられんか……だが事実だ」

「うるせえ!! おめぇが誰だとか、サイヤ人とか関係ぇねぇ!! オラ『孫悟空』だ!!」

「悟空……バルディッシュ!!」

 

 首の締め付けによる呼吸困難から回復したフェイトはバリアジャケットを纏う、あの悟空をいとも簡単に沈めた相手に勝てるなんて思ってはいない、だが倒れたままでいるなんて……できない!

 

しかしその気迫は――

 

「おっと動くなよ小娘、言っただろう……おまえが持っている石を渡せと?」

「がふ―――!!」

 

 この男には意味などなさなかった

 

 フェイトの腹にめり込んだ男の拳、フェイトは回避も防御もとれない、それほどの実力差。

 少女の目から気迫が消える。

 

「これでわかったろ、お前たちとこのオレの実力差というやつが」

「――――く!(悟空はこんな攻撃を生身で……もう意識を保つので精一杯)」

「フェイトぉ!」

 

 目から光を失っていくフェイトを、倒れそうな身体に鞭を振り、いま出せる力、『気』を全身からかき集める。

 ダメージがでかい、それにもうアイツには生半可な攻撃が効かないのもわかっている。

 

「ぐ、ぐぅぅぅうううう天津飯! 技ぁ借りっぞ!!」

 

――――それでも。

 

『――!?』

「太陽けぇぇぇん!!」

 

おもむろに両手を顔の前に広げ悟空は叫ぶ、かつて天下一武道会で戦った好敵手の技、全身からの瞬間的な気による発光は、太陽の直射日光にも匹敵する光度。 それは目にしたものの視力を奪う。

 

「いまだ! のびろぉ如意棒ぉぉぉ!!」

「なに!?」

「え!?」

 

完全に不意を突かれた二人にそれぞれ衝撃が走る。

フェイトはその衝撃に身をゆだね、男はその衝撃に手に持っていた石を取りこぼす。 視界は徐々に戻っていき、そこにはフェイトを抱えた悟空が、先ほどまで男が持っていた石……『ジュエルシード』をもう片方の手で掴んでいた。

 

「どうせ……はぁ、はぁ……このままフェイトが『ジュエルシード』を渡してもオラたちを殺すつもりなんだろ!」

 

 それに刻まれた数字はⅣ。 死と連想できもするその数字は、しかし悟空には特別な数字でもある。

 

「このままおめぇに渡しちめぇくれぇだったら……」

 

 偶然……にしては出来すぎてるこの巡りあわせ。 だが、もう起ってしまったことに止められるものも否定できるものもいない。

 そして重なる。 悟空の脳裏に浮かぶ『知らない』出来事。 白い龍の魔人を前にして、絶望までに追い詰められた紅い異様を纏いし戦士のとった奇策を……少年は見る!

 

「こんなもん、こうしてやる!」

『な――!?』

 

驚愕の声はフェイトと男のモノ。 悟空はなんと、手に持ったジュエルシードを……呑み込んだのである。

 いくら悟空でも、相手は石。 大きく鳴らすその喉はいささか詰まらせた感がある不規則な音を奏で……すぐに威勢の良い『ゴクリ』という飲み下す音を響かせる。

 

「こ、これねェとおめぇ困るんだ……ろ? へへ、ざまあ見ろ……」

 

 解りやすいくらいにつらい表情の中で男を笑う悟空。 それとは対照的に歪んでいく男の顔は黒い感情をじわじわと滲ませていくようで。

 

「……ちっ!」

「――――!?」

 

 それがフェイトにもわかるくらいに露見すると、黒い男は舌を一回鳴らす。

 つまらないことを……そんな言葉を吐き捨てると。

 

「どうせ吐き出さんだろう」

「ぐぎぎ……」

「ご、悟空!!(このひと、なんて――)」

「ならばその腹、この腕で貫いてやる!」

「は、はなせぇぇぐぅぅ」

 

 一瞬だけ身体がぶれると、突如悟空の頭部を鷲づかみにした男があらわれる。 この時点でフェイトは理解した、先ほどから行われる一瞬でのあいつの行動。 それは明らかな実力の差を示す“速度差”が起こす現象であることを。

 

「ふふ……安心しろ。 カカロット、貴様を殺ったあとはそこの小娘に後を追わせてやる」

「――な!?」

「石集めの方はあの白い方のガキが勝手にやるだろうからな」

「し、白い方……な、なのはの――」

「あのガキが集め終わったら……そうだな」

 

 男は視線を虚空に投げかける。

 その目は意思を感じさせない色のついてない眼差し。 誰を見るわけでもなく、ただその時のことを想像しては、目障りなくらいの笑い顔を作るに至る。

 

「じっくりといたぶった後、貴様のあとを追わせてやろう」

「や、やめ……ろ」

「ふふ、そうだ、その顔だ。 その無力を悟った顔をオレは見たかった! フン、こんな顔を見せてくれるのならそうだな……貴様を殺すのは後にして――」

「――!? フェイト!! 逃げろ!!!!」

「キャ――!!」

「目の前でまずコイツを殺してやるのもいいかもしれんな」

 

 男の言葉の後、急に吹き飛ばされたのはフェイト。 彼女は河原から森の方まで背中を向けて一直線に飛ばされていき、あわや林に激突するというところで。

 

「がはっ!!」

「まだ、死ぬんじゃねぇぞ?」

 

 その小さい背に、黒い男の大きな膝が食い込む。

 エビ剃りに飛翔を強引に止められた彼女の景色は大きく歪む。 普通ならばここで背骨を折られ、腹部から臓物をまき散らせながら生涯に終止符を打たれるであろう場面でも彼女はいまだ健在。

 その理由は、彼女が着こむ戦闘服(バリアジャケット)が、性能の限界を振り絞りつつも彼の攻撃から主人に致死量のダメージを与えまいと奮闘していたからである。

 

「フェイト!! や、やめろぉ!! オラが相手してやる!! そいつにてぇ出すんじゃ――」

「がはっ――」

 

 悟空の制止の声も虚しく、止むことのない打撃音と少女の悲鳴。 それがだんだんと小さくなっていく中、それに反して………

 

「ぐっ……や、やめ――」

「それそれどうした! そんなんじゃカカロットは救えんぞ!! ふははははっ!」

 

 大きくなる男の声と……

 

「やめろよ………………」

 

 少年の心のざわめき。

 ここにいる誰もが気付かない。 悟空の尾の毛、ソレと同じく黒い髪がふらりと逆立っていくのを。

 

「貴様もおとなしくしてろ――なに!?」

「ぐぎぎぎ!! このやろぉ……」

 

 それは怒りだった。

 全身の疲労感はすでにピークで、右足はもう動かせない。 それでも何かをせずにはいられなくて、悟空はその何かを捜し……やはりそれはひとつしかなくて。

 

「やらせねぇぞ……なのはやユーノ、『あそこ』にいるみんなも!」

「な!? なんだ!!」

「フェイトやアルフ……ここで会った他のみんな……ぐぎぎぎ!!」

「うぅ……ご、悟空……?」

 

 それを実行せんと、彼は叫ぶ。 その身を粉にしてでも奴を止めなければならない。

 それを思うだけで悟空の身体に力が蘇る……否。

 

「な!? なんだ! カカロットの戦闘力が上がっていく……」

 

 ――力があふれてくる。

 唐突に打ち鳴らされた機械音。 それは黒い男が左目あたりに付けたモノクル上のゴーグルのようなもの。 それが激しく打ち鳴らされていくたびに、男の表情から余裕が消えていく。

 

「500……1000……3000!? どういうことだ!! たかが300程度しかなかったはずのカカロットの戦闘力が!!」

「ゆる!……さねええええ!! ぐあああああアアアア!!」

 

 悟空の雄叫び。 それは既に理性の無い只の獣の咆哮となってしまっていて。 それが止むと同時に、男から聞こえてきた機械音も静けさを取り戻す。

 その装置……“スカウター”と呼ばれる装置は、相手のもつ力を『戦闘力』という数値に置き換えてみることができる道具。

 通信機能に、ロックした戦闘力を持つ相手の居場所を知ることのできるその装置からはじき出された数字に……男は――

 

「せ、戦闘力……8000だと……!?」

 

 衝撃を隠せないでいた。

 

「グアアアアア!!」

「ちっ! たかが8000の戦闘力で――は!!」

「ガアアア!!」

 

 男の拘束を解いた悟空。 すかさず蹴りを打ち込むが、男は黒い籠手をはめた右腕で見事に防御。

 腕と足がぶつかり合う刹那、その時に起こった衝撃が波を作って空気を伝わり密林を揺らす。 圧倒的なまでの力を誇ったあの男にくらいついて行く悟空に、フェイトはあの時の事を思い出す。

 

「ご、悟空……あの時と一緒だ、あの時旅館で管理局に出会った時と……」

 

 理性の無い眼差し、 膨れた全身の筋肉。 さらに逆立った“黒い”頭髪と……

 

「でも……でもあんなものは――」

 

 そして、全身に纏う“黄金”の輝き。

 吹き出るように、でも纏うかのような不可思議なただ寄せ方をするその光を、まるで見惚れるかのように見つめるフェイト。

 あのときには見当たらなかったはずのその輝き……周囲に金色のフレアをまき散らすかのようなそれは、フェイトの視線を釘付けにし。

 

「“あの時”つかった技でもない……なにが起こったんだ――ちぃ!!」

「オオオオオオ!!」

 

 撃つ、打つ、穿つ!! 既に意識を失いつつも、眼前の男に鉄よりも固い己が剛拳を繰り出していく悟空。

 明らかに立場が逆転し、押し始めた悟空に、しかし男は冷静さを見失わない。

 伊達や酔狂で最強戦士を名乗ってはいないのだ、彼はいきなり強くなった悟空に対して。

 

「フッ!」

「ガッ!!」

 

 繰り出された右こぶしを受け流し。

 

「せい!」

「――ッ!!」

 

 右ひざで悟空の腹にカウンターを決め。

 

「はあッ!」

「――――!!」

 

 両手を組んで、ハンマーをイメージさせる振りかぶり方からくる打撃を叩き込む。

 地面に叩き落とされた悟空。 その上に男の足が乗せられ……強く力が掛けられる。

 

「ご、悟空!!」

「手を煩わせやがって! だがそれもここまでだ!!」

「ぐぅ……い、いったい……なにが……」

 

 意識を失っていた悟空には、今の衝撃は丁度良い目ざましになったようで。 彼は意識を取り戻しては、いきなり変わった場面に戸惑いを隠せずにいた。

 全身に力が入らない、自分がどこから気を失ったのかも思い出せない。 気付いたら地面に伏していた悟空に、もう逆転の余地はない。

 

「ちくしょう……全身の力が抜けちまって」

「惜しかったなカカロット、中々に良い動きだったが詰めが甘い。 さぁこのまま――」

「悟空……だめ!」

 

 息の根を。 そう唱えようとした男の腕が止まる。

 別にフェイトの声が届いたわけでも、ましてや悟空を生かしておこうというわけではない。

 そよそよと流る川の水面を見た男は、すかさず視線を悟空に向けると、今度は長々と語りだすのである。

 

「そうか、『今日』なのか……なるほど、これは傑作になるな」

「なにを……」

「カカロット!」

「――ち、ちげぇ……オラ……」

「そうか、こんなにされてもまだ自分の生まれを否定するか……サイヤ人はサイヤ人らしく立派に生きればいいものを、でなければ――」

「お、オラは……」

「その立派なしっぽが泣くぞ!」

 

 今日という単語。 何を言い出したかと思うのはフェイトと悟空で、彼らは心の中で疑問符を浮かべる。 あの男はいったい何を言っているのだろうか。

 既に日が沈みかけ、夜の闇があたりを支配しようかという時間帯。 しかしその中に置いて空は太陽とは別の光によって黄色の輝きで照らされていた。

 

「ぐぅ……な、なにを……」

「さぁカカロット思い出せ!俺たちサイヤ人本来のあり方を」

「なっなに……をぉ……―――」

 

                       ドクン

 

 不意に消えた男は悟空の背後に現れると両手で悟空の頭をつかみあげる、目は決して閉じぬように、その瞳には一つの星が映り込む。

夕日が沈みかけているこの時に、夜を薄く照らすように現れた真円を描くあの――――

 

「悟空を離して!!」

「小娘、疑問に思わないか?」

「え……?」

 

 

                       ドクン

 

「なぜ星を一つ落とすのにこんなガキ一人だけを送り込むのか」

「一人だけでも落とせる……から?」

 

 突然の男の問いかけにフェイトは首をかしげた。 悟空のあの戦闘能力ならばできないことでないのかもしれない。

 あの夜に放った青い極光を思い出し、フェイトは男を睨みながら答える。

 

「たしかにそれもある、だがそれだけじゃない」

 

 

                    ドクン…………ドクン……

 

 

「それだけじゃない?」

「それをいま見せてやろう!」

 

先ほどからフェイトを『見下ろしている』男はまたも口元を吊り上げる。 それと同時にフェイトは気付いた、目の焦点が定まらず。

 

「……悟空?」

 

 

             ドクン……ドクン…………ドクン――――

 

ただずっと上空を見上げたまま自意識を喪失している悟空に……だが。

 

                              もう遅い

 

ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン!!

 

 

「せいぜい仲良くすることだ、オレまで変身してしまうわけにもいかない……せっかくのショーが台無しになってしまうからなぁ、ふはははははは!!」

 

「ま、待て! 悟空に何をしたの!?―――!!」

「ぐぅぅうううあぁぁぁぁあああああああああ」

「悟空! ねぇ悟空!! どうしちゃったの悟空!!」

 

 こちらを背に夜空へ消えていった男を追おうとしたフェイト、だが唸り声を出し始めた悟空に引き換えし、見た。

 

「ど、どうなって――」

 

 身体は肥大化し、その顔は口元から隆起現象が起こり、全身は黒い体毛で覆われていく悟空の異質な姿を。

 

「こ、こんなことって」

 

肥大化……巨大化はまだ収まらない。 周りの木々の背などとっくに追い越し背丈は10メートルは優に超えている。

異様で威容、その闇夜よりも黒い剛毛は、フェイトの足を竦ませ、ある一つの単語を思い浮かばせていき。

 

「巨大な……猿……」 

【ガアアアアアアアアア!!!】

 

 フェイトはただ、悟空の事をそう呼ぶことしかできずにいた。

 

 

 

 

同時刻    アースラ艦内

 

「か、艦長!!」

「どうしたのエイミィ、そんな大声をあげ――!!」

 

エイミィは驚愕していた、なのはのいる次元世界は魔法も無くごく平均的な生態系を形作っている教本のような平和な世界だ。

 故に目の前の『それ』はあってはならないものであった。

そしてエイミィに呼ばれ『それ』を目視したリンディは硬直し、持っていたカップを落とす。

 

「そ、そんな!なんなんだあれは!?」

 

遅れてブリッジに到着したクロノも『それ』を見た瞬間に顔が青ざめた。

 

「エイミィ監視は!?」

「ずっとしてたけど突然出てきたの! もうほんとわけわからない」

「とにかく非常事態よ、クロノは至急現場に急行! あんなものが暴れ回ったら大参事はまちがいないわ」

 

 奇妙な次元振の調査、その目的で立ち寄ったアースラにはいま必要最低限の戦力しかそろっていない。

そんなことは誰もが把握していた。 そんな中、艦の責任者であるリンディは苦い顔をして苦渋の決断をする。

 

「悪くてなのはさんたちに救援要請を、本当に最悪の場合は――(アレの使用はできない今、すべての手を尽くしてでも……)――――わたしも出ます!」

 

怪異が月夜に吼える中、リンディは独り、血戦の予感を胸に、艦内の乗組員に出動の準備を進めていた。

 

 




アルフ「あれ? あいつが居ない……とりあえず。 お、おっす!」

フェイト「突如として変身をしてしまった悟空。 ダメ!! そっちには街が!!」

なのは「遅れてやってきたわたしたちは、そこで起こっていた凄惨な光景に心を震わせたのです」

ユーノ「傷ついたフェイト、いなくなった悟空さん。 今できることをボクたちは考え抜き」

なのは「わたしは、もてる限りの”全力”を振り絞るのでした」

クロノ「次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第14話」

なのは「星の光が満ちるとき」

フェイト「ダメ! その怪物は――」

なのは「受けてみて! これがわたしの――全力全開!!」


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第14話 星の光が満ちるとき

今回は、いつもよりも少なめです。

変身してしまった悟空。 そんな彼を止めようと必死の思いで動かすも困難な身体を引きずっていくフェイト。
彼と彼女は、そしていまだ来ないなのは達は、どうやってこの災害レベルの事態を切り抜けるのか。




パワーバランスと展開に難がたまにあるかもです。 ここで謝らせてください……では14話どうぞ。


本能――

 人間は生まれてきた際にまず産声を上げる、これは胎児が外気を吸うために必要な手順であり、その知識はあらかじめ遺伝子に刻まれたものである。

 そして育つにつれ這いつくばり、立ち上がり、歩き出す。 これらすべては人が生きるために必要なことであり、それを本能でわかっている赤子は自然とそれらの行動をとるのである。

―――――――そう、すべては本能……その者の性質なのだ。

 

「やめて!」

 

―――――――故に目の前の光景は。

 

「――――目を覚まして!!」

 

――――――――――――彼の、『彼ら』にとっては。

 

「悟空!」

 

――――――――――――――――――ごく当然の行動なのである。

 

 

[Defensor]

「ぐ!!」

 

 バルディッシュからの警告が聞こえたその瞬間、フェイトの側面から黒い何かが飛来する。 主の危険にバルディッシュが自動詠唱したディフェンサーはフェイトの戦闘スタイルのせいもあって硬度が低く、なのはの使うプロテクションに比べると『防ぐ』より『逸らす』に適した魔法である。

 今回はこの性質が好転した。

 

「はぁぁぁ!!」

 

 その黒い影からの攻撃を器用に、しかしギリギリのタイミングで受け流したフェイトはその影を見た。 黒い体毛に覆われた巨大な腕、自身の身長よりも大きく、巨大なそれは空を切ると乱気流を生み出し、フェイトを数メートルほど吹き飛ばす。

 

「なんとか凌いだけど、あんなでたらめな攻撃まともに受けたら一発で落とされる。 どうすれば……どうすればいいの――」

「フェイト!!」

「アルフ!!」

 

 孤軍奮闘を展開していたフェイトに翔けつける救援。 それはフェイトの使い魔であるアルフである。 彼女は眼の前の出来事に混乱しつつも、主人の危機にはせ参じた……そこまではよかったのだが。

 

「なっ、なんなんだいあれは!!」

「あれは……」

「こんな化け物、アタシたちなんかにどうにかできるわけがないよ!!」

 

 見た、見てしまった……決して相対するべきではないものを。

 全身を黒い毛で覆い、長い尾、大木のような足、暴風のように振るわれる両腕、闇夜でもこちらを射抜く深紅の眼光。 そのどれもがアルフを恐怖に引きずり込むのには十分なものであり。

 

【グォォォォォオオオオオオオオオオオオ!!!】

「――くっ!」

「なんて……音量――」

 

 放たれる咆哮に地は揺れ、怪物の背後……町から見て山の向こう側にある大海原は津波を起こす。

その一連の行動が、どれをとっても桁外れな怪物にフェイトたちの取れる手段は最早一つのみ。

 

「とりあえず空に逃げよう。 もしあれが『――――』のままだったら多分追ってはこれないはずだから」

「―――! フェイト? ……いま何て言ったの!?」

「あとで詳しく説明するから。 だからアルフ、早く!!」

【グゥゥゥゥガァァアァ!!!】

『!!』

 

 しかしその手段もあの怪物は文字どおりに『喰らいついてきた』

 

『なっ、跳んだ!!』

 

 跳躍……あの巨体のどこにそんな身軽さがあるのか、空を『飛行』しているフェイトたちに『飛翔』することで追いついて見せた大猿はそのまま片腕を振り上げ――

 

 

             バチン!!

 

 

「ガハァァ!!」

「アルフ!!」

 

 フェイトのうしろを飛んでいたアルフに向かって一気に叩きつけられた。

高度20メートル前後、この高さから無造作に地面に叩きつけられたアルフの周囲の地面は数メートルの陥没を起こし、その中心で倒れ込んだ彼女の全身を激痛が走る。

 

「ぐふ! がは!! ――か、からだ……動か……ごふっ!!」

「アルフ!アルフ!!」

 

 あの巨体から放たれた張り手と地面に激突した際の衝撃。 そのたったの一撃で行動不能にさせられたアルフは、内臓が何か所か使い物にならなくなったのか口からは吐血。 全身の骨は数か所の骨折というかなりの重傷を受ける。

 しかしあのような化け物からの無造作な攻撃で、命があるというのも十分幸運な状態なのであろうか。

 

「くっ、アークセイバー!」

[Arc Saber]

 

『グアアアアアアア!!』

「あ、悟空!」

 

 再び跳躍体制に入った大猿に対して、とっさに放ったフェイトのは中距離魔法であるアークセイバー。

それは大猿の大腿部に直撃、咆哮か悲鳴か判別のつかない声を上げると、しかしフェイトの追撃はない。 痛みに吼える大猿を見たフェイトはつい攻撃の手を緩めてしまい――

 

「―――――!」

 

 そんなフェイトをしり目に、大猿は近くにある小岩……人間の物差しで測るなら岩山と形容できようか――を両手で掴みあげると。

 

『ガァァァァ!!』

「そ、そんなのって無いんじゃないかな……」

 

 サッカーのスローインのように投げつけてきた。

 それを見たフェイトは、戦闘時にもかかわらず後頭部に大汗をかきながらその口元を引くつかせる。 しかしすぐに元の温度に下げると、それを冷静に対処する。

 

「まるで冗談のような攻撃方法だ。 あまりにも原始的過ぎて、でもこちらみたいな守勢に入った側には効率的――くっ! 街が!」

 

 余りある大質量はフェイトに襲い掛かる。 それを目で追い、なおかつ避ける算段までできる彼女。 だが……

 

「はぁぁぁあああああ!!」

 

 フェイトはバルディッシュを構える。 たとえ自分の数倍に匹敵する大きさの岩でも所詮は投擲、避けられない道理はない。 それでも彼女はその場を動こうとはしない。

 

(ここで避けたらすぐ後ろの町に被害が)「フォトンランサー」

[Multishot]

「ファイア!」

 

 少女の手が光る。 その光がひとつ、ふたつと増えていき、やがてフェイトの周りに環状陣形を作る7つの雷球が生成されていく。

 一気に生成した7つの光……フォトンスフィアは、彼女の攻撃の意思を受けると、先ほど放たれた雷の槍を高速で射出する。

 まず6本。 それが円を描くように大岩に突き刺さり『クサビ』となる……

 そして最後の一本。 それがクサビの中央に突き刺さると同時、岩石は爆発し、一気に崩壊する。

 大猿の投げつけてきた大岩は、これで1つ当たり20センチほどの破片群となって町の手前、森に流れる川辺に大量の煙と共に降り注ぐこととなる。

 

「な、何とかなった。 でも、このままじゃ取り返しのつかないことになる……お願い!悟空、元に戻っ――――!!」

『グァァァアアア』

 

 見事海鳴の街を守り通したフェイト、だがそれを祝福するものはおらず。 それどころかまったくの逆の行動をしてきた怪物がひとつ。

 それを見たフェイトの必死の叫び。 それもむなしく、爆発より起こった黒煙よりあらわれた黒毛を携えた巨腕に捕まる。

 怪物はフェイトを見つめると一際大きく吠え、そしてそのまま……

 

「しまっ―――うああああああああああああ!!」

 

 咆哮と共に、ギチギチと耳障りな音を立てながら締め上げていく。

 巨体に見合った怪力は、フェイトのバリアジャケットをひどく損傷させる。 バキバキと音を立てながら破壊されていく彼女の戦闘服。

 この音がバリアジャケットからフェイト自身の音に変わるのも時間の問題であった。

 

「ああああああ!! ぐああああああ――――!!!」

 

 もがく――こともできず。 まるで身体中を絞り出されるように叫び声をあげるフェイトは、大猿の目を見ると……息も絶え絶えにそっと話しかける。

 

「ご、ごくう…おね…が……い」

 

『――――!! …………』

 

「……悟空」

 

 フェイトのつぶやきは大猿には届かない……はずだった。

 本来、下級戦士のサイヤ人である悟空は大猿化の際には理性が完全に消失し、破壊衝動の赴くままに暴れ、目につくすべてを破壊しようとしてしまう――――――例外はあるが―――――しかし『いまは』その条件は満たしてはいない。 なのに怪物は……『彼』は確かに動きを止めたのである。

 

『――――グアァアァァ』

「――――がは!ごほ! …力が………はぁ……弱まった?」 

『グルルゥゥ……』

 

 大猿……悟空はついにフェイトを握るその手の力を緩める。 しかし理性は見あたらず、それでもその大きな歯を食いしばり、何かに苦しむようにただ唸っているその姿は、まるで破壊の本能と戦っている様で……

 

「―――なに、これ……悟空が」

 

そしてフェイトは気付いた、大猿……悟空の全身がほんのわずかだが青色に発光していることに。

 

「もしかしてさっきの――」

 

 彼女の心当たり。 それは先ほど悟空が飲み下した青い石。

 確かに同じ色の輝きだが、なぜ今になってあの石が、ジュエルシードがそのような現象を起こしたのか。 フェイトにはその答えに到達する材料も、体力もなく。

 

         ズガン!!  ドゴン!!

 

『ガァァァァアアアアアア!!』

 

――時間もなかった。

 

 

「フェイトちゃん!!」

「待つんだ、うかつに近づいたら危険だ!」

「なのは!」

「管理局の……それにあの子は悟空と……こふっ――」

 

 あらわれたのは騒ぎを見つけたなのはと人間態に戻ったユーノ、さらにアースラから転送されてきたクロノが大猿の後方から飛んできたのである。

 同時、大猿の背中に蒼と桃色の衝撃が走る。 なのはのディバインバスターとクロノのスティンガーレイ、ふたつの光が怪物に確かなダメージを与えていた。

 

「まって!この―――――!!」

『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』

 

―――――――――せっかく見出せた一筋の希望を消し去りながら。

 

「フェイトちゃん!」

「ユーノ!」

「了解!!」

 

 怪物が怒りの色が濃いい咆哮をあげると、握りしめていたフェイトをなのは達の方へと投げ飛ばす。

 まるで最後の抵抗のように、黒いサイヤ人と自身のせいで傷付き、既に限界のラインを行き来するフェイトを遠ざけ、彼らに託すかのように。 しかしそれを見た援軍にはそのようなことなど判らない。

 

「――――うっ!」

「ナイスキャッチだユーノ! そのまま彼女を」

「わかった!」

 

 飛来するフェイトをドッジボールのように、全身を使って受け止めるユーノ。 その彼を見たクロノはすかさず次の指示を飛ばす。 そんな彼の声が飛ぶと同時に行動したユーノの対応は速く。

 

「ひどい……バリアジャケットの機能なんかもうほとんど働いてない、全身ボロボロだ」

「おねがい――ごくう……を…………」

「悟空くんもやられちゃったの!?」

「――うじゃ………あれ……うぅ――!」

 

 ある意味正確で……足りなかった。

それでもその傷の深さを見ると即座に呪文を唱え、守りと回復の魔法陣を張られたフェイトは 鎧の男に与えられたダメージ、さらに『大猿』から受けたダメージもあり、急速に意識が薄れていく。

 そんな彼女の真に伝えるべき声は誰の耳にも入らないままに……

 

「――っ! ユーノ! 下にあるクレーターに彼女の使い魔とみられる女性がいる、保護後に戦闘空域周辺に結界を! できれば数百メートル周辺を囲んでくれ!! 僕はなのはと一緒に『あそこ』へ何とか誘導する! いいな!」

「それはいいけど本当にやるのか!?」

「……あぁ、今はもうこの手しかない」

「ち、ちが――くふっ! あ……あれ…は………」

 

 伝えなきゃ。 『アレ』は『彼』は……いけない!

フェイトの思考はまとまらない。 すでに限界までその身を傷つけられたフェイトはここで意識を……手放してしまう。

 

「フェイトちゃん! こんなひどいことをするなんて……」

 

 気を失うフェイト。 彼女はついに彼らに伝えるべき言葉を言えず、そしてそれを見たなのははうつむき、小さくつぶやくとレイジングハートを握りしめる。

 

「……許さない」

「あれは僕が」

「わたしたちが」

『倒して見せる!』

『ガアアアアアア!!』

 

 なのはは目の前の怪物から放たれる威圧感に恐怖はした……したのだ。

だがそれよりも何よりも、フェイトをこんな目に合わせたあの怪物が許せなく。 傷つき、弱りきったフェイトの姿に、なのはの心は怯えるとは正反対の境地――奮えるに至ったのである。

 なのはとクロノ、彼らが声をそろえて決意を表明するとともに上がる咆哮。 それを聞き届ける間もなく、ふたりは左右に飛んでいく。

 

 

 

「…………ん」(さっきから悟空くんの姿が見当たらない。 どこにいっちゃったの!?)

 

 傷つけられたフェイトを見て奮起するなのは。 

 だが、心はいまだに姿が確認できない悟空への心配と不安が渦巻いており、一刻も早く『目の前の怪物』をなんとかしてしまい、見当たらない『悟空』の安否を確かめたい、彼女の心にある不安と言えば今はそれだけで―――今起こしている行動がどれほど愚かしく、矛盾しているかも知らずに、彼女はその不安を振り払ってしまう。

 

「ディバイィィィン――」

 

 なのはは大猿から距離を取ると即座に魔法陣を展開。 環状に描かれていく方陣を媒体に、その身に宿す膨大な魔力と感情をレイジングハートに注ぎ込む。

 

[Buster]

「シュート!」

 

 次に響く機械音となのはのシュートの合図。 それらは砲撃魔法の完成を意味し、次の瞬間には怪物から破壊音が轟く、桃色の閃光によりその身を撃たれた大猿はわずかに後退する。

 だがそれが致命傷になることはない、だが周りの者に戦意を出させるには十分な一撃となったのである。

 

「すごい、あれがなのはの全開……こちらも!」

 

 これに刺激されたのはクロノ。 彼は前方にかざしたなのはの姿から激を入れられるように、デバイスを持つ方の腕を外へ広げるように横へ薙ぐ。

 

「スティンガーブレイド!」

 

 同時に発せられた声に呼応して、薙いだ軌跡をたどるように出現する魔力の(つるぎ)たち。 それはクロノの周囲にもあらわれ、クロノの色である水色の魔力刃が彼の周囲を次々に取り巻いていく。

 

(あの巨体だ、生半可な攻撃じゃただこっちが消耗するだけ……もっと、もっと魔力を!)

 

 10……20……30……瞬く間に増えていく魔力刃は夜空を水色に染め上げる。 そして薙いだ腕は天を仰ぎ、それに反応した剣たちも、若干上空へと高度を上げる。

 まるで弓矢を引くかのような一連の動作は、糸が切れるギリギリまで行われ……一気に解き放たれていく。

 

「エクスキューションシフトォォォ!!」

 

 クロノはその腕を、夜空にひしめく50ある刃とともに一気に振り下ろした。

 

『グオオオオオオオ!!!』

 

 天より降り注ぐ無数の魔力刃、だが大猿は避けることはおろか防ぐこともしない。 息を荒げ、速度も遅い、だが確実に上空のクロノの真下に移動しようとしている。

 次々にその巨体に突き刺さる魔力刃は怪物に確実にダメージを与えている……はずなのに……

 

「進行が止まらない! かなりの魔力を込めたのに」

「クロノくん! 一回でダメならもう一回だよ! ディバイィィン……バスターー!!」

 

 困惑するクロノを横に、なのはの第2の咆哮。 再び桃色の閃光が闇夜を切り裂いていく。

 

『ガァァアアアアア』

「えっ、効いた!?」

「なんでもいい! やっとできたチャンスだ……なのは!」

「クロノくん……わかった!」

 

 なのはの放ったディバインバスターは大猿の右足に直撃。 先ほどと同程度の威力のはずのこの攻撃に大猿は叫び声をあげると、後方へ倒れ込み、大地に尻餅をつく形となる。

 現れた効果、見出し始めた好機、それらを確かめるように顔を見合わせたなのはとクロノはここぞとばかりに……

 

『ユーノ(くん)!!』

「……いくよ!!」

 

 彼の名前を呼ぶ。

 それは遥か遠方にてフェイトとアルフに治療魔法をかけつつ、この機を待っていたであろうユーノ。 彼は全身から魔力を汲み上げると、それを現在組み上げている魔法へと一気に流し込む。

 

「はあああ!!」

 

 ユーノの叫び。 それに呼応するかのように、大猿を中心とした周辺世界は『ずれる』

 結界と呼ばれるそれは、日常的にすべての生物がいるであろう通常空間から、ある特定の範囲を切り取り、その切り取った空間内の認識を外からできないように阻害するもの。

 全方位が森に囲まれ、すぐ近くには海、反対側……結界の外には突如上がった戦哮による混乱から立ち直り、やっとのこと日常生活に戻ろうかという海鳴の街並みが夜景を街頭で照らしていた。

 つまりは、今回の騒動、いまだ表立たされてはいない……そう、やはり一部の人間たちを除いてだが。

 

「これで……大きな音を立てても大丈――夫!! ディバインシューター!!」

[Divine Shooter]

 

 だからこそ彼女たちの戦いは『ここから』なのである。

 なのはの攻撃宣言。 それは今までの砲撃とは違う誘導弾を扱う技。 速く、強く、しかし複雑に、暗い空間を自由に駆け回るシューターはその数5個。

 

「まずは牽制! 行って!!」

 

[10]

 

 それらはなのはの言葉と共に大猿へと飛び去っていく。 しかしその輝きは『6』 いささか大きいもう一つの色は……水色。

 

「もっと“下がって”もらう!! スティンガーレイ!」

 

 その正体は、先ほど大量の刃の雨を降らせたクロノ。 彼はなのはが放った弾丸たちに追随しながら、短剣サイズの攻撃魔法を放ちつつ大猿へと接近していく。

 しかしそれを許す大猿ではなく……クロノに向かって、奴は『咆える』

 

『グオオオオ! ガアア――!!』

「クロノくん!!」

「っ!! やはり迂闊には近づけない……でも!!」

 

 只の咆哮。 それでも体躯に見合った音量はそれだけでも音波兵器に匹敵するほどの声量を持ち、空間を揺らすその振動音は空を翔けるクロノに容赦なくぶち当たる。

 空で大きくバランスを崩すも、それでも彼はまっすぐに飛んでいく……そして大猿の攻撃可能範囲へと入ってからが彼の見せ場――否。

 

「いっくぞーー!!」

『グルルルゥゥ……』

 

――魅せ場である。

 

 大猿が大きく振りかぶる。 まるで眼前に浮かんでいる羽根虫を散らすようなその仕草は、明らかにクロノを的にしたものであろう。

 忌々しく、鬱陶しい。 食いしばる巨大な口から見える白い牙は、そのことを深く思い知らせるに至る。 それを見たクロノは当然……回避と攻撃の準備を整えていた。

 

「横払いに攻撃が来る――」

『グオオオオ!!』

 

 例えるなら……戦闘機のドッグファイトというべきだろうか。

 襲い掛かる巨腕を前に、彼がとる行動は……やはり前進。 冗談のような巨大さを誇る“タダの腕”を無駄なく縫うようにして躱し、さらには大猿との距離を大縮める彼はさすが管理局員というべきだろうか。

 いままでため込んだ戦闘経験をいかんなく発揮する彼に、微塵の隙も慢心もない。

 彼の持つ杖は、いつの間にか水色の輝きを放っていた。

 

「どんなに強い生物でも、必ず弱い箇所は存在する……例えば!!」

 

 巨腕を潜り抜けたクロノに、もはや邪魔をする者はいない。 空振りから立ち直れず、見た目通りに大きな隙をさらす大猿は無防備。

 その懐に弾丸が如く入り込んだクロノは急上昇。 空気を、風を切る音を作り出しては『く』の字を描くように大猿の頭部……眼前へと舞い上がる。

 

「ここだ――――」

 

 通り過ぎ様。 一瞬だけ交わした怪物とクロノの視線。 その深紅の眼に映りこんだ自身の顔は……笑い顔。

 してやったりという顔を一瞥した彼は右手に持った杖に意識を集中する。 それは彼の“熱量変換”素質からくる熱量を伴う砲撃魔法。 そのチャージが臨界にまで達すると同時、彼はすぐさま振りかぶる。

 

「ブレイズキャノン!!」

『グギャアアアアア!!』

 

 闇夜に爆音が轟く。

 クロノの放ったブレイズキャノンは大猿の鼻っ面に爆炎を作る。 漂う硝煙にも似た焦げ臭さを残し奴は大きく後退する。 その数はおよそ3歩、距離的には100メートルはくだらないだろうか。 結界の範囲ギリギリまで、そして町から大きく遠ざかったところまで移動させられる。

 

「いいぞ。 あと少しで――」

「クロノ! 避けろ!!」

「――――え?」

 

 それを見たクロノの歓喜の声、ソレと同じく飛び交うのはユーノから飛び出る警告の大声。 そして何か大きなものが持ち上げられ、風を切るように射出されたナニカの音と……

 

『グオオオオ!!』

「なに!?」

 

 怪物の反抗を表す咆哮。 さらに巻き起こる暴風はクロノに向かってかなりの速度を持って接近してくる。

 

「い、岩!? なんてでかい――」

 

 岩だった。 それは先ほどフェイトにもけしかけた攻撃方法。 果てしなくまっすぐな放物線を描くそれを前に、黒の表情筋は一気に緊張する。 迫りくる巨大な質量に、彼は確かにテンパったのだ。

 

「くっ! ブレイズキャノン!」

 

 とっさの判断により繰り出したクロノのブレイズキャノン。 先ほどのモノよりも、さらには開始直後のディバインバスターよりも威力が低いそれは、代わりに出だしが早い速射性を重視した形態である。

 

「ふぅ、何とか粉々に―――!」

 

去った一難に安堵のため息を漏らすクロノ。

 

「ふぐっ――!!」ゴチン!!

 

 ―――――だがやはり威力の低い攻撃、ろくなチャージもされずに放たれればある程度の撃ち漏らしも出てきてしまう。

 

(な、なんで僕だけーー!!)

 

 そして今回、運悪く『それ』が頭に降ってきたクロノ。 その身の丈よりも巨大な岩石が、自身の頭上で真っ二つに割れながら、彼はうっすら涙を流す。

 その不意打ち、その理不尽。 憤ることもできずに、クロノは自由落下を慣行、勝手に地面に激突した。

 

「クロノ君!!(痛そう……)」

「クロノ!(……痛そう)」

[3]

 

 それら一部始終をきっちりと見守っていたなのはとユーノ。 彼女たちは地面に激突し、足を引くつかせつつ、律儀に生存を知らせてくるクロノを見ては心で十字を切る、さらには後頭部にでっかい汗を作っては、彼の健闘をささやかに称えていた……のである。

 

 そんなこんなで。

 なのはたちの攻撃にまた一歩後退をした大猿の背後には闇が広がっていた。 正確には森から少し離れたところにある海に面した土地……背の高い崖にまでに誘導させられていたのだ。

 

[――――――2――――――――1]

 

そしてクロノの大活躍により、戦闘開始から数えられていた謎のカウントが終わろうとしているレイジングハート。

 

「クロノくんの犠牲は無駄にはしない!」

 

 そこには、輝きがあった。

 暗い夜空を照らすかのように生成された桃色の光。 なのはのパーソナルカラーによって形成されたその光は、しかしその輝き、決してなのはの魔力だけではない。

 

 金色の装飾の先に充てんされていく膨大な魔力、それはカウントが終わろうとしているこのあいだにも容積を増やし続けている。

 戦場に飛び交い、いつの間にか消えていたなのはのシューターは、光の粒子となってそこに“還って”行き。 クロノが放ったブレイズキャノンも、フェイトのフォトンランサーも、その発動後の残り香程度にしかない魔力ですらなのはの元へと募っていく。

 

 戦場から自分の足りない力を集めていく光景、その様々な色の魔力の色が、桃色に変わる様はとても幻想的で、美しい。

 そしてこれは似ていたのだ。 『彼』の“遠い未来”であり、“其の昔”に使用せしあの技に――――

 

「受けてみて!これがわたしの―――――」

 

 レイジングハートの輝きは臨界に達する。 すべての準備は整った、あとは放つだけ……

 

「―――――――――うぅ……ここは……!」

「あ、気が付きましたか……よかった、かなりのケガだったから」

 

 なのは達の戦っている地点からおおよそ300メートルあたり、ユーノの回復魔法の陣の中でフェイトは微かに目を覚ました。

 

「――ッ! そうだ悟空が!!」

「いまなのは達があの怪物を相手にしているんだ、あれさえなんとかすれば悟空さんを見つけられ「ちがう、あれは!!」―――え?」

 

 いまだ混乱冷めきらぬ自身の脳をシェイクして、それでも動かぬ身体に鞭を打ち、彼女は看病をしていたユーノにつかみかかる。

 夜空に光る輝きはなんだ! あれをいったいどうする気なんだ! などと、問い詰めることすらすっ飛ばして彼女はついに真実を口にする。

 

「あの怪物が悟空なんだ!!」

「――――――!!」

 

 それは、あまりにも遅すぎた答え合わせ。

 しかもここは戦場からはとても遠く、彼女たちに真実を伝えようにも、どれほど声を張り上げようとも決して届かないだろう。

 

「早く止めさせないと……はやく! でないと大変なことになる――」

「え……え……悟空…さん…?」

「しっかりして! あなたが伝えてくれないと……くっ――!」

 

 そんなものは至極承知の事。 だが、それでも硬直から抜け出せないでいるユーノでは間に合わないと確信したフェイトは全身の残った魔力をかき集め、ある魔法を発動する。

あの子を止めなければ……このままではあの子が……悟空が――

 

【お願い――届いて!!】

 

 どうやっても動かない身体に更なる鞭を打ち、フェイトはありったけの思いを『念話』に乗せた。

 魔導師としては初歩的で、タイムラグがなく、選んだ相手に言葉を届けるその魔法。 その交信相手は……やはり彼女。

 

 しかし、“彼女”の手はいまだ止まることはなく。

 

[―――――0…………Starlight Breaker]

「―――――――――――――――全力全開!!」

 

 狙いは定めるまでもない。

 

「スターライト――」

 

 あの巨体だ、撃てば必ずあてられる。

 

「ブレイ―――――」

 

 さぁ、早く……

 あの巨体にこれを打ち込めばすべてが決まる。 グズグズなんてしていられない、はやく早く――でないとタイセツナヒトガイナクナッテシマウ。

 

 彼女は、なのはは……

 

【ダメ!その怪物は――――悟空なの!!】

【え……?】

 

―――――――――――もう後戻りはできないのだから

 

 

 フェイトの『ココロ』と『声』は確かになのはへと届いた……しかしなのはは理解できない。

 あの怪物を相手にした時のフェイトの思いを、あの怪物……悟空に殺されかけたときのフェイトの苦しみを、彼女は知ることなどできない。

 信じられなかった。 真実を受け入れられなかった。 だが少女は賢くて、聡明で……今日、悟空はいったい誰に会うために出かけたのだろうか?

 そんなものはわかりきっている。 フェイトだ、彼女と一緒に今日はずっと出かけていたのだから――だから……だけど――――

 

 止まらない、止まることのない自身の動き。

 その腕は怪物に向け振り下ろされ、桃色に輝く魔力塊はなのはの『魔力収束』のスキルにより束ねられ、一筋の閃光となって眼下の怪物に打ち出された。

 

(フェイトちゃん!?――――え?……悟空…………くん!?)「だ、ダメ!! とまってぇぇ!」

『ガァァァァァァ!!』

 

   バキバキ  ビキビキ

 

 天より降り注ぐ桃色の星の、目を覆うわんばかりの輝きはそのまま怪物を呑み込む、なのはの意思を無視して、なおも降り注ぐその光は怪物の足元に亀裂を作る。

 徐々に広がる亀裂、それは地面がなのはの攻撃に耐えきれていない証拠。

 そして大猿……悟空が居るのは海に面した崖の上。 そこは当然地面はもろく“崩れやすい” ひびは地割れのように連鎖反応を起こして、悟空の周りを取り囲む。 大きな円陣を組みあげたそれは、ついになのはのスターライトの光に押し負けて。

 

『グアアアアア!』

ガクン!!

 

 巨大な穴となり、怪物を背後の大海に引きずり込む。

 

「グオオオオオオッ!!」

「とまって……とまってよ……お願いだから止まってよぉ!!!」

 

 海底に引きずり込まれていく怪物は這い上がることができない。 『右足が動かせていない』怪物は、なのはのスターライトを受け続けながらもがき、暴れ回りながら沈んでいく。

 

「があああああああああああああああああ!!」

「いやだ! 悟空くん! いやだぁぁぁぁ!!」

 

 夜の海に少女の悲鳴が木霊する。 しかしその声に答えるものはだれ一人いない。

 

 その後、静けさを取り戻した夜明けの海から、怪物、そして悟空が見つかることはなかった。

 

 

――――――――――――――――3日後

 

 

 AM7時30分

 海鳴にある河川敷……そこからさらに下ったところにある海岸沿い。

 

「ん~海風が気持ちええなぁ」

 

 そこにはとある『一家』の3人が、少女の『願い』で海辺を散歩していた。

 

「そうですね、この季節の風はとても気持ちがいい」

「がふ」

 

 やや色の抜けた赤い長髪を後ろで結って、ポニーテールにした長身の女性と、彼女におぶられ海辺を行く少女。 そしてその二人のうしろにぴったりとついて行く大型犬のような青い獣がいた。

 

 女性におぶられている少女 “八神はやて”とその『家族』は、今この時を満喫し、これからも続いていく、確かにそう思っていたのだ。

 

「なぁシグナム」

「なんでしょうか?」

「なんやあそこに誰かたおれてへんか?」

 

 シグナムと呼ばれた女性は少女の指さす方を見た、そこには。

 

(ひとか? なにかが砂浜に打ち上げられている)

 

 それを認識したシグナムの顔に怪訝な光が差し込んでいく。 湧き上がる不信の感情、鳴り響く警戒の鐘。 外見からは想像もつかないほどににじみ出る黒い感情は……

 

「シグナム、あそこ行ってみよ? な?」

「あ、え?! そ、それは……」

「…………」

「あ、その……わかり…ました…」

 

 抱え上げていたはやての、その、か細い……いいや、あたたかさを感じさせる声に思わず“どもり”視線を漂着物とはやての間を行ったり来たり。

 やがて無言の眼差し(ひっさつわざ)を使ったはやての底知れぬ気迫とも取れかねない迫力に打ち負かされて、シグナムの足は重く、ゆっくりと方向転換したのである。

 

「大変や! このひと酷いケガやで、はやく病院につれていかんと!」

「いえ、お待ちください」

「……? どうしたんや」

 

 倒れている男に動揺していたはやてだが、シグナムはいたって冷静に目の前の男を観察する。

 何かおかしいところは……そう思ってのこの行動は――

 

(身長はおおよそで175というところか。 ザフィーラに負けず劣らない隆々とした肉付き、だが全身は傷だらけでなぜか全裸、そして特に身に着けたものはない……だが!)

 

「シグナム?」

「あ、いやその……」

 

 彼女を混乱のどん底にまで突き落すこととなる。

ついつい強い口調で言い放ってしまったシグナム、彼女は若干困っていた、この男をどうするべきか。

 

(気のせいだと思いたい)

 

 前述のとおり、打ち上げられたもの……男は身ぐるみをすべて身につけず、非武装かつ無害と断定出来よう恰好なのだ。

 だが、だがそれでも彼女の不安を駆りたてるものがひとつだけ。

 

(この男、尻尾が生えていないか?)

 

 そう、それは長く、茶色く、こともあろうか男の尾てい骨あたりから散見される『尾』の様な物体。

 男と同じく不安要素を駆り立てるその存在に、シグナムは心の中で眉をひそめる。 もしかして何者かの使い魔かなにかか? この少女の……主を狙うものではないか? シグナムの警戒心は早くもレッドゾーンに突入しようとしていた。

 だからとにかくまずは、この男から主を安全なところに連れていかねば。 そう呟いた彼女は行動に出る。

 

「我が主よ、ここはひとまず――」

「ん~じゃあウチに連れて行こな?」

「はい、それがよろしいかと……は?」

 

 …………でたはずだった。

 

 

「あ、いや、その。 お待ちくださ――」

「じゃあ決まりやな」

「……はい(このお方は……だが……)」

 

 はやての決定によりシグナムはぐうの音も出せずに負けを認めた。 しかしその内はひどくなだらかなもので。

 

「……ふぅ(そういうところに惹かれたからこそ、我らは――)」

 

 目の前の少女に対する考えを、さらに揺るぎの無いモノへと変えていくのである。

 

(にしてもよく似とるなぁ……)

 

 倒れた『男』を見るとはやて。 彼女はそのうつ伏せで倒れている男を見ると、このあいだ知り合った『男の子』 そしてその時に起こった不可思議な現象を思い出す。

 その時の光景、風の音、木の枝から差し込む太陽の光具合。 何一つ忘れず、どれも彼女は心に大切なものとして仕舞い込んでいて……そんな彼女はいつの間にか、出会った男の子の名前を小さくつぶやいていたのだ。

 

(孫悟空……ごくうかぁ)

 

 四方八方に伸びた髪……今は海水につかっていたために萎びれ、垂れ下がって入るが。 その特徴的な髪質の彼の名を、どうしてかはやては呟いていたのだ。

 

 

 唐突に訪れたこの出会い。 ひとつひとつの行動が、この後の出来事すべてを左右するなど判るはずもなく――そして。

 

 

この出会いが彼女たちの運命を大きく狂わせるなんて

       いったい誰が予想できようか…………それは誰にもわかりはしない。

 

 

 

 

 

 




はやて「おっす!!」

シグナム「あ、主……そんなに動いては――」

はやて「大丈夫やで? それよりもおどろいたわ、海に行ったらあんな傷だらけのお兄さんが倒れてたんやモンな~ あ、ザフィーラはその人おぶってってな? 元の姿に戻ってええから」

ザフィーラ「……がふ」

シグナム「……やはりお前もそう思うか。 ここまで鍛え上げた体躯、そして傷だらけの身体。 まるで先ほどまで戦闘が行われていたかのような……」

はやて「シグナム、また難しい顔しとる。 ダメやで? この人けが人なんやから」

シグナム「は、はぁ……(こうなった主は『てこ』でも動かない……か。 まぁ、それもよいところではあるが)そうですね。 では、次にまいりましょうか?」

はやて「そやな、次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第15話」

???「目覚めた男。 二人の少女に贈る言葉」

シグナム「な、なんだこの男!? 尋常じゃないくらいの――」

???「ははっ! あんまりにいい匂いだったもんでよ。 我慢できなかったぞぉ。 んじゃ、またな!」



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第15話 目覚めた男。 ふたりの少女に贈る言葉

前略。 題名と内容がすれ違い現象。


月夜に大海へと消えていった孫悟空。 飲み込んだジュエルシードともに何処かへと消えたいった彼が見た世界は……

そしてなのははただ下を向き、ひとり罪を背負い、引きずろうとしていた。
彼らは、以前のように会いまみえることができるのだろうか……一喜一憂のりりごく15話、どうぞ。


 闇があった。

 それはどこまでも続く深くは手の無い暗闇。 まるで目を閉じているような錯覚さえ覚えてしまうくらいに暗いその道に、ふわり、ふわりと浮かんでいる者が居た。

 

「ここは……どこなんだ?」

 

 その者は全身が傷だらけ。 右足は砕かれ、全身を切り傷が走り、頭部から滴れる赤い流血は彼の右目の視界を真っ赤に染める。

 それでも黒一面の世界しか見えない彼は、けれども心配の一言も出ない。

 

「おっかしいなぁ。 “さっきまで”病院で寝てたと思ってたんだけどなぁ……ん? なんか、忘れてるような……?」

 

 納得いかないのは自身の記憶。 先の戦闘で“サイヤ人”の手により付けられた傷をながめては疑問に思う。

 

「ん!? キズが……減ってる?」

 

 そう、彼が負った傷は通常ならば再起不能とまで言われた重度の障害を残すもの。 腕、脚、アバラから何までを圧迫され、砕かれ……両足に至っては確かに踏みつぶされ、見るも無残な形にまでされたはずなのに。

 

「左足だけ動く……どうなってんだ?」

 

 本来ならば喜ぶ展開に、しかし『青年』の顔は晴れることもなく。

 

「ま、いっか! 動くんならそれに越したことはねぇモンな!」

 

 ……だがそれもすぐに元通り。 やはり彼の顔は笑顔が似合って。 深く考えないのはいつもの事。 今回重要なのは自身の状態ではなく、現状なのだからこの判断は正しいとも言えるだろう。

 

「とりあえずここから出ねぇとな、はやくしねぇとなのはがうるせぇかんな……ん?」

 

 そこで独りごちるのは、“最近会った”友達の事。 だがおかしい。彼女に会ったのは遠い昔の筈であって、つい最近なのではないのだ。

彼は、記憶を辿る。

 

「まてよ? ベジータと戦って、その前に界王さまんとこに居て、オラのアニキっちゅうヤツが来て、ピッコロと天下一武道会で戦って……」

 

 つい最近から辿る過去。 起こった順に遡るその光景は段々とセピア色に煤けていき、その色をモノクロへと変えていく。

 思い出せなくなる昔は、そこでいきなり鮮明となる。

 

「あ!? そうだ! あいつ! オラ、ベジータと違うあのサイヤ人に負けちまったんだよ……な?」

 

 勢いよく思い出した出来事に、広げて手のひらに右こぶしをあてて声を出す彼は、すぐに眉をひそめる。

 どこか釈然としない記憶の配置。 果たして自分はピッコロと戦う前にサイヤ人と戦ったのだろうか。 そもそも、なのはたちと出会ったことすらも怪しい。 なにか大事なものを見落としたような、まるでのどに魚の骨が引っかかったような感覚を彼は覚える。

 

「どうなっちまってんだ? “みんな”と会ったのは神さまんとこで修業している合間の筈だ、けどなんでこんなに最近の事だと思うんだ……ん~~」

 

 腕を組み、全身傷だらけなはずなのにそれを感じさせない彼のつぶやき。 もう慣れてしまったと言わんばかりに、この程度の傷を無視して考えにふける悟空。 伊達に数多くの死闘を演じ、潜り抜け、死の淵にぶら下がってはそこから落っこちて、しぶとく這い上がったわけではないのだ。

 そんな彼に、そっと空気が震えだす。

 

――――だれ?

 

「お? なんか声が……誰かいんのか!」

 

 その振るえは声が空気を揺らすもの。 そっと静かに囁くように、青年へと届いたのは……

 

「女の声だ……おーい! どこに居んだーー!」

 

 周りを見渡してもただの『闇』 彼はどこから聞こえてくるかわからないその声に、身動き一つ取ろうとせずに、しかし確かな方法での探りを入れてみることにする。

 

「…………」

 

 目を閉じ、空気の流れを感じ取る。

 周りはひどく静かで、心静かに探れることに内心感謝しつつも、彼は女性の声のありかを探し続ける。

 

「…………あった。 小さいけど、変わった『気』がひとつ……こっちだ」

 

 おもむろに右を向いた彼はそのまま宙を飛んでいく。 思った方に飛ぶことができたことに、内心ほっと一息入れつつ、彼は目的の人物が居ると思われる場所に進路を固定し……それはすぐに視界に入る。

 

「お、いたいた。 ん? なんだコイツ……」

 

 そこに居たのは年にして16~18の、いまだ少女と呼ばれる年齢の人物。

 長い髪を銀に染め上げ、一糸まとわぬ白い柔肌を、対照的なまでに黒く無骨な鎖で縛られ、拘束されている女性がそこにいた。

 目を閉じ、吐息すら聞こえないその姿は、もう誰も目にしたくないと閉じこもっているような錯覚を与え。

 

「おめぇか? オラを呼んだんは」

【…………】

「ん? 寝てんのか?」

 

 そんな彼女に青年はゆっくり近づいていく。

 近くで見れば見るほど美しさを再認識させるその美貌。 それが高じて、まるで美術品にさえ思え、神秘的な雰囲気さえ感じるその姿は見る者の視線を奪い、釘付けにすることなど容易く在り。

 

「…………試してみっか」

【…………】

 

 それでも青年の心は穏やか。 ひどく優しく上げた手を、女性の頭にゆっくりと乗せるとひと撫で。 前後に動かしたその手を一点に留めると、彼は目をつむり……語りかける。

 

【聞こえっか?】

【…………あなたは?】

【お! 聞えたみてぇだな】

 

 ついに成立した会話。 心を通じて聞えてきた女性の声は、青年とは対極に位置するかのような零度の声。 まるであたたかさを感じさせないその声は、自身の眠りを妨げる青年に対する攻撃の意思にも感じられてしまう。

 それでも彼は、話すことをやめない。

 

【眠ってるとこすまねぇ。 ちぃとばっかし、おめぇに聞きたいことがあってよ】

【聞きたい……こと?】

【そだ。 オラよ、こっから出ねぇといけねんだ。 そんでさっき戦った……オラに似たサイヤ人とこに行かなきゃなんねぇ】

 

 自身のやるべきこと。 今は確かに他にやることがあるはずだ、だがそれよりも優先しなければならない事ができたのもまた事実。

 それを知ってか知らずか、女性は青年の頭頂部からつま先までを軽く見渡すように言葉を紡ぐ。

 

【……その身体で?】

 

 皮肉を込めたのだろう。 言葉静かに一言、そう切って捨てると。

 

【お? なんだおめぇ気遣ってくれてんのか? いいとこあんじゃねぇか、オラてっきりもっと冷てぇヤツだと思ったぞ】

【――ッ!! ……そんなこと】

 

 それを包み込むかのような青年の一言。 それに若干だけ眉が動いたのは気のせいだったろうか。 目が開いているのならば、そっぽを向くかのようなこの場面。 しかし今は互いに視界はゼロ、その光景を見ることは叶わない。

 

【ははッ! ――まぁ】

【……?】

【この身体治すのもあるけど、取りあえずは――】

 

 青年は言葉を切る。

 いまだ開かれてないその目に彼の姿が映り込むことはないけれど、その心の有り様はとても静かで、あたたかい。

 こんなにまで誰かを思うことができる人間が居るのだろうか。 彼の心にわずかに触れた女性は、そんな青年の暖かさに頬を緩めていた。 どんなに長く生きてきても、どれほどの多くを知っていてもそんな存在は――いいや。

 

【今代の主……まるであの方のように……】

【お? なんか言ったか?】

【いいえ、なにも……】

【……そっか】

 

 ぼかされた回答に、彼はそれ以上問い詰めはしなかった。

 

【ま、いいや。 とりあえずオラここから出ねぇとなんねぇ。 なんか方法知ってっかな?】

【ここから……というより、あなたはどうやってこの場所に入ってこられたのですか?】

【へ? いやぁ、んなこと聞かれてもなぁ。 目が覚めたらここにいたんだけどなぁ】

【………そう、ですか…】

【ん?】

【……?】

 

 質疑応答。 しかし交わされるのは疑問の声だけで、それに返せる答えを持たない二人はそろって困り顔を作る。

 だがそれも数秒の事。 唐突に顔を上げた青年は耳を潜める。 誰かいる、この広い闇の中において自分と目の前の女性のほかにまだ誰かいる……ような気がして。

 

「……気を感じねぇ。 声だけ聞こえてくる……あっちだ」

「…………」

 

 思わず離した手。 おかげで女性との会話が中断し、聞こえなくなった声に軽く謝りながらも、青年は声の方を注視する。 聞えた声、それはどこかで聞いたことがあるもの。 遠い昔かつい最近か、なぜか曖昧な自身の記憶は適当に切りを付けて、彼は“その子ら”を見て……

 

「…………あいつら……」

 

 久方ぶりに出会ったことへの懐かしさと、無事であった安堵感を抱きつつ。

 

「どうしちまったんだ……?」

 

 彼女たちの表情(かお)を見て、もどかしくて、放っておけない、あまり見無いような難しい顔を作る青年。

 だからだろう。 どうにかしたかったのだろう……彼は、少しだけ。

 

「――――すぅ!!」

「…………」

「おーーい!!」

「……」

 

 いいや、かなり大きな“無理”を通してみようとしたのだ。 それは――

 

 

 

 時空航行艦 アースラ――簡易独房室

 

 広さ7畳程度にベッドが二つあるごく普通の部屋、それを急遽独房室にしたこの部屋に入れられたなのはとフェイト。

 

「    」

「    」

 

 入室してからおよそ60時間以上が経つのだが、二人に一切の会話はない。 無音の部屋、あえて聞こえてくるものを上げるとしたら、それは小さな呼吸音だけであろうか。 

 

悟空が大猿になってから三日が経ち、時刻は21時……なのはとフェイトはお互いに別々のベッドに腰を掛けうつむき、ただ押し黙るだけ。

しかしこの二人、この部屋に入る前は今ほど暗い表情などしていなかったのである。

 

 それは、今からやはり60時間ほど前の事であろう。

 

「―――――――放して! 放してよ!! 悟空くんが……悟空くんが!!」

「ダメだよなのは! いま行っても―――! なのは!!」

「くっ、落ち着くんだ! この、なんて力だ」

「離してくれないなら――――!!」

 

 大猿の怪物……改め、悟空をその手で海に沈めてしまったなのはは叫んでいた。

 それは今にも壊れてしまいそうな叫び声。 小さなその身を裂かんばかりにあげられるその声はまるで手にかけてしまった者への贖罪の様で。 だが、彼女の声もあまり長くは続かなかった。

 

[いい加減にしなさい!!]

「――――ッ!?」

 

 叱咤の声。 それは通信機越しで聞こえてくる女性の声。 リンディ・ハラオウンが見たことも聞いたこともない声量で叫ぶ声であった。

 その声に動きを止めるなのは。 全身を突き動かす激しい懺悔と後悔からくる自傷心はここで押さえつけられる。 少女の身体から力が抜けていく。

 勝手なことをして怒られる。 彼女はそう予想して――

 

[……大声を出してごめんなさい。 でもね? いまあなたが自分を痛めつけたって、あの子は帰ってこないのよ]

「!!」

 

 予想外の声だったと、ここで彼女は完全に抵抗する力をゼロにする。 言われた、言われてしまった今の一言は、先ほど怒鳴られたときよりも彼女の心に深く突き刺さり。

 

「ごめん……なさい……」

[…………わかってくれるのならいいのよ]

「はい……すみませんでした」

 

 ただただ謝罪の言葉を、彼女は呟くだけであった。

 その後、放心するかのように沈黙をするだけの彼女を、バインドで締め付けた後、アースラへと強制転送。 全快とはいかないものの、行動に支障が出ないほどに治療されたフェイトとともに簡易独房に入れるまでのおよそ1時間。 クロノ達もいろいろとボロボロとなっていた。

 

 

 アースラに半ば連行されてきたなのはは、ただユーノに向かって「ごめんね……」そう呟き、そこからただ一言もしゃべることはなく今に至る。

 

 何もしない。 それは短時間ならばただの休息と言えるだろう、だが日数単位でそれらが続いた人間はどうなるのか? 答えは簡単だ、『摩耗』するのだ。 ただ“しない”は、やがて“何もない”に変わり、最後には自意識すら消し去ってしまう。

 ――――それを知っていたのだろうか。

 

合わせなかった視線を、少女たちはやっと合わせることになる。

 

「…………あの――!!」

「…………あの――ッ!」

 

 同時に声を上げた二人、その眼もとは真っ赤。 互いの顔を見た二人の表情はまるで鏡に映った自分を見ている様で……彼女たちはまたも黙り込んでしまう。

 

またしばらく経ち、重い沈黙の中でなのはは、誰にともなくただしゃべりはじめる。

 

「わたしね、悟空くんに会ってから2週間くらいしか経ってないんだけど――」

「……え?」

「最初にあったときは、ちょっと変わった男の子だと思ったの」

「うん……」

 

 なのはの独白に近いつぶやきに、うつむいたまま返事をするフェイトは徐々に口数を増やしていく。

 

「元気でよく笑ってて」

「食いしん坊で戦うのが大好きで」

『いきなり筋斗雲で引っ張りまわしたりして』

 

 なのはとフェイト、二人の声は重なる。 本来なら敵対するはずの少女たち、お互いのことなど名前以外ほとんど知らない二人は、しかし一人の少年の存在が彼女たちの心を近づけていく。

 

「いきなり家族になるって言われたときはとっても驚いちゃったけど……いつの間にかいるのが当たり前になっちゃって」

「初めて戦ったとき、こっちはジュエルシードが欲しくて必死だったのに悟空はとっても楽しそうにぶつかってきて……次会ったときは敵対してるのがウソみたいに自然に笑いかけてきて」

「でも……わたしが悟空くんを――――」

「―――ちがう! あれはあなたのせいじゃない……あれは!」

 

 先の戦闘を思い出したなのははその表情を崩していく。 それに待ったをかけるようになのはの言葉を遮るフェイトだが、言葉のつづきが見つからない。 

 

「わたしがもっとちゃんとしてれば。 フェイトちゃんの言葉をちゃんと聞いていれば!」

「そんなこと言ったらわたしだってもっとうまく立ち回れたらあなた達に話ができた! アルフだってあんな怪我もしなかったんだ! だから……」

 

 その気持ちと考えはたしかに大人のように強いものを持つ二人、だがやはり10の歳月も立っていない『ココロ』と『カラダ』は子供のそれで……

 

『仕方ない』で割り切れない事実を前に、その矛盾が二人を苦しめる。

――――刹那

 

【おーーい!!】

『え……?』

 

 大きな声が聞こえてくる。

 本当に大きな声。 周りに対する配慮が無くて、いい加減で、大雑把で……でも。

 

「とっても元気で……明るくて………」

「……え?」

 

 なのはの呟きは部屋に零れ落ちる。 それを拾ったフェイトはここでやっと思い、至る。

 

【……んな…してっと………ぱい……もう――こしで――――】

「――ッ! 待って! 消えないで!!」

「なの……は?」

 

 まるでノイズが入ったラジオのよう。 聞えた、聞こえていた、間違いなくあの子だと、 なのはの中に様々な思いと思考がめぐり行く中。 その耳なり程度の声は聞こえなくなってしまう。 でも……

 

「悟空くん……今の悟空くんだよ!」

「悟空……?! 言われてみれば……何となく声が低い感じだったけど、どこかよく聞いたような感じがする……」

「うん!」

 

 たったの一言。 ただ『無事』だとわかるその元気と活力に満ちた第一声は、なのはをベッドから立ち上がらせ。 そのあとに続く言葉の羅列はとても難解だったが、その口上はとてもなだらかで……優しさを感じさせ――フェイトの目に光を灯していく。

 

 出会いは突然に。 心の距離なんて天真爛漫で突き進み、こっちの悩みなんてお構いなしでいつの間にかみんなで笑顔になっている。

突然『ココロ』に響いた『あの』声で、そんな悟空を思い出していた少女たちの顔からは既に、悲しみの色など消えていた。

 

その傍らにある、彼女たちの相棒2機が、青白い輝きをほんのりと漂わせていることに気付かないままに。

 

 

PM ――――???

 

「ちっくしょう。 全然声が届かなかったなぁ……でもアイツら元気出てきたみてぇだし、何とかなっか…な…?」

 

 テレパシー……かつて界王星での修行の際に『あの技』を使うために授かった青年の技の一つ。 魔導師のように魔力などを使わずに相手に……それこそ無機物だろうと自分の心を伝えることのできるそれは『目の前の』なのはたちに微かだが届いた――筈である。

 

「さて……と、オラも人の心配ばっかりしてらんねぇ。 さっさとここから出なきゃな」

「…………」

「っと! 忘れてた。 おめぇと話し込んでたんだよな……【よっ!】」

 

 独りごちていた青年はここで思い出したかのように背後に振り向く。 2たび見ることになる一糸まとわない銀の髪を腰まで流した女性は、やはり大量の鎖で拘束されている様で。 少しだけ小さく息を吐くと、先ほどのように頭に手を置き、長年の友に話しかけるように軽やかに、彼は女性に話をかける。

 

【……まだ居たのですか?】

【なんだよ冷てぇな、ほっとかれたからってそう邪険にすんなって、な?】

【……そんな訳じゃないですが】

【そうか?】

【そうなんです】

 

 返ってきたのはひどく『つっけんどう』でそっぽを向いたふうなそっけない言葉。 だが彼はお構いなし、まるで心の内を読んだかのような言の葉は、しかし決して彼女の心情を汲んだわけではなく……天然なもので。

 そんなひとことですら、彼女の冷たい態度を氷解させていくには十分すぎて、気付けば彼女は、青年に話しかけられるのを待っているように思えて。

 

――――だからだろう。

 

【ここから出る方法は……“今は”ありません】

【いい!? そ、そうなんか! それは困っちまうなぁ……オラどうしても――】

【ですが、案外簡単に“覚める”ことなら可能です】

【さめる?】

 

 彼女は彼の願いを叶えることにしてみた。 やかましくて騒々しくて、眠りを妨げるは好き勝手言ってくれるは……だけど、どこかほっとけなくて、あたたかくて。

 

【そう、目覚める。 解りやすく言うとあなたは今、夢を見ているのです】

【夢? じゃあオラ眠ってんのか? それにしちゃずいぶん本物っぽいけどなぁ】

 

 女性の言葉に、全身に刻み込まれた傷に意識を行き渡らせた青年。 ズキズキと熱を秘めたそれは確かに本物と呼べる痛みの感覚だ。 だがそれでも夢だと主張する彼女の言葉を湯呑みにして腹に満たしてしまう彼は単純なのか大物なのか。

 言った本人ですら一抹の不安を拭いきれない彼の態度は……

 

【ま、ウソいってるようには思えないしな。 信じるよ、おめぇのこと】

【そう……ですか】

【あぁ! そんじゃ……オラもう行くよ】

【……はい】

 

 実はかなり確信めいた一言だと、今やっと気づいた女性であった。

 

「いろいろ世話になっちまったな」

「…………」

 

 目を開ける。 青年はゆっくりと女性から離れると、その全貌を3度見る。 綺麗という言葉に収めることのできないその身体、しかし青年の興味はそこになく、あるとすれば彼女を取り巻く……いいや、掴んでは束縛して離さない『鎖』の方に目が行ってしまっていた。

 

「こんなもんつけてて、苦しくねぇんかな……」

 

 彼からそんなつぶやきが出るのは時間の問題だった。 そしてその手を動かすのも同じくであり、彼はまたも彼女に向かって手をのばし……

 

「取って行ってやっかな」

 

 黒い鎖に軽く触れ……握る!!

 その鎖は黒く、ひとつひとつが堅牢、というより只々『重い』と感じさせる未知の輝きを放ってはいた。 それを気にする青年ではなく、彼は手に持ったその鎖に更なる力を込めていく。

 ギチギチと音を立てていく鎖、その音と共に青年が込める右手の平に汗が浮かんでいく。

 

「か、硬ぇ……思ったよりもとんでもなく硬い鎖だ」

 

 片手でひねればすぐ砕ける。 自身の力を理解しているからこそ至ったその判断は、至極真っ当なものであった。 最強を誇る戦士たちの中枢である彼がやたら滅多に本気を出しては、世界などあっという間に消え去ってしまうのだから、当然と言えば当然だろう。

 しかし今回はそれをあっさりと否定されてしまう。 とてつもない硬度を誇るその鎖。 それはきっと『力』以外の何らかの条件で開錠される鍵のようなものなのであろう。 きっと無理やりやっても絡まって、力ずくにやろうとすれば自身の手が傷つくだけ……でも。

 

「ふんっ!! うっし! とれた!!」

 

 無数にある内の……666ある鎖の内、たったの一個をいともすんなりと砕いた青年。 その顔は若干ながら嬉しそうに見えるのは、見た目に反して手こずった感が彼にはあったからだろうか。

 さて、この調子で……そう呟いた彼にめまいが襲う。

 

「ん……視界が……ゆれて……ねむい――」

 

 さらに訪れたのは急激な睡魔。 あまりにも深く唐突に現れたそれに、なんの身構えもできていない彼にあらがう術はなく。 互いの名前を教え合う暇もなく、彼は夢の中に置いて夢の世界へと旅立とうとしていた。

 虚構(ゆめ)の中で見る現実(ゆめ)、つまりは彼に、目覚めの時間が訪れたことを意味し……彼はそうとも知らずにその感覚に身を委ね。

 

「…………っ」

「…………ん? ――――ははっ……」

 

 何となく、そう、どことなく。 鎖につながれた女性の口元が、そっとやわらかく彼を見送って見えた気がした青年は、声を出してそれに返しを行うのであった。

 

――――青年は、泡沫のように消えていく。

 

【とても……強い輝きをもった人】

 

 消えていった青年、そこにいるのは『鎖』を一本だけ引きちぎられた女性だけ。

 

【そしてとても強い“呪い”を受けているようにも思える】

 

 ただの独り言。 きっと誰も聞いてはいないそれは、今起こったことを自身に留めておこうとする彼女の想いからくること。

 

【ナニカ巨大な力によって、まるでつい最近まで身体になにか“変調”を引き起こされていたかのような……それに彼のうちに眠るあの……】

 

 そこで彼女は思い出す。 心がつながった瞬間に垣間見た彼の定められていた運命と苦難の歴史の片鱗を。 さらに奥深くに眠る、自分以上に『業』の深い……

 

【あの“闇”はいったいなんなのだろうか……わたしの中にある(もの)よりも大きくて……冷たい……まるで底なしの負の力】

 

 見かけや言動からは想像もつかない深い暗闇の力。 彼にまとわりついているその『負の力』は常人ならば耐えられるものではないと彼女は考える。

 先ほどだって、自身を決して離すはずがない『鎖』をいともたやすく引きちぎって見せたのいも、はたからして異常であって。 それを考慮しても、彼女にはわからなかった。

 

 青年が受け取ったその“願いの代償”という負の力を……それが青年に与えている悪影響も――手にした青い宝石がもたらす変化を……彼女は知らないのであった。

 

 

 

PM 20時 八神はやて宅

 

 4畳半の和風な部屋。 この家には不釣り合いなくらいに『和』というものがある、この畳というものが敷き詰められた部屋。 私はそこでただ一人『座って』いた。

 我が主が見つけ、連れ込むこととなったこの男。 全身は傷だらけで4畳半の真ん中でふとんをかぶって寝てからずっと監視をしてはいたが……

 

「ふぅ……コイツを担ぎこんでから既に12時間強……ついに寝言が聞こえるようにまでなったか」

 

 そう、この部屋にいるもう一人の人物はただ寝息を立てているだけで。 うめき声も上げず、生きているのか死んでいるのかもわからないくらいに静かなその者は、稀に呼吸の有無を確認せずにはいられないくらいな静寂を私に与えていた。

 

 しかしそれも、つい先ほどやっと終わりを迎えて今に至る。

 

「やはりシャマルの治療魔法がよく効いていたのだな……しかし」

 

 一つの心配事が消えたはいいが、ここでもう一つの心配事が浮上する。 それはこの男が担ぎ運ばれ、人の姿をとったザフィーラが部屋まで運び。 私が監視のもとで、補助、回復の要である『湖の騎士』たるシャマルによる怪我の治療の際に零していた一言だ。

 

「ケガの治りが……常人のそれとは比べ物にならない……か……」

 

 私もだが、シャマルは古くからさまざまな怪我人を見てきている。 それに対する術は私が『追撃』『放置』ならば、あいつは『保護』『治癒』であろう。

 故に数多くのケガを治し、その過程も術後も経過も理解している者が、ああも深刻な表情で言ったのだ。 この者は、一般人ではない……と。

 

「そんなものはわかりきっている。 ケガの仕方もどう見ても戦闘痕、転んでケガをしたわけではないというにはあまりにも重症すぎ……る」

「ぐごご~~」

「……こちらが悩んでいるというのに……幸せそうに――はぁ」

 

 寝顔を見る限りでは悪い奴には思えない。 それほどに幸福そのものの男が出す寝息は、若干ながらこちらの神経を逆なでする。 ――――正直、五月蠅いにもほどを作るべきだ。

 

「……ん?」

「――――ッフゴ!!」ぱちん!!

 

 男に気配が出始めた、目を覚ましつつあるな? 手には小さな剣の形を模したアクセサリー……我が『剣』を潜め、奴が寝床から上半身を起こすさまをゆっくりと見つめ、警戒心をより一層高める。

 

「…アイツがいねぇ……あれ? この気、どこかで…?」

「…………」

 

 目を覚ました男の第一声は誰かを探す声だ。 まるで先ほどまで何者かと話をしていたかのような言葉。 夢でも見ていたのだろうか? そして周囲を何となく見渡した男は、何やらわけのわからない単語をつぶやくと。

 

「お?」

「……む」

 

 目が合う。 緊張の瞬間だ……ったはずなのだが。 不思議だ、戦闘に陥るかもしれないというのに、どこかこちらの気概をそぐような感覚をこの男から感じる。 殺気がまるでない、それもあるだろうがこの男、雰囲気がどうも静かで……落ち着いている気がする。

 

「だれだ? おめぇ」

「……わたしは――」

 

 名を聞かれる…当然か…私が男の立場でもこうするだろうしな。 さて、どうしたモノか、聞かれたのならば答えなければなるまい。 それが騎士の……いいや、人として当然の受け答えだと、主も言っていたからな。

 

「シグナム。 この家に住んでいる者だ。 それで貴様は?」

 

 貴様……ん、少々きつめに言ってしまったか? 彼があまり表情が崩れなかったから判断がつかないが、どうも私は気を張りすぎるきらいがあるのだろうか? 主にもよく指摘されてしまうのはやはりそういうことなのだろうか。

 

「シグナム……かぁ。 っとそうだ次はオラだな。 オラ悟空、孫悟空だ」

「そん……ごくう……」

「そだ、孫悟空だ」

「ソン……孫か」

 

 最初の男の情報……名前はいとも簡単に手に入ることとなった。 この反応と、名前が出るまでの時間と反応から、偽名や我らをたばかる算段はないようだ。 少し、手に持ったアクセサリーから力を抜く。

受け答えは順調。 男の会話は聞き取れて、こちらの会話もわかるようだ。 よし、ならばこのまま情報を聞き出してみよう。

 

「では孫」

「なんだ?」

「貴様はどこからやってきた? なぜあんなところで倒れていた」

 

 これが無難だろうか。 まずは所謂『掴み』というやつから……シャマルよ、これでホントにいいだろうか。

 

「あんなところ?」

「あぁ、そうだ」

「あんな所って、どんなところだ」

「え? あ、あぁ、この町の海岸沿い、そこから見える砂浜にお前は漂着していたんだ」

「へぇ~~オラそんなとこに居たんか……すんすん、あ! 確かに塩の匂いがすんなぁ」

「…………(ん、会話が進んでいない気が……)」

 

 そこからは10分くらいの苦ろ……コホン! 問答があったが、そこでわかったことと言えば、この孫と名乗った男、彼はやはり戦いに身を置く武士(もののふ)の類の人間であること(奴は自身の事を“武道家”と言っていたが)

 戦闘痕はついこのあいだ戦った者から受けたものということ……しかし微妙に違いがみられ、本人もそのことを気にはしているようだった。

 

…………さらに。

 

「ん~なのはんとこに行かなきゃなんねぇのに、なのはやユーノ、それにフェイトたちの『気』が見つかんねぇ……どうしちまったんだ?」

「……き?」

「おめぇなんか知ってるか?」

「…しらん………」

 

 聞きなれない単語の数々、人の名前と思われるものと、どうやら奴にしかわからない戦闘での感覚……私たちで言うところの『魔力』に相当するちからのことを言っているようだが、正直言っていることが判らん。

 周りを見渡した後に言った見つからないの言葉……つまりこいつは“たったいま探知の魔法に相当すること”をやってのけたのだろうが、とてもそんなそぶりは感じなかった。

 

「いったい何を……」

「なんかいったか?」

「ッ――いいや、何も」

 

 気付けば一方的な腹の探り合い……いや、探りあっているわけではないのだから、この言葉はおかしいだろう。

 いい加減このようなまどろっこしいことはやめて、白黒はっきりさせておきたいものだが……――くっ! このようなときにあの方は――ッ!!

 

「おじゃまするで~」

「いけない!! 主よ、まだ入ってこられては――!!」

「……? あれ? おめぇ……」

 

 焦れた私の心の内に、まるで踏ん切りをつかせるかのように現れたあの方は、我らに向けるモノと等しく、その咲いた花の様な笑顔を孫に向ける。

 病人に対しての接し方では満点なのだが、この男にそれは気が早すぎます! 主よ! どうかこの男の身元がはっきりするまで――

 

「ひっさしぶりだなー! ずっとめぇに道教えてもらったっけかな? 変な感じがしてたから何となく覚えてんぞ!」

「え? ええ?」

「な……に?」

 

 孫は主を知っている? どういうことだ……いや、そうだ、主が言っていたあの話。 あれが本当ならばこの者は――

 

「オラだオラ! いやー、すっげぇちっこくなっちまったなぁ……『はやと』!」

 

『であ~~!!』がっしゃーーん!!

 

 ぐ……あ……こ、この男。 私が最初にしそうになったミスをこうもはっきりしでかすとは! な、なんて――

 

「は、は……『はやと』やない! 『はやて』や!!」

「お? ははっ! わりぃわりぃ。 なんせ会ったんが…えっと…? ひぃふぅ……8年くれぇ前だったしよ、勘弁してくれ、なっ?」

「…………なに?」

 

 この男、今なんといった?

 8年……8年だと? どうなっている! 主がお会いした言っていたのは確か三日前、だがこの男は8年といった。

 そもそも8年前と言ったら主は1歳……いや、言っていた背格好から8年経過したのが今の孫の姿というのならば納得は行くかもしれない。 だが!

 

「……あれ? なんでわたしの名前……――あ!! もしかして!」

「お?」

 

 主も気付かれたか。 だがやはりこの男の激変には驚くものの、その裏を見るということまではなさっていないようだ。

 ん、主よ? どうしてそのように目を輝かせて――

 

「悟空!! 『ごくう』なんやな!?」

「おう、久しぶりだな! はやて」

「……」

 

 よほどうれしかったのだろうか、その場で跳ねた主は気分の高揚を押さえないままに孫に向かってあれよこれよと話を進める……情報収集が2分で終わってしまった。

 

「……私の苦労は……」

「シグナム? おめぇ肩なんか落としてどうかしたんか?」

「いいや、なんでもない。 なんでもないさ」

 

 あぁ、そうさ。 下手に気苦労を重ねた挙句、こうもあっさりとことを進めたことになんて誰が腹を立てようか。 そうとも、別にこれは自身にとっての呆れ声であってそれ以外の何物でもないのだから…………はぁ……

 

 まったく、このような場所に主だけを来させるなんて……下にいる他の者たちは何をしているんだ一体。 あとで問いたださねば……なるまい。

 これから大変なことにならなければいいが――とりあえず今は

 

「そんでよ? そのヤジロベーって奴がよ、仲間のクリリンってやつと声がさ……」

「あはは!」

 

 主が笑ってくれれば、それで良しとしよう。

 

 

――――ちょうどそのころ。

 

「…………ぐるぅ……」

「あっ! お鍋のふたが飛んで行っちゃった――えっとこういう時は……」

「ん~~アイスうまぁ~~」

 

 上から。

 はやてと遊んでいる最中にて『待て』を一向に守り、目の前のビーフジャーキーとニラメッコをしている腹ペコ大型犬。

 

 いとも容易く行われるえげつない行為(まじかるクッキング)をしている金髪ショートカットのおねぇさん。

 

 他を放っては買っておいた秘蔵の『ストロベリー&チョコチップアイス』にゆっくりと丁寧に舌鼓を打ち鳴らしている二つに分けたオレンジ色の“おさげ”が特徴の幼子。

 

 彼らが円卓……否、普通の食卓を騒動でにぎわせていた……などと、現在苦悩を抱えているシグナムが知ったらどうなるのであろうか。

 それは後にも先にもわからない……はずである。

 

 

 それから、少し時間が経って。

 

「いった~い」

「ぐぬぬ……あたまが~~」

「ぐふぅ」

「とりあえずお前が我らに危害を加えることがないのはわかった。 どうせそのケガでは滅多なことはできないだろうしな。

 あと、わたしの仲間だが右から、天災料理人(シャマル) 幼女(ヴィータ) 番狼男(ザフィーラ)だ。 仲良くしてやってほしい」

「お、おう……よろしくな、おめぇたち(な、なぁはやて。 なんでシグナムの奴、いきなりあの三人ぶん殴ったんだ?)」

「あはは(わたしにもわからへんわ)」

 

 頭にコブを作りつつ、何とか明るい声で対応する三人と、その横で右手から湯気を出しているシグナム。

 さらにその正面で、はやてを隣に引き寄せては、そっと耳打ちをしている悟空が今起こっている光景に若干ながら頭部に汗マークを浮かばせ……そっと流していた。

 

「孫悟空だ、よろしくな!」

「返事!」

『は、は~~い』

「あはは、なんや知らんけどシグナム、相当おこっとるなぁ」

 

 どこぞのフルメタルなジャケットで軍曹なヒトもびっくりするくらいな指揮統率能力で、先の部屋に居なかった者たちに返事をさせたシグナム。

 いい加減冷めてもいいような熱気はいまだ鎮火せず。 烈火のごとく出される命令口上は、自身がいまだかつて経験したことがない綱渡りのような緊張の時間にておこった飛んだ失態に憤慨しているからだそうだ。

 

 この女性。 悟空と一緒に居るとすればなんだかこれから先、相当に苦労しそうである。 自己紹介はいまだ続き。 悟空は一瞬だけはやてを見下ろすと、そのまま――

 

「ホントは今すぐにでも帰るべきだと――」

「ごくう……」

「……思ったんだけどな。 ちょっとの間だけ、ここで休ませてもらうことになった」

「あ、はい。 よろしくお願いします♪」

「がう!」

 

 ここに残ることを言い渡してしまう。 本当はやらなくてはいけないことがある……あるにはある。 だがそれも目的の者がいてこその命題で。

 

「はは……(アイツやなのはたちの気をこの地球上に感じられねぇ、いったいどうしちまったんだ……)」

「……ん?」

「ごくう?」

 

 彼はぎこちなく笑って見せる。 その笑顔が不自然と感じたのは5人いるうちの2人だけ、はやてとシグナムのふたりは、彼の様子に機微な反応を見せつつも。

 

「ん……(何かあるのか? だが、不用意に大きな事件にはかかわれない……我らは本来追われる身なのだから)」

「ごくう……(どうかしたんやろか? なんや言葉が詰まっとるように思える……迷惑やったんな?)」

 

 そこまで奥に踏み込めなくて……それは仕方がない事。 彼女たちは会ってまだ、実働時間で言うと1日も経ってはいないのだから。

 それを知ってか知らずか――

 

「えっと、シグナムが変な紹介をしちゃったからもう一度いいかしら?」

「ん? もう一回か? オラは別にいいけど」

 

 ひなたの様な微笑を向けた女性、シャマルと呼ばれた彼女は悟空に向かって再度のあいさつを提案、今度は自分から名を告げたいと、そう言っては一層明るい笑みを作り。

 

「シャマルです。 この家では家事――「大体主の手助けだ」……をしていたりします(うぅ~シグナムまだ怒ってる)」

 

 それをバッサリと切り捨てられては、雨の様な暗い顔を作って見せる。 晴れ時々雨、そんな予報の様な言葉がピタリと合うかのような表情の変化は、みるものに小さな笑いを届けていたとかどうとか。

 

「ザフィーラだ……ん、というよりこの姿で喋っていいのだろうか」

『あ!!』

 

 次に口を開いたのは蒼を全身に走らせている大型犬……もとい、狼をさらに鋭くしたような怪異の容姿を持つザフィーラ。

 そんな彼のいまさらな一言に、一家全員が口を大きく開く中、悟空は片手をひらひらさせるともう片方の手で後頭部を掻き。

 

「別に大ぇ丈夫なんじゃねぇのか? とくにおかしいとこもねぇしな!」

『そう……なんだ』

 

 いともたやすく彼を受け入れる。

 その様に驚きを見せつつ、どこか表情を崩したかのように見えたのはいったい誰だったろうか、部屋に小さなため息がこぼれると、今度は床が控えめに鳴る。

 

「…………」

「ん?」

「…………ぅ」

 

 それはオレンジのおさげを作った女の子。 気付けばシャマルの後ろに隠れては、半身だけ放り出しては悟空と視線の投げ合いをしていた。

 悟空が見るとそっぽを向き、彼が注意をそらすと『じっ』と食い入るように見つめてくる。 故にキャッチボールではなく投げ合い、疎通というものが存在しない視線が彼に刺さっては消えていき……

 

「え!?」

「うっし捕まえた! どうしたおめぇ? オラなんもしてねぇだろ?」

『!!?』

 

 少女が瞬きをした瞬間であった――目の前から悟空が消えていた。

 

 気が付いたら部屋から消えていた。 そう思った矢先に聞こえてくる優しい声に一瞬だけ気を許すと、すぐさま正気に戻っては後ろを振り向き……唖然とする。

 

「ん……」

「……あ――」

「にかっ!!」

「――っ!!」

 

 視線が合い、すぐにそむけ。 それでもどうしてか気になって上を見上げ……思った通りの笑顔があって。 それを見た彼女はその場から動けない。

 だからだろう、彼女はそっと口を開く。 伏し目がちに、遠慮がちに、いまだ遠い距離を保って発せられたその言葉は――

 

「……ヴィータ」

「ん? はは、よろしくな!」

「……うん」

 

――名前。 言い出したそれは小さな声だったが、それを零さず拾い上げた悟空は返事と共に笑顔をお返しする。

 警戒、人見知り……徐々に落ちていく彼女の緊張も、春先の陽気に照らされた雪山が如く、ゆっくりと氷解すると伏し目がちに、それでも今度は目を何とか合わせて。

 

「よろしく……」

「おう」

 

 彼女も無事に悟空を受け入れるのである。

 どうして自分がこうも簡単に見知らぬ他人を受け入れられたのか、それはわからない……わからないのだが――

 

「孫、今のはいったいなんだ? 貴様いま何を――」

「ははっ、“残像拳”っちゅう古い手なんだけどさ? それを……」

「……ざんぞうけん?」

 

 見せられた……笑顔。

 魅せられた…………雰囲気。

 

 そのどれもがこの家の温度をほんの少しだけ上げていて。 ただそれだけを彼女は肌で感じ、わかることができていた。

 

 この男は、アタシの主にどこか似ている……と。

 

「悪い奴じゃ……ないみたいだな」

「お? なんかいったか?」

「なんでもねーよ。 あ! おいコラッ! なんでアタマに手なんか乗っけんだよ、重いだろ!」

「ん? あぁ、すまねぇ。 なんか乗せやすいところにあったからな、つい」

「…“つい”って…おまえは……いいけどよ」

『あ、いいんだ』

 

 そしてどうしてか勝てる気がしないとも、彼女は思うのであった。

 力ではない、気持ちや気概などでもなく『在り方』自体に、なにか不思議な魅力を感じてしまう。

 

「ははっ……ん」

「ごくう?」

 

 あたたかい彼、けれど至極自然に見上げた悟空の視線は天を射抜いていた。 ここではないどこか、それを見ているかのように遠い目をしている彼はそっとつぶやく。

 

「みんな……どこに行っちまったんだ……」

 

 聞こえてきたのは自分にではなく知らない誰かを求める声。 探しているのに見つからなくて、急ぎたくても行く場所が見つからない。

 本当に困っている。 唐突に呟いた声は車椅子に乗った少女にしか伝わらず……

 

「なのは……フェイト……」

 

 その名前は、彼にしか解らないものであった。 青年は……まだ“もどれない”

 




悟空「おっす! オラ悟空!!」

シグナム「シャマルの治療魔法の甲斐あって、ようやく目を覚ました孫」

ヴィータ「あ、ゴクウ! そのアイス食わないんだったらアタシが食ってやるよ」

悟空「ああ!! ヴィータおめぇなに勝手に食ってんだ! それでもう3つ目じゃねぇか!!」

シグナム「……紆余曲折あったが結局すんなりと溶け込んでいったアイツは――元気すぎた」

はやて「ふとんがーーー」

悟空「ふっとんだーーーーー!!」

悟空&はやて「はははっ!」

シグナム「…………そして話は私たちから、名前も知らない者たちへと移り変わるのだった――――っく! 頭痛が……」

なのは「次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~第16話」

フェイト「そのころの強戦士と魔導師たち」

なのは「悟空……くん?」

フェイト「違う! あれはッ!」

???「フフ……オレか? オレの名は――――」

悟空「またな!」


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第16話 そのころの強戦士と魔導師たち

愛情 それは人が生きる上で一度は味わったことがあるであろうもの。
大なり小なりあるそれは、人に多大な影響が出る大きな力でもある……そう、それがたとえ正しくても、間違っていても。

今回はなんと悟空が出ません。 残念ながら。

りりごく16話 どうぞ!


 

 暗い部屋、その中で二つの影が寄り添っている。

小さな影とそれを抱き寄せる大きな影、その影たちはお互いに微笑みを交わしていた

 

「ねぇ■■?」

「なぁに?」

 

 小さな影。

 金色の髪を腰まで伸ばし、あどけない笑みをこぼしている年端もいかない幼い少女……は聞く。 その瞳に、微笑んだ表情とは正反対の色をただ寄せながら。

 そんな姿に、灰色の髪を少女と同じく腰まで伸ばした女性は優しく微笑みながら……答える。

 

「お仕事……いそがしいの?」

「……ごめんね■■■■」

 

 そう呟いた女性は少女をそっと抱き寄せる。 ちからはそれほど強くはない―――けれど、その内に込めた『想い』は強く、大きく。 替えがたい繋がりを確かめ合うように彼女たちは互いを抱きしめる。

 

 

―――――――――――――――――――――――――くく......

 

 

「いまのお仕事が済んだら……おやすみをもらえるわ、だから……」

「ホント! ピクニック……行ける?」

 

 休息と言った女性の言葉……それを聞いた少女の瞳は輝く。 大切な……大好きな■■と一緒に幸せな時間を過ごせると。 いつもの一人の時間じゃない、誰かがではなく、『このひと』と一緒に居られる。 そう思ったら胸の鼓動が早くなる。

 だから約束をしよう。 一緒につくったお弁当をバスケットに入れて、晴れ渡った空の下、きれいに生えそろった芝生の上を歩いて。 それで、それで――――

 

 

――――――――――――――――――――いつまで眠っている。

 

 

 少女と女性はお互いを抱きしめるようにそっと腕を伸ばす。 その姿は誰が見ようとも■と■であり、否定の声が上がろうはずがないその光景は、そんな二人の幸せな時間は……

 

 

―――――――――――――――貴様の出番だ! さっさと起きろ!!

 

 

「――――――ッ!!」

 

 目覚める。 今この瞬間に『プレシア・テスタロッサ』は『ひとり』暗い部屋で目を醒ました。 まるで引きずり出されるかのように、虚構(ぬるま湯)の世界を打ち崩された彼女。

 

「―――――」

 

 その視線はただ黙って、誰もいない自分の横を見下ろしながら。

 

「―――――シア……」

 

 芳醇さを含んだワインを飲んだ後の様な、甘美な夢から無理やり現実へと引っ張られた彼女はその身を起こし、声の主。 あの『化け物』の声のする方へと歩き出す……その白く生気が抜けて行っている顔を自嘲と嘲笑に歪める。

 

「なにを……いまさら……」

 

 もう、遠い昔なのだと嘲って…………

 

 

アースラ艦長室

ユーノを含めたアースラの主要乗組員数名が、先ほどの戦闘について話し合いをしていた。

 

「とりあえず、以上のことを踏まえると当面は悟空君の捜索と『アレ』への対策……」

「音信不通らしいフェイト・テスタロッサの母親の目的と状況」

「……最後に悟空さんを圧倒したという“サイヤ人”と名乗る、黒い鎧の男ですね」

「結構やることがいっぱいですよねぇ」

『はぁ~』

 

 フェイトからの情報提供により判明した3つの事実。 2つ目については話すのをかなり渋ってはいたのだが、それでもなんとか話してくれたフェイトの話はどれも衝撃的だった。

 一難去ったらまた一難。 いや、この問題の多さは果たして『一難』などとひとくくりにしていいモノなのだろうか? 誰かが漏らしたそんなつぶやきに、答えようなんて思う人間など居らず、鬱屈とした空気が口々から吐き出されると、桜の花が舞い散る室内に充満していくのである。

 

「それにしても、まさかあの怪物の正体が悟空さんだったなんて……なのは、大丈夫かな……」

「……本当なら喚くなり泣き叫んでくれるなりする年齢だと……いいえ、してくれると助かったのだけれど」

「なのはちゃん、独房に入る前には逆に笑いかけようとしてましたもんね。 あれ、相当無理してますよ」

「…………そう、よね」

 

 自身が放った言葉。 その行動を無理矢理取り上げ、あまつさえ『鳴く』ことさえも許さなかったのはいったい誰だったろうか。 少しの後悔、だが後には立たず……リンディはため息にも近い生返事をエイミィに返してしまう。

 

「艦長……あ、そういえばなんで独房なんかに入れちゃったのクロノ君?」

「……うん、あのフェイトという子はケガもよくなってたから形だけなんだけど、なのはの場合は少し冷静になってもらうという意味であの子と一緒に入ってもらった」

「そっか。 たしかにモニター越しで見てても、すごい勢いだったもんね、なのはちゃん」

 

 

エイミィの言うあの時、それを思い出したこの場にいる全員の表情は一気に暗いものになった。 あれほどに幼い少女が、知らなかったとはいえ背負ってしまった重い十字架。

そのあまりにも酷い責め苦に、周囲の大人たちはただ、時間が解決するという選択肢を取ることしかできず……歯噛みする。 わかる、解るはずなのに――大切なものを失った痛みは誰よりも知っているはずなのに。

 

「わからない……なんてこえをかけてあげればいいのか……」

「かあ……さん?」

「――――ッ!! え? あ、なんでもないわよ? ……えぇ」

 

 かみ合わない自身の言葉と態度、感づいた息子にでさえその全容を知られまいと、知らず知らずのうちにとった行動は、本人も気付かないだろうがなのはが使った微笑に似てしまっていて。

 

「……わかり、ました」

「ごめんなさいね……」

 

 故に気付かれ、気を遣われていた。 子供に、あまつさえ息子にこのような顔をさせてしまった自分にいい加減『区切り』をつけるべく、彼女は右手の平で顔を覆い隠す。

 まずは目を、そこから下にスライドさせていき、口元にまで持ってい行くと小さく息を吐く。 まじない、呪いと書くこともできるそれを、半ば意識的に行うと、彼女はそっと……

 

「もう、大丈夫よ……」

 

 仕事の顔へと切り変わってっていくのであった。

 徐々に終息しつつあるあの夜の出来事。 だが課題は決してなくならない……いや、失くしてはいけないのだ。 だからこそ、この場で全ての責務を全うするものがいちいち立ち止まっていることなどできないし、そのような甘えは許されない。 それを嫌でもわかっている彼女は、やはり強い(ひと)なのである。

 

 そこに……

 

「あら? 艦内コールどうしたの、いまは会議中よ?」

「いえ、それがどうしても話があるって彼女たちが」

『…………』

「……そう」

 

 沈黙を破るかのようにならされた電子音。 それに対応するべく、リンディは宙に指を走らせると青枠のウィンドウを開き応答する。 そこにいる二人、なのはとフェイトを見た彼女の目つきは……若干だが変わった。

 

「どうしたのかしら二人とも?」

『……』

 

 まるで品定めをするような、だが決してそれを悟らせない表情で質問するリンディに、目の前の二人の表情は変わらない。 いいや、変える必要がない。

 

「わたしたちにも手伝わせてください」

「このまま……ただ落ち込んでいるだけでいたらきっと後悔するから」

 

 目元はまだ赤いまま、だがその瞳は力強く……3日前とはまるで別人の、決意を秘めた眼差しでリンディを見るなのはとフェイトの姿がそこにあった。

 

『おねがいします!』

 

 なんの躊躇もせずに頭を下げる彼女たち。 只落ちこむのが反省なんかじゃない! 落ちている時間はもう終わりだ、もう顔を上げなければならないのだ。 数時間前まで、暗い部屋で座り込んでいた二人の少女はいま、確かに立ち上がった。

 

「もう、いいのね?」

『はい!!』

 

 リンディの一言。 その意味は問うまでもない。 彼女が聞きたいのは薄く脆い言葉などではなく、気迫に満ちた返事ただそれだけであった。 そしてそれを彼女たちは……

 

「わかりました……部屋まで通してください」

[はい]

『ありがとうございます!!』

 

 リンディの期待に、応える形で返ってきたのだった。

 

 

 

「じゃあこれからについてなんだけど....まずは今回主だった悟空君の謎の変身?についてからかしら」

 

なのはとフェイトが簡易独房室から出てきて10分後、新たに二人を入れた艦長室では先ほど議題に上がった行方不明の悟空について、詳しくまとめようとしていた。

 

「フェイトちゃんが言うには、暗くなった空を、鎧の人に無理やり見せられたら突然様子がおかしくなったらしんですけど」

「空……か。 夜空になると変身するとか?」

「夜空……ねぇなのは? いままで悟空さんって結構夜も外に出てたけど、そんなことにならなかったよね?」

「うん、初めてジュエルシードを封印したときも夜だったけど、そんな風にはならなかったと思う」

『う~~ん』

 

 フェイトからの情報を、改めて見つめなおし整理する一同だが、悟空のいままでの行動と今回の変化で『悟空自身』変わった行動なんて特になく。 クロノの『夜空』という回答も、なのはたちの悟空と一緒にいた『いままでの2週間』の裏付けにより白紙に戻されてしまう。

 

「原因がわからないと今後の悟空君への対応と、例の鎧の男についての対策も何もできないわね」

「なのは……悟空がキミの家に来たのは2週間ぐらい前と言っていたが、他に何か情報はないか? もっと詳しいなにかを」

「他、ですか? ん~~」

 

 わからない。 今になって思い知らされる悟空に対する認識の浅さは、思った以上に大きく、深い。 いかに自分たちが彼の事を知らな過ぎたかを思い知り……

 

「……そういえば」

『え?』

 

 それほど短慮だったかを思い知ることになるのである。

 唐突に声を出したのはフェイト。 彼女は3日前の出来事をやっと思い出す。

 

「なのは、あの日、わたしは悟空と待ち合わせをしていたよね」

「え? あ、うん……」

「あの日……手紙に書いてあった日……」

 

 それは悟空が居なくなり、鎧の男があらわれた運命の日。 その時に悟空が言っていたことをやっと思い出したフェイトは、その表情を徐々に強張らせていく。

 

「その時、悟空におじいさんがいるって話を聞いたの」

「おじいさん?」

「ボク聞いたことある! 確か『孫悟飯』っていう名前の――」

「うん。 悟空を山で拾ったって言う人」

「え?」

 

 一度動いた歯車が、その勢いを加速させていくかのようにかみ合っていく情報の羅列。 その中で共通の情報を持つフェイトとユーノはお互いにうなずき……だが、そこでなのはは言葉を止める。 いま、ふたりはナニヲ言ったのだろうか?

 

「ひろった? それって……」

「あ、え? そ…そっか…悟空さん、なのはには言ってなかったんだ」

「なに……を?」

 

 まさか自分が知らないことがまだあるのか? そして話の流れが決して明るいモノではないということを感づき、けれど彼女は聞くことをやめられない。

 

「悟空さん、赤ん坊のころに山で捨てられていたのを拾われたらしいんだ」

「………そんな…」

 

 ユーノから聞かされたものはやはりつらい話。 自分事ではないのに、その話を聞くだけで、少女の小さな胸の内は『ギュッ!』っと、締め付けられるようだった。 言ってくれなかった、そんなそぶりすらなかった。 巻き起こるのは気付いてあげれなかった自責の念と……

 

「そ、それだけじゃないんだ……」

「どういうこと……?」

 

 段々と組みあがっていく悲劇の絵面である。

 たったの一言。 フェイトが言い放った『続きがある』という言葉に、艦長室に居る全員が感じ取る。 ここからが、この話のキモなのだと。

 

「悟空はね、こう言ってたんだ」

「……」

「……『じいちゃんは大猿の化け物に踏み殺された』――って」

『!!?』

 

 事実は、徐々に終息し始める。

 大猿の化け物。 その単語だけで今、ここにいる全員の脳内に思い浮かぶのは3日前の生産たる光景である。 黒い体毛に巨大な体躯、さらに深紅の眼は地の色よりも赤く感じられ……

 

「ま、まさかそれって――」

「……たぶんみんなが考えてる通りだと思う」

 

 その影が『彼』と重なることで、なのははついに事態の深刻さに気付く。

 

「悟空は……自分を拾ってくれたおじいさんを――意識の無いままに……」

「そんな!!」

『…………』

 

 酷い。 あまりにもあんまりな事実はその場の全員に響き渡る。 落ち込んでいく視線は前を向くことができない証明、それはわかっていても治せるものではなく、まるで重荷を背負っていくかのように体までもが重くなる。

 

「そうか……そういうことだったのか……」

「スクライヤ?」

「やっとわかった」

「??」

 

 その傍ら。 一人解決の糸口が結ばれてしまったのはユーノ。 彼は悟空から聞いた話とフェイトが言っていた事象を重ね合わせ、彼等……サイヤ人と名乗る者が起こす変異のからくりに気付く。

 

「まえに悟空さんが言ってたんです! 悟飯さんという方には“満月の晩には大猿の化け物が出るから決して外に出てはいけない”って言われてたって!」

「ま、まさかッ!」

「知っていたんだ! 悟飯さんは!! 悟空さんが満月の晩に大猿になるっていうこと。 でもそれを引き起こさないように何とかしてきたけど、なにかの拍子で月を見てしまった悟空さんはそれで……」

「変身して……自分のおじいさんを……」

 

 出来上がったのは悲劇の上塗り。 事実はただ残酷で冷酷で、それでもただ受け入れることしかできないそれを前に、同情の声をかけることもできない自身のふがいなさすら……持つことも許されず。

 

「そう、だったのね。 それが今回悟空君の身に起こった事の真相」

「……だと思います」

 

 状況の確認はこれで終わりを迎える。

 出来上がったそれはひどいことの連続で、本人のいない間に築かれていくその事柄は線を引き、環を書くようにつながっていく。 ようやく見つかった答えはなんともシンプルで……難しい。

 

「オオカミ男というものがこの世界に伝承としてあるのは知っていたけど。 今回は言わば『大猿男』ってとこかしら? 戦闘民族…ね…まさかこんなことになるなんて」

「そう……ですね。 とてつもなく巨大で、手が付けられないのが難点ですが」

 

 ここで管理局の親子が同時にため息をつく。 聞いたことも見たこともない話は実在していて、この話が本当ならば……いいや、事実として考えれば残された時間は次の満月が来るまで。

 

「あの日から3日が経ったから、つまり残りはあと――」

「28日。 長いように感じて短い」

「その間に悟空くんを見つけて」

「あの鎧の男……サイヤ人をどうにかしないといけない」

 

 リンディ、クロノ、なのは、フェイト、彼女たちがつぶやいた言葉はいま、どれだけ困難な物なのかは想像の上でしか理解できない。 サイヤ人に会ったことがないなのは達はもちろんの事、実際に戦闘に陥ったフェイトですらその想像は生ぬるいであろう。

 戦闘民族と、彼等がそう呼ばれる所以を本当の意味で理解しているのは、この世界において只……ふたり。 やはりそれは『彼等』だけなのだから。

 

「ふぅ、なんだかとても長い時間話し込んでたみたいね。 お茶でも――」

 

 ここで一息。 そう言ったリンディはエイミィに目配せし、『いつもの』を催促しようと息を吸い……

 

「か……艦長!!」

「なにかしら……?」

 

 そんな彼女に――『奴』は更なる仕打ちを実行するのであった。

 

「通信――いいえ! 外部からハッキングを受けてます!!」

「なんですって!?」

『!!?』

 

 唐突に叫び声をあげたのはエイミィ。 彼女は眼の前に浮かび上がらせた半透明のコンソールを操作しながら、浮かび上がっていく文字の羅列を目で追っていく。

 

「こ、こんな簡単に……せっ、セキュリティーが!?」

「何が起こっているの……」

 

 次々に潜らせてしまう自身のテリトリーを、歯噛みすることでしか対応できない彼女の手は、いまだにキーを叩く音を鳴り響かせていく。 後手……どうあがいてもせき止められない相手の侵攻を、エイミィは咄嗟ながらも懸命に抗い――

 

「え、なに? 通信回線に接続……? ダメ! 勝手にひらいちゃう!」

 

 それでも、事態は無情に……

 

[ほう、なかなか持ちこたえたじゃねぇか]

『!!!?』

 

 物語を、先へと進めてしまうのであった。

 展開された中空ウィンドウ。 その大画面は四方1メートルほどの大きさを誇り、その中に映し出された人物に、この場全ての人間から言葉を喪失させては目を見開かせる。

 

「あ、あ……あぁ」

「ご、………悟空さん…?」

[……くくっ……]

 

 静寂が支配する艦長室で落とされた3つの声は本当に小さかった。 感涙の想いをおおきく膨らませようとするものと、それを嘲っては見下ろすかのような声を落としている男……それを。

 

「なのは、ユーノ! 違う!!」

「……え?」

「声と姿に騙されないで! あれは悟空じゃない!!」

『え!?』

[くくくッ……なるほど、変な目で見ていたのはカカロットの奴と見間違えていたのか。 無理もない、オレたち使い捨ての下級戦士はタイプが少ないからな……]

 

 笑う。 フェイトの忠告を聞き入れ、ようやく真実を見出した二人は拭くものがない目を拭い、男を葉面から見据える。

 

「違う……悟空くんじゃない」

 

 なのはの答えに賛同するかのようにうなずくユーノも気付く。 目の前の男、彼が――奴こそがこの事件の元凶であるものなのだと。 光を灯す彼女たちの瞳、それを見て、薄く笑った奴は冗談めかして……

 

[まったく、カカロットいい貴様らと言い……]

「…………」

[そんなに睨みつけるんじゃねェよ]

『――――ッ!!』

 

 ……遊んでみる。

 画面越し、それも相手はただ“睨むな”と警告しただけなのにこの迫力! まるで全身が突風に押し負け、2、3歩後ずさってしまいそうになるこの寒気にも似た気迫。 怒気がなく、凄みもないその顔はただ冷たく笑っているだけなのに。

 

「なんてことなの」

「こ、こんな!」

「画面越し……なのに!?」

 

 リンディ以下、管理局の面々は相手の冷たい気迫に完全に飲まれていた。 それを見た男は肩を上下させる。 着けた鎧のショルダーが小さく音を立て、若干伸縮しては小さくうねる。

 

[おいおい、この程度の遊びでもうダウンか? カカロットの奴は“あの成り”でもまだオレの事を見返してきたぜ?]

「うく……」

 

 落胆を隠そうとしない男の、その挑発的な言葉はなのはたちに突き刺さる。 いない、確かにこの場に居ないあの『彼』ならば、このような事態でも果敢にも食って掛かるだろう、皆の心の支えになるであろう。

 けれど居ないものは……いないのである。 そして――しかし――――

 

「ちがうもん!!」

[ほう?]

「悟空くんは悟空くんだもん!! 『カカロット』なんて名前じゃない!!」

 

少女は、なのはは叫ぶ。

孫悟空という男の子の有り様を、ここにいる誰よりも感じ、『みていた』この娘には一切の疑念はない。 この目の前の男は、決して悟空とは違うものなんだと。 そしてそれ自体が、彼女を突き動かす原動力となり……

 

「あなたなんかに、負けないんだから!!」

 

 一気に爆発する。

 

[なかなか……]

「?」

[面白い顔をする]

「――くッ!!」

 

 それすらも男にとっては些細な変化。 取るに足らぬと吐き捨てるかのようにほくそ笑むと、一呼吸……画面の向こうで何やら思考を開始していた。 いったい何を? そう思うも数瞬の間だけ、男は悟空とは正反対の『いい顔』をすると、右腕を動かし“引っ張る”

 

[貴様も……そう思うだろ]

『えッ!?』

 

 それを見た、見てしまった。

 男が掴んだのは人だった。 外見にして30は超えているであろうその女性は、紫の危ういドレスの上から、白衣だった上着を身に着け、虚ろになりつつあるその目を横流しにしてはその場で佇んでいる。

 

「…………なんで」

 

 落ちた言葉はフェイトからだったろうか? 小さく……本当に小さく漏れたその言葉は今にも消えてしまいそうなそれは、彼女の心象を正確に反映している。 彼女は、心を酷く乱されていた。

 

[…………フェイト……かふっ!]

「なんで……かあさんが!!」

[くッふはははははははは!!]

 

 何たる非道、何たる仕打ち。 それは、この時のために用意されていたのではないかというくらいに、この場に見合ってしまった言葉。 男は嗤う、画面越しで肩を震わせて失意の底に沈んでいく少女を『面白い』と指さすかのように大きな声で。

 

「かあ……さん? もしかしてあのひと――」

「そうか、もしかしてと思っていたが、やはりあの人が……」

「クロノくん?」

 

 男が耳障りな笑い声をあげているさなか、なのはは苦い顔をし、クロノはようやく思い出す。 テスタロッサ……その名を遠い昔に聞いたことがあると。 それはこの場面で遅まきながらにやって来る。

 

「プレシア・テスタロッサ。 ずいぶん昔にある事件で行方不明になっていた科学者だ、彼女は高位の魔導師でもあって、その腕は僕たちを遥かに凌駕していたらしい」

「そのひとが……フェイトちゃんの?」

「…………そのはずなんだが」

 

 どうにも歯切れが悪いクロノ。 だがいまは時間がないのもまた事実、だから男は……いや、なのはたちも話を進めたいのだが。

 

「かあさん!」

[…………]

「かあさん!!」

[チッ!]

 

 叫ぶ彼女を放っておくことが、果たして彼女たちに出来たであろうか? 母をと叫ぶフェイトの声も、通信機越しではただの雑音でしかないのであろうか。 男は右の眉をわずかに動かすと、その舌を敢えて聞こえるかのように打ち鳴らす。

 

[耳障りだ、いちいち喚くな! 出来損ないの操り人形風情が]

「――っ!」

[……フェイト]

 

 男の叫び。 そのあとに続く憐れむ音を乗せた罵倒は少女に突き刺さる。 この男は、何を言っているのであろうかと……

 さらに聞こえてくるのは母の声。 それは避けたかったと、どこか触れてほしくない傷跡を見られてしまったかのように、細く……小さい。

 

「どういう……こと……」

『…………』

 

 なのはの疑問の声に答えられるものはおらず、管理局の面々はそろって彼女から視線をそむける――なのはからも、もちろんフェイトからも。

 

「あやつり……『人形』?」

[まさか貴様……くくっ、そうか知らないのか]

[……やめなさい]

 

 にたりと笑う男、それを呼び止める母の声はとてもじゃないが気丈とは呼べず。

 後ろめたさ。 どこか正面切って言えない彼女に対して、やはり男は薄く笑う……滑稽だ、本当に滑稽な生き物であると。

 

[オレたちサイヤ人は、力があれば“子が親を殺す”が……貴様らは逆か?]

「なん……ですって……」

[技術(ちから)があれば……]

[やめなさい……]

[親は子になんだってするのだな! これはさすがにオレも驚いたぜ]

「なにを……いって……」

[く……]

 

 おどけるようにこの世界の人間全員を笑い出す男。 彼は右手で掴んだプレシアの襟首をさらに上げる。 つま先が地面に着くかつかないかというキツイ体制のせいか、彼女の言葉はそこで終わり。

 

[知りたいって顔だな?]

「え?」

[ならば教えてやろう。 貴様はこの女の実の娘だ、それは本当だろう……だがな]

「なにをいって……だって、わたし記憶……ちゃんと――」

[コイツの娘は23年前に既に死んでいる。 この意味が解るか?]

「    」

 

 少女の声もそこで終わる。

 

[貴様はこの女に作られたただの複製。 死んだ娘の“代わり”というやつだ]

「    」

「そんな……」

[今から数年前に作られた貴様はコイツの死んだ娘そのものだった、だがナニカが違う。 それはあたりまえだ、幾ら同じ部品で作ろうが死んだ野郎が生き返ったわけじゃない]

「もう……やめてあげて」

[オレの仲間には双子が居たが、あいつらがいい例えだ。 たとえ同じ者から生まれ、姿形、経験すら似通っていようとも別人は別人。 その奇妙な感覚に引っかかったこの女に偽物(いらないもの)扱いされた貴様は今までどんな扱いをされたか……オレが言うまでも無かろう]

「    」

「もうやめてよ!!」

 

 フェイトはもう喋らない。 今まで確かに疑問にあった自身の記憶の矛盾点。 それに気づいてしまった彼女の糸は切れ、男が言う動かない木偶へと変貌する。

 

「  たし……   でも    」

「フェイトちゃん!!」

 

 気はもう確かではない彼女は、なのはの声に耳を貸すことができない。 自分が本物じゃないという事実、偽物、紛い物、出来損ない。 様々な単語が彼女から存在意義を消失させていく。 なぜ今まで頑張ってきたのか……どうして生きてきたのか。

 

「    なんで      うまれてきたの…………」

 

 失意……そんな言葉で言い表せない感情渦巻く中、まるで走馬灯のように走る彼女の過去。 幸せな時間を母と過ごすソレは確かに与えられたものなのだろう――だけど。

 

 

――――おめぇそっから降りられねんだろ? オラが今そっちに行ってやっからな!

 

「    あ……」

[ん?(なんだ? 小娘のようすが……)]

 

――――立てよ! 今のはそんなに効いてねぇはずだ!

 

「あ、あぁ……」

 

 彼、彼らと歩んできた道は、本当にまやかしだったのだろうか? 記憶の奔流に流されていこうとした自分が引っかかった小さなとっかかり。 それは小さく見えづらかっただろう、気付けなかったモノであろう。

 今のいままで自分を支えてきたアルフに、対立さえした不可思議な男の子……あの子はなんという名前だったか?

 

――オラ! カカロットなんて名前じゃねぇ!!

「悟空も……わたしと……」

 

――オラ孫悟空だ!!

「わたしとおんなじ……でも――」

 

 自身を否定されたのは自分だけではない。 彼も、あの少年も同じ痛みを受けながら、そして一蹴したほどの強さを見せたではないか! 思い出す、思い出してしまったフェイトの目に色が戻っていく。

 

 戸惑いは一瞬だったと、その場にいた誰もがそう思うだろう。

 既に彼女は平常心を取り戻している。 顔色も呼吸も全身を流れる脈拍も、すべてが平時の時と何ら変わらないものを見せていた。

 

 彼女の迷いは、ここできれいに両断されたのである。

 

「わ、わたしがたとえどんな生まれかなんて――『関係ない』!!」

 

 それは、かつて『とある青年』が実の兄に向かって絶叫した憤慨の言葉。 偶然だろうが、自分の出生すべてを切って捨てて、あまりにも非道が過ぎる兄に拳を向けたその時と今回は状況が似ていて。

 

「わたしはフェイト・テスタロッサ! それは本当の事なんだ!!」

[ふん……]

 

 そのどこかで見たことある姿に、男はつまらなそうに鼻で笑う。

 

[せっかく面白そうな顔を拝見できるかと思ったが、どうやら当てが外れたらしい]

「面白そうって――あなたは!」

 

 まるで漫画を見ているような感想を吐き出す男に、ひどく心を燃やしたのは他ならぬリンディである。 彼女も母と呼ばれる人物だ、故にこの事態を静観できるほど人間が未熟でも、できているわけでもなく。

 

「人をなんだと思っているの!?」

「かあさん……」

 

 男に向かって叫ぶ。 一人の少女に対する仕打ちは酷いモノ、なのはも含めたすべての者がそれに賛同する中、男は冷静に返して見せる。

 

[貴様ら、やってみたことはないか?]

「なにを――?」

[自身より力が劣るモノにそれを振りかざしたり、脅かしたり。 そういった時の怯える顔を見るとなんとも言えない喜びを感じるだろ? そうだな、貴様ら風に言えば柵の中にいる犬猫を脅かしたり、水槽の中にいる魚をつついて反応を見たり。 それとおんなじさ]

「そんな……感覚って」

 

 それは異常ともいえる発言であった。 ここで、この発言がすべてを物語る――この男とは、決してわかりあうことなどできないと……

 

[おっと、こうして話していられる時間も限られているんだったな。 要件……は、言わなくてもわかるだろう]

[うくっ!]

「かあさん!!」

[オレからの要件はただ一つ。 貴様らが持っているジュエルシードをすべて引き渡してもらうこと。 ただそれだけだ]

 

 思い出したかのように、締め付けているプレシアの首元に力を込める男。 そのたびに彼女からは小さなうめき声が聞こえてゆき、ろうそく炎のように揺らめくその吐息は彼女の限界を表すかのように消えそうで。

 それを見たフェイトの気丈さは激しく揺れる。

 

[オレが貰いに行ってやることもできるが、それだけじゃつまらん。 貴様ら自身が決めるがいい]

「なんですって?」

[場所はここ、『時の庭園』でいいな? 時間はいつでもいいが……]

「…………」

[精々月夜には気を付けることだ、特に月が真円を描くときは……な? くく!]

「なんて……ことを」

 

 これ以上ない脅迫。 ただの比喩表現がここまでおそろしい想像を掻きたてるモノなのか? 今現在リンディの恐怖心を掻きたてるのはあの時あの瞬間の光景。

 

「まさかあなた自身が……」

[なかなか察しのいいことで何よりだ。 そうだ、ここでいまいち踏ん切りというものが付かない『貴様ら』に重要な知らせがある]

「知らせ?」

 

 男の知らせに耳を傾けるのは『リンディたち』時空管理局の面々。 彼らは男の宣言から、今回の事件に若干の戸惑いを隠せずにいたのだが。

 

[この世界の地球、ここが『終われば』次は“ミッドチルダ”にオレは行くつもりだ]

『――――なっ!!』

[おーうおう、焦ったお顔になったな? ついさっきまでの他人の星が襲われているときとは違って、自分の家が危なくなったら途端に血相を変えやがった]

「あ、……うく」

 

 男の一言は局員の動揺を誘い、リンディの心に大きなゆさぶりをかける。

 

[まぁ、無理にとは言わん。 精々このオレがカカロットと同じように凶暴な姿にならんうちに決断するんだな]

『…………』

[ターレス]

「え?」

 

 さらにもう一声。 それは悟空のもう一つの名前にどこか似ているような語感を感じさせる類の名前。 それを口にした男は空いた手でこぶしを作る。

 

[いつまでも名前を知らないのは不便だろう。 いずれ貴様らを支配する名だ! 精々覚えておくがいい……]

 

――――ブツリと、通信回線が遮断される。

 

そしておとずれる沈黙。

アースラの乗組員は選択を迫られていた……否、もう『この道』を選ぶ以外考えはない。

 

「―――行こう! フェイトちゃんのお母さん、ほっとけないよ」

『―――――――――――』

 

 静かにつぶやくなのはの言葉に異議を唱える者はだれ一人いない。 『彼』の『帰還』を悠長に待っている余裕などもうない――――だから早く帰ってきて……時間は待ってはくれないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【警告】 

 

 これ以上先はあまり見る必要はなく、この時点ではあまり意味の無いモノだ。 だから早急に引き返したほうがいい。

 

 

…………

 

【警告】は確かにしたぞ。

 

 

 

 

――――『彼』が海に沈んだ直後の出来事。

 高町家 リビング

 

「ん……来たか……」

 

 この家の主、高町士郎は顔を上げる。 唐突に鳴り響いた機械的な呼び鈴……それは電話が鳴る音だった。 じりじりと打ち鳴らしていくその音に、内心苛立ち、けれどどこか待ち遠しかったという相反する想いを生じさせ、彼は電話の前にまで駆ける。

 

「…………」

 

 けど出ない。

 

「…………」

 

 呼び鈴は一向に鳴りやまない。

 

「………………っ!」

 

 いつまでも鳴り響く呼び声、それを只見て聞いて……それしかできなかった彼は、息をのむ。 なぜこれほどまでに戸惑うのか、どうして待っていたものを拒むのか。 それは彼が見てしまったから。

 突如現れた怪異、鳴り響く咆哮に、闇をも引き裂くような深紅の眼差し。 偶然だった、ただ稽古の合間のランニングで外に出ていただけなのに。 かれは、『アレ』に出会ってしまったのだ。

 そしていつまでも帰って来ない子供たち。 その一つ一つの情報が、士郎に焦りの色を引きだしていく。

 

「くっ! (落ち着け! 何も『そういった』連絡というわけではないだろう。 ……だが)」

 

 『アレ』を知っているのはおそらく自分だけ。 姿を確認したと思ったら唐突に消えていたあの異形、だから知っているのは自分ただ一人。 なぜいきなり現れたのか、どうして消えたのかもわからない事実も、士郎の混乱に拍車をかける。

 

「と、とにかく出よう。 話は……それからだ」

 

 けど彼は賢明で、聡明だった。 短い自問自答で回答を導き出し、それをさらに確かめ算をするかのように反復し、彼は受話器を右手で握る。

 

「ふぅ……すぅ――」

 

 吐いては吸う。 深呼吸を一回行うと視線は一直線、口は一文字に閉じ、勢いよく後腐れなく、彼は一気に受話器を取り上げる。

 

「たっ! 高町です!!」

 

 少しだけ噛む。 声は裏返り気味で、背中に水滴が走る……これは、脂汗である。 はたから見ればラブコールを待っていた初心な学生にも見えなくない士郎のこの態度、それは……

 

[夜分おそく申し訳ありません。 わたくし、リンディ・ハラオウンと申しますが……こちら、高町なのはさんのご自宅で間違いないでしょうか?]

「あ、え?」

 

 若干、間違いなどではなかったようである。

 

「はぁ……そうですが」

[よかった。 お恥ずかしながら、こちらに連絡する前に番号を間違えてしまって……]

「そう……なんですか……」

 

 聞こえてきたのは女性の声。 年にして妻である桃子と同じか下くらいか、おそらく自分と同年代と今の掛け合いで判断した士郎は、ここで気持ちの切り替え作業を行う。

 

「えっと? ハラオウンさんで大丈夫でしょうか?」

[えぇ、構いませんよ]

「こちらに、どのような用件で連絡を……?」

 

 士郎はこの時点で何となく感づこうとしている。 どの国でも聞いたことがないファミリーネーム、おそらく偽名か、はたまた本当に自分が知らないだけか。 どちらも可能性としては低くないが、やはり前者が一番高いかもしれない……次の発言を、聞くまでは。

 

[わたくし、そちらに御厄介になっている『孫悟空』くんの知り合いの者なのですが]

「悟空……君の?」

 

 ここで彼の考えは揺らぐ。 悟空の知り合い、つまりはおそらく自分が知らない世界の人間である可能性が浮上したということ。 それは先ほどの考えを覆し、彼女に対する不信の心を深く埋没させていく。

 自然、彼の右手は強く受話器を握る。

 

「悟空君の知り合いの方ですか……では悟空君は今そちらに?」

[えぇそうなんですよ。 それとなのはさんも一緒になんですけどねぇ]

「なのはもですか?」

[久しぶりに会ったものでしたから、話に花が咲いてしまいまして。 気付いた時にはこんな時間でしたもので、夜道を子供二人で歩かせるなんて真似は出来ないものですから。 今日はこちらで預からせてもらおうかと思いまして]

「…………そうですか」

[はい]

 

 士郎の声から、朗らかな色が消え失せる。

 何かあったかはいまだに不鮮明だが、確実に何かがあったのは“今、受話器の向こうの女性が言った一言”で確信を持たされてしまった。

 女性の感じからして、悟空とそれなりに交友があるのは間違いないだろう。 元気でハツラツとした彼だ、きっと昔を懐かしんで勢いづいてしまった……というのもあるだろう。

 

「まぁ、悟空君がいれば安心ですかね? 彼はSP数十人分の働きは軽いですから」

[ふふっ、そうですね]

「あはは」

 

 この女性は悟空のことをわかっている。 感じも雰囲気も、なにより強さも……だが見えてはいなかった。 いいや、正確にはそこまで知る由がなかった程度の付き合いなのであろう。

 だから彼女は“子供ふたり”などという言葉を使い、あたかも『悟空がなのはと同年代』かの様な会話をしてしまっているのであろう。

 

「あぁそうだ」

[はい?]

 

 だから士郎は、最後にこれだけを確認したかったのである。

 

「きっとなのはがいろいろと迷惑をかけるかもしれませんので、もし何かあったら、申し訳ありませんが、よろしくしてもらっても大丈夫ですかね?」

[……あ、はい! もちろんです]

「すみません」

 

 娘の行く先と……

 

「それと……悟空君。 彼は強い子ですが、平然と無茶をする『きらい』があるようなので、彼のこともお願いします」

[…………わかりました]

 

 少女と一緒に居るであろう、力以外の強さを持つ少年の事を。 気付けば何か深刻な色を含んだ会話、それをどことなく感じ、あまつさえ相手の言葉の合間から事態の深刻さを読んでしまった士郎は、頬に筋の汗を零す。

 

「では、夜も遅いことですし。 そろそろ――」

[あ、はい。 ではこちらも……]

 

 握った受話器はわずかに震え、空いた手は宙を握っては開くを繰り返す。 言うべきか? 士郎の心によぎるその単語は、放ってしまえばどうなるかわからない爆発物であり、それでもいつかは起爆してしまう時限爆弾でもある。

 知ってどうする? 追いかける場所も知らないで走ってどうなる? ここは、下手に動いていい場面なのか?

 

 思っていないはずの単語、考えたくもない事実。 足掻いたっていい、それでも何とか力になりたい彼は……だが、彼は知っているのだ。 自分の力ひとつでは動かせない強大な力を、それに対抗しうる『ちから』を持つ存在を……だから。

 

「……子供たちを、よろしくお願いします」

[はい]

――――ガチャリ……

 

 だから、彼はそれ以上言えなかった。

 故に、彼女は真実を伏せた。

 

 切れてしまった通話の線は儚い機械音を残して、もう手元には無い。 後の祭りと言わんばかりの懺悔の念が士郎を襲い、それに歯を食いしばりながらも彼は想う。 何が起こったかわからない、どうしていいかもわからない、それでも、変わらずやれることがあるとすれば――

 

「無事でいてくれ……」

 

 ただ、祈ることだけなのだから。

 

「……もし、もしもまだこの世界に居るのなら」

 

――――そして、彼は想い、浮かべる。 『あの日』に起こった運命の出会い。 今この時以上の困難が彼を襲ったとき、閃光のように現れては、疾風が如く敵を凪いでいった最強を纏う人物の事を。

 

「どうかあの子たちを守ってあげてください……」

 

 氷よりも冷たい緑色の視線。

それとは対照的に陽光が如く照らしだす輝きを持ったあの青年を。 自身を救ったあの強者に頼りきりにし、なおかつ当てにしようという自身のふがいなさに歯噛みをしながら、それでも士郎は思わずにはいられない。 そんな思いが脹れあがった彼がつぶやいた彼の名前は――――

 

 

 

「――――――カカロットさん……」

 

 それは、やはり最強の者の名前であった。

 




悟空「おっす! オラ悟空!!」

リンディ「最悪の宣戦布告、 それを受けたアースラの面々の士気はそれなりに落ちているみたいね」

クロノ「ターレス。 あんな邪悪を煮詰めた人間がいるなんて……」

なのは「悟空くんとおんなじ星の人……悟空くん、どこに行っちゃったの?」

悟空「お? いま誰かに呼ばれたような……?」

シグナム「孫、何をしている? 朝稽古の続きを――」

悟空「あ、いけねぇ! いつもの奴やんなきゃな!」

シグナム「……むぅ。 ではこれが終わったらすぐに再開だ! いいな!」

悟空「わかったってぇ、だからえっと……? レバー? タレ?」

シグナム「…………レヴァンティンだ。 誰がレバタレだ! だれが。 焼肉じゃあるまいし」

悟空「ははっ! すまねぇ。 そんじゃ次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第17話」

シグナム「孫悟空、八神家で働く」

みんな『え!!?』

悟空「そんな大したことはしねぇ……よな?」

はやて「それはどうやろ?」

悟空「え!?」

シグナム「ふぅ……また嫌な予感がする……ではまた」


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第17話 孫悟空、八神家で働く

孫悟空は武道家である。

故に彼は切磋琢磨を繰り返し、包丁が如く己の技を磨きあげ、巨大建造物に負けないくらいに経験を積み重ねていく。
何がいいたいかというと、彼は戦う者であって、救うものではないということ。 それでも彼が人助けをするのは……誰かが求め、自分が正しいと思ったから。

強要された使命なんかじゃない。 最初からそうしたいと思うその想いがとても凄いものなんじゃないか……これを書きながら思いました。

 りりごく17話です。 


 空気の切れる音。 これはそもそも空気の層をある物体が高速で突き破っていくから聞こえる音であり、ある程度ならば一般人にでも出せないものではない。

 そう、常に連続で出そうとしないのならば可能なのである。

 

「ふっ! はっ!」

「…………」

 

 うまい例えかどうかは微妙なのだが、戦闘機が飛んでいく莫大な音、あれも空気を切る……いいや、『裂く』と言えばいいだろうか? とにかく突き進んでいる音なのである。 今はそのような盛大なものは鳴り響いてはいないが。

 

「だだだだ! だりゃあ!!」

「うぉ……」

 

 その突き、その拳打、鋭く速いこれらは戦闘機と形容しても差し支えないくらいに突き抜けたものだから。

 

「はぁぁぁぁぁぁ」

「じ、地面が揺れ――!」

 

 唸る彼は姿勢を低く、胸の前で腕をクロスに組んで力を高めていく。 重力に反したように浮いていく周囲の砂粒、石ころ、物干しざお……そこまで浮いていくと。

 

「ごくう! なにやっとるんや!!」

「うぉ!!」

「おっと……」

 

 小さな少女の絶叫が庭に響くのであった。

 それに及び腰になったのはオレンジのジャージを着込んだ我らが孫悟空。 彼は構えた両腕を天にあげるとそのまま空に不可視の衝撃波が走っていく。

 

「いきなりどうしたんだよはやて? あぶねぇからいきなり――「どうしたって、それはこっちのセリフや!!」……お、おぉ」

 

 それを見来ることもできずに、ただ少女の咆哮に及び腰のまま小さく返事をする彼に、そっと冷たい風が吹く。 同時、落ちる物干しざおを曲芸よろしく、その『尻尾』で巻き取ると、そっとシグナムに受け渡す……この二人なかなか慣れたものである。

 

「ごくうは怪我人なんやろ! せやのにそんな無茶苦茶に身体動かして!」

「そんなことねぇって。 なっ? シグナム」

「……いや、私から見てもかなりの常識はずれだと思うが」

「ああ!! きったねぇぞシグナム! はやてが怒るもんだから自分だけ――」

「そんなことはない! 私は思ったことをだな――」

【ええ加減にしなさい!!】

『…………はい』

 

 なかなか、慣れたもんである。

 

「まったく。 ごくうはともかく、シグナムもどうしたん? なんや落ち着きがないっていうか……」

「――うぐっ!? そ、そんなことは……」

 

 この家の主の喝が入るとそこから数秒の間、そこから気合を徐々に抜いていく主はやてに対し、従者シグナムは焦り顔。 言えないわけではないのだが、それでもいうのを躊躇わせるその理由。

 

「……うぅ(言えない。 争い事が極めてダメだという我が主に、この男と手合せしてみたいだなんて)」

 

 武芸に生きる者が持つその性が原因だなどと、いったい誰が言えるだ――「シグナムの奴よ、きっと戦いたくてウズウズしてんぞ? 天下一武道会に出た時の天津飯とかピッコロとかとおんなじ目ぇしてるしな」

 ……ろうか。 いや、居たな。

 

「お、おい! 孫!」

「いいじゃねぇか、ウソつくよりも全然マシだろ? なっ? はやて」

「え? あ、うん……」

 

 どこか遠慮がちに少女との距離を一定に保っているシグナムに対し、悟空はほぼゼロ距離のクロスレンジではやてに話しかける。

 一緒にイタズラしよーぜ? などと聞こえてきそうな顔でこそこそとはやてに話しかける悟空に、今の発言を否定しようとして……できない彼女の手は宙を仰ぐ。 そんな彼女の姿を見て……

 

「そうやね!」

「あ、主……」

 

 結構強引ではあったが、どこか納得したかのように見えるはやての微笑。 だが――

 

「でも! ごくうのケガと今回のそれは別や!」

「ぃい!」

「シャマルも言っておったで? 今のごくう、本当なら全治半年の重症やって。 魔法である程度治った言うても、右足なんてまだ骨が完全にくっついてないんやろ?」

 

 やはり怒るときは怒る。 ただ優しいだけが優しさではないと知っている彼女は本当に強い子なのであろう。 これには悟空はもとより、シグナムも若干の委縮を開始する。 ただ欲求のままに突っ走ろうとしていた自分を戒めると共に。

 

「勝負すんのは悪い事やない、ごくうが本調子になったらまた相手してもらおな?」

「……はい」

 

 彼女の優しさに、そっと胸の内をなでおろすのであった。

 

「うっし、はやての機嫌もなおったな! いやーよかった! これでオラ修行の続きができっぞ!」

「ごくうは――」

「もう少し――」

『反省しろーーーー!!』

「おわわっ!!」

 

 このトウヘンボクに息の合った喝を入れつつ……なのだが。

 

 

「ところで……」

「ん? なんだはやて」

「ごくう、なんでこんなところでシグナムと一緒に居ったん? 修行っていうやつをやるためだけなん?」

 

 すこしして、車いすに乗ったまま器用に洗濯を干し始めたはやては、横で物干しざおを持っている悟空に視線を向ける。 結構な早朝、普段なら朝食が先なのだが、増えた男手を有効活用するべく作戦を変更したからこそのこの行動。

 それを手伝う形で彼女の横にて、ただ物を持つことだけを求められた悟空は、右手でそれを持ちながらもう片方で頭部をひと撫で……「何て言うかなぁ……」などと小さくつぶやくと、そっとはやてに視線を返す。

 

「ん~~なんていうかさ、オラなんだか身体全体がなまっちまってたみてぇでよ。 そんでいろいろ試してみようと思ったんだ」

「あ、そうやね。 ずっと眠ってたんやもんな」

「あぁ、だから外でいろいろ技とか型とかやってみようかと思ってたらよ?」

「……私が先客でしたもので、その……」

 

 その視線をそのままシグナムの方へと分岐させた悟空に、静かに俯いて見せた長髪の騎士様はどことなく失敗を隠そうとした子供の様で。 それを知ってか知らずか、悟空はほんの少し伸びをする。

 上に両腕を上げて、背中をのばし、全身の力を上方向へと突き出すかのようなそれは、まるでラジオ体操の最初の動き。 突然の動きに視線を奪われ、どことなく猫の昼寝の映像がダブって見えたのは彼女たちだけであろうか? そんな彼女たちに、悟空は『にかっ!』っと笑いかけると。

 

「ほんの少しだけ、手合せしてもらったんだ。 そのおかげで、結構『感』ってヤツを取り戻してきたんだけどな」

「手合せと言っても! 決して主が思うような危険なものではなくてですね!」

「あ、それは周りを見てれば解るんやけど」

 

 やはり言うのは誤魔化しゼロの真実ひと絞りであろう。

 それに訂正を入れるべく、結ったポニーテールを振り回したシグナムはやはり焦り顔。 聞こえが悪かっただろうか? どう受け取られてしまった? などと、優しい主人を不快にさせたと思い込んでいる彼女はかなり必死である……のだが。

 

「ふたりがケンカしとるわけやなくて、なんだか安心したわ。 シグナム、最初はごくうをうちにつれて来るの反対しとったから」

「へ? そうなんか?」

「あ、そ、それは……その……」

 

 はやてはどうやら、別の方向で彼らの心配をしていたようである。 ケガもそうなのだが、やはり彼女には今回、悟空とシグナムが不仲かどうなのかというのも心配事の一つで。

 

「でもな、いまの見とったらそんなのつまらん心配やったんやなって思うてな。 ホント、よかったわ」

「主……」

 

 朗らかな笑顔は、いまだ寒さが消え去らぬ4月の空気を抱きしめる、そんな彼女の暖かさに包まれて……ぐりゅううう

 

「ははっ……ハラぁ減っちまった」

『あはは!』

 

 今朝も悟空の腹が鳴る。

 これのベルが、八神家での最初の朝が始まるときであった。

 

 

AM 8時半

 

 朝食もそこそこに終え、この家の住民に悟空の真の恐ろしさ? を体験させること一刻のこと……彼らが持った感想と言えば――

 

「なんだと!? シャマルが料理を――」

「やべぇ! マジヤベェ!! ちょっと目を離したすきに……アタシのせいだ!!」

「おい……」

『どうした!?』

「悟空が……全部平らげたぞ……」

『なん…………だと……!?』

 

 英雄……ただそれだけだったろうか。

 皆が悲壮に打ちひしがれ、その胸に『喰らう』の言葉を傷み込むその刹那、(なぜか)ヒト型になっていたザフィーラから聞こえてきた声は天啓だったとかどうとか……ヴォルケンズよ、言葉の使い方が違うぞ……

 

「みんなひどい!」

「むうぼむうぼ! もんもみ……んくっ!! こんなにうめぇのに、そんなこと言ってやんなよ?」

 

 その中で「よよよ……」と泣き崩れる副料理長シャマルは、焦げ付いたフライパンを金たわしでゴリゴリ磨いている。 いまどきタワシかよと突っ込むことなかれ、このフライパンは素人でも持ちやすく、さらに軽量と特殊合金の組み合わせで焦げにくく、汚れが落としやすいという『業物』なのである。

 

 これをこうも簡単に再起不能にしかけるこの女が異常……そういう話なのである。

 

 そんなこんなで激しい朝食は幕を閉じ、悟空のリハビリが再開されるのである……されるのだが。

 

「これでええんか?」

「サンキュウ。 この前病院でやってたんだけどな」

『???』

 

 その行動は奇怪極まりない。

 はやてが持ってきたごく普通のコップ。 それに8分モリに注がれた水が向こうの景色を反転させて映らさせる。 飲むために持ってきてもらった訳ではないこのコップ、いったい何に使うかというと。

 

「――――ッ!」

『おお!?』

「う、浮いた!! 水がッ!!」

 

 一発芸……それに見合った何かである。

 コップに注がれた水、それを悟空が鋭い視線で睨みつけるとゆっくり浮いていく。 その器を置いたままに。

 

「…………」

「すげー……魔法も使わないのにどうやって」

「稀に耳にする“超能力”というやつか? いったいどんなからくりを……」

 

 浮いては沈み、そのままコップの中に戻っていく水。 まるで何事もなかったという風態であるコップの周りには、驚愕に顔を染めた顔がいくつか並び、悟空に向かってあれやこれやと質問する準備を整える中、悟空はほんのりと苦い顔をする。

 

「ダメだ……」

「なに?」

「どうにも気のコントロールがいまいちだ……これじゃかめはめ波だって撃てやしねぇ」

『???』

 

 それは大変困難な診断結果。 本来ならばもっとすごいことができたという悟空の言を、信じられないという顔を半分、言っている意味が理解しきれないという顔を半分といった表情を取るシグナム達。 彼女たちは悟空の言った“気”“かめはめ波”の単語の意味を掴みかね……

 

「き? 気……それって、よくテレビとかでやってる奴やろか?」

「お? テレビ? ん~よくわかんねぇけど、そうだなぁ……界王様が言うには、“この世全ての生きとし生ける者がもっている”らしんだけど。 オラそういうんは口で説明すんのはちぃと苦手だな、ははっ」

「……ほぇ~なんやえらくすごい事しとるんやねぇ」

『はぁ……?』

 

 現代っ子? であるはやては、悟空が言う『気』という単語をすぐさま気功という意味に脳内変換。 その意味が解ると、悟空に対する認識を『気功を操る武道家』へとジョブチェンジさせては小さく感嘆の声を上げる。

 それについて行けないのは古き良き『騎士』の肩書を持つ彼等だろうか。 詳細は今は省くが、彼らがこれまで見てきた力とは明らかに異質なそれは、大きく興味をそそられると共に、いまいち意味を掴みかねるのもまた事実。 彼らは背後に大きな疑問符を作り出していた。

 

「まぁ、とにかく“おめぇたちが使う”魔法とはそもそもの在り方が違う……はずだぞ?」

「そうなのか……ん?」

「オラたちのはあくまでも自分が持っている力だけど、おめぇたちのは多分、外にある奴を取り込んでそれをある程度自分の力に変えてる。 そうだろ?」

「え? あ、あぁ……大体あってるが……?」

「そこんとこだけ見ると、界王様に教えてもらった技に似てるんだけど、やっぱ根元のとこから違うんだろうな。 なんていえばいいかなぁ? 毛色が違うっつうのかな……まぁとにかく『おめぇたち』が使う力とは違うモンだってのは確かだ」

 

 めずらしく始まる悟空の解説。 普段から何となく使っている力の再確認と、納得できない彼女たちへの補足をする悟空はどことなく学校の先生の様で。 学校になど行ったことがないはやては、ほんの少しだけ背中がむずがゆくなっていたりした。

 

――――「ちょっと待て!」

 

 ここで呼び止める声。 言葉の中の不快な点を見つけ出したシグナムは悟空に人差し指を向ける。 今コイツはなんといったか? その言葉をのど元までため込んだら、一気に放り投げる。

 

「どうして『我等』が魔法を使うとわかる! シャマルやザフィーラはともかく、私とヴィータは一言も言ってないだろ」

『あ……』

 

 それは確かな疑念の言葉。 それを聞いた悟空は後ろを向き、彼女たちを視線の外に置く。 今まで正面切って話していた悟空がとったこの行動に、一抹の不安がよぎるシグナムその他3名。

 

「そりゃあわかるだろ?」

「なぜだ!」

 

 はやて以外の誰もがほんの少し身構える。 決して彼を敵対者とは見て無いモノの、彼に対する疑惑は膨らんでいくばかり……シグナムは、そっと右手を胸元のペンダントに持っていく。

 

「シグナム!」

「……なんだ?」

 

 そのとき、悟空から発せられるのは呼び声。 いまだ背を向けた彼の表情は読めず、だからだろう……動向が読めないシグナムはさらに警戒の念を強め――

 

「いま右手を胸まで持っていったな?」

『――――ッ!!!』

 

 衝撃が走る。

 

 この男、孫悟空はいったい何をしたんだ……

 

「な、なにを……」

 

 悟空の言葉に後ずさったのはヴィータ。 彼女はシグナムの仕草と、悟空の言い放った言葉を確認するとその心の内を激しく乱す。 偶然などではない! アイツは今絶対なる自信を持ってシグナムの行動を当てて見せたのだ……それに驚き――「お? ヴィータ、それ以上うしろに下がるとはやてにぶつかるぞ?」

 

「なっ!?」

「え? えぇ!?」

 

 今度は二人分をしっかりと当てて見せる。 この正確さはなんだ! なぜ自分たちの行動が手のひらを動かすように簡単に当てられる!

 この男は……いったい何をしたんだ!!

 

「孫……おまえ……」

 

 シグナムが言葉を漏らす。 決して呼びかけたわけではないそれは驚愕からくる呟き、それを聞くと悟空はふいに振り向き、昔に言ったあの言葉をシグナム達に言い聞かせる。

 

「目で見るんじゃなくって感じるんだ。 そうやって相手が持っている『気』を探って、その流れを読む」

「気……流れを読む……?」

「そうだ、その要領でおめぇたちが持ってる“普通の奴が持ってないナニカ”を感じとったから、おめぇ達もなのは達みてぇに『まどーし』ってやつなんじゃねぇかなって思ったんだ」

「そう……だったのか……」

「はは、そうだったんだ!」

「……はぁ~~」

 

 腰から座り込むシグナム。 まさかこれほどまでに緊張をするとは思わなかった彼女。 不測の事態、聞いたことすらない得体のしれない力を持った男と相対するかもしれないという状況は、彼女に多大な重圧をかけた。

 故にそれが解かれたせいで彼女は肝心なことを聞き落す。 彼が自分たちと比較にしていた人物がいるということを。 しかしそれは――

 

「すまない……昔にいろいろとあってな、つい他人を疑う悪い癖が……」

「別に気にしねぇさ。 こうやってわかってもらえるんだから、まだいい方だぞ」

「そ、そうか。 すまない。 まさかお前にこんな力があるとは思わなかったからな」

「そうだな、オラも言い忘れてたってのもあったしな。 誤解させてすまなかった」

 

 いまは関係ないのであろう。

 

 

 

PM 13時半

 

 時間は過ぎ去り、お昼を大きく過ぎた時間帯。 日差しが東から西に傾くはずの時間帯。 外には小鳥がさえずり、道路にはふとんを叩く音が木霊する。

 平和な時間帯……その時それは怒った。

 

「ああああ!! ゴクウおまえそれ!」

「んくんく……ん? どうかしたんか?」

「そ、そそそ……その――」

 

 起こった……いいや、やはり怒っただろう。 仔猫と子犬の週刊ぐらいで喚き散らすのはヴィータである。 彼女は開け放たれた窓の近くにいる悟空に向かて飛び跳ねる。

 まるで流星! 彼女はとび蹴りという一つの弾丸となったのだ!!

 

「それはアタシの―――!!」

「多重残像拳!!」

「ギャアア!!」

 

 どんがらがっしゃーーん

 

 大きな騒音を立てて消えていったのはご愛嬌。 彼女は、確かに星になった……シグナムと一緒に。

 

「こ、この! ヴィータ! いったい何を!」

「わ、わるいシグナム……でもアイツ! アタシのアイスを!!」

「もふ?」さくっ!

「あああ!! もう全部食いやがった!! アタシのストロベリー&チョコチップアイスを!! 最後の一つだったのに~~」

 

 ガクリ……かなりオーバーなアクションで膝から崩れ落ちるヴィータ。 そんな彼女の身を案じて、近づく悟空は空になったカップを指でクルクル。 余裕の完食ぶりである。

 

「あ~あ、ごくう、それはもともとヴィータのなんやで?」

「え? でも好きなもん食えってシグナムがよ」

「……あ」

「し~ぐ~な~む~」

「あ、いや……その、なんだ」

「んぐぐぐぐ~~」

「……わるかった」

 

 持っていないはずの鉄槌が、その打ち下ろし地点を変えた瞬間である。 これを微笑ましく見つめるはやてとザフィーラ。 さらに申し訳ないと後頭部を掻いているシグナムと悟空……それを見てしまったヴィータは、それ以上のダダはこねられず。

 

「いいよ……もう食べちまったんだから……うぅ」

「あちゃ~~ヴィータ! 悪かったから……な?」

「もういいって言ってるだろ!」

「ん~~(どうしたもんか)」

 

 見た目相応の『いじけんぼ』へと変身してしまったのである。

 それを見た悟空は腕を組んで床を見つめる……キレイにそろったフローリングは均等に並べられ、モダン的な美しさをこの家に――「あ、そうだ!」

 

「よし、ヴィータ!」

「え?」

「オラが買ってきてやる。 そうすりゃばっちしだ! ちょうどオラも、からだを動かしたいとこだったしな!」

 

 結構関係ないことを一瞬だけ思い過らせた悟空はすぐさま現実世界に帰還。 そしていちばんシンプルな答えを選んで彼女に言い渡す。 それはきっと初めてのお使い――

 

「はやて、ヴィータが食うアイスって商店街にいる帽子かぶったおっちゃんが売ってる奴だろ?」

「え? そうやけど……なんや、えらく細かいところを知っとるんやなぁ」

「まぁな。 前ぇに、モモコが一回だけ連れてってくれたんだ」

 

 だから場所は覚えている。 そう、場所だけなら完璧だとはやてに伝えた悟空に何の問題はない。

 だからだろう、ここではやては少しだけお願いすることにした。 どうせ向こうまで買い物に行くのだから、一緒に……

 

「せやったら晩御飯の買い出しも頼んでええかな? 買うモンはここに書いとったから大丈夫やと思うけど」

「お、これか? どれどれ……ニンジン、ジャガイモ、玉ねぎ……これ全部だな?」

「……大丈夫?」

 

 はやては小さなメモ紙を渡すと、見上げた男に尋ねていた。 その気はなかったのだが、そう聞かずにはいられない衝動に駆られるのだから不思議である。

 

「あぁ、任せてくれ!」

「……そんじゃお願いしようかな」

「おう!」

 

 ドンっと叩かれる悟空の胸板。 部屋中にその振動音が響き渡り、彼のスケールの大きさを思い知らしめる。 先ほどまでのためらいは既に消え失せた! そして悟空は庭に出て大きく息を吸い込む。

 其の姿になにを? などとどよめきを隠せないシグナム達に、悟空はあの者を――

 

「筋斗雲やーーーーい!!」

『――っうく!』

 

 思わず耳をふさぐ大音量。 それと同時に悟空は空に跳ね、『彼』に乗っかる。

 

「これなら気が使いづらかろうが、脚怪我してようが関係ないかんな」

「雲……なのか?」

「あ、このあいだ乗ってた!」

「お? そっか、はやては見たことあんだよな。 筋斗雲っていってな、オラの友達だ。 よろしくしてやってくれよ?」

『あ、はい……』

 

 悟空の召喚術に、というより召喚されたものに驚きを隠せないシグナム達。 ふよふよと浮かぶそれを凝視しては、その魅惑的な黄色い表面に手をのばそうとする。

 

「…………あ」

 

 触れたのはいちばん近かったはやてである。 押し込んでは引き戻し、低反発まくらと羽毛布団の中間点くらいな独特の触り心地に思わずつぶやいたのはたった一言。 だがそれでいい、それが正しい。 その反応、その対応こそが彼に対する最大限の惨事となるのだから。

 

【…………】もくもく

「はわ! うごいた!!」

「あ、主! 孫、これはホントに……」

 

 年齢通りの反応で雲に触りだしたはやてに、動くことで答えた筋斗雲。 それに過剰反応するシグナムはまるで現代にタイムスリップした侍か何かの様で、人差し指でツンつくツン……触れた感触に微妙な顔をしている。

 ジト目……しいて言うなら、メロンとかスイカとかを切る際によく見かける半円上の目になると、悟空にうねうねと視線を送り込む。

 

「大ぇ丈夫だって。 とってもいい奴なんだぞ? 一回消えてなくなっちまったけど」

「そう……なのか」

「あはは!」

「……まぁ、主が喜んでいるのならばよいが(まずい、何が不味いって…………気持ちがよすぎる)」

「なんか言ったか?」

「なんでもない……」

 

 悟空の無害宣言で何となく落ち着いたシグナム、だが彼女のようすはどことなく可笑しい……おかしい。 それに気づくが追求することがない悟空は背を向ける。

 何にも書かれていないただのオレンジ色の布地を使ったジャージは物足りなさを感じさせ、それがわからないシグナムはその背中に……

 

「…………ん」

「そんじゃま、はやて! 行ってくる!」

「気ぃつけてな?」

「おう! いざとなったら『気』ぃつかうから大ぇ丈夫だ」

 

 なにか大きなものを感じ取り、それがやっぱりわからない彼女は無言で彼を送り出す。 挨拶ははやてが済ませた今、自分が送り出す声など必要はないだろう。 そんな消極的に思える思考の中……

 

「おめぇたち! はやての事、よろしくな! じゃなーー」

 

 悟空は、大空へと翔けだしていく。

 妙にはやてを気遣う悟空。 それは彼が持つ優しさか気遣いか? それとも彼にしかわからない何かがあるというのであろうか……とりあえずそれは、常夏の季節が過ぎるまではわからない物語である。

 

 

 

~~2時間後~~

 

 春のそよ風が、その温度を徐々に下げていく時間帯。 海風が混じった空気は、ほんの少しだけ潮の匂いを漂せるそれを突き抜けていくのは孫悟空。

 どんなに大きくなろうとも、どれだけ常識を身につけようとも彼は彼、この大空を飛び回る感覚はいつだって胸を弾ませる。

 

「まいったなぁ。 肉屋が見つかんねぇ……なんで今日に限っておっちゃん休んじまってんだ?」

 

 だが彼の顔は渋い。 目的の物が見つからない、彼はほんの少し筋斗雲のスピードを落とす。

 

「野菜とかは畑にいる“いつもの”じいちゃんに貰ったし……他のヤツは縁側にいるばあちゃんがくれたしなぁ」

 

 ちなみに彼、今のところ財布のひもを解いたことはない。 それがどういう意味かはあえて書くことはしないが、決して悪い意味ではないということを記しておこう。 あぁ、それと「おんやぁ、ごくうちゃんかえ? こんなに大きくなってまぁ……」というセリフの後に、“おみやげ”だと言っていろいろ貰っているというのも書いておこう。

 

「肉……肉かぁ……恐竜が居ればすぐに手に入るんだけどなぁ……この辺にいねぇかな………?」

 

 何やら物騒なことをつぶやく彼はスッと急停止。 どこか遠くの方をながめている彼は、首をゆっくり傾げる。

 

「なんだ? とっても懐かしい感じの気だ……だれだ?」

 

 それはとても小さいけれど、とてつもない存在感を与える『気』

 

「キョウヤでもシロウでもない……ん? じゃあ誰なんだ?」

 

 それはもちろんなのは達でもない、さらにリンディ達でも誰でもないそれに頭の中をこんがらせると、悟空は進路を変えようとして。

 

「お? なんだなんだ? こっちからも変な気を感じる……誰だ?」

 

 段々と現れる知らない気のオンパレードに若干だが戸惑い、だけどすぐに周りを見渡す。 今までに感じたことがない奇妙な『気』を探している悟空は、それをすぐに見つける。

 

「な、何すんのよアンタたち!」

「や、やめてください―――ひゃッ!!」

 

 何やら取り込み中の様だ。 それを高いとこから見下ろす孫悟空は動かないし駆け寄らない。 今の叫び声だけでおおよその見当がつくはずなのに、それでも動かないのはなぜか?

 

「あ、思い出した! アリサとすずかだな!」

 

 遠い昔を悠長に思い出していたから。

 おおよそ8年前の出来事で、周りの時間は三日しか経っていなくって。 だから悟空がこんなに思い出すことが遅れるのも無理がなく、周りからしたら何してんだコイツと言われるのも仕方なく。

 

「そうか! あいつ等になのはがどこ行ったか聞けばいいのか!」

 

 なんて呑気にやっている間に、彼女たちが連れ去られてしまうのも致し方なくて。

 

「あり? あいつ等どこ行くんだ? あっちはすずかの家はねぇはずだろ……ん?」

 

 偶発的に怪しいと睨んだ悟空。 もしもここでそう思わなかったら……そう考えるのは無駄なこと、こうやって考え至ってくれたのだから今回はセーフであろう……

 右を見て、左を見て、そして正面を見た悟空はそのまま――

 

「うっし! 追っかけてみっか!」

 

 筋斗雲のエンジンを再点火させるのである。

 

 

海鳴市 郊外

 

「…………」

「…………」

 

黒いワゴンが法定速度をきっちり守りながら走行していた。

まるで必死に周囲と溶け合おうと、いかにも一般車両と言った風を装うこの運転。 周囲の車は行儀悪く速度オーバーしながら走り去っていくのに、これでは逆に目だって仕方なく、だが速度オーバーで捕まるよりは……故にこれはかなり頭のいい行動なのであろう。

 

「へへ、やりましたねボス」

「あぁこんなにうまくいくとはな、10日も待った甲斐があったってもんだ」

「でもまさかバニングス家の令嬢まで一緒に確保できるなんて、私たちついてますね」

 

 車内には5人が乗り込んでいた。 運転席と助手席に背の低い男が二人それぞれ座っており、後部座席には小学生くらいの女の子が二人と、長髪の20代の女性が一人。

 最後部は収納されており何やら大きな黒い箱が鎮座していた。 そのいかにも物騒ですよと存在感をアピールするそれを敢えて無視して話を進めよう。

 

「ごめんねアリサちゃん、わたしのせいで」

「なにいってんのよ、こうなったのもみんなあいつらのせいじゃない」

 

少女たちの状態は、まず両腕を後ろに回され手首をロープで拘束され、足首にも同じようにロープが掛けられている。縛られた少女たちの片方……緩いウェーブがかかった青紫の長髪の女の子の名を月村すずか。 こんな状況でも気丈にふるまう金髪のロングストレートはアリサ・バニングスという。

この両名は、学校が昼で終わると下校途中の林の中で欠席となったなのはの話をしている途中、突然背後から襲われそのまま袋に入れられてしまう。 その勢いを殺さずに車まで運ばれ、そこから2時間後の午後3時30分。

 

            がたん!!

 

ワゴンに大きな振動が走った。

 

「う~~~~」

「な、なんなのよ!?」

 

 突然の振動で全身に軽い衝撃を受けた少女達。 彼女たちは外を見渡すも、広がる闇だけの風景は不安をただ増大させていくだけで。

 

「もう……どこよここ……」

「わかんない……(うっすらだけど鋼板みたいのが見える……普通の場所じゃないみたいだけど)」

 

 それを正直に吐き出すアリサの傍らで、内心で気丈にも自信を保ち、何かないかと打開策を模索するすずか。 そんな強い少女たちを傍らに置いておき、バカみたいな笑い声を出す□□□一味の御一行は上機嫌で。

 

「着いたか……我ながら完璧な作戦だ! なぁ? 周(しゅう)よ」

「へい、さすがですボス!」

「盗難車で逃げた後、そのまま貨物船に紛れ込んで逃走し、どこぞの研究所にこのガキを売りさばく予定だったが。 バニングス家の嬢ちゃんが一緒となっちゃ話は別だ! 身代金をたんまりいただいて行こうじゃないか!! ぐふふふ、はーはっはっ!」

「さすが『炒飯』(いためし)様、完璧な作戦の上にこのような臨機応変な対応……恐れ入ります」

「これ米(まい)! その名でわたしを呼ぶんじゃない!」

 

 あまりの展開のスムーズさに、自画自賛の嵐を巻き起こしていたりする。

 どこかの世界の似たような3人組が聞けば、やはり賛同しそうなこの状況。 だがその二つの3人組どもがもつ、唯一の相違点がある……それは。

 

「ん」にっこり!

『……え?(なにあれ?)』

 

 お邪魔虫の存在であろうか?

 

 誘拐犯の3人は自分たちの立てた作戦がうまくいったことに歓喜していた! 油断していた!! そう、船に乗って外国まで逃げてしまえば普通の方法では捕まえることは困難、『この世界にいる誰もが』自分たちを捕まえることはほぼ不可能であろう……と。

まさか自分達の乗っているワゴンのすぐ後ろに『非常識』がついて回っていることも知らずに。

 

『がーはっはっは♪』

「…………誰だろ?」

「なにもん?」

 

 彼らはそのままバカな笑い声を上げつつ走っていく。

 目指す目的地は無人の倉庫。 そこで一息入れようという算段は確かに正しいだろうし間違いではない。 緊張をほぐすことは必要なのだから……そう、その場が彼らにとっての安息の地になればの話だが。

 

「よし! 降りろお前たち!」

『きゃっ!!』

 

 ついに到着したその目的地。

 

「ちょっとあんたたち! わたしたちをどうする気なのよ!? こんなことしてタダじゃおかないんだから!!」

「あ、アリサちゃん。 あんまり刺激したら……はぁ……はぁ」

 

 

 アリサが爆発していた。 大爆発である。

 車にゆられること2時間、そこから船に乗せられ30分、そんな時間拘束されていた血気盛んなバニングス家のご令嬢の怒りゲージはMAXであった。

 それをたしなめるように後頭部に汗をかいているすずかは若干消耗していた。

 

(だめ、あたまがクラクラする。 こんなことならおねえちゃんの言うとおりに『アレ』を飲んでおけばよかった)

 

――――――――決して疲れではない理由ではあるが。

 

 

「ぐぬぬ、この娘っ子はなんて生意気なのだ! きさまホントに人質という認識があるのか!?」

「落ち着いてくださいボス」

「そうですよ、身代金を貰ったらさっさとどこへなりとも売り飛ばしてしまえばいいんですから」

 

 3人組はかなり手を焼いていた、特にアリサが騒がしいと言ったら……それこそ拘束を引きちぎって其処ら中暴れまわりそうな勢いである。 何とも手を焼かせる小学3年生だ。

 

「がるるぅ!」

「えーい! うるさーい!! こうなったら少し痛い目を見てもらうしかないな」

「……な、なによ?」

 

 ボスと言われた男が懐から出したもの、それは黒い鉄の塊……拳銃であった。

デザートイーグルと呼ばれるその自動拳銃。 マグナム実弾と呼ばれる弾丸を運用することのできる非常に強力な銃であり、射撃時の反動はとても大きく通常の警官が使うような『トカレフ』などよりは扱いづらいが、銃自体の質量が大きく、ボルトやスライドの後退動作によって射手への反動の伝達が遅延され、体感される反動は“同種の弾薬を使用する”他の回転式拳銃に比べれば小さい。

 

 …………何が言いたいかというと、小柄なこの男にも使えるとっても強い鉄砲だっていうことなのである。

 

「そんなもの出したって全然――」

「だまれーー!」

 

 それでも黙らないアリサに向けられた黒い鉄塊。 その冷たさはいまだアリサには届かず、それに痺れを切らせるように男は、アリサのすぐ横に向けて照準をずらした状態でトリガーを引く。

 

「――ッ!! …………うく」

「うぅ…………」

 

 一発の銃声が響く。 あまりにも乾いた音は、其の力に対する少女たちの無力さを思い知らせるかのようで、アリサは黙り込み、すずかは恐怖のせいだろうか……その小さな身体をビクビクと震えさせる。

 

――――――その姿に

 

「ふん、ようやくおとなしくなったか……これでわかったろ?」

 

 男はくだらない自尊心を満たし、いかにも満足したかのような表情を作り……

 

 

 

「なにがだ?」

 

 

 青年は、目尻をとがらせていた。

 

「なにがってそりゃ……て、誰だ! 貴様!?」

 

 唐突に聞こえてきた声に視界を再確認した小男の表情から満面の笑みは消えていく。 いつからいた? いつの間に……自分達と人質の間に割って入った!? 驚愕の表情の小男はここで気づく。

 

「弾……あれ!? 今撃った弾はどこ行った!!」

「へ? ボス??」

「……どこと申されましても」

 

 たった今撃ちだされ、亜音速で飛んで行ったマグナム弾の行方である。

 撃ち出したのならすぐ様に着弾音が鳴り響く音が聞こえてもいいはずなもの、なのにそれが聞こえない……というより、弾痕すらどこにも見当たらない、いったいどこ――――「たま? 球って、今飛んでたコレの事か?」――――に行った……のであろうか?

 

「え?」

「うそ!?」

『な、なんだとぉ!!』

 

 その場の誰もが驚きのたまう。 

 

「いやよ? アリサに当たりそうだったからよ? とっても速かったみてぇだけど掴めねぇモンじゃなかったしな、取っちまった!」

『取っちまったって……』

 

 いとも軽くあっけらかんに、そんな感じの彼は若干怒っているかのようにも思えて……だがそれがわからないこの場全ての者たちは――――

 

「いよっと……おめぇたち! ちょっと待ってろ!」

「え? ええ!?」

「え! あ、ウソ!?」

 

 いつの間にか10メートル単位で移動していた彼に、自分たちの常識をことごとく崩されていくのである。

 少女二人は目を見開いた。 それは当然だろう、なにせついさっきまで冷たい鉄板の上で無造作に座らされていた彼女たちが、今は正反対の暖かい腕の中でお姫様みたいな抱っこをされているのだから。

 

「遅くなってわるかった……ちぃとばっかし気付くのが遅れてな。 すまねぇ」

「は、はぁ……(……あったかい)」

「にしてもよく泣かなかったなぁ、えらいぞ……」

「あ、あんた……なんなのよ……うくっ」

 

 震えていた身体が、その振動をやめた瞬間であった。

 圧倒的な安心感。 まるで日の光に包まれているかのような感覚は彼女たちの瞳に、ほんのりと雫を零させようとする。

 冷たかった、痛かった。 その声を代弁させるかのように悟空の胸に顔をうずめていく彼女たち、それを感じ取った悟空は……

 

「――――ッ!!」

「え?」

「なに……?」

 

 剣よりも鋭いまなざしをする。

 これに戸惑う少女達。 なんで? 怖い顔を向ける彼がわからなくて……けどそれもほんの少しのあいだである。

 

『え? ええ?! ロープが……』

「これで立てるだろ? っこいしょ……ちょっとのあいだそこに居んだぞ?」

『は……はい……』

 

 悟空がとった行動は皆にはわからない不可思議なもの。

 それはつい数時間前にはやて達に披露したコップ手品のタネ……『気合砲』である。 それを極小規模で放ち、彼女達の拘束を取って捨てるとゆっくり床に降ろす。 まるで紳士かナイトのよう。 そんなことを思い描いた彼女たちを背に、悟空はほんの少し大人気を放り捨てる。

 

「おめぇたち悪いことは言わねぇ、すずかとアリサに謝って……」

 

その言葉を放つ彼は、一陣の風を纏う……

 

「とっとと帰ぇれ!!」

 

 青年の第一陣――いいや、準備運動の始まりである。

 




悟空「おっす! オラ悟空!!」

アリサ「ほぇ~~(なんて非常識な……)」

すずか「あったかい……ん~~」

悟空「あり? なんだよおめぇたち、そんなぼうっとしてねぇで早く次の話をよ」

二人「ぼ~~」

悟空「あっちゃ~~ こりゃ後でキョウヤの奴にどやされちまうかなぁ? まいっか! 次回!! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第18話 大猿男と吸血姫」

すずか「わたし……わたし!」

悟空「……どうした? 言いたいことあんだろ? オラちゃんと聞いててやっからさ。 ちゃんと言ってみろ」

すずか「わ……わたしは――」

忍「…………がんばって。 すずか……」

悟空「またな!」


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第18話 大猿男と吸血姫

長く……なったな。

えっと年末年始はともかく。 その前と後は大変なことになるので、もしかしたら今まで以上に更新速度が落ちるかもです。

さて、どっかで見たことがある3人組を相手に、若干起こった悟空の“リハビリ”が始まろうとしています。
そしてアリサは? さらにすずかは?
悟空はこのお姫様たちを無事救うことが……できるでしょうね。


今回、悟空の難敵出現です!! こうご期待!!


 

 ラフな運動靴が鋼板を叩く。 冷たいそれは徐々に暖められていき、彼の靴の温度と同化していく。 そうなるまでのあいだは相応の時間があっただろう、そうなるまで彼は決してそこを動かなかったのだろう。 なぜ動かない? どうしてそこにいる?

 

「なんだ、変な気ってすずかの事だったんか。 にしてもあいつら……なにしてんだ?」

 

 答えは案外簡単、彼の考え事が長かったからである。

 古い友人ふたりと見知らぬ……いいや、どこかで見たことがあるかもしれない三人と、やってきたこの場が妙に懐かしくって。

 

「むかし、レッドリボンの奴らとドラゴンボール取り合ったときに似たようなとこにきたっけかな?」

 

 本当に遠い昔の事を思い出した彼は次に聞こえてくる大声に……

 

「ちょっとあんたたち―――!」

「ははっ! アリサの奴、なんかブルマみてぇだな」

 

 やっぱり懐かしさを胸に抱く。

 なぜか目頭が熱くなるような感覚。 彼はそれすら気づかないが、例えるならば遥か悠久の時を懐かしむ異邦人の心境。 もしくは数十年来の友に再会した老人の心の様を移しているかのようで。

 

「…………みんな、今なにしてっかなぁ」

 

 望郷の念――遠くに居るであろう彼らを、悟空はそっと思い出していくのである。

 その思いはおかしくもあり……正しい。 本当ならばかなり無茶をしているであろう親友と息子、だがなぜかその記憶はあいまいで……悟空はほんのりと頭を傾げるが。

 

「いい加減にしなさいよ!!」

「ぐぬぬ!!」

「……はは、こりゃ大きくなったらブルマよりも怖くなるかもな」

 

 がおー!! そんな効果音付きでキャンキャン喚き散らすアリサを見て、一番最初に仲間になったあの人物を再び思い出す。 じっちゃんの形見を奪いに来たやつだと思い、如意棒をふるったのは今ではいい思い出だ。

亀仙人のじっちゃんに引き合わせてくれたのは運命を感じさせ、途中で出会ったウーロンから誘拐された村娘を取り戻す際に使った奇策も懐かしい――「ん?誘拐?」

 そんな昔の出来事を思い出していた中で悟空は……

 

「あり?」

 

 やっとそれに気づく。

 両腕を組み、頭を右に傾け、眉は逆ハチの字に曲がっている。 ここまで考え抜いたその先、悟空の健康的なピンク色の脳細胞の限界を超えた思考の先で……彼はついに真実に到達する!

 

「あいつら……もしかして誘拐されてんのか!?」

 

――――あまりにも、あんまりな悟空であった。

 

「ん、あれはちぃとばっかし不味そうだな」

 

 そんな能天気顔もすぐさま変わる。

 まさに一瞬で変わった彼の顔は季節で言うなら春から梅雨。 雷雨を伴う嵐の季節に立ち入ったそれは彼の心内を反映していくようで。

 

「…………」

 

 彼は、雷のように空へと消えていくのであった。

 

 ~~時間は、元の時間軸へと戻る。

 

 

 怖かった。ただそこに誰かがいるのが怖くて、家族以外の誰かが私のことを『知って』しまうのが恐ろしかった。 ……ちがう、本当は『知られること』ではなくて

 

 

―――――――――こわい

 

 

 嫌だった。 仲良く遊んでいるみんなの姿がまぶしくて……その輪に入れなかった自分の境遇を何度も呪ったこともあった。 ……そうだ、ほんとに恐ろしいのは……

 

 

―――――こわい――――こわいよ

 

 

 だから嬉しかった。 向こうから差しのべられた『あの子』の手が! 例えそれがどんな理由でも。 とられてしまったカチューシャは大切なものだったけど、誰かと追いかけっこなんてしたことなんてなかったわたしはオドオドしながら……でも決して追いかけるのをやめなかった。 ……あの優しい笑顔が。

 

 

――――――――いたいよぉ――――つめたいよぉ

 

 

 すぐに『あの子』を引き止めてくれた子がいた。 『その子』はとても強い目をした子で、わたしなんかとは正反対でとっても強い意志を持った目をした子。

……わたしの前から……

 

 

―――――――――――――――たすけて――――だれかぁ――――たすけてぇ

 

 

 言い合いもした、ケンカもした、最初なんて取っ組み合いから始まった。 そんな『わたしたち』は今ではとても仲良しで。 ……みんないなくなってしまうこと。

 

 

―――――――――――おねがいだから『わたしたち』をたすけて

 

 

 ふるえた身体でできることなんて、ただ祈ることしかなかった。 ……それがとても怖かった。

 

 

 

でも。

……でも。

 

 

 ―――――――おめぇらよく泣かなかったなぁ、もう大丈夫だかんな?

 

「え?」

 

 そんなちっぽけな祈りに、ホントに簡単に答えてくれたヒトがいました。

 

「にい!」

『ほぇ?』

 

 その人の笑顔はとてもやさしくて、まるでお日さまのようなあたたかさでわたしを抱きしめていて……

 もう、わたしはその人から視線を外すことが出来なくなって……

 

 

 

「とっとと帰ぇれ!!」

「…………」

「すずか?」

 

 颯爽と現れた彼。

 稲妻が如く唐突に、そう、音よりも速く空気を貫いていた鉄の塊をその手で掴むと、いらないとも言わないで放り投げ、今度は少女達を掴んで抱きしめる。

 ちから加減は極わずかにと引き絞り、ガラス細工のような身体に一辺の欠けすら許さないようにしている彼は内心冷や冷や。 それほどまでに今の彼は……“今いる”彼は力のコントロールが不十分なのだ。

 

「ね、ねぇ! いまあんたなにしたのよ!?」

「ん? いまか? “気合”でおめぇたちの紐にちょっとばっかし、ちからこめて千切ったんだ」

『…………ほぇ?』

 

 聞こえてくるアリサの疑問の声にありのままを言う青年の姿は、年下の女の子と話すというよりは友達に技の説明をする男の子。 その態度、その説明の理解の難度に小首をかしげる少女達。

 いつの間にか声から震えがなくなっている少女たちは身体でわかっていた。

 

「ちょっとだけそこで待ってろ? あいつ等、二度と悪さできねぇように、オラがきつくぶっ飛ばしてくっから」

『は……はい……』

 

 もうすでに、この青年が自分たちを救い出してくれるという事実を。

 

「お、おい貴様!! いきなり現れてなんだ! いったいなにもんなんだ!!」

「なにモンも何もなぁ。 ん? おめぇたちどっかで見たことあるような?」

「なに? ……いやいや。 そんなもん知らん!! 周! 米! 一斉射撃だ!!」

『はい!!』

 

 見たことがある出で立ちの誘拐犯一味に、またも懐かしさを感じるが、事態が事態だ。 少女達があんまりに寒そうにしているその姿に、悟空は一瞬で片を付けると心に決めて気合を込める。

 

「フッ!」

『ぐおお……おろ?』

「え?」

「外した……?」

 

 だがそれはまさかの不発。

 一味の真上から聞こえてくる小さな炸裂音。 それは天井に穴をあけた音、だがそれによって彼らが何らかの痛手を負うということはなく、この結果が意味することはただ一つ……悟空の失敗。

――そう誰もが思うだろう。

 

「は、はは! 格好よく現れておいてとんだへなちょこじゃないか! 奇妙なトリックを使ってこんなもんだとはな。 ぐはははっ!」

「そう焦んなって。 こうしておけば……」

「ん?」

 

 そう、悟空の攻撃はまだ始まってはいないのだ――!!

 天井を見ていた悟空は腰を落とす。 それはあの必殺の構え……ではなく。 空手などによく見る正拳突きの構え。

 彼はそこから息を吸い、小さき男に向かって話の続きを言い渡す。

 

「おめぇたちが吹っ飛んでも、それで押し潰れちまうことはねぇだろ?」

『なに?』

 

 それは、余裕の一言であった。

 告げる勝利宣告は悟空の微笑と共に出される。 見る者が見れば何でもない……ただの弱い者いじめと映るだろうが、そこは悟空。 彼はちゃんと加減をしようと……

 

「はぁァァァ」

 

 力を抜いて、大きく息を吸い込んでいる。

 構えた手は右が引手で左はただの構えるだけの手。 正面に据えるように置いたその左手を、悟空は自身の身体を軸にして、腰を滑車が如く、勢い付けて右手と一気に入れ替えた!

 

「だあッ!」

『~~~~~ッ――――』

 

 吹き荒れる突風。 それは青年の正面突破の拳が生み出した拳圧であり、何の気の付加もないシンプルな突き……ただ威力が並の人間では到達不可な代物であることを除いてであるが。

 吹き飛ばされていく一味の三人。 呆け顔になる少女二人。 この場にいる誰もが、今起こった超常的な現象に言葉をなくし。 その華奢ともいうべき身体を風が包み、邪魔者を退き、静寂をこの船内に引き込んでいく。

 風が止み、小うるさい三人組はもういない。 そこには少女ふたりと最強の青年が一人佇んでいるだけで。 つい先ほどまでの危険だった空気とは正反対のあたたかな雰囲気の中、悟空はそっと彼女たちに振り向く。

 

「さってと」

「え?」

「あ……」

 

 その後ろ、悟空の背後から現れたもう一つの超常現象を見た彼女たちは目が点となる。 それは『尾』 今のいままで気が付かず、心が静かになったからこそ分かる真実。

 

「な!? え? あ、あんたに『も』しっぽがある……なんで!?」

「も、もしかして――」

「ん?」

 

 驚く彼女達。 それに今一つピンとこない悟空は小首をかしげて、おもむろに尾を動かしてみる。 それを目で追う彼女たちは例えるならば猫ジャラシを前にした子ネコ、もしくはボールを放り投げた時のアルフ――もとい、子犬のような仕草であったと明記しておこう。

 

「あ…ああ! あんた!!」

「なのはちゃんの家に住んでる――!!」

「……?」

 

 そこまで行き彼女たちは答えを導き出す。

 何となく『少年』が着込んでいた道着と同じ色のジャージ、寝癖のような普通じゃない髪型に先ほどの尻尾……これが当てはまる人物はもう、彼しかいない!

 

 そう、彼は――――

 

『悟空(さん)のおとうさん!!』

「へ?」

 

 …………彼女たちの答えは、ちょっとだけスライダーがかかっていた。

 

「おとうさん?」

「だってそうでしょ! こんな奇怪なことができるのって、アイツの関係者ぐらいしか思い浮かばないし、知らない!」

「……あ、アリサちゃん……」

 

 的確なのだが見当違いな答えに、若干肩口をずらす悟空。 そんな彼を余所に、自らの答えを確信付ようと、言葉尻きつく人差し指を突き付けるアリサにすずかはタジタジ……

 助けてくれたんだからと、両手の平で『まぁまぁ』と言っているすずかは本当に苦労人気質であろう……そして。

 

「?? おめぇたち」

『え?』

「さっきから何言ってんだ?」

『……はい?』

 

 後頭部を2、3掻いている悟空はゆっくりと前かがみとなり、彼女達へと話しかける。 それは嫌でも差がついてしまった彼女達との身長差を考えての行動であり、旧友である彼女達と対等に接しようとする彼の、無自覚な配慮でもある。

 そんな彼に、すずかは――感じ取る。

 

「…………え?」

「お?」

「……なんで(悟空さんとまったく同じ匂い……?)」

 

 それは、あの猫屋敷の住人……否、在住猫たちを魅了したものとまったく同じモノ。 それを“嗅ぎ取れる”すずかは再度悟空に向かって視線を飛ばす。

 触れ合う視線、合わさる目と目。 そこまでして、悟空はやっと……

 

「なんだおめぇたち。 もしかしてオラの事忘れちまったんか?」

『……?』

「前ぇに何回か会ってるじゃねぇか?」

「まえに?」

「何回も?」

 

 彼女たちの疑念を読んで取ることができたのである。

 

「最初はよ、ユーノを拾ったとこで会ってさ。 そんで病院にまでオラたちを連れて行ってくれただろ?」

「……うそ」

 

 まずはすずかがここで思い至る。

 青紫に近い黒髪がゆったりと動き、心のざわめきを代弁していく。 それほどまでに彼女の中の衝撃は強く……

 

「次が……? あ! そうだ。 すずか! おめぇんちでよ、菓子食いに行ったよな! そんで次が温泉だ」

「も、もももも……もしかしてホントに?!」

 

 ここでアリサもゴールする。

 刺した指先はそのままケータイよりも高速なバイブレーションを披露して、ひびくダメージを視覚化していく。

 どちらもショックは甚大で、だからこの後の喧噪は……

 

『うそおおおおおおお!!!!』

「おわっ!?」

 

 仕方がないと言えるだろう。

 

 

~少しして~

 

「そっか。 この3日間なのはが“がっこう”をなぁ……」

「そうなん……です。 悟空……さん、なにか知ってますか?」

 

 彼ら彼女たちは、ほんの少しの話をしていた。

 悟空の何でもない一言……「なのはは今どこに居んだ?」という言葉を皮切りに展開していったこの会話。 しかしそれはあまり成果のあるものではなく、ただなのはたちが普段の生活を送っていないということを悟らせるだけで。

 

「あんた! あ……えっと、悟空さんはなのはと一緒に居たんでしょ? だったら――」

「え? オラか?」

 

 一向に動こうとしない現実に、まるでしびれを切らせたように言葉を投げかけるアリサは、やはりどこか遠慮がち。 それもそうだろう、先週までは年下扱い、ついさっきまでは背の小さなバカの子で……気が付いたら見上げるほどに立派な青年なのだから。

 

「わりぃな! オラよ、八年間(ちょっと)だけ余所に行ってたからわかんねェや」

「そう……なんだ」

 

 だから、この青年の回答の裏までは読み取れなくて……そこに。

 

「ま、取りあえずはここからでねぇとな……よっと」

『きゃあ!』

 

 おもむろに両手を広げた悟空。

 すると子供たちを抱き上げ、上がる声をそのままに、『相棒』を視線で近くに引き寄せていく。

 黙々と寄って行くのは筋斗雲。 彼はそのまま少女たちの真下まで行くと、着艦準備が整ったと言わんばかりに制止する。 そこに悟空は、まるでガラス細工の置物を扱うかのように、彼女たちをそっと乗せていき。

 

「わぷっ!?」 「きゃあ!! いったーい!!」

「あり?」

 

 金髪が一人、冷たい鋼板の上に落ちていく。

 

「と……突然何すんのよ悟空!!」

「ありゃ!? わ、わりぃ……おっかしいなぁ? なんですずかが“乗れる”のに、アリサはダメなんだ?」

「え? え?」

 

 またしても奇行を取る青年に、「悟空!」と怒鳴り散らすアリサはもういつもと変わらぬ元気な姿。 遠慮がちだった戸惑い気味な態度もどこ行く風か、彼女はいつもどおり獅子が如くの咆哮を上げ、それにあやまる悟空は浮かない顔。 

 ほんの少しだけ考え事をするそぶりを見せ……

 

「アリサおめぇ“よいこ”じゃねぇんか?」

「そんなわけないでしょ!!」

「……あはは」

 

 とっても失礼なことを吐いてみたのである。

 これにカンカンなアリサはさらに咆える。 ボルテージは焼きつく寸前にまで高められ……

 

「でもよ? 筋斗雲は良い子じゃねぇと乗れねんだ。 おめぇなんか悪ぃ事でもやったんじゃねぇか?」

「――――う゛!!」

「…あ………」

 

 ほんの少しだけ、昔を思い出してしまったようだ。

 

「う~~ そりゃちょっとだけ昔はホントに嫌な奴だったかもだけど……」

「アリサちゃん……」

 

 悟空のほんのわずかな指摘に、心動かし目を動かし、とっさにすずかの方へと目配せしたのはきっと悟空が知らない“いさかい”が彼女達との間にあったからで。 それを知らない悟空は首を傾げたまま――

 

『あれ? (いま、一瞬消えた?)』

「おっとと、コイツ忘れちまったら、今度こそはやてにドヤされちまうとこだった」

 

いつの間にか右の肩口に買い物かごを引っさげ、それを筋斗雲に乗せると、こんどは唐突にアリサへと――

 

「わわっ! また!?」

「これで……よし!」

 

 腕をのばしたのでした。

 それからはとてもきれいな流れ作業。 アリサの脇の下に手を差し入れると、まるでからの段ボール箱でも持つかのようにスムーズな動作で彼女を自身の頭上まで持ち上げる悟空。

 所謂“たかいたかい”の態勢を取る彼に、幼少扱いに文句があるアリサは小さく暴れつつも、そのまま彼の肩にストンと落とされ、姿勢が固定されると喧噪の鳴りを収めていく。

 

「かた……車?」

「これなら、アリサも“いける”よな?」

『え?』

 

 もう、今ではテンでやってもらうことなどないソレに、若干ながら頬の温度を上げたのは照れか憧れでもあったのか……借りてきたネコのようにおとなしくなっていく幼子に、悟空はもうひと押し、彼女たちにビックリをあげることにする。

 

「よ……と」

「あっわわわ!! う、うい――」

「悟空さん!?」

 

 ゆらりと動く髪。 だがそれは自然の風にゆられたわけではない動き。 その証拠に髪は横になびくのではなく、立てに“舞い上がって”いるのだ、故にこの風は上へと翔ける流れを持つモノ。

 

 それらが悟空を取り巻いていくと、彼はやがてつま先立ちとなり、今朝はやてが持ってきたその真新しい運動靴にもブーツにも見える独特な靴を鋼板から――

 

「悟空さん! 空飛んでる!!」

「へへっ! 結構できるもんだな」

 

 離す。

 陸から完全に離れる……つまり離陸を完遂して見せた悟空は見渡すかのように首を動かす。

 

「結構、陸から離れてんのな。 あっちの方からキョウヤたちの気を感じるから……」

 

 何かを探す仕草はすぐに終わり、彼は浮いた身体の高度を上げていく。 5メートル、10、30、100と、グングン上昇していく彼らに潮風が吹きつける。 時間はもう夕方、空が赤く燃え上がるように照らされているその光景は、青年が着ていた道着に似通っていて……

 

「わぁ……きれい」

「すごい。 特等席ってやつね」

「…………うし」

 

 それに目を奪われていく少女たちは思わず感嘆の声を上げていると。

 

「いっくぞー! 舞空術――――!!」

 

『キャア―――!!』

 

 突如開始した弾丸飛行に、肺の中の空気を一気に出させられるのであった。

 

 

 

「とりあえずここでいいんか?」

「えぇ、ここまでっていうか、玄関前までくればあとはセキュリティが厳重だし。 平気よ」

「そっか」

 

 あ――っと言う間に着いたのは、あの洋上から一番近いという理由で訪れたバニングス邸。 その玄関前に着地して見せた悟空は、あたまの上で丸まっていた(しがみついていた)アリサを引きはがすかのように地面に降ろす。

 とりあえずはひと段落。 これであとはすずかを送っておしまいなのだが……

 

「あ、いっけね」

「え?」

「どうかしたんですか?」

 

 悟空は、忘れ物を思い出す。

 それはこの世界に来てからの初めての使い。 足の不自由な少女に頼まれ、軽快なふたつ返事で返したその依頼。

 

「オラ買い物してたんだ……なぁ? 豚肉をよ、10キロ売ってる場所って知ってっかな?」

『10キロ……?』

 

 そう、まるでカレーか肉じゃがの材料に思える食材たちの確保。 その最後の一個を探していた途中だった彼はここで思い出す……しかし何かが足りないのはご愛嬌である。

 

「ウチは今夜、牛肉だって言ってたっけ? もしかしたら無いかも……」

「そっかぁ、ねぇんか」

 

 お決まりの困り顔を披露した悟空に、やや申し訳ないと腕組みしながら答えて見せたのはアリサ。 ついさっきまで誘拐されていたはずの彼女は、いつの間にか恐怖心どころか緊張感も消え失せ、逆に助けてもらった彼の心配までし始める。

 困るふたり、だが、そのふたりを前に、いまだ雲の上で女の子座りしているすずかが両手を『ぽん』っと鳴らして見せた。

 

「ウチだったらあるかも! 今晩は中華にしようってノエルが言ってたから……たぶん」

「――――ホントけ!!」

「あわっ! きゃあ!!」

 

 そこから出された自身の無さをうかがわせる返答に、しかし悟空は大喜び。 すずかをアリサにして見せたように持ち上げると、そのままクルリくるりと三回転。 スケート選手のように軽やかに、その場で滑り出した悟空は気分ハツラツ。

 ちなみに、滑っているのではなく舞空術の低空飛行版だということを追記しておこう……余計だが。

 

「よっし! そうと決まればすずかの家までひとっ飛びだ!! ここからそんなに離れてねェし、すぐ着いちまうぞぉ――――『ぐりゅ』……あり?」

「悟空さん、おなかの音……」

「あっれ? おっかしいなぁ、特に腹は減ってねぇんだけど……まぁいいや」

「ええと、というよりここからうちって10キロくらいは離れてるんですけど……」

「大ぇ丈夫大ぇ丈夫! オラその何万倍も飛んだり走ったりしたことあっからな!」

『あ、はは……(万?)』

 

 そんなこんなで次なる目標が出来た悟空は筋斗雲に『コイコイ』と手を振ると、引き寄せ、すずかを持ち上げ、乗せて……「あわわ……」小さな声を響かせて――

 

「そんじゃすずかの家に行ってくる! またなーー!!」

「ひゃあーーーー!! またこれーー!!」

 

 ロケットのように飛んで行ったとさ……

 その場に取り残されるような形になっているアリサ。 実際には違うのだが、ぽつりと佇む彼女はそう表現できよう。 そんな彼女は消えていった彼らを見送り終えると、やっと終わった今日という日をほんのりと思い出して……想う。

 

「アタシ……誘拐されてたのよね……」

 

 不思議な気分。 もっと暗い感じになってもいい夕暮れ時なのに、決してそうならない彼女の心の内。 その原因なんてわかりきっているし、自分がこれからどうするかなんて悟空に肩車されたときにはもう考え付いていた……はずなのに。

 

「まったく、なのはが言ってた通りだわ。 ホント変よね……アイツって……」

 

 今日という日を、まだ終わらせたくない。 どこかほんのりと、そう思ってしまったアリサ・バニングスであった。

 

 

 同時刻~月村邸周辺~

 

 茜雲がコガネ色に太陽の輝きを照り返させているこの時間。 悟空とすずか、彼女たちの距離は本日この時で一番の最短距離となっていました。

 いったいなにが、ぜんたいどうして? それは聞くもワライ、語るは赤面のこっぱずかしい出来事があったのです。

 

 

「いよっほ~~」

「まって悟空さああぁぁぁ…………」

 

 それは数分前の出来事。 アリサという追加パックを取り除いた悟空は身軽だった。 そう、徐々に気のコントロールをモノにしつつある彼は、その飛行スピードを文字通り加速度的にあげていくのである。

 

「――――」

「あり? 筋斗雲とすずかがいねぇ」

 

 そしてついには点ぐらいにしか見えない距離にまで開いた時には悟空は急停止。 振り返っては筋斗雲に乗ったすずかに平謝りしては彼女を持ち上げる。

 そっと添えられた両の手は、彼女の脇の下をくすぐるかのような刺激を与え、若干あやうい箇所に触れるか触れないかという状況は、すずかの肺から空気を捻りださせ……

 

「これでいいな!」

「あわわわわわ~~……うぅ~~」

 

 ストン……と、すっぽり何かがはまる音がすると、そこには筋斗雲にあぐらをかいた悟空と、彼に抱きしめられるかのような……まるでぬいぐるみの様に硬直したすずかが居ったそうな。

 

「これならおめぇたち置いてかねぇで済むな」

「………はう…」

「お? 変な声出してどうしたんだ?」

「なんでも……ないです」

 

 その中で漏れる嘆息はいいモノ? 悪いモノ? 良くはわからないが背筋を伸ばし、あからさまに緊張してますよといった風なすずかに、持ち前の無神経さを存分に発揮している悟空。 そんな彼はここでひとつ思案する……3秒半で行われた思考で導き出した答え、それは――

 

「落っこちねぇ様にしっかり捕まってんだぞ?」ぎゅっ――

「     」

 

 彼女をそっと、抱きしめること。

 これに堪らず声に成らない悲鳴を出そうとしたすずかは咄嗟に両手で口を押える、ふぅふぅと唸るかのように手の隙間から吐息を漏らす彼女は限界の様だ。

 あたたかな吐息に、鍛え上げられた胸板、感じたことがない男というものの体温にぬくもり……そのどれをとっても、すずかの顔面から火が出るのは時間の問題で。

 

「  ぅ、……だめかも――」

「ん?」

 

 それを知らない悟空は、静かに筋斗雲の飛行速度を上げるのであった。

 

 

 

~10分経過~

 

「着いたーー!!」

「……ついた~~」

 

 なんだかんだで到着した目的地。 その白い豪邸を数年ぶりに見た悟空は深呼吸をしてみる。 庭に生い茂る草木は悟空の実家に生えているソレと顕色ないほどに伸び伸びしていて、それらが風で揺れては木の葉が舞い、心地よい景色をこの場にいる者へと見せていく。

 

「いやー、久しぶりなぁ!」

「え? そうですか?」

「ああ! そうだ。 なんていっても……――――!!」

 

 木の葉が……吹きすさんだ。

 その音、空気の乱れるさまに過敏な反応をしたのは悟空。 彼はすずかを抱えると、その場で後方宙返り。 『奴』との距離を大きく開ける。

 

「あっぶねぇなぁ。 もう少しで当たるとこだったぞ」

「あ……え?」

「…………」

 

 それは装飾少ないエプロンドレス。 頭に装備したヘッドドレスともに純白なそれは、悟空の昔馴染みを連想させる……させるのだが、彼女の色は『蒼』

 それは彼にはなじみがないようで……

 

「お嬢様から離れなさい。 さもなくば――」

 

 やはりどこかで見たことがあって。

 佇む悟空に氷よりも冷たい視線を向けるモノ。 それはすずかの方が悟空より詳しく、そして馴染み深く親密である人物。

 

「の、ノエル!? なんで!」

「……お嬢様。 今お助けします」

 

 ノエル・綺堂・エーアリヒカイト。 彼女は悟空に対して、確かな戦意をもってそこにいた。

 

「あり? こんなこと、前ぇにもあったような……?」

 

 その正面に対峙する男とは正反対な思いを胸に抱き……

 

「いきます――」

「おっと」

 

 彼女の先制攻撃。 姿勢低く、手に『装備』した片刃のブレードを横払いに悟空へと繰り出すと、そのまま右足で地面を叩く。 掌底の形をしたその手は、荷重をかけた重い一撃。

 それが空気を切りながら悟空に迫る。

 

「そこまでだ」

『――――!?』

 

 迫る……いいや。 “迫っていた”が正しいだろうか?

 

「いい加減おちつけって。 な?」

「…………くっ! (いったい何が?! センサーの類が追い切れていなかった……? というよりいつの間にこちらの背後に)」

 

 ノエルの追っていた獲物は、今度は自身を捉えた狩人となって彼女の背後で右手を拳銃の形にして佇んでいた。

 一瞬前まであった彼の姿が残像であったということすら気づかない……認識できないノエルは振り向くことはおろか、その場で指一本動かせない。

 

「戦況不利。 お嬢様を人質に捕られ、さらには背後を――」

「いやだからよ。 落ち着行けよ? おめぇ前にもオラにおんなじようなことしただろ」

「…………は?」

 

 動かせなかった身体が、全力で振り向くことを実行した。

 どこかで聞いたような声。 それにあまり聞かない東北訛り、そして彼女の中でそれらが合致する人物など1人しかおらず。 まさか……などと漏らして振り向いたその先には……

 

「よ!」

「――――あ!! えっと、悟空様? ……の、お父さまでしょうか?」

 

 良く知った顔があったとか。

 

「なんだよ、おめぇもか?」

「やっぱりそうなるよね……」

「???」

「オラだオラ! 孫悟空だ!」

「…………?」

 

 いまだ戦闘態勢のノエルは、手にしたブレードの鋭い刃とは正反対の目……つぶらな瞳へと変え、それをフラフラと揺らし――

 

「    ――――ぴーーひょろろろぉぉ~~」

「ぁあ!! ノエルの頭から煙が!!」

「わわ!! なんだどうしたんだ!?」

 

 数年前に活躍したFAXという機械と同じような電子音を口から鳴り響かせると、突っ立ったままに目をまわすのでありました。

 

 

 少しして。

 

「ごめんなさいねぇ……ほら、ノエル立てる?」

「申し訳ございません、忍お嬢様。 それに――」

「ん? オラの事は気にしなくていいぞ? すずかの事、守ろうとしたんだもんな」

「……すみません」

 

 孫悟空という男を再び向かい入れた月村邸。 その家主たる月村忍は、いきなりぶっ倒れたノエルを介抱すると、そのまま別室へと彼女を連れていく。

 ちなみに、今現在悟空が居るのは一階大広間。 そこまで彼がノエルを担ぎ上げてきた際の態勢は秘密である。 特に白黒少女達には……だが。

 

「ん~~」

「どうかしたんですか?」

 

 別室へと運ばれていくノエル。 それを見送る悟空の顔は若干曇り、暗い。 なにか大きな違和感を見つけ、それがまったく解決の兆しを見せないという風な彼は、しかしそれもすぐに消え。

 

「んいや。 なんでもねぇ」

「……?」

 

 心配するすずかに、ほんのりと明るい笑顔を見せてやる。

 

「さってと。 これですずかも無事に家に帰ってきたことだし」

「え?」

「早ぇとこ肉貰わねぇとな。 家でみんなまってっかも……」

「みんな?」

 

 ついに来た約束の時間。 それは悟空が“今いる”家へと帰る時間であり、すずかが悟空とお別れをする時間であり……

 

「…………ん?」

「悟空さん?」

 

 その『異変のかけら達』が、悟空の中で結晶となりては表面に浮かび上がる時間である。 ……約束の時は来たれり!!

 

「――フグッ!!」

「悟空さん!!?」

 

 くの字に折れる!! 悟空は突然膝をついた!

 いったい何が! あの戦士の身体に起こった突然の変化は、この居間に大きな振動音を響かせ、さらには周囲の空気を振動させる。

 

「なにが!? 悟空さん!!」

「が……ぐああ」

 

 抑える。 まるで自分自身と戦っているような彼は、必死に『ソレ』を押さえて見せようとする。 鍛え抜かれたその鋼鉄よりも鉄壁さを誇る肉体に、まるで似合わぬ鳥肌を立たせ、悟空は全身全霊をもってこれを対処しようとして……

 

「おねぇちゃん! おねぇちゃん来て!! 悟空さんが……悟空さんが――」

「ああああああーーーーー!!」

 

 耐え切れず、堪えきれずに戦慄をも感じさせる雄叫びを上げる。

 唐突に起こったこの事態。 彼の、悟空の身にいったい何が起こったというのか……事態は風雲急を告げるのであった…………

 

 

 

 

 ~またも少しして~

 

「えっと、『胃潰瘍』ですね」

『……は?』

「いでで……」

 

 悟空の変化は、結構カルカッタ。

 緊急として即座に手配したとある病院のとある女医。 白い長髪で、小動物を感じさせる容姿と雰囲気は見る者に思わず頭を撫でさせるという考えに至らしめるモノがある……らしい。

 そんな彼女が悟空の様子を見て、腹部を触診、そして自身の経験と相談して導き出した結果は、以上の症状であって。 それを聞いた月村邸の面々は気が抜けたのか呆然と悟空を見て、しかしすずかは床にへたり込むようにゆっくりと全身の力を抜いたのであった。

 

「えっと、正確には胃潰瘍というのは語弊なのですが、他に例えるモノがないのでそう呼んでいてですね」

「は、はぁ」

「所謂『食中毒』ともいえる症状なんですよ……たぶん」

「えっと?」

 

 少女のように幼い容姿をした女医から聞かされるのは幾分と自身がないと思われる症状の内容。 それもそのはず、これは病気ではなく『    』が原因であるいわば故意の事故ともいえるものだから。

 

「は、ハラがぁ……なぁ、なんとかなんねぇのか……うぐぐ」

「あ、おちついて。 大丈夫です、これはつい『一週間前』にもおんなじ症例の方が居まして……たしか、若干薄めの赤? ううんピンクっていうのかな? 変わった色の髪の毛を後ろで結ったきれいなヒトでしたっけ……その方から得た経験で、ちゃんとした解決方法があるんです!」

「そ、そいつはありがてぇ……ぜ。 いでで!! は、はやく頼む……」

 

 女医が言う解決の策に、何のためらいもなく実行を要求する悟空。 彼の即決は当然だろう。 この痛みを口で説明するならば、まるで胃の中に焼けて溶かされた鉄の液体を流し込まれ、そこから雑巾絞りのように締め上げられているような感覚。

 つまりは地獄のような痛みなのだ。

 

「わかりました。 それでは少し痛いかもしれませんが、しばらくじっとしていてください」

「……?」

 

 痛みを伴う。 それを聞いた悟空は、けれど疑問に思うこともあまりできず、腹部の痛みに顔を歪めるだけ。 早く何とかしてほしい、そんな彼の願いを聞き入れた女医は、持っていた大きめのバックから、黒いケースを取り出した。

 長さ14センチ、横幅6センチ弱のそのケースは、あまり頑丈そうでも厳重そうでもなく、あっけらかんと彼女の手で開かれると、その中身をゆっくりと取り出されていく。

 

「飲み薬はそもそも胃が弱っているからダメ。 点滴は対処法としては完全に外れていて、手術は大げさ。 だから結構直接的な手段なのですが……」

「…………ゴクリ」

 

 流れるような説明を聞いていく月村の面々は一向に喋らない。 彼女の邪魔をしてはいけないという配慮の表れとも取れるそれは正しいモノ。 それは悟空も同じなのだろう、彼も静かにそれを聞き――――瞬間的に全身を強張らせる!

 

「意外と皆さん平気でいらっしゃるんですが、中には本当にダメな方もいて……今日は『これ』しか用意ができなかったんですけど」

「あ、わたし、ソレちょっと苦手ですね」

「わたしは平気だけど……」

「………………」

 

 苦手な忍に、気にしないというすずか。 そしてこれしか手段がないと宣戦布告してきた女医に、逃げ場をふさがれた男。

 男って誰の事? などと申されることなかれ。 この女の園と化した月村邸に居る男などただ一人。 優しさと強さを併せ持ち、堅牢な肉体と健全な精神、さらには高い志を携え、持ち合わせた『戦士』の事である。 そんな彼は……

 

「………………わわ」

 

 小さく、うろたえた!!

 

「よかったですね! 悟空さ……ん?」

「え?」

「あれ?」

「…………」

 

 異変が起こった。

 彼は静かだった、 そう、とてつもなくおとなしく、一切の動作をやめ、さらには一言もしゃべらない。

 表情を伺おうにもボサボサ頭が垂れ下がって見えないし、その影がなんともシリアスを醸し出すのもなんとも言えない空気を作り出していて。 その彼を注視する女性陣は疑問に思い、彼に何となく顔を近づけていき……

 

「ぃぃいいいいいいぎゃあああああああああ!!!!!!」

 

『――――!!?』

 

 一斉に散っていく。

 

「イヤダああああああ!! うああああああ!! うぎゃあああああ!!!!」

「な!? クランケが暴れ出した?!」

「先生! それ意味が――ちょ!? 悟空さん!」

「あわわわわ」

 

 そして揺れる……震度3強というところだろうか。 その衝撃が月村邸を襲い、家中の猫たちをびくつかせ、置物を2、3個床に激突させる。 この時点での被害総額は250万はするらしい。

 混乱する人々をかき分けるような大声はいまだ轟いたまま。 轟々と鳴り響くそれに必死な思いですずかは悟空に呼びかける。 そして――――

 

「嫌だあああ!! オラ『注射』だけは――ダメなんだあああ!!!」

『…………えっと』

「ぁぁぁああ……あり? なんだ?」

 

 部屋は再び、静寂さを取り戻していったとか。

 

「…………みんな」

「はい」

「わかりました」

「悟空さん。 ごめんなさい!」

「え?」

 

 上がる号令は『忍の者』もとい、忍のモノ。 それに賛同した瞬間、女性人たちの目の色は激しく変わる。

 

「シノブ! それにすずかも、おめぇたちどうして目が赤く――」

「それは後で言います。 全員! 一斉にかかれ!!」

『おーー!』

「うぎぃ!! は、はなせーー!!」

 

 物理的に……ではあったが。 そうこうしている間に忍、すずか、そして再起したノエルと付き添いで入ってきていたファリンも混ざっては、悟空のその逞しい身体に触れ、大きく歯を食いしばっては――唸る!

 

「動かないで!」

「暴れたらだめですよ!」

「……どうか、そのままで」

「申し訳ありません……」

「やめろ! はなせーー! はなしてくれーー」

 

 彼女たちの算段に気付いた悟空は舞空術による逃走を敢行し、墜落する。 というよりも浮くことすら許されなかった彼は、そのまま彼女たちによってベッドに貼り付けにされる。

 悟空が弱っているのが原因か、それとも彼女達の力量が十分に人並み外れているからなのか? 10倍の重力があるあの星で修業をしてきた彼を、こうもあっさりと拘束し続けることできるのはまさに驚異的。 嫌だと全身を硬直させる悟空に、しかし女医は見事な手さばきで悟空の右腕に狙いを定め、部分的に筋肉の筋を見極め、弱い箇所をコンマ単位で見切り、思い切りよく彼へと……

 

「せーの!」

「ふっぎゃあああああ!!」

 

 小さな針を突き刺したのである。

 

「というか、注射刺すのに掛け声出すなんて……聞いたことがない」

「押さえているわたしたちが言うのもなんだけどね」

『あはは……』

「ふげ……」

 

 怪物退治完了である。 女医の勤務時間は1時間ほど、交通費支給、送り迎えもありに特別手当アリ……中々に良い内容だと思った今回の仕事の中身。 中々にハードだったと後に語ったそうな。

 

「悟空君……えっと、さん?」

「お? どうした?」

 

 騒動もひと段落。 一息入れようとキッチンへとティーセットを取りに行ったすずかと女医と従者たち。 そこで部屋に残された悟空と忍は、唐突に会話を始める。

 

「あの……えっと」

「なんだ?」

 

 少しだけ遠慮がちなのは相手との距離感が掴みきれていないから。 ほんの数日前までは妹と同じくらいの子で、そのあとが自分の2個下で、次に会ったら恭也と同じくらいの身長の男性で。

 しかも中身はほとんど変わらずやかましいというか……

 

「……?」

「あえっと……」

 

 でも、そこはかとなく感じる大人の雰囲気に忍はさらに戸惑い、悟空に対する扱いに困る始末。

 それでも言わなければならないことがあるのも事実で、だから彼女は話しかけることをやめようとせず。

 

「ありがとう……ございます」

「??」

 

 それから出たのは、はにかむ様なお礼の言葉。 その意味を掴みかねた悟空は先ほど忍がやったような表情を取り、そのまま首を傾げる。 この行動、この仕草、どれをとってもおかしくて……まるで自分が何もやっていないというその行動は、彼が本当に、ただ当然のことをするようにすずかを助けたからであって。

 

「…当然のことを、当然のように……か…」

「さっきからなんなんだ?」

 

 だからであろう。 その姿に恭也の言葉を思い出していく忍。

 根が真面目、一本道で全力で。 たまに頑固なところが散見されると言われていた『少年』は、確かにそうなんだと彼女の心に深く染み込んでいく。

 だからだろう。 彼女は……悟空に話してみることにする。

 

「実は悟空さんにお話があるんです」

「お……どうかしたんか」

 

 ツンと伸びた目尻と、輝きと色合いの深さを増したきれいな眼差し。 そのすべてを悟空に向けた忍は大きく息を吸う。 持ち上がる肩に上下する胸、それらが数回繰り返されると、彼女はついに意を決する。

 

「すずかの……いいえ。 わたしたちの事についてです」

「おめぇたちの?」

「はい。 本当ならあの子が直接あなたに言うべきなんだけど……」

「……ふーん」

 

 話をしよう。

 そういった彼女との視線をわずかに反らし、木製のドアを見た悟空。 そしてふわりと笑うとすぐさま真剣な表情を忍に送る。 それはこの話の重さを十分に理解したからこその行動であり……

 

「オラもいろいろ気にはなってたんだ。 話してくれ」

「はい、実は――――」

 

 そのときの悟空の声は“小さな女の子”に話しかけるような声だった。

 彼女たちとの会話の時間が、始まろうとしていた。

 

 

 




悟空「おっす! オラ悟空!!」

シグナム「はぁ! せいっ!!」

ヴィータ「随分気合入ってるよなシグナム。 何かあったのかよ?」

ザフィーラ「今朝あった悟空との小競り合い、アレにいい具合に刺激されたみたいでな」

シグナム「次こそはあの“多重残像拳”と“気合砲”というのを破って見せる!!」

二人『はぁ~~ダメだありゃ、完全に闘志に火が……』

悟空「ん? なんか変な感じが……」

忍「風邪ですか?」

悟空「んいや。 オラ病気したことねェからな、たぶん違うと思うけ……ど?」

すずか「悟空さん?」

悟空「なんだかなぁ……なんかなのは達以外にやり残しがあるような? ま、いっか! 次回!! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第19話」

???「約束」

悟空「あれ? この声どっかで……まぁいいや。 じゃなーー!」

???「…………」



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第19話 約束

約束ってのは結ぶもんだ。
約束ってのは守るもんだ。
約束ってのは大事なもんだ。

普段何事もないことを、意識してみたら急に難しくなって。
約束っていうのは、簡単にできる物から「これはダメだろ?」なんて口をついて出てきそうなものまで千差万別あるのだろう。

だから大切にする人も、すぐないがしろにするものもいろいろ出てくる。
だが、決して忘れてはいけない。 約束っていうのは、破った分だけ自分から『厚み』を取っていくのだ。

常日頃から堂々と居られるように、どうかこれからも厚みのある人間でいられますように……そんなことを思いながら、今日も要らんことまで言ってしまう作者です。 


りりごく第20話……どうぞ!


PS――悟空の道着って、なんとなく少林寺の道着に似てるような……気のせいか!


 ――八神家 一階リビング――

 

 悟空が去った後の時間。 そこから数時間の暇な時間が出来てしまった八神の面々は、ひとりひとりが自身のやりたいであろう行動を、気が済むままに行っていた。

 

「ふーふーん♪ ふっふふーん……」

 

 そのなかで、細い針をチクリチクリと縫っている者が一人。

 家事が上手い彼女は裁縫も得意であって、それを駆使して今現在、自身の中に強く焼きついたあの光景を思い描き、鮮明さを蘇らせながら『それ』を形にしている最中である。

 

「ふぅ……やはりイメージトレーニングのシャドーに孫を乗せると、上達の具合が――ん? どうかしましたか主?」

「ふーふーふ ふっふーんふーふ ふーふふ……あ、シグナム。 どうしたん?」

「え? あいえ、何やら熱心に縫物をしていたものでしたから気になって……見たことがないデザインですね?」

「そやな、でもおかげで細かいとこまで覚えとる」

「はぁ……?」

 

 それは服のようにも見えた、しかし袖と思わしきものがないそれに思案気となるシグナム。 いくら暖かい季節だと言ってもまだ梅雨入り前。 朝は寒いし夜は冷える……そもなれば、これは若干季節はずれなのでは? そう思った彼女だが。

 

「えっと後は文字やね。 ……なんて書いとったかなぁ?」

「?? ……まぁ、主が楽しんでおられるのならば私は――」

 

 それでいいと、ひとり納得したシグナムは、バスタオルをもって浴室のドアを……

 

「すこしシャワーを浴びます。 何かあればお呼びください」

「ええよ~~」

「失礼します」

 

 ぴしゃりと、静かに閉めるのであった。

 

 

 

「そっか……“夜の一族”かぁ」

「はい……」

 

 あれからどれくらいの時間が経っただろうか。 5分? 10分? そう長くはなく、しかしとても濃厚な時間の中で悟空の中に残る単語は“夜の一族”という単語。

 それが今回の事件の原因であり、犯人の彼らがすずかをさらっていった最たる理由……

 

「でもよ? 子供一人さらって行って何しようとしたんだろうな」

「えぇ、そこなんです……え?」

「ん?」

「あの、えっと?」

 

 まぁ、悟空にはピンとこないモノであったらしいが。

 

「なんか変なこと言ったか?」

「あぁ~なんていうか……(う~ん。 やっぱり『悟空君』なのかな?)」

「ん??」

 

 若干ながらずれた会話。 その軌道を修正しようとする忍は崩れた表情を引き締める。 それを見て、雰囲気が変わったと気づいた悟空も眉を寄せる。

 いい加減に聞かないぞ。 そんな態度を滲み出させて彼女の言葉に耳を傾け始める。

 

「普通じゃない。 それは、ただそれだけで周囲の興味を引きつけるわ」

「……」

「あの子も、もちろんわたしも普通の人間じゃない。 いまいった通り、人の血を吸うし身体能力とかも常人のそれを凌駕してる。 条件さえ整えば切断された腕の自然癒着も可能よ」

「そ、そうなんか? 切れたうでがなぁ……ピッコロみてぇな奴だな。 あ、おめぇたちがどことなくみんなと違うんは『気』を探ってみて何となくわかったぞ? ガキん頃に初めてすずかを見た時も変な感じがしたしな。 ま、あんときは『気』の事なんてよくわかんなかったけど」

「え! あの時から?」

「はは。 まぁな」

「そっか」

 

 それは自分たちの出自にまつわる『不幸』の話。 どうあっても他人よりも秀逸で異常な身体の作りは、生理的なものを考えても隠し通せるものではなく、故にある程度の距離を置くことを迫られる彼女たちは、常に孤独と戦ってきたのだ。

 

「いつもなのはちゃん達に遠慮がちなのもきっとそれが原因だと、わたしは思ってるの」

「……ん」

「あなたも……うんん。 悟空さんは最初から人の目なんて気にはしてなかったでしょうけど、人間っていうのは、本当にそういう『珍しいモノ』に目がないのよ。 だからあなたやわたしたちみたいな人外なんてものは格好の標的になるの」

「ん~でもおめぇたちはイヤなんだろ? そういうの」

「えぇ。 きっと快く思う人はいないはずね」

「そっとしてやりゃいいのにな」

「……ええ」

「でも――」

 

 暗くなる話。 徐々に強張っていく忍の表情に腕を組んでは首を傾げる悟空。 どうしようにもできない人のサガ……しかし彼には立ったひとつだけ、それも絶対に断言できる言葉があった。

 ――――それは。

 

「きっとなのはたち、おめぇたちの事知ってもさ、そんなヘンな風にみねぇと思うぞ?」

「……それは――」

「おめぇもわかってんだろ? あいつ等『良い子』だしよ……あ! アリサの奴は筋斗雲に乗れなかったからわかんねぇか。 でもよ」

「?」

 

 でもよ。 ここで言葉を切った悟空は視線を忍から大きく外す。

 そして向かうその先は出入り口である木製のドア。 そこに大きく微笑むと、ちょこっと息を吸って『少女』へと飛ばして見せる。 その少女とは……

 

「あいつ等良いヤツだもんな? すずか」

「あわわっ!!」

「いひゃあ!」

「あ、あなたたち!?」

 

 月村すずか、その人であろう。

 彼女は悟空の声で飛び上がるとそのままドアに体当たり。 くるんと一回転してきた彼女たちはそのまま自由落下を敢行し。

 

「おっと」

「……あ」

「……~~っ!」

 

 コマ送りのように現れた悟空にとっ捕まり、見事に御用となったのでした。 若干、彼女たちの表情筋が緩み、体温が2度ほど上昇し、脈拍が数テンポ加速したのは内緒である。

 

「それにな、夜の一族っちゅうのが吸血鬼のことを言うんなら、きっとそう珍しくもねぇぞ?」

「……はい?」

「たしか占いババんとこに居たしなぁ。 あ、そういえば悪魔とかミイラとか……それに透明人間もいたっけか?」

「……なんですと?」

「クリリンの奴。 あんときアタマからかじられてさぁ、はは! そういや真っ青になるまで血ぃ吸われてたなぁ。 ん? おめぇたちもしかして――」

「頭からって……そんな品がない吸い方はしないですよ!」

「そ、そうですよ!!」

「え? そうなんか?」

『そうです!!』

「血を吸うっていうのは、もっと相手と雰囲気と気持ちを配慮するものなんだから」

「……そうなんか」

 

 そしてやっぱり消えていくシリアス。

 もはや恒例行事でワンパターンで。 でも、それでも暗い話を退けることは決して悪い事ではなくて。

 アタマまるかじりの時点で、忍とすずかの両名からは険しい顔も暗い表情もどこかへと消えていったのであった。

 

「まぁとにかく。 今度あいつ等に言ってみりゃいい。 不安ならオラが一緒についていってやる」

「え?」

「ともだちなんだろ? それなのにいつまでも隠し事すんのは辛ぇもんな」

「あ……うん」

 

 いつもみたいな丁寧な口調も今はなく、年相応な甘えた返事をしていたすずか。 けど……

 

「……うんん。 ダメ」

「え?」

 

 彼女の否定の声。 だがそこには『意思』があった、強い芯のようなものがあった。 そう、ちがうのだ……

 

「え、あっその! 逃げるわけじゃないんですよっ!」

「…………」

 

 あわあわと両手を振りだしたすずかは慌て気味。 言い方が不味かったと思い、すかさずフォローを入れる中で悟空は只静かにそれを見下ろし。

 

「わ、わたし一人……ひとりでなのはちゃんとアリサちゃんにお話ししたくって! だから!」

「…………ん」

「すずか……」

 

 勇気。 彼女の中には確かにあったのだ。 とても小さくて儚げで……それでもしっかりと根付いたその心根は確かに立派なもので。 それを見て、感じて、彼は静かにうなずく。

 

「そっか。 おめぇすげぇな」

「…そんなこと………」

「あるさ! ……オラは『あんとき』関係ないって全否定だったしな」

「え?」

 

 感心したのは青年の方であった。 自分よりもはるかに年下で、身体だって小さくて、それでも今振り絞った勇気は眩しさすら感じてしまう。

 そして思い出す。 あれは確かにすずかとは状況が違っただろう、否定する理由も明らかに非道な者たちと一緒にされたくなかったからで……

 

「オラもな、自分がみんなと違うって知ったときは思わず叫んじまったし、『関係ない!!』――って、怒鳴ったりしたしな。 その点で言うとオラ、おめぇにあんまし偉そうなことはいえねぇかもな」

「え? どういうことですか?」

「悟空さんもそういうこと……あったんですか? でも、前に合ったときは……」

 

 小さな頃の彼は、そういうことを確かに気にしていなかった。 そう記憶している忍は思案気な表情をし始める。 何かがある? そう思っては少し間を開け、悟空が話せるようにこの場を整えようとして……身構える。

 

「いろいろあってな。 ちょっと前に知ったんだ」

「ちょっと……まえ?」

「そだ。 オラよ? 地球人じゃないらしいんだ」

『へぇ……そっか。 宇宙人さんなんだ~~―――――!!!?』

 

 構えたガードを弾き飛ばされた!

 忍とすずかはその場で目を見開く。 いや確かに他人とはどこか違うし、尻尾もある、きっと自分たちと同じく人外の類だと予想づけてはいた、いたのだが。

 

「ま、まさか宇宙人だったなんて……わたし達とは悩むスケールが違いすぎて……」

「あはは……は……」

「いやー、ホントびっくりしちまったなぁあんときは。 はは!」

 

 これほどまでに壮大だとは。 思わず半笑になってしまう二人と悟空。 乾いた笑いは虚しさを感じさせない不思議さがあるものの、決して冗長にしていい話でもなくて。 だからだろうか? ここでやっと悟空はすずかとファリンを床に降ろし、スッとしゃがんでは視線をすずかに合わせると。

 

「そんじゃ約束な。 おめぇはなのはたちに、いつか……いつでもいいや。 自分の事いうんだぞ」

「はい!」

「そんでオラは……ちゃんと決着(けり)つけて来るからよ。 そしたら、またおめぇたちに会いに来る」

「けり?」

「ああ」

 

 それは何に対してなのだろうか? 決して少女達には理解しがたい胸の内、その中にある力強い想いはあの強敵に対する心構えと……

 

――――待ってくれ!!

 

「オラも、おめぇみてぇに認めなくちゃなんねんだよな」

「え?」

 

――――たった一度だけのわがままだ……

 

「――人だってことをさ」

「さ……え? 悟空さんいまなんて……」

 

 思い出されるのはベジータとの激闘を終える間際の出来事。 自身が持つサガにあらがいきれず、どうしてもと言って頼んだ生涯初めての『他人に迷惑をかけるわがまま』

 そのときに自覚したのはやはり自分もどこか『彼等』と似通っている事と、それを認めた自分がいたという事。 その姿を、どこか今のすずかにダブらせて……

 

「なんでもねぇ。 『全部』が終わったら、ちゃんと話す。 オラの事も、それ以外の事も……な?」

「はぁ……」

 

 笑顔を作る。

 決して作ったものではなくて、本当に心から笑っているその姿。 だからだろう、すずかも忍もファリンも、皆がつられて表情を崩していく……部屋の温度がわずかに上昇した気がした。

 

「ま、もしもさっきみてぇに変な奴らに絡まれたらよ? またオラが助けてやるさ! おめぇたちの気は特別わかりやすいし、地球に居ればどこに居たって見つけられる自信はあるかんな!」

「は、はい……」

「あ!」

「え?」

 

 壮大な宣言。 見様によっては赤面物の言葉は、決してそのような意味合いを持たないのだが……その言葉を発したすぐ後であろう。 悟空は忍を見て、ハッとする。

 

「シノブ、おめぇはダメだぞ?」

「え!?」

 

 それは否定な意味の言葉。 しかしその発言は大事な意味を持ったものであり……

 

「おめぇはほら……キョウヤが守ってくれるもんな?」

「あ~~そうです……ね」

「おめぇたちが“そういうの”はさ、幾らなんでもオラにだってわかっからな。 ブルマとヤムチャみてぇにケンカはしてねぇようだけど」

「え!? え、えぇ……その、仲は睦まじいほうで……ありがとうございます」

「おねぇちゃん……」

「ははっ!」

 

 ほんの少しのこそこそ話。 それを聞いた忍は若干視線を下げて、思い人たる彼を思い出し、そんな場面は想っては若干赤面してしまう。 その行動は彼女がいまだに“子供”と呼ばれる年齢であるいい証拠であろう。

 

「悟空様、こちらが御所望のモノです」

「お! サンキュウ、ノエル。 さってと、そろそろ行かねぇとな。 とりあえずはやてのとこに帰らねぇと」

「え? なのはちゃんのお家じゃないんですか?」

「んいや、ちょっとわけありでよ。 今は別んとこで厄介になってんだ。 ケガの治療とかもそこでやってもらわなきゃなんねぇしな」

「ケガ?」

 

 締まりつつ話題、結ばれた小さくも大きい約束。 それらが丁寧にそれぞれの心にしまわれると、まるで時間を知らせるかのように入室してきたノエル。 その彼女のわきに置いてあった大きい発泡スチロールを見ると、悟空はそっと歩き出す。

 やることがある。 そういった彼の目の色は強く輝いている様で。 だからであろう、ケガという単語の意味を聞くこともままならず、そのまま悟空が部屋のドアから出ていくのを見送るだけしかできず。

 

「そんじゃ行ってくる! もっかい死ななかったらまた会おうな。 じゃな!!」

「え!? 悟空さん――――」

 

――――筋斗雲ーー!!

 

「行ってしまわれました……」

「ノエル? いまあのひとなんて言ったか記録は?」

「バッチリです。 『もっかいしななければ』 そう、たしかに……」

『…………』

 

 去り際の一言に、彼女たちは大きな不安を残し……

 

「あれ? さっきの男性は?」

「え? あぁ先生」

「もしかして出かけたんですか!? あんな重体で動けるなんて……精々見積もって普通なら全治4か月以上の重症なのに!」

『ぇえ!?』

 

 ひょこっと顔を出した女医の一言に軽い鮮烈を受けつつ。

 

「どうしたらあんな怪我を負うんだろう。 怪獣と戦ったりでもしたんでしょうか……?」

『…………悟空さんって……』

 

 残された女医の、案外的外れではない一言に最大級の不安を心に残していくのであった。

 

 

 

「おっし帰ぇるぞ! 筋斗雲ーー!!」

 

 軽快なリズムを打ち鳴らす靴の音。 タップダンスの様な音で地面を蹴る悟空は月村邸のドアを大きく開けると、夕焼け空に吼える。

 すかさず空に跳んだ彼は、空を飛ぶ筋斗雲に乗っかり帰り路へとつく悟空の表情は何やら難しい顔でいて。 ワクワク? そわそわ? そんな擬音と共に段々と真剣な表情をしだす悟空が思うのはさっきの事。

 

「すずかの奴、いつかホントのこと言えっかな? でもアイツの顔、いつかの時のなのはとおんなじ顔だったモンな。 あれなら大丈夫か……それに、今度はオラが――」

 

 普段から戦う事しか頭に無いような彼が、ここまであの子の悩みに親身になる……やはりそこまでに自身の出生の秘密が衝撃的で、その思いをわかっているからこそ、悟空はひどく優しく、最良の選択を与えることができたのかもしれない。

 そして今度は自分の番。 悟空はそう呟くと……

 

「よっし! 今はとにかく身体を治すぞぉーー! いっけー筋斗雲!!」

 

 第4の帰る家に向かって、筋斗雲のアクセルを上げていくのであった。

 

 

――で。

 

「忘れたんだな?」

「お、おい……ヴィータ?」

 

 鬼が居た!

 身長120センチ強。 7~9歳程度の外見をした人外魔境は、屈強なる男に膝をつかせていた!!

 

「えっとよ。 いろいろあってさ……」

「わすれたんだな?」

「……はい」

 

 小人の筈なのに、50ほどの身長差があるはずなのに、その者、その少女が放つオーラは身長175センチの悟空を圧倒するかのように大きく……(つよい)

 だからだろう、彼は言いかえすことをやめ、審判が下るのをただ待つことを選び取ってしまう。

 

「おまえが食って! おまえが買ってくるって言って!! それでずっと待ってたんだぞ!」

「あ、あぁ……」

 

 震えるような声で、相手を振るわせるかのような叫び声を上げる彼女に、悟空の委縮は止まらない。 日本古来の座り方、正座というものを実践し、反省していることを全身を使って見せしめる。 ……それでも。

 

「どうするっ!?」

「どうすっかな……あはは」

「~~~~ッ!!」

「いい!?」

 

 彼女の怒りは収まらない。

 収集が付きそうにないこの騒動。 そこで口を滑らせやがった悟空に、更なる闘志を燃やし始めるヴィータ。

 もう、戦闘力数なんて関係なく、異様な世界がこの場を支配する中で、彼女はどこからか鉄の塊……もとい、鉄槌を取り出したのである。

 

「ア イ ス~~~~」

「おめぇいまどっからそれ出したんだ!? てかよ! そんなに『りき』あげたら大ぇ変なことに――」

「う る せ えーーーー!!」

「あわわわ……」

 

 弾丸射出!!

 円を描くかのように、文字通り撃ち出されたその鉄塊は悟空に迫る。 癇癪起こして完尺玉のような盛大な攻撃を撃ち出された悟空はたまったものじゃない。

 しかも背後は他人の家。 いつものように構わずに戦闘というわけにもいかず……

 

「くっ!!」

「はーー! ……あ?」

 

 彼は、ほんの少しだけ……力を出してみた。

 

「イッテテ! やっぱ無理あったなぁ……この身体じゃ気のコントロールがまだ不十分か」

「え? ええ!?」

 

 出した力は些細なもの。 しかし、その身体は、全身は、鋭く眩く『赤』に輝いていた……そう、輝いていたように見えたのだ。

 

「なにを……(いま、ゴクウが一瞬だけ光ったような……?)」

「よっこいせ……へへ、これな~んだ?」

「え?」

 

 いつの間にかヴィータの背後を取った悟空。 彼は右手を振りあげると、手に持った『モノ』を見せつけるかのように振ってやる。

 それを見て、視線を引いて、自分の手の中を見たヴィータ。 彼女は……大きく口を開いた。

 

「なんで――!?」

 

 ない。 ない……そう、ないのだ。 ついさっきまで自分の手の中に納まっていた自慢の武器が相棒が、どこにもなくて、目の前の男が持っていて。

 

「買ってこなかったんは悪かったけどよ? でも、はやてんちを壊すくれぇに力こめちゃマジィだろ」

「え? あ、おう……」

 

 何が起こったんだろう? 気付けば床にへたり込んでいるヴィータに、悟空は軽く謝りながら手のひらを差し出す。 捕まれよ? なんて薄く笑って彼女を引き上げると、手に持った鉄槌を彼女に放り投げてやる。

 

「さってと。 アイス売ってるおっちゃんはもう帰ぇっちまっただろうしなぁ……どうすっか」

「……いいよ」

「え?」

「他は全部買ってきたんだろ?」

「……まぁな。 いま外の筋斗雲に乗せてあるけど……」

「だったらそれでいい」

「え?」

 

 それでいい。 その言葉を聞いた悟空は思わずしゃがみ込んでしまう。 そしてヴィータと視線を交じらせ、互いに目の光がわかるくらいにまで近づくと。

 

「なにすんだよ!?」

「いやよ? 今朝見てぇに拗ねてんじゃねぇかと思って……」

「ダレも拗ねてねェよ! それより早く買い物袋をはやてに渡すぞ!」

「わかった、わかったから引っ張んなよ……来い筋斗雲!」

 

 パッと後ずさる少女が一人。 そこから展開されるのは痴話喧嘩にも親子喧嘩にも見えるナニカ。 どれもが当てはまるかもしれないし、そうでもないかもしれないが、心が温まる……ハートフルと呼ばれるジャンルに大別できるその光景は、『彼女達』にはなじみがなく……眩しくて。

 

『ただいまーー!』

「おかえりーー!」

 

 帰ってきたと知らせる声に、元気な車椅子少女の声が山びこしていくように返ってくる。 なんと心地のいい事だろうか? 気持ちが温まり、どこか強張っていた心の紐を緩めるかのようで……安堵する。

 

「帰ったか、孫」

「悟空さん、お帰りなさい」

「遅かったな……」

「はは、すまねぇ」

 

 そこからぞろぞろと現れる家族たち。 それに手を振ってこたえる悟空は筋斗雲と共に家の中に入っていく。

 もくもくと進んでいくその雲に、興味津々といった面々を差し置いて、悟空はそっと息を吐く。 今日の事、昨日の事、ここに来てからもう24時間が経とうというこのタイミングで、彼が思うのはやはり“やり残し”の事であろうか。

 

「あいつら……ほんとにどこ行っちまったんだ……」

 

 心配で、不安で……探しても見つからなくって。

 わかってはいる、今の自分ではどうしようもないという事と打破できない現状。 それらに歯噛みするかのように俯いた彼は本当にらしくなくて――そんな彼に。

 

「孫、帰りが遅かったみたいだがどうかしたのか?」

「……! ん? いや、ちぃとばっかし急用が出来ちまってな」

「そうか。 あまりに遅いからまだかまだかと……ヴィータが――」

「わー! わーー!! おいコラ! シグナム!」

「ヴィータが? どうしてだ」

「な、なんでもねーよ! ただアイスが…その………」

「ふふ……」

 

 彼女たちはあたたかく迎えていて。

 余計な詮索も、変な勘繰りもしないのはひとえに彼らの性質か。 それに気づかないながらも、悟空の肩からほんの少し『荷』が下りたのもまた事実で。

 

「いやー今日はいろんなことがあったなぁ。 買い物したり誘拐されたアイツ等助けたり……急に腹ぁ痛くなったり」

『…………え?』

「え?」

 

 そこで告げられた本日最大の異変たる出来事。 謎の食中毒を思い出した悟空の表情は辛い。 もう二度と、できればお目にかかりたくもない“対戦相手”であったと思いかえす彼の顔、その表情に皆は……『まさか!?』という顔を作り、悟空はそれを見て――

 

「え? どうかしたんですか……?」

『……』

 

 心静かに“彼女”を見る。

 アイツ、アイツなのか? と心で訴えかける周囲の面々。 その声は聞こえないけれど、先ほど白髪の女医が言っていた言葉を思い出す悟空は、そこで何となく覚えていた単語を……

 

「そういや先生は“食中毒”とか“いかいよう”とかって言ってたっけか……?」

『……そうか』

「えっとみんな? どうしてそんな目でわたしを?」

 

 つぶやいた。

 彼から聞こえてくるのは数日前にも聞いたような単語であって。

 

「そうや。 シグナムも確か……?」

「え? シグナム?」

 

 思い出したはやては、そのことを語ろうとして……

 

「主、先にキッチンの方へと行っておいてはくれませんでしょうか? ……ヴィータ、頼む」

「いいけど……あんまヤリ過ぎんなよ」

「わかっている……案ずるな」

「……その言い方が怖いんだけど」

「えっと? なんやようわからんけど先いっとるわ」

「はい……」

 

 やや崩れた敬語を使うシグナムに促される形でその場を後にしていき、そこに残ったのは悟空とシグナム、ザフィー……「少し夜道を……」は筋斗雲とともに消えていき、最後の一人はもちろん――

 

「あのぉ……?」

 

 騎士科 湖目に分類されるであろう彼女……シャマル先生であろう。

 彼女はわからない、いや、解っていない。 自身がしでかした“事”の大きさと、被害者二人の想像を絶する痛みと苦悩を。

 

「おいシャマル」

「っ! ……どうかしたの?」

「貴様、いい加減自覚しろよ……」

「えっと?」

 

 苛立つ! そのとき確かにシグナムの右眉が引きつった!!

 握る拳。 そのあまりにも強く、悲しみを乗せた『右』は語っている……

 

「貴様はもう台所に立つな!!」

「え?!」

「このあいだ! 私がどんな目にあったかもう忘れたのか!!」

「それは……」

「44時間……だ」

「う゛!」

 

 おまえは間違っている、と。

 

 目の前の人物への圧倒的な拒絶。

 さらに出された数字はキリが悪い上に、どこか不吉を感じさせる並びの数。 その偶数の並びは漢字変換すると……やはり不吉で。 その数字、その意味、それは――

 

「44時間! 私は生死の境を彷徨っていたんだぞ!!」

「い゛い゛!? 44時間!!」

 

 彼女の苦闘の時間であった。

 そのときの想い、重い、思い……それらすべては推し量ること叶わず。 故に悟空はその表面だけ受け取ると表情を驚愕に染める。

 ありえない。 そんなつぶやきさえ聞こえてきそうな彼の顔を「わかってくれるか」などと目を光らせるシグナムは若干涙目。 そのときの経験が余程に苦しかったのだと、見たものの涙を誘う表情だ。

 

「まるで熱された鉄の塊を胃の中に入れられ、そこから雑巾絞りのように締め付けられる感覚……うぅ! 今思い出しても不快極まりない……」

「お、おい?! シグナム!」

「す、すまない孫。 と、とにかくシャマル! おまえはそれ以上フライパン……いや! 包丁……まだぬるい!! まな板に触ることすら許さん、いいな!」

「そんな?! 悟空さんもなんとか言ってください……よ……?」

「なんとかって……オラおめぇたちが何言ってるのかよっくわかんねんだけど」

 

 孤立無援とはこの事か? ついに終止符を打たれようとするシャマルの不敗神話。 そのときを思い起こしたシグナムがよろけると、悟空はすかさず肩を貸し彼女を支える。

 一見華奢な彼女の身体も、いざ触れてみとやはりそれはふくよかとは言い難い……逞しいともいえるモノを感じさせる身体。 それに『タジタジ』……ではなく「……さすがだなぁ」なんて言葉が出るのは悟空だからであろうか。

 そして……

 

「いいかよく聞け孫。 おまえが患った腹痛、あれはシャマルが作った料理が原因だ!」

「え?」

「私も被害者だから間違いない! あのときはたったの一口で昏倒したんだ」

「そ、そうなんか……」

「だが今朝のおまえの様子から随分改善されたと感心した……そんな私が甘かった」

「……はは」

 

 つらつらと述べられていく真実。

 症状の出が若干違ったが、それは悟空だからある程度抵抗されたのか、それともこれがホントの改善点……時限爆発式とも言えばいいだろうか? そんな彼女の手料理に。

 

「味は良かったんだけどな……はは」

「私はそんなことすら思う余裕がなかったよ」

「くすん」

 

 酷評の連続なシグナムであった。 そんなこんなで、いろいろとショックを受けるシャマル。 なのだが。

 

「まぁ、おめぇが料理ヘタクソなのはよっくわかった」

「うぐっ!?」

「お、おい……け、けどさぁそれも頑張って修業すれば何とかんなるとおもうんだ」

「……修行?」

 

 落ち込むシャマル。 それを見て後頭部に右手を持っていくいつもの仕草で言ったのは……激励の言葉。 励ますのではない、強くなればいいというその言葉にシャマルは悟空を見つめる。

 

「でも……」

「え?」

 

 でもという言葉。 そこに隠された意味はおそらく『疲れ』

 それを正面に解き放つか如く、悟空は彼女へ即座に明け渡すこととするのだ。

 

「しばらくは勘弁してくれ……な?」

「うくぅ」

「……とうぜんだ」

 

 まったく、身もふたもない話である。

 

~~1時間後~~

 

 団欒が始まった。

 はやてが悟空から受け取った材料たちは、それぞれが的確な大きさと流麗な形へと切断、整えられていき、次第に均等に分別されていく。

 まずは肉たち。 薄く切り口を開けておき、そこにスパイスを振りかけておいたそれは芳醇な香りをあたりにただ寄せる。 それらが薄い狐色にまで焼かれると、ステン製のザルにあげて油をきる。 この時に切った肉汁はとっておき、後のスープの出し取りにも活用する。

 次は野菜を放りこむはやて。 彼女はそれらを軽く炒めていく。

 ニンジン、ジャガイモ、そして最後に玉ねぎを軽く火を通すと、今のいままで火を通していた鍋にそれらを入れていく。

 さらに肉を入れ、数分間経ったら2種類の市販カレールーをいれ、火を一気に弱めては「くつくつ」と空気を吐き出す音を聞きながら車椅子の上で汗を拭く。 流れるような作業。 足が不自由というハンディをものともしないのは、彼女の計画性とそれにまつわる下準備がなせる業である。

 

 そして、悟空がその匂いに『ぐぅ』の音を出している合間に、今夜のメインが出来上がるのだった。

 

「梅雨入り前やけど、たまになんとなく食べたくなってまう。 上手に出来たやろか?」

「おーー! カレーだ!! すっげぇなはやて、おめぇこんなうめぇモンできるんか!?」

「……えへへ」

 

 水道で手を洗っていたはやては、後ろから『ふらり』と浮いて出た悟空の一言にうつむき加減で答える。

 その具合は恋する乙女……ではなく、テストでいい点数を取ってほめられた娘のようであって。

 

「あんがとな」

 

 頬の温度が無制限に上がっていく彼女の心は、それに比例するかのように温まっていく。

 

「さってと。 せっかくのはやての飯だ、さめねぇ内に食わねぇとな……おーーい! ごはーん! ゴハンだぞーー!!」

「??」

「あいっけね。 つい癖で……みんなー! ゴハンだぞーー!!」

 

 叫ぶ悟空。 それは普通にゴハンの合図なのだが、それを失敗したという悟空に若干の困り顔を見せたはやて。 けどすぐに成りを潜めたそれは、逆の表情……笑顔へと変わっていく。

 

「みんなーゴハンやで~~」

 

 そうやって、暖かな空気をもたらす食卓を、悟空と一緒に作り上げるのであった。

 

「んめ~~!!」

「んぐんぐ……さすが主」

「やっぱはやてスゲー!! 激ウマだぜ!!」

「ばう……」

「どうやったら……こんなふうに……ん~~」

 

 巻き起こる歓声。 それは多種多様でありながら、行く出口は同じという統一性のある言葉たち。 なかには悟空の影響で“見稽古”なんてやっていた者もいるのだが、其の人物の努力が開花するのはきっと遠い未来であろう。

 そんなことより、とにかくすごいのが悟空の食欲。 彼の勢いは止まること知らずに、次々と食事達をその胃袋へ葬っていく。

 

「んぐんぐ――ん~~んめんめ! ……ん?」

「お、おい孫! そんなにかき込まなくても……?」

 

 その中で起こる些細な異変。 それは悟空に深く突き刺さるようでいて……

 ちなみに、いま彼らの配置はというと、長方形のテーブル、その長い辺にふたりずつで座り、傍らにザフィーラが彼女たちを見守るように座った配置を取っている。

 はやてと悟空、それに対面するのがヴィータとシグナム、そういった感じの配置である。

 

そんな彼等……というより、あまりの勢いである目の前の人物に、落ち着けと言わんとするシグナムは悟空の真ん前に座っている……座ってしまっていた。

 

「――ッ!!」

 

 そのときである。 悟空の脳裏に、稲妻のような規模の電流が走る――――

 

 抑えきれそうにない欲求。 変えれそうにない発射方向と仰角。 それらすべてが偶然で、しかしタイミングも物量も、そして彼の肺活量も――――

 

「ぶえっくしょん!!!」

『!!?』

 

 圧倒的に最悪だったのだ。

 

 轟く咆哮は悟空のモノ。 それは、一つの山を震わせるのでありました。

 

「は、ははは。 すまねぇシグナム」

「…………ふ」

 

 ぽた、ぽた……と、黙り込んでいるシグナムの整えられたピンク色の髪の毛から滴れるのは、カレーと麦茶と悟空の○○○の混合液。

 それは音だけなら鍾乳洞の中で聞こえる鍾乳石から滴れる水滴の音とも取れ……取れないな、どう考えても違う。

 

「し、シグナム?」

「ふふっ」

 

 笑う。 そのとき彼女は確かに軽く息を吹きだした!

静かすぎる吐息、それは何に対してだろうか? 声でしか判断できないシグナムのため息にもおもえるそれは。

 

「おーい、シグナ――」

「……孫、貴様」

 

そして嗤う、だがその表情はいまだわからない。 『物理的に』見ることのできないシグナムの表情は推し量ることなどできず、それがより一層皆に不安と恐怖を駆り立てていく。

 

「お……おいシグナム大丈夫か?」

 

 横にいたヴィータはその姿にたまらず声をかける鉄槌を名乗る少女、しかし目の前の『彼女』は鉄槌よりも冷たく、そして。

 

「よくも……」

 

――――右手を広げて手のひらを顔面に向ける

 

「やったな……!」

 

―――それは触れる。 いまだ自身の顔面を覆かくす『元はやてが作ったもの』に!

 

「ゴクウ」

「ん? ど、どうしたヴィータ」

 

 その間にかわされる会話。 ヴィータは悟空をうるんだ瞳で見つめている……それは女の最大の武器であり凶器、しかし目の前の孫悟空(トウヘンボク)には何の意味は持たない―――今回の『ソレ』の使い方はそんなもののためではないのだが。

 

「生きろよ……」

「へ?」

 

「ふふふふふふふふ」

 

―――――触れた.....その右手は2重の意味で触れた、そこからゆっくりと『覆い隠すもの』を掻き落とし。

 

      ぼた!

 

 床に重たい『なにか』が落ちる、それは肉であり、野菜であり、穀物で『あったものたち』―――それらが覆い隠していた『恐怖』を……シグナムの素顔をさらす。

 

 

 

―――――――――――――同時。

 

「くたばれコンチクショー!!」

【explosion】

「シグナム!?」

「あかん! シグナムが壊れてもうた!?」

「おちつけよシグナム!」

 

 いっきにドタバタ騒ぎを巻き起こすシグナムは速攻で相棒――――レヴァンティンを展開、一気に振り下ろす! やりすぎ、なんて言葉は最早通らない。

 

 彼女の弁護のためにも想像して見てほしい。 主とのささやかな夕食時に……幸せな瞬間に! いきなり自分の顔面に誰かさんの人知を超えた量の吐瀉物がぶちかまされるところを!!

 

―――――――――――判決は……斬殺刑でも文句は言えまい。

 

 その斬撃は達人の域。 故にすべてを切り裂く必殺の剣、使い手と一体となり『呼吸』が合わさったその一撃は『彼』をとらえる。

 

(しまった! 力が入りすぎ―――――)

 

 ここ数時間で完全に悟空にペースを乱され続けたシグナムは珍しく『力加減を誤った』

 

 はずだった。

 

「あっぶねぇなぁ……さすがのオラもこの威力は只じゃすまねぇぞぉ」

『え!?』

 

 しかし『それ』は本当に誤りだったのだろうか――――

 

 

「―――なゅ!?」

 

 

 

かみかみのシグナムさんには『まだ』わからないことであった。

 

 真剣白羽取り、実践において無手の者が刀を持った相手に行ういわば最終手段。 彼、悟空はそれをいともたやすくやってのける。

 

「せっかくシャマルに治してもらったのに、またケガなんてしてらんねぇしな――――!!」

「おい、孫? どうし……」

「見つけた!」

 

 両手はいまだにシグナムの愛剣であるレヴァンティンを取ったまま、しかしその目線は八神家の天井……ではなく、もっと遠い『だれか』を見つめている

 

「間違いない! なのはたちの『気』だ、それにこのでけぇ『気』は!?」

 

 苦虫を噛む……元来この言葉は誤りであり本来は『かみつぶす』が正解である、しかしいまの悟空の表情は『苦虫を噛む』と言った方が適切ではないか?

 

「ごくう、どうしたん?」

 

 まだほんの少ししか一緒に居ないはやてだが、それでもいまの悟空が普通ではないことがわかる。 その目は鋭く研ぎ澄まされ歯は強く食いしばられている。

 まるで『敵』を睨みつけるようなその目に、心優しき少女……はやては怯えを隠せずにいた。

 

「――――くっ!(なんで今まで気づかなかったんだ!? やべぇ! この大きさ、ベジータよりもでけぇ気だ!)」

「え!?」

 

 一瞬だけ足元に行ったその鋭い視線はすぐにシャマルの方に向く、射抜かれたシャマルの身体は硬直し、悟空と目線を合わせたまま動けない。

 

「悟空さん?(このひと……こんな鋭い目ができ)「頼むシャマル!」え!?」

「いますぐオラの身体を治してくれ! このままじゃ……」

「ゴクウ、いったい何がどうしたんだよ」

 

 咆哮のように放たれる声、それにヴィータは動揺しつつも悟空に問う。

何が起きたのか。 『わたしたち』には何も感じないこの空気のなかで彼は何にそんなに警戒しているのかと。

 

「詳しいことは説明してらんねぇ、たのむ! 早くしねぇとなのはもユーノもフェイトも! みんなアイツに殺されちまう!」

『こ、ころ!?』

 

 ついに見つけた探し人。

 しかしその喜びもつかの間、自身を圧倒する実力を持った存在に気づき、正体を知るや右手で拳を作る悟空。

 大きさだけではない。 殺気と狂気を混ぜ合わせたかのようなおぞましい『気』の質に、彼は戦慄を隠せはしなかった。

 唐突に蘇り、脳内に駆け巡っていくあの言葉――

 

まずは、あの小娘から……

「――くっ!」

 

 それを思い出させられた悟空は、困惑する八神家のなか、ついとっさに声を張り上げるのであった。

 

 




悟空「オッス! おら悟空!!」

シグナム「……」

悟空「どうすっか!?」

シグナム「…………」

悟空「どうすればいい!」

シグナム「…………唐突に大汗をたぎらせる孫。 ナニカが起こったという情報しか入ってこない我らに、アイツを手伝ってやることなどできず――すまない孫! 我らは誰にも気づかれづにこのままで居たい――――……だが、しかし―――!!」

ザフィーラ「戸惑うアイツの心は揺れる。 だがシグナムと我らが知りえぬところで、事態は風雲急を告げていく。 ……どうなっている」

なのは「次回魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第20話」

フェイト「先延ばしは無しだ! なのは、決意の次元転送!!」

なのは「キャ――なに!? 敵襲!!」

クロノ「ここは局員のみんなに任せて僕たちは――」

なのは「そんな?! 出来ないよ!!」


???「…………また、です」




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第20話 先延ばしは無しだ! なのは、決意の次元転送!!

久し振りの管理局回。
そして動き出した彼女たちと、悟空の進んでいく道はきちんと交わることができるのか?

少女が進むとき、青年は立ち上がる。


悟空、発進回です!!

PS――――小3の身で町一つ破壊できるってすごいですよね。


 次元航行艦。 それは、この無数にある『世界』を行き来するための装置であり、その間に起こる長い時間を過ごす家であり、作戦の要となる拠点になるもの。

 故に、この船が次元間航行をすること自体は何らおかしい事ではなく、いったん地球を離れ、次元と次元の合間にある『通路』の様な空間で彷徨うことも何らおかしい事ではないのである。

 

「ま、また出た。 これで三回目」

「こんな頻繁に……エイミィ、周辺世界への影響は?」

「ありません。 ですが最初の時よりも揺れ幅が増大していってます。 もしもこのまま大きくなりつづけるとしたら」

 

 あの男からの通信からおよそ3時間以上が経ち、時刻にして20時のアースラ艦内、その管制室で観測された『あの日』から『4回目』の次元振のデータを見てエイミィ、クロノ、リンディの3人は苦心する

 周りの次元世界に今のところは悪影響を与えてはいないその次元振は例えるならば。

 

「まるで池に小石を投げ込んだようだ……」

 

 クロノはつぶやく――――時の庭園、そこからまるで一石を投じた水面(みなも)のように広がっていくそれは日を追うごとに小石から石に、石から岩にと、投げ込まれていくものの大きさを変えるようにその波の『振れ幅』を増大させていく。

 

「いまは只のさざ波程度だからいい、でもこのまま日数が経過していったとしたら」

「さざ波が、大きな津波になるってことね」

「はい。 5日後には今のおよそ8倍の次元振が予測されると思います。 願いをかなえるっていうジュエルシードの特性ってのがいまいち把握しきれていないけど、たぶん間違いないですよ」

「たぶんか。 できれば外れてほしい『たぶん』だよ」

 

 気分は最低、状況は最悪。 こちらの手札は4枚、しかも切り札(ジョーカー)は山札のなか。 革命(きせき)が起きなければ到底ひっくりかえせない今現在。

 

「この反応はフェイトさんから聞いた話から推測して、ジュエルシードを呑み込んだっていう『鎧の男』と思って間違いないわね」

「そしてこの日増しに大きくなるところを見ると『取り込む』個数は1日1個まで、あっちのジュエルシードの数は」

「たしか7個、そこから4日分引いて残り個数は3個だね。だからあと3回は反応が増大するっ……と」

「まだ強くなる…………でも」

 

 しかし相手(鎧の男)の挑発(レイズ)は止まらない、こちらの掛け金(ジュエルシード)をすべて持ち去ろうとあんな『景品(プレシア)』まで用意したのだ。

 

「僕より年下の彼女達があんな顔して必死に『たたかって』いるんだ、ここで向っていかないわけにもいかないじゃないか」

 

―――――――時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンは腹を決めようとしていた

 

 

~数分後~

 

 艦長室に集合するよう報告を受けたなのはたちは、数少ない休息の時間を切り上げ、リンディたちの待つ艦長室に行くことに。

 そこで待っていたのはリンディたちを含む10数人の武装局員の人たち、そこでなのはたちは簡単な説明を受ける。 これからの事、自分たちに時間がないこと、それらを再確認するための……ブリーフィングが始まる。

 

「わたしたちアースラ乗り組員は、敵本陣と思われる『時の庭園』に突入することに決定しました。突入方法は協力者のフェイトさんから」

「協力者のフェイト・テスタロッサです、まず――――――」

 

 突入方法はまず、いったん『なのはのいる』地球に転移、そこから次元境界線があいまいになっている『とある地点』にステルスを張ったアースラで突入。

 ステルスを張る理由については、やはり魔法文明がゼロである彼女たちの世界に悪影響を与えないようにとの配慮である。

 

 そしてフェイトから教えてもらった次元座標。 “海鳴市のとある公園上空”に生じた次元境界がばらついている地点に『アースラごと』突っ込み、強行突破という……女性艦長にしてはかなり荒っぽい作戦となった。

 

「……本気か?」

「本気だ……そうだ」

 

 それを聞かされたユーノは隣にいるクロノに小脇をたたきつつ尋ねる。 その顔を例えるなら……初めてドリアンを見たそれ、もしくは牛の解体ショーを見てしまった時のそれ――――わかりにくいが、とにかく『マズイ』表情である。

 

「しかたないだろ……次元空間、通常空間ともに今現在『庭園(むこう)』に飛ぶことはできないんだし」

「そこだよ。 どうしてこのままフェイトの母親が居る時の庭園にまで飛べないんだよ?」

「わからない。 なにか強力な力で押さえつけられているような……もしかすると、鎧の男が取り込んだというジュエルシードが関係するかもしれない」

「……そうなのか。 理由は分かったけど船ごとなんて――」

「いいや、次元境界線が不安定な場所での強制転送だから、逆に人間数人だけで『飛ぶ』のは危険が多すぎる」

 

 だからこれしか手がない。

 切れる札のあまりにも少ない今現在、ユーノとクロノの男コンビは何となく天を、室内なので天井を見上げる。

 

(悟空さん……もしも無事なら、早く帰ってきて!)

(でないとここの女性陣が無茶ばかりしてしまう。 僕たちじゃ止められない)

 

――――――念話を使わずともすでにその呼吸はピッタリであった。

 

 届けこの想い。 どうか無事であるはずのあの人まで……それは、きっと届くであろう。

 

「ねぇ、フェイトちゃん」

「え?」

 

 少年達が重い息を吐き出している刹那、なのはは隣でミルクティーの入った紙コップに口づけていたフェイトに話しかける。

 突然かけられた声に反応した少女は驚いたのであろう、その小さな口元からわずかに紅茶を零し、それが頬、顎と流れていくと、ゆっくりと手のひらでふき取る。

 

「……零しちゃった……えっと」

「あ、ごめん。 これ……使って」

「……ありがとう」

 

 渡された真っ白なハンカチ。 それで口元と右手を拭くと、フェイトはそれを丁寧に畳むとそれをふわりとバルデッシュの中に収納する。

 

「あとで洗って返すから」

「あ、気にしなくていいのに」

「え? そうなの?」

「そう……だけど?」

「ごめん」

 

 ほんの少しかみ合わない会話と距離感。 ふたりとも気持ちの整理がついた彼女達だが、そこはやはりつい最近まで敵同士だった彼女達。 弾む会話があろうはずもなく……いいや、あるとすればやはり『彼』のことだろうか。

 

「その……やっぱり居づらい……かな?」

「……うん。 知ってる顔がないっていうか。 いつもアルフと一緒だったし、それになんだかあなたのそばに悟空が居ないのも落ち着かないっていうか……」

「……悟空くん?」

「うん」

 

 物足りない感覚は、フェイトのモノだけじゃなくって。 この場にいるほとんどの子供たちはおんなじ感覚にとらわれているはずだ。

 戦いにおもむいて作戦とかを立てるような人間でも、統率を測ろうっていう考えを持った人でもなかったが、そんなことをしなくても“ただいるだけ”で周りに良い刺激を与える彼の存在感はこれほど大きかったのだと、なのはたちに思い知らせていた。

 

「そうだよね。 わたしもいつの間にか悟空くんについて行くような形で戦ってた節があったから……ちがうかな?」

「え?」

「悟空くんが戦ってたから……それで一緒に居たかったからなのかもしれない」

「……そうなんだ。 ねぇ、もうすこしだけ――」

「え……うん、いいよ」

 

 彼女たちは壁際へと後ずさっていく。 そのまま寄りかかると天井を見たり足元を見たり……とかくなのはに至っては、遠い昔を思い出すような仕草が子供らしくなくて。

 

「悟空くん、見た目も性格も言動もホントに幼いのに、だけどここぞって時には信じられないくらいに大人びててね」

「……それは何となくわかるかもしれない。 初めてたたかったときなんか、こっちの行動が筒抜けになってた時もあったし」

「あ~言ってたっけそんなこと。 あのとき悟空くん嬉しそうにしてたよ? 『ひっさしぶりにすげぇ奴と戦った』――て」

「……そ、そうなんだ」

 

 彼女たちは、ほんの少しだけ昔話を講じてみた。

 振り返るというその行動は決して逃げではない。 何かと余裕のない彼女たちに残された時間はわずかなもの、だからこそここで身体だけでなく、心の養分……たのしいひと時を過ごすことをするのであろう。

 

「戦いかたを教えてもらったときに思ったんだけど」

「教わった? え? なの――あなたは悟空に戦いかたを?」

「うん、基本的なことだけどね。 あとの魔法とかは全部ユーノくんやレイジングハートからだけど」

「もしかして『雷のように』……とか、そういうことを?」

「あ、しってたんだ。 うん、空のように静かに構えて、雷のように鋭く……これを教えた人ってすごいって思いながらずっと聞いてたかな?」

 

 一度端を切ってしまえば、あふれるように思いかえしていく彼との時間。 そりゃあ悪口だって言われたし、足手まといだって置いてきぼりにさえされそうにもなった。 だけどなんだかんだで引っ張っていくのが彼のいいところ。

 

「なんか……ずるい」

「――え?」

「え……?(わたし、今何を……)」

 

 それをどこかで知っていて、だけどはっきりと自覚にまで至っていないからだろう。 つぶやいたフェイトのつぶやきは、なのははおろか、彼女自身にも把握できてなかったとか。 無意識の一言である。

 

「ごめん、なんでもないんだ」

「そうなの?」

「うん」

 

 引っ込むかのように視線を地面に降ろすフェイト。 その表情は赤くなっているわけでも、当然青くもない。 「わかんない」 そういった風貌の彼女の態度も表情も、年相応であるのだから仕方ない。

 

 何となくその様子をうかがっていたのは年上の女性たち、リンディとエイミィ。 彼女たちはやや距離を取りながらも、今の会話をばっちりと聞きつけ――

 

「エイミィ。 今の会話は……」

「ばっちりですよぉ。 永久保存、過去ログ管理、シーンのタイトル順に整理整頓etc.……完璧です!」

「……べつにそこまで頼んでいなかったのだけど」

「いいじゃないですか。 『彼』が帰ってきたらみんなでばっちり見て、そしたらあの子たちの赤い顔を……」

「悪趣味よ……あとでちゃんとデータを消しましょうね。 私が確認したうえで」

「はぁい……え?」

「ふふ」

 

 ほんのりと、イタズラ心を刺激されてしまっている彼女達。 大事な作戦前だというのに、なぜこんなにもフザケタ態度でいるのだろうか? いいや――

 

「そう、この戦いが……おわったら」

「……艦長」

 

 緊張を悟らせたくはなかったのだ。

 いつも以上……否、今までに体験したことのない事例の数々、そして実力を測りかね、いまだ事態の深刻さすらどこまで重いのか予想すらつかないリンディ。

 故に彼女の胸中は不安が押し寄せていたのだろう、心が震えていたのだろう。

 

「あの孫悟空くんを圧倒する使い手よ、みんなが無事でいられるとは到底思っていないわ……もしかしたら今回の戦いで――」

「そこまでです」

「……エイミィ」

 

 吐き出されそうになる弱気を、すんでのところで止めるエイミィ。 彼女はそこでリンディにあるものを差し出す。

 緑色の『湯呑み』に、角砂糖が数個入った容器、さらにティーセットなどによく見るミルク入れ……これは、リンディの紅茶セットである。

 

「……そうね。 まだ始まってもないのに、実際に言葉にしてしまったらそこでいろんなものが崩れてしまう……あ、砂糖はいつもより多めにね? 気合、入れなくちゃいけないもの」

「え? あ、はい……どうぞ」

「んく……ん~~おいし」

 

 ひとつ、ふたつ……数えていくこと11回。 手のひら大の湯呑みの中にある緑色の飲料……抹茶と“呼ばれていた”液体はその苦味を素早く甘味へとクラスチェンジさせ、さらには練乳という薄い甘味の幕を張らせると、それらをゆっくりとかき混ぜる。

 マーブル模様に溶け合っていくその色はなんともきれいなのだが、やっている行為のえげつなさやなんとも……和菓子屋さんが怒るか、別の何かに目覚めるレベルである。

 

 気が付けば、過去の事象から甘味ものに抵抗がある恭也あたりが見たら、普通に家出するぐらいには凶悪な代物が完成していた。

 

「…………(いつもおもうんだけど、よく平気だよねぇ。 まぁ、ミルクティと扱いが一緒って、成分分析では……)」

「まぁとにかく」

「はひ?!」

「……なに変な声を出して? どうかしたの?」

「なんでもないです……それでどうかしたんですか?」

 

 劇物っぽいなにかを半分くらいまで飲み干していった彼女。 リンディはそこで一拍置いて深呼吸をし、引き締まった顔を見せると席を立つ。

 

「そろそろいいかしら?」

『…………』

 

 ざわりと、部屋の空気が動き出す。 その動きはすぐに成りを潜め、あたかも最初からそうであったかのように静寂さが周りを支配する。

 

「わたしたちはこれから、次元振発生の中心地点である『時の庭園』へと向かうことになります」

「……もう、じかん……」

「……」

 

 唐突に変わる空気に身構えるなのはとフェイト。 冷たくて鋭い……今まで味わったことのない緊張感が彼女たちの空気にまとわりつき、重しとなって身動きを鈍くさせる。

 

「こんな時に……いいえ。 こういった時だからこそ言うのだけど」

「え?」

「なんだろう……」

 

 少しだけ勿体ぶるような言いかた。 悟空が居たら「さっさとしねえかぁ」などというのだろうが、この場に流れる雰囲気が、それを誰にもさせてはくれない。

 身震いすら起こすこの雰囲気を前に、なのはは腕で自信を抱きしめ、フェイトは持ったカップを握り締める。

 

「はっきり言って戦場よりもつらいところの筈よ? 敵はたったの一人だけ。 それでも戦力的にはわたしたちで言うところの……“Sランク以上”の化け物――いいえ、もしかしたらそれ以上の怪物かもしれない」

『――――ッ!?』

 

 その発言に、管理局の人間が総毛立つ。

 汗をかき、表情から明るさを消して、あるものは足元を、またあるものは視界全てを拒絶するかのように目をつむっている。 その中でわからないという顔をするのは……なのはだけ。

 

「ランク……フェイトちゃん、それって……?」

「うん。 今あのひとが言ったのは多分“魔導師ランク”って呼ばれてるものだと思う」

「魔導師……ランク」

「ランクは基本的に、最高クラスのSSS(トリプルエス)から最低ランクのFまでの11段階あって、その中でもさらに『+』とかついた詳しい区分があるんだ」

「そうなんだ……」

 

 それは彼女にとってなじみのない単語が出てきたから。 今回の解説はフェイトにやってもらうこととなり、またも彼女たちの会話が続いていくことに。

 

「……聞いた話だと、AAAランク相当で街ひとつ消し飛ばせるって認識が一般的らしい」

「ぇええ!? そんなに!?」

「ちなみに、なの……あなたが使った『スターライトブレイカー』っていう技。 あれは威力で言えばそのAAAクラス相応の魔法だって、この船の艦長の人が言ってた」

「……う゛! そ、そうなんだ……わたしってもしかしてとんでもない化け物さんなのかな」

「……かも」

「うぅ」

 

 その中で知ったのは、聞く人が聞けば「なにをいまさら」なんて返事が来るものばかり。 そして彼女自身が平気で化け物の領域に片足を突っ込んでいたことに、ふたりは苦笑い。 さらにその威力を凌駕した“砲撃魔法まがい”の攻撃を皆が知っているのだが、その話題には決して触れようとはしなかった。

 

 話は、リンディ達の方へと戻っていく。

 

「はっきり言って底……というか天井知らずの人外魔境の部類の筈。 そんなのが敵に回った今回、正直言って――命の保証はできません」

「…………」

「……うく……」

 

 皆の気概を切り崩すかのような発言。 挫き、うつむかせ、後退させる。 まるでこの先にはいかせまいとするリンディの発言に、皆は確かに退こうとした耳をふさぎたいとも思った。 だが、そうするものはただの一人もおらず。

 

「愚申します!」

「……ええ」

 

 名も知らぬ管理局員が一人声を上げた。 その男に皆の視線が集まっていく。 このタイミングだ、決していい事ばかりの発言ではないだろうとリンディは手のひらを丸める……のだが。

 

「今この場に、退却という選択を取る者などいないと思われます!!」

「…………」

「我々はこの世界の秩序と平和を守り、存続させる存在です! しかも……」

「え?」

 

 堂々一声。 男が言い放つ言葉に何の気後れもない。

 そして男が一呼吸すると、その間視線はフェイトに向かう。 厳しくも優しく慈しむ様な目は、その青年の心の在り方そのものにも思え……

 

「この少女の母親を『自分達』は助けたい、その元凶を許せないと思い、こうやって武装を施し、募っているのです!! そんな自分たちにいまさら帰れなどとは言わないでください!!」

『…………!!』

 

 名も知らぬ男の奮起は、その周りに見事伝染していく。

 どこかで聞いたようなことを……そんなことをつぶやいたものもいたが、それが逆に彼らを強く燃え上がらせていく。 敵は強い? そんなものは先刻から知り得た情報だ……それに。

 

「そうだ、ここで引くのは僕たちが今までやってきたことを否定するようなものだ」

「クロノ……」

「うん。 それにまだできないって決まったわけじゃないもん。 きっとうまくいく……今はそう思って進むしかないと思います」

「……なのはさん。 皆の気持ちはわかりました。 ……ホントに、ありがとう」

 

 人命、それをいつの間にか握ることを強いられたリンディに賭けられていく声。 決断を迫られたのは自分だけではなかった……そんな簡単なことさえも忘れてしまっていたリンディは、ついにその言葉を轟かせる。

 

「これよりアースラは敵本拠地へと強襲をかけます! 総員、発進準備!!」

『おおおーー!!』

 

 戦陣へと向かう。 この船にいる者の気持ちが今、ホントの意味で一つとなった時である。

 次元転送……開始。

 

 

~~なのはたちの地球 とある公園上空~

 

 空が“うねる”

 ついに日が沈んだこの夜空。 輝く星々は小さくも力強い光を地上に降り注いでいく。 その中で空間が歪曲し、周囲の空気が――分子たちが激しく振動し、プラズマを作りだしていく。 それはこの世界になにか異物が入り込んでいくことを意味し、同時にこの世界に異変をもたらすこととなる。

 いまだ何もないその空間、しかしそこには既に“居た”のだ。

 若干ながら周りの景色とはちがう配色の黒と、白い点たち……まるで周囲の色に溶け込もうとする爬虫類が如く、それはこの世界に不自然ながらも存在しようとしていた。

 

「――――ッ!! て、転送完了!」

「場所は……目的地の真下1200メートルってとこね」

「帰ってきた……わたしが居たところに……?」

 

 それは船だった。 壮大とも取れる大きさを誇るその船、中に居る人間は驚くほどに少数だが、それでも機能するその船はこの星の科学の数十歩も先を行くロストテクノロジーとも言えるだろう。

 それに乗る彼らは、そんなことすら自覚しないが。 とにかく、いま彼らが目指すのはただ一つ……

 

「あ、あれ! 今までは気付かなかったけど、ずっと上になんだか『渦』みたいのが見える!!」

 

 なのはが指差したその先。 そこにある黒と紫の歪な色合いで混ぜ合わさっている『いかにも』というような力場……次元のうねりである。

 

「そこの周囲300メートルが干渉ポイントになっているのね。 なら……本艦はこのまま高度を上げ、再度の転送を――――キャ!!」

「ぐぅう……な! なんだ!?」

「すごい揺れ……」

「なにが……」

 

 高く上げられた命令は、しかしいとも簡単に崩されていく。

 大きな揺れ、縦に揺れたかた思うと今度は何やら落ちていく感覚を皆に襲い掛かる。 内臓が持ち上がるような……とにかく気味の悪い感覚に、クロノはエイミィの方へと視線を飛ばす。

 

「嘘……直撃!? 右翼スタビライザー部破損……魔導炉、出力8パーセント低下!!」

「案外大したことはないみたいね……でも――!」

「敵襲か! クソッ! 自分から招いておいて門前払いか!?」

「状況……確認っと!! 映像出します!!」

 

 まるで横合いから……いいや、文字通り横合いから突かれ始まった戦闘。

 急いで状況の確認と、彼等への対処をと図るリンディ、エイミィのペアは指示を飛ばし、キータッチの音を激しくさせる。

 そうして映し出された映像には――――夜空が映し出されることはなかった。

 

「な……なんだよこれ」

 

 クロノは戦慄した。

 そこに映る“景色”は夜の闇よりも心の不安を駆り立てていく。

 

「こんな物量……どうやって!?」

 

 それはエイミィも同じく。 自身で開けたチャンネルだが、今の彼女は酷く後悔した。 こんなものを見るのならば……開くのではなかったと。

 

「さ、最悪よ……こんなこと」

 

 船頭もここで思わず毒づく。

 見たものはあまりにも圧倒的な――――

 

「空が4、敵影が……6割!?」

『…………くっ!!』

 

 機械人形の群れ。 

 使いまわされた言い方をすれば、空を覆わんばかりの光景は見たものに現実を否定させるものであり。

 いま、エイミィが口走ったのはスクリーンに投影される色彩の割合であり、目に映る大半が敵の群れだという事なのだ。

 

「こうなるのは大体予測はつけていたけど……こ、こんなことになるなんて……」

 

 思わずついて出た言葉は希望を感じさせないモノ。 こんなこと、そう呟いた彼女は、だけど歯噛みをしつつ席を立つ。

 

「総員戦闘配備! 出られるものからすぐに敵傀儡兵を迎撃!」

『はい!!』

 

 全員の戦意に撃鉄を打つ。

 振りかぶって広げたその右手は、眼前に広がる『傀儡兵』と呼ばれたものたちの掃討を命じる。 その中で、彼女はなのはたちを見る。

 

「…………!」

「え?」

「どうかしたんですか……?」

 

 一瞬の歯ぎしり。

 苦悶と取れるその仕草に気付くなのはとフェイト、そして部屋を出ようとしたユーノはこの場に残る。

 なんだか呼ばれた気がしたから……それは、正しい判断だった。

 

「クロノ……」

「わかってます。 そのために先陣を他の者に任せたんですから」

『??』

 

 親子の会話。 行ってきますと言った風態ではないのだが、どこかそう見えてしまうそれに周囲は腑に落ちない顔をする。

 そんな彼等をながしながら、クロノは『母』から視線を外し、大きくも小さい声をなのはたちにかけていく。

 

「みんな、冷静に聞いてほしい」

「……どうしたの?」

「いま僕たちは敵襲を受けている」

「え? ……うん、それはわかっているけど」

「……(まさか?)」

 

 語りだしたクロノは、持った杖を軽く握る。 いいや、見えたのは表面だけ……その強さたるや、まるで深く悔いる息子殺しの親の様で。

 

「いま、この船の機能に必要な人員を残して大半の人間が傀儡兵に向かって“陽動”を仕掛けている」

「……陽動? ……――!!」

「わかってくれて何よりだ。 それで――「ちょっとまってよ!」……なんだい?」

 

 広がる波紋はナイフのように鋭く、冷たく。

 それをかき乱すかのように上がるなのはの声に、だが……だがクロノは表情を変えない“ように”彼女へと返事をする。

 

「こうなるのはみんなわかっていた。 さっき奮起していた局員もこの事をわかっていたからこそ、あんな風にみんなに向かって叫びをあげたんだ」

「そんな……」

「キミはもう少し自分の力をわかっておいた方がいい。 キミたちは切り札なんだ、そして今はそれを切るタイミングではないし戦力の消耗は比較的避けておきたい」

「だからって!」

「……言いたいことはわかる……でも――――これしか方法がないんだ! 今ある戦力では敵陣の中央を突破し、中枢を一気に叩く以外……ないんだ」

「く、クロノくん……」

 

 歯ぎしりが聞こえた

 重く、耳障りにも思えるそれは、その分彼の気持ちを代弁するかのようで……それを見てしまったなのはに、言い返すことなどできず。 彼女は、視線を斜め下にずらして口を閉じていく。

 

「……なのは」

「…………」

 

 見守るフェイトもユーノも、気持ちの整理がつかない。 つかないものの、クロノ達の言っている作戦が至極当然だという事を理解できてしまうから何も言えずに……

 

「みんな……ごめんなさい……」

『いこう……!』

 

 画面の向こうで始まった戦闘に、頭(こうべ)を垂れるしか、できないのであった。

 

「クロノくん! なのはちゃん! フェイトちゃん! ユーノくん! みんなお願い!!」

『はい!!』

「アースラから直接、あの『歪み』の干渉空域にまで転送するから。 そしたら今度はバックアップ付のクロノ君の転送魔法でみんなは庭園に! 水先案内はこのエイミィさんにまかされた!」

『わりました!』

 

 転送ポートにたどり着いたなのはたち。 そこからは自称水先案内人のエイミィに言われるがままに走り抜けるだけ。

 気負い、震え……奮わせる。 彼女達の心はいま、確かに熱く燃焼しようとしていた。

 

 

「転送……開始!!」

『――――』

 

 同時……海鳴の大空に、耳をつんざく爆音が鳴り響く。

 

 

 

――――その頃。

 

「シャマル」

「…………」

「なぁ! シャマル!!」

「…………うぅ」

 

   八神家 一階リビング

 

 突如感じ取った『なのはたち』と『あの男』の気。

 ついに見つけた悟空であったが、前よりも格段に増したあの鎧を着込んだサイヤ人の男の『気』に悟空は焦っていた。

 柄にもなく、彼らしくもなく……強いモノを前にした昂揚感よりも、今の彼には失いたくないものが心を大きく占めていて。

 

「はやく――」

 

 かつて大敗を喫したサイヤ人の王子 『ベジータ』よりも強いそれは悟空にあるイメージをフラッシュバックさせるに至る。

 

 地面に埋もれた『ヤムチャ』

 肉片の一つも残らなかった『チャオズ』

 片腕を断たれ地に伏した『天津飯』

 息子をかばい、息絶えた『ピッコロ』

 

 その4人の姿になのはたちが重なり―――彼らの後ろでは不愉快な声をあげながら笑うベジータと『あの男』

 それをかき消したとしても、悟空の息はだんだんと不規則になり、全身からは油のようにぎとつく汗がにじみ出ていた。

 

「―――――!」

 

 そしてまた一つの変化が訪れる、それは悟空をさらに――

 

「な……なんでだ……!」

 

 焦らせた。

 

「ご、ごくう?」

 

 そんな悟空を不安げに見つめるのは八神はやて。

 

「孫……」

 

 見たこともない姿の悟空に戸惑うのはシグナム。

 

「ゴクウ、しっかりしろよ……」

 

 はやてと一緒に悟空を見つめるのはヴィータ。

 

「……ううむ」

 

 ただ後ろで伏せるのはザフィーラ。

 

――――――――――そして。

 

「おねがいクラールヴィント、悟空さんを」

 

 その額に汗を流し、今も悟空の回復に全力を注ぐシャマル。 八神家は一家全員で悟空の力になろうとしていた……だが。

 

「くっ……なのはたちの『気』が……消えた……――!!」

 

 唐突に失われていく彼らの感覚。 いきなり、そして突如として合い成ったその消え方は不自然すぎるのだが、それをも分析することができない悟空の焦りはそれほどに大きいモノなのであろう。

 目は開かれ、広げられた口からはただ力の限りに食いしばられた歯がのぞいているだけ。 今の彼に、何ら打つ手は残されておらず。

 

「悟空さん!?」

 

 彼は拳を握る。 この世界にきて初めて『友』となり、一緒に笑いあった『彼女達』のもとに翔けつけるために。

 手段なんかなくてもいい! やれることをやらなければ後に一番困るのは自分だ!!

 彼は、座っていた椅子を大きな音を立ててひっくり返す。

 

「無理させてすまねぇなシャマル、おかげでもう治った」

「治った……って!? そんなのウソです!! まだ骨のひびは塞がってないし打ち身だって――」

「そんなことねぇ、オラもう――!」

「ダメです! 大変なとこに行くんでしょう?!」

「でもよ――!!」

 

 悟空の完治の声にシャマルは思わず絶叫する。

回復魔法などのバックアップのエキスパートである彼女、故にわかる。 彼の、悟空の傷が全快などしていないことを、常人ならばいまだに寝込んでいてもおかしくないはずの身体の状態を。

 そんな彼をいま戦いの場に送り出すことなど、彼女にはできない。

 

 せめぎ合うかのようにもつれる会話の糸、それは彼女たちの中が良ければよいほどに、お互いを思っては相手を縛り、針のようにさしていく。

 針のむしろ――ソンな単語が浮かぶ最中、見かねたのかどうしたモノか……

 

【…………ka? n goku―― 】

「――え?」

「ごくう?」

「孫?」

「声? いまこえが……」

 

 聞こえてきたのは声。 しかしどうにもぼやけていて聞こえづらいそれに、悟空は【声】を張り上げる。

 

【だれだ!? も、もしかして界王さまかーー!?】

 

 もしかして。 本当にそんな願いが込められた問いただす声。 悟空が知る中でもおそらく3本の指に入るくらいに広大な知識と力を備えた頼れる人物。

 たまにでてくる『ダジャレ』はどこも面白くはないけれど、力になってくれるいいヒトで。 彼ならば今の現状をどうにかできるとおもい、希望を胸にかけたその声も……

 

【ソン…ゴクウ………よかった、きこえて】

【女の……声? なんだ界王さまじゃねぇんか……】

【…………?】

 

 やっと聞こえたその声は胸中の人物ではない別人のモノ。 それに気づいた悟空はため息をついてあからさまな『がっかり』という態度をする。

 その嘆息に思わず言葉を止めた女性の声。 姿が見えるのならばおそらく首を傾げ「どうかしたのですか?」と丸い目で聞いてくるような感じになるであろうが、今はそれを見ることは叶わない。

 

「……孫?」

『……?』

【おめぇが誰かはわかんねぇけど、わりぃ! いま取り込み中なんだ! 話は後で――】

【待ってください……あなたは……このまま行ってはいけない】

【でも行かずにはいられねぇんだ! せっかくあいつ等を見つけたんだぞ! だから――】

 

 呼び止める声に思わず絶叫で返す悟空。

 いつもの『のほほん』とした彼からは想像もつかないそれは、それだけ彼女たちが大切で大事な存在だから。

 邪魔をするなと言わんとする悟空に『彼女』はため息をついて……

 

【落ち着いてください】

「そんなこといってもよ!」

『――――!?』

「あ、すまねぇ……」

『??』

【あなたには……まだ助けとなる存在が居るはずです】

【なにを……?】

 

 悟空に、ほんの僅かだけ『力を貸す』ことにしてみた。

 

【半月前に彼女達と共に現れた『あの存在』が置いていったもの……きっとそれが役立つはずです】

【さっきから何言ってんだ……おめぇ】

【いいですか? まずはこのままあなたが感じ取っている仲間たちのところへ行って、思う存分力を振るってみてください。 けれどそのまま『敵』のもとにはいかないで……】

【……なんでだ?】

【その下で、あなたが来るのを待つモノが居るはず……この世界  来た………は……なただけでは………りゅうが――――】

【お、おい!? 声が聞こえねぇぞ!】

【    】

「消えちまった……」

 

 貸した力は物理的なものではない。

 傷ついた身体はそのままだし、なにか決定的な打開策が講じられたわけではない。 それでも、この数秒だけの会話は悟空の心から、若干の焦りを払拭させていた。

 

「…………」

 

 引いていく汗、静まる心。 状況は変わらないのに……

 

「なんだろうな……やけに気分がいい。 まるで気持ちのいい『風』が吹いた後みてぇだ」

「ごくう?」

「みんな、怒鳴っちまって悪かったな……でも、オラやっぱり行かなきゃなんねぇ」

「でも怪我が――」

「こんくれぇならどうってことねぇ、ほんとだぞ? だから……行かせてくれ」

『…………』

 

 彼の内心は酷く穏やかなものに戻っていて。

 やらなくちゃと思っていたところから「だったらやってみればいい!」と言われた彼は、なぜか逆に熱が冷めていくようだった。

 開き直ったと言っても語弊ではないそれは危ういモノ? いいや、こうなった時の彼は……あとがなくなるほどに彼の本領は発揮していくのである。 崖っぷちのそのさらに先、『淵』から登り詰めるときが彼らの力が増すときなのだから。

 

「頼む……」

「なら……しゃあないな」

「え?」

 

 静かに、だが決して譲れないという顔ではやて達を見つめる悟空……できれば行ってほしくない。 けど、そんな思いを胸に秘めて、少女が一人、悟空の背中を後押しする。

 

「これな、ホントやったらごくうが快復したら渡そおもてん」

「……! これは……」

 

 それは山吹色だった……

 

 堂々輝くその色はとてつもない鮮明さを持ち、太陽の輝きにも似た眩しさを周囲へと放ちだす。

 まぶしい。 ただの服に……『道着』に、そんな思いを抱くこと自体おかしなことなのだが、どういうわけか、悟空にはそれがそう見えてしまったのだ。

 

「やっぱはやてはさ、なんでもできんな……よっと!」

 

 脱ぐ――!

 両腕を下方向にクロスさせ、上着を掴むとそのままたくし上げる。 ズボンをおろし、それが隠していた鍛え上げられた脚とその右足に刻まれたケガをも露出させ、それは上着と共にバサリと椅子へと投げられる。

 

「将来……いい嫁さんになるんじゃねぇか――なっと!」

「……うん」

 

 羽織る。

 それは今までの『寝間着』ではなく『戦装束』である道着。 数々の戦場をこの服と共に歩み、駆け抜けていった彼はここでようやく“目を覚ました”のである。

 ほんのりと浸かっていた今までの平和な日常ではない。 戦う時、気たる時が来たこの瞬間に、ついに彼はその服を着込み……

 

「うっし! 元気全開だ! やっぱこれじゃねぇとなッ!!」

「……ごくう、似合っとるで」

「へへっ、あんがと」

 

 びしり! と、勢いつよく青い帯で気持ちごと引き締める。

 背に刻まれた文字は『亀』ではないし『界王』でもない。 それは彼が今この瞬間になにかを『悟』ったからなのか……そこまではわかりはしないが。

 

「孫、どうしても行くのか?」

「ああ、幾ら怪我しててもあいつらほっとくことなんかできねぇ。 それにたぶん、まだリンディっていうやつが――」

「戦っているのか?」

「……たぶんな」

 

 何をやるべきかをわかっている彼の背には、『悟』の文字が強く、大きく刻まれていたのであった。

 

 そして彼は……

 

「ありがとな、そんじゃ――――」

「ごくう」

「孫……」

「ゴクウ!」

「悟空さん!」

「…………悟空」

 

「行ってくる!」

 

 彼らにあいさつをするのである。 また、『彼ら』の前に帰ってくるために……

 

 

 先ほどの爆音から、急に静けさが訪れた海鳴の夜。 静寂なる大空に上がる叫ぶ声、それがこの戦いの幕開け……にはならないが、スタートラインに立たせる号令にはなるようで。

 夜の闇を黄色いラインが駆け抜ける午後9時、孫悟空は『始まりの場所』を目がけて――

 

「いっけええーー! 筋斗雲!!」

 

 相棒を弾丸が如く翔けさせるのであった。

 ――――接触の時は……近い。

 




悟空「オッス! オラ悟空!!」

リンディ「この決断は本当にあっていたんだろうか。 実はとんでもないことをあの子たちにしてしまったのではないか? 高鳴る心音は緊張? それとも不安?」

エイミィ「それでも迷う時間さえない私たちは、みんなを送り出すことしかできなくって。 そして始まる戦闘はこちらの予想を大きく上回る事態を生じさせ……」

リンディ「もうだめ――その言葉がよぎるとき、風のように現れる者が居たのでした」




悟空「次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第21話 悟空爆発! 世界の王を名乗る拳」

リンディ「赤い……炎……」

???「はああああああああああああああ!!」



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第21話 悟空爆発! 世界の王を名乗る拳

ついに来た悟空の第二ラウンド。
その力は四日前とは天と地ほどの差が付き、たまりにため込んだ見つからないことへの鬱憤は、そのまま振るうこぶしの威力を上げる。

青年が叫ぶとき。
夜の世界に赤い炎が燃え上がる!!

りりごく、21話です。





今まで書いてきて、ここまでネタバレする題名があっただろうか……?




  高度5千メートル上空

夜の暗闇が支配するその中を、天上からほのかな光を照らした月下のもとで光たちが交差していた。

 一つが二つとぶつかれば、二つの光が激しく発光し消えていく。

 そんな光景がどれほど続いただろうか。 いや、実はそれほどの時間はたってはいないのではないかもしれない。

 

「はぁ、はぁ――まだっ!」

 

 リンディ・ハラオウン、以下『数名』の武装局員たちには判別などつきはしなかった。

 

 唐突に彼らを襲った『傀儡兵』と呼ばれるそれらは、所有者の意のままに操ることができ、地球の西洋の鎧と武器を装備した文字通り機械の兵であり戦闘能力もそれ相応にある。

 その傀儡兵、数にしておよそ『1214機』がアースラに突如として襲い掛かっていく。 戦力差は8倍、それほどに圧倒的な窮地を前にして、アースラ乗組員は最低限のオペレーターと操縦士を残して全員が出撃するという異例の事態に陥る。

 『子供たち』に追いつこうとする者、彼らの帰るべき場所を必死に守ろうとする者……局員たちは必死に抵抗した。

 

「くっ――――この!! あの子たちに……追いつかないと!」

 

 アースラ艦長、リンディ・ハラオウン。

 魔力判定AA+評価の彼女、一般よりもそれなりに高い数値の彼女は艦長という役職にもかかわらず、状況いかんによっては自身が戦場に赴き直接現場に指示を出す、戦略家と武闘派のちょうどバランスのとれたスタイルを取っている。

 

 その彼女は……奮闘していた。

 

「はぁ、はぁ……はあっ!」

 

 遠くの傀儡兵から放たれた槍を障壁で受け流し。

 

「せぇえい!」

 

 接近してくるものには出の早い魔法の弾丸で牽制。

 

「これで――はぁ……127機……目。 くぅぅ! かはっ………」

 

 隙あらば敵機を迎撃する、ただひたすらにこれらを繰り返していた。

 たとえある程度の強さがあろうとも機械は機械、一定のパターンさえ見切り、対応策さえ構築してしまえば勝てない相手ではない。 そう――

 

―――――――単騎であればの話だが。

 

 所詮は機械、だが機械だからこその強みである数による圧倒的な劣勢は。

 

「ぐあぁ!」

「アレックス!」

 

――――ひとり。

 

「艦長! 逃げてくださ――ぐはぁ!!」

「ランディ!」

 

―――――――――またひとり。

 

 リンディの周りから人を削り落としていく。

 

 本来はオペレーター職であるはずのアレックス、ランディの二人。 そんな彼らは後衛につき、武装局員たちのサポートを行っていた。 そう、すでに『後衛にいるはずの二人が倒されてしまった』のである。

 

「たったの……たったの十余人の編成であの数を相手によくやったほうよね……敵戦力3割減ってとこかしら」

 

 敵機いまだ900機あまり。 この状況でリンディは笑う。

 それは不敵な笑みではなくあきらめの色の濃い表情。 

 大気圏内での戦闘において、この魔法が未発達の世界で派手が過ぎるアースラの武装を使うわけにもいかず。

 そんな中で打てる手は尽くし、考えられることはすべて実行した―――つもりだった。

 血に塗れた右腕と、もう動かすこともできない左手、右目はもう見えず、左目は額から流れる血のせいで視界は真っ赤に染まっている。

 その目で見える世界はまるで――

 

 「この世のものとは思えない光景って…………こういうのを言うのかしら」

 

 血で赤く染まったその光景は、それだけでリンディの気力と精神力を削り取っていく。

 もうここまで、意識を手放してしまおうか? 握っていた拳は……力を失う。

 

 

 あきらめ――

 その単語が心中で渦を巻き、リンディの思考は段々と弱くなっていく。 十分だ、わたしは存分に戦った。 もう心残りは――……心残りは……ただ心残りがあるとすれば。

 

「ごめんね、みんな」

 

 つい先ほど見送った子供たちと。

 

「クロノ……」

 

 愛したあの人との間にできた我が子、クロノを残して逝ってしまうこと。

 

「―――――ごめんね」

 

 肺に残された最後の空気を振り絞って出された……諦めの言葉。

 吐いた途端にそこで彼女の思考は中断させられる。 ほんの少しの、しかし致命的なまでの油断。 その隙を見逃す傀儡兵ではなく、目の前に接近してきた三体の西洋甲冑を纏った機兵達は――彼女に向かう。

 

剣を。

 

『艦長!!』

 

矛を。

 

『逃げて! おねがいですから!!』

 

槍を――

 

 アースラのブリッジから聞こえてくる声。

きっとエイミィだろうか? 彼女の必死の叫びの中で……

 

――――――その身を両断するべく、すでに虚ろな目となっているリンディの脳天へと

 

    

              振り下ろす―――――――

 

 

 

 

         「そこぉ動くんじゃねぇぞ!!」

 

 

 

 刹那。

 蒼い輝きが三機を『消し去った』

 

 

「…………………………え?」

 

 それは誰がつぶやいただろうか。

 不意に光る景色と、魔力を失い墜落しそうになったはずの自分を束縛……否、包む何か。 そのすべてが今のいままでとは正反対で、この寒空の下でリンディの消えかけた冷たい目の光に、そっと灯火(ともしび)を分け与えたのだ。

 

 それは誰の仕業? 今この場にいる者すべてがわからない。

 そう、今“リンディを抱き上げている青年”が何者なのかなど、この場の誰にもわかりはしないのだ。

 

「……だれ……なの…………」

「……」

 

 リンディは問う。

 いまだに己を抱き上げ、文字通りに救い上げて見せたこの人物に、疲れを伴っているのが手に取れるくらいの音程で彼女は青年の目を見て声をかける。

 だが彼は無口。 一向に開かないソレと、リンディと合わさることのない視線は鋭く……強く。

 

「……」

「あの……(いったい、このひとは……)」

 

 徐々に戻りつつある赤い視界、その世界が映す色がもとの暗闇に戻ろうかという時、彼女はここでやっと彼の色を知る。

オレンジ……いいや、それが遥か高みに“昇華”され、山々を照らし、吹きすさぶかのような太陽の輝きと言われるその色を!

 

「どこかで……?」

 

 思った言葉はそれだけ。

 口に出すことができないのは疲れかどうなのか。 だがリンディはまだ気づかない、見とれたその『道着』を着こなす青年が、今現在、鋭い視線をなげうっては彼女に向かって笑っていることなど。

 

「あなたはいったい……――!」

「よっ!」

「あえ? ……えっと」

 

 気付いた時には彼女からは悲壮感が消えていた。

 彼女の視線のその先、そこには只、おっきな笑顔があって。 なぜにただの笑顔でこんなにも心が軽くなるのか、思ったところで答えなど出ないと知りながら彼女は考えることをやめられない。

 

「ずいぶん久しぶりだなぁ……と、おめぇたちからしたら三日しか経ってねぇんだったよな。 いや、それでも久しぶりかな?」

「ひさ……しぶり?」

 

 先ほどから疑問符が取れない彼女、そんな彼女に、しかし青年は答え合わせなどする気はなく、あたりを見渡し、『彼等』に目をつけると……

 

「おめぇたち。 ちょっとの間だけさ、こいつ頼むな」

『!?!?』

「え……? え!?」

 

 いつものコマ送りのように、ほんの少し離れた局員の男たちに、まるで手荷物を預けるホテルの客が如く、リンディを軽く投げてやったのだ。

 ぽ~ん、という効果音が鳴り響く中、彼女を数人がかりでキャッチして見せた男たちは驚愕を隠せない。 地上5000メートルだぞ? 手元が狂って掴み損ねたら、既に魔力切れの兆候が見られるリンディなど墜落してしまうところだった――そう男たちは青年を見返すのだが。

 

「男ってのはよ、女を守るもんだっていうだろ? そんじゃまかせたぞー」

『あ……ええ?!』

 

 ほんのりと真理を突いた言葉に何も言い返せず、青年が“瞬間的な速さでの高速移動”をする様をただ見送ることしかできず。 彼らは、大きな手荷物をかかえたままに、決してその場から動けない……動かないのではなく。

 

「さってと。 おいっちにぃさんしぃ……」

 

 膝の屈伸から始まる、悟空のよくやる戦闘前の下準備。

 昔を遡ればマジュニアとの決勝時にもこのようなことをやり、自身の気持ちを切り替えたりもした……はずである。

 膝、もも、肩と、次々に柔軟を仕上げていく彼は唐突に機械の兵達を見上げる。

 多い、圧倒的に多く強そうで……けれどその実彼は。

 

「数はてぇしたもんだけど」

 

 あんなものなど――

 

「あんま強くなさそうだな」

 

 眼中にはないのである!

 

[グギギ――!!]

「ッ!」

 

 唐突に始まった第二ラウンド。

 助っ人の起こした惨状に、今のいままで動かなかったのは状況を正確に判断するため。 亡くなった同じ装甲を持つ同型機の行方を検討し、『消失』したと判明した彼らは、今度はその原因を探り当て、そのイレギュラーを排除するべく動いたのだ。

 

「まずは10体――」

[    ]

『!?!?』

 

 そうして彼らは、その動作を最後にこの世から完全に消えてなくなった。

 

「なんだ!? 何が起こったーー!!?」

「いま一瞬だけあの人が消えたと思ったら……」

 

 そのときの光景は彼女達には理解どころか識別不能。

 光ったと思ったら激しい爆発音が夜空に響き、大きな風が全身に痛いくらいにあたっていたのだ。

 奇妙奇天烈なこの現象は、しかし彼にとっては予備動作でしかなく。

 

「おめぇたち! 遠慮することねぇ、時間がねぇからまとめて一気にかかってこい!!」

[グギイイイーーーー…………    ]

 

 残る敵は十機減り921機……いままた更に消滅したので909機。

 その光景たるや、アースラで戦況を見ているエイミィは既に言葉を失っている。 映し出された空域の見取り図に敵機の輝きがあるのだが、その尋常じゃない数が直線状に消えていく様は落書き帳のお絵かきを消しゴムでまっすぐになぞったかのようで。

 その光景は圧巻であり、どこか爽快である。

 

 目視による気合砲と、差し出した右手から放たれた青い気功波が夜空に一直線に伸びていき、青年は機兵をまるで部屋の片づけのように掃除していく。

 その様は本来整理整頓がヘタクソの彼でも簡単にできる“おそうじ”であるかのようで、自身の出せる力を再確認していくかのようでもある。

 

「だあああだだだだだだだッ! だりゃあああ!!」

「ば、爆発が……爆発が止まない」

「たった一人で……あの軍勢を」

「回避と攻撃がひとつの動作で収まってる……まるで踊るみたいに――」

 

 右こぶしで相手の胴を打ち貫き、空いたもう片方を手刀の形にするとそのまま横に薙いでいく。

 切り裂かれていくもう一機を見下ろすことなく、休むことなく彼はひたすら前進していく。 一撃一撃が常に必殺の威力。 サイズだけなら木枯らし程度の旋風は、その実威力は台風を超えてハリケーンと形容できようか。

 迫る敵の攻撃に避けるのではなく躱しつつ、カウンターに片腕を相手にねじ込んでいく……正直、リンディ以下魔導師連中には到底できないインファイトである。 それはもちろん、今この場に居ない近接特化のフェイトも例外ではない。

 

 拳打によるゼロ距離と気功波でのロングレンジの使い分け。

 なのはとフェイトのいいとこ取りの様な戦闘風景に、彼女たちの事を知るリンディたちはすでに動くことを忘れている。

 戦時中の最中で、戦闘現場にいることすら忘れそうなほどに、彼の強さは圧巻なのであった。

 

「傀儡兵達が集まって……? あ!」

「!」

「…………」

 

 ここで状況は変化を見せる。

 急に集まりだした傀儡兵……その数およそ75機。 それらは巨大な円陣を描くかのように陣形を作り出すと、そこから環状の魔法陣を描いていく。

 

『結界魔法!?』

「……結界?」

 

 それはなのはたちが消えていったという次元の『ひずみ』がある場所、そこを覆い隠すかのように現れた暗い色の球状結界。

 それがあらわれると同時、青年の顔色は急に暗くなる。 何か都合が悪いことが……そう尋ねずにはいられないリンディに、彼はそっとつぶやく。

 

「なんなんだ? アレが出てきた途端、『アイツ』のデカい気を感じなくなった……」

「……え?」

 

 苦い顔の青年は上空に展開された結界を見つめると、まるで障害物でも見るかのように目を細める。 これが無ければ……そう呟き、彼は構えようとしながら――局員の一人が大きく叫ぶ。

 

「危ない!」

「よっと」

「……はぇ?」

 

 叫ぶのだが、周りの者がそれに反応する前に首を斜めに傾ける青年。 するとその後方から鋼鉄の槍が飛来し、耳元に騒音を鳴らしながら通り過ぎさっていく。

 ホントに涼風のように、傀儡兵の必死とも思われる抵抗を躱していく彼、今度ばかりは戦慄を隠せない局員の男は、気付けば手に汗を握っていた。

 

――――あれは、我々とは立っている次元そのものが違うのだと。

 

「む」

「傀儡兵が……」

「囲まれた!?」

 

 そうこうしてる間に彼らを囲い始めた傀儡の兵隊たち。 ドーム状に彼らが青年とリンディたちの計5人を完全包囲する。

 それに戸惑う彼等管理局勢に、青年は静かに彼らの近くに寄って行く。

 

「おめぇたち、後ろに向かって『盾』みてぇな奴でめいいっぱい踏んばって自分の身だけ守ってろ」

「あ、あなたは……?」

「…………」

「あ、あの……?」

 

 ただいうだけ言って、彼はそこから無言。

 そうして気づいたことと言えば、今現在、自分たちが大きな足枷になっている事実。 誰かが唇をかむ。 それは悔しさからくる衝動的なもので、本来闘うべきものが知らない誰かの重荷になっているのだ。

 その心境は計り知れないもの……だが。 傀儡兵の攻撃はまってはくれない。

 

[グギィ!!]

「来る……!」

「くっ! 全員、この人の言う通り障壁を後ろへ――」

『!』

 

 結界を張ったモノ以外の834機の兵達が手に矛を持った機械がそれを振りあげる。

 一斉に武器を青年に構え、細々と光を灯していく。 それは射撃の態勢であり、その全方位からくる攻撃手段はおよそ回避不可能。

 青年の後ろで魔法の障壁を張っている男三人ですら、いいや、三人がかりでもこの軍政を相手取ることは不可能だろう。

 重なる不可能。 できるわけがないとつぶやいた管理局員の誰か……その一言が――

 

[ギギィイイイ!!]

「はあああああああ!!」

『――――っ!?』

 

 回線の合図となってしまった。

 激しく後悔した彼。 しかしその手から光らせる魔力、障壁の強さは青年に言われたとおりに“めいいっぱい”に出力を上げていく。

 

 同時に上がる雄叫び……そして爆発音!

 

「……うく! な、何が起きて………………うそ」

「だだだだだ! はあぁぁぁあああ!」

 

 その中でリンディは見る!

 彼の……青年の起こした魔法よりも奇怪な事象を――

 

「そ、そういえばクロノから報告が」

 

 彼の手足は高速で動く。

 目にも留まらず、風を切り、音に追いつく速さで振り抜け、打ちつけていく。

 

 リンディが思い出す衝撃と言わざる得ない事実。 其の昔、つい一週間前程度遡るその出来事。

 初めてこの地にやってきて、そこでクロノが受けたとびきりの『洗礼』の事だ。 彼の、クロノの砲撃呪文を、魔法も使わずに防いだことがあるという人物の起こした出来事を!

 

「でも……でもこれって……!」

「だだだだだだだ――!!」

「両手足で……射撃レベルとはいえ呪文を弾き返すなんて!?」

 

 そう! 青年が行ったのは防ぐことではなく“弾く”こと。 手刀の形をした両腕を、相手の光弾との距離、そして振りぬくタイミングを見極め、構え、日本刀の抜刀が如く振りぬくことで、傀儡兵の攻撃を別の方向へと飛ばしていったのだ。

 

「しかも飛んでいった方向には……」

[グゲエエ!!]

「別の傀儡兵がまた――」

 

 攻防一体。

 青年の弾き返した光弾はそのまま別のモノに当たり、弾いた時の威力と速度がプラスされたプレゼントを受け取った傀儡兵は小さな音を立てて爆散する。

 正直言って青年は狙いをつけて打ち返してはいない。 定めることをしないでもどこかしらに居るヤツにあたってしまうほどに相手の数は膨大で、密集しているのだから。

 

 そうしてしばらく、彼等とのキャッチボールが続いていき……

 

「これで……最後!」

[    ]

「何てことなの……あんなにいた傀儡兵が見る影も……」

 

 気付けば周囲を覆っていた敵機は焼け焦げた装甲板と、ねじ山が『ばか』になっているボルトにまで分解されており、それらは誰もいない公園へとバラバラと落ちていくのだった。

 

 止めの足刀によるピッチャーライナーをぶち当てた青年はそのまま上空に顔を向ける。

 そこにいる残りの機兵75機、それと邪魔なあのドーム状の結界。 いったいどうやって消えてもらうかと、一瞬だけ思考を張り巡らせた彼は……

 

「なんだ? あいつ等が集まって……?」

「こ、これは!?」

『あ、ああ……』

 

 その異変に気が付いた。

 結界を生成し終えたのだろう、機兵たちはそれぞれ構えを解き青年を敵と認識しているのだろう、最優先に向かっていこうとして空中で制止する。

 

 そこからだ、彼らの一体が何やらノイズ混じりに号令らしきものを発声すると、彼らはいきなり“分解”する。

 分解と言っても細切れとかではなく、きちんと一つ一つのパーツとしての分解、つまり分離したと言えるそれは次々と周りの機兵たちも行い、夜空に無数の機械部品が宙を舞っていく。

 

 そうしてそれらがひとどころに寄せ集められると、[彼ら]は一機の[彼]になる

 

[グギギ……グギ……ガガガガガガガガガ――――]

「な、なにがどうなってんだ!」

 

 青年の驚き。

 めずらしく狼狽えて見せた彼は夜空を覆い尽くす異形に汗をかく。 巨大、そういうしかないくらいに大きく、下方で浮遊しているアースラという戦艦の半分に届くか届かないかというくらいにまで変貌したその機兵……いいや、いうなれば巨兵は青年を只見下ろしている。

 ついに完成したそれは彼を見下ろし、不遜で不気味な機械音声を夜空に響かせるのであった。

 

「で、でけぇ」

「そんな!? 傀儡兵の大体は知っていたけど、こんな“おはなし”みたいな機構は聞いたことがないわ!」

 

 巨兵、それは青年が以前に遭遇した大猿と呼ばれた強戦士程度に巨大で、その腕、其の巨躯、すべてが『アレ』を連想させるには十分で。

 そして何よりも彼らの力が足し算ではなく――

 

[グオオオオオオオ!!]

「くっ! おめぇたち離れてろ――がっ!!」

「!!?」

 

 ざっと見積もっても、75機分が『かけ算』された強さであったのだから。

 

「つ、強え!! べ、ベジータよりは大したことはねぇんだろうけど……」

[グオオオオ]

「くっ! オラ自身が弱くなっちまってるんじゃ関係ねぇよな――」

 

 巨兵の大振りされた腕。

 それが青年を見事捉える! 遠くに吹き飛ばされた彼は空中で急制動。 全身に受けたダメージを確認して敵の戦力をあたまでイメージする。 そこから出てきた答えと言えば『結構強い』というものであって。

 

「出来れば万全の状態でやりあいたかったけどな、でも、そうこう言って――らんねぇ!!」

「あ、危ない! 後ろ――!!」

「わかってる!!」

 

 巨兵のまわりこむ様な大きい蹴りに、右ひじと右ひざを合わせるようにして咄嗟に防御してしまった青年。 『ズドン』というわけがわからないほどの音量が夜空に響く瞬間、彼は顔面を青ざめさせる。

 

「~~ッ!! あ、足! 怪我――わすれてた! ぐぅ痛ってーーー!!」

 

 ビキリと響く鈍痛に顔を歪めた青年。 

 大きくのけ反ったと思ったら、今度は右足を数回さすって『ふーふー』息を吹きかける。

 

「わかってるっていったのに……」

「へへ……自分のケガは忘れちまってた」

「……けが?」

 

 全身を駆け巡る激痛の波に、これでもかというくらいな我慢の声を上げた彼、それにジト目となっているリンディに、しかし青年はそれ以上語らない。

 またも切られた会話はいまが忙しいからで、それをわかっている彼女もこれ以上探りを入れない、敵は、待ってはくれないのだから。

 

[ggggggっがあああああああ]

「来たな。 来い! デケェ相手は、オラ何度も戦ったことあっぞ!!」

「何度も……?」

 

 巨兵を前に、青年はさしずめ小人の様か? それでもそんなもの『あいつら』に比べればなんてことはないはずだ!

 そう啖呵を切って、向かってくる相手の右こぶしを――

 

「ぐううう!!」

『!!?』

 

 思いっきり喰らってしまう。

 吹き飛ばされた青年。 その先に居るリンディたちを避けるように全身から気を放出する。

 色などないそれは不可視の力をあたりにまき散らし、彼女たちに当たらぬよう空中で弧を描くようにあさっての方角へ彼は飛んでいく。

 

「あ、あっぶねぇ~~ 今完全に捉えきれてなかった」

 

 頬からジワリと汗が浮く。

 それが顎をめざし垂れ流され、そっと彼の道着に落ちて染みを作る。

 

「まさかこんなにすげぇとは思わなかった……正直参っちまったぞ」

「……参ったって……」

 

 聞こえてくる単語は管理局の人間からしてみれば、唯一の希望が断たれたにも等しいセリフだろう。

 

だが。

 

「――――へへっ」

『え? わらった……?』

 

 彼を知る仲間たちが、今の青年の顔を見ればきっとその正反対の思いを抱くだろう。

 呆れ、頭を抱え……そして。

 

「ちぃとばっかし――無理しねぇといけねぇみてぇだな……」

『……?』

「無理……あなたなにを――」

 

 “またその顔か” そう言うであろう。

 

 イイ顔。 少々の妖艶さを含んだ風に見えるそれは、よくよく見るとナニカ楽しいものを見つけたような顔。

 着こなした山吹色の道着が小さく揺れる。 ふわりと風にゆられ、その吹き抜けた空気が遠い夜空に消えていった。 そのときである。

 

 

「リンディ!」

「!? は、はい……?」

「こっちに来んな! そこでじっとしてろ!」

「え? でも……」

 

 青年に“呼ばれた”リンディは思わず目を白黒させる。

 どうしてこの人は自分の名前を知っていたのだろうか? そしてなぜ今ここで――

 

「あれを倒すならみんなで……」

 

 総当たりの方が……彼女が思いついた作戦はこれだけで、破損したアースラに、負傷の多い局員の全員でも、何かしらできることはあるはずだと、そう思っての思考だが。

 

「むしろその逆だ。 今から無茶な技を使う。 だからおめぇたちは巻き添え喰らわねぇ様にあの船のあたりまで離れててくれ」

「巻き添え……?」

「頼む」

「わかりました……」

 

 聞かされた言葉の意味はあまり実感できない。

 だが、今この数分間での彼の行動は、彼女たちに与える信憑性を十分にあげていき、そっと青年の後ろから遠ざかっていく。

 いなくなっていくオーディエンス。 そうだ、『彼ら』の戦いは本来大勢の人間に見られるようなものではないのだ、だからこの戦場の雰囲気もいつもと変わらなくって。

 

「…………ぁぁぁぁぁ」

 

 彼はやはり、いつもの様に無茶をする。

 据えるのは腰、構えるのは左腕、引き寄せたのは右のひじ。

 引き寄せたそれを脇腹の方まで引っ張るとそのまま据えて、左腕は裏拳の要領で握り、相手に向かって突き出すかのように構えている。 気合の入れよう、それが尋常ではないレベルにまで達した時それは起こる!

 

「はああああああああああ――――――」

『!?!?』

 

 大気が……振るえる。

 唸る彼の声はまるでサイレン!

 轟々と鳴り響いては、警告音のようにあたりに響いていく。

 

「ぐああああああああああああああ――!!」

「叫び声……それだけで世界が震えているとでも……!?」

 

 その警告音は訴えている。

 この先にある青年の力の強さに対する異常さを。 目の前の怪物に――

 

「ああああああああああああ!!!」

[グガガガガ!!]

 

これからおこる凄惨な出来事を警告するかのように。

 

「――――――!!」

「震えが止まらない……むしろさっきよりもひどく――」

「だあああああ!」

 

 ついにそれは起こる。

 青年の身体に見られる変化は、まずはある程度の筋肉の膨張。 そしてガタガタと震えている手足はその音をやめ、体中がその力を制御下に置こうとしている。

 全身をくまなく流れる力をコントロールし、それを一気に解き放ち爆発的な力を得る肉体強化の極限!!

 

――――その名も!!

 

「界ぃぃいいいい王おおおおお拳!!」

 

「きゃっ!?」

「うぉお――!」

「なんだーーーーー」

 

 雄叫びと共に唱えられたその名。

 聞こえたと同時、彼は炎のように燃え上がる!!

 

「あ、あの人の身体が燃えている? いいえ、燃えてるのではなくて輝いているの?!」

 

 炎の化身。

 そうとっても差支えがないくらいに熱く、激しい彼の姿はまさしく戦う者。

 燃え上がるかのような輝きは彼の闘志を表すように強く……美しい。 その言葉を出させることもなく、完全に視線を奪われたリンディは彼の揺れる黒い頭髪から帯から道着から、すべてを見上げると。

 

「だあッらあああ!!」

[    ギギ?  …………ギ!?]

『な……!?』

 

 青年は、巨兵の右腕だった残骸を掴んでいた。 猛攻が始まった時である。

 その第一撃は誰にも捉えられず、ただ全身を襲ってくる衝撃波に目を閉じることしかできない。

 

「はやいなんてもんじゃない……それ以上の何か――」

「次は左腕いただきッ!!」

[ゴオオオオオ!!]

 

 続いて出てきたのはカカト落とし。 その異様な威力は踵というよりは斧、もしくはギロチンの様だ。 尋常じゃない音量を奏でながら切断された巨兵の左腕、それを掴み取ると彼は――

 

「こんのぉおおおお」

「振り回し始めた!?」

「ジャイアントスイング!? たしかに得物は巨大だけど……でも!」

 

 腕を掴んだままに盛大な時計回転を始める。

 それを5回繰り返した彼は一気に両手を……離す。 その先にあるのは巨大な胴体であり、そこに必殺の一撃と言わんばかりに放り込んで見せる!!

 

「受け取れー!」

[!?!?]

「く、クリーンヒットして……飛んで行った?! あの質量相手になんて……」

 

 後方へ退く巨兵、西洋甲冑の様なその身体と頭部の兜をグワリと揺らすと、大きくわな鳴く。 100メートル程度の撤退に、しかし青年の追撃は止まらない!!

 

「――――はあああ!!」

[グガ――ガガガッ――]

 

 一瞬の爆発。

 青年を包む赤い闘気が大きく揺れると、その炎の勢いは激しくなり加速器が作動したかのように彼は飛んでいく。

 目的地は当然眼前の巨兵。 その距離を数センチまで縮めると、彼はまたも闘気を『吹かす』

 

『曲がった!』

「くっ――」

[ガ……ガ?]

 

 青年の急カーブは大きくも荒い弧を描く。

 吹き出る闘気と相まって、赤い三日月に見える軌跡を作りながら巨兵の背後に回り込んだ彼は、その勢いを殺さずに左足を振りあげていた。

 集まる気力、唸る風。 しかしかかる時間はほんの一瞬のモノ……それほどにリンディたちと彼では感じている時間に差があるのだ。

 誰かが息をのんだそのタイミング、彼は大きく叫びを上げ――

 

「だあああああーーりゃあッ!!」

[ガガガガガガッ――!!??]

 

 一気に……振りぬける。

 

 爆散する巨兵の兜、そこから覗くメインカメラが火花を吹くと巨兵の動きは止まる。

 そのまま流星が如くリンディ達の方へと飛来していく青年。 着いた決着、そう誰もが思うときであった。

 

[――――――――]

「なにをする気だ……」

 

 その姿を見た青年はいまだ飛翔をやめず、リンディには濃い焦りの色が出る。

 変形していく機械の身体、胴体から針のようなものが突き出たと思えば、そこに紫色の魔力が集中していく。

 ひと目でわかる何かを撃ち出そうとするその姿、さらに相手は視界が無いのであろう、照準が向かう先を見てリンディはハッとして思い切り叫ぶ!

 

「みんな逃げて! こちらに向かって砲撃魔法が飛んでくる!!」

『――!!?』

 

 警告はした、確かに間に合った。

 誰よりも早く放ったその言葉は正確なものであった……しかしそれでもその声は、砲撃の発射と、回避のタイムラグを埋めることなどできず、動かない局員たちに向けて紫の奔流が関を切ったかのように流れ、飛んでいく。

 

「……だめ、まにあわない」

 

 なのはのディバインバスター以上の威力と速さを含んだその砲撃、ついぞや発射されたそれを前に、リンディの脳裏に今まで起こった数々の出来事が浮かんでは消えていき――

 

「え?」

「…………ふぅ」

 

 目の前には、青年が居たのだ!

 いつの間に……そう思う時間さえ今はなく、ただ不意に現れた紅い拳士の背中を見つめることしかできずにいた。

 振りかぶられる青年の右腕、それは拳を作ると自身の左肩まで引き上げる形をとる。

 そして次に赤い発光が大きくなる。 爆発的に、まるでガスコンロの火力を中火から強火に上げたかのように大きくなったその光は彼の力の“増幅”を意味するかのようで。

 

 リンディたちが様々な出来事に置いてきぼりを喰らう刹那、巨兵の放った閃光は青年に着弾する。 

 

「――――ふん!」

『な!? なんだって!!』

 

 ……着弾したのだ。 そう、確かに身体には触れている。

 だがそれは――

 

「はああああああ!!」

『!?』

 

 青年の気合の咆哮と共に振りぬかれた腕により進路を変え、遠い海面へと落下していくのであった。

 

「今の攻撃、確かにAAクラス相応の威力の筈なのに……これが前にユーノくんが『彼』から聞いていたっていう“気合で跳ね返す”というやつなの!?」

「…………」

 

 赤く輝くフレアをまき散らしながら佇む彼。 その雄々しい姿に視線を奪われ、自然と肺の中の空気を絞り出されるようについたのはため息。

 圧倒的な彼に、皆は戦慄していたのだ。

 リンディ・ハラオウンは今この時、いつかの時のクロノと同じ驚愕をしたのだ。 自身とはかけ離れた技術体系の戦闘。

 

 道具も使わずやってのける、おそらく人が持つ可能性の体現。 全ての者に内在的に備わるそれは確かに“やる気”さえあればきっと誰もが空を飛ぶくらいはできるようになるのであろう。

 だが果たして全ての者が今の彼の位にまで行くことができるのであろうか?

 苦しい鍛錬をいったい何年繰り返してきたのだろう、そこにたどり着くまでにどんな苦難があったのだろうか。

 

 わからないことは多いし、見えてこないモノばかりだが――――

 それを知ることができるのは、きっと近い未来の筈である。

 

「…………ぐうっ!?」

「あ――!? き、キミ!」

「ま、まずいな……」

 

 リンディが様々な思いを走らせる中、青年はふらりと態勢を崩す。

 今まで堅牢さを誇っていた“張った”肉体も、轟々と燃えるように噴出していた赤い気流も今は見られない。

 そして聞こえてくるうめき声に近寄ろうとする局員たちに、彼は片手をあげて押しとどめる。

 

「はぁ……はぁ……界王拳が解けちまった……だけだ」

「それだけなの?」

「……まぁな」

 

 嘘だ。

 リンディはそれを一発で見抜くが、だがそれで青年をどうにかできるわけもなく。

 

[……グゴ――グゴゴ、ギギ!]

「あいつまだやんのか……はぁ…はぁ…――ふぅ……」

 

 だからであろう、彼がこれからとる行動を見抜くことなどできなかったのである。

 

「魔法っちゅうのはよくわかんねぇけど、アイツとあいつのうしろにある変な“結界”ってのが邪魔してんのはわかった」

「……?」

 

 ここで青年は構える。 両腕を横に広げたかと思うと、右手を上に、左手を下に持っていき、その手首を顔の前で合わせる。

 

「と言っても“ただの界王拳”なのに、オラ全身……ふぅ……ガタガタだ。 だから――」

「あ、あぁ……あの構えは――もしかして!?」

 

 おもいきりよく引きつけて、そこから作り出される攻撃の構え……いいや、『必殺の構え』を見た瞬間、リンディの中に激しいサイレンの音が鳴り響く。

 

「とっておきを食らわせて、一気にカタぁつけてやる!!」

「いけない!? 総員退避!!」

『!!?』

 

 腰に両手を添えたソレは『あの少年』が作り出す輝きを連想させる。

 

「そうよ、なんで気づかなかったの――あの髪型にあの色の道着……そしてあの長い尾!」

 

 黒いつんつんあたまをゆらりと動かす彼に、思い当たる節を総動員させる彼女。 そこから行きつく答えは簡単で、とてつもなく嫌な予感がして。

 

「久々に行くぞ! 『超かめはめ波』だ!!」

「ちょう……?」

「かめ? なんだって……?」

 

 彼の発した言葉の意味を掴みきれない局員たち。 当然だ、こんなふざけた名前が果たしてどれほどのモノなのかなんて想像つく訳ないし、ついたとしてもそんな人物はまず『彼らの世界』には一人もいないだろう。

 

 しかし。

 

「みんな逃げて!!」

『??』

 

かぁぁぁあああああ――――!!

 

 彼女だけは把握していた。

 あの闇夜を切り裂き、空を覆い隠す暗雲に大穴をあけ、夜空に月光の輝きを呼び出した少年の構えと技の事を。

 亀の仙人が開発したという、潜在エネルギーを己が肉体ひとつで『凝縮』『増幅』『収束』という自分たちで言うレアスキルの連続をやってのけるそのことを――そしてそれが……

 

「なのはさん以上の砲撃……いいえ! 『艦砲射撃』が来るわ!!」

「艦……」

「砲?」

 

 めぇぇぇえええええ――――!!

 

『なんだって!!?』

 

 これから尋常じゃない事態を引き起こす前準備だという事を。

 リンディの発声の後、管理局の男3人の行動は速かった。 よほど“なのは以上の攻撃”が恐怖心を刺激したのか、彼らの顔は引きつり眉がけいれんを起こしている。

 ひとり腰を抜かして動けないモノが散見されたが、それは別のものに尻を蹴られてまで一緒にアースラが張る障壁へと退避していく。 ……この時、当然リンディも彼らに運ばれる形で一緒に逃げていくのだが。

 

はあああああああああ――――!!

 

「2、300メートルは離れてるはずよ?! それなのに振動がここまで来るなんて――【エイミィ!】」

【ふぇ!? ど、どうかしましたか……?】

【アースラをもっと後方へ退避させて! 巻き添えでこっちが全滅する羽目になるわ!】

【――!? は、はい!!】

 

 めぇぇぇえええええ――――!!

 

 光が放たれるカウントダウンは既に残り『1』を切ろうとしていた。

 約束の合言葉を咆哮のように唱える青年は、そのまま手の中に輝きを作り出す。 神々しい、そう呟いたのは誰?

 力強くもきれいなその青い光は、あの『少年』のモノよりもはるかに強く、眩しい。

 

「もう第4詠唱まで終えている……来るわよ! 特大の砲撃が!!」

「第4……? そんなのあったっけ……ううん、そんなことより――アースラ結界出力最大!!」

 

 リンディの意味深な単語に疑問符を浮かべながら、手元のコンソールのキータッチを速める。 手遅れにならないうちに、早々と来る衝撃に身構える彼女達。

 それを知ってか知らずか、ここに来て青年の発光現象は最大となる。 この夜に現れた閃光はまるで地上に降りた星々の輝きの様で。

 大きさこそ敵わないものの、その光の球は、なのはのスターライトの輝きを思い起こさせるのだが……威力は果たしてそれに比例するのであろうか?

 

――答えは。

 

「波ああああああああああああああああああああああーーーーーー!!」

 

 次の一撃でわかるだろう。

 

「きゃあ!! 空に居るのに……まるで地震みたいに」

「か、艦長!」

「どうしたの!?」

「巨大な傀儡兵が……傀儡兵が――」

「……!! やって、くれたわね……彼」

『うおおおおおお!』

 

 上がる大勢の声。 歓喜と驚愕が見事なバランスで織り交ざっているそれはどうして起きたのか?

 

 簡単だ、なにせ今のいままで自分たちを苦しめた傀儡兵の、その集合体である巨兵を砲撃一発で見事消し去ってしまったのだから。

 断末魔さえ許さない彼の一撃は、海鳴市の夜空に航空爆撃機が通過したような轟音をいまだ響かせている。

 

そして、敵が居なくなった後も彼の攻撃はまだ終わらない!

 

「敵が居なくなったのに砲撃の威力が収まらない? ……まさか!?」

「こ、このまま一気に『あれ』もぶっ飛ばしてやる!!」

「結界を打ち破ろうというの!? そんな無茶な!!」

 

 目指すは敵がいたその後方。 いまだ健在な結界に向かって、彼の超かめはめ波は流星が如く夜空を翔けていく。

 昇る、登り詰める!!

 そうして翔け抜けていったその先に待ち構える結界にあたる瞬間、誰もが固唾をのみ込んで、自身の口からすべての音を消し去っていく。

 瞬間だけ静かなその場に、次の瞬間、けたたましいほどの炸裂音が轟く!!

 

「はああああああああ!!」

「わ、割れない! やっぱりだめなの……?」

 

 結果は互角。

 相対した矛と盾はお互いを突き合わせたままに、進行を停止した。 効いていないわけではないだろう、破壊できないものではないだろう。

 それでも足りない力は、彼がまだ本調子ではないからか。 それを一番わかっている彼は、ここで――

 

「――――あああああああ!!」

 

 最後の一押しに打って出る。

 傷ついた身体で、既に界王拳は使用不可、故に全身から集められるだけの気をかき集めたこの超かめはめ波に出来るのは……

 

「だあああああああ!!」

 

 ただ気合を上乗せしていくぐらいである。

 青年の咆哮。 それに押し負けるように「バキン」と音をたてはじめた結界。 まるで地震が起きた後のアスファルトのように広がる亀裂は加速度的に大きくなる。

 その線が全体を覆う時、ついにそのときがやって来る!!

 

「行った!」

「や、やった……ついにやった!!」

「結界が崩壊していく――!」

 

 ……だが。

 

「ぜぇ……はぁ……!! ぐうっ!?」

 

 青年の態勢が大きく崩れる。

 

「……やっぱ、体に無理がありすぎた……な――――」

「……え?」

 

 そうして彼から『気』が消えていく。

 それを感じ取れるものはこの世界にはいやしないのだが、その顔色はまるで生気が抜けていくように見えて……

 その光景が、消えてしまいそうな彼がどう映ったのだろうか。

 

『な!? 彼が落ちてく!』

「――くっ!」

『か、艦長!?』

 

 彼女は気付けば、地上に落下していく彼の背中を追いかけていったのである。

 もう、そう長く飛べないとわかっていたはずだ。 自身に残された魔力がいかほどかも把握している。

 

 しかしどうしても浮かんできたのは『あの子たち』と一緒に笑っている『少年』の顔で。

 

 その光景をフラッシュバックさせた途端、急に“子を助ける母”の様な思いがこみ上げた彼女は、自身の行動に待ったをかけることなどできなくて……

 

「待って! ……おねがいだから!!」

「…………」

 

 地上5000……幾ばくか上昇していたから5500メートルからのスカイダイビングが始まったのであった。

 要救助者1.5名。 気を失った彼と、半分救助者の扱いであったリンディは、暗い林の中へと消えていくのであった。

 

 

 

 

 




悟空「オッス! オラ悟空!!」

恭也「父さん! 空が……空になにか!」

士郎「いったいなんなんだ? さっきから落ちてくる鉄塊といい……む! 恭也!!」

恭也「!? くっ! 頭上に――」

士郎「――――虎乱」

恭也「お、おぉ……3メートル大の鉄塊が真っ二つに……さすが父さん」

士郎「この年にして益々健在……ってね」

恭也「は、はは……(もう引退したくせにこの腕前。 昔の父さんの実力って……)えぇと、とりあえず次回!」

士郎「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第22話」

悟空「戦士よ立ち上がれ! それは彼の世界にあるはずの秘宝!!」

リンディ「こんなひどい身体で……お願い、しっかりして!」

悟空「は、はは。 こ、こんなところに――うぐッ!! あるなんてな……」



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第22話 戦士よ立ち上がれ! それは彼の世界にあるはずの秘宝!!

えぇ、正直調子に乗りました。
もう少しゆっくり書けばいいのにと、何度反省したことか。
きっと二度とこんな速さで書くことなんかできないんだろうなぁ……


それはさておき。 
高空から地面へと落下していった青年、そして心に湧き上がる不確かな感情でそれを追ってしまったリンディ。
彼女たちを見送ることしかできない手負いの局員たちを置いて、物語は、遂に地球から離れようとしていた。

佳境の始まりに、傷ついた戦士はどうなるのか――

りりごく22話です。

では。

PS――『あれ』の詳細知っている方はいますかー?
知っていたら教えてくださーい、すぐ訂正したいでーす(切実)

それと次回予告がネタバレ前回でーす(土下座)


 地上560メートル上空。

 既に時計の針が左の端からを登ろうかという時間帯。 戦場と化していた高空のその真下に位置する場所に、二人の男女が速度をそのままに落下をしていた。

 重力のイザナウままに地面へ近づいていく彼……いいや、意識をいまだに保っている彼女は必死の思いでようやく青年の手を掴む。

 

「――けど、このままじゃ結局」

「…………」

 

 だがそのあとはどうする?

 残った魔力で飛行魔法でも使うか? ダメであろう、あの高さから落ちた自分たちの速度は、既に自動車の最高速度をとっくに超えているだろう。

 迫る眼下の木々、そしてそれらが根付く大地。 その一つ一つを確認するたびに、リンディの中から生還という文字が薄れていく。 それでも。

 

「こうなったら残った魔力で障壁を――」

「……」

 

 彼女は足掻くことをやめない。

 せっかく助けてもらった命を、こんなつまらない『墜落』という事象で投げ捨てて堪るかと、強く結んだ口元が小さく吊り上る。

 

 伸ばした手が弱々しく光る中、彼女のその精一杯の抵抗を――

 

「ここは……――ッ!!」

「え?」

「くッ!!」

 

 包み込むかのように『引き継ぐ』彼。

 唐突に目を覚ました彼は、状況判断もままならぬ状態で左腕で彼女を抱き寄せる。 このあいだおよそ0.2秒ほど、まさしく反射的に起こしたその行動、さらに彼は次の作業に入る。

 

「オラに残った最後の『力』……だあッ!」

「――うく!?」

 

 空を叩くそれはただの掌底。

 空間を伝わりゆくものではなく、制動を意識して行われるそれに彼らの落下スピードは大幅に減退していく。

 それでも一般人であればこのまま落下していけば圧死は逃れない……だから彼は、リンディをより一層強く抱きしめる。

 

「目ぇ瞑ってろ! 息吸って、そのまま縮こまってんだ!」

「~~~~っ」

 

 左手を背中に回し、右手は彼女の頭を包むように、そしてそのまま胸元まで引き寄せて、彼はぐるりと地面に背を向ける。

 歯を食いしばり、落下への衝撃に備える青年……手段は他にもあったかもしれないが、そのほとんどが使用不可のこの状況では致し方なく。

 

「…………(気が残ってねぇからとべねぇし、筋斗雲を呼んでもたぶん間に合わねぇ)へへ……あとは界王様んとこに行かないように頑張るだけかな」

 

 打てる手があまりにもない彼ができることなど、常人よりもはるかに頑強な身を挺して、自身の胸の内でうずくまらせた人物を守るだけ。

 そうして彼は、背中に木々の当たる衝撃を受けながら――

 

「がはッ――!!」

「…………うぅ」

 

 地面に数10平方メートル台のクレーターを作るのであった。

 

「かはぁ! うおぉ~あぶねぇ~ なんとか生きてたなぁ」

「あんな高さから落ちて、この程度の被害で済んだなんて……すごい幸運だわ」

「だな」

「……えぇ」

 

 周りを見たリンディは、青年の腕に抱かれたまま一呼吸。

 そうして起き上がろうとする彼女だが、彼の腕が丁寧につかんで離さない。 「ちょっと?」 などと呟く彼女はおもむろに振り向く。

 

「え……?」

「は……はは」

「ど、どうして!?」

「なんだよ……いきなり…怒鳴るなって………いつつ」

 

 そこに居たのは見るも無残な戦士の亡骸。

 その身体は生気がなく、力みなぎっていた輝きも見る影がない。 道着だけはきれいだが、袖がない腕から見える傷跡は生々しい。

 

 普通じゃないキズを見たリンディは、起き上がろうとしたその身体を再び彼へと委ねてしまう。 別に離れるのが名残惜しいとかロマンチックなものでは断じてない。

 ただ、自分が動いた瞬間に引きつる顔を見せた青年が、あまりにも痛々しかったからで。

 

「ご……ごめんなさい」

「え? あぁこれか。 そんな気にしなくていいんだけどなぁ」

「気にするなって……そんなこといって!」

「~~! だから耳元で怒鳴るなって。 まぁとりあえず」

「??」

「申し訳ねぇえけど、そこから勝手に起き上ってくれねぇか? 腕とか振り払っていいからよ」

「起き上がるったって……」

 

 だから今の様な会話が聞けた彼女の心境は複雑だった。

 明らかに全治半年クラスの重体患者を、よりにもよって敷き布団のように下敷きにしている状態だ、そこで身動きするのですら躊躇われるのに、それを通り越して振り払えだなんて……ありえない。

 そういった単語が彼女の脳内に巡ると、彼女は青年に向かって逆に提案をしてみようとして。

 

「やっぱこの身体で超かめはめ波は堪えたみてぇだ。 腕が吹っ飛んじまったみてぇにいてぇ……それに界王拳の反動で指一本だってうごかせねぇ。 だからわりぃんだけど助け呼んできてほしいんだ」

「そういうこと……ね」

 

 触れる指先は赤く濡れていた。

 その感触に目をつむるリンディ。 これが、この傷の一つ一つが本来ならば自分たちが負うべきものであったはずだ。

 それを自覚した時、彼女はそっと濡れた指先を握り締める。

 俯き、口を結んで……後に立たないという後悔の念を胸に抱くと、そこで状況は――

 

「……物音?」

「誰か……いるな?」

 

 大きく変わろうとしていた。

 何かが近づいてくる感覚。 リンディは物音で、青年は感覚で気づき備えようとする。

 

「……どうすれば」「あいつら……こんなところで……」

「え?」

 

 そして同時に出た言葉はほぼ正反対の言葉。

 緊張を極限までとがらせた声と、見つかる安堵の声。 前者はリンディで、後者は当然青年のモノ。

 目をつむりながら、口というより肺から呼吸するように「くく」と笑う青年の顔はとても朗らか。 古い知人に会ったかのような対応に、思わず思案気になるリンディ。

 膨らむ不安と疑問……だが、それもすぐに消えてしまうのであった――彼らの前に現れたのは……

 

 

「人だ……父さん!」

「待ちなさい恭也! む?」

「はは……やっぱりおめぇたちだったんか……」

「…………誰?」

 

 同時に上がる4つの声。 そのどれもがそれぞれの思いを乗せた色を持ち、見事に交錯してはその場で大きく広がっていく。

 やっと出会うことができた『父子』 その彼らの性は高町――

 

「ひさしぶり……だな。 キョウヤぁ……シロぉ――ごほっ!!」

「い、いけない!」

 

 彼らを見た青年はそっと全身から力を抜く……同時、鮮血が彼の口元から吹き出す。

 まるで張りつめた糸がほぐれるように、弱々しく崩れていく青年の気概と身体。 「守る必要がなくなった」と言わんばかりに深く体を沈め、そっと息を吹いた彼は目をつむる。

 いかにも衰弱していく青年に、恭也と士郎は駆け足で近づいていく。

 

「キミ! 大丈夫かい? ……っく、なんてひどい」

「打撲とかじゃない、まるで体に無理をさせて筋肉を引きちぎられたみたいに……どうすればこんなふうに」

「へへ……さすがだなおめぇたち。 そのとおり…だ………あぎぎ!!」

『無理をするな!』

「す、すまねぇ」

「…………なんで絶妙に息が合ってるのかしら」

 

 青年の状態を目視で確認した彼らは顔面を蒼白に染める。

 服装自体は目立った汚れはないのだが、引きつった筋とそこらに浮き出る内出血はケガの度合いをうかがわせる。

 それを看破して見せた二人に、起き上がってみようとする彼は刺されたかのようにびくりと倒れ、その行動を見た彼らは一斉に叱る。 まるでいつものように『少年』にツッコミを入れるかのようなその動作は、なんだかいつものようであって。

 

「と、とにかくどこか落ち着いた場所に動かそう」

「ああ、そうしよう!」

『せーの!』

 

 それに気づかないまま、というより先ほどから自分たちの名前を呼んでいるのにすらわずかな違和感も感じずに、ふたりは青年に向かい手をのばして……触れてしまう。

 

「ぎゃああああああああああああ!!」

『!!?』

 

 上がる叫び声。

 耳をつんざき、遠く離れた林ですら揺らすその叫び声に、士郎と恭也の2名は思わず後ろに跳んでいく。

 

「は、はは……か、身体に無理なコトさせちまってよぉ……全身ガタガタなんだ」

「なんだって!? ほんの少し指先で触れただけなのに……こ、これでそんな叫び声が上がってしまうくらいだと手の施しようが無い」

「どうすれば……」

 

 ちなみにリンディは青年の胸元で横になっている状態を継続している。 というより、いまの出来事を見てしまった彼女に、彼を踏み台にしてまで起き上がろうという意思は無くなり、むしろこのままの態勢で治療ができないかと模索しつつも……

 

「……(ダメね。 魔力がほとんど底をついてるんじゃ、何もできはしないわ)」

 

 その見当は出来やしないモノという答えにたどり着いてしまっていた。

 

「ははは……こりゃ参ったなぁ。 なんとかなんねぇかな」

『…………』

 

 困り果てた青年の一言。

 それに答えられるものなど居らず、沈黙が重くのしかかるその場に冷たい風が吹いていく、そう……冷たくも優しく吹き抜ける『風』が。

 

「……え?」

 

 ざわりと、音がした。

 気のせいだったかもしれない、だがどうにも気になるその音に青年だけが反応した。

 

「あれは……?」

 

 それはほんの少し離れた場所だった。

 自身の墜落により起きたクレーターが、周囲の雑草その他を根絶やしにしている中で“それ”だけが何の偶然か被害を免れていた。

 落下による大地の波が、そこを避けるように行き届くその様は異様であり神秘的。 気付いてしまえばあまりにも目立つ其処は、ついに青年の視界に入っていく。

 

「……なんでここに」

「え?」

「どうかしたんですか……」

「?」

 

 彼の言葉に、しかしその存在に気付く者はいない。

 その中で青年はソレ……その『苗』を見て、今にも途切れてしまいそうな吐息を出しながら……恭也に向かって声を張り上げる。

 

「キョ、キョウヤぁ」

「……え?」

 

 唐突の青年の声に身体ごと振り向く恭也。

 その視線の先には相も変わらず仰向けになり、知らぬ女性の下敷きになっているこれまた名の知らぬ青年。 だが、彼から聞こえてくるその声がどうしても他人の気がしてならない恭也は、その青年の……

 

「すまねんだけどよ……そこに『木』があんだ……」

「き?」

「そ、そうだ……わりぃんだけどよ…そ…そこに実ってる『豆』見てぇなヤツをとってきてほしんだ」

 

 注文の声に、そのまま視線を彼と同じ方角に向ける。

 ついに向けられたその視線。 そこには、その場所には――小さな苗があった。

 

「なんだコイツは……見たことが無い形の苗だ……」

「……そうだろ。 オラだって『それ』以外にそんな形……うぐっ。 見たことねぇ」

「キミ!? 無理しないで!」

 

 ごく普通の気の様でいて、その幹には細いツタの様なものが巻かれている。 身長176センチの恭也が見て、大体腰下くらいしかないであろう全長と、それに見合わないくらいにガッシリとした根と枝。

 アンバランスであって、図鑑で見る植物の生態をある程度かき混ぜたかのような外見はまさしく不自然。

 故に青年もひと目でわかり、『それ』に対して一掴みの望みを託すに至る。

 

「はは……すまねぇ。 と、とにかくさぁ…そこに出来てる『実』があんだろ…? それをオラに“食わせてもらいてぇんだ”」

「食う? こんな時に何を――?」

「…………は、はやく……!」

「……あぁ」

 

 そして彼は願いを恭也に託す。

 今まで度重なる激戦を秘かに支え、“ついこのあいだ”も高い塔にすむ『仙描さま』からもらったソレ。

 まだ背が低かったころに行った修行中に見せてもらったというその木、その苗。

 それは――――

 

「サヤエンドウ……なのか? でも実が『7つ』あるなんて」

「7個……やっぱ7つあんのか」

「え?」

 

 木の苗からぶら下がっているモノとしては、酷くめずらしいモノであって。

 三日月を思わせる『鞘』に入れられた『豆』たち。 それらが親指の爪くらいの大きさであり、横一列で均一に詰められているため、普通のモノよりもひときわ大きく見えるサヤエンドウと呼ばれたソレ。

 恭也は丁寧に苗から摘み取ると、駆け足で青年のもとへと向かう。

 これが何かはわからないし、この苗を避けるようにできていたクレーターも今は気にはしない。 だが青年の状態だけは今この場で何とかしなくては、常識で言えば命に係わるはずだ――恭也は、青年の言葉通りに豆を持ってきていた。

 

「そ、それをよ……一粒でいいんだ。 オラの口に押し込んでくれ……」

「押し込むって……」

「た、頼む」

「あぁ……(こんなんで一体どうなるっていうんだ)」

 

 しかし恭也はいまだに半信半疑。

 決して青年のケガが冗談や悪ふざけではないというのは初見でわかっているし、この一連の行動にも何か意味があるのだと、文字通り彼から“痛いほど”伝わってくる。

 それでも……だ。 こんな小さな豆粒ひとつでいったい何をしようというのだろうか? 広がる疑問は波紋のように広がっていき、波が返すかのように心中へ集まっていく。

――――そうして恭也はついに、青年の口元にその『豆』を押し込んだのであった。

 

「……んぐ――うく」

「すごい音がしたんだが」

「なんか生のきゅうりを丸かじりにしたっていうか……」

 

押し込まれたモノを弱々しく咀嚼していく彼。

 カリカリ――ゴリゴリ……とにかく『硬い』音はその場にいる全員の耳に届き、それぞれの胸中にある意味での不安の言葉を作らせる。

 

そして2回、3回と大きな音を続けていくと、やがて噛む音が小さくなっていき、『ごくり!』というこれまた大きな音が聞こえた。

 

それが口にしたものが噛み砕かれ、喉を通る音だと3人が気付いたときであろう。 青年の上で横になっているリンディは……

 

「…………え?」

 

 彼の変化を感じ取る。

 

「なに……(脈が跳ねた――!?)」

「…………った――」

「ぇえ?」

 

 青年の小さく弱く、今にも途絶えてしまいそうだった血流の音が、鼓動が――急激に上昇したことを。

 人間の心臓は普段、大まかにだが1秒に一回程度、1分では60~70回ほどの運動を行っている。 今までギリギリで伝わっていたのだが、急にそれが常人よりも強く聞こえてきて。

 

「なにがどうなって――」

 

 つぶやく彼女。 けれど驚いた表情は何もリンディだけではない。

 高町親子、彼らも青年を見つめたまま……動けない。

 

「おぉ!!?」

「なんだ?!」

 

 口々に出てきた驚愕の音は、やはりリンディとテンションを同じくするもの。

 観て聴いて目を見開いて……そうした彼らのリアクションが一通り終わったときであろうか。

 『彼』は、ついに叫び声を上げる!

 

「ぃぃいいいいいやっほーーーーーい!!」

「きゃあ!?」

『!!?』

 

 飛び上がる彼。

 彼とは……? などと申されることなかれ。

 今このタイミングで、全身を使って喜びを表現するモノなどただ一人しかいないであろう。

 

 宙に跳び、いっこうに降りてこない彼。 ちなみにこの時、今のいままで自身の胸元で転がっていたリンディは抱き上げた状態で一緒に空へと飛んでしまっている。

 ひと一人の身体、おそらく4~50キロはあるはずのそれを、まるで『ない』かのように持ち上げる彼は本当に元気。

 

 引きちぎれそうだった筋組織も、ガタガタだった各関節部も、何より砕かれていた右足も――すべてが元に戻っている。 青年の完全復活だ!!

 

 それを見て。

 

「なんだ……?」

「なにしたんだいま」

「あ……あの――その……」

 

 思い思いの3人。

 方向性が多少違うが、途切れ途切れのその言葉に青年が気付くことはない、無いのだが彼はそのまま後方宙返り。 抱えられたリンディのミントグリーンの髪が円を描くと、ふっと地面に両足を着く。

 

 着地の態勢からか、うつむいた青年の顔。 それが徐々に上へとあがっていき、彼らと視線を同じにしようとする。

 黒いトゲの様な髪型がふわりと前後に揺れ、今までとは真逆の清々しい顔をすると、彼は「にこり」と表情を変えて……笑い出す。

 

「いやー! 一時はどうなるかとおもったぞ。 危うく閻魔のおっちゃんとこに顔出すとこだったなぁ」

「は、はぁ」

 

 そこから出たのは“冗談みたいな一言” だが、誰が予想できよう? 今の一言がかなりマジな話であって、自身の経験談からくる言葉だというのを。

 

「にしてもまさかこんなとこにあるなんてなぁ。 ずっとめぇにカリンさまから何となく聞いてたけど、ここまで形がそっくりなんてな。 しかも効き目もバッチリと来たもんだ」

「えっと?」

 

 そうして軽く天を見上げ、ちょっと昔を思い出す彼の顔はなんとも言えない。

 別に悲しんでいたりしてもいないし、難しい顔でもないのだが、なんでだろう……どうしてかそう思ったのは最年長のリンディと士郎であった。

 

 ついにそれに気づかなかった張本人の青年。 彼はリンディに「あ……」などとこぼすと、抱き上げていたために至近距離となっていた互いの顔の距離を取り、その細い身体をそっと地面へと降ろしていく。

 彼の山吹色の道着に流されるように滑っていくミントグリーンはリンディのポニーテール。

それらがすべて青年の道着から零れ落ちるとき、彼女はようやく地面を踏みしめて。

 

「あぅ――」

「お?」

 

 ふわりと、青年の胸元に崩れていった。

 まるで足腰に力が入っていないようなこの動作。

 

「いけない……わたしも結構消費していたんだわ。 ……あなたほどではないのだけど」

「あ、そっか。 オラが来るまでおめぇたちだけで踏ん張ってたんだもんな」

 

 その通り、体中に力が入っていかないからである。

 寄りかかるように、青年の胸元に背中を預けているリンディ。 彼女は自身の態勢など気にする余裕もなく、彼から伸ばされた両手の感触に軽い安心感を覚えていた。

 とても大きい訳ではないけど、普通より硬くて……なにより暖かい。

 それが一番の理由なのだと気付いた瞬間、彼女の口元は軽く緩み、同時――

 

「え? ちょっと?!」

「ほら、おめぇもこれ食っとけ」

 

 その開けられた口元めがけて、青年の空いた手が迫っていく。

 人差し指と親指でつまんであるのはさっきの『豆』 彼はそれをゆっくりと、しかしどこか強引にリンディへと近づけると、一気に押し込んでいく!

 

 ぐいぐい……所謂、むかしの新婚さんかなんかがやってそうな『あ~~ん』というモノなのだが、いかんせん色気なんてあったもんじゃない。

 そしてその行為がなんなのかやっと理解したリンディは若干首を左右に振る。 振るのだが、まぁ……青年の怪力に敵うわけもなくあっさりと負けてしまうと、そのちいさく濡れた唇に青年の指が触れていく。

 

「んー! んーー!! …………~~っ」

「なにもたもたしてんだ? さっさと食っちまえって」

「……はい。 ――んぐ」

 

 口内に入り込んでいく異物。

 それを舌でなめとりながら形を確認し、すくっては味、奥歯に持っていっては小さく甘噛みする。

 いつまでも終わらない咀嚼に、肩を叩きながら彼女をせかす青年はやはり女心がわからない……そして大雑把。

 

「……なんか変な気分だ」

「ゴホン! 恭也? ただ豆を食っているだけだぞ? マメを……」

「……え? ん――!? い、いや! そうじゃなくって!!」

「ん?」

 

 すぐそばにいた父子も、いつの間にか見守る役に徹していたとか。

 この時の恭也の発言は様々な意味でとらえられ。 受け取った士郎の言葉も、ある意味かなりおかしい語感を含んではいるが今はお互い追求しない。

 

 ――――ちなみに、彼らがこの後それぞれの伴侶に『ラリアット』→『首ギロチン』→『倒れたところを持ち上げてからのスクリュードライバー』を喰らったのは後にも先にも関係ないはなしである。

 

 そうこうしている間に、リンディへの『治療』が終わろうとしていた。

 

「!?!?」

「おっし、これで元気になったろ」

「え、えぇ……とても信じられないけど。 体力はもちろんのこと魔力ですら全快……というより戦闘前よりも調子がいいくらいよ」

「そっか。 そいつはよかったな」

 

 崩壊していく自身の常識に早口になってしまうリンディ。 若干ながら興奮しているのであろう。 残された5個のマメを穴が開くように見つめると、今度は青年に振り向く。

 やっと会う視線。 ようやくマジマジと交わされる会話。

 今のいままで言おうと決めていた一言。 『少年』と同じ色の髪と道着に、長い尾……更にはあの子よりも強大な砲撃を扱う『彼』に抱いていた自身の考えと気持ち。 そのすべてを込めて、彼女は今数分越しの礼を彼にささげることとする。

 

「本当に助かりました」

「え? お、おぉ」

 

 他人行儀は丁寧な口調だから?

 いきなり畏まった彼女に、やや頭部に汗模様を作る青年。 いきなりどうしたと眉をひそめると、そのまま聞こえてくる言葉に耳を傾けていく。

 

「もしあなたが来なかったら張られた結界は愚か、あの数の傀儡兵あいてに押し負けていたところでしたから」

「そうだな。 あいつ等、数だけはすごかったもんなぁ」

「えぇ」

『…………』

 

 そのなかで置いてきぼりの高町sは何となくで会話を拾っていく。

 この時点で魔法とかの守秘義務とかが破られてはいるものの、事態はそんなことを気にしている場合ではなくて。

 とにかくリンディは青年に向かって会話を続けていく。

 

「それで……その」

「?」

「大変言いにくい事なんですが」

「なんだ?」

 

 そこで若干伏し目がちになる彼女。 本当に申し訳が……そう呟いたリンディは青年と視線を合わせたり背けたり。

 あっちこっちと動かすその目に時々映り込む青年は本当に何もわからない顔をしているのも絵面的に面白い。

 

「息子さんなんですけど……『ターレス』というサイヤ人の策略で……その」

「息子!?」

「……え? えぇ」

「んん??」

 

 うまくかみ合わない会話。

 リンディはそれを何となく掴んで見せると、今まで泳がせていた目を何とか一所に定め、彼へと会話を紡いでいく。

 

「だって……」

「だって?」

 

 そう。 同じ容姿に同じ技。

 そのどれもが『少年』と似通った『青年』をひと目見た時からリンディは思っていたのだ。 彼は3日前に行方を途絶えさせたあの子の――

 

「孫悟空くんの『おとうさん』……なんでしょう?」

 

という事を……

 

『え!? そうなんですか!!』

「…………へ?」

「あれ?」

 

 その発言に驚く声が“3つ”ほど上がった。 ……リンディの予測していた声の数と勘定が合わない。

 

「あれれ? でも、だって――」

『えっと?』

 

 なにか話がおかしい。

 本当にかみ合っていない現在の会話に挙動不信となっているのだろう、ところどころで幼児化している彼女は片手を青年にブンブン振り回す。

 キャラじゃない……そういった言葉は投げ捨てていたリンディである。

 

 そうしながらも指された青年はここで意味をようやく理解していく。

 最初は“自身の息子”が本当に何かあったのかと思い、次に出てきた単語で彼女の間違いに気づく。

 つい数時間前にも友人たちにされたこの手の勘違い。 なんのイタズラか、彼ら彼女達との経験してきた日々が――過ごしてきた時間が大きく食い違っていると“思っている”青年は、その間違いを……

 

「なんだおめぇもか。 キョウヤたちはすぐわかってたみてぇだけどな」

「はい?」

『えっと……?』

 

 正そうと試みる。

 

「いやだからよ? オラだって」

『…………はぁ』

「オラだオラ! 孫悟空だ」

『……………………――――!! なんだっ――  ~大変お見苦しい文章が羅列していきます、自主規制に引っ掛かりましたので、しばらくのあいだお待ちください~

 

 

 

「とまぁ、そんなかんじだ」

「そ、そうだったのね……あの『事件』から8年」

「そりゃそんなに背が伸びるわけだ。 俺と同じくらいなんじゃないか?」

「あぁ、そうかもな」

「なのはと同じだったあの身長が……ホントに逞しくなってしまって」

「ははっ! まぁな。 あれから死ぬほど修行したかんな!」

 

 ようやく名を告げることができた青年……いいや、悟空。

 そのあとの「……実際死んじまったしな」という小声は聞き取れたものはおらず、ただ悟空のつま先から頭のトゲまでを見渡すだけ。

 いかにも武道家然とした彼の背格好に感嘆の息を吐くと、自然……話題はリンディの方へと移り変わっていく。

 いかにも「さっきまで荒事の中心地に居ました」という風な彼女の格好。

 服は破けた個所があるし、額からは血が流れた跡が散見される。 故に見たその女性、そしてここで士郎は顔を上げる。

 

「……あ!」

「――!?」

「ぁあ。 すみません……じゃなくって」

「はい?」

「あなたですよね? 前に内に電話してきたのって……ええと、ハラオウンさん!」

「え……ああ!」

 

 わからない、あれ? なんだか……あぁそうだ!

 徐々に互いの認知度を繰り上げていく彼等。 つい3日前……今はもう4日目だったか? 彼らは自分たちの会話を思い出し、それぞれが相手に指をさしては納得したように口を半開きにする。

 

「なんだおめぇたち。 会ったことあんのか?」

「え? えぇっと、そうね。 一回だけ電話で」

「はは、あの時はいろいろと……」

「え、えぇ」

「ん? なんなんだ。 キョウヤ、あいつ等様子がおかしくねぇか?」

「さぁな。 俺にはよくわからん」

 

 肘で軽く脇をつつく悟空に、なんともそっけない返事をする恭也。

 彼の胸中では急に背が自身と同程度になった彼と、大きく差が付いたであろう実力差というものと、見つかってよかったという安堵で複雑な心境が渦巻いていた。

 そんなことなど知らず、リンディと士郎の会話は……しかし悟空の声が二人の間を割る。

 

「なぁ?」

『え?』

「いろいろ話してぇとこ悪いんだけどよ、オラたちなのはとユーノ達のとこに行かなきゃなんねんだ」

『なのはの?』

「ギク――」

 

 そこから出てきたのは“リンディが避けたかった”話題。

 この目の前に居る保護者相手に、仕方がないとはいえ自分がとった行動は『大人』としては最低であって……しかも民間人を現地調達するかの扱いだ、それこそどんなに怒鳴られても仕方がないであろうと彼女は予測して、やんわりと自身の武器である口八丁を駆使しようとした時である。

 

「実は――」

「アイツ等よ、いま『サイヤ人』っていうヤベぇ奴のとこに行っちまったんだ。 そんで今から追いかけるとこでさ」

「さいや……なんだって?」

「ヤバい奴。 キミほどに実力をつけた者にそこまで言わせるのか」

「まぁな」

「ちょっと……悟空くん……」

 

 青年が“そんなこと”許すはずもなく。

 無自覚に言い放たれた事実はどこまでも最悪さを醸し出し、高町なのはが今現在どのような危機的状況に放り出されたかを知らせるには十分なほど、悟空の表情は硬くなっている。

 

「正直、下手すっと今のオラでも敵わねぇ奴だ」

『なんだって!?』

「そう、なの……」

 

 出される驚愕の発言。 今の悟空の実力はリンディは正確に、恭也と士郎は大体の感覚で把握しているつもりだ。

 だからこそ、今の発言ほど信じられるものは無くて……

 

「でも」

 

 そこで繋がれていく言葉、自身の発言を否定する言葉。

 強い輝きに満ちた黒い瞳は彼が何を言いたいかを物語っており……

 

「わかったよ」

「え?」

 

 士郎は、そんな彼の言葉を全て聞き入れないで……すべてを読み取って見せる。

 わかったといった彼の表情は表現しずらいモノ。 でも決して諦めとか失望とかではなくて。

 

「やってみなくちゃわからない……そういうんだろ?」

「はは、まぁな!」

 

 先読みして見せたその言葉。 あきらめたくないときにいつも悟空が発するそれは、たまになのはが――「やってみないとわかんないもんっ!」などと真似していた言葉。

 それを微笑ましく眺めていた士郎は、まさかこんな時に使うなどとゆめにも思っていなかっただろう。 だが、そのときはもう来ていたのだ。

 

「悟空!」

「どうしたキョウヤ?」

 

 そしてかけられる声は士郎だけではない。 長兄たる彼は、今はもう自身と対等な視線で話せる悟空に向かって、刀剣のように鋭く、しかしその温度は製造工程のように熱した鉄のようであった。

 

「……」

「……」

 

 互いに語り合う言葉はない。

 恭也は悟空の持つ力を知り、悟空は恭也の人となりを知っている。 故に『彼ら』が“この状況”で交わすのは特になく。

 知り尽くした相手だからこそ、顔を見て空気を触れ合わせただけで次の行動がわかってしまう。

 

「行って来い」「行ってくる」

 

「……」

「――!?」

 

 風が吹き、空を見上げる恭也。

 その仕草はえらく自然であって、彼が天を見上げたその瞬間の表情など判らなかったが。その心は、きっと静かな水面のように澄んでいたであろう。

 

「行ってしまったね」

「そうだな」

 

 気付けば消えていた悟空。

 それは“かつての別れ”にも似た速さで、だけど喪失感を感じさせないのは、そこにまだ彼が居た痕跡があるから。

 へこんだ地面、踏みつけられた草木、ぬくもりが残る残骸後。

 そのすべてが今までの出来事を幻想ではないと彼らの心に訴えかけてくるようで。

 

「あいつが『ああいう顔』をしたときは、大体俺なんかじゃ手に負えない事態なんだ」

「恭也?」

 

 長兄の独白。

 それはこの数十日間を思い描く言葉の羅列。

 

「初めてアイツの本気を見た時も、大きな木の化け物が襲ってきたときも、あの『修行場』が出来た時も、いつもアイツの背中だけ見てきてさ」

「…………」

「それでいざ戦おうという時は、やれ空が飛べないだのなんだので、結局アイツに頼りっきりで……」

「あぁ」

 

 拳を握る。

 強く……ではなく、しかし決して力が入ってないわけでもない。 それはなにか言い表せない思いを込めているように見えて。

 その姿、その光景を見た士郎は言葉だけを聞くことしかしない。

 顔色も、心情も、今はただそっと伏せてくれればいい。 そんな父の気遣いを。

 

「悔しいよ――結局、こんな一番大事な時ですらアイツに頼り切ってしまうんだ……」

「……ああ」

 

 歯を食いしばり、音を立てて噛みしめる恭也であった。

 

 

――――同時刻、上空。

 

 

「い、いきなりなのね」

「……まあな。 あれ以上居るとさ、キョウヤの奴がついて来るって“言っちまう”とこだったからな」

「…………?」

 

 暗い空に冷たい風が吹きすさぶ中、その空気の層を切り裂くかのように飛翔する悟空。 それについて行く……ことなんか到底できないリンディを右手で引っ張り、そのまま船を目指す彼。

 その彼に、自身の考えが及ばないことを尋ねるリンディは……ほんの少しだけ男心――いや、『戦士』の心構えというものがわかっていなくて。

 

「ホントはアイツも行きたかったんだと思う」

「あいつ……?」

「アイツはなのはのアニキだもんな。 やっぱりすっげぇ心配なんだと思う」

「……あ」

「でもよ、それ以上にわかってんだ。 キョウヤ自身、このまま行っても歯が立たない、それどころかオラたちの足手まといになっちまうってことをさ」

「そう……だったの」

 

 言い渡されたのは答え合わせ。

 そのどれもが、数日前の少年と比べてはるかに『大人』然としていて。 恭也の事、友の事をここまで理解しているのは、さすが悟空というべきなのだろうか。

 やけに珍しい彼なりの配慮、それは今回、見事に的中するのであった。

 

「見えて……は、こないか。 とりあえず船の近くまで来たけどよ? この後どうすんだ」

「もう? ……いつのまに」

 

 そこは何もない空、だが悟空は“そこにいる人物”たちを指折り数えると傍らに浮かばせたリンディにたずねる。

 今の流れを見たリンディは、悟空が何かしらの探査魔法と同等の事をしたと睨むと、府には落ちないその思考を不覚に沈め、右手で宙に横一線。 青いウィンドウを出現させると。

 

「エイミィ、聞こえる?」

 

 そっと誰かに語りかけていく。

 

[か、艦長!!?]

「こ、声……大きいわよ」

[艦長だ! ホントに艦長だ!! みんなー! 艦長が――]

「はしゃがないでったら……んもう」

「……はは。 よっぽど心配だったみてぇだな」

「少し悪いことしたかしら?」

「たぶんな」

 

 そうして始まる大騒ぎに後頭部を掻く悟空と、舌をチロリと出したリンディ。 ほんの少しの団欒を味わう彼らは、その身体を青い輝きに包まれると委ね、霞のように消えていくのであった。

 

 

 

「よっと……へぇ、改めてみるとでっけぇなぁ」

「そうね。 わたしも最初に搭乗した時は度肝を抜かれたものね」

「そうなんか? オラてっきりこういうんがおめぇたちにとって普通なんじゃねえかって思ってたぞ」

「そんなこと……あるのかしら?」

 

 2度目となるアースラ艦内の転送ポート。

 そこに入る悟空は数年前を思い出すかのように周りに視線を巡らせていき、またも指折り勘定を始めていく。

 

「ひぃ、ふぅみぃ……ん~~こんなにでっけぇのに20人チョイしかいねんか。 なんかもったいねぇなぁ」

「ふふ、でも船の機能自体は全然――え? 20人?」

「ふ~ん、そっか。 よくわかんねぇけどすごいんだな」

「あ……れ?」

 

 すれ違う言葉。

 おかしいと思い抱いたのはリンディで、対して悟空は両腕を後頭部に組んでテクテク歩いていく。

 鳴り響くブーツのような青い靴ははやてからの贈物の特典。

 それを高い音色で周囲に広がらせていく彼はリンディを置いていこうとして……

 

「ま、まって!」

「?」

「悟空君、いまあなたこの船の人数を正確に把握してみたようだけど、何をしたの?」

 

 彼女の疑問に答えていく時間がやって来る。

 こういうのは悟空自身あまり得意ではなさそうに見えて……その実うまい方ではない。 彼のこれまでの行動は経験と感とナニカ導かれるようなものがあったからこそ、つまりは小難しい“方程式”なんて存在しないのである。 故に――

 

「どうって、ここに居るヤツの“気”の数をカウントしたんだぞ?」

「気……わたし達で言う魔力に相応するアレね? そういうこともできるの……」

「まぁな。 “自分の気を周りに巡らせて機微を把握し、相手の気を感じて次の動作を予測する”んかな? そういった修行を神さまんとこでやってたかんな」

「神……悟空君の世界にいるっていう……」

「あぁ、死んじまったけどな」

「………………えぇっと(神が……死ぬ?)」

 

 聞くものが聞けば世界の終りを告げられたかのような話だって、いともたやすく行ってしまうのである。

 それはリンディも同様である。 全知全能であり、すべての生きとし生けるものの父であるそれが存在し、あまつさえ死んでしまったと言われては……しかしなぜだろう。

 

「そんでよ? その死んじまった他のみんなと一緒に生き返らせてもらうためによ、今オラの仲間が本場のドラゴンボールがあるとこに行ってるんだ」

「本場?」

「そうだ。 もともと神さまは、前にオラが戦うって言ってたピッコロとで別れた“独りのナメック星人”だったらしくってよ? そんでその神さまがもと居た星にあるかもしんねぇドラゴンボールの神龍に頼んで、みんなを復活させてもらおうって腹なんだ」

「復活……なるほど。 たとえ死んだ者でも1年以内なら――」

「そういうこった」

「でもまさか神が異星人なんて……ううん、その星の人間に出来ないことができるなら十分、理に……?」

 

 彼の世界……いいや、『彼』から聞かされる話……ちがうな。 彼の声を聞くだけでこうも安堵の気持ちに包まれるのは……

 

 そうして語られた事実達。 だがここで一瞬だけリンディの顔色は青へとテンションを反転させる。

 

「ちょっとまって!? いま仲間が死んだって言ってたけど――あなたの世界で何が起こったっていうの?!」

「ん? ん~~」

「…………」

 

 間延びする悟空の声。 それに「ちょっと?」なんて焦らしをかけようとするリンディは右足のつま先で冷たい床を鳴らす。

 その音を目で追った悟空は、なんとかかんとか……一番わかりやすい言葉を選び、思い出しては……少し苦い顔をする。

 

「実は、オラの居た地球にサイヤ人が来たんだ」

「――!?」

「でもおめぇたちが知ってる奴とは多分違う“二人組”だ」

「あ、あんなのが二人!?」

 

 リンディの顔面は白くなったように見えた。

 あのターレスという男の凄みは画面越しでも十分に味わった。 そんなサイヤ人が二人もやってきたという事実は彼女をふるわせて――

 

「そんな驚くようなことでもねぇ。 まぁ、一人はすぐに倒せたんだけどな、もう一人……ベジータの奴には正直オラ、完敗だったけど」

「…………」

 

 心象を白黒反転させていく。

 一人をすぐに? 彼女の中では作り出すことはできないその光景。 あれを見たものは誰しも爽快という言葉を出すであろう。

 皆が圧倒され朽ち果てていった相手を一蹴していった悟空の強さを、そしてそれを大きく上回って見せたあの……

 

「とにかくそん時にいろいろあってさ、なんとかベジータを追い返すことが出来た。 でも、オラが界王さまんとこから帰ってくる間にヤムチャ、チャオズ、天津飯にピッコロ、みんな最初にやっつけた『何とか』っていうサイヤ人に殺されちまったんだ」

「そう……だったのね」

 

 そして重い風が彼女の周りに取り巻いていく。

 彼の急激な変化が“何らかの時間移動”もしくは“次元転移時における時の流れの速さの違い”と見当づけたリンディは――自然、その一大事を片付けた彼に対する視線の色を変えていく。

 

……自身でも気づかないほどに些細な変化ではあるのだが。

 

「それでひと段落したからこの世界に?」

「え?」

「え? ――って。 一回向こうの地球に帰ったのよね?」

「ん? ん~~そのはずなんだけど……な?」

「??」

 

 腑に落ちないというのはまさしくこの事か。

 ここで悟空は自身の身体を見渡す。 “あの時”負った重症は、目を覚ました瞬間にはそれほどにつらいケガにまで変化していて、それを今のいままで気にはしなかったのだが、言われてみればこれまでの事はおかしいことが多い。

 ケガ、時間の流れ、記憶の順序の矛盾。 ……そして何より。

 

「尻尾……たしかに神さまが――」

「どうしたの?」

「ん? いや……なんでもねぇ」

 

 自身から生える茶色の尾。

 戦闘民族の証しであるその長い尾は、其の昔2度と生えてこないようにされたのに……そんな考えが一瞬だけ脳裏に流れた悟空は、そこで思考を切る。

 

 いま、自分たちがやらなければいけないのは――悩むことではないのだから。

 

「とりあえずこの話はまた今度な。 いまはなのはたちが優先だ」

「そう……ね。 じゃあ行きましょうか?」

「おう」

 

 そうして区切った会話をその場に残し、彼らは歩みを……

 

「――む? 気がひとつ消えた?」

「え?」

 

 またしても止まる。

 それは悟空がつぶやいた一言。 艦内の人間から漂う微弱な気がひとつ……また一つと消えていくのである。

 あたりを見渡す彼は、視線を動かしているのではない。 全身から出る多量の気、それを一種のソナーのように発信すると『異変』の正体を探っていく。

 

「これで4人……ん? ひとつはやい速度で近づいてくんのが……こいつどっかで……?」

「悟空君?」

「リンディ!」

「え?」

 

 独り言が止んだそのときである。

 振り向くことすらしない悟空は、背後にいるリンディ相手に声を出す。 大きく強く、決して次の一歩を踏み出させないようにとするそれは警告の声。

 

「しばらくさ、そこでじっとしてろ?」

「はい?」

 

【でああああああああっ!!】

「ふっ――」

 

 暴風が襲い掛かる。

 それは唐突に現れ、悟空の胸元に迫り、駆け抜ける!

 

 これからというところ、もう少しだというところ――悟空はただ、“空のように静かに”構えていた。

 眼の前の暴風を前に、青年の黒い頭髪が……揺れる。

 

 




悟空「おっす! オラ悟空!!」

???「ごろごろ……わふ~~」

悟空「おーよしよし……いい子だ」

リンディ「……えっと? いきなり現れた謎の影、それに向かい拳を構える悟空君。 彼に勝機は……あるに決まってるわよね?」

???「わふ!」

悟空「はっはっは! そんなに暴れたらぶつかるぞ? あぶねぇからおとなしくしろってぇ……はは!」

リンディ「くっ…………そして。 唐突にアースラオペレーターの16歳に迫る山吹色の青年。 彼は無言で生娘に近付き、その黒い瞳の中に赤く染まった……彼女の……? なんなのこれ。 ねぇ? エイミィ……」

エイミィ「ちょ!? わたしのこと!!? 一体全体何が――」

???「わふわふっ!」

悟空「お? もうそんな時間か? 次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第23話 お願いがあんだけどさ、後で何でもするからよ?」

エイミィ「なんでも? でもわたし何にもいらない――っていうより! 命が――!!」

リンディ「あら? どこに行くのエイミィ。 あなたはすこーしだけ、わたしと『作戦会議』をしなくちゃ……ね?」

エイミィ「い、……いやあああ!! ドアに! ドアにーーーー!!」

悟空「いっちまったな……なんだったんだ?」

???「さぁねぇ? アタシゃ知らないよ……ふふん」





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第23話  お願いがあんだけどさ……あとで何でもするからよ?

台風一過。
悟空という嵐が消し去った傀儡の兵たちの騒動が収まり、いよいよこれからという彼らを襲う不審物。

それを相手に彼のとる行動はいかに……



――PS

子供ってすごいですよね。
いつでもどこでも元気ではしゃいで……気付いたら忽然と姿を消しているのは正直こわいと思いますけど。

では、りりごく23話、どうぞ!!




――――いない。

 

 それは探していた。 自身の半身、いままで片時も離れたことのない『少女』

 

 

―――――――――どこ!?

 

 そのものは駆けていた。 その影は捉えること叶わず、ただ、過ぎ去ったあとには風が吹くのみで。

 

 

――――――――――逃げないと……『ここから』逃げないと!

 

 それは、そのものは……『彼女』は『ひとり』で知らぬ道を駆け抜ける。 この先に、その先に、きっと求めた『もの』があると信じて。

 

「フェイト――フェイトぉ……どこ行っちゃったのさ……――!」

 

 

 

 人の気配がした。

けど『それ』はアタシが欲しいものじゃない、だから拳を握る。

 強く強く、歯噛みしながら閉じられていくそれは、わたしの震えも弱さも何もかもを一緒くたに閉じていく。

 いつだってそうだ。 自分が弱いと捨てられ、傷つけられて――それを、そうじゃなかったのは『あの子』だけ。

 だからいつだって一緒に居ようと思ったし、守るとも誓った。 けど、いまは隣に彼女が居なくて。

 

「居たぞ! こっちに――――!!」

「邪魔……なんだよ!!」

 

 

 当たる!!

 振るった『右』は知らない男の顔面にヒットした。 そのままあっけなく倒れる男からはうめき声が聞こえる――――よかった、死んではいない。

 

「って、当然か」

 

 なにも殺したいわけじゃないんだ。 それはあたりまえだ。

『アタシ』はただ『アタシの大切なひと』のところに行きたいだけなんだから――だから

 

「おねがいだからこれ以上……アタシの邪魔をしないで――怒らせないで!!」

 

 つぶやいたのは焦りからくる心からの本音だったのかもしれない。 その声は今はもう誰もいない通路に静かに霧散した気がした。

 

「―――はっ、はっ、はっ……突き当り――誰かいる」

 

 今まで駆け抜けていた通路は、その直線に終わりを告げるかのように右に直角に曲がっている。

けどわかる、この先で『何者』かが『呑気な足音』を立てながらゆっくり歩いてくるのを。

 

「またさっきの奴とおんなじように……ふぅ」

 

 角を抜けるまであと3秒。 そこで小さく息を整える。

 走るステップと呼吸の回数、さらに構えを瞬発力が上手に引き出せるものにすると、頭の中でイメージする。

 左足を軸に飛び上がって“足りないリーチを補い”ながら相手の懐に入る。 これで大体の魔導師の攻撃は封殺したも同然。

 そして浮いたまま腰を振った反動を使って右足で相手のテンプルを打ちぬく……これで決まり!

 

「ふふん……ちょろい♪」

 

 決まった未来予想図に小さく舌舐めずりしてしまう。

 我ながら決まりに決まった良い作戦じゃないか。 これなら『アイツ』にだって効くはずだ……ん。

 

「あいつも…………ううん。 いまはそんなことより――」

 

 目の前の邪魔者を――その先の。

 

 

「つーかまーえた! っと」

「な! 掴まれた!!?」

 

 背の高い『あいつ』に向かって――?

 

 

 

「うっし! いまのはいい蹴りだぞ」

「あ、……あぁ――くっ!」

「あ、ちょっと!?」

 

 悟空に向かって現れた謎の暴風。

 それはオレンジの長髪に、面積の少ない白い病人服を着込んだ小さな少女。 背の高さからして110センチ程度……大体なのはたちよりも頭一つ分小さいくらいの子供であった。

 しかしその子供、見た目に違う鋭い蹴りを放つ。 左顔面前に添えられた悟空の腕からは地面を鋼鉄のハンマーで叩いたような音が響く。

 それをすかさず右手で掴み、宙吊りにしてタコ殴りを決め込もうとする悟空、しかし少女の崩れたはずの態勢は既に、次の動作へと入ろうとしていた。

 

「お?」

「このぉ!!」

 

 少女の短くも白いきれいな脚は、空に華麗な弧を描いた。

 掴まれた手を軸にしながら描かれたその新月は、悟空を頂点として最大速度に突入していく。

 クリーンヒットまであと少し、少女の足が悟空の眉間を捉えようかというその時、彼女の狙いは大きく外れていく。

 

「あめぇ!」

「うぐ!?」

 

 悟空は掴んでいた手を引き寄せたかと思うと、こともあろうか大胆にも放り投げてしまう。 それはすなわち少女の投棄を意味して、軸を失った振り子はそのまま円回転から、あさっての方向を向いた直線運動へと切り替わっていく。

 

「ま、まだだ!」

「まだやるか……」

 

 飛んでく彼女。 だがすぐに態勢を整えると、目の前にそびえ立つ壁に三角蹴り。 悟空に3度襲い掛かる。

 次はまたしても拳、それは大きな風を纏い放たれていく!!

 

「ちょうどいいやリンディ、さっき言ってた奴の実戦だ」

『はい?』

 

――ひょ~い

 

 それを、態勢をそらすだけでかわす悟空は、本当に化け物であろうか?

 続いて出てきた能天気な言葉に、女二人は気のせいだろうか……肩口を大きくずらすに至る。

 

「まずはこうやって……相手の動きを読むんだ」

「ちょっ!? いきなり目をつむるなんて――」

「なんだいバカにして――くらいな!! …………あれ? あれ?!」

「右、右、左――お? 空中で大きな回し蹴りだな」

 

 そして始まるタップダンス。

 ブーツの様な青い靴を小さく鳴らしながら、フラフラと少女の猛攻を躱していく悟空。 そのときの彼がとった行動にリンディは叫び、そのあとの奇怪な現象に少女が焦る。

 大きく振ってきた右足を、ラジオ体操の屈伸運動よろしく――半笑で躱すと、悟空のレッスンは進んでいく。

 

「このっ!!」

「そんで攻撃だ」

「ぐ!?」

 

 半ギレの少女の拳がまたも迫る。 それに慌てず焦らず、まるで闘牛士のような感覚で、避ける絶妙なタイミングを計る悟空は、不意に上げた右手刀を、少女の突きだしてきた腕のひじ関節の内側を狙い打ち下ろす。

 

「ぎゃふ!?」

「ただ闇雲に打ち込んでいくだけじゃ今みてぇに“いいモン”を貰っちまう」

「いたた~~」

「いいか? 重要なのは相手の気を――おめぇたちの場合はまだそのレベルじゃねぇだろうからまずは気配と動きを――読むことだ」

 

 膝カックンのように折れた少女の腕は、その硬い拳を振り子のように持ち上げ、そのまま拳の主に衝突事故を引き起こす。

 鼻っ面を赤くさせた少女は両手でそれをさする。 ひりひりと熱を持ち始めたのだろう、ぐしゅぐしゅと鼻を鳴らす彼女は若干涙目。

 

「そんでそれを連続させると――」

「こんのおお! いいかげんに!」

「お、おぉ……」

 

 右の足刀を鼻先すれすれ……“スウェー”で避け、次いで飛んでくる左の拳打を握った右手で迎撃、もう片方の砲弾のような右ストレートは左手で受け……流す。

 左から右へと流す際に曲がっていく自分の左ひじを、少女の顎へと急接近。

 さらに一歩前に出ると、それ以外の力を使わず、彼女の向かってくる際に起こった闘牛張りの突進力を利用して。

 

「ふにゃあ!?」

「よ……と」

「むぐぅ……」

「あら、きれいなカウンターで……」

 

 こつんと当てると、少女の脳が揺れる。

 回る景色は幻想の様で、それを見た瞬間には少女の足はガタつき、力なく地面に倒れる。  仰向けの彼女は目を回し、「むにゃむにゃ」と寝言を唱えている姿は見た目相応。 そんな彼女を、あたまを掻いて見下ろすと、悟空は首根っこ掴んで見せて。

 

「血気盛んなのは相変わらずだなぁ。 なんか、ちびっこくなっちまってるみてぇだけど、元気そうでよかった」

「……知り合いなの?」

「ん? まぁな――よっと!」

 

 そのまま頭上へと放り投げると少女は悟空の背後に落ちてくる。 それを背後に差し出した両腕で、彼女の“でん部”あたりでキャッチしてホールドする。

 そうして悟空の首筋にかかる“女の子”の吐息。 すぅすぅと安息につかるそれは今の大胆な背負いかたを知らないせいだろう。 故に彼女は、いいや悟空はそのまま歩き出す。 そう、何事もなかったかのように。

 

「え?! そのまま行くの! ちょっと!」

 

 いつの間にか傍観者となっている、リンディを除いて。

 

 

「ぐしゅ……ん?」

「お? もう起きたんか」

「ここ……この匂い……」

 

 歩くこと数十歩。 おぶされていたオレンジ頭の少女は微睡から抜け出す。

 自身の鼻先をくすぐる、大自然を思わせる草木の匂いはどこか懐かしく在り、つい最近も嗅いだことのあるもの。

 それを自覚した時、彼女はふと、自身の置かれている状況を確認し……

 

「な! なんなんだいあんたっ?」

「とと、あんまり暴れんなって」

「グルルッ!」

「ん~~困ったなぁ」

 

 すっかり警戒態勢になっていく彼女。 その中で悟空は少女を掴んだ手を離さず、なぜかそれを享受するオレンジの少女。

 それは勝てないと悟ったから? それとも下手に動こうとしない慎重さから? 理由はわからない……探ろうとしない悟空はそのまま困り顔。 こんなことしている場合ではないのだが、そういった思考が飛んでいく中、いっこうに進まない現状にここでリンディは助け舟を出すことにする。

 

「ふぅ……一回離してみたらどうかしら?」

「え?」

「きっと、今の状況を理解しきれてないはずよ。 “どこの誰かは知らない”けれど、おそらく自分からこんなとこに入り込んだわけじゃないだろうし」

「……そっか。 オラてっきりフェイトの奴が置いてったんじゃないかって思ってたんだけどなぁ」

「!!?」

 

 そのときである。

 今のいままで微動だにしなかった少女の全身が震えあがる。 聞こえてきた単語に“耳”が伸び、理解した言葉にその“尾”が総毛立つ。

 震えあがるかのような彼女に、しかし悟空はペースを乱さない。 なんか様子が……という雰囲気だけ醸し出すと、彼はそのまま話かける。

 

「もういい加減機嫌なおせよ? いくらフェイトにおいてかれたからってそんな暴れてよ、やりすぎだぞ」

「……なにを」

「…………?」

 

 だが、その言葉を理解できるものは誰ひとりしていない。

 そんな彼女たちに、悟空は首を傾げて眉をひそめる。 なんなんだ……それは彼女たちのセリフの筈なのだが、それすらも唱えられない今現在、そうして時間は数秒たち彼女たちは次の発言に――

 

「いや、だってよ、こいつあれだろ? いつもフェイトの横に居た――」

『??』

「アルフってやつだろ?」

「え! ――うそ?」

「…………あぁ、そうだよ……ていうか」

「!!?」

 

 リンディは、少女を二度見する。

 テンパり具合はおおよそ80%と言ったところか。 背の高い悟空と、今は110センチ程度となったアルフと呼ばれた少女の頭を視線が行ったり来たり。

 構想からして信じられないという彼女の様子を、言葉静かに見守る悟空と、「やっぱり……」といって青年を見上げるアルフ。 三者三様のリアクションを取る中、少女は悟空に向かって咆えはじめる。

 

「あ、あんた……さっきから気になってたんだけど――まさか!」

「お? なんだ?」

「この感じ、それに『ソレ』!!」

「ん?」 ――――ひょこ。

 

 指さす彼女は大口を開ける。

 人にして人に非ず、それを体現して見せた“中々見どころがある”あの少年と特徴を同じくする目の前の人物。

 その一番の特徴たる長い尾。 茶色い毛が生えてしなやかで、ネコ科か何かと思わせるそれは……実は違って。 日本のことわざでは彼女と仲が悪いとされるその者は、しかしそんな雰囲気が出ることはなかったあの不思議な少年、彼の名は――

 

「ゴ、ゴクウ!!」

「お! そう――」

「――――の、おとうさん!!」

「……じゃねぇんだよなぁ」

 

 彼女の答えは、周りから見れば直球ど真ん中、なれど判定は『ボール』だったとさ。

 

「いいのかしら……人が、えぇと確かに片方は使い魔だけど、こんな簡単に姿が変わってしまって」

 

 何となくこの世の理を無視し始めた彼等に向かって嘆息を吐き出すリンディをまたもおいていきながら。

 

 

「そんな!?」

「……まぁ、仕方がなかったらしいな」

 

 それからまた十数歩動いた彼等。 その中でリンディ、悟空、アルフと言う順で横並びで歩いていく彼等。

 その配置にいまだ管理局に対して壁を感じさせるのは言わずともわかるであろうリンディは、悟空を介してアルフに現状をつらつらと述べていく。

 

 いなくなった主と、見知らぬ環境で慌てふためいていたところにこの知らせ。 顔見知りの悟空が居なかった時のことはなんとも想像するのが怖いと思わせる、そんな叫び声を少女は上げる。

 

「じゃ、じゃあフェイトはいまこの船に居ないっていうの!」

「えぇそうね。 でも、これからわたし達も急いで後を追うつもりよ」

「…………」

 

 コツコツ音を立てながら廊下を行く彼等。 その中で現状を嘆くのは一匹のオオカミで、他2名は既に覚悟を完了していた。

 それはそうだろう。 悟空はいいとして、リンディなんかはあの戦闘で――あの“小競り合い”でこれからの事の大きさを嫌というほどに思い知らされたのだから。

 

「ごめんなさい」

「え?」

 

 だから彼女は視線を下に向ける。

 交わしたわけではない彼女たちの視線。 いきなりの事にたじろいだアルフだが、リンディはとにかく話を進めていく。

 

「相手の能力を完全に測りきれてなかったわ。 状況も、もう少しだけ待っていれば悟空君とこうやって合流することができたはずなのに」

「え……ちょっと……?」

「仕方がなかったとはいえ、あの子たちだけを危険な場所に送ってしまったことは事実。 アルフさんが怒るのも無理はないわよね」

「……むぅ」

 

 予想しなかった展開。

 まさか警戒していた管理局の人間からこんなことを言われるとはつゆとも思わなかったアルフは片耳を動かす。

 むず痒そうに引くつかせたそれは何を思っての行動なのだろうか? それは彼女にしかわからないし、探ってやろうという者もいない。 なぜか? それはアルフがそっと胸にしまい込んだから。

 

 怒ることも嘆くことも、もうしない少女は――

 

 

「わかった、わかったからそんなに謝んないでおくれよ。 これじゃなんだかこっちが悪者みたいじゃないのさ」

「……アルフさん」

 

 もう気にするなと、そっぽを向いてリンディに返すのであった。

 

「うっし……ところでよ」

「え?」

「……なんだい?」

 

 そこに悟空は相づちひとつ……だけど解せないことがあった。

 

「アルフ、おめぇ……」

「ぎくっ!?」

「え?」

 

 それは悟空の左隣に居るオオカミ娘ことアルフ嬢。 彼女に黒い瞳でカーソルを合わせると、そのまま彼は尾てい骨の先に力を込める。

 

「いつまでオラの尻尾掴んでんだ? いい加減邪魔だから離してくれよ」

「え?」

「うぅ!」

 

 悟空の後ろを漂う『尻尾』を、まるで遊園地で風船を貰った子供のように掴んでいる仔犬が一匹……彼女がそっと宙に浮く。

 持っていたしっぽが、悟空の意図したとおりに動いては彼女を地面から切り離す図はなんとも言い難い笑いを誘い、それを見たリンディと――

 

「ああ! こんなとこにいた!!」

「あら、こんなとこに……」

 

 迎えに来た“かしまし娘”は……

 

「あれ? この子……その人のお子さんですか?」

「え? ……えぇまぁ、そんなとこかしら?」

 

  “大人と子供”の図に、ふわりと表情を崩すのであった。

 

…………またも少しして。

 

「そうなんだ……あの“悟空くん”がねぇ~~どおりで強いわけだ」

「はは、あんときとは比べモンにならねぇ位に修行したかんな。 背だって、少しだけ伸びたみてぇだし」

「すこし……?」

「『すこし』……なんてもんじゃないだろうに」

 

 次々増えていく懐かしの顔。 気付けば女だらけとなっていく悟空の周り、見る者が見れば壁にこぶしをめり込ませる作業が始まるだろうが、なぜだろう。 “こうなりたい”とは思えないそれは、果たして彼が持つ独特の雰囲気が原因だろうか。

 

「アルフったらさぁ」

「…………ぷい」

「……なぁ、離してくんねぇかな、いいかげんによ?」

「いいじゃないか別に。 こっちだって事情ってもんがあるんだよ」

「なんだよ? 『じじょう』って」

「それはほらアレだよ(こんな『敵』の船の真っただ中で頼れるやつなんて見知った顔のあんたしかいないんだ)――だから! フェイトが見つかるまでアタシから離れんじゃないよ、いいね!」

「さっきはいい感じに仲良くしようとしてたじゃねぇか……なんなんだ?」

 

 それはわからないとして、悟空たちはそのまま歩みを続けていく。

 さて、彼らはいったいどこへ行こうかというのだろうか? それは、アルフが悟空の背で眠っているときにかわした会話で決着がついていた。

 

 

「――――艦長室?」

「そうよ。 いろいろ問題が立て続けに起こったから、そこで今後の方針の再検討をするの。 船の整備を待ちながらね?」

 

 その言葉に従い悟空は、取りあえずリンディが言葉を発するタイミングで進路を変えて、彼女が右を向けば右に、左へ指を指せばその先を見るを繰り返していく。

 そうして、既に5分が経とうかという時、悟空は不意に立ち止まる。

 

        『医務室』

 

 先の戦闘開始までアルフがいたそこには、8人ほどの負傷者で埋まっていた。

治療が終わったもの、これから治療を受けるもの、包帯を巻かれている途中のもの。

 死屍累々……そこまでではないものの、つい先ほどまで確かに『戦闘』が、それも『重症を負わされる』戦闘が行われたことを嫌でも認識させられる。

 それを見た彼女たちの心境は……

 

『…………』

 

―――――――暗い。

 

 今この時でも戦いが続いていると認識させるそれは、彼女たちの心に濃い影を射す……その中で。

 

「こりゃひでぇなぁ、よし!」

 

 一言、そして何かを思いついたように腕を道着の内側に突っ込むと……悟空は懐から何かを取り出す。

 

「それは……あのときの?」

『??』

 

 それは『豆』だった。

 親指の第一関節までにすら満たない大きさの、緑色をした小さな食物。

数多くの戦いを陰ながら支え、幾度もなく物語の節目で目にしてきたその緑色は、悟空の手の中に転がされている。

 

「残る仙豆は……あと5つか」

「悟空君?」

 

 つぶやく。

 そして数える。 残る『奇跡』の使える回数を、そして手元から目線を外した悟空は見渡していく。

 

「くぅ……」

「ふぅ……ふぅ……」

「あ、足がぁ――ちくしょう!」

 

 3人居た。

その奇跡を『使うべきもの』たちが。 足を、腕を、アバラ骨を――先の戦闘で深く傷つけられた局員の3人は1か所に集められ、いまだに治療魔法による措置を受けていたのだ。

 

 しかし彼にはわかる。

自身も体験したその魔法は『この奇跡』には遠く及ばないことを、彼らのケガはあれではすぐに完治などしないということを。

 

「あいつらだな」

「え?」

「ゴクウ?」

「ちょっとキミ!?」

 

 歩き出す。

悟空は医務室に入ると迷うことなく3人の前まで進んでいき――――止まる。

 

「おめぇたち、これ食え」

 

 突然の入室者。

その男が、彼らの前で差し出した手には3つの『粒』がある。 彼らはその状況に訳が分からないという表情をし、自然と悟空を見る目は青ざめる。

 

「さ、サイヤ人!?」

「なんでこんなところにっ?」

「クソ! いったいどうなって――」

 

狂乱する彼等。 そのさまは絶望に染まるものから、最後の力を振り絞ろうとするものまで。 危機的状況だと“誤認”する彼らは、動かない身体をそのままに、気持ちだけでも戦闘態勢に入り――すぐその表情は驚愕に染まる。

 

「悟空くん、勝手に入っていってはだめよ。 ケガ人がいるんだから」

『か、艦長!?』

「え、え? ……なにかしら?」

 

 不意に現れたリンディ。

 その女性はあの時確かに重症であった。 だがどうだろう、今の自分たちの症状がかわいく思えてしまうあの姿はいまは見る影もない。

 戦闘前と何ら変わりのない、いいやそれどころか制服のいたるところが破けているところ以外なら、むしろ戦闘まえよりも調子がいいのではないか?

 その思考が局員全員に伝播したところで、彼らはそろって口を開く。

 

「そんな。 俺たちより大怪我だったのに」

「いったい何が……」

「そんなことはどうでもいい、無事でよかったです……艦長」

 

 三者三様の声。

それに『あぁ、そういえば』という表情で、人差し指をゆっくり口元に持っていくと、リンディは彼らに微笑んでいく。

 

「大丈夫よ」

『え?』

「彼はわたし達の……いいえ、“あの子たち”の味方だから」

「あの子たち……!」

「もしかして……でもそんなこと」

「だが言われてみれば雰囲気が……」

 

 徐々に収まる騒動の気配。 強張らせた身体をゆっくりと楽にさせていくと、局員の男たちはそろって悟空を見る。

 その鍛え上げられた二の腕と、宙を漂う茶色い尾、そして着込んだ山吹色の道着。 そのどれもが彼を少年へとつなげる材料には十分で、だからだろう、局員の皆は思う。

 この男は、いったい何者なんだろう……と。

 

「どうかしたんか?」

「ん~どうかしたかっていうより『それ』が気になるのよねぇ」

「あぁ、そういや言ってなかったな。 これはな? 『仙豆』って言ってよ。 これ食うと、どんな傷でもあっちゅう間に治っちまうんだ」

 

 そんな彼らを一時置いておき。 リンディは今まで考えていた答えを悟空に問う。

 それは自身もすでに世話になった奇跡の種……否、マメ。

 

 マジュニア――ピッコロとの天下一武道会での激闘の末に負った傷。 右胸から肩口付近に風穴を開けられ、両足の骨を折られ、さらには左腕を焼かれ……

 そんな四肢がまともに動かせない状態からも、見事に勝利をつかみ取った悟空の傷を治したのも『仙豆』のおかげ。 けれど数に限りがあるそれを悟空はいま、何のためらいもなく目の前の……しかも自身が全くと言っていいほどに見知らぬ『他人』に分け与えようとしていた。

 

―――――――――それを。

 

「どんな……ケガも」

 

 迷う。

 リンディは決して冷酷な人間というわけではない。 子供たちだけ『死地』に向かわせたのも船頭としてはそれしか算段がないからで、だからこそ艦長という役職は彼女をここで“冷静な判断”を迫るのだ。

 

「その『センズ』というのは……あと5粒あるのよね?」

「ん? そだぞ……?」

 

 だったら。

 そう彼女は考えてしまった。

 『いま彼らにこれを使わせるべきなのか』と。 たとえ今苦しい思いをしている彼らでもそれは覚悟の上のはず、しかも自分たちには治療魔法がある。 遠い未来、だが確実に治せるという事実がある……

 

 けど――

 

「悟空君、それは――「んじゃ、ここに置いておくかんな。 ちゃんとケガ治せよ!」―――……あっ」

「そんじゃいくぞ……って、なにぼうっとしてんだ?」

 

 まるで『それ』が当然の事であるかのように、悟空は彼らのすぐ近くに仙豆を置く。 この先の事態を計算し、戦略を組み立てようとして……どこか人として引き返せないような選択肢を選ぼうとしていた、そんな……

 

「……そうね」

 

 彼女の葛藤は。

 

「いきましょっか?」

 

 迷いは、断ち切られる。

 後ろを振り向き、扉の正面にまで歩いて行ったリンディの表情(かお)と――

 

「……ありがとう」

 

 その時のささやきは、きっと誰にもわからなかった。

 

「ん? ……おう」

 

――――――筈である。

 

 

  アースラ艦長室

 相変わらずの桜の木と野点セットのあるこの部屋。 風もないのに桜の花びらがゆっくりと散ってゆき、木の下に敷かれた赤い布……『緋毛氈(ひもうせん)』のうえに降りていくその光景はなんとも風流を感じさせるもので、安らぎを心に与える。

 

「しっつれーしまーーす!」

「じゃまするよ~~」

 

 安らぎを……ぶち壊す。

 目的地であるこの場所に到着した我らが悟空一行。 その際の“景気の良い声”が、この『ふんいき』をぶち壊す様は、なんとも形容できないため息を肺からひねり出させるには十分であろう。

 

 しかし、そんな彼らを迎えるのは、決してダラけた空気ではなく……

 

「……あいつ」

「あれが……」

「『アイツ』にそっくりだ……サイヤ人というのは、皆あんな容姿だとでもいうのか?」

「それにあの女の子、さっき暴れてたっていう……」

 

 め、目、眼。

 視線という攻撃が、彼らを中心に募っていた。

 懐疑を、暗鬼を、不安を……それらを織り交ぜた視線は決して敵対というものではないだろう。

 しかし彼らは知っていた。 悟空の持つ戦闘力を……だから恐れて畏怖するのだ。 だが知らないものもある。 それは――

 

「――くっ! こいつら!」

「おっと。 いきなりどうした?」

「あ、手を離しな悟空! あいつら、暴れたアタシはいいとしてアンタにまで『あんな目』をしやがって!」

「あんな目? どんなめだ?」

「…………え~~」

『…………えっと』

「別に殺気とかはねぇしなぁ……なんか問題あんのか?」

「……ゴクウあんたねぇ」

 

 彼の持つ空気……であろうか。

 いきなり駆けだそうとしたアルフを、まるではしゃぐ子供を止める親の如く右手ひとつで止める悟空。

 だがここで間違ってはいけないのは、この少女のスタートが野生のオオカミのそれと同格であるという点。 その走りだしをいとも容易く捉えた悟空の技量があってこその流れであるという事を。

 

「いきなり現れてよ」

「む……」

 

 アルフの頭に、そっと手を置き。

 

「きっとあいつ等おどれぇたんじゃねぇのか」

「うむむ」

 

 その手をぐりぐり動かしていく。

揺れるオレンジの頭髪と犬耳。

それに比例して、アルフの烈火のごとく燃え上がっていた怒気は“なり”を潜め、触れてもないのにしっぽが『ふりふり』動き出す。

 けど視線だけはそれを認めたくないのであろうか? そっぽを向いている彼女。 そうして“ない”胸元で両腕組むと、彼女は力なく悟空に向かって口を開く。

 

「アンタが、ゴクウが“いい”っていうんならアタシゃ別にかまわないんだけど……さ」

「そうか? ならいいんだけどよ」

「すごいですね。 猛犬みたいに暴れ出そうとした“アルフちゃん”を片手で捌いちゃった」

「えぇ……そうね……(どうしてかしら? やけに“子供の扱い”に手慣れているように見えるのは?)」

 

 ふたりはまさしく大人と子供。

 その様を見つめるのは、あとから遅れて入室してきたリンディとエイミィ。 彼女たちはそれぞれ持った印象を口ぐちに述べるのだが、どうにもこうにも腑に落ちないリンディは……ニコヤカ。

 

 その笑顔は圧倒的なまでに含みを持った笑みではあるのだが、その中身など周囲は愚か、当の本人ですらあずかり知らぬものである。

 

「…………ん~~ どうしてかしら?」

 

 そう、知らないはずである。

 

「さてと。 とうとう着いちまったけどさ、これからどうすんだ?」

「え? えぇそうね。 あとは整備班と技術課の“結果”次第なのだけど……ん

「なんだ?」

「ちょっとまっててね。 その“結果”が来たみたいだから」

 

 部屋に入ることおおよそで2分。 リンディが空中にただ寄せた青いウィンドウを展開すると、悟空はそのまま右手を握り、閉じる動作を繰り返す。

 どことなく落ち着かないように見えるそれは、やはりこれから起こるであろう事態の予想を立てているからか。

 

「どうすっかなぁ……アイツがベジータよりも強いとしたら、“4倍”以上は使えるようにならないと……」

「ゴクウ?」

 

 独り言は足元のアルフにしか聞こえない。

 その数字の意味も、野菜の英文字かのような単語も彼女には理解できず。 それが技名であり人名であることに行きつくことが無いままに……

 

「なんですって!?」

『……?』

 

 リンディの咆哮が部屋に木霊する。

 いきなり咆える彼女は、その長い髪を振り回すかのように青いウィンドウに食って掛かる。

 その様子に、しかし映像の向こう側にいる人物は冷や汗しか出せない。

 無理なもんは無理でしょう……そんな小声が聞こえる中で、悟空はそっとリンディに近づき……

 

「時の庭園まで――かかるなんて」

「え?」

 

 いま、彼女はなんていったのだろうか?

 しっかり聞こえたはずの声は、だがあまりにも手遅れな言葉だからか、身体が自然と耳を閉じていく。

 かかる? 何が……?

 そう彼の中で言葉が木霊しては、リンディは今聞かされた“結果”を、ゆっくりと言い渡す……

 

 

「あの子たちが向かった時の庭園まで……『98時間』かかるそうよ」

『!!?』

 

 まるで、死刑宣告を言い渡す裁判官のように。

 

「お、おい! そりゃどういうことだよ!」

「……こればっかりはどうしようもないわ」

 

 狼狽える彼は思わず叫ぶ。

 どことなく、あっという間につくんじゃないかと予測をつけていた彼は、ここに来ての展開にリンディに掴みかかる。

 それはない!! などと叫んだ彼に、しかしリンディは半分申し訳ない顔をしつつ、どうしてかやりきれないという顔をする。 それがピーク師達した時、彼女は空中にもう一つのウィンドウを開いていく。

 

「本当なら悟空君の思っていた通りにすぐ着いたはずよ、数分の時間差はあるでしょうけど」

「じゃ、じゃあ!」

「けど……今回は“事情”が大きく違うわ。 今までにない“不自然な”次元振と、ジュエルシードが引き起こした次元振。 さらに『ひずみ』を利用した不完全な次元間航行……そして――」

「……? オラの顔になんかついてんのか?」

 

 その映像を映し出すとき、リンディの瞳には悟空が大きく映し出されていた。

 いまだに「なにいってんだ?」などという疑問符を全開にしている間抜けづ……不信顔をする彼に、彼女はきっぱりと現実を叩きだすことにする。

 

[久々に行くぞ! 『超かめはめ波』だ!]

「え? これってあんときの……」

「そう、すべてはこれが――」

 

 映し出されたのは“リンディの視線”から見えるであろう先ほどの戦闘風景、そのクライマックスを。

 

「とどめだったのよ」

「……え?」

[波ああああああああああああ―――――!]

「あわわ……こんな砲撃……」

 

 聞こえてくる大音量とは正反対な小さな声。 それが悟空の発したものだと、分らない者などだれ一人おらず。

 アルフが小さく感嘆の声を囁く中、放たれた閃光の映像が部屋の中を激しく照らす。

そうしてリンディがつぶやいた言葉は……やはり処刑宣告。 本日2度目のそれは、悟空の耳に澄んで聞こえたはずだ。 なんだって? なんて聞き返すこともできないはっきりとした言葉に、彼はついに理解する。

 

「も、もしかして……」

「えぇ。 この砲撃は結界を破った後も、なかなか威力は落ちなかったわ。 それどころかそのまま大気圏を離脱するんじゃないかという威力を観測したらしくって」

「お、おぉ……」

「でもその先にあったのは宇宙ではなくって……『ひずみ』だったの」

「す、するってぇと……つまり……」

「そうね。 この『超かめはめ波』という砲撃で……とても信じられないのだけど、完全に次元境界の数値を崩してくれたのよ」

「…………はぁ……」

 

 少し難しい言葉の羅列だったが、それでもわかったのはやはり映像と一緒に説明してくれたからか。

 彼は知りもしないが、かつてとある“血戦”の中で、異次元に閉じ込められた4、もしくは3人組(数がはっきりしないのはここでは説明はしないが……)が、そこを脱出する際に多大な気の放出で次元に穴をあけたことがある。

 

 今回、元から空いていた穴に、その時ほどではないだろうが『中々の威力』をぶつけられた“ひずみ”は激しくその安定数値を狂わせた。 そういう事態なのである。

 

「ふふ、落ち込まないで悟空君。 確かに技術課の問診ではそうでたわ。 けど、それ以上に面白い事態が起きたみたい」

「面白い?」

「そうよ」

 

 けど……そうとってつけるリンディは、悟空に向かって軽く片目を閉じる。

 この年でそれやんのかよ……とは、だれ一人言わないのは、彼女の外見年齢が半ば詐欺まがいだからだろうか?

 そんな年下みたいな彼女は、悟空に向かって軽い吉報を教えてみせる。

 

「98時間かかる。 それは間違いないわ。 でもそれはあくまでもわたし達の“体感時間”であって、実際になのはさん達と合流できる時間は別になっているっていう事」

「体感時間?」

 

 そう、そうなのである。

 リンディが驚愕したのはこの2個目の事実。 それは“体感的な時間の長さは年齢の逆数に比例する”などという理屈でも“あれ?もうこんな時間”という人間の感覚的なものではなく。

 

「そうねぇ、例えばアースラで飛んでいた時間が『わたしたちから見て』3日でも、周りから見たら1日しか経っていなかった――で、わかるかしら?」

「???」

「むむむ?」

 

 時の流れの、事実とした速度差というもの。

 その説明を聞いた二人は……そろって『ハテナ』を後頭部に生成。 いかにもわからないという悟空とアルフは、「大丈夫かしら……」なんて心配してくれているリンディを見ると、そろって胸を張り……

 

『わかんねぇっていうのが、よぉくわかったぞ!』

「それは胸を張るんじゃなくって、ふんぞり返るっていうのよ……」

 

 ……半分も理解していないことを、文字通り身体を“張って”示して見せる。

 

「ん~~そうねぇ。 それじゃあまた、たとえ話になるんだけど」

『お?』

 

 その姿に頭を抱えること3秒。

 素早く思考を切り替えると、彼女はどこからか……

 

「ふふ、やっぱり説明役と言ったら『これ』かしら♪」

「めがね?」

「めがねだ……」

『…メガネっ娘だ………』

『ポニテめがねっ娘……』

 

 老眼kyo――もとい、フレームの薄いタイプのメガネを取り出して見せる。

 ゆっくりとそのちいさな鼻に乗せ、中指で位置を決めると「コホン」……息を整える。

 

 同時に聞こえてきた局員数名の、歓喜と希望の合わさった声は放っておくとして、そのまま彼女は指先を立てる。 天に突き刺し、くるりと回すと始まるのは……授業。

 

「第2回! 教えちゃうぞ、次元世界! ~転移編~ 始まり始まり」

 

「……なんなの?」

「なんだろうな」

「………………わすれてちょうだい」

 

 ……空気が若干北風の直撃を喰らったのは、この際置いておくことにしよう。

 

「んん! た、たとえば!」

「リンディ、声が裏返ってんぞ?」

「艦長……無理するから」

「エイミィは黙ってなさい! と、とにかく『ある部屋』があるとして、その部屋に悟空君とアルフさんはそこに4日居ることにしました」

『うんうん』

 

 始まる次元世界講座に、生徒役の悟空とアルフはそろって首を縦に振る。

 ここで「なんでそんな部屋に4日も居なきゃなんねんだ」とは言わないのは、悟空も大人になったからだろうか……いや、気にすら留めなかっただけだろうか。

 そうしてる間に、リンディの説明は続いていく。

 

「4日過ごした悟空君達でしたが、いざ外の部屋に出ると日付は1日しか経っていません」

「へぇ……不思議だなぁ」

「…………ん?」

 

 リンディ先生による時間講座の区切り。 ここでただうなずく悟空は、本当に「それだけ」の顔をしている。

 しかし同時に犬耳が動く。 ひょこりと微動するそれは、アルフがなにか掴んだから。 それを逃がさないよう、自分の中で『答え』としてこねくり回して形にしていくと……

 

「あっ! そっか! 転送中のアタシたちと、フェイトが居るところの“流れている”時間に“差”ができるってことだね」

「はい、アルフさん正解♪」

 

 結果は花丸であったそうな。

 

「いま言ったように、時間の差。 ようは、外での1秒が部屋の時間では4秒になっていて。 これを当てはめると『部屋=アースラと次元空間』で『外=地球と時の庭園』の時間ってことになるの」

「ふぅん。 なるほどな……なんかどっかで聞いたような感じがすっけど、とにかくなのはが居るとこまでは、実際にそんな時間がかかるわけじゃないって事だろ?」

「そういう事ね……でも」

 

 少しの安堵。 しかしその言葉の後に付けたしをしようとするリンディは、掛けていた薄いメガネを取り外す。 若干の冷酷さを垣間見せる表情は、それがホントに真剣だから……だから彼女はそれを言わないわけにはいかず。

 

「はっきり言って、この話で確定しているのは“わたし達が98時間アースラに縛り付けられる”という事。 外との時間差はもしかしたら大差ないかもしれないし、下手をすると説明の逆になることも……」

「そうなんか……」

「…………」

 

 そうして彼は事実を知り……腕を組んで、眉を寄せていく。

 

「まじいなぁ……しかもこうなったんがオラのせいなんだもんな」

 

 出てきた言葉は反省。 しかしあんまりにもあっさりしたのは彼があきらめたから? などと、数時間前のリンディならばそう思うだろう。

 そしてやはり、それは唐突に起こる。

 いきなり顔を上げた悟空は、リンディの隣に立っている16歳に……

 

「なぁ、エイミィ!」

「は、はい?」

 

 声をかける。

 歳の差にして■歳強。 そんな彼は彼女の瞳を鋭く見据える。

 「ほんとか?」「そうですよ?」 というアイコンタクトをやって見せた悟空とエイミィは、そのまま数秒間だけ時間を忘れる。

 

「……やっぱそうか。 ――――よし! おめぇよく機械とか、いじくってたよな!」

「え? そうだけど……?」

 

 目と目が合う~~

 なんてメロディが背景を駆け抜けていく瞬間。 悟空はその場から消えていき――

 

「エイミィ! オラ“に”付き合ってくれ!!」

「は、はい…………はい!?」

「はい……って、エイミィ!?」

「なんだって!?」

「ちょ!? 悟空さん――」

 

 突然の大嵐。

 渦中の人物の乗りツッコミにも似た『2度聞き』を敏感に反応する艦長さんと、悟空の爆弾をこれまた敏感につかんだ子犬は喚き散らす。

 

 しかしそんなものにいちいち負けている悟空ではない。

 “簡易版”残像拳を使って見せた……というより周りから見たら使ったように見えた……悟空は、そのままエイミィの手を引っ張る。

 やや強引に、まるで秘密基地に案内する子供のような振る舞いで進んでいく悟空に、エイミィはタジタジ。 そうこうしている間に着いたのは部屋の隅、そこで悟空は立ち止まり、エイミィに向かい……合う。

 

「…………」

「……え?」

 

無言の彼。 何も音を発しない彼の、その穏やかを通り越して恐ろしいくらいな静かな雰囲気を前に、エイミィはまるで津波にさらわれる子蟹のよう。

さらっては引き返……さない空気の中で、悟空の顔は、そっと彼女に近づいていく。

 

「…………」

「え? え!? ちょっと悟空さん!」

 

 いつの間にか敬称になっているのは、彼が醸し出す雰囲気にアダルティを感じ取ったから。 普段から近しい異性が年下のクロノだけだった彼女は、いつもの騒がしさを打消し、まるで“初心子(うぶこ)”のようにおとなしくなる。

 

 黒い瞳……エイミィの心の中で囁けたのはたったの一言。

 その黒曜石の様な輝きの中で写る、自身の顔色は青? 白? それとも赤?

 眩暈がするような光景を見つめること数瞬。 悟空と彼女の距離は……ゼロになり……

 

「…………」

「ひぅ……」

『ちょっと!?』

 

 …………+3センチくらいになる。

 

「あのよ?」

「え……?」

『…………あれ?』

『なんだ?』

 

 彼女(エイミィ)の顔面を避け、その耳元にまで近づいた悟空の顔。 そこで彼は小さくあいさつ。

 すると何やら“にやり”と笑うと片手をあげ、“よ! ひさしぶりー”なんて感じの悟空はエイミィにコソコソ話を開始するのであった。

 そのときの彼の気分を、世の中のおとうさんで言い表すと“小遣いの値上げ”を交渉中のそれ。 子供で言うと……やはり小遣いの値上げのそれである。 とにかく、なにかお願いがあるという風な彼に、エイミィは内心腰を抜かしつつも悟空の会話に耳を貸す――――その内容に。

 

「おめぇによ、お願ぇがあんだ」

「おねげぇ……? あたしに? でもなんでこんなはじっこに」

 

 疑問符を複数作り、首を傾げて悟空を見返す。

 何もこんな離れたうえで、接近してのこそこそ話を講じなくても……そう、表情で訴えかけること3秒。

 それを理解したのだろうか? 悟空は“言い訳”を吐き出すべく口を開く。

 

「いやよ? さっき空から落ちたときさ、いろいろ無理しようとしたらリンディの奴が相当怒鳴ってきてよ?」

「え? あ~~そういえば通信で聞いたような……でもそれは悟空さんを心配して」

「それでも修行中にまでちょっかい出されたら溜まんねぇだろ? だから……」

「……修行?」

「そだ! んでよ……力が――ばいの……もっときつい……」

「え? ん~~わたし達の魔法にそういう類は……あ、船の――制御の……を利用すれば」

「なんとかなりそうか?」

「う~~ん」

 

 彼女は先を見据えては座礁した面持ちとなる。

 どうも無理がある。 しかも同じ船に乗ってるんだからそれはそれで考えが甘いというかなんというか。

その言葉を彼女が吐き出そうとする刹那、悟空はおもいきって――両手を叩く。

 

「頼む! 後でオラに出来ることなんでもしてやっから……な!」

「あとで……なんでも?」

 

 その中で聞こえてきた“ご褒美”……もとい、報酬を聞きつけたエイミィは2秒間だけ視線を左上に向ける。

 

「……のふたり……っくり…せて………ートかなぁ……ふ、ふふふ」

「??」

 

 つぶやく彼女の声はわからない。

 しかし、その顔はどこかクロノが苦手そうな……悪巧みをした“ネコ娘”のような表情で、そんな面白そうな顔をしたエイミィは、右人差し指をピンッ! と、伸ばして見せる。

 

「よぉーし! なんだかやる気が出てきちゃったよぉ!!」

「おお?」

 

 それをピストルのように構えると、悟空に向かい照準を固定する。

 

「まかせて“悟空くん”!! おねぇさんがきっちりカップリ――んんッ!! その“装置”を完成させてみせるよ!」

「ホントけ?! できれば3日はずっと使っていてぇんだけど……行けそうか!」

「……えぇいこうなったら整備班総動員だ! やるぞーー!」

「はは! こいつは頼もしいや。 そんじゃよろしくな」

「はいはーい。 善は急げだ……まずは先輩に通信――――」

 

 …………マシンガンのようにトークを炸裂させては、脱兎のごとく艦長室から消えていったとさ。

 

 その光景に、肩口をずらした残りの全員。

 一時は悟空の謎の仕草に固唾をのみ、近づくふたりに手に汗握り……起こった結果に肩すかしを喰らい。 何となく落胆の声を上げる中で、彼らの視線はやはり1か所に集中していた。

 

「なにしたんだろ?」

「いやー、もう少しで執務官殿の焦った顔が見られるかと」

「え? あの人たちってそういう――?」

「……てか、あのひと何歳? 場合によってはまずいんじゃ」

「わからんぞ? もしかしたら『サイヤ人』という輩は、年齢とかを気にしない種族かもしれん」

『…………おぉ、それは盲点だった』

「いやいや、問題なのはむしろ――」

 

 これらの様な言葉たちが交錯している中。 リンディとアルフだけは悟空を見る視線を余計鋭くする。 だが勘違いしてはいけない、この“ヤジロベーの日本刀”よりも切れ味がある眼光はなにも『そういった』類のモノではない。

 アルフはフェイトとの初戦で、足からかめはめ波を出した様を観戦したときに。

リンディの場合は先ほど悟空が界王拳を使う件(くだり)でそれぞれ理解したのだ。 彼は――

 

『……むぅ(あの目は何か無茶をしようとしているときの目だ)』

 

――――と。

 

 見た目はいい感じの笑顔なのだが、どこかウズウズしていて……けれど彼には珍しく“妖しさ”を含んだニヤケルような顔は、リンディたちの不安を大きく煽る。

 

「さってと。 1日って言ったけど、間に合うかな……まぁ取り合えず」

『???』

 

 クルリと振り返る悟空。 青い帯が宙を舞い、茶色い尾が自由に漂う、そうして彼は両手を天にあげ、ゆっくりと伸びをする。

 やれることは取りあえずやった。 思わぬ収穫、そして予想外な出来事は悟空にある種のチャンスを作り出す。 これが吉と出るか凶と落ちていくかは――――

 

「あとは運任せかな。 できればすぐに“できてくれよ”……」

『……できる?』

 

 全て、神のみぞ知る……のだろうか?

 神が居ないこの世界で、神を知っている青年は何に願うのだろうか? それは誰にもわからない、リンディたちも――もちろん悟空にだって。

 

「……まぁ、いろいろ不快な点はあるけど、それは残りの4日間で解消しましょう?」

「ん? 不快な点?」

「えぇ、それはもう色々とあるから……そのときはよろしくね? 悟空君」

「……お、おぉ」

「それじゃ……――――アースラ、発進!! 目指すは時の庭園!」

 

 

 皆が固唾をのむこの時間。 アースラの魔導炉は、秘かに臨界へと達していた……彼女たちは、次元空間へと――飛ぶ。

 

 

 

 




悟空「オッス! オラ悟空!!」

リンディ「悟空君ーー!」

悟空「お! やべ――!」

リンディ「あれ? いない……食事に行ってると思ったのだけど」

悟空「…………」

リンディ「?? なんだか奇妙な音が聞こえるわねぇ。 まるでなにかが高速で打ちつけられているような……?」

アルフ「ゴクウ……さっきから”反復横跳び”なんかしてどうしちゃったんだろ?」

悟空「…………(ひ、ひぃー! はやくいってくれぇ)」

リンディ「もぅ、せっかくいろいろ話があったのに。 それじゃ次回!」

悟空「やった……」

リンディ「え?」

悟空「………………」

リンディ「気のせいかしら……魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第24話」

アルフ「ステレオの位置はどこ? 超重力修行開始!!」


リンディ「怒る? わたしが? どうして?」

アルフ「アタシゃ知らないよ。 ゴクウに直接聞くんだね……そんじゃね」


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第24話 ステレオの位置はどこ? 超重力修行開始!!

今回のタイトル。
ステレオネタについてわからない方は、申し訳ありませんがここでのフォローは無い方向で……何分、今の悟空さんはそこまで体験してないですから。

さて、遂に発進したアースラ。 彼らは希望という山吹の戦士を、はたしてなのは達のもとへと届けることができるのか。

りりごく24話です。

元気なモブのネタの解説もなしです……


 

 睡眠。

 それは人間にとって切っては切り離せないモノ。 断食は出来る、性欲もコントロールできよう。 それらは何日続く? 3日? 4日? 

 だがしかし、睡眠だけは別ではないか。 そもそも人はこの時間に人生の3割は消費している。 その事実だけで、この睡眠というものがどれほど大事なのかがわかるだろう。

 

……何が言いたいかというと。

 

「うおおおおおおおおお!!」

「はりーはりーー!! 急がないとあの子たちの良い絵が――ごほっごほ! 凄いもんが見れなくなるぞ!」

「おい30番たんねぇぞ!」

「169番で代用して! 材料の調達なんてできっこないんだから!!」

 

 ……戦場がそこにあった。

 見る人が見れば頭を縦に振りそうな忙しさ。

 悟空が戦場で悪人と戦うならば、彼ら――エイミィ達が戦う者はズバリ“時間” その誰にも留めることができない自由であり孤独な敵を前にして、彼女たちは壮絶なバトルを繰り返していた。

 

 ざっと21時間ほど。

 

「おい! スクリーントーンじゃねぇんだからそんなにべたべたやってんじゃ―――――」

「ここ削り忘れ!? だれだやった奴! 表でろ!!」

『おまえだろ!!』

「……すんません。 彫刻刀持ってきます」

『んなもんで出来るわけねぇだろ! 角材いじってんじゃねぇンだぞ!! 最悪悟空さんに素手で削ってもらえ!!』

 

 

 彼らは……いっぱいいっぱいだった。

 既にテンションはナチュラルハイ!! ご機嫌な天国と地獄(テーマソング)を脳内で奏でては一発逆転を狙う競争の最後尾選手が如く、彼らは作業を実施していた。

 彼らとは? 整備班とエイミィの混成部隊である。

 しかも前にリンディが言っていた通り、少ない人数での派遣だ、故に整備する人間はその数を極限までスリ削られ――たったの3人。

 

「縦横10メートルの部屋に3人がかりでやるったてよぉー、こんな古代壁画みてぇなもんをよぉー、床一面に書くなんてよぉ……よぉお?」

「つべこべ言うな! いいからつべこべ働け!!」

「……つべこべってなんだろう……ぐへへっ……」

 

 …………いろいろ、限界であった。

 

 しかしこの3人以外にも奮闘しているモノが一人。

 それは紅一点。 ボロッボロの“作業繋ぎ”姿3人男と姿を同じく、その身を赤青のペイントでぐちゃぐちゃにしている者がいた。

 

「ふふ……」

 

 床に強化プラスチックと複合セラミック、さらに魔法によるコーティングを施していく彼女は――

 

「ふふっ……ふふふ……」

 

 やっぱり壊れていた。

 

「血の色よりも赤きもの、闇の色より深き……は! いったい何を?」

 

 少しヤバい呪文を詠唱した中で不意に目を醒ます彼女。

 鳴門巻きみたいな目を正気に戻したエイミィは今回の目的を再確認する。

 

「いけない。 作業をまだ2割がた残しているのに……」

『GUOOOOOOO』

「熱暴走してる……ならば! みんな! あたし達の目的を思い出して!!」

『――――っは!』

 

 

 首を振り、その胸に抱いた“彼との約束”を思い出しては呟いて、狂った整備班衆を舞妓する!

 

 

「お姫様抱っこされて恥じらうなのはちゃんの顔をみたいかーー!!」

 

 

 

『ぉお!』

 

 

「肩車されて真っ赤になるフェイトちゃんをみたいかあああああ!!」

 

 

『うおおおおおおおおおおお!!』

 

 こいつら……ダメである。

 悟空との約束はそんなんじゃないような? ……しかしそんなことで士気が上がっていく変TAI……もとい、整備班たちの決死の作業は、続いていく。

 遠い異郷の地に転送させられた少女たちの背に、冷たい感覚を与えながら。

 

『出来る出来る出来る!! やれるやれるやれる!!!』

「いそげ! 約束の時は近いぞ!!」

「なぜ!! ベストを尽くさないん……だああああ!!」

「俺の電動ドリルが中央突破――――!」

「反射と音響の融合を見せてやるウううううう!!」

『はあぁぁぁあああああああ!!!』

 

 彼らの夜明けは……来るのであった。

 

 

 

 

~アースラ別室~

 

 アースラ発進から到着まで4日あるうちの1日が過ぎ、残りの日数は後3日。

 その大事な1日目は、悟空ともども管理局の人間ほとんどがつかの間の休日を過ごしていた。

 まさかこんな大変な時に休む時間があるなんて……どこか納得いかない風な人間もいたが、そこはやはり大人であったのか。 出来ることをするという命題で、その者も自身の傷を癒すために短い休暇を取ることとしたのである。 そうしてアースラは、2日目の朝を迎えた。

 

 

 孫悟空の朝は早い。

 朝と言っても、太陽の輝きが無いこの次元空間ではあまり実感もない上に日差しで目が覚めることはない。

 故に彼を起こすもの、それは宛がわれた部屋に備え付けてあった時計で――「うるせぇぞ」……時計(故)であった。

 

「ん……~~~~! くあーよっく寝たぁ」

 

 室内に派手な騒音をまき散らせ、鉄くずを四散させること20秒後。 ランニングとボクサーパンツ姿の悟空はゆっくりと布団から出てくる。 暗い部屋でもよくわかる自身の道着を手に取ると、ふとんの上に置いてランニングを脱ぐ。

 

「エイミィの奴、うまくやってくれたかなぁ? あれがねぇとたぶん、オラこれ以上修行してもあんま強くなんねぇだろうしな」

 

 そばに置いてあった青のアンダーをアタマからかぶり、腕を通していく。

 ちなみにこれは管理局からの支給品であり、彼の荒ぶるばかりの胸囲に半笑になりながら手渡してきたリンディは本当におかしそうだったとか。 いったい彼の胸囲の何が面白いというのだろうか、正直不明である。

 

「さってと、そろそろはじめっかな……」

 

 全身を山吹色で染め上げた悟空。 彼は帯を引き締めると、そのまま両手を地面に着く。

 陸上選手が行うスタートダッシュの形に見える体制になったと思うと、そのまま地面を蹴り。

 

「よっと……せーの! いち、にっ!」

 

 彼は逆立ちとなる。

 そこから始まる掛け声は、身体の上下運動に呼応している……つまり逆立ち腕立て伏せのカウントアップ。

 これが彼の始まりであり、準備運動である。 武術で始まる朝は――

 

「ふっ! ふっ! ふっ――――」

 

 とても長そうである。

 

 

 2時間が経った。 腕立て、腹筋、背筋、スクワット、徐々に下半身へと移動していく彼の筋トレは、その運動の激しさを上げていく。

 気づけば彼の周りには水滴が落ち、部屋の温度も1度ほど上昇していた。 そのころであろう、彼は軽い全身運動を切り上げその場に立ち尽くす。 額から汗が垂れ、顎に集まり落ちていく、その音が……

 

「ゴクウ! 起こしに来たよ……?」

「お、もうそんな時間か。 すぐ行く」

 

 今日という日の始まり、それを知らせる水の音へと変わっていくのでした。

 入ってきたのはギリギリ小学生程度までにその身体を短くした使い魔アルフ。 彼女は手慣れた動作で悟空の部屋に入ると、鼻をわずかに動かし……

 

「なんかこの部屋熱気が……アンタ何してたんだい?」

 

 ほんのりと文句の口調を乗せた一言を放り投げる。

 それに対する悟空の返答はというと……

 

「ん? 軽い筋トレをな。 エイミィが終わるまで待ちきれなかったもんだから……つい」

「エイミィ……あいつがどうしたっていうのさ」

「え! お、ん~~まぁ、あとでわかるさ……あと、リンディには内緒だぞ?」

「リンディ……? なんで」

「なんでもだ、いいな?」

「……いいけどさ」

 

 人差し指を口元に持っていって、おっきなウニみたいな頭を横に振りながら言う悟空は完全に博打場に入った父子の絵を完成させていた。

 自身の頼みごとのせいで、何人かが不眠不休の貫徹を決行しているとも知らず……彼は呑気に地面を叩く。

 

「ところでよ?」

「なんだい?」

「いや、昨日もそうだったけどよ。 おめぇ決まってこの時間に起こしに来っけど……どうしてだ?」

「……それは」

 

 そこで交わされたことば。 其の一言は悟空独特の“なんでもなさ”がふんだんにちりばめられているのだが、いかんせんアルフの表情は少し……硬い。

 垂れた耳としっぽ、それらが力なく揺れると同時に彼女の口は小さく動いていく。

 

「フェイトがね、いつもこの時間に起きるんだ」

「フェイト?」

「うん。 あの子、信じられないくらいにしっかしりてるんだけど、それに見合わないくらいにダメなんだよ……」

「だめ?」

 

 そのときのアルフの顔は、というより視線自体がどっかに行っていた。 まるで戦時中の体験をインタビューされている戦争経験者のような面持ちは、見る者に怪訝な表情をさせる。

 

「あの子は寝起きが本っ当~~に悪くって。 最近までは買ってきた小さい黒板を爪で引っかいたりして頑張ったもんだよ」

「あの変な音でか? それでやっとおきんのけぇ……相当なもんだなぁ、あいつ」

「そうだよ。 しかも下手に起こすと電撃が飛んできて……起こせなかったら起こせなかったでフェイトは泣きそうな目でこっちを見て来るし……」

「でも。 実はそれが良かったりすんじゃねぇか?」

「…………うん」

 

 アルフの苦労話。

 まるで育児相談のこれに、悟空が何となく確信を突いた言葉を返せるのは彼に“そういった経験”があるからで。 そうとも知らず悟空の絶妙な返しがいい感じに触れたのか、アルフは機嫌よく話のテンポを進めていく。

 

「それで、最近じゃ黒板に耐性が付いたみたいでまた振出しに戻っちゃってさ」

「……あれに耐えるんか……それはそれでスゲェな」

「こんどは……あ、これはすごい偶然なんだけどさ。 アタシがフェイトとあんたの戦ってるところを記録映像で分析してた時なんだけど」

「オラの? ……あ! もしかして初めてたたかった時のか?」

「そうだよ。 あのときはいろいろとフェイトが……いや、まぁそれはいいとして」

 

 そこで切ったアルフの顔は思うことがあったのかどうなのか。

 

「それでその時のアンタが“砲撃”の時に出す……かめかめ? えっと」

「かめはめ波のことか?」

「そうそう! そのときの声が出た瞬間に、あの子急に起き上がってさ。 バルディッシュ構えて大騒ぎだったよ……そっからだね、毎朝アンタの砲撃の声を目ざましにしたのは」

「……そっか。 それ聞いちまうとなんか、フェイトの奴に悪いことした気がすんなぁ」

 

 『たはは』と笑いながらそのときを思い出しているのか、彼女の尾は自然と揺れていく。 知らぬ間に彼女に対して刻み付けていた深い心象疾患(トラウマ)に、悟空は思わず後頭部を掻く。

 

 のちに彼女が「分身なんてずるいよ」とか「足の裏からなんて非常識だ……」などと部屋の隅で呟いていたのはアルフにだってわからない。

 ……そう、本当にわからなかったのである。

 この時の悟空の発言が、後に重い発言となり変わることになど……

 

 

~アースラ 通路~

 

 “彼等”がその戦いを開始してからおおよそで28時間が経過していた。

 聞こえていたドリルの音はその刃先の交換作業を含め、おおよそ18時間ぶりに回転音を消し。 狂いそうなほどに漏れてきていた絶叫の声も、まるで“こと切れた”かのように聞こえなくなっていた。

 

 そんな彼らの戦場跡に、2匹の獣があらわれる。

 

「ここかぁ……昨日エイミィから言われたんは」

「……なんかさ、いろいろヤバいと思うんだけど……ここ」

「なんでだ?」

 

 その内の一匹は酷く警戒する。

 立ち込める陰湿な空気は腐臭。 背筋を這いずるのは悪寒……今まで感じたことのない負のオーラが、身長110センチの少女に襲い掛かる。

 張りつめた空気と呼応するように逆立つオレンジの尻尾は、長い体毛と相まって巨大な猫ジャラシのように……

 

「アルフ、痛ぇぞ」

「……ごめん」

 

 びったんびったんと悟空の足元に当てていく。

 これに溜まらず若干ながら眉を寄せた悟空に、ケモノ耳を垂れて謝る少女は同時に舌を出す。

 しかし、それもたった3秒の出来事。 彼女の顔はすぐに深い影を作り、遠い昔を思い出すように天井を見上げる。 その仕草、その視線。 全てが7~9歳の外見には不釣り合いの老成すら思わせるものである。

 

「死臭がする……間違いない、むかし山の中でアタシが成りかけてた奴だから絶対そうだ!」

「……へ?」

 

 思わぬ一言におめめぱちくり……若干子供が入った悟空はすぐさま『それ』に気付く。

 

「なんだ? この雑巾みてぇんは」

「……黒い………消し炭…?」

 

 その色は黒。

 しかしである。 黒というのは終わりの色。 無と終着を意味するこの色は、それ単体でしか表現できないわけではなく、複数……最低でも2つからなる色素の複合からでも作ることができる。

 まぁ、3原色以外にならどれでも当てはまると言えばそうなのだが。 ここで何が言いたいかというと、この悟空が“教室の隅から隅までを水拭きし、それを長い年月にわたって繰り返したうえで、掃除用具室の中にあるバケツの淵に投げ捨てられたかのような物体”と形容したそれが、タダ単色からなる物体ではないという事。

 

 そうしてそれに気づいたアルフは……しかし、そのことを口にする前に――

 

「うぇ~~ん」

「死体が動いた!?」

「失礼だよぉ」

 

 唐突に動き、コインの裏表のようにひっくり返ったその物体。

 その色は深い青……蒼とも書けそうなその色は時空管理局員の制服の色。 その服は女物であり、着込んだ彼女は悟空に向かって『にんまり』……とびっきりの笑顔を作る。

 

「やったよ……」

「……お!」

「できたんだ。 やっと……」

「ホントけ!?」

「うん」

 

 おおよそ30文字数の会話。 たったのこれだけで、悟空の顔はみるみる明るいモノになっていく。

 倒れた女性を介抱しつつ、目の前の部屋に視線を移す。

 開け放たれた部屋には3色の色があった。

 

「白い部屋ん中に……あ、床が赤と青で渦巻きみてぇになってんな」

「なんなんだいこれは?」

 

 壁にあるのは白。 これはこの部屋のもともとの色であり、始まりをつかさどる無地の色。

 次が床に描かれた赤と青の床……正確にはそれぞれの色で壁画の様に書かれた文字の羅列。 それが渦を巻くように描かれていくのは部屋の中心へと『ちから』を集約していくようで。

 

「そ、それはね……古代魔法のプロセスの一部を利用したんだよ。 赤が増幅で青が収束と固定、それぞれが束なるように螺旋を組むことで、その能力を底上げしあうっていう寸法……らしいよ」

「…………?」

「と、とにかく……あとは部屋の四隅にある白円の中に魔導師が魔力を供給すれば完成だよ……」

「四隅? ほんとだ、部屋の角っ子に白い円がある。 あそこに魔導師の奴が入ってくれればいいんだな?」

「うん……でも」

 

 息も絶え絶え。

 エイミィは最後の解説を行うと、そのまま歯ぎしりをする。

 悔しい……あまりにもわかりやすい彼女の顔は、悟空にも伝わっていく。 何があった? そう言わんとする彼に先んじるようにエイミィはそっと手を右る。

 

「完成度……80%だったよ」

「な!? 何がたんねんだ!」

「あのね……」

 

 固唾をのむ。 ゴクリという音と共に静けさが支配する彼らの周囲に、エイミィはそっと指をさす。

 それは部屋の壁。 その、ある一定の間隔に作られた『くぼみ』を指した彼女は、まるで怨敵を見るかのような鋭さで……しかし初めてのお使いを失敗してしまった幼子の様な震えた声で悟空に言う。

 

「………………ステレオの位――「あとは任せろ! オラ、ウンと強くなって絶対ぇアイツをぶっ飛ばしてやっから!!」……がくっ――」

「今なんか言おうとしてなかったかい?」

「ん? そうか?」

 

 倒れたエイミィに誓いの言葉をささげる悟空。

 若干まくし立てるように聞こえたのは、彼の中にある知識や本能だとかが過剰に反応したからであって、彼に何ら悪気というものはない…………ああ、まったくない。

 

「とにかくエイミィが言うには、ここの部屋使うんなら魔導師が一人でもいねぇとなんねェらしいな」

「そんで魔力を供給するんだろ? でもそれで何ができるっていうんだい」

「はは、それはな――」

「なんなのかしら?」

「実は……ん?」

 

 この部屋に、アルフ以外の女の声が聞こえた。

 どこかスラっとしていてキレがあり、それでも包容力を感じさせる美しい声。 その明らかに『母』を思わせる声の持ち主は、パッと見ならば街で男性から声をかけられるレベル。 実際、そんなシーンがあったかもしれないが『弟』と見立てたクロノを「うふふ、息子よ」なんて返されて幾人の犠牲者が出たことか……路上に倒れた男の数は両手の指では足りないだろう。 きっと。

 

 さて、関係ない話が出たが、悟空の顔はみるみる白くなっていく。

 ばれてはならない――めんどくさくなる……などなど。 どこかの家の窓を割ってしまった4番バッターの小学生並みな思考で彼はそっと“背後”を振り向く。

 そこには……

 

「うふふ?」

「よ、よぉ……はは……」

「??」

 

 女神が居た。 ミントグリーンの髪を青いリボンで束ねたポニーテールのかわいい女性がそこに居た。

 いつの間にか“悟空の背後を取って見せた”彼女は終始笑顔で口を開いていく。

 

「なんだか昨日からこそこそとしていたみたいだけど? この船の艦長に内緒でいったい何をしようっていうのかしら?」

「え! ……ぇえと、あのよ?」

「なにかしら?」

「…………リンディよ? さっきからしゃべり方がおかしいんだけど……よ?」

「あら? そうかしら?」

 

 リンディさん、語尾が全部疑問符です……

 

 そんな悟空の声を聞き流すように、右手で垂れてきた前髪を梳く彼女。 この間、悟空とアルフの尻尾は得体のしれない異様さを前に総毛立つ。

 底知れぬ不安……いいや、恐怖とすら形容できるその人物の名はリンディ・ハラオウン。

 

次元航行開始1日目。 その日に悟空は彼女の気を探りつつ食堂→リンディが来た! ……人類の視認できない速さでの反復横とびで回避→→浴場→悟空が入浴中のバスルームで半裸のリンディとニアミスするラッキースケベ現象が――「太陽拳!!」→→駆け足で自室へ……という感じで彼女とは言葉は愚か視線すら合わせなかった。

 

…………それが一番いけないとも知らずに。

 

「昨日……さんざんわたしの事を避けてたみたいだけど? それはこの部屋が原因なのかしら?」

「そ、そんなことねえぞほんとうだぞ……おぉ!」

「ゴクウ……語尾以外が全部棒読みになってるよ」

「おう……!」

 

 ワナワナとふるえていくリンディの肩。

 

「言いたいことがあったのに……」

 

 そう呟く彼女の髪は揺れる。

 まるで界王拳使用前の悟空のそれ。 つまるところ、大迫力を誇る彼女の闘気は、界王星での修行を完了していた悟空を圧倒するに至る。

 

「あんな鬼を相手取るように……逃げなくても……」

 

 ピクリと動いた左の眉は、彼女の心象の揺れを表すかのようで鈍く……速い。

 相反する単語は、それほどにまで彼女の機嫌の異常さをうかがわせる。

 

「~~~~っ!」

「ま、まぁまぁ。 ホントの事いうとよ、一昨日みてぇに怒鳴られると思ったからよぉ」

「……つまり、怒鳴られるようなことをする気なのね?」

「いい! い、いや……ん~~そうなんだけどよぉ……」

 

 しどろもどろと両手を動かし、だけど目線は彼女から外さない。 それがリンディにもわかったのだろう。 今度こそ外さない悟空の視線に、彼女のテンションは若干のガス抜きを開始する。

 

「はぁ。 それでわたしに隠れて何をしようとしていたのかしら?」

「……修行だ」

「修行? ……あぁそれで」

 

 そのたった一言。 それで理解に至る彼女はどういう頭の構造をしているんだろうか。

 若干気後れして見せたのは気のせい? リンディは纏っていた自身の髪と同じ色の魔力光をかき消すと、悟空から半歩距離を取る。

 

「あの時わたしが怒鳴ったから……で、いいのかしら?」

「え?」

「心配のつもりだったのだけど……あなたには悪いイメージがついてしまったみたいね」

「……まぁ……な」

 

 彼女の事なの意味を汲んだ悟空は鼻先を人差し指で2,3回かく。 そうして目線だけ上にあげると、今度は彼女に言葉を返す番となる。

 

「おめぇがオラを心配して言ってくれたんはわかってたつもりなんだけどよ? それでもこれからやる修行を教えたら止められると思ったんだ……無茶すんな――って」

「……そうね。 どうしても無理をしようっていうのなら止めたかもしれないわ」

「だろ?」

「けど」

 

 そこで一旦会話を切る。

 彼女お得意の“タメ”に入ること2秒半。 小さく息を吐いて、リンディは腕を組んで悟空を見る。 つま先から入り頭頂部までゆっくりと、品定めをするように送るその視線に悟空は訳が分からないという視線を返すのだが、それでも彼女の行動は終わりを迎えない。

 

「あなたにはあなたなりの考えがあるのよね?」

「…………まぁな」

「そしてそれを止めてしまったら、“今度こそ勝てない” ……そうよね?」

「あぁ!」

 

 徐々に強くなる悟空の口調。

 聞こえてくる会話はまるで確認のように自身の胸に入り込んでくる。 悟空は、以前の戦いを――あの男とベジータとの戦歴を思い胸に抱き……リンディを見つめていく。

 

「……うく――コホン! なら、わたしに止める理由なんかないわね。 というより、ここで引き止めてあなたの邪魔をする、なんて選択肢は正直ありえないモノ」

「そうなんか?」

「悔しいけど、“あなたたち”レベルの戦いなんてこの世界じゃ自然災害にも等しいわ。 誰にも、介入することなんてできないのよ」

「……そっか」

 

 若干引き下がったのは悟空の気迫に押されたから?

 それはわからないモノとして、リンディは自身が先日言おうとしていたことを洗いざらい吐き出していく。

 悪い印象を与えてしまったか? 彼の気概をそいでいたのではないか?

 彼ひとり……辛い道を進ませようとしているのではないのか……それらすべてをかき混ぜた不安とも言い表せる視線を悟空に向ける中で、彼はそっと息を吸う。

 

「そんじゃあ、リンディにも許してもらえたことだし……さっそくやっか!」

「……ええ」

「……ふむ」

 

 始まりを告げていく。

 鳴らした靴の音は清々しいほどに軽く、澄んだ音色を奏で。 振りあげる拳はどこまでも伸びていくよう。

 彼が入っていく3色の部屋、そこは驚くほどに無音であり、まるで防音室に入ったかのような錯覚を受ける。 それもそのはず、この部屋は急ごしらえと言えど悟空が暴れてもなかなか『悲鳴』すら上がらない程度まで装甲を厚くし、他の部屋にまでこれからおこる事に巻き込ませない。

 それがエイミィなりの配慮であり、そうでもしないとこの船が次元空間の塵になっていまうであろうという計算結果でもある。

 

「で? この部屋が一体なんだっていうの?」

「ん? あぁ、ここはホントならオラがブルマの父ちゃんにお願いしてた奴なんだけどよ?」

「はぁ……(ブルマ……父ちゃん?)」

「界王さまんとこみてぇに、地球よりもウンと大きい重力で修業したくてよ、そんで作ってもらったんだ」

「??」

 

 知らない単語の数々に、しばらく目を丸くするリンディとアルフ。 しかし悟空の語りは終わらない。

 ここからがキモ。 この要所がエイミィ最難関であり、この一日で仕上げた彼等四人の最大の功績。 彼の天才博士が宇宙船の改造、制作等を含めたうえで30日強かかった作業時間を大幅に塗り替えたそれは大いに驚愕的。

 それは彼らが持っていたからだ、その博士に足りない“技術”を補う“魔力(ちから)”というものを。 そうしてできた悟空を支援する彼らの力作第一号! それこそ――

 

「“人工重力発生装置”っていうらしいんだ」

「人工……!? そんなもの作っていたの?! あの子は」

 

 その装置の名を聞き驚きわななくリンディ。

 それもそうだろう。 おそらく魔法世界でも類を見ないとされる技術体系――重力。

 単純な姿勢制御や、艦内に使われているソレならまだわかるだろう。 だがそれはあくまでも“0以下の重力を補正するためだけ”のモノに過ぎず、実際プラス方向に働かせるというのならば、それはそれで大きな課題が出る。

 

 ちからの方向性、指定範囲の制御、エネルギーの確保と流れの経路制作etc.…………

 

 それらをクリアしたというエイミィの執念はおそらく凄まじいモノだったのだろう。 いったい何が彼女をここまで突き動かしたのか……正直、永久に謎でもいいかもしれない。

 

「重力……そんなもんでいったい何するのさ?」

「なにってそりゃあ……修行だぞ」

「まさか――」

 

 リンディは青ざめる。

 この男はまさかそれほどまでに無茶を貫き通すというのかと。 彼女の考えるのは超重力下での特訓であり、おそらく人間が感じる“数倍”の重力下での地獄のようなもの……

 

「そんじゃさっそくやってみっか……えっと? 使いかた、つかいかた……あ、リンディ?」

「……はぁ。 ここに立てばいいのよね? で、魔力を……こうかしら?」

「なにしてんだい?」

 

 それに付き合うと、言ってしまったのだから引き返せない。

 “あんなこと”まで口にしたのだ、ここで彼女にやっぱりやめたと手のひらを返す選択など存在せず、故に少しだけ先走ってしまったのだろう……彼女は“上限”を知りもしないで装置を動かし始めた。

 

「お? なんだ、床が……?」

「え? ええ?」

 

 起こる異変はまず発光。 赤と青のコントラストが周囲の壁を塗り替える。 その発光が大きくなるにつれて、部屋を押さえつける力は……「きゃっ!?」……強くなる。

 

「あ、アルフ?」

「な、なんかいきなり身体が……うぐっ?!」

 

 次が少女の悲鳴。

 オレンジの髪を振り回して両手と膝をつく。 長い尻尾を上に突き出しつつ、しかしその先端は重力の言いなりとなって床に着いた形をとる。

 四つんばいに“させられた”アルフはそのまま唸る。 そこからいくら腕に力を込めても、どれほど身体を奮おうともそこから立て直すことなどできず。

 

「いやあああああああああ!!」

「お、おい……アルフ!」

 

 目をつむり、声を張り上げる彼女は既に限界を超えようとしていた。

 

「あぁ……うぅ! はぁ、はぁ……ああ!!」

「アルフさん!?」

「やだ! からだ……ぁぁあああああああああ!!」

 

 上げる声は既に悲鳴。 痛々しくもなまめかしい印象を持つそれは――いいや、そんなことを言っている場合でもない。

 悟空は依然として変化なく健在。 それに反するかのようにアルフはドンドン弱り果てていく……それを見かねたリンディは、しかし成す術なく。

 

「……そうか。 アルフ! オラに捕まれ!!」

「う……うん……」

「いったいどうしたっていうの……」

 

 悟空の機転により抱えられつつ部屋の外へと出されたアルフ。 するとようやく痛烈な表情が消え、彼の胸の中でゆっくりと自身の呼吸を取り戻していく。 消えていく圧迫感に大量の油混じりの汗……アルフはようやく常態に戻っていくのであった。

 

「きゅ、きゅうにからだがおもくなったんだ……」

「……ああ」

「そしたら……そしたら全身が引きちぎられ――うう!」

「お~~よしよし……こわかったなぁ……」

 

 恐怖。

 彼女の脳裏に焼き付くのはただそれだけ。 何もしていないし起きていなかったはずだ、それなのに突如として襲い掛かってきた全身をすりつぶされる感覚。

 痛いというものもあるのだが、それよりも“死ぬほどの体験”からくる恐怖心が、今の彼女の心象を大きく占めていた。 ……それを言葉と共に行動で癒そうとする悟空。 彼はアルフを抱き上げると自身の胸に顔をうずめさせ、そのまま背中を撫でていく。

 

「あう……ああう……ううう……ゴクウぅ~~っ!」

「よしよし……」

 

 そうして彼女は、今起こった事を嗚咽と共に流していくのであった。

 

 

~そして~

 

「だめじゃねぇかリンディ。 もう少しでアルフの奴がヤムチャ達とおんなじとこに行くとこだったぞ」

「ご、ごめんなさい……わたし。 アルフさん……?」

「アタシは……平気」

「アルフさん……」

「ていうかその……ゴクウ、さっきのは――」

「お?」

「あ、いや……なんでもないんだ」

 

 すぐさま始まった反省会。

 今回はいつも叱るはずの立場にいるリンディが対象なので悟空が裁判官……なのだが、やはり彼の言葉は「まずはアルフにちゃんと謝んねぇとな」……しかなく。 すぐさまそれを行うリンディに対して、少女は無罪と返し、モノの数分で裁判は閉廷した。

 

 そのあとに、何となく悟空のズボンの裾を「ギュッ」と握り締めた彼女は、彼の修行開始まで離さなかったとか……彼女の心の傷は、それほど深かったというべきか……?

 

 さて、先ほどアルフに起きた謎の現象なのだが。 これは今回の取扱説明をする人間がいかに重要かを彼女たちに知らしめた。

 いい加減目を醒ましてほしい発明者に対し――

 

「エイミィ! 起きてくれ!」

「ふふ~~」

「エイミィったらさあ!」

「萌えしぬぅ……ふふ」

「えぇと……弱く弱く――――かめはめ……波!」

「わっきゃい!!? な! なにするのですか?!」

「はは、わりぃな。 もう少しだけ頑張ってくれねぇか」

「は? はぁ……?」

 

 悟空が“顔面横に撃ちはなった気弾”の音で目を醒まさせ、おろおろと周りを見つめる中、にこやかにエイミィへと今回の現象と、機械の説明をさせるに至る。

 

「あのね、これは供給する側の魔力量によっておこせる重力変動が変わってくるの」

「……それで?」

「うん。 それで今回なんだけど、たぶん艦長の大きい魔力量で簡単に相当量の重力が発生したんじゃないかなって思うの」

「そうなんか? それはそれでリンディってすげぇんだな」

「……ただ念じただけだったのだけど…………」

「甘く見ちゃダメですよ? 艦長自身、とんでもない魔力量を持つAクラス以上の方なんですから」

「う゛!」

「……はは」

 

 わかったことと言えば、今回はただ取説を見ないで重要機器を動かしたことによる事故……では済まない程度に大事なのだが、悟空がそばにいたおかげで最悪のケースは免れたので今回は良しと――「あれ? でも……」話は、まだ続くようである。

 

「さっき悟空君はなんともなかったみたいだけど、あの時っていったいどれくらいの重力がかかっていたのかしら?」

「そうだな、オラがなんともねェとこみると……ん~~」

「あ、それならここに……ほら、このゲージを見て」

「ゲージ? ……0から100まで書いてあるのだけど、これってもしかして」

「そうですね、悟空君が注文した通りに“理論上”は出来るはずなんで数値を設定の範囲内に――「そうではなくて!」……はい?」

「これはもしかしなくても0Gから100Gまでなのって聞いてるの!」

「……そうですけど?」

「あ、ああ……」

 

 抱えた!

 リンディは激しく頭を抱えた!!

 

 エイミィが映し出している“中空ウィンドウ”に表示されるゲージを横目に彼女は大きな頭痛を覚えたのだ。

 この娘は……いいや、この“男”はいったい何を考えているのか! 普通に考えてみて、まず100Gというのはおかしいと思えよと脳裏に浮かび、人間に耐えられる最高重力はいくつだったかと記憶を彷徨わせる。

 

「いい? 悟空君。 人間っていうのは、持続的なもので大体9G。 しかも戦闘機乗りが耐えうる数値上で9Gぐらいしか耐えることなんてできないの」

「……そうなんか?」

「そうよ、それができるのならまずそれは人間じゃ――「あっれ? さっきの重力設定16G? ……すご!」……えぇ~~」

 

 そうして彼女は、戦闘民族の底なしさを思い知らされるのでした……悟空、修行開始である。

 

「さってと。 とりあえずリンディ、エイミィ……今のオラで10Gは軽いと思うんだ」

「軽いって……ウソでしょ」

「そうですよね。 単純に身体の重さなんかは10倍ですもんね。 えぇと? この間の測定で艦長のが「ちょっとエイミィ!」……だから、その10倍で「なんであなたが知ってるの!!」――あいたぁ! 何するんですか艦長!!」

 

 彼女たちの、小競り合いをその背に受け。

 

「おっと、忘れてた。 アルフ、おめぇはそこで待ってるんだぞ?」

「……あ、うん」

「よし、そんじゃエイミィ! 10倍が軽いと感じたからな……今度は20倍行ってみっか!」

『20!?』

 

 悟空は更なる苦行を選択する。

 本人にとってこれが苦となるかは正直言って不明だが、彼はもう決めているのだ。 これから向かう先に行くまで、例えどのくらいの時間がかかるとしても。

 

「あぁ! どんどん行かねぇとな。 じゃねぇとあのオラに似たサイヤ人には一生勝てねぇ」

 

 己が拳打の威力を研ぎ澄ませることを、やめるわけにはいかないと。

 いつもとはわけが違う。 やらなければ友が、この世界に生きるすべてが死ぬのだ、奴に殺されるのだ。

 それが彼の普段からある強さへの探求心にプラスされ、巨大な原動力となって突き動かしていく。 戦える身体に――今より強い自分にと。

 

「わかり……ました」

「たのむ」

 

 それに“付き合う”と言われ、決めてしまったエイミィですらこの選択には冷や汗。 下手をすれば、いいや先ほどのアルフを見てわかるとおり、下手をすれば普通に人殺しだ。 

 

「行きますよ!」

「やってくれ」

 

 だけどもう、彼の気概を止めることなどできなくて。

 なら付き合ってやろう。 どこまで行くのかわからないが、その行く道をともに歩いていこうではないか。 彼女たちの決意は固まり始める。 今はまだ塗りたてのコンクリートのように地盤が弱いが、それでも悟空の起こす行動を信じて……「あり? どうなっちまってんだ??」

 …………信じていたが。

 

「な、なぁ! 今ホントに20倍の重力なんか!?」

「そうだけど?」

「どうかしたの……」

「ゴクウ?」

 

 彼は……平然と立ち尽くしていた。

 その身に纏いし重圧は常人の二十倍。 彼の体重が仮に60だとして、それがいま1200キロにまで増加しているのだ。 普通に考えてそこまでの増加はまず人を殺すに至るだろう、それがどうだ? 彼は何事もなく立ち尽くしているではないか……そんなこと――

 

「あ、ありえない! だってゲージは20を示してるし……」

「ん~~? なんなんだ?」

「……よっ」

 

 皆が疑問に思う中、外にいるアルフは部屋の結界内に向かって落ちていた鉄くずを投げてみる。 およそ人の親指大程度あるそれは高速で結界内をめざし突貫する。

 それが“内側”に入ろうとした瞬間……

 

「うぉ?」

「え?」

「なになに!?」

「う~~ん」

 

 鉄くずは、その軌道を90度変えて地面に激突する。

 野球のフォークボールより鋭く落ちたそれは床にめり込むことすら出来ず、頑強にまで固められた特殊合金の積層構造である床に呆気なく砕かれる。 その光景を見たリンディは確信する。 これは、確実に機械の誤作動なんかではなく。

 

「耐えているっていうの? この20倍の重力を前に」

「……そうみてぇだな」

 

 彼が普通に適応しているという事。

 その事実を前に出された今、リンディの常識は一気に瓦解する。 いいや、そもそもたかが魔導師風情が何を……そういったことすら心の中で木霊していき、闘いの血統を持つ彼をただ、リンディは目を丸くしながら見つめることしかできず。

 

「……んじゃ、こんどは今の倍行ってみっか!」

「…………えっと、40倍ですか?」

「そうだ。 やってくれ!」

「む、無茶だよゴクウ!」

「ん? ……大ぇ丈夫だって。 アルフ、おめぇはいい子にしてそこで見てろ?」

「で、でも……」

 

 上がる非難の声もなんのその。 悟空は道着の帯を硬く締めると、そのままスルリと手の中で滑らせ、両拳を作って気合を入れる構えを取る。 息を吸い、これから来るであろう衝撃に身をかがませて――

 

「いくよ!」

「来い!! …………――――ぐっ!!?」

 

 彼は大きく唸り声を出す。

 全身に襲い掛かる重圧、それが彼の体重を増やし、現在おおよそで2800キロにまで増えた悟空の体重。 軽く小型トラック並みにまで増えた自重にさすがの彼も顔を歪める。 キツイ……そういう単語が彼の中で作り出されること数秒。 部屋中に重機が進行する音が鳴り響く。

 

「はあ! ……はぁはぁ……だああ!!」

「あ、歩いてる……40Gの中でゆっくりとだけど……」

「あ、ありえない」

「ゴクウ……すごい」

 

 ガツンと鳴らした青いブーツは、彼が受けている重圧を正確に伝えていく。 それに思わず感嘆するリンディたち、しかし悟空はそれにすら意に介さず歩くことをやめない。

 騒音を鳴り響かせ続け、孫悟空の戦いは幕を開ける。 これより70時間強、彼はいったいどこまで“取り戻すことができる”のか……それは彼自身も知らない事である。

 

「こ、このまま……とりあえず体が慣れるまでやってやる」

「なれる……ものなの?」

「で、でぇじょうぶだ……界王さまんとこでもすぐ慣れた! それとおんなじさ――ぐおお!」

『…………かいおう?』

 

 そうして彼は、“今回も”その道をまっすぐ進んでいくのである。

 強くなるための軌跡を――奇跡へと到達するための道のりを……彼は重い足で進んでいく。

 

「わりぃなみんな、とりあえずこっから3日間……“オラに付き合って”もらうぞ……ぐぐぅ」

 

 これから先にはびこる、一抹の不安を蹴散らすように。

 彼は愚直な進行を止めない……

 




悟空「おっす! オラ悟空」

リンディ「……はぁ。 常識……常識ってなんだったかしら」

エイミィ「か、艦長? ……ダメだ、目がどっかあらぬ方向にむいてらっしゃる」

アルフ「……ていうか。 なんか悟空の動きがどんどん良くなってくんだけど……」

悟空「はああああああ! だああああああああ!!」

三人『……!?』

悟空「さってと、だんだん慣れてきたぞぉ……そろそろ筋トレに」

三人『え? 筋……え?』

クロノ「ん? なんだか今、ずっと前に感じた悪寒が……」

なのは「クロノくん?」

クロノ「いや、すまない。 少し初めて悟空と会った時のことを……」

なのフェイ『……あ』

ユーノ「あはは、やっぱり悟空さんと戦った人って大抵リアクションがおんなじなんだ」

クロノ「砲撃を手で裁く自体異常だろ。 ……まぁそれはいいとしてもう時間か」

なのは「次はとうとうわたしたちのお話……だよね?」

フェイト「うん。 それじゃ次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第25話」

なのは「第25話 歩みを止める子供たち、そこは地獄の門だった」

???「うぅ……」

クロノ「しっかりしてくれ! ここであなたが生きてくれなければ僕たちは何のために――」

ユーノ「それじゃあ、また」


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第25話 歩みを止める子供たち、そこは地獄の門だった

子供たちが大人たちと邂逅するシーンその壱です。

今回出てくるあの人。 原作に比べて毒っ気が少なくないかと思われる方がいるかもなので少しだけ解説を。

――――自分以上の狂気を見た。

ただそれだけです。
理由はどうあれ、道を踏み外した彼女が、最初から血塗れた道をげらげら笑いながら進んでいく戦闘民族を見てしまったら……
おそらく何かしら変化を起こす。

蘇らすために狂うものと。
殺すために狂うもの。

それらがなのは達の前にあらわれる25話です。

では――


 そこは瓦礫の山だった。

 いくつもの足場が崩れ、変形し、『落ちていく』

 城塞の中身と錯覚してしまいそうなこの箱庭の中で、唐突に光があらわれる。 それは円を描き、線を掻き、それらが一つの何かへと形作られていく。

 そして水色の輝きが放たれるとその光は意味のある円陣へと形を成して――その勤めを果たす。

 

 現れたのは4つの小さな影、それらは徐々に姿を鮮明にしていく。

 

「……到着、したの?」

 

 ひとつは白のワンピース、またはロングコートを子供用にし、ところどころを武装している服装の栗毛の子。

 

「うん、そうみたいだけど」

 

 ひとつはこれまた白を基調とし緑の淵、茶色のマントを羽織った子。

 

「フェイト・テスタロッサ、ここに間違いないのか?」

 

 ひとつはこれまでとは対照的に、黒を全面に主張させたロングコートに紺色のズボンを履いた子。

 

「ここであってる……はずだけど」

 

 そして最後に、これまた黒いレオタードのような服に黒いマントを羽織り、桃色のパレオを付けた金髪の子。

 

 その子らはいま、自らのかたちを無へと崩していく庭園へと足を踏み入れたのである。しかしここに何度か足を踏み入れたことのあるフェイトの表情は曇っている。

 

「なんでこんなことに」

 

 水色の光りが弱まっていくにつれ鮮明になっていく視界が捉えるのは、廃墟となっていく少し前までは自身が返ってくるところだった場所。

 

「ひどいな、足場のいたるところが虚数空間むきだしじゃないか……ユーノ!」

「あ、うん、わかってる。 なのは!」

「……え!? なに? ユーノくん」

 

 同じくそれを見たクロノとユーノは互いに一言交わし、アイコンタクトを取ると即座に行動をする。

 

「なのは、ここでは飛行魔法はあまり多用しないで」

「え? どうして」

 

 杖。

レイジングハートを握ったまま、崩れていく庭園を見ていたなのはに忠告をしたのはユーノ、一方でクロノは周囲の索敵と地理の把握をフェイトとともに行っている。

 崩れてしまっていけなくなった場所と、通れる通路の選定をしているさなかで、ユーノはなのはに言葉を続ける。

 

「床の至る所に空いている穴、あれは『虚数空間』といってあらゆる魔法を発動不可にする空間なんだ」

「え!? ていうことは……」

「うん、飛行魔法も使えないから一度落ちたら最後……重力の底まで一直線急降下(ジェットコースター)だ」

「……ぅぅ」

 

 ユーノから言い渡された魔法不可領域....虚数空間の話に、なのはは床に空いた『孔(あな)』をただじっと見つめている。

 そんな姿のなのはに、クロノとフェイトはすぐ近くまで歩いてくる。

 

「……大丈夫?」

「だい……丈夫」

「そう不安にならなくても大丈夫、こうやって周りを見ながら行動すれば問題ない。 だからしっかりついてくるんだ」

「は、はい!」

「じゃぁ目指すはプレシアがいるとされる研究室だ、いくよ!」

 

『はい!』

 

 3人の言葉に、うつむいていた顔を上げ、不安を薄らせていくなのはであった

 

 

――――――子供たちは動き出した

 

 目的地とそこまでの経路が決まった彼らは行動を開始する。しかしうかつに飛行魔法を使えない彼らの取れる手段はただ一つ、それは目的地までの道のりをただひたすら……

 

「はぁ、はぁ……」

「…………」

「は、はっ……」

「うぅ」

 

―――――――――――走る

 

 片方の足で地面を蹴り前に進み、先に出してあった足が地面を踏みしめると今度はその足で地面を蹴る。 ただその繰り返し。

 

「あれから5分くらい同じような道だけど、ほんとに目的地に近づいてるんだろうか」

 

 その繰り返しの中でユーノはクロノに向かって言葉を投げかける。

 

「おかしい」

「え!?」

 

 しかし返ってくるのは重苦しい疑問の声―――――まさか迷ったのでは!?

そう思ったユーノにクロノは淡々と言葉を口から吐き出す。

 

「キミの言った通り、あれから僕たちは5分間のあいだ“ここ”を走り抜けている」

「……それがどうしたの?」

「……! そういうことか」

「……」

「え?え?」

「おかしいと思わない? なのは」

「おかしい?」

 

 クロノの返しにキョトンとしているなのはに対し、フェイトとユーノは何かに気付いたようにあたりを見渡す。

 その二人の行動すらも『なにしてるの?』という表情のなのはに、フェイトはバルディッシュを握りながらその答えを言う。

 

「さっきから敵が一向に現れないんだ」

「え? でもそれっていいことなんじゃ、だからこうやって早く進めるんだし」

「確かになのはのいう通り、敵に発見されていないというのなら好都合。 なんだけど」

 

 その答えにいまだフェイトたちの考えが読めないなのは、そんな彼女に先頭を走るクロノは背を向けたままフェイトの言葉に続く

 

――――もしも、見つかっているのに何もしてこないだけだとしたら?

 

「あっ! そっか、『罠』」

「そう、その危険性があるってこと」

「そして考えられるのはもう一つ」

『…………』

「こっちに居たはずの戦力が、『向こう』に集中させられているかも知れないってこと」

 

クロノのもう一つの懸念、自分で言うのもアレかもしれないがアースラ内で主力ともいえる自身と、ソレと同等の力量を持つなのはたちが不在の『向こう』でもし何か起こったら……

 

「え!? それじゃあリンディさん達は!」

「いや、あくまでも可能性の話だ。 いまはみんなを信じて進むしかない。 それに」

『え?』

「もしかしたら案外『あいつ』がひょっこり――――――」

「きゃ!?」

「地震!?」

「そんな、ここでそんなもの」

「もしかして……」

 

 揺れる。

 建造物が横にぶれる、その振動はなのはたちにも伝わりこの建物全体が揺れていることを教える。

 だが地面というものがないこの庭園で地震というものが起きるはずもなく。

 

「く、小規模な次元振!?」

 

 そっちの方面で、おそらく一番知識に富んでいるクロノは即座に事の原因を言い当てる。

 

「まさか『あいつ』がジュエルシードを……」

「でも、それは一日に一回だけだって言ってたじゃないか。 それに前に次元振が起こってからまだ一日は経ってないはず」

 

「そこまではわからない、けど―――みんな止まれ!!」

『!!?』

 

 今起こった地震――――もとい、次元振の正体がわからないままクロノは全員にストップをかける。 突然の大声に戸惑う三人、目の前の通路には特に変わったところなど……

 

「フェレットもどき、あと3歩下がってくれ」

「……ボクの事?」

「いいから!」

「わかった……」

 

 それでも『そこから』離れるようにと指示を出すクロノ、その声に皆より遅れて止まったために今現在、先頭の位置に突っ立っているユーノが若干青筋を立てながら下がると。

 

「え!?」

「な!?」

「…………あ」

 

 目の前の通路は小さな音を立てていき……歪み、噴出する!

 

「あぁ……」

 

隆起していくそのひびはユーノの足元まで亀裂をのばしていくと。

 

「こんなことって!!」

 

――――いっきに割れる。

 

 

 

 つま先三寸……もしもそんな言葉があるとしたら、今この状況の『クロノ』にふさわしいだろう。

揺れた庭園の床は見事にひん曲がり一気に瓦解、ついさっきまで床だったところは先ほど話に上がった虚数空間となっていた。

 

 

         ユーノがいた足場(ところ)を含んで

 

 

「ゆ、ユーノ君!!」

「ユーノ!」

「……」

 

 さっきまでそこにいた金髪の少年は、ついにその姿を消してしまった。

 消えていった仲間、早すぎるリタイヤ。 少女二人が叫び声を上げる中……

 

「……」

「…………ふふっ」

 

 こぼれる。

 それは決してクロノの声ではない男の子の声。

 しかし先ほどまで先頭にいたユーノはその姿を消している。 ならどこに?

 そんな疑問を振り払うように先ほどまで地面だったところへと歩いていくクロノは、そのまま前かがみになり。

 

「無事か?」

 

 小さく声を漏らす。

 それはとても心配の色など見られない声、それをなんともあっけなく『足もと』に向けて吐き出したクロノの視線の下には……居た。

 

「し、しぬ……死んでしまう!!」

「まったく、素直に人の言うこと聞かないからそんな目に―――」

 

 崩れ、いまはもう崖となっている廊下の切れ端に右手をのばし、片手だけで崖昇りを慣行しようとしているユーノの姿があった。 悟空がこの場に居るのならば……やはりクロノと同じことを言うかもしれないだろう。

 

「呑気に見てないでさっさと助けてくれるとうれしいんだけど?」

「人の話は最後まで聞くも―――」

「いいから早くしてくれ!!」

 

 少年達の喧噪は続く、ユーノの右手から完全に力が抜けるまであと2分である。

 

「なんだ、案外余裕じゃないか?」

「うるさい!さっさと助けろ!!」

 

 敵陣のど真ん中、そんな物騒なところにいるにもかかわらず余裕をかましている少年二人、そんな男の子たちのうしろでは二人の少女が。

 

「男の子ってみんなあんな風なのかな?」

「にゃはは……よくわかんない」

「むむむ!」

「ふん!」

『はは……はぁ』

 

 仲がいいんだか悪いんだかはっきりしない野郎(バカ)ふたりをまえに、引きつった笑顔を見せていたとか。

 

 

 ~ちなみに~

 なのはとフェイトの監修?のもと『ゆっくり』とその手を差し出し、ユーノを救い上げたクロノ、彼はそのまま左右の壁を見比べたまま動かずにいた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

そんな彼を見上げている少年、ユーノ・スクライアは両手両ひざを地面に着きながら肩を上下させてながら……

 

「ぜぇ、ぜぇ……ごほ! ……お、おぼえてろよ。 あとで……かならず」

「ユーノ君、やめておいた方がいいと思うよ?」

 

 『次の機会』をうかがっていたりした・

 

「……やはりダメか」

「どうしたのクロノ?」

 

 そんなユーノを置いていき、クロノの考察は終わりを迎える。前、そして左右を見ては息を吐き出し、両手のひらを上に向けて、肩の位置で上下させる

 

「いまのでさっきまで想定していたルートが『おじゃん』だ、一回戻ってやり直し、なんて言ってる場合でもないし」

 

「そんな! どうにかならないの?」

「こればっかりは、魔法が使えない僕たちじゃ『アノ』距離は飛べない」

 

 クロノ達の眼前に広がる横幅6メートル、縦8メートル程度の空間は大人がどんなに勢いをつけようが飛べるかわからないもの。ましてや年齢でいえば小学生3人と中学生1人のこのメンツでは絶対に……

 

「無理、だよね」

 

 なのはは目の前の虚数空間に、ぽつりと漏らすのであった

 

――――そこに

 

「こういう時、悟空の筋斗雲があれば」

 

 ポッと出たフェイトのつぶやき、それはいまだ生還を確認できないあの『少年』を……

 

「悟空くん……」

「悟空さん」

『会いたい……はぁ……』

 

 3人に思い起こさせる

 

「きんとうん?」

「……あ、えっとクロノ君は知らないんだっけ?」

「まぁ……」

「悟空が持ってる不思議な道具のひとつで、人を乗せて飛べる『雲』なんだ」

「くも? 人が乗れるって.....そんなまさか............いや、でも」

 

 若干ダレ気味になった3人から聞き取った知らない単語、『筋斗雲』のことを聞いたクロノは半信半疑にたずねるのだが

 

(『アレ』の存在が確定してしまっているのだからこの際.....それに)

 

 

――――――――波ぁぁぁああああ!!

 

「むぅ」

 

 

――――言いたいことがあるならさっさと言えよ!

 

 

「はぁ~~そうだな、あんなでたらめなやつが持ってる物なんだ、それくらいできても不思議じゃないか」

 

 考えることスリーアクション。悟空の言っていた『不思議な球』、さらに奇妙な出会いにすさまじい戦闘能力、それを文字通りその身で体感しているクロノはえらくあっさりと納得するのである。 そして――

 

 

「まぁ、なんにしてもなんだけど」

「え?」

「その『きんとうん』とやらもそうだけど、『あいつ』が来るかどうかも分からないんだ、だったらこの一件をさっさと終わらせて見つけてやらないと」

「……うん!」

 

「そうだね」

「悟空、かあさん……」

 

 クロノの一言、それにより士気を挙げた3人はうつむいた姿勢から立ち上がる。

 

「とりあえず、ルート変更の話だ」

「うん、さっきはこの先に行けないって言ってたけど、今まで来た道で分かれてるとこなんて」

「ないと思う、けど」

 

 そして始まる作戦会議――なのだが。

 

「まかせて!」

「え……フェイトちゃん?」

「おい? ……ちょっと待て!」

 

 突然かまえを取るのはクロノの一言により気合の入った金髪の少女、彼女は片側の壁を見据えるとそのまま両手で持ったデバイスを振りあげる。

 すらりと伸びていく黄色い魔力の刃。 鎌の形に固定されると切っ先を天井に向ける。

 

「大丈夫、たしか『この先』でも研究室のルートに……」

「いやそうじゃなくって!」

 

 自身の真横、全身を黒で彩った年長さんのほうに相棒……雷光を纏わせたバルディッシュを――

 

[Arc Saber]

「はぁぁぁ……せい!!」

 

―――――――振り下ろした!!

 

 

「行け!」

「来るなぁぁ!!」

 

 

 

アークセイバーとは。

 

バルディッシュ・サイズフォーム時に生成される黄色い鎌状の魔力刃、これを飛ばすことによる中距離の攻撃魔法である。

 このとき、発射された魔力刃はその三日月のような形状から、ブーメランのように回転していき相手に迫る。

 

 何が言いたいかというと――――――――それがクロノの真横を通過したのである……高速で。

 

「ひっ、人の話くらい――――」

 

 『聞くものだ』 つい1分ほど前にも発したこのセリフをまさかもう一度、しかも立場が完全に入れ替わった状態で言うなどと『思わなかった』――と、おもうまえにクロノの背後が爆発する。

 

 

   ヒュンヒュン……シャキン!!

 

 爆発とともにフェイトのもとに返ってきたのは黄色の三日月、そしてその横を通過していく壁だった残骸たちと。

 

 

 

「なんで僕だけぇぇぇぇ―――――――――――」

 

 

 

 黒い物体がひとつ。 そしてその横では。

 

「ふふ(ナイスショット!!)」

 

 小さめにガッツポーズをとるユーノと。

 

「フェイトちゃん……」

 

 つい最近できた『ともだち』の行動を。

 

「次はわたしが頑張る!」

 

間違った方向で見習い、ちっちゃいこぶしを握っているなのはであった。

 

 どこかずれている彼女達、これはひとえに孫悟空(ハチャメチャ)のせいなのだろうか?

 このままいけば将来はきっといい武闘派魔導師になるであろう―――そう、きっと。

 

「……ち、ちくしょぉ………う…」

 

 そして力尽きた彼、先ほどまでクール&ドライで決まっていた(はず)のクロノ・ハラオウンはただ虚空につぶやくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――再び走る

 

 先ほどと同じペースの速さ、それを維持したまま走る4人はこの3分ほど無言である。坂を下り、螺旋階段を上り、魔法が使える場所では空を翔け

 4人はただひたすら突き進んでいき――――――――――そしてぶつかる。

 

「また行き止まり」

「……今度は」

『右!!』

 

[Blaze Cannon]

[Divine Buster]

 

『せーの!!』

 

 これで3回目となる破壊音が響く。 もうそろそろ研究室(もくてきち)に着こうかという地点での突き当り。 クロノとなのはの声が重なると、行き止まりだった場所に通路が築き上げられる……強引だが。

 

「……あそこ」

「あのドアか」

「あそこにプレシアさん……フェイトちゃんのお母さんが」

「……」

 

飛び散る瓦礫を障壁で防ぎつつ、フェイトのつぶやいた声に3人は反応する。 フェイトの視線の先……通路を少し行ったそこには、黒い鉄の扉が鎮座していた。

 

「この先に」

「あいつが」

「母さんが」

「……」

 

 なのは、ユーノ、フェイトら3人の視線は自然と一点に集まっていく。

この先に……このドアの向こうに。 彼女たちの足はゆっくりと動かされて――――――――

 

「待った」

『え?!』

 

―――――止める。

その声は先ほどまでの『少年』のものではなく『執務官』としての声で

 

「クロノ君?」

 

「……クロノ?」

「……ふぅ」

 

 冷たく言い放たれたその一言はなのはたちの背中に突き刺さる、しかしそのおかげで足を止めることができた3人は振り向く。

 彼女たちは疑問に満ちた目で彼を見つめるのだが、表情を硬くしたままにその口を開いていく。

 

「君たちは扉から2メートル離れて待機だ、このドアは僕が開ける」

 

 冷徹に『仕事』の表情(かお)になっているクロノのその顔を見て。

 

『……(こくり)』

 

 息をのみ、静かにうなずく……そう、静かにしかし確実に彼女たちを取り巻く空気が変わる。

 

「みんな、準備はいいかい?(ここを開けたらすべてが始まる……勝てるのか? サイヤ人……あんな闘争のためだけに生まれてきたような奴相手に)」

「は、はい」

「いつでもいいよ」

「クロノ?」

「くっ!」

 

 張りつめた空気のなか少年は、自身と同じ色の黒い鉄のドアを開ける。

 

「―――――――――――う!!」

 

 絶句……してしまった。

そこは一面真っ白で『あったはず』の部屋。 一辺の長さがおよそ7メートルの四角い部屋に『ソレ』はあった。

 

「……ふぅ……はぁ…………――」

 

『それ』は空気の出し入れをしていた。

 

「くっ」

「……はぁ、はぁ…………ごふっ!」

 

 眼の前の惨状(けしき)から思わず目をそむけたのはクロノ。だがそれでも聞こえてくるのは『ソレ』がせき込み、何かを吐き出した音。

 

「クロノくん、どうしたの?」

「クロノ?」

「どうかしたのか?」

 

 身体はいつの間にか汗をかいている、バリアジャケットのおかげだろうか、あの汗をかいた時特有な不快感はない。 ……ないのだが。

 

「こ、こんな」

「おい、クロノ!」

「―――――――っ、なのは! フェイト!!」

『え?』

 

 いつまでも黙り込んでいるその背中をユーノがたたいてきた。同時にクロノは叫ぶ、『それ』をあの子たち。

……特に。

 

「…………クロノ?」

「くっ……」

 

 この『子』に見せるわけにはいかなかった―――――――

 

「ふ、ふたりは……このまま外を見張っててくれ」

「え?」

「見張り?」

「そうだ。 あと、ユーノ」

「どうした?」

「一緒に『診て』くれ」

「あ、あぁ(みてくれ?)」

 

 

 ―――――――――――そうしてクロノは、重い扉を開く。

 

「――!?!?」

「静かに!」

「んぐ! むー! むー!」

「いいから黙ってろ! 『こんなの』彼女たちに見せる気か!! まして、フェイトになんて、だからおちつけ!」

「……むぐ(こくり)」

 

 その惨状を見たユーノは思わず絶叫――しそうになる。

 あわや大声を上げ、地面に伏し、胃の中のものを吐き出して――――そんな感情にとらわれかけた彼の口元を、必死に抑え、組み伏せるクロノ。

 

 こうなるであろうとわかっていたが故の迅速な行動、そして。

 

 

「よく見ろ! 彼女はまだ息をしているし見た目ほど外傷はない、だからたのむ! 手伝ってくれ!!」

「でも、これじゃあ」

「つべこべ言うな!」

「あ、あぁ……」

「―――――死なせる――――ものか!!」

 

 少年たちは、必死に治療魔法を使い始めた。

 緑と水色の光りがそのものを包んでいく。 その輝きに照らされたのは盛大に破けた白衣を真っ赤に染め、その下に部分的に裂けた紫のドレスを着込んだ長髪の女性。 髪の色は灰色に近く、どこか生気すら感じさせないその色は今の彼女の在り方を見せつけるかのようでもある。

 

 そんな彼女を、必死で否定するかのように……事情も知らない彼等はただ、治療の魔法をかけていく。

 

「おかしい」

「え?」

 

 その中でクロノは呟く。

 一向に進展しない彼女の症状……いいや、むしろ状況で言うのならば悪い方に向かってると言えようか。

 低いままの体温、乱れるどころか活気すら感じない呼吸音、それらを確認していくだけでクロノの表情に濃いい焦りの影が差しこんでいく。

 

「さっきから魔法での回復が見られない。 一体どうなっているんだ」

「ユーノ、悪いんだがそのまま治療を頼む」

「え?」

 

 そこで切り開くかのように言葉を発したのはやはりクロノ。

 彼はここで自身の判断を改めるに至る。 “いま、見えている範囲”では確かに大きなけがはなさそうだ、そう……

 

「真っ赤に濡れた服の下……」

「クロノ?」

 

 横たわる女性の身体に、見えないキズがあるんじゃないのか?

 

『彼女』が着ている衣服は既にボロボロになっている。

 破け、裂かれ、袖があったと思われる箇所は片方が消失している。

 さらに付着した血のせいで服は身体に張り付き『診断の妨げ』となっている、それはこれからの行動にはとても都合が悪いことで。 だから……

 

「すぅ……いいか、これはただの治療だ……」

「お、おい?」

 

 彼は呟き自身に訴えかける。

 そうして伸ばした両の手は、女性の白衣をずらして紫のドレスに触れていく。

 

「“これしき”のことで騒ぐというのは彼女にも自分にも失礼でおかしい事なんだ……だからこれは仕方ないことで」

「クロノ……?」

 

 継接ぎのような彼の言葉は、そのまま心の荒れ模様を言い表しているかのよう。 そうしてクロノが呟きをやめた時、彼は掴んだ両手を一気に開いていく。

 

「!? お。おまえなにやって――」

 

 叫んだのはユーノ。

 子供心に今現在クロノがやっていることの意味を掴みかねている彼は慌てふためく。 だが、その間にもクロノの行為は終わらない。

 小さく暗い部屋に響くのは布が破けていく音。 不器用で、震えたような、でも確実に切り裂かれていくその音。 しかし決して彼女を辱めることの無いようにところどころ気を遣うクロノは、やはり年相応の“少年”なのであろう。

 

 そんな彼は今の行為で表情の温度を若干数上げていく。

 

「…………なんでだ」

 

 そうこうして露わになっていく彼女の身体。

 細くしなやかで、そして色白。 しかし健康的な白さではなくどこか入院患者の様な衰弱さを感じさせるのはどうしてだろう。

 

 適度に引き締まったウェスト。 細く長い脚。 そのどれもが“この女性”には不釣り合いの若さを感じさせ、クロノから正常な判断力を奪っていく。

 ……この者が失踪した年月など、吹き飛ばすくらいには。

 

「…………どうして?」

 

 圧倒的な際どい身体つき……

 ――などと考えることもできず。 ここでクロノの疑問はピークを迎えていく。

 あまりにもこの方の身体が……

 

「きれいすぎる。 血が付いてるところもただ濡れているだけ……なんだ? いったいどこをどうケガを」

「…………」

 

 そう、このモノの身体に負傷を確認できないのだ。

 それはこの治療の魔法が無意味という事を少年達に叩きつけ、彼らの努力を無に帰すような事実。 しかしそれでもクロノと……特にユーノは治療に入れる気合を上げていく。

 

「ケガが見当たらないんだったらもしかしたら内蔵がやられてるのかも。 だったらかなり危険な状態だ。 クロノ……クロノ!」

「あ、あぁ……そうだかもしれない」

「あきらめないぞ。 こんなところで絶対に……せっかく見つけられたんだ」

「!?……ユーノ……」

 

 それは正に折れそうだったクロノに喝を入れる一声だった。

 冷静だった彼の……いいや、冷静だからこそはまってしまった一時の迷いを吹き飛ばすかのようなその叱咤は自然、ユーノの後ろにある人影をクロノは見た。

 それは『少年』の姿。 前に母に対して「言いたいことがあるならさっさと言えよ!」と言い放った無礼が過ぎるあの者を。

 

「それにお前が言ったんだろ? ここをみんなで切り抜けたら、『みんな』で悟空さんを探すって」

「……そうだな」

 

 そうしてクロノは年下の少年から、自身を突き動かす『なにか』を受け取っていくのであった。

 

 緑の光に重なるように、水色の輝きが彼女を包む。 その2つの輝きは互いに混ざり合い、また別の輝きを作り出す。

 ふたりが作り出す光に照らされ続ける彼女の身体には、ほんのわずかだが生気の色が浮き上がっていき、つめたく閉ざされた口元からはついに……

 

「…………う、うぅ」

 

 ほんのわずかに『声』を漏らす。 それは先ほどまでの『音』ではなくちゃんと人が息づいている声、それが聞こえると同時に『彼女』の閉じられた目はうっすらと開かれていき。

 

「あ、あなたたち?」

「やった、目が覚めた」

「よかった……とてもひどい顔色だったから」

 

 視線が交差する。

 その姿からは想像できなかった中々に澄んだ声に、思わず安堵の言葉を漏らすクロノとユーノ。 しかしそれも数秒の事、徐々に高まる彼女の『疑問』の視線……というか、第一印象からして想像しえた“鋭い視線”にユーノは愚か、腹を据えていたはずのクロノまでたじろぎ……

 

「なにを……しているのかしら?」

『――!?』

 

 心臓が止まった。

 いいや、正確には周りの温度が極端に落ちて彼らの背筋をこうらせたからである。 彼女の目を見たユーノは奥歯を震わせ、その声を聞いたクロノはなぜか執務官試験での面接風景が脳裏でモノローグ風な回想と共に流れていく。

 

“暮れ、なずむ~~”

 

 その単語が延々ループする刹那、クロノはようやく……

 

「これは?」

「あ、……あ、ああ」

 

 視線を“下”に向ける。

 そこにあるのはたった今自分で裂いた紫のドレス。 それを認めた瞬間に、彼の表情から男らしさが消えていく。 わなわなと振るえる口は恐怖を押さえつけること叶わず……クロノはこれから起こりうる絶望の時間を想像し、ユーノは覚悟をもって――

 

「こ、こここコイツがやりました!!」

「な!? ユーノお前!! (ふっ! ふざけんな!)」

 

 

 吐き出した……見事なまでの指さし呼称。 ちなみに、5つほど年上のクロノに『こいつ』呼ばわりしてやったユーノの表情筋は只今絶賛フル稼働中。 

 

「ホントの事じゃないか!(ふざける? 冗談じゃない、ボクは至って真剣そのものさ!)」

「たしかにそうだけど――いやいや、そうじゃないだろ!?(こ、このやろぉ真剣になるベクトルが違うだろ!)」

「……はぁ。 いいから落ち着きなさい」

 

 クロノの狼狽とユーノの『脱がしたことだけ』を抽出した真実100パーセントの、力の限りに出した叫び声とがぶつかりあうなかで紡がれる小声がひとつ。

 それをも脇に置いておき、子供のケンカは白熱する上限をとどめようとしなかった。

 

「最初に『見てくれ』っていったのもおまえじゃないか!(あとでリンディさんに教えてやる!)」

「語感がちがう!! 僕は『診てくれ』っていったんだ!(おい、それだけはやめろ!!)」

「じゃあエイミィさんのほうがいい?(たったのそれだけじゃ伝わるものも伝わらないだろ! 少しはこっちのことも考えろ!!)」

「な!? アイツだけはやめてくれ! エイミィに知られたら必然的に『彼女達』にまで話が!!(それはそうだが……というよりキミはいまだに『さっき』のことを恨んでたりするのか?)」

「当然!!」

「なんてしつこい奴なんだ」

「原因はおまえだろ!!」

「僕の忠告を聞かなかったキミが勝手に落ちたんだろッ!?」

 

 脱線、脱線、また脱線。 『軽い念話』も交えた少年達による醜い言い争いは、その言い訳(くち)と本音(こころ)がごっちゃになりながらもじわじわと燃え上がっていく。

 重なった視線はにらみ合いに発展、しゃがみこんでいた二人は立ち上がり、その両手はというと。

 

『ぐぬぬ~~』

 

 己の握力で相手を握りつぶしてやろうと、にらみ合った目線はそのままにつかみ合っていた。 歯を強く食いしばり、握り合った手からはギチギチと締め上げるような音さえ聞こえる。

 そんな馬鹿野郎(ボウヤ)たちを見ていた彼女……プレシアはいつの間にか絶対零度のその目に熱を戻しては、そっとため息をする。

 

「……なんなの? この子たち」

 

 あきれる。 目の前の惨事(?)を子供のケンカと捉えた彼女、それでもその『子供』を見る目に、何となく活力を取り戻していくプレシアは乱れた衣服を直すこともせず、半裸のままにその手を冷たい床に置き……ゆっくりと力を込める。

 

「―――痛ぅ」

「あ、無理しないでください!」

「そうだ、幾ら外見が万全そうでも実際にはかなり衰弱していたんだ、だから――――」

 

 立ち上がる、プレシアは自身の体をながめつつ両の足で地面を踏みしめる。 

そんな彼女を見た少年2人はいがみ合っていた視線をもとに戻し、取っ組み合いを中断する。

 

「問題ないわ、それに『これ』はケガではないのよ」

「え?」

「ケガじゃない。 じゃあ、いったい」

「病気よ、呼吸器官系のね」

「……病気」

 

―――――どんな人間でも病気には勝てない。

 それはどんな高名な魔法使いでも、屈強な肉体を持つ『彼ら』でも一緒である。 それを前者のみで漠然とだが理解するユーノと――

 

「なるほど、だから回復魔法が」

 

 今までの行為を思い介しては、冷静に状況を整理し始めているクロノ。 彼らは思い思いにその視線をプレシアに向ける。

 

「……平気よ、だからそんな目で見ないでちょうだい。 むしろ、昔あったという“ウィルス性の心臓病”なんかに比べたらいい方よ。 結局あれは治療法が確立されないままだったはずだから」

「そうですか……」

「…………」

 

 そんな視線を突っぱね、気丈にふるまおうとするプレシア、しかし『症状』の方は依然と自身を蝕み、そこを起点として身体の各機能までをも阻害している。

 

「……体力の方は普段通り」

 

 それでもその身体は子供たちの賢明なまでの手当てによりある程度は回復、『患部』まではさすがに無理ではあったが。

 

「よけいな戦闘(こと)さえしなければなんとか」

 

 その身体は『いままでどおり』に――不自由なもの。 だが、それでも彼女は立ち上がり、その足で冷たい床を踏みしめる。

 

「あぁそういえば」

『え?』

 

 そこで自身の格好に気付く、クロノの手によって引き裂かれた先ほどまで服だったものに視線を落とすと、さもどうでもよさそうに『それ』を片手で掴み。

 

「これはもう駄目ね」

 

 そうひとことつぶやいて『それ』……つまり、今まで自身の体を包んでいた服を。

 

「えぇええ!!」

「あ……ぁぁ」

 

 こともなしに、さも当然のように脱ぎ捨てる。 目の前の少年たちをまるで置物のようにとらえているかのようなこの奇怪な行動だが、彼女自身に……

 

「あっと、いけない。 そういえばあなたたちは『男の子』だものね?」

「と、当然じゃないか!(なんでこんなに『無頓着』なんだ)」

「あ……ああ……あ(ボクたちの事なんて全然気にしてないみたいだ。 反応がまるで悟空さんみたい)」

 

 そのような『悪気』は一切ない。 そう、『あの少年のように』

 

「少し待ってなさい――――セットアップ」

 

 その一言と同時にプレシアの全身が発光していく。 紫色のその輝きは彼女の魔力光、その光が全身に意味あるものとして形作られていき、彼女はそれを『着込む』

 

「あ、そうか」

「バリアジャケット」

「これくらいの魔法行使も問題なし、と」

 

 紫の輝きが徐々に薄れてゆく、そこにはもう先ほどまでの半裸の女性はおらず。

 

 

 

広くたなびく『漆黒』のマント!

ひかえ目にひるがえる『桃色』のフリル!

 

「.........え?」

「なにぃ!」

 

……く、黒いレオタードに!

 

――――――――髪の両側を結んだツインて

 

「まったああああああああ!!!!」

「ストップストップ!! 『それ』はいろいろとヒドイ!!」

「あら? 間違えたかしら」

 

 緊急停止(エマージェンシー)  即時撤退要請(エマージェンシー)

 

 あわや少年二人の網膜に完全に映し出される寸前、自身の『着替え』が間違っていることに気付いたプレシアは再度その身体を紫の輝きに包む。

 

「な、なんてことをしでかそうとするんだ。 この方は」

「もしかして、たまにあるフェイトの『―――』ってこのひとからの......」

 

 悟空に手紙を出したときといい、さっきのクロノへの誤爆?といい。 この親子、かなりの天ね―――――「終わったわ」

 

「あ、今度はふつう(でもないけど)」

「何となくさっき着てたのと同じものに見えるのは気のせいだろうか?」

「ごめんなさいね、私としたことが迂闊だったわ。 まだ頭がはっきりしないものだから」

 

 見た目、高圧そうな表情を若干崩しては、申し訳なさそうに謝罪をするプレシア。 彼女の服は先ほどのボロボロだった服装を修復したようなものとなっており。

 広く開いた背中と、大胆なラインで見える胸元、そして深いスリットの入った紫のドレス。 なのはやフェイトたちを『かわいい』『可憐』と称するのに対して、この姿から浮かび上がるのは『気品』そして『妖艶』

 その正反対である二つの単語は、しかしなぜか彼女にはよく似合う言葉である。

 

「と、とにかく外にいるふたりを」

 

 そんなプレシアを横目に入れながら、クロノはなのはとフェイトの二人を呼び出そうとする。 それを……

 

「……まって」

『え?』

 

 呼び止められる、その声の主は『彼女』 その音には『不安』と『戸惑い』が混ざっているように聞こえてくる。

 戸惑う二人、それは当然だろう。 見た目も雰囲気も気位の高さを感じさせ、それはイコール強さにも捉えることのできてしまうこの人物の“後退”を意味する言葉を聞いてしまったのだ、故に彼らは彼女に視線を送る。

 

「ごめんなさい……少しだけ、待ってほしいの」

「プレシアさん?」

 

 その表情には『怯え』が見え隠れしていた。 そんな彼女を見たユーノとクロノは互いに見合うとうなずき合う。

 言葉はいらない。 この人の胸中を探るなどという無粋なまねはしない。 それらを含んだ(まなこ)で彼らはそっと答えを返す。

 

「わかりました」

「でも急いでくれ、僕たちには時間がない」

「えぇ、ありがとう」

 

快く、とはいかないものの、いまだ『ちから』の入っていない彼女の目を見ると何となく了承するのであった。

 

 

 同時刻(そのころ)―――――プレシアが躊躇している間の扉の向こう側。

 

「あれ? なんだろう、扉の向こうがとっても騒がしいみたいだけど」

「きっとまたあの二人が騒いでるんだとおもうよ?」

 

 クロノとユーノが扉の向こうへと消えてからかれこれ30分ぐらい経過するころだろうか、外に待機している二人は、時間を持て余していた。

 そんな二人はいつかの続き、悟空が『いなくなった後』にしていた話に花を咲かせることなり。

 

「そっか、そういえば悟空ってなのはの家にいるんだっけ?」

「そうだよ、2週間くらい前にお父さんがどっかから連れてきたみたいなの」

「どっかから?」

「うん、どっかから」

 

 自分たちの大まかな話を終えた二人の会話は、そのまま二人の知っている人物。 悟空の話に会話を移行してゆく。

 艦内でもしたがそれでも語ること尽きない彼の話題性。

 それは悟空が彼女達に与えた影響力と直結しており、見せはしないが、それほどに彼を失った彼女たちの喪失感は大きく。 まるで補うかのようになのはたちは話を広げていく。

 

 …………まるで、これから起こる恐怖の前に、自分たちを舞妓するかのように。

 

「ユーノ君の話だと、『ロストロギア級のなにか』のせいで『こっち』に飛んできちゃったんじゃないかって言ってたけど」

 

「ロストロギア……悟空の世界にもそんなものがあるのかな?」

「…………どうだろう。 でも――」

 

 かつて異世界に存在した、高度な魔法技術の遺産――ロストロギアの話が出ると、フェイトの表情(かお)は若干暗くなる。 それを知ってか知らずか、なのは首を傾げだし……

 

「う~~ん.......ああ!!」

「――! な、なのは?」

 

 唸る。

 そうしてひらめいたと頭を振った彼女。 そこに見え隠れする笑顔に、しかしフェイトはわからないまま。

 当然だ、あの“奇跡”の恩恵を、ある意味で感覚的にわかっているのはなのはのみ。 彼女は数日前に体験しているのだから。 悟空の冒険を、奮戦を、そして友の死を……

 

「わたし、わかっちゃったかも!!」

 

 いきなり素っ頓狂な声を上げる。

 その声はすぐ隣にいたフェイトの耳を通り、鼓膜を揺らしつつ、彼女の目に2度3度と瞬きをさせる。

 振られた金のツインテールがその動きをなだらかにする最中、なのはは、まくし立てるかのように自身の憶測をはじき出した。

 

「悟空君が『こっち』に来ちゃった原因!!」

「悟空が?」

「そうだよ! まえに悟空くんが言ってたんだよ!」

「悟空が……?」

「うんうん、前にね、アースラで悟空君が自分の世界の事をリンディさん達に説明してたんだけど、その時に不思議な石……えっと、球だっけ? とにかくすごい伝説の話を聞いたの」

 

「不思議な……石? 伝説?」

 

 それは悟空が『説明できた』何個かの話題の中の一つ。 自身の生い立ち、友、師、悪の軍隊、魔王に神。

 悟空のつたない話し方で最も皆の気を引いたのは、魔王との戦いと7つの玉の争奪戦。

『その時』の話をする悟空が、とっても苦々しい顔をしていたように見えたのをいまだ忘れることができないなのはは、それを語り出す。

 

「オレンジ色の『これっくらい』の水晶みたいな球で、中に星があるらしくて。 それが全部で7つあってね」

「うん」

「それを全部集めると、どんな願いでも一つだけ叶えてくれるんだよ」

「願いを……かなえる?」

 

 それはとても信じられない話。

だけど……と、フェイトは思う。 それがたとえどんなに突拍子がない話だとしても、『あの』悟空がした話ならば決して嘘ではないと。

 

「でも一回だけ、その『ドラゴンボール』がね? 悟空君が戦った魔王のひとに壊されちゃったらしいんだけど」

「ま、魔王?」

「うん、でもあとで神様に直してもらったんだって」

「……かみさま」

 

――――――――――そう、嘘ではないと

 

 あまりにもあんまりな内容の話に、気後れ、戸惑い、後頭部に大汗を蓄えているフェイト、幾らなんでも神や魔王なんて……

 

「信じられないけど」

 

 それでも『あの少年』なのだから。

 

「きっと嘘じゃないんだろうな」

 

 どれもこれも全部偽りのないものなんだと、改めて思い知る。 そんなフェイトを見て、なのははこの話に区切りをつける一言を告げる。

 

「だからきっと、悟空君がこっちに来たのって『ドラゴンボール』のせいじゃないのかなって、わたし思うの」

 

 そこまでは悟空が『覚えていた』こと、しかし『それ以上』があることなど全く知りもしないなのはの『推測』はそこで途絶える。 いつ?だれが?何のために? そればかりはさすがにわからないとして。

 

「というより、それくらいしか思いつかないんだけどね」

「そう、だよね(どんな……願いでも……か)」

 

 いま、このときわかることはそれだけ。 少し脱線気味の会話はそこで途切れる。

 

――――――――フェイトの表情に、一筋の影を差しながら

 

             そこに

 

 

 

カツン

 

 

 

「なに? 今の音」

 

 

 

カツン……カツン…………

 

 

 

「足音……? それもだんだん近づいてくる」

 

 冷たい通路の向こう、先ほどなのはたちが破壊した壁だったものの瓦礫の先。 その音は聞こえてくる。

 

「誰かいる」

「――――――! なに、この感じ。 身体が、ふるえて!?」

「フェイトちゃん!?」

 

 いまだに姿が見えないその音の正体。 『それ』はなんなのかはまだわからない、筈なのに。

 

「―――く、うぅぅ」

「フェイトちゃん! どうしちゃったの!?」

 

 少女は震える、その小さい体をこれまた小さな手で抱きしめながら。

 

 

 

カツン……カツン、カツン

 

「こ、この感じ......いったいなんなの」

 

 魔力ではない『ナニカ』 それはほんの微かに少女の中に芽生えた知らない感覚、きっとあの少年との時間で与えられたなにかは、徐々に研ぎ澄まされていく。

 

「暗くて、重くて……怖い!」

 

 『それ』は『彼ら』からすればほんの些細な変化に過ぎない、しかし『そのもの』からにじみ出る『力』は、少女には痛烈すぎて、まるで肌を突き刺すかのような感覚は、少女の心臓に多大な負荷をかけていく。

 

「に、逃げなきゃ……アイツが……」

 

 乱れる呼吸、にじみ出る汗。

 どれもが芳しくない身体の警告であり、それらがピークに達するときであった! 彼女の赤い目は“それ”を認識した。

 

「フェイトちゃん!」

 

 そして『それ』は少女が知っているモノ。

強く、非道で、残忍な……彼女が知りうる限り、それを凝縮し体現したあの――

 

―――――足音が止む。

 

 

 

 

 

 

「よぉ……随分早い到着じゃねぇか」

 

 

 

 

 金髪の少女の視線の先、『最悪』は……そこにいた。

 

 

 ついに対峙した先遣部隊と戦闘民族。

 それは戦いの火ぶたが落とされる準備が整ったことを意味し、彼女たちの死闘が確定してしまったことに落ちていく。 ……いいや、“そこまで落ちてしまった”のである。

 

 

 

 

 

 

 

――――その頃。

 

 

「エイミィ! 次は50倍の重力にあげてくれ!!」

「え?! ご、50!! 正気!?」

 

 孫悟空は、50倍の重力に挑戦していた。

 

 アースラ、現在の次元航行時間……48時間経過。

 残り航行時間50時間。

 

 この男はどこまで取り戻せるのか、そして“間に合う”ことができるのか。 戦いは、佳境の入り口に入ろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




悟空「おっす! オラ悟空!!」

なのは「いた……そこにいた」

フェイト「きっと大きくなった悟空と同じ顔、そんな顔がわたしたちを葬ろうと嗤いかける」

ターレス「ふははははははっ!! さぁ、オレのためにせいぜい踊るがいい!」

クロノ「事態が転がろうとするさなか、そうとも知らずにアースラでは60時間が経過しようとしていた」

悟空「次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第26話」

アルフ「強戦士のサガ」

リンディ「どういうこと!! まさか頭の中をのぞいたっていうこと……!」

悟空「……あいつ……”ターレス”のやつ…………!!」

アルフ「悟空……怒ってる……?」

悟空「続きはとりあえずまた今度だな。 そうだアルフ――」

アルフ「あん?」

悟空「……あとで、話がある」

アルフ「え? まぁいいけど……?」

悟空「そんじゃまたあとでだな。 んじゃ!」


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第26話 強戦士のサガ

戦士は進む。
その先にある未来が、たとえ絶望だと知りつつも……いいや、絶望なのだと知ればむしろその足は余計に止められない。

切り開きたい未来がある。
守りたい人たちがいる。

すべての生きたし生けるものを背負い、彼は今、超重獄から抜け出し、友が待つ戦場へと向かい走る。

りりごく26話 どうぞ。


「ふっ! はっ!」

 

 その突きは空を打ち、振り上げた蹴りは風を起こし天を向く。 赤と青が混ざり合う床の上で行われるその舞踊――否、『武踊』は休みなく、リズムが狂うこともなく、軽快なテンポを刻みながら続けられていく。

 

「はっ! はっ! だりゃ!!」

 

「……」

「……」

「……あ」

 

 右の足を垂直にあげては蹴り、左の拳を捻りながら突きだせば拳打、その手を戻しながら逆手を打ち出しては掌底。 『青年』……孫悟空の技はまた一段と切れ味をあげていく。

 

「う~ん」

「やっぱり……変よねぇ」

 

 その中で首をひねるものが数名、彼女らが思うのは疑問ではなく『違和感』 それは悟空の動きなどではなく。 悟空は悟空でそんな彼女たちを『気にしないようにして』両腕をまえに交差し……

 

「波あああ!!」

 

 一気に『開き』それぞれを腰元まで持っていくと―――「解き放つ」

 

「あわわ!」

「きゃ!」

「くぅぅ!!」

 

 突如として吹き荒れる暴風、それは見えざる『なにか』が悟空から溢れ出しているためであり。 それを徐々に高めていく悟空の唸り声は部屋中に響く

 

「ちょっ! 悟空!!」

 

――――――響く

 

「あ、アースラが……きゃっ!?」

 

――――――否、『轟く』

 

「ストップ! ストップ!! 悟空くん! アースラが粉々になっちゃうって!!」

 

 まるで『世界』全体が揺れるような『振動』 それは悟空の雄叫びのせいだけではなく、彼が構えを取った後に発した『気合』によるもので

 

「っとと! ちぃとやりすぎちまった、大丈夫か!?」

 

 エイミィの制止の声を受けた悟空は『気が付く』 四隅に散ったリンディたちが今の揺れで尻餅をついていることに。 『やりすぎた』と謝る彼は後頭部に片手を持っていき2度、3度と腕を上下に動かす。

 

「こ、こっちは平気だけど……くぅ……くく!」

「悟空くんあなたの方は……う!」

 

 その姿を見たアルフ、リンディは声を漏らす。 いまだ床に座っている彼女たちは何かをこらえるようにその手を口元に持っていく。

 彼の、悟空のその姿は普段と違っている。 まず色が山吹色ではなく濃紺であり、服に至っては道着ではなく西洋甲冑のような洋服……つまり。

 

「あはははは!!」

「なんだよエイミィ、そう何度も笑うなよぉ。 オラだってホントは嫌なんだぞ? 『コレ』」

「くくく。 あはは! ダメ! もう我慢できない!!」

「そ、そうねぇ……ふふ、やっぱり不自然よねぇ……なんていうか」

 

 今現在、悟空の格好は『管理局の制服』 しかもなぜか武装局員のそれと一般局員を足して2で割ったものである。

 そんな彼は服の裾を引っ張り眉を八の字に曲げ、いまだ笑っている3人に不満を漏らす。  邪魔だからと言って簡略化されたアーマー部分などの金属部品を排したひどく軽量な装備、それは既に甲冑と呼べるものではなく若干『上品』なただの服。

故に良くも悪くも『素朴』がただひたすら似合う『つんつんあたま』の悟空には

 

「いや~、服に着られちゃってる感が半端ないですよねぇ~」

 

――――――似合わなかった。 不自然の塊であった

 

「失礼しちめぇぞ。 だからオラあの道着のままでいいって言ったじゃねぇかぁ、なんで持っていっちまったんだ」

 

 そんな不自然120%の真っただ中を進んでいく悟空は起きたての時を思い出す、ひとり早くから修行を再開していた彼がリンディたちに言われた一言

 

―――――――今すぐ着替えてきなさい!!

 

『え?』なんて顔をしながら自身の山吹色の道着を見渡す悟空。 特に目立った破れとかは見当たらない、別にこれでもいいじゃないか。 そう言おうとする彼に

 

―――――――早く!!

 

 其の一言を突き付けるリンディたち。 刺さる視線に堪らず2秒もたたないうちに戦略的撤退を余儀なくされた悟空……その結果がこの始末。

 故に非難の眼差しを向けるのだが、『彼』のその視線はあまりにも怖さを含まない。 微笑ましいとさえ感じてしまいそうなその表情を受けながら3人は答えを返す。

 

「だってあの道着」

「え、えぇその……なんていうか」

「ものすごく汚かったんだから仕方ないじゃないのさ。 特に匂いとか」

 

 エイミィ、リンディ、アルフ。 三人の心はひとつとなり、その言葉の矢じりを悟空に向ける。 

 

「でもよぉ」

 

 それでもと、理不尽(いいだしっぺ)に立ち向かおうとする悟空のその一言を……

 

『でもじゃない!』

「…お、おう………」

 

 叩き伏せ、そのまま砕いていく。 いとも容易く簡単に、それでいて有無を言わせぬ彼女達の咆哮。 悟空の敗戦が決まった時である。

 若干しょぼくれる悟空、それは図体が大きかろうとなんであろうと『あのとき』の『少年』にも見えてしまい。

 

「はぁ~~ とにかく洗濯なんてすぐに終わっちゃうんだから、もうすこしのあいだだけ『ソレ』で我慢しときなよ」

「……わかったぞ」

 

 いつの間にか戻っていた重力の中に『入ってきた』アルフは、気落ちしていている悟空の右足を『パン!』と叩いていた。

その光景を見ていたエイミィはふと思う。 そういえばと呟いて悟空を見ると、その唇を動かしていく。

 

「すっかりツッコミがなくなっちゃったけど、悟空くんってもう『慣れちゃった』の?」

「そういえばそうよね? さっきの動きもぎこちないところなんてどこにもなかったように思えるし」

 

 それは悟空の修行の経過。 昨日の終わりに40G を制した悟空の修行メニューは1段階上がっており、その身は既に――――

 

「お? そういえばそうだなぁ……いつの間にか『ふつうに』動けてんぞ」

「いつの間にかって……ゴクウ、アンタねぇ? 自分がどんだけ大変なことをしてるかわかってるんだろうねぇ!?」

「はは! まぁそんな顔すんなってぇ……な?」

「むぅ~~」

「はぁ~悟空くん、あっという間に60倍をクリアしちゃいましたねぇ」

「えぇ、ほんとに尋常じゃない成長速度よ。 かといって無理をしているって感じでもないし……彼には驚かされっぱなしよ」

 

 ―――――エイミィの言う通り、60倍の重力を克服していた。 1日目終了から6時間後の起床から、飯を食い、服を着て……すぐに着替えなおして。 身支度を終えた悟空はリンディ『たち』と修行すること10時間以上、彼はまた一つ『壁に迫っていく』

 

「アンタってホントにどこまでも強くなるねぇ。 空は飛べるし念話に砲撃、それと読読心術……だっけ? 頭の中をのぞけるってどんだけよ」

「はは! そだな、大体そんなもんかな。 オラぁいろんな人にすげぇいっぱい教えてもらったからなぁ...」

 

ここで出たアルフの発言に、皆が目を閉じ『うんうん』とうなずいている。

 皆が大きく賛同したのは“読心術” ……その技を出したのは2日目の修行終了間際の悟空の発言がきっかけであった。

 

~数時間前~

 

「――なあ?」

「え?」

「そういやよ、どうしてなのはたちは先に行っちまったんだ?」

 

 この一言である。

 いままで何となく彼女たちを追いかけていた悟空であったが、そこでふと立ち止まってみると疑問が残ることに彼は気付く。

 

「だってよ、なにもあいつ等だけで先走っていくことなかっただろ? あと、ほんのちょっとばっかし待ってりゃオラとも合流できたんだしよ」

「え、えぇ」

「……なにかあったんか?」

「それは……」

 

 そんな彼に返せる言葉は、リンディ自身の力が足りなかったという、なんともみじめな言い訳。 そんな一言すら出してやることすら出来ないのは、彼女の責任感が強く邪魔をするからか。

 強く握った右手……それを見つけた悟空は――

 

「……いや、喋んなくていい」

「え?」

 

 ゆっくりと笑いかけ、リンディにやさしく声を出す。

 もう、聞きなれてしまった彼のこの声にリンディはとてつもない安堵感を感じつつ、突如として襲う頭部の衝撃に……

 

「あう?」

「…………」

「悟空……君?」

 

 そっと彼を見上げていく。

 何があったかと思えば単純なことであった。 悟空の手がリンディの整ったミントグリーンの頭髪の上に重ねられ、そのまま軽い重みを彼女に与えているだけの事。

 それを知り、どこか遠い昔を思い出してしまったのは彼女の中だけの秘密……そうして悟空がリンディの頭部に頭を乗せ、次に声を出すまでは1秒にも満たない時間であった。

 その声とは……

 

「探らせてくれ」

「え?」

 

 意味の解りかねる一言であった。

 当の悟空にも確信と言えるものはなかった。 こうすればできるんじゃないかという憶測と、どことなく身体が勝手に動いたという感覚が彼を突き動かすのである。

 

「…………」

「え? ちょっと……悟空君?」

 

 驚くリンディの声。

 当然だ、いきなり自身の頭の上に手を置かれ、そのまま目をつむることもなく見下ろしてくる男が居るのだ。

 抱き寄せられたことも、助けられたこともある。 しかし相手は『子ども』であって、彼女達にとってもとても大切な――なんていうモノが脳内で駆け巡っていく最中、悟空の中であるものが出来上がっていく。

 

 例えるならば、早送りにしたテレビのダイジェスト。

 

 背景は暗く、そこから聞こえてくる声をやけに鮮明さを欠いている。

 しかしその映像は確かな情報を悟空にダイレクトに伝えていく。 その中でも、彼に大きく印象づけたのは……

 

――――あんなものが暴れたら……!

――――悟空くんが! ……悟空くんが!!

――――出来損ないのガラクタ人形風情が――!!

――――フェイトちゃんのお母さん……ほっとけないよ!

 

 

 やはり多く。

 そのどれもが悟空のなかに深く染み込み……写っていく。

 自身が起こした何度目かの悲劇。 それに付け込んだあの男の笑い声。 さらにはフェイトにまつわる出生の秘密と、その親に起こった事etc.……それを確認し、彼はそっと――

 

「あいつ……」

『――――!!?』

 

 全身を強張らせる。

 その理由は他の者たちにはわからないだろう。 知らないから当然だ、気付けないのは仕方ない。

 そして、彼女達が起こした不安の波を……そう、“ほんのさざ波程度”のその波紋を打ち消すように。

 

「ホントにどうしようもない奴だな……」

「ご、悟空……君?」

 

 彼は、物理的に大きな風を作り出す。

 それは気で起こしたであろうモノ。 しかしこの衝撃波意図して出されたものではない。

 どうしようもなく漏れ出した憤りを代弁させるかのようにあふれるその気を、いったい誰が止められようか? 強制的に揺らされたリンディの長髪は……だが、それはいともたやすく止んでいく。 ……そして

 

「大体わかったぞ」

『え?』

「オラによく似たサイヤ人の事、そいつにフェイトの母ちゃんが捕まっちまった事」

「……うそ…どうやって………」

「時間が限られてることに、なのはがなんだか頼もしくなってきたこと……そんでフェイトの事に……」

「え?」

 

 フェイトの事。 そこで言葉を切った悟空は下を向く。

 俯いたわけじゃない彼の視線の先にはアルフが居た、そして悟空はそのまま見つめて息を吸う。

 重く、深く……まるで懺悔室にいる罪人の面持ちで彼はたった一人の幼子を見つめ続ける。

 そんな彼がわからないアルフはただ、悟空の行動に首を傾げるだけしかできない。

 

「すまねぇ」

「え、……ゴクウ?」

 

 いまだに身体の数か所に包帯を巻いた少女をその目に収め、そっと全身から力を抜く悟空。 目が合ったのはオレンジ頭のアルフ……2歳。

 彼女はひどく優しい顔をする悟空に戸惑い、そうして彼の発言に……

 

「おめぇ、その傷って“大猿の化けモン”にやられた奴だろ?」

「あ、うん」

「それな……」

『……あ』

 

 ここで気づく管理局のふたり。

 そうだ。 悟空は……彼は――大猿は! あの晩に襲った怪異は、彼の友と呼ぶべき者たちを大きく傷つけていったのだ……彼が、望む望まないに関係なく。

 それをついに知ったのだ、彼は! そこまで理解したリンディとエイミィは、互いに声尾を出せない。 彼が次に行う行動が既に分かってしまったからだ……隠すことはしないだろう。 誤魔化すこともしないはずだ。 そう、彼なら必ず――

 

「実は……オラなんだ」

『…………う』

 

 言った……いってしまった。

 どことなく軽く、けど決して無責任にはしないぐらいに、悟空はアルフに言い放つ。 その衝撃に思わず視線を外してしまったリンディとエイミィは、彼の次の行動を待つばかりで、フォローを入れることすら出来ない始末。

 そんな中、いまだに声を出していないアルフはというと。

 

「…………え、な……なにいってるんだい……ゴクウ」

「…………」

 

 言葉(しんじつ)を受け取りきれていなかった。

 

拒絶する――見えてしまう。

 

「だ、だってさ……そんなわけないだろ?」

 

 首を振る――理解してしまう。

 

「あ、あんなのがアンタなわけ……さあ!」

 

 尾が垂れる――身体が震える。

 

「だって……だって!」

 

 声を上げる――後ろに下がる。

 

 引いてしまった。

 彼女は今、確かに引いたのだ。 自身と悟空との間に……壁を。

 これ以上は近づけないと、ここから先にはいきたくないと。

 そうして距離を取った刹那、悟空の影に大きな闇を見てしまう。 あのとき交わしてしまった闇夜よりも深い鮮血の眼差しを――

 

「あ、……うぁ……」

 

 また一歩、さがる。

 

 アルフの心に巣食うトラウマがうずき、彼女の警戒心を大きく揺さぶっていく。

 アノオトコハキケンダ……「ちょっと、いいかしら?」

 

「……え?」

 

 引いてしまった歩幅、それを埋めるか如く投げかけられる声。

 それは、鋭い目をした女性……リンディだった。 彼女はアルフではなく、悟空を見てそっと手のひらを自身の頬に持っていく。 良くわかる“考えている”という仕草に、悟空は軽い疑問の声、そうして彼の顔を自分に向けさせたリンディは、最初の一日目で聞いておきたかったことをついに……言うのであった。

 

「あなたのあの変身……あれはもしかしなくても、自分の意思というのは存在しなかったのよね?」

「……あ」

 

 それは確認の一言。

 確証はあった、むしろその方が納得できる結論だった。 あの純朴を絵に描いたような少年が、自らの意思で仲間……ひいては友達と呼べる存在を進んで傷つけるはずがない。

 それは今までの事と、何より、彼に異様に懐いていくアルフや、信頼を寄せるなのは達を見ていれば交友が少ないリンディにもわかることであった。

 故に、これはあくまで最終確認と……

 

「ん、……そうだな。 あんとき――っていうか。 大猿になっちまうと、“オラたち”は自分を見失っちまうらしい。 それどころかそん時の記憶もない始末だ」

「らしいわよ? アルフさん」

「……そうなんだ――っは!」

 

 怯える彼女が、いたたまれないから。

 

 彼が“そのようなこと”するはずないと、どこか言い聞かせるかのような仕草は、やはりリンディなのだから狙ってやったのだろう。

 それでも、いいや、それが今回は特に重要で、それを聞いたアルフは、警戒心のレベルを1段階引き下げていく。

 

「そうね、いい機会だから聞いておきましょうか?」

「聞く?」

 

 そうしてリンディは、久方ぶりになるであろう仕事の顔を見せて。

 

悟空君(サイヤ人)たちのこと……かしら」

「……そうだな」

 

 事の真相を、いま、正確に見極めようとするのだった。

 

「えっと、オラたちサイヤ人はさ。 まずしっぽがあんだろ?」

「そうね、それは見てわか――「んまぁ、切れてなくなったり、いつの間にか生えたりすっけど」……えぇ、それくらいなら許容範囲だわ、どんと来て」

「これを握られるとすっげぇ力が抜けたりするから、結構な弱点だったりすんだ」

「尻尾? ……まさかそれがそんなに重要な――「でもこれは鍛えたりして克服できんだ、だから今オラのを握っても効果はねぇかんな、アルフ」……そう、なの」

「ぎくっ!!」

 

 そこから始まる悟空によるサイヤ人講座。

 とてつもなく大まかなその説明と、素っ頓狂に過ぎる彼らの特性に肩口をずらしながらのポーカーフェイスという、なんともむずかしいことをしているリンディに、気付いたら目の前で揺れていた悟空の尻尾を『にぎにぎ』していたアルフ。

 彼女を嗜める悟空は、どこか嬉しそうにも見えたとか。

 

「……えっと? そんでその尻尾がある状態で満月を見ると、大猿になるらしいんだ」

「尻尾がある状態……それじゃなければ?」

「ならねぇみてぇだ。 ちなみに、大猿の状態で尻尾を切ってやると元に戻るんだ。 これは実際ベジータがそうだったから間違いねぇ」

「……そう……こほん。 他には?」

 

 心得たようにうなずくリンディ。

 そうして目の前で猫……相手は犬だが……ネコジャラシのように揺れ動く悟空の尻尾を見つめ、彼の言葉の続きを催促する。

 

「あとはそうだなぁ……あ、これは仲間のクリリンが言ってたんだけどよ」

「なにかしら」

 

 そっと人差し指を立てる悟空。

 その仕草を見やるリンディ、エイミィ……そしていまだ表情が硬いアルフはそのまま悟空の話の続きを待つ。

 またも促された続き、それに応えるべく彼は仲間に言われた言葉を深く掘り起こしていく。

 

「オラたちが大猿になっちまうと、まるで理性がなくなっちまったみたいに大暴れする。 実際問題そうなんだろうけど、クリリンが言うにはたぶんあれはオラたちが本来の凶暴なサイヤ人に戻っちまうんじゃねぇかって話だ」

「本来……? 変ね、その言い方だとまるであなたは本質的にはサイヤ人ではないという風に受け取れるのだけど」

「…………あ、そうですね」

「……むぅ」

 

 それはかつて行われたベジータとの初戦。 その最終局面に起こった最後の奇跡。

 全てを振り絞り……それでも凌がれた悟空が勝負を捨てた中で降って出たその現象は、皮肉にも自身の大事なものを殺めてしまったもの。

 それでもそれにすべてを託し、理性がなく暴れ回るだけの“半分だけ”のあの子は、しかしだからこそもう残りの血がその子を敵へと向かわせた。 大事なヒトを奪った敵を倒すために……

 

 その光景を見たクリリンが思わずつぶやいたのが、今の悟空の言葉である。

 そこまではさすがに伝えきれず、だが何やら気になる単語が出てきたと思い、気付けば軽く挙手していたリンディは小さくその手を振っていた。

 

「そうだなぁ……」

『……』

 

 その姿に、またも考えを張り巡らせる悟空。

 しかし決して勘違いしてはいけないのが、彼がここで言い訳とか誤魔化しとかを用意しているわけではないという事。 そうして彼は、取りあえず知っていることを話すという事を選択する。

 

「実はオラ、大昔はすんげぇ凶暴だったらしくってよ、けどふとした拍子に崖から落っこちたらしくてさ。 そん時に頭を強く打ったんだ」

「……まさか」

「そう、そのまさかだ。 そん時かららしい、オラが今みてぇな性格になったんは」

「記憶喪失……とでもいうの?」

「さぁな。 ま、そこらへん言うとたぶんオラ……“ターレス”が言う通りサイヤ人の面汚しなんだろうな」

「ゴクウ……」

「それは……」

「でも」

「え?」

「オラはそれでいいと思ってる。 おかげであんな奴みてぇにならないで済んだんだかんな」

『…………』

 

 語り、うつむき、顔を上げ、背け……最後に笑って見せた悟空。

 いつの間にか知り得ていた『あの男』の名前を口にして、彼と相反する道を辿ることに胸を張る悟空。

 自身の生まれの否定。 それはすずかと交わした約束を半分ほど反故にしたようにも見えるだろう。 だが、それは少しだけ早計と言えるだろう。 彼が見せる答えは、まだ出ていないのだから……

 

 その答えが出るとき、それはいったいいつになるのだろうか。

 それは彼にもわからない。

 

「こんくれぇかな、オラが知ってる事と言えば」

「そう……ありがとう。 嫌なことを聞いてしまったわよね」

 

 話は終わり、どことなく気遣いを見せるリンディと声をかけづらそうにしているエイミィ、さらに何となく歩幅ひとつ分だけ悟空に寄ってきていたアルフ。

 

 いったいどういう気分なのだろう。

 種族から外れ、同族からは否定され、さらには命を狙われ……想像だに出来ない事実は、彼女達から悟空を気遣う言葉さえ奪い去っていく。 いくのだが。

 

「ゴクウ……」

「……どうしたアルフ」

 

 オレンジの少女は山吹色の男から目を離さない……いいや、離せない。

 彼女自身、歩んできた道のりは険しいモノと言えるだろう。 群れの中で病を理由に置き去りにされ、死に掛けていたところを拾われ――主人の大切だという存在に、自身を“使い捨て”だと断言され……

 

 そう、使い捨て(下級戦士)である彼を見るその目は既に、怯えからは遠い色合いに満ちていた。

 まるで同じモノを……同じキズを持つものを見つけた子供の目は、前回出会った時以上の深さで悟空を見つめ続けていき……

 

「あのさ」

「お?」

 

 すり寄ってくる。

 いや、実際の距離は先ほどまでは変わりはしないのだが、その言葉、その仕草。 どれをとっても先ほどまでの怯えた者とはかけ離れている。

 聞いていた話の内容はところどころで彼女の理解の外に出ていくのだが、それでもわかるのは彼がろくでもない連中に、ろくでもない扱いをされたという事実と、それを知らずに“ああなった”という現実。

 

「ゴクウは……ゴクウなんだよね」

「??」

 

 それは聞いてみた言葉ではないのだろう。

 ただ、言ってみたかった言葉なのかもしれない。

 

 不安で、でも疑うのが苦痛で……だから言わずにいれなかった声は……

 

「当然だろ? オラは孫悟空だぞ?」

「……そうだよね」

 

 単純な、でもどうしてか深い声とともに返ってくるのであった。

 そして――

 

「ゴクウ!」

「お?」

「あれは敵の作戦だった!! あんたは何にも悪くない! そうなんだろ?!」

「……そうだけど」

「だったらアタシはもう気にしないよ! それに――」

「ん?」

「それに! あ、あんたにやられたのは……その、あ、アタシだけじゃないんだよ!」

「……そうだったなぁ。 あとはなのはにも――「わん!!」――うおぉ!?」

 

 近距離遠吠えをひとつ。

 揺れる鼓膜と星が浮かぶ網膜は悟空のモノ。 唐突に咆えてきた子犬(アルフ)にむかって身構える。

 じゃれてくるように喚く彼女に、悟空はわからないという顔を……することはせず。

 

「わかってる。 もちろん……」

「…………」

「フェイトにもだ」

「……うん」

 

 気概が落ち着いていくのは言いたいことを言ったから?

 ひと波乱あった2日目最後の時間帯。 それは、語り合いにより終わることになったのである。

 

~元の時間軸~

 

 

 修行もそろそろ一区切り、そこで気付いた高等技術にレアスキルもちである悟空の異常さを改めて痛感するアルフ。 世界が違えば種族も違う、生きてきた時間の『質』の違いはこうも人間を『強く』する。

 

 けれど彼女たちは知らない、本当に彼は一人で強くなったわけではないことを……

 

「いろんな人……ねぇ。 でも並の魔導師が使える魔法(わざ)を大体揃えてるのは驚きよね、魔法が一切使えないはずなのに」

「そうですよねぇ。 この調子で転送系なんかも使えたりして……」

 

 『気』でできることと『魔法』でできること。 リンディがその両者の類似性に注目する中、エイミィは悟空に質問をする。 そういえばと、飛行からレアスキルまで取りそろえた悟空が使えないものがあったなと。

 

「てんそうけい?」

「えーと、有体に言えば『瞬間移動(テレポート)』みたいなもんだよ。 それでゴクウってさ……」

 

 聞きなれない単語は悟空になじみのないもの。 だが実は神様が悟空を閻魔界から下界に送り届けるために使ったことがあるのだが、そんなものに思考がつながる悟空ではなく。

 若干困った顔をする彼にアルフがとっさにフォローを入れる、すると悟空は――

 

「いやぁさすがのオラも『瞬間移動(そんなもん)』つかえねぇぞぉ。 オラ魔法使いじゃねぇしさ」

 

 即答――――当然と言えば当然のお話。 『いくら悟空でも転送の類は使えない』 その事実は。

 

「そうよね」

「だよね」

「もし使えてたら魔導師(わたしたち)の面子は丸つぶれですけどね。 あはは~」

 

 魔導師3人の心に、ある種の『余裕』を持たせる。 でもどうしても――――

 

『使えない……よね?』

 

――――つい確認を取ってしまう。 ほんとにホント? その文字を背景にしつつもいまだに悟空を見つめる3人に。

 

「大ぇ丈夫だってぇ。 だからそんな困った風な顔なんかすんなよぉ」

 

あはは! そんな笑い声を響かせるように、悟空はこの話と『今日』の修行に区切りをつける。

 

……こともせず。

 

「うっし。 そんじゃ今度は70倍の重力に行ってみるか!」

『がく!?』

 

 ズッコケた!

 この男の自分へのスパルタっぷりに三人が大きく態勢を崩していく。

 

「ちょ! ちょっと悟空君?」

「なんだ?」

「あんたまだやんのかい!」

「いくらなんでもヤリスギ――ていうか」

「お?」

 

 声の順はリンディ、アルフ、エイミィ。

 出てきた順に大きくなる疲労感は、なにも悟空に対するツッコミ疲れだけではない。 どことなくふらつく足元は、彼女たちの労働時間のたまものであるのだから……つまり。

 

「そういやそうだなぁ。 もう18時間ぐれぇぶっ続けで修業してたもんなぁ」

「そうよ。 はっきり言うけど異常よ?」

「はは! そっかそっか!!」

「……ゴクウ、あんた…………」

 

 彼の常軌を逸した行動のせいなのだから。

 訓練……ちがう。 特訓? まだまだ……そう、それ以上だから“修行”

 

 己を今以上の遥かな高みへと邁進させるその行為ははっきり言って尋常では務まらないのだ。

 限界を超える。

 そもそも、限界というのはそこまでの実力しか出せないから限界というのであって、それすらも“超越”したいのならばこの程度の無茶振りはやって当然なのであろう。

 だからこそ彼は、この短い時間を一分だって無駄にはしたくないのだが……

 

「す、すみません」

「どうした? エイミィ」

「わ、わたし……もう魔力がすっからかんで……」

 

 周りが、彼の行動について行けなかった。

 今現在、リンディたち魔導師による魔力供給……所謂“魔力電池”は4か所あるうちの3か所で稼働中。

 それだけでも馬鹿でかいモノを持つのがふたりいる以上、今の重力操作でもそれほど負担はない……無いのだが。

 

「そうねぇ。 いくら軽いランニング程度の消耗でも、それを10時間以上続けてれば普通にフルマラソン並みの……いいえ、それ以上の疲労よね」

「えへへ……自慢じゃないですけど、あたし結構魔力値が低いもんでして……っ!」

「おおっと!?」

 

 足元をふらつかせるエイミィ。

 それを肩に手を添えながら抑えた悟空は、彼女の顔色を改めて思い知る。

 陽気な言動で気づかなかったが、彼女の疲労感はかなりのモノ。 それを見てしまった悟空はそのままエイミィを掴んで離さないまま――

 

「すまねぇ、オラに付き合わせて結構無茶しちまったみてぇだな……よっこいせ」

「――え?」

「今日はもうやめにしよう。 また6時間くれぇしたら頼むからさ」

「ちょ!? 悟空君!」

 

 引き寄せ、肩を抱き、そのまま担ぎ上げる。

 今の動作のなんと自然な動きか。 エイミィ自身の重さを感じ察せない流麗さは、ひとえに悟空のちからが大きいからであろうが、それでもこの思い立った後の行動の速さはなんというか……すごいとしかいいようが無いであろう。

 

「……あたしがだっこされるなんて」

「なんかいったか?」

「……なんでもないよ?」

「そっか。 よし! そんじゃこのままおめぇの部屋に行って寝かしつけてやっからな! そんで起きたら修行再開だ!!」

「…………了解です」

 

 ふらりと消えていく悟空。

 軽い武空術でふよふよと廊下の奥へ飛んで行った彼を、見送る形にされてしまったのはリンディとアルフ。

 彼女たちはお互いを見やると一言。 悟空の説明から次いで湧いて出た疑問を――

 

「そういや、なんでアタシはちっこくなったんだい?」

「たぶん……大怪我を治すために大量の魔力を使ったのと、その供給元であるフェイトさんからの流れがなくなったから魔力を強制的に“セーブ”しているんじゃないかしら」

「……ふーん」

 

 あっという間に解決していた。

 

 もしかしたらあったかもしれない話。

 とある世界のとある出来事……ある使い魔が大怪我を負い、他世界へ墜落して魔法とは無関係な人物から手厚く看病されるはなしがあったそうな。

 その者はなんとか動けるくらいのケガであったが、それに比べアルフのケガはおよそ自身の10倍以上の化け物からもらったデタラメの攻撃だ。 故に受けた損傷も損害も桁外れであり、あわや生命の……存在の危機に陥っていたのである。

 そこから持ち直したその状態は、残った魔力をまるで裁縫のように継接ぎしたかのような不安定なもの。 それを維持しようとして、自身をサイズダウンさせた――リンディは今回そう睨んでいる。

 

 そこに至るまでの思考、およそ10秒半。

 何とも驚愕的な理解力である。

 

「今日はもうここまでね。 わたしたちも……うくっ――……さっさと休んでおかないと」

「うぅ……そ、そうだね」

 

 そうして彼女達も、しばしの休息を取ることにするのである。

 今現在の悟空が、驚異的な速さでサイヤ人の壁に迫りつつあることに気付かず。 それをどことなく肌で感じ、しかし決定的に足りない何かに首を傾げているとも梅雨とは知らず……彼女たちは寝床に向かうのであった。

 

 

 

 そして時間は、エイミィと交わした約束の時間に到達していく。

 

「ぐっ!? ぐおおおおおおおおお!!」

 

 彼は唸る。 その身を包む圧倒的な重圧に蝕まれながら、遠い目的地に思いをはせて悟空はひたすら身体を動かす。

 いつもみたいに、新しい段階に進んだ時に行う『準備運動』は見る者に思わず“止める”という選択肢を選ばせてしまいそうになる……しかし。

 

「ふぅ……ふぅ……」

「ご、ゴクウ――っ……ダメだ……止めないって言ったんだから……」

 

 それを行う者はだれ一人としていやしない。

 なぜなら、これが悟空が望んだことなのだから。

 

「ぜぇぇぇりゃ!」

 

 時間はひたすら進み、“最終日”開始からおおよそで6時間。 アースラ発進から実に90時間が経過しようとしていた。

 そのなかで悟空は、いまだに70倍の重力を克服できず、いつの間にか全身から汗とは別の……いうなれば焦り吹き出していた――なぜかとはだれも言うはずがない。

 

「ま、まだだ……こんくれぇじゃ――はあ!!」

「また動きが早くなった」

「でも、そろそろ終わりにしないと」

「えぇ。 回復する時間が無くなるわ」

 

 そんなこと……誰でもわかるのだから。

 ぽつりとこぼしたリンディの終了宣告。 もうできることはやったし、これ以上の無茶は悟空に只負担をかけるだけで前に進ませることはないだろう。

 あとは出たとこ勝負。 勝てる算段なんて付くはずもない彼等サイヤ人の戦いに、今のリンディはえらく慎重になり……

 

『!!?』

 

 彼は――

 

「はあああああああああああああああああ」

 

 孫悟空は、最後の仕上げに入ろうとしていた。

 

「界…………王!! けぇぇえええええええん!!」

 

 アースラに震度7クラスの衝撃が走る。

 その中で彼女たちは見た。 自分達とは異質の力を纏う、尾をもつ青年の赤い輝きに包まれた姿を。

 

「な!? ご、ごごごごゴクウが!! ねぇ! あれ一体!!」

 

 なに?

 リンディに問うのは幼いアルフ。 彼女だけであろう、彼の奥義を知らないモノと言えば。 そしてこの技に関する“リスク”は……リンディたちですら把握しきれておらず。

 

「6倍だああああああああああ!!!!」

『きゃっ!!』

「ぎぎぎぎ……ぐあああああああ!!」

 

 彼はそのまま、自身の限界数値を大きく更新していく。

 身体全体の微量な肥大化……筋肉の異常なほどの活発化は悟空の戦闘力の増加を意味する。 それは同時に彼が持つ“気”が常態よりもかけ離れた位置に登り詰めていくことを意味し、そのまま押しとどめること30秒の後、悟空の目が大きく見開かれる。

 

「だあああああ!!」

 

 唐突に構え、そこからはじき出された黄色い光。

 彼のエネルギー弾は10メートル四方の部屋に円を描くように飛んでいく。

 

「砲撃……しかも曲げた!?」

「ゴクウ、あいつあんな真似が……いや、確かに足から砲撃とか出してたけど……」

「こ――このまま……やれるとこまでやって……やる!」

 

 1週、2週……大きく部屋を旋回するソレに意識を集中する最中、悟空は再び構えを取る。 大きく息を吸い、深く構え、両手の平を強くあわせていく。 その構えこそリンディたち魔導師のトラウマ……かめはめ波の構えだというのは言うまでもないだろう。

 そして輝き。

 蒼く景色を染める悟空の両の手は、いまだ閉じられたまま。

 強い光をその身で押しとどめ、圧縮を何度もかけ……それが頂点へと達したとき。

 

「波ああああああ!!」

『うわ!?』

 

 部屋中を蒼い光で染め上げる。

 

 その閃光は、先ほど放ったエネルギー弾とは反対方向の回転を行う。

 一旦はすれ違い、互いの進んでいく道を行くだけだったのもつかの間、悟空は大きく腕を振るう。

 

「曲った! 砲撃がまた!」

「ぶ、ぶつかる!?」

 

 そのときであった、悟空が放っているかめはめ波は大きく進路を変更して、黄色のエネルギー弾に向かって曲がる。 誰もが大きな爆発に身構えたそのときであろう、悟空は……

 

「っぐ!? や……やべ!!」

 

 目の前の景色をゆがませる。

 ピントの合わない視力は彼の疲労が限界を超えたから。 度重なる超重力下での修行と短い休息時間、それらは彼をここまで追い詰めていた。

 腕がぶれ、呼吸も乱れ、悟空の狙いが完全に外れる。

 

「え!? ちょっと!!」

 

 叫んだのは誰だったか、逸れたかめはめはを見送ることもできない彼女たちは、急にふらついた悟空に声を投げ出す。

 マズイ! 危険だ!! ……それが音速の域を保ったままに、エネルギー弾“たち”は悟空に向かって翔けぬけていく。 迫る迫る……界王拳の増幅を受けたそれらは正に壱撃必殺の威力を持った殺傷レベルの光り。

 だがどうだろ。 それが向かう先にはいまだに身動きを取れない生みの親がいる……もう、避けられない!!

 

 ……そして。

 

「ぎゃあああああああ!!」

『うくっ!?』

 

 爆発音がする。

 同時に上がった布を切り裂くような叫び声は悟空のモノ。 大きく悲惨さをかもしながら、巻き上がる爆炎で見えない姿のせいで、彼に起こった惨状は誰にもわからない。

 その中で声を上げることもできず、棒立ちになっているエイミィを放っておいて……

 

「あ! アタシ悟空の道着取ってくる!!」

「お願い! わたしは彼を――」

「おう!!」

 

 リンディとアルフは、眼にもとまらない連携を発揮していた。

 疾風のようにかけていったアルフを見送ると、リンディは既に重力を切った部屋の中央に駆け寄り、そこで悟空の姿を確認する。

 

 跡形もない上着と、ところどころ破けたズボン。 そこから見える素肌には、傷が無いところを確認するのが難しい程度にまでの負傷は、正直、診ている方にも精神的なダメージを負わせる……そんな彼に。

 

「あなたは!」

「……」

「また……こんな無茶を!!」

「……わ、わりぃ」

「いいから黙ってなさい。 今、アルフさんがアレを持ってきてくれてるから」

「そいつは……た、たすかるぜ」

 

 彼女は怒鳴り声を上げる。

 リンディにしては珍しいこの対応。 感情のおもむくままに怒りを露わにするのは、それほどに彼を心配しての事だから。 優しさの中にある厳しさ……それとは少し違うのだろうが、彼女は今、本気で悟空に声を張り上げたのである。

 

 そばに駆け寄り、屈んで、抱き寄せ。

 彼女が着こんでいる青い管理局の制服はどす黒く染まっていく。 それが血の色だとこの場にいる誰もが理解する中、悟空の呼吸音は徐々にかすれていく。

 ……そして。

 

「ゴクウーー!」

「……アルフ、すまねぇ」

「いいから! ほら!」

「お……おう」

 

 駆けつけてきたアルフの手には山吹色の道着と、何やら見知らぬ小さな袋がひとつ。

 それらを悟空の小脇に置くと、彼女はちいさな袋を手に持ち結び目を開ける。

 

「この! ……こ、この!!」

 

 開ける……開けたい。 なのに手が『かじかんだ』ように言う事を聞かず、中々実行に移せないアルフの顔は焦りに染まる。

 

「あ、あせんな……オラ、こんなんじゃ……まだ死なねぇからよぉ」

「とか言いながらドンドン呼吸が弱くなってるじゃないのさ! ……あ、開いた!!」

「……はは」

『笑ってる場合じゃない!!』

「すまねぇ……」

 

 そうしてこの一連の動作である。

 こんな時でも笑っていられる彼。 その身体、実に六割程度の骨が砕け、筋組織は界王拳使用時からエネルギー弾激突時にオーバーワーク……つまり“よじれて”“引っ張られて”“断裂”しているのである。 それでも頭部だけは妙に無事なのは、彼がコンマ単位での咄嗟の防御が入ったから。

 それらを把握することもなく、アルフは悟空に手をのばしていた。

 

「ほら……これ」

「ん、んぐ……もぐ……」

 

 その小さな手に持っていたモノ、それは仙豆。

 アルフ自身、その効能は見ていないのだが、悟空が医務室で行っていたことをいつまでも覚え、さらに就寝前の彼から聞いていた話でこの奇跡の内容を知っていた彼女はここで焦りの顔を打ち消していく。

 段々と増していく咀嚼の速さ、その音が唐突に止み、飲み下したと思ったそのときである。

 

「お~~死ぬかと思った」

「うぉお!!」

「あ、相変わらず反則よね……このセンズというのは」

「け、ケガが……全快した?」

 

 いきなり立ち上がりラジオ体操よろしく、身体を自在に動かしていく悟空。

 それを見たアルフ以下三人娘は目を白黒させながら、まるで死人が蘇ったと言わんばかりに声を上げていた。

 その中で、若干冷静を保っていたリンディは、やはり自分が体験したことがある現象だからであろう。 それでも、この怪我の治り具合には驚愕を隠せず、思わず肩口をずらすに至る。

 

「いやー! また仙豆の世話になっちまったなぁ。 おかげで“また”あの世に行かなくて済んだけどさ」

「また……あぁ、あの夜の時の……」

「んでも、結構使っちまったな。 これで残りは一粒か……大事に使わねぇとな」

「…………」

 

 こぼれた言葉の意味など判ろうはずもない。

 悟空が言った言葉に、なんの裏表がないという事を。 決して比喩ではない今の一言を掴みかねたリンディ。

 彼女らしからぬそれは、ひとえに悟空の身がそれほどに危険な状態に陥っていたからであろう。 それに、リンディが次に気になってしまったのが……

 

「最後の一個……それに頼らないで今回の事件が終わればいいのだけど」

「そうだな。 そのためには――あとはガッツリ休んで、力蓄えねぇとな」

「えぇ」

「おう」

「はい」

 

 仙豆の残量なのだから。

 もう奇跡の使用は一回きりになってしまった。 そう、心の中で思い、そしてそれが活用される未来を否定しながら彼女の打算は幕を閉じる。

 残り時間は……七。

 長いと感じた98時間がもう一桁になっているこの事実は変えようが無い。 やるだけやった、あとできることと言えば。

 

「あとは、クロノ達との時間差がどれほどのモノか……かしら」

「……だな」

 

 彼等に果たして追いつけているのかという不安を振り払いながら、ただ天に祈りをささげるのみ。

 

「あ、でも神さまは死んじまってるから、オラは“神頼み”ってやつはやんねぇぞ?」

「そ、そうね。 そういえばそうだったのよね」

 

 その願いを受理する“新米神さま”の存在などつゆとも知らず。 彼らの“今日”は幕を閉じるていく。

 

「あとは、オラたちの力で頑張るだけだかんな」

「そう……ね」

 

 そうして悟空は腕を上げる。

 胸元と水平に上げられたそれは、そのまま力強く唸り、そのまま拳を作っていく。

 

「…………(さっきより明らかにオラの気が上がった。 いったいどうなっちまってんだ)」

「ゴクウ?」

「……ん? なんでもねぇさ」

 

 自身に起こった現象を理解できぬまま、アースラの最終日は……終わりを迎え。

 すぐさま約束の8時間後がやって来る。

 

「ついにやってきたか」

「そうだね」

「えぇ」

 

 到着までもう数分もない。

 ここまできた、ついに来た。

そして、この土壇場に置いて、悟空の身に一つの変化が起きていた。

 

「いた……」

「ゴクウ?」

 

 それは肌で感じ取れるもの。

 懐かしくて、うれしくて、それを見つけた時の彼は大きく表情を崩していた。 気づかないものなどいない彼の変化に、皆が疑問符を作る中、悟空は唐突に数を数えだす。

 

「ひとつ、ふたつ……小さい気が5つに、馬鹿でかいのが1つ……なんだ、一つだけ急激にでかくなってるもんが」

「急激……もしかしてなのはさん?」

「そうか! あのオラを倒したっていうスゲェ奴か……あの技ならここまで強い気を出すのもうなずける……けどよ」

「えぇ。 そんなになるまでの戦闘が開始されたってことよね」

「……ああ」

 

 段々と掴んでいく庭園内の動向。

 次元を挟んでいるはずなのに、そのすべてを手に取るように把握していけるのは、悟空が強くなったからか。 そこまではわかりはしないが、悟空は確かになのはたちの動きを読んだのだ。

 

「まだか……まだつかねぇのか」

「悟空くん……」

「はやく……はやく………………!!」

 

 電子音が、鳴り響く。

 耳障りなその音は、しかし悟空に取ってはこの上なく待ち望んでいた音。

 

「着いた!!」

「待って――悟空君!?」

 

 走り出した悟空。

 彼は転送ポートへと突っ切ると、そのまま外に出ようとする……外に……出ようと。

 

「ん? どうやって行きゃいいんだ?」

『だあああ!!』

 

 ドサリと、その場にいた全員が地面に伏せる。

 気合の空回りもここまでくれば只のギャグ。 その姿に微笑を禁じ得ないのだが、いまわ盛り上がっている場合ではない……そこに。

 

「いいかい! あんたはアタシの足になるんだよ!」

【…………】もくもく

「ん? なにやってんだ」

 

オレンジ頭のアルフが、黄色い何かと熱い議論をかましていた。

 

「え? あ、あれって……」

 

 その黄色を見た悟空は、何かの間違いじゃないかと目を擦り……

 

「あ、こら! 逃げんじゃないよ!!」

【…………】フヨフヨ……ふよふよ……

「き、筋斗雲!? 筋斗雲じゃねぇか! こんなとこで……もしかしてついてきたんか?!」

 

 それが自慢の相棒だと気付く。 

 どうしてこんなところに、悟空は彼を撫でながら顔色? ……を、伺う。

 

「……わかんねぇや!」

【…………】ぷしゅ~~

 

 どことなくコケが入った風な筋斗雲だが、ここで一つの疑問が浮かぶ。

 目の前の少女はいま、筋斗雲に説教を垂れるかのようにその背をバシバシ“叩いて”居るのだ。 まるで居酒屋前で大声を出す上司と部下の様な絵面に、どうしてかうんうんと同情を禁じ得ない管理局員たち。 そんな彼等も知らないであろう、以前彼女が、筋斗雲に乗る資格を有してなかったことを。

 

「あれ? アルフおめぇ、筋斗雲に触れてんじゃねェのか?」

「あん? 何言ってんだい……そんなの……あれ? そういやアタシあの時……」

「そうだ! まちげぇねぇ!! おめぇ初めて筋斗雲見た時は触ろうとしてもすり抜けてたはずだぞ!!」

「そ、そういやそうだったね。 何がどうなってんだい」

 

 その彼女が今、なぜか筋斗雲に触り、なおかつまたぐごとができているのだ。 そもそも、なぜ筋斗雲人乗れない人間が居るのか? それはとある条件があるからである。

 

「筋斗雲ってな、心がきれいな奴じゃねぇと乗れないって――「あたしゃいつまでも心はキレイのつもりだよ!!」……なんだけどなぁ。 なのはの邪魔してたから悪い奴だって思われたんじゃねぇのか?」

「そうなのかな……でもなんで今は?」

 

 心が清らかな物しか乗れないからである。

 その点でいうなれば、所謂神具ともいえるこの不思議生物。 それに目を丸くしながらツンツンとつつくアルフは、自身の胸に手を当て、今までの所業を思い出していくのだが、これまでといままで、いったい何が違うんだろうか?

 

「そりゃあやっぱり、今一番アルフが真剣に“みんな”を救いたいっておもってるからじゃねぇんかなって、オラは思うんだけどさ」

「……真剣……でも、一番はやっぱり――」

「それも含めて……だ。 フェイトを助けたいっていうおめぇの気持ちは、全然悪いもんじゃねぇんだ、当たり前だけどな。 そんで他の奴に悪い事する気はねぇんだ、だったら筋斗雲だって乗れるさ!」

「そういうモン……なの?」

「そんなもんだ」

 

 かなりの強引な力説をとなえる悟空。

 悪いことをしなければ純粋? という難しい質問に、当然と胸を張って言えるのは彼がその体現者だからだろうか。

 思いもかけない発見だが、ここでまた仲間を増やした悟空は少し、アルフに聞きたいことができてしまう。

 

「ところでよ。 なんでおめぇ筋斗雲に乗りたがんだ? 空ぐらいじぶんで飛べるだろうに」

「そりゃあ普通の場所だったら平気さ」

「だったら」

「違うんだよゴクウ。 これから行くところは“虚数空間”っていうところがあるんだ。 モニターで確認したから間違いないよ」

「きょすう?」

 

 彼女が筋斗雲を欲しがる理由。

 それは眼下に広がる虚数空間にある。

 

「虚数空間。 あそこに踏み入れたら最後、魔法の発動はかき消されて、変身魔法はもちろん、飛行魔法だって使えなくなっちまうところさ」

「するってぇと? おめぇたちは空を飛べなく何のか!」

「そうだね」

「マジぃぞ。 魔法がなけりゃ、なのははただの“うんどうおんち”だしなぁ……ん? そうか、わかったぞ! そんで魔法が使えないから筋斗雲に乗っていこうって腹だな!!」

「まぁね」

 

 正解した悟空に、小さな舌をチロリとだして答えるアルフ。

 この土壇場でよくもそんな横道を見つけたと言えるのだが、こればっかりはおそらく偶然の産物だろう。 筋斗雲が無ければ、この解にたどり着くことなどできなかったのだから。

 

「よし! 話はまとまって来たな。 アルフ――」

「まかせな。 転移系ならアタシにだって使えるよ。 だから……」

「……あんましあぶねぇとこまでは一緒に着たらダメだかんな。 それを守ってくれんならついてきてくれ」

「あいよ!」

 

 そうして交わされた言葉を大きく飲み下すアルフ。

 悟空の考え何てわかりきっていたのだろう。

 彼が、たった一人で……まるで自分だけ犠牲になる感覚でこの船を飛び出すという事を……

 

 それを良しとせず、何かやれることはないかと探っていた彼女はついに、目的を遂行し……

 

「行くよ! 転送!!」

「いっけーー!!」

 

 次なる目標に、彼と共に飛び出していく。

 管理局の皆を出し抜く形で……彼は、友を救いに今を駆け抜けていく。

 

 




悟空「オッス! オラ悟空!!」

なのは「はじまったターレスとの決戦。 その中でわたしたちはもてる限りの力を使い、必死に抗うことを決めました」

フェイト「もてる限りを、たとえ通じなくっても決してあきらめない……それを――」

ターレス「あきらめなければ負けない? 信じればいつかわ……フン。 甘い妄言はそこまでにしておくんだな。 貴様らの運命はこのオレに逆らった時点で決していたのだ」

クロノ「奴は嗤い。 ことごとくを蹴散らしていく」

ユーノ「すべてがあきらめ、あるものは息をとだえさせるその刹那――悲劇は起きたのでした」

???「ごめんね……」

???「うそだ! うそだああああああ!!」

悟空「次回、魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第27話 邂逅せし者たち」

クロノ「……あ、アイツ今……なんだって!?」

悟空「オラ、もういい加減我慢の限界だ!! ケリをつけてやる!」


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第27話 邂逅せし者たち

ユーノ・スクライアは放浪の身である。

その彼の目的は自らの過ちを是正するためのものだった。
しかしその途中で膝をつき、倒れ、もうダメと言いかけた時に……その人がいたのだ。

大きな声におなかの音。
いつもなにか足りない考えで……でも、大きな笑顔は本当にまぶしくて。

いつの間にか、そんな彼を慕っていた。
気付いたら、彼の近くに自分が居た。 そんな彼の背中を見つめながら、いつかいつかと、ひそかに目標にもしていた。


そしてその横にいる女の子。
彼女も、彼にとって重要なウェイトを占める存在である……憧れ、というのもあるのかもしれない。 年相応な個人的感情なのかもしれない。
でも、それでも彼は、少年と少女を”同じくらい”に好きなのだ――その感情、ヒトそれを……絆という。

だが、それを笑うものが居た。
それがほんとに許せなくて……許せなくて――

彼……ユーノスクライアは、その脆弱なこぶしを力任せに握るのでした。

それがたとえ、どんなに無謀だと嗤われようと。





「ほ、ほんとにヤル気なんだな」

「クロノ……」

 

 確認を取ること、それはこれから行動を起こす集団には必要不可欠な工程であり、怠り軽んじればとんでもないしっぺ返しを喰らったりする。

 クロノは管理局員である、働いているのである。

故に仕事柄それを深く理解している。 それは今回の作戦を言い出した彼女にも十分備えられている感覚でもある。

 

「えぇ、本気よ。 あのターレスを叩くならこれくらいしないとダメだわ」

 

 だから何の躊躇もなく答えられるのだ。

 そりゃもう、迷いも戸惑いもない清々しいくらいの返答である。

 

「か、考えを改めるなら――」

「必要ないわ」

「いや、でもしかし! もとはあなたの帰るとこ――」

「もともと崩壊させる気だったし関係ないわね」

「な!? なんだと……?」

 

 やや説得口調のクロノに対して、思わず聞き返したくなるような発言を繰り出したのは、もうすぐ“本卦還り”であるプレシア女史。 彼女の紫の目は何の戸惑いも曇りも迷いもないままにクロノは見返し、そのまま視線は自身の足元に居る『小動物』に向かって……

 

「ねぇ?」

「……え」

「あなたも……」

 

 その、鋭すぎる目線を……

 

「そう思うでしょ?」

「ひぐっ!!」

 

 打ち下ろす!!

 決して見下ろすではない。 というよりそれを大きく超越したプレシアの何かは、ハイライトの無い眼光となってユーノにぶつかっていく。

 イメージは、段ボールに入れられた捨て犬が気付いたら箱ごと川に流されていた図。

 

 これだけで、いまの少年の心象風景は掴んでいただけたと思いたい。

 正直、これ以上はただの虐待である。 罵倒も体罰すらしていないのだが。

 

「“いい仔”ね。 それじゃ多数決も終わったことだし、このまま魔力炉の方まで行きましょう」

「……たすう……けつ? いまのが」

「ごめん……クロノ」

「い、いや……仕方ない。 僕にも似たような経験があるからよくわかる。 こうなった女性は普段の数倍の発言権を持ってるってことぐらい……よぉくしっている」

 

 無残に決まってしまった今回の作戦。

 それは――

 

 

 

~数分前~

 

 それはふとした切っ掛けだった。 自身の頼みを聞いてくれた『少年二人』を見ていたプレシアが何かを思い出したかのように呟いたひとこと。

 

―――――そういえばソン・ゴクウという子は?

 

そこから数分にわたる話し合いが始まる。

 

「悟空さんを知ってるんですか!?」

「えぇ、フェイトの報告と『アイツ』からの話で大体ね」

「アイツあのターレスとかいう『サイヤ人』か?」

 

 似た容姿にこれまた似通った声。

 ”下級戦士はタイプが少ない”らしい故に親兄弟とも取れかねない『あの』二人の話に突入していく。

 そこでクロノからの質問に『ついこのあいだ』のことを思い出したかのように、上を向き、『あぁ』と呟いたプレシアは語りだす。 その顔を、若干の苦悶に染めながら。

 

「そうよ、映像を見たあいつは『カカロット』と叫んでいたけど。 今思えばすごい驚愕ぶりだったわ」

「驚愕……悟空さん、あいつに何かしたのかな?」

「……」

「とりあえず私が知っているのは『二人』がとても『つよい』ということしか、それに――」

 

 そこで苦悶を浮かべた表情は成りを潜める。

 だがその代わりに現れたのは魔導師、または研究者としての顔……年を取り、老い、既に少年達の数倍は生きてきた彼女に現れる『好奇心の顔』

 

『……?』

「あの子……いいえ、『彼ら』に矛盾点が多すぎる」

「彼等?」

「矛盾点? それはいったい(なぜ今言い直したんだ……?)」

 

 『謎』があった。 彼らのあいだには“自分たちが感知しえない何か”がある……一時はどうでもいいと切り捨てていたその思考は、今このタイミングで浮き上がろうとして―――

 

「やめましょう、こんなところでいつまでも話し込んでいる場合じゃないはずよ」

 

 けれどそこで思考を切り替える。 首を振り、その腰まで届くグレーの髪を揺さぶりながら、眉間を押さえるように目元をほぐしていく。 

 その姿は『言い聞かせる』ようにも思えて――そんな彼女を見たクロノは、特に何も言わずに周囲に告げる。

 

「それもそうか。 いろいろ気にはなるけど」

「いまは『アイツ』をなんとかするのが先決」

 

 そう、自身が、自分たちが『ここ』に来た最大の理由。 その片方が済んだ今、あとはあのサイヤ人の男を拘束するなり、戦力を奪うなりするだけ。

 だからこそ目の前のドアを開けようとするクロノ達に……

 

「それもちがうわ」

「え?」

 

 彼女は否定の言葉を放り投げる。 その声はとても冷たく、まるで『すべてをあきらめた』風な彼女の目からは『色』が消えかかっている。

 

「なに言ってるんだ! それこそ違うだろ。 ここに来たのは……」

「そうですよ! ボク達が来たのはあなたの救出と『アイツ』を」

 

 そんな弱い瞳と声からの訴えに反論するクロノとユーノ、すでに十分に近い距離をさらに縮めんと詰め寄る二人だが、それでもプレシアの声は淡々と。

 

「違うわ、それこそ大きな間違い。 『私たち』魔導師風情が太刀打ちしようとすること自体が間違いなのよ」

 

 ただそれだけ、たった一つの事実を言う。 それを―――

 

「そんな! 確かにあの悟空さんが手も足も出せなかったっていう話だったですけど。 みんなで協力すれば何とか」

「そうだ、いくら強いと言っても4人がかりなら」

 

――――当然信じることなどできない二人。 いかに強い力を持っていたとしてもひとりは独り。 聞こえは悪いが多勢に無勢で攻めればなんとか。 

 

「無駄なのよ。 あなたたちが……いいえ、管理局が総出で向っていったところで『アイツ』には敵うどころか相手にすらならないわ」

「そんなこと」

「いくらなんでも」

 

 それでもと、そんな『小細工』が通用するものではないと。 一笑にすらできないと表情を崩すこともできないプレシア。

彼女は少年たちを一瞥するとその長い髪をかき上げながら言葉を続ける。

 

「私は、条件付きなのだけどSSクラスの魔導師として認定されてたわ」

「え?」

「SS!? 上から……2番目!? そんな魔導師ボク初めて見た! すごい」

「ふふ、ありがとう。 けどね、そんな私も……」

「え?」

 

 ユーノにほめられ、若干だが声に色が乗るプレシア。 しかしつい開いてしまう『間』 そのあいだにも表情を自嘲に染め上げていく。 『あの日』も『あの時』もいつだって―――――

 

「『アイツ』には片手であしらわれて終わったのよ……ものの数秒のあいだに」

『!!?』

 

 自身の『力の無さ』をあきらめ半分に笑うプレシア。 その目は遠い過去を見ているようにも思えるが、少年たちにそのようなことなど判るはずもなく。

 

「ここまで言えばわかるでしょう? そもそも次元が違うのよ、あの化け物は(そのおかげで『目』が『醒めた』のだけれど)」

「強いと思っていたけど、そこまでだなんて」

 

 正確に測ったわけではないが、なのはたちの魔力ですらSランクには届かないはず。 そんな彼女たちを遥かに上回るプレシアがいとも簡単に――その事実はクロノに。

 

「ここはいったん引き上げるしかないのか。 時間だって限られてるのに……くっ!」

 

撤退を促させる。

 完全に計算違い、そしてそんなミスで民間人の彼女たちの命を脅かしている自分に苛立ち、歯を食いしばる。 それを見たプレシアは。

 

「時間がないってどういうことかしら?」

 

 まるで話を変えるように、たった今クロノが言った言葉について質問する。

 

「悟空さんと『アイツ』――サイヤ人は満月の夜になると」

「大猿の化け物に変身するんだ、強さはおそらく変身前から数倍以上とみてもいい」

「なんですって!? そんなことが……まさか」

 

 

――――月が真円を描くとき、それがオレたち戦闘民族が本領を発揮する時だ。

 

 

 大猿……その言葉に一瞬だが怪訝な顔をするプレシア。

―――狼男じゃあるまいしと思う前に、クロノから言われた圧倒的な威力を持った情報である戦力の倍加。 さらにターレスがつぶやいていた言葉がフラッシュバックしてくると、思わず顔面を蒼白に戻していく。

 通常態で凄まじい戦闘能力を持った『アイツ』がもしもそんなことをしたら――プレシアの脳裏に凄惨な光景が映し出されていく。

 

「信じられない、できれば嘘であってほしいところだけど」

「残念ながら嘘じゃない。 現に悟空はあいつにやられた後、大猿に『変身』させられてしまった」

「……」

「そういうことだったのね、だから時間がないって」

 

 そこで今までの『子供たち』の無茶振りを理解していく。 たった4人、それも装備は最低限でろくな援護も期待できない状態の彼ら、誰もがふざけるなと漏らすであろうこの状況下でそれでもここまで来たこの子達。

 

「だから僕たちはここまで来たんだ、悠長に過ごして次の満月が来てしまったらすべてが終わってしまうから」

「だから……だからボク達」

 

 その彼らの目を見ることおよそ5秒、プレシアはクロノ、ユーノの順に顔を見て……答えを返す。

 

「わかったわ」

「え?」

 

 それは『了承』の意味を持つ言葉。 冷めていた目は徐々に『醒めて』いき

 

「そういう事情ならこっちも手を尽くすしかないみたいね。 ちょうど『準備』も終わっていたところだし」

「準備?」

 

 先ほどまで半死人も同然だった白い顔は、血色を取り戻し、口元は妖しく艶(つや)のある『笑み』を浮かべていく。

 

「えぇ、あとはちょっとした調整だけの筈だから……」

「あ、あの~~?」

 

 その笑顔は笑うというよりも『嗤う』ようで。

 

「――――ここの」

「ここ……?」

「嫌な予感がする」

 

 その『悪戯を実行する子供』にも見える笑みを浮かべているプレシア。

それを見上げるクロノに大粒の汗が浮かんでくる。 この笑顔はマズイ……何が不味いかというと――

 

「だ、ダメだ。 この笑いかたは『彼女達』に通じるものがある」

「彼女達……?」

 

 クロノの懸念にユーノに疑問。 確かついさっきも言っていた『彼女達』という単語はなんだろう? 

 そんな疑問を目線に乗せてユーノはクロノを見る。 それに答えようとするクロノは思い出す。

 

――――片やロングヘア、もう片方はショートヘアのネコ娘たちの笑い声……同時に。

 

「この時の庭園の―――――」

『ゴクリ!!』

 

――――――魔導炉を爆破させるわ!

 

 聞こえてきた単語に……

 

『……はは!』

 

 思わず心が耳をふさぎこむこと2秒間。

 イメージは体育館隅でガクブルしてる小学生。 そんな彼等は次の瞬間。

 

『ひっ、ひーーーー!!』

 

 事実を受け止めた身体が悲鳴を上げる。 心がこもっていない腹から出した叫び声、それは部屋全体を覆いに揺らし。

 

「やっぱり師匠(かのじょ)達といっしょだーー!」

 

 床に両手両ひざをつけていたとか。

その床には、小さな小さな水たまりがあったそうな。

 

 

 そうして時間は元に戻る。

 

「あの男は言っていたわ。 今までいくつもの星を征服し、時には破壊してきたが……と。 それを考慮するなら、およそ通常兵器では歯が立たないと踏むべきでしょうね」

「ほ、星……いや、悟空さんも本来は地球を制圧するために送り込まれたんだ。 だったらありえないわけじゃないか」

 

 故にどんなものよりも物騒な手段を提示するプレシア。

 そのときの彼女の複雑さは推して測れはしないだろう。 この忌まわしい手段で2度も誰かを――手にかけるだなんて。

 

「プレシアさん?」

「……なんでもないわ」

 

 それは、今は語れることのない物語である…………

 

「……!?」

「な、なんだ……外から振動音が……?」

「――!? い、イケナイ……アイツが来たんだわ」

「アイツ?」

 

 そして、今ある物語は……

 

「決まってるでしょう。 あのサイヤ人……ターレスよ」

「!!?」

「マズイ! それじゃあ、いま外では高町とテスタロッサが――」

 

激しく、その歯車を回し始めていた。

 

 

~扉の外~

 

暗い暗い通路の中。

そこでは様々な思いを胸に抱き、少女二人と強戦士が一人遭遇を果たしていた。 やってきてしまったこの時間、できれば避けたくもあり、しかしいつか渡らねばならないこの事象。

それを覚悟してきたはずだった、だがいまはどうだ?

あの黒い目を見た時から、子どもたちはその身を硬直させていた。

 

「貴様ら……カカロットの奴はどうした」

「……し、知らない」

「ふん……あのままくたばったか」

「そんなこと!」

 

 そして男は彼女たちを見ない。

 当然だ、道端に転がっている石は所詮は石。 またぐも踏みつぶすも関係ない。 なんなら蹴飛ばしてやるのもいいだろうし、何よりそんな面倒なことは今の彼にはやってやるいわれもないのだから。

 

「と、まぁ……冗談はさておき」

「じょ、冗談?」

「あの程度でオレたちサイヤ人がどうにかなるとは思わんことだ。 もっとも、あの程度にまで力を落としたカカロットじゃもしかしたら……」

「うく……」

「……フン」

 

 妖しい笑い声。

いったい何を考えているのかがわからない。

 

「あ、あなたは悟空をこ、……殺したかったんじゃなかったの!」

「あぁそうさ。 出来ることならばあのときの借りを徹底的に返したいさ」

「か、かり?」

「……まぁ、関係ないな。 ここで消える宿命(さだめ)のてめぇらには――」

『!!?』

 

 震えた。

 空気が震え、なのはの心が叫び声を上げそうになる。

 明らかに向けられた殺意……その断片ですらこの始末なのだ、これを一身に受けた悟空はいったいどういう生き方をしてきたのだろう。

 ……いいや、知っていた。 高町なのはは、あの少年の生きざまを知っていた。

 

 こういう時、彼はいつも。

 

「…………」

「ほう、今のでまだそんな目をできるとは……それもカカロット譲りというやつか?」

「なのは……」

 

 笑うか、こうして睨み返してはいなかっただろうか?

 握った手はレイジングハートに光を灯す。 それが魔力の集積だと理解したフェイトは、遅れながらにバルディッシュをサイズフォームに変形。 そのまま黄色い魔力刃を展開する。

 

「来るか。 おとなしくオレの前にひざまづき、さっさと石を渡せばいいモノを」

「そんなこと……できない! あなたみたいな酷いヒトになんて!」

「それに、どっち道わたし達を放っておくことなんてしないはず!」

「……フン」

 

 その姿すら、彼からすれば滑稽に映っただろう。

 薄く笑ったのはターレス。 だがそれは喜怒哀楽で言えば『怒』の感情に近いだろうか。 分からず屋を見るのはこれが初めてではない、それはつい最近であり遠い昔に起こったあの最終決戦でも見た光景なのだから。

 

「カカロットのように息巻くのはいいが……」

 

 そうして彼は。

 

「実力が伴わなければ死ぬぞ」

『!!?』

 

 彼女らにあいさつをする。

 唐突に背後に回ったターレスは、そのまま……動かない。 圧倒的な実力差を見せつけるその行動に、フェイトは“彼等”からしたら数10テンポ遅れて反応。 同時、なのはの片手を掴み、大きく距離を取る。

 

「遅い……仕方のない奴らだ。 ならばこれでどうだ」

 

 その姿に落胆を隠さないターレスは腕を組む。

 そして動かず、ただ少女たちに――

 

「先制攻撃のチャンスをやろう。 その脆い武器でこのオレを切るのも、妙なエネルギー弾で攻撃するのもいいだろう」

「な……なに?」

「…………」

 

 余裕を見せる。

 その顔はやや鋭さを見せ、半ば品定めをするかのような言葉尻はそのまま彼らの立ち位置を表すように突き刺さる。

 それに、しかしそれでも冷静さを失わないのは……なのは。

 彼女は今、悟空から言われたことを忠実に再現しようとしていた。

 

「あせって力任せになっちゃだめ……心を……静かにおちつかせて」

 

 そう呟いた時である。

 なのはの握るレイジングハートはさらに輝きを増す。 このタイミングで行うものと言えば“溜め”なのであろうが、その時間、その輝きは既に常軌を逸しようとしていた。

 

「どうした? 来ないのなら……」

「ディバイィィン!」

「!?」

「バスターーーー!!」

 

 解き放たれた。 その光は桃色。

 魔力の光りが閃光となり、黒い男目がけ飛んでいく。

 

「はあっ!」

 

 だがやはり、それは男に通じない。

 振られた腕にバスターの軌道は強引に捻じ曲げられ、天上に大きな穴をあける。

 しかし――しかしだ。 そんなことはなのはも承知の上での攻撃だ、そう。 彼女たちの先制攻撃は、まだ終わってはいないのである。

 

「アークセイバー!!」「ディバインシューター」

 

 少女たちの叫び声。

 それが重なり合う中で放たれた中距離攻撃と遠距離操作の攻撃。 それが男に再度向かっていく。

 

「悪あがきを」

『…………』

 

 刃は右手の籠手で弾き、迫る魔力弾はスウェーで躱していく。

 その中で黄色の光りがもう一つ。 その者がターレスに迫りくる。

 

「はああ!!」

「ほう、交互に攻める気か」

 

 飛びしたフェイトはそのまま横一線。

 切れ味鋭く研ぎ澄ませた黄色い刃は、そのままターレスの籠手を切り裂いた。

 

「傷をつけたか……なるほど」

「はぁ……はぁ」

「ま、まだまだ!」

 

 その攻撃に若干ながら感嘆するターレスはそのまま腕を上げ――

 

「がっ!?」

「フェイトちゃん!!」

 

 なのはのシューターを弾き、それをフェイトの肩にあててやる。

 思わず動きを止め、しかしすぐに高速の攻めを再開する彼女。 金のツインテールが宙を舞う中、ふたりはなのはの視界から消えていく。

 

「ふっ! はあ!! せぇぇい!!」

「おそい……遅いぞ! 何をちんたらしてやがる!」

 

 空間を叩く音があたりに響く。

 それがなのはのバリアジャケットに当たり、そっとその威力を霧散させていく。 見えない二人の戦闘に、最小限の注意を払いながらなのはは最大の呪文を唱え出す。

 

「スターライトブレイカー……フェイトちゃんがその軌跡を作ってくれてる……いくよ、レイジングハート」

 

 彼女の周りに、桃色の微粒子が輝きだす。

 

「まずは牽制!! シュート! シュート!!」

「ちぃ……こざかしい――「あなたはこっちを見て――!」なんだと?」

「サンダーレイジ!!」

「なに!?」

 

 次が黄色。

 フェイトのクロスレンジからの砲撃は、かつて悟空から戦いの中で教わった戦術。 だが威力を殺したその砲撃はターレスに傷をつけること叶わず。

 

「――うぐ!」

「ちぃ……」

 

 フェイトは一撃を貰う。

 それでもターレスの口から出るのは舌打ち。 “仕損じた”と言わんばかりのその態度は、言わずもがな……まさにその通りであった。

 

「見よう見まね……残像拳!!」

 

フェイトの姿が蜃気楼のように霞んでいた。

通り抜けた男の右腕、それを感触だけで理解したターレスは、今度は左足を横払いに振りぬく!!

 

「甘い」

「ぐはッ――で、でも……それは承知の上」

「なんだと? ……フン」

 

 姿を現したフェイトは、杖を両手に男の足を受け止めていた。

 その姿に笑みをこぼすターレスは、思わずつぶやく……よくぞ今のを受け止めたと。

 

「褒美だ、これをくれてやる」

「――――!!」

 

 そうして、まだ攻撃に使っていない方の手で、彼は灰色のエネルギーを集めていく。

 その輝きは彼女達からすればおそらく必殺と呼べるものであろう。 その手が近づき、空中で制止したままのフェイトの顔面へと持ってこられていく。

 なのはの援護はない。 当然だ、それが今来たら作戦は完璧におじゃんなのだから――だから。

 

「させるかああああああ!!」

『!!?』

 

 少年が助ける以外、手段はないであろう。

 上がった雄叫びは、決して力強いモノではなかっただろう。 それでも、それだからこそ、この少年の必死さを皆に伝えるのは十分すぎる。

 

「チェーンバインド……っく!! もう数秒も持ちそうにも――」

「スクライヤ! ……なら、さらに底上げだ!!」

「わたしも行くわ」

 

 バインド、バインド……そしてさらにもう一回。

 緑、水色、紫と、三重の抑えが彼の“右手”を大きく抑える。 そう、右手だ、右手の動きだけを抑えることに成功したのだ。

 その間にフェイトは危機を脱出、もう一撃と振りあげたその横合いに置いてあったフォトンスフィアからの追加攻撃を放ちながら、彼女は再度、男に一線を打つ。

 

「ちぃ……ぞろぞろと!」

「いける……これであとは――」

『なのは!!』

「みんな避けて!!」

「な!? なんだあの光は――ま、まさか!!」

 

 男は気付かなかった。 彼女の目が、どことなく自分を倒した男に似通っていたことに、そしてダブらせてしまった。

 あの小娘がつかっている技が、かつて自分を葬ったあの輝きに似ていることを――

 

 

――――受けてみろ!! ターレス!!!!

 

 

「あの時カカロットが使った……なぜあんなガキが――!!」

 

 鮮烈というのは、こういう時に用意された言葉だったのか。

 走る光景に、一気に憎悪を煮えたぎらせた男は……だが今度は彼が遅かった。

 

「全力全開――スターライト……ブレイカーーーー!!」

「うぉ……うおおおおおおおお!!」

 

 過去に浸かった男の致命的なまでの遅れ。

 それをカバーする間もなく、男は迫る桃色の光りに包まれていく……刹那。

 

「舐めるなああ!!」

『な!?』

 

 振りあげた右手を……押す。

 それがそのまま閃光にぶつかり、両者が激しくせめぎ合う。 始まる力比べに、思わずなのはは歯噛みする。

 届け……届け!!

 食いしばるその口を震わせながらも吐き出されるのは最早悲鳴に近いだろう。 彼女は、高町なのははいま、文字通り全力全開の攻撃は、彼女の身体に当然として負担をかける。

 それでも……だからこそ、このチャンスを簡単に手放せないなのはは、ここで更なる力を込める。

 

「行って!」

「うおおおおおお!」

「お願いだから――」

「こ、こんなもので――こんなことで!!」

 

『はあああああああ!!』

 

 両者は今、あらん限りの雄叫びを上げていた。

 

 

 

 

 痛い……身体が悲鳴を上げてるみたい。

 特にレイジングハートを握ってる手は、まるで焼けた鉄棒を掴んでるみたいにジンジン痺れてる。 ……もう、限界だよ。

 

「ま、負けない!!」

 

 もう駄目だよ。

 あの人つよすぎるもん……いくら頑張ったってできないことはあるんだよ。 だから……

 

「ヤダ!! このまま終われない……だって――だって!」

 

 あの子のこと? 終わったらみんなで探そうっていう?

 無理だよ、見つかりっこない……それに。

 それに自分でやったことだよね? あの子を冷たい海の下に落としたのは。 知らないなんて言い訳……まさか、するわけないよね?

 

「だから……わたし!」

 

 もうあきらめなよ。

 

「それこそ……できない!!」

 

 こんなに頑張ったんだ。 あの子もきっとほめてくれるって……

 

「あるわけない!!」

 

 あのこだったら……

 

「悟空くんだったら――」

 

 きっと……

 

「きっと怒るもん! 負けんじゃねぇ……って、いっぱい怒るはずだもん!!」

 

 …………分からず屋。

 

「いけないことをしちゃったんだ、謝りたいの! ごめんねって……悟空くんに言いたいの! 会いたいの!! だから――」

 

 …………無駄だって、自分でもわかってるくせに。

 

「でも……出来ることをしないで、あきらめるよりは全然いいことなんだから……おねがいだから届いて!!」

 

 そう、……だったら届くといいね。

 ……でも。

 

「ふぅ……ふぅ……ふふ――」

「……………………え?」

 

 そんなものが届いて、何がどう変わるっていうの?

 

「そ、そんな……こんなはず」

「ふはははははは!!」

 

 …………ほら、何にも変わらない。

 だからいったんだ。 “あきらめろ” って。

 

 

 

 

 少女の桃色の閃光。

 それは確かに届き、周辺地形を大きく変えていく。

 

 天井は既に見当たらなく、横の壁面は盛大に抉られている。 この惨状だけでも、今放たれた砲撃の威力を体現していた。

 これがAAランクと言われ、局員のほとんどが恐れ、おののいた力なのだと……皆は思う中で。

 

「まったく驚かせやがる。 まるでカカロットの技に似てやがったが、喰らってみて分かった」

「……!!」

「……こいつは危険だ」

 

 遠くに離れていたはずだった。 かなりの距離が筈だったそれを、まるでページ送りのようになかったことにして見せ、なのはとの距離を可能な限りゼロにする男。

 彼女の……少女たちの命運が尽きようとしていた。

 

 開戦当初からは想像もつかないほどに警戒の念を強めた男。 無理もない、たかが戦闘力数百と表示されたモノの一撃で、自慢の戦闘服の右半身がきれいに吹き飛んだのだ。

 

「貴様らが使う魔法というのはこの“スカウター”ではどうやら計測できないらしい。 それを差し引いても今のは驚かされた。 まさかここまでのダメージを貰うなんてな」

「あがあああ!!」

『なのは!!』

 

 掴みあげる。

 それと同時あがる悲鳴を聞きながら、自身の蟀谷あたりを叩いて何やら説明するターレス。 しかしなのははその話の大概を聞いてはいない。

 首に襲い掛かる圧迫感に、吐き気と共に催す死への恐怖。

 今までこんなに間近で見なかったこの男のなんとおぞましい目の光りか。 見ているだけで魂をかき消されるのではないかという錯覚さえ禁じ得ない。

 

 なのはは、完全に戦意を喪失していた。

 

「もう終わりか……なんとも情けないことだ――ッ!」

「な……にを――」

「しっているか? この床の下、そこに広がる虚数空間というものは貴様らの魔法というやつを“発動不能”にするらしい」

 

 唐突に大穴が開く床。

 その大きさ実に直径1メートルというところか。 子供程度ならば簡単に入りそうなその穴から七色に光る幻想的な光景が広がっていく。

 それを確認したターレスは笑う。

 これから見せつける最高のショーに、彼らはいったいどういったリアクションを見せてくれるのかと……

 

「あ、あいつ……まさか!!」

「おい! やめろ!!」

 

 気づいた。

 ユーノとクロノは同時に走り出す。

 置いてきぼりを喰らうフェイトとプレシアは、互いにダメージが抜けていない故に動くに動けない。

 

『うおおおおお!! 離せえええ!!』

 

 上がる雄叫びに、なのはは次第に理解する。

 今自分がどれほどに危機的な状況に陥っているのかと。

 

 少年達の突撃は――

 

「邪魔だ」

 

 無情にも、男の傷ついた腕一本で振り払われてしまう。

 吹き飛ばされるふたり。 彼らは塵芥のように転がると、そばにあった瓦礫の山にダイブさせられる。 何気ない一振りだったはずなのに、それでも彼等にとっては致命的な一振りだった。

 

「フフッ、いい、実にいい顔だ。 それじゃあこういう風にしたらどうなるかな?」

「あぐ……」

「なのは!!」

 

 歩き出した。

 なのはの首を締め上げたまま、ターレスは黒いブーツを鳴らして……音が消えていく。

 向かうのは先ほど開けた孔の上、そこで魔法を使わないで飛ぶことのできる彼はそのまま制止する。

 

 なのはとターレスは、虚数空間上空で停滞していた。

 ……そのときである。

 

【マス……ター】

「れ、れいじん……ぐ――ぐああ!!」

「フン……」

 

 レイジングハートの機能が停止する。

 それと同時、なのはの体を包む戦闘服が――バリアジャケットが光の粒子となっていく。 見えてくる普段着は、彼女に今起こっている事態を把握させていく。

 

 先ほど、ユーノも言っていたが、この虚数空間では魔力がなくなっていくのではない、魔法の発動を禁じるのだ、故に魔力で作り出した彼女の衣服が消えるのは道理に沿ったもの。 そしてそれは、彼女から頑強の守りと大威力の攻撃をも奪い去っていくことを意味する。 ……高町なのはは既に、ただの一般人よりも脆弱な子供と成り果てた。

 

「先ほど貴様ら、面白いことを言っていたな? たしか――」

「お、おい……うそだろ」

「や、やめろ!!」

「この手を離せ……だったか? えぇ?」

 

 一気に青ざめた。

 この男はナニヲしようとするのだろう。 いいや、これから何をしようというのだ……ちがう!! 奴の狙いはもうわかっている。

 

 あいつは――

 

「な、なのは……殺され……」

「う、動け……!! まだ何もしてないじゃないか……なのに!!」

「ははははは!! さすがに気付いたか。 どうだ、最高に面白いだろ? この腕一本で、このガキの生き死にが決まるんだ。 ……普通じゃ味わえない見物だぜ? もっといい顔をしろよ」

 

 にやりと、奴は嗤う。

 その顔を見た瞬間、ユーノの中にはこの世界に来てからの出来事が蘇ってくる。

 

「やめろ……」

 

 最初に会ったのは悟空だった。

 彼はいつも笑顔で、その顔に何回自分が救われたんだろうか? おっちょこちょいで、まるで恥というのを知らない場面も、常識すら欠如している節もあったが、それでもユーノにとって、自分に光を与え、落ち込むだけだった少年の在り方を変えてくれたヒトだった。

 

 次がなのは。

 最初はとてもか細い子だと思ったのは、一番先に見た悟空が逞しすぎたから。

 でもその考えはすぐさま否定された。 彼女は力はなくとも、とても強い女性(ひと)だった。 いつの間にか自分を引っ張り、ともに笑いあうことのできる大事なヒトとなっていた。

 

 その彼らのことを、ユーノはとても大事だった。

 いつまでも一緒に居たい。 そんな感情まで芽生えていた……それを、そんな小さな願いすら、奴は嘲り、あまつさえ――

 

「やめろおおおおおお!!」

 

 踏みにじったのだ。

 うっすらと涙さえ浮かぶのはカラダの痛みからではない。 ただ、本当に情けないからで、許せないからだ。

 

 今満足に動けない自分に――戦う力を持たない自分に――皆を傷つけたアイツを――――

 

「ほう、戦闘力がわずかに上がったな。 味な真似を」

「お前だけは許さない!!」

 

 ユーノはまたも走る。

 彼に戦闘技術はない。 魔法を使えない場所に留まるターレスに、バインドも使うjことすら出来ない。 ならばどうする? そんなものは決まっている。 いまはただ、己の身体を武器に変え、力の限りを尽くすまでなのだから。

 

「でああああああああああ!!」

「いい気迫だ……だが――」

 

 けど、それでも。

 

「ぐぉ……おおお……ゴホッ!!」

 

 届かない壁は……あってしまう。

 

「所詮、平和ボケした下等な生き物だ。 そんな貴様らがほんの少し感情を爆発させたところでいったいなんになる? 仲間が傷つけば立ち上がる? 怒りで圧倒的に強くなれるのか? 甘い……むしろ傷つけば強くなるのはオレ達のほうだ」

「かはぁ……ひゅ……ひゅう……」

「ゆ、ゆーの……くん……」

「ははははは! お姫様が助けを呼んでるぞ? どうした、反撃しないのか?」

 

 めり込んだ腹にあるのは男の手。

 どうにか貫通だけは避けてあるそれは……ただそれだけである。 骨は折れ、内臓は深く傷ついていく。 そこから動こうものなら、ひびの入ったアバラは痛みを訴え、その先端を内臓へと向けていくのである。 あまりにも激しい痛みにユーノは、数秒間のあいだ意識を手放す。

 

「さて……そろそろお別れの時間だ」

「や……やめろ……」

「なのは――うくっ!!」

「からだ……この身体が病にさえ侵されていなければ……」

 

 なのはの気道に、ほんの少しの空気が入る。

 それは男の手から力が抜けきったことを意味するもの。 それは彼女を支える力の消失につながり、同時、なのはの運命を決定づけさせるものでもある。

 

 その間に重なる視線。

 なのはは、ユーノに向かって苦痛……ではなく、力の限り微笑んだのである――その、最後の言葉は……

 

 

 

「ユーノくん……ごめ――――」

 

 

 聞くことさえ……できなかった……

 

 

『――――――』

「あははははははははははははははははは!!」

「なの……は」

 

 ゲラゲラと響く耳障りな男の声。

 それを聞くたびに、その音が鳴るたびに……皆の心に深い“黒”が差し込んでいく。

 

「くそう!!」

「そんな……こんなこと……」

「また……守れなかったというの……わたしは――」

「なの…………は」

 

 もういない。

 微笑がまぶしかったあの女の子は地の底へと落ちていった。 もう……いない……もう――耐えられない!!

 

「いやだあああああああああああああああああああああ――――うああああああ!!」

「なんだ……」

「じぐじょう……よぐ……も」

 

 彼の悲壮な叫びは男にはまだ届かない。 ただ、何かが喚いているとしか感じてないターレス……それは、とても許されたものではない。

くぐもった声はユーノのモノ。

 その声には怒りだけではない。 深く根付いたドス黒いものが彼の胸中に渦巻いていく。

 

「こ、殺してやる……おまえなんかああああ!!」

 

 その正体は殺意。

 たった今大事なヒトを奪われた彼は、その心を復讐心で満たしていく。

 強く食いしばる八重歯に、赤い血をにじませながら――彼はターレスへと再度走り出す。

 

「よくも!」

 

振るう。

 

「よくも!!」

 

 躱されていく。

 

「ちくしょう!! 当たれ……あたれよ!!」

 

 無様だと嘲笑う。

 

「うるさいガキだ。 いい加減……くたばれ」

「ぐぅぅ!!?」

 

 振り下ろされた黒い籠手。

 男の左腕がユーノの後頭部付近を叩き――

 

彼の首から……なにかを砕く音が聞こえた。

 

「い、いま……ユーノの首から――」

「あ、アイツ……いま」

「なんで……こんなことに……!!」

 

 まるでそこいらに転がる小枝を踏みつぶしたかのような音。

 あまりにも軽い音は――人の命が刈り取られた音とは思えないものであった。

 フェイト、クロノ、プレシアの三人はそろって顔をそむける。 この事態に陥って誰もが希望を手のひらから零していく中で……

 

「お、……おまえ……けは――」

「……ち。 まだ生きてやがる」

 

 ユーノは、男の足を掴む。

 普通なら動くことは愚か、声を出しただけでも襲ってくる激痛があるはずだ。 それをもいとわず、自分を笑うアイツに向かって、ユーノはとにかくもがきだす。

 握る手の平からは血が流れ、砕け散り、廃墟となった大地を掴んでは爪が剥がれ落ちる。 満身創痍の彼の姿……だが、それすら男は称賛も何もしやしない。

 ただ、さげすんだ声をあたりに響かせる。

 

「この死にぞこないが……」

「はぐっ――ぅぅぅはぁ……ふぅ……ごふっ……」

 

 持ち上げられていくユーノは……吐き出した。

 ユーノの口元から、何か赤い塊が吹き出されていく。 それがターレスの黒い鎧に降りかかり、それを見た彼は、大きく振りかぶり――

 

「消えろ」

 

『ユーノ!!』

 

 遠くの瓦礫へと投げ捨てる。

 その速度は時速でいうなれば5、60キロという遅いモノであろう。 これくらいならばまだ死にはしないかもしれない。 だが、そうでなくても最早少年の命は風前の灯だ、何もしなくても死ぬカラダなのだ。 もう、早いか遅いかの違いしかないその“死体”は、放物線を描いて落ちていった。

 

 

 

 

「…………」

 

 だめだった。

 ごめんなのは……カタキ、取れなくって。

 

「…………」

 

 ボクがみんなにお願いして、キミを巻き込んでしまったから……あんな石を発掘してしまったから。

 ちがうな……ボクなんか、最初からいなけりゃよかったんだ。

 そうすればきっと、こんなことになんかならなかった。 ボクなんか……あの時ひとりで死んでしまってたらよかったんだ。

 

「…………は…は…」

 

 なんか目の前が暗くなってきた。

 けど全然つらくないや。 身体も軽くなってきて……あぁ、これが死ぬってことなんだ。

 なのはも……こんな思いで―――――

 

「いま……いくか……ら…………の……は――」

 

 だから少しだけ待ってて。

 もうすぐキミと同じところに行くから……そしたら“むこう”でいつもみたいに騒いで……

 

「さ、……わい……で」

「アンタ、しっかりしな!」

 

 ……あったかいなぁ。

 なんだかポカポカしてきた。 まるで悟空さんと一緒に――――で飛んでるみたいだ。

 あれって何て名前だっけ。 悟空さんの大事なトモダチなんだから……ちゃんと思い出さなくちゃ……えっと。

 き……き……あぁそうだ。 筋斗雲だ、あれに乗ってるみたいなんだ………………

 

「しっかりしなよ! まだアンタやり残したことがあんだろ!!」

「…………え? あ、……れ?」

 

 違う……え?

 おかしいよこんな……だって、この感触は……筋斗雲そのものじゃないか!!

 間違えるわけない……わからないはずない!! だって、この世界で最初に出会った大事な“ともだち”と一緒に居た思い出なんだから――でも……

 

「だれ……き、みは……」

「いいからもう喋るのはよしときな。 寿命を縮めるだけだよ」

「……はぁ……はぁ……」

 

 オレンジの髪の毛……でも、ボクよりも小さいヒト……いったい誰?

 

 わからない……わからない…………

 

 

 

「なんだあれは……?」

「あんなもの、ミッドチルダにも存在しない……いったい」

「…………どうなっているの」

 

 この場の誰もが驚愕していた。

 放り投げられたユーノを、地面に落ちる寸前で抱きかかえた奇妙な物体。

 

 魔法世界に居るはずなのに、思わず幻想的(ファンタジー)なものを見ている目をしているクロノとプレシア。

 そして放り投げた本人もこの事態に眉を動かす。 あのファンシーな生き物とも無機物とも取れる物体は何者だと――そしてその上にいる人物。 見た目は今まで相手をしていたガキと形容した者たちと同程度……そして長いオレンジの頭髪。

 

 その姿を皆が知らないでいた。

 

 ただ一人、漆黒の少女を除いて。

 

「……あ、あれは……あれは!!」

 

 彼女は震える。

 それは恐怖なんかじゃない――希望を目にした歓喜の震え。

 

 あれを彼女はよく知っている。 非常識でありえないを体現したような人物で――その彼がいつも乗り回しているその物体を。

 

「筋斗雲!!」

『キントウン……?』

 

 黄色の彼。 それはいつもの不可思議な音を響かせて宙に止まっていた。 その背にふたりの人物を乗せたままに。

 一人はユーノだ、それはわかる。 だが、もう一人は……

 

「フェイト!! やっと会えた!!」

「……え?」

 

 見知らぬ少女……だが、どこかで見たことがあるフェイトは記憶を巡る。

 こんな元気でハツラツとした女の子を数年前に見たことはなかっただろうか? 彼女は、蘇らせていく思い出の中で……ついに見つける。

 居た……確かにいたその少女の名前は――

 

「あ、アルフ!? なんで、どうして――」

「なにって、助けに来たに決まってるだろ?」

「たすけって、でも――」

 

 自分のパートナーである、狼を素体にした使い魔……アルフその人であった。 いくらかサイズダウンを施された姿に、若干の疑問と戸惑いを見せながらも再会を喜ぶフェイトとアルフ。 だけど、幾らなんでもとフェイトは思う。

彼女じゃ、あんな悪魔のような男には敵わないと……

 

「貴様が……か? このオレをコケにするのも大概に――「安心しな、アンタみたいな奴にあたしなんかが敵わないのは百も承知さ」……なら、なんだというのだ」

「あんたの相手は――」

 

 アルフの指が伸びる。

 その先を刺したのは先ほどの穴。 何もなく、なのはが重力の井戸に引きずり込まれたと“された”大きな穴。

 その先をさすアルフの顔は、ここに来て最高の笑みを浮かべる。

 見よ! 驚け!! あいつは――この者は――――!!

 

 貴様を倒すために、地獄から蘇ってきたのだと。

 

 

 

 

「あ、あれは……」

 

 見覚えがあった。

 それは先ほどから立ち向かっていたあの男と似た容姿。 しかし肌の色は明るく、健康的なその身体は、似ても似つかない印象をフェイトに持たせる。

 

「…………」

「ふん……ついに来たか……」

 

 その者は徐々に穴から登ってくる。 いいや、正確に言うのであれば穴から浮いて出て来るであろう。

 その“山吹色”をした道着に『悟』と書かれた丸印は、あの少年を彷彿とさせる。

 でも、それでもフェイトにはもう少しの確証が欲しかった。 それほどに、その青年はあの男に似通りすぎていたのだ。 容姿も、表情も――

 

 徐々に露わになっていく男の全体像。

 その彼の胸元を見たこの場にいる味方全員から歓喜の声が上がる。

 

「あ、あれ……」

「……!? な、なのは!!」

 

 少女が居たのだ。

 既に絶望的だと思われた少女の安否を確認した皆は、それだけで全身から力を抜いていく。 敵はまだ去ってはいないのに、どうしてかこの場面で心底安堵の感情に包まれてしまう。 この気持ちは、いったいナンデアロウカ?

 

「…………」

「…………え?」

 

 その間にも益々全貌を露わにしていくその青年。

 蒼い帯にブーツ状の靴。 そのすべてを見せた時、彼の背後から出てくるものがひとつ。 それは尾、長く茶色いそれが、ふらりと自由に宙を舞う。

 

 だがその様は、決して主人の内心を表したものではない。

 

「…………あ」

「…………」

 

 その姿を、その全容を見ることが叶わないなのは、だがそれでも彼女にはわかってしまった。

 

「ご……」

「……ん?」

 

 最初に言葉にできたのはその一言。 当然だ、あまりにも突拍子で、荒唐無稽で、信じられない事なのだから、それでも彼女が“そうである”と思えるのは……

 

「ごくうくん……悟空くんだよね……」

「お?」

 

 彼の背を、ずっと追って来たから。

 

 なのはの小さな声に、今までおそろしく怖い顔をしていた悟空はその表情を――

 

「さすがなのはだ」

「……ふぇ?」

 

 思いっきり崩す。

 ありったけの優しさで微笑んだ彼の顔。 それに見とれ、なおかつ今の言葉を測りかねるなのは、彼女はついつい内心とは正反対な困った顔をしてしまう。 会えてうれしい、言いたいことがたくさんあった……それらの思いが絡まりあって、のど元でつかえて出てこれない。

 

 そんな彼女に、悟空は続きを語りかける。

 

「今まであった奴ら、みんなしてオラの事わかんなかったってのに、おめぇはちゃんとオラだってわかったな……はは!」

「当然だよ……そんなの……だって、だって――~~~~っ!!」

「……よしよし」

「……ずっと、ずっと……合いたかったんだよ……」

「遅くなってすまねぇ」

 

 そうして強く握られた悟空の道着。

 小さな手で精一杯につかんだそれは、もう決して離れてほしくないと代弁するかのようで……そのときであった。

 

「なのは、そのまま捕まってろ?」

「うん……」

「…………いくぞ」

 

 悟空はなのはを強く抱く。

 同時、聞こえてきた注文に深くうなずいたなのはは、これから起こることを何となく予想する。 きっとみんなが驚くようなことをする……だって、彼は孫悟空なのだから。

 

「あ、あれが……悟空。 いったい……」

 

 その光景を見ていたフェイトは、やはり感想はリンディと同じ。

 信じられず、思わず夢かと誤認して……そんな彼女の背を、そっと誰かが叩いた。

 

「フェイト、おめぇもこっち来い。 ちょっとばっかし話がある」

『!?!?』

 

 悟空である。

 それに息をのみ込み、むせるように屈んだフェイト。 同時、彼の出現に驚いたのは、ターレス以外のすべてのモノであった。

 

「え? ……えぇ?! いま、悟空が一瞬で……」

「残像拳の応用ってやつだ。 今度おめぇにも教えてやる……さ、ついて来い。 ユーノのとこに行くぞ」

「……はい…………」

 

 それらすべてを置いていくように、悟空はまたも移動する。

 今度は歩いて、彼の歩幅5歩分先にいる筋斗雲のもとにゆっくりと、しかしどこか迅速さを思わせるはやさで進んでいく。

 

「ゴクウ、こいつ――」

「わかってる。 ユーノ、しっかりしろユーノ!」

「…………うぅ」

 

 たどり着いたその先で聞こえてくるアルフのこえ。

 明らかに危篤であるユーノを見ると、一瞬だけ強張り、そのまま懐からあるものを取り出す。

 

「悟空、ユーノは……もう。 首の――「マズイな、首の骨を折られてやがる……うっし、今オラが食わせてやっからな」……ご、ゴクウ!?」

 

 “それ”を手に取り、片手でパキンと音を立てる。

 すると真っ二つになってしまったソレの片方を握り、ユーノの口元へと押し込んでいく。 少々強引な行動、だが、手段をあーだこーだと選んでいる間に彼の息の根が止まってしまっては元も子もない……この選択は正しいだろう。

 

 咀嚼の音もなく、何とか喉の奥まで無理矢理飲み込ませた悟空は、そのままユーノに向かって手を差し出す。

 

「立てるか? ユーノ」

「ご、悟空……?」

 

 其の行動はフェイトの目にはどう映ったであろうか?

 異常? あまりの事態に気が動転している……? それは普通なら正しいだろう……そう、正しい推察であっただろう。

 悟空が手を差し出すなか、いまだ虫の息であったユーノの目は……見開かれる。

 

「!!? ……あ……れ?」

『なッ!?』

「カカロットの奴、何をしやがった……」

「ぼ、ボク……アイツに殺されかけて……え?」

「ユーノ、元気になったか?」

「はい……ありがとうございます悟空さ――――あれ?」

 

 驚く周囲。

 それは今回ばかりはターレスも例外ではない。 あれは明らかに死に体だった。 どんなことをしても助からんように、なおかつ最後まで苦しめるようにとどめを刺し損なっておいたものが……どうして息を吹き返したんだと。

 

 そしてこの驚愕を打ち消すように――

 

「ご、ごごごごごご悟空さん!! 悟空さん!! 悟空さんだ!!!!」

「おっとと……はは、久しぶりだな」

「ご、悟空……さん、なんだ。 よかった……よかっだ……うぐっ」

「……遅くなっちまったな」

「そんなこと……」

 

 ユーノの歓喜の声が上がる。

 彼の時間からしておおよそで72時間。 悟空からみて大体にして70080時間と少し。 実に8年ぶりの再会と相成った……はずである。

 

「なのは、おめぇもこれ食っとけ。 こんなかじゃ今一番“気”が減ってんのはおめぇだからな」

「あ、うん……」

 

 言われるがまま、悟空から差し出されたもう半分を口に含んだなのは。 素早く飲み下すと、彼女の身体に桃色の輝きが再び現れる。

 

「すごい……さっきまであんなにヘトヘトだったのに……」

「うん。 ボクもケガが全部治っちゃった」

「どう……なってるの。 ねぇ……ご、悟空?」

 

 スターライトにより消費した魔力を全快させたなのはと、勢いよく筋斗雲から飛び降りたユーノ。 彼らの回復具合のあまりの異常さから、フェイトは我慢できず悟空に尋ねる。 ……いまだ、恐る恐るであるが。

 

「仙豆っていってな。 どんな怪我でもあっちゅうまに治しちまうマメなんだ」

「どんな怪我でも……」

「そうだ。 けど、大怪我してたユーノには、半分じゃ足ん無かったみてぇだな、気が半分も回復してねぇ」

「???」

 

 その、あまりの難解さに、彼女の優秀な頭脳は早くもオーバーヒートぎみ。 なんにしても、重症患者が全快したことにただ喜べばいいのだという結論にたどり着いた彼女は、そのままなのはの手を握る。

 

「ほんとによかった。 わたし、なのはが落ちた時、もうほんとにダメなんじゃないかって思ったから……」

「うん。 わたしももう駄目なんだなって思ってたけど、気付いたら悟空くんに……」

 

 再開を喜ぶ。

 ほんのちょっとの、だけど果てしないほどに長い別れになるところであった彼女たちは、その救い主である悟空を改めてみる。

 もう、目線が合うことの無いほどに差が付いた背丈。 何があったかわかりはしないが、彼が無事であったことに、彼女たちは心の奥から安堵する。 ホントに……よかったと。

 

「なんにしてもおめぇたち、良く生きててくれた。 ホントのところ、オラもうダメだと思ってたぞ」

「うん。 こっちも、もうダメだと思ってた。 悟空が助けに来てくれなかったらどうなってたか」

「あぁ、ホントに間に合ってよかった」

「…………孫悟空」

 

 その彼女たちに割って入るように、悟空に声をかける者が一人。

 それは瓦礫の下から這い出てきた……

 

「お、おめぇは……」

「……」

「なんだっけ?」

「…………クロノ。 クロノ・ハラオウンだ」

「そだった。 で、どうした?」

 

 クロノである。

 彼は悟空を見ると強く笑い出す。

 理解したのだ。 今の高速移動を見て……彼はいま、あの凶悪なほどに強いサイヤ人と同じ土俵に立ったのだと。

 

「孫悟空……せっかく来てもらったところ悪いが、さっそく手伝ってほしい。 ……残念ながら僕たちじゃ手も足も――「いや、それはダメだ」……?」

 

 そうして出された言葉を、悟空は静かに首を横に振る。

 それは違うと、静かに言い聞かせた彼の視線の先には黒い鎧が映っていた。 その男を見ること2秒、悟空は今まで通りの言葉を、ついにこの世界に持ち出した。

 

「…………あいつとは、オラ一人で戦う」

『…………』

 

 絶句した。

 この場の誰もが、今の悟空の言葉を測りかねた……何かの作戦? 隙があれば援護しろってこと? そうとろうとしたのだが、彼の目の輝きは訴えかけている――この場は、もう手を出さないでくれと。

 

「それでこそだ……カカロット」

「…………」

 

 それを称賛するのはただ一人。

 同じ容姿の男だけ。 他はもう驚きとどよめきの声以外は出せていない。 納得しているのはこの場にいる戦闘民族だけなのだ。

 

そう、サイヤ人を最強の戦士と謳うなら、それを倒せるのもまた……サイヤ人。 彼は、それを実行に移す。

 

 それを、男は大いに笑う。

 

「やはり戦いの誘惑には勝てんのだ。 貴様も所詮サイヤ人……いい加減認めるんだな」

「そ、そんなこと――」

「そうだな。 オラやっぱり戦いが好きだ」

「悟空くん!?」

「戦いたくて……戦いたくて……そんなホントにどうしようもない人間の血がオラにも流れてんだ」

「そんなことないよ!」

「認めたか……そうだ! 貴様は――「けどな!」……なに?」

 

 毅然と否定の声を上げるなのはと、調子づいていくターレスをとどめる声。

 この時、悟空は確信に至った。 すずかとの約束と、いままで胸の内で思い描いていた自分の立ち位置というものを。

 幼いころから戦うという事が好きで、その理由がこんなやつらと同じ血の(サガ)で、でもそれらすべてを否定するのも、すずかを見ておかしいと思って……だから、だからこそ悟空はここで答えを得る。

 

「オラは……」

 

 かれは――悟空は――

 

「オラは“地球育ちのサイヤ人”だ! おめぇなんかと一緒にすんな!!」

「地球……育ち……」

「ご、ゴクウの奴。 いってくれるじゃないのさ」

「…………ちっ……」

 

 その定められた宿命を受け入れながら、彼に反抗するのである。

 大事な物たちを傷つけ、なおかつ、遊ぶように自分の事も利用して、彼らを傷つけさせたアイツが許せないから。

 

「おめぇたち、今からとんでもねぇくれぇに暴れるからよ、巻き添え喰らわねぇ様に遠くに離れててくれ。 なんなら筋斗雲に乗っかって逃げてもいいからよ」

「逃げる……そんなこと――」

「なのは」

「クロノくん?」

「ここは彼に任せるんだ。 下手に近くにいて足を引っ張りたくないだろ」

「……それは…………」

 

 だから彼は促した。

 これからおこる決戦に、いまだ小さな命を巻きぞわせないように。 それに戸惑い……止められて。

 今の事態とやるべきことを把握させられたなのはは……悟空と一つ、約束を取り付ける。

 

「もう、いなくなったりするのはやだよ?」

「大ぇ丈夫。 オラもう死なねぇ。 ……そうだなぁ……そうだ。 もしも無事に帰ってこれたら、また“おんせん”に行こうな」

「……うん」

「もちろん、みんなでだ……あと」

「え?」

 

 それはこれから先の未来を願う言の葉、迷うことなく紡ぎ、そして彼はもう一人……忘れてはいけない約束を交わすのである。

 

「フェイト!」

「は、はい……?」

「おめぇにはいろいろと悪ぃ事しちまったかんな。 今度、どっか遊びに行こうな」

「……うん、そうだね」

「プレシア! おめぇもだかんな!!」

「え!? わ、わたしも……?」

「当たり前だ! おめぇもいろいろと言わなきゃなんねぇことがあるはずだ!」

「……そうね」

 

 これで最後。

 もう、言い残しはないはずだ。 だから彼は背を向ける。

 

「さぁ行ってくれ。 来た道を戻ればアースラがある。 道案内はアルフにしてもらってくれ」

「大丈夫だ、いざとなったら転移する」

「そうか。 そんじゃ任せるぞクロノ」

「……わかった……みんな、行こう」

『…………』

 

 ふわりと浮いて、彼の背を見ながら離れていくなのはたち。

 そこに刻まれた『悟』という文字に沿うかのように、彼らはいま、確信する。 これから先、この場は本当の地獄に変貌するのであると。

 

 

「話し終わるまで待ってくれるなんて随分気が利くじゃねえか」

「これくらいはしてやらんとな。 なにせ最後のあいさつになるんだ」

「……オラがいない間に随分とやってくれたみてぇだな」

「礼はいらんぞ。 やりたくてやったんだ、こっちは」

「あぁそうかよ……けどな――」

 

 睨みあうふたり。 その中で悟空の周囲は激しく揺れる。

 庭園を、次元世界を震えさせるかのように、彼の怒りは深く浸透していた。 もう、限界だ……悟空はついに、力を解き放つ。

 

「おめぇがその気でなくても、こっちはもう我慢なんねぇんだ!! いい加減、ケリをつけてやる――ターレス!!」

「それはこちらのセリフだ。 今度こそ殺してやるぞ……カカロット!!」

 

 同族同士による。 凄惨たる清算をいま、つける時が来た。

 




悟空「オッス! オラ悟空!!」

リンディ「来てしまった、始まってしまった――彼と、あの男の会いまみえるときが。
 その時にわたしたちができることは……見ていることだけ。 それはとても……無力だと思い知らせる」

なのは「やっと会えたのに……ようやく声が聞けたのに。 それでも悟空くんを止めることが、わたしたちにはできなくて」

フェイト「この次元世界にある時の庭園で、悟空とターレスは、お互いが持つ因縁に決着をつけようとしていました」

悟空「次回!! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第28話」

なのは「限界突破!! 悟空VSターレス」

ターレス「どうした!? 前に戦った時はこんなもんじゃなかったはずだ!! ”カイオウケン”というやつを見せてみろ!」

悟空「まだ実力を出してやがらねぇ……見せてやるよ! これが――――」




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第28話 限界突破!! 悟空VSターレス

人は歩き、人は傷つき、人は生きる。
故に人は死ぬことを恐れる。
そしてそれは悪いことでも恥ずことでもない。

だが、戦闘民族である彼らはどうなのであろう。

戦えればそれでいい?
死んでしまっても、戦場でなら満足か?

ベジータやターレスを見て、悟空を見ると、その考えが揺らいでしまいそうな……そんな今日この頃です。

りりごく28話、どうぞ。 


 戦士が居た。

 彼は遠い昔から戦うことを生きがいとしてきた部族の末裔……その最後の生き残りである。 残忍で、狡猾で……他者の犠牲をいとわない、血で血を洗うような生臭い人種――であった。

 

 だが、彼は違った。

 ……いいや、正確には違うものとなったのだ。 ある日を切っ掛けに、壊れてしまった彼の中にある戦闘への飢え。

 他者を貶める……困っている人が居たら放っておけない。

 殺して奪う……奪いたいと思うほどに欲しいものなどあまりない。

 飽くなき闘争心……常に上へと登ろうとする向上心。

 

 そのすべてが『他のモノ』とは正反対で、獰猛だった彼の血は、今や何かを助けるために自身の犠牲をいとわない高潔さすら見られる“血統”へと昇華していったのである。

 

 そんな彼がいま対峙するのは、自分とまったく変わらない容姿の人物。

 だが、その男はまるで鏡に映したかのように彼とは正反対の行動と思想の持ち主で……まるで――――その男こそが、彼が本来あるべき姿なのだと思えるくらいに、ふたりは似てしまったのである。

 特に理由はなかったのだろう。

 男が言う通り、ただ、種族としての仕方のない現象だったのだろう。 それでも、誰もが思う。

 この二人が対峙するのは、何か人智を超越した力が働いてできた光景なのではないか……と。

 

 

「だあああああ!!」

「甘いぞカカロット――」

 

 ぶつかり合う男たち。

 両者の右こぶしが合わさり、空間を激しく振動させる。

 震える世界は彼らを恐れるかのように、その鼓動を速めていく――その振動ですらも追い抜いて、彼らはぶつける拳を強めていく。

 

「まだだーー!!」

「こんなもんか……いいや、貴様の力はこんなものではないだろう!」

 

 悟空は右こぶしを連打する。

 それを首だけで避ける男は、まるで涼風にあたるかのように口元を緩め、なおかつ悟空に向かって更なる追加注文をかけてくる。 こんなもんではないだろう……出し惜しみはするな、と。

 

「どうしたカカロット! 地球育ちのサイヤ人というのはこんなもんか? あの“カイオウケン”という技を使ってみろ!」

「――――な!? なんでおめぇ……ぐああ!!」

 

 打ちぬかんと振りぬいた悟空の右足。 それを左の籠手で防いだと同時、ターレスの右腕が悟空の頬にめり込む。

 

 飛ぶ、飛んでいく――飛ばされていく。

 

 その中で悟空は騒然とする。

 いま、ターレスが出した単語。 それはいまだ悟空が使っていないはずの技、なのにどうしてかヤツはその名を言い放ち、正確に当てて見せる。

 

 見ていないだろう技。 名前も、どういう現象が起こるかもわかっている風な男に――しかし!!

 

「いや、気にすんのはヤメだ……余計なこと考えて勝てる相手じゃねぇだろうしな」

「だろうな……つまらん理由で死にたくなければ、さっさと本気を見せてみるんだな」

「強ぇ……信じらんねぇくらいに――強ぇ」

 

 歯噛みする。

 悟空はこの数回の打ち合いで確信した……やはりこの男の実力は、70倍の重力に耐えた自分の力を、遥かに超えていると。

 ここまでついている力の差に、後悔の念が……膨らむことはなく。

 

「けどよ。 こんなマズイ時だってのに」

 

 握りこぶしを作る。

 片手だけのそれは、力の限り握られていく――今ある自分の気持ちを、盛大に表すかのように。

 

 そうして彼は、ついに悪い癖を出すのである。

 

「ワクワクしてきやがったぜ」

「……フン」

 

 これが彼だ、そうさこの不気味なほどに戦いを好むのが彼なのだ。

 ただ純粋に強者と拳を合わせるのが好きで……堪らなく楽しみで、それがたとえどんなに悪に染まったものでも、この高ぶる気持ちは抑えられない。

 

 ただ普段と違うことがあるとすれば、目の前の男に対し、悟空はかなりの憤りを感じているという点であろうか。

 

「寝言は終わったか? それともまだ居眠りでもしてるのか! だったらこのオレが叩き起こしてやるぜ?」

「いらねぇよ! そんなもん――」

 

 薄く笑うターレスに、悟空は口を結ぶ。

 そこから一瞬だけ時間が流れ、彼らの周りを生暖かい空気が過ぎ去っていく。 戦場で起こった熱と、周囲との温度差で生じた空気の流れは、不気味なほどにやさしい風となって吹き抜ける。

 

 それが、遠くに消えていった時である。

 

「わかったよ! みせてやるよ!!」

「ん? 戦闘力が跳ね上がっていく……来るか」

 

 身構える悟空は息を吸う。

 総じて高い相手の実力に、彼はいま、己が“出せるだけ”の力をぶつけようと……

 

「これが……」

 

 足を開き、深く腰を据える。

 これにより丹田からの力を全身に送り届けやすくし、力の流れをスムーズにする。

 ちから……『気』を身体の奥深くからくみ上げると同時、悟空はそれをひとつの流れに乗せ―― 一気に爆発させる。

 

「…………界王拳だ!!」

「――――!! せ、戦闘力8万?! ……まだ上がるのか!?」

 

 そうして、赤い炎が出来上がる。

 身体をくまなく巡る力の光り。 赤い色がそれを強く意識させ、見る者すべて()に警戒心を植え付ける紅蓮の輝き。

 迸る――かつてないほどに彼の中で巡っていく多大な気。

その迸る力の流れを、悟空は見事、制御下に抑えると……奴を視線でとらえる。

 

「でぁぁぁあああああ!! ――――だああああああああああッ!!!!」

「せ、戦闘力――18万!!!?」

 

 飛ぶ。

 蹴られた地面は抉られ、彼の踏み込みの深さを身をもって表す。 その犠牲を出させた悟空はそのままターレスへと跳んでいく。 翔けぬけるように、弾かれたように……

 

「ぐおお!!?」

「まだだ! ユーノにやった痛みはこんなもんじゃねぇ!!」

 

 決まる右ストレート。

 首根っこを吹き飛ばさんと突き抜けた悟空の腕は、その衝撃を次元空間の彼方へ飛ばしていく。

 音のない世界を塗り替えていく様に、悟空はさらに拳打を繰り出す。

 

「もう一発!!」

「ぐふっ!?」

 

 打ち出した右を収める刹那、その肘を大きく外へ引きつけて、その反動と、足、腰、背中を使い威力を伝達、増幅させた左腕を打ちだしていく。

 怒涛の『ワン・ツー』は強烈至極。

 ターレスの鎧に大きなひびを作るに至る。

 

 たまらず膝をついた彼に、それでも悟空の気は静まらず……昂ぶっていく。

 

「まだなのはにやった分が残ってるぞ。 さっさと起きろ!!」

「さっきよりも動きが格段に良くなりやがった……だが!!」

「くっ――ぐあ!!?」

「それでもこのオレには届かん! 調子づくのもここまでだカカロット!!」

 

 それを覆すように、高速のブローを繰り出すターレス。

 右胸を打たれ、悟空の呼吸はわずかに止まる。 一瞬の血流の混乱は、彼の思考を激しく鈍らせる。

 

「そらそら! さっきまでの勢いはどうした!? スピードが落ちてきてるぞ!!」

「ぐはっ! おご――ぐぅあ!?」

 

 その間にも続く反撃のラッシュ。

 右頬へストレート。

 左胸に肘鉄。

 胴に渾身の膝蹴り。

 

 全てが吸い込まれるように決まっていく様は、先ほどまでの怒涛を忘れさせるかのような勢い。 それほどまでに悟空とターレスの間には分厚い壁と、長い距離があることを実感させる。

 

「はぁ……はぁ……なんてこった。 ここまで差がついてるなんて……」

「もう終わりか? あの白いガキの分とやらはどうした!」

「……っく!」

 

 それでも、彼には引けない理由がある。

 いいや、そもそも引くという選択肢事態今はなく。 だから悟空は力をみなぎらせ、再度、赤い炎をその身に纏わせる。

 

「来ないのならこっちから行かせてもらうぞ! ――――はあ!」

「言われなくても、やってやる!! 界王拳―――!!」

 

『であああああ!!』

 

 響く衝撃音。

 もはや庭園内では――というより、先ほどから時の庭園は見るも無残な形へと変貌しつつある。

 在った城壁から研究室まですべてが倒壊、良くて半壊まで崩れ去っているのだから。 その中で雄叫びを上げる二人の男はさらに熱を上げていく。

 

「ぜあッ!」

「遅い――!」

「…………――――!!?」

 

 蹴り上げ、躱され……背後を取られる。

 それと同時に振りあげあられたターレスの腕。 ショルダーアーマーを大きくしならせながらの手刀が、悟空の背を一刀両断にすべく打ち下ろされる。

 

「――っく!?」

「躱したか……」

 

 紙一重だった。

 薄皮一枚が切れている悟空の胴体。 それはもちろん彼の道着をも切り裂いたという事。 そこから見える青いアンダーも、もろともに引き裂かれ、ダラリと大きく擦れ落ちていく。

 服として機能しなくなったそれを、どこか申し訳なさそうに一瞥し……その犯人へと睨みつける。

 

「……せっかくはやてが作ってくれたってのに、もう駄目にしちまった」

 

 つぶやく言葉。 それと同時に彼は右手で肩口を掴みだす。

 この服をくれた人物の微笑を幻視しながら、彼はかけたその手大きく“切り開く”

 

「あとであやまんねぇとな。 そのためには――」

「フン」

 

 露わになった上半身。 引き締まりつつも、この数日間でマッシュアップされた体躯は全体的に大きさを増している。

 そしてどこか余裕が見られるその身体は、まだ、悟空が界王拳を反動が来るまで高めていないという決定的証拠となる。

 

「アイツをぶったおさねぇと……けどよ」

「…………」

 

 そんな彼の、今現在の界王拳は――

 

「へへ……6倍の界王拳でなんとか済まそうと思ってたけどな。 やっぱそうもいかねぇか」

 

 ベジータと戦っていたときの、標準とされていた3倍の数値であった。

 この時点でも彼の疲労は微々たるもの。 “流し”を終えた運動部のような振る舞いで佇む彼は、ターレスを睨む目を強くする。

 

「死んじまっちゃ元も子もねぇ……やれるのか? 7倍以上の界王拳なんて」

 

 一瞬の戸惑い。

 

「――いや」

 

 それを振り払うように握る拳。

 

「迷ってやることなんかねぇはずだ。 どうせ出来なきゃ死んじまうんだ――だったら!」

 

 蘇るかつての失敗。

 大きすぎる力を手にするために行った一大決心は、文字通りハイリスク・ハイリターンとなって彼に巨大な力を与え、同時、悟空にとてつもない代償を“死払らせた”のである。

 

 その光景を思い出いし、それでも今は、もう一度同じことを繰り返せねば、目の前の男に敵わないと確信した悟空はいま。

 全身全霊をかけて……叫ぶ!!

 

「身体がぶっ壊れても構わねぇ!! 7倍……いや! 8倍界王拳だ!」

「……――っ!?」

 

 そうして世界は、もう一度その身を振るわせていく。

 孫悟空は、大博打を切ろうとしていた。

 

 

 

 ~アースラ艦内~

 

 悟空と別れたなのは一行。

 彼女たちはその足でアースラを目指そうとするも、けが人と病人を抱え、尚且つ、筋斗雲に乗れないものが数名いたためにそれを断念。

 仙豆の力により、体力と魔力を回復させたユーノにより、早急にアースラへと帰還していた。

 

 その彼女たちは、転送ポートに着くなり、駆け足でブリッジへと走っていった。

 

「リンディさん!!」

「あ、あなたたち……無事だったのね」

「はい、クロノ・ハラオウン以下数名、無事帰還しました。 ……それより」

「わかっているわ。 そろそろ“ドローン”からの映像が来るはずだから」

 

 たどり着いたその先に待ち受けていた桜吹雪を一身に受け、数時間振りの、だが数日振りともいえる再会を果たす彼女達。

 その者たちの思考は今、たった一つの事に向かって収束していた。

 

 置き去りにしてしまった、大きな物を背負わせてしまった……彼。

 孫悟空の戦う姿を、いま、この目でどうしてもおさめたかった。 好奇心じゃない、誰かに言われたのでもない。

 全てを押し付けてしまったことを責務と感じたらこそ、彼女たちは、退かず離れず、この同じ次元世界で全てを見届けると決めたのだ。

 

 それは、この世界に来てからいまだに艦から降りれなかったリンディも同じである。

 

「……映像きます!」

『…………』

 

 響くエイミィの声。

 コンソールをひっきりなしに操作していく彼女は、戦闘に携われない自分を呪うかのように険しくも、だけどいつも通りの作業を継続している。

 そんな彼女の開始の合図が――

 

[言われなくてもやってやる! ――界王拳!!]

「悟空くん!!」

「悟空……苦戦してる」

「アイツ、あんなになって――」

 

 彼を繋ぐ合図となった。

 聞こえてきた声に、安堵を浮かべるのもつかの間。 悟空の声色から、戦闘が困難な方向に向かっていると推察したクロノは歯噛みする。

 そうして、悟空が何やら構えを低くすると――先遣隊組は大きく動揺する。

 

[だあああああああああ!!]

「悟空くんが……燃えてる!?」

「赤い光……なに、あれ」

「……悟空さん」

「彼はいったい……」

 

 そのすがたは何時ぞやの狂った彼とは違う色。

 大きく燃え盛り、この世界を照らしだす色は……赤。 轟々と輝いては、悟空の肉体に微量な変化をもたらしていく。

 

 その姿に、どこか呆けていたなのは以下数名は、そろってリンディたちに顔を向ける。

 

「わたしも詳しくないのだけど、あれはカイオウ……こほん。 “界王拳”という、一種の肉体操作に類される術らしいわ」

『肉体……操作?』

「そう…全身を流れる、“気”というものを操作して、尚且つ増幅させるっていう話らしいけど」

「増幅……つまり増えてるってこと?」

「そうよ。 彼が言うには、界王拳を使えばパワーもスピードも……破壊力も何倍に増やせるって話よ」

『な、何倍!!? す、すごい!!』

 

 感嘆する子供たち。

 当たり前と言えばそうであろう。 嫌でも人外魔境の領域に突っ込んでいった悟空の実力、その片鱗ですら驚いたのにそれすらも超える更なる力があるのだから。

 ところが、それを踏まえても表情が暗い人物が一人。 それは、フェイトの母親であった。

 彼女は悟空を見るなり、そのまま顎に手を置き考える。

 遠い昔、文献でのみ覗いたことのあるあの資料……その内容を薄く思い出した彼女のかおは、更なる影を射しこませていく。

 

「増幅……それじゃまるでベルカの技術に使われてる……」

「プレシアさん?」

「リンディさん? もしかしなくてもあの子が使ってる技には副作用があるんじゃ……」

「……よく、おわかりに」

「これでも長生きしている方なのよ、それくらいは……それで、こたえは?」

「あります」

『!!?』

 

 その予測は、現実という言葉で返ってくる。

 重く答えたリンディは、悟空が言っていた注意事項に胸をきつく締め付けられる。 それは確かに実感がなく、それでも、彼の修行をその目で見ていた彼女にとって、想像することなど容易いモノなのである。

 

 そんな彼女に、やはり子供たちは――特になのはは……

 

「ど、どうして! だってそんなに強い技だったら!!」

 

 ……と。

 言われてみればそうなのであろう。

 防御と攻撃の双方を上げるのならば、それはとてつもなく強くなれるんじゃないか……と。

 それに、思いついたかのようにクロノは手を握る。

 

「そ、そうか」

「クロノくん?」

「考えて見てくれ。 あれは所謂ブースターなんだ」

「??」

「……たとえば、重いモノを持つとき、キミは意識して普段より力を込めるだろ?」

「うん」

「あの技はその拡大版だ。 かなり大雑把にいってるけど」

「ということは……」

 

 ここまで言われ、ようやく思い知る界王拳のメカニズム。

 

 ようは――自動車に飛行機のエンジンを載せるようなもの。

 そして、力の増幅は膨らませた風船と同義。

 

「今の言いかたで違いがあるとしたら、彼はあくまでも魔法とは違って“自分が持っているモノ”でしかそれを行ってるに過ぎないという点だろうか。 そして、無理を過ぎれば膨らませ過ぎた風船はいつか必ず――」

「破裂する……」

「それじゃ悟空くんは!?」

「そう、あのカイオウケンというのを力量以上に使えば最悪……自滅する」

『…………なんて……』

 

 急に危機感に襲われる艦内。

 その空気を換えるべく、リンディはひとつ咳をする。 コホンとつぶやかれたその顔に、この場の雰囲気とは違えるような微笑みを携えながら。

 

 だが勘違いしてはいけない。

 この微笑だって、彼女お得意の仮面の笑みだという事を。 彼女は今、不安な心を仮面で覆い隠しているのだ……少女達を、励ますために。

 

「大丈夫よ……彼だってそれくらいはわかってるはずだもの」

「でも――」

「言っていたわよ彼。 『いまのオラにだったら界王拳を6倍まで上げても平気だ』……って。 今の彼がどこまで上げているのかはわからないけど――」

 

 さすがに自身の身体能力を2倍も3倍も上げるような出来事、そんな簡単に起きるわけも……そう言おうとした彼女に、画面の外の悟空は――叫ぶ!!

 

[カラダがぶっ壊れちまっても構うもんか!! 7倍、いや! 8倍界王拳だああ!!]

「8倍……!!」

「リンディさん!?」

「なん……ですって……!」

「悟空!!」

 

 モニターの向こうで行なわれようとする、一世一代の無茶振りに向かって叫び声を連呼する彼女達。

 一気に否定された。

 呆気なく限界を超えることを選んだ。

 信じられない出来事の連続に、アースラが確かに揺れる。

 

「ゆ、揺れ……」

「お、おい!? なんか船全体が――」

「きゃっ……な、何が起こっているの?」

 

 いいや、比喩でもなんでもなく、確かに揺れていたのだ。

 地面の無い次元空間で浮遊しているアースラが、地震という現象に遭遇するなんてことがあるはずもなく。 なればこれは、人為的に引き起こされた災厄であると、いったい何人の者が察知できただろうか。

 

[かはぁぁぁぁぁぁぁ…………]

「み、みて! 悟空くんが!!」

 

 急激に膨らみ始める悟空の肉体。

 二の腕から大腿筋から胸筋から腹筋から……ありとあらゆる筋組織が活発化し、その体積を異常なまでに発達させていく。

 既にひと回りほど大きくさせられた悟空の肉体。 そのすがたは、見た者に明らかな無理をさせていると気付かせるほどに……惨い。

 

[ぐぁぁぁぁぁあああああああああ!!]

「お、おい……なんなんだアレは……身体がおかしいくらいに――」

「あの子の身体、信じられないくらいに異常な張り方をしてる……普通なら尋常じゃない高血圧で心臓が持たないはずなのに」

[だあああああああああ!!]

 

 震わせていくその声は更なる威力を持ち始める。

 画面から見える範囲で、悟空の足元の大地は沈没し始め――彼自身、まるで血のそこへ向かうかのように沈んでいく。

 その様に驚き――

 

[8倍界ぉぉぉおお――――けえええええん!!]

『!?!?』

 

 嵐のように巻き起こる暴風と共に現れる豪炎を目の当たりにした彼女たちは、文字通り、閃光となった彼をただ――見守ることすら出来なくなってしまうのであった。

 

 

 

~戦場~

 

「8倍界王拳――――!!」

「な、なんだと?!」

 

 機械音が鳴り響く。

 どことなく数字をカウントし、それが激しく上昇しているとわかる音を、五月蠅いくらいに打ち鳴らしていく彼の耳元。

 その機械と、悟空の叫びが木霊するとき。

 ターレスの表情には、いままで見たこともないほどの衝撃を浮かび上がらせていた。

 

 彼は、今のいままで“徴収”してきたジュエルシードにて、その戦闘力を大きく上げてきた。

 ただの下級戦士である1700程度から、ジュエルシードを3つ取り込んで16000に。 そこから三日、ジュエルシードを一日一個、つまり3つ取り込んでからはその戦闘力は急激に上昇。

 それがジュエルシードが持つ『共鳴現象』だという事に気付かぬまま、ターレスはその手に持っていた石の力を享受したのだった。

 

 そうして、悟空との初陣を終えたベジータやその他を遥かに追い越し、今ではその戦闘力は――

34万にまで上げていたのだ。

 

……それが。

 

「そ、それが……それが――どういうことだ!!?」

 

 8倍界王拳を使った悟空は――

 

「カカロットの戦闘力が――……38万だと――!?」

 

 自身を大きく、超えていったのだから。

 

「ぜあああああ!!」

「こ、このオレを大きく上まるなどと―――!?!」

 

 気合一閃。

 猛る悟空が放った掌底に、ターレスの真横にあったはずの庭園跡がまたも吹き飛ぶ。 いい加減原型が消えていくそれらなど気にすることもなく。 悟空は次の行動を開始する。

 

「こ、これがあ――」

「ぐぉお!?」

「さっき言った!!」

「がはぁ――!?」

 

 膝蹴りで相手を二つに折り、 両腕を組んだ打ち下ろしで一気に叩き落とす。

 人体から大砲の発砲音が鳴り響く中、悟空の快進撃は収まらない。

 

 高速の急転回。 彼はターレスの背中に残像拳を決め込んで入り込む。

 黒い影を踏みこんで、ガシリと音を立てて腰に手を回し――大きく炎を吹かす。

 

「なのはの分だあああああ!!」

「ごはああ!!」

 

 脚、大腿筋――上腕筋。

 その順で力を伝達し、勢い付けて青年は男を持ち上げる。 柔道界では“一度抱きつかれたら最後”と言わしめた技の一つ――――裏投げ。

 

 別名を、バックドロップなどというそれをもってして、ターレスを建造物目がけて落としていく。

 

 豪快に崩れていく庭園。 刻まれていく轟音と相まって、悟空が叩き出したダメージの大きさを身をもって表現するターレスのダメージは痛恨。 頭部からの激突は、そのまま周囲にクレーターを作りだしていく。

 

「――はっ……はぁはぁ」

「…………がは――」

 

 よろりと、2,3歩後ずさる悟空。

 今の攻撃と言い、胴にも攻撃が大雑把に携行しがちな彼は今現在、全身を蝕む筋肉の痙攣で気を失いそうになっている。

 失いそうで……でも、それを叩き起こすような痛みでまぶたが下がることがなく。

 狂ってしまいそうな無限ループは、悟空の精神を深く抉っていく。 彼は、速くも体に“ガタ”が来ていた。

 

「イギぃッ!! ―――かはぁ……はぁ――はぁ」

 

 右腕が勝手に……跳ねる。

 これが筋肉が痙攣し、よじれたとわかった時には既に激痛が悟空を襲っていた。 腕に棒か何かが串刺しにされた感覚。

 あまりの違和感、余りある痛覚に、悟空の表情が歪んでいく。

 

「こ、こりゃあマズイ……な。 さっさと終わらせねぇと――あがが!! オラの方が先に死んじまう……」

「こ、コイツ……!!」

 

 瓦礫から這い出るターレスはそのまま唾を吐き捨てる。 赤く濁っているのは口の中を切ったからか。

 それを確認するまでもなく、男の口から軋む音がする。

 いまだ冷酷で、それでも怒りの濃い顔をするのは、目の前に居る悟空の戦闘能力上昇が目障りだから。

 あれほどまでに力をつけたこの展開は、かつての戦いと同様で――――

 

「な、なんのおとだ……?」

「――っふ」

 

 そして『これ』も、そのときと同じ道を辿るのであった。

 

「どうやら時間の様だ」

「な、何言ってんだアイツ……」

 

 同時、鳴り響いた電子音。

 男の持つスカウターが、何やら意味ある文字を映し出しては点灯している。

 

 どこかタイマーだとかアラームだとかを思わせるそれを、悟空は強く警戒し、ターレスは口元を吊り上げる。

 待っていたぞという声を口ずさみ……鎧の中、自身の懐から“ソレ”を持ちだしていく。

 

「前に言ったな。 このオレがジュエルシードの力で戦闘力を増していると」

「そ、それがなんだって言うんだ……」

「おかしいとは思わんか?」

「なにがだ……!」

「このオレが持っていた7つのジュエルシード。 それをこの数日かけて6つ消費してここまで力をつけた。 だがそれが変だと思わんか? 力が付くというのならば、さっさと使ってしまえばいいのではないか……と」

「何が言いたい!」

 

 青く光る幸運の石。

 それを手のひらで転がし……中空に放り投げる。

 

「わからんか? 一回に取り込めるジュエルシードの数に限りがあると言ったのだ。 1日一個。 それを上回れば意識を失い、それから数日間は激痛でまったく身動きが取れなくなる」

「…………」

「そしていま……」

「……!! ま、まさか!!」

「その約束の時間が来たところだ――」

 

 投げた石をコイントスのように掴み、手で弾く。

 石つぶてのように飛んでいくそれの行先はターレスの口元に飛び込んでいく。 軽く舐め、含み……のどに通していく。

 聞こえてきた飲み下していく音はあまりにも静か……静寂が支配する彼らの間に、生暖かいにやけた声が聞こえてくる……気がした。

 

――――これで、終わりだと――

 

「な!! なんだ!!?」

「くははははは!!」

 

 跳ね上がる。

 強く、硬く……逞しい。 ターレスの身体が、悟空の界王拳とそん色ないほどにまで膨れると、そのまま拳を握りだす。 あふれる力を……だが、悟空のようにうまくコントロールしきれていない訳じゃない。

 男は、多大な力を手に入れつつ、悟空を大きく上まって見せたのだ。

 

 恐ろしいほどに膨れ上がったターレスの“気”

 嫌でもわかってしまう8倍界王拳との力量差。 なぜこれほどまでに力関係が崩れるのか……悟空は今初めて戦慄した。

 

 

「であああああああ!! 死ねぇ!!」

「――――っが!!?」

「……」

「こ、こんな……こんなはずじゃ……ぅう!?――ゲホ!!」

「…………フン」

 

 あまりの大きさ、卑怯に思える急激さ。

 この辛い状況、悟空は自身が抱える絶大な痛みさえ消し飛んでしまうぐらいに驚愕したのだ。 言葉通りの心境。

 やってやれないと感じていた相手に、こうまで力で圧倒され、青年に一時の失意を見せ――

 

「いい顔だ……くくっ。 よぉし、ならばその顔をもっと素晴らしいものに変えてやろう」

「な、なにするきだ……!」

 

 男の浮上に、一抹の不安が脳裏を駆け巡る。

 嗤う男の視線の先、それは悟空が高速で駆け抜けてきた道のりであった。

 

 見て、気付き、痛烈する。

 

「ま、まさか……――――!!」

「……気付いたか……さぁ来いカカロット。 その無駄なあがきでオレを楽しませてみろ」

 

 高高度にまで上昇し、笑いの深みを増していくターレス。

 それに追いつき……追い越した悟空は一気に叫ぶ。 表情を焦りに変え、まるで願うように一声を絞り出す。

 

「オラはここだーー!! こっちに撃て――」

「…………嫌なのなら止めてみろ」

「――ッ! こ、コノヤローー!!」

 

 それに見向きもしないターレスは……両腕を振りあげる。

 盛大に上げたその腕に、灰色の光りが集まり……凝縮されていく。 曽於の輝きの禍々しさ、見た者に死を与えんばかりの閃光があたりにちりばめられていく。

 

「ち、ちくしょう! ベジータと言いコイツと言い!! ――――こうなったら!!」

 

 その男の向かう先、そこに立ちふさがるようにして悟空は両腕をそろえていく。

 男に向かい伸ばしては、即座に力強く引き戻す。

 

 絶対の自信を持った男と、不退転の決意を抱いた青年はいま、互いの業を目の前に向かい放ってやろうと、烈火のごとく燃え上がっていくのであった。

 

 

 

――――ターレスの視線の先。

 

「あ、あの……」

「どうかしたの?」

「いえ……二人が戦いの場を変えたようなんですけど――」

「それがどうしたっていうの?」

「いえ……それがどうにも」

「???」

 

 熾烈で激烈な命のやり取り、それをモニター越しで見つめていたなのはたちは、ただひたすらに叫び声を上げる――こともできずにいた。

 

 壊れていく悟空の身体に「やめて……」と呟き。 聞こえてくるうめき声に体が震えてくる。

 激しく入れ替わる攻守も彼女たちの不安を揺さぶるには十分すぎて、手に汗を握り固唾をのむ中で、エイミィが一人気が付いた。

 

「――――!! 艦前方に巨大な光源を確認!? ――悟空くんと同じ質のエネルギーを感知しました!!」

「なんですって!?」

「あ、…………ああああああアイツだ! あいつがこっちに向かって――」

『なに?!』

 

 その声にモニターを確認したユーノが慌てふためく。

 同時あがるざわめきは、一種の諦めすら含んでいた。

 

 黒い鎧がこちらに向かって笑いかけているのだ。

 その顔に思わず身をかがませるなのはとユーノ。 当然だ、一度は殺されかけた相手なのだ、発狂して泣き叫ばないだけでも十分に彼らは強い人間である。

 

 そんな彼等に向かって浮かび上がる光……闘気は、妖しく輝き――

 

[オラはここだ――! こっちに撃てーー!!]

「悟空くん!!」

 

 それをかばうように現れた紅い閃光。

 纏う闘気を全開に吹かして、奴よりも上空に舞い上がる。

 

「だ、だめだ! アイツ悟空さんを無視してこっちに――」

「悟空くん……」

「……悟空」

 

 ユーノが嘆き、なのはとフェイトは彼の名をつぶやく。

 これからおこる事などもう、奴と視線を合わせた人間ならば聞かれなくても答えられる。 ここにいる人間は、ひとりも残さず殺されるのであると――[そんなこと!!]

 

「え?」

「……あ!」

[させねぇぞ!]

 

 絶望の中で、それをも否定するかのように、舞い降りたのは……彼であった。

 

 

 

 

 射線上に立ちふさがり、悟空はそのまま必殺の構えをとる。

 唸り、噛みしめ――吠える!

 

「8倍界王拳のおおお!! かめはめ波だあああーーーー!!」

 

 戦咆轟くこの世界で、赤い闘気が火力を上げた。

 力任せに、この先の事も考えずに――ここが最後だ、力の出し惜しみなどむしろやっていられない!!

 

「はぁぁぁぁああああああ――だああああああああああーーーー!!」

「……フン、貴様らお得意の義理人情というやつか。 つくづく愚かな奴め」

「かあああああああああ!! めぇぇぇぇええええええええええ!!!」

 

 壊れてしまいそうな叫び声。

必死――それは相手を必ず殺してしまうようなものではなく、しくじれば自分が必ず死に絶えるという意味での言葉。

 怯えも震えも悟空には無く、いま、その背に存在する仲間を……友を守るために――両の掌に渾身の力を収束していく。

 

「はああああああああああああああ――――めええええええええええ

!!!!」

 

 収束は圧縮になり、それが今度は更なる力を籠められ“凝縮”へとプロセスを変えていく。 まだ足りない、これでもかというこの気合は、依然ターレスの荒ぶらん限りの力には太刀打ちできない。

 

「ぐっ! ぎぎぎ……――――!!」

「このまま仲良くこの世界と共に滅びろ――カカロット!」

 

 それでも、見下す男を許せない。

 これ以上、好き勝手は許すわけには絶対に行かない!! 悟空の闘気は更なる燃焼を遂げ、界王拳の輝きはボルテージを熱くする……そして。

 

「死ねええええ!!」

「波ああああああああああああ!!!!!」

 

 両者の輝きは、この次元にある世界を焼き尽くす―――――

 

 

「ご、ゴクウ!」

「悟空さん!」

 

 激しい閃光が二つ、遠くの場所で確認できる最中、その赤い光の中に青い光球を確認できたアルフとユーノは一気に叫ぶ。

 あの、何度も放たれた悟空の最大砲撃……かめはめ波に、この船の命ぜんぶを預けるように。

 

「悟空……」

 

 それはフェイトも同じである。

 ここからでも聞こえてくるモニターのモノではない、本物の悟空の叫ぶ声。 毎朝聞いてきたその声よりも激しく、強く高らかに上がるそれに、胸元で両手を握る。

 

「……」

 

 そしてなのは。

 彼女は閃光を見て思うことはただ一つ。

 いつも後ろで悟空を見ていた彼女の、その最初に思ったことと今、思考は同一のものとなった――――

 

「負けないで……」

 

 勝って。

 死なないでという単語より、これが出てしまうのは何も彼女がそういう心配をしていない訳じゃない。

 何より、悟空とは約束したのだ――絶対に生きて帰ってくると。

 ……だから。

 

「悟空くん!!」

 

 高町なのはは……それしか言わなかったのである。

 

 そうして光は、放たれる。

 

 

 

 …………光が。

 

「グ……ぐぅ!!」

「…………」

「……そんな」

 

 押し迫ってくる……

 

 あふれかえる絶望。

 青い閃光が灰色の光りにぶつかったと思うと、それらは大挙してこちらに迫ってくる。 断たれた希望、もう駄目だと膝をつくエイミィに……それでも、子どもたちの表情はまだあきらめを持たず。

 

 それは、悟空も同じであった。

 

 

 

「ぐああああああ――うく! ち、ちくしょおおおお」

 

 飛ばされていく悟空。

 かめはめ波の放出はまだ納めていない、界王拳だって8倍を保ったままだ。 それでもターレスのエネルギー弾は――激流のように悟空を呑み込むべく、灰色の光りがかめはめ波を食いつぶしていく。

 迫る迫る……もうすぐそこまで来てしまった戦艦アースラの艦橋付近。

 そこに弾丸が如く吹っ飛んでくるターレスの気弾と悟空、さらに手のひらから先ほど程度しかない青年のかめはめ波。 それでも、いや、だからこそ悟空はここであきらめることをしない。

 

「――――き、き……――!!」

 

 足りない……足りない!?

 だったら簡単だ、足せばいいんだ。 思い立ったが即実行……出来るはずもなく。 彼の身体が、全身が――細胞の一つ一つが大きく軋む。

 まるで悲鳴のようなその断末魔は、悟空にしか聞こえない声。 もうやめろ! これ以上の酷使はただ寿命を削り取っていくだけだぞと責め立てる。

 

 それを。

 

「9倍だあああああああ!!」

 

 投げ捨てるかのように、彼は天に叫び声を上げる。

 

 

 

「と、止まった……」

「悟空さんが……受け止めた?!」

 

 アースラの中で波紋が広がっていく。

 迫っていた灰色の奔流が、その勢いを殺さずにアースラまであと4メートルという、人間二人分程度にまで流れ込んでいたそのときに突如上がった巨大な咆哮。

 それが止んだ時、迫っていたはずの光の波がそのまま停止していたのだ。

 

「悟空くん……――――!!」

「が、画面が……真っ赤に……」

 

 そのときであった。

 今まで見ていたコンソールに映し出された世界が赤く染まる……いいや、鮮血に染められる。

 その眼前にある大きな背中、悟空の上半身から吹き出る血だと気づくまで、そう時間はかからなかった。

 

[ギ――ぎぎぎ……がああああーー!]

「悟空さん、あんな……ボロボロになって」

「もう限界だろうに、アイツ……」

 

 誰かがつぶやいたのは案ずる声。 同時、ここまで足りない自分たちの無力に押しつぶされてしまう。

 ここまで来て、彼に押し付けるように逃げて――その先でもこのような形で足を引っ張って。

 

 言いたいことも言えないで、応援すら悟空の耳には届かない。

 それでも……身体に鞭を打ち、消えそうな自分たちを守る彼に、いったい誰が声をかけないでいられるであろう。

 

「悟空!」

「負けるな!!」

「あんな奴ぶっとばせ!」

「死ぬんじゃないよ!!」

「悟空くん!!」 

 

 そのどれもが彼を舞妓する言葉。

 それに答えるように――その“願いを叶える”ように、彼の闘気は更なる爆発を見せていく。

 

 そして、青い閃光が押し返していく。

 灰色の光りをはねのけて、その差し出したる邪悪を打ち砕かんと――

 

「な、なに!? ……ちぃ」

「だあああああ!!」

 

 上がる叫び声。

 聞こえないはずのその声に、ターレスはちいさく舌を打つ。

 

「悪あがきを……」

「ぐ、ぐぅぅぅ」

 

 勢いが止まる。

 その距離は確かに敵に近づいた。 大きな前進であった。 それでも、まだあの男には届かない。

 半分の距離で停滞している青と灰色。 それが押しては引くを繰り返していく最中で、悟空はまたも歯噛みする。

 

「ち、ちくしょ……こ、こんだけやって――まだ!」

 

 つらい。

 身体が引きちぎられそうだ。 もう、息をするのだって耐えられない――肺が焼けそうだ。

 

 全身から沸騰した血液が噴き出すなか、悟空は己の限界を悟りだす。 これまでだ――

 

「まだだ……!」

 

 力はこれ以上持ってこれない――

 

「約束したんだ……まけねぇって――!!」

 

 だったら。

 

「これで……かてねぇんなら――ぐっ――ぐおおおおおおおおお!!」

 

 もう、――――ることをあきらめればいい。

 

「か、かい……おう……」

 

 悟空は唱える。

 その言葉に意味はない。 ただ、己が強さのレベルを把握するためのその叫びはただ何となくで、気合が入るからやっているもの。

 それをやってのけ、丹田に力を籠め……体中の“力”の回転をもう一段階早くする。

 もう上げれないと思った力。 それがどうだろう、いざ■■ることをあきらめればどうってことはない……こうも簡単だったとは。

 

 もう何も残らないかもしれない。

 けど……これしか手段がない彼は――叫んだ。

 

「界王、拳………………――――10倍だあああああああああああああ――――――!!!!」

『!?!?』

「悟空君!? む、無茶よ!!」

「あの子……死んでしまうわ……――っく!」

 

 この声を聞いて、でも、誰も希望を胸に抱くことはなかった。

 当然だ……

 

「な!? なんだと――!! お、押され――」

 

 この男にだって。

 

 在りはしないのだから。

 

「がああああああああ!!」

「こ、このオレが――このおれがあああああああぁぁぁぁぁ――――……………」

「い、……いっちまえーー!!」

 

 放たれた10倍界王拳により、まるで矢の如く駆け抜けていった悟空のかめはめ波。 その威力はまさしく絶大。

 激流うずまくその中で、ターレスのつけた装飾品は、そのことごとくを破壊されていく。 耳に付けたスカウターも、両肩のショルダーアーマーも――すべてを吹き飛ばさんと、彼と共に次元空間の彼方へと消えていく。

 

 消える閃光。

 悟空の手のひらから光が消え去った……

 

「……うぐ……ぁぁ」

 

 だが、犠牲は――代償はあまりにも高い。

 左腕の感覚が……完全になくなっている。 いや、無いだけマシなのかもしれない、後に残る、針のむしろに抱かれた痛みに比べてしまえば。

 

「よ、……よくやったほう……だよな」

 

 それでも、と。 悟空は小さく笑った。

 あの時以上の威力と、もう感じることが無いターレスの気。 そのことに深く安堵して、彼は……悟空の視界はほんのりとぼやけていく。

 

「またこれか……ここに来てから落っこちて――」

 

 ばかりだと、続く言葉すら出やしなかった。

 

「悟空くん!」

「悟空!」

「………お…?」

 

 落ちそうな彼を、しかし助けた者がいた。

 それはちいさな手だった、幼い身体であった。 悟空の数倍は小さいその年齢は、いまだあどけなさと未熟さを垣間見せるが、彼女達の何たる意志の強さか。

 壮絶なまでに身を粉にした姿に、なんの気後れもなく支え、眼下の甲板にまで降りていく。

 

「無事……じゃないよね」

「はは、まぁな……でも死ぬよか全然いいや」

「……けど」

 

 落ち着いて、悟空の傷の深さを改めて思い知るなのはと、彼の言葉に異議を唱えようとするフェイト。 死なないでくれたのはありがたい、けど彼の傷は重症なんて言葉じゃ片付けられない。

 身を案じる彼女たちに……

 

「悟空さん!!」

「ゴクウーー!!」

 

 ぞろぞろ集まりだす者たち。

 その中で一際元気な仔犬が一匹。 それが宙に飛び出すと、悟空に向かって落下して……しまう。

 

「うぎゃああああああッ!!」

『!!』

 

 上がる悲鳴に、思わずアルフを放り投げるなのはとフェイト、それにユーノ。 ポーンと弾き飛ばされたアルフは放っておいて、ユーノの回復魔法の光りが悟空を包む。

 

「アルフ! 今の悟空にあんなこと……ダメだよ?」

「……ごめんなさい」

「アルフさん……」

「はは。 アルフも悪気……なかったもんなぁ。 それくれぇにしてやれ……てぇ」

「悟空さん、今、治して見せますから」

「頼むよ。 ……おぉ?! あったけぇ……すっげぇ、あったけぇなぁ」

 

 集まるあのころの顔ぶれ。 そこにあるのはやはり笑顔で、朗らかな……空気。

先ほどまでの戦闘が嘘のように晴れたすさんだ空気も、今はもう散見されない。

 終わったんだ。 そう誰かがつぶやいて、アースラの艦橋に笑い声が響いていく。

 

「よおく生きてたもんだよ! あたしゃアンタが『9倍だー!』って叫んだ時にはどうしようって思ってたよ」

「オラもだ……9倍界王拳のかめはめ波が通じなかった時は、オラもう死んじまうんだなぁって、思ったくらいだしな」

「でも、悟空くんあきらめなかったんだよね?」

「まぁな。 オラ、この歳になっても、あきらめが悪いのはかわんねぇかんな――はは!」

『はははは!』

 

 笑い声が甲板に響いていく。

 皆が笑う。

 大きな声であたりに響かせていく。

 

 笑う……笑う……わらう。

 

 

 

 

「……くく」

 

 ――――嗤う。

 

「はは……は……あ……」

 

 笑い声が止まる。

 その声に皆が振り向く。 疲れたのかな? などと思い、そっと彼の顔を覗き込んだなのはは思う。 どこかおかしいな……と。

 せっかく終わったのに、こうやってみんなで笑いあう未来がやってきたのに、どうしてそんなに――こわい顔をしているの?

 

「お、おめぇたち――」

『???』

 

 悟空は叫ぶ。

 同時、その身体に鞭を打ち。 子供たちを遠くへ弾き飛ばす――

 

「は、離れろーー――――ぅぐ?!」

「悟空くん!?」

 

 瞬間に光る何か。

 それが悟空を通過したと思いきや、彼はそのまま声にならない叫びを噛みしめる。 何が起きた? 敵はいなくなったはずだ……気だって、もう感じなかったはずなのに。

 

「ご、ゴクウ!? あ、あんた――」

「……なんでもねぇ」

「悟空くん! でも……でも!!」

「さっきから感覚がなかったんだ、こんなもん、一緒さ」

「悟空……腕に……穴が――」

 

 なぜ悟空の左腕の、大木のように大きい二の腕あたりに、ピンポン玉大の大きさになる風穴があいてるのか。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 荒い呼吸は悟空のモノではない。

 けど、その声質はなんとも似通っていて、一瞬ホントに悟空が苦しんでいるように思えるうめき声。

 

「よ、よくもやりやがったな……」

「ウソだろ! あ、あんな攻撃喰らって――」

「……どんだけタフなの!?」

 

 その主は……ターレス。

 彼は悟空を一瞥すると、そのまま舌打ちをする。

 

「こ、このオレを一度ならず二度までもあんな目に合わせやがって――」

「……この感じ……前にどこかで」

「貴様ら全員……血祭りにあげてやる!」

「ま、まさか!!?」

 

 その音が響く中、悟空にある出来事がフラッシュバックする。

 

 上げられた男の右腕、そこに集まる微弱な気。

 それが不自然に球状となると、淡く輝く力の塊になる。

 

「さ――させねぇ!!」

「悟空――!?」

 

 弾かれたように飛び出した。

 アレを打たせてはならない。 あれを爆発させてはならない――!!

 

 悟空の中で駆け巡る警告音は、その激しさを増していた。 させるな――何があっても阻止するんだ!! 悟空の必死の行動は、8メートル弱の距離を一瞬でゼロにする。

 

「うりゃああ!!」

「バカが。 死にぞこない風情で――!」

「ぐああ!?」

 

 それでも、その突撃はいなされ、悟空は大きく距離をあけられてしまう。

 上げられてしまうターレスの腕、その手に浮かべられている光の球体をいま、遠い彼方へと――放つ。

 

「なんなのあれ……攻撃するんじゃ」

 

 それは誰もが思ったこと。 ターレスの不可思議な行動に疑問符が取れないなのはたち。 思いもしないだろう。 今この時、彼らの――

 

「し、しまったぁ……」

「ふふ……終わりだ」

 

 最悪に恐れていた事態が訪れてしまったなどと。

 

「せいぜい目をつむっているんだな、カカロット。 さもなくば――」

「ち、ちくしょう!! アイツもあれが使えたなんて……チクショおお!!」

「貴様“も”あいつらを殺すことになるぞ? ふはははははは!!」

 

 投げた方の手をそのままに、ターレスはあざ笑う。

 あの戦いでもここまではしなかったのは、する必要が無いと思ったからだ。 だが、今回は違う。 自身を追い詰め、何度も立ち上がり、最後にはあんな思いをさせたのだ。

 あの技のための“予防策”も、憶測ながらにやってのけた男に、今回、既に死角はない。

 

 そうしてターレスは、絶望への呪文を宣告する。

 

 

 

――――――弾けて……混ざれ!!!

 

 

 

…………爆発が起き、そのエネルギーが、周囲の酸素と結合していく。

 

 

「おめぇたち……今すぐリンディたちのところに行って地球に帰るんだ」

「……え? ご、悟空くん?」

「聞こえねェのか! 今すぐここからいなくなれ!! そろって死にてぇのか!!?」

『!?』

 

 荒げた口調は、今まで誰一人として聞いたことのない。

暴言をも挟んだ必死の警告は、なのはたちに素早く浸透していく。

 

「いきなりなんなの!? あの変な……へんな……え?」

 

 なのはの反論に、答える声はなく。

 それに同調する者もすでにいなくなっていた。 空に上がった白銀の光りが、彼を――ターレスを眩く照らしたときであった。 彼の身体に、大きな変化が訪れる。

 

「ふぅ……ふぅううう……」

 

――――トクン。

 

 鼓動音があたりに響き渡る。

 それが聞こえたのであろう。 なのはは悟空を責める声を静め、音がする方向へと視線を向ける……向けてしまった。

 

「ぐぉぉぉぉ……ふぅぅぅ――はあああああああ!!」

『な!?』

「…………どうして――」

 

 気づけば驚く声は、3重になっていた。

だがしかし、しかしだ……その中に置いて、悟空と同じく顔面蒼白、自意識喪失となった少女が一人いた。 彼女はこの中で悟空以外に唯一、この現象を知っていたのだ。

 だからこそ身を震わせ、恐怖に顔をゆがませる。 あのときの悪夢が今、最も恐れる形で再現されたのだから。

 

「どうして……」

「き、牙が……それに」

「な?! あ、アイツの身体が――巨大化してく!!」

「……くっ!」

 

 聞こえてくる喧噪。

 それを“聞くだけ”である悟空は、いまだに一歩も動くことができない。

 

「…………ぁぁぁぁぁ」

 

――――トクン……ドクン!!

 

 鳴り響く鼓動が、その勢いをより一層増した。

 

「おおおおおおお――――ぐぅぅぅぅぅうううううううおおおおおおお!!」

「なにが起きてるんだ――!?」

「あ、あれは――」

「フェイトちゃん……?」

 

 起こる変異はいまだ続き、その工程に更なる怯えを見せる少女を気遣うなのは。 彼女は知らないからこうしていられるのだ。 今起きている最悪の事態、その真骨頂が今……彼女たちを襲う。

 

「………………!!」

――――ドクン、ドクン、ドクン…………ドクン――――

「!!?」

「こ、この声……この叫ぶ声は――まさか!?」

 

 男のうめき声が、獣の咆哮に変わる。 その音を聞き、いまだにそれを視認しない悟空は……目をつむっていた。

 決して見てはならないあの“星”の光り。 対策ならできるかもしれないが、それを実行するには、あまりにも悟空の体力が低下していた……だからもう、アレを止めることなどできなくて。

 

「グオオオオオオ!! ガアアアアアアア!!」

「なんで!? だって……だってここには月が無いのに――どうしてこんな――」

「……こんなことって」

 

 溢れかえる絶望。 湯水のごとく湧き出る死への恐怖。

 こうさせないために来たはずなのに、ここに来て、まさか今までの苦労が水泡に帰すとはだれもが思わず、自然、アルフが両ひざをついてしまう。

 

「ご、ゴクウ……アイツ、なんであんな――!!」

「すまねぇ……オラがいけなかった……とどめを刺しきれなかったオラが――」

「そうじゃない!! そうじゃないんだよ……アタシがいいたいのは……」

 

 目の前で大きく姿を変えていくターレス。 その変身はもう引き返せないところまで来ていた。 小さかった犬歯は大きく尖り、歯が牙へと変わる様ですら身震いをさせる。 聞こえてくる重量が増える音は、この世の理を打ち破るかのように増大していく。

  それをじぶんのせいだとつぶやいた悟空に、アルフは叫ぶ。 慰めるわけじゃない彼女が知りたいのは……いま、どうして男が大猿になり変わろうとしているのかという事。

 

 

「どうして満月でもないのに……大猿に変身できるんだい!!」

 

グオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!

 

「……こうなったら最後の手段だ」

 

 その問いに、悟空が答えずとも。 黒い脅威が戦哮にて返事をしてきた。 崩れ去る世界の上空でいま、最終ラウンドのゴングが鳴らされようとしていた。 その中でつぶやかれる一言、それは満足に身体が動かせない彼の、最後の攻勢を意味する一言だった。

 

……それは。

 

「もうこれしかねぇ……元気玉だ――」

 

 最後の頼み、星の輝きをぶつけるその技を……果たして悟空は使うことができるのか。 いまだに自我を見せない咆哮を聞きながら、傷ついた青年は今、命の無い世界で無謀な賭けに打って出る。

 




悟空「オッス! オラ悟空!」

なのは「着いたと思った勝負の行方。 だけどターレスは最後の手段に打って出たのです」

悟空「おめぇ達ここから逃げろ! ここはオラが――」

フェイト「その身を粉にしている悟空が、わたしたちの撤退を仰いでいるとき、空から魔女が下りてきたのです」

プレシア「ここは私たちが食い止める場面よ、あなたはそのまま集中していなさい」

悟空「で、でもよ……」

プレシア「今、なにかいったのかしら……」

悟空「……なんでもねぇ…………おう」

娘二人「……えっと?」

クロノ「コホン! ……圧倒的な力をふるうやつ相手に、悟空は最後の手段に打って出る」

ユーノ「次回、魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第29話!!」

???「『        』」

なのは「あれ? 見えない……?」

フェイト「どうしたのかな?」

ユーノ「なんだか胸騒ぎがする」

悟空「……オラもだ!」

アルフ「まぁ、次でわかるだろ? そんじゃね」


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第29話 『           』

元気、勇気、やる気。 気にもいろいろあるけれど、みんなはいったい何を主に使うんだろう。
……やっぱり元気ですかね?

さて、今回プレシア女史の戦闘がかなりの手さぐりです。

いろいろ、先に謝らせてください……では!
りりごく29話どうぞ。


 崩れ落ちる者がいた。 時すでに遅しと、両ひざから床に座り口元を手で覆っている者がいた。 見えてくる絶望に視線を合わせることをやめ、ここまで繋いできた彼に望みを再度託すこともせず……リンディ・ハラオウンはいま、人生でかつてないほどにその心を打ちひしがれていた。

 

「最悪よ……こんなことってないわ」

「……ほんとうにね…………最悪って言葉は、こういう時に使うモノなのね」

 

 そこに同乗するものが一人。 幾度もなく困難に苛まれた彼女の人生ですら、この惨状は大きすぎた。 もはや抵抗の意思すら持ち合わせることができない驚異を前に、プレシア・テスタロッサは長い髪を床へと落としていた。

 

 そんな彼女は、唐突に立ち上がる。

 

「いけない……あの子、まだ戦う気よ!」

「……え? ――――プレシアさん!?」

 

 プレシアが指示したその者、名を孫悟空という。 幾度もないピンチを乗り越え……跳ね返させられて……それでも立ち上がってきた彼は既に全身がいう事を聞かないまでに疲労していた。

 その彼が、再び握る右こぶしと、その際に再度出血した左腕の風穴を見たプレシアは、どうしてだろう……転送ポートにまで走り出していた。

 

「あの子……」

 

 あきらめないという目をやめない彼。 そこになぜか自身の影が見え隠れするのは、きっと彼女も“手放したくない物”のために、今日を必死に生きてきた瞬間があったからだろうか。

 その姿に心を震わせた刹那、彼女は紫の光に包まれるのであった。

 

 

「グオオオオオオオ!!」

「さ、最悪だ……原理も理由もわからないが、アイツが大猿になってしまった……」

「あ……ああ……」

「こ、殺される……今度こそ間違いなく」

「…………」

 

 場所は戦場。 アースラの艦橋上空に居る彼らの中に、目の前にある“狂気”に対して、眼を閉じている男が居た。

 だが、彼が行うそれは不本意なもの。 出来ることなら今すぐに目の前の怪異と対面し、最終ラウンドに火をつけてやろうとは思う……のだが。

 

「悟空、さっきからなんで目を……?」

「……へへ、開けられるんならそうしてるさ」

「どういうこと?」

「悟空くん?」

 

 それは絶対にやってはならない事。 守ることが出来なければ、必ずと言っていいほどにこの場をさらなる混乱に染め上げるのだから……だから悟空は目を開けない――さらに。

 

「今あいつが投げた気弾。 あれは月と同じ効力を発揮するモンだ」

『月!?』

「そうだ。 そんでそれが判ったら、もうそれ以上はいらねぇだろ……アイツはあの月を見て変身したんだ」

「……そ、そんなことができたのか」

「頼みがある」

「……どうかしたのか」

「オラの――」

 

 そうして彼は端的に説明していく。

 作り上げられた人口満月、それは限られたサイヤ人にしか作ることが許された代物であり、かつてベジータが同じような状況で使用したある種の緊急措置。 強くなるというそれは、単純ながらに身の毛が立つほどに恐ろしい手段である。

 それを語り終えた悟空は、力なく自分の尾を上げて……差し出した。

 

「この尻尾を切り飛ばしてくれ!」

「な、何言ってんだ!?」

「そうじゃなきゃオラずっと目をつむってねぇといけねぇ! そんなんじゃ勝てるもんも勝ねぇ! 負けそうなときなんかなおさらだ!!」

「……そんなこといわれても…………」

「――急げ! あいつが完全に変身しちまったら、きっと一目散でこっちにくる。 そうなったら攻撃も何もねぇ、全滅だ!」

 

 もうなりふり構わない悟空の、再会してから言う2度目のお願いに面喰う少女達。 いきなり相手の身体から生えてるモノを切るだなんて、そんな戸惑いを見せる彼女たちに、悟空は必死に呼びかける。

 早くしてくれ――手遅れになる。

 戦えるのが……たとえ傷つき倒れそうでも……いまだに彼一人だというこの状況で、戸惑っている時間などないはずなのに。

 

『!!?』

 

 早くと呼びかけた悟空の中に一瞬の苛立ちが芽生え、だが、それを打ち消すように、空から特大の爆発音が聞こえてくる。

 

「な、なんだ……いきなりあの偽物の月が消えた……」

「…………あ、あれは!?」

 

 その発信源を見上げた悟空たちは驚きの声を上げる。 そこには紫を基調とした妖艶を羽織る魔女が居たのだから。

 

「……サンダーレイジ」

「かあさん!!」

「ぷ、プレシア……おめぇ何しに――え?」

 

 降りてくる彼女は、悟空のもとにたどり着くと彼に抱きつく……抱きついたのだ!!

 

「お、おい……?」

「プレシアさん!!?」

「か、かあさん!? い、幾ら母さんでも悟空はダメーー!」

「……ふふ」

 

 そこから見え隠れする彼女笑みはまたも妖艶。 妖しく艶のあるそれは、長い髪と共に悟空の傷着いた肉体に絡んでいく。 そこに大ヒンシュクなフェイトとなのはは闘牛のようにプレシアに文句を言う。 何をする! その人は――……その先はまぁ、言えないのが彼女たちが幼い証拠なのだろう。

 

「その“元気”があれば、まだやれるでしょう」

『え?』

「おめぇ……まさか」

「そのまさか……よ」

 

 灰色の長髪が大きくたなびく。 悟空の黒髪から色素を抜いたかのようなその色は、それだけ彼女と悟空との生きた時間の差を醸し出していく。 その彼女が言うのだ、悟空に向かって……まだ、戦えると。

 

「でもおめぇ、病気は――」

「どう見ても再起不能なあなたに比べれば……ね」

「そいつ言われちまうとおら、反論できねぇな。 でも、幾らなんでもおめぇが来たところでさ……もしかして何か作戦でもあんのか!?」

 

 それを案じ、その言葉さえも巧みに返すプレシアはどこか笑っている印象を悟空に与える。 小さく……小さく。 ホントにそう思えた悟空は、それだけで感じ取る。 彼女は、何か奥の手を隠し持っているのではないかと。

 

「いいえ、それは違うわ」

「へ?」

『???』

 

 それを否定する彼女の声と、素っ頓狂に返事をした悟空。 その周りで子供たちが疑問符を作る中で、プレシアは悟空に、最後の提案をするに至る。

 

「切り札を隠しているのは……あなたの方じゃないのかしら?」

「…………」

「悟空くんの……」

「切り札?」

「そ、そんなものが――」

「でもどうして――」

 

 それを聞いた途端、悟空の顔に深い影が射す。 それを見ただけで、プレシアの考えは答えに満たされた。 彼には何かある……この底辺をひっくりかえせるだけのなにかが――!!

 

「どうしておめぇがそれを」

「知っていたわけではないのよ。 ただ、少しだけ考えてみただけ」

「――もしかしてターレスは……」

「おそらくそうよ。 いま、あなたが考えている通りの事をあなたにされたはず」

『……?』

 

 どうにも要領を掴ませない悟空たちの会話。 何か難しそうな会話に、それでも悟空が対応できたのは実感があったからだ。

 なぜか知っていた界王拳の呼称、どこか自分の動きを呼んでくる奴の一挙手一投足。 極めつけが幼少時から執拗に付け狙ってきた奴の行動。 そのどれもが、彼を答えに導いていく……だが、いまはその答えを口にすることはしない。 それよりも重要なことができてしまったから。

 

「結論から言うぞ」

「……どうぞ」

「切り札は……ある!」

『!!』

 

 皆の顔に希望が湧いてきた。 どこか不安を差し込ませる悟空を余所に盛り上がろうとする彼等彼女達。 あるのか、だったらそれに賭けよう……そんな安直ともいえる感情をむき出しにしようとする者たちを、悟空は影の差した表情で押しとどめる。

 

「出来れば使いたくなかった」

「え?!」

「……」

「下手をすればこんな小さなところ、跡形もなく消し飛ばしちまうからだ」

「そんな強力なものが……いったいどういう技なんだ」

 

 彼の懸念……それは業の威力にある。 絶大であり壮絶である彼の師が開発した“奥義”は、放てば必ず大きな被害をもたらす力がある。 それを理解したうえで、悟空はとまどい、気になるユーノは思わず口にする。

 その奥義は、いったいどういうモノなのかと……

 

「――――元気玉」

「げんき……だま?」

 

 それはなんとわかりやすい名称だろうか。 あまりにも素朴に過ぎる名称はある意味悟空にふさわしいと言っていいだろう。

 勇気、活気。 それらの行きつく先であり、根源でもある単語……元気――

 その名を冠する技、おそらくとてつもないモノなのではないかという事実が、プレシアの中に直感として浮き出てきては、持ち前の知識で確証へとたどり着く。

 

「だったらあなたはその準備を」

 

 と、悟空に促した彼女、なのだが、それに対する悟空の答えは聞くまでもなかっただろう。

 ひたすらに暗くなる悟空。 右手を握り、感覚のない左腕がぶらりと振られると気まずそう口を開いていく。

 

「できねぇ」

「どうして……?」

「あれは確かに強力だ。 今のオラの体力でも、当たりさえすればきっと奴を倒せる」

「だったら――」

「けどあれには“周りのみんなから元気を集める”必要があんだ。 こんな命も何もないところでなんか、まず無理だ」

「……そんな制約が」

「…………」

 

 それはこの技にあるいくつかの弱点のひとつ。 自分に足りないところから持ってくるその技は、裏を返せば貸してくれるモノがあって初めて使えるという事。 それをこんな次元の狭間の様な場所で使うこと自体が間違いなのである。

 

「まぁ、周辺の“遠いところ”から集めればこれはクリアできるかもしれねぇ。 けどな、あれには技を出すまでやけに時間を食うっていう大弱点がある。 あいつを倒したいんなら……そうだな、1分くれぇ精神集中しないといけねぇ」

『……一分』

「わたしのスターライトブレイカーの6倍……」

 

 そうして言われた無理難題(時間制限)は案外短くてひどく遠い。 ベジータ戦で地球中から微量な気をかき集めるのに10秒、そして今回の隣接しているであろう、悟空が感じ取れている周辺世界から集めるのに60秒。

 6倍の差は果たして長いというべきか、それともあんな怪物相手にそれだけによく留めたと称賛するべきか……それは誰にもわからないとして。

 

「それじゃあ、あなたはそのまま精神集中を。 そこにいる小動物二人組は彼の治療に専念。 少しでもいいから体力を戻してあげなさい」

「小動物……?」

「……ふたり」

 

 仕切るプレシアはそれぞれに指示を送る。 それに困った顔をした悟空に、傍らにひかえていたアルフとユーノは各々呆ける。 こんな非常事態に行う事ではないものの、それすらおそらく彼女の計算なのであろう。

 

「アルフはともかく、ボクは小動物なんかじゃ――」

「……なにか言って?」

「――――ハイ。 ぼくハ、ショウドウブツデスヨ? キュウ!」

「ふふ、いい仔ね。 それで?」

「ふん! ヤダね。 アタシはあんたの指示には従わないよ」

「……アルフ」

「でも、悟空の回復はする。 アタシがやりたくてやるんだ、その辺、間違えんじゃないよ」

「えぇ、今はそれでいいわ」

 

 若干の衝突と従順はあれど、そこに一人の男が挟まれただけでここまですんなり事が進む。 その様子にそっと胸をなでおろすフェイトは、そのまま続いていくプレシアの作戦に耳を傾けた。

 

「それであなたと……管理局の坊や。 それにフェイトとわたしが攪乱をする。 これで行くわよ」

「わかりました」

「ぼ、ぼう――」

「エロガキの方がよかったかしら?」

「すいません…ごめんなさい…――どうかそれだけは」

「クロノくん?」

「お願いだ聞かないでくれおねがいしますからぁぁ」

「えっと……クロノ?」

 

 これでもかというくらいに強かなプレシアさんであった。

 さて、ここで大体の作戦会議が終わる。 同時に見上げた全員は、そこに浮かぶ巨大な怪異に内心引きつる。 それでもその足を、腕を、身体を、眼差しを、決してそらさないのはもう逃げ場がないと悟っているからなのだろうか。

 

「すまねぇがみんな、時間稼ぎ頼むぞ!」

『おう!!』

 

 いいや、それはきっと違うだろう。

 

 飛び去っていくなのは、フェイト、クロノ、プレシアの4名は各々得意なレンジまで相手と距離を縮める。 決して近づきすぎないように行く彼らはえらく慎重だった。

 

「結局こうなっちまったか」

「悟空さん?」

「最初にああいっちまった手前、みんなに助けてもらうんは気が引けるんだけどな」

「アンタ、こんな時にまでそんなこと言って……」

「すまねぇ。 でも、オラどうしても一人でケリを着けたかったんだ」

「悟空さん……」

 

 そうして残った本命は、自身のふがいなさを呪う一言を吐き出す。 それに嘆息ぎみに呆れ顔をさらしたアルフは今の発言を全否定。 ここまでの彼が歩んできた苦労は、ここにいる誰よりもわかると胸を張れる彼女だ、故の否定は、それでも彼を励ます一言にはなりえず。

 

「……けど」

『え?』

 

 それでも彼は……今この時の皆の願いは、分っているつもりである。 だから――

 

「今はみんなでここを切り抜ける。 反省すんのはそれからだ」

「そうですね」

「そんときはアタシも手伝うよ」

「サンキュ! ――――んじゃ、行くぞおめぇたち!」

 

 飛んで行った仲間をその目に焼き付けて、孫悟空は右手を天に仰ぐ。

 

「……あ」

「なんか……雰囲気が」

「…………集まってくれよ」

 

 そこから変わった彼の雰囲気。 何が? と言われれば答えられないのかもしれない程の微量な変化だったであろう。 それでも何かが変わったのだ、この空気が、世界が――いま、悟空を取り囲むすべてが大きく動きだしていく。

 

 静まる周囲はまるで嵐の前の静けさ。 その中で彼が紡いでいくのは最後の呪文(ラストスペル)であり、この世全てに働きかける奇跡の言の葉。 えらく簡単で、単純で……それだからこそ、万人に聞き遂げられるその言葉を、彼は世界に語りかけた。

 

「空よ……」

「か、風が吹いてる……? 海もないのにどうして――」

 

 仰いだ右手を思い切りよく伸ばしてく。 それだけで風が喜び、向かい入れる空気が悟空を包む。

 

「海よ……」

「施設の水が急にあふれてきた……! いきなりなんだって言うのさ……」

 

 紡いだ言の葉を遠くにまで響かせていく。 今度は海洋のモノたちが震え、まるで津波のように動き出しては彼に自身が居ることを知らせる。

 

「大地よ……」

[ご、悟空君の周りに光が……なんて綺麗な――]

 

 輝きが彼を取り巻いていく。 艦内にある桜の花が、散らせる花弁の数を増やして青年を応援する。 舞っていくそれらは、まるで悟空に向かうように不自然な落ち方をしていき、周囲に事の変質を思い知らせる。

 

「いま、この時……この世に生きとし生けるすべてのみんな!」

 

 世界が震え、彼の問いに礼をもって答える。 今までいくつもの困難を切り抜け、文字通り世界を救ったことさえある彼だからこそ許された言葉、それを今、万感の思いで語りかける。

 

「オラに元気を分けてくれ!!」

 

 言った。 ついに紡がれたそれは、世界中に響いていく。 天を仰げば蒼穹(そら)、地を踏めば草木が、限りなく遠い世界を見渡せば海が……悟空にほんの少しだけ力を貸していく。

 輝く光は白。 それは誰でもない世界の色。 原初であり、何者をも受け入れるその色がいま、悟空の手の中に集まっていく。

 

「すごい、こんなことが。 なのはのスターライトみたいだけど、集める範囲が尋常じゃない」

「周辺世界から微弱な力っていうけど。 こんなふうに集められるなんて」

 

 ユーノとアルフはその光景に、思わず戦いの場を忘れてしまいそうになる。 だって仕方がないではないか。 このような幻想的で神秘的な光景、もしもこのようなことが無ければ一生目にすることなんてできないのだから。

 だが。

 

「は、はやく集まってくれ! アイツ等の気がどんどん落ちていきやがる――早く!!」

 

 その中で悟空は、ひとり苦悶の表情を浮かべていた。

 

 

 

「フェイト、あなたは私と一緒にオフェンス。 あなたと坊やはバックスで行くわよ」

「え? 母さんが……?」

「何か問題があるかしら?」

「……それは」

 

 悟空が遠い世界に呼びかけるそのとき、大猿に向かって飛んで行ったプレシア達はその場しのぎの作戦を立てていた。 主な任務は攪乱、だからこそ機動力があるフェイトが選ばれ、その援護になのはと、全体を見通せるクロノを後衛に置くのは妥当な判断であろう。

 

 ただし、発案者本人が死の危険性があまりにも高いことに目をつむれば……だが。

 

「言いたいことは大体わかるわ。 けど、今はそんなことは言ってられないの」

「けど!」

「……! 話はここまで見たいね。 来るわよ!」

『!?』

 

 言いたいことがあったフェイトであったが、その続きは状況が許してくれなかった。 轟く獣の声が空を切る。 あのとき味わった何倍もの迫力に、なのはとフェイトは愚かクロノでさえも背筋を凍らせる……しかも。

[フフ……月を破壊してやったと思っただろうが、オレのパワーボールの効力はあと30分は続く。 もくろみ外れたな]

「なんだ!? 誰の声だ!!」

[にしても……ぐはははははは!! これはトンだ拾いもんだ!!]

『しゃ、喋った!?』

 

 あの理性無き大猿から聞こえてくる人語。 そこにはやはりターレスの人格を確認できて、それがより一層彼女たちに痛烈な衝撃を与える。

 なぜだ! どうして自分を見失わない!! 悟空はああも凶暴で見境がなくなっていたのに――

 

[どうして? ……という顔だな。 当然か、なにせこのオレも驚いているのだからな]

「……できれば説明願えるかしら?」

 

 その答えは、どうやらターレス自身も持ち合わせてないようで。 口ぶりから察するに、彼もどうやら、ああなってしまえば理性がなくなるはずだったと推察したプレシアは、それでも理由を聞こうとして。

 

[――その手に乗るとでも思っているのか?]

「交渉決裂……ね。 だったら――」

『実力行使!!』

 

 結局、互いに息の合った決裂の声を張り上げながら、崩壊していく庭園の上空で、両者は一気に閃光を解き放ていく。

 

「きゃあ!?」

「わーー!!」

「ふ、吹き飛ばされ――」

 

 大猿であるターレスが、口部から放つ小規模のエネルギー弾。 それにプレシアのフォトンランサーがぶつかり合って、多大な雷光があたりにまき散らされていく。

 巻き添えを喰らう子供たち、それでもかまわず大人二人は互いの光りを相手に飛ばしていく。

 

「食らいなさい」

 

 杖を振りかぶるプレシア。 その軌道から生まれる紫の雷光は、数にして――――20。 まるで手品のような生成の早さは、既にフェイトのそれの数段上を飛び越した戦闘技術である。

 

「フォトンランサー……ファイア!」

 

 颯爽と振りぬいた腕は発射の合図。 彼女の指示で、宙に浮いていたスフィア達は、その身から紫電を高速で射出していく。 マシンガンのように、それでいて一発一発は必殺の領域であるそれは、並みの魔導師ならば即座に戦闘不能になるであろう。

 それを、奴は――

 

[そのような攻撃! 防ぐまでもない!!]

「防御も取らないで突っ込んできた!?」

「プレシアさん!!」

「飛行魔法カット……自由落下で――!」

 

 防ぐこともせず、プレシアに向かって突進してくる。

 まるで黒い突撃艇。 触れることすら恐ろしいほどの風切り音に、全力で回避の選択を取るその他大勢。 プレシアも例外ではなく、発射の硬直をカバーするかのように、あえて飛行魔法を解除、そのまま重力の意のままに落下することにより、前方からの突撃を回避する。

 

[ははは! いいことを教えてやろう]

「!?」

[大猿に変身したサイヤ人の戦闘力数は――]

「次が来る! 今度は上に避けて!」

[10倍だーー!!]

「……ウソだろ――っく!」

「気をつけなさい。 もうアイツの言葉には耳を貸さないで、今やるべきことに集中するのよ」

「すいません」

 

 予想の遥か上を行く奴の威力。 だが、なぜか彼女たちは対応できていた――それは、やはり大猿になった影響があの男にもあるからだ。

 

[ちっ、やはりこの身体になると動きが鈍くなりやがる]

「やはり……そういう事か。 だったら――」

「!?」

 

 ターレスのボヤキをいち早く拾ったクロノは、ここで目配せしては、強く念じる。

 

【みんな、よく聞いてくれ】

【どうかしたのかしら坊や】

【アイツについて気付いたことが――】

【速度が亀並みに遅くなっているって、ホントにいまさらな事なんて言ったら……あとで泣かせるわよ】

「さ、作戦続行!」

『あらら!?』

「まぁ、いいでしょう……さて」

 

 念話……終了である。

 この時、誰が誰を泣かせるとは結局追及されずじまいで、男の子のすすり泣く音が次元空間に捨て置かれたとかなんとか。 どうしてか余裕な空気を醸し出す彼女達、状況は最悪だ、戦力だってもうボロボロで――それを感じさせないのは、後ろにひかえる青年と……

 

「…………こんなもの。 いつまでも相手なんかしてられないわよ――急いで、孫くん」

 

 プレシアという存在が、この場を大きく支えているからだろうか。

 一気に散って、出来るだけ的を絞らせないようにする彼女達。 その間にプレシアは次を構築し、一瞬だけなのはを見やると、そのまま声を張り上げる。

 

「坊や! 御嬢さんと一緒に援護をお願い! フェイトは攪乱を続行よ」

「は、はい!」

「了解した」

「それと、御嬢さん」

「なんでしょうか……?」

「さっきの収束砲撃魔法……スターライトブレイカーというのはもう撃てないのかしら」

「え?!」

 

 まさかの一言だっただろう。 ここでそんな言葉が出るとはつゆとも思わなかったなのはは、あまりの事にレイジングハートを取りこぼしそうになるが、その反応だけで十分だった、プレシアの顔に、微笑が浮かぶ。

 

「そう、できるのね」

「は、はい……さっき悟空くんに貰ったお豆で、魔力も体力も全開ですけど……」

「そう」

 

 段々とドス黒……妖しい笑みに移行。 どこぞのスケベ仙人ですら黙らせそうなそれは、なのはの心に重くのしかかる。

 ……味方同士のやり取りの筈なのに。

 

「とりあえずいいわ。 それをやることも今は出来ないし、さすがに二人同時にかばうなんて真似は出来ないから」

「は、はい」

「……あと20秒。 死ぬ気で行くわよ」

「わかりました! プレシアさん!」

 

 それでも最後には、何となくなのはを気遣う彼女は、どこか母の顔だったとか。 こんな顔を、フェイトにも向ければいいのに……などと、心のどこかで思うなのはには、やはりこの女の道のりというもと、犯した罪というのは想像に難があるのだろう。

 

「かあさん!」

「えぇ、行くわよ――」

「はい!」

 

 遠くからフェイトの声が響く。 同時、振り向いたプレシアは持った杖を横払い。 またも大量に生産された紫電たちを、大猿に向かって打ちだしていく。

 

『フォトンランサー』

 

 一緒に叫んだ母子は、全く同タイミングで撃ち出した魔力弾に紛れて空を舞う。 高速を維持した戦闘にシフトした彼女たちは、背後から流れる2色の砲撃魔法を躱しつつ、持った武器に魔力を流し込んでいく。

 

[――! 蠅のようにうろうろと、目障りな奴らが!]

「当然よ。 一度捕まったらアウトなのに、そんな間抜けをするバカがいる者ですか」

「……うく」

「にゃはは……」

 

 当然のように来た罵倒に流し目で答えたプレシア。 その横で委縮しまくりのツインテール娘に目をくれず、プレシアの持つ長い杖に紫の雷が迸る。

 

「モード、ザンバー」

「え?」

「杖の先から……剣みたいのが」

 

 どことなくブロードソードのような大剣を彷彿とさせるそれは、彼女の近接格闘の要たるもの。 杖の長さから、どうしても槍とも認識できるそれは、プレシア曰く「持ち方が違うだけで、こんな刃が付いただけの得物、どっちも一緒よ」とのことだそうが、それがとにかくでかい。

 もとの杖が140センチあるとして、そこからさらに刃渡り50センチが追加されるのだ、当然であろう。

 

「こうやってリーチを確保してやれば、捕まる危険性は激減する……ほら坊や、さっさと移動砲台なりなんなりやってちょうだい」

「……はい!」

「クロノくん……?」

 

 段々と二つ返事となる男の子を操縦して、彼女はフェイトから大きく離れる。 その軌道を読んで、フェイトもそのまま反対方向に航路を変え、お互いが半円を描くように飛んでいく。

 その真ん中にターレスを置くことで、両者の距離は置いたままに、しかも等間隔で制空権を主張しつつ――その航路跡に、黄色と紫の球体を設置していく。

 

「フェイトちゃんとプレシアさん、今飛んで行った後にフォトンスフィアを落としていったんだ」

「まさかアレを一気に――?!」

[フン! そのようなものでこのオレが!]

「だから僕らが居るんだろう」

[なんだと? ――っく!]

 

 それらを振り払おうとする巨体目がけて、水色の砲撃が2本だけ線を描く。

 

「出力を絞ればこれくらいは――」

「クロノくんナイスだよ!」

「クロノ……」

「やればできるじゃない」

「あの人が……褒めた?」

 

 褒めちぎられるクロノ。 めずらしく褒めたプレシアも、なんだか声に乗りが付いてきており、それがうれしかったのだろう。 まるで初めて上官から褒められてしまった新兵のように、クロノは調子づいてしまう。

 

「よし、なら前に使ったあの戦法で!」

[何をする気だ]

 

 不意に振るわれたクロノの杖“S2U”と呼ばれるそれに、またも熱がこもっていく。 青く輝くそれをもって、彼はいきなり突撃する。

 

「僕が突貫する。 そのあとにできる隙を狙ってくれ!」

 

 勇ましく、雄々しく、翔けぬけていく黒いコートが大きくたなびく。 敵は今ので怯んだはずだ、チャンスは今しかない!!

 たった一人の黒一点、クロノ・ハラオウンは果敢にターレスへと突き抜けていく!!

 

[やかましい!]

「――――やっぱりッ!!」

 

 そうして彼は、アースラとは反対方向に消えていったとさ。

 

「行くわよフェイト! フォトンランサー」

「ファランクスシフト――」

『ファイア!!』

 

 始まりの掛け声。 それと同時に光り出す無数のフォトンスフィアたち。

 黄色、紫の二色が大きく光り、帯電していくと総勢78個の光球たちが一気に膨らみ音を鳴らす。

 

[ギッ! ……こ、こんな軟な攻撃で――]

 

 1発は大した威力ではなかったかもしれない。 だが、それが78個、しかもマシンガンが如く秒間に4発の連射で312発……正直、堪えない訳がない。

 撃たれる弾幕に上がる煙幕、覆い隠される巨大な影。 それは彼女たちの攻勢が有利だという証拠……と、彼女は思うだろう。

 しかし、しかしだ。 太古から、このように相手を見えなくするような攻撃方法は――

 

[…………あまい!]

「し、しまった!!」

「かあさん!!」

 

 特に彼等には逆効果の戦法なのである。

 

 不意を突かれたプレシア。 唐突に伸びてきた漆黒の毛並を持つ何かが飛来して、彼女の目の前を覆い尽くす。

 

そのときであった、唐突に光るプレシアの目の前。 緑色のそれは、円環魔法陣を描くと、中からオレンジ色の何かを視認すると、それから大きく手が伸ばされてくる。

 

「こっちだよ! 捕まりな!!」

「あ、アルフ――」

「フェイトも……ユーノ! 早く転送!」

「わかった――行くよ!!」

 

 そこから始まる連携はとてもなだらかであった。 迫る大猿の手を出し抜くように、まるで霞を掴ませるようにして消えていく彼女達。 唐突に現れ、いなかったようにもと居た場所に帰っていくアルフとユーノ……それはつまり、青年の攻撃準備が整ったことを意味するのであろう。

 

[な、なんだ……?]

 

 いなくなった彼等に、思わず手を右るターレス。 その巨大となった姿から、より一層の凶暴性を醸しながら、何がどうなっているかわからずそれでもと思い、不意に見上げた空には、ひとつ、恒星らしきものが浮遊していた。

 

[太陽? いや、ここにそんなものはないはず……あれはなんだ?]

 

 青い……一番星がそこにあった。

 

 果てなく遠くにあるようで、とても近くにあるそれは、この時の庭園に隣接するすべての生き物が、青年の願いに同意して力を分け与えたモノ。 その結晶である。

 

[ま、まさか――]

 

 大猿の深紅の瞳が歪む。 巻き起こる過去の出来事に、狼狽したのはホントに一瞬であった。 フラッシュバックを即座に切り捨て、この忌まわしき青い輝きの元凶に向かって一声怒気――ヤツは黒い咆哮を上げる。

 

[カカロットの奴が!?]

 

 もはや説明すらいらない。 その輝きを作りし彼に、大猿は歪んだ世界を見渡していく。

 

[あの時と同じだ。 神精樹の周りが歪んで、カカロットにおかしな光が集まりだしたあの時と――!!]

「へへ……」

 

 居た。 その鋭い眼光で確かに捉えた。 ボロボロの身体で、立っているのもやっとの筈なのにまだ立ち向かってくる愚か者。

 そいつが上げた片腕の先があの青い星の在りかで……それだけで、あの光がなんなのかはわかってしまう。

 

「お、オラと…この世界と…みんなで作った元気玉だ」

「あれが……元気玉」

「なんて…なんて綺麗な光なんだろう…」

「青い。 まるで地球そのモノみたい」

 

 

 彼はふらつく身体で目を光らせる。 それが最後の気迫なのであろう、そこから段々と力が抜けていく様である青年はそれでもしゃべり続ける。 これがお前が踏みにじってきたモノたちの力なんだと――

 

「ハラぁいっぱい食らいやがれ!! ターレス!!」

 

 上げた腕を振りかぶる。 その都度あがる悲鳴は、回復魔法のおかげで幾分、先ほどまでよりかはマシである。

 それもこれも、皆が繋いでくれた最後のバトン。

 

「行け!」

「悟空!!」

「お願い! 届いて!!」

「ゴクウ!」

「孫くん!」

「悟空君!」 

「いっちまええええええ!!」

 

そのアンカーを任された悟空は、いま、最後を決めるべく――腕を振り下ろす。

 

[おのれ……おのれええええ!!]

 

 落ちてくる。 あの大きな星が落ちてくる。

 直径40メートル大の気の塊が、大猿目がけて落ちてくる。 それを見上げたターレスは猛る。 このまま、奴の思い通りにはさせまいと。

 

[こんなモノ! 吹き飛ばしてくれるーー!!]

「なんだと!?」

 

 そして受け止めたターレス。 迫りくる熾烈な攻撃に、むしろ逃げずに反撃するのは彼の中にある戦士としてのプライドか、それとも先ほどの意趣返しか。 焼けただれていく己が両手を気にも留めずに、憎悪をまき散らせていく。

 不意に光る口元。 鋭い犬歯と、刃の如く並ぶ前歯、それが強く噛みしめられると一気に震え、轟いていく。

 

[でああああああああ!!]

「うぉ!? うぐ!! このやろおお!」

 

 まさかの反撃に悟空が唸る。 必勝を信じて放たれた最後の技に、こうも抗われるとも思わないでいた彼は歯噛みする。

 押し返されそうな感覚と、それをさらに押し出す自分に与えられるダメージは、既に彼の許容範囲を超えていた。

 

「ギ――ぐぎぎ……こ、この!」

[おわりだあああああ!!] 

「ちくしょう……体力が…体力が持たねぇ…! 元気玉が――消える!!」

[GAAAAAAAA!!]

 

 悟空の体力が底をついたとき、 時の庭園上空で、極光がはじけだす。

 大きく傾くアースラ。 着弾地点からかなりの距離を取っていたにもかかわらずこの威力。 間違いなく彼らの保有する兵器群を凌駕している攻撃に、次元空間そのものが痛烈な悲鳴を上げていく――にもかかわらず。

 

「…………そんな」

 

 誰がつぶやいた声だろう。 あまりにもそっけなく、失意という名で塗り固められたその声は?

 いいや、もはや聞くまい。 なにせ声を出さずとも、ここにいるすべてが同じ思いを抱いてるだろうから。

 

[ふ、ふふ……]

「はぁ……はぁ……こ、これもダメなんか……も、もうお手上げだな」

 

 妖しくうごめく黒い笑いを聞きながら、悟空はそっと両手をぶら下げる。 ダラリと音を立てて、まるで精根尽き果てたという彼に残された手は……無い。

 完全に出し尽くされた彼の力。 もうここまで、そう呟くや否や――黒い影が襲い掛かる。

 

「……そんないきり立つなよ……オラ、もう逃げも隠れもできねぇぞ――うごぉッ!!」

[ハッハー! 食らいやがれ!!]

『あ!?』

 

 ふらりと浮いた悟空。 すぐさまアースラから離れると、そのまま飛んできた怪物に捕まり、地の底までダイブさせられる。

 痛いほどに聞こえる風切音がその身を刻んでいく中、悟空は次の瞬間には時の庭園外装部分から激しく激突させられていた。

 

「がは――いてて……くぉ!! あ、アバラが折れ……」

[いいぞカカロット。 まだ生きているな?]

 

 なぜ浮いた、どうして身をささげるように放り投げた。 それは彼の立ち位置に問題があった。 元気玉作成から居たのはアースラの甲板、そんなところに大猿の巨体が突撃したら――まさに全滅は必死であったろう。

 それがわかる大人たちは歯噛みする……また、助けられたと。

 皆が膝をついている中、瓦礫の山で死人と野獣が暴れ出す。

 

[よぉし。 まずは足をつぶして二度とウロチョロできないようにしてやろう]

「そ、それはもう体験済みだからよ……できれば他のにしてもらいてぇ……ぜ」

[安心しろ。 どうせ――――死んだら一緒だ!]

「――っうぐ!? か、界王拳!!」

 

 とどろかせた最後のあがき。 精々2倍どまりの炎は、それでも悟空の身体を蝕んでいく。

 

[遅い!]

「――っ!!」

 

 黒い物体に道を閉ざされ、勢いよく地面に叩きつけられる。

 その間に確認した今の物体は尻尾。 それがふらりと伸びては悟空に鞭のようにあたったのだ。

 

[やはりこのままこの手で押しつぶしてやろう。 貴様がつぶれる感触を楽しみながら、断末魔の叫び声を聞いてやる]

「……く!」

 

 告げられた言葉に冷や汗が浮かびだす。 なんてことを思いつくんだと責め立てようにも、それすらできない悟空の命は風前のともしび。 それをあざ笑うかのように、ターレスの、悟空の数倍の大きさを誇る右手は――彼に振り落とされていく。

 

「はあああああ! 3倍界王拳!!」

[あがああああ!!]

 

 バキリ――

 

 大木をへし折る音が聞こえてきた。

 

「ず、ずっとめぇに……悟飯となのはが勉強してた…………窮鼠猫をかむ――ってやつだ。 効いたろ……」

[指がああ! このオレの指ガアアア!!]

 

 悟空最後の拳。 それが大猿の右手薬指に当たり、“く”の字に見事に曲げていく。 それを確認したターレスのボルテージは上がっていく。

 同時、悟空は完全に背中から倒れてしまう。

 

「へへ……もう、キンタマの位置戻すちからもねぇ……すきにしろ――【り、りんでぃ……きこえるか……】」

【悟空君!?】

 

 その中で吐き出された弱気。 だが、いまだにある“心残り”を済ませるべく、悟空は心で呼びかけた。 いま、この場でその判断ができるとされる人物を、彼は消えそうな意識の中で呼びかける。

 

【オラ、もう駄目だ。 きっとこのまま殺される】

【あきらめてはダメよ! なにか……なにか方法が――】

【おめぇも薄々感づいてるんだろ? もう、打つ手がねぇって】

【でも――】

【だからさ……】

 

 紡がれていくあきらめの言葉。  いい加減に限界な身体はもう動かない……だからと付け加え、悟空はこの先を彼女に託す。

 

【オラがアイツにやられてる間に…おめぇたちはここから逃げろ…】

【……】

【うまくいけばここの崩壊で道連れくれぇには出来るはずだ。 サイヤ人は多分、もうコイツくれぇしかいないはずだから……さ。 そしたらおめぇたちは――【どうしてそんな勝手なこと!!】……頼むよ】

【なのはさん達の事を、あなたは――】

【考えてるよ。 だから、もうこれしか手がねぇ。 あいつ等の事、頼むぞ――もう、意識が飛びそうだ】

 

 この先。 自分がいない未来。 それはおそらく少女達が望んではいない未来かもしれない。 けど、何もないよりはと考えた彼の、悟空なりの精一杯の言葉はやっぱり何か間違っている……リンディはそう言わずにはいられなくて。

 

[こ、この死にぞこないがあ! よくもオレの指をへし折ってくれたな!!]

「へへ……たのんだ…ぞ…」

[このまま握りつぶしてやる!!]

「ううぅ……」

「悟空君!!」

 

 あえなく大猿に捕まれた悟空。 その大きな手に包まれた姿は、例えるならば壊れかけのおもちゃを掴んだ子どもの絵。

 そこからどういう光景が出てくるかというのも込みで、リンディは思わず机を叩く。

 

[死ねぇえ!!]

「うごぉッ…おぐぅ…」

 

 その音ですら届かない無情な距離。 同時、悟空を掴んだターレスは一声の後に両手に力を込めていく。 軋む音、何かが砕かれてく音……そして、避けていく音も聞こえてくるころには。

 

「ぅぅっぅうううううううぎゃああああああああああ――――――!!!!」

『……!!』

[ぜああああああああ!! このオレが受けた痛みはこんなものではない! さらに力を込めてやる!]

 上がる悲鳴は正に地獄絵図。 普通なら即死レベルの重圧に、むしろ耐えれる体を持っているから続く地獄に、この場にいる全ての者が耳をふさぎ、耳を閉じた。

 

「もうっ…やめて…」

「ゴクウが殺される……た、助けないと」

「動かないッ…身体が恐怖で…なんて僕は情けないんだ」

[死ね、死ね……死ねぇぇぇェェェええええ!!!]

「あああああああ――!! おぶっ!? ぐあ……う゛あ゛ああああああああ!!」

 

 血を吐き出すことすら許さない。 軋む音が折れる音にまた変わり、その破片がまたも内臓をさしていく。 最初から死に体だった悟空の身体は、更なる苦痛にその身を生物から無機物へと変えようとしていた。

 

「許して! もういいでしょ!!」

「悟空さん!! やめろおお!! 悟空さんが死んじゃうよ!」

「悟空……悟空……うぅぅ」

 

 あきらめる。

 もう駄目だという言葉に、リンディは嗚咽を漏らしながら艦のコントロールを持ってくる。 彼との約束だ、ここで自分が実行しなければその想いすら無駄にする……その彼女の決意を――

 

「や、やめてえええーー!!」

[なんだ?]

「はぁ……はぁ……な、なんで」

 

 呼び止めた少女が居た。

 

「悟空くんをはなして!!」

「な、なの……は。 どうして――ぐああ!!?」

[自殺志願者がもう一人……来い、いま両手が塞がっているから踏みつぶしてやる]

 

 白いドレスを身に纏う彼女は、思いの丈を振り絞るようにして叫んでいた。 少女の名は……高町なのは。 ユーノと並んで唯一体力が全快の彼女は、ここで杖を握りだす。

 

「どうしてなのはが! さっきの転移で、みんなアースラの近くに居たのに!!」

「きっと、ひとりだけ離れていたんだわ。 それであんなところに……」

「でも! これじゃなのはがアイツに!!」

「…………」

 

 無言を通さざる得ない大人たち。 ここで助けに行きたい彼女たちは、それを恐怖が身体ごと縛り付けて離さない。

 それは最初に奮闘を見せたユーノだって一緒だ。 それほどにあの怪物は異様で最悪なのだから。

 

「ディバイン――バスター!!」

[フフ……効かんな、そんな蚊のような攻撃]

「一回がダメでも! シュート!!」

 

 なのはの攻撃。 その小さな体の一体どこにあるのかと聞きたくなる魔力と勇気を携えた彼女の閃光は、そのまま大猿の手元に押し迫る。 そこでにやけるターレスは、わずかにその手を左右に動かした。

 

「ぐあああ!!」

「悟空くん!!?」

 

 結果、当たったのは手の平から剥き出しにされた悟空の右側頭部。 ガツンという音と共に、彼のあたまから血が垂れていく。 手をこまねいてれば奪われ、助けに回れば傷つける……辛いまでの矛盾が、彼女の前に立ちふさがる。

 

[おっと、てめぇのいまの攻撃がカカロットにかすったみたいだな。 ふふん、随分と痛そうじゃ――ねぇか!!]

 

 それを嬉しそうに見ているターレスの手が、“思わず”握る力を強くする。

 

「いぎゃああああああ!!」

「悟空くん!! や、やめてよ! ホントに死んじゃうよ!」

[殺す気なんだぜ? これくらい――]

「あ゛あああああああ!!」

[当然だろう?]

 

 逆らう小娘に、大猿は大いに笑って答える。 至極当然のようになのはの問答と、否定の声を嘲った彼はそのまま悟空を片手で握る。 何度目かになる悲鳴に、なのはの“堪え”が限界に達した。

 少女は、後先もなく走り出す。

 

「やあああああ!!」

「よ、よせ……無茶だ――」

[その気迫だけはほめてやろう……だがな]

「あぐ――!?」

 

 黒い尾が、横合いから彼女を散らす。

 

「う、うぐ……ま、まだ」

「よせ……来るな」

[はははは! 先ほどとは立場が逆だな――いいぞ、うまくいけば助かるかもしれんぞ]

 

 誘い言葉を吐いたターレスの事は最早関係ない。 なのははただ、目の前で苦しむ悟空を見ていられないから走り出すだけで。

 

「あぐ――」

「やめろ!」

 

 脚を払われようと。

 

「きゃあ!!」

「よしてくれ!!」

 

 胴を強く突かれようと。

 今にも消えてしまいそうな彼を頬っておくことが果たしてできようか。 たとえその身が、悟空以上に傷つこうとも。

 

[そろそろ飽きてきた……もう、いいだろう]

「――はっ!?」

 

 その呟きに、悟空は全神経を過敏に逆立てた。 震えるような声で、切り刻まれてしまいそうな身体で行う最後の抵抗。 全身に力を籠め――

 

「うおおおおおおおお!!」

 

 ただ叫ぶ。 これがこの青年に残された最後の手段。 もう、なんの抵抗もできないという証明は、ターレスの嗜虐心を覆いに揺さぶる。

 男は、少女に向かって笑いかけた――とてつもなく、邪悪な笑みを。

 

[もういいだろ]

「よ、よせ!」

[気は済んだはずだ]

「やめろって言ってんだろ!! ……オラが相手になってやる、だからそいつに手ぇ出すんじゃねぇ!!」

[オレは早くカカロットの相手をしてやらねばならん]

「だから今すぐ――グオオ!!?」

[貴様は少し黙れ……さて、静かになったところで]

「はぁ……はぁ……ごくう…くん…」

「よせ……よせええええ!!」

 

 向けられた死の宣告。 高町なのはの体は、既にかなりのダメージを負わされていた。 目は霞み、両腕は感覚自体が無い。 転ばされた時に強く打たれ、バリアジャケットの上から与えられたダメージに、彼女の細い腕に青い痣を作っていた。

 

 それでも進む彼女を、本当に可笑しそうに嗤うターレスは……大猿から、鋭い発砲音が聞こえた。

 

『……!!』

「あ……れ…?」

 

 巻き起こる声はない。

 あまりにも唐突で、どうしようもなく簡単に摘まれてしまった彼女の……鼓動。 その音が急速に活力を失う中で、なのはは自分に起こった事が理解できず、アースラの内外にいる者たちは言葉を失う。

 

…………そして。

 

「あ、…………あぁ……そっか。 死んじゃうんだ……わた――    」

「――――――」

 

 空気が凍り付く。 ついに倒れたなのはから、赤い液体が漏れだしていく。 生命を感じさせるその液体は、湯水のようにあふれ出て――その代わりに少女の身体から命を奪い去っていく。

 

「いやあああああ!!」

「……そんな……こんなことって」

 

 叫ぶフェイトの声は悲痛で、うつむいたユーノには怒りすら浮かんでこない。 もう、あきらめるしかないこの状況で一人……そう、たった一人だけ……いいや、ふたりだけそうじゃないモノが居た。

 

[ふふっ――くふふ……あーははははは!! ついに死にやがったな! あはははは――]

 

 一つは、悪魔のようなことを言い放ち、倒れた少女の血に映る自身に向かって叫ぶモノ。

 

 

――――そして、もう一人。

 

「………………………………………」

 

 かれは何もしゃべれなかった――――ナニモデキナカッタ。

 

[……それほどショックだったか。 何もしゃべらんとわな――いいだろう、死に際くらい一緒にさせてやろう]

「……………………」

 

 容易く飛んでいくなにか。 それは大猿の手から離れ、既に無機質な物体と成り果てたなのはの元へ転がされた悟空。 その身は満足に動かせない……いいや、それよりも深く抉られたのはカラダなのではなくて。

 

「……はぁ……はぁ…………い、いま…いく……から…」

「    」

 

 這いずる。 右手だけで荒れた大地を掴み、動かせない左腕ごと身体をそこへ近づける。 出てくる声はかすれて聞こえない。 誰にとも呼びかけたわけじゃないはずのそれは、たった一人の女の子に向けたモノになるはずだった。

 

「しっかり……しろ。 おぃ………ジョウダンなんか…やってねぇで――――」

 

 痛々しいまでに紡がれる悟空の声。 いまだに“看病”をするという彼の行動。

 

 それは、彼が受け入れていないからである。

 

「おい……」

「    」

「なぁったら……」

「    」

「………………なのは……?」

 

 たどり着いたその場所に、少女だったものが転がっていた。 それに手を乗せ――その瞬間、一気に悟空の顔から血の気が引く。

 

「…………あ…………あぁ」

 

 もう、起こせないと思ったその身体に更なる鞭を打ち、座り込み、彼女を抱き上げるように右手で引き寄せた悟空。

 その山吹色のズボンに、なのはの栗毛色の髪がゆっくりと流れていき――

 

「…………こふっ――    」

「………………あ」

 

 何かが少女の口から飛び出してきた。 それが何かなんてわからない――知りたくない。

 

「…………」

 

 悟空の顔から、最後の表情が消える。

 

 どうしてか、こんな時に思い出すのは……遠い過去の思い出。

 

 

――――ああ! 悟空くんずるーい!

――――えっとね? 11引く1がね……

――――もう、わたしいつまでも“うんどうおんち”さんじゃないもん!

 

 

 彼女との思いではいつも笑顔で彩られていた。 ケンカもした、言い争いだっていっぱいやったし、それでも決着がつかないで彼女がふてくされた時だってあった。

 でも、やっぱり最後には笑っていて。 それが自分の“うけうり”などという彼女は、今にして思えばホントに自分の事を慕っていたのかもしれない。

 

「………………くも――」

[なに……?]

 

 

 いつも自分の後ろをついてきて、困ったことがあったら――あぁ、なんだかんだで自分で解決できる強いヤツだったっけ。

 だけど気ばっかり張っているのはよくないからと、たまにユーノが恭也に相談していたこともある。 今の彼になら、その時の意味が解るかもしれない。

 

「よく………………も」

[なんだ?]

 

 いつも元気だった――――あんなくだらない奴に。

 

「…………よくも……」

 

 そんな少女と居るのは、居心地がよかった――――あんな……クズみたいなヤツに。

 

「よくも――ッ!!」

 

 周りにいるみんなも、彼女の事が好きだった――――奪われた。

 

「…ゆ……ゆる……さんぞ…きさまぁ、ぁぁ」

[な、なんだ……コイツ]

 

 青年の回想はそこで幕切れとなる。 短いのは当然だ、そこまでしか一緒に居なかったのだから。

 

 同じ時、周囲で起こる激烈な変化があった。

 地が震え、雲のない天上より雷鳴がとどろく。 プラズマ現象と言えばいいのかわからないそれは、どうしてだろう、天が怒るというよりも――泣いていると形容できるのは。

 

 途切れることのない怨嗟の声。 それが徐々に明確になり、言葉として聞き取れるようになったとき。

 

[ガキが一人死んだくらいで……いちいち喚くんじゃねぇ]

「――――――ッ」

 

 何か……そう、なにかとてつもなく硬いナニカが、めいいっぱいに引き裂かれようとして、『プツン』とこと切れた音が聞こえた。 比喩でもなく、大げさでもない。

 その音は確かに聞こえ、存在していたのだ。

 

 いま悟空の中で、取り返しのつかない何かが切れてしまった――――

 

「はぁぁぁあああああああああ――――」

『な!?』

 

 唸る彼、その身を震えさせながら……いいや、震えているのは世界の方。 決して触れてはいけないモノ、とても穏やかで美しい……例えるならば、“龍の逆鱗”にいま、むざむざと無神経にあの男は触れたのだ。

 

 だからその結果。

 

「ぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ――――」

「悟空……さん!?」

「ようすが――」

 

 全てを失っても、文句はないだろう。

 

「だああああああ―――■■■■■■!!!!!」

『!!?』

 

 雄叫びが世界を揺るがす。

 既に言語にさえなっていないただの怒声は……なぜだろう、その声に哀しみを覚えるのは果たしてそばにいた者たちだけだったのだろうか。

 

 それは、いつか分かるとして……

 

 この場にいる者すべては、大猿よりも何よりも――いま、悟空に視線が向かっていた。 人間、確かにあれほどのショックを受ければ大きな変化があろう。

 黒髪が白髪に変わる人間が居れば、精根を尽き果てさせるものもいる。 ……それがどうだ!!

 

「…………」

「な、なんだあれ……ごくうさんが――」

 

 傷ついた身体で立ち上がり。

 

「ゴクウ……あいつどうしちゃったんだよ」

 

 その髪を不自然なほどに逆立て――

 

「あ、あれは……でも、そんな――」

 

 黒い頭髪は、まるで生命の息吹を感じさせるほどに輝いていた――――黄金色(コガネイロ)に。

 

 その色が全身をつつみ、片手で抱いていたなのはにもあたたかさが伝わっていく。 もう、こと切れたはずのその少女に、いま生まれたばかりの生命の息吹が流れ込んでいく。

 

「――けほっ……えほ……あれ?」

『なのは!!』

「…………」

 

 その深緑の眼差しは世界を射抜くように……冷たい。 その中にある怒りを秘めるようなその絶対零度の温度は、しかしなのはから見ると――

 

「ねぇ、どうしてそんなに……悲しい目をしているの?」

「……なんでもねぇさ。 おまえは今、ただゆっくり眠っていればいい」

「……うん」

 

 どうしてか、泣いているように思えたから。

 そこまで言って、促されるままに気を失う少女。 その娘の髪を梳くようにさわり、撫でる彼は本当に穏やか。 心底に安堵を浮かべた顔は――

 

「…………よくもやりやがったな」

『!!?』

[あ、あぁ……な!?]

 

 気が付けば、正反対の残酷さを滲み出させていた。 溢れる凶暴性を、必死に取り押さえるように無言な彼は不気味そのモノ。 そんな彼が余程に異常に映ったのであろう。 大猿であるターレスは、ここで愚かにも聞いてしまう。

 

「さ、サイヤ人の変身は大猿以外にありえんはずだ!」

「……で?」

「カカロット! 貴様のそれはなんだ――いったい貴様はなんなんだ!!」

「……フン」

 

 冷たく返される彼の問い。 それを冷たく突き放す悟空は……口を開く。 かつて言われた同じ問い、それに答えるかのように――怒りを込めて!!

 

「ホントのところ、貴様はもうご存知なんだろ……」

[な、なんのことだ]

「穏やかな心を持ち――」

[――――はっ……い、いや、そんなはずはない!! あれは千年に一度の超天才児でなければ!?]

「激しい怒りによって目覚めた伝説の戦士……」

 

 

 そこで切る。

 まるで処刑宣告のように冷酷に、大猿の動作を確認する悟空の目はひたすらに冷たい。 さぁ見よ! 震えろ!!

 これが貴様が追い求め、到達してしまった超越した姿だ!!

 

 

 

 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~

 

 

 第29話

 

「超サイヤ人……孫悟空だーー!!」

 

 

 

 

 

[!??]

『スーパーサイヤ人……!?』

 

 

 悟空が天に向かって咆えるとき、すべての物語は今、ようやくスタートラインに立たされた。

 

 

 

「“オレ”は怒ったぞ! タああああああーレスーーーー!!」

 

 

 戦士は、ようやく呪縛を解き放つ。

 




悟空「……オッス」

フェイト「どうしちゃったの悟空……アレじゃまるであのときみたいな――」

悟空「心配スンナ、まだ理性は残ってる。 けど――」

リンディ「けど、そこから聞かされた言葉に一同は納得できず、さらになのはさんの回復を買って出たあの人は……」

???「まずいわね。 これは早く手を打たないと……孫くん!」

悟空「分かってる! あと1分ですべてにケリをつけてやる……行くぞ!!」

リンディ「相当な苦戦を強いられてました」

悟空「次回、魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第30話」

なのは「帰ろう……我が家へ」

プレシア「もう駄目ね……まさかこんな最後だなんて」

悟空「何言ってんだ!! こんなところであきらめたら、オレはアンタを一生恨む!!」

プレシア「……それは、イヤね」

フェイト「ッ…!! かあさん…? かあさーん!!」

悟空「またな」


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第30話 帰ろう、我が家へ

人は時として鬼となる。
それは内在する闇がはじけたからであろうが、もしも最初からそんなものがない人間が、鬼神のように怒りに溺れたら、いったいどうなってしまうのか。

自己を見失い、他者を傷つけ、周りを破壊する――ただの殺戮者になってしまうのではないか?

最初から持っているものと、そうでない者。 違いはあれど、もしかしたら行きつく先は同じなのかもしれない。
けど、彼はそれに抗い続ける。 巣食った野獣を理性で縛り、荒れ狂う力をぶつける方向を見失いで――いま、超絶なる青年は天に吠えて敵を穿つ。

りりごく30話です……どうぞ。

PS――

今回、ある方の告白は原作にないただの作者の予測の代物です。 なので、多作品へ持ち出したり、こんなこと言ってねェよ、などというのはお控えください。

……いや、無いとは思いますけど(汗)

では。


 

 そこはとても暗いところでした。 どこまでも深くて、冷たくて……でも焼けるくらいに熱い身体にはちょうどいいくらいのそこは、なんだか居心地がよくて――わたしはもう少しだけそこに居ようと思ったのですけど……

 

「……起きろ」

「…だれ………?」

 

 急に誰かがわたしの腕を引っ張ったのです。 とっても強く、痛いくらいな勢いで“引き上げようとする”その人は、見たことのないヒト。 でも、その声はどこかで聞いたことがあったような気がして。

 

「おまえはまだそこに行っちゃいけねぇ」

「そこ? ……ここの事?」

「そうだ」

 

 とっても口数のすくないヒト。 わたしを見る目も鋭くて、つい声が出なくなっちゃう……だけど。

 

「どうしてここに居ちゃいけないの?」

「まだ、居るべきところがあるからだ。 そこにはお前が来るのを待っている奴がいるはずだ」

「居るべき……とこ?」

 

 ちょっと抽象的、よくわかんないや。 でも、その時の顔が必死そうで……そんな顔をされてしまうと困っちゃうよ。 ……わかったから、ここからでるから。 だからそんな顔をしないでよ。

 

「そうだ、こんなさびしいところじゃない。 もっと楽しくて――あったかいところだ」

「あったかい?」

「あったかいのは嫌いか?」

「……ううん。 好きだよ」

「そうか。 だったら――」

 

 ……あれ? 今このひと笑ったの?

 とっても鋭い目を一瞬だけ崩したように見えたけど、うーん? 気のせいなのかな。 でも、ホントに鋭い目だなぁ……髪だって見たことないくらいに逆立って、不良さんみたい。

 ……みたいだけど、すっごくキレイな色。 フェイトちゃんが金髪だったら、この人はどう表現すればいいんだろ? えっと、黄金色なのかな。

 それくらい、この人はきれいな髪をしていて――

 

「このまま、オレについて来るんだ」

「……はい」

 

 わ! う、浮いた!! ……あ、飛行魔法使ってないのに。 このひとがナニカしたのかな?

 

「あ……」

「…………」

 

 なんだろう。 とってもあったかい。

 まるでお日様に照らされてるみたい。 ホントに……あたたかい。

 

「道案内はここまでだ。 あとは自分で行けるな?」

「は、はい」

「もう、迷うんじゃねぇぞ……」

「大丈夫だよ。 ――くん じゃないんだもん、そう何度も道になんて迷わないよ」

「……そうか」

 

 あとは一人でか。 ……大丈夫だよね、言われたとおりにするだけだもん。

 それにしてもこのひと誰だろ? 声はどっかで聞いたことがあるんだけど……わからないや。

 

「あ、あれ!?」

 

 いない? いまさっきまでそこに居たのに、あのひと急に消えちゃった。

 

「……なまえ、聞けなかった」

 

 まるで最初からいなかったみたいにいなくなってしまったあのひと。 でもまぶたを閉じればどんな人だったかはすぐに思い出せちゃうかな。 だって、とっても派手なヒトだったし、声も――くん にそっくりだったし……あ。

 

「そっか。 そうだった」

 

 さっきあの人が言ってたこと、そう言う事だったんだ。 わたしの帰るところ……それってみんなのところなんだ。 ――そうだよ!

 

「どうして忘れてたんだろう。 わたしあの時――!」

 

 あのとっても怖い怪物にお腹を貫かれて……それでそのあとから記憶が無くて。 きっとみんな心配してるよ。 早くここから出てみんなに合わないと……わたし行かなきゃ!

 

「……う!? なに? 急に周りが光って」

 

 何が起きたの? 何もなかったところが急に金色に光って……あ、でもなんだかとってもあたたかい。 とっても気持ちよくて――

 

「まぶたが……重く……うぅ」

 

 つい目を擦って、意識がもうろうとして……そうして『は!』っとしたときには。

 

「…………」

「え?」

 

 目の前にはボロボロの知らない人がいて……その人がわたしを抱き上げていて。 さっきのひとと同じ髪型と色、そして碧色の澄んだ目。 その表情と相まって、とっても怖い印象を持ちそうなんだけど……

 

「…………どうしてそんなに悲しい顔をしているの?」

「――――おまえは今、ただゆっくり眠っていればいい」

 

 まるで初めてみたフェイトちゃんと、いっしょの顔をしていました。 毅然としていて、でも、どこか何かに押し潰れてしまいそうな……そんな人が言ってくれた一言はとっても優しくて、安心できて。

 

「……うん」

 

 わたしはただ、言われるがままに意識を深く沈めたのです。

 

 

 

 戦士が居た。 彼は己が限界をひたすら登り、ようやくぶち当たった“壁”をも登り詰め、それでもひたすら進んでいき――そうしてついに超えてしまった。

 

 超えてはならない一線。 それはなんにでもあるのであろう。 そんなことも露とも知らず、踏み越え、あまつさえ踏みにじった目の前の怪物に――青年の堪えはとうとう限界を超えたのだ。

 

[なにが――なにが超サイヤ人だ! あ……あれはただのおとぎ話で――]

「……」

 

 つい数分前に怪物は言っていたはずだ。 “仲間が傷つけば強くなる? 怒りで圧倒的に強くなるのか?”……と。

 その時の返答を今返そう。 答えは――YESだ。

 

 大事な……そう、とても大事なものを嘲笑い奪い去っていくものに純粋な怒りを――圧倒的な憤りを覚えてしまった彼は今。

 

[このオレと同じ最下級の戦士である貴様如きになぜ!!]

「……うるせぇよ」

 

 もう、誰にも止められない。

 それを身体で理解したターレスはここで小細工にでる。 戦士としては最低で、しかし戦闘としては効果は上々。 先ほどの気功波の打ち合いと同様に、大猿はその手をアースラに向けて――

 

『――――ッ!!』

[……なんだとッ]

「……おい」

 

 掴み、止める者が目の前に居た。 宙に浮きながら、穴が開いているはずの腕で少女を抱え、もう片方の腕で大猿の樹木が如く剛腕を支え……押しとどめる。

 掴んだ手は一向に動かない……微動だに“できない” 怪物がとった行動に怯えるアースラの面々を余所に、青年の憤りは急激に限界まで振り切れる。

 

「またあいつ等を狙いやがったな……」

[う、動かせ――ぐぅぅ!!]

「いい加減にしろよ、このクズ野郎が…………」

[ぐぁ……なにがどうなってやがる――さっきまで死体も同然だった奴がなぜ急に!]

 

 叫ぶ困惑に、静かなる憤怒。 もう、これほどまでに怒りを感じたことは“今まで”には数回程度しかなく、それでも今回の相手がとる行動は青年の許容範囲から大きく逸脱していった。

 関わりがあるものを次々に襲い、略奪し、傷つけ――

 

「フェイトを傷つけ、ユーノをなぶり殺しにし――よりにもよって、アイツにあんなことを――し や が っ て……!」

 

 歯ぎしりが響く。 驚くほどに響き渡る耳障りな音、それはまるでターレスに対する青年の心情を映し出すかのように重い音。 歯が砕けるのではないかというくらいに鳴らされたそれは、次に青年が口を開くまで続いていた。

 

「ドラゴンボールがねぇこっちじゃ一度死んだらそれまでなんだぞ……あのまま死んでたら2度と会えなくなってたかもしれなかった――――それを!!」

[うぐああああ!!]

「貴様ぁぁ……!!」

 

 大きくなっていく彼の声はまるで津波のよう。 その間に“ほんの少し”だけ腕に入れた力を手の先まで伝え、そのまま大猿を握る力に移していく。 上がる悲鳴はまるでさっきまでの光景と同じよう……ただ、立場だけが完全に逆転していたことを除いてだが。

 

[うごかせ……ない――動きやがれぇぇえええ!!]

「…………ギリ!」

[うぉぉぉおおおお!!]

 

 ズダン! ……と、大きな音が聞こえてくる。 巨大な落下音はターレスが片膝をついた音である。 あまりの手の痛さに抗おうとして、できず、力の逃げ場を彷徨い……結果、地面へ後退した怪物の何たる無様な格好か。

 これを見た周囲の面々は言葉を忘れたかのように何も発せない。 あれほどの好青年が、仲間をやられて怒るのは納得できても、こうまで変わり、尚且つ、戦力差を根底から覆してしまうほどに力を溢れさせているのは驚愕以外に言い表せる単語が見つからない。

 

【ユーノ】

「え?」

【いま、お前の心の中に話しかけている】

「ご、悟空さん!? ね、念話が――」

「わたしにも聞こえる」

「あ、アタシにも」

「アースラにいるほとんどの人間と会話を……どういう原理なのよ」

 

 唐突に始まった会話。 先ほどまでならばそんな暇などなかったが、今はあいてがきちんと“待ってくれている”のだからできない事ではない。 その中で紡がれるのは青年のお願い……それは先ほど自分も世話になったあの魔法を――

 

【息を吹き返したと言っても、まだなのはは虫の息だ。 誰でもいい、早く魔法で何とかしてやってくれ……オレはコイツを掴んで居なきゃならねぇから“そっちに行くことができない”】

 

 腕の中の少女にかけてもらいたいから。 生気がみるみる落ちていくなのはに対して、冷たくも心配そうな目をする青年は、徐々に口数を多くして、喋るペースを速めていく。

 

「あ、え、でも」

【………ち…】

「え?」

 

 その声に戸惑うユーノ。 状況をいまだにつかめず、どうしていいかわからないとあたふたと思考をから回りさせる少年。 それが気に入らなかったのだろう……青年は小さく息を吸うと。

 

【ごちゃごちゃ言ってんじゃねえ! このままなのはを放っておいたらどうなるか、分らないお前じゃないだろ!!】

「――うく」

【グズグズするな!! オレがコイツを押さえている間に、さっさと言われたとおりにしろ! ――急げ!!】

「ご、悟空……さん」

 

 度を超えた罵声を浴びせる青年は、見た目通りに感情をむき出しにして小さな子供に当たり散らすかのように大声を上げる。

 静まりかえるアースラ。 その中に二人だけ、氷のように冷静な判断で動いた者たちがいた。

 

「わたしが――え?」

「あなたはここに残っていなさい。 艦長職が滅多に外に出るのはよくないわ」

「しかし!」

「いま一番動けるのは消耗の少ないアルフとあの小さい坊やと私だけ……でもあの子たちは今ので及び腰になってしまったから結果的にわたししかできないのよね。 他のみんなは消耗が大きすぎるし、これしかないわ」

「ですけど!」

 

 アースラの外と中、そこにいる大人二人は各々動き、それの片方を止めるのは……プレシア。 彼女もまた、病に体を蝕まれ先ほどの『ファランクス』で相当数の魔力を消費したはず。 それなのにもかかわらず行くという彼女をリンディは抑えようとするが。

 

「あ――ちょっと! ……もう、悟空君といいあのプレシアさんといい、みんなで勝手に……」

 

 時またずして、紫の光りは黄金の輝きへと飛んで行ってしまった。 眼下にある崩れ行く『時の庭園』にて向かい合う怪物と戦士のもとに向かうために。

 おおよそ、700メートルの飛行が始まったのである。

 

 その光景を、決して目で見ることなく背中越しで感知するものが居た。 それはプレシアが目指す黄金の輝きを持ちし者。 彼はいまだに大猿となったターレスの片腕を掴んだだまま、いっこうに動こうとはしなかった。

 

「……気がひとつ近づいてくる」

「はぁ……はぁ……」

「この気はプレシアか」

「き、来たわよ……孫くん」

「……すまねぇな」

 

 その彼に変わり、なのはが居る左側へと回りこむプレシア。 同時、少女を引き取る彼女の表情が引きつる。 眉が寄り、口元が引きつり……声が震える。

 

「あ、あなた――腕に穴が」

「気にするな。 “今は”普段通りに動かせてる。 痛みもない」

「……アドレナリンの強制分泌? それにしては……」

 

 埃のように出てくる違和感の連続に首を傾げようとするプレシア、それもほんの一瞬の事、彼女はすぐになのはを抱えるとそのままケガの状態を確認する。

 その手を、真っ赤に染め上げながら。

 

「人差し指大の穴が右わき腹に……酷い」

「治せるか……」

「完治は無理よ。 それほどわたし達の魔法は万能じゃない……けど」

「……」

「死を回避することは出来る。 でも衰弱が激しくなってきてるわ、いますぐに処置をしないと――でも、こんなところじゃ……」

「わかった……」

 

 濡れていく手を気にも留めず、まるで自動車を修理する整備士のように、船の航路を決める航海士のように、渋滞を回避するタクシー運転手のように……とても素人には見えない手際の良さで診断するプレシアの、『死を回避できる』という言葉に口元を緩めた青年は、そのまま――

 

「ここを離れればいいんだな?」

「……え?」

[ギャアアアアアアア!!]

『!!?』

 

 怪物を後ずらせる。 上がる悲鳴はターレスであり、彼は掴まれた腕に力が加わるのを感じると共にそのまま“しなっていく”

 拳が、腕が、まるで弓なりに曲がっていくとその激痛が神経を伝わり彼に伝わっていく。 そこまで行きつくと今度は肩までダメージが行き渡り、外れそうな感覚に襲われる。 それを防ぐための態勢の移動がこの後退であり、青年の冷徹なまでの考えというモノであった。

 

「……あ、あっという間に庭園の端にまで……と、とにかくこの子を――」

「こほっ……こほ」

「待っていなさい、せめて表面だけでも治してあげるから。 わたしが持つ全魔力を使ってでも――あなたを死なせはしない」

 

 その光景を遠くに眺め、地面に降りたプレシアの治療魔法は発動していく。

 

 

[は、はなせ!]

「まだだ……」

[離しやがれ――!!]

「もう、いいだろう」

 

 地面を抉り、建造物をなだらかな大地に戻しつつ、怪物の大後退は幕を閉じる。 着いた場所はプレシアから100メートルほど離れた庭園の隅。 そこを彼らは――

 

[か、カカロット貴ッ――様ああああああ!!]

「これで最後だ、ターレス!!」

 

 最終決戦の地に決めたのである。

 

 唸る轟音。 既にお互いの身体は限界まですり減らされてきている。 超化した青年……孫悟空はもちろんとして、大猿化したターレスも例外ではない。

 スターライトの直撃、8倍界王拳によるダメージ、10倍界王拳により威力をあげたかめはめ波の直撃、――そして無理があった元気玉の身を張った迎撃。 それらすべてをこの1時間以内にやりきり、尚且つパワーボールの作成で大きく“気”を減らしている。

 

 だからこそ。

 

「…………」

[こ、こんなことがあってたまるか――]

「……」

[2度も、2度もカカロットに敗れるなどと!! ……在ってたまるものかああ]

 

 男は焦り、歯をきしませる。

 振り落とす攻撃を涼風のように躱し、尚且つカウンターを決め込んでいく悟空に向かって最後の戦哮を唸り、上げる!!

 

――――それを。

 

「ターレス。 てめぇは正直やりすぎだ……貴様はベジータのように再戦しようだなんて気も起きねぇ。 “フリーザでの失敗”もある――さっさと決着(ケリ)をつけてやる!」

[な、なんだと――!!]

 

 驚愕の事実で流していく悟空。

 それにおののき、さらに恐怖とも形容できる怖気を背筋に走らせ、ターレスは悟空に最後の質問をする。 あいつは、あの男はまさか――

 

[き、貴様! まさかフリーザのことを!]

「あぁ、おまえの想像通りだ」

[だ、だがなぜだ! ソレが本当ならばなぜオレを相手にあそこまで手こずる!? フリーザはこんなものではないはずなのに――なぜだ!!]

「……さぁな、どうして“こうなった”かは、オレにはわからねぇよ――だがな」

[……くっ!]

「てめぇをぶッ倒すくれぇならどうにでもできる! であああああ!!」

 

 悟空の、嵐のようなラッシュが始まる。

 

 残像拳で相手の懐まで入り、そこでまず足を天に掲げる――大猿の顎に目がけて。 怯むヤツに、悟空は容赦の気持ちもない。 顎を打ちぬいた彼はそのまま右こぶしを引きつける。

 引いて……引いて……怪物の叫びが木霊し、それが遠くに消えた刹那。

 

「破ああ!!」

[――――ッ!?!?]

 

 砲弾のような炸裂音がターレスの腹から鳴り、背中へと突き抜けていく。 吐き出されていく胃の中の内容物。

 青い宝石がいくつか見えると、眼下の虚数空間へと落ちていく。

 

「いまので気がだいぶ落ちたな。 さっきまでの凄みがかなり消えてるぜ?」

[ご、ごはぁ……エホッ! がはッ!! こ、こんなこと]

 

 それすらもどうでもよさそうに、悟空の碧色の瞳は大猿を――見ていなかった。 その目線は遥か後方。 なのはとプレシアの居る場所であった。 この時ターレスは悟ってしまう。 もうすでに、カカロットは――孫悟空は、自分のことなど眼中にないのだと。

 

「……もう、この世界の崩壊は止められないだろう。 ナメック星のように消えてしまうのも時間の問題だ」

[……うぐっ]

 

 そして悟空も感じ取る。 この世界から命が消えていこうとするのを。 その崩壊の音を聞く中で、いまだに流れる彼の脳内の風景。 それが激しい濁流となって、悟空の記憶をかき混ぜていく。

 

――――待ってくれ! その願い!!

 オレヲ不老不死にしろおお!!

 この猿野郎が!

 やめだ、今の貴様と戦っても…… バカヤローー!!

 

「っく」

 

――――や、やーどらっと?

 僕は、20年後の……

 む、息子!! ブルマの!?

 あなたは病気でこの後……

 闘えねぇのか、くやしいぜ! 

 

「……ちっ」

[こ、こいつ……]

 

 どこか物思いにふけっている悟空に、苛立ちを隠せないターレスは赤い目をゆがませる。 憎たらしく、憎悪をもって対峙したはずの奴が――既に自分を見ていないのだ、それは酷く彼を激高させ――

 

[カカロットおおおお]

「でああああ――!!」

[ぐはぁ!!]

 

 悟空の胴回しを入れた重い蹴りが左方向から迫り、ターレスの首に直撃する。 止まる呼吸、同時に消えゆく目の前の光景に佇む金色の男は……無表情。

 怒りも悲しみも、憐みすらない冷たい眼差しを受けながら、黒い男の意識はそこで途絶える。

 散々巨大な攻撃を耐え忍んできた男の最後に受けたのがただの蹴り……それは、この戦いがどれほどに熾烈で、奥の奥の手まで使い果たしていたという証明であった。

 強戦士は――

 

「…………」

 

 虚数空間へと消えていく。

 

「――――っぐ!?」

 

 落ちていった巨大な怪物をひと目見送ると、悟空は表情を苦悶に歪める。 全身の傷が思い出したかのように疼きだし、彼を激しく襲い出す。

 

「ま、マズイ……もう、この姿でいられる時間ってやつがなくなりかけてやがるのか。 はぁ……はぁ――いそがねぇと」

 

 その激痛をも抑え込み、まだ“戻るわけにはいかない”と自身を奮い立たせて空を翔ける。 この短い距離だ、例えどんなに消耗していようがすぐにつかない訳がない。 悟空は、なのはの元へと黄金色のフレアをまき散らして飛び去っていく。

 

「……な、なんとか止血が出来たわ。 あとは彼女の生命力に働きかけ続けて――」

「プレシア!」

「孫くん!? ここに来たという事は」

「あぁ、終わらせてきた」

「……そう」

 

 金の頭髪をたなびかせた悟空はそのまま上空を見上げる。 そこに浮かび上がるアースラと、次々に飛び出していく様々な色。

 それが仲間たちだと知ると悟空はそのまま息を吐く、消えていく金色のフレア、そのかけら達があたりに舞う最中で、いまだ金の髪を逆立てる戦士に子供たちは次々に駆け寄っていく。

 

「悟空!」

「悟空さん!」

「ゴクウ!!」

「孫悟空!」

「…………」

 

 だが彼は無口。 それもそのはずだ、今のいままで激闘に身を傷つけていたのだ、いつもの笑顔があるわけがない。 でも、それがわかっていても彼の笑顔を期待してしまったのは、それほどに子供たちの消耗が激しいから。

 心も体も、既に限界寸前まで酷使していた彼らの疲労は、一般人には決して測り知ることのできるモノではないだろう。

 

 そのなかで。

 

「もう、あと数分でこの世界が消える。 早くここから逃げるぞ」

『き!? 消える!!』

「前に見たナメック星の爆発と同じ気配がするから間違いねぇ。 みんな、取りあえず1か所に集まってくれ、アースラまで行くぞ」

『は、……はい』

 

 悟空は世界の終りを感じ取りながら、最後の仕上げに入ろうとしていた。 プレシアのもとから抱き上げたなのはを、クロノとユーノのバインドで包むように眠らせつつ、もう左腕の動かせない悟空への最後のアシストをする子供たちも同様だ。

 軽くうなずき、周囲を見て、孫悟空は右手を軽く握り、人差し指と中指をのばし――

 

「みんな、オレの――なっ!?」

「きゃ!?」

「よ、横揺れ! 悟空さんの言う通り崩壊が進んでいるんだ――いそがないと」

 

 唐突に起こる振動に精神集中を途切れさせる悟空。 とっさに確認した周囲の人数は――自分を含めて7人。 数があっていることに安堵しつつ、そのまま続きを続行しようとする。

 その彼を見つめつつ、プレシア・テスタロッサは庭園を見返していく。 あそこには“もう、何もない”置き去りにする者も、思い残しも何もかも――

 あるとすれば今までの悪鬼にでも取りつかれていた自身の妄念が生み出した研究成果ぐらいであろうか。 それを一瞥し、まるで断ち切るかのようにフェイトのそばに寄ろうとすると――

 

「え?」

「……かあさん?」

『!!?』

 

 足元が盛大に隆起する。

 同時、傾いていくプレシアが居る地形は、そのまま地の底に引きずり込まれていく。 呆気ない声、そっけないリアクション。 そのどれもが無常であって、手遅れとなっていく。 

 

――プレシアは、ひとり虚数空間へと引きずり落とされていく。

 

「……――いやああああ!!」

「フェイト! いっちゃいけない! あそこに行ったらキミまで死んでしまう」

「いやあッ! せっかく一緒になにかが出来たのに――帰ったらみんなで……みんなで!!」

 

 皆で笑いあう姿を幻視しながら、フェイトは悲痛な叫びをあげていく……大粒の涙と共に。 それを必死に羽交い絞めにするクロノは……いいや、クロノですら表情を苦悶へと変えていた。 苦く辛いこの終わり方に、理不尽への憤りを感じつつ。

 

「手遅れなんだ。 虚数空間じゃ僕たち魔導師は飛ぶことはできない。 ただ、おちるだけなんだ」

「…………」

「魔導師じゃ……」

「そうだな」

『え?』

「――はっ!」

 

 青年は一人、輪の中から外れていた。 コツコツと青いブーツの音を立て、金色に染まった髪をたなびかせて、彼は一人、今出来上がった崖につま先をそろえていた。

 その行為はクロノにある確信を持たせるに至る。 彼は――あの、今にも崩れ去ってしまいそうな身体のあの男は……

 

「クロノ、おめぇはこの中で一番の年長だとオレは思ってる」

「……あぁ」

「みんなを、頼んだぞ」

「悟空……わかった」

 

 振り返らない背中は血だらけで、それは本来自分たちが負うはずだったものであって。 それを償うこともできず、更なる追加注文を課してしまう自分たちの何たるふがいない事か。

 言葉で出さずとも、歯噛みするその表情は確かに悟空に伝わり。

 

「フェイト! 先にアースラに行ってろ」

「でも!」

「おめぇの母ちゃんは、オレが捉まえてきてやる。 だから早くここから逃げてくれ――!」

「悟空――!!」

 

 少女にこの後を託すと、青年は黄金色のフレアを巻き上がらせて、最後の飛翔を行う。 もう、追うだけの体力があるかも疑わしいその身体で、彼は消えゆくプレシアの気を探りながら……それでも見つからない彼女を追うべく、虚数空間へと独り落ちていく。

 

 

 

 

「因果応報……確かそういうのだったわよね」

 

 ふふ。 この歳で自分にこういうなんて、ホントどうかしている。 いままでやってきたことは間違いだとは思わないけれど、それでもやっぱり人道に反していたのだと、彼らを見て思ったわ。

 子が親を殺し、力なき者はすべてを奪われる……か。 悪逆非道と罵っても、わたしがやってきたことはきっと、彼らがやっていたことと大差はないのよね、きっと。 でも、どうしても願いを叶えたかった、だからあらゆる手を使ってでもと、この血に濡れた道を歩んできたはずだったわ。 ……答えなんて“あの子”と過ごす時間の中にあったはずだったのに。

 

「そうよ、いつもそう」

 

 欲しいものは手に入らず、やっとできたものですらすぐに手の平から零れ落ちていく。 何もかもうまくいかない世界を呪ったこともあった、どうしてもできないという事実に周囲を破壊してやったこともあった――あの子を、苦しめたこともあった。

 

「わたしは、いつも――」

 

 そんなわたしがおめおめと光がさす道を“あの子”と歩めるわけがなかったのよ。 だからこれは天罰でもなんでもなくて……ただの必然。

 神というのは信じていないけど、きっとこんな私をさぞおかしいと思っているでしょうね。 だって、本当に欲しかったものなんていつもすぐそばにあったのだから。

 

 

 

 そういえば――――は妹が欲しいって言ってたかしら。 ……もしもすべてがうまくいっていれば、きっとフェイトは――――の妹になっていたのかしら?

 活発な姉に、いつも物怖じさせている妹……か。 きっと、とても毎日が楽しいのでしょうね。

 

……でもね。

 

「いつも、気付くのが遅い……ホント、馬鹿みたい――」

 

 もう、何もかもが手遅れなのよ……そう、なにもか―――――「勝手にあきらめんじゃねェよ」

 

「え?」

 

 ……そんな、どうして。

 

「どうして……? いっただろ。 あとでみんなと一緒に“おんせん”ってとこに行くって――」

「心を……読んだ?」

「んなことしなくてもわかる…おめぇが完全にあきらめたいと思っていることくらいな…」

「…………それは」

 

 こんな私が助かってもいいというの? ダメよ、例えおめおめと生きて帰ったとしても、とてもあの子に話しかけることなんて――

 

「だから言っただろ……おめぇは、いろいろと話さなきゃならねぇことがある……って」

「でも」

「アルフから大体は聞いてる。 それでよ、アイツ傷つけたのは、なにもお前だけじゃねぇ。 オレも大猿に変身した時――お前以上にひどいことをやったはずだ」

「それは――」

 

 それはあなたの意思がなかったからでしょうに。 それに比べて私は――

 

「お、オレも……あとでアイツに頭下げるつもりだ。 おまえも一緒にやればいいさ……」

「それでも」

「フェイトがいつまでもぐちぐち言うやつじゃないってのは、お前が一番わかっているはずだ。 そして、お前が居なくなって一番悲しむのは――やっぱりフェイトだ」

 

 それはわかるつもりよ。 でも、最後のはどうだか……きっと、わたしの事を少なからず恨んでいるはずよ。

 どうしてこんなひどいことを――って。

 

「分るんだ。 もしこのままプレシアが居なくなっちまったときのアイツの気持ち」

「……え?」

「お、オレは……ガキん頃に育ててくれたじいちゃんをさ」

「……」

「大猿に変身して、踏み殺しちまったらしいんだ」

「――――!!」

 

 ……こ、この子。 そんな重いモノを背負って。

 

「そのあと、朝になって目が覚めてさ」

「……」

「隣で横になってるじいちゃんがさ、いつまでたっても起きなくってさ」

「…………」

「次の日、やっと気づいたんだ。 じいちゃん、死んじまったって」

「孫くん……」

 

 ……この子も、自分の大切なものを――自分の手で。 ……しかも知ったのが多分、そうとう経ってからの筈。

 強いのね、それでもこんなふうに真っ直ぐな心であり続けられるなんて。 きっとその子供の時は多く泣いたのでしょう。 でもね、わたしは泣くことさえ――

 

「でも、わたしは……」

「オレは……泣かなかった。 まだ、実感ってのが無かったんだろうな……けどよ」

「……………え…?」

「朝、目が覚めた時に……いつも見る顔が無くてよ。 それ知っちまった時だ……オレは泣いたさ、思いっきり」

 

 いつも見る顔……孫くん、あなた。

 

「アイツにそんな思いしてほしくねぇんだ。 あんな気持ちはあいつがデカくなって、心の準備ができてからでも遅くはねぇンだ! まだ……今じゃない!!」

「…………」

「生きろ! 生きるんだ――そんでアイツに謝って、そしたら“いままで”を取り戻せばいい!! それができねぇんなら……オレはあんたを一生恨む!!!」

「――ッ………そう…ね」

 

 まるで、頭を鎚で叩かれた衝撃だったわ。

 

 もう身体が動かなくて、声もかすれて……それなのにこんなに心を震わさせてくれて……強く、抱き寄せてきて。

 卑怯よ。 こんな、こんな風に自分の思いを汲んでしまうなんて――反則よ。 こんなことされたら……あきらめるしかないじゃない。

 

「もう、死ぬのは止めね。 これからは……生きていかないと」

「――当然だ。 現世に居るのは生きてる奴だけだ。 死人はみんな、閻魔のおっちゃんとこに行く決まりなんだしよ」

「……ふふ。 おかしなことをいうのね」

「ホントの事さ」

「そうね……そうよね」

 

 まさかこんな年下に説得されるなんて。 こうも強く心を揺さぶられるなんて。 最初映像で見た小さかったあの子からじゃ、とても想像できないくらいに……人間が、私なんかよりもできてる。 正直、その前向きさを分けてもらいたいくらいに……強いひと。

 ふふ。 あの子はとんでもない子にココロを寄せてしまったようね。 あの年にして、人を見る目があるってことが判っただけでも嬉しい限りだわ。

 

 

「なにを笑っているんだ……?」

「なんでもないわ。 えぇ、なんでもないの」

「そうか」

「どころで……」

「どうした?」

 

 助けに来てくれたのはホントにうれしいけど、あなた、ここからどうやって出る気なの? 随分と長い距離をおちているし、あなただって残りの体力はほとんどないはず。

 

「そうだな、確かにこのままじゃナメック星の二の舞だ。 でもな――」

「え?」

 

 なに? さっきよりも強く抱きしめてきた? そんなに力を籠められると身体がつぶれそうになるからやめてもらいたいわね。 孫くん……?

 

「なんとかなるさ、……いいや、して見せる。 オレに残された最後の手段だ――こいつぁ“ヤードラット”にいた奴らに感謝しねぇとな」

「ヤードラット?」

「気……気……頼む。 見つかってくれ」

「孫くん?」

 

 急にあたりを見渡した? ……あ、指を二本だけ額にくっつけて目を閉じはじめた。 これはさっきやろうとしていたモノでしょうけどいったい。

 

「……いた! ……これは、だれだ? なんだかとても懐かしい感じが。 それにこの周りにいる奴らはまさか――」

「……?」

 

 何をする気なの? 空を飛ぶならともかく、何もしないでこのままいたら重力の井戸に。そしたらいくらなんでも私たちは……――――!!?

 

「なんでもいいや、たぶんこれがあるところに跳べばきっと――行くぞ! しっかり捕まってろ」

「そ、孫く――――    」

 

 

 

 様々な色を混ぜ合わせた空間の中、男と女はそろって消えていた。 あとに残された、空気の層が消えた空間を埋める音を残しながら。

 

 

 

 

「アースラはこのまま次元転移を敢行します! 総員、このまま発進の衝撃に備えて――」

「待ってください! まだ悟空さんとプレシアさんが――」

「出来ないわ。 もう数分だってここは持たないはずよ。 このまま彼らを待つのは全滅を意味します――お願い、わかって……」

「……リンディさん。 ――っく!」

 

 次元の戦艦はその魔力炉を臨界にまで上げていた。 駆動するタービン音は激しさをまし、周辺温度を一気にあげて、艦に大きな振動を広げていく。

 高速で回転するシャフトと、高熱のシリンダを熱暴走から守る冷却材が悲鳴を上げる中、今この船は崩れゆく世界から脱出しようと空を行く。 ……傷ついた戦士たちを置いたままに。

 

「悟空さん……」

「アイツ、あんなにボロボロなのに一人で……」

「悟空……かあさん――」

 

 その、残った戦士に思いを馳せる子供たちはひたすらに願う。 どうか無事であるように、いつか必ずあの笑顔に出会えるように。

 

「悟空君……ごめんなさい……」

「母さん」

 

 それでも……と。 今下した決断が、この先どうなるかがわかるリンディは頬に一筋、水滴を垂らす。 きらりと光り、音もなく衣服に落ちたそれを救い上げる者はなく、彼女の弱い姿を、久方ぶりに見てしまったクロノはただ無言。

 何をしていいかともわからずに、そっとその場を離れていく。

 

 戦いには負けなかった。 それはこうして生きて帰還したのだから間違いではないだろう。 だが、これはホントに勝ったと言える終わり方なのか? 敵も味方も被害は甚大、失うものが多すぎるこれを、果たして勝利として受け取るべきなのだろうか。

 

「こんな終わり方……イヤだ」

 

 誰がつぶやいただろうこの言葉。 まるで駄々をこねる幼子のように、それでもその“願い”はひたすらに純粋で――それは……

 

『!!?』

「ば、爆発音!?」

 

 一つの大爆発と共に、彼らの前に現れる。 唐突に起こる巨大な振動、その正体と原因を急いで究明するエイミィは目を丸くする。

 

「……え?! 爆発地点――艦内、遺失物保管庫!!?」

「なんですって!!」

 

 あまりにも物騒なところの爆発に走る緊張。 まさかこの戦闘で起こった何かの拍子で、保管場所のセキュリティーやら防護柵やらが破損したのでは――リンディはこの急転直下の事態に浮足立ち――

 

【だ、だれかーー! おーい……はやくたすけてくれぇ……】

「こ、この声……うそ」

 

 聞こえてくる念話もどきに、思わず身体を奮わせる。

 

 気づけばブリッジから、人影がすべて消えていた。

 

 

 走るものは残された者全員。 廊下を走るなという注意書きにすら目を向けず、一同は保管庫へと走っていく。 まだかまだかと待ち遠しい気持ちは、床を蹴る速度に比例してドンドン早くなっていく。

 

 そうして彼らは、遺失物保管庫へと到着した。

 

「ここに――」

「でも……」

『なんで?』

 

 そこで膨らんでいく疑問は当然のモノ。 先ほどの悲痛な別れはいったいなんだったのであろうか……まさか気付かぬうちに船に引っ付いていたわけじゃあるまいし。 彼等の思いは強くなる一方。 それが限界を超えた時。

 

「あけるわよ?」

『は、はい』

 

 彼らは、部屋の中に一歩、静かに踏み込んでいくのであった――そこには!

 

「お、おい……少し離れろ……よ」

「無理を言わないでちょうだい。 こっちだって変な壁画の下敷きになって動けないのだから」

「も、もう少しあっちに行ってくれよ。 あんまし引っ付かれるとアバラが――あがが!!」

『……』

 

 組んで解れた灰色と黒髪がいたんだとさ。

 

 痛いと悲鳴を上げた悟空と、それに絡みつくように上から覆いかぶさるプレシア。 上半身が裸の男と、深いスリットの際どいドレスを着込んだ女のそれはまるで美女、そして野獣を思い起こさせるアンバランスな絵。

 それを呆けながら見つめる子供と大人はしばし無言……数秒の空白時間が出来上がると思いきや、そこで悟空は片手をあげて。

 

「……よっ! ただいま」

『悟空!!』

 

 いつものあいさつをするのであった。 それはどういう意味での『ただいま』だったのだろう。 言った本人はおそらく何も考えていなくて……聞いた皆はきっと万感の思いで受け取ったはずだ。 それほどに、彼が居なくなった時間が長く感じたから。

 

「いやー危うくもう一回あの世に行くとこだったぞ」

「ほんとよ……もう、あんな目はこりごりね」

「オラもだ」

「母さん……悟空……よかった」

「悟空さん……いつもの悟空さんだ」

「よかった、ほんとうによかった」

「アタシは心配してなかったよ? あいつは必ずやってくれるって――「アルフ、おめぇその割にはやけに尻尾が暴れてるじゃねぇか?」……!? こ、これはその……ふん!」

『あははは!!』

 

 ホントに長かった……笑い声。 これを聞くために、いったいどれほどの涙をのんだのだろうか。 ドッと沸いた室内で、悟空だけが周りを見渡していく。 この空気の中で、あの子だけが居ない……と。

 

「なあ……なのははどこだ」

「あ……」

「なのははいま、医務室で治療を受けてるんだ。 とても深い傷だったから」

「そっか……」

「悟空?」

 

 そっと答えたフェイトの声に、小さく息を吐く悟空は全身から力を抜く。 今度こそ正真正銘の終わりだと、床に体を預けた――その瞬間である。

 

「――――がはッ!!」

『!!!』

 

 青年の口から、赤いマグマが溢れ出す。

 ドボドボとあふれるそれはとてつもないほどの鉄分を含んだ液体。 床を染め上げ、入り口に佇むフェイトたちの足元まで広がると、彼の口からはそれ以外のモノが出てくる。

 

「や、やべ……からだが――ゲホ! エホッ!!」

「悟空!?」

「悟空君!!」

 

 それは弱い声だった。 戦時中の激しい怒気と共に失われていく生命力。 それが形となって現れ、ついに今までの無理の代償を支払わせることとなる。

 全身を襲う痛みは壮大――指を一本動かそうものならば、腕の筋が拒絶し、針を串刺しにするかのような激痛が悟空を襲う。 彼の身体は今、完全に壊れてしまった。

 

「あが! ――イギッ!? はぁ……はぁ――」

「マズイ! いままで不思議なくらいに止まっていた腕の穴からの出血がまた始まった!」

「なんてこと……このままじゃもう、1時間だって持たないわ……」

「そんな!!」

「なんとかならないのかい!!」

 

 鮮血が全身から吹き出してくるようになる。 既に切れている筋組織も、これに便乗して機能を停止していき、悟空の身体から“自由”を奪い去っていく。 どんどん自分のモノでなくなる彼の身体、それがたまらなく辛いのは、実は本人ではなく周りの者たち。

 

 問題の青年は……そう、どこか達観していた。

 

「はぁ……はぁ……こりゃ、まいったなぁ」

「悟空!」

「まるで……ピッコロとさぁ……――の奴と戦ったときみてぇだ」

「しゃべらないで悟空君! いま、治療魔法を――」

「孫くん!」

「だめだ……オラ、わかんだ」

「なにを言ってるんだい!」

 

 もう、既に体験したことのある“死の痛み”は彼にとってなじみのあるもの。 決して忘れられないそれを、歯を食いしばることもできずに享受しようとする悟空に、部屋の全員が叫びだす。 こんな姿は彼らしくない――最後まで、あきらめないのが孫悟空なのではないか――と。

 ……それでも。

 

「いま、オラの中で何かが消えちまった……もう、ダメだ――助からねぇ」

「悟空さん!」

「孫悟空!」

「はは……すまねぇ。 みん………な…――――」

『……――!』

 

 つよき戦士はいま、その身体を――そっと地に伏せたのであった。

 

「悟空……うそでしょ……?」

「孫くん……!」

 

 テスタロッサ親子の顔が蒼白に染まる。 自分たちを繋いでくれた彼が、これから先をと激を飛ばしてくれた青年が、自分たちの行く末を見送ることもなくその目を閉じたことが信じられなくて。

 

「……ちくしょう」

「悟空君……」

 

 ハラオウンのふたりは顔をそむける。 呼吸音が聞こえない青年の無残な姿に心を締め付けられ、顔をくしゃくしゃに歪ませる。 目の前の傷だらけの男が負ったそれらは、本来ならば自分たちが受けるモノだったのに。

 そのすべてを肩代わりし、尚且つ返させることすら出来ない現状にクロノは強く壁を叩く。

 

「目を開けなよ! ゴクウ!!」

「悟空君!」

 

 同時に上がったアルフとエイミィの声もみなと同じモノ。 そのなかで、やっと今を認識したユーノは……走り出した。

 

「悟空さん! ダメだ――まだ、一緒にやりたいこと話したいことがあったのに。 なのはだってまだちゃんと話していないんだよ!? なのに……なのに!!」

 

 悲痛が木霊する部屋の中で、彼らの声のその振動のせいだろうか? それとも悟空とプレシアがあらわれた時の衝撃のせいか。 “ソレ”は誰もが気付かないままに保管場所から零れ落ちる。

 

「こんなことってないよ!! こんな最後ボクは欲しくない!! “お願いだ”――だれでもいいから悟空さんを助けてよ!!」

『…………』

 

 もう、かすれてしまうほどに出されたユーノの叫び。 それでもそんなことができる者などこの世界にはおらず、誰もが返事をすることなどできず。 静寂が世界を支配する……

 

「あ、あれ?」

 

 ――――はずだった。

 

「これ……なに?」

 

 青年の身体に、何かオレンジ色の球が当たる。

 

「……光った?」

 

 それを見たのは一番青年の近くにいたプレシア。 彼女は見つけたと同時に淡い光を放つそれに視線を奪われていた。 なんと暖かい光なのだろうか――まるでこの世界すべての奇跡を詰め込んだ命の輝き。

 その中央に赤い一番星を携えた球体が、孫悟空の身体に触れた時……

 

「ご、悟空さん!?」

「孫くん!!?」

 

 青年の身体は、黄色い輝きに包まれていく。

 それは先ほどの黄金色よりもはるかに弱い光だった。 それでも十分すぎるほどに眩しいその光は、より一層強く悟空を取り囲んでいく。

 

「…………え?」

 

 光が――縮んでいく。

 

 決して光度小さくなっている意味ではなく、大きさそのものが変化しているというモノ。 その現象に皆が気付いた時には、青年の身体は既に120センチほどの大きさまでに縮小していた。

 そこまでいって収まる謎の現象。 消えていく光りが桜吹雪のように黄色い残滓をあたりにちりばめていく。

 

「うそ……」

「なんだか」

「どこかで」

「見たことあるような……」

 

 ようやく現れる青年だったものの全容。 それが皆の目に移るとき、彼らが最初に思ったのはやはりオレンジ頭の彼女の事であっただろう。

 

 悲壮だった部屋の空気が、どこか訳のわからない温度にまで変化した時だ。

 

「――あり?」

『!?』

 

 一人の子供の声が、部屋の中に木霊する。

 

「なんだ? オラどうしちまったんだ?!」

「ゴクウ……あんた」

「なんだよアルフ――ん? なんかおめぇデカくなってねぇか?」

「……えっと、そうじゃないんだよゴクウ」

「?? なんだよ、やけに歯切れが悪ぃじゃねぇか」

「う~~ん。 フェイトぉ~~」

「わ、わたし? ……どうしよう」

 

 コロコロ変わる事態にもはや収拾がつかないアースラ組。 初めに目が合ったアルフに悟空が無邪気な質問をしている中で、せっせとバトンを放り投げたオオカミ少女をフェイトがフォローする。

 どこから取り出したのか、小さな手鏡を彼に差し出すと、そのままにっこりと笑うだけ。 そんな姿が不思議でたまらない悟空は、その向こう側に映る人物とニラメッコ。 お? 気が合うじゃねぇか。 こいつオラと一緒の事しかやんねぇや――などと騒ぐこと20秒が経過する。

 

……そこで少年は、やっと気づいてくれた。

 

 

「なんだこれ鏡か? ――はは! オラこどもになっちまってらぁ! ……い゛い゛!?」

 

 それは、とてつもないキレをもった乗りツッコミであったと明記しよう。 えらくなつかしいリアクションを取る彼に、周囲の疑問符は既に山のように作られていた。 これをいったい誰が片付けるのかは置いておき――

 

「どうなってるのかしら」

「なんだよ! どうなっちまってんだーー!?」

 

 走る。

 

「奇妙奇天烈を絵にかいたような奴だったが、まさか死に掛けてこんなふうに復活するなんて誰が思うもんか」

「なんでオラ子供になっちまってんだーー!!」

「悟空さん……」

 

 走り回る。

 部屋中をほこりまみれにする悟空は軽くパニックになる。 背が圧倒的に縮み、既にアルフ程度まで小さい彼はまるで第21回天下一武道会――つまり、12歳当時の背丈にまでおちこんでいたのだ。

 そりゃあ部屋中を駆け回ったって仕方ないだろう。 そんな彼に、皆がどうしていいかわからない眼差しを取ること数秒の事であった。

 

「なんでだーー――――…………ま、いっか!」

『いいわけあるかッ!!』

「あわわ――ぐへ!」

 

 ……なんだか勝手に自己解決してしまったようだ。 何ともあと始末に困らない人物である。

 

 その彼を逆に放っておかない常識人たちは、一斉に悟空を囲もうとする……するのだが。

 

「なんでもいいや! とりあえずなのはんとこに行ってこねぇとな。 あいつ、今回すっげぇ無茶したもんなぁ」

「……あ」

「アイツの気……こっちか? ――――オラちょっと見てくるーー!!」

『いっちゃった……』

 

 悟空は医務室へと向かっていく。 自身のケガも、状態もまるでなかったように振る舞う彼。 どうしてこんなことが起きたのか、なぜ彼にあのような変化が起きたのか……

 

「時間の逆行? それとも内在時間を操作しているとでも……」

 

 プレシア女史が、きっといつか解いてくれるかもしれない……自身の握っているオレンジの水晶をカギとして……

 

 皆がこの奇跡を理解せず、目の前に転がる石ころがどんな常態かを想像もできないアースラ艦内。 青年は少年になり、少女たちはこの事件で少しだけ大人になった――

 

「あ、悟空! そっちは食堂!!」

「あり? そうだっけか! はは、まちげぇた!」

 

 ……かもしれない。

 

 

 

 わたし、高町なのは――9歳。

 

 つい最近までごく普通の小学生だったんだけど、二つの石とふたりの男の子と出会ったことで生活が反転! とっても忙しい毎日を送って……居たはずなんですが。

 

「……あれ?」

 

 なんだか、それがとっても信じられなくなっていました。 目が覚めて、知らない部屋に身体に合わないベッド。 全部が真っ白のそこはなんだか寂しい印象です。 それだけなら別にどうってことはなかったのですが……

 

「悟空……くん?」

 

 わたしの目の前。 すぐそこに置いてある“ちいさな”椅子に器用な態勢で眠っている男の子に、わたしはどうしても今までの酷い出来事が夢なんじゃないかって錯覚してしまうのです。

 

 そうだよ。 アレは悪い夢だったんだ――悟空くんはずっと小さいままだったし、ターレスなんて人もいなくて……大猿になんて悟空くんは変身なんかしていなくて。

 

「あるわけないよ……って、言えればよかったんだけどな」

 

 けど、やっぱりどれも本当のことだって、おなかの痛みが教えてくれるんです。 ぽっかり空いたはずの傷は多分塞がっていて、でも確かに痛い箇所はわたしを現実に引っ張ってくれました。 ……でも。

 

「悟空くん、あの時たしかに大人の姿だったような?」

 

 倒れる前の出来事と、今起こっている現状が一向にかみ合わないのですが……誰か説明してくれないでしょうか……あ、誰もいないや。

 

「……んぐぐ」

「あ」

 

 起こしちゃったかな? ……なんだ、寝返りか。 ん~~あの時の悟空くんが本当だとしても、今の悟空くん――なんかかわいいかも。

 いやいや年上なんだけど、でもやっぱりどうしてもそんな気が起きないんだよね……どうしてだろ?

 

「――ん!」

「あ……」

 

 今度こそ起こしちゃった。

 黒いウニみたいな髪がもぞもぞ動きながらこっち見てる。 あはは、目を擦っちゃってかわいい~

 やっぱりダメかも。 なんだか悟空くんが年上さんに見えない。

 

「あ! なのは起きたんか!!」

「わわっ、いきなり暴れないで――」

「おわっ!? ……いてて、椅子から落ちちまった」

「にゃはは……」

 

 うん。 とっても元気で騒がしい、悟空くんはこうでなくっちゃ。 ……ていうより、ここはどこでわたしはどうなっちゃったの? わからない事ばかりのわたしでしたが、遠くから聞こえる足音に鋭く反応してくれた悟空くんは。

 

「お! この気はリンディだな。 てことは飯の時間か!?」

「……えぇ~~」

 

 事情……説明してよ。

 

「あ、なのはさん!?」

「おはようございます……」

「よかった。 もう、いいのかしら」

「はい。 おかげさまで」

 

 悟空くんの歓喜の声と同時に入ってきたのは艦長職に就いてるリンディさん。 青い制服の上に桃色の布地のエプロンをつけてお母さんみたい。 あ、手に持ってるの土鍋かな? もしかして中に入ってるの……

 

「おかゆ……ですか?」

「ふふ、正解。 病人食の定番ってところかしら」

「ええーーおかゆ!? おらもっと歯ごたえの良いもんが――」

「別にあなたには用意してないのだけど……」

「いいじゃねぇか。 おら一応怪我人だったんだぞ?」

「もう筋肉痛すらないくせに。 この人はもう」

「にゃははは……は」

 

 この二人、なんだか妙に仲がいい? よくわかんないけど、会話が何となくお父さんとお母さんみたいに聞こえる……へんな気分。

 

「あの」

「どうかしたかしら?」

「戦いの方は――」

「……そうね。 なのはさん、ずっと眠ってたものね」

「はい」

 

 あれ? なんか変な空気が。 わたし何かわるい事でも言ったのかな? リンディさん複雑そうな顔になっちゃった。 ……どうして?

 

「終わったんですよ……ね?」

「えぇ、そうよ。 悟空くんがあのターレスを打ち倒してすべて終わり。 死に掛けた悟空君もなぜかあの姿になってほとんどのケガを回復させてハッピーエンド。 信じられないことの連続でしたけど」

 

 ……あ。 疲れの理由、悟空くんだ。 よし、リンディさんに悟空くん用の心得を言ってみよう。 これさえ念頭に置いておけば、今後何が起きても大きなショックは受けないはず!

 

「……わたし思うんです。 悟空くんに対して、常識を持ち出したらきっと負けなんじゃないかって」

「…………それができるのならこんなに苦労しないわよ」

「ですよね」

『はぁ』

「なんだよおめぇたち、ため息なんかついちまってよ」

『なんでもないですよ』

「ん?」

 

 リンディさんにあぁ言ったけど、実はわたしも案外できてなかったりしてます。 だって無理だよぉ、悟空くん平気で奇天烈なことをしでかすんだもん。

 

「にしても。 なのはが目ぇ覚ましてよかったな」

「え?」

「だってよ? おめぇ“三日”はずっと寝てたんだぞ」

「……はい?」

 

 えっと? 悟空くん、いま何て言ったのかな。 みっか? 3日っていったのかな……それって結構な時間なのではとわたしは思うのですが。

 

「でもま、よかったじゃねぇか。 一生目を覚まさないんじゃねぇかって、ユーノやフェイトたちが心配してたくれぇだったしよ」

「……そっか。 みんなに心配かけちゃったよね」

「そうだぞ? あいつら、寝ずの番をする! ……なんていってよ。 さっきまでここに居たんだ」

「そうなの!?」

 

 そうなんだ。 あとでみんなにお礼言わなきゃ。 きっとすっごく疲れてるのにそんなことさせちゃったんだもん。 とっても大変だったはずだよね。

 

「いいんじゃねぇか? あいつ等がやりたくてやったんだしよ」

「え?」

「いまだってオラがリンディに頼まれてよ、無理やり筋斗雲で部屋に連れて行ったんだ。 だからそんな気負うとかしなくてもいいはずだと思うんだ」

「悟空くん……」

 

 すごい。 まるで心を読まれちゃったみたい。 あんなにトウヘンボクさんだったのが嘘みたいな対応だよ……ホントに中身はお兄さんなんだ。

 

「さってと、そろそろ地球に着く時間だな」

「え? まだついてないの!?」

「そだぞ。 なんていえばいいんかなぁ?」

「いま、地球――時の庭園での次元空間は非常に不安定なの。 そして微弱なのだけどあの星を取り囲むように漂う謎の力場。 それらが相まって、いわゆる時差が生じているの」

「……じさ? 浦島太郎さんみたいなあれかな」

「たぶんそれで間違いないわね。 ふふ、なのはさんはお利口さんで助かるわ♪」

「その反応から察しますと……」

「えぇ、まったくそのとおりの事が起きたから大変だったわよ」

「はは……は」

 

 リンディさん。 心中お察しします。

 

「ん!?」

「どうしたの悟空くん?」

「なんか他にも3人くれぇこっちに近づいてくる奴がいるな」

『え?』

 

 ユーノくん達以外の人が来るの? 誰だろう。 わざわざお見舞いに来るような人ってこの船にはもういないと思ったんだけど。

 

「失礼します!」

「お取込み中のところ申しわけありません!」

「……あ、キミ目が覚めたんだね。 よかった」

「えっと。 どちらさまでしょうか?」

 

 みんな知らない人。 局員の人っていうのは着てる制服でわかるけど、みんなそれぞれ包帯巻いてる……けが人さん? 右の人から腕、脚、おなか。 グルグル巻きにされてとっても痛そうにしてる。 ホントにどうしたんだろう?

 

「……あ!」

「悟空くん?」

「おめぇたち! オラがあんとき仙豆渡した3人だな!? なんで怪我したまんまなんだよ?」

「え?」

「そういえば」

 

 センズ……あ、仙豆。 たしかなんでもケガを治しちゃうすっごいおマメだったっけ? それを渡したっていうけど、だったらどうして怪我をしてるの? 治ったそばからまた大怪我しちゃったのかな。 だったらそれはそれでかわいそう……

 

「いえ! 実はあの後3人で考えてまして」

「考えた?」

「はい。 コレの効能は艦長を見て確信に至っていた自分達ですが、正直、迷ったのです」

「おう……?」

 

 あ……あの人たちがいきなり腕を突きだしてきた――っていうより! あの手に持ってるのって……

 

「これを自分たち程度の怪我人が使っていいのか……と」

「いや、使うべきだと思うぞ? 全員、骨が折れてたんだしよ」

「それでもいま、自分たちなどとは比べてはいけない程の重傷者が居ます」

「……あ」

「臓器損傷。 これは立派な重症です。 こんな彼女に使わないで自分たちが使っていたと思うと……それこそ一生後悔するところでした!」

「わ、わたし……」

「是非! 使ってください――失礼します!!」

 

 ……あ、行っちゃった。 言うだけ言って3人ともベッドの近くにある机に“ソレ”を押し付けるように強引に置いていって。 きっとあの人たちも痛い想いをしてるはずなのに。 ごめんなさい。

 

「んー、これじゃ使えばよかった――って言えねぇな。 あいつ等、結構いろんなこと考えてたのな」

「彼等は……まったく」

「ま! とにかくこれでなのはの怪我も治せる。 何はともあれよかったじゃねぇか。 さっそく使うぞ!」

「あ、うん」

 

 転がってる仙豆をひとつ手に取って、手で転がしてみて……そっと口に持っていって。 若干硬いから強く噛みしめると、とっても大きい音がする。

 これは豆を食べてる音なんだよね? なんだか生の大根かじってるみたいなんだけど……

 

「ん!?」

「お」

「もう、驚かないわよ。 これについてはいい加減慣れたものよ」

「おなかの痛みが消えた……やったよ悟空くん! 治った!!」

「はは……よかったな」

「うん! ――局員のみなさーん! ありがとーー!!」

『ははは!』

 

 

 

 そうして高町なのはの、とても長い4日間が終わりを告げようとしていた。 悟空が怪物になり、彼とうり二つの人物に殺され――黄金を纏う『あのひと』に救われて。 その彼が一体誰なのかもわからないままに、春の季節は終わりを迎える。

 

 アースラが海鳴に帰還する最中に、孫悟空がこの世界に来てから、ついに3週間目を迎えようとしていた。

 

 悟空の世界放浪は、まだ始まったばかりである。

 




悟空「おっす! オラ悟空!!」

なのは「悟空くん、なんていうかその……」

悟空「どうかしたんか? えらく歯切れがわりぃじゃねぇか」

なのは「あ、その……なんていうか」

悟空「??」

士郎「あの子はまだ9歳。 だけどいまだ蕾のその花には、きっと測りきれないほどの思いが咲き誇るのを待っている――――」

恭也「嗚呼、このなんともどかしい思いか。 叶うことなら打ち明けたい……けれど思いが届かないときは……」

桃子「二 人 と も!?」

二人「……すんません」

悟空「変な奴らだなぁ。 ま、いっか! とりあえず帰ってきたんだ、めし食って! 風呂入って――寝るぞお!!」

ユーノ「そうですね。 ボクもなんだか……ふぁあ」

悟空「はは! でっけぇアクビ! そんじゃまずは風呂だな風呂!」

美由希「よし! 悟空君、リベンジだ」

悟空「なんだおめぇ、またいっしょに入るんか? やめといたほうが――」

美由希「所詮はわたしの心が弱かっただけのこと――いざ! 尋常に勝負!!」

悟空「オラ子供じゃねぇんだけどなぁ……アイツがやりてぇってんならいいか」

???「ぎゃああああ!! なにがどうなってるのおお!!」

なのは「あれ? おねぇちゃんは!? ――居ないや」

ユーノ「温泉の恐怖再び……とりあえず次回!!」

悟空「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第31話」

なのは「また逢う日まで?」

ユーノ「悟空さん、ミッドチルダに行くってほんとですか!!?」

クロノ「向こうへ行ったら、半年は帰ってこれない。 少しの間のお別れだ」

なのは「お別れ……なの? そんな……」

悟空「……?? 何言ってんだおめぇ達――あ、モモコーー! おら、晩飯までにはかえってくるからなぁ!」

クロノ「だから、次元転移は許可できないと――」

悟空「へっへーー! オラ、新しい技てにいれたんだ」

全員『え?』

悟空「いいか、これはな――――ん? もう時間か。 また今度だな、じゃ!」



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第31話 また会う日まで? 

遂に入った導入部分。
今回の話で、悟空で恋愛モノを書くことが不可能ということを悟りながら、遂にそういった行動を書いた自分。

あぁ、なんだか育児日記でも書いた気分。

さて、美由希氏のリベンジと、意外な逆襲成功と大失敗が書かれた31話。 よろしければ目を通してやってください。

今回はバトルなしです。


 

 家と言うのは住むためにあるものなのだろうか。 ……なにを当然のことをと思うかもしれないが、遠い異郷の地をただ進み、それでも何とか生還してきたものにとっては、この見慣れた玄関先というのはなんとも感慨深いものを心に落とす。

 

 なんだか心が安らかになる。

 

 そう言って離れない帰郷の思いが子供たちの弧線に触れ、そっと目頭を熱くする――まさか、こんな気持ちでこの地を踏むなんて誰が予想できたであろうか。

 

「すっかり暗くなっちゃった。 きっとみんな心配してるよね……ずっと黙って出て行っちゃったんだし」

「うん……」

 

 そのなかで思うのは理由はどうあれ、勝手に家を空けてしまったことに対する家族への不安。 きっと心配をかけただろう、大変な思いをさせてしまっただろう。 自身が怒られるという心配よりも、まずそれが出てきてしまうあたりなのはは聡明な子だ。

 

「その心配はねぇぞ」

「え?」

「悟空さん?」

 

 その中で声をかけるのは、結局少女よりも低身長になってしまった悟空。 彼は管理局の制服――クロノのおさがりを着込んで尻尾を振っていた。

 

 その姿に何ら罪悪感がないのは、恭也と士郎との約束を曲がりなりにも果たしたから。 かなり不味い事態は在ったものの、それを切り抜けてきた彼らは、だからこそ揃ってここにいる。

 

 そうして彼は、小さく浮いて、手の届かないインターホンに指を触れるのであった。

 

 

「……はーい」

「ん…………」

『……』

 

 聞こえてきたのは美由希の声だった。 何にも知らないというのはこうも幸せなことなのだろう。 彼女はいともたやすく玄関の戸を開くと、そのまま足元に視線を向ける。

 

「あ、なのは、悟空くんにユーノくんもお帰り!」

「ただいま!」

「た、ただいま……」

「キュウ……」

「あれ?」

 

 悟空は普段通りだとして、なぜか俯いているなのはと小動物に首を傾げる美由希は、なんとも不思議そうな目をしている。 何があったかは知らないが――

 

「悟空くんの知り合いって人のところに遊びに行ってたんでしょ? 何かあったの?」

「え? わた――「こいつよ、向こうで大失敗しちまってよ。 だから少しへこんでんだ」 悟空くん!?」

「あ、そっか。 うんうん、わたしも稽古が上手く身につかないときとかそうなるからわかるよ。 なのはも大変だ」

「おねぇちゃん……?」

 

 何となく話が変にとおっているこの事実。 実は前にリンディが上手く誤魔化し、それをなのはが寝ている間に悟空へ必死に教え込んだ賜物なのであるが、当然そんなことは知らず。 向こうもこっちも疑問符を作成していく。

 

「とにかくオラはらぁ減っちまったぞ。 モモコのメシがくいてぇ!」

「あ、ごめんごめん。 ほら、早くはいって~~」

「え、うん」

 

 ここでも軽く流す悟空に、流されるように家へと入っていく皆の衆。 聞こえは悪いが上手く誤魔化すことができた第一関門にそっと胸をなでおろすなのはとユーノ……だが。

 

「……おそかったな」

「お帰り、みんな」

 

 最終関門が早速やってきてしまった。

 

 この家に住まう男衆が、そろいもそろってリビングに続くドアの前に立ち往生。 まるで仁王立ちで阿修羅で阿吽な彼らたちはとにもかくにも、秘密を持った子供たちには刺激が強すぎる。

 そう、それがホントに知られていない秘密なのであれば……だが。

 

「……!? ご、悟空、おまえ」

「はは、まぁいろいろあってよ。 なんか元にもどっちまった――らしいな」

「ずいぶんと小さくなって」

『……え?』

 

 正確には“元の”ではないのだが、それでも彼等、高町の人間から見たらこの姿こそ本来の姿であり、彼が一番彼らしいと思える形である。 それを、何となく触れてしまった悟空は珍しく『気を遣う』

 

「とりあえず話はさ」

「え?」

「モモコのメシ食ってからだな。 オラずっと仙豆だけで持たせてきたから、しばらくうまいもん食ってなくってよぉ」

『…………』

 

 汲んだ彼らの思いを、だが決して表に出さない悟空は両腕を後頭部に組んで歩き出す。 しっぽをフリフリ揺らして進む彼に、無言で道を譲る彼らはどこか肩を震わせていた。

 

 おかしい? なにが? ……いいや、ちがうだろう。

 

 怒っているわけじゃないのに、それでも震える彼らの気持ちは推して測れるものではないだろう。 なにをしてきたかは想像すら及ばないし、おそらく相当につらい事であったと、なのはを見ただけでわかってしまう。 それでも彼らは今思う、よくぞ帰ってきてくれた……と。

 

「あら? 悟空くん、おかえりなさい」

「たでぇま、お? 今夜はから揚げか!! おら揚げ物も好きだぞ!!」

「うふふ。 何となく今日は悟空くんがおなかすかせてる思ったけど――どうやら正解だったようね」

「おいなのは! なにぐずぐずしてんだよ? 早く席に着いて飯食うぞ」

「あ、悟空くん――」

 

 震える男たちを通り過ぎ、あたたかい笑顔を輝かせる桃子の居るリビングへ入ってくる悟空は、テーブルの上にあるものに向かって飢えを抑えきれず、サイレンのような腹の虫を全開にする。 聞こえてくるそれに微笑、さぁどうぞ――とは言わない桃子は悟空を見る。

 

「そのまえに」

「え?」

「ちゃぁんと、手を洗ってこないとね」

「そうだったな。 帰ってきたらきちんと手を洗うんだったよな。 ほれ! なのは、ユーノ、おめぇたちも一緒に来い。 オラと一緒に手ぇ洗うぞ?」

『……はーい!(キュウ)』

 

 すっと席を離れる悟空はそのままなのはの手を引っ張る。 どうにも引率が多い彼にどこか違和感を覚える桃子さん。 そっと頬に手を置いて、首を傾げる事1秒チョイ。 彼女はここで思い知る。

 

「~~? おかしいわね。 いつもだったら「手なんか洗わねェでも平気だい!!」ってガツガツ食べてるはずなんだけど……」

 

 悟空が、妙に大人(おとな)らしい雰囲気を身に纏っていることを。

 

 

――――30分後。

 

 ついぞや終わった夕の食卓。 それに腹をさすって「けふり」と声を上げる悟空はご機嫌に尻尾を振っていた。 何事も……そう、本当に何もなかったかのような振る舞いでこの家に居る悟空。 そんな彼に近づくものが一人、彼は身長176センチの青年――高町恭也であった。

 

「なぁ、悟空」

「どうかしたんか?」

「いや。 あのさ、お前のあのときの姿って……」

 

 どうしても、本当にどうしても気になったことを聞きに彼はやってきたのだ。 美由希はランニング、なのはと桃子は入浴中、そして士郎は後ろで。

 

「……ごほん」

 

 わざとらしくせき込んでいた。 そのときに手にした新聞が、昨日の朝刊であり尚且つ上下が逆というのはあえて突っ込まない恭也。 それほどに、彼は今真剣に悟空へ質問したのだ。

 

 いま、この世界に何が起き、お前に何があったのか――と。

 

「おらか?」

「ああ」

「ん~~」

 

 その真剣さに答えようと、しかし間延びした声はどうしても能天気。 良い加減にいい加減な彼にどことなく焦りの影が差す中で、悟空はそっと頭をかく。 どう説明すればいいのか、というよりこの場合、彼の方が聞きたいくらいの事態なのだが……

 

「そうだな。 オラ、一回おめぇたちと会った後にさ、いろいろあってなのはたちに会って。 そんでターレスっちゅう“サイヤ人”と戦って……死に掛けて……目が覚めたらこうなってたんだ」

『…………はぁ』

 

 それでもひねり出した答えに、やはり親子は首を傾げるだけ。 その中でも注目された単語は“サイヤ人”と“死に掛けた”という2つのモノ。 前者はついさっき聞いたばかりで、後者はおそらく嘘じゃなく本当の事……あの屈強な身体をもった彼が死にかけ闘いが繰り広げられたことに、どうにか頭だけで理解した士郎たちは、そろってしゃがみ込む。

 

「いろいろ、なのはが世話になってしまったみたいだね」

「そんなことねぇぞ。 あいつが居なかったら、オラきっと死んでたかんな」

「なのはがお前を? ……そうか」

「そだぞ。 みんなが居なかったら、きっとこうなってなかったと思う」

 

 合わさる視線の中に、どこか物悲しげな光を見つけた父子はそろってあさっての方向を向く。 これ以上はいい。 いつか、あの子が話してくれるまで――そう、心の中で思い描くと、そっと席を立つ。

 話し合いはここまでと、拙い説明しかされなかった彼らは悟空を再び見る。 「なんだ?」という顔をさらけ出している彼に、ほんのりと微笑を携えた笑いを浮かびあげると……

 

「お風呂空いたわよー」

「おまたせー」

「……悟空君。 キミも疲れたろう、お風呂に入ってきなさい」

「そっか? ……んじゃ、おことばに甘えさせてもらうぞ」

「うん」

 

 遠くから聞こえる呼び声に、そっと悟空を送りだすのであった。

 

 彼らはまだ知る必要がないのかもしれない。 悟空の事、なのはの事、ユーノの事。 3人が抱える問題も課題も、今はきっと自分たちで解決しなくてはいけないモノなのかもしれない。 いつか……本当にいつか、自分たちを頼ってくれる。 そんな日が来ることを信じて……

 

 

「さってと。 ここの風呂に入るのはえらく久しぶりだなぁ。 はは、そういや今までドラム缶風呂しか入んなかったもんな!」

 

 バスルームで服を脱ぐ悟空。 小難しい服装に多少苦戦しているものの、ズボンのベルトを取ってしまうところまで行けばこちらのモノ。 彼は茶色い尻尾を大きく振るとズボンを放りなげ、洗濯かごにスリーポイントシュート。 さっそく浴室のドアを開――かない!!

 

「で、オラになんか用か? ――ミユキ」

「あ、あれ?!」

 

 誰もいないと思われた脱衣所の向こうにある廊下に、唐突に話しかけた悟空はそっけない顔。 まるで当然のように壁1枚挟んだ相手を言い当てた彼に、若干の戦慄を覚えつつ、それでも彼を『武道家』と認識している彼女は特に考えずドアを開けて見せる。

 

「先週は、結局何にも出来なかったからね」

「なにいってんだ? 先週?」

「うん。 あのとき背中洗ってあげるっていったのに何にも出来なかったのはダメだと思うの」

「……なに言ってんだ、おめぇ」

 

 どことなく……そう、いつかのように悪戯心を刺激された意地悪なおねぇさんのモノとは違う。 下を向き、なにか一大決心する彼女はメガネをはずす。

 士郎の家系はどこか義理堅い。 言ったことを守れなかった時は深く後悔し、遠い未来にまで引きずっていく――所謂“頑固”というわけなのである。 それが……この娘にも脈々と受け継がれていただけの話。 それがわかるはずもない偽少年悟空は首を傾げる。 というより、この男、彼女がいつの話をしているかもわからん始末な物であって――

 

「おら別におめぇに身体洗ってもらわなくってもへいきだぞ? 一人で出来るからいらねぇぞ」

「……そう?」

 

 極とうぜんにかえして……

 

「それにおめぇの裸なんて見たって、オラ得しねぇもんな!」

「――――カチン!」

 

 決して、言ってはならない事をはじき出してしまう。

 

「下手すっとシロウかキョウヤの奴に今度こそ殺され――ん?」

 

 だが、勘違いしてはいけない。 これが今までの無神経からくる発言ではなく、彼なりの配慮と遠慮からくる気遣いなのだと。 息子しかいない彼は、だからこそそうである者に対して慎重になったのだ……完全に言葉選びを間違っている事を除いてだが。

 

「そう……」

「なんだミユキ。 おめぇ気が急に膨れ上がったんじゃ……!!」

 

 氷河期が到来した。

 それは孫悟空が苦手な季節……冬を連れてくることを意味し、彼が目の前の驚異から逃げ出せないことの暗喩として成り立ってしまう。 

 

「悟空君、いま何て言ったの?」

「え? 下手すっとシロウ――「その前!」……なぁ? いきなりどうしちまったんだよ」

「私の……」

「お、おい」

 

 震える悟空。 こんな殺気はピッコロにですら向けられたことはない。 凍えるハートに火は点かず、消えゆく闘志に美由希は追撃の手を緩めない。

 

「私の胸は残念なんかじゃなーい!!」

「オラそんなこと一言も――!! うぎゃああ! は、はなせーー!! 尻尾掴んでふりまわすなあ!?」

「こうなったら意地でも全身洗ってやるんだから!」

「こ、こういう変なところで怒りやがって、そういうとこおめぇたちそっくりなんだからよ……あ! ちくしょ! うわーー!!」

 

 自他ともに認める16歳の女子と、他称16歳の孫悟空は、喧噪を振りまきながら湯煙の中へと消えていくのであった……南無。

 

 それから10数分間の戦いがあった。 ほんの少しキレた美由希がバスタオル1枚で悟空の背後を取り、それを残像拳で回避され。

 

「それは恭ちゃんとの特訓で――『心』!!」

「お!? 本体だけ狙ってきやがった!!」

 

 手刀、抜き手を繰り出し悟空をさらに追い詰める。 ……正直、今の美由希は稽古よりも実力を発揮していた。 それがひとえに悟空のもつ、ある種の『対戦相手と共に力を増していく』という、厄介な性質の賜物なのであるが、そうとも知らずに彼女たちの攻防は続いていく。

 

「この!? なんてすばしっこい――」

「へっへーん! 目ばっかりに頼るからそうなるんだ」

 

 ここで得意の気の講座。 美由希の怒涛を躱しつつ、悟空がゆっくり語りだすその刹那。

 

「ぐえ!」

「……いま、何かを掴んだ気がする」

 

 美由希の中に芽生えた何かが、悟空の動きを捉えさせて右の足を彼の頬にフィットさせる。 踏みつぶしたカエルの様な鳴き声を上げた悟空はそのまま湯船にダイビング。 大きな柱を築き上げるとそのまま潜水艦のように沈んでいく。

 

「あ……すこしやりすぎちゃったかな」

 

 それを見た美由希は、なにやら右手を開けたり閉じたり……掴んだ感触を離さないように、それでも悟空を心配しながら湯船に近づく。 ちょっと大人げなかったか? 同年代の筈なのに大人げとはこれいかに、そんなことを思う美由希氏はここで異変に気付く。

 

「!!? お、お風呂が――光ってる!?」

「ぶぐぶぐ――」

「え? ……ええ!?」

 

 膨れ上がる水かさに、いきなり現れる大きな背中。 それが湯から這い上がると、それは……その『男』は声を上げる。

 

「はー! 今のは効いたぞ!!」

「……」

「なんか一瞬だけキョウヤが使ってた技みてぇだったけどな……でも、少しだけ荒いな。 あいつのはもっと『すっ』と入ってくる感じだったはずだ」

「…………えっと」

 

 そのすがたは屈強なる鋼の戦士。 鍛え抜かれた全身は、それそのものが強力な武器となり鎧となる。 どうしてか傷一つなく、明るい肌の色は健康的な輝きを周囲に放つ。

 美由希は……一瞬だとしても心を奪われてしまった。

 

 こんな、きれいな身体を作り上げることが出来るのかと。

 

「…………はぁ……」

「ん?」

 

 あたまの上からつま先までを、ゆっくり辿ろうとする美由希の目線。 黒い頭髪に、張った大胸筋、引き締まった腹筋と、たくましく根付いた脚部には…………行か――ない!!

 

 腹筋から太ももに視線が移動するときであった。

 

 そのとき! 美由希の視線が一点集中!!

 腹部から下に向けられたそれは、その衝撃と絶妙な視界具合とが相まってしまい、彼女の内で激しいまでの恐慌を生んだ。 それでもあまりにも強い刺激と不可思議さがぶつかり合い、彼女の心の中で『正』と『負』の感情が渦巻いていく。 つまり! いま、彼女の中はプラスとマイナスの感情で『ゼロ』に――美由希が放心状態になるのは必然であった!

 

「お、おーいミユキーー?」

「…………ほ」

「ほ?」

 

 そんな彼女の状態に気付けなかった悟空はここで最大の痛打を行う。 触れなければよかったものの、既に手遅れ。 彼女の、まるで均衡が取れていたヤジロベーを思わせる心の内が、プラスかマイナスか……どちらかに力が傾いてしまう。

 

 開けられたままだった口から、盛大な声が放たれるのは仕方のない事であった。

 

「ほぎゃあああああああああああああ!!」

「まいったなぁ」

「いいいいいやあああああああああああ…………―――――!!」

「こりゃオラ死んだな。 はは……」

 

 密室という絶対に逃げ場のない空間の中で、身長を50センチほど伸ばした孫悟空は、自身より10ほど年下である彼女の悲鳴をバックミュージックに、床を強く叩く足音を感じて背筋を凍らせるのであった。

 

 鬼が3匹、飛んでくる。

 

「美由希! いったい……なにが」

「おい悟空! おまえ……また……」

「おねえちゃん!! どう……した……ふしゅ~~」

 

 鬼が3匹、機能不全で固まっていく。

 

 なんとか事態が冷めていく風呂場にて、自意識を喪失していく高町の面々を置いて、悟空はそっと足を運ぶ。 空中に制止したかと思うと、そのまま空間を蹴って次の歩を進めていく。 武空術のなんと無駄な運用方法か、こんな彼の姿がなんと無様か……

 

「おら……しーらね――っと」

 

 そんな無様な最強の戦士は、いま、そっと風呂のドアを閉めるのであった。

 

 

 

 

…………数分後。

 

「んくっ……んくっ……ぷはあーー! うめぇ!!」

「牛乳をあおってる場合じゃないだろッ!!」

「……すまねぇ」

「まったく。 おまえが“あんなもん”見せるから美由希もなのはもショックで寝込んじまったんだぞ」

「正直、すまねぇと思ってる。 今回はオラが完全にわるかった」

 

 牛マークの入った白い瓶を透明にしている悟空に、獅子が如く咆える恭也の図が出来上がっていた。 それも当然であろう、あの幼い体型ならまだしも、こうも逞しく完成された肉体の成人男性が自分の妹と入浴していたのだ。 これに驚愕し、怒号を上げない兄は兄ではない。

 そんな彼に、やはり今回は申し訳がないと思っているのだろう。 悟空は持っていた牛乳瓶を半分だけ空にすると、そのまま椅子に座りだす。 ちなみにこの時の彼の服装だが、士郎の着ている服の一番大きいサイズを桃子が駆け足で取ってきたとだけ明記しておこう。

 

「いやー、それにしてもあんなタイミングでオラの身体が元に戻るとは思わなかった」

「もと……?」

「という事は悟空君、キミはその姿が本来のモノ――ということかな?」

「ん~~そうなんのかな?」

『……?』

 

 いまいちハッキリしない悟空の言葉に、そろって首を傾げる高町の男衆。 構うことなく流れていくテレビの中の雑踏が吹き抜けていく中、悟空がおもむろに指を立てる。

 

「実はオラ自身もよくわかんねぇんだけど……」

「いいよ。 キミがわかるところから話してくれれば」

「すまねぇ。 そんじゃまずよ、オラがおめぇたちと初めてであったんが16のときだろ、そっから3年後の天下一武道会で優勝して、そんでさらに4年経った」

「つまり、7年?」

「……あ、そっから更に1年経ったんかな。 でも、その1年経つまでがまた複雑なんだ」

「ん」

 

 ゆっくりと遡る自身の記憶。 士郎のフォローが入りつつ、悟空は上げた指の数を『3』『4』と変えていくとその手で前方を仰ぐ。 変わる仕草と表情と、身を包む雰囲気が一気に強張っていくのを士郎はおろか恭也にですらわかる。 ……これから、とんでもないことを聞かされるのだと。

 

「まず、サイヤ人っちゅう奴らと戦うことになってさ」

「サイヤ人?」

「そだ。 そいつら、とってもわりぃ奴らでさ。 そんでそこからだな、オラの周りが急激に変化したのは」

「……急激に」

「あぁ」

 

 それはとある最強部族の名前。 流浪の民である野蛮な猿の末裔であり、一説には大猿が知性をもって、より自身の本能を全うできるように『進化』した姿とも言われるその者たち。 彼らの襲撃により、孫悟空の戦いは確かに一変した。

 その話だけでも、士郎たちには既に重すぎた。 おそらく宇宙に生きる者たちの襲撃を彼はきっと何とか凌いだんだと……そう、勝手の思いこんで。

 

「最初が、オラの兄貴っちゅう奴が来てよ。 そいつと戦うのはよかったけどな、そん時のオラとアイツの実力に差が付きすぎてた」

「悟空の兄貴……!?」

「兄弟でまさか――」

「まぁ、士郎が思った通りだと思う。 話を戻すぞ? 最初に対峙した時は完敗だったが、そこにピッコロが手を組もうやってきたんだ。 前ぇに話したろ? オラの命を狙って、天下一武道会で戦うって言ってた奴だ。」

『…………』

 

 段々と薄暗くなる話に、思わず手に汗を握っていた士郎と恭也。 悟空の顔が、あの天真爛漫だった顔がここまで真剣になるとは思わなかった彼らは、自身が考えていた『予想』という安易な考えを徐々にかき消していく。

 

「そんでピッコロと手を組んでなんとか倒したんだ」

「二人がかりで……やっと」

「そうだ。 けど、オラが道連れにしてなんとか――なんだけどな」

「みちづれ……? ――道連れ!?」

「と、という事はキミは!!」

「ははっ! オラさ死んじまっただ!」

『え? ぇええ!!?』

 

 笑ってる場合なのか? 悟空があまりにもあっけらかんと言うもんだから、一瞬なにかの冗談だと受け取り、しかし悟空がそんな冗談をひとに言うとは思えない士郎は思わず立ち上がる。 ガタリと鳴らした椅子が、大きく後方に飛ばされていく中、悟空はきっと空気を読んだのであろう。

 

「ま、それからいろいろあってさ。 ナメック星っちゅうところで、“フリーザ”ってヤツと星が爆発する寸前まで戦ってたんだ。 あいつは結局オラが見逃しちまって、別の奴が倒したんだけどな」

『星……爆発……?』

 

 かなりの大事を、かなりの速さで省略した悟空に悪気はない。 ただ、こんな暗くなりそうな話をさっさと切り上げてやろうという考えのもと、右手を上げ、後頭部をかく。

 

「ちょっと待て!」

「お?」

「お、おまえ……死んだんだよな」

「そうだけど、それがどうしたんか?」

「い、いや――なんで生きてんだよ?!」

「た、たしかに話がおかしい。 道連れになったというのならば、今ここにいる悟空君はどういうことなんだい?」

「ん、それはな――」

『ゴクリ』

 

 そんな悟空に盛大なツッコミを入れる親子に、「実は――」などと得意そうな顔になる悟空。 その彼の答えは至極簡単だ。 彼は文字通りに……

 

「生き返らせてもらったんだ」

『生き返る……』

「そだ。 ドラゴンボールってのがあってな、こんな拳ぐれぇの大きさの中に赤い星が入った球があってさ、それを7つ集めて出てくる『神龍』っていうデカい龍いてよ? そいつは“どんな願いでも1つだけ叶えてくれる”んだ」

「ど、どらごんぼーる?」

「シェンロン? ……龍!?」

 

 答えて見せる。

 だんだんと見えてきたからくりは、途方もないくらいに荒唐無稽。 ありえないという話題だが、それでも彼らは信じることが出来そうで……それは、『初まりの朝』にみた不可思議がすべてを結果へと収束させていく。

 

「そ、そうか!?」

「シロウ?」

「あ、あの時の――あの朝の龍が……神龍!!」

「……え?」

「キミをこの家に招いたとき、あの朝に僕たちは出会っていたんだ。 あの緑色の巨大な龍……あれがきっと神龍というものなんだろ!?」

「緑……た、確かに色はあってるけどよ――でも」

 

 跳ね上がる士郎に後ずさる悟空。 いきなり大声を上げる彼に対して悟空は少しだけ困惑の色を見せた。

 

「でもよ、幾らなんでもさすがに神龍はないと思うぞ。 もしもこんなとこに現れたら、それこそ大騒ぎだしさ――」

「ああ!!」

「……今度はキョウヤか。 いってぇどうした?」

「お、俺――おまえが言ってた球を持ってるかもしれない!!」

「――いい!?」

 

 ついに、ついに思い出し告げられた重大事項。 ドラゴンボールがこの世界に存在するかもしれないというその話は、さしもの悟空ですら驚嘆し、狼狽する。

 

「ど、ドラゴンボールが!? ど、どこにあんだ、見せてくれ!」

「お、俺の部屋に―――いま、持ってくる!」

「こりゃあもしかすっと――」

「悟空君?」

 

 走る恭也を見送りながら、悟空はそこで少しだけ微笑んだ。 見えてきた光明を、そんな表情を醸し出す彼に士郎は少しだけ置いてきぼりを喰らう。 それもそのはずだろう、いま、悟空が考え付いたそれは、なのはとユーノですらその事実を知らない『とある女性』を救うための策なのだから。

 

「持ってきたぞ」

「すまねぇ……こ、これは!?」

「ホンモノ……なのかい?」

「……」

 

 見つめた先には待っていた。 青年が、悟空が見つけ見つめるその瞬間を。 オレンジの水晶に、赤く添えられた4ッ星が、それが間違いないモノであると証明させていく。 彼になじみが深すぎるそのモノの名は――

 

「四星球! じっちゃんの形見の四星球じゃねぇか!!」

「スーシンチュウ……これはそう呼ぶんだね」

「スー……4か」

「よ、呼び名なんかどうでもいい! キョウヤおめぇ、これどこで見つけたんだ!」

 

 それを叫ぶ悟空は思わず恭也に駆け寄った。 この形、この輝き、どれをとっても偽物には思えない……そう、長年共にしたこの龍球(ボール)は特に断言できよう。 故に悟空は強く問う、これをどうしたのかと。

 

「お、お前が初めて俺たちの前に現れたところに落ちてたんだ」

「初めて……?」

「そして悟空君、キミを見つける前に僕たちはおそらく神龍に遭遇している」

「……そんなことが」

「これは、どういうことなんだろうか」

「どうって、それはオラも知りてぇよ……」

 

 神龍、悟空、ドラゴンボール。 この3者を同時刻に見つけた彼らの懸念は大きくふくらむ。 なにか大きな力の作用を肌で感じつつ、それでいて何もかもがわからない状況は実に気味が悪い……しかも。

 

「それでもこれはおかしいぞ」

「どういうことだい?」

「か、仮にオラがこうなって。 ここに来たのがドラゴンボールのせいだとしてもよ。 願いを叶えたドラゴンボールは本来、一年間は石になっちまうはずなんだ」

「だ、だがこれは――」

「そうだ、ただの普通のドラゴンボール。 これ自体がまず、おかしい」

『ううむ……』

 

 あまりにも“制約”を外れたこの状態を悟空は疑問に思う。 恭也から四星球を受け取ると思わず天にかざして向こう側を透かして見てみる。 これで何かが判るわけではない、それでも、何となくとってしまうこの動作は、なぜか悟空の気持ちを落ち着かせる。

 

「前に一度だけ“例外”があったんだけどな、今回もそれが起きてる……わけでもなさそうだし」

「??」

「こんな時に界王さまに聞ければ――!! あ、そうか! 界王さまだ!!」

「え?」

 

 そして気付いた打開策。 そう、分らないのならば聞けばいい! そう思い、右手人差し指をコメカミに当てて、ゆっくりと深呼吸。 あたりいn自身の気を張り巡らせると、天に向かって飛ばしていく。 ――――そして。

 

「あ、あれ!?」

「悟空……?」

「か、界王さまの気を感じねぇ――どうなっちまってんだ?」

 

 ここでもまた、彼は大きくつまづいてしまう。

 

「いくらなんでもあの世にいる界王さまと話ができねぇなんて……そんなわけが――」

「おい、悟空。 少し落ち着け」

「――あ、お、おう。 すまねぇ」

 

 狼狽する回数が明らかに多い悟空に対し、制止の掛け声をあげる恭也に、すこし、機を落ち着かせる悟空。 遠い宇宙ではなく、壁を隔てた天界に住まう住人の方が遥かに会話がしやすいのは彼自身、ナメック星にて経験済みである。 それがこうもうまくいかないのだから彼の落ち着きのなさは仕方がないと言えよう。

 

「さっきからどうしたんだ。 おまえらしくない」

「実は、界王さまっていうオラがあの世で世話になった人なんだけどさ、さっきから話ができねぇんだ」

「はなし? そりゃこんなところからじゃあの世なんて――【こんなふうに心で会話ができるんだけどよ、それがどうにも……】――うぉ、びっくりした」

「い、いまのは……もしかして心に直接――(まるで“あのひと”のような事を……)」

「そうか、それでさっきからそれをやってるけど――」

「ああ、全然はなしができねぇ」

 

 悟空の業に驚愕した恭也と、どこか懐かしいモノを感じた士郎もここで声を途切れさせる。 3人そろって首を傾げ、打開策を講じているさなか、悟空の中にとある声が響いてくる。

 

【悟空君……聞こえるかしら?】

「ん?! この声……リンディか。 どうかしたんか?」

【念話の扱いは可能……と、魔力の源であるリンカーコアが無いのになんてまぁ……】

「……話してぇことがあるんじゃねぇんか?」

【あ、ごめんなさい。 まさかホントにできるとは思わなかったものだから。 普通、次元空間を隔てた交信は出来ないはずだし……ね?】

「お、おい。 悟空、おまえさっきから誰と話してるんだ?」

「悟空君?」

 

 それはリンディ・ハラオウンの声であった。 悟空が使う会話……所謂テレパシーとはまた違う、自身の中から響いてくるような感覚に妙な思いを抱きつつ、彼はそのまま片手を士郎たちに向ける。

 

【リンディ、少しだけ待っててくれ。 いま、士郎たちも一緒に話に入ってもらうからよ】

【え!? ちょっと――】

 

 ブツリと強制的に念話を切った悟空は、そのまま恭也たちに背を向ける。 指をコメカミに当てたまま、意識を集中させながら……

 

「おめぇたち、オラの肩に手で触れてくれ。 一緒に話しすんぞ」

「お、おう?」

「……わかった」

 

 彼らを交えて、テレパシーを飛ばしていく。 まるで界王がやっていたモノに近いこの技法は、おそらく彼女との距離が近いからこそできる手段。 それを今、悟空はやってのける。

 

「またせたな、これで普通の会話とさほど変わらないはずだ」

「……これはまた驚きね。 こんな風に声が届くなんて」

「この声はこの間の」

「ハラオウンさん……でしたか。 なぜあの人が」

 

 始まる4人での会話。 初めて会った時もそうであったが、彼女のなんてきれいな声だろうか。 そう思うのもつかの間、悟空は手っ取り場約話を進めていく。 そう、これもまた彼女と青年が初めて会った時のように。

 

「オラになんか用だったんだろ? どうかしたんか」

「え、えぇ。 実はあなたにやってもらいたいことが出来てしまいそうなの」

「しまいそう……やけにはっきりしないですね」

「まさかまた、悟空が何かと戦うんじゃ――」

 

 何やら難しそうな事情を帯びた声だったが、それに容赦しない士郎たちは少しきつめに声を出していた。 当然だろう、悟空が死に掛けたという話は既に聞いている。 そんなことをまたさせてしまうのかという自責の念にも似た感情が沸々と湧いて出てしまったのだから。

 

「あ、それは心配なさらないでください。 戦闘とは無縁なものですので……もっとも、面倒な事ではあるのですが」

「は、はぁ」

「で、オラに何してほしんだ? こういう前置きがなげぇのはおめぇの悪いところだぞ。 界王さまよりもなげぇんじゃねぇンか?」

「…………もぅ」

 

 心配するなという声と、結局面倒事――という言葉に若干ながらため息を吐いた士郎をそのままに、悟空は続きを促した。 彼女から出た嘆息にも気づきもしないで……

 

「この間の事件、本来ならばそれ相応の事をしてしまったプレシアさん親子に、それなりの“対応”がされるのだけど、今回はなんといっても黒幕があぁなってしまったでしょう?」

「……ターレスの事か」

「えぇ。 本来だったら裁判やら何やらが起こる事件そのものの記録事態が抹消――だなんて話も上がりそうなの。 正直、わたしからしたら何を考えてるかわからない処置ですけど」

「……別にいいんじゃねぇんか? みんな無事だったんだしさ。 だったら――」

「悟空、お前意味が解ってないだろ」

「お?」

「裁判はいいとして、記録が抹消されるという事は、お前やなのはがやってきた頑張り事態がなくなるってことなんだぞ」

「……なんでだ?」

「なんでって悟空君……」

 

 皆が呆れる中で、悟空は一人“わからない”という顔をした。 だってそうだろう、どうしてそんなことを言うんだ? 悟空の問いは、皆の心に浸透していく。

 

「アイツ等がやった事自体はそのままあいつらの中で“生きる”はずだ。 この先何年、いくつになってもだ」

「……あ」

「それだけでも十分だとおもう。 それでも足りねぇってんなら……そうだな。 オラができる範囲で、あいつ等になんかしてもいいって、オラおもうんだ」

「そう……か」

「なるほど、キミらしい」

「ふふ、悟空君ったら……随分と大人らしい対応ができるのね」

「まぁな。 一応、それなりに歳食っちまったしな」

『ははは!』

 

 その中で「悟空自身の分は?」という声も上がりそうだったが、そこはあえて皆は伏せたようにも見えた。 彼自身、きっとそんなものは求めていないのだろうと、いったい何人の者たちが理解できただろうか……おそらく、ここにいる者ならば皆がわかることであろう。

 

「……ふふ。 とりあえず、話しをもどすわね」

「おう」

「今回、一応、プレシアさんとフェイトさんが証人という立場に、そしてあなたには“サイヤ人”というものが実在するのか、という生き証人になってもらいたいの」

「生き証人? どうすりゃいいんだ?」

「それはまた今度じっくりと。 ……それで実はあなたにはこちらの世界に来てもらいたくて。 それで今回連絡させてもらったの」

「こちらの? おめぇたちのって事か?」

「ええ」

「悟空が……異世界にってことですか?」

「そうね恭也さん、あなたの言う通りになるわ」

「……」

 

 ようやく入る本題はまさかの別れの話題となって。 いつからいつまで? という言葉が即座に浮かんでくる士郎たちは、それほどに悟空の身を案じていたことがわかる。

 

「だったら早く済ませちまうぞ。 いますぐ――」

「あ、さすがにそれは出来ないから。 そうねぇ早くというのなら、明日にでもクロノを迎えによこすわ。 そしたら転移でこちらにまでやってきてもらうから」

「迎えが来んのか? ……そんじゃ、いっか」

「……?」

 

 一瞬、悟空がさらに意識を集中するときに出た言葉は、そのまま彼をその場に留めるに至る。 いくらなんでも性急すぎて火急に過ぎる彼に、どうかそのままでと押しとどめたリンディは背筋に汗を流していた。

 

「これはスケジュールの前倒しを……」

「なんかいったか?」

「いいえ? なんでもないわ」

『?』

 

 その彼女の呟きをそろって聞き逃してしまう男どもは、実はかなり根本の方が似通っているのかもしれない。 そんな彼等にほんのりと笑みを浮かべ、リンディは話を終わりに向けていく。

 

「それでは明日の朝10時ごろ、クロノをなのはさんの自宅へ向かわせます。 それまでに必要な荷物を――と、あなたは特に用意するものなんてないわよね?」

「はは、まぁな。 手荷物なんていつも持たねぇしな、ゆっくり待たせてもらうさ」

「そうね。 それじゃあ今日はここまでにしましょうか。 もう、夜も遅い事ですし」

「そうだな」

「では、また明日」

「おう!」

 

 ついに終わるテレパシー。 そして悟空は士郎たちに向き直り、笑顔をもって声を上げる。

 

「ってことだからよ。 明日、なのはたちにあいさつ済ませたら、オラむこうに行ってくる」

「行ってしまうのか。 随分と寂しくなるね」

「お前が居ない3日間はとても家が静かで。 なんというか、妙な気分だった――正直、俺はああいうのは苦手だったんだけど……な」

「大ぇ丈夫。 すぐ帰って来るさ。 なのはたちとの約束もあるし――な!」

 

 同じ語尾で返した悟空は、そのままゆっくり席に着く。 ふわりと揺らした長い尾を、自由に宙に浮かべたままに彼はそっと部屋中を見渡す。 まるで焼き付けるかのように、まるでもう一度帰ってこようと決めていく様に。

 

「…オラも、いろいろとやり残しがあるしな――3年後、か………」

「悟空君?」

「――ん? いや、なんでもねぇ」

 

 孫悟空は、いま、来るはずの“そのとき”を夢想し、遥かなる空を窓から見上げていた……夜は、更けていく。

 

 

 

 翌朝――8時。

 

 朝、差し込んでくる日差しが窓枠から溢れ出し、その輝きが部屋の中を大きく温める。 日向ぼっこに似た感覚を作り出すソレは、中にいる人物の睡魔を益々増進させていくには十分であった。

 聞こえてくる鳥のさえずる声が、まるで子守歌のように耳に届くのもなんと風流なことか。 学校もない、用事もない、高町なのはは今、最高に気持ちのいい夢を見ているのである……それを。

 

「――……っと、やっぱ歩いて来るべきだったかな? ま、いいや」

「んにゅ~~」

「……キュ」

 

 まるでコマ送りのように現れたものが居た。 身長175センチの山吹色のジャケットを羽織る青年が、風を押しのける音を奏でながら“そこにいた”

 

「なのはとユーノの奴、いつにも増してネボスケなのな……疲れてるし無理ねぇか」

「……んん」

「ムキュ……」

「……はは」

 

 実はかなり犯罪ギリギリのこの手段、しかしなんでもないようにこなす青年はおかしそうに笑う。 だが彼の視線の先に居るこの娘、こんな大きい笑い声にすら微動だにしない。 どことなく苦戦を予感させる寝つきに、悟空はおもむろに両手を開く。

 

「――」

 

 パン……と、空が爆ぜる音があたりに響く。 両の手の平を合わせただけのこの音に、しかしそれがどうしてだろう。

 

「……むぅ」

「お、目ぇさめたか?」

「んーー」

「ありゃりゃ。 まだ目が開いてねぇなこりゃ」

 

 高町なのははゆっくりとその身を起こす。 上半身だけの起立だけの彼女は、そこで動作の一切をやめる。 まだ、夢の世界に両足を突っ込んでいると見るや悟空は……彼女を抱き上げる。

 

「もう、起きねぇとな。 さすがにオラもまてねぇし」

「もうちょっと……」

「だめだ、ほら、今日着る服を選ぶんだ」

「は~~い……」

 

 洋服を選ばせ、悟空はそのまま部屋のドアノブを握ろうとする。 ここからはレディの時間だ……砂漠のオオカミが居ればそんなキザなセリフを吐くのだろうが、悟空はただ、彼女が自分で出来るであろうという確信のもとに動いた……はずだったのに。

 

「むぐぅ……」

「あ、あいつ。 立ったまま寝てやがる……こりゃダメだなぁ」

 

 見事外され、そのまま彼女のもとに歩き出す悟空。 そうしてしゃがみ込んで頭を撫で、ゆっくりと少女の両手を握ると。

 

「ほれ、バンザーイ!」

「ざーい……」

 

 なのはのパジャマを、ゆっくり脱がしていく。 ボタンにあくせく、器用に脱がすと今度はキャミソールをベッドに放っていく。 なのはの手を自身の肩にかけさせ、片足を上げさせればズボンを脱がす。 ……なにげ、かなり慣れた手つきである。

 

「……これで、良し」

「んむむ……」

 

 そうこうしてる間に、新しい衣服に手と足を通したなのはは、リボン以外は外出用のそれとなる。 結ってない髪型は、母親である桃子をそのまま小さくしたようであり、将来性を感じさせる。

 そんなことですら悟空は微笑ましく。 いいや、それとは別の意味で微笑んでいる彼は、そのままユーノを掴みあげると。

 

「――――……」

 

 空間を、小さく鳴らして消えていくのであった。

 

 

「到着!」

「お、悟空!? おまえいきなり消えたと思ったら……」

「悟空君。 いままでどこに――あれ? なのは?」

 

 彼は、高町家一階のリビングに現れていた。 一緒の早朝のランニングを行なっていた彼が、折り返し地点でフラッといなくなってから30分過ぎ。 ようやく見つけた彼は、なのはとユーノを文字通り携えていた。

 

「いや、こいつらにもやっぱ、一言くれぇなにか言っておかねぇと思ってよ」

「……あ」

「そうだね」

「悟空君?」

 

 納得する彼らに、朝食を作っていた桃子だけが首を傾げていた。 無理もないだろう、事実を知っているのは男衆だけ、その中にどうやって入れるものか……桃子はただ、フライパンの中身を宙に投げるだけである。

 

 

「ごちそうさまでした!」

「でした……あれ?」

「お、ようやく目ぇ覚めたみてぇだな」

「悟空……くん?」

 

 食事も終わり悟空が片手で腹をさする中、小首をかしげるなのはは目の前に居る男に視線を飛ばす。 霞がかっていた脳内も徐々にクリアになって、今現在、自身が置かれている状況を理解し――

 

「あれ? ごはん食べ終わってる……いつのまに」

「ずいぶんとノロノロ食ってたけどな。 目玉焼きなんて皿の上でかき混ぜられてたぞ」

「そうなんだ……」

 

 やけに黄色がかっている皿を理解し。

 

「もう9時か。 結構遅くなっちまったな」

「え?」

「今日な、少しばっかり出かけんだ」

「そうなんだ」

 

 2回目になる「そうなんだ」をつぶやいて、彼女の視線は上を向く。 ホントに大きくなったんだとつぶやいて……呟いて……

 

「あ、あれ!?!? 悟空くん!!」

「どうした?」

「お、おおおおお――大きくなってる!?」

「そだな」

「……そだなって……えぇ~~」

 

 肩口を大きくズラシ、悟空に向かってご飯粒を飛ばすなのは。 首を振ってそれを躱し、席を立ちあがって冷蔵庫まで歩いていく悟空。 扉を開け、中から紙パックを取り出すと、そのまま透明のコップを白く染めていく。 それをなのはの前にコトリと置くと、彼はそっと微笑む。 

 

「なんかよくわかんねぇんだけどな。 どうしてかこうなっちまった」

「……はぁ」

「“これ”含めて、今日はリンディ達が居るところに行くことになったんだ」

「……え? リンディさん?」

 

 何となく、なのはの声のトーンが下がったかもしれない。 1音階のそれは確かにはっきりと周りに伝わる。 彼女は感づいたのだ、この瞬間に……彼が、この家からいなくなってしなうのであろうかと。

 

「そ、それじゃあ! 悟空くん、ここからいなくなっちゃう――「あ、モモコ! 今日の晩飯は魚がいいな。 あんとき食った……ホッキ? が食いてぇ」……あえっと?」

「ふふ、ホッキじゃなくってホッケ……ね?」

「そうそう! それそれ」

「悟空……くん?」

「どした?」

「どしたって。 悟空くん、リンディさんとこに行っちゃうんでしょ? それだったら――」

「行くだけでなんでそんな顔すんだ? 大ぇ丈夫、すぐ帰って来るさ」

「…………」

 

 どこからあふれて来るのか、確かな自信を持って答えた悟空に、既に不安の色を消したなのは。 それでもと、残りわずかにくすぶってしまう暗い影を……

 

「オラがおめぇと約束して、破った事なんてねぇだろ? さっさとそれ飲んじまって、歯ぁ磨いちまうぞ」

「……うん!」

 

 颯爽と追い払ってしまう眩しいくらいの笑顔が、なのはの心を大きく照らすのであった。

 

 

 そうして1時間が経ち、高町のインターホンの音色が家中を駆け巡る。

 

「おっす! クロノ、お疲れ様だな」

「……あ、あぁ」

「どうかしたんか? 死人でも見たような顔してよ……いや、半分は間違ってねぇんか?」

「……おまえ、背丈が……」

「昨日な、風呂に入ったら元に戻ったんだ」

「……お湯被って変身? そんなの余所でやってくれ」

「?? 何言ってんだおめぇ」

「なんでもない」

 

 やってきた黒いスーツの男の子に、朝一番のあいさつをしてやった悟空。 あらかじめ予想していた背丈の1.5倍ほどの高さに思わず後ずさった少年は、そのまま見上げてため息を漏らしていた。

 

「奇想天外にも、程を作ってくれ……たのむから」

 

 彼の疲れは、朝一番からクライマックスであった。

 

「さってと、そんじゃなのは、ユーノ、出迎えはここまででいいぞ。 オラたちはこっから一気にリンディ達が居るところまで行くからよ」

「うん、気を付けてね」

「悟空さん、ボクもついて行った方が――」

「なに言ってんだ、面倒事はリンディたちに任せて、おめぇたちはここでゆっくり待ってりゃいい――な?」

「はい」

「ここで「オラたち」と言わないところ、押し付ける気満々だな」

「……まぁな」

「臆面もなく……まったく」

 

 さて……と。 コホンと鳴らしたクロノの喉に、そろって視線をのばす3人と、後ろにひかえる高町の一行。 既にある程度の事情を理解し、それでも黒いスーツを着た男の子の正体を知らないモノもいるこの中で――

 

「さてと、そんじゃ早く行こうぜ。 晩飯のホッケを食いそびれちゃ、それこそ死んでも死にきれねぇしな」

「……なにを言ってるんだ?」

「え?」

 

 クロノは、悟空の発言に眉を吊り上げていた。

 

「“向こう”に行ったら、手続きから説明やら会議やらで……少なく見積もっても半年は帰ってこれない。 ……もちろん、キミだからって特例で次元転移もおそらく認められないだろう」

「そんな!?」

 

 彼から言われたのはなのはにとって衝撃が強く、より一層効いたのはやはり奥の人間に聞こえないように小声で言われた“そっち側”の会話であろうか。 半年、それを聞いただけで少女の胸が締め付けられる。 3日で不安につぶされそうだったのに、其の何倍の時間がかかるなんて……そんなクロノの言葉に。

 

「……ん? それがどうしたんだ?」

『え?』

 

 悟空はただただ、不思議そうな顔をしていた。

 

「悟空……くん?」

「いやよ、おめぇたちの“事情”ってのは何となくわかっけどさ」

「……あぁ」

「でも、オラが勝手に帰る分には何の問題もねぇんだよな?」

「まぁ……出来るのならば、だが。 しかし“むこう”と“こちら”を行き来するなんて、魔導師ですらないキミ個人ではまず――」

 

 その悟空に、現状を理解してほしいクロノは思わず両腕を組んで青年を見上げる。 できないと、言い聞かせるような彼の言葉は確かに正論だ。 “魔法以上のなにか”を持ってこない限り、キミがやりたいことなど到底不可能だ――と、告げようとしたのだろう。 クロノは若干暗い顔をして――

 

「へへ……オラ、新しいワザ手にいれたんだ」

『あたらしい……わざ?』

「おい悟空! それはいったいなんなんだ!?」

 

 悟空は正反対の笑顔を振りまいていた――それもとびっきりの。

 ウルトラC? いいや、Z級の何かを携えた悟空の笑みに、どこか感づいたのであろう。 「まさか」などと呟いたクロノに、悟空は指先を天に向けて説明を……

 

「聞きてぇ?」

「……あぁ」

「ああいいよ」

 

口にし始める。

 

「オラが前ぇに流れ着いた、“ヤードラット”っていう星で教えてもらったんだ。 あいつ等、力は大ぇしたことないけど妙な技を使ったりしてさ。 そんで1個だけ出来るようになったんだ、えらく苦労したけどな」

「……ごくり」

 

 思わず固唾をのんでしまった。 もしかしたらこれからの管理局の歴史を左右しかねないことをこの男はするのではないか……いいや、既にしているのだが、そんなことですらんも霞んでしまうような雰囲気を感じたクロノは思わず片手を強く握っていた。

 えらく静まり返る周囲に、悟空は得意げな表情。 そうして彼は、ついに今までの不可思議な現象を口にする。

 

「“瞬間移動”ってヤツが出来るようになったんだぜ?」

 

『瞬間移動!?』

 

 ま、まさか……などとのたまうクロノ。 それに合わせるかのように周囲がどっと沸く。 磨きがかかった彼の超人振りと、その既に武道家から逸脱し始めた『業』に興味を抱いた高町の恭也さんは――

 

「どんな技だ、やって見せろ!」

「みてぇ? わかった」

 

 ほんの少し、言葉が乱暴になっていた。 それでも気にせず、悟空は人差し指と中指を立てて、それを額にくっつける。 これにより頭部へ『点』の刺激を与え集中力を高めていく……そして悟空は――

 

「よし、そんじゃあ……そうだな。 アイツのとこにいってみっか」

「……」

「そんじゃバイバーイ!! ――――……」

『あ、消えた!?』

 

 彼は、わずかな音と共にこの世界から消えてしまった――と、思いきや。

 

「ただいま!」

『!!?』

 

 ほんのわずかな時であった。 彼はまた、もとの位置で手を振っている。 はた目からでは錯覚かと思えたこの現象に、恭也はたまらず指をさす。

 

「おまえ、今のは高速で移動しただけなんじゃないのか? それだったら俺にだって――」

「へへ……さて、この人はいったい誰でしょう!」

「孫くん? これはどういうことなのかしら……」

『……いや、だれ?!』

 

 その彼に、知らない女性の声が聞こえてきた。 どこか高圧的で、威圧的で……それでも気品さを醸し出す彼女は白衣を着ていた。 まるで学校の保険医みたいな恰好で佇む彼女は、悟空に肩を掴まれたままに彼を見上げる。 その彼女に――

 

「プレシアさん!? ど、どうして」

「か、彼女は向こう側でかあさんと話をしていたはず……まさかホントに!?」

「へっへーースゲェだろ?」

「……どうなってるの?」

 

 置いてきぼりな彼女をさらに置いていって、悟空の業に周囲は驚嘆を隠せない。 今そこに居た人は、確かにここにはいない知らない人。 さらにクロノからすれば次元の向こうから来たという確証を叩きつけられたショックで、目と口が開いたまま塞がらない。

 

「瞬間移動……ご、悟空くん、もうなんでもできちゃうよね……」

「そうでもねぇさ」

「え?」

「これはよ、場所じゃなくって『ひと』を思い浮かべてそいつの気を辿るんだ、もしくは感じた気でもいい。 とにかく気を探ってそれを辿る、だから気がねぇ場所なんかにはいけねぇんだ――プレシアの場合は、また“違うモン”で探したけどな」

「……つまり人が居ればどこにでも行けるって事か?」

「あんまし遠いところなんかは無理だな。 こっから宇宙の果て……なんて言われてもできねぇし。 そんでもここからリンディたちが居る所なら随分余裕がある、なんて言っても、持ってるもんがデケェし見つけやすいしな」

「……はぁ」

 

 距離よりも次元の壁をすり抜ける方が簡単なのか? という疑問は、彼がやったであろう現世から天界(あの世)への瞬間移動で全て片付けられてしまう。 それをも知らない恭也たちの驚きは爆発したままであるが。

 

「とにかくこれで問題ねぇだろ?」

「あるが……ない」

「こっちに帰るときはなのはの……魔力ってやつをさ、辿っていくからよ」

「あ、あぁ」

 

 急にコソコソと話し込んだ悟空とクロノ。 悟空にしてはかなり気の使った内緒話は、既にそういった話題をライバルの息子の“彼”と交わしたからであろう。 とにもかくにも、悟空は片手をあげて高町の家に手を振っていく。

 

「もしかしたらほんの少し留守にするかもしんねぇ。 それでもすぐ帰ってくるようにする」

「うん」

「お元気で」

「ああ」

「気を付けるんだよ」

「変なもの、食べちゃダメよ?」

「いってらっしゃい」

 

「行ってくる」

 

 そうして悟空は、しばしの別れの挨拶を口にしたのだ。 ――いや、晩飯には帰る計算なのだから正確には『いってきます』のあいさつだろう。

 

「そんじゃおめぇたち、オラに掴まれ。 このまま瞬間移動でむこうにいくぞ?」

「まさか送るつもりが連れて行かれるとは……」

「私は何のためにここにきたの……」

「まま、あとで埋め合わせはするさ! 行くぞ――……」

 

 そうして彼は、ついにこの地球から姿を消してしまう。 

 

 消えゆく彼に向かって吹いた風。 それは決して悟空に触れることなく遠い空の彼方へ吹き抜けていく。 途方もない大空へ、まるで自由を求めて消えていく。

 それが、これからの『彼女』の身を暗喩した現象なのか……それともすれ違うという隠喩なのか……この世界にわかるものなど――――3人しかいない。

 

 彼らが消えた海鳴市の大空の中、誰にも見えないその高さに今の光景を見て微笑んでいる者がいた。 彼は――彼女たちは――それを見送ると、まるでいなかったようにその場から消えていった。

 

 

……金色のフレアを散りばめて。

 

 

 




悟空「おっす! オラ悟空」

プレシア「……ふふ。 次元世界をほぼノータイムで行き来するレアスキル……ね。 管理局の頭でっかち共が見たら腰を抜かすわよきっと」

クロノ「ぜひやめてくれ。 そんなことになったら世界の安定そのものがひっくり返ってしまう」

悟空「そんなもんか? 案外何が起きても”へのカッパ”――なんじゃねぇんか?」

クロノ「……そんなわけないだろう」

リンディ「さぁて、次はとうとう悟空君がこっちの世界に足を踏み入れるわよ。 あなたも緊張ばっかりしてないで、しっかり相手にならないとだめよ?」

???「は、はい! ……そ、その、よろしくお願いします!」

悟空「お? なんだおめぇ。 オラと戦うんか?」

???「そうみたい」

悟空「そっか――そんじゃ!」

プレシア「超サイヤ人は無し、それに界王拳も禁止よ。 あくまでも『素』の状態でお願い」

悟空「え?」

クロノ「とうぜんだろう」

リンディ「当然よね」

悟空「そうか、当然か……ま、いっか。 そんじゃ次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~」

プレシア「――『賭博戦士カカロット』『罰ゲームは超神水』『悟空、キャバクラに行く』――の、3本よ」

クロノ「ふ ざ け る な!! あなたがそういう類の冗談を言ったら収拾がつかなくなるからやめてください!!」

リンディ「あはは……それじゃあ第32話! ここがミッドチルダ? 悟空異世界闊歩」

悟空「はぁ……おめぇちいせぇのに強ぇな。 なんていうんだ?」

???「うぅ……わ、わたし    ……ジマ」

悟空「島? 声が小さくて聞こえねぇぞ」

リンディ「きっと緊張してるのよ。 また今度ゆっくり聞きましょう」

悟空「そっか。 そんじゃまたこんどな!」

???「……あ、……うん」


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第32話 ここがミッドチルダ? 悟空の異世界闊歩

遂に足を踏み入れることになった異世界……ミッドチルダ。
ここで様々な出会いをし、未来への布石とするかは悟空しだい。

さてさて、いろいろと設定をねつ造していくこれからの話、気に障ったら……あやまることしかできねぇっす。

では、りりごく32話です。


 背の高いビルが建て並ぶ。 大空まで侵食していく建物が連なるコンクリートジャングルは、自然の少なさを嫌でも訴えかけてくる。 その中にある小さな喫茶店、どこか翠屋に近い面持ちのそれに、ミントグリーンの髪を後ろで結った女性が一人、カフェオレに砂糖10倍増しという拷問を慣行していた。 もちろん、本人が好きで行っている妙技であると明記しておこう。

 

「どこにいってしまったのかしら……」

 

 ぽつりとこぼされた溜息は、対面の席に置いてあるブラックコーヒーに向かって流れ去っていく。 明らかに2人でお茶していましたよという雰囲気を醸し出す中でも、いまだ彼女は一人だけ。 決して幻想でも病気でもないのだが、はたから見てると、彼女の行う行為はなんとも奇妙。

 

「もぅ……悟空君ったらいきなり現れたと思ったら――」

 

 消えてしまったのだから。 そう呟く彼女はいま、様々な憶測が脳裏で翔けぬけていた。 こんなに忙しい考え事はいつものこと、それでも楽しいと感じるのはいつ以来であろううか? なぜこんな感情が出て来るのか……興味本位? それとも別の理由? 彼女の薄れてしまったその感情をくすぐるのは――やはり最上の笑顔を携えた彼であろう。

 そんな彼女に……――

 

「よ!」

「ひぐ――!?」

「どうした? カエルを引っ張ったときみてぇな声なんか出して」

「お、おどろくわよ!? 突然うしろ……から……あれ?」

「ん?」

 

 山吹色のジャケットを着込んだ青年が声をかける。 その後ろに見える知人と息子をさておいて、ここでリンディは今までの疑問を答えに直結させる。 どうにも違和感があったさっきの出来事、それが『彼』を見た瞬間に一気に氷解したのである。

 

「悟空君! あなた元に戻ったの!?」

「まぁな、昨日風呂に入ったらこうなったんだ」

「風呂って……お湯被ったら変身するんじゃないんだから……」

「ん? なんのことだ?」

「なんでもないわよ、なんでも。 ――と、プレシアさん大丈夫でしたか? それにクロノも」

「はい、大丈夫です」

「問題ないわ。 むしろ彼に対して興味がわいてきたところよ」

『え?』

「うふふ……」

「……なんか寒気がすっぞ。 結構着込んでるはずなんだけどなぁ」

 

 モルモット手前30センチ。 悟空の命の危機が秘かに展開されていたとさ。 

 

「とりあえず言われたとおりに来たけど……なんか随分とデケェ建物がならんでるんだな、西の都みてぇだ」

「そうね。 ここは都心部だし、人の出入りも多いから」

「はー……そうけ」

 

 都心と言われてもあまりピンとこない悟空は改めてあたりを見渡す。 優れた科学技術の集結を思わせる灰色の街々は、昔馴染みの住む家を思い出させていく。

 

「それじゃあ、みんな揃ったことですし、そろそろ目的地に行きましょうか?」

「目的地?」

「えぇ。 いまから行くところは今回の事件を担当するかもしれない人たちが集まるところ、“陸士108部隊”の隊舎よ」

「りきし……?」

「り・く・し。 そこにはアルフとフェイトもいるわ。 だから孫くん、できれば――」

 

 指一本立てて左右に振ること3回半。 流し目で悟空に注意するプレシアのなんと保護者色が強い事か。 それでもと、構わずあたりを見渡す悟空はニコリと笑う。 そして――

 

「なんだ、あいつ等もいんのか……よし、だったら早くいくぞ? ……フェイトの気…いや、魔力の方がわかりやすいな――」

「え? だから手土産――」

「ちょっ!?」

「悟空君?!」

「うっし! いくぞ――――……」

 

 できれば……と、呟いたプレシア達をとっ捕まえて、片手を額に当てた悟空は、またもこの周辺から消えるのであった。 非戦闘時における魔法の使用を禁止しているこの街で、果たしてこの行為がそれに触れてしまうのだろうか……それは今後の課題として残るかもしれない――少なくとも、後にリンディはそう考えたらしい。

 

――隊舎。

 

 煌びやかな新築と思わされる広大な施設、白い廊下が印象的なこの空間に、女性が3人早い昼食を取っていた。 色とりどりの主食主菜がならぶその皿を、次々に空にしていきながら……

 

「はぐっはぐっ!」

「アルフ、お行儀悪いよ?」

「ふふ、ここの料理がそんなに気に入ったのかしら」

 

 一匹のオオカミが腹這いになって喜びの遠吠えを上げていた。 聞くほどに幸せの度合いを増していくかのようなその声は、彼の最強の戦士を彷彿とさせる食べっぷり。 そこにフェイトも気付いたのだろう、叱りつつもやはり彼女の行為を止められない。

 

「それにしても、あなたみたいな歳の子がAAランク相当の魔導師なんて――最近はとんでもないことが起こるのね」

「え、えっと……その」

「ああ……そんなヘンな意味で言った訳じゃないのよ? ただ単純にすごいなって思っただけなの」

「あ、それは……大丈夫ですけど」

「そう? ありがとね」

「はい」

 

 なんとなくぎこちない会話。 無理もないだろう、お互いに知り合って数時間の間柄だ、それに付け加えてフェイトが人と接する機会の少なさも相まって、まるで一線ひかれたかのように、互いの距離は空いていた。 その距離を――

 

「かあさん……悟空……」

「……――呼んだか?」

「うんん、やっぱりここは自分の力で頑張ってみるべきだよね」

「お、よくわかんねぇけど自分で頑張るってんなら応援すっぞ」

「うん。 ありがとう……?」

 

 一気に縮められる人物が、そっと彼女の肩を叩く。 揺れたツインテールが、彼のジャケットにあたってきれいに流れていき、それと同時にフェイトと話していた人物の視線もそこへと向かう。

 

「あ……れ?」

「どちらさま?」

「おっす!」

 

 同時、軽く上げられた右手と、見開かれていく深紅の眼。 その持ち主たるフェイトの頬が瞳の色と同じく染まったときであろう。 彼女の声は……

 

「ご、悟空!!」

「……ガウ!? ご、ゴクウだって!!?」

「昨日ぶりだな」

「な、なんで――いつの間に!?」

 

 傍らのオオカミを起こし、そのまま隊舎の隅々まで轟いていく。 素っ頓狂を絵に描いた構図に、今まで大人しい子供らしくない子という評価を下していた隣の女性は表情を崩す。

 

 それは悟空の後ろに居る大人たちも同様であるのだが。

 

「わんわん!」

「おっと。 あぶねぇからあんましはしゃぐなよ……おい、アルフったらよ――」

 

 クルリと回って3回半。 トリプルアクセルを決め込んだオオカミは、そのまま悟空に体当たり。 全身で喜びをにじませ爆発させる彼女を止められるのは――

 

「こしょこしょ!」

「きゃんきゃん!!」

 

 悟空しかいなかったであろう。

 抱きつき引き寄せ拘束する。 どこにもない逃げ場にアルフは嬉々の遠吠えを上げ、狂おしくやって来るこそばゆさを口から喚き散らせていく。

 次第に地面に背中を着け、腹をさすられ息を漏らす――もう、やめて……と。 漏らした吐息は大気に霧散していく。

 

「わ、笑いじぬぅ」

「そぉれ、これでおしめぇだぞ!」

「ぎゃはは! はは――ひーひっひ!」

『アンタら、いい加減うるさいんですけど』

 

 周囲の人間からつぶやかれる、所謂ツッコミの小声は――周囲を凍えさせるかのように涼しげであった。

 

「い、いつからここに!? さっきまでは確かに――というより背が!!」

「あんたちびっ子くなったんじゃなかったのかい! せっかく元の背丈になって見下ろしてやろうと思ったのに……く~~!」

「やはりそういうアクションを取らされるだろうな。 僕もそうだった」

「へっへ、昨日いろいろあってな。 それと今のは超サイヤ人になった時に、いろいろ思い出したことがあってさ、そのときからなんでか出来るようになったんだ」

「スーパーサイヤ人……」

「あのおっかない言動のアレ?」

「おっかないはわかんねぇけど、そうだ。 それと今のがどんな技かはまたあとで教えてやる……ところでよ?」

「え?」

「そいつ誰だ?」

 

 その中で指さし、呼称を求める孫悟空。 彼の視線の向かう先には、ひとりの女性が居た。 色合い的には月村すずかの髪を若干薄めた風な髪を、リンディのように後ろで結って、長い尾のように下げた人物。

 外見“だけ”なら、今の悟空と同年代かというその人物は、悟空を見るなり軽く会釈。 そっと微笑むと、次の瞬間には鋭い視線を飛ばしていた。

 

「わたしはこのたび、108部隊へ補充員として派遣されてきた『クイント・ナカジマ』です。 よろしくお願いします」

「おっとと……孫悟空だ、よろしく」

「……あ………こほん」

「お?」

 

 そのあいさつに答えるよう、彼女に向かって右手を差し出した悟空。 それを見て、悟空の顔色をうかがい……そっと合わせたクイントは、緩みそうだった頬を引き締めて言葉をさらに連ねる。

 

「このたびは、わざわざご足労下さり申し訳ありません」

「え?」

「本来ならば、正式な場を設けての会見などを行うはずでしたが、とある事情によりこうなってしまったことをお許しください」

「お、おい……いきなりなんだよ?」

 

 急に畏まる女性に悟空は右手をそっとあおぐ。 気味が悪いと言わんばかりの彼の表情に、女性は今度こそ表情を崩す。

 

「だめよ、クイント。 彼、こういうのは本当に慣れてないから」

「すみません。 報告でもそう伺ってはいたのですが……どうも緊張してしまって」

「緊張……? オラおめぇになんもしてねぇだろ?」

「そうなんですけど、そうじゃないんですよ」

「え?」

 

 リンディのフォローに、それでもと零す彼女……“クイント”と呼ばれた女性は悟空に改めて向き直る。 見上げた視線の先にある純朴は、それからは想像もつかない激戦の数々を潜り抜けてきた最強の戦士。

 

「あなたはご存じないでしょうけど、ここ数日、このミッドチルダにもそれなりの規模の次元振が観測されていたんです」

「じげんしん……? あぁ! オラたちが戦ってる時に起こったっていう?」

「そうです。 それでその原因を調査するための増援としてわたし達が行くことになったのですが……その折に提督からの報告が来て……」

 

 それを『観て』『聞いた』彼女は、だからこそ悟空を見る目を輝かせる。

 

「幾度もなく傷ついて、それでも立ち上がって……仲間の危機には身を挺して守り抜く。 ――立派です」

「な、なんかずっと前ぇにも言われた気が……でもまぁ悪ぃ気はしねぇかな」

「なに言ってるの孫くん。 あなたいま、とんでもなく褒められてるのよ?」

「そうだよゴクウ。 ここはもう少し『びしっ!』っとなんか言ってやんなよ」

「びしっていったってよ……別にオラ言いたいことなんて、なぁ? オラよりも頑張った奴がいるしさ」

「はは……」

 

 そんな彼女の発言がどこか誇らしいのか、狼形態のアルフが『わん』と咆える。 伏せった彼女の顎を触り、そのまま前後に動かす悟空はあまり実感がない表情。 何となく振り向いた先に居たフェイトに向かってハテナを飛ばしてあはは! と笑う。

 

「んで、それ言うためにオラを呼んだんじゃねぇんだろ?」

「……はい、そのとおりです」

「今回、悟空君に来てもらったのは他でもないわ。 彼女と模擬戦をしてもらいたいの」

「もぎ煎? もよぎのセンベイか?」

「煎餅……?」

「孫くん、あなたわざとやってるの?」

「お?」

「悟空、おせんべいじゃなくって、『模擬戦』 ――悟空風に言えば組手をしようってことだよ」

「組手? てことは――」

「……え?」

 

 急に、戦士の顔が日本晴れになる。

 

「オラ、おめぇと戦うんか!」

「そ、そうですが……」

 

 戸惑う彼女との気分は天地の差。 まさしく天晴な悟空の背景に昇るお日様が、周囲を眩く照らしていく。 その輝きに目をくらませる関係者一同はそろって、こう唱えたそうな。

 

『…………あぁ、なんてうれしそうな――』

 

 これだけで、彼が一体何を考えどう行動しようとしてるのかお分かりいただけるはずである。 それはもちろん、この場に居ない高町の侍たちも同様である。

 

「そんで、いつやんだ!」

「この後、ゼスト隊長が来る――筈だったんですけど、急用で来られないという事で、代わりの者が観戦しながら証拠用の映像撮りを。 そのあとにとあるレアスキルもちの子に会ってもらう予定です」

「……レアスキル?」

 

 そこから流れるように続く悟空の質問に、何とか冷静な対応で返せたクイント。 だが、彼女から聞かされた単語に悟空が立ち止まると、そのままクロノに向かって視線で問う。

 

「こういう難しいのはおめぇの領分だろ?」

「扱いがユーノと混同してる気が――」

「まぁまぁ」

 

 ――なんてにっこり笑う悟空に、ほんの少しだけ肩を下げると、仕方なく少年は口を動かしていく。

 

「レアスキルというのは、魔法を行使するうえで重要な要素で。 技法だったり素質だったり――たとえば、なのはの使うスターライトは『収束』のレアスキルを駆使して使われてるんだ」

「へぇ、そういうんがあるんか。 収束ってのはいまいちわかんねぇけど、あれはどっちかってぇと『集める』って感じだったとおもうぞ?」

「それはキミの“元気玉”という技と重ねているからだろう。 あれとは違って、なのはの技は、集めたらそこから砲撃呪文で撃ち出すように威力を束ねるからこそ、あの威力を発揮する。 強いて言えば“元気玉で集めた力をかめはめ波で撃ち出す”と言えば分るだろうか?」

「……あいつ、そんな面倒なことやってたんか。 それはそれでスゲェな」

「なにいってるんだ。 キミだって『惑星レベルでの探知』『身体能力の倍加』『収束砲撃』『隣接次元世界から力を収集』『次元世界間を単独での瞬間移動』……それにあの変身だってあるじゃないか。 それこそすごいなんて言葉じゃ片付けられない」

「…………えっと」

 

 そこから出てくる言葉の羅列を、理解できるからこそ硬直するクイント。 なんか、次元のおかしい話題をしているような気がするのだが……という表情をすると、同時、悟空は後頭部をかいている。

 大きな笑顔をしているさなかに繰り出された数々のレアスキルは、プレシアからすれば――

 

「あなたのそれは、既に“エクストラスキル”……存外の技法と言ってもいいはずよ」

「え、えくすとら――」

 

 とんでもないという一言しかなかったのである。

 

「ん……でもさ、気で相手を探るのはオラたちからすれば結構“じょうしき”ってやつなんだけどな」

「今確信した。 たとえどんなことがあっても、アンタの世界にはいきたかないね」

「……うん。 悟空の世界に行くとしたら、重武装で突撃するくらいの決意が必要かもしれない」

「そ、そんなことは――あるんかな?」

『あんのかい!?』

「ま、まぁみなさん。 とりあえずお話もそこそこに……本題に移りましょうか?」

「お? ここから出るんか」

「はい」

 

 そんなこんなでクイントの締めが行われる中、やっと話題は次に進もうとしていた。 食事も終わり、食堂から出る彼らはそのまま外に出ていく。

 

「へぇ、結構広いんだな。 天下一武道会の武舞台の3倍ってとこかな?」

「……大きさの基準がわからないわよ」

「そうか……そうだな」

「悟空?」

「……なんでもねぇ」

 

 いきなり遠くを見た悟空に、そっと見上げたフェイトが声をかける。 なぜかさびしそうなのは気のせい? 気になる彼は、だけどそっと離れるように歩き出していた。

 

「舞台とか、そういうのはないんですが。 とりあえずここである程度『ちから』を見せてもらう手筈です」

「ちから? つまりこのまま戦うって事か?」

「はい」

「そっか」

 

 右を見て、左を見る。 一辺が100メートル四方のそこは、あたりに人がおらず思いっきり暴れても平気なくらいには、周りに建造物の類は見られない。

 

「そこらへんに浮いてる変な奴は打ち落としちゃまずいんだよな……?」

「あ、そうですね。 あれでデータ取りもしているので」

「よくわかんねぇけど……わかった」

「すみません」

 

 悟空が言った変なヤツ。 それは監視用のドローンであり、それを200メートル先にあるのを確認した悟空の視力はそれだけで驚異的。 若干額に汗を浮かばせたクイントは、そのまま悟空に頭を下げ……構えを取る。

 

「それでは、そろそろ……」

「そうだな――」

 

 それに対して悟空は直立姿勢となり、右手で拳を作り、それを胸の前で手の平に合わせる。 『礼』の態勢になったかと思うと、そのまま頭を下げて――

 

「おねがいします」

「お、おねがいします」

 

 昔、祖父に教わった礼儀を行ない、相手にも自然と促した。

 

「――セットアップ!」

「お? なのはみてぇにアイツ変身したな? ……なら、ちっとばっかしやりすぎても平気か」

 

 闘うための呪文をとなえたクイントに対し、悟空がその驚異的な動体視力で彼女を見守る中、それがなのはと同じく身体能力のそこを上げる類と判断した彼は、『ほんの少し』だけ握る拳の硬さを強くする。

 

「……手加減はしてくださいよ?」

「そうだな。 でも、そんなことしなくても、おめぇなら大ぇ丈夫だろ。 あとな、今回の事なんだけどさ」

「……え?」

「おめぇたち、見る人間を間違えてるぞ」

「どういう――いいえ、今は眼の前の事に集中しましょう」

 

 悟空の意味深な警告ともいえる高さの声。

 それに不安を口にするクイント。 彼女は両腕に武装したガントレットを鈍く鳴らすと、そのまま悟空に向けて構えを取る。

 

 どことなく静まる広場に、一陣の風が吹き抜けると……藍色の髪がたなびく。

 

「だあ!!」

「はあ!」

「……」

 

 地面を蹴って、右腕を振りかぶった彼女はそのまま悟空に身体ごと向かっていく。 フェイトよりも近い距離での近接戦闘。 これはすなわち――

 

「やっぱ思った通りだ」

「え……?」

「身体の作り方、歩き方から息遣い……おめぇ、何となくオラたち武道家のそれにちけぇと思ってた」

「……最初からわたしの戦闘スタイルを見抜いていたってことですか」

「まぁな」

 

 悟空たちと同じ距離を保つという事。 そんな彼女に、どことなく親近感を覚える彼。 其の一言に更なる驚愕を心に刻み、それでも今ある姿勢を崩さないのはさすが現役管理局員と言えよう。

 

 さて、放たれたクイントの右拳だったが、それは悟空にあたることなくそのまま『透過』していく。 その光景に息を漏らしたフェイトは、知らずの内に胸元で両手を握っていた。

 

「あれが、本当の残像拳」

「……すごいわね彼、ああもハッキリとした残像を残すなんて」

「これでも実力の1割も出てない……重力修行時よりもさらに動きがよくなった……?」

 

 それは周りの皆も同じ。 昨日までの動きとは明らかに一線を越えた悟空に、一種の戦慄を覚えるリンディではあったが、そのあとの悟空が起こした――

 

「次は多重残像拳だ――」

「あ、え? うそ!?」

『さぁて、誰が本物かなぁ? ――あててみろ!』

「ぶ、ぶぶぶ――」

 

 右に悟空、左に悟空。 それが次々に増えていき、次第に周囲をかこっていく。

 

 総勢76人にも及ぶ残像拳の歓迎に、クイント共々腰を向かす始末である。 乾燥わかめに水をかけたかのように増えに増えた悟空の虚像はクイントをぐるりと囲む。 構えては横を向き、また構えては横を向く。

 

「分身なんてずるいですよ!?」

「一応これは、オラたちの間では古い手なんだぞ?」

「ふ、古い……これが!?」

 

 狙うとかそんなこと以前の問題として、この不可思議現象に彼女は今、心拍数を大きく上昇させていた。 トクントクン……鼓動の高鳴りが頂点に達したそのとき、悟空はまるで聞こえていたかのように。

 

「そんじゃ――行くぞ!」

「――っ!?」

 

 一気に攻め込む。

 

「ふっふ――はぁあ!」

「み、右!? ――今度は後ろから……っ!!」

 

 悟空が回し蹴りを打てばガントレットで防御して、……それがすり抜けたと思ったら後ろから鈍い衝撃が伝わる。 既にいじめとも言えかねない光景が繰り広げられるのだが、その実。

 

「お? なんか動きが柔らかくなってきたな、だいぶ反応出来てきたじゃねぇか!」

「なぜでしょう、身体がとっても軽い……さぁ、今度はこちらから行きますよ!!」

 

 なんだか、悟空の動きに合わせられるようになっていた。

 たしかに加減していたのかもしれない悟空の動き。 それでも、実力は遥かに離れているはずなのに、良くわからない“なにか”が、彼女の動きを速くと突き動かしていく。

 

「リボルバー……!」

 

 鋼鉄を打ちつける音が聞こえる。 同時、彼女のガントレットから火花が散ると、2個連なっている装飾部分の輪が互い違いに回転していく。 回る回る――すぐさま最高速度にまで達したそれに、高威力を伴う力の流れが完成する。

 

「ナックル!!」

 

 そうして彼女の号令のもと、右腕に貯められた回転の力は悟空に向かい放たれる。

 轟!!

 吹き抜ける風と共に、クイントの右こぶしが悟空の胴体に――ヒットする。

 

「ぐぅ――!!」

「ゴクウが吹っ飛んだ!?」

「あの子あそこまで?」

「……うく、これも魔法なんか。 よぉし、なんかやる気出てきたぞ……来い!」

「言われずとも――はああ!」

 

 次いで回転させた左側のガントレットを悟空に突出し、しかしそれを簡単にもらってやる悟空ではない。

 

「同じ技を2度も出すな――よ!」

「からめ捕られた!? しまっ――」

 

 気づいたクイント、だが時すでに遅く。 ガントレットが及ばない二の腕を掴まれるや早々、悟空は姿勢低く彼女の懐に背を向ける。

 

「飛んでけーー!!」

「きゃあああああ」

「いけない!!」

 

 そこから一気に背伸びした悟空は、思い切り遠くへ彼女を飛ばしていく。 所謂一本背負いと呼ばれるこれに、クイントはたまらず空中で悲鳴を上げる。

 

「……まだまだあ!」

 

 それでもと。 悟空は追撃の手を止めない。 上がる悲鳴を聞き流し、『数百メートル上空』にまで放り投げられた彼女を見て“どうせ魔法でその場にとどまる”と予測を付けた悟空が舞空術で迎撃にでる。

 

……そう、どうせ魔法で空を飛べると勝手に思い込んで。

 

「きゃあああああああああ……」

「ん?」

 

 上がる悲鳴のボリュームが上がった気がした。 まるでこの世の終わりみたいなその声に、浮くことすら忘れて悟空はひたすら彼女を見つめる。 太陽がまぶしい、……あ、鳥が二羽飛んで行ったな……

 関係ないことを思っている2秒の事である。

 

「いやあああああ!」

「孫くん!」

「なんだプレシア?」

「彼女を助けてあげなさい!」

「え?」

 

 プレシアから上がる非難にも似た声。 それに向き直り、尻尾を2,3回振った悟空はいつまでも能天気に構えていた。 その間にも上から聞こえてくる悲鳴はボルテージを上げていく。

 

「いままで当然のように構えてたようだけど、魔導師のみんながみんな飛べるわけじゃないの!」

「……え?」

「あの子、たぶん飛べないわよ――」

「そうか、あいつ飛べねんか。 オラそうとも知らずに随分とおくに投げちまったなぁ…はは!………い゛い゛!!?」

「リアクションは後! 早く!!」

「お、おう」

 

 一声奮起! プレシアの指摘でようやく現実を知った悟空は、そこから不可視のフレアをまき散らすと大空へ舞い上がっていく。 当然、近づく彼女を目標にして飛ぶ彼は焦り顔――なのだが。

 

「う、ウイングロード!」

「なんだ!? いきなり空中に道が――!?」

 

 クイントが何かを唱えた瞬間に光り輝く空。 一瞬の後に見上げると、そこには藍色に輝く道が出来ていた。 横幅おおよそ90センチ、長さは……おおよそで60メートル前後くらいだろうか。

 それが悟空の頭上に出来上がり……

 

「うげ!?」

「ご、ゴクウ!」

「いちちーー! なんだいきなり!? あたまの上に壁が出来たみてぇだぞ」

 

 高速で壁に激突した悟空の絵が完成していた。 それに溜まらず頭を撫でた悟空に差し掛かる黒い影。 みるみる大きくなるそれに悟空は反射的に――

 

「――っふ!」

「避けられた?!」

 

 身をかがませ、空中で半回転する。

 

「出来た壁見てぇのを足場にして、そこから蹴りを落としてきやがったな」

「壁ではなくって、ホントに道ですけどね」

「ふーんそっか。 これもやっぱり魔法なんだよな?」

「今のランクでも飛べないわたしが考案したものです。 あまり有効活用は出来てませんけど」

「そうか? オラなんて今のだまし討ちで結構驚かされたけどなぁ」

「……本来の活用目的はそういうのじゃないんですよ」

「そうなんか」

「はい」

 

 そこから続く会話で互いに一時停止。 悟空は空に、クイントは新たに作り出されたウイングロードと呼ばれる道に立ち止まる。 自虐的に己の魔法に視線を送るクイントに、それでも悟空は否定する――結構面白い攻撃だったぞと笑う彼は、そのまま彼女と立ち位置を同じにする。

 

「そうだなぁ……よし! おめぇ、地上戦と空中戦どっちがいい?」

「もちろん地上です……飛べないですから」

「奇遇だな。 オラもだ」

 

 同時、悟空からの質問にうつむき姿勢で答える彼女のなんとか細いモノか。 そんなに飛べないのが恥ずかしいのか? などと言う声が聞こえてきそうなこの瞬間に、悟空はそっと――

 

「なら、一時休戦だ――……」

「え?! な、なにを    」

 

 彼女の腕を掴んでは、フェイトを思考に描き『跳ぶ』

 

「――っし、これでお互い条件は一緒な」

「あ……え? い、いま確かに上空に……?」

「まただ、また悟空がいつの間にか――」

「アイツ、いったい何をどうしたんだい!」

 

 いつも通りのコマ送り。 フェイトの前、おおよそで3メートル強に現れた悟空はいきなり遠くに跳んでいく。 その場にいるクイントから離れると同時、彼はそのまま姿勢を低くする。

 

 その光景に、いまだ“種明かし”をされていない彼女たちは、悟空に只、不可思議さをふんだんに混ぜ込んだ視線を放り投げることしかできなかった。 そしてそれを待ち続ける――悟空ではない。

 

「続き行くぞ! オラやっと体があったまってきたんだ。 もう少し続けさせてもらうぞ!」

「は、はい……!」

 

 気合一声!! 悟空が叫ぶと彼女も咆える。 徐々に上がる熱気は周囲を巻き込んで、いつの間にかこの試合に目を奪わせていく。

 悟空が蹴り上げればクイントが後方に宙返り。 彼女が殴れば彼は受け流す。 実力に差が付きすぎてるはずなのに、なぜか接戦しているこの現象は果たして悟空が手を抜いているからか? ……いいや、確かに抜いてはいるのだろうが、それでもクイントの戦闘レベルはいま、この瞬間だけ遥かに高い位にまで上がっていたのだ。

 

 遠い遠い、目標に駆け上がるかのように。

 

「ま、また分身での回避――左!」

「うぉ!? 当ててきやがったな? ……なら、もう少し早くいくぞ!」

「はい!」

 

 悟空が放つ蹴りの2連打。 それを横に動かした体捌きで回避し、その運動を生かしたままにカウンターを当てるクイント。

 その彼女に、「にやり!」と笑う悟空のなんと嬉しそうなことか。 それに頭を抱えつつ、フェイトとアルフは彼らの戦闘を深く注視していた。

 

「ゴクウの動き、アレって一応手加減してるんだよね?」

「うん、たぶんまだまだ“これから”なんだと思う……けど」

「そうね。 あのクイントって子、孫くんの動きに十分迫って行けてるわ……どうしてかしら?」

 

 疑問をこさえていくテスタロッサ家の面々、既に本筋から離れていく様に思える目の前の戦闘の不思議さがわかるが故に、彼女たちは揃って視線を集中する。

 飛び散る汗の粒がまぶしく輝く中で、悟空はまた一つギヤを上げていく。

 

「だりゃ!」

「――うぐっ!?」

「あちゃーー!! あれはもろに入ったよ」

「い、痛そう……」

 

 唸る悟空の右腕が、クイントの腹に深くめり込んでいく。 くの字に折れ曲る彼女に、しかし悟空は手心を加えない。

 

「もう一丁!」

 

 振りかぶった左足を大きくしならせ、溜め、溜め……大きく溜めて、弓なりに曲げられたその足を一気に解き放ち――

 

「だあ!!」

「はぐ――!!」

『お、おいおい!!』

 

 クイントを彼方へ飛ばしていく。 冗談のような冗談ではない攻撃に周囲はどよめき立つ。 なにか弾丸のようなものが高速で打ち出されたかのように聞こえてくるソニックブーム。 衝撃波があたりを襲い、突風が観戦者の髪を巻き上げる。

 

「あいたぁ……はぁ……はぁ。 こ、これはかなり――」

「効いたろ? でも、このあいだターレスのヤツにクロノが喰らった一撃よりはウンと押さえてあるはずだ。 ……実際には見てなかったけどな」

「こ、こんな攻撃をクロノ執務官は……」

「これ喰らってもあいつらはまだ立ち上がっていたんだ」

「――はっ!」

「気付いたか? そうだ、今回見てやるべきはオラじゃねぇ。 最後まであきらめないでオラに繋いでくれたあいつらを見るべきだ……と、オラ思う」

「……これはまた、いろんな意味で一本取られたというか」

「だろ?」

「えぇ」

 

 心とカラダに、深く染み込む一撃を貰ったクイント。 そんな彼女はダメージが深いのか片膝ついて脇腹を押さえている。

 苦く笑う彼女は思う。 たとえ今回、存在の証拠を得るためとはいえ、『彼』にしか目線がいかなかった自分達の狭量さ。 一番奮戦したのが彼であると同時、それに追随してきた者たちが確かにいること――現場にいなかったが故に、見落としていたことを今、彼女は思い出すかのように悟空から告げられた。

 

「立てるか?」

「すみません」

 

 気づけば、差し出された彼の手を、そっと握り返していた自分が居た。 ……その光景が、この少女にどう映ったのだろうか?

 

「やめろおおーー!!」

「……お?」

「この声……え、うそ!?」

 

 響く幼子の叫び声。 まるですべてを振り絞るかのようなそれは、周辺の空気をわずかに“振動”させた。

 うごめく大地は彼女におびえているかのよう。 いま、『衝撃』を携えた力を振るうモノが悟空に突貫する!!

 

「おかあさんを――いじめるなああああ!!」

「お、……おお!!」

「やああああああ!」

 

 いきなりの来訪者。 それはクイントよりも色素の強い髪をした小さき者。 その者が悟空に向かって走り出し、飛んで、彼に対して拳を――撃ちぬける。

 

「――――!!」

「悟空!」

「ゴクウ!?」

 

 揺れる広場に赤い……炎。 燃え盛るそれは一瞬で鎮火し、元の山吹色のジャケットが姿を現す。 悟空が咄嗟に守らなければ、背後の彼女は甚大なるダメージを負っていただろう。 故に使われた今の技……

 

「…………界王拳――ふぅ」

「え?」

 

 世界の王を名乗る拳!! 舞い散る紅のフレアが桜吹雪のように散っていく中、幼き襲撃者を悟空は抱き上げるように阻止する。 その光景に目を奪われ、尚且つ言葉まで消えてしまったクイントは彼が抱いた者を確認するなり、抜けそうな腰に喝を入れて起立する。

 

「スバル!」

「およ? おめぇ、コイツ知ってんのか?」

 

 叫んだのはクイント。 彼女はそのまま悟空に駆け寄ると、そのまま幼子を受け取っていく。 抱き寄せて、髪を梳き、胸の中に顔をうずめさせていく。 フヨンと音を立てた気もしなくもないが、それでも幼子から聞こえてくる物音はない……と、おもえたが。

 

「ひっぐ……ぐす――っ!」

「あらあら、もう、また泣いちゃって」

「うええええ~~」

「お、……おぉ?」

 

 気の抜けそうな音色に、思わず後ずさる悟空。 それもつかの間、どこかで聞いたような鳴き声に、彼はゆっくり近づいていく。

 

「……そっか」

「うぇ……?」

「おめぇ『スバル』っていうんか」

「……?」

 

 そっとクイントから幼子を抱き上げる悟空。 彼はそのまま腕を高く上げ、スバルという少女をじっくりと見つめていく。 キラキラと輝く黒い瞳に、泣きじゃくっていたその子の表情を写す彼は数年前を思い出していた。

 

「……はは」

「……ん」

「あら?」

 

 ニコリと笑う悟空に、まるで釣られるように泣き止むスバルは、そのまま青年を不思議そうに見つめていた。 なんで? どうして? 声に出さないものの、疑問という感情が彼女の表情からあふれているようで。 ……悟空は、そんな彼女に答え合わせをすることにする。

 

「おめぇ、いまクイントとオラがケンカしてると思ったんだろ?」

「……うん」

「え、そうなの?」

 

 ゆっくりうなずくスバルに、ほんの少し驚くクイント。 そんなことはないんだよと、言い聞かせることもできないままに、悟空は次の言葉を紡いでいく。

 

「実は――その通りだ!」

「う~~」

「はは! そんなヘンな声出すなよ。 半分だけ、半分だけだからよ」

「はんぶん? ケンカなのに半分なの?」

「そうだな。 もう半分は――楽しかったからかな」

「たのしい?」

「……ぅ」

 

 其の一言に、どこか尻込みしてしまったクイントは果たしてどういう心境だったのであろう。 白熱してしまった今までを、そっと思い出してすぐに消す。 悟空と目と目を合わせながら拳を交わしたその瞬間(とき)は、酷く充実してはいなかったのか? ……否定できないからこそ、はっきりとスバルに返すことが出来ないで……

 

「そだ」

「……悟空さん」

「今まで築き上げてきた自分が持ってるモン全てを相手にぶつける。 それってよ、とっても気持ちがいい事なんだぞ?」

「そうなんだ……」

「あぁ、そうさ。 うりうり――」

「あはは! くすぐったいよ~」

 

 何が何だか。 そういったリンディたちを敢えて置いていき、悟空は襲撃者だったスバルの頭をかき乱していく。 ボサボサと、音を立てて崩されていく彼女の髪型は、まるで今の事態をうやむやにするかのように乱されていく。

 

 ……そう、この娘が、悟空に界王拳の使用を強要させた事実を、忘れさせるかのように。

 

「……ん。 あ、ところでクイント」

「え?」

 

 はっきりと、スバルに唱えた悟空は彼女を地面に降ろす。 彼のひざ下くらいの頭頂部はいまだ幼いことを認識させて、どこか似ている容姿は、やはり悟空の隣に居る黒いガントレットを付けた彼女を小さくした印象を持たせる。 だから。

 

「こいつ、おめぇの子か?」

「あ、はい。 紹介が遅くなってしまって……次女の『スバル・ナカジマ』です」

『え゛!?』

「やっぱな」

「ほら、スバル、あいさつして?」

 

 悟空は、思ったことだけを口にする。

 それに、のたまうように背を後に曲げた管理局組は視線を行ったり来たり。 スバルとクイントを往復させること4回程度で、首を縦に振って落ち着いていく。 髪の色も、面影も、言われてみれば似ている二人に、いち早く気付いた悟空は……やはり過去にこういった経験があるからだろうか?

 

――――ボクは、20年後の……

 

 『ほんの数か月前』を思い出したはずの悟空は、そのままゆっくりと自分を見上げてくるスバルと視線を交わらせると……

 

「こ、こんにちは」

「おっす!」

 

 手のひらを向け、いつものあいさつを交換する。 

 

「スバルーー!」

「なんだ?」

 

 すると、どこか緊張がほぐれたスバルを思いっきり呼ぶ声がひとつ。 それもまだ、幼さが抜け切れていない女の子の声。 スバルよりも大きくて、だけどフェイトよりは小さいであろうと思えるその声の持ち主は――スバルと同じ髪の色をしていた。

 

「あ、おねぇちゃん!」

「ねぇちゃん?」

「はぁ……はぁ……もう! 勝手に行っちゃダメだって言ったのに――あ、すみません」

「お、おう」

 

 その子は駆け足で悟空まで近づくと、その場で一回お辞儀をする。 クイントの上司かなんかと勘違いしているらしいその子は表情硬く、姿勢正しく青年を見上げて視線を外さない。 そんな彼女に、彼はそっと近づいて……

 

「そんな緊張することなんかねぇんだぞ? オラ、リンディやクロノみたいに“管理局”ってとこのモンじゃねぇし」

「……え? そうなんですか? でも……」

 

 少女をひと撫で。

 すると明らかに肩から力を抜く彼女は、そのまま悟空の背後を見る。 すぐ後ろ、そこから出てきている長い“ソレ”を見て、どこか納得した顔をして――

 

「じゃ、じゃあ使い魔の人で……?」

「ん?」

「こ、こらギンガ?! なんてことを言うの!」

「え? ……え? でも尻尾が……あ、ご、ごめんなさい!!」

「……はは」

 

 クイントの背筋に、冷たい汗を流させるのである。 とてつもなく失礼極まりない勘違いは、この際仕方がないのかもしれない。 魔導師とはかけ離れた身体能力に背後の尻尾は、遠くにいるオオカミ女と同質性を見出しかねない事この上ないのだから。

 

「なぁクイント、こいつもおめぇの子か? もしかしてスバルの“おねぇさん”だったりすんのか」

「えぇ、そうです」

「はぁ……こんなとこまでわざわざなぁ。 スバルなんか、かあちゃんがあぶねぇと思って駆けつけてきたもんな~」

「な~」

『あはは!!』

「す、スバル……もう」

 

 ともに笑い出した天真爛漫sは大いににぎわう。 それにため息を出してしまった母と長女、それから数秒の後、目だけで「こいつらもここで働いてんのか?」などと尋ねてくる悟空に、クイントは汗を流しながら両手を動かす。 ……このひとの相手は、結構大変ナンデアロウカ? 幼いながら、それを理解する長女は賢い子である。

 

「その……いまは夫共々働きづめで、今日も急なことだったのでいっしょにつれてきてしまったものだから……」

「そうけ。 おめぇたちも大変なんだな……あ、そういやコイツなんて言うんだ?」

「スバルの姉で、ギンガっていいます。 ほら、ギンガも」

「あ、はい。 ギンガ・ナカジマです。 えっとその、いまのは……」

「ん? なんか言ったっけか?」

「え? えっと……あの」

 

 自己紹介もそこそこに、今度は悟空に頭を下げるギンガと呼ばれた少女。 この年にして中々の常識人は、どこかの他称16歳だった偽少年にも見習ってほしい部分であろうか。 いまだ緊張の解けてないギンガを見下ろし、どこか後ろに居る彼女に……

 

「え? 悟空?」

「いんや、なんでもねぇぞ?」

「そう……?」

 

 金のツインテールを揺らす少女に似ているかもしれないと、ふと思う悟空は、そのまま彼女に視線を合わせ、後ろから出てくる尾っぽをゆるゆると動かしていく。

 

「あ、あぁ……」

「これが珍しいんか?」

「え、あ! そ、そんなこと」

「はは。 そう、かしこまる必要なんかねぇ。 これだって、サイヤ人の特徴ってやつ……なんだしさ。 見慣れねぇのも無理ねぇさ」

「……はぁ」

「とにかく気にすることなんかねぇかんな?」

 

 そうして彼は、やはり『彼女』に対するときと、同じ対応を取るのであった。 優しく話しかけ、緊張をほぐし、ゆっくりと理解させていく。 出てくる単語の説明はないのだが、それでも悟空の雰囲気に触れて落ち着きを取り戻したのだろうか……

 

「……はい!」

 

 まばゆい笑顔を、悟空に向かって咲かせていく。 そう、まるで晴天の空に開く花たちのように。

 

「さって、いい感じに戦ったと思うんだけど」

「あ、はい」

「どうする? このまま“第2ラウンド”に入っちまうか?」

「……えっと」

 

 そのあとから放たれた悟空のお誘いに、そっと頬をかいたクイントは「あはは」と笑う。 同時、彼女の膝も同様に笑い出したのは背の小さいスバル&ギンガ姉妹だけの秘密……その姿に悟空も微笑むと、そっと彼女“たち”の手を取って……

 

「それじゃ、“次の”はまた今度だな――……」

『うぉ!?』

「え? あ、また!!?」

「なになに~……?」

「あれ? いまあそこにいたのに……!」

 

 周りの景色を変えてみせる――

 

 本当は自分たちが移動したのだが、そう感じさせない速さで――『瞬間』で移動した彼らの感覚は正にそれ。 ついぞや遠くに居た彼らが、またも観戦者のすぐ目の前まで移動したこれに、皆の目は何度だって驚きに満ちる。

 フェイトとアルフは悟空を見つめたまま口を開けるし、リンディとクイントはうっすら汗を浮かべ、クロノとプレシアは興味という感情を視線に乗せ、小さな姉妹はあたりをキョロキョロ……三者三様という感じに、ばらけたリアクションがこの場に広がる。

 

「ねぇ悟空」

「ん?」

「そろそろ教えてほしいんだけど」

「……っと、いけねぇ。 そういやおめぇたちには教えてなかったんだよな、いまのは……」

『……ごくり』

 

 フェイトの質問に悟空はそっと周りを見て、あっけらかんと――

 

「瞬間移動ってやつだ」

『瞬間移動!?』

「そだ。 いまじゃ簡単にやってるけど、覚えんのに結構苦労したんだぞ? 大急ぎでやっても半年くれぇかかったもんなぁ」

「そ、そうなんだ」

「なんでもありかい……」

「このひと、そんなことが……でも報告では――」

「ねぇ! おねぇちゃん、“しゅんかんいどう”ってなに?」

「いっしゅんで遠いところに移動することかな。 ほら、転移の魔法ってこのあいだテレビで――」

「ん~わかんない!」

「……もう」

 

 みんなに告げる。 これって、思いっきり魔導師の常識を叩き潰してませんか――なんて、クイントがプレシアに視線だけで訴えるのだが、「この子に常識を持ち出そうとした時点で魔導師(わたしたち)の負けよ」などと説得されているのがなんとも不憫。

 重要作戦から忘年会の一発芸まで、幅広くこなせるその『業』にひとしきりの驚きを繰り広げた彼らに――

 

「あ、あの……」

『え?』

 

 またしても来訪者が来るのである。

 

 緑の髪。 線の細い感じのひょうひょうとした男の子。 その彼が山吹色のジャケットを着込んでいる悟空に向かって声を投げかけていた。

 

「今日はいろんなヤツに会うなぁ」

「はい?」

「ん、いや、なんでもねぇ」

「は、はぁ」

 

 子供ばかりになっていく広場の中央で、悟空は現れた男の子に視線を流していく。 あまり強そうでもない身体に、それでも中々に大きい気とは違うちからを感じ取り――

 

「もしかして、コイツが最初に言ってた“レアスキルもちの子”ってヤツか?」

「そうです」

 

 先ほどの会話ログを脳内で巻き戻した悟空。

 

――もぎ煎?

――おめぇと戦うんか!

――いつやんだ!

――レアスキル?

 

 そんなに詳細を覚えていない彼が覚えていたのは、前後に戦闘と関連した単語があったからであろう。 偶然ながら、こんなふうに会話が進むのは中々にいいこと……であるはずだ。

 

 悟空が意外な記憶力を発揮した中で、屈みこんで新たに来た少年に笑顔を向ける。 母の仕草をふんだんに使ったこの攻撃に……

 

「ごめんね。 結構待たせちゃって……ヴェロッサくん」

「……いえ」

「ん?」

 

 あまりに反応がないのは隠しているのか、何も感じていないのか。 わからないことだらけだが、悟空は何となく察知する。 この少年――

 

「腹でも減ってんのか?」

『そんなわけが……』

「……はい」

『あるんかい!!』

 

 空腹で目が回っているのであると!

 さぁさぁいざ行かん食堂へ――悟空がそう言って彼の手に触れて、少年を引っ張ろうとしたそのときである。

 

「あ、いえ。 僕は仕事を終えてから済ませますので」

「仕事?」

「この子は教会に――「……なかなかに面白そうな“人生”を歩んでると見えます――これは覗き甲斐がある」……え? ちょっと待って!」

「??」

 

 彼は、周囲に緑色の光を照らしだし……自身が持つ力を行使する。

 

「ちょ!? いったいなにが――」

「彼のレアスキル――『思考捜査』が発動したのね」

「しこうそうさ?」

 

 驚くアルフ達に、その実平静を装っているクイントは今回の大詰めを説明していく。 かなり手筈が狂い、悟空への承諾すら取れてないこの現象。 それがヴェロッサと呼ばれた少年が、悟空に対して抱いた『好奇心』からくる先走りなどと理解する暇もなく。

 

「さぁ、見させてもらいます――あなたが、今まで何を成してきたのかを!」

「そういうことか。 いいぞ、勝手にやってくれ」

「……へんなヒトだ。 勝手にやろうとした僕が言うのも変ですが、普通こういうことをされるのは嫌悪の対象になるのに」

「なんでだ?」

「見られたくないモノ……人はそういう醜いモノを隠したがる存在ですから」

「そっか」

 

 大人びた少年に言われた言葉に、心得たけれどどうでもよさそうに……そっぽを向いた悟空も光り出す。 少年と同じ緑色と――彼の内に潜む『石』の青色に……

 

 そうして少年の意識は、孫悟空の中に潜り込んでいく。

 

 

 

 ゆったりと……海の中に居るかのような感覚の中――――

 

 ここはこの人の深層意識か。 ……驚いた、ここまで澄み渡っていて居心地がいいのは見たことがない。 こころが魂レベルで清らかなのか、何も考えてないのか……まぁ、それは後で考えましょう。

 

「……随分と薄ぼけた記憶だ。 まるで数十年も前の出来事のように――」

 

 人の記憶を覗くときに、それを見やすくするためイメージするものがある。 それは本だ。 書物として見開きすることでその人の始まりと今までを閲覧することが出来るけど……この人はなんていうか――百科事典をさらに分厚くした本というかなんというか。

 

 ……普通はもっと薄くなるのだが、どうにも彼は経験してきた人生の“密度”が他を圧倒しているのであろう。 では、彼の幼きころは飛ばし飛ばしで……と。

 

「じいちゃん……なんでうごかねんだ?」

「おめぇ! さては妖怪だろ!!」

「じいちゃーん!! あいたかったよ……」

「亀仙人のじっちゃん殺されて――ほっとけねぇよ!!」

「勝ったぞおおおお!!」

 

 ……ううん。 これはなんていうか……とてつもない。 まるで激流のような毎日だ。 出会い、別れ……また出会って別れて。 そんなことを繰り返して、仕舞いには世界を救う、か。

 

「幼少の時からこの人は……なるほどこれは、とても」

 

 続きを見てしまいたくなる人生だ。

 さて、どうやらここから先は次の章に行かないと見れないみたいだね。 ……なるほど、この次に彼はそれまでの因縁にあらかたケリを着けるわけか。 それがこの『3年後』と書かれた章。

 まるで週刊誌の発売を待ち望む気分で僕は、彼の『3年後』というのを開いていく。

 

「――わりぃけどわがままを聞いてくれ。 武道家の意地なんだ!」

「神さまが嘘ついていいのかよ?」

「オラには、宿敵が居なくなっちまうのも少しさびしくなっちまうもんな」

 

 これが彼の世界の戦い。 そして彼を表す言葉の羅列……正直、僕の理解の範疇を超えている。

 

 幾度もなく、幾度もなく……それこそ、右肩を貫かれ両足の骨を折られ、左腕を焼かれて……それでも立ち上がって――だけどまた闘おうだなんて。

 

「このひとは、やはり僕たちとは生き方や在り方そのものが激しく違う。 ……でも」

 

 でも、だからこそ彼の眩しいくらいの生き方に、周囲の人間が影響され、寄ってくる。そしてこの僕も気になる。 この先が、彼が進んでいき、辿ってきたという道が――途轍もなく。

 

 やめておけばいいモノを、あとでそう後悔したとしても――僕は次のページをめくることを止められなかった。

 

「さ、サイヤ人!?」

「関係ねぇ!! オラ地球人だ!!」

「お父さあああん」

「ご、悟飯……!」

「明日のこの時間までに――――この星の人間を100人ほど殺して、ここにその死体を積んでおけ!」

 

 ……騒然としてしまった。 なんだこの記憶は――まるで地獄のようじゃないか!!

 

「あ、兄があらわれたと思ったら……いきなり息子さんを人質に捕られて」

 

 し、しかも自分が育った星の人間の死体を持ってこいだって?! 悪魔だ……コイツ。 ついのめり込んでしまう彼の過去。 それと同時にフィードバックするかのような感覚と心の機微は、ボクをもっと先へと促していく。

 

 いままでも乗り越えたピンチだ、きっと驚くような出来事で潜り抜けてくれると、どこかヒーロー物の特撮番組を見ている気分で、ついにそのページを……めくってしまう。

 

 

 

「あ、アバラが折れてんだ! はやくしてくれ!!」

 

 つ、次……は。

 あ、あの人が……あの人が……かなわないと知ったあの人はいま、自ら犠牲に……?!

 

「ぴ、ピッコロ……はやくーー!!」

 

 だ、だめだ……この先は……いけない……!

 

 流れ込んでくる絶対不可避の黒い感覚。 このひとが――この方がいま、多大な決意をもってしてその行動に出たのは大いに褒められたことだけど……でも!

 

「撃てええええええ!!」

 

 く、くるな――!

 やめてくれ! それを僕にも味わわせないでくれ――そんな……そんなものを撃たれたら……――!!

 

「――うぐっ!? おごおおお!!」

 

 う、うぐっ……――――っ! やめろおおおお!!

 

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――!!」

 

『!?!?』

 

 ヴェロッサと呼ばれた少年はおもむろに飛び跳ねた。 床に伏せ、おえつを漏らし、片手で口を、もう片方を胸部に持っていって何かをまさぐるように掻き毟る。

 

「ある――ある!! ――――うぅう!?」

「ヴェ、ヴェロッサくん?!」

 

 そこに当然のように存在する胸元に安心したのもつかの間、彼に唐突に襲い掛かる嘔吐感。 それを抑え込み、何とかやり過ごそうかという彼は――

 

「――――っ」

「お、おい……いっちまった」

 

 まるで死の危険を察知した密林の動物が如く、その場から消えていくのである。 そう、まるで本当に“自分が”死んでしまうかと思った者のように。

 

「アイツなにしたんだ?」

『……?』

 

 その場に残る者全員に、疑問の嵐を巻き起こし。 

 

「ど、どうしよう……このこと全部、報告書にまとめるの? ……わたし」

「一週間はあるんだから頑張りなさい。 わたしは『帰ってくるまでの三日間』で、すべてをまとめたんだから」

「……はい」

 

 クイントの情けない声と、情け容赦ないリンディの声を残して、今日の昼は過ぎていく。 気づけばなっていた午後の鐘。 それと同時、トイレの個室では少年が一人洗面台に頭を突出し、濡らしていた。

 

「……あ、あんな……なにかに命を賭けれる人がいるなんて」

 

 知らなかった世界。 見たことが無かった強大な人物。 その片鱗を見て――かれは……

 

「決めたよ。 僕は……僕は――」

 

 ひとつ、大きな決意を胸に秘めるのであった……

 

 騒然となる隊舎の中で、ついに時間となってしまった悟空一行。 とりあえず今日はここまでと、次があることを告げられて彼らはそっと歩き出す。 また今度、そう言って別れた彼女達と――そう、また会うのだと約束を交わすこともしないで。

 

 




悟空「おっす! オラ悟空」

フェイト「いろいろ反則すぎるよね悟空。 今回は残像拳ぐらいで勝っちゃったし」

クロノ「あぁ、結局かめはめ波も使わずに終わらせてしまった……彼女はかなりすぐれた魔導師だったのに」

悟空「しかたねぇさ。 おめぇ達とオラじゃ、やってきたことに違いがあるし、オラの場合、好きで強くなってるってのもあるかんな」

アルフ「趣味と実益を兼ねて世界を救うなんてこと、あんたくらいしかやらないよ……まったく」

悟空「はは! そうほめんなよ」

全員『はぁ』

リンディ「さてと。 とにかく、第一回目は何とか隠し通せたけど……次はこういくかしら?」

プレシア「そうね、あの子が突発的に”成る”前に、こちらの予想が正しいかきちんと確かめなくてはね」

悟空「なる? 何言ってんだ?」

アダルト2名「何でもないわ」

悟空「そうか……そんじゃいいや」

フェイト「いいんだ。 ……それじゃ次回!」

悟空「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第33話」

リンディ「奇跡を知った愚か者」

プレシア「このトウヘンボク! いうに事欠いて生命の蘇生だなんて――そんなことできるなら私が――――!!」

悟空「お、おい! なに怒ってんだ……プレシア!」

アルフ「なにかひと波乱あるのか……静まったと思ったらアイツまた……」

フェイト「悟空……かあさん……」

クロノ「いろいろあるんだ、彼女にも……では、また次回だ」


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第33話 奇跡を知った愚か者

段々と独自の路線を走りつつあるりりごく。
それが顕著なのが、今回とうとうおこってしまったあの方……

積み重ねてきたものがダメで、あきらめたと思ったら笑うかのように覆していたものが居た。 正直、相手が『彼』でなかったらどうなっていたか……

ミッドチルダの1日目が終わる第33話です。 では。


 

「おじちゃーん! ばいばーい!!」

「お元気で……悟空さん」

「おう、またなスバル、ギンガ! いっぱい食って、元気に育つんだぞ!」

『はーい!』

 

 元気よく、胸いっぱいに別れのあいさつを済ませていくアンダーナインの子供ふたり。 その後ろで母親が暗雲漂う不健康な表情を隠そうともしないで歩いていくことを除けば、なんと平和的な別れであったであろう。

 

 お日様がいまだに天を降りないこの時間、孫悟空は、いつの間にか半分ほどになったメンバーで、隊舎の外へと歩いていく。 今朝見たコンクリートジャングルが彼らを迎え、照らされた日差しが悟空の黒髪を温める。

 ゆっくりと歩き出した彼らは、プレシアの仮住まいへと向かっていた。

 

「さて、うちの飼い犬の散歩がてら、ここまで来たのはいいのだけど」

「……だれが飼い犬だって?」

 

 その中で零れる凍結レベルの冷たい言葉に、活気よく咆えるアルフは四足歩行のままで因縁をつける。 牙をむき、気に食わないんだよと漏らす彼女に――

 

「働きもしないで無駄飯ばっかりむさぼってる大型犬が何を言うのかしら?」

「うぐ――!」

「す、すまねぇ」

「え?」

「……悟空?」

 

 無駄飯ぐらい2匹は、素直に頭を下げたんだとさ。 なぜこの男まで下げるのかは、まだ、プレシアさんにはわからない事実で在ったりする。

 

「……いろいろわからないけど、取りあえずこれからは“わたし達だけ”で確かめたいことがあるの」

「オラたち? ここにいるみんなの事か?」

「そうよ孫くん。 あなたの……正確にはあなたの中にある『ちから』を再確認したくて」

「ちから? それはさっき見せたじゃねぇか」

「ちがうのよ悟空君」

「??」

 

 話題を変え、そのまま悟空へと視線を固定したプレシアとリンディは、そのままゆっくりと歩き出す。 悟空の歩幅は大きいけれど、決して速い歩ではない彼について行くのは苦ではなかった。

 

「ねぇフェイト、悟空の力ってどういうこと?」

「なんだろう。 クロノはなにかしってる?」

「僕にもわからない。 母さんは悟空が来るまでの内緒だと言っていたし」

『……なんだろう?』

 

 その間行なわれる子供同士の円卓会議は、悟空たちのように歩を進めず止まるばかり。 彼の力と言えば……多々あるが、それでも自分たちが知りえない何かがあるというのかと、胸中に不安を渦巻かせるフェイトたちである。

 

 そうして彼らは、テスタロッサ博士殿お抱えの『工房』という場所にたどり着くのであった。

 

「――って! ここ普通にお家だよね、かあさん」

「そう細かいことは言いっこなしよフェイト」

「ひぇー! ここがフェイトたちの住んでる家か! 士郎の家とおんなじくれぇでけぇんじゃねぇか?」

 

 大きさにして、2階建ての一般住宅程度の大きさと言えば分るだろうか。 そこに小さくない庭と、犬小屋、さらに『下へ行く』階段まで設置されている。 ……どうやらここは、地下室があるようだ。

 

「……ねぇ、こんなのあったけ?」

「あたしゃ知らないよ? 前からあったんじゃなかったっけ?」

 

 住人の過半数が知らない機能のようではあるが……

 

「ふふ……フェイトの驚く顔が見たくて――内緒にしてたの」

「かあさん……」

 

 見つめ合い、どことなく微笑みあう娘と母親。 今までとは正反対のそれはアルフから見たら違和感の塊であり、それでもずっと望んでいたこと。 やっと叶ったこの光景に、そっと微笑むと、悟空に少しだけ近づいていく。

 

「あの二人、ものすごく仲が良くなったんだけど…あんたナニカしたんだろ…?」

 

 確信を突きながら、やはり確認してはいられないそれをわざわざ聞いてくるあたり、アルフが今までそういった心境でこの二人を見ていたのかがわかる。 そんな彼女に、悟空は少しだけ表情を崩して――

 

「さぁな。 なんかいい事でもあったんだろ?」

「……ふーん」

 

 ただ、なんでもないといい放つのであった。

 

「お茶菓子なんかは出せないけど」

「え? なんだ、でねぇんか」

「……少しは遠慮って物をなさい。 それで、みんなにはここに入って……見てもらいたいものがあるの」

 

 その階段の前で華麗に白衣をたなびかせ、片手を腰に当てて皆に言い含めるプレシアはどこか嬉しそうな顔をしていた。 まるで秘密基地に招待する童心のような彼女の胸の内は、果たしていったいどれだけの人間に理解されようか。

 

『見てもらいたいもの?』

 

 それはさておき、ここで皆の……リンディ以外の子供たちの疑問は最高潮に達していく。 深まるばかりで先が見えないその謎が、やっと説かれる時が来たのだ――そう、孫悟空に現れた、彼が居た世界では決して身に付くことが無かったものが……

 

「なぁ、早く教えてくれよ」

「そうね、取りあえず入ってちょうだい」

「おう、……暗ぇな。 みんな、足元に気ぃつけんだぞ?」

『はい』

 

 悟空とプレシアが先行する中、暗い足元を注意深く降りていくリンディたち。 段を数えること36段目、そこで合いまみえる茶色い洋風のドアにある金色のノブを回し、中に入るとエレベーターが設置されていた。

そこに入り、また更に下へ行くこと――数分後。

 

「……時の庭園でもこんなところがあったような」

「当然。 あれはわたしの工房でもあったのだから。 それに似せるのは当たり前よ」

 

 クロノの第一感想に、そっけない風な答えのプレシア。 彼女はそのまま奥へと進んでいき、皆を招き入れる。 一面白い部屋、広さにして……数百メートルあろうかという広さはある。

 

「これ、許可はとってあるんですよね? プレシアさん」

「…………さて、孫くんには――」

「あの、聞いてます?」

「リンディさん、魔法科学の発展には常に犠牲はつきものよ?」

「あとでわたしが何とかしろと?」

「ふふ……」

「うふふ――」

 

 微笑む彼女たちは紫電をまき散らしては眉をケイレンさせていく。 深まる溝に、一瞬の戦慄を感じたクロノは後ろに下がる。 ……こういう時の男の持つ権力の低さは正直言って異常であろう。

 

「なぁ!」

『いけない……』

「よ、よかった。 おさまってくれた」

 

 そこに悟空の一声。 すっと消えていく怒気の嵐に胸をなでおろすクロノ。 そんな彼は部屋の隅に立ち、壁にそっと寄りかかり、呟く。 ――やるなら、早く済ませてくれ……と。

 

「わたしったらつい……だめね、歳をとると怒りっぽくなってしまって」

「話がなげぇのもだな。 そういうところはリンディと一緒なんだもんな。 そこだけ見ると実はおめぇたち、結構仲いいんじゃねぇか?」

『……それは――否定できないけれど』

『しないんだ……』

 

 朝方に同じカフェテラスで紅茶とブラックを飲んでいたところで、彼女たちの間柄は大体理解できようか。 着かず離れずの絶妙な馴れ合いは、大人だからこそ測れる距離感の賜物。 故に彼女たちは、きっとこれから先も親交が途切れることはないだろう。

 

 さて、関係ないことがだらだらと続いたが、ここで悟空を見る目の色を一変させるプレシア。 彼女は“あの時”の光景を思い浮かべると、空中に紫のウィンドウを開き操作する。

 

「それじゃ、孫くん。 あなたには突然だけどなってもらうわ」

「なる? なんにだ」

 

 俯き加減の彼女は長い髪を重力に従わせ、それが邪魔なのだろう、そっと書き上げるとやはり元の位置に戻っていく。 それでも作業を進めていく彼女の手元には、キータッチの音が忙しそうに鳴り響いていき……エンターを押したと思わしき音で締めくくられると、次いで悟空に注文を言い渡す。

 

「あの時なった……金色の姿によ」

「……ん? ――超サイヤ人にか?!」

「そうよ。 あれになって、いろいろと調べたいの」

 

 悟空に促される『超化』の注文に、あたりの人間は緊張の糸を引き延ばす。 あのときの戦神を、またこの目で見ることが出来ると――そう荒れ狂う心を押さえつけながら。

 

「スーパーサイヤ人。 あのときの姿……」

「金髪になるあれだよね、フェイト」

「うん。 そして悟空が怖くなるアレ……」

 

 子供たちの印象は、決していいモノとも言えなくはないのだが……――そして。

 

「もしかして、もう出来ないわけじゃ……」

「前はそうだったけど、苦労してコントロールできるようになった。 だから大丈夫だ」

「……そう、やはりね。 それじゃ、お願いできるかしら」

「ああ」

『…………』

 

 悟空の『前』という発言で、どこか影を射したプレシアはそのまま彼を促していく。 種族を超えた姿に――すべてを超えた姿に――

 

「行くぞ――」

『!?』

「はああああああああ……」

 

 唸る彼は大きく構える。 両拳を握り、腕の筋組織からすべてを爆発的に膨らませる。 

 

「はぁぁぁぁああああああ――――だああああああああ!!」

『――――!!?』

 

 それが、それが――ある一定の形に安定すると、彼は大きく輝きだす!! ……そう、黄金色に。

 

「…………」

「な、なった……悟空があの時の姿に」

「鋭い目。 さっきまでとは別人のように雰囲気までも変わった?!」

 

 あたり一面を照らす黄金のフレア。 それが煌びやかに散っていく姿はまるで幻想。 目も、声も奪われ……しまいには心さえ掴まれるその光のなんと美しい事か。 

 

「…………さぁ、なったぞ」

「――あ、ご、ごめんなさい。 あまりにも驚いてしまったから」

「やることがあるのなら早くしてくれ」

「え、えぇ……」

 

 上がる声は冷徹そのもの。 まるで氷河にそびえる山を連想させる鋭さは、さしものプレシアですら戸惑いの声を上げてしまう。

 

「ご、ゴクウなんだよね……?」

「あぁ、そうだ」

「か、感じが全然変わっちゃうからわかんなくなるところだったよ」

「そうだな。 この姿になるとオレも時々、自分を抑えられなくなってダメだ」

「…お、押さえられない………」

「……」

 

 アルフ、フェイト、クロノ、リンディも同様で、彼の激変に驚き尚且つ、その鋭い碧の眼光に足がすくむ。 戦闘でもないのにこの迫力だ、彼等に掛かる重圧は相当なものであろう。

 

「それじゃあ、始めるわ……そのまま力を上げて行ってくれるかしら?」

「ちから……気を上げればいいんだな?」

「えぇ」

 

 新たにキーを押していくプレシアは悟空に再び向き直り、彼にさらに追加の注文をする……それが――

 

「後悔するなよ……」

『…………え?』

 

 不用意な注文だと思いもせずに。

 

「はあああああああああああああ――――」

「うぉ!? ゆ、揺れ――」

「た、建物がここ――壊れそうに!?」

「な!? こ、こんなふうになるなんて」

「地下で地震なんて最悪なんじゃ……!」

 

 唸る彼が巻き起こす自然災害。 地下で巻き起こるそれに鮮烈を隠せない皆は、悟空からあふれ出るフレアの燃焼に恐怖する。

 

「だああああああああああ!!」

『!?』

 

 ……したのもつかの間、それは正に氷山の一角でしかなかった。 更なる豪炎を上げる悟空に、揺れる建造物は悲鳴を上げていく。 その中で、何かを測定するかのように動き出す機械がひとつ。 さらに“それ”を見たプレシアは言葉を失っていく。

 

「ありえない」

「プレシアさん――?」

 

 紫のウィンドウに映し出されたのはある数字。 2、3、5、8――グングン上がっていくそれは……

 

「ま、魔力値5000万!? まだ上がっていく!」

『魔力!?』

 

 悟空からあふれ出てくる『気』以外の力。 フェイトたちになじみ深いそれは、確かにかつて悟空からは発揮されることが無かった力の名称。 それがなぜ!? 疑問渦巻く中で、悟空はさらに注文に答えようと……

 

「あげられる気はまだこんなもんじゃねぇ。 やろうとすれば今の倍以上は出せるはずだ」

「ばい!? そ、それはダメよ! いい加減、工房が木端微塵に吹き飛んでしまう……もう結構よ」

「……そうか――――ふぅ」

 

 否定の声を急ぎあげるプレシア。 やめて、よして、変わらないで、ここが崩れるから~~ 彼女の声に、金色の輝きは一気に霧散していく。 それと同時、悟空の目から碧の光りが消え、鋭い雰囲気も急激にやわらかいそれになっていく。

 

「も、もとにもどった……いつもの悟空だ」

「……ていうか」

「ゴクウ、アンタいつから魔力なんて身に付けたのさ?」

「そうよ悟空君。 いままでそんなそぶりも見せなかったのに……あなたの事だから、身に付けたのならすぐに言うと思ったのだけど……?」

「……え? まりょく?」

 

 同時、彼に近づく彼に募る質問。 当然だ、彼が持った力に驚かない人間はこの場にはいない。 皆が丸い目で彼を見つめる中、プレシアはそっと悟空に寄って行き……

 

「今のは“彼が持っている魔力”じゃないわ」

「ん?」

 

 そっと、悟空の胸元に手を添えていく。 触れたそこに感じ取る彼の体温は、先ほどの超化の影響だろうか、平熱よりもあたたかく、それがプレシアの手のひらに伝道していく。 まるで日の光りに照らされているような心地よさは、彼女の口から……

 

「はぁ」

「おい?」

「ふふ……ごめんなさい」

「ん?」

 

 そっと、ため息を吐き出させる。

 

「続きを言うわ。 今のは彼の魔力ではない……そう、彼がターレスとの初戦で呑み込んでいたという“ジュエルシード”が出力をつられるように上昇させ……フルドライブ状態になろうとして、それが“漏れた力”なのよ」

『……え?』

「なんのことだ?」

 

 プレシア女史の言葉に、管理局の二人組が凍り付いた。

 

 いま、この人はなんていった……

 

「じゅ、ジュエルシードのフルドライブ!?」

「それはかなり危険な状態ではないのですか!!」

 

 そうなのである。 仮にもロストロギアの最高稼働状態、それはすなわち次元世界の驚異を意味し――次元振の発生を……

 

「……ああ!」

「そうよ、次元振! そういえばターレスもジュエルシードでそれと同じことを」

「正解よ。 つまりこの子とあいつは、ジュエルシードの力を限界まで引き出すことが出来るという事よ」

「ゴクウが?」

「ジュエルシードを……」

 

 意味したところで正解を導き出していく。 今回の悟空が行って見せた謎の現象、それがジュエルシードが持つ膨大な魔力と……

 

「こんなところで見るとは思わなかったけど、もしかしたら『願いを叶える』という特性も効果的に発揮しているのかもしれないわ」

「……どういうことだ?」

 

 その石が持つ。 “幸運を呼び寄せる”という力が、なぜか正しく発揮された現象を彼女は見抜いてたのである。

 

「孫くんの中にあるのは、前にフェイトが回収してアイツに盗られたモノよ。 それはまぁどうでもいいのだけど、この石が今まで誰かの願いを叶えたことってあったかしら?」

「……あ」

 

 プレシアの言葉に、深い実感で思い出されていく今までの騒動。 あの青い石が起こしたのは只々はた迷惑な事件だけではなかっただろうか? 何が幸運の石だと、罵ったものさえいるかもしれないそれに、フェイトは自然、悟空の胸元に目が行く。

 

「そ、そういえば」

「フェイト?」

「あの時、悟空が大猿になったとき……」

「おらが?」

 

 そこで思い出したかのように顔を上げたフェイト。 彼女にも心当たりは在ったのだ、悟空がジュエルシードを呑み込み、大猿になったアノ夜に――彼はフェイトにどう反応をしたのだろうか?

 

「握りつぶされると思ったら、突然苦しみだしたの。 そしたら全身が青く輝いて」

「……」

「しかもそのあと、どうしてかわたしをそのままつぶさないで、なのはたちがいる方に投げ飛ばしたんだ。 まるで――わたしを逃がすように」

「それは偶ぜ――――「おそらく、孫くんにほんの少し理性が戻ったのね」……プレシア?」

 

 そうだ、悟空はあの時彼女を放り投げたのだ。

 

 そう、焦るようにはじき出したフェイトに、プレシアの中にある答えは確信へと近づいていく。

 

「プレシアさん、もしかして悟空君に起こった現象はもしかして――」

「そうね。 大きくなったことと言い、小さくなったことと言い。 おそらく……」

「ジュエルシードが、何らかの干渉を行なっている……?」

『…………むぅ』

「??」

 

 彼に起こった数々の奇妙な出来事は……この石が関係しているのではないか――と。

 

「それじゃスーパーサイヤ人になったのもあの石の――」

「それは違うと思うぞ?」

「悟空?」

 

 それもこれもと……どこか解決の兆しが見えてきた最中に、悟空はついに、今までの疑問を言い放つ。 深く刺さり、取れないでいた喉元の魚の骨をかきだすように。

 

「オラが“初めて”超サイヤ人になったのは、実はターレス相手じゃねぇんだ」

『はい!?!?』

「ど、どういうことだよゴクウ! あんた、まさか出し惜しみしてたんじゃ――」

「そういうんじゃねぇんだ。 ただ、あんときは出来なかっただけでよ……ん、なんていえばいいんだろうな……」

 

 それは信じられない事実であると、誰もが彼に詰め寄った。 その中で服を掴んで、揺さぶるアルフは鬼気迫る顔にまで表情を鋭く尖らせる。 あんな目に合っていながら――知らない彼女はまくし立ててしまう、悟空にだって、分らないことが多く在りすぎるというのに。

 

「ゆっくりでいいわ。 時間は取りあえず多めにあるもの、あなたが体験してきたことをそのまま話して頂戴」

「……わかった。 ま、まずよ。 リンディには言ったけど、ターレス以外のサイヤ人がオラの地球に攻め込んできたんだ」

『…………はい?』

 

 そうして話された第一声から、リンディ以外のすべての皆が、一斉に目を丸くする。

 

「……やっぱりそうなるわよね」

「あ、あんな化けモンがまだ居たのか!! そ、それで――」

 

 ありえないと声を上げていく皆……それはもちろんプレシアだって例外ではない。

 

「あんなのがもうひと――」

「あぁ、3人きてさ」

「……さ――!?」

 

 出そうとした声を、更なる恐怖で埋め尽くしていく。 既に泡を吹いてもおかしくない心境の中に、これでもか! と、悟空はまるで蒸気機関車の機関部で石炭を放り投げるかのように話題を燃焼させていく。

 

「まず、オラの兄貴だって言う奴。 これは――」

「ちょっと、落ち着きなさい孫くん」

「そうだよ? 悟空、いま、とっても大変なことを言ったんだよ?」

「……?」

 

 爆発が……止まらない。 いま悟空から言われたもう一言は、更なる波紋を……いいや、もう彼らの脳内はいっぱいいっぱいだろう。 その証拠になぜか悟空を論し始めたフェイトは目が虚ろだ。

 

「だって……だって悟空のお兄さんっていったんだよ? そっ、それってつまり……きょ、兄弟で……」

 

「…………」

 

 これには、あらかじめ聞いていたリンディも青ざめた。 まさか最初の相手が自分の兄貴だというのは――どこかしらの物語でしか聞いたことがない話だ。 しかも悟空の態度から、やはりその人物もサイヤ人の例から漏れなかったのであろう。

 

「それじゃ……あなたは――」

「そうだ。 闘った」

「それで、決着は……?」

「ん……」

 

 だから気になり、聞いてしまう。 それは昨日、士郎と恭也が聞いていたこと。 だからいつかはと考えていた悟空は、なんともあっけらかんと……

 

「全然敵わなくってよ――結局、ピッコロと協力してなんとか相打ちにもちこんだんだ。 いやー、アイツ強いのなんのって……「……まちなさい」……ん」

 

 言ったそばからプレシアが冷たく留める。 閉じた目はどことなく疲れた表情を作り出し、開かない口元は苦々しさをかみしめているかのよう。 言い方はなんともフランクだった悟空に、だからこそプレシアの指摘は鋭くなっていく。

 

「あなた今……相打ちって」

「あぁ、いったぞ?」

「なら……」

「その質問なら……昨日の内に全部士郎に話したんだ」

「……はい?」

 

 その視線を、受け流せる答えを彼が持っているとも知らずに。

 

「リンディたちには言ったっけかな? オラ、確かに一回死んじまったけど」

「え……?」

「あんた……うそだろ」

「そんな顔すんなよ? 現にいまここで生きてんだからさ」

「け、けど悟空!」

「……そういうことね」

「リンディさん?」

 

 それが出されるまでの数秒はなんと暗い表情をしていたのだろう。 テスタロッサの一家はもちろん、ハラオウンの母子だって同様で、でも、『それ』を知っているリンディは、納得するようにうなずいて見せる。

 

「あなた、生き返ったのね?」

「さすがリンディ、その通りだ」

 

 若干の戸惑いを残しながら言い放つリンディに、クイズ番組の司会者よろしく。 パチンと指を鳴らして「へへ!」と、笑って見せる悟空。 その答えに『知っていた』皆が納得していく中で――

 

「ふふ、あなたでもそんな冗談が言えるのね?」

「ジョウダンなんかじゃねぇぞ」

「もう……顔に似合わずサマ師なんだから…………」

「いやよ、だから――」

「…………ウソなのよ……ね?」

「……え? お、おい?」

 

ひとり、激情に身を任せる者がいた。

 

「ふざけないで!!」

「……お、おお?」

「なに!? 生き返る? バカなことを言わないで!! そんなこと――出来るわけがないじゃない!!」

 

 それは己がすべてを振り絞るかのような憤怒の声。 己を、今まで進んできた道を、それでも裏切られてきた努力のすべてを踏みにじられたかのように、感情を爆発させたのは当然、プレシア・テスタロッサである。

 

「い、いや……それがよ」

「なに? あんな暗い話をしておいて、結局私をからかうつもりだったわけ? ――最低ね。 もしそのままつまらないことを言うのなら、ここで切り裂いてあげるわよ――」

「お、おい」

 

 たじろぐ悟空に、それでも引くそぶりを見せないプレシア。 事情も、その他もろもろを知らない彼女は叫ぶ。 まるで、今までの失敗を、目の前でへらへらと笑う分からず屋の子供にぶつけるかのように。

 

「か、かあさん……」

「どきなさいフェイト、いま私は頭に来てるの。 このトウヘンボク、言うに事欠いて生命の蘇生だなんて――そんなこと、出来るのなら私が――――!!」

 

 その姿が嫌だったのであろう。 『事情』を説明しようとしたフェイトを、わが子を押しのけこれでもかと悟空を罵るプレシア。 彼女の怒りは限界を超えていた、そう、何もかもが上手くいかなかったあの頃を、真っ向から否定したのだから――だからこの男は……

 

「お、落ち着けよ」

「出来ないわ」

「なぁ、何怒ってんだよ」

「あなたみたいな子供に何がわかる!!」

「言われなきゃわかんねぇよ!」

「だったらその口をもう開かないで! そして死者蘇生だなんてたわけたこと、2度と言うんじゃない!!」

 

 荒げる声は、心の内を吐露しているから。 彼女の性格上、どうでもいいことにここまでの労力は使わない。 それを、いいや、『事の真相を理解している』ハラオウン母子は、やはり見守ることしかできない。

 そう、いまは、彼女の中にある憤りを――吐き出させるしかないと割り切って。

 

 そして悟空は、そんな彼女の“事”を知ってか知らずか……

 

「けど……ホントの事だ」

「~~~~っ!!」

 

 彼女の心の内に、土足で突っ込んでいくのである。

 

「ふざけるなぁッ!!」

 

 紫に輝くプレシアの身体。 白衣から妖艶なドレスへと鳴り変わり、手元から長い杖を出しては紫電を収束させていく。

 いつか見せたロングソードと同等の長さを誇る武器を手に、彼女は悟空に対峙する。 振りかぶり、身体ごと大きくしならせ――落としていく

 

「プレシアさん!?」

「お、落ち着いてください!!」

「悟空!」

「ちょっ――このババア! いい加減に!!」

 

 風を切り、空を裂かんと唸らせた紫電の一擲は……

 

「…………ウソなんか言わねぇよ」

「――――うくっ!?」

 

 悟空の前髪をわずかに切るだけに終わる。

 

 だが間違えないでほしい。 彼女に戸惑いもなければ、寸止めの意思もなかったことを……そして、悟空に避ける選択肢もなかったことを。

 

 彼は今、プレシアの激高を受け止めているのだ――たったの“2本の指”で……

 

「こ、この――!」

「おめぇがなんでそこまで怒るのかはわからねぇよ」

 

 人差し指と中指。 そのたった2本で挟んだ紫の魔力光は微動だにしない。

 力任せに押し込んでいこうとする。 それでも彼にコンマ単位でだって刃は近づかない。

 

「動かせない――」

「けど……」

 

 押せど動かず、退けど戻らない。 一進も一退もないこの現状に、分っていたとはいえ届かない刃に歯噛みするプレシア、それに対して悟空の黒い目は鋭さを増していく。

 

「言ってくれるまで、待つことぐれぇならできる」

「……」

 

 自身を射抜いてくる黒い眼光は、ただひたすらに真っ直ぐで……眩しい。 この中で一番距離が近い彼女は、それが何よりもわかってしまう。 杖を握る力をようやく緩めていく。

 

「ふぅ」

「…………」

 

 一気に鎮火していく熱に、悟空は二本指を解く。 ガチャリと重い音を鳴らして、冷たい床に落とされた杖から紫電が消えていく。 同時、彼女の服装は足元まで届く白衣の姿に戻っていく。 ……消えていくプレシアの戦意を表すように。

 

「落ち着いたか?」

「……ごめんなさい」

「いや、いいんだ。 おめぇがあんなになるんだ、よほどのことがあったんだろ?」

「……えぇ」

 

 うつむく彼女はどうしてだろう、悟空の背後に居る少女に瓜二つ。 自分の思いを隠し、誰かのためにすべてをなげうってしまうことが出来る彼女達、そう、できてしまうから……崩れるときは本当に酷いモノで……

 

「ここじゃ喋れねぇよ……な?」

「……そうね」

「そんじゃ――オラの話を続けてもかまわねぇか?」

「お願いするわ。 こんなにかき回しておいてなんだけど……」

 

 それを知るまでには、まだ、ほんの少しの時間を要しそうだ。 ほんの少しだけフェイトを見た悟空は、そのままプレシアに振り向く。 そっと出した言葉、どこかいつもと違う彼の雰囲気に、先ほどの時とは違う反応をするプレシアはそっと肩を落としている。

 

 話は、やっと元に戻っていくのであった。

 

「えっと? たしか……ベジータと戦ったとこまでだったか?」

「違うわ、あなたが……死者蘇生の話をしていたところよ」

「そだった、すまねぇ」

「いいわ」

 

 何となく軽くなったプレシアの態度は今までよりもさらに朗らか。 なぜか優しい目をする彼女に、悟空は“奇跡”の物語を紡いでいく。

 

「オラ達が居る地球にはな、7つそろえると、どんな願いでもかなえてくれる球があるんだ」

「どんな……願いでも?」

『…………』

 

 それに、ただ一人知らないプレシアはドンドン話しにのめり込んでいく。 先ほどまでの感情は既にない、冷静に聞いていけると両手を握り、悟空の言葉を受け取っていく。

 それに周囲は、ただ見守ることしかしない。

 

「“ドラゴンボール”っていってよ? 昔、ナメック星ってところからやってきた今の神さまが作ったらしいんだけど、そいつでオラは生き返ることが出来た」

「……そんなものが。 あなたといい、そのドラゴンボールといい――神様といい、ホントに非常識な世界なのね」

「そうか? ……そんなことねぇとおも――『いいや、非常識だ!』……うんだけどなぁ」

 

 次々と語られていく単語に、前に聞いていたリンディと同じ反応をするプレシア。 そんな彼女に次いで、悟空に非難の声を上げる皆はとんでもないチームワークであった。

 

「それで、あなたは生き返ることが出来たのね?」

「そうだ」

「……だったら」

 

 ……と。 ここでプレシアに不吉な影が射そうとしていた。 どす黒く、狂気を孕んだそれは黒い焔――まるでつい数日前のリンディと同じ考えが、彼女の脳りに流れるさなか!

 

「おめぇが何考えてるかは大体予想はつくけど。 きっとダメだと思う」

「……」

「……どういうこと?」

 

 悟空の問いが飛び、それにプレシアは無反応。 それでもと、尋ねたフェイトに悟空は人差し指を天に向けて知っていることを話してやる。

 

「これも、前にリンディたちに言ったかもしれねぇけど……ドラゴンボールも、案外できんねぇことが多くってよ」

「できない……こと?」

「そうだ。 まず、神さまの力を超えた願いは叶えられない――たとえば、神さまより力が上回るサイヤ人を、この世から消してくれー……なんて願いはかなわねぇ」

「……そうなの?」

 

 まず、ひとつ。

 

「つぎが、そうだな。 死んだ人間を生き返させられるのは、そいつが死んでから1年以内ってのかな」

「…………そんな」

「その反応を見ると、おめぇ」

「……そのとおりよ」

 

 次の言葉に、やはり方から力が抜け落ちていく。 あきらめたはずなのに勝手に期待して……そう呟いた彼女の顔のなんと自虐に満ちたものか。 見たこともない顔に、フェイトは愚か、アルフですら心配して顔色を窺っている始末である。

 

「まぁ、その話もあとで聞くさ」

「ごめんなさい」

「……えっと? そんで、取りあえずオラの兄貴っちゅう奴を倒したら、その1年後にもう二人来ることが判ったんだ。 それで神さまの提案でオラ、あの世で修業することになった。 ほら! 界王拳ってあんだろ? それを教えてくれた“界王さま”って人のところに、オラ行ってたんだ」

『あ、あの世』

「死んでも戦う……まさに修羅道ってやつかしら?」

「はは、なんかシロウにもそんなこと言われた気がするな」

 

 転んでもただで起きない彼の行為に、皆がなぜか納得する。 何となく、こういうことですらやってのけるのだと、あきらめ気味に自分たちを説得させた皆の衆は、悟空の笑い声をただ聞き流していく。

 

「まぁ、そんなわけで強くなって……ベジータを何とか追い返して」

「そこからね。 たしか、4人の仲間が殺されたのだったわよね。 それに神様も」

「……はい?」

「神が……死ぬ!?」

 

 次いで投げ出されたリンディの不用意な投下に炎上する周囲。 あーあ、なんてプレシアが見上げたところで既に手遅れ。 混乱が支配する最中で、悟空はそっと手をかざし「まぁまぁ」となだめていく。

 

「神さまが死んじまって、同時にドラゴンボールもただの石ころに戻っちまった。 けど、仲間のクリリンの提案で、神さまがもともと居た星――ナメック星に行くことになったんだ。 そこにある“本場のドラゴンボール”を求めてな」

『ついに宇宙進出ですか……そうですか』

「そんな顔すんなよ。 ……そしてだ、先に行ったクリリン達を追いかける形で、オラも修行しながら向かったんだ――もちろん、その修行が……」

「あの、超重力の修行ってわけね」

「そうだ。 それを100Gまでこなした……はずだ」

『……なるほど。 大体読めてきたわ』

 

 悟空が話を進めていく中、同時に上がる大人たちの声。 その間に、悟空が言い放った100Gという単語に、ツインテールの片方が解けるという妙技的なリアクションを取ったフェイトは硬直から抜け出せない。 ……なんなの、そのフザケタ数字は……と。

 

「そっからいろいろあって……フリーザってやつと闘ってさ」

「……」

「クリリンが」

「…………」

 

 重い空気が流れていく。 唐突に、本当に切り替わったのは悟空が妙に涼しい顔をしだすから。 怒りも悲しみも……一緒くたに混ぜ合わさっていくかのようなそれに、冷静さを失わないクロノも、活発なアルフも……

 

「殺されたんだ」

『…………』

 

 ただ、彼の言葉をかみしめていた。 なぜあんな顔をしたのか……いいや、普通だったらもっとひどい顔をしていただろうそれは、怖いくらいに澄んでいた。

 

「アイツは、すでに一回ドラゴンボールで復活してる。 ドラゴンボールで一回生き返ったヤツは、2度と生き返らんねんだ……だから」

『……』

「オラ、頭が……かぁ――となってよ」

『………………』

「気付いた時には、超サイヤ人になってたんだ。 今にして思えば、あんなに怒ったんは生まれて初めてだったのかもな。 ガキん頃、最初にクリリン殺されたときはさ、どっかでドラゴンボールで復活できると思ってたはずだったんだろうな……」

「悟空……」

 

 その寂しげに映る目が、なんときれいに光るのだろう。 不謹慎とさげすまれようと、そう思わずにいられないのは、今の彼から哀しみより深い感情を受けてしまったから。 それを知ってか知らずか……

 

「そのあとも結構ヤバい戦いだったけどさ。 なんとか終わらせて、ヤードラットってとこで『瞬間移動』を覚えて、脱出した時につかった宇宙船に乗ってそのまま地球に帰ってきたんだ」

「そうだったのね」

「星の爆発に巻き込まれそうになったときは、さすがのオラも死ぬのを覚悟したけどな! はは!」

『星……爆発?』

「……まぁ、それはいいわ。 あまり深く聞くと精神を病んでしまいそうだから」

「そうか? フリーザの奴が――」

「しゃべらないで悟空君。 まだ、わたしはそっちに行く準備は出来てないの!」

「そうか? リンディが言うならいいけどさ」

「……はぁ」

 

 ホントに、ホントに重い溜息が流れていく中で、悟空は尻尾をゆっくり動かし、まるで他のサイヤ人のように腰に巻いてみて……慣れないからすぐに戻す。

 

「いろいろあったけど、界王さまの機転で、本場のドラゴンボールでみんな生き返らせてもらったらしい。 そのことは界王さまから聞いて、オラすっげぇ安心してたから間違いねぇ……」

「……そう」

「あぁ、そうなんだよな、やっぱり」

『……?』

 

 ここでついに核心に迫る。 悟空が今まで感じていた違和感。 ターレスが、彼ら以外のサイヤ人が――なぜここにいるのかという事を。

 

「アイツ……ターレスの奴とはオラ、やっぱり会ってねんだ」

「え?」

「それはどういう……?」

「…………」

 

 沈黙は金。 重苦しくて辛い空気の中に置いて、ついに言われた悟空の告白。 あいつは、あのサイヤ人は……在るはずがないのだと。

 

「ベジータっちゅう、オラと同じサイヤ人が居んだけどさ。 そいつが言ってたんだ。 生き残った“純血”のサイヤ人はオラとベジータのふたりだけ。 残りは絶対に居ない――てさ」

「……男二人。 つまり」

「途絶えることが決まった種族……ね」

「……そういやそうだな」

「そういやって……ゴクウあんた」

「まぁ、とにかく。 あんなサイヤ人はオラ知らねぇ。 界王拳をつかえて超サイヤ人になれないときなんてナメック星の時ぐれぇだろうから益々ありえねぇ。 あんな奴、オラが忘れているわけねぇからな――絶対に」

『……はっ!』

 

 ここまで言われて、やっと気づく周囲の人間。 そうだ、知らない……小さくなる……覚えていない――忘れている!!

 悟空の身に起こっている不可解な事象のひとつを、やっと知り得て理解する。

 

「ゴクウ、あんたまさか――」

「……ん」

「記憶喪失……なの?」

「……どうだろうな…………」

 

 自覚もなければ自信もない。 それは確かに覚えていて、だけどできなかった……『知らなかった』こともあったから。

 

「理由はわからねぇけど、最初にデカくなったときはベジータと戦っているときのことまでしか知らなくて。 そんで超サイヤ人になった途端、一気にヤードラットから帰ってきたぐれぇまで……こう、頭の中に流れてくる感じで思い出したっていうかさ、そんな風に思い出していったんだ」

「……どうなってるの?」

「それはオラが知りてぇ」

「そうよ…ね…」

 

 フリーザに超サイヤ人に……2度目の死を迎えたクリリン。 そのどれもが悟空の脳内に稲妻のように駆け巡ったアノ感覚は酷く気味が悪く……違和感の塊であった。 知らなかったことなのに、いざ受け容れたら今度はなぜ忘れていたんだとつぶやいていた自分が居て――まるで、“今の自分が本当の自分じゃない”感覚はただ、不信感を募らせていくだけであった。

 

「とにかく……」

「ん?」

「いま、孫くんに起こっている異変は3つ」

 

・謎の年齢逆行?

・記憶の喪失?

・超化した際に起こる魔力の発生!?

 

「この通りかしら? ――ターレスの言うことが本当なら、フェイトが初めて会った時点で彼は今の年齢だったはずだけど」

「……そ、そんな」

「そいつはなんか複雑だな」

「そうね。 初対面の時点で大人と子供だったのだから……こほん! けどね、もしかしたらそうじゃないかもしれないけど」

『……?』

 

 つい、苦悶を浮かべてしまうフェイトはどこまでも複雑なのであろう。 当然か、いまだに“あの時の悟空の年齢”を知らなかった彼女は、まさか自分と同じくらいの男の子が、あの時から数倍先を生きていた人間だとは思わないのだから。

 それは母も同じ思い。 それでもと、小さく鳴らした喉の音が白い部屋に響くと、彼女は小さく指を振る。

 

「そんな顔をしないの。 この子がいくつになってもこの子のままっていうのは、あなたがよく知っているでしょう?」

「……はい」

「ふふ。 それがわかっているならいいの」

「うん……」

 

 どこか論すようにフェイトを撫でたプレシア。 先ほどまでの悪鬼は既に抜け落ち、もはや黒い影すら見当たらない彼女はまるで『悟り』を開いた賢者のよう。 金の髪を流していくその手を、そよりと戻すと、そのまま視線は悟空を向いていた。

 

「そしてこれからつながるのがあなたに生じた変化――魔力の生成」

「……そこなんだよ、オラが納得できねぇのは。 そんなもんがホントにあったとして、オラ自身どこもパワーが上がってねぇと思うんだけどな」

「それはほら――」

 

 どことなく。 ゆっくりと右こぶしを作る悟空はその手を発光させていく。 青色に光るそれはすぐに消え、何かを残すこともせずにもとの何もない拳に戻っていく。 特に意味がないそれは、ただの確認のためにされた行動。 悟空はいま、確かに力を見つめなおしたのだ。

 そんな彼に、プレシアの仮説は止まらない。

 

「ジュエルシードの魔力が……あなたの力にプラスされてないから……――ッ!」

「ん?」

「そうよ、こんな簡単なこと――これなら」

 

 つぶやいたたったの一言で、新たにつながっていく自身の考え。 単純で、でも、一度根付いた考えだからこそすぐには掃えず、皆を真実から遠ざけた――

 

「孫くん」

「なんだ?」

「あとで、えぇ、この後であなたに話したいことが出来たわ」

「あと? いまじゃ――「ふふ…こんな人が多いところじゃ恥ずかしくて……女に恥をかかせる気なの…?」……ん?」

『………思わせぶり…ですよね?』

「さぁ、どうかしら?」

 

 だからプレシアはいま、そのことを『誤魔化した』のである。

 

「……余計な混………の際避け……き」

「?」

 

 そしてその呟きは、やはり近くにいた悟空にしかわからなかったのである。 聞き取れない声は、どこか暗い音を奏でながらも、その実クロスワードが解けた主婦のようなノリの軽さをかもしているアンバランスさを持ち合わせていて……正直、不安である。

 

「まぁいいや。 とにかく、オラの中にある石っころが、オラに何らかの影響を与えてる。 これがわかっただけでも大分ましだ」

「……それでいいの悟空?」

「そうだよアンタ。 緊急事態だったとはいえ、腹ん中にロストロギア突っ込んだ人間なんて聞いたことがないんだよ? この後も平気って保証はどこにも――」

「そうだな、でも……」

 

 その不安をあおるように、つい悟空に向かって咆えてしまったフェイトとアルフに、それでも悟空は落ち着きを崩さず、そっと彼女たちに視線を配る。 どこにも影を射させない大きな笑顔に、皆が呆ける最中。

 

「おめぇたちと、おめぇの母ちゃんが頑張ってくれるかんな。 それだけでオラ、不安とか全然ねんだ。 何しろ、心強い味方が『フェイトの母ちゃん』だからな……はは!」

「……あ、うん…………」

「こ、この子は――持ち上げてくれるじゃない」

 

 知らず知らずのうちに、彼女たちの心に火をつけていくのである。

 

 

「悟空の発言で、プレシアさんが完全にヤル気になった?」

「おそろしいヒト。 狙ってるわけじゃないでしょうに……」

「かあさん?」

「わからないクロノ?」

「……はい」

 

 その理由、その源、いまだ子供を抜け切れていないクロノ・ハラオウンにはまだ想像もつかなかったであろう。 親というのは……こと、わが子をかわいがる親に至っては――

 

「裏切れないのよ、子供の期待には……ね」

「……!」

 

 引けないときというのが必ずあるという事を。

 

「さって、話は大体終わりでいいんか?」

「そうね。 ……これ以上はただ、無駄な時間かしら? 記憶も体の変調も魔力も、じっくり探っていくしかない」

「そうか」

 

 どことなく。 話を終わりに導いていく悟空はその場で少し伸びをする。 つま先から腰から腕から頭から全身に至るまで、ガス抜きをするかのように気を落ち着かせる彼は、そのまま尻尾を軽く振っていく。

 

「よし!」

 

 振り子のような運動を3往復。 それに目が行っていたフェイトに気付かぬまま、悟空は両手を軽くたたく。

 

「とりあえずこのままプレシアの家でお茶でも貰わねぇか? オラなんだかのど乾いてきちまったぞ」

「それはいいけど……プレシアさん」

「……仕方ないわがまま坊やね。 いいわ、コーヒーくらいなら御馳走するわよ」

「ぇえ!? あれはニガイから嫌ぇだあ」

「大丈夫よ悟空君。 ブラックでも、練乳と砂糖を用意すれば――」

「リンディさん、それはそれで絶対に健康に悪影響が出ると思う」

「ああ、間違いないね!」

「……そ、そうかしら?」

「かあさん……」

 

 終える話に周囲の人間はそれとなく部屋の外に出ていく。 エレベーターに乗り、そのまま『上矢印』のボタンを押そうというところで……悟空は少しだけ下を向き――

 

「あ、おめぇたちに言わなきゃなんねぇことがあったんだ」

『??』

 

 本当に今まで忘れていたかのように、悟空は、彼は……昨日の大発見を口にするのである。 それは先ほど上がった“奇跡”のお話。 そしてなのはが眠っていた三日間で知った……プレシアに残された刻限。

 それを覆せる秘宝と方法を得た今、孫悟空は臆面もなく――

 

「昨日な、なのはんちで『四星球』が見つかったんだ」

『スーシンチュウ?』

「そだ」

「えっと……」

「さっき言ったろ?」

「?」

 

 悟空が言ったそれは、皆にとっては聞き覚えのない単語。 意味が解らず首を傾げる全ての者に悟空は気付いたのであろう。 その、“正式名称”をついにさらけ出してしまう。

 

「ドラゴンボールの事だ」

「……!!」

 

 プレシアが、飛び跳ねた。

 

 垂直跳びでおおよそ47センチ……おしい、あともう13センチで優秀の部類だった――などと、どこかの艦長さんがある意味で冷静にそれを見つめる中、後ろにいるフェイトにも衝撃が伝わったのだろう、彼女のツインテールも激しく揺れて、近くのアルフにぶち当たっているのである。

 

 それをみて、だけど悟空に叫ぶのを皆はやめない。

 

「いやいやあんた! ど、“どらごんぼーる”ってのはそっちの世界の産物なんだろ!? なのにどうしてこっちの世界で見つかるんだい!」

「そうよ孫くん。 それはいくらなんでも……けど」

「“じょうだん”なんかじゃないんだよね」

「……まぁな」

 

 テスタロッサの一家が総出で入れるツッコミに、文字通り涼しげな対応で返す悟空はなんとも自然体。 彼のその態度に、次第と事の事実を掴んでいく彼女たちは自然、背筋に汗を流していた。

 

 そんな彼女たちに、ハラオウンのふたりはなんと暗い表情であろうか――まるで、来るべきものが来てしまったかと言わんばかりに……重く、辛い。

 

「確認したいのだけど」

「どうした? リンディ」

「あなたが言う、そのドラゴンボールは……オレンジ色の水晶に……その、赤い星が入ってるのよね?」

「そうだ、そんでその星の数で“一星球”“二星球”……てな感じで、呼び方もかわ――「それじゃこれは“イーシンチュウ”と呼ぶのかしら」……! お、おい。 リンディそれはおめぇ」

 

 在ったのだ、彼女の懐から出されたオレンジに輝くその龍球。 手のひら大、天然ゴム並みの硬質、輝く紅の一番星。 そのどれもが悟空にとって見覚えがあるものであり――彼を最後まで追い詰めたものである。

 それを見た時、プレシアは思い出したかのように顔を上げていた。 そう、わたしも数日前に見たはず……と。

 

「そ、それがドラゴンボール。 あのとき孫くんの近くに転がってきた……これが?」

「何もしてねぇのに、もう2個もそろっちまった」

「……偶然、にしては出来すぎると思うわよね」

『うむむ……』

 

 唸る子供たちをしり目に、悟空と大人たちは淡く輝き始めた龍球を見つめて小さく息を漏らす。 この輝きが、既に「実は偽物なのでは?」という悟空の懸念を払いさり、その反応がリンディに確信を持たせる。

 いま、目の前に、特大レベルのロストロギアが存在している……と。

 

「いいえ、滅んだ世界ではないのだから、正確には違うのかしら?」

「リンディ?」

「ごめんなさい、こちらの話よ」

「そうか」

 

 それすら訂正しなければいけないこの神秘を前に、手に汗握って片手で髪を書き上げる。 どこか不規則な呼吸は、やはりこのアイテムに題された『どんな願いでも~~』という事実が、彼女をどこか圧迫させているからだろうか?

 俯いた彼女に、悟空はようやく本題に映ることが出来る。 ……そう、これで――

 

「これで何とかできるかもな」

「悟空?」

「も、もしかしてあんた、それ使って――」

「……」

 

 フェイトとアルフの脳裏に、『帰還』という単語が飛び出てくる中で、悟空はただプレシアを見つめている。 「よかったな」そう呟いて笑ってみせると、それを向けられた彼女からは一言、たったの一言が口元からささやかれてしまう。

 

「いい……の?」

「ああ、こういう時のためにあるんだって……オラは思ってるからな。 使えるもんなら使っちまおう。 なにも悪い事するんじゃねぇんだからさ」

「ありがとう」

『……?』

 

 ホントは……などと、どうしてか後ろ髪をひかれるように見えたのは皆の気のせい? それでも悟空の言葉を、まるで涙を流すように受け取るプレシアと、それの意味が解らない子供とオオカミ。 彼女たちはまだ知らなかったのだ。

 

 プレシアが……

 

「おめぇの病気、さっさと治してやんねぇとな」

「そ、孫くん! それは――」

『病気!?』

「あ、そ、そうだった……すまねぇ」

 

 重度の気管系の病に伏していたという事を。

 

 彼の口ぶり言葉振りを察するに、おそらくフェイトたちには内緒にしていたであろうこの事実。 なぜ、悟空が? 漏らした言葉はフェイトのモノであり、当然のように視線は悟空に向かって弱々しく向かっていく。

 

「初めてコイツを見た時から気になってたんだ。 一向に上がらない気に、どこか無理してるように見えた身体の動き。 もしかして怪我してんのかって、リンディのところに連れて行こうとしたら……」

「仕方なく説明したわ。 あんなちいさな姿でいちいち騒がれて、周りに知られるわけにもいかなかったのよ。 だから、口止めもかねて……ね」

「そうだったんだ……でも!」

「フェイト、プレシアはおめぇにだけは心配かけたくなかったんだぞ? いままで、とってもおめぇの事を悲しませちまったから……って」

「……かあさん」

「……こほん」

 

 その視線が、ぐらぐら揺れるのに、そう時間はいらなかっただろう。 こぼれる雫の意味は何? そんなこと、聞かれずともわかってしまう親子とオオカミはここでまた一つ歩みあうことが出来たのかもしれない。

 まっすぐなのだけど、それ故にどこか不器用な彼女たちは本当にそっくりな在り方。 だからこそ、こうやって正直にしか生きられない男が手を引っ張ってやっても、きっと誰も文句は言わなかったであろう。 彼女達にはまだ、やり直す時間が必要なのだから。

 

 ……だから。

 

「オラはな、実のところ、ドラゴンボールでコイツの病気を治すことは考えてねぇんだ」

『……はい!?』

 

 彼は、皆の予想のさらに先を見据えることだってやってのける。

 

「プレシアが病気になる頃……違うな、大体今の桃子くれぇにまで――」

「モモコさん?」

「若返らせてもらおう……オラ、そう考えてんだ」

『…………え?』

 

 静寂が、あたりを支配する。 この孫悟空という男、いま、さらっととんでもないことを言ったのではないか?

 

「これはよ、オラじゃなくってクロノの考えだったんだけどな。 それにプレシアが――「待ってよゴクウ! あんた、いまこのババアがなのはの母親並みに若返るって……」ああ、いったぞ」

「そ、それじゃ今のかあさんは……?」

「さて、いくつだろうな? ちなみに、始めて聞いたときはオラ、今までで3番目くらいにおでれぇた」

「……微妙ね、その3番目っていうの。 いままでどんな驚きが彼にあって、なにがわたしの年齢に勝って劣ったのかしら」

 

 はっはっは! 悟空が腰に手を当て笑うなか、知恵熱張りの湯気をアタマから登らせているフェイトはウンウン唸っている。 それはアルフも同様なもので、彼女も尻尾を垂らして頭を唸らせる。

 こいつは、いま、いくつなのかと。

 

「さ、――」

「残念」

「……よっ――!」

「違うんだな」

「嘘……だろ」

 

 まるで早押しクイズ。 一子を持ち、それを10歳まで育てるとして、妥当な年齢のことごとくを悟空に薙ぎ払われていく彼女たちに、何となく視線をそむけてしまうプレシア女史。 彼女のその姿に、同じ女としてフォローするものが一人。

 

「悟空君? 女性の年齢をひけらかすのは――感心しないわよ」

「……わ、わるかった」

 

 髪を揺らし、まるで超化前の悟空と同じ雰囲気を醸し出す彼女に、思わず後退する悟空であったとさ。

 

 さて、それたこの話題も、どことなくうやむやで終わっていく。 「まずは、これをどう探すかだな」と、本日最大の課題を残しつつも、既に15時を回るかという時間に来ると、悟空はそっとエレベーター上矢印を押すのである。

 

 着いた地上に燃えていた夕焼けがまぶしいと、思わず腕で日傘を作る悟空。 彼はそのまま振り返り、あとから出てくるみんなを見ると、そっと動き少なくしっぽを振る。 何気なく、本当に意識しないで行われたそれは、“こんにち”この時間の幕引きを意味する行動と相成るのでした。

 

「結構日が暮れてたんだな……そろそろもどっておかねぇと」

「悟空、行くの?」

「そうだな。 なんだかんだで、まだ、あいさつしてない奴もいるし」

「……そっか」

 

 お別れ……その言葉をのど元にまでつかえさせ、まるでイヤイヤをする幼子のような目で地面を見ているのは金の髪を持つ女の子。 年相応なこの対応は、普段の彼女からは想像もつかない仕草であって心境である。

 それほどに、今回の話し合いで知りえたことは彼女を変え、元の年齢までに引き下げるかのように心を揺さぶっていた。 ……そして、それがわからない『母』は居るわけがなく。

 

「フェイト」

「……あ、な、なに? かあさん」

「今日は――」

 

 そっと近づき、フェイトの髪をゆらりと梳く。 流れる金色は夕日に照らされまるで黄金色に輝いて……どこか悟空のもう一つの姿を連想させる輝きは、プレシアの目に強く焼きついていく。

 

「あの御嬢さん……なのはちゃんのところで御厄介になりなさい」

「え?」

「事情は――孫くんがなんとかしてくれるはずだから」

「……へ? おら?」

 

 目を奪われ、ついて出たのが今の言葉。 気づいたらそう言っていたのは、やはりフェイトに今必要なものがなんなのか、プレシア自身もわかっているからであろう。

 

【孫くん】

【おっと。 念話ってやつか……どうした? 内緒話か?】

【そうね】

 

 故に彼女は、娘に内緒で彼に託す。 今一番に必要なのは親の愛、それは悟空に指摘され、彼女自身も理解している。 だけど、今のフェイトが欲しがっているのは……?

 そう聞かれて、つい浮かんだのが『あの子たち』と一緒に居るフェイトの笑顔。 自分もいっしょに行ければいいのだが――

 

【やらなければいけない事がたくさんできてしまったから。 その間、あなたたちにフェイトをお願いしたいの】

【……それはいいけど】

【あ、誤解はなしよ。 あの子のことを、離したりとかそういうのではないの】

【そっか。 ならいいや】

 

 彼女にだって、いま、果たすべき役割がある。

 誰かに言われたことじゃない。 だけど、だけど自分達親子を救ってくれた“彼”に、ありがとうの一つで済ます気も今はなく……

 

【いつか、きっと“お礼”はするつもりよ】

【……だったら、めいいっぱいアイツと遊んでやってくれ。 それで十分だ】

【……もちろん、それも含めて――よ】

「わかった」

「悟空?」

 

 その意気に心よく了解をする悟空の顔は、まるで晴天の空のように青々としていたそうだ。 夕暮れに置いても見えるその色を、迎えるように送り出す彼女たちは、そっと手を悟空に向ける。

 

「また、会いましょう」

「気を付けて」

「フェイト、アタシもいろいろ手伝うことが出来たからここで留守番するよ」

「行ってらっしゃい」

 

 送り出すものは4人。 そして。

 

「いって……きます」

「オラが来ねぇといけなくなったら、また連絡してくれ。 こないだみたいにやってくれれば、たぶん問題はないはずだからさ」

 

 去る者は2人。 彼と少女は皆の顔を焼き付けると、そのまま姿勢を変えていく。 フェイトはそのまま悟空に寄り添い、彼は少女の頭に手を乗せ、自由になった手を自身の額にかざしてそっと触れて……精神を統一する。

 思い浮かべるのは栗毛色の白と桃色が似合う幼馴染。 彼女を脳裏に描くと――――……

 

「行ってしまったわね」

「えぇ」

「随分と問題を抱えてるはずなのに、彼自身は当然として周りにいる僕たちだって不安を感じない。 不思議な奴だ」

「……フェイト」

 

 消えていく彼らを、残る者たちはそっと見送るのであった。

 

「気を付けてね孫くん」

「プレシアさん?」

 

 そうしてプレシアは消えていった彼の残した足跡に近づく。

 

「あなたのいた世界ではどうでもいいことが、ここではとてつもない混乱を生む」

 

 踏みしめたそれは、やはり自身とは二回りくらいの大きさで。

 

「リンディさんはそうでもないけど、管理局――」

 

 その大きさを再確認して、託したモノと預かるものの大きさを見つめなおし。

 

「この私は、完全に信用していない……」

 

 小声で、風が吹きすさぶ中でつぶやくのである。 この場にいる誰もが、決して拾いきれない小さな声で。

 

「本当に……気を付けて」

 

 彼女は、自身を“2度”救った黄金色の戦士を、そっと思い描いて消していくのであった。 そう、彼を支えるために、今できることを成すために。

 

 

 

 




悟空「おっす! オラ悟空!!」

なのは「あ、アリサちゃーん。 すずかちゃーん!」

二人『なのは(ちゃん)!?』

なのは「にゃはは、ごめんね、心配かけちゃった……よね?」

アリサ「ほんとよ。 あんたが急に風邪なんか引いたっていうから心配だったわよ」

すずか「でも、なのはちゃんが風邪なんて珍しいよね? なにか大変なことでもあったの?」

なのは「そ、そんなことはなかったことも……ないのかな?」

ふたり『??』

なのは「……リンディさん、ごまかしてくれてたんだ」

すずか「?」

なのは「あえっと……なんでもないの、何でも! さ、さって! もうこんな時間! 早く次に行かないと――……」

悟空「次はオラが世話になったやつに礼をする話なんか? てかよ、いつになったら温泉にいくんだ?」

フェイト「大丈夫だよ悟空。 いろいろ落ち着いたら、かあさんが手を打つって言ってたから」

悟空「そっか。 それだったら平気だな」

アリサ「えっと?」

すずか「この子……だれ? というより今、悟空さん……あれ!?」

なのは「わー! わーー!! 気にしない気にしない! じ、……次回!!」

悟空「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第34話」

フェイト「感謝感激!? 悟空、お礼参りする」

悟空「なぁはやて? この本ってさ……」

はやて「これ? これはな、わたしが小さいころから置いてあってな――……あれ? ごくう?」

???「――!? あ、あなた。 いったいどうやってここに!?」

悟空「はは! おめぇにもいろいろ世話になったからな、礼に来た」

???「あ、ありえない……この”空間を感知”できるなんて」

悟空「?? なんかよっくわかんねぇけど、話はまた今度だ。 そんじゃあとでな!」

???「は、はぁ」



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第34話 感謝感激!? 悟空のお礼参り

世話になった、助けになった、励みになった……そんなみんなに、いま、感謝したい。
だから彼は動いて、踏み込んでいく。 そこにあるのがたとえ闇だったとしても、それすら気づくことなく、彼は会いたい人物を思いだして進んでいく。
我が道をゆき、あとに続くものへ示していく彼は、これからをどう進んでいくのか。

ASへのフラグをぶったて、ついに出てきてしまった悟空以外の――――そんな34話です。 


 

 正午の日差しがコンクリートを温める。

 喧噪響く学び舎の屋上で、各々が手塩にかけられた弁当やらランチパックやらを広げている。 それは、この物語の要訣たる人物……高町なのはも例外ではない。

 

「なのは、風邪はもういいの?」

「え? あ……うん。 平気だよ」

「よかった。 なのはちゃん、滅多に風邪なんかひかないからみんな心配してたんだよ?」

「にゃはは、ごめんなさい」

 

 今日、本当なら学校を休んで養生しなさいと、妙に気を遣う士郎から言われていたのだが、それでもどうしてか制服に着替えたなのはは、母の了承のもとに2限目からひょっこりと顔を出していたのだ。

 その時の光景が、どこかの世界にいるグレートなサイヤの男にそっくりだったとは、いったい誰がわかるものか。 おそらく悟空にだってわかりはしない。

 

「そ、それでなんだけど」

「どうしたの? アリサちゃん」

「ちょ、ちょっと聞きたいんだけど……」

「??」

 

 なんだか、今日のアリサはぎこちない。 それがなのはの第一印象であった。 すずかも言われてみればどこか落ち着かない雰囲気だし――なのはは、それに気づいていながらあえて触れないでいた。

 そう、彼女にだって触れてもらっては困ることが、つい最近できてしまったのだから。

 

 それでも彼女たちは、会話を進めない訳にはいかない。 事実というのは、探求せざる得ないモノなのだから。

 

「ご、悟空って、今はなのはの家にいるのよね?」

「そ!? そ……そうだけど?」

『……どもった』

「え? そんなことないよ!」

『あ――』

「……あ」

 

 ジト目となるすずかとアリサ。 それに思わず立ち上がるなのはの対応は本当に最悪であった。 しつこいかもしれないが、今この時間は昼食時だ、故に女の子である高町なのはは、かわいらしく膝の上に小さなお弁当箱を置いて食事をしていたのである。 だからこそ、今取った行動は途方もないくらいに大失策。

 飛んで行った午後の食事達は、いまだ箱の中から飛び出ていないものの――末路なんか、誰にでも予想が出来てしまうのである。 そう…………―――――

 

「お? なんだこれ?」

『……』

「いつもなのはが持ってく弁当か? なんでオラに向かって飛んでくんだ?」

『…………あれ?』

 

 彼があらわれない限りで、そう言う前提条件を含めてであるのだが。

 

 疾風迅雷!!

 不意に現れた黒髪の彼は対照的な山吹色のジャケットを揺らして、自身に飛び込んでくる小さな箱を掴み取る。 中身を見て、匂いを嗅ぐ。 それだけでなのはのモノと判断した彼の野生はいまだ健在。

 すぐそばの少女から手をはなすと自然、彼は栗毛色の髪の子に、それを返してやる。

 

「なにがあったか知らねぇけどな」

「……あ、うん」

「食べ物を粗末にしたら――モモコのヤツにウンと叱られちまうぞ? もう、二度としちゃダメだかんな」

「ごめんなさい……あ!」

 

 驚きに目を白黒させる少女達を背景に、青年はニコリと笑いながら持ち前のマイペースで全てを置いていく。 ついて来れるもんか! なんて言うことすら出来ないすずかとアリサは3秒のあいだ、青年の頭の上からつま先までを見下ろして……身体を大きく奮わせた!

 その彼女たちを、“知らなかった”なのははフォローしようとしたのであろう……それを!

 

「あ、あの~~これには深い事情が……」

「悟空!!」

「悟空さん!!」

「え……え?」

 

 大きな声をもって、真っ向から切って捨てる彼女たちは今日も元気なものである。 梅雨が到来したこの季節。 大きな青年と、小さな女の子たちは再びこの街で遭遇するのであった。

 過激なまでの非常識と共に。

 

「昨日はあれからどうしたんですか!?」

「そ、それにその――後ろにいるのは?」

 

 そうこうして。 ついに始まる質問攻め。 悟空は後頭部をかきながら尻尾を揺らして考え中。 その後ろで縮こまっている少女になのはが視線を送ると、彼女はそのまま表情を緩める。 知っている顔がもう一つあることへの安堵の表情は――

 

「……いったいなにモン?」

 

 アリサの“ぷらいど”に若干のヒビを作りつつ。

 

「そっか。 おめぇたちは会うのは初めてなんだよな。 コイツはフェイト、オラの友達だ、仲良くしてやってくれ」

「ふーん……まぁ、アンタの関係者だって言うんなら――いい奴なのね。 ……よろしく」

「……うん」

 

どうしてか保護欲を駆り立てていた。

 

「あ、あの。 みなさん?」

「どうした? なのは」

 

 そんな姿に、またも完全に置いてきぼりを喰らっている者が一人。 彼女は残った食事達と決着をつけると、そのまま疑問符を作成。 皆に飛ばしていく。

 

「悟空くんが大きくなってることに、どうしておどろかないのでしょうか?」

『なんで?』

「……えぇ?」

 

 それすらも、なぜか疑問のカウンターで跳ねっかえされることになるのではあるが。

 

「あ、そういやいってなかったなぁ。 オラ、おめぇたちに会う前にさ、一回だけこいつらと会ってたんだ」

「え!? そうなの!」

「うん。 あのとき、悟空さんが誘拐されてたわたし達を……」

「誘拐!?」

「えらく颯爽と現れて、ささっとゴミ掃除みたく片付けちゃったのよ」

「あ、はは……悟空らしい」

「犯人さんには同情しちゃうかも」

 

 驚く声は慈悲の声へと早変わり。 何をしたかを聞くまでもしないのは、それほどまでに悟空がやることが理解できるからであろう。 遭遇して1分足らず、なのはの疲れは既に8合目である。

 

「というより悟空くん」

「なんだ?」

「もう、用事は済んだの?」

「そうだぞ。 案外短くて……あり?」

「?」

 

 早い帰還に安堵のため息。 その意味を理解する暇もなく、悟空は周囲を見渡していく。 晴れ渡った空にひとつだけ思うことが出来てしまう。 それを認識するや否や、彼はそっとフェイトに振り向き……首を傾げる。

 

「さっきまでは夕方だった……よな?」

「夕方? 何言ってんのよ」

「悟空さん?」

「あ、えっと……ど、どうしよう」

 

 不意に呟かれた言葉は盛大な機密漏れ。 情報漏えいは厳禁な世界に上等なケンカを売っている悟空に、思わずツインテールが逆立つフェイトはオロオロあたりを見渡し……

 

「……! さ、さっきまで外国に居たんだもん。 と、とうぜんだよ!」

「……がいこく?」

「か、かあさん達が居たところ!」

「あぁ、あそこか。 ってことはあれか? こことあっちじゃ時間の流れが違うんか? ……なんかややこしいんだな」

「そうじゃなくって……どういえばいいんだろ」

 

 喉もとで使えて出てこないあの単語。 えっとえっとなんてつぶやいたフェイトに、悟空はなんと不思議そうな目線を送るのか。 まるで生まれたばかりの仔馬が、初めて大地を踏みしめるさまを見守るかのようなその視線は……正直、フェイトを本気で困らせる。

 既にクヨクヨと弱気な姿を見せ始めた彼女を、救い上げるかのようになのはが声を上げる。

 

「あ、ほら! 時差! 時差があるから――」

「そ……そうだった。 そう! 時差! 時差だよ悟空!」

「じいさん?」

『時差!!』

「お。……お?」

 

 それに相乗りし、共に悟空へ説得する彼女たちはかなり必死。 知られては困ることが多い彼女たちは、そんなことを気にしない彼にあくせく。 全てを隠そうとはせずに、一般人であるすずかとアリサにわかるような単語でもって一部の情報を公開し、致命的な事柄は死守する……一瞬のチームワークはかなりのできであろう、

 なのだが!!

 

「……ていうかアンタ」

「いま、いきなり現れませんでした?」

「そうだな」

「……あ」

「あちゃぁ~~」

 

 時すでに遅し。

 思わず抱えた頭をゆすっていくツインテールsは揃って膝をつく。 呆気ない肯定をした悟空をまるで恨めしそうに涙ぐむ少女二人はそろって拳を握る。 嗚呼、この苦労の爪の先だけでも理解してほしい……彼女達の心は見事にシンクロした。

 

「ん、そういや『こういうの』はすずか達に知られちゃまずいんか?」

『……いまさら――!』

「……あ、遅ぇか」

『はあぁ~~』

 

 “重い想い”のため息を出すのに、そう時間はかからなかったとさ。

 

「まぁまぁ。 いいじゃねえか。 こいつらに知られたって――友達なんだしさ」

「でも……ん~~」

 

 そこはかとなく片目をつむって見せた悟空に、まるで電話のコードのようなもやもやを背後に浮かべて唸るなのはは渋々だ。 いいのか? 本当に? そう呟くや否や、悟空の『ともだち』という発言は――

 

「しょうがない……か」

「……そうだね」

 

 なのはとフェイトを折りたたんでいくのである。

 

「あ、あの」

「どうした?」

 

 その中で声を出すものが一人。 あまりにもか細く、凍えているのではないかと勘違いさせてしまいそうなそれは、藍色の髪を流しているすずか嬢。 彼女は悟空の足元まで近づき、そっと彼を見上げると『あの日』から……彼女達からすると昨日から気になっていたことを告げるのである。

 

「悟空さん、ケガの方は――?」

「あぁ、そういやしてたな。 ……あれはもういいんだ、全部治っちまった」

「……え?! で、でも!」

 

 それは白髪の女医から言われた全治4か月という言葉。 それを昨晩から気に留め、ベッドに入る中でも何度も頭の中に流れていた事。 でも……

 

「おら、とっても頑丈なんだぞ? なんてったって100倍重力で修業してたもんな。 だから大丈夫だ」

「……はい!」

 

 悟空の言葉に、なぜか簡単に説得されてしまうのである。 本当なら訳が分からないのに、どうしてか彼から言われると納得してしまう。 彼女は、既に”それなり”に悟空の事を理解しているのであろう。 それが読み取れる会話である。

 

 さて、悟空が何となくこの場をかき乱しては沈めていく中で、彼は唐突に空を見る。 あけっぴろに開けたそこはどこまでも青い。 快晴と言われる天候は、いつまでも彼に似合っていて……あたたかい。

 

「……はは」

「悟空くん?」

 

 聞こえてくる喧噪は運動場で遊んでいる子供たちのはしゃぐ声。 わーわーと咆えては、勉強机の前でため込んだうっぷんを晴らしていっている。 この風景は――孫悟空が守ったもの。 だから……いいや、それすらも意識せずに……

 

「オラ”がっこう”ってとこは初めて来たけど、いいとこだな」

「そうかな?」

「学校なんてそんなにいいとこじゃないわよ」

「それは……どうなんだろ?」

「……ん」

 

 この地を遠くまで見通していく。 白い校舎は太陽の光を照り返し、茶色の運動場から水分を蒸発させて、乾いた大地にスプリンクラーが水を撒く。 クモの子散らしたようにそこから逃げ惑う子供たちのなんと微笑ましい事。 ……それを見ていた少女はどこかものほしそうで…………

 彼女と同じ風景を見ていた悟空は、気が付けばフェイトを視線に入れていた。

 

「みんなが元気に走り回ってさ、オラまでいい気分になってくるみてぇだ」

「それは、否定できないわね」

「だろ? ……そうだな。 やっぱりおめぇたちは……」

「え?」

 

 彼はそこで言葉を切っていた。 その目はどうしても大人の目で、いつもの”友達”に対して向けていた目とは一線を越えるもの。 優しくて、あたたかくて……すべてを語ってはくれないのだけど、それでもどうしてか考えが読めてしまいそうで。

 

「フェイト!」

「はい――!?」

 

 だから、だけどフェイトは予想できなかった。 悟空がいま、彼女に迷惑をかけたお詫びをしようだなんて――

 

「おめぇ」

「わたし?」

「今度からなのはと一緒に―――このがっこう行って来い」

『…………ええええ!?』

 

 それは、とても素敵な相談だったのだが、彼女達には何とも刺激が強かったらしい。 なのはを筆頭にフェイトまでその場で垂直跳びしていたのである。

 

「で、でも――」

「イヤか?」

 

 トントン進んでいく事に、遠慮をやめない彼女に悟空は揺さぶりをかけて……

 

「――! そ、そんなこと」

「じゃあ決まりだな」

「ご、悟空」

 

 ものの見事に、一本釣りを決めてしまうのであった。 欲しいなら、我慢することはないんだと……そう彼女に言い聞かせるように。

 

「悟空くん、えらく簡単に言っちゃうけど……どうするの?」

「ん? こういうときのためにリンディたちが居んだろ?」

「……あの人たちの仕事ってこういうことをするためのモノだったっけ?」

「ちがうんか?」

「……どうなんだろう」

 

 このあとに大量の書類とニラメッコすることになるリンディの身を案じたなのはの呟きは、そより……小さな風にゆられて消えていく。 むずかしいことを何とかするモノ、単純だが手に負えないことを片付ける者――なんと見事な役割分担であろう。

 次元世界消滅を防いだ報酬にしては、随分と安かろう。 彼女もきっと、笑顔で涙を呑んでくれるはずである。

 

「って、いうか。 いきなり現れて、話がどんどん進んで……」

「ちょっと置いてけぼりだよね?」

「……そうね」

「にゃ、にゃはは」

 

 コロコロかわる悟空の考えと発言に、思わず肩口ずらすアリサとすずかはほんのりと疲労をため込んでいた。 既に瞬間移動の事すら流されている事実に気づきもしないで、会話はさらに奥へと進んでいく。

 

「そうだ忘れてた。 なのは!」

「はい?」

「今日な、フェイトがおめぇんちで泊まることになったから――よろしくな」

「……なんですと」

 

 そして始まるキャラ崩壊。 調子を完全に狂わせたなのはをさらに置いていく悟空はどこまでも自由人。 すずかもアリサ目を丸くし、悟空がつぶやいていく言葉のすべてを聞き逃してしまう。 かなり重要だったものなのに、既に頭の中の容量はカツカツである。

 ……しかも。

 

「さて。 フェイトへのお礼ってのはこんなもんかな?」

「え?」

「リンディの奴に聞いたんだ。 おめぇには色々と迷惑かけたかんな、そんでお礼したいってリンディに相談したらよ? 『フェイトが喜ぶことをやってあげればいい』って、言われたんだ」

「……あぁ、自分で首を絞めてしまって…………」

「とにかく、今オラに出来んのはこんくれぇかな? あとは」

「え?」

 

 フェイトと交わしていた視線をずらす悟空。 不意に向けたの先に居るのはすずかで、彼女はなにか分らず傾げるだけ。 同時、ゆれる髪はそよりとさざ波のように流れていく。 それを見送り、さらに胸元に持っていった右手の平を上に向け、そこに握りこぶしを乗せた悟空は声を上げる。

 

「すずか」

「は、はい」

「おめぇたちにもなんかしねぇとな。 アリサにすずか――特になのはは今回、思いっきり頑張ったしな。 ……どうすっかな」

『……なにをなさるおつもりなのでしょうか?』

 

 つい、丁寧口調になってしまった。 悟空が必死に考える中、「え?! わたし何かした?」と呟くアリサとすずか。 なのはは反対に、そんなこと……なんて言いながら、その実もたらされるご褒美に頬を緩ませる。

 何を期待しているのかは彼女だけの秘密なのだが……それを知ってか知らずか――

 

「そうだな、こんど、おめぇたちと“でーと”ってやつをやっか!」

「うんいいね」

「アンタにしてはずいぶん……」

「……え?」

「……悟空?」

 

 何やら、とんでもないことを口走る。

 

 言葉から冷静さを失う少女達。 凍り付き、3秒以内の会話ログを巻き戻し、そこに刻まれた3文字を赤く照らしだす――なんと!? いま、彼はなんといった!

 

「さって、次ははやてだな……はやての気、はやての気……あっちか」

『ちょっと!?』

「んじゃ、また今度だな。 フェイトとなのは、おめぇたちはあとでな」

『いやいや、そうじゃなくってですね?!』

 

 吠える少女達。 それに意を介さない悟空は片手でもって精神集中。 儚い少女を思い浮かべると、そこに向かうべく思い――馳せる。

 

「――――……」

『き、きえちゃった……』

 

 見送ることしかできない彼女たちは、そのまま消えていった悟空を探すかのように晴天の空を見上げた。 そこには何もいないのだが、どうしてか彼がそこにいる気がしたのはどうしてだろう?

 

「――って! そんなきれいにまとめようとしないでよぉ」

「で、デート……さっき確かに」

「……あいつ、デートに行くって」

 

 ……その想いすらかっ飛ばし、皆は思い思いを胸に抱く。 その中に不安がよぎり、何やら“落ち”というのが見えてしまった金髪お嬢様は独りごちるのであった。

 

「デートの意味、分ってんのかしら」

「…………それは」

「さすがに……」

 

 思わず否定を――できない彼女達。

 

「ないとはいいきれないよね」

 

 そしてフェイトの締めで、この場は終わるのであった。

 彼がこの後起こす騒動で、遠い異郷の地が大きく揺れるのだが、それはまたあとの話で苦労するのは悟空ではない。

 

 ……ちなみに、この後フェイト・テスタロッサは誰にも見つからないように、空を飛んでその場から消え、放課後に合流して高町の家に行くのでした。

 

 

 八神家。 PM12時40分。

 

 お昼休みももう終わり。 だけど学校の無いモノにとっては、タダ、時計の針が進んでいくだけの時間滞。 今日も今日とていつもを繰り返す彼女と家族たちは、各々思うたとおりの毎日を過ごすのであります。

 気が付けば違うことをやってみて、それを過ぎればまた元に戻る、この日常はいま、本当に“彼女達”にとって幸せなのである。

 

「お昼ご飯の片付けも済んでもうたな……お夕飯の買い出しまでは時間があるし。 何してよか?」

「……がう」

 

 そのなかにおいて、やはり中心となる人物は……

 

「……あれ?」

「?」

 

 人物は……

 

「あぅ」

「がっ!?」

 

 唐突に……そう、なんの前触れもなくよろけて。

 

「ぅぅ!?」

「主!」

 

 座っていた車椅子に、身体を深く預けるのである。 深い眠りとは違う、苦しみの表情を浮かべて……

 

 もがくこともせず、只、胸元に手を這わせて息を荒げる彼女を見たのはザフィーラ。 驚きと共に全身を輝かせると、彼はアルフのようにヒト型へと変身していく。 そうして軽々と抱き上げる彼、まるで悟空のように鍛え上げられた肉体ならば当然の帰結であろうが。

 だけど……

 

「なにが起こっている、主の苦しみ方……これは尋常じゃない!」

 

 ヴィータは趣味で、シグナムは日課、シャマルは料理の鍛錬。 故に今はこの場に自分しかおらず、その事実はザフィーラを苦しめ、さらに焦らせる。

 普段からでは想像もできない苦悶の顔を助けられるものなど誰もおらず。 いないとわかっていながらも、彼はただ――

 

「病院……あの時の――」

「ふぅ……ふぅ」

「主よ、もう少しだけ」

 

 神という存在に、彼は今、生まれて初めて祈りを込めるのである。 戦いなら出来る、だが、ただそれだけの存在である自分を深く呪うかのように。

 

「……―――」

「主……」

「うぅ」

「……」

「……! な、何者だ――」

 

 そんな彼と、彼女の背後。 そこには誰もいなかったはずなのに、たった一つだけ、大きくもなく、されども小さくもない影が出来ていた。

 それは大体にして180センチ以上の高さであっただろうか? それと、立つことのない物音はどうにもこの世のモノとは思えない雰囲気を醸し出すのを増長させている。 なにを言いたいかというと、『彼』はまるで人間ではないかのような――

 

「に、人間……なのか?」

「ふふ」

「…………」

 

 神々しい輝きを放つモノだったから。

 あまりにも浮世に離れていて、それでも現実だと嫌でも認識させられるザフィーラはここで大きく距離を取ることもできず。

 

「そう身構えないでください。 なにも怪しいモノではありませんから」

「どうだかな」

「……こまりましたねぇ」

 

 彼の接近に、只、持ち前の鋭い牙を立てることしかできない。

 

 雰囲気だけでなく、その、恐ろしいまでに肌で感じる彼の実力に今、ザフィーラは確かに後退を余儀なくされたのだ。 この、ここまで感じた力はまるで――

 

「孫悟空さん……のようですか?」

「!!?」

 

 あの山吹色の青年、彼を彷彿させると言いよどもうかという最中に出された言葉に、またも一歩、後ろに足を配る。

 あいつを知っているとか、いつまでも雰囲気が変わらない不気味さとかではなく。

 

「こ、心を読まれた……」

「ふふ……」

 

 自身の胸の内を、寸分くるわず言い当て、遥か上空から見下ろすかのようなその眼差しに恐怖したから。

 例えるなら、釈迦の手のひらで踊る孫悟空。 その言葉自体は彼が知る由もないが、まるで本当に踊らされているかのような違和感は、確かに感じているモノであり。

 

「――っく!」

「はぁ……はぁ」

 

 荒げる主の呼吸音も、焦りをより一層前へと押し出していくのである。

 

「ど、どうすれば」

 

 迷う彼はこの先の選択肢を見失う。 なぜか見てしまう目の前の不審者を、再度確認するかのように上から下まで視線を下ろすのは、もはや条件反射の域だったのであろう。 見慣れない洋服、まるで異教の民族衣装を思わせる黄色い淵がある赤い羽織、水色のインナーに、オレンジの腰巻、見たこともない衣装に身を包む色白の肌。

 だが、その肌はどうにも人間とは思えず、警戒の念を限界まで上げてしまったザフィーラは既に、目の前が上手く見えてはいなかった。 垂れる汗が、自身の目を覆い隠すからである。

 

「さて」

「あ、あるじ!!?」

 

 一瞬の事であった。 涼しげな風鈴のような音が「チリン」とならされた方と思うと、先ほどまで抱き上げていた少女の重みが消えていた。

 

「これはいけませんね。 このままでは彼女――死にますよ?」

「き、貴様!」

「そう怒鳴り声をあげてはいけませんよ。 彼女の身体に響いてしまう」

「……!」

 

 消えた重みはいま、目の前の男が抱き上げていたのだ。 ただ微笑んで、彼女の身体を見ていたその男は表情を引き締める。 まるで先ほどとは違う顔に、思わず緊張が走るザフィーラはその場から動けない。

 それを見て、彼女を見て、まるですべてがわかってしまったかのように……いいや。

 

「今回、本当なら私が出てくることはなかったのですが……悟空さんがお世話になりましたからね、ほんのお礼です」

「な、なにを?」

 

 全てを見ていたかのように、彼女を抱き上げる力をより一層強くする。

 

「……あ」

「あ、主!」

「楽にしてください。 あなたにほんの少し……時間を差し上げましょう」

 

 輝く身体は生命の息吹を感じさせる。 まるで悟空がなのはに使ったものと同質……いいや、それ以上の光りは眼の前の男が持つ『ちから』 そのこともわからないザフィーラは……

 

「この事は、どうかあなただけの胸の内に……特に悟空さんには御内密にお願いします」

「……なぜだ」

 

 救われた主を受け取り、抱き上げつつ、男から視線を外さない。

 

「いま、彼は本来ならば私たちが果たさなければならないレベルの務めを果たしているところなのです。 それは『いまの彼』にしかできない、今までの代償を払うための……儀式、とでも思ってください」

「?」

「あぁ、聞いてもらいたいだけでしたのでわからなくとも結構です……どうせ愚痴のようなものです。 わかってもらっても困りますし、何より、彼には――今を楽しく生きてもらいたいのです。 それが、例えみなさんを置いて逝ってしまったのだとしても」

「行った? さっきから……なにをいっている?」

 

 男の独り言が止まらない。 でも、どうしてかザフィーラにはその男が嗤うように見えてしまった。 口調も、表情も、どこもおかしくないのに……なにか、自分を責める懺悔室に閉じこもった罪人のように。

 

不確定要素(ジュエルシード)には驚かされましたが、不安要素(ターレス)を打ち倒すことが出来たのは不幸中の幸いでした。 もう、これ以上の心配事が増えなければ、このまま私がこの世界に干渉する事もないでしょう」

「おい」

「さて、ここら辺で消えさせてもらいましょう。 どうもこちら側への移動は神経を消耗していけません、帰ったらしばらくの休養を取らなければ。 では――決して、悟空さんに私の存在を明かさぬように」

「まて!」

「カイカイ――――……」

「き、きえた!?」

 

 謎多き男はその場から、この世界から消えていく。 謎の威圧感も圧迫感もなくなった八神の家、そこにあたたかさが戻るとき、ザフィーラの背筋には遅れて……ドっと汗が吹きあがる。

 滝の様に流れては、衣服を身体に張り付かせて気味が悪い感覚を覚えさせる。 まるで、あの男を海岸で初めて見た時のように……――――

 

「お、いたいた」

「おお!?」

「ん?」

 

 不意に、現れた男が居た。

 不信な男がいなくなったと思ったら、またも同じようなところに居たのは山吹色のジャケットを着込んだ黒髪の男。

 176センチの男の名は――

 

「そ、孫…悟空…」

「どうした? そんなおっかなびっくりしちまって」

 

 現れた彼に吹き飛びそうになるザフィーラは、そのまま主を抱き上げる力を強めていた。 それも少しの事、見知った顔だと気付くと、額から汗を浮かべつつ。

 

「お、おまえ、今どうやって」

「はは、新しい技ってやつさ……それよりも」

「――!」

「なにがあった?」

 

 悟空の視線の先にいる自分の主を抱えたままに、2階のベッドへ走り出すのであった。 そのあとも、数分間だけチャンスはあったはずなのに、悟空には先ほどの出来事を話そうと思うことは……いいや、打ち明けることを戸惑わせたのだ。

 

「あんな迫力、違うな、“風格”を持った者がこの時代に居るとは。 まるで王か神のようなものと対峙したかのような圧迫感。 あいつはいったい何者だ……」

「??」

 

 自身の考えが、かなりの具合に確信に迫っていたとも思わないままに。

 

 さて、ザフィーラがはやてを2階の部屋に連れて行き、ふとんの中に潜り込ませた17分後の事であろう。 悟空はどうにも消耗しているザフィーラの気を感じ取り、彼を休ませることを促し、それを渋々受け取ることと相成っていた。

 本来ならあり得ない、主を他人に預けることを選んだ彼はそれほどに消耗していたからか? それとも悟空をそこまで――答えは、ザフィーラの中にしかない誰も知らない事である。

 

「……すぅ」

「まいったなぁ」

 

 その中で悟空は、ほんの少しだけ頭をかいていた。 困ったと、誰もがわかるくらいにとられたこの行動は、外の風景を見ての事だった。 紅がアスファルトを射すこの時間帯、彼はもう、帰らなければならなかった。

 

「そろそろ、なのはのとこに行かねぇとなんねぇのに……シグナム達が一向に帰ってこねぇ」

「すぅ……すぅ」

「このまま置いてく、訳にもいかねぇもんな」

「んん」

 

 待ち人こず。 いまだに街のどこかを歩いていると、気による探知でシグナム達の居場所を把握している悟空。 すぐさまに迎えに行くべきだと思うのだが。

 

「ザフィーラに『頼むぞ』……って言われちまったもんなぁ。 離れるわけにもいかねぇか」

 

 それすらも、今の状況じゃできない訳で。 既に整った寝息を立てる少女を横目に、悟空は尻尾を振って退屈凌ぎ。 マル、サンカク、シカクにハート、様々な形を模していってはすぐにやめ、後頭部に両手を持っていって口笛ひとつ。 『なんだかわくわくするイントロ』を吹きすさぶと……

 

「……んん」

「お?」

「あれ? わたし……」

「起きたか」

「え? ごくう……?」

 

 家の主が、ついに目を覚ましたのである。 起き上がらず、首を左右に振って自分の状態を確認する。 下半身が動かせない彼女にとって、慣れた動作なのだろう、とても落ち着いたものである。

 そして目が合うふたり。 少しだけ合間を置くと、首を傾げ、そっと声に出して心の中の問いを出してみた。

 

「どうなってもうたんや?」

 

 ここはどこ? わたしは……ということを言わないのはどうして?

 

「さぁな。 オラもこっちに瞬間移動したら、いきなりザフィーラがおめぇの事を抱えてたかんな。 よくはわかんねぇ」

「そうなんや……」

 

 それも追及しない悟空はひたすらに思ったことしか言ってくれない。 きっと、“こういう状況が初めてじゃない”彼女の言動に、それでもいつも通りを崩さない彼はどこまでも鈍感なのか……

 

「ま、今日はこのままゆっくりしてりゃいいさ」

「え?」

 

 そう、見る者に思わせる刹那であった。 悟空は唱える、彼女の髪を梳きながら、小さい額を撫でながら。

 

「いつも家のこととか、いろんなことやってるんだもんな。 たまには休まねぇと」

「でも――」

 

 起き上がろうと、横を向こうとするはやて。 それを額に手を当てたまま制止させる悟空。 脚が使えないモノにとって、その一点を抑えられるのは身動きを完全に抑えられたという事、それを知っている少女はどうしてと喉を鳴らすのだが。

 

「……ん。 おめぇ、いまいくつだ?」

「え? ……きゅ、9歳やけど」

「そうか、悟飯よりは上か……けど、おめぇはまだ小さいしさ、そんなに頑張ってばっかいねぇで、たまにはシグナム達に任せとけ、あいつらも、きっとそれを望んでる」

「……うん(ご飯?)」

 

 否定、肯定……繰り返していたループは、やがて確信を突いた悟空の一言で決着がつく。 フサリと、かぶせられた布団を両手でかぶり、目元だけ見せた彼女は、まるで甘えた娘のように悟空を見やる。

 まるで、いなかった父親にでも甘えるかのように。

 

「頑張るのは“どうしても自分がやらなくちゃいけないとき”でいい。 ……なんて、オラが言っても説得力はねェかもしんねぇけど」

「……?」

 

 それを受けたからか? 悟空はほんの少しだけ視線をそらした。 遠い未来? それとも近い将来。 教えられた未来のために、自分の息子を鍛えているのはいったいだれか? 突かれると痛い事実は、それでもやらなければならない事だから。

 やる気になった息子に、力を付けさせたい親心が在ったのも事実ではあるが。

 

「今日はもう少し寝とけ。 なんならオラが絵本でも読んでやっから」

「え、それは……」

 

 不意に立ち上がる悟空はこの部屋の奥へと足を運ぶ。 そこに置いてあった数冊の本とニラメッコ、彼は少女から上がる遠慮の声に足払いをしながら、指先を迷わせて本を選ぶ。

 

「……?」

「ごくう?」

 

 えらぶ……選ぶ?

 

「なんだ……?」

「え?」

 

 選んだのは果たして悟空だったのか。 何やら不可思議な雰囲気を醸し出し、まるで誘うかのように光ったのは気のせい? おもむろに伸ばした手で、悟空はハードカバーの本を一冊だけ取り出した。

 

「はやて、こいつ」

「あ、それ? それは――どういってええんやろ。 それは……「なんか不思議な力を感じる。 それに『アイツ』の気もだ」……え? 気?」

「……」

 

 またも光るそれは、まるで悟空が見つけてくれるのを待っていたかのよう。 なぜ、このようなことが? 見たものがシグナム達ならば、おそらく驚愕では済まないであろうこの現象はまさしく不可思議。

 そんなことは知らない悟空は、そっと本をはやての横に置く。

 

「すまねぇはやて」

「はえ?」

「そういやオラ、もう一人、礼をしなきゃなんねぇ奴がいたのを忘れてた」

「れい……?」

「たぶん、今を逃したら次がいつになるかわかんねぇからさ。 行ってくる」

「ごくう?」

 

 そう言って、彼はその気を探り出す。 すぐそこにあって、遠いどこかに居るはずの『彼女』 名まえを知らず、聞くこともなく去ってしまった月のようにきれいな髪を伸ばしたあの女の子。

 迷い込んだ悟空に道を示した彼女はどこにいる?

 

……いいや、“今の悟空”にとって。

 

「“そこ”か……よし、行くぞ!」

「え? ちょっ!」

「――――……」

「き、きえた?」

 

 『場所』など最早関係ないのである。 ただそこに、そのモノさえいれば――彼は飛んで行けるのだから。

 

 

 

――――暗闇の世界。

 

 

 そこはどこまで何もない世界。 暗く重い、一筋の光りさえ差し込まない天岩戸(あまのいわと)の伝説を思い起こす闇の中。 正気を失いそうなほどに何もない無の世界に、たった一人……独りでいることを望んでいる者がそこに居た。

 白銀の髪に、透き通るような肌。 それはこの世界には不釣り合いなほどに美しく……儚い。

 人の夢と書くその字だが、果たして人ざる彼女が閉じしまぶたの裏で見るのは夢か幻か。 それは本人にだってわからない。

 

「主……申し訳ありません」

 

 紡いだ言葉は贖罪。 流せるのなら零していた涙は、既に悠久の彼方で枯らしてきてしまった。 だから言葉しか流せない彼女は本当に苦い表情をするかのようで……――――

 

「誰に謝ってんだ?」

「我が主……■■の主たるあの少女に……」

「ん? 聞こえにきぃな。 でも、前とは違って口がきけるのな。 元気が出てきたんか?」

「それはあなたが鎖を……っ!!!」

 

 それは、悠久よりも遠い彼方へと飛んで行ってしまった。 まだ、数多くの鎖で縛られている女性は、いまだに目が開かないが口だけが開くことが出来るようだ。 その様子に、にんまりと微笑んだ悟空は、自身の腰に手をやり、片手を後頭部に持っていき上下させる。

 

「はは、驚かしちまったみてぇだな」

「あ、あなた……どうやって」

「今度は夢じゃねぇぞ? おら、自分でおめぇが居るとこまで来たんだ」

「……は?」

 

 そこから出る言葉に、思わず素になり返してしまう女性は後頭部に大汗をかいたように見える。 どうしても崩れてしまうシリアスを前に、コメディが彼女を襲う瞬間であった。

 

「へっへ! 瞬間移動ってやつでさ……」

「瞬間移動? 転移の魔法の一種……? それでも! この“場所を見つける”ことは出来ないはず――そもそも!」

「ざんねんでした」

「?」

 

 嬉しそうに笑ってみせる悟空は人差し指を一本立ててやる。 アンテナのように伸ばした指をくるりと回して彼女を誘う。 面白おかしい彼の世界へ。

 

「こいつは場所じゃなくて人を思い浮かべんだ」

「ひ、人?」

「そんでそいつの気を辿る。 だから、さっき感じたおめぇの気がある場所まで瞬間移動したんだ。 何となく、界王さまがいたところと感じが似てるけど……結構違うとこみてぇだなここは」

「……もう、なにがなんだか」

 

 引っ張られるように魅せられた世界に困り果てる彼女。 でも、どうしてだろう? それがとてもうれしそうなのは。 誰にも見つけてほしくない、気付いた時にはすべてを傷つけ破壊する――そんな自分ですら笑顔にしてくれる彼に、いま彼女は孤独をわすれていたのだ。

 かなりの困惑を代償にしていることには目をつむってだが。

 

「まぁ、なんだ」

「はぁ」

「今日はさ、おめぇにも礼を言いに来たんだ」

「礼? なにかしたでしょうか」

「したじゃねぇか! オラに仙豆がある場所を教えてくれたのはおめぇだろ?」

「……?」

「ん?」

 

 あのときの礼をする悟空に、果たして彼女は自覚があったのだろうか? まるでフェイトのように困った顔をするのは、彼女が「そんなつもりで言った」訳ではないはずだから。

 

「あ、あの時は――」

「おかげでリンディとも会えたしさ、オラも仙豆で何とか命を繋いだし……なのはもユーノもだ。 いやー、ほんと助かった」

「……あ、はぁ」

 

 まるで川下りのような会話に流されてしまう女性に、更なる追い打ちをかけるべく、悟空はそっと彼女の身体に触れて見せる。

 

「え! な、なにを……」

 

 思わず零れる細い声に、それでもやめない彼は目を鋭く、力を壮大に逞しく高める。

 

「おめぇに礼を考えたんだけどよ、これしか思いつかなかった」

「はい?」

「“これ”全部取っ払って、一緒に外行くぞ? こんなところじゃ、その内カビが生えちまう」

「それは余計なお世話です。 っと、言うよりそんなこと……あの時だって1本がやっとだったのに……そうじゃなくって! そんなことしたら――」

「行くぞ!」

「待っ……」

 

 制止の声もなんのその、鍛え上げた自らのパワーを頼りに、その手に持った鎖に力を込めていく。 あの時からは既に比較にならない程に上げた彼の力。 故にこの程度……

 

この程度……

 

「あ、あり?!」

「だから言ったでしょう、それは人の手で砕くことはできないのです」

「おかしいな。 確かにあんときよりも力は上がってるのに……?」

「それは日ごとに呪いの効力が……それにあなたが砕いたのも原因の一つ。 そのときに漏れた力が、“コレ”の効力を引き上げ――」

「なら――」

「だから――」

 

 話を聞いてと、まるで子供のような“ダダ”をこねようかという彼女をしかとシカトする悟空はここで息を吸う。 力が足りないというのなら、見せてやる。

 

「一気に引きちぎってやる! みてろぉ……」

「な、なにを」

 

 悟空に巻き起こる変化。 それはとても静かな空気であったと、女性は目をふさぎながら思う。 目が見えないからこそ、肌で感じる彼の力は途轍もなさを思い知らせ、これから先起こる変化を予感させる。 なにか、とんでもないことをする……と。

 

「だああ!!」

「!!?」

 

 なる。 鳴る。 成る!!

 

 孫悟空はいま、金色に成る。

 

 逆立つ髪は黄金に輝き、鋭い眼光は碧に染まる。 縛られた彼女を月と形容したが、彼は太陽? ……もしかしたら満月の輝きの方が正しいかもしれない。 彼らに、絶大な力を与える輝きの色は確かに金色なのだから。

 

「……これでできねぇことはないはずだ」

「なんという力の波動……今までに見たこともないくらいに――」

 

 冷たい声、それすらも聞き流してしまう雄々しき力を感じて、彼女は自然、身体を奮わせる。 見えない目は彼の変貌を察知することを阻むが、それでも何かが変わったと思えるのはそれほどに全身を刺激する力が強大だから。

 

「全部――ぶち壊してやる!!」

「ま、待ちなさい!!」

「でああああああ!!!」

 

 止めるものに逆らう悟空。 まるで破壊衝動のおもむくままの声は畏怖の念を抱かせる。 握り締めた十数の鎖が悲鳴を上げる中、女性からは非難にも近い声が上がる。

 

「これを解いたら――」

「はあああああ」

「あの方が!」

「ああああ……ああぁぁぁ」

「……?!」

 

 もう引きちぎれかというその刹那、悟空の輝きが急速に奪われていく。 弱まる黄金色に、彼は唐突に身をかがめる。 揺れる金髪はそのままに、力が失われていく様は枯れていく花のように力ない。

 

「どうしたのです」

「ぱ、パワーが……消えていく!?」

「え?」

 

 荒げる吐息は闇の中に消えていき、消え去る力はもう戻らない。 彼に起こった異変はいったいなんなのかと、答えてくれる者もいない。 今はただ、なくなるという事実を享受するしか出来ることはなく。 悟空は冷たい眼を鋭く吊り上げ、ついに鎖から両手を話してしまう。

 

「はぁ……はぁ……うぐっ!」

「し、しっかりしなさい」

「すまない。 ――どうなっちまってんだ、こいつに触った途端、まるで全身の力が消えちまったみてぇだ」

「こんな機能、今までなかったのに」

「……ふぅ」

 

 つぶやく女性の言葉は悟空に取って意味の測りかねる代物。 ここがなにでどうなっているのかなんて知る由もなく、力が落ちた悟空は金髪を黒髪へと戻していく。 筋肉の膨張は元に戻り、荒々しい雰囲気も完全に霧散していく。

 

「なんかよくわかんねぇけど、すまねぇ。 今のオラじゃこいつは壊せねぇみてぇだ」

「……それでいいのです」

「なんでだ。 こんなもん巻いてたんじゃ息が詰まっちまうだろ?」

「それはそうでしょうけど、それでもこれが解かれてあの方が苦しむくらいなら……永劫にこのままの方がいい」

「えいごう?」

「ずっと、永遠にという意味です」

「ずっと……か。 んじゃあ、あの方ってのは」

「あなたはもう会ったはずです」

「へ?」

 

 難しい言葉の羅列。 どこか古風な物言いの彼女に、目を丸くして質問する悟空は思い当たる節を探す。 あーでもない、こーでもない……それでも、誰よりも気になる“力の在り方”をする彼女を思い出すと、悟空は小さく声出していた。

 

「もしかして…………はやての事か」

「そうです。 あの方が今代のわたしの所有者……我が主です」

「わがあるじ。 なんかどっかで聞いた言い方を――」

 

 その少女を思い出し、正解だと聞いた悟空はさらに思考を遡る。 そこに居るのはピンクの髪を後ろで結った、サムライのような面持ちの“面白いヤツ”

 

「あ! そうか、シグナム!! おめぇもしかしてアイツの関係者なんか?」

「……関係者と言われればそうですが、どういっていいのでしょう?」

「ん~~?」

「はぁ」

 

 生物的にはどう表現できようか? 娘? 姉妹? そのどれでもない彼女達を、どういえばいいかと悩む彼女は見た目相応の少女にも見えて、そんな姿をどこか自分の息子を見るような彼は、ちょっとだけ視線を外して。

 

「ま、いいや」

「……いいのですか」

「ああ」

「……」

 

 そのまま問題を切り上げる。 自分が聞いたことならば、自分で取り下げてもいいはずだ、そう言うかのように終わらせたこの会話。 果たして本当にそれでいいのかと、きっと魔導師の仲間たちなら言うであろうが、この娘の表情を見てしまったらそうも言えないであろう……表情に、大きな変化はないはずだが。

 

「どうすっかな、これがダメだと後が思いうかばねぇ。 おめぇ、なんか良い案ねぇか?」

「……礼の内容を相手に尋ねるのですか? あなたは」

「だって考えてもわかんねぇしよ。 だったら聞いた方が早いじゃねぇか」

「…………甲斐性なし」

「ん? なんか言ったか?」

「なんでもありません」

「そっか」

 

 彼女は確かに今、悟空に向かって冷たい言葉を投げたのである。 どこか親愛を込めた風な、そんな矛盾をはらんだ冷たい声を……

 

「わたしに礼を、もし本当にそういうのでしたら」

「おう」

「どうか、このまま騎士たちと主をお願いします」

「きし?」

「シグナム、彼女たちの事です」

「あぁ、騎士! 騎士な。 あいつがたまに口にするあれか。 ……てか、お願いってなんだ? なんかあんのか」

「……どうでしょう」

「はっきりしねぇな」

「すみません」

「……ん」

 

 そこからつづられるまさかの『お願い』と、やけにはっきりしない銀髪娘に思わず腕組み。 考えること10秒と少し、今回はやけに長い思考はそれだけ悟空が悩んだから。 そこから思い浮かんだことは――

 

「わかった、おめぇがそういうんならあいつらの事は任せとけ」

「……」

 

 肯定することだけ。 今はどうにもできない事なら、だったら今やらなければいい。

 

「でも」

「?」

「おめぇの事、ほっとくつもりもねぇかんな」

「え?」

 

 その言葉に、どうしてか内側が温まる女性は思わず声を出していた。 小さくて、聞こえないくらいの音量で、でもこのなにも無いところに確かに響いて。 意識してしまったらなぜか恥ずかしく、彼女はその鼓動を沈めていく。

 

――――いまさら助けなんて。

 

「プレシア治してさ」

 

――――もう、どれほどのものを傷つけてきたか判りもしない自分なんて。

 

「んで、また1年経ったら、今度はおめぇの鎖を取ってもらうようにしてもらうさ」

 

――――そんな奇跡、遠い昔にあきらめて……

 

「そんで、3年後に来る人造人間に勝って、また、こっちに報告に来るさ。 勝ったぞー……って」

 

――――どうして、あなたたちはそんなに。

 

「……わたしの心を惑わせる」

「?」

「――ッ! なんでもありません」

「そうか? なんかオラ、おめぇが怒るようなことやったんか?」

「ど、どうしてですか?」

 

 どもり口調の娘に、男は首を傾げて見せる。 どうしてと聞かれれば『これ』しかないと、独り指さす悟空は見ているだけ。 まだ、開くことを許されない彼女の目に……

 

「なんかおめぇが泣いてるようにみえたんだけど……気のせいか?」

「…………」

 

 一筋だけ、小さな雫が流れ落ちたように思えたから。 どこかキザで、軟派なセリフで、矛盾した言葉で。 でも、彼は本当にそう思ってそう見えたから言うだけで。

 事実しかない言葉を宛がわれ、思わず言葉を飲み込んでしまった女性はそのまま喋らない。 ……どこかへ追いやった気持ちが戻って来る前に、いつも通りを繰り返そうとする彼女はまるで――自分なんて幸せになる資格がない。 そう振る舞うかのようで。

 

「遠慮することなんかねぇかんな」

「え?」

「オラ、あきらめが悪いんだ」

「……」

「いつか――おめぇを外に連れ出してやる。 それが、オラがやってやれることだと思うし」

「……」

「それにプレゼントとか用意なんて、逆立ちしてもできそうにないしな! だから……少しのあいだ、そのまま我慢しててくれ」

「…………はい」

「はは!」

 

 取り付けてしまった約束。 うなずいてしまった彼女。 人の夢、確かにそれは儚いのかもしれない。 でも、そんな折れそうなほどにか弱いからこそ、人はそれにすべてを賭けられるのではなかろうか。

 そう、誰もが見失いがちなことを只、一生に懸命を賭す彼はひたすらに真っ直ぐすぎて……眩しい。 この闇の世界をも照らさんとする光は、どうにも居心地がよすぎて。

 

「お願い……します」

「まかせとけ!」

 

 ドン……と、胸を叩く彼に思わず委ねてしまう。

 

「さってと、なんだかんだで寄り道したな。 早くなのはの……じゃなかった、はやての所にかえんねぇと」

「それならば、もうすぐシグナム達が来るはずですが」

「ほんとか? ……まぁ、一回顔くれぇは見せとかねぇとな。 あとで何言われるかわかんねぇし」

「そうですか」

 

 どこか子供じみた理由で会うことを決めた悟空は、戻る準備を即座に行う。 思い描くは最初と同じ……儚い気を持つ少女ただ一人。 ここから出る、というよりはあそこに戻る感じだろう。 悟空はいつものポーズをとると神経を集中していき……

 

「機会があったらまた会おうな」

「はい。 あ、それと……今日、わたしに会ったのはあなたの胸の中だけに留めておいてください。 もちろん、騎士たちにも」

「え? あいつ等にもか? ……わかった。 そんじゃ……――――」

「…………」

 

 消えた青年を見送る女。 2回目となる別れ、それは彼自身が望んだ事象であって、また今度会うという約束のもとによる一時の別れ。 その言葉を胸の内にしまう女性は今まで、作られてから今日までにない感覚を弄びながら、そっと意識を深く沈めていく。

 彼との約束……一番は主の少女、二番はシグナム達、そして最後は……

 

「皆のついででもいい……ただ、もうあのような悲しい結末を――――迎えさせないで」

 

 悠久を彷徨うしかできない自分に、あの大きな手を差し伸べてと……彼女はついに弱気を吐き出すことが出来たのだ。 硬い言葉で固めた心の鎧を、そっと解くかのように。 それは叶う願い? 叶えるのは誰? 今はわからない数式も、ただ、待ち遠しさを増幅させるだけ。

 今代の変わった主に、出会ったことのない輝きを持つ客人。 彼等をみた女性の心境はいま、自身に付けられた“名”とは正反対の道を見始めたのである。 そう、光射す世界へ――――

 

 

 

 

 

 そんな彼女が居る世界の、最奥に巣食うとある場所。 そこにうごめく不穏を知りもしないままに。

 

 

 

 

「ほう。 随分と懐かしいモノを感じたが――まさかアイツがこんなところにいるとは」

 

 身体など、とうの昔に失くしたものが居た。

 

「あのとき飲まされた辛酸を返す時が来たようだな」

 

 見返すは遠い過去。 永久凍土にも似た闇の世界に消えていった成れの果て。

 

「太陽は熱く、宇宙はとても冷たかったぞ――――サル野郎……いや」

 

 2度の敗北。 憎き黄金の輝きを纏う戦士を残った脳髄に刻み込み、もはや生物ですらない彼は怨嗟の声をただ、漏らす。

 

「超サイヤ人……」

 

 虫のように、機械のように、あたりにある闇を食いつぶしながら……足りない身体(すべて)を補っていく。

 

 『それ』は――次会う機会を確かにうかがっていた。

 

 

 

 

 




悟空「おっす! オラ悟空」

なのは「えっと、悟空くんどこ~? トントン話を進められるとそのぉ……片づけするのが大変なのですが……」

フェイト「……ねぇ、なのは」

なのは「え? どうかしたのフェイトちゃん」

フェイト「デートって」

なのは「デートって……?」

フェイト「なんだろう」

なのは「え?」

フェイト「え、あ、ちがうの。 意味は分かるんだよ? でも、何をするんだろうなっておもって」

なのは「……あ」

フェイト「ご、ごめん。 やっぱり何でもない」

なのは「……うん」

???「お困りのようね」

少女二人「え!?」

???「助けになるとは思えないけれど、よかったらこの人生の先駆者がいって――――」

悟空「……――――さってと、そんじゃ次の話だったか?」

???「まちなさい孫くん、まだ私の話が――――」

悟空「おめぇとの話はもうちょい後だ、それに話するやつがいるしな」

???「なんですって?」

悟空「そんじゃ次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第35話! 騎士と魔導師と拳闘士」

フェイト「デート、逢引き、逢瀬……言葉は難しいな」

なのは「う~ん。 悟空くんのことだからそんなに深く考えなくても」

二人して「う~~ん」

悟空?「さっきからなにやってんだよ。 さっさと飯食って寝ちまうぞ」

少女たち「え!? そ、その姿――!」

悟空?「理由はまた今度だってよ? オラにもよくわかないや。 じゃあなあ!」


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第35話 騎士と魔導師と拳闘士

なにげ、登場人物がかなり多い今回。 その中でも群を抜いて目立つのはあの引っ込み思案。

デートを控えているその間に起こるのは幸か不幸か……彼女の苦難が幕を開ける季節です。 りりごく35話……では。



「たっでぇま!」

「びくっ!」

 

 孫悟空は風を切る。 正確には空気の層を引き裂き、そこに自らの存在を置き換えて……むずかしいことは術を使った彼にもわからないが、とにかく瞬間移動により、今のいままで在った空間を押し出して彼は再度登場していた。

 この家の主を大いに驚かして。

 

「ごくう、今までどこにおったん?」

「はっは! ちぃとばっかし、知り合いの所にな」

「しりあい?」

「ああ」

 

 寝かせたままの少女に、若干の疲労の色を残す悟空。 それは先ほど在った不可解な力の消失にあるのだが、それを知らない少女はいつも通りに悟空へ接する。 気を使いすぎる彼女が気付かない、それほどに彼はいつも通りを歩いていた。

 

「……お?」

「え?」

 

 そうこうしてる間に、悟空は床を……正しくは一階玄関の方に気を配る。 同じく聞こえてくる音に反応したはやては、そこから聞こえてくる声たちに、思わず立ち上がろうとして。

 

「ごくう?」

「……にい」

 

 人差し指をたてて、小さく笑う悟空に押しとどめられてしまう。 聞こえてくる声たちをしり目に、悟空は彼女に先ほどのことを思い出させる。

 

――――たまには、ゆっくり休んどけ。

 

 それを忠実にこなすべく、彼は部屋のドアに手をのばす。 ゆっくり開けられるソレは、音を立てないように静かな開閉を行う。 スッといなくなる悟空に、思わず息をのんでしまったはやて、それは彼があまりにも――

 

「なんやろ。 前に会うた時より、静かな気がするんやけど……?」

 

 1回目は当然として、再会した時よりもはるかに大人然としていたから。

 

「どうしたんやろか?」

 

 彼女は知らない。 体質的に年齢の経過が判りにくい彼が過ごしたであろう年月と、経験した怒りと悲しみを。

 

「さってと、ああいっちまった手前、こっからどうすっかなぁ。 ……ボールさがしもあるし――」

 

 それを乗り越えた彼が身に付けたささやかな変化を……まだ、知ることはない。

 

 

八神家 一階。

 

 

 いつもより遅くなった帰宅時間。 駆け足で玄関のドアを開けた彼女はいの一番にリビングへと向かっていた。 もう、いつもと言っていいこの習慣は生きてきた中で最も心地の良いモノ。

迎え入れてくれるあの笑顔、その光景を幻視して、今日も彼女はその戸を開ける……そこには――

 

「どういうことだ」

 

 だれも、いない。

 

「主?」

 

 そこにない何時もの笑顔。 日が傾くこの時間なら、シャマルと一緒に洗濯物を畳んでいるはずの姿が無いことに。

 

「……」

 

 言い知れない不安が湧いてくる彼女。 不意に揺れたのは心、風に吹かれるのは後ろで結った長い髪。 細いリボンが共に流れ、空気の流れを視覚化する。 ……ここに、自分以外の誰かが居ると彼女に知らせる。

 

「……敵……いや、殺気を感じない」

 

 蠢く気配は誰のモノ? 彼女は気付けば胸に下げてるペンダントを手にしていた。 小さな西洋剣を模したそれはかわいらしいと言えばそうなのであろうが、驚くことなかれ、これこそ彼女にとってのレイジングハート……つまりは魔法器具(デバイス)なのである。

 コンパクトにされたそれを持つ、つまりは戦闘態勢を整え、陸上選手のように戦いのスタートラインに立つ彼女の目は鋭い。

 

「…………階段を下りる音」

 

耳で聞くのでなく肌で感じる。 空気の振動と家屋を叩く足の音とで敵との相対距離を把握し、彼我戦力のおおよそを見当づけていく。

 

「音の大きさから察するに体重は60キロは超えるか? ……とすれば男である確率が高い」

 

 しかも、かなりの筋肉質。

 仲間であるザフィーラと共にいなければ分らなかったであろうこの情報。 いつの間にか身に付けていた目以外の情報収集はこの世界に零れ落ちて教わったもの。 教えてくれた彼に感謝しつつ、まるで侍の居合のように空気を鋭利にする彼女は鳴り響く音をさらに細かく聞きわける。

 

――ドン。

――――ドン。

 

……ぴかーー

 

「ん?」

 

……とん、とん、っとっとっと――――

 

「な、なんだ? 音が……軽くなった……?」

 

 その中で起きる些細な変化。 聞こえる音の軽量化に戸惑う彼女はついつい閉ざされたドアに耳を寄せる。 目標との距離の最適化を図る素早い行動はさすがだろう。 ……あぁ、相手が彼女が想定しうる常識内の行動を起こすという前提条件を満たしたままならばだが。

 

「うわ! な、なんだ!? からだが――」

「なに? 子供の声?」

 

 起こる不自然はいきなりであった。 軽くなる足音に、騒がしくなる空気。 奏でられていくハツラツな大声に身体ごと反応する彼女の驚きは相当のモノであった。 次いで起こすアクションは更なる情報収集をすること、すばやく耳をドアに当てて、現状を確認すること約……0.01秒の事であった。

 

「うぉおおおお!?」

「――ふぶっ!?」

 

 ピンクの髪を持つ彼女は……3メートルほど吹き飛ばされていた。

 

 回る回る景色が廻る。 その先に見える茶色と山吹色が見事なマーブル模様を描くさまは気味が悪くて気色悪い。 嗚咽と悲鳴も混ぜ合わさって、すべてがグルグルかき混ぜられていく中で、彼女からマウントポジションを奪う存在が居た。

 

「か、身体のバランスが……うぐぐ」

「な、なんだこいつは」

 

 身長にして110センチあるかどうか、おそらくはやてよりも小さいであろうそれは、女性に抱きしめられるかのように受け止められ、リビングへ落ちるのを未然に防がれていた。 この人物にそんな加護がいるかと言われればまた疑問だが、こうなったものは仕方なく。

 鋭い表情が特徴的な彼女からは想像もできない、柔らかな肢体に身体をうずめる少年は若干、息が苦しそうでもあった。 それが我慢できなかったのであろう。

 

「よっと」

「……随分身軽な」

「はは、すまねぇな」

「いや、私は構わんが……?」

 

 飛び跳ね、軽いストレッチをその場で行う。

 立ち上がる二人は、ここでやっと視線を交わす。 斜め下と直上とで違いはあれど、お互い思うことは同じであろう。 ――なぜ、そんな不思議そうにこっちを見るのか……と。

 

「おまえ、いや……貴様――ちがう」

「ん?」

 

 つぶやく彼女は顔を横に振る。 こうでもないあーでもない……何度か繰り返された問答の中、まるで見えない鏡とニラメッコするように表情をわずかに変えていく様はなんとも彼女らしくない。

 緊張でもなく、緊迫でもない――そう、挑戦する者の目をしたまま、彼女はそっと表情を崩したのである。

 

「きみ、あぁ、これだ」

「?」

「キミは、いったい誰だい?」

「お??」

 

 微笑んだ彼女はまるで女神のよう。 何を思いこのような表情をしたのかはわかりかねるが、おそらく彼女自身、何か思う事でもあったのであろう。 “目の前の子ども”に対して、まるで公園で戯れるおねぇさんのように接する様は正に保育園。

 その相手がだれかというのはさておき、このような対応をさせるのはひとえに彼が、彼女の主よりも見た目だけなら幼く見えるからだろうか。

 

「なんだ? おめえ雰囲気変わったか?」

「……?」

「なんか前はもっとツンケンしてた気がしたけどなぁ……まぁいいや」

「まえ?」

 

 それに気づいた彼……少年はすぐさまそれを隅にどけていく。 気づいてあげてよ彼女の変化! どこかに置いてある本が白く光る中、少年を見る女性はもう一度質問を繰り返す。 とげが無いように、怯えさせないように――と。

 

「キミの名前はなんていうのかな?」

「オラか?」

「……ん、うん」

 

 どこかで、聞いたことのあるような喋りかた。 それが彼女の第一印象である。 この時点で気づける人はおそらく数名。 なのはとその友達と、フェイトにユーノ、さらにアルフとリンディ……プレシア女史はどうだか分らないが、それはまた別の話。

 とにもかくにも、今既に、彼女は少年の事を一切合切――わかっていないのである。 ……それを。

 

「なんだよおめぇ、おぼえてねぇんか?」

「なんだと?」

「前に会ったじゃねぇか」

「……なに?」

 

 さびしかったのか、嫌だったのか。 それとも残念だったのか、少年は眉をねじって彼女を見据える。 その瞳に若干気圧されたのは後にも先にも彼女だけの秘密なのだが、そんな迫力を持った彼に、どうしてか見覚えがあったのだろうか。

 

「……キミと私は会ったことがあるのか?」

「あんだろ? しかも組手もしたぞ」

「そんな、いや、あの道場……ちがうな、こんな子供がいれば忘れないはず――」

「こりゃホントに覚えられてねぇようだな。 なんかさびしくなっちめぇぞ」

「……すまん」

「いいけどさ」

「すまん」

 

 過去を振り返り、絞ってきた道場の数をカウントしては心当たりがないことに不安を上乗せしていく。 何が起きて、何があったのか。 募る心配を態度に表すなか、そんな彼女がどう映ったのか、少年は腕組みしながら首を傾げて見せる。

 

「まぁ、一日しかいなかったし、覚えてねぇのも無理ねぇか」

「そうなのか?」

「そうだぞ。 しかもすぐにどっかいっちまったからな」

「そうか」

 

 謝る彼女を嗜める姿は、どこか大人びていた。 小さい背なのに大きい懐へ感謝しながら、彼女は少年を見続ける。 やはり知らないわからない、このような“子ども”には会ったことはないはずだ。

 ……それでも、と。

 どこか、少年を見る目を変えていく姿がそこにはあった。

 

「……あぁ」

「ん?」

 

 小さな呟きは女性のモノ。 微かに香る悩ましき色の空気は、彼女の心情を表すかのように、柔い。

 

「キミを見てると」

「オラを?」

「あいつを思い出す」

「……アイツ?」

 

 普段から硬く、鋭い、ツルギのような彼女からは想像もできない弱い溜息から出たのは――

 

「最近知り合った――つよい男だ」

「……男?」

 

 あの、やさしい笑顔を携えた青年であった。

 

「どんな奴だ!」

「知りたいかい?」

「おお! おめぇが強いって言うんだから相当なんだろ!? だったら知りてぇぞ!」

「ふふ……」

「わくわく」

「あいつは、それはまぁとてつもなく変な奴だ。 私のように戦にその身を置くのを望んでいながら、血なまぐささを感じさせない。 強いて言うなら、アイツとは戦いたいが争い事では対峙したくない、そんな感じだろう」

「……」

「今までのどの人間にも該当しないモノで、そして会ったことのない人間だ。 主とは、また違ったあたたかさを携えた男。 ……あいつのそばは、とても心地がいい」

「へぇ~~」

 

 はしゃぐ少年がどのように映ったのだろうか? 女性は軽やかに笑うと薄く目を閉じる。 あの時を思い出して微笑み、あったことを浮かべては心を弾ませる。 そうさせるに容易い男であると、彼女は少年に笑いかける。 それを、どう読み取ったのか。

 

「良い奴なんだな」

「……そうだな。 アイツのことは、皆、憎からず思っているはずだ。 ――もちろん私もな」

「そっか」

 

 少年は、なぜかやんわりと微笑んでいた。 ワンパクではないそれは歳不相応、見る者首を傾げさせるほどに静かな目は、そのままに彼女を射抜いていた。

 

「……あ」

 

 漏らしてしまった声は誰にもすくえず。

 

「え?」

 

 こぼれた疑問に彼は答えない。 ふと気づいたのは偶然であった。 どうにも見たことが無い――それでいて特徴がありすぎる外観はどこかで見たようで。 それでも分らない彼女を後押しするかのように、事態は次へ進んでいく。

 

「正直言って、オラ安心してんだ」

「なんだって?」

 

 まるで遠くを見据える目だと、後に彼女は語ったそうだ。 そんな達観とも言える眼差しの先に、少年は何を見ていたのか? 聞くこともできず、彼は話を先へと進めていく。

 

「もしかしたら、これから先よ? 会うのが難しくなりそうなんだ」

「……そうか」

「もちろん、あいつとの約束もあるし、たまにはこっちに顔出すさ。 それでも、いま、やんなきゃなんねぇことが出来たからよ。 今はそっちを先に片付けなきゃいけねぇ」

「……」

 

 揺れる黒髪と、明るい色のジャケット。 正反対の色素がたなびく中で、少年はそっと上を向く。 その視線の先にいるか弱き少女を思い、浮かべると、ほんのり息を吐き出して女性と目を合わせていく。

 

「はやての奴、今が一番大変な時期だと思うんだ。 気も魔力も、妙な力でごちゃ混ぜにされてうまく動けてないっていうかさ、なんていうかとっても不安定なんだ」

「気? ……それはどういう――」

「それでもあいつは我慢して、平気な顔ばっかするかもしんねぇ……だからおめぇたち、あんまし無茶ばっかさせんなよ?」

「キミはいったい……?」

 

 不思議と、怪訝な顔をする女性が出来上がっていた。 少年が言う異変は身に覚えがない、はずである。 そんなことをつらつらと述べて、こっちの言葉も聞いてくれない彼は、だけどどうしても確信めいた瞳は得も知れない脅迫概念めいた恐慌を彼女に与えていく……このままだと、いつか大変なことになるぞ――と。

 

でも。

 

「でもまぁ、おめぇが言うその“強ぇ男”ってのが居れば、オラ一安心かな? さっきまでここに居たのがそうなんだろ?」

「なに?」

「あんな強ぇ気を持った奴がいるのはビックリだったけど、あんなのが付いてんなら、オラが居なくっても平気だよな?」

「だからなにを言っているんだ」

「……? ちゅうかよ?」

 

 絡まぬ会話を行く少年を、若干非難めいた視線を送る彼女の反応は正しい。 それを感じ取ったからだろう。 彼は一振り、自身の尾を振ると、そこでとうとう今までの疑問に終止符を打って出る。

 

「オラの事、ホントに忘れちまったんか?」

「……さっきも言ったはずだけど、キミの事は知らない――!?」

「そうか、そいつは残念でならねぇな……」

「お、おい……!」

「ん?」

 

 それを見て、これを見て……彼女の中にある複数にちぎれた情報の糸が確かな一本線となって紡がれていく。

 

「キミの後ろから伸びているそれは!?」

「それ?」

「ああ、それだ」

「尻尾だぞ?」

「そ……そうか」

 

 それは、少年――今は“青年”と呼ばれるであろう中身を持った彼も同じであろう――と、おもいたい。

 

「……すまない。 キミの名を、もう一度教えてほしい」

「なまえ? いいけどさ。 もうわすれないでくれよ?」

「……約束しよう」

 

 結ばれようとする約束はどこか急ぎ足。 ようやく見えてきた答えを前に、なぜか彼女の頬は表面温度を駆け上がっていく。 彼女の、二つ名と同じように。

 

「…………アイツの子供? いや、それにしては……」

「?」

「あぁ、いや、なんでもない」

「そうか? そんじゃ、今度はちゃんと覚えててくれよ? オラ――」

「……ゴクリ」

「孫悟空だ」

「……」

 

 同時。 彼女の二つ名とは正反対の季節が舞い降りる。 季節なのに舞い降りるとはこれいかに? いいや、凍結という意味でなら、雪がかかっているから正解であろう――などと、独り脳内でツッコミを入れる彼女は動かない。

 

「そ――」

「あ、いけね! オラもう帰る時間だ」

「ん――」

「筋斗雲の方が早いな。 そんじゃ……」

「ご――――」

「またな、シグナム」

「…………くぅ……」

 

――――筋斗雲ーー!

 

 揺れる影は誰のモノであっただろう。 少年――孫悟空と名乗った不思議な男の子が玄関口で大声を上げる最中、揺らしていたピンクのポニーテールが宙を揺蕩う。 それは、まるで彼女の心象風景を具現化しているかのように。

 

「――はっぐ?!」

 

 唐突に、天へと舞い上がる。

 

「おおおおおおお!?」

 

 タトエルナラ、臨戦態勢となった野良猫たちであったか? 普段からクール&ドライで格好がついてしまっていた彼女からは正に想像もできない乱れっぷりは、“見る者たち”に大きな衝撃を与えていた。

 

「な、なぁシャマル。 シグナムのヤツ、どうしちまったんだよ」

「あ、あはは……たまにはこういうこともあるんじゃないかしら?」

『むぅ?』

「ちがうちがうちがう!!」

『……しぐなむ』

 

 狼狽え、遠吠えを書きだしていく彼女は今、たった数秒前の会話ログをモノローグチックに思い返してしまった。

 

「そうじゃない! そんなんじゃないんだああ!!」

 

――アイツのそばは、とても居心地がいい。

 

「ああう!!」

 

 フローリングを大の大人が転がりさっていく。 まるで掃除のときに使う道具のような体裁を見せた彼女は顔面を手で覆う。

 

「そんな意味で――そんな意味で……」

 

――もちろん、私もだ。

 

「そんな……いみで」

 

 否定するのは恥ずかしいから? ――でも、彼女の感情は本当に……

 

「どんな意味、だったのだろうか」

「?」

 

 何を指し、どこを目指した言の葉だったのか。 今はまだわからない。 これからきっとわかるはずのその感情をいまはまだ彼女は弄ぶことしかできない。

 こんな、平和だからできる想いなんて、騒乱の時代を渡り歩いてきただけの彼女が判る筈が……ないのだから。

 

 薄くも、黒い影が……刺そうとしていることも知らないで、この後の騒動をこなした彼女たちの今日という日は幕を閉じるのである。

 

 

 

 

 PM18時30分 高町家 玄関。

 

 夕の日差しがあたりを赤く燃やしていく。 実際には燃えてはいないのだが、そうとっても差支えないくらいにあたりは真っ赤に燃え、盛っていた。

 

「大丈夫だよ、フェイトちゃん」

「……うん」

「うんって、そう言ってもう15分くらいはこうなのですが……」

「……うん」

「こ、これは――どうしたものか」

 

 盛り上がっていた……とはいえないのだが。

 

 何時ぞやの強い眼はどこへやら。 初めての友達の家訪問に飛び切りの硬直を見せつけていたフェイトは、純和風の玄関どころか、正門まえの敷居すらまたげずにいた。 どこか大空を飛行中である元気の塊にも分けてほしいくらいの怖気ようである。

 

「わかってる、分ってるんだよ? なのはのご家族はみなさん親切でありましてその――」

「敬語がおかしいよ……フェイトちゃん」

「はうはう」

「どうしよう」

 

 他人の家に預けられた子ネコのよう。 ツインテールを大きく振って、右へ左へ彷徨う迷い子に思わず嘆息を出してしまった高町の末っ子、なのはさん。 彼女は下を向き、今後を検討しようと思い、悩む。

 

「も、もう少し。 あともう少しで落ち着くから――」

「……うん」

 

 でも、頑張る彼女が儚く映る今、無理やり引っ張りこむというのはどうにも気が引ける。 片手のひらをなのはに向けて、「待って」と制止をかけるフェイトの顔はどこまでも頑張りを見せていた。

 その様を見届けてあげたい。 そう、思ってしまうからこそなのはは悩んでいるのである。 邪魔を、するべきではないのだと。

 

 ……そーーい!

 

「うん、そうだよね。 こういうときは本人が――」

「……ごめん」

「へいきだよ。 こういうの、わたしもあったし」

「なのはも……?」

「うん」

 

 ……あ、あり?

 

「初めてすずかちゃんのお家に招待されたときなんかは緊張したし、それとおんなじだと思うから」

「なのは」

「にゃははっ」

「ありがとう」

「どういたしまして」

 

……やべっ! ど、どいてくれーー……

 

「がんばろ?」

「うん」

 

 華が咲いたように笑う彼女達。 夕が暮れ、既に薄暗くなる周りが月明りで照らされていく。 それほどの時間がかかったと、思うこともしないで笑いかけ、そっと自分の前まで歩いてきてくれたなのはの優しさに、そっと心を温められる……その刹那であった。

 

「それじゃ、行こ?」

「わたし、がんばる」

「う――――ふみゃあ!?」

「うぎゃあ!」

「な!? なのは!」

 

 空から流れ星が降ってきた。 夜空を切り裂くその色は――山吹、それが垂直に栗毛色の少女を叩き伏せる。 漂う煙は常軌を逸している量であり、視界を完全にシャットダウンするのは確実に常識外。 ありえないよ……そう、フェイトが漏らすのは自然なことであった。

 

「痛~~い! もう、悟空くん何するの?!」

「いってて、おめぇが急に動くから着地に失敗しちまったんじゃねぇか」

 

 ベチン。

 

 そんな効果音で彼の下敷きにされたなのはは、なぜだろう。 後頭部に絆創膏を張り付けられ素早く復活。 こんなことをするのは……と、即座に言い当てた彼女はもう『慣れ』の境地か。

 犯人を両手でどかして、立ち上がり――見上げようとして。

 

「……悟空?」

「……あれ?」

 

 少女たちは、欠けた月夜を見上げるだけであった。 白銀に輝くそれは透き通るかのように美しい。 数日前は黄金に輝いていたそれを、2秒ほど見た時だろう。

 

『!!?』

「ん?」

 

 少女たちは、垂直跳びを敢行する。

 

「ご、ごごごご悟空くん!?」

「なんだよなのは? 腹でも痛ぇんか?」

「そ、それはもう治ったから平気――じゃなくって!」

「こんな時間に大声出したら“ご近所メイワク”だぞ? あんまし騒ぐなよ」

「~~~~ッ!!」

 

 そこから流れ出る悟空節はなのはの中枢神経を刺激する。 思わず作り上げられた右こぶしからは桃色の光りが溢れ出す。 気のせいか? どことなく、真横のコンクリ製の壁がグラリと揺れたのは。

 一気にテンションがクライマックスななのはに対し、今までがマイナスであったフェイトはなんとか抑えられたのだろう、悟空に対し、正確な答案を返して見せようと試みる。

 

「悟空」

「なんだ?」

「背が……お昼とは違うみたいなんだけど」

「そういや縮んでんな? なんでだ?」

『それはこっちのセリフなんですけど』

 

 結局帰ってきたのは『不明』の2文字。 着かないケリに、着かない答え。 どれもこれもと悩む彼女達とは対照的に、何も気にせず素通りしていく様はどこまでも突き抜けていよう。

 常識という縛りに束縛されない。 どこぞの艦長が聞いたら、頭を抱えそうな話であろう。

 

「まぁ、なっちまったもんは仕方ねぇだろ? それよか早く家に入っちまうぞ」

「そ、それが――」

 

 それでもと、悟空が帰還を促す中でなのはは事情があると立ち止まる。 いま、小さな勇気を振り絞ろうとしている者がここにいるのだと告げようとして――

 

「……あ」

「今日はな、“ホッケ”っていう魚だぞ? すっげぇうめぇから、おめぇも食ってけ」

「ご、悟空……あの!」

「モモコー! 腹へったーー!」

「む、無理やり引っ張ってっちゃった」

 

 ズリズリと、引きずるように玄関へ飲み込まれていく。 天岩戸(あまのいわと)の伝説も仰天な強引さに、若干ながら引き気味ではあるが、なのははそれに続いていく。 今宵も大きく騒がしくなると、胸の内で微笑みながら。

 

「――――んで? 悟空、お前また小さくなったのか」

「そうなんだよ、なんでだろうな?」

「……ホントはその姿がもとの姿なんじゃないだろうな」

「それは――どうなんだろうな」

「どうなんだろうなって、おまえ」

 

 迎え入れるは高町の長男坊。 今はもう悟空よりも歳が“幾ばくか”下に離れたはずの恭也が、彼等彼女たちを迎え入れる。 ……のだが、悟空と目線を合わせたかと思うと、そのまま彼は頭を抱えるのであった。

 

「デカくなったりチビに成ったり……人間の身体の構造を舐めとんのかお前は」

「んなこと言ってもこうなるもんはこうなっちまうんだ、しかたねぇだろ」

「……はぁ」

『あ、はは』

 

 抱えたうえで、どこか笑いをこみ上げさせるのは最早恒例行事。 お約束として流していくのだが。

 

「……ご、悟空君おかえり」

「お、今帰ったぞミユキ……なんだおめぇ? ずいぶんと“気”が落ち込んでるじゃねぇか」

「……うん。 そっとしておいてください」

「? そうしろっていうならそうすっけど……なぁ、キョウヤ?」

「今回は俺も悪いから何も言えん。 すまないがそっとしといてやってくれ」

「……わかったぞ」

「すまんな」

 

 通りすがりに視線をくれ、リビングへと歩いて行った悟空、フェイト、なのは。 この順番で顔を出して、皆の表情はやっと驚愕から疑問の域に落ち着いていく。 ……落ち着くという単語で在っているかと言われれば不明だが。

 

「ところで悟空?」

「お?」

「お前の後ろにいる子……どうしたんだ?」

「こいつか?」

「あぁ」

 

 やっと出た彼女の会話。 それが自分だと早々に気付いたフェイトは小さく会釈する。 何となく先ほどまでの硬さが抜けているのは、悟空が起こしたとんでもなさのせいか否か。 とにもかくにも、ようやっとここまで進んだ会話、なのはは友達を家族に紹介することとする。

 

「この子はフェイトちゃんっていって、最近お友達になったの」

「フェイト? ……どこかで聞いたような?」

「え?」

 

 その名に、聞き覚えがあるのはキョウヤ。 少しだけ傾けた眉が動くこと4回、まだ、悟空が8歳程度だと思われていた日々のことを思い出していく。

 

「あぁ! 前に悟空が言ってた“トラ娘さん”って、キミの事か!」

「と、とらむすめ……」

「にゃ、にゃはは」

 

 その時の悟空が漏らした単語は、これが一番インパクトがあったのだから仕方ない。 確かに黒い私服に金色の髪は、脳内にソレを投影させるのだが、何も本人に向かって……なのはが汗を垂らしながら視線で訴えかける。

 

「ああすまない、ごめんな。 なんせあの時の悟空がとんでもなくうれしそうだったからさ」

「う、嬉しそう?」

「あぁ、そう言えばそうだったよね。 『あんな強いヤツがいるなんてなぁ、今度はいつ会えるんだーー』って、如意棒を振り回してたかも」

「そ、そうなんだ」

「はは、そういえばソンなこともあったっけかなぁ」

 

 後頭部に腕を持ってき上下に動かす。 すまないのポーズをとる恭也と、上を見上げて遠い過去を思い出す悟空。 どことなく、彼等の仕草が似通りつつあるのは気のせいか。 なのはの心配事が増えた瞬間である。

 さて、自己紹介もほどほどに、皆の歓迎を受けたフェイトを囲むように食卓に着く皆の衆。 机の短い方の面になのはとフェイトが隣り合わせに座り、そこから対面に座るかのように、出遅れたユーノをあたまの上に乗せた悟空が箸を持ちながら両手を合わせていた。

 

「キュウ(悟空さん、今日もノルマを達成してきましたよ)」

「ほんとか。 段々と余裕出てきたじゃねぇか、次は今の倍だな」

「……きゅう(倍……!)」

 

 知らぬ間に課せられたのは少年が誓った課題。 それを見ていた桃子は、動物と会話する悟空にやさしく声をかける。

 言葉がわからない、そう思うものの、悟空なのだからわかるのであろう――と、微笑を携えながら。

 

「あら、悟空君、何話してたの?」

「ん? こいつな、ずっとめぇに強くなりてぇって言ってきたかんな、特訓積ませてんだ」

「修業じゃないの?」

「修行ってのはもっとつれぇぞ。 今コイツがやってんのは“準備運動”だからな、だから修業じゃねんだ」

 

 出てきた言葉に思うのは「動物に修行?」を通り越して、普段から聞かされるものとは違う単語への疑問。 悟空と言えば修行!! どこかそう直結させていた面々に対して言われた言葉は……

 

「……ぎゅ」

「ユーノくん、落ち込んじゃった」

「なんでだ?」

「そ、それはおまえ……まぁ、あとで教えてやるよ」

「?」

 

 ユーノを涙目にして、恭也に同情の念を持たせる。

 

――――毎日、こっからすずかの家に行って、ネコから1本取ったら、また帰ってくんだぞ?

 

 悟空が考えた動物形態のユーノに与えられた試練は相応のモノであった。 力が欲しいと、頼んだのは彼なのだから非難のしようが無く。 力が付くと信じ、一日一日を必死にこなしていくのである。 ちなみに、高町家から月村邸まではおおよそにして20キロ以上離れていることを明記しておこう。

 

 ……これだけで、なぜ恭也がユーノにやさしい瞳を見せるのかが、お分かりになるであろう。

 

「はい、おまたせー。 今晩のメインディッシュよ」

「おお! きたきたーー!」

「おいしそう……」

 

 涙目小動物をあたまに乗せたままに、桃子が持ってきた大皿に唾液の分泌量を「3倍だあ!」……にまで上げ、香る魚の恐ろしいまでの焼き具合はフェイトの目をやわらかい形にほぐしていく。 もう、我慢の限界だ――最強のお子様が唸る中。

 

「それではみなさんご一緒に」

『いただきます!!』

「いっただっきまーす!」

「キュウ!」

 

 団欒は、最高潮を迎えるのでした。

 

「あ、キョウヤ! それ食わねぇなら貰ってやっぞ」

「いらん心配などするな。 これは俺が暖めておいた――」

「もふもふ――んめぇ!!」

「……なん……だと!?」

 

 走る悟空の右腕を、目で追いきれなかった時点で恭也の負け。 悟空は、恭也が小皿にひかえさせていた3個あった“から揚げ”の1.5個が消えてなくなっていた。

 

「はんふんはほをひへほいはほ」

「汚いだろ! いっそのこと一思いに――じゃなくて! 悟空、お前よくも!!」

「食わねぇモンだとばかり――「この世に! から揚げが嫌いな男の子は存在しない!!」……それもそっか」

「す、すごい喧噪。 なのはの家っていつもこうなの?」

「今日は何となくいつもよりは騒がしいはず……だとおもう」

 

 男共のケンカが始まる中で、少女二人は苦笑い。 それでも、笑うことが出来るこの時間は、彼女の母親が望んで、悟空に託した“願い”であったのだ。 気づけば果たされていたそれは、彼自身、決して狙った訳ではなかったであろう。

 

「フェイトの甘いニンジンいただき!」

「それはだめ」

「む!? 知らない間に腕を上げたな?」

「……ありがとう。 でも、ニンジンはダメ」

「フェイトちゃん……あはは!」

 

 全てが自然で、何もかもが当然のように流れていく時間の中、本日今宵もついに更けていくのでありました。 激しくも楽しい食事の時間は――

 

「あーー! 悟空くん、わたしの卵焼き取ってったーー!」

「美味そうだったからつい……オラのブロッコリーやるからゆるしてくれよ」

「わたしブロッコリーさんは嫌いだよ!!」

 

 まだまだ続きそうである。 時間は、あっという間に2時間が経つのでありました。

 

 

 二階、なのはの部屋。

 

 ベッドと勉強机が鎮座する子供部屋、柔らかなカーペットが敷き詰められ、明るい雰囲気を醸し出すカーテンは暗い夜空をシャットダウンしている。 今はまだ、騒いで痛い時間だと語るように。

 

 その主である少女は、一応は9歳の女の子。 華も恥じらう乙女の彼女なのだが、それすらも蹴り飛ばしてしまうかのように――

 

「狭いとこだけど、遠慮しなくていいからな」

「失礼だよ!?」

「……あ、はは」

 

 他称16歳の見た目小学生が、ズカズカと踏み荒らしていくのでした。 それはもう、思春期の男の子が分けてもらいたいくらいの大胆さを溢れさせて。

 邂逅一番! 初めて入る『友達の部屋』にかおが赤くなるのは恥ずかしいからか? 声も小さく笑うフェイトは、普段からさらに大人しめだ。 まるで、そんな彼女と対を成すかのように、五月蠅い大人が一人いるのだが。

 

「でも、ホントの事だろ?」

「むぅ~~」

「ご、悟空」

「ギュウ」

 

 無神経を遠慮なく繰り出す彼に、ほんのりと非難の眼差しを掘り投げるなかで、そっと腕を後頭部で組む悟空。 にしし――と、笑うと尻尾が揺れる。 なんでそんなにおかしそうなのはさておき。

 

「……あ」

「え?」

「悟空さん?」

 

 ここで一つ、彼は“見落し”を発見する。

 

「ん、いや、結構どうでもいいかもしんねぇんだけどな」

「どうしたの?」

 

 その姿があまりにもそっけないから、なのはは本当に気軽に聞いていた。 まるで、学校で「なのは、次の授業ってなんだっけ」などと、興味もなさ気に聞いてくるアリサ・バニングスのように……ひたすらに軽く聞いたのだ。

 

「この姿ってよ」

「う、うん」

「テレパシーや瞬間移動とかがよ、まったく使えねぇみたいなんだよな」

「……そうなんだ」

「そうなんですか? ボクはてっきり使えるモノかと。 舞空術というのも、軽くなら使ってませんでしたっけ?」

「そういえばそうだよね。 ――あれ? なんか引っかかるんだけど」

 

 うなずくだけがなのはで、考察するのがユーノ、そして気付いたのが……

 

「――!? ご、悟空! それじゃ母さんたちとの連絡は?!」

「そうだ、そこなんだよな」

「……え」

「……は、はは」

 

 フェイトであった。 彼女は優秀だ、そしてなのはと同じく聡明で頭脳も明るい。 故に、自分達にできない事……次元世界間における“単独での”通信技術を有するらしい悟空が、こうなってしまったことがどういう意味か。

 

「にゃ、にゃはは。 」

「笑ってる場合じゃないよ! 悟空はいま、勝手に抜け出している状態なんだよ? そんなときに音信不通になったら――」

「お、おう」

「ど、どうしよう」

 

 いの一番にわかるのである。 大きく揺らされる二房の金髪は、悟空にあたるんじゃないかというくらい大きなアクションを取ると、そのままゆっくり垂れ下がる。 気分大きな落差を露わにするこれに対し、やっと事の重大性を理解したのであろう。

 

「こまったなぁ、これじゃクイントとの第二ラウンドができねぇぞ……」

「そうじゃないよね?!」

「ちがうんか?」

「もう……」

 

 それでもそれしか浮かばない悟空に、更なる失墜を見せるフェイトの姿勢は既に両手両ひざがカーペットを踏み込んで止まないでいた。 もう、こういう時のだらしなさは……などと漏らす姿は、どこか保健医姿の彼女にそっくりである。

 

「な、なんかプレシアさんみたい」

「え、そうなの?」

「うん。 なのはが眠ってるあの3日間でも、こんな感じのやり取りがあったから」

「そうなんだ。 ……大変だなぁ、フェイトちゃんとプレシアさん」

「うぅ……」

「わ、わりぃわりぃ。 おら、困らせるつもりじゃ」

 

 それが、手に取るようにわかるユーノはほろり、うっすらと同情の念を隠せないでいた。 彼の周りは、常識人ほど苦労する……すでに常識レベルにまで達しそうなジンクスであろうか。

 

「クイントの事は置いておくとしてさ」

「……クイント?」

「ん? そういやなのは達はしらない――」

「…………」

「わ、わかってるって。 だからフェイト、そんなヘンな顔すんなよ……とにかくさ、このまま何にもしなかったとしても、きっと『あいつ』ならすぐ――」

『???』

 

 おもむろに窓を見た悟空はゆっくり歩き出す。 全てがSD……スモールデフォルメされたかのように小さい彼の歩幅はあまりにも小さいし短い。 それでもやっとこさ着いたそこには明るいカーテンが闇を全て遮っていた。

 それを、何を思ったのであろう。 悟空はかわいらしい手で握ると一呼吸。 合間を置いたら唐突に開く。

 

「…………」

「……よっ」

「…………ひくっ」

『あ、あわ……あわわわ』

 

 そ、そこには――妖怪変化がいた!?

 

「…………」

「ずいぶん早いじゃねぇか? こっちにはさっき着いたみてぇだけど」

「…………」

 

 それに向かって、ははっと笑う悟空のなんと微笑ましい事か。 しかし、しかしだ、それはやはり彼だけの温度、他のモノと言えば。

 

「ひぐ!?」

 

 ベッドまで下がり、つまづいて、後ろから倒れてしまうものが居た。 なのはは立ち上る恐怖に腰を抜かしているようだ。

 

「……ぎゅ」

 

 壮絶なる恐怖を前に、目からハイライトが消えていくのは飼いならされた野生を持つユーノ。 もとが人間なのだからおかしいと思うものがいるかもしれない。 だが、だがしかし、今このとき確かに、彼のすべては『彼女』に鷲づかみされているのだから致し方ないだろう。

 

「前の時よりも……」

 

 染まる絶望は彼女の金髪からツヤをなくしていく。 狼狽えていると、ひと目でわかるのはフェイトだ。 彼女はほんの少しだけあった嫌なことを思い出すと、それすらも凌駕する絶大な狂気を前に、ただ、内またになってガタついているしかない。

 

「はは……お?」

「…………」

 

 にぃらめっこしましょ、動いたら負けよ、あっぷっぷ~~

 

 微動だにしない女と、いまだ何があったかわからないとする偽少年。 それらは互いに視線を交わらせるとそのまま硬直状態となる。 動かない、動こうとしない事態に、段々と恐怖心が増大したのであろう、子どもたちは小さく些細に内緒話を展開する。

 

【フェイトちゃん、どうしちゃったの……あれ】

【怒ってるのは間違いないと思う。 だけど、それを顔に表すことをしない人だから……】

【悟空さん……死んじゃわないよね?】

【だ、大丈夫……たぶん……きっと……どうだろう】

【自信なさ気!? で、でもいくらなんでも……】

【わかんない。 さっき、向こうでひと騒動あって悟空に切り付けてたけど……】

【なにがあったの?! ……ホントに大丈夫なのかな……】

 

 三人が心で念じあっている中、さっき在ったことを聞いて気が飛びそうになるユーノ。 あのおぞましいほどに強烈なヒトに殺気を向けられたのであったのだからよほどのことがあったと思う上で、そのときのことを想像し、夢想したユーノは……

 

「ぎゅ……うう?!」

 

 身震いが、止まらなくなっていた。

 

「……か」

【う、動きが!?】

「……か?」

 

 そうこうしている間についに事態は進展。 紫のドレスを羽織り、妖艶さを醸し隠そうともしない彼女は、悟空を見つめたままに手を差し出す。

 

「い、イケナイ! 悟空さんが殺さ!?」

 

 手を出す気――いろんな意味でとらえられる思いをその声から先びだしたユーノの、その判断は間違いではない。 そう、ある意味で間違えではないだろう。

 

「…………かわいい」

「なにすんだ! は、はなせよ――むねが当たってく、くるしぃ……」

「れる?」

「……あれ?」

「――」

 

 女は文字通り、悟空に“手を出そう”としていたのである。

 

「こんなに小さくなってしまって。 あのときはわからなかったけど、こうまじまじ見るとあなたって結構“男の子”なのねぇ」

「なにいってんだ! そんなの当然だろ! ていうかいい加減離せよ、くるしいんだって」

「あら、遠慮することなんてないのに」

「あ、……ああ」

 

 抱き上げ、締め上げるかのように腕を巻きつける女。 そのときに悟空の頭部が完全に彼女の“豊満な部分”にうずめられ、頭の上で長い髪と細いあごとをさするように当てられた偽少年はもがくこともできず、完全にロックされる。

 

……それに。

 

「かあさん!!」

「あらなに? フェイト」

「どうしてそんなに平然とした答えが出来るの! 悟空は……悟空は!」

「ふふ」

 

 ついに襲撃者の正体を言い渡し、怒鳴りつけるフェイト。 震える右手で指さし呼称。 一気に咆えた彼女の声量に、片耳をふさぐ女……プレシアの対応はどこまでもぞんざいであった。

 

「悟空は!」

「孫くんは……なにかしら?」

「悟空……に!」

「……オラがなんなんだ?」

 

 ついに声までも震えてしまい、もう、半分泣いてしまっているのではと心配するのはなのは。 その彼女の、小さくもやさしい気遣いは当然フェイトにも伝わり……

 

「悟空に! “へんな事”おしえないで!!」

『……え』

「へんな」

「こと?」

 

 それを彼女は遠い地平へ投げ飛ばしていくのである。

 

「ご、悟空はまだそういうことを知るのは早い気がするの!」

「……なんですって?」

 

 両手を胸元に持っていって精一杯だというポーズをとるフェイトの叫びはどこまでも遠い次元に聞こえていく。 きっと老人が薄ら笑いしていることであろう。

 

「悟空は誰よりも純朴で……天――素直で! ……だからそういう変なことは知っていてほしくないの!」

「なぁ、あいつなにいってんだ?」

「わたしに聞かれても」

「おめぇの子だろ? 責任ぐれぇもってくれよ」

「……」

 

 確実にずれたことを言いはじめるフェイトに、困惑が隠せないアッパーtwentyのふたりはにじみ出る汗が止まらない。 完全におかしな方向に突き抜けた我が子にため息ひとつ、プレシアは悟空をぬいぐるみのように抱きしめながら、ぼそり……真実だけをつぶやいた。

 

「この子、中身は20代後半寸前なのよ?」

「年齢だけならそうだけど! あのときと大差ないもん!」

「あのとき?」

「悟空が8歳くらいのあのとき!」

「……え?」

 

 それでもと、食って掛かるフェイトに疑問の声はなのはのモノ。 そういえばと漏らして、ついにもたらすのは彼女が知らない驚愕の真実。 ……それは。

 

「フェイトちゃん」

「……なのは」

「あ、あのね」

「え?」

 

 どことなく、シリアスをただ寄せるなのはに思わずたじろぐ。 いったい何があるのだろう、困るフェイトに、ついになのはは。

 

「おちついて聞いてほしいんだけど」

「うん……?」

 

 どことなく、葬儀の喪主みたいな表情。 それはこの先の展開が読めてしまったからする表情で。

 

「悟空くんはね」

「悟空?」

「あの」

 

 そこで止めてしまう。 あと一歩で到達するのにと、焦れるフェイトは歩み寄る。 詰め寄るとも表現できるそれはまるで彼氏彼女の修羅場とも言いかねない雰囲気を醸し出す……9歳同士のくせになのだが。

 

「ご、悟空くんは――」

「……」

 

 震える空気、それはカラダも同様で。 この先は絶望しかないと知っていても歩くしかない高町なのははついに――

 

「16歳だったの!!」

「……」

 

 いった。

 

「……え?」

「なんだ?」

 

 悟空を見て。

 

「16歳?」

「たぶんな」

 

 首をコクリ……確認しあって。

 

「…………にぃ」

『……!!』

「うわわわ! お、おい! おめぇなんだよその目は!!? き、気色わりぃ!」

 

 彼女の赤い目から、完全にハイライトが取り払われていた。

 

「ホントなの?」

「そ、そのはずなんだけどさ……それがいったい――!」

「そうなんだ」

「あ、……ああ」

 

 凍える声は誰のモノ? その戦慄が皆に襲い掛かる中、なのはたちはもちろんの事、悟空でさえ動けない。 これは――殺気と形容できようか。

 なぜこんな威力のあるのもを子供が扱えるのか……悟空は、いまだ理解が及ばない。 そんな彼とは正反対に、フェイトの“それ”は鋭さを増していく。

 

「じゅうろくさい……てっきり――だと……うとのよう――」

「な、なぁふぇいと?」

「はっ――」

「いぃ!?」

 

 バックリと、少女の口が大開きになる瞬間であった。 あぁ、またこれか、またもこんなのが訪れるのかと……惨劇の時は来たれり!!

 

「ははははははははははははははははは――――――あーーはははははははははははは」

「……フェイト」

 

 けたたましい笑い声は何に対して。 わからない、分るはずもない……わかってやっても救われない。 誰もわかりはしないだろう……これが、彼女自身が自分に向けて放つ羞恥を隠すベールなのであるなどと。

 

「ユーノくん! フェイトちゃんが!」

「……いまさらこれかぁ……もう、どうしようもない」

「えぇ!? 放置なの!?」

「しかたないよ、なのはも美由希さんもこうだったし」

「でも!」

「あは……げらげらげら!! ――――あははははははは」

『か、怪物みたいなこえが……』

 

 完全に崩壊した彼女の心はどうしたものか? いやいや、悟空が初めて会った瞬間には既に遠い年齢だというのは昼のプレシアの解説で知ってはいたのだが、それでも彼女の暴走は止まらない。

 

「ああああははははははははは――――――うふふふふふふ!!」

「なんだよあいつ、オラが結構歳いってたの知ってたんじゃなかったのかよ?」

「それはそうなんだけど……」

「どうした、プレシア?」

「それはあの時のあなたが“自分達よりも相当年下”だという状態まで記憶も体も退行していたと認識できたから――まさかあなたが……あの時のあなたが正真正銘、自分よりも年齢が上だったなんて夢にも思わなかったのでしょう」

「それでああなっちまうのか?」

「……えぇ」

「……けどよ? オラ――」

 

 悟空の疑問は確かなもの、それでもと、語るプレシアはどこまでわかっているのやら……そんな中で、更なる追及を自ら繰り出そうとする少年が居るのだが――

 

「それ以上は……」

「むぐ!」

「今日は無し……かしら」

「……むぐ」

 

 抱き上げていた手の片方で、悟空の口を紡ぐプレシアさん。 優しく柔く、羽毛のように添わせるそれに思わず見上げ、あまりにも優しい顔をする彼女に対して、どこか納得させられたのだろう、うめき声ひとつ鳴らすとそのまま静かになる。

 

 …………この時の選択が、後々に最大級の危機をもたらすとも知らずに。

 

「ところでよ」

「……なにかしら?」

「あいつはどうすんだ? 収まるところを知らねぇみてぇだけど」

「……そうねぇ」

 

「がおーーーー!」

 

「どうすんだ?」

「それじゃ……にでも……してもらいましょう」

「え?」

 

 段々と“きょうぼう”になる少女を前に、ため息ひとつで悟空を下ろすプレシア。 そこからくる内緒話に、悟空は思わず聞き返す。 渋くなる表情筋、見返してしまうプレシアの表情。 どこまでも、どこまでも優しい彼女の顔は訴えかけている。

 

「おねがいね」

「……オラしらねぇぞ」

『え?』

「がおう……がおお! ―――がっ?」

「一丁上がり」

『えぇええ!?』

 

 

――――娘の意識を刈り取っておくれ……と。

 

 

「い、いま悟空くんが――瞬間移動!?」

「さっき言ったろ? オラいまは瞬間移動使えねぇって。 それにそんなもん使わなくても、変身してねぇおめぇたち相手なら今くらいは簡単だぞ。 それと、今のはただ回り込んだだけだかんな?」

「そ、そんな……すごすぎ」

 

 倒れ込んだのはフェイト、そして彼女の背後から顔を出したのは、右手をのばして手刀の形をとっている孫悟空。 彼は刀剣のように鋭いまなざしを見せたかと思うと、いつもの気が抜ける顔に戻す。

 

「ごめんなさい孫くん。 汚れ仕事を押し付けて」

「別にかまわねぇけど、これからどうすんだ?」

「……フェイトは寝かせておくとして……あ、なのはちゃん、お布団を借りてもいいかしら、この子を寝かせてあげないと」

「あ、はい、それは構わないですけど」

 

 同時、横たわるフェイトをお姫様抱っこするプレシアは、そのままなのはのベッドに寝かしつける。 横にさせ、掛布団を上にかぶせ、整えさせると手で髪を梳く。 よどみなく行われる一連の動作は、彼女の心境を移すかのようにきれいに行われていく。 もう、何十年も行われることが無かったことなのに。

 

「さてと、それじゃ孫くん」

「……ん?」

「少しだけ……おはなしをしましょうか?」

「――――!!」

 

 この時! ユーノ・スクライアからあたたかな雰囲気が消え去った!!

 

 なにか底知れぬ……いうなれば心臓を握られた感覚といえばいいだろうか? そんな脳髄直撃の黒い気配を発するのは、いまだ柔い微笑みを浮かべる女神から――の、筈である。

 

「はわ……はわわわ!」

「ユーノくん?」

「ご、悟空さ――」

 

 思わず、声をかけようかという少年はそこで全機能を……

 

「……ふふ」

「かひゅう……かひゅ――」

 

 停止する。 まるで電池の無い機械人形のよう。 ユーノはいま、すべての感覚器官を恐怖で埋め尽くされてしまう。

 もう、彼は動くことが出来ない。

 

「はなしか? ――あ、そうかさっきのつづきだな?」

「……えぇ」

「さっき?」

「そうだぞ。 オラにいろいろ聞きてぇことがあるって、コイツいってたんだ」

「そ、そうなんだ。 ……そういう風には見えないけど」

「??」

「が、がんばってね」

「ん? なにをガンバンだ?」

「……わかんない」

 

 その彼に変わるように悟空を送り出すなのは。 いうなれば、特攻隊に選ばれたモノを秘かに送りだす港町のように、彼女は静かに悟空へ手を振る。 いま、確かに偽少年は送り出されるのであった。

 

――――高町家の屋根の上へ。

 

 

 

「ちぃとさみぃな、身体の具合はへいきか?」

「あら、あなたにもそういう気遣いが出来るのね」

「……おめぇ、オラの事勘違いしてねぇか?」

「戦いが大好きなわんぱく坊や……わたしからしたらそうとしか見えないけど?」

「……まちがってはねぇか」

「ふふ」

 

 冷たい瓦が小さく鳴らされる。 飛行魔法と舞空術とで上って来た悟空とプレシアはそのまま、屋根の上に座り込んで夜景を眺める。 未だつめたい夜の空気は、それだけ空気が澄んでいるから、そこから見える星々は、まるで笑いかけるように輝きを放っていた。

 

「そんで」

「……」

「なにか大事な話があんだろ? ここに来たのも、単にオラがテレパシーを使えなくなっただけってわけでもなさそうだし」

「察しも鋭いことで……助かるわ」

「そりゃあんな悪人面して待ち受けてんだ、分らない方がどうかしてっぞ」

「……余計なお世話よ」

「そうか? そっか……」

「ところで」

 

 その輝きに不釣り合いなくらいに、後頭部に青い筋を浮かばせるのは最早ご愛嬌のレベルなのだろうか。 さて、今回この方がいらした理由、それは今悟空が言ったのもあるのだが、やはりそれ以外にもあるのであろう。

 小さく息を吐き、長い灰色の髪を流す彼女はそのまま悟空を射抜いて見せる。

 

「あなた、今日、この世界に帰ってきてから超サイヤ人になったわね?」

「え!?」

「しかもフルパワーにまで力を上げたうえに、そのままガス欠を起こした」

「お!?」

「……やっぱり」

「おめぇすげぇなぁ、そのとおりだぞ。 超能力か?」

「どちらかというと魔法かしら?」

「そうか、魔法か」

「……はぁ」

 

 吐き出される溜息は何よりも生暖かく、艶めかしい。 それがやがて周りの空気と同化して、二酸化炭素の塊になる頃……2秒にもならない時間の中で、プレシアは肩頬に手を添わせる。 もう、何度も行われるこの仕草は、悟空が引き起こす騒動に困ったときのポーズ。 それをするという事は……

 

「あなたについてだけど、分ったことがいくつか」

「オラについて?」

「えぇ、そのかわいらしい……コホン、坊やたちよりも背が低くなってしまった現象と合わせて計4個」

「――4?」

 

 この坊主の事について、思う事と見えてきたことがあったから。 前者はともかく、後者は特に重要な事項。 故にプレシアは切れ長の視線を悟空へ渡しながら反らさない。

 

「そうねぇ、こういう感じかしら?」

「すげ、空中に文字が出てきた!」

 

 軽く右手を振るうプレシアはそのまま、紫色の魔力を宙に浮かび上がらせる。 そこに書きだされていく文字の羅列は、やがてさまざまな意味をもたらす文章となる。

 

 

――それが、これだ。

 

・ジュエルシードの発動は常時。 感知されないのは反応が本当に微弱だから。

・それが顕著になるのは超化した時のみ。 そしてその反応は悟空がパワーを使うたびに小さくなっていく。

・ガス欠で子供に戻る。 ……というより、大人の時から小さいながらもジュエルシードは発動していて、それが消えると今の姿になるというのなら、本来はこちらが正しい姿か?

・界王拳使用時ではその反応が見られないため、あくまでも超化時で急速に魔力が消費されていく模様。

 

・結論。 まるで悟空が大人の姿でいられるようにジュエルシードが発動している点から、やはりなにかの封印、もしくはそれに準ずるなにかを彼が受けているのではないか……?

 

 

「なんだよ? 封印って」

「そういう言葉しか見つからないわ、他にあるとすれば……いえ、やはりないわね」

「……う~~ん」

 

 以上を受け止めて、納得いかない悟空はそのまま転がる。 ごろりと見上げたその先は星々が先ほどと変わらない光をちりばめていた。 綺麗な光は、そのまま悟空の黒い瞳に映し出される。

 

「まぁ、いっか!」

「やっぱりそういうのね、あなたは」

「なっちまったもんにどうケチ付けたってかわんねぇモンな。 だったら、この状態でやってくしかねぇし。 それにこのあいだみてぇに、案外ぽっと戻るかもしんねぇぞ?」

「あら、あなたにしてはいい推察じゃない」

「……?」

 

 その光を見たのはプレシアも同様。 まばゆくはないのだが、夜の闇を精一杯照らそうとしているのはかつての自分を彷彿とさせて……悩ましい。 それを、そんな思いを流すかのように、悟空の言葉に彼女は乗っかるのである。

 

「このあいだの決戦で“もどった”あなたは、3日間の次元航行を得て、ここの浴槽……大体70時間以上の後に大人へと変身した」

「おう、そうだけど?」

「そして研究所で観た時のジュエルシードの反応は、全くの通常常態」

「?」

「つまり、あくまで推察で言わせてもらえば、今のあなたは魔導師で言うところの“リンカーコア”が疲労している状態なの、だからもしかしたら魔導師と同じように、養成してればその内……」

「りんかーこあ?」

「えぇっと」

 

 本日あらたに聞いたその単語、それはやはり悟空が知らない単語である。 同時、プレシアが自分の胸元に手を置いて、ゆっくりと口を開く。 彼女の、説明の時間である。

 

「リンカーコア。 これは魔導師が持っている所謂『器官』とか臓器だとおもっていいわ。 どこかにあるのではなく、身体や魂、それらに強く結びついているものって考えてちょうだい」

「うむむ」

「とにかく、それがある人間は、そこから魔力を自分で作り出すことが出来るの。 詳しい話はまた今度にするけど、普通の人間で言うと、血液を全身に送る心臓――とでも思えばいいかしら? それくらいに重要な器官なのよ」

「ふぇー! そういうのがあんのか……ん? ちゅうことは、オラにとってあの石っころはそんなにスゲェもんになっちまったんか?」

「おそらくね……たぶん……どうかしら」

「……随分はっきりしねぇのな」

「ジュエルシードの潜在能力は未知数よ、それにターレスが言っていたのを思い出して。 あいつは研究所に居た他の奴も同じようなことをしても変化はなかった、こう言ったのよ」

「サイヤ人だから出来たっていいてぇのか?」

「違うわよ」

「……」

「……もしかして」

 

 難しい話にどうにかついて来る子供は不勉強であろう。 それでも、必死に事の重大さを受け止める姿勢に気分は悪くないといったプレシアはここで、話しを少しだけ区切る。 羽織る紫のドレスが夜風に当てられ小さくたなびく。 動きにくそうな格好は、まるでもう少しここに居たいと自己主張するようにその場に落ち着く。 プレシアは、またも息を吸い込んでいた。

 

 この世に、この次元世界に――存在すら怪しいとされる珠玉の果実の存在を、ついに思い出すのであった。

 

「神精樹」

「しんせいじゅ?」

「ターレスが自慢げに語っていたもの……らしいけど、小さいころのあなた、そしてフェイトの方が詳しい話は聞いていると思うわ」

「……はは」

「思い出せないって顔ね」

「まぁな」

 

 それは伝説であった。 それは同時、禁忌でもあった。 神々だけが食すことを許され、ひとたび喰らえば伝説レベルの力を手にすることが出来る最高峰の果実。 ……その生成方法はズバリ――星を犠牲にすること。

 星ひとつのエネルギーを吸い取り凝縮した実を、そのすべてを知っているわけではないのだが。

 

「わたしは、その神精樹というのが何らかの影響をアイツに与えたと睨んでいるわ」

「……オラそんなもん食ったことねぇぞ」

「…………おかしいわねぇ」

「おいおい」

 

 プレシアのその考えは……

 

「……あ」

「はぁ……どうしたの?」

「神精樹ってのは知らねぇけど」

「?」

「超神水って奴ならのんだことあっぞ」

「ちょう、……しんすい?」

「あぁ」

 

 かなりの近いところまで、踏み込んでいたと形容できようか……?

 

「なんだか随分と仰々しい名まえね。 なに? それを飲むと神にでもなるのかしら」

「そんなんじゃねぇぞ、ただ、コップ一杯飲み干すとな、潜在能力が引き出されるんだと」

「潜在能力」

「でもまぁ、アレは切っ掛け程度だと思うぞ? あんな小さな変化は――ていうより、オラ自身あんときからとてつもなく強くなってるし」

「そう……」

 

 その副作用までは知ることもなかっただろうが、あんな毒を切っ掛け程度と言える悟空の強さは限りなくバケモノ。 一晩中の戦いを思い出し、引き出された能力を小さく笑う……今にして思えば、なんとリスキーな選択だったことか。

 想い更ける回想に、歯止めをかけるかのように風が吹く。 春真っ盛りなのにとても冷たい風は、病人相手には酷く優しくないモノ。

 まるでもうお帰りと言わんとするそれに、逆らう理由がない彼らはもう話をすることをやめようかと目線で語る。 うなずき合い、小さく笑い……女が一人、警告を口にする。

 

「今回のこれは、まだあなたにしか言ってないわ」

「突然どうした?」

「特に超サイヤ人、アレは絶対に言いふらさないで。 何が起こるかわからない」

「……なんなんだよ」

「い い わ ね?」

「……わかった、分ったからそんな怖い目でみんなよ……びっくりしちめぇぞ」

「……ふぅ」

 

 なんだか、随分と強引な話の締め。 彼女が髪をかき上げると、そのまま悟空は空に浮く。 不器用な舞空術は、それだけ彼が弱くなったことを表すかのよう。 それでも、そんなことと切り捨てる彼は天然なのか……

 

「まぁ、その内もどるってんならそん時はそん時だな。 あいつ等には適当に言っとけばいいと思うし」

「……ふぅん」

 

 ……彼なりの気遣いなのか。 わからないプレシアは小さく鼻を鳴らす。

 

「ところでおめぇ、どうやってこっちに来たんだよ?」

「え? えぇ……所詮SSクラスの魔導師のわたしには、無断で次元世界を行き来する程度の事しかできないのよねぇ……だから困ってしまって事務関係諸々はリンディさんに任せてきたわ」

「オラが言えることじゃねぇけど……いいんか?」

「さぁ?」

「プレシア……」

 

飛んでいく悟空、それに続く彼女はいたずらした後のようにクスリと笑う。 

 

 困惑で終わる今日。 それはこの後、無理やりもゴリ押しも驚く具合に悟空がプレシアを高町の面々に紹介するから。 悟空の関係者は皆とんでもないモノばかりか――などと、人のことを言えない恭也の叫びが木霊する中、その日このひと時は幕切れとなるのでした。

 

 プレシアが警戒することがなんなのか、悟空の身に起きた出来事とこれから――そのすべてをうやむやにしながら。

 

 

 




悟空「おっす! オラ悟空!!」

フェイト「……すぅ……すぅ」

プレシア「うふふ。 いつみてもかわいい寝顔ね、誰に似たのかしら」

悟空「そりゃあおめぇの子なんだからおめぇに似たんだろ?」

プレシア「……あなた、それは口説いているのかしら?」

悟空「なんのことだよ? おら、事実を言ったまでだろ?」

プレシア「まぁいいでしょう。 ところであなた、今度子供たちとデートするっていうお話……ほんとなの?」

悟空「ほんとだぞ。 そんでやりたいことをやらせてやるんだ」

プレシア「……どういう意味かしら」

悟空「でーとって、そういうことなんだろ?」

プレシア「……まぁ、小学生のそれなら問題は――あるのかしら」

悟空「なにいってんだおめぇ? とりあえず次回はユウエンチってとこに行くぞ!」

なのは「遊園地!? 確かに悟空くんが言ってる日は休日だけど……でもいいのかな?」

悟空「言いに決まってんだろ? おめぇ達のご褒美ってやつなんだからさ。 いかねぇならほかの奴らとどっかいっちめぇぞ」

なのは「あああ! いく! 行きます! だからちょっとまってぇ」

ユーノ「……ご、悟空さん、デートの意味わかってるんだろうか……まぁいいや、次回!」

プレシア「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第36話」

悟空「悟空が一番好きなこと」

なのは「悟空くん、小さくなったのはアリサちゃんたちのどういえばいいの?」

悟空「そりゃおめぇ……たのんだ」

なのは「ふぇ!? まさか丸投げする気なの!!」

悟空「あ、もうこんな時間か……ばいばーい」

なのは「ああ! にげたああ!! まってよお」




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第36話  悟空が一番好きなこと――

出ました36話。 なのにもかかわらず、今回の題名と内容はあってない気がします。 悟空さん、あんた何やってんだ……

悟空が一番好きなもの……皆様には、すでに分かっていらっしゃると思うのであえて言いませんが、今回――それをやらないです。

では、どうぞ。


 この世には、とても我々では想像できないことがある。 有象無象、森羅万象、この世の理全てを無視する……そう、神にも等しき力を発現する現象。 それが知らないどこかで行われ、もしくは発見されていくのである。

 

 もしもそれを目の当たりにしてしまったら、我々は果たしてどう接することができるのか……もしかしたら何もできないかもしれない。 でも、何かが出来るかもしれない、そう言う可能性があるのなら、きっとそのときは、全力で対応していきたい。 それが、きっと時空管理局にいる者の務めというものだから

 

 

著者――――クロノ・ハラオウン

 

 

「なんて、昔は思っていたが――――これはどうなんだああああ!」

 

 少年は叫ぶ。 それは夢幻にも等しき淡い叫び声であった。 聞く者は逃して、目にする者は通り過ぎる。 そんな理不尽な声を上げずにはいられないこの少年の目の前には、一枚の紙が鎮座していた。

 A3用紙にデカデカと、大きく書かれた文字は――5文字。 これを見た瞬間に、それを描いた人物と声色が脳内でモノローグ調に駆け巡り、なおも彼を苦しめる。

 

その字は――

 

 

『ごめんね♡』

 

「あんの――ご老体はああああ!!」

「……仕事、これ以上増やさないでくれるかしら……はぁ」

 

 プレシア女史が居るであろうところに張り出されたそれを見て、深く頭と肩を下げる苦労人たちは、そろってため息よりも深いナニカを吐き出したのでありました。 物語は、地球に移っていくのです。

 

 

「……んむ」

「……ぅん」

 

 今日も元気な朝が来た! さんさんと降り注ぐ太陽光は明るい色のカーテンに遮られてはいるモノの、焼き尽くさんと燃え盛る陽の光は何者にも完全には遮ることはできないのである。

 

「……ん、……ふぁぁああ…んぐ…」

「……すぅ……んん」

 

 零れ落ちた声がいくつか。 それは両手を上げて伸びをする声、それはいまだに毛布を肩まで掛けてこのままで……と、呟くかのような声。 両者は相反していながら、それでも距離は近いまま。

 

 片方が少しだけ態勢を崩す。 そのときに流れる長い灰色は、透き通るような肌を駆け下りていき、一晩前まで整っていたシーツの上に降りていく。 軽やかに響く音が、その髪の質が極上だという事を逐一知らせ、この人物がいかに手入れをしているかを想像させる。

 紫色のネグリジェに身体を預けた人物が、まだ眠いと片目をこすり、あくびをかみ殺して真横に居る“男”に向かって視線を流していた。

 

 ……そう、もう気づいたかもしれないがコノモノタチハ……

 

「おはよう、孫くん」

「……あり?」

「もう朝?」

「……?」

 

 いやいや、そんなことはあるはず無いと、一瞬でも窓の外を見た悟空の反応はかなり珍しい。 布団から尾をだし、揺らして、頭をかく。 ボサボサと音を立ててかき混ぜられるそれは、今ある混乱を露わにするあのように……激しいモノであった。

 

 それでも。

 

「なんだ、おめぇあのまま寝てたんか」

「フェイトの横には御嬢さんたちが居るもの。 あなたが寝ることになった客間の布団はこれしかないし、年頃のあの子と、酷く落ち込んでいた女の子、それに新婚同然なあの夫婦の部屋はありえない……ここ以外は考えられなかったのよ――たぶん、そう考えたはず」

「それもそうか」

 

 タンパクはここに極まれり。 男は手足でふとんを投げ出すと、ちいさな背を大きく伸ばして右に左に動かしていく。 ラジオが在ったら音楽を流していそうな運動に、ひとつ笑う女はそのまま体だけ起こして片手を顔に添える。

 窓の外に小鳥がとまる。 ちいさなさえずりは彼らが作り出す“間”を埋めていき、ひとつ、ささやかな声を聞くまでそれが続いた頃であろう。

 

「――――ふっ」

「うげ!?」

 

 女性は、……いいや、プレシアはその場で崩れる。 すぐ横に居た悟空を押しつぶすようにもたれ掛り、彼を――逃がさないようにその場へ押しとどめている。

 

「お、おい……おめぇまさか」

 

 そのさなかで聞こえる子供の声はかなりの警戒の念を込めたモノ。 先ほどまで在ったのどかな時間はどこへやら……悟空はプレシアから離れようとするものの、できない。

 

「ご、ごめんなさい」

「あやまるめぇにやることあんだろ――」

「もう、限界」

 

 そして……そしてついにプレシアの欲望は理性を乗り越える。 心ではダメと引き止めて、理性が急制動を掛けようとも身体は正直。 彼女は、己が肉の欲を開放する。

 

 

 

 

「――は、吐きそう」

 

 

 

「わー! わーー!! それだけは勘弁してくれえ! こんなとこでゲロなんかしたら、オラ一生恨んでやるからなあ!!」

「……うぷ」

「誰か来てくれーー!」

 

 …………少年の、必死な抵抗が始まったのでありました。 運命に反抗する彼の姿は立派の一言、それが、例えどんなに小汚い役割だとしても。

 

「と、トイレ……」

「おめぇ昨日飲みすぎなんだよ、病人のくせしてモモコのヤツと酒瓶3本も開けちまいやがってさ」

「……うぅ」

「あぁあぁ、今オラが連れてってやっから……ほれ、つかまれ」

「ごめんなさい――うっぷ」

「うわあ! おめぇ冗談じゃねぇぞ……はやくしてくれ――」

 

 おそらくターレスとの対戦時よりも衰弱しているのではないかというくらいに“痛々しい”プレシアを背に担いで同じ階のトイレへ急行するのであった。

 

「あ、鍵かかってんぞ」

「……誰よ、こんな非常事態に」

「…………」

「は、恥ずかしいからって黙り込む気ね……」

「…………ぅく」

「――この気は、なのはか!」

「――~~っ!?」

 

 そのあとの騒動に、今日という日がまたも騒乱で始まると予感しつつ……

 

「悟空くんのバカぁ!!」

「ぐへぇ?! いてぇ~~……なにすんだ!」

「知らない!!」

 

 彼はひっそりと、乙女の純情を蹴散らしていくのであった。

 

 

 PM 13時――高町家、リビング。

 

 平日の昼が過ぎ、学校がある高町3兄妹がいないこの家にはいま、その名に高町以外を冠するものが大半を占めていた。 結局帰れなかったプレシアを筆頭に、フェイト、悟空が、大黒柱のいないリビングで、熱いお茶をすすっているのはどうにも違和感の塊で。

 

「にしても、モモコの奴も相当飲んでんのに、なんであんなにケロッとしてんだ」

「ふふ、どうしてでしょう?」

「……あれが若さよ」

「おめぇが言うと冗談にならねぇからやめてくれよ」

「かあさん……」

 

 流し目で台所にいる桃子を見るプレシアの目は、遥か地平をながめるかのように遠い眼差しであった。

 

「……悪ふざけはここまでにして」

「いままでのが冗談なの?」

「オラには本気にしか見えなかったぞ――結局“戻した”しな」

「コホン」

 

 子供たちの非難を背に受け、ふわりと立ち上がる二日酔い患者は悟空を見下ろす。 その目は先ほどまでとは比べ物にならないくらいにシリアスに富み、見るモノを真剣な空気へと……

 

「母さんの目つきが変わった……?」

「さっきまでは吐いてばっかだったしな、こんくれぇでいつも通りだろ?」

「げふんげふん」

 

 いざなおうとしていたらしい。

 

「そろそろ本題に入りたいの、いい加減ちゃちゃ入れないでくれる?」

「へんな話題にした原因はおめぇじゃねぇか、いまさら何言ってんだ」

「その件はもうしわけありませんでした……これでいいわよね?」

「棒読みすぎるよ、かあさん」

「……オラ疲れたぞ」

 

 停滞ばかりする会話に、取ってつけすぎる謝罪の言葉にて切り捨てた女はここでやっと悟空に向き直る。 黒い瞳に映り込む、彼女自身の顔に話しかけるかのように、ただ、まっすぐに口を開き。

 

「あなた、こんどフェイト“たち”とデートするって本当?」

「ぶーー!」

「うわっ、あぶね! きたねぇぞフェイト」

 

 娘が一人、高温の茶を噴霧射出していた。 それを至近距離から吹きかけられた悟空は、首を振って見事かわす。 耳元に若干かかったともいえないが、それ程度は彼に何らダメージを負わせない。

 吹きかけた張本人がどう思うかは知らないのだが。

 

「けほっ、けほ……か、かあさん! どうしてそれを――」

「わたしの情報網を甘く見ない事ね……あなたの事なんて全部お見通しなのよ」

 

 ここぞとばかりの尊大な微笑み。 まさに母というその顔に、まいったなぁと笑う娘は困ったようでいて嬉しそう。 複雑骨子の枠組みは、今までの苦労を知るものでなければ到底理解の外な代物であろう。

 

「ん? ……そういや昨日、ユーノの奴がむせび泣いて布団の中に入ってきたんだけどよ、なんか関係あんのか?」

「……ふふ」

「…………かあさん?」

 

 到底理解できない代物なのであろう。

 

「それで孫くん、今のは本当なの?」

「か、かあさん。 デートと言ってもそんな――」

「でーとはでーとだ、な? フェイト」

「……あぅ」

 

 ユーノを華麗にスルーしたプレシアが切りこんできたと同時、なぜかかばうかのように打って出たフェイト、それを跳ね除けようとした瞬間に、それすらも切り崩すかのような悟空の発言に、フェイトは愚か……

 

「……そう」

 

 なぜかプレシアも黙ってしまう。 見た目相応の明るいまなざしに、思わず狼狽えそうになる彼女は、首を動かし頭を振ると質問を続けていく。 それが、ちょうど終わりを見えた頃合いだろうか、悟空に向けた最後の質問に。

 

「そのデート、もしかしてこのあいだあなたが気にしていた……?」

「そうだ。 “礼”ってヤツだ」

「ふぅん」

「他にアリサやすずか、それになのはとも行くんだ」

「――ごほっ!!」

「きゃあ!?」

 

 フェイトが毒霧の直撃に悲鳴を上げていた。

 

「あ――あなた、それは本気で言ってるの!?」

「なにがだ?」

「そんなかわいらしく首を傾げてもダメよ。 自分が言ってることがおかしいってことに気づきなさい」

「??」

「あーもう! ホントにかわいらしい仕草をするんだから」

「……悟空が子供になったら、かあさんが変になった…………」

 

 苦い顔をしながらもだえるというわけのわからない行動をとるプレシアに、ひと時の嫌気が射したのもつかの間、フェイトは思う。 やはり、なんだかんだ言おうとも、母は自分の事を心配してくれているのではないかと。

 

「行き先も決めてあんだぞ?」

「あら、あなたにしては準備がよすぎるわね? 誰の入知恵?」

「はは、ばれちまったか。 これな、エイミィの奴がいろいろと準備してくれてんだ」

「……あぁ、なんとなく読めてきたわ。 ふたりとも、みんなによろしくね」

「え!? かあさん、行っちゃうの?」

「……はぁ」

「?」

 

 しかし、悟空のだした名詞に、一気に熱は鎮火する。 まるでこれから見る映画の物語の“落ち”をばらされてしまった観客のように重い足取りを運ぶプレシアは、ため息の後に持っていた湯呑みを台所にいる桃子に手渡す。

 

「これ、おいしかったわ」

「あら、わざわざすみません」

「いいえ、とんでもないわ。 それじゃあ孫くん、その“でーと”というのが終わったら、また『こっち』に来てちょうだい。 そしたらこのあいだの続きをしてもらうよう、わたしから説得しておくから」

「……? わかったぞ」

「…………ぶるぶる」

 

 その時の顔は、妖しくも艶のある……そう、妖艶と形容できる美しくも攻撃的な貌をしていたのであった。 それを、誰に向けたのかは知らないが――

 

「とりあえず貴方は、その姿を管理局の阿呆たちには見せないでいること。 次元世界最強の人間の弱点を、あっさり見せることなんてないのだから」

「おう」

「では“もどった”頃にまた連絡を頂戴。 あの姿のあなたなら、テレパシーも使えるのよね?」

「ああ、たぶん行けると思う」

「なら、わたしはそろそろ行くわ。 ……桃子さん、またおいしいお酒をいただきに来るわね」

「あ、はい。 いつでもいらしてください」

「ふふ……失礼するわ」

 

 やわらかく笑う彼女は、片手を振るとリビングのドアを開いて歩く。 そのまま歩き、少しの間、玄関のドアを開ける音もなく、プレシアはこの家から居なくなってしまう。 ……それが、転移の魔法の一種であるとわかるのは、原理を知るフェイトと気で探知できる悟空のみであった。

 

「すげぇなぁ、結構遠くまで行けるのな」

「たぶん、このあいだまでわたしとアルフが間借りしてたマンションに行ったと思うんだけど……こんなすぐに飛べるのは母さんくらいだと思う」

「……?」

 

 それがわからぬ一般人の桃子はただ、子どもたちの空になった湯呑みを回収するだけである。 

 

「次の日曜だからな」

「……え?」

「なに呆けてんだ、“でーと”に行くって言ったろ? 次は……明日だから無理らしいからな、日曜に行くからな」

「あ、うん……」

 

 そうして悟空も、本日最大の疑問。 ……日程という名の執行日を言い渡すと、そのままふらりと立ち上がる。 見上げるフェイト、彼が何をするかわからないと、視線を飛ばすと。

 

「ちょっくら身体うごかしてくる。 この身体でどこまでやれるかみてぇし」

「あ、だったらわたしも行く。 相手がいたほうがいいよね」

「ほんとか! なら、久しぶりに相手してもらうかな」

「うん」

「“ばるでぃっしゅ”も、いいよな?」

[…………]

「はは、そうか! おめぇも戦いてぇか!!」

「え? いま……なにも言ってなかった気が」

「なにいってんだ? オラにははっきし聞こえたぞ?」

「……?」

「モモコー! オラたちちょっくら出かけてくるーー!」

「はいはーい、気を付けて行ってくるのよぉ」

『はーい』

 

 悟空は、フェイトをエスコートしつつ、筋斗雲を飛ばしていくのでありました。 彼らの戦いは……

 

「いっけーー!」

 

 決着はないのかもしれませんが。

 

 

 こんなやり取りがいくらか行われただろうか? 八神家訪問から3日目、プレシアが去ってからおおよそで51時間が経過した頃であろうか……

 

「あ」

「お」

「悟空さん!」

 

 彼の身体が、今度は青色の輝きに包まれていく。 このあいだの黄色とは違うその色はどういう意味か分かりかねるが……

 

「…………もどった」

『……おお』

 

 身長120センチ未満だった悟空はいま、175センチの孫悟空へと相成ったのである。 おもわず見上げる子供たち、大きな影を作る彼が懐かしいと、感じるのはどうしてだろう。

 自然体で立つだけの彼に、皆は近寄っていく。

 

「はっは! いやーなんだか変な感じだな。 大きくなったりチビになったりすんのは」

「相変わらずよくわかんないときに大きくなるよね」

「うん、それにどうしてか服も変わっちゃうし」

「……魔法なのかな?」

 

 なのはを筆頭に、子ども三人が……正確には一匹はフェレットだから違うとして、彼女たちは悟空の変異に息を吐き出す。 嘆息やため息、様々なものがある中で、高くなった彼の背を見つめる子供たちは複雑至極。 だって彼だけが……

 

「……離れちゃいそう」

「どうしたなのは?」

「――え? あ、あぁううん、なんでもないよ」

「……?」

 

 ……そうだったから。

 

 それは少女の心に、ほんのわずかながら影を射させる。 小さな影だ、放っておけば気にならない程度だろう。

 

「そうか? でも……ま、いいか」

「うん、いいの」

 

 

 だが影は、日の光りが強ければ闇の濃さを大きくする。 夕焼けに伸ばされる、家屋、建造物、人の影のように……――そして。

 

 

「さぁて、身体が戻ったところで、そろそろやらねぇとな」

「やる? なにを?」

「そりゃあアレしかねぇだろ……修行だ」

『修業!?』

 

 彼の本格始動。 それは、やはり身体を鍛え、己を消化し続けること。 ただそれだけが彼の生業なのだから、この発言に、矛盾をきたすことはない。 そう。

 

「あ、あれだけ強くなっちゃったのに……」

「まだ強くなるの?」

 

 この、少なからず道を踏み外しただけに過ぎない子供たちには、理解しかねる行為だとしても。

 彼らは知らない。

 

「まぁな。 いくら強くなっても、もしかしたら今のオラより、もっともっと強い奴らがいるかもしれねぇし」

「そんなわけ……」

「それにな――」

 

 彼に言い渡された――死の宣告。

 

「トランクスってやつが言ってたんだ。 20年後の未来じゃ、オラたちはみんな人造人間ってやつに殺されてるってな。 だから……」

「そんな!!」

「ぅお……いきなり大声出すなよ」

「だすよ!!」

「悟空さん……」

「……悟空」

 

 それとは別の、確定されたはずの未来での出来事。 唐突だった、突然だった、彼が言うお気楽な口調からは想像もできない悲惨な事象を、誰もが想像に難があって……でも、今まで歩いてきた記憶が語る。 彼が、そんなつまらない冗談など口にするわけがない……と。

 

「す、超サイヤ人になった悟空でも勝てないの?」

「そいつはわからねぇ」

「……?」

 

 その中で問われた物は酷く当たり前。 それでもと、何やらわけがありそうな青年の顔は、まるで来るべき未来を待つかのよう。 たとえ、それが絶望の未来だとしても。

 語ろうとする悟空は、そのまま屈伸を始める。

 

「オラな」

「うん」

「実はその人造人間とは戦えなかったんだってよ」

「え?」

 

 右足、左足、次に軽く握った左手を前に突出し、その下に右手を通しその甲で左の肘を引き寄せる。 交互に行われるそれは肩とわきを軟くさせ、ちょうどがいいくらいにほぐらせる。

 

「なんでも、よっよっ……オラはこのあとにさ……よっこいせ……心臓病で死んじまうんだってよ」

「………………はい?」

「だから――『なんだってえええええ!!?』……うぅお?! だから、いきなり大声で」

「それどころじゃないよ!」

「そ、その未来から来た人が言ったのはホントの事なの!?」

「悟空さん……ごくうさんが!!」

「お、おいおめぇたちそんなに引っ付くなよ……大ぇ丈夫」

『……え?』

 

 両手を地面に合わせ、そのまま天に足を伸ばす。 そのまま上下に身体を動かし、その度に上腕筋が微細な運動を開始する。

 

「オラが死んじまうっていうのはもう半年もめぇの事だ……たぶんな。 それなのにこうもぴんぴんしてんだ、きっとなにか変ったんじゃねぇかって思うんだ」

「かわった?」

「それにいざとなったらリンディたちのとこで厄介になるさ、魔法が使えんだ、きっと病気くれぇ……あ、それはプレシアがダメだからオラもダメなんか? まぁ、でも、きっと平気さ」

『でも』

「とにかく」

「とにかく?」

 

 着ける手の数を一本減らす。 とった腕を腰に回し、そのまま綺麗な姿勢で上下の運動をやめない。 普通なら鍛えるこの動作もどうしてだろう、彼が行うと暇つぶしに見えてしまう。 確実に時間の無駄というこれは当然だ、彼は今、話しをしているのだから。

 

「いまは眼の前の“でーと”ってのを先に片付けちまわねぇと、下手すっと修業よりも難しいかもしんねぇし」

「デートが……」

「……優先事項なの?」

「デートをかたづけるっていうのはどうなんだろう」

 

 むづかしい……むずかしい。 悟空がいうデートにいささか大きな不安を抱える子供たちは、やはり出来ることはひとつなのだろう。 ちょっぴり含めた不安の色を混ぜた小さな眼差しで只、孫悟空という青年を見ていることしかできなかったのである。

 

「どうなるんだろう」

「どうなっちゃうんだろう」

「……決めた、ボクは当日留守番してる…………怖いから」

「ふっ、ふっ、ふ――やるぞお!!」

 

 各々が様々な思いを抱く平日の夕方、紅の輝きが大きな影を作る中で、それに見合うほどの疑問を脳内で浮かべつつ、今秋がどんどん暮れていく。 迫る決戦――Xデイは、誰にも抑えられない速度でゆっくりと、しかし確実に押し寄せてくるのでした。

 

 

―――――事件(デート)当日。

 

 大きな輪車が宙を廻る。 観て、閲覧して回る車輪――言いやすくすれば観覧車がクルリと回る大きな場。 皆の“後”ろにいる人も“楽”しくて元気になる“園”は、その実血戦の舞台となるバトルドームへとなりそうで。 そうとも知らず駆け巡る絶叫系に乗る者たちの歓喜の声が、ほんの少しのスパイスとなって耳に届く。

 これを聞くだけで、もう、居ても立っても居られないのが子供が子供であるゆえんであるだろう。

 

「わ、わたし今日こそ女の子の方のネズミさんを見つけたいな」

「なのはちゃん、ここにそれは――」

「なにいってんのよ、ここだからいるんでしょ?」

「あれ? ここってそうだったっけ?」

「そうよ、だってここって東京の方だけどそうじゃない遊園地なのよ? 群馬か埼玉かなんかはさておき」

 

 かなり、どうでもいいことに花を咲かせるのは女が女である所以か。 なのは以下数名はここの大きな城に向かって、少なからず退屈の視線は飛ばしていないだろう。 むしろ、事ここに至ってようやく、本来の年齢通りに心を躍らせたと言っても……

 

「はわ……はわ……」

「フェイトちゃん?」

 

 過言ではないだろう。

 

「こ、こんなに人が……き、緊張してきた」

「なのは、もしかしてこの子」

「人見知りさん?」

「そうなのです……」

 

 身体が震えはじめた9歳児が一名。 頭脳明晰、容姿は将来性があるフェイト・テスタロッサが、そのキレイな髪を揺らしながら口元に手をやりワナワナと“ケイタイ”みたいになっていた……なんと微笑ましいと周りが見守る中で。

 

「……ていうか」

「なんでしょう」

「悟空はなんでいないのよ。 今日のためにいろいろと予定を切り崩してきたっていうのに、言いだしっぺがいないってどういうこと!!」

「そ、それは悟空くんに言ってもらいたいと思うのですが……」

「そうだよね、悟空さん、ほんとにどうしちゃったんだろ」

「まったくアイツ、すずかも心配するからさっさときなさいよね……」

「も?」

「――! とにかく! あいつは今どこにいるのよ」

「えっとぉ」

 

 猛るアリサはご機嫌斜め59度。 腕組みして髪をたなびかせること数秒のあいだはこうであった。 そう、彼が……――――

 

「よっ!」

『~~~~!?』

 

 そこに在るとも知らないで。 突然現れた悟空は眼の前の金髪ロングに手を置くと、そのまま左右に揺さぶっていく。

 

「わりぃな、モモコがコレ作ってくれててさ、出来上がんの待ってたんだ」

 

 特に理由なき撫ではすぐに終わり、彼の言っていた遅刻の理由を見て、聞いて、実感した彼女達からは既に鬱憤も緊張も消えてなくなっていた。

 

「……ぁ」

 

 小さく漏らしたのは誰の声だったか。 思わずつぶやいてしまったそれはジェットコースターの悲鳴でかき消されてしまいそうになる。 ちいさな感嘆符を作る子供たちの視線の先、そこには懐かしき戦闘衣装を身に纏う戦士が笑っていた。

 

「やっぱり、これじゃねぇとな」

「あの時の道着……」

「あぁ、これだよねやっぱり」

「そうね、これで完全にあの時の悟空と面影が重なったわ」

「服装って大事なんだねぇ」

 

 青いブーツに青いリストバンド。 そして、それらと相対するかのような明るい色……山吹。 背中に『悟』と書かれているのは悟空の要望。 以前、はやてからもらったそれと同じデザインは、そこから彼自身の変化が無いと、どこか静かに語るかのよう。

 腰の帯を両手で持ち、一気に引くと声を上げる。 ――しゃあ!! などと昂ぶる彼は、どこぞかに居た最強の合体戦士を彷彿とさせるのである。

 

「……デートですよね?」

「でーとだぞ?」

「……なんだろう、どうもニュアンスがおかしいような……?」

 

 あまりの気合の入れよう。 それに思わず丁寧語となるのは、なんとアリサであった。 その彼女を素通りする悟空は正面入り口……メインゲートへとブーツを鳴らして歩いていく。

 

「すんませーん! 大人ひとりと子供4人、おねがいしまーす!」

「はい、チケットをお預かりします……確認しました――どうぞ!」

「サンキュウ!」

『……なんか、ズカズカ行っちゃった…………』

 

 デートだよ、デートなのに……まるで子連れの父親かのような悟空――いいや、かなり適切な言葉なのだが、彼女達からしたら幼馴染的な人間が背を高くしただけの彼はいまだに不自然の塊でしかなくて。

 

「なにしてんだおめぇたち、さっさと来いよ、楽しい時間はあっちゅうまになくなっちまうんだぞ?」

『……あ、はーーい!』

 

 それでもと、先行くかれの後を追うのでした。 比喩でも表現でもある言葉通りの形で……

 

「わおーん!」

「お? ははっ、見ろなのは、でっけぇ犬がいっぞ」

「ほんとだぁ……おおきい。 こんにちは!」

「わふわふだぁ~」

「きもちぃ……」

 

 開園一番!! 悟空に追いついた子供たちは、園内の広さに目を奪われ、すぐ目の前に現れたファンシーな犬ともネコとも取れないキグルミ……もとい、キャラクターにココロを奪われる。

 

「がう!」

「なんだ? これくれんのか?」

「おん!」

「そっか、サンキュウあ……あ、あんがとな」

「がうがう~~」

「……あ、いっちゃった」

 

 悟空がイヌネコから受け取ったのは園内の地図とパンフレット。 それはこの日の目玉スポットとキャンペーンがでかでかと書かれたA3サイズの紙に二枚であった。 それを広げ、子どもたちと見る彼は小さくしゃがみ込む。

 

「さぁて、今日は何して遊ぶかな」

「悟空くん子供みたい」

「まぁな、今日くれぇはおめぇたちと初めて会ったときくれぇになってみようと思ってな……なにせ、オラからしたら10年近くはたっちまってるし」

「……そっか……うん! そうだよね!」

「今日は騒ぐぞーー」

『おーー!』

 

 一斉に飛び上がる彼らは完全に『子ども』である。 なかには8メートル近く“軽い高跳び”を敢行してしまった戦士が居るのだがそれはそれでおいておこう。 そんな彼等がまず最初に行くのは――当然。

 

「ワクワク」

「はわはわ……」

「こ、こんなもの……全然怖くないんだから」

「…………うん」

「あうう」

 

 声だけで、誰がどの配置か想像していただきたい。 先頭は悟空というのだけはあえて打ち明けるとして、それに続く焦りと恐怖の声は刻一刻と迫る落下に、テンションを明らかに不自然な方向へ引き上げていく。

 くるくると回る風景は心象を映す幻想のように艶めかしくも生々しい。 少女たちが絶賛テンパり中の時を過ごしたこと13秒の事である。

 

「――――きたああ!」

『きゃあああああああ!! 落ち――    ~~~~ッ』

 

 肺の中を圧迫される。

 

 思わず内またになる彼女達、それとは引き換えにバンザイしながら黒い髪をたなびかせる悟空の、なんと天真爛漫の事か。 景色がパラノマに広がるこのひと時はいつだってやめられない――孫悟空の真骨頂が発動した時である。

 

「いぇーい! ピースピース!!」

「~~~!!」

「おっぼぼぼ」

「むぐぐ――?!」

「きゃああああ」

 

 急降下に血流が自然の理から外れた運動を開始して、そのあとにくる真逆の運動でさらに中身をシェイクされ、螺旋を描いた進行経路で平衡感覚が瓦解する。 いささか子供には刺激的な運動も、悟空に取ってはアスレチックでしかない。

 彼は、童子のように笑いながら出発点へと帰ってくるのである。

 

「いやー、なんか自分の意思で飛べねぇのも楽しいもんだな」

「そ、そうですね……悟空くん」

「うっぷ」

「わー! フェイトちゃんの顔色がおかしいよ?!」

「ちょっとあんたしっかりしなさいよ……ほら、肩貸してあげるから」

「お、偉いなアリサ……でも、あし、震えてるぞ?」

「うるさいわよ! あんたも手伝いなさい!!」

 

 両手で口元を覆うフェイトを看護するアリサ、そんな彼女の足元をみて笑う悟空に一括入れて、それでも動かない彼の代わりに割と元気なすずかが手を貸し、お手洗いへと急行する。 その中で、残る子供と青年が一人、歳の差にしておおよそで15歳程度の彼女たちは自然、視線を交わらせていた。

 

「なのは……」

「え?」

 

 まるで二人きりになるのを待っていたかのよう……聞こえる喧騒が遠くの世界になっていく二人の間はいま、いったい何色の空間なのだろうか。 何気なく聞こえてきたブーツの音は、彼がなのはに一歩近づく音。 その、音の高鳴り方は少女の鼓動を響かせて高めていく……

 

「オラ……」

「悟空……くん」

 

 聞こえてしまうのではないか……なのはが自分の胸に手を当て、うつむきながら悟空を見上げる。 その仕草を取った彼女自身、その意味を理解しかねながらさらに鼓動を速めていく。 急転直下のこの事態、まるでメロドラマのような仕草の少女に、ついに悟空はしゃがみこみ、顔を近づけていく。 ……そして。

 

「……にぃ!」

「え?」

 

 

――――孫悟空のハラが鳴る。

 

 

「オラ腹ぁへっちまっただぁ!! ははっ!」

「――やっぱりそうですか!」

 

 すってんころりん……なのはは後頭部から崩れ落ちていく。 背後のコンクリートにヒビを作りながら埃を舞い散らせていく様は既にお約束の領域であろう。

 

「もう! そういうところまでは子供にならなくていいのに……」

「お?」

「……なんでもないですよぉーだ」

「なんなんだ?」

「……つーんだ」

 

 そんなこんなで、いつも通りで変わらない彼、その目覚ましい腹時計が知らせる飯の時間は……かなり正確であった。

 

「あ、お昼の鐘?」

「ほれ見ろ、オラが言った通りだろ?」

「そういうので怒ってるわけじゃないもん……」

「??」

「……はぁ」

 

 どこか大人がするため息はリンディを彷彿とさせるには十分で、知れがわからない悟空の方が、今日はなのはよりも子供なのかもしれない。 深い呼吸が大気に混ざる頃、用事を済ませた3人娘たちが奥の方から帰ってくる。 ……妙に清々しい表情になったフェイトを引きつれて。

 

「気分はどうだ?」

「すっきり……だよ」

「そうか、そいつはよかった! いっぺん吐いてみて正解だったみてぇだな」

「……うん」

 

 急に――表情が暗くなる。

 

 何かまだ引きずっているのか、などと顔を覗き込む悟空だが、そんな彼だからわからない女の子の心情。 うつむき、後にさがるフェイトは恥じらいを全開で見せつけていたのだ。

 

「あんたねぇ……もう」

「なんだよアリサ? なのはみてぇに変な声出しちまって」

「そりゃこんな声も出すわよ、このトウヘンボク!」

「……トウヘンボク」

「悟空のトウヘンボク」

「ヘンボク!」

「なんなんだよおめぇたち……?」

 

 それに加勢する乙女たちは、腰に手をやり明らかに『怒ってますよ』と彼を威嚇射撃、それが艦砲射撃に変わる頃であろう、唐突に壁を見上げたすずかはそれを発見する。

 

「あれ?」

「どうかしたの?」

 

 アリサの声と同時、指さすその先には数多き写真の羅列が迎えていた。 恐怖に染める者や、嬉々として頂上へ上るもの、それを通り越してしまった者、どれもが撮られるとは思っていなかった自然の表情を残す……記念写真であった。

 

「あ、さっきのジェットコースターで……」

「そうみたい、いくつかがコースのどこかに設置されてるっていう、案外お決まりなやつね」

「……でも」

「なんか」

「ん?」

 

 皆の視線が集中する写真群。 そのどれもが高速の一瞬を取り逃しなく、見事な一枚を収めているのだが……

 

「こっちは、なのはとアタシが目をつむって大声あげてた奴よね?」

「たぶん――悟空くんは“こっち”向いてVサインしてるけど」

 

 一枚、数えるなのはとアリサは思わず苦笑い。

 

「あ、これはフェイト……ちゃんと、わたしが写ってるやつだよ」

「うん、す……すずかの髪が思いっきりぶつかってきてたあれだよね? ……悟空は“こっち”向いてVサインしてるけど」

 

 二枚、並び替えたフェイトとすずかは肩を震わせる。

 

「お? これなんか全員写ってんじゃねぇか? ははっ、アリサおめぇ女の子のくせしてなんて顔してんだぁ」

「うるさいわよ!」

「フリーフォールみたいな落下の時のあれだね……悟空くんはまたまた“こっち”向いてVサインしてるけど」

「……ちょっと」

「??」

 

 三枚、気付いた異変に皆が戦慄する。 

 

「なによこれ! なんでアンタだけ全部カメラ目線なのよお!!」

「何か問題あんのか?」

「大あり……じゃないけど! でもなんで全部が全部、27枚そろいもそろっておんなじポーズなのよ!! ある意味ホラーよ! ジェットコースターの瞬間最高時速を舐めるのも大概にしなさいよ!!」

「もしかして悟空さん、設置してあったカメラ全部に気が付いたんですか?」

「え? 気づかなかったんか? ダメだぞ、もっとまわりみねぇと」

『………………うむぅ』

 

 顎に手をやり唇を尖らせる。 既に表情筋が引きつるを逸脱し始めた女の子たちは、ここで一旦常識を手放す。 こうすればラクだ、どこか無意識に行われるそれは、悟空と半月程度付かず離れない生活を送ってきた者たちの築いてきたレアスキルとでも呼ぼうか。

 名称は不明、 ……仮に付けるならば諦めに努めた現実主義者(アンロックハート)……とでも言ってあげるべきか。

 

「ん、今度はあいつか――」

「え? 悟空さん?」

 

 突然だった、急に歩き出したのは悟空だった。 彼は近くにあるポップコーン売り場に行くと、そのまま売り子……ウシのキグルミ――キャラクターに片手をあげて笑う。

 

「おっす! お疲れさん」

「モォ~~」

「お、これくれんのか? はは、すまねぇなク、食わせてもらうぞ」

「モォモ」

 

 どてっぱらがチャームポイントの牛の子は、風船と一緒にポップコーンを手渡してくる。 まるで知り合いと会話する彼はそれだけ自然体という事であろうか? 右手で子供たちの人数分の風船を受け取り、もう片方でポップコーンを掴むと、足取り軽く彼女たちのもとへ帰ってくる。

 

「おまたせ、あいつからの差し入れだってよ」

「あいつ?」

「あぁそうだぞ、これ食ってもっと遊んでくれだってさ」

「なんだ、ただの販促ね」

「アリサ、それは夢の国で言っちゃいけない言葉だと思う」

「にゃはは……」

 

 悟空の言葉の意味を深く捉えなかった時点で“彼等”の勝ち。 ポップコーンを口に運んで舌で遊ぶと喉を鳴らす。 昼飯にしては随分と甘い食事をとる彼女たちは、少しばかり行儀が悪い立ち食い状態である。

 弾けたコーンを包んでいたバターのコーティングは手を汚し、それのせいだろうか?

 

「……あ」

「お?」

 

 なのはの持っていた風船が、彼女の手から逃れていく。

 

「いっちゃった……あれ?」

「ひっかかった?」

 

 背の高い木で一休み。 小枝で引っかかった風船は、ちょうど悟空の背の1.5倍程度の所で停滞している。

 

「紐が引っかかったのかな……悟空くんとれる?」

「ん? ……んん」

「悟空?」

 

 見上げるなのはを見返す彼は、ほんのりと視線をあさってに投げる。 明日ではないそこには、セピア色に映り込む遠い昔の景色が広がって……泣き虫だった小さな子、その子を思い出してしまい――

 

「わわ! ちょっと!?」

「っこいせ」

 

思わず、なのはに向かってしゃがみ込む。

 

「おりゃ!」

「え? ぇえ?!」

 

 そして立つ! 完成した無敵の城に、皆が驚き天が鳴る!!

 

「なにしてんだ、早く取っちまえ」

「ご、ごご悟空くん! 恥ずかしい――」

「?」

「首動かさないで! へ、変なとこにあたるからぁ……うぅ」

 

 真っ赤に染まる姿はまるでリンゴのような色合い。 やんわりと微笑む彼とは対照的に過ぎるなのは、迫る緊張に噴き出す汗、思わず握った彼の髪を思うがままに引っ張ってしまう。

 

「いってて! イテェよなのは」

「そ、そんなこといったって」

「大人しくしてろって……ほら、オラがいつもやってた修行の時みたいにすんだ――」

「――できないよ!!」

「……まだまだだなぁ」

「~~っ」

 

 眉を動かしながら後頭部の少女に呆れた声を出す悟空、それに呆けるは周りの少女達、特に藍色と金の髪を持つモノたちは指を咥えて流し目にしている――あぁ、いいなぁ……と。

 

「右だな……行き過ぎだ――おいおい、なにやってんだ?」

「そ、そんなこと言ったって、こんな態勢でむりだよぉ」

「んな泣きそうな声出すなよな。 ……ほら、背伸びしてやっからこれで取れるだろ?」

「……とれた」

 

 そんな視線も気にしないのが孫悟空。 やっと取れた風船はそのままに、両手をなのはの脇の下に入れると後頭部から降ろしてやる……ちなみに本日、なのはさんのスタイルはスカートである……スカートである。

 

「それ!」

「すごいコントロール……」

「今の20メートルは離れてたよね?」

「腹ごしらえはいいみてぇだな」

「悟空は……出来るわけないよね」

「まぁな、でも、今日はいいんだ。 あとでたんまり食うさ」

「?」

 

 ポップコーンの入れ物が空になり、近場のゴミ箱にホールインワン。 そこから繰り出した悟空の言葉に、小腹をさすってうなずく彼女たちはなんと小食か。 さて、そんな彼女達はそこからさらに遊び、楽しんでいくのだが……

 

「レッツお化け屋敷!!」

「ひぃぃぃいいいやだよお!!」

「……なんだ、こいつらみんな生きてんぞ」

『はい?』

「あたまに輪がついてねぇ」

『……』

 

 悟空の体験談に二人が騒然となり。

 

「ゴー! ハンマー!」

「このゴングみたいなのをハンマーで叩いて、その反動で飛んだポインターが100点に行けばいいのね」

「それ!」

「あ、すごいよフェイトちゃん。 76点」

「――だりゃあ!!」

『……き、機械が消えた……だと……!?』

 

 悟空の正拳で遊具がスパーキングしたり。

 

「発声音量はいくらなんでしょう!!」

「なになに……このマイクに向かって叫んだ時の“デシベル”が表示されるので、飛行機のエンジン音レベルまで目指してみましょう?」

「120デシベルがそうね」

「普通の会話で60……たったの60でそんなに違うんだ」

「いくわよ……ああああああああああああ~~~~」

「98! ガード上で電車が通る音ぐらいだって」

「んじゃオラが……」

 

はぁぁぁあああああああ――――だああああああああああああああ!!

 

『じ、地震!?』

 

 人知れず災害を起こしていたり……

 

「お、だんだん日が暮れてきたな。 みろぉ、影があんなに伸びてんぞ」

「ホントだ、もう夕方なんだ」

「はやいなぁ、もう今日が終わっちゃう」

 

 気が付いたら陽が暮れようとしていた。 日没前の紅(くれない)の輝きが観覧車から零れ落ちていく。

 

「悟空さん悟空さん」

「なんだ、すずか?」

「あれ、乗ってみませんか……」

「ん? いいぞ」

 

 その中でひとり抜け駆けをする少女が、悟空の足元で裾を引っ張っていた。

 

「すずかちゃん……?」

「……え、その」

「あ……えっと」

 

 思わず引き止めてしまった……高町なのはは、ここで思わず口元に手をやる。 後悔とか、気後れとか、いろんな感情がせめぎ合い混ざり合うかのような目は、そのまま伸びた影に落ちていく。

 少しだけ居心地が悪くなる中、ため息を吐いたのはこの中で一番大人びている女の子……

 

「ほらほら、こういうのは無し! 定員は2人だって言うなら、ジャンケンでもなんでもやってさっさと決めちゃうわよ。 時間、もう無いんだから」

『あ、うん』

「??」

 

 取り持った仲は、きっと昔の自分が見たら驚く姿であっただろう。 まさか彼女たちの仲裁に回る日が来るとは。 感慨深くなる手前で引き換えし、むん! と、胸張っている彼女はどこまでも尊大であった――結果として。

 

「すずか、あんた勝負運なさすぎよ」

「でも悟空さんはフェイトちゃんと乗ることになったから……いいのかな?」

「それは知らないわよ……まったく、普段はふたりとも大人しいのに、思い立ったがなんとやらっていうか」

「……うぅ」

 

 アリサと一緒に観覧車に乗りこむことになっても。

 

 なのはとすずかが相打ちに沈み、最終決戦のじゃんけん大会でアリサに勝利してしまったフェイトが、晴れて悟空との相席の権利を得たのであった。 これはこれで問題はあるのだが、フェイトという少女の事をあまり知らないすずかはひとまずここでこの騒動に句読点を置くことに――「きゃあ!?」

 ……事件は、まだ始まってはいなかったようだ。

 

「何か今、鉄が外れたっていうか……金切り音みたいのが聞こえたわよ?!」

「い、嫌な予感が――」

 

 突然だった。 まるで落とした黒板消しを、一瞬の反射神経で持ち直したかのような動きをした滑車の中、その動きをいち早く察知したアリサは思わず上を見る。

 

「な、に……よ、あれ」

「か、か……かかか」

 

 かかか、すずかは決して笑っているわけでも、目の前に虫が飛んでいるわけでもない。 そう、今目の前で盛大に内部構造を披露なさっている観覧車のシャフト部分……いうなれば滑車の軸部分に向かって涙目になる……嗚呼、この先の展開は決まったのだと。

 

『観覧車がこわれたああああ!』

 

 少女達の叫び声は、遠い夕焼けへ翔けぬけていく。

 

「ん?」

 

 同時、孫悟空の足元で鉄くずが転がる。 このファンシーな世界に不釣り合いなそれは、見る者すべてに違和感を与える、もちろんそれは彼も例外ではない。

 

「なんだこれ……!?」

 

 その瞬間、悟空の頭上で何かの分解音が轟き叫ぶ!!

 

「お、……おぃそりゃあねぇだろ」

「悟空?」

「どうした……の……え?」

 

 一緒に見上げた少女たちは騒然、たちどころに慌てふためく。

 

「アリサ!」

「すずかちゃん!!」

 

 もう、今にも崩落しそうな観覧車がそこに在った。 シャフト部分がむき出しになり、傾き、それでも回転をやめない車輪は奇跡的なアンバランスで態勢を保っている。 潮風に吹かれただけで崩れそうなそれは、下にいるモノたちの恐怖心をあおり……

 

「――っく!」

 

 悟空を緊急出動させることに―――だが、それを止める者がいた。

 

「もぉも!」

「え?」

「ポップコーンの牛さん?」

 

 それは先ほど悟空にねぎらわれたマスコット。 彼は悟空の片手を引くと、そのまま首を左右に振る――そんな彼に苛立ち。

 

「そんなこと気にしてる場合じゃねぇだろ! あいつ等、死んじまうぞ!!」

「もうぅ」

 

 それでも、と。 どうしても彼を行かせたくないと首を縦には振らない牛。 その中で繰り上げられる機械の悲鳴と……

 

『きゃあああ!』

「こわいよぉ……」

「ふええええん」

 

中にいるであろう、彼が知らない子どもたちの嘆きの声。 それが、苦痛に変わるとき。

 

「……ちっ」

「悟空……?」

 

 悟空はおもむろに山吹色の道着を脱ぎ……

 

「フェイト、これちょっと預かっててくれ」

「え? ……ええ?」

 

 尻尾を張ったかと思うと、帯のように腰に巻きつける。 これで彼が“尻尾のある人物”とは見れなくなり、山吹色の道着を脱ぎ捨てた姿は、只の青い半そでを着た20代の男性となる。

 しかし……

 

「オラが目立っちまうのがいけねぇってんなら――」

「も!? も、もーー」

「“オレ”じゃないと思わせたらいいんだろ!!」

 

 その身に纏う色が、黄金色であることを除いて……だが。

 不意に握る右こぶしが唸りを上げると、彼の筋肉がわずかに膨張する。 広がる力場は金色の輝き、フレアとも言える漲るチカラはそのまま疾風へと成り変わる。

 悟空は、金色に成る!!

 

「でぇぇや!!」

 

 翔けぬける悟空は正に瞬間の出来事であった。 髪を染め上げた一瞬で観覧車に肉迫すると、そのままシャフトを――ぶち抜く!

 

「あ、あんのバカ、何やってんだ……気持ちはわからなくないが」

「え?」

「――もうも」

「……?」

 

 そのまま観覧車を持ち上げる彼は、壊れそうだったシャフトの代わりとなる。 重さにして数十トンのそれは、碧の目を鋭くさせた戦士にはいささか重い程度の代物。 超常現象を引き起こす彼は、次に声を高らかに警告する。

 

「おめぇら! ケガは無いな!」

「……は、はい」

「よぉし……だったらさっさとそこから消え失せろ! グズグズしてるやつはオレが叩き出してやる、それが嫌ならとっととここから逃げやがれ!!」

『は、……はい!!』

 

 まるで、クモの子散らした絵を見ているよう。 観覧車の周りから野次馬が大挙して消え失せていくところは最早ギャグである。 その風景を見下ろす被害者たちは、少なからず心に余裕を取り戻しつつあるのだろう、どこか苦笑いを浮かべていた。

 

「あ、あのひと……なんなの?」

「やってる事と言い、たぶん……間違いなく悟空の関係者なんでしょうけど……滅茶苦茶すぎるわよ」

 

 それは、もちろんアリサ達も同様である。 さて、悟空が腕を突っ込んだシャフト部分、それの回転がゆっくり行われていく中で、被害者たちを次々に地上へと返していく。 その作業時間にしておおよそ10分。 観覧車の通常運営程度の時間であったそうだ。

 

「この中にいた気は全部いなくなったな……せぇの!」

「……観覧車が」

「とんだ……」

 

 ふわり……すべての景色がスローモーションに切り替わる刹那、大観覧車は遠くの海まで飛んでいく。 何もそこまで、そう考えた者もいただろうが、今この時の彼がどういう経路で投げ飛ばすなんてたどり着いたと、聞くこともできない……いいや、したくない。 だって、それほどに今の悟空は怖い目をしていたのだから。

 

「おい、あいつ誰だよ」

「テレビ呼べテレビ」

「……人間……な訳――」

「こわいよーー!」

「ば、化け物……!」

「…………」

 

 その全貌が、その一部分が、あまりにも現実から離れ、常識から逸脱している彼はどう映ったのだろう。 地上の群集は自分勝手に憶測を広げていき、こともあろうか命の恩人の彼を罵るものまで現れる始末。 眼下に収め、悟空は何を思ったのだろう……――

 

「なんだ?」

「きえた?」

「おい、あいつどこいったんだよ」

 

 瞬間移動にて、この空から消えていくのであった――……

 

 

 

「悟空」

「…………ほぇ」

 

 周りの雑踏を、いいや、雑踏から離れるように夕焼け空をながめる魔法少女たちは、何を思い彼を見送っていたのだろう。 ぽつりとつぶやくフェイトと、なにもしゃべらないなのは、彼女たちの心境は測り兼ねるものがある。

 

「……なんだか、やな気分」

「なにがだ?」

「ほぇ」

「だって、せっかく悟空が頑張ったのにあんな……ひゃい!?」

「ん?」

「悟空?!」

「おっす」

 

 それを悟空が気に留めるかどうかという問題はさておきなのだが。 不意に背中を叩く悟空は、フェイトの背後でにししと笑う。 その後ろからひょっこり顔を出しているお嬢様Sは目が点になっている……それはもちろん、悟空の変異を目の当たりにしてしまったからであるのだが。

 

「悟空いつの間に」

「さっきな、瞬間移動使う時に、こいつらもついでに連れてきたんだ。 いやー! なんだかんだでホント便利だよなぁ」

「ほえ」

『……えっと』

 

 犯人は現場に戻ってくる。 まさにそれを実行した悟空は、背に抱えていたすずかとアリサを地面に降ろしてフェイトから道着をかっさらう。 素早く着込んで尻尾を動かし宙に垂らすころには。

 

「おいあんた」

「ん? おらか?」

「あ、……ん」

「ほえ」

 

 野次馬の一人が、悟空に向かって何かを問いただそうとして……フェイトは思わず息をのむ。

 

「いまここに変な金髪が来なかったか? こう、髪が逆立ってて」

「いんや、オラ知らねぇぞ?」

「そうか、ちくしょうどこに行ったんだ……あ、すまんな、それじゃ」

「おう、気ぃつけろよー」

 

 何事もなく過ぎ去っていく男に、皆が安堵のため息を漏らす。 手を振って見送る悟空は薄く笑うと、指さして彼を笑って尻尾を振っている。 ……あいつ、ここにいるのに馬鹿だなぁ……と。

 

「笑ってる場合なの?」

「ほぇ」

「笑ってる場合なんだ……よな?」

「……そうなんでしょうか」

「――っていうか」

 

 と、悟空が笑いで締めようかというところ、やっとアリサが事の異変を突き立てる。 友達が一人おかしな表情で、先ほどから動物みたいな声を出して突っ立っているのだと。

 

「どうすんのよアレ」

「ほえ……」

「ありゃりゃ。 昨日のフェイトみてぇにおかしくなっちまったなぁ」

「え! 昨日の?」

「おめぇおぼえて……まぁいいや。 めんどくせぇし」

「?」

「さってと、なのは! おい、なのはったら」

「あうあうあうあう~~あう?」

「鳴き声が変わったわよ」

「……まいったなぁ」

 

 肩をもってグラリと揺らすこと10往復。 アホの子から赤ん坊に階級転移(クラスチェンジ)を遂げたなのはに悟空はこめかみを掻く。 小さくこまめに数回の運動は、それだけしか困っていないという暗示だろうか。 小っちゃいツインテールを揺らしてあげると、彼はそのまま。

 

「今日はこのまま帰ぇるか」

「……あう」

「……いいなぁ」

「うらやましい……」

「あんたたち、どんだけよ」

 

 なのはを背中に抱え、長い尾を揺らしてメインゲートへ青いブーツを鳴らしていく。

 

「なんでなのはの奴こうなっちまったんだ? またオラがなんかしたんか?」

「うーん……なのはって知らなかったっけ」

「……アタシたちへの説明を先にお願いしたいんだけど」

「うん……悟空さん、さっきのはなんだったんですか?」

「あれか? ……あれはな――」

 

 夕焼け小焼けが彩る世界のおひざ元、孫悟空は普通の人間と同じく足で帰り路を進んでいく。 瞬間移動の方が早いのに……そんな卿が覚めることは言いっこなしの今日の午後、彼等彼女たちは喧噪の合間を潜り抜けていくのでした。

 もう、騒がしいのはごめんだと言い捨てるかのように。

 

 

 

 ――――そんな、彼を見つめていた者たちが居た。

 

「今回の事故は単なる施設の老朽化……最近起きてるらしい魔導師の襲撃事件とは関係なさそうね」

「えぇ……それにしてもすごいモノを見てしまったわ」

 

 その者たちは遠い彼方から悟空を見ていた。 その背に、そのでん部に悟空と同じく茶色い尾を生やしながら。

 

「リンディさんの報告通り、いいえ、あれには虚偽があると今回確信づいたわ。 ……まったく困ったお方ね」

「けど、あのヒトのそういうところは嫌いじゃないかなぁ。 なんて言っても、歴戦のつわものだし、あれくらいは当然トウゼン」

「あなたはそうやって気楽に……はぁ」

「そう怒りなさんな♪」

「……でも」

「……うん、それ以上にアイツ」

 

 人の身でありながら、人からはずれし彼女たちは花のように微笑み――わらう。 何がおかしい、何が変なのだ。 悟空という存在そのものをまるで遠くから見渡す目をした彼女たちはここで。

 

『なんなのよ、あの力』

 

 鋭くも、危うい目をするに至る。 その目に映るのは夕焼けの紅……世界の王を名乗るという技の色ではなく、最強の遺伝子が放つ生命の輝き――すなわち黄金。 彼女達は思わず歯ぎしりする、彼が『あの子』の周囲に入り込んでいたのは知っていた、でも、あれくらいならまだ対処ができたはずだと……そう軽んじてみていた。

 

「転移系……いわば瞬間移動という代物に、身体機能の増幅だけかと思いきや」

「あんな奥の手があるなんて……あらかじめこの目で見れてよかった」

「力の倍増だけじゃなくて、性格にもかなりの変化が見られたわ。 とてつもなく荒々しい感じ、おそらく一時的に凶暴性が増したんでしょうけど、厄介ね」

「……作戦変更はやむなしか」

 

 ふたを開けてみればなんてことのない、さきが完全に見えてしまった格闘技の試合だ。 完全に勝てる算段の無い状況を見せられ、気落ちしないモノはいない……だからこそ、そこからの挽回に彼女たちは大きく燃える。

 

「こうなったら力で無理矢理というのは止めましょう」

「そうね、ああいうのは大概搦め手に弱いってのが相場の筈、ならそこを突こう」

「えぇ、でもその前に」

「うん」

 

『お父さまに報告しなくちゃ』

 

 其の一言、その致命的な一言を捨て去って、そのふたりの娘は去っていく。 消える環状魔法陣、その遥か後方、紫電を纏わせた女が居ることも知らないで。

 

 

 

 

 

「……ふふ、やっと尻尾を出した」

 

 舌なめずりとはこういう事か、遥か彼方に浮かぶ魔女は、灰色の髪をなだらかに動かしながら、双眼鏡片手に髪を手で梳いていた。

 

「娘の成長記録を付けているときに、いろいろと面白いことが見れたけど……まさかあのひとの“使い”がこんなところにいるなんてねぇ…………うふふ」

 

 軽やかに、煌びやかに、踊るように魔女は嗤う。 それはまるでターレスを彷彿とさせる敵の笑い。 

 

「まったく、あの『ぼうや』もお馬鹿さんなんだから」

 

 微笑んで、ほほえんで……右頬を引きつらせるかのように傾けた彼女はただ……

 

「彼と娘の周りに手を出して――無事で済むと思わない事ね、ふふ……」

 

 微笑むだけしか、今はしないのであった。

 

 今日は、本当にやっと、ここで終わる。

 

 

 




悟空「おっす! オラ悟空」

恭也「おお!? 悟空! おまえ……あの時の!」

悟空「お、そうだぞ恭也。 ほら、おめぇとおんなじくれぇまで背が伸びたんだ、スゲェだろ」

恭也「……あ、あぁ。 しかしそっちよりも伸び縮みするのに驚くんだが」

悟空「そうか? ……そうか。 まぁ、そんなこまけぇこといいじゃねぇか。 ところでよ、なのはの様子はどうだ?」

恭也「ダメだ、帰ってきてから『金髪……金髪のおにいさん』って言ってるだけだ。 お前何かしたんだろ」

悟空「してねぇぞ。 ただ、落ちてきた観覧車をブン投げただけだ」

恭也「……じかい、魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~」

悟空「おい?」

恭也「第37話」

悟空「恭也?」

恭也「探 そ う ぜ! 龍を呼ぶ秘法」

悟空「……遠くの方に不思議な気を感じる……あっちだ」

リンディ「あっち? お願いだから次元世界を座標じゃなくって方向であらわさないで……」

悟空「あっちはあっちだぞ?」

リンディ「……はぁ」

悟空「なんだよため息なんかついちまって……んっじゃまたなっ!」



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第37話 探 そ う ぜ! 龍を呼ぶ秘宝

重力装置を作ったエイミィさんでも悟空が言っていたドラゴンレーダーはきっと作れない。 それは、アースラ艦長もどことなく気付いていた。
だが、彼女は――エイミィ以上の天才が居ればどうだろうか?

今回の話は中身のないギャグ回だと思ってください。
不必要なパロも入ってますのであしからず。 評判悪ければ今後はパロネタはDBないだけにとどめるつもりっす。

では、37話です。


 それは、孫悟空がデートから帰還して30時間たった頃であろうか。

 

「……ん?」

 

 唐突に小首を捻って見せた彼はどこか遠くを見つめていた。 それを横目で見て、尋常じゃないと感じたフェレット姿のユーノは彼の足、膝、肩と登って頭の上に乗っかり揺さぶる。

 

「悟空さん、どうかしたんですか?」

「んん……なんか変なんだよなぁ」

「へん? なにがですか?」

「んーー」

 

 腕を組み、しっぽをフリ、嫌でも周りにわかるくらいに象るポーズは、彼が本気で悩んでいるから。 ついに動いた眉が上下の運動を3往復する頃であろう。 悟空は、今度はいきなり立ち上がる。

 

「あわわ」

「よっと」

「悟空さん?」

「ちぃとよ、このままいくぞ」

「はい?」

 

 人差し指と中指を立てた右手、その例のポーズを見たユーノは半ば条件反射で悟空のツンツンあたまの一角をちいさな“おてて”で握り、決してはぐれないようにと目をつむり……――――

 

 彼らは、この世界から瞬間移動していくのであった。

 

「悟空君、ユーノくん、お茶菓子が……あれ?」

 

 台所から出てくる、エプロン装備の桃子を置いて行って。

 

 

 

PM12時 ミッドチルダ一室。

 

「相変わらず不可思議な物よねぇ……硬そうでいて柔らかさがあって、天然ゴムくらいの硬度かしら?」

 

 白い機械の部屋に数人の男女がいた。 それらは様々な色の髪を流して、たった一つの石ころを転がし、弄んでいる。 そう、彼等の手に余るそれは、確かに“もてあそばれている”と言えようか。

 男女の内の一人、ミントグリーンの女がそれを持つ。 今まで防護ようの封印と刻まれたケースに入れられたのは、彼女達が独自にロストロギア級と指定した、いまだこの世界の住人ほとんどに存在を隠され、無いモノとされているモノ……

 

「ドラゴンボール……ねぇ。 ゴクウが言うには“イーシンチュウ”ってヤツらしいけど、こんなもんでホントに何でも願いがかなう龍っていうのがあらわれるもんなのかねぇ」

 

 龍球……その名を口にするはオレンジの髪を持つ女性。 身長はおおよそ160センチ後半の女性にしては高身長。 すらりと伸びた背と、鍛えられ、均整な身体は彼女の職業を即座に連想させる。

 

――拳闘士(グラップラー)

 

 それが彼女の役割であり、彼の最強戦士たちと同じ立ち位置でもある。 そんな彼女の背後には誰もいない、いないはずなのに……

 

「それが出てくんだよな」

「へぇ……いったいどんなもんなんだい」

「こう、ひげが生えててよ、とてつもなくデカいんだぞ? そりゃもう大猿になったサイヤ人以上にな」

「はぁ……あの大猿以上に大きいねぇ」

「そうだ」

 

 なぜか成立する会話。 どんどん弾んでいくそれに、女性……アルフの背後から伸びるふさふさのシッポは大振りに振られていく。 いかにも気分いいですよぉ~なんて、耳を垂れる姿も、彼からすれば微笑を禁じ得ない幼子の姿に映るだろう。

 

「……」

「お?」

 

 後ろを向き。

 

「にぃ!」

「……は」

 

 片眉あげて……総毛立つ!!

 

「~~~~ッ!!? ゴ、ゴクウ!!」

「オッス! ”このあいだ”はあんがとな、いろいろ助かった」

『!!?』

 

 アルフが叫び飛び跳ねる最中、やっと気づいた周囲もざわめきを解き放つ。 いつ、どこに! セキュリティーは!? 散々苦労して構築した防御壁も彼の前では襖(ふすま)程度の一枚戸に変わりない。 冗談ではない事態に、これを作り上げたエイミィは『へなり』と尻餅をついてしまっていた。

 

「相変わらずの神出鬼没っぷり……アンタ、もうなんでもありか!」

「まぁまぁ、オラだって驚かしたくてこうしたわけじゃねぇンだぞ? ただ、気になることがあってさ」

「?」

 

 山吹色の道着が揺れ動く。 同時、彼が向かうのは赤い一番星の龍球、一星球である。 持ち上げ、見渡し、明かりに掲げる。

 

「悟空君?」

「孫くん?」

「あいついったい何を」

 

 その姿がわからないと、彼に呼びかける声がいくつか。 この部屋にいる数名……アルフを最初に、リンディ、プレシア、クロノ、そして既に喋ることをやめたエイミィの四人が、この部屋で内緒話をしていたのである。

 それを、聞くために来た彼ではないのだが……

 

「やっぱそうだ」

 

 ……ないのだが、ここで一つ、彼には話さなければいけないことが出来てしまったのである。

 

「どうかしたの?」

「実はな」

 

 切り出したのはリンディ。 いつも通りの難しい顔で向き直る姿はさっそくの仕事モードだ。 揺れる前髪を治す仕草は、なんとも大人の雰囲気を醸し出している。

 

「オラ今、ここにいるみんなの気を探ってきたんじゃねぇんだ」

「……どういうことかしら」

 

 その顔は、より一層鋭さを増していた。

 

「オラの瞬間移動が、場所じゃなくって人を思い浮かべんのは言ったよな」

「えぇ」

「そうなの!?」

「あ、そういやアルフには大まかにしか言ってなかったか。 まぁ、そこらへんはいいんだけど、今回は知らない不思議な気……それが付いたり消えたりして気になったから飛んでみたんだ」

『ついたり消えたり?』

「あぁ」

 

 事ここに至っても見えない悟空の言いたいこと。 それがどうかしたのかと、耳を垂れるアルフは尻尾もたれる。 それは皆も同じであろう、悟空に向かって疑問の視線を飛ばすこと30秒。

 

「たぶん、オラいまここにある一星球を辿って瞬間移動できたんだと思う」

『なんだって!?』

「??」

 

 悟空の声に、オオカミ以外が叫びをあげる。

 

「悟空さん! もしかして悟空さんはドラゴンボールのある位置がわかるんですか!?」

「……あぁ、そういうことか……なんだって!!」

「アルフ、おめぇおせぇぞ」

 

 あたまの上にいる小動物にうなずき、驚くオオカミに頭をかく悟空は大きく笑う。 そんな彼に、いまだに声を掛けない人物は顎をさすって視線を流す。 冷たく鋭く、冬の河川のように冷静なそれは、目の前の宝を我慢するトレジャーハンターのようである。

 

「孫くん」

「……どした」

「もしかして、ほかのドラゴンボールの位置もわかったりするの?」

『――!?』

「…………」

 

 彼女はやはり、かなり冷静だった。 今ある宝よりも、これから手に入る財宝を……そう、心で誓うかのように先を読む彼女は既に老練の域に入ったのであろう。 それがわからないリンディではなく、彼女の発言にそろって首を縦に振る。

 ……そんな彼女たちに。

 

「はは! それがよ?」

『……?』

「これがさっぱりなんだ! いやー参った」

『あらら――』

 

 悟空は足元すくって転げさせてみせる。 片腕を後頭部に持っていった彼の、なんと明るい笑顔だろう。 完全にお手上げと、開き直った彼は底抜けの笑い声で誤魔化していく。

 

「まぁ、そんなに都合のいい展開は求めていなかったわ。 こんな極上のロストロギアがホイホイと――」

 

 見つかるわけが、プレシアとリンディは頭を抱えようと恰好もよろしく佇もうとしていた。 のだが。

 

「ドラゴンレーダーがあれば半日でさがせるのによぉ……ちくしょう、困ったなぁ」

『……ふぅ』

 

 彼の言葉に、既に疲れの色を見せ始めていた。

 

「どうしましょう。 今の声は流しておくべきだと思いますか、プレシアさん」

「そうした方がいいと言いたいところだけど、一応触れておくべきだと思うわリンディさん」

「なんだおめぇたち、こそこそと内緒話か?」

『えぇ、お気になさらず』

「そっか」

 

 いきなりの現実逃避は心の安らぎを求めたモノ。 なんと都合のいいものが存在するのだろうと、漏らした声の後に襲い来る焦燥感。 そして……

 

「ねぇ、孫くん」

「どした」

「そのレーダーって……誰が作ったの?」

「ドラゴンレーダーか? あれはブルマが……いくつだっけかなぁ、オラが12のころだから多分、14、5の時に作ったって言ってたっけか」

「…………そう」

 

 迫りくるのは己がプライドを傷つけられたプレシアの、深い溜息。

 

「この何の変哲もない水晶を判別する道具を……そう」

「お、おい?」

「たった15、6の生娘風情に作れて……ええ」

「プレシアさん?」

 

 わなわなと振るえていくはプレシアの白衣。 纏うそれを宙に浮かせて、紫のドレスへと魔力変換した彼女は即座に研究者の顔となる。 彼女の、闘いの時が訪れる。

 

「仮にも大魔導師と名乗ったこの私に作れないのは――――頭に来るわね」

「あぁ……あの人に変なスイッチが入ってしまった」

「オラ、しーらねっと――うぉ!?」

 

 逃げる者は許さない!! 忍び足でその場から消えようとしていた悟空の青い帯が強引に引っ張られる。 解ける方向ではなく締め付けられる感覚に悟空は一気に肺から空気を吐き出させられる。 苦しいと、愚痴る隙すらないままに……

 

「教えなさい、その装置!」

「お、……おう」

『……南無』

 

 猛る女に紫のバインドで身を拘束され、それでもまだ逆らおうという気が起きない今日の悟空は、そのまま熱い眼をした彼女の言いなりになり、皆が両手を合わせる中で昔を思い出していくのであった。

 

「形はどういうの?」

「丸っこくてよ、手の平に……」

 

 その風景が、どうしてだろう。

 

「ボタンはひとつしかないの……へぇ、なかなかシンプルなのね」

「そんで押すたびにさがしてくれる範囲が――」

 

 とても彼女が楽しそうにしているのは……

 

「大体の範囲をカバーできて、尚且つこのボールが持つ独特の性質をキャッチできる……うーん」

「……オラ帰ってもいいか?」

「食事は用意してあげるから食べていきなさい。 もう少し聞きたいことがあるの」

「え、……お、おぉ」

 

 困っているように見えて、戦時中の悟空のような笑みを浮かべているのは……

 

「……どうだ、出来そうか?」

「そうねぇ、もうあと一個くらいサンプルが欲しいところだわ」

「そっか……ん」

「アイツ、あんな顔もできるんだ」

「アルフさん?」

「あ、あ~~いや、つい数週間前だったら絶対にしない顔だったから。 なんだか見てていい気分になって来るっていうか……ゴクウみたいなんだ」

「……そうね」

 

 きっと、やはり、間違いなく、気のせいではなかっただろう。 まるで日めくりの様に過ぎていく彼女たちの時間。

 

「いってきまーす……――――」

「いきなり出かけるってゴクウ……どこ行ったの?」

「さぁ?」

 

 その間の事件後検証もコソコソと裏から手をまわしてやり過ごし、悟空が“ただのサイヤ系地球人”という説明を繰り返すこと3回、日数にして10日が経過した頃であろう。

 

「はぁ……出来ない」

「……ダメそうかい?」

「あぁ、アルフ。 そうね、孫くんが言っていた装置を作ったという娘はとてつもない天才よ。 とてもじゃないけどわたしにはこのボールを探すどころか、判別する機械を作ることすらできないでしょう」

「そっか……」

 

 睡眠時間のほとんどを削った女が、あまり見ない組み合わせで部屋の中でため息をついていた。 足りない、なにか、自分には出来なかった発想があるはずだと、己の専門分野の狭さを呪うかのような彼女。

 それを、持ってきたブラックコーヒーを差し入れながらに手渡すのはアルフ。 何となく機械の画面を見た彼女は、そのまま耳を傾けると――……

 

「ゴクウ?」

「お、最近反応が早くなったな。 瞬間移動に慣れてきたんか?」

「そんなもんになれるわけないだろうに、で? どうしたんだい」

 

 風を切る音に、あいつが帰ってきたと振り向いた。 その姿が毎回早くなることを、別の意味で喜ぶ悟空は平常運転であろう。 さて、ここで悟空の手荷物があるのだが、それはちいさな袋がひとつだけという、激励にしてはやけにおとなしい装備であった。

 

「……どこに行ってたの? 御嬢さんの所かしら」

「それもあっけど……実はな」

『?』

 

 どうしてか、悟空の顔が嬉しそうに見えたのは。 彼の持つ小さな袋、革製で紐でくくられた、一辺50センチ程度のそれは、プレシアに近づいたときであろう……

 

「え? なんだいそれ……光った?」

「こっちのイーシンチュウも光った……もしかしてあなたの……?」

「にしし」

 

 いたずら小僧参上! 彼の衣服を見たリンディだけは何となく思いつく。 煤汚れに泥汚れ、なぜかところどころ汚い彼の姿はまるで探検家。 それが、そのことが意味することなど――ただ一つ。

 

「偶然、こっから何回か瞬間移動して見つけた世界にあった火山のふもとに転がってたんだ。 まさか地球上じゃなくって、『世界中』にあるってのはおでれぇたけど、何とか見つけてきたんだ」

「……はい?」

「はは、『ほしみっつです!』――ってやつだな」

『……お!?』

 

 三ツ星の輝きが皆の視線を奪った。 その光は赤で、包む色はオレンジ、彼が携えた土産はもう、言わずとも知れた天下の秘宝である。

 

「三星球ゲットーー!」

「なんっ」

「です――」

「てええええええ!!」

「……あら」

 

 掲げた右手に光る石。 三個目のドラゴンボールたるそれが、あるべき主のもとに還ってきていた。 淡く光るオレンジは、暗い研究室をほんのりと染め上げる。 その色が、どうにも気に食わなかったのだろう。

 

「なによ、自分一人で見つけられるんじゃない」

「……あ」

 

 驚くクロノのその後ろで、プレシアが一人黄昏の風を吹かせていた。 見る者の目をそらさせるかのようなそれは、あまりにも色の無い瞳と相まって、言い知れぬ迫力を醸し出す……なかで。

 

「そんじゃ、これ置いておくからな」

「……はい?」

 

 悟空は、何事もなく彼女に近づいていく。 机の上に置いたのは三星球、それがきらりと輝くと、先ほどまでの光りが急速に失われていく。 まるで、悟空がその場から離れると同時にも見えたのは気のせいか否か……だが、それを気にすることは誰にもできず。

 

「あなた、何してるの?」

「なにって、おめぇが言ったんだろ?」

「わたしが――」

「はう?!」

 

 わからないと、眼光益々鋭いプレシアはどうしてか背後にプラズマを浮きただ寄せる。 それに触れてしまったクロノは既に喋らないのだが、母親のリンディですら気に留めていない。 それほどに、今のプレシアの姿が恐ろしくて――

 

「なにを……」

「もう一個あればって、おめぇが言ったんだろ? 四星球はじっちゃんの形見だからな、手元に置いておきたかったし、だから見つけてきたんだぞ」

「あぁ、そういう事。 悟空君、それで偶にいなくなったり……」

「……え?」

「んじゃ、後は任せた。 オラやることあっから行くな!」

 

 危うく見えたから。 いつかのように無理をしているのでは、そう考えていたのは何もリンディだけではなかった……かもしれない。 悟空は、呆気にとられているプレシアの前に三星球を置いたまま、その部屋から出ていく。 まるで、後を託す先人のように。

 

「あの子……バカねぇ。 これじゃ目的と手段が逆じゃない」

「そういう子みたいですね、彼。 実は結構難しかったんだと思います、いたるところが汚れていたし」

「まるであの子みたいに探してきて……こっちはもう、返せるのが何もないのに」

「彼がもし見返りを要求するなら――きっと」

 

 去る彼を誰も追わない。 キザッたらしいこの演出も、彼がやるからこそその匂いを醸し出さない。 その姿に“我が子”を重ね、見てしまったプレシアはそっぽを向く。 誰にも、今の顔を見られたくないから。

 そんな彼女達が思い浮かべる悟空の言葉、シルエットだけが出てきて、動く口元を声を出してなぞっていくと自然、同じ言葉がリンディとプレシアから出されていた。

 

『つまんねぇ顔しねぇでわらってりゃあそれでいい……か』

 

……と。

 

 子供みたいな青年の笑顔を幻視しながら、今日も研究室から雷光が鳴り響く。 試しては失敗して、それでも次へと挑戦をやめない。

 

「失敗が苛立ちにならないなんて……何年ぶりかしら、こんな感覚」

 

 プレシアを少し、童心へと返す今月最後の週末であった。 時は、それからさらに10日ほど巻き上げられる。

 

 

 

 高町家――リビング。

 

 数日前、カレンダーを一枚切り捨てました。 桜の花びらが散ってしまい、緑色の芽が開く前のこの時期は、空気がジメジメし始めてなんだか嫌な気分。 こういう日は思いっきり遊ぶのがいいんですけど。

 

「はぁ……なんでいつもわたしだけ知らないんだろう」

 

 心の中には二つの顔。 あったかい笑顔の悟空くんと、『あの時』初めて知った氷のように冷たいあのひと……今まで、もちろんこのあいだのデートの時にも時々思い出していたあのひとは……なんでかわたしの心を引きつけてました。

 

「こわいから? ああいう目をされたのは初めてだったから? ……でも、どうしても気になっちゃった」

 

 全身が傷だらけでも、わたしの事を気にかけて、声をかけて、引っ張り上げてくれたその人の名前は聞けなくて、もちろん知らなかったのでした――このあいだまでは。

 

「とってもきれいな目をしてたなぁ……緑色で、外国人さんみたいに整った感じで……はぁ」

 

 思い描いているのはあの金髪のお兄さん――だった人。 今はもう、その人はいません、え? 死んじゃった? ……それは誤解で、実はその人は今……

 

――――今日は帰らねぇ、メシはどっかで適当に済ませてくるからな。

 

「こんな置手紙だけ書いてどこ行っちゃったの? ……もう、怒ってないから」

 

 この世界には、もしかしたらいないのかもしれません。

 

「4月のころみたいに突然いなくなっちゃうよりはいいかもしれないけど、これじゃみんな心配しちゃうよ。 悟空くんのバカ」

 

 昨日あったちょっとしたケンカが原因で、悟空くんがいなくなっちゃった。 少なくともこの時のわたしはそう思っていたし、事態はそれほどにも重いモノだと思っていなかったのです。 ……あの子が来るまでは。

 

「ごめんくださーい」

「え? この声」

 

 均整にそろったきれいな声。 静かで、それでいて強さって言うのを感じるこの声は、最近お友達になった……

 

「フェイトちゃん!?」

「はぁ、はぁ」

「どうしたの? 息、とっても乱れてるけど」

「――んく」

「あ、今お水持ってくるね」

 

 えっと、お水よりお茶かな? あんまり火は使わないでって言われてるし、ポットのお湯でもいいよね。 確か茶葉が食器棚の一番下に……上だっけ?

 

「いいんだ――」

「……ほぇ?」

「それよりも……悟空、悟空はいない…よね…?」

「え、えっと」

 

 いないよね? どういう事かな、それじゃなんだかここに悟空くんがいないって解ってるみたいな……どうしたんだろ?

 

「悟空が……悟空が……」

「悟空くん?」

「悟空がいないの!!」

「――え?」

 

 ……うん、ここにもいないけど。

 

「そうじゃないの!」

「ふぇ、フェイトちゃん落ち着いて。 何がどうなってるのかわたし、よくわかんないよ」

「あ、ごめん……」

 

 これはどうにもとんでもない事態の様です。 悟空くんがフラッといなくなっちゃうのはいつもの事だけど、こんなふうにフェイトちゃんが動揺するのは見たことが無い。 いつも冷静沈着で、ターレスってひとと戦った時も心強かったこの子がこうも慌てるんだもん、きっと恐ろしいことが――

 

「悟空ね、今日がハンバーグだって知ってるはずなのに、晩御飯はいらないって言って飛び出したの。 もしかしてこっちでもっとおいしいモノが出るからとも思ったんだけど、だったらそういうはずだし」

「……えっと」

「もしかしたらとんでもないことに巻き込まれたんじゃ――それをわたしたちに悟らせないように気を使って……悟空の手助けを――!」

「……あ、うん…………」

 

 ……どうしよう。 フェイトちゃんの将来の方がものすごく心配になってきちゃった。 

 

「大丈夫だよ」

「どうして! 悟空が心配じゃないの!?」

「悟空くんはもう、お子様じゃないんだよ? むしろ、わたしたちよりもずっと大人のお兄さんだし……そんな気はしないけど」

「そうだよ! そうなんだよ……でも、やっぱり心配だよ」

 

 ……う~ん。 こういうのを過保護って言うのかな? あ、家中を行ったり来たりし始めた、どうしよう、金髪と相まってお母さんがいない『ひよこ』みたいに見えてきて……その……とってもほほえましいな。

 

「う~~」

「…にゃ…はは」

 

 あーあ、ついにアタマかかえて唸りはじめちゃった。 どうしよう、ホントどうしよう……悟空くん助けてぇ。

 

「お邪魔する」

「……もう、次から次へと誰!」

「え? あ、すまない、こっちにフェイトが来たかと思ったのだが」

「……あれ?」

 

 今度のお客様はほんの少しだけ年上の男の子、クロノくん。 少しだけ怒鳴っちゃったからかな、ほんの少しだけ目が丸いや……悪いことしちゃったかな。

 

「クロノ?」

「キミは……母親がこっちに内緒に来たときに一緒に帰ったと思ったらまたこれか。 どうやってこっちに来たんだ」

「……えへへ」

「笑ってごまかそうとするな、僕だって怒るときは怒るんだぞ。 ほら、悟空は放っておけば帰ってこれるし、心配ないはずだからさっさと帰ろう」

「でも……」

「……そんな子供をさらわれた親みたいな顔をするもんじゃない。 というより、年齢的には彼の方が保護者の立場だろうに」

「けど」

「仕方ない」

 

 あ、え? クロノくんバリアジャケットを発動したの? フェイトちゃんの顔色が変わった――

 

「見逃してくれないなら……」

「アイツ直伝、魔力版太陽拳!」

「ま、眩し――」

 

 なに!? いきなりクロノくんのデバイスが光って……眩しいよ、何にも見えない。

 

「さぁ、捕まえた。 さっさと行こう」

「バインド!? クロノ離して――」

「断る。 悟空のせいで感覚がくるってはいるが、本来ならこうやって管理外世界に行き来すること自体マズイんだ、頼むから引き返してくれ」

「む~~む~~」

「すまない、邪魔をした」

「は、はぁ……お気をつけて」

 

 段々と見えてきたころには、若干変な縛り上げられ方をしたフェイトちゃんを、川で魚を取った悟空くんみたいな感じで持ち上げているクロノくんがいました。 あ、フェイトちゃん逆さにされちゃって頭に血が上ってる。 ……もう少し気を使ってあげてもいいんじゃないでしょうか……わたし達女の子なんですけど。

 

「……静かになっちゃった。 こういうの、なんか久しぶりかも」

 

 もう、いなくなっちゃったふたりはどこかに行ってしまったんでしょうか? 消えてしまった騒ぐ声は、すぐそばから寂しさを連れてくるのです。 あぁ、こんなに静かな日はいつ以来だったかな……お父さんが外国で大怪我して、みんながお店の手伝いでいなくなって……そして一人で――……一人で?

 

「あれ、もう一人いたような……?」

 

 なんだかこんがらがってきちゃった。 ちょっとだけ嫌な気分が消えたのは悩んだせいかな、気分転換しようと思って、窓の外を見上げて――――夜になるまで一日をつぶしていました。

 

 

 暗くなった周囲の景色は、まるで嵐の前の静けさ? そんな物騒なことなんて起こらないから、もう少しだけ騒いでもいいよ、なんてちょっと詩人みたいかな?

 そんなことを思いながら、ちょっとだけ夜空を見ようとした……そんな時でした。

 

「……」

「――ひっ!!」

「た、たすけ……て」

 

 そこには、人の死体が在ったのです。

 

「死んでない……まだ、生きている……虫の息だが……」

「そ、そうですか……えぇっと」

 

 プスプス聞こえる焦げ付いた音は、それほどに高温で焼かれたという証明なんだと思うけど……なんだろう、こんな焼かれ方を前にも見たような気がするんですけど……

 

「……」

「えっと」

「…………ふふ」

「お、おそようございます……は、はは」

 

 まさかのラスボス登場で、心臓が飛び出るかと思いました。

 

「いきなり庭の外に現れないでくださいませんでしょうか、プレシアさん」

「ごめんなさい、御嬢さん――ふふ」

「う、薄く笑うのもなしの方向で……」

「……そう」

 

 外にいた人は最強の魔女でした。 わたしが知る限り、悟空くんの次に強いかもしれないその人は――あぁ、そっか、クロノくんは焼かれたんじゃなくて、感電したんだ。 ……なにしたんだろ。

 

「あぁ、娘の邪魔をする悪い子には魔女の雷(断罪)をプレゼントしたのよ」

「……そう、ですか」

 

 フェイトちゃんがダメな子になるのって、この人のせいなんじゃないだろうか。 家庭環境が良好って意味ではいい事なんだけど……どういえばいいのかわかんないや。

 

「……とりあえず、ユーノを呼んで治療魔法を僕に……かけてくれればいいと……おもう」

「ごめん、いま特訓中でいないみたい」

「……けほっ」

 

 あ、とどめだったかな? クロノくんが喋らなくなっちゃった。 ……ごめんなさい、これ以上はかける言葉が見つからないんです。 だから……

 

「心安らかに――」

「だから死んでないんだよ――くぽっ!?」

「……ふぅ、やっと静かになった」

「……プレシアさん」

 

 いま、なんだかあの人の右足が高速でクロノくんの顎をかすめたような……どうしよう、ここで何か言ったら確実に――されるんだろうな……怖いからこのままにしよう、そうしよう。 酷いヒトだと思いますか? でも、命はひとつしかないんだよ、ごめんなさい。

 

「なんて、無理やりこじつけてみたり」

「……なに言ってるの? あなた」

「なんでもないです」

 

 えっと、取りあえずなんでこういうことになったんだろう。 悟空くん関連だというのは後ろで涙目になってるフェイトちゃんを見ればわかるんだけど。 というよりどうして涙目? 事ここに至るまでどんな仕打ちが行われたの!?

 

「よく聞くセリフだけど……」

「はい?」

「あなたが想像できる限りの仕打ちを思い浮かべてみなさい」

「……えぇ~」

 

 感電、火あぶり、絶食に断水に……何となく鞭打ちとか、あとはうーん……なぶりゴロ――

 

「そんなものは生暖かいエデンと同じよ」

「なにがあったんですかあああ!」

「こわいこわいこわいこわい……ぶるぶる」

「ほら! 変なことしたからフェイトちゃんにおかしなトラウマが!? ちょっと前のユーノくんみたいになっちゃいましたよ!」

「……あとでケアはするわ」

「なにをどうすればこれが治るんですか……」

 

 そんな方法があるんだったら、ぜひとも各医療機関とかに教えてあげてください。 きっとその副参事的な効果で、今の医学界が20年は進歩するとおもうから……はぁ。

 

「さてと、つまらないモノを弄ってしまったからつい昔を……と、関係なかったわ。 そうねぇ、孫くんを探しているっていうのは聞いたわよね?」

「……悟空くんですか?」

「あら、何か複雑そうな顔ね? ケンカでもしたの?」

 

 うく!? このひと、やっぱりとても鋭い……まるで顔に字でも書いてあるかのように心の中を言い当ててくるみたい。 で、でも今回はわたしは悪くないもん、悟空くんがわたしにだけいろんなことを話してくれなかったのがいけなくて……

 

「はぁ」

「?」

「……くわしく、教えてもらいましょうか? そんな泣きそうな顔をしてたんじゃ、話のしようがないわ」

「……あ」

 

 わたし、そんな顔してたかな……ちょっとだけ顔を触れてみるけど、うむむ…わからない…

 

「とにかく彼が私たちの前から姿を消したのは間違いないわ。 ケンカにしろ気まぐれにしろ、理由がわからないのは気味が悪い。 さっさと見つけて足の甲でも踏んづけてあげないと気が済まないわ」

「……はい!」

 

 ちょっと乱暴な言いかただけど、芯の通った強い言葉……かっこいいなぁ、大人になるんだったら、プレシアさんみたいな人になってみたいかも。

 

「……やめときなさい、こんな偏屈な女になってはいけないわ――あなたはあなたになるべきなんだから」

「……?」

 

 言われた言葉の意味は分からないかったけど、それはきっといつか分かることなのかな? ……わかる日が来るべきなのかそうじゃないのかはわからないけど……わたしは、プレシアさんに言われたとおりに、昨日あった出来事を話してみることにしたのです。

 

――30分後。

 

 

 なのはと母さんの話し合いは、案外長いモノになった。 途中、言葉を詰まらせたなのはに、母さんがおかしそうに笑うのはよくわからなかったけど、きっとよくない事ではないと思うから、あんまり問い詰めることはしないでおこう。 なのはにも、人に聞かれたくないことの1つや2つはあるはずだし。

 

「……なるほど。 つまりあなたは今まで、孫くんが超サイヤ人になることと、なった時の姿も知らず、あまつさえ、超化した彼が孫くんだと気付かずに憎からず思っていた……と」

「……はい」

「しかもそれを知ったら知ったで、こみ上げた恥ずかしさで彼から距離を置いてしまった」

「……うぅ」

「そしてそんなことは当然わからない彼に、問い詰められて」

「……」

「きっと顔を思いっきり近づけたんでしょうね。 それで恥ずかしさが頂点になったあなたは……そうねぇ……叩いた?」

「……突き飛ばしました」

「そう、まだ軽い方じゃない」

「けど」

「ふぅ……」

 

 なんだか、まるでその場に居合わせたみたいに細かい状況を言い当てる母さん。 正直、この人の前では隠し事が出来ない気がする。 やっぱり悟空が言ってた通り、母さんはすごいや、なんだってわかっちゃうんだ。

 

「初々しいを通り越して幼稚園児のような……あぁ、ごめんなさい、あなたたちはまだそれくらいの年だったわよね、ふふ」

「あ、え、そ、そうですけど」

 

 あ……いまとっても優しい顔をした。 こういうときの母さんはかなり真面目に謝ってる時だ……最近わかるようになってきたこのやさしい顔、うん、やっぱりわたしはこの顔が好きなんだなぁ。

 

「フェイト?」

「え? な、なんでもないよ?」

「……? まぁ、いいわ。 それよりも、これではっきりしたのが、今回の悟空君の失踪がなのはさん」

「はい」

「あなたにはあまり関係ないって事ね」

「あっとと――そ、そうなんですか?」

「えぇ、彼がその程度であなたから距離を置くくらいだったら、そもそもターレスとの最終決戦後には、断固として周囲を寄せ付けない人間になるわよ。 それくらい、あの子はそういうことに無頓着なのよ」

『??』

 

 どういう意味なんだろう。 それって悟空がわたしたちがこれからは足手まといになるから近くに寄るなって言うかもしれなかったって事? ……言われてみればそうかもしれないけど、そうじゃないからなんで今回の件とは無関係なんだろう。

 

「そのうち判るわよ……えぇ、その内」

「??」

 

 いま、もしかして心を読まれたの? 先読みばっかりするのは反則で、ずるくて……でも、不思議と嫌な感じはしないかな。 どうしてかはまだわからないけど。

 

「えぇと、孫くんの行方……この中で思い当たる節がある子はいる?」

「……」

 

 ……ごめんなさい、分らないです。

 

「そう、手掛かりなし……ね。 まったくあの子、こんなかわいい女の子たちを放りだしてどこへと消えたのやら」

「かわいい」

「おんなのこ」

 

 かあさん、そんなこと言ってないで……えっと、言わないで早く悟空がどこに行ったのか……あの?

 

「ん……わたし、どうしてこんなに彼を頑張って探してるのかしら」

『??』

「そのうち帰って来るとは思うけど……まぁ、退屈だし……それにアレも見てもらいたいし」

「あの……」

「え? あぁごめんなさい、こっちの話よ」

「はぁ」

 

 急に寂しそうな顔で床を見て、そしてどこか遠くを見た母さんは、今までに見たこともないくらいな涼しい顔をしていました。 それがなんなのか、まだ子供のわたしにはわかるわけないんだろうな。 大人になったら、今の母さんの思いがわかるようになるのかな……おとな、かぁ。

 

「二人はどうしたい?」

「心配だし、すぐに会いに行きたい」

「……うん」

 

 ゆっくりだけどなのはも後に続いてくれた。 なのはがついててくれるなら心強いいし、気持ちに迷いも出ない。 一緒に言ってくれるのは、ホントにうれしい。

 

「そう、なら、いきましょうか」

『え?』

「位置までは知らないわよ。 けど、ここ最近彼が瞬間移動していたという場所は聞いていたから、そこからあの子の気まぐれから性格までを計算して割り出した世界があるの」

「……すごいですね、そんなことができるんですか」

「さすがかあさん」

 

 そういう計算――というより、悟空の気まぐれを計算式に組み込める母さんってどんだけなんだろう。 ああいうのって既に確立変動の域……つまり神の領域だからとらえようが無いと思うんだけど。

 

「ふふ、昔とった杵柄(きねづか)というやつよ。 こういう未知の世界を往く研究はお手の物――なのよ」

『はぁ……』

 

 そうなんだ。 でも、これで何とか悟空への手掛かりが――

 

「さて、あの子がいるであろう世界は予測でも58か所」

「……ん?」

「そのすべてを探すんだから相当のモノよ、覚悟なさい」

「……ごじゅうはち?」

 

 ……うん、そうだよね、所詮予測は予測だし、次元世界を行き来できる悟空を追うのにむしろそれだけの数に絞れたこと自体褒められるべきだよね……この地球と同じ大きさの世界を時速100キロでぐるりと回ってもおおよそで400時間。 さらに縦横無尽に探して……無理だよね、どう考えても。

 ちょっとだけ、うつむいたのはなのはも同じ。 だけど、答えはきっと同じだと思うんだ。 ……ほら――いくよ、なのは。

 

「帰ってくるのを待つ?」

『行きます!』

「いいでしょう、では――行きましょう」

 

 ……よかった、気持ちは同じだったんだ。 これで、一緒に探せる。 一緒に……

 

「まずはそうねぇ、適当に管理外世界に行きましょう。 修業好きが高じたかはわからないけど、厳しい環境を選ぶところがあるから」

「……え?」

「場所は見てからのお楽しみなんでしょうけど、そのあとに気にいったら何回か出入りするみたいよ」

「そうなんだ」

「でも気を付けて、この星で言うところの“ジュラ紀”と何ら変わりないところだから」

『……』

 

 いま、なんとおっしゃいましたか。 じゅら? ジュラ? それって白亜とかの親戚みたいな――じゃなくって、ジュラ紀!?

 

「いっくわよぉ」

「ま――」

「またない」

「すこしだけ――」

「そんな時間も与えない……では、出発」

「後生ですからあああ――――    」

 

 

 ――――そうしてわたしたちは、特に意図せずこの世界から消えたのです。 その先が、とてつもない道だとも知りもしないで。

 

 

 

 

 獣の遠吠えが天を裂く。 いま、そこまで上り詰めてやるからと、強靭な血肉を持ち、あまつさえ、それすらもむさぼるほどの貪欲さを弄ぶ動植物が跋扈(ばっこ)した世界。 その中心から遥か遠く。 小さな河川に、この世界には不釣り合いなほどに小さな生物が居た。

 

「へっへ、なかなかスムーズにできるようになったかな?」

「ボクが何となく言ったことだけど、こうも迷わず実行するなんて……」

「なに言ってんだユーノ。 おめぇのその何となくが、オラの……なんて言うんかなぁ、闘志ってヤツに火をつけたんだぜ?」

「……はは」

 

 それは男だった、それは少年だった。 親と子みたいな身長差のふたりは、しかし、あまりにも近しい物言いで語り合うのはまるで親友のよう。 彼らは、そんなことも気にせずに河川から水を汲んでいく。

 

「おめぇ随分手慣れてんのな、いままで山とかで暮らしてたんか?」

「え、まぁ、発掘の現場で、資材が乏しいときなんかは割と日常茶飯事でしたから、こういうのは結構……」

「ふぅん、そっか」

「はい」

 

 ほんのりと浮かべる暗い顔は、さしもの悟空にですらこの話がマズイものだと感じ取らせる。 ここまで空気が読めるようになったよと、あの世とこの世の狭間で釜湯の管理をしている方が聞いたら感涙は禁じ得ないだろう。

 さて、つまらない話はここまでと、悟空が何気なく手に取った小石を弄び始める。

 

「にしても、おめぇ師匠の才能とかあんじゃねぇのか? 結構、オラに足りてないっていうか、気付かなかったことを的確に言うもんなぁ」

「そ、そんな。 ボクはただ、思ったことを言っただけですよ」

「それでも――っよ」

「あ、すごい……38連続」

 

 そうして投げた石は河川を昇り、滝を切る。 天まで届かんと、怪異の叫び声と共にあがる水しぶきは、その周辺を狐の嫁入りで潤わせていく。

 

「なるなって言われた超サイヤ人で、まさか成って修業しろだなんて、今までのオラじゃ見つけらんなかった筈だぞ? たぶん、このまま基礎力だけを上げて、地道にのんびりと修行してたかもしんねぇ」

「ど、どうも……恐縮です……あ」

 

 嬉しそうなのは自分の修行の変化が面白かったから? わからないそれは、それでもユーノは彼の役に立てたからと優しく、うれしく笑っている。 その彼を、少年を見下ろす悟空はそっと、彼の頭を撫でていく。

 

「サンキュウな、ユーノ」

「……はい!」

 

 日が昇ったかのような笑顔は、まさに悟空とうり二つ。 父子の様でいて対等な友人関係を築いていた彼らの関係はどうにも口では言えないモノであろう。 さて、少年をひと撫でした悟空は少し距離を取る。

 

「今日の成果の再確認だな。 これをもう少しぎこちなさを抜けばいい感じに『壁』に近づいて行けると思う」

「……」

「行くぞ!」

「うく――!?」

 

 そうして彼は――“この世界”で何度目かの修行を開始する。

 

「はああああああああああああああああ――――――」

「ま、まず……『通常状態』の超サイヤ人ですね」

「くっ、くうう――」

「ご、悟空さん!?」

「大丈夫だ、気の大体を修行で消費してるだけで、ケガとかはねぇ」

「……」

「そして“次”……だ」

 

 立ち上がる気の奔流、逆立つ髪に、塗り替えられる緑色の視界。 彼の持つ力の色が、最強の金色に染め上げられるとき……世界は、更なる恐怖に身を振るえ上げさせる。

 

「っ――!! はああああああああああああああああああああ」

「  !?  」

 

 彼はいま、周辺の空気を震わせる。 上げる猛る声はそのまま武器になり、周りの岩石を粉砕していく。 河川は逆流し、うねる空は雲を切り裂いていく。 その光景に、理性無き獣たちはなにを思い悟ったのだろう、小さき争いをかなぐり捨てて、安息を求め巣に帰っていく。

 

「はああああああああ―――――だああああああああ――ッガあああああああああ」

 

 そんな彼等を、凍えさせるかのように上げられる世界の断末魔。 それを聞き遂げることが出来た大地が感じたのは……異質の変化を遂げた重量。

 

「…………ギギ――ぐぅう」

 

 逆立った髪の鋭さを増し、筋肉のすべてを肥大化させ、抑えきれない闘気を周囲へ放出していく。 確実に異質さを増した彼の超化、それは既に今までの発動時とは一線を越えるモノへとなっていた。

 

 剛腕を誇る金色の戦士がそこに生まれるのであった。

 

「……! ぐ、ぐぐ――」

「30秒経過」

 

 しかしそれはいまだ未完成。 さらにもうやめてくれと、近場の自然が叫び声を上げる中、ユーノは空中に出したウィンドウで何かを測っている。 それに視線をほんの少し向けた悟空は、そのまま気合を込め続け……

 

「悟空さん! 1分経ちました!」

「ああああああああぁぁぁぁ――――ふぅ」

「新記録ですよ!」

「へ、へへ……やっとこさ1分かぁ。 たったのそんだけで相当参っちまってんなぁ」

 

 出された叫び声に、ふらりとよろめく彼は大地に背を預ける。 バタリと言う音と共に巻き上げられた石つぶての雨が降りしきる中、悟空は昼の空に手をかざす。

 

「いやぁ、やっぱりそう簡単にはユーノが言う“壁”ってのにはたどり着かねェみてぇだな」

「そうなんですか? 今のも十分にすごかったと思いますけど――もしかして今以上を狙ってるんですか!?」

「……まぁな」

「…………はは」

 

 ある意味で笑いを禁じ得ないこの言葉に、思わず息すら飲んだユーノはその場にへたり込む。 どこまでも貪欲な、彼の戦闘思想に目がくらみ、足が震えたのはここだけの秘密。 彼は、少年は少しだけ空を見る。

 

「そんなに、強いんですか?」

「……たぶんな」

 

 そこから出た声は、今までの穏やかさをかなぐり捨てた悲壮なもの。 どうしてそんな声とは悟空は聞かず、ただ、聞かれたことだけを淡々と答えていく。

 

「前に言っただろ? 未来から来たっていうやつの話。 実はそいつも、オラと同じ超サイヤ人になれんだ」

「!?」

「そして実力的にはそん色ねぇ……たぶんな。 腕試し程度だけど、実際にやりあってわかった。 あいつは、決して弱くはねぇ」

「……」

「そんなアイツが手も足も出せないって言ってたんだ、きっととんでもねぇパワーを持ったバケモンなんだと思う……」

 

 その淡々さに、次第に熱が入るのはユーノにもわかる。 彼は今、ほんの少しながら『興奮』しているのだ。

 

「……けどな」

 

不謹慎な話、皆が、そしてあのベジータがやられたというその敵を考えると――腕が鳴るのが彼なのだから。

 

「それ聞いて、ものすげぇ楽しみになっちまうんだ、――困ったもんだよなぁ」

「……そうです……ね」

 

 だから、そんな無茶ばかりを求める彼に、ユーノは心で叫びだすのを抑える。

 

「悟空さん」

「ん?」

「あ、あの。 悟空さん、このまま――」

「?」

 

 このまま……なにを言い出すのかと分らないのはユーノもそうであった。 不意に上げた声も、表情と一緒でとても暗い。 何を言おうとしたんだと、落ち込むことすら出来ないで、彼は出そうとした言葉を……

 

「いえ、何でもないです」

 

 引っ込める。

 

「なぁ、ユーノ」

「はい?」

「“今日”ってまだ終わんねぇのかな」

「……あ、まだみたいですね。 向こうは9時を回ったころだから――7時間ぐらいですか」

「そっか、まだそんなもんかぁ」

「……はい」

「……ん」

 

 もったいぶって言葉を切る少年は、汲んだ水を河原に置いたままに悟空へ向き直る。 その心を汲むかのように、いいや、彼の事なのだからきっとそんな思いはなかったのだろう。 悟空は静かに、晴天の空の下に手のひらをかざして見せる。

 

「お?」

「え?」

 

 そのときであった、悟空の視線は唐突に明後日の方向へのびていく。 まだまだ太陽が頭上で燃え盛る時間帯に、原生生物、植物諸々が大きく背伸びし風にゆられている。 その揺れがひとつ、激しさを増していく気がした。

 

「……アイツら、晩飯は勝手に食うって言ったのにな」

「はい?」

 

 それと同時に、この未開の惑星へ降り立つ知っている”気”がいくつか。 強い子、優しい子、気高いヒト……どれもが当てはまる彼女たちの出現に悟空は笑い――

 

[ガアアアアアアア――]

[クキュルルルルルル!!]

「はは、あいつらを刺激しちまったみてぇだな」

「……大丈夫でしょうか?」

「大ぇ丈夫、死にそうになったら助けるさ!」

「……」

 

 世界における強者たちは歓迎の雄叫びを披露する。 怪異も驚異も権威も何もかもを表す一声の数々は、この世界に湧いて出た弱者をひねりつぶさんと……襲い掛かっていくのであった。 ……もちろん、悟空がいる方向からは遠ざかるようにしてだが。

 

「……お、はは! そっちは谷だぞ、そのまま行くとおっこち――あ、落ちやがった」

「え?」

「フェイトの奴、さっさと変身しちまえばいいのに……お? プテラノドンに捕まったかな?」

「……」

「プレシアはすげぇなぁ、襲い掛かってきたレックスをもう手なずけやがった。 さすがだぞ」

「…………えぇ~~」

 

 目で見ないで、耳をも使わず、感覚だけでこの世界の情景を瞬時に掴む悟空は正にお手の物。 散り散りになった女衆をいうなれば手玉に取るかのように、行われていく珍事を笑う彼はどこまで本気なのだろう。

 

「……うそ、ですよね?」

「なにがだ?」

「……ごくり――なのはがあぶない!?」

「あ、そういや崖から落ちてたんだよな……助けたほうがいいんかな」

「そりゃ――」

「でも、変身すりゃ平気なんだろ?」

「それは……どうなんだろう――でも、今はとにかく助けに行かないと!」

 

 ……実はかなり本気で会ったらしい。 戦慄と困惑を隠せないユーノは、即座に戦闘態勢を整えようと駆け出した……駆けださして……駆け出したかった。

 

「……えっと」

[……ぐる]

「そこをどいてくださいませんでしょうか?」

[……ふっ]

「恐竜に鼻で笑われた!?」

 

 偶然横を通り抜けようとする“ジュラ児”に通せん坊を喰らってしまう。

 

「えっと」

 

 引けば――

 

[ぐるぅ]

 

 唸り。

 

「ここを……」

 

 押せば……

 

[……だらーー]

 

 よだれを垂らしながら待ち構える。 明らかにここから先には近寄りませんよという彼は、その実悟空の半径数メートル以内には入らないようにしていた。 なぜこのような事態が行われているかというと。

 

「こいつら、なんか昨日の晩飯あたりから妙におとなしいんだよな」

「そ、それは……あんなことがあれば誰だって」

「あんなこと? オラあいつらに“は”なんもしてねぇとおもったんだけどなぁ」

「は、……はは」

 

 その秘密は悟空が前に食した“御馳走”に秘密があったのである。 悟空の後ろの河川、そのさらに後ろ……河川の向こう側には、目に余り、山のように気づき上げられた骨の山があった。 ……骨の山があった。

 

「にしても、ここの奴らは食いごたえがいいな。 まるでパオズ山にいるみてぇでオラ、思わず食いすぎたかもだしな」

「あれで……食いすぎ程度だったんですか」

 

 大中……特大! まるでどこぞの狩猟ゲームかサバイバルゲームの中にあるかのような骨の山は、実のところたった一匹の怪物、つまり恐竜の成れの果てである。 彼はこの近辺では屈強と貫禄を持ち合わせていた猛者であった。

 鳴きは恐れられ、歩けば大地が唸りを上げて地割れが起きるほどの“凶竜”であった――

 

「まぁな、最近はあんまし食えてなかった気がするし、何より久々の山いっぱいの肉だったしでオラとしたことがつい興奮しちまったな――はは!」

「……」

 

 それが、それが――新参者だと蹴散らそうとしたちっぽけなフェレットもどき、その後ろのいる戦闘民族に会われ、憐れ、哀れ……だが勘違いしてはいけない、獣は考えなしではなかった。 本能で悟り、後ずさり……それが己がプライドを傷つけたことをも承知で後退をしようともした。

 それでも、『にこり』と笑う彼がつぶやいた――

 

 

――――なんだ、パオズ山に居るヤツよりは“ちいさい”な……

 

 

 この一言でキレてしまった。 たった一言で、いままでのすべてを否定されたと思ったのだろう。 息を巻き、無謀へと踏み込んだ凶なる竜は高らかに咆えて――

 

 

――――おせぇ。

 

 

 これより先はもう、恐竜の記憶は途切れている。 まさかの幕切れ、強者を相手取ったその先は――無残な死。 だが、しかし……それに賞賛を送るものも確かにいたのだ。

 

「昨日のヤツはホントにうまかったなぁ、食いごたえに脂のノリ、……最高だったな」

「……え、えぇ」

 

 彼の食物連鎖にささげる“供養”の言の葉は届いただろうか、きっと、届いていると思いたい。 ……なにを言いたいのかというと。

 

「……悟空さん気付いてないんだ。 今のいままで“テッペン”をとってた恐竜をポッと出てきて圧倒して、尚且つ骨を残して食べちゃったんだもん……そりゃあんな『ちいさい』恐竜たちが尻尾をまく訳だよ……」

「ん?」

「……はぁ」

 

 野生の掟をただ、忠実に守っているのは恐竜達の方。 ただ、それだけなのである。 弱肉強食とはこうもおそろしいモノか、孫悟空、人類であって霊長類ではない彼は今日も元気に……

 

「うっし! そろそろ迎えに行ってやっか!」

「――はい……」

 

 ユーノを引っ張り上げていく。

 

 そのあとの彼は本当に早かった。

 

「きゃあああああ~~おちるぅぅぅ――」

「……?」

「あぁ……いままでの出来事がモノローグ調に……これが走馬灯っていうんだね。 早い、速いよ、馬が走る速度ってよくできたことばだよぉーーーー!」

「なに遊んでんだアイツ、とっとと変身しちまえばいいのに……ま、いざとなったら“れいじんぐはーと”が助けんだろ、次々――……筋斗雲だけでも置いて行った方がいいんかなぁ? 【どう思う?】」

[…………Oh]

 

 高高度より今まで生きてきた9年分の過去を思い出して、一枚一枚ページを逆さにめくっていくなのはを……放っておいて。

 

「バルディッシュ! バルディッシューー……」

[…………]

「あーあ、フェイトの奴“ばるでぃっしゅ”を落としやがったなぁ?」 

「うぇぇええん、もう駄目、無理だよおおお」

「仕方ねぇなぁ、ちょっとだけ助けてやっかな」

「たすけて……悟空――!」

「――波ッ!」

「ギャアアアア!?」

「きゃあああ!?」

[……――!?]

「あとはおめぇが助けてやってくれ、オラ、今度はプレシアんとこの恐竜“を”たすけてやんねぇと」

 

 完全にいろんなものから踏み外すところまで追い込まれたフェイトを、ガシリと掴むプテラに掌底を遠距離から放ち、打ち落とし、零れていた黄色い三角形を彼女の方へと投擲して。

 

「遅いわ急ぎなさい、このままの速度だったら恭也くんの乗ってる自転車のほうが遥かにマシよ?」

「ぐわぁ――グワァ!!」

「そうよ、いい仔ねぇ。 ご褒美に――――電撃を5万ボルトにまで下げてあげる」

「グワァ……」

「あら、安心して速度が落ちたわ……喜びなさい、今までの10倍にしてあげる」

「がああああ!?」

「あ、あいつやりたい放題だなぁ。 恐竜相手にまるでタクシーみてぇに操ってんぞ……」

「さぁ、さっさと泣き叫んでるウチの子の所まで向かって頂戴。 ハリー!」

「ぐわぁ」

「ハリー!!」

「ぐわわぁ!?」

「…ごめんな、オラには何にも出来そうにねぇ。 あきらめてくれ………」

 

 T-レックスに電撃の手綱を括り付ける女王様から、秘かに遠ざかったりしながら、結局彼は子供たちの所に……――

 

「――……ほい、まずは一人」

「ほぇ?」

 

 瞬間移動して……――

 

「――……結局こうなっちまったか、無理はさせちゃダメだったなぁ」

「……あ、れ?」

 

 少女二人を抱えて河原へ降りていく。

 

「賽の河原?」

「天の川だ……」

「なのは、それは違うぞ。 フェイトも、そう言うなら――えっと? たしか“さんずの川”ってんだぞ」

『あはは……うふふ』

「……ダメかこりゃ」

 

 大きすぎたショックに、目の焦点を右へ左へかき乱していく少女達。 ヒラヒラと手を振る悟空の事なんか見えていないのだろう、半開きの口からは、悟空にとってなじみ深いような白い光がこぼれようとしていた。

 それを見て、彼女たちを抱きしめ、小さな頭を包んだ両の腕に力を少しだけ――入れる!!

 

「破ッ」

『――きゃうん?!』

 

 瞬間的に振るわれた手首のスナップで景色が揺れる。 遠のく世界へ強引に送還され、毎日ハンコを押してる赤い大男から彼女たちは潔く遠ざかっていくのであった。

 

「起きたか?」

「……」

「ご、空?」

「おっす!」

『…………』

 

 お首をコクリ、横に傾けた少女たちは只今暗算中。 計算式は単純だ、異世界+危険+目標発見=……壮大な罠。 あぁ、と、呟いた彼女、特にフェイトはここで大きく距離を取る。

 

「だれ!?」

「オラだオラ」

「で、でも――ずっと探していなかったのに……こ、こんな簡単に見つかるわけ……」

「ほぇ」

「そりゃ、そんな簡単に見つからねぇ世界に引きこもってたんだしなぁ……なぁ?」

「あ、はは」

 

 話しかけ、話し続け、やっと彼が放つ雰囲気に包まれた彼女達はどうしたのだろう、ポテリと尻餅ついて空を見上げる。 ――あぁ、今飛んで行ったのはさっきと同じ種類のかな……などと呟き捨てると同時、子どもたちは一機に走り出す。

 

「悟空くん!」

「悟空!!」

「お? なんだおめぇたち、泣いてんのか?」

『泣いてないもん!』

「……そっか」

 

 足元に駆け寄り、抱きつき、引き寄せ、道着のズボンに顔をうずめていく。 顔を左右にさすること3往復、おえつが聞こえたかと思いきや叫んだ彼女たちに微笑みひとつ。 悟空は、それから1分のあいだはしゃべらなかったそうだ。

 

「にしてもおめぇたち、ここまでよく来たな? 結構“とおく”の世界だと思ったんだけどなぁ」

「そ、それは……」

「プレシアさんがどんどん行くから……その」

「はは、そっか。 アイツのおかげかぁ……そりゃ納得だ」

 

 雨のち晴れ。 曇った表情そのままに、子どもたちと会話をする悟空は、聞いた事情に苦笑い。 なんで居なくなったのと、口をとがらせた少女達の機関銃のような猛攻を受けながら……やっと彼は理由を言う。

 

「実はな、もっかい修行を――」

「それで出かけたの!?」

「だったらあんな――!」

「あ、いや、な? それ以外にもちゃんと理由はあんだぞ?」

『……え?』

 

 第一はやはりそれ。 具体的なことも、成果も教えては上げずそのまま反感を買いそうになった悟空は薄く目を閉じ、非難を背中で受けるのみ。 そして、ここからが今回のキモだと……彼はそっと空を仰ぐ。

 

「今日な、地球は満月の日なんだ」

「……あ」

「そ、そうか……今日だったんだ」

「……あぁ」

 

 それは、忌まわしきあの日から1か月がたったという知らせ。 孫悟空が受けた異変の一番の弊害であり、代価でもある。 ……満月。 真円を描くそれは、平和なあの世界に置いて悟空をあっという間にイレギュラーに変貌させるキーアイテム足りうるもの。

 

「だからな、月がねぇとこをずっと探しててさ。 こんなおもしれぇとこに居ついたってわけだ」

「そっかぁ、悟空くん、月を見ちゃうと……その――変身、しちゃうんだもんね」

「あぁ、そうだ。 しっぽ切った方が早いとは思うんだけどな……なんだか」

「え?」

「これはさわっちゃまずいって、何となく思っちまってよ。 なんなんだろうな」

「……」

 

 そのもう一つを握ると、力を籠めて……すぐに手放す。 どうしてそう思うのかは知りもしないしわかりたくない。 今まで、そんな思いはなかったはずなのに、まるで警告のように開け巡るそれに今はただ、悟空は従うだけであった。

 

「もし大猿になったら、シロウの家ぶっ壊して……そしたら今度こそ本気で殺されかねねぇぞ? ――がおーー! ってな?」

 

 その警告を悟られないためだろうか? 悟空は足を上げて蹴りの態勢に“入っていた” 巻き上がる風と共に飛んでいく河川の水たちは、すぐに大地へ帰っていく。 そう、この晴れた空に、先ほどと同じくお天気雨を降らせるように。

 

「あ、ちょっと……悟空くん水しぶき上げないで……きゃあ!?」

「びしょびしょ……悟空、もう……」

「ははっ!」

 

 笑い、くたびれ、大の字になる。 悟空は修行で、なのはたちは4の世界を廻った疲労で。 それぞれ今日の疲れを一気に解き放っていく。

 

「なんかもうこのまま動きたくないかな」

「うん。 今日はこのまま眠っていたい」

 

 ずっとこのままで。 そう呟いたのはどういう意味なの? 少女達の告白は、いろんな意味でとらえられる自由なもの。

 

「そうか? でも、そんなことしたらオラたち、明日にゃ恐竜のクソになっちまってんぞ?」

 

 それを、額面通りにしか受け取らないのがやはり彼。 そんなことはわかってる、そう帰って来るから言ったんだ。 まるで、語るかのように目を合わせたフェイトとなのはは……

 

「……すぅ」

「……んん」

「? おい、おめぇたち……」

 

 若干濡れた身体を乾かさず、ほんのりと熱い天気のもとに、うたた寝をし始めるのであった。

 

「……もうしばらく、こうさせておくか」

 

 最高の守り人に見送られながら。 …………今日は、幕を閉じていく。

 

 

 

――――同時刻。

 

「悟空さん! 悟空さんどこーー!」

「はっはーー! おそい、遅いわよ恐竜さん。 しょせんあなたの底なんてその程度だったのよ」

「ぎゃるるる!」

「ごくうざああん!」

「次の林で決める――イナアアシャルドリ…………    」

 

 ユーノは晩飯まで悟空を探しつつ。 プレシア女史は目的と手段を完全に投げ出していた。

 

 今日は、本当にここまでである。

 

 




悟空「おっす! オラ悟空」

ユーノ「ご、ごぐうざ……よがっだ……やっど……やっど――」

悟空「すまねぇなユーノ。 おめぇをすっかりおいていっちまって。 けど、結構鍛えられたんじゃねぇのか?」

ユーノ「冗談じゃないですよ。 暗いし、へんなT-レックスはいるし……プレシアさんが切れちゃってたしで最悪でしたよ!!」

悟空「……わるかった」

ユーノ「もう、いいです」

悟空「あれ? そういやドラゴンボールも3つ集まって、そんでそっから2週間くれぇたつみてぇだけど……次は何があるんだ?」

フェイト「……あのね? その、実は今度なのはの――」

プレシア「そこまでよフェイト。 楽しみは大事にとっておいて、自分の中で膨らませる物よ。 さて、私もいそがしくなってきたわ」

フェイト「え?」

悟空「おめぇなにかすんのか?」

プレシア「な い しょ……かしら?」

なのは「なんだろ。 とっても冷たい寒気が?」

リンディ「へっくち! ……んん! かぜ? --違うわね、この程度だと疲れかしら?」

なのは「今、次元を超えて何か悪いものが飛んで行った気がする。……えっと、とにかく次回!!」

悟空「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第38話 転入生と父兄参観――孫悟空、一日学校訪問をする」

フェイト「あ、あのね悟空」

悟空「……どうした、フェイト」

フェイト「お、おに――」

プレシア「ふふふ……続きはまた今度ね」



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第38話 転入生と父兄参観――悟空、一日学校訪問する

今回、父兄参観と銘打っておきながら、やっていることは少し違うモノでした。

あと、ちょっとだけ彼の話し方が違うのも、仕様なので何かあればお教えください。


…………5の月が始まったあの子たち。 梅雨入り前のその月は、出会いの季節から一歩遅れた月日であった。
出会いの後の出会い。 つまり、再会を祝すのは誰の役目か……孫悟空は、今日も世界を歩いていく。

りりごく38話です。


 高町なのはは小学三年生である。 私立の小学校にバスに乗って通い、日が傾くまで机の前で黒板に向き合い、カラスが泣くころには家で宿題をやる。 そんな、ごく普通な生活を彼女は――やっと取り戻すことが出来たのである。

 

「――――!?」

「ん……ん?」

「ぐがあああ……んむむ……ぐおお」

 

 朝焼けがまぶしい。 射しこんでくる木漏れ日が心地が良すぎる。 二度寝を敢行するにはもってこいのこの環境は、どうしてだろう、天然自然の産物ではなかった。 奇跡的なまでの確率で訪れた気温の低下と、それを覆そうとしている日光の照り返し。 それらが今を作っているのだ。 ……それを享受していたのがこの子の罪ともわからないで。

 

「…………うそ」

「ふごおおおお……はは、丸焼きにしてやる」

 

 少女は愕然となる。 まるで朝起きたら全裸でベッドに入り、尚且つ昨日の記憶が無くて、隣に知らない異性がいたかのような成人の反応をする。 まさに、かなりのっぴきならない事態という事なのだが……彼女はそれ以上リアクションを取らない。

 

「悟空くん……別の部屋にいたはずなのに」

「うごおおおおお」

「どうしてここに? ……あれ?」

 

 ここでやっと動きを見せる。 敷布団から体を起こすこと数秒。 布団をまくり上げ、服装を確認して、完全装備なのにどこかほっとして……それでも納得いかないのはそう、“今自分が敷布団で寝ている”という事実。

 

「ベッドは? ……ここどこ?」

「ゆーのぉ……ライオンってのはネコの友達みてえなもんだんだって……よ……あとは言うまでもねぇだ……ろ」

 

 ふとしたことで均衡は崩れる。 心の安定がおととい来やがれと、少女の心から飛び出していく最中、隣にいる男の眠り声は消えていく。

 

「ん?」

「……は!?」

 

 びくりと跳ねそうになる心の臓を、胸に手をやりやり過ごす。 おそらく生きてきてホントに一番驚いたのではないかと、口に手をやり吹き出る汗に手の甲を持っていく。 喉が渇き、二房を解いた栗毛色のショートカットがふわりと揺れる。

 

「なんだ……なんだ? なんでおめぇ」

「あ、いや……その。 わたしにも――」

 

 わからない。 そう言おうと布団を被りなおそうと、両手で握った布団が柔く沈んでいく。 そのときにできた波は小さく悟空に伝わり、見ていた彼はすかさず……

 

「昨日はトイレに行ったんじゃなかったんか?」

「…………はい?」

 

 特に気にもせず在ったことを言い放つ。 いつものように真実一番搾り! 悟空が眉を『ハ』の字にしていると、それはわたしもだよとなのはだって言い返す。

 

「昨日はちゃんとあの後お部屋にもどったよ!」

「なに言ってんだ、オラが言ってるのはそのあとだぞ?」

「……あと?」

「そだ。 おめぇトイレが済んだらまた「トイレぇ」ってここに来たじゃねぇか。 そんで終わったら話が聞きたいって言ってさ」

「……なんだかそう言った覚えが。 でも! だからってなんでこんなところで寝てるのわたし!?」

「そりゃオラが聞きてぇけどな。 どうせオラが寝てる間に寝ぼけて力尽きたんだろ?」

「そうなのかな……?」

 

 言い返されてしまう少女はここで一気に後退する。 いやいや、物理的にではないモノの、やはりそこは女の子。 いっぱしにも男性相手に緊張は有ったのだろう。 ほんのりと汗を浮かべて口を結ぶ。

 

「まぁ、とにかく今日はもう起きるか」

「……うん」

 

 それでも彼は、いつもの通りに布団をなげうつ。 広げ、たたみ、部屋の隅に追いやる。 既に習慣づいているのは最初に言われたモモコの言いつけを守っているから。 どうしてか逆らう気が起きない、というより、守らないと、と思わされるのはひとえに彼女の持つ雰囲気がさせるのであろう。

 

「さってと、とにかく着替えちまうか……なのは、今日も学校に行くんだろ? なんなら瞬間移動で連れてってやろうか」

「あー! 何その顔!? どうせ遅刻するって思ってるんでしょ?! 大丈夫だよ別にそんなこと……」

「でもよ?」

「え?」

 

 にやにや……ちょっとだけ意地悪な悟空の顔はいつもの笑顔に若干のスパイスを加えたものだと思えばいいだろうか。 しかし次に彼が人差し指を立てて、壁を指して見せた後のなのはの顔は一気に見る見る青くなる。

 

「ほ?! ……ほ、ほおおお!?」

「な? 結構ピンチだろ?」

「な、なんなのおおお!? もおおおーー!」

 

 

 

AM8時20分――――高町家1階リビング。

 

「遅刻!? 遅刻だよ――」

「朝めしは食わねェのか?」

「そんなこと言ってらんないよ! ホームルームが始まるのが30分で、学校に着くのが40分かかって……20+40が60だから確実に遅刻なんだよぉ」

「だからおらがいんだろ? ここで瞬間移動しちまえば21分には着いちまう、9分ヨユーあんぞ?」

「……うく」

 

 ここで高町なのはは大きな天秤に揺らされる。 量るものは言うまでもなく、たかが遅刻と悟空の世間体。 その間にも迫る時間は、無情にも秒針をひと回りさせていく。

 

「う~~」

「ふふん」

「う~~ん」

「よっほっはっ」

「……悟空くん、緊急出動おねがいします…………」

「ん? うっし……わかった」

 

 高町なのはの、ある意味で心が折れた瞬間であった。 つかまるは悟空の道着、佇むは彼の横、その間に行われる悟空のポーズは……側頭部に添えられたテレパシーの構え。

 

「……あ、すずかか? いま、おめぇの所に行くからさ、ちぃと周りに人がいないところに行って……おう、おう、そうだ、なのはも一緒だ――はは! そうそう、あいつまたお寝坊さんなんだ」

「すごいな。 け、ケータイよりも便利かも……」

「お、いいのか? えぇと? すずかの気――ここか!」

「……」

「行くぞなのは? なのは?」

「あ、え!? う、うん! 行こう!」

 

 注意して、気を遣い、笑ってしまえば話に花が咲く。 それにちょっとだけ“ぶーたれた”の理由は知りはしない。 さて、ここで悟空が側頭部に構えた指をスライドさせて額に構えては意識を集中する。

 

「変わった気だからすずかはホントにわかりやすいなぁ……――――」

 

 彼女の持つ、人ならざる気を見つけた悟空はそのままこの家から消えていくのであった。

 

 

ほぼ同時刻――なのはたちが通う学校。

 

「――――……到着!」

「きゃ!?」

「あ、すずかちゃん!?」

 

 藍色の髪が大きく揺れる。 風に遊くれ、空を仰いで、男に触る。 その姿に若干心で謝りながら、悟空は片手をあげて一声を上げるのであった。

 

「おっす!」

「悟空さん」

「お、おはよー……」

「なのはちゃんも……あ、あっという間なんですね」

「まぁな、なにせ瞬間移動っていうだけあるからな」

「は、はは……」

 

 そのあとがなんとも俗世からかけ離れているというかなんというか。 後頭部で滝を作るすずかはここで態勢を持ち直す、さぁ、後はもう8分しかない朝のホームルームまでの道のりを、さっさと行ってしまおう……そう思い、悟空に背を向けたそのときであった!

 

「……あり? なんでだ」

「悟空さん?」

「どうしたの?」

 

 後頭部をかき、どうしてか校舎の方に視線を送る悟空に二人は疑問符。 ちょっとだけ汗かいて「たはは」と笑う悟空はそのまま視線を返す。

 

「そういう事か。 相変わらず仕事が早ぇな、さすがだぞ」

『??』

 

 何も見えないはずの3階壁に話しかけた彼に、なぜだと傾げた少女たちは只見守るだけしかできない。 当然であろう、分る筈がないだろう。 彼がカバーできる探知はおおよそで地表全土、ならばその数万分の一にも満たない子供たちにわかる理由も道理も無かろう。

 

「……おめぇたち、今日は覚悟しといたほうがいいかもな」

「覚悟?」

「あぁ」

「どういうことですか?」

「ん? ……そりゃあ」

 

 一気に溜める悟空はやはり少しだけイジワル。 ほくそ笑んで、ニヤ付いて、ふふんと鼻を鳴らすと、指先一本立てて片目を閉じる。

 

「ひみつだぞ」

『……いじわる』

「はは! そういうなよ。 けど、とってもびっくりすっぞ? それは約束する」

「……もう、さっさと教えてくれればいいのに」

「そういうなって。 ほれ、もう時間がねぇだろ、さっさと行って来い」

『……はーーい』

 

 駆けだす少女たちのスカートが揺れる中、悟空は同じように青い帯を風にゆだねて遠い異郷の地を見る。 そこに浮かぶのは見知らぬ世界に知らない気、それらすべてを思い描くと……

 

「オラもそろそろ本腰を入れねぇとな。 修行と――ボールさがし」

 

 ……――――この世界から、またも消えてしまうのであった。

 

 

 AM8時30分――なのはのいるクラス。

 

 孫悟空がこの世界から姿を消し、瞬間移動を積み重ねて遠い異郷を渡り歩いているさなか、平和の道を行くなのはその他の日常は開始されていく。 始まるホームルームはいつもの通り、先生の最後の締めが言われ、皆が席を立とうかと下腹部からふくらはぎにかけて力を入れようかというときであった。

 

「今日はね、大事なお知らせがあります」

『……?』

「もうすぐ1学期も半分が過ぎるころだけど、みんなに新しいお友達がふえることになりましたー」

『お友達!?』

 

 一気にわいた教室内。 いつもとは違う今日という時間に、退屈そうにしていたアリサも体を乗り出していた。 それだけで、今ある皆の興味の度合いを引き合いにするのは十分だったようで。

 

「すごい反応……んん! みんな、静かに。 ほら、そっちのみんなは席を立たないで――ほらほら座って座って」

『はーい』

 

 いきり立つ男衆女衆をそれぞれ制して、教壇に立つ者は、やっと本題を先に進めていく。

 

「それでは入ってきてもらいましょうか……テスタロッサさーん」

『!!?』

 

 その先をみて、真っ先に席を立った者がいたのは、もはや言うまでもないであろう。 その内のふたりが思う。 あぁ、悟空が言っていたのはこのことだったのだと。

 

「…………」

「……おぉ」

「すげぇ」

 

 男衆は視線を奪われる。 端麗にして可憐、ゆれる金の髪はまるでこの世のモノとは思えない輝きを照り返し、それを目に焼き付けてしまった数名は、視線だけでなく心までも奪われていく。

 

「……えっと」

「――きれい」

「外国人って言ってたけど……それでもトップクラスなんじゃないの……」

 

 女衆は常識を奪われる。 同じ性を持つモノ、それがああも流麗な所作で、そして綺麗さで生きているのだ、ふつうは嫉妬の一つも持つのだろうが……持てない。 身体が、ココロが訴えかけてくる、彼女は、絶対に…悪い子じゃない…と。

 

「…………」

『ごくり……』

 

 息をのみ、つばを下したのは果たして何名だったか。 数えるのも億劫な人数の中、彼女達はひっそりと視線を交わしていた。 ……ふふ、みんな驚いてる――と。 まぁ、自分達もかなり驚愕はしているのだが。

 

「こういう時は……黒板に……」

 

 つぶやく声はまるで小鳥のさえずり。 小さいながら身体の内側に響くそれは教室中に響いていく。

 目標物まであと数センチ。 そこまで歩いて、黒板前の段差――子供用に高さを合わせるために置いてある高さ30センチ程度の踏み台にまで来たとき。

 

「――――きゃあ!?」

 

 さえずりは悲鳴に相成った。

 

「…………」

『…………えっと』

 

 顔面から――額から床にスっ転んだ新入り。 彼女は持っていたカバンをあさっての方向に飛ばして、そのまま両手を前に突き出しながら、微動だにしない……そして、15秒の沈黙を流して。

 

「……うく」

『が、がんばれ』

「すみません……」

 

 皆の応援を背に受けながら、少女は一人、お立ち台で礼儀正しく姿勢正して黒板に向かい合う。

 

「…………」

 

 黒い盤面に、白いラインが流れていく。 一片たりとも迷いなく、書き連ねていくのは……自身の名前。

 

――――Feito tesutarosa

 

 若干ながら字が違うのは、ここの世界――いわゆるローマ字に合わせ、さらに空港などのパスポート申請の“一応の手続き”で習った書き方を本人が実施しているからである。

 ……まぁ、ここでこの字を披露する時点で――

 

「フェイトちゃん……ひらがなでいいんだよ」

「え? そ、そうなの?」

「うん」

『…………』

 

 ――――結構間違いなのだが。 あまりにもナチュラルに過ぎる彼女の振る舞いと書き方。 さらにそこからくるなのはとの会話で、周囲は第二の炎上を開始する。

 

「すごーい! 本物のネイティブさんみたい!!」

「……いや、名前からしてホンモノだろあれ」

「ねぇねぇ! どこから来たの?」

「何人家族?」

「趣味は――」

「特技――」

「なんで今ズッコケ……「それはいいんだよ! おまえは少し黙ってろ、かわいそうだから触れてやんなよ」……ごめん」

 

 ホームルームなのに、もはやそれを成してない現状に教師は嘆くよりも納得する。 仕方ないと、少しだけ投げやりなのは、この事態をある程度予測に収めていたからか。 それはともかく、フェイトの周りに集まる人だかり、その中の質問に、答えられないのはいくつかあるものの。

 

「えっと、家族はかあさんと二人で、趣味は……」

『……』

 

 何とか冷静に、言えることだけを述べていく彼女は実は手に汗握っていた。 どこか不手際はないだろうか、そして次に言える言葉はナンデアロウカ……と。 若干の思考の末、出てくるのはやはり、頼もしきツンツンあたまの凄いヤツ。

 

――――はは! そういうときはな?

 

「趣味は……」

 

 なんといったか。 彼がアドバイスしてくれたこういう場を凌ぐ一言。 それをフラッシュバックのように浮かび上がらせ、口の中で言葉に紡ぎ、ようやく外へと吐き出そうとする。 吸った息は小さくて、それから吐き出される言葉はえらく――

 

「読書とスポーツです」

「がくッ?!」

『……清楚でいながら活発とは…………』

「あ、あの子は――どこかの夏期講習の面接にでも使われてそうな……んん……本当の事なのかな?」

 

 ――模範的でそっけないような言葉。

 

 アリサがコケを入れつつも、周りのみんなはアヒルのようにうなづき合ってフェイトを見る。 今の言葉がどれほど似合っているか――彼らは信じること以外をしないでいた。

 

「フェイトさんはご家族の都合で日本に越してきたらしいので、みんな! なにか困ってたりしたら、ちゃぁんと助けてあげてねぇ?」

『はあああい!!』

「――びくっ」

「にゃ、はは……」

 

 聞こえる喧騒に若干及び腰。 確実にこまったよぉ……と、声を出すまでも行かないが、それほどにおびえて見せたフェイトに、堪らずアリサは手招きしながら声を出す。

 

「ねぇ! こっちきなさいよ」

「……うん」

「あら、アリサちゃんは知り合いなのね? ……それじゃあ、任せちゃおうかな?」

「いいですよ。 なんならトイレから高等部までの抜け道までしっかり叩き込んであげるんだから」

「……そこまではいらないですよぉ?」

「ふふん」

「……はぁ」

 

 それにため息ひとつ。 ……どうして抜け道を――という声が上がらないところを見ると、彼女はもう完全に何かをあきらめているのかそれとも別の理由があるのか。 きっと知らない“重圧”がかかっているかもしれない先生と呼ばれた女性は、ここで話を強引に変えていく。

 

「さて、1学期も半分すぎたっていうのはさっきも言いましたね? そこで、そろそろみんなが慣れてきたという事で、今度、授業参観があります」

『え~~!』

「そんなにいやそうな声を上げないで……ね? 普段みんながどんなふうに学校で過ごしてるか、お父さんやお母さんにみてもらうだけなんだから」

『それがいやだーー』

「……うぅ」

 

 子供の元気さに後ずさる。 そんなに嫌なのかと汗流して涙をこぼす。 嗚呼、泣けるものなら泣いてやりたいと、思ってもできないのが大人が大人である所以。 彼女はただ、次の瞬間に鳴った学校のベルにすくわれるまで、小さき者たちの喧噪にとらわれるのでありました。

 

 フェイト・テスタロッサ、学校初日はかなりのモノであった。

 

「さんすう……あ、算数?」

「数学じゃないのよ、まだここはね」

「そうなんだ」

「あ、あのぉ。 もしかしてフェイトちゃんは、アリサちゃん並みに跳び抜けてらっしゃるのでしょうか?」

「そしたらとんでもなく頭がいいって事になるよね……?」

「どうなんだろ?」

「じゃあ、この問題を……フェイトさん」

「はい!? ――っと」

 

 指された後の問題、それを難なくやり過ごし。

 

「キミはなかなか面白い式の使い方をするねぇ……」

「ここを……こうやって」

「おお! なるほど、そう言う風に……うむ、ではこれは――」

 

 いつの間にか関係ない分野に足を突っ込みどこかへ消えていく。

 

「家庭科……お料理とか裁縫とかするの?」

「うん、フェイトちゃんはそういうのは平気?」

「この前までアルフと二人暮らしだったし……そういうのは昔結構教わったから」

「そうなの? へぇ、腕前拝見ってとこね」

『…………』

 

 皆が見つめるなか、4人一組の班分けで一緒になったなのはたち4人娘は、それぞれ包丁と鍋を使いこなし……

 

「今日は中華で攻めてみました……」

「プチ満漢全席?!」

「こんな量、誰が処理すんのよ!!」

「え? え!? だめ、だったかな」

「というより、こんな材料どこから調達してきたの……」

 

 できてしまった“彼”に対応した料理達に、よそのクラスまでもが舌鼓を打ち鳴らし。

 

「体育……運動だね?」

「なのはの不得意分野ね。 悟空いわく“うんどうおんち”だからしょうがないけど」

「むぅ! 最近は結構動けるようになったんだから!」

「次のペア、テスタロッサさんと月村さん、コースに入って」

「ここを走るの?」

「うん、50メートル走だから、あそこのラインまでだね」

「競争……だね」

「そうだね。 わたし、こう見えても運動に自信あるんだ。 負けないよ?」

「わたしも」

「よーい、どん!」

『…………!?』

 

 午後の休憩の後では運動場でみなと協力し、競い、ほめたたえながら――

 

「……は?」

「50メートル……6秒3……同着」

「すずか、すごい……」

「フェイトちゃんもすごいよ……あはは」

『日本の平均タイムって8秒程度なんですけど……』

 

 周囲に風をまき散らせていくのでした。

 

 

――――放課後。

 

 終わりを告げる鐘の音が、白い校舎を行き渡る。 同時に変わる日の光りが、茶色のグラウンドを茜色に染め上げる。 今日は、もう帰る時間の様だ。

 

「フェイトちゃん、楽しかった?」

「……うん」

 

 その顔を、同じく茜色に染めた少女は、ツインテールを揺らして帰り路を皆で歩いていく。 むかし、悟空と初めて交わした視線とは正反対の、柔い光を包みながら。

 

「にしてもあんた、悟空の関係者だから何かあるとは思ってたけど……なんでもありねぇ」

「そんなこと……あ、どうしよう。 目立ったかな……」

「その点はもうあきらめなさいよ、ひと目見た時からアンタはもう目立ちまくりなんだから。 簡単には忘れらんないわよ、絶対に」

「……うぅ」

「にゃはは……アリサちゃん、てきびしい」

「あ、はは……」

 

 聞こえてくる彼女達の会話は、今日のハイライトを巡りゆくもの。 すごかった、たったのそれだけに尽きるモノばかりだが、それでも奇異の目で見られることが無いのはひとえにフェイトの人柄か……それともなのはたちが通い、成長していった学校の器がすごいのか。 もしかしたら全部かもしれないが、それは彼女達には関係ないモノ。

 子どもなんだから、つまらないことを考えないで、今を必死に生きてくれればそれでいい――筈。

 

「そういえばみんな」

「なに?」

「今日渡された授業参観の案内があるけど、どうするのかな?」

「あ、あ~~」

 

 なのはの呟き、それに後頭部をかいたのはお嬢様の二人組。 仕方ないよねと、どこかで言い訳するかの表情は、既に去年にも行われたいわば通過儀礼というモノなのだろうか。

 

「そっか、今年もダメなんだね」

「うん、まぁ。 うちはノエルが来てくれると思うけど」

「こっちも全然ね。 鮫島……あ、ずっと勤めてくれてる執事の事ね……が、駆けつけるはずだけど。 そっちは?」

「……わかんない」

『そっか』

「……」

 

 この子達の親子は忙しすぎた。 ただ、それだけの事なのだ。 決して、愛が無いわけではない、それでも、皆が笑顔でいるためには、今を貫かなくてはいけないときがある。 それがわかるからこそ、聡明な彼女たちは言いたい文句を胸に秘める。

 大丈夫だよ――と、そっと言葉で心を隠して。

 

「フェイトちゃんは……?」

「わたしは……その」

「?」

 

 そしてそれはフェイトも――じつは同じだったりする。

 

「え?! “あの”プレシアさんがこれなさそうなの!?」

「うん。 最近むりばっかり……ていうか、ほとんど自業自得なんだけど、急に体調崩して……」

「そう、なんだ……ごめんね」

「いいの、だいじょうぶだから」

『…………はぁ』

 

 ついて出た……ため息。 いくらなんでもと、子どもながらに思う彼女たちはそろそろわがままを言ってもいいくらい。 そんなところでも踏んばってしまうのは、なんだかかわいそうなくらいに大人びているというかなんというか――――…………

 

「来て――って、言えればいいんだけど」

「?? 言いたきゃいえばいいだろ?」

「そういうわけにはいかないよ。 お父さんたちだって、喫茶店のお仕事とかで忙しいはずだもん。 また今度、お願いしてみるよ」

「そうか、シロウもモモコも、結構家開けてたりするもんな。 ところでよ?」

「なに?」

「いったいなんの話なんだ?」

「あぁ、それはね……」

 

 顔を見て。

 

「……」

「ん?」

 

 全身みて。

 

「……! ……!!」

「なんだ?」

 

 思わず2度見して。

 

『悟空(さん)(くん)!?』

「おわっと!? ……とと、驚くじゃねぇか、やめてくれよいきなり叫ぶのは――」

『いきなり現れる方こそやめて!!』

「……お、おぉ」

 

 乙女の全力が飛散する。 巻き上がる非難の嵐は、大乱となって悟空の前髪をそよりと揺らす。 ……あぁ、ほんの少しだけ揺らしていた。

 

「女ってのは集まるとこう厄介で――」

「……むぅう」

「わ、わっ……そ、そんな睨むなよな。 どうしたなのは?」

 

 それは唐突だった。 悟空をまじまじみていたなのはは、一回だけフェイトと見比べて、目をつむること4秒半、いきなりうなずいて両手を叩くと……

 

「……!」

「?」

「あああああ!」

「??」

 

 指さして、大声を上げて。

 

「いた! プレシアさんの代わり!」

「プレシア?」

『??』

 

 今回の大事件を巻き起こしていくのです。 ……そうとも知らず、なんていう適材適所だと、各々が勝手に夢想していく中で、当の本人達の方が実はまだ、何が起こったか把握できてはいないままに。

 

「なんなんだよ?」

「わかんない」

 

 今日は、素早く消え去っていくのでした。

 

 

それから、数日が経過して。

 

「ふぇ、ふぇいとの……じゅぎょうさんかん……」

「お、おぃ……やめとけって、フェイトを学校に行かせるのに無理したり、研究にばっかり没頭して一回倒れたんだろ? そんなんで動けるわけねぇだろ」

「こ、ここでいがなぐではぁぁぁぁ――ごほっ」

「ほれみろ! 無理しようとスっから咳が出る。 ……今日は、なのはたちの言う通り、オラと恭也に任せて寝とけ? な?」

「……せめて……せめてビデオだけでも……」

「わかった――わかったからいい加減ねてろぉ。 病気でそのままくたばっちまったら、幾ら神龍でも生き返らしてくんねぇぞ」

「………わかったわ…――ぺっ」

「よっと」

 

 孫悟空は、死人の看病を朝からしていた。 ここ数日間、何とか悪かった体調を戻そうと、躍起になって健康に務めたプレシア。 だが、それが逆に不味かったのか、今までとは何かがおかしい生活に身体が妙な反応を起こして……今に至る。

 まるで何かの呪いでも受けた彼女の受難に、孫悟空は縛り付けるように彼女を布団へ寝かし、氷のうをあたまに乗せて、体温計を口に突っ込む。

 

「うわ! 40℃だってよ、おめぇなにしてたんだよ」

「ただ、いままで大量にとってたカフェインを押さえて……野菜ばかりだった生活を何とか改善して――なるだけ栄養を多めに……」

「それでどうして不健康になるんだ? オラさっぱりだぞ」

「わたしもよ。 ほんと――けほっ……病気とは関係ないのでしょうけど」

「……まぁ、大事にしとけよ? さっきも言ったけど、ドラゴンボールは自然死を回復させることはできねぇ、だからこんなつまんねぇことで死んだら、今やってることが全部台無しだかんな? わかったな?」

「わかったわよ……ところであなた」

「なんだ?」

 

 噴き出した体温計を2本指で受け取り、その温度を見て驚き、苦笑いしながら去ろうとする悟空をみたプレシアは違和感を吐きだす。 なんで? どうして? 疲れた目で訴えかける彼女に、悟空はまたも苦い顔をする。

 

「それ、ほんき?」

「あいつらが着ろってうるせぇんだ」

「……そう。 でも……」

「わかってるからその先は言わなくてもいいぞ。 おら、こんなゴワゴワな服やだし」

「そう。 それと貴方、今日は向こうで雨が降るって話だから、これ、持っていきなさい」

「傘か? 随分ちいせぇな」

「いいから受け取りなさい」

「おぉ……はは、すまねぇ」

 

 彼の格好。 それがどうにも腑に落ちない彼等はそのまま視線を切っていく。 話はここまでだ後は任せておけ……背中で語る悟空を見送ると、プレシアはそのまま目を閉じて……――――

 

「いってらっしゃい」

 

 既に誰もいない空間に言葉を落としながら。

 

 

AM8時30 私立聖祥大学付属小学校……なのはのクラス。

 

 5月の陽気が教室に照らしだされていく。 あたたかな光をまき散らせるそれは、しかし確実に対照的なピリピリとした空気が教室内に渦巻いていた。 まさに開戦前の闘技場。 子供が教えを乞う場所とは思えないくらいにこの場は戦意に満ちていた…………

 

「なんなの他の奴ら。 そんなに親に授業みられるのが嫌なの?」

「それはどうなんだろう? ただ、恥ずかしいだけだと思うよ」

「そうなの? よくわかんないわねぇ。 どうせいつもの生活なんて家でばれてるのに」

「アリサちゃん、それを言ってしまうと身もふたも無いような……」

 

 その空気を教室の端から眺めている子供たち4人は、各々親が来ない組と相成っていた。 そんな彼女たちのため息ひとつ、教室内に充満した頃合いだろうか? ついにこの日かと、担任の教師が入り口から入ってくる。 ……ホームルーム開始の合図だ。

 

「起立」

「気を付け」

「礼」

『おはようございます』

 

 学校開始のテンプレート。 それをそつなくこなした生徒たちは一斉に席へと座っていく。 背中がかゆくて汗がにじみ出る。 子供たちは、やはり落ち着かないというのが印象に深いだろう。

 

「さぁて、今日はみんながまちに待った――「まってないよー」……授業参観の日、ですが……」

「そこ! へんなちゃちゃ入れないの! 先生困ってるでしょ!」

「先生より先生してる……さすがアリサ」

 

 落ち込む彼女に若干の苛立ち。 小学生パワーを爆発させたアリサは、まるで獅子が如く横やり刺した男子を睨みつける。 何となく、気合砲バリの気合の入った眼力は男の子を縮み上がらせ、その場をこのまま流していく。

 

「そ、それじゃあ、もうそろそろ保護者の方にはいってもらいましょうか?」

『…………』

 

 静まりかえる周囲から迸る緊張感。 次いで、開け放たれた出入り口から続々と入ってくる大人たち。 このモノたちすべてが子供たちの保護者であり、今日の観戦者でもある。

 

「あ、おにいちゃん」

「……」

「ノエルも」

「……お嬢様」

「鮫島」

「……ごほん」

 

 その中に、見知った顔を見つけた彼らはお互い小さく手を振っていく。 これで主要な人間が3組揃う……そう、“4人いるうちの3人”は出そろうのであった。

 

「……はい、それじゃ、みなさん入室されたことで」

 

 そこで終わる。 もう、これ以上人の出入りはない。 それがわかった途端、二房の金髪頭が独り、小さく頭を垂らしていた。 そっと、唇をかみしめながら……そのときであった。

 

 

「まってくれ!」

 

『…………!?』

 

 締まるはずのドアに、とてつもない速さを携えた手のひらが、そっと押しのけ割り込んでくる。 これには堪らず、締めようとしていた教師も慌ててその場から離れる。 冷や汗が、ほんのりと背筋から垂れる中、割り込んできた手の平は次々に教室内へと侵入してくる。

 

「すまなかったな、ここの作りが分りにくくて、つい、時間を食っちまった」

「……あ、はぁ」

『…………おぉ!?』

 

 皆が、呆気にとられた声を漏らす。

 

「……な、なんなんだあいつは」

 

 武に生きる恭也は、ここで彼の異常性を感じ取る。 なにか、とてつもないモノを秘めた体躯は、それだけで、ただいるだけで周囲に影響を与えるかのよう。 こんな人物、一度見たのなら忘れないはず。 ……なのに。

 

「今まで見たことも……いったい誰なんだ」

 

 彼は知らない。 その、いま、ギリギリで教室内を入ってきて、薄く笑いながら自身の目の前まで歩いてくる“男”など。

 

「悪いが、ここで見ていても構わねぇか? ちょうど、あそこにいるのがうちのなんだ」

「あ、あぁ……構いませんが……」

 

 情けない話、下手をすれば腰を抜かしていたかもしれない。 そう、恭也は知らないのだ、“彼”が自分の知っている人物だなんて。 いま、最強を誇る超戦士が目の前で……目の前で。

 

「……よ」

「……うん」

 

 黒いスーツを身に纏い、赤いネクタイで締め上げ、独りだった少女と同じく、金色の頭髪を天に向かって逆立てて、授業参観に出席している者が……自分がよく見知った顔だなんて、知りもしないし、ひらめきもしないのだ。

 いまだに口から言葉が出ない周囲を余所に、子どもたち4人は秘かに今起こったあいさつに微笑みあっている。 ……あぁ、みんな驚いている、と。

 

「いろいろすまなかったな……それじゃあセンセイ、すまねぇが始めてくれ」

「……」

「? ……おい?」

「あ、え!? は、はい!! で、では教科書32ページから――――」

 

 仕切る立場にいた先生に、碧眼で見つめて一声を掛ける。 それだけで場が引き締まり、彼を中心に緊張が走る。 眼光鋭き男に、ほんの少しだけ体温が上昇したのはいったい誰だろうか。 それほどに、彼が周りに与える影響は途轍もない。

 

「結構気軽に言ってたけどすごいわね」

「うん。 初めてあぁなった時も思ったけど、ホントに別人みたい」

「……かっこいい」

「……はぁ~~」

 

 それをはた目に、どこか傍観者のような振る舞いの少女たちは感情それぞれに座っている。 片眉あげる者、ふやけるモノ、驚きを再確認する者、三者三様でありながら、その実、自分達の作戦が成功したことに確かな喜びを見出しているのが大きいかもしれない。

 

 

―――――悟空くんってスーパーサイヤ人になると外国人さんみたいだよね?

 

 

 全ては、なのはのこの一言から始まっていたのだ。 賛同しかねたのは悟空、それでも押し切ったのは小さな子供たち。 たった一人がさみしいのは嫌だと、願い賜る彼女たちに、後頭部をかき乱して、プレシアへテレパシーを送り、了承と謝罪、それに注意点を承ることをさせたのは……フェイト。

 自分のために彼が困るのはイヤだと、思いに想った結果、こうして彼の学校訪問は相成ったのであった。

 

「あ、あの」

「……どうした」

「いえ、その、結構ぶしつけなんですが、あなたは武術をされるんですか?」

「……? なにいって――――あ、いや、武道ならするかな」

「…………は、はぁ」

 

 そんな少女達のうしろで誤解を開始したのは高町の兄。 彼は超戦士をひと目で次元の違う男と看破すると、興味を隠しきれずに接触する。 既に、見知った顔だとはさすがにわからないで。

 

「いつごろから戦闘とかの訓練を……?」

「オレが12のころ、いろいろあって世界中を回ることになったんだ。 そん時に会った人に弟子入りしてな、それからずっとだ」

「もう、何年ぐらい?」

「いまが大体で25だから……そうだな、13年はこうなんだろうな」

「大体?」

「あぁ、実は訳あって自分が生まれた歳とかがわからないんだ、だから大体の目安……でな」

「あ、それは悪いことを」

「いい、気にはしねぇさ」

「すみません」

 

 …………なぜか、余所余所しい二人の会話。 片方は誤解からなのはいいとして、もう片方……孫悟空が彼に対して他人行儀なのには理由がある。

 

「ふぅ(プレシアからの警告か。 他の奴、今知っている奴以上に、オレがこの変身が出来ることを知られるな……か)」

 

 プレシアからの警告がそうである。 別に恭也くらいなら、そう言おうとした悟空に向かって眼光鋭く飛ばした彼女はまくし立てていたのだ。

 

 

「あなたは、このあいだその姿で大暴れしたでしょう? だったら、うかつにあなたが変身できることを知っている人間を増やさないでちょうだい、例えそれが、見知った人間でもよ」

「……わかった、約束する」

 

 

 ……以上のやり取りが行われて、それをただ、忠実に守っているに過ぎないのだ。

 

「……ん?」

「もう、午前中の時間が終わったのか。 いかんな、なのはの授業をほとんど聞き逃してしまった」

「そうか、もう、メシの時間か」

 

 鳴らされる鐘と、一斉に席を立つ子供たち、次いで小鳥のように保護者たちのもとへ集まる彼らは一気に話に花を咲かせていく。 何があった? どうだった? 先ほどまでの嫌そうな顔が嘘のように、今までの授業を話し合うところは、さすが小学生と言ったところであろう。

 

……そんな中。

 

「あの!」

「……オレか?」

「はい!」

 

 ひとり、保護者が集う場所にて子どもが悟空のもとへ歩いてきた。 膝元までない身長で、精一杯の背伸びをした女の子は彼に問う。

 

「もしかして……フェイトちゃんの保護者の方ですか?」

「…………ん」

 

 それは、彼にとって答えづらいモノであった。 はっきりと言えばそうなのだが、正確に言えば違う今回の役割。 しかも詳細を言うと隣にいる剣士にばれてしまう危険性がある。 ……彼自身、ばれてしまっても構いはしないのだろうが。

 

「そうだ」

「やっぱり」

 

 だからだろう、ほんの少しだけ真実を話すと決めた彼。 目の前の小人を刺激しないように、口元だけを緩めた笑いで少女を見下ろす。 そのときであった。

 

「ね、ねぇ」

「……フェイトか」

『…………』

 

 彼の、今日の与保護対象が接近してきた。 ここにそろいし金の頭髪は、見る者たちに彼らが近しい存在だと誤認させる。 わかっているはずのすずかやなのはも例外ではなく、思わず呑んだ息は只、喉を鳴らすだけにはとどまらなかった。

 

「お昼、食べにいこ?」

「……そうだな。 前に行った屋上でいいのか?」

「うん、みんなもそこでいいって言ってたから……」

「そうか」

 

 逆立つ髪がわずかに揺れる。 紳士服を着込んだ金髪の戦士はここで、少女の手を取りドアをくぐる。 その後ろで、指をくわえてうめき声をあげている子供たちの存在を知りもしないで。

 

 

 

――――屋上。

 

 空気の濃度が変わる時間帯。 涼しい風に吹かれながら、それでも低気圧の無い空はどこまでも晴れ渡り、澄み切った印象を地上の人間たちに与えていく。 それは、この時間がどこまでも続くと錯覚させるかのようでいて……

 

「…………」

『…………あ、はは』

「ふぅ」

 

 孫悟空の緊張が、いつまでも終わらないことを意味する。 超化した彼は確かに人が変わったようである。 それは、彼が本来のサイヤ人が持つ凶暴性と残虐性、さらに戦闘への興奮を極度に抑えようと無理矢理平静を装っているから。 そうでなくてもそわそわして落ち着かない彼は、しかし逆にそれが“寡黙”と見えて、周りの者たちは不思議な目で見始める。

 外見に反して、なんて静かなヒトなんだろう……と。

 

「すこし、よろしいでしょうか?」

「……なんだ?」

 

 そんな彼等が座る場所。 それは屋上にてノエルが設営した簡易の食事場であった。 青いシートにバスケットという、ホントに簡単な場は、それだけで和やかさを醸し出すには十分な代物。

 

「申し訳ございませんが、以前、どこかでお会いしたことはございませんか?」

「さぁな」

「…………」

 

 それを用意してくれた彼女の声にも、依然として寡黙に躱していく彼は最早冷徹。 切って捨てるかのそれは、まるで御神の虎乱にも思える切れ味を醸し出していた。 その空気が、結構気まずいと感じた子供たちは、ここでやっとフォローに入る。

 

「が、外人の顔なんて案外わからないモノよ!?」

「……いいえ、わたしはそれなりに多くの人を見てきたつもりですが、このような方は見たことが――」

「ほ、ほら! このひと“少数民族”の出だから――」

「フェイト様もでしょうか?」

「それは……ちがうけど」

 

 だんだん崩れていくたかが子供の防御壁。 言葉も経験も何もかもを上に行く高性能メイドさんを相手に、10分持たせたのはむしろ頑張った方か。 ちょっとだけ後ずさる子供たちに、それでも悟空は表情を崩さず……

 

「そもそも、あなた様はなんという名前で? わたしが知る限り、あなたのような人物はこの近辺では確認されません」

「…………」

 

 彼女の質問に、答えない。

 まるで意地悪をするかのような問答は、その実彼女が自身の主の身を案じた防御策。 身元が完全に不明な男に対して“3度目”となる出自の問い合わせは、どうしてだろう、悟空はそっと笑う。

 

「相変わらず、おめぇは硬いな」

「はい?」

「いや、なんでもねぇさ。 ……えっと? たしか、フェイトとは血縁関係ってのは一切ねぇンだ、ただ、コイツの母親と知り合いで、あいつがこれねぇからオレが来ただけでよ」

「…………え?」

 

 まるで、決められたかのようにつらつらと述べる悟空。 それは当然だ、この日のために、最低限の受け答えが出来るようにプレシアから“電撃ムチ”つきの特別講習が行われていたのだから。

 

「生まれた場所は知らねぇ、ただ、遠い場所ってのは確かだ。 育ったのは山奥で……最近、常識ってやつを教えてもらったから、結構世間知らずなところがあるかもしれねぇかな。 あぁ、ちなみに趣味は読書とスポーツだ」

「は、はぁ」

 

 ここまで、悟空は嘘を何一つ言っていない。

 この世界での常識も、この世界での情勢も、この世界での何もかもを、彼は最近知ったばかり。 正真正銘の真実は、彼に一欠けらの迷いも生じさせない。

 

「そうですか。 では、……えぇ、おそらく一番みなさまが聞きたいであろうことを」

「は?」

「……こほん。 あなたと、フェイト様の“御関係”は……?」

「…………」

 

 言った。 言いやがった。 このメイドは、今のいままでつい先ほどの教室ですら起こらなかった問答を、何の捻りもないままに、関係もないはずなのに聞いてきた。 これには、まぁ悟空の方は目をつむって人差し指でコメカミをかく。 困った――と言うよりは、あきれているようにも見えるそれは、若干の迷いがあるから。

 なぜこんなことを聞いたのか。 それは従者の関係にあるすずかにだってわからない。 そう、彼女、いまだにグズグズしている主のために、“この、目の前に居るトウヘンボク”に向かって、今のいままで聞いてきた質問をフェイクにしてすら、所謂女性関係というモノを訪ねていることなど、当然すべての人間にはわからなかった。

 

――――つまりは彼女。 彼の正体を…………いや、それは後に語られることである。

 

「それは……」

「え?」

 

 その、思考の裏が読めるはずがない悟空は、フェイトに向かって碧眼を飛ばして見せる。 鋭くない眼光は、それでも言いよどませるには十分。 それでも彼は訴えかけていたのだ…………この質問は、おめぇが答えてくれ……と。

 

「そんなの……だよ」

「フェイト様?」

「え? あ、えっとぉ」

 

 まるで意地が悪い質問内容は、それだけで少女を困らせる。 うつむいて、スカートを握り締め……悩んだ先に出た答えは――

 

「……ん」

「え?」

 

 聞こえない。 だからこそ、皆は――この屋上にいるであろう総勢30名の観戦者は耳を傾ける。 良く聞こえるように、よく、記憶しておけるように。

 

「……あぅ」

「…………」

『…………』

 

 静まりかえる屋上は、皆の緊張の度合いを示すかのように肌に突き刺さる感覚をもたらす。 いつまでも続きそうだった、そう、誰もが思い、固唾をのんだ頃だろう。

 

 

 

「………………おにいちゃん。 ……です」

「……はい?」

 

 

 

 聞こえてきた単語に。

 

「……かふっ!?」

「!!?」

 

 遠くの観戦者が……“感染”した。

 

「え? お、おにいさん……ですか?」

「はい、そう……です」

「ずいぶんと歳の離れた、そうですかそうですか」

 

 その変化にまだ気づかない。 彼らは安穏とした雰囲気で子供たちをやさしい目で見守る。

 

[くそ! なんだ突然!? 急に隣の奴が倒れ――]

「ね? そうだよね、……おにいちゃん!」

[ごはぁ!?]

「ん? あ、あぁそうかもな」

 

 ……また一人。

 

[なんなんだ!? みんなの様子が……]

「ご、――おにいちゃん……」

[うぶぅ? や、やられた……!?]

「おい、そんなに引っ付くなよ? 動きにきぃだろ」

 

 また、ひとり。

 

 聞こえてくる討たれた声は、段々とその質を凶悪な物へと変貌させていく。 まるでゾンビゲームをやっているかのような呻く声は、それだけことが深刻だからであろう。 ……それを知らない少女は。

 

「えへへ…………おにいちゃん」

 

[…………くっそ――やられたぜ]

 

 たったいま、完全にとどめを刺した。

 屈託ない笑顔、花のように咲き誇る眩い彼女は、見る者すべてに永劫の枷を取り付ける。 それに耐えられるものは3種類の人間のみ。 彼女と同姓か、言われなれたモノか……

 

「なんだ、おかしな気が充満し始めた……?」

 

 とてつもないほどに、そう言った方面に興味が無いモノか。

 

[ぐげげげげげげ!!]

『!!?』

 

 化け物の声が響き渡る。 恐ろしくも恐々しい、 戦闘前夜のような静けさも一変する鳴き声は、驚くことに人の身から成せる声。 苦しいと、泣いて叫んだ男子生徒の成れの果てである。

 

「ぐおおおおおおお」

「なによアレ?」

「前に会った怪物みたいだな」

「恐れることはありません。 所詮、人の身です」

「そうだな、気も全然大したことはねぇ。 なんならオレが一発で正気に戻してやるぜ?」

『…………えっと』

 

 ……その瞬間。 あまりにも大人気が無い彼らの代わりに、子どもたちが一気に走り出した。

 

「正気に……」

 

 踏み込んだのはアリサ。 彼女は振りかぶった右手を強く握ると、弓なりにしならせ……振りぬく。

 

「ぐぁあ」

「もどりなさい!!」

 

 文字通りに吹き飛んだ男共は、そのまま床に落ちて動かない。 アリサのストレートが光る中、ほほえみ携え、スカートを両手で持ったお嬢様は藍色の髪を揺らしながら謝辞をひとつ。

 

「ごめんなさい」

「……ぐふぅ」

 

 親指で抑えた中指ひとつ。 それが限界まで“ため”られた後に空気が震える。 いま、人ならざる彼女のちょっとだけの力が唸りを上げた。 砕いて言うと、デコピンが男の子連中を蹴散らす。

 

 なんだかんだで、面白おかしく過ぎていく時間。 どことなく10年以上前の悟空の活躍にも似た彼女たちの奮闘劇は急速に幕を閉じる。 鳴り響いた鐘、聞こえていた喧噪の収束の時間。 次の授業は何かと、居なくなっていく生徒たち。

 お昼の時間は、ついぞや終わろうとしていた。

 

「……あいつら、なかなかやるじゃねぇか」

「当然です。 ああ見えても世間を揺るがせるほどの大企業のお嬢様方、護身術の一つや二つ、持ち合わせない道理はございません」

「……そうか」

「そうなのか」

 

 大人たちの、納得と言った声と共に。

 

 

――――本日、最後の時間。

 

 

 先ほどまでの教室とは違う環境。 大地があり、空があり、きれいに並んだ白線がある。 そこに立ち並ぶ子供たちの姿は……体操服。 白と紺色の奇跡的なバランスは、この場に魔女がいたらおそらく誘拐事件が起きてそうな色合いであっただろう。

 

「今日最後が体育ねぇ。 なんだか不安にさせられる授業だわ」

「うん……特にわたしなんて他のみんなに比べたらアレだから……」

『それに引き替え――』

「わくわく」

「うずうず……」

『はぁぁぁ~~』

 

 その中で、普段から見せない“わんぱくさ”を可能な限りに放出する大人しい彼女達。 それがやはり普段からかけ離れるたびに、アリサはもちろん、なのはだって気が重くなる……2重の意味で。

 

「えー、みんな! 今日の体育は、2チームに分かれて“ドッヂボール”をやりまーす」

『わあああああ!』

『やったあああ!』

「……ドッヂボール?」

「なに、それ?」

 

 ここで、分らないと、首を傾げる金髪の二人組。 観客席と、選手側で違いは有れど、それぞれが同時にうなづくさまはまるで親鳥を追いかける小鳥の構図を連想させる。

 

「なぁ、あいつ等これからなにをする気だ。 オレにはさっぱりわからねぇんだが」

「え? ……あ、あぁ。 ドッヂボールっていうのは、簡単に言うとボールのぶつけ合いで……」

 

「…………内野の人数がなくなれば勝ちなのよ」

「そうなんだ。 身体のどこを当てられてもダメなの?」

「うん。 基本的には避ける。 あ、でもたしか顔面に当てられるとセーフってのがうちのルールだったはずよ」

「……へぇ」

 

 知らないことに興味津々。 スポーツという名の格闘技に、さっそくのめり込んでいきそうな戦闘民族他一名に、そっと冷や汗を流すのは誰の役? そんなものは知らないと、皆が小さな箱に集まっていく。

 

「それじゃくじ引きをしまーす! みんな一枚ずつもっていってね! 一枚ずつだよーー」

「どれどれ……あたしは赤組ね」

「あ、わたし白」

「すずかちゃんはわたしと一緒だね」

「アリサといっしょ……」

 

 それぞれがある意味順当に組み分けされていく。 強者と弱者、超越者と常識人。 違いは有れど、悟空たちで言うところの戦闘力数的にはなかなかどうして……今のところは互角ではあるはずだ。

 

「はい、先攻後攻はコイントスで決めるわよぉ。 えっと……フェイトちゃんとすずかちゃんはそれぞれ前に出てきてね。 ちなみに、数字が書いてある方をオモテとします」

『はい』

 

 この人選はどうなんだ。 周りが異を唱える中、教師が持った100円硬貨は盛大に宙を舞う。

 

「さぁ、どっちですか?」

「……ウラかな?」

「オモテです」

 

 藍色の子が、どこか得意げに答える中、自身が無いのだろう。 フェイトは少しだけ苦笑い。 もしかしたらと、小さく揺らした金の髪が、そのまま斜めに重きを置くころであろうか。

 

「…………残念だったな、フェイト」

「え?」

「――見えたのですか?」

「……さぁな」

 

「オモテですね。 という事で先制はすずかちゃんのチームから!」

『おぉぉ』

 

 悟空の未来予知ばりの発言が場を沸かす。 たったの20メートル、されど20メートルなその距離で、間違いもなく言った彼はそのまま観戦の姿勢を取るに至る。 まるで、昔に行われた天下一武道会を見ていたあの頃のように。

 

「おめぇら! 勝った奴にはオレがどんな願いでも“可能なかぎり”叶えてやるぞーー頑張れよー!」

『…………!!』

「……かのうな……かぎり?」

「え、おい、あんた?」

「さぁ、はじまるぞ」

「あ、はい」

「……このような貌もなさるのですね」

「?」

「……いえ」

 

 かれは、彼等は――――

 

「いっくよー……それ!」

「――――――    」

「ん? なかなか早いな」

『!?!?』

 

 いきなりの大惨事に言葉を失う。

 

「……アリサちゃん!!」

「……や、やるじゃないすずか……また、腕を上げたわね――ガクっ」

「あ、アリサの気が……消えた!?」

 

 場は一気に。

 

「総員退避―!! あれを喰らったら一発で落とされるぞお」

「なんてことなの。 ガードの上から無理やり落としに来た……普段のすずかからは想像もできない――」

「……攻撃的な気だな」

「そうなんですか……? というより、あなたはいったい……」

「ん? あぁ、まぁ、気にするな」

「はぁ」

『…………』

 

 重苦しい沈黙が支配する。 唐突に摘まれた一つの命。 犠牲者1を刻んだすずかは、どこかいつもよりも、そう、刈る側の目をしていた。

 

「まず、独り……」

「目の色が変だよ?!」

「っく。 悟空に言われた一言で明らかに戦闘能力が向上した!? ……明らかに人間の限界を超えてる……悟空を除いて」

「ふふ――つぎつぎ」

 

 恋する乙女は盲目なのだ。 それを見事実戦する彼女の狂いようは、もはや戦闘民族に匹敵するほどの貪欲さか。 思い出してみてもらいたい、彼女はいままで、かなりの我慢をしてきたのだ。

 一回目がアリサで、二回目がなのは、もう、そろそろ――自分がしてもらってもいいのではないか?

 

「……悟空さんに……肩、ぐるま……」

 

 其の一言を言う彼女は、明らかに奪略者(プレデター)であった。 もう、誰にも抑えられない。

 

「このままじゃこっちは全滅。 とりあえずアリサが命に代えて守ってくれたボールで……反撃」

「負けないよ?」

「うぅ……どうしてこうなっちゃったのぉ。 悟空くんのばかぁ」

 

 涙目でしゃがみ込んだなのは、彼女はこの混沌を生んだ金髪戦士を深く呪う。 コートのはじっこで、イモムシのように縮こまりながら。 そうこう言いながら、なのはの敵側であるフェイトはここで大きく構えを取る。 独特な構えからくる、その回転を咥えたボールは――

 

「ファイア!」

「あ、あれは!!」

変化球(ドライブ)!?」

 

 壮大な半円を描きながら、射線上の雑魚どもを一掃する。

 

「フェイトって子、どうしてあのまますずかちゃんと対決しなかったんだ? あんな変化球、最初のだまし討ちで案外行けたかもしれないのに」

「甘いなキョウヤ。 アイツの狙いは“余計な壁を減らす”ことにある。 もしも余計な奴にあたりでもして、威力を半減されれば、それでもうフェイトの球は取られちまう」

「……な、なるほど」

「――実況と解説が自然と出来上がりましたか」

 

 実況席からのコメント揺蕩うなか、零れたボールを拾うのは……白組の巨砲――月村すずか。

 

「またあれがくるぞおお!」

「みんな散れ――! 貫通ダメージで全滅させられるぞ!」

「……こわいよぉ、これじゃまるで戦場だよぉ」

「……っく! すずか……」

「えい!」

 

 気の抜けた投擲音が鳴り響く。 しかし――そのあとに流れるのは破滅へのBGM。 ブレイク・グランド・ミュージアムは、観戦席にまで鳴り響く。

 

「おい、いま地面が抉れなかったか……」

「今ぐれぇなら、車ぐらいだったらへこませられる程度だな」

「あ、あれで……」

「それよりも、どうやらフェイトは頭を使ったようだな」

「……はい?」

 

 そう、鳴り響いたのは途中まで。 そのボールはなんと、紅組のコート最奥にて制止していた。 どういうことだと、思う間もなく見据えた恭也からはいつの間にか汗が流される。

 

「はぁあああ」

「か、身体ごと回転して……跳ね返しやがった!?」

「オレの真似だな……やりゃ出来るじゃねぇか」

「……これ、ドッヂボールですよね?」

 

 金のツインテールが円を描く。 まるで風車のような回転は、そのまますずかから放たれた砲弾を巻き込んで、一気に敵陣地へと飛んでいく。

 

「しかしこれは……放っておけばフェイト様のアウトなのでは――」

「いや、それはわかんねぇぞ」

「……いやいや」

 

 結果は見るまでもないと、切って捨てるかのようなメイドの一言に、それでもと言い切る悟空は外野を見る。 すると、ボールは急速に威力を弱めていき……外にいた子供のふたりが、重なり合うかのように受け止める。

 

「……子供が使う手ですか、これが?」

「最近の小学生はすごいんだな」

「そんなもん、昔っからかわんねぇさ。 アイツ等は、すげぇ!」

 

 とったボール、それをすかさずに他の無事な外野に渡すと、その子供は軽く放り投げる。

 

「あいた!?」

「あーあ。 なのはの奴め、すんなり負けやがった」

「我が妹ながら情けない」

「……随分と手厳しい」

 

 あっという間に白組はすずか独り。 それに比べて、紅組陣営は残り8人、しかしそれはフェイトにとっては動きにくいモノであり。

 

「えい!」

「またきた―――――   」

「たぁ!」

「くっそおお! おぼえてやが    」

「そーれ!」

「し、しろいあくまがああああぐぇ    」

「ちくしょおおおお」

 

 まるで願ったりかなったり。 そこからのすずかの猛反撃で、あっという間にフィールドは空っケツに。 そして勝負はサシに持ち込まれていく。

 

「えっと、この状況はもしかして彼女たちにとっては望むところだったのでしょうか?」

「どうだろうな、強いて言うなら、フェイトの方はこれで存分に動き回れるはずだ。 あとは、どうやってすずかが持っているボールを取り返すかだな」

「な、なるほど」

 

 まるで荒野のガンマンだ。 お互いに睨みあって佇む姿は、まさしく戦士のそれ。 報酬目当てにいま、ふたりは全力も全開……最大パワーを発揮する。

 

「えぇぇい」

「く、くる……はやい!?」

 

 今まで以上の初速、これ異常にない弾の伸び! それにたいして、ついに足がすくんでしまったフェイトはそのままボールを睨みつける。

 

「うごけ……くぅううぱ、パワーが――」

「か、勝った!」

「はああああああ」

 

 唸る女の子は足を叩いていた。 瞬間の判断力で出した次の行動は避けることではなく励ますこと。 これにより、マヒしたフェイトの感覚器官は一気に爆発的な電気信号にて更なる行動を行う。

 膝を深く曲げず、全身のバネを必要最小限に活用した彼女は……一気に力を解き放つ!!

 

「あぁ!? フェイトちゃんが――」

「……へぇ、やるな」

「と、とんだ……」

 

 ただの跳躍。 それをこの短い瞬間で成し遂げて見せる。 これ以上にないタイミングでの回避。 これには堪らず、敵も味方も身を震わせた――よくぞやった、と。

 

「え? え?」

「いけない! にげて!!」

「ふぇ!?」

 

 しかし、何事にも代償はつきものである。

 

「おおおーと! いま放たれた弾丸が、そのままフェイトちゃんを通過して、さらに真後ろにいたなのはのところへ一直線だああ!」

「まずいなぁ……しかたねぇ」

「……?」

 

 いつの間にか乗り出した恭也の熱い実況の中、白いボールが眼前に迫るなのは。 無理だ、あんな運動神経なしオンナには到底相手取ることが出来ない――そう、皆があきらめの境地に達していたときであった。

 いいや、それはなのは本人も同じ。 不屈の闘志はいまだ燃焼されず、彼女は、勝利を一気に手放す。

 

 

【跳ね返せなのは!】

【……え?】

【そいつは味方だ! おめぇにやる気があって、悪の気が無ければ跳ね返せる“はず”だ――】

「【悟空くん……うん!!】すずかちゃんは友達……だったら――――まけないんだからあああ」

 

「!!」

『!!?』

 

 巻き起こる自身の内に響く励ましの声。 彼からの必勝法を感覚で掴んだなのはは、そのまま跳ねるように両手を突きだしていた。 そう、ここだ! ここでもしも自分がフェイトのようにカウンターを決めることが出来れば……

 

「決まって!!」

「……なッ!?」

 

 勝負は……きまるはずなのだか―――――――――――ら?

 

 

 

 

……2分後。

 

「タンカー! タンカー!!」

「急げ、容体はいろんな意味で重いぞ」

「……泡吹いてる……これはアカン」

「…………ミンチよりもひでぇ」

「バイタル低下……?! 先生! 急いで保健室へ」

『えっほえっほ――――』

 

 

 高町なのはと言う人物は確かに頑張った。 それでも、確かにできないことはあったわけで。 いうなれば、幾らかめはめ波が通じない天津飯ですら、“20倍界王拳のかめはめ波”を喰らえばひとたまりもない、つまりはそういう事と一緒なのである。

 

 頑張っても、無理は無理、である。

 

「し、死んでいませんよね?」

「大丈夫だ、アイツ、当たる直前に無意識ながらに急所は外してる……さすがシロウの子だ」

「たかが子供の遊びのドッヂボールで、どうして急所を外す運動が行われるんだ……ん?」

「それに両鼻から鼻血なんて、女の子にしてみれば十分致命傷です」

「……そうか」

『そうです』

「…………だが、ルールだと顔面はセーフだとさっきお前が――」

『生命維持的には完全アウトです!!』

「……そうか」

「…………?」

 

 軽く金髪を揺らす悟空は、それでも送るのである。

 

「まぁ、今日はなのはの大金星だったな」

「?」

「え?」

「フェイトさんアウト―! よって、白チームの勝ち!!」

『…………どういうことでしょうか』

「なのはが顔で受け止めたボールは、確かにそのままどっかに行った。 でも、その行き先が今回よかったんだ」

「まさか――」

「そう、あいつから跳ね返ったボールはそのまま当初の予定通りに空中のフェイトに当たったんだ。 ……かすかにな」

「す、すごい」

「なんて根性だ……」

 

 酷い顔して横たわる、小さき眠り姫に向かって……“柔い笑み”を。

 

 

 

――――放課後。

 

 ユーノさんによる治療魔法で、ひっそりと復活したなのは。 彼女のあまりにも早い回復に、後々、この学校には“地獄から追い出された化け物”とか、“閻魔が煙たがる小学生”だとか“ゾンビ高町”などという逸話が残されるのだが、それはまぁ、どうでもいい事である。

 

 保護者の皆々が、子どもたちを連れ帰った放課後の事である。 それは、やはり唐突に訪れる。

 

「……あ」

「やはり降ってきやがったか、フェイト、傘もってきたか?」

「ううん」

「……オレのだけか」

 

 いまはただ、変わってしまった天候をにらみつけるだけ。 天からの恵みも、今はただ、疲れた身体に余計な重しをする邪魔者にしかならず。 軽く息を吐いた悟空は、そのまま額に手を差し伸べる。

 

「ほとんどのヤツは帰ったみたいだな。 だったら瞬間移動で……」

「あ、まって!」

「……?」

 

 その動作の意味を知っているフェイトは、ここで待ったをかける。 その手は本当に弱い力。 そっと持った彼の服の裾を、少しだけ引っ張るフェイトはそのまま悟空を見上げてくる。

 

「……そういや、おめぇと二人で買い物してといってたな」

「誰が……?」

「プレシアがだ」

「……」

 

 其の一言が急に不安になるのも少しの事、悟空の、次のセリフを聞いた彼女は……

 

「なんでも、“少しだけ遠回りして帰ってきて”……だとさ。 意味が分かるか?」

「……わかんない……ふふ」

「なに笑ってんだ?」

「ないしょ」

「……?」

 

 悟空と同じ金髪を、そっと優しく振るのであった。 ふわりと流したそれはツインテールと言う名の通り、まるで御機嫌のいい子ネコのように悟空の横を歩くのでありました。

 

「ねぇ、今度ね、学校でプール開きがあるんだって」

「……泳ぐのか」

「うん、それでね、その買い物も……」

「ああ」

 

 彼が差した傘のなか、お互いの肩がほんのりと濡れていく中を、目的の場所を目指して歩いていくのです。 母に言われたとおり、ほんの少しだけ遠回りして……彼とそれだけ、ふたりきりでいられるように……と。

 

 5の月が終わる今週末。 梅雨の季節、到来である。

 

 




悟空「おっす! オラ悟空!!」

すずか「勝った! ……って、喜んでいいのかな?」

悟空「いいと思うぞ? あれは確かにおめぇの力なんだし……かなり反則くせぇけど」

すずか「うぐ!? ……どうしよう。 景品、やっぱり断った方がいいのかな」

プレシア「なら、その景品はみんなでおすそ分けね」

すずか「え?」

プレシア「前に言ったでしょう? 今度、温泉に行く……って」

すずか「そうなんですか?」

悟空「そういやそうだったな……でも、それもまた今度だな。 次は久しぶりに”あいつら”と出かけるらしいから、おめぇ達はまた今度だな」

珍しい組み合わせ『あいつら?』

悟空「ちぃとな、温泉よりも先に海に行くんだ。 そんじゃ次回!!」

はやて「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第39話」

シグナム「ボール探しはついで!? 騎士たちと瞬間移動旅行記」

悟空「シロウが言ってたんだ。 もしかしたらおめぇの足にも効果があるんじゃねェかって」

はやて「はぁ……フカフカやわぁ」

シグナム「孫、後で話がある」

悟空「なんだよ、真剣な顔してさ……とりあえず次でだな、じゃなあ!」




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第39話 ボール探しはついで!? 騎士たちと瞬間移動旅行記

久し振りの顔合わせ。
それを迎える視線があるなどと、思いもよらない一家のもとへ、特に考えなしのあの男が次元を超えてやってくる。

しかし、皆は知らない。 ”そんなこと”は数か月前から見抜いていたものが存在していたことなど。
そう、彼が地表全土ならある程度を探れるとも知らないままに。 それらは近づこうとしていた。


布石回のこの話。 ついに不安を口にするのはやはりあの人でした。
では39話どうぞ。


 孫悟空が、波乱に満ちた授業参観を終えて、1週間が過ぎようかというところである。

 

 それは、やはり突然訪れた。

 

「はあ~~」

「シグナム?」

 

 時はお昼すぎ、場所は海鳴のとある一般家庭。 そこに住まう“一家”が、珍しく全員そろってお茶の間で過ごしている頃。 あたたかな湯呑みを持つのは、この中で3番目に年齢が高いらしいシグナム。

 彼女はそれを置くと、ため息ひとつ……愁い多き顔で、ゆっくりと景色を見渡していく。

 

「どないしたん?」

「……」

「??」

 

 大切な主の声にも生半どころではない反応をして、いい加減、後ろでひかえているザフィーラが、一発シバくかと腰を上げようとした、そのときである。

 

「――――…………」

『!?!?』

「孫……アイツは、まったく」

「なんだ?」

「いや、どうしてお前はそんなにも平然と誰かに好意を振りまいて――――!?」

「なんだ? オラがナニカしたんか?」

『…………えっと』

 

 彼女の隣に、尾の生えた青年が佇んでいた。 あまりにも唐突に、どうしても忽然に、誰もがまねできないくらいに颯爽と現れた彼は、やはりどこまでも自然体を突き抜けていた。 その姿に、というより彼に対して、既に口から言葉が出せないシグナムは……

 

「あ、……ああ」

「なんだよ」

「…………い、いや」

「ん?」

 

 湯呑みを持ったまま、そっとその席を離れるに至る。 彼から距離を取ること2歩、シグナムの表情は長い前髪でよく見えない、だからだろう、悟空はそんな彼女が気になってやはりおもむろに顔を寄せる。

 

「どうしたんだ? おめぇらしくねえ」

「――!? い、いや! きにするな」

「そうか?」

 

 それを受けて、しかしもう逃げ場がないシグナムはそのまま背筋を反らす。 もう限界だと、だんだん頬に熱が集まる様は、リンゴを通り越して既にトマトのようになっていく。 それを置いていく様に、ひとり、悟空に対して驚愕を隠せないモノが居た。

 

「というよりゴクウ」

「どうした? ヴィータ」

「おまえ……いまいきなり現れなかったか」

「あ、そうか。 おめぇにはまだ言ってなかったんだよな……へへ、瞬間移動ってやつでよ? 修行の成果ってやつだ」

「……修行でそんなもんが使えるようになるのかよ」

「あー! なんだよその顔。 魔法使いのおめぇらには言われたくねぇぞ」

「んなもん関係ねぇだろ! あたしが言いたいのは、なんで今、ここにお前があらわれたかをだな――」

「おーい、シャマルーーおらハラ減っちまったーー! なんか茶菓子くれねぇか? おめぇの修行の成果ってやつを見せてくれーー」

「こ、こいつ……!」

 

 それを組み合わせることすらしてくれない悟空は、ほんのり香る甘い匂いに、そっと台所へと歩いていく。 そこにいるブロンドの髪をなびかせ、エプロン装備でオーブンとニラメッコしている湖の騎士に向かい、“約束”をいま、果たす時だと近寄っていく。

 

「あ、悟空さん。 こんにちは」

「おっす! ……んで、おめぇがこのあいだ言ってた、“うでまえ”ってのは上がったのか?」

「それはもちろん――」

「……騙されるなよ、そいつの言葉に。 あたしやシグナムが何回床に転げたか……」

「おめぇも相変わらずなのな。 んでも、その表情を見るに、今日のは一味違うみてぇだな」

「そうなんです。 今日のは自信作なんです」

「…………撃墜数増加の自信か?」

「こら! ヴィータちゃん! いい加減に変な横やりは止めて!」

「うるせぇ! 全部ホントの事だろ!!」

「……う、うくぅ」

「はは……」

 

 それでも、できないことはあるのだろう。 そう打ちつけるヴィータの怒気は迫るものがあったそうな。

 

「ていうかゴクウ、お前いきなりどうしたんだよ?」

「いや、急に小腹が減ったからよ」

「……まじか?」

「マジマジ」

「……はぁ」

「はは!」

 

 そこはかとなく残る疑問に、ヴィータを含め、はやてとザフィーラまでため息を吐く。 キュッとVサインしてみせる悟空に、後頭部で汗をかくヴィータはそのまま彼を見上げる。 どことなく、身を案じてみた今の視線。 それに気づいたのだろう、彼はそっと笑って見せる。

 

「そういや……このあいだはすまなかったな」

「……あ」

 

 かけられる声は本当に優しかった。 悠然とありながら、草原にいるかのような心地よさは具体的な例を上げれない程に不可思議さを醸し出す。 それが、彼の持つ独特な感性と雰囲気だと理解できた瞬間に――

 

「おめぇのアイス、食ったまんまで返してなかったな!」

「……ぐあぁあ!?」

「おい? なにズッコケてんだ?」

「……あたしの感動を返せ」

「??」

「くぅ~~」

 

 そのまま床にうつ伏せになっていたんだとさ。 何となく論点と、見る視点がおかしい二人のあいだ、それに悪気が無い“剣士”はその場を去ろうと……

 

「あ! そういやシグナム、おめぇなんでさっきからコソコソとしてんだ? はやてが困った顔すっからそういうのは止めとけよ?」

「……誰のせいでこういうことになっているのか……こいつは」

 

 いきなり回り込んでいた悟空に退路を断たれていた。 不意の行動も、ソレなりに有った手合せで慣れていたのだろう。 そこそこに驚きの表情をした後で、彼女は右こぶしを作りながら視線をそらす。

 

「なんだ?」

「……なんでもない! ――それより孫、貴様先ほどもヴィータに言われたように、ほんとにそのようなくだらない事でここに来たのか?」

「く! くだら……」

 

 そのあとに言われた事実に、本気で泣きそうなシャマルを捨て置いて、彼等の話題は……

 

「……まぁ、理由はホントにくだらないんだけど……な?」

「なに?」

「まぁまぁ、それよか忘れてたことがあったんだ」

「なんだ?」

「…………」

「孫?」

 

 別の路線へ進路を変えようとしていた。 その際、悟空が庭先に視線を送り――ほんの一瞬、わずかににらみを利かせたのはこの場の誰にもわかりはしなかった。 そう、闘いに生きる者すべてが、彼の行動に気付けなかったのである。

 

「いや、なんでもねぇ……えぇと? あぁそうだ、ずっと前に、いや、おめぇたちからしたら2か月ぐれぇ前になんのか。 そん時にいろいろ世話になった礼がまだだと思ってよ」

「……礼?」

「そうだぞ。 いうなればあれだな……」

「ごくう?」

 

 その表情を一気に緩めた彼は、一つだけ間を置き、顔の前に両手を置く。 いないいない……などというポーズのそれは、顔を隠すというより、相手からタネをバラさせまいとするマジシャンのようである。 それが、いい感じに溜めが終わったころ。

 

「んん!――『どんな願いでも一つだけ叶えてやる、さぁ、願いを言え』……ってやつだ」

『…………はぁ』

「……あり?」

 

 皆の反応の悪さに、外のカラスが一羽鳴く。

 

「い、いまどきどんな願いでも――って、はやんねぇって」

「……そういうのは、な」

「そうだ。 そういうのはよくない。 孫、この世にはできないこともあるのだぞ?」

「あ、お、おう?」

「みんな?」

 

 そこからはなんとも言い難い雰囲気であった。 まるで腫れ物に触れるかのようなそれは、見るに痛々しい景色である。 それが嫌だと、ひと目でわかるくらい困惑するのは……はやて。 それを見た悟空は、おもむろに後頭部をかいて……

 

「なんか、すまなかったな」

「え? ……あ、いや! 特にこれといった事は無いんだ! いまのは……そう、お前にしては随分な発言をするから」

「そうなん?」

「そ、そうです主。 こんな甲斐性なしが服着て歩いているような戦闘凶――「シグナム、そりゃおめぇ言いすぎだぞ」……こほん。 とにかく、まさか孫が“礼”をするだなんて思わなかったモノですから」

「……そうなんや」

「えぇ」

 

 はやし立てられつつ、言い訳がましい彼女たちの言を、そのまま受け取る彼はまた頭をかいていた。 妙な反応だと、思うことはあるものの……

 

「……」

「まぁ」

 

 横にいた少女(はやて)を見て。

 

「いっか!」

「……うん」

 

 こともなげに、言葉を投げていた悟空であった。

 

「んまぁ、さっきのはジョウダンだとして」

「え?」

「はやて。 おめぇにはたくさんのメシや亀仙流の道着とかさ、いろんなモン貰っちまったし、何か返したいってのはホントの事なんだぞ?」

「そうなん?」

「あぁ、ほんとだ」

「そんなん気にせんでもええのに」

「そういうなって。 色々あってすぐには出来なかったけどさ、そろそろ返しておかねぇとたぶん、“えいごう”に忘れそうだったかんな」

「永劫? なんやごくう、えらく難しい言葉しっとんのやな」

「ん? ん~~まぁな」

 

 ぐいぐいと、まるで訪問セールス張りに彼らを誘う悟空は、取ってつけるように彼女のセリフを重ねてくる。 最近覚えた、彼女たちを思うモノから聞いた言葉、それの意味を深く考えずに放つ彼に若干戸惑うはやては不意に、リビングに置いてあるテレビへと顔を向ける。

 

「……そうや」

「お?」

「ごくう、どうしてもその恩返しゆうのは、やらな気ぃ済まへんの?」

「そうだな。 結構、重要なところでおめぇたちには助けられたしな。 それに、あいつとの約束もあるし」

「アイツ?」

「あ! あ、あぁぁいや! なんでもねぇんだ。 まぁ、おめぇたちがいらねぇっていうんなら、オラ、このままむこうに行って修行の続きでもしてるけどな」

「ん~~」

 

 それを見て、悟空の撤退の声を聞いたはやては、何となく顔を下に向ける。 ちょっとだけ反らした視線は何の意味があるのだろうか。 彼女はここに来て、よもや自分に遠慮をしているのではと、悟空が首を傾げる事数秒の事だった。

 少女は、ついに――

 

「そんなら、ごくうに甘えさせてもらってもええ?」

「……いいぞ」

「ならな、わたし――」

『…………』

 

 騎士たちが見守る中、彼女は悟空に初めて……わがままを告げるのであった。

 それは、果たして我が儘と言えるのかはさておき、悟空が聞き、はやてが告げるその間、この家は不思議と静かな空気があたりを支配する。

 

――――まるで、嵐のような静けさのように。

 

「んじゃな……――――」

『おお?!』

 

 そうこうしてる間に、悟空は来た時と同じように瞬間移動で消えていき。

 

[降水確率は70パーセント、もう、梅雨の時期ですね]

[海の様子はまだ穏やかですが、雨量が激しくなればその分だけ波も荒くなります。 みなさん、海岸の近くに行くときはなるべく気を付けてくださいね]

 

 リビングで付けっぱなしにされたテレビの声が、事務的に天候を予測する。 気を遣う気もないのに丁寧な言葉を並べていくそれは、耳障りでありながら、やはり重要な言葉の羅列なのである。

そう、この箱から流れる情報は、これからの事態を予想するかのように……正確だったのだ。

 

 

数日後 AM7時まえ 八神家玄関前。

 

 あいつはいつも突然だった。

 

「シグナム、ごくうから連絡があった日って今日?」

「えぇ、そのはずですが……んん」

 

 そう、一昨日いきなり頭の中に声が聞こえ、周りを見た私を笑うかのように言葉を続けるアイツ……孫は、本当に唐突に言い放ったのだ。

 

「主の注文に見合った場所が見つかったから、今度の日曜に……と」

「時間も今ぐらいなんやろ?」

「えぇ。 7時くらい……と、かなり適当には言ってましたが」

「う~ん。 ごくうのことやから、言ったらそのまま消えるってのは――」

「ない、とは言い切れないのがまた」

「……あはは」

 

 なのに奴はまだ来ない。 そろそろ約束の時間だ、いったい何をやっている――主を、不安な顔にさせるのではない……そうでなくても。

 

「私もたまには……」

「シグナム?」

「いいえ、なんでもありません」

「そう? なんやえろう不安そうな顔やったからな……ごくうの事?」

「……主には嘘はつけませんね」

「そんなことあらへんよ」

 

 はぁ、ここまで見透かされてしまうとは。 しかしこれもひとえにアイツの奇怪な行動のせいだ。 あぁ、きっとそうに違いない。 それに、主が他人の落ち込んでいるときの機微を細かく把握するのが得意なのは今に始まった事ではないからこれは仕方がないのかもしれない。 それが彼女のいいところでもあるのだから。

 

 ただ、ご自身の辛いところを隠すのが上手いのは、どうにも目をつむりきれない難点でもあるが……これは、いつか解決できればいいのだが……それにしても――

 

「孫の奴め」

「――――……」

 

 いったい何をぐずぐずと。 こんなに我らを焦らせて何が面白いというのだ。 ……確かに、我らにとって時間という概念は微々たる影響しかない些末なものだ、だが主は違う。 我等とは違う時間を生きるこの方に、こうも無駄な時間を過ごさせて。

 

「これでへらへらとして現れたら……」

「……フ、わがケンのサビにしてやろう――ってか?」

「わかってるではないか。 そう、自分から誘っておいてこうまで待たせるのだ。 皆が止めても将たる私が示しを……」

「しょう? ショウってなんだ?」

「……ん?」

「お?」

「ん……」

 

 なんだコイツは、将の意味も分からんのか。 図体ばかりデカい癖に、それに見合わぬ学の無さだまったく。 少しは主を見ならって自主的に……

 

「……勉……きょう、でも――」

「おい、シグナム?」

「――――!?」

「うぉ!?」

「な、なななな孫!! 貴様いつの間に?!」

 

 は、背後を取られてた!? いつだ! いつから私はコイツに背中を見せていた……ちがう、コイツはいつから私の域を占領していたのだ!? まったく気配を感じなかった。

 

「ごくう、びっくりするからいきなり現れるのはやめてな?」

「おどろかせちまったか? そいつはすまなかったな……うりうり」

「あはは。 くすぐったいで、ごくう」

「……ん」

 

 あ、主よ。 どうしてそのように自然体で構えていられるのですか……おかしいのは私の方なのか? もしかして過剰に反応し過ぎなのか?

 

「……うむ、わからんな」

「なにがだ?」

「お前の事全部だ」

「……お、おう?」

 

 はぁ、どうしてこいつはこうも私の……をかき乱す。 いつもいつも、変なところでやきもきさせて。

 

「さってと」

「え?」

「なんだよ?」

「がう?」

「悟空さん……?」

「……?」

 

 いきなり何をする?

 こうも皆をそばに寄せて……というより寄りすぎだ! これでは主の車椅子を押すことも――おい、孫!?

 

「みんな、しっかり隣にいるヤツを掴んでるんだぞ」

「なにしてんだよゴクウ! こんなんじゃ歩けないだろ」

「まぁまぁ」

「ごくう?」

 

 額に……手を当てた? なんだ、孫の表情が一気に鋭く……こんな表情もできるのかコイツは。

 ……まるで今までとは真剣みが違う。 こう、研ぎ澄まされた刀剣のような。

 

「なにを……」

「まあ、みてろ」

 

 声にも若干の凄みが。 これがコイツの“素”というやつなのか? いいや、違うな。 いうなれば切り替えたという方が適切か。 なるほど、これは普段の姿からでは想像もできないくらいに……――――

 

「さぁて、着いたぞ」

「なんや? いきなり景色が変わったで?」

「お、おいおい。 今のってもしかして転移の魔法かよ?! おまえいつの間にこんなの」

「このあいだ瞬間移動がどうのこうのって言ってたけど、この事なんですか?」

「……ぐる」

 

 なんと真剣な貌だ。 あまりにもあんまりで、背筋が凍りつきそうにもなりそうなのだが……いかんせん、普段のコイツを知っている身からすれば違和感しかないのもまた事実。 孫、お前は一体……

 

「さって、次々――」

「ふむ。 貴様は時折そういう顔をするが、そんなものは大体の割合で死線を越えてきた者のする顔だ。 ……お前は、いったい今までどのような修羅場を潜り抜けてきたん……だ……?」

 

 なんだ? 皆の様子が……?

 

「おあおあ……、おいここって――」

「なんだか妙にあついなぁ? 季節的には夏なんやろか、どこの国やろ?」

「まさか……管理外世界!?」

「……がう」

 

 ん? 景色が変わったのか? 何が起きている、孫、いったい何をした!

 

「あ、ああああああ――アレ!」

「おいおいおいおい! あれは洒落になってねぇよ!!」

「なんだ、何をそんなに慌てて……」

 

 皆が私の方を指さし騒ぎ立てている? いかんぞヴィータ。 そんな風に仲間を指さしているのはいただけない行為だ。 主の前でもあるのだから、そういった行為は――ん?

 

「……雨? 天気は悪くないとは思ったのだが」

『…………あ、ぁぁああ』

「?」

 

 しかも何やら生臭い……? 生水か? さすれば近くに川があるという事か……

 

「うぁ……し、しんだ」

「シャマル?」

「もう、おしまいだ――!」

「おいヴィータ!」

 

 いったいなんだというのだ! さっきから妙にソワソワしたかと思ったら、急に葬儀のような顔をして……せっかくの遠出を……?

 

「なんだ? 急に周りが暗くなって……? 日はまだ出ているな」

[グルウゥゥ]

「ぐる?」

 

 誰の声だ? まったく騒々しい。 久しぶりの遠出だからと、少し浮かれすぎ……おい、誰ださっきから後ろで熱気をまき散らせている阿呆は。 シャマル、は、居るな。 ヴィータ? はこっちを向いてるし……後の者もいる。

 

「だれだ?」

[グルウウウウ――ゥゥゥウうう!!]

「……うむ」

 

 なんだろう、実に遠い昔、見た覚えがあるようでない存在が……そうか、やっとわかった。 先ほど私の頭にかぶらされたのは水であって水ではないのだな。

 

「生臭いとは思ったが……やれやれ、まさかキミの唾液だったとは」

[ハッハッハ――]

「気を付けろ。 次はないからな――」

 

 まったく。 あとで川にでも行って洗い流さねば。 せっかくの衣服も台無しではないか…………ん?

 

「……ふむ?」

[…………ガルゥゥゥ]

「ふぁっ!?」

[ォォォオオオオオオッ!!]

 

 な、なんだこいつはああああああ!!!

 いったい何が起きた!? 大きさにして全長100メートル超のか、怪物!?

 

「ブラキオだのティラノなんだのを混ぜ合わせたような……いくら管理外世界でもこんなもの――!!」

[――――ッ]

「うっぉぉ!?」

 

 風がすごい!? いきなりしっぽを振り回したと思ったらこれか……あ、主を……皆のモノ――いかん、ヴィータがあまりにも突然の事態に衣服をずらして往生している。 シャマルは言うまでもなく、守護獣ですら腰が引けている。 まるで服従一歩前の番犬状態というやつだ……あれ相手によくも耐えていると言ったところか。

 かく言う私もレヴァンティンを握る手がかなりふるえていたりする……在りえん。 こ、こうなったら、あまり嫌だが最後の希望にすがるしか……

 

「おい孫」

「こっちの方だったような……」

「おい!」

 

 こっちってなんだ! あの世の方向か!? 迷っている場合ではないはずだ、でなければじきにここがあの世になってしまうぞ! ――おい孫!!

 

[ウォォォォオオオオ]

「いかん」

「あかん」

「おわった……」

 

 無意識に、主が胸で十字を切っていた。 嗚呼、ここが今代最後の地になるとは……

 迫るアギト、大開きで剃り立つ牙、むせ返りそうになる血の匂い。 もうすぐわれらもこの匂いの一部に……――――

 

 しかし、いつまでたってもそのときは訪れない――――……

 

「なにがあった?」

「あっちゃあ。 ここは違うとこだなぁ。 似たような気があるからつい間違えちまう」

「は?」

 

 先ほどまで居た恐竜が消えている? しかも周りの荒野は消失し、温暖さもなければ日の光りもさえぎられている……れて……というより!

 

「寒ッ!!」

「あぶぶぶ――こ、凍えてまう!?」

「吹雪!? なんでいきなりこんな――まさかまた次元移動を!?」

「それにしては発動時間があまりにも早いわよ! こんなの、普通じゃない」

「普通じゃない……まさか」

『…………』

 

 皆の視線が、道着姿の男に向かう。 あぁ、またおまえか。 いったい今度はなんだというのだ、幾らなんでもここは遊ぶには最低の環境ではないのか? 気温も、視界も、そして――

 

[ォォォオオオオオン]

「遠吠えもする」

「ほら、ザフィーラ、お友達よ?」

「……俺はオオカミなどではない」

「だよな……説得は無理そうだよな」

 

 この劣悪な環境でこれはマズイ。 武器はあるが展開する隙を、はたしてあの狩猟者どもが与えてくれるのか? 腹が空いてるやつらは、一片の情もないことを知っているのか……こいつは。

 

「よっし! 今度は間違いねぇ。 行くぞ……―――」

[ォォォオオオ!!]

『うぉお!?』

 

 景色が、またも一変する。

 

「ついたーー!」

「……おお」

「こんなところが」

「地獄を巡って着いた先が天国……というやつか」

「腰が抜けてもうて立てへんわ。 ごくう、おぶって?」

「おめぇ立てねぇのは初めからだろ? なんだはやて、それってもしかしてギャグか?」

「えへへ……半分な」

『…………洒落(ギャグ)で済んでません、あるじ殿』

 

 あまりの急転直下ぶりに、我らの主も若干ながら目をまわしているようだ。 慣れないことを2、3繰り返すと、そのまま孫に抱き上げられていく。 そうだな、こんな――ああ、こんなきれいな砂浜と、そして澄み渡った海の見える場所では車椅子はむしろ邪魔になるだろう。

 

「だが、それでは自由がきかないのでは?」

「そうなんや。 せやから、最初は結構迷ったんやで? でも」

「はぁ……?」

 

 どうしたというのだ? 主のあの嬉しそうな顔は。 まるで……まるで……こういうのをどう表現すればいいのかはわかりかねるが、本当にうれしそうなのはわかる。 いったい何があの方をここまで喜ばせるのだろう。

 

「ごくうがな? とっても素敵な解決策をもってきてくれたんや」

「孫が? それは一体」

「えへへ……ごくう、おねがいな?」

「おう」

 

 孫が空を見上げはじめた。 ふふ、なんだかわからんがとても良い笑顔をする。 まるで公園でヴィータと戯れていた子どものように……子供のように……うぅ。

 

「いかんな。 あのときの事はなかったことにしたはずだ」

「?」

「いや、なんでもない」

「……?」

 

 あのときの事は忘れてしまおう。 そう、何度も考えてきたではないか。 アレは、そう、間違いだったのだ。 私とコイツの間柄なんて……ただの組手仲間程度のモノなのだから。

 

「なぁ、そうだろ……そ――」

「筋 斗 雲 やああああい!!」

「……」

「なんだシグナム?」

「……なんでもないさ。 あぁ、なんでもない」

 

 雰囲気、ぶち壊しだな。 はぁ……

 

【…………】もくもく

「すごい! ホンマにきた!」

「あっちの世界から来たのかよ、何気にすごいなこの雲」

「いや、筋斗雲は前に来たときに置いてきたんだ。 さすがにこいつは“セカイ”を超えたりとかってできねぇし。 あらかじめ……な?」

「……何気に考えてるんだなお前」

「はは、まぁな」

 

 なるほどそういう事か。 孫の考えがだんだん読めてきた。 この不思議な雲を、主の車椅子替わりに使うという算段なのだな。 主の足代わりも出来、目的の場所にも着き、やっと……落ち着くことが出来そうだ。

 あぁ、そうだ。 まずは唾液にまみれた身体を洗ってしまわねば……ふむ。

 

「孫、少し、独りで回らせてもらうぞ。 主の事を頼む」

「え? なんだよおめぇ、いきなり離れんのか? オラだっていろいろと――」

「い い な?」

「……おう」

 

 釘も差し終えた。 さて、向こうの静かそうなところで、ゆっくり身体を流すとするか。 ほんの少しだけ、昔を思い出しながら……な。

 

 

 

 とある管理外世界――AM11時半。

 

 そこは青い空、透き通る海、白く輝く砂浜。 そして桃色のサンゴ礁が万遍なく行き渡る、地球に比べて海の比率があまりにも多い世界。 大地の少ないここには、やはり原生

生物しか生息してはおらず。 管理外というのも相まって、かなり伸び伸びと自然が己を生かす場となっていた。

 

 そこは当然のように、野生児であった悟空にはなじみ深き場所の様で。

 

「いやっほーー!」

 

 彼は、まさに童子のようにここの生態系とあいさつをしている最中であった。 そんな彼は、不意に背後を振り向いて見せる。

 

「ん? シャマルか」

「がう?」

「悟空さん、お待たせしました」

「……フン」

 

 白いワンピース。 赤いフリルのついたそれは、彼女の歳を把握させるに十分な装備。 肩口が紐状で、交差させるように結ばれる形状なのも、大人への背伸びを思わせるかのようでけなげに見える。

 ミントグリーンのチューブトップ。 彼女のパーソナルカラーに染められしそれは、センター部分から伸びる紐に吊るされながら、彼女が持つ豊満さをかろうじて隠し、大人の持つ妖艶さとは別の、健康的な魅力を周囲へと見せつける。

 

「お? おめぇたち、やっと着替えてきたんか。 さっさと遊ぶぞ」

『水着に着替えてきた女性に対して、それは無いと思う』

 

 しかし――そこから見せられた悟空節はやはり、あきれるばかりの代物。 そんなことはわかっていると、両手でポーズを作るヴィータは首を左右に振る。

 

「まぁ、分ってはいたけどよ」

「なにがだ?」

「期待なんかしてねェよ――っていみだ!」

「あいた!? なんだよおめぇ……ん? ボール?」

「ビーチボールだ、コイツで遊ぶってはやてが」

「……お」

 

 その彼女が投げつけたモノを頭部で受け取る彼は、投げつけてきた人物の背後で黄色い乗り物に揺られる少女を発見する。 

 

「えへへ……」

「はやて……すげぇなぁ」

「え?」

「なんで?」

 

 それを見て、前ふたり以上に関心を示してやる悟空。 思わぬ彼の反応に、どうしてと傾げるのは最初に披露した女子二名。 それはそうだろう、こんなトウヘンボクがボクサーパンツ履いている筋肉だるまだ、女子の事など興味がないのでは……と、思ったそのときであった。

 

「おめぇ随分手慣れてきたなぁ、筋斗雲の操縦」

「うん!」

「……あぁ」

「そうですか」

『?』

 

 やはり彼は彼なのだと、思わず砂浜に大の字となる騎士たちであった。

 

「なぁ! シグナムこっち来なかった? どこ見渡しても見つかんねんだけど」

「そういえばそうねぇ。 どこ行っちゃったのかしら」

「がう!」

「そうやなぁ、シグナムの事やし危ないところなんか行かないとは思うんやけど……」

 

 時間はあれから数分が過ぎ、そよりと砂浜に風が舞う。 その中で一人、彼女たちの大将がいないと主張するヴィータに釣られ、皆が遠くの方に目をやる中。

 

「大丈夫なんじゃねぇか?」

「ごくう?」

 

 彼は一人、屈伸運動を始めていた。

 

「なんだよゴクウ、随分と冷たいな」

「そんなんじゃねぇよ、ただ、アイツならこっから500メートル離れた滝壺に居るのがわかってるからな。 だから心配とかは――」

「……おまえ、なんでそんなもんがわかるんだよ」

「なんでって、こんな距離なら、おめぇたちが持ってる魔力を探れば一発でわかっちめぇぞ」

「そうか……そういやお前、とんでもない探知の能力があったんだよな」

「まぁな。 結構、オラたちの仲間内じゃ当たり前のモンだけど」

「……怖いとこだな、お前がいたところって」

「みんないい奴なんだぞ? 盗賊(ヤムチャ)とか、殺し屋(天津飯)とか、大魔王(ピッコロ)だった奴もいるけど」

「大魔王…………どんな人間関係ですか、悟空さん」

 

 ひざ、腰、腕。 徐々に上半身へ移りゆく柔軟は、ただゆっくりと流れて行われていく。 締めの伸びをする頃には……

 

「すまん、遅くなった」

「ちぃと遅かったなシグナム。 はやて達が心配してたぞ?」

「……悪かったな」

 

 本日最後の入場者が、悟空たちに向かって手を振っていた。 小さい動きのそれは、彼女自身の心を象徴するかのようにささやかである。

 

 所謂、三角ビキニと呼ばれるそれ。 色はやはり彼女のパーソナルカラーを採用し、水着の型と、彼女の容姿が相まって、より一層の大人の雰囲気を醸し出す。

それでいてどことなく、まだ子供の色が見えるのはまだ10代である彼女の歳のせいなのか……それとも――そんな彼女に、悟空は尾を振り見つめて。

 

「お、シグナムおめぇ」

「……どうした?」

 

 そのささやかさに、同調するかのように彼が疑問の声を投げかける。 少しのそれは、果たしてそれほどに彼が興味を示さなかったから? 思うことに、それでも気になる彼女は小さく問う。

 ……いったい、貴方は何に興味を持ったのかと。

 

「おめぇよ」

「あ、あぁ」

 

 

 

 

「色がヴィータと被ってんじゃねえのか?」

 

 

 

「私のはピンクだ! 少し、赤に近い程度の!!」

「そ、そうか。 そいつはいらねぇこと言っちまったみてぇだな……はは」

「まったく貴様は」

「は、ははは……」

 

 彼は所詮、彼だった。 鈍感とかではなく、どうにもそう言った方面で小学生(はやて)より小学生している悟空は、そのまま黒いボクサーパンツのひもを引き締める。

 

「なんにしても、これで全員そろったことだし……あそんじめぇか!」

「遊ぶ? なにをするつもりだ」

「“びーちばれー”だってよ? こんな軟っこい玉つかうんだと」

「なるほど――つまり戦いだな?」

「……む!」

 

 そのとき! ふたりの闘士があらわれる。

 

「はいはい、そういう戦いはまた今度やってくれよ~、今日はただ遊びに来たってことを忘れんじゃねえよ」

「うくっ?」

「いてっ」

 

 そして火消しの鉄槌が行われ、仲の良いビーチバレーに入り、はやてが筋斗雲を唸らせる中で悟空は……

 

「あ、すまねぇ!」

「構わん」

 

 少しだけ間違えた力加減、遠くへ飛んでいく極薄のプラスチック製ボールはそのままシグナムの後ろに落ちていく。 さざなみにさらわれて行くそれを、ぱしゃりと水しぶきを上げながら近寄る彼女。 そして背後から……

 

「はは! わりぃな」

 

 謝りながら近寄る悟空に。

 

「……フっ」

「……お、おぉ? ……おめぇ――」

 

 シグナムは静かに笑い。 右足で海水を拾いながら悟空の前で振りぬいていく。

 

「やりやがったなぁ?」

「礼はいらんぞ。 ただのおかえしだ」

 

 かかる水しぶき。 濡れるツンツンあたまは、さしずめワカメのように垂れ下がる。 首を左右に振り、水気飛ばしてにやける悟空はそのまま。

 

「へぇ……それ言うなら仕返しだと思うんだけど…………な!」

『!!?』

「うぉ!」

 

 高速の蹴打。 シグナムと同じく右足でのそれは、既に股関節より先が消えてしまったかのような高速蹴。 当然、それに見合った威力ではあるのだが……結果はいまだ訪れず……

 

「な!?」

『お、おぉ』

 

 首をひねった瞬間に、大きく割れる海面。 さしずめモーゼを思い出させるそれは、全長にして悟空を先頭におおよそで――500メートルは続くだろうか。 もはや超常現象のそれに、きっと驚いたのであろう。

 

[―――――]

「……お、おい」

「うそだろ……」

「いやいやいや」

 

 割れた海面の沖合、ちょうど深さが極端に酷くなったところであろう。 そこから一匹だけ、追加ゲストが顔を出す。

 あまりにも悠然に、どことなく怒気を携え、迫りくるそれは途轍もなく……

 

「うひょーー! でっけぇなあ!」

「デカいなんてもんじゃないだろ孫。 さっきの恐竜がかわいく見えるほどの全長なんだが」

「おっす!」

「挨拶してる場合じゃ――」

[―――――]

「ほれ見ろ! 首振ってこっち見て……挨拶してくれたみてぇだぞ?」

『…………そうですか』

 

 悟空“に”対して、かなり友好的であった。

 これがひとえに、彼が先ほどの集合前に行っていたお遊びが原因なのだが、それがわかるはやて一行ではなく。 仕方ないので皆も巨大生物に手を振る中、彼は―――

 

[――――]

「え? お、おいキミっ……」

 

 シグナムの前に、長い首を垂れ下げ。

 

「なにをする――」

[…………あむ]

『!!?』

 

 その上半身を“甘噛み”していく。

 

「ひ、ひぃぃぃいい!!」

「シグナムが食われた!?」

「し、死んだ!!」

「シグナムウウ!!」

 

 半狂乱になる八神の面々。当然だ、いきなり自分たちの家族の、それも上半身が得体のしれない怪物の口元へ消えていくのだから。 アドベンチャーのホラー寄りのそれはものの見事に彼女たちの心を傷つけていく。

 

「あ、ぁぁ主」

「シグナム!!」

 

 聞こえて切る彼女の声は、既に下半身しかみていないところを見ると不気味以外何者でもない。 それでもと、あるじを気遣う彼女はまるでニコリと笑うかのように語りかける。

 

「とっても……その、生臭いです」

「死にそうなのに第一感想がそれだけかぃぃい!!」

「はは、なに、そう案じたモノではありませんよ。 ただ、真っ暗で不安になるというのは…………」

[――――ごくん]

「ほげえええ!!? 飲み込まれたあああ!!」

「おーー」

「ゴクウ! おまえボーっと突っ立ってないで助けろよ!!」

 

 そうして口部へ消えていく彼女。 怪物の長い首、例えるならブラキオザウルスのようなそれに彼女のヒト型が見えるのは恐怖以外の何物でもない。 遊んでいたら大変なことになったの究極系がいま、可能な限りの混乱を引きつれておとずれていた。

 

「でもあいつなら魔法で……」

[――――ぺっ]

「ん?」

 

 それでもと、やけに落ち着いていた悟空には算段があったのだろう。 でも。

 

「これ、あいつが持ってたおもちゃの剣か?」

【……OH】

『レヴァンティン!?』

 

 怪物から降ってきたそれは、彼女の無防備を意味し。

 

「うお!? 急に暗く……なんかが落ちてきたんか?」

「し、シグナムの……」

「水着……」

「マズイな」

 

 三角ブラが悟空の突っかかりに引っかかると、彼の顔は真剣みを帯びていき。

 

「アイツ今、上半身素っ裸だぞ。 このままだと風邪ひいちまうなぁ」

「論点が違うよな!?」

「生きるか死ぬの問題!」

「早うせんとシグナムが大変なことに――」

 

 確実にずれたことを言い放つのであった。 ――しかも。

 

「悟空さん、例の瞬間移動で何とかしてくださいよ!」

「え? それなんだけどな」

「はい?」

「あのデカいのの気が邪魔して、シグナムの気が追えなくてさ。 瞬間移動できねぇ」

『……はは』

 

 凍りついた笑顔をくれる事実をひとつ。 最悪を重ねたような展開に、この世の不幸を一身に受けた覚えはないと、黄色い雲の上で座っている少女は目をまわす。 うねりを上げる不幸の連鎖に、かくも悟空ですら苦笑いを禁じえず。

 

「しかたねぇな」

[――――]

「なぁ! オラと少しだけ遊ぼうぜーー!」

[――――!]

 

 彼と一つ、勝負を講じることとなったのです。

 

「いまお前と遊んでた奴、オラの仲間なんだ。 だから返してほしくってよ」

[――――すん]

「え? やだ? ……それは困るぞ。 あいつだって明日の朝、クソと一緒に出てくるのは嫌だろうし」

「恐竜と会話しとる」

「常識はずれめ」

「というより、どうしてこんなに呑気な会話が成立するんでしょう……?」

 

 それでもと、どうしてかイヤイヤをする海龍を前に、悟空は少しだけ眉を寄せると全身で気をコントロールする。 舞空術を発動する手順のそれに、彼はゆっくりと身体を浮かせていく。

 

「ほら、さっきみたいに口開けて」

[――――ぁあ]

「おぉしいい仔だ、さってと、そんじゃあ行ってくっかな? かあー! おめぇ息くせぇぞ……」

「ご、悟空さんも……」

「飲みこまれてもうた……」

 

 静かにあけさせた口の中に潜航していく彼。 どことなく遊園地のアトラクション張りのリアクションに皆が凍り付く中、それでも彼は進むのをやめない。 そこから、数分の体内冒険が始まるのであった。

 

「バカンス……どうなるんや?」

「わかんねぇ」

「がう」

 

 数人の見物人を置いて行きながら。

 

 

PM2時半 海龍の体内。

 

 うねる臓物、漂う腐敗臭。 鮮血とも言える色の食物壁。 その中に置いて、彼は、孫悟空は一人歩いていた。 ここまで来たけどどうするか、考えがなかったわけではないのだが。

 

「こう暗くちゃなんもさがせねぇな」

 

 気で探せない現状、彼女を探す方法はやはり手さぐりしかないと、困り果てていたのでありました。 その中で、明かりが欲しいと思うのは当然の事、故に悟空は周りを見渡して……

 

「……ねぇな」

 

 あきらめ。

 

「――――ふっ!」

 

 周りを、金色に照らし出すのであった。

 

「おぉ、明るい明るい。 やっぱり思った通りだ、超サイヤ人が明かり代わりになったな」

 

 逆立つ髪、エメラルドに染まる瞳。 彼が変異したのは本当に一瞬である。 迷いがないそれは、面倒だからと切り捨てた考えからか。 悟空は若干膨れた筋肉のまま、シグナムの捜索を開始するのである。

 

「どこまで飲まれやがった……あんまり下手なところに行かれるとオレでもお手上げだ」

 

 鋭い目で周囲を睨み、そのまま――

 

「シグナム! どこ行きやがった!! 生きてるんなら返事ぐらいしろッ!」

「…………」

「ちっ」

 

 流し目となる碧の光り。 それでもと、仕方がないと呟いた彼は歩いていく。 周りを見るだけの捜索は、かなり難航を極めようとしていた。

 

「どこだー」

「……」

「どこ行きやがったーー」

「…………」

 

 見つからないピンクの彼女に、少し苛立つ姿を見せる悟空はやはり超化の影響で若干ながら精神にも影響を与えているのだろうか。

 魅せたこともない貌をするとそのまま、彼は精神を集中していく。

 

「周りにある龍の気とは違う、寝ている間でもある程度漏れてくるアイツの魔力を探せれば……」

「…………」

 

 目をつむり、周囲を漂う彼女の気と魔力、双方を肌で感じようと息を吸う悟空。 吐き出して、吸って、繰り返されるそれは次第に鋭さを増していく。

 

「……………ッ」

「これは……シグナムともう一つ、不思議な気がある。 どういうことだ?」

 

 ついに見つけ出した彼女。 それでも、何やら奇妙だと感じる自分の肌を、そっとなでると彼はまたも歩き出す。 そこから40メートル少々、着いたところには……

 

「こんなところまで……」

「う、うぅ」

「よかった。 気を失ってはいるが、別段命にかかわる怪我はねぇみてぇだ……む?」

 

 抱き上げようとする悟空。 ほとんど裸の彼女に対しなんら遠慮が無いのはひとえに種族としての血の弊害か。 それよりも何よりも、悟空が見つけたもう一つの探し物……そう、彼が最近探すのを再開したとある秘宝……それは。

 

七星球(チーシンチュウ)……なのか?」

 

 龍球(ドラゴンボール)のほかに、いったい何に見えたのだろうか? 一番最後の数字である七ツ星は薄く光ると急速に輝きをなくす。 その点滅が意味するのは謎なのだが、悟空はそれでも思案気に眉をひそめ。

 

「そうか、コイツに食われてたんだな? まったく、口癖の悪いヤツだ……」

「……ん」

 

 同時、横たわるシグナムを抱え上げ、垂れる頭部を揺らしながら彼は小さく息を吹く。

 

「ふぅ、やれやれなんとか見つかった、と言ったところか」

「うぅ」

「早くシャマルに見てもらうのがいいか。 特に悪そうなところは見つからないが」

「……」

「ふっ、人の苦労も知らずに気持ちよさそうに寝やがって……さて、ここから出なくてはな」

 

 口調も何もかもが別人のような彼、こんな姿を皆が見たらどう思うのか、知りたいとは思うところなのだが。 彼がそうしようとしない限りそれは無理、悟空は精神集中を行うと、片目開けて柔く笑う。

 

「おめぇたちには……いつか、教えてやるからな」

「……」

「だから、いまはこのまま良い子に寝ててくれよ。 ……シグナム」

「…………」

「ふぅ……――――」

 

 つぶやいた独り言を受け取るものがいない中、彼は深呼吸をひとつ。 雰囲気全体が穏やかさを取り戻すと、即座にこの場から消えていくのであった。

 

 

「おいどうすんだよ、ゴクウたち出てこねえぞ」

「どうするって言っても……」

「……ごくう」

 

 そのころ、海龍がお空とニラメッコしている真っ只中で、八神の面々は不安に押し潰れそうになっていた。 龍が漏らした切なげな声は、まるで消えてしまった友を思い出す老人のように儚く、深い。

 それに気づけるわけもない、人語以外を理解できないモノたちは海龍の腹を見るだけ。 助けには行けるのだろうが……

 

「自分から進んで腹に収められるのは……」

「いやよねぇ」

「がうがう」

 

 場所が場所なだけに、戸惑う彼女たちの反応は当然であっただろう。 それでも、心配でたまらないのは変わりなく、気付けば、時間はもう1時間は経過していた。

 

「ゴクウ……」

「―――……呼んだか?」

『!!?』

「ほい、ちゃんと助けてきたからな。 オラ、ちぃとむこうに行ってくるから、看病とかそういうの任せた」

「お、え? あ、ゴクウ! おい!」

「……いっちゃった」

「…………がう」

「え? ザフィーラもいくん?」

「ぅ」

 

 またも始まる彼のリズム。 砂浜に持っていた女体を転がすと踵を返して歩き去っていく。 それを、まるでコーラ飲んでゲップした犬のような返事で追いかけるザフィーラも、同様に消えていく。

 何とも、珍しい面子で歩き去っていく二人を見て。

 

「どうしたんやろ」

「あまり見ないメンバーだよな」

「男同士、話したいことでもあるんじゃないかしら?」

 

 などと、介抱がてらに話に花を咲かせつつある女性陣であったとさ。

 

 

 男達の場――

 

「ふんふーん」

「……」

 

 手にかけるはパンツ。 引き下ろすは自身の手。 何を言うかと思うことなかれ。 悟空はいま、いつもの道着に着替えようと、女性陣に気を使って場所を移していたのだ。

 

「なーにーがおーきーてーもー」

「……」

「ユーノはー」

「……」

「ばーんめしくえーなーい」

「…………なんという歌を歌うんだコイツは」

 

 その歌詞に、若干の同情の念を送るのは内緒。 名は知っているが顔を知らぬものに、ささやかな言の葉を送ると……

 

「で?」

「……」

「オラになんか話があんだろ?」

「主もそうだが、おまえにも隠し事はそれほどできそうにはないな」

「そんなことねぇさ」

「フン」

 

 鋭い目で、下半分だけ山吹色に染まっている悟空を見つめ、見上げる。

 

「おい、……“悟空”」

「え?」

 

 静まる空気を、殺すかのような切り裂く音。 裂かれたのは空間で、訪れるのは真空を満たすようにあふれかえる空気の波。

 何があった……? などと、混乱する者はこの場にいない。 当然だ、今この場には守護するものと――

 

「……」

「…………随分といきなりだな」

 

 生まれながらに奪う側だった男しかいないのだから。

 

「なぜ」

「?」

 

 褐色の肌、以前悟空と対峙したサイヤ人ほどではないその色を持つ男は、静かに問う。 この、いまや宇宙最強を名乗れる青年に対して……拳を向けながら。

 

「なぜ今のを避けなかった」

「そいつは……」

 

 更なる問いかけ。 それを例えるならば、情けを掛けられた武士のような声だったろうか。 いいや、この場合は例えでもなんでもなく、もしかしたらその通りであるかもしれないが。

 何しろ答えなど。

 

「おめぇから殺気を感じなかったからだ」

「……」

「必ず止めるとわかっていた、目を見ればわかる」

「は……はは。 全てお見通しというわけか」

「まぁな」

 

 ある意味で予想通りのモノしか返ってこないのだから。

 

「突然すまなかったな」

「謝るんならパンチを引いてからにしてくれ。 着替えをしようにもコレじゃできねぇぞ?」

「あ、あぁ」

 

 その姿を人の身に変えていたザフィーラの、鋼鉄よりも固い拳を引かせること2分。 青い帯を結び終える悟空は、気付けば自身と同じ背になった彼を見ると。

 

「ん……ああッ、ザフィーラ! おめぇも“へんしん”できたんか!!」

「……いまさら何を」

「で、でもよ。 まぁ、いっか」

「いいのか……」

「ああ、いいさ」

 

 驚きを帯びながら、それでいて冷静に対処していくのである。

 

「そんで? どうして今みたいなことやったんだ、おめぇらしくない」

「いろいろと相談事があってな。 それに合わせてお前という男を知りたくなった」

「へぇ……それで結果は?」

「満点だ」

「はは、そいつはうれしいぞ」

 

 鞘に納めた剣のごとく、直立姿勢になるザフィーラの言葉に、笑って答える悟空は遠慮なしに面白いと声を出していた。 その顔を、裏も表もない雰囲気を感じ取るザフィーラはここで、ついに腹を決める。

 

「……すべてを語ることは出来ないが」

「……」

「不安なんだ」

「ふあん? どうした、ホントにおめぇらしくねぇぞ」

「俺でもそう思う。 だが、最近妙に引っ掛かりを感じるんだ……なにか、本当に重大なナニカを忘れているんじゃないかと」

「……」

 

 悟空、2度目の沈黙。 どうにも反らしがちなザフィーラの視線、それに、そう、それに心当たりがある悟空は思い出す。

 

「それはもしかして……」

「?」

「おめぇたちの周りをうろついてる、変な奴らと関係あんのか?」

「――!?」

 

 それは、ザフィーラにとっては思いもかけなかったのであろう。 身を強張らせ、引きつるように悟空に迫る。

 

「何のことだ! まさか……何者かが我らを探っているとでもいうのか!!」

「お、落ち着けよ。 ……んまぁ、気は大したことはねぇけど、感じからしておそらく」

「なんだ」

「アイツ等、人間じゃねぇぞ」

「!?」

 

 迫る力が倍になる。

 

「いったいどれくらいの人数なんだ!」

「ざっと数えても2つぐらいか? 感じるだけで姿をみねぇところを見ると、たぶんおめぇ見てぇに使い魔ってやつなのかもしれねぇ。 感じも似てたし」

「なるほど……ちなみに俺は守護獣だ、使い魔ではない」

「え? あ、あぁ、そうか」

 

 思ったよりも少なくて、悟空のあまりにも落ち着いた態度から、彼の気勢は収まりを見る。 悟空の言う、“大したことない”というレベルがいかほどのものはさておき。

 

「おめぇがそこまで驚くってことは、今のは誰にもわかってねぇってことだな?」

「あぁ、恥ずかしながらな。 良く分かったなと逆に聞きたいぐらいだ」

「へへ、“オラたち”から居場所を隠したかったら星の外に逃げるか、とんでもなく気を弱くする程度しなくちゃダメって事さ」

「……なんと恐ろしい奴め」

「まぁな」

 

 その悟空自身の強さとスケールの壮大さに、思わず後頭部に汗を浮かばせるザフィーラである。 気づけば霧散していた心の霧は、それ以上の驚愕が彼を襲っていたから。 それに気づかず、己を責めようかと苦悶を浮かべる刹那。

 

「おめぇたち、だらしがねんだからよ? ちゃあんと気付かねぇとダメだぞ」

「うぅ」

「オラなんか最初に会った時から気付いてたんだぞ?」

「……そうか、だから最初にあんなこと」

「もう少し、別方向に気を使わねぇとダメだ。 じゃねぇといつか、オラみたいな変わりモンに『足元がお留守だ』なんて言われて転ばされちまうからな?」

「肝に銘じておこう」

「おう」

 

 狼だけにな――などと茶々を入れることもなく、悟空の会話はそろそろ幕切れになりそうだ。 伝えることは言った。 足りないことは前にシグナムに言ったはずだ。 だから悟空はこれ以上聞かないし言わない。

 いま、自分が反らしてしまった会話が、後々の遺恨となることもわからないままに。

 

 

 

「……む?」

「あ、シグナム!」

「やっと目が覚めた。 よかったぁ」

「う、うむぅ……?」

 

 そう。

 

「なぁ、お前たち」

「なんだよ? お約束なら聞きたくねえからよせよ?」

「そんなものは知らん。 そうではなくて」

「?」

 

 たとえこの先。

 

「孫以外に知らない男がいた気がしたのだが……」

「はぁ? そんな奴いるわけないだろ? あたまでも打ったのかよ」

「え? あぁ。 もしかしたらそうかもしれん」

『……?』

「なんだったのだろう……あの不思議な雰囲気の男は……」

 

 悟空が言わなかったことすべてが、マイナスに転がろうとも。

 物語は、今までの幸福をかなぐり捨てるかのように進もうとしていたのだから。

 

「強く、冷たい目をしたあの者は……いったい」

 

 

 ついに6の月が終わってしまう。

“そのとき”は、まだ訪れない。

 

 

 

 

 




悟空「おっす! オラ悟空!!」

なのは「あの! 悟空くん!!」

悟空「ダメだ」

フェイト「お願い!!」

悟空「駄目ったらだめだ」

なのは&フェイト「……うぐ」

悟空「そんな泣きそうな顔しても、ダメなもんはダメだ」

二人「なんで!」

悟空「……そりゃオラだって知りてぇぞ」

なのは「?」

悟空「詳しくはまた今度な。 そんじゃ次回!」

なのは「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第40話」

悟空「元凶の装置と、魔導師たちの弟子入り」

なのは「ユーノくんには教えてるくせに!」

悟空「あれはそういうのじゃねぇだろ? それにオラがガキの頃からの話なんか持ち出すなよ」

フェイト「悟空の頑固!」

悟空「頑固なのはどっちの方だよ……まいったなぁ」

リンディ「これは……」

プレシア「困ったものねぇ……頑張りなさい」

悟空「仕方ねぇ、どうすっかはまた今度だ。 んじゃな!」


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第40話 元凶の装置と魔導師たちの弟子入り志願!

弟子を取るって難しい。
見られる、真似られる、尊敬される。
それらすべてにこたえられる器があって初めて、師匠と呼ばれると考えると、よほどのできた人間じゃないとできないんじゃ……

そんなこんなでりりごくも40話。
悟空が彼女たちに教えられること、それはいったい……では!


紫電轟くとある一室。 ついたり消えたり、繰り返される雷鳴は誰のモノ? こう言われている時点で、これが天然自然のモノではないと言っているも同然なのだが、そう問わずには言えない程に、この雷には意思というのが介在していたのであった。

 

「……ふふ」

 

 そのなかで漏らすのは狂気から漏れたすすりワライ。 良いぞイイゾと高揚感すら手に取れるそれは、気味が悪いを通り越して不吉と言われる領域に突っ込んでいた。 雷がまたもなる。 大空から落ちるそれは、まるでいま生まれたばかりの完成品に祝福の惨事を詠うかのように世界へ響いていく。

 

「でけた……」

 

 そう、彼女は、ついに作り上げてしまったのである。

 

「ふふ……ふふふ」

 

 唸る声はまるで呪言。 それが度を越したとき。

 

「あはははははははは!!」

 

 彼女の壊れ具合は、天にも昇る歓声と共に、まさに有頂天を極めていく。

 

「いいわ、いいわよ! まさか私が今まで開発していたモノが根本から違ったのは驚きだけど、えぇえぇどうしてこうも見方を変えるだけですんなり道が出来てしまうのかしら。 これだからこの道は止められない、難問であればあるほど気付いてしまった答えを理解した時の興奮が絶頂になっていく。 この気持ちだけは何モノにも代えがたいはええ本当に恐ろしいくらいに自分の才能が恐ろしい。 よもやあのドラゴンボールの識別方法がわずかに放射されていた特殊な磁気にあるだなんて誰が思うモノですか、こんな摩訶不思議なものが魔法的ではなく純科学で解決できてしまうあたりさすが孫くんの住んでいた世界の産物と形容できましょうかえぇ、きっとそう言ってもいいはずだわ間違いないわね。 あーあーこの胸の高まり、弾みそうな思いの丈をどうやって沈めればいいのかしら……フェイト、フェイトおおーーもしもあの子が近くにいたなら抱きしめていたところだわ。 抱きしめたいわああフェイトおおおおお」

 

 見るんじゃなかった……汚いモノにはふたをしよう。 きっと、この事態を恐れていたどこぞの年老いた世界の神様もおっしゃっているはずなのだから。

 

[どうしますか、――――さま]

[しらん。 あとは“あやつ”がなんとかするのに賭けるしかなかろう。 それに、あんなクソばばぁにちょっかい出しとおない]

[……そんなぁ……また繰り返しでもされたらそれこそおしまいですよ!?]

[そんときは……そんときじゃ]

[えぇ!?]

 

 …………筈なのだから?

 

 

 

 

 

 AM?? ――???

 

 そこは、いつまでも暗闇が支配する不吉な場所であった。 掃えども掃えども、消えることが無い気味の悪さは、まるでこれを見ているモノの魂ですら汚すかのようにおぞましいモノを見せつけていく。

 

―――――8倍界王拳のぉぉおおおお!! かめはめ波だあああ!!

 

 見るも無残な身体で、それでもと戦い続ける男が見えてしまう。 もう駄目だと、あきらめることすらしないそれは立派の一言。 なのに、それでもその姿が怖いのはなぜ?

 

――――よくも……よくも。

 

 そして聞こえてくる怨嗟の声は、地獄の底へと引きずられてしまう感覚御を、夢の主に与えていく。 こんなに、これほどまでに辛い感情を内に芽生えさせたのに、それでも彼は戦うことをやめず、失意を祓い絶望を打ち崩そうと足掻き、もがく。

 

「なんで?」

 

 答えは知っているのに、それでも聞かずにはいられない。 もう、今まで何度も見てきたこの映像。 知らないはずのものまで入り込んでいるのは、きっと彼の中にある“いし”が見せているのだと、自己回答を出したのは2か月も前の事。

 

「……どうして、あの子だけ」

 

 それは様々な意味だった。 傷つくのも、耐えるのも、先を行くのも、いつだって目の前に映る彼であって。 それに追いつくどころか、同じ道に立つことさえ赦されないのは辛いの一言。

 追いかけたい、でも、何をすべきかわからない。 少しでもあの子の負担を、傷を減らせればと思う少女の志はいつだって立派なのだ……でも。

 

――――邪魔しねぇでくれ、いいとこなんだ!!

 

 いつか言われたその言葉が、小さなその子の胸を縛り付けているのでありました。 何気ないそれは、今に思えば本当に我が儘な発言であった。 なのに、今の立場で言われると、どこまでも傷ついてしまいそうで……正直、何度心を折られそうになったかは数えるのも億劫だ。

 

「わたし、邪魔なのかな」

 

 其の一言を呟いた彼女は、そのまま意識を手放していく。 忘れよう、次目が覚めたらいつも通りだと、なだめるかのように言い聞かせて。

 

 

 

AM9時 海鳴、悟空の修行場。

 

 世界の果てで、魔女が禁断の果実を作り上げた後のころ。 孫悟空は、昔に発生した密林の中、ひとり黄金の姿で手足を振り回していた。

 

「多重――残像拳!!」

 

 重ねられた姿は、幻のように増えていく。 蜃気楼のようについたり消えたり、見るモノを幻惑するそれは、気付けば周りに20と広がっていた。

 

「ふっ――」

 

 その中から飛び出す影がひとつ。 空目がけて一直線に上がる金色の柱は、先頭に人影が見える移動痕。 流れ星みたいに駆け上がると、今度は急に降ってくる。

 

「はあ! だりゃあ!!」

 

 地上すれすれで身をよじり、林を抜け、このあいだ作られた荒野へたどり着くと、そのまま拳を乱打する。

 

「はぁぁ……」

 

 構え、唸り、轟かせると。

 

「はあああああああ――――!!」

 

 両腕を全開に広げ、周囲を塵芥の世界へと堕していく。

 

「…………ふぅ」

 

 巻き上がる粉塵。 吹き飛んでいく少女達。 同時、彼の頭髪が黒に染まると、荒々しい雰囲気は急速に霧散していく。 孫悟空は、いつもの姿に戻っていた。

 

「ダメだな……ん?」

 

 そこで出たのは納得成らないという苦悶の表情。 なにが? どうして? 見ていた者全員が言うであろう今の武踊は、それだけで絢爛豪華だったと思ったのに。 しかしそれでも首を横にしか降らない彼は、後ろから生えている尾を揺らすと、表情一変。 片手をあげて迎え入れる。

 

「おっす!」

「あら、気付いていたのね」

「こんにちは」

「お? プレシア、リンディ!」

 

 その顔は、常人からすれば久方ぶりのモノであったろうか。 見目麗しき年上二人に、眉だけ上げた悟空は声を出す。

 

「えっと? 1週間ぶりだったっけか?」

『もう、1か月は過ぎたわよ』

「え? お、もうそんなに経つんかぁ。 時間が過ぎるのは早いな」

「……はぁ」

「まったく」

 

 あきれ返る二人。 奇妙な沈黙が流れる中、片手を頬に持っていったリンディが静かに喉を鳴らす。

 

「そういえば悟空君」

「どした?」

「フェイトさん、こちらに来ていないかしら」

「フェイト? あいつがどうしたんだよ」

「あの子、学校から帰ってきたと思ったら突然どこかへ行ってしまって」

「まるで不正が見つかった時のプレシアさんのような走り方だったものだから。 ……つい」

「……よくわかんねぇけど、いろいろあったのはわかった。 だからよ?」

『…………っ!!』

「ケンカすんのはやめろよな、面倒だから」

『善処するわ!』

「だったら魔力を飛ばしあうのは止めろって……」

 

 先制はリンディ、カウンターはプレシア。 主婦二人がドッグファイトを繰り広げようかというところ、悟空はおもむろに……

 

「あ、しまった」

「え?」

「どうしたの?」

 

 口を開けて、若干ながら汗さえも吹き出す彼の絵。 そこはかとなく焦っていると、分らせるには十分なその姿はあまり見ない貴重なもの。 しかしどうしてか落ち着いている彼を見て、それでも不安が押し寄せる女性陣はわかっているのであろう。

 

「さっきまで二人がいたかもしんねぇ」

「なんですって?」

「しかも、さっきの修行中に吹き飛ばしたぞ……どうすっかなぁ」

「――すぐに拾ってきなさい」

「お、おう」

 

 言われるがまま、流されるがまま、額に手を持っていった彼は一瞬だけ身体がぶれて……――

 

「――……ただいま!」

「相変わらずの神業」

「尋常じゃない索敵能力……」

『あ……れ?』

 

 もどった姿には、やはり手荷物が二つ抱えられていた。 金と栗、長髪と短髪に見えるそれらを担いで佇む青年は、しかしクスリともしない。

 

「おめぇたち」

「え?」

「ど、どうしたのでしょう……か?」

 

 そっと言い、かけ与える声は酷く落ち着いていた。 別に、心を乱されるようなことはあったのだが、そんな彼とは正反対に彼女たちの心は大きく揺れる。 かき乱され、狂わされて。 仕舞いには豆板醤のように赤くなると、もう、少女たちは一言もしゃべらなくなり……

 

「どうした? おーい?」

「……あの」

「その……」

 

 喋らない。 喋りたくない訳ではないのだが、そこには当然として甘酸っぱさと切なさと、やるせなさが見事なまでに交差し、掛け合わさっていく……そして。

 

「はぁ……あなた、抱え方が悪いのよ」

「お?」

「ね、ねぇ、気付いてあげて?」

「へ?」

 

 まるでタバコを吹くかのような軽い仕草で言い渡すのは魔女。 補足するのは女提督。 各々遠い眼差しで、悟空の小脇で震えている少女達に視線を配ると、そろってため息ひとつ……零した空気は空へと霧散する。

 

「丸見えなのよ、娘のパンツが」

「あぁ、そういうことか。 ほれ、これでいいんだろ? さっさと降りてくれ」

『…………とうへんぼく』

「なぁにいってんだ? オラ、ちゃんと“しつれい”が無いようにしたろ?」

「うぅ」

「ばかぁ」

「……?」

 

 白と桃色が風景から去る中、悟空の山吹色だけが周囲の自然に溶け込んでいく。 こうでもない、ああでもない、呟いた声は誰のモノと、皆が聞くまいとする中で。

 

「あ、そう言えばおめぇたち、そろいもそろってこんな山奥まで何しに来たんだ?」

「あぁ……」

「えっと」

『……』

 

 どことなく聞いた彼に、それぞれ各々誰もが思い想いの顔をする。 困惑、警戒、焦り顔。顔には色々あるけれど、こうもばらけた表情を取るとは思っていなかった悟空は困ったのだろう。 ちょっとだけ髪を揺らすと、そのまま一緒に尾も揺らす。

 

「まぁ、言いたくなかったらいいんだけど――さて、修行の続きを……」

「まって!」

「悟空!」

「……?」

 

 それらと一緒に揺れたのは少女達の心。 今にも消え入りそうなのはまるでロウソクのよう。 それでも、どこか芯のある眼差しは悟空の歩を抑え込んでいた。

 

「どうした、さっきから変だぞ」

「あのね」

「……」

 

 うつむき加減の少女達はなにを言いたいのか。 分らないとしか言えない悟空はそのまま腕を組む。 軽く唸り、息を吐き、小さく空気を震わせる。 その動作わずかな時間ではあったが、なのはとフェイトからすれば数えるのも億劫な時間だったのであろう。

 額から汗がこぼれると、そのまま顎まで伝わって……足元で音を鳴らしていた。

 

「昨日、嫌な夢を見たの」

「ゆめ?」

「うん。 内容はよく覚えてないんだけど、なんだかとっても嫌だったのは覚えてる」

「わたしも。 それで学校でなのはと話していてわかったんだ」

「なにがわかったんだ?」

「うん……」

「あのね?」

 

 腕を組んだのは悟空。 彼は一生懸命に“自分達”を伝えようとする彼女達に目線を合わせて反らさない。 何を言おうとも受け止めてやるぜと、はた目から見てもわかる対応は保護者達に一時の安心を覚えさせていた。

 

「このまま、只自分達だけ幸せになっていいのかなって。 悟空に全部押し付けるようにしていいのかなって……思ったの」

「悟空くん、やりたいから修行するって言ってたけど。 だからってこのまま任せきりなんて言うのはイヤなんだよ!」

『だから!』

 

 だけど。

 

「わたしたちに……わたしたちを強くして!」

「もう、悟空の足手まといにならないくらいに――後ろばかり歩いていたくないの!!」

「そうか、おめぇたち……?」

 

 それでも。

 

「……」

「……」

「ん……」

 

 だからこそ。

 

「ダメだ」

『……え?』

 

 悟空は、彼女たちの一世一代の決心を足で払う。

 信じられない――口にしたのはどっちだったか。 聞こえない声で震わせた声帯は、無理な運動で若干の消耗を強いられていた……喉が、痛い。

 

「な……なんで!」

「どうして――ッ!」

 

 迫る彼女達。 引かない彼。 今なお、痛みを訴える喉を酷使する彼女達はそのまま悟空に掴みかかろうとして……

 

「どこ見てる――!」

「え?」

「……瞬間移動?」

「……はぁ」

 

 遠くの林で彼女たちにため息を吐くサイヤ人が独り居た。 それを見せつけられ、ついて出た悟空の技名を言うなのは。 しかし。

 

「今のはただ回り込んだだけだ。 超スピードの誤魔化しとでもいえばいい」

「技でもないの?」

「ただの、いどう……」

「あぁ。 そして――」

 

 彼は、冷たく言い放つのである。

 

「こんな程度が見切れないぐらいじゃ……いくら修行をつもうとしても時間の無駄だ」

 

 冷酷と、罵れるのならばそうしていただろう。 だが、それを言い返せる言葉がひとつもない。

 

「わかったろ。 “どんなに努力しても落ちこぼれがエリートに敵わない”ってヤツと一緒だ。 おめぇたちが、こっから先、オラが相手するような奴と対等に戦えるようになろうとするのは正直言って時間の無駄なんだ」

「ッ!」

「……そんな」

 

 さらに畳み掛ける悟空は、なんだか酷く冷たい。 彼らしくないと、思うはずのこの場面だが、それに気づける余裕がこの少女達にあるはずもなく……不意に顔を上げたなのはは彼を一直線に見据えていた。

 

「悟空くんの馬鹿!! 最低!! わたし達の気持ちも知らないで!!」

「……いこ、なのは」

「…………」

 

 吐き出される罵詈雑言。 それに意も介さないくらいに表情がそのままなのは孫悟空。 まるで目の前の者たちの気勢を、心意義を、思いを摘むかのような虚しい視線は、はるか遠くから見下すかのような目に見えた。

 そう、間違いなく少女達にはそのように見えてしまったのだ。

 

「……ぅぅ」

「…………バカ」

「……」

 

 そっと、逃げるように遠ざかっていく。 当然だ、憧れにも似た感覚を胸に、やってきたらこの仕打ち。 泣かないのが不思議なくらいに、いま、彼女達には大きな溝を作られてしまったのだ。 ……彼との間に。

 そんな、弱々しいまでにいたいけな彼女たちの背中を見送り、見えなくなってきた頃であろうか。

 

「…………あーあ」

「ごめんなさいね。 嫌な役を引き受けさせて」

「泣きそうな顔だったわ。 やりすぎじゃないかしら」

「かもな……はぁ」

 

 孫悟空は、前髪を垂らしながらうなだれていく。

 

「嫌だった?」

「そりゃな。 あいつら、オラからしたらガキん頃からの友達だし」

「……」

 

 参ったと、例えるなら約束していた休日の遊園地を前日キャンセルせざる得なくなったお父さんのよう。 どこかというより、完全にそう見えるのは既についてしまった歳の差がそうさせるのか。

 抱えたアタマをそのままに、悟空の胸の内が開幕する。

 

「あいつら、魔法を使ってるのもあっけど、あの年にしては見どころはあるからよ、鍛えてやりゃ結構いい線行くと思うんだ」

「やっぱりそう言うのね」

「強くなりてぇって言って来たときはうれしかったし、言う通りにしてやりたかったなぁ……そんで、強くなったら昔みてぇに闘ってみたかったかな」

「それが本音かしら? 実は世界の平和よりも重要なんでしょう」

「はは、まぁな」

 

 やっぱりと、後悔している彼は地面に視線をくれてやる。 切れの無い動きで歩きつつ、ブーツを鳴らした途端に動きを止める。 同時、またも吐き出される溜息は、先ほどまでのそれより深刻な空気を醸し出していた。

 

「……にしても、どうしてアイツ等鍛えてやっちゃいけねんだ、いきなり念話で止めてきやがってさ? オラそれがイマイチわかんねぇ。 良いじゃねぇかとんでもなく強くさせてやっても」

「……それはね」

「ん?」

 

 やはり彼は、彼女たちに甘い。 むかしなじみの大魔王が地獄から見ていたら、きっとこう言ったかもしれない。

 

「このあいだまで協力してもらってた件。 サイヤ人の立証と言えばいいのかしら? それに決着がついたのよ」

「あぁ。 あの無駄に話がなげぇおっちゃん達、やっと終わらせたんか。 3か月もかけて何話してんだろうな」

「それは知らないけど、でも、今回決まってしまったのは……悟空君、貴方にとってはおそらく最低の結果よ」

「……へぇ、どうなったんだ?」

 

 そんなことはつゆ知らず、いまだ異世界の不自由さを知らない彼は呑気。 落ち込み具合もほどほどに、リンディに問いを投げ返す。

 

「このあいだの事件……言わば“サイヤ人事変”と銘打たれたこれは一応“あった事”にされたわ」

「……?」

「けど、これを解決したのは……その……」

 

 思わず、目をそむけてしまった。

 くだらない結果。 来てほしくない通知。 いらない現実。 従いたくない命令に、それでも大人であり、“守るべきもの”があるが故の身動きの取れなさに、彼女は……彼女は――思わず下唇を噛んでいた。

 

「彼女達、リンディさんと御嬢さんたちの部隊」

「そして――くっ」

「お、おい?」

「サイヤ人は、あの事件に置いて全滅――もう、“この世界にはサイヤ人がいない”ことにされたわ」

 

 なってしまった事実は、聞くものが聞いたら憤慨レベルもいいところであろう。 それを証明するかのように、今日はあのオオカミが留守番を喰らっているのは今はどうでもいい話だろうか……

 視線ひとつで大暴れしようとした彼女に、どう話すかと悩むリンディの苦労もひとしお。 しかし……いや、やはりというべきか。

 

「へぇー でも、それがどうしたんだ?」

「えっと……」

 

 張本人はどこか、本当に他人事のように返してくる。 

 

「わからないわね。 あなた、地球育ちだと銘打っても結局はサイヤ人なのでしょ?」

「そりゃな。 それはそうだろうけど」

「……アイツ等、あの頭でっかちどもはこともあろうにあなたの存在までこのまま闇に葬ろうとしているの! サイヤ人はすべて管理局が『対処』した、そう言うことにしてね」

「このあいだの記録映像もすべて抹消、悟空君に関する資料はすべて取り上げられたわ」

「……そうか」

「なにも思わないの……!」

「ん……よくわかんねぇしなぁ」

「孫くん、貴方という子はどこまでお人よしなの……」

「そうでもねぇとおもうけど」

『そうでもあるわよ!!』

「お……おぉ」

 

 この流れであろうか。 悟空がとぼけて常識人たちの集中砲火を喰らう。 これによりプレシアのフラストレーションが静まりつつあるのだが、いかせん、にじみ出るように放たれる電流には、さしもの悟空も汗ひとつ飛ばしていた。

 

「でも、それとあいつらを鍛えちゃなんねぇってのがどう関係してるんだ?」

 

 次いで出た質問は確かなこと。 それはふたりも予想はしていたのだろう。 間髪もいれず、悟空を見ていたリンディは悲しげに言い放つ。 ――いくら自分たちが歓迎しても。

 

「悟空君。 とても残念ではあるけれど、今回を皮切りに管理局は益々魔法以外の戦力を否定してきているわ」

「というと?」

「あなたが使う【気】 これに脅威を抱いたのでしょうね。 デバイスも術式も呪文もなく、ノータイムで行われる高速戦闘の数々。 いざ呪文らしきものを口にすれば世界崩壊クラスの攻撃を……さすがに超サイヤ人は報告に入れていなかったけれど、それでも確実に相応の反応をしたはず」

「……?」

「つまり、貴方が怖いって事よ」

「オラが? ……オラなんもしてねぇだろうに」

「……」

 

 こちらの世界が彼を否定する。

 

「そうね。 悟空君の言う通りよ。 でも、それでも管理局は今までの常識を覆されるのは阻止して置きたい」

「その一心で今回のねつ造を行なった……あなたの作った傷を見ないふりまでして」

「だから、その……そんなあなたの技とかをあの子たちが使えると――」

「……そっか。 あいつらに良い目なんかしねぇモンな。 なるほどな」

 

 鬱屈な空気が間を流れていく。 それにはさすがの悟空も苦い顔をして、それでも彼は下を向かない。

 遠くから吹いた風が、彼の髪を撫でていく。 自由に闊歩するそれは、まるで悟空の生き様のように何物にも囚われない。 そう、彼は何物にも囚われないのだ。 だから……

 

「結局、4月にキョウヤが言ってた通りになったか」

「……そういえば」

「まぁ、なんだかんだでオラの答えもあんときとかわんねぇ。 たとえ無かったことにされてもオラはここにいるし、起きたことはそのままあいつらにプラスされる。 だからこれでいいんだ、きっと」

「でも……」

「……それにな」

「はい?」

 

 引くはリンディ、追うはプレシア。 会話もこれで終わりかと思いきや、ここで悟空は一拍置く。 それは迷い? それとも深呼吸? どうとも取れない間奏は、そのまま目の前の女性たちを不安にさせて……

 

「もしもここの奴らが出てけーー……って言ったとしたら、オラそのまま従うつもりだ」

「……なに言ってんのよ」

「いやな? 良く考えれば、もともとオラはここにいるはずのねェ人間だ」

「でも今はここにいるのよ悟空君――」

「それはそうだ。 でもな」

「でももカカシもあるもんですか! 孫くんはここにいて、こうやって話をしているの。 これで十分の筈」

 

 その予感が示す通り、悟空は気弱な発言をしていた。

 見たこともないほどに澄んだ顔をする彼は、まるでいままでとは別人のような博識さを醸し出す。 表情も、姿も何もかもが同じだったはずなのに、何がこう思わせるのかはわからないが。

 

「おもうんだ……もしかしたらあのターレスは、オラが居たからでてきたんじゃねぇかって」

「バカらしい」

「ホントよ」

「そうひと蹴りで返すなって……でもそうじゃねぇか? オラとターレスが居なかったら、案外、全部が全部うまくいってたかもしんねぇ、って」

『…………』

 

 悟空の言うことに、一理を見出さずにはいられないのは、今回の事件を何度も幾度も検証していたから。

 

「確かにおかしくなったのはあなたたち……むこうの地球に居る人物が絡んでからだけど……」

「けど」

「それに」

「……」

 

 区切る悟空の顔は涼しい。 どことなく笑っている風なのはそんなに気に留めていないから? 彼は、否定の声を上げようとしたリンディに向かうと昔を“思い出す”。

 

「むかし仲間のブルマに言われたことがあるんだ、このオラが悪いヤツを引きつれてるって」

「……」

「それ考えると、今回の騒ぎももしかしたら、オラが居たから無駄にでかくなったんじゃないかって思うんだ」

「…………」

「このまま、居なくなるのも手かもしれねぇ。 何となく、そうおもったんだ」

『…………』

 

 かつての戦いの合間。 三年後をと目指した彼に向けた仲間の一言。 そこから発展していく思考はどうにも後ろ向きで……悟空には似合わない。 そんなものはわかっている、だからこそ不意に思ってしまう。 リンディとプレシアは歯噛みするかのように黙ってしまう。 だけど。

 

「でも、実際問題あなたが居なければターレスの行動は止められなかったのも事実」

「えぇ。 それに居ようが居まいがアイツはこの世界に“来てしまった”のよ。 理由はわからないけれど……でも、それとこれとはあなたとは無縁なはず。 だからそんなヘンな話は言わないでちょうだい。 気が滅入るわ」

「……すまねぇな」

『ええ。 ほんとよ』

 

 口にした謝罪はどういう意味で? 聞くというよりは確認させる風な知性派ふたりは、分っていても質問をやめない。 タバコがあるなら吹かして、本があるなら音を立てて閉じる。 そのようなイメージがよぎる中、彼は只々、頭をかくことしかできなかったのである。

 

「にしても」

「え?」

 

 区切りをつけた会話。 次にあげるのは青年の顔。 ぐぬぬ、とプレシアに視線を配ると、意地が悪いと腕を組んで首を傾げてやる。 空気は、そっと軽くなろうとしていた。

 

「プレシア。 おめぇいきなり『罵声を上げなさい。 思いっきり涙目になるくらい――』なんて無理難題吹っかけてきやがってよ? あれでアイツ等が本気で落ち込んだらどうすんだ」

「あら、言ったのはあなたよ? 何もあそこまで言ってほしいなんて思わなかったモノ」

「プレシアさん、それはあんまりですよ……それにしても悟空君、良くもあんな挑発にも似たことを。 どこで覚えたの?」

「ん? ……あぁ、あれな」

 

 その軽い雰囲気で、今度は遠くを見つめる青年。 むかし昔を思い出す老人のようなまなざしは、どうしてだろう、かのプレシアでさえ『先人』を見るようなまなざしになっていた。

 

「前に言ったろ? ベジータっていうサイヤ人に言われた言葉なんだ」

「あの王子って言ってた?」

「あぁ、とっても嫌ぇな野郎だけど……」

「?」

「なんでかなぁ、どうしてか憎めないって思っちまうんだよな。 どうしてだろうな」

「はぁ……?」

 

 それは、彼が持て余していた感覚であろう。 そこに至るまでの経緯はいまだもたらされず、ただ、彼は今までの事しか知らないし覚えていない。 そう、あのプライドの塊がまさか――――

 

 遠い目をしたままの悟空に、プレシアは空気を換えるべく喉を鳴らす。

 

「そういえば孫くん」

「お? おぉ!」

「え?」

 

 そこに驚きの声を上げるのは悟空。 突然に、唐突に。 どうしたことかと困った顔をするのは艦長さん。 彼女が知らないのは無理もない。 だってプレシアが悟空に突き出している『機械』の意味など判りもしないのだから。

 

「お、おめぇコレ!」

「ふふふ……そうよ、私はその顔が見たかったの――あなたが驚天動地にスっ転ぶその顔」

「悪どいにもほどがあるので、その顔は止めましょうね? プレシアさん」

「うふふふ――」

「えっと……」

 

 笑い声がとまらない。 イタズラに成功した幼子のように微笑むプレシアに、いまだ状況が読めないリンディは結った髪を小さく揺らす。 何事? 何が起こったの。 声にならない質問が駆け巡る中。

 

「出来たんか!!」

「えぇ」

「…………………ドラゴンレーダー!!」

「えぇえぇ……うふふ」

「…………?」

 

 それを受け取る悟空は久方ぶりに触ってみる。

 丸い懐中時計のような形状。 手のひら大の大きさ、たった一つあるボタン。 大体言っておいた通りの出来に、思わずその性能を試そうと。

 

「お、ここに2個。 一星球と三星球か、あとはなのはの家に置いてきた四星球と七星球。 はは、ホントにできてらぁ!」

 

 いつも通りにボタンを押してやる悟空。 鳴らされるカチリという音に、興奮を隠しきれない彼は表示される表記を唱えてやる。 ……お見事。 そう、彼女に伝えるかのように。

 

「当然よ、この私を誰だと思っているの? 稀代の大魔導師――プレシア・テスタロッサなのよ」

「で? どこまで再現できたんだ」

「…………聞いた性能の五割。 なんとか国一つ分カバーできればいい位」

「……それってとてつもない範囲じゃ……」

 

 すごいのかそうじゃないのか。 あまりにも高い技術力に汗かくリンディはそそくさとツッコミを入れる。

 それを流した彼ら彼女たちは、そのまま真剣な顔してこの話の……

 

「まぁ、さっきは出ていくって言ったけど、それはともかくまずはプレシアの病気を何とかしねぇとな。 話しはそっからだ」

『えぇ』

 

 取りあえずの決着をつけ、笑いあう。 その間にも遠い異郷で深い溜息とこれからの危惧が行われているとも知らない彼等は、今日の話し合いを終えていく。 無理に考えず、ただ、これが正しいと信じて疑わず。

 それがただの問題の先送りだとは思いもよらないで。

 

 

 翌日 AM8時……に、なるまで。

 

朝の日差しが道路を照り返す。 心地よいそれは空気を透り、晴れやかな道を作るに至る。 その中で青いブーツを鳴らすものが独り、今降り注ぐ陽気と同じ雰囲気を周りに張り巡らせていく。

 今日も、いい天気だ。

 

「……」

「じぃ~~」

 

 悟空の背中が……かゆい。

 

「おいっちにぃさんしぃ」

「じぃ~~」

「ん……」

 

 突き刺さる視線を感じた時、彼は後ろを振り向いた。

 

「…………」

「あり?」

 

 けど、いない。

 

「じぃ~~」

「……んん?」

 

 それでも感じる謎の視線。 突き刺さるかのようなそれは悟空に取って不自然の塊であった。 でも。

 

「おめぇたち、幾ら追いかけてもダメなもんはダメだからな」

「うぐぅ!?」

「に、逃げよ!」

「うん!」

『わっせわっせ』

 

 彼に対してかくれんぼを敢行する彼女たちの滑稽さは見ていて痛々しい。 そう言わんばかりの指摘の声に、脱兎のごとく逃げ出す子ネコが2匹。 ……件の彼女たちは隠れていた電信柱から遠い余所へ散って行く。

 

「まったくあいつらとき――」

『じぃ』

「……いい加減にしてくれよ……はぁ」

 

 ……3本離れた電信柱から見守っている。

 灰色の柱から覗くアタマの色は栗と金。 ナマモノのように揺らされるツインテール4本は見ていて悩ましい気持ちにさせてくる。

 

「まぁ……いいけどよ」

『じぃ~~~~』

 

 ハイライトの無い目が彼を射す。 その刺激の無い攻撃に背筋を張ると、思わず怖気が全身を走る。

 

「いや、やっぱ困った。 こりゃあホントに困ったぞ」

「むぅ」

「うむむ」

「……ん~~」

 

 不意に上げるのは右腕。 それを空回りさせると同時に肩をまわす。

 

「……よし。 逃げるか」

「あ!」

「いない?!」

 

 そうしてかくれんぼは鬼ごっこへと相成っていく。

 

「手加減しておくか……」

『え?』

「筋斗雲――ッ!!」

『それってホントに加減なの!!?』

「はは! 追いつけれんなら追いついてみろ――」

『まてーー』

 

 マッハ超えを容易いとする雲に乗る青年に非難の声多数。

 

「レイジングハート!」

【Is it earnest? (本気ですか?)】

「バルディッシュ!」

【Please become calm!! (冷静になってください!!)】

 

 その声にすら上がる非難が含まれると事態は既に手に負えなくなる。 輝く少女達、お色直しにて戦闘態勢となった乙女が今、世界最速へと挑み翔ける――!!

 

 結果。

 

「あぁもう、見失ったーー!!」

「どこにもいない……5分と持たないなんて」

 

 もういない彼の後を、追うこともできない少女達がそこにいる。 遠い彼方へ消えていく青年に追いつくこともできない。 “手加減”といった彼の言葉がジワジワと耳に木霊し、ぬかるんだ地面のような気色の悪さが彼女たちの心に這いよってくるようで。

 ……言い知れぬ不安に、足元をすくわれかける。

 

「なのは、ここは手分けして探そう」

「え? う、うん」

「わたしは海の方。 なのはは一旦家に……」

「あ、犯人は現場に――ってヤツだね」

「うん」

 

 それでも、あきらめが悪いのが彼女たちのいいところ?

 誰かさん譲りの踏ん張りは、その実彼女達が本来持つ性根の発展型とも言えるのだろうが……それがこうも悟空を悩ませるとはだれも思いはしなかったのである。

 

 そうして、ときは一刻と過ぎていく。

 

AM 11時 高町家

 

「悟空くん、ここにいたんだ」

「どうした? いきなり」

「その……」

「修業はつけてやれねぇからな」

「わかってるよ。 それはもういいの、ホントだよ?」

「ん……そっか」

 

 その声は唐突だった。 昼前、最後のストレッチを始める悟空の背中からかけられる小さな呼びかけはなのはのモノ。 両手を硬く握り、震わせていく様は親に怒られた後の子供のよう。

 

「それじゃあいったいどうした?」

「一晩、考えたんだ」

「……」

「悟空くんの事、もう、結構知ったつもりだから勝手に言うんだけど……あれって、本音じゃないんだよね?」

「…………さぁ」

「仮にそうだとしても、悟空くんのことだもん。 強くなりたいって言ったら、きっと笑って鍛えようとして来るはずだから。 四月で起こったあのときも、そうだったから」

「…………そういやそうだったな」

 

 ずっと追いかけてきたんだから。

 漏らした呟きは空気に霧散していく。

 冷たい雰囲気の中、短いツインテールを震わせた彼女はそのまま悟空へ視線をなげうつ。 嘘は、つかないでと言い渡すかのように。

 

「何かあったの?」

「え? ……あ、あぁ……どうだろうな」

「言えない事?」

「そうでもねぇけど……つまんねぇ話しだしな」

「ほんと?」

「ホントホント。 なのは達が気にするような事じゃないって……な?」

「……わかった。 でも――」

 

―――――身体がぶっ壊れちまっても構うもんか!!

 

「でも……」

 

―――――おめぇたち! ここから逃げろ!

 

「イヤなの……」

 

―――――そろって死にてぇのか!!

 

「もう嫌なの!!」

「――っ?」

 

 そうして彼女のこころは、張り裂けるギリギリまで緊張する。 響く声、それでも、家にいるモノは誰一人そこへ向かおうとはしない。 その中で少女と青年の話し合いは終わりを見せず激化する。

 

「ずっとずっと黙ってドンドン勝手に進んで、気が付いたら全部終わってて……それで悟空くんだけ傷ついて……ッ、それでも笑って!!」

「お、おい」

「だから力になりたかったの! もう、後ろばっかりついて行くの嫌だよ!」

「……けど、それは」

「わかってるよ! わかってるの。 でも! それでも一人に任せて自分達だけなんて……出来るわけないんだよ!!」

「なのは……」

「イヤなの…………」

 

 それは、一瞬の爆発だったかもしれない。 いままで、途方もないくらいに深く考えたなのはは、ある意味で心が限界だった。 罪滅ぼし? 力になりたい? 見つからない答えは、それだけでここから先へと向かうことを躊躇わせて惑わす。

 

「う、ぁぁう……うぅ」

「…………」

 

 もう、震えるのは髪だけではない。 肩も手も、次第には身体全体が臆病に震えながら嗚咽を漏らす少女が……どう映ったのだろうか。

 

「……辛いぞ?」

「え?」

 

 彼は、そっと上を見上げて後頭部に手を添える。

 心で思い浮かべるのは、真っ赤な顔して怒鳴りつける保護者達。 あぁ、これじゃあどっちの言うことを聞いても同じだと、あきらめ濃い顔を作ると2秒だけ間を置く。

 そして。

 

「修行だもんなぁ。 やっぱり、とてつもない位にしんどいぞ?」

「ごくう……くん?」

「なんだよ、やるんだろ? 修業」

「え? えぇ!? でも――」

「……やるのか、やらないのか」

「や、やる! やります!!」

「うっし! そんじゃ今すぐフェイト呼んで来い。 みっちりと基礎を叩き込んでやっからな」

「あ……うん!!」

「おぉし」

 

 花が咲いたように笑う彼女は颯爽と翔けだす。 零れ落ちた水滴の意味は既に変わり、大空へと舞い上がっていったなのはを見上げると一言。

 

「これでよかったと思うか?」

 

 “背後”に居る彼らへと呟いていたのは……悟空。

 

「僕はこういうのは嫌いじゃないよ」

「俺もだ」

「……わたしもかな?」

 

 軽い普段着にて、鉄よりも鋭い刃金を腰に差した三人組。 なのはは最後まで気づかず、悟空だけが最初から存在を確認できていたのは彼女達には言えない事。 だってそうであろう、もしもそれがわかっていたのなら……

 

「キミが、そうしたかったんだろう?」

「……まぁな」

「なら、それでいいじゃないか」

「すまねぇ」

「いいよ。 なにが在ったかは知らないけどね」

「……おう」

 

 彼が自分の意思で、今の選択をしたとは到底思えなくなってしまうから。

 

「お、そうだ。 ついでにキョウヤとミユキも鍛えてやろうか?」

「それはいい。 美由希はいわずもがな、恭也も最近キミに触発されてやる気が上がってるからねぇ」

「と、父さん!」

「でも、それもいいかもしれないのかな?」

「おい、美由希……それで死んでも俺はなんにも言えんぞ?」

「それもそっか」

「大丈夫、大丈夫。 もしも死んじまったら、閻魔のおっちゃんにオラの名前出せばきっと向こうでも修行つけてもらえるぞ?」

『なんかねぇ、スパルタ通り越して修羅道に突っ込んでませんか?』

「ははは!」

「それもそうか!」

 

 父親二人が豪勢に笑う中、悟空曰く発展途上のふたりが冷や汗をかく。 彼の修行というか苦行の数々は隣で見ていてお腹いっぱい。 吐き気を催すことすらあるそれに、オーダーストップの声を遠慮がちに打つのでありました。

 

「お、もうすぐなのはが帰って来るな」

「そうかい? それじゃあ僕たちはここで一回消えよう。 キミたちの邪魔をしないように、ね」

「そんなことねぇと思うんだけどな。 どうしても行くんか?」

「あぁ」

「そか……頑張れよ」

 

 父親同士の会話はここまで。 刀を腰に携えて、回れ右をした一家はここで全速前進。 彼らなりの修行をやってやろうと、今日も今日とてツルギを研鑽していくのであった。

 

「悟空……?」

「悟空くん?」

「……よっ!」

『…………?』

 

 その姿がうらやましいと感じた彼は、後ろからくる小さな頑張り屋たちに笑顔を向ける。 先ほどまでの意地が悪いとまで感じた雰囲気が無い彼に、若干の気おくれをしてしまうのはフェイト。 でも、それもやはり。

 

「そんじゃ、オラたちも頑張るぞ――おーー!!」

『は、はい!』

「……ちがうぞ? こういうときは『おー!』ってやんだ。 もう一回」

「……お、おーー」

「おー!」

「ちがうって。 ……おーーーー!! だ。 ほい、せーの」

『おおおおお―――!!』

 

 

 彼の前では、何ら意味のないアクションであるのはもはや言うまでもないだろう。 飲み込まれる警戒心と共に出された声は天を穿つ!! ここに、最強への道を行かんとする猛者が、新たなる一歩を踏み出そうとしていた。

 

 

 

…………数時間後。

 

「踏み込みが甘い!!」

「切り払われた!?」

「……剣も棒もないのに切り払いって……理不尽」

 

 彼女たちはいま、別次元の戦闘を目の当たりにしていた。

 フェイト&バルデッシュサイズフォームの特攻一発。 それを足だけで受け流す彼は、足刀にて彼女をなのはの方向へロングパス。 すかさず高速の切り替えで悟空が描く予想とはあさっての方向へのがれたフェイトは、持った杖を狙い撃ちの構えに持ち変える。

 

「サンダーレイジ!!」

「ふん!」

「ディバインバスター!」

「ふんッ!」

 

 左右に散ったなのはとフェイトの砲撃魔法。 クロスする軌跡にある悟空は右足での足刀ひとつ。 黄色い閃光が遠くへ消えていくと、今度は迫る桃色の輝きをカカト落としでかき消す。

 

「酷い! 戦力差があんまりだよ」

「悟空。 もう少し手を抜いてもらえると助かるんだけど……ついて行けなさすぎて参考にならない」

「なに言ってんだ? 手ならもう抜いてんだろ?」

「……?」

 

 悟空が、わけのわからないことを言っている。 ふたりのシンクロした思考、しかし、しかしだ。 彼は嘘はつかないイイヤ、ヘタクソなのだからとわかる御嬢さんたちはここで汗をかく。

 

「オラさっきから“手ぇ抜き”で相手してんだぞ? もう少し根性見せろ」

「……そ、そういう」

「ことですか……あ、はは」

 

 彼の常識外を改めて思い知るこの子達は、眼の前で“腕を組んだまま”なその人に息をのむ。 嗚呼、これがよく物語で聞く次元の違いというやつなのだと。 そこからは急ぎ足で在った。 残像拳に太陽拳、サービスで光らせた紅のフレアや……

 

「そら、さっきのお返しだ!」

「……はい?」

「かめはめ――――」

「ちょ! ちょっと!!」

「ウソだめ! ほんとにダメだってば!」

「波――ッ!!」

「いや~~ッ!!」

「もうやだぁーー!!」

 

 閃光の中に消えたりと大忙し。

 修業は大変だなと、改めて思い知らせる悟空の絵であった。

 

 ……けっして地獄絵図なんかではない――はずである。 きっと、まだ……

 

 

「よぉし。 次はスーパー……」

「ダメ!」

「ぜったい!!」

 

 本当の地獄はこれからだ!!

 悟空が超化の安売りをしようかという中、半分涙目で止める彼女たちは必死そのもの。 踏ん張りを効かせようとしていた彼の足元に、張り付きながら身体全体で止める姿は小動物のよう。

 その姿に、しかし悟空は無慈悲であった。

 

「はあ!!」

「ッ……」

「あは……うそ」

 

 その瞬間。 高町の家に居る桃子は、テレビから聞こえてくる地震速報の数値に驚いたそうな。

 

「はああああああああ!!」

「あ、わわわ」

「ご、悟空!?」

 

 増えるマグニチュード、地震観測のオフィス。 震源地はどこだ! 震源地は……どこなんだ!!

 叫ぶそれらの存在など知りもせず、声で世界を恐慌に落としていく悟空はそのまま気力を高めていく。

 

「ッ!!」

「悟空くん……マッチョさんになっちゃった」

「界王拳を使ったときみたいな形態変化……どうなっちゃったの? 悟空!」

「はあああああ!!」

 

 嵐のように風が吹き乱れ、周囲の地形を自分のモノへと変えていく。 気に食わないんだと言わんばかりに侵食していく彼の力。 それがピークを通り過ぎた頃であろうか。

 

「ぐあああああああ――だあああああッ!!」

「……」

「ほえ……」

 

 唸る筋肉は叫び声を途切れさせる。 もう、これ以上は上がらないのは力も同様。 今のピークを発現させた悟空の全身に、一瞬の蒼電が走ったように見えた時である、彼は冷たい声のままになのはたちを見下ろす。

 

「…………これが、今までの修行の成果だ」

「す、スーパーサイヤ人ってこんなこともできるの? もう、単純なパワーアップからはかけ離れてるんだけど」

「身体もさっきのよりも断然大きくなっちゃったし。 どうなっちゃってるの?」

「…………」

 

 凄みの増した超サイヤ人。 このあいだユーノに見せたそれよりも遥かに大きい変異に、思わずへたり込む魔導師二人。 寡黙さが増した悟空は自身の体を見るなり呼吸を整える。

 これでは……と、呟きながら。

 

「ど、どこか不満なの?」

「ん?」

 

 その表情に鋭く反応して見せたのはなのは。 彼女は疲れた身体を気にもしないで、おおきく筋肉を膨らませた彼のそばに……近寄れない。 それでも声だけかけて、それに答えてと首を傾げる。

 

「……いや、なんでもねぇさ」

「そうなの?」

「あぁ」

 

 いまだ確証の無い感覚を弄びながら、緑色の瞳を柔く揺らす。

 

「さぁて、ここからだな。 お前たちがあんまりにもだらしがねぇから、オレが合わせてやる」

『どういうことでしょうか……?』

「まぁ、見てろ」

 

 一気に吊り上げた眉。 片腕を引き絞り、腰を深く据えると――一気に叫び声を轟かせる。

 

「―――――――ッぜあああ!!」

「お、おおおお――ち、ちきゅうがーー」

「ちきゅうそのものがあ――!」

『悟空(くん)!!』

 

 自然破壊もいいところ。 周囲の地形をまたも変えていきながら、勝手に地面に陥没していく孫悟空。 金髪が更なる鋭さをもって輝くと、膨れ上がった筋肉の膨張そのままに、“いま出せる”フルパワーを振り絞っていく。 限界まで、己をさらけ出すように。

 

 そのまま、2分間の地球いじめが敢行されたとき。

 

「…………もう、限界か」

「え?」

「なにが?」

 

 吐き捨てた声をわざわざ拾うこの子たちはどこまで律儀なのだろうか。 そうこうしてる間に変わる景色は青色。 ジュエルシードと同じくするその色は、まるで消える前のロウソクのような輝き方で悟空に灯されると。

 

「……ふぃ~~もどっちまった」

「あ……れ?」

「悟空が……かわいい方になっちゃった」

 

 彼の身長はマイナス50センチほどアップする……?

 

「はは! やっぱりあの状態の超サイヤ人は無理があるみてぇだな。 ジュエルシードがスッカラカンだ」

「どういうこと?」

「なんで子どもモードになってるの!?」

「なんだ? こどももーどって」

「あ、え? その、何となく種類っていうか名称っていうか……その方が作戦がごにょごにょ…………」

「な、なんでもないよ、なんでも。 でも、いきなりどうしちゃったの? なんだかわかってやった感じだったけど」

「ん? それはな」

 

 自分達よりも子供し始めた悟空におめめぱちくり。 疑問符の嵐を解き放たんとする彼女たちに、悟空は尻尾を振ってあたりを見渡し……人差し指立てて左右に振る。

 

「ヒミツだ」

「ええ~~」

「どうして?」

「なんでもだ。 さて、これでタッパもそろったろ?」

「あ」

「そういえば」

 

 小さなお手てを盛大に振り上げると、その衝撃で天が……鳴かない。

 

「パワーも断然落ちて、スピードも今のフェイトより下でなのはよりも上。 大体でアルフとどっこい。 こんくれぇならさっきみてぇにはなんねえハズだ」

「……とんでもない手加減」

「でもその姿になると瞬間移動が……そうするとリンディさんたちが困るんじゃ」

「え? あ、あぁ、それな、もういいんだ」

「……?」

「それよか早くやんぞ! よーいどん!」

「え? ええ!」

「待って悟空!」

「またないもんねー! こうなったオラに追いつけなかったら、今晩のおかずは全部オラのだかんな?」

『それは酷いよ!! まてーー』

 

 両手を叩いてスタート音とした悟空。 その音は空気を伝わる鈍いもの。 その鈍さはまるで今日、彼女たちが知りえない事態を悟らせないかのような音であり……普段なのはたちが持つ、状況への鋭さを鈍らせる。

 

「オラとしたことが、こいつらがうれしい事ばっかり言ってくるもんだから、ついはしゃぎ過ぎちまった」

 

 小さな強戦士は、しかし大きな失敗をしていたことに心を揺らしていた。

 

「……見られちまったかな」

 

 いま、彼が一瞬反らした視線の先。 そこにいた監視者の存在に気づいていながらも。

 

「まぁ、今回はいいや。 なのはたちの修行が優先だな」

 

 それを些末事と、どうでもいいと、何でもいいやと……気にしないのは彼のいいことではあるが、幾分今回は相手が悪かった。 積み重なっていく“ボロ”は、次第に巨大な墓穴となることも考えず。

 今日は……

 

「お、おお! もう追いついてきやがった。 こりゃウカウカしてっとオラの方が泣きを見ることになっちまう……それーー!」

『まってええ!!』

 

 晩御飯をかけた競争にて終わりを迎える。

 誰が見ていようが、何を仕向けていようと関係ない。 それがきっと、彼の答えなのだろうから。

 

 

 

 




悟空「おっす! オラ悟空!」

???「…………」

悟空(小)「誰だ? そこにいんのは」

???「!?」

悟空(子供)「? 奇妙な面つけて怪しい奴め! オラがとっちめてやる!!」

???「……どうして見つかったんだ。 気配は完全にッ…」

悟空(ちび)「そんなもん! オラには一切通用しないもんね。 わりぃけど鬼ごっこはミスターポポとやりまくったから、腕には自信あんだ」

???「……」

悟空「なんだこいつ? さっきからしゃべんねぇでそうしちまったんだ? つまんないやつ」

???「……うるさい」

悟空「?? まいっか! そんじゃ次回!! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第41話」

???「訪れるは冬の季節、忍び寄る鉄の足音」

悟空「散々周りをうろつきやがって……アイツの“具合”が悪くなったらおめぇたちのせいだからな?」

???「達? まさかこちらの戦力が――」

悟空「お? もしかしたらと思ってハッタリ効かせてみたけど、随分すんなりいったな」

???「……こ、こいつ!」

悟空「そう怒るなって。 続きはよそでやろうな。 そんじゃ!」


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第41話 訪れるは冬の季節、忍び寄る鉄の足音

悟空さんから戦闘技術を学ぶべく師事した子供たち。 ユーノは基礎体力第2段階を。 なのは達も同じく……その道を行こうとしていた。

ついに始まる激闘。
この結果が、「えぇ~~」となる方もいましょうが、すべての答えはこう代えさせてもらいます。

亀仙流の修業は人外魔境!!

……恐竜の速力に勝つってどんなもんなのですか。

では、りりごく41話です。


 なのはとフェイトが悟空に師事して季節がひとつ過ぎる。 常識内で抑えた彼の鍛錬はかなりの高効率。 我流を地で行く少女達にはよい矯正になったようで。

 

「フェイト、足元が留守になってんぞ! これで4回目だ!!」

「……はい!」

「返事ばっかりか? そらそら、でりゃあ!」

 

 あえて遅く出したケリを受けるフェイト。

 がっしりと掛けられた体重に歯を見せると食いしばる。 その姿を目で見ることなく、乗せた右足を軸に宙を舞う悟空。 彼はフェイトの武器を中心にムーンサルトを決め込むと、そのまま左足で背後を叩く。

 

「ぐぅう!?」

「どうした、今度は背中が丸見えだ。 ダメだぞ、意識を一方に向けたまんまなのは」

「うく……はぅ」

 

 片膝ついた彼女に勝機はない。 速度が命の彼女のスタイルはこの時点で負けを認めるも同然ということ。 フェイトの試合、終了である――同時。

 

「次はわたし!!」

「来やがったな……相変わらず狙いがヤラシイ奴」

「余計なお世話だよ!?」

 

 桃色の閃光に背を反らす。 通り過ぎていく光りを見もしないで、彼方に照準定める悟空は手のひらをそこへ向ける。

 

「それ!」

「わわわ……障壁――」

「判断が甘い! そんなんじゃ一瞬先には殺されてんぞ!!」

「え? 後ろ!? こんな遠くを一瞬で――」

 

 そこからは流れるような戦士のコンボ。 殺しに殺した低威力版気功波、高速移動、残像拳と気合の併用による相手への攪乱。

 かなり贅沢を尽くしたそれは、遠距離主体のなのはにとって苦手の連続。 防いで視界が悪くなり、ぶれた身体は狙いを外させ、アンロックされた隙は接近を許す死亡行為となる。 それを、見逃す悟空ではなく。

 

「後ろ……取られちゃった」

「相変わらずこれに弱い。 でも、今までで一番長生きだったぞ?」

「どれくらいでしょうか……?」

「5秒だ」

「ッ……」

「ほい、一丁上がり」

 

 一瞬消えた彼の右腕。 その次に上がる風船が割れたような音の後、なのはは誘われるかのように大地に伏せる。 吐息軽いそれは寝言を伴う睡眠の音。 彼女は、さっそく睡眠学習に入ろうとしていた。

 

「やっぱり気の修行なしじゃこんなもんか……約束もあるし、あいつ等の将来を考えるとおしえらんねぇしなぁ。 もったいねぇ」

「……ZZz」

「大体の体力づくりはこんくれぇか。 オラたちよりも身体の作り方ってのがままならないのは、やっぱりセカイが違うからなのか? まぁ、よくわかんねぇけど」

 

 その後ろで師匠らしく今日の反省をする悟空。 もう、結構な日数を彼女達への修行に費やしていた彼だが、それとは比較にならないほどに遅い彼女たちの成長スピード。 それに納得いかない顔をしながら……

 

「悟空たちの世界がおかしいんだよ……そもそも“あんな亀の甲羅”なんて背負って修行が出来るわけないんだよ」

「そんなことねぇって」

「あるよ……」

「そうかなぁ? おら、アレ背負いながらアルバイトもしたんだけどな」

「……はぁ」

 

 それよりも深い感じにため息を零したフェイトに、そっと後頭部をかくのであった。

 

「今日はこんくれぇか? そろそろオラの修行を始めようと思うんだけど……」

「あ、うん。 わたしはなのはの看病をしてるから、気にしないでやってて」

「そっか。 わかった」

「むにゃむにゃ……むふふ……」

 

 幸せそうな寝言を背景音に飾り付け、悟空は構えて空気を鳴らす。 不可視の闘気が振るわれていく中、彼は空へと駆け上がる。 今日も、型の練習から入るようだ。

 

 このような日常がずっと続いていたのだ。 来る日も来る日も組手、準備運動と謳われるのは地獄のような筋トレと、それを和らげる程度に行われる柔軟。 日々鍛錬で地道に気長に、割と身体に気を使っているのは、実力差からくる慎重さだったりするのだが、それを少女達が知る由もなく。

 

「今度は……うんん、今度も頑張らなくちゃ」

「はああ!! せいッ!!」

「……悟空」

「やだよぉ……もう、崖から落ちるのは……むにゃ――イシコロなんてみつからにゃんだって……むぅ」

 

 自分たちを置いていく様に、みるみる力を付けていく悟空を只、昇った日差しのように見上げるだけであった。

 

 

 PM23時 悟空の修行場

 

 欠けた月が戦士を照らす。 まだ、そのときではないと、背中で遮る彼はいつものように柔軟をこなしていた。 関節を伸ばし、筋をほぐし、身体全体のストレスを抜いていく。 明日に残さないように行うそれは、身体へのダメージを残さないようにする彼なりの特訓方法。

 様々な人物に師事して、一番重要だと教わったのはこの修行の継続率。 どんなにうまくやっても、ケガをして動かせなくなればそこから歪が生まれて修行の完成は3割遅れる。 それは武道家としては致命的な遅れ、それを回避するためのそれ……なのに。

 

「おい、やっと一人になってやったぞ?」

「…………」

「隠れてるつもりだろうがオラには無駄だ。 観念して出て来い!」

「………これは参った…完璧に気配を消したと思ったのだが」

 

 それを妨げる無粋な“男”が独り、彼の前へ現れる。

 背丈はおおよそ悟空より低い程度、中肉であるものの、悟空には気配でわかる、この者はそれなりに……出来ると。

 

「そんな程度、隠れた内に入らねぇ」

「なるほど……これは情報以上の強者だ」

「情報?」

「いや、なんでも」

「……?」

 

 どうにもきな臭い男は一礼すると後ろに下がる。 明らかにとった距離に、姿勢そのままで視線だけで動きを観察する悟空。

 群青色の短髪に、髪と同じラインの入った白いコート、そこから浮かび上がる肉質は……おそらく。

 

「へぇ、そう(オラたちと同じタイプ、武道家の身体つきだな。 気も普通の人間よりも大きい……けど)」

「なに?」

「いや別に」

 

 スタイルは悟空と同じくするソレ。 そして同タイミングでつぶやいて見せた悟空は意味深に口元を歪める。 誘い、含み、挑発――どれもを併せ持つそれはまるでターレスに通じるものがある。 それが分らぬ男は、しかし動かない。

 

 悟空の表情はいまだ崩れない。 “表情が見えない”彼を揺さぶるかのようなそれ……というより、なぜ男の表情が分らないのか、それは……

 

「只思ったんだ」

「……?」

「おめぇみてぇな仮面被った、妖しい“使い魔”なんてもんが居るんだな……ってよ」

「――――ッ!!?」

 

 彼が、白い仮面で自分を隠していたから。

 それを指摘し、薙いだ“カマ”は根拠があったのか……いまだ言葉攻めを行う彼に、いいや、彼が言った後半のセリフにいま、仮面の男は額から水滴を零す。

 しかしそんなことを見逃してくれる彼ではなく。

 

「たじろいだな?」

「……き、貴様!」

「あぁそうさ、悪いが“カマ”を掛けさせてもらったぞ」

「言動の割に随分と頭の切れる……!」

「伊達に神さまのウソを見抜いた事があったわけじゃねぇさ。 さて、おめぇの正体がだんだん見えてきたところで……――」

 

 男にとって、今まで遠くより聞いていた悟空の声が……

 

「な……に!?」

「聞かせてもらうぞ。 なぜ、はやての周りをうろついているのかを」

「こ、……コイツ!?」

 

 耳元から聞こえ始めていた。

 いつから!? どこから!? 考える余地もない心の内情は、それほどに強く乱されているから。 男は悟空から離れようとして――「痛ぅ!?」

 

「逃げられると思ってんのか?」

「は、はなせ!」

「散々周りをうろつきやがって……アイツの“具合”が悪くなったらおめぇたちのせいだからな?」

「こ、この……!」

 

 悟空が“やさしく”つかんだその肩から、大理石を擦り合わせたかのような音が聞こえてくる。 男にとっては緊急事態も、悟空に取ってはただの質問。

 激しく違う温度差に、それでもと身体をもがく男は……逃げれるわけがなかった。

 

「……まて! 貴様いま“たち”って――」

「言ったぞ? あと一人、はやての家の周りをうろついてる奴がおめぇの仲間だろ?」

「……な、なんて奴だ」

「お、そうなんか? はは! また当たっちまったぞ」

「…………く、くぅ」

「わりぃな。 聞く気はなかったんだけど、おめぇの方からドンドン言ってくれるもんだから、つい」

「なにが……“つい”だ」

 

 暴かれた仲間の居所に、男の仮面が不規則に揺れる。 ありえない程の墓穴の数々、それがこの危機的状況を脱しようと、その作戦に思考の半数を持っていった代償だとは気付いている男は歯噛みする。

 胸中に何を秘めているかは知らないが、食いしばる男はそのまま全身に光を集中させていく。 何が何でも!! 震えるカラダで悟空に立ち向かおうと、決意を固めて仮面を揺らす――

 

「こうなったら刺し違えても――」

「――ほい、もう帰っていいぞ」

「…………はあ!?」

 

 後に悟空が言うには、その時の声はどうにも男らしくなかったらしい。 崩れ落ちた男は嘆くかのように月夜を見ていた。 照らされる光は柔いモノの、それがいかに今の雰囲気にはずれたモノかも理解できる。

 そう、この目の前の青年のように場違いな光は、どうしてか男の苛立ちを掻きたてる。

 

「な、情けをかける気か」

「いいや」

「なら、だましうちでも――」

「殺すのなら、最初の一撃で決めている」

「……っ」

 

 その苛立ちも、すぐさま鎮火する。 凍るような目と発言。 冷静に過ぎる悟空の声は、まさにそれを日常にしてきたかのような冷淡さ。 あからさまに生きる世界が違うと感じた男は、ここから先、悟空に対して挑戦的な雰囲気を取り払っていく。

 

「なら、なぜだ」

「おめぇとはこんなところじゃなくって、もっと別の場所で心置きなく戦いたいからだ。 見たところ万全じゃないらしいしな。 寝不足か? 肩こってたもんな」

「……!? そういえば、肩の凝りが――ではなくて!!」

「まぁまぁ。 とにかく、また今度来いよ? オラ今すっげぇ楽しんでんだ、今度混ざって“やろうぜ?” おめぇくれぇだったら、なのはたち二人掛かりならいい勝負だろうし。 どうだ?」

「……」

「なんだよ、だんまりか」

「……ッ」

 

 つまんねぇ~。 眉を八の字にした悟空はそのまま男の両肩を叩く。 一瞬見えた素の顔を覆い隠すかのように今度こそ距離を取る男は――……

 

「だからよ?」

「!?!?」

 

 飛んだ先で、またも背後を取る悟空にそろそろ戦慄し。

 

「あんまし“あいつら”にちょっかい出すのは止めにしねぇか? なんならオラに出してくれていいからよ」

「……」

「あいつら、いまが一番楽しいって言ってたんだ」

「…………」

「ずっとこのままでもいい……って、すっげぇいい顔して過ごしてたんだ」

「………………」

 

 

 向けられたわけでもない視線に、思わず息をのむ。

 聞いたことがないくらいに澄んだ声。 その中に感じる力強さは、彼が経験してきた物語の難題さを醸し出すには十分。 生きてきた道のりの質が明らかに上等な悟空は、だからこそそれが嫌だとする彼女たちを必死に理解し……

 

「修行漬けのオラには少しわかんねぇけど、ゆったりとした毎日が幸せだって言ってたんだ」

「……」

 

 それを監視者にも言い渡す。

 これ以上の邪魔をするな。 言外の警告は、そのまま不可視の衝撃と相まって、地表に柔らかな風が吹き乱れる。 男の直感は告げる。

 

「……そうか」

「あぁ」

 

 もしも今吹く風が、鋭さを持ち始めたら。

 

「このまま引けば、貴様は我々に危害を加えない……そういうことだな?」

「さきに吹っかけたのはそっちだ、ソレ忘れんなよ?」

「……あぁ」

 

 自身の命など、畑で耕される野草のように無残と摘まれてしまうのだと。

 

「にしても」

「……?」

 

 悟空がつぶやく。 そのトーンの軽さに仮面を揺らす男は、そっと視線だけ彼に向けた……気がした。

 

「強いヤツが男でよかったぞ」

「……」

「なんせここじゃ、キョウヤとザフィーラ達以外みんな女が強いからな。 たまには男相手にタイマン――ってのをやってみたいと思ってたんだ」

「…………そ、それは……ごめんなさい」

「え?」

「い! いや、何でもない」

「?」

 

 どうしてか、悟空のトーンよりも重くなる男の声。 若々しくも逞しい、そんな声の筈なのに、どこか約束を守れなくなった母親みたいな風に聞こえるのはどうしてだろうか。 どことなく気になって、でも、追求しない彼はそのまま。

 

「もしかしたら敵になるような奴に言うのも変かもしれねぇけど、気を付けて帰れよ」

「……そうさせてもらう」

「あ、何度も言うけどよ、2度とはやて達にちょっかい出すなよ? こう見えてもオラ、怒るとモノすんごく怖えって言われてんだ。 約束破ったら承知しねぇぞ」

「あぁ……」

 

 いつの間にか交わしている約束がそこに在った。

 断るという選択を、取らせてもらうこともできないままに首を縦に動かされた仮面の男は、そのまま後ろを振り向き……飛んでいく。

 

「まったくあの野郎。 聞かせてもらおうとしたらいきなり死を覚悟した雰囲気出しやがって」

 

 彼はそのまま肩から力を抜く。

 

「おかげで理由聞けなかったじゃねぇか。 まぁ、次会う約束みてぇのはしたからいいのか」

 

 揺れる尾は不規則に動き、この後を想像するとその速さは勢いを増していく。

 

「ここに来て数か月。 また一個楽しみが出来たな。 なのはたちのこと、今の奴の事……さぁて、用事も済んだことだしオラも帰るか」

 

 そして悟空は、彼とは正反対の方へ飛んでいくのであった。 まるで、袂を分かつ者たちのように――そう、見えなくない軌跡を描きながら。

 

 

 

 同時刻――???

 

「なんなの、あいつは……」

 

 冷たい空気の中、わたしは空を飛ぶ中でさっきの事をあたまの中で反復する。

 

「大体報告通りで調査通り。 でも、聞いていた以上に……」

 

 切れのある目つき、その中から見え隠れする光はおそろしいくらいに澄んでいた。 お父さまの使い魔になってかなりの年数がたつけど、あんな目をした人間は見たことがない。

 

「きっととてつもないくらいの修羅場を潜り抜けてきたんだね、あの坊や」

 

 追ってくる気配を感じないところを見ると、言っていたことのほとんどは信じてもいいみたい。

 

「サシで云々はちょっと無理だけど……あれ?」

 

 ……わたしいま、あの坊やに謝ろうとした? ……不思議だ、そんなつもりは微塵には無かったと思ったのに。 あいつが―――のように子どもっぽかったから? ……タイプは全然違うのに。

 

「……ほんと、変なヤツ。 あ」

 

 唐突に頭の中に響く声。 定時報告の時間だ。 相手は……わたしの姉妹のあの人。 そっとさっきの事を思いだして、のど元まで溜めたそれを思考の中で整理して、心の中で文章にしていく。

 何年もこなしてきた事務的作業に、若干の嫌気。 あぁ、結構こずるいなって罵っても、返って来るのは特にない。 ……今回はそれを。

 

「あ、うん……うん、そう。 うんん、こっちは大丈夫“見つかってないよ” うんうん、あ、でね?」

 

 少しだけ変えてしまったけど。

 

「――が考えていた作戦なんだけど……あれね、少しだけ変更ってできないかな? え? あぁ、違うって、ちょっとだけ見てて思うことがあったんだよ」

 

 どうしてそんなことをしたのか。 “あの子”への同情心? そんなものは数年前から薄れてしまって角砂糖ほどにも残ってない。 お父さまのため、そう思ってここまで来たんだから当然だ。

 

「今回、というより、これからの動向は……あのサイヤ人に任せてみようと思うんだ。 うん、出来るだけ限界まで……ダメかな?」

 

 それでも、わたしは躊躇してしまったのだろう。 半分はアイツが怖かったというのもあったのかもしれない。

 

「アイツならなんとかなるかもしれない……案外簡単に……」

 

 そうひとことつぶやくと、向こうからは一言『わかったわよ』と、返ってくる。 ほんのりと呆れ声が混ざってるのは今回に限っては微笑ましい。 わかっているのかもしれない、――も、あいつならどうにかできるんじゃないか……と。

 

「約束どおり、“わたしたちから”は手を出すことはしないよ。 だから……頑張んなよ――孫悟空」

 

 願うのも思うのも自由。 いまは、そんな軽い心境で思ってもいいのではないか。 そう思って見上げた空には、白銀の月が天井から落ちていくところであった。 ……今日は、いつの間にか終わっていた。

 

 

――――時間は流れていき。

 

 

 紅葉散りし山際の、熟れた果実が地に落ちて、雪が降るよと、動植物が消えてゆく……

 

 

 季節は順当に進み、その分だけなのはたちの育成プログラムも次の段階を目指していた。 確実に高くなる技量に、彼等の相棒は知らず知らずのうちにフレームからは軋み音。 システムからはフリーズ寸前の警告音が鳴るという異常事態が起こるのでした。

 

「悟空君との修行。 気を学ばなくても、やっぱりそれ相応の成果はあったみたいね」

「はい。 でも、そのせいでレイジングハート達に無理をさせちゃったみたいで……」

「そうねぇ。 誰かさんがやたら乱暴に叩いたりするものねぇ、無理が来るのも当然よ」

「……すまねぇ」

「ほんとよ」

「……は、はは」

 

 サイヤ人に手加減なし。 そう言わんばかりに、彼の攻撃の粗さを全面で防ぐデバイスたちに、当然のごとく溜まる負荷。 点検整備だけでは追いつけないと、ついに根を上げたからこその警告音に、悟空は急ぎ足でリンディたちのもとへ、なのはとフェイトを瞬間移動にて案内していた。

 

「これらは後でプレシアさんにみてもらうとして。 なのはさん、最近どう? 修行の成果というのは実感できたかしら?」

「あ、はい! ここのところ体が軽くて軽くて……苦手だった体育の授業も最近は楽しみになったくらいです」

「それはよかったわ。 それでフェイトさんは?」

「同じ、だと思います。 ただ……」

「ただ? ……あぁ、それね」

 

 まるで面談のように並ぶ4人は、それぞれ話を盛り上げる。

 その中でうつむいたフェイトは若干暗い顔を……それを見たリンディは、なぜだか納得といった顔をする。 なぜ? どうして? そんな顔をするのは誰もいない。 なぜなら“ひと目見ただけでわかる異常”が、彼女たちの背中にぶら下がっていたのだから。

 

「10キロ程度だったかしら? “ソレ”」

「はい。 最初は20キロにするって悟空が言ってたんですけど……その」

「背負ったら動くどころか起き上がれなくなってしまって……あの時は動物園の亀さんの気持ちが痛いほど分かったかもです」

「そ、そうね……そりゃあ、そんなものつけてたら誰だって……」

 

 同情心丸見えで向けられたリンディの視線の先。 そこには紫色の物体があった。

 甲があり、光沢があり、鋼にも負けない重さがある。 それは確かになのはとフェイトの背中に今もぶら下がっており。

 

「と、とにかく。 修行中はとってもその……はずかしいです」

「この亀さんの甲羅」

 

 苦めに笑う彼女たちは、ずっしりと来る重みを確かにリンディに伝えるのでした。

 

「なんでだ? それ付けてりゃ今までの倍の効率で強く――」

「はいはい悟空君、少しは乙女の心境も理解しましょうねぇ~ というよりあなたはどうやってこんなものを手に入れたのかしら?」

「プレシアが――」

「あぁぁ……もう言わなくていいわ。 なんだか頭が痛くなってきたから」

「そうか? でも……」

「いいのいいの。 それより悟空君、ここにいることはあまり外部には――」

「任せとけ、“あんみつ”ってやつだろ?」

「……内密ね」

「そうそう、それそれ」

「はぁ……ミッドチルダの辺境ならともかく、よりにもよってアースラがドッグ入りした今に来てもらったからこっちも大変だったわよ。 もう、今までで一番ウソをついたって感じにね。 今度は事前に報告して頂戴」

「おうおう」

「……はぁ」

 

 それがしっかり伝わるあたり、彼女の心境は複雑至難と言ったところか。 そうして魔法の道具……もとい、少女達の相棒を預けた悟空たちはそのまま……――――

 

「――――……とと、そうだった」

「!? き、消えたりあらわれたり……」

「すまねぇ。 いやよ? このあいだレイジングハートたちに言われたんだ。 あいつ等も強くなりたいって……」

「え? デバイスが?」

「なに驚いてんだ? 作られたって言っても、アイツ等だって意思があんだ。 むかしに会った人造人間の“ハッチャン”とおんなじだとオラ思ってる。 そんなアイツ等が珍しくお願いしてきたんだ。 この際さ、うんと強くしてやれねぇかな」

「……そういっても、あの子たちはあれで完成しているし……いくらなんでも」

 

 あとは細かな調整しかできないと、あるだけの知恵を捻りつくしていくリンディに妙案はない。

 悟空のそばにいない子供たち。 おそらく向こうに置いてきたんだろうと素早く推察した彼女がため息をついているそのとき、彼等の後ろのドアが盛大に開く。

 

「誰!?」

 

 振り向くリンディ。 揺れるポニーテールが盛大に広がる刹那、ひとつの雷光が室内に侵入する。

 

「……誰もいない…………?」

 

 光は一瞬。 そしてドアの向こうには誰もいない。 思わず傾げたリンディの首――それに、冷たい手の平が触れていく。

 

「~~~~ッ!!」

「うふふ」

「……趣味がわりぃぞ」

 

 思わずあげた悲鳴はどことなく官能的。 デリケートなところに触れたのであろうことを、悟空ですら理解している中で、灰色の髪がユラリ……室内で高慢に揺れていく。

 

「話は全て聞かせてもらったわ」

「プレシアさん! ……もう、突然驚きましたよ」

「うふふ、ごめんなさい。 ちょっとした老婆心というかいたずら心?」

「……おめぇほど『ばあちゃん』って言葉が似合わねぇヤツもいねぇけどな」

「ありがとう。 褒め言葉として受け取るわ」

『…………』

 

 有り余るほどに元気な魔女に思わずため息ひとつ。 呆れてしまう二人はそのまま彼女の次の言葉を待つ。 さぁ、いったい何を考えついてくれたのかと、世紀のトラブルメイカーに視線をくれてやる。

 

「まず前置きに、孫くん、娘を秘かに鍛えてくれてありがとう」

「礼はいいさ。 オラがやりたくてやってるんだし」

「そう? でも、あんな甲羅を背負ったかわいらしい姿をみせてくれ――」

「いい加減にさぁ、次に行ってくれるとうれしいんだけどな」

「授業参観のビデオ、とってくれなかったくせに……」

「うく!? そ、それは何度も謝ってるじゃねぇか」

「こほん。 いけないわね、つい私怨が……」

「は、ははは」

「うふふ……さてと」

 

 熱い親子愛に珍しくツッコミひとつ。 悟空が背中の『悟』の字にシワを作ると、プレシアはそのまま部屋の中央に魔力で編み出したスクリーンをひとつ投影する。 灰色の枠に収まる風景は……

……死線であった。

 

「これってオラがターレスと戦ってる時の奴か?」

「そうよ。 あなたが使った技、あれに大きく興味が出て……それで最近はそれの解明をね」

「こんな映像じゃなくても、直接オラにいえばじゃねぇか」

「それも考えたけど、やっぱり修行の邪魔は出来ないから……ね」

「へぇ、おめぇもおめぇで考えてんのな」

「当然」

 

 赤いフレアを醸し出し、全身から血を吹く戦士の絵。 それが常識外の世界へいざなうところで映像は停止。 そこには悟空が界王拳の倍数を3~5に高めているシーンが描かれていた。

 

「端的に言うと、今回目を付けたのはソフトやハードの単純な強化ではなくて……変化。 つまり、新しい機能を取り入れようっていう計画なの」

「……もしかしておめぇ」

「なかなか察しがよくて助かるわ」

「……どういうこと?」

 

 何となく、この先が読めたのはなんと悟空。 それもそのはず、これは自分の技なのだからすべてを把握している。 出来ることと、使用方法、それに――副作用も。

 それにまだ追いつけてないリンディのハテナはまだ一つ。 それを確認しないままにプレシアの話は次の段階へと持っていく。

 

「前に孫くんが使った“界王拳” あれをみて一番に思った機構があるのよ」

「へ?」

「そんなもの……まさか!」

「今度はリンディさんね。 さすがに知っていたかしら?」

「それは……ですけど」

「そう。 これは危険を伴う言わば『狂化』となる代物」

 

 指をそっと頬に持っていくと、呑んだ息がひとつだけ喉を鳴らす。 それが、これからいう代物がどれほどのモノかを想像させるには容易いと、汗を流すリンディの視線は極端に鋭い。

 

「名称を――カートリッジシステムというわ」

「やはり」

「……?」

 

 今度は悟空にハテナがひとつ。 同時、スクリーンの絵が切り替わると、そこに奇妙な筒状の物体が投影される。 例えるならば拳銃の弾薬。 それが悟空の目の前にちらちらと舞っていた。

 

「其の昔、“ベルカの騎士”という使い手が用いた戦闘技法。 手っ取り早く言うと戦闘時における魔力の増加――つまり孫くん、貴方の界王拳と道を同じくする代物よ」

「ひぇーー! 驚ぇた、そんなもんがあんのか! へぇ……こんな小さな弾っころでな」

「この中には魔力が蓄積されていて、魔法の発動時にこれを追加に開放。 上乗せすることで、通常よりもより強力な魔法の行使を可能としたものよ……まさに戦いに特化した技術というところかしら」

「戦い……にかぁ」

 

 驚く声は悟空のモノ。 なんか、ずるいと思うこともせず、まじまじと画面にニラメッコかます彼は、テレビアニメにかじりつく子供のようである。 それがおかしかったのか、ひっそりと頬を緩める大人の女二人が居ることも知らず、彼はおもむろに唱えるのである……異議を。

 

「その蚊取り線香だのなんだのはわかんねぇけど、リンディの顔色を見るに相当のリスクがあるんだろ?」

「えぇ。 現代で普及していない大きな要因の一つなのだけど、これには術者に多大な負担を強いるという欠陥があるの。 おそらくだけどね」

「そんなとこまで界王拳とそっくりなんか。 こまったもんだな」

「えぇホントに。 でも、これはわたしたちの技術レベルが不確かなだけ。 研究が進めば、あなたのように完全なコントロールが実現できるはずよ」

「そっか」

 

 だんだん読めたこれからの落ち。 話の句読点を見つけた皆は、想像をする……もしもこんな――

 

「こんな急激に強くなれるもん、あいつ等に見せたらどうなるか――なんて心配はしてねんだ」

「え?」

 

 しかし彼の発言は、彼女たちの想像をはるかに上回り。

 

「強くなれるんならしてやればいい。 無茶なことが起こってもなんとか……仙豆でどうにでもなる。 苗があるってことは、1年経てばまた7粒手に入るんだし」

「そ――それはしらなかったわ」

「まぁ、それはいいとして。 身体に多大な負担が~~っていうのはなんていうか、オラの専売特許みたいなもんだし、ホントに無茶だったらオラがわかるから、そん時に止めさせればいい。 無理でもやるってダダこねはじめたら、頭ぶっ叩いてでもやめさせる。 それでもっていうんなら、オラはアイツら本気で叱る。 ……前にプレシアが言ってた方法でな」

「……え?」

 

 その方法に疑問を持ち。

 

「超サイヤ人でひと睨みさせりゃあ、幾らなんでも涙目で謝る~~なんて、そいつが言うからさ」

「……なんてひどいことを思いつくのかしらこの方は」

「おほほ。 そんなことも言ったかしらねそういえば」

 

 出てきた対策に頭を抱える。 あんな恐ろしい形相をする彼に、罵られれば嫌でも。 それこそ夢にでも出てきて来るレベルなのだから、効果はおそらく盤石であろう。 さて、中々にこれからのやることが見定められてきたところで、悟空はひとつ、両手で手を叩く。

 

「それに、相棒たちの初めてのワガママだ。 オラが聞いてやらねぇと、後でクリリンやピッコロたちになんて言われるか分かったもんじゃねぇしな……」

『……?』

「……ふふん」

 

 ちょっとだけ思い出した昔に、こぎみ良い鼻歌をひとつ。 背に両手をまわすと、そのまま鼻歌を続けながらブーツを鳴らす。 歩いていく先は行き止まり……でも、そんな壁に意味がないのは皆が承知している中。

 

「オラもう帰るな」

「あらそう? お茶でも飲んでいけばいいのに」

「そうねぇ……と、言いたいところですけど、そろそろ誤魔化しが限界かしら? アレックスから“巻き”の指示が……」

「あら残念」

「まぁまぁ、次はちゃんとした時に変装でもしてくるさ。 そしたらたんまり飯を御馳走してくれよな」

『それはご遠慮願うわ』

「……ちぇ」

 

 軽くいなされた悟空。 それに微笑を禁じ得ない女性ふたりは彼の姿を見送る。 いつもの通りに行われる移動のポーズ。 両手の指を額に合わせたそれは……――――

 

 文字通り、瞬間にはこの世界から消えていくのであった。

 

「改造……いいえ、改良の方はどうなさるおつもりで?」

「まずは試験的になるから、そうねぇ……やはりフェイトのバルディッシュからになるわね。 開発は昔いた使い魔に任せきりだったけど、系列的にはやっぱり私と同じだから、技術的に見てやりやすいと思うし」

「そうですか……なにか必要な機材があれば言ってください。 出来る限りは力になりますから」

「いいの? こんな田舎科学者相手に――」

「御冗談を……それにわたしはあのヒトの力にもなってあげたくて。 さっきの言葉は、なんというか親という立場から聞くと、結構痛いところを突かれたというか。 だからというかなんというか……」

「ふふ、そうね。 確かに、子に無理をさせてばかりいるわたしたちには耳が痛い話ね」

「……」

「……」

『どうして、こんなことを的確に言えるのかしら?』

 

 そのあとの会話、そして答えはまだたどり着かない遠い壁。 在りし日の彼を知ったらわかるであろうそれは、とてつもないほどに威力を秘めた時限爆弾にも相当するものであるのだが……今はまだ、触れることがなかった物語である。

 

 

翌週――――悟空の修業場。

 

「悟空、わらって?」

「……に」

「違うよ……ほら、こう、もっとにっこりじゃなくって、ほほえむ感じで」

「…………キッ!」

『びく!!』

 

 なのはとフェイト、ふたりはかなりの苦戦をしていた。 修行、ああそうさ確かに修業に苦戦している。 しかしこの修行、驚くことなかれ……なんと生徒は悟空である。

 

「……ム」

「それじゃいつもより怖いよ!」

「もっと力を抜いて……」

 

 輝く全身。 気の発行の色は黄金色。 戦士の姿で棒立ちになる彼は今――手加減の特訓に励んでいた。

 

「……お前たち、あんまり無理を言うな」

「無理って、悟空くんが言ったんだよ?『いままでの修業じゃたぶん、超サイヤ人の壁ってやつを越えられねぇ。 あんだけのパワーだけの変身は、かえってスピードがなくなって攻撃が当たらなくなる』――って言って」

「別方向の修行がしたいからって、まずはいろいろやってみることにするんだよね?」

「……そうだが」

 

 頭髪金色に揺らす悟空は、そのまま少女達に非難の視線をくれてやる。 それもすぐに止み、凄みが抜けない碧の瞳で見下ろす中、右腕が一瞬跳ねる。

 

「ほら、まだ緊張が抜けてない」

「むぅ……」

「落ち着いて……ね?」

「あ、あぁ」

 

 そんな彼を、なだめるかのように笑いかける少女達はどこか楽しそう。 逆転した立場はこうも人の心を弾ませるのか。 ちなみに、なぜ、悟空が彼女たちに師事したかというと……

 

「オレとは違う発想でとおもったが……まさか最初の修行が笑うことだとは思わなかった」

 

 自分にない、ある種の子供だからこそできる視線の在り方に、一縷(いちる)の希望を見出したから――ちなみに報酬という名のおねだりがあり、彼女たちの熟考の末、普段から身に付けてある髪留め、つまりリボンを新調する際に一緒に買いものにいったのだが……それはまた別のお話。

 しかも発案理由が怖いからというなんともお粗末な思考であったなんて、間違ってもあの恐ろしい魔女には口外出来ない。

 これらのことすべてが成功なのかどうなのかはさておき。

 

「……ごめんね悟空、やっぱり変だよね?」

「なにがだ?」

「だって、修業だって言うのにこんなこと」

「いや……」

 

 落ち込むフェイトに。

 

「……これが間違いだったらどうしよう」

「そんな顔するな。 オレだって手さぐりなんだ、超サイヤ人を超えるなんてのは……な?」

 

 戸惑いを隠せないなのは。

 彼女たちの姿がいたたまれなくなったのだろう。 ため息ひとつで身をかがませた悟空は、そろった髪をした彼女たちをひと撫で―――そこに。

 

「あれ?」

「今悟空……」

「どうかしたか?」

『…………笑った!』

「なに? ほんとか?」

 

 微笑がひとつ、彼に舞い降りるのでした。

 言われなければ気づかない変化も、彼女達からしてみれば分らないはずがないと胸張って言い触れられる大きな変化。 ずっと見てきたと言い張る彼女たちの、その小さな訴えに立ち上がりざまに全身をながめる彼は……圧倒的な大進歩にもう一回微笑を持ってくる。

 

「なんだか、全身の力が抜けてきた気がする」

「ほんと?!」

「あぁ。 きっと、おめぇたちが泣きそうになったからだな。 それで気分が落ち込んだからだと思う」

「そんなことで?」

「なるはずだ。 気というのはその人が持つ感情にも、もちろん左右されるものだからな」

『ほえ~~』

「はは……」

 

 小さく、本当に小さく笑う悟空に、ふたりがつられて微笑んでいく。 いつも以上の開花は、それだけ苦労が多かったからの笑う顔。 雰囲気明るい彼ら、そこに息も絶え絶えな男の子がやって来る。

 

「悟空さーん!」

「……おお、ユーノか」

「はぁ……はぁ……10キロの重りを付けたまま――うぅ、隣の駅まで往復してきました」

「よくやったぞ。 これでもう、今の段階はクリアだな」

「は……はい!」

『い、いつの間にそんなハードなことを……』

 

 頑張れおとこのこ!!

 ユーノの背には紫色の亀甲羅。 それに括り付けられている肩ひもは、何度も背負って来たからか擦り傷が目立つ。 それは、ユーノが今まで積み重ねてきた努力の成果であり証明。 胸張って誇らしげに悟空に撫でられた彼は……

 

「お疲れ!」

「はい!」

 

 差し出された悟空の手を見ると、すかさず片手を出してみて……

 

『いぇい!』

 

 一気に振りぬく――――

 

 瞬間、空気の層から特大の悲鳴が唸りを上げる。

 

「ひぼぼぼおっぼ―――――…………     」

「あれ?」

「ユーノ?」

 

 忽然と、唐突に消えていた少年の姿。 そこにはさっきまで確かにいたはずなのに。 なのはとフェイトは思わず目を凝らす中で……

 

「…………やっちまった」

『え?』

「これでチチに続いて二人目だ」

『…………?』

 

 悟空の呟きが、少女達の耳元を通り過ぎる中。 悟空は隣山の方へ視線を向けると……

 

「!!?」

「ば、爆発!?」

「……派手にいったな」

 

 山頂下、大体中腹あたりが一気に爆発四散する。 轟く爆発音が木霊する中、そっと両手を合わせる悟空は修行僧にも負けないくらいな澄んだ表情をしていた。 南無。 そう言った声が聞こえないまでも、彼はそう言わずにはいられない。

 なぜなら。

 

「今の音あんだろ」

「はい?」

「あれな、ユーノが飛んで行った音だ」

「……えっと」

 

 事情が、分からないとする顔を見せる魔法少女達。 それもそのはず、まるでスターライトブレイカー喰らったかのように粉みじんになった隣の山だ、あんなのが悟空以外の人間の、それも肉体だけで作られたなどと――

 

「いかん、ユーノの奴虫の息だ……気がドンドン落ちていきやがる」

「本気?」

「ウソだよね?」

「…………」

『うわああああああッ!!』

 

 それでも、語る目つきが真剣すぎて、あっという間にパニックを作り出していた。

 

「ユーノくん!」

「ユーノ!!」

「オラとしたことがつい手加減が……まだまだだな」

『反省は後!!』

「お、おう!!」

 

 そこからのダッシュはとんでもなく。 一気に隣山に飛んで行ったなのはたちは、出来るだけ安静にしたうえで、悟空のテレパシーで緊急出動したクロノの、にがい笑いのもとで無事治療を終えたとか。

 

「……悟空さんの修行を受けてなかったらどうなっていたか」

「もう少し修行のランクが低かったらどうなっていたことか」

『…………そういう問題?』

 

 その後に聞かされた今回の反省会に、思わず渋茶を飲んだ表情を取らされたなのはとフェイトであった。 こんなことが続いて……時間はあっという間に過ぎ去っていく。

 

「悟空、髪……梳いて?」

「お、おう……案外難しいな」

「ふふ――あん! もう、首筋……触らないで」

「お、……おう」

 

 解いたツインテールの少女の金髪を梳いたり。

 

「悟空くん、前みたいに一緒に寝よ?」

「なんだ、それくらいなら――」

「でも、ずっと抱きしめたまんまだよ?」

「…………」

「修行だもん。 修行のためだからしかたないんだもん。 だから……ね?」

「……たのむ」

「え?」

「死なないでくれ」

「寝ぼけて抱きつぶしちゃうって事?」

「あぁ」

「平気だよ? ずっとバリアジャケットでいるし」

「……おまえは寝ないのか?」

「うん!」

「…………なんかおかしくねぇか」

 

 加減が効かない中、ガラス細工よりも繊細な作業に冷や汗をかいたり……この中に少女達の欲望が混じっていると認識できなくもないが、これは修行だと、従来の生真面目さを発揮している悟空には判別がつく訳もなく。

 

「一緒にテレビ見よ?」

「わざわざプレシアの家にまで来てこれ――」

「悟空は……あぐらかいて、その上にわたしが座るの」

「……おい」

「それー!」

「お、おい!」

「ぬふふ~~」

 

 段々、黄金色の戦士に物怖じしなくなる金髪の娘が出来上がっていき。

 

「悟空くん悟空くん」

「今度はなんだ」

「うでまくら……」

「お前の腕じゃ折れ――」

「して?」

「…………あぁ、そういうことか」

 

 甘え方がエキサイトしていく栗毛の娘が定着していき。

 

「まったくコイツら……仕方のない奴らめ」

 

 段々と笑い方が自然になっていく戦士が見え始めていき……季節は、さらに進んでいくのでありました。

 

 

 海鳴市 12月2日…………AM1時半。

 

 ユーノが爆発四散……もとい、ユーノが爆発四散させた山を、管理局がこっそり修復させているのが十数日前だった今日の朝。 トイレに行こうと、廊下の隅をのたうちまわっていた少女が独り居た。

 背筋の筋肉痛と、神経集中のしすぎによる視力の一時的な低下。 ほんの少しだけボヤが入るその視界に目を擦りつつ、彼女は呟く。

 

「……もにゅ」

 

 日本語以外の何かを。

 それを呟き終わったころであろうか? ――――違和感が彼女を突き刺す。

 

「…………むぅぅ。 ごくうくん、そこはさわっちゃだめだよぉ」

 

 明らかに変わったのは世界。 彼女に変化はないし、いまだに幸せな世界で妄想という名のぬるま湯につかっているのは微笑を禁じ得ない。 しかし、それどころではないという展開で、今の姿は激しく危うい。

 

「いじわる……わたしも……しちゃうんだから。 くぅ~~」

 

 イモムシのような少女の呟きから察するに、状況はクライマックスと言ったところか。 現状もそろそろ大変なところに突っ込んでいるのだが、いかんせん能天気が彼から伝染したなのはにあらがう術は無し。

 

「……ん」

 

 それでも。

 

[Master]

「ほえ?」

[Please get up!  It is state of emergency(起きてください! 緊急事態です)]

 

 知らせてくれる相棒が、サイレンのように周囲を照らしだす。 それを見せられた彼女は……なのはは力なく立ち上がる。

 

「でも……おトイレにはいかせて~」

[…………Resembled whom(誰に似たのか)]

「ごくーくん」

[……]

 

 この話の通らなさ、この、いっこうに物語が進まない感はまさしく彼。 赤いデバイスも、彼のことは重々承知のことだ、故にこの行動を制止することなどできない……そこから、1分が経過する。

 

「それでどうしたの? ……って、これって結界?! どうしてウチに! それに外も!?」

 

 一人状況判断が完了したなのは。 緩んだ心を引き絞るように、ついさっき持ち上げたパジャマのズボンをずり下げていく。

 

「ご、悟空くん! ……は、修行で恐竜さん達が居る世界に居るんだった……ここは一人で――あぁと、御守りお守り!」

 

 着替え完了。 買ってもらったリボンと共に普段着になった彼女は、そのまま相棒片手に外に出る――前に。

 

「こう! ……ちがうなぁ。 こうやって、こう! ……なんかバランスが」

 

 女の子のお出かけには時間がかかるの! そんな雰囲気全開のなのはは、両サイドのシッポを御守りと称した”ご褒美”で整えることおおよそで10分。

 

「セットアップ!」

 

ようやく出撃していくのである――窓から。

 

「誰がやったのかはわからないけど、こういう時は落ち着いて――全戦力を徹底的にぶつけるのみ!」

[…………]

 

 あまりにも武闘派に過ぎる少女に一抹の不安が隠せない宝石は言葉少ない。 これも修行の成果? 闘う相手に躊躇は見せないと……言うより。

 

「悟空くんの失敗談を聞く限り、こういうわけのわかんないときは冷静になって…………全力で事に当たればいいんだよね!」

[……………………]

 

 おそらく、ピッコロ大魔王での件を持ち出した高町なのは。 正確には彼の配下であったタンバリン相手に、実力の大半を出せなかったことを聞いていたのだろうがいかんせん、今との状況はあまりにもかけ離れている。

 疲れが冷静な判断を削り取っていることは明らか。 彼女は、最悪のタイミングで襲撃にあってしまった。 とにもかくにも言葉よりも拳を選択するあたり、なんとも危険な橋を渡る女の子である。 この時より、レイジングハートは突っ込む声をミュートモードに切り替えたそうな。

 

「ここらへん? 随分都心部だけど……!」

 

 降り立った地上。 白いワンピースで武装するなのはは周囲を警戒する。 肌で感じて気配を、耳で聞いては周囲を――彼女は今、世界と一体化していた。

 

「――――!」

 

 その彼女の、独特な感覚センサーに機影が一つ引っかかる。 大きさにして人間の子供大、それが高速で接近してくる……と、同時になのはは両手を左右に開いて力を行使する。

 

「こいつ、感がいいのか!?」

「こういうひっかけは、いろいろと……気を失うまで教わっていたからね」

「そうかよ」

 

 目前にあるのは……見たこともない少女の顔。 口ぶりは乱暴で、粗野が目立つそれはなのはと同じかそれよりも低い、強いて言えば悟空の子供モードなみの大きさであろうか。 そんな彼女の、驚くべき力強さの”鋼鉄”が、なのはの結界……プロテクションを激しく鳴らす。

 

 その反対側に、ホーミングをもった鉄の弾丸からの奇襲を防ぎながら。

 

「いきなりなんなの!? 目的はなに!」

「話すことなんかねェよ! おとなしくやられとけ!! (こいつ、とんでもなく硬い)」

「……あ」

「ああん?」

 

 やっと始まった交渉。 それを一蹴する奇襲者に、なのはの髪留めが片方だけ飛んでいく。 サイドテールとなる少女の、小さくも深い瞳が……開かれる。

 

 

 

「これ、――くんが買ってくれたリボン……」

 

 

 

「あんだって?」

「よくも……」

「ちぃ! めんどくせぇ。 けど、こういう防御に徹した能力ってことは、おそらく遠距離からちまちまやるタイプって事だろうな……だったらこのまま接近――」

 

 ……戦で。 その判断はさすがの一言。 見事彼女が苦手”だった”フィールドを看破したと、褒めてやりたいというところ。 そう、もう少し出会うのが早ければ、この手の戦法は王手を取ったも同然なのだったが。

 

「くらっ――はぶ!?」

「……」

 

 

 気が付いたら、襲撃者の少女の顔面に、なのはの”右”が突き刺さっていた。

 

 

「うげ……うぅぅ。 い、いいもん貰っちまった」

「…………」

「こいつ、雰囲気が変わった……?」

 

 焼け野原で死体を荒らすもの。 黒い猫。 13日。 戦場で刀を叩き折る。 割れた鏡。

 

 数々の暴言と不吉な言葉が湧き上がる中、襲撃者はのたまうかのように後ずさる。

 

「よくも――」

「……コイツなんなんだよ! 遠距離主体だと思ったら近接戦だってか!? クソッ、いっかい距離を取って……」

 

 そうして飛んでいく襲撃者は、しかしそれを見て口元を緩めていたのはなのは。 彼女は、バリアジャケットと同じ色の犬歯を見せると、レイジングハートに込める手の力を最大限に高める。

 

「…………ゆるさないんだから」

「……やべぇ!?」

 

 コクリ。

 音がした気がするのはなのはの首元。 それくらいの挙動で斜めに動かされたそれは、まるで糸の切れた人形のよう。 でも、胸の内に渦巻く感情は既に機械的とは随分とかけ離れたものであると明記しよう。

 

「ディバイン……」

「あ、あれって遠距離魔法!? アイツやっぱり――ッ!」

 

 静かに唱えられる必殺の言の葉。 桃色に輝く周囲は、まるで世界を侵食しているかのような輝き方。 少女は知らない、ここ数か月で鍛えられた身体スペックは、己が使える魔力の絶対量を3割ほど底上げしていたことなど。

 亀仙流の修行方法は伊達ではないのだ――

 

「バスタ―――ッ!」

「こ、こなクソッ!!」

 

 迫る桃色の閃光に、襲撃者は回避は無理だと叫ぶや否や、片手を正面に置くとそこから赤色の障壁を生成する。 鉄壁――自身の二つ名と1文字違いの言葉を、見せつけるかのような硬度は……

 

「ぐぅううう!?」

 

 なのはの砲撃を、見事防いで見せる。 しかし、代償は高くついたようで。

 

「な!? いまのでひびが……アイツバケモンかよ!?」

「……一回がダメなら……何度でも」

「完全にトチくるってやがる。 正気じゃねぇ!」

 

 若干涙目なのは――実はお互い様。 その感情の意味は正反対の道を行くのだが、いかんせん、なのはの方は怒気が強くなる一方で、襲撃者の混乱は増すばかり。 戦い慣れしてきたはずなのに、ここまで常識から外れたおかしなやつは見たこと――いいや、あるのだが。

 

「……あいつ、ゴクウじゃないんだから、いい加減!!」

 

 ぼそりと呟かれたそれは空気に霧散していく。 聞き逃し、すれ違うように会話の無いとある男の友人二人は、そのまま戦線を拡大していく。

 

「はああああ――アイゼン!!」

 

 襲撃者――赤いバリアジャケットの少女が持つ杖……工事現場でよく見かける“大ハンマー”並みの大きさを誇り、柄の部分、特に鋼鉄部分付近には、排気口のように複数開けられた自動車のマフラーに思える部品が、彼女の持つ武器の異様さを醸し出している。

明らかに装甲としては意味をなさないであろうその部分は――だが。

 

「カートリッジロード!」

「……――!? なに?」

 

 その実、装甲とは違う意味合いを持つ重要部品なのである。 赤い少女の一声により、戦局は極端に傾く。 伸長するようにスライドする排気口。 見えたその内側にはライフルの弾丸にも見える物体が4個。

 

[Explosion]

 

 赤い杖の一声は、撃鉄が落ちる合図だったのか。 一気にもとの長さになる彼女の杖は、激しい激突音と同時、排気口から白煙を吹きだすとその姿を再構成していく。

 

「ラケーテン!」

「な、なんなの!?」

 

 ハンマーとは、本来は打撃として“打ち付ける”ために、追突めんは平らになっている。 それは赤い少女も同様で、持った武器はその原則にのっとった形を――していた。 それがどうだ、杖と少女の一声で変形したそれは、既にハンマー本来の役割を放棄しているではないか。

 

「くらえ――ッ!」

「うく!?」

 

 鋭角な突起に、もう方側はロケットのようなブースターが一丁。 それが火を噴くと、見たまんまな挙動を行う……つまり、高速で射出される人間鉄槌が完成する。

 

「はやい?!」

「防げるもんなら……防いでみやがれ!!」

 

 加速は一瞬。 即座に最高速となったそれになのはは身構え……ない!

 

「はやい、確かにすごい速度だけど」

 

 目線を固定。 身体はフリーに。 脳内で思い浮かべるのは……今までの強敵(とも)悟空(せんせい)との修行の日々。

 

「フェイトちゃんはともかくとして……悟空くんに比べたら遥かに遅い!!」

 

 迫りくる凶器の鉄槌を前に、これでもかという風に動かないなのはは思い出す。 彼の言葉、神の宮殿にて身に付けた武道の基本であり真髄を――

 

「うおおおおおお!!」

「空のように静かに構えて……」

「な……に!?」

「雷のように……」

 

 唱えた呪文は魔法の言葉ではない。 志し、進むべき道を照らす案内のようなもの。 誰に訴えるのではなく、自身に語りかけるそれは深く胸に杭を打つ。 決して、取り乱さぬように。

 その結果。

 

「右足から……次に腰……最後に上体を動かして――」

「こ、コイツ!?」

「一気に全身を攻撃の軸線から逸らす!!」

「体捌きだけで避けやがった!!?」

 

 驚くべきことだ、驚嘆に値するべきだ。 おそらく、戦力では圧倒されていたであろう襲撃者の、威力をあげ、速度すら格段に上昇した攻撃を、目も瞑らずに冷静さだけでかわしてしまったのである。

 決して素早いとは言えないなのはの動き。 しかしそれはやはり修行の成果なのか、的確にさばいてしまった彼女は内心でほくそ笑む……遂に出来たと。

 

「これがよく言う……隙ってやつだね!」

「……こ、こんなはず――ッ!」

「後悔したって……遅いんだよ!」

「うおおおおお!!」

 

 高速の移動中に見せた赤い服の背中。 それはなのはからしてみれば格好の的にしかならず、よく言われていた『お留守』という言葉が脳内で響くと同時、手に携えたレイジングハートに魔力を注ぎ込む。

 

「2発目! ディバインバスター!!」

「こ、硬直がとけねぇ――ぐあああ!?」

 

 直撃。

 

「3発目!」

「グァ!?」

 

 直撃。

 

「もう一発ぁーつ!!」

「――――!?」

 

 撃墜。

 

 時間軸をずらされ、人の気配がないビルに激突した赤い影。 なのはの砲撃3連続が夜空にうねる中、ついに勢いの消えた赤の女の子はそのままコンクリートに片膝をつく。

 

「どうなってるんだ……騎士が一対一でこんな有り様なんて。 お前ホントに魔導師かよ!」

「半分そうかな?」

「はあ!?」

「今は武道家の友達に弟子入りしてるから……」

「……こいつ“も”ブドウカってヤツかよ。 ついてねぇ」

「……?」

 

 その子から聞こえてくる言葉に若干の疑問。 どうしてか憎めない言動が多い彼女に微笑に半分のなのははここで杖を下に向ける。

 

「なんだよ」

「さっきはちょっとだけ怒っちゃったけど、ホントは戦う気なんてないんだよ。 ただ、どうしてこんなものを張ったかを知りたくて」

「……」

「だ、だんまりさんかな?」

「……ちっ」

「え?」

 

 終わらない悪態。 それに冷や汗ひとつのなのはは見る。 少女が自分ではなく、遠くもなく近いわけでもない背後に視線を送っていることを。 目つきは悪いが、その中に安堵が見え隠れしているそれを瞳の中から見つけ出すと――上半身だけを前方に傾ける。

 

 天井に向けた背中に、空気の裂ける音がぶち当たる。

 

「今のを躱すのか……!」

「何て野郎だよ……」

「増援!? ――ッ!」

 

 次なる行動は真横へのダイブ。

 前後を取られたなのはの緊急回避は、まさに脊髄反射の領域に入っていた。 まるでこういうときの対策を何度も行い、痛い目を見てきて、“優しく”指導された軍人の様な対応に、敵対者二人が舌を巻く中。

 

「……誰なの!?」

「……」

「……」

 

 合流した襲撃者を見る。 最初の少女とは正反対のシルエットは、どこぞのモデルを彷彿させる身体的特徴。 スレンダーでありつつ、絞られたというよりは引き締まったという身体から察するに、おそらくフェイトと同じく近接メインの人間だと、軽い推理を終わらせたなのはは……聞く。

 

「あなたは……いったい」

 

 彼女の返答を、彼女の目つきを、瞳に宿らせた決意の塊を……そして知る。

 

「……仲間だ」

 

 そのものの返答を、これまで築き、未来へと続こうとする、悲劇への螺旋階段を昇ろうとする彼女たちの答えを知る。

 孫悟空不在の中に始まる接戦はいま、激戦へと相成ろうとしていた。 敵の数は2人、なのははここで疲れが出始めたのか息が切れてきている……ここに来て、そう呟いた彼女の言葉が冷たい夜空に霧散する中。

 

「貴様には悪いが……ここで倒されてもらう」

「……そんなの」

 

 氷よりも冷たい宣告を言い渡され。

 

「……やなこった――ってね」

 

 

 誰かさんの真似をして、なのははいま、レイジングハートを握りなおすのであった。 人気のないビルにて始まる戦闘はたった今をもって次のラウンドに進む。 夜は……まだ終わらない。 

 

 




悟空「おっす! オラ悟空!!」

なのは「最悪のタイミングで現れた襲撃者さんたち。 この人たちの目的はいったい? そして一対多数になっていくわたしの運命は!?」

フェイト「……んん……ごくー、そんなところつかんじゃ……めっ! なんだって」

なのは「救援は!? 味方の増援は!? もしかして孤立無援なのですかーー!」

悟空「あれ? 地球に帰ろうとしたんだけど……なのはの魔力を感じねェ……しかたねぇや、近いとこまでもう少し瞬間移動で――」

なのは「そろそろ体力の限界だよぉー! 余裕そうな顔つきもポーカーフェイスなのーー!」

リンディ「あぁ、その機器はそうやって……」

プレシア「後は強度の問題ね。 さて、どう解決しようかしら」

なのは「だれかー!!」

強襲者二名「なんだ? あいつの雰囲気がころころ変わる……罠か?」

なのは「うわーん!」

強襲者たち「アイツの例もある。 もう少し様子を見よう」

悟空「ん? そういや時間か。 今日はオラがやっかな? --次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第42話」

なのは「油断?! 生き残るのは二人に一人」

悟空「な!? なんだ! なのはの背後から妙な気が……は、離れろ!!」

なのは「……え? え?? ごくうくん?」

悟空「と、遠すぎる!? ま、間に合えーー!!」


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第42話 油断?! 生き残るのは二人に一人

まさかまさかを繰り返す今回。
ラストがちょっとアレなのは、いろいろと暗い話が続いたから……そう思ってくださると幸いです。

りりごく42話 どうぞ。


 華麗な曲線描きし夜の星。 白銀に輝く光は大地を静寂の中から見守り続けていた。 たとえ、どんなに過酷な物語が在ろうとも……彼は決して贔屓はしない。 常に皆平等に太陽の輝きを映し出しているそれは健気でありながら孤高で孤独。

 それが、どんなに寂しいかなんて人間が計り知れるモノではないし、あんな強大な彼に寄り添ってあげることなんて誰にもできない。 人間なんて、只、照らされることでしか己の存在を見せることなんかできないのだから。

 

「はぁ」

 

 そんな彼と同じ性を持つ少女……もうすぐ成人を果たそうかという彼女は軽い溜息をついていた。 今日はこんなにも星がきれいなのに、誘おうとした言葉を遮って出てきたのは……

 

――――悟空が修行に誘って来たから、俺も一緒に行ってくる。 心配するな、すぐに帰って来るから。

 

「恭也のバカ……」

 

 その言葉にどれほどの思いの丈が込められていただろうか。 男心なんかわかってやらないと、長い髪をふり乱した彼女は窓枠に手を這う。 妖しくも艶のあるそれはゆっくりと木製の枠をくすぐっていく。

 

「なのはちゃんがあのヒトになにか受けてるってのはすずかから聞いてたけど……だけど恭也まで白熱しなくても」

 

 置いてきぼりは嫌なのに……歳不相応な少女の声を喉もとで隠して、彼女――月村忍は月光のもとに潤った髪をまた一振り。 綺麗に流していく。

 

「そもそも、悟空さんも悟空さんなのよ。 人の恋路を応援するような事を言っておいて、いとも簡単に引き裂いていくんだから」

 

 そこから出た言葉は美しさに反比例した嫉妬混じりの愚痴。 男相手に……などと申せば鋭い爪で裂かれそうなほどに、いま、彼女は真剣に思い、悩む。

 

「早く……」

 

 うつむき。

 

「返してよ……」

 

 目元をうるわせ。

 

「わたしの――」

 

 最後の境地を踏み出す刹那――――…………彼女の背後から空間が逃げていく。

 

「恭也……」

「おい、キョウヤおめぇ呼ばれてんぞ」

「おい悟空。 これって住居不法侵入――というより人の彼女の家に勝手にな!」

「はは! わりぃわりぃ。 すずか以外だと、後はシノブの気ぐれぇしか辿れなくってよ」

「……それはそうだが」

 

「…………え?」

 

 ついでに逃げていく悲壮感。 空いた心の孔が埋められていく感覚に、思わず呆ける忍はよろめき立つ。

 

「…………」

「忍!」

「……あ、え?」

 

 誰よりも速く気付いたのは悟空。 でも、誰よりも遅く動いたのも……悟空。

 

「大丈夫か?」

「え、えぇ」

「……」

 

 一歩さがる彼の足元。 軽く微笑んだ後のそれは、まさしく気遣う大人のよう。 その視線の先にある、倒れそうだったお姫様を颯爽と抱き上げる剣士の様はおとぎ話のようである。 その物語を見過ごしていくと、さらに後ろにもう一歩。

 

「さってと……オラはこの辺で」

「……悟空様」

「お?」

 

 いつの間にか空いていた出入り口。 端正なドアの向こうに立っていたのは、そのドアよりもさらに端正……いいや、淡麗と形容できる藍色の女性。 綺堂というミドルネームを持つ彼女に、悟空が片手を上げるあいさつをすると、そのまま視線を上下させて息を吐く。

 

「少しお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「いえ、その……」

「なんだよ、言いたいことあんならさっさと言っちまえ?」

「え……えぇと」

 

 音を立てずに閉まる忍の部屋。

 さらにどうにも後がつかえる喉元に、若干ながら傾げた悟空の首。 45度の傾斜を誇るそれに対して、ヘッドドレスを冠する彼女は只まっすぐに答えてやる。

 

「どうして……半裸なのでしょうか?」

「ん? あぁ、これか」

「え、えぇ。 正直、女性の部屋から出てくるには誤解を多く含ませる格好ですから、気になって……いえ、決して悟空様を疑うわけではないのですが――」

 

 めずらしく狼狽えて見せるのは、決して悟空の半裸に目が行ったからではない。 その、堂々たる態度に、思わず何時もの通り外へ出してしまいそうになった自分を戒めるための一瞬のバグのようなものである……というのは彼女の言い訳。 本音はやはり前途の通りなのだが。

 

「いやちょっとよ」

「はい?」

 

悟空に取って、そんなことはどうでもいいようで。 やはりいつものように後頭部をさする彼は苦く笑う。

 

「昨日な、とんでもねぇ失敗しちまってよ。 偶然、オラ一人だけだったからうまく行ったみてぇだけど、下手したらキョウヤがユーノの二の舞になるところだった」

「……はぁ?」

「まぁ、いろいろあったんだ」

「……そうですか。 ですが、それはそれで悟空様、このままでは外に出すことは出来かねます。 どうか、是非を問わずにお召し物を……」

「メシ? 出んのか?」

「……なにか、服を着てください」

「あぁ! そういうことな。 そうならそう言ってくれよ、わかんねぇだろ?」

「……」

 

 どこからともなく取り出した紳士服。 このあいだの授業参観を思い出しそうになる服飾に、堅苦しいとニガイ顔。 悟空は、赤いネクタイを締めると、差し出された革靴に素足を通す。

 

「靴下を……」

「あれはいいや、なんか地に足が付いた気がしねぇから」

「そ、そうですか」

「ああ」

 

 黒いソックスを片手で抑え、そのまま廊下の窓枠越しに空を見る。 既に頭上を通り過ぎた白銀の星は、今はまだとサイヤ人に微笑むかのように、やんわりと輝いている。 三日月ともいえる曖昧さは、今月の“あの日”が近いことを悟空に告げるのである。

 それを見届けた悟空は、そのままノエルに振り向き。

 

「服、あんがとな」

「いえいえ、あのままでこの屋敷を出られるよりは全然」

「それもそっか。 あ、ところでキョウヤのヤツは……あ」

「……こほん。 いまの悟空様ならもしやと思いますが、あまり『無邪気』を働かせないよう、お気遣いください」

「そんな難しい言葉で言うなって。 それにオラだって『そんくらい』わかっぞ」

「……それは何よりです」

 

 今はもう閉ざされた忍の部屋。 あまりにも静かなのは、その実中では情熱を通り過ぎた感情渦巻く世界が支配しているのだが、 いかんせん、それにちゃちゃ入れるほど、悟空は暇ではないし――第一、趣味じゃない。

 

「そんじゃキョウヤはこのまま任せるとして」

「……ふふ」

「オラはこのまま帰らせてもらうかな。 ……せっかくだから、そうだな」

「はい?」

「あんときみてぇな格好だし、前になのはの奴がもう一回着ろってうるさかったしな」

「ええと?」

 

 そしてつぶやかれる言葉は、最近よく甘えることをするようになった女の子の要望。 でも、叶うことがなかったそれが偶然にもそろってしまった今、悟空の中にあるサービス精神というものが静かに動き出す。

 

「前に、ノエルには見せたんだよな」

「……?」

 

 拳を……握らず。

 

「最近じゃ修行の成果なんかな。 結構スムーズにできるようになったんだぜ?」

「なにを、でしょうか?」

 

 構えも取らず、ただ自然体で佇みながら……彼の身体に気流が舞う。 逆立つように吹き上がる頭髪は金。 フェイトよりも上質な光に満ちたそれは、ノエルの目をもってしても神秘と言わざるを得ない輝きを放っていた。

 彼は、超サイヤ人に変異“していた”

 

「……コレの事だ」

「ご、悟空様?!」

「……? なんだよ。 お前、これ見るのは2度目だろ? 何を驚いて――」

「あ、ああ。 あのときは! 確か、自分は別人だと!」

「……そういやそうだったな」

 

 メイドの狼狽えようは無理もない。 是非もなく、姿形が変わり果てた青年はある意味では人の身ではないのだから。 揺れる尾も、凍る世界のような碧の瞳も、何もかもが変わってしまった悟空には驚くことしか出来なくて。

 

「どういう原理で……あ、衣服も少しばかり光に照らされて明るい色合いに」

「……大体の奴が同じ反応なんだな。 やっぱり、滅多にやるなって言ってたプレシアの判断は間違いじゃねェのか。 ……マズイ、アイツに止められてたの一瞬忘れてた……どうすっかなぁ」

「……はぁ」

「さてと」

「へう?!」

「いちいち変な声を上げてんじゃねえよ。 ……オレはそろそろ帰るから、あいつのことは頼む」

「……」

「い い な?」

「は、はい!」

「よし」

 

 デフォルトで機嫌が悪く見える超化悟空。 フレアの無い、若干落ち着いた感じに見えるのもなのはたちとの修行の成果……だろうか。

 

「まるで悲しみを背負った眼差し――」

「そんなことねぇ」

「数多くの強敵(とも)と拳をまじわせ……」

「それはあってるな」

「一子相伝の技を、肉親同士で取り合ったような……そんな悲劇を籠もらせた――」

「あってるような全然違うような……いや、そうじゃなくてさ」

「はい?」

「オレは帰るんだっていったろ。 だから……あぁいいや。 とにかくもう行くからな、キョウヤとすずかによろしく言っておいてくれ! んじゃ!」

「はい……」

 

 悟空は超化も解かないまま、窓枠に足を掛けると体重を乗せる。 いつものヤツはどうしたのかと、聞くやつが居ればやっているであろうその質問は、今の時間を考えろと言う答案で十分であろうか。

 それは、悟空も承知の上。 だから……だけど。

 

「今日は胸の内が騒ぐんだ」

「……?」

「いつもみたいなわくわくじゃねぇ。 まるで飲み込んだ石ころが暴れ回ってるような……おかしな感覚がするんだ」

 

 落ちる水滴は汗。 動かされたのは眉。 彼は今、今月初めての焦りの顔をするに至る。 孫悟空はいま、月夜に向かって空を舞う武術を行使する。

…………約束の、時が近づこうとしていた。

 

 

 

 同時刻、ビル街。

 

 先刻からの戦い。 ふたり同時の相手は、いかに感覚を研ぎ澄ませることが出きるようになったなのはも相当の苦労を強いることとなった。 力も、経験もおそらくで相手が上。 ただ、習った先生が途方もなく強かったから、普段から感じていた力の差よりは遥かにマシ……それだけのことで、騎士相手に彼女は大健闘をしていた。

 

「はぁ――はあ! ……ふぅ」

 

 乱れ始めて数分の呼吸音。 力が落ちたと感じるのは気のせいではないし、速度も思う存分に発揮できないのも承知の上。

 

「くらえ!」

「まだ!」

 

 その間にも交わされる攻撃達。 赤いバリアジャケットのハンマーを、杖を片手に捌いていくと、今度は横合いに刀剣がきらめく。

 

「レイジングハート、お願い!」

「くっ?! 障壁か!」

 

 それを、かつて大猿の攻撃を反らしたフェイトのようにいなしたなのは。 真っ向から守るのではなくて、受け流すことで衝撃を緩和したそれは見事に狙い通りの構図を描いていく。

 

「どうなっている。 これでもう30手目だ、なのにどうしてここまで凌げる?!」

「戦い慣れとかじゃねぇ。 動きはまだまだ粗削りだし、無駄なところも多い。 けど!」

「ま、まけない……」

『どうしてここまで立っていられる!!』

 

 ふたりとの邂逅から既に40分の時が流れ、レイジングハートを握る手には血がにじんでいた。 それでも、その手をはなすことはしないしできない。 いま、ここであきらめるのは簡単だろうけど、そんな選択肢なんて……

 

「選ぶくらいだったら……死んだ方がましだもん」

 

 誰かさんを彷彿とさせるあきらめの悪さ。 もがき、苦しみ、それでも信じた道を歩んでいく。 間違いもあったかもしれないその道は、だからこそ貫いたときはいちばん輝かしくて。

 

「馬鹿な――」

「……ちっ」

 

 その光景を見た騎士たちからは、苦しい声が飛んでくるのであった。 出来ることなら反らしたい……それほどに純潔な決意の様を。 見せつけられた彼女たちの心には痛烈な刺激が走り抜ける。

 

「なにも殺すつもりはない。 ただ、お前の魔力が欲しいだけなんだ」

「何のために……!」

「言うかよそんなもん……」

「後ろめたい事なんかに……手なんてかせないよ」

『…………』

 

 辛い問答。 決して理由のない襲撃でも、意味のない略奪でもない。 これはただ、大事に思えるモノのための『たたかい』であって……であるのに。

 

「それでも……なにがなんでもいただかねぇといかないんだよ!」

「はああ!」

「……くぅ!?」

 

 辛い状況はなのはの方。 でも、辛い顔をしているのは……?

 聞こえてこない悲鳴は、金切り音をかぶせられてかき消されていく。 見るな……こんな困り果てた騎士たちを……と、語るかのように武器たちが騒ぎ立てる中。

 

「……あ」

「!」

「――――ッ!?」

 

 なのはの回避は、一歩間違えた動きをしてしまった。 狂う動きは、身体がもはや限界だと訴えるアラーム。 過剰分泌されたアドレナリンが誤魔化してきた疲れが、ついに限界を超えてしまったのだ。

 なのはは、空中にて足を踏み外す―――首元に騎士の剣が迫る中。

 

「……ぅ」

 

 響くうめき声。 反響する……コンクリートを砕く音。

 

「しっかりしな!」

「……あ」

「なんだ」

「アイツは?」

 

 騎士の剣は少女が居たところを確かに通過……否、透過していた。

 残像拳よりも緩いそれは常人で何とか判別できる高速移動。 野を駆ける野生が如く気高いその人物の拳が、空を突くとき――オオカミが吠える。

 

「アルフさん……」

「よくもやってくれるじゃないのさ。 あいつと“わたしたち”の友達にこんなことして、どうなるのか判ってるんだろうね!」

「増援か」

「……」

 

 その遠吠えに、安堵したのはなのはだけだったのか。 どうにも複数聞こえた気がしたため息に、耳を動かすオオカミ女はなのはを地面まで誘導。 そっと寝かせるとそのまま構えを取る。

 

「子供相手にここまでやったんだ。 あんたら、なにされても文句言うんじゃないよ」

「……ふん」

「いいだろう」

 

 狼の牙、風を超える風となる時が来た――

 

「はあああ! 鉄拳粉砕!!」

ゼロ距離(インファイト)!?」

「見てくれ通りか!」

「オオオオオンッ!!」

 

 振りぬいた拳が風になる。 聞こえてきた裂く音は、そのまま自身のダメージとなっていると気付いた騎士の一人は後退を余儀なくされ……敢えて前進する。

 

「この距離――私向きだ!」

「武器がつかえて動きが悪い癖に――よく言うよ!!」

『はああ!!』

 

 暴風のようなジャブを涼しい顔で受け流す騎士、しかし内心では焦り濃い色が充満している。

 

「くっ! (なんて激しい乱打! ここまでの者は“あの時の”孫ぐらいしか――)」

「くぅうらえええ!!」

 

 右のストレート、左のフック。 さらに戻した右でアッパーカット。 接近も接近のボクサースタイルのアルフは、そのまま相手に剣を振らせる隙を与えない。 長ものを持った相手の、一番恐ろしいのは武器が邪魔以外何者でもなくなること。

 それをわかっているからこその陣取り合戦は見事アルフが勝ち取っていた。 騎士の劣勢が続く。

 

「せいやああ!」

 

 気合一声!! アルフが悟空のように雄叫びを上げると、オレンジ色に輝いた右足が――足刀が騎士のテンプル目がけて飛んでいく。 すかさず防御をまわす相手も、その勢いに呑まれて。

 

「……ふ」

「あ、あるふさんッ……だめ」

「え?」

 

 “アルフから距離を離していく”

 

「策に溺れた……いいや、考えなしの乱打があだとなったな。 こうも距離を取らされれば、貴様のインファイトも意味はないだろ」

「そんなもん! あんただって一緒だろうに――」

 

 距離にして10メートル。 追撃にかかる時間にして2秒の範囲は……まさに致命的だった。

 

「レヴァンティン」

[Explosion]

「!?」

 

 またしても聞こえる撃鉄の音。 騎士の女性が本気の雰囲気を醸し出す中、力を溜めるように“溜め”の動作に入っていく。 同時、空気を焼きつかせるような温度を発熱させる剣。 そこから炎が噴き出すと……

 

「受けろ!」

「なに!?」

 

 脚力に任せて突撃を敢行する。 一瞬の戸惑いがあったのはアルフ。 相手の出方を伺った、その守りの姿勢が仇となった行動はもはや致命的。

 炎刃が眼前に迫る。

 

「紫電――」

「……このお!」

「一閃!!」

 

 解き放たれた一擲。 向かい打つアルフの障壁。 同タイミングのそれは激しい火花を散らすと……いとも簡単に勝負がつく。

 

「がは!?」

「アルフさん!!」

「…………」

 

 切り裂かれたアルフの障壁。 肩口から脇腹まで落ちてきたダメージ。 なぜ、切り裂かれていないかは受けた本人が一番知りたいだろうが、胴がつながっている事実はなによりも安堵させるのには十分。 ……でも。

 

「こ、こんな……いっしゅんで」

「アルフさん! アルフさん!!」

 

 片膝ついて、肩口からのケガをかばう彼女に勝機が失せていく。 もう、動けないと誰もがわかる症状に、周りにいるモノ全てがこれからの展開に心を固定する。

 もう、あるのは絶望しかない……そのときである。

 

「はは……あはは……」

「気でも狂ったか……?」

「あぁ、そうだねぇ……狂いそうだよまったく……おそいんだからあいつは」

「なに?」

 

 笑ったのだ……アルフは。 もう、反抗する力すら奪われた彼女に、今できる最後のあがき。 待ち人が来たと、向こうで倒れるなのはを勇気づけさせることが今、彼女が出来る最後の抵抗なのだろう。

 それに、大声で答える者がいるのだからこれは正解だったであろう。

 

 

 はあああああああああああ――――――だああああああああああああ―――――ッ!!!!

 

 結界が震える。

 おびただしい量で向ってくる高音は、すぐさま轟音へと成り変わる。 崩れそうになる世界、消えそうな時間軸のずらされた結界範囲。 世界が怯えるかのように震えるいま、次元世界最強を名乗れる男が――結界を物理的に粉砕しようとしていた。

 

「ま、まさかこの空間に物理干渉を――しかも外部から!?」

「ありえねぇ! こんなことできる奴なんて聞いたことねぇ!」

『くすくす……』

「なに……?」

「なんなんだよ!」

 

 もう、ボロ雑巾のようにくたびれた女どもがおかしく笑う。 常識にとらわれた愚か者たちを嘲って、嘲笑するそれは耳障りこの上ない。 だが、非難の声を遮って、彼女たちの笑い声は止むことを知らない。

 

「主役は後からって……まもりすぎだよ」

「あぁ、ほんとさ……」

『こいつら、さっきから何を――』

 

 ついに見せ始めた余裕。 何がここまで彼女たちを安息させる!? こんなになって、戦う術すら破壊され、機能停止させられ、それでもなんでこうも――おかしい! ありえないと困惑する彼女たちは……

 

「あ、あんたら……逃げるんなら今の内だ……わるいこと、いわないから」

「なんだと?」

「なにがおかしい!? 答えろ!」

「……………………………………」

 

『――――ッ!!?』

 

 文句の末にでてきた『回答』に、身を大きく奮わせていく。

 

 

 

 ――――雄叫びが上がる前の時間軸。

 

「なんだこれは……前に見た結界ってヤツにそっくりだ」

 

 その者は、境界線上に佇んでいた。 見えるむこう側、だが、その実すべてを感じることがないそこには、一歩たりとも立ち入ることが出来なくて。 力とはある種の別方向のなにかが、まるで彼を邪魔立てするかのように、世界と世界を遮っていた。

 

「フン……あの時と同じモノだって言うんなら、今のオレにはどうってことはない……」

 

 そんなもの。 そう捨て置く彼は空間に手を沿うように置いてやる。 力強く、逞しく握っていくと……静電気のような感電に襲われる。

 

「ちぃ。 あんときのとは随分と違うみてぇだな」

 

 狂った計算式に内心からの毒づき。 舌を打つと、嫌でも鋭い視線を余計に吊り上げる。

 

「今のオレの力に耐えるなんてな……しかも」

 

 段々ときな臭くなる目の前の結界。 空気も、大地もすべてが狂っている境界の向こう側に大きく興味を向ける彼。 気になる……断然気になる向こう側。 なぜなら。

 

「この向こう側から気が“すべて”感じられない」

 

 動植物、微生物、大気から地表から海面まですべての生きとし生けるものの気配を感じないから。

 

「ありえねぇ。 たとえどんなに小さい気であろうと、この距離でわからねぇはずは……」

 

 揺らし始めた尾は不規則。 言外ににじみ出る警戒心を表すソレは、動きを止めることを一向にしない。

 

「……気になる」

 

 行けばわかる。

 

「……この、とんでもなく嫌な感じ」

 

 道が塞がれていれば飛んでいけばいい。

 

「まるで……いや、今は止めておこう。 ……そんじゃ、行くのは確定だとして」

 

 そして、飛んでいく空さえないというのならば。

 

「…………この結界には消えてもらわねぇとな」

 

 眼前に立ちふさがる邪魔者全てを、消し去ってでも通り抜けるまで――ッ!

 

「…………ふぅぅぅぅぅ」

 

 うねる波。 際立つ結界。 全ての時間をずらしたそれに、魔法以外のアクセスなどできるモノではない……はずなのに。 薄暗い世界に金色のさばきが下る。 このまま邪魔をする愚か者に、極大の戦哮を見舞いしよう。 さぁ、聞け、怯えて竦め――これが、この男こそ。

 

「はあああああああああッ!!」

 

 最強の戦士なのだ……

 一瞬だけの抵抗虚しく、たわんだ風船のようにわななく結界。 強固さなど微塵にもないそれに、もう抵抗の余地もない。 だからだろうか。

 

「開いたな……ほんの少しだが」

 

 叫んだと同時に送り込んだ気。 それが全体に作用したと思った時には、ひと一人入れる程度の小穴が形成されていた。 そう、まるで無理に破かれるくらいなら……そんな意思さえ感じるかのような挙動で。

 

「……ん?」

 

 ひらりと舞うのは魔力の残滓。 白銀とも見えるそれは彼とは正反対の色彩。 だからなのだろう、気になって差しのべた手で……触れた瞬間に目を見開く。

 

「い、いまのは――」

 

 碧色の瞳が見開かれ、握った残滓を握りつぶす。 霧散していく残骸に破片、さらには内包されていた……気。

 魔力以外で、一番違和感を感じたそれに思わず、喉を鳴らしながら息をのんでいた青年がそこにいた。

 

「どういうことだ」

 

 狼狽える。

 

「なぜこの気が! こいつは……」

 

 思わず握りなおす右手は微かに震える。 力を籠めすぎて、筋肉が微細な運動を続ける中、青年の脳内にはたった一つの高笑いが木霊して。 最悪だった姿が映しだされる。

 

――――お前は、俺に殺されるべきなんだぁぁッ!!

 

「……フリーザ」

 

 かつての敵であった宇宙の帝王。 界王が恐れ、手を出すなとまで言いしめたあの――だが、それはやはり過去の事。 その存在は青年が蹴散らして……

 

「トランクスがケリを着けたはずだ……なのにどうして」

 

 冷静さを取り戻そうとする青年。 しかし金色姿のフレアは燃焼を拡大、知らずの内に燃え上がる夜空は、まるで光の柱がそびえ立つかのような光景だ。 この輝きが、更なる混乱を呼び寄せたとも知らず。

 

「ターレスの事もある。 もしものことを考えて超サイヤ人は解かないでおくべきか……いや、今はこんなことより――ッ?!」

 

 結界内に足を踏み入れた青年は、顔をしかめて奥歯で苦虫をかみつぶした。

 

「な、なのはだ……それにアルフも。 かなり弱っていやがる、どうしてこんなところに……!」

 

 軋み音が鳴り、続いて出たのは拳を握る音。 ギリリと締め付けられるその音は、内心を表すだけではない……彼の、今後の行動さえも表わしていて。 突然、その拳が解けるのである。

 

「なんでだよ」

 

 たんぽぽのような子であった。 それも、黄色ではなく白くなってしまった方の。

 

「よりにもよって、どうしてあいつらが居るんだ」

 

 そんな儚げな彼女を、守るように寄り添っていた者達が居たんだ。 姉であり、妹であり母で在り、父であり兄であり……そんな、只の家族よりも家族らしい笑顔で包まれていた彼女たちがここにいることが訳が分からなくて。

 

「答えろ! …………シグナム!!」

 

 青年は、思わず戦士の声を上げていたのでした。 ……ときは、再び元に戻っていく。

 

 

 

 ―――現在。

 

「何者だ……貴様は」

「……お前がどうしてこんなところにいる」

「いつの間に現れた!」

「…………この結界とかいうやつを作ったのはお前たちか」

「こちらの質問に答え――」

【オレの話に返事をしろ!!】

『……!?』

 

 響く空間に後ずさりする。 目を見て、視線を固定され、漂う雰囲気にものの見事に飲まれていく。 彼が纏う怒気――ただ単純なそれだったのなら、騎士たちはこの男にここまでの戸惑いを持たなかっただろう。 後ろから見え隠れする、正体不明の影に不安を抱いたからこそ、今目の前に居る金色に発光する男に対して、通常よりも大きく警戒心を募らせるのであった。

 

 だからこそ、彼等の会話が通じないのだとしても。

 

「こんなヤツの力を使えば、その内しっぺ返しを食らう。 ここでやめておくんだ」

「なにを言うかと思えば……まさかそんな意味の解らんことを並べて、我らの動揺を誘うつもりなのか」

「……」

「……?」

 

 警告のつもりなのだろう……そう考えるのは騎士の方。 青年は、孫悟空は決してそういった意味で言ってやっているのではないのだが。 言葉が足りない、後もう二言足りない状況は、それほどに今の状況が混乱しているから。

 その状況において、なのはは横たわりながらも彼を呼ぶ。 そっと手をのばして……答えてと懇願するかのように。

 

「ご――」

「なのは、よく頑張ったな。 周りの壊れ具合と、おめぇの服装で大体読めたぞ」

「……うん」

「アルフ! おめぇもよく踏ん張ってくれた。 おかげでなのはが大事にならずに済んだ、ありがとな」

「……そう言ってもらえて光栄だよ。 光栄ついでに、あいつ等をちゃっちゃかと倒してもらいたいんだけど?」

「…………」

「あん?」

 

 とどいたこえ。 いつの間にか彼女を抱き上げ、アルフの目の前に“居た”悟空は、金色のフレアを噴き上げる。 それは怒り? それは憤怒? 感情の爆発で起こったのだと、なのはとアルフが思い見上げる最中。

 それは正しい、間違っちゃいない。 こうなった“要因”であろうものに確かな怒りは燃えている。 だからこそ解けない超化はそれを物語っているのだろう。 ……だが。

 

「おめぇたち、今ので大体わかったろ」

『…………』

 

 悟空は、今度こそ警告を促すことにする。

 

「今のが目で追えねんだ、そっから先は言わなくてもいいはずだな?」

「……いま」

「なにが起こったんだ……!」

 

 その言葉で、ついに今起こった事を理解する騎士たち。 自分達から100メートルほど離れて横たわる白い少女を抱き上げていたかと思うと、今度はそこから自分たちを挟んでさらに遠くにいたオレンジ色の女性のもとでこっちを睨みつける男。

 常識とか、自然の法律とかを捨て去ったかのような移動は、既に常軌を逸した実力を持つと判断せざるを得ない……彼女たちはそう思ったのである。

 

「こんなところで油売ってねぇで、アイツが待ってるところにさっさと帰ぇれ!!」

『――ッ!!?』

 

 でも、この一言ですべてが狂い始める。

 

「アイツ? 貴様……なにを知っている……」

「……」

「どうして……のこと知ってるんだよ」

「…………」

「おまえを……」

「貴様を……」

「………………」

『無事に帰すわけにいかない!!』

「避ければなのはたちに――くっ!」

 

 圧倒的なまでの禁則事項。 不用心を極めた不用意な言葉に、花火の火薬庫に火炎瓶を投げこんだかのような光景が繰り広げられていく。 にじり寄る騎士たちが、己が武器の範囲に悟空を収めた時であろう。

 

「カートリッジロード! ……ラケーテ――」

「……」

「…………ン…な、え?」

 

 飛び出そうと、一歩踏み込んだ少女の身体が自分の意思とは関係なく上昇する。

 

「い、いつの間に」

 

 収めきれない動きがそこに展開されていた。

 怪我人二人がいつの間にか遠くに置き去りにされていた。 カートリッジで魔力の上昇を行なった後の空薬莢が、目の前の男が掴んでいた。 鉄槌のブースター部分が見る影もなく消え去っていた。 バリアジャケット――騎士甲冑が壊滅的ダメージを受けていた。 かぶっていた帽子が宙を舞って、腹に重いナニカがめり込んでいた。 痛みがのど元までせりあがって、電気信号で全身に恐怖の感情が渦巻こうとする……

 

 

――――そして、やっと空気の裂ける音が響き渡る。

 

 

「お、おぐぅ……がはッ!」

「ヴィータ! く、貴様ぁぁああああ!!」

「…………バカヤロウが」

 

 毒を吐いたのは戦士。 切れの無い拳を当てただけに過ぎないと、口で言う前に持っていた女の子を宙に投げる。 重なる風景は、かつて大猿がフェイトを殺しかけた時。 その景色が浮かぶように、剣を持った女のもとに、ヴィータと呼ばれた少女が放り込まれていく。

 

「くっ!」

「やめろ……」

 

 振る――躱す。

 

「このおお!!」

「やめろって言ってるだろ」

 

 振り下ろす――身体を横に背ける。

 

「きさまああああ!!」

「それ以上ちからを使うなって言ってんのが、わからねェのか!!」

「うおおおおおおおおッ!!」

 

 叫ぶ――聞こうともしない。

 苦しいまでの展開は、見ていたなのはたちに伝わる。 どうして、戦いの場で渦巻く感情がここまで痛々しいのは。 彼女たちには、どうしてもわからなかった。

 

 振ってから躱すかのように、完全なタイミングでやり過ごしていく悟空。 時間軸というものが明らかに違う両者の戦闘は、この先待ち受ける結果をいともたやすく連想させる。 それが見えるのは当然、生き残った騎士も同じで。

 

「……どうしてだ」

「なに?」

「なぜこんなことになるんだ!!」

「…………」

 

 切望とも取れかねない悲痛な叫び。 身体で受け止める悟空は、段々と表情を柔いものに変えようとして――振り向く!!

 

【シグナム!】

【こ、この声……シャマルか! 今帰ってきたのか!!】

 

 それと同時、剣士……シグナムの表情にも変化が訪れる。 散っていた仲間の増援に、焦りの色をそのままに応答を高速で行う。 見せないようにしているはずの隙を、必死に隠しながら。

 

【ごめん。 他の世界から帰って来るのに手間取っちゃって……そっちの状況は大体つかめてる。 あとはこっちに任せて】

【例のアレか? しかしあんな奴相手に当てられるわけが――】

【わかってる。 汚いけど、今回は仕方ないから……“あの子”を利用させてもらうわ】

【……くっ】

 

 姿が見えない話し相手。 シャマルは現在、穴の開いた結界の外で全体を見渡している。 まるでスナイプのようなポジションで、“古ぼけた本”を片手に魔法陣を形成していく。

 

「一瞬……一瞬でいいの。 みんなが逃げられる時間を――」

 

 その魔法陣は足元に。 魔法陣が形成する結果は彼女の正面に。 まるで西洋の大鏡のようなたたずまいのそれは、澄み渡った泉のように戦士を映し出していた。

 

「……はぁ」

 

 呼吸を整え始めてから5秒。 映していた画面が急に切り替わる……映るのは、白い服をボロボロにした女の子。

 

「一石二鳥とは考えてないけど……これで!」

 

 鏡面に近づく右手、触れようとすると起こる波紋は次第に大きくなる津波のよう。 彼女は知りもしない。

 

「……ごめんなさい!」

 

 この迂闊な考えが。 今行おうとしている“一突き”が。

 

「…………え?」

[ぐ、ぐぅぅぅぅううう!?]

 

 この後のせかいに、どれほどの悪影響を与えるかなんて。

 

 

 

 ――――結界内。

 

「なんだ? アイツ、急におとなしくなりやがった……」

「…………」

 

 不意に訪れた静寂。

 舌なめずり、這いよりし者、空虚な感覚。 どれもが該当しないで、どうしてか近い感覚を世界にしみわたっていく。 気味が悪いと、呟いたのは悟空ではなく。

 

「……どうしちゃったんだろ」

 

 なのはであった。 ……その彼女に、かすかだが不気味な影が射しこもうとしていた。

 

「なんだ!?」

「……?」

 

 叫んだ悟空は雷光が如く振り向く。 睨み、怯えさせ、狂わせそうになるほどの視線。 向けられたなのはが混乱する刹那、彼は確かに確認した。

 

「な、なのはの中に気がもう一つだと!? いったいどうなってやがる」

「え?」

 

 遠い彼女。

 先ほどの高速移動……否、けが人の負担を考えた瞬間移動により運んだなのはとアルフ。 前途の通り100メートルよりも先にいる彼女たちは、いきなりの危機に立たされていた。

 気づいていないという事実はさておき。

 

「なんか変だ! おかしい、こんなことはありえないはずだ!」

「え? ええ?」

「…………」

「なにをしやがった……! くっ!」

 

 飛ぶ。 超高速からでの移動と、重ね重ね使うことになった瞬間移動。 精神集中の時間は刹那のもの。 だが、それでも時間が押し悟空は、一瞬の内をさらに短縮していく。

 

「間に合え!」

「……」

「オレの勘違いで在ってくれ――」

「……」

「は、速く!!」

 

 なのはの中に現れたもう一つの気。 ソレが異常な速さで膨れ上がるとき、悟空の瞬間移動は完遂される。

 

「ごく――」

 

 いきなり現れた彼に、驚きの声しか上げられないなのはは動けないまま。 だが、その背後が淡く光ると、圧迫されるかのような苦しみが襲う……ちがう、襲おうとしたのだ。

 ……それから守護する者が居た。

 

「どいてろ!」

「きゃあ!?」

 

 現れ、片手で彼女を吹き飛ばす悟空。 もう、抱えて飛んでいくことさえ敵わなかった瞬間の出来事だ。 いくら次元が違うとはいえ、100メートル離れた相手が目をつむるのを防げと言われるようなもの。

 故に、彼の選択肢はこれしかなかった……そう、例えその結果。

 誰もが望まない事象に成り果てたとしても。

 

「………あ、あ…あぁ」

「ご、悟空……くん…………」

「あ、あんた……」

 

 悟空の、彼の腹から――――腕が一本付き出ていた。

 

「は――はぁ……あが!?」

「悟空くん!!」

「なんだよこれ! どうなってるのさ!!」

 

 あまりにも唐突に、どうしても現実味のない光景があらわれた。 人の腹から手が突き出るなんて、悪夢にもほどを作るべきなのだろうが……

 

「ぐああああああ――ッ!!」

「ねぇ! どうしちゃったの!!」

「あ、……あぁ」

 

 彼の悲鳴が、ことが現実であるのだと、頬を叩くかのように知らせてくる。 ケイレンする彼の体。 ありえない程のダメージを与えるそれは、実のところ体を貫かれたものによるところではない。

 

「……なんだ、あれは?」

「なに? この感触……」

 

 男の悲鳴を背景に、騎士たちは“ソレ”を視認する。 男のハラ……そこから伸びる女性の手、それだけではない、彼女の手先が掴んだ金色の光を――

 

「リンカーコア?」

「なんでしょうけど……でも、手に持った感触が物質なの!」

「なに? だがチャンスだ……シャマル!!」

「えぇ!」

 

 掴み取ったそれは石であった。 かつて悟空が呑み込み、今なお彼の味方をするもののひとつ。 それが最初の色とは違う……彼の頭髪と同じ輝き方をしているのである。 まるで、悟空の身体に合わせるかのような変異。

 それが分らぬ騎士たちは、暴虐の行為に打って出る。

 

「が、……がは!」

「蒐集……」

 

 血しぶき上げる悟空の口元。

 それを喰らうかのように、大口を開けるかのように開かれた“古い本”の白紙のページ。

 

「開始――!」

 

 彼女が持つ本のページがゆらりと動き出す。 白いページ……響きは清潔感が漂うそれは、実のところ腹を空かせた貪欲さを示した卑しき魔本としか機能しておらず。

 いま、シャマルの声を合図に……

 

「うああああああああ――――――ッ!!」

「悟空くん!!」

「ゴクウ!」

「ぎぃぃぃあああああああーー!」

 

 暴食が動き出す。

 痛烈な、なのはの叫びをかき消して、天に上がる獣の咆哮。 原始的で、知性のかけらもないそれは――ただ、痛みに耐える壮絶な苦しみに他ならない。 耐えられない痛みと喪失感に、悟空の身体は過剰な反応をする。

 

「……あ」

「かはっ!」

「…あぁ……あ…」

 

 降りかかる赤い雨。 あたまから被せられたなのはの鼻孔をくすぐるのは……鉄の匂い。 苦しみの音が激しすぎて、今何が起きたかもわからない彼女はただ、目元を走る鮮血を、涙で薄めることしかできずにいた。

 

「おいシャマル……なにか様子がおかしい。 蒐集している人間に――おい、聞いているのか!」

「……」

「シャマル!」

「……たいへん」

「……?」

 

 遠くより暴虐を行うものがぽつりと囁く。 信じられぬと、いま、風を起こす勢いでめくりあげられていく古き本を、口を半開きにして眺めるだけで、シグナムの声に答えることを忘れてしまっている。

 

「や、“闇の書”が――」

 

 めくる。

 

「どうした!」

「ぺ、ページ……30ページ」

 

めくられる。

 

「“そんなにあったのか”……しかしなぜあんな……」

「…………」

 

 めくられ、書き綴られていく。

 

 なんとか答えた声に、納得がいかないのは蒐集相手の尋常じゃない痛がりよう。 普通なら胸部にあるはずのリンカーコアも、アストラル体に近い存在も、ことごとく外していく特異な男。 その、取り上げた魔力の数値が常識の範囲内であることには納得して――

 

「さ、三百なの――」

「なに?」

「あの人から奪ってる途中なのに……もう、ページが三百三十を超えようとしてるの!!」

「なんだと!」

「通常の魔導師でも四,五ページで済めばいい位なものを――なぜ!?」

 

 あまりにも異質はここに極まっていた。

 まだ止まらないページの追記。 震えるカラダ、聞こえなくなっていくうめき声。 明らかに衰弱していく戦士は……

 

「……ちからが……体中のエネルギーを吸い尽くされてるみてぇだ……くそぅ」

 

 弱々しく吐かれる言葉と、共に、仲間たちを失意の底へと連れて行こうとして。

 

「は、は……」

 

 もう、指先だって動かすのもやっとのその身体を……

 

「うおおおおぉおぉおおおおお!!」

『!?』

 

 ラストスパートだと、馬車馬が如く鞭打っていく。

 

「“それ”は……あぶねぇモンだからよ――」

「え、なに?!」

 

 彼は、動かした。 いまだ本の追記が収まらないで、呆気にとられていたシャマルの隙をつくように。 でも、その動きは亀よりも遅く……それでも力は常人以上。

 

「これ以上は――やれねぇ……」

「い、痛い!?」

 

 掴み取られた彼の“コア”を、さらに掴むべく悟空は、なんと胸から伸びた腕を掴んで見せる。

 

「在りえん! 普通に剣か何かが刺さっているのとは違うんだぞ! それをアイツは――化け物め……」

「は、離して!」

「は、はは……はなしゃしねぇぞ。 せっかく捕まえたんだ……このまま――」

 

 加えられる力は、シャマルの腕に深く食い込んでいく。 見えた苦悶の表情は、まるで万力に捕まれているのではないかという圧覚さえ生ませる。 それほどに、悟空が持つ力は弱まっていたのだ……力を込めたつもりで握って、痛いと思わせる程度にまで。

 

「う、お、おおおお お お お ――――ッ!!」

「きゃあ!?」

「こっちに来やがれええ!!」

 

 それでも、悟空はその腕を引っ張り上げる。 引きずりあげられるシャマル。 腕をだし、肩を見せ、くるぶしを胸からはい出していく。

 あっという間に悟空の前まで引っ張られた彼女は固唾をのむ。

 

「…………キッ」

「こ、殺され――」

 

 確実なる死を予感させられ、下半身から力がなくなっていく刹那。

 

「飛んで行っちまえ――っ」

「やあああ!?」

 

 あさっての方向へと、掴まれた腕ごと振り回された彼女は消えていく。 止んでいた追記の音も、自己最高記録の333ページを記録して、そのまま浅い眠りへとつく。 眼の前から消える本に、悟空はそっと息を吐くと――

 

「おふッ――! はぁ、はぁ……」

 

――赤い塊も吐き出していく。

 

「こ、こんなことなら……最初からこんな結界は壊しておくべきだった」

「悟空くん!!」

「心配スンナ……ちょっとばかし、気が落ち込んだだけだ……ぐぅぅ!?」

「あ、……あぁぁ……」

「いいかなのは、今からここを脱出させてやる……そのあとは言わなくてもわかるな……」

「…………」

「いいな!」

「は、はい!」

 

 揺らした金髪は、確実に力が無いモノ。 体中の力を集める技を使うという事は、身体に多大な負担をかけるという事。 悟空は、超サイヤ人は、両の手で全ての力をかき集め、包み込む。

 

「かぁ」

「なんだ?」

「光?」

 

 集め、光らせ。

 

「めぇ」

「……悟空くん」

「こ、こんな時ですら頼らないといけないなんて……」

「はぁぁぁ」

 

 唸る悟空の足元が揺れる。 がたつく身体を気合で押さえつけ、薄れる意識は全身の激痛で呼び覚ます。

 

「めぇ――ッ!!」

 

『あれは……なんだ?!』

 

 みた、見てしまった。 騎士たちは初めて目撃する。 魔法の力もなく地を鳴らす武天の奥義を。

 

「アイツ、まさか――!?」

「あんな体で砲撃?!」

「波ああ―――――――ッ!!」

 

 空が唸り、天が叫ぶとき。 地表から稲妻が駆け上がる。 ライジング――誰かのデバイスがつぶやいた一言はどうしてだろう、恐怖よりも先に悦とした音声が認識できるのは。 そうして皆が見ている中、悟空のかめはめ波は天を穿つ。

 

「なのは、ゴクウの言う通り、ここから逃げるよ!」

「でも!」

「アイツの足手まといは嫌だろ! なんのために強くなってきたかを考えな!」

「……はい」

「いいぞアルフ……よく言ってくれた……はあ、はぁ……」

 

 光は一瞬。 行動は刹那。 転送系の魔法を築き上げていたアルフは、二人まとまっていたところでオレンジの光に包まれる。 戦士を置いて、この戦線から撤退していってしまう。

 それを、叱るどころか称える悟空はささやかに笑みを作る。 ほんの少しの強がりであった。

 

「シグナム、どうするの?! このままだと管理局に見つかっちゃう」

「……やむを得ない、撤退するぞ」

「……いいぞ、あいつ等も今のでビビッて逃げる算段を立てる気だな……狙ってはなかったが」

 

 解散の時間が訪れる。 聞こえてきた内緒話を傍受した悟空の身体から、やっと力が抜けてくる。 逆立っていた髪は……ようやくその任を解いて、しまう。

 

「……え?」

「……」

「シグナム?」

「…………」

 

 それを、ひとり認識出来た剣士は、持っていた剣を落としそうになる。

 

「どうしてだ……」

「そ、そう言う事か……道理で殺気立つわけだな」

「ねぇ、シグナムどうしちゃったの! 早くここから逃げないと」

 

 理解した瞬間。 片方は正体を、もう片方は……戦闘途中の疑問を。 破綻した物語の最後、それはやはり混沌とした感情が渦巻いてしまうのである。

 

「どういうことだッ……孫―――――ッ!!」

「おめぇ……へへ、今まで気が付いてなかったんだな……は、はは。 こんなこったら、超サイヤ人は解いておくべきだった……ぜ」

 

 崩れ落ちる無敵の戦士。 決して無敗じゃないのは、彼の道が激闘にすぎるから。 限界を超えて酷使された身体と……宝石。 もう、交わることがない視線が交錯したいと喚く中、彼は最後の仕上げに入る。

 

「いまは……こ、こんなところじゃなくて――アイツのところにいかねぇと……」

「孫! そぉーーーーんッ!!」

「どうしたの……もしかしてあの人が悟空さんだったの!?」

「限界だ……すまねぇが、消えさせてもらうぞ。 もう、意識を集中するので精一杯だ……――――」

『消えた!?』

 

 深夜2時50分。 夜明け前故の暗闇は、どんな夜よりも暗い。 月も地平の彼方に消え、太陽は大地から顔を出さないでくすぶったまま。

 闇が支配する静寂の中、かれらは……彼女たちはその場から動こうとはしなかった。

 

「覚悟はしていた、何かを傷付けるというのも…………だが、どうすればいい」

「シグナム……」

「どうしてこうなってしまったんだ」

「……」

「我らはただ、主を救いたかったのに……なぜだ、どうしてこうもうまくいかない!!」

 

 八つ当たり。 拳を振り切って、鋼鉄とコンクリートで塗り固められたビルをひとつ犠牲にする。 30階建てのそれは……たったの数秒で23階建てに成り変わってしまう。

 

「…………なんだ、いまのは!」

「どうしちゃったのシグナム!?」

「わ、わからん。 力任せに壁を殴っただけなんだが……訳が――」

 

 圧倒的過ぎる自身の力。 まるで何か異質なものが貸しているとも言えるパワーは、彼女たちの常識からはすでに逸脱していた。 そう、こんな力はまるで……先ほど傷つけたあの人物のような。

 

「あの、よくわからないリンカーコアのようなものから収集をしたからなのか……?」

「それとも、悟空さん自身に何か問題があるとでもいうの……」

『…………どうなっているんだ』

 

 増える疑問に比例して、忽然と彼女を取り囲む力。 肉体の著しい変化は見られないモノの、何か底の方から湧き上がる異質さはどういうことだ。 シグナムは、殴った手のひらを開けたり閉じたりしながら、自分を確認していく。

 

「……なにも、感じない。 なにも、分らない……クッ!」

 

 歯噛みして、見せた白い歯は軋ませられては物凄い音を奏でている。 迷い込んだ通路の中、迷宮地獄へと入っていく騎士たちは……焦りを隠せない。 こんな謎解きの様な時間も、後悔の期間も余裕もない……

 

「我等には……時間がないというのに」

 

 夜空に向かって零す言葉。 静かな空気は大気が停滞していることを意味している。 激しく動き始めた事態の中で、こんなにも異様な生ぬるくも冷たい夜があるものなのか……肌で感じる不気味さに、シグナムの髪留めが……解ける。

 

 ひるがえる長髪は、そのまま彼女のバリアジャケットを流れていき、重力の思うがままに垂れ下がる。

 もうすぐ、夜が明ける…………はずである。

 

 

 

 ――同時刻 ミッドチルダ、プレシアの家。

 

「今日も遅くになってしまったわ……あさ、起きれるかしら? さすがに4徹は勘弁よ」

 

 シャワーの蛇口をひねる。 おびただしい量が降り注ぐ光景は、華厳の滝かのよう。 不吉極まりない噂立ち込めるそれは、まさしくこれからの事態を案じているかのようでもある。

 

「湯船……は、今日はいいわね。 髪と身体を洗ったらさっさと出てしまいましょう」

 

 其の中にいる人物。 当然ながら、一糸まとわぬ姿で40度の湯を胸からかけて、全身へと流していく。 シャワーを使うのだ、身体を洗うのは当然だ。

 

「それにしても、彼の使う界王拳は本当に規格外だわ。 身体にかかる負担はともかくとして、出力をほぼ無制限に上げられるって……最大で20倍までしか上げられなかったとかいうけれど、仮に5000万ある魔力を20倍なんてやったら」

 

 温めた身体をそのままに、今度は長髪を温めていく。 しっとりと濡れたそれが、肌にまとわりつかぬよう姿勢を崩しながら、器用に洗う姿はどうしても一子を持つ人物には見えない。

 

「……ちょっと、洒落にはならないわよね。 まぁ、あの子たちやわたしたちが使えるものを遥かに逸脱しているし、正直言ってそこからは人体で出せるモノではなくて、魔力炉レベルの出力だもの……考えなくてもいいかしら」

 

 泡を立て、頭髪全体に行き渡らせると手で梳いていく。 男のように力任せではなく、例えは微妙だが、ソバかそうめんを手で撫でるかのような流れ。

 

「ロングは好きだけど……うぅ、この時はどうも面倒ね……短髪は似合わないから嫌だけど」

 

 流水で流し、排水溝に泡が消えていく。 手で水気を絞り、うまくまとめて傍らにあるフェイスタオルで包み込んでいく。 しばらくの放置は、決して髪質にいいものではないのだが。

 

「体を洗った後にシャンプーはありえない――と」

 

 彼女なりの信念が成せる業……随分と大げさだが。 それはともかく、体中にボディーシャンプーを行き渡らせると、そのまま汗と老廃物を掻き落としていく。 真新しい細胞がこんにちは、みずみずしい肌は正に20代後半のモノにも見えて。 でも。

 

「はぁ……リンディさんがうらやましい。 あんなに若々しくて――」

 

 そこいらの同い年が聞けば、激昂ものな贅沢をつぶやいていた。 悟空には遠く及ばない若作り。 ……というより、大体で自然にこうなったと豪語するそれは既に異常現象であろう。

 

「ふぁぁ……もう日が出るころね……んん。 4時間だけ、4時間だけ布団の中に……」

 

 唐突に出たあくび。 掛けてあったバスタオルを手に取ると、体中の水気をふき取りながら脱衣所にでる。 重いまぶたを擦りながら、今日の成果をあたまの中で響かせて……

 

「無理、今日はもう寝ましょう」

 

 身体にバスタオルを巻いて、濡れた髪に悪戦苦闘。 鏡の前でドライヤー片手に眠気と戦っていると――――…………

 

「……孫くん?」

 

 聞き覚えのある振動音に、思わずタオルを握りながら背後を見て……

 

「………ちょ…ちょっとあなた!!」

「……はぁ、はぁ」

「どうしたというの倒れて!? ま、まって、今……」

 

 血相を変える。 激変した空気、思わず抱え込んだ黒服の戦士を、揺さぶらないで気道だけを確保するプレシアの処置は、あわててはいたものの的確。 悟空は、膝に頭を乗せられながらも、ここに来た理由をつぶやいていく。

 

「せ、せんず……前におめぇたちに預けておいたはずだ……」

「あ、あれの事!? 大怪我した坊やに使うってフェイトが……あ、一つは研究用にとって置いてたはず……どこだったかしら!?」

「あわてなくていい。 ……死ぬほどつらいが“いつかの心臓病”よりは随分ましだ……」

「死にそうな顔して無理をしない! えっと、地下の研究室に……」

「……はぁ…はぁ…」

 

 悟空の……発言がおかしいとはだれにも見抜けない。

 いま、彼が呟いたのはありえない程に遠く、忘れそうになるほど過去のでき事。 混乱する記憶の中なのかどうなのか、探りを入れられる人物がいないまま、彼はそのまま……

 

「…………」

「孫くん……?」

 

 目をつむる。

 

「待ちなさい! あなたそのままなんてこと……」

 

 返ってくる声はない。 いつかのように、身体が発光するようなこともない。 何かが壊れてしまったかのように、彼はいつもを繰り返さない。

 

「ねぇ……!」

 

 低くなり続ける体温。 増したように思えるひざ上の重み。 恐ろしいくらいに静かな戦士を、まるで看取らされるプレシアの心境は大きく揺れる。

 

「しっかりしなさ――?」

 

 激昂するようにも見えた彼女の感情。 しかし、それもすぐに落ち着いて見せる。 彼の、不規則だった呼吸音が……不意に静かになったから。

 

「うそ……」

 

 もう、乱れることのないそれに、頭を叩かれたような衝撃が心に走る。 まさか……最悪の事態を想定して、こんな場面でも冷静に次を考える自分に嫌気が射して。

 

「……こんなこと。 あなたが死んでいいのは! わたしが死んだあとなのよ!? なのに……なのに!」

「……」

「目を開けなさい!」

「……おねがいよ」

「…………」

 

 帰らない彼。 苦しいともがくこともしないそれに、狂うほどの声が自宅に駆け巡る。

 

「…………ぐぅ」

「……………………は?」

 

 悲壮感が、全力で全壊していく。

 

「すぅ……すぅ……」

「眠っている……だけ?」

「んん……すぅ」

「こ、こんなに身体にダメージがあるのに、ここまで穏やかに眠れるなんて……はぁ、そう言えばそうよね、この子がこれしきでどうにかなるのならあの時にはもう――」

「ぐがががが~~」

「心配して損した……と、今はほっとしておきましょう」

 

 柔いひざまくらで安眠をし始めるサイヤ人。 かつて、心肺停止から自力で蘇生した回復力は伊達ではないのだ。 そう、言い含めるかのような彼の身体機能に安堵して、静かにバインドを発動していくプレシア。

 

「とりあえずベッドに運んでおこうかしら? 寝たままでは何も口にはできないでしょうし」

 

 バスタオル姿そのままに、指先ひとつで悟空を宙吊りにした彼女は……にししと笑う。

 

「……そうだわ。 わたしをここまで心配させたのよこの子は。 だったらそれなりの報酬を受け取ってもいいはずだわ。 えぇ、こんなに傷ついている人間にするのは酷だけど……」

 

 一瞬だけ目配せしたプレシア、まるで彼の容体を確認するかのように微笑むと。

 

「そうねぇ。 体温は低いみたいだし、ここはひと肌で温めて“貰いましょう”」

 

すぐさまイジワルな顔を作り出す。

 

「…………フェイトに」

 

 そのまま脱衣所を後にして、わが子が眠る寝室へと歩を進める彼女。 そこからは驚きの連続だった。

 気配を消し、気付かれないままに布団をバインドで括り付けて宙に浮かす。 それから悟空を転移魔法でフェイトの真横に召喚すると、そのままふとんの位置を戻す。 ……なんて、魔法の無駄な運用方法か、ランク下位の者たちが見たら涙は禁じ得ないだろう。

 

 そうこうして、そろそろ限界が訪れたプレシアは自室へと向かう。

 

「あとは流れでフェイトが看病をするとして……わたしは彼にする質問をかんがえなくてはね。 どうして、ああもキズついたのか……を」

 

 危機的状況も、しかしいまは自分もかなり限界。 伊達に3徹はしていない。 プレシアは、半裸のままに布団を被るとそのまま安息の時間に入っていく。

 

「アラームは……3時間半後でいいわね。 限界……寝ましょう」

 

 起きぬなら、それまで寝よう、孫悟空。 プレシア一家の夜は……終わる。

 




悟空「………………もふ、ふぉわぼふう」

フェイト「あははははは!!」

プレシア「すこし……やりすぎたわね」

フェイト「ああああああははははは――――ッ」

プレシア「9歳女児にはいささか刺激が強かったかしら」

フェイト「    」

プレシア「あ、気を失った……ちょうどいいから次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第43話」

悟空「激高の戦士、静けさを取り戻すとき」

フェイト「…………はぁ」

プレシア「普段は大人のような振る舞いでも、所詮こどもは子供……アダルティな雰囲気には耐えられなかったわね、ごめんねフェイト」

フェイト「……何にも、してこなかったんだ」

プレシア「…………はあ?」

フェイト「してこなかったんだ……」

プレシア「……ちょっとあなた、何言っているの!?」

リンディ「それはあなた以外のすべてのみんなのセリフです。 はぁ、自分の娘に何をやっているのやら……それではみなさん、また今度」





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第43話 激昂の戦士、静けさを取り戻すとき

戦士目覚めるとき、大いなる災いがうごめきだす……
卵が先か鶏が先か。 果たして今回、悟空が来たから悪が来たのか、悪が居るから悟空が来たのかがわからない展開……になるのでしょうかな。

さて、いろいろ今回やらかします。 戦闘力について納得いかない者が絶対あるのですが……それは次回以降に解説が入るところです。

……けど、予想がつく方は大体アイツのせいだろうと思っているんでしょうけど。

ではりりごく43話です。




――12月2日 AM6時半。 高町家なのはの部屋。

 

「悟空くん……」

「くぅ~ん」

「……うぅ」

 

 少女はうつ伏せになっていた。

 身体は痛いし、頭もだるい。 心は疲れ果て、瞳は既に潤いをなくしていた。

 

「悟空くん」

「がう!」

 

 その傍らで身を寄せる子犬が一匹。 オレンジの体毛は世間的に珍しく、さらに額の赤い宝石は、まるでこの世のものではない輝きを秘めていた。 それが少女に寄り添うと、そっと涙を長い尾で拭っていく。 

 

「ごめんなさい……アルフさん」

「いいんだよ。 あいつのことが心配な気持ちは、アタシにだってわかるし」

「……うん」

 

 子犬と少女が布団の中で身を縮こまらせる。

 帰ってこなかった彼。 それだけで心は陰り、身体の温度は2度下がる。 寒いよと、覆った布団は体を温めるだけで……まだ寒い。

 

「どこ行っちゃったの……」

「あいつ……あんな体で」

 

 少女は思わず子犬の身体を抱きしめて……

 

「心配だよ……」

「このまま……なんてこと――」

 

 つぶやかれる言葉たちは、ただひたすらに温度が低い。 寒さをしのぎ切れず、白い空気が出入りする口元は今も、戦士の帰還を願う言葉であふれていた……彼が今、ある意味で一番近しい場所にいるとも知らないで。

 

 ミッドチルダ AM――7時。

 

 

 朝、窓枠に止まる小鳥たちが、木漏れ日を浴びながらあさの踊りでにぎわっていた。 歓喜に求愛。 どれもをと、手に取れるようにわかるそれらは、これからいいことが起こるのかなと、見る者に頬を緩めさせる。

 

 そんな、楽しい時間が果たして訪れるのかはわからないが。

 

「……ん」

「…………」

 

 窓枠のある部屋。 その主が目を覚ます。

 アラームの鳴る時間までは後4分というところか。 ちょうどいいかなと、二度寝を強行しないのはしっかり者の証しだろう、彼女は、解いた金髪を自由に流しながら起き上がり――

 

「    」

「…………」

 

 言葉という概念を、どこかへ放り投げてしまう。

 

「こ、こういう時は落ち着いて、まずは昨日あったことを思い出してみよう。 うん、何にも思い出せない――なにがどうなってるのか……ああう」

 

 テンションが明らかに狂っているフェイトはそのままふとんを持ち上げる。 いつもの黒いパジャマに身を包んでいたことに、内心残念がりながらもつい、隣を見る。 逞しいを地で行く彼の身体に、片手だけで触れると自然……頬の温度が上昇する。

 

「どうなっちゃってるの? ここ……は、わたしの部屋だし。 ……しかも、着ている服が寝間着じゃないよね?」

「…………」

 

 それでも、このような状況で冷静でいられるのは、ひとえに母親の血が濃いためか。 隣人をながめた分析は、そのまま事態が異常なのであるという結論に至る。

 

「何かあったの? でも、それでどうしてこんなとこで……」

 

 寝てくれているのは構わない。 そう、呟いた声は誰にも聞こえなかっただろうか。 一瞬の視線の迷いは、そのまま思考を鈍らせる要因となる。 彼女は、困った顔をしながら布団から出ることにした。

 

「……あれ?」

「…………」

 

 そのときに気付いたのは彼の顔。 どうしても気になるのは、不自然にもほどがある汚れ。 なんだか、口元に赤い化粧めいたものが付着している……そう思い、不意に近づくフェイトは――

 

「な、何考えてるのわたし!?」

「……」

「ね、寝ている相手にこんな……」

「すぅ」

「……あぁ」

 

 思考をあさっての方向へとかっ飛ばす。

 

「でもほんとにどうしたんだろう。 ……あ、よく見たらこの服とっても高そう。 もう、悟空、こんなの着て寝てたら後が大変だよ……」

 

 どこか桃子のような事をいう少女は、彼の腕に触ると揺らしていく。 ぐいぐい……揺さぶられていく悟空の身体は……それでも一向に変化が無い。

 

「ねぇ」

「……」

 

 強く。

 

「悟空……!」

「……」

 

 激しく。

 

「悟空ったら!」

「……」

 

 めちゃくちゃに。

 ベッドが軋む音を周囲にぶつけると、フェイトは思いとどまる。 こんなに、寝起きの悪い人物だったろうか?

 

「少なくともわたしよりは断然いいはずなのに……どうしちゃったの?」

「……すぅ」

 

 始まる疑問。 そんなことを知っている彼女に疑問を感じる者がいるかもしれないが、いまはその様な人物など居らず、気にせず推理を展開する。

 

「整った、というより乱れない呼吸も不気味……ホントにおかしいよ」

「……すぅ」

「どうすれば」

 

 気づけば、既に看病の態勢になるフェイト。 寝間着姿で、大の男から衣服を……はぎ取る。

 

「ブレザーだけでも……いき、苦しそうだし」

「……すぅ」

 

 それでも覚醒の気配がない青年の、静かな寝息を聞くフェイトは次の行動に出る。

 

「えっとえっと。 このままでいるわけにはいかないから着替えて……きゃあ!?」

 

 タンスに頭をぶつけ。

 

「痛っ!?」

 

 ドアに身体をぶつけて。

 

「わわわ!?」

 

 着替え途中で床にスっ転ぶ。 ……というより、男がいる室内で着替えているあたり、彼女の慌て具合はかなりのモノなのか……それともそれを気にしないくらいに無頓着なのか。 “ドア越し”の人物はひっそりと前者を期待してやまない。

 ……そうして、彼女の悪戯が開始されるのでした。

 

「フェイト~~あさごはんよ~~」

「はひ?!」

「あら? どうしたのー?」

「な、なんでもないよーーすぐ行くから!」

 

 くすくす――聞こえない笑いに背を向けて。 フェイトの精一杯の問答が始まる。

 

「どうしよう。 仮にこの状態が露見したらそれこそ町中にかあさんが言いふらす可能性が……今夜は赤飯だなんて言い出すかもしれないし、彼氏が出来たのよーー……なんて騒ぎ立てられたらそれだけで……うぅ」

「はやくしなさーい」

「ああああ……どどっど、どうしよう……!」

 

 抱えるあたまを左右に振る。 考えればすぐわかるのに、それが浮かばない時点で彼女の負け。 こういうときの機転の働かなさは所詮こどもという事なのだろうか。 フェイトは、部屋の隅で往生する。

 

「どうにかしないと」

「もう、出てこないなら孫くんに頼んで無理矢理連れ出すわよ?」

「そ、それは出来ないんじゃないかな?」

「……あら? どうして?」

「あ、え、……うぅ」

「……」

 

 言葉を発すれば墓穴を掘り、黙りこくれば首を絞める。 進退窮まったフェイトは既に全身から汗を拭きださせている。 もう、観念の時がきたのではないか……と。

 

「でもやっぱり!」

「……なにが、やっぱりなの?」

「……あれ?」

「うふふ」

「~~ッ!?」

 

 その背後に、イジワル魔女が出現する。 まるで悟空の瞬間移動のような神出鬼没っぷりは、娘の心臓を、あわや悟空の死因と同じ末路に落とすところであって。 それが分らぬ親子は、朝イチのあいさつもままならぬうちに……

 

「ほほ~~う」

「か、かあさん! これはね!?」

「へっへ~ん?」

「違うの違うの! ……そう! このあいだからの修行の続きで!!」

「でも彼、パーティにでも行くような恰好よ?」

「あうあう」

「フフフ」

 

 もう、親の表情も見えません。 どうやっても遊んでいる風にしか見えないプレシアの、小気味良い微笑む声に、フェイトの焦りはピークを迎える。

 

「さぁ、さっさと朝ごはん食べてきなさい……下に作っておいてあるから」

「……はい」

「ふふ」

 

 火消しの水を掛けるようなプレシアの、ほんの少しだけ冷たい一言。 若干の疑問を持ちながら、首を引かれるように……

 

「……うぅ」

「ほら、はやくしないと学校に遅れるわよ? 孫くんは私が起こしておいてあげるから……ね?」

「あ、はい!」

 

 悟空をついつい2度見する。 それに今度こそ優しい顔で、一回のリビングへと促すプレシア。 彼女は、ここで一つ嘘をついていた。

 

「…………」

「すぅ……ふぅ……」

 

 起こしてあげる……彼女は果たしてその公言を――果たすことが出来るのであろうか。

 

――――も、もうこんな時間!? かあさん、行ってくるね!!

「気を付けるのよー、転送ポートは設定してあるから、そのまま向こうへ行ってきなさい……」

――――いつも思うんだけどコレっていいのかな……あ! こんなことしてる場合じゃ……いってきまーす!!

「……いってらっしゃい」

 

 どっと、疲れの含められた息を吐くプレシア。 肩から胸からお腹から……全身から疲労を吹きだす彼女の心象は複雑不安定。 正直、良いと言われればもうひと寝入りしそうなほどであるのだが。

 そっと掛布団を整える彼女。 長い髪を後ろで結って、リンディのような後ろ姿はまるでどこの家庭にもいる主婦のよう。 いや、間違ってはないのだが、どうにも違和感があるその姿は……

 

「あなたに、似合わないって言ってほしかったのに。 ……ふふ、まさかわたしがあなたの服装にケチをつけるような展開になるだなんてね」

「……」

「さてと……まさかこんなに深いダメージを負っているとは夢にも思わなかったわ。 ……ごめんなさい、孫くん」

「…………」

「起きない……わよね。 どうしたモノかしら」

 

 頬に手を持っていくこと20秒。 これだけ考えて、何も浮かぶどころかかすりもしない解決への糸口。 だから彼女は思考を次へとつなげていく。

 

「出来ないとわかれば、次の手順を構築するのは基本よね――【リンディさん】」

【はい?】

【朝早くからごめんなさい。 実は、相談したいことが……】

 

 人手の追加発注。 いきなりの事におどろきつつも、もう慣れた感があるリンディの苦労人度数は結構の値であろうか。

 

【また増築の申請ミスですか? それとも新薬の実験ミスでしょうか……それとも――】

【え、えぇ随分と面倒なことが……】

【はぁ……今度はいったい何をしたんですか? さすがにもう、そんなに驚きませんが。 どうかしましたか? 今度は次元の壁でも炸裂なさったんですか……はぁ】

【え、えぇ……それは】

 

 もう、何があっても驚かない。 彼女は確かにそう言った。 疲れ果て、困惑すら出ない心の中からの一言に……

 

「よかったわ」

 

 プレシアは秘かに安堵した。

 

【実は孫くんが謎の敵にやられて虫の息なのよ。 できれば――】

【ぶふ――ッ!?】

【あら?】

【す、すみませんグレアム提督! す、少しだけ用事が…いえ………あ、そうだクロノが危篤で! そ、そうです……最近友達になった男の子とプロレスごっこしてて――そうなんですよ、タンスの角に頭ぶつけてもう】

【…………なんてひどい言い訳。 あの子のキャラじゃないわよ既に】

 

 聞こえる喧騒は酷いのなんの。 既に念話と会話がチャンポンしている時点で、リンディの乱れっぷりは想像できるであろう。 吹き乱れたり、五月雨たり……なんだかわからない彼女の言い訳に、そっと持っていたコーヒーを口に付けて……離すと。

 

「……まぁ、良いでしょう」

 

 貫禄あるおことばを、誰も聞いていない部屋に落とすのでありました。

 

 

 ――――数時間後。

 

「なに? うるさいわねぇ」

 

 テスタロッサ家の呼び鈴が火を噴いていた。 愛と怒りと激震の強襲者、ここに極まる。 その音に、持っていた本から目を離すと、外を見下ろした彼女の頭上にカミナリ雲……

 

「孫くんが起きたらどうするの!」

「はぎゃ!?」ばちばち

「……ふぅ、これで寝顔を堪能しながら読書を――」

「ぷ、プレシアさん……あ、あなたという人はねぇ……」

「あ、つい…………正直、申し訳ないとは思っているの。 ごめんなさいね」

「……うぐ……うぐ!?」

 

 ピカっと轟いたと思ったら、ライトグリーンに轟雷が飛んでいく。 筋肉をケイレンさせながら文句を言う姿はどこまでも不憫! リンディ・ハラオウン、到着早々に閻魔界を見る……と。

 

「なんだか見たこともない赤い巨人に、管理局のお偉い方と同じようなことを言われた気がするわ」

「……参考までに、なんて言われたのかしら?」

「……たしか、余計な仕事を増やすな。 だったかしら」

「あの世の番人かなんかだったら、適当な上に最悪な一言ね……」

 

 あの世の方が役人の仕事は苛烈。 そんなことなど判りはしない、管理局務めのリンディさんであった。

 

「いろいろ迷い道をしてしまったけれど、さっきの話……ホントでしょうか」

「えぇ、信じられないでしょうけど事実よ。 ……今朝、突然こっちに瞬間移動してきたと思ったら、今のいままで寝たきり。 起こしても反応がないのが不気味を通り越して不安になるくらいよ」

「……」

 

 風に遊くれる黒い髪。 相変わらずの四方八方は、知っている者に心底からくる安心感を与えるはずなのに、今ある感情は……愁い。 彼を見て、思わず黒髪に触れたリンディは、その手を前後にさすっていく。

 

「思ったよりも安静でよかったわ。 虫の息なんていうから、もっとひどい……それこそ“あの時”以上を想像してしまって……」

「そこらへんはこちらが悪かったわね、ごめんなさい。 けど、ああいわなければこんなにも早くには来なかったでしょう?」

「……それは、そうかもしれないでしょうけど。 ……あら?」

 

 揺らした髪が、もとのスタイルに戻っていく中、そっと悟空の上に覆いかぶさるリンディ。 ライトグリーンの髪の束が彼の頬をくすぐると、そっとふとんに手をのばして見せる。

 

「いま、身じろぎしたかしら?」

「どうかしら、わたしには何も見えなかったわよ?」

「……そうですか」

 

 わずかに動いた布団に、一縷の期待を寄せる彼女。 それを、冷静に否定するプレシアは、そっと息を吐くと人差し指を立てて中空に窓枠を描きだす。

 

「さてと、今の孫くんだけど。 あなたが来るまでにいろいろと調べさせてもらったわ」

「……それで、結果は」

「慌てないでリンディさん。 これから話すことはあくまで推測……そう心構えて聞いていただきたいの。 良いかしら」

「わかりました」

 

 まるで素潜りを限界時間まで行った後の呼吸をするリンディ。 激しく、深い吐息はそれほどに彼が心配だったから。 何が起き、どうしてこのような事態になっているかを把握する。

 悟空が対象故に、管理局(バック)が付かない状況は酷く心細い。 そんな彼女たちの秘かな戦いは――始まる。

 

「まず、この子の中にあるジュエルシードだけど、損傷が確認されたわ」

「……どういう事!? アレは悟空君の中に半アストラル状……つまりリンカーコアに限りなく近い状態で取り込まれているのではなかったんですか!」

「そうよ……そう、思っていたわ」

「……」

 

 いきなり難題に突入する会話。 魔導師で言い表せば、所謂“急所”に該当する部分。 それが損傷してしまったと言われれば、誰だって大きな声は上げてしまう。 リンディは立ち上がった身体をそのままに、プレシアへ続きを何とか促していく。

 

「彼とジュエルシード、これらは深く結びついた関係なのは確か。 今まで、どう理由を探ってもわからなかったから、便箋的にそういう解釈をしてきたけど……ことはそう簡単ではなかったのよ」

「では、いったい彼の身体に何が起こったのですか?」

「……備わるというより……“癒着”と言ったところかしら」

「ゆちゃく?」

 

 其の一言と同時、紫の窓枠に風景がひとつ。 黒――塗りつぶされた色は何も例えだとか比喩ではない。 本当に真っ黒のそれは、一つの怪異を映し出していたに過ぎない。

 

「こ、これは……!」

 

 それに、思わず腰を引くリンディ。 思い出したくはないが、忘れることもできない現実に気付けば額から汗が流れていった。 制服のYシャツは肌に張り付く、この時初めて、自分が汗をかいていることに気付いていた。

 彼女をここまでにするモノの正体……それは。

 

「お、大猿……?」

「その通り」

 

 サイヤ人の真の姿――その一言に尽きようか。

 

「こんなものが一体どうだって言うんですか。 確かに、悟空君たちサイヤ人のコレは驚異ですけど……今は関係が……」

「ない、というわけではないわ」

「……?」

 

 映像の中で猛威を振るう大猿……悟空のウラの姿に気後れという感情渦巻く中、否定の声を上げようとするリンディに、プレシアは、だからこそ肯定の発案を展開していく。

 

「孫くんは幼少のころに……つまりターレスとの初戦時にジュエルシードを呑み込んだ。 ただ、それだけだったら普通の飲食で済んだのでしょうけど、そのあとに起こったこれ」

「……これは?」

 

 画面が一気に明るくなる。 夕焼け空に燃える一つの炎にリンディは目を見開く。

 

「す、超サイヤ人?」

「……」

 

 幼少時における、孫悟空もう一つの変異。 ターレスからの一方的な攻撃と、フェイトの生命の危機の際に起こった不可思議な現象。 その時の映像が流れ始める。

 黒い髪が逆立ち、目には理性無く、ただ、感情が赴くままに破壊の衝動に身を任せるそのすがたは……まさに獣。 それを確認した彼女は、思わず手に汗を握っていた。

 

「わたしはこれを前段階…偽……疑似…えぇそうね、疑似超サイヤ人とでも呼称しているけど」

「疑似超サイヤ人……」

「リンディさん、貴方が前に言っていた報告では、ターレスと戦う前にも彼はこれになったと言っていたけど……ホントかしら?」

「……あ、ああ! そういえば――確か隠し持っていた資料の中に……これです!」

 

 唐突に映し出したミントグリーンの窓枠。 それの中身に向かって指を置いて、横へスライドさせること十数回……それは不意に映し出される。

 

「…………なるほどね」

「プレシアさん?」

 

 最初は正面から、次が下から。 視線を変えること3回ほど、一分間だけ見つめたプレシアは一言だけ零す。 おもった通りだと……

 

「よく見て? 始めてこちらが発見した時の彼と、ターレスとの戦闘時の彼」

「……? は、はぁ……」

「目を凝らすのではなくて、全体を見渡してみて。 そうすればわかるはずよ」

「……!」

 

 プレシアの些細な助言。 それだけでリンディにもようやくわかる。 彼が、孫悟空が辿った“壁”への軌跡が。

 

「最初の頃は全身を覆う……黄金の光りが見当たらない?」

「そうよ」

「でも、これは超サイヤ人状態でもありました。 それならこの時の悟空君にだって……」

 

 出来るはず。 どこかわかった風な彼女は……その実何も知りはしなかった。

 

「よく考えてみて? あのときの彼は理性の理の字もなかった。 つまり、常に出力は全開の筈よ」

「……そ、それってつまり」

「そう、あの光は孫くんが気という力を、可視レベルまで放出できるほどに上がった……それを表していたということ」

「それが……ジュエルシードを呑み込んだ後ということですね」

「そういう事」

「けれど、どうしてジュエルシードは悟空君に……今までの情報ならば、所有者に幸運をというのは名目で、その実結構はた迷惑な事象ばかり引き起こしてますよコレ」

 

 思い起こされるのは、かなり危ない事件の数々。 悟空曰く「はは! またへんてこなことしてんのな」などと笑って流せる事件も、彼女たちにとっては難しい案件に他ならず。 それを数えはじめる手は、やがてすぐになくなっていく。

 考えるのも億劫……リンディは、すぐさま思考を元に戻す。

 

「このジュエルシードの特性は、今あなたが言った通りよ。 でもね、これはうまい具合に制御すればコントロールは出来るのよ」

「!?」

「実際、これを使ってわたしは時空間跳躍を敢行しようとしていたことだし」

「!!?」

「でも、ターレスを見ていたら怖気が走ってね。 あのとき割った鏡の枚数は覚えてないわ」

「…………」

 

 戻した先に待ち受けていた昔話に肩を落とし、気分すら落としたリンディは家の窓を見る。 外に映る景色を一望し、胸の中の靄を払うとそのままプレシアに向き直る。 ……準備は、できましたよ――と。

 

「ふふ……ごめんなさい気を遣わせて。 コントロールの話よね、さっき言った方法とは他にもう一個、わたしがやろうとして取りやめたものがあったのよ」

「……」

「ジュエルシードを……体内に取り込むこと」

「!」

 

 ついに出た本題。 だがこの時のプレシアの顔は妙に落ち着いていた。 まるで、力の入っていない双肩は、その実本当に何も力んではいなかった。

 

「これはダメだったわ」

「やってみたのですか?」

「違うわよ。 さっきも言ったけど、アレはただの石ころなの。 遠い昔の文献で書いてあった別件を思い出しただけで、実際はやれないとわかっていたわ。 そもそも、あんなものを体内に入れでもして、もしも爆発でもされればそれでおしまいじゃない」

「……た、たしかに」

 

 それでも、次に続く声はプレシア。 彼女は今度こそ肩から背中から全身から力を出すと、声を硬く言い放つ。

 

「でも彼はちがう……咄嗟とはいえのみ込んだジュエルシードをそのままに、大幅な身体構造の変更をしたのよ」

「……あ」

「もうわかるわよね。 大猿への変身で、彼は大きく体積を変化。 そのあと、変異が解けたことにより、一緒に戻るかのような変化をしたものの、それが不完全の状態で行われて……」

「彼の身体と、物理的に一体化を果たした……と?」

「そうよ。 たぶんね」

 

 不確かな事この上ない。 今までどの歴史を読み解いても、満月を見て全長10メートル超過の大猿へと身体を変異させる人類など存在しない。 だからこその推察、故の憶測。 プレシアは、眉間に2本指を立てると前後させる。 明らかに疲れたという態度は、そのままリンディにも移っていく様であった。

 

「それともう一つ」

「まだ……」

 

 ほぐし終えたプレシアの表情は厳しくも朗らか。 一瞬だけ見た黒髪の青年はどういう意味だったか……

 

「彼自身、とっても悔しかったのだと思うわ」

「……は?」

「考えてもごらんなさい。 普段あれだけ優しさと朗らかさを濃縮した子だったのよ? それが友達をあんな風にされて怒りに燃えない訳がないわ」

「……もしかして」

「そのときの感情はなによりも純粋だったはずよ。 ……そう、“純粋なる怒り”……思いが、きっと、ジュエルシードを正しい発動に導いたのよ」

「……」

「――そう考えた方が美談でしょ?」

「はい?!」

 

 だんだん見えてきた真実。 解けてきた疑問。 ひとつになっていく欠片たち。 孫悟空に起こった奇妙な現象。 それがやはり石の力だと、思ったリンディにプレシアは水を差す。 この話は、冗談半分で納めてくれと、半ば説得するかのように。

 

「あら?」

「また、客人かしら? 満員御礼よ、今日はもう」

 

 そこで鳴り響く音に、プレシアがそっと玄関に歩を進める。 その先にある喧噪を知らないで、何も考えずにただ、金色のドアノブを開放すると――――

 

 

 

――――地球。 私立聖祥大付属小学校……3年生とある教室。

 

「え!?」

「え、ええ?」

「こらそこ! 授業中だぞ、静かにしろー?」

『す、すみません……』

 

 隣同士の内緒話。 今日、驚くことがあったんだと、言った矢先のことであった。

 

「……それってほんと……なの?」

「そうだけど……どうかしたの?」

「……」

「なのは?」

 

 昨日の今日。 皆に心配はかけたくないと、家で熟睡という名の緊急自主治療を行っているアルフを後ろ髪引かれながら出かけて行ったなのは。 少女は、皆に話せぬ話だからこそ、ここにいる同じ側である人間に相談したところ……驚愕はここに極まる。

 

「その話、もっと詳しくお願い!」

「いいけど……でも、後2限も残ってるけどどうするの?」

「あ、……そうだよね。 どうしよう」

「……」

 

 食いつき良好の高町なのはさん。 彼女はフェイトから聞いた“話”に椅子を転がすと、そのまま頭にタンコブを作っていた。 片手に手袋をした男性教師が振り投げたチョークが、的確な位置にあたったからである。

 威嚇射撃そのままに、続きを促そうにも場所が悪い。 しかし、その中に置いてフェイトの脳裏にはとある先人の神託が鳴り響く。

 

 ――――フェイト。 もしもどうしても困ったら“こう”言うのよ。

 

「よし、あの手で行こう!」

「フェイトちゃん?」

「……うん、ちょうどアルフも来たみたい。 なのは、これからわたしの言う通りにして。 そうすればすべてうまくいくから」

「……うん?」

 

 その言葉、その微笑。 全てをひっくるめて飲み込んだフェイトたちは念話を開始。 そこから先の会話はなぜか傍受不可能の神秘が立ち込め……20秒の後、ようやく終わった会話から見える眼光ひとつ。

 フェイトの、小芝居が始まろうとしていた。

 

「先生……あの」

「どうかしたか、テスタロッサ?」

「……実は……その“来ちゃった”んです……それで……その」

「なんだと!? この歳――いやいや……し、仕方ない。 保健室に行った後、保護者の方に迎えに――」

 

 “そういう事”に不慣れな男性教師は、ありえないという声を上げていた。

 しかし、そのあとに続く……

 

「先生!」

「なんだ、今度は高町か……なんだ?」

「実は……わたしも――」

「――――ッ!? なん……だと」

 

 なのはの訴えに、腰をリアルに抜かしていた。

 

「さささ、最近の小学生は進んでいると聞いてはいたが……なんなんだこれは!? 幕末じゃないんだぞ……」

 

 つぶやく言葉は小学生には少し難しい方面。 金髪ツインテールっ娘が、彼の担当はきっと社会なのだろうなどと呟く刹那。 なのははここで作戦をもう一段階繰り上げる。

 

「もう、痛くて苦しくて……」

「わ、わわわわかった! ふたりは早く帰るんだ! いいな! いや、先生、ついてやってもいいぞ!?」

 

 片目をつむり、わざとらしくうつむいて見せる。 それすらも、不可侵領域に片足突っ込んでいると勘違いしている教師の背中は、既にナイアガラの滝を超えている。 まるで時限爆弾の解除のような慎重さで、言葉を選んだ彼の対応は正しかった。

 

「……ついて来るんですか?」

 

 うつむいてからのぉ……

 

「男の人は……その」

 

 上目使いwith涙目。

 

「~~!? わ、わかった! そ、それじゃあ二人には悪いがこのまま保健室に行ってもらう……これで平気……なのか?」

『……はい!』

 

 最強の二段攻撃は、正論すらクロにする。 教師の心はここで折れる。 彼が盛大な勘違いの声を上げながら、フェイトとなのはは下校支度を10秒で済ませると……

 

「なのは……アンタっていったい……」

「フェイトちゃん……恐ろしいヒト!」

『???』

 

 たった二人の理解者を置いて行きながら、颯爽と教室を後にする。

 

「なのは! 近道!!」

「うん! あそこの窓が開いてるから――それ!」

 

 フェイトが指さす方向へまっしぐら。 何の躊躇もなく、枠に手をかけレールに足を引っ掛ける。 指先で引っ張り、足で踏み越えていく力の流れは鉄棒の逆上がりに似ていると最近のなのはは思ってみたりなんかしたり。

 

「は!」

「いっけー!」

 

 とにもかくにも、自然体で彼女たちはそこから飛び立つのであった。 ……3階の窓から…………ダイビングをかましながら。

 

「ところでフェイトちゃん、さっきのってどういう意味なの?」

「アレ? うーん、母さんが言うには、女の武器らしいけど……よくわかんない」

「え? そうなの!?」

 

 スタリと地面に足を付ける。 全身のバネを利用しながらの着地は、なんと周りに物音立てずにやってのける忍びのもの。 確実に方向性がおかしい彼女たちの強化は、ひとえに悟空というファクターがあっての物種だろうか。

 

「でも、実際アルフが“校門前に来てる”のはホントの事だし、これでいいんじゃないかな」

「……最近フェイトちゃんのゴリ押しが、悟空くんが来た頃のわたしを超えた気がする」

「え?」

「なんでもございません……」

 

 ……きっとそうである。 そう信じたいなのはであった。

 

「フェイト! なのは!」

「あ!」

「アルフ!」

 

 そうこうして、そそくさと裏庭を超えて校庭から離脱した幼女たちは、オオカミ女状態のアルフと合流。 互いに視線を合わせると、特に打ち合わせもなく遠くへと……学校の目から遠ざかっていく。 そして、なのはから告げられて言葉に、彼女は尻尾をふり乱す。

 

「――――悟空の居場所が分かったって本当かい!」

「う、うん」

「どこなんだい!」

「……うち」

「…………」

 

 急に、彼女のシッポが大人しくなる。

 

「なんだって……?」

「今朝ね? 悟空がウチで寝てたの。 それで、起こそうとしてもなかなか起きなかったから、事情とかは聴けなかったけど……」

「……ちょいまち。 フェイト、あの“くそばばぁ”はなんか言ってたのかい?」

「え? なにも……」

「……それって」

「だよねぇ」

 

 耳が立ち、もぞりと動き出し。

 

「アイツ……知ってて話さなかったな……」

「え!?」

「きっとフェイトちゃんに心配かけたくなかったんだよ。 それにあの状態の悟空くんが悠長に状況を説明できたかも妖しいし」

「……それもそうか」

「かあさん……悟空……」

「でもね」

『?』

「ちょぉっと……気に食わないんだよねぇ」

 

 やがて元に戻っていく彼女の感情。 尾も耳も、隠すように消えていき、普通の人間とそん色ないぐらいな自然さで、長い髪をたなびかせていく。

 

「さぁて」

「え?」

「アルフ!?」

 

 バチン! 鳴り響いたのは乾いた音。 右手を強く握り、グローブのついた左手に叩きつけていたアルフは、いきなり戦闘態勢であった。 もう待たない! これ以上の譲歩は断固として許さない!!

 

「あのばばぁ! 好き勝手にして。 悟空に免じて今まで目をつむってはいたけど――今度こそ引導を渡してやる!」

「あ、アルフ?」

「アタシたちをここまで心配させておいて、その実自分は全部知ってますよ的な態度が気に食わない! どこのラスボスだあいつは!」

「……わたしたちの世界じゃないかな?」

「少なくても悟空くんのところではないのは確かだよね……パワー系じゃないし」

「わおぉーーん!!」

『どうどう……』

 

 引っ張る手綱が切れそうだ。 必死に彼女をなだめる幼子たちは、冷や汗を止められない。 まるでダイナマイトのように爆発しそうな彼女は、その名の通りに火が付いたら引き返せない道を翔けぬけたいと必死である。

 主人たちの苦労を置いてけぼりにしたままに。

 

「ふふッ! ここまで燃え上がったアタシは止められない!! このまま一気に家まで転送して――?」

「アルフ?」

「……あれ?」

 

 しかし発進しない彼女。 動かした全身をそのままに、汗の量が滝のように変化していく様を見せつける。 おかしいと、思った子供たちは見上げたまま、彼女の発言を5秒だけ待つ……その結果。

 

「座標……アクセスできない」

「え?」

「ロックでもされてるの?」

「……分らない。 でも、外部からの受付が……」

『??』

 

 悟空と違う転移を行う魔導師たち。 彼女たちは、指定された数字で行く場所を決めることが出来るのだが、いかんせん、その場所に特殊な防壁を掛けられると飛べないという欠点が存在する。

 かつての時の庭園でも、そのようなことがあった……だが。

 

「あのときはわたしが座標を教えたし、それにロックの解除方法も知ってたから……」

「けど今回はそれでもダメなんだ。 どうなってるのさ」

「……家にいる人がドアを抑え込んでるんじゃないかな?」

 

 なのはの一言に……幼子とオオカミが震えた…………

 

「あのクソばばぁ……ゴクウに何をする気なんだい……?」

「かあさん……ダメだよ。 病気なんだからあんまり“おいた”しちゃ……ふふ」

「……ふ、ふたりが今までで一番怖い。 初めて会った時を遥かに超えた制圧力をかんじるかも」

 

 吹きすさぶ風に、なのはのスカートが揺れ動く。 あわや中身が露出するところで抑えたそれは、しかしフェイトたちの暴走を止める手をなくすという事につながってしまい……

 

「フェイト! 緊急用の侵入口!」

裏口(いぬごや)だね! 了解!」

「なんだか二人の性格が……金髪になった悟空くんみたいな変貌を……」

 

 やけに落ち着いたなのはは分らない。 他人なら許せる、けど、肉親だからこそ引けないラインの存在を……

 兄弟ケンカ少ない家庭のなのはだからこそ理解不能の現象は、更なる業火に包まれる。

 

「転送までの手順……5項目カット! 転送開始まで残り10秒」

「カウントダウン! 5!」

「4!」

「あ、あの~~やっぱり今日は、一回戻って冷静に……」

「転送!!」

「あと2秒は!? きゃーー!?」

 

 人気少ない路地のなか、犬と少女と常識人が異世界にたび立つ。 ……時間は、やっと元の軸にジャンプする。

 

 

 

「はいはい……どちらさまぁ?」

「…………!」

「~~ッ」

「……ふむ」

 

 ついにあけられたドア、その向こうには……地獄が居た!!

 

「……」ばたん。

『!!?』

 

 響く音は閉めるもの。 何を? などとは言わない。 彼女が閉めるのはただ一つしかないだろう。

 

――ちょっと!? ここ開けな!

――母さん! 今のとっても面倒くさそうな目はどういうこと!? 説明をして!

――にゃ、はは……

 

 壁一枚隔てたむこうから聞こえる喧騒に耳をふさぐプレシア。 あーあーなんてわざとらしく声を上げたりなんかして、シカトに無視を重ねた高等技術で……この場を凌ぎ切る。

 

――鉄拳粉砕!!

――疾風迅雷!!

「――バリアブレイク!!」

「どぅわ!?」

 

 事もできず、プレシアは宙を舞っていくのでありました……粉みじんになったドアと共に。

 

「こ、このバカ娘たちは……うちの家財は全部手製なんだからもう少し丁寧に扱いなさい!」

「て、手製なんだ……」

「知らないよそんなこと!」

「そうだそうだ!」

 

 なのはの呟きに、覆いかぶさるフェイトたちは必至である。 汗もかかずにそれを躱して見せるプレシアもさることながら、この子たちの反抗の強いのなんの。 母は一人、娘のやんちゃに髪を揺らす。

 

「ちょっと!? いったいなんの騒ぎですか!」

「リンディさん!」

「どうしてアンタがこんなところに……?」

「あ、もしかして悟空の!」

「え? えぇ……そうですけど」

 

 そこに、もう一人の現役ママが登場。 階段を下りて、玄関へと歩くさまは本当に主婦を彷彿させる足取り。 おかえりなさぁい……なんて、言ってもいない呟きが聞こえるのも、彼女の雰囲気のなせるわざであろうか。

 それについつい……

 

「リンディさん、ただいまです」

「え? えぇ、おかえりなさい?」

 

 幻聴を現実に変えるなのはさんであった。

 

 ようやく集まる皆の衆。 リビングに置いてある机を囲むと、出されたおせんべいを皆で噛み砕く。

盛大な音が響く中、ここぞとばかりに交わされる情報は興味と驚異を巻き起こす。 其の中で、ようやく昨日の真実が見えてきた子供たちは……納得する。

 

「そうか……仙豆を求めてここに来たのか、ゴクウは」

「確かにあれほどのケガは治療魔法でも無理そうだもんね……わたしたちを守ったり、逃がしたり。 戦ってる途中でそんなことまで考えてたなんて」

「あの子のアレはもう、長年培ってきた戦闘経験というやつと……やっぱり戦闘民族としての血がなせるものだから、気にすることではないでしょうけどやっぱりすごいわよ、彼」

『は~~』

 

 彼の戦闘能力と、実戦慣れに。

 おせんべいを入れた器を空にしていた彼女たちはそのまま茶をすする。 熱いと感じる温度がちょうどいいと、兄が言っていたことを思い出したなのはは少しだけ頬を緩めてみたり……

 

「う~ん。 あと、もう4個は入れておこうかしら?」

「リンディさん。 あなた、それ以上入れたら怒るからね?」

「え?」

「いれすぎですよぉ……」

「そうかしら? でも――」

「い い か ら!」

「……は、はぁ」

『あ、はは』

 

 隣でリンディが緑茶相手に実験場を展開していたのはご愛嬌である。 

 その間に息を吸うモノが独り。 彼女は静かに腹の内に“リキ”を込めると、そのまま急激に全身へと送り出す。 体中に行き渡るそれが、筋肉以上のバネを作り出し……常人では感知できない速さで拳を鳴らす。

 

「さぁてと。 ゴクウのことはだいたい理解できたけど、問題はアイツをあんなにまでした連中さね。 昨日は油断したけど、次会ったら絶対にボッコボコにしてやる!」

「あ、アルフ、落ち着いて……ね?」

 

 拳を打ちつてたのはオレンジ色の彼女。 アルフは、フェイトの制止をその背に受けて、悟空が寝ているであろう寝室に視線を配る。 それを前にしても冷静に対処して、持った湯呑みに砂糖を入れ続けるリンディ。

 彼女は、眉ひとつ動かさず、事の行先を見守ろうとしていた……次の、なのはの発言を聞くまでは。

 

「でも、ホントに昨日の人たちはなんだったんだろう。 突然襲ってきて、“魔力が欲しい”って――」

「なんですって!?」

「え?」

「リンディさん……?」

 

 角砂糖が零れ落ちる。 甘い話はこれまでと、訴えるかのような風景は子どもたちの口を紡がせる。 乱したポニーテールは不規則に揺れ、事の深刻さを表すかのように静かに戻る。 そのもどり方に、一抹の不安を隠せないのは……やはりプレシアであった。

 

「もしかして……でも、そんな――」

「様子が変よ? あなた、どうしてしまったの」

「……くっ」

「リンディさん……?」

「……」

 

 拳を握る手は赤みを通り越して真っ青に染まっていた。 明らかに血の通りを無視した握り方は、硬くするというより、噛みしめると形容できよう。 そんな彼女の心境が、嫌でも伝わるからこそ、欠けてやる言葉が見つからない面々は、ただ、見守るだけである。

 

「いま、わかったわ……悟空君を襲った犯人」

「え?」

 

 小さく漏らした声。 美しくも痛々しいのはまるで真冬の湖のよう。 薄く、鋭く、儚くて冷たい。 明らかな無理は、彼がいないからこその大人の貌。 リンディは、そっと奥歯を食いしばっていた。

 

「……の書」

「――え?」

 

 聞こえてくるのは小さな呟き程度。 それすらも聞き逃さなかったプレシアは……いや、彼女だからこそ、ここでリンディの表情が移っていく。

 

「なのはさんを襲った犯人たち……おそらくは“闇の書の守護騎士プログラム”よ」

『守護……騎士?』

 

 ついぞや行われる答え合わせ。 だが、彼女の言った言葉の半分も理解できないと言った子供たちは、そろって首を傾げる。 わかるだけでも出てきた新しい単語は二つ……闇に騎士。 これらが脳内で渦巻く中……

 

「その守護何たらがなのはを襲った理由は?」

「……あ、それわたしも知りたいです」

 

 率直に出てきた疑問に、素直な質問をする仔犬が一匹。 アルフは、なのはの肩に手を置くと、そっと力を込めていた。 この子になんであんなことをしたのか……表情に出さずとも、その感情の色は一目瞭然であった。

 

「説明するにはまず、闇の書と言うモノについて知ってもらわなくてはいけないかしら?」

「闇の書……」

「……」

 

 おうむ返しになるフェイトに、視線そのままに後ろから佇むプレシアは表情硬い。 ここまで、大きな問題にになるだなんて、春の終わりに誰が予想できただろうか……深刻さを胸に潜めながら……ひとつ。

 

「……けほ」

「母さん?」

「どうかしたかしら?」

「え? うんん、何でもないよ……うん」

「…………あぁ、今の? 少しだけお茶菓子が喉をつまらせたのよ」

「そうなんだ……」

 

 小さな小さな咳を吐いていた……

 

「ごめんなさいリンディさん、話しを続けてもらっても構わないかしら?」

「は、はい」

 

 打ち消すかのような次の声。 それについつい流されてしまった一同は、今起こった不可思議を無視してしまう……彼女がいま、大きな嘘をついていたなんて思わないままに――そう、プレシアはまだ、コーヒーにしか手をのばしていなかったことに誰も気づきはしなかった。

 そうして次へといざなわれたリンディは、今回主だった被害者のなのはに向き直り、そっと口を開いていく。

 

「続きですが、先ほど申し上げた闇の書というのはジュエルシードと同様……いいえ、それ以上に危険視されているロストロギアです」

「ジュエルシード以上……!」

「ええ」

 

 それは、数か月前の争いが序の口と言わされたような一言。 確かにターレスというイレギュラーが居たのだが、それを差し引いても、あの青色の宝石以上に厄介な代物だと聞いて、なのはは思わず身を乗り出す。

 

「魔導師の魔力の源……リンカーコアから魔力を奪い、または喰らって自分のページを埋めていき、完成すれば莫大な力が手に入る代物なの」

「リンカーコア……だからわたしの事を狙ってきたんですね」

「えぇ、おそらく。 あなたの魔力は常人に比べて飛び抜けているモノ、奪おうと考えるのは当然ね」

「……そうだったんですか――でもっ! 悟空くんって確か!」

「え?」

 

 だんだん見えてくる出来事に、それでもとなのはは昨日の出来事を思い出す。 彼が助け、助けられた自分はこの目でしかと見たのだから。 悟空が……呟き、リンディに向かってなのはは咆える。

 

「その騎士って人に、ジュエルシードの魔力を奪われてたはずなんです! こんなことって、ありえるんですか!?」

「……そういうこと」

「え?」

 

 そう言った矢先に返ってくるのは納得といった声。 思わず振り向いた先には、灰色の髪をかき分けている魔女が、そっとため息をつきながら独り、悟空のいる寝室へと目を向けていた。

 

「あの子の中にあるジュエルシードね、実は魔導師のリンカーコアに限りなく近い状態を形成してしまっているの」

「え!?」

「うそ……」

「あの石ころが?!」

 

 なのはは髪を揺らし、フェイトは目を見開く。 次いで、アルフが尻尾を揺らしたかと思うと、それと同時に更なる追及へと踏み出そうとして……

 

「え?」

「アルフ?」

 

 オオカミ女は唐突に耳を揺らす。 聞こえていたモノが急に失われたことによる違和感は、しかしそれ以上に大変な事態に話が転がって行こうとしていた。

 

「プレシア!」

「……なに? アルフ」

 

 唐突に名を叫んだアルフに若干の戸惑い。 いつもババァ呼ばわりはどこへ行ったのやら……プレシアの眉が引きつらせながらも、アルフの叫びは止まらない。

 

「ゴクウ……ゴクウは今どこにいんだい!」

「どこって、フェイトの部屋に――」

「そのフェイトの部屋から今! ゴクウの匂いが消えたんだ! 間違いない……アイツ瞬間移動でどっかいったんだよ!!」

『……!!』

 

 其の一言で皆がフローリングを足で蹴る。 駆け足で階段を上り、木製のドアを叩くとそのまま勢いよく開け放つ……

 

「ゴクウ!」

「孫くん!!」

 

 叫ぶ二人……しかし、いや、当然の如く返事はない。 呼びかけた相手は昏睡していたのだ当然だ。 だから何も返事が返ってこないのは当然だとして。 でも、どうしてだろう、彼の眠っていたベッドの上には、掛布団しかないのは?

 

「あ、あの子……ジュエルシードの状態だって悪いでしょうに、なのにこんないきなりいなくなって」

「悟空……」

「深くダメージを負っているうえに、身体に深く結びついたジュエルシードに大きな負担でもかかろうものなら……あの子の命が危ういわ!」

『――ッ!?』

 

 テスタロッサ親子が、部屋の中に入って周りを見渡す。 もう、無人となった室内には、まだ彼のぬくもりが漂っていた。 どうして――そう、なのはが視線を周りに廻らせると……でも、何も思い浮かぶことが無くて。

 

「悟空くん……」

 

 つぶやいた先にいてほしい彼はいない。 それがわかってしまったなのはは立ち尽くすだけ。 そんな彼女の脳裏には、たった一つ……数か月前に交わされた約束がよぎっていた。

 

――――もう、居なくなっちゃうのは嫌だよ?

――――大ぇ丈夫。 おら、もう死なねぇ。

 

「悟空くん……」

 

 その約束が今、反故にされようとしている……のか? 浮き出てしまった疑念は、絆が強いほどに深い溝になっていく。 大切で、心配で、でも、肝心な時に訳を言わない彼の悪いところは――ここでもひとつ、悪い方向へと転がっていく。

 

「どこに……行っちゃったの? もう、あんな思いはイヤだよ……」

 

 涙はない。 それは彼の強さがわかっているから。 絶対に帰ってくるという予感めいたものは胸の中にある。 でも、それでも“今ここにいてほしい”という心の隙間ばかりは、決して埋められるものではない。

 

 なのはは、誰もいないベッドにただ、言葉を零してしまうだけであった。

 

 

 

 同時刻――管理外世界、無人の荒野。

 

 荒れ果てた大地、天にまで届けと言わんばかりに伸びた噴火後……それらが無尽蔵に跋扈する世界に、最後の生命が深い眠りについた。 もう、立ち上がれないと雄叫びを上げたそれは、かつて悟空が居た世界の恐竜よりもはるかに強大、そして堅牢であった。

 それがいともたやすく倒され、土煙があげられる最中……その現象を起こした犯人が、自身の武器からひとつ、空になった薬莢を大地へ落としていく。 その薬莢が地面目指して自由落下に身を任せる最中。

 

「よぅ、昨日ぶりだな」

「!?」

 

 拾う戦士があらわれる。

 身長175センチプラスα……ウニのように逆立った黒い頭髪が曖昧さを掻きたてる彼は、落ちてしまうところであった薬莢を持ち主に投げ返す。

 

「……おまえ――ッ」

「なんだよ、そう警戒するなって。 まぁ、気持ちはわからなくもねぇけど」

 

 上着はなく、第三まで開け放たれたワイシャツを乱雑に着こなし、黒いパンツを静かに風に揺らせる。 上着の無い彼からようやく見え隠れするようになった尻尾は、彼が彼であることをものの見事に証明する。

 

「……」

「どうやら、いま居るのはおめぇだけの様だな」

「……どうだかな」

 

 優しい問いかけに、氷のような冷たさで返すその姿は数日前とでは天地の差。 まさに敵前対峙といった感じの薬莢の持ち主に、それでも青年は……笑って見せる。

 

「オラにその手のはったりはダメだって知ってるだろ? 気……おめぇたちの場合は魔力だが、それを辿ればすぐにわかる。 ――この世界に、オラたち以外のニンゲンは誰一人いねぇってことぐらい」

「…………そうだったな」

 

 温度差があるものの、一瞬の笑みを交わす彼らは……すぐさま目を鋭くする。

 

「昨日の借りを返しにでも来たか……孫」

「そんなことしねぇって。 ただ、気になっただけっていうかさ」

「どうだか……」

「なんだよシグナム。 疑り深いなぁまったく」

「……」

 

 ついに明かされる名前。 彼らは互いに視線を……一度だけそむけた風に見えた。 やや下方向、相手のつま先を見るかのような角度は、自分の歩間と間合いと射程距離を計算させるための下準備。

 コンマの世界でそれらを終わらせると、まるで西部劇のガンマンかのように互いの“ケン”を握る。

 

「そんじゃ、本題にいくんだけどよ。 コイツは、どうしても確認したくてな……昨日のことだ。 あれは、おめぇたちホンキでなのはの事を襲ったのか?」

「……そうだ」

「じゃあ、あそこまで傷つけたのもか?」

「……そうだ」

 

 悟空の、拳がひとつ硬くなる。

 

「2対1でなのはを囲ったのもか……」

「…………そうだ」

 

 シグナムが柄を握る力を強くする。

 

「なぜだ」

「……言う必要がない」

「どうしてだ!」

「敵である貴様に、これ以上の問答は必要ないと言っているんだ!」

「……そうかよ」

「貴様も武人だろう。 なら、我らの間に言葉はいらないはずだ……」

「……」

 

 高く上げられた声が地表に落ちていく中、悟空たちの会話は空気へ霧散していく。 意味のない会話、結果を見ない交渉。 事ここに至って、彼等はいまだに分かり合えることなどできず。

 

「本気か?」

「……」

 

 それでもと、呼びかけた悟空の声にシグナムはただ、結った髪を風に流していくだけしかしない。

 

「…………(どういう事だ。 昨日までのシグナムの魔力とは質が違う……! まるで雰囲気が変わったような)」

「我らの事を多く知っている貴様は、これ以上野放しにはできん。 ……ちょうどいい機会だ、ここで切り伏せさせてもらうぞ」

「どうしてもやるってのか……?」

「――――」

「本気、みてぇだな」

 

 完全に途切れた会話、二人の“ケンシ”が武器を構えずに佇む中……

 

「……」

「……」

 

 緊張が緊迫へと変わり、衝突音がセカイへ木霊する。

 

「はああああッ!!」

「ふっ……」

 

 叫んだ悟空が右腕を走らせる。 対峙したシグナムから見てまるで大型のトラック、もしくは荒野を駆けるバッファローのような突進はまさに驚異。 見ただけでやられると判断した彼女は、息を吸い――剣の上にこぶしを走らせていた。

 

「貴様相手に様子見はない! ――レヴァンティン。 カートリッジ、ロード!」

[Explosion]

「またあの時の……いや! 魔力の上がり方が昨日とは比べ物に――ッ!」

 

 お互いに交差した瞬間、彼等は同時に次へと動く。 左足を軸に、右足で空間を蹴るとそのまま身体ごと振り向く。 出来上がる勢いそのままに、持った剣を打ち下ろさんとするシグナムに、悟空は一瞬だけ反応が遅れる。

 

「落ちろ! 紫電……一閃!!」

「来い!」

 

 叫んだシグナムの剣に炎が絡みつく。 物理的なそれは、フェイトと同様に魔力資質“炎”から生み出される魔法の追加効果。 見て取れる高温は触れれば切断と溶断を迫らせる代物だ。 そんな攻撃を前に、いまだ足が動いていない悟空は……

 迎え撃つ――選択肢を瞬時に選ぶと、悟空は握った拳に不可視の気を纏わせる。 瞬時の爆発力は相も変わらず、だが、何かが足りないそれは不十分な防御であったのか……

 

「ぐあああーー!」

「効いた……のか。 あの孫に……」

「……くっ?! いてて……あ、アイツ、こんな短期間でこれほどまでにウデを上げるなんてよ。 精神と時の部屋で修業でもしたのかよ……どうなっちまってんだ」

 

 腕で受けた悟空は、遠い岩山に衝突する。

 砕ける山肌、消え去った山頂。 地形のことごとくを壊滅させていく彼らは、そんなこともお構いなく次の行動に身を置く。 彼らは、瞬時に互いの距離をゼロにしていた。

 

「推して参る――ッ!」

「ちっ――」

 

 気合一閃!! 空気を唸らせ、空間を切り裂く彼女のツルギは悟空の黒髪を分断する。 紙一重の回避に、背中に汗をかいた悟空は――右ひじを既に引き寄せていた。

 

「だりゃあ!」

「せぇぇぇいい!!」

 

 砲弾のように弾けた彼の拳。 空気が叫び声を上げる中、それを耳にかすめたシグナムの鼓膜が一時的にマヒをする。 片方だけのそれは、彼女から平衡感覚をもぎ取りつつも、それでも、歯を食いしばって……悟空から距離を取る。

 

「くっ!? コイツ、隙あらば剣を折ろうとしてくるだと?!」

「剣もった相手なら、かなりの達人(トランクス)と手合せ済みだからな、対策ぐれぇ練ってあるさ!」

 

 一呼吸。 間を置いた彼らは、息を整える。

 

「邪道な」

「へへっ、武器持ってねぇンだ、これくれぇは……な!」

「そう簡単にいくとは思うな!」

「思ってねェよ!」

「はあああああ!」

「だあああああ!」

 

 またも再開。 悟空が足刀を走らせると、昨日なのはが見せた体捌きで躱して見せるシグナム。 身体の引き際に剣を一緒に引き寄せると、撃鉄が落ちる。

 

「もう一度だレヴァンティン! 紫電一閃!」

 

 火を纏う剣が、悟空の横合いから押し迫る。 攻撃後の硬直で身体が動かせていない彼は、そのまま目だけで軌道を読むのみ――回避が、間に合わない。

 

「フグッ!?」

「入った……!?」

「…………」

 

 苦しみの呟きが吐き出される刹那、手に感じ取った“打ち付ける”感覚に、攻撃が成功したと読み取るシグナムは内心でほくそ笑み……油断した。

 

「これで終わり……!?」

「その技は……一度見たぞ」

「な……に!?」

 

 打ちつける……そう、確かにシグナムが持つレヴァンティンは悟空の腕に当たり“打ち付けていた”

 

「ぐ、ぐぐ……」

「こ、コイツ……バカな!?」

 

 だが、ふつうならここでおかしいと思わなくてはいけなかったのだシグナムは。 どうして人体に刃を走らせて――切断した感触が手に伝わってこないのかという事を。 そして知る、見てしまう。 悟空が受けた剣の先、そこに一片のかけらが舞っていたことを……相棒が、悲鳴を上げようとしていることを。

 

「炎をまとった我が剣を……」

「ぐっ……ぐぅぅ――」

 

 これ以上動かない剣。 

 

「……たったの腕一本で受け止めるだと!?」

「ぐああああああああッ!!!」

 

 対照的に動き始めた悟空の――気合!!

 胎動は鳴動に変わり、次第に空へと力が伝播する。 あまりにも激しい力の波動は……一瞬の出来事で収まる。 何が起きた……そう、探ろうとするシグナムの脳裏に警告音が鳴り響く。

 

[!?]

「な!? 一端退くぞ、レヴァンティン!」

 

 発した信号は危険信号。 これ以上の負荷は――そう言って途切れそうになる相棒を片手に持つシグナムの腕から、一筋の赤い雫が流れていた。 限界以上の酷使で、ついぞや腕の筋がいかれたところであろう……それでも表情を崩さないのは歴戦の猛者というところだろうか。

 

「…………」

「そ、その姿……昨日の!?」

 

 だが、今目の前で存在する驚異の前では、そのような面の皮など意味もなく引きはがされてしまう。 そんな彼女に対して、悟空は静かに、そう、本当に湯水のように言葉を投げかけていく。

 

「“今のこの体で”…………随分とギリギリでの完成だったな」

「……コケ落とし……いや、貴様ほどの男がそんなものをするわけがない。 どうやら見た目通りのパワーアップと言ったところか」

「へぇ」

 

 染まる髪の色は金。 目の光りは碧に変異し、力を象徴とする金色のフレアが黒いパンツを薄く照らす。 彼は、姿だけなら昨日と同じ格好でシグナムの前で深い呼吸を開始する。 そして、次いで出る言葉は……

 

「さすがシグナムだ。 良い洞察力だぞ」

「……ッ」

 

 称賛。 どうにも、いや、以前フェイトに対しても同じやり取りをしたことがある彼。 すなわち、そこから性格が一向に変化していないというのを感じさせるのだが、それをわかる者は今はなく。

 だからであろう、下に見られたと舌を打つものが居た……自身でさえ気付かないくらいにだが。

 

「どうした? あぁ、雰囲気が昨日とは違うってんだろ。 修行が完成してよ――」

「……」

「聞いちゃいねぇ……ってか」

「…………」

 

 いらん報告だと、切って捨てるシグナムの目は烈火のごとく燃え盛っていた。 今まではなぜだかどうにか対処できていた。 だが、今感じる力の波動はなんだ! ここまでの力量だと思わなかった彼女は、ここで自然、いままで使った分の魔力の弾を、弾倉に装てんしていく。

 ここからが、本場という気迫を込めて。

 

「さぁて、オラをここまでさせたんだ」

「……」

 

 それは青年も同じ思い。 ここでサヨナラだなんてありえない、と。 息を整えながらにシグナムを見据える。 流れる汗が頬を伝わり、白いワイシャツを濡らしていく……悟空は静かに拳を作る。

 

「仕切り直しと行こうじゃねぇか」

「……」

「そんで、おめぇぶっ倒したら聞かせてもらうぞ……こうなった理由を!」

「くっ…………孫!!」

 

 一瞬、表情が崩れたのは見間違いだったろうか。 シグナムの剣が小さく揺れると、悟空はそのまま右足を――

 

「だりゃああ!」

「っく!?」

「だーーだだだだだだだだだッ――だりゃ!!」

「ふっくっ!? ちぃッ!!」

 

 高速の連打でシグナムに見舞いする。

 早い……速い!! ここまでありえないくらいに善戦していたシグナムも、今このときは騒然とした。 彼の蹴り……既に股関節からつま先までが消えてしまったかのようにしか見えていないそれは、もう、人の領域を遥かに超越している猛攻であった。 彼女は、只受けに回ることしかできず。

 

「はぁ……だあ!」

「しまッ――」

 

 唐突に変わるリズムに、完全に虚を突かれる。

 蹴り上げた悟空の足。 宙を舞うレヴァンティン。 これにより、持っていた手が上方にあげられ、所謂“ばんざい”の格好をしているシグナムの懐ががら空きになる。

 

「波!!」

「――ぐぅぅぅ!?」

 

 そこを逃す悟空ではない。

 一気に右を叩き入れると、シグナムを遠くの岩山に埋没させる。 見えない彼女、消えない気配、だから悟空は……だからこそこの青年は。

 

「かめはめ…………」

「あ、あの光……まさか昨日の!?」

 

 周囲を蒼く照らし始める。 容赦のない彼の選択肢は最大砲撃呪文……かめはめ波の構えである。 それを見たシグナムは焦りを禁じ得ない。

 

「あんなものを短時間でチャージできるものなのか!? あ、あいつ……」

 

 戦力の圧倒的な差は、こうも攻撃速度に違いが出来る。 彼女は無手のまま立ち上がると――脳裏に声が聞こえてくる。

 

【そこを動くな!】

「なに?!」

【そのまま……じっとしているんだ】

「どういうことだ」

 

 思い起こされるのは褐色の男。 彼の声が聞こえると同時、悟空から見えた光がそっぽを向く。

 

「悟空!!」

「くっ、ザフィーラか!?」

 

 白い魔力が悟空を襲う。 それを半身で躱した彼は、かめはめ波を……霧散させてしまう。

 

「うおおおおおッ!!」

 

 獣が吠えるかのような咆哮。 悟空よりも若干背が高い男は、そのまま拳を振るっていく。 だが、当たってやる悟空でもなく。

 

「き、消えた!?」

「……残像拳」

 

 蜃気楼と化した悟空は、すぐさまザフィーラの背後を取る。 振り向こうと、身体を反らしたその背中に……ケリを放ちながら。

 

「うぐぅぅッ!?」

「次はおめぇか、いいぜ、次々来い!」

「うおおお!!」

 

 少し荒くなる口調。 若干の興奮を内に秘め、悟空は右手をザフィーラに向ける。 集まる光は黄色い閃光。 彼は、弾丸のようにそれを打ち出した。 それを、腕を振りかぶりながら青い獣は突貫する。

 

「これしき!」

 

 弾かれる光弾。 威力は申し分なかったであろうそれを力任せに振り払うと、今度はザフィーラのターン……白い光を拳に収束していく。

 

「あめぇ!」

「なんだと?!」

 

 だが、目の前に青年はいなかった。 その光景全てを見ていたシグナムの手は震え、気付けば声を高らかに上げていた。

 

「ザフィーラ! 後ろだ!!」

「――!」

「はあああ!」

 

 上がるもう一つの声は、褐色の男の背後から。 悟空がザフィーラの後ろでフレアを巻き上げると、振りかぶっていた右腕が、男の胴に突き刺さる。 ザフィーラの口から、大量の唾液が垂れる。

 明らかに違うレベルと、劣勢に追い込まれた騎士たちは後ずさるように悟空から距離を取る。

 

「……」

 

 其の中でも青年は油断はない。 しかし、何やら唇をかみしめると、そのまま全身を覆うフレアを仕舞い込む。

 

「もうわかったろ、おめぇたちじゃオラには勝てねぇ! さっさと降参して事情を話してみろ!」

「誰が!」

「なんでわかんねぇんだ! おめぇたちそこまで聞き分けがねぇ奴じゃないだろ」

「……」

「なぁおい!」

 

 臨戦態勢そのままに、悟空の説得が始まるも、それは虚しく流される。

 

「なんでわかんねぇんだ!」

「うるさいだまれ! 貴様に……管理局に従事したおまえに話すことなんか――ない!」

「はああああ!」

 

 叫ぶ悟空に非難するかのように、シグナムは言い張り、ザフィーラの雄叫びが虚しく木霊する。 段々と苦くなっていく戦闘は本当に苦痛しかなく。 意味のない拳のぶつかり合いは、次第に悟空から微笑を完全に消し去っていく。

 

「いい加減にしろ! こうしている間にも、おめぇたちに――」

「だまれ!」

「聞けってよ!」

 

 通らない言葉、完全に閉ざされた光の先は修羅の道なのか。 悟空がしたくもない歯噛みをすると、彼等の身体が――唐突に光り出す。

 

【シグナム! ザフィーラ!】

「この声……シャマル!?」

【もう! 無茶をして……悟空さんに会ったら即座に撤退するって言ったのはあなたでしょ!? いま転送魔法でこっちに来てもらうから……あと10秒持たせて!】

「……わかった」

 

 内緒話もそこそこに、先ほどまでの戦法とは真逆の対応をするシグナム達。 悟空は、空気でそれを読み取ると、睨む。

 

「――――ッ!」

「ぐぅぅ!? こ、この不可視の攻撃……気合砲か!」

「おめぇたちをこのまま逃がすわけにはいかねぇ! このまま気絶させてもらうぞ!」

 

 続いて腕を引き寄せた悟空は一気に解き放つ。 最小規模で放たれるのは衝撃波。 彼は、圧縮されていく空間をザフィーラに叩きつけ。

 

「――――う!?」

 

 そのさなかに、彼の動きが極端に悪くなる。

 

「ま、マズイ……オラの方もダメージが――これ以上はきついか!?」

「動きが鈍った……? シグナム! 撤退だ!」

「しかし、このままアイツを野放しには――」

「我らの成すことをはき違えるな! ここで我らが倒れれば、誰が主を救うというのだ!! シグナム!!」

「……くっ」

 

 そして叫んだ彼らは、悟空を目の前に置いておきながら消えていく。

 

「…………はぁあああ! ちきしょう、逃げられた」

 

 誰もいなくなった世界で大の字に倒れ込む。

明らかに疲労困憊の彼は当然だ。 つい数時間前までは生死の境をさまよっていたのだから……たとえ、一瞬であろうとも。 しかし悟空はそのまま神経を集中する。 彼にはあるのだ、この、だだっ広い世界を行き来するレアスキルが……

 

「……」

 

 場所を無視し、距離をなくし、次元間すらすり抜けるヤードラットの秘儀……瞬間移動が!! 悟空は指先に本を額に集めて精神集中をする……するのだが。

 

「だめだ」

 

 出てきたのはあきらめの声。 同時、解かれていく超化と合わせて、彼は戦闘態勢を崩していく。 戦いは、無残にも中止されてしまう。

 

「アイツ等の魔力を全然感じねぇ。 それどころかはやてのも完全に見失ってやがる……どういうことだ? なぜ地球にいるはずのはやてを感じられねぇ」

 

 つぶやかれる言葉、それの意味は彼自身知りたいところだが事実は事実。 すんなり受け取ると、そのままあさっての方向へと向き直る。

 

「ここも随分地形を変えちまったなぁ……仕方ねぇや、取りあえずプレシアの所に戻ろう。 そこで一回今後の事を考えなくちゃなぁ」

 

 思い浮かべるのは灰色の長髪を流した魔女。

 

「お、これこれ。 ちょっとばっかし、“ようえん”な感じの魔力はプレシアだな? お、それに周りにデカい魔力を持った奴がゴロゴロいやがる……フェイトと?」

 

 見えてくるのはその子供と……

 

「アルフ、それになのはとリンディか。 なんだ、女ばっかしじゃねぇか……まぁいいか」

 

 どことなくデリカシーの無いヒトことをぼやくと、そっと時空間を渡ろうと……―――行動を開始したそのときには、この世界からは人は完全にいなくなっていた。 孫悟空は、世界を渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここから先は……いまだ語られていない物語の先の話。 だからここで引き返すことを強く進める。

 

 

………………警告は、確かに行った。

 

 

 

 

 

 冬の季節が示す通り。 冷たい視線が飛び交っていた戦場跡。 この地はいまだ知らない。 ここに、最恐を誇れる戦士が激闘を繰り広げ、さらに世界を消滅させてしまうことなど……

 この小さき世界の存在が、悟空の周りに生きとし生ける全てのモノの救いになろうとは……――――「お、ようやくいなくなったな?」

 

「どうしますか? しばらくここに滞在するつもりで?」

「まぁな。 “最後”のへんまでここには近寄らなかったし……ここなら時間をつぶせんだろ」

 

 そこに、金と銀が降り立った。 金が二つに銀がひとつ。 彼らはそれぞれ身長はバラバラで、性格もまばら。 だからこそかみ合った会話をするのだが、その中に置いて、一番小さき者が独り……

 

「ねぇ、おにぃちゃん」

「……どうした?」

「どうして助けてあげないの? 今のおにぃちゃんならできない事なんてないんでしょ?」

 

 一番背の大きいモノに。そっと甘えた声を上げる。

 彼女は幼い、見た目通りの心の構造だ、故にわからない。 この、“たった今降り立った青年”の抱える苦悩の意味を。 だから……

 

「それはな、やっちゃいけねんだ」

「どうして?」

「そりゃ……なぁ?」

 

 知らなくていい……そう思い困った彼は抱えた頭をそのままに、横にいた2番目に大きい人物に投げかける……どうしていいか? そう、呟くかのように。 助けを求められたその者は、仕方なさそうに首を振ると、そっと屈んで小さき者の頭をなでる。

 

「わたしたちは本当なら“今は”存在しないモノ。 ならば、今この世界の危機を救っていいのは、ここにいるモノたちだけなのです」

「でもでも!」

「あんまし困らせちゃダメだぞ? 良い子だから、ここはおねぇちゃんの言うとおりにすんだ」

「……うぅ」

 

 呻く声。 同時に溢れそうになる目元の雫は、それでも零れることはなかった。 ほんの少しの我慢は、どこぞの誰かに似た印象を受け、遠い昔を思い出す男はその場で微笑む。

 

「大丈夫。 あいつ等なら何とかするさ、実際――」

「でも!」

「おめぇは心配症だなぁ。 そういうところは姉貴ににて……いや、妹なんか?」

 

 その笑みの先は困った顔が待ち受ける。 事情を知らない小さき者は、そのまま男を見上げてふくれっ面。 仕方ないと、抱き上げて肩に乗せた男はそのまま宙を舞う。

 

「まぁ、とにかくあいつらに任せておけば問題ねぇさ。 なんてったって“オラ”が付いてんだ、まちげぇねぇさ!」

「……ほんとかなぁ?」

「あ! おめぇいまバカにしたろ!? コノヤロぉ、そう言う生意気言うやつはオシオキだぞ?」

「きゃはは!? やめて! くすぐったぁぁい!」

「あ、お待ちください!?」

 

いまだ知らない。 “彼等”がこの世界に重複していることを。 青年の苦悩、悠久の風が戒めた不干渉。 禁じられた改変……世界を変えることの代償。

未来より命を救われた青年は今、過去より出でして現在の子供たちを見守ろうとしていた。 今度こそ……そう呟いた青年の後ろでは『尾』がゆったりと揺れていた……後ろに、祝福の風を受けながら。

 

 …………世界は、彼等の事をまだ……覚えているのだろうか?

 

 

 




悟空「オッス! オラ悟空!」

ユーノ「ぼ、ぼくに……できるこ――と」

クロノ「おい、あんまり無理をするな! あの金髪になった悟空の一撃をもらったのだろう? 全身の骨ががたつき、内臓が損傷し、さらに頭蓋骨にひびが入るという重症なんだ、おとなしくしておくんだ」

ユーノ「でも……でも……」

クロノ「まったく。 おとなしくフェイトから出された仙豆を食っておけばいいものを。 『悟空さんがまた無茶をするかもしれないからいらない!』 なんて突っぱねて、一番怪我がひどいのはどこの誰だまったく」

ユーノ「い、いやな予感がするんだ……なんだか、とてつもなく大変なことになる木がして……だからボク!」

???「ふふん、とっても美味しそうなボウヤだと思ってたけど、芯がしっかりしてるじゃない。 あの男のせいかね?」

ユーノ「あ、あなたは?」

???「通りすがりのおせっかい焼きってところかしら?」

クロノ「なにをしているんだ……あなたたちは」

ユーノ「?」

悟空「ぶえっくしッ!? なんか寒気が……ユーノの奴、けが治ったかなぁ? --見てきてやっか」

???「でも、それは今度にしてもらうわ。 次回、魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第44話」

悟空「それぞれの理由! 終われない戦い!!」

リンディ「闇の書、それに関する情報収集を改める必要があるみたいね」

クロノ「アレの恐ろしいところは処分ができないというところだ――機能、それがあまりにも厄介で……」

悟空「……粉微塵にしてもか?」

クロノ「……おそらく」

悟空「んじゃ、仕方ねェな。 何とかなる方法を見つけておいてくれ。 おら、やることやってるから後は頼んだぞ?」

クロノ「やることって――!?」

プレシア「…………お願いね、孫くん」

クロノ「いったいなんだっていうんだ……まぁ仕方ない、ではまただ」


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第44話 それぞれの理由! 終われない戦い!!

動き出す物語。 今までの幸せを当然のごとくむさぼってきた愚か者どもよ……ひれ伏す時が来た。


何やら不安要素が爆発し始めた今回。 悟空さんたちはこれからどう動くのか……

不吉な数字の44話です……では……


「くっ……」

 

 女はうつむいていた。 部屋の隅、真っ暗な場所で今日できた傷をさすりながら。

 

「……くぅッ」

 

 壁を叩く。 小さくも深いそれは、まるで周囲に浸透していくかのような衝撃音を醸していた。 女はまた一つ、うめき声を上げる。

 

「いままで……あの笑顔は――」

 

 後悔の念。 それが果たして適応されるのかはこの場合分らぬが、女はいま、過去の出来事に唇をかみしめる。 ……いまが、辛いと嘆くことが出来ないままに。

 

「裏切ったのか――いや、最初からこうするつもりなら……それすらも」

 

 光が強い彼の姿。 故に、強すぎたそれに照らされた影は、闇の色を濃くしていく。 そんな心に巣食う存在が居るとも知らず、偽りの魂を持つこの女は、いま、決して踏み込むべきではない領域に向かっていた。

 

「……孫……よくも……われらを――」

 

 強い瞳、輝かしい身体。 そのすべてが彼女の脳を焼き尽くさんと、大きな光をもってフラッシュバックする。 ……それが、苦痛にしかならない女は。

 

「許さない……ゆるさん……ゆる……さん……」

 

 その闇に浸かってしまう。 見上げるのがつらい。 ココロが……張り裂けてしまう。 だったら堕ちて終おう……暗い暗い闇の中に、自分が、生まれ出でた場所にまで……そうして彼女は。

 

「……サイヤ……ジン……     」

 

 自分の意識を手放した。

 

 

PM 6時半 ミッドチルダはずれ……テスタロッサの家。

 

「ゴクウ……いったいどこに行ったのさ」

 

 オオカミ女が窓の外を見ていた。 時は既に日没前、今日は遅いよとカラスが泣きわめく中で、紅のアスファルトが燃えるように照り返す。 そんな時間でも、待ち人はいまだ帰らない。

 

「居なくなって2時間経過……さすがに心配だわ」

 

 灰色の髪が揺れる。 心境を映すかのような小さなふりは、それだけ心がか細くなっているから。 不安が口から吐き出しそうになるのを必死に抑えるかのように、彼女はブラックコーヒーをひとつ、煽る。

 

「悟空……」

「悟空くん」

 

 幼き少女達も同様。 彼女たちはそろって窓の外を見て、暗くなるにもかかわらず、その場から一向に動こうとしない。 もう、今日が終わってしまうという時間は、それだけで焦りの色を濃くしていく――――…………でも、彼のように自由には出来ないから。

 彼女たちは、只々青年の帰りを待っていることしかできない。

 

「…………どこに行っちゃったの?」

「ちぃと野暮用でさ、少しばかり知り合いのとこにな?」

「それが本当だとしても……あんなに怪我してて……」

「はは、まぁ、それはおめぇたちもだしな。 それにこんくれぇ、ベジータと戦ったときに比べればへっちゃらだぞ? なにせ、元の身体に戻らないかも――なんて医者にいわれたし」

 

 空間が裂けた気がした。

 少女……なのはの独白は止まらない。 独り言なのに、妙に進んでいく会話にさえ違和感を感じず、どうしてか気持ちが緩やかになるのをいいことに、すこしづつ会話を弾ませていく。

 

「…………あ、あぁ」

 

 後ろでコーヒーを零す音を背景にしながら。

 

「そんな大怪我してて、それでもどうせ、じっとなんかしてなかったんだろうな」

「はは、ばれてらぁ。 実はその通りだ」

「やっぱり……いつだって無茶ばっかりするんだから」

「ちぇ、チチみてぇなこと言うんだからさ。 歳はオラよりもウンと低いってのに」

 

 後頭部をかく音が聞こえる。 それと同時、何やら後ずさるかのような足音と、体毛が総毛立つようなざわめき音が聞こえてくるのは気のせいだろう。 なのはは、ため息をつきながら頬に手を置く。

 

「わたし、女の子だよ?」

「そりゃそうだろ」

「父……おとうさんみたいってどういうことでしょうか?」

「おとッ……? おめぇ何言ってんだ?」

 

 かみ合わなくなる会話。 なんなの~~なんて、不機嫌を醸し出した女の子には既に悲壮感がなくなっていた。 そんな彼女は、仕方なさそうに背後を振り返り……

 

「    」

「よっ」

 

 今朝のフェイトと同じ表情をするに至る。

 

「孫くん!? あなた今までどこにいたのよ!」

「さっきも言ったろ? ちぃと知り合いの所に“あいさつ”をな。 まぁ、嫌われちまったけど」

「    」

 

 なのはのリアクションが解けぬまま、現れた悟空はプレシアの方を向いて尻尾を振る。若干元気がないように見えたのは、先ほどまでの出来事を思い出したから。

 悟空は、今もなお彼女たちの真意を測れないでいた。

 

「さてと、いろいろ“おもいだした”こともあるし、ここいらでおめぇたちと話し合いてぇ。 すこしばっかし付き合ってくれ」

『ええ』

 

 だからこそ悟空は、自分では手に負えない範囲を彼女たちに手伝ってもらうこととする。 闘うことはできる、でも、心の氷を溶かすというのはきっと彼女達の方が得意だろうから……彼らは力を集うことを選択する。

 

「ほええええ!?」

「なのは、いきなり叫んでうるせぇぞ」

「ほえ! ほえぇ!!」

「……なのは落ち着けって」

 

 やっと帰ってきた少女の背中をさすりながら……

 

「悟空!」

「ゴクウ!」

「うぉ……こんどはおめぇたちか。 ……ほれ、しがみついてねぇで――あぁぁ、鼻水がついちまってらぁ」

 

 次にしがみついてきたのはフェイトとアルフ。 足元と左側面という違いは有れど、もう離さないと言ったばかりの彼女たちに、さしもの悟空も身動きが取れない。 しばらく、そのままでいることにしたらしい彼は、後頭部をかきながらリンディの方を見てみると。

 

「しばらく……おねがいね?」

「……しかたねぇなぁ」

 

 ただただ、このままでいてくれと願いつけられてしまう。

 

「さてと、やっと落ち着いたみてぇだし、そろそろ話を進めさせてもらうぞ?」

「……うん」

「ごめんなさい」

「ごめんゴクウ。 すこしばっかり、はしゃぎ過ぎたよ……」

「……おう」

 

 優しい返事に安堵をひとつ。 彼女たちの心の平穏が帰ってきたところで、悟空はひとつだけ指先を立てる。 皆に見せつけるかのように、彼がそれを振り回すと……一言、口が言葉を紡いでいく。

 

「一つだけ、オラの身体でわかったことがあんだ」

「……どういうこと?」

 

 その言葉に、深く関心を抱くのはやはりプレシア。 自分が突き止めてきた異常が正しいという確信はあるものの、やはり彼からの意見には興味が尽きなくて。 思わず、悟空の方へ歩み寄っていた。

 そんな彼に。

 

「さっき、プレシアとリンディが言っていたことと合わせてな、何となくだけどそうじゃねぇかってことが……な」

『さっき……?』

「あぁ、さっき言ってたろ? おら、そん時のことバッチシ聞いてたぞ。 夢の中でな」

『……ゆめ!?』

 

 やはり驚愕は尽きない。

 

「ま、まぁあなたの事だもの。 それくらいの事は出来ちゃうわよね……えぇ」

「確かテレパスも使えるのだったかしら。 このあいだデバイスがどうだかっていうのも、それの応用だと聞くし」

『おほほほ』

 

 それを隠す大人たちは、こっそりと背後に汗をかいていたとか……ポーカーフェイスも大変であろう。 クール系女子のなんと辛い事か……

 

「なぁ、そろそろ話してぇんだけど?」

 

 諸悪の根源も、事ここに至って困り顔を作る始末。

 今までの緊迫した空気を爆発させるかのように、彼女たちは今を精一杯盛り上げていた。 もう、暗い顔をしないために……辛い心を切り替えるかのように。 だから悟空は……

 

「……まぁ、いっか」

 

 少しだけ、時間を置くことにしてみたのである。

 

 ――――10分後。

 

「さてと。 みんな、もう落ち着いたよな?」

『はい』

「うっし、そんじゃ話はじめっぞ?」

 

 皆の同意を確認するや否や、悟空はそっと腹をさする。 崩れたワイシャツがクシャクシャになりながら、彼の手はなお止まらない。

 

「まず、オラの中にあるジュエルシードなんだけどよ。 どうやらプレシアが言うように、オラの中に溶け込んじまってるみてぇだ」

「と、とけ?!」

 

 一手目からフェイトが驚く。 ある程度魔法関連の常識がある彼女だ、だからこそこの事態を呑み込めない。 ちなみになのはは、分らないと言った風に首を傾げたままである。

 

「その証拠と言っちゃあなんだが、あいつ等にやられた後からここまで、オラよ、ガキの姿になってねぇだろ」

「……はい?」

 

悟空の発言に……

 

「たぶんだけど、オラと深く結びついていたジュエルシードの魔力といっしょに、身体ん中にあった“封印しなくちゃいけないモノ”やらなんやらがそれなりにむこうに行ったんだと思う」

「…………どういうことかしら」

 

 魔女の目の色が変わる……

 驚くべきことだ、悟空がこんなにもはっきりとした自身の状況を語るとは。 眉だけではなく全身で驚きを表現したプレシアはヌルリ……下唇を湿らせると、艶のある笑顔を展開する。

 

「やだおめぇ……! きもちわりぃ!!」

「……余計なお世話よ」

 

 悟空の背中に、怖気を走らせながら。

 

「……と、無駄話が入っちまったな」

「ごめんなさいね……」

「そ、そんなすねんなって。 ……ん、とにかくさ、何が言いたいかってぇと。 今のオラはジュエルシードが空っぽにもかかわらず、今の状態を保っていられる。 それどころか、超サイヤ人になっても全然つらくねぇんだ」

 

 そう言って悟空は拳を握る。

 髪が舞い、輝きが周囲を照らす。 黄金色の戦神をいま、すんなりと降臨させてしまう。

 

「うぉ!?」

「す、超サイヤ人になっちゃった……」

 

 驚く周囲。 やっと正常な反応をしたなのはに向かい、“いつもの笑顔”を向けた悟空はその場で腰に手を当てる。 揺れた尾が空気を撫でると、そっと天井を仰ぐ。

 

「へっへーん。 それにこんなふうに、超サイヤ人状態で興奮するのも克服したんだぜ? おめぇたちとの修行の成果が、一気に開花した感じだな」

「……そ、そういえば」

「ぜんぜん怖くない……」

 

 すぐさま戻した視線で、まるで初めてのお使いを終えた子供のような顔をする悟空。 超化の影響も見当たらず、ただ単に金髪の外人が笑っているようにしか見えない光景は、子どもたちとアルフの心に安堵をもたらす。

 そうしてそのまま、金の頭髪を揺らしたままに悟空は三度口を開く。

 

「でも逆に考えるとさ」

「……」

「結構とんでもねぇことになってるんだよな」

「…………あ」

 

 黙りこくっていた……リンディがいち早く気が付く。 それを知り、理解した時、彼女の心の中に激しい恐慌が跋扈する。 震えはじめるカラダは、過去を思い出した証拠……自然、奥歯がカチカチと音を立てる。

 

「まさか……!」

「そうだ。 オラをあそこまで困らせていた奇妙な“ちから”が、おめぇ達が言ってた闇の書っちゅうのに、結構奪われちまったってことになる」

「なんてこと……悟空君をあそこまで弱体化させていた原因を取り込むだなんて」

「あぁ、とてつもなくえらいことになってるはずだ」

『…………』

 

 これには堪らず皆がだまる。 めずらしく真剣な悟空を見て、それだけで事の重大を知らしめてしまう。 皆が固唾をのみ、息を小さく吐いて、身を強張らせる。 きっと数か月前以上の混乱が襲うであろうと……誰もが予測する中。

 

「それとさらにもう一つ」

『……えぇ!?』

 

 ごめんごめん……どこか謝るかのように、悟空は皆に向かって……

 

「今回の敵な、下手すっとパワーだけならオラよりも上かもしれねぇ」

『…………は?』

 

 絶望を煮詰めた爆弾を放ってあげる。 ……本当の地獄、開催である。

 

「どういうことだい!!」

「ははは! いやー、シグナム達だけならどうにでもなるとは思ってたんだが、そうもいかねぇみてぇだ」

 

 ぐいんぐいん……ワイシャツを掴んだ、この中で一番悟空に身長が近いアルフがド突きまわす。 揺れる金髪としっぽは、その実楽しげにぐるぐるとまわっているかのよう。

 

「いまの悟空より……?」

「おう、そうだぞ? ホント参っちまうよな――はは!」

「……えっと」

 

 いつかのように、ツインテールの片方が崩れるフェイト。 素っ頓狂にすらなれず、今目の前に居る最恐以上を想像して、できないからこそ心に不安の影を射す……

 

「それよりも悟空君」

「なんだ? リンディ」

「いま、あなた……」

 

 しかしその中でも絶対零度の視線を送るものが独り。 ライトグリーンの髪を静かに垂らして、流し目で悟空を射抜く女はここに来て、過去最低温度の空気を放っていた……まるで。

 

「知らない名前を口にしてたけど……どこの誰かしら?」

 

親の仇を見つめるかのような、暗い焔を瞳に宿して。

 

「ん? あぁ、シグナムってのはな」

「…………」

「昨日、なのはを襲った奴の事だ」

「……は?」

 

 そしてあっけらかんと答える悟空に、こんどは拍子を抜けさせる。

 

「実はあいつら、オラが前に……ほら、ターレスと戦ったときに大猿になったろ? そのあとに海岸でスっ転がってたのを助けてくれたんがアイツ等なんだ」

「……なんとまぁ…………」

「あなたらしいというか……」

「相変わらずのお祭り体質……どうにかなんないのかいそれ」

「…………というより」

 

 あっという間に困惑色にグレードダウンするリンディの目の光り。 小さくため息を吐くと、悟空に向かってチョイチョイと手を振る。 まるで子供を呼び寄せる仕草に、まんまと引っかかる悟空は顔だけ近づけて……

 

「ど う し て !!」

「――いぃ!?」

 

 耳を引っ張り、気持ちの限り近づけて。

 

「そ う い う こ と を !!」

「いぎぎ?!」

「はやく――――言わないのぉぉおお!!!」

「~~~~ッ!!」

 

 因果地平の彼方まで声を飛ばしていく。 あわれ、悟空の鼓膜は天寿を全うしたのでありましたとさ。 ……さて、悟空のしたように腰に手を当て、片足を前にすり足で移動させたリンディは、そのまま床に寝転ぶ悟空につま先を触れさせる。 管理局の制服に身を包んだ彼女は当然スカートである。 其の中からすらりと伸びる足が、パンティストッキングという防具で更なる攻撃力を付け、世の男を魅了する輝きを放つ中。

 

「……重いからどかしてくれ」

「ふん!」

「ぎやああああッ!!」

 

 あまりにもあんまりな姿だが、どうしても笑いを禁じ得ないのは悟空の失態の後だからであろうか。

 

「まったく、危うくヒスを起こすところだったわ……もう」

「お、オラもう十分に被害受けてんだけ……ど」

「自業自得よ。 少しは自分の立っている位置というモノを自覚しなさい……はぁ」

 

 ……ほんとにそうであったのだろうか? きっとずっと謎でいい事である。

 

「すごい、超サイヤ人にダメージが通った」

「なに感心してんだフェイト……いちち! くぅ……超サイヤ人でも痛いもんは痛ぇぞ」

 

 リンディとのおふざけもほどほどに……いい加減、暗い憑き物も取れてきた彼女に対して、悟空はおもむろに立ち上げる。 脚を避け、スカートを押さえていたリンディを視線にもくれないで……彼はやはり目つきを鋭くする。

 

「結構寄り道がすごかったけど、実はさっき、あいつ等にあってきたんだ」

「えぇ!? 昨日わたしを襲った人たちの所に!?……で、で! どうしちゃったの!?」

「ん……あ~~ダメだったな。 あいつ等、オラの話を聞く気がねぇみてぇだ。 なんか、管理局にいるのがダメらしい。 とてつもないくれぇに罵声を浴びせられちまった」

「……」

 

 後頭部をかき、たははと笑う悟空に悪気なし。 それでも、管理局に――という単語で、どこか暗い表情をするリンディは……

 

「ごめんなさい」

「え?」

 

 謝る。

 

「なんだよ、平気だって」

「でも」

 

 軽く握った右手を自身の胸元に、そっと添えるように触れさせると悟空から視線をそらす。 まるで子を捨てた親が懺悔にでもいるかのような情景は、周りにリンディの心情を読み取らせて……

 

「リンディさん……」

 

 思わず、言葉を飲み込ませる。 それ以上ないというくらいの重苦しい雰囲気、それは悟空にも当然伝わり。

 

「リンディ、おめぇ……」

「悟空君……」

 

 彼はだからこそ――伝える。

 

「謝るくれぇなら最初っから足で踏んづけたりすんなよな?」

「えぇ…………ぇえ?!」

 

 ライトグリーンが振られること二回……からの。

 

「ん?」

「あ……れ?」

 

 3度見。 

 

「そんじゃ――」

「ひゃあ!?」

「よっと……」

 

 そこからの悟空の行動は素早い。 リンディの足の裏を腹で受けていたのもつかの間、例のコマ送りでの高速移動で彼女の背後を取ると、その場で小さく肩を叩く。 軽くもんで前後に揺らし……硬かった筋をグニグニと伸ばすと、そのまま金髪をふわりと揺らす。

 

「またまた話がそれたな。 そんじゃもう一回戻すけど」

「え、えぇ」

「まず、今回の敵――オラよりもパワーが上だという根拠だが……あ、なのは」

「はい?」

 

 振った金髪は逆立つことをやめない。 あくまでも重力に逆らったままに、彼はそのまま遠い目をする。 それは、“いま”から何年前だったか――悟空は小さく苦い顔を作っていた。

 

「昨日アイツ等と戦う前に、オラが結界を破ろうとしたのはわかるな?」

「え? うん……たしか物凄い雄叫びが聞こえたけど、あれの事?」

「おう、そのとおりだ」

 

 あのとき、あの戦い、あの怒り――すべてがごちゃ混ぜとなるくらいに昔の出来事。 今ある彼は、やはりあの時をもって真の激変を遂げた……思い起こせば長くなる回想を彼らしく適当に済ませると、皆に向き直り口を開いていく。

 

「あんときな、結界に使われていたあいつらの魔力のほかにもう一つ、あっちゃならねぇ“気”を感じたんだ」

「――気!?」

 

 プレシアの驚きは、それでも悟空の表情を濁らせることが出来ない。 まだだ、まだ何かあるという予感めいた胸騒ぎが翔けぬけると、感じ取ったからだろうか? 彼女は青年の顔を見るや否や、一気に表情を引きつらせて。

 

「フリーザっちゅう、前にオラがやっつけた奴の気だ」

「ふりーざ?」

「…………」

 

 凍結させてふたをする。 気持ちも思いも、心も体も。すべてが凍てつき砕けようかという手前。 だが、なぜ彼女がこの名前でここまでの反応をするのか。 その証拠になのはは昔に流行っていたゲームのソフトを思い出し、フェイトは脳内で英単語辞書を高速で見開きしている。 そう、たかがその程度の知名度のくせに、彼女の心をここまで揺さぶるのにはやはり理由があったのだ。

 

「あ、あのターレスですら手を出せないという……あの!?」

『……!??』

 

 そうして漏れてしまった声に、この場の全員が呼吸を止める。 浸り……ヒタリと落ちていたのはちいさな汗。 ほんのわずかなそれはしかし、数人がかりで流し続ければ水たまりに変貌していく。 ……もう、思い出したくもない記憶がよみがえってくる。

 

「ちょっと待ちなよ! あ、アンタふざけんのも大概にしな!?」

「ふざけてねぇさ。 あいつの気を忘れるわけねぇだろ? オラ、今までで一番苦労した戦いだったんだしさ」

「けど……」

 

 思わず遠吠えを近距離で上げたアルフの気持ちは皆を代弁していた。 口数の無いその中で……少女達は唐突に思い出す。

 

「そのフリーザっていうのは、昔に悟空がやっつけたんだよね? だったらどうしてここに?」

「そうだよ。 まさか仕損じて生き延びていたわけじゃ……」

 

 いまさっきと、つい、数か月前に行われた話し合いで聞いたことのある会話。 それらを統合しても、悟空のかつての怨敵――クリリンの仇は彼が手を下したと記憶していたアルフとフェイトは彼に視線を送る。

 それを、受け取った彼は腕組みしながら金髪を揺らすと……少々後頭部で腕を前後させていた。

 

「実はその通りなんだ」

「  」

「そ、そんな顔すんなって……さすがに“あそこまで”やったら懲りたと思ってたんだぞ? けど、あの野郎あとになってオラたちのいる地球にまで追いかけてきやがってよ。 前に言ったヤードラットってあんだろ、あそこから地球に到着する寸前に攻め込んできたんだ」

「ゴクウなしの最終決戦ですか……そうですか」

「何たる“むりげー”……」

「悟空の仲間の人たち、よく無事だったよね……正直いってそんな状況に陥ったら正気を保てるかどうか……」

 

 感想はそれぞれ。

 尾を垂らす者や、猫みたいに辛く笑うモノ、ツインテールを萎びらせたものが居るのだが、当然そんな彼女たちをそっと置いておく悟空は……答え合わせとしゃれ込むこともなく。

 

「まぁ、いろいろあってうまい事いってな。 トランクスってやつが解決してくれはしたんだけどさ。 それはともかく、いま言ったフリーザってヤツの気をあいつら……シグナム達が張ってた結界から感じたんだ」

「……」

「そしてそいつはオラから飛んでもねぇパワーを奪った。 これだけでも十分に驚異の筈だ。けどアイツは確かに死――倒されたはずだ。 それがここにいるってのは正直、結構大問題だぞ、これは。 しかも――」

 

 合わせる視線。 その先は気丈な女性陣の中でも最たる気高さを持ち合わせる魔女……プレシア・テスタロッサの姿が、悟空の緑色の目に映し出される。 そして、彼はそっと言葉を押し出していく。

 

「プレシアの事もある。 コイツの病気とあわせてこの後のことを考えるとたぶん、あいつ等を止めるのもドラゴンボールを探すのも平行に作業しなくちゃいけねぇ」

「……キツイね」

「ああ、しかもあいつらの実力は通常状態のオラと同等にまでされちまってるらしいから余計難易度が上がってやがる」

「そうなの?!」

 

 フェイトが呟き、なのはが叫ぶ。 奇跡の石ころ探しも中盤戦というところでこの事態。 甘く見ていた見通しの算段に、そっと心で毒を吐く。 どうして……もっと本腰を入れなかったのかと。

 だれもが膝をつきそうになる展開に、しかしここで拳を叩く音が木霊する。

 

「みんな、今が結構きついのはわかったな?」

「……」

 

 それはやはり武道家が出す開始の音色。 心を引き締められるかのように、目の奥から意識がクリアにさせられるなのはとフェイト。 当然だ、彼女たちがここ数か月でいったいどれだけ悟空に調教という名の修行をさせられてきたことやら……

 だからこそ、この状況でも心までは疲弊しない。 彼女たちは、悟空の問いに首を振るだけで答える。 ……もちろん、縦にだ。

 

「まずオラはドラゴンボールを集中的にそろえてくる。 修行の方は悪いがいったん中止だ」

「うん」

「そんで次にシグナム達の動向を探る――これはおめぇたちに頼みてぇ。 おそらくだが結界を張ってどっかに潜んでるとは思う。 こうされちゃあ、オラには探す手だてがねぇ。 こっからはおめぇたちの領分だと思うから、後でクロノとエイミィにも協力してもらってくれ」

「……それは構わないわ」

「すまねぇ」

「けど」

 

 リンディもうなずく。 管理局という立場上、今回の事件は上に報告するのは当然のことでありながら“悟空が絡む”という状況で、それが難しくなりつつある。 でも彼女は悲しいまでに局員人間なのだ。 だけど。

 

「闇の書がかかわってくる以上、報告しない訳にはいかない……」

「リンディ――」

 

 それを、彼は止める。

 

「この件、大事にはしないでくれ」

「……どうしてかしら?」

 

 納得成らないのは当然のもの。 あの闇の書というモノの恐怖をある事情で分かりすぎているリンディは、ここで首を横に振る。 どうしても必要な手があるし、それを使う許可もいる。 故に、彼女は悟空のオーダーに答えられることが出来なくて。

 

「今回はジュエルシードとは違って、過去からある事件の続き……つまり今から始まったものではないの。 だから、なかったことにはできないし、そうする気も上には無いはずよ」

「けどよ――」

「それに……申し訳ないけど、闇の書に関しては私自身もいい感情はないの。 だから、今回はおおらかにはいかないかもしれないわよ」

「……リンディ」

 

 いつになく強く出る彼女を、悟空が止められる術を持つことはない。 どうにも決意を秘めた目をリンディの声に気後れること数秒。 悟空は、心を決める。

 

「わかった」

「……」

 

 出るのは了承? 肯定の文字に周囲は驚く。 襲撃者とはいえ、友だと呼んだものをこうもあっさり売って――「だがな」

 彼の話は……まだ終わっていないようである。

 

「オラはアイツ等を見捨てる気はねぇ。 おめぇたちが消すつもりで探すなら、むしろそのまま探しててくれ」

「悟空くん!? いいの!!? 友達なんでしょ!」

「…………」

 

 響いてきたなのはの声を、そっと躱していくリンディと悟空。 彼らは交えた視線をそのままに更なる口撃を繰り広げる。

 

「おめぇたちが見つけてくれるんなら、こっちは願ったりかなったり――先を越されてもその時点でオラがあいつらを止める。 たとえおめぇたちの邪魔をしてでもな」

「……そう。 そういうこと」

 

 どこか……リンディの顔が柔くなった風に見える。 それを確認するでもなく、悟空は背中を彼女たちに向けると……その背に、声がひとつ返ってくる。

 

「冗談よ」

「え?」

「あ、いえ。 確かに上には報告するつもりよ……でも、貴方が困るような報告はしないつもり。 何より、悟空君よりも力を持つ相手に、わたしたちがどうやってもかなうはずないもの」

「……お、おう」

「だから、今回も……力を頼らせてもらうわ」

「……わかった!」

 

 その声から取れる明るい雰囲気は、まるでさっきとは別の温度を感じさせる。 めずらしく、悟空を振り回して見せたリンディは、舌を少しだけ露出させると小悪魔のように微笑む。

 

「……年齢的に考えてサキュバスの類いの方がいいかしら?」

「プレシアさん?!」

 

 ……横合いからくる口撃に、まさしく舌を巻きながら。

 

「とにかくこれで決まりだな。 とりあえずオラは残りのドラゴンボール……二星球、五星球、六星球のみっつを一週間以内に見つけるつもりだ」

「……は?!」

 

 唐突に切り替わる会話。 其の中で悟空が発したこの後の発言には、さしものプレシアさんも口を大きく開け放つ。 そりゃもう“あんぐり”と。

 

「とにかく急ぐぞ。 今までは修行が楽しくて忘れてたけど――」

「悟空……?」

「あ、いや、……ははは! まぁ、なんだ。 今のオラなら探れる気の範囲が数段あがってるはずだ、これなら前のときより数倍の効率でボールさがしが進むと思うんだ」

「……すうばい」

 

 ちょっとだけハイライトの無い眼差しを射された悟空はフェイトに背中を向けて汗をかく。 すかさず訂正を入れつつ、右手で逆立った金髪を撫でると咳をひとつ入れていた。

 

「だからというわけじゃねぇけど、さっさと神龍にプレシアの事を何とかしてもらおう。 そしたら闇の書を何とかしてやればいい。 たかが本くれぇ、今のオラならどうにでも……」

 

 そうして気軽にこれから先をつらつら述べていく彼。 めずらしいほどに作戦というモノを率先して練っていく姿は貴重の一言であろうか。 それでも、見通しが簡単すぎたのであろう、異議を胸に秘めていた提督さんが独り声を出す。

 

「無理よ」

 

 それは、否定の声。

 

「なんでだよ?」

「だめなのよ……あれだけは、どうしても」

「?」

 

 涼しいというには冷たくて、冷酷と称するにはどこか談話的な、もしくは願いを聞いてもらっているかのような彼女の声。 アンバランスに傾いていくその温度は、悟空の頭部に一つ、疑問符を作成させていく。

 

「どんなにあなたが強力な力でアレを葬っても、すべて無駄」

「どうしてだ? たかが本だろ、だったら破くなり燃やすなり――それこそかめはめ波で太陽にでも」

 

 廃棄してやる――そう呟く彼の背には子供たちが大口を開けていた。 何という事を考えるのだと、そっと背中に怖気を走らせているさなかにもリンディのリアクションは低い。

 

「……転生機能」

「てんせい?」

 

 そっとつぶやかれてしまったその単語。 よく聞き、どこかしらの物語にあるような非現実的な言葉。 しかしそれを唱えたリンディの顔色は暗いままで、この言葉がいかに重いモノなのかを訴えかけている。

 

「アレの破壊は簡単に行くかもしれない。 けど、そこからが大変なの」

「?」

「廃棄し、跡形もなく消し去ったとしても。 今度はまた別の時代、別の世界で内容を消去された状態――集めた“者”すべてが空白ページの状態で再生されていく現象よ。 これがあの本が厄介だと言われる所以……」

「……は~~、なんだかめんどくせぇなぁ。 こう、わー! って、消せやしねぇのか」

「……無理ね」

 

 その答えを聞いた彼は二度目ため息をつき、腰に手をやり天を見上げる。 その先にいてほしい人物たちを思い浮かべると、そっと贅沢を述べていく。

 

「こういう時に亀仙人のじっちゃんがいればなぁ」

「どうして?」

「いや、ほら。 じいちゃんなら壊さずに封じ込める方法を教えてもらえたからな。 前にピッコロに使ったっていう……魔封波ってわざを」

『まふうば?』

 

 悟空の新単語。 旧時代的でありつつも、なんと神さえ使用した魔王封じのとっておき。 取得難度はかめはめ波の比ではないというそれを、第23回天下一武道会で見ていた悟空は思い出していた。

 けどそれは、やはり贅沢以外の何物ではなく。

 

「まぁ、できねぇモンを欲しがっても仕方ねぇな。 とにかく今はプレシア。 そんでもしも闇の書っちゅうのがどうしようのない代物なら……一年後にまた神龍に願うしかねぇ。 気はすすまねぇが」

「……! その手があったわね」

「だろ?」

 

 だからこそ持ち出す最終兵器に、リンディはやっと心をおちつけていく。 どんな願いでもという代物。 それにまさしく願いを託すかのように、彼女はそっと胸元に手を置いていた。

 さぁここからだ――悟空が拳を唸らせ天に突き上げる……のだが。

 

「こっからは大忙しだ。 なのは、フェイト! おめぇたちは――あ!」

「え?」

「なに? 悟空」

「いっけねぇ……わすれてた」

 

 ここで、いままでの会話を遠くへと吹き飛ばしていく。 そして見た子供ふたりに軽く口元を引きつらせると。

 

「おめぇたち……しばらくこの件には首突っ込むな」

『ええ!?』

 

 どうしてと、叫んだ子供たちは動揺なんか隠してあげない。 今までの流れはどこ!? 言いたいことは山ほどで、掴みかかりたい気持ちを理性で制御する……彼にはまだ、話しの続きがあるんだと言い聞かせて。

 

「いやよ? ほれ、バルディッシュはプレシアがいじくってる最中だろ?」

「え? えぇそうよ」

「そんでレイジングハートは……おめぇたちには言わねェが、結構ガタが来てやがる」

「そうなの!?」

[…………OH]

「あ、おめぇ隠そうとか思ってたろ! そういうとこ持ち主に似てんだからさぁ。 だめだぞ、そういうのは」

[…………]

「よくわかるわねぇあなた。 普通に技師が見ただけじゃわからない事なのに」

 

 そうして得た答えは単純明快。 ただ単に戦力不十分からくる待機命令であったことに、子どもたちは胸をなでおろしていた。

 

「とにかくおめぇたちは、あいつ等なおるまでここで留守番だ。 何があっても戦おうなんて思うんじゃねぇぞ? 下手に動き回ってやられたりでもしたら、それこそプレシアとおめぇたちの命の2択になって困るからな」

「うん……わかった」

 

 そのあとに続く悟空の警告に、静かに頭を縦に振りながら……

 次に悟空が拳を握る。 胸元までひきつけわきを締めて、アッパーの形に持っていくと、そのまま息を吸い身体を強張らせて……解き放つ。

 

「よし! そんじゃ、はりきっていくぞーー!」

『おー!』

 

 出された気合と共に、子供ふたりとアルフは各々気合の限りに叫んでみる。 これから先、例え暗闇に道を消されても歩くことは止めないと、心に深く銘打って……力を合わせて彼らはこの冬を翔けぬけようと――

 

「あ」

「はい?」

「すまねぇプレシア、オラ“しょんべん”したくなってきやがった。 便所どこだ?」

『だあああ――ッ!?』

 

 いきなりの緩急に、盛大につまづいてしまったとさ。

 

「部屋を出て、階段下りたら右に曲がって――」

「右だな! お~~、もるもる……!」

 

 道案内いちばん。 悟空は下腹部のさらに下のほうを押さえながら、危険信号と言わんばかりに乱れた尾っぽと共に階段を跳んで降りていく。 どうにも締まらない彼、でも、だからこその孫悟空を見て、常識人たちは思わず笑みを浮かべていくのであった。

 困難だという事は理解しているし、今がピンチなのもわかるはずなのに……この家の騒動は、やっと収束を見ようとしていた。

 

 

 

――――同時刻。

 

 もう、何がなんだかよくわからねぇ。

 

「はやては起きねぇし、シグナムは家から出るぞって言うし」

 

 このあいだ遭遇した、高ランクの魔力所有者との戦闘の後だ。 あたしたちの生活環境は崩壊したんだ。

訳のわからねぇ金髪の男に襲い掛かったらしいあたしはいち早く気絶して……目が覚めたらシグナムに腕を引っ張られるように家を出て、世界から消えて、見たこともない世界で結界を常に張って周りの注意を怠らない。

 まるで昔に戻った――記憶がねぇからなんとも言えないけど……ような生活は、そのときの嫌なことを思い出しそうで気分が悪くなりそうだ。

 

「どうなっちまってんだよ……このあいだの戦闘から、シグナムもシャマルも何かにおびえてるように独り言をつぶやいてるし。 不気味過ぎんだろ」

 

 不気味と言えばアタシ自身にも、最近奇妙な変化が起こっていた。 何となく自分の身体じゃないというか……まるでカラダの後ろに糸を釘で刺されて、誰かの手のひらでお人形遊びさせられているような。

 とにかく、たまに自分が自分じゃない感覚に陥りそうで――

 

「こわい……」

 

 少なくとも、そんな言葉が出るのには時間はかからなかった。 あぁ、あたしたち騎士が無様にも恐怖が心んなかであばれてんだ……そりゃもう、イヤってくらいに。 だって仕方ねぇだろ……こんなこと。 あたしだって、嫌なもんは嫌なんだ。

 

「いったいどうなるんだよ、これから」

 

 もしもシグナム達の様子がさらに悪くなったら、もしもこのままここで心を削るようなことを繰り返すことになったら……もしもはやてが起きなかったら。

 

「正気でいられるかわかんねぇよ……」

 

 ちくしょう。 なんだか身震いがとまんなくなってきた……怖い、怖い――

 

「誰か……」

 

 だれか助けてくれよ……だれか……

 

――――どうしたヴィータ? あ!? まさかまたアイスがねぇ! なんていうんじゃ……

 

「――ッ」

 

 もう、本当にダメ臭いな。 こういうときに思い浮かんだ顔が、はやてや仲間じゃなくてよりにもよってアイツだなんて……はは、自分で思っている以上にダメージがデカいぜ。 でも……

 

「もしほんとにアイツが助けてくれるってんなら――!?」

「…………」

「シグナム?」

 

 結界の境界、すぐ目の前にあたしらのまとめ役……シグナムが佇んでいた。 いつの間にか、気が付かないほどにゆっくりと……そして不気味に。

 

「な、なぁ、いったいいつまでこんなことやってんだよ?」

「…………」

 

 答えてくれよ……こんな場面でだんまりなんてお前らしくねぇよ……

 

「はやてが目を覚ましたら大騒ぎだ。 いい加減、こんな不気味なことはやめてさ――」

「……ここを出るぞ」

「え?」

 

 い、いきなり喋ったかと思ったらこれかよ。 でもどこに行くんだよ? もどるのか? もとの場所に帰る――

 

「今度はここよりも環境の悪いところへ行く。 そしたらそこで今のように…………」

「待てよ! そんなここよりって……嫌でもはやての調子が悪いのにそんなところにでも行ったら!?」

「…………」

 

 どうなっちまってんだよ……本当に。

 目を見ようにも、わざとらしく垂れてる前髪が邪魔で見えねぇし。 それどころか口元が全然笑ってねぇ……おかしすぎる。

 

「今回ばかりは理由を聞かせろよ! いくらシグナムでも!」

【言うとおりにしろ……】

「……なんだと」

 

 なんだよ……いまのこえ……

 

【貴様はただ、“オレ”のいうとおりに働いていればいい……そうすればあの娘の命だけは助けてやる】

「おまえ……シグナムじゃないな!!」

 

 まるでこの世全てを見下ろして、透かしたような声。 しかも男の声だ――絶対にシグナムじゃない。 でも、いったいなんだ。 この機械みたいに雑音が混じった耳障りな音は!?

 姿かたちはシグナムなのに……そうじゃない違和感がどんどん膨れ上がってくる。 手も肩も、胸も口元も、全部一緒なのに。 ……なんだよこれ。 地面になにか粉みたいなもの……が!?

 

「……な……に?!」

「……」

 

 肌色みたいな粉……それはまるで人体の皮膚みたいにブヨブヨとした感触をしていた。 気味が悪い気味が悪い――気色が悪い!! おもわず胃の中のものが口にまでせりあがってきて、でも、はやての居るところを汚すわけにもいかないから必死に抑えて……

 

「お、おいおまえ……なんだよその顔!」

「…………」

 

 それでも、この気味の悪さは抑えきれない!!

 どうなってんだこれは! しぐ……しぐ! シグナムの顔が……顔半分がボロボロに崩れて――機械みたいなものが露出してる!!

 

「うぇ……うぅぅ」

【失礼なヤツだ――――それほどに怯えなくてもいいだろう】

「お、おま――なにもんだおまえ!」

 

 気味が悪い気味が悪い気味が悪い。

 おかしい、ぜったいにおかしい! こんな事……いままで起こらなかったしあたしは知らない! どうして、どうしてこんなことが……!

 くっ!? 動くぞ……アイツが。 こんなところで膝をついてる場合じゃ――

 

「はやて! 逃げ――」

【逃がすと……思っているのか?】

「に、逃げてやる……おまえなんかのそばにいられるわけ――ぐあ!?」

 

 な、なんだいま……触れられてもないのに身体が吹っ飛んだ!? ……いてぇ。 か、身体が言うこと聞かねぇ。

 

【ふん。 いくらあの鬱陶しいガキの分身だと言っても、所詮はプログラム。 ハードには勝てん】

「なに言ってんだ……おまえ……」

 

 意味が分からねぇ……はやてはアイツの向こう側の部屋で今もぐっすり眠ってる。 他のみんなは帰ってこねぇ……どうすればいいんだよ。

 

【策を弄するのは勝手だ】

「!?」

【だが……】

 

 な――!? あいつの声が後ろから聞こえて……

 

「ぎゃん!?」

【あまり目障りに動き回るな。 気が散る】

「はぁ……かひゅ……」

 

 こ、こきゅう……つら……い。

 何が起きやがった……んだよ。 いつの間にか壁に背中が激突して……?

 

「いてぇ。 ちくしょう」

【……】

 

 ヤバい。 アイツ目がおかしい。 シグナムの感じが完全に消えてる……でも殺しをする目でもない! あれは……まるでゴミを足で払おうとする異常者の目だ――感情の無い、機械の目だ!!

 

「うぅ……クソ!!」

【このまま、おとなしく“オレ”の中に還るがいい。 ……ちょうど魔力が足りないところだ】

「いやだ……」

 

 なんだよ帰るって――そんなもの……アタシは知らない!!

 くるな! こっちに来るな……たすけて――助けてくれ……いやだ―――

 

「やだ、やだやだやだやだ……ヤダああああああ」

「うおおおおおおおおおオオオオオッ!!」

【なに?】

 

 突然、目の前の“アイツ”を横殴りに襲うヤツがあらわれた。 壁を破って、地面を蹴りぬいて、その身体を白く光らせて。

 

「ザフィーラ!」

「なにがあったかは分らんが、ここから逃げろヴィータ」

【ふん……余計なことを】

 

 ダメだザフィーラ! アイツはおかしな戦いかたを――

 

「ザフィーラそいつ!」

「わかっている……! だから、俺が食い止めている間にここから逃げろ!」

 

 逃げろったって……お前を置いてなんてさあ、第一はやてが中に!

 

【邪魔を……】

「え!?」

「しまっ――」

 

 “アイツ”の身体がいきなり突起物だらけになった。 全身を内側から貫いたみてぇになにかが生えてきて……まるで剣山のように体中を刺し貫いてやがる――ザフィーラの……

 

「ぐっ!? ぅぅぅぅううううう!!」

「ザフィーラ!!」

【……ちっ】

 

 手足に風穴を開けて行って……

 

「ザフィーラ……ザフィーラ!」

「行け! そして必ず主を助けに来るんだ!!」

「でも!」

 

 おまえそんな身体で……いくらあたしらがプログラムでも痛いモノは痛いんだぞ!? なのに……なのに!

 

「いいからいけ! 行くところは……わかっているな!?」

【……邪魔を――するな!】

「ぐああああ!?」

 

 !? や、やめろよ! これ以上貫かれたらホントに死んじまう! 身体からドンドン血が流れて……顔色も真っ白になってってるじゃねぇか……なぁ、おい!

 

「行け……行くんだ!」

「……っ」

【させると思うのか?】

 

 走ろうとした矢先に、耳元に大きな音が通過した。 きっと刃物か何かがアタシの頭を串刺しにしようとして――それでも誰かが邪魔をして……

 

「うぐ!?」

 

 騎士には最低な行為……背中を向けて逃げたあたしに次いで飛んできたのは、とても固い物体。 60センチぐらいあるんじゃないかというほどの物体が、あたしの背中を強く押してきた。

 それでも走る……けど、何か背中が重くて、服に今の物体が引っかかったんだと思って一瞬だけ振り向くと――

 

「……う」

「   」

 

 身体を半身で反らして、攻撃を避けざまにカウンターを食らわせようとしたザフィーラが目に入って……

 

「う……うぅ」

「   」

 

 でも、その攻撃には先が “なくて”

 

【……無駄な力を使わせやがって……雑魚が】

「――かふっ」

 

 部屋中が真っ赤に染まっていて…………

 

「うあああああああああああああああああああああああああああああ――――――ッ」

 

 なんだよなんだよ。 ザフィーラ……ザフィーラの腕が……なくなってる!?

 何にもない。 肩から先が真っ赤な部屋の風景と同じになってるみたいに、何にもザフィーラを感じさせてくれない……いやだ、ウソだ……こんなこと……!!

 

「ああああぁぁ……ああっ!!」

 

 逃げろ逃げろ!! もう振り向くな……足元に転がってるおかしな感触の物体なんか知らない!! もう、はやてを救ってどうとかって問題でもない……無様でもいい! 今はただ――

 

「あ、あいつの所に……!」

【…………】

「いかなくちゃ――っ!!」

 

 いそげ、急げ……!

 シャマルは確か監視で地球に……ゴクウの所に向かったはずだ! 転送先も教えてもらってる。 闇の書も……シャマルが持ってる!!

 

「ここから逃げッ!」

【逃がすと思っているのか……? 貴様にはオレの養分となってもらう……それが、“いつも”のことなんだろう?】

「いってるいみがわかんねぇ――ッ!? ちくしょう、足を――」

 

 なんだよコレ!? ワイヤーみたいなものが足を掴んで……引きずり込まれる!? 嫌だ……消えたく……ない!

 

「うぐうう!」

【石にかじりついてでも……というやつか。 どうしても拒むとは、イラつかせる奴だ】

 

 どんどんアイツにむかって引っ張られる。 むしり掻くように地面を掴んでも速度が収まらない……ダメだ……せっかくザフィーラがくれたチャンスを。

 

「負けるもんか……」

【無駄だ】

「…………そんなことないわよ」

 

 え?

 い、いまのこえ……それにこの魔力の色……まさか!?

 

「シャマル……なんで」

「昨日からシグナムの様子がおかしかったから気にかけてみれば……ヴィータちゃん、後は任せて早く行って!」

「でも!」

「いいから!! ――――旅の鏡よ……」

 

 あたしの目の前に魔法の鏡――シャマルの転送魔法が出てくる。 それがこっちに迫ってきて……

 

「きゃあ!?」

「シャマル!」

「こ、ここから先には……いかせないんだか      」

「シャマルーー!!」

 

 全身を覆い“通した”ころに、聞こえてきた何か悲鳴な様なものと。 まるであたしの武器で何かをすりつぶしたかのような音が聞こえると、そのまま意識が遠のいていく。 ダメだ、あんなのに勝てる人間が存在するわけがねぇ。

 たとえゴクウでも……あんな化け物……ごめんみんな――ごめん、はやて……

 

 

 

 

 

―――――惨劇の5時間あと。

 高町家 玄関。

 

「お、恭也か?」

「あぁ、父さん。 ただいま」

 

 木製の門前で、ふたりの剣士が合いまみえる。 人の腕一本分程度の包みを持った中年男性と、買い物袋を両手にいっぱい持った青年が独り。 彼らは調子よく景気よくそれぞれに持った手荷物を見せると、己たちが置かれた状況を確認し終える。

 

「そいつらの手入れを? ありがとう。 あとであとでと、ついおろそかに……」

「まぁ、本当は怒るところだが、悟空君に付き合って修行してたんだろ? だったら仕方ないよ」

「……ごめん」

「ふふ」

 

 朗らかな空気を醸し出す父と子。 彼らは手に持った荷物をそのままに、これから先の展開を少なからず予測していく。 子供のような大人が騒ぎ立て、その男に付き添う女の子たちがなだめ、それでもバカ騒ぎが収まらない。

 何とも頬を緩めるには十分すぎる。 親子はそっと門を開ける、想像したほほえましいこれからのために……そこに。

 

「……うぅ」

「え?」

「……き、み……!?」

 

 どこかで、見たことがあるような絵が展開されていた。

 

「女の子?! どうしてこんなところに……」

「それより恭也。 この子、随分衰弱している。 早く家に入れてあげるんだ!」

「あ、はい!」

 

 その光景はこれで三度目。 前2回は同一人物であり、さらにその2回目がとてつもない血みどろな光景だったせいか、親子の対応は十全と言えるくらいに的確。 脈より先に呼吸を確認し、抱え、ケガを見て、抱き上げて……

 持った時の軽さに驚きを隠せないままに、急いで門の中に担ぎ込む。 ここまで親子に無駄話は一切なく、まさに救急隊員さながらな救出劇であった。

 

「見たところ外傷はない。 服に着いた染みも、どうやら“この子のモノ”ではなさそうだし……」

「あぁ、でもいったいどうしてこんな――」

 

 それでも、深まる謎は解決させられない。 理解していけばするほどに、この子の異質さを刻まれていく親子は正直首を傾げずにはいられなかった。 ……居られなかったのだが。

 

(悟空に比べれば……)

(べつにどうってことはないかもね)

 

 この反応である。 

 ここまでついた態勢に、抱き上げられた少女は彼に礼を言うべきだろうか……しかし、そんなことなど判るはずもなく、いまはただ、時間の許す限りこのぬくもりに包まれるしかない……そう、今ある朗らかな時間を食いつぶす、鋼鉄の支配者と相対するまで。

 

 夕闇が訪れた地球の時間。 紅が逃げて、漆黒が走る時間の中で、闇が闇を食いつぶしていた。

 恭也が抱き上げた少女が持つ、“古ぼけた本”を追いかけるように……海鳴りの夜は、始まったばかりである。

 

 




悟空「オッス! おら悟空!!」

恭也「なぁ、悟空」

悟空「どうした?」

恭也「いや……あぁその、なんでもないんだ」

悟空「どうした? はっきりしねぇなぁ。 なにかまずいモンでも見つけたんか?」

恭也「え? あぁ、その……実はその通りなんだ――でな?」

悟空「――あ! いっけねぇ、オラこの後リンディと一緒に”クロノの師匠”が居るところに行かなくちゃなんねんだ! えぇと、リンディの気……ここだ!」

恭也「おい!? 悟空!」

悟空「じゃあなあ! ……――――」

恭也「行っちまった……仕方ない。 彼女のことは後で相談しよう……美由希! 悪いが”でりけーと”なところは任せたからな」

美由希「いいよー恭ちゃん……はーい、脱ぎ脱ぎしましょうねェ~~」

???「……むぅ……」


悟空「――――……さってとついた!」

???「うぉ!?」

???「あんたいつからここに!?」

悟空「ん? なんだおめぇら……オラのこと――あ、いけねぇ!!」

知らない二人『??』

悟空「もう時間だぞ! ここでひとまず終わりな、あとでこのあいだの続きすっぞ! そんじゃ次回、魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第45話」

クロノ「闇からの脱走者」

アルフ「おとなしくお縄についておきな……そんで、あのときに襲ったわけを話してもらおうじゃないのさ」

???「管理局のことなんか信じられるかよ! クソッ! 離しやがれ!!」

なのは「うぅ……どうしたらいいの? 悟空くん早く帰ってきて……」

???「がーー! は な せーー!!」

フェイト「きょ、今日はここまでだね。 それじゃあ……」


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第45話 闇からの脱走者

タイトルの割には、出てくるのはかなり後半のあの子。
前回の展開があまりにも悲壮に過ぎたらしいので、ここはひとつハートフルにでも……悟空さんが動くということなので、砂糖を吐き出すほどに甘いことなんてできませんが。
朗らかな気分になってもらえればこれ幸いです。

では、45話です。


 闇が胎動する次元世界の彼方。 そんな遠くを見通すことがまだできない悟空はまだ知りもしなかった。 いま、世界を覆い尽くそうと、友や仲間が無残にも貪りつくされていることを……

 それを知り、強く拳を握りつくすのはいつの事か――今只わかることと言えば、この世界に戦士の咆哮が轟くであろうという結果だけである。 悟空は……サイヤ人は“戦”前の空気を微かに感じ、今日という日を歩いていく。 自身の足で、自身の考えで……

 

 

 

「なぁリンディ。 オラに会わせたい奴って誰だよ?」

「え? あぁ、そういえば言ってなかったわよね」

 

 ちょっと前にシグナム達と戦って、そんでドラゴンボールを集め始めて“2、3日くれぇ”経った頃だ。 今の実力で行けるようになった新しい“せかい”を彷徨ってた頃にいきなりリンディが念話で話しかけてきやがった。 その声があんまりにも切羽詰ってそうだったからよ? オラ、急いで瞬間移動で駆け付けたんだけど……

 

「なんだよおめぇ。 結構、元気そうじゃねぇか」

「……?」

 

 来てみりゃいつも通りで、なんだか拍子抜けだったぞ。 まぁ、変に落ち込んでたり、気が滅入ってたりされても困るんだけどな。 それはそうと、今オラはコイツに呼ばれてミッドチルダってところに似た場所に来てる。

 前に行ったときとは別に、一回行ったことはあったけど……そん時も相変わらずでっけぇ建物がならんでて、空が見えなかったりすんのは西の都みてぇだったな。 んなこと言ってもみんなにはわからねぇからあんまし口にはしねぇけど。

 

「今日はね」

「ん?」

 

 お、ついに話が聞けんのか? いい加減、界王さまみてぇに要点を後ろに持っていく会話はこりごりだからな。 こうやってさっさと話してくれるようになって、オラうれしいぞ。

 でも、リンディのやつどうしたんだ? なんだかおかしそうに笑ってやがる……いったい何がおかしんだ?

 

「今日はクロノの師匠と、その“保護者”にあってもらいたいの」

「ふーん」

「あら? やけにそっけないのね……」

「…………」

 

 ししょうかぁ……そうか、あいつにもシショウが居るんだなぁ。 まぁ、クロノはなのはやフェイトたちに輪をかけて頭で考えるような戦いかたすっからなぁ、それを教えてくれる奴が居て当然か……ん?

 

「師匠?」

「……? え、えぇ」

「…………師匠!!」

「ふぇ!?」

 

 し、師匠って……クロノのか!? どうしてあいつの師匠がオラに用があんだ!? ま、まさかこのオラに稽古をつけてくれようってのか! そりゃあ楽しみだなぁ……はは! いったいなに教えてくれんだろうなあ。

 

「残念だけど悟空君」

「お?」

「あなたが考えてるようなことはないから……」

 

 え? ホントか……ちぇっ、つまんねぇ。

 

「そんな子供みたいな顔しない。 今日はホントに難しい話をしてもらったり聞いてもらったりするんだから。 もっとしゃんとして?」

「むずかしい……話?」

 

 なんだよそれ。 オラ聞いてねぇぞ。

 あ、リンディの奴いまイジワルな顔しやがった……ああいうときは大抵カリンさまみてぇなこと事しだしたりするんだよなぁ。

 

「おめぇ言っとくけどオラ――」

「難しいはなしは聞いてもわからねェし、言おうとしてもこんがらがる。 そう言いたいのは承知の上……よ」

「うげ」

「でも、今日はそれでも来てもらいたいの……あのヒトのたっての願いだから」

「あのヒト?」

 

 誰の事だ? オラが知らねぇ奴の事か? ……よし、当ててみるかな。

 

「プレシア」

「……」

「なのは」

「……」

「フェイト」

「……」

 

 まぁ、違うよな……クロノだったら直接いってきそうだし、ユーノもおんなじ理由で違うと見た。 ……誰だ?

 

「なぁ、いったい誰なんだよ?」

「……着いたら紹介するわ」

「てことはオラの知らないヤツか」

 

 そんじゃあ仕方ねぇ……よな? 知りもしねぇヤツの名前なんか出されたって、どういっていいかわかんねぇモンな。 ――とと! いきなり曲るなってッ…次は左で右に行って…ノロノロ真っ直ぐいって……

 

「なぁ、まだかよ?」

「もうすぐよ」

「オラいい加減退屈だぞ。 ……はぁ、誰かわかれば瞬間移動でズバーって、行けるのになぁ」

「無理を言わないで悟空君。 あなたのそれは報告には入れてないのだから、もしも他の人に見つかりでもしたら大変よ。 今だって、人がいない時間を狙って行動してるのだから」

「……ドロボウみてぇにな」

「余計なことは言わない!」

「……おう」

 

 最近なんだかリンディがオラにだけ厳しくなってきた気がする。 なのはやフェイト、それにユーノにはあんなに優しくするのにな。 このあいだだって、オラのお茶に砂糖なんかめいいっぱい入れてイタズラしてくるし。 困ったもんだぞ。

 

「何か………………不満?」

「……なんでもねぇ……です」

 

 その目は止めろって! 目の中に光がなくって気色が悪いったらねぇ……あり? これって前にフェイトがやってたような目だなそういや。 いつだったっけか? 忘れちまった。

 

「とにかく悟空君。 これから会う人は管理局でもかなりえらい立場にいる方で」

「おうおう」

 

 ちぃと小腹がすいたな……あとでなんか食うか。 今日は恐竜じゃなくって魚がいいかな? 身体作るには“えいようばらんす”が大事だって界王さま言ってたもんな。 

 

「わたしもかなり良くしてもらっているし」

「おうおう……」

「クロノの師匠の保護者でもあって――」

 

 リンディ、そりゃあさっきも聞いたぞ。

 

「歴戦の勇士とも言われてる方だから」

「おうお……う?」

 

 よし今日は魚に決定!! さっさと話し終わらせ……んん? いまリンディ何て言ったんだ……? れきせんの……ゆうし?

 

「“ゆうし”ってあれか? とっても強くて頼りになるっていうアレの事か?」

「たぶんそうね」

「……へへ」

「あ、まずい」

 

 そうかぁ! オラこれからそんなスゲェ奴に会うんか。 なんだリンディ、そう言う事なら先に行ってくれよ。

 

「そんなスゲェ奴の気なら――」

「ちょっと!? 悟空君!?」

 

 さっさと探って瞬間移動で会いに行こうぜ。 ほれ、そんなところで突っ立ってねぇで、オラにしっかり捕まってろ。

 

「こ、腰に手――ねぇったら!」

「気はそんなに強くねぇ……けど、強い魔力がまとまったところがあるな。 ここか……――――」

「もう! ごくうk……――――」

 

 へへ! リンディの奴ほんと人が悪いぞ。 こういうイタズラばっかりしてさ。 オラが退屈なのを笑ってると思ったら、実はこんなうれしい知らせを用意してんだもんなぁ――はは、なんか面白くなってきたぞ!

 

 

ミッドチルダ標準時間 AM11時……とある時空間・管理局中継基地内

 

 近代的で未来的、現代の地球ではお目に掛かれないような機器が並び立つこの空間。 外はオーロラ状の空間で敷き詰められ、まるで砂のようにその光の形を変えていく。

 そんな幻想的な世界を窓枠に収めたとある一室、そこには三人の人物が鎮座していた。 一人は初老にも見える男性。 もう二人はリンディよりは幼く、エイミィよりは歳が行ってそうな女性。 その三人が、まさに沈痛とも消沈とも取れる表情を顔の中で染め上げていた。 ……そんな、真剣な彼等をあさってに蹴っ飛ばすかのように――――…………

 

「とうちゃっく!!」

「なに?!」

『きゃあ!?』

 

 青年は、空間を割って入りこんでくる。

 

 

 

「へぇ……こいつがそうなんか?」

 

 見た感じ士郎よりもずっと歳が行ってそうだな。 でもガタイは良いし、背もオラぐれぇあんのか? いや、ちぃと高ぇかもしんねぇかな。 へぇ、気の方は大したことねぇけど、魔力は結構大きいんだな。 確かに歴戦の勇士なんて呼ばれるだけはあるかもしんねぇ。

 

「はは!」

「な、なにか……おかしなことでも?」

「ん? いや、なんでもねぇ」

「ちょっと悟空君……」

 

 行き成り現れたオラに、言葉だけ驚いたいまの物腰からわかる。 コイツ、結構な修羅場をくぐってきたな? それに……

 

「なぁ! おめぇ――」

「悟空君!!」

「痛っ~~~~……なにすんだリンディ!!」

 

 かぁ~~! おめぇ、いきなり“グー”で殴ることねぇだろ。 いちち……あ、頭に少しコブが出来てら。 今のオラにここまでダメージ“徹す”のもある意味驚異的だぞ……実は隠れて修業でもしてたんじゃねェのかコイツ。

 なのはにはダメって言ったくせにずりぃヤツ。

 

「なにがずるいのかしら!?」

「……なんでもねぇぞ」

「そう、それはよかったわ」

 

 ……もしかして今の聞こえてたんか?! 恐ろしいくれぇ地獄耳だな。 閻魔のおっちゃんもびっくりなんじゃねェのか?

 

「というより悟空君! あなた提督に向かってなんて口のきき方をするの! 失礼だから、おめぇ―ではなくて、“あなた”とか言っておいてもらえないかしら」

「え? あ、あなた……ん~~なんかやだなぁ。 界王さまみてぇに“ていとくさま”って呼べばいいんか?」

「……は、はは」

 

 リンディ……どうやらおめぇの考えはダメみてぇだぞ。 目の前の“ていとくさま”のおっちゃんが困ってるみてぇだ。 何となくその後ろにいる二人組も困った顔してるしよ、どうすんだ。

 

「なぁ、そろそろ落ち着けよ? おっちゃん困ってるみてぇだし」

「お――ッ!?」

「ははは。 そうだよリンディ、少しは落ち着きたまえ」

「提督!?」

 

 ほれぇ見たことか。 おっちゃんだって困ってたんだって。 いちいち変なところで騒ぎ出すんだからよぉ、困ったもんだぞ。

 

「……あなたに言われたくないんだけど?」

「お!? おぉ……」

 

 やべ! なんだ今の不吉な気は……一瞬界王さまを超えたんじゃねぇンか。 いや、気のせいか。

 さてと。 歴戦の勇士ってのにはあったけど、こっから何する気だ? 話して終わりってんならさっさと帰ってボールさがしを再開したいんだけどな。

 

「なぁリンディ。 オラこのまま話すだけなら帰るぞ? ここに居たって時間食うだけでよ。 ボールだって集まりゃしねぇし」

「ぼーる?」

「ぎゃ!? ご、ごご悟空君!!」

「むぐぅ!?」

 

 何すんだよおめぇ! コラ! いきなり口をふさぐんじゃねぇって……この!

 

「    」

「あ」

「リンディ!!」

 

 つい……振り払おうとした右手がアイツの顎にかすめただけだったんだ、ホントだぞ? でも、それが不味かったんだろうな……前に悟飯が勉強してた“てこ”ってヤツだったか。 あれでアイツの首が結構な具合にひん曲がってら。

 声どころか身じろぎしなくなっちまったが、どうだ? 一応、急所は外したとは思ったんだが……

 

「いまのは……」

「入ってたよね……」

「やっぱおめぇたちもそう思うか……ははは」

 

 おっちゃんの後ろにいた娘たちも同意見だったらしい。 あーあ、こりゃ後でドぎつい説教が待ってる感じだな……やだぞオラ。

 

「……こほん。 一応、今回はお忍びだからね。 人を呼ぶわけにはいかないから、彼女にはそこのソファーに寝かせておこう」

「おう、オラも賛成だ」

 

 そんでそのまま夢だと思ってもらえば、リンディの疲れも取れて、オラは叱られなくて一石二鳥だな。

 

「あとで一部始終は説明しておくから、心配しないでくれ」

「……そうか」

「?」

 

 ははは……やっぱりどこの世もうまい事運ぶ訳ねぇか。 ここは素直に怒られておくべきだよな、なんてったってオラがいけねんだし。

 

「さて」

「?」

 

 なんだ? おっちゃんの雰囲気が変わった気がする。 なんていうか感覚が研ぎ澄まされていくっていうか……うまい例えかはわからねぇけど、修行の時、冗談半分で超サイヤ人のフルパワーで当たろうとした時のなのはとフェイトの目だ。 間違いねぇ、覚悟を決めたって目だぞあれ。

 

「今回、実はキミ……孫悟空君とは他の管理局の面々を介さずに話をしたかった」

「……リンディもか?」

「そうだよ」

 

 どういうことだ? なんだか急にきな臭くなってきやがったぞ。

 まえにプレシアが管理局は信用するなって言ってたけど、まさかこのおっちゃんもなんか!? ……つうかよ。

 

「そういや、おめぇ」

「え!?」

 

 む。 いきなり構えを取った……? 何警戒してんだコイツ……まぁいいや。 とにかく今は、オラの方が聞きたいことがあるんだよな。 いつまでもこっちばっかり知られてるのもアレだし、そろそろ――

 

「おめぇの名前さ、教えてくれねぇかな」

「……あぁ、そういえば」

「いつまでも、ていとくさま~~なんていうのもいやだろ? オラの方も、そんな呼び方すっとまたリンディにどやされるし正直勘弁だ」

 

 お、なんかしんねぇけど、おっちゃんの身体から“りき”が消えてくぞ。 力んでいた全身が柔らかくなっていきやがる。 なんなんだ? さっきからどうしちまったんだよ。

 

「すまんね。 どうにも警戒してしまって」

「やっぱそうか? さっきから妙に強張ってたもんな。 腹でも痛ぇのか?」

「……ある意味、そうでもあるが」

 

 ある意味? まぁ、いいや。 とにかく今は名前だな。 えっと、名前を聞くときは自分からってのが礼儀なんだっけか? いやでもこいつらオラの事知ってそうだったし……やっぱ言っとくか。

 

「オラ悟空、孫悟空だ。 よろしく」

「あぁ、これはどうも」

 

 お、手ぇ出してきた。 あ、握手すんだよな……加減、加減と。

 

「はは。 どうも、どうも」

「こちらこそ」

 

 ふぅ。 どうやらうまくいったみてぇだ。 オラがちから加減あやまると、平気で誰かがおっ死んじまうから困ったもんだ。 このあいだのユーノやキョウヤも下手したら飛んでもねぇことになるとこだったしな、本気で気を付けねぇと。

 

「そういやリンディは手遅れだったな……」

「え?」

「あぁいや! なんでもねぇ、なんでも……はは!」

 

 ま、クロノの母ちゃんだもんな、なんだかんだで平気だろ。 さってと、オラの事は今の反応でやっぱり知ってたとみていいかもな。 やっぱりリンディが教えたんかな、まぁ、どうでもいいけどさ。

 とりあえず、次はついにおっちゃん達の番か。 どんな名前なんだろうな? 知ってる名まえだったりして……そんなわけねぇか!

 

「わたしは――」

「……」

「グレアム……ギル・グレアムだ」

「…………お!?」

 

 なんか、腹のあたりがゾクッてなった気がする……

 

「他の人からはグレ――「ギル……かぁ……はは!」……あ、ええ?」

 

 いいなまえだな。 なんか、聞いてて気分がよくなってくるっていうかさ。 こう、懐かしいっていうかなんて言うか……よくわかんねぇけど、とにかく。

 

「よろしくな、ギル!!」

「こ、こちら……こそ」

「お父さま相手に呼び捨て……!」

「しかもファーストネーム。 聞いた通りの天真爛漫というか傍若無人というか……」

 

 後ろにいるやつらがなんか言ってるけど、もしかして不味かったんか? あんましヤバかったら後でリンディたちになんて言われるかわからねぇしなぁ。 ……あれ?

 

「ん?」

「……なに?」

「ギクッ!」

 

 なんか……コイツらどっかで感じたことがあんぞ。

 

「悟空君?」

「ちょっとすまねぇ」

「え?!」

 

 後ろにいる娘っ子たち……背はオラより頭一個分小さくて、髪の色はプレシアに似てるかな? 片方、髪の長い方は何となく落ち着いた感じだな。 大人びてるっていうか、静かな感じだ。

 

「へぇ……そうか」

「にゃッ!」

 

 もう片方の髪が短い方。 こいつはもう、落ち着かない見た目まんまに、きっと活発なタイプのヤツと見た。 細かな身のこなしを見切っていくとわかるが、こいつはおそらく格闘主体の戦闘をするタイプだな。 気の方も、若干だがこっちの方が大きい。

 何より……

 

「おめぇ、このあいだの奴だな?」

「にゃ、ニャニをおっしゃるのやら……」

「ロッテ?」

 

 後ずさりの仕方、思わず驚いた時の仕草、とっさの対応をする時の癖。 これらすべてと、何より持ってる気の質でもうわかる。 コイツ、間違いなく……

 

「このあいだの、仮面被ってた奴だろ? おめぇ」

『…………』

「しかも、はやての家をグルグル回ってたっていう――」

「ぶふーーッ!!」

 

 うぉ?! ぎ、ギルのやついきなり噴き出してどうしたんだ!? 双子の方もあたふたし始めたし明らかに様子が変だ。 もしかして図星って奴なんか、オラが言ったことが全部当たったからこうなったんか。

 

「……こほっこほっ」

「おいおめぇ、大丈夫か?」

「す、すまないねぇ。 随分と突然だったから……ばれるとは思っていたけど、まさかこの段階でとは……恐れ入ったよ」

 

 ふーん。 こいつらあくまで隠そうとしてたんだな? 付け狙うような事しておいて、知らん顔で笑いかけてきてたんかコイツら……案外面の皮厚いのな。

 

「…………」

「……本当に、わるかったよ」

 

 ん? なんだ行き成り。 急に落ち込んだみてぇに肩を落としちまった……

 

「すべてはロッテ……こっちの髪の短い方の子から聞かせてもらったよ。 キミが“あの子”と親身になっていることと、それを阻害するわたしたちに送ってきた警告。 さらに、君自身を敵に回したときのリスク……全部をね」

「そうか」

「あぁ」

 

 なんか、会話がトントン進んでくな……

 

「ホントはね。 いや、こんな残酷なことをしているわたしが心を痛めているだなんて言っても、懺悔にもならないのは承知の上だよ。 でも、どうしても……闇の書をどうにかしたかったんだよ」

「……おう」

 

 い、いきなりお話が始まっちまった……どうすっかなぁ、むずかしいことはオラわかんねぇぞ。 でも、なんだかとてつもなく悲しい顔だ。 聞いてみよう、コイツの話。

 

「あれがとんでもないモノというのは……リンディとプレシア女史から聞いてるね?」

「おう。 なんでも、粉みじんにしても新しく復活する面倒くせぇ相手なんだろ?」

「……だいたいそんな感じだろう」

 

 こういう相手はおそらく初めてかもしれねぇな、いくら倒しても、遠慮なしに復活する奴なんてのは。 実際オラが相手取った訳じゃねぇからなんとも言えねぇけど。

 

「何が言いたいかというとね、わたしはあの闇の書を永久に封印しようとしてたんだよ。書の主――つまり、キミがはやてと呼んで、親しんでいるあの子ごと、ね」

「……なんだって?!」

 

 それってつまり……ん?

 

「どういうことだ?」

「……えぇっと」

「封印っちゅうと、ピッコロのときみたく壺とか電子ジャーなんかに入れたりすんのか?! でも、本相手にそんなもん……ん~~」

『電子ジャー……?』

 

 そもそも何で電子ジャーなんだろうな? 他にも何か代用が出来たんじゃねぇンか? たとえば…たとえば………

 

「なぁ、電子ジャーの代わりってなんだろうな?」

「す、炊飯器じゃないかな?」

「そっかぁ、炊飯器かぁ……」

 

 そんじゃ炊飯器で闇の書を封印でき……ん?

 

「なぁ、電子ジャーと炊飯器ってどう違うんだ?」

「な、名前かな?」

「そっかぁ」

 

 名まえが違うだけかぁ……オラで言うと、孫悟空とカカロットぐれぇちがうんか? ――てかよ。

 

「オラたち、何の話してたんだっけか?」

「……なんだっけ…………あれ!?」

「お父さま……気をしっかり」

「なんだろう、さっきまで真剣に悩んでいたわたしたちが阿呆に落ちていく様を見てるようだよ」

 

 なんだか、はやてをあーじゃねぇこうじゃねぇ――って話だったような、そうじゃなかったような……そうだ!

 

「思い出した!」

「え?」

「今晩は魚じゃなくって、モモコのとこで食うってことになってたんだ! いやー、危うくいつも見てぇに忘れるところだったぞ」

「……んん」

「そろそろ、話し、もどしたいなぁ」

「ねぇ、アリア? コイツってわざとなの? 本気なの? 前者だったら相当の癖モノよね?」

 

 なんか、双子の娘っ子たちがぶつくさ言ってるけど、気になんねぇからいいや。 さてと。

 

「そんじゃあ、聞かせてもらうかな。 どうして、おめぇたちがはやての周りをうろついてたのかを」

「――!?」

「いきなり雰囲気が……!?」

「この子――いままでわざと?」

 

 わざとじゃねぇぞ? モモコのはなしは、いままでホントに忘れてたし……あ、ギルの奴がまた強張っちまった。 少しだけ、力が入っちまったな。 殺気はないはずだし、これくれぇなら勘弁してもらえるだろ。 さすがにやりすぎると、今度こそリンディに説教喰らっちまうもんな。

 

「はやての事、もう大体察しはついてるが普通の状態じゃねぇんだろ?」

「よく、知っているね」

「まぁな。 初めて見た時から、あいつの中にある気がだいぶ不安定だったし。 何より最近になって魔力が異常に膨れ上がって来てやがる。 正直言って、普通じゃねぇぞ」

 

 ギルの目つきが今度こそ鋭くなった。 どうやら、ジョウダンはここまでみてぇだな。 結構横道ばっかり行ってたけど、こうやって真剣に話して、目を見ればすぐに分かる。

 

「そうか……」

「……へぇ」

 

 こいつが、本当に困っていることが。

 

「どうかしたのかい?」

「いや、おめぇさ、結構いろんなこと考えてるんだなって」

「?」

「そんで、考えすぎて、悪い方へ転がっちまったんだな」

「……」

 

 だからなんだろうな。 はやての名前出すたびに、ギルのヤツが右手を強く握るんだ。 苦しくて、苦しくて。 でも、他にやりようが無くって……さ。 そうだよな、こっちにはねぇモンな……“あんなもん”は。

 

「いまはプレシアが先約だ」

「え?」

 

 けど、今はあるんだ。 あんまし使うんはよくねぇって気がするのは、よくわからねぇ。だけどもしもどうにもならねぇってんなら――

 

「オラが何とかしてやる」

「キミが?」

「おう、そうだぞ? ……あ、正確にはオラが呼び出すはずの奴、なんだけどな」

「?」

 

 分らねぇって顔だな? 教えて――やりてぇとこだが、プレシアとリンディに口止めされてるからな……すまねぇが秘密にしておくか。

 

「そんで全部が上手くいったら、今度こそみんなで温泉に行くんだ……はは! あそこのメシは豪勢でうめぇかんな! ぜってぇいくぞ~」

「……そうか」

「おう!」

 

 ちぃと強引だったか? でも、いいや。 どうせこれ以上の誤魔化しなんてオラには思いつかねェし、何よりオラ自身そう思ってるし。 ……とと、そう言えば。

 

 「はやての様子がおかしいのって、実はその闇の書のせいだったりすんのか? ただの病気にも思えて、結構判断が難しくてさ」

「……どうだろう。 けど、分ることと言えばあの子が闇の書を起動させてから数か月の間はそんなことはなかったはずなんだ」

「へぇ」

「でもね、それはおそらく闇の書の中では予想外の出来事だったんだと思うよ。 欲のない主、自身を完成に導こうとしない不出来な主。 貪欲な魔本は随分と息苦しかったろう」

「……」

 

 本に……意思か。 なんだかとてつもねぇ話しだけど、オラが居たところにも似たようなもんはあるし、滅多なことは言えねぇのか? にしても、聞く限りではトンでもねぇ悪いほんだぞ。 持ち主が自分の思いどおりにならないからって、まさか殺しにかかるなんてよ。 オラの兄貴っちゅう奴よりも“たち”が悪い。

 

「……アイツがオラにまかせるといった意味、ようやく解ってきたな」

「え?」

「……あ、いや! なんでもねぇ」

「そうかい……?」

 

 いけねぇいけねぇ。 あいつのことは秘密だったんだよな……? あれ? 秘密なんだよな? 超サイヤ人で冷静にいられるように……正確にはシグナム達と戦った後あたりから“随分と昔に在った”ような気がしちまってるから、どうにも覚えがわりぃや。

 

「でさ、その闇の書を何とかするのって、具体的にはどうする気だったんだ? なんだか思い悩んでたもんなぁ、きっと尋常な手段じゃなかったんだろ?」

「……」

 

 あーあ。 こりゃ相当に重い話だったみてぇだ。 まるでまえにピッコロの話してた神様とおんなじ顔になっちまったぞ。

 

「闇の書にある転生機能。 あれは本、もしくはその主が回復不能のダメージを負った場合に、別の世界にて自身を再構築する機能。 ……あぁ、術者は当然その機能で復活できない」

「本だけなんだよな? 持ち主を置いて自分一人だけって、聞くだけでずるがしこいヤツくせぇ」

「ははは……でも、事はそう簡単じゃないよ。 この数多ある次元世界のどこかで転生されれば、当然足が付きにくくなる。 そこでわたしは、その機能の隙をつくことに決めたんだ」

「……へぇ?」

 

 隙? でもよ、聞いた限りじゃほとんど無敵じゃねぇか。 たとえ蒸発させたとしても再生する……どうやってカタ付ける気だ?

 

「……つまりあの子か、あの子のリンカーコアと深い結びつきを持った闇の書のどちらか一方が消失すると発動する転生機能、これを発動させないようにするには、そもそも術者を死亡させなければいい」

「……おう」

「だから考えたんだよ。 術者をそのままに、闇の書を永久に封印する術を」

「へぇ……」

 

 言ってることはイマイチあれだけど、とっても大変ってことだってのはわかった。 けどよ――

 

「それは、はやてに何らかの害があるんだろ?」

「……」

「だまってるってことは……そういうことだと思っていいんだな?」

 

 やっぱりな。 これじゃあ、さっき何となく思い出した神さまとピッコロだぞ。 どっちかが死ねばもう片方も死ぬ。 だから封印する術である魔封波を神さま使おうとしたんだもんな。 しかも今回は厄介な方がどっかに確実に逃げていくんだから手に負えねぇ。

 だからギルのヤツは相当に“無理のあること”をやろうとしてるんだろうけど――

 

「それ、必要ねぇからな」

「……」

「おめぇが考えていた詳しい話はもういいや。 そっから先は聞く意味がねぇ」

『…………』

 

 双子と一緒に、ギルの奴が黙り込んじまった。 でもいいんだこれで。 あえてそうなるように、きつめの口調で言ってやったんだからな。

 

「さっきも言ったが、オラに任せてもらうぞ。 今回の事件」

「……だがしかし――!」

 

 いきなり立ち上がろうとするギルを、オラは目線だけで押さえてやる。 何か言いたいことがあるんだろうけど、それでも今はこっちが喋らせてもらう。 もう、決めていたことをな。

 

「闇の書はなんとかする。 シグナム達も説得するし、はやても犠牲にはさせねぇ」

「……」

 

 何か言いたそうな顔だな。 でも、それでも続けてやる。 オラはな――

 

「できっこねぇ、無理がある。 それはいくらオラだって承知の上だ」

 

 諦めが悪いんだ。

 

「でもよ、できねぇと思ってそこで立ち止まってたら、結局何にもできねぇ。 オラの修行の経験則で言うんだけどさ、うまく行きたかったらとりあえず行動してみる――これで間違えたことは“あんまり”無ぇ!」

「……!」

「それに封印するってことは、死んであの世に行くことすらできねぇって事だろ? それってよ、きっと辛いと思うんだ」

「……」

 

 人間、現世では必死こいて生きて、死んだら閻魔さまのところで裁きを受ける。 そんで地獄なり天国なり行くもんだ。 なのにそれすらさせてもらえないってのは、辛すぎるぞ。 どんなに凶悪な奴だって、必ずあの世には行けるんだし。

 

「それによ」

「……うん」

「はやてはまだ10歳にもなってねぇンだ。 そんなヤツひとり犠牲にして平和になったとして、それでホントに満足か?」

「…………」

 

 正直、オラはイヤだ。

 出来るできないとか、他に方法がとか、そんなこと言う前にオラはアイツに酷ぇ目に会わせるのが嫌なんだ。 だってそうだろ? こっちはもう大の大人なのに、たった一人小さな子供すら守れないでのうのうと生きるなんて……

 

「オラは絶対に我慢ならねぇ」

「……あぁ」

『お父さま……』

 

 ギルの声が、微かに震えた感じがした。 顔は最初の強張った感じのままだけど、それ以外はもう全く違う状態だ。 姿勢も気勢も全くの別物。 あいつは今、完全に迷いが出てきている。 そうだよな、やっぱおめぇも嫌だったんだよな。

 

「初めて会った頃のプレシアもそうだったけどさ、おめぇたち子供にいろんなモン背負わせすぎだ」

「あぁ」

「もうすこしだけ、必死こいて頑張ろうぜ? あいつら、まだまだこれからなんだし、守ってやらなきゃな」

「ああ!」

『……』

「……いや、つっても」

 

 …………まぁ、なんていうか。

 

「オラも案外、人の事とやかく言えないのかもしれねぇけど」

「ええ!?」

『はい?!』

 

 ははは。 さっきまでの空気ってやつをぶち壊しちまったかな。

 

「オラも、悟飯の奴には色々メイワク掛けちまったし」

「……ゴハン?」

 

 “精神と時の部屋での修行中”に見せたあの……そんで、オラが思っちまったこれからを思うと、なんだか随分と偉そうなことを言っちまった気がする。 それ思うと、こんなに悩んでいたギルにはすこしだけ頭が下がるな。

 

「こっちもやっぱり、自分の子供には随分と無茶をさせてきたし――させるつもりだからなぁ。 なんともいえねぇのか」

「…………」

「悟飯のヤツは……もう――」

 

 きっとこのオラを……ん?

 

「どうしたギル?」

「あ、いや……いまキミがとんでもないことを言ったような気がして……」

「うん。 アタシも聞いた」

「わたしも……!」

 

 なんだなんだ? どいつもこいつも、いきなりオラに詰め寄ってきやがったぞ。 オラなんか変なこと言ったか? どいつもこいつもおどれぇた顔しやがって、どうしちまったんだ?

 あ、こらギル! おめぇそんな鼻の息がかかるくれぇに詰め寄んじゃねぇ! きたねぇからやめてくれ。 とと、やっと落ち着いたみてぇだ。 座ってた椅子に戻ると、あいつはそのままポケットからハンカチだして汗をぬぐってる。 そんなに焦ることなのか? おら何言ったんだっけか?

 

「キミ……もしかしてお子さんが?」

「居るけど……」

 

 それがどうしたんだ? 何か変なことでも……

 

「じゃ、じゃあ……結婚も……?」

「けっこん……あぁ、してっぞ」

【…………は――ッ!!】

 

 おいおい、みんなそろって飛び退くなんてどうしたんだよ。 まるでなのはのレイジングハートみてぇな声だしてさ。 おかしいったらねぇぞ?

 

「こ――! ……は、い、いまおいくつで?」

「30だ」

「!?!?」

 

 お、おいおい……ギルの奴、目ん玉飛び出してんぞ?! 双子なんかさっきから口きかねェし、髪の短い方は泡食っちまってるしで大変なことになってんぞ。

 

「じゃあ……キミは今何歳!?」

「だから30だって言ってんだろ? あ、死んだら歳食わねぇらしいからまだ29なんかな? そこらへん曖昧だけど、今もうそんくれぇだろ」

『……あぁ、貴方の年齢でしたか』

 

 他に何があんだよ? まったく変な奴らだなぁ。 そんなにオラの歳がおかしいんか? どっちかっていうとプレシアの方が尋常じゃない気がするんだけどなぁ。 亀仙人のじっちゃんや占いババさまはともかくとしてさ、アレはなんかもうおかしいもんなぁ。

 

「まぁ、オラの歳だとかそんなくだらねぇ話はともかくさ」

『くだらない!? そ、そうとは思えませんが……』

「ともかく! いいなおめぇたち。 こっからは勝手な真似してくれねぇで、できればこのまま大人しくしててくれ。 下手に刺激して、厄介なことにしたくねぇし」

 

 うまく行くか云々じゃなくって、まず“アイツ”の相手はおそらくこの世界の人間じゃできないはずだ。 よほどの事がない限り――それこそ、誰かが思いっきり弱らせるくれぇしないとな。

 

「厄介……?」

「そうだ。 いろいろあって、今のオラが本気になっても、もしかしたら敵わねぇってくれぇに強い敵がいるかもしれねんだ。 しかもそいつは、闇の書に深く関係してきているかもしれねぇ」

「もしかしてそれはキミの世界の……?」

「ああ。 この際、隠しはしねぇが、少なくともそう思っている」

「……」

 

 でも、イマイチ確信を持てないところがある。 確かにあの時感じた気はフリーザの物だったはずだ、だがどうにも違和感というかなんというか――少しだけ考えたけどやっぱりわからないモンはわかんねぇ。 とりあえず今日はこれくれぇか?

 

「……ん~~」

「悟空君?」

「いや、なんでもねぇ。 それよかおめぇたち」

『はい?』

 

 双子たちに視線をくれてやっと、オラはそのまま笑ってた。 前に会ってから言った事、それをものの見事に守ってくれてたあいつらにさ、オラはなんか言ってやりたくてよ。

 

「やくそく、守ってくれてアンガトな」

「約束?」

「…………」

「え? ロッテ?」

 

 ロッテ。 そう呼ばれた髪の短い方――このあいだ対峙した野郎と同じ気を持った娘はちょっとばかし俯き始めた。 なんだか、超サイヤ人になろうと頑張っていた悟飯に姿が被るかなぁ。

 あいつ、責任感ならなのはよりも数段上だろうし、今思えばとっても嫌だったんだろうなぁ。 自分が役に立てずに、周りの奴らが全員倒れていったのは……あっと、関係ねぇことだったな、いまは。

 さてと、うつむいてたロッテがこっち向き始めたぞ。 なんだか話ししたそうなんだが……わりぃな。

 

「おら、そろそろ行かねぇと……話は、また今度あらためてな」

「そうかい? なんだかまとまらない話ばかりだったけど。 それに――」

「まぁまぁ。 なんなら、闇の書を何とかした時の祝勝パーティでも開いてくれよ。 ターレスのときみたく、お疲れって言ってくれる人がいないのはあいつ等に悪いだろうし」

 

 オラはやりたいからやってるだけだけど、あいつ等は違う。 たぶんな。

 守らなきゃいけないから立ち上がって、戦わないといけないから立ち向かった――それが一番大きかったんだと思う。 こうなるともう、オラとは戦う理由が根本から違ってくるはずだから……な。

 

「……約束するよ」

「お!? いったな?」

「任せてくれ。 最高の宴にしてみせるよ……もちろん――」

「ああ。 全部うまく行ったらだ」

 

 それだけいうとオラは立ち上がる。 もう、ここで話すことはないのかもな……なんて、ちぃと悟った感じなのは見せかけだ。 実際、まだ話すことはあったのかもしれねぇし、聞かなきゃいけねぇことはたくさん残ってるかもしれねぇ。

 でもよ。

 

「やんなきゃいけねぇことが分かったんだ。 あとは、それに向けて突っ走るだけだ。 それだけわかってりゃあいつも通りするだけ――悪いヤツを、オラがブッ倒すだけだ」

「…………頼んだよ」

「任せてくれ!」

 

 ドン――っと、胸叩いて見せる。 とっても強く、大きく鳴らしてやった。 あいつ等の耳に残るように、とんでもなくな。

 

「さぁて、向こうはこっちより時間がずれてるから……そろそろおやつの時間だな? 帰るに良い時間か、さてさて、なのはの魔力……」

「悟空……君?」

 

 あったあった。 あいつ等、気はテンで大したことはねぇけど、この魔力ってのはホントにスゲェくれぇに持ち合わせてやがる。 イメージ的には気に混ぜ物したような感じ、……いや、別物なんだろうけど、こうして瞬間移動でとらえられるんだから似たモノなんだろう。 あり?

 

「おかしい」

 

 なんだこれ? なのはの周りに、同じくらいにでけぇ魔力がかなり集まってやがる。

 

「フェイトにアルフ、そんでプレシアに……こ、コイツは!?」

 

 どうなってんだ!? なんであいつらのすぐ近くにこの魔力が!? 活発そうで、気難しそうで……どこかアルフと似通った感じの魔力は!

 

「気になる。 急いでみっか!」

「なにか、異常があったのかい?」

「まぁな。 とにかくオラもう行くぞ? ここでじっとしている場合じゃなくなった。 そんじゃ――」

「待ってくれ、行くというならむこうの地球まで送って――」

 

 ギルがいきなり立ち上がってくる。 送るって言っても、おらにはその必要が……あ、そうかコイツ知らねんだ。

 

「大ぇ丈夫」

「え?」

「おら、ひとりでも地球に行けるから」

 

 だから少しの間だけ集中させてくれ。 いくら探知できる範囲がデカくなったと言っても、気が散るとできねぇ。

 

「なに言ってんのさ!?」

「そうよ。 大体魔導師でもないあなたが――」

「なんだおめぇたち、オラの事調べてたらしいけど、知らないことも結構多いんだな」

『どういうこと?』

 

 少しだけ騒がしくなったロッテたちを、片手で留めるとそのまま、オラは額に指先を伸ばしていく。 こうやって、一点に集中することで集中力を一気に底ましする術は、聞いた時には半信半疑ってやつだったが……こうも効果があるのはさすがだったな。

 よし、段々とつかめてきた。 複数の大きな魔力が渦巻いてるみてぇで、もしかしたら瞬間移動の到着位置がずれるかもだけど――

 

「行くぞ……――――」

『き、消えた!?』

 

 それでも、善は急げだ! 早く行ってやんねぇと大変なことになる。 だからもうすこしだけ待っててくれ――みんな!

 

 

 

 こうしてこの世界からサイヤ人は消える。 静かに唐突に。 全てのものが感知できない程の速さで――瞬間的に。

 

 変えてしまった物語を、自らの手で終わりに導くが如く。 彼はこの道を進んでいく。 その結果、自身の身に最大級の破滅が押し迫ってこようとも――きっと彼は、歩くことをやめないだろう。 そう、いつだってそうしてきたのだから。

 

 

 

 

 地球。 高町家、一階リビング。

 

 静けさを 割って裂いたる 孫悟空。

 

 彼の登場はまだ先なのだが、その彼がギル・グレアムたちと会話をしている頃であろうか。 この家の住人は、昨日拾ってきた珍客を相手に……

 

「はーい、脱ぎ脱ぎしましょうねぇ?」

「……やだ」

 

 結構、手を焼いていた。

 学校が休みである今日この頃。 悟空よりも幼く、尚且つ彼とは正反対に天邪鬼に見える“少女”に対して、この家の次女の保護欲は臨界を超えてオーバーロード。 彼女の脳髄はいま、幸せという花畑でいっぱいであった。

 

「……やめろよ……このぉ」

 

 少女の方もいっぱいいっぱいであるのだが……

 

「もう、そんなにボロボロの服じゃかわいいお顔が台無しだよ? お風呂も沸かしてあるし、一緒に入ろ?」

「やなモンはやだ!」

「変なところで似てるんだから……もう」

 

 そんな彼女に手を焼きつつ、美由希が思い起こすのはふたりの頑固者。 妹は要所要所で、もう一人は――兄から聞いただけ。 そんな人物たちが脳裏を過ぎる中、ここまで停滞した物語は新たな展開へと流れていく。

 

「あれ? 誰か帰ってきた?」

「…………うぐ」

 

 帰還者の声がちらほら。 小さな声を筆頭に、喧噪、疾走、闘争と、まるでまとまりのない間奏がこの家に流れていく。 そんな声たちで、大体の人物たちをあたまの中で思い浮かべることが出来た美由希は……それらに声を……

 

「お帰り、なのは」

「ただいまぁ~」

 

 かけていく。

 

「お泊りどうだった? おぉ、今日は随分……お~、なんかいっぱい連れてきたねぇ。 あ、プレシアさんこんにちは」

「こんにちは。 お邪魔させていただくわ」

「いえいえ」

 

 先頭からなのは、フェイト、アルフ、そしてプレシアといういわば“いつもの面子”で現れた彼女たち。 すっかりと女性色の強くなる高町の家は、既に女子会の会場を思わせる雰囲気をただ寄せようとしていた……そう。

 

「…………ち」

「こ、この子が……なんで――!」

 

 高町なのはと、招かれてしまった客人との対面が引き起こされるまで……は。

 

「こ、このヤロウ!!」

「なになに!?」

 

 飛び出したものが居た。 

 疾風怒涛!! 瞬殺と決め込んだ拳はなによりも固く……強かった。 忘れもしない、忘れようが無い! 大事な大事な主人の友人たちを――仲間を傷つけたこいつだけは絶対に。

 そう、いまかけていくその者の名は……アルフであった。

 

「アルフさん!」

「くらいな!!」

 

 血気盛んに攻める彼女の、攻撃的な音声をそのままに、なのはの制止の声すら届かずに駆けていく狼の牙は――「ぐじぇぇ!?」

 案外簡単に止まってしまう。

 

「アルフ……“待ちなさい”」

「かあさん……魔法障壁の展開が早い!?」

「フェイトちゃん、驚く箇所が違うよね?」

 

 紫の壁がオオカミの速さを失踪させた。 いかにも、めんどくさそうな声を流し目で強化して、ぞっとするような雰囲気を放つのはもちろんプレシア。 ハンデが無ければおそらく、今いる面子で最強と自負できる彼女がこの行動を行うのは当然のことであった。

 

 それでも――

 

「なにすんだいアンタ!」

「それはこっちのセリフよ。 いきなり一般人の目のまえでこんなことをして……」

「だけどアレは――!」

「黙らないとおやつのドッグフードに調味料をありったけ混ぜるわよ?」

「……ダマリマス」

 

 いいや、それすらも沈黙させるカノジョのなんとすごい事か。 既に恒例行事となりつつある彼女の制圧力は、いまだ成長途中である。

 

「はは、気にしないでください。 大体は悟空君から聞いてましたし……あの人に比べたらこれくらい」

「そう? なら、良いのだけど」

「あはは。 あのヒト、その気になったわたしたち相手でも、片手で捌くし剣だって“刃取”で軽々掴んじゃうし……あ、はは…………」

「ていうかおねぇちゃん……その子――」

 

 ダンダンと暗くなる美由希の、そのテンションが闇に落ちる前に質問をしたなのはの判断は正しかった。

 見知ってる……訳じゃない。

 知り合い――にしては殺伐としていて……

 

 でも、どうしてか放っておけないのは彼女の性分かそれとも……

 

「とりあえずここじゃあれだから、わたしの部屋にいこ?」

「……誰が――」

「――ギロ」

「ひぅ?!」

 

 誰がどういう行動に出たかは、あえて明言はしない。 故に行動の詳細は書かないが、大多数の人間が、今起こった威嚇の前に内またになったのはあえて明記しておこう……話し合いの場所は、狭い部屋の中に相成っていくのでありました。

 

「……なるほどねぇ。 この子が例の――闇の書の守護騎士プログラム」

「……む」

 

 警戒心を隠そうとしないのは、まるで見知らぬ家に預けられた子犬のよう。 どこか親近感めいた感情を胸に、アルフが一番遠くから眺める中で、プレシアはベッドに座らせた少女に近づく。 しかし。

 

「拘束しねぇのかよ」

 

 彼女の警戒心はいまだ強い。

 当然だ、自分はいわば犯罪者で、彼女たちの中央にいる少女を襲った張本人。 そのこと自体、罪悪感がないと言えばウソとなるが、それでも譲れないものがあったから武器を向けたわけで。

 

「……」

 

 だからこそ押し黙る。 長い時間を生きた“はず”の彼女からすれば、この歓迎は正直戸惑いを隠せない。 どうして……? こんな迎え入れ方は今代の主人の面影さえ感じてしまう。

 

「……くそ」

 

 それを思ってしまった少女に、敵対の心は薄れていく。 でも、どうしても聞きたい。

 

「なんでおまえたちはそんなに――」

 

 振りあげられた……オレンジの髪。 怒気よりも困惑が強い揺れ方は、まさに彼女の心の内を代弁していた。 でも、それに向けられる目線は決して同情ではなく。

 

「あら? でもあなたは片手で街を破壊できるほどのモノじゃないのでしょう?」

「それにいきなり巨大な化け物に変身もしないんだよね?」

「とてつもない怒りで、髪の色が変わったり……」

「戦闘能力が数十倍に跳ね上がったりもしないんでしょ?」

「あ、ああ?」

 

 いままで在ったことを思い出す、苦労の目。

 その話が何かの暗喩だとでも思いたい少女は回答を出しかねる。 なんの話だと、口元でゴネゴネと混ぜ合わせていると……

 

「プレシア・テスタロッサ!!」

『?』

 

 やかましいモノが独り……

 間が悪い、もう少し早く来れば――どうにも不自然なほどに悪いめぐりあわせは、まるで彼の星のめぐりを示し合せるかのよう。 氾濫した天の川のような彼の星はなんなのかは知らないが、それでも物語を進めようとする彼の名を、皆が一斉に口にする。

 

『クロノ(くん)!!』

 

 魔導師の男の子……見参!

 今現在で、この場をヤバい方向へ持って行けてしまうファクター……管理局員という称号の持ち主が到着してしまったのでした。 この、いかにも穏やかに終わろうとしていた流れをかき乱しながら。

 

「ユーノの具合の報告にやって来てみれば……美由希さんが言っていた子というのは彼女の事ですか?!」

「……そうよ」

「はぁ……その子って報告にあった人物なんじゃ……」

 

 あたまを抱える少年の苦悩は深い。 仕事柄、このような事態に陥った場合は即刻の判断のもとに拘束する……のだが。

 

「すまないが……」

「ああ、なんだかやっと今まで通りって感じで、どうもほっとしている気分だ。 やってくれ」

「あぁ」

 

 なぜか少女の許可のもと、緩い拘束魔法を四肢に掛けるだけ……そう、本当に輪が付いただけで身動きは一応とれるくらいの軽薄さで、彼女を言葉だけなら拘束する。

 

「これよりキミの身柄は管理局が“一応”預かる」

「いちおう……?」

「そうだ。 何分僕は管理局の人間だ、キミのような存在は見過ごせない……無いのだが」

 

 だけどやはり、態度はなのはたちのそれに準じていた。 初対面で容赦のなさが消えているのは――ひとえに一人の男が原因なのだが、いかんせんそれに気づかないクロノは……

 

「こうでもしないと彼女たちに何をされるか分かったもんじゃない」

「そんなにあいつ等怖いのかよ」

「キミは戦って知っているはずだと思うが……その通りだ」

『クロノ?』

「な、何でもない」

 

 とりあえず、彼女たちのせいだという事だと思い込んでいたりする。

 

「んで、あたしをこれからどうする気だ? 無様に敵陣に“逃げ込んできた”んだ。 こうなるのも覚悟の上だ。 好きにしろよ」

「……?(逃げ込んで……?)」

 

 ここでクロノの脳裏に、幾多の単語が流れ出す。 逃げる、Escape. 迷う、うつむく、孤立、…………

 

「救助……?」

「クロノ?」

 

 そのとき呟いていたのは、まさに正解の一言。 それに気づいたフェイトも怪訝な顔をするに至る。 この幼女、何か重要なことを引っさげてきたのではないか……と。

 それでも、彼の肩書が幼女の救援を遠ざけようとする。 言葉もなく、ただ俯いている犯罪者には救いの手を差し伸べるどころか見向きもできない……立場というものが、クロノがもつ良心を隅へ隅へと追いやっていく中。

 

 そう、そのときであった。

 このときであった。

 こんな時だからであった――――…………

 

「お、……おっす!」

『悟空!!?』

「…………ぁ」

 

 黒髪の青年……到着である。

 あまりにも都合のいい登場は、もはや狙っているのではないかという疑問さえ隠しえない。 いいや、もしかしたら狙っているのかもしれない……今ここに居る幼女が、手痛い目に会ってしまいそうだった分岐点を、防ぐべきタイミングを……そして。

 

「いやー、瞬間移動でここに来ようとしたのはいいけどさ、なんだか強い魔力持ったのがゴロゴロしてたもんだから着地に失敗したっていうかさ」

「それはいいとして、はやくどいてくれないかしら――――私の上から」

「はは……すまねぇ」

 

 …………プレシア女史の、マウントポジションを……

 

 説明するとこうである。

 クロノ登場から一歩引いていたプレシアはそのまま壁際のいぶし銀を敢行。 灰色の髪を揺らしながら、まるでタバコを吹かすような仕草で天井を見ていたら、その視線の先に空気を切り裂く青年が登場。

 同時に声を出す→プレシアの顔に黒い影→悟空の青いブーツがプレシアの顔面にダイレクトアタック。 まるでフリーザ戦で、かめはめ波を囮にした後の悟空のドロップキック張りの音が部屋中に轟くのは当然の帰結であった。

 

 そうして、崩れた二人はくんずほぐれず……今に至る。

 

「はは、随分とアレな登場だったかな」

「アレとはなによ……あれとは。 人のこと踏んづけといて」

「あ、ええっと……まぁ、わるかった……だからそんな怖ぇ顔すんなって。 な?」

 

 軽い会釈をすんなり終わらせ、謝罪もそこそこ――孫悟空は、ついに目的の存在へと視線を移す。

 

「…………んでだよ」

「お?」

 

 でも、その子は奥歯を震わせている。

 信じられない――最低だ。 そんな声すら聞こえてくる彼女の、侮辱に歪んだ表情は既に憎しみすらただ寄せている。

 

「おまえ……こいつの――」

 

 仲間だったのか……そう、読みとれるほどに親しい彼らの会話に、心の炎が燃えたぎるのも時間の問題であった。 彼が作る笑顔が、今はただ自分たちを嘲ったものにしか見えないのはもはや手遅れとしか言いようがない。

 幼女は、震える奥歯を強く噛みしめた。

 ―――――それを。

 

「そうだ。 こいつらはオラの仲間でさ」

「くっ!」

「いつか、おめぇたちに紹介したかった奴等なんだ」

「……ぁ」

 

 何時ぞやのように、そっと触れてやる青年の声。 手でもいい、声でもいい。 ただ、強張る彼女の身体があまりにも痛々しかったからで。 彼はそっと……幼女の衣服を叩いていく。

 

「あーあ。 結構大変だったんだなぁ、服、こんなに汚しちまって」

「よ、よせよ……」

 

 右手で肩を二回、左手で腰を3回、またも右手で今度は頭を……ひと撫で。

 

「クロノ、コレ外してくれよ?」

「ダメだ……残念ながら僕は――」

「そうかぁ」

 

 軽く微笑んで、怒ることなどせず。

 

「そうだよな、こういうのがおめぇのしごとだもんなぁ。 おら“仕事は”したことねぇからわかんねぇし、あんましとやかくい言えねぇからなぁ」

「すまない……」

「いいさ――」

 

 一言、そう言って悟空は水色の拘束魔法の一つに手を持っていく。 手のひらを水平に、甲を上に持っていくそれ。 さらに中指をあげ、人差し指とくすり指とで三角形を作ると、その中央にバインドを挟み込んで。

 

「オラが勝手にやるんだ。 “コレ”は、おめぇのせいじゃないからな?」

「…………バインドが……砕けた?」

 

 一気に水色の光りを粉みじんにしていく。 いともたやすく簡単に、それでいて当たり前のように崩していく悟空はそのまま。

 

「……ぅぅ」

「これで自由だ。 ほれ、取りあえず汚れちまった服着替えるんだ」

「…………ぁぁぅ」

「?」

 

 幼女の名前を……

 

「どうしかしたんか……ヴィータ?」

「……うくっ」

 

 つぶやく。

 この一言。 この声。 今のいままでどれほどに待ち遠しく待っていたことだろうか。 目元には溜められた涙が、既に決壊の時を待っていた。 彼女の心は、ようやく……悲しみを流していく。

 

「うああああーーーーーーうぅぅ。 ゴクウぅぅーーー!!」

「お、おい……ヴィータ」

「うぐ……ひっく……うわああーーーん!!」

「はは……しかたのねぇヤツだ。 よしよし」

 

 飛び込んでくる少女。

 青年の胸に頭をうずめると、そのまま首を左右に振ってダダをこねるようにその場を動かない。 強く握られた両の手は、もう、ここから離れないと言わんばかりに思える健気さと儚さを見る者に与えていて……

 

「みんな……」

『……』

 

 悟空以外の者は、特に異論なくこの場から去っていくのでありました。 何かがあったのは間違いない。 でも、あんな鋭い目をする女の子がここまで泣き叫ぶのだから……きっと何かあったに違いない。

 知らなければいけないことだ、でもいまは――

 

「あの子の気持ち、分っちゃうから。 だからこのまま、せめて今は――」

 

 あのまま、心の奥底に溜まった鬱屈を……吐き出してほしい。 そう、願うなのはであり。

 

「よしよし……辛かったなぁ……」

「うん……うん……」

 

 自身を掴んで離さないヴィータを、ただただ微笑んであげる悟空であった。

 

 落ちぶれた――いや、光射す世界へ助けを求める声を言い放つことが出来た彼女は、これから一体どのような変化を世界にもたらすのか。 そして主であるあの子の因果は、果たしていかように集結してしまうのか……いいや、それすらも出来るのであろうか?

 

「なにかあったんだよな。 辛くなかったら、話してみろ? オラがちからになってやる」

「……うん――~~ッ!」

「はは、もう少しこのままで居ような。 落ち着くまでこうしてると良いさ」

 

 様々な憶測生まれしこの瞬間。 けど今はただ、泣き叫ぶ声を必死に受け止めるしかできない。 

 




悟空「オッス! おら悟空!!」

ヴィータ「ぐしゅぐしゅ……」

悟空「おいおい。 そんなに鼻水垂らしておめぇ……ほれ、汚れちまった顔拭いてやるぞ」

ヴィータ「ありがとう……」

悟空「はは、いいさ」

プレシア「ねぇ、あなたたち……いいの?」

幼馴染S(仮)「え? どういうこと?」

プレシア「あんな強烈なかわいい子……孫くん、取られちゃうわよ? かわいさも残念だけどもしかしたらあなたたちよりも上を行くかもしれないわ。 なんていう美少女力かしら」

なのは「でも、悟空くんだし」

フェイト「……そうだよ、ありえないよ」

二人「………あれ?」

アルフ「……いま、なんだかガラスが割れるような……まるで自分の発言で自分自身が傷ついたような音を聞いた感じがするよ」

プレシア「まったく……これで彼が実は家庭もちだったら、この子たちどうなるのよ……あれ? 彼って……そういえば確認……今度して見おうかしら?」

アルフ「それはあとにしてもらうよ。 そんじゃ次回!! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第46話」

悟空「拳よ届け! 炎熱の剣士のその先へ――」

???「……さいや……ジン……」

悟空「目を覚ませ!! おめぇ……よくも!!!」

???「ソン……たす……ろしてく――れ……」

悟空「させねぇ……させねぇぞ!!」


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第46話 拳よ届け! 炎熱の剣士のその先へ――

遂に近づいた根源……
戦士はこれに対してどういう手段で対抗していくのか……

この物語最大の謎の回答その1が今回登場です。 おそらく分かり難いので、それはそれで聞き流しちゃってください。

りりごく、第46話です。


かこ~~ん……

 

「いいか、絶対にこっち見んじゃねぇぞ!」

「おうおう」

「ホントにわかってんのか!?」

「わかってる分ってるって」

 

 とある家の浴室に、男女が一組入っていた。 未発達な身体は“おうとつ”少なく、世間的に見て色気の一つも感じせない。 だが、その純粋無垢を地で行く身体つきは、心を掴み視線を釘付けにするには容易いの一言ではなかろうか。

 

「そんなことよりもほれ、おめぇリキが大分落ち込んでるからな。 ここで一回、全部疲れ取っちまうんだぞ?」

「……」

 

 彼らの立ち位置、というより配置と言えばいいだろうか。 とにかくまず、浴槽に少女がいて、その外にいま青年が黒い髪を白い泡で包みこんでいる。 ぐわしゃ――という大雑把な音を木霊させながら、彼は少女の忠告を守ってやまない。

 

――でも。

 

「……ホントにわかってるのかよ」

 

 それが、少女の機嫌をほんの少しだけ下り坂にさせているとは知らないままに。

 

 ここまで言えば分らないはずはないだろうが、ここに居る二人の名称は男がもちろん孫悟空。 少女の方は……鉄槌の騎士――ヴィータである。 そんな彼等の会話の中、幼き少女は悟空の身体を、ちら見する。

 

「にしてもヴィータ。 どうして美由希と風呂に入らなかったんだ?」

「……はぁ」

「おい、どうした?」

「な、ななな――なんでもねぇよ!!」

「お?」

 

 見てしまった体躯と肉体。 ひと目見るだけでわかる彼の身体は、いうなれば金剛無双。 力……本当に力だけを研鑽されたはずのそれはどうしてだろう。 曲線も何も有ったものじゃないはずなのに、美しさという単語を見る者の心の中に落としていく。

 しかしここで、少女に試練が訪れる。

 

「さてと」

「う!」

「次はおめぇの番だぞ、さっさとあがっちまえ」

「……あ、あうぅ」

 

 それは当然のことであった。 悟空が体を洗い終えれば、彼は当然待っている人物に席をゆずる。 この行動の意味するところすなわち……裸でのご対面。

 

「……いい」

「?」

 

 けれどそんなことを許せる少女ではなくて。

 

「いいって言ってんだろ?」

「いいんならさっさと身体洗っちまえよ?」

「~~ッ! そっちの“良い”って意味じゃねぇ!!」

「おおっ……!」

 

 水しぶきが上がる。 悟空のいつも通りに、思わず腕を振りあげたヴィータは眉を吊り上げていた。 どうして――そう、喉もとから這い出そうになる自身の欲求を押さえつけるかの如く、彼女は暴力を開始しようとしたのだが。

 

「いまのはちぃとダメだぞ」

「こ、こいつ……」

「振りに迷いがあった。 出だしの瞬間にばらつき――」

「格闘技の解説なんかしてんじゃねぇ!!」

 

 ことごとくを彼が止めて、尚且つ解説が入るのだからもう手の施しようが無い。

 

「ていうかよ」

「なんだよ」

「おめぇ……もしかして」

「……」

 

 ここまできて、ようやく悟空は真実に触れようとしていた。 うつむく幼子、ちらほら行き来する視線……ここまでくれば、彼女が一体どんな心境なのか――

 

「オラと風呂入るの嫌だったのか?」

「…………」

 

 半分くらいはわかってもらいたかった……いや、確かにそうなのだがと、少女は心の中で拳を握る。 わかってほしい、でも、赤面物必須のこの事情は隠しておきたいという思い半分のヴィータは……

 

「……ぶくぶく」

「おーい、ヴィータ?」

「~~~~」

「なんなんだ?」

 

 湯船に鼻まで浸かると、そっとため息をつくのでした。

 そもそも、この父子のような組み合わせで風呂なんかに入っているのか……そう言った疑問が渦巻くのだが、それを解説するには時を3時間ほど戻さなければいけない。

 

 

――――3時間前。 高町家 なのはの部屋。

 

「ヴィータ、汚れちまってるから風呂はいっちまえ」

 

 この一言が火種であった。 つまり、悟空が今回の事件の一端であり、要因であり、やはり根源であることを証明する一言。 でも、そんなことが判らない周囲はその言葉に首を縦に振っていた。

 それでも……

 

「怪我してるみたいだし、誰か一緒に入ってあげた方がいいのかな?」

 

 優しさ100%の発言をしたフェイト。 この一言も、今回の事件の発端でもあるのだ。

 なんというか、たばこ欲しさに火種を付けたら、すぐ後ろが燃料保管庫だったとかそんなありえない事態のようなものであったわけで。

 

「おい、あたしは――」

「そうだね、服も破れちゃってるし着替えも用意してあげなくちゃ。 わたしのでいいかな?」

 

 続く援護射撃は的確であった。 現状を読み、観察し、次に必要な動作に即座に入るのはなのは。 彼女は微笑と共にヴィータの手をやさしく握ると……

 

「行こ……?」

「うぅ……」

「ね?」

 

 それ以上の反撃を許さなかった。 でも――

 

「やだ……」

「どうして?」

「……むぅ」

 

 それでもと、頑ななままに身体をベッドから動かさないヴィータ。 イヤイヤをする様は、どうにも悟空が知っている彼女とは様子が違う。 まるで何かにおびえている印象を与えてきて。

 

「大ぇ丈夫」

「え?」

 

 悟空は、そっと彼女の頭に手を沿えていた。

 

「オラが近くにいる。 そうすりゃ何か起きてもすぐ駆けつけられるだろ?」

「で、でも!」

「心配することなんかねぇ。 ちゃあんと見ててやっからな」

「いやそうじゃなくってよ!!」

 

 これ以上の抵抗は不可。 けれど一瞬で出てきたラスボスを前に、ヴィータの気勢は一気に燃焼を開始する。 お前が――ここで――などとつぶやき、背中で汗を流すのは相当な焦りが彼女を襲ったから。

 事ここに居たって、ここから想像される喜劇を悟った彼女の抵抗は、虚しく悟空の手によって……

 

「さぁて、行くぞ!」

「やめろよ! あたしはひとりで――バカああ!」

 

 幕を下ろされ、新たな幕を引き上げていくのであった。

 

 ――――と、思ったのだが。

 

「あ~、ヴィータちゃん肌キレイ~~」

「それに髪もつやつやしてて……いいなぁ」

「おい、お前たちそんなに――ひゃあ! どこさわってんだよ!!」

 

 場所は脱衣所、時間は夕方前。 廊下で悟空があぐら掻いているそのときであった。 中からなんとも言えない声たちがはしゃぎだす。

 

「はい、コレ。 あの子たち……歳はそうそう変わらないでしょうに」

「お、サンキュウ。 きっと妹が出来た感じなんだろ? オラはろくでもねぇ兄貴が居ただけだったからわからねぇけど、きっと嬉しんだと思う」

「……そうかしら」

 

 それをBGMにしつつ、リビングから歩いてきたプレシアからコップをひとつ受け取る悟空。 中身を確認して、少しだけ吊り上った眉は彼女には内緒……誤魔化すかのように話を次へ進める。

 

「でも、ヴィータの奴何があったんだろうな。 聞こうにもなのはたちが「今は止めておいて」~~なんて、睨みきかせてくっからわかんなかったしな」

「そこらへんはアレよ。 あなたが妙なところで無神経なのがいけないわ」

「そうか?」

「そうよ」

 

 大抵のことには気が廻るくせに……そんなつぶやきを空気へ霧散させたプレシアは、そっと口元を緩める。 カップの中の黒い液体が、ほのかに周囲へ焙煎の香りをただ寄せるところも、彼女の心を大きく緩めていく。 そんなときであった――悟空の背後にある、脱衣所のドアが開かれる。

 

「助けてくれゴクウ!!」

「お、おい……おめぇそんな格好で――」

 

 飛び出し、彼の背中に張り付くのはヴィータ。 本当にらしくない怯えた目を揺らしながら、少女は自身と同じ背丈の女の子たち……なのはとフェイトに視線をくれてやる。

 

「さっきからアイツら、体触ってきたりして気持ち悪いんだ!」

「そうなんか?」

 

 其の一言で、悟空も視線を同じくして。

 

「ダメだぞおめぇたち。 ヴィータの事イジメてやんなよ?」

 

 人差し指立てて、首を小さく傾げて論してみる。

 

「そ、そんなことないよ……」

「悪気はなかったんだ。 ただ、その……つい気持ちが弾んだっていうか」

「??」

 

 聞こえてくる言い訳に、でも、悟空はその意図が読めない。 当然だ、彼は男であった、しかも“その手”の方面は生理的を通り越して生物学的に希薄なのだから。 だがそれでも何とかして読み取ろうと、思い出していく。

 

「たしか女同士でもそういうのが……なんてったっけかなぁ」

「えっと……悟空くん?」

「別にわたしたちそういうのじゃ――」

 

 何となく、言いたいことが読めたなのはとフェイトが否定しようとする刹那。 その瞬間ですら、悟空に取っては些末事。 彼はなによりも速く思い出して“口にしていた”

 

「そうだ! “バラ”っていうんだろ!」

『違う! ユリ!!』

 

 それに答えた少女達の声は音速よりも早いという矛盾をはらんでいたそうな。

 

「そうなんか?」

「あ、いや! そうなんだけど……わたしたちはそういうのじゃなくって――」

「悟空、違うんだよ! あのね!」

 

 彼の一言で場が混乱の渦に叩き落とされたのは言うまでもないだろう。 しかし、ここで湧き上がる疑問にプレシアはつい……

 

「孫くん、あなたそんな言葉どこで覚えたの?」

「え? いやぁずっと前にガキの姿だったオラがよ? ミユキの――」

「もういいわ。 これ以上はプライバシーの問題に突っ込むから」

「いいんか?」

「いいのよ……はぁ」

 

 持ったコップの中身を、一気にあおるのでたった。 まるでのど元までせりあがった言葉を呑み込むかのように。

 

「なんにしてもヴィータ、あの二人の行動は確かにおかしいけどさ」

『おか!?』

「けど、おめぇのこと心配してのことなんだぞ? きっと、わざとああやっておめぇの緊張をほぐしてやろうとしてたんだ」

「そ、そうなのか?」

 

 合わさる視線、確かめ合うかのように混じりあうそれは、次第に温度が高くなる頬と共に緩やかな雰囲気を形造っていく。

 

「ほれ、あいつ等の顔よく見てみろ」

「……え?」

 

 そうして悟空が指さす先、二人の魔法少女が若干肌けさせて突っ立っている絵がかきあげられていた。 赤面する以前として、今悟空に指摘された事柄に対して満面の笑みを浮かべようと……

 

「はは――」

「……えへへ」

「なぁ、今あいつ等視線を逸らしたんだけど」

「そ、そうだな」

 

 ものの見事に失敗していた。

 

「ま、まぁとにかくよ。 もういいから風呂入ってきちまえ」

「もういいから?!」

 

 そうして悟空の失態が続く。 見事なコンボのそれ、さらにヴィータを一瞬だけ見渡すと、彼は後頭部に手を持っていき小さく笑う。

 なぜ笑う、どうしたというのだ? ヴィータに疑問の感情が芽生えようとする中で。

 

「いつまでもそんなかっこじゃ、おめぇ風邪ひくぞ」

「こっち見んなバカ!!!」

 

 激怒と羞恥の感情が爆発したりする。

 同時、見えざる速度で射出されるコブシは彼女の感情のおもむくままに威力を際限なく上げていた。 唸る轟音、爆ぜる空気。 当たれば気絶間違いない威力のそれに対して、悟空の選択肢はというと。

 

「まぁまぁ」ぺち!

「く、この!」

「おさえておさえて」ぺちぺち!

「このこのぉ!!」

 

 なんだかフザケタ音を鳴らせるだけで、彼は話すことをやめない。 この間、悟空の頬から胸元に向かってかわいらしいパンチが飛んでいくのだが、それが彼にどういったダメージを負わせているかは、想像にお任せしたい。

 そうしてやっと悟空は、本腰を上げてヴィータを風呂に入れようとするのだが。

 

「さっきまでミユキと入ろうとしてたんなら――」

「アイツはあの白いヤツの姉貴なんだろ? それはちょっとヤダ」

 

 警戒心が大きく上昇した彼女は、一番無難な選択肢をひと蹴り。

 

「あいつ等と風呂に入るのがいやなら……プレシア――」

「ヤダ。 アイツコワイ」

「おお?」

「……失礼ね」

 

 順当な結果に全身を“ケータイ”のようにガクブルさせていき……

 

「んじゃアルフ――」

「アタシかい?」

「おう」

「今ならもれなくフェイトがついて来るけど?」

「ダメか……」

 

 最後の奥の手は、やたら豪華な追加特典の前に沈没。 普通ならうれしいそれに非難の声が上がるというのはもう、なんというか事態が事態だからか悟空なのだからというべきか。

 

「しかたねぇ。 こうなったらモモコが帰ってくるまで我慢しててもらうしか……」

「…………」

 

 黙りこくってしまうヴィータ。 いい加減、ひとりで入ってもらうしかないとは思う悟空であるが、それでも言わないのはやはり“さっきの出来事”が影を引いているからなのだろうか? 読めない彼の考えを、まるで読み取ったかのようにひとり、口を鋭く吊り上げたものが居た。

 それは――――

 

「もう面倒くさいから孫くんと入ってきなさい」

「え゛!?」

 

 やはり魔女であって。

 

「それでいいか。 んじゃ、いくぞヴィータ」

「おいコラ離せ! そんな丸太担ぐみたいに――ゴクウ!!」

 

 その言葉に相乗りした悟空の行動は風神様よりも早かったそうな。

 そうして、時間軸は元に戻っていく。

 

 

 

「にしてもヴィータが元気になってよかったぞ」

「え?」

「さっきまでびーびー泣いてたからな。 いつものおめぇらしくないから心配しちまったぞ」

「……わ、悪かったな」

 

 いざこざはありつつも、悟空の当たり触りある発言はいつもの事。 その、いつもが大切なのだから今回は良いのではなかろうか。 それでも……

 

「……」

「あのな」

 

 ヴィータは……

 

「もう少しだけ……考えを整理する時間が欲しいんだ」

 

 浴槽に顔を沈め、プクプクと音を立てていることしかしない。 もう、時間はないとわかりきっているさなか、それでもあの時の光景を思うだけで――心に黒いクレパスが刻まれそうで。

 まるで運動前の深呼吸のように、今はただ、落ち着く時間が欲しい彼女であった。

 ――――時は刻一刻と過ぎ去っていく。

 

 

「あがったぞぉー」

「……どうも」

 

 いやー、さっぱりした!

 やっぱり風呂は熱いのが一番だな。 最近覚えた機械の動かし方――あ、ブルマの父ちゃんが作った宇宙船の動かし方ぐらいに簡単だったのは秘密だぞ? ――でわかったんだが、43℃くれぇがいい感じだな。

 ヴィータのヤツは熱すぎだなんて、水道の蛇口を思いっきり捻ってたけど……あ、そういやクロノの姿が見えねぇな。 風呂入ってる途中からアイツの気をこの家から感じなくなってはいたけど、帰ったんか? もしかしてギルの所に行ってたりしてな。

 

「悟空……くん」

「どう……だった?」

「うぇ!?」

 

 な、なんだこの不吉な気は!? なのはもフェイトもさっきまでとは様子が明らかに変だぞ。 何があったんだ、オラたちが風呂に入っている間に――!

 

「そのこと自体が原因なのよ……」

「はい?」

 

 なんだよプレシア。 そりゃあどういう意味だよ?

 まったくよぉ、自分だけ分かった風に会話すんのはおめぇの悪いとこだぞ。 まるで……まるで……? だれだっけかなぁ? ずっとめぇに、ずいぶんとそんな風な話するじっちゃんに会ったような……?

 

「まぁいいや。 ほれ、ヴィータ。 おめぇ髪がなげぇかんな、いつもなのはがしてるみてぇにあたま“おだんご”にしてやる」

「そ、そこまではいいって――」

「遠慮すんな」

 

 長いバスタオルで、髪の水気を取るんだったよな。 えぇと? そんで髪の毛をある程度束ねるようにして……上からタオルを巻きゃあいいんだよな。 こうして、こうして?

 

「痛い! いたたたっ!!」

「あ、わりぃ……えっと、こう!」

 

 ちぃとちから加減が……うっし、何とか巻けたな。 女が風呂上がりになんでこうするかよっくわかんねぇけど、こうすると髪に良いんだとよ。 ……水付けっぱなしだとバリバリになるんじゃなかったっけか? よくわかんねぇや。

 

「……てか、ゴクウ」

「なんだ?」

 

 なんだよアルフ。 そんなヘンなもんみるような目をすんじゃねぇって。 オラが変人みてぇだろ? ……いや、あんまし間違えじゃねぇンか? サイヤ人で異世界人ってやつだもんなぁ。

 

「今のこの状況であんた、何にも思わないの?」

「何にもはねぇだろ」

「……そうかい?」

「そうだぞ」

 

 ほんとだって。 現に今だってどうして女は髪を――

 

「あんた絶対わかってない!」

「……そうか?」

「間違いないね!」

「……そうか」

 

 そんじゃあいったい何考えろってんだよ……オラ只、ヴィータと風呂入って、身体洗ってやっただけだぞ。 何にも悪いことしてねェじゃねぇか。

 

「……はぁ、まぁ、ここまでは良いとして」

『……あは』

「――――お願いだからフェイト、なのはちゃん。 もう少し我慢しててね」

 

 な、なんか今日に限ってあいつらの様子がおかしいぞ。 2、3日まえに会った時はこんなことなかったのになぁ。

 さてと、そんなあいつ等なだめてるプレシアがとうとう話があるみてぇだな。 これはいよいよヴィータには我慢してもらわねぇと行けなくなっちまうか? 正直、あんまし気は進まねぇけど。

 

「ヴィータ」

「……うん」

 

 わりぃな。 結構なことが起こったんだとは思うがよ、それでも、いいや、だからこそなんだ。 あんましヤバい事だったら早めに手をうたねぇと……人造人間がやって来るときとは違って、今回はもう修行の期間がねぇ上にドラゴンボールの世話になるわけにもいかねぇ。

 ………………プレシアはもう……

 

「あたしらがそこに居る白いヤツを襲ったのは知ってるよな」

「……うん」

「んで、お前が優勢になった時に助けに入った奴がいたのも覚えてるよな」

「えっと、あの美人なお姉さんの事……?」

「たぶんそうだ。 ほら、あの剣持った奴。 そこにいる使い魔にダメージ負わした奴だ」

 

 こりゃあ多分シグナムのことだな。 いまだになのはやアルフを指さして目ぇ合わせねぇのは気にはなるが今はいい。 ……しかしこの言いぶりだと。

 

「シグナムの奴になにかあったのか?」

「……そうだ」

 

 やはり……か。 けどいったい何があったんだ? まさか殺されたんじゃ――あいつほどの腕前の奴がまさか!?

 

「話し戻すけどさ。 そこの使い魔がやられた後、わけのわからねぇ強さの男が乱入してきて、アタシはそこで意識を――」

「あぁ、オラの事か。 あんときはすまなかったな……つい、力が入りすぎちまった」

「…………はあ!?」

 

 “フリーザに似た気”を感じ取ったもんだから、ついつい緊張してたもんなぁあんとき。 しかしまさかとは思うけどそれで怖くなってこうなったんじゃ……ねぇよな。

 い、いや……でもそんなこと……

 

「あ、ああ……」

「お、おいヴィータ?」

 

 まじか? まじなんか? ホントにそんな理由で……?

 

「あの金髪がお前ってどういうことだよ!!」

「あぁ、そっちか」

「そっちってどっちだ!!」

「いぃ!?」

 

 お、おいいきなし掴みかかってくんなって――お、おい! あたま振んな! 尻尾にぶら下がんなって!

 くぅ~~、こ、こんなに興奮するなんてどうしちまったんだよ。 おい、ヴィータ……

 

「いい加減にしろって、ヴィータ!」

「ご、ごめん……でも、あんな冷酷鉄仮面みたいなやつがホントにお前なのかよ!!」

 

 れいこく……てっかめん?

 それってオラの事か? そういや確かに超サイヤ人になったオラは興奮を抑えるために結構冷静というか、気を抑えたりはしてっけど。

 

「にゃはは、悟空くんのアレは初見さんには確かに別人にしか見えないよね」

「そうか?」

「そうだよ悟空。 悟空自身、姿を鏡で見てるわけじゃないからあんまり判断付かないかもしれないけど、アレはやっぱり……ねぇ?」

「……そっか」

 

 なのはもフェイトもどうやら同じ感想らしいな。 まぁ、こいつらは確かに随分前からこういう指摘はしてきたし、そのために始まったアノ修行だもんなぁ。

 実際問題、そのおかげで超サイヤ人状態でも緩急のとれた“全力戦闘”ってのが出来るようになったわけだが。

 

「あんときのオラは超サイヤ人状態になれてなくってよ。 ああなるとソワソワして、なんていうかサイヤ人がもともと持ってた殺戮本能ってやつが数段強化されるみてぇなんだ」

「す、すーぱーさいやじん? なんだそりゃ?」

「え? えぇと、超サイヤ人っていうのはさ。 サイヤ人が限界まで力を付けて、そこから純粋な心の中で激しい怒りによって――」

 

 そういやヴィータに言ってなかったなぁ、オラがサイヤ人だってこと。 ――ってことはあれか? オラのことイチから説明しねぇと不味いんか? これはこれで面倒くせぇぞ。

 

「さ、サイヤ人ってなんだよ!? 悟空の事なのか!」

 

 ほら来た。 こっから説明するのは中々に骨だぞ。 オラ見た目通りに説明とかするのが得意な人間じゃねぇんだぞ? ……どうすりゃあいいんだ。

 

「……興奮するのは其処までにしてもらいましょうか」

「お、プレシア?」

「いまは、貴方の身に起こった事を聞かせてもらうのが重要の筈よ」

「そ、そういやそうだったな」

 

 いけね。 つい話がどっかいっちまった。 オラとしたことがつい……

 

「たしかオラが超サイヤ人になって、おめぇたちのことを追い返したところだよな?」

「……そのすーぱーナンチャラってのがよくわかんねぇけど、あのあとのことだ。 あたしがお前にやられて3日間眠りこけていた間に――はやての病気が急激に進行したんだ」

「…………」

『はやて……?』

 

 今の一言でヴィータの奴、一気に暗い顔になりやがった。

 これで大体が確定だな。 最悪だ……まさかはやての奴がこのタイミングで――

 

「アイツの病気、そんなに酷いのか?」

「あぁ」

「おめぇたちが――――――」

 

 あんなに争いがイヤだって言ってたあのはやてを、随分と慕っていたおめぇたちが……

 

「――――――一ひとり相手に、寄ってたかって弄ろうとするくらいにか」

「…………そうだ」

 

 こりゃあ相当不味い状況らしいな。 そもそもでシグナムなんかはサシが大好きっていうような、まるでオラみてぇな気性の持ち主だと思うし。 そんなあいつがわざわざああいう手段で襲ってくるぐれぇだ。

 

「……プライドも、なんもかんも捨てる覚悟か」

「孫くん?」

「……いや」

 

 あいつ等がよく言う騎士っちゅうのがどんなもんか知らねぇ。 けど、その行動の中にある“誇り”だけはわかる。 なにせオラも……

 

「なんでもねぇ」

「ゴクウ?」

「なんでもねぇってヴィータ。 よし、話しの続きに行こうぜ?」

「……?」

 

 いや、今はそんなことよりもはやて達の事だ。 ヴィータの奴がこうなった原因がオラのせいじゃないってなると、疑問は益々大きくなってくるな。 けど……大体読めてきた。

 

「あたしが目を覚ました途端、シグナムはこの世界から遠くの世界に移ろうって言い出して」

「あぁ」

「その間にもはやての具合はドンドン悪くなって……しまいにはついに眠ったきり動かなくなったんだ!」

「そうか……」

 

 予想以上に悪い事態だ。 実際に会ってみねぇとわかんねぇけど、もしかしたら病状だけならプレシアよりも上かもしれねぇ。 これが前に言っていた……

 

「闇の書の……呪い」

「…………なんだよそれ」

 

 ヴィータの反応……随分と薄いな。 という事は、もしかしてこいつ知らないでいままで――

 

「ねぇ、悟空くん」

「なんだ?」

「さっきから気になってたんだけど、そのはやてって言う子は……その子の?」

「…………」

 

 そういやみんなには言ってなかったんだっけか? これはオラのミスだな。 もっと早く相談しとけばよかった。

 でも、わりぃがここは簡単に言わせてもらうぞ。

 

「闇の書の主……っていうやつらしい。 詳しくはまた今度話すが、この街に住んでる車椅子に乗った女の子だ。 年はおめぇと同じ、性格は……会ってみりゃあ分る」

「……そうなんだ」

「9歳……そんな子の所に現れるなんて」

 

 なのはとプレシアの顔が曇ってるのがわかる。 それは他の奴も同様だ。 そうだよなぁ、いままで悪もんだと思ってた奴が、実はいいやつで飛んでもねぇモン背負わされていると知ったら――コイツらだったらやりてぇことはひとつだよなぁ。

 

「言いたいことはわかるが、今はヴィータに確認したいことがある」

「……」

「おめぇ、闇の書完成させてどうするつもりだったんだ?」

「…………!」

 

 これだ。 正直、リンディとギルの話を聞く限り、これを完成させた奴の末路は目も当てられないくらいに悲惨だ。 そんなもんを完成させて、いったいはやてをどうしたいんだ――って、さっきまで思ってたんだが。

 

「闇の書が完成すれば、とてつもない“ちから”が手に入るんだ」

「そりゃあな。 いろんなヤツの魔力を奪って完成すんだから、“戦闘能力”は凄まじいだろ」

「……え?」

 

 どうやらホントにかみ合ってないのは……

 

「戦うちから手に入れたとして、それでどうやってはやて治すんだ?」

「え……え!?」

 

 あいつらの方だったみてぇだな。

 ヴィータの顔に汗が流れ始めた。 こりゃ本当に動揺してるみてぇだな、焦る感じが手に取るようだ。 ここまでくれば大方の予想もつく、……プレシアの方もわかった見てぇにため息をついてるしな。

 

「だいたい最初からおかしかったんだ。 大きくなっていく古ぼけた本の魔力に、その度に小さくなるはやての気。 これだけみりゃあ一目瞭然だ、すべての原因は“その本にある”」

「……そんな…………」

 

 厳しいようだがハッキリ言ってやる。 前にピッコロも言ってたもんな。 オラにはこういった時の厳しさが足りねぇって。 ただ、優しくすると付け上がって昔の悟飯見てぇのを量産するだけだ――って。

 

「ちょっと悟空くん?」

「なんだなのは。 いまちょっと大変なところだからよ――」

「いま悟空くん、とんでもないこと言ったよね?」

「ん?」

 

 なんか言ったか? オラ。 特にそんなことは思わなかったんだけどなぁ……?

 

「いま悟空くん、その本――って」

「言ったぞ?」

『…………あ』

 

 なんだなんだ? 何か問題があんのか? オラただ、“そこに置いてある本”のことを指して話してたんだけどなぁ。 みんなして何そんな驚いた顔してんだ。

 

「その本って、どの本?」

「どのって……さっきからプレシアとかがよく読む本と一緒に、ソファーに乱雑に乗っかってんだろ? その本が闇の書だ」

『……は?』

 

 さってと、んじゃここからが本題だな。

 

――女性誌と一緒に置かれるロストロギア……

――いいの? こんなの……

――きっとおねぇちゃんかお兄ちゃんだと思う。 なにか分んないから一緒に置いちゃったんだよ。

 

「周りが随分とうるせぇけど、話しを続けてくれ。 おそらくだがシグナム達になにかあったんだろ?」

「…………うん」

 

 気になる。 あの今まで暴れ回りだしそうだった闇の書の魔力が極端に大人しい事。 それと同時に、消えてしまってつかめないシグナム、ザフィーラ、シャマルの魔力。 はやては眠っているからいいとして……アイツ等ほどのデカい魔力を探れないとなると、結構な問題だぞ。

 

「突然だったんだ」

「……」

「他の世界で結界張って、そんでみんなで息を殺しながら闇の書を蒐集していたときに、シグナムの様子が激変したんだ――」

「まるで、ヒトが変わったかのようになった……とかか?」

「……うん」

 

 あ、あたりか……なんとなく言ってみたんだが……いや、今はそんなことで驚いてる場合じゃないな。

 

「でも性格とかそんなんじゃねぇ! アレはもう完全に別人だった、まるで――この世全てを上から見下ろすようなっ!」

「……なんだと」

 

 心当たりが……いくつかあるのが問題だな。 だけど、この場合やはりあいつしか考えられない。

 

「そいつの名前、フリーザって言うんじゃねぇか?」

「……わかんねぇ。 ただ、とてつもなく冷たい声だった。 か、顔も……かおも……まるで肉が剥げ落ちたところから見えた顔は機械みたいで……ぅ」

「機械……」

 

 機械……どういうことだ。 機械っていうからには金属なんだろうけど……アイツってそんなカラダしてたか? 全身サイボーグになったというのは、後でトランクスから聞いていたから知ってっけど。

 別人……なのか?

 

「悟空?」

「あ、いや……なんとなくわかんなくなっちまってな」

「敵の事?」

「ああ」

 

 フェイトも不安なんだろう、気ぃつかってこっちに声をかけてきたはいいが、こればっかりはなんとも言えない。 もしかしたらオラの知らないことがあるのかもしれねェし、下手すっと前に現れたターレスの時のように……あーちくしょう!!

 

「やめだ」

「え? ゴクウ?」

「もう、ウジウジ考えるのはやめだ。 いまは、あったことをそのまま受け入れよう」

「……あんた」

 

 たぶんだが、今オラが悩むとそれが周りに悪影響を生みかねねぇ。 てかよ、こんなふうに悩むこと自体オラらしくねぇ。 柄にもない事しちまったな。

 

「とにかくシグナムはいま、何者かに肉体を乗っ取られている。 そう考えていいんだな?」

「……うん」

「んで、そっから聞こえてきた声はシグナムのモノではなくて別人の声。 これもいいな?」

「うん」

「…………」

 

 前にオラが喰らった魂を入れ替える技ってわけでもなさそうだ。 途中まではシグナム本人だったらしいし、何より、そいつの気は感じなかった。 なら――

 

「なにもんか知らねぇけど、シグナムの身体使って悪いことしようとしてるのは間違いねぇようだな。 だったら」

「……ど、どうするんだよ?」

 

 決まってるだろ、そんなこと。 昔っからオラたちが出来る説得の方法っていったらこれっきゃねぇ!

 

「戦って、ぶん殴ってでも正気を取り戻させる。 これしかねぇ!」

『結局それですか……!!』

「あ、はは……お前らしい……よな」

 

 それ以外何があんだ? 奇跡なんて待ってても来ないもんは来ねぇぞ。 困難な時ってのは、やっぱり自分の手で何とかするもんだ。

 

「それに多分、近いうちにアイツの方からこっちの方へ来る……いいや」

「どういうこと、孫くん?」

「ん? あぁ、たぶんなんだけど、アイツはオラがこの世界にいるってのは知ってるけど、どこにってのはわかんねぇはずだ」

「……?」

 

 たぶんだが、あいつがフリーザだとしたらまず気を探る術がない。 そうなったらこんな広い場所だ、まずオラがどこにいるかなんてわからねぇ、けど。

 

「アイツ等は前にやってきたターレス同様、気を測れる変な機械を持ってる。 それを逆に使わせんだ」

「……?」

「つまり、オラがここに居るぞって教えてやんだ……普段限りなくゼロにまで落としている気を爆発させてな」

「そういう事。 たしかにこの世界に気を扱えるものはあなただけ……そしてもしそれを知っているとしたら、確実にやって来る」

「そうだ」

 

 さすがプレシアだ。 相変わらずの洞察力だな。

 あとは日時っていうか、タイミングだが……うげ!?

 

「おめぇたち、急に張り付いてどうしたんだ?」

「……」

「……ゴクウ」

「悟空くん」

 

 フェイトにアルフになのはが、急にオラを囲んで睨み聞かせてきやがった……こりゃああれだな――コイツら絶対……

 

「一人で勝手に行くのはダメだよ?」

「……当然だろ?」

 

 はは……ばれてらぁ。

 でも、今回は相手が悪すぎる。 いくら魔法が使えたとしても、連れていくわけにはいかねぇ。 だから――さ。

 

「とりあえずおめぇたち……バルディッシュは当然だして、レイジングハートも急ピッチで強くしてもらってんだろ? プレシア」

「え、えぇ。 新バルディッシュのノウハウを参考に、強化改造はあと2、3日で済むとは思うけど」

「そうか……」

 

 それまでは、こいつらを戦いには引き出せねぇ。 それに今回はオラの世界の問題だ、もしもコイツら、ついて来るっていうんなら……

 

「悟空くん?」

「…………どうすっかなぁ」

「?」

 

 さて、と。 こっからどう動くか。 …………あと、このあとに使う言い訳も何となく考えておくかな。 ……コイツら、怒らせるとチチぐれぇおっかねぇし。

 

 そうと決まれば…………すぐ行くか。

 

 

 

 紅色に染まったあとの冬の道路。 既に時計の短針は真下を指そうとしていた。 日が沈むというのにまるで燃え盛るかのように眩しい景色。 それがこれからの戦いを意味する光景となるのか、それとも……

 全ての準備が整うまで残り三日。 なのはたちはそれぞれの思いを胸に、皆――警戒していた。 時間は……そこから6時間を通り過ぎる。

 

「……いくらオラが抜け駆けばっかりするからって、これはねぇぞ」

『…………Zzz』

「ごめんね、悟空」

 

 孫悟空……全身緊迫の刑。

 黄色いバインドで縛られた彼は、目の前で微笑みかける女の子に愚痴をこぼす。 あぁ、この笑顔のなんと可憐なことか。 あんまりにもかわいらしいそれは、悟空の後頭部にほんの少しだけ青筋を作る。

 

「笑ってごまかすなって。 こんなへんてこなこと考えやがって……誰の入れ知恵だ?」

「……ごめん」

「おめぇか……はぁ」

 

 場所は客間。 一階のわきにある其処はある程度のスペースがある。 そこに女数名がドーナツ状に雑魚寝して、その中央で悟空があぐらをかき、尚且つ胸元でバインドの制尺者が独り、彼のぬくもりを一身に受け取っている。

 

 そう、彼はいま、監視のもとで皆に囲まれているのだった。

 

「どうしてもこうすんのか? オラも信用ねぇなぁ」

「信頼はしてるよ? でも、なのはの質問から返答までの間が少し気になって……ああいう時の悟空は、大体なにかを誤魔化してる」

「うげぇ……全部ばれてら……」

 

 何となく。 イジワルするお姉さんのような仕草。 背中にあたる悟空の胸板を感じ取り、そっと息を吐いたフェイトはそのまま彼を見上げる。 親が子に、子が親にするようなやり取りで……彼らは言葉を連ねていく。

 

「ターレスまであたりなら、オラに付いてきてもなんとかなった。 けど、あいつの相手はダメなんだ」

「でも、悟空のほかにいる仲間は地球人なんでしょ? だったらわたしたちだって……」

「それは……そうなんだけどさ」

 

 力になりたい。 言外のそれはフェイトの視線から読み取れる悟空。 決意とも見て取れるそれがわかるのは、彼が武道家だから。 研鑽された、相手の機微を伺う術は、こういう時だからこそ発揮する。

 こういう……命を賭けてもいいという相手にこそ……

 

「遊びじゃねんだぞ?」

「わかってる」

「死ぬかもしれねぇ」

「覚悟は……できる」

「……」

 

 できている……そう言わなかった少女。 彼女の肩は少し震えたかもしれない、でも、触れている悟空にはそれが伝わっていないのだから、きっと気のせいだったはず。 だったら、彼女の決意は本物だ……ほんもの……なのに。

 

「…………」

「悟空?」

 

 彼は押し黙る。

 今まではなんとか一緒にやってきた。 これからだって――そう期待していたのは間違いない。 だからこそ武術のイロハを教え、身体の動かし方だって叩き込んだ。 でも。

 

「わかった」

「ほんと!?」

 

 なんにだって、限界はある。

 

「……あ、れ?」

「…………」

 

 不意に、微睡に片足を突っ込んでいくフェイト。 揺れる金髪ツインテールが、敷布団の上に並ぶと、ドサリと大きな音が立つ。 同時、何かが砕ける音が響くと、それだけで他の音は消失する。

 聞こえない……今出た音以外、少女の耳には何も聞こえない。

 

「……謝らねぇからな」

「…………すぅ」

 

 すっと、少女の首元から引いたのは悟空の尾。 鞭のようにしなるそれが、フェイトに何をしたかは言うまでもない。

 謝罪はない。 やって当然だから? ここに人がいたらきっと聞いていた言葉を……

 

「謝んのは、帰ってきてからにする。 いまは……戦いに集中してぇ」

 

 そっと自分のなかに押しとどめる。

 破る約束の重さは測り知れない。 今まで、やったことがないと自負していたことだ、だからこそ破る今回は相当に悟空に負担を強いていた。

 

「オラ自身、いったいいつまで持つかわかんねぇ。 そんな状態で誰かを守りながら戦うのは……自信ねぇからよ」

 

 そう言うと鳩尾(みぞおち)付近に手を沿える。 わずかにさするとそっと手を離し、いままでの世界を思い浮かべる。

 数々の出会いがあった、世界があった、運命があった。 いくつの物語を見てきたか判らないが、それでも、その数は膨大で深い。 そんな物たちを、彼は思い出す。

 キズを必死に隠そうとする少女。

 傷つくことで幸せが掴めると信じた少女。

 その傷を過去の自分と照らし合わせていた女。

 キズを与えていた女。

 キズを、忘れてしまった少女。

 

 周りにいるモノたちは皆、各々大小問わず傷を持つ者たちであった。 ……気が付けば、そんな傷を癒すが如く、自分に欠けてしまった物を補うが如く……こうして集まった、そう取れなくないほどであった。

 さまざまな運命が複雑に絡み合うこの世界――だからこそ、そんな余計な思考を持たない青年は……この世界を、いいや、友人を救いたい一心で。

 

「行ってくる…………――――」

 

 この世界から忽然と消えて行ってしまう。

 

 

 

 

「――――…………ここでいいか」

 

 青年が大地を踏みしめる。

 巨大な怪獣がひしめく広大な世界。 今は月が照らす時間だから静かでも、陽が昇ればいつも通りの騒がしさを取り戻すだろう。 でも、それがこれからも続くという保証はない。

 

「ふん!」

 

 両手を強く握る。 造った拳を唸らせると、全身に信じられないほどの波動が駆け巡る。 想定外に常識外を重ねたかのような力の流れ、孫悟空はいまだに金色には至らないはずなのに――世界を震わせる。

 

「こい……」

 

 呼びかける声。 それに呼応して高まる不可視の気は、只々世界を刺激し、痛烈な叫び声を上げさせる。

 

「極上の餌を持ってきてんだ……いい加減――」

 

 上空の雲がちぎれる。 ふらりと覗く星々が、黒い髪を心細く照らしていく。 この世界に、彼がいることを知らしめるかのように。

 

「どうした……フリーザ……オラはここに居るぞ!」

 

 大地が陥没しかけ、それでもと耐えると、今度は上空に岩石が浮遊していく。 一個や二個ではない……数多くを重力に反したかのように浮かせて、でも、それでも期待した人物が現れないことに気持ちを苛立たせて……彼の脳裏に、長髪の女剣士が流れると。

 

「フリ――ザぁぁぁああ!!」

 

 辛抱堪らず、彼は世界を脅迫する。

 求めた罪人をさっさと出さねば……この世をハカイシテヤル。 気が狂いそうになるかれの闘気を前に、世界はついに。

 

「ふりいぃぃいいいいざあああああ!!」

「――――…………」

「――――はっ!?」

 

 このモノたちの邂逅を許す。

 現れたのは炎熱纏いし女剣士。 いつもの髪留めが見当たらない彼女は、ピンク色の髪を空に流して悟空をみた……気がした。 視線が前髪で隠れているために確認不可、気の方はもとより悟空は感じ取ったことがない。

 理由は深く聞いたことがない、聞く必要を感じなかったからと後に彼は語る。

 だけど、今この時だけは深く後悔した。

 

「……こいつ」

「…………」

「魔力はシグナムのモノだが……」

「…………」

「気はフリーザに近い――だが!」

 

 想像した事態は見事的中。 目の前の女から感じる気はあまりにもこの世界にはなじみ無いモノ。 でも、だと言って、それが彼が知っている気かと問われれば、答えは否だろう。

 

「まるで別人だ!? 気の質も! 量も!!」

「……」

「おめぇ! なにモンだ!!」

 

 あまりにもすれ違う自身の想像。 こんなに強大な力を、自分が知っているモノ以外が持っているとはあまりにも思えない彼はここで我慢が出来なくなる。 どうでもいいとさえ思った相手の正体、それを探ろうと、手をのばした刹那。

 

「ふ――」

「くそ!!」

 

 横合いから、腕をなにかが通り過ぎていく。

 

「こ、こいつ!!」

 

 手首の下から二の腕、そこに鋼鉄の一閃を受けた彼は――いいや、受けたはずの悟空は強く睨み返す。

 

「そう、残像か――やるじゃないか」

「いきなり剣抜いて来るなんてなぁ……残像拳使わなかったら本気で切り落としてたろ!?」

 

 彼の手首から先はつながったまま。 先刻切り落としたはずの右手首は悟空の超スピードをもって両断を免れ、今現在も見事な生命活動を実施している。

 

「くくく……いや、悪かった。 お前があまりにもぶしつけな質問をするもんだからな」

「……なんだと?」

 

 声はシグナム、口癖のようなものもシグナム、容姿もシグナム、体型も、相棒も、髪の色も目の色も――シグナム。

 何一つ変わらないはずのそれは、悟空の中でぽつりと黒い影を射させる。

 だが、それは眼の前の人物も同じ。 ソレは一瞬だけ奥歯を鳴らすと、ゆっくり剣を悟空に向ける。

 

「貴様がこのオレの名前を聞きたがることが……」

「……ん」

 

 女が剣を構える。 緋色に染まる目はまるで無機質で、凍るかのような寒気を悟空に与える。 この前までの小競り合いとは違う――青年は腰を数センチ落とす。 そうして見た! 今目の前の女の瞳孔が、勢いよく見ひらかれていく瞬間を!!

 

「気に食わないからだあああ!!」

「ぐぅぅ!?」

 

 紫電一閃。

 突然の発火現象と共に繰り出された炎熱の抜刀は、悟空の右腕に命中する。 当たり、さわり、いなして躱す悟空の行動は早く、当然の結果でもあった。

 

「くそ! なんだ今の威力。 防御してたら腕を落とされてるとこだぞ」

「きぇぇぇええええ」

「くっ!」

 

 切る切る切る――切り付ける!!

 繰り出される連斬はまるで業火。 悟空を焼き尽くさんとする執念の炎とも取れるそれは、剣士の恨みを上乗せするかのような斬撃を生み出していた。

 

「あ、アイツ……偽物だったのか!!?」

「はっはー!! 消えろソンゴクウ!!」

「このままじゃ――」

 

 それにいまだ反撃できない悟空は……彼は、青年は――

 

「このヤロウ!!」

「なに?」

 

 殺意を込めた豪炎の刃を、身体のバネを極限にまで生かした斬撃に込め――

 迫りくる刃を見続け……見通し――

 

「だりゃああ――ッ!」

「なんだ――と……!?」

 

 刃先が前髪を一本切り付けた瞬間、身体を左半身だけ前進。 同時に引きつけた拳をヤツに――撃ち貫く!!

 ……左側頭部に腕に付けた青いリストバンドが、壮大な衝撃と共に通り抜ける。

 

「であああああああああああああああああああああああああああああああ」

「――――?!」

 

 連打、連打、連打!!

 刃が引けないくらいまでに接近した悟空は、そのまま威力を“落とさない”拳の雨を降らせていく。 止まない雨、晴れない悟空の心。 いくら殴り抜けてもいつものワクワク感が出ない――――それが、苛立ちを募らせる。

 

「界王拳!!」

「うぐぅ!?」

 

 重い衝撃。 赤い閃光をとどろかせた直後、剣士の口から赤いナニカが吐き出されると、悟空は腹部を狙って剛腕を走らせる。

 

「であああああああ!!」

「――――!?」

 

 打つ。

 

「であああああああああああ――」

「――――!!?」

 

 打ちぬく!!

 

「そいつは……その身体はシグナムのモンだ! おめぇのもんじゃ――」

「  !?  」

 

 引き寄せた右こぶし、深く遠くに据えたそれは、まるで旧兵器のバリスタを連想させる引き。 どこまでも届けと、身体ごと引き絞ったそれは悟空の気合と共に。

 

「ねえ――ッ!!」

 

 解き放たれ――打ち付ける。

 

「ぐほぉ――?!!」

 

 何かが砕けるような音が響く。

 “人間で言うと”1番から7番が一気に持ってかれた腹部の衝撃は、相当のもの。 だが、世界の王を名乗る力を発揮した悟空の拳に耐えただけでも褒めるべきか……この時点で悟空は、彼女がシグナムではないという事を悟り。

 

「まだだあああああッ!!」

「…………」

 

打ちぬいた腹部から手を引く――ひく! ……引けない。

 

「なんだ!?」

「………………」

 

 握りしめた拳、その上からさらに包み込む何かが存在した。

 

「こ、コイツ……おめぇ……」

「ふふ……」【ふはははは】

 

 急に重なる声。

 悟空の腕に絡みつく鋼鉄のケーブル。

 ひびの入った……シグナムの顔。

 

【あれから腕を上げたようだな、ソンゴクウ】

「声がおかしく……っく! ぬけねぇ」

 

 割った鏡のように剥がれ落ちていく柔い仮面。 人の肉片にも思えるシリコンの塊は、その下にある鋼鉄の素顔をさらしていく。

 癖のあるおうとつに、額の突起、氷のように冷たい眼差し。 まるで全宇宙ですら物足りないと嘆いた乾ききった声。 全てに見覚えがあって、どこにでもある違和感に悟空はその者の正体を掴みかね。

 

【ここまで正体をさらしてやってまだ気づかんのか。 相変わらず知能は猿並みか? ――サイヤ人】

「おめぇ……」

 

 片手で顔を覆い隠す。 いまだ肉付きされた柔い肌を覆い隠すと、すぐそばからブチブチと聞き苦しい音が聞こえる。 彼女の、端正に整えられた顔を醜く変貌させ凌辱させていく。

 その姿に気味の悪さを通り越し――悟空は怒りの声を高らかに咆える。

 

「この野郎ぉぉぉおおッ!!」

【ふははははは! ……消えろ】

 

 同じ高らかでも質が違う奇声のぬし。 悟空に対して冷めた目線をくれてやると、低い声と共に剣を振りぬいて……“居た”

 

「な!?」

「力関係がいつまでも貴様が上だというおごりは止めてもらおう」

 

 悟空の胸元に、赤い横一線が刻まれる。

 いつの間に――どういうことだ……悟空が困惑する中で聞こえるのは懐かしい女の声。 シグナムらしきノイズは青年に届くのだが。 彼はその瞬間に眉を吊り上げる。

 

「そんな顔でシグナムの声出しやがって……」

「ふふ――どうだ、ソンゴクウ」

「おめえ……!!」

 

 苛立ちが憤怒に変わる。

 だが、腕は一向に動かないし、胸からは軽い出血も確認されてきている。 だがまだ血が足りなくなるほどではないと一瞬で判断した悟空は。

 

「この! 邪魔なもん付けやがって」

 

自身の腕に絡みつき、動きを制限しようとするワイヤーを……逆に手繰り寄せる。

 引っ張り、引き寄せ、相手の眼光と自身の視線を絡ませる。 息のかかるほどまで縮まる相手との距離に、悟空は思い切りよく背を反らし――

 

「だらああッ!!」

「!?」

 

 相手の額に、自身の額を押し付ける……いや、この音は既に車の衝突音を優に超えているだろう。 機械相手、故に聞こえる金切り音も納得できるかもしれないが、それを引き起こしたのが人体だというのは驚愕するべきところ。

 孫悟空は、再び赤い閃光を吹かす。

 

「コノヤローーッ!」

「ぐあ!?」

 

 あまりの痛打に絡ませたハイヤーが緩んだ。 その隙、その油断を見逃すことなど今の悟空が出来るはずがない。 怒りのおもむくままに、彼は感情が飛び出すかのように追撃にでる。

 

高速のジャブ――疾風のような回転蹴り。 風が吹き荒れると同時、女だった機械の身体の三割が消失する。 崩れ落ちる左上半身。 吹き出てきた茶色い液体はまるで鮮血のように悟空の頭から被されていく。

勝負は、決まった。

 

「…………」

【こ、こいつ……あの時とは段違い――に】

「…………くそ」

 

 見苦しい残響に貸す耳はない。 悟空は汚れた右手を宙でスナップすると水気を飛ばす。 斬首後の侍にも見える動作は、まさに処刑執行人。 鉄の塊と化した剣士に、悟空は最後の視線をくれてやる。

 

「おめぇがどこの誰だかは知らねぇが、正直やりすぎだ。 このまま、くたばっておくんだな。 もう、二度とその顔はみたくねぇ」

 

 冷たすぎる戦闘終了の声。 どうにも呆気ない空気に、一瞬だけ違和感を覚えた悟空は二度、シグナムだった残骸に視線をやる。

 もう、面影すらない顔面と、今の戦闘で肌けたバリアジャケット――刃こぼれしたレヴァンティンに哀愁の声をつぶやくと、彼は背を向ける。 ……その姿に、声を掛ける存在が居た。

 

「…………そん」

「なに!? こ、この感じ――」

 

 さっきまでの偽物とはわけが違う。 この半年間聞いてきたあの声――気難しくて、堅苦しくて、決して弱いところを見せなかったあの――

 

「シグナム!?」

「……そ、ん」

 

 駆け寄る。 もう、倒れてしまった鉄くずに走った悟空は地面をかき分けるようにそれを抱き上げていた。 息などしていないとわかる身体なのに、それでも血色を確認せずにはいられない悟空は思わず“ソレ”に強く声を掛ける。

 

「すまねぇ……オラ。 ……オラ、おめぇの身体に――」

「い、い……んだ。 もう、こうなるい……外 かた    いんだ……」

「シグナム……くそぉ……なんてことだ」

 

 ノイズだらけの機械音。 明らかに人の身ではないそれはどうにか機能しているだけ。 シグナムだったものは、こと切れる寸前に置いて最後の抵抗をしていた。

 

「いま……だけ。 この瞬間だけ、ああ、あいつのいしき……きえて」

「もういい喋るな……待ってろ、いまみんなの所で治してもらう――」

 

 その抵抗を助けたい。 その一心で悟空は意識を集中する。 たどる魔力は機械に強い者全員、さらに今現在起床している者に的を絞ると――「ま……て」

 

「え?」

「だ、め……」

 

 シグナムが……それを邪魔をする。

 

「この体の私は――アイツは……すぐに復元する」

「そ、そんなこといったってよ!」

「いまはまだ、私の意識が抑え込めている……そ、その  だに」

 

 もう聞き取れない声が羅列する中……この声だけが、この、シグナムの最後の願いだけが。

 

――――私を……ころしてくれ。

 

 聞こえてしまった。

 あまりにも単純なその願い、誰にでもできてしまいそうな残酷な頼みごと。 でも、それをやって誰がよろこぶのか……悟空の手が震える。

 

「あきらめんな! きっと何とかなる……何とかして見せる!」

「むり……だ。 こいつは……“クウラ”は――k あ zu」

「シグナム!? シグナムおいしっかりしろ!! おい!!」

 

 最後の最後、彼女の目にかかる茶色い液体。 頬を伝わり、顎の途中で止まったそれは最後まで流れることがなく。 その光景を最後に――

 

「    馬鹿な奴め」

「――――!!!」

 

 今にも崩れそうだった女の目がギョロリと悟空を射止め、耳障りな音が再び聞こえる。

 

 その瞬間であった…………

 

「きさま――」

「あんなくだらん女に同情か……? 意味のないことを――」

「こ、このヤロウ……」

 

 歯をきしませる、血管を浮き上がらせる、髪を揺らす、大気を震えさせる、大地に悲鳴を上げさせる、目の奥から血を流す、頭部に青筋を立てる、空に雷鳴をとどろかせる、くだらないと言った屑鉄に極寒の視線を……くれてやる。

 

「…………」

「フン、ついにその姿を見せたか。 ……超サイヤ人」

「いい加減にしろよ……どいつもこいつも」

 

 彼は異形へと変貌する。 もう、意味がない我慢はここまでだ、見せてやればいい、今ある自分の思いの丈を――たとえ、この先自分の身体がどうなろうとも。 超戦士は、今ここに降臨する。

 憎しみを限界にまで高めながら……

 

「フリーザといい貴様といい……なんでこんな――」

「サイヤ人が慈愛の心でも持つというのか? ……なにをいまさら」

「こいつ――ッ!!」

 

 抱き上げるモノの吐き出す雑音に、悟空のボルテージは限界を超えようとしていた。 敵は近くだ、逃がすこともしないだろう。 彼は全身からあふれる黄金の気を、一点に集中する。

 なのはたちで言うところの砲撃魔法。 それを至近距離から放とうとして――

 

「その姿になるのを……ジュエルシードの発動を待っていた!!」

「な……に!?」

 

 鉄くず……クウラと呼ばれたソレがいきなり黒く発光する。 闇を思わせるその色は、いきなり悟空の黄金を食いつぶし、全身を覆っていく。 まるで生き物の様な挙動で彼を侵食するそれは正に暴食の本の有り様の体現。 超サイヤ人の輝きは、一気に薄れていく。

 

「なんだ……ちから……が」

「ふふ……ははは! いいぞ、やはり計算通りだ」

「なんだと……!」

 

 力入らぬ身体を、それでも立て直そうと奥歯をかみしめる悟空に、声も高らかにクウラは宣告する。 この戦い、貰ったと。

 

「貴様からもらった力……あれはジュエルシードの魔力、それは間違いない。 だが、実のところそれだけではなかった。 オレはいままでじっと観察してきたぞ? 貴様に2度も破れ、深い辛酸を味わわされてきたからなぁ」

「く……そぉ」

 

 揺れる金髪に力がなくなる。 それでも、悟空“に”流れ出す力はとどまることを知らない。

 

「今の貴様はすべて、偉大なるビッグゲテスターのコアチップを取り込んだ闇の書の中から観察させてもらっていた。 最初に接近してきたときはそれこそ打ち震えるかのような喜びだった」

「なに――いってやがる」

「今の貴様の状態、体内のジュエルシード、そして……内部に蓄積された正体不明のエネルギー。 さらに、謎の幼児化……すべてだ」

「く……」

 

 言い当てられた自身の状態。 あまりにも筒抜けなそれに身じろぎ……することもできない彼は、ただ、言われることを聞くしかできない。 そのなかでも、円満な笑みを浮かべるようにクウラが語りかける。

 

「最初は本当に只見るだけしかできなかった。 何があっても体がないからできず、うめき声すら上がらない…………貴様が来るまでは」

「なんだと……」

「わすれたか? 貴様は最初にあの小娘と接触した時、ある程度の生命エネルギーを奪われていたのだ」

「まさか……! あ、あの時?! 名まえも知らねぇあの娘の――!?」

 

 思い出される銀髪の娘。 孤独を体現したかのような寂しい瞳を思い出しつつ、そのときの行動を思い出す。 黒い鎖を砕いた一回目、二回目にまたも黒い鎖を砕こうとして――――超サイヤ人が解けたことを。

 

「そのときに頂いたエネルギーがちょうどいい原動力になった――このオレの身体をある程度動かせるようになるためのな」

「そ、そんなていどの……ことで」

「そしてこのあいだが転機だった……貴様が持っていたその石の魔力でついに!!」

 

――――このオレは自由を手に入れた。

 

 そのときであった。 悟空が抱えていたクウラからの光りが止む。 だが、依然として青年の身体の自由はきかず、そんな様子を割るかのように、身体からケーブルを出ししたクウラは遠くへ飛んでいく。

 

「だがやはり不完全は不完全。 身体がないオレは、他から用意することでそれを解決するしかなかった。 そして一番このオレに考えが同調できたものを利用させてもらった――お前への憎しみを深く持ったこの女の身体をな。 そしていま、貴様から魔力を奪った際の“不純物”を返品することが出来た。 あれのせいで単独での行動はかなり制限されてしまったからな。 といっても、今でもあの娘にある程度制限をされている……たとえば、うっとおしい弱いガキ一人殺すことだとかな!」

「は、はやてのことか……ちくしょう、か、からだが――!?」

 

 黒い光が悟空の中に入り込んでいく。 外へ散らず、まるで今までの通りに吸い寄せられるかのように体内へ入っていくそれに、悟空の苦しみはもう一段階上昇していく。 だが叫び声は上げない、敵はまだ、目の前に居るのだから。

 

「く、クウラァァ……」

「ははは!! 実にいい気分だソンゴクウ! 今までの借りを返してやった気分だ」

「……はぁ……はぁ……」

 

 荒げていく呼吸音。 悟空の身体に突如として異変が起こっていく。 もう、超化を維持できない程に彼の気が急激に落ち込んでいくのだ。

 

「さぁそして、見物はこれからだ。 いくら復活したオレだとしても、力の大半は今でもコアのある闇の書の中、それはつまりあの小娘がちからの大半を握っているという事だ」

「く、くそ……からだ――からだがぁぁぁ!!」

「そんなフザケタ戦闘力では超サイヤ人は倒せない……だからオレは考えたさ、どうすればこの差を埋められるかをな」

「ぐああああああ!!」

 

 悟空の叫び声が……ドンドン弱いモノになっていく。 同時、身体が青色に光り輝いていく。

 

「今の貴様のカラダ、どうやらとんでもなく強い力によって“施し”がされているとオレは確信した。 そしてその力は貴様の力を大きく減退させる何かを持っていた――筈だった」

「はぁ……はぁ」

「ところが貴様の力があまりにも大きかったのだろう、其の力は中途半端に発動する……そう、例えば成りだけは子供の姿にされるとか……な!」

「なんだ……と!?」

 

 息を荒げる悟空に反比例するかのように、クウラの砕けた左半身からコードの束が噴き出した。 まるで生き物のようにのた打ち回り、互いを結び付け、三つ編みのように結んでいき――

 

「そしてその力を完璧にしたのが――さっき渡した不純物だ。 それが貴様から大半の力を奪い去った――オレはそう計算した。 さすがにあの時すべてを奪ってはいなかったようだが……それでも貴様の中に有った総量の3割は硬いはずだ、なのにそれでも貴様はあれほどまでの力を発揮していた、これは脅威だ……そして」

 

 紐がロープに、ロープはワイヤーに。 徐々に重なる弱さは強さに変えられていき、次第に装甲となっていく。 完成されて行くクウラの身体……もとい、シグナムだった女性型の素体。

 下半身だけなら元の形だが、上半身だけで見ればすでに異形と相成っているそれは、既に“彼女”の面影を消していた。

 それと同時――悟空に絶望が降り立つ。

 

「そして! このオレに、3度も慢心はない!! ここで確実に息の根を止めてやる――どんなことをしてでも!!」

「か、身体が――ガキの姿に!?」

 

 クウラが完成すると同時、悟空の身体は何時ぞやの光りに包まれ、とうとう身体をいつかの時代にまで“退行させてしまう”

 

 ひざをつく彼は……少年は、完全に勝機を見失う。

 

「大人気ないというモノなのか? 貴様らの言葉で言うならば……だが」

「ち、ちくしょぉ……オラ、こんな身体じゃあんな奴――」

 

 クウラが右手を向けると、銀色の光りが収束していく。 確実に今の悟空を殺せる力を宿したエネルギー弾は、乱回転する嵐のようにチャージを継続していく。 ……完全に、目の前の障害を消し去るために。

 

「貴様相手に油断はない! 死ね、ソンゴクウ!!」

「ち、ちっきしょおッ!!」

 

 迫る気弾、動くこともままならない悟空はそのまま目をつむる。 完全な詰みは悟空から戦意を奪い去っていく。 負け――心の中にそれが響くと思いっきり歯ぎしりする。 彼はただ、悔しがることしかできなかった。

 

 そうして爆発音が……夜の闇に響いていく。

 

――――だが。

 

「なに者だ……?」

「…………」

「お、おめぇ……なんで?」

 

 守るものが居た。 身体は悟空と同じく小さく、いまだ発育の成っていない人物。 それでも、その考えと心は大人然としており、時折悟空の舌を巻いたのはいい思い出だ。

 

「どうしてこんなところに……」

 

 もちろん走馬灯ではない、“彼女”は当然としてそこにいて、毅然として敵対者に向かって“鎌”を向ける。

 

「このオレの邪魔をするとは貴様……なに者だ!」

 

 クウラが問う。 絶頂を迎えた瞬間の水差しに、全身の人工筋肉がうねりを上げる。 骨格は硬度を増し、人間で言うところの緊張を携えていた。

 全てが静まり返る暗闇の中…………漆黒の少女が独り、奴へ声を飛ばす。

 

「友達だ……!」

「ふぇ、フェイト!? おめぇ……」

 

 白銀のボディーを持つクウラに対し、まるで対となるかのような漆黒の戦装束(バリアジャケット)を着込む少女……フェイト。 暗闇を切り裂くかのように武器を展開して金色の魔力刃を出す姿は、いうなれば執行人(パニッシャー)のようであった。

 

 超戦士が倒れた先の、まさかの第二ラウンド。 フェイトは、手に持った生まれ変わりし相棒と共に……翔ける――――――

 

 

 

 




悟空「おっす! オラ悟空!!」

フェイト「悟空……」

悟空「すまねぇフェイト。 オラ油断しちまって……」

フェイト「う、うん……」

悟空「フェイト?」

フェイト「あのね悟空……あとで、お話があるの……」

悟空「い゛い゛!? お、おめぇやだぞその目! 気味がわりぃから……うげぇ」

フェイト「そのためにはまず、あなたを倒します――かあさん達が全霊をかけて作ってくれたこの、バルディッシュで!!」

クウラ「雑魚が増えたか……さっさと片付けてやる」

悟空「い、今のアイツの気なら……た、頼んだぞフェイト!」

プレシア「あの子……大丈夫かしら。 ……いいえ、信じましょう、自分の子を。 次回!」

なのは「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第47話」

悟空「ベルカの騎士衝撃!? 魔法少女――改」

フェイト「これが……修行の成果?!」

クウラ「この! 虫けら風情が調子に乗るなよ!!」

フェイト「体が軽い……まるで自分が居ないみたいに――いける!」

悟空「お、オラも早く……体を……待ってろよ! クウラぁ!!」



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第47話 ベルカの騎士衝撃!? 魔法少女――改

優勢劣勢が切り替わる速さが尋常じゃないセル編。
今回はなんとなくそれをイメージしてもらえると……遠く及ばないでしょうけど。

月夜の恐竜世界に、銀色の機甲騎士が鋼の足音を打ち鳴らす。
サイヤ人とミッドチルダ人の二人は、いったいどうやって戦うのか。 及ばなくなったちから。 最初から遠く離れていた実力。
これらを埋める奇跡ははたして――

りりごく47話です。




 鈴虫の音色が聞こえなくなって数か月。 曇った夜空に白銀の笑顔が隠された朧月夜の事であった。 それは、目覚める。

 

「あ、れ……?」

『……Zzz』

 

 6畳ある少しだけ広い部屋の中、それでも狭いと嘆くのは5人が雑魚寝で転がっていたことに他ならない……はずだった。

 

「わたし……いつの間に? ……ふぁぁ~」

 

 そのなかで一人、微睡を抜け出す少女は片目を擦る。 いまだに開かない目蓋に、再び睡魔を呼び起こされそうになり、つい畳の上に身体を横たわらせてしまう。 けどその瞬間――

 

「~~ああ!!?」

 

 自分の背中に在ったはずのぬくもりが消えていることをやっと気づく。

 ない、いない――どこにも見当たらない。  雄々しくてあたたかな人物がそこにいない、そう気づいたフェイトは仰向けになり足を上げ、膝を曲げると胸まで近づけ、一気に振りだして颯爽と体を起こす。

 

「悟空……悟空どこ! どこにいるの!」

 

 見向きして、振り返る。

 彼のように気配だとか気だとかで居場所を探れないフェイトは目視でいないと断定すると……駆ける。

 

「台所……いない」

 

 廊下を2ステップで走り抜けて小さなドアの前に行き……

 

「トイレも違う」

 

 そうしてやっと思いついた玄関に空を浮遊しながら高速でたどり着き――知る。

 

「悟空のブーツが……ない」

 

 あの独特な彼の靴。 それがきれいに二足とも消失していることに……それが意味しているのはもはや言うまでもないと、フェイトは思はず唇をかみしめる。

 

「…………悟空の馬鹿!」

 

 瞬間、靴箱から耳障りな音が鳴り響く。

 握ったこぶしから聞こえる鈍い音は、少女の歯ぎしりと相まって不協和音を生み出してしまう。 聞きたくない――そう思っている者は実はフェイト自身であるにもかかわらず、音は止まない。

 

「…………フェイトちゃん?」

「……っ!」

 

 そんな彼女に声がひとつ。 背後からそっとかけられたのは同い年の女の子の声。 この家の末子……高町なのはが偶然か必然か、誰よりも早く彼女のもとへとたどり着いていた。

 己が失態で小さな手を痛めた彼女に、かける言葉など用意しないままに。

 

「悟空……いっちゃったの」

「フェイトちゃん……」

 

 震える。

 

「わたしがちゃんと見てたはずなのに……それでも行っちゃったの」

 

 声も、からだも。

 

「自分から言い出した癖にこんな、こんな簡単に――」

 

 臆病な動物のように震えていく。 もう、逃げたくなりそうな場面の中でも、時は無情にも止まらない。 聞こえてくる静けさが痛々しく彼女を置いて行くなかで、やっとなのはが口を開く。

 

「大丈夫」

「……なのは」

 

 それは、根拠のない言葉だった。

 

「きっと大丈夫だから」

「うん……」

 

 心配なのは自分もなのに、それでも笑いかける彼女のなんと強い事か。 責めることも、聞くこともしないで言われた励ましの言葉は、何よりもフェイトの自責を食い止める。

 気が付いたらなのはは、崩れ落ちそうなフェイトをそっと包むかのように抱きしめていた。

 

「みんなで……探そ?」

「うん」

 

 紡がれる言の葉。 聞こえてくる優しき音に、フェイトはそっとうなずいていた。 彼女たちの……戦いが始まろうとしていた。

 

 高町家 一階居間

 

「ゴクウのヤツ……アタシら置いて行くなんて――!」

「アルフさん……」

 

 獣が一匹咆える。 戦前の開戦音とも取れないほどの大きさは既にご近所迷惑の息を超えていた。 それでも、この家の人間が起きてこないのは、アルフが張った結界が小規模に機能しているから。 ここは、いわば作戦会議室と化していたのだ。

 オンオンと咆える狼の横で、それでもと首を傾げている女の子が独り……なのはたちに疑問の声を上げる。

 

「でもゴクウはお前のバインドで縛ってたんだろ? なのにどうして――」

「……あんなの、悟空に取っては無いも同然だよ。 何となくで縛らせてもらったけど、あっさりと認めた時点で疑うんだった……なにか、企んでるって……」

「ないも同然? あいつ、そんなにすごい術式を……?」

 

 事情をよく知らないヴィータとの会話の中に些細な勘違いがあるのだが、そこはあえてスルーする各員。 フェイトの自己分析が終わるころである、アルフがようやく思い至る。

 

「ていうか……ゴクウってもしかして今戦闘中!?」

『!!?』

 

 まるで総毛立つネコのように立ち上がった全員。 確認し合うかのように互いの顔を見渡すと、それぞれ頷き合って事の真相を把握する。

 

「追いかけなきゃ!」

「落ち着いてフェイト。 行きたくてもアイツがどこにいるかも分かんないんだよ?」

「こんな時に……悟空くんみたく気で相手の位置が分れば……」

『…………』

 

 それでも、できないことの方が多い今現在。 その前に思わずついたため息は大きく深い。 そんな子供たちの前に、突如として光りが現れる。

 

 

――――やっぱり思った通りになってしまったわね

 

 

「こ、これは――!?」

 

 光から零れる落ち着いた声。 まるで氷のような冷たささえ感じるそれは、聞く者の背中に寒気を走らせるには十分であった。 魔女が、降臨する。

 

「遅くなったわ」

『プレシア(さん)!?』

「か、かぁ……さん」

 

 白衣をまとった灰色の髪を持つ女……ここに推参!

 彼女はそっと光の中から抜け出すと、目前に呆けていたわが娘の右手をやさしく取る。 感じたのは微かな振動。 震えていると、嫌でもわかるその小さな手をそっと握り締めると、陽光のような笑顔をとる。

 

「風の様な子だもの。 風来坊っていうか……あんな子を捕まえておくなんて確かに至難の技よねぇ」

「……?」

 

 本当に、只会話をしているかのような……論すわけでも、励ますわけでもない言葉の数々。 それを聞く周囲の人間は疑問符を隠せない。 ――この人は、娘を助けに来たのではないのか……と。

 

「フェイト」

「は、はい!」

 

 優しい顔が、急に鋭さを携える。 切れ目で、芯が通って、妖艶で。 稀にプレシアが悟空に見せる仕事の時のような顔は、それだけで周りの人間の腰を引かせる。 でも、それに面と向き合えるから親子。

 フェイトは、この視線の中で母親の意図を汲もうと必死であった。

 

「あなたは、どうしたい?」

「え?」

 

 でも、来た質問はいまさらな事。

 もう決めたといった覚悟を、なぜ今になって再確認するの? フェイトは、まるで信じられないという風に母親を見上げる。 それでも。

 

「おそらく彼はいま戦闘の最中よ。 でも、助けに行ったところで足手まといにしかならないのは、4月の出来事でわかっているはずよ」

「…………」

 

 どうして、そんなイジワルを言うの…… 歯噛みして、唇をそっと噛む。 フェイトの心に、そっと影が射しこんだ瞬間であった。 けれど、母親の問答は続いていく。

 

「彼ならきっと何とかしてくれる」

「……」

 

 ――――ちがう。

 

「彼なら自分たちの力なんて不要」

「…………」

 

――――そうじゃない。

 

「彼なら」

「違うよ……」

 

 包まれた手を、気付けば強く握り返していた。

 その目に強い光を灯し始めたフェイトは、眼光そのままにプレシアの質問を切り裂く。 そうじゃない! わたしは――わたし達はそういうつもりで悟空に……本当にいまさらなことをと、心の中で蹴っ飛ばすように。

 

「そう……」

「……かあさん?」

 

 そうしてプレシアは元の笑顔に表情を戻す。 鋭い視線も眼光も、すでに見る影なく霧散している彼女はここで言葉を一旦閉める。

 これ以上は何時ぞや悟空がすべてケリを着けた。 ただ彼女は……

 

「“いま”のあなたの気持ちを知りたかったのよ」

「そんなこと、いつまでも変わらないよ」

「親のわがままよ……子供を、死地へ送り出すのだからこれくらいさせて頂戴」

「かあさん……」

 

 自分の我が儘だと……そう言ってごまかしていく。

 そのときであった、今まで気づきもしなかったのだが、フェイトの手の中に硬い感触の何かが現れる。 いつの間にと……思った矢先にそれの正体を知る彼女は。

 

「…………バルディッシュ」

[…………]

 

 思わずつぶやいていた。 自身の相棒が、実に1月ぶりにその手に収められていくのは、なんだか今まで感じたことのない感覚が彼女を包み込む。 まるで、欠けていた身体が埋められていくかのような。

 

「お帰り」

[…………]

 

 ほのかに光る黄色いデバイス。

 特徴的な黄色い逆三角形は、彼女が悟空と戦う前からその身にいつも離さず付けていた代物。 もう、相棒以上の意味合いと言ってもいい間柄の彼女たちは、ようやっと再会した。 ……もちろん、ただそれだけで終わらせる母親ではない。

 

「今、できうる事すべてを注ぎ込んだつもりよ」

「うん」

「フレーム構造、強度の変更。 システム面では“今のあなた”に合わせたソフトの再構築、そして――ベルカの技術の導入。 これで孫くんの界王拳までとはいかないけれど魔力の増幅された攻撃が可能よ」

「……うん!」

 

 これまで悟空が見せたちからの全部乗せ――とはいかないまでも、数段あがったバルディッシュの戦闘能力。 そして……

 

「身体と心。 その両方を孫くんとの特訓……いいえ、『修行』で向上させた今のフェイトなら、きっと予測数値の数倍の実力を引き出せるはず」

「す、数倍……!」

「でも、決して無理はしない事。 1月かけたと言っても十分なテストはまだなの。 こうなるなんて予測もできなかったから。 だから決して……」

「え?」

 

 そして、プレシアはフェイトの耳に口を寄せていた。 小さく吐き出せる吐息のような言葉の羅列は、きっと周囲の人間には聞こえない代物。

 

 

――“       ”にだけはしてはいけないわ。 アレを使えば孫くんのように……

 

 

 だからこそ、今親子だけの会話をする彼女たちはすぐさまもとの常態に戻っていく。

 

「いいわね?」

「はい!!」

 

 紡がれた約束。 引かれた限界。 それを、それを……

 

「破るときは、彼のようにどうしようもなくなったときだけよ?」

「わかりました」

「……その顔をするなら、いいでしょう」

 

 ほんの少しだけ、付け足しをするプレシアはいたずら心に笑っていた。

 

「プレシアさん! わたしのレイジングハートは!?」

「ごめんなさい。 彼が行動するかもとフェイトに連絡されて突貫で取りかかったものだから……まだあなたのは」

「そう、ですか……」

 

 出てきたなのはの質問に悲しい顔をして。

 

「大丈夫」

「え?」

「さっきはなのはに助けられた……だから、今度はわたしが頑張る番」

「フェイトちゃん……」

 

 それをフォローするかのように、今度は娘が一歩出る。

 次に紡がれる約束はわが友と……少女は、二つの約束をその胸に刻み込むと一気に表情を締め上げる。 帰ってこれるかどうかは今の段階では断言できないし、敵である人物の強さも、今ではもう未知数だ。 不安が不安を呼ぶであろうこの中で。

 

「いってきます」

「気を付けて!」

「さっき見つけた孫くんの居場所の次元座標はもうセットしてあるわ。 あとはその光に飛び込めば……あと、アルフは置いて行きなさい。 あの子に供給している魔力を可能な限り減らして、全魔力を自分に注ぎ込むのよ」

「はい」

 

 少女は煌びやかに輝いていく。

 夜の暗闇の中に置いて、それでも存在感を放つ“漆黒”を纏いながら……彼女はプレシアが現れた後の転送魔法陣の中へと……踏み込んでいく。

 

 戦場に一人、魔法少女が羽ばたいていく。

 

 

 

ミッドチルダ標準時間 AM2時。 遠い次元世界の果て。

 

「お、おめぇ……」

「……よかった、間に合って」

「フン、死にたがりがまた一人――」

 

 咄嗟にディフェンサーで“悟空を守った”けど、良かった。 傷一つ負ってないみたい。 でも、気になることが出来たかな。 三日前にヴィータ達に魔力を奪われて以来ならなかった子供モードに悟空が成っていること……いったい何が起きているの?

 

「フェイト! 油断するなよ――そいつ!」

「わかってる。 悟空じゃないけど、このひとが放つ殺気はカラダで感じる……嫌なくらい」

 

 悟空は満身創痍……とはいかないまでも、わたしたちで言う魔力切れに近い症状を引き起こしてる。 過度の疲労、魔力欠乏による身体機能の低下。 これ以上は、戦わせてられない。

 そして敵は……悟空をこんな風にするまでに強い人物。 正直、勝てる見込みは完全にゼロだ。

 

「……そんなに身構えなくてもいい。 どうせ、すぐに殺されるんだ……大人しくしていろ」

「だれが!」

「ほう、さすがサイヤ人を友と言うだけある。 咆え面だけなら一人前だな」

 

 どんな時でもあきらめない――それは悟空から教えてもらったことだ。 けど、今回に限っては悟空のもう一つの教えを実践する時がきたみたい。 どうしても勝てない相手は確実にいる……そういう時、悟空の友達のクリリンさんのとった行動があると聞いた。

 

 それは、逃げること。

 

 こうも啖呵を切ったんだ。 向こうは当然応戦してくると思うはず……その考えを裏切って、無理にでも隙を作らせる。 悟空の回復する時間を作るんだ、なんとしても!

 

「フェイト……」

「悟空?」

「戦うなとは言わねぇ……今のおめぇなら“ああなったアイツ”ぐれぇならきっと勝てる!」

「………………え?」

 

 ど、どういうこと?! わたしが勝てる? こ、こんなふうに悟空が倒された相手に!

 

「ほう、中々に面白いことを言うモノだサイヤ人」

「へへ……やりゃわかるさ」

「ご、悟空!?」

 

 そ、そんなに敵を煽ってどうするの!? これ以上の刺激は逆効果だよ……本気にでもなられたらそれこそ勝てるものも――【フェイト】

 

【悟空!?】

 

 て、テレパシー……? でも悟空は子供の姿になったらできないんじゃ?!

 

【この数か月、修行して強くなったのはおめぇたちだけじゃねぇってことだ。 こうやって手を繋いでりゃあ、これくらいはできる……】

【ご、悟空。 わたし――】

 

 不安だよ。 悟空が勝てなかった相手を前に、口でしかやり返せない自分が悔しいよ。 殺気も、迫力も……すべてが規格外なんだコイツは。 正直、太刀打ちできるわけ……

 

【大ぇ丈夫。 おめぇはまだわかんねぇかもしれねぇが。 今までの修行でふたりとも自分が思っているよりもはるかに強くなってる】

【……だけど】

【それにアイツ……“今の”あいつだったら平気だ。 さっきまでの戦闘で負ったダメージは表面上では回復されちまってるが、その回復がいけなかったんだ。 アイツ、今相当気が落ち込んでやがる】

 

 そ、そうなの!?

 それなら勝機があるという事!? ご、悟空が相手取るような人物に……わたし達魔導師が…… でも、でも――

 

【もしも勝てなかったら……】

【そ、そのときはさぁ】

 

 ……あ。 今悟空すごい優しい顔になった。 今までで見たことないくらいにやさしくて……でも、とってもニヤ付いてるような――かっこいい顔。 母さんも時々するような大人の貌だ。 いま、貴方はなにを思っているの?

 

【アイツに勝てなきゃあ、おそらく二人とも殺される】

【……】

【そうしたら、なのはたちにはわりぃけどそのままあの世で修業でもしようぜ。 あっちにゃおめぇたちを困らせるモンはなんもねぇ。 強くなりたい放題だ】

【…………は、はは】

 

 そ、それはなんとも前向きな……でも、こうでも思わないとやっていけないってことだよね。 だから心にもない負けた時の算段なんて――

 

【蛇の道は100万キロあるらしいし、そこで相当体力が付くはずだからな……はは】

【……はは】

 

 算段、ですよね?

 と、とにかく今はあのヒトに勝たないと……珍しく悟空のゴーサインが出たんだ。 こんな時に尻込みなんかしてられない。 絶対に勝つんだ!

 

「死ぬ覚悟はできたか?」

「……おかげさまで」

「先に言っておくが、オレの油断をつこうとしても無駄だ。 すでにそこに転がっているサイヤ人に2度油断して痛い目を見ている。 甘さは――とうに捨て去った」

「そんなこと、こっちだって……」

 

 崖っぷちギリギリの精神状況なんだ。 ここで負ければ対抗手段がないなのはも、みんな殺されてしまう。 ――それだけは許せない。

 

「さぁ……このオレに逆らうんだ。 並大抵の地獄など期待しないことだ」

「くっ!」

 

 空気が、身体が、ココロが震える。 でも傍らには傷ついた悟空が、いまにも倒れそうに片膝ついてる。 そんな悟空が、あの強かった悟空がわたしに後を託したんだ。 ここで逃げるだなんて……やっぱりしたくない!

 

「ふぅ……」

 

 距離はおおよそで3メートル。 わたしの歩幅が、何気ない歩きで50センチだとして6歩分。 ……十分射程距離だ。 まずは――「急速に距離を縮め、一撃離脱による様子見」――え!?

 

「貴様の考えることなど手に取るようにわかる。 さしずめ、このオレ――いや、そこのサイヤ人から強さの違いを学び取れているのだろう。 なかなかいい選択だとは思う」

「こ、このひと……!」

「残念だったな。 生憎と踏んできた場数が段違いなんだよ。 愚かな弟とは違ってな!!」

 

 わかっていたけど、やっぱり悟空と同じようにこっちの作戦なんかあっという間に看破してくる。 戦闘経験というか、戦いに身を置いてきた時間が圧倒的に違いすぎる。

 こうなったらもう、”あの時”みたいに覚悟を決めてやる……いくよ、バルデッシュ――

 

 

 

「フェイトの目つきが変わった……?」

 

 小人のように体を退行させてしまった孫悟空。 彼は少女の顔を見て息をのんでいた。 今まで見てきた子供の目ではない、何かを守ろうという必死を背負った眼差しを……次の瞬間には見失っていた。

 

「切り裂く――」

「やってみろ」

 

 少女のアクセルは既に全開。 一気に加速した彼女はそのまま金属の男……クウラに向けて金色を振るう。 それを、手刀で迎え撃つ奴は不敵に笑う。 ……このまま、そのくだらない力など砕いてくれようと。

 

「くッ」

「……なに!」

 

 金属音があたりに響く。 触れ合った刃と手刀は交錯したまま拮抗する。 進退なきこの瞬間に、確かな歯噛みする音がフェイトの耳に届いていた。 それは、彼女の中に強い確信を芽生えさせることとなる。

 

「通じているの……?」

「……生意気な」

「――――ッ!?」

 

 理解した瞬間、彼女は即座に上体を伏せる――即座に頭頂部をかすめていく鋼鉄の足刀。 数瞬までそこにモノがあればたちどころに両断されていた威力なのは、空を切り裂く静かな音により嫌でもわかる。

 

「これも躱した! この娘、どうなっている」

「……」

 

 段々とあがる速度におどろくのはこの場にいる全員。 フェイトでさえ、ましてやこの力を与えているはずのバルディッシュですら驚嘆を隠せない。 想定外の高速移動、最大と思っていた力を超える能力。

 この時はさすがのフェイトさえも、冷静さを通り越し……微かに頬を緩めていた。

 

「まだ踏み込める――全然限界を感じない!」

「ちょこまかと……きぇぇええッ!」

 

 手刀にした指先を、まるでロングソードのように伸ばしたクウラ。 彼はそのままの“型”でフェイトを横合いに切り付ける。

 

「見える――」

「こいつ!」

 

 それを、半身で躱すフェイトは同時に鎌を振りかぶる。 開戦前より展開していた黄色い魔力刃が、クウラの足元へ一直線。 薙ぎ払う形となるコレに対し、思わず彼は上空へ――

 

「逃がさない」

「くっ!?」

 

 目の前には大空ではなく、金色の襲撃者が赤い目を光らせていた。

 黒い得物をおおきく振りかぶり、黄色の閃光をあたりに轟かせる――彼女の杖から、耳をつんざくばかりの激突音が鳴り響く。 飛び散る“薬莢”が地に落ちていく刹那。

 今解き放たれる新バルディッシュの力の一端――その名は!

 

【Haken Saber】「ハーケン……セイバー!!」

 

 今までの中距離攻撃のアークセイバーを強化し、追尾を持たせた金色の三日月。 それが円状に回るとまさに満月となり白銀のボディーに迫る。

 

「ふっ――」

 

 モーター駆動の腕が唸る。 クウラは内部のギアを高速で回転させると、そのまま油圧ポンプから各部シリンダーに力の伝達を急がせる。 振りあげていた腕は、高速の振り払いを敢行。

 

「かき消された……!」

 

 その腕が金色のハーケンに触れると、刃はいとも簡単に崩れ去る。 気のコーティングすらないクウラの腕。 それがなせるという事はつまり、彼の身体が魔力刃よりも硬質な金属でできていることを意味するというのは、フェイトには即座に判断付いた。

 

「でも!!」

 

 だが、それでも彼女に後退はない!!

 

「バルディッシュ!」

【Yes, sir】

 

 足早に行われる魔力刃の再装填。 金色の魔力がバルディッシュから突き出ると、そのままフェイトは――消える。

 

「刃が通らないから攪乱か? 猪口才な!」

「一撃一撃は軽くても――ッ!?」

 

 そのときであった。 クウラが“手刀”を乱雑に振り回す。

 その無駄な動きを見逃さず、切っ掛けが出来たと突っ込んでいくフェイトはさらに自身の速度を振りあげる。 まだ、上がるその速度に暗い笑みを浮かべる機械を見逃して。

 

「搦めて――」

「……!」

 

 フェイトが笑みを確認した時は遅かった。

 

「締めろッ!!」

「あ、あいつの刃が“分断”されていく!?」

 

 コキンコキン……ロングソードまで伸びたクウラの右手が次の瞬間腕ごと爆ぜた。

 肩、ひじ、手首とまるで三節棍のような形態に……それがさらに分断されて武器そのものが別のモノに変化していく。

 

 連結刃――刃を持つ鞭へと変態していくと、即座にフェイトの周りを包囲する。

 

「終いだ」

「――」

 

 この瞬間、周りに浮かぶ刃の群れにフェイトのアドレナリンが爆発する。 迫りくる鋼鉄は、己が武器を平然と弾いた強固さを持つ鉄塊であり殺傷兵器だ。 この事が彼女の緊張を最大限にまで高め精神的に追い詰めていく。

 命を賭したまさに真剣の勝負を前に――ついに!

 

「    」

「やった――なに?!」

 

 ……クウラの連結刃が、フェイトの胴体を切り裂いた。

 

 このときであった――彼女は、次なる一歩を踏み出していく。

 今までの成果、その欠片がついに結晶へと進化する。 少女は幻影となる。

 

「残像だと!?」

「……悟空の技……遂に」

 

 蜃気楼のように消えていたフェイト。 つかめない霞を前に、クウラの唇が忌々しく歪む。 ヤツは、今まさに“自分の弟”と同じ錯覚を“彼の弟子”から受けていたのである。

 

「次――多重残像拳……」

「そんな古い手が――!」

 

 右、左、上、下。 四方からの攻撃はまさに同時攻撃が如し。 既に動きの節々に残像さえ現れ始めたフェイトに、クウラのセンサーは高速の倍率調整を行う。 早すぎる――疑問を持つ前に、彼は今フェイトに確かに幻惑されていた。

 

「そ、そう言うことか……」

 

 このありえないまでに肉迫した両者の戦い。 今のいままで膝をついていた悟空はついに理解する。 ここに来て現れた両者の変化を。

 

「フェイトの方は今までの修行がやっとついてきた上に、新しいバルディッシュが今までよりもウンとフェイトの力を底上げしている」

 

 少女の動きが更なる加速を見せる。

 今までひとつだった魔力の刃、それが不意に数を増やしたのだ。 巨大な鎌の後ろに、まるで翼のように生やされた3枚の魔力光。 悟空がそれを確認したと同時、フェイトの動きがまた一段と“良くなる”

 

「まだ上がるんか……にしても、奴がああなってラッキーだった。 狙った訳じゃなかったが、まさかオラから受けたダメージを回復させるのにああまで気を落とすとは――失敗だったな、クウラ」

 

 黄色い閃光が、銀の怪物を押し始める。 メタルのボディーにひびが入り、その亀裂が軋みを生み出し、各部パーツの消耗を速めていく。 クウラの顔に、苦悶の影が射す。

 

「しかもその身体は本来おめぇが使うはずじゃなかったモノだったはずだ。 シグナムのモノって訳でもなかったとは思うが、とにかく自分の身体じゃないのにでしゃばったのが運のつきだ――――」

 

 故に界王拳でもヤツに通じた。

 悟空はそっとほくそ笑むと、善戦を繰り返すフェイトに向かって拳をつきだす!

 

「身体と魂が一致しなけりゃ、とんでもねぇパワーも無駄になっちまう。 保障する! オラもそうだった!! 攻めるなら今だぞ、フェイト!」

「……はい!」

「このガキがぁ……!」

 

 軋ませた奥歯。 グワリと歪んだ口元は今にも憎悪を吐き出さんとわななく。 自身の違和感をものの見事に言い当てられたクウラは――

 

「貴様……調子に――」

「ごめん、いまは乗らせてもらう」

「いいぞ、フェイト!!」

 

 遂に冷静さを欠いた。

 

「サイヤ人でもなんでもないガキが!」

「そんな小娘にあなたは倒される――」

 

 両者煽る声を押さえない。 鋭い視線は刃と同じ切れ味であり、迷いなき眼光は暗い荒野を割るように激しい火花を飛ばしていく。 切り裂かれていく空気、凍りつく夜空。 今この時、世界が恐怖に打ち震えていた。

 

「はぁぁぁぁ!」

「きえぇぇ――!!」

 

 接戦の後の高速戦闘。 金色の三日月が、クウラのボディーに更なる亀裂を生み出す中、フェイトが不意に片腕を上げる。

 

「なに!? こ、コイツ!?」

 

 そのときには――既にクウラは距離を離していた。

 

「さっきのお返し……貴方がここで距離を取るのは読めていた」

「こ――ッ!?」

 

 こいつ!? ……そう言おうとしたのだろう。 でも、それすら許さない速さで既に撃鉄を鳴らしていたバルディッシュは主に語りかけていた。

 

[Let's pierce where? (どこを打ち抜きましょう?)]

 

 それに、答えるフェイトの表情は……涼しかった。

 

「全部!」

 

 急速に作られた8つの光球――前のヴァージョンからの進化形態で言うならばプラズマスフィアと呼べる光球が、彼女の周りにカミナリ太鼓の如く連なる。 光と同時に漏れる電流は彼女の持つ魔力資質が作り出す力……いま、フェイトはクウラに向けて右手を凪ぐ。

 

「プラズマランサー」

[Multishot]

「ファイアッ!」

 

 電光石火がクウラを射抜く。

 防御も間に合わない速さにより、彼の右肩は消失し、腹部は貫通。 左側頭部は若干へこまされている。 想像以上の威力に、思わずフェイトが右手を握る――

……隙が、出来る。

 

「かあああッ!」

「!?」

 

 来る――落下してくる。

 上空へと移動していたモノへの追撃だった今の行動。 しかしここでクウラは己の身の“強み”を存分に発揮する。 痛覚が存在しない鋼鉄の身体、それを犠牲にしながら奴は上空からフェイトへ強襲する。 攻撃後の一瞬の硬直から抜けないフェイトは、ただ奴の爪を見ているだけ……攻撃が決まることが確定した。

 

「しまッ――」

 

 目をつむろうと、力んだ矢先のことだった。

 

 

―――――小規模の砲撃がふたりの間を切り裂く。

 

「青いエネルギー弾!? おのれ、ソンゴクウ!」

「へへ……いま撃てる最大のかめはめ波だ」

「ご、悟空!?」

 

 下には両手の平を弱々しく向けた子供が独り。

 悟空が、息を切らせながらフェイトに笑いかけていた――ここで、決めてしまえと。

 

「はぁ……あああああああああ!!」

 

 一気に翔ける、大空へと。

息を吸いおおきく振りかぶる鎌。 呼吸を合わせるが如く、構えた武器を一瞬だけ翼のように広げると。 闇を切り裂く漆黒は、電光纏いし刃となる。

 

「……一閃!!」

「Gi……gigiGyaaaaaaaAAAッ!!?」

 

 金色の閃光が、銀の怪物を横払いに撫でた。

 

 まるでバターナイフのようにすんなりと、鋼鉄よりも堅牢な奴の身体をフレームごと切断し溶断する。 ぞろりと出る配線と、散っていく内部パーツ。 ギヤが砕け、パワーシリンダは破裂し、外骨格が粉砕していく。

 クウラは……断末魔を上げながら――

 

「とどめ!!」

 

 十文字に切り裂かれていく。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 上空からの急降下。 いつの間にかクウラの頭上を取っていた彼女は、一刀のもとに鋼鉄を両断していた。 同時に切れる呼吸は、彼女の疲労をわかりやすく悟空に伝える。

 

「よ、よくやったな……」

「そんなこと……悟空の援護が無かったら――それにさっきの言葉、あれがいい添加剤になったかも」

「……そっか」

 

 地に降り立ったフェイトは、寝転ぶ悟空に手を差し伸べる。

 握り、引っ張りあう彼らは立ち上がりざまに少しだけ身体をふれさせたかもしれない。 でも、それすら気にならない今のフェイトの心境は――かなり興奮気味であった。

 

「悟空の戦うような相手に……勝ったんだ」

「……そうだな」

 

 結構別の意味ではあったが……

 

「強くなったんだ、やっぱり。 悟空のおかげで」

「そんなことねぇさ。 こうなったのはおめぇがやるって決めたからだぞ。 だから、それはおめぇ自身の成果ってやつだ」

「……うん」

 

 戦闘が明けて、自分の身体を見下ろすフェイトは、若干はしゃぐようであった。 子供のように落ち着きがなく、でも、不謹慎さを持ち合わせないのは相手が相手だったから。

 あのような化け物に勝って、尚且つ“彼”の手助けすら出来たのだ。 うれしくない訳がない。 ……少女の顔は、少しだけモミジ色になっていた。

 

「にしても良くあんな奴倒せたなぁ」

「うん。 わたしも――」

「かなり適当に“弱くなってるかもしれねぇ!!”――って、言ったっちゃいったけど。 結構当て感の部分があったしなぁ」

「…………え?」

 

 このとき、ようやくフェイトの顔に怖気が差したとか。

 まさか気分の問題で勝てたわけじゃあるまい……全身から出したため息は、彼女の心情を大きく投影していた――ようやく疲れが体中を蝕み、カクンと膝が折れそうになる。

 

「今頃足に来たみてぇだな。 随分とスゲェ動きだったし無理ねぇか」

「ごめん……」

 

 小さな背で、悟空が肩を貸し。

 

「とにかくいったん帰るぞ。 おめぇもオラも、見た目以上に消耗してる。 もしもがあるといけねぇし、早く体力を回復させんだ。 オラの背中に手ぇ当ててくれ。 気を最大限にまで高めればおめぇの声を誰かに飛ばせるはずだ、そんで救助を呼ぶぞ」

「うん」

 

 この世界から去ろうとして……去ろうとして……して――

 

【このワタシヲ置いて行くなんて、悟空さんって冷たいんですね】

【そう言うな。 あいつは昔からそうだ――そういう人種なんだ】

『…………!?』

 

 背中から、闇よりも怖気の立つ声を掛けられる。

 振り返ろうとして、やめて。 耳だけで声の主を探ろうとする悟空。 いや、既に正体ならつかめている、分っているはずなんだ。 ……でも。

 

「おい……そりゃねぇだろ」

「悟空、これって――」

 

 フェイトは思わず聞いてしまった。

 

「ざ、ザフィーラ……」

 

 焦る声、ひびいてくる拳を握る音。

 

「シャマル……っ!」

 

 悔やんだ顔をして、今にも奥歯を砕いてしまいそうな憤怒の顔。 孫悟空という男を見てきた彼女にはわかる。 彼は今、何か大切なものを踏みにじられているのだと。

 

【うふふ――でも、逃がさないですから】

【その通りだ。 こちらの将を倒され……タオ…ささささささ――ッ……】

「あ、あのやろぉ……!」

 

 声だけ聴いて。 雑音となったところで悟空の蟀谷(こめかみ)が震える。 ゆらりと伸びる尾は、彼の心を強く映すパラメーター……いま、それが一気に立ち上がり、全身に力を伝達させていく。

 

「フェイト!」

「うん!」

 

 彼女たちは同時に動いた。

 悟空の一声で、これからを全て引き出したフェイトは左足をばねのようにして地面を蹴ると、まるで裂けるかのように悟空とは反対方向へ跳躍する。

別れた二人――そこに、縦方向の攻撃が落下していた。

 

「畜生……やはり手遅れだったか……」

「悟空! あの人たち……さっきの!」

 

 攻撃をしてきた人物ふたりを見た悟空は、歯をかみしめていた。 炎のように燃える心と、錬鉄中のように熱された闘気は彼の激情を露わにする。 それを確認できたからこそ、フェイトは彼に襲撃者を訪ね……察する。

 

「そうだ。 ……ヴィータの仲間だ」

「――っく……」

 

 歯噛みして……うつむいた。

 もう、見ているのも痛々しい襲撃者たち。 攻撃に“使われた”であろう腕や足は、まるで小枝のように砕かれ、そこからケーブルが飛び出すところなど見ているのもおぞましい。 フェイトは、悟空と同じように表情を苦悶に変える。

 

「よくもあんなひでぇことを……」

 

 激昂と、悲しみとが同時に襲い掛かる悟空はある意味で冷静であった。 襲撃者を見て、シグナムだったものと同等と判断して、だからこそ怒りにすべてを……

 

「フェイト!」

「うん……ここまで来たらもう――」

「一端退散するぞ!」

「!?」

 

――委ねない。

 

 悟空の発言の後、次いで来た襲撃者の鋼鉄の打撃と鞭。 紙一重で躱しつつ、残像拳を置いて行きながらフェイトと悟空は一気に飛翔する。

 

「ど、どうして!? あんなことする奴なんて許せないよ!」

「あぁ」

「悟空は悔しくないの!?」

「……悔しいさ」

「だったら!」

 

 当然追ってくる二人組に、舞空術を限界まで酷使する悟空と、飛行魔法を発動したフェイト。 彼女たちに口論の時間も余裕もないのに、だけど今の発言に薄情さを見てしまったからこそ、少女の口がとまらない。

 わかっているはずなのに……

 

「今オラたちが倒れるわけにはいかねぇ。 今はこの事をみんなに知らせたうえで、身体の回復を優先すんだ……」

「……悟空」

 

 彼が一番……

 

「いいな……!」

「ごめん……」

「あぁ」

 

 何よりも悔しい想いをしているのかを。

 

「悟空、速度が」

「すまねぇ。 パワーアップしたおめぇについていけねぇみてぇだ。 まさかオラが足手まといになるなんてよ」

「……しかたないよ、その身体でここまでできるんだ。 むしろ十分すぎるよ」

 

 落ちていく悟空の飛行速度。 追いつかれそうになる襲撃者たちとの距離は実に180メートル。 もう、後にも先にもイケナイ状況になってきた悟空は歯噛みをし直す。

 

「そうだ! わたしが悟空を抱えていけば」

「それやれば確実に速度が落ちる。 今でももう追いつかれそうなんだ、それこそ逆効果だ。 だったらいっそおめぇだけでも逃げたほうがいいくらいにな」

「それは……」

「おめぇがさせてくれはしねぇか」

「……うん」

 

 出された提案も、非常な現実を前に座礁する、 この間にも距離は30メートル縮み、既に目視で相手の表情がわかるくらいには近い距離となる。 ちかい……近い! 絶望がこんなにも近くに来る。

 焦る悟空だが、その脳内ではこれまで在ったことが一種の走馬灯のように駆け巡る。 だが、勘違いしてはいけない……これが彼の抵抗の始まりに過ぎないという事を。

 

「フェイト」

「悟空?」

 

 思いついた……作戦。

 それに互いの目を見ただけで伝えきり、把握する彼らの連携は驚嘆に値するほど。 うなずき合うと、何を思ったのか飛行速度を徐々に落としていく。

 

『…………』

 

 50、40、20……激突まで残り120メートル。 迫りくる“狂い騎士”たちを振り向きもせずに確認する悟空はフェイトを2度見る。 まだだ、そう呟いた彼はほくそ笑む。

 これからが、肝っ玉の見せどころなのだと。

 

「悟空……」

「まだだ」

 

 奴らが迫りくる。 もう、人のカラダ6人分といった距離に、思わず彼の名をつぶやくフェイト。 それに対しての返事は首を横に振るだけで……彼はまだ焦らす。

 

「悟空……!」

「もう少し」

 

 4人分。

 自身から尾を引くように伸びている飛行魔法の閃光跡。 それに奴らが手を触れる。 まさに尻尾を掴んだと鋼鉄の犬歯をカチカチ震えさせながら、奴らは裂けたように嗤う。

 

「もう限界だよ!」

「いいや……ここからだ」

 

 2人分。

 来たる緊張の瞬間に、身を強張らせるフェイト。 捕まれば一網打尽にされかねないこのときに、いまだ余裕の顔を見せようとする悟空に焦りを隠せない。 少女が額から汗を垂れ流したそのときである。 騎士たちの手が、悟空の足を掴ん――――「ここだ!!」

 

「行くぞフェイト!!」

「はい!」

 

 不意に叫んだ悟空はいきなり体勢を変える。 急速転回により相手と交わる視線は、その間だけ彼等から時間という概念を消し去っていく。 邂逅した彼らの醜悪な姿に、深い影を心に射しながら……

悟空は両手の平を眼前へ持ってくる。

 

「太陽拳――――ッ!!!」

 

 暗闇の世界に、極大の閃光が猛威を振るう。

 

【ギギ――!?】

「今だフェイト! 奴らの目がくらんでいるうちに早く遠くへ逃げるぞ!」

「うん!」

 

 ――暗視ように調整されていたメインカメラが焼き切れる。

 ――各部センサーから今まで追っていた孫悟空の気が消える。

 ――集音センサーに、彼等の声を拾えなくなっていく。

 

【さ、サイヤ人――どこに消えた!!】

【逃がしてなるものか! ――く、目が!?】

 

 手で探り、身体でまさぐる。 鉄の騎士たちのなんと無様な光景か。

 普段より目で物を見ている彼等から、光を一切奪った結果がこの始末である……悟空が見たら確実にこう言っていたであろう――

 

「ひゃっほ――――!! へへっ! あいつ等、目でしかモノを見ないからこうなるんだ。 肝心なのは気を感じることだぞ」

「う、うまく……いった……」

 

 子供のわんぱくボイス。 誰もが聞こえないだろうその位置は、騎士たちからおおよそで1800メートル前後遠くの位置。 そこにフェイトに抱えられた――そう、いつかなのはを虚数空間から救い出したように抱きかかえられたサイヤ人が一人いたのだ。

 

「でも、よくオラが太陽拳を使うってわかったな。 なんも合図はしなかったはずなのによ」

「状況が初めてターレスと会ったときに似ていたし、悟空の手の内は何となく……その」

「わかりきってるってか?」

「うん……」

「そりゃ参ったぞ。 はは!」

 

 これからは勝手なことはできねぇなぁ。 悟空がフェイトの腕の中で自身の頭をかいてニシシと笑う。 姉と弟のような構図は、若干ながら彼らの心にゆとりを持たせていた。 まだ着いていないケリに対してほんの少しの安息を求めるかのように。

 

「にしてもアイツラまでも操られてさ……ヴィータの奴がかわいそうだ」

「……そうだね」

「ぜってぇゆるせねぇ。 シグナムから聞いたクウラってヤツ――オラがこの手でたたきのめしてやる!」

「うん!」

 

 暗がりに入る顔。 悟空がニガイ表情を取るとフェイトも釣られて気分が落ち込む。

 高速移動はそのままに、岩場へ突入したフェイト。 背の高い山々は、奇妙奇天烈な形も相まって身体を隠すには上出来な良スポットである。

 体力の少ない悟空の事もある。 フェイトは、気配の挙動少なく、大地へと翼を休める。

 

「わたしの魔力でよければ使ってもらいたいけど……」

「やめておけ。 オラの中に有るジュエルシードの魔力量は、おめぇたちの数十倍は硬いらしい。 プレシアの言う通りならここでおめぇから魔力を貰っても焼け石に水だ。 何にもなんねぇ」

「そっか……」

 

 互いに背を預けて前を向く悟空に、後ろを警戒するフェイト。 さらに彼女の意識が向かないところを気の探知でカバーする悟空は小さく息を吐く。 そのせいで血流が増し、増えた鼓動音がフェイトの背にぶち当たる。

 緊張が、他者へと伝播した。

 

「さてと。 ここまで逃げおおせたはいいけど、これからどうするか……見つかるのも時間の問題だしなぁ。 フェイト、おめぇ転送魔法は使えなかったよな?」

「ごめん、そっちの類いは大体アルフに任せてるから……」

「そういやそうだな。 そこらへんはオラの方からも必要ねぇってバッサリいったかんなぁ……インガオウホウってやつか。 こりゃ困ったぞ」

 

 腕組みを開始する悟空。 彼がこの態勢に入ると、大体長考が……無いのはフェイトもご存じのとおり。

 3秒待って声が上がれば妙案が。

 50秒首をひねっていたらもう駄目だ、ゴリ押ししかない。

 

 それを知っているからこそ、腕組み開始から30秒経過した今、フェイトは柔軟運動を開始していた。 どうせ、ここからは力技になるだろうと予測してのこの行動は……

 

「うっし! アレやってみっか!」

「悟空?」

 

 久方ぶりに見せたワクワクする顔に。

 

「いいかフェイト。 オラの見立てだと、どういうわけかあの二人はシグナムの時より…………」

「え!? え、あ、うん……でもそれって!?」

 

 正直言って困惑を隠せないフェイトであった。

 

 

 

 数分の時間が経つ。

 子供ふたりの影を追っていた二人だけの機甲部隊は、岩場へと到着する。 背が高く、磁気のせいだろうかセンサーに若干のノイズが走る。 砂埃が吹きつけると関節に溜まっていき、軋み音が少なからず叫びをあげる。

 

 機械が動くには劣悪な環境、それでもやらなければならないことがある彼らは、作業の手を“休めない”彼らの声に。

 

「………………」

【どこ…だ…にgえ――】

【tす……ソン、ゴクウ……】

 

 ……ノイズが、走る。

 

 そのときである。 彼らの内臓機器に若干の生体エネルギー反応が2つ。

 距離にして100メートル前後の位置に点在するそれらに、彼等は何の狂いもなく気付いてしまう。

 

 なぜ彼らが生命反応を探れるか、それはかつてフリーザの軍勢が使用していた機器――スカウターにある。 相手の”現在の”力量を正確に数値化し、尚且つセンサーと通信機の両方を兼ねそろえた至極の装置のそれは、ノウハウだけを彼らの身体の中に収めることができれば当然その者にも同じ機能が付く。

 かつて、遠い星でとあるサイヤ人の瞬間移動先を見切って、人間手裏剣をかましたのもこの機能のおかげである。

 

 そのエゲツナイ高性能がいま、子供ふたりを確かに追い詰める。

 

「…………」

【……が――がが】

 

 一歩、また一歩と近づいてくる鉄の使い。 彼らの足音が、悟空の耳に強く当たる頃であろう。 ここで事態は急速に動く。

 

【ちか――く】

「………………みつかった!?」

 

 漏れたのは少女の声。 見つけた片割れはおそらく気のコントロールを教わらなかった故の判断ミス。 相手の気を感じることが出来ないと思い、奇襲に切り替えたと判断した機械は……そのまま――

 

――いけぇ!

 

【!!?】

 

 右方から迫る青い気弾を見過ごしてしまう。

 いきなり通り過ぎたそれに、機械的な動作のせいで全回路をエネルギー弾の軌跡に集中させた鉄の騎士二体は即座に構える。 しかしその先に人物など居らず――それどころか。

 

――もう一丁、行くぞ!

 

【?!!】

 

 振り向いた先から今度は黄色い光弾が迫ってくる。

 剛速球が如くのそれに、今度こそ対応して見せた機械たちは魔力の障壁を敷く。 激突し、火花が散ってはじけあう。 ものの見事に拮抗した実力を――確認した彼がニヤけているのも知らないで。 ……それは、不意に“這い上がる”

 

「でぇぇぇぇえええええりゃああああ!!」

【!!?】

 

 隆起する地面。 吹き出る爆煙。

 叫び声とともに大地から昇る気の奔流が、獣の男だった機械の身体を半分削り取る。

 

「フェイト! もう片方!!」

「了解!」【Yes, sir】

 

 次いで出る黄色い雷光は、短剣の形をもって上空より雨あられのようにもう片方の機械を打ち崩す。 穴が開いていく身体から金属片が火花を吹きださせる光景は、この人形の最後を語るようであった。

 

 今起こった事を説明すると、気配を消したフェイトと悟空。 気のコントロールが出来ないフェイトはどうしてもスカウターに捕捉されてしまうが、悟空にそんなミスはない。 彼は完全に消した気配と、どうしても残ってしまうフェイトの気を逆手に取ったのだ。 

 

「悟空がかめはめ波を空中に固定して、空けておいた地面に潜航。 そのあとに来たやつら目がけてかめはめ波を射出して、それを合図に反対側に居たわたしが砲撃魔法を発射」

【ぎ――ぎぎ!?】

「撃った砲撃をその場でとどまらせるなんてバカみたいな高等……ううん。 変態技術を持っている悟空だからこそ出来る技だよね……これ。 でもこれで――!」

 

 子供ふたりの、連携が唸る。 彼らの勢いはとどまることを知らない!

 

「いいぞフェイト。 そんじゃ――」

「うん! この勢いで――」

「にげっぞ!」

「……え゛!?」

 

 フェイトの開いた口の勢いも留まることを知らない!

 

「界王拳で何とか太刀打ち出来た奴相手に、今のオラと消耗したおめぇとじゃ分が悪すぎる。 一発が効いたからって次が効く保証はねぇンだ」

「……あ、うん」

「とても悔しいが、ここはとにかく逃げるのが優先だ。 こんなところでくたばれねぇ理由があるのを絶対に忘れんな! いいな!」

「はい……!」

「いまは……ただ耐えるんだ!」

 

 聞こえてくる叱咤と制動の声。 あまりにも外見に反した鋭い指摘に、今まで若干のぼせ上がっていた心を鎮めるフェイト。 勝てる――その油断を格段に掘り下げた。

 ……つもりだった。

 

【つかまえ……た】

「しまった――」

 

 金の二房の片方に、もがれた男の半身から伸びるケーブルが届く。 鷲づかみ、引き寄せて、振り切っていた拳を撃ち出そうとしている。

 

「させねぇ……」

 

 その様を見つけた時は既に悟空は……叫び声をあげていた。

 

「波――――ッ!!」

 

 合言葉を短縮されたかめはめ波。 威力はもちろん下位クラスのそれは、当然奴らには効きはしないだろう。 それは悟空もわかったうえ。

 しかし彼の狙いはかめはめ波の直撃ではない。

 

「フェイトを……」

 

 駆ける。

 力強く大地を蹴って、勢いよく空へと飛ぶ。 放ったかめはめ波に追いついた悟空はそのまま体を蒼い奔流へと沈めていく。 ――全身を、エネルギーで包んでいく。

 

「離せぇぇえええ――ッ!!」

 

 そうしてそのまま強く握った拳で、男の残った半身を打ち砕く……

 そのまま飛んでいき、地面に激突しながら着地した悟空は既に息が切れている。 今の攻撃でかめはめ波を4発。 全身に残っていたわずかな気をかき集めすぎた彼に眩暈も襲いはじめていた。

 悟空は、膝で何とか立ち上がっていく。

 

【やっとあし……トメテクレタ】

「しま――」

 

 だがその先にあるのは絶望。

 ようやく倒したと思ったら、残りの一体が悟空の背後に立っていた。 高速の攻守交代に引きつる少年の口元……それを笑うかのように、女の手刀が振りあげられていた。

 

――幕を下ろすかのように、女の凶器が降り注ぐ。

 

「悟空!」

【ッ…………】

「なんだ?」

 

 フェイトは絶叫した。 それと同時に、情けないかもしれないが目も瞑ってしまっていた。 大事な者の最後に、それを見たくないからこそ背けた眼差し。 でも、そのほかの感覚だけは絶対に彼の方を向いていて……だから信じられなかった。

 彼女の耳に、金属を砕く音が響いているなんて。

 

「…………」

【……がが――ぎ?!】

 

 そこには……少年が居た。

 純朴で精一杯で生真面目で。 少し前に会った男の子に命を救われ、そのあとに出会った女の子に心を救われ、次に会った青年にまた命を救われて……そんな、救われてばかりだった男の子が今、ついに念願を成就する。

 

「来ましたよ……約束を守りに」

「お、おめぇ……!」

「どうして!」

 

 フェイトと悟空が驚愕する。

 細い腕を鋼鉄の前に差し出して、鋼鉄の手刀を叩き折って見せた男の子。 ほのかにのこる緑色の残滓が空に飛んでいく。 腕を包んでいたそれがもたらしたのは攻撃ではなく――防御。

 そんなものでどうやって? 力がないのにどのように!? 聞く者すべてが疑問に思うであろう彼の攻撃方法は、ややこしくもありながら実は単純明快。 そう、彼はただ、本当に“防いで見せた”のだ。 その彼の名は――――

 

「ユーノ!! おめぇ来てくれたんか!!」

「お待たせしました……悟空さん!」

 

 今でもまだ線が細く、悟空のようにはいかない身体つきの男の子がそこに立っていた。 毅然と、悠然と……自信に満ち溢れた面持ちで。

 

「いまのは……前に言ってた思いついたことだな! 魔法で作った壁みたいのを腕に巻いて、そのまま殴りつける。 ……オラたちみてぇな戦いかたするじゃねぇか!」

「当然ですよ。 なんて言ったって悟空さんに師事してもらったんですから。 防御だけじゃなく、それに見合うだけの身体と瞬発力。 ここまで鍛えてくれた悟空さんのおかげです」

「そうか。 はは! なんかうれしくなってきたぞ」

「悟空……ユーノ」

 

 再会を喜ぶ三人。 でもすぐさま視線を鋭くする悟空について行く子供たちに既に油断も慢心もない。 確かに強くなったユーノは、しかしまだ足りない修業期間。

 高々数か月の“特訓”ではここが限界。 それを証明するかのように、少年の拳にはすりむいた拳の跡と、関節の外れた薬指が痛々しく残っている。 その痛みのおかげで、相手との力量差がわかるのではあるが。

 

「……悟空さん、あの機械は――」

「あとで言う。 それより、あとどれくらいだ……」

「……気づいてましたか」

「あぁ」

 

 フェイトを置いて交わされる会話。 主語のないそれは、だけどこの面子だからこそ理解が先に進んでいく。 不意に足元を見た悟空の視線の先には、緑色の魔法陣が今か今かとスタンバイをしていた――転移魔法発動の時を……

 

「すごい……こんなに早く、しかも周りに気付かせないくらいに静かに転移魔法を……」

「技術の向上は日々怠らなかったから。 厳しい誰かさんのおかげで」

「へへ、その誰かさんにはあとでお礼言っとかねぇとな。 ユーノ、後で紹介してくれよ」

「……ふふ、はい」

 

 そうして含み笑いをする子供たち。 歳不相応の大人な顔は、約一名を除いて本当に不相応な笑みであった。 その笑みを。

 

【逃がさ……ない】

「悪いけど……見逃してもらうから」

「すまねぇな」

 

 ただ、見送ることしかできなかった機構騎士たち。

 重なる視線は悟空と彼等。 そのときに握られた拳からは血がにじむ。 我慢して、耐えて。 今にも救いたい気持ちを精一杯に抑えて。

 

「絶対助けるかんな……」

 

 孫悟空と子供たちは、緑色の光と共に遠い次元世界へと消えていく。

 今は無理でも、この次有る好機をこの手にするために――――彼らは地球へと帰っていく。

 

 

 

【………ぐっ!? ご、悟空……たた……たの――むぞ……】

【すくって……はやてちゃ……しぐ……な――ぎぎ……】

【……わかってる。 ……絶対にだ!】

 

 ふたりの犠牲を、奥歯で噛みしめながら……

 

 




悟空「おっす! オラ悟空!」

なのは「…………むぅ」

悟空「なぁ、なのはったらさ」

なのは「…………勝手に行ったの」

悟空「さっきから何度も謝ってんだろ? いつまで機嫌損ねてんだよ?」

ユーノ「あはは。 なんだかこの光景もずいぶん昔のような気がする。 あぁ、帰ってきたんだ、ボクは」

なのは「絶対に許さないの」

悟空「……どうすりゃいいんだコレ。 なぁ、フェイトこいつ――」

フェイト「絶対に許さない…………え? どうしたの悟空?」

悟空「おめぇ今自分が言ったこと……オラ、パオズ山にかえりてぇぞ」

ユーノ「悟空さん、心中お察しします。 ……さぁ、次はいよいよ今回のキーパーソンのあの人の登場。 遂に騎士の殻を破る鋼鉄の”冷機” 圧倒される力の差を前に、儚いと思わせる彼女の心のうちに眠る、黒い思いがついに解き放たれる……!? な、なんだこの不吉な予告!」

悟空「次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第48話」

ユーノ「番狂わせ! 八神はやての闇!!」

???「どうして? どうしてみんなたたかうん? こんなの……まちがいや」

悟空「あ、アイツが――いったいどうなってやがんだ!? どうしちまったんだよ! ■■■!!」


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第48話 番狂わせ! 八神はやての闇!!

八神はやては小さな子供だ。
甘さがあり、至らないところがある小さな女の子であった……はずだ。
しかしどうだ、騎士たちを救い、身体傷ついた戦士をいやしたのは紛れもなく彼女。 そんな彼女ははたして正常だと言えるのだろうか?
何かしら……欠損していた(おかしなところがあった)のではないのだろうか。

そして、もしもそんなところを刺激する外因が存在してしまったら…………?

すべてくるっていく48話。 始まります。



 今日という日を忘れない。 いつもと違うその日の事を、少女は永劫に忘れることがないだろう。

 

 車に乗って、家族そろって出かけたピクニック。 ほんの少しだけ父親にわがまま言って、遠くの公園へ行こうとはしゃぐ小さな子供。 彼女はこの日を待ちわびていたし、夜ふとんに入るときはいつだってカレンダーとニラメッコ。

 子供が子供で在ったそのときは、いつだって少女は輝いていた。

 

「イヤや……」

 

 真っ赤に燃える夕日と、大空目がけて飛んでいく鳥類。

 聞こえてくる鳴き声と、狂いそうになる喚き声。

 

「いや……ぁ」

 

 いつまでもいつまでも、変わらないと思っていた自分の世界が。 まるで積み木を片付けるかのように無残と崩れ去ってしまったそのとき。 なにか大きな音と衝撃の後に……彼女の目に映る世界は、真っ赤に染まっていた。

 

「嫌ぁ……イヤァ」

 

 赤い色は自分のモノではない。 彼女のイメージとは違うし持っているものとも全く合わない。

 

「…………ぁ」

 

 だけどこの赤いのはなんだ。 手に足に、顔にまで飛び散っていたソレは少女から離れることを許さない。 どこまでも張り付き、染み込み、鉄のような甘い刺激臭をいつまでも嗅がせていた。

 

「……………………」

 

 気が遠くなるほどの時間が経った。

 いったい自分はいつまでこんなところに居ればいいのだろう。 彼女の中で、窮屈によるストレスが、鼻に届く嫌悪感に勝ってしまった時だ。 ――それは目についてしまう。

 

「は……あえ」

「あ――やて」

「ぁぁ……………ッ………あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――――!!!!」

 

 …………今まで、自分に向かって微笑んでいた両親“だったモノ”を。

 

 腐敗した生肉のよう、捨てられていく髑髏のよう、亡者のよう、餓鬼のよう、物乞いのよう、殺戮者のよう、飢えに苦しむよう、……苦しみを、わが子へ押しつけるよう。

 

 変わり果てた肉親の腐った瞳は、幼い少女を道連れにでもするかのようであった。

 ありとあらゆる負の側面を見せつけられたその子の心はどうなっただろう。 閉ざした? 塞いだ? いいや、そんな簡単なことでは■■■■が許さない。

 よりにもよって彼女は選んでしまった。 ……忘れることを。

 気が付いたら病院のベッドのうえ。

 起きた事故を知ったのは数か月の後。 自分の、精神が安定した頃であった。

 

――――もっと不幸を、もっと失意を、もっと……絶望しろ!

 

「とても……言いにくい事なんだけど」

「ええですよ。 大体察しはついてます。 話してください」

 

 もう、“顔も覚えていない”両親の事を知った彼女は、それでも周りに笑顔を配る。 ショックはあっただろうが、彼女は強い――――とでも思った周囲の人間は騙される。 見る者が見ればわかる、彼女の、気味が悪くなるような嗤いに。

 

「大丈夫や」

 

 彼女は笑い続けた。

 

「だいじょぶ、だいじょぶ♪」

 

 彼女はだまし続けた。

 

「平気やって。 みなさんもう心配性なんやから」

 

 ――――自分もわからない程の無意識のうちに……皆を欺いてしまっていた。 彼女の悪癖はもう、歯止めが効かないところまで来てしまったのだった。

 

 

Five years after――――

 

 AM 1時。 高町家玄関外

 

「ふぅ……死ぬかと思った」

「うん。 今回は今までで一番危なかったかも」

「よかった間に合って。 ……本当に」

 

 今回ばっかしは死ぬかと思った。

 シグナムの魔力が混じったロボット……クウラと名乗ったアイツの相手と、そのあとにひかえたザフィーラ、シャマルとの連戦。 途中、オラの方が子供の姿にされちまってフェイトの足を引っ張っちまったが、そこは経験の差で何とかカバ―。

 最後にユーノのちからを借りて、無事にこっちの地球に帰ってこられたんだ。 いやもう、こいつが来てくん無かったら完全に詰みに入るってヤツだな。 オラもう体力が限界で――

 

「悟空くん……」

「お!」

 

 なんだなのは、おめぇこんな時間に起きてきて。 おんなっちゅうのは、睡眠不足は“びよう”の天敵なんだぞ? それなのにいつまでも起きてたら将来モモコみてぇに――おぶ!?

 

「心配したんだから!!」

 

 うごぉ!? い、いきなりヘッドロックかましてきやがった!? しまった、今の身長差じゃ完全に!!

 おッ……お……く、首が――引っこ抜ける!

 

「っ! っ!!」

「むぅ~~!」

「な、なのは落ち着いて! 悟空さんが――」

 

 な、なんて決まりのいい絞めなんだ!? オラこんなことまで教えてねぇってのに。 し、シロウの遺伝がこんなところ……にきてやがった。 あ、あしがういて――

 ぎぐ……ぐぐぅ。 おら、もう……いしきが。

 

「悟空くん、これに懲りたら2度と勝手に……?」

 

「…………」

 

「なのは、もう悟空さん離してあげてよ?」

「え? わたし……もう」

『???』

 

 ……お、なんかどっかで見たことある景色だなぁ。 随分前に消えちまった神さまと一緒に来たことあるかもしれねぇ。 人っ子一人いないのはなんだか落ち着かねぇけど、そうだ、ここは間違いなくあそこだ。 閻魔――

 

「あ、あのぁ……え!? ご、悟空さん!? 息してない!!」

「え? 嘘!! 悟空くん!?」

「孫くん!?」

「悟空!!」

 

 おーい! 閻魔さーー! オラだ! 孫悟空だーー……

 なんだ? 誰もいないのか? 困ったなぁ、コレじゃオラあの世で自由に歩き回れねぇぞ。 ……界王さまに言えば、顔パスってやつで行けるかな。

 

 ま! 細かいことは後で考えッか! いまはドラゴンボール集めないといけねェし……ん? オラ何で――あれ?

 

「フェイト、AED用意。 デバイス出力に極力神経を集中させるのよ」

「はい! ……200ジュール、スタンバイ」

「行きなさい」

「ふぁいあっ!」

 

 お? なんか体がびりっと来るなぁ。

 まるで熱湯風呂にでも入ったような感じだぞぉ。 はは! くすぐったくなってきやがった! イヒヒ――あはは! こそばってぇったらねぇや!!

 

「反応なし!? フェイト、今度は300ジュールに上げなさい」

「はい。 ……ふぁいあ!」

 

 ひひひ――く、くすぐってぇ!

 

「450!」

「悟空起きて!」

 

 あひゃひゃひゃ!!

 

「ダメだわ。 これ以上は心臓に過負荷が……」

「そんな!? わ、わたし……わたしのせいで!!」

「もともと悟空は体力の限界まで戦ってたし……なのはのせいじゃ……」

「……こ、こんなことになるなんて……そんなつもり」

 

 ふぅ、くすぐったかった。

 なんだったんだ今の? なんだかずいぶん昔にもおんなじ目に会ったようなそうじゃないような……? まるで初めてフェイトと戦ったときみてぇな感じだったっけか。

 でも、いまの奴よりももっともっと、あいつの攻撃は激しかったよな。 アレはすごかったなぁ。 ……あ、いけねぇ。 オラ腹減っちまって来たぞ。

 

「悟空くん……」

「こうなったら心臓マッサージと人工呼吸を繰り返して……」

――――あら? みなさんそろって……あ、悟空君こんなところで寝転げちゃって!

 

 ん? モモコの声がした気がする。 いっけねぇ、オラ朝飯何するか聞かれてたんだよなぁ。 実は結構無理言って、朝からスタミナ付くもん食わせてもらおうって決めてたの忘れてたぞ。

 

「じ、人工呼吸ですか!?」

「なに赤くなっているの、そういう羞恥心は一切捨てなさい! 彼がここで居なくなってしまってもいいの!?」

「……! は、はい!」

――――なんだか取り込みちゅうみたいねぇ。 ……悟空君だけでもお布団で寝かしておいた方がいいのかしら?

 

 なんか周りがさわがしくなっちまったなぁ。 ……誰もいねぇはずなのにへんなの。

 にしてもモモコとの約束はどうすっかなぁ。 朝、行き成り言うのも悪いだろうし……ん~~

 

「ねぇ、悟空君。 お布団いこっか?」

「むぅ~~」

「あ、そうだ。 朝ごはんは何がいい? 酢豚かカレーが作れるけど」

 

 酢豚とカレーかぁ。 材料的にはたしか一緒なんだっけか? 野菜使うし、肉も使うし。 ……あ、そうか! どっちかって聞くくれぇだもんな、だったらモモコの事だから両方作れるようにはしてるかもしれねぇ!! なら――

 

「どっちも……が、いい……Zzz」

「はいはい。 もう、大きくなったり小さくなったりしても、相変わらず食欲は変わらないんだから」

「むごむご……」

 

――――ご、ごめんなさい。 やっぱり少しだけ待ってください!

――――くすくす、良いわよ。 いつまでも待っててあげるから……

――――母さん、こうなること最初っから……

――――というより悟空さんホントに心臓止まってたんですけど。 えっ……自力で蘇生したの!?

 

 

 

 ……いろいろと騒がしいのはいつもの事。 そんな高町の家は、ようやっと玄関から電気が消えていくのであった。

 

 

 AM 8時50分 高町家、戦場跡。

 

 昨日、あまりにも疲労が大きかったあたしはゴクウが帰ってくるのを待たずして、泥のように眠ったらしい。 体がだるいし、頭の片隅に鈍痛がある。 あたしら守護騎士プログラムがするはずがないだろうけど、これが人間で言う風邪という症状なんだろう。

 ……これは、かなりつらい。

 

「痛ぅ……?」

 

 この家……『たかまちなんとか』ってヤツが住んでる家の、空いた居間にいまは少しだけやっかいになってる。 だから当然そこから出ると、あの怖い白いヤツが顔を出すと思って背筋を伸ばしてたんだけど。

 何かおかしい。

 

「なんだこの音?」

 

 廊下をあるいて、リビングに行こうとするとどうにも現実的じゃないっていうか……まるでテレビでよく耳にする獰猛な怪獣が食事しているときの音が聞こえてくるんだ。

 いかにも御機嫌ですよー……なんて感じとれるリズムを取っているのも、逆に疑問を増やしてくる。 なんなんだコレ?

 

「この家はあの悪魔のほかに怪物でも飼ってるのか……?」

 

 とにかく、このまま足踏みしてたんじゃ何にも始まんねぇ。 仮に変なヤツだろうと、怪獣だろうと、襲い掛かってくるんなら容赦しない! ……しないんだからな! こ、怖くなんてねぇかんな、ホントなんだぞ……うん。

 

「こ、このドアの向こうに……ゴクリ」

「もごもご~~!!」

「――――ビクっ!?」

 

 なんだなんだ! いま限りなく悲鳴に近いような叫び声が飛んできたぞ!?

 まるで口元にいっぱい何かを詰め込んだ……ま、まさか!

 

「おぼぼー! をうぅいっもいいえっお――」

「やだよー……ぼくなんにもしらないよ……って言ってのんか?!」

 

 なんてこった!!

 平和そうなこの家であたしは大事件に立ち会っちまった!! まさか……児童監禁の現場に立ち会うだなんて!!

 た、たしかに昔よりかは大分平和だろうけど……それこそ拷問や奴隷の扱いこそされないまでも、それでも起こっているのは犯罪ことで、イケナイことだ。 しかしこの家の人間が監禁されているのかしているのか、そこん所が気になる。 というかその前にひとつ忘れていたことが……!

 

「悟空はどこに行ったんだよ!」

 

 あのどんな警備会社よりも頑強なセキュリティをもつアイツが、そんなこと赦すわけがない。 地表全土にわたる探知、高度な戦闘能力、一度会ったら絶対に逃がさない――瞬間移動。

 さらに謎の変身に、極大の砲撃魔法etc.……コイツに歯向かって生きていられるコスイ犯罪者を想像できねえ。

 

「ま、まさかやられたのか!?」

「モモコー、カレーおかわりぃ! ご飯大盛りでたのむ――」

「アイツがやられる……そんな恐ろしい敵が!?」

 

 信じられない……いや、信じたくない! あんな戦闘魔神がやられる相手がいるんなら、それこそ世界の破滅じゃないのか!? 闇の書のページを300以上埋める変態魔力を秘めたアイツ以上の驚異……いったい何者なんだ。

 

「あら、ご飯がなくなっちゃったわ。 どうしましょう」

「パンでもいいぞ? オラ、最初はアレ嫌ぇだったけど最近はモモコんところで食うようになって嫌いじゃねェし」

「そう? ふふ、それは作る側としてはうれしい限りねぇ」

 

 鬼、悪魔、地獄の使い、中世から生きている魔女……閻魔もおそれぬ戦神(いくさがみ)。

 この家の人物をことごとく掻い潜ったんだ、きっと悪鬼羅刹の類いに違いない! くそ、どうしてこんなことに――――――あれ?

 

「おら? ごはん?」

 

 いまなんか随分と穏やかな言葉がならんでいたような……?

 

「ま、まさか?!」

 

 この二つの単語と言ったら最早アイツしかいねぇだろ。

 大飯ぐらいの東北弁男……はぁ、なんだよおどろかせやがって。 無事なら無事って言えよなぁ。

 まぁ、昨日の騒動を無事に……あ! そうだよ、昨日のこと! 詳しく話聞かねぇと。

 

 やっと大事なことを思い出したあたしは、今までの無駄な考えを頭の片隅に追いやって、目の前のドアノブに手をやる。 金属製のコレは、朝一番という事でひんやりしてはいたけど、それでもかまわず一気に部屋のなかに入っていく。

 ……そこにいたのは…………

 

「むぐむぐ――んめーー!!」

「……だれ?」

 

 あたしの知らない“コドモ”だった。

 リビングにある椅子に座って、テーブルの上に置いてある食事を貪っている男の子が、アタシと視線を交わして……

 

「むぐむぐ……ん! おめぇ起きたんか? んぐんぐ……いうまえおふぇふぇふふぁら――」

「……汚ぇからまず全部呑み込めよ」

「? ……ずずずずず~~ッ!!」

「だ、だからってホントに全部……」

 

 持ってた器……おそらく一般人で言うなら、特大の大皿に入っていたカレーのルーを呑み込んでいく男の子。 そいつはこっちを見たと思ったらまた食い物と格闘を――って。

 

「話があるんじゃなかったのかよ!?」

「もふ?」

「こ、このヤロウ」

 

 なんなんだよコイツ。 人に話があるような素振りしたら、今度は飯を食ったまま帰ってこなかったり。 アイツじゃないんだからいい加減――? あいつ?

 

「黒い髪に……独特な髪型」

「?」

「それに気のせいか? 腰の付近から見え隠れするその物体は……?」

「なんだなんだ?」

 

 完全に一致してやがる!? 髪型は大目に見るとしても、さすがに尻尾はありえねぇ!

 てことはアレか!? こ、こここいつ――まさか!

 

「お、おまえ!」

「なんだよさっきから、あわただしいヤツ」

「ご、ゴクウ!」

「お――」

「の、息子か!!」

「……え?」

 

 そうだ、それとしか考えらんねぇ!

 そうすればこの誰彼かまわず自分の空気に貶めていく天然さも納得いくぜ。

 

「まさかあいつに子供がいるなんてなぁ。 あたしの見立てだと結婚なんかできない甲斐性なしってのがアイツの特性だと――」

「なぁ、おい」

「いやぁ、それにしてもホントにそっくりだなお前。 まるで父親の生き写しだよな」

「いや、だからよ」

 

 というか似すぎだよな。 まるであいつが子供になったらこんな感じ――みたいだ。 あれ? そういえばゴクウのやつはどこにいったんだ? あいつに子供がいたことは驚きだけど、こんなところに置いて行ってどこほっつき歩いてんだ?

 

「なぁ、ヴィータ」

「……まったく仕方がないヤツ」

「なぁったら!」

 

 ん? 椅子から降りてきた?

 2歩分離れた距離に並んだあたしとアイツ……へぇ、背はあたしより低いんだな。 ……ふふん。

 

「なんだよ? 変ににやけちまって」

「……な、なんでもねぇよ」

「?」

 

 少しだけ口元が緩んだか? いままでがいままでだったからな、こう自分よりも背が低い奴と正面から話していると……なんだか言いあらわせない気持ちになるっていうか……な。

 

「なぁ、ところでさぁ。 おめぇは飯食わねェのか?」

「めし? そういえばおなか空いたかもしんねぇ」

「だろ? ほれ、オラが少しだけ残しといたんだ。 これ食っちまえ」

「……?!」

 

 す、すこしったっておまえ……これ軽く5人分はあるだろう。 こんなもん食いきれるか! 大体、これを少しっていうコイツの目分量って……まぁいいか。

 

「いただきます……」

「どんどん食っちまえ、いっぱい食わねぇとリキつかねぇかんな」

「……?」

 

 さすがアイツの息子、言っていることが本当に同じだ。 飯食って~~というところなんか正しくって感じで笑いすらこみ上げてくるところがもう。

とりあえず、すすめられるままにイスに座ったあたしは、そのままカレーの入った器を手にして……ん、このカレー激ウマ! あの白いヤツの母親だと思えるヒトが作ったらしいけど、すげぇうめぇ。

 

「ふぇー! 食った食った!! ……ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした」

 

 へぇ。 結構雑なヤツだと思ったけど、こう言う礼儀正しさもあるんだな。 あたしの“外見年齢”よりも相当下の癖に……親のしつけがよかった? ……ホントにそうか?

 

「なんだよさっきから、人の事じろじろ見てさ」

「え? んいや、そんなチビなのに結構出来たやつだなぁっておもって」

「……?」

 

 今だってそうやって首を傾げてる姿なんか仔犬みたいで……なかなか可愛がり甲斐があるというか……な。 はやてが9歳だったから、大体で6歳くらいか?

 あたしがはやてよりも年下だとしても、1、2歳は上って事にはなるから……へへ、弟分ゲット――

 

「……0さいなんだけどなぁ」

「あ? なんかいったか?」

 

 おっとと。 ついつい妄想が入っちまった。

 いまコイツがなんか言ったようだけど、右から左で全然だった。 いけないイケナイ。

 

「オラ子供じゃねぇぞ」

「はいはい、コドモはみんなそう言うんだよなー」

「こいつ……急にどうしたんだ?」

「え?」

 

 なんだか納得してないって感じの子供は、席から立ち上がるとそのままあたしが居る方まで近づいてくる。

 背格好から見上げている形になるアイツ。 ……むぅ、どこから見てもゴクウそっくりだ。

 

「まぁ、なんにしてもおめぇが元気になってよかった。 いつまでも暗いのはらしくねぇし」

「はい?」

 

 なんだその言いぐさ。 それじゃまるであたしの事を知ってるってふうじゃねえか。 ……初対面だよな?

 ちょくちょくあたしのことを年下扱いする態度も含めて、こいつの正体に不安を感じ始めてきたな。 む、誰かがこっちにやって来る? リビングの入り口から物音が聞こえてくる。

 

「ふあぁ~~あ。 ……あ、ゴクウ、おはよー」

「おっす! アルフ、おめぇやっと起きたんか。 ずいぶんとお寝坊だな」

「誰のせいだと思ってるんだい……ふぁぁ~~」

 

 あぁ、数日前にシグナムにコテンパンにされた使い魔か。

 確か狼を素体にした奴だっけ……相変わらず“あの二人”に負けぞ劣らずなカラダしやがって、うらやましくないんだぞ! ホントなんだからな!

 そもそもデカけりゃいいもんじゃないんだ。 太古からの習わしでこう、したたかさを強調するためにだな―――――あん? いや、ちょっと待て。

 

「オイ、ツカイマ=サン」

「な、なんだい!? 変な声出して」

「アナタイマ、タイヘンオカシナコトヲ、モウサレマシタネ」

「な、なにかいったかい? アタシ」

 

 おかしい可笑しい。 イヤイヤ、ホントにありえない。

 この坊主が……なんだって? ぜんぜん聞こえが悪くてさぁ……はは、たしかに今現在守護騎士プログラムは原因不明の失調をきたしてはいるけどよ。 耳まで悪くなるなんてこりゃもう駄目かな。

 こんな古本から生まれた古い女なんてこんなもんなんですよ……ははは――――

 

「さっきからコイツおかしいんだ。 妙にソワソワしてるっていうか……」

「そうなのかい? ……いや、ちょっとまって。 こいつたしか、あんたのこと……」

「ん?」

 

 ないない、あるわけない。 いやだってそんな……

 あいつは20代そこそこの子どものような大人であって、だけど決して体格はそんなもんじゃなくって。 昨日見た感じだとザフィーラといい勝負かそれ以上なもんだったし……うぅ、変なもん思い出しちまった。

 

「ゴクウ、アンタ今、自分がどうなってるのか見直してからこの状況を考えてみな」

「状況? んなこといってもなぁ……オラ前みたいに子供の姿になって、そんでモモコからカレーを食わせてもらってるだけだぞ? そこのどこがいけねんだ」

「……答えを言っておきながらコレって。 あんたその姿になると地力だけじゃなくって知力も低下するんじゃないだろうね?」

「へへっ、そうかもしんねえ」

「……堂々と胸を張るんじゃないよ」

 

 あ、庭先に小鳥が一匹飛んできた。……あぁ、今日もいい天気だ。 ゲートボールには絶好の日じゃねえか。

 冬のこの時期、少しでも曇ってるとそれだけで寒さに体が震えちまう。 だからゲートボール仲間の爺さんたちの身体を悪くしちまうからあんましそういう日にはやりたくねぇから、こう言う日は貴重なんだよなぁ。 ……はぁ、あたし、何考えてたんだっけ。

 

「ボケ~~」

「おい、アルフ。 なんかヴィータの奴があらぬ方向を向いちまったぞ」

「放っておきな。 アタシだってはじめてあの姿になったアンタを見た時はそりゃあ驚いたもんさ」

「……そっか」

 

 

 

 ………………少女の思考はここでキレる。 いい加減、脱線ばかりの己の思考に区切りをつけることもままならず、彼女は口を開けたままに、「あ、そうだ!」なんて大声を上げた少年悟空に手を引っ張られながら、この家のリビングを後にするのであった。

 

 不幸のどん底にあるはずのヴィータに、ささやかな混沌が忍び寄っていた。

 

 

 AM11時30分 海鳴市、商店街。

 

「――――はっ、ここは一体!?」

 

 どこだここ? なんか随分長い事呆然としてた気がするけど、どれくらいの時間が経ったんだ? 5分? 10分?!

 

「正解は3時間だ」

「結構ネボスケさんじゃないのさ? おちびちゃん」

「――――!?」

 

 急に背後からかけられた声。

 驚くように振り向いたあたしはさぞ無様に映っただろう。 まるで浮気のばれそうな成人男性の様な振り向き方をしたあたしは、そのまま目の前に居る人間二人を見て……

 

「なにニヤけてんだよ……」

『なんでも♪』

 

 思わず右手で拳を作ってたよ。 ちくしょう、完全に手玉に取られてんじゃねえか。

 

「ところで、なんでこんなところにいるんだ? さっきまで自宅警備の特訓をしてただろ?」

「誰が年中ニート生活だい! 今日は桃子……なのはの母親の代わりに買い物に来てるんだよ」

「ふーん」

 

 結局お手伝いなんじゃねーか。 まぁ、あたしもはやての所じゃ似た生活だしこれ以上の茶々は入れらんねえけど。

 

「ふふん。 買い物の途中で好きなもの買ってきていいって言われたし、やりがいが出るってもんさ」

「……それが理由でいいのか?」

 

 なんだか感心する理由が一気に消えていく様だな。 このイヌころ、結局のところ褒美目当てでやってきたんじゃなかろうか。 ……疑うところ際限なしだ。

 

「まぁまぁ、何でもいいじゃねぇか。 オラなんか今日の献立を自分で決められるから来ただけだし」

「それはそれで正当な理由でもあるんじゃ……」

「でもまぁ、オラ料理のことわかんねぇけど!」

「……おい」

 

 なんで晩飯の買い出しにこの面子を選出した! 明らかに判断ミスだろうこれ!!

 いくらなんでも作り出す人間が居なさすぎて、これからの展開が読めすぎてヤバい!!

 

「そんな酸っぱい顔すんなよな。 大丈夫だって、何とかなるさ」

「……はぁ」

 

 まったく。 このイヌっころと言い、犬っころと言い……いぬいぬいぬいぬぬぬぬぬ――――

 

「ご、ごごごごっご――!!」

「な、なんだなんだ!?」

「なにしてんだい!?」

 

 そんな馬鹿な!? こいつがあの……え? なんで!? どうなって!? 同姓同名なんてオチだったら、暴れるじゃ済まさねえぞ!!

 

「お前! あのゴクウなのか!!」

「…………なんだよいまさらか?」

「当然のように首を傾げた!? この、どんなハチャメチャなことでも当然だと言い切る無茶振り――間違いない!! やっぱりお前ゴクウなのか!!」

 

 そ、そんな……ありえねぇ。

 背丈は50センチ以上も低くなってるし、声だって当然変声期前の男の子のモノだ。 でも感じるコイツの性格が、あたしの脳髄に訴えてやがる……こんな人物、宇宙に一人でいいって。

 

「いろいろあってな。 デカくなったりチビになったりと忙しい身体になっちまったんだ」

「……ぜひともそのいろいろの部分を教えてもらいてえよ。 はぁ」

 

 どこをどうやったらそんな身体になるんだよ。 ……生身の人間が。

 

「まぁ、そんなに咆えない。 ゴクウの場合、ある意味身体の構造変更はおどろいたことじゃないのさ」

「……あん?」

「そうなんか?」

 

 そこでどうしてお前まで首をひねるんだよ!?

 おかしいだろ! 自分の事だろ! しっかりしろよ!! こっちの常識を壊して回るだけなら、そのまま大人しくしててくれよ!!

 

「そもそもゴクウは……はっ!」

「今度はなんだよ」

 

 ……えぇと、急に犬っころがあさっての方向を向いたんだけど?

 肩を落としながら振り向いてみると、そこには緑色の看板がかかったなかなか大きい店が。 見たことねえけど、スーパーかなにかか? 結構珍しい装飾だな。 ……ただし。

 

「…………犬が看板を飾っているという点を除いてだけどな」

「アルフの奴、いつの間にかあの店の中に消えちまったぞ……」

「……あたまいたい」

 

 い い か げ ん に し ろ!!

 さすがのあたしにだってツッコミの限界ってのがあるんだ!! どうして動物専用のスーパーに行く必要があんだよ!! おかしいだろ! ペットショップなら他の用事の時に行けよ!!

 

「仕方ねぇ奴だなぁ。 追いかけるぞヴィータ」

「もうやだ、この面子でツッコミ一人の時点で失敗フラグ立ちすぎだろ……ああう」

「なにぶつくさ文句言ってんだ、さっさと行くぞ」

 

 もうどうにでもなぁれ……

 とりあえずゴクウに引きずられながら店に入っていくあたしたち。 そこで見た光景は、一面を愛玩動物専用の物品で飾った大型ショッピングモールを彷彿とさせる光景と……

 

「ねぇゴクウ~~、アタシあれがほしいなぁ~~」

『…………』

 

 オオカミ女が独り、尻尾を振っていたとさ。

 

「あ、あたしこういうの見たことある」

「そうか? オラこういうのはよくわかんねぇぞ。 どういうことなんだ?」

 

 たぶん、お前にいってもわかんねえとは思うけど。 これはアレだ、前にテレビでやってた……

 

「………………おねだりするキャバ嬢」

「なんかいったか?」

「……聞こえてないならそれでいい」

「??」

 

 ていうかリアルに尻尾が出てるじゃねえか!? おい止めろ馬鹿!! そんなもん見せたらいろいろと面倒が――

 

「いらっしゃいませ~~」

「ほら来た!!」

『??』

 

 マズイマズイ……いきなりピンチだ、クライマックスだ……!

 どうする!? こんな事態は考えてなかった。 気絶させるか? ドイツを? 店員をか!?

 

「ぐるぐる~~」

「お客様?」

「おい、ヴィータ?」

 

 ここであたしは完璧な作戦を思いついた!!

 まず、あのバカ犬を一撃で葬る。

 次に店員の記憶を物理的に葬る。

 完璧だ! どいつもこいつも今まで起きたことを覚えてない! 我ながら――全然穴だらけじゃねぇか!! そもそもそんな一方的な暴力なんか出来るか!!

 

 ……本当にどうしたらいいんだ。

 

「あ、そう言えば悟空さん。 本日はどのような御用件で?」

「ん? おめぇオラの事知ってんのか?」

「知らない人などいませんよ。 噂はかねがね――」

「ふーん……」

 

 ん? なんだか空気が微妙に良い方向に……?

 ていうかそうだよな。 悟空自身、尻尾を出したまんまで街に出かけてたりしてたらしいから、もしかしたらとは思ってたけど……

 

「おどろかねえのか? こいつらのこと」

『はい?』

「そうですか……おかしいと思っていたのはあたしだけですか」

 

 どうなってんだよこの国。 確実に頭のネジが一本飛んでるんじゃねえのか?

 

「ゴクウ~~」

「なんだよ。 さっきから変な声出してさぁ」

 

 ここに来てオオカミ女の猫なで声……狼なのに猫とはこれいかに。 つぅかこいつ、完全に飼いならされた犬じゃねえのか? この店に入った途端可笑しくなりやがって、ここには犬用のマタタビでも置いてあんのか?

 

「こっちの首輪と、あっちの首輪。 どっちがいいと思う?」

「……どっちでもいいじゃねぇか」

「が、……ふが!?」

 

 自分用か!? 自分用の首輪なのか!?

 しかしだけど待て! そんなもん、今このタイミングで言ったら――

 

 

「……おい、あの人もしかして…………」

「男の子に首輪? ……け、警察呼んだ方が」

 

 

 ほおら思った通りになった!!

 迂闊すぎるだろこのイヌころ、ペットショップに入って気でも緩んだか!? 自分が今どんなに危ない発言したのか自覚あるんだよな!!

 

「む!」

 

 あ、え? 急に目つきを鋭くした?

 

「アンタたち、勘違いすんじゃないよ!」

『!!?』

 

 こ、ここに来て弁明か?! いまさらな気もするけど、この威圧感……行ける!?

 いっちまえ! そのままゴリ押しで正論っぽく押し切っちまえ!!

 

 

「これはこの坊やに買ってもらう――ア タ シ の 首 輪――なんだからね!!」

 

 

 

『…………』

「わかったね!」

『…………えぇ~~』

 

 あぁ、期待したあたしが恐ろしく愚か者だったよ。

 ありえねぇ。 まさかこんな返しをするボケナスが居ただなんて。 もう、突っ込む気力が底を尽きたよ。

 

 

「す、すみません……」

「ごめんなさい……」

「大人のおねえさんをしたがえる……男の子」

「が、がんばって生きてください……」

 

 

 なんかもう励ましの声まで来てんじゃねえか。

 どんだけだよこいつら。 いい加減にしろよ、もう、こっちの引き出しはゼロなんだ。 いくら生きてきた歴史ってのがあっても、戦うだけだったあたしらにそんなボキャブラリーは無いんだ!

 もう、おとなしくしてくれぇ。

 

 

 ……そして、カオスだったペットショップでの戦いを終えたあたしらはそのまま買い物を開始していく。

 

「今日は中華がいいな。 おっちゃーん! いつものやつーー!」

「いつものって……そんなんで買い物が――」

「はいはい、中華料理一式だね? これとこれとこれ……お代は今度桃子さんと一緒に来た時でいいよ!」

「サンキュウ~」

「…………なんだって」

 

 通り過ぎ様に立ち寄った八百屋では山菜その他を“ツケ”でいただき。

 

「おっす!」

「おんやまぁ、悟空ちゃんじゃないけぇ。 元気しとるかえ?」

「おう! オラいつも元気だ」

「ほうほう……そりゃあいいことだよ。 そんじゃコレは“いつもの”ね」

「やった!」

 

 肉屋に行けば、裏から出てきた婆さんに紙包みをいただき。

 

『ジャン拳!!』

「ぐー」

「チョキ!」

「かぁーー! 今回は負けかぁ……しかたねぇ、一匹持ってきな!」

「へっへー! ブイブイ!」

「なんで!?」

 

 拳を突き上げただけで、今が旬な『ブリ』と『タラ』をかっさらう。 ……なんだここ!? さっきの所とは違って、ついにツケじゃなくなった!?

 

 いろいろと不可解? な、出来事が立て続けに起きたけど、ここら辺で何とか買い物は終わり……かなりの時間を浪費して、今は夕方。 結局最後まで財布のひもは緩めなかったけど。

 あ、そう言えば一緒に来ていたイヌころは買ってもらった首輪と買い物袋をもって家に帰ったらしい。 ……あいつ、幾らなんでも浮かれすぎだろう……

 

「それにしてもゴクウがそんな風になるなんて……知らなかった」

「ん? そうだな。 オラも、おめぇたちと会った頃はまだ知らなかったもんなぁ」

「え!? そうなのか!?」

「おう」

 

 コイツについては、はなから謎が多かったけど……もしかしたらゴクウ自身、自分でもわからない秘密っていうか、謎ってのがあるのかもな。

 初めて会った時から、何となく思ってたけどコイツ……

 

「? なんだ?」

「なんでもねぇ」

 

 本当に時々だけど、寂しそうな目をするんだ。

 なんだか、申し訳ないっていうか……誰かに謝ってるっていうか……よくわかんねえけど、たぶんそんな感じ。 ……けど、それにもまして。

 

「いやぁ、なんだか元気そうでよかったぞ」

「え?」

「おめぇ、昨日会ったときは相当落ち込んでたからなぁ。 元気になってよかったよかった」

「……むぅ」

 

 こういうところだ。

 こういう、してほしいときに気遣いが出来るところが、こっちの気持ちを持ち上げて、こいつから悲壮な雰囲気を見えなくしていくんだ。 それはきっといい事なんだろうけどよ。 ゴクウ、お前はきっと勘違いしてる。

 周りにいるみんなは、強いだけのお前が好きなんじゃないんだぞ。

 

「いつかは……」

「……? ヴィータ?」

 

 お前が……困っているお前が、“みんな”で助けてやれる日が来ればいい……かな。

 

「??」

「なんでもねえよ――ふふ」

「……はは、そっか」

「ああ」

 

 きっとやって来る。 そう思って、あたしはあいつの後ろを歩く。

 あの“たかまち”ってとこにいる連中も、きっとこんな気持ちでゴクウのあとを追いかけているんだよな……あ、そういえば。

 

「あいつらはどうしたんだ? 学校ってやつにでも行ってるのかよ」

「あいつら? なのはたちの事か? ん~~」

 

 なんだ? めずらしく言葉を詰まらせやがった。 何か言いたくない事でもあるんじゃねえだろうな。 それはなんだか複雑っていうか……

 

「プレシアからしつこく言われてるから、あんまし詳しくは言えねんだけどな」

「あぁ、なるほど……」

「ん?」

「いや、気にしないで続けてくれ……」

 

 そうか。 あの六天大魔王の女に“言うな”と言われて……そりゃいいたくねえよ。 すまねえゴクウ、危うく勘違いするところだった。

 

「作戦変更ってやつでさ。 本来だったらオラがやるはずだったことをやってもらってるんだ」

「お前がやること?」

「そうだ」

 

 なんだそりゃ?

 

「なのはにフェイト、クロノ達管理局のみんなに……あと、昨日駆けつけてくれたユーノ。 あ、ユーノってのは昨日までトンでもねぇ怪我してたけど、オラたちのこと聞いたら渋ってた仙豆を躊躇いもなく使ったらしくってよ? そんで合流した奴の事だ。 おめぇからしたら新顔になるかな」

「……はぁ?」

 

 知らない名前と、知らない単語。

 とにかくわかるのは、コイツのために動いてくれる人物が結構な数……しかも管理局の人間ですらもこいつの願いに耳を傾ける。

 お前の人脈……すごすぎだろ。

 

「とにかく、今、いろんな奴が必死こいて頑張ってくれてる。 そんで、オラの考えが……いや、“記憶違い”じゃなかったらよ、もしかしたら――」

「もしかしたら?」

「……いや、やっぱハッキリしたらにしような。 無駄に期待を膨らませるわけにはいかねぇ」

 

 なんなんだよ勿体ぶりやがって……ここに来てそういうのは無しだろ? どこぞのじじぃじゃないんだ、言えることはこうズバー! って言っちまってくれよ!

 

「まぁまぁ」

「むぅ」

「そんなムクれんなって」

「けどよぉ」

 

 気になるもんは気になる。

 さっさとそのやる事ってのを片付けてもらいたいもんだぜ。 ……つぅか、管理局が手伝う? それってもしかしてえらく重要なもの? ……まさかロストロギアだったりするのか?

 

「そのうち判るさ」

「……おう?」

 

 なんだかえらくタイミングよく言葉をかけて来るなゴクウのヤツ。

 まさかこっちの考えが読めるとか……? テレパスとか思考詮索の能力があるだなんて言ったら、それこそ本物のチートだ。 つぅか、ある種の物語の主人公然とした奴が使っていいもんじゃない! ああいうのは端役につかわせるからこそ光るもんだ――って、昔はやてが言ってた気がする。

 

「どうした? いきなり表情変えちまって?」

「いいや。 ただ、お前のとんでもなさを酷く痛感して……な」

「そんなことねぇさ、オラなんかまだまだ――」

「あるね! 絶対そんなことある!!」

「おぉ!?」

 

 空飛んで? 残像が出来て? 高速戦闘に高機動格闘に遠近両用の射撃砲撃の雨あられだろ? ……なんでもありなんてもんじゃねぇだろ。

 オールラウンダーって言葉は知ってるけど、コイツの場合それが異常なレベルにまで極まってるせいで既に無敵。 所謂“レベルを上げて物理で殴る”状態だろうからなぁ。 ……今までの歴史上、おそらくここまで完成された人間ってのはいない気がする。 てか、いないでくれ。

 

 はぁ、いろいろと思考があっちゃこっちゃ行ったけど、そろそろこっちが聞きたいことを言うべきだな。 誰かさん達のおかげでモチベーションは整ったし、受け容れる覚悟も出来たから……

 

「なぁ、ゴクウ」

「……どうした?」

 

 ……普段より、とっても優しい声が帰ってきた。

 子供だからってのもあったかもしんねえ。 あたしの聞き間違いってのも否定できない。 それくらいに些細な変化だったけど、これから聞く恐ろしい事に比べれば、きっと比べられないほどの暖かさを感じさせる。

 

「昨日の事……そろそろ聞きてぇんだけど」

「……そうだな。 おめぇにはもう、言っておかねぇと」

 

 ゴクウが真剣な顔をした。

 ……うん、やっぱり背丈がいくら変わってもこいつはこいつなんだ。 そんな鋭い視線があたしを射抜いていく中で、あいつはそっと口を開く。 そこから聞かされたのは。

 

「シグナムと……戦ってきた」

「……そうか」

 

 大体予想通りの事。

 あえて今まで聞いてはいなかったけど、ここまでの事を考えつかないほどに、アタシは平和ボケをしてない。 いい加減、こっから言われることも大体で予想できる……ゴクウは、シグナムを……

 

「たおしたんだろ?」

 

 敵対して、粉砕したんだ……って。

 

「…………どうなんだろうなぁ?」

「は?」

 

 …………なんだって?

 どうしてそこで茶を濁す。 ああ成っちまったシグナムを、まさか救っただなんて――――

 

「いや、シグナムとは戦ったんだ。 でも、途中でクウラっていうやつが、シグナムと入れ替わってさ。 ずっとそいつと戦ってたんだ」

「くうら?」

 

 それってあれか? シグナムの身体をのっとって、今回の騒動を引き起こした原因の事なのか?

 

「たぶん、今おめぇが考えている通りでいいと思う。 オラはとにかくそいつと戦って……倒したんだ。 倒したはいいけどよ、せこい手に引っかかってこの体にされて。 フェイトに助けられて……? そんで、シグナム達みたいにされた……」

「え?」

 

 そこで一拍置いたゴクウの顔は、本当に悲しそうで。

 

「……ザフィーラ達と、戦った」

 

 その言葉を聞いたとき、あたしは思わず歯ぎしりを我慢できなかった。

 

「……それで」

「え?」

「それで、どうしたんだよ。 みんな……倒したんだろ」

 

 辛い……答えを聞くのが。

 もしも思った通りの返答だったら……そしたら、残されたのがあたしだけって事だろ。 どうしてこうなるんだよ、なんでいつの時代もあたしらを否定するんだ。 いやだ、こんな――「いやー、それがよ?」

 

「?」

「この体じゃ敵わなくってよ。 仕方ねぇから逃げてきた! あはは!!」

「…………はい?」

 

 逃げて……きた?

 それじゃ、決着は!?

 

「うん、まだついてない」

「……はあああ!?」

 

 そ、それなのにこんなところでゆっくりと!? お、おまえそれはいくらなんでもどっしり構えすぎなんじゃ――

 

「あいつ等、気を完全に消してると見えて、こっからじゃどこにいるか判別つかねんだ。 オラ自身も回復には数日を要するしな、だったらちょうどいいからこのまま引っ込んでようってな」

「……そうなんだ」

 

 一応、こいつなりに考えてはあるのか。 しかし回復? 何のことだ? もしかしてゴクウはいま万全の状態じゃない?

 

「へへ、実はそうなんだ」

「……あたしはまだ何も言ってないんだけど」

「え? でもおめぇが聞きたいことってアレだろ? オラが今、どうして全開じゃないのか~~とかそんなもんだろ?」

「ぐぬぬ」

 

 せ、正解だよコンチクショウ。

 

「これもいろいろあるんだ。 正確なことはわかってねぇから、今度プレシアあたりにでも聞いてくれ。 良い答えがもらえるかはわかんねぇけど」

「…………そうか」

 

 あのヒト怖いからいやなんだよなぁ。 ちょっと文句を言おうものなら、すぐに恐ろしい目をしてこっちを黙らせるし。 正直、敵対したくない部類の人間だ。 間違いない。

 

 あーあ。 結局ゴクウのペースになっちまった。 何を聞いてもわからねぇおしえらんねぇ――真剣な話だと思ったら肩すかし。 仕方ないとはいえ、なんとも言えない状況が続くよな。

 はぁ、なんか、今まで悩んでいたのがどうでもよくなってきた。

 

 

―――――…………それはこのオレに対して失礼なのではないのか?

 

『…………!!?』

 

 なんだ今の声!? ど、どど――どこかで聞いたことが……あ、あそこに居るヤツ!!

 20階建てのビルの上、かなり遠くの方からこっちを見下ろしている……異形が居やがった。 ……間違いない、『アイツ』が来たんだ。

 

「とうとう見つけたぞ? サイヤ人」

「こ、こんなところまで追いかけてきやがって……」

「あ、あの野郎!」

 

 冷たい眼差し、鋼鉄の身体、だけど、このあいだとは何もかもが違う――

 

「今回は前回の失敗を糧に、オレのためだけのボディーを要してやったぞ? ……そしてこれが意味することがどういう事か、分らん貴様じゃないだろう!」

「……」

「おいおい……」

 

 姿はもう、このあいだあたしが遭遇したときとは別物。

 まるで爬虫類か何かを思わせる肉体をもったアイツ。 それを証明するかのように伸びている尾は、重い音を打ち鳴らしながらビルの屋上を叩いた。

 鈍い空気の反響がこっちに届く……この重み、この凄み、どれをとっても尋常じゃない……常軌を逸した緊張感が湧き出る。

 

「さぁ、いきなりで悪いがここで終わりと行こうじゃないか」

「あ、あんにゃろう――!」

「冗談じゃねえ! よしやがれ!!」

 

 人差し指立てたアイツは……クウラは、そのまま天に指をかざした。

 それと同時に、不意に出てきた…太陽みたいに熱を持った光球!? なんだあの大きさ! 直径10メートルはあるんじゃ――!!

 

「あれは……まさかフリーザと!!?」

「くらえソンゴクウ!!」

「ま、マズイ!」

 

 また大きくなりやがった!? さっきよりも一回り大きくなった光球に、思わず目を奪われそうになる。 ……いや、そうじゃねぇだろ! あ、あんなもんこんな街中でぶっ放したら――!!

 

「この星もろとも、消えてしまえ!!」

「さ、させるか!!」

「ゴクウ!?」

 

 この星もろともッ……!? ば、馬鹿な! そんな威力があるわけが……け、けど……ゴクウの反応が明らかにおかしい。

 真剣を通り越して既に必死の形相になってやがる。 これはホントにどうにかなってしまう威力なのか!?

 

「か……めぇ……はぁ……めぇ……………」

「ほ、砲撃……けどそんな小規模なもん!」

 

 む、無理だ。 ゴクウたちがいう力関係はいまだにわからないけど、それでも見た目だけでもわかる。 今欠片みたいな力で、あんな化け物みたいな異常な攻撃をどうにかできるわけがない。

 

「ふははははは!! 最後の悪あがきがその程度かサイヤ人! ……そのまま無様に消えていくがいい!!」

「ぐ、ぐぅぅ――」

 

 もう駄目だ――悟空もそう思った時だった。

 

 

「な!? あのクウラが……」

「一撃で!?」

「どうなっちまってんだ!?」

「ご、ごんな゛ぁあ――」

 

 あの鋼鉄の背後から、黒い槍が突き出ていたんだ。

 

 

 

 クウラが悟空に放とうとしていた光球……スーパーノヴァが炸裂しようというそのときであった。 ヴィータが見たのは、白銀の身体を貫く異質な黒。 禍々しさをも見せつける黒き槍であった。

 それを放ち、クウラの背後を取って見せた存在が居ることに今、二人は遅れながらに気が付いた。

 

「おめぇ、なんだってこんなこと!」

「みんながいけないんや……こんなケンカばっかり……仲よぉせんとだめやで」

「なん……だって……?」

 

 冷たい。 どこまでも冷酷な笑うかおは、まさしく極寒の境地を体現する自然現象に匹敵していた。

 凍てつき、砕けそうになるその微笑……いや、冷笑は周囲を一気に暗く染め上げる。

 

「結界!? こ、こんな街中でおめぇ!」

「みんな……みんな……」

「なんでこんなことすんだ! こたえろよ!」

 

 悟空の声は今だ届かず。 それに反するかのように閉ざされていく“少女”の心の内は、既にドス暗い闇が支配していた。

 そして、更なる異変が悟空たちの前で起こる。

 

――――gagaaaaaaAAAAAA――――gugyaaaa!!?

 

「な!? クウラが……吸収されていく?!」

 

 徐々に薄くなる鋼鉄のカラダ。 平面的な表現ではなく、密度的なそれは、まるで存在そのものを“喰らい尽くす”かのようにも見え、それは悟空の横にいるヴィータが見ても、確実に異質な光景であった。

 

「ありえねぇ! 闇の書にこんな機能はないはずだ! ど、どうなってんだよ!?」

「……く、クウラの気が……!」

 

 そんな彼女と同時に声を上げた悟空は、事の異変が次の段階に移行するのを見てしまった。 鋼鉄の身体が、その鉄塊一つ残さぬままに霧散していく。

 その微粒子が、空気と一体化する寸前。 その残滓たちは行った――今回の渦の中心へと。

 

「…………ふふ……うふふ――還りなさい、我が内なる闇へ……」

「な、なんだ!? 急に“アイツ”の気が……変わった!?」

 

 悟空の感覚センサーが異変を訴える。

 前代未聞。 今までにないタイプだ――彼は、警戒心を一気に引き上げる。

 

「どうなっちまってんだよ」

 

 故に訴える。

 

「なにがおめぇをそこまで……!」

 

 だから聞いたのだ。

 

「答えろよ――――はやて!!」

 

 あの、陽光のように朗らだった少女に向かって。

 悟空は轟かせるように声を上げたのだ。

 

【貴方がいけないのです】

「な!? はやての声じゃねぇ!」

 

 それが、少女の消えた瞬間であったというのは、なんという皮肉か。 

 悟空の呼びかけも虚しく、事態は悪化の歩を止めてくれない。 ただただ悪くなる状況は、さしもの悟空の背に、一筋の汗を流させる。

 

「本来なら、そこにいる最後の騎士を取り込まさせなければ完成しなかった私ですが……貴方の力が――存在が! 私の覚醒を促せた!!」

「なに言ってんだ。 オラがいけねぇって……それに取り込むって、ヴィータの事か!?」

「こうなってしまえば、もう誰にも止められない……たとえ貴方でも」

「……おい、おめぇいくらなんでもそりゃねぇぞ……!」

 

 少女の身体が発光する。

 

「は、はやて!? どうなっちまってんだよ!!」

「オラが言うのもおかしい気がするけどさ、こう、人の身体が……」

 

 急激に伸びた頭髪。

 腰まで伸びたそれが一気に白銀へ染め抜きされると、今度ははやての身体が変異していく。

 

「いきなりでっかくなっていくのはよ……」

 

 9歳程度のその身体は、十代後半のそれへと組み替えられていく。

 まるで、いつかの悟空のように。 でも、そこには既にはやての面影を感じさせない。

 

「正直言って、気味わりぃな……」

「…………」

「は、はやて……どうなってんだよゴクウ! 闇の書の完成はまだのはずなんだ、なのにどうしてこんな――なんなんだよ一体!!」

 

 ヴィータの声を横に、悟空が静かに汗を拭く。

 吹き出るそれが意味するのは、圧倒的戦力差。 それを感じ取ったとき、彼は無意識のうちに帯を引き締める。

 

「貴方が……貴方さえいなければ――こんなことにはならなかった!!」

 

 感じたのは殺気。 でも、なぜか彼女の周囲から哀しみの空気を見出した悟空。

 止められないと言ったのは、果たして言葉そのままの意味なのか……それすら測りかねる今の状況に、彼が取る行動はやはり一つだけ。

 

「そうかよ、オラがそんなにイケナイってんなら……」

 

 理由はわからない。

 でも、こうなった原因が自分にあるというのならば。

 

「オラ自身が、きっちり落とし前付けねぇとな!!」

「…………無駄なことを」

 

 彼は彼だけの因果のもと、この事象を解決しようとしていた。

 

 成長を遂げたはやてだった肢体。

 それを持つ彼女は闇に包まれると、同時に衣服を現世のものではない装飾へと変質させる。 黒い装飾、体中を巻いている数多のベルト……拘束具は、まさしく今までの彼女を彷彿させるには十分であった。

 だが、それもつかの間、背に突然の違和感を醸すと一転。 今度は大空へ漆黒の翼をはためかせる。 ……彼女は、もはや人の身を逸脱しようとしていた。

 

「ここに居るみんなを巻き込むってんなら容赦しねぇ! たとえ、お前でもだ!」

「止められるのなら…………」

 

 

 海鳴市商店街。

 結界を張られたとはいえ、このような大それた場所で今、孫悟空がちからを解き放つ。 力なき少年は今、未知数の敵に向かって……飛翔する!!

 

「とめてください……」

 

 一つの、ちいさな願いを零したままに…………

 




悟空「おっす! オラ悟空!!」

ヴィータ「おいどうすんだよ! はやてが……はやてが!」

悟空「こいつはマズイことになっちまったなぁ。 オラはガキのままで、戻るまであと2日以上。 それに比べてあの娘(むすめ)というと……」

???「書の完成まで残り20ページ……そうすればこの世界は――」

悟空「まだ本調子じゃねェってか!? こうなったらこの状態でもやるしかねぇ!! 今のオラのすべてをぶつけてやる!!」

ヴィータ「次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第49話」

悟空「早過ぎる衝突――ちび悟空、崖っぷちの拳!」

ヴィータ「お、おい! お前体が――!?」

悟空「身体がぶっ壊れても知るもんか!! 出来るかわからねェとかじゃねぇ――やってやるんだ!!」

???「……どうして……そこまで」

悟空「はぁぁぁぁぁ……ああああああああッ―――!!」


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第49話 早過ぎる衝突――ちび悟空、崖っぷちの拳!

鉄は堅い、そして冷たい。
そんな物質だからこそできることがあるし、やってもらいたいことがある。
でも、もしもそんなモノに意思があったら? 感情があったら?

堅く、冷徹なモノが描く未来に、ほほえましい光はさしているのであろうか。

しかし鉄は知らない。
彼は、熱を与えられれば弱くなることを。

思惑外れし鋼鉄の外道。
彼が内側に引っ込んだとき、世界を震えさせる焔が舞い上がる。


りりごく――49話です。



「見つかったか?」

 

 まっさらな世界で男の声が木霊する。

 何もないそこには、本当に静今朝しかないという表現しかできず。 緑も、青も、茶色もなく只そこには――真っ白の世界……雪景色がすべてを覆い包んでいた。

 

「すみません、こちらは何も」

「くっ……ここの特殊な電磁波のせいなのか?」

 

 踏みしめた雪原に残る足あとの種類は……ざっと百。

 それを束ねるのはクロノ・ハラオウン、彼は今、白い歯を見せながら奥歯を強くこすり合わせていた。

 

「こうも難航するなんて。 いや、数日前までは確かに本腰を入れてはなかったけど」

「どうしますか隊長。 このままでは」

「わかってる。 僕らに残された時間は短い。 悟空が捜索に加われない上に、闇の書の案件を僕らの代わりに引き受けているんだ。 ここはなんとしても自分たちの手で」

 

 焦る理由はただ一つ。 救いたいものの命が、ろうそくの灯火のように揺れ動いたから。 見えるくらいに細くなったと思わせるプレシア・テスタロッサ。 彼女はデバイスの開発に文字通り命を賭けていたのだ。

 フェイトの新バルディッシュを作り変えた後の彼女は、床(とこ)にて赤い飛沫を咲き乱れさせ、発見したリンディによりいま、彼女は治療魔法の重ね掛けと言うその場しのぎを敢行している。 しかしこの状況、数か月前に言い当てた人物がいた。

 

「4月に悟空が指摘したことがこうも当るなんて」

 

 そう、それはまさしくあの超サイヤ人、孫悟空である。

 彼は時の庭園からの帰り道、確かにこういったのだ。

 

――――一向に上がらない気、どこか無理しているように見えた身体の動き……あいつ、このままじゃ死んじまうぞ――――

 

「しかしなぜこんな時に!? まるで今まで何か特別な力で病状を抑えられたような……」

 

 それが分ろうとも、クロノの疑問が晴れることはない。 只々、増える問答に頭を抱えながら……

 

「クロノ執務官殿――――ッ!!」

「……! 見つかったのか!!」

 

 部下から聞こえてくる叫び声に、銀世界を飛翔する。

 世界の果てで彼らを待つのは希望か絶望か。 しかしそこに在る“ちから”は、間違いなく待っていた――――すべてがそろうそのときを。

 

 

同時刻 海鳴市上空。

 

 空が……悲鳴を上げた。

 

「ふっ……はあ!!」

「…………」

 

 山吹色の一閃。

 鍛えぬいてきた自身の腕を、高速の速さで射出したのは悟空。 瞬間的に高めたその力は、昨日の終盤よりも出力的には3倍以上の威力がある。 それなのに。

 

「かすりもしねぇのか!?」

「あまい……」

 

 それをすり抜け、相手の足刀が飛んでくる。

 

「ぐあ――っ!?」

「ゴクウ――!」

 

 飛翔し、隕石のように遠くの山へと不時着する悟空。

 削られていく斜面と、悟空の道着。 まるでトラクターが通ったように道を整備していく彼のダメージは甚大であろう。

 それを追いかけるヴィータの姿も……既に満身創痍であった。

 

「おいゴクウ、しっかりしろよ!」

「へ……へへ。 こんなに実力に差がついてるなんてよ」

 

 弱々しい声に、同じく弱っているヴィータも力なくうなずき返した。

 被った帽子を揺らすと、そのまま視線は遥か上空。 いま、余裕を見せながら眼下の自分たちを蔑んでいる例の娘へと向ける。

 

「あんなのが居たなんて……あたし知らない……知らなかったんだ」

「そうか……」

「しかもはやてを取り込んで……どうなってんだよ」

「……それは…………」

 

 混乱はいまだ冷めきらない。

 開戦からおおよそで20分強。 持っていた7個のカートリッジは既に残り2個。 悟空の方は、気の半数近くを持っていかれていた。

 悟空はともかく、ヴィータの方は全力を出せないままに……時間は今まで消費させられてしまった。

 

「いざ攻撃しようとすると、はやての顔がちらついて……くそっ! あんなの卑怯だ!! どうすりゃいいんだよこんな相手――」

「……」

 

 敗戦濃い空気が流れる。 力でのぶつかり合いで、この悟空が押されているという事実は、既にヴィータの心に動揺を誘う。 やかましくなる口数に、まるで反比例するかのように悟空は……

 

「………………ふぅ」

 

 息を吐く。

 瞬間。 彼の尾がゆれると、そのまま目をつむって気を静める。

 

「ヴィータ」

「なんだよ……?」

 

 立ち上がり、服の埃を落とす。

 帯を締め直し…………今破けた道着の上半分を持つと、一気に引きはがす。

 

「今からオラが隙を作る。 そうしたら一発デカいのを決めてやってくれ……」

「隙ったって……仮に出来てあたしらの攻撃で――」

 

 出来るわけがない。 否定しようと声を濁らせるヴィータに、それでも悟空は目から光を消させない。 そんな彼女に目もくれず、空を見た悟空は確信に至る。

 

「アイツは……きっとそれを望んでる」

「はあ?」

「はは、まぁオラの直感ってヤツだ。 武道家の経験とも言っていい。 ……頼む」

 

 その嫌でも頼もしい顔を見てしまったヴィータは。

 

「死ぬなよ」

「もちろんだ」

 

 気づけば、そんな一言を放っていた。

 

「やめなさい……もう、力の差ははっきりとしたはずです」

「そうだな、こんなに追い詰められるとは思わなかった」

「なら――」

「けどな」

 

 上空からの声。

 まるで天の啓示とでも言いたいくらいの構図に、逆らうかのように悟空がニヤケル。 こういうテッペンを取ったヤツには、毎度毎度言い聞かせてきた最上の言葉。 悟空はいま、数か月前と同じことを心に思い浮かべる。

 

 そしてやはり……言う。

 

「どんなにダメだって言われても、やってみなくちゃわかんねぇ! それにオラ自身、あきらめつかねェよ!」

「……バカな人だ」

「…………む」

 

 ここまでの戦闘で、かめはめ波は弾かれ、ヴィータのラケーテンは正面から粉砕。 太陽拳もまったく通じず、残像拳は見向きもしなかった。

 まるで手の内を読まれた感覚は、それでも悟空の中から戦意を奪わず。

 

「大体、人の身体使ってふんぞり返ってるのが気に食わねぇ! クウラみてぇなことをしやがって……その身体ははやてのモンだ、いい加減返せよ!」

 

 ほんの少し、口げんかですらさせて見せる。

 

「このようなことをしてしまったのは……大変不本意ですが」

「ん、そうなんか?」

「ですが、これは我が主も望んだこと――この世界を、すべて消し去りたいという主の願い」

『なんだと!?』

 

 ここで初めて娘が構えを取る。

 今までのノーガードではない、明らかな戦闘態勢。

 

「まずはその足がかり……最大の難点を今のうちに――取り除く」

「……来た!?」

 

 それを確認したと同時、悟空の目の前には漆黒の翼が羽根を打つ。

 

「ぐ――!」

「これは……貴方の記憶の奥底にある技」

 

 構えるは娘、吐く息は獰猛な獣なり――彼女は、荒野を駆ける狼となる。

 

「狼牙――」

「ぐは!?」

 

 悟空の腹に右こぶしが突き刺さる。

 早い――早すぎる! 気づけばあったその拳に、悟空が一瞬だけ意識を手放した刹那。

 

「風風拳」

「――――――ッ!?」

 

 彼は空中へ浮き始める。

 見るも無残なボロ雑巾。 右腕と左足と喉笛に3撃ずつ貰った彼は、そのまま背後の岩へと激突する。 あまりにも違いすぎる速度差は既に理不尽とも形容できようか。 しかし今ある疑問はそんなことではない悟空は、そっと大地に手をつき。

 

「い、今のは……ヤムチャの技だぞ……」

「……ふふ」

「どういうことだ……!」

 

 彼女に問いかける。

 動きも、はやさも尋常ではなかった。 しかもなんといってもその中に有る『彼』が持つ癖というべきか。 独特さを一番に見抜いた悟空は驚愕を隠せない。

 

「技を知っていただけならまだ納得できる。 けどよ、今のはまんまヤムチャに攻撃された感じだ――何がどうなってる!?」

「ふふふ……さすがですね。 たったの一回でもうわかるなんて」

「こ、こいつ……」

 

 いったい……渦巻く疑問が最高潮に達するとき、零れた汗に気が付いた悟空はそれをほったらかしにする。 こんなもの、気にしている場合じゃない――だがそれは今起きた現象には言えない事らしく。

 

「……そうかおめぇ、さてはオラの頭の中でも覗いたんだな!? しかもそれを正確に真似できる――闇の書の力ってやつか!」

「……」

「だんまりか……っ」

 

 風が吹く。

 夕焼け途中で止められた時間の中で、吹いてくる風は本来存在しない。 しかし、それでも駆け抜けるそれは確かに存在していた。 そう、悟空の横に、漆黒の風が吹き抜ける。

 

「次――八手拳!」

「コノヤロ――!? これじゃあ八十手拳の間違いだろ!?」

「こ、コブシの雨あられ!?」

 

 娘の弾幕が悟空を襲う。 同時、隣にいたヴィータをかばうかのように飛んだ悟空。 抱え込んだ少女を丸め込め、背中から落ちた先には……特大の砲撃が飛んでくる。

 

「魔閃光……」

「ぐあああ!!」

「くぅぅぅッ!!」

 

 直撃した閃光に、悟空の右わきから異音がする。

 何かの接合が剥離したかのような……小枝が踏まれたかのような音は、抱えられたヴィータの耳に痛々しく刻まれていく。

 それと同時、背中から地面に落ちた悟空はそのままヴィータを取りこぼす。

 

「ぎっ!? 痛つつ……ッ」

「今ので右わき腹、三番と六番をやられましたか……なかなか丈夫な」

「こっちのダメージまでお見通しかよ……うぐぅ!?」

 

 ガクリと、地面に膝をついたときであった。

 それを見ていたヴィータは、ここでようやく彼のダメージの幅を知る。 破かれた道着のおかげで、そのダメージの全容はいとも簡単に伝わる。 そして。

 

「あ、あたしをかばったからか……!?」

「……気にすんな……いぎぃ!?」

「……あ」

 

 彼女自身。 己の迷いを激しく恨む。

 騎士とは本来、守る側の人間だ……なのにどうだ、今ある光景は自身が守られているだけでその役目など果たしきれては無いではないか――ヴィータは、確かな歯噛みを響かせる。 彼女は、己が持つ得物に込める力を、一気に振りあげた。

 

「よくも――」

「よせ!」

 

 それを止める声……大人然とした声が響いたのも同時のこと。

 声の主は当然、悟空。 彼はヴィータをひと睨みさせると、小さな手の平で地面をたたきつつ……反動で立ち上がる。

 

「おめぇじゃ、はやての身体(アイツ)をホンキでぶったたけねぇ」

「……う゛」

 

 その言葉に身を強張らせ。

 

「汚れ役は……オラがやる」

「け、けど!」

「いいから任せてろ!」

「おまえ……まさかさっきのも!?」

「へへっ……」

 

 今の羅列で理解する。

 彼が、決して自分を戦わせようとはしないという事を。

 

「ですが、貴方一人でどうする気ですか? 力の差は、とうに理解できたと思いますが」

 

 漆黒の娘が問う。

 その目は冷酷だ、どこまでも冷たく暗い。 ……なのにどうしてか慈悲の暖かさを含むのはどうしてか。

 娘の目を見ながら、悟空は拳を強く握る。

 

「オラの技、全部知ってるんだったら言葉はいらねぇはずだ……知ってんだろ? いま、オラが出来る最後の手段」

「……!」

「それにな、気付いたぞ」

「なに?」

 

 今まで引き延ばされた時間。 一向に着かない決着と、どこか終わりを望む声。 完成しない闇の書。 悟空はそれらをあたまに思い浮かべると、隣に居るヴィータをひと目見る。

 これらのことから考えられるモノなど、そうそうないのは当然。 だから答えは……

 

「おめぇ、まだ力が完全に発揮できてないな」

「……」

「そうじゃなきゃ、クウラをやった時のようにオラたちを一瞬で消すことくれぇは出来るはずだ! 仮にあれがアイツにしか効かない攻撃だったとしても、こうまで手間取るのは不自然だ!」

「……ほう」

 

 案外簡単で。

 ここに来て、悟空の戦闘経験値がいかんなく発揮されていく。 見事な洞察眼と、相手が一番やりたいことを指摘し、その反応からいま全てを読み取っていく。 

 

「はっきり言うぞ。 あの不意打ちがなけりゃおめぇなんかクウラに一瞬で殺されてた。 よくわかんねぇ相性とかは知らねぇけど、実力なんかで言えば『こうなる前』のオラにもおよばねぇ」

「……」

「精々見積もって今のオラより二回り強いってとこか……それなら!!」

「……来るか」

 

 踏み込む。

 大地に足をよく馴らし、己がちからを押し付けていく。 刻まれた足音、震えていく地面。 くすんだ悟空の内側に、ふらりと力がこみ上げてくる。

 

「ゴ、ゴクウ!?」

「…………」

 

 空間が泣き叫ぶ。 グワリと揺れた世界は、これからおこる大惨事を貧弱な民たちへと言い渡す。 災害が来る、厄災が来る――戦闘民族がちからを発揮する。

 

「はあああああああ――――ッ!」

 

 筋肉の異常発達。 膨れ上がるそれは、トマトの様な熟れ方をしつつも、どんな鉱石よりも固い堅牢さを持たせる。

 

「おい……ごくう!」

「……やはり、こう来ますか」

 

 風にたなびく黒い髪。 薫風は旋風となり、疾風怒涛の戦士を覆い隠す。

 

「た、竜巻――」

 

 悟空よりあふれる力の奔流が、今ある結界の常識ですら打ち崩す。

 吹きすさぶ風が大量に重なり合わさり、強大なハリケーンを作り出したのだ。 そんなもの、目の前に作られれば当然何もできなくなり……ヴィータは既に尻餅ついて観戦を余儀なくされる。

 

「ぐああああああああッ――――はああああああ!!」

「おい……ゴクウ!!」

 

 その、ちからの奔流は何も外界だけのものではない。 内界……つまり悟空の内部でも激しい力の激突が行われる。 勝手にぶれる腕と脚。 其の中で、不意に右手が跳ねると――勢いよく握りこぶしを作る。

 そのときに、“ぶちり”という派手な音を奏でたのは誰の耳にも明らかであった。

 

「い……いま血管が……」

「ぐぐ――――まだ、だああああ――――ッ!!」

 

 悟空の唸りは……力の『増幅』はまだまだ収まらない。 ここからだと言わんばかりに、圧倒的な力を全身からかき集め、まわしていく。

 ここに世界の王が居たのなら、ひと目で止めるであろう程に身体へ無理を強いながら。 ――彼は、ついに叫ぶ。

 

「界ぃぃぃぃ――王オオオオオオ拳ぇぇぇええええええええ―――――ッ!!!!」

 

 世界は、ついにこの怪物を解き放つ。

 

 

「超サイヤ人を封じられたあなたが、その戦闘力数を最大以上に上げるには確かにそれが一番の近道」

「ぎぎ――グォォォォオオ!!」

「ですが……死にますよ?」

「がああああああッ!!」

 

 今ここに、少年は紅の強戦士に化けたのである。

 燃え上がる烈火は“シレツ”を極める。 触れるモノ皆、灰塵へと堕とさんと暗闇の結界内を赤々と照らしていく。

 

「い、いく……ぞ」

「……ふぅ」

 

 一息の間であっただろうか……彼らは――ヴィータの眼前から消失する。

 舞いあがった彼らは、ただそれだけで空間を震わせる。 其の中で、悟空が右足を振るうと、それを紙一重で娘が首を横に逸らして回避する。

 

「ぐあああああ――!!」

「はやい……それに」

 

 怒涛の連撃。

 それですら冷静に目で追うと、赤い気力で包まれた悟空の腹に。

 

「うぎッ!?」

「……胆力も上がっている。 厄介ですね」

 

 腕が一本突き刺さる。

 衝撃が背後へ突き抜ける最中。 悟空は左足を振り払う。

 

「くっそおお!!」

「中々の戦闘能力です」

 

 当たらない。 闘牛士の様な冷静さで嵐を回避する娘。 それに目を血走らせながら赤いフレアを噴出した悟空に……うめき声が上がる。

 

「ま、マズイッ! こんな身体で界王拳は……やっぱり無理があるのか!?」

「……空中分解寸前ですね。 良くここまで持ったと褒められるべきですか?」

「……ゴクウ」

 

 不意に、悟空の闘気が消される寸前となる。

 まるで行灯の中身のよう。 強固な外殻が無ければ不安定他ならないそれは、光だけなら大きい見た目倒し。 そう、言わんばかりの娘を前に。

 

「……ぺッ――」

「……」

 

 悟空は、口の中から血反吐を吐き出す。

 

「もう、終わりにしましょう」

「なに!?」

 

 そんな彼に。

 

「我が主――八神はやては心に大きな損傷を“与えられた” 生きる希望、世界への慈愛。 それらすべてが反転し、この世全てを憎む存在へと相成った」

「……」

「そんな彼女はそれでも、貴方だけはこれ以上傷つけたくないと言っている……だから――――」

 

 せめてここで。

 そう言おうとしたのは間違いなかっただろう。 八神はやてが、ほんの一欠けらでもそう思ったのも間違いないし、この娘も悟空への攻撃を一時的に取りやめたのも事実だ。 だが。

 

「いやだ……」

「……なに」

 

 彼らが、世界を滅ぼそうとしているのもまた事実で在って。

 

「まだ……終わりじゃねぇ」

「いえ、貴方の負けです」

「うる……せぇ。 こんなもんじゃ……ねえんだ」

「…………」

 

 それを、許せるわけないのは当然の帰結。

 訴えかける悟空に、思わず息をのんだのは恐怖心から? 娘は、一瞬だけでも後退したのだ。 それでも――

 

「いい加減にしなさい……この我が儘」

「それは……そっちの方だと思うぞ……へへ……」

「――――ッ」

 

 悟空の一言に、業を煮やした娘は大きく振りかぶる。

 集める力は、悟空とは違い魔力。 それは先ほどの魔閃光も同様であり、彼女の力がそこからしか来ないという証明。 気で言えば、今の悟空よりも少ないはずの彼女の素体が八神はやてだからこその現象だ。

 その、魔力で彩られた右こぶしがいま、悟空の喉笛を突き抜ける――――――「界王拳2倍!!!」

 …………はずだった。

 

「な……に!?」

「まってたぞ……おめぇが油断するこの瞬間を」

 

 突き抜けた紅い閃光。

 悟空の持つ気の全開のその上……限界が、今一筋のチカラとなって娘を通り抜ける。

 

「ごほ――な、なんだ、と」

「ぎ……がぁぁ……痛ぅ」

 

 上がる悲鳴は両者から。 苦悶の表情を同時にあげた彼らは同時に後退する。

 腹を押さえる娘は、思わず自身の傷を確認する。 血が滲み、筋組織のいくつかが破壊されてはいるモノの、風穴などという症状は確認できない。

 

 対して悟空はというと…………限界を超えていた。

 彼は、いまだに赤いフレアを噴き出している……噴き出してはいるモノの、彼の界王拳は今、身体機能の向上を2倍も行ってはいない。

 

「はぁ……っ」

 

 限界なのだ、彼の身体は。

 もう、界王拳を維持していること自体が異常。 その身体の隅々は、今の倍加で一気に締め上げられ、ところどころに亀裂という代価を支払っている。 ひびが入り、先ほどダメージがあった肋骨も既に。

 

「……~~ッ!!(マズイ、折れた骨が肺に――)」

 

 更なるダメージを与えていた。

 縮め、捻り、圧縮し、解き放つ。 その攻撃の合間に起こった無理の数々がいま、悟空を無限の痛みへとイザナウ。 もう、戦うのはおよし……と。

 

「今ので……大体分かった」

「なに?」

 

 それでも不敵に笑いかける悟空。 その間にも呼吸は整っていき、でも、それだけが彼の狙いではなかった。

 

「いま、オラを殺そうと思えばできたのに……しなかった」

「そんなこと……」

 

 あるわけない。

 否定しかしない体裁の娘に、だが、悟空は小さくにやけて化けの皮をはがす。

 

「世界を滅ぼすだのなんだの言って……その実、自分がやろうとしてることにおめぇは怖がってんだ。 ……間違いねぇ」

「…………」

「はっきりしろよ!! おめぇの事だろ!! がっつりぶつかってこい! 気に入らねぇこと、オラに全部ぶつけりゃあいい!!」

「――!? し、知ったような口をきくな!!」

 

 そうして悟空は、つきだした拳を収めようとしない。

 一瞬で通り過ぎた閃光。 それを見向きもしないでいた悟空の背中に、轟音がぶち当たる。 ……娘の魔力光が通り過ぎたのだ。

 

「今ので……大分魔力が落ちた……ようだな」

「それはあなたも同じこと……その界王拳、果たして1.5倍も出ているのですか?」

『ふ、ふふふ……』

 

 同時に笑い出す両者。

 しかしダメージ量は同じというわけにはいかず。 それがわかっているからこそ――

 

「でぇぇぇぇ――――――」

「なに!?」

 

 悟空は……

 

「りゃあああああああ―――――――ッ!!!」

「まさか……特攻!?」

 

 残りすべてを、この一撃へと変えていく。

 

「オラに残された気……その全部を掛ける――」

「!?」

 

 大地を駆ける。 それはまるで命の炎を燃やして走る蒸気機関のように……この後を考えず、すべてをかけた神風特攻のように。 いま、燃やせる全てを握り……締める!!

 

 

「つらぬけええええええ――――!!」

 

 

 轟く一声の後、己が気によって全てを赤く染めた悟空。 彼はいま一発の弾丸となる。

 

「この男……こんな時にあの技を――痛ッ!!?」

 

 避ける……その選択肢は当然だ。 しかしそれは不意に消失する。

 

「さっきの一撃で足が……!? くぅ、受けるしか!?」

「だあああああああ――――ッ!!」

 

 紅の弾道弾が押し迫る。

 全てを……草木一本残さないと誓った悟空の拳が猛然と翔けぬける。 5,4,3……残り1メートルとなった時だ、彼女はやっと構えを取る。

 赤い魔力の壁が複数枚。 カーテンのように敷き詰められると防御陣を形成する……娘は、その内側でさらに腕をクロスし衝撃に耐える構えを取る。

 

 ――――――障壁が、一瞬でゼロになる。

 

「うおおおおおお――――ッ!!」

「こ、こんな威力!? これが――」

 

 思い知る。

 土壇場にまで追い詰められた戦闘民族の底というのをいま、全身に汗を拭きださせながら娘は恐怖ごと身体に刻みつけられる。 見た、感じた、思い知った……これが、こんな死闘が出来るのが孫悟空なのだと……

 そして彼の拳は、交差された腕にぶち当たる。

 

「まけねぇ……」

 

 勝ちたいのではない……

 

「負けるわけには……いかねぇ……!」

 

 絶対に負けたくないから勝つんだ……

 

「“おめぇたち”のためにも……負けるわけにもいかねぇンだあああああ!!!」

「うあああぁぁぁあああああ――――ッ!!」

 

 一瞬だけ増大する悟空のフレア……そのときであった。 ……娘のガードがはじけ飛ぶ。

 

「!?」

「…………っ!」

 

 当たる拳。 突き抜ける衝撃。

 悟空の右手が、娘の肩口を突き抜けた!

 

「ぐあ――」

「    」

 

 悟空は地面に転がると同じく、声にならない叫び声を耳に刻まれていく。 痛みによる悲鳴か、受けたダメージによる憤怒の声か、世界が混濁してしまっている悟空には判別などつく筈がなく。

 

「くぅ……はあっ――」

「あ、あいつ……どうなった……?」

 

 攻撃に使い、“使い物にならなくなった”右手をぶら下げながら、悟空は確認する。

 

「ふふっ――」

「な……!?」

 

……絶望を。

 

「ふふふふふふふふっ―――――――あぁぁーーーーははははははッ!!」

「こいつ、傷が治っていく!?」

「あ、あれは!!」

 

 緑の魔法陣が、娘の足元に形成されていく。

 それに見覚えがある……いいや、即座に判断が付いたのはヴィータだ。 彼女はあの光を見た瞬間に理解した。 そして。

 

「シャマルの……まずいぞゴクウ!」

「そうかコイツ、回復魔法――させるか!!」

 

 悟空は、次の言葉を待たずして駆けだそうとし。

 

「……っ!!」

「ゴクウ!?」

 

 膝をつき、顔を激痛で引きつらせる。

 歪む景色に、失せる気力。 あきらめろと足を引っ張る自身の弱音を、それでも蹴とばした少年は拳を握る。

 肋骨の折損、その欠片が腹部臓器へ接触、さらに脳震盪と数十箇所に起きた筋組織の断裂。 右肩は砕け、腕に至っては見るも無残に明後日の方向に曲がろうとしている。 かなりの満身創痍、確実な死への片道切符。

 孫悟空は、死線をさまよっている最中である。

 それでも。

 

「せっかく掴んだチャンスだなんだ――このまま倒れるわけにはいかねぇ!!」

「…………その諦めの悪さが命取りです」

 

 彼は立ち上がり、赤いフレアを今一度……噴き出す!

 

「うおぉぉぉぉォォオオオおおおおああああああああああッ!!」

「ゴクウ、おまえ……」

 

 鬼気迫る……そんな彼の姿に、思わず杖を握ったヴィータは……見る。

 彼の背後、そこに浮かび上がる数々の歴史。 闘って、戦って――殺し合って。 狂うような戦数を経験してきた彼の全てを。

 その象徴たる黒毛を携えた大猿を――――確かに見た気がしたのだ。

 

「かぁ」

 

 ちっぽけな光だったかもしれない。

 

「めぇ」

 

 そんな力、取るに足らないと笑うにも値しないだろう。

 

「はぁ」

 

 打ち砕かれるなんて、覚悟の上だった。

 

「めぇ」

 

 それでも…………どうしても彼は、あきらめきれないから。

 

「いまさらそのような攻撃……」

「ゴクウ……」

 

 敵からは一笑に伏され、仲間からは不安の声が投げかけられる。 だけど、それがどうした? いま自分が出来ること、それが出来てしまったのなら後は走り抜けるだけ。 孫悟空は昔からこうだった。

 こうと決めたら、結果的に梃子でも動かない――そんな彼だから。

 

「界王拳……」

『!!?』

 

 まだ、“ここから”が振りだせる。

 

「2倍!!」

『!?!?』

 

 信じられないを、繰り返す。

 

「ありえない、そんな身体でそのような――死ぬ気ですか?」

「へ、へへ……」

「な……に?!」

 

 ここで初めて娘に怖気が走る。

 この場面で笑う。 この局面で余裕を見せる!?

 

「幾百年、数々の次元世界を破壊に導いては来ましたが。 こんな場面で笑みを浮かべる人間を初めてみました。 五臓六腑を破壊されながらこうも……貴方、本当に人間ですか?!」

「オラ……」

 

 燃え上がる……焔。

 大地が割れ、空が嘶く(いななく)

 紅色に染められし天上天下は、まるで血の世界のように真っ赤に染まる。 ……血戦が、今やっと始まろうとしていた。

 

「……はぁ……かはッ」

 

 光が強くなる。

 娘がただ寄せる癒しの光りと、少年が発揮する破壊の閃光。 相反するそれらは、まるで憎しみ合うようにぶつかり合おうとしていた。

 其の中で、悟空は彼女の質問に……答える。

 

「オラ、サイヤ人だしな……へへ――おめぇたちの言う人間とはさぁ……はは――一味もふた味もちげぇんだ」

「迷いごとを」

「それに!」

 

 光の収束が止まない。

 どこからそんな気をかき集めて来るのか。 ……既にいつか撃った『超かめはめ波』の出力なんかとうに超えている。 

 だけどまだ足りない。 彼女を――彼女たちを――

 

「オラ死なねんだ……おめぇを、おめぇたちを……ゴホッ――救ってやるまでさ……」

「――――ッ?!」

「死なねんだ……」

 

 そう言って悟空は……いや、娘から余裕が消えていく。

 

「なんだこの光は――」

「へへ……」

 

 同時、一斉に巻き起こった光の乱流。

 かめはめ波はいまだ悟空の手の中。 それならこれは……いったいなんだというのだ。 湯水のごとくあふれ出た、様々な色素は一体どういうことなのだ!?

 

「あたたか……い?」

 

 その光に触れたヴィータの第一感想がこれだった。 そして……

 

「なんだこれ?」

 

 自身の騎士甲冑からほのかに旅立っていく光り。 これを見て……悟る。

 

「ま、まさか――周りの魔力を!?」

 

 悟空が、周囲の残留魔力をかき集めているという事を。

 

「ありえない!」

「そんなことねぇさ」

 

 いまだ回復途中にある娘の否定の声。

 当然だ、こんな満身創痍でしかも、彼はまだ攻撃をしようと『技』に集中している最中だ。 そんな人間が、周囲の魔力集積など……

 

「まさか!?」

「オラの記憶みてるんなら……言うまでもねぇか……」

 

 心当たりがひとつ過る。

 

「タカマチ――」

「……あたりだ」

 

 それは、白い少女が使う必殺の一撃だった。

 それは、悟空が前に見たことがある光景だった。

 それは、悟空の手により、別の使い道をされた『(わざ)』であった。

 

「攻撃じゃない……貴方の内にあるジュエルシードに魔力を送っているというの!?」

「おめぇが快復するんなら……オラはその一歩先を行く。 回復しながら攻撃してやるさ……」

「馬鹿な!?」

 

 娘の肩口が元に戻るまで、残り180秒というところか。

 それでも、そこから被弾した貫通ダメージはいまだ残っているのも実情。 だが、それ以上にキテいる悟空のダメージが、周りから集めている小さな魔力程度でどうにかなるわけなく。

 

「……もとのサイズに戻る、それが狙いか!」

「ご名答だぞ」

「させると思っているのですか?」

「思わねぇな」

 

 その考えを読み。

 

「回復は不十分ですが……このまま――」

 

 回復の魔法陣を一歩、外に出た……いいや“出ることを迫られた”

 ……そのときであった。

 

「伸びろ如意棒――――ッ!!」

「なに!? ――――がッ!?」

 

 赤い棒が、彼女の背中に突き刺さる。

 なんと長い棒だろうか。 長さは一瞬にして10メートルを超え、今もなお娘を遠くへ『突き』飛ばしていく。

 この、突然の奇襲にさしもの彼女も状況を把握できない。 なにが、どこから、いつの間に罠を仕掛けたのだ……と。 顔を苦悶で染め上げる。

 

「ここは、前にターレスと戦った山奥だ。 そん時に置いてきた如意棒……イイ角度で転がってた……ぞ」

「まさか――偶然?!」

「おめぇがその場を動いて……オラに近づくのを誘う……へへ、うまく行きやがった」

 

 知った答えはなんでもない。 あったから使ったまで――悟空の運の良さに驚きつつ。

 

「魔力蒐集ですら時間稼ぎ?! あの男……まさかこんな方法で時間稼ぎなど。 ……ぐぅ、いい加減に離れなさい!」

「…………月まで飛んで……はぁ、うぐっ、行っちまえ」

 

 彼女はあっという間に雲の向こうまで突き飛ばされていく。

 背中にあたる棒の感覚に、苛立たしさを隠せないまま、悟空の姿を確認できなくなった彼女の不安は募るのみ。 いつ来る、どこから砲撃が飛んでくる。

 目のまえの霞がうっとおしいと思う中、その声はついに聞こえてくる。

 

 

――――波ああああッ!!

 

 

「来る!?」

 

 特大の……砲撃。

 それを耳にした瞬間、彼女は跳ねるように如意棒を身体から跳ね除ける。 今現在の距離はおおよそにして1700メートル弱。 かなりの高高度まで来たと確認した刹那。

 

「このような脆弱なものなど!」

 

 見えてきた光に、彼女は腕を振りぬいていた。

 高まる彼女の魔力数値。 見えるほどにまでため込められたそれは、振り上げた右腕を伝わり拳へと凝縮されていく。 溢れる力を隠そうともしない彼女はそのまま――かめはめ波を打ち抜いた。

 

「落ちろ!」

 

 打ちぬく。

 

「落ち――!?」

 

 打ち……抜けない!!

 

「なに!? この砲撃……なんて粘りを!?」

 

 変わらない射線軸。

 切り替わらないターゲット……彼女は今、孫悟空の本当の恐ろしさを身をもって体験することとなる。

 

「これが追い詰められたサイヤ人……その真価!? なんていう底力!」

 

 震えていく腕。 力関係は断然こちらが有利なのに、それでも追い付いてくる孫悟空のその、威圧感さえ与える執念にも似た力に今度こそ汗をかき始めた娘は、ここでもう片方の腕を追加に防御へ回す。

 

「オラのチカラ、全部……持っていっちまえ!!」

「まだちからが上がる!?」

 

 悟空の界王拳の炎が、もう一回り大きくなる。

 これ以上は……さっきまで確かにそう言っていた身体がどうだ。 ここに来て更なる追撃を可能にしている恐ろしさ。 しかし、それでも。

 

「ギ――ぎぎッ!? ……か、身体が――!?」

「たとえ魔力を取り込もうと、そんなちっぽけな回復量じゃいまだに元の身体には戻れないはず。そしてあっちはもう限界……落とすならいま」

「もう少し……あと少しなんだ――!!」

 

 悟空の方に、本当の限界が訪れてしまった。

 不意に、立ち上がるのを拒絶する膝。 脚が嗤い、腕が裂けるように悲鳴を上げる。

 

「このままじゃ、はやてが――あいつが、みんなを殺しちまう!」

 

 震える腕は気合で抑え込む。

 消えそうな意識は激痛が連れ戻してくれる。

 苦しいはずのカラダは、残っている“気”で無理にでも奮い立たせる。

 

「そうしたらあいつはもう、もどれねぇ。 そしたらきっと、クウラの思い通りになっちまう」

「消えなさい! 闇の中へ!」

「そんなこと、させられねぇだろ!!」

「もう、私達を傷つけるな――」

「おめぇがみんなを傷つけなきゃあなあ!!」

 

 “死体”が最後の力を振り絞る。 このまま、押し切れれば見える活路に向かってかめはめ波に更なる力を籠めていく。 聞こえてくる願いは全否定。 当然だ、そんなつまらないことを言うわがまま娘など。

 

「泣きそうなガキ一人だけ放っておいとくわけには……行かねぇだろォォオオオ!!」

「な……に!?」

「ぶっ叩いてでも“連れ戻す!!” グああああああああ――――ッ!」

「……しまっ――!」

 

 あぶなっかしくて、目なんて離せないのだから……夜空に、騒音と暴風が乱れまわる。 荒れ狂う空気の層が、娘の肌を徹底的に傷つける。 大嵐の中、闇色の羽根が大量に舞い落ちるさまは、まるでこの世の終わりとも言えようか。

 

「ど、どうなったんだ……」

 

 その光景に呑まれてしまったヴィータは、思わずつばを飲み込んでいた。 自身が気づかないほど静かに、恐る恐る……

 

「あぐっ」

「ゴクウ!!」

 

 みた。 もう、ケガの無い箇所がないような身体をした見るも無残な戦士の成れの果て。 圧倒的に強いはずなのに、それでもこうまで力をかき消され、それでも立ち上がったモノの末路。

 それに駆け寄るヴィータは、おもわず顔をくしゃくしゃに歪めていた。

 

「おまえ……こんなになるまで」

「……」

 

 返事がない。 けど、呼吸があることを確認したヴィータは周りを見渡す。 倒れた木々、悟空を取り囲むように陥没した地形。 このどれもが、今あった戦闘の激しさを理解させるには十分であって。

 

「ごめん……あたしに迷いがあったばかりに」

「……に、すんな」

「ゴクウ!?」

 

 耳に届くか細い声に、過剰の反応をするのも仕方がない事と言えよう。

 

「あたし……あたし!」

「……はぁ、はぁ。 いいんだ、これはオラが好きでやったことだし……さ」

「……でも」

 

 懺悔の声を前に、片目を開けながら笑って見せる悟空。 消え入りそうな声は弱々しさを物語るには十分すぎていて……彼の、限界のほどをヴィータに伝える。

 

「それよりもアイツは……?」

「わかんねえ。 空の向こうに消えちまって」

「そうか……はぁ」

 

 筋肉の膨張も収まり、やっと元の少年らしい身体つきを見せた悟空。 彼が解いた戦闘態勢に、つられて息を吐いたヴィータは見落していた。

 そらにある、漆黒の羽根がもう止んでいたという事を。

 

「……っ」

「ゴクウ?」

 

 身を起こす。 目を見開く。 孫悟空が取った行動は安心からくるものとは到底離れていて。 それを、理解できない少女は――ふいに吹き飛ばされる。

 

 

「ぁなれてろ――」

「な、え!?」

 

 巻き起こる土煙。 見失った男の子を探すヴィータは、声を聞く。 

 

「ご、ゴクウ……なのか?」

 

――――ぎぃぃぃぃぁあああああああ!!

 

「ゴクウ!!」

 

 呻き、痛みを抑えられなくなった叫び声を。

 

「おまえ、あんな爆発の中で――」

「あの程度でどうにかなるほど、お前と私は軟じゃない。 そうでしょう?」

「……く」

 

 その犯人を見たヴィータは思わず後ずさる。 漆黒の翼、その片翼を無残にもがれ、片目をつむっている銀髪の女の姿を。 彼女はみてしまった。

 憎しみ、悲しみ、マイナスな感情をぶつけるが如く、悟空の首を片手で締め上げながら佇む娘の姿を。

 

「もうやめろよ! このままやったらホントにゴクウが!!」

「お前は……わからないのか?」

「なんだって!?」

 

 そして、次に見た顔は……とてつもなく深い悲しみの色であった。

 

「主は、この苦しみしかない世界を終わらせたいだけなんだよ」

「そ、そこがおかしいだろ!」

「なにもおかしいことなどない。 この世界は、狂っている」

「く、狂ってるたって……それは!」

 

 淡々と述べられていく恨みつらみ。 この世全てを見渡したかのような赤い瞳は、まるで血に染まったように濁っていた。 どす黒い、そう形容してもいいそれは、本当にこの世の理を破壊できそうな迫力を秘めている。

 

 それに、圧倒されながらも。

 

「そんなこと、はやてが思うはずないだろ!」

 

 ヴィータは、今までを思い出す。

 優しかった主。 まるで陽光に包まれたとさえ錯覚したあの微笑。 そのすべてを守ろうと誓った日の事をいつまでも忘れない。 そう、忘れなかったし、間違いではなかったのだ。

 ……ただ。

 

「それは、お前たちが勝手に思っていたことだ」

「…………え?」

 

 見えていなかったという、たった一つの事実を除いて。

 

「皮肉なものだ。 本来、主を守る側のお前たちがその優しさに包まれ、甘え、おぼれていった。 其の中に有る悲しさに目もくれず、ただそこに在るのが真実だと疑わず享受した」

「そんなこと……」

 

 ヴィータの顔に、汗がひとつ流れ落ちる。

 

「あの方が病の進行を周囲に知らせなかったのは、お前たちを心配させないため。 その笑顔に騙され、安穏とした毎日を送っていった貴様らに罪がないと言えるのか?」

「……ちがう」

 

 震える方。 消え入りそうになる声。 いま思い起こされる自分たちの失態の数々。 勝手に思い込み、ここまで迂闊に手を打たなかったことへの……懺悔。

 心の中に駆け巡るくらい感情の波にさらわれそうになりながらも、娘の声から耳をふさげない。

 

「それに気づかず、気にも留めず、ただあたたかいと思ってぬるま湯につかり。 結果がこの有り様。 少しだけ主と同じ体験をすれば心を乱し、クウラなどに支配をされる。 呆れたものだ」

「なんなんだよお前さっきから……!」

「わからんのか?」

 

 赤い目がヴィータを貫く。 もう、こんなことまで言わせるのかと、冷たい感情を隠しもしないで、氷の感情が赴くままに娘は呪言を練っていく。

 

「主にとっては、貴様らでさえも――――」

「黙っ――――」

 

 

「うる……せぇよ……」

 

 

『!!?』

 

 …………それに、歯止めをかける者がいた。

 

「さっきから聞いてりゃ、おかしなことばっかり呟きやがって」

「おかしい? 事実だ……」

「アイツが……はやてが、上っ面だけで誰かにやさしくするようなタマじゃねぇのは……おめぇだってわかってるはず――ゴホッ! ……だ」

「…………」

 

 首を絞められ、呼吸が困難になりつつも、五月蠅いと思った相手に罵詈雑言を吐こうとする男。 孫悟空は、いまだに目から闘志を消していなかった。

 

「苦しいのを言わなかったのは……心配を掛けたくなかったから」

「ゴクウ」

 

 もう、消え入りそうな声で訴える。 目の前に居る娘と、その瞳に映り込むあの少女に向かって。

 

「悲しい事があっても歯を食いしばるのは……アイツが強ぇから!!」

 

 張り裂けそうな喉でもって、それでも潰えることのない最大音声は世界を揺らす。 その、揺らされた先にあると信じた幼子たちの心に伝えるように。

 

「辛いって泣かねぇのは……アイツが頑張り屋だからだ!! それを、分らねぇって言うようなおめぇじゃないはずだぞ」

「うる……さい」

「本当におかしいのは――」

「だまれ……」

 

 引きつったのは誰の声?

 娘がその瞬間に、まるで急かされるように振りあげた右手は手刀の形を取っていた。 明らかに入った止めの構えに、思わず目をつむったのはヴィータ。 それでも――悟空は叫ぶことをやめない。 最後までぶつかっていく。

 

「おめぇの方だああ――――ッ!」

「黙れ――――!!」

 

 かくして凶器は、子どもの形を取った男へ振り落とされた……

 

「……なんだ、これは?!」

 

 ……振り落とした凶器が……寸でのところで止まる。

 

「ロッテ、ナイス」

「どうも~」

『!!?』

「お、おめぇたち……」

 

 奥の方から聞こえてくる二つの声。

 その声の主を知っているのは当然悟空だ。 彼は止まった手刀を睨んだまま、感じる気の質で訪問者をズバリ見抜いてく。 同時。

 

「身体が……動かない?!」

 

 娘の身体機能に多大な違和感が襲い掛かる。 脳髄に響いて来たのは強烈な『熱』 それが今、手刀の形を取っている自身の腕に襲い掛かっていると察知したときには。

 

「あの者がいない!? ……どこに」

 

 掴んで離すつもりがなかった悟空が、忽然と手の中から消えていた。

 これには堪らず周囲を見渡す娘。 彼女は息も荒く、周りの気配を探ると同時、視界にかかる白い煙のようなものに目を細める。

 

「なんだ? これは……」

 

 それが鬱陶しくて、それでもどこからか湧いてくるから余計に苛立ち。 煙のようなものの出現場所を特定しようとさらに周りを注視する。

 

「……!」

 

 気づく……いいや、正確には見落していたという気か。

 今まさに、自分が荒げている呼吸、そのリズムと同じく湧き出る白い煙……霧が、娘の視界を忌々しく阻害しているのだ。 吐けば湧き出て、吸えば消える。 そう、つまりこれは――

 

「私の呼吸!? しかし、極寒でもなければ、水気も少ないのにどうしてこんなにはっきりと?」

 

 環境的にありえない。 そう判断した彼女は正しくもあり……足りなかった。

 

「右腕から徐々に温度の低下を確認……まさか――」

 

 そうして気づいた時には。

 

「凍結魔法!?」

 

 数手、遅れていたのであった。

 

「ここまで唐突に、急激に!? こんな魔法、見たことが――」

 

 どんどん凍り付く自身の腕。 それが肩、胸にまで侵食していくと、吐く息の白さに白銀が混ざり込む。 ほぼ絶対零度の極寒の牢獄だ、さしもの娘もただでは済まない。

 先ほど感じた熱も、凍傷に掛かったのだと判断できたときであろう。 その者たちはついに姿を見せる。

 

 

「さすがは闇の書。 最高凍結魔法――“デュランダル”でさえも数秒の足止めで精一杯かぁ」

「なに遊んでるの。 さっさと済ませるわよ」

「はいはい」

 

 自由人のように、気まぐれな旅人のように――野に放たれたネコのように。 彼女たちは当然のようにそこにいた。

 その手にトランプの様なカードを携え。 くるくると回すと氷の息吹を吹き乱らせる。 ダイヤモンドダストが不気味に月夜を反射していく中で、闇の主を一瞥した姉妹は……目を細める。

 

「アリア、坊やはこっちで捕まえたけど……闇の書の方は?」

「うん、思ったよりもレジストが強い。 クウラとかいう不純物を取り込んでいたせい?」

「そうかもしれない。 期待はしてなかったけど『デュランダル』での凍結は不可能みたいだね」

「そっか……それじゃ」

「お前たち……なにを――――!!」

 

 その無法者に、いま身体を蝕む氷よりも冷たいまなざしを送る刹那。 其の力の配分のずれですら大きな隙となる。

 

「はい、いまので下半身まで凍結成功。 このまま押し切っちゃうよ」

「見た目よりも間抜けねぇ……この子と戦って体力を落としたのが原因かしら?」

「この――ふざけるな!」

 

 動かなくなった全身。 もう、自分のテリトリーのほとんどを凍結させられたと分析するや否や……

 

「氷だというなら、溶かすまで」

「あちゃ~炎熱魔法使ってきてるけど」

「もうあと15秒持たせて。 そうすれば【済む】から」

「はいはーい」

 

 全身をとある剣士の魔法で覆い尽くす。 紅蓮に染め上げられていく全身、普通の人間なら消し炭になるそれも、彼女の身体がカラダだからやれる荒療治。 その光景を見ている姉妹は、事の運びをやや早める。

 

「次元座標指定……管理外世界、第■■■番――時空間誤差0.03以内、指定範囲3メートル、転送後は一定時間まで外部との通信を拒絶……結界の構築を自動詠唱」

「これは……転送魔法?!」

 

 早口に唱えられていく長髪の髪を持つ彼女。 それが言葉から“ちから”に転移していく様は幻想的を突き抜けて、逆に鬼気迫るものを感じさせるかのよう。 先ほどまで軽い口調の一切を感じさせない二人に、見ていただけのヴィータも驚きを禁じ得ない。

 そして娘は……

 

「たとえどこに送ろうとも無駄なこと――すぐに!」

 

 怨嗟の声らしきものを吐き捨てさせられ。

 

「まぁ、出てこられるんならさっさとしておくれ。 でも、凍てつく世界の極寒地獄から出られればの話だけどねぇ」

「な……にッ!? 待て、貴様――」

「誰が待つモノですか……えい、転送」

「…………!」

 

 鈍い驚愕の後、髪の短い女から打ち下ろされた告白に身体の芯を凍らせると……そのまま光の中へと消えていった。 この世界から、闇が晴れていく。

 

 見送った一大事を背にすると、そのまま短髪の子……リーゼ・ロッテは、倒れ込んだままの悟空を抱き上げて見せる。

 

「ぼうや……よく頑張ったよ。 こんなになってまで」

「へ、……へ。 まさか、おめぇたちに助けられるなんてよ……」

 

 かき上げて見せた悟空の髪。

 若干のぬめり気は土か血の跡か。 触った感触に苦虫を噛み潰したように目を細めると、ロッテは小さく笑って見せる。

 

「クロすけに頼まれたんだよ。 なにか、とてつもなく不吉な予感がする――――ってね」

「くろすけ? あ、あぁ……クロノのことか。 そっかぁ……あいつがなぁ」

 

 その報告に、いまやっと肩の力を抜いた悟空。 口元から垂れてくる赤い液体と合わさって、彼の疲労困憊ぶりをいかんなく見せつけていく。 その姿に焦りを禁じ得ない二人は、だからこそここで息を吐く。

 

「ロッテ、私はこの子に治療魔法をかけておくから、そこにいる生き残りを頼むよ」

「はいよっと」

 

 抱えていた悟空を、アリアに渡すとそのまま茂みを歩いていく。 重そうであり、軽くある靴の音があたりに響く。 冷たく、背筋を凍らせようとばかりのそれに、動かせるものを総動員した悟空が……

 

「……ヴィ、ヴィータは……敵なんかじゃ」

 

 思わずアリアに声を投げかける。

 抱かれているのか押さえつけられているのか判らない問答は――実のところ無駄な行動であった。

 

「そこの守護騎士の生き残り、アンタもついてきなよ」

「あ……え!?」

「この子の仲間なんだろ? ほら、はやく」

「……あ、あぁ」

 

 その声を聞いただけで、悟空の意識は遠のきそうになって。

 

「ほら、ぼさっとしない。 このまま安全なところまで退避するよ」

「みんなと合流しないと。 坊や……は、マズイねぇ、普通なら死人コースじゃない。 どうしてこれで生きてられるのよ……」

「サイヤ人はな……タフなんだ。 これくらいじゃ死なねぇさ……」

 

 グッと堪えて笑って見せる。

 聞こえてくる苦笑と賛美の声。 けど、答えられるはずのない彼は、力なく笑うだけ。 その姿に、帰り路への歩みを早める双子と最後の騎士。 彼女たちは、消え去っていこうとする結界内から……姿を消していく。

 

 

 年が終わるまで18日。

 その数字が意味することはまだ分からないし、知らない。 しかし『それ』は待っていた。 今か今かと己の周りを食いつぶし、弱き心を砕かんと闇を這いずりまわっていく。

 引き返せないのは誰のことだったのか。

 悟空が言う救い出すとはだれの手からなのだろうか。

 聖人生まれしその日に向かって、この物語は暗い闇へと堕ちていく……孫悟空は、今ひと時の休息へと倒れていった。

 

 

 




悟空「オッス! おら悟空!」

なのは「みんなで探した奇跡の石。 でも、それはなかなか見つからなくって」

ロッテ「はい、坊や……あーん」

なのは「…………っ、そ、それでも! あきらめきれないと食いしばったみんなは、遂にその手に希望をつかむのでした」

アリア「あら、貴方口元にこぼしてるわよ?」

ロッテ「……なめてあげよっか?」

悟空「いいって……ほら、オラ一人でできるぞ」

なのは「…………残る希望はあと少し。 そんな中、集まった高町の家で見た光景は――――あああああああ!! あなたたち何してるんですか!! はなれてぇ!」

フェイト「悟空が……悟空が……!!」

悟空「おめぇたち、オラけが人なんだから静かにしろよ。 できねぇなら出てってくれ、集中できねぇよ」

二人「うぐ!?」

クロノ「乱されてる乱されてる……心中察するよ二人とも。 しかし時は無常だ、次に行くぞ」

アリア「次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第50話」

ロッテ「氷上の決戦!! 闇に見初められし魔法少女たち」

???「貴方たちは知らなければならない――この男のことを」

なのは「え……」

フェイト「どういうこと……!?」

悟空「なのは! フェイト?! な、何がどうなっちまってんだ……おめぇ、こいつらに何したんだ!!」

???「…………さぁ」



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第50話 氷上の決戦!! 闇に見初められし魔法少女たち

痛み分けで終わった闇の書との戦い。
甚大な被害をこうむった孫悟空は、ひとまずリーゼ姉妹に連れられ、その身を病院へと預ける。
そこに現れるもの。 集うものを知りもしないで……

決戦間近な氷雪地帯。
そこで闇は心の暗黒を力に変えて伏せていた。 ……時間は、限りなくすり減らされていく。


 そこは白い部屋だった。 清潔感ある白、潔癖の純白。 銀のトレーに並んだ薬剤と包帯etc.

 ツーンと匂う独特の香りは、そこが一般家庭ではないという事を酷く認識させる。

 其の中で一人、傷だらけの子供が戦いに向けた闘いを繰り広げている。 病院なのに? などと申されるかもしれないが、それはやはり最強を名乗る戦士。 彼は休む時も全身全霊なのである。

 ……その光景をどう表現すればいいかわからないが、参考までにこの病院の看護師が叫んだ声がある。

 それがこれだ。

 

「病院食なんざくだらねぇ! オレの飯を食え――――ッ!!」

 

 …………病人を舐めてる。 はっきり言うとそう言う事である。

 

 この病院に何があったかはわからない。 しかし、ここに孫悟空が運ばれた瞬間になにかが狂ったのは言うに容易いであろう。

 どこから広まったのか、病院食を作る厨房にまで彼の入院の話が響くと――――そこからは戦場であった。

 

「新規―! コーテーチューガー。 パイファン――あぁ! ソーハンメンテー!」

「……あいよ」

 

 ここはどこの中華料理店だろうか。

 既に病院らしさを失いつつある厨房の真上、この病院の最上階にあるとある個室に向かって、次々と料理が『転送魔法』で送られていく姿は圧巻である。 ……というより、その間に送り返される皿も見るモノを圧巻の渦に引き込んでいくのだが……

 とにもかくにも、取りあえず今日の始まりは病院である。 誰が何と言おうとも病院なのである。 ここに居る無尽蔵タイプの永久式大飯喰らい人間孫悟空を除けば……だが。

 

「はっぐ――あぐあぐ……ん~~! んぐんぐ! ……ぼれおぼぼり!」

「す、すいませーん。 追加10人前~」

 

 最初の声はあえて誰かだとは言うまい。

 次に聞こえてきたのは、背中に汗を流している短髪ネコ娘……リーゼ・ロッテ。 彼女は自身の腰付近から伸びている細い尻尾をユラリと動かすと、そのまま今起こっている事態に流されていく。

 目を細め、後頭部をかき、いかにも困り果てていると周囲にわかるように振る舞うと……

 

「うっぷ」

 

 今起こっている激闘に、昨日から何も食っていないにも関わらず、のど元まで何かがせりあがっていく感覚に背中を折る。

 

「むんむむもーも……おぼぼ――むぐう!」

「アリア、翻訳魔法」

「無理よ……それより視覚機能のカットを優先したいわ」

「……それこそ無理よ」

 

 それは、隣にいた娘もいっしょであった。 リーゼ・アリア、彼女もこの激闘の被害者である。

 そして究極の加害者はというと。

 

「むぐ――」

 

 おにぎり片手にウーロン茶のペットボトルを空にし。

 

「ふむぐっ!」

 

 餃子3皿を一瞬で空に。 ラーメンをドリンクが如く飲み干すと。

 

「がががががががが――――――」

 

 手にした丸ハムをトウモロコシのように削り、食っていく。

 

「あ、ありえない……」

「人間の持つ機能を超えてる……」

 

 あまりにも残虐性を帯びた食いっぷりに、サイヤ人の本質を見たかもしれない姉妹は、そのまま病室内にあった椅子に深く腰を掛ける。

 ギコギコ……腰を曲げて、学校の授業中に学生がやるように傾けた椅子に座るロッテは、暴飲暴食に過ぎる悟空を見たまま、ひっそりと昨日のことを思い出す。 目を閉じ、今に背を向け、ひたすらに――「悟空くん!!」

 

「ん?」

 

 でも、その思考が行きつく先などなかったりする。

 物語は、少しだけ蛇足を走ろうとしていた。

 

 

 

「悟空くん!!」

「はっぐはぐ――――んあ?」

 

 なんだなんだ? いきなりでっけぇ声で叫んで。 あんまり大きいもんだからびっくりしちめぇぞ。 まったく、そんなに急いでどうかしたんか? はぁはぁ息荒げて、身だしなみも乱雑になってんぞ。

 あとでモモコに叱られるからそういうのは――

 

「悟空……くん?」

「あぐ?」

 

 なんだか今日はコロコロ表情がかわるなぁ。 泣きそうだった気がすっけど、今度はボー……っとしちまって。

 あ! そういや杏仁豆腐を頼むの忘れてたなぁ。 ま、後で頼めばいいか。

 しっかし、この病院とんでもなくメシがうめぇなぁ。 昔よく行ってた……いや、世話になってたとこはそりゃもうメシが不味くって不味くって――「ねぇ……悟空くん」

 

「んぐん――――っぐ?!」

 

 な、なんだ行き成り?! 急に不吉な気が部屋中に行き渡ったぞ。 おそらくなのはが犯人なんだろうけど、どうすっかなぁ。 前髪が垂れ下がって表情が見えないところを見ると……

 

「なぁ、なのは」

「……なに?」

「おめぇ今、機嫌わりぃだろ?」

「…………………………びき!!」

『!?!?』

 

 ……おう、大正解だなこりゃ。

 いきなし窓枠にひびが入ったな。 もしかして気合砲か? 教えてもねぇのに使いこなすなんてなぁ。 こりゃ素の状態はアレだけど、変身したらキョウヤ……は無理だとして、ミユキくれぇなら超えたかもしんねぇな。

 

「ね、ねぇ坊や」

「ん?」

 

 なんだよ? そんな葬式みてぇな顔して?

 ……あ、そういやオラ葬式なんかやった事ねぇな。 土葬ならやったことあっけど……と、そうじゃねぇな今は。 なんだかコイツ言いたいことあるらしいけどどうかしたんか? えっと、名前なまえ……ろ、ロ? あ、そうだ思い出した。

 

 

「ロッテリ……」

「あああああああああああああああ~~~~~ッ!!! その言い方はやめて~~!!」

 

 

 ぐわちち……耳元で叫びやがって。 鼓膜がまだキーンってしやがる。

 

「もう、へんな風に名前を繋げようとしない。 ……それよりあの子何がどうなってるの? いきなり空間攻撃が飛んできたんだけど」

「くうかん……?」

「さっきの見えないアレ」

「あぁ、気合砲か」

「きあい?」

 

 あれはオラが教えたわけじゃねえんだけどなぁ。

 さすがシロウの子と言えばいいのか、それともアイツの得意分野だったからと言えばいいのか。 まぁ、さすがに使ったのは気じゃなくて魔力の塊だったけどな。

 

「まぁ、そう言うのは後で説明してやっぞ。 それよかおめぇ、なんか言いたいことがあったんだろ?」

「あ、そう言えば」

「はやくしてくれよ? じゃねぇとなのはが大爆発しそうだかな」

 

 そう言うと急に汗をかきだすロッ……太? あ、いやロッテか。 顔色がダンダン悪くなって、今じゃかき氷みてぇにひんやりしちまってる……かき氷かぁ、この季節にあんまり見たくねぇな。

 

「あの子」

「ん?」

 

 ……とと、話しが始まりそうだ。 いきなり真剣な目つきでオラの事睨み始めてきた。 ていうかなんの話だろうな? つまんねぇことじゃないってのは確かだろうけど……いったいなんだ?

 不意に耳元に顔を近づけたロッテ。 片手でなのはの目を遮ってくれると、そのままボソボソ喋り出してくる……ちぃと耳がくすぐってぇ。

 

「どうして怒ってるかわかる?」

「……?」

 

 何言ってんだコイツ?

 

「わかってないですか、そうですか」

 

 自分だけ納得して終わりやがった。 そういうのは良くないんだぞ? 情報の伝達ってのはきちんとやんないと大変なことになるんだ。 ……前になのはの学校の教科書ってやつに書いてあったんだ。 まちがいねぇぞ。

 にしても随分と失礼なやつだなぁ。 なのはが怒ってる理由だろ? そんなもん……

 

「わかってるに決まってんだろ?」

「……本当?」

「ほんとかにゃぁ~」

「む!」

 

 鼻で笑いやがった!!

 くっそぉコイツら! 人の事バカにしてるぞ。 オラだって人の子だ……親の顔は知らねぇけど。 とにかく、そんなこといくらなんでもわかる――なのははな!

 

「あいつ、オラが勝手に戦ったから怒ってんだろ?」

『………………………はぁ』

 

 え? なんだよおめぇたち! どうしてそろってため息なんかすんだ!? 間違っちゃねぇだろ今の。

 だってよ? きちんと留守番してるって言って、結局次に会ったのが病院のベッドだもんなぁ。 約束破ったうえに無理して、きっと心配かけちまった――――「……鈍感」

 

「なんだと?」

「鈍感」

「アリア?」

「どーんかん!」

「ロッテまで!」

 

 ちぇっ。 みんなしてオラの事バカにすんだからさぁ。 オラすねちまうぞ。

 

「はぁ……で? おめぇどうしたんだ? 血相変えて走って来てさ」

「あ、その……」

 

 あらら、なのはの奴いきなり俯いちまったなぁ。 ほれ、どうした? さっきの勢いのまんまでって、そんな空気じゃねぇようだな。 ……こういう時はアレだ。

 

「まぁなんだ……わるかった」

「うん……」

『……へぇ』

 

 どうせオラが悪いってんなら、はっきり謝っちまうことだな。

 きっと知らないうちに気に障るようなことしたんだろうし。 オラはそういうところがまだまだだって、亀仙人のじっちゃんも指摘してたしな。 あ! 牛魔王のおっちゃんもおんなじこと言ってたっけ。

 

「そんじゃま、いろいろと落ち着いたところで」

「うん?」

「メシの続きを――」

『アンタはなんにもわかってないッ―――!!』

「わわわ!?」

 

 なんだか知らねぇけど、怒らせちまった……はぁ。

 

「んじゃあ一体なんなんだよ? いい加減教えてくれよ?」

「ご、悟空くんが大怪我したっていうから来たんですけどぉ」

「大怪我? ……あぁ、してたなそういや」

「過去形?!」

 

 あはは! そう言う事かコイツめ。 ……あれ! ならさっきので合ってるじゃねぇか?

 

「でも、なんだかとっても元気だよね?」

「お? あぁ、そりゃあな」

「……しかも女の人に囲まれてる」

「なにいってんだ?」

 

 別におかしい事なんかねぇだろうに。

 コイツら見舞いに来ただけで“妖しいヤツじゃない”ってのに……なに睨んでんだ?

 

「勘違いすんなよ?」

「……え?」

 

 良いか? なのは。 こいつらは別にそう言うのじゃなくって――

 

「この二人はオラの事助けてくれたんだぞ? だからあんまし変な目で見てやんなよ」

「……」

「な?」

「…………そう言う事じゃないのに」

 

 いまなんか言った気がするけど、小さすぎて聞こえなかったぞ……むぅ。 まだなにか言いたそうな顔だけど、取りあえず種明かしから言っとくか。

 

「オラのケガが心配だったのは本当なんだなよな……?」

「え、それはそうだけど?」

「それだったらもう心配ねぇからな。 さっき、心強い援軍が来たからよ」

「えんぐん?」

『わたし達よりも前に誰か来てたの?』

「まぁな」

 

 へへ、おめぇ聞いたら驚くぞ?

 いや、結構予想通りって顔するかもなぁ。 こいつ結構、感が鋭いときあるし……お、噂をすれば何とやらってやつだな。

 ドアの向こうに気が留まってやがる。 当然、この気の感じはアイツだな。

 

「入ってこいよ! 変なの居るけど、気にすることねぇからな」

『??』

 

 ドアの向こうでいつまでも戸惑ってるアイツ。 まったく何やってんだ? 別に戸惑う理由なんてねぇだろうに、どうしてそんなにウジウジと――あ。

 

「そうか」

「え?」

「坊や?」

 

 ちぃとだけ視線をロッテとアリアに向けてみる。 するとそのまま首を斜めに傾ける二人……あぁそうだよなぁ、アイツはコイツ、というよりこいつらのモトになった奴が苦手だったんだっけか?

 

「まぁなんだ」

[…………]

「別に取って食われるわけでもねェし、いいから入ってこいよ」

[そんな!?]

 

 はははっ、まったく仕方ねぇ奴だ。 そりゃあ、結構癖の強いヤツかもしんねぇけど……やかましさで言えばブルマよりも断然大人しいんだから平気だとおもうんだけどなぁ。

 っていっても、こいつらブルマの事知らねぇもんなぁ。 どういえばいいんだ。 そうこうして1分くらいかな? 喋らなくなったあいつは――

 

[わ、わかりました]

「おうおう」

 

 ついに意を決したみたいだ、本当にゆっくりとドアが開いてくぞ。 はは、そんなに力まなくてもいいだろうに、なぁ? 

 

「失礼します……」

「ユーノくん!?」

「おっす!」

「あはは……悟空さん、相変わらずのスパルタです」

「そんなことねぇさ」

 

 ただ部屋にはいって来いって言っただけだろうに。 そんなにガチガチ震えること自体が異常なんだって。

 別にコイツらは乱暴者ってわけじゃ……

 

「……ふむ」

「ふーん」

「え?」

 

 なんだよおめぇたち……ロッテにアリアもそんな“品定め”するみてぇな顔しちゃってさ? ん? 品定め?

 

「なんかおいしそうな匂いがする」

「え?」

「――――ゾクッ!?」

 

 おいおいロッテ、そりゃなんの冗談だよ? 別にユーノは晩飯なんかじゃ……

 

「ねぇ坊や?」

「なんだロッテ?」

「………………アレ、たべていい?」

 

 うわ!? すっげぇ不気味な笑い顔しやがった。 気色わるい上に背中がぞくぞくするような変な顔だぞ!? ……ユーノ、こりゃおめぇ……

 

「にげ――」

「にゃーん!」

「う、うわ……ああああああああああああ――――っ!!」

「……おそかった」

 

 邂逅一番で速攻押し倒しやがった、あーあ。 でもまぁ、前に言ったかもしれねぇけど、猫とイタチってのは仲間みてぇなもんなんだし只じゃれ合ってるだけなんかな?

 ……だったら。

 

「まぁ、放っておいても平気か」

「えぇ、飽きたら後で返すわよ。 ……きっと」

「ゆ、ユーノくん……」

 

 あとで返すって約束ももらったことだし、こっからは……そうだな。

 

「オラに起こった事、それ言えばいいんか? なのは」

「あ……うん」

 

 コイツ納得させなきゃなぁ。

 そっから数分間、昨日の出来事を教えてやった。 ヴィータの事、はやての事、そして……あの娘の事。 それ聞いてる間中、なのはの顔は曇っていくばかりだったかな。 ……まるで自分の事のように落ち込んでる、こう言う他人の気持ちを深く考えられるところはいいところなんだけどさ。

 

「あんまし気負いするなよ?」

「え?」

「いま、どうやったらあいつ等助けられるんだろうって、本気で困ってたろ?」

「お見通し……だよね」

「まぁな」

 

 一応、子持ちの父親だからなぁ。 そういうところは偶にわかるっていうか……な? けど、どうしても言っておかなきゃならねぇモンもある。 ちぃと、厳しいかもしんねぇけど、これだけは……

 

「何でもかんでも救えるわけねぇんだ。 オラ自身、ベジータの時やナメック星の時とかいろんなモンを犠牲に戦ったりした。 だから――もしもの時ってのは覚悟すんだ、いいな?」

「うん……」

「よし、いいこだ」

 

 強いヤツだ。 ここまで澄んだ目で返してきたのはなんだか悟飯のことを思い出させるかな。 ……無理させねぇ様にしねぇとな、なのはは悟飯じゃないんだ。 無理をさせればきっと……

 

「うっし」

「悟空くん?」

「――ん、いや、なんでもねぇ」

「そう?」

 

 さてと、次はオラがなんで元気かって話しなきゃなぁ。 これはやっぱりあそこから話すべきか。

 いまロッテにおもちゃにされちまったアイツの……貧乏性の話からだな。

 

「誰に聞いたかは知らねぇけど、オラの身体がガタガタになっちまってたのは事実だ。 腕なんか飛んでもねぇ方に向いちまってたし」

「……うぅ」

「……あ、あぁ~~その、なんだ」

 

 変なこと言っちまったかな。 ……軽めの気持ちで笑わせてやるはずが――気ぃ付けねぇと。

 

「そんな身体でこの病院に連れてこられてさ、そんでオラやっぱりこう言ったんだ」

「あ、もしかして」

「おう、そうだぞ。 仙豆を持ってきてくれっていったんだ。 そしたら――その2時間後にユーノの奴が飛んできたんだ」

「やっぱり」

「そんでアイツが持ってきてくれたんだ……半分になった仙豆をな」

「半分?」

 

 ここからがあいつのスゲェところ。 まさか今回の騒動を予見したかのような手際の良さにオラびっくりいちまったもんなぁ。

 ベッドの上で叫んでたオラに、さっき言ってた半分の仙豆を口に含ませたあいつは、そのまま噛むことが出来ないオラに水を飲ませてきやがった。 飲むしかない状況だったからそのまま喉に通して、元気になったらこう聞いたんだ。

 

「ユーノが持ってきた仙豆、残り半分はどこ行っちまったんだ――ってな」

「そういえば……え、でも確か」

「そうなんだ、きっと今おめぇが考えて通りのはずだ。 それ聞いたときはもう、ある意味で感心しちまったぞ」

 

 半分は昨日ボクが使いました――――

 

 こう言ったアイツの顔はどこか誇らしげっつうかなんつうか。 いや、確かにあと一個を残しておけたのは心強いんだけどさ。 しかもその使い方を教えたのはオラ自身だったし……はは。

 まぁ、なんだかんだ言ってアイツにかなり世話になっちまったなぁ。

 気の方はまだ半分以上回復した留まりで……

 

「けど、相変わらずジュエルシードの魔力は一切回復してくんねぇ。 “元の姿”に戻るにはもうあと一日は必要だ」

「そうなんだ……」

「ん?」

 

 なんだなのはの奴。 いまなんだかほっとした顔だった感じが……どういうことなんだ?

 

「あ、ごめん。 これ以上悟空くんが戦おうとしないなって勝手に思ったら……その」

「安心したんか?」

「…………うん」

「むぅ」

 

 はは! それはなんだかわるいなぁ……期待に添えられなくて――

 

「おめぇには悪いけど、オラこの状態でも戦うぞ? それがあいつとの約束だし」

「あいつ?」

「あぁそうだ。 あいつ……昨日戦った闇の書の女のことだ」

「どういうこと?」

 

 銀色の長い髪をしたあの娘……アイツはきっと何かの拍子で精神に異常をきたしたと踏んでる。 あぁまで静かで大人しかったやつ、大体の見当はつくけど“なにか悪いもん”の影響で、きっとあんなことになったはずだ。

 感じ取った気や魔力が明らかに前までとは別人だったのも気になるところだし……な。

 

「いろいろあって、そいつとは2度くらいあったことがあんだ。 結構いいヤツだった……んだけどな。 なにか悪いもんが憑いたんだかしらねぇがあんな意地の悪い性格になりやがって」

「……ホントに良いヒトだったんだ」

「ああ」

 

 なのはも何となくわかってくれたんかな? オラの事を一回見たっきり、黙ってうなずいてくれた。 ……フェイトの時と言い、相変わらずそう言うのは敏感というか繊細というか。

 結構、そう言うところは助かる。

 

「まぁ、なんにしてもだ。 とりあえずオラは少しでも早く元の身体に戻れるように、いまから精神集中する」

「精神集中?」

「そうだ。 そんで魔力をかき集めてジュエルシードに送り込む。 時間はかかるだろうがこれが一番の近道の筈だ」

「そ、そんなこともできるの。 悟空くん」

「まぁな」

 

 昨日、偶然できたのは内緒かな。

 元気玉の要領と一緒だけど、何分魔力とかの扱いは不慣れだ。 なのはのあの技のように数秒で莫大な量をかき集めたりとかは不可能のはずだ。 ……いまはな。

 

「精々見積もって半日程度。 そんくらいあれば、きっと元の身体に戻れる」

「半日、そんなにやって――って、修行の時に比べれば何でもないのかな?」

「おう。 界王拳と並行してやった元気玉の修行に比べればなんでもねぇさ」

「あ、相変わらずのとんでもなさ……だね」

 

 あんときは気の事なんかまだまだだったしなぁ。 今にして思えば、本当に素人に毛が生えた程度しか気を扱えなかったし。

 それ思うとなのはがやってるあの技、アレは本当に大した技術だ。 きっと、この世界であれが出来るのは数えるくらいしかいないはずだな。 ホント、大したもんだ。

 

「ふふん」

「え? なに、悟空くん」

「なんでも……はは」

「? へんなの」

 

 そんなヘンなものを見る目するなって。 仕方ねぇだろ? だってこれからのおめぇたちの成長があんまりにも楽しみなんだからよ。 きっと、とんでもなく伸びる……いや、伸ばして見せる。 この世界に、誰もおめぇたちにゃ勝てねぇって位にな。

 そんでそれやるには――オラが今の困難を取っ払っておいとかねぇと。

 

「ふぅ」

「……あ」

「え?」

「坊や?」

「悟空さん!?」

 

 目を閉じ息を……吐く。

 腹から今までの鬱憤とか、そんなつまらない気を吐き出していく。 見えないくらいに揺れた空気に自分の感覚を乗せていき、周辺に感覚を広げていく。 まるで、手足の様に感じ取れるくらいに……そうして、集めるときの合言葉はやっぱアレだ。

 

「…………オラに元気を分けてくれ」

『!!?』

 

 この一言から、周りの空気が一変する。

 広げられた腕を、閉じるように周りのチカラと自分とを一体にする感覚。 これを只単純に繰り返して規模をさらに広げていく。 

 魔力と気の違いはここだ。 気はこの世界の誰もが持っている力。 でも、魔力は空気中に漂っている微細な魔力の素ってのを、魔導師の奴らが使いやすいように作り直したもの。 ……オラの場合、空気中の魔力の素を、気と同じ要領で集めてジュエルシードにため込んでいるだけだけどな。

 

「来た来た」

「魔力なの? こんなに大量に……周辺の魔力素をかき集めているとでもいうの!?」

 

 アリアがデカい声を上げてるな、珍しい。 初めて会ったときからは想像もつかない驚きようだぞ。

 

「これって……」

 

 今度は逆にロッテが静かに周りを見渡してやがる。 んで、次がユーノかな? 床から起き上がって周りを見渡してるのは。

 

「悟空さんの元気玉!?」

 

 正解か。 さすがにもうネタがわれちまってるからな、理解は早いか。

 

「このままオラは魔力の回復に専念する。 あんまし邪魔しないでほしいけど、何かあったらすぐに言うんだ、いいな?」

『…………はぁ』

「よし、たのんだ――とと!」

『え?』

 

 これは言っとかねぇとマズイ。

 あいつがオラたちの技を――特に。

 

「昨日戦ったアイツだけど、気を付けろ? えらく強い上に技が豊富だ。 しかもオラたちの攻撃とか技を正確に真似てきやがる」

「そうなの!?」

「あぁ、大体は出来ると踏んでいいはずだ。 さすがに超サイヤ人とかああいうのは無理だろうけど……」

 

 あれは気を付けておいた方がいい。 ずっと前、天下一武道会で喰らった天津飯の――

 

「気功砲。 あれが飛んでくるようなことがあったら、すぐにげんだ。 オラ、あれ喰らって死ぬ寸前になったことがある」

『!?』

 

 まぁ、正確には喰らってたら死んでた……なんだけどな。 とりあえず脅しも含めてきつめに言っておこう。 そうでもしねぇと、オラの悪いところもみて育ってきたなのはの事だ――やってみなくちゃって言いながら対抗するかもしんねぇしな。

 

「いいか? 絶対に防ぐだなんて思うんじゃねぇぞ? 特になのは」

「は……はい」

「そんじゃ頼んだ」

『……はぁい』

 

 気の抜けた声の後に……ぞろぞろと遠ざかる足音。 4人分の音がここから消えた頃かな? 身体の中にあたたかい力が充満していく感覚を掴んでいく。 そうか、こんな感じで魔力がたまっていくんだな? このまま……そうだなぁ、あと6時間ぐれぇの辛抱だ。

 

「それくらいにはきっと……きっと」

 

 アイツに手が届く。

 絶対に届いて見せる。 頼む、どうかそれまで何事もあるんじゃねぇぞ……オラは、それまでここを動けねぇんだからな。

 

 

 

「悟空くん、なんだかどんどん凄くなっちゃうな」

 

 今現在、魔法のチカラを使えないわたし、高町なのは。 みんなの助けになりたくて、リンディさんの所で留守番をしていましたけど、突然の報告でここまで来て……

 さっきの病室を後にして、各々帰る場所に移動するわたし達。 さっき知り合ったアリアさんとロッテさん、それにユーノくんと一緒に病院を出た途端に、さっきまで居た病室を見上げてつい、ため息をついてました。

 

「魔力の収集って相当のレアスキルのはずよね。 あの坊や、あんなこともできるのかね?」

「え、えぇ。 悟空さん、元は気というエネルギーを隣接次元世界から集めたこともありましたし……その応用だと」

「り、隣接次元世界?! そんな馬鹿な……」

 

 にゃはは……ユーノくんの説明でも、やっぱり信じきれないですよね。 わたしだって最近、魔法について詳しいことを知って、自分がやっている何となくがとんでもないモノだとわかって……それで悟空くんのやってる事がえらい事なのを思ったばかりだし。

 それにしても、この人たち誰だろう。 結構勢い任せにこうやって一緒に帰り路に着いたけど……

 

「本当です。 次元世界間での通信ですらやってのけるんです、そこから発展したことだって……」

「そうかい」

「へぇ、あんな男がそんな技をねぇ……てっきりパワーに任せた接近戦しかできないものとばかり思ってたよ」

 

 それは同感です。 わたしも師事してから数日は、悟空くんからかめはめ波の存在を忘れるくらいだったし。 一回対峙すると、接近戦の強さにばかり目を奪われて……あれ?

 

「どうして?」

『え?』

「なのは?」

 

 どうして、この人たちそんなに悟空くんの戦闘スタイルを知ってるの? まるで実際に対峙したことがあるような……?

 

「あぁ、私達があの坊やの事を詳しく知ってる理由?」

「え、えぇ」

「それは当然だよ、 こっちはあの子をどうにかするためにいろいろと画策してたから」

「ええ!?」

 

 それ初耳ですよ!? というより一体全体何がどうなれば、敵対しようとしてた人が。

 

「…………」

「ごめんね、理由は言えないんだ――」

 

……あぁ、悟空くんだもんね、だったらこれくらいは……

 

「まぁ、いっか!」

「……いいのかい?」

「はい、いいんです。 それに今はそんなことで争ってる場合じゃないですから」

「わるいねぇ」

「いいえ」

 

 こうやって、笑顔で済ますはずだもん。 そうだよ、何を変な風に気負ってたんだろう。 やらないといけない事なんて最初から決まってたんだよ。

 わたしは――

 

「はやてちゃん……直接は会ったことないですけど、その子を助けたいです」

『…………』

 

 困ってる、迷ってる……誰かに手をのばしてる。 そんな人を放っておけないこの気持ちは、いつまでも変わらないから。

 

「そう」

「へぇ」

「なのは……」

 

 少し大きなこと言っちゃったかな……気恥ずかしいかも。 でも、これくらい言えないとできないだろうし、笑われちゃうもん。 そうだよね、悟空……くん。

 

「わたし……頑張るから」

 

 そう言って見上げた病院の……ミッドチルダのどこかにある病院の一室には、青い光がほのかに光っていました。 これから来る戦いに備えて、彼女たちを救う戦いに挑むちからを蓄えるように……

 

「……!?」

 

 そして、ついにそのときが来たのである。

 なのはの眼前に、ミントグリーンの窓枠が中空に映し出されていく……

 

 

 

 ミッドチルダ――プレシアの地下研究室。

 

 紫色の枠にはめられた中空ウィンドウ。 そこに映し出されるカウントダウンがあった。 刻一刻と流れていくその数字は、誰も止めることが出来ない悲劇へのタイムリミット。 これを誰もが理解していく中で、つまらなそうに表情を曇らせたプレシアは……窓枠を消した。

 

「はぁ」

 

 小さく吐いたため息は、そっと空気へ霧散していく。 突っ立ていた身体を休めるかのように椅子に座り、全身の荷重を背もたれへと偏らせる。 キィ――と、小さな音を鳴らして重みを受け取るその椅子に、そろそろ変え時かと思い悩む刹那。

 

「プレシアさん!!」

 

 研究室のドアに、怒気を含んだ一撃が襲い掛かる。

 

「あなた! こんなところでまた身体に無理をさせて!!」

「……」

「ちょっと聞いてるんですか!?」

 

 一揆怒涛の戦哮を上げた人物……リンディ・ハラオウンは、椅子に座って黄昏時を醸し出しているプレシアを見るなり、側頭部に青筋をたてる。 その顔は前に悟空が無茶をした時よりも怒気を放っていた……理由は、言うまでもない。

 

「勝手に病院を抜け出して……いろんな人が心配してるんですよ!!」

「…………」

「それなのに――」

「静かにしてくれないかしら」

「な!?」

 

 彼女が、無理をしすぎているから。

 

 そんなリンディの声を遮るかのように、プレシアは手のひらを虚空に向けて、待ってと気持ち半分笑って見せる。 そんななか。

 

「アラーム……なんの音?」

「ふふ」

 

 最初に見ていた時計とは別の刻限がついに終わりを迎えたのだ。

 

「ようやっと終わったわ。 52時間の熟成を終えて、ついに外に顔を出した感想はどうかしら?」

「……? 誰と会話を」

 

 なにか、機械の方へ言葉を投げかけていくプレシア。 そこには当然人の気配も、影も形も存在しない。 だけど、そこには確かに声を投げかけるべき存在は在って。

 

[It is good]

「そう、それはよかったわ」

「こ、これは――!」

 

 そこに在った赤い宝石は、いま生まれ変わった自身の中身を確認すると、小さく灯火を付けて答えてくれるのであった。 強く、剛く、豪く――――彼女たちの手に見合う自分に変えてくれた喜びを、一欠けらも隠すことなく。

 

 そんな宝石の名を――――リンディは驚きながら言う。

 

「レイジングハート!?」

[…………]

 

 まだ完成までに1日程度の余白があったその宝石。

 フェイトよりも難航していたスターライトブレイカーへの補助プログラムetc.……そのどれもが完全な形で組み込まれ、尚且つ新たな力をも秘められていることを機械の表示で確認すると。

 

「プレシアさん……貴方またこんな体を酷使して」

「無理はしないといけないときにするから無理というの。 それにこれくらい、やっておかないと後が苦いモノ」

「それは……そうですけど」

「孫くんに全てを委ねる……それはあの子たちが許せないのよ。 もちろん、わたしも」

「…………プレシアさん」

 

 線の細い研究者を、そっと支えて立ち上がらせる。 行き先は悟空と同じ場所で、つたえる相手は……やはりこの人物の娘であろうか。

 

「あ、もう一人」

 

そうやって口ずさんだリンディは、そっと心で言葉を念じて見せる。 あたまの中で思い描くのは栗毛の女の子。 そんな彼女に、新たな力を授けるべく……

 

【なのはさん。 聞こえる?】

【え? リンディさん!?】

 

 リンディ・ハラオウンは、彼女たちと合流することになる。

 

 使う手段は転送魔法。 それにてなのはのいる次元座標まで、一気に飛ぶことを決意する。 時間があるとは思わなかった、でも、こんなに急だとも思わなかった展開の急ぎ足に、彼女たちは歩幅を合わせようとしていたのでした。

 

 

 

 ミッドチルダ標準時間PM6時半 次元航行艦アースラ、艦長室。

 

 リンディに呼ばれた高町なのは。 彼女はユーノと共に転送魔法にて集合場所と規定されていたアースラに跳ぼうとしていた……刹那、リーゼ姉妹よりユーノを『少しだけ拝借』させられ、やむを得ず一人でゲートをくぐることに。

 そうして着いた場所には――

 

「お帰り、レイジングハート……」

[It became late(遅くなりました)]

「そんなことないよ」

[…………]

 

 一つの力が、集結していた。

 赤と白が混ざり合い、桃色へと色素を変化させる光景は途轍もない華麗さを見出させる。 高町なのは、戦線復帰の時が来た。

 

「どうかしら調子の方は?」

「大丈夫だと思います……テストなしで漠然とですけど」

「そう」

 

 まだ変身もしていないにもかかわらず、手に収めた丸い宝石から感じる自分たちのチカラ。 いままで積み重ね、鍛え上げてきたカラダに使った時間の数々。 それがいま、はっきりとした形として見えてこようとする感覚に……

 

「……大丈夫、焦ったりしないから」

 

 いつもより慎重に、手の平に収めたレイジングハートを握っていた。

 

「でも急に驚きました。 完成まであと1日は必要だって聞いてましたから」

「えぇ……」

 

 曇るリンディの顔。 それを見ただけで大体がわかるのはやはりなのは。 彼女はここに居ないプレシアを確認すると、心にほんの少し影を射してしまう。 ……大事な人の家族に、迷惑をかけてしまったと。

 

「頑張らなくちゃ」

 

 そう言うと周りを見渡す。

 見知った顔はリンディとエイミィ程度。 あとはまえに会ったぐらいのオペレーターが数人いるこの部屋……あまりの人数の少なさはある意味で当然であった。 この船の大半は今、なんと宝探しの途中なのだから。

 

「あ、そういえばクロノくんやフェイトちゃん達はどうですか?」

「……」

「リンディさん?」

 

 うつむいた彼女にほんのりと浮かぶ不安。 なのはが後頭部に汗を流した刹那であった。

 

「先ほどクロノが見つけてくれたわ」

「――――ホントですか!?」

 

 思ってもみなかった吉報に心を弾ませて。

 

「イー、アル、サン……えっと、二だからアルシンチュウだったかしら?」

「……? リャンシンチュウじゃないでしょうか」

「どうだったかしら? ……とまぁ、名前の方はともかく。 クロノが、星がふたつ入ったドラゴンボールを発見してきてくれたそうよ」

「レーダーがあると言ってもよくあんな小さなものを……さすがクロノくん」

 

 ウン万分の一の確率でドラゴンボールをひとつ見つけ出した彼に、多大な感謝を感じるなのは。 頬が若干緩み、目元が柔くなっていくのは全身から力が抜けてしまったから。

 もう折り返し地点を過ぎたボールさがしに、やっと肩の荷が降りそうになるのもつかの間。 少女は、ここで持っていた宝石をギュッと握りだす。

 

「油断しちゃダメ。 まだあと二つあるんだもん、それを集めきるまではホッとしていられないんだから」

「ふふ、そうね。 こういうときは――」

 

 まるでターレスと戦う直前の悟空のよう。

 握りこぶしを胸元まで持っていった少女のポーズに、やはりあの青年の影を重ねてしまったリンディはとあることわざを思い出していた。

 

「勝ってわらじの緒を締める……だったかしら?」

「?」

 

 その言葉を、おそらく一生理解することが出来なさそうななのはさんであったそうな。

 

「とにかく油断禁物なのは確かね。 このまま残りが見つからない可能性だって考慮するべきだもの。 それに闇の書だって」

「……はい」

 

 募る懸念事項は山のよう。 それでもこの場にいる誰もが暗い顔をしない。 むしろそっと微笑むようにさえしているのはやはり……

 

「“彼”のたっての願いだもの。 彼女たち……闇の書の守護騎士たちを何とかしてあげなくちゃ」

「はい!」

 

 日の光りよりも強い輝きをもつ超戦士を背中にしていたから。

 いつも追っていた時から、ついに状況が逆転してしまったのだが、それだからこそ引けないこの時。 なのはと管理局の職員たちは、四月のころとは比べ物にならない結束のもと、遠い次元世界を跨いだ作戦を敢行しているのだ。

 

「残り……ふたつ」

 

 それを確認するかのよう呟いた重要事項。 これさえクリアできれば――そう、心に強く刻み付けたなのはは、ここで……

 

「え?」

「アラート?」

 

 艦内に響き渡るサイレン。

 空気を切り裂かんばかりの猛りは、まるで今起こっている危機を知らせるほどのボリュームであった。

 皆が振り向き、艦内ブリッジの様子が映し出されている画面……リンディが咄嗟に作ったウィンドウに目をくれると。

 

[艦長!!]

「エイミィ?」

 

 その向こう側に居た女性が、視線をあらぬ方向へ向けながら気を動転させていた。

 

「なにがあったの」

[そ、それが――]

 

 あわただしくも冷静に、それでいて急かすようにエイミィへ『次』を要求するリンディ。 彼女の表情は険しいし、明るさはかなり成りを潜めている。 仕事の顔……そう、なのはが受け取ったその瞬間であった。

 

[昨日リーゼ姉妹のふたりが、闇の書のマスタープログラムと思しき存在を強制転送した極寒世界に、異常出力のエネルギーを感知しました!]

「異常、エネルギー……?」

 

 その単語の意味を、何となくで理解したなのはの体は強張る。 もう、目前に迫ってきた決戦。 それを考えただけで手が震えそうになる。

 

「……」

「なのはさん?」

「あ、え? ……す、すみません」

 

 あの姿とはいえ、孫悟空を圧倒した相手だ。 恐怖心が無いと言えばウソだし、この体を襲う震えが武者震いではないのも事実だ……傷つけられた親友(とも)師匠(せんせい)、そして……そう、いま彼女は確かに。

 

「悟空くんのことを考えてたら、抑えられそうになくなってしまって」

「……?」

「同じ目に遭わせてやらないと……そんな黒い考えが湧いてきちゃって、イケナイ事なのに」

「……」

 

 自分の感情を、必死に抑えきろうとしていたのだ。 

 グッと握る拳をさらにきつくする。 声色がいつもより低めになって、それを隠そうとして声域が不安定になってしまう。 高町なのはは、こういう嘘が苦手なようだ。 それは、誰もが分っていることである。

 

「なのはさん」

「はい」

 

 それでも、だからこそ大人たちは。

 

「好きにしていいのよ」

「え?」

「あなたは、ここの人間じゃないのだから。 少しは自分の気持ちに正直に突っ走るのもいいのかもしれないわ」

「リンディさん……」

 

 子供の好きなようにさせてみようと、ここで一つ考えて。

 

「いえ」

「……」

「やっぱりいいです」

「そう」

 

 極々冷静に、己が感情と今の現状を天秤で測れた高町なのは。 彼女はその判断力で、甘い誘いを蹴っていた。 半ば反射的に。

 

「このままここで待っていようと思います」

「……どうして?」

 

 それに煽るような言い回しで聞き返すリンディの顔は真剣そのもの。 どうしてそこまで……周りの局員は若干ながら腰を引いているようにも思える。 そんな鋭ささえ垣間見える彼女はここで、一息入れようとばかりに傍らに置いてあった純和風の湯呑みに、白く四角い物体をいくつか入れていく。

いつもの甘い抹茶を完成させ、喉をゆっくりと潤わせていく。 既に余裕さえ見せ始めた大人に対し。

 

「少しだけ頭を冷やしていたいですから」

「…………わかりました」

 

 ただ単純に、答えだけを返したなのはにはもう、何の戸惑いもなかった。

 確実で、迅速な思考の切り替え。 あまりにも子供離れしている“判断能力”はすでに四月のころとは比べ物にならない程の成長を見せていた。

 

「それでエイミィ、その異常反応の規模は?」

[あ、え?]

 

 そんな少女を置いておき、大人たちの会話が始まる。

 

[えっと……このあいだの時よりは酷くないんですが……]

「このあいだ? ……ターレスの時の?」

[はい。 ですけど]

 

 あまりハッキリしないエイミィの声。 それに少なからず促す声を掛けるリンディは……

 

[あと数時間でこの極寒世界……崩壊しそうなんです!]

「…………そう」

 

 何となく想像通りという顔をしつつ、残り半分となった湯呑みに、追加で砂糖を二個入れる。

 

「けど、それならそれで放っておきましょう。 無理に動いて、巻き込まれる必要も……」

 

 さっきまで甘かったはずなのに、急に甘味が低下したのは果たして彼女の味覚がおかしくなったのか否か。

 余裕の言葉とは裏腹なその表情を見たエイミィは……しかしさらに痛烈な事実を述べなくてはならなかった。

 

[こ、この世界から]

「……」

 

 息を呑むとはこの事であろうか。

 あまりにも不真面目さが抜けたエイミィの、いつも以上に帯びた真面目な空気。 それを見たリンディは気付けば湯呑みを静かに机へと置いていた。

 そして。

 

[ドラゴンボールの反応が]

「……っ」

[極寒地帯から観測されました]

「…………最悪」

 

 机の上を緑の液体が覆う。

 零したそれらが床にまで滴れていく中、リンディはおもむろに頭を抱える。 その態勢だからこそ見えない目つきは喜怒哀楽のどれだろうか? 覗くことを許さないそれを前に、只々重苦しい空気があたりに漂っていく。

 それを、切り裂くかのように――――

 

「わたし行きます!」

「……」

 

 さも当然のように上がる声。 予測できていたし、そう来るだろうと腹も据えていた。 リンディはため息もつかずにその声を聞き届けるとひとつ……あたまを上下に振る仕草だけする。 その意味を測れるものは……残念ながらこの世界にはおらず。

 

「……いくわ」

『……へ?』

 

 其の一言を聞いた皆は、声にならない声を放っていた。

 何を言った? 聞き間違いだろう……誰だって思うし、思いたい。 そんな艦長さんの一言を、是非ともはっきりとお聞きいただこう。

 

「私も行きます……闇の書のいる極寒地帯に」

『……ええ!?』

 

 波乱万丈が艦内を襲う。

 

「か、艦長!? 何言ってるんですか!!」

 

 ある者は正気を疑い。

 

「艦長職がそんな簡単に動いて良い訳――」

 

 またある者はごく当然の正論を言い放ち。

 

「行くなら自分たちが! それにあともう数時間でクロノ執務官たちが帰って」

 

 そして、留まれと言うモノに……

 

「お願い」

『!?』

 

 鋭すぎる視線を放って……

 

「たった一度……これっきりだからわがままを聞いて頂戴」

『……艦長?』

 

 そのあとに流れる、強さと弱さを含んだアンバランスな凄みを帯びている声に皆が驚き……思う。 あぁ、何となく「彼」のような頼み方なのではないか。 彼の影響を艦長である彼女も少なからず受けているのではないか。

 先ほどの発言は実は、自分に向けたモノなのではないのか――――と。

 そんな彼女の姿に、もう、非難の声を上げたいものなど出てこれず。

 

「ごめんなさい」

『……』

「リンディさん……」

 

 皆は沈黙で送り出す。 彼女の身に起きた過去……それはこの場にいるなのは以外のすべてが知っているはずだった。 闇の書に食われ暗黒へと消え去ていった、たった一つの命。 そのモノの存在を知っているからこそ……彼女を縛ることなんてできない。

 

「行きましょう、ここで全ての因縁に決着を付けます」

『はい!』

 

 目を閉じ、足並みをそろえ、心を静かに落ち着ける。 そうして下したアースラの皆の判断は、やはりリンディの言葉を聞き遂げることであった。 

 転送ポートに、栗毛色とミントグリーンのふたりが消えていく……戦場は、極寒の氷河地帯へと移りゆく。

 

 

 

 ミッドチルダ標準時間PM8時 第■■■番、管理外世界。

 

 肌に極低温が突き刺さる。

 万物すべてを拒絶するかのような氷雪の世界。 そこに堕され、封じられ、息を白くさせながら心に憎悪を煮えたぎらせる娘が居た。 体中を覆う氷すら、その凄まじき憤怒の前に蕩けさせてしまい……遂に封印は解ける。

 

「想像以上の封印魔法。 しかし、あの大魔王封じに比べればこのような物」

 

 実際にはただ単純な『凍結』なのだが、それが極まったからこその封印。 けれど、孫悟空の力の一端を得て、その記憶のかけらを垣間見た銀の娘には恐ろしさなどさほどなく……いともたやすく元の状態にまで戻されていく。

 

「凍傷は完全に消えてはいませんが、このまま自然回復を待てばいいレベル……問題は」

 

 そう言うと右肩をさする。 そこにはざっくりと開けられた自身の騎士甲冑(バリアジャケット)が、まるで先ほどの戦いを忘れさせないかのように修復されずに残っていた。

 

「ここまでのダメージ……万分の壱にも回復してない幼いあの姿でここまで……さすがというところでしょうか」

 

 思い起こされる先ほどの戦闘。 何度も歯向かってきた弱き戦士にただならぬ思いを見せる娘は、そのまま目をつむる。 聞こえてくる吹雪く外界の音が、彼女を現実に引きつれようとするのだが、彼女は一向に帰ってこない。

 夢想する世界はどういう景色……?

 銀の娘は、胸に手を当て呼吸を整えると――――

 

「随分と少ない討伐隊ですね?」

「…………これが」

「闇の書……」

 

 背後にいた侵入者に、突き刺すかのようなアイサツを言い放つ。

 闘気、怒気……殺意まで垣間見えたのは既に気のせいではない。 このような感覚は――リンディにとっては半年ぶりで、なのはにとっては……

 

「……(悟空くんが超サイヤ人になって凄んできたみたい)」

 

 つい数日前に体験したことのあるもの。

 言い換えれば、そこまでに高まった急激な感情の変化は、いったい何が原因なのであろうか……なにが“彼女の機嫌を損ねて”しまったのだろうか。 少なくとも高町なのははそう思い、直感した。

 

「随分と手荒い歓迎ね。 何もそこまで凄むことはないと思うのだけど?」

「そうですか? ふふ――別にそんなつもりはなかったのですが。 貴方にはそう見えてしまったのですか……それは申し訳ございません」

「敵対の視線を送ったつもりはなかった? あの突き刺すような鋭さでまぁ……」

 

 朗らかと言えばそうでない、女同士の切りあう口撃。 お互いの傷口を抉りたい放題に交わされる戦は、さしずめドッグファイトの戦闘機か……いいや、既にお互い負けているから負け犬の遠吠えにも聞こえなくはない。

 ……どこぞの世界の老神(じじぃ)が聞けば、そう答えそうなこの状況に進展が訪れる。

 

「孫悟空……彼はいないのですか?」

「……少し休憩中」

 

 リンディの傍らに控えるなのはの背後に、いつか見た少年の姿を確認できない娘は、ここで話題を変えてくる。 明らかな揺さぶりだ、そうおもいわずかに隠した事実で返したなのはは不敵に笑う。

 

「そうですか」

 

 その顔を見て。

 

「あまり時間は無いようですね」

『!?』

 

 娘の警戒心は一気に引きあがっていく。

 唐突に広がる負の雰囲気。 収まることを知らない、なにか言い表せない圧迫感。 一般人ならば気を失いそうな威圧は、かつての事件を経験したリンディを後退させ、悟空との修行で胆力を上げたなのはに気後れをさせるほどである。

 明らかな殺意……それは、娘の身体の中枢である八神はやてから一番遠い存在であったはずなのに。

 それがいともたやすく出てくる様は、まさに今までの彼女の人生を、切り崩すかのような行為であった。

 

 少年が居れば、眉をきつく上げていた光景であったことは間違いないであろう。

 

 ―――――その殺気が合図となったことも言うまでもない。

 

「はあ!!」

 

 銀の娘が不意に消える。

 そう思った刹那にはリンディの目の前に現れ、左足を軸に右回し蹴りを敢行している途中であった。

 振りあげられた右足を、見守る形で迎え入れてしまったリンディに圧倒的な隙が出来る。 ……それを、只素通りする少女ではなかった。

 

「危ない!」

「くっ」

 

 咄嗟に張られた障壁は桃色。 新調された白いドレスを身に纏うなのはのプロテクションが働いたのだ。

 彼女の格好は、以前のバリアジャケットが学校の制服をいじった程度だったと例えるならば、そこからさらに戦闘用にカスタマイズされたというところだろうか。

 ロングスカートはそのままに、ところどころが金属製の防具を施され、目に見えて防御力が上昇している……そう、より戦闘的に強くされたこの装備は――

 

「硬い?!」

「攻撃が通らない、行ける!」

 

 前の装備よりも遥かに高い堅牢さをなのはに与えることとなったのだ。

 

「リンディさん! わたしがこのまま押さえてます、その間にドラゴンボールを」

「貴方一人なんて無理よ! わたしも――」

「わたしは探知の魔法とかそういうのは出来ないですから……おねがいです! この世界が消える前に早く!」

「…………わかりました」

 

 そうして急遽決まる役割分担。

 単純戦闘しか出来ることがないなのはと、広域探知をすることが出来るリンディ。 その時点でどちらが囮となるべきかなんてわかりきった事。

 手にしたレーダーを握り締めると、そのままリンディは飛行魔法で雪原の彼方へと消えていく。

 

「……おねがいします」

 

 それに、小さく託す声を呟くや否や。 高町なのはは戦闘態勢に完全に入る。

 目の前に居る銀髪の娘を捉えると、そのまま―――――飛んでくる拳を身体ごと避ける。

 

「鋭い! まるでフェイトちゃんに切りかかられてるみたいに」

「当然です。 この手刀足刀……そのすべては貴方たちが教わることがなかった流派なのですから」

「流派……!?」

 

 娘の口からどこか得意げに放たれる流派という言葉。 それに過剰反応して見せたなのはは思い知った。

 

「この振り方……」

「はあ!」

「こ、この撃ち方!!」

 

 飛んでくる右拳を屈んで避け、払いに来た左足はレイジングハートでいなして危機を脱する。 見事なコンビネーションのそれに、だからこそ見覚えのある攻撃に思わず冷や汗をかいた。

 そう、この攻撃全て……高町なのはにとって酷く見覚えのある者であった。 なぜなら……

 

「亀仙流!? 全部悟空くんの動きなの?!」

「はああああッ!!」

「うく!」

 

 追っていた背中そのものだったから。

 まるで製図のトレースのように悟空の影を追うような正確無比さを誇る娘の攻撃。 そのどれもが型はなく、決まった動きはないはずなのに――だけどそこが悟空が使う流派の特徴なのである。

 亀仙流に特定の型は存在しない。 それは確かに開祖の仙人が口に出したことなのだから。

 

「そしてこれは魔族の技」

「……はっ!?」

 

 娘が不意に右拳を引きつける。 一瞬の間、しかしなのはにはそれだけで十分に理解できてしまう。 この人物が次にする行動というモノが。

 重なり合う視線、娘の作った拳の行く先にはなのはの頭部が描いた射線に放り込まれていた。 乱雑でありながら、あまりにも静かな構え……なのはの背中に汗が落ちる。

 そのときであった。

 

「ぜぇぇあ!!」

「気合……で!?」

 

 避けた、あまりにもギリギリのタイミング。

 身体を捻って……と頭で考えてステップを刻んだ刹那に背後から響く轟音。 不可視の力が、この世界に点在する5メートル大の氷山を砕いたのだ。 氷を砕く、あの氷の強度がどれほどのモノかはわからないが。

 

「あんなの直撃したら、幾ら硬くなったこのバリアジャケットでもひとたまりもない」

「踊りなさい、その身が闇に堕ちるまで――」

「あぐぅう!?」

 

 なんにしても当ってやる必要がないと判断したなのはの回避運動は続く。

 

 拳の連打を……その肩が動き、肘が曲るタイミングで弾速と射線を予測、回避して。 足払いで飛んでくる長いリーチの蹴りは――

 

「ディバインシューター」

「く!? 弾かれた」

 

 桃色の追尾弾で弾き返す。

 そのときであった。 なのはが今放った追尾弾……シューターに確実な違和感を受けたのは。 手ごたえ、操作の具合、なんといってもその速度が今までとは段違いなのだ。

 

「とっても速かった……それに一つだけといってもすごく――」

「なにをぶつくさと」

 

 そんななのはの感慨を切り裂く手刀を、またも回避する。 それを見て、徐々に速度を上げていく娘の体力も技量も底なしと言えるだろう。 しかし。

 

「まるで手足のように、ちがう、思ったら既にその通りに動き終わってる感じ……今までとはいろんな意味で速さが違う」

「……小賢しい」

 

 シューターを操るなのはの技量も、もはや常人の域を超えた反射神経――否、空間認識能力と言っていいだろうか。 それらの数値が確実に常人から偉人レベルにまで引き上げられていたのだ。

 

 魔法というアドヴァンテージをプラスして、既にチビ悟空の力量を超えたか、それとも第23回天下一武道会で優勝できるか……遂にそこまでの実力を得たなのはの――

 

「鬱陶しい――」

「……距離を取った」

 

 

 本領発揮である。

 

 

[Shooting mode]

「いくよ、レイジングハート!」

 

 距離を取った娘。 当然だ、ここまでやるとは思わなかった近接格闘者対策。 悟空の師事の内容は、このあいだの事件で大体は吸収できていた銀の娘でさえも、今ここでなのはがとった行動は予測範囲外。

 だからあえて“彼女の土俵”に立つことで、なのは自身の実力というモノを測りたかった……そう、測らざるを得なくなったのだ。

 それ自体が、自分の分身が犯した愚かな行動だとも知らず。

 

「ディバイィィ――ン」

「……!?」

 

 驚き、目を見開いた。

 桃色の閃光が集まるのは今まで通り。 しかしこの大きさが異常すぎる。 いきなり直径60センチ程度まで膨らむと、そのまま魔力を凝縮していく。

 

「バスタァァーー!!」

「なん……だと!?」

 

 放たれた閃光――それを、見ていることしかできない銀の娘は思う。 人の持つ力は、こんなレベルに達せるのだろうか。 もう、何か魔法とは違う領域に突っ込んでいるのではないか……そう、こんなデタラメな攻撃を見たら――

 

「いけ――!!」

 

 こんな、恐ろしいくらいに馬鹿でかい砲撃を見たら――――

 

「か、壁が近づいてくる!?」

 

 桃色の“壁に激突”するという錯覚さえ持ってしまっても、別段おかしなことではないのではないか。

 赤い目が見ひらかれたとき、極寒の世界は一時の快晴を得る。

 なのはの魔力光が雲を切り開き、見える範囲の雪原を野原へと変えていく。 いま彼女は、世界を物理的に変える力を行使して見せたのだ。

 当然、そんなものを直撃させられればいくら怪異の存在だとしても無事じゃすまない。 銀髪の娘は、銀髪の娘は――

 

「はああああああッ!!」

「……え?」

 

 断末魔を雄叫びで表現していた。

 

「こ、こんなものオオオオオ!!」

「え? え?」

 

 ありえない。

 いくら完全復活ではないにしろ、ここまで自分が押されるなどと……思ってもみなかった事態に、全身全霊を込めた障壁を張り巡らせる銀の娘。

 それに対し高町なのははここで戸惑う。 あの孫悟空を圧倒した彼女が、なぜ自分の最初の一撃程度でここまで押されているのか。 ……数秒の間理解できず。

 

「もしかしてホントに押してるの!? あの人を!」

「く……くぅ!」

 

 理解した時には。

 

「――――……ッ」

「後ろ!?」

「避けた?!」

 

 背後に現れた不自然に、反射的に身を屈ませていた。

 なのはの絶壁(ディバインバスター)の直撃を避けること2秒半。 簡易の転送魔法で背後へ回り込み、瞬時に高速のケリを放っていた銀の娘は驚きを隠せない。

 

「やはりというか……戦闘技能が明らかに魔導師のそれとは違う」

「当然だよ。 悟空くんにこってりと絞られたんだから!」

「そうですか」

 

 その答えにどこか微笑んで見えたのは気のせいだったろうか。 なのはは不自然なほどにこの場に見合わない空気を感じ取ると――

 

「しかし、だからといってこちらの目的は変わらない」

「!?」

 

 赤い短剣がなのはの真横を通り過ぎる。

 それを目で追うこともしないで、今起こった事を脳内で整理し始めたこと数瞬の事。

 

「クロノくんのスティンガーブレイド!?」

「別種ですが……効果はあなたの身で確かめてください」

 

 手品のように現れる短剣。 血のように爛れた色のそれは、まるで得物を食い殺さんと荒ぶる獰猛な刃のよう。 それを見て即座に障壁を張ったなのはは衝撃に備える。

 

「一本一本は大したことないけど……こう数で迫られてたら――」

「……次」

 

 当然のように防ぐプロテクション。

 聞こえてくる金切り音に、飛び散る火花、閃光が目の前で炸裂してチカチカと頭の中を激しくゆする。

 かなりの数を防いだと思う、結構な時間が経ったとは思う。 そう、頭の中で考えた時だ。 娘が持った赤い短剣、それに黒い光がおおわれていくと―――――

 

「……え?」

「……やはり」

「しょ、障壁……破られちゃった……」

 

 あまりの事態に気が動転していく。

 例えるなら、分厚い氷をハンマーで砕いたような音。 それが響くと、なのはの目から見て右下あたりがゴッソリと持っていかれている。 通り過ぎた短剣が、背後の氷山にぶち当たり消滅させたと思った時には。

 

「前にあの男が使っていた技術です。 物体の表面に気を通し、強度を上げる。 その魔力版というモノでしょうか」

「悟空くんが前に、と……トランクスっていう人に使ったって言ってたあの――うく!?」

 

 銀の娘が長い髪を揺らしつつ、優雅な解説を行っていた。

 次いで飛んでくる嵐のような刃の弾幕。 赤い雨のように真横へ降り注ぐ光景は正に天変地異のように異常な光景である。 砕かれていくなのはのプロテクション、それに相反して輝く……娘の背後。

 

「二番煎じだ!」

「そんなこと!!」

 

 桃色の追尾弾の襲撃。 それに地面を蹴り、頭を軸にして宙を舞う姿は銀髪も相まって、まさに深夜にそびえる三日月のよう。 スタリと静かに着地したと同時、来たる追尾弾に向かって赤い刃を走らせる。

 

 爆発音が鳴り響くと、たった今自身を襲っていた光が消えてなくなる。 けれど銀の娘は、それでも安心しきれず。

 

「右方に4基、上方からさらに6基……こんな数を高速で――」

「……」

 

 降りかかる火の粉に、舌打ちしながら右手を振るう。

 

「ひとつ」

「…………まだ」

 

 振りかぶれば一基が消え、魔力の残滓が極寒の空気へ溶け込んでいく。

 

「二つ……」

「……まだだよ」

 

 踊るように蹴り上げた娘は、そのまま視線をなのはにくれてやる。 凍るように冷ややかに、苦しませるように燃えたぎらせ。 銀の髪を振り乱しながら、桃色の光りとダンスを繰り返す。

 その間に魔力を追加で放出、随時新しいシューターを生成していくなのは。 彼女はいま攻撃しているのは確かだがその実……自分の感覚を確かめていたのだ。

 その証拠に……

 

「大体わかってきた……攻撃のタイミング。 どうすれば自分の意思以上に操作できるか」

「なに……?」

「行くよレイジングハート――」

 

 彼女はいま、最高速度だったシューターの速度を、さらに引き上げることが出来たのだから。 

 高速で乱雑、それでいて精密な攻撃を仕掛けてくる厄介な光弾。

 後光のようになのはの背に待機して、それらが随時敵へと向かう姿は正に――――神々しさを加速させていく。

 

「ディバイン……改め。 アクセルシューター!!」

「――――ッ」

「シュート!!」

 

 そうして名づけた新名称――アクセルシューターは、銀髪の娘に襲い掛かり続ける。

 

    だが。

 

「ふっは!」

「うそ……そんな!?」

 

 いなし、躱し、防いで打ち落とす。 そんな対応にもめげず、ただ黙々と相手に光弾を打ち続けるさまは鬼気迫るものさえ感じさせる。 それに痺れを切らせたのであろう。

 

「打ち抜く!」

「――はっ!?」

 

 銀の娘の拳に、白い魔力が集まっていく。

 その色合いを、もしも悟空が見たらきっと思い浮かべる人物は男……褐色の肌を持つ守護獣の背中を連想するであろうその一撃をいま――撃ち出す。

 

「はああッ!!」

「きゃあ!?」

 

 空間ごと爆ぜたなのはの周囲。 まるで気合砲をそのまま拳で撃ち出したそれの威力は、見た目通りにこぶしの威力も相まって、かなりの相乗効果を生み出す。 想いもしなかった攻撃に、一瞬の虚をつかれた魔法少女は……

 

「――――喰らいつけ、荒野を駆ける牙」

「……!(近い!?)」

 

 瞬時に詰められた距離に背筋を凍らせる。

 尋常じゃない高速移動のもと、娘の両手はとある形をつくる。 古来より人間のパートナーであり、尚且つ敵対もしてきたその形……オオカミの牙を模した形を。

 

「新!」

「うぐっ!?」

 

 右手が腹に食い込む。 いつの間にか置いてあったその手は、なのはのバリアジャケットに深く押し込まれていき――消える。

 

「狼牙――」

「あがが――ッ!?」

 

 消えた手の行方など知らない。

 ただ次に来た左わきへの衝撃に高町なのはは苦悶の表情を隠せず呻く。 突き刺さるしなやかな右足刀は、まるで刀剣の鋭さのようになのはのバリアジャケットを切り裂いた。

 

「風風拳――ッ!!」

「がはッ!!」

 

 同時。

 鼻、喉、左胸部、鳩尾、へそ。 人体の急所である“正中線”への5連撃がものの見事に決まっていく。

 その攻撃の正確さはまるで、収まるべきところに納まっていると言えばいいだろうか……攻撃を決めるというよりも、始めからそこに決まっていたという予知的な何かを感じさせずにはいられない……そんな速さをこの攻撃から感じる。

 これらの強烈な攻撃に、高町なのはは堪らず……空へ吹き飛ばされていく。

 

「痛……たぁ」

 

 信じられない……主に悟空たち武道家が使う攻撃の数々に、困惑の表情を醸すなのは。 そんな彼女のダメージは、実のところ多くはなかった。

 

「あらかじめアルフさんと悟空くんの小競り合いで、何となく学習できてたからホントに危ないところは防御できてたし……レイジングハートも守ってくれてた」

 

 普段の積み重ね。 それが彼女の命を繋いでいたことは言うまでもないだろう。 傷ついてでも攻撃し、倒れようともあきらめない……そんな戦士に師事したのだ、これくらいは出来て当然。

 だが。

 

「でも痛いモノは痛い……」

 

 ダメージはやはり残る。

 

「どうしよう。 たぶんフェイトちゃん以上の速度と、悟空くん並みの格闘技術……当然と言えばそうだろうけど、悟空くんとフェイトちゃんを足して2で割らないくらいの強さかも」

 

 などと、呑気が出てくる時点であまり深刻なダメージはなかったのであろう。

 そうこうしてる彼女は今、吹き飛ばされた威力生かしたままに、氷雪地帯の大空を飛翔していっている。 もちろん、その先にリンディが居ないという事は織り込み済み。

 そうやってとった距離で、彼女は今後の対策を考える。 ……どうやって、窮地を乗り切ってやろうか……と。

 

「この長い距離……悟空くんとの特訓で掴んだことをフルで発揮できれば狙撃もできるだろうけど」

 

 とにかく長い距離。 外せば作戦を見破られ、大体の位置を把握されて転移の魔法で追い詰められる。 それはダメだと首を振る。

 

「アクセルシューターでの攪乱と、バスターでのコンビネーションはさっきやったし……」

 

 自身のレパートリーの無さに涙を禁じ得ない。

 やってきたことがやってきたこととはいえ、ここまで手数が欲しいと思った相手は久方ぶり……というより、ここまで大変な相手はやはり半年ぶりなのだから仕方がない。

 

――――かしゃん。

 

「……?」

 

――――かしゃん。

 

「なに……このおと?」

 

 何やら聞こえてくる不吉な音。 まるで“カメラのシャッター”の様な切り替わる音は……なのはの胸に確実な不安を過らせる。

 

「どことなく似てる……」

 

 その音、というより、この感覚に覚えがあるのは彼女が砲撃専門のシューターだから。 そうだ、遠方への攻撃のさい、いつも自分が心の中でする場面の切り替え……視覚の倍率の切り替えにそっくりなのだ――――そう気づいた時には。

 

―――――――――――き。

 

「なんの光り……?」

 

 遠方より漆黒の輝きが瞬く。

 それを半ば奇跡的に察知したなのはは、そのままレイジングハートを介して最大望遠にて光の先を見ると……。

 

――――――――――こ

 

「あのヒト? なにを……」

 

 軽い疑問の後、自然……背筋に怖気が走っていく。

 

――――――――――う

 

「きこう……? うーん」

 

 確かにそう読み取り。

 

「……………はは」

 

 気づいた時にはあの声がフラッシュバックする。

 

「気功? ま、まさか!!」

 

 孫悟空はなんといっていただろうか。

 

「死に掛けた……という事はとんでもなく大変な!?」

 

 しかしそれは自分の必殺技の威力を確認してからいい放てというモノ。 そう言うツッコミを行うモノがどこにもいない中、あの銀髪の娘がこちらに向かって手のひらを向ける。

 

 変な擬音はこの時のためのモノ。 かくして最大砲撃呪文は完成をみてしまう。 天が泣き、津波のように全てを消し去る異世界の大技――今、この魔法の世界に降り立たん。

 

「喰らいなさい――」

「ちょ、ちょっと待って」

「気功砲――――――ッ!!!!」

 

 生命ではない銀髪の娘。 そんな彼女が扱える魔力の大部分を注ぎ込んだ暗闇の閃光。 叫び声と共に穿った暗黒に、高町なのは――彼女は只、その網膜に最後の光景を焼き付けることしかできずにいた。

 

「……あ」

 

 彼女は、息を呑んでそのときを通り過ぎていくのであった。

 

 …………英雄、いまだ現れず。

 




悟空「オッス! オラ悟空!」

ヴィータ「っくしょお! あの石ころってどこにあるんだよ。 こんな馬鹿でかい世界でみつかんのか!?」

アルフ「ジュエルシードのときはまだ手段があったけど、今回は未完成のレーダーに目視の捜索……正直、骨が折れるったらないねぇ」

ヴィータ「早くしねぇと、お前の飼い主の母親とはやてが……くそ!」

アルフ「……どうしたもんか」

エイミィ「すでに探し物を見つけたクロノ君、そしていまだ見つからないアルフとヴィータちゃん。 そして、二人で極寒地帯へ赴いた艦長となのはちゃん。 さらに――」

悟空「あと……30分」

エイミィ「魔力を強制充填中の悟空君。 急いでみんな! いろいろと時間が迫ってきてる!」

悟空「んなこと言われなくてもわかってらぁ! 嫌な予感がするんだ――急いでくれ、オラの身体……ッ」

エイミィ「はたしてみんなは、手遅れになることなく約束の時を迎えられるのか……次回!」

悟空「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第51話。 迂闊! 少女が闇に堕ちるとき」

ヴィータ「どうなってんだよ……コレ!?」

アルフ「フェイト……フェイトォォ――――!!」

リンディ「……こんなことになるなんて」

悟空「どう、なってんだ?!」


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第51話 迂闊! 少女が闇に堕ちるとき

閃光に消えたなのは。
彼女はそのままこの世界から消えてしまったのだろうか。 そして、どこかの世界で必死にボールさがしに奔走している者たちの成果は!? 悟空の容体は!?

時間が足りな過ぎるきつい状況で、いま、暗闇より鋼鉄が――――


りりごく51話です。


 終わった……なんだかギャグチックに決まったなのはの最後の笑み。 片目に涙なんか蓄えて口元を引きつらせる姿はもはや笑い話である。

 迫る極光。 音が聞こえないのは音速を超えたスピードで迫って来るからだろうか。 そんな静かな絶望の前に立ち尽くすだけの彼女は……

 

――――「なのは!!」

 

「ふぇっ!?」

「こっち!」

「むぎゅっ!」

 

 不意に横合いから来た黒い影に、首根っこ掴まれて牽引されていく。

 

「ぐ、苦゛し゛い゛!!」

「…………っ!!」

 

 誰かのうめき声一丁。 聞こえるか聞こえないかというトーンなどという意味ではなく、そのすぐそばを通り過ぎる轟音にかき消されたという意味。

 高速の砲撃の後に巻き起こるソニックブームが魔法少女達を、渦巻く世界へと引き落としていく……落ちる? 巻き上がる? いや、もう上下が分らない程度にシェイクされた彼女たちに上か下だとかの感覚を問うのは酷であろう。

 

「かすってもないのに……はぁはぁ……この威力」

「悟空くんが全力で逃げろって警告した理由、やっと分った」

 

 これからは年長者と師匠のいう事は絶対に守ろう。 そう、心に刻んだ魔法少女“たち”

 彼女たちが見返した先は、たった今放たれた気功砲と思しき攻撃の傷跡……氷原は地面を露出し、肌けた大地は惨たらしく抉られている。

 

「……」

「…………ゴクリ」

 

 この光景だけで、悟空がかつて自分達に気の修行を教えなかった理由がわかった気がした。 危険すぎるのだ、このちからは。 途方もなく壮大で、とてつもなく甚大な被害を見た彼女たちは、ついには息を呑んでいた。

 そんな、今あった被害を確認したときであった

 

「……あ」

「え?」

 

 目と目が合う。

 実に1日ぶりの再会となるこの時、ついに彼女たちは言葉を……躱す。

 

『危ない!!』

「……ちっ」

 

 不意に現れる銀髪の長髪を見ると、金のツインテールがなのはを弾く。

 同時、弾かれた先で砲身を固定したなのはは――――

 

「避けて……」

 

 いま現れた金の魔力を帯びた少女の名を……叫ぶ。

 

「フェイトちゃん!!」

「……うん!」

 

 クロスアタック。

 金色と桃色の魔力光が交差する。 互い違いに放った砲撃はおびただしい轟音を鳴り響かせながら、目前の闇に光を照らす。 

 

「邪魔だぁぁ――!!」

「うそ……!」

「両手で……」

 

 その光が屈折するのに時間はかからなかった。

 気合の咆哮が響くと、そのまま娘が両手をぶん回す。 乱暴にまわされたそれは竜巻のように空気を唸らせると。

 

「せああ!」

『!?』

 

 魔法少女達に閃光を弾き返す。

 

「……」

「強い」

 

 フェイトは一歩さがる。

 この後退が意味するのは警戒。 あまりにも異常で、尋常ではない戦闘応用力はかつて相対した少年期の悟空に酷似している。 こんな相手にはやはり……

 

「フェイトちゃん、お願いがあるの」

「なのは?」

 

 やはり……

 

「とってもきついかもしれないけど……なるだけつかず離れずにいてほしいの」

「……な、なのは?」

 

 無謀という策であると、フェイトは怖気を隠しきれない。

 取って置きと言わんばかりに、薄く微笑んだなのはの顔。 彼女はそのまま背後に光をいくつも生成すると、フェイトに向かって念を飛ばす。

 一瞬の作戦会議、それでもと、不安を隠しきれないのは当然だ。 ……だが。

 

「迷ってる暇はない……よね」

「ごめんね、一番危険な目に逢わせちゃうけど」

「大丈夫。 なのはが後ろについてるなら」

「……うん!」

 

 こうして二人の覚悟は完了する。

 

「ふぅぅぅ……」

『!?!?』

 

 しかしその間は、銀の娘に時間を与えることを意味していた。

 唐突に吐かれた白い息。 暗闇から出でるそれが、彼女のチカラから這い出てきた残滓だと気付いた時には。

 

「――――レイジングハ―……」

 

 爆炎が魔法少女達を包んでいた。

 いきなり起きた爆発。 周囲はあまりにも激しい温度変化のせいで景色が歪み、気温は一時的には言え、極寒から温暖へと強引に改変させられる。 ここまでの威力、“並み”の魔導師ならば息絶えていたであろうその中で。

 

「あ、あぶなかった」

 

 白いドレスの魔法少女が、桃色の障壁を霧散させていく。

 あたりの温度変化は、纏うバリアジャケットが適応温度として装着者へと何事もなく伝え、今まで通りに無理のない運動を促す。

 無事だった高町なのは。 しかしその横に金色の魔導師はいない……そう、彼女の隣には誰もいないのだ。

 

「ドウイウコトだ、もう一人……」

 

 それに疑問を持つのは当然娘の方。 銀髪をあたりに振りながら、視力による単調な捜索を開始した、その刹那。

 

「はあああああ――――!!」

「な……に!?」

 

 自身の真上から声がする。

 

「ハーケン……」

「      」

 

 振りあげた金色の刃は、まるで夜空に掲げられた狼の牙。

 それを死に仕える神が如く、少女の手にしたデバイスが、魔力の刃を銀の娘に振りかぶられようとしていた。

 

「あの爆風を回避した!?」

「…………っ」

 

 距離にして80センチのミドルレンジ。 近接格闘者の記憶、さらにスラリと伸びた脚を持つ娘にとって、有効打撃範囲まで30センチといったところか。 息も詰まるタイミング、正確に、慎重に、お互いが自分達の距離を測っていると。

 

「セイバぁー!」

「ゼロ距離?!」

 

――豪風が吹きすさぶ。

 

「……」

 

 若干遠くから見ている高町なのはの目をもってしても今の速さは尋常じゃない。

 既に修行の時からは想像もつかないフェイトの、一歩も二歩も先を行く高機動。 銀の娘を大きく上回ろうとし、それでも速度の上昇は止まらない。

 

「フェイトちゃんはやい……途轍もなく速い」

 

 風となり、疾風を切り裂き、空気の擦れた跡から電流が迸る。 自然現象すら味方につけて、フェイトの猛攻がとまらない。

 金色の鎌を高速で掃い、バターのように目の前の影を切断する……と思いきや。

 

「残像……!」

「……速いですね」

 

 影が少女の背後を取る。

 気づくまでにコンマ2秒。 空気が唸るような、まるで件の瞬間移動を思わせる自然の変化を肌で感じると、鎌を大きく振り切る。

 

「――ちっ」

「……」

 

 視線を交わすことなく一定の距離を取る女たち。

 一斉に吹き荒れた風は、彼女たちの行動よりもはるかに遅い現象であったと明記しておこう。

 そして、そんなことですらどうでもよく、銀髪の娘はフェイトの全貌をようやく確認する。 記録と同じ髪型、点在する金属製の装飾……だが。 あまりにも――

 

「先ほどまでとは装飾の数が……いえ、“質が落ちている”と言えるでしょうか」

「…………こっちも“早い”」

「あの爆風を逃れた理由が、その薄くされた装甲という事ですか……」

「もう見破られた……ッ」

 

 守りが貧弱にされた姿であった。

 フリルもなくマントもなく、なのは以下だった装甲もさらに肉抜きされたバリアジャケット。

 

 身体にフィットするように生成された全身のスーツは、まるでタイツかスパッツのように彼女の身体に密着している。 それだけで空気の抵抗を減らす役割を見たし、フェイトの動きの抑制を防いでいる。

 

「なるほど。 元来、バリアジャケットというモノは魔導師が魔力を常時注ぎ込んでいるもの。 それは当然、魔導師から常に魔力を奪い去っていく謂わば足かせにもなりうる」

 

 必要最小限のバリアジャケットは、ただそれだけで娘の言う足枷を解いたであろう。 だが、バリアジャケットと言うモノは、本来どういうモノのために使われているのか?

 それがわからないものなどこの世に……とぼけたサイヤ人くらいしかいないであろう。

 

「それらを削ぎ落とし、すべてのプールを速度に回して極限にまで高めた。 いわば高速戦闘形態(ソニックフォーム)というところですか……しかし」

 

 いまだ続けられる高速戦闘。

 其の中で銀の娘が手のひらを返すと、無数の、60程の短剣が出現……それを禍々しく発光させていく。

 

「……あかい……ナイフ?」

 

 それを発見した時。

 

「その薄っぺらな防御。 あそこに居る高町なのはのプロテクションを破ったこの技を受ければ果たして……どうなるでしょうか?」

「マズイ!?」

 

 少女の脳裏に電流が走る――投げの動作に入る前に、回避運動を取るのは当然の出来事であった。

 

「……はぁ、はぁ」

「おしいですね?」

 

 少女の頬から、赤い液体が零れた。

 

全弾投擲。 しかし縫うような軌道で飛んだフェイトはなんなく躱したはずだ。

それでもわずかに掠ったのであろうと理解している。 だがそれでも、身体の感覚が訴えている。 あの短いナイフは、自分のバリアジャケットに直接攻撃を通していないと。

 

「かすってもいないのにこんな。 ここまでバリアジャケットが脆いなんて」

「…………」

 

 確認した尖った性能。

 その、あまりにもリスキーな性能に肝を冷やしたものの、それでも高町なのはは動かなかった。 下唇を、若干噛みしめていたという事を除いて。

 そしてフェイトは……

 

「けど!」

「……来るか」

 

 むしろ燃え上がっていた。

 

「その攻撃はもう喰らわない!」

「大見得を……切る!!」

 

 向かって出たフェイト。 同時に巻き起こる撃鉄は瞬時に轟音を叩きだす。 飛び出る薬莢が雪原に堕ちると、フェイトの周りにプラズマスフィアが生成されていく。

 

「はああッ!!」

 

 ハイスピードで空を翔ける彼女に追随するように、周りを漂うスフィア達。 それらが身体を一周すると、煌びやかに光って内より光弾を射出する。

 

「なけなしの弾幕……愚かですよ」

「……」

 

 言うとおりだ。 わかっている。

 苦い想いがフェイトの中で鳴り響く。 威力はおそらくなのはのシューターに及ばないだろうその弾丸。 きっと通じない、おそらく破壊される。 当然の結果だけが見る見るうちに思い起こされて。

 それを。

 

「その弱点は!」

「わたしがカバーする!!」

 

 高町なのはの一声が覆い隠す。

 

「アクセルシューター!」

「プラズマランサー……」

『シュート!!』

 

 掛け声揃えて、極寒の空に、二色の弾幕が扇を広げる。

 

「……何時ぞやのスターライトへの時間稼ぎと思いましたが。 そう甘いものではなかったですか」

 

 そう呟く娘は、手の内に隠していた仕込みナイフを霧散させると、視線をなのはのみの一直線から、広範囲ターゲットとして少女二人に切り替える。

 

「広域魔法で落すのもいいですが、この体では負担が大きすぎますね。 ……やはりむこうに合わせるべきか」

 

 つぶやく彼女はそのまま拳を作る。

 いまさらながらに、魔導師ではない。 あくまでも闇の書という道具のプログラムである。 つまり、魔導師という枠組みに収まらない戦法が取れるという事であり。

 

 今一番彼女たちに有効な戦法を模索した時に、その身体は一層の堅牢と剛さを携える。

 

「どんなに速かろうと――」

「くぅ!?」

 

 フェイトを右足で薙ぐ。

 嫌でも薄い防御に叩きこんだ攻撃は強烈で痛烈。 こんなにあっさりあてられたことにおどろきつつ、何とか間に入れられたバルディッシュを持ち直す。

 

「どんなに硬かろうと――」

「きゃあ!!」

 

 なのはにナイフを飛ばしていく。

 ありったけのそれは雨というより河川のよう。 途切れないそれはひたすらにプロテクションの壁をガリガリ削っていく。 ……なのはの歯噛みが続く。

 

「問題ない、叩き潰す!!」

『あああ――ッ!?』

 

 劣勢。 二人掛かりでも追随を許さないぐらいの戦闘能力。

 あまりにも厳しいそれは、でも、彼女はまだ不完全なのだ。 それがわかっているからこそ、両陣営は勝負を焦る。

 

 片方は本領発揮を。

 もう片方は味方の完全回復を。

 

 どちらが勝利条件を満たせば確実に勝負は決まってしまう。 ……故に、実のところ時間は本当に限られている。

 

 だからこそ。

 

「まずはあっちの防御が薄い方を……」

 

 娘は、技の範囲をひとつだけ増やす。

添えられるのは右手人差し指と中指。 そのポーズはなのはもフェイトもご存じのよく見るポーズ。 それを、それを知ってしまった二人の驚愕は……

 

「ま、まさかアレって!」

「悟空の瞬間移動?!」

「コレの速さに追いつけますか?」

 

 一気に地を揺るがす。

 

 

「魔に沈みし異邦の旅人……」

 

 

 集中させるは意識。 しかし集められるのはそれだけではない。

 

「貫けぬ思いは反逆の始まり……」

 

 フェイトの攪乱と、なのはの補助は止まらない。 いや、勢いは増すばかりだ。 其の中で落ち着いて対応している娘の呪文(まじない)は止まらない。

 

「光の中、歩くために捨てた自分……」

 

 残像拳での分身の数は6体。 それに目もくれず、神経と精神の集中を続ける娘の呟きを、ここで言の葉を耳にした少女達の背に、ようやく寒気が走っていく。

 

「殺してきた己を、今一度解き放ちたまえ……」

 

 明らかにプログラムとは違うどす黒い声色。 まるで呪いにでも掛けられそうな迫力を携えたそれに、なのははそっと行使している呪文をキャンセル。 吸い込まれるように翔けだした。

 

「砲塔は我が手に。 さぁ、闇に堕ちろ」

 

 どこに? 誰のために?

 それはわからない。 けど、どうしても行かなくてはいけないのだと、遠い昔にみたとある少年の記憶が訴えかける。

 

「おかしいよ……そんなこと、わたしは“視てない”のに――でも!」

 

 行かずにはいられない。

 フラッシュバックするのは腹部に向こう側の景色をのぞかせてしまった二人組。 おぞましき光景はなんとも非日常的で……キミが悪い。

 だけどその顔は見知ったもの。 ……なのはは、その見知った顔をもつ、もう命の輝きをかき消してしまいそうなほどに弱くなった青年に駆け寄るかのように。

 

「――――――穿て」

「        あぐぅ?!」

「フェイトちゃん!!」

 

 フェイトを、突き飛ばしていた。

 

 一瞬のことであった。 気が付くことさえもなかった。

 なにか光の渦が在ったような気がして、でも、気のせいだと思ったそのときには真後ろから特大の爆撃音が鳴り響いていて。

 

「今何が起こったの……!」

「はぁ……はぁ……」

「な、なのは……」

 

 それを突き飛ばされる形で回避できてしまったフェイトは、いまだに状況が呑み込めていない。

 その後ろで息も絶え絶えのなのはに視線が向く。 当然だ、高速で動き回る自分に迫る螺旋の光弾を、まるで予知していたかのように庇い、突き飛ばしたのだから。

 

「まさか今の攻撃を躱すとは。 かの孫悟空を殺した大魔王の技だというのに」

「や、やっぱり。 いつか聞いていた生まれ変わったピッコロって人の……」

「悟空を、いまのが?!」

 

 この流れを聞いて、どこか納得していたフェイト。 肝心なことを素通りしてしまったがそんなことはどうでもいいと首を振る。

 

「気を使っているような感じじゃない……でも、魔力を気の様な運用方法で使ってここまでできるモノなの?!」

「きっと悟空くんからジュエルシードの魔力を奪ったときになにかがあったんだよ。 じゃないと説明が付かない」

「悟空の推測通りって事……か」

 

 互いに視線を合わせて情報を統括する。 その結果がかなりの辛い状況だという事はすぐさま彼方へ追いやる。 そんなものは知っている、今欲しいのはそれ以外の情報だ。 フェイトもなのはも、言葉に出さずに更なる情報を集め出す。

 

「何か弱点みたいなのは……」

「ないと思う。 強いて言うなら、コピー故の操作ミスを期待したかったけど」

「悟空くんの記憶も垣間見てるはずだし、それも期待できない?」

「うん」

 

 それでもダメなものはダメ。

 あまりにも隙がない布陣。 サイヤ人よりも強い、しかも自分達と同じく魔法関係者にここまで付けられた差というのは、少女達に内心ながら傷をつけるのはたやすい事だった。

 

「早くしないとこの世界が崩壊しちゃう」

「どうすれば……」

 

 少々の不安は希望を取り払う隙となる。

 それを見逃す銀の娘ではない。 彼女はかざした右手を握り締めると刹那、高町なのはの目の前に現れる形となる。

 

「――あ」

「まず、ひとり」

 

 脱落者の確定。

 なのはの目の前に、鋼鉄よりも娘の足刀が迫る。 それは当然鋼鉄よりも切れ味の増した闇色の刃。

 先の赤い短剣(ブラッディダガー)に施したものと同じ魔力によるコーティング。 その威力はなのはのプロテクションを易々と砕いたことから想像に難くはないだろう。 ……それが、なのはの胴と首を分断するべく迫りくる。

 

「うぐぅ!!」

「……っ? よけた……」

 

 唐突に膝が折れ曲ったなのはは上体を反らす。 偶然だったろうか、本人ですら戸惑うタイミングでのスリップダウンは、幸か不幸か銀の娘に隙を作る。

 振りかぶられた後の足。 それを戻す圧倒的な隙を。

 

「いまだ!」

「しま――」

 

 見逃すわけないと踏み込むフェイト。

 金の刃を振りかざし、今の状態で持てる限りの速度で間合いに侵入した彼女は、そのまま空気を切り裂く。 

 ……切り裂いたはずだった。

 

「挟み込んだ!?」

「……惜しかったですね」

「くっ」

 

 戻した途中だった足と、開いていた腕。

 それを最速のタイミングでフェイトの攻撃に追随すると、右側からくる攻撃を、下から膝、上から肘で挟み込んでやる。 真剣白刃取り……このタイミングで成した芸当は、フェイトにとっては最悪の事態だ。

 

 武器を掴まれ攻撃に移れない。

 

「はあああっ――」

「……ッ」

「フェイトちゃん!!」

 

 残るのは左半身。

 右側を防御に割り振っていた娘は当然のように全魔力を左半身に集中。 特に濃く光らせた左腕は、まさに奈落の底のように禍々しく光らせている。

 当たれば壊滅は必然!

 高町なのはの援護も受けれぬまま、防御を極端に減らされたフェイトの顔面に、娘のカウンターが唸りを上げる。 ……空に、漆黒の鳴き声が木霊する。

 

 

 

筈だった。

 

 

 

 

 

 疾風のように突きだされた。

 怒涛の如く貫こうとした。

 打ち砕かんと確かに放った――――――…………それを。

 

「…………よぉ」

「……う」

 

 掴み取る者がいた。

 

 手には青いリストバンド。

 足元も青く染め上げられ。

 しかし身体は太陽の輝きに満ちた山吹を纏いしその者。

 

 視線は交えない……恐ろしいから。 だってそうだろう、いま、銀髪の娘の中に浮き出る単語の数々と言えば「失敗」「最悪」「苦難」「苦痛」……「苦痛」「苦痛」――「激痛」――――そして、“万力”という聞きなれない単語。

 なぜ万力? そう、自分でも一瞬だけ思った刹那である。 彼女はその広大な知識を総動員して、謎を一気にひも解いてしまう。

 

万力(parallel bench vices)……工具の分類に入り、ある素材を挟み、備え付けのハンドルを回すことで力を咥えていき、そこから変形、加工などの作業を行う際に使ういわば固定工具。

 ただし、使い方を誤り、挟む力を強くし過ぎると素材を破損させる恐れがある。

 

「ぐぅう!?」

「…………なにやってるんだよ、おめぇ」

 

 …………破損させる恐れがある。

 

「い、痛ぅ……!」

「こんなことして……誰が一番悲しむと思ってんだ」

 

 ………………破損させる恐れが、ある。

 

「あいつが何考えて、おめぇにどういった“願い”を言ったかは知らねぇ……けどな」

「……っ」

 

 腕に、聞いたことがない悲鳴が上がる。

 

 娘の腕は一向に動かない。

 当然だ、この“男”のチカラはこの世界で並び立つことがないほどに無双であり、強靭なのだから。

 まさに万力に挟まれたかのように微動だにしない娘の、そのか細いとさえ思える腕に、青年の右手が掴まれている。 男に緊張はない、だが、それとは正反対に彼女の顔は青ささえ見られるようで。

 

「もしもこのままおめぇたちがこんな馬鹿なマネを続けるなら。 ぶっ叩くじゃ済まさねぇぞ!!」

「うっ……!!」

 

 嵐が吹きすさぶ。

 不可視のエネルギーが、一陣の風となって全てを吹き飛ばす。 だがそれでも青年と娘の距離は変わらない。

 ……絶対に放さない。 そう感じるのは手の痛みが引かないから。

 

「離しなさい!!」

「…………」

 

 痛みが続く中で振りきった右足。 当たれば岩をも砕くであろう強さと速さを兼ねそろえた必殺の一撃。 空気を裂きながら目指すは青年の胴。

 身長差からこれ以上先を目指せない彼女は、そのまま体を真っ二つにする勢いで蹴りぬける。

 

「……」

「あぐ……あ、あぁ…………」

 

 響き渡る……こえ。

 聞くものに愁いすら与えそうになるほどの切なさは、彼女が本当に必死だったから。 そして、そんな必死さを真っ向から受けたはずなのに微動だにしない青年は……避けずにただ、娘の足を脇腹に収めていた。

 

「どうした? こんなもんじゃねぇだろ」

「……く」

 

 防御すらとらないのか。 其の一言すら出てこない娘は、逆に痛む自身の足を見る。

 

「痛っ……」

「…………」

 

 ジワジワと広がっていく痛みの波。 思わず歪ませた顔を見たなのはとフェイトも、似たような顔をしていた。 痛そう……そんな気遣いすら漂うのは当然だ。 あの戦士を蹴ったのだ、そう、ただそれだけで他にいう事なんかないであろう。

 硬い、ただひたすらに硬いその身体には、目の前の小さき者の攻撃など飼い主に甘噛みする犬の戯れにすぎないのだから。

 ……その甘噛みが、必死の抵抗だったという点を除いて、だが。

 

「その姿になった途端、まるで上から叱りつけるようですね」

「……まぁな」

 

 精一杯の皮肉だ、こうでしか反撃できないのは周知の事実。 それくらいに付いた戦闘能力は、娘が一番危惧していたこと。 だから先に叩き潰そうとしたし、こうやって追撃にでようとした。

 

「予測した時間とはかなり誤差がある……」

「計算だけで測れるもんじゃないんだ。 サイヤ人ってのはな」

「…………」

 

 それすらも上回る孫悟空という男に、ついに戦慄を覚えた娘は悟る……

 

「終わりですか……しかし、貴方の手で葬られるのなら」

「……」

 

 自分の死期。 昨日までとは違う、圧倒的な存在を前にして悪あがきすらしない……できない。

 

 今までの進撃が嘘のような消沈振り。

 無理もない。 彼女は蒐集の際に垣間見た記憶の中で確認した、今の悟空の戦闘能力が怖くて先制攻撃を仕掛けたのだ。 それを、あっという間に阻止限界点を超えてしまわれては気力もなくなるであろう。

 

「ずっと考えてたんだ……」

「…………え?」

 

 そんな彼女を知ってか知らずか、山吹色の道着を揺らし、背に負った染め抜きの字が如く、彼は言葉を交えていく。

 

「あんなに生真面目で堅物でよぉ。 そんで、何となくだけどやさしい奴だったおめぇが、どうしてこんなことすんのか」

「……」

「……なにか妙なことでもされたんだろ」

 

 話し合いをしよう……

しかしその目は彼女を見ていなかった。 真っ直ぐで、一本気で……それでいて遠くを眺めるかのよう。 彼の黒い目は、娘の赤い瞳――その奥深くを見事射抜いていく。

 

「そこにいるんだろ」

「……え?」

「悟空くん?」

「……悟空」

 

 低音が、皆の心に突き刺さる。

 あまりにも深みがかった青年の尋ねる声。 まるでたった一人だけで戦ったとある男のように、それは凄みを帯びていた。

 

「隠れていたって無駄だ」

 

 手をのばす。

 実際には動いてないのだが、そう錯覚してしまうほどに放たれる気迫。 これには堪らずなのはとフェイトも気後れと後ずさりを行う。

 

「いい加減、“おめぇたち兄弟”と関わりあうのはうんざりだ。 下らねぇことばっかりやって、それで他の奴に迷惑ばかりかけやがって、この――」

『…………?!』

 

 悟空の声はさらに空間を鳴らす。 その行きつく先が、まるで物理を通り越した異次元的な物へと達するときであったろうか……

 

「……ふっ――――」

「なに?!」

「悟空くん!!」

 

 娘の手が、悟空の側頭部を際どく切り裂く。

 ハラリと舞い散る悟空の黒髪。 数本のそれは、彼がギリギリで回避を取れたという事を強く証明する。

 その光景になのはもフェイトも肝を冷やし、彼等の第2ラウンドが始まると思考の中で予感して……

 

「今のは――か、カラダが勝手に!?」

「……く」

『え?!』

 

 想像外の出来事に思考をかき乱される。

 娘の見たことのない困惑顔。 怯え、竦み、今にも瓦解してしまいそうな感情の城壁。 彼女は確かに自身の行動に衝撃を受けたのだ……青年に対して、半ば降参の形を取ったはずなのに。

 

「あぅ!?」

「どうなってんだ――」

 

 気づけば彼に胴回し蹴りを放ってしまう。

 受け止めてしまった悟空は眉をひそめ、その感触に疑問を覚える。

 

「さっきまでとは威力が違う?!」

 

 自身にめり込む彼女の力が、先ほどまでとは比べ物にならないという点。

 いくらなんでも違いが過ぎる。 言うなれば、魔法を使えるようになったなのはと一般人くらいに広がった戦力差に疑問が消せない。 そうこう考えながらひたすら飛んでくる拳とケリを捌く中。

 

「……っ」

 

 悟空の頬に、なにかぬめりとした液体が付着する。

 

「……ぐぅぅっ!」

「お、おい。 おめぇ!」

 

 片手で拭い、リストバンドに付着した黒ずんだ染み……それを見た瞬間に悟空の表情は険しさを増す。 その間にも繰り出されてくる拳打の嵐を――

 

「ちっきしょお!」

「うく!」

『…………?』

 

 苦い顔を作って“避ける”

 

「気付いた、なのは? 悟空の様子が……」

「う、うん。 なんだかとっても苦しそう」

 

 魔法少女達も気が付いた。

 悟空のとった回避行動の意味を、それに伴う相手側の変化と実態を――

 

「くぅ……っ!」

「あ! ……ま、まずい」

 

 受け取る矢先に砲撃を打ち出すような音が響く。 同時に漏れる小さな悲鳴は娘のモノ。 苦しそうに、耐えるように、今すぐにでもつぶれてしまいそうなか細い声に、悟空はまたも戦闘力を全体的に下げる。

 

「そうか」

「フェイトちゃん?」

 

 気づいた、そう声を出したのは金髪の少女。

 悟空の動きの変化と、銀の娘が醸し出す独特な雰囲気を鋭く見つめていた事、数秒の後であった。 近接格闘に優れたフェイトだからわかる彼らの戦いかた。 そう、これはまるで――

 

「あの闇の書の人、まるで自分の持ってる以上の力をこう、無理やり引き出されてる感じがする」

「どういうこと?」

「人間っていうのは、普段から自分が使える全力を発揮できないようになってるんだ。 発揮しちゃうと身体がその力に耐えられないから」

「うん」

 

 魔導生命……仮初の命とカラダを持った者に対して、それが当てはまるかはわからない。 其の一言を付け足すフェイトは、理解が半分だけしか追いつかないなのはを見ると、暗い顔で続きを述べていく。

 

「しかもそんな無理な力を出して、さらに悟空みたいに鋼のように鍛え上げられた身体に勢いだけでぶつけたら……どうなると思う?」

「あ!」

「答えは簡単。 ……撃ちつける方の自滅。 しかも躱しても勢い任せの攻撃はそのまま自分の身体を引き裂こうとする」

「……そんな」

 

 フェイトの返答に、当てはまるかのように痛々しい音が飛んでくる。 何やら細い繊維を急激に引っ張ったかのような音が響くと、目をつむり、耳を塞ぎかける子供達が居た。

 あまりにも一方的な、しかも本人たちにその気の無い……死闘。

 繰り返される痛みの声が、悟空の胸元にぶち当たる中。 なのはとフェイトのふたりからは、この時より“敵”は居なくなっていた。

 

「悟空くん!」

「お願い! そのひとを――」

 

 叫んだ。

 闇雲に、何の解決策もない現状で、只必死に訴えかけた。 このままではあの銀髪の娘がかわいそうだと……痛めた拳を必死に堪えているあの子を思い、少女達は孫悟空に叫びを上げる。

 その声に。

 

「…………ああ! オラだってそのつもりだ」

 

 悟空は即座に返答。 行動にて示す。

 彼が取ったのは回避と攪乱に特化した残像拳。 ワンフレーム以下でとった背後から、娘の脇の下から手を突っ込み、そのまま拘束する。 ジェットコースターの安全装置と言えばいいだろうか? そのような形にした悟空は――

 

「これで動けねぇだろ――っ!」

「う、く……ぁぁぁぁあああああああああっ!!」

「おい、何してんだおめぇ! 腕が引きちぎれちまうぞ!!」

 

 叫んだ彼女の筋組織に、思わず背中に汗を流す。

 まさに熾烈と言えばいいだろうか。 あまりにも必死が過ぎる娘に、悟空は判断を迷う……このまま捕えていては娘の生命にかかわるかもしれぬ、と。

 

「あああああああ――――」

「やばい……くぅ!」

 

 あまりにも大きな悲鳴を聞いたとき、ついにその手を離してしまう。

 

「まさか操られてるのか? だとしたら汚ぇことしやがって――」

「はぁ……ぁぁあッ!!」

「オラが強くなってもこれじゃあよぉ」

 

 ここに来て仕込まれていた搦め手。 これにはいかに強戦士でも戸惑いは隠せず、戦闘の手を止めてしまう。

 それでも聞こえてくる娘が壊れていく音に、苛立ちすらわき起こして悟空は奥歯をかみしめる。

 

「あのヤロウ……」

「避けて――」

『あ!?』

 

 悟空の首が大きく捻られる。 

 しかし視線はそのままで、意識も先ほどと同じ方向。 明らかに娘の拳を見ていない彼は、だけどその衝撃は双方に微弱な大きさでしか伝わっていない。

 

「痛みが……ない?」

 

 娘が疑問に思うのは当然だ。

 先ほどまでの壁をひたすら殴っている感覚とは違う。 まるで羽毛の如き包まれたその拳は、必要最低以下のダメージすら与えていないのだから。

 カラダを捻り、首を傾け、向かってきた拳をギリギリまで車のアブソーバーのように和らげると、全身を包んだ気で彼女のチカラを霧散していく悟空。

 その原理が分らずに、何がどうなって……そう呟く声は空気に霧散していき。

 

「なぁ」

「え?」

 

 彼は、ついに娘と。

 

「どうすりゃあいい……」

「……あ」

 

 言葉を交えることが出来た。

 

「オラはどうすりゃあいい?」

 

 何かできることはないか? ……そう聞くこともできたけど、そうしなかったのは手を貸すことが確定事項だから?

 そんな難しいことなど考えていないだろうが、聞かされた娘はいま――

 

「……すけてください」

 

 事ここに来てようやく切りだせた正しき答え。

 いままで分らなかったのであろう。

 理解の範疇外だったのであろう。

 困ったことがあって、それが自分の出せない答えだった時の対処法は決まっていたのに。 それが判らないのは彼女がプログラムだから? 知らないし、聞く意味もない。

 なぜなら悟空は。

 

「私たちを、助けてください……!」

「あぁ、その言葉を聞きたかったぞ」

 

 既に心を決めていたから。

 

「なのは!」

「は、はい?!」

 

 悟空は目も向けず叫ぶ。

 後ろにいる魔法少女達に、今やれるだけのことを即座に指示にして飛ばす。

 

「オラがこのまま引きつけておく。 その間に魔力をありったけ込めた攻撃でコイツを撃つんだ」

「ええ!?」

「悟空ホンキ!?」

 

 言われた言葉は衝撃的。

 救うのに攻撃とはこれいかにと……彼のやることが判らなくなる刹那であった。

 

「おめぇたちには“便利な攻撃方法”があるのを忘れたんか? アレをいま使わねぇでいつ使うんだ!」

「……非殺傷……モード」

「そうだ。 オラがやって気絶させても、下手すりゃそのまま襲い掛かって来るかもしれねぇ。 魔力を一気に消費させて、戦闘力を奪うんだ」

「そっか!」

「フェイトもいいな! ふたりで一気に決めるんだ。 なるだけこいつに負担を与えないよう、一瞬でカタぁつけれるようにな」

「は、はい!」

 

 フェイトがつぶやき、なのはが大声で答える。 その場面で悟空がほんのりと笑う……一瞬だけ。

 それがさざ波のように引くときであろう。 銀の娘の身体は、またも悟空を襲う。

 

「右です!」

「あぁ」

 

 それを、精一杯の支援かのように己の行動を先に発する娘。 彼女は悟空と視線を交えながら、まるで踊るように武闘を繰り広げる。

 

「左!」

「……っ」

 

 繰り出される胴回し蹴り。

 交わさず防がず、いなすように威力を減退させる悟空はここでもまた笑う。 戦闘民族の気性が生き生きと発揮される瞬間であった。

 

「真上から――」

「カカト落としだな?」

「……はい!」

 

 頭上で腕をクロスさせ、足の接触と共に交差点を下にずらす。 打撃をずらすことで上下にも対応させてみた悟空の驚異的な順応能力に、放つことを強要させられている娘も舌を巻く。

 ここまで、出来る人だったなんて……と。

 

 どこまでも続くと思われた舞踊。 いや、武闘はここで一旦の幕切れになる。

 充填された二人の魔力。 もう、ダンスは終わりだと鐘が鳴らされる直後の事であった。

 

――――――おのれサイヤ人……

 

「いまの声……!」

「わ、私じゃないですよ!」

 

 どこからともなく聞こえてきた鉄の音。 暗くて深くて、憎悪に満ちて。

 どこまでも何もかもを見下し、打ち崩していくかのようなその声を聞いた途端。

 

「……この声は、クウラだな?」

 

 孫悟空から朗らかな雰囲気が消える。

 

【邪魔ばかりしやがって……!】

「そっちこそ余計なことばかりしやがってよお。 邪魔すんな!」

【気に食わないんだよ……お前は!】

「気が合うな。 オラもだ」

 

 いきなり話し込む二人。

 姿は見えずとも空気でわかる。 だから悟空は娘に視線を配り――気を張る。

 

「その身体返せよ。 おめぇが好きにやっていいもんじゃねぇし、好きにさせる理由もねぇ」

【それは知らんなサイヤ人。 このオレを取り込んだのはこの小娘だ、むしろ被害者はオレだとは思わないか?】

「……そうか」

『ッ!!?』

 

 身体がしびれた。

 なのは、フェイト、そして銀の娘が背筋を伸ばす。 電流が走るかのよう衝撃は、操られていようが関係なく、その身体を震わせる。

 

「じゃあ出てけよ」

【……これは随分と――フン】

 

 正面切ったセリフも、聞こえてくる声には何とも思わなかったのであろう。 余裕の仮面を揺さぶることなく、悟空に冷たい言葉を続けていく。

 

【それにしても貴様ら親子はつくづく我ら一族に楯突く】

「なに?」

【バーダック、ソンゴクウ、そして……ソンゴハン。 どいつも似たような目をしやがる。 そう、そこにいる餓鬼どもも丁度似ている】

 

 忌々しい。 そう、誰もが取れる声色だったか。

 

【背丈も、表情も】

 

そんな感情を見せたクウラの声は……遂に――ついに地獄の釜を開けてしまう。

 

【貴様の息子にだ――ッ!!】

「あぁ、そいつぁ良い褒め言葉だな」

 

 

『……………………………………………………………………………………え?』

 

 何かが、音を立てて亀裂が入ってしまった

 

「ご、悟空くん。 いまね? あのひとね? 何を言ったかキコエナカッタノ」

「なにって…なに言ってんだ、こんな時に…」

 

 白いドレスが乱れた気がする。

 なにか取れてはいけないモノが軽はずみに飛んで行って、暗い谷底へ落ちた感覚。 それを感じ取ったとき。

 

「おかしいよ……ね」

「!?」

「孫悟飯っておじいさんの名前だもんね? そんな、自分の祖父の名前を■■にあげるだなんて幸せ真っ盛りなことなんてしないよね」

 

 ツインテールが解ける。

 ロングの髪型は、ただそれだけで淑やかさを見せるはずなのに、その姿はまるで風に揺られることを許した心を表すよう。 ……彼女の気持ちがブレる。

 

「シナイヨネッ!!」

「フェイト……!」

 

 懸念すら“されることがなかった”異変は、とうとう現実のものとなる。

 

 

 

「ま、マズイ!!」

 

 なぜわからないのですか?!

 貴方は今、このクウラがどんなに重大な地雷を打ち抜いたかわからないのですか!!

 

「なんだ!? なのはとフェイトの様子が?」

 

 それは変にもなります! 今あの子たちはまさに崖から飛び降りてしまった猪と一緒なのですから。

 走りきった後は落ちるだけ。 もう、あの子たちを救う手だてが……

 

【ほほう。 これはこれは】

「な、なにしたんだおめぇ!!」

 

 クウラが怪しげに笑った……気がした。

 いかにも全てが分かったというような下種な声。 聞くだけで心底を煮え切らせるには十分なそれに、怒りの目を向けるのは仕方ない事でしょう。 ……ですが今回だけは。

 

 ――――あなたが悪い。

 

「孫悟空」

「な、なんだよ……?」

 

 そのような何もわからないという視線……これはやはりそう言う事ですか。

 垣間見た記憶の中になかった時から思いついては、あまりにも非道だと思い使わなかった手段。

 偶然にも今使われてしまったこの――最悪の事態をどう切り抜ければいいのでしょう。

 いいえ、もしかしたら間違いの可能性も否定できません。

 

「一応の確認です」

「なんだこんな時に」

「あなた、あの少女達に自分が妻と子供が居るということは知らせなかったのですか?」

「…………?」

 

 この顔……間違いないようですね。

 

「なぜ今まで黙っていたのですか!!」

「なぜって……そんなのいま関係ねぇだろ!」

 

 そ、それは普通ならばなかったのですが……しかし!

 

「ふふ……むす、こ」

「…………あは……はは……むすこ……悟空……くん」

『!?!?』

 

 なんですかこの負の波動は!? ありえない……人間が、それも気の修行を施されないただの魔導師がこんなものを背負うことが可能なのか!?

 しかし見えてしまった物はどうしようもない。 ……ここは、悟られないように“彼に伝えなくては”

 

「孫悟空。 彼女たちを抱えて今すぐこの世界から逃げてください!」

「……?」

【…………ほほう】

 

 いけない! クウラが彼女たちの異変に気づき始めた。

 もしもアレを奪われでもしたら……最後のタガを外してしまったら……もう、私に出来ることはなくなってしまう――

 

「お願いだ孫悟空! 今すぐここから逃げてください!!」

「逃げるなんてできるかよ! あともう少しじゃねぇか!?」

「もう少しなのは彼女たちの心の均衡です! そしてクウラにはもう――」

 

 ばれてしまっている……はやくはやくはやく――彼女たちを抱えて瞬間移動なりなんなりつかって退避をしてください!

 でないと……あぁ、うでが……腕が!!

 

「あくぅ……は、はやく逃げて……」

「お、おい!?」

 

 心配そうな顔。 当然でしょうけど今はそんな顔よりも早く……はやく“その子たちを私から遠ざけて”――ここから居なくなって!!

 

「………………………もう、こんなせかい」

「どうなってもいいや………………………」

「な、なのは!? フェイトもどうしたんだよ!」

 

 ダメだ、それ以上はいけない……。 心が闇に堕ちていく。

 深すぎる情愛が裏切られた今の彼女たちは空っぽだ。 その身に膨大な魔力だけを宿したただの魔力タンク。

 身も心も……支配はたやすい。

 

「逃げて!!」

【いいや、その必要はない】

「だめだ!!」

【ははは!! これはいい餌が出来上がったじゃないか】

 

 さ、最低で卑劣な奴め。 どうすればいい……孫悟空はまだ状況が呑み込めて無いようだ。 あ、今やっと動き出した。

 まだあどけない動きですが、警告通りに彼女たちを背負って――くぅぅ、その前にわたしが。

 

「旅の……とびら――ぁ!」

【まだあと数十の“ページ”が埋まってなかったのだろう? ちょうどいい、あいつ等で終いにしてやる】

「なに言ってんだ……おめぇら……!」

 

 開くなひらくな……魔法を発動させるな!!

 あぁ……でも、勝手に詠唱されてしまう。 もう、自分でも抑えることが出来ない!

 

「ダメ……やめなさい!!」

「おい、何がどうなって――!!?」

【……いいぞ】

 

 生成されていくのは緑色の円陣。 ひとつ、ふたつと私の両腕が入るものに形成されると、そのまま円が景色を映しだしていく。 見えるのは黒と白、あの子たちの背中だ……ここから先はもはや言うまでもない――

 

「止めてください孫悟空!」

「なにをだよ!?」

「コレは……クウラはあの子たちを――」

 

 私の足りないモノをあの子たちから――

 

【もう遅い――貰った!!】

「しまった!」

「な……に!?」

 

 感触はない、ですが暖かくて……温かい。 とてつもないほどの重厚感でありつつ羽根のように軽く……柔い。

 そんな不可思議な感触はいつ以来だったか。 もう、数えきれないほどに過ぎ去った年月を思い出す中でわたしはついに把握する。

 私の両の手平に――リンカーコアが握られてしまうという事実を。

 

【これで全て終わりだ! この純粋な魔力、すべていただき完全体になってくれる!!】

「やめなさい……やめて!!」

「なのは! フェイト!! ……おめぇ、クウラ!!」

 

 きっとあのひとから見たら、とても凄惨な光景なのでしょう。 けど、痛みはないはずです……少しだけ苦しいかもしれないですが……あぁ、ダメですね――もう、いしき……保てない。

 

「…………」

【いいぞ……想像以上だ】

 

 わかるのは感覚だけ。

 視覚情報その他はすべてカットされている。 クウラが何かしかけてきたのであろうことは一目瞭然だ。 あぁ、負けてしまう。 このまま何もできず。

 

「…………」

 

 やさしい睡魔、いつも通りにやって来る眠りの時間。

 今私がやれることがなくなったと、ハードが要求するシステムなのだからこれは抗いようが無い。

 

「けど」

 

 だがこれでいいのか? なにか、なにかやれることはないだろうか。

 

「そう……だ」

 

 あの人はこういうどうしようもないとき、何をどうしていたのだろうか。

 いつも私があきらめるときは、あの人はどうしているんだろう。

 

 眠ってしまいそうになる、そのときに芽生えた疑問は酷く強烈だった。 気になると、一度思ったらあの黒髪が私の目の前で優しく揺れていて……つい、手をのばしてしまう。

 

「……あぁ、そうだ」

 

 気になったというより、まるで(すが)り付くようだったと思う。 そんな弱い行動理由で私は想い……理解()る。

 

「そう、だった……」

 

 あきらめないというよりは、意地が支えみたいで。

 無敗というよりは、負けることを認めたくなくって。

 最強というにはどこかぬけていて。

 それでも、どこか孤高なところは私のいまの在り方に似ていて……

 

「は……は……こんなこと、この数百年間で……」

 

 気づかないなんて。

 

「在り方はこんな簡単に……」

 

 間違いの正し方はこんな近くに。 ……気付くのに長い時をかけてしまった。

 

「……な、ら」

 

 私も、彼に見習ってみよう。 血を吐いてでも勝ちを追い求め、地を這ってでも価値を見出す戦いに身を投じて。

 

 

 

 

「……どうなっちまってんだ」

 

 あの娘の行動がクウラに支配されて、そしたらなのはとフェイトのふたりがおかしくなっちまって……そんで腕があいつらの胸から出てきて――いや、違う。 あいつ等、きっと魔力を奪われてんだ。

 このあいだオラがやられたのと同じことされて……ってことはまさか!?

 

「そうかわかったぞ。 クウラの奴、このまま闇の書を完成させるつもりだな」

 

 いまさらあんなの完成させてどうするつもりなのかはわかんねぇが、それでもそんな下らねぇことになのはたちを利用させてたまるか。

 全身に力を出して、舞空術でなのはとフェイトの近くに飛んで行こうとしたんだが……

 

【おっと、貴様はそこでじっとしててもらおうか?】

「すると思ってんのか!!」

 

 あいつ等があぶねぇって時に動かない訳ねぇだろ?!

 

 ちっ。 あの光ってる球みたいのがリンカーコアだとは思うけどよ。

 ……だんだん小さくなっていきやがる。 まずい、それに同じ勢いで気の方もドンドン落ちていきやがる。

 こうなったら強硬策だ、瞬間移動で――

 

【言って置くがサイヤ人。 今このガキたちのリンカーコアを握っていることがどういう意味か分かるか?】

「……な、に?」

【このコアは魔導師にとって心臓と同じモノ。 つまりそれを直接握っているこのオレの意にそぐわないコトをすればどうなるか、幾ら知能の低いサイヤ人とてわからないわけないだろう?】

「こ、……この――」

 

 このヤロウ! 人質だなんて汚ぇマネを!!

 

 これじゃ引くことも責めることもできねぇ。 ……そう言ってる合間に、なのはたちの魔力も気も、一層低くされちまってる。 マズイ、どうすりゃいいんだ!?

 

 言ってる合間に娘の魔力が一気に膨れ上がってく。 おそらくなのはたちの魔力を取り込んで完全復活をしようとしてるんだが……こ、こんなことでそれを許すなんて。 オラの誤算だ、あいつ等自身が餌になるなんて思ってもみなかった。

 

「ち、ちくしょう……」

 

 もう、あいつ等の魔力を感じねぇ。 こんなに近くにいるのに、全くと言っていいほどだ。 ……もう、手遅れなのか? どうしようもねェのか……

 

「く、クウラぁ……」

 

 おめぇ、そいつらが要らなくなって開放してみろ。 そしたらありったけのかめはめ波ぶち込んで粉微塵にしてやる。 ……さぁ、はやく食い終わっちまえ――

 

【――――と、貴様は考えるだろう】

「なに?!」

 

 なんて言いやがった今!

 も、もしかして……だが、このままってことはしねぇはずだ。 だったら……

 

【このガキども、掴んだままというわけにはいかない。 それは正しいが……考えが甘いな超サイヤ人】

「なんだと!?」

 

 いちいちこっちの考えてる事を言い当てやがって。 だがどうするつもりだ、いま言われたとおりこのままってわけはねぇだろうし。 ……な、なんだ!!?

 

「なのは達の身体が……身体が!!」

 

 黒い霧みたいのに覆われてく……姿が見えねぇ!!

 どうなってんだ、いったい何が起こってる……気の方も今ので完全に見失っちまった……!!

 

 なのは達を覆っていた霧が、その場から動き出す。 なんとか救おうとするけど、あれじゃ下手に手を出せない。 攻撃して、もしもあいつ等にダメージがいった時を考えると……手がだせねぇ。

 

【ようこそ……我が肉体へ!!】

「…………ッ」

 

 まるでアイツの腹ん中に収められるように取り込まれちまったなのはたち。 ……やられた! これじゃあいつ等を救うことができねぇ。

 つい、二の足を踏んでしまうオラだけど、ここに来て娘の方に変化が起きた。 

 

「孫……悟空――ッ!!」

 

とっても苦しそうに、けど、力強く自分の意思で動き出そうとして。

 

「これを……これだけは――!!」

 

 そう言って飛んできたモノがあった。

 あの娘の周りに出来た光りがこっちにやってきて、それをなんとか落とさずに掴み取ると中身を確認する。

物は合計で3種類。 ちいさなおもちゃの剣みたいなもんと、指輪、それと腕に付ける防具みたいなヤツ。 ダメだ……こんなもん渡してどうしてほしいのかが見当つかねぇ。

 

「オラにどうしろっていうんだよ! なぁ!」

「……願い……ます……」

「おい! ……ちくしょうアイツまで」

 

 消えたあの娘の意識。

 もう、ここに残ってるのはオラとクウラしか……ん!?

 

「この気、オラ以外にも……だれだ!?」

【…………うぉぉぉぉぉおおおおおお!!】

「なんだ!?」

 

 一瞬だけ見逃した奴。 それが致命的だったのかはわからねェが、とにかく、あいつが急に雄叫びを上げやがった。 甲高くってうるさい……どこまでも聞こえるってくらいにな。

 

「お、おい……アイツの身体がシグナム達みてぇに」

【ふは……ははははははは――――ッ!!】

 

 うるせぇ。

 

【ついに、ついに手に入れたぞこの体。 自由だ……自由を手にしてやったぞ!!】

 

 少し、黙ってろよ。

 

「……調子に乗んのも今だけだぞクウラ」

 

 さすがのオラも限界だ……我慢、ならねぇ……

 いきなりだが気を最大限にまで高めるんだ。 今の奴が持ってる気と魔力、それがどこまで膨れ上がろうと関係ねぇ。 ここまでやられて黙っていられる奴はいねぇだろ……一気に…一気に――ッ!!

 

「叩き潰してやる……っ!!」

「ほう、ついになったか。 ……超サイヤ人」

 

 全身から金色の気を噴き出して見せる。 それだけで自分の力を把握して、今ある限界を理解する。

 今のいままでやってきた修行で、おそらくだがフリーザと戦って来た時よりも基礎力はかなり上がっているはずだ。 それこそ、通常状態で5倍の界王拳を使ったときくれぇには力を上げたつもりだ。

 そしてそのパワーを超サイヤ人になったことでさらに上げる……かなりのレベルにまで力は上がったはずなんだ。 だが……

 

…………正直、今の奴には届かないかもしれねぇ。

 

「それでも許せるわけねぇだろ。 こんなヤツ!!」

「……まだ上がる……戦闘力が膨れ上がるようだぞ!! ふははははあ――」

 

 あの娘の姿をして、馬鹿みてぇに吼えるクウラ。 その身体が前に見たシグナム達みてぇに変わると、そのままいつか見たあの姿に……フリーザと同じ姿に変わっていく。

 色は銀色、質感はおそらく金属と言ったところしかわからねぇ。 それに、姿が変わってさらに気が上がった感じだ。 ……手が付けらんなくなるぞこのままじゃ。

 

「このまま完成させる訳にはいかねぇ、一気にケリをつけてやる!!」

 

 そう言って右手に気を集める。

 見た目からして固そうな上に、相手はあのフリーザを超えるパワーを持ったヤツだ。 それになのはたちを人質にされてんだ、戦いを楽しんでる余裕もねぇ。

 一気にたたみかける気で行かなけりゃ、こっちが先に殺されちまう……油断は、できねぇ!

 

「…………いくぞ」

「来るがいい、このオレが味わわされた苦しみ……その身体に刻み付けてやる」

『はああああああッーーーーーー!』

 

 

 

 

 金と銀。 本来ならば交わることがなかった光たちが激突する。

 闘うモノと使役していたモノ……その頂上に立つ者同士の激闘が始まったのだ。 その戦いは文字通り空を焦がし大地を割る。

 既に崩壊しようとしているこの極寒世界の終末を、さらに拍車を掛けることは誰の目にも明らかであった。 ……星が、世界が、彼等の存在に追いつけない。

 

「……」

「…………なっ!?」

 

 クウラの懐へ放った悟空渾身の一撃。

 光り輝いていた右手はそのまま奴の胸部装甲に……接触して動かない。

 

「ぐっ!」

「効かんな」

 

 鼻で笑われる事、一瞬の間であっただろう。 全身を深く据えた悟空はそのまま両足を軽く曲げる。 地に近づく屈伸運動を行い、力の流れを急速に増幅させる。 ……彼は、立ち上がると同時にケリを放った。

 

「だりゃあ!」

「……くくっ」

 

 盛大な音と共に聞こえてくる嘲笑。

 こんなに開いた力量はターレスやフリーザ以来だと歯噛みした悟空は、そのまま――

 

「なんだこの足は?」

「しまっ!?」

「へし折ってほしいのか?」

 

 脚を掴まれる。

 すね部分を相手の脇腹に当てた姿勢。 そこからクウラが体制を変えると、足首を掴まれ、身体ごと悟空の足の可動範囲とは逆の方向へ回転しようとする。

 てこの原理で易々おられる――!!

 即座に下した判断で、悟空はカラダを預けるようにクウラに投げ飛ばされることを選んだ。

 

「ぐぅぅぅ――!!」

「……こんなものか」

 

 地表に激突し、積もっていた雪を大空へ舞い上がらせる。

 すぐさま降り注いでくるそれらを気合で吹き飛ばし、彼はダイヤモンドダストと共に残像拳を仕掛けるのである。

 煌びやかに、それでいて尖った彼の戦法は――陽動。

 隙のある先ほど仕掛けた反対方向に位置する右側頭部へ拳を撃ちぬこうと、まるで撃鉄を起こすかのように腕を振りあげた……しかし。

 

「…………効かんぞ?」

「……これもダメか!?」

 

 打ちつけた先には、冷たい金属音が鳴り響くだけ。

 感触でもわかってしまうダメージの少なさは、そのまま彼我戦力というモノを見せつけるに至る。 悟空は……思わず額から汗を垂らした。

 

「いいぞ、大分身体が慣れてきたようだ。 動きにラグがなくなりつつある」

「へ、へへ……こりゃまいったな。 こっちの攻撃が効いてねぇ」

「……」

「しかもあっちはまだパワーが上がるみてぇだ。 ……どうすっかな…………はは」

 

 落ちそうになる肩を上げ、砕けそうになる膝は叩いて起こす。 グラリと揺れた景色で一瞬の脳震盪だ気付くと……だったらまだやれる――そう思って悟空は薄く笑う。

 

「残念ながら貴様の相手はここで終わりにさせてもらおう」

「なんだと?!」

 

 しかしここで聞いたのは……

 

「もう、貴様とはだいぶ力に差が付いたのは確認できた。 正直言って満足するほどにな」

「……く」

「そしてこのまま遊んで貴様にパワーアップの時間を取らせるつもりもない。 あのときもそれで失敗したことだ……このまま――」

「…………アイツまさか!」

 

 何よりも恐れていた。

 

「この世界共々、消えてしまえ!!」

「このあいだの……させ――」

 

 どうにもならない世界の崩壊。

 不意に、そう、不意にあげたクウラの人差し指。 あっという間に生成された太陽と見紛う色のエネルギーの塊……“スーパーノヴァ”は、悟空が見ただけで冷や汗をかくほどの気を内包していた。

 それをどうするか? 決まっている……当然投げるのだ。

 

「さらばだ超サイヤ人……ふふ……はははははは!」

「く、クウラぁぁ――っ!!」

 

 避けることも許されなかった。

 反撃だって出来るわけがない。

 

 ただ、当てられて流されるだけだ……滅亡の奈落へ。

 

「ち、ちくしょお! こんなもの落とされたらこの星がもたねぇ……ぞ!」

 

 逃げることは今からできるかもしれない。 しかしそれをするには足枷がひとつだけあった。

 いま、この星には誰が居る? 悟空? クウラ?

 誰か忘れていないだろうか……?

 

「た、たぶんこの気はアイツだ。 ドラゴンボールを探して二手に分かれたんだろうけど……どうすりゃいい!!」

 

 其の人物を守るためだけに、悟空は回避の行動を消されてしまった。

 スーパーノヴァを身体で受け止めること数瞬の所だ。 既に地表ギリギリで、いつ大地に接触してもおかしくないところを踏んばっている。

 それはクウラが差し向けた死刑執行の余興だとも理解している悟空は歯噛みする。 ……鋭く、緑色に輝く瞳を唸らせながら。

 

「はははっ!! 良い眺めだ……さて、このまま星の爆発に巻き込まれればさすがのオレもダメージは免れまい」

「ぐぎぎ――」

「よし、それではこのままあの星を落とすとしよう……あのサイヤ人を慕うモノが多いあの星を……――――」

 

 そうしてクウラはこの世界から消える。

 悟空の最後を見送ることなく、彼の必死の抵抗が無駄だと決めつけて――――決定的な瞬間を見逃してしまう。

 

「クウラ……」

 

 思い起こされるは走馬灯。

 人生であまり見ないそれは、実は死んだ回数が複数ある彼ですら見たことがなかった光景。 それほどまでに追い詰められているんだなと、心の奥底で理解した時にこみ上げてくる感情があった。

 

「ク、ウラぁ……」

 

 激突から星を守る刹那に聞こえてきた『あの星』とは、やはりなのはたちが住んでいる地球の事であっただろうか。

 それを考えていると、身体の奥底からまたもなにか分らない感情がこみ上げてくる。 いや、この感情は知っているはずなんだ。 ただ、最近それに触れていなかっただけで。

 

「よくも……!」

 

 消えていった教え子。

 消されてしまった親友。

 飲み込まれた……恩人。

 

 そしてこれらの事が、今まさにあの地球で行われようとしている。 それを想像しただけで……

 

「させねぇからな……これ以上ッ!!」

 

 悟空の――

 

「う、う……うおぉぉぉぉぉおおおおおオオオオオッ!!」

 

 身体から……

 

「はぁぁぁぁ――――ッ……はあああああああああ!!!!」

 

 

 蒼電が迸る!!

 

 逆立ったはずの髪がさらに強く天を仰ぎ、彼の肉体がほんのわずかに膨れ上がる。

 だがそれは前に見せた肉体操作の類いとは次元を超えていた。 一瞬、本当に少しだけ膨れたそれはカラダの動きを阻害しない程度のモノ。

 

 先ほどのフェイトのように偏らせず、すべてのステータスを上昇させた“力を超えた力”

 

 そこに“踏み込んだ”孫悟空は、今まで身体全体で抑え込んでいた球体を……蹴り返す。

 

「…………」

 

 遠くへ飛んでいき、そのまま消えていくスーパーノヴァ。

 見上げた先で爆発を確認した悟空は……

 

「はぁ、はぁ、――ぐぅ?!」

 

よろける。 元に戻っていく髪型は、いつもの通りの黒髪。

 先ほどの変化はなんだったのか……気づくことすら出来てない悟空に聞くことは愚かであろう。 そして、そんな彼にはやはり時間がなかった。

 

「急げ――早くアイツをつれて地球に帰らねぇと」

 

 手のひらに指を押し当て周囲を探る。

 即座に見つけた気と魔力……包容力に満ちたそれを確認すると、彼は何の躊躇もなく……――――飛んでみせる。

 

 

【………………】

 

 

 その傍ら、先ほど彼が娘から受け取り、スーパーノヴァの攻撃の際に投げ捨てた者たちがあった。

 彼らはひとりでに動くと、とある指輪の輝きにより……“彼”を追いかける。

 

 意思を持つように……彼に追いすがるように……

 物語を、追いかけるように。

 

 

 

 




悟空「おっす! オラ悟空!!」

恭也「……なんだか変な風が。 忍、先に帰っててくれないか?」

忍「え? せっかくのデート中なのにいきなりどうしたのよ」

恭也「なにかとてつもなく嫌な予感がするんだ。 すまんが頼む」

忍「仕方ないわねぇ。 恭也がそこまで言うなら……」

アリサ「あ、こんばんわー」

すずか「あ、アリサちゃん、ちょっとダメだって!」

忍「ありゃ? なんだ貴方たちついてきたの? もう、大人の邪魔しちゃダメじゃない」

恭也「……ん、大人……ねぇ」

忍「何かしら恭也? 言いたいことでもあるの?」

恭也「……」

忍「私が子供っぽいって言いたいのかしら?」

恭也「!? い、いやそんなことは――ただその……」

女たち「あはは!」

恭也「…………はぁ」

士郎「まったくあの子たちは……。 久しぶりの談笑、だけどそれは次の困難を知らせる合図でしかなかった。 唐突に表れた風は、海鳴の街を切り裂いていく」

クウラ「サイヤ人の仲間は皆殺しだ!!」

士郎「サイヤ……誰のことだ!!」

恭也「なんだあの化け物!? 周囲も変な色になって……どうなってる!!」

士郎「僕たちの常識では計り知れない脅威を前に、その剣を折られていく御神の者たち。 絶体絶命のその時、僕は”あの時”に見た奇跡と再会する」

恭也「次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第52話」

士郎「奇跡へたどる軌跡」

悟空「お、おめぇたち……どうやって」

???「……貴様に言いたいことは山ほどあるが……やっておきたいことが先にある」

悟空「な……に?」

???「…………フ、すぐにわかるさ」


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第52話 奇跡へたどる軌跡

奇跡とは、起こらないから奇跡という。

これにはきっと語弊があるに違いない。

奇跡はある。 ただ、ほんの少しだけ出てくる確率が低くて。 起きてもそれを奇跡とは思えないだけで……その実、本当に奇跡的な確率だった出会いもあったかもしれない。

そして何より、人の手で起こせないから奇跡なのであって。
起こってしまった事象まではきっと、誰も否定はできないのかもしれません。

前置きが少し長くなるりりごく52話。
大変長らくお待たせしました。

では。


 海鳴市はその名の通り海に面した土地を持つ平凡な場所である。

 市、という事から人口は5万人以上、最寄駅の名前は海鳴駅。 病院は海鳴大学病院。 前に僕がそこの医師に世話になってたのはどうでもいい話だったかな。

 

 さて、この海鳴だが。 平和が取り柄だけの様でいて、その裏では結構奇怪と呼べる事件が横行していたりする。

 正体不明の力を持つ巫女姿の少女。

 背中に羽根を生やした存在の確認。

 夜に見られるという謎の赤い目をした人物。

 そして……常人では考えられない挙動をする小さな刀を持つモノ。

 

 それは少しだけ過去の物語で、その実そんなに昔ではない事実。

 だけど……だからこそ人々の間ではあまり浸透しなかったし、根強く残るという事は無かったろう。

 

 けど。

 

 この街にはある伝説が残っている。

 

 それも一部の人間には強く語り継がれているという信憑性をもったお話。 もう、かれこれ10年以上も前の出来事なのに、それはまだ、この街の中心から消えようとは……いいや、皆が消えることを良しとしなかったのかもしれない。

 

 そんな伝説とはなんだろうって?

 ……実は僕自身体験者だったんだけど、“その人”との約束でね、あんまり大きな声で言えないんだ……どうしても知りたい? ……そうか、そんなに言われてしまったら少しだけ、ね?

 

 

 とある夫婦が居ました。

 その夫婦は様々な困難の上で、ようやく出会い結ばれた奇妙な道を辿っていた者たちであった。

 けど、だからこそその絆は強く、生涯解けることはないと、周りの者は皆がうなずきながら認めていたそうだ。

 

 そんな夫婦に、少しの変化が訪れる。

 男が遠くの国へ行ってしまうことになったのだ。 離婚? いいや、仕事の関係だ。 当時は共働きで、夫の方は少しだけ命に係わる危険な仕事をしていたんだ。 その関係での転勤だったんだね。

 さて、そんな夫を迎える妻の周りには2人の小さき人影が。

 子供だ、彼等は子をなした夫婦であったのだ。 しかも、妻のなかには新しい生命が宿り、そとに顔を出すのを今か今かと待ち迎えている最中でもあった。

 だから夫は迷った。 この4人を残して、自分は旅立つべきなのか……と。

 

「行ってきて。 それが誰かの命を守ることなら……ね?」

「ごめん……ちがうな。 ありがとう」

 

 そう言葉を交わして、男は遠い異邦の地へ向かっていく。

 ……その言葉が、まさか途轍もない重要な言葉になるとも知らずに。

 

「はぁ……はぁ……っ!」

「追え!」

「逃がすな! 必ず仕留めるんだ!!」

 

 予期していたことだった、覚悟もしていたことであった。

 けど、其の中でも最悪の事態を夫を襲ったのだ。

 

「ぇぇ……ん。 やだよぉ」

「大丈夫、ここを抜ければ絶対に助かる」

 

 そして男は選択を迫られた。

 

「キミ一人ならこの横穴を通れるはずだ。 だから――」

「■■■は!」

「僕はここで通せんぼしてなきゃ……だから、ね?」

「……」

「お願いだ! さぁ、いって」

「……はい」

 

 でも、選ぶまでもなく。 彼は自身と少女の天秤というモノをあっさり放り投げる。 測るまでもない。 自分は守りし者なのだと、そっと武器を握り締めながら。

 

「はぁ!」

「ぐあ!?」

「ここは通さん!!」

「げぇっ!!」

 

 闘った、戦った。 どこまでも誰よりも、ひとりだけで。 でも多勢に無勢だ、いつかは体力が尽きてしまう。 それでも夫は延々戦い続けて……遂に見つけてしまった。

 

「何の音だ……はぁ、はぁ」

 

 それは絶望までのカウントダウン。

 

「こ、これは……時限爆弾!!?」

 

 夫が見つけたのは、その当時流行っていたプラスチック爆弾と呼ばれる代物だ。 すぐに解除へと向かった……が、時間が足りなかったのだ。

 表示された数字は0、4、5。

 どう見積もっても解除は不可能。 それでも幸いなことを探すなら付近の人間は皆非難を完了しているから、自分以外で一般市民が巻き添えを喰らうという事が無いという事。

 

「……あとの心残りは、あの子が無事に逃げているかどうか……それだけだな」

 

 息も絶え絶えに、ついに敵を蹴散らした夫は背中を壁に付ける。

 ずるずると音を立てて床に座る。 彼が背にしたその壁には赤いラインが刻まれていた。 前から有ったものではない。 そのペンキの様な粘着液は今をもって塗られたようだった。

 

「……俺も、もう駄目か――ゴホッ」

 

 体力が底をつき、ついに立ち上がることが出来なくなったのだろう。

 その場から可能な限り逃げるという事すらしない夫は、そのまま天井に顔を上げる。 見えるのは焦げ付いた壁だったが、其の中でも見える景色があった。

 

「ごめんよ……」

 

 其の景色に謝り。

 

「……ごめん、よ……」

 

 其の中にいる人物に謝り。

 

「父さんな、約束……守れなかったよ……■■」

 

 聞き取れぬ単語を呟いた瞬間であったろうか……建物の中から音がする。 まさか逃げ遅れた人が? 一瞬だけ湧き上がる不安も、しかしものの見事に外れた。

 

「■■めぇ……今度こそ殺してやる」

「心中あいてがこんなやつ……なんてな……」

 

 少しだけ……苛立つ。

 自分が今どんな思いで家族に詫びを入れていたのか判るのか? なのにこんな無粋なまねをしてくれて。

 

「どうせ死ぬんだからそっとしておけないのか……まったく――ごほっ!?」

 

 ダメージが大きい。 それはわかりきっていたことだ。

 今目の前に居る虫の息な男、それよりもちっぽけな自分に、既に鞭打って帰ってくる体力もない。 わずかな望みも断たれた――男がそうやってあきらめた瞬間であった。

 

「――――……」

「え?」

「なんだこいつ!?」

 

 そこには…………夢幻とも言える空間があった。

 暗く、血みどろな夫が居た部屋に照らし出された輝き。 その極光をもって、死の淵に立たされていた夫の心に、わずかばかりに生への執着が芽生える。

 

「…………」

「な、なんなんだいったい……」

「おい、貴様なにモンだ!!」

 

 三者三様の反応。

 夫は心を打たれ。

 敵は怯み。

 光の原因は……その輝きを放つ“男”はただ、悲しそうな目で夫を見ていた。

 

「すまない。 遅くなったな」

「え?」

 

 第一声はとてもなだらかだったのを夫は忘れない。 その顔で、その体躯で、湯水の様な清らかさで話しかけられたのだから。

 そして彼の手が夫に触れた時。

 

「じゃまをするなあああああ!!」

「……」

「あ、あぶな――」

 

 敵が独り、決死の特攻を仕掛けてくる。

 手に持った刃物が男目がけて走り抜けようかという刹那。

 

「悪いが大人しくしててくれ、な?」

「あ、ぐ!?」

「え!?」

 

 男は敵の背後に回り込み。

 

「さぁて、ここから出ちまうか」

「え、え!?」

 

 気づけば夫を背負い……

 

「これが爆弾ってやつだろ? 前に見たことがあったっけか……どうする?」

「あ……えっと」

 

 まるで幾年来の友のように話しかけてきて。

 

「出来ればなくなってくれれば……でも――」

「そっか」

 

 そんな彼の態度に、出来るわけがないと思いつつも、なぜか祈願するかのように頼んだ相談は……

 

「それ!」

「ば! そんな外に放り投げ――」

「波ッ!!」

「……たら……え? 消えた」

 

 生唾を飲みながら成就されたのでした。

 

 そこから、彼が故郷に帰るまでが伝説であった。

 

 飛行機で数時間の距離をなんとも軽々しく超えてしまう彼の術。 まるで魔法みたいな彼のチカラの一端を見せつけられた夫を待ち受けていたのは、電報にて夫の死を告げられていた妻の泣き崩れる姿。

 奇跡だと叫ぶ者もいたし、泣いてそれどころじゃないモノもいた。

 喜びに皆が叫んでいるさなか、夫は気付くのでした。

 

「あれ……あのひとは?」

 

 まるで風のように消えてしまった謎の男。

 どうにもならないことを、いとも簡単にかき消してしまった謎の“魔法使い”

 

 傷を治す最中で聞いた男の名。

 聞きだすまでが大変で、まさか気恥ずかしい名前なのかと思い退こうとしたときに、偶然教えてくれた、彼の名前。

 

「…………カカロット……さん」

 

 その名前は夫の胸の内に。

 決してほかの奴には言わないでくれよ? なんて、人差し指を立てられて言われたのだから仕方がないだろう。

 だからかそうじゃなかったのか。

 この街に、とあるお話が語り継がれるのであった。

 

 とある一家の破滅を未然に防いだ、ある一人の男の奇跡。 いつしかそれは、彼が放つ光と、その常軌を逸した術をあしらってこう呼ばれるのであった。

 

―――――黄金の魔法使い。

 

 奇跡を現実に引き下げ、あらゆる困難も毅然と立ち向かう……そんな人間離れした人間を、とある人物たちはそう呼んだそうだ。

 

 

 

………………………

 

「へぇ~~そんな話があったんだ」

「颯爽と現れて、何も言わずに去る……かぁ」

 

 長い話だった気がする。

 でも、それほどに時間が経っていないのだからこの話は不思議だ。 小さな腕時計を見たのはアリサ。 彼女は隣に居るすずかと一緒に深い溜息をつくと、そのまま座っている椅子の背もたれに身体を預ける。

 

 彼女たちのほかにいる人物は高町恭也、士郎、そして月村忍の計5名。 彼らはいま喫茶翠屋のカフェテラスにて、団欒を満喫している。 いないなのはたちの事を話題の始まりとし、いつの間にかシロウのなれ初めへと発展。

 気づけば昔話へとなっていたのだ。 ……それが、誰のお話なのかは伏せられてはいたが。

 

「でも不思議ねぇ。 その人って士郎さんが居たっていうイギリスからあっという間に日本についちゃったんでしょ? ……常識じゃありえないわよ」

「うん。 それこそ本当に魔法でもないと納得できない」

「はは、キミたちはおかしなことを言うなぁ。 僕の話じゃないんだってば」

『ふしぎねぇ……』

「ねぇ、キミたち?」

 

 少しだけ、というか。 かなり見透かされているシロウの思考。 それと同時、トレーに紅茶と洋菓子を入れた店主参上。

 

「あ、桃子さん! …すみません、お邪魔してしまって…」

「いいのよ。 これくらいにぎやかな方がいいモノ」

「そう言っていただけると……ありがとうございます」

 

 謙虚に佇まいを直すのは忍。 はしゃぐ妹たちを余所に突入した大人の時間だ。 それに何より彼女は気になっていることがひとつある。

 

「さっきの話、ほんとなんですよ……ね?」

「え? ……う~ん」

 

 にっこりとほほ笑むと、まるで遠い異郷を見る目で空の彼方へ視線を流すのは桃子。 続きを……なんて目で見られてしまったのが決めてだったろうか。 彼女は、あのとき出会った金色を思い出していく。

 

「いまにしてもすごくて、恥ずかしかったわね」

「はずかしい?」

「えぇ。 あの年になって、夫以外の胸元で泣きじゃくっていたから」

「えぇ!?」

 

 まさかの事実!!

 高町夫妻に亀裂!? 夫人に忍び寄る男の影――

 

 忍の頭の中にこんな見出しが出来たらしいが、きっと勘違いであることは誰でもわかる事実であろう。 こんないい夫婦、仲を裂こうだなんて事は人間だったらできないであろうから。

 

「いろいろあったのよ。 いろいろ……ね♪」

『はぁ……?』

 

 本当に切ない顔は一瞬だった。 けど、すぐさま振りまいた笑顔で今の疑問を取っ払っていく。 この誤魔化しの上手さ、どこかの魔法少女に脈々と受け継がれていてほしいと思うところだと、どこかの長男坊は思ったとさ。

 

「ところで悟空さんたちは居ないんですか?」

 

 少しして、すずかが質問したことだ。

 いつも居るような人間……最近では修行に明け暮れているらしく見ない日も多いが……そんな彼が居ないと、不安を感じたのであろう。 周りを見渡したうえでのこの質問、彼が居ないと確認してのことだった。

 

「あぁ、そう言えば悟空のヤツ見ないな。 どこに行ったんだか」

 

 この発言が、いったいどれほどの信頼を含めているのか想像もできない。

 どこかほっつき歩いてたとしても、必ずいつかは眼の前に帰ってくるという自信があるからこそのため息。

 それを見た周りの者たちは、同じように呆れながらも……笑っていた。

 

「悟空っていえば」

「どうしたの? アリサちゃん」

 

 ここでアリサが髪を揺らす。

 綺麗に整ったブロンド、それが既に傾き、暁色に放たれる陽光に照らされるときであった。 彼女の中で何かが一本につながった気がした。

 

「あいつも随分と魔法使いみたいなことをするわよね」

「え? 悟空さん?」

「え? ……て、すずか。 あいつのデタラメさで麻痺してるけど、良く思い出しなさいよ。 空飛んで瞬間移動やって、それで話によると手から光線とか出したりするんでしょ?」

「あ……うん」

 

 指ひとつ立てて言い放つアリサ。

 それにそう言えばだなんて呟いたのは……すずかだけではなかった。 かなり自然に受け入れていた不自然。 あぁ、孫悟空のなんとデタラメな特殊能力だろうか――ここでやっと現実を思い知った人も多いはず。

 

 すごいよねぇ……なんて、すずかがニコニコと笑みを輝かせ、それにアリサが目をつむって呆れている姿は大人たちからしたら微笑ましい限りだ。

 

「実は士郎さんを助けてくれたのって、悟空さんだったりして?」

 

 其の中で言い放たれた言葉は忍の小さな疑問だった。

 あんなにすごいヒトなんだから……などと、恭也に笑いかける彼女はほんの冗談のつもりだったのだろう。

 だけど。

 

「そうよ! それだったら辻褄が合うわ!!」

『??』

 

 思い切りよく起立したのはアリサ。 彼女は目を大いに輝かせるとそのまま士郎にくらいつく。 ……いいや、実際には喰らいつくなんてできるわけがないのだが……彼女ならしそう、そう言った声がすずかから聞こえたのはご愛嬌。

 さて、ここでアリサが目を輝かせている理由が大体把握できた頃であろう。

 其の中で士郎は少しだけ息を吸う。 静かに、静かに……自信を落ち着かせるように。 そうやって出た言葉は。

 

「違うよ……」

「え? あたし何にも――」

「悟空君のことだろう? だったら違うさ」

『……』

 

 彼自身、驚くほどすんなり出てきた言葉で。

 

「前に何度かそう思ったときは在ったよ。 瞬間移動を見せてもらったときなんかなおさらだ」

「じゃ、じゃあ!」

「でもね。 彼とあのひとでは髪の色も瞳の色や鋭さ……なにより雰囲気が違う」

「そう、ですか……」

 

 士郎の言葉を受け、心に燃えていた野次馬根性にも似た好奇心を鎮火させていくアリサ。 素直に席に着くと彼女は、出されたティーカップを受け皿から上げてゆらゆら揺らす。 水面が傾き、小さな渦が出来るとその中心を見つめて……

 

――――この状態になると、少しだけ自分を保てなくなるんだ。

 

「……むぅ」

 

 ――――お前ら! 巻き添え喰らいたくなかったらさっさとここから離れろ!!

 

「…………あ!!」

 

 “彼”を思い出すと、またも席を立つ。

 今度は先ほどとは比べ物にならないくらいに大きい音だ。 それが隣にいるすずかに伝播すると、気付けば互いに視線を交わしていた。

 どちらが先だったであろうか……そうか! なんて言葉を上げると、彼女たちは事の真相に踏み込んでいく。

 

「あいつそう言えば『変身』が出来るのよ!」

「……へんしん?」

 

 それはどういう? と聞くよりも、なにか嫌な物を思い出したかのように視線を振ったのは士郎。

 ここ数か月で見て聞いて、彼なりに一つの憶測があったのだが――今回、それは言われる暇もなく。

 

「さっき言ってた金髪と碧眼……それにあいつが成れるって知ってます……よね?」

 

 ここに来てアリサは言う。 少しだけ戸惑いながら。

 彼女は思い出したのだ。 孫悟空があの姿を見せた時に言っていた一言を、注意点を。 そして交わした約束を――

 

「あ、まずったかも……」

 

 それを思い出したのが発言後5秒経過時だというのは、なんだか幼少期の悟空を思い出させる迂闊さ。

 隣にいるすずかも同じことを思っているのであろう。 先ほどまで作り途中のポップコーンのように飛び跳ねていた彼女たちの興奮も、いまじゃ湖の静けさよりも穏やかである……いや、むしろ凍結してしまったとも言えるか。

 

「……………………どういう事だい?」

 

 喰らいつく、大物。

 

「マズっ――知らなかったんだ」

「知らなかった、という事は隠してたという事かな? どうして……」

「あ、あ~~」

「……む、いかんな」

「あなた?」

 

 少しばかり寒気がする視線。

 それでも慌てて消した士郎はそのまま首を振る。 子供相手になんて顔をしてしまったんだと責めるよりも、どこか自分に戒めを掛けた咎人(とがびと)のような顔……少なくとも、隣で見ていた桃子はそう思ったはずだ。

 

「ごめんね、つい熱くなって……それでもしかして彼から内緒にしてくれと言われたのかな?」

「正確には違いますけど……ほら、フェイトちゃんのお母さんの、プレシアさんがやめろってぼやいてたと思います」

「このあいだアタシ達の学校でやってた授業参観の時も、恭也さんにばれないか内心冷や冷やだったもんね」

「……! あ、あの時のあの人が……悟空!?」

 

 思い出される最強に思わず椅子を転がす恭也。

 周囲の視線がすぐさま飛んでくるがその辺は愛想笑いで誤魔化し、椅子を拾ってそのまま座る。

 彼の驚きように、そこまで……なんて顔をする忍はすかさず恭也に声を飛ばしていた。

 

「そんなに変わるものなの? あのヒト」

「あ、あぁ。 髪の色は金色で、雰囲気も何となく冷静で―――」

 

 むしろ……

 

 そう言おうとした時だろう。

 彼らの話題が次に入ろうとしたときだったろう。

 

 

「冷静というより……冷酷という感じじゃないのかアレは……サイヤ人だけにな」

 

 

『!?!?』

 

 遠くから、彼等にむかって黒い風が吹き乱れる。

 

「誰だ!」

 

 突然のあいさつ。

 しかし、しかしだ……この時点で一人だけ臨戦態勢をとる男が居た。 戦う準備ではなく、防御だとか応戦だとかではない。 ただの態勢。

 

 そう、ただ単純に態勢しか整えられぬくらいに身体の動きを制限される――そんな殺気。

 

「こ、これ程のッ……きょ、恭也!」

「!?」

 

 突然の叫びに皆が訳が分からないという顔をする。 それは息子の恭也だって例外じゃない。 生まれてこの方、威圧は受けても本物の殺気というのは受けたことがないのだから。

 そして何より、今この場の全員が――さっきの持ち主の全貌に目を奪われていた。

 

「怪獣……怪人?」

「爬虫類の様な……でも!」

「全身機械よあれ。 しかも相当に強固な――もしかして軍の兵器?!」

 

 すずかは思ったことを、アリサもだ。 しかし忍は今まで培った眼力で、その素材におどろくと……

 

 ガツンと音が鳴り響く。

 

「…………空間、攻撃だと……」

「    」

 

 あまりにも自然に、そして不自然に空いた小脇にある道路の……風穴。

 直径にして70センチ弱のそれに目をくれると、周りの客たちが一斉に座席から立ち上がる。 ここに来ていよいよ広まる混乱の火種。 それを爆発的に増加させるように……

 

「なんだあいつ――!!」

「きゃああーー」

「ば、化け物ぉぉっ!」

 

 一斉にクモの子のように散っていく。

 阿鼻叫喚が渦巻き、その中心で佇む剣士たちは……武器も持たずにその根源を睨む。

 

「父さん、アイツ……」

「わからん。 だがとてつもない力を持っているのは今のでわかったな? 決して油断するんじゃ無いぞ」

 

 桃子たちを背に、二人ならんで構えを取る恭也と士郎。

 彼らは肩幅くらいにまで足を広げると踏ん張りを効かせる。 速度が自慢の彼らの流派に置いて、待ちの態勢はありえない……しかし、そうとらされるほどに彼奴が強大すぎると、二人は直感していたのだ。

 

 明らかに含めた殺気と圧力。 今自分たちを取り囲む大事な人たちを、こんなふうに傷つけようとした正体不明に対して、彼等は果敢に立ち上がったのだ。

 

 

 

 結果として……

 

「…………ほう、さすがはあのサイヤ人が一目置くだけはある。 このオレに逆らおうなどと考えるとはな」

 

『……っ!?』

 

 そこから地獄が繰り広げられようとも、きっと誰も彼らを責めはしないだろう。

 

「……ふ」

「うぼぉ――――ッ!?」

『恭也(さん)!!』

 

 唐突に恭也を襲う銀色の長もの。

 しなやかさを持つそれは怪人の尾。 それが恭也の右側頭部に激突すると……いいや、機人からすれば優しく撫でた程度で、彼は穴が開いた道路に転がっていく。

 

 すっぽりと先ほど空いた穴に入ると、満足そうに機人が顎を撫でる。

 

「ホールイン……ワンだ」

「お、おまえ……!」

 

 嬉々として、危機として……そんな空気がぶつかる中、道路に女性が駆け出す。 常人ではありえない程に俊敏で、疾走感のある風をまき散らすのは忍。

 彼女は穴に近づき、転がる恭也を抱え上げると……

 

「よくも!!」

「……」

 

 目の色を変える……そう、物理的に。

 まるで鮮血のように染められる月村の瞳。 怒りのように、狂うように、そのキレイだった眼が真っ赤に変わると、そのまま銀色の機人を襲おうと……

 

「よ、せ…」

「恭也…?」

 

 袖を引っ張られ、ギリギリのところで踏みとどまる。

 

「お、俺は警戒心を最大にまで引き上げていたし……奴から目を反らしたつもりもない……だがそれでもこのざまだ」

「恭也ぁ……」

 

 弱々しく語られる情けない自身の話。

 聞かせるというよりは、警告して大人しくさせる凄みを帯びた視線に、思わず機人を二度見する忍。 その間に奴はというと……

 

「いまので生きていられたか。 いいぞ……もう少し力を籠められるな?」

 

 どこかつまらなそうに、己の尾を地面に据える。

 

 据えただけなのにくぼみを作るアスファルト。 煎餅の様な音を響かせると、そのまま亀裂を周囲へ増大させていく。

 

 ここまでやられ、実力の差は恭也への不意打ちで立証された。 高町士郎に残された手立てはひとつ……逃げること。

 彼が持つ御神の技は本来暗殺専門だ。 “裏”だとか言われたりするが、それは今は関係ないであろう。 とにかく、正面切っての本格戦闘は――というより、こうも開いた差など埋めようが無い。

 故に選びたいのだが。

 

「逃げ切れるわけないだろうな……それに」

『…………うぅ』

「みんなが居るんだ、なんとしても――」

 

 守らなければ。

 震える大事な人たちを背にした時、彼はいま、反抗という切符を切っていた。 それがたとえ死への片道切符だとしても、今目の前にいる敵を切り掛からずにはいられないのだ。

 

 もう、こちらはいろんなものを傷つけられているのだから。

 

「と、父さん無茶だ!」

「それでも――せめて!!」

 

 後ろにいる者たちだけでも。

 軋ませた奥歯は、そのまま彼の感情を表すかのよう。 わかりきった力量差に思い募らせるのは自身への怒り。

 なぜ弱い。 どうしてここまで何もできない――悔む彼に、鋼鉄の足音が近づいてくる。

 

「幸運に思え」

「なに……?」

 

 そこで差し出されたのは希望? 獲物の前で舌なめずりすらしない彼奴は、ここで士郎に対して言葉を吐き捨てる。

 

「このオレの手によって、直々に殺されるんだ。 一族共々仲良く幸せだと思うがいい」

「あ、悪魔めぇ……」

 

 あまりにも……冷たい対話。

 一方的に過ぎる宣告に、思わず士郎の手から血が流れる。 握りすぎたそれは、彼の無力感を表すよう……士郎は、この時本気で誰かを憎んだ。

 

「うぉぉぉおおおおおおお!!」

 

 奮い立て。

 

「このまま……このままなんてことはさせん!!」

 

 意地を見せてみろ――

 

「僕が……俺がみんなを守って見せるッ――!」

 

 痛いまでの叫び声に、皆が士郎の姿を見て……その姿が不意になくなる。

 

「がは!?」

「甘いんだよ……まるであのサイヤ人の様だな」

 

 道路の塀を破り、隣民家に激突する士郎。 その衝撃は自動車の体当たりよりもきついはずだ。 しかもぶつかったのが民家の窓枠、ガラスは破片を作り士郎の身体に容赦なく突き刺さる。

 

「げほっ!!」

「イライラさせやがって……楽に殺してやろうと思ったがヤメだ」

「あぐぅ……」

「なぶり殺しだ!」

 

 転げ落ちる士郎の背に大きな足が乗せられる。

 それがプレス機のように胴体を圧迫していくと、肺から空気が――喉から内臓が出そうな感覚に襲われる。

 

「このオレに歯向かったらどうなるかを知らしめるにはちょうどいい……このまま良い叫び声でも出してるんだな」

「あがああ!!」

 

爬虫類独特の4本指の足が士郎の五臓六腑を締め付ける。

 

「まだ!」

「ああっ―――」

 

 持ち上げられ……

 

「死ぬんじゃ!」

「ぎぃあああああ!!」

 

 振り回され……

 

「ない!」

「がはっ……がはぁ……」

 

 壁を引きずり回され、放り出される。

 

 無残に転がされる様は既にボロ雑巾を超えていた。 その姿に悲鳴を禁じ得ない子供たちと、両手を口元に持っていき、おえつを漏らす桃子。

 「どうして……」……微かに聞こえる嘆きの声も、夫の激痛の叫びにかき消されていく。 崩れる彼女に差し伸べられる手はなく。 痛みの時間だけが繰り返される。

 

 もう、どうにもならないという時……少女二人は叫ぶ。

 

「あんた覚えておきなさいよ……」

「なに?」

 

 恐怖のせいだろうか。 大きく震えた声を出したのはアリサ・バニングス。 桃子に抱えられるように守られている彼女は、負け惜しみしか言えなかった。

 

「たとえここでなんともなくっても……あとで悟空さんがやっつけに来るんだから!」

 

 それに相乗りするすずかも恐る恐るだ。 精一杯のやせ我慢で恐怖を振り払い、あの逞しい背中を胸に思いの丈をぶつけてやる。

 強い子たちだ……抱える桃子も彼女たちに勇気づけられるかのように心を持ち直す。

 そうだ、例えこの後自分たちに恐ろしい出来事がおきても、あの彼がきっと敵を討ってくれる。

 これ以上の悲劇を生み出さないでくれる―――――そう思っていたのに。

 

「さて、本当に奴は現れるだろうかな?」

「…くっ…来るに決まってる。 あの子なら!」

 

 否定されても、持ち直したい。

 

「じゃあなぜ今この場に居ないんだ?」

「そ、それは……」

 

 でも。

 

「まぁ、仕方ないだろうな。 なにせあのサイヤ人は――――」

「……ま、まさか」

 

 此処まで言われれば。 恭也はすぐさま脳裏によぎらせていた。

 最悪の事態を、希望を紡ぎ、絶望をまき散らす最後の言葉を……

 

「このオレが殺してやったのだからな」

『…………』

 

 失意が彼らに降りかかる。

 

「嘘だ!!」

 

 士郎が叫ぶ。

 当然だ、あんな強くて頼りになって……死んだって生き返るような人間が知らず知らずに死んでしまうだなんて。

 信じられない心と、肯定したくない願望がものの見事に合致して士郎に最後の雄叫びを上げさせる。 それを。

 

「戦闘力を探ることが出来るアイツが、今この場に瞬間移動してこない理由はなんだ? よくよく考えてみることだな」

「そ、それは…………そんな」

「悟空……さん――うそ……」

「さぁ、無駄話もここまでだ。 貴様らを片付けたら本格的にこの星を殲滅してやろう。 オレの景気祝いを兼ねてな」

 

 至極当然の推察で返され、反論もできない。 責任感の強い子で、正義感の高い子だと評価しているからこそ、今この場に現れない事実はなによりも恐れていたことを指し示す。

 もう、なにもかもを断たれてと、すがる希望もなくなった士郎は背中から地面に横たわる。

……死のう。

 

 誰が言ったかは知らないが、そんな言葉が漏れるのも仕方がなかった。

 

「うぐっ!?」

「あなた!!」

 

 持ち上げられる士郎。

 見せしめだと言ったのだから、彼から手を付けるのは当然で。 それを理解しているからこそ、ここで桃子の叫び声はピークを超える。 ……処刑の、時間だ。

 

「…………ん?」

 

 空気が揺れる。

 

「……なんだ、これは?」

 

 なにか、耳鳴りがする。

 気が付いた違和感は本当に極わずか。 それを過敏に受け取るクウラはあたりを見渡す。 同時、空間把握のセンサーと魔力計測の機器、さらに以前……遠い昔に悟空の瞬間移動を見切った内蔵型スカウターになにかが引っかかる。

 

「なにか、近くに来ているな?」

 

 機影は二つ。 大きさからしてひとつは170から160センチ。 もう片方は150以下の人間とみていいだろう。

 いや、この魔力……というより、クウラの内部に搭載されているスカウターが指し示す戦闘力数が異様に気になる。

 

「片方は数百あるのに対して――もう片方の戦闘力がゼロだと!?」

 

 驚く点はそこだけ。

 あとは大したことがないと切って捨てることが出来るが……今の彼には、そんな些細なことでも過敏になってしまう理由がある。

 

「……まさかあのサイヤ人が? いや、奴は戦闘力を消しながら空を飛ぶことは不可能なはず」

 

 始末したと豪語する奴の存在。 其の一言に尽きようか。

 計測した戦闘力では確実に防げない攻撃を施したはずだった。 そう、その予測だけでここに瞬間移動で転移してしまった。 ……その自身ですら甘いと言わざる得ない選択を、いまさらながらに気になってしまう。

 

「しぶとさで言えばサイヤ人の右に出る者はいないからな……とすれば」

 

 腕を組む。

 その組んだ腕の先にある人差し指が指揮棒のように軽く跳ねる。 リズムを取りつつ当方をながめ――――

 

「キッ――ッ」

『!?!?』

 

 空に爆炎を轟かせる……

 紅蓮に染まる夕焼けの空。 赤々と爆ぜて雲を千切っていく様は地獄を通り越しもはや幻想的とさえ思ってしまう。 ありえない。 そう思っている者の多くはその言葉を口から出せない。

 本当の恐怖。 それは体験したことがないモノだからこそそう言うのだから。

 

「……いったいなんだって言うんだ」

 

 この事態で呟いたのは誰だったのだろうか。

 口調からして男だとは思われるが、士郎か恭也だという判別はもはや付かない。 今の爆発で耳がイカレてしまったのだろうか。 只々言葉が発せられたという情報しか、この場にいる者たちには入ってこない。

 

「…………仕留めそこなったか」

 

 この声だけはわかった。 クウラだ。 奴が何かを仕損じたという事だけはわかる。 だが何がどうなったかはわからない恭也、そして士郎のふたりの剣士はここで――――

 

「ラケーテンハンマー!」

「……」

 

 鎚が鋼鉄を打つ音を聞く。

 あまりにも大きく、騒がしいとも言える轟音。 聞く者の耳を痺れさせる。

 

「ほう、誰かと思いきや――なるほど、貴様だったら戦闘力が表示されないのにもうなずける」

「…………お前!」

 

 ジャリっと、大地を踏みしめる音。 足音なく、只着地するかのようなそれはまるで先ほどまで地に足が付いていなかったことを思わせる。

 そして次に重苦しい振動が地面に響く。 まるでなにか大きなものを地面に無造作に置かれたその様は、士郎たちの常識から言って武器とは思えないくらいの大きさを想像させるほどに壮大であった。

 なにがどうなって……今日何度目かの混乱の声は――まだ終わらない。

 

「こいつらは只の一般人だろ! なのにこんな……戦いに巻き込むようなことしやがって!」

「なにを言うかと思えば。 邪魔だから消す、それは当然のことだろう? この星は少々ゴチャゴチャしているところだ、何より……」

 

 ――――そう、まだ……

 

「そこに居るサイヤ人の関係者だけは始末しておかなければ、間違っても生き残らせる訳にはいかんのでな」

「こいつ!」

 

 終わらない。

 

「アイゼン! もう一発だ!!」

[Raketenhammer]

「くぅらえぇぇ――ッ!!」

「愚かな奴が」

 

 鉄槌一閃。

 一撃必殺を謳う鋼鉄の騎士が、同じく鋼鉄を纏う旧支配者へと唸りを上げる。 轟くブースターが烈火に燃えると、彼女の加速は一気に最高速まで上昇する。

 襲撃者は……鉄槌の騎士ヴィータは、紅の騎士甲冑を風になびかせ敵に迫る。

 

「そんなもの――」

「外した?!」

「惜しい!」

「いや、あの子の攻撃は……」

 

 紙一重……いいや、わざわざタイミングを計って避けていると士郎は直感する。

 凝視するまでもない。 背中を反らし、胸元ギリギリで襲撃者の鉄槌を流していく様は誰が見ても……

 

 そして奴の身体から発せられるもともと生命だった故の癖、そして挙動が、武芸の達人である士郎にはわかるのだ。

 アレは、まだまだ小手先すら見せちゃいないと。

 

「ちょうどいい」

「いかん!」

 

 クウラの鋼鉄の眼差し。

 射抜く先は、大振りの後に露出したヴィータの背中。 そこに刺さるクウラの影に気付かないヴィータに、士郎が叫びをあげる。

 だが戦いは無常だ。 そんな大人の精一杯の支援だってあの敵には届かないんだから。

 

「……」

「――しまッ」

 

 胸元を開け、腕を開いて振りあげる。 そうして右手で彼女の後頭部付近を狙うクウラの、戦士ですら切り裂く“只の手刀”が風を切ろうと打ち下ろされる――

 

――――…………瞬間であった。

 

 

 

「だりゃあ!!」

「うごッ――――!!?」

 

『……え』

 

 いきなり、高高度へクウラが吹き飛ばされる。

 そのすがたは常人には見えないほど遠く、遥か彼方へと追いやられてしまう。 もう、見えないアイツ。 だからだろうか。

 

「……ふぅ、あぶなかった」

「ご、ご……」

 

 彼らの心の中に、激しい歓喜が舞い上がる。

 

「お、おまえ……」

「ん」

 

 忍に支えられながら恭也が立ち上がる。 さっきまで地に伏せるしかできなかったものの“彼”を見た時から自然と身体に力が入りだす。

 

「……いままでキミは…………」

「はは――」

 

 後頭部に頭を持っていく彼。 その姿に傷ついたカラダに鞭打って、何とか膝立ちになる士郎。 それでも、やはり体力が残ってなかったのだろう……いきなり目の前が揺れ動き。

 

「うくっ!?」

 

 バランスを、崩す。 ……のだが。

 

「おっと、大ぇ丈夫か?」

「あ、あぁ」

 

 “彼”が、士郎の肩を支えて立ち上がらせる。 士郎の衣服は、先ほどクウラにいたぶられた際にところどころが裂けている。

 しかしそれにも増して隣の彼はどうだ? 上半身はもう何も身に付けておらず、ズボンだって擦り切れているところが多々ある。

 立派に伸びていた黒髪も、跳ねていたり裂けていたり火にあぶられたような跡が在ったり……とにかくボロボロの彼。

 今まで、この人物が何をしていたかなんて一目瞭然であった。

 そんな彼が――――

 

「随分とやられたみてぇだな。 遅くなって、悪かった」

「…………はい」

 

 あのときの魔法使いと、同じことを唱えた時。 士郎の堪えは一気に限界を迎える。

 

「キミが…無事でよかった…ほんとうに……ほん、とうに」

 

 男のくせに……それは今この時では通用しないのかもしれない。

 流し始めた大粒の涙は、まるで幾年来の友の身を案じた心境を映し出すかのよう。 高町士郎は、妻子が居るのを忘れてただ、彼の生還を喜んだ。

 

「悟空、お前遅すぎんだよ!」

「悪い悪い……ちぃと瞬間移動に手間ぁ食っちまってよ」

「手間?」

 

 涙腺が限界の士郎たちを横目に、やはり砕けた表情をする彼に……孫悟空に厳しく当たるヴィータ。 そんな彼女に平謝りを敢行すると、彼は親指立てて後ろを指す。

 

「この街中に張られた結界のせいでみんなの気が見つからなかったからな。 なんとか感じ取れたミユキの気を追って瞬間移動してきたんだ。 タイヘンだったぞ」

「ど、どうも」

『美由希(さん)!!?』

 

 向こうの世界に一緒に居たリンディは隣町に落っことしてきた……悟空の小粋な本音が暴露する中、彼はそっと上を向く。

 

「悟空!」

「悟空さん!!」

 

 いきなり変わる鋭いまなざし。 どんな刀剣よりも切れ味が備わるそれに、少女二人が掛け寄って行こうとして。

 

「すずか、アリサ」

『ッ』

「しばらくそこにいるんだ、いいな?」

 

 彼のあまりにも穏やかな声にその場へ留まることを強要される。 ――――そして。

 

「…………ふっ!」

「……あ」

 

 孫悟空は、いつもの黒髪を塗り替える。

 平和の象徴だったこの一家の店先で行われる変身。 体中は微かに明るみを帯び、瞳は碧色に変色する。 髪は逆立ち、その色を黄金色に変色させると……全身から闘気を吹きだしていく。

 

「あ、あのヒト……」

 

 高町桃子はかれこれ10年以上前の出来事を思い出す。

 あのとき死んだと思っていた夫を連れ、その冷たい眼差しでこちらを一礼してきた男の姿。 切れるほどに鋭いヒトを寄せ付けない雰囲気の中にも、何もかもを受け入れてもらえる暖かさを内包するその人物を。

 そして、そのときの彼といまの悟空の姿が重なるとき……

 

「ヴィータ、おめぇはシロウの事見てやっててくれ。 回復魔法が使える奴が、もう少しでこっちに来るはずだからよ」

「いやでもおまえ!」

「……頼む」

 

 孫悟空が戦士の貌をする。

 修行で強くなり、超サイヤ人を極限にまでコントロールできるようになった彼。 でもそれだけじゃ届かなかった奴相手に、これからやろうとすることは無謀の一言であろう。

 

「どう考えても、おめぇたちじゃどうにもならねぇレベルを遥かに超えちまってる。 おめぇ達には死んでもらいたくねぇんだ、だからよ……」

 

 ここは、任せてくれ。

 言わずと知れた戦闘好きの、好奇心よりも優先された申し出。 苦しそうで、痛そうで……そんな格好なのにまだ傷つく。 正直、本来なら守る側にあるヴィータは目を背けそうになる。

 

「……わかった」

 

 なるのだが、それでも彼と合わせた視線は変えられない。

 不退転を秘めた強い眼差し。 そんなものを見てしまったら……託すしかないじゃないか。 助けることも、力を貸してやる事も出来ないヴィータは彼を送ろうと――

 

「悪い、少しだけオラにくっついてろ」

「きゃあ!?」

 

 気づけば悟空の胸の中に抱かれていた。

 出てしまっていた素っ頓狂な声。 彼女らしくない甲高くも黄色い声は、周囲の面々を……

 

「……やるじゃないか、サイヤ人」

「おめぇ今、ヴィータの事を狙いやがったな」

『……い、いつの間に』

 

 おどろかすまでにはいかなかったようだ。

 不意に伸びた鋼鉄の腕。 裏拳に放たれたそれを顔まで伸ばした右手のリストバンド付近で受け止める悟空。 彼は鋼鉄の主を見据えると――高速で蹴りを入れる。

 

「……っ!」

「――――キッ!!」

 

 そして飛び交う戦士と機械。 この世界の常識と既成概念全てを洗い流す戦いへと移行していく男たちは、翠屋に居る者すべての視界から消失する。

 

 

 

「あいつ……アイツだけは――」

 

 今ので3回目だ。

 

「このヤロウ――」

 

 最初にヴィータ、次がシロウでその次がシノブ。

 オラ以外の奴に狙いを定めて気合砲をぶっ放そうとしたのが三回! こっちがマジになって倒そうと攻撃してるってのに、余裕見せながら牽制してきやがる……完全に遊んでやがる。

 

「さすがにアタマ来たッ」

「ほう、手厚い歓迎だな」

「抜かしてろ!」

 

 …………今に見てろ。

 

 

 

 

「だあああああッ!」

「ふ、遅い」

 

 孫悟空が超サイヤ人に変異してからおおよそで20秒の時がたった。

 その間に行われる攻防の数はおおよそにして200。 一秒に20手の計算だが、それでもまだまだ彼らの中では『緩い』闘いであろうか。

 しかし周りから見れば強烈至極な戦いは物理的な嵐をもって、周りの人物たちを彼等から遠ざけようとしていた。

 

「こわかった……そ、それより――恭也、今どうなってるかわかる?」

「視力は忍の方がいいだろ? ……なら聞かなくてもわかるだろうが、悟空の劣勢だ」

「…………やっぱり」

 

 ドゥン――唸る大空を睨むかのように見上げる忍と、全体を眺めるように見通す恭也はニガイ顔をする。 好転、反転、暗転……おおきく切り替わっていく戦いの情勢に不安にならない訳はないのだから。 ……それに。

 

「悟空はおそらく、一度アイツに負けているはずだ」

「……そうなの」

「あぁ。 あいつの戦いかた……何となくいつもの組手とは違った雰囲気を感じる。 ワクワクとかそういう武者震いを感じさせない、どこか緊張感を背負った感じがする」

「…………」

 

 彼から感じ取る気配は強烈だったから。

 狂おしくも絢爛煌びやかな血戦風景は、さしもの忍でさえも視線を奪われる。 常人では光がちらついている程度にしか感じない光景も、恭也は神速(わざ)で、忍は夜の一族特有の身体能力で何とか……微かに見守っていく。

 

「がんばって悟空さん」

「頼む悟空。 父さんの仇を――」

 

 一瞬だけ通り過ぎたかのように見えた悟空に、確かな声援を送る彼等彼女たち。 そんな姿は健気でありながら――確かなちからを悟空に与えている。

 

「負けないで……」

「頑張りなさいよッ!!」

 

 小さな声の一つ一つが、戦闘民族でありながらも相反する清らかな心をもつ超戦士へと集い、重なり合っていく。

 

「悟空君」

「悟空……君」

 

 夫婦が彼の残響を身に刻む中、戦いは次のステージへと移行していく。

 

 孫悟空が己が身に受けた拳打の数を180を超えるころだったろうか。 その痛みはまだ耐えられるものの、これ以上の戦闘継続が自身の限界――つまり、ジュエルシードの稼働限界に迫ってきていると肌で感じる。

 もう、何度も成ってきたあの姿に今ここでなるわけにはいかない。 それは当然だ。 こんな場面で戻ってしまっては次の瞬間に殺されるのは明白。 だからこそ孫悟空は。

 

「ッ…………――――    」

「瞬間移動か! ……いや、タダの高速移動?」

 

 クウラから放たれた高速の蹴りを躱しつつ、上空3万2千キロにまでをロケットのように飛翔する。

 

「悟空が消えた!?」

「ど、どこに」

「…………まさか」

 

 士郎、忍、恭也の三人が見渡し。 しかし、次の瞬間……太陽が二つに増える。

 

――――かぁあああああ!!

 

「お、おい……アレ」

「なんだあの光」

 

 夕焼け雲に隠れた青色の極光。

 茜雲を空色で切り裂き、アカツキ時の今を昼の景色へと逆行させる。 その光、其の力、決して人が手にすべきではない自然界ではありえない禁忌とも言える現象。 それを確認した時、高町恭也は……

 

「悟空のバカヤロウ!!」

『!?!?』

 

 あの男に罵声を投擲してやるのであった。

 この場にいる者で、いま悟空がやろうとしていることを知るのは敵味方含めて二人だけ。 その一人はいま、周囲の人間を一瞥すると焦りの色も隠さずに声を走らせる。

 

「アイツ柄にもなく焦って判断を見誤りやがった!! みんなここから離れるんだ! ――いや、もう手遅れかもしれない……しかし!」

「きょ、恭也?」

 

 何が何だか……事態を掴みかねる忍は視線を悟空と恭也へ往復させる。 その動作と同時、みるみる青ざめていくのは士郎の表情。 彼は直感したのだ。

 

「ま、まさかアレは――――悟空君の!?」

「か、か……か――」

 

 声が引きつり、表情筋がマヒする。 曇るどころか台風でも来てるんじゃないかというくらいの暗い顔は、その実、規模だけならそんなものの数倍は最悪なものを見たと言えるだろうか。

 そこから数瞬の事だった。 大空から彼の呪文が第四の詠唱まで進むと彼らは叫ぶ。

 

『かめはめ波だああ――ッ!!』

 

 逃げろ!!

 家族とその他諸々含めたすべての人間に訴えた。 その判断は正しい、その行動は称賛に値するだろう。 だが……もう、遅い。

 しかしその必死の行動の中で、一機だけ……そう、たったの一機だけ氷のように冷徹な目で上空を見上げる者がいた。

 

「…………撃てるわけがない」

 

 クウラだ。

 彼は吐き捨てるかのように言葉を出すと、高町の人間や、アリサやすずか、それに忍たちの顔だけを見る。

 それだけだ。 それだけで孫悟空という人物が、天上からの砲撃を敢行できないと踏む。

 増すばかりの極光を見ても、その考えは変わらない。

 

「馬鹿な男だ。 ハッタリをするような輩だとは思わなかったぞ? 超サイヤ人」

 

 聞こえない距離でも、まるで会話をするかのような単調さで言い放つクウラ。 当然と言えばそうであろう。 付いた実力の差は、どう見積もっても彼奴には負けないという自信をクウラに与えているのだから。

 

――――そう、その自信が。

 

「そんな馬鹿でかい物を落とせば、この街だけではない。 この星そのものが消えてなくなるのがわからんのか?」

『星?!』

「貴様にはガッカリだ。 底が知れたなソンゴクウ」

 

「――――――…………あぁ、そうかよ」

 

 

 慢心になっていたとも知らずに。

 

 背後だ。 突然クウラの背後から青い太陽が出現する。

 規模にして直径20センチ。 バスケットボールほどもない閃光球の持ち主は…………いうまでもないだろう。

 

「しまっ――――!」

 

 確認した時には。

 

「波ぁぁあああ!!」

 

青年の手のひらから極大の閃光がクウラの上半身を吹き飛ばしていた。

 輝きに吸い込まれていく鋼鉄たち。 眼球状のセンサーに、肩に仕込まれたテーパベアリング。 さらに各神経伝達配線や剛性と柔軟性のあるケーブル。

 ありとあらゆる機械部品が光の中に消え、この世から消滅させられていく。

 

「す、すげぇ。 不意打ちとはいえあんな化け物を」

「しかも軌道をわずかに上に逸らして街への被害を防いでる。 戦いながらそこまでの気遣いが出来るなんて」

 

 先ほどまでの恐慌が嘘のように、今舞い散る光の残滓を見上げる高町の男衆。 視線の先にある青い焔は静かに消えていき、対比のように舞い上がっていくものがひとつ……

 

「……やった」

「悟空さん、勝ったんだ」

 

 豪華絢爛な輝き達は、まるで戦士の勝利を祝福するかのよう。

 アリサもすずかもどこかでそれを感じ取ったのだろう。 彼を見る目にうっすらと雫を流すと、抱きつきたいという衝動を今か今かと溢れ出しながら駆けだそうと――――

 

「おめぇたち、もう少しだけ待っててくれ」

『!?!?』

 

 手のひらを彼女たちに向ける悟空。

 傷つき、ボロボロで、やけどの跡もあるその手はどこか壮大で偉大で……温かさすら感じる。 そんなものを見せられたら、悲壮で動いていた彼女たちは止まるしかないじゃないか。 ……卑怯。

 そんな言葉が出かかるときであった。

 

「アイツには色々と大事なモンを取られたまんまだ。 それに――」

[…………]

「こんな程度でくたばるんなら苦労はねぇ。 起きろ、いつまで寝たふりなんかしてるんだ」

[…………ち]

 

 その声を聞いたとき、皆の足がすくんでしまう。

 なんという事か。 この、既にスクラップと形容できる物体から音声が聞こえてくるのだ。 もう、ついたと思った決着は、その実次のラウンドへの準備運動程度でしかなかったのか?

 悟空以外の人間は、既に全身から力が出せないでいた。

 

「どうしてわかった?」

「何となく手ごたえがなかった。 こうなるだろうとは予想が出来たさ」

「……甘く見ていたのはこのオレの方だったか」

 

 スクラップと会話する悟空。 その会話の速さが途切れ途切れから流暢なものに変わる頃、上半身が吹き飛んだクウラのボディーはひとりでに立ち上がる。

 

「前に聞いていた闇の書の転生機能。 そして、このあいだやった時の感じから、大体のことはわかる。 おめぇ、回復に関してはおそらくピッコロとは比べ物にならねぇはずだ。 ちがうか?」

「それはどうかな?」

 

 カラダ……脊髄付近からワイヤーが溢れ出さす。 火山の噴火のように広がり、一気に集まり束ねられていき――身体を構成していく。 ナノマシンでも使っているのだろうか? いくつもの小さな金属片がそれらの不確かな部品を覆っていくと、確かなボディを形成していく。

 クウラは、完全に復活する。

 

「これがタダの回復だと思うのなら、また同じことをしてみればいい」

「……あぁ、そうかよ」

 

 言葉はここまで。

 ふたりの間に風が吹き抜けると――景色が爆発する。

 

「だあっらぁああ!!」

 

 先攻は悟空が制したようだ。 彼は振りあげた右腕を、拳銃の引き金よろしく……爆発音の鳴り響く前に撃ちぬくと、クウラの左胸元に衝突させる。

 鳴り響く音はそのまま恭也たちを吹き飛ばし、唸りを上げる力の奔流は彼らの周囲に竜巻を作る。

 

 そんな、激しい力のぶつかり合いなのに。

 

「……どうした? そんなものかサイヤ人」

「く、きかねぇ」

 

 悟空の拳は、またもヤツの装甲に阻まれる。

 先ほどの時よりもさらに威力をあげた渾身の振りだ。 力の流れは完璧で、込めた感情もこれ異常にないくらいのテンションだった――筈なのに。

 

「効かん!」

「うぐっ!?」

「効かないんだよ――」

「あぐっ!!」

 

 尾で足を払われ、蹴りが悟空の腹に収められる。 だが、ここで終わるのなら――……

 

「―――……はじめっから諦めてらぁ!!」

「なに!?」

 

 瞬間移動で背後を取り、すかさず拳を振り上げる。

 先ほどと同じ振り、でも、緑色の目に映る覇気は凄まじい物がある。 黄金の頭髪を激しく揺らすと、彼の身体は剛い焔に包まれる。

 

「うぉぉおおおおッ!」

「いまさらそんな拳がきくか!!」

 

 背後という至近距離から出せる最大戦速。 脚、腰、背筋、肩――――関節という関節を通した力の“増幅”はとどまることを知らない。

 まだ上がる。 いくらでもあがっていく。

 今までで一番とも言える過剰な力の増幅が行われ、悟空の身体から軋み音が唸る手前……彼の身体の炎の色は劇的に変化する。

 

「喰らえ!!」

 

 色は紅蓮。

 赤い閃光纏いし黄金の超戦士がいま、銀の機械に向かって持てる限りの踏み込みで右こぶしを打ち出す。

 其の超戦士、技の名は――――

 

「だぁぁぁあああああああああああ――――超界王拳(スーパーかいおうけん)ッ!!」

「ぐぉぉぉおおお!?」

 

 世界の王を極め超絶せし拳。

 

 銀の装甲をいとも簡単に破り、相手の心臓部と思しきものを鷲づかみにする悟空。 それを思い切りよく握り潰し、手の中に気の塊を生成すると……炸裂させる。

 

「ぐげええ――ッ!!」

「…………っ」

 

 吹き飛ぶクウラの左半身。

 気合と共に振りぬかれた、悟空がいま出せる最強の拳打。 これで倒れない道理はない……そう、相手を倒すまでは出来たのだ。

 

「悟空……?」

「…………」

 

 しかしピクリとも動かない両者。

 何かがおかしいと、声をかけていた恭也は思わず目を見張る。

 

「おい、おまえ……!」

「やられた……かはっ!?」

 

 同時、眼下の地面が鮮血に染まる。

 

「悟空さん!!」

「ご、悟空!?」

 

 そのとき恭也は見てしまった、彼から伸びる一筋の銀光を。 鋭く、鋼鉄よりも堅牢な……手刀。

 それが悟空の胴から背中へと突き抜け、彼の生命を著しく削り取っていく様を見てしまったのだ。

 

「おまえ……身体が」

「来るなみんな……まだ、決着(ケリ)ついてねぇ」

「……おまえ」

 

 界王拳の輝きは既にない。 超サイヤ人から来る黄金の輝きもすでに弱々しい。 だが、それでも眼光だけ強い悟空は右足をクウラの脇腹に添える。

 

「ぐおぉ……この!」

 

 同時に足に力を加えると、そのままクウラを引きはがそうとする。 だが、それは彼に突き刺さった手刀を動かすことを意味し、グジュグジュと音を立てるその光景は、既に地獄絵図をも思わせる凄惨さを……見せつける。

 

「は、離れろ……っ」

 

 手刀が背中から見えなくなり、彼の内臓へと逆行していく。 刺激されていく激しい痛覚を奥歯で噛み殺し、叫び声すら出さずに悟空はひたすら足に力を入れていく。

 

「はなれろおおーーー!!」

 

 ついぞや叫んだ彼の身体から、銀の手刀が取り外されていく。

 しかし彼は奴を離さない。 掴んだクウラの右腕を振りかぶると、そのまま一本背負いの形を取る。

 踏み込み、屈み、全身のバネを一気に解き放つ。

 遠くへ遠くへ……成層圏まで行ってしまえと、奴を物理的に遠ざける。

 

「はぁ……はあっ!!」

「ご、悟空!!」

 

 ここで、やっと近寄ることが出来た悟空以外の人物たち。

 ある者はその傷の深さに眩暈をきたし、ある者はこの傷を作ったクウラに憎悪の感情を煮えたぎらせる。

 皆が複雑な心持で彼を囲む中、金髪を逆立てたままの悟空はいまだ臨戦態勢。 弱った体でなおも立ち上がり天上を見上げる。

 

「もう、やめて……」

「すずか……?」

 

 そんな彼に、ついに堰(せき)を切ったのであろう、月村すずかは泣きじゃくるように地面に伏せる。 見たくない……こんなボロボロで危なっかしい彼を、これ以上は――だけどその願いは。

 

「わりぃな、どうしてもあいつは倒さなきゃなんねぇンだ」

「でも!」

 

 聞き入れることが叶わない願い。

 初めて言ったであろうすずかの我が儘も、状況が決して許そうとしない。 崩れたコンクリートとアスファルトを蹴り、独り立ち上がる悟空は目だけは優しく彼女に語りかけ……

 

「……すまねぇ」

「悟空さん……!」

 

 拳を握る。

 

「みんなをこんな目に逢わせてよ、そんではやてやあの娘をあんな顔させて――なのはとフェイトを自分の力のために利用したあいつは――アイツだけは」

 

 フラフラの身体。 体中に行き届かない血流は、彼から体力を大幅に削り取っていく。 でも、それでも。

 

「絶対に許しちゃおけねぇ。 それにここで倒しておかねぇと、確実にみんな殺される――そんなの我慢なんねぇッ!!」

 

 彼は自分の身体に鞭を打つ。

 これ以上痛めつけてどうするつもりか……常人では理解できないナニカが、彼の身体を支えていく。

 怒り、悲しみ、そして周囲の人間の信頼が――今の彼を地に伏せさせない。

 孫悟空は、覇気をみなぎらせながら黄金のフレアを周囲へまき散らせる。

 

 明らかな無理。

 できないとわかった勝利への道。

 つかめない……希望。

 

 果てなき闘いを予想させるクウラの再生能力に、さしもの悟空も既に敗戦濃いのは誰が見ても明らかだ。

 それでも立ち上がる彼が“あの者たち”にはどう映ったのだろう。

 

「な、なんだ……コレ」

 

 悟空の周囲になにかが旋回する。

 アクセサリ、指輪、ガントレット。 姿様々なその物たちは、どうしてだろう、すぐ後ろで見ていたヴィータには覚えのある代物だった。

 

「……あったけぇ」

 

 その光に包まれる悟空の身体から痛覚が消えていく。

 決して悪い方向ではない感覚に、警戒心の一部を解いた彼は……遂に思い出す。

 

「見たことがあるぞそう言えば。 これってもしかして――」

 

 見渡し、思い返せば簡単なことだ。

 先ほど闇の書の娘から託され、渋々手のひらから零した道具たち。 どういう意味か解らないが、とにかく託されたそれを思い出した悟空は不思議に思う。

 これは、あの世界に置いてきたのではないのか……と。

 

「!? な、なんだ――」

 

 唐突に輝く道具たち。

 その色は悟空と同じく金色と……どこかで見たような深い青い色。 その2色に点灯し始めた道具たちは、まるで踊るように彼の周囲で騒ぎ出す。

 同時、悟空からあふれ出ていた金色のフレアは、吹き付けるかのように道具たちへ舞い上がっていく。

 

「こいつらまさかオラの気を吸い取って……?」

 

 そう、解釈もできる事態の中でも悟空は取りあえずまだ冷静でいられる。

 いや、そもそも慌てる要素が無いに等しいのだが、それでも今起きている事態が何か大切な儀式でもあるかのように直感して……

 

「……」

 

 気づけば固唾をのんでいた。

 

「……え、この感じって」

 

 そして気付いた懐かしい感覚。

 凛としていて、朗らかで、落ち着いていて…………心の有り様3つが混じりあった不思議な感覚――魔力を感じ取った悟空は、その内に答えを得る。

 そう、ついに帰ってきたのだ、彼等が。

 

「そうか。 そりゃあアイツが必死こいて渡してくるのもうなずける……な」

『…………』

 

 光り輝き、閃光と化した道具たちの光量が肥大化する。 150から180㎝程度の大きさにまで変貌すると、ついにヒト型へと姿を作り変えていく。

 

「……」

 

 言葉はない。 今ある事実を受け入れるだけだと、悟空は心静かに彼等を迎え入れる。 何もなかったわけじゃないし、いろいろと手を煩わせたと文句を言いあう事すら出来る仲でもあろう。

 けど……ほんとうに言葉はないのだ。

 

「…………」

「…………」

 

 見つめ合う彼等。

 青年と、光の中から生まれ変わった彼女たちはそのまま数瞬のあいだ戦いを忘れていた。 思い出すのは過去の出来事……笑った、泣いた、怒った……なにより――

 様々な喜怒哀楽を思い起こし、ついに彼らは歩みを同じくする。

 

「無事でよかったぞ、おめぇたち」

「…………孫」

 

 聞きたかった言葉と、見たかった笑顔。

 思いの丈があふれるのを我慢でもしているのだろうか? 彼女の手は微かに震えているかのように見える。

 

 そしてそんな悟空たちの背後から声をかける幼子が独り……もちろんそれは。

 

「ゴクウ!」

 

 ……ヴィータだ。

 彼女は今にも泣きそうで……だけどニヤケルくらいに口元を緩めると傷ついた青年の足元で言葉を飲む。

 息を吸い、吐き出して。 言いたいことに算段を付けると。

 

「すまないヴィータ。 一人にしてしまって」

「油断しすぎなんだよ――ひぐっ……お、お前たちはさ」

「ふ……そうだな。 それに孫、今回こうなったのはお前の事を信じきれなかった我等のせいだ……ほんとうにすまない」

 

 先制してきた剣士に言葉を詰まらせ、気付けば目尻から雫を零していた。 長くもあり短くもあった別れは、それほどにいままでが濃密な毎日だったから。

 鉄槌の騎士が嗚咽を漏らす中、戦闘態勢そのままの悟空は声をかける――とても優しく。

 

「礼はいらねぇかんな。 正直言うとオラ、半分おめぇ達を見捨てようとも思ったし」

「……当然だろうな。 私も逆の立場なら殺しに行っていたかもしれん」

 

 しかしその内容は殺伐としたもの。

 あまりにもあんまりな内容に、思わずヴィータが悟空のズボンを握りだす始末だ。 しわを作り、ギュッと音を立てると小さくうずくまろうとして……

 

「だが」

「……」

「やはり貴様には何かしら恩を返したい。 ……その、なんだ。 ヴィータも世話になったことだしな」

「そういやそうだな、じゃあ…………」

 

 そんな姿を見下ろす二人は、そのままひっそり口元を崩す。

 小さく息を漏らし、視線を交じらわせると互いに言いたいことを雰囲気だけで受け取り……察する。

 いま一番目の前の騎士がしたい事―― 

 

「オラ、いまとってもはやての飯が食いてぇんだ」

「…………ふ、まさかそんな簡単なことでいいのか?」

「言ってくれるじゃねぇか――あぁ、そうだ。 おめぇには一回だけ半殺しにしちまった分、謝んねぇとなぁ……何かできることあっか?」

 

今一番孫悟空がやらなければならないこと――――

 

「私はそうだな……このあいだ私の身体を操ったクウラに一杯食わせたという金髪の少女と手合せをしてみたい」

「へぇ、随分とお安い御用じゃねぇか」

「ふふ、貴様随分……」

 

 ものの見事に合致したお互いの目的。

 ……素直じゃないなぁ、なんて。 ヴィータが苦く笑う中でも、戦士と剣士の打ち合いは弾むばかり。 そろそろ天上に打ち上げた機械の怪物がしびれを切らす頃であろうかと、悟空がそっと目線を配ると……

 

「孫、いまの貴様での勝率を教えろ」

「……正直言って4割以下だろうな。 なんといってもあの回復が邪魔だし、なのはたちもきちんと救ってやらねぇとなんねぇから跡形もなく消すってのはできねぇ」

「そうか」

 

 出来るのか?

 そう言った質問が来ないのは、やはり彼女が悟空の全貌を把握したからだろうか。 早々に始まり、順当に進んでいく作戦会議の中で剣を持つ彼女は問う。

 

「孫、貴様あのときになった姿にはもう成れないのか?」

「……あのとき? いつのことだ」

「とぼけるな。 クウラに殺されかけたあの時だ」

「…………」

 

 しかし悟空は暗い顔をして。

 

「そいつはちぃと無理な相談だな。 さっきから成ろうとは思ってはいるけど、どうにも気の上がり方が不十分だ。 ……なにか、何かが足りねぇ」

「やはりな」

「――やはり?」

 

 されど剣士は――シグナムはそれを見越していたのだ。

 触れた常識外の世界と、自身の持つ数百年という歴史が与える戦闘景色。 変わってきた今までの戦闘の世界と、蓄えてきた記録の膨大さは伊達ではない。

彼女は今、悟空の言う足りないモノをズバリと言い当てる。

 

「いまの貴様はジュエルシードの魔力を消費させることで、己に掛かっている一種の呪いを相殺している。 その点は良いな?」

「あ、あぁ」

「だからこその大人の姿と、あの子供の姿だ。 それに超サイヤ人なるものに変異した時に一気に消費するのは、それだけあれが身体に負担をかけ呪いのチカラに刺激を与えるから。 だからこそ反動を抑えるべく、ジュエルシードは必要以上に魔力を放ち、貴様をキックバックから遠ざけている」

「そう……なのか?」

 

 知らない単語の羅列に目をまわしそうになるものの。

 

「とにかくだ、貴様にもわかりやすく言うならそのジュエルシードがあるから、貴様はあの弱い姿にならず、尚且つあれほどのパワーを出せている」

「お、おう」

「そして、先ほど言った呪い……これに対してお前はおそらく本来持っていたであろう力と記憶、その両方を封殺されているとみていい。 クウラの中から見た記憶と、闇の書から流れ込んできた情報を統計するなら間違いないだろう」

「…………オラに、今以上のパワーが?」

 

 来た答えに、思わず自身の拳を見てしまう。

 どう考えても今が限界の筈。 見えてしまった壁に一時は落胆したのもつかの間、ついさっきの変貌は確かな手ごたえをもたらしていたのも事実。

 偶然だった……そう、片付けようとしていた節もあったかもしれないときに言い渡された情報に、悟空は喜びを抑えきれそうになく……だが。

 

「だがそんなもんがあったとして、簡単に引き出す方法なんてよ。 悟飯ならともかく、オラたちは怒りだけで一気に強くなれるもんじゃねぇ。 それを――」

「わかっている。 貴様はあの男の子とは違う。 そんなことはこちらも承知の上だ」

「…………じゃあどうすんだ」

 

 遠い眼差しで街を見渡したシグナムは、そのまま己が騎士たちを見渡す。

 ザフィーラ、シャマル……そして今合流したヴィータでさえも頷くと、彼女たちは悟空の方へ一斉に視線を向ける。

 

「な、なんだよ?」

「孫」

「え?」

 

 寂しそうでいて……やさしい眼差しだった。

 

 笑いかけ、見送るかのような騎士たちの目は悟空にある種の不安さえ持たせる。 あの悟空を不安にさせるほどに柔く、儚い表情の騎士たち。

 彼らは悟空を取り囲み、一つの陣形を成すと…………

 

「言うまでもないが、行くぞお前たち」

『!』

「な、なにしてんだよおめぇたち!!」

 

 孫悟空に4色の魔力が流れ込んでいく。

 その色は当然騎士たちのモノと同様。 しかし、その量が、質が――規模がありえない。 既になのはたちが持つであろうそれを遥かに凌駕して、それでも足りぬと悟空に魔力をささげていく。

 

「ふ、服が――」

 

 騎士甲冑がうっすらと消えていく。 衣服だけになった彼女たちは、それでも悟空へ送る魔力を遮断しない。

 まだだ……そう言って聞かせるかのように紡いだ口は、己が決意を鈍らせないようにしたかのよう。 彼女たちの献身が続く。

 

「シグナム! お、おめぇ達身体が消えて行って――」

「案ずるな」

「いやそんなこと言われてもよ!!」

「貴様は只、そこで傷が癒えるのを待っていればいい」

 

 長身の剣士は彼を言葉で押しとどめる。 しかしそれでもと悟空が動こうとすれば――

 

「急に動いちゃダメですよ。 おなかに穴が開いてるんですから」

「シャマル……でもよ!」

「いいですか? これは何も犠牲になろうってわけじゃないんです……」

「んなこといっても。 現におめぇ達!」

 

 穏やかな湖の如く、ほほえみが良く似合う術士が彼を光で包み込む。

 

「お、おお!? き、傷が治っていく」

「当然だ、少しは落ち着け。 我らが持つ技法の数々は既存の物とは比べ物にならない。 だからこそ騎士と名乗り、主を守ることを生業とできるのだ」

「……ザフィーラ」

「そして孫悟空。 お前はそんな我らすらも守ろうとした男だ。 それがこのようなところで倒れてもらっては困る」

 

 先走ろうとする悟空を、言葉と行動で抑え、落ち着かせ、堅牢な城が如く守護する。 褐色の彼はそのまま正面切って見つめると、遠い空を見るように視線を切る。

 そして最後、今のいままで喋ることがなかった赤が――悟空の困惑顔を……

 

「あたし嬉しいんだ」

「……え?」

「気付けばあたしらを笑わせてくれるお前をさ、いつかみんなで助けられればって、ずっとずっと思ってたから。 ――だから今それが出来てうれしいんだ」

「ヴィータ……おめぇ」

 

 吹き飛ばす。

 

 紅よりも真っ赤にした頬は何を物語っているのだろう。 悲哀? 愁い? ……それとも。

 分らない方が面白いと、剣士の女が微笑む中で皆は視線をひとつに集める。

 その場にいるのは当然の如く最強の戦士……孫悟空。 彼に意識を集中するたびに、彼等の意識はうつろう世界へいざなわれる。

 

 せっかく出会ったこの瞬間も、既に終わりの時が近づいてきている。 

 少ない時間の中で、騎士の将たる彼女は最後に――悟空へと微笑んだ。

 

「孫……」

「…………」

 

 うつろう事のない瞳に、青年の姿を映しだし……けれど一瞬だけ息を呑みこんだ彼女はそのまま言葉を迷う。

 最後の言葉になるかもしれないのだ、迷うのは仕方がないかもしれない。 けど、彼女が迷ったのは“そんなつまらない理由”ではなくて。

 

「ご、ごごっ――」

「?」

 

 咳をひとつ。

 佇まい直して、もう一度。

 

「頑張れ、……………………悟空」

「――おう。 任せとけ」

 

 その、たった一言を残して、騎士たちは悟空の中へと消えていく。

 生命体ではない彼等が魔力の粒子となって溶け合い、純粋なチカラの塊として悟空の体内にあるジュエルシードに、一つの変化をもたらす。

 

「……すげぇ」

 

 感想はそれだけ。 なぜならそれ以上は言葉にできるほど、彼が言葉を知らないから。

 不快感というにはあたたかくて。

 違和感というにはしっくりくる。

 

 これは、そういった変化だと言えるだろうか。

 

「どんどん身体があったまってくる感じだ。 体中の傷も――あっちゅうまに治っちまった」

 

 腹の風穴は消え去り、擦り傷切り傷かすり傷は既に見当たらない。

 完全なる治癒に、だけど驚くことはない。 なぜなら今ここに、更なる驚愕が待ち構えているのだから。

 

「……そうか。 そういうことなのか」

 

 あたまの中に有った“モヤ”は、ほんの少しだけ鮮明になり。 身体を覆うようだった“重し”も、何となく消えた風に思える。

 イヤ、少し違うだろうか? なにせさっきまでは――

 

「あれで限界を感じていたはずなのに……すげぇや」

 

 それがすべてだと思っていたのだから。

 

「いける。 これならいけるかもしれねぇ!」

 

 唸りを上げそうになる全身を、まだだ、まだだとなだめて押さえつける。 ぶつけるにはちょうどいい相手が遥か上空で待っていてくれてるのだ。 なら、やる事は簡単だ。

 

「……ふぅ」

『!?!?』

 

 それを見て、皆が今度は驚愕に駆られる。

 なにせ今の孫悟空の髪は黒。 超を冠する戦士を解いて、実にリラックスしてしまっているのだから。

 どういうことだ……士郎が呟いたのは必然だ――――だが。

 

「…………せい!!」

 

 次の瞬間には、空間が嘶き(いななき)、爆ぜる音を奏でていた。

 腰を落とし、上空に向けて狙いを定めたかと思ったら既に腕を腰元に収めていた。 彼は瞬間的な掌底を【何処】かに放つと、そのまま妖しく笑う。

 

「あぁ、当たったぞ…………―タ」

『??』

 

 そうしてやさしく笑うと、どことも知れない方角へ視線をくれ、彼はそのまま――

 

「わかってる………グ…見せてやるよ、“壁”を超えたサイヤ人ってのをさ」

「悟空さん……?」

「あ、アイツさっきから誰と話してんのよ」

 

 周りの人間が疑問に首を傾げていようが、悟空の独り言は収まらない。

 まるで子供にせがまれた父親の様な物腰で、しかしすぐさま雰囲気が――世界が変貌する。

 

「ふッ……ぐぐぐ……ぐぅぅぅぅううううう――――ッ!!」

 

 変わった自分。 それが判らないというのならば、いまこそそれを見せてくれよう。

 黒髪は戦慄(わなな)き、天上は唸り大地が裂けていく。 悟空のいる大地が、まるで地の底へと引き込まれるかのように沈みだすと、世界が震え叫びだす。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁあああああああ」

 

 ぶれる。

 グラグラと変動していく世界中の風、大気……そして海や大地までも。 彼のチカラの流れに、いま、世界そのものが流れを変えたのだ。

 

 唸る声は咆哮に。 猛る力は……天に昇る。

 

 金色だ。

 いつもの金色だ。

 

 けど、その色にはいつも見なかった色がアクセントとして煌めいていた。

 

「ぐあああああああああああああああああああああああああああああああああ」

「か、かわった……」

 

 その変化は些細なものであっただろう。

 だからこそ彼の凄みをより一層引き出していることに、いったい何人の――幾許の世界が気付くことが出来るのだろうか。

 彼はいま、ついに壁を越えることが出来た――超サイヤ人のという、とてつもなく高い絶壁を。

 

「わかる。 わかるよ悟空君。 いまキミは自分の限界以上に踏み込んだんだね……そこまで、どれほどに辛いことがあったのだろうか……」

 

 父親は完全に脱力していた。

 目の前の圧倒的な力の奔流もそうだが、何より、黄金と、蒼い稲光を網膜に焼き付けられてしまった時から、身体は警戒することを放棄してしまったのだ。

 自身をここまで傷つけたものがまだ居るはずなのに。

 でも、それでももう戦う必要がないと訴えかけるのだ――本能が。

 

「…………」

 

 逆立つ髪。

 けれどそのいきり立つ様はいつもの比ではないし、鋭い視線は正に刀剣類と差支えの無い切れ味を与えてくる。

 物理的な切れ味。 そう言っても過言でない彼のエメラルドグリーンの瞳は、頭上に居るはずのクウラを……捉える。

 

「待っていろよクウラ……今、全てを返してもらう」

 

 寡黙に過ぎる彼。

 恐ろしいくらいに無口だった彼は、いつかの時に在った戦闘本能を極端に抑えた超サイヤ人のよう。

 それでも彼は、孫悟空は――

 

「そして闇の書。 一発ぶん殴ってでも思い出させてやるよ――」

 

 稲妻を体中に迸らせると。

 

「…………本当の名前ってやつをな」

 

 彼は瞬間よりも早く空を翔けあがる。

 輝きよりも瞬きよりも……稲光よりも早く激しく……彼は戦場を空へと移していく。

 

「クウラァァあああああッ!!」

 

 穏やかを遥かに下回る平静の中で、孫悟空という男は今、戦哮を彼方へ轟かせる。

 戦いは、ついに終局を迎えようとしていた。

 

 




悟空「……オッス!」

アルフ「あ、あのちびすけ! どこに行っちまったのさ!? 急に人のこと置いてきぼりにして」

リンディ「あ、あの人は!! 瞬間移動で散々連れまわして、美由希さんを見つけた途端に海の上に放り投げてどこかへ行っちゃうんだから」

置いてきぼりーズ『孫悟空、許すマジ!!』

クロノ「どっちなんですか、その言い方……はぁ。 というより、次回はついに悟空があの闇の書を……葬れるのか? 闇から闇に移ろうあの魔本を」

ユーノ「単純な破壊じゃ振り出しに。 かといって放っておけば地球をのものを食らい尽くしかねない。 まさか八方ふさがりなの?!」

クロノ「分からない。 でも、希望はあるはずだ――次回!」

悟空「…………魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第53話」

??の書「涙拭うは祝福せし風のごとく」

クウラ「再生が追い付かない!? どういうことだ! 今までのデータの予測数値を遥かに――」

悟空「終わりだ、クウラ。 地獄で閻魔の裁きでも受けてるんだな」

クウラ「ふざけやがって……ふざけやがってええええええッ!!」


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第53話 涙拭うは祝福せし風のごとく

結論から言いましょう。 今回でもまだあの子の真名は解放されません。
つまり決着がつかないということですのであしからず。

超サイヤ人という、ある意味、種の絶滅に反応したかのように現れたサイヤ人最強の変異。
その、絶滅の根源ともいうべき一族を根絶するべく、孫悟空は過去からの因縁にケリをつけるべく拳を打つ。

穿ったその未来に、何が待っているかも知りもせず。

りりごく53話です。


「いったい何が起こっている……」

 

 大空を漂っていただけだった。

 機械、生物、異形……そのすべてを飲み下したかのような体躯を持つソレは、今ここに来て、世界の異変を感知した。

 

「戦闘力……戦闘力が先ほどまでの倍だと!?」

 

 震える大気、割れる大地。 うねりを上げる潮は、近くの島を軽々と呑み込む。 紅よりも赤いはずの世界に上がる…………金の煌めき。

 そのどれもが彼の中に有る情報集積体を刺激し、今ある危機を自身に知らせるに至る。

 

「馬鹿な! あの体のどこにそんな力が――いや」

 

 思い起こされるのはやはり過去の出来事。

 力を吸い取り、己がものとして取って捨てたあのサイヤ人たちは、最後にいったいどうしてきたかを忘れたのか?

 

「そうだ、あの猿どもは最後の最後の悪あがきが異常なまでに厄介だった。 そんなことを忘れてしまうとは……だが」

 

 それでも、不敵に笑うクウラに死角はない。

 戦闘力がたとえ“さっきまで”の倍になったとしても、今の自分には遠く及ばない。 しかも自分には闇の書から吸収した様々な特典がある。 今の自分を止められるものなど――

 

「がふッ!?」

 

 突然、クウラの脇腹に衝撃が走る。

 きたした症状は、腹部の軽微な破損に体内のシリンダーの異常、背部神経ケーブルの断裂に骨格の亀裂……

 

「な、なんだこれは!? 内部ダメージが!」

 

 外面ならまだいいモノだが内面を覗けばかなりの物。 ズタボロにされたこの攻撃……この、物体の中に“徹す”この攻撃はデータにない。

 クウラの中からひとつ、余裕の湖面が揺れていく。

 

「ちぃ、なにか新しい技でも使ったのか……? だが、これしきのダメージなどすぐに回復してくれる」

 

 魔導師の回復魔法と、かつてビッグゲデスターとリンクしていた頃の応用ですぐさま肉体の補完を終えていく彼は、そのまま眼下を睨みつける。 高感度センサーと、望遠センサーでの合わせによる遠隔探知は、今の攻撃の犯人を捕らえる。

 捉えたはずなのに。

 

「何者だ……アイツは」

 

 そこには孫悟空などいなかった。

 

「先ほどまでの超サイヤ人ではない。 何かが変わっている」

 

 超サイヤ人、孫悟空ですらない。

 

「データに存在しない存在。 どういうことだ、あんな姿は確認されないとは……まさかこの期に及んで」

 

 更なるパワーアップを……?

 思わず握った右こぶしが語るのはおそらく焦り。 ここに来てついに見てしまったサイヤ人の可能性。 大猿以外の変異の更なる先を見たクウラは、しかしここで引くことなどありえない。

 奴は鞭の様な尾を振り回すと……――――

 

「――――……きえぇぇえええい!!」

『!?!?』

 

 一気に距離を詰める。

 不意に現れた鋼鉄の手刀。 それが悟空の背中に襲い掛かると同時、月村忍は己の目を覆った。

 この中に居る地球人ではおそらく最高の身体機能(ポテンシャル)を秘めた彼女だけが追えた一連の動き。

 しかしその先は見るも無残な未来だと、脳が判断したからこそ覆った視界は――果たして正確な判断だったのだろうか。

 

「…………あ?」

「…………遅ぇよ」

 

 次に手をどけた先にあったのは、その首を180度ひん曲げたクウラの頭部であった。

 電子音が鳴り、火花が散る中でも彼らの戦いはまだ終わらない。 それを証明するかのようにクウラの口元が震え……戦慄き……音声を発する。

 

「ば、馬鹿な……」

「…………」

 

 その声は驚愕というより、むしろ恐れを含んでいたかもしれない。

 表情は鉄よりも冷たいはずなのに、その声だけなら何よりも弱々しかったに違いない。 クウラの中に有るかつての感情が――敗北の感覚が走馬灯のように駆けると、彼はもげそうな首をそのままに胴をまわす。

 

「こんな馬鹿な!!」

「……っ」

 

 ケリ。

 胴の回転を含めた威力が高いそれに、だけど悟空の表情は涼しいまま。 姿勢を変えるだけでその足刀を涼風が如くやり過ごし。

 

「――ッ!」

「おぐぉ!?」

 

 気づけばクウラがうめき声を上げるに至る。

 

「いま悟空さんなにしたの?」

「あの怪物がいきなり叫びだしたような……攻撃したとは思うけど」

「いまのは――」

 

 この瞬間に恭也の耳には何かの衝撃音が4重に聞こえはしたが、今の状態では何が起こったかを判別するかは不可能。 しかし、予想だけならできる。 彼は……

 

「あのクウラとかいう怪物に右足で2発、両手で1発ずつ攻撃を加えた……と思う」

「わかるんですか!?」

「いや、神速という技を重ね掛けしてはいるものの、既に追っているのは残像でしかないはずだ。 でもそこから予想位は出来るからな。 あいつのダメージも見て、ただそうやって判断したに過ぎないよ」

『……はぁ』

 

 超絶な高速戦闘を、モノの見事な静けさで放っているのだと。

 恭也の説明が終わると同時、爆風が高町関係者の周りに行き渡る。 風が、大気ですらその動きについて行けず、やっとここでアクションが出来た……彼らの戦闘が既に、音速を超えている証しでもあった。

 

「こ、ここまでのパワーアップを――なぜだ!!」

「……」

 

 恭也たちを置いて行くようにクウラの独白にも近い恐慌が始まる。 今あるのは間違いなく今までとは次元の違う戦闘民族の果て。

 でも、認めてはならないのは今の自分よりも上の者がいるという事実。 彼は狂者ではあるが強者でもあるのだ。 ならば、このような――こんな事態は己がプライドが許しては置けない。

 

「しかしその余裕もここまでだ」

「……」

 

 だからこそ己が身体に鞭を打つ。

 

「このオレはまだ、変身を一つ残している」

「……」

 

 あのときの戦いですらなされなかった自身の最強の姿――機械であるためにできない身体の変態を、最恐の自分を今、世界に披露してくれよう。

 

「この姿を――はぁぁぁああああ」

 

 身体が急激に膨れ上がる。

 腕も足もひと回りずつ体積を増すと、そのまま全身に力の流れをまわしだす。

 

「見てしまったからには――死んでもらうぞ必ず! サイヤ人!!」

「…………」

 

 身体の大きさと、気の膨大さが一気に膨れ上がる。 力という力が――ステータスが莫大な数にまで上がると、クウラの鋼鉄の身体は更なる変異を遂げていく。

 肩が、腰が、胴が――そして頭部には破壊の象徴たる4本の角が。 彼の身体に荒々しく攻撃的なデザインを施していくと、そのまま荒れ狂う気は静かに収束していく。

 

「……驚いた」

「――ふっ」

 

 其の一言だ。 孫悟空が口を初めて開いたのは――しかしたったの一言。

 なんでもないとすら思わせるその視線の変化の無さに、心のどこかにさわるものが在ったのであろう。 クウラは浅く息を吐くと大地を踏みしめる。

 

「きゃあああ!?」

「じ、地割れが――」

「…………」

 

 たったのそれだけで大地は陥没し、翠屋の一角が大きく傾いていく。

 周りにいる子供たち、夫婦、友が怯える中。 孫悟空の視線は少しだけ鋭くなる。

 

「はぁ……hぁあああ――ふはははは!! なったぞついに!! 力だ……全てを超えるパワーを手に入れたぞ!!」

「……―――」

「圧倒的なパワーだ、これさえあれば貴様など!!」

「――――……」

「……な、に?!」

 

 そうして上がった咆哮の中には、既に高町の面々はどこにもいなかった。

 あたり一面には人っ子一人いない。 静寂が支配する翠屋のわきにて今、孫悟空は最強を自称する怪物へと歩みを進める。

 

「貴様があんまりにもうるさいもんだからよぉ、アリサやすずかの奴が今にも泣きそうだったんだ。 だから悪いが、ギャラリーってのには退散願った訳だ」

「…………い、いつの間に」

「瞬間移動なら大したことはないだろ。 それくらい、貴様にだってわかるはずだ」

 

 冷徹にまで硬いブーツが奏でる音。

 こつんこつん……と言う規則正しい音は却って不気味さをもたらすまでに至るだろう。 しかし悟空の表情は変わらない。 どこまでも、どこまでも静かで――――

 

「そうだろ、クウラ」

「が!? がが……が!!?」

 

 冷淡であった。

 

「お、お前いつの間にッ!!」

「……」

 

 クウラの……クウラの背部から突き出た腕。 それはあまりにも当然のようにそこに在ったものだから、当の本人もつい数秒まで気づくことが出来ずにいた。

 まるで切られたばかりの刺身の如く、彼はカラダをケイレンさせる。

 

「“いまの”が瞬間移動じゃないのはわかるよな」

「こ、こんな馬鹿な……ッ!!」

 

 数回の会話の後に鳴り響く爆音。

 風が爆ぜたそれは、今の攻撃力の高さを忠実に再現するかのように音量を最大にまで上げている。

 けたたましいそれを持ってしても、クウラの疑問の感情を払拭することは不可能なのだが……

 

「もうあきらめるんだな。 今のオレには貴様なんかじゃ遠く及ばない。 さっさとなのはたちを返して……」

「ぐ、ぐぅぅ」

 

 その冷たい目が――悟空の冷淡な視線がクウラを射抜くとき。

 

「この星から消えろ」

「こ、このぉぉぉォォオオオ!!」

 

 彼は、ついに冷静さを見失う。

 

「貴様なんぞに!!」

「……っ」

 

 振った腕は掠ることすらなく。

 

「貴様なんぞに!!!」

「……馬鹿な奴だ――与えてやったんだぞ! 最後のチャンスをッ!!」

 

 上げた脚は悟空を捉えることが出来ない。

 どこまでも開いた戦闘能力の差に、もはや驚くことすら出来ないクウラ。 悔しさと惨めさ、さらに優越感から落ちたショックで彼の心境は既に地の底へ落ちている。

 余裕のない姿というよりは、まるで思い通りに行かなかった子供の駄々にさえ見えてしまう彼の姿はどこまでも哀れだ。

 

……そんな優しいことを思ってやるほど、今の悟空は穏やかではないのだが。

 

「大人しく消えていれば――」

「あが!?」

 

 振るわれたクウラの右腕。 上体をそらすだけでかわすと、左手で手首を持ち身体全体をコマのように回転させて……関節を極める。

 

「殺されないで済んだ物を」

「があああッ!!」

 

 そこから先で鳴らされた音はまるで小枝を折るかのようでいて……その実岩石を砕いた音とも形容できただろう。

 転がる大きな金属片は、そのまま動かず大地に置き去りにされる。 同時、その塊の上から。

 

「うでが……このオレの腕がッ!?」

「……本当に、馬鹿な奴だ」

 

 透明の鮮血が降り注ぐ。

 機械ゆえに身体を廻るのは血液ではない。 しかし、その代用品は確かに存在していて……その飛沫が上がる頃、何やら5、6回ほど空気を叩く音が聞こえると悟空は背を向けて佇む。

 

「がぁぁぁああああッ!!!?」

「終わりだ……クウラ」

 

 瞬間。

 クウラの五臓六腑がぶちまけられる。 5分割された彼に反撃のチャンスなどある訳もなく、ただ、無様に地面に転がり醜態をさらすのみ。

 

 孫悟空はそんな姿を見ないで、遠くの空を眺めるだけであった。

 

「…………おめぇら一族には二度と会いたくねぇ」

 

 そんな、一言を残しながら。

 

 

 

「さぁて、この後はどうしたモノか」

 

 クウラのヤツは取りあえず放っておいてもいいだろう。

 あそこから再生は出来るだろうが、残った魔力と気が少ないせいか今はその反応が薄い。 ……ここからだ、ここからどうやってなのはたちを助けるかだが。

 

【孫、貴様これからどうするつもりだ? 主たちをどうやって】

「……あぁ、そのことなんだが……どうするかな」

【お、おまえ……はぁ】

 

 んで、結構驚いたことなんだが。 どうやらさっき取り込んだシグナム達とは、まるでテレパシーを使った時のように話せるみたいだ。

 消えちまったと思ったときはどうするかと悩んでは見たが、こうも簡単に話が出来るなら、きっと後でどうとでもなるだろう。

 さてと、シグナム達の事は一端置いておくとして。 なのはやフェイト……取り込まれちまった奴らをどうするかだが。

 

「……こうなったら一か八かだな」

【何か考えがあるのかよ?】

「まぁそんなに焦るなヴィータ。 こっからはオレにだってわからない領域ってやつなんだ」

【……おう】

 

 いきり立ちそうなヴィータには取りあえず引っ込んでもらって、オレはまず気を探る。 相手は当然だがなのはとフェイト。 そのどちらかさえ分かりさえすれば……ち、ダメか、全然わからねぇ。

 

「シャマル、悪いが手を貸してくれ」

【え、わたしですか?】

「そうだ。 いまからなのはたちの所に“行く” それにはあいつ等の居場所を掴まないことにはどうしようもない。 だからここで活躍するのはお前の転移のチカラだ」

【せ、責任重大ですね】

「そうだ。 しっかりしてくれよ?」

【はい!】

 

 やり方はこうだ。

 まず、いつものようにオレは瞬間移動の手順で気を探る。 そのときにちゃんと居なくなったあいつ等の事もあたまの中でイメージする。

 そんで、次にシャマルの持つ転移のチカラでアイツ等の居るであろう“場所”を探ってもらう。 ……居るのは当然クウラの中だろうが、それはあくまでも瞬間移動の手助け程度にはなるはずだ。

 

 そしてその場所と、今のオラが最大にまで高めた気の探知でイメージを固めて……狙いが固まったところに一気に瞬間移動する。

 もう、これしかねぇ。 結構強引だが、これ以外考え付かねぇ。

 

「いいか、時間も限られてるから手早くやるぞ。 一度だって失敗は許されねぇ」

【……】

「集中しろ? 少しの動揺もダメだからな」

【…………】

「もしもここでクウラの奴が起き上がったら次のチャンスは無いかもしれねぇ。 絶対にやり遂げるぞ」

【……………あのぉ、少し静かにしててもらいませんか】

「……あ、あぁ」

 

 少し張り切りすぎたか。

 シャマルのヤツに怒られちまった。 まぁ、あまりアーダコーダ言ったところで結果が良くなるわけでもないしな……任せるか。

 さっきとは比べ物にならない程にあげた集中力。 今のオレに探知できる最大の範囲……感覚で言えば宇宙の果てに行くというよりは閻魔界に行くかのような感覚をかなり引き上げたそれは、少しだけ、本当に小さなあいつ等の気と魔力を――

 

「…………オレの方は見つけたぞ」

【わたしの方も大体……行けます!】

「よし。 それじゃ行くか……アイツ等の所に」

 

 しっかりと混ぜ合わせるようにまとめたオレとシャマルのイメージ。

 暗くて……冷たい。 とっても嫌な感じの気を感じ取ってしまったときはどうしたもんかと思ったが……そう言うのはあいつ等を会ってから考えるべきだな。

 

 飛ぶ……跳ぶんだ――あいつ等が居るところに…………――――

 

 

 

 

「…………終わったのですか?」

 

 外の方が静かになった気がする。

 あの者の叫びも、クウラの怨念もいつの間にか消え、この闇の世界に元の静寂が戻っていく。 また、あのくらい日々が続くと考えると身震いするようだ……ん、身震い?

 

「もしやと思いはしましたが、まさか私があの温かさを日常と思いはじめていただなんて」

 

 愚かですよ……本当に。

 もう、何度繰り返してきた破壊と再生に身も心もあきらめという感情に染まりきったはずなのに。

 このひとは――今代こそは――などという甘い言葉で自信を保ち、絶望と共にその者すら喰らい尽くす。

 価値がないのです、私には。

 生きていることすら実感のないこの無間地獄で、私は光をただ欲していただけ。 でも、それすらも間違いなら。

 

「消えるしかないじゃないですか」

「――――…………きえる? なんのはなしだ?」

 

 この静けさも、もしかしたらいつか消える宿命にあるのかもしれません。

 あのモノだって、結局クウラのチカラに及ばず負けてしまったのでしょうし……やはり光など届かないのです。 こんな世界は。

 

「だけど……だけどこんなことって」

「なぁ! なぁったら!!」

 

 それでもあの方だけは……今代の主だけはお救いしたかった。

 何よりも暖かく、優しい彼女は――けれど持っていた闇はそれと同等に深かった。 忘れてもらいたかった、辛い過去などなければよかった。

 そう思った願いも、天邪鬼なこの魔本にとっては主を喰らう口実にはしかならなかった。

 結果、こうも複雑な精神を構築してしまったあのお方に、私はもう謝る術もない。

 けど、もう一度会うことが許されるのならば一言……たったの一言で良い。 言葉を交えたい。

 

「いいえ、許しを請いたいだけなのでしょうね。 この感情は」

「…………どうすっかなぁ。 置いて行っちまうか」

 

 このどんな闇よりも深い漆黒の世界に、たった一つだけでいいから……奇跡よ起きろ。 幾重にも渡る悲しみの連鎖を砕き、断ち切る極光をこの世界に……

 

「……なぁ、シグナム。 コイツってあれだろ? おめぇの姉貴だったり母親だったりすんだろ。 だったらどうにか――」

【無理言うな。 ほぼ初対面な上に、見かけからは想像もつかない程の強烈な思い込みキャラクターなぞ、この私にどうにかできるものか】

「……おめぇ、結構厳しいのな」

【なに、こうも厳しいのは…………身内だけさ】

 

 何やら周りが騒がしいような……いいえ、ありえませんね。 この空間に私以外の侵入者など今代の主以外ありえない。 ……ですが、そう言えばつい最近その禁を破った能天気が独り……

 

「あの者なら……?」

「……お?」

 

 むぅ……いえいえ、ありえませんよこんなこと。

 なぜに目の前にこんな和みを与える黒い瞳があるのでしょうか。 ツンツンと野良猫よりも自由に伸びた頭髪に、そよ風にでも当てられたかのような茶色い尾。

 こんな特徴的な人物は、今まで存在してきたただ一人ですが……事態が事態です。 今この場に来れるわけがありませ――――痛い!?

 

「なにゅっ?!」

「いや、おめぇがあんまりにも人の話聞かねぇモンだから……」

 

 だからと言っていきなり人の頭をブン殴るものがありますか!

 しかも男が女を……いいえ、神代の時代ではこのようなことにこだわりはないのかもしれませんがしかし! それでもこんな不作法をですね、あぁ、もう、少しコブが出来ているではないですか――ひぐっ!!

 

「痛いです……」

「いや痛くしてんだから当然だろ? なんならもう少し痛くしてやろうか」

「……おやめなさい」

 

 は、話しが逸れてしまったのはこちらのミスです。 この際ですから正直に謝りましょう。

 しかし、……ん?

 

「お……や?」

「……ん?」

「えっと……」

 

 あ、……え? な、ぜ。 どうしてこの場に……え、え!!?

 

「へへ」

「ど、どうしてそのような得意げな顔をするのです。 というより貴方は今戦闘中の筈では!!」

 

 まさかあの怪物を放っておいてこの場所に来るなどと戯けた事をほざくのではありませんか? もしもそうならば呆れを通り越して――失望すら覚えます。

 このわたしが、いまさら助けられるのを今か今かと待つモノだと思っている甘い存在だと思うのなら見当違いです。 外の者たちの安全は!? 世界の均衡は……守らなければいけないモノなど、この私以外に山ほどあるでしょうに……本当に、まったく。

 

「ふふん」

「…………?」

 

 なんでしょうか。 いきなりこの者の表情が童子のように朗らかになっていく? 何がどうしてそんな顔をするのです。 こっちはこんなに真剣になって……

 

「心配しているとこわりぃけど、戦いな。 とりあえずケリはつけてきたんだ」

「……はい?」

 

 ケリ……決着?

 いえ、幾らなんでもあり得ません。 私が垣間見た記憶の中に、貴方があのクウラを倒せる可能性は等しくゼロの筈でした。

 託した守護騎士の残滓ですら効果的に活用できるとも思いませんし……なによりそれほどにあの怪物は強い、強すぎるんです。

 それを貴方は……

 

「―――――と、おめぇは思ってるだろうけど。 結構、おめぇが託したモンが、とんでもねぇ事態を起こしたんだぞ?」

「は、はぁ」

 

 それでもニヤケル顔をやめないあの男。

 人差し指を立て、必要以上に顔をこちらに向けたかと思うと片目を閉じてくる。 ウィンクのつもりでしょうけど、そんなボロボロの身体でされても説得力が少ないです。

 ……まぁ、信じないことはありませんけど。

 

「結構いい具合にクウラの奴をケチョンケチョンにしてやったからさ、隙を見ておめぇ達を引っ張り出せねぇかって、シグナム達と相談してここまで来たんだが……相変わらずじめじめした嫌な気が立ち込めてんなココ。 キノコでも生えそうだぞ」

「……キノコって。 というよりシグナム達? あの者たちがどうしたのです」

「ん? あぁ~~いろいろあったんだ。 いろいろな」

 

 ……いよいよ事態を把握しきれなくなってきました。

 あの怪物に吸収されてから今まで、外の様子は全くと言っていいほどに分らなかった始末。 だからこそ、先ほどまで諦めが心を覆い尽くそうとしていたのですが。

 

「それをこの男は……もう」

「どうかしたか?」

「なんでもありませんよ。 えぇ、なんでも」

 

 姿どころか顔を見て、声を聞くだけで健やかな空気が入ってくるよう。

 この男が何をしたわけでもないのに。 ただ、そこにいるだけで守られているという感覚……こんなものは今まで全くと言っていいほどなかったでしょうね。 あぁ、こんな空気に触れれば、確かにあの子が心を許してしまうのもうなずける。

 

「とりあえずひとり確保だな。 この勢いであと2人だけど……」

「高町なのは、フェイト・テスタロッサの両名ですね」

「あぁ。 あいつ等助け出してやらねぇと、このままここに居させるわけにもいかねェし」

 

 あの者たち……ですか。

 かなり楽天的に探そうとはしていますが、正直厳しい戦いになるはずです。 なにせこの世界の奥深く。 数多くのプロテクトと攻撃性のウィルスの雨あられ……それを掻い潜り、2,10,60進法のパスワードを全て解いた上で管理者コードを…………――――

 

 

 

 

「つまりですね。 ここから数百にも及ぶ扉をイチイチ開けて……え?」

 

 なんだか、闇の書の娘っ子がブツブツと独り言を話し出したけど。 ……すまねぇな、こっちも急いでんだ、だからさっさと瞬間移動でアイツ等から漂って来る気と魔力のところにこさせてもらったぞ。

 

「ここは……フェイト・テスタロッサの気配をすぐ近くに感じる!? いったいいつの間に、というよりどうやって……まさか!」

「へへ、わりぃけど今回は急ぎ足ってことで」

「貴方、そう言うことも……」

「まぁな」

「……や、■■の書のプロテクトが……あぁ」

「どうした?」

 

 お、おい急に丸まってどうしたんだよ。 あぁ~今度は床にへばりついてもぞもぞと妙な動きで……ん、いきなり立ち上がった。

 

「この際、貴方の変質的な技の数々は忘れましょう。 ……■■の書でさえ写しきれていない部分もあるようですし」

「なんかいったか?」

「いえ。 とにかくせっかくここまで来れたのです。 早くあの者たちを連れ出しましょう」

「そうだな」

 

 舞空術見たく全身から出した魔力で飛んでいく娘。 へぇ、なかなか速いし、魔力の出力も安定してる。 それでもまだ力の1割も出てないところを見ると、やはりなのはたちよりも数段……いや、次元そのものが違うレベルだなコイツ。

 

「なんでしょうか?」

「いや、なんでもねぇさ」

 

 じっと見てたんがバレたか? まぁ、別にどうってことはねぇだろうし、なんでもいいか。

 さてと。 いい感じにあたりを飛んではみるモノの、気を感じるだけで一向にフェイトの姿を確認できねぇ。 そもそも、この空間自体闇の書の中にあるってだけにかなり複雑な魔力が充満してて、周囲の気を探りにきぃ。

 数か月前だったらこんなことはなかったんだけどなぁ。 ……シグナム、おめぇ達いろんなヤツの魔力を食わせすぎだぞ。

 

【面目ない……】

「まぁ、はやてのためだってんだから仕方ねぇか」

「…………?」

「お? あぁ、なんでもねぇ」

 

 ちぃと独り言が多かったな。 不審に思ったんだろうあの娘が、少しだけこっちに目配せしてきたんだ。

 すかさずオラは片手上げてやって返事を返すと、何事もなく周囲を探り出す作業に戻ってくれる。 ……あんまし他人に深入りするのを良しとしないタイプと見た。

 

「孫悟空」

「なんだよ? オラまた独り言が多かったか?」

「そうではありません」

「ん?」

 

 いきなり真剣な目つきでこっちを見てきた娘。

 鋭さのレベルを例えで言うなら、エッチな本を見つけた時の亀仙人のじっちゃんよりは上で、フェイトの部屋に妙なちっこい機械を置こうとしていたプレシアよりは柔らかい程度だな。

 でもいきなりどうしたんだコイツ。 ま、まさか――

 

「腹でも減ったのか?!」

「貴方じゃないんです!! そんな訳があるものですか!!!」

「……お、おぉ」

 

 ……とんでもなく怒られちまった。

 

「じゃあなんだよ?」

「……アレを見てください」

「――!!」

 

 娘が指さす方向。 大体で数百メートル先あたりか、そのあたりに見たことのある人影がある。

 身長は子供の背丈でも、その実、中にある魔力はどんな大人にも負けねぇくれぇに大きい奴……髪の色からしてありゃあ。

 

「フェイトか」

「おそらく」

 

 なんだかマユみたいのに顔だけ出されながら包まれて、ぐっすりと眠っちまってるな。 あんまりにも気持ちのよさそうだから、プレシアあたりだったら起こしてやるのが逆に悪いと感じちまうくれぇだろうな。

 

「さ、引きはがすか」

「……相変わらず容赦がないですね」

「そうか?」

 

グズグズはしてらんねぇンだ。 下手すると魔力を全部取られてショック死しちまうかもしれねぇし。

だったら多少の遠慮はいまは無用だ。 さっさとここから出してやんねぇとな。

 右手でマユを引きはがしながら、フェイトの体に当てない程度に気功波で焼き払って……

 

「……!? お待ちください」

「え?」

 

 右手に気を集めているところに掛かってきた声。 闇の書の娘がひと睨み効かせながらオラの手を掴んできやがった。

 いったい何の用だ? さっさとコイツ出してやんねぇと……

 そう、言おうとした時だ。 思わぬ発言が出てきたんだ。

 

「このまま無理矢理引きはがすと、死んでしまう恐れがあります」

「…………なっ!?」

 

 なんだってそりゃあ!! ここから出したら死ぬ?! いったいどういうことだ……焦ってたんだろう、オラは思わず娘の肩を掴むとそのまま前後にゆすっていた。

 少し乱暴だったか? けど、そんな些細なことを気にしてる場合じゃねぇし、時間も限られてる。

 お願ぇだ。 頼むからオラにわかりやすく説明してくれ――

 

「いいですか。 この子たちは魔導師の心臓とも言われるリンカーコアを掌握、さらに魔力を吸い上げるパイプのような物をつなげられているのです。 そんな重要器官を複雑に捕えられたところを無理矢理にでも引きはがせばどうなるか……」

「……そう言う事か。 つまり、いまこの世界とフェイトは強い力でつながってるんだな?」

「はい。 その通りです」

 

 参ったぞ。 正直、そう言うのはオラの専門外だ。 力で何とかってんならどうにでもなるかもだったけど、こりゃあ一端戻ってリンディやクロノにでも協力してもらった方がいいのか?

 ……けどグズグズしてたらクウラが完全復活しちまう。 今度またあの変身が出来るとは言い難いし……どうする。

 

「おめぇのチカラでなんとかならねぇか?」

「……難しいですね。 今現在、システムの大部分をクウラに奪われている状態ですから」

「そうか」

「しかも彼女の心は、おそらく強い拒絶で自ら閉じこもっているはず。 一筋縄ではいかないでしょう……なにか、より強い切っ掛けがあればおそらく――」

「拒絶……切っ掛け……かぁ」

 

 娘の方も相当参ってんだろうな。

 目に見えて申し訳なさそうに目線をさげて、暗い声で謝ってくる。 ……おめぇのせいじゃねぇのはわかってるからよ、そんな顔しねぇでくれ。 オラの方も不安で仕方なくなるじゃねぇか。

 

 こういうとき界王さまや神さまにでも相談できれば一番なんだろうけど……

 

「…………いねぇモンはいねぇ。 こうなったら自分たちの手で何とかするっきゃねぇよな」

「孫悟空?」

「少し、試してぇことがある」

 

 今思い出した界王さまたちの事で、浮かんだ案がひとつ。

 いつかの戦いで、オラは直接他人の心の中に声を出したことがある。 もしも、それが今のフェイトに届けられれば。

 

「直接話して、あいつの意思を強く思い浮かび上がらせる。 そうすりゃあ、この変なマユに抵抗してくれるかもしれねぇ」

「抵抗ですか?」

「……たぶんな。 オラも正直そんなんでうまく行くとは思えねぇよ。 けどもう、打てる手は全部打ちたいんだ」

 

 闘い以外のたたかいだ。 こうまで苦戦するのは仕方ないとして、負けることが許されねぇ人の命がかかった戦い。

 いつもみたいに喜び勇んで――なんて、悠長なことは言ってらんねぇ。 やるぞ、絶対助けんだ。

 

「もしも外で何か変化が在ったら、そのままどうにかしてコイツ助けてやってくれ。 もしかしたらオラの気を全部使うことにもなるかもしれねぇから、お前が頼りだ」

「……わかり……ました」

 

 左手はマユを掴んだままにして、右手をフェイトの顔に近寄らせる。 少しだけ頬に触ってやって上下に揺さぶる。 ……大ぇ丈夫、絶対うまく行くかんな。 だから安心して眠ってろ。

 そして、頬に置いた手を今度は上に持っていってデコに当ててやる。 ……行くぞ、精神集中だ。

 

「前にリンディの記憶を探った時と要領は一緒の筈だ……」

 

 目をつむって、一息置く。

 瞬間移動よりも鋭くさせた精神統一は、そのまま吐きだした息と一緒に爆発的に増幅させていく。 見えない――分らねぇ……フェイトの意思を感じ取るんじゃなくって、覗くだけに留めてさらに集中。

 出来るところからゆっくりやろう。 出来なきゃ何もかもが無駄になる。

 4月の時も、8月の修行も何もかもだ……そんなの、嫌だもんな。

 

「そうだろ? フェイト」

「…………」

 

 ゆっくりゆっくり。

 前にリンディが飲んでいた奇妙なお茶みたいに、どんどんオラの意思をフェイトの中に溶け込ませる感覚。

 掴むんじゃなくって、入り込ませる?

 とにかく、無理やりとは反対な方向でコイツの中を探っていく。 ……ん、だんだん意識が……いい感じに溶け込んできたか?

 

「…………おら、いくから……あと、たのんだ」

「……はい」

 

 あの娘の返事を聞くとそのまま意識を手放す。

 真っ暗なところに、どこまでも落っこちていく様な感じに……オラの意識がオチていく。

 

 

 

 

 

「フェイトぉー?」

「え?」

 

 誰かに呼ばれた気がしたんだ。

 でも、聞いたことのない声だった気がする。 ……うんん、やっぱりそんなことないや、だってこの声はわたしが大好きなあの人の声なんだから。

 

「どうしたの? 母さん」

「おねぇちゃん見なかった? もうすぐお夕飯なのに帰ってこなくて……」

「あぁ、そう言えば――」

 

 姿を見てないかな?

 思い立ったらどこまでも……自由奔放な性格なんだもん。 捕まえることなんてできないよ母さん。

 そう言うところは■■に似て……?

 

「あれ、今誰の事……」

 

 パッと浮かんでは消えていく……もう、さっきまで誰の事を考えていたのかが分からない……そうだ、きっと疲れてるんだ。

 昨日だって夜遅くまで――

 

「おそく……まで?」

 

 何やってたんだっけ?

 なんだかとっても大変だったような……でも、また同じことがしたいと思うのはなんで? 大変で、辛くて、とっても疲れて。 それなのにやめたいと思えない事。

 普通ならそんなこと忘れるわけがないのにどうして……

 

「フェイト? さっきから呆けてしまってどうしたの」

「うんん。 なんでもないよ」

 

 ずっと難しい顔をしてたみたい。 心配顔で母さんがこっちを見てくる。 ……忘れよう、こんなこと。 きっとなんでもない事とか、夢の事とかがごちゃ混ぜになってるんだ。 ほら、最近とっても大変だったし。

 

「そうだよ。 なんでもないんだから」

「?」

 

 いまはとっても幸せで、“ほかのしがらみが何もない”こんな素敵な時間は、今までで感じたことがない位いい気分にしてくれる。

 これでいいんだ。 ずっと、こんな幸せに包まれていたい。 どこにも行かず、ただ、幸せな暖かさに身を包まれて眠り呆ける猫のように。 私は――ずっとここにいるんだ。

 

「だから……」

「だから? だからずっとこんなつまらないところにいるの?」

「!?」

 

 この世界に、母さん以外の声が入ってくる。

 だれ……とは言わない。 だってその声はあまりにも私に似ていたから。 そう、そんな声を出せる人物なんてあのひとしかありえない。 私の……わたしの――

 

「…………アリシア」

「あーー!! またアリシアって言ったぁ。 おねぇちゃんって言ってって何度も何度も言ってるのに~~」

「ご、ごめん」

 

 私より5つも年下のおねぇちゃん……アリシア。

 さっきまで母さんが探していた人で、私とは正反対に活発で、行動力が並はずれて高い女の子。 背も私よりも幾分小さいはずなのに、それに反して気の強さは私とは比べ物にならないくらい大きい。

 

「もう、フェイトはいつもそうなんだから」

「……?」

 

 そんなアリシアが、少しだけ頬をふくらませながらこっちを見てくる。

 ……そんな姿がどう映っているのかな? 母さんが幸せそうに“わたし達”を見て、小さく微笑んでくれている。

 

「いつもいつも、自分は■■■だなんて後ろ暗いこと考えて」

「え?」

「気にしだしたら止まんなくて、それでも辛いだなんて言い出せなくて」

「え、え?」

 

 なに……いってるの?

 私そんな……それに“だいがえひん”ってドウイウコト?

 

「だからそんなことを小さいって、激励してくれたあの人がまぶしかったんだよね」

「あのヒトって……誰の事」

 

 わたし知らない。 そんな、こんな自分に笑顔をまき散らしてくる男の子なんて――知らない。

 

「生まれもどことなく似ていて、それでかな。 いつの間にか自分と重ね合わせて――あの人がいたから今の自分が居たなんて思ってる。 そして」

「や、やめて……」

 

 何言ってるのさっきから!

 私そんな人知らないし。 誰かを自分に当てはめて考えたことなんて一度もない!! 私は……わたしは……

 

「自分が自分だなんて気付くことが出来たのも、あのヒトが力強く自分の過去を断ち切ったから。 そんな心がまぶしくて、いつの間にか近づいて行ったんだよね? まるで街灯に引き寄せられる羽根虫のように」

「お願いだから……」

 

 やめて……やめてよお願いだから――

 

「だからそんなあのヒトが誰かのモノだったのが許せなかったんだよね?」

「違う!」

「裏切られたと思ったんだよね?」

「そんなことない!!」

「裏切るだなんて……そんな言葉すらおこがましい位、貴方一人の勝手な勘違いだったのに」

「うるさいッ!!」

 

 なんでそんなこと言うの!? 余計なお世話だよアリシア。

 もう、忘れたと思ってたのに……忘れたかったのに。 どうして人の心の傷に、そうやって簡単に触ることが出来るの!

 

「おかしい? なんでこんなこと言うのか」

「わかってるならどうして!?」

「それはね……」

 

 もう、何も求めないから。 これ以上、幸せなことなんていらない――今が一番楽しいんだ。 だからもう、いじめないで……わたしを追い詰めないで!!

 

「フェイト。 貴方には前を見てもらいたいの」

「いつだって……みてるよそんなもの」

「嘘だね。 それじゃなんで目の前のあの人に気が付かないの? いつまでも暗い過去(アリシア)の事なんて見ていちゃダメだよ」

「………………それって」

 

 ――――…………風が、吹いた気がしたんだ。

 どこにでも吹きすさんで、でも、だからこそ誰の心にもある鬱屈とした空気を吹き飛ばしてくれる……そんな風。

 あたたかくて、とっても暖かくて……でも、その温かさは今一番こころが痛い。

 

「……よっ」

「どうして……」

 

 あの笑顔。 いつも見ていたあの顔。 ……その顔を見るだけで胸が痛い……張り裂けるようだよ。

 

「なんとか入ってこれたな。 いやー、結構探しにくいからもう駄目かとおもったぞ」

「だったら探してくれなくてよかったのに……」

「ん?」

 

 いつもの笑顔が少しだけ歪んだみたいだ。 そうだよ、貴方が探していた人なんてこんな狭量な人間なんだ。 だから……だから早く呆れるなりしてここから帰って。

 

「……む」

「…………うぅ」

 

 なんでこっちをいつまでも見てるの? いいでしょ、少しくらい我が儘を言っても。 いつもいつも我慢して、押さえつけて、みんなの邪魔にならないようにそっと後を追うように静かに生きてきたんだ。

 これくらい……なんでもないはずなんだから。

 

「まだだな」

「…………え?」

 

 また、微笑んだ。

 しかもさっきよりも全然違くて、見せつけるような明るさがすごく眩しい。 どうしてそんな顔が出来るの?

 

「おめぇはすぐため込むタイプだからな。 もう少し、言いたいこと言っていいぞ?」

「…………っ!?」

 

 どうして……なにも言ってないのに。 なんでこんなに――

 

「人の心がわかるの……」

「そんなことねぇさ」

「だって今!」

「いまのはさぁ……なんていうか」

 

 なんなの? 少しだけ腕組みをして、すっと顔を上に向け始めた。 なんだか困ったようでいて、それでも一生懸命さが伝わってくる。

 慰めて……くれようとしてるの?

 

「なんたっておめぇは、ずっと前ぇからの友達だしな。 最近じゃ師匠だなんてやってるし、そう言う細かいところなんかは……な?」

「…………むぅ」

「ん? どうした?」

 

 期待してたのとは少しだけ違う答え。

 ちょっとだけ頬を膨れさせたのは――には内緒。 でも、きっと直ぐにばれちゃうんだろうな。 こういう気遣いは、何となく上手だし……なにより――

 

「さてはおめぇ」

「……」

「コイツの前だからって、遠慮でもしてんだろ?」

 

 ……ちがうモン。

 

「……? というよりコイツなにモンだ? なんだか姿だけならフェイトに良く――おお!? なんだおめぇ! すんげぇフェイトに似てんなぁ!!」

「ふふん。 相変わらず二ブチンなんだからぁ。 おにぃちゃん」

「お、おに?」

 

 なんだろう。 アリシアがとっても親しげなんだけど。

 今あったばかりだよね? まるでずっと前から、でもアリシアは……うんん、そうじゃない、ちがう。 アリシアは――

 

「もう、気が付いてるんでしょ?」

「……でも」

「認めようよ。 ここが、こんなところが現実な訳ないじゃない」

「だって……それじゃアリシアが!」

 

 せっかく母さんも本当にうれしそうに笑って。 私もとっても嬉しくて――でもアリシアだけがいないんじゃ意味がないよ!

 

「いいの。 前に、誰かが言ってたんだけど……」

「だれか?」

 

 ひっそりとしていながら、分りやすく視線を……視線を……悟空に移したアリシアは。あ、一瞬だけ怪訝そうな顔……どうしてそんな顔をするの?

 

「わたしはもう、この世界には“生きていないはず”の人間なの、ホントはね。 だからこうやって今生きている人の足を引っ張ったりしちゃいけないんだ」

 

「足を……そんなことない!」

「でも、もしもわたしがフェイトの前に現れたら……不安だよね?」

「え……」

 

違う、そんなことない。 アリシアが居なくちゃいけないんだ、本当は。 だって私、本当は――

 

「――その先はダメ」

「あり……しあ?」

 

 そっと唇に押し付けられた……人差し指。 アリシアの小さい指が私から懺悔の声すら奪っていく。 でも、きっと――

 

「自分で自分をなかったことにしようとするのは無し。 フェイトはフェイト、アリシアはアリシアなの。 それにもしも二人が一緒に居たとしても、あのママがどっちかをないがしろにすると思う?」

「あ、……それは……ないかな」

「でしょ?」

 

 これでいいんだ。

 

「おにぃちゃん取られちゃって悔しくて、残念なのはわかるよ。 だってこんなにやさしい人だし。 でも、それと一緒に自分すら否定しちゃダメ。 そんなことしたらママもわたしも悲しいし……おにぃちゃんだって嫌だもんね?」

「ん? ……そうだな」

 

 ただ、出会った順番がおかしくて。 不幸な事故だったと――あきらめることはできないけど。

 それでも今ある奇妙な関係はきっと、どの世界中探しても見つからないようなおかしな関係で。 そんなつながりだからこそ、もしかしたら普通よりも強い絆が生まれるのかもしれない。

 友達で、親子の様で、でも……

 

「フェイト……」

「アリシア?」

「あ、おにぃちゃんは向こう向いてて!」

「お、おう?」

 

 そっと耳元に口を添えると、右手で悟空を追い払うアリシア。 初めてする姉妹での内緒話だけど……内緒にする相手が悟空っていうのもなんだか。

 

「……頑張ってねフェイト」

「な、なにを?」

 

 もしかして恋の応援ってやつなの? でもダメだよアリシア。 だって悟空にはもう相手の人はおろか、お子さんだって――

 

「大丈夫だよ。 この世界でなら、きっと結婚ぐらいはできるから」

「……はい?」

「だっておにぃちゃん“セキ”が無いもん。 それなら両者が納得すればいつかは――」

「ちょっとアリシア!?」

 

 こ、この姉。 この歳にしてなんてことを言い出すの!? 

 自分と姿容姿が似通ってる分、まるで自分の中にいる小悪魔が悪事を囁きかけているかのような錯覚が……あぁ、だめ、揺れてはダメなの私――

 

「いつか帰るって言い出したら……でも大丈夫。 だっておにぃちゃんは――うんん、これは自分で聞いた方がいいかな?」

「……どういう事?」

「ふふ。 こればっかりは当人同士の問題だよ~あはは」

「アリシア……」

 

 イタズラゴコロ全開の私の姉は、そのまま一歩後ずさりする。 その先に居るのは……悟空。 山吹色のズボンに背中を預けると、不意に視線を90度上げて悟空を見上げだす。 そっと微笑んで、ニンマリと怪しげな影を作ると。

 

「フツツカ者の妹ですけど、お願いね?」

「ふつつか? 前にキョウヤとシノブが言ってたあれか。 いやぁ、オラそう言うのはもう――チチに殺されちまうぞ」

「浮気がダメっていうの? ……もう、見た目に似合わない硬派っぷりなんだから。 フェイト、思ったより手ごわそうだから頑張るんだよ」

「ア!? アリシア!!」

「あはははは!」

 

 とんでもない爆弾を放っていくのでした。 ……あぁ、きっとこの引っ掻き回す性格は母さん似なんだ。 それじゃあ私は父親似? 顔は知らないけど――

 

「アリシア、おめぇあんましお痛が過ぎるとダメだぞ?」

「大丈夫だもーん。 ずぅっと後で、きっと折れちゃうんだから!」

「……はは」

 

 きっと、苦労人だったんだろうな。

 

「……そんじゃそろそろだな」

「……あ」

 

 静かに目を鋭くする悟空。

 そっか。 もう、夢の時間は終わりなんだね。 とっても幸せだったけど夢は夢、いつかは終わらないと嘘だから……だから。

 

「アリシア、少しのあいだだったけどありがとう。 なんだか心のつかえが取れた気がする」

「そう? 思ったことを只言ってただけだから気にしなくていいよ」

「うん」

 

 そう言ってわたしたちから離れていくアリシア。 スキップしながら……まるでまた明日って約束をした友達同士のようにこの世界の奥へ行く……わたしのお姉ちゃん。

 背丈は小さいけど、その中にある思いはきっとわたしよりも大きいんだね。 だから、わたしが欲しい物をこうやってなんでもない風に手渡してくれるんだ。 ……とっても、つよいひと。

 

「…………!?」

「悟空?」

 

 もう、追別れという時にいきなり悟空がアリシアを見つめる。

 その目はなんだか驚いた感じで見開かれてて……どうしたの悟空? そんな顔したらアリシアが――

 

「えへへ、わかっちゃった?」

「まぁな。 オラ“そう言うところ”に行ったことあるし、そう言うやつには会ったことがあるからな」

「そうなんだ……そう言えばそうだったね」

「??」

 

 ふたりしかわからない会話。

 そう言うところ? どういうところなんだろう。 悟空しか行ったことがなくって、特別な場所で……パオズ山?

 それとも神様の宮殿ってところの事? なんのことだかさっぱりなんですけど……

 

「そんじゃよろしく言っておいて。 『どこの誰かは知らねぇが』この場は任せておいてくれ――ってな」

「うん。 よろしく言っておくね」

「アリシア? 悟空?」

 

 むぅ。 ふたりしかわからない会話、ちょっとヤダな。 別にアリシアに嫉妬とかそう言う事なんかじゃなくって、ただ何となくヤキモキというか……その。 ごめんなさい、やっぱり嫉妬みたいです。

 うぅ、わたし誰に謝ってるんだろう。 もう、悟空も悟空だよ。 もっとわかりやすく話してもいいのに。 いつもはあんなにおとぼけな正確なのに重要な時だけ大人になっちゃうんだから。

 

「ほれ、もう行くぞフェイト。 一端ここから出て、そとにいるあの娘と合流すっぞ」

「あ、うん――アリシア」

「うんうん、肩を抱き寄せられるところなんか完全に親子だね。 ごちそうさまでした」

「アリシア!?」

 

 もう、こっちはこっちで最後までからかってばかりなんだから。 悲しいお別れだと思ったのにこんなに明るい気持ちだなんて。

 ……誰に似たの?

 

「わかってるくせに……ねぇ~」

「な? まったくこういうところで知恵が回らねぇのは誰に似たんだか」

「……誰でしょうね」

 

 話が進まない。 もう、こうなったらさっさと済ませちゃうんだから――

 

「ほら、悟空行こう! 外でなのはが待ってるんでしょ?」

「おっとそうだった。 今度はなのはの番だもんな。 そんじゃすまねぇけどアリシア……」

「うん」

「“また今度な”」

「は~~い!」

 

 また……こんど? それってどういう意味…………――――――

 

 

 

 

「行っちゃった」

 

 闇の中に一人残るのはアリシア・テスタロッサ。

 既に幻影の世界は消え果て、ここにあるのは現実のものでしかないその中でも彼女は存在し続けていた。

 それほどにフェイトの懺悔の念が強かったか? だからこそこうまで残留思念が強く残ったのだろうか……いまだ消えることを良しとしない彼女の存在は――――……

 

「すごい。 相変わらず時間ぴったしだね、おにぃちゃん」

「そうか? おめぇ以外の気が消えたから来たんだが……そんなにズバッといい感じにこれたんか」

「あんまりにもぴったりだから鉢合わせするところだったよ」

「……そ、そっか」

 

 消えず。

 

「そんじゃあいつの手助けも終わったことだし、おめぇの我が儘もここまでだな。 あっちの世界に帰ぇるぞ」

「あっち? どっち?」

「さっきまで居たとこだ。 ここに長く居すぎると、またオラが余計な事しちまいそうでいけねぇ。 さぁ、オラに捕まれ」

「はーい」

 

 不意に現れた青年の手を掴んで、二人共々この世界から消えていく。

 夢幻を終わらせるかのように、有限という枷のある世界へ帰還するかのように……彼らはこの世界から飛び立っていく。

 

 

 

 

「―――――――――…………ただいまっと」

 

 なかなか飛んでもねぇことになってやがんな。 アリシアの出現に、この世界に現れたもう一つの……いや、今はそんな余計なことを考えてる暇はねぇはずだ。

 

「考えるのはクウラをどうにかした後だ。 じゃねぇとみんな殺されちまうしな」

 

 んで、それをやるには後もう二人助け出す必要があるわけだが……その前に。

 

「フェイト、紹介しとく。 コイツは――この古本の中に住んでる気難しい娘っ子の……」

「誰が古本娘か!!」

「いてぇ!?」

 

 あー! いてぇ。

 ちっくしょ~何も本気で殴らなくてもいいじゃねぇか。 いくらオラでもいてぇモンは痛いんだぞ? それをこいつはわかってんのかよ。

 

「あ、あなたはさっきの……?」

「……先ほどはすみませんでした。 主の乱心を抑えきれずこのような」

「は、はぁ」

 

 とまぁ、体よく自己紹介の方がうまく行ったところで……――――

 

「ほい、なのはのところに到着! ……って、い゛い゛!!?」

 

 な、なんだこれ?! な、なのはがさっきのフェイト見たくマユにグルグル巻きにされてんのはいいとして。 でも、いくらなんでもこりゃあ……

 

「野球のボール見たく、でっけぇ球っころにされてんだけど」

「ドウイウコトデショウカ」

「それはわたしが聞きたいよ」

 

 闇の書の娘もフェイトも、オラと同じ感想だってのは間違いないようだ。 しっかしなんだこれ……なんだこれ?

 フェイトなんか着込んだバリアジャケットの肩口がずれこんでる始末だ。 ……ほんと、どうすんだこれ?

 

「なぁ」

「ダメです」

「いや、オラ何にも言ってねぇだろ?」

 

 喋ろうとしたオラを制して、闇の書の娘がジトォーっとした目でこっちを見てくる。 うげぇ、なんかやな感じだぞおめぇ。

 

「いま、あのマユを気功波で焼き払おうとしましたね?」

「うぐっ!?」

「悟空……」

 

 い、良いじゃねぇか少しくらい。 あんなにいっぱいあっちゃ、さっきのフェイトみたく接触できねぇだろうに。 それに今くらい、いちいち気功波を使わなくても――

 

「かめはめ波で消し飛ばして……」

「よしなさい!」

「じゃ、じゃあ気合砲で」

「それ以上しゃべると良い目をみませんよ?」

「……ダメか」

「だめです」

 

 結構妙案だとは思ったんだけどなぁ。

 聞く耳持たないっていうか、こっちの事なんかお見通しだぞ――って言われているような。 ……女ってみんなこうだから困っちまうぞ。

 

「……悟空が大雑把なのもイケナイと思う」

「え?」

 

 フェイト、そりゃあおめぇどういう意味だよ。

 

 訝しげな眼でこっちをみて、ふぅっと息を吐いたフェイトは疲れたような目をしてた。 いやまぁさっきまでここにとっ捕まってたんだし無理ねぇか。 早く休ませてやらねぇと。

 

「……あの、今悟空って、どうしてこんな表情してるかわかってるんでしょうか?」

「あのトウヘンボクにそんなレアスキルなどありません。 精々見積もって、貴方の気の減少具合から体力の低下を心配している止まりでしょう」

「ですよね」

 

 耳打ちなんかしちまってやな感じだなぁ。 はぁ、なんだかこっちまで疲れてきちまったぞ。

 

「……はやく終わらせましょうか」

「そうですね」

「……だな」

 

 満場一致って感じで、取りあえずなのは救出隊が出来たのはいいけど、これからどうするかだな。 強すぎる攻撃はそのままなのはをあの世に連れて行きかねない、かといってもたもたしていられねェし。

 

「いよっ」

『!?!?』

 

 めんどくせぇや。 クリリン、技を借りるぞ!

 右手を振りあげて、そのまま気を円状に放出していく。 そのまま形を保って気の流れを収束……高速で回転させていくと――

 

「気円斬――――!」

 

 クリリンの18番の完成ってな。

 遠くに向けて飛ばした気円斬はなのはを包んでいると思われるマユの3分の一を切り裂いていく。 すっぱりと開いたそこには只、グルグルと渦巻いた白い糸が見えるだけでゴールはまだ遠そうだ。

 

「そんじゃもう一丁!」

『あ、あぁ!』

 

 今度は反対側をきれいにスライス。 おぉ、なんだか調子ついてきたぞ。 これなら一気に救い出せんじゃねェのか?

 ひし形っぽくなったマユの2本あるうちの一本のとんがりに向かって――すかさず!

 

「そぉれ!」

 

 気円斬!!

 すぱんっと気味の良い音が響くと、そのまま切り離されたマユを気功波で焼いていく。 ……モクモクと山火事みてぇな匂いがするのはイタダケねぇな。 こりゃあちぃと失敗だったか。

 こんどは一気に消滅させねぇと。

 

「もう一丁!」

 

 残った一角に向かって最後の気円斬。

 これでなのはを包んでいるマユのほとんどが消え――――かすん?

 

「お、おぉ!? い、いいいいいいいま!?」

「な、なのは!?」

「高町なのは――」

 

 顔だ、今の気円斬でなのはの顔が露出した――――

――前にタレた髪の一房を切り裂きながら。

 

「あ……あっぶねぇ~~! 今完全に当たってたよなぁ」

「あ、危ないってもんじゃないよ悟空! もうすぐでなのはの首と胴がサヨナラするところだったよ!?」

「助けに来たんですか? それともトドメを指しにきたんですか……はぁ」

 

 は、はは……失敗失敗。 今のはさすがに心臓が止まりそうだったぞ。 調子に乗りすぎたな、幾らなんでも。

 ……まぁ、結果的になのはを目視で確認できたし良いとは思うけどよ。 いや、まずいか。

 

「さ、さて。 そんじゃこの勢いでなのはをぱぱっと救っちまおう!」

「悟空が珍しく狼狽えてる」

「当然でしょう。 危うく仲間殺しの汚名を被るところだったのです。 いくら神龍が居たとしても、自分が殺したという事実だけはなくなりませんし」

 

 

 

――――――やっとこさ見つけた高町なのは。 その前にひと悶着あったが、それはそれとして気持ちを切り替えた悟空はやはり冷静であった。

 さぁ行くぞ……そう言ってフェイト・テスタロッサにやったように、精神世界へとダイブしていく彼が見たものは?

 世界は? 高町一家との亀裂はあるのか?

 大から小まで様々な不安を抱え込みながら、孫悟空の潜航は始まるのでした。

 

 

 クウラ復活まで、残り30分。

 




悟空「オッス! オラ悟空!」

アリサ「悟空って……あんなにすごかったんだ」

恭也「アリサちゃん?」

アリサ「とんでもないとんでもないって思っていたけど、それ以上に――アイツを見た時の安心感が……」

恭也「……アイツ、このままだといろんな意味でこの街を破壊しかねないな。 さっきのかめはめ波といい勝負じゃないかこれは」

すずか「悟空さん……あぁ悟空さん」

忍「こっちの症状は完全に末期ね。 仕方がないと言えばそうだけど――夜の一族って、宇宙人相手でも”平気”なのかしら?」

恭也「心配する部分がおかしいことに気付こうな忍。 では、次回!!」

悟空「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第54話」

恭也「真名――おくりもの――」

悟空「夜天ぇぇーーん」

闇の書の娘「…………」

悟空「やてーーん!!」

闇の書の娘(おこ)「貴方の息子じゃないんですか! 変なアクセントをつけるのはおやめなさい!! いいですか? 私の名は――――」

悟空「やてぇぇ――ん!!」

闇の書の娘「……もう、ヤテンでいいです」


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第54話 真名――おくりもの――

ループしたのは何のため? そこまでしてやり直したいものでもあるのだろうか。
過去は変えられないから過去なのであって、かえられるのなら未来に意味はあるのだろうか?

しかしその問いに青年は答えられない。
彼もまた、未来によって命をつないだ者の一人なのだから。

繰り返しが少女の心の闇を膨らませていく。
そのなかで見た絶望と、その根源に何を思い、どう歩いてしまうのか。

高町なのは、八神はやてに比重を置いたりりごく54話、始まります。


「私、高町なのは。 よろしくね」

「たかまち……?」

「うん。 高町なのは」

「あ! おめぇ!!」

「…………え?」

「なんかキョウヤの奴と名前が似てる気がするぞ」

「…………うん、ソウダネ」

 

 初めて会ったとき、そのときにはこんな感情はなかった。 ただただどこまでもおかしな男の子だと、どこか困っていた自分が居たんだ。

 仕方ないよね? だって本当に変な人だったんだもん。 人の話は聞かないし、すぐにどっか行っちゃうし消えちゃうしで……心配してたらいきなり帰ってきて、何があったかは聞くまで言ってくれなくて。

 

 そんなんだから目が離せなくなってて。 それで気が付いたらそんな背中を目で追って……手をのばし始めて。

 

 最初は背中に落っこちて来て。

 次には、身体が震えで動けないところに、悠然と眩しい背中を見せて現れて。

 気が付けば、傷ついた身体で、それでも私達の前で戦い続ける……あのヒト。 その姿はやっぱり背中しか見えなくて。 だから、いざあのヒトがどんな顔して私たちを守りながら戦ってるのかと、聞かれてしまえばなんともいえない。

 

 だって……だって言ってくれなかったんだもん。

 だから私は――私は……

 

 

 

 私はあの人に聞きたかった。

 でも怖かった。 もしも、もしも足手まといだという本心を打ち明けられてしまったら、その次の瞬間からどんな顔をすればいいの? 鬱屈? 畏怖? 反省、恐怖、嫉妬、恐慌……縋り付く。

 

 きっともう、普通じゃいられなくなる。 だから追いつきたかった。 だから背中を追いかけた。

 正直に言うけど、本当は世界の平和とかはどうでもよくって。

 私が知っている人が、私が守れる範囲で守れれば……みんなが、私に笑顔を向けてくれればよかったんだ。

 だから、そうやって“頑張るところを見せれば”あの人も私に笑顔をくれる。 ……そう思ってたんだ。

 

 

――――おせぇ! そんなもんじゃ簡単に殺されちまうぞ!!

――――やる気がないなら止めちまえッ!!

 

 

 でも、そんなわたしを待っていたのは痛烈な叱咤激励でした。

 

 どうしてこんなに厳しくするの……?

 最初は漠然とそんなことが頭をよぎって。 どこか、自分が思っていた教わり方じゃないと、次第に現実を受け容れられなくなって。

 

 

――――おめぇ達はホント弱ぇ。

――――だからこれからは鍛え方を変えてみようかと思う。

 

 

 けど、そのあとに知ったのは……

 

 

――――おめぇは切り込み役の高速戦闘特化ってやつで、一撃の威力よりもまずは速度だ。 だったら足腰を強くしなくちゃな。

――――おめぇの方は■■■■の逆。 しかも自分に有利な戦場を作らなきゃだから、それも平行に鍛えていくぞ。 意味がわかんねぇ? いいさ、これからわかる。 嫌ってくれぇな。

 

 

 自分たちが、どれほどに大切に思われていたか。

 私たちが得意なものと不得意な物を見事に捉えて、しかも的確に教えながら鍛えて行ってくれるあの人の凄さに驚いて……そんなにまで世話を焼かれるまであの人の優しさに気が付かなかった自分達が少しだけ、ほんの少しだけ恥ずかしいという想いを募らせて。

 

 

――――何やってんだ。 修行はもう始まってんだぞ。 ん、立てねぇって? ほれ、手ぇかしてやるから……

 

 

 募らせて……

 

「…………くう、くん」

 

 募らせて……

 

「…………………どうして……?」

 

 募らせて…………

 

 

――――貴様の息子のようにだ!!

――――そいつは良い褒め言葉だ。

 

「…………しらない」

 

 そんなの知らない分らない。 訳が分かんないよそんな言葉聞いたことがないし、理解もできないんだから。 あはは……あはは――あははははははははははははは。

 

「そうだよ、アレは違うの。 そんなわけないし、あるはず無いモノ。 だってあのひとがだし……だって、だって……“やりなおさなくちゃ” ……そうだよそれがいい。 そうすればあれが間違いだったって解るはずだもん。 また、いつもみたいにあの時からやり直さなくちゃ」

 

 4月の時から何度でも。 ……そうだよ、そうやって―――――

 

 

 

 

 ヤリナオサナクチャ……

 

 

 

 

「私、高町なのは。 よろしくね?」

「ん? ん~~ナントカ?」

「なのは。 な、の、は!」

 

 季節は桜の花が舞い散る季節です。 私、高町なのはは新しい出会いをしました。 身長110センチくらいで、体重はなんと私よりも軽いんじゃないかってお父さんが言うこの子……きっと6、7歳くらいの男の子。

 この子はいきなり私の背中に落っこちてきて……それでも振り向かずに何かをしようとして、でも、私が掴んだナニカに気が付くと困った顔をして。

 

「なぁ」

「ふぇ?」

「いい加減に離してくれよ、オラのシッポ」

「し、し?」

 

 最初は意味が分かんなくて――嘘だけどね。

 でも、段々と状況が掴めて来て――つかめたっていう演技(御芝居)だから。

 

「ご、ごめん……なさい」

 

 しおらしくしながら謝る私に、どことなくどうでもよさそうに遠くを向くあの子。 あれ? こんな感じの出会いだったっけ?

 なにか……おかしい。

 

「キョウヤ! もう一回勝負だぞ」

「お、おう……」

「…………え?」

 

 そうして二人で金属音を打ち鳴らして……わたしを置いて行く。

 いつもみたいに、いつかの時みたいに……また私を置き去りに消えていく。

 

「ちがうちがうよ! こうじゃない! や、やりなおさなくちゃ……じゃないと嘘だよ――」

 

 景色が……暗転していく。

 渦を巻いて、ごちゃ混ぜにされて何もかもを呑み込んでいく。 人の記憶なんてこんなものなんだよきっと、だから曖昧な感じで“願ったから”こんな嫌なことになったんだもん。

 そうだよ、あの子は最初に出会った時もいつも見たく眩しい笑顔を――

 

「私……」

「おめぇなんか知らねぇぞ」

「え? だから高町――」

 

 だ、だから……今度こそ。 ……でも。

 

「私――!」

「だれだ? 知らねぇヤツだな」

「なのは。 なのはだよ!」

 

 おねがいだからいつもみたいに。 ……いくら繰り返しても。

 

「私……ッ!!」

「いま試合中だから向こう行っててくれよ」

「き、聞いてよ!」

 

 笑いかけて――! ……結果は悪くなる一方。

 これでもう156回目になるトライも、結局失敗してダメ。 彼はまた私の前から去っていく。 なんで、どうして! なにがいけないどこがダメなの。 私にはさっぱりわからない!!

 

「い、い、や……そうだよ、まだこれから数週間あるもん。 あの日になる前になんとかすればいいんだから」

 

 もう、スタート地点に戻るのは止めよう。 心が……くじけそうだ。

 徐々に気になってもらうようにしよう。 そうすればきっと……きっと。

 

「やーい、ナントカー! 朝ごはんだってよー!」

「あ、うん、いま行く」

 

 まだ、名前すら覚えてもらってないけど、きっとここから始まるんだ。 ……うん、だから焦らないで、あの日を避けて……あ、そうだ。 避けるんならその根本をどうにかしないとダメだよね。

 あの子がどうしてあの日に外出してしまったのか。 考えれば簡単なことだった。 そう、それを根っこの方から取り除いてあげればいいんだ。 えっと、そうだ、フェイトちゃんと――

 

「ねぇ、明日はどこにも行かないでお留守番しててよ?」

「なんでだ? オラ明日はおめぇの――」

「行かないから。 私も、どこにも行かないから……だからね、一緒にお留守番してよ?」

「ん? まぁ、いいけど」

 

 仲良くなるきっかけをなくしてあげなくちゃ。

 思わずほくそえんでしまった。 それほどにさりげなく進んだ自分の工作に、なんだかさっきまでの失敗が嘘のように明るい気分になっていく。

 だってそうだよね? この後の嫌なことを先に潰せたんだもん。 こんなに清々しい気分は他にないよ。

 

「じゃあ明日はお家でゆっくりしてようね?」

「わかった。 そうする」

「ふふ」

「ん? なにがおかしんだ?」

「なんでもないですよー」

 

 ……扱いやすいと思ってしまったのは心の中に留めておこう。 こういうところはあの子の美点で、良いところだから。

 

 そして1日が終わるまえ。 私はあの子には内緒で一人、商店街へと買い物に行きました。 小さなお財布には100円玉が5枚、この頃の女の子にはとっても高価――とは言えないけど、今の手持ちはこれだけ。

 それを手にして向かうのは文房具屋さん。 そう、私が欲しいのは日めくりではない方のカレンダー。 良くあるタイプだけどこれってあれなんだ、日付のすぐ横に月の絵が書いてあってその日の夜空に出る月齢がわかるようになってるんだ。

 

 帰ってきた私は、さっそくそのカレンダーの一か所に大きく○を描いたんだ。 うんとわかりやすくデカデカト。

 だって、そうじゃないと大変なことになっちゃうもんね……あの人たちに、見つかっちゃう。

 

「これで……よし」

 

 部屋の真ん中に飾って完成。 我ながら簡単な作業を仰々しくやったかも。 だって仕方ないよね? こうでもしないとこれから先を――あ。

 

「しまった」

 

 ここまでやって気が付いたことがありました。 大変です。 高町なのは、こと156回目にして最大の失態です。

 

「ユーノくんを拾ってない」

 

 魔法との遭遇が全然でした。

 デモ、イイヨネ? だってそんな力いらないんだから。 そもそもこれから先、危ない橋を渡らないようにしていくんだからヘッチャラだよ、いらないよ、そんな力。

 あんなのがあるから、あの子との時間が無くなっちゃうんだもん。 …………なら、いらないよね。

 

「そうだよ、いらないんだよ」

 

 戦いなんかよりも楽しいことはいっぱいある。 それをわからせてあげればあの子だって……あの子だって。

 

「きっと……振り向いて」

 

 こっちに笑いかけてくれるはず。 だからもう少しだけ頑張ろう。

 

 そうして過ごしていく日々はとても楽しくて、うれしくて。 同じようでいて違う、そんな不可思議な毎日を送っていくのは退屈さを退けてくれて。 だからだろうね、私はどんどんこの毎日にのめり込んでいったんだ。

 アレと言えばこう……なんて言うか、それくらいにはお互いを理解できて来て。 まるでかき混ぜたパズルをすこしづつ完成させる感覚は、私に大きな幸せをくれたの。

 徐々に近づいていくあの子との距離に心を弾ませて、今日も一緒に過ごしていくの。

 ずっと、ずっと一緒だよ…………ふふ。

 

 もう少しだけ……もう少しだけであの子が――なのに。

 

「………………カカロット、随分と間抜けを晒すようになったな」

「…………し、しまった。 このひとの事!」

「なんだ、こいつ?」

 

 思ってもみなかった最悪な日が、やってきてしまった。

 

 現れたのは黒い鎧を身に纏う男の人。 あの男の子の数年後を思わせ、浮かび上がらせるその人は寒気がするほどに鋭い微笑を向けてきたのです。 痛い、寒さが痛覚に変わって私を突き刺す頃には――

 

「う……がぁ」

「はっ、なんだ? このフザケタ戦闘力は」

「あ、……あぁ…………」

 

 花を摘むように掴まれたあの子は、黒い影に染め上げられていく。

 きっとこのままだとあの子を奪わてしまう。 わかる、だって一度はあの人に引き裂かれたんだ、だからこうなるのはわかっていたはずなのに。

 “その先”に起こる事を実現させないよう、私は必死に抵抗しようと手を握って、足を踏み出して…………

 

「ギッ――!?」

「…………え?」

「くくく……」

 

 その先にあるナニカにつまずいて、顔面から転んでいました。

 口の中を切ったのかな。 なんだか鉄の味がして、あぅ……か、身体も痛い……

 

「ご――!?!?」

 

 それでも必死にあの子を探そうとして……探そうとして……探しだせたその先に居たのは。

 

「……くははははははは!!!!」

「いや……ッ」

 

 あの子の顔“だったモノ”

それが光の無い目で私を見据えていたのです。

 なに、なんなの? これはなんのジョウダンなんだろうか……ウソだ嘘だ――あの子が首を、くくくくっ首が……!!

 

「……うっ!?」

 

 理解したその瞬間、胃の中にあったものが一気にせりあがっていた。

 ニガイ、苦しい、辛い、息苦しい――目の奥が締め付けられる……痛い!!

 

 そんな目でこっちを見るな! いや……いや! なんでこんなふうになるの!? 私は何も悪い事なんかしてないし、いつだっていい子にして来たのになんでどうして!!

 

「あぁ、そうさ。 貴様は何もしていない」

「な、に?」

 

 ならなんでこうなるの! なんでそっとしておいてくれないの!!

 私は只、幸せになりたかっただけなのに……それを必死に頑張っているだけなのにどうして邪魔をするの――もう、死人の筈なのに!!

 

「……馬鹿な野郎だ、なにもしてないからこそ、こうやって奪う側(サイヤ人)に蹂躙され、奪われるんだろうが」

「そ、そんな」

「嫌なら力を見せてみろ。 このオレを楽しませるくらいにはな……そんじゃあ――」

「あぐ!?」

 

 痛い、嫌だ!

 あの子のように鷲づかみにされて、そのままつま先から大地を踏みしめる感覚がなくなる。 宙釣りにされたとわかったその瞬間に。

 

「もう一度やり直してこい――」

「――――ひゅっ……」

 

 脳から、全身の信号が消失した。

 

 

 

 

……………………あ、れ?

 

「おーい、ナントカー!」

「……ここ、道場?」

 

 さっきまで黒い男の人に鷲づかみにされてた……よね? なんだけどいきなり景色が変わって……え、え? もしかしてやり直しっていう事?

 何もわからない、ただ、私の前でさっきまで骸だった男の子が笑顔を振りまいて来るだけで……

 

「――う゛う゛?!」

「お、おい?」

 

 さっきのように喉元まで胃液がせりあがってくる感覚。 もう、焼き付いて離れない死の感覚は、息をすればイメージを思い起こさせ、手を動かせば自分が殺された事実との矛盾に身動きが一気に取れなくなる。

 ……分らない。 どうして、どうして――

 

「うまく、いかない……」

「うま? おめぇさっきからなにを……?」

 

 そうだ、どうしてもうまく行かないのなら……かんたんだよね、うまく行くようにやり直せばいいんだ。

 

「ねぇ、少しだけいいかな?」

「……え?」

 

 まずはこの子からいろいろと教えてもらおう。

 戦いかたから何から何まで、勝てる見込みがゼロなのはわかってるけど、せめて逃げおおせることぐらいなら出来るはずだから――――私は、忘れていた。

 

「基礎から続けてなんて言ってられない、大体は知っているんだから――あとはユーノくんを見つけ次第……」

 

 例の動物病院。 そこでユーノくんからレイジングハートを受け取った私は……あぁ、もう、さっきから五月蠅い! なんなのこの影は! あぁ、そう言えばジュエルシードを封印しておかないといけないんだったっけ “随分と昔の事”だったから記憶がおぼろげだった――――あの男が。

 

「邪魔……しないで」

「な、なのは……いま」

「すごい、魔法を手にしてたったの数分でAAクラスの砲撃を……?」

「へぇ、アイツ結構やるもんだなぁ」

 

 ……こっちは今取り込み中。 どうやったら今のあの子よりも数段上を行くアノ男から逃げおおせられるかを考えてるの。

 たかがジュエルシードの暴走態に構ってる時間はないの。 ……どうすればいい、どうすれば幸せな時間を守れるの――――あの男が持っている物の中に。

 

「修行の時間はないよね…だって一か月以内に…どうしよう」

「な、なのは……?」

「あの?」

「……なんだ、アイツ」

 

 

――――人物を探せる道具がある事実を。

 

「どうすれば……いい」

 

 いっそのことリンディさん達に早めに合流して、あの男の情報を流して…………潰し合いでもしてもらうべきなのかな? きっとみんなやられちゃうだろうけど仕方ないよね? だって、私があの子と幸せになるためだもん。

 そうなったら善は急げ……はやく合流しよう。

 でもどうすればいい? あの人たちが来る条件はなんだろう。 そもそもなんでリンディさん達がこの世界に来たんだっけ……?

 

 あぁ、そう言えば次元振がどうとか言ってたっけ? だったら、それに代わる騒ぎを引き起こせば早めに来てくれるって事?

 ……騒ぎを起こせば、あの人たちが代わりになってくれるの?

 ならどういったことをする? あの人たちが来なければいけないレベルの災害……あぁ、そうだ。

 

「騒ぎ――ジュエルシードを意図的に暴走させよう」

 

 そこから出た言葉は、まるで今晩の買い物を決めた時のお母さんよりも軽い口調と気持ちだったはず。

 もう、常軌を逸しているんじゃないかと思える発言だよね? でも、仕方ないよ……ワタシガ幸せにナルタメなんだもん。 しかたがないぎせいだよ……ね?

 

「やりかた……しらない。 けど――2,3個適当につぶせば……ふふっ」

 

 もう、周りの声も聞こえない。

 小動物の制止の声も、男の子の壮絶な喚き声も、お兄ちゃんの警告も忠告も叱咤も激励もうめき声もなにもかも……うめき声?

 

「どうし――あ、れ……」

「よぉ、後はおまえだけだぜ? ガキ……」

「あ、……ぁぁ」

 

 どうしてこの男がここに居るの? まだ、あの日まで十日以上もあるのに……なんで。

 

「騒ぎ過ぎだ小娘。 気になる戦闘力数(カカロット)を探ってみればこんな奇妙な現場に居合わせやがる。 クク、さっきの攻撃はなかなか無慈悲でそそるモンがあったぜ?」

 

 喉で笑う男をしり目に、自分の狭量さを測りきれずに口を歪める。 あぁ、どうして目先のことにとらわれ続けてこんな大失敗をしちゃったんだろう。 下手に騒げばこのひとにも感づかれてしまうってことに、どうして思い至らなかったの。

 バカ……だよ。

 

「しかしこの後がダメだ。 もう、小指の先ほどのチカラもないだろう。 戦闘力3、クズ以下じゃねぇか」

「……るさい」

 

 あぁあ、またこんな結末だよ。

 仕方ない、“次”はもう少しうまく事を運ぼう。 もっと旨く巧妙に、何もかもを騙せるくらいに水面下で――――

 

「……いま、気に入らない声が聞こえた気もするがまぁいい。 さぁ、今すぐにあいつ等の後を追わせてやる――よ」

 

 動くべきだ。 そう思った時には“パン”っていう乾いた音と共に、世界は気味が悪く暗転していってしまうのです。 あぁ、この感覚はアレだね、私、また殺されたんだ……ははは。

 

 

 それから試行錯誤すること280回目の悪あが――――“パン”

 

 死因はジュエルシードを暴走させた際に管理局が来ないままあの日が来たこと。 男は嗤いながら側頭部を叩き、私の首を脊髄ごと引き抜いて行った。

 

 “パン”“パン”

 

 心臓がつぶされ、血液がポンプを破裂させたかのように全身を濁流のように駆け巡る。 孔という穴から血しぶきが上がり、私は出血多量で絶命。

 

 “パン”“パン”“パン”

 

 男が暇そうに突き出した右拳は、私のへその周りを綺麗さっぱり消失させる。 自分の腹部から飛び出てくる臓器を嗤いながら見下ろす私は、『次』に何をしようかと思考しながら舞台(くりかえし)を乱れ踊る。

 

 “パン”“パン”“パン”“パン”

 

 あさ、起きたらいきなり胸に大穴が開いて死んでいた。

 夜、ただいまというアイサツと共に家族全員が皆殺しにされた挙句、下半身を残してこの世から私が消えてしまう。

 昼、みんなと待ち合わせをしていた私は、唐突に世界が真っ白に染まったと思ったら、この星ごと消え去っていた……

 

 益々エスカレートしていく殺され方に、一種の自己防衛でも効いたのかな? 段々、自分が殺される瞬間になっても恐怖はなくて、むしろ「またやられちゃった……」なんていう一言が漏れてくる始末。

 

 あぁ、もうだめなんだね。

 

「あは――」

 

 それが判った時だったかな? もう、幾百と繰り返したかわからなくて、でもまたいつものように殺されたとき遂に――

 

「あはははははははははははははは――――――あぁぁああああははははは!!」

 

 私は、発狂した。

 

 無理だ、出来るわけがない! 私が一体何回こんな惨たらしいことをやってるか……わかる?! 積み上げても積み上げても決して出来上がることがない、そんな、賽の河原みたいなことを何百と繰り返して結局出た答えは死――

 

「も、もう……あはは――いいや」

 

 何をやってもダメ? …………それじゃあ。

 

「なにをやっても良いってことだよね――うふふ、あはははははははっ!」

 

 景色が回る、廻る、くるくる、クルクル、狂狂(くるくる)……狂狂狂狂狂狂……

 負けでいい、勝てないって解ったんだもん、だったら勝てない範囲で好き勝手やってもいいじゃない。 それでだめならやり直して、いつまでもいつまでも終わらない幸せを繰り返す。

 悲劇が起こるというのがわかっているなら、その時間まで精一杯幸せで自分を着飾ろう。 もう、周りの目なんて気にしたくない――私は、私のために全てを今、消してやるんだ。

 

「消えちゃえ……」

 

 あの子と私の邪魔をする者は。

 

「みんな消えちゃえばいいんだッ!」

 

 そう思った途端、私の中から力がこみ上げてくる。 とても気味が悪くて、心地が悪くて、でもそんな些細なことは気にしていられない。 少しでも多くの力が居る、そう、どんな相手でもねじ伏せられる力が欲しい。

 私の、私たちの邪魔をするならこんな世界、みんなみんな壊して壊して壊しつくしてやる――だからもう、いらないの。

 

「あの男ッ……」

「な、なんだ貴様!? ――ぐぁぁあああ!?」

 

 いらない、いらない。 こんな私の意にそぐわないモノなんて――

 すぐに邪魔してそれを嘲笑って、したり顔で見下ろしてすべてお構いなく何もかもを奪い去っていく邪魔な男……貴方はまず、ここから消えなさい。

 

 空へ逃げようとする男に向かって、急速にかき集めた魔力をディバインバスターの形に固めると、私は何の躊躇もなく心で引き金を……

 

「ばーん」

 

引く。

 

「ふ、ふぅっ――」

「ぐあ!? ぐぉぉッ、や――やめろ――やめッ!!?」

「あははははは!!」

 

 無様に地面に落ちたあの男を踏みつぶして、砕いて、壊して、かき混ぜて……原型がなくなるまでこのまますりつぶして……あはっ。 『クキョ』だって、おもしろぉい。

 私の足に踏まれたアイツの断末魔の声を聞きながら、ふと思う。

 このままこの人が消えるのは別にいい。 だって本当に邪魔なんだから。 でも、この後はさらに難解な事件があるんだよね? ほら、あの子が一時期“大人の姿 から 戻らなくなった”事件。

 

「闇の書……邪魔だよね」

 

 あれが無ければ『あんなこと』を知ることもなかったんだ。 だからあれは邪魔だ、今すぐにでも壊しに行かなくちゃ。 あの男を■せたンだもん、いまさら本のひとつやふたつ、どうってことはないよね? ……だから、行かなくちゃ。

 

 

 見知らぬ家、探そうともしなくてもすぐに分かった。

 あぁ、ここに騒ぎの元凶が居るんだって。 2階建てで、バルコニーが広い。 女の子が一人で暮らすには逆に広すぎる家は、見るだけでわかる。 ……寂しいんだよね? こんなところ一人でいるの。

 

――――まってて、いま、楽にしてあげるから。

 

「さぁて、どこにいるのかな?」

「…………だれ?」

「あ、……居た♪ やっほー」

「…………」

 

 ニャハハ……アイサツはしっぱいだったかな? 第一印象最悪、第一次接触最低雰囲気。 この鬱屈とした空気……あーあ、だから明るくアイサツしたのに、空気読めない子……ていうかこの子って。

 

「あぁ、貴方は本物なんだ」

「……なに?」

「なんでもないよ、それに今日は貴方のためにお邪魔したんだけど?」

 

 嘘ウソ、ホントは自分のためですごめんなさい……あぁ、なんだかどんどん性格が汚い子になって行っちゃうなぁ私。 でも仕方無いよね? だってこの世界が私の思い通りにならないのがいけないんだもん。

 

 きっとこの子のせいだ、それは……

 

「嘘、あなたは私をやっつけに来た悪物や」

「あーあ、ばれちゃってる」

 

 目の前のこの子だってわかってるから。

 この世界に自分の意思を持つモノは複数もいらない。 多人数で押しかけたら夢が夢でなくなって、ここが詰まらない現実と同じままならない世界と一緒になってしまう。 わかるよね? そんな世界、貴方はもちろん私だって欲してないこと。

 

「だからさ……」

「……だから?」

 

 すこし、引っ込んでて欲しいんだ。

 そういったわたしの顔はどこまで歪んでいたのかな、今ならもれなく鏡が欲しいところだけど生憎そんなものは置いてないから今はいいや。

 それに、目の前のあの子……はやてという子が今してる表情は――――

 

「私が邪魔? ……それは」

「それは?」

「こっちの台詞や」

 

 ……私と同じ顔をしているに違いないから。

 お互いに鏡写しのように、だけど内包する者は大概変わらないこの組み合わせは、本当に鏡写しだというの?

 分らない、けど、この想い、この感情……それはこっちもむこうも変わらないんだろうな。

 私は、この子の事……

 

「そう、邪魔だから居なくなってほしいんだ」

「……へぇ、貴方、そんな顔もできるんだ」

「それはお互い様だよ。 ニャハハ、貴方も大概凶悪面だよ? ほらほら、牙なんか剥いて怖い怖い」

「……っ」

 

 火ぶたが落ちるまで20秒。

 もう、お互いを壊し合いたくてたまらないのは肌でひしひしと感じる。 殺気、これが“あの子”が言っていた相手を殺す気、ていうやつなんだ。 ……なんだ、結構……

 

「どうってことないんだね」

「……さっきから独り言、五月蠅いんだけど。 どうにかならへん?」

「あぁ、ごめんね? 貴方があまりにもどうでもいいから……つい、これから先のことを考えてたよ」

「あぁそう」

 

 あ、今少しだけ眉が動いたかも。

 ふふ……いいよ、そこまで苛立ちが募ってるっていうなら相手になってあげるよ。 どうせいくらでもやり直しがきく世界。 いつまでもいつまでも壊してあげる。 ……泣くことさえ、無意味だとわかるくらいにまでは――――――

 

 

 戦火は、この家を一瞬で灰にする。

 

 

 

「なにも知らないくせに!!」

 

 高町なのはは叫ぶ。

 その身に宿した魔法という力。 そのすべてを目の前の少女にぶつけるかのように。 桃色の光りが手に集まり、放射状に打ち上げられる魔力光はアクセルシューター。 ひとつひとつが大破壊のレベルにまで増幅されたそれは――

 

「効かへんよ、そんなもの」

「一瞬でかき消した!? あの子の……“あのヒト”の技……よくも!」

 

 不可視の波動に阻まれ、少女への着弾を許さない。

 その技が、かつて見せられた『彼』の技だと理解した時、高町なのはの眉間は寄り、コメカミには緩やかな突起が出来上がる。

 

「気に食わない!」

「そっちこそ!!」

 

 対する少女…………“八神はやて”は自身の髪を闇の様な黒髪に染め上げると大空へ飛翔する。 その手には無数の色が輝き、10、20と数を増やした刹那――

 

「受けや!!」

「誰がッ!」

 

 雨のようにばら撒いていく。

 たった20の弾幕、それを躱そうと高町なのはは足をふみ、馴らし、摺っていと。

 

「はじけろ!」

「な……に!?」

 

 20だった弾幕が、己の身体を複数に分断していく。

 一個が5分割、それがねずみ算式に増えに増え、20×5×5×5………………総計で1万を超える輝きに返還させられると……さすがの彼女も。

 

「……ありえない」

「受けいや」

 

 驚愕に口元が歪む。

 それに満足でもしたのか? 口調がやや乱暴な八神はやては手を掲げると、まるで号令のように――振り下ろす。

 

「行け!!」

「…………プロテクション」

 

 回避は不可能。 断定を速くに済ませた高町なのははここで両手を空に向ける。 掲げた先に見える色豊かな弾幕に向かって唱えられたのは防御の魔法。 しかしそれはかつてのモノとは強度が明らかに違う代物であり――

 

「……2重のプロテクション――抜けるわけがないんだから!」

「小賢しいで、ええ加減堕ちぃな」

「くっ!」

 

 鋼鉄の雨を、同じく鋼鉄の盾に降り注ぐ。 凌ぎ合う互いのチカラ、ぶつかり、どこまでも拮抗していく様はもはや戦いとは呼べない。 だが、その根底にあるものは酷くぶしつけな……

 

「貴方が嫌いだ!」

「私もや!」

 

 憎悪。

 

「誰かの視線が痛くて、いつも自分を笑顔で隠す!」

「自分の心が傷つくのが怖くて、誰かのためだと言って身体を傷つけるばかり!」

 

 嫌悪。

 

「それでその先にあったものが納得いかなくても、いつも自分の中にため込んで」

「おかしいのは自分なのに、それでも知らんぷりで顧みない!!」

 

 でも、それは同族だから。

 

 子どもゆえの同族嫌悪(自分勝手)は、まさしく鏡面の自分を否定する役者のよう。 そこがダメだと指摘しても、自分の中に組み込まれているシステムだからと、決して変えることが出来ない頑固者。

 

 そんな子供同士が、次に行うのは……

 

「この嘘つき能面女!」

「こっちの台詞や! やせ我慢オンナッ!!」

 

 お互いが持つ……最大の罵詈雑言(こうげき)

 既に魔法も減ったくれもないのはいつからか。 雨が止んだ周囲は、もはや街並みの無い荒野と形容できようか。 その中で子供たちが思いの丈を叫ぶ姿は……異質である。

 

「どうして我慢なんかしたの!!」

「なんでさっさと自分に正直にならへんかったんや!」

 

 走り出す……そうしてぶつかり。

 

「だから誰も構ってくれないんだ!」

「欲しいもんがあるのに手に入らないんや!」

 

 互いの衣服を掴み、どちらからとも言えずに地面に激突する。

 

『あぐっ』

 

 転んだ、そう言っても過言ではない緩やかさに置いて、頂点を勝ち取るのは……髪を黒く染めた方。

 

「痛かった、泣きたかった。 でも、それで周りに迷惑かけるんもダメやと思ったんや。 そのなにがいけない! 自分一人で背負いこんでどうして怒られる!! 何にも知らない幸せモンが、好き勝手言うな!」

 

 1、2。 左右からくるスナップの効いた平手は、高町なのはの頬に赤いモミジを作る。

 

「うぅぅ……やあああ!!」

「くぅう?!」

 

 それに対して瞳の貯水を満タンにさせた高町なのはは、我慢しきれず彼女の襟首を掴むと、八神はやての後頭部を地面に激突させる。

 

「辛かった、嫌だった。 誰かに構ってほしかったし、自分の思ったままに遊びたかった、甘えたかった! でもみんな大変そうな顔してるから……大丈夫って言うしかなかった! 仕方がなかったの! 状況も知り得もしない貴方が勝手なこと言わないで!!」

「痛――ッ」

 

 やられた同じ回数、八神はやての頬から強烈な音が聞こえる。

 右の頬が叩かれれば左を、左を叩かれたら相手の右を……殴りつける。 もう、少女同士の痴話げんかを大きく脱線した貶し合いは、お互いの存在そのものの消去へ向かう死合へと発展していく。

 

 でも、その身体に刻み付けられていく痛みは、いま自分にこびり付いている傷なのだと果たして二人は気付いてるのだろうか……

 

「気に食わない!」

「こっちこそ!」

 

 高町なのはが身を沈める。 屈んだとわかった時には、彼女の足は大地を踏みしめ利き腕の“左”を自身の顔の真横まで引きつけていた。 撃鉄……そんな単語が八神はやての脳内を突き抜けると――――

 

「はっ!」

「うぐ!?」

 

 衝撃は自身へのダメージだったと理解する。

 顎に向かって腰の入った左アッパーカットが激突、そのまま八神はやての足は大地から離れ、空を舞い、背中を拳の持ち主に見せながら墜落していく。 明らかな頭部からの落下は、それほどに今の一撃が恐ろしい威力を秘めていた証拠。

 だからこそこの瞬間に敗北を宣告されても誰も嗤いはしないだろう……だが、そんなこと――知った事ではない。

 

「ぎ――!!」

「な……に?!」

 

 歯を軋ませる。

 骨を擦り合わせる。

 血を吐き、肉が裂けていく。

 

 八神はやて、ここに来て彼女は目の奥に恐ろしいほどの光度を放つ。 信じられないことだ、あの彼女が、つい最近まで車椅子の上で微笑むことしかしなかったような子が……なぜこんなになるまで高町なのはに牙をむけるのか……

 

 操られてる? クウラの影響を強く受けている?

 考えられる要因は数多いはずなのに、そのどれもが真実とは思えない。 真相は何処かに消え、只、目の前に居る気に食わない者を振り払わんと地面を蹴る――

 

「いまのは……痛かったで!」

「うるさいッ! 今度こそ黙らせてあげる――」

 

 誰の事を?

 そんな問いをする無粋者はいない。 もう、立ち上がるのが精いっぱいのふたりは最後の力を両足に込める。

 支え、踏みとどまり、己の力を全身からかき集める。 絞りカスだ、大した力はない……けど。

 

「殴らない訳にはいかん!」

「こんな分からず屋は――ッ」

 

 各々が自分の……“自分への弁護”を叫ぶ中、ついに彼女たちの撃鉄は轟音を発する。 その先にある自分の敵()に向かって、全身全霊を穿つ――――――…………

 

「はぁぁぁああああああああああああああッ!」

「やぁぁぁああああああああああああああッ!!」

 

「…………ん?」

 

 

 穿つ……穿った、はずだった。

 

「あ、ヤベぇな。 こりゃ……」

 

 そうして聞こえてきたのはどんな衝撃音よりも軽い……青年の声であった。

 

 

 

 …………そして当然のように。

 

『倒れろぉォォオオオおお!!』

「ぎぃぃやあああああああああッッ!!?」

 

 青年へ少女達の一撃必殺の拳が衝突事故を起こすのである。

 あまりにも惨い絵。 残酷に過ぎるこの映像を直接見ることさえ心臓に悪すぎる。 なんとかして説明するのであれば……

 

 砂時計。

 ねじったスチール缶。

 

 etc.etc.……とにかく、くびれのある物だったらなんでもいい。 とにかくそれを想像して、その絵をあの青年に重ね合わせてみればいい。 そうすればきっと、今彼の身に起こった不幸が判る筈である。

 

「…………っ」

「ッ!!」

「お、ごご……お……」

 

 2歩だけ後ずさった彼はそのまま体を震えさせていく。 今のなんと破壊力のある衝撃か、彼は只、己に起こった現象に身体ごと後退して……

 

「ま、参った……は、は……がくっ――」

『はぁ……はぁ……え?』

 

 大の字になって倒れ込む。

 そこからもうピクリとも動かない彼は、なんとも悔しそうな顔で在りながら微笑んでいたという。 これが、彼の最後の顔であった。

 

「……し、死んじゃいねぇ……ぞ」

 

 ……まだ、この物語は終わらないようだ。

 

「…………どうしてここに」

「な、なんで――!?」

 

 物語の中心人物たる彼を見た瞬間に、少女達の瞳孔が大きく広がる。 真夜中の猫を連想させるその開き方はあまりにも異常。 しかしどこか隠し事が見つかったかのように弱さを見せているのは果たして気のせいだろうか。

 

「よっこいせ……ん?」

 

 後ずさる彼女たち、ここに来て息の合った動きを見せたのはどういう皮肉か。 それを見て、立ち上がり、どこか納得がいかなかったのだろう。 眉が数回上下した悟空はそのまま観察を開始する。

 

「……ん~~」

「う……」

「あ、え……」

 

 つま先から天辺まで、じろじろと失礼なくらいに凝視する悟空。 口元から出てくる謎の数字……20、22……などなど、まるで何かのカウントをするかのようなそれは――

 

「なのは、おめぇ」

「……うぅ」

「少しやつれたんじゃねぇか?」

「…………はい?」

「ほれ、このあいだまで2よ――」

「いッ――言わないでぇぇえ―――!!!」

 

 乙女のトップシークレットを完全無視。 仕舞いには大暴露な彼に鼓膜崩壊の刑を敢行したのはやはり高町なのは。 彼女は今までの人形のような目を一瞬で取りやめると、彼に向かって掴みかかろうとして……

 

「ほい」

「あうっ」

「よ、ほいほい」

 

 脚を払われ、くるぶしが自身の視界に入る。 同時、背骨に沿うようにいくつか衝撃が来るのだが、その攻撃のなんと心地の良いモノか……まるで整体のように感じた一連の動作は。

 

「ほぉれみろ、体中に(りき)がなくて姿勢がめちゃくちゃだ。 今まで何やってたんだおめぇ」

「あ、いや、その……」

「ん?」

 

 やはりただのマッサージ。

 壊すことを得意とし、武道をある種、極めた男だからこそ効く“目”……所謂弱いところを見つける観察眼は、少なからず医者の真似事を彼の特技の中に追加していたようだ。

 さて、そんな悟空にとっ捕まったなのはだが、それでも心の中の黒い焔が消えたわけではない。 まだ、彼とのシコリというのは消えていないのだから。

 

「離して」

「お? あぁ、悪かったな急に捕まえて」

「そうじゃないもん……」

「?」

「…………くっ」

「お?」

 

 だけど気付かない彼。 そして、そんな彼等を見ていらだちを募らせる“元、足の不自由な女の子”……彼女は悟空の顔を見るなり歯ぎしりを引き起こす。 その姿、そのリアクション、まるでさっき対峙した鋼鉄の外道にあまりにも似ている。 だからこそ悟空は。

 

「そんな顔するもんじゃねぇぞ、はやて」

「…………うるさい」

「なんだよ、今日はやけにご機嫌斜めだな」

「ごくうがいけないんや!」

「おらが?」

 

 彼女の言葉を聞き。

 

「そっか、オラがいけねぇんか……」

「そうや、ごくうがみんないけないんや」

「そんじゃ…………オラが何とかしねぇとな!」

「…………え?」

 

 嬉々としてその原因に向かい合う。

 鳴り響く蒼いブーツが、数回だけこの空間へと刻まれたときであった。 孫悟空は手のひらを上に向けると……

 

「……ぶつの?」

「…………」

 

 ただ、乾いた質問を視線のみで返すだけ。 その姿に恐れはない、畏怖もなければ狂気もないだろう。

 そうして輝く彼の右腕。 この闇が作りし世界を否定するかのような輝きは正に極光……その光がいま、八神はやてに向けて放たれようとしていた。 誰もが見ても行動に疑問が上がるこの瞬間……孫悟空はただ、笑うだけである。

 

 

 

 

 もう、つかれてもうたわ。

 何をしてもみんなに嘘を吐き続けて、みんなのためにだなんて終いには自分にすら嘘をまき散らし、気付けばもう、ウソなしでは生きていけなくなって……こんなふうに生きたいだなんて思っていなかった。

 だから終わりにしたかった。

 でも、自分だけこの世界から消えるのはイヤダ、痛いのも、辛いのも本当は嫌だった。

 どっち着かずの私に、とうとう悪魔のささやきが聞こえてきてしまったんや。

 

「もう、ウソをつくのは嫌やった」

 

――――逃げたい? でも逃げ道をいろんな人間が塞いでいる……簡単ではないか、邪魔をする者がいるなら踏みつぶしてしまえばいい。

 

「痛いのも嫌、もう、こんな痛みはなくなってほしい」

 

――――快楽が欲しいのか? なら、最高の興奮を味わわせてやろう。 さぁ、その身をオレにゆだねるがいい。

 

「どうして皆わかってくれへんの!! こんなの間違いや……」

 

――――この世界が不満だと……同感だな。 ならばやる事はわかるな? ……さぁ、手を貸せクソガキ。

 

 

 なんてことがあるうちに、囁きは叫び声に、その内には絶叫になって私の身を焦がしていったんや。 気が付けば動かなかった足も動くようになってな、でも、それと同時に心の中のもやもやが大きくなって。

 

――――それは、あの男が居るからだろう。

 

「あの男……?」

 

――――貴様の思い通りにならない……唯一の人間がいるだろう? 現れては消え、日常とはかけ離れたあの猿が……くくくっ。

 

「あぁ……ぁぁぁ」

 

 だから、そんなものは消してしまおう……それを邪魔する者がいるなら蹴散らして蹴り飛ばして……踏み砕く。

 

 そうやって他人さまに迷惑を掛ける行為がいつからやろうな。 私の心のもやもやを晴らしていったんや――虚しい。

 

 潤ったんや―――嘘やね。

 

 自分というのが、ここに居るって言えるようになったんや―――――飢えも乾きも増すばかりなくせに。

 

「なにやってもうまく行かない。 あの悪い声の言う通りにしたらもう引き返せないところまで来てもうた……あはは、それで“みんな”をあんな目ぇ逢わせてもうてもう……ダメや、顔なんてあわせられへん」

 

 だから終わらせてしまいたかった。

 でも、そんなところに来た女の子……あの子が私の世界を無造作に突っついたんや。 やめて、そんな無様を私にさらさないで――私と、同じことをしないで。

 

 鏡写しの様なあの子の姿勢は、まさに私がいままでやってきたこと。 想いの中で、誰が願ったでもないことを繰り返すわたし自身。

 あぁ、もうこんなことばかりなんやね。 引き返そうとした途端、昔の行いがどんどん自分を追い立てる。 許して、赦して。 もう、我がまま言わないから。

 

「だからもう……終わらせて(ユルシテ)

 

 最後の我が儘や、お願いだからもう、こんな苦しい世界から抜け出させて……お父さんやお母さんが消えてしまった世界に私も行くんや……天国はきっと、こんな世界よりも苦しいところじゃないはずやろ?

 だから……だから――目の前に居るあのヒトに私はお願いをする。

 

「ごくうがいけないんや!」

「オラが?」

 

 だからごくう……悟空の手で終わらせて。 他の人は嫌や、最後は、悟空がええ。

 

「ぶつの?」

「…………」

 

 あぁ、最後の最後でそんな穏やかな目を見せないで未練が残ってまう……終わらせて……おねがいや。 もう、覚悟は決めたから……

 

「…………」

「…………っ」

 

 手が、悟空の手が光りはじめた。 あぁ、最後に願いを叶えてくれるのはこのヒトやったんやね。 ありがとう……ホントウに、ありがとう。

 

――――ぱんッ!!

 

「あ、え?」

「みんな心配してたんだぞ。 それなのにそんなあいつらドンドン傷つけて行ってよ……そんでおめぇ自身も傷ついて誰が得すんだ?」

 

 あ、れ? 痛い……痛いんだけど……痛いだけ?

 

「ご、悟空……ごくう?」

「なのは、フェイト、シグナム達にシロウやみんな。 大勢の人間が酷い目に逢った、分るよな?」

「……うん」

「これで全部許されるってのは、正直ありえねぇけど。 おめぇの初めての我が儘だ、加減が判んなかったんだよな、掛けていいメイワクってやつがよ?」

「……」

 

 頬が少しだけ熱を持ってる。 あぁそっか、わたしほっぺをビンタされたんやね。 ……初めて、誰かに頬を叩かれた。

 痛い、痛いよ、でもな、こんなの……こんな――こんな……。

 

「うぐっ……」

「あ、え!? お、おいはやて!?」

「いたいよ……すっごくいたい……」

「あ、ま、マジか?! 力加減間違えたか!!」

 

 あわてて私の頬に手をやって上下にさすってくる。 なんでや、自分からはたいといてこんなすぐに否定することしたら逆効果や。

 反省なんかでけへんやろ。 ただただ悲しくなって、痛くて、でもなんでやろうなぁ……うれしいのは。

 

「ちゃうねん……なんで――なんでこんな遅いんやって思て」

「……わるかったな、オラ、いつもこういう肝心なとこは遅いみてぇだ」

 

 もう自分が何を言ってるのかがわからない。

 この世界がもともと闇の書が作り出したっていうのもあるんやろうな。 あの子……あの女の子の感情も何もかもが一緒くたになって爆発しそうや……あ、あかん。

 

「……うぅ」

「ど、どうしたはやて?」

「……あの?」

 

 憧れ、恋い焦がれ、置いてきぼりにすっとぼけ――ずっと……一緒。

 離れたくない……離してほしくない――

 

「こ、こんな風に……くぅ!?」

 

 とても濃密な半年間をあらわす単語は数多い。 その中で今出てきたんがごくうを表す言葉だとして、こ、この子……こんなにごくうの事を思って……! こんな思いはさすがに受け止めきれへん。

 

「す、すごいんやね、その子」

「は、はい?」

「なのはがどうしたんだよ?」

 

 どんだけの思いなのかは測りきれないから言い表せない。 家族で在って、親愛なるヒトであって……とっても大事な人で。 えぇなぁ、こう言う関係。 でもわたしと悟空はそういうんちがうかなぁ。

 ……うん、少しだけまだわたしの方に遠慮があるし、家族未満~友達以上ってとこやろか。 ……いつか、もっと近い関係に成れればとは思うけど。

 

「おーい、はやて?」

「……むぅ」

「ふふっ」

 

 なんやえらくあの子……なのはちゃんがほっぺた膨らませてるように見えるけど、いまは知らんぷりや。 さっきのパンチはホントに痛かったし、これくらいの仕返しはええかもな。

 あぁ、すっかり毒気抜かれてもうた。 なんだかさっきの打ち合いで悟空に全部“悪いもん”持ってかれたような気がする。 ……あれ?

 

「ごくう」

「どうしたんだよさっきから」

「あのな。 わたし、さっきから身体がとっても楽なんやけど、なんかしたん?」

「…………さぁな」

 

 答えてくれない。 ……こういうところが、あの子を本気で怒らせる結果になるってわかってるんやろか? ごくう、今はまだ大事な場面でないし、誰かを不幸にさせる側面もないからええ。 けど、その悪い癖を何とかしないと、いつか大変なことになってまうで?

 

「いつか、治してあげないと……」

「ん?」

「なんでもあらへんよぉ~」

「変なヤツ」

「ごくうに言われとうない」

「それもそっか」

 

………………そう、いつかきっと、やな。

 

 

 

 

「痛いところはねぇンだな?」

「大丈夫や、ごくうがえらく手ぇ抜いてくれたから」

「……そりゃよかった」

 

 正直言って、今回はやてをぶん殴るのは気が引けたかもしれねぇ。 初めてと言えば初めてだろうな、悟飯よりも小さい、それも女の子を叩いて――ってのは。 でも、なんだかこうした方がいいかもって、身体が勝手に動いたんだ。

 考えるよりも先に、本当に感覚レベルでいつの間にか手が動いた。 ……ん? これっていつもの事なんか?

 

「…………」

「あ」

 

 ありゃりゃ。 はやては何となく元に戻ったっぽいけど、今度はなのはがご機嫌斜めってやつだな。 ……微妙に握ってる右手なんかプルプル音たててんもんなぁ。 どうするか――

 

「――――なのは!」

「……なに?」

「話は一端ここまでだ」

「…………っ!?」

 

 なのはの右側頭部、大体目頭のすぐ横に手を沿える。 すぐに来た衝撃を気合で消し飛ばしながら、全ての力の流れをなのはを中心に外へ流してやる。

 

「アイツを……あのクウラをぶっ飛ばしてからだな」

「あ、あのヒト!?」

 

 驚いた顔をするなのはとはやて。 当然と言えばそうだろうな。 なんて言ってもいきなりの挨拶だ、さすがのオラもあたまに来てるのは間違いねェし。

 

「だ、誰もおらへんよごくう」

「そりゃ当然だろうな、クウラがこのなかに居るんじゃなくて、オラたちがクウラの中にいるんだからよ。 だからその中にいるオラたち目がけて、あいつが外から攻撃してきている……んん? なんかこんがらがってきた」

 

 ともかく、いまここに居るのはマズイ。 早くこの世界から抜け出して、あの娘――さっきからヤテン、ヤテンとうるさいあの娘の所に行かねぇと。

 意識を集中する。 そんで感じ取るのは外にいる二人の気……いや魔力か。 どうもこの世界で魔力の探知は難しいらしい。 気を探るよりも断然難易度が上がってやがる。

 

「二人ともオラから離れるんじゃねぇぞ。 瞬間移動で――このっ邪魔だぞ、へんてこな機械がうじゃうじゃ――」

「きゃ!?」

「うぅ」

 

 今度は金属の針が60本ほどか。 気合砲で落として、残りは尻尾で叩き落とす。 片手でなのはたちを、もう片方を額にやってたんもんだからこういう迎撃に出るのは仕方ねぇ……仕方ねぇンだけどよ。

 

「こうまで執拗に迫られると――く! 瞬間移動に必要な精神集中ができねぇ」

 

 守りながら移動するのも一苦労だ。 すぐ近くの気を感じ取るならまだしも、遠くの世界に居るはずの魔力を見つけるのは至難の業だぞ。 あぁちくしょう、このままだと防戦一方じゃねぇか。

 

 どこか落ち着ける場所、一呼吸でいい、どっか攻撃の手が来ない場所はねェのか!?

 

「ちくしょう」

「――――……」

「ちくしょお!」

「…………おこまりですか?」

『……え!?』

 

 不意にオラの背中から聞こえる謎の声。 いや、女の声なのは間違いねぇ。 気を感じねぇところを見るに、どうやらシグナム達と同じく訳ありの人間だって言うのがわかるが。

 これってまさか――

 

「お、おめぇがどうしてこんなところに!?」

「貴方の帰りが遅かったので」

「また女の人……」

「ごくう、すっかりジゴロさんやねぇ」

「ピッコロ!? いまアイツは関係ねぇだろ――ちゅうよりもおめぇ、どうやってここまで」

 

 そうか瞬間移動はこいつも使えたんだよな。 それにオラが使える技の大半はコピーしてるはずだ。 だったらこれくれぇ造作もねぇか。 なにせ先にオラが使ったんだ、見切ればどうってことはない。

 

「いえ、かなり危険な賭けでした。 すぐに相手の技を見切れる貴方と一緒にしないでください」

「……そうか」

 

 訳でもねぇンか。

 とりあえずこれで手段が増えたな。 一人が囮と防御を、もう一人が瞬間移動の役割を担当する。 そうすりゃ相手に邪魔されずにここから抜け出ることが出来るはずだ。

 

「うっし」

 

 全身に気を張る。 ただし超サイヤ人は無しだ、あれやるとおそらくシグナム達が折角くれた魔力を全部使う羽目になりそうだ。 だから限界ぎりぎりまで――――

 

【だぁぁぁああああ――界王拳ッ!】

 

 これで持ちこたえてやる。

 ここまでやればアイツもわかるだろう、役割分担はオラが囮でアイツが脱出役。 戦闘力から何まで頭で考えれば自然とこうなるだろう。 

 

「後は頼むぞ、そとのフェイトの居る場所までみんなで瞬間移動してくれ、急げ!」

「は、はい」

 

 グズグズはさせねぇ。 速攻で片を付けさせる。 

 ん、右から気弾、左からは金属の針が――数百はくだらないと見た。 けどよ――

 

「あめぇ!!」

 

 吹き飛ばせない数じゃねぇ。

 むかしに喰らったプレシアの雷に比べればこんなもん屁みたいなもんだ――それに。

 

「いまのオラにはこんなことも出来んだ――ぞ!」

 

 手に流した気をどこまでも長く伸ばす。 イメージしたのはシグナムが持っている剣、それを気で形に留めると。

 

「のびろぉぉ――」

 

 今度は鞭のようにしならせる。 そうして出来上がった気の武器を見たんだろうな、身体の内側からアイツが騒ぎ出す。

 

【ふ、味な真似をするではないか孫】

「まぁな。 そんじゃ合わせろシグナム!」

【承知した!】

「でぇぇりゃああ!!」

 

――――――飛龍一閃。

 

 左右から飛んでくる邪魔者を全部一気に片付ける。 これで少しだけ時間に余裕が……

 

[があああああ!!]

 

できるわけでもねぇだろうな。

背丈にして17、8メートルといったところか? 見たこともねぇ奇妙な怪物を視界に入れた途端に身体を小さく沈めると、オラは右足に気を一点集中する。 赤い気がどんどん集まって、まるで金槌みたいな形を作る。

 

【へ、今度はアタシの番かよ!】

「待たせたなヴィータ、存分に暴れちまうぞ!!」

【言われなくっても暴れてやるぜ】

「はぁぁあああああ!!」

 

――――――ギガント・シュラーク。

 

 一振りで腕を吹き飛ばし、返した二振りで肩を粉砕してやり、落とした三振り目で頭をどっかに消し去ってやる。

 更に怪物のどてっぱらに風穴を開けると、嬉しそうにオラの中でヴィータが小躍りした気がした。 いままで相当鬱憤がたまってたもんなぁ、オラも今のは結構すっきりした感がスゲェや。

 

「こまけぇのがウジャウジャきやがったな。 ……ザフィーラ! 今度はおめぇだ」

【お前とはやる事が変わらんはずだが……?】

「……そうでもねぇさ」

 

 さっきとは逆に全身に赤い気を巡らせる。 界王拳の倍数を一気に引き上げ、今は五倍界王拳を使ってるところだ。 そんな中でさらに気を上げていき、体中から力をみなぎらせる。

 

「ふ――」

 

 右腕でまず三体。

 

「波!」

 

 左足を薙ぎ払いざまに10体。

 

「だぁぁああああッ!!」

 

 両手を払って20体を消し去る。 途中、オラですら見落した小さな取りこぼしはというと、ザフィーラの得意技の結界と、オラの気合砲で完全にカバー。 ……いいぞ、どんどん調子が出てくる感じだ。

 

「こりゃあいいや、大界王星で修業してた頃よりも乗ってるかもなぁ」

 

 そうこうしてる間にあの娘から独特な気配を感じ始める。 この研ぎ澄まされる感じ、おそらくいい感じに瞬間移動をやる手前と言ったところか。 なら、こっちももうそろそろ終いにしねぇとな。

 

「シャマル!」

【はい!】

 

 もってけ、5倍界王拳のかめはめ波だ!

 気を溜めるのは一瞬。 けどその間ですら小さな機械たちが、かめはめ波が飛んでいく範囲から逃げようとうごめいていく。 当たらない……このままじゃかめはめ波はあらぬ方向へ行くだろう。

 だからこそシャマルが居るんだ。

 

「波ぁぁ――――ッ!!」

【旅の扉よ】

 

 真っ直ぐに飛んで行ったかめはめ波が、手前から消えたと思った瞬間に敵の真横から現れた。 例えるんなら鍋のふたみたいな形になってるかめはめ波の軌道は、きっと亀仙人のじっちゃんが見たら腰抜かすだろうなぁ。

 これで大分数が減ったし、相当数時間は稼いだはずだ…………――――

 

 

 

 

「――――…………どうだ!?」

「瞬間移動、完了です」

 

 孫悟空はもと居た闇の書の世界へと帰還していた。

 かめはめ波の残滓がわずかに漂う中、構えた手を解いた悟空はそのまま小さく息を吐く。 同時、体中から消えていく赤い気は、彼が界王拳を解いた証拠であった。

 

「悟空……なのは」

「よ、ただいまフェイト」

「…………ただいま」

「なのは……?」

 

 その中にいる高町なのはに、若干の違和感を感じたのも束の間、悟空がフェイトの手を取り、額に手を当てたいつもの瞬間移動のポーズをとりはじめる。 感じ取るであろうモノは“おいてきた”リンディ・ハラオウンの怒気がこもった特大の魔力。

 

「わざわざここに来る途中の“でっけぇ森ん中”に放り投げた甲斐があったってもんだぞ」

 

 ――狙った訳でもねぇけど。

 そんな言い訳と謝罪が混じりあった言葉を吐きながら……彼は徐々に顔を焦りで染めていく。

 

「感じない」

『え!?』

 

 其の一言がどういうモノかなど、既に説明を要するものなどいないだろう。 結果だけ知った彼らは視線を下に零す。 悟空ほどのものですら、この世界から脱出が出来そうにないと言うのだから。

 

「ここに来る時よりも外から感じる気が極端に落ち込んでる。 まさかクウラの奴に邪魔されてるのが原因なのか!?」

「……やはり、こうなりましたか」

「やはり?」

 

 どこか悟った顔なのは闇の書の娘。 彼女は悟空の問いに答えるまでもなく、自身の考えていたであろう憶測が的中したことに肩を落とす。

 周りには見えなかったが、少なくとも悟空にはそう見えたのだ。 だからこそ、彼はそれ以上強く聞き出そうとはせず。

 

「なにか手があるはずだ。 あきらめるにはまだ元気が有り余ってんぞ、こっちは」

「…………そうですね」

「悟空」

「…………うん」

「でもどないするん?」

 

 ちりが積もって山になるほどの問題の大きさに、思わず眩暈をきたしそうになる常識人たちを余所に、悟空、そして闇の書の娘は一瞬で視線を交わして問題のはや時を……

 

「手がないわけでもないんだよな?」

「えぇ。 かなりリスキーで前代未聞ですが」

『…………?』

 

 フ……まるで孤高の戦士を彷彿させる笑い顔は先ほどまでの焦り声とは正反対の境地。 孫悟空共々微笑んでいる娘は、しかし視線だけなら切羽詰ったもの……いいや、真剣そのもの。

 そんな彼女は。

 

「え?」

「主。 我が……親愛なる主よ」

 

 中空の世界にあるはずなのに、まるで片膝をつく娘。 その先にいる八神はやての困惑を余所に、彼女の語りは止まらない――止めるわけにはいかなかった。

 

「これから先の戦い、いえ、この先の私たちの道には、いまある枷は邪魔以外にありません。 どうか、その鎖を主の手で引きちぎり下さい」

「く、くさり? そんなのどこにあるんや?」

「見えはしません。 ですが確実にそこに在るもの。 そして、私が“今の名”であること自体が枷なのです――■■の書として全てを取り戻せないのです」

「え? え? いまなんて言ったん? ノイズみたいなので聞こえへん……」

「■■……■■です……」

「き、聞こえへん……ごめんな」

「いえ……やはりダメですか」

 

 膝をついたまま、ついたのはそれだけではなかったのだろう。 底? ため息? いろんなものがつかれたときだ、彼女の落胆はなによりもひどかった。 ダメなのか……いろんなものを混ぜ込んだその言葉は――――

 

「なぁ」

「……まだ、届かない」

「なぁったら」

「…………なんですか?」

 

 この男が……

 

「さっきから【ヤテン】【ヤテン】ってなんの話だ? おめぇが闇の書って言われて機嫌が悪くなるのは前の戦いで知ってけどさぁ……なんなんだよヤテンって」

「………………は?」

『えっと……』

 

 この孫悟空が、そんな暗い空気をぶち壊さない訳がない!!

 

 思わず口を開くだけ開いた闇の書の娘……彼女は孫悟空の顔を見ると首を傾げ、その長い銀髪を小さく揺らす。 今ある姿を例えるならば、ヒマワリの種を貪っているハムスターとも取れない小動物的可愛さを携えていようか。

 ……みるモノが見たら、某金髪の娘の母親が見たらどこかへ連れて行かれそうな破壊力を持っていたのだ。

 

「……そ、そんなことよりも。 なぜ貴方に私の名前がわかるんですか!?」

「え、いやぁ……え? だっておめぇ最初っからずっと言ってたじゃねぇか」

「はい? 最初。 ど、どうなって――は!」

 

 思い出したかのように手を叩いた娘。

 そう、最初に悟空が彼女に会ったときはどのようなシチュエーションだっただろうか。

 

「貴方はそういえば、私を縛っていた鎖を一回とはいえ粉砕していたような気が……」

「そうだっけか? 随分と昔のことだから覚えてねぇなぁ」

「……まだ数か月前でしょうに」

「オラからしたらもう8年は前の事だ、それくらいわかんだろ? オラの中覗いたってんなら」

「8? け、計算が合わない……?」

 

 悟空の言い分に首を傾げつつ。

 

「と、とにかくまさかあの時の無茶がこんな副参事的効果を生み出すなんて――その時の鎖の破片がまさかこのモノにこんな影響を? ……まさに前代未聞」

「おめぇさっきから驚いてばっかで疲れねぇンか?」

「うるさいですよ、少し静かにしていなさい」

「……ちぇ、最近オラに対する扱いがぞんざいな気がすんぞ。 別にいいけど」

 

 実際は違うであろう憶測を前に、当の本人は口をとがらせる。 この時に零した言葉に皆が苦笑いする中……

 

「あ、いえ。 貴方には主に名前を伝えてもらいたい」

「なんだよ黙ってろと言ったら今度はしゃべろって……」

「そこは謝りますから早く!」

 

 段々と冷静さが消えていく彼女。

 そのすがたは大人然としていた数分前とは打って変わって。 まるでデパートのおもちゃコーナーで新商品を見つけた子供のよう。 ――待ちに待った……そう言わんばかりの彼女の行動がイチイチ微笑ましく、悟空は少しだけ目元を崩すと。

 

「そんじゃはやて、オラのいう事を後から続けんだぞ?」

「え、うん」

 

 八神はやての前でしゃがみ込み、髪を触り、頭を撫で。 彼は今まで何度も聞いた名前をそっと……唱える。

 

「やてん……夜天だ」

「や、ヤテン?」

『…………んん?』

 

 唱える。 唱えた、唱えたはずだった。

 

「孫悟空、少しいいか?」

「え?」

 

 その単語、確かに間違いはない。 文字化けもなければ欠けている単語はどこもない。 間違いない文字数に画数。 そのどれもが正解と呼ぶにふさわしいのだが。

 

「もう一回……いってみなさい」

「もう一回? なんだよ、そんなに自分の名前言われて――」

「いいから早く」

「お、おう」

 

 あまりの威圧感、戦慄と言ってもいいその感覚に、孫悟空はこの世界に来て初めて足がくすむ。 人間、どこまでの恐怖を与えれば彼のように縮み上がるのだろう。 具体例が見つからないのだが、あえて言うならば。

 

…………ベジータが初めて泣いたぐらい。

 

そう言った恐怖だという事を明記しておきたい。

 

「夜天」

「……おかしい。 あってるのに違う。 私の耳には【ヤテン】というフザケタ声しか届かない」

「なぁ、時間もねェしそろそろ――」

【Repeat after me】(私に続いて)

「あ、あぁ」

 

 唐突に始まる銀髪娘さんによる正しい日本語講座。 何をいまさらというかなんというか、この不思議空間で切羽詰っているのに貴様ら何してんだ――少なくとも高町なのはとフェイト・テスタロッサの呆れは天を衝いていた。

「夜天――」

「夜天!」

「違う! 夜天だ!」

「ヤテン……?」

「そうそう……そうです」

「ん~~夜天!」

「違う!」

 

 どう違う……正確に伝えることが出来ないのか? 四苦八苦しつつもどこか嬉しそうな銀髪娘は、既に悟空と一緒に正座をするという長丁場に突入していた。

 互いの膝が触りあうほどの距離。 そのなかで右手で床らしきところを『ぺちぺち』叩いている姿は、八神はやての心を朗らかにしたとか。

 

「わかった――貴方はアクセントがおかしいのです!」

「あ、あくせんと? あぁ、あのやわっこくてぺらぺらした――」

「――――それはオブラート!! どうやったらそこにたどり着くんですか!?」

「……なんだかおっかねぇぞ」

『なんで今のでオブラートって解るんだろうこのヒト』

 

 もはやボケツッコミの領域に突入した彼らの寸劇は終わりが見えない。 物覚えが極端な孫悟空にとって、いまさら子供のやるような発音練習は……そう思ってはいられない事実が、彼女の機嫌をさらに斜めにするとも知らずに――

 

「うっし! 夜天だッ!!」

「ちがうといっておろうがああ!」

 

 がお~~

 

 吠えた彼女の声はどこまでも鳴り響く。 ちっちゃな獅子に振り回され、悟空の勉学に対するキャパはとっくのとうにオーバーフローである。 ……学歴、『こくご』『さんすう』は伊達じゃない。

 

「いいですか? アクセント……言葉の発音の高さが違うのです貴方は。 『や』てん、ではなくて――や『て』ん……これが正しい発音なのです」

「……ちゅうかよ」

「静かに聞きなさい。 そもそも貴方は普段から私の事をどう呼んでいたのですか? 闇の書……まさかそのような虫唾が走るような下劣な名前で――聞いてるんですか!?」

「……お、おう」

「落ち着いてください夜天さん! ここで悟空くんに勉強を教えてどうなるんですか!? やってる事、おかしいって解りますよね?」

「そうだよ夜天さん。 今ここで悟空と漫才をやってる場合じゃないよ!」

 

「夜天さんって言うなぁぁーー!!」

 

『どうしろっていうんですか!?』

 

 かつてここまで彼女を乱した人間が本当に居ただろうか。 朗らかと哀の感情をまっすぐに携えたはずのこの娘をどこまでも怒らせていく孫悟空に、本当に悪気はない。 

 

「そもそもどうして私があなたにこのような――――はッ!」

 

 このときであった。

 この、何気ない一言であった。 さっきから夜天夜天と小うるさく発音講座を行なっていた娘がついに、やっと、何とか……

 

「私は、なんでこのようなことをしていたのでしょうか……我が主よ」

「わからへん……はは」

 

 我に返ってくれたようだ。

 

「と、とにかくあなたの名前……それを教えてどうするんや?」

「……コホン。 それはですね主、いま、この書の中の主導権をクウラが大体の実権を握っています。 弱り切った私と主の虚をつき、いままで潜伏していた間に掴んだ情報によってです。 普通ならあり得ませんが、あれはおそろしいほどに執念深く、用心して、周到な準備をしていたのでしょう」

「それがどうしたんや?」

「彼は隙がありません、一度手に入れたコントロールを渡すなどという愚行はしないでしょう。 なら奪われた物を……取り返すのではなく一度消してしまうのです。 真の所有者であり、リンカーコアに深いつながりがある主と、真の名を不本意ながらあの男から聞き伝えられた今ならば可能かと」

「!?」

 

 驚いた。 これにはさすがのはやても目を見開く。

 まさか自分自身を犠牲にでも――そう思ったのは仕方がなく、消すという単語からくる一番近い道はそこなのだから当然だ。 でもそんなはやてに、夜天の娘は微笑む。 指をそっと伸ばし、少女の唇に触れてゆき……

 

「主がご心配なされることは、何一つありません。 私自身、あの男を残し消えるなどという不安極まりないことなど致しません」

「あの男?」

「ふふ……えぇ、あの男です」

 

 誰の事――などという事はないだろう。 あの男はあの男だ。 さっきまで彼女をほんろうした闘い以外の知能指数が若干残念なあの男。 少年のような心の中に激しい焔を内包したあの最強の戦士。

 彼を“あのまま”にしておけないと、彼女は確かに言ったのだ。

 

「少し生き汚くなってみよう、彼を見るとそう思えてならないのです。 不思議ですよ、全く」

「……そっか」

 

 そのときの娘の顔は、どこか吹っ切れたかのようであったという。

 

「でもどないするん? 名まえがわかったとしても……」

「そんなことはありません。 名とは個を形作る最初の言語、そしてその者をそれに足らしめる最大の言の葉。 あの男が孫悟空であるように、全ては名によってその方向性が決まるのです」

「……名前」

 

 カカロットではなく……孫悟空であろうとする。 そこから一転して、カカロットであり孫悟空でもある彼。 だからこそ、全てを受け入れることが出来たし、ベジータからサイヤ人の誇りというモノをわずかにでも受け取ることが出来た。

 それを垣間見たからこそ、名前というものの強さを知り。

 

「闇の書と呼ばれしこの魔本は、今この時を持って消えなくてはいけません。 主、貴方の手で、この悲しみの連鎖を砕いてください。 もう、この本が誰も傷つけなくてもいいように」

「……わかった、まかせて」

 

 そうして願いは成就される。 彼女の、この数百年にわたる放浪がついに終わろうというのだ。 ふらりとあらわれては術者を殺める、謂わば通り魔な彼女の存在もついに。

 

「この本を魔本足らしめていた『闇の書』……その名は今をもって基礎プログラムごと破棄。 正式名称を夜天の書とし、我たる管制人格に題名(いのち)を吹き込みください」

「なんやえろう仰々しいんやなぁ。 ……ええよ、わたしがあなたの名付け親になればええねんな?」

「…………はい」

 

 自分から言えた願いに、見事答えようとするはやては顎に手をやる。 下を見て、右を見て……そこに居た山吹色を着込んだ男を見つめ。

 

「ごくうって、確かおじいさんの名前の一部を貰ったんやよね?」

「じっちゃん? 確かにそうだけどよ、それがどうかしたんか」

「わたしもな、見習ってみよ思て」

「?」

 

 大きな笑顔を携え、彼女は銀の娘に送る最初のプレゼントを考え、考え……考え抜いて。

 

「『はやて』ってな、漢字で書くと『疾風』ってなるんやけどな。 どうも男の子っぽくて嫌やったんや」

「……そうですね、主には格好が良すぎる男らしい名前になってしまいますね」

「あ~! いまちょぉっと馬鹿にせぇへんかった?」

「……そのようなこと」

 

 ここで少しだけ深呼吸。

 思い起こされるのは初めて悟空と出会った時の事。 彼に会ったのは数か月前、あの運命の日の事だ。 彼がこの体になった要因でもあり、死闘を始めるきっかけとなった……満月の日。

 そのときの事件など知りもしないが、彼女はこれだけは覚えてる。

 

「ごくうに初めてあったときな、とっても気持ちが良ぇ風が吹いたんや。 なんだか、これから先あの子と友達になれるようにお祝いしてくれてるような気がしてな」

「……はい」

「そん時の事、なんでか今思い出したんや。 そんで、思いついた」

「はい」

 

 胸に手を。 彼女の中にある思いの丈を解き放つようにいま、呪われし魔本にとらわれた最後の登場人物に手を差し出す。

 

「呪いなんて物騒なもん、すぐに消えてしまうような……祝福。 それにわたしの名前の『疾風』を合わせて――――祝福の風」

「祝福の……風」

「そや。 それでさっきまで味わったことを忘れへんように……あなたと同じ痛みをわたしがわすれへんように繰り返し(転生)を引っ掛けて……リインフォースなんてどうやろうか」

「リイン……フォース」

「そやで。 祝福の風、リインフォース」

 

 少女が思いつく限りの精一杯。 その名を何度も何度も繰り返して、唇から舌に、下から気管を通して横隔膜を震わせていく。 その、声を出す工程からは正に逆の手順は、まるで言葉を呑み込むかのようでもある。

 そうして下した彼女の顔は――

 

「その名、確かに我が内に刻み付けました。 これから先、未来永劫の果てであろうともこの名は不滅であり、消えることはないでしょう」

「ははは。 そんな大げさな……」

「いいえ、そんなことは……ありません」

 

 只々、優しかった。

 

「終わったか~~!」

「えぇ、ただいまをもって、私たる夜天の書の正当所有者を八神はやてとし、今現在、ほとんどの実権を握るクウラからその権利を奪還を確認。 さぁ、主、このたび生まれ変わった私に、最初の命令を――」

「命令だなんてそんな……」

「なら、何か“願い”はございませんか……ふふ」

「ん?」

 

 その言葉はまるであの男にかかわりが深い神の龍を彷彿とさせる。 深緑で、赤い目で……それと同じ色の瞳をした彼女はここで願いを聞く。 あの龍とは正反対に、呼びだしたものの願いを叶えたいがために。

 

「それじゃ、みんなでここから出よう? こんな暗いところいつまでもいたら……」

「キノコでも生えちまうもんな」

「あはは、そうやね」

「仰せのままに。 では、行きましょう…………――――」

 

 そうして闇の世界から、ついに物語の登場人物が外に飛び出していく。

 暗い暗い世界から、まるで背を向けるかのように眩しい世界へと解き放たれる。 彼女は、男のように全てを受け入れることはできなかったかもしれない。 でも、それでも許すという優しき主のため、ついに彼女は自身を変えることが出来た。

 

 意思を持たず、只、破滅の意思がなすがままの自分からの決別。

 

 差しのべたのはどちらからだったろうか。

 彼女たちの繋いだ手は……これからも離されることはない――――きっと。

 

 

 

 

 ある晴れた夕方。

 そこに在るのは破滅の後であった。 でも、その中に置いて破滅の主はもういない。 意思も、感情もすべて――これから消えてしまうのだから。

 

「な、何が起こった!!?」

 

 自分が自分じゃなくなる感覚。

 いままで自分があの騎士たちに与えていたものを、まさか自分自身が味わうとは思ってもみなかった機構生物は、まさに見開くようにセンサーの類いを総動員する。

 

「あのサイヤ人は!? いや、それよりもこの体の異変はなんだ!!?」

 

 内なる魔力の塊。 それが自分の制御下を離れ、どんどん自分の領域を貪りつくしていく。 再生されつつあった自身の首から下は黒く染まり、赤と紫のコントラストでにぎわうと、そのまま一気に彼の意識を喰らい尽くす。

 

「おのれ……お、の、れ――あの小娘がなにか……よけ、いな……ガガガ」

 

 最後に出されたのはやはり怨嗟の声。

 似つかわしいと、地獄の底で誰かが笑っているかもしれないが、そんなことはこの世界の誰もがわからない……

 けど、このままこんな怪異を、この平和な世界に残していいものなのか――――…………その答えは、すぐそこまでやってきていた。 いいや、もうすでにそこにいた。

 

「…………ふぅ、なんだかえらいことになっちまってんなぁ」

「あれ……なに!?」

「悟空、あれって」

「リインフォース……」

「心配ありません。 アレは只の抜け殻にすぎません」

 

 山吹色の風が吹く。

 差し込む赤い夕焼けが、彼の肌けた上半身を照り返すものの、それでも彼のパーソナルカラーはその周辺に居る全ての者に焼き付けられてしまう。

 そんな明るい色の人物は、眼下にあるクウラだったものに視線を落とすと……

 

「因果応報ってやつだぞクウラ。 散々はやて達を面白おかしく弄繰り回したツケってやつだ」

「その通りです。 ですが孫悟空、あれはあれでそれなりに――」

「厄介だってんだろ? 例の転生機能ってやつで不死身だとかなんとかって」

「はい」

 

 怪物の身体がどんどん肥大化する。 大きさが30センチ程度だったはずなのに、今はもう10メートル大にまで身体を――クウラを支配していく。 感じからして、サイヤ人の大猿化にも見えるそれに、トラウマを抱える少女二人が自身の身を抱く中で。

 

「なのは、フェイト。 おめぇたちがオラに話があんのはよぉくわかった。 けど、それは取りあえず後にさせてもらう。 いいな?」

『……はい!』

「いい返事だ。 そんじゃオラもその返事にまけねぇくれぇ、はっきりとした返事しねぇとな」

 

 怪物の身体の変態は終わらない。

 どこぞかで見た原生生物。 海龍。 恐竜。 有象無象を得て、尻尾の生えた人間と、爬虫類の様な怪異。 そのすべてを順繰りに顕現させて混ぜ込み、掻きこんでしまうかのように取り込む。

 全てが集まるそれは正にキメラ――融合し捕食されたすべての“負”がここに集まってしまったかのよう。

 

「おでれぇた。 あいつの残りカス程度だとは思ったけど、なんだかどんどん気が大きくなっていきやがる。 手を焼くかもしんねぇな…………」

 

 少しだけ、弱気な発言。 似合わないと誰もが口にしようとしたときであった。

 

「……少しだけ――な!!」

 

 それが彼の珍しい“謙虚”さだったと、いったい何人がこの発言前に気付いていただろうか。

 怪物が轟音をまき散らす海鳴の街中で、いま、強戦士は……

 

「はああああああッ!!」

 

 超戦士となり、紅蓮の空を飛翔する。

 いま、闇を切り裂く黄金の戦士が、その拳を極光に染め上げる。

 




悟空「おっす! オラ悟空!」

クウラ――だったもの「サ、イ、ヤジィィィン――ッ! どこだァァ!!」

悟空「あれがクウラ。 哀れなもんだ」

リインフォース「闇の書が今まで食らってきた魔力、それに以前あなたから奪い去った生命エネルギーと、謎の負の力。 主にはあぁ言いましたが正直言って強敵です」

悟空「そうか。 前のオラだったら随分と手ぇ焼いたかもな」

リインフォース「…………はい?」

悟空「わかんねぇってか? そんじゃ答え合わせはまた今度だな。 次回!! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第55話」

なのは「温泉に行こう!」

リインフォース「…………あ、あの? タイトル間違えて――」

悟空「いやぁ、グレアムのおっちゃんがおごってくれるっていうからさぁ。 ちょうどいいからみんな連れてこうな」

リインフォース「え、だからその――闇の書の闇……」

悟空「松・竹・梅? 何のことだコレ?」

グレアム「あぁ、それは気にしなくていいよ、今日は貸し切りだからね」

リインフォース「え? え?? だからとてつもない敵が……あの!」

悟空「その疑問はだから今度の話でな。 --あ! すんませーん! ”おひつ”おかわりーー!!」

フェイト「わたしたちの――」

なのは「活躍……は?」

悟空「しらねぇぞ? おぉ! 来た来た」

リンディ「…………わたしの怒りも含めてまた今度ね? ふふふ……それじゃ」


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第55話 温泉に行こう

遂に、AS編も佳境。
明かしてしまった悟空の秘密と、それにショックを受けた子供たちのふれあい……は、とりあえず後です。
今回の主要登場人物の平均年齢はおおよそ40……孫悟空、きっと彼が一番……


何やらすぐにSTSにはいけなさそうな雰囲気のりりごく55話です。 では――




 空が赤く燃えていた。 当然だ、今は夕方の5時半過ぎ、子どもは帰るしカラスは鳴く、陽は沈みかけ最後の輝きを照らすのだから。

 

「う、うわああ!? ば、ばば化け物!!」

「ぎ、ギギ――」

 

 その中で蠢く機械は酷く歪な光沢をしていた。 紫で、赤くて、何より銀色で……でもその色も次第に銀から銅に変わろうとしている。 明らかな変化は、まるで金属がさび付き固着しているかのようでもあり。

 

「ギギ! サイヤ……ジ」

「来るな……来るな化け物……うわあぁぁあああッ!?」

 

 しかし果たして、固着しているのはどちらの方だったか。 銀か、赤か、紫か……その答えは――

 

「だりゃあッ!!」

「ギッ!!」

「は、……あぁ!?」

 

 実にどうでもいい些末事であろう。

 

 黄金がすべてを塗り替える。

 この土地全てを照らさんと、後光の如く光り輝くは太陽を彷彿とさせる。 でも、彼はそんな大層なものを背負ってきたつもりはない。 彼の目的は、生きる意味は実にシンプルなのだから。

 

「こんなところまで逃げやがって……」

「あ、あぁ」

「大ぇ丈夫か? おっちゃん、腰わるくしてんだから大人しくしてろ?」

「あ、え? あ、あんた――ん!? その逆立った金髪どこかで……アンタいったい」

 

 故に彼はその目的を……たのしいと感じたひと時を壊すものに拳を向け、涙を流した者たちの代わりに、力を持たぬ者の代わりに牙を剥き、爪で切り裂く。

 そんなどこぞのヒーローみたいな人物。 彼は、彼の名は――

 

「オラだ、おら。 孫悟空だ」

「……ご、悟空の……ぼっちゃん?!」

 

 超サイヤ人、孫悟空その人である。

 

 彼は自然に逆立った髪をなびかせると、目の前にある醜悪な機械を睨みつける。 ドスンという重苦しい音が響くと、それは急に上昇気流と共に海鳴の土地から消失してしまう。 残るのは、普段から高町桃子が贔屓にしている魚屋の店主の身。

 店主は今起こった事をアタマで考え付くだけ整理すると。 ひとつ、思い出した単語を口にしていた。

 

「…………こりゃあ、今夜は大盤振る舞いしてやらんとな」

 

 それは、青年が一番喜ぶお礼の形であった。

 

「これで30体。 どうなってやがる、あの闇の書からあふれたクウラの残骸は――」

 

 空を飛び、眼下の街並みを監視する悟空は口元をきつく締める。 この、穏やかが取り柄だった街に、今一度の厄災を振り掛からせてしまったことに腹を立てているのだろう。 拳を作って、そのまま小さく震わせていた。

 

「けど、そろそろ散らばったクウラの気がこの街から消えつつあるな。 いい感じに“あの場所”に集まって来てる」

 

 でも、と。 中々にうまく行っている作戦にそっと息を吐き、今この時に頑張りを見せている仲間たちを想い、彼は口元を緩める。 それに比例するかのごとく高まる飛行速度は、既に戦闘機がオーバーヒートをするまでの速度。

 彼は、この戦いの終結を急いでいたのだ。

 

「“夜天”が言うには、闇の書に喰われたっていうクウラがいきなり分裂してから10分程度。 街中に散らばったアイツを、被害が少なくあそこにまで吹き飛ばしてはいるがうまく行くのか?」

 

 最近仲間になった娘……リインフォースを思い出しては視線を鋭くする悟空…………――――

 

「これで32体」

 

 彼は空気の振動と共に姿をブラしたかと思うと、唐突に指折り数を数えはじめる。 1、2、……などと呟き、不意に視線を周りに向けると……

 

「お、フェイトになのはか? 随分と派手に行きやがる」

 

 上がる光の柱に、小さな称賛の声を漏らすのであった。

 輝く色は金と桃色。 そのどれもがいままでよりも比べ物にならないくらいに強い光を……強い力を携えているのは、悟空の感覚センサーによって明らか。 そのこと自体がうれしいかのように。

 

「あいつら、気持ちの方はまだまだだけど、頭の方はなんとか切り替えたみてぇだな」

 

 金色のフレアをまき散らし、彼は夕焼け雲を貫いていく。

 

「孫悟空!」

「ごくうーー!」

「ん?」

 

 マッハを超えて飛ぶ悟空に声が届く。 いや、正確には思念を伝える会話なのだが、そのあまりにも自然な聞こえ方から一瞬だけ悟空は我が耳を疑う。 けど、それも相手を見た瞬間に消え、一気に微笑むに至る。

 

「おー、なんだはやてに夜天じゃねぇか」

「ちゃうよ、ごくう。 リインフォースや」

「そうです。 あのときの漫才をそのまま持ってこないでください」

「おっとと、そうだったそうだった」

 

 止まった悟空は黄金のフレアをまき散らせると、そのまま待機モード……気を最小限の消費に抑えた姿に移行する。

八神はやては元の私服姿のまま、悟空の筋斗雲によって空を浮遊していた。 さらに横に付き添うリインフォースをセットに見ると、まるで普段通りの車椅子の女の子にも見えなくないのはなんとも不思議である。

 して、そこからまき散らばるリインフォースの小言を右から左に受け流し、彼はそっと――頭を叩かれる。

 

「悟空くん、女の子の名前を間違えるのは良くないんだよ」

「な、なのは。 いきなりイテェじゃねぇか」

「ホントは痛くもかゆくもない癖に……」

「そんなこと言うなって」

「つーーん!」

「ありゃりゃ」

 

 機嫌損う女の子にはさしもの超サイヤ人も勝てないらしい。 女の子はいつだってお姫様なのだ、ここで言葉を引いてあげなければ死刑もあり得ないこともない……だからこその撤退は、別段悟空の判断ミスではないのだが……けど。

 

「ま、いっか後で話せば」

「………………もう少しだけ気にかけてくれてもいいのに」

「ん?」

「なんでもないですよぉー」

「そっか」

 

 乙女の純真までは、その逐一測れない悟空さんであった。

 

 さて、ここまで何事もなく進んだクウラの後始末。 融合という名の捕食によって、闇の書と食い潰しあっている彼はいま、孫悟空をはじめとした彼にゆかりのある人物たちを狙って北に南に……街中をはびこっていたのだ。

 なぜこのようなことが起こったのか。 恨みの強さか、悟空を精神的に追い詰めようとしたかは不明だが、それでも彼には些かな不安すら与えることが出来ないでいた。 なぜなら。

 

「にしても良かった、襲われた奴が全員オラたちが知ってる奴でさ。 おかげで何かがあっても瞬間移動ですぐに駆けつけられるもんなぁ」

「不謹慎ですが確かにそうですね。 効率を考えても、あの法則性は逆に助かります」

 

 ……というわけなのだから。

 

 かくして、悟空がたった今蹴り上げた最後の一体で、クウラ分裂態、総勢70体様御一行は遠くの方……海へと消えていくのであった。 其の中でも悟空はまだ走り出さない、先走りのその先は誰よりも深く知り尽くした彼だ。 こんなこと邪魔だと、言わんばかりに焦りの色は出さないだろう。

 

「んで? これからどうすんだ」

「とりあえずあの闇の断片たちには消えてもらおうかと」

「…………なるほどな」

『???』

 

 大人二人の会話に疑問符が隠せない子ども三人。 闇の書の機能は既に八神はやてですらわかりきっている。 なんといっても恐ろしいのはあの転生機能、あれがある限り……そう思い、彼女たちは悟空の考えを掴みかねるのだが。

 

「あ、そっか」

「なのは?」

「……?」

 

 高町なのははいち早く彼の考えを看破する。

 そう、誰にも勝てないのだ、だれも。 勝てない……いや、打ち倒しても蘇るのだ、そう言うプログラムなのだ。 ここまで掴んだなのははもう、後はあの奇跡の話を思い出すだけだった。

 でも……それを実現するには時間がかかりすぎやしないか――彼女は不満とも取れない動きで眉を微動だにさせる。

 

「心配はいらねぇ」

「え?」

「おめぇが考えてる心配事な、きっと解決してっから」

「どういうこと?」

 

 分らない、わからない……彼が言っている意味が解らない。

 優先順位は隣にいる女の子の母親が一番の筈なのに。 それをまさかとっ替えるというのか? 高町なのはは今度こそ悟空の心意を掴みかね。

 

「あとになったら言ってやるよ。 今は……あのクウラが優先だ」

「……はい」

 

 納得いかないままに、今を駆け抜けるのであった。

 

「うっし、海に付いたぞ……ってうげぇ」

「これは」

「すごい……たくさん」

「まるでモズクみたい」

「わたし、最近台所の掃除中にあれと一緒の奴見たで」

 

 誰がどの台詞かは想像に任せるとして、女の子たちの気色が悪いという声が羅列する。 グショグショと、クラゲか何かを彷彿させる海はまるで腐界。 神聖とは真逆なそれを眼下に収めながら、皆は唐突にリインフォースに視線をやる。

 

「名は、特に設ける必要すらないでしょう。 あえて言うなら“闇” タダ、制御を外れた力の塊です。 ですが気を付けてください、制御がないという事は制限がないという事。 私が暴れまわっていた時よりも加減が効いていないはずです。 そしてあれですが、今の状態で攻撃すれば“最初の馬鹿者”と同じ結末を辿りますのでご注意を」

「う、うぐぅ」

「ご、悟空……」

 

 そんな彼女は悟空に対して氷よりも冷え切った視線を投げつけ。

 

「もう一度ひとまとまりになったところを一網打尽にする……できれば跡形もなく消滅させてしまうのが一番なのですが」

「こっちにはそんな武器は無い……ですよね」

「悟空でもあんなの相手はさすがに」

 

 いくらあんな弱り切ったものでも、あの悟空を圧倒したクウラの成れの果て。 今の消耗したであろう悟空では荷が重すぎるし、仮に全開で攻撃してもらったとしても、そもそも地球へのダメージが大きい。

 既に自分が何を考えてどういったことを口走ってるのか、感覚がZ戦士に犯されつつある常識人たち。 彼女たちの考えは確かに正しい……正しいのだが。

 

「なにいってんだ?」

「え?」

「悟空?」

「孫悟空……」

 

 悟空の疑問は大きくなる一方。

 何を変なことを……むしろ変なのはお前の方だという声はこの際シカトだ。 彼は自身の腹部に手を沿えるとにっこりと笑う。

 

「アレってあれだろ? いろんな結界やらなんやらが何重にも重なってるってやつだろ?」

「な、なぜそのことを――」

「シグナム達に教えてもらったんだ。 あいつ等、いろんなことを思い出したって言ってちぃと興奮気味なんだ、いま」

「あの子たちが……?」

『…………?』

 

 そして相談事を口にした彼は。

 

「だからこそ戦力を整えたのちにそれをひとり一枚ずつ……」

「オラならヤツごと全部ぶちぬける」

「そ、それは地球へのダメージを――」

「当然考えてるさ」

「ですがクウラに相当するあの化け物を貴方は……」

 

 出来るモノなのか……その疑問はなのはをはじめ、悟空以外の者すべてが感じていた。 しかし、しかしだ。 彼女たちは知るべきだったのだ、あの孫悟空が何の算段もなく、皆を危険にさらす選択などするわけがないと……

 

「…………わかってる。 変身していられるのはあと5分だけなんだな」

「ご、ごくう?」

「大丈夫だはやて」

 

 突然の独り言、そして根拠の無さそうな太鼓判は、それだけで皆を不安にした。 あの悟空がなぜここまでの虚勢を張るのか。 何かがおかしい――そう思わずにはいられなくて。

 その中で悟空は右手を開き、5本そろった片手をひらひらと見せびらかせて、にっこりと笑う。 この顔を見た瞬間、リインフォースの中にあるZ戦士たちの記憶が警笛を鳴らす。

 あの者は……そう、あの者はこれからとんでもないことを言うぞ……と

 

「5秒だ」

『ほぇ?』

 

 なんてことはなかった。

 タダの秒数の宣告だ。 あぁ、安心した、てっきりなにか爆弾発言でもするのかと……5秒? なんのことだ。

 

 今この時、皆の思考は一致した。

 多少の語感の違いはあるものの、悟空に対して同一の感想を持った女子たちは只、不思議そうに悟空の5本指を見つめ……

 

「アイツ倒すのに5秒もかからねぇ。 速攻でカタ付けてくる」

『…………はああああ!?』

 

 海鳴全土を、驚天動地の衝撃が襲う。

 

 もはや声だけでここまでの衝撃が出せるモノなのかと疑問に思うだろうが、まぎれもない事実。 スカートは乱れ、ツインテールがサイドテールに、赤い目からは痛烈な視線が飛び交い、筋斗雲は女の子とタップダンス。

 もう、何が何だかわからないこの騒ぎは――――――

 

「…………ぅぅぅぅぐううううううう――ッ だあああああああ!!」

「あ」

「え?」

「な――」

「に?!」

「馬鹿な!!」

 

 青年の一声にて、ものの見事に消えてなくなっていく。

 不安も、疑心も、暗鬼も、何もかもをぶっ飛ばす戦士の咆哮。 途方にもなく強く、途轍もないほどに強烈な戦士……彼はいま、自身の限界を遥かに超えた超越戦士へと変貌させる。

 だが変化は少ない。 髪型も、纏う気の色もそれほど多い変化じゃないのだ、……ないのだが、それ以上に感じる力の波動に、悟空の記憶を垣間見ていたリインフォースですら後ずさるのを抑えられない。

 

「まず、一秒だ」

「がるぅぅぅ ギィアアアアアアアアアアア!」

「ふ……効くかよ」

 

 憎しみ全開。 孫悟空目がけて飛んでくる金属、ワイヤー、鉄板、有機体、触手etc.……数々の暴力が渦巻く中、それに合わせて旋回する彼はもはや鋼鉄よりも視線が冷たい。 乾いたというよりは冷めきったその目は、ついに標的の急所……タダのどてっぱらへと到達する。

 

「2」

「が、がが――」

「いま、見えた?」

「ムリムリ……」

 

 拳を腰にまでひきつけ、明らかな“ため”に入る悟空の姿を、何とかとらえたなのはたち……であったが。

 

「ギィィィィィ!!?」

「3秒経過」

「打ち上げた!?」

「あんな巨体を!」

「結界ごと押し上げただと!!?」

 

 弾道ミサイルを思わせる急上昇。 一緒に舞い上がる海水が雨に変わるその刹那、孫悟空の両腕は煌びやかな乱舞を行う。

 1発2発なんてもんじゃない。 リインフォースの常人を逸脱した耳には既に、マシンガンが如く高速連射の振動音が聞こえていた。 その音が、いったい何がどこにぶち当たってるのかはわかりはしないが。

 

「4!」

「ぎぃぃ……ギギィィィ!」

「まだだ…………――――」

 

 脚を左右に振り、まるで往復ビンタのように巨体を揺さぶる。 その動きのなんと軽やかな事か。 もうすでに、大怪物を相手取る雰囲気ではない悟空に皆が口を閉じることを忘れ、其の人物が手の平に収めていた光に目を奪われる。

 

「――――…………じゃあな」

 

 そのあいさつと共に、孫悟空は五指を開いた手の平を怪物の直下にて差し出す。

 

【―――――――――――!?!?】

「きゃあ!?」

「あ、主!」

「すごい――」

「衝撃波!?」

 

 さらに打ち上げられようかと思ったときであった。

 孫悟空の放つ光に、皆がついに心を奪られたときであった。

 

 あの者は、今目の前に居たクウラの残骸を――――黄色い閃光の彼方へ消し去ってしまう。

 もう、何も見えない紅の空。 あの怪異も、クウラも、闇の書の残骸たちもすべてがこの街から……世界から消失した。

 それを見送り、肉片の一つもない大空を見上げると、性格に凶暴性が若干加味された穏やかな戦士は薄く笑う。 そして言う、どこまでも、この苦かった奇妙な戦いが終わったという事を、皆に知らせるために。

 

「……やったぞ、おめぇ達」

「か、勝った? ……あの残滓を相手に」

「それに悟空、その姿」

「超サイヤ人……だよね」

「ごくうが……金髪になってもうた」

 

 様々な感想は、既に戦いが終わったからこそ出る稚拙な物。 八神はやてはもちろん、なのはやフェイトですら今の悟空の在り方がわからない。 超サイヤ人を超え、其の力をさらに方向性を持たせることに成功した至極の力を。

 

「そうか、おめぇ達には見せてなかったか。 これが、オレが目指していた超サイヤ人の壁を超えた超サイヤ人ってヤツだ」

「超サイヤ人を超えた……」

「超サイヤ人」

「そうだ」

 

 一本だけ房を残した金髪と、蒼電迸るその姿。

 たったいま舞い上がった海水が彼らに襲い掛かろうとする時でさえ、まるで彼を畏怖するかのように雨たちが道を開ける。

 開いた天への空間は、いいや、今先ほどに彼自身が『只の気功波』で開けた大空は、ドーナツ状に周りの雲を押し広げて彼らに夕の輝きを降らせる。

 

 神秘的。

 そんな単語でしか飾れない自分たちの知識の無さとか、彼をそれ以外で例えられない狭量さだとかそんなものをひっくるめて、彼女たちは改めて思う。

 

――――あぁ、なんてきれいな輝きなんだ……と。

 

【孫】

「お?」

「念話?」

「この声……だれ?」

「む、これは」

「シグナム?」

 

 そんな輝きに呆ける中、彼の内側から女の声が聞こえてくる。 それがピンク色の紅蓮剣士だと思い、どこか表情を柔くするのははやて。 今まで見なくて、自分のせいで大きな傷を与えてしまった相手だ、こうも心配するのは当たり前と言えるだろう。

 

 そして。

 

【ゴクウ! こん中すげぇ狭いんだけど。 早く出してくれよ】

「といってもな。 オレにだっておめぇ達を出す方法なんて――」

【…………はい?】

 

 とうとう現れる。

 

【……ってことはまさかお前】

「そうだな。 下手するとずっとこのままかもしれねぇ」

【はあああああ!?】

 

 動乱タイムだ。

 

【おいおい! みんなして勢い任せだったけど、それはそれでなんか元通りになる算段があったんだろ!?】

「……ねぇな」

【無いな】

【この武闘派コンビ! なにダメなところで息を合わせてんだ! このままじゃ、このままじゃ――】

【安心しろヴィータ】

【ザフィーラ?】

【たとえ元に戻って悟空におぶってもらうことが出来ずとも、既にあいつとは――】

【ば、ばばば……バカヤロウ! そういうんじゃなくてあたしはだなッ!!】

 

 少女のツッコミ全開。

 ちょっとだけ自身の欲望を暴露されて気が動転しているモノの、それでも本体である悟空は至極冷静。

 

「なんだか随分とにぎやかだね」

「すんません、我が家のみんなが世話をおかけして」

「い、いえいえ」

 

 三人娘の世間話に花が咲く。 女三人集まってしまった『かしましさ』は、既に悟空は相手をしてられんとそっぽを向く。 その間にひらめいたことがあるとして、まだ、この場でやっていいものなのかと悩む刹那。

 

「まぁ、やってみないこともねぇか」

『悟空?』

 

 そっとぼやく彼は。

 

「おめぇ達、いまからとんでもねぇことするからよ、少し離れてろ」

『??』

 

 そっと拳を握る。

 脚を肩幅に。

 中腰となった姿勢は踏ん張りがきくように。

 閉じた目は全身の気をコントロールしやすいように。

 

「………………」

「なにが……!?」

 

 このときであった。 唯一気の存在を感知できるリインフォースの怖気が走る。 恐怖、畏怖、征服に調服。 ありとあらゆる感覚が、孫悟空から漂う雰囲気だけに支配されていく。

 

「……………ふっ!」

「あ、あぁぁあ!?」

 

 声を発しただけだ、それなのにこの制圧感はどういうことだ。

 主にするわけでもないのに、リインフォースは自然、彼に対して片膝をつこうとしていた。 明らかな自身の服従の姿勢……しかし恥じることはないはずだ。

 

「ぐぅぅぅぅぅああああああああああああ――――――ッ!!」

「ご、悟空……!」

「地震!?」

「いや、これはこのモノの気が――世界を、この星を震え上がらせている」

「な、なんでや!? もう敵はおらんのやろ」

 

 その者は最強にして究極。 いまだ未完で未到達、さらに発展途上とはいえ、彼女たちが知りうる次元世界で肩を並べることが許されない程に剛いのであるから。

 

 孫悟空の雄叫び。 それに呼応して膨れ上がる彼自身の気は既に今ある超サイヤ人の限界を超えようとしていた。

 それは中にいるシグナム達も同様。 彼に引っ張られる形で自分たちの残りわずかな魔力を爆発させ、内燃機関の様なあわただしさと精密さを兼ねそろえたような力の供給をさせられる。

 

「ぐぅぅああぁぁぁああぁぁあああああ」

 

 震える世界は既に彼の前に屈服している。 空が、海が、大地が――彼を前にして自身の理を捻じ曲げる。

 雲がさけ、気流に逆らい遠くへちぎれ飛び。

 海は其の流れを変え、渦潮があれば消し、高波は穏やかになり、彼に対する非礼をすべて取り消す。

 大地の脈動……マグマでさえ今は穏やかな清流のよう。 『プレート』の軋みすら穏やかになり、地震という現象を徐々に押さえていく。

 

 それなのに、世界の揺れは収まることはないのだが。

 

「はぁぁぁ――だあああああ――――ガァァアアアアアアア!!」

「悟空……くん」

 

 どうなるのだ、彼は。

 この場に集まる全員が彼を見守る中、ついに……遂に孫悟空に変化が現れる。

 

「あれ……な、なのは!」

「え?」

「悟空の髪……なんだかおかしい」

「かみ?」

 

 それは微弱な変化であった。

 いつもの逆立つ黄金の毛並みが、逆立つ強さを大きくする一方で、悟空のその頭髪はある変化を引き起こす。

 

「伸びていく……うん、悟空の髪が伸びてるように見える!」

「伸び……?」

 

 何を言い出すかと思うことなかれ高町の末子。

 今起こる変化は世界最強への足掛かり。 サイヤ人の限界、その果てを突き進み、地平を制した彼が天に顔を向けた時にいよいよ顕現する最強の変異。

 それを――それこそ――

 

「こ、これが……!」

「あ、あぁ」

「超サイヤ人を超えた……超サイヤ人の――――――」

 

 孫悟空のチカラの奔流が、嵐を伴い天へ反逆する。

 駆け上がる金の炎は誰にも止められず紅の夜空を明るく塗り替える。 力、気、魔力の輝きが世界を駆け巡る中。 孫悟空はついに…………

 

「はあああああああああああッ!!!! だああああああああああぁぁぁぁぁぁ…………あっ」

『…………へ?』

 

 ボフン。

 

 そんなかわいらしい音を立てると、彼は身長をマイナス60㎝アップさせる。

 クリクリの目、座高ほどに長い茶色い尾っぽ。 スーパーちびっ子孫悟空、再臨である。

 ……あるのだが。

 

「わわっわ! 気を全部使い果たして……飛べねええええぇぇぇぇ…………」

『あ、落ちた』

 

 …………あっけない世界の震えの終焉。 その最後を飾ったかわいらしい声は海鳴の商店街まで聞こえたとかなんとか。

 

「そ、そんなこったいいから、だれかたすけてくれぇぇ!」

「いけない!?」

「筋斗雲! ごくう助けて!!」

【…………】もくもく!

「わたしが居るから早く飛べへん?! そ、そんな!」

 

 騒ぎ出す周囲は阿鼻叫喚である。

 今現在、彼等は海上5000メートルにまで昇っている。 悟空の連撃による上昇を追いかけていたがためのこの高さ。

 

「あかん! いくらなんでもこの高さから落ちたら……いくら真下が海でも、落下の衝撃はコンクリートに当たった時と変わらへん――ごくう!!」

 

 嘆く……嘆くのだ、ただ一名だけ。

 

「……あーあ、悟空くん無茶するから」

「あとで拾っていこう」

「あの?」

 

 なんだか冷たい? いいや、彼だからこそされない心配は、実は結構的を射たもの。 以前の経験と、数々の修行で、悟空の限界数値をわかりきっているふたりこそできる放置であった。 あったのだが。

 

「ふ、相変わらず妙なところで後先を考えない……」

「ん? お、おぉ!?」

 

 それを、仕方ないと零す女剣士が居た。 髪の色、ピンク。 目の色は黒で、肌は白。 全体的に明るい色へ仕立て上げられし彼女は、力尽きた少年を抱え……空に佇む。

 

「シグナム! おめぇ出れたんだな!」

「久しぶりと言った方がいいのか……よくわからんが、孫。 よくやってくれたよ、お前は」

「はは、礼にはおよばねぇぞ」

「やりたくてやったから……か?」

「まぁな」

 

 交わされるアイサツ。 その間に悟空の心臓から腹部にかけての輝きから出てくる光が、赤、白、緑と、3つほど確認されると、そのまま彼らの周囲を駆け巡り……

 

「ヴィータ! ザフィーラにシャマルも。 よかったなおめぇ達も出れて」

「正直かなり焦ったけどな」

「まったくだ」

「あら、ザフィーラ。 あなたさっきまで――このまま奴の中で、戦場を見るのも良かろう……なんてつぶやいていなかった?」

「……まぁなんだ。 出れてよかったではないか」

「はは、さすがのザフィーラも今回ばっかしは頭が上がんねぇなありゃ」

 

 特大の団欒を迎える。

 やっと、やっとだ。 彼ら彼女たちが、本当の意味で向かい合うことが出来たのだ。 互いに隠し事は無い、全てをさらけ出した。 気高さも、孤高さも……醜さも、全部だ。 そこまで見せ合ったのだ、もう、彼らの間に立ちふさがる壁などなく。

 

「みんな、そんじゃあ帰ぇるか」

 

 ――――――ぐぎゅぅぅぅ。

 

「……ん。 ハラぁへっちまったしな」

『おう!』

 

 最後まで締まらない……どれほどのものがこう漏らしたかは知らないが、彼等はやっと同じ道を行くことが出来た。 同じ、変える道を…………

 

 

 

「おっじゃまっしまーーす」

 

 木で出来た玄関を、“シキイ”を跨ぎながら潜る。 闇の書の“とりあえずの”後片付けを終わらせたオラたちは、ひとまず全員そろってリンディたちのいるアースラに来ることになった。 ……なったんだけどよ。

 

「なぁリンディ。 おめぇどうして船ん中に家なんかあんだ?」

「ここ半年、なのはさん達の世界を見てたら、もともと在った和風趣味が……その」

「気にしないであげなさい孫くん。 この子、少しの職権乱用を覚え始めたところだから」

「ふーん……そう言うところなんだかプレシアに……ん?」

 

 急に、オラに話しかけるリンディの声。

 

「あら?」

「ん? ……ん?」

 

 振り向いても、なんも違和感ねぇしなぁ。 けどなんかおかしいなぁと思ったんだ。 背が縮んだオラは、そのままもう一回だけな、後ろ振り向いてみたんだ。 そしたらよ。

 

「……ふふ」

「お、プレシア! プレシアじゃねぇか」

 

 フェイトの母ちゃんが、小さく手ぇ振って笑いかけてきた。

 血色の良くねぇ顔に、少しやつれた感じの雰囲気。 全体的に減った気が、コイツの不調を嫌ってくれぇに教えてくれる。 ……おめぇ、寝てなくていいんか?

 

「心配は無用よ。 今すぐってわけじゃないし、それに問題の片方がようやく区切りがついたもの。 結末くらい、みせてちょうだい」

「わかった。 でも、絶対に無理すんなよ?」

「えぇ、誰かさんとは違うモノ。 大丈夫よ」

「ダレカサン?」

「そう、誰か……よ」

 

 誰の事だろうな……なんて、言うまでもねぇか。 そりゃあそうだよな、腕に穴開けたり、右胸に風穴開けたり、仕舞いにはあの世に行っちまう大馬鹿にくらべちゃあ、こんくれぇの無茶は許してやるべきか。

 

「ま、いっか。 とりあえず元気そうでよかった」

「ありがとう、心配してくれて」

「……む」

 

 あたまがなんか重ぇ……なにかと思ったらよ、プレシアの奴、オラの頭に手ぇ乗っけてぐりぐりと動かし始めたんだ。 ――オラ子供じゃねぇんだけどなぁ。

 

「今は十分に子どもよ。 フェイトよりも幼く見えるほどに……ね」

「えーー! アイツよか子どもなんか?」

「ふふ」

 

 今度の笑い声はリンディだ。 あ、あいつらオラの事バカにして……でも事実か。 身長なんかあいつ等より断然低いもんなぁ、オラ。

 

「でもどうしてオラだけココなんだ? シロウやキョウヤなんかは、なのはたちと一緒に医務室に行ったきりじゃねぇか」

「それはね、悟空君。 いまからあなたに重要なお話があるからよ」

「はなし? オラ腹ぁ減っちまってるから後にしてくれると――」

「…………」

 

 …………リンディの顔つきが変わった。 きっと、とんでもなくまじめな話になるんだろうなぁここから。 だったらこっちもそれっぽく身構えねぇと。 気を引き締めて、腰の帯を強く握る。 顔つきを相手に合わせて口を閉じると、オラなりのきく態勢ってのを完成させたんだ。

 させたんだけどよ。

 

「いちばん軽傷で、尚且つ見舞いの必要が要らなかったのが悟空君、貴方だけだったのよ」

「…………それだけなんか?」

「えぇ」

 

 どうやら本当にそれだけらしい。

 そんで、そっからいろんな話、聞かせてもらったんだ……なのはたちの事、図らずともリンディたちの事を知っちまったアリサやすずか、それに忍の事。 シロウ達は、はなからオラがバラしちまってたってことで頭数に入ってねェらしい。

 そんで、一番大事なんがはやての事だ。

 あいつは今回、事件の被害者で、共犯者の側面もあって、尚且つ最終局面は事態の収拾を買って出た協力者だ。 けど、やったことは取り下げられねぇ。 闇の書……いや、夜天と一緒にこの街滅茶苦茶にしようとしたのは事実だしな。

 

 結果だけ言うと、すずか達はこのまま何にもしないで行くそうだ。 少しの事情とかがあるらしいけど、本当にそれだけだ。 なんだっけかなぁ。 “ばいしょうナンタラかんたら”ってのをリンディが言い出したらしいけど、向こうが辞退したそうだ。

 

 そんではやては……アイツは結構きついらしい。 そもそも、闇の書をもって暴れたっていう事実がどうにもきつくてよ。 それ含めてもかなりの重い罪なんだと。

 けど、そこらへんはさすがリンディ。 きっちりと逃げ道を用意してたんだ。

 まず、クウラの存在。

 あいつはこのあいだの登場でしっかり姿と被害の現場をいろんな人間に見られてる。 そのおかげで、もしかしたら“八神はやてはアイツに操られていた……?” なんていう話が上がってきているらしい。 さらに、もう一つはなんとオラ自身だ。

 もともとがオラの世界から持ち込んだ戦い。 それが完全にリンディたちの居る世界の偉い奴らの腰を引かせているらしい。 もちろん、今回は“そう言った意味”でオラの全力戦闘を堂々と見せつけたんだと。

 

 それやこれやと、話し進んでな。

 最終的に、はやての問題はひとまず保留。 これから先、あいつがイイコにしてれば御咎めは無いように持ってこさせるそうだ。 どうにもそこらへん、“リンディ以外の権力”っちゅうのも働いてるとかなんとか……居るんだなぁ、この世界にも閻魔さま見たく気がまわる奴ってのも。

 

「感謝しねぇとな、そいつには」

「それは……いえ、やめておきましょう」

「ん?」

「なんでもないわ」

 

 ま、こいつらがイイっていうんだから、オラがイチイチ気にしてもしょうがねぇか。

 

 話を急に変えるんだけどよ、オラたちがこのアースラに来てから既に数日。 ……いや待てよ、数日で今の話に持ち込んだのかアイツ等。 いったいどういう強引さで引っ掻き回したんだ。

 

「それこそ孫くん、あなたが気にすることじゃないわ」

「お? ……おう」

 

 いっか。 こいつが言うんだから。

 

 いよし。 ホントに本当に、話し変えるからな。

 話の要点は3つあるんだが、どれも軽いからなぁ、どれから行くか。 まずはあれかな、オラの身に起こった変化ってやつだ。 やっぱり記憶の方がいろいろ戻ったらしくってよ、気が付いたら大界王星で修業中のはずだな、今のオラは。

 セルの奴と心中して、オラたちだけ死んじまったあの時から、大体5年の歳月がたってる。 というわけで、今のオラは35だな。 …………また、あいつ等との歳の差が開いたわけだ。

 ……でも、なんか重要なことを見落としてる気がするんだが、まぁ、気にしても仕方ないか。 

 

 2つ目。

 これもやっぱりオラの事。 そもそも、オラの中にシグナム達が入って、それぞれになにか変化とか悪影響はなかったのか? という話なんだが、結果は無害そのものだそうだ。 さっき言ったオラの変化はもう、リンディたちが言うにはやはりクウラの奴と同じ結論にたどり着いたらしい。

 呪い……アイツ等はオラの身に起きた現象をこう呼んでいるみてぇだ。 こればっかりはやっぱり対処の方法がまだ分かんないらしくてな。 あんまりに難しい顔するもんだから、あいつらには「暇なときにでも探ればいい」って言っておいた。

 ……そしたら本当に何の探りも入れなくなったのはどういう事なんだろうな。

 

3つ目。

 

 これはとっても重要だ。 

 

 

 ………………なんと、前にギルの奴と約束していた祝勝パーティーが3日後に控えているらしい。

 

 これはなんとしても行かねぇとな!

 3日もあればオラの身体も完全に治るし、そうすりゃメシ食い放題だぞ。 この身体だといつもの半分も入んねぇからなぁ、久しぶりにタラフク食うぞぉ。

 そんで場所なんだが、最初はどっかのホテルを貸し切るはずだったらしいけど、ギルの奴がリンディの和風趣味の理解者らしくてな、本人たっての希望で温泉旅館になった。

 

 ……図らないで、前に言った約束が果たされたってわけだ。

 ベジータとの初戦時にした悟飯との約束も、結局3年以上の月日が経ってようやく叶えてやれたし、オラにしては早く達成することが出来てラッキーだったかな。

 

「へへッ」

「孫くんよだれが……ほら、こっち向きなさい」

「ぐじゅぐじゅ……わりぃわりぃ。 でも、後3日もありゃあ飯をたらふく食えるって聞かされれば誰でもこうなるぞ」

「……あの人のお財布事情、大丈夫なのかしら」

「ん?」

 

 どこから取り出したか知らねぇけど、きれいなハンカチをオラに向かって取り出したプレシア。 そのままされるがままに口を拭かれると、あいつ、なんだかかわいそうな目ぇしてため息ついてんぞ。 なにかあったんか?

 

「これから起きるのよ」

「ふーん」

 

 知らぬが……知らぬが? なんだっけかなぁ、前にキョウヤの奴が教えてくれた“ことわざ”があったんだけどな。 ……あ、そうだ思い出した。

 

「知らぬがホットケだったな」

「う~ん。 それでいいのかしら」

「いいのよ。 あの人、今回の事件の原因の一つなのだから。 これくらい、馬車馬のように働いてもらわないと」

 

 

 何となくプレシアが元気になった気がした。 少なくともいまはそう思ったんだ。 この時のアイツの笑顔が、いったいどういう意味での微笑だなんて考えきれねぇままにな。

 

 それから、残りの2日を遠出の準備に当てたオラたち。

 1日目はシロウ達がクウラに負わされた傷の経過をみて、良好と判断されて皆で一息。 仙豆を使えば、とも言ったけど、最後の1個だと言った矢先にみんなが強く反対してきた。 ……あるんならさっさと使えばいいのにな。

 

 んで、旅行前日。 荷支度はオラの場合は服だけで済むから特にこれと言ってやる事はねぇ。 ……んまぁ、途中で小さな犬っころになったアルフだとか、それを追いかけてきたヴィータだとかが邪魔してきたのはビックリだったけどな。 なんだったんだアレ。

 

 

 …………そしてそして。 ついに、待ちに待った食事!

――ちがった。 旅行の日になったんだ。

 

 

「いやっほー!!」

 

 ずっと前、オラがターレスと戦う前に一回来たところもすごかったはずだけどさ、今回来たところもすごいなぁ。 この旅館の広さはそうだなぁ、天下一武道会の会場10個分……いや、もっとあるかもしれねぇ。

 

 中々いいところだな。 そもそも形がいいじゃねぇか……あぁ。

 青い空に黒いカワラが何ともいい雰囲気を……いや、まぁシロウが言ってたんだけどな。

 

 とにかくオラが言いてぇのは――

 

「悟空さん、大はしゃぎですね」

「あったりめぇだろ? ここんところ修行と闇の書……いや、夜天の書のごたごたでまともなもん食ってなかったからな」

「病院のアレはまともじゃなかったと……?」

「ん? なんのことだ?」

「い、いえ……」

 

 隣にいたユーノが、オラの足元から見上げてくる。 すぐさま裾を駆け上って肩まで上がってくると一息。 あいつはそのままゆっくりと身体を休めて息を吐く。 最近どうもユーノの奴が動物の姿になるとここに居る気がするなぁ。 ま、悪い気はしねぇからいいけど。

 

「悟空君」

「ん? お、ギル!」

「おはよう、息災で何よりだよ」

「おう、おめぇもな」

「今日はうちのがすまないね。 振り回すようなことを……」

「ふりまわす?」

 

 ま、いいか。

 とりあえずここで今日の主催者が登場だ。 後ろにネコの娘――今は耳としっぽが無いな、きっと変身魔法でも使ってんだろう――の、二人を従えたギルだ。 いつも見たく堅ッ苦しい服装じゃなく、ちょっとだけ軽めないわゆる普段着ってヤツに身を包んでる。

 なんだか、こうやって見ると……

 

「おめぇも、やっぱり普通のおっちゃんだな」

「お?!」

「お、お父さまになんてこと――」

「ははは! そうだね、これじゃ普通のおじさんだ」

『え!?』

 

 そうそう、そんな風に笑うともう、完全にそれじゃねぇか。

 なんか近所の公園でハトに餌上げて、そのままオラに“おかし”くれるおっちゃんみてぇだぞ、ギル。

 

「確かに、これくらいやればタダのおじさんだ。 ……そう、管理局も関係ないタダの一般人」

「……そうだな」

「これであの子に。 いや、こうしないとあの子と顔合わせできないからね。 情けないけど」

「…………まぁ、今日くれぇはいいじゃねぇか。 きっと、いつか知った“アイツ”も許してくれるさ」

『お父さま……』

 

 少し、しんみりした。

 けどそれもここまで。 だってよ、この近くに結構大勢の魔力と気を感じるんだ。 だから、今日の内緒話はここまで。 なんてったってオラが嘘ヘタクソだもんなぁ。

 

 お互い頷きあって、……あ、意図せず聞かせちまった奴にはすぐそこにいるネコの娘のアリア、ロッテのふたりが――あぁ、おめぇ達よだれを拭けって、わざとらしい。 ユーノが怖がってるだろ? さっきから肩がブルブルしてこまっちめぇぞ。

 

「もうすぐか」

「そうだ、もうすぐだ」

 

 ギルの顔に緊張が走る。 

 いままで、というか夜天が目覚めるまでのはやては、なんとオラと似た環境でな、ずっと一人でやりくりしてたんだ。 まぁ、オラみたく山で飯食って修行して――なんていうのじゃねぇから、当然お金が要る。

だけど、そこを……まぁ、闇の書の退治っていう下心があったにせよ、その援助っていうやつをギルの奴がしてたんだ。

 

 そう、ここまで言えば分るだろうけど。 決定して3日というのは、いままで隠していたギルの覚悟が冷めないうちにというのと、その覚悟を確かにするための期間でもあったんだ。

 だから、今日の裏の主役はギル……アイツなんだ実は。

 

「会ったらなんて言うんだ?」

「え? ……そう言えば考えてなかったよ。 ふふ、おかしいね。 いままでどんなスピーチだって事前の準備は欠かさなかったのに」

「……そっか」

 

 ただ、それだけだ。

 それ以上は聞かねぇ、聞いてやらねぇ。 困っていればいいんだ、今は。 そうやって困って困って、悩んで考えたうえで出した答えなら、きっとアイツは元気に返事ぐれぇはしてくれる。

 アイツ、やさしくて強いからな。 ……シグナム達が惚れちまうくらいにさ。

 

 それに、これ以上は当人同士の問題だ、オラがしゃしゃり出るべきじゃねぇって思うし。

 

「ユーノ、久しぶりに一緒に空飛んでみるか」

「どうしたんですかいきなり?」

「いいからいいから。 ……少しだけ付き合えって、な?」

「は、はぁ…………ぐぁぁああああああああああああああああああああ!!」

 

 だからオラたちは、ちょっとだけこの場から居なくなることにしたんだ。

 邪魔しないように、手を出しちまわないように……下手な、手助けをしないようにな。

 

「ご、悟空さん!? そそ、そくどーー」

「こんくれぇでもう参っちまうのか? そんな軟な鍛え方した覚えねぇぞ、根性見せろ」

「心の準備というモノががが……!」

「そんなもん一瞬で終わらせておくもんだ。 いつだって戦う準備は欠かせちゃなんねぇ。何にしても、真剣勝負なんだぞ? もちろん、寝るのも食うのもだ」

「……寝るのも食うのもですか」

「そうだ」

 

 朝焼けか。 うっすらと見える日差しがまぶしいな。

 

 このままこの“島”を……あぁ、なのはたちが住んでるやたらデッケェ島のことな。 こんな島初めて見んぞ。

とまぁ、とにかくこの“島”を周回しておけばいいよな。 こんくれぇなら5分とかからねェし、あいさつくれぇなら――――ん?

 

「悟空さん?」

「……いや、なんでもねぇさ」

 

 なんだ、今の。

 いつか感じた“あいつ”じゃねぇし。 それになんだか……いや。

 

「今日はそれどころじゃねぇよな。 気にはなるけど、まぁ、手ぇしたことねェしいいか」

「はぁ……?」

 

 それよか飯だ、めし!

 

 まずは旅館に行って、リンディたちが受付済ませてくれりゃあ、後は自由行動……かぁー、こうなるんだったら瞬間移動でとっとと連れてくるんだったかなぁ。 リンディのやつ、“風情”がどうとかっていうもんだから待ち合わせにしましょう――だなんて言って、オラを待たせるんだもんなぁ。

 

 約束は8時だって言ったのに、さっきユーノが見た時計はもう9時回ってたぞ……まったく。 あ、そういやギルの奴、さっき意味深いことを言ってたような気がするけど、何か企んでやがるのか……いったい何を。

 

 ……考えてもよくわかんねぇ。

 ――女心は秋の空、か。 つかみどころが無くって、オラの鼻でも探れねぇという事なら、確かにリンディたちはあの季節の空とおんなじだな。 だったら。

 

「考えても無駄か」

 

 高速で空を飛んでるところを急速転回!

 落ちそうになったユーノを笑いながら、そのまま進路を旅館にまで定めるんだ。 集中も何もいらない、ただ思った通りに自由なままに空を飛ぶ。

 

 風が気持ちいい、海に周りを囲まれているせいか潮の匂いが強いけど、それもまぁ悪くないな。 けどまぁ、こう寒いとやっぱりオラ、少しだけ参っちまうかな。

 もとから結構寒さには弱かったし。 スノたちが居た村なんか、最初死ぬとも思ったさ、あんときは村のみんなには感謝だな。

 

「……とと、すこし関係ねぇことを……」

 

 考えを少しだけ元に戻して、やっとオラは旅館に戻る。 スタリと地面に足を付けて、周りを見渡すと、やっぱりいつもの顔ぶれだ。

 

「悟空」

「悟空君」

「あ、おはようございまーす」

「おはよう、悟空君」

 

 キョウヤ、モモコ、ミユキ。 そしてシロウの4人がそろってこっちにアイサツだ。 みんなそれぞれ大き目な手提げや、あの……なんだっけかなぁ、ほら、カバンの下に車輪が付いててさ、そんで引きずりながら持ち運ぶ面倒くせぇアレ――

 

「キャディーバッグ……かしら?」

「そうそう、それそれ」

 

 今モモコが言った通りのものがずらりと……えっと? ひぃふぅみぃ……9個あるってことは――

 

「おはよう孫くん」

「おはよー」

「…………おはよう、悟空」

「プレシア、それにアルフとフェイト。 オッス!」

 

 フェイトの一家がそれぞれ到着してるな。

ちょっとした高速移動でアイツ等のいるところに着地。 100メートル弱の距離をさっさと縮めると……ん? でもこれじゃあ数が合わねぇぞ。 いくらか荷物が多い気がする。

 

「もう一個はクロノの坊やのモノよ。 あの子はついさっき到着して、先にチェックインを済ませるって言ってたわ」

「そいつは助かる。 さすがクロノ、気の利く良いヤツだぞ」

「それよりも孫くん、見てごらんなさい」

「どした?」

 

 いきなりだ、嬉々としたプレシアの声が聞こえると、そのまま前に押し出される奴がひとり……フェイトだ。 あぁあ、足ぃ引きずって余程抵抗したと見える、恥ずかしいのか? 特にこれと言って違和感はねぇけどな。

 

「どうしたフェイト。 気分でも悪いんか?」

「…………」

「馬鹿ねぇ。 おめかしした娘が居るのよ? 言う事はひとつしかないんじゃなくて?」

「……そうか」

 

 そうだな。 こいつもこいつなりに、今日のためにいろいろ頑張ったんだよな!

きっと緊張してんだ――――ギルに逢うのをな。

 

「大丈夫、バッチシ決まってんぞフェイト。 特に全身黒なのはイタダケねぇと思って、スカートをあかるい色にしたのはもしや、なのはの影響だな?」

「…………っ」

「あたりか?」

「……うん」

 

 隣にいるアルフは…………イヌころ状態だから評価のしようがねぇけど、何となく毛並みがよさそうだ。 なにかやったんかな? アイツもアイツで気を遣うところは使うし、きっと下準備ってのはやってたんだろう。

 

「……若干思ってたものとは違うけどまぁ良いでしょう。 それで?」

「なにがだ?」

「……わたしの方になにかないのかしら?」

「派手だな」

「えぇ」

「妖しさ満点だ」

「……えぇ」

「足元の切れ目……おめぇそれ寒くねぇンか?」

「…………これはスリットというの、決して切れてるんじゃないのよ?」

「あぁ、わざとか」

「……………………」

 

 この季節にドレスって。 おめぇあの建物と相まって大変なバランスに仕上がってんぞ。 ほれ見ろ、あんまりにおどろおどろしいから肩のユーノがまた震えだしたじゃねぇか……ん? コイツもしかして笑いをこらえてんのか? いや……ちがうか。

 さぁて、まずはこっちの一家がそろったことだし、後は……あれ?

 

「そういやなのはは?」

「……ふぅ。 あの御嬢さん……なのはちゃんは貴方の顔を見たくないのか知らないけど、さっさと旅館の方へ行ってしまったわ」

「え? ……ん、本当だ。 あっちの方になのはの気を感じる。 アイツ、ここ最近様子がおかしいけど、まさかここまであからさまに行動してくるとはなぁ」

 

 めずらしい。

 普段は言いたいことを口元で押しとどめるような奴だったのに。 それこそ、修行の時に辛いの声を出さず、休憩もいらないなんて言いだしオラを困らせ。 挙句ケガをしても隠そうとする。

 そんで最近じゃあ晩飯のから揚げを食いたいはずなのに、妙にオラに気ぃ遣って食わなかったりナントカ……あの、なのはがなぁ。

 

「変わったなって、喜ぶべきなのか……」

「にしてもアレはおかしいでしょ? 貴方、何かしたんでしょ」

「ん? ん~~まぁな。 すこし……いや、かなり酷いことしちまったかもしれねぇ。 ほれ、おめぇはフェイトから聞いてんだろ?」

 

 ん、向こうにいるシロウ達が一斉に移動し始めた。 もう手続きが終わったのか、そんじゃあここに居続ける必要はねぇな。 足元に転がってる3色の荷物をそれぞれ担ぐと、そのままオラは旅館に向かって歩き……出そうとして。

 

「オラが子持ちだってことをさ」

「             」

「…………わふ?」

「あ、悟空、まだみんなには――」

「ほれ行くぞフェイト。 この寒さは子供のおめぇには結構つれぇはずだ、さっさと入ってコタツでみかんでも食ってような」

 

 さっきの質問に答えて、フェイトを残った片手で引っ張っていく。

 歩幅の違いから若干駆け足にさせちまったけど、まぁ良いだろ。 急ぎ足、なんて思ったら肩に水滴が落ちてきたんだ。 雨か? 天気予報の娘っこは今日は雨降んねぇって言ってたんだけどなぁ。

 

「あ、悟空……雪」

「雪? そりゃあ寒くはなるなわな」

 

 そうか雪か。 オラがこっち来てからそれなりになるけど、初めてだな、雪を見るのは。 粒は小さくて、量はそんなにでもねぇ、コイツはきっと積もらなさそうだけど……

 

「風邪ひいちまうから、さっさと行くに越したことはねぇだろ。 行くぞ」

「うん」

 

 フェイトの手ぇ引っ張って、旅館の玄関をくぐってく。 お、かなりの高さだなこの玄関。 オラがくぐるのに苦労しねぇところを見ると、おそらく2メートルはあるな。

 シロウの家と同じく木製。 玄関は石畳っていうんか? ずらりと並んだ灰色の空間だ。 へぇ、結構中も広いなぁ、思ってた倍はあるぞこの敷地内。

 

 

 今日、え~と? 12月の23日。 ナンタラ誕生日のこの日は、みんなで揃って“祝! 闇の書撃退”と、“祝福の風降臨”のダブルパーティーを送るはずだ。 主役はもう中にいるだろう、気でわかる。

 あとから続くやつらも続々集まりつつあるこの温泉旅館は、きっとにぎやかになるだろう。 さぁて、久しぶりにハシャグぞぉ……食って、食って――

 

「食いまくるぞ――――ッ!!」

「悟空、そればっかり」

 

 最後にフェイトのお小言をいただいて、オラも靴を脱いで先に入ったあいつらを追いかける。 でもおかしいんだ、さっきまで一緒に居たはずのプレシア達の気配を背後に感じねぇ。 まるで気でも失ってる見てぇなんだけど…………

 

「そんなわけねぇか」

 

 気にしても仕方ねぇか。 子供じゃねぇンだ、勝手に入ってくんだろ。 ほれ、あのタバコっていうやつを吸うのかもしれねぇし、だったら引っ張ってきちゃまずいもんな。 アレってたしか、吸っていいとこと悪いところがあるっていうし。

 

 とにもかくにもだ、ようやっと温泉の約束を果たせるオラ……あぁそうだ、オラは、いや、オラたちはついつい気が付かなかったんだ。

 “ここ”に入り込んだ侵入者。 そいつが何をし、どういった目的でこの世界に来たのか。 このオラに、どういった用があったのかを……だ。

 

 

 

―――――――――あれが、孫悟空。 あの人…………なら。

 

 

 オラはまだ、“気に留めていなかったんだ”

 




悟空「おっす! オラ悟空」

フェイト「ご、悟空、大変! な、なな、なのはが――」

なのは「……ぶぅ」

フェイト「不良になっちゃった」

悟空「……あーあ、見た目はそのまんまだけどなんか雰囲気が鋭さを増してんなぁ。 ほぉら、なのは、少しでいいから機嫌治せって」

なのは「やだ……」

悟空「ダメだフェイト、こりゃあテコでも動かねー!」

フェイト「あきらめるの早過ぎだよ! もう、どうしたらいいの……母さんたすけてッ!」

おかあさん「……あ、はは」

アルフ「フェイト、ダメだねこりゃあ。 さっきのゴクウの発言でいろんなモンが吹っ飛んじまったみたいだよ」

フェイト「…………あ」

アルフ「こうじゃねぇあーじゃねぇ、そんなこんなで次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第56話」

悟空「悟空タジタジ!? 高町なのは、初めての反抗期」

なのは「いっしょにお風呂入ってくれないと、あばれちゃうんだから……」

ユーノ「お願いします、何でもします。 だから悟空さん――」

クロノ「この街の……世界のために彼女と風呂に入ってくれ……ッ!」

悟空「別にいいけど……いいのか?」

恭也「…………ゆるさんッ」

士郎「了承」

全員「…………え!?」

士郎「なるようになる。 せっかくの娘がする初めてのわがままだ、聞いてやりたいのが親心さ、それじゃあね」


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第56話 悟空タジタジ!? 高町なのは、初めての反抗期

最初に謝辞を。

遅くなって本当に申し訳ありませんでした。

さらに、どこかの感想で書いた甘々な展開……無理でした、ダメでした。 本当に申し訳ございません。

――――――
では、リりごく56話です。


 12月某所、晴れ。

 今日は悟空さんに連れられ、とある温泉地にやってきました。 車でおおよそ5時間、山の中にあるそこはかなりの大きさを誇る旅館があり、見る人たちに感嘆の念を持たせるには十分な作りもしています。

 

 こんなところ、よく貸切に出来ましたね。

 

 ボクが悟空さんにそう言うと、あの人は片目を閉じて口元に人差し指。 ……小さく手招きしてくると、ボクはそっと近づき聞かせてもらいました。

 

――――今日はオラの知り合いが、うんと頑張る日なんだ。 だからよ、余計な事気にしねぇでめいいっぱい遊んでるんだぞ。

 

 それがどういった意味かを考えることもしませんでした。

 なぜならそれが悟空さんの“頼み”だというのは、もう聞かなくてもわかったからです。 この企画を通し、今日を楽しめと言ってくれた人がおそらく居るんだろう。 そしてその人はおそらく今回の事件に深くかかわっていて、ボクが見たことも無いヒト――きっと……そう思えるひとはごく限られてしまう。

 それすらも見越していた悟空さんだから、こうやって何となくで言ってくれたのだろう。 少なくても、ボクはそう思えてならない。

 

 

 でも、そんなことすら小さく思えてしまう事件が、この後すぐにやってくるとは、さすがの悟空さんも、ましてやボクなんかが判るはずがなかったのです。 ……まさか、あんなことになるなんて。

 

 

 

「悟空さん、おはようございます」

「ん?」

 

 時間は午前10時過ぎ。 孫悟空が旅館の玄関先で、青いブーツを脱ぎ捨てようと片足を上げた時であった。 ふと感じた珍しい気を背に、何となく顔を向けるとそこには、やはり自身が想像していた通りの光景が展開されており。

 

「お、すずか! シノブにノエル、それにファリンも。 久しぶりだなぁ!」

「久しぶり……?」

「えぇ、まぁ私達の方はそうでしょうけど」

「そうですね、わたしの方なんて半年前に逢ったっきりですもの」

「そういえば、ファリンと悟空様の方はご無沙汰……というところですね」

 

 その声に答える華たちは、各々抱いた感想を口々に、悟空の後を追うような形で玄関先へ集っていく。

 月村一行の御到着に、あたりを一瞬だけ見た悟空は……

 

「キョウヤなら今、たぶん便所だぞ?」

「え? ……え、えぇ」

「悟空さん、女の子に向かってそう言うことをストレートに言っちゃダメですよ」

「あ、あぁ~~そういやそうだな。 シロウのヤツにうんときつく言われてたの忘れてたな」

「……もう」

 

 自身の感覚センサーの結果報告を言い渡し、返ってきたすずかの反論に背筋を伸ばすのであった。

 そうこうしてる間に次の来客の気配。 悟空が眉を動かすと、その先数キロ以上の道のりを見て、やや……ニヤケル。

 

「悟空さん?」

 

 その顔がとても不思議で。

 

「今日はアリサの奴が遅刻みてぇだな。 今あいつ、おそらくだけど車で相当飛ばしてるはずだぞ。 それなりの速度でこっちむかってきてんな」

「アリサちゃん? ……まだついてなかったんだ」

 

 めずらしい友人の失態に口元を隠す。 彼には及ばないが少しだけ、すずかはやんわりと微笑んだようだ。

 と、ここで悟空は彼女たちをようやく“見る”

 月村一行。 彼女たちの出で立ちは往々にして華やかでいて、尾淑やか。

 長女が茶色いコートで身を引き締めるなら、次女が白いスカートをゆったりと揺らす。 その後ろで従者の面々が静かに佇む姿は正に傾国の美女を彷彿とさせる“色”を見せる。 しかし、しかしだ。

 

「おめぇ達、こん中結構あったけぇから、そのぶ厚いのさっさと脱いじまえ。 汗かいちまうぞ」

『…………はーい』

「なんだよ元気ねぇな。 せっかくのパーティなのにそんな湿気たツラしてっと、メシが不味くなるぞ?」

「ふふ……もう、悟空さんこんな時にまで」

「ん?」

 

 そんなこと、かの戦闘民族にはお構いなしなのであろう。 ブーツを脱ぐと下駄箱に入れ、すずかの苦情を背に受けてなお、彼は歩みを止めない。 迷いなく、翻らないこの強い意志はどこから来るのか。

 などと、考えるのは無駄であろうか。 答えは……

 

「さぁて、後はアリサだけだな……はーやーく来い。 メッシ、メシー!」

『いつになっても、花より団子は変わらず。 ……ですか』

 

 最初から出ているのだから。

 

 

 

 

 

 

「本日は晴天に見舞われ、なんとも宴会日和の――」

 

 朝の合流から1時間が過ぎた。 

 みんなしてロビーに集まって、今回の主催者のギルから一言受けてる最中だ。 オラは必要ねぇって言ったんだけどな、何分リンディの奴がうるさくて仕方ねぇ。 まぁ、ギル本人もなんか言いたかったみてぇだし好きにやらせっけど。

 

「にしても、結構な人数が集まったよなぁ」

 

 ここに居るのは今日の宴に参加する全員だ。

 クロノとリンディをはじめとしたアースラに乗ってる奴ら数名。

 フェイトたちの4人。

 すずかんとこの4人。

 はやてたちの6人。

 なのはたち5人。

 そんでオラとユーノにアリサと黒服のじいちゃんが一人、さらにギルとその娘っ子の合計30人くれぇだな。 ここまでよく集まったもんだ、みんな仕事とかで忙しいはずなのによ。

 

「まぁ、こんな時にそんな野暮なことを言うやつなんかいねぇか」

 

 ここに居るのはみんな、闇の書……じゃなくて、夜天の書のゴタゴタに巻き込まれた関係者一同だ。 意図せず巻き込んだとはいえ、シロウに関して言えば全治3か月の傷まで追わせた始末だしな。

 ……まぁ、そのあとユーノにある程度治してもらったらしいから、日常生活に支障はねぇ様だけど。

 

「ん、もう話が終わりそうだな」

 

 はは、ギルの奴またハンカチで汗ふいてらぁ。 ……そんだけ緊張しているとして、当の原因はあいつ自身だから手助けはしねぇ。 まぁ、きっかけ程度は手伝うんだけどな。 あいつが、はやて達と話すきっかけってやつをな。

 それするにはどうすればいいかなんてのは特に考えてはねぇけど、なんとかなんだろ。 なんてったってはやては気がまわるしほかの奴らもそれとなく気が付いてるはずだしな。 ……んで、気がまわると言えば。

 

「……じぃ」

「……ふう」

 

 さっきからオラの真後ろから感じる変な気……殺気だとかじゃないんだけど、どうにもこう。

 

「むぅ……!」

「…………やりにきぃんだよなぁ」

 

 背中がかゆくなるくらいには“敵意”ってのを放つこの視線の正体……は、まぁ言うまでもねぇけど、アイツだ。 ちっこい背に、いったいどんだけのモンを詰め込んでんだろうなぁ。

 こればっかりは他の奴に相談してやるわけにもいかねぇ、オラ自身が決着つけねぇとなんねぇことだ。 あいつとオラ、二人だけのもん――

 

「じぃ……」

「……なのは?」

「あ、そういやもう一人いたな」

 

 ……三人の問題だ。

 

 ここまで、というか今もう名前が出たか。 あいつはアイツ……なのはの事だ。 それにフェイトが合流して、ある種の“あの時の面子”ってのが偶然にもそろった訳だ。 あのときっていつの事かって? そりゃあ、なのはとフェイトがクウラに食われたときのアレだぞ。

 あのときの事とか、いろいろ、精神的にかなり鍛えてやったはずのあいつ等が動揺した理由。 いくらなんでもわからねぇはずがねぇんだ。 ……アイツ等に、かなり悪い事しちまってたんだと反省もしてる。

 でもな。

 

「……こればっかりはどうにもなんねぇよなぁ」

 

 思わず後頭部を掻き毟り、視線を下に降ろしちまう。

 こういうのは慣れてねぇ、というより初めての体験だ。 ……いや、そう言えばあの世で“蛇姫”っちゅうのに迫られたこともあっけどよぉ。

 

「それとこれとは話、ちがうだろうし」

 

 どうするか。 ……こいつは本当に困った問題だ。

 と、オラが悩んでいる間にギルの話が終わったらしい。 視線があっちからこっちへ移っていくんだが、どうにもまだ後ろのちっこい目線だけは変わる気配がない。 ……気で探るまでもない、なのはの奴、おそらくジト目ってやつでオラの事を見上げているに違いない。

 

「ごくう!」

「ん?」

 

 ここで天の助け――いや、違うな。 はやてとゆかいな仲間たちってのがこぞってやって来る。 正面からはやて、シグナムに夜て――リインフォースが。 後ろの方にもう一個魔力を感じるからおそらくヴィータあたりがなのはたちの方へやってきたんだろう。

 

 んで、ヴィータがどうしたかというと。

 

「高町、おまえんなエグイ目つきで何睨んでんだ?」

「え、……え?! わたしそんなに怖い目してたかな?」

「え、あ、いや……自覚がねぇとかどんだけだよ。 例の超サイヤ人になったゴクウよりも恐ろしくて、別ベクトルの凄みを感じた気がする」

「そ、そうかな?」

「まちがいねぇよ」

 

 何となく世間話みてぇなことしてなのはの気を静めてくれたらしい。 まだ、あいつの方に振り向いちゃいねぇけど声が何となく大人しめになって来てよ、妙な視線も――

 

「…………じぃぃぃ」

「……ダメかぁ」

 

 熱視線、なかなか止まねぇみてぇだ。 まいったなこりゃあ、はは!

 

「先ほどからどうした孫、そのような面白い顔をして」

「おもしろそうかぁ? オラ今、とっても困ってんだけどなぁ」

「ふ……なんだそうなのか? そう言えば孫、ここの風呂には目を通したか? なかなかいい具合のヒノキの湯があるらしい」

「―――びくっ」

「ん?」

 

 いま、なのはがへんに震えた気が……?

 ……まぁ、いいか。 っちゅうかよぉ、他人事だと思ってると見えて、シグナムはどうでもよさそうだ。 少しは助けてくれても、なんて思うけど、こればっかりは助けを呼べねぇかな。

 

「ところでおめぇ達、ギルと話してたんじゃなかったんか? いいのか、こっちに来ちまって」

「ぎる? あぁ、グレアムさんの事やね。 えぇんやって、なんやこの後の準備があるとかで、それまで忙しいから待っててくれやって」

「ふーん、アイツも大変なのな」

「ごくうに比べたらそうでもあらへんと思うけど……?」

「それもそっか……」

 

 背後にある大問題をそのままに、軽くため息。 ……小さいとは思っていたけど、いざ触れてみるとわかる重さはな……

 

「よっと」

「きゃあ!?」

 

 実際、持ち上げてみればわかる。

 

 だいたいそうだなぁ。 はやて達と話を始めたあたりから有った違和感、というか、感覚かな。 腰から向こう、今もなおオラから生えている尻尾、それを掴んでいるという感覚だ。 それが誰の仕業かは言うまでもねぇな、当然――

 

「よーし、よしよし。 はい、そのまま懸垂いってみっか?」

「つーん」

「ありゃりゃ。 まーだご機嫌斜めか? なのは」

「ふんだ」

 

 ……視線、思いっきり逸らされたな。

 尻尾を掴んで離さず、そのままオラを見たり逸らしたりを繰り返すなのは。 逐一怒っているところをアピールしていると見えて、ここはオラがきっちりとなだめてやらねぇといけねぇって事か。

 こうやって拗ねてるところはあんまりにも珍しいから、ちぃとカラカッテやりてぇと思うのもオラがでっかくなった証拠だろうな。 ……このまま逆さづりにでもしてやったらどうだ。

 

「…………ぷくぅ」

「やめておくか……」

 

 あとでどうにかされそうだしな。 なのはの奴、機嫌が悪いときはトコトン“やる”タイプ、って訳ではねぇけど、そもそも、今あいつの格好でそれやっちまうと、おそらくシロウとキョウヤに三枚に卸されるだろうし。

 フェイトもそうだったけど、どうして女ってのはこんな寒い時だってのにヒラヒラしたモン着りたがるんだろうな?

 

「どうしてだろうな? シグナム」

「……よくわからんが、貴様いま、かなり失礼な目線で私を見てはいないか?」

「そんなことねぇって」

「それならいいのだが。 ……ところで何の話だ」

「ん? シグナムは今日もズボンなんだなって思ってよ」

「は、はぁ……?」

 

 しり上がりになるシグナムの語尾は、なんだか不機嫌ぽかった。

 

「悟空」

「ん?」

 

 そんなオラたちに向かってかかってくる声がひとつ。 その間に振り向いたオラの背中から小さな悲鳴が聞こえて来るけど、この際無視だ。 そんで、オラが振り向いた先、ロビーからやって来るのは……

 

「おっす、クロノ。 久しぶりだなぁ」

「おはよう。 ここのところ、“貴方”に頼まれたボール探しで世界各地を回っていたから、そのせいじゃないでしょうか……」

「ん?」

 

 なんだか、クロノの様子が変だな。 言いにくいんだけど、なんていうかぁ……あれだ、どこか遠慮がちになってる気がする。 まるで神さまと閻魔様が話してるときみてぇな感じかな?

 

 いったいなにがあったんだ?

 

「いや、いままでの功績だとか、グレアム提督との話だとかでいろいろ考えていたら、今までの口調だとかは失礼じゃないのかと思うようになって……」

「ん? 何が失礼なんだよ。 オラとおめぇの中だろ? そんな硬ぇこと言いっこなしだぞ」

「いや、まぁ。 確かにそうなんだろうけど」

「それにおめぇ、さっきの第一声の時点で呼び捨てだったし、既にそういうの台無しなんじぇねぇのか?」

「……う゛。 そ、そうかもしれない」

 

 こいつはコイツで頭がかてぇ所があるからなぁ。 ……別にいいのにな、そんなもん気にしねぇで今まで通りで。 今回はたまたまオラが出来ることをそのままやっただけだし、“そう言う事”してもらいてぇからやったわけじゃねぇからな。

 クロノに言い聞かせること2分くれぇかな。 なんとかいつも通りに戻ったあいつが、何か右手をつきだしてくる……そうか、こういう時はいつかキョウヤに教えてもらったアレだな。

 

「よし」

「なに?」

 

 付きだしてきた手と、同じ側の手をこれまた同じように突出し、合わせると。

 

「よっ」

「ん?」

 

 拳を上に向けて、そのまま肘を叩き合い。

 

「ほっ」

「えっ?」

 

 裏拳の要領で振った腕をお互いの腕がぶつかるように交差させて。

 

「はっ――と」

「お、おい」

 

 当てて弾き合うとすぐさま腕を組む。 腕相撲みたいな恰好のオラたちは、そのまま手を握り合いながら目線を合わせている。 そうして少しだけ微笑んでやると、一言。 こいつ、裏方関係を一手に引き受けてくれたみたいでよ、だから感謝をこめて言ってやったんだ。

 

「お疲れ、クロノ」

「……ありがとう」

 

 そしたらアイツ、今日はじめて笑いやがった。 まったく、いつも眉毛をハの字の逆にして難しいこと考えてばっかりいんだからよ。

 

「じゃなくって!」

「ん?」

「ほら、さっきフロントから鍵を貰ってきたんだ。 キミの部屋番は【0612】……6階の部屋になる」

「お、サンキュウ。 へぇ、普通の鍵の後ろに長細い水晶みてぇのがついてんのか、これなら目立つし無くさねぇで済みそうだ」

 

 青くて透明で、少しだけひんやりしてるのは気のせいか? まぁ、そんなのはどうでもいいとして……そうか、オラは6階の部屋かぁ。

 

「他の奴らはどこらへんになるんだ? もしかしてオラの両隣――」

「キミの下には高町の面々が、その下にはテスタロッサの一家。 さらにその下が管理局、僕たちが陣取ることになる」

「へ?」

「今回のメインともなる八神はやて一行はキミと同じ階……6階に居ることとなるな」

「……?」

 

 なぁ、クロノ。 どうしてそんなめんどくせぇ間取りなんだ? オラさっぱりわかんねぇぞ。

 

「今回、そもそもこうやって皆が一斉に集まること自体が異例中の異例。 実のところ管理局の本局……キミ流に言うと総本山というべきか? そこへの報告で、今回の集まりは闇の書事件の後始末という題目になってる」

「後始末かぁ。 ま、みんなで打ち上げっていうなら案外間違いじゃねぇかもだけど」

 

 なるほどな。 どうやら相変わらずコイツラの上司は頭が固ぇみてぇだ。 良いじゃねぇか息抜きくらい、そっとやらせてやれよって思うけど、そこは働く人間の義務というやつらしい、クロノがこっち向いてそっと首を横に振ってくる。

 なんだかなぁ、こう言う規則だなんだのってのはあの世もこの世も変わらねぇのな。

 

「そんじゃもしかしておめぇ達、今日の騒ぎが終わったらすぐ帰ぇるのか?」

「いや、それはまだ大丈夫だ。 それに闇の書とは別件の任務がまだ残ってるから、次はそっちに専念することになるはずだ」

「いぃ!? ま、またすぐ仕事かぁ?! おめぇたちそんなに仕事ばっかりやってたんじゃ参っちまうぞ」

「そうかもしれないが、こればっかりはそうもいかないんだ。 なにせ、世界の恩人たってのお願いだから……」

「世界の恩人?」

 

 へぇ、そんな奴がこの世にはいんのか。 生真面目なクロノがこうも褒めるんだ、相当にスゲェ奴なんだろうなぁ……一度会ってみてぇかな。 なんて、思っているところにあいつがため息、少しだけ崩した感じの表情をそのままに、オラに向けて右手を……放り出す。

 

「おっと!?」

「まず、これはターレスの時に助けてもらった分。 そう思ってくれ」

「……? ……っ! お、おめぇこれ――」

 

 適当に片手で無造作にとっては見たけど、へぇ、随分と早く集めたもんだ。 今のオラですら、こいつらが言う“世界中”なんてのはあまり遠くを見通せないってのによ。

 

六星球(リュウシンチュウ)か。 頑張ったな、クロノ」

「……見つけたのは母さんだけどね」

「え゛!? リンディが! はぁあ、アイツもやるときはやるもんなんだな」

 

 どこで見つけたかは知らねぇけど、これでアイツの艦長の面目ヤクジョ……ヤクジョってなんだ? いや、いいや、とにかくゴールまであと一個だな。

 

「今あるのが? イー、リャン、サン、スー、リュウ、チーだから、あとは五星球(ウーシンチュウ)か」

「……ドラゴン、ボールか」

「クロノ?」

「いや、何でもない。 “きっと気のせいだ”」

「……そうか」

 

 不意に真剣な目でオラが持ったドラゴンボールを見てたけどなんだったんだろうな? まぁ、あいつが良いって言うなら深くは追及しねぇけど。

 

「いろいろあんがとな、これからも頼んだ」

「あぁ」

 

 片手をあげて、クロノの奴にお疲れと言ってやるとそのままあいつはギルが居る方へ歩いていく。 そのときに右手だけ上げてこっちに返したアイツは、なんだか照れ臭そうだったかな?

 

「なんだよあいつ、あれだけ言ったら行っちまった……いいのかゴクウ?」

「ん?」

 

 顔、こっちに見せたくなかったのかもしれねぇ。

 

「……甘え方、きっと知らねぇんだアイツ」

「孫?」

 

 シグナム達は少しわからねぇって感じかな。 みんなしてクロノの背中ばっかり目を追ってやがる。 ……見るのは、そこじゃないぞ?

 

「いいや、何でもねぇさ」

 

 けど、今はそのことを指摘してやる場面じゃねぇ。 きっとそのはずだ。

 

「孫悟空」

「ん? おぉ、夜天。 夜天じゃねぇか」

 

 超サイヤ人になったオラと正反対の長髪をした女が、そこに居た。

黒いジーンズに紺色のワイシャツ、その上にベストを着た……きた? なんだろうなぁ、どうも女モンの服には見えねぇけど、どういう趣向なんだ?

 

「主がどうしても着てみてほしいと。 ……その、イメージは男装の麗人だそうです」

「そや。 リインフォースは胸が大きいから、あまりこういうのは思たけど、着てもらってみたら意外にはまってな」

「はは、おめぇその服、似合ってんぞ」

「そやろ? 今度は真逆の色合いでワンピースでも着てもらおう思てんねや」

「やったじゃねぇか、次が決まってるってよ?」

「……主、あまりからかわないでください。 それと貴方、私の真名は決まったのですから、その通称で呼ぶのはよしなさい。 どこのサイヤ人の王子ですか?」

 

 そうか、このあいだ決まったばかりだったよな。 いつまでも仮の名前で呼ぶのもかわいそうか。 おらも、初めて“カカロット”って呼ばれたときは違和感っていうか、嫌な感じが先行したし。

 

「そういやそうだな、わりぃわりぃ……えっと?」

 

 目を合わせる。

 雰囲気は途轍もなく穏やかに、けど、それに反して視線の鋭さは増していく。 射抜くように、相手を自分の“陣地”からださねぇ様に、オラのありったけをぶつけるように―――大げさか。

 軽くだな。 ほんの少し合わせた視線をそのままずらさねぇで、特に何も考えず。

 

「すまなかったな、リィンフォース」

「……っ」

「ん?」

 

 アイサツ、したんだけどな。

 急に、黙り込んじまったぞ、リインフォースの奴。 しかもさっきは自分からよこした視線も、一方的に反らしちまって。 

 

「孫」

「ゴクウ」

「ごくう」

「どうした? おめぇたち、そんな変な目で見て」

「お前、やっぱりアイツの事は今まで通り“夜天”って呼んでやれ」

「なんでだよヴィータ。 オラ言われたとおり……」

『い・い・な?』

「お、おう」

 

 シャマル以外の女全員に、かなりきつく言われたぞ。 ……いえと言ったりいうなと言ったり忙しい連中だぞまったく――いッ!?

 

「イタタッ。 な、なんだ?」

「~~!」

「お、おい?」

 

 …………わりぃみんな、少しだけ時間くれ、な? ちぃと困ったことになってよ、いてて!? こ、こらおめぇそんなところ引っ張りやがってこの――

 

「おい、やめろってなのは! イキナリなにすんだおめぇ」

「むぐぐ……むぅ~~」

「なに言ってるかわかんねぇぞ、おいこら! いたたたッ」

 

 後ろで尻尾掴んでいままでぶら下がってたなのはが急に暴れ出しやがった。 掴んだ尻尾に入れた力をどんどんあげて行って、しがみついて――っく、今度はなんか鋭いのが当たったぞ。 何をしてるんだ。

 気になってよ、つい、振り向いたら……

 

「あむあむ」

「…………なに、噛みついてんだ、おめぇ」

「というより孫、おまえ痛くはないのか?」

弱点(しっぽ)は随分前に克服してるから心配ねぇ。 けど、気になるっちゃ気になるだろコレ。 だから、やめろってなのは! ああッ、いま尻尾の毛むしっただろっ」

「がーー!」

「こ、こいつ……」

 

 いきなりじゃれついてよ、どうなっちまってんだなのはの奴。

 

「う゛~~!」

「なんだかどんどん動物みたいに喋んなくなっちまった。 ……癇癪でも起こしたのか?」

「ふふ、なのはちゃんってば――――リインフォースに嫉……」

「にゃああああ!!」

「うおぉお?!」

 

 暴れ……あば、あお、……くっ。

 

「暴れるなよなのは、おいったら!」

 

 ったく、いったいどうなっちまってんだ今日のコイツは。 妙に余所余所しかったり、かとおもったら急にくっ付いて離れなかったり、忙しいったらねぇぞ。 しかも結構力入れてたからなぁ、それなりにしっぽをブン回しても“修行の成果”からくる常人を逸した握力ですんなりと離さないと来たもんだ。 ……こまったぞ。

 

「なるほど」

「シグナム、どしたん?」

「いえ、あの子……高町について思うことがありまして」

「あぁ、やっぱり気になるん?」

「えぇ」

「シグナムもやっぱり――」

「――彼女の握力を目測だけで測ったのですが、やはり面白い。 既に三ケタを超える程度には孫の尾を掴む力を上げている。 やはりあいつは、かなりの鍛錬をあの子に課せたとみるべきでしょう。 今度、出来ることなら手合せ願いたい」

「……そやね、シグナムはそうやよねぇ」

 

 くそぉ、他のヤツは完全に談笑に入っちまってる。 誰一人としてオラを助けようだなんて思ってる奴が居もしねぇ。 ……うまくなだめても騒ぐ、放っておこうにもついて来る。 こんな状況、今まで経験したことがねぇ。 

 どうすりゃいい、何をすればなのはの機嫌は治ってくれるんだ?

 必死に考えた、そりゃもうナメック星で宇宙船を見つけるまでの時よりもスゲェ深刻な具合でだ。 ……考えたんだけどよ。

 

「わかんねぇや」

「むぅぅ」

「はは、……オラ疲れちまっただ」

 

 なんだかなぁ。 初めて会ったときは自分が年上だったって思っていたと見えて、結構しっかり者の感じを出してたんだけどな。 いつからだろうな、たびたび甘えるようになっていったのは。 ……あのころがずっと前みてぇだ、あんまし覚えてねぇや。

 

「悟空」

「……ザフィーラ?」

 

 肩を落とすオラに向かって、この中で唯一のオラ以外の男、ザフィーラが、そっとこっちに向かって腕を上げる。 大体オラと変わらない体型のアイツは、力強く拳を作って静かに佇むと。

 

「お前も、苦労してるんだな」

「助けてくれよ、ザフィーラ」

「……そう言うのは門外漢だ、自分でどうにかするんだな。 宇宙最強の民族、サイヤ人の力を見せてみろ」

「オラこういう戦いはなぁ……それこそ門外漢だぞ」

「ふ、そう言えばそうだな」

「だろ?」

 

 結局助けてくれることはなかった、けど、まぁなんとなく心が軽く放ったかもな。 タダしだ――

 

「むぐむぐ」

「なのは、尻尾かじってたのしいか、おめぇ」

「むむぐぅ!」

「……ちゃんと言えって」

 

 状況はなんも変わらねぇけどな。

 

 さてと、そろそろいろんな奴が自分達に用意されたっていう部屋に行こうとしているな? いろんな気がそこらじゅうに散っていくところを見ると、ひとまず部屋で一息入れる算段なんだろう。

 オラもそうしたいところだけど、ここは一回シロウのヤツになのはを引き取ってもらわねぇとな。 っと、その前に。

 

「そんじゃはやて、みんな。 オラ、なのは預けたら部屋でゆっくりと晩飯でも待ってっから、何かあったら呼んでくれ。 同じ階だし、すぐ駆けつけるからな」

「心配あらへんよ、そんなごくうが動かなあかん事件なんておこらへんて」

「かもしれねぇけど、一応な。 ……そんじゃ、またな…………――――」

 

 

 

 そうして悟空は自身の止まるであろう部屋の階下、そこに集まる常人よりわずかに高い気を感じ取り、一階ロビーから瞬時に消えていくのであった。 見送る騎士たちの、ささやかな笑い声をBGMに受け取りながら。

 

 

 

 

 旅館5階 高町一家の部屋。

 

 静けさを、感じさせない、団欒を、崩す男が、孫悟空かな。

 

 

 騎士と拳士がふざけ合っていた空間から6メートル上の階層、仲睦まじい夫婦とその子らが、いまやっと荷を下ろしたところでありました。 部屋は和風、畳が15枚敷かれた部屋が2つ繋がれた30畳の大部屋、そこに彼らはいました。

 

「5人部屋と言うのにこの広さか、しかも男女で別れろと言わんばかりに二部屋、おどろいたなとても広い」

「そうね。 前に行った旅館の倍以上はあるかしら? 悟空君の知り合いの人の招待だって言うけどすごい豪勢ね」

「お~~、見てみて恭ちゃん。 外、すごい景色……雪も降ってキレイ」

「…………アイツ、偉い人間とコネを持ってるんだな。 どこで知り合ったんだか」

 

 思うことはそれぞれ、違いもあれば個性もある。 方向性はみな驚きというカテゴリに絞られているのは、ひとえにこの部屋の第一感想が『異質』であったが故だろうか。 さて、ここで高町の大黒柱が窓枠に手を沿わせる。 雰囲気を壊さぬよう、出来るだけ金属部の露出を抑えたそれは限りなく木製に近い材質。

 それに、自身の体温を奪われながらも、士郎はまだ、少しだけ寒気のある空気を肺にいっぱいため込み。

 

「はぁ……」

 

 吐き出す。

 

 誰が見てもわかる困惑の色。 それがどのような理由などと、問うこともできない子供たちは士郎が居るところとはもう一つ、離れた部屋絵と摺り足差し足……忍んで空気をかみ殺す。 でも。

 

「どうかしたの?」

「え? うーん、すこしだけ、なのはの事をね」

「なのは? ……あぁ、悟空君のことかしら」

「はは、何でもお見通しか」

「えぇ、なんといっても……ふふ」

 

 そっと微笑むのは高町桃子。 彼女は末っ子と同じ質の長髪をたなびかせると、そっと士郎の横へ寄り添う。 困ったときは助け合うのが夫婦……そう、言外に伝えるように、彼女はふわりと、自分の腕を士郎の腕へと――――――――――………………

 

「あなた」

「……ダメだよ、子どもたちが……」

「少しくらい、平気よ」

「……桃子」

 

 寄り添い、互いの息が混ざり合う距離。 ふたりの空気が溶けあうたびに、暗い気分が逃げるように薄れていく。 

 

「……少しだけなら、良いのかな」

「みんな、あっちの方へ行ってしまったもの……ね? だから――」

 

 色素が若干抜けた髪と、栗毛色の長髪が絡みあう。 そして、黒いトンガリがゆらゆら……

 

「ど、どうすっかなぁ……」

「あ、あうあう……」

 

 揺れる

 当然、『その者』から伸びるシッポも同様の動きを行う……それがゆったりと動く音を聞いても、この部屋の人間は何も近くすることが叶わない。

 

「あなた……」

「……桃子」

「お、オラたちあっちの方に行ってた方がいいかもな。 ここから先は、なのはの奴じゃ刺激が強いかもしんねぇ」

「お、おとと……おとッ」

 

 小さなツインテールが激しく乱回転。 その動きと合わさることのない青年の、雄大すら思わされる茶色い尾は未だ平常運転。 それは、彼がいつも通りだという事を何よりも証明している。

 

 ようやく揺れた彼の衣類。

 青い帯が風の思うがままにされると、その空気が青年に背負われていた娘にも舞い上がり……

 

「……ふぇ」

「お、おい……っ」

 

 そのとき、少女が動いた。

 

「ふぁ」

「まさかなのはおめぇ」

 

 薄目、『もにゅもにゅ』と擬音が背景に出そうな口元。 これを見せつけられた瞬間、青年の背筋が凍る。

 

「……ふぁ」

「お、おい! っく、どこかに瞬間移……」

「ふぁ~~~~~っ」

 

 青年の額に指先ふたつ。 そろえた時には少女の鼻孔はすでに臨界点。 いつでも発信準備は完了だ、あとはそう、この子が心を許して全てを手放せば――すべて、台無しになる。

 焦りを焦らしに変えて、今彼は下階に居るであろう人物を頭に描きながら…………背中に抱えている少女が、彼の肩口を切なく握り締める。

 

 

 

「へくちっ☆」

 

 

 

『!!!?』

「あーあ……やっちまったぁ」

 

 抱えた。

 今冬初めて悟空が大きく頭を抱えた。 闇の書事件よりも盛大に膨れ上がった目の前の問題に、彼の光速以上に早い反射神経が次の行動を思考よりも先にはじき出していた。

 

 彼は――――

 

「よぉ。……な、なのはの奴、ふ、風呂入れて来るな。 ははっ」

「お……おねがいするよ、悟空君」

「ごめんなさいねぇ……ふ、うふふ」

 

 ……本当に何も考えずに、途轍もないほどの。

 

「……悟空くん」

「ん? なんだ、なのは。 ハラでも痛ぇんか?」

「ほんとう?」

「…………え?」

 

 大きな。

 

「一緒にお風呂って……ほんとう?」

「――――あ、おう。 本当だぞ」

 

 選択ミスを犯した。

 

「あ、そうか。 おめぇも女の子だもんなぁ、オラとじゃいやだよな?」

「全然?」

「そうかそうかぁ、そいつは仕方ねぇな。 なぁ、ミユキ、わりぃけどオラの代わりに……ん?」

「……どうしたの? ほらぁ、早くいこ?」

『………………おや?』

 

 そうして流れる疑問符が、少女以外の人物全てから乱れあがる。

 

「悟空くん?」

 

 其の中でも消えることのない甘えた声。 夜中にサラリーマンたちが集うという、とある桃色の酒場にも匹敵する猫なで声は、悲しいかな血縁者である恭也ですら背筋を掻き毟りたくなるほどの衝撃を与える。

 

「――お、おい悟空。 なのははいったいどうしてしまったんだ」

「……オラだってわかんねぇよ」

「え?! いま、二人ともいつの間に」

「……悟空くん?」

 

 速攻のひそひそ話。 俊足と高速が重なり合い歩みあう中、当の『お姫様』は気付けば美由希の足元で小首をかしげていた。 明らかに戻った彼女の様子……もとい、機嫌のよさに、今度は男連中の心境が大荒れだ。

 

「つい数か月前、お前がまだあのカラダだった時でさえかなり難しい、いや、困っていた風だったと記憶していたが」

「さ、さぁな……どういった心変わりなんだろうな。 っちゅうか、何考えてんのかさっぱりだぞ」

『うむむ……』

 

 先ほどの駄々っ子ブリが完全に消失しているこの子は。 そう考えている悟空の背に突き刺さる視線がもういくつか。 振り向かなくてもわかる……そうやって後頭部をかくだけで返事をした青年に、彼は言葉を投げかける。

 

 

「悟空君」

「お、おう」

「父さん……さすがの父さんも」

 

 今回ばかりは立ち上がるだろう。

 

 何やら戦いの予感を感じ、丹田……へそのあたりに力を籠めていく恭也はいつになく真剣だ。 両足を曲げ、前傾姿勢となって右足を後ろにずらし、彼は踏ん張りを効かせる。

 

 そうして、ついに。 来たるべき衝撃が――

 

 

「のぼせないようにね」

『…………』

「    」

「お、おう……え゛、いいんか? それで……?」

 

 

 おぉぉっと高町恭也、クロスアームによる防御をするも襲い掛かった【右】に防御ごと吹き飛ばされたッッ!!

 

 

 一瞬流れる自身の脳内音声。 まるでどこぞのボクシングの実況を思わせるそれに、すかさず彼は頭を振る。 そんなことじゃない! 彼は呟き自身が父と尊敬する人物に視線を配る……いいや、切りこむと言った方がいいだろうか。

 それくらい、今の彼は心中穏やかじゃない。

 

「と、父さんッ、いくら悟空が無害だと言っても――」

「恭也」

「……っ?!」

 

 そんな男の事名ですら、父である士郎はおおらかに受け止める。 既に背からは後光が射し、構えの無い姿勢からは畏敬の念すらにじみ出る。 空を悟るかのようなその姿勢にいま、高町家長男の青年は、確実に気圧されたのだ。

 

 そんな圧力を生み出した男は、ついに。

 

「お前は、いままであんな顔をしたなのはを見たことがあるか?」

「な、何を……」

 

 語りだす。

 

「何時ぞやの頃、店の経営が軌道に乗らない上に大黒柱が帰ってこれなくなり、お前を含めたみんなが、まだ幼いなのはの相手をしてやることが出来なかったという状況でさえ、あの子は文句の一つだって言わなかった……そうだよな?」

「……!?」

「そんなあの子がな、初めてしかめっ面をして駄々をこねたんだ。 ……この人の、傍にどうしても居たいと」

「!!?」

「娘の初めての我が儘を聞いてしまったからには、叶えてやりたいのが親心というモノさ。 お前にも、いつか分かる時が来る――それに多分……」

「父さん……?」

「いや、なんでもないさ。 けど、いま言ったことだけはわかってやってほしい」

「……だけど父さん」

 

 強く言われたわけじゃない、反論は出来たはずだ。

 かなりギリギリな要求じゃないのか、強引に止めることが出来たはずだ。

 

「…………っ」

 

 なのに、どうしてもそれが出来ない恭也は既に、心の炎を消されたかのように大人しかった。 ……柔よく剛を制する瞬間を、今ここに作り出す。

 

「なぁ、モモコ。 あいつらあぁ言ってるけど、こう言うのってまた違うモンダイってのがあるんじゃねェのか?」

「……うーん、どうなんだろう? 実は私も悟空君がいいのなら、なのはのこと、見てもらいたい気分なのよねぇ」

「……おめぇも賛成か」

「えぇ♪」

「うーん……おめぇたち、このあいだのクウラの一件からなんかおかしいぞ……」

 

 結局止めを刺すのは高町家、真の支配者(ゴッドエンペラー)である桃子氏。 カノジョの最終決定により、悟空はタンスからあらかじめ備え付けられてあった浴衣を取り出すと、それを片手にしたまま息を吐く。

 ……深い、ため息だ。

 困っているのはあからさまで、何やら考えを張り巡らせているのは誰が見てもわかる。 そうして、今まで硬直から抜け出せなかったユーノが、無言のまま悟空の肩から床に落ちた時、ついに。

 

「しかたねぇ、温泉、入っちまうか」

「……うん!」

 

 何時ぞやの婚約宣言よろしく。 彼は何事もなく部屋を後にするのであった。

 

 

 

 床は茶色、のれんは青。 透き通る水は湯気を昇らせる。

 

 どうにも都合のいい……というより、今回に限っては貸切なのだから大抵は許されるであろう“10歳未満ならどちらでも”という注意書きを横目に、孫悟空は山吹色の道着を脱ぎ捨てる。

 

「う~~さぶっ」

 

 青いアンダーをそのままに、腰の帯を手に取る刹那、真後ろで物音。 悲鳴に近い無音の声に、一瞬だけ興味ありげな顔をするもやはりそこは彼、すぐさま自身の腹部に目をやり“型結び”をそっと解く。

 

 ぱさり。

 

 乾いた音が今いる部屋に行き渡り、事を後ろにいる少女へ明確化させていく。 彼は今、丈のあるズボンを脱ぎ捨てたのだ。

 

「よっ、よっ」

 

 一気にアンダーを脱ぎ、身に付けていた最後の下着も取り去っていく。 彼は、ついに一糸纏わぬ姿へと成る。 なるのだが、なったのだが……その後ろでは、ちいさな水音が。

 ぽたりぽたりと、石を穿つかのような音色は、青年――いや、孫悟空と呼ばれる最強戦士の背後で鳴り響いているのだ。

 

 そう、その音の主はいま、悟空の理解の範疇外にある領域に、心をうずめていくのであった。

 

 

 

 

「…………ひぅ」

 

 ど、どどどどうしてこうなっちゃったの?! わたし、ただ今までの自分が許せなくって、でもあの人がまったく自分のことを言ってくれないのも嫌だったし、それに何よりまだ、自分の全てを教えてくれないあの人との関係が寂しくて……

 だからもっと近づきたくて、でも距離がわからなくて。 ……そんなときに近づいてきた人にあんな風な目でみたり、どうしていいから八つ当たりもしちゃったし……もう、自分の心が判んない。 どうしていいのかわかんない。

 

 だから、自分でも思ってもいなかった大胆な行動に出ちゃったんだと思う。

 

「あうあう……うぅ」

 

 い、いま……なにかが床に落ちた……これって布きれ音ってヤツだよね? そうだよ間違いない、いま、何も考えてないあの人は衣服を脱ぎ始めてるんだ。 あ、相変わらずそう言うことに無頓着で、無関心なのはわたしが不釣り合いなくらいに幼いから?

 もうすこし、女の子扱いしてくれてもいいんじゃないのかな。

 

「……ばかぁ」

 

 気づけば、そんな言葉がため息と一緒に出ていました。 それでもあの人に進行は止まりません、むしろ脱ぐ速度は早まる一方。 型結びだったタメに時間のかかったはずの帯さえなくなってしまえば、あの道着のような服装だからもう、一瞬のことだったんだと思います。

 ……布がこすれる音、もう聞こえないよぉ。

 

「なぁ、まだかかるんか?」

「…………まだ」

 

 ちょっとまってほしいです……もう、こっちの思考は限界なの!

 

 だって、だってあの頃の小さな姿の時でさえ恥ずかしかったのに、いまはもうお兄ちゃんと大差ない上に、年齢で言えばきっとお父さんと変わりないんだよ!? そ、そんな人には見えないところがあの人らしいっていうか、いつまでも4月の頃と変わらないのは美点というか、かわらないでくれて……よかったというか。

 

「しかたねぇなぁ。 ……オラ、先に入ってるからな、風邪ひかねぇウチにさっさと来いよ?」

「は、はい……」

 

 ……いっちゃった。 もう、後には引けないよ高町なのは、ここが、踏ん張り所だよ。

 

 そうやって自分を鼓舞したところで、待っているのは全裸のあの人……はぁ、こう言うところで度胸がないのは誰に似たんだろう、……ちがうよね、こう言うところで勇気が出せないのは、まだわたしが弱いからだよね。

 

「お兄ちゃんもお父さんも、きっとこういうことを経験して大人になったんだ。 ……わ、わたしだって――」

 

 意味合いはきっと違うだろうし、あの人相手にそんなことしたら大変なことになるだろう……それはもう、よく夏休みのお昼とかで見かけるドラマのようなドロドロとした。 そんなのは御免こうむりたいところなので、わたしはやっぱり大人しく引き下がりたいのだけど。

 ……やっぱり、視線はいつの間にかあの人の方に向いていて。 ……憧れ、こう言うことをそう言うんだろうなぁ。

 

「……お風呂、入ろう」

 

 そういって切り取ったこの後の思考。

 これ以上は考えていても仕方がない。 あたまが理解していても、ココロがそうはいかないのは昔あの人から教わった事。 そのときのあの人が、とっても苦い顔をしていたのはどうしてだろう。 あぁ、きっとなにか間違っていてもそうしないと気が済まない時があったんだろうなと、何となく思ってみたり。

 ……じゃなくて。

 

「お、お風呂、はいるんだよね」

 

 いつまでも考え事に没頭する“ふり”なんかして、今ある問題を少しでも遠ざけている。 わかってる、こんな時間をかけていたっていつかはやらないといけないってことぐらい。

 

「というより、下手をするともっと大変なことになるかも」

 

 ほら、お風呂ってはいるモノなら、最後はやっぱり上がるよね? なら、上がるときには必ず遭遇するわけでその。 しかも相変わらず羞恥心とかがないはずだから、その……まえ、隠すタオルがあの人の脱衣籠に置きっぱなしになってて――うぅぅ……

 

「女は度胸! 高町なのは、レイジングハート、行きます!!」

[Please do your best](頑張ってください)

「がんばる!」

 

 首から下げていたレイジングハートも、いまはカゴの中からそっと応援してくれる。 直接的な物じゃなくって、なんていうか頭の中に響いてくる感じで。

 

 そうしてわたしは、いよいよ脱衣所から出ることを決めました。

 い、いくんだから……まけないもん……あぁでもやっぱり――

 

[Please do your best……Master! It is back!]

「ふぇっ?!」

 

 なんだかわからない力が働いて、尻込みするわたしの背中を誰かが押した気がしました。 自分の意思だろ? 冗談じゃないよ、今のは絶対に誰かが背中をおし……おし……ほぇ……

 

 

 

[Thank you, it seems that determination stuck by favor](ありがとうございます、おかげで踏ん切りがついたみたいです)

「えへへ、そんなことないよ。 ただ、見てて焦れたというか、お兄ちゃん的にいうと――迷うな! 進めッという思いが――――……」

「……あぁッ! こんなところに居やがった! だめだろ、まだオラたちが出てきたらいけねんだ、ほら、さっさと行くぞ」

「あ、見つかっちゃった。 ばいばーい……――――」

[…………That is a master's teacher?](…………あれはマスターの師匠(孫悟空)?)

 

 少女が居なくなった後の幕間に、奇妙な客の通過を許した宝石は、そのまま自身の明かりを小さなものにしていく。 わたしの手助けすらいらなかった……そうやって布団に包まるどこぞの母親のように、レイジングハート、待機モードにてしばし休憩を取るのであった。

 

 

 

 石畳が不規則に並べている。 空は薄暗く見えるココは露天、本来なら女人禁制のここにおいて、いまだ未成熟な肢体が白い泡を立てていくその姿は、一体他人にはどのように映るのだろうか? まず、健全なものが見えないその構図は、どうしてだろう、そこにあの男が絡むと一瞬で。

 

「お、ようやく来たか」

「…………」

「……相変わらずのだんまりか。 まぁ、いっか」

 

 瓦解する。

 少女の眼前に男の背中は在った。 湯船に肩までつかり、今まで酷使してきた体躯()、さらに四肢(武器)をも洗い流した彼は完全に無防備。 首を取るなら今が一番楽な時間帯に、現れるのは。

 

「おじゃまします」

「おう、入ってこい」

 

 小さな女の子。

 彼女は青年とは違い本当の意味で武器がない。 いま、身体を清め、心を癒している途中のそれよりもさらに無防備なのが今の少女。 己が肉体だけが武器だというモノとは違い、彼女の武器は脱衣所に置いてきた脱ぎたてのスカートの上でお休み中。

 

「……」じゃぶじゃぶ。

「ふふふーふふん、ふふふんふーふふん……ふふっふふーふ、ふふっふふーふふん」

 

 ……まぁ、女の武器(ラストウェポン)が無いことはないのだが、なにせそれが効く相手ではない。 なのでいまは、本当の意味で彼女は無防備だ。

 

だからだろうか。

 少女はまだ湯船につかることなく、青年との距離を一定に保ちながら、備え付けのシャワーとセットになっている桶とイスに落ち着くと、そっとボディージャンプ―を泡立てる。

 

 ジャブジャブ、いつまでも続くその音はどれくらい鳴り続けただろう。 ここで少女はやっとその音を止める。 すぐ下を眺め、見つめること5秒。 やっと気づいた己の状態をついつい口にする。

 

「あ、お湯被ってない」

 

 すかさず桶に水を張り、いっぱいにまで溜めると持ち上げる。 グラリと揺れる水面が、己の目の前で弾けると彼女の頭から“冷水”が滝のように打たれていく。 当然。

 

「にゃああああ!?」

「ん?」

 

 上がる悲鳴。

 今は12月の終わり。 外の最低気温は一桁になると言ってもいい、しかも先ほどもあったがここは露天。 瞬間的な体感温度はおおよそ氷点下を下るだろう。 そんなものを無自覚で受け取る少女は。

 

「がくがく……へくちっ」

「おいおい、大ぇ丈夫か?」

「む、むりぃ」

 

 青年の声に即座に折れる。 湯が巻き上がる音の次に、何かが近づいていく水音、その正体をわかりつつも次の行動がとれない少女は既に、事の流れに身を任せていた。

 青年は、そんな少女の気持ちを汲むことなく、備え付けのシャワーのコックを捻る。

 

「ったくおめぇ、変なところでドジなんだからよぉ」

「ごめん」

「……いいけどな」

 

 帰ってきた答えは少なかった。 それでも、いまだされた言葉の裏まで読み取ってしまった少女はうつむきながら、あふれ出る湯水に身体を温めていく。 その間、目の前に当然の如く設置されてある鏡には、茶色い尾が自然に揺れ、彼の心情を文字通り映し出していた。

 

「……なにも、考えてないんだよね」

「なんか言ったか?」

「なんでも。 それより悟空くん、そろそろ大丈夫だから、あの……」

「ん? わかった。 早く身体洗って、さっさと風呂入っちまえ。 風邪ひいたら明日遊べなくなっちまうからな」

「……うん」

 

 交わされる言葉は少ない。 けど、それだけで何を思っているかを掴んだのだろう、青年はそのまま湯船に戻り肩まで浸かりなおす。 その間に少女のほうは態勢を整え、まだ短い手足を泡立てていく。

 

 白い肌をより一層美しく仕立て上げるその様は、まるで彫金師を思せる。

 

 ずっと前の砂漠のオオカミが居ればそんなキザッタらしい言葉も出るのだろうが、そのようなことを言える人物など、この温泉旅館中を探してもいるはずがない。 ここに居る人物は、柔軟成れど硬派な志なのだから。

 

 身体を洗い、今度は髪を泡立てはじめた少女はそのまま、青年に意識を向ける。 先ほどから緊張感のかけらすら感じない彼に若干膨れ面。 それでもと、思った質問をありとあらゆる角度で厳選して、見つめ、もう一回選び治して。

 そんなことを繰り返しているうちに、桶で頭から湯をかぶっていた彼女は、ついに青年に質問を投げかける。

 

「悟空くんの息子さん……いま、いくつなの?」

「ん? 悟飯のことか?」

「う、うん」

 

 それは、きっと彼女が避けていた会話。 それが上がろうとするたびに彼に噛みつき、どこかへ避難していたのは言うまでもない。 けど、どうしてか今になってそれを聞いたのはどのような心境か。

 気になりつつも、一度だけ振り向いた青年はそれでも視線を戻す。 いま、聞かれた話に戻るように。

 

「いまは……そうだな、15くらいかな」

「そ、そんなに?」

「んまぁ、実質的な時間ていうかさ、他の奴からしたら1歳くらい低いはずなんだけど、そこらへんはいいかな」

「?」

「前に言ったろ? 精神と時の部屋」

「あ、うん。 4月の時のアースラに乗ってた時のもっとすごいバージョン、だったっけ?」

「そう。 下界での1日が、その部屋では1年になるっていうやつだ。 そこでオラたちは1年くらい修行してたかんな、だからよ、結構歳数えるのが面倒くせぇんだ」

「そっか……」

 

 正直に答えた、カレ。

 そこに、聞かれた覚えのない補足を入れたのは、おそらく今までの失敗を改めたからか。 青年の秘かな成長に、それとなく気付いた少女の質問はさらに進んでいく。 湯船が、少し揺れた。

 

「わぁ、あったかぁい」

「奥の方が結構深いから気を付けろ? おめぇの背丈じゃ頭まで沈むかもな」

「うん、わかった」

 

 少しだけ離れた距離。 人ふたり分といったその狭間で、彼女と彼は同時に空を見上げる。 茜色が消えかかり、闇が全てを喰らい尽くす空模様。 雲一つなく、空に上がるのは温泉の湯煙りだけという光景は、そこにいる者たちの肺から空気を自然と吐き出させる。

 

 何もない。

 腹に抱えた感情を出されてしまいそうな感覚に、少女の肩の荷はひとつ、どこか知らない場所へと置いて行かれる様だった。

 

「あの、悟空くんっていつからその、結婚、してたの?」

「んー二十歳ごろか?」

「どんな感じ?」

「どんな? かぁ。 そうだなぁ、結婚するって決めたのはたしか……はは、そういや天下一武道会の真っ最中だったな」

「え! 大会中?!」

「そうだぞ? ほら、16の頃だったっけか、ピッコロが出てくる天下一武道会目指してたろ? 第23回くらいの天下一武道会だな。 そん時にいろいろあったんだ」

「へ、へぇ……」

 

 聞かされた事実はなんだか想像がつかない。 けど、戦いの中で恋を飛び越えた彼はなんだか“らしい”と感じた少女は、やはり彼の事をわかっているのかもしれない。 驚きは、次第に無くなっていく。

 

「んでまぁ、そっからはいろいろあってな。 一回死んだのは覚えてるだろ?」

「うん……たしか」

「あぁ、オラの兄貴って奴。 そいつに勝てなくてさぁ、悔しかったなぁあんときは」

「……」

 

 初めての死、初めての完全敗北。 逆転の余地もなく身を投げて宿敵に託した勝利の先には、やはり戦いが待っていた彼。 それを、かつての修行中に知っていたなのはの表情はやはり硬い。

 兄弟。

 自分にもいるそれはあたたかいモノ。 けど、彼のもつソレは、酷く自分から離れた異常で歪なつながりともいえない存在。 少女は、気付いたら湯船の中で手を握っていた。

 

「いろいろありすぎて、結局アイツには父親らしいことはしてやれなかったなぁ」

「そうなの?」

「あぁ、出来たことと言えば……オラよりも強くしてやれたくらいかな」

「え!? 悟空くんよりも?」

「そうだぞ。 よく言うだろ? 子は、親を超えるって……あれは、うれしかったなぁ」

「うれ、しい?」

「あぁ」

 

 自分を超えられた、そのことがうれしいと言った彼を少女は理解できなかった。 一番はうれしいもの、それは争い事が嫌いだった彼女ですら理解できるもの。 なのにどうして――――

 

「…………へへっ」

「……ぁ」

 

 聞こうとしたけど、それは叶わなかった。

 

 本当に、本当にうれしそうに笑ったのだ、彼は。 空を見上げて、黒い瞳を輝かせ、半円を作った口元のそれはまさしく満面の笑顔。 そんな輝きを見てしまったら聞けないではないか。 そう、心でつぶやいた少女は、そこから先を聞くことはなかった。

 

 でも、そんな少女を気遣うかのように、ついに青年から口を開く。

 

「オラな、本当なら闇の書の件が終わったら、ドラゴンボールつかって帰るつもりだったんだ」

「……うん」

 

 それは、何となく想像していただろう少女の声が低い。

 

「前に言ってた人造人間、アレ、何とかしないといけなかったかんな」

「うん」

「けどな、まえにも在った……なんていうかなぁ“おもいだした”事なんだけどさ、実はもう、そう言うのカタが付いちまっててさ」

「……え?」

「急いで帰る必要、なくなっちまったんだ」

「そう、なの?」

「あぁ」

「で、でも悟空くんの家族は――」

「…………」

 

 少しだけ苦い顔。 けれどすぐに戻った顔に、少女は何となく首を傾げる。 声を掛けよう、そうおもった矢先にかかるあたまの加重。 それを、確かめた時には。

 

「気にすんな。 言ったろ? しばらくはオラ、おめぇたちの面倒を見るって。 それに向こうはもうオラなんか居なくても平気さ! 悟飯はもうオラよりもしっかりしてるし、ピッコロもいる、それにいざとなったらベジータだってきっと力を貸してやるはずだ」

「そう言うことを言ってるんじゃ――」

「なんだ、オラに向こう行ってほしいんか? まだ修行も半端なのによ」

「え、あ、その……それは」

「なら、もう少しだけおめぇたちにチョッカイ出させてくれ。 オラ、今結構たのしいんだ」

 

 本当に遠い空を見上げる彼に、ただ、なすがままに頭を撫でられていた。 切れもなく、本当に無造作なそれは少女の考えを頭ごなしにかき消していく。 これ以上、世甲斐なことを考えさせないと言わんばかりに。

 だから、どうしてだろう。 彼女はこれ以上聞くことをしなかった。

 

 これよりも、聞かなければいけないことがあったはずなのに。

 

 聞かないと――――後悔する出来事をこの男が秘めているの悟ることさえできないままに。

 

 

 湯温、41度の弱酸性の淡い色。 そこにつかる戦士と魔法少女は、いま、半年以上の戦いの疲れを掻き落とすのでありました。 見上げなおした空に、流れる輝きが二つ。 世にも珍しい重なり合う流星を見守りながら……

 

 

 

 

 

「ん?」

 

 

 

 

 

 見守り……ながら?

 

 

 

「悟空くん? ……きゃあ!?」

「おっとと、すまねぇ……っ」

 

 いきなり、立ち上がる戦士。 彼は先ほどまでの青年の顔を仕舞い込むと、そのまま夜空をひと睨み。 茶色の尾を揺らし、瞳を鋭く光らせると姿を消す。

 

「え? ど、どこに行っちゃったの」

 

 不意に消えた彼に、先ほどの言葉を胸に携えたままの少女はあたりを見渡す。 酷く心を支配するくらい感情は、彼女自身にもわからないモノ。 見えない、居ない。 それだけで心がくじけそうになる……のも一瞬であった。

 

「わりぃなのは、オラ少しだけ出かけてくる」

「ご、悟空くん?!」

 

 かかってきたのは奥の脱衣所から。 いつの間にか着込んだ山吹色の道着が夜空に舞う。 一瞬で終えた戦闘態勢に、少女……高町なのはが不自然だと心の中で警鐘(けいしょう)を打ち鳴らしていく。

 伸ばしたのは手、震わせたのは喉。 そのすべてを、彼に向かって射しのばしていくと――――

 

「大丈夫だって、すぐ戻るからよ」

「ホント?」

 

 彼は笑う。 いつもの笑顔だ。

 無理なく、合間もなく、何も考えていないその返答は、彼が嘘を言ってない証拠。 それを感じ取るとなのはは湯船につかりなおす。

 

「そうだなぁ、そのまま肩まで使って100数えてりゃあ済んじまうはずだ。 だから大人しくしてんだぞ?」

「……約束だよ?」

「あぁ。 ここに来て、一応まだおめぇとの約束は破ったことはねぇからな。 任せとけ」

「……うん」

 

 飛び去る瞬間に交わした約束をせに、孫悟空は不可視のフレアをまき散らせて空を飛び去る。 その眼前に映り込み世界は真っ暗だが、感じる世界はどこまでもクリア。 目指すはいま掴んだ二つの違和感。

 彼は、夕暮れを超えた夜空を飛翔していく。

 

「最初はシグナムとフェイトあたりが夜稽古してんだと思ったけど、あいつ等にしちゃあ魔力や気が低い。 けどなんだ? この感じ、今まで戦った“マドウシ”連中とは感じが違う。 戦ったことがねぇ“質”の気と魔力だ」

 

 目標まではおおよそ2キロ半。 しかし100万キロを3時間で飛行したことのある悟空に取っては、目と鼻の先ですらない。 瞬間移動を使うリスク……危機の突発的な遭遇をわかっているが故の判断は、彼にしては途轍もない慎重さだろう。

 

 そうして飛んだ先、そこに在ったのは……ただの雑木林だ。

 

「なにもねぇ、いや、微かに魔力が残ってやがる……さっきまで誰か戦ってたな?」

 

 何もない、戦闘痕。 見れば見過ごしそうなそれは、肌で物事を感じ取れる彼だからこそできた発見。 そんな、世界のどこを探しても異質な戦士がどう映ったのだろう。

 

「……っよ」

「……本当に避けた」

 

 孫悟空の右側頭部を通過する何か。 それを確認するでもなく、首を振って交わした後に響く衝撃音。 倒れる音は背後の樹木。 盛大な音を立てて崩れ去っていくそれを見ることはしない。

 彼は、今飛んできた“光弾”の主に……視線を飛ばす。

 

「なんだおめぇいきなり、なにモンだ」

「…………」

 

 それは、暗い夜では分かりづらかった。

 

 服装は旅人がするようなフード姿。 全身像が分らないその者に対して、悟空は素早く“認識”する。 完全なるロックオン……それに相手は気付いていたのだろうか?

 

「……覇王、いまはそう呼んでください」

「変な名前だな、王子ってやつの親戚か?」

「さぁ、どうでしょう」

「…………」

 

 颯爽と自身の“名”を告げるソレは、悟空との距離を開けるためだろうか? 後方へバックステップ。 大体にして3メートル分のそれは。

 

「おめぇ、今の動きから見るとオラと同じ武道家だな?」

「……さすがですね、“全盛期”のあなたにはやはりひと目で見破られましたか」

「??」

 

 まさしく悟空の距離と言っても差し支えない距離感だ。

 そのあとに聞こえてくる単語は良くわからない。 しかし、やろうとしていることなら。

 

「どうでもいいか。 おめぇ、オラと戦いたくてウズウズしてんだろ?」

「……っ」

「隠すなって。 さっきから呼吸が上ずってんの丸わかりだぞ? 緊張するってことは、オラとそんなに戦ってねぇ奴だな……フェイトたちの悪戯じゃないと見た」

「…………」

 

 ――――まぁ、気で丸わかりだけどよ。

 

 などと呟く彼の独り言が静かに空気へ霧散していく。

 にじり寄るのは相手の方。 悟空は構えない――――

 

「来いよ、取りあえずおめぇのやりてぇことさせてやる。 そしたら事情ってのを聞かせてもらうかんな」

「この人は……この“とき”でさえ……」

 

必要がないと判断したからだ。

 

「へへ、そんじゃいっちょ挨拶と行くか。 この間な、シロウやシグナム達に言われて、ちぃと真似してみようと思ったんだ」

「?」

 

 手を合わせる。 両手の平を胸元で合わせたそれは合掌。

 すかさず右手を握る打ち鳴らすと、空気を震わせて木の葉を散らせる。 彼は、視線を相手にぶつけると……遂に言う。

 

「亀仙流、孫悟空――いっちょ手合せ願うぞ」

「……ここで名乗りですか。 敵いませんね、ここまでもいっしょだなんて」

「?」

「…………」

 

 フードの相手は沈黙。 するかと思った矢先に、どういう事か、悟空と同じ構えを取る。

 

 

「覇王流、“アインハルト・ストラトス”……推して参ります」

 

 

 その声は、今にして思えば途轍もない可憐さを含んだものであった。

 

 悟空は知らない。

 今、このモノが発した名が、どれほどにありえなく、矛盾したモノなのかを。

 

 いま、この世界に起こってしまった事変が、彼にどのような問題を提示しようとしているのかを。 ……世界をこえ、次元すら超えてしまう戦いが今、その序章を駆けだそうとしていた。

 

 




悟空「おっす! オラ悟空」

???「せい、はぁ!!」

悟空「突然感じたわけのわからない二つの気。 それが気になって様子を見にいったオラは、……ハオウと名乗る奴に勝負を挑まれた」

???「く、付け入る隙が見当たらない。 ……さすがは全盛期」

悟空「よ、ほ――へぇ、気を感じ取って相手の先の先を読むことくれぇは出来るみてぇだな。 けど――」

???「フェイント?! ざ、残像も!!」

悟空「さてと? こいつがいろいろと気になることを言いはじめようとしてっけど、今は聞かせてやれねぇ」

???「せ、せめてあの赤い術を使わせるくらい――私はッ!」

悟空「よし、そんじゃ次の話までしばらく揉んでやっか。 おーい、気が済むまでオラにぶつかってこい? 疲れたら”そこに居るもう一人と”変わってやるからな」

???「覇王流――はぁ!!」

悟空「聞いちゃいねぇや……まぁ、いっか。 そんじゃ次回――よ、っほ! いいぞ、だんだんオラの動きを読めるようになってきたな……次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第57話 覇王、アインハルト・ストラトスの惨状」

???「届け……争天の果てまで!!」

悟空「……」

???「とどけぇえ!!」

悟空「……へぇ、案外やるもんだな。 おっと、感心してる場合じゃなかったな、続きは次回、メシ、食ってからな! じゃなぁ!」



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第57話 覇王、アインハルト・ストラトスの惨状

今回、覇王アインハルト登場間もなく、彼女に凶刃が襲い掛かる。


未来で何があったんだという質問にはお答えできそうにないので、そこらへんは流しながら見てもらえると幸いです。 リりごく、57話です。


 

 

 景色は暗闇、場は林。 茂る草木は彼らの足元を覆い、高速の動きを阻害しようとしている。 しかしそれでも彼らは速い。 強く唸らせた拳と蹴りとが、真空波すら作りながらお互いに凌ぎ合っていく。

 

 片方が伏せる、その瞬間に来た振動波は大気を揺らし雑木林が蓄えた木の葉たちを大きく散らす。

 片方が身を反らす。 そのあとに来た衝撃波が、舞い散る木の葉に当たり……一枚のそれは、何事もなく2枚へと変わっていく。 自身が、半身に裂かれたという事にも気づかないほどの速さで。

 

 空気が揺れること3回。 その間に上がる声は酷く甲高い。 それは、片方の人物では決して上がることがない、というより出来ない代物である。 なぜならそれは――

 

 

「はぁぁぁぁ」

「……」

 

 演武の末、ついにとった距離は大体2メートル半。 二歩踏み出せば蹴りが届く距離だ。

 片方……フードをかぶり、素性がわからない者が地面を踏みしめる。 大地から力を受け取るかのように姿勢を低くすると、そのまま右こぶしを引きつける。 溜め、それ自体が圧倒的な隙であるものの、相手に死を呼び込むための罠でもある。

 来い。 そう言わんばかりに構えたフードの者は、しかし相手の反応に。

 

「…………ノーガード!?」

「……どうした? 来いよ」

「ッ!」

 

 噛みしめる。

 

 なぜあんな風に余裕を持てる? 一瞬の憤りは、だがすぐに冷めていく。

 

「わかりました。 それならばその誘い、乗らせてもらいます」

「あぁ、ドンとかかってこい」

 

 相手の力量はなによりもわかっている。 フードの向こうで引きつる表情を隠すかのような返事に青年……孫悟空は静かに尻尾を揺らす。

 

「……行きます!」

「……っ」

 

 互いに跳ぶ。

 着地と同時に合わせた視線、その距離およそ20センチ。 ほとんどゼロ距離の底で行われるのは……壮絶な陣地取りであった。

 

「は!」

「ふっ」

 

 フードの人物が右足を蹴り落とせば、悟空の身体は横を向き躱す。 地面にクレーターが小規模で作られるとそのまま作り主は上体を曲げる。 ……見せた背中に、風が通り抜ける。

 

「はい!」

「よ」

 

 フードがマントのように翻る。

 繰り出した水平蹴りを垂直跳びだけでかわす悟空はそのまま右足を振りあげる。 見えたひざ裏は攻撃のチャンス? ……いいや、そんなことを考えている暇があるのなら……

 

「くっ」

「ちぇ、おしい」

 

 さっさとその場から離れるが吉だ。

 本当に斧のように振り下ろされた悟空の足刀。 空を切り大地を断つが、フードの者はなんとか存在を保っている。 躱した、そう見るや否や彼は拳を……

 

「は、はやい?!」

「だだだ、だだっだだだだぁぁぁあああああ!!」

「うぐっ?!」

 

 一斉に打ちだしていく。

 マシンガン? いいや、ショットガンのように合間無く飛んでくる攻撃。

 しかしこのまま彼らの距離が開くことはない。 風が旋風となり、やがて台風と変わるように、彼らの戦いは熱を上げていく。 フードの者は、足さばきだけで横移動。 すぐさま足を上げ、振り下ろしたはずの脚をそのまま地面につける。 先ほどの意趣返しのようなカカト落としは。

 

「――いまのは惜しいな」

「……なんて鮮やかな“残像拳”」

「……ん?」

 

彼には届かない。 と、踏み荒らされた地面をさらに蹴るフードの者は、そこから拳を自身にひきつける。 先ほどから足での攻撃が主体になっていた理由が今、明かされる時が来た。

 

「まだです――――覇王流」

「!」

 

 初弾から気にかけていたはずの存在、フードの奥から見えていた右拳が眩く輝き始めた。 本当に一瞬だけそれを見過ごしていたのは悟空。 彼は避けた態勢をそのままに、相手が放とうそしている攻撃に、備えることなく対峙してしまう。

 

「断」

 

 手のひらを上に、そのまま握りこぶしを作ったそれをわきに控えた構え。

 

「空」

 

 左拳を一気に引き、同時、撃鉄を落とされたかのように……

 

「拳――――ッ!!」

 

輝きが射出されていく…………悟空は、まだ動かない。

 

「…………」

「……………………」

 

 舞う、土煙。

 打ち出された輝きの正体は、フードをかぶった者の渾身の右拳。 コークスクリューを入れ、貫通力を高めたそれは相手が相手なら必殺の一撃となる……なるのだが。

 

「……へぇ、いまのは中々よかったぞ」

「さすが……ですね」

「ん? まぁな」

 

 完全なタイミング……そう思っていた。

 是非もない威力を持たせた……自分の力などこの程度。

 彼の影を追うように、動きを捉えていた――――筈だった。

 

 なのに今穿とうとした攻撃は、有ろうことか片目ウィンクを決めている青年の側頭部を見事に通り過ぎてしまっていた。 ……来るはずの衝撃ですら無効化されて。

 

「気を瞬時にあげ、そのまま全身を覆っていた防御の魔法ごと相手に撃ち出す。 捻った手の動きに合わせて、魔力と気が渦状に飛んできたもんだからなかなかの威力だなこれは……あーあ、後ろの木が全滅だぞ」

「……」

「しかしどうしたんだ? なんだか全然安定してねぇって言うか……気と魔力の上がり具合がまったくなってねぇ」

「そ、それは……」

「それは?」

「つい最近、考え付いた改良版だったから……未完成なもので」

「そうかぁ、だからか」

 

 始まる考察の時間に、ついに戦闘の意識すら削られてしまう。 あっという間に呑まれた空気を背に、フードの者の視線が右往左往……定まらない。

 

「どうした? 急に落ち着かなくなって」

「いえ、あの……こうやって見上げながら師――けふん……貴方と話すのは初めてでしたので」

「…………そうか」

 

 最初から、おめぇと話すのは初めてだ……などと言わない悟空は、そっと視線を余所に送る。 その先はまだ無事な雑木林、ざわざわと音を鳴らすと、まるで何事もなかったかのようにその場で佇む。

 しかし、それでも悟空の目は鋭く、“それ”を射抜く。

 

「そこに居るのは分ってんぞ。 気を押さえているつもりだろうが、基本が成ってねぇ。 ざわつきが抑えられてねぇぞ」

「ッ?!」

「す、すごい。 あの人の気配遮断をあまいと……やはり本物」

 

 射抜いた先で木の葉が揺れる。 宙を舞うそれが地面に降りた時、黒い髪が悟空の視界に映る……それは、やはり彼の知らぬ人間であった。

 

「…………こ、こんばんは」

「おんな?」

 

 身長160センチあるかどうか。 髪を左右で束ねたそれはフェイトを思い出させるのだが細部が違うと切って捨てる。 それに何より色が……悟空のそれとまったく同じなのだ。 どこまでも、何よりも深い色……黒。 その色が、夜の闇より深い光を悟空の目に映し出されていた。

 

「ホンマにおおきいなぁ。 クウちゃ――あわわ、ちがった。 ご、悟空さんって」

「??」

 

 何となく、馴れ馴れしい。 それが悟空の第一印象だ。

 

 後頭部で汗をかき、右手でかくこと3回くらい。 彼は足元から頭の天辺まで黒髪の女……少女を確認すると、視線を横にずらす。

 

「するってぇと、もしかしておめぇも女か?」

「フード越しでよく……」

「匂い、だな」

「……に、におい?」

「あぁ、においだ。 これは男のモンにしちゃあ随分と甘ったるいからな」

「そうなんですか……」

 

 野生児感覚はいまだ健在。 サイヤ人が本来備えない超感覚を前に変装など無意味。 また一つ知った孫悟空という男の凄さに、黒髪の少女は目を輝かせ、フードの者は後ずさり……

 

「んまぁ、さっきのパンチの連打が胸に当たった時に確信を得たんだけどな」

「~~ッ!?」

「はは、すまねぇ」

 

 しようとして、身体を大きく震わせる。

 一緒に震えている拳は何を物語っているのか? それは孫悟空にもわからない乙女の心内であろう。

 さて、ここに来てようやくフードの中身を女と断定したところで、その者は被り物に手をやる。 なぜ今まで? ……そう言った疑問を押し出すことがなかった悟空を前に、いい加減、次の話題へ進めたかったのだろうか。 特に躊躇もなく、それは全身を覆っていたフードを取り払う。

 

「…………ふぅ」

「ん」

 

 その第一印象は……

 

「ダメだな」

「はい?」

 

 否定の一言。

 まさか彼のめがねにかなう……というより、彼自身にそんな“メガネ”などというものが存在していたのか? そのような表情をするのは悟空の眼前に居る少女二人。 彼女たちは、まるで豆鉄砲を喰らったような顔をすると。

 

「オラの知ってるやつじゃねぇ」

『ですよね?!』

 

 悟空の一言に、やはり大きなため息を吐くのであった。

 

 

 

「さてと、ようやく顔見せてくれたけど」

「…………」

「おめぇたち、なにもんだ?」

 

 風が吹きすさび、悟空の独特のウニ頭が揺さぶられること数秒。 その間に揺れる少女達の綺麗な髪は、長い。 まるで彼女たちの生きた年数を代弁するかのような長さは、しかしそんなこと悟空は知らない。

 彼は、そっと二人を見ると、すぐさま視線を固定する。 ……そこは、先ほどまでフードを被っていたモノとは別の、黒髪の女の子の方であった。

 

「え、ウチですか?」

「あぁ、こっちのヤツはさっき教えてもらったかんな。 まだ、おめぇの名前きいてねぇやって思ってよ。 差し支えなけりゃ、おしえてくれ」

「……さしつかえ?」

「あぁ」

 

 めずらしい彼の気遣い。 そこから何を思ったのであろう。 黒髪の少女は小首を傾げ、それなりに高い背丈の悟空を見上げる。 何となく、餌を貰う寸前のリスか何かを思わせる仕草は、当然悟空には……効かない。

 うなずいたままに彼女を見下ろす悟空は、もう一度だけその少女の全体像を確認する。

 

 流れるような黒い髪。

 二つに分けられたツインテールは、歳の頃を思い起こさせる。

 黒を基調とした……おそらくBJ(バリアジャケット)だと見える衣服。

 か細そうで、その実締まるところは締まっている肉体。

 出るところは“それなりに”出ている発育具合。

 

「悟空さん、それはセクハラや」

「なんのことだ」

「いま、ウチの事変な目で見た……」

「そうか? そんなつもりねぇんだけどな」

 

 etc.etc.……とにかく、やはり見れば見るほどに分らないその人物。 だが、それ以上に気になるのは、先ほどの発言。 しかしそれをしつこく言う悟空ではない。 彼は静かに、何も強制使用ともせず、少女の返答を待つばかり。

 ……自身の背後から出る、茶色い尻尾をユラユラと動かしながら。

 

「……まぁ、ええかな。 それよりも自己紹介、おそうなってごめんなさい。 ウチは“ジークリンデ・エレミア”言います、よろしくお願いします」

「ジーク……見た目女なのに男みてぇなやつだなぁ」

「あはは……“また”言われてもうた」

「??」

 

 そのときの反応が、どうにも年上に対する少女とは思えなかった。 ……高町の長男が居ればそう言ってくれたはずだろう。 悟空が感じた違和感と言えば、先ほどから聞かされる彼女たちの“また”という言葉。

 彼は能天気でいい加減だが、馬鹿で考えなしというわけではない。 またというのは過去になにか同じことがあったという事、そう一瞬で考え付くと……少しだけ心当たりに遭遇する。

 

「……まさかな」

『はい?』

「いや、なんでもねぇさ」

 

 そんなことはないと、少しだけ迂闊な考えで憶測を消し去る。

 

「ジークリンデに……アインハルトだっけか? とりあえずおめぇ達がオラに用があったのはさっきの“挑発”でわかったんだが、おめぇら、なにがしてぇんだ?」

「それは――」ぐる

「ん?」

 

 聞こえてきたのは小さなため息。

 その正体が漠然としすぎていて、思わず悟空は耳を澄ませる。 ……いまのは、何の音だったのだろうか。

 

「ご、悟空さん?」ぐ、ぐぅ

「……ま、まさか――」

 

 ここで、ようやく彼が心当たりにたどり着く。

 

 彼女自身。 ……先ほどまでフードを被り、ようやく姿を見せた銀がかった緑の……碧銀の髪を左右から流した彼女、武装のような服装はやはりBJなのだろうと思う一方、そんな強固さを誇る衣服から聞こえてくる間抜けた音に、孫悟空は全神経を研ぎ澄ませ。

 

「あ、あの……悟空さん?」ぐぎゅるる

「なぁ、おめぇ」

「はぁ……?」ぎゅるるっる

「く、くくっ――」

 

 声を漏らしたのは誰だったか。 分らないモノをそのままにしつつ、悟空はしばし夜空を見上げる。

 

「あの?」ぎゅるる……ぎゅる

「はぁ……しかたねぇなぁ」

 

 すぐそこから聞こえるBGMは本当に呑気で間抜け。 自身もこんなものだろうと、どこぞの灼熱剣士は突っ込むだろうが居ない者はいない。 とにもかくにも孫悟空は音の主へと視線を飛ばし、近づいていく。

 

「ほれ、行くぞ」

「……はい?」

「ここじゃ話しすんのもアレだからな。 ちょうど、近くで寝泊まりしてんだ、ちょっとこいよ」

 

 差し出した手を掴まれる感覚。 それを握り返して笑いかけると、異音の主……覇王と言った彼女が悟空の前に立つが、その姿はどこか遠慮があり……

 

「え、でも……」

「えぇやん、お世話なろ? どうせここで頼りになれるの、悟空さんしかおらへんし」

「そう、ですね」

 

 次いで出された黒髪の娘、ジークリンデから出てくる説得にも近い結論を受け、彼女の遠慮は薄れていく。 そうして、悟空の方を向き、しかしそっと視線をずらすと……

 

「よろしくなっ、はは!」

「う、うぅ」

 

 ずらした視線の先に、山吹色の道着がひとつ。

 高速のシフトウェイトによる軸移動は、覇王…アインハルトの視野から悟空を押し出すことを許さない…彼女は、そのことを今の動作で悟るとすぐさま向き直り。

 

「よろしく、お願いします」

「おう」

 

 若干震えた声なのはやはり悟空に対して思う事でもあるからか。 遥か昔より畏れられてきた闇の書を、そもそも物理的に葬ってしまった生身の武は、おそらくこの次元世界(なのはたちのせかい)では頂点に君臨し、誰も彼をも寄せ付けない。

 そんな人物に声をかけ、返事をされ、あまつさえ拳を交えたのだから緊張は最高潮と言ってもいいだろう。 ……けど、彼女のこの反応は果たしてそのようなものだと推測していいモノか。

 

「……えへへ」

 

 それは、ジークリンデと名乗る彼女にも、実はわからない感情なのであった。

 

 黒髪の娘は、ただ、朗らかに笑顔を咲かせるのであった…………悟空に向けて。

 

 

「うっし! 行き場は……あ!」

『?』

 

 少しの間があり、夜空が色濃くなりつつある時刻。 既にあたりには晩を告げる誘い香が立ち込め、最強戦士を魅力的な世界へと誘惑し始めていた。 しかし、それでもだ、この男は先ほどまで何をしていたか……思い出したときにはもう。

 

「やべぇ。 ………………なのはのことすっかり忘れてた」

「た、高町…なのはさん…?」

「……あのエースオブエースとは、この時点で関係が…………」

「ああぁぁああああ、アレからどれくらい経った?! アインハルトとはそんなにやりあってねぇはずだからまだ“100”は超えてねぇと思ってたけど……ま、まずい! 早く戻らねぇと」

 

 かなり手遅れなのかもしれない。

 けど、それでもあきらめるという単語は彼になく。

 

「え?」

「ちょ、悟空さん!?」

 

 驚く少女達をしり目に、やや強引につかんだのは悟空の手。 見た目に違う硬さと温度に心臓が跳ねたのは誰だったか……それでも気にせず彼は、自身の指を二本だけ伸ばすと、目つきを鋭くする。

 

「なにを、して……」

「見たことない構え……いったい何を」

 

 その、あまりにも研ぎ澄まされた精神集中におののく少女達。 今の彼を大げさに例えるなら大海のさざ波。 的確に例えるなら茂る林の如く……とにかく、本当に静かなのだ。 先ほど狼狽えていたのが嘘だと思えてしまう彼は――

 

「居た! なのはの気だ」

「?」

「気……戦闘をしているわけでもない人を探知できるの? この姿の彼は」

「おめぇたち! オラに捕まっとけよ、行くぞ!」

「いくぞ?」

「どこに……?」

 

 不意に活発となっては…………――――少女達に見せる景色を――――…………一変させる。

 

「…………え!?」

「幻影魔法? ……ちがう! 確かに場所が変わった!!」

 

 感じるのは、ほのかな湯煙の温度。 視界を覆うそれを一瞬で現実だと判断した少女達は此処で初めて、この男、孫悟空をまじまじと見る。 身長にして176センチ、体重はあの筋肉量から常識的に考えて80、90はあってもおかしくないだろう。 けど、それを感じさせない軽やかさで佇む彼は、おそらく自分たちの知っている法則とは違うモノに則った重さなのだろう……

 

 ……関係ないことまで至った時だ。 いま、ようやく自分の身に起こった事を。

 

「……悟空くん?」

「は、はは……わるかったな、結構、待たせたみてぇで」

「それはいいけど、どちらさま?」

『…………これは、なんと……』

 

 理解させられた。

 

「ち、小さくても何となく面影がある。 ……まさかこの人」

「高町なのはさん……!?」

「え、え?」

「ん? おめぇたちなのはの事知ってんのか? はは、おめぇ随分と有名人じゃねぇか」

 

 覇王少女一行の眼前には湯の原が広がり、そこにつかる一人の少女はこちらを見上げ小首をかしげている。 120程度の身長のせいで解りづらく、下ろした栗毛色の髪のせいで本当に一瞬だけ理解が及ばなかった。

 

 でも。

 

「すっかりのぼせそうじゃねぇか。 いくら入ってたんだ?」

「うんとね、270までは数えてたんだけど、そこから先はもうクラクラしちゃって……にゃはは」

「もうあがっちまおうな。 オラに捕まれ、脱衣所まで連れてってやる」

『…………こ、このやり取りは間違いない――』

 

 何となく広がる悟空の朗らかなリズムを前に、いや、栗毛色の髪を持つ少女を扱う男を見ていて、目の前の少女が“本当”なのだと理解させられていく。 それと同時に、覇王たちの顔色が青に染まっていく。

 

「ひ、ひとりでできるよぉ……はずかしいから、あのね――」

「なにいってんだよ、脚ふらついてんじゃねぇか、我慢しねぇで捕まってろ」

「…………はぁい」

「ハルにゃん、どう思う?」

「え? ……彼に対するあの甘え方は間違いなく高町なのはさんに違いないでしょう。 けど、悟空さんはともかく、あの人が小さいという事はおそらく」

「そうやね、そう考えるのが妥当なんやろなぁ」

『……困った』

 

 姿かたちが変わると“いうらしい”孫悟空はともかく、今ある高町なのはの姿を見せられた二人は、心の中で膝をつく。 あぁ、何という事だ、街並みだけでは信じきれなかったマサカが、本当の事だと裏付けされてしまったのだ。

 嘆きたい……身体が絶望に染まるものの、心が訴えかける。 ここで、大きな声を出すのはマズイ、と。 思考と行動の逆転現象は誰のせいか……わからぬままに――

 

「そうだな、まずはおめぇたちには“事情”を話してもらわねぇと」

「そ、そうですね」

「あとで教えてもらうからすこし待ってろ! オラなのはの面倒見てやったら、すぐ戻って来るからよ」

『は、はい』

 

 大声での注意にすぐさま返事をして。

 

「よぉし、よしよし。 はい! ばんざーい……」

「は、はーい……」

「………………っ」

「ハルにゃん、今、うらやましいなんて思た?」

「そんなこと――ない、はず……です」

「……そやねぇ、悟空さん、優しいし強い――」

「関係ありませんッ!」

「おーい? どうかしたかー?」

「なんでもありません!!」

 

 もう、何が何だかわからぬと言った感じに目を回し始めたアインハルトは、BJもそのままに、発声だけでそばの湯船を揺らすのでありました。

 

 

 それから数分が立ち。

 なのはを浴衣に着替えさせ。 それと一緒に悟空も同じく浴衣に、さら若干のぼせていたなのはを5階の高町家の部屋に連れていくと……――――

 

「――――……わりぃ、遅くなった」

『!!?』

 

 脱衣所で待っていた二人にかけられた声。 空気を裂く音のすぐ後に聞こえてきたかと思い、後ろを振り向くと居たのは背の高い男。 白地に青い湯煙のシルエットが数か所に散りばめられた浴衣を着こなし、青い帯で全てを引き締めては彼女たちに笑いかける。 彼は、ようやく彼女たちに向き合うことになった。

 

「ちぃとキョウヤに説教喰らってたら遅くなっちまっただぁ―はは!」

 

 その後頭部に、赤々と輝く“こぶ”を携えながら、であるが。

 

「さてと、おめぇ達のことだが、気になることはやまやまあるけど……それより先にやらなきゃなんねぇことがある」

『…………』

「おめぇたち、“どこから”きた?」

「どこから、ですか」

 

 アインハルトは此処で考えるそぶりを見せていた。

 どこ、と聞かれれば答えられない訳じゃない。 例のあそこはおそらく悟空の知り合いならば……などという呟きを残すこと数フレーム。 彼を前に、やはり嘘を言うことは得策ではないと、首を縦に振ったのは自然な流れであったろう。

 そんな彼女がどう映ったのか、悟空は少しだけ。

 

「突然この世界に現れたからなぁ。 近くの場所から転移したって風な現れ方じゃなかった。 なにせ感じられる範囲で気を見かけなかったし」

「……」

「何となくオラの事とかの細けぇこと知ってるとこ見るに、実はおめぇも“20年後の世界からやってきた、アインハルトです”――なんて言うんじゃ……そりゃねぇか、ははっ!」

「……! ……14年です」

「…………………え?」

 

 言った冗談に、今度は彼自身が固まりつく。

 

「さすが師匠、何もかもお見通しなんですね。 そうです、わたしたちは今から14年後のミッドチルダから偶発的に飛ばされたらしいのです。 ……先ほど、ゴミ捨て場に置いてあった新聞紙を見た時は驚愕しました」

「……は、はは。 オラ、冗談のつもりで言ったんだけどな」

「え?」

「いや、だってよ」

 

 そんな回答、普通じゃありえないのだから。

 

 そう言う思い半分、しかし、彼の中の常識はこの程度――いや、そもそも普通の常識で動いている世界で戦い抜いた彼に、この話で極上の驚愕などありえない。 心は確かな波紋に揺れるモノの、彼は小首を傾げ、考える。

 

「14年かぁ。 するってぇと、その年になってもまだオラはここら辺でウロチョロしてんだな?」

「は、はぁ」

「そうか、まだオラはあいつらの世話、焼いてんだな」

「悟空さん?」

 

 感慨、ふけって見せる彼は本当に穏やか。 でも、その姿にどうにも釈然としないのはやはり少女達。 なぜなら。

 

「悟空さん信じるん? 今の話、かなり突拍子やけど」

「ん? なんだ、ウソなんか?」

「ホントや! ホントの事なんや、ここに突然放り込まれて困っとるんや――」

「なら、助けてやんねぇとな」

「あ、はぁ」

 

 ニッと微笑む彼はいつも通りの朗らかさ。 深く考えないというかなんというか。 警戒心というモノがないのかと、少しだけ心配なのは誰だったろうか。 けど。

 

「ホントいうと実はな、こういうのは初めてじゃねぇんだ」

「こういう……未来からきた、という事がですか?」

「あぁ、その昔な、オラと同じサイヤ人のベジータっていうやつの息子、“トランクス”ってヤツが、20年後の未来からやってきたことがあるんだ。 母親(ブルマ)の作ったタイムマシンに乗ってな」

「たいむ、ましん?」

「あぁそうだ」

 

 それは逆に考えれば、かなりの自信を含んだ断定だというのを、今の一言で思い知らされるのであった。 孫悟空の解説は続く。

 

「んで、おめぇ達が魔導師の部類に入るのは気と魔力を見て一目瞭然。 しかもそれなりに腕が立つと見た。 そんな奴が現世に居るんなら、まずオラが見つけねぇのは考え付かねぇからな。 だから、もしかしたら……と、思ってよ」

「それほどの腕だなんて。 なのはさんに比べればわたしなんて」

「そうや、ウチらなんて競技者(アスリート)止まりで、とても武道家(ファイター)の人とは……」

 

 などと、若干弱気なのは気のせいではないだろう。 揺れるツインテールふたつは儚げに弱く、脆そうで。 そんな姿を見た彼は。

 

「そうだな、おめぇたちは……弱え」

『!?』

 

 酷い。 そんな一言を持って彼女たちを――

 

「でも、そっから強くなりてぇって思うんならいくらでも強くなれるはずだ。 その気が、おめぇ達にあるんならな」

「……あ」

「あ、はは……」

 

 激励する。

 

「さっきアインハルトと()ってみてわかった事だが、おめぇらは最近、気を学び始めた感じだな。 誰かが教えたというより、何となく技を真似てみよう……そう言う必死さを感じた」

「そ、それは……」

「見よう見まねで出来るもんじゃねぇ。 それをあそこまでやるんだ、かなりのモンだぞ。 オラだって16になったころでも気の事は全然だし、今に比べればテンで弱っちかったからな」

「……そう、なんですか?」

「あぁ、そうだぞ?」

 

 そして、立ち上がらせる。

 

 実際には既に脚で立ち上がっているのだからこの言葉はおかしいかもしれない。 けど、彼女たちの、先ほど見せつけてしまった圧倒的な“差”という物をフォローするかのように、孫悟空は胸元で拳を握り、語りだす。

 まだ、彼女たちには昇れる“山”があるのだと。 進める、“ミチ”があるのだと。

 

「ま、取りあえず今は――」

 

 顔をどこかに向け、視線を何処かへ一直線。 そのままニヤリ……音が聞こえるほどにまで笑い顔を作るや否や―――――グゥゥゥゥゥゥウウウウウウッ。

 

「お? はは、オラもハラぁ減っちまった。 メシにすっか!」

『はい!』

「うっし……行くか」

 

 最後は腹の音で締めくくる。 彼は、いや、彼らはそこから青いのれんをくぐり、徒歩にて6階の悟空の部屋へととりあえず向かい始めるのでありました。 まだ、メシの準備が出来ていないだろう……そう、胸に込め、頭で考える悟空はその実――

 

「…………今のゴクウ? ……それに、あの女って誰だい?」

 

 かなり。

 

「ドウシテ、オトコユカラ、デテクルンダイ?」

 

隙が多かったのだった。

 

「遠吠え……アイツか?」

 

 その夜、夕食前に盛大な嘆きの声が、ザフィーラの耳に届いたと……さ。

 

 

 時は止まらない。

 孫悟空が浴衣のままに少女達を連れ、自身の部屋へ招待する事数十分。 室内で慣れない姿勢……すなわち正座を自主的に行っていたり。

 

 

「ん? そういやおめぇたち……今この時代には?」

「うちは今16歳やから、一応生まれてはいると思うんよ」

「わたしは13ですから、まだ生まれてすらいないでしょう」

「……そりゃまずいなぁ、ん?」

『???』

 

 今ある現状を、確認したり……?

 

「……? ちょっと待ってくれ」

「どうかしたん? クウちゃん」

「……く、クウちゃん?」

「え、あ!? や、なんでもあらへんねやっ。 ご、ごご、悟空さん、悟空さん、……あうぅえっとと! 悟空さんやで!」

 

 黒い髪をブンブン音を立てる。 その姿をどこかで見たことが……思った矢先に出たのは電電太鼓なのは、悟空の中の秘密である。 さて、ひとつ変な叫び声が響いた室内で、悟空のシッポが宙を舞う。 余りにも奔放自由を象徴するソレがとあるマークを示す……クエスチョンマークである。

 

「ちゅうかよアインハルト。 おめぇその身体で13って……ホントかよ?」

「え、えぇその……はい」

「はー! そうかぁ、13でそんなになぁ。 オラとは正反対でハツイクってやつがいいのな」

「え? あ、えっと」

「……」

 

 身長150そこそこという成人女性に類するその背の高さ。 さらに膨らんだ双房と、腰まで届く長い髪は、彼女が少女ではなく女性だという事を意識させるかのよう。 でも、それでも彼女が言うのだ。

 いや、悟空の中にわずかだけある父性が言うのだ。 ……この娘は、高町に末子とそう変りない年齢なのだと。 だから。

 

「ま、いっか」

 

 などと、彼の口から出るのはそう時間はかからなかった。

 

「ところで悟空さん。 どうして、うち等が生まれていないと困るん? 別にいなくても問題あらへんやろ?」

 

 話題を変えよう。 そう言わんばかりに口を開いたのは独特の言葉づかいをする黒髪の娘だ。 クリクリと擬音を奏でそうな瞳は仔犬を思わせる。 そんな彼女の質問に、彼は片指を立てると。

 

「これは前に未来から来たトランクスにも言われたんだけどな。 たとえば、今この世界にはおめぇ……アインハルトはいねぇ」

「そう、ですね」

「それでだ。 もしも今この瞬間、どこかの悪モンがおめぇの父ちゃんか、母ちゃんを殺してみろ? その時点でおめぇは生まれてくることが出来なくなる。 これがどういう意味か分かるな?」

「…………っ!!?」

「は、ハルにゃんの存在自体がなくなる!?」

「たぶんな」

 

 だからことは慎重に。 そう言ったときに顔は、この後数年にわたって忘れることが出来なかったと少女達は語る。 それほどに真剣味を増した彼の警告に固唾を呑み込むこと数秒。 ようやく事の重大さが理解できた彼女たちは。

 

「では、わたし達はこの時代で大それたことはしてはいけないようですね」

「うん。 それにもしも悪い人に正体ばれてまうと、ウチは幼少期の。 ハルにゃんは両親を狙われてっていう最悪な事体を……」

「そうだ。 それにアインハルトの場合、今この時点で両親のところに行くこと自体もかなり不味い。 変に介入して、もしもおめぇの親がヤムチャたち見てぇに破局でもしたらコトだからな」

「…………は、破局」

 

 知らない名を聞いたはずなのに、それでも感じる納得の空気。 それほどにいま出てきた名詞には、どことなく強い説得力を感じてならない。 アインハルトは、気付けば拳を作っていた。

 

「帰るべき、でしょうね。 わたしたちは」

「だろうな。 今ここで余計なことをしなけりゃ、何事もなくこの時代のおめぇたちは無事で居るはずだ。 それはおめぇたち自身が証明してるから間違いねぇだろ」

「……はい」

 

 段々と自分たちがやらなくてはならないことを見つけはじめた少女達。 覇王と黒髪の娘ふたりはそろって首を縦に振っていた。 いいこだ……そう思う悟空は、唐突に後頭部に手を持って行く。

 

「あ、あ~~」

『??』

 

 ぽろぽりと音を立てている彼に疑問符ひとつ浮かべる少女達は、しかし、青年は唐突に言うのであった――“彼女”に。

 

「おめぇもどう思う?」

「いいんじゃないかしら。 この子たちが余計なことをする前に、さっさともと居た場所に戻ってもらうというのは」

「え?」

「にゃ?!」

 

 あまりにも自然だった。

 とんでもなく唐突であった。

 気づけば居らず、振り向けば前。 まるで鬼ごっこをしているのではないかという感じの気配の無さは、その実気力が常人よりもないだけ。 そんな彼女だからこそ、ある程度の腕しか持たない……そう、話しに熱中していた少女達の隙を意図せずついていたのだ。

 そして、今悟空の隣で白いカップを片手に妖艶な貌を醸し出しているその人物は。

 

「だ、大魔導師?!」

「テスタロッサさん!?」

「ふふ、始めまして、かしら?」

 

 驚く子羊たちをまえにして舌舐…………強かでありながらも優しい声をかけてあげるのだった。

 

「それにしても驚いたわ。 なんだかお風呂場の方が騒がしくて様子を見に行ってみたら、見たことある男の子が女の子二人を侍らせて、揚々と出てくるんだもの」

「はべらせてはねぇだろ」

「あら、わたしはついに本性を現したかと思って娘の無事を確認しに行ったくらいよ?」

「…おめぇよ………」

 

 

 すこしだけ掛けられた毒は、見た目通りに攻撃的だがトゲは無い。 それを子供たちもわかるのであろう、困った顔をしてはいるモノの、困惑にまで陥っては無いようだ。

 少しだけ間を開け、心にゆとりを作るとさっそく二人はプレシアを見つめる。 その姿を確認した大人たちは、息を吐き、頭の中で言葉を探す。 ……どう、彼女たちを救うべきか、と。

 

「ちなみに孫くん、参考程度に聞きたいのだけど」

「なんだ?」

「あなたが以前遭遇した今回に似た事例……トランクス君が来たときはいったいどうなったのかしら?」

『…………!』

 

 その言葉。 以前の事例という、まさに今自分達が遭遇していることを知っているという発言。 少女達は聞いた瞬間に悟空に詰め寄る……勢いで振り向いていた。

 

 そんな少女達に悟空は後頭部を2回ほどかき……言葉を詰まらせる。 ……そして――――

 

 

 

「オラがトランクスに会った時、かぁ」

 

 アレはセルと戦う前、もっと正確に言えばオラがフリーザと戦い終わって、一年少し経ってからだな。 あんときはまさかフリーザの奴が地球に攻めこんで来るとは思わなかったなぁ。

 あれから、何年経ったんだかな。 随分と昔に感じる。

 

「……孫くん」

「おっとと、いけないいけない。 ……トランクスの話だよな」

 

 オラが背筋を伸ばすと、そろって娘っ子二人も同じ姿勢になる。 緊張、してるよなどう見ても。 そんな姿がおかしいのかどうなのかわからねぇけど、妙に優しい顔をしているプレシア。 ……こいつ、少しだけ変わったか? 目つきがほんの少し優しくなった気がする。

 一番最初、初めて会ったターレスとの戦いの時よりもずっとだ。 何かあったんかな?

 

「……まぁ、それはいいとして。 おめぇたちは知らねぇかもだけど、オラがヤードラットっていう星で修業を終えたあと、地球に帰ってきたときに出会った奴がそのトランクスって言ってな。 そいつは、そのときの時代から20年後の未来から来たらしい」

「20年……わたしたちよりも数年多い未来」

「ちなみにそのときのトランクスは16だったかで、当然その時代にはそいつは存在してねぇ」

 

 しかもそん時に聞いたアイツの両親の話はホントにぶっ飛んだなぁ。 まさかブルマとベジータがくっつくとは微塵にも思ってなかったし。 いやぁ、何が起こるか分かったもんじゃねぇな。

 なんて思っていると、アインハルトが手を上げてくる。 なんだかそのときの目の光り方がかなり眩しくてよ……思わず後ずさりしそうになっちまった。

 

「……どうした?」

「その、どうしてその人は未来からかこの世界に来たのかと思いまして。 なにか、理由があったのですか?」

「ん、あぁ」

 

 そう言う事か。 しかしなかなか鋭いなこいつ。 オラ未来から来たとしか言ってねぇのに、自分の意思でその時代に来たというのを読み取ったんだな? ……さぁて、どう説明するか。

 

「いやよ? オラたちが居た地球、その20年後は、みんな人造人間ってのに殺されちまったらしくてよ、そんな未来は嫌だから、頑張ってタイムマシンで未来を変えようとしたんだと」

『!!?』

 

 なるべく、ソフトに言ったはずだ。 ……かなり大雑把な気もするけど。

 

「馬鹿な!」

「おぉ?」

 

 いきなり変わる空気。 叫んで、思わずこっちに掴みかかってきたのは、アインハルトだ。 あいつは長い髪をぶん回して、本当にありえないっていう顔しながらこっちを見上げてくる。

 背丈の違いは大体20センチくらいか? 当然見下ろす形になるオラは、いつの間にか……

 

「そう暴れるなって」

「で、でも!」

 

 あいつの頭に手を置いて。

 

「話はきちんと最後まで聞くもんだぞ? 心配しなくっても、今オラがここに居ること自体がすべてがうまく行った証拠なんだからよ、落ち着いてろ」

「……はい」

 

 どうにか、慰めていたんだ。 なんだろうな、こんな背丈はデケェ癖に、やっぱりそこは13歳というところなんかな、まだ、不安定なところがあるか。 ……すこしだけ肩、震えてやがった。

 

「話はいろいろ省かせてもらうけど、とにかく未来ではその人造人間ってのにオラたちの仲間は殺されたらしい」

「では、悟空さんも?」

「いや、オラ、実は戦ってねぇんだ」

『!?』

 

 次はふたりが飛び出そうとしてきた。 いや、今度は抑えたな、さっきの一言が効いたのか? ……えらいな、さすがだぞ。

 逃げただとか、臆しただの見捨てただの文句を垂れないってことは、コイツはオラの事をそれなりに知ってるって事か。 なら、弁明だとかはいらねぇかな。 さっさと、次に行っちまおう。

 

「オラ自身も聞いて驚いたことだが、地球に帰ってきてすぐに、オラは心臓病で死んじまったらしい」

「し――」

「だから、オラだけ闘ってないからこそ、トランクスはその可能性に全てを託して未来からやってきたんだ。 治らないはずだった心臓病の特効薬ってのと一緒にな」

「そ、それじゃ悟空さんって」

「歴史を変えたからこそ、生き残ることが出来たん……?」

「そう言うことにはなるな」

 

 あいつ自身、あまりそう言うのは良くないってのは言ってた。 それはオラも同感だ、だけど……アイツが言ってた未来ってのは恐ろしいくれぇに辛いもんらしい。 だったら、変えてやりたいって思うのも仕方がない事、だと思っていたんだけどな。

 

「まぁ、オラ自身はそのあとのセルとの戦いで死んじまったけど」

「はい……?」

「空ちゃんが?」

「死んだ……ですって!!?」

 

 ――ッ。 こ、今度は三人同時か。 しまった、そういやプレシアにもこの子とは言ってなかったけか。 隠す気はなかったし、この際だから詳しく言っておこうかと思った時だ、アイツ、いきなりオラの胸ぐら掴んできやがった。

 

「どういうこと!」

「お、おいッ……また癇癪かよ」

「黙りなさい、貴方いったいどれほどの秘密を抱えているの、言いなさい! 全て!」

「こ、これで終わりだって……そ、そもそもよ、オラだって今の状況なんて知ったこっちゃねぇんだ。 気が付いたらこの世でおめぇたちと出会ってたんだ、それは前にもいったろ!」

「……そ、そうだったわね」

 

 それでも今現在あたまの上に“輪”がねぇのは疑問が残るけどな。 まだ、オラが知らねぇことがあるのか、それともオラ自身の勘違いなのか……いや、それはねぇだろうな。 あの戦いは確かにあったことだ、それは、間違いねぇはずだからな。

 

 なんとか落ち着きを取り戻しつつあるプレシア達。 あいつらのオラに対する疑問はそこそこに、さっきまでの話に戻してやる。 そうだな、たしかトランクスの話だったはずだ。 

 

「とにかく、この時代からおめぇ達を返すには、トランクス同様に来たときとまったく一緒の方法を取ればいいはずだ。 あいつがタイムマシンで行き来したように、おめぇらも何らかの原因でこっちに来たんだろ? だったら、とっととその状態を再現しちまおう」

「そうね。 さすがにタイムマシンというのは無理でも、次元干渉レベルの問題なのだから、気が付いたら……ってのは無いはずだもの。 ねぇ?」

『…………』

 

 ……さすがにドラゴンボールの願いは“定員オーバー”だからなぁ。 プレシアに夜天、二人の問題を先送りにしている時点で、オラたちには選択の幅ってのがかなり狭められてきてる。

 最悪、この二人にはあと1年待ってもらうって事も出来るけど……どうするか。

 悩んでいるオラを見ていた二人が、自然と目つきを硬くする。 何となく、困っている風だったオラを見ていたかは知らねぇけど、不意にジークリンデが手を上げる。

 

「悟空さん、ウチ達がここに来た原因っていうのは、大体察しがついてるんや実は」

「ホントか?」

「うん。 ねぇ、ハルにゃん」

「は、はい。 えぇ……その」

「?」

 

 なんだかはっきりしねぇなぁアインハルトの奴。 両サイドで結んで2尾に垂れ下げてる髪の毛が不規則に揺れて、あぁ、なんかネコみてぇだな。 ……性格の方はあの双子とはかけ離れているけどな。

 しっかしこいつらがここに来た問題かぁ、いったいどんな――って、なんでアインハルトの奴、オラの事じっと見てくんだ? なんもしてねぇ、よな?

 

「……やめておきましょう、問題を押し付けるようで気が引ける」

「?」

「いえ、独り言です」

「そうか?」

「はい」

 

 ……いいたいことハッキリ言わねぇのはなのはみてぇだな。 あんましそう言うのは良くないんだぞ? そうしねぇとクウラの中に居たあいつ等みてぇにいつか爆発させないと自滅するからなぁ。

 よし、そうだ!

 

「その様子じゃどうせまたオラが関係してんだろ、ちがうか?」

 

 すこしだけカマかけてみっかな。 たびたびこっち見ていたってのは、おそらくオラの事を少なからず考えていたという事だろうし、……なら、なにか関係は――推す考えていたオラは……

 

「やはり、誤魔化せませんでしたか」

「え?」

 

 やっぱり……な?

 

「すべて、とは言いませんけど。 大体の原因は実は師しょ――こほん、悟空さんにあるはずです」

「い?!」

 

 甘かったんだ。

 

「そう、アレは未来にて行われたとある大会の途中の事です。 地区予選を終えたわたしたちは、ある調べものをするために行った場所があります」

「調べもの? 場所? 大会ってなんだ?」

「それは後ほど……続きですが、そのとある場所で調べものをしていたのですが、そのときに悟空さんが偶然見つけた書物――――破壊神の書――――というタイトルでしたか。 アレが突然光りだし、気が付いたらこの場所に」

「破壊……神…………っ!?」

 

 

―――――――宇宙は全部で12個あるんだ。

―――――――あなた、次の破壊神になる気はありませんか?

 

 

 ……な、なんだ今の感覚。 あたまに一瞬電流みたいのが……それによくわかんねぇ奴の顔が見えたような見えなかったような。 やめよう、いまはそれを考えているときじゃねぇ。

 

「悟空、さん?」

「すまねぇな、何でもねんだ。 それよか、おめぇたちその本のせいでここに飛ばされたっていうんか? しかも、オラが見つけたっていう」

『……はい』

「……キレイに二人同時で返事すんなよ、そんな綺麗な目ぇしてさ」

 

 なんだか気が引けてきたじゃねぇか……にしてもまた“本”かぁ。 この世界って不思議な力持ってる本ってのが多い気がするな、もうちょっと大人しくしていられねぇんかな。 他の奴がこまっちめぇぞ。

 

「結局オラかぁ。 ターレスと言い、クウラと言い。 まるでオラが悪い出来事を引きつけてるみてぇだなぁ」

「――――っ!?」

 

 前にブルマにも言われた言葉。 界王さまもこのあたりは認めてるし、やっぱりそうなんかなぁ。 レッドリボン、サイヤ人、フリーザにセル……おぉ、こう考え直してみると確かにいろんな悪いヤツを引きつけてるかもしれねぇや。

 なんて、思っていたら胸の所に衝撃が――

 

「そんなこと言わないでください!!」

「え、え?」

「あなたがそのような事を言ってはいけない! たとえ世があなたを畏怖し、退けようとしても……貴方は――」

「お、おいアインハルト……落ち着けよ」

「わたしは……私は!!」

 

 なんだか様子がおかしい。 ……さては未来で何かがあったのか? ……というのは一番には来なくってよ、ただ、思い出したことがあったんだ。

 

「そうだな、そういや前にもリンディとプレシアに指摘されてたっけか」

「……っ」

 

 乗せやすそう。 そう思った頭の上に手をやって。

 

「変な事言って悪かったな。 少しガラじゃなかった」

「…………はい」

 

 さすってやる。 なんだか子供扱いでもうしわけねぇかな? いや、違うか、そういやコイツは悟飯よりも年下なんだよな。 んじゃあこれくらいはしてやってもいいのか。

 余程の緊急事態じゃなさそうだから、何があったかは知らねぇし、未来がつまんなくなるから聞かねぇでおくけど、冷静そうだったこいつがここまで取り乱すんだ。 よほどの事が在ったんだな。

 

「まったく、変なところで怒るなよ? オラだって気を使ってこの世界から消えるってのはするきねぇし」

「……ですが」

「それに何か問題が起こっても、またオラが何とかするさ! “自分たちの未来は、自分達でまもろー!!”ってな。 前にトランクスから未来の情報を聞いた時もこんなノリだったし。 ちゅうか、なにかやべぇことでもあるんか?」

「……い、いえ“何も……”」

「なら、いいじゃねぇか」

「…………はい」

 

 そうか、なにかあったんだな。 けどまぁ、とんでもなくヤバかったらさすがに有無を言わさずにつたえるだろうし、死人が出たんならそれなりに必死で防ごうと協力を欲しがるはずだ。

 それをしねぇ、ってことはつまりそんなことはなかったという事だ。 なら、ここで下手な勘繰りはいらねぇな。 いまは、コイツら帰すのが先決だ。

 

「っとまぁ、いろいろ話が膨らんじまったところなんだけどよ?」

「なにかしら? ジゴロのサイヤ人さん」

「…………なんだよ、変な目で見るなって。 知りたいことなんてもうわかってんだろ? コイツらがここに来た原因のとある場所、おめぇならもう見当ついてんだろ?」

「まぁ、場所だけならね……探しものと言えばあそこしかないでしょう」

 

 と言って、プレシアの奴が空気を呑み込む。 なんだかその姿が界王さまと被って見えるのは最近本気でそう思う。 あれかな? あの世でずっと暮らして、ほとんど毎日顔合わせてるからかな。

 そんなこと考えているオラをしり目に、プレシアの奴が口を開く。 ……そして、その場所を聞いたオラは――――

 

 

 

 

「さてと、いろいろ聞いたけど、これ以上は何もないな?」

『はい』

 

 あれから数分がたった。

 聞いた場所、そしてそこから来る“ある人物の未来”を知ったオラたちはさっそくの作戦会議。 どうにも、既に歴史そのものが変わってるらしくってさ、聞いた場所で働いている“そいつ”は実は闇の書事件の時にはもう、その場所にかかわっているらしい。 ……既になにか、時代が変わる出来事があったみてぇだ。

 

 けど、もう起っちまった事はわかんねぇ。 だからこれからの方針と言えば――――

 

 

「ユーノかぁ、本来の歴史ならアイツをそのでっけぇ古本置き場のお偉いさんにしねぇといけねぇわけか」

「えぇ……本当に信じられないけど」

『……スクライヤ司書長って』

 

 この世界に来て、オラが初めて弟子に取ったアイツを、なんと本屋の店長にすることだ。 ……武道家志望が本屋なぁ、ぱっとしねぇな。

 

「孫くん、本屋ではなくて書庫よ。 しかも蔵書量はほぼ無限のね」

「“無限書庫”って名まえだろ? さっきから5回くれぇは聞いてるからいい加減覚えちまったぞ」

「……じゃあ、そこは一体どういう働きをしてるのかしら?」

「…………なんだっけかな、はは!」

 

 わるかったって、聞き流してたのは正直に話すからよ、頼むからそんな目でこっち見んなよ。 背筋が凍っちまう!

 

「と、とにかくまずはアイツをその無限書庫っちゅうところに興味を持たせねぇとな」

「それは簡単じゃない? もとから知識欲というのは有ったはずだし」

「いや……それがよ」

 

 ……正直、オラも悪いと思ってるんだ。 なんだか、あいつのこう、根本を曲げちまったと言うか、な。

 考えているとみられたんだろうなぁ。 じっと動かないオラを不思議そうに澪つめる娘二人を置いといて、つい数か月前を思い出す。 ……そうだ、アレはまだオラが超サイヤ人の状態に慣れてなかった時だ。

 

「ずっとめぇに、いっかいだけユーノを半殺しにしたことがあんだ」

「……は?」

 

 まず、アインハルトが首を傾げる。 ……これくらいはまぁ、普通の反応だな、次に行くぞ。

 

「アイツが亀の甲羅をな、20キロをクリアした頃だ。 そん時にオラは手加減の修行中でさ、こう、それを忘れてアイツとハイタッチしてさ」

「……なんだかオチが読めてきたわね」

 

 プレシアはもうわかったみてぇだな。 まぁ、あいつは半分ほど当事者だし、聞いた話ってのもあるからここもいいだろう。 そんで、結果を言うとなんだが。

 

「アイツ、遠くの山に吹き飛ばしちまったんだ。 ……ふもとを粉々にさせていきながらな」

「……あ、ウチがやられたのと一緒や」

 

 そのときに聞こえてきた呟きは置いておくとして、あんときはユーノの奴に悪いことしたなぁ。 しかしいまさら言うんだけどよ、あの後からアイツのなんていうか、目の色が極端に変わってよ――――強くならなきゃいけないんです! 命が足りないんです!! ……って、必死に甲羅の重さを倍にした時は冷や汗もんだったなぁ。

 無理するなよって言えないんだもんな。あんなことがあった後じゃ。

 

「しかもそのあとだ、アイツ一日の大半を修行に使っちまってよ、今じゃ多分、魔導師連中じゃ一番のスタミナと防御力もちだぞ? そんくれぇユーノは強くなった」

「そ、そこは一緒なんですね……」

「そやね。 司書長さん、ウチの攻撃を難なく受け止めてたし」

『あ、はは……』

「話し戻すぞ。 とにかく、今のアイツは1に特訓2にボール探し……バッサリと言うと、趣味とかいうのがいつの間にか筋トレに変わったはずだ。 そんなあいつが果たして本屋になるだなんていうのか? と、オラは思うんだ」

『………………』

 

 ここもきっとオラのせいなんだろうなぁ。 おそらく命の危険を感じたんだろう、オラと一緒に生半可な特訓を摘むことに。 だけど、自分から離れていくという発想に思い至らなかったのはなんというかアイツらしくてな……すこし、うれしかったな。

 

「どう考えても職業アスリートやなぁ。 だから悟空さんたち、ありえないって顔を……」

「はい。 おそらく今の司書長さんですら、わたしレベルでは太刀打ちできないかもしれません、何しろ悟空さん直々の修行ですし。 なら、その経験を生かさないはずはないでしょう。 わたしなら頂点を極めるために更なる邁進をするはずです」

「そ、そこらへんはもうアイツ自身にゆだねるしかねぇよ。 とにかく、今はもう余計なことをこれ以上しねぇ様に、例の無限書庫っちゅうところでさっき言ってた本でも探そう。 話はそこからだ」

 

 そんで、そのときにユーノにも手伝ってもらって……あとはアレだな、運だ。 あいつの気が向いたら辿るはずの道を行けばいいし、ダメなら本格的にコイツらに一年残ってもらって、ドラゴンボールで元の時間に戻すべきだな。

 

「それに必ずしもユーノが司書なんとかってのにならねぇといけねぇわけじゃねぇんだ。 最悪の場合は他に手があるから、この問題は此処までだな」

「……はい」

 

 ユーノの将来だ、これ以上、オラたちがうだうだ言ってるのは……な。

 歴史だの時間だのの問題も、もしかしたら既に起こってるかもしれねぇんだ。 そうなると、いろいろ面倒だしな。 トランクスが経験した、人造人間の問題とかみてぇになりかねねぇ。

 

「方針変更だな。 んじゃ、まずはさっき言ってたショコってところにでも顔出すか」

「え!? た、たしかこの時代ではまだ捜索が進んでいなく、簡単に入れるものでは――」

「そこらへんはアレだ。 ……リンディに何とかしてもらおう」

『……こ、この時代でもあの方は――』

 

 こういう時のための偉いヤツだ。 頼めるもんは、全部頼もう。

 

「いつ出すかなぁ、明日明後日はまだ旅館で予定があるって、ギルの奴が言ってたもんなぁ。 ……すまねぇけどしばらくはこのままになるけど平気か?」

「い、いえ。 …………むしろこの姿のあなたを間近で見られるのなら」

「……このすがた、か」

「!? き、聞こえて!!?」

「おう、バッチリな」

 

 でも、詳しくは聞かねぇ。 なぜならよ、プレシアの奴が後ろから指で突っつくんだ。 しかもそこからなぞって背中に字を書いてくる。 たぶんこう描いてあんな……

 

―――――――――――――――余計なことを聞く物なら、只じゃおかない。

 

 歴史が大きく変わるのを懸念してんだろうなぁ。

 でも、たぶんそんなに問題はねぇって――痛っ! イテェからつま先でアキレスけんを蹴るなよ……

 

「……はぁ、おめぇたち、今ここにいるヤツ以外には絶対に自分が未来人だってことは言うなよ? 余計な混乱はなるべく避けたい、いいな?」

『はい!』

「よし」

 

 背筋を伸ばして一斉に声を張り上げる。

 空気が震えて、部屋そのものが叩かれたように唸りを上げた。 気合入ってんな、コイツら。 このまま帰すってのは惜しい気がしてきたし、少しだけ……いろんなことを教えてやるのもいいかもな。

 今度、なのはたちに手合せさせてみよう。 きっと、お互いにわかることが出て来るかもしれねぇ。 ……よぉし、そうすっかぁ!

 

 

 

 そう決めた孫悟空は、天に高々と右手を上げていた。 そこから出された掛け声は後にこの温泉の七不思議【揺らし声】というものに認定されたというのは別の話である。 そして、彼らの時間は加速していく。

 

「いいか? あんまり教えてやれねぇけど、気ってのはな……」

「は、はい!」

「というよりハルにゃん。 あの人たちですら教えてもらってないこと教わっても大丈夫なん?」

 

悟空について簡単な気の講座を受けたり……彼女たちにとって、本当に有意義な時間になったはずだ。 気づけば夜も更けていき、ついに約束の時間となる。

 

「……すごい」

「豪勢やねぇ」

「…………こりゃあオラも驚ぇたぞ」

 

 降り立ったエントランスの最奥。 絢爛豪華な装飾過多の正面入り口を見たところから既に雰囲気を呑まれそうなのは

 

 

 来た。緊張の瞬間だ。

 娘二人が固唾をのんでいるのは誰が見ても明らかで確定的。 それほどに、今この場に流れているのは背筋を張らせる空気なのだか……

 

 

 

 

 

 

「ハラ減ったろ? めし、食っちまうぞ」

 

 …………ら? 

 

「はい! ………………はい?」

「こういうとこ、まんま悟空さんやなぁ」

「なんだよ、いらねぇンか? そんなことねぇよな?」

「ないですないです。 ねぇ、ハルにゃん」

「あ、え、……はい」

 

 小さな相づちひとつ。 打った先に待ち構えているネコなで声に、小さく息を吐いた覇王どの。 彼女は悟空が誘う豪華絢爛をまじまじと見つめ、やがてゆっくりと歩き出す。 その先にある問題と団欒は表裏一体。 解決すれば暖かさは増し、放置し、大きいままにすれば冷めたまま。

 それが、まだよくわからない13歳の彼女は―――――ついに見てしまった。

 

「いっただっきまーす」

「あ、ゴクウそれアタシの肉!!」

「速いもん勝ちだぞ」

「それを言うなら早い――っち! そりゃあ速さでアンタに敵う奴なんて……って、それはホントに譲れない!!」

 

 犬と猿がいがみ合いながら飯を食う。 とったもん勝ちだと笑う彼に、怒鳴り声を上げつつも尻尾が揺れるのはどうしてだろう。

 

「孫、少しは遠慮という物を――」

「この中トロいただき!」

「き、貴様!! それは私が締めにとっておいたものだぞ!」

「新鮮なうちにくっちまわねてと…むぐむぐ……おぼぼおぉおむぐ…」

「こ、コイツ……!!」

 

 ケンシ同士が手に持った割り箸で大立ち回り。 シグナムの突きが炸裂すれば、悟空の持った橋は難なくそれを受け止める。 ……騎士道数百年の技、ここに敗れる。 けど、その目が本気で怒りに燃えてないのはなぜ?

 

「ご、悟空、これ……」

「む?! おぼぼおうな、フェイ――んぐんぐ」

「あ、はは……ダメだよ悟空、きちんと呑み込んでからじゃないと」

 

 もらった皿を一瞬で空に。 なくなったと思わせることすらなく、すぐさま次の得物を口に収めていく彼に呆れているのに笑うのはフェイト。

 

 

――――――――――戦士たちの団欒、つかの間ではない、完全勝利を遂げた後のこの空気を、何も知らずに受けてしまった覇王は少したじろぐ……

 

「ところでゴクウ、そいつら二人って……」

「ふえー!! この肉……んうぐんうぐ! おぼぼいー!」

「聞いて、ね? お願いだから聞いておくれよゴクウ」

「ぼーい、ほいうふぁふふぉー! うぃーういんふぇー!」

「!!?」

「空ちゃ……!?」

 

 ……ことも、赦されず。

 颯爽と蜃気楼のように現れた彼に片腕を掴まれると、何やら茶色い物体が乗っかる皿を渡されると。

 

「んくっ……ぷはぁ! おめぇ達も食え、まだ全然あるからよ」

「は、はい……大きいですね、何肉でしょうか」

「わー、見たことない焼き具合でおいしそう……いただいてもええん?」

「食え食え」

『はい!』

 

 花が咲いたように笑いだす。

 この空気を、この会場を、騒がせる張本人に進められるがままに、彼女たちはその皿に乗ったモノを口に収めていく。 舌で触れ、前歯で噛みつき、奥歯ですりつぶしてのど越しで唸る。

 まるでサバイバルか何かを彷彿とさせる食いっぷりは、どこか山吹色の自然児を思い起こさせる行動。 そして、そのあとに出た声は当然――――

 

「――いかん!」

「え?」

「どないしたんや?」

「なにも言わず吐き出せぇぇぇぇええええええッ!!」

 

 剣士が叫び、空間を震わせる。

 

 そして、そしてだ…………いや、しかし。

 

「みなさんどうしたんでしょうか? いきなり静かに」

「なんともないのか……!」

 

 あたりを見渡した覇王は、訪ねてくる剣士の顔を見るなり。

 

「おいしいですよ?」――かくん!!

 

 ひざが、折れる!!

 いきなりだ、何事もなかった自分の膝が突然力なく折れる。 笑う段階さえもなかった力の消失に――けれど覇王は、この空気を壊したくなかったのだろう。

 

「あ、あれ? さ、先ほどの小競り合いのダメージ……けほっ」

「お、おい!?」

 

 小さな咳だ、何も心配することはない――――普段なら。

 疲れた身体は、今までの出来事に緊張していたから――――これくらい、普段なら耐えられた。

 痛みは無い――全身の感覚もないが。

 

「……う゛?!」

 

 様々な思惑、困惑がまるで激流のように流れる最中、彼女はついに……その流れを断ってしまう。 覇王は、その場に倒れ込む。

 

「アインハルト?! おい、しっかりしろ!!」

「く、遅かったか」

「なにがあったんだ、おい!」

 

 床に髪が触れる寸前。 高速の足運びからくる無音の移動で悟空が背中を支え、抱きかかえる。 その様に妙な反応をした人物もいなくはないが、今はそんなこと関係ない。 悟空は、傍に駆け寄ってきたシグナムに視線を飛ばす。

 

 

「それは! シャマルの作った料理だ!!」

「………………あぁ……そういう、ことか」

 

 其の視線は、すぐどっかへ泳いで行ったさ。

 

 先ほどの絶叫や、今までの緊張その他を洗い流してあげる~~♪ そんな気遣いすらない、ただただ有情で無情な殺人料理を相手に、数秒持たせただけでもかなりの物。 そんな覇王を称賛しない人間はいないだろう今日この頃。

 厨房で火柱が上がる事43回。

 中華鍋の溶断5回。

 あまりの調理方法に輝きを失った包丁が2振り。

 毒見でこの会場に来れなかった守護獣が1匹。

 

 被害は甚大、状況は最悪。 ある意味で闇の書以上の最悪を一身で受けてしまった覇王は、ただ、何よりも重いまぶたを閉じて息を……いき、を。

 

「なぁゴクウ、そいつ息して無いんじゃねえのか?」

「……あ、え、い゛い゛!? ホントだやべぇ!!」

 

 引き取るのであった。

 

 嗚呼、泣くこともできずに地に背を付ける彼女は、数分後の強制覚醒をただ待つだけであった。 温泉旅館1日目、その覇道……否、波乱だけしかないこの催しを引っ掻き回して終わるのであった。

 

 

 

 

「シャマルさん、こんなに料理が下手やったなんて……聞いていた以上や」

「というより、どうしてあいつを厨房に入れた。 責任者を出せ!」

 

 黒髪の娘と、烈火の剣士の呟きを散りばめながら…………

 

 




悟空「おっす、オラ悟空!」

フェイト「大丈夫、心臓はまだ動いてる!」

ジークリンデ「ハルにゃん! しっかりしてハルにゃん!!」

悟空「いきなり倒れちまった覇王アインハルト。 しっかしあれだな、オラも大層強くなったよなぁ」

天災料理人「わ、わたし――こんなつもりじゃ……」

シグナム「もういい、これ以上は何もしゃべるな……」

災厄の要因「でも……でも!」

シグナム「貴様の言い訳を聞いてやる時間は無い。 それでもというのなら私が介錯をしてやる、俳句でも詠め」

悟空「オラ、あいつの飯食ってちっともなんともねぇんだもんな。 ほんと、強くなっちまったなぁ」

アルフ「ゴクウ! なにほのぼのしてんのさ!」

悟空「いやぁ、もうオラにはできることねぇし、あとはあいつの強さに賭けるだけだろ?」

アルフ「そりゃ……そうだけどさ。 良いのかい? これ」

悟空「今からジタバタしてもおせえって。 そんじゃ次回行くぞ」

ジークリンデ「じ、次回……魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第58話」

悟空「知りたい! 悟空の実力!!」

恭也「悪いが悟空、少し付き合ってもらう」

シグナム「そのあとは私だ」

ジークリンデ「あ、ウチも見てもらいたいかも……なんて……」

悟空「いいぞ、次々こい! ――――あ、でもその前に……」

三人「?」

悟空「すんませーん! 後20人まえおかわりー!」

三人「……うそだろ」

覇王(気絶)「あ、あの……私の、心配……ゴホッ」

なのは「にゃはは……またねぇ」


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第58話 知りたい! 悟空の実力!!

好奇心は猫をも殺す。

シュレディンガーの話です。 そして、そのネコは今現在、とある必殺料理人の手により地の果てを彷徨い打歩き……


今回、”彼”はサプライズゲスト扱いだと思ってください。 この先、悟空と絡むことはおそらくありませんのであしからず。

では。




せせらぐ音色、それは聞く者に深い安堵を与えてくれる子守歌。 どこまでも、いつまでも、そう、どんな時でさえも聞いていたいこの音色は……そうだ、水が流れる音だ。 激流ではなく只の河川、そんな物静かな音を聞いたとき、そこにいる者、少女が目を醒ます。

 

「ここは、どこでしょうか」

 

 第一声がそれだ、つまり今ここは彼女が知らない場所だという事、そして――

 

「だれも、いない?」

 

 その場が、おおよそにして人が住めるような場所ではない、少女の第一印象はズバリそれであった。

 

「おい」

「!?」

 

 しかし聞こえてきた声があった。 強く、大胆不敵、それでいて確実な死をもたらすかのような冷淡さを感じさせるトーンは、今まで少女が出会ったことが無い声。

 いきなりの事だったためか、ひたすらに伸ばした背筋をそのままにし、振り向くことさえできない少女は、ただ、さらに聞こえてくる声に耳を貸すことしか出来なくて。

 

「ど、どなたですか」

「……」

 

 質問するが答えはこない。 まるでなにかを噛み潰すかのような軋み音は、冷淡な声の持ち主の歯が擦れているに違いないと、思った時には。

 

「…………ぅ」

「……」

 

 少女は、振り向くことが出来ないでいた。

 

「ちっ――最近のガキは挨拶もろくにできねえのか。 ……ったく、だからガキは嫌えだ」

「――?!」

 

 やっと聞こえた長文。 そこに含まれた穏やかな声は本当に小さなものであった、だが、そんな小さなものを拾えた少女は思わず背筋を伸ばしていた。 だってそうではないか? なにせ今の声は……

 

「師――ッ」

「っこいせ……っと」

「え!?」

 

 首根っこを掴まれたと、気付いたのは本当に遅かった。 それくらい、冷淡な声の主が瞬間的に見せた速さが強烈だったから。 ……気付かなかった、簡単に言うとそう言う事なのだが、果たして少女程の力を持つモノをこうも簡単に持ち上げるこの者はなんなのだろう。

 疑問は、ただ大きくなるだけだ。 ……なのだが。

 

「“上”から落ちてきたってことは“ここ”の住人じゃねえってことだな?」

「うえ? ここ?」

「そうなんだろ……あぁ!」

「は、はい!」

 

 半ば脅迫のようであった。 それが少女の第一感想。

 そして彼女の視線は一層高くなる。 持ち上げられていた腕があげられ、長い彼女の髪が揺れること2往復。 何やら掴まれる腕に力が込められたと思った、そのときであった。

 

「だったらさっさと……帰れ――!」

「―――――ひっ!」

「閻魔ぁ! 言われた迷子だ! さっさと下界に帰してやれ!!」

 

 ――――昼寝の邪魔なんだ!!

 

 そんな声が聞こえた時であった、不意にかかる重圧……Gが、少女を押しつぶさんと襲い掛かってくる。 それが心身を安定出来る限界数値を上回ったときであろう。

 

「閻魔のところを素通りして、いきなりこんなところに落ちるとは。 このつまらねぇ仕事を初めてからかなり経つが……前代未聞な奴め、何をすればあの世の理を無視できるんだか。 ふぁーあ……寝るか」

 

 冷徹な主は横になり、目をつむる。 水の音色を子守歌に……

 

 

 

「おーい?」

「う、うーん……」

 

 あの事件から既に3時間が経つ頃だな。 例のメシを食って、例の如く気を失ったアインハルト。 あいつを急いで病院に連れて行こうとしたんだが、それはまずいとプレシアに止められて、困った末にオラの部屋で看病をすることになった。

 なのはやフェイトなんかが別の部屋でいいんじゃないかという質問をしてきてよ、オラも同意したんだがそこはプレシア、睨んだだけで火の粉を蹴散らしていきやがった。 ……あの年の女って、本当に強ぇよなぁ。

 

 っと、やっと起きそうか?

 なんて、思っていた時だ。 いきなりだ、本当に何の前触れもなくアインハルトの全身が輝き始めた!? 

 

「な、なんだ?!」

 

 まるでなのはたちが例の戦闘服に着替える時みたいな光。 違うところを探るんなら、それはあいつの中にある魔力がうねって、まるで二つになるかのような感覚がするという事。

 気まで変わらないところを見ると、どうやら魔法の力による変化だというのがわかるんだが……どうなるんだ?

 

「…………か、カラダが!?」

 

 なにも出来ないで居る時だ、ついに新しい変化が加わって行っちまう。 ……あいつの、アインハルトを包む光が、その幅を縮めていくんだ。 だがまてよ、こんな変化、前に見たことが無かったか……?

 あれは、そうだ――確か……

 

「……う、うう」

「は、はは」

「あ、師匠……おはようございまふ……」

 

 魔力を使い果たしたオラと、同じような現象なんだ。

 呑気に片目擦ってよ、上半身だけ起き上がりながらこっちに向かって、むにゃむにゃと言葉を飛ばしてくるのは本当に年相応なんだな。 ……さっきまでの、大人然としてた雰囲気なんかまるでみられねぇ。 どうやらこっちが本当の顔らしい。

 

「師匠?」

「……」

 

 まぁ、なんだ。 今起こった事を、オラなりに解りやすく説明するってぇと、こうだな。

 まずは目つき、これはあんまり変化はねぇかな? どことなく角が取れた風なのは緊張が解けたと思えば納得できんだろ。

 そんで腰まで伸びてた長い髪の毛が、今じゃ肩までに収まっていて、さっきとは確実に長さが違うことを教えてくる。

 

そんで身長だが、というより一番の変化はこれだ。 さっきまでの頭二つ分オラより低かった背が、今じゃ腰くれぇあればいい程度にまで低くなって、まさにコイツの言っていた年齢通り、年相応のサイズにまで縮んでやがる。 さて、一体何が起こったんだろうな。

 

「なぁ」

「にゃあ?」

「に、にゃあ……?」

 

 オラはいま、耳がおかしくなっちまったんだろうか。 アインハルトは真面目な人間だと思っていた、戦い方と、先ほどまでの話合いだとかで人となりなんて言うのは、大体見当をつけていたと思ってたんだ。

 けど、まさかこんなからかい方をされるなんてなぁ。 ……寝起きだからと言っても、猫の鳴き声で今起こった事態を誤魔化せるだなんて思っているわけでもないだろうし、何、考えてんだ?

 

「おい、アインハルト?」

「にゃあ!」

「…………おめぇ、さっきからオラのこと馬鹿にしてんのか?」

 

 よくねえんだぞ? そういうの。 腕を組んで、少しだけ解りやすく怒っていることを態度で示してやると、あいつの顔を覗き込む。 ……そのときだ、オラはやっと気が付いたんだ、あいつが、どうしてあんなフザケタ事ばっかりやっていたっていうことに。

 

「……なんだコレ、ぬいぐるみか?」

「にゃあ!」

「うお! しゃべったぞ……」

 

 それは当然のようにオラに向かって“咆えてきた”

 アインハルトの膝のもと――っと、言うのは大げさかもしれねぇけど、なんとなくその場で胸を張って、二本足で立ち上がった……立ち上がった?

 

「さっきから聞こえてくる鳴き声みてぇのはコイツかぁ……なんていうんだこれ?」

「にゃ」

「黄色い、ネコか?」

「に?」

 

 いやぁ、首傾げられてもなぁ。 目が合ってすぐに、まるで何かを聞かれてるような仕草をする……ネコだよな? ネコとニラメッコしたまま、だいたい30秒くれぇ経った頃だ、そいつが立ってる地形が急に変化していく。

 

 アインハルト、覚醒だな。

 

「う、うーん……なんだか体中が気怠いです」

「はは、それだけで済んでよかったなぁ。 オラなんて注射打たないとダメだったんだぞ? アイツ、もしかして若干腕をあげたな?」

「……?」

 

 人生、此れ総て修行なり――シロウの受け売りだけど、まさにそれを体現したってところか。 さてと、アインハルトも無事に起きたことだし、そろそろ“今日”遊ぶところでも探そう、そう思ってたんだけどな。

 やっぱり、これだけは解決しなくちゃいけねぇ。 ……こいつ、コイツってさ。

 

「なぁ、アインハルト」

「はい、どうかしましたか?」

「いやよ? おめぇ、どうして身長から何から何までちびっ子くなっちまってんだ?」

「…………?」

「首傾げられてもよ……」

 

 なんでそんな不思議そうな顔して、まるでオラが変なこと言ってる風になるんだよ……? おかしい、まさかコイツ、シャマルのメシを食っちまったせいで記憶が飛んでるんじゃねぇだろうな。

 

「ま、まさか……」

「師匠?」

「な、なぁアインハルト。 さっきまで何があったか覚えてるか?」

 

 そう思ったら、つい、あいつに向かってさっき起こった事を聞いていた。

 さっき。 広いパーティー会場で、みんなで一緒に豪勢なメシを食っていた時のことだ。 アインハルトやジークリンデの事はオラの知り合いってことであいつらに説明をして、深い勘繰りなんかをしないでくれって言うのも含めて、あいつ等はそれを同意。 何事もなくメシを食っていた。

 それでも、やっぱりオラの周りには騒動の種は尽きないみてぇでよ。 あの、シャマルが作った料理を誤って口にしたアインハルトは、そのまま鳩尾に拳を叩きいれられたような顔をして、会場の赤絨毯の上に沈んだんだ。

 

 ……あんときは本当に参ったよなぁ。

 

 で、そのあとはさっき思い出したことの通り。 その説明をして、あいつの顔をじっと見ていると。

 

「にゃあ!」

「ん?」

 

 猫が一回だけ叫んだ。

 

「どうした?」

「にゃあ、にゃあ!」

「お、おい?」

 

 すると、いきなりオラの方まで駆け寄って、腕に張り付いたと思うと頭のてっぺんにまで昇ってく。

 自分で言うのもアレだけどよ、ボサボサの髪型が相まって、なんだか巣の中にいるひな鳥みてぇになってるんだ……ネコの癖に。

 

「ふふ、ティオはわかるんですね」

「え?」

「姿が変わろうとも師匠は師匠。 ……相変わらずわたしよりも懐いてます」

「へぇ、こいつティオっていうんかぁ」

 

 すがたがかわっても、か。 どうやらこれは本当にオラは未来でどうにかなっちまってるらしい。

 けど別にいいんだ、そう言うのは。 確証ってのが無いからあいつ等には黙ってたけど、もしかしたらこれからオラたちが辿る時間と、あいつ等のいる時間は結びつかねぇかもしれねぇ。

未来のトランクスが経験した、居るはずのねぇ人造人間16号。

未来から来たセル。

心臓病の発症が遅れたオラ。

 

 思い起こせば、ほんの些細な事で相当の変化があったんだ。 だったら、ここまで大きなことになってしまえば、もう、この時間はあいつ等の時間にはつながらねぇ。 そんな気がする。

 

 だったら、この先の事は何も考えないで突っ走るだけだよな。

 

「ところでおめぇ、その姿――」

「…………っ!!?」

「……今頃気が付いたんか。 それ、どうなっちまってるんだ?」

 

 指摘した途端に全身を弄りはじめたのはアインハルト。 顔、胸、髪の毛、全てが小さくて幼い姿になっているのを確認している姿は、正直言うと、嘘を隠していた子どもを見ている様だ。

 さてと、それなりに微笑ましいんだろうけど――む、もうそろそろか。

 

「ユーノ達が使う変身魔法とも違う感じがする。 そもそも、魔力を消費させてはいるけど、気そのものが急激に上がっていたようなところは、少しだけ気になったかな」

「それは……」

「――――っと、話しは此処までだな。 さっきまでの姿とかは、またあとで聞かせてもらうか」

「?」

「おーい、入ってきていいぞー!」

『!!?』

 

 オラが叫ぶと同時に、いろんな声が部屋ん中に響きだす。 驚いたり気まずそうだったり、または察知されたことに関心していたりと様々でよ。 まぁ、らしいっちゃらしいんだけど……おめぇたち、趣味わりぃぞ。

 

「すみません、孫悟空」

「いや、俺は止めたんだぞ?」

「高町恭也、そう言う貴方も興味津々とドアに耳を当てていたではないか……?」

「二人とも、ここはみんなが悪い。 ――はは、騒がせて申し訳ない、悟空君」

「……おめぇら」

 

 銀髪が一人に黒髪が二人、そんで、若干だけど朱が掛かった感じのピンク色をした奴らが、ぞろぞろとオラの部屋に入ってくる。 もう、隠す必要が無いと思ったらこれだもんなぁ、まったく。

 改めて、今入ってきた奴らを紹介するとこうだ。

 

 少しだけ首を曲げて、こっちに向かって会釈する夜天。

 右手で頭を掻きながら、こっちとは視線を合わせようとしないキョウヤ。

 それを少しだけジトォっとした目で見ているシグナムに、全員を代表して、やっぱりなんとなくって感じで謝ってくるシロウ……おめぇら、やっぱし悪いと思ってねぇんだろ?

 

「あれ? 悟空君、さっきの子は? それにそこにいるのは……?」

「ん? あぁ、こいつか。 こいつは……」

 

 どう説明すっかなぁ。 別に隠す必要はねぇとは思うがよ、どうにもコイツ自身知られるのが嫌な傾向にあるみてぇだ。 ……なら、ここはひとつ芝居でも打っておくかな。

 

「さっきいたアインハルトの知り合いだってよ? なんでも、あいつの忘れモン届けるって言って、わざわざ追いかけてきたんだと」

「……ほう?」

 

 夜天とシグナムにはやはり通用しねえか。 なんだかんだであいつ等オラの事を知ってるって感じだし。 ……このあいだの融合みてぇののおかげで、オラの思考だとかがさらに読みやすくなってるんだとか。

 ……もともとヘタクソだった小芝居がさらに無駄になってるな、こりゃ。

 

「まぁ、いい。 そのモノの事は“今は”聞かないでおこう」

「そいつは助かる」

「ほう?」

「う゛!? あ、いや……ははは」

 

 本当に、だめだなこりゃ。

 

「ところでおめぇ達、わざわざがん首そろえてどうした? 見舞いの人数にしちゃおおげさじゃねぇのか?」

「あぁ、そのことか。 嫌なに、ついさっきそこで我らヴォルケンリッターのふたりと高町親子とが偶然遭遇してな。 そこでお前の話になって気が付いたら足が進んでいたのだ」

「シグナムおめぇ、ソレって理由になってねぇと思うんだが」

「……そうだな」

 

 なんて、あいつのボロも中々に出したころあいだ。 そろそろ聞きてぇところだな、本当の理由ってやつを。

 

「シグナムさん。 ここは、やっぱり本当の事を言った方が早いと思いますよ?」

「……そうですね。 私としたことが少々らしくなかった」

「??」

 

 シロウの勧めで、なんだかシグナムの肩からリキが落ちて行った気がする。 なんでそんなに緊張してんだ……なんて言うのは意地悪だろうな。

 

「……シグナム」

「なんだ」

「いっちょやっか?」

「――――――ふっ、敵わんな、お前には」

 

 それ聞いた途端、シロウと夜天はこの部屋から去って行った。 代わりに来たのはジークリンデだが、あいつ等一体なにしたかったんだろうな? たまに考えていることが判らねぇのは……ま、いいけどさ。

 

 

 

 

 

 

 

 孫悟空、シグナム、ジークリンデ……そして、やはりまた最初の頃の大人の姿へと変わったアインハルトはそのまますこし離れた雑木林へと歩いていく。 時間にして既に深夜を廻ろうかという時間帯。

 にもかかわらず、この者たちが発する尋常ならざる雰囲気を前に、森が、騒ぐ。

 

「悟空!」

「……ん? お、キョウヤ!」

 

 先客が一人いた。

 手に持った小太刀は双剣を思わせるが、しかし彼が扱うのは絢爛豪華な舞ではなく、縫うように闇に溶ける一突き。 一撃必殺を謳い、声もなく音もなく相手を屠る外道の剣術……暗殺剣こそが彼の本筋。

 小太刀二刀御神流。 それが彼が持つ技、孫悟空とは違う道を行く姿である。

 

 そんな彼の背に一枚の木の葉が舞う。 この寒気だ、風も吹くだろう……自然と舞い散る一枚の葉は―――――

 

「……っふ」

 

 落ちる軌道も、挙動すら変えることなく。

 気が付かぬうちに、その身を半分へと裂かれていた。

 

「どうした悟空? こんな時間に……」

「ん? ちぃとな。 コイツとの約束があってよ」

「こいつ? ……あ」

 

 悟空が親指を突き立て、後方へと差していく。 その先を見た恭也はわずかに後ずさり……そこに在った視線が、嫌に自分へと向かうのを感じ取ったからの今の行動は。

 

「あ、アインハルトさん? ……どうしたのかな」

「――あ、す、すみません。 魔法も使わないでこのようなことが出来るモノなのだと……」

「え? あ、あぁいまのか……まだまだだよ、俺なんて」

「そんなこと」

 

 この場面を士郎が見ていたらなんというか。 心の中で想いながらも、決して口には出さないシグナムであった。

 

 そして、それから数分も断たぬ間に、孫悟空とシグナムの両名は互いに見つめ合う距離を保ちながら……

 

「悪いがおめぇたち、もう少しだけ離れててくれ」

 

 自然。 

 

 

「往くぞ、孫!」

「……おう」

 

 風が裂けた。 音さえ聞こえず、ありとあらゆる法則が彼らに追いつけず、その攻防が、終わってから世界が稚拙に表現していく。

 

「ちっ――」

「ふっ……」

 

 瞬間の激突。 何事かと目を疑ったアインハルトは、既に剣筋を終えずに、彼らを風景でしか捉えれずにいた。 驚愕のアインハルト、しかし、本当の驚きとはまさにここからであった。

 

「はぁぁああああッ」

「…………っ」

「師匠、動かない……!」

「構えもない、カウンター!?」

 

 気合を込めたシグナムの振り。 それに対して、いつか見た無闘の構えを見せる悟空に周囲が湧く。 何もない……本当に何も感じない悟空の雰囲気に、思わず、息を呑みこんだのは黒い少女で在った。

 そして、戦闘は――――

 

「……」

「せい!」

「……」

「はあ!!」

 

 行われ続ける……悟空が、腕を組んだままに。

 

「ぜぇぇいッ!」

「……」

「ど、どうなっとるんや……悟空さん、さっきから腕組みしたまま微動だにせぇへんのに」

 

 それは、少女達からしてみれば異様としか言えない代物であった。

 

「オオッ!!」

「……」

「師匠は、ただそこに立っているだけにしか見えない。 しかしシグナムさんは相変わらず烈火のごとくの猛攻――ですが!」

 

 乾坤一擲ではない、必勝を込めた一撃の積み重ねは強烈無比の筈であった。 それは、今もなお空気を切り裂き、少女達の髪を無造作に揺さぶる真空波が証明してくれる。 ……だがそれでも。

 

「…………」

「ば、馬鹿な。 何がどうなってる……!」

「悟空の奴、まさかとは思うが」

 

 視力と、思考能力を加速させ、目に見える者すべてをスローモーションにさせている恭也ですら、悟空の動きそのものを追いきれない。 混乱の絶頂にあるその先で、彼はようやく答えを見出しそうになり……

 

「シグナム、おめぇ随分と腕を上げたなぁ」

「……馬鹿にしてるのか、貴様は」

「そんなことねぇさ。 前に組手した時とは次元そのものが違う、相当鍛錬したな?」

「……しかし、それでも貴様にはたどり着きそうにはなさそうだ」

「…………そうか」

 

 彼らの、戦闘がようやく終わる。

 その場に駆けつける4人は、そろってシグナムの方へ視線を向ける。 その目の意味はもちろん、いまこの場に起こった奇怪の答え。

 

「あ、あの――」

 

 口を真っ先に開いたのはアインハルト。 おそらく相当に違う実力差を見せつけられたというのに、焦れるよりもあこがれが強い視線を送るのは、彼女の本質がファイターだからだろう。そんな視線に、だが。

 

「案ずるな……お前たちも、やればわかるさ」

『…………』

 

 シグナムは、あくまでもその身で体験してみろと勿体ぶる。

 

 すなわち、彼女はいま起こった悟空の謎の攻防を身で感じ、受け、理解したのだ。 彼がやったとんでもなく単純で、果てしないほどに高みにある技の構造を。 そして、それが判った時の彼女の顔は……

 

「やれやれだ……まったくどこまでも強くなる。 困った奴だよ」

「へへ、おめぇもいつかここまで来れるさ」

「冷やかしか? 激励にしてはハードルが高すぎる――だが、受けてたとう」

「おう。 それでこそだシグナム」

 

 とてつもなく、嬉しそうであった。

 

 表情とか、動作とか、言葉だとかではない。 感じてしまったのだ、嬉々とした雰囲気を。

 シグナムは騎士であり戦人である。 戦いに、己がすべてを賭けることが出来る人物なのだ。 だから、そんな戦闘に生きる彼女をこんな風にしてしまった今の戦闘、果たして自分達も行ってしまえばどうなってしまうのだろう。

 

 戦いは常に殺し合いに発展する危険な代物だ。

 今ではスポーツになっている格闘技も、大昔では人を殺めるために存在した技に過ぎない。

 だが、それらを超えてしまう感情を与えるこの人物。 今を生き、まだ、“死合”を知らない彼等からしてみれば、どう映るだろうか?

 

「……」

 

 恭也の手は既に震えていた。 恐怖ではない、当然だ。 これは、遥か昔より日本国から伝わる高揚の震えなのだから……

 武者震い。 それを引き起こしているのは果たしてどれほどの人数だったか。 孫悟空という、こと戦いにおいておそらく頂点に居るこの人物と手を合わせてみて、自分の力を確かめてみたくはないか?

 

 自分という存在を、彼に見てもらいたくはないか?

 

「…………っ」

 

 そう思ってしまったとき。 高町恭也よりも先に動いたものが――

 

「え?」

「だめや、ハルにゃんはもう戦ったやろ? 次はうちの番や」

 

 居たうえで、それを押さえつける。

 黒い髪が控えめに揺れ、彼女の身体を包むバリアジャケットが強固さを増したかのように思えた。 大気が震えるのは、いま、彼女が纏う雰囲気に呼応させられたかのよう。

 

「…………」

 

 それから先、彼女は一切の発言を取り下げた。 もう、語ることはないこの先の光景。 あるのはただ、己が実力をぶつけ合う全力の戦闘に他ならない。

 

「ついに本性を現しやがったな? ……それがおめぇがずっと隠してた力か」

「…………」

 

 彼女の目蓋が、少しだけ落ちる。

 朗らかだったそれは、明らかに戦闘のそれに切り替わり、一気に周りを冷たい空気へと変貌させていく。 その、少女が纏う力が、より一層“黒”を深めた時。

 

「――――行きます」

「……っ」

 

 悟空は、首をわずかに傾げる。

 

 途端、聞こえる騒音は彼の背後数メートル先。 そこには先ほどまで雑木林が乱立していたはずなのに。 なのに……

 

「い、今のは……!」

 

 高町恭也が驚きを隠せず、つい振り向いた隣の少女に問いかけをしていた。 オッドアイの彼女なら、今起こった現象を説明してくれると考えたからである。

 

そう、彼は本当にわからなかったのだ、いま、確かにそこまで茂っていた――

 

「悟空の背後の雑木林が……消えてなくなってる!?」

「ジークさん、いきなり“鉄腕”を……」

「てつ、わん?」

 

そこまで言われて、恭也の目には先ほどまでなかったモノが確認される。 それは、ジークリンデと呼ばれていた少女の腕。 何もなく、素肌を晒していた其処に、いつの間にか飾り付けられた一対の装飾。

 

 黒い。 ひたすらまでに黒いそれは、何もかもを喰らう闇のよう。 恭也は自然、小太刀を握る力を強めていた。

 

「……」

「はぁッ!」

 

 ジークリンデ。 彼女の動きが一段上がる。 それに呼応して、いまだに腕を組んでいた悟空が摺り足。 足さばきだけで体制を変えると、第2撃をまたも躱す。

 

「ご、悟空の奴、あんな速度の攻撃をいとも簡単に」

「さすがです師匠」

「しかしそれよりも驚くのは、あのエレミアという少女のほうだ。 私ですら“流された”あの孫を、まさか回避を取らせるなんてな」

『!?』

 

 そうして聞いたシグナムの言葉に、二人して目を見開く。

 

「流していた? ……ま、まさか悟空はさっき――?」

「そうだ。 あれは超高速の受け流し。 言い換えれば防御のヒット&アウェイだ。 攻撃の軌道を即座に変えさせるが、その、あまりにも速過ぎる攻防は視認が出来ず、周囲にはまるで棒立ちをしているように見える」

「そ、そんなことをあの瞬間に……神速を使ってでも見えないだなんて」

「それほどに実力差があるという事だ。 我らと、あいつとの間に」

 

 だが。 そう続けるシグナムの目は、愛剣よりも切れ味を増していた。 その先には、今もなお悟空に迫る少女の影。 彼女は、いまだに悟空に回避運動を取らせている。

 

「――――殲撃」

「またあれが来る……悟空!」

 

 少女の黒い籠手が、まるで爪のように周囲を削り取る。 暗い呟きの後に行われたそれに、さしもの悟空も、いや、悟空はなぜか動こうとしない。 あの、削り取るかのような一撃が、既に胸元まで肉薄している。

 自分なら……そう思ってしまった恭也は、手に持った小太刀が不意になくなる感覚を覚える。

 絶対に避けなければならない。 肌で感じ、本能が訴えかけてくる攻撃に――しかし!!

 

「…………」

「う、そ……」

 

 孫悟空は、ついに避けるという事をしなかった。

 

 荒れ狂う爆風は渦をなし、全てを巻き込まんと回転を加速させる。 吹き飛びそう、そう思っていた頃には風は穏やかになり、舞い上がった土埃と共に、二人の存在を何とか周囲へ映し出させる。

 

 そこには。

 

「なるほど。 この黒っぽい魔力がぶつかって来ると、後ろにあった木みたく粉々にされるんだな?」

「……あたった……のに」

「ん?」

 

 微笑の戦士が、黒い籠手をものの見事に胸元へと突き立てられていた。

 

「いやぁ、なかなか変わった技だなぁって、感心したぞ」

「え、えっと」

「んでもまぁ、オラたちクラスじゃやはり話になんねぇな。 多分、大昔のオラならケガじゃ済まなかったんだろうけど」

 

 重くなった目蓋が見開かれ、口元が引きつり、出てしまっていたのは苦笑。 ここにきて、ようやく叶った至高への挑戦も、やはりというかなんというか。

 

「ウチのこの殲撃が当たってるのに――え、え!? どないなってんねや?!」

「気合、だな」

「きあい!? そ、そんなんで防御できるんなら苦労あらへんよ?!」

「んなこと言われてもなぁ」

 

 すっかり元の調子になった彼女は、こう言うのであった。

 

「……はぁ~~敵わへんわ、ホンマに」

 

 

 

 

 それから、汗をかいたからとそれぞれが温泉で心身を洗い流している間に行われるのは作戦会議。

 高町恭也と孫悟空。 男二人による、ただいま行われた女子二人の戦闘を、余すことなく解説しあうのでした。

 

「最初に行ったシグナムさんだが、あの人は速さではなくいままで積み重ねてきた技と、ある一定の場面で観られる力押し。 その両方がいい具合にバランスがとられている気がする。 俺とは、得物もそうだが、戦闘スタイルが似ている様で違うな」

「だな。 おめぇの場合、あの小さい剣で小刻みに動いて一撃必殺を狙うタイプだもんな。 まぁ、それが出来なきゃ違う方法もあるだろうけど、頑丈すぎる相手にはちと弱い傾向にある」

「あぁ。 そもそも俺の使う御神流は暗殺専門らしい、そう言う戦闘方法になるのは仕方ないだろう」

 

 もともとが闇にまぎれた戦闘技術の塊なのだと、恭也が語る中で悟空は腕を組む。

 

「正直言ってどうだ? 始めてオラとあいつ等魔導師が戦ったところを見て」

「……そうだな」

 

 そこから出た質問に、恭也の眉が少し動く。 もともと、表情の変化が少ない傾向にある彼だが、いま言われた悟空の指摘がどのように心に響いたのだろう。 左手を握ると、右腕で額を拭う。

 ……すこし、汗がにじんでいた。

 

「やはり身体能力が段違いだ。 魔法というものでかなりの強化をされているといっても、地盤というか地力というかな、強化された力に振り回されない鍛錬もきちんと行われてる」

「あぁ」

「シグナムさんは言わずもがな。 あのジークリンデという子は、あの年でよくあそこまで動けるよ。 16くらいだろ? 俺と2歳ほどしか変わらないと言っても、あの破壊力は正直驚かされる」

「だな」

 

 圧倒的に見えたアレに対して、気合だけでいなしたお前も驚愕を超えているが……恭也の呟きを笑って返すと、悟空のシッポが自由に動く。

 

「やる気、でたか?」

「……そう言うと思ったよ、お前は」

 

 深呼吸。 満たした肺は、室内と言っても肌寒い空気に刺激され、全身の血流を若干鈍らせる。 いや、鈍ったのはそれだけのせいではないだろう。 恭也は、思わず視線をそらす。

 

「俺は御神を捨てる気は――」

「んなこと言ってねぇよ。 ただな、このあいだのクウラの一件でも薄々感づいてるとは思うが、今までやってきたオラとの修行もどきじゃ、最悪の場合おめぇは……」

 

 その先を言おうと思った悟空は、なぜか言葉に詰まる。

 彼らしくない。 そんな躓きに恭也はそっと、先ほどの笑みを返すように口元を緩める。 そして、自身の至らなさや、悠長さ。 さらにいままで作ってしまったこの男への借りを、いま、ようやく自身の中でまとめると……そっと、握った左拳を解いていた。

 

 

 

「ふぅ、いい湯だ」

 

 孫と別れ、私と残る新顔のふたりは掻いた汗を流すために、この旅館きっての露天風呂にて、湯水に身体を沈めていた。 皆、腰まで届く髪をまとめて、湯船に付けないようにするのはこの国のみならず、この文化があるすべての次元世界共通の常識……なのだろうか。

 

 それにしてもヒノキか。 ……やはり、本場の露天というのは最高だな。

 

 やや、関係ない話が出てしまったか。 さて、私はなにも汗を流したいだけでここに来たわけじゃない。 狙いはもちろん他にある……それは――

 

「貴様ら、未来から来たのは本当か?」

『ぶーーーー!!?』

「む?」

 

 新顔のふたりが、なにやら同時に噴き出してしまった。 が、それはそれだ、一刻も早く問題を片付けてしまおう。 そう思い、私は次の質問を重ね掛けしてみることとする……二人の顔色など、あまり気にせ雑把にな。

 

「ちょ、ちょぉまってっ」

「どうしてそのことを……師匠が?!」

「……あぁ、そう言う事か」

 

 私としたことが、すこし手順を間違えてしまったか。

 

 ふたりが驚いたのは私がいきなり話しかけてきたことによる緊張の限界ではなく、その内容だったか。

 ……どう説明してみればいいか。

 

「……貴様らに言ってもわからないかもしれないが、ある事情でな。 昔、孫の記憶を垣間見たことがある」

「悟空、さんの?」

「そうだ。 そのときに見たある青年と、今のお前らの挙動が何となく似ていた。 ……そしてアイツのあの顔つき、これが決定的だったな」

『顔つきだけで……?』

 

 ずっと追いかけていたようなものだからな。 これくらい、造作ではない。

 初めて会ったときからは想像も出来んくらいには、あいつの挙動を追って来た私だ。 眉の動きひとつ、あいつの手振りひとつで、嘘と誠を言い当てることくらい、レヴァンティンへのカートリッジ供給よりも容易いことだ。

 

「そんなことはどうでもいいだろう。 私が聞きたいのはただ一つだ」

『…………』

 

 ここに来て彼女たちの顔つきが神妙なものになっていく。 ……さすがに、緊張感を与え過ぎだろうか? しかし、此ればかりはどうしても確認しておかなければ私の気が済まない。 いや、しなければならないのだ。

 奴は……あいつは――

 

「お前たちに、気の修行を課しているのか……?」

『あ、……え?』

「なにを気の抜けた声を出している。 かなり真剣な話をしているんだぞ。 どうなんだ、あいつから、どんな手ほどきを受けた?」

 

 少しだけ早口になってしまったが今は気にしない。 それよりも気にしおなければならないのは、奴の心境の変化であろう。 そもそも、あいつは高町とテスタロッサの将来を気にかけ、気の本格的な修業をオミット……いや、強いて言えば亀仙流の初期の修行を徹底して行っている。

 それは、このあいだの“同期”で垣間見たからわかる。

 

 だがこの娘たちはどうだ?

 先ほどの戦闘、あきらかに孫を追いかけた時の挙動は、視界に入っていないにもかかわらず、気配だけで察知し、死角からの攻撃にも対処して見せていた。 あれは既存のどの戦闘術にも選別されない、孫が持つあの世界独特の戦闘方法だ。

 

 我ら騎士と、魔導師にはまず扱えない領域の筈だ。

 

「受けたんだろう? 孫から、何らかの修行を」

『……』

 

 無言。 とは言わないが、なにやら彼女たちの視線が泳いでいる気がするのは勘違いではあるまい。 なにか後ろめたいことがあるのか?

 

「あの、実は……」

 

 引こうか。 そう思った矢先に聞こえてきた声はアインハルトと呼ばれた娘だ。 年にして15、6相当のこの娘は、何やら視線合わせまいとフラフラさせていると、ついに私が求めていた答えを言ってくれる。

 

「見よう、見真似なんです」

「……すまない。 よく聞こえなかった」

 

その答えは、まさに人を馬鹿にしたような答えだった。

 

「いえ、だから見様見真似なんです。 ……私が“彼”の事を師匠と呼んでいるのも勝手な押し付けみたいなもので」

「そうなんや。 空ちゃんな、弟子はぜってぇとらねぇ! ――って、頑なにうち等に手ほどきしてくれへんのや」

「……馬鹿な」

 

 気を、自分独自で体得したというのかこの娘たちは? 在りえん。 確かにそう言った奴は極まれにいるだろう。 孫のライバルであるサイヤ人の王子も、かつては機械によるサポートを必要としたが、同じサイヤ人である孫に出来て、王族の自分に出来ない訳がないという強引な理由で体得を敢行。

 結果、実戦にて成果を上げてはいる。

 

 だが、そんなものは一握りの才覚ある人物でなければ不可能だ。 そして、悪気はないがこの者たちに正式な指導なしでそれが行えるとは思えない。 ……未来世界、何があるというのだ。

 

「わたしは、そうですね。 少し前まで結構非常識な……それこそ闇討ち同然な一方的な決闘をしていた時期がありました」

「……それは、自分の力を試したかったからか?」

「……そうです、ね」

 

 何となくそう言うのは共感できるかもしれない……やっていることは良くないことだがな。

 積み上げてきた、築き上げてきた。 どこまで高い? どこまで強い? そう言った強さを証明したい、確認したいという感情は、何に対しても必ず抱くものだ。 やれ芸術だ、やれ競技だの、高めた己の力を試したい。 それは、この道に生まれてしまったのならだれもが持つサガであろう。

 だが、それがいったいどうしたというのだ?

 

「あの時のことは今でも忘れません」

 

 そう言うなり目を閉じる彼女は、まるで遥か遠い昔を思い出す旅人を思い起こさせるようだった。 私には、出来そうにない貌。 こんな少女がなぜこのような表情を取れるか、私にはわからない。

 だけど、この話を聞けば、もしかしたらこの者の思いを、ほんの少しでも理解できるのではないか……気付けば彼女の口の動きを追うかのように、私は聞き入ってしまっていた。

 

「あれは、昨夜のように静かな夜でした。 私は己がちからを確かめたく、いつものように格闘技の有段者との手合せを、やはり先ほど申したように少々、闇討ちのように繰り返していたのです」

 

 先ほども聞いた話。 だが、私はそれに対して茶々を入れるという事をする、そんな発想に至ることもなく。

 

「ミッドチルダには月が二つあるのですが、その二つがきれいな真円を描きながら、ちょうど真上から私たちを照らしていた時です。 ……あの人は、まるで初めから居たかのように私の目の前にあらわれました」

 

 あの人。 その言葉を言った時のストラトスの顔は、朗らかを通り越し既に満悦と言った感じか。 なにか、自分の相棒と巡り合った剣客のような顔つきだ。 ……なにが彼女をここまでにする?

 

「月に照らし出され、その赤々と燃えるような身体をさらに引き立てられた彼は、それはもうこの世のものだとは思えませんでした」

 

 赤々……それはまさか――

 

「縁取りをされた目元は映る者すべてを畏怖させ膝ざまづかせ、黒いタテガミは魅せるかのようにたなびく……あれはまさしく幻想其の物」

 

 縁取り? よくわからんが、何か化粧を施した……? しかし、ストラトスが出会ったそいつがもし、私の知り得る人物だとしたら。 それが使った技は世界の王が使うアレではないだろうか。

 

 ほぼ、間違いないと断定していく私だが、其の中でもまだ疑問が残る。 それは、つい先ほど孫から念話もどきで聞かされた“全盛期”という言葉。 彼女がアイツに向かってぼやいていた言葉らしいが。 ……さて、これはどういう事だ。

 

「名乗りを上げるつもりでしたが、硬直してしまった身体ではそれが叶わず。 けれど、あの人はそんなわたしを高みから見下ろしながらも、“礼”をしてきたのです」

「亀仙流――孫悟空……そう言われたのだな」

「……はい」

 

 ここまでは予想通りだ。 

 そしておそらくだがコイツは私と同じことをされたに違いない。 ……先ほどの戦闘の――

 

「全身の細胞が訴えかけるままに、わたしは持てる全てを振り絞って挑みました。 しかし、やはり彼には抵抗の“て”の字も出来ていなかったのです。 先ほどシグナムさんに使っていた高速の受け流し。 それを使われていることもわからず、ただ体力が尽きるまで彼に拳を当てに行き……」

「行き?」

「ふと目の前が暗くなって、その…………気が付いたら彼が住んでいる家のベッドの上に寝かされていました」

「……残像拳か、只の移動か。 しかし孫の奴、事情は分からんがこのような実力が下の者に界王拳など――」

 

 使ってくれるなど、私と対峙した時よりも気前がいいのではないか? ……もちろん、クウラのせいで戦わされていたときのはカウントに含めない。 あれは、私がしたかった闘いではないからな。

 

「カイオウケン……ですか」

「ん?」

 

 しかしどうしたことだ。 なぜそこでお前が頭上で疑問符など作ってくれる。 孫が使っていた技の事ではないか。 赤いオーラと、急激に上がる戦闘能力、さらに肉体の各機能の強化。 消耗と損傷のリスクはあれど、あれ以上に合理的な技はこの世界に存在しないはず。 そして、それを扱いきれるものなど現時点では奴ただ一人だと思うのだが。

 やはり未来の時代に置いてそれを扱えるものが……? いや、もしやなんらかの不具合が孫の身に……?

 

「まぁいい。 しかしなぜ気の運用を覚えた話がアイツとの出会い話になる? そこが理解できんのだが」

「そうですね、わたし自身かなり半信半疑なんです」

「?」

「わたしはあの時、その、本当に彼を恐れてしまった。 故に身体が持つ限り全力で……それこそ、壊れるのも覚悟でぶつかっていきました」

「……お、おい。 まさか貴様」

 

 ここで孫の悪いところが発揮されたとでもいうのか? ピッコロの時と言い、フリーザの時と言い。 奴は戦う相手の力量を奥底から引っ張り出し、全力戦闘を強要させる悪癖がある……自覚は無いだろうが。

 

「そのときにコツというか、真髄を垣間見たはずなんです。 気の、扱いかたという物を」

「……死を感じた時、稀に新たな力に目覚めると言うが……サイヤ人ではないのだぞ、まったく」

「あ、ちなみにウチはね?」

「……なんだ」

「そ、そんなつかれた顔しないでくださいよ。 ……う、ウチは空ちゃんとの試合中に、何となくわかるように――」

「――もういい。 これ以上人の可能性の話は分かった……どうせプログラムの我らには扱えぬ生命の神秘だ。 気になった、私が愚かだったのだ」

『??』

 

 ふっ。 まさかこのような感情を持てあますとはな……しかしいまさらなことだが、アイツがこの世界に与える影響力というのは想像が及ばない。 世間一般では名もなき武道家で通るアイツだが、こう、我らで言うところの裏事情――世界の神秘というところではここまで精通している“人間”は他に居ないだろうな。

 だからこそ、そいつと本気で触れあった者は、こうして何らかの影響を受けてしまう。 ……あの最低卑劣な一族の王子ですら一目置き、不老不死という最初の目的を消し去ってしまうほどにな。

 

「……孫め」

『……??』

 

 分らぬ。 そう言った顔をする奴らはまだ子供なのだろう……今にわかるさ、自分が認めた者が、どれほどに大きい存在になっていくかと思い、胸に馳せるこの感覚。 ……いいや、そう簡単にはわかってほしくはないかもしれない。 この、気持ちだけは――

 

「ふふ」

「シグナムさん?」

「どないしたん……?」

「いや、なんでもないさ。 それよりも随分と長湯をしてしまったな。 お前たち、のぼせては無いか?」

『い、いいえ……』

「そうか。 ならばこのまま上がるとしよう。 ……孫と高町の兄を随分と待たせているはずだからな」

『は、はい!』

 

 赤く火照った体に、この季節特有の乾いた風が襲い掛かる。 それでも冷えることが無い身体を持て余しつつ、我らは脱衣所へと向かい歩いていく。 ……女だけの会話というのは、どうやらここで終わりの様だ。

 

 

 

 

「ん!」

「どうした悟空?」

「いや、シグナム達が近づいてきてるなって思ってよ」

「……1時間強か。 さすがに女の長風呂と言ったところか」

 

 キョウヤとの話もひと段落と言ったところか。 そっから数十分くれぇトランプで遊んでたんだけど、これがまた強ぇ強ぇ! オラ自身、勝負運はかなりあるとは思ってたんだけど、どうにも最後の一枚の選択でアイツのポーカーフェイスにやられちまう。

 ……相手がベジータあたりならやりやすそうなんだけどなぁ。 あいつ、ここぞという時に顔に出るし。

 

「さて、悟空」

「……う」

「これで30回目の残り一枚だ。 ……どっちだ?」

 

 ……キョウヤの奴、なんだかえらく子供っぽくなってるように見えるのは気のせいか? ……まぁ、いいけどよ。

 

 えぇと、オラの手にはハートの6があって。 向こうにはおそらくババともう一枚の6があるはずだ。 ……柄が何かは聞かないでくれると助かる、オラ、そこまで考えて勝負してねぇしな。

 

「右で行くぞ!」

「へぇ……それでいいのか?」

「んじゃあ左」

「………………っ」

 

 これだ。

 普通ならここで左を即座に選ぶんだろうが、さっきからこのやり取りで何度はめられてると思う? 16回あたりから数えんのやめたぞ。

 

「こうなったら……うっし!」

「ま、まさかお前!!?」

 

 へへん、いちいち目に頼るからダメなんだ、こういうのは。 目で見るんじゃなくって身体で感じんだ。 右か左か……これも考えるな、思った方に手をのばせばいい……

 

「こっちだ!」

「――あ!」

 

 どうだ、どうだ……? うっすらと目を開けて行って、持ったカードの柄を確認する。 色は黒くて、剣みてぇなマークの入ったこれは……

 

「やった勝ったぞぉ! ははっ、ピースピース!」

「くそぉ。 最後の最後で負けるとは……トホホ」

「そんな落ち込むことねぇだろキョウヤ。 おめぇここで負けたとしてもオラより何回か多く勝ってるんだしさ」

「まぁ、そうなのだが」

 

 こういうとこ、兄妹そろって似てんだからよぉ。 なのはと言いミユキといい。

 

「負けず嫌い」

「それはお前もだろ?」

「……そういやそうだな」

 

 こりゃあ一本取られたなぁ。 ……オラも人の事言えねぇくらいには負けず嫌いだった。

 文句を言いつつ、散らかったトランプを山札にしつつ、買ってきたままにしておいたケースの中にしまうキョウヤ。 あいつがそれを部屋の奥にしまおうと立ち上がろうとした時だ。

 部屋ん中に、遠慮がちな音が聞こえてきた。

 

「ん? 客か?」

「だな」

 

 お互いに言葉は少ない。 なにせ誰が来たかは言うまでもなかったからな。

 

 さてと。 男同士のお遊びってのも、どうやらここで終わりみてぇだな。

 

 

 

 

「邪魔をする」

「失礼します」

「こんばんわぁ」

 

 孫悟空の部屋に華やかさが入り乱れる。 色という色を持ち合わせ、初々とする一方で愁いを見せる顔をするのは誰だろう。 だれでもいいと切って捨てる戦闘民族はこの際おいておくとして。 とにもかくにも、いま、このむさくるしい空間に、肌を火照らせ頬を赤く染めた華たちが舞い落ちてきた。

 

 時は既に深夜もそこそこ。 このように男女がひとつの部屋に集まるというのはどこか後ろめたいところもあるのかと、おもう桃色の髪を結った女が居たのだが。

 

「空ちゃん、どう? 似合ってる?」

「ん? さっきまでの黒い服とは正反対だからなぁ。 なんだかイメージが一気に変わったみてぇだぞ」

「そう? ……えへへ」

「…………ふぅ」

 

 父と子の様だ。 そう漏らしたのは一人だけでいいはずだ。 きっと……

 

「……ん、そういえば孫。 お前、あの後から身体の具合はどうだ?」

「なにがだ?」

 

 バカなこと言うな。

 シグナムが思わず頭を抱えると、悟空がそっと首を傾げる。 どうしたんだ……そんな声が聞こえてもおかしくない傾げ方に、ピンクの頭髪がわずかに震える。 シグナムの、呆れが最高潮に達したようだ。

 

「お前はあの時、自身の限界のそれ以上を発揮したんだぞ? 普通ならば身体が耐え切れず、筋が断裂するなり骨が折損するなり何かあるだろう」

「なんだよシグナム。 おめぇオラに怪我でもしていてほしかった見てぇにいうじゃねぇか」

「そうじゃない。 そうじゃないのだが……わからんのか、全部イチイチ言われんと」

「へへ、どう思う?」

「…………馬鹿者」

 

 いつの間にか、からかわれていると気が付いたのは誰だったか。 周囲の子供たちを置いて行く“外見だけなら10代20代”の男と女は、まるで視線だけでなぐり合うかのよう。

 にやりと笑った悟空を皮切りに、シグナムのポニーテールがふわりと浮いたみたいだ。

 

「まぁいい。 その様子では心配するだけ無駄なのだろう」

「まぁな。 なんでか、身体の方は絶好調だ」

「ならいい」

 

 去れとてそれで争うような間柄ではない彼と彼女。 小さく火花を散らしたかと思うと、そんなことを見せつけない程の静けさで距離を保つ。

 そんな関係がわからなくて、今の攻防の意味が解らない子供ふたりはただ、悟空とシグナムとを不可思議な視線で見ることしかできないでいた。

 

「あ、そう言えばおめぇたち、どうしてここに来たんだ? オラになんか用か」

「――忘れていた。 孫、この者たちが未来から来たのは聞かせてもらった。 そしてその原因が今現在あると言われている書物庫の事も」

「ん、あぁ」

「そこに行くときなのだが、我らも連れて行ってもらえるよう取り合ってもらいたい」

「おめぇたちも?」

「そうだ」

 

 我らのいい方が、ヴォルケンリッターを含めた全員という意味合いだというのは、雰囲気で何となく掴んで見せる悟空。 だけど、そこから起こる問題になぜだと思う、その前に。

 

「わかった。 ギルにでも頼んでみるか」

「恩に着る」

 

 そう言って深い問題を孕むであろう話題を、マッハで片づけてしまった。

 

「――――って、ホントにそれだけなんか? イチイチここまでくるんだから、何かあるとは思ってたけどなぁ」

「さぁな。 それに話があるのは私だけではないのだ、それくらいわかるだろう?」

「……アインハルト、おめぇまだ何かあるんか?」

 

 あたまを掻き、しっぽを揺らした悟空が射抜いた先にはオッドアイの少女が正座で待ち構えていた。

 今か今か……佇む住まいは真剣そのもの。 みるモノに刀剣類の輝きを見せつける彼女は、事ここに居たって緊張をピークに昇らせていた。 彼女をここまで硬くさせる事態、いったい何があるのかと、隣にいるジークリンデすら首を傾げる始末だ。

 そうして、アインハルトが喉を鳴らしたときであった。

 

「少しの時間、ここに、この時代での貴方と時を同じくする。 だったらと考えてみたのですが」

「なんだ?」

「困るよりも開き直ってみました! 私を、貴方の弟子――」

「――――無理だな」

 

 …………笑顔が凍り付いたように見えた。

 

 孫悟空が放つ最速のカウンターは、いかなる次元世界の猛者でさえ受けきることは不可能。 それは、身体だけではなく言葉でもそうだったのか。

 鍛え上げられた身体の奥。 世界を震わせることが出来る叫びを生産する横隔膜より発せられたお断りの声に、さしものアインハルトも反応が出来ない。

 

「おい、大丈夫かその子。 さっきから固まってるだけみたいだが」

「ストラトス? エミリア、容体を見てくれ」

「……あかん、ハルにゃん息して無い」

 

 大口を開け、両手をワキワキ動かすだけのアインハルトに救いの手などどこにもなかった。 その姿に悟空はまるで無関心を貫くように天井を見上げ、そっと喉を鳴らす。

 いまだに道着姿の彼はその山吹を小さく揺らすと、その場から消える。

 

「どうしてですか!!?」

 

 消えた場所に大きな騒音が響く。 そこに居たはずの者は既に何処かへ移動し、それでもと見渡したアインハルトの首筋に……誰かの指が沿う。

 

「そんな大声だしちゃダメだぞ」

「……ざ、残像」

 

 いつの間にか、後ろを取られていた。

 

 いやいや、隙だらけだったのだからその発言はおかしいだろうと、ジークリンデが目を半開きにする中で、悟空はため息をついていた。 それは、あきれるというよりは困ったような、鬱屈模様が強い色合いである。

 

「この時代のなのはたちにも言ったんだけどよ」

「……」

 

 後頭部をかき、立ち上がっては正座の彼女を見下ろす悟空はまさに父親のような佇まいに見える。 そんな彼が、アインハルトに向かって何を言うのかと思う物は一人だけ。 残る二人の剣士は、ただ、状況を静観するのみであった。

 

「オラが使う技とか、気の運用とかは、この世界にいらねぇ影響を及ぼすらしい。 そもそもな、オラが居るから悪人が流れ込んできた可能性もゼロじゃねぇし」

「そんなこと――」

「ないとは言い切れねぇ。 だからな、そんなオラの力を怖がって、無い事にしようとしたそっちの世界でのえらいヤツの所にいるおめぇ達や、そこで頑張ろうとしているヤツにオラの技を使わせたらどうなるかわかるか?」

「…………そ、それは」

「そこは多分、未来のオラも同じ警告はしているはずだ」

「……っ」

 

 畏怖し、遠ざけ、封殺する。

 力の何たるかをわかるのであろう。 次第に瞳を強く光らせるアインハルトに、どこか満足げにうなずいた悟空はそれ以上言わないし、続きを聞かない。

 ニンマリというより、朗らかな彼の笑顔を見せられたアインハルトの表情が、次第に柔らかいモノに移り変わっていく瞬間であった。

 

「すみません。 なんだか一人で興奮してしまって」

「気にすんな。 だれだって今より上を目指せるって解ったら興奮しちまうもんな」

「……はい」

 

 オラだってその内の一人だ。 だれもが聞こえたその言葉は、実は只の空耳で。 でも、そうとしか聞き取れないナニカが、彼の背後を往ったり来たりしているのは何よりも明確であろう。

 

「んで? ジークリンデの方はなんかねぇのか? さっきからなんも話してねぇだろうに」

「ウチはええんや。 ここからずっと先で、悟空さんにはいろんなもらい物をしてるから」

「……ふーん、そっか」

 

 どうでもよさそうな感じで答える悟空は、果たして何を考えていたのだろう。

 過去、現在、未来。 いかなる時間軸にすら存在を許されない……はずの彼は、この先何を思い、どう歩みを進めていくのか。

 それは、まだこの世界の誰にもわからない。

 未来を生きる者も、現在を歩く悟空も。 そして――――――――――

 

 

 

 

 

 ――――――――――そして、過去から出でし者が、その暗闇をわずかな間で確実な大きさまでに膨らませていたことなど。

 

 

 

孫、悟空(カカロット)……ふふ……会いたい、逢いたい……ウフフフ……あはははははははははははははははははははははははははははは――――」

 

 

 誰一人、分ろうはずもなかったのだ。

 




悟空「おっす! オラ悟空!!」

なのは「温泉もいろいろあってついに最終日。 いろいろあったけど、たのしかったな……」

フェイト「うん。 ところでなのは、悟空知らない?」

なのは「え、悟空くん? ……知らないけど、どうしたの?」

フェイト「その……わたしともお風呂――――」

悟空「おーい、アインハルトー! キョウヤと一緒に組手しねぇかー!」

アインハルト「は、はい。 是非!」

娘ふたり「……」

悟空「ん? なんだか背中がチクチクする。 まぁいっか! 次行くかな、そろそろ。 次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第59話」

???「闇、消えず」

悟空「なぁ、おめぇ誰かに似てねぇか?」

???「知らん。 そちらとて、人の事は言えぬとは思うが」

悟空「え?」

???「ふふふ……まぁ、今宵は此処までにしよう。 ではな」


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第59話 闇、消えず

新年あけましておめでとうございます。

今年は去年よりも投稿ペースを上げていきたいと思いながら遅い群雲です……すみません、本当に遅れてしまって。

さて、何やら新章突入の予感がする59話。
ふたりでて、あと一人が出ない……………ではどうぞ。


 

「おいっちにぃ――」

 

 山吹色が上下に動く。 深く下へ、高く上へとリズムを刻んで揺れ動く。

 

「さんしぃ――」

 

 黒いツンツンあたまは相も変わらず自由な形を維持して、四方八方へと揺れ動く。 しかしそんな自由さがうらやましいのか、追従するものが居た。

 

「む、っく……」

「りゃあ……」

「だぁ……」

「よっと」

 

 しかしそれらの勢いは弱い。 先頭を行くものをランナーと例えるなら、後ろの物たちはさしずめヒヨコ? それとも亀か。 とにかく遅い後列に先頭の男が振り向く。

 

「ほらほらどうした? もうへばっちまったのか」

『…………ぐぐぅ!』

「もうすこしだ、頑張れって」

 

 手を叩き、空間に音を木霊させる。 只の平手で出来る芸当じゃないのは音だけでわかる。 そしてそんなことにもう驚かない彼女たちの常識も、既にいろいろと取り返しがつかないところまで落ち込んでいったりしている。

 

 常識を超えるのが亀の修行。

 

 それを体現するかのように、先頭を行く“青年”は足腰を唸らせていく。 ……ちなみにだがいま彼等彼女たちが行っているのは下半身の重点的なトレーニングである。

 

「ギ!? ぎぎ……ぎ」

 

 まず、棒立ちの状態になる。 そこから片方の膝を胸元にまで持ち上げて軽く付けてから降ろす。 この時、荷重を若干前に倒しながらゆっくりと前進するのがポイントである。

 

「はぁ! はぁ――ッ」

 

 一動作5秒。 早くてもゆっくりでもダメなそれをひたすら繰り返すこと360秒が経過する。 下半身、特にふくらはぎと腰付近に掛かる負荷が限界まで溜まっていく。 キツイ……漏らしそうになる言葉は呑み込んでしまい、後列の子供たちの行進は続く。

 

「ほらあと十歩! もう少しもうすこし!」

『……っ!!』

 

 其の中でも先頭ランナーは元気溌剌!!

 “黒い”ブーツとインナー、さらにリストバンドを付けている彼は、今日も山吹色の道着を身に付け尻尾を振るう。 その姿がどこまでも自然体で、でもだからこそ信じられないと言った顔をするのは……

 

「ど、どうして――」

「ん? どうしたなのは」

 

 栗毛色をした女の子である。 名を高町なのはと言う彼女は、私立の小学校に通う三年生。 当然先頭を行く不可思議な男とは比べることさえ笑い沙汰なくらいには非力で、普通ならこんなトレーニングはいらないお年頃の娘である。

 ……つい、半年前まではだが。

 

 そんな彼女は不可思議な男に向かって視線を投げる。 

 

「どうしてそんなに元気なの?!」

 

 そうだ、この質問だ。

 今現在、男のすぐ後ろには4人の子供たちが列をなしている。 高町なのは、フェイト・テスタロッサ、アインハルト・ストラトス、ジークリンデ・エレミアという構成は、そろいもそろって同じ動きと同じ装備で悟空の跡を追っている。

 

 ……背中に亀の甲羅を背負いながら。

 

「く、キツイ」

「これ相当やわぁ……何キロあるん?」

「……たしか30キロだったはず。 ……二人とも大丈夫?」

「それよりも何よりも、悟空くんの軽快さがわけわかんないのですが……」

「へへっ! ほらぁ、もっと元気に!」

 

 息も絶え絶えな少女達を置いていく様に、先ほど述べた無駄がありすぎる移動方法でひたすら進んでいく悟空。 しかし彼の背には例の亀甲羅など装備されていない。 あるのはただ、黒い色の装飾品のみ。

 

「よっ」

 

 逆立ちで50歩。

 

「は!」

 

 片手による逆立ち、そして腕立てを100。

 

「それっ!」

 

 手首のスナップによる垂直跳びで、心身宙返りを決め込み両足で着地。 Y字にそろえた全身で決めるポーズをするとそのまま走り出す。 あまりにも軽やかなそれは見るモノに体操選手の影を彼に纏わせる。 しかしだ……

 

「ねぇ、フェイトちゃん」

「……どうしたの?」

「悟空くんがいま着けてるのリストバンドだけでも“どれくらい?”」

「……200くらいかな」

 

『……………………………あ、はは』

 

 特訓が日課である孫悟空に遊びは無い。 とことんまで費やす修行の時間、過酷さは既に常軌を逸していた。 いましがたフェイトが口走っていた数字の単位を聞き返す……そんなこともできないで魔法少女達はただ、ランニングを続けるのであった。

 

「それにしてもすごいんですね」

『え?』

 

 称賛の声。 それは高町なのはから上がるものであった。 向けた先に居る新規組の覇王と鉄腕はそろいも揃って気の抜けた返事をしてしまう。 それが疑問だったのであろう。

 

「え?」

 

 高町なのはも、ついつい彼女たちに釣られて気が抜けた声を出していた。

 

「あ、いやすみません。 そのまさか、なのはさんにすごいと言われるとは思っていなかったモノで」

「そうやなぁ、ウチもあのエースオブエースの人にそんなこと言われるとは思てへんかったわぁ」

『…………?』

 

 そこから来る知らない単語と、どうしてか自身を知っている風な言葉たち。 それを前にしてなのはとフェイトの首が傾げられるのは当然のことであろう。 その姿を見た新規組は、ランニングの足取りを5回程繰り返すと……

 

「……あ」

「ハルにゃんっ――いえいえなんでもないんよぉ……ところでどうしてウチらが凄いん?」

 

 無表情の中に焦り模様を作り出し、上がった煙をそそくさと鉄腕が振り払う。 何事もなかったかのようにシフトさせる黒髪の彼女は、両手を振りながらなのはに聞き返していた。

 それに対してやや視線が細くなったなのはではあったが……

 

「そのですね。 いきなり悟空くんの修行に付き合うっていうところと、それについて行けるところがすごいなって……」

 

 腕を振りながらの回答。 その無垢すぎる視線はおそらく、2回目の同化を終えたピッコロ相手なら嘘を言わせない静かな迫力があったであろう。 そんな反則球を真っ向で受けてしまったアインハルト・ストラトスは……

 

「す、すみません」

「ふぇ?」

「……すみません」

「……?」

 

 ただただ、謝る事しかできなかった。

 

 さて、身体がいい感じにあったまってきた“と、悟空が思っている”頃合いだろうか。 先ほどまでは海岸を走っていたはずの彼女たちが、木々の茂みが強いと心で呟き始めていた。

 香っていた潮の空気は既に緑葉樹独特な大地のモノへと変わり、日差しも遮られて若干周囲が暗い。 ……明らかに秘境だとわかるこの場、しかしここはなのはとフェイトにとっては特別な場所であった。

 

「すごい。 ……都会のすぐ近くにこんな」

「なんだかえろう不自然に出来てはるんやなぁ……誰かが手ぇ加えたんやろうか?」

「久しぶり……だね」

『え?』

 

 新規2人が見上げる中、フェイトが小さく呟く。

 少し歩けば雑草が生い茂るここは、かつて彼女たちが少年に案内された場所。 まるで樹海だと漏らした新規組を置きゆき、彼女の目の前には幻想が広がる。

 

――――頼むから泣かねぇでくれよ?

 

 黒髪のやんちゃ坊主と金髪の泣き虫娘。 今思えば誰かの前で泣いたのはあの時が初めてだったのかもしれない。 知らない、それどころか敵でさえあった彼は本当に自分の心をどこまでも解していった。 ……決して、他人に弱みを見せまいと決めていたのに。

 

「そうだね……フェイトちゃん」

 

 なのはが返事をする。

 初めて知った戦とそれにまつわる誰かの涙。 力を振るえば誰もが喜ぶわけではない。 一人救えば一人が泣くジレンマは10才にも満たない少女には過ぎた悩みだったろう。 ……決して、誰にも迷惑をかけたくないと思っていたのに。

 

――――あのトラおんなが邪魔するってんなら、ちょうどいいからまた相手してもらおうじゃねぇか!

 

 何の迷いもなく、それでいて敵だったものすら子供で言う遊び相手としか見出さない彼。 聞く者が聞けば酷いとか無責任だとか思うだろう。 ……事実その通りなのだが、でも、そんな醜さを感じさせないのは。

 

 

 来い! オラが相手だ!

 いまあいつ等のこと狙ったな! オラ頭に来たぞッ。

 邪魔しねぇでくれ、今いいとこなんだ。

 今の攻撃もう一回撃ってこいよ。 さっきなのはが邪魔した分、受けてやるから!

 

 

 彼が、あまりにも純粋すぎたから。

 その思いは彼が背負う深紅の棒よりも真っ直ぐで、意思の強さは金剛石とは比較にならない。

 何にも染まらず、どんな型にもはまらない。 だからこそ形にばかり拘り、本当に見ないといけない些細なことを見過ごしてしまう子供たちの、ひいては管理局の提督数名の心を掴んだともいえるのだが……

 

「よぉしここまで来ればいいかな」

『?』

「まずはフェイト、ちょっとこっち来い」

「え?」

 

 さて、そんなこと知ってか知らずか彼……孫悟空は金髪っ娘に向かって手招き。 にこにことしたいつもの表情は、いましがたマラソンを終えた彼女にささやかな癒しを与える。

 ……のだが。

 

「バルディッシュ見せてくんねぇか?」

「え? バルディッシュ?」

「あぁ」

 

 黄色いデバイスを手のひらに乗せる。 光沢が映す満面の笑顔はいつも通りの彼のモノ……そう、この時でさえ持ち主も――――――

 

「次なのは。 レイジングハートを」

「あ、はい!」

「よしよし……」

 

 ――――デバイス達でさえ。

 

「ティオだったっけか? おめぇ今回は強い力貸すの無しって約束、守ってくれてすまねぇ。 このまま守ってくれたら後でオラがうめぇモン御馳走してやる」

【にゃあ!!】

「ティオ?」

 

 思いもしなかったであろう。

 彼が、あのサイヤ人が何を考えていたなど……想像だにしなかっただろう。

 

「旅館から大体40キロ程度。 おめぇ達にとっちゃかなりの距離だったろ、お疲れさま」

『は、はぁ』

 

 なんだか今日の悟空は優しい。 それが現代魔法少女達の感想というところが、どれほどに悟空の特訓の辛さを言い表す。

 

「おめぇ達、朝飯もまだだからハラぁへったろ?」

『え、はぁ??』

 

 只のねぎらいだぞ? 今のは。

 そんな言葉が未来魔法少女達に降りかかる。 念話を使わずとも先人にあたる少女ふたりの言いたいことをキャッチするあたり、危機管理能力だけは素晴らしいのであろう……そう、そこまでならまだ常人の出来であった。

 

 しかし、しかしだ。

 

「よぉしそんじゃあ“前半戦”も終わったことだし、ここから一気に後半戦行ってみよー!」

「は?」

「え?」

「うそ……」

「……そんな」

 

 孫悟空はそこからさらに畳み掛ける人物だ。

 

「ハラ減ってるんなら早く帰って飯にしたいもんな」

「そ、それはそうですけど師匠――」

「そう空ちゃん! いくらなんでも少しだけ休憩――」

 

 未来形魔導師の非難轟々。

 それに釣られて現代少女達も首を縦に振る。 確かにキツイ、今回ばかりは自分達も同意見だと言わざるを得ない。 皆が首を縦に振り髪をきれいに揺らす中で、しかしこれには圧倒的に切迫した事情という物が存在していた。

 

「いやよ……あ、ほれ、あの時計の短針が8になるまでにつかなかったら、シャマルの奴が料理の特訓始めるらしいから、そこから先の献立は保障できねぇ」

『……バカナ!?』

「それでもいいってんなら自分のペースでも構わねぇけど……どうすんだ?」

『な、なんて……』

 

 恐ろしいことを……!

 この時ばかりは戦慄した。 高町なのはと他二人はともかく、悟空とアインハルトのふたりはあの料理の何たるかは身体と魂が記憶している。

 

「あ、あぁぁぁ――――」

 

 震えるのは心……

 

「は、はぁぁぁ……~~」

「どうみても脚にきてんな」

 

 日本古来から伝わる武者震い…………

 

「うぉぉぉぉぉ……~~」

「あんな震え方だったら便所の前のオラの方がすげぇ」

「だめだ……あ、あれは人間界に存在していてはいけない……イケナイ……いけない……うぅぅ――!?」

「ハルにゃん!?」

「ジークさん……刻一刻を争う緊急事態です……た、多少の犠牲を払ってでも旅館に――」

「いつもの武士道精神が消えた!?」

「なんだっていい! あの料理を避けるチャンスですッ!」

「きゃ、キャラやないで……ハルにゃん」

 

 水鉄砲から出た流水が如くその威厳だとか迫力だとか、とにかくいろんな大事なものを地の底に持って行かれていく彼女に挽回の余地なし。 誰もが苦笑いで済ませてしまっているのはそれほどにベルカの料理人が恐ろしいからだろうか……

 

「古代ベルカの料理って……恐ろしい!」

「フェイトちゃん、あんまり真面目にとってあげるのは古代で生きていた人たちに対して失礼だと思うんですが……それにみんなが皆あんな腕前な訳ないからね? たぶん」

 

 そこに対しては証明の仕様がないのが古代文明のジレンマ。 文字通りカオスに包まれた超古代への同情の念を胸に、彼女たちはいま……

 

「おめぇたち余裕あんな? あ、もう一つ言っておくけど時間ギリギリすぎてもメシは無ぇかもしんねぇぞ?」

『どうしてでしょうか……?』

「そりゃあ――オラが……」

『食うのかッ!?』

「へへっ」

 

 大飯ぐらい孫悟空の底意地というのを垣間見ることとなる。

 

「そんじゃいきなりだけどはじめっか! なんて言っても早くしねぇとシャマルが仕事始めちまうからな」

「ちょっと悟空くん! いくらなんでもここから1、2……2時間で到着なんて無理だよ!?」

「んなことねぇって。 いまのおめぇたちならギリギリ間に合う計算だぞ? そんじゃ頑張ってな――――」

「だからギリギリじゃダメなんだって!! ちょっと聞いてるの悟空くん! 悟空くん!? …………はぁ」

『たはは……』

 

 反論爆発なのはさん。 “目の前に居る”悟空に向かって身振り手振りの講義をするが相手にされず……その姿が微笑ましいところにまで上昇した頃であろう。 “まだ”目の前に居る孫悟空に向かって自称弟子が一歩出る。

 

「私たちの年頃の師匠ならどれほどの……そう聞くのは無駄な事なのでしょうね。 ですがこの修練、必ず果たし生きて帰ってきてみせますッ」

 

 拳を作り、手の甲を相手に見せるかのように構えると気合を上げていく。 まるで今にも必殺の技が炸裂するかと思わせる闘気は、当てられたものに戦意の炎を燃焼させる……

 

 だが。

 

「…………」

「あの、師匠? できればなにか」

 

 何か返事を。

 そう思ったのであろう。 いつまでも無口で無言、何の音も鳴らさない武道家の彼に大きな疑問が出来上がるアインハルト。 真剣そのものの彼の顔を眺めること10秒の事だ……いまここで、この世界に置いてもっとも付き合いの長い少女達が気付く。

 そう、孫悟空は。

 

「こ、これ……はぁ。 ごめんね、アインハルトさん」

「え?」

「今目の前に居る悟空くん……残像みたい」

『なんですとッ!?』

 

 叫んだ声に遊くれ……一気に消えて行った残像は青年の物だ。 姿も声も完全に消失したこの瞬間、未来組に残るのは高性能な残像拳が醸し出していた満面の笑みだけと。

 

「……っく!」

「は、ハルにゃん?」

「こうなっては仕方ありません。 空腹が限界に達する前になんとしても旅館に戻らなくては」

「せ、せやな。 空ちゃん先生のことや、食べ物がないって言うたらホンマに無いに違いあらへん」

「えぇ。 それに……」

 

 固い決意と……

 

「またもあのような時空を彷徨う羽目に、二度と会いたくありませんから!」

『……うーん。 この子は一体どんな目に逢ったんだろう』

「ふんっ!」

 

 想像に容易い凄惨な未来であった。

 ドスンと打ち鳴らされた拳の音。 足腰強く、決意は固く、震える心は奮えに変えて。 いま未来形魔導少女と現代系魔法少女の4人組は深い森を抜けて県道を走り始めたのであった。

 

 残り時間128分。

 天(災)料理人が厨房へ足を運ぶまであと少し……急げ!!

 

 

 

 

 

 時計の針が一週した頃であった。

 

 息は上がり始め、足の放熱が限界を超えて冬なのに汗を掻き始めた頃。 いまだ早朝だという事で小鳥がさえずるのだが、道路を響く足取りは……激しい。

 

「一意専心……風林火山……死中に活を見出せ……」

「すごいアインハルト。 さっきから先頭を走ったままペースが落ちない」

「渇して井を穿つ……されどいまこそ弱馬道を急ぐ真似をしてでも走り抜けろ……」

「……あたまの方も燃え上がってるのはいただけないけど」

「あの人見た目に反して結構燃え上がるタイプなのかな?」

「どうだろう」

 

 ぶつくさと言いながら足取り速いアインハルト。 それを後ろから見守るフェイトとなのはの反応はどこか人間観察めいたものがある。 というより、いまだにお互いを知らないのだ、この4人は。

 

「というよりも悟空くん、朝行き成り修行するぞって引っ張り出してジークリンデさん達と走らせてどういうつもりなんだろう」

「悟空のことだから無駄なことは考えてないとは思うけど。 何かあるのかな?」

「……うーん」

 

 朝。 そう朝だ。

 いきなり孫悟空に肩を叩かれながら起こされて、気が付いたら亀甲羅を背負いそのまま彼の背中を追った今日この頃。 今もなお走り続けるその最中に、師匠のやりたいことがよくわからないなのはとフェイト。

 しかしその中に完全な疑いの眼差しがないところは酔狂か、心酔か……信頼だと思いたいと本人たちは頭を振るう。 そのときであった。

 

「あのぉ」

「どうかしたんですか?」

「いえいえ。 ただお二人にお伺いしたいんですけど」

 

 彼女達のうしろから声が投げかけられる。

 正体と言えば悟空と同じ黒髪を左右に流した“鉄腕”を操る少女、ジークリンデ・エレミア。 ごく普通の黒っぽいジャージ姿の彼女は高町なのはに質問をかけていた、若干、恐る恐るではあったものの。

 

「お二人って、空ちゃ――ちがった、悟空さんとはいつ頃知り合うたんでしょうか?」

『??』

「ほら、だってこのペースをその甲羅を背負ってずっとやし。 扱きに慣れてるというか、身体が大きいうち等とほぼ同じ体力言うのは若干気になるというか」

『あぁ、そういうこと』

 

 それは、当然と言えば当然の反応であった。

 身長にして120センチのなのはとフェイト。 そんな彼女たちは今現在小学3年生の子供真っ盛りだ。 間違っても戦闘民族の背中を追いかけ、地を這いつくばりながらも“空”を目指す年齢ではない……無いのに。

 

 そうだ、間違っても……

 

「そんな重いの付けながら自動車と並走するなんてどうかしてます!」

『そ、それは……たはは』

 

 県道を法定速度ギリギリ超えて走る車と張り合っていて良い物などではない。 断じてない。 黒髪を微妙に揺らしながら言うジークリンデの表情はニガイ。

 

「悟空くんかぁ……実は会ったのは今年の春先なんだよね」

「うん。 それで師事したのが梅雨頃。 そのときからずっと修行ばっかりだよ」

「え?! それだけの期間でここまでの体力を?!」

『そうだよ?』

「ばかな……」

 

 一日5時間平均を30×7か月で1050時間余り。 はたして人間はこんな短期間で身体構造の限界に迫れるものなのであろうか。 そして孫悟空の修行内容の過激さなんて公にすらされない――いや、出来ない。 故にジークリンデの目つきは緩いモノになる。

 目尻も、涙腺も何もかもが緩んでしまい……

 

「が、がんばったんですね……お二人とも凄すぎです」

「い、いやぁ……照れちゃうよ」

「そうだね。 ここまで本当にきつかったのは事実だし」

『えへへ……』

 

 気づけばその目から雫を流していた。

 聞けば涙、語れば嗚咽。 辛いを凝縮している微笑だと理解できてしまったが故の涙であろう。 こんな笑顔を見てしまったら、いかにマイペースなジークリンデだとしても思うことがあったのであろう。

 駆ける脚に、入る力が一気に増す。

 

「ウチも頑張らないと……!」

「負けないよ?」

「はい!」

 

 声を上げるなり走者のギアが一段階上がった気がした。 深く握った手はそれが軽やかだと言い表すかのように素早い仕草で行われていく。 いま、未来と現在を生きるはずの子らが、自らの力量を伸ばし合うべく……走り抜ける。

 

 

 

 ……そのときであった。

 

「……ッ!? み、みなさん伏せてください!!」

『!!?』

 

 高町なのはたちが走り抜けている県道に、直径100センチの穴が穿たれる。 早朝、さらにラッシュを終えたという事もあり交通事情は特に問題はない。 だがそこに穴が開いたという事実が消えるわけではない。

 それを見た瞬間に皆はフルブレーキング。

 差し出した右御足で地面を深く蹴りつけると全荷重移動を停止。 いましがた開けられた大穴に向かって情報収集の目を向ける。

 

「な、なのは」

「うん。 焦げ臭いアスファルトの臭いからして、何者かがたった今開けたんだとは思う。 それに……」

「穴の周りがきれいに抉られている。 つまり物理的な干渉じゃない……最悪魔法関係者」

「凶悪な場合、悟空くん達気功系統の人間の仕業かも。 火薬だとかそんなのではここまで行かないはずだよ」

 

 たった一回の異常事態でかなりの情報を読み取る少女達。 ここ半年の災害級事変の経験は伊達ではないという事だろう。 さて、そんな彼女たちはしゃべりながらも片手を背中に持って行く。

 今現在自分達は修行中であり、悟空から重石を課せられている。 それはなにも彼から受ける密やかなプレッシャーなどではなく物理的な物。 時に辛いと振り返り、時に忘れ

たまま学校へ行ったこともあるその背負いし物をいま、静かに落としていく。

 

「……ふぅ、これ、結構肩こるんだよね」

「そうだね。 でも、これを外したときって結構好きかな」

 

 ドスン。

 静かに置いたはずなのに聞こえてくる効果音は、ただそれだけで超重量を感じさせるには十分で。 それを解き放ったときであろう、戦闘の際でのスタイルとは逆の格好をしていた音速の鎌使いは背伸びする。

 

「自分がどれほど強くなったか実感できるから」

「それに関しては賛成だよ」

『…………っ!』

 

 そんな彼女たちに釣られるかのように背中の装備を外していく新規二人。 情けない話、重石の重量は少女達の半分となっていたのは悟空だけの内緒である。 それでも今とさっきまでとはかなり違うことがある。

 

「……す、すごい」

 

 右足のつま先を地面にトントン。

 叩いただけでわかる足腰の鍛錬具合と疲労具合。 たった数時間のランニングでここまで効果が上がるのだろうか、思ってもみなかった悟空マジックにアインハルトが嗚咽を漏らしそうになる。

 

「もしかしてさっきの奇妙な歩き方にも秘密が……?」

 

 ジークリンデもそれは同感の様で。 その答えが悟空の奇妙なダンスのような歩方だと見抜くと思わず口を緩める。 ……あのひとは、やはり自分たちが知らないことばかりをその身に宿しているのだなと。

 

「ふたりとも、気を付けてください」

「敵は何人いるか解らない。 そもそも敵であるかもわからないから攻撃は慎重に、周囲への被害を最小限にしていこう」

『はい!』

 

 4人が背中を合わせる陣形を取る。 誰が言った訳ではないこれは、まさに阿吽の呼吸の速さで行われるものであった。 会って数日もない、実働時間なんてさらに低い彼らを根底から結ぶのはやはり……山吹色の武道家に他ならない。

 刻み込まれた戦いへの姿勢、それが今必然的に噛みあった瞬間であった。

 

「……けどどうするんですか。 なのはさんにフェイトさんはデバイスを師匠に持って行かれていたはず。 全力戦闘は――」

「うん、確かに出来ないけど」

「出来ないときは出来ない時なりの戦い方っていうのがある。 だから気にしないで」

「……はい!」

 

 アインハルトの懸念事項はこれで無くなった。 ふたりの強さは自分達もそれなりにわかっているつもりだ、故にこれ以上の気遣いは無用……息を吐き出しながら拳を前に作る。 いま、臨戦態勢を完全に作り上げた彼女は見える視界だけに集中。 あとは3人に託すのであった。

 

「…………」

 

 息を吸う。

 周りに漂う気ごと体内に内包し、周りと自分を一体にさせるべく気配すら断っていく。 こうすることで空気の流れとも一体となり、周りの機微に咄嗟に反応できるようにさせるのだ。 アインハルト以下三名も同じことをやっていた……彼らは、互いの視覚を補う。

 

「どこや、どこから攻撃が…………ッ!?」

 

 ジークリンデの皮膚に、若干の違和感が触れる。

 しかしこれはどういう事だろうか、この違和感はまるで言うなれば……無機質。 機械のように、岩のように、ただそこにいるだけで発せられる途轍もないナニカ。

 

「……っ」

 

 生唾を呑み込む。

 今まで感じたことがないそれは彼女の背筋を駆け上がる。 怖気……いま起こった心の機微がそれだと判明するのには、少女にはまだ少しだけ時間が足りず、そして時間を与えるほど敵は気長ではないようで。

 

「…………にぃっ!」

「みんな散って! 上から攻撃が来る!!」

『!!?』

 

 高町なのはの声の下、四人が4方向へ飛び去る。

 

「…………ケタケタケタ」

「な、なんなんや今の攻撃」

「突然爆発した……?」

 

 舞い上がるアスファルト。

 爆炎濃いこの場では何があったかわかりずらい。 しかし、しかしだ、それでも聞こえてくる気味の悪い音はなんであろう。

 

「く、この! 出て来い!!」

 

 アインハルトの戦哮轟く。 不意打ちの連続は彼女の神経を逆なでするのであろう。 そっと奥歯をかみしめた少女はそのまま拳を硬く握り締める。 そして、その問いに答えが返ってきたとして。

 

「なぜ塵芥のために我が動かなければならぬ? 来るなら早くするがいい」

「……そうですか。 なら――――!」

「ま、まって!」

「おちついてッ……」

「はああああ!」

 

 話し合いになったのであろうか?

 一番槍はアインハルト。 物静かでありながら内に秘めた闘争心は誰よりも強く、気高い。 気位ともいえるそれは、彼女が内包する武人の魂がなせる物だというが……今回、それが仇となる。

 

「はっ!」

「遅い……」

 

 反動もなに居もない突き。 拳打によるそれは虚しくも空を切る。

 聞くだけで中々の威力だとわかるそれになのはもフェイトも目を見開いていた……惜しい、そう言った声が出てくるのは当然のことであったが、しかし。

 

「あかん」

「ジークリンデさん?」

「このままじゃ……」

 

 それでも、ジークリンデ・エレミアにはただ一つの懸念事項が頭から離れない。

 

「おそい、遅すぎる――」

「ぜぁあ!」

 

 今度は蹴り。

 左足を軸に懐を相手に見せるかのような上段蹴りは、やはりものの見事に躱されてしまう。 だが。

 

「かかった!」

「……ふむ」

 

 飛ぶ、いや跳んだのだ。 

 軸にしていた左足で地面を蹴ると打ち出していた逆の足による反動で宙を舞う。 それによりいまだ煙の中を揺蕩う不遜な輩に追随し、尚且つ次の攻撃の足掛かりへとする。 空中で身体は寝かせた状態、さらにそこから回転を加えながら相手に近づくと。

 

「くらえ!」

「…………ほほう」

 

 左足刀が相手の頭上に降りかかる。

 被さる影に薄く笑ったかのように見えるが、今はそれを気にしているほど“余裕”が無いアインハルトはこのまま攻める。 ……空を切り、風となった彼女の蹴りが届く――誰もがそう思った時だ。

 

「甘いな、やはり」

「くッ、障壁?!」

『惜しい!』

「いや、今のは完全に読まれ取った」

『!?』

 

 魔力による壁に阻害されてしまう。

 ガキンと火花が散る最中でも平然と立ち尽くす正体不明の人物。 舞い上がった煙幕は今の攻撃でさらに濃くなり正体を掴みあぐねる。 さらにジークリンデから聞こえる言葉も状況が著しく不利だという事もなのはとフェイトに強く理解させるのだ。

 いま、自分達にはいつもの力がない。 ならば行うことはひとつだけであろう。

 

【アインハルトさん】

【!? ……なのはさん】

【熱くなってるところごめんね。 でも、すこしだけお話いいかな?】

【……はい】

 

 作戦会議を展開。

 思考と行動をまとめて、次なるチャンスを掴み取れ。 ……高速で展開された障壁をしり目に今の態勢を崩すアインハルト。 後方宙返りを繰り出し、そのまま回転を保持しながらなのはたちが居るところにまで引き下がる。

 

【すみません、勝手な真似を……】

【いいよ。 むしろ悟空くんだったらあのまま問答無用で叩き伏せてたかもしれないし、言うこと聞いてくれてよかったかな】

【う゛……はい】

【と、ちょうどよく悟空くんの話が出たけど、いまの障壁を見た感じどうやらあっちの人はこっちと同じ魔導師のヒトみたい。 それが判っただけでもかなり楽になったかな】

【そ、そうなんですか?】

【うん。 もしも悟空くん側のヒトだったら撤退も考えてたし】

【……】

 

 ニコヤカで居ながら強か。 それが高町なのはの持ち味なのは言うまでもないであろう。 空腹は限界寸前、修行途中で体力と気力は半減で、さらにデバイスが無いのが半数居るために戦力は激減。

 場合によっては……そう考えていた高町なのはにすこし光明が見えてくる。

 

【実をいうと数日前に痛い目に逢ったばかりでして、それを教訓に逃げるのも手だというのを学んだばかりなんですよ】

【そ、そうなんですか……あのなのはさんが逃げなくてはいけない相手……】

【え? どうしたの?】

【いえ、何でも。 ……ところでこれからどうするのですか?】

【うーん】

 

 構えながら足を一歩前にずらす。

 まるで行けと言われれば突撃しますよと言わんばかりの行動になのはは焦りを禁じ得ない。 やめろって言ったばかりの行動を繰り返そうとするところ、少しだけ“彼”に似ているのは微笑ましいのだが。

 

「……困っちゃうんだよね」

「はい?」

「どうした? かかって来ないのか」

『……!』

 

 時間があまりなさそうなのでやめてほしい、それがなのはの思うところだった。

 さて、ここまでであまり周囲に被害なく、なおかつ双方にこれと言った損害もない今、まだ話し合いの余地はあるんじゃなかろうか。 高町なのはは煙幕の向こうに瞳を据えると、そのまま声を高らかに……呼びかける。

 

「すみませーん!」

「……なんじゃ?」

 

 高町なのはが声を文字通り投げかける。 遠くにいるのだから大声になるのは仕方がないとして、返ってくる声も何となく相手にリズムに合わせたモノ……トーンを維持したまま会話が続く。

 

「あなたはどうしてこんなことをするのでしょうかー!」

「どうして? 知りたいか……?」

「……は、はい!」

 

 もったいぶるように気配が動く。 足音が聞こえないところはおそらく相手が飛行魔法か何かで空に浮いているから。 そして聞こえてくる声はおそらく……

 

「……わたしたちと同じか少し上、かぁ。 うん、何となくどんな人かわかってきた」

「なにか言うたか?」

「いえ、何でもありません」

 

 相手に喋らせるごとに次々と全体像がわかっていく。

 こういう誘導尋問は幼かった青年とのいざこざでそれなりに得意な彼女はここで、情報の統合を行っていた。 彼女は、やはり強かである。

 

「我はいままで深き闇に封じ込められ続けた。 なんの拍子か知らぬが、つい先日の巨大な爆発でようやっと出てこれたのでな、ちょうどいいからすこし戯れておったのだ」

「闇……ばくはつ?」

「それにずっと巣食っておったあの爬虫類風情も、おとなしく外に出ていきおってな、気分が良いったらこの上ないわ」

「爬虫類……!?」

 

 ここまで聞けばなんだかどこかで知った話であろう。

 闇は言うまでもなく、爆発はおそらく孫悟空のアレ。 そして最後のトカゲだが……これはやはり言うまでもないであろう。 なのはたちにとってはターレスの次に死の恐怖を植え付けた最悪権化……奴の名は――

 

「も、もしかして……く、クウラって名前の?」

「……そんな名であったかのう。 まぁ、大きくデータ領域を食っていた名称は“ビッグゲデスター”などというゲテモノみたいな名前ではあったが。 ……よく知らぬ」

「ビッグ、ゲデスター……?」

「……ふむ、そちらもよく知らぬと言った顔じゃな……まぁよい。 さて、そちらばかり聞くのはなんだか不公平ではないか?」

「え? あ、そうですね……なにか聞きたいことはありますか?」

「うむ……実はな」

 

 ここに来て初めて返ってきた言葉のキャッチボール。 相手に会わせるといった趣旨なのであろう、高町なのはは聞きの態勢に入る。

 

「我はとあるものを探しているのだ」

「…………」

 

 だが、その探し物という単語を聞いたとき、話しはドンドンきな臭いモノへと変化していく。 嫌な予感、なのはの背筋に雫が零れていく。

 

「探しているのは4つ。 我の配下2人と…………」

「……」

「砕け得ぬ闇」

「く、くだけえぬやみ?」

「そうだ」

 

 抽象的な表現なのだろうか。 しかし先ほどから聞こえてくる闇の連呼で何となくわかってくる関連性。 そうだ、そもそもクウラが絡んでいた時点で嫌な予感は大連立を組んでなのはを襲っていたのだ。

 彼女は……

 

「もしかして貴方様は闇の書の関係者さんなのでしょうか……?」

「まぁ、隠す必要もないから言うが、そう言うことになるな」

『…………』

 

 沈黙が訪れる。

 現代組は歯を軋ませ、未来組は事の重大さをまだ掴みかねている。 わからないのだ、15年ほど昔の、それも“秘匿された事件”の事なのだから。 

 

【す、すみません高町さん。 闇の書の事件というのは終わったのでは……】

【そうなんだけどごめんね、こっちもよくわかんないや】

【……やはりこの時代、私達にも知らないナニカがあるというのか……?】

 

 アインハルトは警戒心を上げていく。 聞いただけの事件、直接介入することなんてなかったはずの事例。 そもそもとして彼女が居たところでは闇の書なんて伝説上の物語と化し居るのだ、そんな神仏のようなものと遭遇して、警戒するなというのが無理という物。 気づけば、足を少しばかり後退させていた。

 

「そ、そう言えばもう一つあるって言ってましたよね? そ、それってなんですか?」

「ん? なんだここまで言ってやったら普通至っても良いとは思うのだがな……まぁ、聞きたいというのなら言ってやらんこともない。 今の我はいささか気分が良いからな」

「……ありがとうございます」

 

 高町なのはの質問が続く。 いや、言葉による時間稼ぎの方が正しいだろうか。

 探し物……そうだ、この一年間それしかしてこなかった気がする高町なのは。 ジュエルシードに、海へ消えた孫悟空、そして己が未来を決める道と……

 

「あの“可能性の世界”より来た伝説の秘宝。 異星の神秘である“龍の御珠”を探しておる……そう言ったらわかるであろう?」

「りゅうの、みたま……?」

 

 アインハルトにはわからなかった。

 奴が何を言っているのか、何を探して自分たちを襲ったのか……聞こうとして、すぐ横にいた伸長120センチに視線を下ろそうとした時だ……

 

「…………ッ?!」

「……へぇ、そう…………!」

 

 そこには、子どもなんて居なかった。

 ゾクリ……思わず触った喉もとには何もないであろう事は分っていた。 けど、どうしても確認しないではいられなかったアインハルトの顔色が崩れる。

 

「どうしてあんなものが必要なの?」

「……中々どうして、童子だと思っていた奴が良い目をしおる。 ……聞きたいか?」

「差し支えなければおねがいします」

 

 丁寧語は崩さない。

 だが見えてしまった不遜な瞳に、しかし相手は満足そうに笑いを返す。 傲慢であり慢心であるその態度には油断を思わせるが……なのはの緊張度はむしろあがっていくばかりだ。

 

「あぁなんだ、言ってしまえば只の保険に過ぎぬ、本命は砕け得ぬ闇ただ一本」

「そう、ですか」

「なんだ貴様、アレで叶えたい願いがあったのか?」

「…………」

「だんまりか」

 

 高町なのはは考えていた。 言葉もなく、息を吸う事さえ忘れてだ。

 元来、彼女が求めている龍の秘宝は騒乱を呼んできた。 悟空が手伝いで集めていた頃はピラフ一味が。 悟空が進んで集めた時にはレッドリボン……この時は多くの犠牲を出したという。

 

「最初の攻撃、あれはどういう事でしょうか?」

「あれか? 言ったであろう……戯れである」

「そうですか……ひとつ、言っておきたいことがあるんです」

「なんだ?」

「あのですね」

 

 そして、悟空が命を賭して守った地球。 そのときに出した犠牲者をどうにかして救いたいがために求めた時には……

 

「あんなことをする人がドラゴンボールを集めると、大概悪いことが起こるんです」

「ほうほう、それは大変だな……」

「このまえと言うか、ちょっとした出来事で知ったんですけど、ドラゴンボールが生まれたという星に悟空くんの仲間の人が向かった時です。 そこではあなたのように力で訴える人が居たんですよ」

「それで?」

「……その人たちは……その人たちは」

 

 アインハルトは奮える。

 振るえといっても過言ではない類いのそれは、真横から発せられる力が原因であろう。 何が彼女をここまで燃えたぎらせるのかは知らないが、確実に起こった変化……彼女は、なのはは……

 

「その星の人たちを虐殺していったんです」

「……なッ!?」

「ぎゃ、く……」

「ふふん」

 

 知っていた。 あの事件の事を。

 

「それでもしもあなたが同じことをしようっていうのなら、止めないといけないんです」

「……そうであろうな。 それが当然の反応だ」

「しないですよね?」

「どうだろうな。 我が覇道を邪魔する者あれば叩き伏せるのは道理であろう?」

「…………」

 

 それは凄惨な出来事であったのは高町なのはにだってわかる。

 間接的であるが知っている情報。 ……その星の、嫌でも少ない人口を圧倒的に減らす行為は冷酷にして残虐、そして……満たされないと駄々をこねた宇宙の帝王が織りなす悲劇と、今現在それを想起させる目の前の人物に、彼女は確かに怒りを覚えていた。

 

 影に視線を落とす。

 

「どうやら話し合いというのは無駄だったらしいな」

「どうしてもダメですか?」

「そうだな……ふふん、その野獣のように研ぎ澄まされた眼を持って、我を説き伏せてみれば話は変わるとは思わんか?」

「……ダメですか」

「フフ……」

 

 傲慢不遜な輩は口元から笑みを転がす。 いかにもといった雰囲気で決まった決裂の道。 何となく……わかっていたからこそ、高町なのはは。

 

【フェイトちゃん、悟空くんに連絡できた?】

 

 いままで、金髪の彼女には一言もしゃべらせなかったのである。 ……だが。

 

【だ、だめだ。 悟空と連絡がつかない……それどころか結界のような物で念話が――】

【え!?】

 

 労した策は実らず、それどころか。

 

「作戦タイムというのは終わったか? 何やら愚策を奔走させておったようだが……無駄に終わったようだな」

「っく……こんな」

 

 こんなはずじゃ……高町なのはの浅知恵が轟沈。

 この時より半径3キロ限定で“内”と“外”が出来上がる……当然その間を行き来することは不可であり。 打ち破る手段と言えば……

 

「どうする? ふたりはまだ未熟、もう片割れは戦力外……厳しいのではないか?」

「ご忠告どうも……」

 

 今はすべて外に置いてある。

 

「どうするなのは。 この結界強度、おそらくスターライトか悟空のちょっとだけ気の乗ったパンチぐらいじゃないと破れない」

「だよね。 ……どうしよう」

『ちょっとだけ……?』

 

 頼りたい相手とは連絡がつかない。 おそらく気の探知だって阻害されるであろう今の状況は圧倒的に不利。 こちらの存在を主張できなければ瞬間移動も使うことが出来ないからだ。 それを、嫌でもわかるなのはは目をつむる。

 

「よし、ひらめいた」

『!』

 

 その脳内に輝くのは黄金の方程式。 綺麗にまとめて且つ、激闘を予感させるこの先を走り抜ける最上の一手。 高町なのはは今、一世一代の大勝負に乗り出した! ……それは。

 

 

 

 

 

 

 AM7時03分。 海鳴の外れ、温泉旅館内の宴会場。

 

「うめぇ!!」

 

 がっつがっつり……食物連鎖の頂点が叫び声をあげていた。 目の前に広がるありったけの宝石たち……もとい、輝く食材たちは孫悟空を唸らせた。

 

「おはようございます、悟空さん」

「あんた朝から食うわねぇ……ちょっと、後ろの奴っておかわりした皿の山? よくもまぁこんなに……」

「ん?」

 

 オードブルはいらねぇ―――孫悟空は最初からフルコースだ!!

 そう言って差支えがない位に並べられた食事達はまさに豪華絢爛であった。 山のように積み上げられたブロック肉に、河川を思わせるカレーのルー。 煌めく透明度を誇る生ハムは、まるで触れれば溶けるように輝いている。

 血のように赤いトマトのスープに浮かぶロールキャベツに、朝の霜に当てられたばかりの山菜、野菜の小さな畑を思わせる大皿……その上に鎮座するポテトサラダ。 朝だからという理由で“控えめ”に作られたそれらは種類がまだ少ない。 しかしゲストがゲストだからであろう、今このときその生産量は国内で……いや、世界で一番の調理の数と言っても愚問ではない。

 

 当然、こんなに喰らうのならばそれなりに材料費、食材の調達方法、いろんな問題があるのだが。

 

「前衛! 無理があるなら変わってやってもいいぞ!?」

「へ! こんな怪物相手に腕が鳴らないヤツは料理人じゃねぇよ――まだまだ行くぜ!!」

「食材……クロノさんが転移魔法で送ってくれるってよ!」

「よっしゃ! それなら遠慮はいらねぇな! おい後衛、昼のために今から下ごしらえやっとけ、100人分でほっこりしてっとあの人に全部持ってかれるぞ!」

『はいっ!!』

 

 ここの料理人たちは玄人のようなのであまり心配はいらないようだ。

 

「あの~~わたしも手伝いましょうか……?」

『アンタはこっち来るな! 閉店してから好きに使わせちゃるからすっこんでろ!!』

「ひ、酷い……」

『うちで食中毒患者なんか出されたくないんだよ!』

 

 

 …………心配はいらないようだ。

 

 

「あっれ? そう言えばなのはとフェイトは?」

「そう言えば……悟空さん、知りませんか?」

「もふ? ……んぐぐ――けふ。 あぁ、あいつ等ならウミナリの外れに置いて行った……んぐんぐ」

『へぇ……』

 

 伸ばした手が掴んだのは生ハムの山。 無造作に取られ、削り取られたそれらは瞬く間に悟空の胃袋に収められていく。 そしてカレーの入った銀の取り皿をもう片方の手で掴むと……山のような白米が埋め立てられて、カレーライスへと商品名を変えていく。

 

「いや、ちょっと待ちなさいよ?!」

「温泉旅行中に修行ですか!!?」

「あぁ、そうだぞ。 あいつ等伸び盛りだからな、休む日数が多いとその分伸びが遅くなる。 少しでも間隔は置いておきたくねぇ」

『……けどねぇ』

「なに、軽く流す程度さ。 オラもそこまで空気が読めねぇ訳じゃねぇって」

 

 カレーライスは既にない。

 次いで飛んでくるのはこれまた山のような焼き飯。 キムチを真横に置いて、いつでもキムチin焼き飯に出来るようにしているのは飽きを見越してのことだろうか。

 

「それにちゃあんとあいつ等の事は気で追ってるから大丈夫だって……ん?」

「けどねぇ、たまにあんたって手加減とか効かなくなるってなのはがよく……どうしたのよ?」

「いや、あれ? はやて?」

「え? はやてちゃんがどうしたんですか?」

「いまはやての魔力が……?? あいつ等と遊んでんのか?」

『??』

 

 キムチin焼き飯は既にない。

 さらに流れ込んでくるのは冬だからであろう、土鍋に敷き詰められた旬野菜たち。 ぐつぐつと煮詰められ、その内に潜めている白身魚と鶏肉とが見事な出汁を作りながら顔を出すのを待ち続けている。 ふたを開け、湯気を鼻孔で受けるだけでよだれがとまらない。

 

「あ、ごくう。 おはよ~」

「あ、れ? はやて?! なんでおめぇこんなところに!?」

『???』

 

 土鍋の中身は空である。 熱い汁の一滴すら残っちゃいない。

 次に来たのは北京ダック……しかしかの国の伝統なんて知らない悟空は皮をはぐなんてことはせずに噛みついていく。 片手間で飲茶を貪るのも忘れない。

 

「おかしいなぁ、おめぇいまさっきなのはたちの所にいなかったか?」

「……え? いくら筋斗雲を貸してもらってる言うても、さすがにこんな寒いなか飛んでは行かれへんよぉ」

「おかしいな……」

 

 天津を片付け、餃子を25人分胃袋に収めた頃、ようやく悟空の箸がとまる。

 

「主、こんなところにいましたか」

「探しましたよ……と、こんなところでなんて顔している、孫。 何かあったのか?」

「お? あぁなんだ、夜天にシグナムか、おっす!」

「おはようございます」

「おはよう」

 

 悟空しかいなかった宴会場に、ダンダンと人の波が押し寄せてきた。 増える人数はまだまだこれから、この旅館内にはあと数十名も人員が居るのだから驚きであろう……これが非公式の集まりだとは言えないくらいだ。

 さて、孫悟空が首を左右に振る。 何かを探しているようだが目的の者は見当たらないようで、いったい彼はなにを探して――

 

「あ、悟空さんおはようございます」

「お、ユーノいいところに来た」

「はい?」

 

 それは奇遇にも来たようで。 フェレット姿の小動物、ユーノ・スクライヤが小さな体を駆使して悟空を駆け上がる。 一瞬で彼の頭部へ座り込むや、まるでそこが定位置と言わんばかりに落ち着いた態勢を取る。 ……完全に野生の野良猫か何かを連想させるのはどうしてだろう。

 

「なぁ、魔法でさ、結界だとかを張れるのっておめぇとクロノ、後はあのネコ娘やシャマルたちぐれぇだよな?」

「どうしたんですかいきなり?」

 

 突然の質問に彼の目を見るユーノ。 ……それが、あまりにも真剣だったのであろう、フェレットの身体が少し震える。

 

「…………いや、少し思うことがあってよ」

「たしかに悟空さんが言う通りですけど……あとはそうですね、グレアムさんやリンディさんといった高位の魔導師も……あと、はやてもできなかったかい?」

「え、わたし? ……うーん、たぶん夜天の書にそんなんがあったような……」

「そうかはやてか」

「どうしたんですか?」

 

 段々と鋭くなる悟空の雰囲気。 それを肌で感じ取った騎士(シグナム)融合騎(リインフォース)は……釣られてしまったかのように目を細める。

 

「何かあったのか?」

「まさか戦闘?」

「いや、実はさっきなのはたちを修行でウミナリの外に置いて行ったんだが、返って来る途中のあいつ等の気が途絶えたんだ」

「なに? 途絶えた?」

「あぁ」

 

 食器が置かれる。 その間にも運ばれてくる大量の食事達、それに一瞬だけ目配せする悟空は口元から唾液がとまらない……止まらないのだが、手が出ることは無く。

 

「この感じは初めておめぇ達と敵対した時に似てる。 嫌な予感がするんだ」

「……だが、貴様の修行を受けたあいつ等がそう簡単に」

「オラだってそう思う、いや、そう思いたい……だけど一個だけ不味いことがあるんだ」

「なんだ?」

 

 シグナムの問い。 それに答えるにはやはり簡単な手段はひとつのみ。 道着の上着に手を突っ込み、弄ること数秒。 彼は二つの宝石をその手に乗せる。

 

「こ、これは高町の……! それじゃ今あいつ等は――」

「あぁ、魔法を大きく制限させてる。 身体鍛えるのに魔法の補助だとかはかえって邪魔になるからな」

「確かにそうだが。 しかしその状態で襲撃者なんかあったらこれは……」

「ちと、まずいな」

「……」

 

 その手を握り締めてただ天井に視線をやる悟空はなにを見ていたのだろう。 子供たちの安否、いや、果たしてそれだけだろうか……

 

「正直な、迷ってるんだ」

「なに?」

「いや、オラがここでちょっかい出してあいつ等の代わりに事件解決するべきかどうかってな」

「孫、お前……」

「なに言ってんのよ、そんなの出来るならやった方が――」

「あ、アリサちゃん。 今は少しだけ……」

「むぐぅ!?」

 

 右手を動かし、持っていた宝石たちを弄ぶ。 その間に入りそうな茶々はすずかが抑え、少しの間だけ悟空の返答を待つ。 彼の、言いたいことを皆が待つ。

 

「そりゃあ闇の書の時はしかたなかったさ。 なんてったってクウラが居たんだ、ありゃあおめぇたちがどうにかできるレベルを遥かに超えてたさ。 けど、今回もしもそうじゃなかったら? なんて思うんだよな」

「……」

「それによ、考えても見たらオラだっていつまでもこのままって訳にもいかねぇ。 いつかは帰るし、そうでなくてもこの歳だ、必ず先に死んじまうだろうさ」

「ちょ、何言ってんのあんた」

「悟空さん……」

「ホントの事だろ? 親ってのは、子どもよりも先に死んじまうもんだし、それが自然な事なんだ」

『…………』

 

 ありえない。 そう言った顔をしたのはアリサだけだったろうか。 初めて見た4月の頃の少年とは思えない心境の彼……老成していると言っても過言じゃないそれに、確実な違和感を覚えるのは仕方がないだろう。

 最初は子供で、少ししたら青年で、ちょっと目を話したら中年の男。

 それを感じさせない雰囲気と変わらない性格に物言いは皆の感覚を狂わせていたに過ぎない。 そうだ、彼は経験だけで言えば守護騎士のそれを遥かに上回る。

 

「では、今回は手を出さないのですか?」

「どうすっかな」

 

 尋ねるはこの場で一番の長寿……リインフォースである。 長い銀髪を乱らせると、足音もなく彼の真横へと赴く。 積み上げられた食器を掻き分け、ただそこにいるのが当然の様に佇むと……

 

「貴方は私のようなただ生きながらえてきた存在とは真逆……むしろ生命であるが故に一度しか経験できない“死”という物を複数回経験した稀有な存在です。 あの世とこの世を何度も行き来した貴方が何を思うかなんて、その実この世に居る森羅万象には理解出来ないのでしょうね」

「……ッ」

「悟空さん」

 

 堰を切る。 多い言葉は、しかし極力減らしたと言外に語る彼女はそのまま悟空を見る。 逸らさない互いの視線で何を語っているのかは彼女たちにしかわからない。 だが……

 

「それを、分ったうえで言いましょう」

「なんだ?」

「貴方は、じっとしていることなんてできるんですか?」

「…………」

 

 沈黙が訪れる。

 けれどすぐさま聞こえる空気の流れる音。 吸って、吐いて。 気味が良いくらいに規則正しい強い音は、山吹色の道着を纏う男から聞こえる呼吸音。 周りの気を一気に取り込み、己がものと変えて……背筋を伸ばす。

 伸びた先にある天井に届けと言わんばかりに両手を上げると、彼はそのまま……

 

「わっかんねぇや!」

『…………』

「いろいろ考えたんだけどな、まだ答えってのは出てきそうになさそうだ。 強そうな奴いたら腕試ししてぇし、そいつが面白かったら先を見てぇ。 ……そこん所は譲れねぇかな」

「そうですか」

「あぁ!」

 

 片手を開く。 ほうり上げられた2個の宝石は自由に宙へ舞う。 それを横からかっさらう形で掴みなおすと胸の前で拳を作る。 ただ強く、只硬く、見る者すべてに力を見せつけるように。

 

「いつか、おめぇ達の誰かがオラを超えたら、勝負して、そんでケリつけたら全部任せてみるのもいいかな」

「それはそれは……」

「それまではあいつ等の上から偉そうにしてる……のもつまんねぇからな、いろいろやってるさ」

「ふふ。 これは大変な課題を残す……」

 

 歩き出した彼は玄関まで一直線。 そのあとを追う形で一般人のすずかとアリサが彼の背中を見る。 ……大きい。 初めて見た時の摩訶不思議な彼がここまで大きな存在だとは思わなかった。

 思い返せば数か月前の小さな少年は……どこまでも大きくなっていた。

 

「アリサ、すずか。 少しのあいだ待ってろ、すぐみんな連れて帰るからな」

「早く帰ってきなさいよ? あんた朝ごはんの途中だったんだから」

「みんなの分残しておきますから!」

「はは! そいつは悪いなぁ」

 

 そうして背中を向ける悟空に―――一つ掛けられる声がある。

 

「孫!」

「シグナム、おめぇは此処でみんなの事守ってやってくれ。 相手の正体がわからねぇ以上、無駄な戦力の分配は避けるべきだ」

「しかし……」

「それに気で相手を探れねぇおめぇたちじゃなのはたちを探すのは困難だろ? 心配すんな、ヘマはしねぇから」

「……わかった」

 

 それは、騎士本来の役割を託す物言いで在った。 本人にそんな気があったかは知らないが、言った言葉は完全に理にかなっている。 ……だが。

 

「アタシはついて行ってもいいんだろ?」

「犬が喋った!?」

「この子、フェイトちゃんのところの……?」

「アルフ? いや、おめぇも――」

「アタシは鼻が利くんだ。 結界張られてようが何だろうが、そこまでの道を辿るのは簡単だと思わないかい?」

「…………しかたねぇなぁ。 フェイトとのこともあるしおめぇには来てもらうか」

「やりぃ!」

 

 オレンジ頭が離れることが無く、仕方ないと言った感じで悟空の後ろに狼が付く。 ……それが、神々しく輝くと女の姿になり……

 

『あ! 旅館の時の綺麗なお姉さん!!』

「あいよ」

 

 身長160超のスタイリッシュ美人へと変わっていく。

 頭頂部に目立つ犬の耳をそのままに、長い尻尾を振って悟空の後ろでストレッチ……何となく戦闘前の仕草が悟空に似ているのは彼にならったかどうなのか……アルフは、臨戦態勢そのままに――

 

「ん?」

「なんだ、いきなり魔力が……!」

 

 玄関口に視線を飛ばす。

 ナイフのように尖っては、突き刺す相手を間違えないのは忠犬を思わせるその切り口。 ……敵は、すぐ目の前に居た。

 

「………………」

「い、いつの間に!? 孫!」

「ん?」

 

 烈火の将、シグナムが鞘を持つ。 いつでも走らせることが出来る刃をそのままに、彼女は姿勢を一気に落としていく。 切る準備は、いつでもできている。

 

 ……のだが。

 

「…………にこっ」

『……はい?』

 

 敵は頬笑んだまま動こうとしない。

 

「ていうか、コイツどこかで見たことない? すずか」

「え? そんな……」

 

 ここで、アリサは気が付いてしまう。

 追った目線で今目の前に居るモノの全体像を見渡していくと……何という事だろうか。

 

「なんだかえらく似てるのよねぇ……なのはに」

「そ、そう言えば髪を下ろしたなのはちゃんってこんな感じだったかも」

『ど、どうなってるの?』

 

 そう、髪質は栗毛色。 形は小学生低学年くらいの体躯に、しかし雰囲気は限りなく静か……湖の水面をも思わせるそれは対峙するモノに却って緊張を与える。 息を呑んでしまった他人の空似相手に、アリサは……しかし。

 

「あんたなのはじゃないね? なにモンだい、一体」

「ふふ……」

「聞いてんのかい?!」

 

 鼻が利くと言ったばかりのアルフは騙されない。 明らかな敵意を持って接する様は初遭遇の時のそれと同等だ。 敵味方の区別がそのまま群れの仲間かそうじゃないかに繋がっているオオカミだからこそ出来る早業だ。

 そんな彼女が言う。 奴は、なのはじゃないと。

 

「……そんな物騒な視線を飛ばしてこないでください。 燃やしてしまいそうになります」

「こ、声もそっくり」

「なのはが怒ったらこんな感じだわ」

 

 されど聞こえてくる声はなのはそのもの。 これには堪らず冷や汗を流したすずかとアリサはもう一度だけ玄関の人物を見る。 そこにいるのは黒いドレスを着た伸長123センチの女の子。

 結っているであろう髪は解かれ、ショートカットに決められているそれはなのはよりも短い髪形。 瞳は存在の薄さを感じさせ、だけどその奥には言い表せない炎が見え隠れしている。 常人じゃない、それを肌で感じさせる人物だ。 気づけばすずかとアリサは悟空の背中に隠れていた。

 

「……やるのかい、アンタ」

「どうでしょう? お望みとあらば受けて立ちますが」

「ガルルゥ……」

 

 どうやら客人は人の神経を逆なでするのが趣味の様だ。 まさに毛並みを逆立てるといった風貌なスタイリッシュ狼娘はここに来て威嚇の声を上げる。 人間の発声器官では真似すら出来ない唸り声。

 それを受けてもなお涼しい顔をする客人は……

 

「本当に五月蠅いイヌ…………焼き尽くしますよ?」

「やれるもんならやってみろ! あんたが火ぃ吹く前に噛み千切ってやるよ!」

「駄犬風情が調教の必要があるみたいですね」

「クソガキが調子に乗るんじゃないよ!」

『――――くっ!!』

 

 中々に沸点が低そうである。

 いい加減、周りがこの熱にやられそうになる頃合いだろうか、今まで喋らなかったこの男がついに動き出す。

 

「悪いんだが少し静かにしててくれねぇか」

『!?』

 

 威圧。

 只シンプルなそれは、しかしその単調な行為だからこそ今ので実力差が知れてしまう。 一言だ、たったの一言口にしただけで周りの熱をかき消してしまうこの男の凄み。 殺気どころか憎しみすら籠もっていない声だけの主張なのに、皆は動けなくなってしまう。

 

 それは、客人すらも例外ではない。

 

「おめぇの相手は後でしてやる。 だから大人しく待ってろ」

「…………はい」

 

 熱が一気に引く。

 悟空が玄関を開ければさらに冷気すら入ってくる。 その後ろに子犬のような美人を連れていくとそのまま彼の身体が浮く。 舞空術だ……聞いただけのすずかにも理解できる現象はそのまま彼を空へ向かわせる。

 

「シグナム、夜天! あとは任せた! そいつ悪いヤツじゃねぇみたいだからケンカ吹っかけんなよ、いいな?」

「お、おいお前……本気でおいていくのか!?」

「大丈夫大丈夫! そいつ殺気さえ出してやんなきゃ比較的おとなしいはずだ――じゃ、行ってくる!」

 

 そのまま遠い彼方へ消えていく孫悟空。 しかし敵を本陣に残したこれはどういう事か……既に理解の範疇のシグナムは、独り警戒心を引き上げつつ。

 

「ここは……」

「なんだ?」

「客人のもてなしの一つ出来ないのかしら? 喋って喉が渇きました、何か飲み物を」

「貴様、敵の本陣でくつろぐなど――」

「申し訳ございませんお客様、ただいまお飲み物をご用意します。 何かご要望はありますか?」

『ノエル!?』

 

 一人、胆力だけならだれにも負けていないであろうメイドが一人音もなく現れて……

 

「ダージリン、オータムナルで構わないわ」

「ミルクをご用意いたしますか?」

「そのままで結構です、お気遣いは感謝しますが……中々出来たメイドね、気に入りました」

「ありがとうございます」

 

 只静かに、ティーポットを湯煎で温め始めたとさ。

 

 海鳴の奥深く、雪が屋根に積もっている温泉宿の一角で行われるお茶会に、いま闇より来た者が鬼火よりも妖しく佇んでいた。 いつ燃え移るともわからないその焔を皆で囲み、監視している最中でもカップに付けた口に動揺は見られない。

 彼女は只、本当に待つことを選んだようだ。

 

「………………思った通り……素敵な方、目が眩んでしまいそう」

『え?』

「いえ、なんでも……」

 

 中々に波乱を生みそうな言葉を垂れ流しながら、窓の外を風情に佇み、少女の姿をした闇は消えない……周りを侵食することもなく、青年の口約束を守りながら……

 




悟空「おっす! オラ悟空!」

???「おそいなぁ、こないのかなぁ」

悟空「アルフ、気を付けろ? 微かにだがそこらじゅう陰湿な気が充満してやがる。 何か変だ」

アルフ「陰湿? そうかい、それがフェイトたちの匂いを上から被さって探す邪魔をしてんだね……うっとうしい!」

???「あ、居た! ねぇねぇ、少しボクと――――」

悟空「あいつら無事で居ればいいんだけどなぁ……うし、少しペース上げるぞ。 こっちの方角から来たからこのまま行くぞ」

アルフ「あいよ」

???「ちょ、ちょっと待っ――――!!?」

アルフ「ゴクウの奴、今完全にシカトしてたけどアイツ放っておいていいもんかねぇ……まぁいいや、取りあえず次回!!」

悟空「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第60話 青い襲撃者」

???「ボクとスピード勝負だ! 勝った方が何でもいうこと聞くんだぞ? いいな!?」

悟空「かくれんぼにしねぇか? オラが隠れるからおめぇが探すんだ」

???「え、え? ……うーん、しょうがないなぁ、どうしてもっていうならいいよ!」

悟空「…………――――そんじゃ300数えててくれ」

???「――――…………はーい! いぃち、にぃい……」

アルフ「……ねぇあんた、なんだか酷いいじめを見ようとしている気がするのは気のせい?」

悟空「そんなことねぇって。 事が済んだらきちんともどって来てやるつもりだ」

アルフ「あぁそう……5分で今回の事件にケリ付ける気かい……」

悟空「そいつはどうかな? へへ、そんじゃまたなぁ!」

アルフ「……何考えてんだいコイツ」


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第60話 青い襲撃者

 

「ご、ゴクウ! もう少し速度落して……!」

 

 情けない声が朝焼けの空に響く。 それでも本人は精一杯の力を発揮している最中だ。 持てる力……魔力を注ぎ込んで全身を浮遊させ、最大戦速で飛行するのが魔導師の飛び方だ。 しかしその力を持ってしても、“彼”の行う常識外の飛行には追随することさえ困難なのだ。

 

 そんな彼の数年前に残した記録によれば――――100万キロを3時間で飛び続けたという記録がある。 ちなみに月から地球で自転や公転による影響でズレはあるだろうが38万4,400km程度で在ることをここに明記しておこう。

 さて、そんなにもとてつもない速度をさらに磨き上げてきた彼は……見た目だけなら青年の男は今響いた声にようやく振り向いた。 付いていた距離の差に若干眉が上に上がったのは少し驚いたからか、フレアをまき散らしながら止まる彼はそのまま声の主に振り向いてやり、声を投げ返す。

 

「なんだ、あいつすこし修行不足なんじゃねぇのか?」

 

 来たのは余裕しゃきしゃきな声。

 息の一つも乱さないで髪を揺らしながら若干小首をかしげるのはどういうことだろう。 しかも気遣う事なんてしてやらない、デリカシーというか気遣いが少し足りないのは彼の中の常識が幾分ずれてしまっているからか。

 青年は、仕方ないと言った表情で最初に上がった声の主をひたすら待ち続けることにしたようだ。

 

「はぁはぁ……まったくどんだけ速いのさアンタは。 危うく置いて行かれるところだったよ」

「はは、済まなかった。 オラとしたことがうっかりしてた」

「まったくだよ。 あんた一人じゃフェイトたちを探せないんだから――」

「臭いを追っていくんだったらオラだって中々のモンだと思うんだけどなぁ」

「なに言ってるんだい。 本場の実力なめんじゃないよ」

「わかった。 そんじゃ任せる」

「おう!」

 

 オレンジ頭の女性……アルフが鼻を引くつかせる。 たどる匂いは主の物。 長年つきそってきたそれは如何に悟空と言えども勝ることはない精度でアルフに道を示し合わせる。 ……ここに、あなたの主人が居るよと教えてくれる。

 

「ゴクウ、こっちの方角からフェイトの匂いが」

「強いのか?」

「あぁ、一番はっきりしてるね」

「そうか」

 

 方向転換してフレアを巻き上げる。 その姿に発進前のスペースシャトルの豪快さとF1かーの静寂さを思いだしたアルフは尻尾を上げる。

 

「ま、待ちなって!」

「なんだよ速く行かねぇとあいつ等大変なことになるだろ?」

「だからってアンタの速度にアタシが追いつかないんだよ。 いまだって半分アタシを頼りに進んでるのをいきなり忘れんじゃないよ」

「……それもそうか」

 

 キャンキャン喚いた後の冷静な判断で悟空のフレアが形を潜める。 静かになる空にため息を吐くアルフはそのままあたりを見渡す。

 

「それに気が付いてんだろ? ゴクウ」

「なんだアルフ、おめぇも気が付いてたんか」

「まぁね。 …………敵さん、すぐそばにいるよこりゃ」

「あぁ。 しかもなんだか」

 

 同意した悟空の感覚センサーとアルフの嗅覚が訴えかける謎の気配。 それをお互いに確認するや、彼らはどういうわけか。

 

「妙に明るい感じの気配だ。 魔力も時々跳ね上がっててな、こう、ワクワクしてるって感じが隠せてねぇ」

「まるで昔のあんたみたいなヤツだねぇ」

「そうか? オラこんなに落ち着きが……無かったな、そういや」

 

 和んでいた。

 

「さってと、どうするんだいゴクウ」

「なにがだ?」

「相手してやんのかって言ってんだよ」

「……どうすっかな」

 

 若干困ったな。 それが彼の心境だと見抜くアルフは盛大にため息をつく。 彼と違い遠くの者の存在と同時に実力を見抜く術を持たないので仕方がないと言えばそうなのだが、彼のお気楽加減には少しだけ苛立ちを心に芽生えさせていた。

 自分の主が大変な目に逢ってるかもしれないのにこの男は……思う刹那、オオカミの耳が揺れる。

 

「風?」

「……来たな」

「え……?」

 

 朝焼けを見た悟空の顔が少しだけ凛々しく見えた……関係ないことを思ったアルフは即座に身震いする。

 

「な、何がどうなってんだい」

 

 其処にいたのは青い髪を持つ者。

 不意に現れたのは風を通り越し稲妻の如く。 持った杖の形状はハルバートを思い起こさせ、それが可変式だというのは言うまでもないだろう。 その、あまりにも“彼女”を彷彿させる容姿を見た瞬間であった。

 

「こ、こんなことッ!?」

「……へっへーん☆」

「……は?」

 

 緊張感が一気に瓦解する。

 

「やぁやぁ! とおくのモノはおとに聞け! ちかばによっては目にも見よ!」

「ちょ、え? あんた何を……」

「闇の書よりとき放たれ……はなたれ? えっとえっと、とにかく今までキュウクツだったのがなくなったからとっても気分が良いんだぞ!」

「……あーっと…………」

「なんでもいいから相手しろ!」

「…………なんでもってアンタ」

 

 同時、アルフの許容量がオーバーフロウしてしまう。

 昔のことだ、とある天真爛漫を相手取って大分空気を乱されペースを掌握されたことのある狼さんはここに来てそれを思い出していた。 ……アレと比べたらどっちが気苦労が多そうだろうか。

 彼女の肩の荷が一気に重くなった瞬間だ。

 

「ご、ゴクウあのさ」

「どうした?」

「いや……」

 

 ついつい隣人を見てしまうアルフ。 その先にいる大人は対して興味がなさそうにどこか遠くの空を見ていただけ。 疾風迅雷を見せつけられたアルフとは正反対に彼は……

 

「興味がなさそうなところ申し訳ないんだけどさ」

「ん?」

「アイツ、あのフェイトに“姿だけなら似てる奴”をどうにかしてくんない?」

「なんだよ、あれくれぇならおめぇにも――」

「アタシゃああいった奴は苦手なんだよ! 誰かさんのおかげで」

「……そうか、そいつは大変だな」

「誰のせいだと思ってんだいまったく」

 

 遠くの空を見上げているだけであった。

 何となく揺れる尻尾が、正にいまきた敵を相手にしていない感がびっしりではあったのだが、そこはやはり悟空。 目の前のやんちゃガールを前にしてにこやかな表情を作り出す。

 

「むぅ!」

「ん? なんだおめぇ、戦うんだろ? オラが相手してやっからさっさとやっぞ」

「……むぅ」

 

 陽光に照らされた襲撃者は青色の髪を風に流されるとそのまま視線を逸らしていた。 どことなくおかしい様子にアルフは警戒心をひとつだけ上げていく。 そうだ、様子がおかしいヤツに目を置くのは当然であって。

 

「あ、あのね……そのね」

「なんだよはっきりしろって。 オラこう見えても忙しいんだからさ、やるならとっとと決めちまうぞ」

「うんと、その……」

「ほらほら」

「えっと……あ、そうだ!」

 

 その仕草がおかしいと思った時には。

 

「ボクね、とってもスピードに自信あるんだ! きょおそう……キョーソウしよう!」

「競走? ……わかった、それでおめぇが納得するんならそうすっぞ」

「うん!」

 

 襲撃者の顔には満開の花が咲き誇っていた。

 

 凛としていた、切れるくらいな眼差しだった……はずだったその顔には既に凶器は無く。 見ていたアルフには公園で戯れる園児のような印象さえうかがわせてしまう。 その相手が自分の友人だというのがなんとも複雑そうで。 彼女は二回ほど無造作に尻尾を振っていた。

 

「競走ねぇ」

「どうかしたかアルフ? なんかいけねぇんか?」

「いや……まぁ、やればわかるとは思うけどさぁ」

 

 思い浮かばれるのは大人と子供だったりウサギだとか亀だったり。 とかく開いているであろう実力差にアルフは苦笑いを隠せない。 ……勝てるわけがない、そう言った感情が出るのは当然のことだろう。

 

 だが。

 

「いっくよー! ゴールはそっちの目的地だからな!」

「いいんか? おめぇオラたちのこと……」

「いきなりレッツゴー!」

「あ、おい!?」

 

 その光景を見たアルフは……

 

「きーーーーーーーーーん!」

「な!?」

「……へぇ、案外やるじゃねぇかアイツ」

 

 驚きを隠すことなどできなかった。 身体全体を打ちつける疾風の強さはどういうことだ、あの青い少女の放つソニックブームが音の後に彼らを襲うのだ。 ……そうだ、いま彼女は音を超えてしまった。

 

「ば、ばかな……なんていう速さだい!?」

 

 目を見開いて――――帯を締めこむ音が聞こえる。

 尻尾が垂れ下がり気力が一気に落ち込む――――隣からは静かな振動音、空気が流れる。

 オレンジの髪が揺れ――――山吹色が不可視のフレアに包まれる。

 

「行ってくる、おめぇはゆっくり追ってこい―――」

「え……? って、いない?! さすがにこっちも早い……」

 

 言葉だけ聞こえたかと思ったらそこには女が一人いるだけだ。 その時の心境はどういったものかはわからない、ただ、少しだけ尻尾の動きが滑らかになったような気がしたのは彼女は最後まで気付かなかったらしい。

 

 

 

 

 それから、数瞬も経たない時間の流れのあいまだ。

 

「おっす」

「うぉ?! もう追いついてきた!」

 

 彼らは横一線に翔けていた。

 

「ぐぬぬぅ! まけないんだぞ!」

「お、まだ速くなるんか。 いいぞ、そんじゃもう少しだけ“上げて”いくぞ」

「……え?」

 

 その一言を皮切りに、孫悟空を包むオーラが更なる爆発を見せる。 別に色が付いたわけじゃない、子供相手にそんなことは大人気が無さすぎる。 でもその微笑が確かに増したのは気のせいじゃない……彼は、少しだけ手を抜くのをやめたらしい。

 

「それ! うとうとしてると置いて行っちまうぞ?」

「あ、まってまって! ……もっと、もっとはやく――」

 

 青い少女も負けじと速度を上げていく。 真横に流れる二房は、とある雷光娘と酷似した挙動で空気の流れに従っていく。 そのすがたはどこまでもあの娘に酷似していて……悟空は気付けば。

 

「もっと力あげろ、まだまだそんなもんじゃねぇだろ!」

「ぐぅぅ!」

 

 彼女を応援し始めていた。

 黒い髪を乱しながら、進行方向に向かって唐突に背を向け始める。 そのすがたは所謂バック走。 当然、悟空の視線は少女と交わり……

 

「…………っ!」

「速度が落ちてんぞ? もっとだ、頑張れって」

 

 当然の如く“指導”していく。 何か、そうだ、なにか思う事でもあったのだろうか。 いきなりにして唐突、彼の悪いところではあるが場面が限られてそうなこの指導。 それは果たして少女の顔が彼女……“フェイト・テスタロッサ”に酷似しているからだろうか?

 

「さっきまでの威勢はどうしたんだ、このままじゃ負けちまうぞ?」

「ぐぬぬ……」

 

 いや……なんだか、訳がありそうだ。

 

 青い襲撃者を真正面に捉えて、ひたすらバックで高速移動を継続する悟空。 風を切り、風に交わり、風と成った彼に追いすがる少女もなかなかの物。 グングン伸びる彼女の速度の上限は、悟空に少しだけ笑みをもたらす。

 そのときの顔は、すこしの太陽のイジワルで少女には見えなかったが。

 

「……ん、そろそろか」

「……え?」

 

 唐突に悟空の体中を覆うフレアが大きくなる。 止まる景色、逆風に見舞われる身体、彼のフレアが大きくなればなるほどに進むこの現象はなんてことはない。 ただ今までの加速が収まるだけ。

 尋常ではない超加速が解除され、全てが元の時間軸に戻っていくだけなのである。

 

 ――と、同時。

 

「ふんッ!!」

「…………え?」

 

 襲撃者の少女からも見て、確実におかしな――いや、有りえない……ちがうな、滅茶苦茶に過ぎる出来事が展開される。

 今目の前にあるのは何の変哲もない空。 そこに漂う舞空術を使う孫悟空は何かを唱えるか呟くかを行うと空気が戦慄くのだ。 眼の前には何もないはずだ、身震いするくらいの気温で覆われた空があるだけなのに……そう、思った時だ。

 

 

 窓ガラスを割ったような音が寒空を響き渡る。

 

 

「え、え? いまなにしたの!?」

「……」

 

 彼は教えてくれない。 ただ、今の成果を確認するかのように右手を開けては閉じるを繰り返すだけ。 粉砕された謎の気配……そうだ、今しがた悟空の気の探知を邪魔していた結界をいま――

 

「もしかして“にらんだ”だけで王さまの結界を砕いちゃったの!?」

「案外近くまで来てたんだな。 ……思ったより実力がついて何よりだぞ」

「え?」

「ちゅうかよ?」

「ん?」

 

 悟空の素っ気なさすぎる質問。 対して青い少女はその身に風を受けたまま加速を止めずにいた……そう、いつの間にか開いていた距離を彼の背中を追うことで縮めていた彼女、それはかなり必死であったろう、なにせ孫悟空の最高時速は……戦闘機でさえ比較対象にすることさえ愚かな行為なのだから。

 

「あれ? ちょっとまってよ!」

「あちゃあ、これはまじい」

 

 青の少女が悟空をついに抜き去る!!

 

 ……しかしやられた本人は至って普通のリアクション。 やや眉を上げたのは少しだけ目を見開いたから。 高速で弾丸が通り抜けた為か頬に鋭い風が吹き付けるがそれもダメージにはつながらない。 彼は只、今起こったであろう出来事を……

 

「どどど、どうやって止まるの~~!!?」

「……ありゃ止まらねぇな。 あとでユーノにでも治してもらえばいいか」

「きゃあああ!? そこ、そこの人たちどいてどいてぇ~~――――ふぎゃ!!」

 

 耳だけで衝突の瞬間を確認し、肌にぶつかる衝撃で今起こった被害を推し量る。 ……正直目も当てられないと言った彼はそのまま。

 

「行くか」

 

 今起こった爆発の現場へと高度を下げていくとしたらしい。

 

 

 

 

 

 

――――少女激突10分前 とある山道の林の中。

 

 現在と未来の魔法少女達が謎の襲撃者を前に足踏みをする。 つながらない彼との連絡、見えない先行きにすこしだけ不安を募らせるのは……背の高いはずの未来組であった。

そんな彼女たちはあたりを見渡す。

 先ほどから靄がかかったように悪い視界は襲撃者の術なのだろうか、一向に晴れずに自分たちの視界を極端に奪う。 そして周りを取り囲む林だが、これは山道を無理に突っ切ろうとしたこの道路がもともと持つ立地であろう、特におかしな魔力反応も見当たらない……無いのだが。

 

「……どうすればいい」

 

 アインハルト・ストラトスの足が止まったままだ。 高町なのはの指示とは言え、ここまで我慢を強いられているのもなかなか辛い心境であろう。 彼と似た武への探求を志すというのならなおさら。

 でも、それでも高町なのははGOサインを出そうとはしない。

 襲撃者と対話、ドラゴンボールを狙い尚且つ自身とその周囲にかなりの被害を出すことを予想される彼女を強く見る少女は、果たして何を思っているのだろうか。

 

「な、なのは……さん」

「アインハルトさん」

「!!」

 

 来た、彼女からついに声が出されたのだ。 待つこと2分25秒、きっちりとカウントを心に刻んでいたアインハルトは奥歯を噛みしめ目の鋭さを磨き上げる。 そうだ、まるで刀剣類のような切れ味になるまで……

 

「あのね、今から言う事、守ってほしいの」

「はい。 貴方の指示なら間違いはないでしょうし……全力で当たります」

「ありがとうざいます」

 

 それを朗らかな笑顔で包んであげたなのは。 それを見てアインハルトは一瞬だけ息を呑んでしまった……その顔のどこかに、そう、”彼”を見てしまったから。

 

「……本当、この時代から強い影響を受けていたんですね」

「え?」

「いえ、何でもありません」

 

 包み隠してしまったのは正体を知られるのが怖かったから? わからぬ彼女の引きに、高町なのはは少しだけ眉を動かし……靄の向こうを見る。

 

「フェイトちゃんは……言うまでもないよね」

「うん、”前に”何回かやってるし……大丈夫」

「ジークリンデさん……」

「おまかせします」

「……はい!」

 

 意思伝達完了。 皆が視線も合わせずに交わしたのは開幕の合図と約束。 目でものを言うだけで伝わるこの感覚はどういうことだ? 高町なのはの疑問は一瞬であった、今は只目の前の怪異をどうにかするのが先決で。

 

「みんな……」

「……ふむ、来るか」

 

 合図を送るものと、それを見届けるモノ。 緊張感と相対した気怠そうな声は、もう少し言い方を変えれば興味の無さを表している。 そうだ、この敵は語っているのだ……貴様たちでは役不足なのだと。

 

「ここは正直に――」

「なぬ?」

 

 なら、あぁそうだ……役不足だとそちらがのたまうと言うのなら――

 

「全力反転! 各員、全速前進!!」

 

 なのはが言うと、不思議とそのまま言われたとおりに敵に背を向けたアインハルト。 そのすがたは差し詰め軍曹にしごかれ続けた新米兵隊であろうか。

 

「敵前大逆走!!」

 

 フェイトが叫んだ瞬間にすべてが弾けたように爆炎が上がる。 

 脚を可能な限りに振りあげ、落としていく姿はアスリートそのもの。 そこから来る爆発力は地上最速と謳われるチーターですら目ではない……彼女たちは風と成った。

 

「…………まちぃや」

 

 そこに取り残されるどこかの誰かさん。 土煙で全貌がわからないその者は一人零しているだけであって。

 

「…………逃がすかぁああ!!」

 

 ふと我に返るや否や、今起こった出来事と自身に対する扱い……さらにその他諸々に対する不満の声腹の内にくべると、蒸気機関のように頭から湯気を上げて林の中を駆けぬけていく。

 ……これが、先ほどまでアインハルトを子供のようにあしらっていた人物である。 高町なのは、計らずとも敵の精神を揺さぶることに成功……したかもしれない。

 

 

 

 ――――25秒後の林の中。

 

「みんな急いで! 全力全開だよ!!」

 

 

 ブルーハワイというかき氷を知っているだろうか。 もともとはかき氷ではなくラムをベースとしたカクテルの一種なのだが、祭りなどでの露店で良く売られているあの風景を幼少期より擦りつけられた日本国民なら、かき氷の……と言った方が速いだろう。

 さて、なぜ今そんなくだらない事を聞いたかというと、皆さまにはイメージしてもらいたいからだ。 あの、冷え切った氷の上からさらに冷たい雰囲気を纏わせる魔法の液体、その姿を……だ。

 

 それが――――

 

「……ば、馬鹿な」

「ハルにゃん急がんと置いてかれるで?」

「…………そんな馬鹿な」

 

 アインハルト・ストラトスの今現在とっている表情である。

 

「逃げる……未熟とは言え覇王を名乗ってしまっている私が敵に背を向けていいものなのか」

「は、ハルにゃん!? あたまから湯気が!」

「…………敵前逃亡は……ぶつぶつ」

「あ、あかん。 なんやわからんけど過去の記憶がフラッシュバックしてるんよ」

 

 それでも彼女の足は止まらないところを見ると、どうやら”向こう”でなのはとはひと悶着あったのかそれとも……疑問が尽きない事この上ないが、時は待ってはくれない。 半ば放心状態のアインハルトの頭上から怒気が降り注ぐ。

 

「なぜ逃げる!!」

『うわっぷ?!』

 

 紫電が空間を裂いていく。 目で追えない、それだけ悟ると今の攻撃が自然界最速物体……光だと判断したなのはは叫ぶ――

 

「振り向かないで! 逃げるッたら逃げる!」

『……この期に及んで逃げるんですか?!』

「にげんなあ!!」

 

 両手を振って全力ダッシュ。 息も絶え絶えになってもまだ肺活量を上げていく彼女たちは果たして何を考えているのだろうか。 ……いや、言うまでもないだろう。

 

「ヴィヴィ……じゃなくってなのはさん! どうしてここまで徹底して逃げるんですか!?」

「勝てないときは引くことも肝心なの。 立ち向かうことは大事だけど、勝てないとわかっているのに突っ込むのは只の蛮勇……無駄だから」

「む、むだ……ですか?」

「うん。 残念ながらね」

 

 戦力比を冷静に見渡す高町なのは。 その様はまるで冷徹にも見えてしまい、幼い彼女よりも歳が上であるはずのアインハルトに……

 

「……く」

 

 歯を、軋ませる。

 

「申し訳ないけど、さっきの小競り合いでアインハルトさんの実力は大体教えてもらいましたから」

「……!? あ、あれだけで?」

 

 その言葉を聞いてもまだ信じられない。 ”自分が知っている彼女”ならまだしも、その頃に達していないはずの少女にしかも、彼女はまだ自分よりも幾分か幼いはずなのに。 先ほどからの逃走を思い起こしてしまえば、彼女の瞳に一瞬の迷いが浮かぶのは仕方がない事であり。

 

「信じられないよね。 でも、なのはの観察眼は悟空に鍛えてもらってからとんでもなく伸びてるから間違いはないと思う」

「……いえ、信じていない訳じゃ。 ただ驚いただけで、その」

「そっか。 でも間違えないでほしいんです、これはただ怖いとかそう言った意味で逃げてるんじゃないってことを」

「……はい」

 

 逃走中、全力で地面を蹴る中で向けられた強い瞳。 その中の強い意志を受け止めたのは同じ眼球ではない、心だ。 アインハルト・ストラトスは確かに見た! 高町なのはの瞳に燻る烈火のごとく猛る炎を……彼女は、決してあきらめているわけではない。

 そう確信出来た時だ。

 

「みつけたで! えぇ加減ちょこまかと――」

 

 謎の影が魔法少女達を捕捉する。 まとめて屠らんと振りあげた腕に集まる魔力は凶器の沙汰と言えばいいだろうか。 個人が持つ魔力にはそれぞれ色彩があるはずだが、彼女のそれは形容できないくらいに禍々しい。

 

 その、大規模な攻撃を前にした”彼女”は……

 

「はぁぁ」

 

 小さく息を吸い、右の拳を眼前にかざす。

 

「あ、アインハル――」

 

 その光景は先ほどの約束を違うモノ? 高町なのはは制止の声を出そうとしたが、それはまたも別の音……胎動と言っていいのだろうか、その静かな音に遮られる。 その正体を見たフェイトは……目を見開く

 

「…………っ!!」

「じ、ジークリンデさん!?」

 

 先ほどの”のほほん”としていた垂れ目風な彼女が、まるで殺戮に染まった強戦士のような眼差しをするのだ。 あまりにも急激は変化はもう変貌と言ってもいいだろう、此処までの変わりようはあの超戦士以来。 フェイトの息は吐いたまま吸うことを忘れる。

 

「まとめて――」

『…………』

 

 襲撃者の声が上がると、その手に輝く魔力の光りが極光へと至る。 あまりにも強い光度は網膜を焼きつくすように痛く、辛い。 しかしだ。

 

「堕ちろ!!」

「……まずはウチから」

 

 その手から零れ落ちた光りが地上の魔法少女達を焼き尽くさんと降り注いだその瞬間であった。 いつの間にか装着されていたジークリンデの黒い籠手が……エレミアという名の意味を……見せつける。

 

「なにをする気だ……?」

 

 襲撃者はここに来て急激な温度変化に襲われる。 不意に来る肌寒さは突き刺すような冷気を携える。 しかしそれはおかしいことだ、別に凍結だとか氷結だとかの術をこの中の誰かが使っているわけではないのだから。

 

「なんなんだ、この……悪寒?!」

 

 ジークリンデの手のひらに集まる黒い光。 それは半年前に現れたあのサイヤ人が放つ光とは正反対の色合いで、しかし意味合い的には同ベクトル。

 

「いくで……ッ」

 

 構えなどない、ただその溢れる力を拳に乗せて振りぬいていくだけ……破壊の力、喰らい付けば全てを無に帰すイレイザーという部類の技の名は。

 

「ガイスト・クヴァールッ!」

 

 

 拳が打ち出す黒い光。 まるですべてを呑み込むその黒は……その実、全ての色素を混ぜ合わせた混沌の色だったのかもしれない。 全てであり、無……黒い衝撃がいま、襲撃者より放たれた光弾に向かって牙を剥く。

 

「な、に?!」

「…………」

 

 ジークリンデは剥き出しの凶器をしまわない。 攻撃を終えた直後の硬直から抜け出せないというのもあるが、その視線、その目線……その、相手に死を予感させる冷たい瞳は訴えかける。

 …………かかった、と。

 

「――――――覇王流!!」

「なんだと?」

 

 ここに来て、己が眼前に手のひらを差し出していた覇王が一人、天に向かって咆える。 声帯からの衝撃は胸の鼓動を速め、全身を駆け巡る血流が一気にその速さが増し、体中の力を急速に引き上げる。

 

 一時的な力の底上げは、かの強戦士を彷彿させる光景。 しかし、魔導師である彼女にそんな真似はできる訳が無く。 ここで自己流のアレンジが入る。

 

「はぁぁぁぁ」

 

 身体中を駆け巡る力……魔力が右腕に集まっていく。

 輝く右腕を引きつけたその様はまさに拳銃の撃鉄。 落ちて、打ちつける瞬間を今か今かと待ち続ける。

 

 そして飛ぶ。 全身をばねにした急激な上昇はさしもの襲撃者も驚きのたまう。 ……なぜなから彼女が飛んだ先は――

 

「あ、アインハルトさん!?」

「あの人……相手の光弾に突っ込んだッ?!」

 

 今この瞬間、互いの力をぶつけ合おうとした漆黒色とカオス色の光弾へと向かっていたのだから。

 それらが激突するときにはもう、アインハルトは爆発が届く圏内に身体を侵入させていた。 ……捻る身体、その動作の意味を回避と取ったのだろう、襲撃者の目は見下すソレを作るに至る。 ……なんて、愚かな猪なのだろう……と。

 

――――それが、決定的な隙と成った。

 

「…………ばかな」

「え、いま……」

「なにが起こったの!?」

 

 未来組以外のこの場にいるすべてが驚愕に染まる。 迫りくるカオス色の光弾は、例え直撃でなくとも周囲に甚大な被害を被らせただろう。 破壊をもたらす忌むべき星……その縁が三日月のように割れる。

 

「ジークリンデの攻撃があの魔力弾にあたったと思ったら……どうなってるの!?」

「でも、攻撃が完全に消えたわけじゃ――」

 

 フェイトは目を見開き、なのははそれでも冷静に分析する。 迫りくる三日月は最後のあがきのように目の前の少女……猪と嘲笑われた覇王へ向かって顎を開く。 消えろ、潰えろ、微塵に返す……迫る凶弾に、それでもアインハルトの凛々しいまでの瞳は曇らず、まっすぐに見据える。

 

「旋……」

 

 この攻撃のその先を――

 

「衝――」

 

 己が生きざまを嘲った無礼者を……

 

 飛びながら身体を捻り、直線運動にもうワンアクション加える彼女。 輝く腕を引いたまま、背中の筋をめいいっぱい捻ると左手で空気をかき、一気にその腕を……引かれた撃鉄を落とす。

 

「破ぁぁああああ――――ッ!!」

 

 輝く右腕が三日月に触れるとき、沈むはずだった月は朝日へと昇っていく。

 

「漆黒の魔力と消滅を司る爪、さらにこちらの攻撃を跳ね返す高速の拳打……か。 まさか彼奴らめ、このような時代に古代ベルカの技法を使うなど……避けきれぬか」

 

 その先にいる不遜ものに、今まで嘲笑を弾き返す。

 

 ……結界で覆われた狭い空に、衝撃音が響き渡る。

 

「なのはさん!」

「は、はい?!」

「いまです、続きを」

「つ、つづき……?」

 

 着地と同時に振り向いたアインハルト。 その先にいる高町なのはと言葉を交えると、なんと彼女にむかって走り出す。

 

「あの?!」

 

 右腕をなのはの膝の裏に通すと一気に持ち上げる。 所謂抱きかかえる形になるのだが、そんなこと考える猶予なんてアインハルトは与える気など内容で。

 

「――ッ!」

「ば、爆発!?」

 

 走り去った場から立ち昇る爆炎に視線を伸ばそうとするも、伸長150センチの彼女がそれを阻害する。 いまはただ、アレからこの身を遠ざけるのが先決。 同じく後ろから追いついてくるジークリンデもいつの間にか戻っていた眠たそうな目に光を灯して『アレ』から逃げおおせる。

 

「なのはさんの言っていた意味、どことなくわかってきたかもしれないです」

「……どういうことかな」

「あの人、なんというか……敵対していたくない」

「…………」

「敵意はあっても殺意がまったくない。 なんだか、その……ほんの昔、ししょ――悟空さんと出会った頃のわたしを見ている様で」

「……アインハルトさんもあんな感じだったんですか?」

「え、えぇあの、その……」

 

 頬に少しだけ雫が零れる。 あぁ、この子は……そんなことをつぶやいたなのははどこまで見抜いていたのやら。 何となくアインハルトの背後に山吹色を見たことだけは此処に追記しておこう。

 

 そして。

 

「なのはさん、ハルにゃん、段々向こうの攻撃がきつうなって来たんよ。 ここは一回二手に分かれて」

「わたしもアインハルトと同意見かな。 なのは、一端このままわたしとジークリンデ。 なのはとアインハルトで別方向に散ろう」

「そうだね、確かにそれなら全滅の可能性も低くなるかも」

 

 機を伺うことの大切さ。 この短期間でそれが嫌というほど分かったという事なのだろうか。

 

「逃がすと思ってるのかこの童どもが!!」

 

 しかしそれを聞いて腹が立つ王様のような発言。 完全に上から見下ろす形になっている声はそのまま一気にテンションを引き上げる。 空に浮いているその足元から滲み出た文字たち、それらが三角形に作られるとゆっくりと回転していく。

 

「紅に染まりし月輪(がちりん)、虚空の果てに鮮血の夜を照らし出せ――」

「なに、この詠唱……」

「聞いたことが無い」

「なのは! あれ……」

『!!?』

 

 フェイトが思わず指さした。

 その先に浮かび上がる無数の……刃。 色は赤、鋭さは計り知れずその量は……膨大。 朝焼けの景色が血の色で染め上げられる。

 

「天に刃、地に業火! 狂えよ世界、死せよ常世――」

 

 詠唱者の声が空を響く。 その度に増えていくのは短刀……そう、血のように赤に染まった短いナイフだ。 先は尖り、刃渡りは短いが厚みがある。 アーミーナイフだとかを想像すればいいかもしれないが、威力は推して知るべし。

 

 そしてこのヤイバ実は、なのはとフェイトには見覚えがあったのだ。

 

「あれってリインフォースさんが使ってた技!?」

「しかも刀身に当てられてるのはあの時と同じ……魔力! いつか悟空がやって見せた”気を纏わせる”攻撃の魔力版!」

『悟空さん(師匠)の?!』

 

 結界内の低い空を覆い隠すこのナイフの群。 まるで雲のように天上を遮るそれはひたすらに待っていた。

 

「さぁ、貴様ら今まで散々コケにしてくれた報いを受ける覚悟はできておるな……?」

『!』

 

 創造主の御心、自身が相手の五臓六腑を八つ裂きにするその瞬間を、ただひたすらに。

 

「恐怖しろ! 跪いて赦しを請え――」

 

 詠唱者の指先が天を仰ぐと刃が一斉に角度を変える。 その様は訓練された軍隊も顔負け、見てしまった子供たちはその異様さに頬を引きつらせる。

 

「おぉぉオオーー」

 

 振りかぶり、打ち下ろさんと腕を動かす。 そうするだけで幾百の凶刃が空より降りかかり、大地を血で染め上げるだろう。 その瞬間をただ眺めることしかできないのは、彼女たちに武器がないから? ……もしも全力戦闘が可能でも、あれを完全に対処できただろうか。

 

 ……それは、分らない。 ……後に高町なのはは言っただろう。

 

 

 なぜなら。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――バキンッッ!!!!

 

 

 

『え……?』

「な、……に!?」

 

 空が、晴れてしまったから。

 大空だ、今までの狭い空ではない本物の空。 薄気味悪い弄られた次元歪曲を払われたそこには、今偶然やってきた小鳥が一羽、「チリリ」とさえずり飛び去っていく。 その、あまりにも平和然とした空があまりにも綺麗だったから……

 皆は呆け、今までの戦いを一瞬でも忘れてしまう。

 

「なんだというのだ……我の結界がいともたやすく――何の前触れもなくガラスを叩くように割られたなどありえん!!?」

 

 それでも、すぐさま帰ってこられた襲撃者は周りを“観る” 一点に絞られた視線ではなく広げられた視界は其の者をはっきりと捉える。 黒いブーツ、黒いアンダーに黒い帯、しかしそれらをアクセントとして飾られている主体的な色合いはもちろん……

 

「…………居たな、あやつなら」

 

 ――――山吹色。

 故に襲撃者は理解した。 だから襲撃者は少し微笑んだ。 今まで相手にしていた魔導の物たちが真の意味で童として見えてしまうほどの力の持ち主が、いま――

 

「ど、どどど―どいて王さまぁぁ~~~~!」

「……………………………………は?」

 

 ……なんだろう、何か青い米粒が見えるのは気のせいだろうか。 今起こった災害をもたらしたナニカを通り越して別の何かがこっちに降りかかってくる。 高速の砲弾、色合い的には”彼”の技にも見えなくはないがおかしい。 技が、喋りかけてきた。

 

「車、ダンプカー、新幹線よりも速い僕はやっぱり急にはとまれない~~☆」

「馬鹿者!! 何を血迷って……って、こっちに来るでない愚か者! とまれぇい!」

「むりむりーーーー!!」

 

 …………ここで突然だが昔話をしよう。

 とある天下一を決める大会の、ある年の決勝戦。 熾烈を決めたそれはついに舞台を識別不明なほどにまで被害を拡大させた。 ある時は巨人対小人、またある時は肩に穴がある人間対腕を再生させた男。 まさに熾烈を極めたその戦い、それを飾ったのは光線でもなければ派手な業でもない。

 

 ひゅるるるるるる~~~~~~

 

「れ、レヴィ!! いいから止まれと言うておろうに!!」

「あはははは~~ごめんね王さま――――」

 

 

 頭突きである!!

 

 只々硬いアタマを相手の左わき腹に激突させたのである。

 

 しかし威力はというとこれまた人外魔境。 直前の大爆発により空高く舞い上がって、しかも自身の技によりその高度は500を優に超えていたはずだ。 さらにそこから弾丸飛行を決め込み、ほとんど自由落下という中で繰り出された真の意味での弾丸飛行。 それを持ってして放たれた頭突きはおそらく相当の物だろう。

 しかも脇腹だ、片側の脇腹だ。 5本は余裕、内臓に突き刺さり損傷も確実、下手をすれば右半身が消えていてもおかしくないはずだった。

 

 それを受けて立ち上がれるかと聞かれたら…………答えは地獄の治安係にでも聞いてみると良いだろう。 堕ちたら聞いてみてもらいたいものだ。

 

 兎にも角にも何が言いたいかというと。

 

「い、痛そう……」

「あれ、不味いと思う」

「インターミドルだってあそこまでやらない」

「酷い、イレイザー系で消された方がまだやさしいとちゃうん……?」

 

 その、かつて大魔王を悶絶させた一撃が攻撃態勢マンマンだった襲撃者に直撃したのである。 降りかかった不幸はシューティングスター、きれいな放物線を描かずにただ一直線に地上の星に変わってしまった。

 

「こ、この……大ぼけ」

「あたまがぐわんぐわんするぅ~~」

 

 だが待ってほしい、彼女の不幸はこんなところで終わるほど軟じゃない。

 

 彼女自身地上の星になったけど、まだ待っている兵が幾百もあるんだ。 それを率いることをしないなんて傲慢態度の王様然としていた人物が取っていい行動ではない……けじめを取るのが上の人間の仕事だ。

 

「し、しぬ……けふっ」

 

 だからかそうでないのか、解ってやったのか否か。 ……隕石になった襲撃者は、今のいままで命令を待てと渋っていた”指”を、今この瞬間に振り落とす。

 

「……ん?」

『…………あ』

 

 刃が一斉に向きを変える。 その様は訓練された軍隊のよう……その矛先が乗艦であることを除いてだが。

 

「え、おいちょっとまて!」

 

 車も、飛行機も電車も急に止まれないのだ。 だったら刃の形を取っているとはいえ、雨だってやはり。

 

「う、うぁ――」

 

 

 急には止まれない。 惨劇は、一気に降り注ぐ。

 

 

「うぎゃあああああああああああッッッ!!!!」

『な、南無阿弥陀仏……』

 

 今の一連の動きを見送ることを強要させられた魔法少女達は揃って手のひらを合わせていた。 出てきた言葉はお約束、どうか、このまま何の迷いもなく逝っておくれと送り出す言葉であった。

 

 

 青い襲撃者、ここに今たしかに獲物を一匹しとめたのである!!

 

 

 

 そこから、数十分の時が流れた。

 

 AM8時13分 温泉旅館エントランス

 

 明るい色の絨毯が敷き詰められた和風邸。 入り口だからと、若干派手目に気を遣っているのだろうか、少しだけ不釣り合いになってしまっているのは減点だろう。 だがエントランスと旅館の庭先を繋ぐ出入口、そこにはやや大きめのソファーが二つ、対面できるように鎮座し、外に若干積もった雪を5,6人で肴に出来る風流さは高ポイントだ。

 

 今現在、そこに座っているモノの胸の内までが良好なのかはわかりかねるが。 

 

 

「で?」

「……びくっ!」

 

 冷たい声が突き刺さる威力は確かに強く、痛々しいモノであった。

 

「まったく貴方たちはわたしがまだ実体化に成功していないにもかかわらず先に飛び出し、尚且つあんな詰まらない自爆で幕を閉じるとはどういうことなのでしょうか」

「いや、最初は押してはいたのだ」

「僕だって良いせんいったんだぞ!」

「戦場に途中だとかはいらないと思うのですが、違いますか我が王よ」

「……そ、それはだな」

「うぅ……」

 

 ソファーで雪景色を肴にアールグレイで喉をならす栗毛色の女の子は小さくため息を吐いていた。 その横には日本古来の座り方……正座にて自分の恥をさらされている者が二人。 ……灰色と水色の髪を申し訳なさそうに揺らしている。 完全に只の説教部屋だ、それが周りの反応であった。

 

 さて、そんな冷ややかでありながら暖かさを含んだ視線の群集は此処でざっくりと作戦タイムを敢行していた。

 

「ねぇ、悟空くんどうするのあの人たち」

「ん?」

 

 と言っても行うことは只の確認であろう。 ここにあの襲撃者たちを連れてきたのはやはり孫悟空。 彼は激突音が聞こえたと思ったらそのまま彼女たちの制止を確認、首元に触れた手を離すと同時に少しだけ汗をかくと、急いでユーノの下に駆け込んだ次第である。

 

「いやまぁ、なんでこんなんことしたか教えてもらわねぇとなぁ」

「それはそうだけど」

「まぁ、オラの直感だけどコイツら自身に凶悪な殺意だとかは感じねぇから、放っておいてもとりあえず大ぇ丈夫だとは思うけどよ……」

「目、離せないよね」

「あぁ」

 

 そのまま腕を組んだ悟空は少しだけ表情を曇らせる。 そんな彼の背中に響く足音、少しだけ老齢を感じさせるそれはこの旅館で出せるのはふたりしかいない……更に軽い音から察するに……

 

「どうすっかな、プレシア」

「……どうしましょうね」

「あ、おはようございます」

「おはよう、なのはちゃん」

 

 魔女、参上。

 

 灰色の髪を自由に波打たせる大魔導師は、普段の白衣姿からは一転して黒い浴衣にその身を包んでいる。 紫がパーソナルカラーな彼女には珍しいチョイスのその浴衣、というかそんな色はおそらくこの旅館のどこを探してもないはず。 ……彼女の私物だろうか。

 

「なんだかあの三人を見ていると今年の春先を思い出してならないわ」

「……え?」

「なのはちゃんにフェイト、それにこのあいだ助け出した八神はやてちゃん。 三人によく似ているとは思えない? 特に今まで紅茶をここで飲んでいた子なんてまるっきりじゃない」

「まぁな。 気がねぇところ見るにシグナムと同じ――」

「そうじゃないわよ。 ……状態的に何となく似てるのよ、貴方とターレスの対比に」

「――ぁああ!! そういえば!」

 

 そっくりな容姿と体型、違うのは中身とパーソナルカラーというところであろう悟空とターレス。 思い出した途端、手を叩いて口を開いていた悟空はつい、大声で叫んでしまう。 ……その、意味が解らない人物は彼に向かい。

 

「あの、悟空さん。 たーれすってなんですか?」

「人なの? あんたに似てるって……?」

「あ、……あぁ~~」

 

 つい、質問を投げかけていた。

 どう返すべきだろう、時にすずかの場合はいつか交わした約束もある。 孫悟空はほんの少しだけ表情を雲らせてしまう。 言うべきか、やめておくべきか……

 

「言っておくか」

『??』

「ターレスっちゅうのはオラと同じサイヤ人でよ、姿とかはオラとまったくと言っていいほど一緒なんだが、性格はホントに最悪なやつだったかな」

「悟空さんと……でも悟空さんが最悪っていうなんて――」

「アイツ、なのはとユーノを殺しかけたんだ。 何の容赦もなく遊び半分でな」

『…………ッ!!』

「だから、二度と悪さできねぇ様に懲らしめてやった」

 

 笑顔は消えていた。 そんな彼の表情を見たらそれ以上の詮索が出来ようはずがない……初めて聞いた彼から出る不穏な単語に、平和な世界を歩んできたお嬢様二人は少しだけ足元が揺れた気がした。 ……そうだ、表現こそは緩いが結局のところ。

 

「と、ところであんたなんか変なこと言ってたわよね?」

「なにがだ?」

「いや、ほら……ナントカ人って」

「あぁ、そういやアリサには言ってなかったな」

 

 それを聞くのはしない。 大戦の英雄になった軍人にあんたって人殺しよねと聞くような物だろう、心のどこかへ仕舞い込んだ質問は重苦しいモノであったろう。 だからこそずらした会話、どこかの外国人なのだろうかと、思ったアリサは彼の事を今ようやく……

 

「オラ地球人じゃねぇんだ」

「…………はい?」

 

 理解する。

 

「まぁ、とにかくオラに似た奴がいろいろ悪さしてたって話だ。 もう、過ぎちまった事さ」

『……』

「それよりもまずはあの三人組だな。 ……ん、何となく雰囲気が落ち着いてきたかな? なのはに似てる奴が紅茶のおかわりしてらぁ」

 

 いやちょっと待ちなさいよ……後ろから聞こえる声は少しだけ流しておく悟空。 抜き合うのはまたあとでと、少しだけ心で謝ると庭へつながる出入口に足を運んでいく。 すぐ後ろで鳴る音は足音だろうか? 彼がとまるとなくなることから付いてきているのだろう……数にして、おおよそ6人分くらい。 それらは何も言葉を発せずひたすらに待つ。

 

 彼が、例の三人に話しかけるのを。

 

「……あら?」

「あ!」

「ぬ?」

 

 栗毛、水色、灰色の順で振り向いてくる彼女たち。 その容姿を見た時、やはり皆の反応はかなりざわめいているようだ。 それは、悟空の背後にいる者たちも同様であって……そんな彼等彼女たちを置いていく様に、悟空はついに彼女たちへ言葉を紡いでいく。

 

「なぁ、そんな窓際にいて寒くねぇんか?」

『…………』

 

 出だしはまぁこの程度だろう。 探りを入れるのならまず、会話を弾ませる必要があるのだから。 勝手にそう解釈した周囲の人間は、悟空の次の言葉を待つ。 しかし……だ。

 

「心配、してくれているのですか」

「ん? あぁ、まぁな」

「優しい方、お心遣いありがとうございます」

 

 栗毛の女の子が光の少ない目で微笑んでくる。 別段、不気味さとかはないのだが、何やらこの娘の態度に納得がいかない人物が……複数人いるらしい。 周囲はさらにざわめく。

 

「ね、ねぇすずか。 さっきまでの反応とは打って変わって、なんだかとっても嬉しそうに見えるのは気のせい?」

「表情は全然冷たいようにしか見えないけど、なんだか口元が緩んだ気がする」

『……まさか』

 

 気づいたのは大人びた年少組(一般人代表)のふたり。 彼女たちは栗毛の女の子の反応にどこか親近感を覚えつつ、少しだけ心に冷たい感覚を残してしまう……冷や汗、そう言うのではないだろうが。

 

「ですけどその言葉だけで十分です。 わたしは、故あって多少の寒さなど堪えませんので」

「そうなんか? ……んじゃ、そっちのもそうなのか」

「はい」

「……へぇ、昔のオラは寒いのダメだったからなぁ……ん?」

 

 中々感心。 悟空が栗毛の女児とその他二人を見直している最中である。 視線が横にスライドしていく中、携帯電話の着信バイブのような振動音を耳に捉える。 それに、注視していくと……

 

「うぅ……ささ、さ、さむい」

「王たる我にこのような仕打ち……だ、だが―――の言う事もまた真理……ぐぐぅ」

「……あり?」

 

 子供が二人、寒さに凍えて震えていた。 その様は梅雨時に道端へ供えられた段ボールin仔犬さまの様でいて。 そんな姿を見てしまったら、幾ら悟空でも心配の『しの字』ぐらいはしてしまい。

 

「……お、おい? こいつら、なんかとっても寒そうにしてるように見えんだけど……いいんか?」

「いいのです」

「いやぁ、でもよ……」

「いいのです。 彼女たちはあれで喜んでいるのですから」

「……そうか、ならしかたねぇな」

『んなわけあるかッ!!』

 

 言ってやった矢先に飛んできた方向に汗が頭部に浮かび上がる。 というか、なんだかんだでこの娘たちの力関係を掴み始めた悟空は、おそらくこの中で一番の権力者である『彼女』を見る。

 

「なぁ」

「どうかしましたか?」

「いやよ? おめぇ達、いったい何がしたくてあんなことしてたんだ?」

「あら、わたしは貴方の言い付けどおりここで大人しくティータイムに入っていたのですけど。 そんなわたしを共犯者に貶めるだなんて……」

 

 栗毛の少女がティーカップを口に付ける。 コクリとならされる喉のおとが、悟空の耳には果たして届いたのか。 流し目で、尚且つどこか面白くないと言った風な彼女しか見ていない悟空には、きっと届いていなかったであろう。 そして……

 

「えっと……『こいつら』って」

「はい、おそらく初めて外に出てこれたので少々はしゃぎ過ぎたのかと」

「はじめて? 出られた……ってことはおめぇ達、いままでどこかに閉じ込められてたんか?」

「えぇ、さすが鋭い」

 

 ちいさな音を立てると、カップをテーブルに置く。 そこからソファーの背もたれに寄り掛かると悟空を一瞥。 少しだけ微笑んだかと思うと、自身が身体を預けているソファー、人が三人は座れるくらいのゆったりとしたそれはいま、栗毛色の彼女が中央を独占している。

 黒いドレスを着た、少女に……だ。

 

「……ふふ」

「ん?」

 

 そんな彼女はいま、少しだけ含みのある微笑。 ことここに来て、孫悟空が帰ってきた8時からは笑ってばかりの彼女……そんな少女は、独占していたソファーの面積を7割だけ開けて見せる。

 

「少し長い話になりそうなので、座ってお聞きください」

「そうか? ……んじゃ、オラこっちに」

 

 話し合いだ、当然悟空は相手の目を見て話したい。 だから対面のソファーに腰をかけようとするのでだが。

 

「……こちらの方があたたかいですよ」

「いや、でもそこじゃ話ができねぇだろ」

「寒いのは苦手だったはずだと思ったのですが?」

「そうじゃなくてよ……」

「だめ、です……?」

 

 引きとめられてしまう彼は、そのまま少女の表情を見て固まってしまう。 幼子ではなく、かなり精神的に大人びたところ、冷たい眼差しの中にあふれる親愛。 そのすべてが、後ろにいる幼馴染で在りつつ弟子であるという複雑な親交に発展した少女と酷似した姿でやってのける。

 それは、みるモノが見たらかなり複雑な状況であっただろう。

 ほとんど似通った容姿の娘が、今まで取るはずのない行動を平然と、大胆にやってくるのだから。

 

「わかった」

「……ふふ、それはよかった」

「……その顔でそんな風にされると聞かねぇ訳にもいかなくなっちまうぞ…………」

「あら、貴方にそのような父性があったなんて。 意外な一面が見れました……うふふ」

 

 ゆっくりと栗毛色の少女の隣に腰を掛ける―――――何かが、握りつぶされる音が聞こえる。

 

「…………………………………………………なんだろう、胸がもやもやする」

「す、すずか今あんた……」

 

 ここだけの話、孫悟空の正体をきっかりと知っているのはリインフォースと高町なのは、そしてフェイト・テスタロッサぐらいであろう。 騎士たちは何時ぞやの“同期現象”である程度は知っているがそれは断片的。

 ……そのことは、かなりな具合で危険な状態であった。

 

「……すずかの奴、気が相当に乱れてやがるがどうなっちまってんだ」

「他の女の話なんて……いまは『わたし達』の話をしましょう」

「……え? あ、あぁ」

 

 戦闘では押しが強いサイヤ人も事、色恋沙汰では押しに弱いようで。 何となく押され気味な彼は、栗毛色の彼女のペースに完全に呑まれていく―――――――その後ろで、藍色の髪が乱れる。

 

「……………………………………………のどが、かわいたな」

「ちょっと何いってるのよすずか?」

 

 栗毛色の少女は視線を流すと、今のいままで反省を実行に移させていた先走り者にそれを固定する。

 

「こちらの水色の髪をしたのがレヴィ。 雷刃の襲撃者(レヴィ・ザ・スラッシャー)

「やっほー」

 

 言うなり視線をもう少し流すと、今度は灰色の頭に目が留まる。

 

「わたし達三人のまとめ役であり……」

「君主とも言うな、闇統べる王(ロード・ディアーチェ)だ、敬い恐れおののくがいい」

 

 くくっ、そんな笑いが漏れたかと思うと悟空に向かってニヤけてるのか睨んでいるのか判らない視線を飛ばしてくる。 一体、彼女は彼に何を見たのか……そして。

 

星光の殲滅者(シュテル・ザ・デストラクタ―) 以後お見知りおきを」

 

 小さく首を傾げて、薄い表情の中に最大限の温かみを生み出していく。 その笑みは、やはり似ているからだろうか高町なのはと同様に、咲いた花のような暖かさを見たものに抱かせる。 ……見せている相手がたった一人だという事は置いておくとしてもだ。

 

「レヴィにロード、それにシュテルなぁ」

「あぁ、我の事はディアーチェでよい。 そっちは君主という意味で名ではない」

「ふーん、そっか」

 

 色とりどりの頭を見渡した悟空は、君主と言うディアーチェに一言貰いつつ後頭部をさする。 少しだけ視線がそっぽを向くと何やら思案顔。 一呼吸置くと、そのまま纏め役だと紹介された彼女を……

 

「なぁ」

「…………なんだ?」

 

 視線で射抜く。 この時、恭也と士郎を筆頭に武芸者関係者の感覚センサーが一気に振れる。 まだ未熟で、カリン塔からキングキャッスルにいるピッコロの存在を感じ取って見せた16歳当時の悟空にさえ及ばないけれど、そんな小さいセンサーでも今のは分った。

 

 彼は、少しだけ言葉に”力”を入れていることを。

 

「おめぇ達がなにモンかは大体分かった。 気がねぇところ見ると、どうやらシグナムたちと似たような存在だって事、それになのはたちに似てるのもおそらくだけど訳があるんだろ?」

「ほう、なかなか――」

「さすが、奇妙奇天烈な人生を歩んできただけはありますね。 理解と憶測の精度が素晴らしいです」

「……むぅ」

「お、おう」

 

 その声にも動じず、というより嬉々とした雰囲気なのはどういうことだ?

 

「………………悟空、さん」

「す、すずか!? あんたなんか目の色が……?」

「……ふふ」

 

 月村の息女の目の色が変わったように見えたのもどういうことだ?

 その姿を見たアリサは若干の気おくれ。 紅色に染まる瞳は鮮血のような生々しさを放ち、見たモノに畏怖の感情を持たせる……はずだったのに。

 

「あ、あの――」

「あら?」

 

 踏み出す一歩。 駆ける声。 しかしそれは少女の形をした楊貴妃(悪女)のせいで……

 

「ご、悟空さん困ってるじゃないですか。 は、離れてください!」

「そうかしら? 見たところ満更って訳でも……無いわけではなさそうですね。 そもそもこんな幼女の身体に惹かれるわけもありませんか」

「いや、ちゅうかよ――」

 

 止められ、尚且つ彼は、孫悟空はついに月村のすずかお嬢さまを前にして、禁断の言の葉を紡いでしまう。

 

 

 

「――――――――――――オラ、もう結婚してんだぞ? なのに色気ふりまこうとしてんのか、おめぇ?」

 

 

―――――――――――――――――はい?

 

 

 

 世界が、凍りついた。

 

 凍土とは凍った大地という意味なのだが、それを比喩的表現に持って行くならば“生物が活動できない土地”という意味合いを込められるときもある。 その中でも己がカラダと意思を強く持つ者は、身体を変化・進化させて生きながらえることが出来るだろう。

 だが、彼女は幼い。 見た目以上に大人びた雰囲気、知識、礼儀作法を身に付けたとしてもまだ9歳の子供なのだ。 たかが九年の月日でひとはなにが出来る? ……サイヤ人なら1から3へと壁を超えるだろうが、地球人なら察しの通り。 あまり、得るモノは少ないであろう。

 

 そうだ、まだ未熟なのだ彼女は。

 

 そんな彼女に今の発言は――

 

 

「…………………………………………………うそ、ですよね」

 

 ――――バキリッッ!!

 

 致命的過ぎた。 危篤を通り越し葬式みたいな顔をしてしまったすずかは、怒りや混乱よりも悲しみの度合いが強すぎた。 ……そうだ、悲しむことが先に来ていた彼女は……

 

「すずか?」

「そう、ですよね。 ……前にみんなで遊びに行った時も思ってました、悟空さん、なんだかお父さんみたいな暖かさがあるって」

 

 どこかで、気が付いていたのかもしれない。

 

「おめぇ……」

「い、いいんです。 わかってます……こんなに良い方が身持ちじゃないはずがないですもん。 わたしも、想像くらいしたことあります」

「あ、あぁ」

 

 藍色の髪が、哀の感情を強くした。 揺らされた長髪とが相まって、彼女が何を想い抱いているのかを連想させるのは容易い。 でも、答えてやる事なんてできない現状が彼女をさらに苦しめて。

 

「だ、大丈夫です!」

「すずか……」

 

 その姿を見たアリサ・バニングスは、彼女の目に雫が零れるのを見逃さなかった。 煌めく水滴が床を濡らし、それでもニコリと笑って見せようと振る舞うすずか……彼女は、強くはないが、決して弱い女性ではない。

 

「だいじょうぶ……っ」

『すずか!!?』

 

 突然振り向き、玄関口へと消えていく。 その走りは常人ならざる速さを見せ、まるで誰もを置いて行くかのような走り方は彼女の言いたいことを代弁するかのようだ。 ……誰も、追いかけてこないでと。

 

「……やってしまいましたね、孫悟空」

「あ~~! 斉天さまイケナイんだーー! 女の子泣かせた!」

「愚か者めが。 女子(おなご)にあのような顔をさせるとは……恥を知れ」

 

 一番近くの3人組が一気にやかましくなる。 女三人で姦しいなら、それが3セット集まればなんというのか……なのは、フェイト、はやて、シグナムにシャマルとヴィータ…………その他諸々の女性陣が悟空に冷たい視線を送る中。

 彼は……

 

「…………参ったなこりゃ」

 

 事の重大さをようやく思い知る。 まさか怒るのでもなく、喚くのでもなく、声を殺して我慢するとは……姉を伴侶とする高町恭也は事ここに至ってようやく月村の人間の慎ましさを思い知り、情念の深さを思い出させる。

 想えば一直線。 堕ちてしまうから恋なのだ。

 

 

「――Foreign loveとはよく言ったものだ。 斉天の、何をしておる」

「え?」

「さっさと追いかけてやらぬか! 男にあのような涙を流す者など過去も未来も探したとしてもそれほどおらん。 せめて雫を拭いてやるくらいしてやるのが後始末のやり方であろう?」

「そうなんか……そっか。 んじゃ、いっちょ行ってくる」

「そうせい」

 

 ディアーチェと呼ばれた少女……八神はやてに酷似している彼女が、尊大に言い放つ中で悟空は人差し指と中指を突出し、己の額に寄せていく。 それを、見ていたアリサは視線鋭く言い放つ。

 

「悟空! 今回はソレ、やめときなさいよ」

「え?」

「すずか、少しだけ心の整理をする必要があると思うの。 走りながらでもいい、少しだけ時間をかけてやりなさいよ」

「…………そう言うもんか」

「そうよ!」

 

 腕組み直して、金髪の令嬢が激を入れる。 その姿が今度こそ異世界の天才科学者に丸被りなところはかなりの説得力を悟空に持たせる。 少なくても、いまの悟空に瞬間移動をとりやめさせることは出来たはずだ。

 

「んじゃ、今回はゆっくり探してやるか。 ……速くと言ったり遅くと言ったりすんのも訳があるんだろうし」

「孫悟空」

 

 そして、そんな彼に更なるアドバイスを送りたいがために呼び止めたのが一人。

 

「なんだ、今度は夜天か?」

「…………」

 

 それは闇を祓い、夜天の称号を獲得した月のような光沢を銀髪に秘めた女性。 年にして17,8そこいらの彼女は悟空に足早で近づき、左足が地面に触れるかそうでないかというところである。

 

「気を付けなさい、貴方はいろいろとこの世界に動乱を持ち出してしまう」

「あぁ、そうみてぇだな。 なるべく”早く行く様に”は気を付ける」

「……そうですか“わかっているのならいいですが”」

「おう」

『???』

 

 脚の動きよりも速く、自分達の用事を済ませた世界最強たちはここで一旦道を違える。

 

「――――っ」

『い、いっちゃった……』

 

 ことの展開の急さに呆気に取られてしまっている会場のほとんど。 やや年齢が行っているリンディ以下数名と使い魔の猫姉妹はここで、ようやく凍った身体を氷解させることに成功して……

 

「結婚て――ねぇロッテ。 あ、あの坊やって今いくつなの……?」

「しらない……ただ三十路を超えてるってのは情報で」

「三十路!? わ、わたし悟空くんからは25、6だって聞いてたのだけど」

「孫くんの年齢についてはあまりわたしたちの常識に当て嵌めて考えない方がいいかもしれないわ。 記憶喪失の上、戦闘民族サイヤ人ですもの、大猿への変身に超サイヤ人への変異に加えてその身体をいつまでも全盛期に保たせようとする身体の何らかの機関があっても驚けないわ」

 

 大人は何となく冷静さを取り戻しつつ。

 

「ば、馬鹿な……悟空が結婚だと……!」

「なんだか世界の不思議を見た気がするわ」

 

 忍と恭也は体中から脱力していた。 一気に向けていく気力に、全身が気怠さに襲われている最中。

 

「すずかちゃん、辛いだろうな」

「そうね。 すずかの悟空さんを見る目、とっても輝いていたから……本当に残念だわ」

「……既に誰かと添い遂げているのなら、それを曲げてまでくっつけてやる事なんて俺にはできない……したくない。 けど」

 

 そこで一拍。

 置いた空気はなにを物語るのだろうか……望んだ未来は欲しかったものじゃなかったけど、それでもと思ってしまうのは人のサガ。 恭也はそこからさらに深呼吸を加えると右こぶしを軽く作る。

 

「帰ってきたら一発位ぶん殴ってやる。 大事な義妹を泣かせたんだからな」

「そう、ねぇ」

 

 痛がるだとか、ダメージを通すだとかは関係ない。 その行為が大事だと思えるのは果たして何人この場にいたのだろう。 高町恭也は少しだけ優しい目をすると将来の妹へ向けて。

 

「頑張れよ、すずかちゃん」

 

 そっと、エールを送るのであった。

 

 

 

 

 ……その掛け声がまさか、本当に迫真迫る事態へ向けるセリフになるとは、この時誰も予想だにしなかった。

 

 なのは達3人娘に酷似した存在。 若干逸脱した性格と、その特性。 度を越した好意に、過ぎた幼さと尊大さ。 何かが激しく掛け違えているこの瞬間に、誰もが気が付かなければならなかったのだ。

 闇の残滓が残留したという事実を…………闇が、まだ残っていることに。

 

 

 

 

「ごくうさん……悟空、さん……ぅぅっ」

 

 少女の泣き顔に追いすがろうとする不安。 少女の心を掻き毟ろうとするのは今までの行い――嫌悪。 大切なものを取られたときの辛さは、未だに筋斗雲に乗れない金髪少女から味わわされているすずかの慟哭は止まらない。

 奪いたいと、一時でも考えた自分が恥ずかしい。

 

 誰にも渡したくないと、縛り付けてでもそばに置いておきたいという邪念があったことは否めない。

 

 憧れ、恋い焦がれた自分の思いをそのまま通したいの仕方がないことだ。 ……そうやって妥協してしまえたらどれだけ楽か。 彼女の情念を常識が縛り付ける中、そんな思いですら投げ捨てたいとさらに足に込める力を増やしていく。

 

「逃げたい、逃げてしまいたい……もう、やだぁ」

 

 心が痛い、苦しみ、悲しみから解放される方法は数少ない。 成就させるか忘却の彼方へ送ってしまうか……けど、そのどちらも絶壁よりも高い壁で在るのは少女も承知の上だ。 ……だから、少しだけ時間が欲しかった。

 

 

 その少しの時間に、いかほどの“邪念”が集まるとも知らず知らずの内に。

 

 静まりかえる都市……海鳴。

 海の波が音色を奏でる……こともしない今日この頃、失意に落ち込んでしまった少女の天上に暗い雲が集まっていた。 それは彼女に何をもたらすのか、それとも――――なにを奪い去ろうというのだろうか。

 

 年の暮れも近い雪の季節。 月の名を冠する少女に、ひとつ、大きな不幸が集中しようとしていた。

 




悟空「おっす! オラ悟空」

リインフォース「……なんでしょう、嫌な予感がする」

はやて「どないしたんや? そんな不安そうな顔で」

リインフォース「いえ、なにかとんでもない忘れ物をしているような気がして。 なにか、わたしの中の何かがざわめくのです」

はやて「……なにか」

リインフォース「そう、なにかとてつもない見落としをしているのではないかッ…と」

悟空「おーい、すずかーー! どこいったぁー!!」

すずか「もうやだ、いままで一体なんだったの……ぅぅ」

悟空「……なんだ、すずかの気を辿れねぇ……! なにか気味の悪い気が集まりだして――おい、すずか! それ以上“そっち”にいくんじゃねぇ!」

すずか「……え?」

シュテル「気になるところで申し訳ありません、情報は少ない方が楽しみが増すと思うのでここで引きとさせてもらいます。 次回」

レヴィ「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第61話」

ディアーチェ「闇の谷、邪念の山」

???「お外は怖いよね? こっちにおいでよ」

すずか「貴方は……だれ?」

悟空「……な、なんだってんだこの気は……いままで感じたことがねぇ位に……」


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第61話 闇の谷、邪念の山

 

 闇の三騎士がそろっていた。

 其れは切り刻むもの。

 其れは打ち滅ぼす者。

 其れは、全てを従え統べるモノ。

 

 幾許の時代を流れ、忘れ去られた存在だったのか。 それともこの時代に出会った者がいたから生まれたモノなのだろうか。 それは誰にもわかることなどできないだろう。 人は暗闇では視覚が利かないし、音がないところでは耳も役には立たないからだ。

 

 とにかく、超常であり異常な物であることには変わりがないそれらに、彼女は当然の如く警戒心を最大限にしていた。

 

「師匠、此処の守りは必ず……」

 

 手に平を拳で包むと、意を決して腹をくくる。 ここが、いま自分が守る場所なのだと自覚が追いつくと丹田に気力がみなぎってくるようだ。 言われたわけじゃない、けど、あの背中に書かれた”悟”と言う字を瞳に収めてしまった彼女は……覇王、アインハルト・ストラトスは思わずにはいられなかったのだ。

 

 どんな暗闇も、この拳が打ち砕き祓って見せよう……と。

 

「師匠……」

 

 口数はドンドン少なく成っていく。 けど、心の内に秘めた焔は燃え上がるばかりで鎮火の気配は一向にない。 それは、周囲のひと肌に容赦なくぶち当たる殺気へと変わろうとしていた。

 そんな空気に、能天気な声が反論を上げる。

 

「ねぇ、なんでそんなにプンスカ怒ってるの?」

「……怒ってなどいません」

「ウソだぁ! だってさっきから空気がちりちりするもん」

「……くっ」

「あ、アインハルトさん……!」

 

 その異なる雰囲気がぶつかり合うと嵐が生まれようとする。 低気圧と高気圧がぶつかり合う太平洋上のような“うねり”を見たなのはの背筋に冷え切った汗が浮かび上がる……ケンカ開始5秒前。 なのはは、二人の間に割ろうと足を運ぶ。

 

「邪魔をしてはいけません、オリジナル」

「あ、え……えっと、シュテルちゃん……ですよね?」

 

 冷たい声がなのはを止める。 見つめる先には鏡がある……かのように思える同一の顔がこちらを見据える。 同じ髪質、髪の色、どこまでも自身に似ているそれは、しかし中身は絶対に違うと断言できる。

 そうだ、だって二人は似ている様で全く違う“別人”なのだから。

 

「えぇ、貴方の劣化コピーですがなにか」

「そ、そんなこと言ってないよ!! 変なこと言わないで……っ」

「……そんな泣きそうな顔、しないでください。 冗談です」

 

 そんな別人同士が軽い挨拶を交わす。

 冷たい視線の娘が片目でウィンクをすると、朗らかな方が呆気にとられた表情を展開する。 やけに心に突き刺さるブラックジョークに、冗談では済まないよと苦笑いをするなのはは既に、相手にペースを掴まれ始めていた。

 

「少しだけ貴方たちよりも感情表現が不得手なだけです。 ……貴方の闇が一番大きかったのが原因でしょう」

「わたしの……闇?」

「そうです。 この姿からわかるように、わたしたちは貴方たちの影で在り貴方達の知り得ない無意識の一部……そう思ってもらえれば理解が早いでしょう」

『???』

「わからない……顔ですね」

 

 言われたことは少しだけ難しいモノであった。 その後ろでプレシアが何やら思案しているように見えたが、結局答えは出なかったのであろう。 かける声もなく、ひたすらに沈黙を守る。 けど、その沈黙は関係なしになのはの脳裏にはひとつ、今まで疑問に思っていたことが溢れ出す。

 

「じゃ、じゃあもしかして悟空くんもあなたたちみたいな影の人が……?」

「……それは、ありえません」

「……え?」

 

 けどそれはすぐさまに否定されてしまう。 静かに、でもどこか儚げな印象を醸し出すシュテルの表情が、なのはにはどうしてだろう『さびしい』という感情に見えてしまう。 思わず近寄ろうとして、彼女の目の中を除こうとした時である。

 

「彼はこの世に一人。 ……そう、たった一人だけの存在ですから」

「……どういう――」

「たった一人の……思い人。 それが複数いたのではロマンチックではないでしょう? 面白味もありませんし」

『理由がそこですか……』

 

 彼女はどうにも夢見がちなタイプらしい。

 

「でもこれがなのはの影ってことは、もしかしてなのはって結構……」

「あ、アリサちゃん今はそう言うの関係ないってば! ……しゅ、シュテルちゃんも変なこと言わないで!!」

「うふふ……でも本当の事ですよ?」

「うぐぅ……」

 

 ロマンチックは上げるモノ……? 女の子にしてみれば貰いたのが本音だろうが、思い人の甲斐性スキルからそれは絶望的だろう……というより修羅場しか浮かばないなのはは首を横にぶん回す。

 

「貴方のその顔……心中察します」

「誰のせいだとおもってるのかな?」

「誰でしょう……?」

「もぅ……!」

 

 からかい半分といったシュテルはそこで視線を横にスライドさせる。 会ったのは水色の髪をした自分の同僚。 それは小さな体と頭を精一杯に振り回し、今目の前に居る闘牛を相手に大立ち回りを敢行しようとしていた。

 

「あー! 今また目元がピクリってうごいたぁ!」

「……ふぅ。 どうして貴方はそんなにも――」

「もぉーー! なんでそんなに鋭い目でこっち見るんだよ! 僕なんにもしてないだろ!? このイノシシサムライ!」

「イノ――!? ……っく、さすがのわたしも今のは……!」

『あ、アインハルトさん!?』

 

 

 その中でやはりというか、大人しく時を過ごせないモノが一人。 彼女は左右で異なる色の瞳を輝かせると、口元を大きく吊り上げる。 我慢の限界が近そうだ。

 

「しかしイノシシというのはなんとも的を射た言い方をするのう、レヴィ」

「王さまもそうおもう? へへん、なんたって斉天さまも昔はこの人みたいにすぐ突撃する癖あったもんねぇ。 じっくりとみてたからわかるよぉ~」

「で、あろうな。 あやつも昔は相当にやんちゃであったからのう」

「……ッ!」

 

 我慢の、限界……?

 不意に震えだすアインハルトはなにを思う? イモ侍ならぬ猪武道家と蔑まれた小覇王は肩の震えも収まらぬままに、小さく声を漏らしていく。

 

「あ、アインハルトさん――」

 

 その姿が不安でたまらなくなったのだろう。 声を出した高町なのはは、ここでついに彼女たちのあいだに割って入ろうと足を踏み出した……そのときであった。

 

「いま、なんと言いましたか……」

「おねがい落ち着いて、アインハルトさん……!」

「いま、わたしと師匠が似ていると言いましたか!?」

「だ、だからね……え?」

 

 アインハルトの声がいちいち大きくなる。 その姿を見た騎士一同は肩を大きく落としていた。 どうやら、彼女たちはアインハルトの心の機微を瞬時に捉えたようだ。 ……そして、それは高町の剣客たちも同様のようで。

 

「…………ふふ」

『あ、笑った』

 

 アインハルトが微笑む頃には、高町なのはの足は既に後方へ下がっていた。 もう、心配するどころかむしろ注意しなければならないレベルになっている彼女の心の内。 なにが、彼女をこのようにしたのか……?

 

「わたしが師匠に似ているっていうのは本当なのですか!!」

「……まぁ、事実であろう」

『あぁ、そういうことですか』

 

 震えた身体は、その実歓喜の震えだったらしい。 何となく緊張感の欠片も木端微塵にされてしまった今の発言に、旅館内の人間の大半は肩を落とす。

 

「あ、それで斉天さまってテンカイチブドウカイってところでねぇ~~二度も優勝できなかったんだよ」

「車にはねられて? あの師匠がそんな負け方を……そうだったのですか。 ……師匠にも下積み時代というのはあったのですね」

「当然ですよ。 彼をなんだと思っているのですか貴方は」

「言ってやるなシュテル。 今のあやつを見ておると誰でもそのような反応が出るのは仕方ないことだ」

『いやいや、どうして武道大会の対戦途中に交通事故に遭うんだよ!』

 

 そこから咲いた話は、孫悟空の少年時代の思い出。 冒険、そして武道に打ち込んだ熱く悲しく、それでも明るい過去の物語り。

 

「…………話し、大分ずれ込んだわねぇ」

「そうですね。 まぁ、悟空君の過去話なら誰もが興味を引かれると思いますけど」

「そう、ね」

 

 そのなかで交わされた大人の女性二人。 ……白、そして黒の浴衣に包んだ彼女たちはリンディ・ハラオウンとプレシア・テスタロッサだ。 彼女たちはいま、目の前で行われている雑談を遠目で見ていると、そっと片手で頬を支えだす。

 

 その目の奥に、心配という秘め事を隠しながら。

 

「あの子、本当に大丈夫かしら……」

「彼は……どうでしょうか。 もとが野生児なのが災いして、人の感情の機微……特に恋煩いだとかは無縁に思えますし」

「そこなのよね、彼の大弱点は。 ……結婚したっていうけど、親が居ないのだから見合いなんてありえないし、どういう風にどんな感じなラブストーリーを演じたのかしら? 気になるわ」

「……ぷ、プレシアさん」

 

 一体なにが不安なのだろうか、この魔女は。 そういった思いが募るリンディであるが、そんな彼女も同じ思いなのであろう。 少しだけ吊り上った微笑は、笑顔の下に好奇心を見せつけるには十分。 説得力なしな表情は、今度は男衆の肩を落とさせる。

 

「……父さん、俺なんだか悟空がかわいそうになって来たんだが」

「…………そう、だね」

「?」

 

 そのなかで、やはり違う意味で肩を落としているのが高町一家の大黒柱。 ……高町士郎その人だ。 彼は愁いのある表情を醸し出すとそのまま一息、深呼吸を入れると窓枠から遠くの空を見る。

 青い空だ。 どこまでも澄み渡っていて、どこへでも飛んで行けてしまいそうなほどに高い空。 その空に輝く白い光は太陽で、燦々と光っては下々を暗い影から遠ざける。 その光が、どうにも『彼』を思い起こさせてしまった士郎は……

 

「…………“俺”を助けたのは、いつの……」

「え、父さん?」

 

 そのときを想いだし。 その輝きを思い出させていた。 ……けど、彼は同時に見つけてしまう。 今という日々を“守った彼”と“繋げた彼”を同一だとした時の………………

 

「悟空、君……キミはいったい」

 

 

―――――――――――最大の矛盾点を。

 

 

 

 

 

 

 

 AM8時55分 海鳴市郊外 一般道歩、路側帯。

 

「……逃げちゃった」

 

 独り言が冷たいアスファルトに落ちていく。 暗く、悲しく、そして切なさをふんだんに盛り込んだこれは、決して視覚だけではわからないもの。 比喩的表現なのだけど、それでも誰かに見てもらいたかったのか、彼女の声は決して小さなものではなかった。

 独り言の筈なのに。

 

「……はぁ」

 

 今度はため息だけがアスファルトに落ちていく。 もう言葉だけでは表現しきれない自身の感情は、色で言うなら……自分の髪と同じ色であろうか。 藍色、アイという読みだけなら一緒の髪を揺らすと、彼女は歩く速度をわずかに落とす。

 

「4月だったよね悟空さんと約束したの……逃げないって決めたのに」

 

 それは、彼がまだ寝ぼけていた遠い昔。 少女達からしたらつい最近と言えるのか、それともやはり彼と同じか……生きてきた時間に誤差がある青年と少女は、やはりそこからして相容れない“違い”というのが存在していたのであろう。

 彼女はまたもため息を零す。

 

「でも、こればっかりはダメだよ……」

 

 俯くばかりで、立ち上がることはできても前に進むことが出来ない。 たとえ出来たとしても、その先が正しい道なのかもわからない。 そもそも、今自身が進んでいる道が本当に正しいのかすらわからない。

 

 ナイナイだらけの不安道。 そこに今彼女はいるのだ。

 

「せっかく、なんの臆面もなく一緒に居られる人に出会えたのに……」

 

 さびしいと。 自分だけ“周囲”と違うと俯きながら歩いてきた。 でも、それでもがんばろうと思えたのは周囲の応援があったから。 姉、メイド、両親。 自身を知る者たちが今まで支えてきたからこそだ。

 そして出会えたかけがえの無い、本音を言い合える友達もつい1年ほど前に出会えたのだ。 ……それでも、その友達に言えない秘密はあったのだけど。

 

「……なのはちゃんやアリサちゃんはお友達だけど、だけど……やっぱりどこかで正体を知られるのが怖くて。 臆面なく受け入れてくれた……どうでもいいって言ってくれた初めての他人があの人だったから」

 

 子供の姿のときから、彼はやはり常軌を逸した行動が多かった。 それが自然児だから、両親を知らないせいだと聞かされた時は酷く心に悲しい想いが脹れたけど、……けど。

 

「それ以上に、自分と近いと思ってしまったから……この人ならわたしの事って」

 

 わかってもらえると、どこか心に確信できてしまったのも事実だ。 なぜにそのような感情が生まれたのかはわかるはずもない。 もしかしたら、それこそ彼が持つ心の有り様のせいだったのかもしれないし、彼の世界独特の何もかもを受け入れる寛容さだったのかもしれない。

 犬はしゃべるし、妖怪が普通に幼稚園でお勉強している世界だ。 吸血姫の一人や二人気にすることなんて今さらだろう……そう、『悟空が居た世界』ではだ。

 

 けど、それが許されないこの世界で、彼女の心細さはどれほどの物だったのか。 そんなことは人間にはわかるはずもない。

 

「……悟空さん」

 

 だから誰も同情なんてできない。

 

「悟空さん……」

 

 だから何者も、彼女の気持ちを『失恋』だと誤認する。

 

「……痛い、よぉ…………」

 

 だから、彼女自身も自分の感情を測りかねている。 この心の空洞が恋なのか、数少ない『同族』ともいえる異質をもった彼が、誰かの物だったことを知ったショックだったのか……解りかねるのだ。

 彼女の心は、少しずつ圧迫されていく。

 

【……ねぇ】

「……え?」

 

 そんな彼女に、降りかかる声があった。

 

「え、なに……これ」

 

 方角は太陽から丁度真逆に位置する西南から。 まるで風のように届き、それでも内側から鐘を打つかのように響くそれに、彼女は……月村すずかはあたりを見渡す。

 

「だれも、いない……」

 

 わかったことは自分以外誰もいないという事実だけ。 それでも……だ。

 

【こっちにおいでよ……】

「……あ」

 

 聞こえてくる、耳鳴りのように。 身体が向く、吸い込まれるように。

 月村すずかは、さも当然のように振り向いたのだ。 迷っていたはずなのに、振り返ることが怖かったはずなのに……そこに、いる彼女は後ろへ振り返ってしまう。

 

【…………にぃ♪】

「え!? な、にこれ……嫌ぁああ!!」

 

 ぱっくりと、そんな擬音が似合うような空間の裂け目。 しかしそれは口のように、牙のように、狂った獣の咢のように大口を開けていた。 ……見えることのない“向こう側”の光景ですずかの目を塗りつぶしながら。

 

「…………あ、あぁ」

 

 それを見てしまった彼女はもう動けない。 足がすくんだ? いいや、囚われたのはカラダじゃない……

 

「いま、……いきます」

 

 心だ。

 

 うつろい、揺れてしまった彼女の心はどこへ行ってしまったのだろうか。 その目は澄んだ藍色を消し去り、飢えに飢えた血のようなドロドロとしたものへと変わってしまう。 その変化はどういう意味なのか……

 

「い、ま……」

【うん。 こっちに……おいで?】

「は……い」

 

 意識もなく、心をなくした“モノ”にはわかりようが無かった。 月は、闇の中に沈んでいく。

 

 

 

 

 ―――――――――同じ時、別の場所。

 

 太陽が昇ろうとしていた。

 それは人気のない山道をひたすら駆け抜け、あたりを見渡すとため息を零してさらに速度を上げていく。 黒い髪が何度も揺れたり止まったりを繰り返すと、男はようやくその疾風よりも鋭い自身の動きを止める。

 

「…………まずいな」

 

 第一声は不穏な口調であった。 この男には珍しい緊張感をふんだんに詰め込んだそれは、聞く者が居ればそれだけで不安を誘う代物であったろう。 ただ、今回はギャラリーがゼロなのだが。

 

「さっきまで追ってこれたすずかの気が、急に消えた……」

 

 次に出た状況確認の言葉は、かなり不味い事態を零していた。 何が不味い? わからない者もいるかもしれないが、この男は探し物の経歴に関してはそん所そこらのトレジャーハンターとは比べ物にならない功績がある。

 その男が言うのだ……見つからないと。 その額に汗を流しながら。

 

「おっかしいなぁ。 さっきまで確かにこの辺にいたはずなのに、影も形も見当たんねぇ」

 

 あたりを見渡しても林が見えるだけ。 うっすらと上空から射す光がまぶしいが、目を瞑るまでもないと思ったのだろう、彼はそのまま視界を広げる。

 

「すずかー! どこだー!!」

 

 見えないから、今度は声を上げるのは当然のことだった。でも返ってくる声は当然ない。 そして……

 

「…………だめか、相変わらず気の方も見失っちまって……どうなってんだ」

 

 感覚センサーを最大限に引き上げても結果は変わらず。 いない者はいないと、まるで彼の行いを否定するかのような現実に、それでも彼は諦めが悪かった。

 

「おーい! どこだーー!!」

 

 山吹色の道着に身を包み、背後から茶色の尾を生やした男……青年、孫悟空は声も高らかに少女の名を呼び、響かせる。 返ってくるのは山彦だけだがそれでもかまわない、続けようと息を吸いこんだ悟空は――

 

「斉天さまー!」

「ん? あ、おめぇ!」

 

 遠くから聞こえる呼び声に、少しだけ眉を動かしていた。 見えるのは水色一色、きれいな髪質のそれを左右で分けた彼女はツインテールの女の子だ。 

 

「たしか闇の書から出てきたっていう…………レヴィだったか!?」

「あったりー☆ よかったぁ、斉天さまって人の名前覚えるのヘタクソだから忘れられちゃってるかもって思ったよ」

「そりゃあ昔はな。 てかよ、おめぇどうしてここに来たんだ?」

 

 少しの間、それでもすぐに名前を言い当てた悟空に対して少女の気分は滝登りのうなぎ登りだ。 どんどん明るくなっていく彼女の表情と違い、悟空は少しだけ怪訝そう。 疑うというよりは疑問の色が近い彼に対し……

 

「うん! ……ん?」

「いや、だからどうしておめぇが来たんだって聞いてるんだ」

「うんっとね……ん?」

「…………そんなわからねぇって顔されてもなぁ」

 

 少女は、全くわかっていない風であった。

 

「……顔はフェイトに似てるけど中身はもう全くの別人だなおめぇ」

「それはそうだよ。 だってオリジナルとは完全にはなれちゃったしね、もう『かんしょう』しあうこともないんだって、王さまが言ってた」

「ふーん、そっか」

 

 その姿をジト目で見る悟空は少しめずらしい雰囲気。 ……を、するのも一瞬のことだろう、彼はすぐさま空気を切り替える。

 

「そんで、なんでおめぇが来たんだ。 他のヤツは?」

「シュテるんに王さまのこと? ふたりなら今ね、さっきまで居たところで“えいがかん”やってるよ」

「……映画館?」

「うん! なんでもあのイノシシが『昔の師匠が見たい……見させてください!!』 って言って聞かないんだもん。 だから管制プログラムのあの人の協力で色々やってるよ」

「いのしし? 誰の事だ」

 

 切り替えた、つもりがやはりいつもの空気だ。 やっほーなどという擬音を背景に両手でばんざい。 宙に浮いてる不可思議で不遠慮な彼女はあっけらかんと現状を説明していた。

 くるくると空中で側転している様はアスレチックに来た子供の様。 でも……悟空はここで一つ疑問点を見つけてしまう。

 

「それでおめぇは手伝わねぇのか?」

「だって難しいことわかんないもん。 だったら斉天さまと遊んでる方がいい!」

「……オラ遊んでるわけじゃねぇんだけどなぁ」

 

 後頭部をかく悟空とは正反対に、手の中で作った光をグネグネ……魔力光を器用に粘土のような扱いで戯れると、レヴィはそのままニンマリと笑顔を作る。 まだ何もしていない、けれどただそこにいるだけで心底楽しいようだ。

 

「そう言えば斉天さま。 あの女の子みつかった? “よるのいちぞく”の女の子」

「……それがさっぱりなんだ。 急にアイツの気が消えちまってよ」

「ふーん。 僕には気なんてないからわからないけど、いろいろ大変そうだね」

 

 他人事だと思って。 そう思っただろう悟空は少しだけ眉間にしわを作る。 けれどそれだけやっても仕方がないとわかっているのだろう。 すぐさま先ほどと同じ格好を取ると、彼は一気に横隔膜を振わす。

 

「すずかーー!」

「……うーん」

 

 悟空が叫び、少女が漂う。 例えるならば自宅でパソコン作業に明け暮れている飼い主と、相手をしてくれなくなって3日目のネコ。 要約すると―――

 

「すずかーー!!」

「つまんないなぁ……」

 

 構ってほしい。 其れだけであろうか。

 先ほどまでこねまわしていた魔力光を手放すと、彼女は周囲を見渡す。 探知……そう言った力など当然ないこの娘だが、どうしてかこうやらずにはいられない。

 

「僕も探すよ」

「ほんとか? そいつは助か――」

「見つかったら僕とあそぼ? ね?」

「……」

 

 その理由の狭量さにしばし頭を抱えそうになる悟空。 後頭部を2回かくと、そのままレヴィに向き直る。

 

「わかった。 おめぇとは後で遊んでやる」

「やった」

「けど、今はすずかが優先だ。 全力を尽くすんだぞ?」

「はーい!」

 

 そうこうして急遽出来上がった天然コンビ。 そのふたりの活躍は正に怒涛の勢いであった。

 

「すずかーーーー!!」

 

 悟空が叫べば山がざわめき、クマが冬眠から目覚める始末。

 

「おーい、どこいったのさ~~」

 

 レヴィが広範囲で駆け巡るならば疾風が大地を抉る。 地面にて春の日差しを待っていた生物たちが機嫌も悪そうに2度寝を敢行する。 世間その他を完全に考えてない二人の行動は……

 

「……はーあ。 みつかんないねぇ斉天さま」

「…………どこいっちまったんだほんとに。 まさかオラでも探りきれないほどに遠くの世界に行っちまったのか? でも、すずかがそんな芸当できるともおもえねぇし」

「うーん」

 

 やっぱり頓挫する。

 ふたりして腕組み直して首を傾げること20フレーム。 進まぬ作業に、ついに零したため息はレヴィの物だ。 彼女は見た目通りの子供っぽさでついに諦めが心にわいてしまったようで。

 

「斉天さま、あの子見つかんないね……僕疲れちゃったよ」

「え? ……あぁ、そうだな。 結構なあいだ探したもんなぁ」

 

 悟空に、撤退を呼びかける声を上げる。 上げたはずだったのだけど。

 

「おめぇはいったん帰ってろ」

「斉天さま?」

「オラ、もう少しだけ探してみる」

 

 彼は、あきらめが悪かったのだ。

 

「アイツ泣かせたんはオラのせいだしな。 きちんと面と向かって話しねぇとなんねぇだろ」

「……」

「だからアイツ、探してやんねぇと」

「そっか……わかったよ」

 

 それに感化されたのか? 水色の髪が静かに動き出す。 見渡す世界は先ほどよりも静か。 それが自身の内に何らかの変化をもたらしたのかはわからない。 そうだ、幾ら元が闇の書という魔法のシステムから成る存在だったとしても。

 身体が、これ以上成長することが無くとも。

 

「僕ね、もうちょっとだけ一緒に探すよ。 ひとりじゃ時間かかっちゃうもんね」

「……おう、そうだな」

 

 心は育むことを知り、強く優しくなることもできるのだから。

 

 レヴィが目の輝きを強くすると、そのまま捜索に入れる力を引き上げていく。 速度は先ほどとは変わらないがいかんせん集中力が違う。 小さな見落しも許さない……そんな覚悟を秘めた輝きを、彼女はいつの間にかするようになった。

 

 

 

 

 それから、数時間の時が流れた。

 

 山奥、林の中、そして海の中でさえも探した悟空とレヴィ。 それほどにまで広げた捜索も結果を見いだせず、只無情に時間だけが過ぎ去っていた。 暮れる夕日に、鳴き声を響かせるカラスたち。 もう、子どもが帰る時間となっても……子供は、返ってこない。

 

「斉天さま……」

「……」

 

 不安、心配。 ……それは誰に対してだったか。 宿題が出来ない小学生のような顔をするのはレヴィ。 対して悟空は……視線が鋭さを増していた。

 

「斉天……さま?」

「なんてこった、こりゃあ……」

 

 探し物が見つからず、もうすぐ夜が訪れるのだから焦るのはわかる。 それくらいの思考能力ぐらい、いくらお惚けが過ぎるレヴィにだって出来る考え事だ。 だけど、どうだろうこの時の孫悟空の顔は。

 

「……とんでもねぇ」

「ねぇ、どうしちゃったの斉天さま?」

「とんでもなくデカイ気だ……」

「き?」

 

 焦るというより驚きが強く、恐怖というにはその震え方は武者震いの側面が強かった。 彼は、孫悟空はいま、確かにその身体を戦闘のそれに切り替えたのだ。

 すずかを見つけなくてはいけない。 けど、その前にどうにもやらなければならないことが出来てしまった。

 

「レヴィ、探し物を手伝ってくれて助かった」

「??」

「けどもういいんだ。 ……今日は此処までにすっぞ。 わりぃが先に帰っててくれ」

「斉天……さま?」

 

 その声が、かまいたちが逃げ出すほどの鋭さを帯びた。

 まさに真剣そのもの。 先ほどもまじめだったが、今の悟空はその方向性がまったく違う。 出てきてしまった不穏、現れてしまった……邪悪。 それを感じてしまった彼は。

 

「デカい気だけならまだよかったけどな。 ……なんて邪悪な気なんだ、クウラがかわいく思えちまう」

「――――ッ!?」

 

 レヴィが驚いた。

 なぜならその声があまりにも重苦しいから。 いつも……いや、彼女が知る中でもおそらく最悪な部類に入るであろう彼の声。 其れに聞こえた単語は、彼女の脳髄を激しく締め上げた。

 

「く、くうら……」

 

 なんだったろうか、その存在は。 忘れたというのが彼女の第一感想、思い出したくないというのが彼女の本音で、このまま何事もなく暮して居たいというのが深層意識であろうか。

 さて。そんな怯える彼女がどう映ったかは知らないが、悟空はそのまま……笑顔を作ることが出来なかった。

 

「どこだ、どこにいるんだ」

 

 段々と周囲を食い尽くしていく不穏な気。 滅多に見ないほどの醜悪さはかの宇宙帝王を遥かに凌駕していた。 ……まだ目的があっただけ向こうの方がましなくらい。

 そんな空気を一身に受けながらまだ正気を保っていられる二人。 片方は人間を超え、今ではその類の殺気に慣れているからと説明が付く。 ではもう片方は? ……それは、おそらく彼女が人間ではないからだろう。

 

 そんな考察など、どうでもいいのだが……

 

「うえ、違う……ッ!?」

 

 悟空が、視野を広げるために顎を上げた時であった。 今のいままで静けさを保っていた背後がひん曲がる。

 

「斉天さま、後ろ!!」

「がはっ!?」

 

 轟く航空音。 何かが空を切り裂いたかと思うと、その瞬間に孫悟空の身体はキリモミしながら遠くの湾岸を走り去る。 何が起こったか把握しきれないままに、その光景を見せつけられたレヴィは固唾をのむ。

 そうだ、彼女は事ここに至ってまだ、身体を動かすこともできないでいた。

 

「ぐ、ふぅぅ」

 

 乱れに乱れた孫悟空の息はここでようやく落ち着きを見せる。 この世界に来て、いや、自身がこの強さにまでたどり着いておそらく初めて取られた背後。 不覚? いいや、何より心を占めたのは好奇心であった。

 

「いま、確かに気を追いきれなかった。 というよりいきなりそこに現れたという感じだったぞ……」

 

 状況把握は迅速に。 悟空が今自身が吹き飛ばされた方向に視線を飛ばす。 そこには何もない只の空間。 今起こったうねりも、その他なんら異常も見受けられないそこは至っていつも通りの姿を取っている。

 

「けどそれが却って不自然だ。 感じからしてずっとめぇに喰らったシャマルの攻撃に似てはいるが、魔法って感じでもないぞ今のは」

 

 たなびく帯、揺れる尻尾。 そのすべてが制止する頃には今起こった事をあたまの中で整理して、答えを探していく。 たどり着いた先をすぐさま消して、ありえないと捨て去った彼はそのまま感覚を周囲に広げる。

 

「魔力を感じねぇからおそらく魔法じゃねぇし、感じた気配もなかったってことは瞬間移動の類いじゃねぇ。 どうなっちまってるんだ」

 

 溝にはまるかのように答えの出ない時間帯。 答えが出ない現状は、彼も警戒心をさらに引き上げさせる。 黒い髪すら揺れることをしない彼の周囲に不可視のフレアが舞う頃には、荒れ狂うっていた風はようやく元の平穏さを取り戻す。

 同時、悟空が身体をのけ反らせる。

 

「――――っく!!」

【…………】

 

 何かが、彼の胸元を過ぎ去った。

 気配もなく、予兆もないそれに攻撃はその筋の人間が見たら見事の一言。 さらにそれに反応して見せる悟空も同じ程度にはすごいの一言だが……

 

「守ってばかりじゃ――」

【…………】

「埒があかねぇぞ」

 

 のけ反った状態からブリッジに。 胸元に膝を寄せ、さらに両手で空間を叩くと反動をつけてそのまま足を天に向ける。 バイオリンの『アップボウ』のような猛烈さを込めた蹴り上げは。

 

「な、に!?」

【…………】

 

 目の前にいるはずの標的には当たることが無かった。

 空振りの両脚をすぐさま戻して、彼は右手を額に持って行く。 イメージするのは水色の少女、一気に意識を叩き込んで……――――

 

「――――――……いったいなんなんだアイツは」

「うぉ!? しゅ、瞬間移動だ!」

 

 空間を飛び越える。 コマ送りの様に変わる景色はいつもの事、それに構わず孫悟空は周囲を目視にて伺う。 敵はどこだと探りを入れながら。

 その間に横目でちらりと見た水色の少女。 彼女を先に逃がすつもりが……まさか瞬間移動のポインター替わりにしてしまったことの大きな誤算を感じたのだろうか。

 

「わりぃがレヴィ、どうやら帰るのは後になりそうだ……こいつ、強ぇ!」

「斉天さまでも敵わないの……?」

 

 出した言葉に返された言葉。 そしてその答えは……

 

「かもな」

「…………え?」

 

 かなり、不味い状況を表していた。

 この時レヴィは見逃さなかった。 ようやく見えた悟空の顔、その額に流れる水滴を。 彼は、いまの動作で確かに汗をかいていたのだ。 その温度があたたかいのか冷たいのかはさておき、その汗は……今起こった戦闘の難易度を表すには十分。

 

 これは既に、魔導師レベルが抑えきれないモノとなった。

 

「レヴィ! 伏せろ!!」

「――――?!」

 

 そう思った時だ、真横からの衝撃に少女の視界はブラックアウトする。 身体が思った方とは全く違う方へ投げ出されると、まるで洗濯機に賭けられた洋服のようにごちゃ混ぜになる意識。 彼女は、何かに攻撃されたのだ。

 

「あ、アイツ」

 

 それを見ているだけだった悟空。 ……守れなかったと心の中で謝罪する中、次の攻撃に備えて拳を握る。 風が、彼の真横へ吹き抜ける。

 

「右だ!」

【…………!】

 

 身をかわし。

 

「……あ、あぶねぇ。 くらえ!」

 

 捻った体で渾身の蹴りを見舞いする。 今度こそと狙った其れは……なんと容易く当たる。

 

【…………!!】

「な、なんだ、今度は感触があるぞ……このまま――」

 

 蹴り上げた勢いそのままでさらにもう片方の足を差し出す悟空。 連続した蹴りを見舞うという事だろうが。 ……敵はそう甘くはない。

 

「な、に!? 消えた!?」

 

 感触がまたも消える。 なんだか幻でも相手にしているのではないかと思えるこれは、なんというか完全に魔法的技術である。 転移魔法のそれを思い出す悟空は全身のフレアを一気に吹かす。

 

「――――ッ。 こう、わけのわかんねぇ方向から攻撃されちゃあよ」

 

 大空高く舞い上がっていく彼は眼下を見る。 一向に全容を見ない敵に対し、彼は……彼はついに――

 

「はぁぁぁぁぁ」

 

 呼吸音が深く、荒い。 其れは己がカラダの中に気合いをため込んでいるからだ。 それが、とうとう限界を超えてしまうときであった。

 

「――――――はあッ!!」

 

 身を包むフレアが可視出来るほどの色合いを映し、照らしだす。 夕闇に染まりつつあった世界を今、黄金色に染め上げていく。 彼はいま、限界を超えし戦士へと変わったのだ。

 

「……あいつ、いったい何者なんだ」

【…………】

「只の超サイヤ人でどこまでやれるか。 ……すこし様子見だな」

 

 碧の双眼が世界を睨みつける。 ただそれだけで空間が震え、大気が鳴動する。 ……それを、確認した時の悟空は微かに笑う。

 

「そうか。 オラとしたことがすっかり騙されちまった」

 

 空気の震えが収まらない。 それどころか、まるで彼に対して怯えるかのように震えを大きくさせていく。 何がそんなに恐ろしい? まだ、彼は実力の半分も出していないのに。

 なにを、隠しているのだ……?

 

「……うっし! やっか!」

 

 腕を振りあげ、大空に見える目の前の光景を見据える。 彼はそのまま呼吸を整えると、黄金色のフレアを一気に爆発させる。

 彼が行おうとしているのは間違いなく攻撃だ。 だがどこに? 敵などどこにもいないこの空間に行うにはあまりにも規模がおかしすぎる。 ……悟空は一体なにと闘っているのか。 ここに仲間が居れば思わず問を掛けずにはいられないだろう。

 

「波ああ!!」

 

 そう、仲間と交信が出来るのであれば。

 

 黄金色の光線……気弾はそのまま天へと翔けのぼっていく。 成層圏まで届けと言わんばかりの速度は正にロケットかスペースシャトルを連想させるに十分であろう――――【バキン!!】……か?

 

「やっぱりそうか」

 

 孫悟空の気弾が空で弾ける。 かつてターレスなどのサイヤ人が使ったパワーボールにも見えなくない爆発だが、これは悟空が狙って行ったことではないし、そもそも彼はこのような攻撃を行うつもりではなかった。

 

「なにか、邪魔があるな」

 

 その呟きがすべてであった。

 いまこの世界を包む何か。 それを確認するがために行われたのだ、今の攻撃は。 確かめ終わり、空気が静けさを取り戻すというところだ。

 

「かぁ」

 

 その安息をぶち壊す呟きが行われる。

 

「めぇ」

 

 威力は抑えるつもりだ。 だが、彼には些か時間がない。

 

「はぁ」

 

 泣かせてしまったのだ、古き友人を。 自身を頼り、小さな勇気を振り絞ったその子が……自分の、考えをまとめるきっかけを作ったその子が泣いてしまったのだ。

 

「めぇぇ……」

 

 なら、泣いた顔を笑顔にすることはできずとも。 そのそばで泣き止むのを待つくらいはしてやらなければならないだろう。 それが泣かせた者の責任かもしれない……そう思えるくらいには。

 

「…………」

 

 彼は、大人になったはずなのだから……

 

 

「波ぁぁああああああッ!!」

 

 閃光が轟き、空が…………割れる!!

 

 青い光に包まれた空は、そのまま一気にガラスを打ち付けたような音を鳴らす。 其れは、いままで悟空が見ていた景色であった。 其れは、水色の少女ですら気づかなかったモノであった。

 …………透明の結界が、この空から消えていく。

 

「やっぱり結界があったんか。 なんだかおかしな感覚だとは思ったけどよ……周りにオラたち以外の気をまったく感じないところだとかな」

 

 答えは案外簡単だった。

 けど、問題はかなり山積み。 いつから、どこから……どうやって悟空を決壊の中に閉じ込めたのだろうか。 誰が、何の目的で……湧き上がる疑問は傍らに転がる少女に集約される。

 

「…………」

 

 そうだ、都合が良すぎたのだ今回の事は。 彼女たちの扇動ですずかはオーバーヒートして、そのままどこかへと消えて行って……そして先ほどレヴィが来てから世界が変わった。

 ……はずだった。 あまり断定できない悟空は―――――いいや。

 

「……ま、関係ねぇか」

「ふにゃふにゃ……」

「よっこいせ」

 

 そもそも、この男はそんな思考をしていなかった。 疑ってないのだ、水色の少女を、はなから。

 そうして抱えた少女は、彼の胸の中で安らかな寝息を歌うと、そのまま鼻でチョウチンを作る……乙女らしくないのは彼女の腕白さに免じて見逃してもらいたいところだろうか。

 

「お、こいつ見た目よりか全然軽いな。 ……フェイトよりも体重とか少なかったりしてな」

 

 どうでもいいか。 そう言った呟きが聞こえてくるのもそう時間はかからなかった。

 

「しっかし、さっきの結界は参ったなぁ。 オラとしたことが全然気が付かなかったもんなぁ」

 

 黄金色のフレアをそのままに、彼はそのまま…………―――――――――

 

 

 とりあえず、この空間から消えてしまう。

 

 

 

 

 同時刻、温泉旅館。

 

「く、クリリンさぁぁん!!」

 

 小覇王が咆哮を上げていた。 

 色違いの双眼に雫を垂れ流しながら、まるで歴戦の友を失った激しい慟哭。 その声は温泉旅館の隅々にまで行き渡る。 戦いという物を知っている者たちは視線を下に落とし、失うという事を知っている大人たちは涙を禁じ得ない。

 

「うぐっ、ひぐっ……ぐりりんざぁぁん」

 

 その中でも特に感情移入しているのが……今叫んだ小覇王と。

 

「あいつ……こんなことを経験していたなんて」

 

 黒い制服に身を包んだ男の子、クロノ・ハラオウンだ。 彼は今現在、少しだけ現場から離れた位置で強く拳を握っていた。

 

 そもそも、なぜ彼女たちがこのような感情になっているのか。 其れはつい数時間前のレヴィが全てを語っている。

 

――――えいがかんをやってるの。

 

 その一言に尽きようか。

 まず、適当な広さの部屋に皆で押しかけ、これまた適当なスクリーンとなる壁に、リインフォース協力の下、可能な限りマイルドにした孫悟空の過去話をゆっくり上映していくという寸法であった。

 ……だがこれが、とにかく長い。

 だからリインフォースが映すのは総集編というべきところか。 ドラゴンボールに始まり、天下一武道会の決勝に敗れ、またボールを探して……それの特に重要なところをピックアップしただけの映像なはずなのに、時は既に夕刻を射していたはずなのに。

 

「……映画の放映が、まだ数百時間残ってるのは悪夢の様ですね」

「え、ちょ!? 孫くんの経験のピックアップだけなのにそんなにあるの!?」

「……えぇ、まことに残念ながら」

『…………』

 

 放映ぬしと、その協力者数名は此処で己が過ちに気が付く。 彼の冒険の壮大さ、そのすべてを語ろうなんて一晩じゃ足りなさ過ぎる。 アドベンチャーに始まり、修行を重ね、世界を救うといった大型スペクタクルな人生なのだ。 数百時間で済むなら随分と端折ったという物だ。

 

「……というよりリインフォースさん」

「どうしましたか? 高町恭也さん」

「いま映っていること。 これって事実なんですよね……?」

 

 その中で問いかけをしたのは、今回この映画に釘づけになっている者のひとり、高町恭也その人だ。 先ほどまで描かれていた第22回大会の決勝とその結末に手に汗握っていた彼だが……

 

「悟空の兄弟弟子が……殺されてるなんて」

「……残念ながらそちらも事実です」

「っく」

 

 背筋に怖気が奔る。

 今みている光景が、先ほどまで流れていたモノとは雰囲気が逆転したからだ。 熱き血潮をぶつけ合い、研鑽した技をぶつけ合い、築き上げた力を試し合う。 それが競技、それが武道の筈だった。

 故に先ほどまで敵対していた殺し屋という男……つまり天津飯との和解は当然ながら恭也の心を熱くさせた……はずなのに。

 

「こんな、こんなこと……理不尽だ」

 

 映っている光景……第22回大会後の、新たな章に突入した悟空の物語を見て、己が拳を握り締めてしまうのは仕方のない事だった。 恭也は、この世界にはいない存在に対し。

 

「……ッ」

 

 歯を立てる。

 

 しかし……だ。

 

 ―――――く、クリリンが……ころされた。

 

「……ん?」

「ぬ……」

「し、師匠……?」

「空ちゃん!?」

 

 それは画面の中にいる存在も同様で。 いいや、当事者だからこそ彼等よりもその熱は激しく、熾烈に燃え上がる。 心の中に湧き上がる感情はマグマのように熱く、ぐつぐつと熱されると一気に膨れ上がり……

 

――――――おめぇだな!! クリリン殺したのは!!!

 

「アイツ!? ば、馬鹿やろう悟空! おまえあんな試合の後でヘトヘトなのに!」

 

 激烈の咆哮を上げ、師の制止を振り切り後を追い、何とかたどり着いた少年を見た恭也は二つの感情に襲われる。

 共感と、無謀。 

 全ての力を使い切ったであろう先ほどまでの戦い、その終わりにやってきた災難だ。 もう、かめはめ波の一つだって撃てやしないはずの彼の行動は本当に考えなしだったろう。 でも……

 

「師匠! 頑張ってください!」

「友達の……仇。 ……空ちゃん」

 

 そのすがたは誰が見ても勇敢にも映るであろう。 初めてできた兄弟弟子で、競い合う相手で、仲が悪かったけどだんだんと意気投合した相手で。 そんな人を殺されてしまえば誰だって怒りに狂うだろう。

 そんな人間の無残な姿を見せられれば、怒りの遠吠えのひとつやってもおかしくない。

 戦乱に生きた騎士たちは無言で見守り、未来から来た子供たちは声も高く応援する。

 

「!?」

 

 そんな彼に、小さくも大きな変化が訪れる。

 

 身体中の筋肉の膨張。 其れはちいさなモノであったろう、だが、彼の背から生えている茶色い尾は奮え、振るえて、一気に総毛立つ。 彼の心を叫ぶように……そんな少年は、ついに実の中に詰まった憎悪をぶちまける。

 

――――ぶっ殺してやる!!

 

『!!?』

 

 普段からは想像もつかない怨嗟の声。 孫悟空を知る人物ならば誰もが驚くような恨みの叫びは、今もなおこの部屋中を走り抜ける。 その声に、しかし一人だけ冷静に耳を傾けた女性が居た。

 

「まぁ、ああなるのは当然ね……」

「プレシアさん?」

 

 そうだ、紫色の魔女が確かにそう口にしたのだ。 ふわりとしていて、どこか冷ややかなのは悟空に対してかそれとも……思うところは色々とあるかもしれないが、それは彼女の中で抑えられるようで―――――――――――…………其れっきり、プレシアが口を開くことはなかった。

 

「…………なんだ、おめぇたちみんな居たんか」

「あー! 王さまたちずるーい! お菓子食べてる!!」

『!!?』

 

 と、思っていた矢先に開いた口から出たのは叫び声。 言葉になってないそれは旅館を埋め尽くし、コダマのように返ってくる。

 当然だろう、なにせ今の彼は彼であって孫悟空ではない。 服は山吹色で、手足の装飾物は黒、しかしその頭髪はいつも通りではない黄金色。 その髪質の意味、意義は此処にいる者たちなら瞬時に理解するであろう。 ……そう、現在を生きる者たちであれば。

 

「……どなたですか」

「どちらさまや?」

 

 キョトンとした声が二つほど上がる。

 金色の髪、碧の瞳。 そのどれもを見て彼と連想できないのは仕方がない事だろうか。 しかし服装なら……そう思う事も出来ない雰囲気を……

 

「……あ、あの」

「ん?」

 

 男から感じてしまったのだろう。

 

 それでも悟空は構わず視線を彼女たちに向ける。 歩いていく……こともせず、金色の髪を小さく揺らして声だけ投げつける。

 

「おめぇ達、ちょっとこっち来い」

「……?」

「この、こえ……!?」

 

 それだけで、彼女たちの脳裏に思い浮かぶ人物が一人。 しかしそれはありえないことだ、なぜなら彼とは髪型も違えば目の色からして全くの別人。 改めて服装に目をやれば確かに似た様な恰好とも言えなくもないが……いかんせん彼女たちの悟空に対するイメージが凝り固まりすぎていた。

 

「……いったい誰なのだろう」

 

 特にアインハルトの方は完全に別人と見ているようだ。 ……彼の変異、やはり常人にはわかりきらないほどに格段の変化らしい。

 

「シュテル、ディアーチェもだ」

「ぬ、我らもか」

「どうなさったのですか?」

 

 そんな彼女たちを置いて行き悟空は闇の娘っ子三人組のもうふたりを呼び出す。 彼女たちの変化のない表情は、そのまま彼が誰なのかを連想させるには十分なのだが。

 

「……あの者たちの知り合いなのか。 いったい何者なんでしょうか」

 

 アインハルト・ストラトス。 いまだ彼を彼だと気付かない。

 

 

 

 

 それから、数分の時がたった。

 孫悟空がソファに座り、そこから何の言葉も発せずにシュテルが隣に座ろうとしたところをなのはが迎撃。 お互いの拳を赤く染め上げる事態に発展――――しそうになったところで悟空が子守歌(げんこつ)で眠らせるとようやく話しが始まり、まとまりだす。

 

「正体不明の敵……どうせまた貴方の世界の人間なのでしょうけど、いったい何者なのかしら」

「それに結界を、それも悟空君に気付かれずに張ったうえで尚且つ彼を閉じ込めるだなんて。 ……そんなのSクラスの魔導師でも無理ですよ」

『…………』

 

 プレシア、そしてリンディの考察は案外すぐに終わった。 結論だけ言うや否や、プレシアの方は中々冷めた表情で悟空を見る。

 

「それで孫くん、あなたの事だからその正体不明の相手。 大体の戦闘能力を見切ってきたのでしょう?」

「え!?」

「!?!?」

 

 その言葉に全員の眉が動いた。 そもそも、話しだけ聴けば彼は犯人の顔すら見ていないという事だが。 果たしてそんな相手の実力など測れてしまうのだろうか。 皆がけげんな表情をする中。

 

「いや、今回ばかりはダメだ」

『ですよね』

「……なんですって」

 

 悟空の否定の声だけが返ってくる。

 それに、どうしてか汗が浮かんでくるプレシアの思考は、その実皆のはるか先に位置していた。 そうだ、彼女が彼にこんなことを聞いた理由、それはかなりひっかけモンダイめいたことを含んでいたのだ。

 

「気というすべての有機物が持つエネルギーの総量で、相手の実力を見抜けるあなたが、姿もわからず、探知もできず、さらに超化にまで追い詰められるなんて。 相当の実力者のようね」

「……だな。 オラ、あんなにすげぇの初めてだ」

『…………はい?』

 

 そうだ、だからこそ聞いた問はおそらくプレシアに取って……いや、この世界にとって最悪の事態を意味していた。

 

「悟空が超サイヤ人になるまで追い詰められた……!」

「あんたがそこまで追い詰められるなんて……そんなヤバいのがまだ居るのかい!!」

「みたいだな。 一瞬だけ飛んでもねぇのが見えた気がしたが、そのあとはダメだ。 気を探ろうにも結界の中に居たからかわかんねぇけどまったくと言っていいほどなんもかんじねぇ。 つまりだ、瞬間移動でそいつの所に様子見に行くのも、あっちの奇襲に対応すんのも無理だ」

『……!』

 

 テスタロッサの娘と、飼いオオカミが言葉をなくす。 そもそも既に通常常態ですらこの世界……なのはが居る次元世界やリンディたちの居るミッドチルダですら勝てるモノが居ないのだ。 そんな彼がさらに数十倍も強くなった状態ですら苦戦を強いられる……そう考えただけで身震いは必定。 

 彼を知るからこそ、敵の戦力を一瞬で理解する。

 

「しかし考えにくいですね。 大体、孫悟空の居る世界からなぜこうも短いスパンで敵がやって来るのか」

「そうやね。 そもそも見つからへんのやろ? わたしらが要るこの地球とは違う、悟空のいた地球って」

「えぇ。 管理局のいかなるシステムも反応を示さず、私の知る限りを尽くしてもダメでした。 さらに力量の上げた孫悟空の瞬間移動も効果なし、お手上げです」

「やのに向こうからワンサカ敵さん出てくる。 どないなっとんのやろ」

 

 八神家家長と、最も古く一番あたらしい家族の会話。 それは前々から管理局の面々を困らせていた出来事だ。 特に悟空の相談事を聞いたことのあるプレシアは、彼の世界の特定の難解さに何度コンソールをブン投げたことか……

 

 関係ない話が出たが、とにかくそんな状況でこうも一年以内に頻発して出てくる来訪者に、管理局の面々もだんだんと良くない憶測が出てきそうになる。 ……そもそも、始まりはなんだった、のかと。

 そして、幾ら戦いに対してのみ鋭い悟空だと言って、思うところはあったようで。

 

「オラが――」

「私は、むしろ逆だと思います」

「シグナム?」

 

 だがそれは、鋭い剣にて一刀両断にされる。 その切れ味の良さは日本刀をも凌駕した一品であったろう。 折れず、曲がらず……ただまっすぐに打ち下ろされたその言葉に皆が振り返る。

 

「そもそもこの世界は、4月の時点で終わっていたはずです」

「…………そうなん?」

「主は断片的にしかアイツの記憶を垣間見ただけで深くは知ってないでしょうが、先ほど話に上がったとあるサイヤ人に、この世界は秘かに滅亡の危機に瀕していました」

 

 あえて、それが誰かは言うまでもない。 

 黒く、歪で、だけども純粋な…………悪。 世間一般で言うならば邪悪の塊な奴も、その一族から見れば只の一般兵。 そうだ、そんな奴がそもそもこの世界の地球に居た時点で……

 プレシアはそのことを思い出していたのだろう、少しだけ顔に影が出来る。 当然、リンディやクロノ、エイミィも一緒だ。

 

「それを未然に防いだのは孫。 さらに闇の書にもとより巣食って居たクウラ、あいつを引きはがし、消滅させたのも孫です。 ……あのサイヤ人はともかく、クウラに関して言えばおそらくアイツが来るより以前の問題のはず」

「……そういえば、そうよね」

 

 シグナムに言われ、リンディの顔に少しだけ驚きの色が付く。 なぜ今まで思わなかったのだろうか、あの、闇の書が転生していったいどれだけの期間で活動を開始するかなんておおよその見当ぐらいできてもよかったのに。

 

 それに気が付くと、彼女は少しだけ歯を食いしばる。

 

「なんで今まで……気が付かなかったの」

 

 あの本に対して、八神家以外で一番因縁深いのはおそらく彼女かもしれない。 グレアムは言うまでもなく、リンディは自身の最愛の人間を……それが、彼女の目を曇らせていたのかもしれないし。

 

「きっと心のどこかで悟空君が持つ異常を誘う性質のせいにしていたんだわ。 ……そんなの身勝手な押し付けだというのに」

「え、いやぁ、でも事実は事実だろ? 現にクウラに関しちゃオラが……」

「それでも、もっと早く気が付くべきだった。 逆だったのよ、シグナムさんが言う通り」

「あぁ、その通りだ」

「……?」

 

 孫悟空、ここで首を傾げる。

 なぜ彼女たちはこんな風に眉間にしわを寄せるのだろうか。 きっとそんなことを思っているに違いない。 でも、だ……いままで何となく悟空のせいだと言葉で発せずとも、雰囲気がそうだとしてきたのは事実だ。

 それでも受け入れた……そう思っていた自身を、今度こそリンディは嗤う。

 

「この世界に起こった異変。 それを解決するために悟空君、貴方はここにやってきたんだわ」

「え……?」

 

 其れは、きっと都合の良い解釈なのかもしれない。

 そもそも、それが本当だとして悟空の背が縮んだわけも、彼の記憶が消された理由も分らず終いだ。 なのにそんな理由だと決めつけていいのだろうか……彼は、少しだけ尻尾を垂れ下げる。

 

「なぁ、クロノ」

「なんだ……?」

「そうなんか?」

「いや、僕に聞かれても。 ……まぁ、言われればそうとしか。 キミの行いは、過程はどうであれ結果的に世界を救うモノに繋がるのだろうし」

「……そうか。 そんなこと考えながら戦ったことなんかねぇけどな」

 

 などと言う彼はどこまでも彼らしかった。 そして、ここから転じた彼の表情は……

 

「まぁ、話しは大分逸れちまったが、ほれクロノ、コイツ治してやってくれ」

「わっ、斉天さま、そんな物みたいに――」

「え、おい! いきなり放り投げるな!!」

「はは、すまねぇ。 ……んで、話しっていうのは他でもねぇ」

 

 とてつもなく。

 

「すずかの行方を見失っちまった」

『……!!』

 

 戦士の貌だった。

 完全に朗らかさの消えた表情。 其れは幾千の戦いを迎え、超えてきた騎士たちですら硬直せざる得ないものであった。 畏怖、恐れ、そんな環状すらこみ上げる彼の凄みに、どれほどのものが息を呑むことを我慢できただろうか。

 空気が完全に切り替わる。

 

「変な感じの敵といい、気を感じなくなったすずかといい、これが同じ時期に起こったというのが偶然っていうのはどうにも考えにくい。 なにか、ヤバいことが起ころうとしてる気がする」

 

 彼らしくない。 そんな先を見据えた発言に皆が今度こそ緊張感を持つ。

 一層ました彼の真剣さが旅館を駆け巡る。 どことなく、戦いという物を理解しきれていない一般人のアリサだって事の重大さは理解しているつもりだ。

 

 何より、大事な友人が一人消えたとあればそれはとても大きい。

 

「すずか、どうしちゃったのよ……」

 

 本当に、大きい。

 

「すずかちゃん……」

「すずか……」

 

 なのは、そしてフェイト・テスタロッサの表情も当然暗い。 そして、その脳裏にあるのはおそらくアリサとは違った光景だろう。

 

『…………わたしたちのようにならなければいいけど』

 

 そうだ、心配事とはこの事でもある。

 殺される、居なくなる。 其れも怖いが恐ろしいのは敵になってしまう事。 あの、優しさが詰まったような女の子が暴力とは考えにくいが、それでも……生み出された不安を払拭することは難解だ。

 何より、結果がまだ出ないことに何の訂正が出来るであろうか。

 少女達の憶測は、暗闇を歩き続ける。

 

「……うっし」

 

 その闇を照らすことはまだできない。 掃う事も出来ないけど。

 

「モモコぉー! メシ、メシ作ってくれーー!」

「え、悟空君?」

「オラ腹ぁへっちまっただぁ。 ……モモコのメシ食いてぇ」

『……め、し?』

 

 その言葉に、皆が正気を疑うけれど。

 

「悟空君、本気だな」

「父さん?」

「彼はこういった緊張感に包まれたとき、率先として何をする?」

「……あ、まさかアイツ」

「そうだ、彼は既に見据えているんだ…………自分が全力を出すその瞬間を。 だから空腹を満たし、戦いに備える。 腹が減っては戦が出来ぬの実例だ、滅多にみられるものじゃない」

 

 高町の父、士郎は確かに見抜く。 彼が、今本気で帯を締め、黒いブーツとアンダー、さらにリストバンドを青色に変えたことの真の意味さえも。

 

 そして…………

 

「ねぇ、ハルにゃん。 あの金髪のヒトって……」

「どうなのでしょう……でも確かにみなさんあの人の事……で、でも――」

 

 この二人が、気が付くのも時間の問題であろうか。

 

 

 年の瀬、既に聖人の祝日が終わってしまったこの最後の数日。 果たして青年は少女を見つけることが出来るのか。 そして、正体不明の敵は、すずかの安否は――勝算は……すべてが分らぬ中、唯一わかっていることがあるとすれば……

 

「おかわりッ!!」

「は、はい!」

 

 孫悟空のやる気が、何時にも増して高まっていることであろう。

 彼のエンジンはまだ、暖機運転も始まっていなかった。 ……燃料補給、開始である。

 

 

 金色の髪をいつまでも揺らした彼は何を思ってそのままなのだろうか。 その修行はもう完成しているはずなのに……高町なのは、フェイト・テスタロッサが疑問に思う中で、独りの女剣士は口元を鋭く吊り上げる。

 

 そうだ、彼はなぜ修行をしているのか……皆は覚えているだろうか。

 

 

「孫の奴、まさか“アレ”を超える気か……?」

 

 

 彼は言わない、聞く人間が居ないから。

 彼は隠さない、する必要がないから。

 

 でも、それでもシグナムは聞かなかった。 彼の求める強さの先、そこへ向かう歩みをただ、邪魔したくなかったから。

 

 いつか見た、黄金色の日の出をその胸に仕舞い込んで。

 




悟空「おっす! オラ悟空」

ユーノ「悟空さん、悟空さん!」

悟空「ん? なんだ、ユーノか。 どうしたんだいったい?」

ユーノ「ボクついに――最後……ざ、ザザーーーーーー!!」

悟空「!? ゆ、ユーノ! ……なんだ、声が聞こえなくなっちまった」

プレシア「独り次元世界を渡り歩き、無謀とも入れるボール探しをしていたボウヤからの連絡。 だけどそれは、孫くんの予想をはるかに上回る事態の入り口に過ぎなかった」

ユーノ「なんだ、お前たち……いったい何者なんだ!!」

???「……にぃ!」

ユーノ「一体……なんなんだ」

プレシア「ボウヤに迫る魔の手、それに向かって射しのばされた手は果たして間に合うのかしら……次回」

悟空「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第62話」

ユーノ「純粋さはかくも残酷性と表裏一体也」





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第62話 純粋さはかくも残酷性と表裏一体也

今回、キャラ設定改変と性格の破綻が一部酷いです。
それでもと言ってくださる方……どうか暇つぶしに読んでみてください。


PS――――

遅くなって本当に申し訳ありませんでした。


 

 

 夜は7時半の事。 気温は低く、冷やされ透き通った空に浮かんだ月が神々しく海鳴の街を照らしだしていた頃である。 其れは……起こった。

 

「いけえぇぇッ!! 師ィィィィッィイ匠ォォォォオオオオオ!!」

 

 真面目もまじめ、大真面目な叫び声が上がるのでした。

 それはまるで、日本古来より争っていた龍と虎、その雌雄を決した時の周囲にいた民たちの歓声。 もしくは、テレビの前で野球観戦していた熱狂ファンのそれ。

 

 とにかく、何もかもを投げ出して行われたそれは、正に常軌を逸した叫び声であった。

 

「えぐっ……よがっだぁ……よがっだよぉ」

「くうちゃん――ひっく。 かたき取れたんやね……うぅ」

 

 そのあとに流れる悲哀、慈愛を織り交ぜた声たちは、そのまま今ある光景に向かって感情のままに飛ばされ、送られていく。

 

 その先にある光景は……まさしく死を超えた風景であった。

 

 四肢のほとんどを壊され、気力の大多数を総動員し、仲間も半分が戦死。 そんな崖っぷちをギリギリで歩み、駆けぬけて行った少年への賛美の声は止むことが無い。

 

「……これが、あの孫悟空さんのご活躍」

「あのターレスと戦った時と比べても遜色ないほどの激闘だ」

「しかも少年時代のだろ? ……こんなことを繰り返してたってマジかよ」

 

 その他大勢の声もかなり驚愕めいた色を発していたのは言うまでもないだろう。 制服姿を浴衣に変えた管理局員の面々は、異世界の英傑が起こした軌跡と奇蹟を見て、まさに息を呑みこみ言葉を垂れ流していた。

 

 その姿を見て、何を思ったのだろうか。

 この世界で歴戦の勇士と言われた男は只……

 

「…………強いな。 心も、身体も」

 

 その一言を、深くふかく、閉じた目蓋のままでつぶやいていた。

 

 この世界、というよりこの旅館内で何が起こっているのか。 其れは数時間前から行われていた“映画”の続きである。

 

 件の“タンバリン”を叩き。 “ドラム”をけり付ければ“ピッコロ”を貫く。 聞く者が聞けば楽器の演奏中に暴れたんじゃないかという名称の数々は、その実悪魔たちの真名であり、悟空の仲間を殺めていった下衆な連中である。

 それらに敗れ、それでもさらに上回って見せたその少年の活躍。 ……孫悟空の16歳時の活躍をいま、これらの者たちは見終えたのであった。

 

「……さすがだな、孫」

「そうだな」

 

 ピンク色、そして褐色が似合う者たちが小さく呟けば。

 

「彼の強さの秘密というか。 なんというのかしら……」

「…………信念、もしくは執念を超えたなにかというべきだわ」

 

 ライトグリーンが手に汗握れば、冷静にそれでもどこか奥の方で火照っている灰色の科学者が髪を揺らす。

 

 全ての者が見入っていた。

 何もかもが魅せられていた。 彼の道、彼の行い、彼の…………【ちから】

 

 ただ単純な筋力だとか体力だけでは言い表せない、そう、人だからこそ持つ力の可能性に誰もが心を奪われたのだ。 今目の前で流れゆく、過去の物語を前にして。

 

「……ところで、少し疑問があるんだが」

「ぼうぶば?」

「…………さっき、丁度夕方の鐘が鳴る頃に流れていた映像の事なんだが」

「ひぇんぼんばびんびばっばほごば?」

「……………………」

 

 疑問符、そして背中に汗を流しているのは黒い男の子。 彼は胸中に秘めた思いをそのままに、けど、放っておけない問題を投げかける。 そうだ、いま目の前で“決着”が流れてはいるが、どうにもそのあとが説明つかないのだ。

 

「奴は。 あのピッコロ大魔王は確かにあの神龍を殺したはずだろ? それからいったいどうなったんだ」

『…………あ』

 

 そうだ、大分映像を簡略化されてはいたが、流れた過去像のなかにはきちんと爆散した神龍が映し出されていた。 其れは、この戦いの後の希望を失うという事を示すものであって。

 

「どうなんだ」

「……んまぁ、簡単に言っちまうとあのあとさ、オラ神さまに頼み込んで、ドラゴンボールを直してもらったんだ」

「さ、再生が可能なのか!?」

「みてぇだな。 しかも気前がよくってよ、願い叶えてすぐだったけど、あんときのピッコロを倒して世界を救ったサービスってことで、願いをすぐに叶えてくれるようにもしてくれたんだ」

『…………せかいを、すくった』

 

 その言葉を、なぜか皆、疑問を持ちながら唱えていた。 あるものは顔を見合わせ、あるものは映像を見続けている。 どうにも一致しない事実と心の中身は、今みていた映像があまりにも…………

 

「そう、だよね。 悟空って言っちゃえば世界を救ったんだよね……?」

「う、うん。 あの大魔王さんから世界を……だ、だけど」

 

 フェイト、そしてなのは。 彼女たちは一度闇の書に取り込まれた際に“概要”程度なら覗き見たはずだ。 故に今回の上映会はおさらいのような物だった、筈なのに。

 それでもまだ実感のわかないその感覚は、どうしてだろう、本人をじかに見ても収まらない、いや、むしろ悪化の一途をたどっていくのだ。

 

 どうして? 想ってしまった時だ。

 

「……まるで意地と意地のぶつかり合いだった」

『!』

「世界の危機に立ち上がったのではなく。 掛け替えのない仲間を無残に殺され、それが許せず討った相手が悪だった。 解りにくいけど、こう言う解釈を僕はするよ」

「……」

 

 高町士郎。 一人の剣士が、呟いた。

 

 彼も武芸に身を置く者だ、ならば孫悟空の武への探求心も分らなくもない。 けど、あまりにも純粋で、そして自分に正直すぎる選択肢はこの世にいる人間にどれだけできるだろうか。

 許せないとは口にできる。 でも、その相手が巨悪だったとして、果たして立ち向かうことなどできるモノなのだろうか……

 

 それが出来るからこそ、彼が彼たる所以なのであろう。

 

 だからこそ、常人には理解できないところもあるのだが…………皆は、誰もこの言葉に反論することはなかった。

 

「……うっし!」

『??』

 

 声がひとつだけ上がる。

 今しがた見ていた映像記録から繰り出される男の子の声を、2音階ほど下げたら聞こえてきそうなその声はゆっくりと、しかし確実に部屋中に行き渡る。

 

「悟空くん?」

 

 その声がどうにも腑に落ちないのは高町なのはだ。 彼女はいつも以上に首を傾げると、悟空に向かって視線を投げかける。 その色はブルー……ミッドナイトブルーと呼ばれるそれは深く、温かみが薄い代物だ。

 冷ややかと言うには少しだけ温いそれはどういう心境? それは……少女には聞こえたからであろう。

 

「丁度ドラゴンボールの話が出たし、そろそろ行くか」

「……っ」

 

 孫悟空による、開戦の合図が……だ。

 

「……」

「ご、悟空さん?」

 

 ユーノ・スクライア……高町の人間その他が居るからか、いまだにフェレットの形を取っている彼は身を強張らせる。 なぜ、だとか。 どうして? なんていう感情が出る前にやってきた衝撃は物理的な物じゃない。

 

 その間にも彼は無口。 何もしゃべらないし、どこも見ようとはしていない。

 

 ただ、己が右の人差し指、そして中指を額に添えると静かに呼吸を整えるだけなのだ。 しかし、その恰好を見ただけで、彼を知る人間はもう、これからの悟空の行動を読み取っていく。

 

「どこかに移動するのか……?」

「もしかしてすずかちゃんの場所が?!」

「……何かを見つけた?」

 

 そうして見繕い、思い描いた結果は複数だ。 それだけ彼の選択肢が多く、これからやる事の順番が決まりかねている証拠でもある。

 恭也をはじめとして、なのはとフェイトは悟空の起こす行動からイチイチ目が離せないで居た。 ……そんな、彼等の思いが通ったのであろうか? 反応しなくなってから数十秒の時だ、孫悟空は……言う。

 

「ここから60以上離れた世界に、微かだけど最近知ったドラゴンボールから出る独特の気を感じる。 ……おそらく五星球はそこに在るはずだ」

『!!?』

 

 その言葉に、管理局員全員が総毛立つ。

 

「お、おい……」

「ウソだろ……ここから60以上たって」

「生身で次元世界間の動向でもわかるとでもいうの……この方は」

「ありえない」

「けど、だからこそこの人なのだろう」

「ありえないをかき消す……強戦士族、孫悟空」

 

 意見は様々、言いたいことは山ほどだがそれはすぐに鎮火していく。

 この男について驚くことなんていまさら……それこそ、ターレスとの決戦の時点で彼らの常識はいい感じに瓦解しているのだ。 たかが生身による次元世界間の探知など、驚いていたら身が持たない。

 どこか自身を説得させるかのように、彼らは声を潜めていく。

 

「リンディさん」

「は、はい――作業班はすぐに周辺世界の配置図を。 悟空君、申し訳ないけどわたし達風に置き換えながら位置を教えてちょうだい」

「あぁ、そのつもりだ」

 

 灰色の魔女が鋭く指摘すると、そのまま一気に旅館が作戦室へと塗り変わろうとしていた。 あわただしくなる周囲に、まるで着いていけてない一般人代表のアリサは知る。 孫悟空の、戦を前にした刀のような鋭い表情を。

 

「…………あいつ、あんな顔が出来るのね」

 

 思い起こされる彼の幼少期……そうだ、この世界のすべての人間から見たら、半年前の彼は伸長120センチに届かない只の少年だったのだ。 ……この反応が出てくるのは仕方がない事であり。

 

「なんか、とんでもなく遠いところに行っちゃったみたい……」

 

 感受性の高いお年頃の女の子は、独り言を転がしていくのであった。

 

 

 

 

 

 PM9時15分 旅館内。

 

 真っ白い紙に描かれる無数の落書き達。 形の基準は無く、ただ適当な場所、適当な感覚で書かれていくそれらは、本当に只の落書きにしか見えなかった。

 何をしている? 何を見せたい?

 分らぬ回答を前にして、持ち前の頭の良さをフルに発揮していたであろう局員たちから淡い湯気が立ち上る。 ……彼らの脳は、そろそろ限界に来ていた。

 

「あのね? 悟空君」

 

 リンディ・ハラオウン。 彼女はいま、巻き起こる疑問の声を最大限に緩和した声で目の前の絵を生み出した画伯へと投げかける。 そんな、100%暴言入ってるオブラート巻を一丁差し出された当の本人はというと。

 

「なんだ? オラ、結構いいせん行ったと思うんだけどなぁ」

 

 どうという事は無い。 ただ、何でもないと首を傾げるだけだ。

 

「じ、次元世界における位置情報なんて誰にも完全に表現できるわけないとしても……これはちょっと」

「……そうだな。 書いた本人が言うのもアレだけど、オラもそう思う」

「そうよねぇ」

 

 でも、自覚だけならあるようで。

 改めて見つめるそれはなんというか、まさしく宇宙と言った感じだろうか。 真っ白な紙に描かれた数多の形は、それあぞれが主張しあって程が悪く、いい加減な塩梅で空間を押しつぶし合っている。

 均衡の取れない世界は……実は…………

 

「でも案外、的を射てるかもしれないわね?」

「ぷ、プレシアさん……」

 

 と、少しだけ柔い笑みを浮かべたプレシアは肯定しているのであった。

 

 さて、ここで皆が知恵熱を全開にしている中。 どこかのダレカサンで己が頭でっかちをグネグネとかき混ぜられたことのある“ネクロマンサー志望”だったプレシア・テスタロッサが会話に割り込む。

 その手は若干震え、足は摺り足気味でどことなく気迫も見当たらない。

 

「だいじょうぶか?」

「えぇ、まだ……平気よ」

「……」

 

 渋い顔だ、悟空が作り出すのは。

 何となくではなく、ほぼ確信に近い疑惑の顔を向けられたプレシアはそれでも柔い笑みを崩さないでいる。 ……そして。

 

「自分の身体の事はわたし自身、一番よくわかっているわ。 其れよりも続きをしましょう、時間が惜しいわ」

「……」

「すずかちゃんを助けるんでしょ? なら、早くしなくてはならないわ」

「あぁ」

 

 話を真横へずらしていく。

 その、昔を知っている者が見たら首を傾げるしかできないくらいの彼女の健気さは……その実本来的に彼女が持っていたモノだ。 周囲の期待に背けず、無理をして、それでも自身の負担を周囲へ知らせず身を削り…………気付いた時には取り返しがつかなくなる。

 そんな危うさなど悟空にはわからないだろうこの事実。

 そんな、彼女の娘と性格的に似通っているだなんて本人にもわからぬままに、悟空たちの会議は進んでいく。

 

「まず、だ。 オラが感じたのはここから随分遠く。 前にシグナム達と行った海からさらに40くらい離れた世界だ」

「あの時の……海龍に出会ったあれか。 ……あのときお前は確か複数回に分けて瞬間移動していたが今回はあれ以上に回数が必要なのか?」

「まぁ、そこんとこはなんとかなると思う。 オラ自身、あの時よりもさらに腕も上げたしな。 今までとは違うところ(あの世)での修行は伊達じゃなかったってとこだ」

「……そうか」

 

 かつて行われた楽しい行事。 それを視線を上げながら思い出したシグナムは、その透き通るほどにきめの細かい長髪を揺らすと、そっと悟空の方へと近寄る。

 

「そのときの世界はどのあたりだ?」

「ここだ」

 

 彼女の質問と同時、悟空は紙のはじっこの方を指す。

 ……そうだ、四方6メートル少しの大きさがある用紙に書かれている、まるで画鋲のように小さい○印を指さしながら眉を吊り上げる。

 

「……随分と遠いな」

 

 それを見たシグナムからは、もう、そんな一言しか出せなかった。

 そもそもだ、悟空が感じる世界というのはあくまでも気をある程度のレベルにまで高め、それが普通の状態で維持されている生命体が居るところに限定されるのだ。

 

 彼のいた地球、その田畑を耕していた猟銃を持っていた男の戦闘力が5。 これを基準に考え、さらにいつかの時代で悟空がブルマたちが集まっているカプセルコーポレーションに跳ぶ時の“気が小さすぎてわかりにくい”発言を考えるに、よほど大きなものでないと見つからないであろう。

 よって、彼がわかる範囲での次元世界の数が60以上。 そして、いつかの海龍が居た世界から数えて40以上という見立てに過ぎない。 もしかしたらそれよりも多いかもしれない上にもっと複雑な並びをしていると考えると……

 

「よくもまぁ、これくらいで済んだと考えるべきだろう」

「だろ? むしろほかに邪魔な気が見当たらなくてよかったと思う。 でなけりゃあんな小さな気なんて見つかりっこねぇし」

「そうだな……」

 

 シグナムが言い放つ答えがすべてであろう。

 さて、ここまで情報をかき集めたのはいいのだが、そこから果たして何をする気なのだろうか。 いや、答えは既に持っているはずだ……なら、問題なのは。

 

「問題なのは、ここからドラゴンボールの位置を掴みかねてるところだな」

「そうなのか? お前のことだ、私はてっきり正確な位置まで把握できていると思ったが」

「さすがにそんなことできねぇぞ」

「そう、か」

 

 あきらかな落胆。 肩を落としている彼女を見て、首を傾げるモノが居た。

 18くらいの彼女に、若干ヨレタ手を指しだし、肩に触れてやると……

 

「貴方がそんなに落ち込むことないでしょ? リラックスして……ほら、ここんところなんて肩こりが……」

「て、テスタロッサ……さん…………ッ!?」

 

 親指でコリを探り、揉みしだいていく。

 まるで眉間のしわにやるときと同じ要領のそれは、身体的なものではなく精神に対するマッサージと同等であろう。 それを、理解できない騎士ではなく。 彼女はその真意を測り終えると……

 

「…………ありがとう、ございます」

「いいえ」

「……すみません。 我らが……我らが余計な時間を取らせたばかりに」

「いいのよ、気にしないで。 温泉に行くという約束は、わたし自身、果たしたいと思っていたところだし」

「……っく…………」

 

 悔やむ声しか、上げることが出来なかった。

 

 ようやく気付いた自身の過ち。 ……なにも迷惑をかけたのは主だけではなかったと、今この場で思い知る。

 その背、その双肩にかかる将の字は伊達や酔狂では無く本物だ。 故に今起こっている事態など即座にわかる……わかってしまう。 だから彼女はうつむき、心だけが……痛む。 自然、体中を抱き上げてしまうのは自身の腕……そうすることで今巻き起こる感情を締め上げ、表に出さぬようにすることが彼女の精一杯であった。

 

「……すこし、疲れてしまったわ。 悪いけどリンディさん、後のことはお願いしてもいいかしら?」

「はい、お任せください。 ……悟空君を護衛にでも置きましょうか?」

「いいえ結構よ。 それじゃ孫くん、フェイトと御嬢さんをよろしくね」

「……おう、任せとけ」

 

 それを直視する前に着込んだ浴衣の帯を揺らしながらプレシアはゆったりと歩き出す。

 足取りは軽そうで、ただただ支給品のスリッパが床を叩く音が周囲に響くだけ。

 

その頼りない足取りを聞きながらシグナムは一人。 “凝りの解せていない自身の肩”を抱くように腕を絡ませ……奥歯を食いしばるのであった。

 

 その姿の意味をどう思ったのだろう。 彼女の一人娘が一人、首を傾げながら姿を見送る。

 

「母さん、どうしたんだろう?」

 

 出てきた言葉、それを聞いた時だ、シグナムの奥歯から歯ぎしりが小さく響く。 胸に刻み込んだのは人間の……否、母親の強さ。

 

「…………一番身近にいる人物にああまで隠し通していたのか……あの身体で」

「シグナム?」

「……いや……なんでもない」

 

 金のツインテールが揺れ動き、ピンクの髪が小さく乱れる。 揺れ動くだけの心に対し、まるで激流に揉まれるが如く、只、握った拳は強く硬いままである。

 

「なぜ、あのひとはあそこまで……」

 

 俯く視線はどこへ落ちていくのだろうか。

 顎を引き、ただどこでもない遠くか、はたまた一番近いところを見ているシグナム。 少ない感覚で繰り返される呼吸音が、遠慮がちに空間へ響いていく。

 その、声に。

 

「オラもまだ、実は詳しく聞いてねぇんだけどな。 プレシア達はターレスとの一件までは随分と冷たい仲だったらしい。 アルフからはターレスと会うまでのプレシアは“とんでもない鬼婆”って言われるくらいにな」

「……信じられないな。 あの溺愛具合からは」

「あぁ、そこらへんはオラも同感だ」

 

 答えてやり、聞いた騎士は困惑を隠せない。

 あのとんでもなく仲がいい二人にどのような過去があったのか……? おそらく想像もできない仲違いぶりはさしもの悟空の想像も及ばないであろう。 しかし、だ。

 

「いろいろあるみてぇだ。 ……たぶんな」

「……」

「初めて会った時のゴタゴタんときさ、アイツ言ってたんだ。 “気が付いたときはいつだって手遅れ”……ってさ。 だからきっと、あいつはいままでとんでもなく頑張ってきたんだと思う。 その手遅れってやつにならないようにな」

「そう、か」

 

 憶測だ……ただ、精度が高い程度の。

 その悟空の言葉に何を想い、何を浮かべるのだろう烈火の剣士。 彼女は後ろで束ねられた髪の留め具としているリボンを両の手で握ると。

 

「……なら、こちらも力を入れなければならないな」

 

 強く引き、キツく、結ぶ。 ……心はいま、完全に奮えた。

 

「孫、教えろ」

「……気がかりなとこ、全部探すとなるとえらい数になるぞ」

「それでもだ。 それに探し物なら我らもなかなかのものだ。 なにせ数百の年月、自身の本当の在り方を探していたのだからな」

「……そっか」

 

 探し物はなに? 絶望を打破する光に決まっている……目で語るシグナムに、ヴォルケンリッターという名の騎士と、その創造主、さらには君主の目が強い光を秘める。 その中で、騎士たちの姉であり、母である銀髪の娘が一歩、悟空に歩みを進める。

 

「孫悟空。 こちら……いえ、この場にいる管理局の人間で転移魔法が使えるのは4人ほど。 さらにシャマルと、貴方の技――瞬間移動を写し取ったわたしとを含めて6人。 これで6手に部隊を分けて捜索します」

「6手か。 けど随分前にプレシアが作ったレーダー1個しかねぇんだろ?」

「えぇ。 あれの作成にはどうやら特別なレアメタルを受信機あたりに使っている様で。 その生成、加工方法はプレシア・テスタロッサのオリジナルの技術なので」

「……要するに?」

「今現在、消耗した彼女では複製は不可能です。 おそらく材料もないでしょうし」

「そんじゃあ……」

 

 いくら手を分けても……

 世界、いや、次元を超えた世界は広いなんてもんじゃない。 その中でさらに気になる微弱の気を探り、ある程度にまでふるいにかけたこの現状でもレーダーなしでの捜索は無謀。 悟空は落胆の色を隠せない。

 でも。

 

「しかしここで重要なのはそれじゃない。 問題なのはある程度のレベルを持った魔導師を各地に送り込むことにあるのです」

「??」

「……なるほど」

 

 そうだ、こんな小さな問題。 今までこの男が超えてきた苦難に比べればどれほどに小さき物なのだろう。

 答えるリインフォースに、悟空は首を傾げるもリンディは即座に理解し、手のひらを合わせたかと思うとすぐさま周囲を見る。 すると何人かの人間が同じタイミングで頷くと各々自室へと足早に向かって行く。

 

「貴方が察知した大体の方角にある世界、その進路上に動かせるだけの“信頼できる人員”を配置してもらいます。 ここは、貴方の武勇伝を伺っている管理局の有志に頼めば大丈夫でしょう」

「……あぁ」

「そして、その人員の中に高位の魔導師……いま言った6の部隊をそれぞれ放り込みます」

「なるほどな。 でも、それでもえらく時間がかかるはずだ。 幾らオラの探せる範囲だとか、精度が上手くなったとしてもやっぱ限界はある――」

 

 それらが居なくなった時には、悟空の口からほんの少しの諦め声……出来ないという言葉ではないモノの、かなりの難度であると言う彼には分るのだ。 そう、己が習得し、今まで数多くのピンチを救ってきたこの技だ。

 故にそれが出来る範囲は指先を動かすように繊細にわかる。 ……この技では、この世界すべてを廻ることなど不可能なのだと。

 

「だからこそ、貴方の瞬間移動を必要とするのです」

「??」

 

 けれど、リインフォースが言いたいのはどうやらそう言う事ではないらしく。

 困惑顔の悟空を一笑。 いや、少しだけ親だとか姉だとかのような朗らかさで照らしだすと。

 

「貴方が特定できた次元世界、その中でも特に反応が濃い“範囲”に送った部隊は何も捜索だけがメインではないのです」

「というと?」

「表向きは人手不足の解消。 ですがその真の目的は……」

 

 

 リインフォースの右手の人差し指。 それが宙に輪を描くと自身の口元へと運ばれる。 何やら呪文だとかを連想させるそれなのだが、彼女自身そのようなつもりなど微塵にもないだろう。

 そして、もったいぶるかのようにまたも微笑を悟空に見せると……

 

「“マーカー”なのです」

「……まーかー?」

 

 彼女の作戦がここから始まろうとしていた。

 

 

 

 

――――――3時間後。

 

 

 地球時間 深夜0時40分―――次元世界のどこか。

 

 荒れ果てた世界が眼前に続いていく。 どこまで行っても灰色の空と、いつまで進んでも賑やかさを見せてくれない茶色の大地。 若干赤みを帯びているこの感じは、甲子園球場や、オーストラリアの赤土などを思い起こさせる。

 

「……はぁ」

「だいじょうぶですか? ジークさん」

「え? ううん、いまのはそういうのと違うんよ」

「……?」

 

 この二人に、その景色がわかると言われればまた別問題なのだが。

 

 さて、バリアジャケットに身を包んだ伸長を同じくした彼女たち。 胸元を正中線からバッサリ縦に切り裂いたかのような派手で、若干……いやかなり露出が多い恰好を取る黒い髪の少女は世界の果てを見る。

 その黒い瞳をらんらんと輝かせながら。

 

「少し、あの“大会”前のこと思い出してな」

「……なにかあったのでしょうか?」

 

 すこしと聞いて、それでもいろんなことがあったのだろうと、アインハルトはここで悟る。 聞くべきか……思い思考を巡らせるコトモナク、聞いていたのはごく自然の流れだった。

 

「ううん、なんでもあらへんよ」

「……そうです、か」

 

 嘘だ……というには虚偽が少なく、本当なのかと問えばおそらく違う。 そんな、どっちにも付かない表情はどういえばいいだろうか? 言葉が見つからないアインハルトはただこういう。

 

「…………うらやましい、ですね」

 

 何に対してか分らぬが、口元が少しだけ綻んでいるのをみて、気が付けばそう漏らしてしまった。

 

「おーい!」

「あ」

「この声……」

 

 そんな二人にかけられる声。 遠くから投げかけるように発せられたそれは、まだ幼さが残る子供の独特さを思わせる音程であった。 しかし、そのなかに見受けられる迷いの無さや逞しさ、どれをとっても子供と思うには戸惑いが生まれてしまう。

 そんな、意思の強さを思わせる声の主に、未来組のふたりが名前を呼ぶ。

 

「ユーノさん」

「そっちの方はなにか見つかりました? もうすぐ時間だから最初の地点に集まろうかと思うんですけど」

 

 緑色のパーソナルカラーを光らせ、金の頭髪を小さく揺らした少年……ユーノ・スクライアその人であった。

 彼は未来組の彼女たちに向き直ろうと、そのまま視線を上にあげる。

 

「それにしても二人とも凄いんですね。 こんな距離をあんな短時間で走り抜けるなんて」

「そ、そんなことないです! 司書長さんに比べたら――」

「は、ハルにゃんッ!」

「……っ!」

「ししょ、ちょう?」

「あ、いや、なんでもないです……」

 

 上げた視線の先が泳いでいることに首を傾げる彼は知らない。 まさか彼女たちが遠い未来、自分が無限を名乗る書物の管理を任されている姿を見ていたなんて。 だからこそ、彼は少しだけ怪訝そうにして……

 

「でも、どうしてお二人はボクに対して敬語なんですか? 歳だって随分と上のはずなのに」

『あ、いやぁ……』

 

 さも当然のように聞いていた。 いやいや、これはこれで仕方がないだろう。 なぜならユーノが9歳であるのにかかわらず、およそ高校生くらいの……そうだ、美由希と同じくらいには年の差があるはずなのに。

 其れなのになぜか自分の事を持ち上げる彼女たちが良くわからなくて。 ……ユーノは、まるでどこぞの地球育ちのサイヤ人を思わせる純朴な目で見上げていた。

 

「そ、それは……」

 

 困り果てる、小覇王。 当然だ、幾ら自分が知っていても、ここにいる彼はまだ自分たちの事を知らない、さっきまでは赤の他人以下だったのだ。 そんな者たちが敬語で、しかも子供に向かって敬うかのような態度は……

 妖しいを通り越して気味が悪いとも言えなくない。 思考を張り巡らせても結局、その答えしか導きだせなかった時点で覇王の負け。 口を開いて、ユーノの瞳を見返すと。

 

「えっと――――」

「ユーノさーん!」

『?!』

 

 その背後から、男の声が木霊してくる。 あわやこれまでと諦めた刹那のときに現れるのは見慣れない人物。 見覚えのない顔と、雰囲気からみて20代後半くらいのその男は、彼らに向かって飛行魔法で接近。 近くで着地すると歩み寄ってくる。

 

「貴方は同じチームの」

「その様子ではこちらの方もダメでしたか」

「あ、はい。 ……もうすぐ時間ですし、そろそろ全員で一か所に集まった方がいいと思って」

「そうですね。 えぇ、自分もそう思います」

 

 スポーツ刈りよりもさらに短い髪形のその男、朗らかというよりは陽気さが目立つだろうか。 何となくサイヤ人の彼を思わせるのは彼がもともと持った性質だからだろうか……しかし、ユーノがいま考えていることはそこではなく。

 

「……どうして貴方も敬語なんでしょうか?」

「え? どうしてって……はは、何言ってるんですか」

「……え?」

「孫悟空さんプロデュース、地獄の特訓を生き抜いてきた貴方に無礼は出来ませんよ」

 

 そんなユーノの考えを一笑。 なんでもないと振り払って見せた男は、すこしだけ視線を上げていた。

 

「それに俺……いや、自分は4月の頃の事件でアースラに乗り込んでいたんだ。 ほら、ターレスから通信のジャックがあった後に大声でリンディ艦長へ具申だなんだって五月蠅かった奴いたろ?」

「あ、あぁ! あのときの……髪型が違うので解りませんでした」

「はは、うん。 自分もそう思うよ」

 

 見上げた先で思い起こす人生最大の難事件。 いや、そのあとに闇の書事件があったにはあったのだが。

 

「……闇の書の騒動では怪我の治療に専念してたから、こうして面と向かって会うのは8か月ぶりくらいだし、何よりこの髪は自分にとっては願掛けのような物だから」

「……がんかけ?」

「そうだよ」

 

 背格好、およそ悟空と同じくらいの背丈だが、いかんせん彼に比べて線が細い。 いや、かれと比べること自体おかしいと、ユーノはその思考をすぐに取り下げる。 身体を包む装甲付のバリアジャケットを見るところ、管理局の武装局員だと認識したユーノは視線と動作で話を促す。

 

「自分達は、あの時本当になにもできなかった。 子供たちだけが時の庭園に行った時も、孫悟空さんが重力修行で自身を痛めつけているときも……キミの大事な人が、命を落としかけたその時だって」

「…………はい」

『…………』

 

 その言葉の意味を、未来組のふたりはあえて聞くことはしなかった。 だれが、何をどう思っているなんてよくわからない年頃のふたりでも、あの人たちの間柄なら理解できる。 だから黙ったまま、だからこそ騒がないで男の言葉を聞き続ける。

 

「悔しかった。 でも、不謹慎かな……それ以上に心を奪われたんだ」

「……なににですか?」

「キミの頑張りと、孫さんの不退転を行動に表した決死の戦いに」

「ぼ、ボクも!?」

「そうだよ、当然じゃないか」

 

 驚く声は荒廃した世界に響いて行った。 山ではない平地に山彦なんて存在しないから返ってくるのは肯定を意味する男の声。 その返答に、今までそんなことを思っていなかったのであろう、照れよりも驚愕の色が濃いユーノの口は開いたまま閉じない。

 

「無理だとわかってる、けど思ってしまったんだ……あぁ、俺もこんな“男”になりたいな…………って」

「あ、いや……その――」

「変かい? でも君は、それほどの事をしたんだよ」

「あぁぅ……」

 

 いままで浴びたこともない賛辞に、ついに男の子は縮こまってしまう。 両の掌で顔をかくし、うずくまって首を振る。 ……女の子のようだという事なかれ、この人物の喜びは、おそらくどの次元世界に行ってもわかるものではないのだから。

 

「……この方は、幼少時から師匠と共に、栄光を称えられていたのですね」

「今はまだ小さな力や。 ほんの少ししか当たらない光でも……その歩みは……」

 

 それを、本当の意味で解ってやれるアスリートのふたりは、何を想いユーノの痴態を見守るのだろうか。 ……いままで尊敬のまなざしだけだった彼女たちに、一瞬だけども別の色で灯っていたのは此処だけの話だ。

 

 

「と、ところで!」

『なんでしょうか?』

「と、年上の人たちがみんなして弄り倒そうとして来る……」

『そんなことないですよ』

「はぁ……」

 

 ため息ひとつ。 背中を丸めてしまったユーノに、年上の皆はドッと沸く。 いままで見せられていた緊張感を醸しだした物ではなく、年相応の小さな男の子のリアクションを見た彼らの笑みは、とても朗らかであった。

 

「はは……ん?」

 

 そんな、彼らの真上に…………大きな影が射しこんでいた。

 

「……なんだ、これ?」

 

 気が付いたのは、局員の男性。

 彼は不意に差し込んだ黒い空間に、半ば条件反射の域で顎を出し、大空へと鼻の先を向けてやる。 そこに映り込むはずだった盛大に不機嫌な空と、見えてるんだか見えてないんだかハッキリしない太陽とを探して……居たはずなのに。

 

【ガルルゥ……っ!】

「……」

 

 その視線は太陽を探すよりも先に、見つけてはならないものを指し示す。

 

 視線をそのままに、なんでだかこみ上げてきた感情はただ一つ。 原初にして、あらゆる生き物が持つ根源的な本能そのもの……すなわち。

 

「…………あはっ!」

 

 ……解りにくい、声が漏れてしまった。

 大変わかりにくいがこの男、ただいま絶賛逃げる準備をしているところである。 局員ともあろう男が情けない。 たかが全長8メートル、体重700キロ程度の恐れる龍を前にして足がすくんでいるなんて。

 ……あしが、竦んでいるなんて……?

 

「お、お、……おぉぉおおぉぉおおおおおっ!」

 

 震えだす横隔膜。 腹筋から胸筋から何から何までが微細な運動を起こし、武士がするモノとは正反対の震えを彼に引き起こさせる。 無理矢理に震えあがるそれに、全身の感覚がマヒしていたときであろう。

 

「危ない!!」

「うぐ!?」

【ギヤアアア!】

 

 彼らの真横から、茶色い物体が振り下ろされる。

 人間で言うと足払いだとか水面蹴りなどと思われるそれを眼前にまで接近を許したユーノの、両の瞳孔が一気に開く。

 

「ふっ!」

『――――ッ!?』

 

 局員の体中から力が抜ける……否、この感覚は浮遊感だ。 何かの力によって、己の身体が空高く跳びあがらされているのだ。 そう気が付いた時には目の前の影はどこにもおらず。

 

【グル……ゥ……】

「……ひっ!?」

 

 目を凝らすまでもない“奴”はすぐそこにいたのだから。

 眼前に広がる恐怖を前に、局員の男は震えをまた一つ催す。 なんだこれは……今まで見たことが無いと思いたいのは山々なのだが、心を覆う恐怖心がそれを許さない。

 

 けど。

 

「しっかりしてください!」

 

 不意に届いてくる声。 それは先ほど自分たちがカラカッテいた少年と同じ声質の者なのだが……そのなんと逞しい声だろうか。 まるで大河に佇む強大な岩石のように動じず、我を通すその声に、局員の男は一時……

 

「あ、え、……ユーノさん?」

 

ほんの数瞬だけ恐怖を放り投げる。

 次に男を襲ったのは強風だ。 さらに幾ばくかのGが真横から自身を押しつぶさんとかかってくると、呼吸もままならずに全てを流れに身を任せてしまう。 もう、どうにもできないという意味では自然災害と何ら変わりないこれに、男はたまらず目を瞑る。

 

「しばらくそこでじっとしていてください」

「…………っ」

 

 声が聞こえ、さらに3か所から何かが着地する音が聞こえるや否や、彼は事ここに至ってようやく思い知る。

 

「…………なんて大きい……恐竜なんだ」

 

 自身を襲ったその怪物、その、名称をだ。

 正式な名なんてきっとない。 ただ、陸上に住むわりとポピュラーな2足歩行タイプの生物が、目の前にぶら下がっている餌を前によだれを垂らしているという、わりと自然界では日常茶飯事な光景を見せつけてくる。

 そのすがたは、地球で言うならば最強の肉食恐竜、ティラノサウルスをイメージすればいいだろう。 ……ただ、そこはやはり魔法世界、頭部と背中に鋭い突起がいくらか散見されるところは通常の進化をとりやめたという事であろう。

 

 そんな相手に、ユーノはしばし息を吸いては吐くを繰り返す。

 

「あ、そうだ」

『……?』

 

 その間に思い出した……なんて感じで、まるで朝食の時に新聞紙を取りに行く父親のような素振りで、今しがた合流した未来組の少女達に振り向くと……

 

「出来ればそこから離れてください」

「な!? おひとりでは危険です、わたし達も手伝います!」

「そうや! いくら司書長さんかて、あんな大きなの一人じゃあぶないんよ!」

 

 放った言葉に少女達の反感の声。 けど、それでもユーノの表情が崩れることはない。 ……我の強く、決して折れず曲がらない相手ならこの二人以上を既に見てきて、接してきて……共に歩んできた彼にとって。

 

「おねがいや――」

「わかりました」

「司書長さん!!」

「えっと、だからわかったと……」

 

 これくらい。

 

「…………まぁ、いいか」

 

 どうってことは無いのだ。

 

 少年が身をかがめ、3回目の深呼吸。 腹に含んだ息から酸素を取り出し、それを血中に取り込む頃には足がステップを刻んでいく。

 

「……っ……ッ」

 

 一回、二回と続く足さばきは、まるで跳ねるかのように軽やかだ。

 利き手である右を相手に突出し、左手は胸元で待機。 そのまま先ほどまでのステップに合わせるように動かしていくと、自身の呼吸と同調させていく。

 

【ギギャアア!!】

「…………ッ!」

 

 恐れの龍がひとたび叫べば大地が唸り、周囲の赤茶けた風景は一層歪んだ景色へと変わっていく。 それでも、気にも留めずステップを刻んでいくユーノの態度に、恐れの流派どう思い……

 

【ガァァアアッ】

「……ッ!」

 

 牙を剥いたのだろうか。

 たかが弱小の……それも人間の小僧一人に舐められたとあっては、おそらくこの世界で最強の部類に入る原生生物の名が廃る。 狂おしいくらいに歯噛みするその行動、その原動力はプライドよりももっと深い……生物としての尊厳が、恐竜の刃をより一層鋭くさせる。

 

 こんなムシケラのような人間など、自身の圧倒的な重量をもってすればヒト踏みで粉砕してくれよう。

 

 龍の目が輝くと、途端、ユーノの周囲にとてつもなく大きい影を落とす。

 

『あぶない!!』

 

 叫んだ、彼女たちは。 当然であろう、なにせ自分達よりも何倍も大きい生物が、その足を上げて、今まさに鉄槌とも形容できる剛脚を叩きつけようとしているのだから。

 

 思わずつむりそうになる目、だが、そのとき皆はとんでもない光景を目撃する。

 

 

「ふんっ!」

【ギ、ギィ……ッ!?】

『…………はい?』

 

 突き抜けていく衝撃波。 巨躯を駆け抜け大空へと舞い上がっていく……その力は、緑色の輝きに満ちていた。

 

「……」

 

 だが少年は静か。

 誇るわけでも、奢るわけでもない静寂さは、アスリートだと自らを言い表した少女達から見ても異様……否、それをも超えて既に不気味と言っても差し支えないだろう。

 

 それほどに、今のユーノは静かで。

 

「…………ふぅ、みんな無事みたいですね」

「あの巨体を一撃で……?!」

「いったい何をしたんや……? 全然見えへんかった」

 

 彼が起こした魔法よりも奇妙な行動に驚愕を禁じ得ない二人は、ただ、ユーノの小さい背中を見守る事しかできないでいた……そして。

 

「ん、そろそろ時間かな」

 

 どこからともなく鳴らされるアラーム音。 金属的ではなく、電子的な音はおそらく魔法関係の物品なのであろう。 それを聞いた途端に空中に指を走らせるユーノは、そのまま緑色の窓枠を荒れ果てた世界に出現させる。

 

「約束の時間まで……あと5秒」

 

 傍らには今しがた仕留めた恐竜が息も静かに横たわっている。 もう、それ以上の危害も損害もお互いに与えることが無いこの状況はユーノが望んだものだったのだろうか。

 どこかのダレカサンのように“調理”に入ることもせず、ただ馬鹿でかい寝息を背中で受ける彼は―――――――――…………すぐさま真横を見る。

 

「おっす、ユーノ!」

「悟空さん……時間どおりですね。 さすがです」

「はは、まぁな。 “コイツ”のおかげだ」

 

 そこにいたのは、左腕を振りあげた一匹の猿……もとい、サイヤ人……訂正。 地球育ちのサイヤ人、孫悟空であった。 彼はいつもの山吹色の道着に悟りを背負い、やはり普段通りにユーノの横に佇んでいた。

 そうだ、誰もが知らぬ間に、まるで漫画のページをめくるかのような自然さで。

 

「……あ、貴方は先ほどの」

「い、いまのって確か空ちゃんの瞬間移動……だったはずや」

 

 例の二人組の疑問は当然おいていく様にして……だ。

 金髪、碧眼、さらに逆立った髪方は彼を彷彿とさせるには難しいと言われればそうだろう。 だから少女達の目に映るのは孫悟空ではなく……ひとりの、異様に腕の立つ赤の他人なのだ。

 

 そう、“超サイヤ人を見て、悟空と判断が付かない”彼女たちは、果たしてどこまで彼の事を知っているのだろうか。

 

「なんだ、おめぇたちまだわかんねぇのか?」

 

 そんな彼女たちにいい加減、首を傾げたのは悟空。 金の頭髪を逆立てたまま、彼は両腕を胸元で組んで小さく息を吐く。 ……その姿がどうにも癇に障ったようで。

 

「…………むぅ」

「……」

 

 未来組のふたりは、わずかにだが眉をひそめるに至る。 ……その後ろで苦笑いしている管理局の男の気持ちも分らぬままに。

 

 驚くぞ……誰だってわかるもんな……苦笑交じりの心境を置いておき、彼女たちは只、超サイヤ人をひと睨み。 その彼女たちの心意を見て、後頭部に片腕を持って行った悟空は全身の力を抜く。

 

「……ふぅ」

 

 落ちるため息と共に急激に下がっていく頭髪と、隠し通していた気の総量。 ……その、馬鹿にでかすぎる気がある一定のラインまでに落ち着いたときであろう。

 

「…………っ!!」

「え、な、なんや今の……」

 

 未来組二人の腰から一気にちからが抜け落ちていく。

 染め上げるは驚愕、落ちていくは今までの常識。 欠落していったそれらは、どれほどに浅い井戸の中で、己がどれほどに世界を知らない蛙だったかを今。

 

「……なんて巨大な気」

「一瞬だったけど確かにわかった。 ……まるで足元の巨大な地上絵を見つけたような感覚……近すぎてその大きさに気付けへんかったんよ」

 

 思い知ることになる。

 感嘆と、驚愕とが混ぜ合わされた少女達。 だけどそんなものはこれから来る衝撃に比べればなんてことはない……戦士はいま、自身の体の変異を解く。

 

「……よっ!」

『…………あ、あぁぁ』

 

 指さし、振るわせていけばいつものことだ。 そう、かの高町なのはですら彼の変異にはまったく判別がつかなくなってしまっていたのだから。 それを解りやすく、目の前で解かれれば誰だって思い知る。

 

「あ、貴方は……!?」

「え、そ、そんなことって!」

 

 そうだ、思い知らなければならないのだ。 彼女たちはいままでどれほどに巨大な男を……大きすぎる山を、否、広大すぎる世界を目指していたかを。

 

『…………』

 

 ぽかん……

それ以外に今の彼女たちの様子を言い表す単語を、残念ながら用意できないだろう。

 腰から、全身から何から何まで一気に脱力し。 アインハルトに至っては尻餅をついてしまう。 普段冷静そうで、悟空が絡むと熱くなり、裂戦を前にすれば蒼い焔に火がともる。 そんな彼女ですら、盛大なリアクションを用意しなければならないこの事態。

 ものの見事にそんなの蹴とばして、孫悟空は息を吸い、吐き出す。

 

「おっす!」

 

 そんな挨拶をする彼は、やはりどこまで行っても彼なのだろう。

 

「し、師匠……いまの変身魔法は?」

「ん? オラ魔法なんかつかえねぇぞ」

「……あ、え、でもいま確かに」

 

 信じられぬは彼の行い。 そうだ、彼女が知る彼は果たして魔法の類いを使えただろうか……?

 舞空術……飛行魔法。

 気合砲……射撃魔法。

 残像拳……幻影魔法。

 鍛え抜かれた身体……バリアジャケットより硬い。

 瞬間移動……転移魔法の常識を完全に塗り替える。

 

 etc.etc.………………

 

「…………既に魔法に近いことはいくつもお使いになられていると思うのですが」

「……そういやそうだな」

「空ちゃんデタラメやから……」

 

 孫悟空の前では、常識なんて投げ捨てるモノである。 アインハルトとジークリンデは少しだけ肩を落とした気がした。

 そんな、彼女たちをまえにして……いや、孫悟空を前にして、先ほどからユーノの真横で膝をついていた局員の男が、ようやく腰を上げる。

 

「に、任務! お疲れ様です!!」

「ん? おう、おつかれさまだな」

「それにしても相変わらず見事な転移……それに先ほど見受けられた変異は確か報告にあった……」

 

 背筋が伸びて、口元が上手く動かせていない。 年恰好にしては大体悟空と似たり寄ったりなのだが、いかんせんそんなものでは埋められないモノがこの二人の間にはある。 それを、堅苦しいとはいまさら悟空は言わない。

 そんな彼に、更なる質問の嵐が舞う。

 

「す、スーパーサイヤジンというやつですよね!?」

「……あ、そうか。 あれになるとこ、そういや他の奴らには極力見せてなかったんだよな」

 

 少し、昔を思い出す。

 結んだ約束は、現在闘病中のプレシア女史とのきつい約束……だった。 其れは今現在、何となくおろそかにしているのは事態が事態だからだろうか。

 彼は若干苦い笑いを施すと、そのまま……

 

「ま、いっか」

 

 先ほどユーノがやったことを、彼もまた行うのである。

 

「すーぱーさいやじん……師匠、今の単語はなんでしょうか? 聞き覚えが……」

「なんだおめぇ、“あっち”でオラから何も聞いてねぇんか?」

「……はい」

「ウチもや」

「……どこから話しすっかなぁ」

 

 腕組み直して2、3秒。 少しだけ眉をひそめた彼は、さらに少しだけ尻尾を動かす。 そんな、何かを考える仕草を待ち構える未来組の少女達はまるで、寝る前に絵本を読むことをせがむ子供のよう。

 その姿が少しだけ眩しくて……

 

「あ、悟空さん」

「どうした? ユーノ」

「そろそろ時間が……次はクロノ達の所に行かないと」

「お、もうそんな時間か」

 

 でも、時は待ってくれない。

 ユーノが言うなり、彼は肩元からバッサリ先がない道着の特徴……肌けた腕に視線をやる。 利き腕とは逆につけられたなんだかゴテゴテしい物体は、よく見ると複数の物体がひとつに合わさったもののようだ。

 それがなんなのかよくわかない彼女たちは……いや、それ以前に。

 

「…………しゅん」

「司書長さんのイジワル……」

「え、えぇ!?」

 

 覇王は落ち込み、まるでご褒美を貰えないアルフのような仕草で地面を見つめるだけである。 文句の一つも出ないところはジークリンデがフォローして、そのままユーノにジトリとした視線を放り投げるに至る。

 本当に、子どもよりも子供らしい。

 

「まぁまぁ、詳しくはまたあとで教えてやるさ。 それが無理なら“あっち”でオラから聞けばいいし」

「で、でも。 あっちの師匠は何も教えて――」

「大丈夫だって。 おそらくだけど、余計な知識を与えないようにしての事だろうから、時が来た今なら、『オラに聞けって言われた』って言えば教えてくれるさ」

「……うぅ」

「だからほれ、そんな顔すんな」

「はい」

 

 なだめ、背中を軽く叩いて、そのままいつもの笑顔を作ってやる。 そうしたらどういう事だろう、まるで風邪がうつるかのように、覇王の表情から悲壮なものが飛んでいく。

 事件は一件の落着を見て、そのまま次の事件へ行くことに。 孫悟空は先ほど上がった左腕の物品を見ると、人差し指をゆっくりと近づける。

 

「そう言えば師匠。 そのうでに付けた時計の山はなんでしょう?」

「ん? あぁ、これか」

 

 ポチ……何やらスイッチが入れられたかのような音が聞こえると、そのまま彼はアインハルトの方へ向く。

 そんな彼女は、悟空の腕を凝視したまま動かない。

 

「……8個も時計を付けて。 ファッションとしてもいろいろ間違っていると思うのですが」

「ん? そうだな、オラもこんなに時計はいらねぇな」

「……ではどうしてつけているのでしょうか?」

「どうしてって……あぁ、そういやおめぇは“えいが”見てたからあの後の話は聞いてなかったんだよな」

「は、はぁ……」

 

 すかさず腕を動かした悟空。 その向かう先は自身の道着の上着の中である。 まさぐり、掴み取るとそのまま引っ張り上げては、今回の種を彼女たちに見せつける。

 

「……なんでしょう。 また、大きな……懐中時計?」

「空ちゃん、時計ばっかりやぁ」

 

 ……やはり、分らぬ者は分らないのであろう。

 彼の息子が聞けば、少しだけ懐かしいと思う勘違い。 そう、そうだッ……今取り出したる物品は時計なんかではない。 測るのは時ではなく距離、進めるは己が欲望のスピード。 その、全ての始まりの道具の名は――――

 

「時計じゃねぇ」

『??』

「こいつは、ドラゴンレーダーって言ってな。 今オラたちが集めてるドラゴンボールが、今どこにあるかを教えてくれる道具なんだ。 見れる距離とか形はほんの少しちげぇけど」

『ドラゴン、レーダー……』

 

 外装は白。 アインハルトが今上げたように懐中時計を模したそれは、本来時を数える場所には緑色のスクリーンが……更につまみの部分は『押す』『つまむ』『回す』といった行動で『起動』『拡大』『縮小』『停止』などの機能を行うことが出来る代物だ。

 ぶっちゃけ、機械に疎い悟空でも扱えるという点では、かなり高性能で使い勝手のいい物品だろうか。

 

 悟空はそれを取り出し、つまみの部分を軽く押す。

 

「……とりあえず北の方に向かってみるか」

 

 一言告げ、それが何を意味するかが分からないアインハルトたちをまたも置いて行く悟空は一気に空へと舞う。

 

「ふん!」

 

 身体中に輝かせる黄金のフレア。 それが爆発すると、彼の髪型が急激に変化する。 ……超サイヤ人へと変異したのだ。

 

「約束の時間まであと2分……詳しく見たい、10週しか出来なさそうだ」

 

 若干、口数が減った気がする彼。

 それを知ることが出来るモノはもう、どこにもいない。 風がカラダを旋回し、北方向の向こうへ回り込んでいったとき。

 

「……あ、ひかりが――」

 

 閃光が、北風に変わっていく。

 

「行っちゃった……」

 

 ……と、思っていたら。

 

「……!? も、戻ってきた……?」

「金色の光りがまるで流星のように……キレイ」

 

 それは幻想のようであった。

 見る者すべてを魅了するかのこの光。 北をに行けば今度は東へ、そっちが終わったらこっちに、あっちこっちへ向かうあわただしき光。 信じられるだろうか、この光が一人の人間の力で成り立っていることを。

 

 魔法を使いしこの場にいる全員が、この、魔力を使わない風景に心を奪われていた。 ……そして。

 

「いよっと」

『お、おかえりなさい……』

「ただいま!」

 

 地面に降り立つ黄金の戦士。 彼は逆立った髪をそのままに、右手に握った機会を軽く振るう。 少しだけ笑顔……それだけ見ればなんてことはない、ただ、今まで空で散歩していた風にも見えなくもないのだが。

 

「だめだ、ここにもドラゴンボールは無ぇみてえだ」

「そうですか……次、きっと見つかりますよ!」

「だな。 オラもそう思いたい」

 

 其れは、やはり勘違いという物だろう。

 青いブーツを鳴らしながら、そっとドラゴンレーダーを懐にしまう悟空。 彼はそのまま額に指を持って行くと神経を過敏にさせ……集中する。

 

 息を吸い、吐いたところで変わらないのは常人だけだ。 常態からして超常を行く孫悟空にとって、それだけの動作でも、すでに凡人には分らない意味を成す。

 

「…………あ、ユーノ」

「なんでしょうか?」

「後ろの奴、すっげぇでかいな。 ……おめぇもあれくらいできるようになったか、結構腕を上げたもんだ」

「……っ……は、はい!」

 

 ユーノの頭にそっと手を乗せるのは、悟空。 彼は二回程左右に揺さぶってやると手を離し…………――――――微笑と共に空気を揺らす。 

 

「き、消えた!?」

「改めてみるがなんて出鱈目な転移なんだ……位置の特定にデバイスとかの補助を必要としないなんて」

「空ちゃん……」

 

 三者三様の感想が垂れ流されていく中、ユーノにあるのは心配事だとか不安だとかではない。 ……彼は、それを実行するために拳をひとつ作り上げる。

 

「行きましょうみなさん。 回らなければならない世界はあと39か所はあります」

『はい!』

 

 その拳に何を誓う? 問われることは無い、だが、思わずにはいられない気持ちはただ一つ。

 

「今度は、ボクがちからになる番だ」

 

 それは数か月前を思う、健気な恩返しであった…………

 

 

 

 同時刻  次元世界のどこか。

 

 青い空、白い雲、そしてどこまでも広がる爽快な水たまり……もとい広大な海。 青々とした其処は、先ほどユーノ達が居た世界とは打って変わっての穏やかな環境である。 

 

「キィ――――ン」

「これ。 その様にはしゃぐもんではない、レヴィ」

「だってだってみんな僕の好きな色なんだもーん! あははーー」

「…………」

 

 宙を舞う女の子が3人、まるで海水浴に来た学生のようなはしゃぎようである。 その後ろをヨロヨロと浮かぶ男の子が1人。 彼はなにやら眉間を片手で抑えると、そのままうずくまってしまう。

 

「…………はぁ」

 

 出てきたのはなんてことはない、只のため息に過ぎない。 それでもあまりにも多い気苦労を前に、彼は宙に居ながら思わず寝そべってうつ伏せになりたくなる衝動に駆られる。

 

「…………どうして僕がこの子たちの監視役(おもり)をしなくちゃいけないんだ」

 

 などと、口から零れるのも時間の問題であった。

 ずっしりと架かる背中の重石はおそらく幻覚か何かだ。 そう思いたい彼は……クロノは、遠い世界に行ったもう一人の少年を想い。

 

「はぁ、変えてもらえばよかった」

「…………………なにを変えてもらいたかったのでしょう」

「ひぃぃ!!?」

 

 後ろから刺さる、氷柱のような声に思わず飛行魔法が解除しかける。

 あまりにも唐突に、それでいてグツグツと煮立ったような私怨じみたジトリとした声。 それでいて声の質感は冷徹その物なのだから扱いに困る……その、声の主にクロノはすかさず視線を飛ばす。

 

「いきなり後ろから現れるなッ……たしか、シュテルだったか?」

「えぇ、高町なのは(オリジナル)の劣化品……シュテル・ザ・デストラクタ―です」

「……僕は別にキミたちの事をそんなふうに見てはいないのだが」

「あら? 管理局の人間にしては中々分別がわかる方なのですね」

「まぁ、その……それに彼女もそんなことを言われれば当然良い顔なんてしないだろう」

「……ふふ」

 

 その先にあったのは冷徹ながら、どこか気ままな風を思い起こさせるそぶりを見せる彼女……高町なのはを模した闇の欠片であった。 彼女は、クロノの言葉に少しだけ雰囲気を和らげると空を遊泳。

 横に移動するなり――――

 

「なら、これからはオリジナルの事をお姉さまと呼んだ方が――」

「まて。 どうしてそうなる」

「その方があのヒトも喜ぶと思いませんか?」

 

 さも当然のようにクロノへ聞き返す彼女はどこまで行っても本気なのであろう。 目が、少しだけ鋭くなっている。

 

「一体だれがどう喜ぶんだ……」

「それは……そうですねぇ。 あの方とわたし、さらにはお姉さまもでしょうか」

「はい?」

「さすがにSwingingは無理でしょうけど……」

「すわ? 何言ってるんだキミは」

「あぁ、チェリーにはお早いですか」

「ちぇッ!?」

「解りやすく俗にいえば姉妹丼でしょうか? そうでなくても意味合いは結構広いモノですよ?」

「が、はッッ!?!?」

 

 ……それもどこか間違った方に……言いかえればひと昔前のプレシアのように、だ。

 

「……悟空もとんでもないヤツに目を付けられたもんだ」

「とんでもないだなんて。 ……褒めないでください」

「どこをどう取ったら今のが褒め称える言葉に変換されるんだ!?」

「とんでもない……つまり彼と似た様な……という事でしょう?」

「……っ」

 

 言われてみれば、そうなのだろうか。 ここで疑問に思ってしまったことを即座に呪い、一瞬だけど息を呑んでしまったことへ今までの仕事をこなしてきた我が実力を疑う。 全身から……力が抜けていく様である。

 

「キミはホントに……その」

「なんでしょう?」

「アイツに対して、いや、あの」

 

 少年の口から、それを言うのには少しだけ時間がかかるようだ。

 まだ初心恋年頃だと言える、16歳の第二思春期真っただ中。 彼の中の青臭さはここに来て一気に全開だ。

 だからだろう、どうしてだろう。 それを見た彼女はなかば、仕方がないと言わんばかりに答えを……

 

「隷属?」

「ゾッコンだろッ!!」

「えぇ、知っていますけど」

「…………」

 

 歯に衣着せない彼女はどこまでも自由。 だが間違えてはいけないのが、彼女を象徴するイメージカラーは決して空だとか風だとかではないという事を。 

 

「はぁ。 早く来てくれ悟空」

「えぇ、本当に早く来てもらいたいものです……ほんとうに」

「……こんな顔もできるのか。 そういう時は本当になのはに似ている――――」

「――――――…………だな、キョウヤの奴もびっくりなんじゃねぇのか?」

 

 ここで、山吹色の風が彼らを取り囲む。

 実際はそんな色などない。 だが、それが可視出来るくらいに変わる雰囲気は事実であろう。 そうだ、この男が来た瞬間――

 

「…………お、おそかったな」

「そうか? 時間どおりの筈だぞ」

「……そ、そうか。 ……こっちが感じていた時間が長かっただけか。 だが、本当に良く来てくれた」

 

 クロノの苦労は一気に軽減される……だろう。

 そんな中でイノ一番で反応して見せたモノが居た。 其れはまるで戦闘機のように周囲の空気を裂いていくと今しがた来た彼へと肉迫していく。

 

「わーい! 斉天さまだぁーー☆」

「ん?」

 

 向かってくる彼女は正に弾道飛行である。 軌道上のものを薙ぎ払う、というかなり厄介で迷惑なオプション付きなのだが。 そんな彼女を、今空気を切り裂きながらあらわれた彼は――――――

 

「いよっと」

「ひどい! よけたあぁぁぁぁ……」

「あ、あやつは……いい加減学習せぬか」

「あれはあれで美点だと思います。 それより我が王よ、一つだけお願いが出来たのですが」

「ぬ?」

 

 大気の摩擦に身を焦がしながら、彼女は海の藻屑へとジョブチェンジを敢行。

 そのさなかに、鋭い目線に定評のあるシュテルの、その視線がさらに鋭くなった時だ。 皆は、彼女の言葉に最大限の注意をしく。

 

「有給をいただきたく――」

「お主、定時制かなんかで我に仕えているのか……?」

「5分でいいのです。 あのヒトと一緒の時間を――――」

 

 ……構えたミットにボールが来ない。

 会話にならないトークを前に、悟空は懐を弄っている。 それが、なにを意味するかなんて最早言うまでもないであろう。

 

「さて、ここにあればいいけど……なッ」

 

 取り出したレーダーのつまみを押すと、彼はそのまま金色のフレアをまき散らして、地平線の彼方へ消えていく。

 

「行ったか」

「はぁ、イケズな方。 ですけど今回ばかりは仕方がありませんね」

「そう、だな。 にしてもアイツには驚きが尽きない。 時間はかかるが位置の特定ができる転移魔法でそれぞれ散り。 数秒のタメで済むが、人が居ないと跳ぶことのできない瞬間移動の合わせ技……」

「しかもそのあとには無秩序に広がる世界から小さなイシコロを探し出す。 いかに機械があろうとも、あれは一国をフォローすることしかできない欠陥機」

「あぁ。 だからああやって、機械を持ったあいつ自身が飛び回ってセンサー範囲にボールが入るかどうかを確認していく。 気の遠くなる作業だ」

 

 今までの、いや、リインフォースの言っていたこととはこの事である。

 クロノは遠い空を見上げると、そのまま息を吐き出す。 南を向いていたはずのそのしせんは、何時しか西を向き、最後には北へと向かう。 順調に、そして確実に外れを引いていくとわかるその速さは焦りを含んだ高速度だ……それを見て。

 

「…………しかしどうする気だ悟空。」

 

 クロノは、ここで問題点を追及する。

 

「仮にボールが集まったとして、それでも叶えられる願いはひとつだけ。 闇――夜天の書にある、書き換え不能な欠損プログラムの方は良い。 リインフォースが言うには、名前の変更とクウラの介入により“膿”は大体だされたらしいから……だがプレシア、それにすずかを同時に救う事は出来やしないぞ」

 

 そうだ。 探し出そうとしている奇跡の回数は一回きり。

 しかもその内一個はもう期限が迫っているうえに、また今度だなんて悠長なことも言ってられないのだ。

 其れなのにボールを集めると言い出したのは、果たして彼になにか考えがあったのだろうか。

 

「…………いや、有ると言えばある」

 

 クロノの表情が、わずかに歪む。 聞こえない程に小さな歯噛みは、果たして何を思ってやったことだ?

 

「闇の書の欠損は将来的に治せる見込みがあるとしてプレシアの方は、最悪……自然死を……」

 

 させなければ? そう続こうとして、そのあとの言葉を出すのを躊躇う。

 自然死じゃないモノなら蘇ることができる。 なら、その先は言うまでもないだろう。 ……だけどそれを行うということは――

 

「おーい、クロノーー!」

「はっ!?」

 

 投げかけられる、こえ。 まるで背中を叩かれたかのような感覚は、悟空の声の大きさが起こした物理攻撃だ。 慌てて表情を戻し、暗い感情を奥底へと仕舞い込んだ少年は、いつかの仕事の時の顔を作り……

 

「やっぱダメだ。 この世界にもボール、おちてねぇらしい」

「そうか。 ……だが諦めるのはまだ早い。 時間は無いかもしれないが、今日明日という訳ではないんだ、まだ粘れる」

「あぁ、オラもそのつもりだ。 プレシアとすずかの奴、どうにかしねぇとなんねぇからな」

「…………けど」

「ん?」

 

 さすがに、今回ばかりはうまく行くかどうか。 そんな状況なのに、彼はまだ笑顔。 つられて笑いたい、失うものがあるかもしれないこの時でも、彼に釣られて笑顔を作りたい……辛いからこそ、笑いたい。

 

 でも。

 

「…………できると思えない。 今回ばかりはいくらなんでも」

「どうした? らしくねぇな、もう諦めちまうのか」

「しかし――こればかりは」

 

 暗いと思われようが、諦めが早いと言われようが構わない。 彼は只、考えて、考えて……それで思いつかなかったからその言葉を発したのだ。

 なら、その考えは無責任な責任逃れではない。 戦い、負けを悟った男の言葉……の、筈なのに。

 

「だいじょうぶだ。 きっと、何とかなる」

「だけど――」

「無責任でいってるんじゃねぇぞ? オラ、少しだけ心当たりがあるんだ」

「なんだと……?」

 

 彼はやはり、何時だってクロノの想像の上を行く。

 心当たり……その言葉に強い興味を引かれたクロノだが、それを聞いてしまうことに一瞬の戸惑い。 もし、今それを聞いて敵わなかったら……?

 

「ふっ、らしくないな」

「なんだ?」

「いや。 そこに可能性があるのなら、たとえ低かろうが全てを出し尽くす……4月の時はそうやってきたはずなのにな」

「……そうだな」

 

 切り上げた思考、そのあとに流れる言葉は希望。 あきらめたら、全てがそこで途切れるというのなら……

 

「歩き続けるしかないだろうな」

 

 言うなり、耳元にアラーム音。

 やはり電子音なそれは、先ほど悟空が鳴らしたものと同質のものだ。 ……そろそろ、彼が動く時間がやってくる。

 

「さぁてと。 次は? ……はやてとシグナムが居るところか。 ……近いな、案外」

「近い? ……次元世界を感覚で測れる奴だけにしか許されない言葉だな」

「あー! もう斉天さま行っちゃうの? もう少し一緒にいよー!」

「これ。 あまりあやつを困らせるモノではない…………気を付けるのだぞ、斉天の」

「お気をつけて……孫悟空」

「おう。 おめぇ達も、気ぃつけんだぞ」

 

 言葉はそれぞれ。 送り出して、去っていくのは世の常だ。 でも、また会うからこそ笑顔で送り出し、希望があるから彼は走り抜けていくのだ。 ……たとえそこまでの道が、絶望的な暗闇だとしても…………――――――

 

 

 

 そして…………

 

 

 

「あ、みんなこっちに集まってください」

 

 先ほどの、荒廃した赤茶けた世界。

 そこには既に役目を終え、新しい任務へと赴こうとする者たちが居た。 その背中には強大な怪物が寝転び、先ほどまでの騒動を思い起こさせるには十分すぎて。

 

「…………悟空さんの書いた候補にあった次元世界へ跳びます」

『はい!』

 

 けどそれはもう昔の話。 今見なければいけないのは、皆を救う事の出来る希望の星……その五つ星を見つけるために少年は念を込め、言葉を紡いでいく。

 

「なるべく早く転移しなくちゃ……次の合流時間もあるし」

 

 光る足元。 緑色に塗り替えられていくそれは、魔導師特有の魔法陣である。 意味のある文字たちが少年の周囲を徘徊し、旋回し、力場を作りはじめる。 少年が一呼吸すれば輝きが増し、もう一つ息を整えれば回る速さが上がっていく。

 ノリに乗った力の奔流は、彼が今どれほどに好調かを示すには十分。

 

「行きます!」

 

 言葉を発し、皆に出発の意思を知らせれば彼らの周囲が不可思議な輝きに包まれて――――――――■■■■■

 

 【くすっ……】

 

「…………え?」

 

 つつ、まれ……て…………

 

「なんだ……急に魔力が……ッ!?」

 

 ユーノ・スクライア。 彼は良く頑張った方であった。

 なのは、ひいては悟空のために、今までの自分を悔いて地獄の特訓を施し、それが修行になってもいひたすら喰らいついて行った……その努力は認めよう。

 

 【うふふ…………】

 

「あぐっ!? か、カラダが……!」

 

 だが、幾ら彼が努力をし、鍛錬を積み重ねたところで……

 

 【いいなぁ、たのしそうだなぁ】

 

「全身から力……いや、魔力が抜き取られていく様だ……なにを――」

 

 【……あはは!】

 

 この、目の前の厄災にとって。

 

 【ねぇ…………………………ワタしもマぜテ】

 

『!!?』

 

 何ら意味をなさない。

 

 皆は驚き、言葉を失う。

 今しがた……そうだ、ほんのついさっきまで悟空がくまなく調べ上げたこの世界。 いくらボールさがしに気を取られていたとしても、この“見落とし”はさすがにありえない。

 だから…………否。 驚き、慌てふためく理由はそこではない。

 

「いま、なにがおこった……!」

 

 アインハルト・ストラトスは事態の把握を終えていなかった。

 髪は揺れ、握った拳は小さく震えている。 その微細な振動が何のために、何に対して震えているのかなんて答えを知りようがない。 けどわかる事と言えば……

 

「は、ハルにゃん! バリアジャケットが――――」

「馬鹿な――半壊……だと?!」

 

 己が身を包む鎧が如く堅牢なはずの装備が、まるでスプーンで抉られたアイスクリームのように半身分を吹き飛ばされていたことだけだ。

 

「…………っ」

 

 だが事態はそれだけで済むはずがない。

 皆がアインハルトのダメージに気を取られたところだ……その中でも男性局員の彼は、ひたすらに無口。

 喋らず、焦らず、周囲の状況を確認し戦闘痕から相手の癖、使うであろう魔法の種別、さらにレアスキルかなにかを保有しているかなどを注意深く観察する。 息を吐き、地面に手を置き立ち上がって、子どもたちを何とか指揮しよう……そうした瞬間であった。

 

「――――がふッ!」

『!!?』

 

 男の口元から、マグマのような鮮血が迸る。

 地面を濡らし、赤茶けた大地により一層の深みを与える彼の血液は止まることを知らずに流され続ける。

 

「あ……ぁあっ!!」

「う、そ……」

「…………」

 

 一体どれほどその光景を目の当たりにしたことだろう。 ……ここでようやく、周囲の時間は動き出す。

 

「しっかり!!」

「はぁ……ぐぅ!? お、おれは……」

「喋らないで! 息を整えて……」

 

 抱え上げた男の身体は、その体重をみるみる軽くしていく様だった。 下がる体温、落ちていく脈拍。 全てが手遅れになりかけているその身に、アインハルトにジークリンデの少女達は口元を覆い……

 

「て、敵……敵がぁっ!」

「くっ、脇腹を貫通してる……酷い」

 

 ユーノは、その身に出来る対処のすべてを敢行する。

 光り輝く両の手には癒しの力を。 治療魔法と呼ばれるその術は、早々に死ぬところであった男の死期を引き延ばしていく。 薄く、うすく……焼成手前のパイ生地のように。

 

「……はぁ、はぁ…………」

 

 即死は免れても、残るのは地獄のような痛みと……安らかな眠りを誘う死の誘惑。 フッと気が遠くなる感覚が、そのまま自分の最後だと認識した時、局員の男は一気に歯を食いしばる――

 

「み、見捨ててく――――」

 

 其れは、男が出した勇敢な一言。

 臓器の損傷は、そのまま軽やかな死を意味することなど等にわかっている。 伊達に軍隊紛いの次元管理局という組織に属していない彼は……けれど少年は。

 

「イヤです」

「し、しか……し……もう…死に…体だ」

 

 首を、横に振る。

 

「……くそッ! 誰だ、どこにいる!!」

 

 腹の底からくる、まるで烈火のような熱さは、自身の不甲斐なさを呪う責任感とが相まってどこまでも燃え上がる。

 こんなことをした奴を、決して許さないと彼は周囲に意識を拡散……視界を極端に広げる。

 

【あ、みつかっちゃった】

「そ、そんな……!」

 

 だがそれを、すぐさま後悔することになる。

 

「なんでキミがここに!?」

 

 見つけたのは…………藍色。

 軽やかに舞うそれに、一瞬たりとも心を奪われた時点で、ユーノの隙は最悪にまで作られてしまう。

 彼は、いま完全に時を忘れ、怒りが消えていく。

 

「どうしてだ…………どういう事だ!!」

【あはは――うふふ……】

 

 耳障りな笑い声。 いまこの身が人命を救わんと懸命な処置を施しているのに、それをも嘲笑う声はまさしく…………邪悪。

 だれだ、こんな声を漏らしてくれているのは――――それは、少年の口から……

 

「なぜだ…………すずかぁッ!!」

【あははははは】【うふふふふ――――】

 

 聞かされる言葉であった。

 

 ふらりふらりと舞う彼女。

 その声は無邪気でありながら……静粛さを醸すという相反するものであった。 それを判別する冷静さなどとっくにないのはジークリンデとアインハルト。 彼女たちは今起こった非常事態に奥歯を鳴らし……

 

「お前は……いや、“お前たち”は一体何者なんだッ!!」

 

 少年は一人、声の正体に足を踏み入れていくのでした。

 

 …………次元世界を跨ぐ武道家が、孤独だった少女の母親を救うために飛び回る最中に起こるもう一つの事件。 藍色の少女……夜を生きる鮮血の姫に一体なにが起こったのか。

 なぜ、悟空が彼女の存在を見落としてしまったのか……誰にもわからぬ謎をそのままに、事態は刻一刻と暗雲を突き進んでいくのでありました。

 

 

 藍色の少女はいま、その色を宵の闇より深く染まろうとしていた…………

 




悟空「オッス! オラ悟空」

アリサ「みんな今頃どうしてるんだろ。 ……すずか」

ノエル「きっと大丈夫です。 何しろ、探しているのは世界一の武道家、悟空様ですから」

アリサ「そうだけど……なんだかとてつもなく心配なのよ。 こう、胸が締め付けられるみたいに」

ノエル「……大丈夫です、きっと。 待っている間、なにか心が落ち着く飲み物を用意します」

アリサ「うん……」

恭也「……頼むぞ、悟空……次回!!」

忍「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第63話 輝く五つ星」



ユーノ「ボクが囮になる。 その隙に――」

アインハルト「っく! これしか、ないというのですか」

ジークリンデ「…………他に手はあらへんの!?」



ユーノ「……悟空さん、後は頼みます」


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第63話 輝く五つ星

遂にやりました。 一か月の内に2話投稿……やりました。


今回の話でとある方がいろいろとしでかします。 ……よくて賛否両論、悪くて批評を覚悟の上での”強化”です。
それでも……見てやって下さると幸いです。 では、りりごく63話です。



 

 

 

「すずか……すずかなんだろ……!」

【うふ、あはは!】

「なんで、こんなことを……ッ」

 

 少年の慟哭は続く。 守れなかった、気付かなかった……彼女の凶行を、止めることが出来なかった。

 

 高町なのはの友人を、ついに本格的に巻き込んでしまった…………

 

「かふっ!?」

「あ……っく!」

 

 歯噛みしたところで変わらぬ状況。 恐れ、抱いていた事態がいま、現実のものとなった。

 

「くそっ……魔力が……」

 

 さらに状況は悪くなる一方。

 力を込めたところで、なんら変化がない自身の身体。 呼吸を整えようと意識を集中するも、体中のバランスは崩れていくばかり……なにかが、おかしい。 彼がそう思うのには数秒の時間が必要だった。

 

「まさか……魔力が枯渇していっているのか――!?」

 【……うふふ】

「キミのせいで?!」

 【セイカイ……】

 

 原因を目視にて確認したユーノ、いや、目視で確認できてしまうほどに接近を許した彼らは、彼女の現状を思い知る。

 

 藍色の髪。

 透き通るような光沢と、きめの細かさを持っていた彼女の頭髪は……先端の方が異色に染まっていた。

 燃え尽きるほどの赤。

 狂おしいまでの紫。

 人外を主張する……金色。

 

 ありとあらゆる力を思い起こさせるその色は、ひとの髪からは決して出ることのない輝きを放つ。 そう、まるで超戦士の彼を彷彿とさせるかのように。

 

「……この人を早く何とかしなくちゃいけないのに」

 

 けれど行いは天地の差。

 傷つき、守るのが彼ならば彼女は傷つけ貶め、破壊せし者。 それを意識しだした刹那、普段の彼女……すずかを知るからこそユーノは視線をずらす。

 

――――――あ、ユーノくんまた来たの?

――――――うちのネコたちと相撲? だっけ。 がんばってね。

 

「……あんなにやさしいヒトがどうして……何かある。 さっき感じたんだ、この人の背後には何かが……」

 

 思い起こされるのは依然行われた修行途中の会話。

 フェレットの姿でやった猫たちの戦争でのひと時は、彼にとっては癒しの時間であった。 その、思い出を今もなお忘れまいと手の中で握り、奥歯を噛みしめる。

 

「やめるんだすずか! 何があったかは知らないけど、こんなことをする人間じゃないはずだ!」

【…………?】

「な、なに分らないって顔してるんだ! このままだと大変なことになる……死ぬんだぞ、人が!」

 

 小首をかしげた彼女を前にした時、ついにユーノの感情は爆発する。

 

「さ、させない――」

 【……?】

 

 拳を、作れ。

 あるだけでいい、ありったけの力を込めて少年は折れそうだった闘志に激を入れる。

 

「司書――」

「アインハルトさん、済みませんがその人をお願いします。 傷口を押さえて、なるべく出血量を押さえてください」

「ですが――」

「いいからボクの言うことを聞くんだ!! 早くしろッ!」

『は、はい……!』

 

 戸惑う彼女たちをも震え立たせる姿はまさに鬼気迫るものがある。 なりふり構わず、ただ、感情が赴くままに怒声を上げた彼は今まで見たことが無いくらいに…………

 

「させるモノか……」

 【?】

「これ以上、キミに罪を背負わせない――――手遅れになる前に連れ戻して見せる!!」

 【あなたじゃ……ムリ】

「そんなこと、やってみなくちゃわからない!!」

 

 地面を足で均す。

 邪魔な小石を蹴り掃うことで、自分にとって好条件の立地を探りだしては足を沿える。 其処は小さなくぼみ。 つま先から土踏まずが軽く入る程度の大きさであるそこに、彼は右足の先を入れ込む。

 

「まずはキミの背後にいるその影! そいつを消し去ってやる!」

 【デキナイヨ、あナタではデキない】

「出来るかどうかじゃない……やるんだ!!」

【…………ムダ、なのニ】

 

 激は飛ばした、自身の震えは初っ端から存在しない。 今あるこの身を包む気合を集中して、彼はいま、友である彼女に向かって拳を――――

 

「せいッ!」

 

 振り抜く。

 

「は、はやい……」

 

 アインハルトの目から見ても、今の攻撃は驚くべきものであった。

 目に留まることのない初手、それをこうまで完璧に、それも実戦で行う事の出来るユーノの実力に今度こそ驚愕する。

 

「けどあかん、躱されとるんよ」

 

 それを避ける……月村すずかをジークリンデが疑問に覚えるのはすぐのことだ。

 彼女はどう見ても普通の人間だったはずだ。 それをこうも鍛え抜かれた攻撃に対応できるのは辻褄が合わない。 ……なにか、からくりがある、そう思ったのはユーノの第二撃がまたも躱されたときである。

 

「はぁああ! せいッ!」

 

 右、左と打ち続けるユーノの拳打。 それを躱し続ける彼女はまさに柳の葉の揺れ動くが如く。 触れることさえ出来ない現状を前に、ユーノの奥歯は強く噛みしめられる。

 

「負けられない……いまこの時だけは!!」

 

 それでも……

 

「救うんだ! 例え、ボクの全てを使い切っても――必ず!!」

 

 一層なくなっていく自身の魔力、それをも気に留めず、男の子は精一杯の力で、少女へと立ち向かうのでありました。

 

 

 

 

 

 同時刻。

 

 次元世界のどこか。

 

「あ、悟空!」

 

 風が、揺れていた。

 そこには何もなかったはずなのに、一瞬目を離したすきに昇る太陽……否、太陽のような男がそこにいた。 名は、孫悟空その人である。

 

 彼は着込んだ道着をこの世界独特の熱気を含んだ風にさらしていくと、今目の前にいる少女を見下ろしていく。

 

「おっすフェイト。 ……その様子だとまだ見つからねぇ様だな」

「……うん」

 

 トーンの低い声に、悟空はそれでも明るい表情を崩さない。

 

 周りを見渡し、少しだけ深呼吸。 この間だけでも彼はこの世界にある気を掴みとり、感覚というセンサーで出来る限り探知を行うと……

 

「行ってくる」

「……うん」

 

 すぐさま黄金色のフレアをまき散らせて大空へと舞い上がっていく。

 

「……やっぱり悟空でもレーダーなしだとボール探しは出来ないのかな」

 

 黒き衣に身を包んだ小学三年生……フェイトはただ、そのような考察しかできないでいた。 彼を蝕む呪いの正体も、彼がこの世界に来て出来るようになった新たな技の詳細もわからない。 ただ、今起こっていることしか知らない彼女に……罪はない。

 

 今この時、遠い次元世界で大事な物たちが血肉を引き裂き合っていることなど判るはずがないのだから……

 

「……ただいま!」

「あ、お帰り悟空」

 

 零してる間に地上に降りてきた、少女と頭髪の色を同じくするサイヤ人の彼。 悟空は、やはり難しい顔をしながら右手に持ったレーダーのつまみを一回、押し込む。

 

「だめだ、ここにも五星球はねぇみたいだな」

「そっか……それじゃ、また次の地点に行かないとね」

「あぁ。 ここまでで、ユーノにクロノとはやて、そんでなのはんとこにも来たしあとは……あ、そうだリンディたちのところが残ってるのか」

「部隊を6に分けていたんだよね? あれ? でもどうして悟空、腕に時計を8個もつけてるの?」

「あぁ、これか?」

 

 ドラゴンレーダーを懐に仕舞い込む間に出来た疑問。 それは彼が左腕に付けている腕時計の多さであった。 6班に分かれた、それならば腕時計も6個でいいのではないかというフェイトの疑問は至極当然だ。

 なら、どうして彼は…………

 

「これな、もう一個は地球の正確な時間で動いてんだと。 そんでもう一個だけど、これはリンディたちが住んでるミッドチルダの時間らしい」

「ミッドの? どうしてあっちの時間まで――」

「リンディがしろってうるせぇんだ、仕方ねぇだろ?」

「……リンディさん?」

「そだ」

 

 答え、教えた悟空の顔は少し険しかった……それが少女の受けた印象だ。 笑顔だと思う、怒ってるわけでも気に喰わないことがあったわけでもない。 周囲のそう言う感情を人一倍つよく感受してしまう年頃だ、故に今の悟空が嘘を言ってないというのは分るのだろう。

 けど、納得はしない。

 

「悟空……あのね」

「あっと、そろそろリンディたちのとこに行かねぇと。 このへん飛んでるアルフやみんなによろしく頼んだ。 じゃな…………――――」

「あ……いっちゃった」

 

 それでも颯爽と消えてしまう彼に出来る質問などなくて。

 次元世界間を瞬間移動で跳んだ悟空に追いつける術を持たない少女は、肩から息をする。 上に上がり、下に下がる頃、背後からオオカミの遠吠えが聞こえてくる。 ……もう、そろそろこの世界を離れる時間だという合図だ。

 

「行かなきゃ」

 

 なら、ここにないとわかったというのなら――――もう、少女がここに留まる必要はない。 歩きはじめる時間が再びやってくる。 少女は、次の次元世界へ向かおうと足を前にさしだし―――――

 

「……あ、れ?」

 

 彼女の特徴的な髪型……ツインテールの片側がゆっくりと、本当に極自然に解かれていく。

 

「リボンが……バリアジャケットで再構成されてるはずなのに……バグ?」

 

 ありえないことではないかもしれない。 けど、あまりにも自然すぎる解け方に小首をかしげるフェイトは……そう、本当に少しだけ疑ってしまったのだ。

 

「なにか、嫌な予感がする」

 

 この先を覆う、途方もなく暗い闇の存在を…………

 

 

 

 

 同時刻 次元世界のどこか。

 

 全てがグレーに包まれた世界が、そこには存在した。

 見渡す景色はすべて岩肌が露出し、空を仰いでも見える者は暗雲のみ。 決して過ごしやすい環境ではないこの世界に置いて、やはり生物は幾多も存在する。

 

【ブォォォォオオオオ!!】

「す、すごいわねここ……見たこともないような原生生物が」

「そうだな。 アタシもあんなの初めて見た……岩でできてんのか? アイツの背中」

 

 今しがた咆えたのは、この世界に鎮座していた生物らしい。 その生態を観察していたリンディ、そして紅の鉄槌を持つ幼き騎士……ヴィータがその音に耳を押さえつけること3秒半の事だ。

 

【……ッ……ッ】

「あら、行ってしまったわ」

「ほっとけ。 どうせああいうのはそこらへんでメシでも食って昼寝でもするんだろ? まったく気楽なもんだぜ」

「悟空君、みたい?」

「……まぁな」

 

 背中には大岩。 まるで大山に四足歩行特有の手足を付けたかのようなかわいらしい体型は見ていて和んでしまいそうになる。

その中腹から見えるかわいらしい尻尾が揺れるさまを見送りながら、リンディとヴィータの二名は空中浮遊を敢行。 ……この世界を少しでも知ろうと飛び立っていく。

 

「にしても、どうしてこの面子なんだよ? はやてがシグナムと一緒にいるからいいけど、アタシとあんたらってそう接点っていうか……」

「それは、なんというか今回の配置は戦力の偏りを少なくするのと、転移魔法を使える人員を均等に配置しなくてはいけなかったというのが理由かしら?」

「……それはわかるけどよ」

 

 ぶっきらぼうな少女を前に、母親らしく小首をかしげるリンディはどこまでも大人であった。 信じられるだろうか? この二人、つい最近まではいがみ合うような間柄と宿命を背負っていたということを。

 

「はぁ……にしてもここ、どうなってんだ? 天候は荒れ放題、地域によっては重力変動があんだろ? 危険区域指定した方がいいんじゃねえの?」

「確かにそのとおりね。 普通、こんな世界が見つかればまず最初に調査が入るはずなのだけど」

「見つかれば? てことはあれか? ここってまさか……」

「えぇ。 今回が初めての探索になるわね」

「マジかよ」

 

 まぁ、言われてみればその通りか……そう呟くのは時間の問題だろう。 さて、ヴィータが軽く飛行魔法で周囲を飛び回っていく頃だ、ここで彼女は突然、中空に赤い枠のウィンドウを開く。

 その中に見えるのは簡略化されたこの世界の地図。 ……イメージとしては、某RPGに出てくるような、歩いてきたところが自動的にマップとして構築されるようなタイプだろうか。

 それをひと睨みすると、小脇にどかしてある時計の表記に目をやり……

 

「あ、そろそろゴクウの奴が来るみたいだ。 他の目的地をさっさと切り上げてるみたいで時間の短縮申請もされてる……」

「もうそんな時間? こちらのローテーション時間が一番遅い手筈なのに……速いわね」

「それだけホンキって事だろ。 そもそも星をひと回りって言っても、あいつは超サイヤ人になりゃ常態の50倍程度の力が出る。 界王拳覚えたての頃に100万キロを数時間で飛んだ実績を考えれば出来て当然だろうな」

「…………改めて考えさせられるわね。 サイヤ人の恐ろしさと、悟空君が善良な心を持った存在であることの幸運を」

「……あぁ。 じゃなけりゃここの世界だけじゃねえ、いろんな世界が滅ぼされてたかもしんねえ」

 

 今ある世界を改めて見直していく。

 速度が次第に上がり、やがて風を切るかのように突き進んでいく彼女たち。 空を飛び回るだけじゃなく、きちんと低空飛行で地表付近の探索も忘れない。

 

 そんな、しっかり者がそろった部隊の背後に――――

 

【ブォ! ブォォオオオオ!!】

「な、なんだ?!」

「……あれって」

 

 悲鳴のような音がぶつかっていく。

 なにか金属同士を擦り合わせたようでいて、開戦時のホラ貝を吹いたかのような感じの音。 遠吠えにも近いそれに鼓膜を震わされた彼女たちは、少しだけ目を細めながら音の原因を注視する。

 

「あ……」

「あーあ。 ありゃダメだな」

【…………】

 

 先ほどの岩龍とも言える巨大な生物が、地面に腹ばいになって倒れているのだ。 急に、いきなりの事におどろくのはリンディ……彼女はなにが原因なのかを探ろうとして、少しだけ高度を下げる。

 

「よせ、あんまり近づかないほうがいい」

「え……?」

 

 それを片手で止めるヴィータは、もう片方の手の平に赤い光を集め出す。 それは魔力の光りであり、彼女が持つ技の一つ。

 

「誘導弾だ、これをよく見ておけ」

「……?」

「っ!」

 

 鋼色のそれを片手で投げると、まるで生きているかのように弾んでは勢いよく例の岩龍の下へと翔けぬけていく。 10、5……と、その距離を数メートルにまで縮めたそのときである。

 

「あ! ……誘導弾が」

「やっぱりか」

 

 自由に飛び回る弾丸が、いきなり地面へと押し付けられていく。 いつか、どこかで見たような光景は決して勘違いではない。 この絵を見た瞬間、リンディの頭の中にはある一つの非常識が思い浮かばれていく。

 

「超重力……悟空君の修行に使ったあの部屋みたい」

「たぶん正解だ。 あそこ等はいま重力変動が酷いんだ。 なにがあの周辺をそうさせてるかは知らねえ。 けど、今あそこの重力はかなりきついことになってるのは間違いない」

「精々見積もって5、6Gと行ったところかしら? 今の誘導弾の墜落から見て」

「たぶんな」

 

 それは彼の行った苦行だ。 その工程をふんだんに知り尽くした彼女たちは、思い出したのだろう……少しだけ呼吸を整えると。

 

「アイツの修行に比べたらどうってことは無いんだろうけど」

「そうね。 彼の場合はもう、50、60なんて数値は無意味に等しいはずだもの」

『…………はぁ』

 

 少しだけくたびれた、こえ。

 無理もないだろう。 なにせ常識の範疇ではおおよそ3G もあれば人間など動くこともままならないはずであり、その十倍をかけられれば当然のように全身は握ったトマトのようにされてしまうからだ。 けど、それを克服してあまつさえ『慣れた』などという種族が居るもんだから手におえない。

 考えるだけで、頭痛を催すのは無理もない事であった。

 

「――といけね。 ていう訳だから、あの岩の塊のことはあきらめとけ」

「そうね。 かわいそうだけど運がなかったと思うしかないわ」

「あぁ。 慈善はいいことだけどそれでこっちの身を滅ぼしてたんじゃ世話ねえし」

 

 どことなく冷たい印象を受ける二人の会話。 けど、これは優先順位が圧倒的に高い者があるからこそだ。 加重に耐えきれず、悲鳴を上げている岩龍を一瞬だけ目で見送ると……

 

「……」

【グァ! グァァッ!】

「…………ぅ」

 

 そのまま足を止めてしまう。 いや、足で移動しているわけではないのだからこの表現はおかしいだろうか。 とにかく、つい移動をとりやめてしまったのは一番背の低い少女……

 

「ヴィータさん、どうかしたの?」

「いや、あのよ……」

 

 少しだけ身じろぎ。 そのまま視線を下にしたまま、彼女の身体を包むバリアジャケット、そのひらりと舞うスカートの裾を強く握ると、言う。

 

「いま、目が合っちまったんだ」

「……あぁ、そういう」

「うぅぅ」

 

 その理由はとても純真そのものであった。 ただ、訴えかけてくる目が放っておけなくて。 だからどうしたと片付けられる大人は今いないからこそ、リンディはその声を無視しない。

 

「こうなっては仕方ないわよね」

「すまん……」

「いいのよ。 わたしもミドルスクール時代に、道端に捨ててあった仔犬なんかは放っておけなかったし。 それと一緒よ」

 

 彼女たちは、少しだけ遠回りをすることにしたようだ。

 

「でもどうしましょう。 あの範囲はかなり高い重力負荷がされてるのよね?」

「まぁそうだと思う。 けど、幾らなんでも即死レベルじゃないはずだし、魔力を全開にして硬度を高めたバリアジャケットなら耐えられるはずだ」

「でも、その間に消費される魔力は馬鹿にならないわ。 助けられる? そんな大量消費な状態で」

「やるしかねぇよ……ほっとけねえし」

 

 言いだしっぺのヴィータは、手に持った杖ならぬ鉄槌である自身の相棒……グラーフアイゼンを握りながら、全身を一際強く輝かせる。 その輝きが止むと見える彼女の姿に変化はない、が、肝心なのは見かけではなく中身。

 今少女は、攻撃分の魔力のほとんどを防御に回した。

 

「これでいいはずだ。 ……さてと」

 

 言うなり一歩を踏み出す彼女。 差し出したそれが重力の強い圏内に入るまではあと5歩分はある。 引き返すならもうここでやめておかないと引き返せない……だが。

 

「まってろよぉ、いま助けてやるから」

 

 彼女に撤退の文字は無い。

 その心意気、正に折れず曲がらない鋼鉄を思わせる頑なな決心だ。 故にその身の称号が鉄槌などという物騒なものになってはいるのだろうが。 とにかく、ヴィータの歩は止まらない。

 

「い、く……ぞ――」

 

 そうして今少女は……

 

「う、くぅ!?」

 

 その身体に、この星からの試練を一身に受け取る羽目になるのであった。

 

 まず最初に思ったのはあちこちの関節の歪だろうか。 曲がりそう、それを元に戻そうと筋肉が通常よりも強い力を発揮する。

 休む体制を取ると確実に持って行かれると、ここで確信に変えたヴィータはもう、止まらない。

 

「こ、この」

 

 次に歩み寄った彼女が取った行動は、驚くことなかれ…………岩の怪物の胴体と思われるところを掴む作業であった。

 

「ヴィータさん……!?」

 

 深く腰を沈め、両頬に膝小僧が当たるかどうかという体制になると、彼女はそのまま――

 

「こ、のぉっ!」

「……うそ」

【ぶも?!】

 

 腕、肩、背筋から腰へと力を伝達していき、そのままなんと――――

 

「怪物を、持ち上げた……」

「ウォォオオオ!」

【ブオっ! ブォォ!】

 

 一歩、二歩……歩くたびに掛かる高負荷は尋常ならざる痛みを身体に与える。 文字通りの岩肌にこすり付けた指は擦り剝け、持ち上げた両腕は既に筋組織が悲鳴を上げている。 それでも、盛大な叫び声を上げたヴィータは怪物を持ち、運び……

 

「ぉぉおおりゃ!」

 

 ズドンと、大きな音をたてながらも、見事救出に成功する。

 

「なんというか、その……」

「アタシが子供みたいな形してるからって甘く……はぁはぁ……見んな。 一応、ちからなら……はぁ、ヴォルケンリッター1……だかんな」

「そ、そうなのね……」

 

 驚くべき新事実。 けど、それは逆に考えればこの子よりも強いパワーを持ったのがあの中にはいないことを意味している。 悟ったリンディはそのまま髪を梳く。

 

「お、おい?」

「え? あぁ、良く頑張ったわねって」

「子ども扱いスンナ!」

「嫌だったかしら?」

「あぁヤダね」

「……でも、かわいそうだと思って結局助けるところ、悟空君みたいで気持ちの良い行動だと思うわ」

「うく……」

 

 ヴィータの、赤い髪の毛をだ。

 一回二回と重ねればそのまま頭をなでる形となる。 ……少女のまぶたが、少しだけ重くなったように見えた。

 

「――って、ドラゴンボールを探してるんだろ!?」

「えぇ、そうね……でももう少しこのままでいいかしら?」

「……完全に子ども扱いだ、コレ」

 

 ――――娘が居なかったから。

 リンディの口からこんな単語は出てくることはなかったが、ほぼ間違いなくそう言っていると確信づくヴィータの心境は複雑だ。 ……お互い、いないモノを求めるところは否定などできないのだから。

 

 さて、いい塩梅に事態に収拾がついてきたところ。 この時すでに、ヴィータが気にしていた時計の針は約束の時間を示そうと、そのデジタル表記の点滅をゆっくりと、しかし確実に刻んでいく。

 用が済んだ……そう思い、ヴィータが自身のバリアジャケットの硬度を元に戻そうと呼吸を整えた時――――――…………

 

「…………おっす!」

『あ、やっと来た!』

「ん?」

 

 物語の主人公はようやく姿を現す。

 

「なんだヴィータ、おめぇやけに魔力を消費してっけどなんかあったんか?」

「え? あぁ、いや……岩助け?」

「いわ? どういうことだ?」

「まぁいろいろあんだよ」

「そっか」

 

 尾を振り、首を傾げながら後頭部をひとかき。 少しだけ吊り上げた眉は、なんてことはないすぐに戻っていく。 そんな姿をみて、しかし、リンディの表情は暗い。

 

「ローテーション最後の番になってるわたし達の所に来るってことは……」

「あぁ、だめだった。 ユーノ達が回ってくれてる方面には五星球はなかった」

「そう……過度な期待はしてなかったけど、残念ね」

「だな」

 

 互いに表情が一段暗くなる。 けど、それはほんの少しだけのあいだ。

 すぐさま顔を上げたのは悟空。 彼は自身からそれなりにはなれた所に横たわっているある物体を見ると、その目を丸くする。

 

「なんだコイツ? はは! 全身岩だらけですんげぇ硬そうだ」

「その子? 実はさっきまで重力異常の所で伸びてたのよ」

「重力? ……するってぇと前にオラがやった修業みたく、身体が重くなるところがあんのか!」

「貴方がやったほどではないけど……そうね、そう思ってもいいわ」

「へぇ……オラが生まれたっていう星も、地球の10倍の重力があるって言ってたけど、あるんだなそういうとこ」

 

 そっと手をだし、そのまま冷たい皮膚……岩石になっている部分を触りだす。 悟空のその手が暖かかった? それとも……触れた岩龍はひとつ、身じろぎを開始する。

 

「ん? くすぐってぇか?」

【オン、オン……っ】

「よーし、よしよし」

『すごい、まるで犬を転がすかのように……!』

 

 斉天大聖ここに極まれり。 確実に人智を超えた大きさである岩龍を手なずけるところはさすがの野生児。 だが、果たして彼にここまで懐くのはそれだけなのだろうか? 答えは岩龍だけにしかわからないことである。

 

「さってと。 さっそくだけどここでも探しもんしねぇとな」

「お願いね悟空君」

「頼むゴクウ。 アタシ等の尻拭いさせてるみたいで気が引けるけど、アイツの母親助けられるのはお前しかいないんだ」

 

 飛び立とう、空へ。 探しものはとても大切な宝物。 見つからなければ大事な命が消えてしまう。 灯火だ……まさにロウソクに付けられた行灯よりも頼りない光を救い出すために、戦士は今、大空へと――――

 

「ん?」

【ぐるぅ?】

 

 旅、たたない。

 合わせた視線は岩龍の彼。 その、まるで黒曜石のような円らではっきりした瞳は、まるで変異前の悟空を思わせる純粋さだ。

 

「……そいつがどうしたんだよ」

 

 気になったのであろう、声をかけたのは広い主のヴィータだ。 彼女は先ほどからニラメッコを開始した獣二匹を仲裁しようと、その間に身体を――――ドスンッ!!!

 

【!?!?】

「な?!」

 

 入れようとした時だ。

 

「ゴクウ! ……てめぇ!!」

 

 岩龍の腹から特大の暴発音が聞こえてくる。 まるで大太鼓を叩いたような音は、聞いたものの鼓膜を震え上がらせる。 三半規管のマヒに足元が揺れる時、彼女の頭上に大きな影が落ちてくる。

 

「な、に?!」

「こ、これは――――」

 

 それはリンディも同様であった。 不運、不吉、影の指す凶日……文字通り、不幸とは突然落ちてくる。

 

 

 

「うわ!? こ、コイツゲロ吐きやがった!!」

「……さ、最低」

 

 とっても白い液体が、彼女たちの身体を濡らしていく。

 透き通るライトグリーンの髪が、見るも無残な白濁色に犯されていく様は酷く言い表せない感情を巻き起こさせる。 この場に真っ当な男が居たら言葉を失う場面、そんなあられもない姿を見せてしまったリンディは只、次に飛んでくる言葉を待つばかりで。

 

 

「あ、そう言えばあっちの方に滝があったからさっさと入ってこい」

「……貴方って最低よ」

 

 その言葉を、知っていたかのように返した彼女の気苦労は計り知れない。

 

「……なんなんだよゴクウ! いきなりコイツの腹叩いて!!」

「そ、そうよ……うっ、髪がべとべとしてる。 あとで洗わなくちゃ」

「ははっ、いきなり済まなかった」

【ぐるぅ!】

「ん? あぁ、おめぇもな」

 

 軽く手を振って謝罪の意思を見せる彼はどこまでも軽かったという。さて、そんなこんなで水浸しのゲロまみれな美人が二人出来上がった中で、孫悟空は一人地面に向かって手を伸ばす。

 

「でも、おかげでほら……こりゃいくら探してもわかんねぇはずだぞ」

「あん?」

「え?」

 

 先ほどは天に、だが、今現在は其の制反対を見ている彼……そうだ、重要な探し物程、案外足元に落っこちている様で。

 

 

 見よ、驚け。 次元世界を管理した者たちがどれほどに探しても見つからず、それでいて少女の気まぐれと青年の直感であっさり見つかりし全知全能の宝玉を――――その名は!!

 

 

 

 

「五星球! 見つけたぁ!!」

 

 

 

「はは! 前みたく腹ん中に入ってたんじゃドラゴンレーダーじゃみつからねぇよな」

「まじかよ!?」

「ほ、ほんとう……に……?」

 

 ドラゴンボール、最後のひとつである。

 ここで見つかるとはだれも期待しては無かった。 いつかは……だけどそれがいつかなんて誰にもわかりはしなかった。 もしかしたら、もう見つからないんじゃとも思った。 でもそんな心配――たった今打ち砕かれたのだ。

 

「ヴィータ!」

「え?」

 

 そして、それがうれしかったのは少女達だけではなかったのであろう。 孫悟空は赤い少女の身体を引き寄せるとそのままひざ裏に腕を差し込む。 抱え、抱き上げ、一気に持ち上げると――――

 

「わぁっしょい! わっしょい!」

「お! おい!!」

「どっこいしょ! よっこいしょ!!」

「こら――やめろって!」

 

 一揆に放り投げる……胴上げである。

 

 翻るスカートなんて何のその。 安心してくれ紅の騎士よ、今この瞬間に貴方のスカートの中身に興味がある人間など誰一人、貴方たちの居る次元世界には存在しない。 そう、それがたとえ……

 

「いやったーー!」

「おいコラ! ゴクウ!!」

 

 “イセイ”であろうとも……だ。

 

 さて、孫悟空が放り投げた少女が、自力で飛行魔法を使って胴上げから解放されたところだ、ここで悟空はふたりの首根っこを鷲づかみする。

 

「ちょ、ちょっと!?」

「目的のもんは全部見つけた。 あとはみんなに報告して、さっさと地球に帰っちまうぞ!」

「そ、それはそうだけど!!」

 

 思い立ったが吉日……ここまで協力してきた面々の顔を思い浮べる彼は、そのまま神経を集中していく。

 

「いちばん近いのは……一週回ってユーノだっけか?」

「いっしゅう?」

「そこん所は気にしてはダメよ。 彼の感覚にわたし達の常識がついて行けるわけないもの」

「それもそうか――――いや、いいのかよ管理局の面子が……」

「……いいのよ」

 

 あきらめる声をBGMに、集中をより一層引き上げる悟空。 金髪、魔力の色は緑色で、なのはの親が営んでいる洋菓子店となまえを同じくするパーソナルカラーは、とある神さまを彷彿させるカラー。

 それを、思い出しながら――――

 

「あ、れ?」

 

 おもい、出しているはずなのに。

 

「ユーノの魔力を感じねぇ……?」

 

 そのとき、ついに彼は事件の存在を掴み……

 

「ま、あとでほかの奴に連絡してもらえりゃいいか」

 

 スルリと零れ落ちていく。

 その先にある重大事項に目もくれず、今目の前にある危機を祓うべく、彼は額に手を当てる。

 思い浮かべるのは儚いはずだった少女。 車椅子の代わりに筋斗雲を使い、空を舞う姿は正に聖女か天女。 そんな彼女を思い出す彼は…………――――そのまま、次元世界から消えて行ってしまう。

 

 

 

 

 

 5分、経過。

 

 深夜、2時40分 地球、温泉旅館庭園。

 

 斉天の空には煌めく星たちが。 光り輝く彼らを遮るものがないこの時間帯、いま、この時夜空は精一杯の輝きを放っていた。

 

 その輝きに誘い込まれるように現れる客人をもてなしながら――――

 

「――――…………よし、着いた!」

 

 たどり着いたのは複数の人間であった。 その数はおおよそで15名と言ったところで、それぞれがドレス、マント、ワンピースにレオタードetc.……奇抜すぎる格好をしている。 ひと目見れば仮装パーティーと勘違いしそうなメンツではあるが、驚くことなかれ。

 実はこの者たち、実力を伴った奇抜な連中なのである。

 

「お帰りなさいませ、皆さま」

「ん……おかえり」

「お、アリサ! おめぇまだ起きてたんか?」

「とうぜんでしょ? あんたらがすずかのために頑張ってるのに、アタシだけ何もしない訳に行かないじゃない」

「……そっか」

 

 迎え入れる者たちにアイサツを入れた悟空は、そのまま気の強い女の子に微笑を送る。いつも通りのそれは、そう、なにやら含みを感じさせずにはいられなくて。

 

「なに? どうかしたの?」

「うん? まぁな」

「??」

 

 “彼らが世界に散った理由”をイマイチ掴みかねていないアリサは、この時点ではまだ除け者にも等しいだろう。 けど、彼女だって立派な当事者だ。 それは悟空も理解しているようで。

 

「半年くれぇまえからやってた探し物、ようやくそろったんだ」

「探し物……ねぇ。 それですずかは見つかるの?」

「あぁ、間違いねぇ。 神龍に頼めばあっちゅうまだぞ」

「しぇん、ろん……?」

 

 説明が足りなにのもいつもの事。 彼はそのまま両手人差し指を額に当てると、脳内にある人物を思い浮べていく。

 

「みんな、少しのあいだ待っててくれ。 オラ、これからそろえてたドラゴンボール持ってくっから」

『はい!』

「たしか……ミッドチルダに一個置いていってるはずだな。 あとは全部なのはの家に置いてあっから……――――」

 

 そうして消えた彼は果たして誰を思い浮べていたのだろうか。 もう、誰もいない虚空を皆が見つめ、其の視線が流れ去ったときであろう。 高町なのはは、思い出したかのように言葉を吐き出す。

 

「ねぇ、ユーノくんは?」

『?』

 

 その言葉に、一体どれほどの者たちが疑問に思っただろうか。

 

「少し遅れてるんじゃないのか?」

 

 クロノ・ハラオウンのこの言葉は、かなり考えてからの言葉であった。 普通、次元世界間の跳躍はかなりの時間と労力を必要とする。 位置の特定と座標の固定、さらに跳ぶ人数が多ければさらに調整が必要だ。

 どこぞの誰かのように、触ってもらってさえいれば道連れに出来るなんて簡単な作業ではないし、身体で覚えるという体育会系な物でもない。 ……だからこそ、多少の遅れは致し方ないという考えの下、今の発言が出るのは仕方がないのだ。

 

「そうねぇ、かなり唐突に激務を始めた上に、彼はかなり無理をして頑張ってたみたいだから」

「その通りだ。 アイツ自身、今回のボール探しは悟空に対する恩返しでもあるはずだしな」

「……あ」

 

 リンディもそれを湯呑みにし、そのあとに続くユーノが引き起こし悟空が始末をつけた事件を思い出したなのはも、ここで安心しきってしまう。

 

「疲れてない訳、無いよね」

「だろうな。 いくら悟空のおかげでスタミナ馬鹿になったとしても、物には限度がある。 少しくらい休ませてやってもいいはずだ」

 

 優しい顔を、するようになった。

 初めて会った時の互いが緊張感に包まれた物とは正反対の朗らかなものだ。 ……その安堵が、いったいどれほどに事態を最悪な方向へ向けているとも知らずに――――――…………

 

「…………おーい! 残りのボール持ってきたぞー!」

『ついに…………』

 

 

 

 彼らはこの時、知らないとはいえ過ちを“2個”同時に侵すことになる。

 

 

 

 

 数分前 とある次元世界…………

 

 最悪な事体がそこには巻き起こっていた。 探し物は見つからず、探し人は見つかったと思えば何やら憑き物を携えているし、その衝撃が同行者を襲い、命を徐々にすり減らされていく。

 何か、呪われているのではないかとさえ思えてくる状況の最悪さに、ユーノ・スクライアは唐突に、数か月前に行った自身の過ちを思い出していた。

 

「…………あのときの発掘現場と言い、ボクは周りを不幸にしすぎだ……ッ」

 

――負の特異点。

 一連の元凶はほぼ間違いなく、とある少年が発掘した宝石が引き起こした不幸が始まりだ。

 それが無ければ魔法少女は生まれなかった。

 それが無ければサイヤ人から凶暴性のタガが外れることもなかった。

 それが無ければ…………無ければ………………

 

「っく」

 

 食いしばる歯茎から、赤い液体が零れ落ちる―――刹那。

 

【もう、オわり?】

「くそ、ちから……が」

 【………………あーア、ツマラなイ】

 

 目の前にいる少女が、まるで飽きたかのように宙を浮遊していく。 圧倒的な力量差と、深刻な魔力枯渇。 自身が今まで積み上げてきたものを、こうまであっさりと突き崩されるのは初めての体験だ。

 努力はした、死ぬ覚悟だって出来る。 でも……

 

「この状況ひとつ……動かせないなんて……」

 

 悔しさで目から赤い雫が零れ落ちる。

 握りしめた拳のなんと弱いものか。 ここまで自身がふがいないと感じたのは4月の時以来だ。 ……また、無力のまま終わるのか?

 

 そんな少年の懺悔に、しかし少女は目もくれず……動き出す。

 

 【……】

「ま、て……」

 

 首を左右に振ると地面を見る。 なんだかその様が主人を探している仔犬をも思わせるのだが、幾分そんなことを思う余裕など彼等には無い。

 

 ……だが、次の瞬間。

 

 【…………くぅさーーん】

『!?』

 

 彼女は、呼んだのだ。 …………彼を。

 

 【どこー? さびしいよぉ……あいたいよぉ……】

 

 その声のなんと澄んだ音程だろうか。 今までの雑音混じりの、まるで溝川を響く音ではない。 富士の麓で流れる清流が如く、彼女の呼び声は透き通っていた。

 

 それを聞いた瞬間。

 

「ま…………てぇ」

 

 少年の心の中に――

 

「いかせない……ぞ」

 

 熱き血潮が、湧き上がる。

 

「いまのキミを悟空さんに会わせる訳にはいかない……当然、なのは達にもだ……」

 【じャマ、シないデ?】

「誰も幸せにならない、誰もが嫌な思いをする……切っ掛けはどうあれ、悟空さんに責任の一端があるとはいえ、これ以上はボクが食い止める―――――なんの関係もない、ボクの願いを聞いてくれた悟空さんがそうしたように!!」

 

 そうだ。

 過去、ジュエルシードの事件を引き起こしたのはユーノだった。 けど、それを最終的に収めたのは誰であろうか? なのは? 管理局……? …………たった一人の戦士だったではなかろうか。

 

 誰もが挑み、無残に膝をついた凶戦士。 それに全身の筋組織を切り裂きながら、弾け飛ばしながら抗ったのは誰だったろうか? 誰よりも深い傷を負いながら、誰よりも最後まで膝をつかなかったのは……

 

「ボクは――!」

 

 少年の、砕けた拳がいま再び硬度を取り戻す。

 

【じゃま――――】

「……え?」

 

 瞬間、閃光が眼前に押し迫る。

 

 発射のタイミングだとか、何時の間に照準を向けてただとかは知らない、解るはずがない。 只、奮い立った心で身体を叩き起こしたら、目の前に絶望が矢の如く放たれたのだ。

 避けられない……悟ったユーノは凍り付く。 ……絶望という――

 

「ガイスト――――ッ!!」

【……?】

「!!?」

 

 ――――忌むべき閃光は、黒い輝きの前に消え去る。

 

「司書……ちゃう。 ユーノさん、大丈夫?」

「じ、ジークリンデ……さん……どうして」

「あのひとの怪我なら、ハルにゃんと“ティオにゃん”が何とかしてくれてるんよ」

「あ、でも」

 

 黒き衣を纏う破壊者。 ジークリンデ・エレミアの殲撃は、見事ユーノから死を遠ざけていくのである。

 遠くの方で聞こえる瓦礫が作り出される音。 それは、今しがた放たれたジークリンデが作り出した攻撃の余波を見事その身をもって体現していた。

 

「ユーノさん、馬鹿や」

「な、え?」

 

 そんな強力な技を繰り出したジークリンデはひとつ、ユーノに向かって罵声を上げる。 罵声……と言っていいのか微妙なくらいに控えめな声に、それでも少年の心はそちらに向く。

 

「だってそうやろ? 何でもかんでも自分が……自分が……って。 そんなこと言って無理して、誰が喜ぶんや」

「…………ぁ」

 

 気づかされた……こんなところで。

 呆ける少年のなんと無様な姿だろうか。 先ほどの騒ぎで勝手に皆を守るのは自分だと決め込んで、いきり立っていたその姿は……果たして目指していた道だったのだろうか?

 

 そうだ、ユーノ・スクライアは――――

 

「教えてくれた人がおるんよ。 壊すしかできないウチを、むしろほめてくれて……悪い事ばっかりに向かってた心をビンタしてでも治してくれた人が」

「え?」

「壊すしかできない……だったらそれをやり続ければええんやって言ってくれた。 まずは困った顔はぶっ壊せ、つぎは悪い出来事を壊して、最後にみんなが困ってるモノをぶっ壊せ……って」

「…………それって」

「出来ないことがあるのは当然なんよ。 それになんでも自分一人で出来るようなってもうたら……寂しいはずやもん。 辛いことは誰かと半分コして、後に残った幸せを一緒に過ごそ言うたってだれも文句言わへん」

「じ、ジークリンデさん……そうだ、ボクは勘違いしていた」

 

 立ち上がる……けど、それは闘志だけじゃない。

 

「ボクは……一人じゃないんだ」

 

 背中が押される感覚を受けたからだ。

 それは戦闘民族の彼が持つ激烈な炎ではなく、小さな灯火であったろう。 けれどその光は、確かに照らしだしていた。

 

「一緒に……戦ってくれますか……?」

「当然や」

 

 小さな希望を。

 

「ジークリンデさん。 さっそくで申し訳ないんですけど――」

「ええよ」

「え? ボク、まだ何も……」

「ユーノさんの考えた作戦や。 間違いなんてあるわけない、きっと成功するに決まっとる」

「……はい!」

 

 作戦会議はゼロ時間。 さっそく決まってしまったのは今後の方針ではなく、なぜかユーノに見せた全面的な信頼だ。 それを受けてしまったら……作戦立案者の手に、小さく汗が握られる。

 

「それではお願いします、ジークリンデさん!」

「了解や!」

【…………むダなのニ……】

 

 黒い剛速球が放たれる。 矢のように、砲弾のように……いま、絶望を撒き散らす少女へとその拳を向けて。

 

「はぁぁあああッ!」

 

 叫んだそのときには右拳がうち放たれる。 速攻のファーストアタックは、さすがのスズカも目を見開き……

 

 【ふぁ~~ぁ】

 

 目尻に涙、口からはなんとも素っ気ない溜息に近いナニカが零されていく。 ……それが何かなんて解明する必要さえないだろう。 その仕草に込められた意味さえもだ。

 

『完全に舐められてる――』

 

 皆が心で思う刹那、それでも黒き衣の彼女は冷静沈着。 むしろその心の炎は静かに、冷徹に、たき火ではなくガスバーナーの正確さを誇るように燃え上がっていく。 

 

「――っ」

 【…………ん】

 

 交錯する彼女たち。

 だが、その距離は一向にはなれていかない。 次いで聞こえてくるのは金切り音だ……何かが、壮絶な打ち合いを果たしているように思える。

 

「せいッ……はあ!!」

 

 その正体、ジークリンデが左右の拳に装備したガントレットから成る破壊音である。 盛大な装飾はまるで獰猛な生物のアギトを思わせる。 目に映るもの全てを喰らい、破壊せんと猛威を振るうかのようなその装備。 

 それを、高速で撃たれていくにもかかわらず。

 

 

 

 【みぎだね? ……つぎ、ヒだり】

「読まれてる!? ……ウチの攻撃が……!」

 

 

 涼風が如く躱されるのではなく、来るところから避難しているような印象。 それがジークリンデが思った感想だ。 狙えばそこから居なくなるのであれば、当然打ち込んでも意味はない。

 しかもこの娘……

 

「……!!」

【…………ウけてアゲたのに】

「当ててもこの程度……っ!」

 

 頑強さも尋常じゃない。

 実際には直接あたっているわけではない。 スズカとジークリンデとを阻む不可視の盾、結界が張られているのだ。

 

「この頑強さはおそらくなのはさん以上や……空ちゃんならすぐに壊せるんやろうけど――」

 

 そんな馬鹿力はさすがに持ち合わせていない。 ジークリンデがわずかに歯噛みするのも仕方がないだろう。 

 

 【あははははは――――うふふっ】

 

 今の防御で味を占めたとでもいうのか。 猛攻を繰り広げるジークリンデの攻撃全てを避けることをしないスズカ。 彼女は不気味な色彩の髪を華麗に揺らすと、同じく不気味な笑顔と共にあざわらう。

 この世全てを、等しく嘲るように。

 

「くっ、は!? ……魔力が……!」

 

 そして、その笑い声は次第にジークリンデを侵食していく。

 唐突に笑いはじめる彼女の膝。 まだ体力はあるはずだと自負していたにもかかわらず、全身から“力”が抜け落ちていく。

 気怠さで言えば38度の熱を患った風邪の患者と思えば想像はしやすいだろう。 ……彼女からスピードが消え失せていく。

 

 だが。

 

「結界魔導師であるボクはなのはのように攻撃魔法が使えない」

 

 その戦場からすぐ近く。 倒れた管理局員の男のすぐ近く、それは小さくつぶやかれた。

 

「だから戦闘では補助がボクの役目だった。 ……女の子一人守れず、タダ後ろで尻尾を振っているフェレットもどきでしかなかった」

 

 懺悔、であろうか。

 悔やむことが多い少年は本当に責任感が強かった。 見ず知らずの命の恩人、そんな彼はどこまでも優しくて、甘えてしまった自分が少し嫌なヤツに思えて。

さらに女の子、それも自分と同い年の少女に力を借りなければならない事実とが、彼の責任感といがみ合い、歪な精神状況を作り出していった。 ……でも。

 

「そんなボクに悟空さんはくれたんだ……才能のないボクが使える、強い武器を――戦う、ちからを」

 

 ターレス事変(――あの時――)とは違う。  小さく、力が無かった少年は今、ここ一番で己が可能性のその先を踏み出す。

 

 

「それをいま、見せてやる……」

 

 キッ……と。 ならせた奥歯は物語る。 今起こされる現象は、過去現在未来全てにおいて起こるはずがなかった未知数の出来事だと。

 

【…………?】

 

 だからこそスズカは理解が遅れた、対応も御座なりにならざるを得なかった。 そもそも、彼女の今の相手は少年ではなくジークリンデだ。 覇王と並び立つ過去の英傑の末裔なのだ。

 まだ幼く、己が存在を確立しきれていないという弱き点が在れど、彼女の猛攻は確かに反らしたのだ。

 

「ふぅぅぅぅ……はぁぁああああッ」

 

 少年が起こす……ありえない奇蹟を。

 

「…………………かぁ」

『ま、まさか!!?』

 

 

 彼は構える。 腰を低く据え、両の掌はまるで月夜を表すかのように円を描かれていく。

 

「めぇ……」

 

 それが腰元に集まる時だ、尽きたと思われた魔力が、今再び彼の身体の奥底から取り出されていく。

 

「はぁ……めぇ…………」

 

 詠唱は既に後半戦を終えている。 そのころにはいつか見た輝きが、彼の身体中を巡り、駆け抜け、一点に集まっていく。 だが……その輝きは“彼”とは全くの別物――碧。

 

 エメラルドにも似たその輝きが、荒野の世界を涼風が如く走り抜ける。

 

 

 【……ム、だ】

 

 見つかった、見られてしまった。

 

 【それだけじゃ、コrEは……やBuレない】

 

 だが彼女の対応はやはり御座なり。 自慢且つ、信頼を寄せているのであろう自身の障壁をそのままに、ジークリンデの猛攻ごと彼の努力の結晶を嘲笑う。 ……それが。

 

「――嗤ったな」

 【?】

 

 その、ひとの想いを踏みにじる行為が……

 

「いま、ユーノさんの決意を嗤ったな!!」

 

 ジークリンデ・エレミアの心に、大きな炎を燃え上がらせることになるとも知らずに。

 冷たく、静かな闘志を持った彼女も、今までスズカの見せていた余裕、さらにはユーノに対する態度にはついに我慢ならなかったのだろう。

 手に装備したガントレットが、歪に光を灯す。

 

「ガイスト――――」

 【……あ】

 

 それを確認した時にはもう遅い。

 そうだ、今しがた“人だったからこそ加えられた良心”が、尊敬と信頼を踏みにじられ、嘲笑われたことによりタガが外れたのだ。 ……ジークリンデは、その目から一瞬。

 

「クヴァール!!」

 【!?】

 

 輝きを取り下げる。

 

 【…………え?】

 

 破壊の光りが、鉄壁を誇った盾を一気に消失させる。 まるで何もなかったかのように開けられた風穴。 そこを起点として入っていく亀裂に、スズカの表情は今度こそ揺れる。

 

「これで自慢の障壁もない……そして――!」

 

 だが、そこで止まってやれるほど。

 

【……じゃま!】

「当然や、動いたら当たらへんもん」

【ぅぅ!】

 

 ジークリンデの対応は御座なりではない。 慎重でいて大胆、且つ正確な体捌きで、スズカの背後を取る彼女。 そのまま右腕を取り、相手から見て後方へ持ち上げると背中を押して上体を一気に地面に向けて抑え込む。

 

「…………ごめん」

 

 その、あまりにも優しすぎる声と引き換えに――

 

 【………………ぁ】

 

 スズカの右肩から、枝を折ったかのような音が鳴り響く。

 

【……イたい】

 

見事に外された、肩。 無理な稼働を強要させられ脱臼を引き起こし、機能を果たせないそれはぶらりと無残に垂れ下げる。 それを目で見た時だ。

 

【い、タい……】

「え?」

 【いたい、いたい……いたいイタイ痛い痛い痛い痛い――――――――ナンデこンNaコとすルの……?】

「…………っ」

 

 スズカの目の色が。

 

【あなたもわたしを傷つけるの…………?】

「!?」

 

 遂に、深紅に染め上げられる。

 情熱の色、赤。 だけど行き過ぎれば、向けた対象を焼き尽くす紅蓮の炎になるのもまた事実。 しかもこの赤、当然ただ明るい色などではない。

 

 【お、シオき……しなくちゃ】

「――くっ!?」

 

 ジークリンデが身体を捻る。

 同時に巻き起こった旋風が彼女の視界を遮ると、そのまま後方へ……飛ばない。

 

「――」

 

 回り込んだのだ、彼女は。 ジークリンデを正面に捉えていたスズカも、いきなり自身の真横に移動させられれば目立って白黒させる。 その、あまりにも早い足さばきと体捌きは驚きの一言。

 けれど破壊者は、ここで安心しきるほど油断のある人物ではない。

 

「……」

 

 差し出した、右手人差し指。 その先がほんのわずかに発光すれば、ジークリンデの口元が小さく動く。

 

――――ばん!

 

 【うくッ!?】

「……逃がさへん」

 

 それは、最小限に威力を抑えられた射撃魔法。 ピストルみたいに構えた右手から放たれ、スズカの側頭部へ容赦なくぶち当たる。

 その間にジークリンデは大きく飛び去り、しかし反して襲い来る眩暈に、よろけそうになるスズカの足。 完全にしてやられた彼女は歪なダンスを踊らされる。

 

 そう、死の舞をだ。

 

「ユーノさん!!」

「うぉぉぉおおおっ!!」

 

 緑色の一番星が荒野に現れる。

 その輝きはただ純粋だった。 なんのひねりの無い、けれど、だからこそ強くたくましいその光は……魔力。 奥深く、生命の根幹に位置するのはなにも“気”だけではないのだと、言い張るように強く周囲を照らす。

 

 ―――――――――武天に輝け、深緑の灯火。

 

「波ぁぁああッッーー!!」

 

 解き放たれた光は少年の願いそのもの。 倒れてくれ、終わってくれ……こんな嫌な戦いなんて、早く無くなってしまえ。 叫び声と共に出されたそれは、容赦なくスズカの全身を覆い、喰らい尽くす。

 

 【だ、め……!】

「魔力ダメージで気絶させる――ぐッ……頼む、行ってくれ!!」

 

 その光に呑まれながら、だけどスズカはまだ倒れない。 届き切っていないのだ、彼の想いが。 ……この、無駄に犠牲者だけを起こす戦いの虚しさが。

 

 【貴方じゃ、タおせナい……む、だ……】

「無駄じゃない……出来ない訳じゃない……やれる……出来るんだ――」

 

 励ますのは自分にだけだったろうか?  少年の必死の呟きは、きっと彼だけに当てたモノじゃない。 

 

 光が一層強くなる。 反比例してユーノの膝が激しく嗤い、今にも崩れようと力が抜け落ちていく。 魔力を極限まで圧縮し、練り上げるために酷使した両の掌は既に赤く染まりつつある。

圧縮と放出を無理に行ったツケは、いま確かに支払わされていく……限界なのだ、もう、彼の身体は。

 

 【うそ……こんなこと――】

「う、うぉぉぉおおおおッ!!」

 

 それでも、いまこの瞬間だけは……

 

 【だめ、コれいじょう――】

「なにがなんでも……やり遂げて見せる……」

 

 手首の関節から、耳障りな音が聞こえてくる。

 臼を引いたかのような音は、まるで骨同士が摩擦しあっているかのような不気味で、気色の悪い音。 だがそんなものは全力で無視だ、やらなければならないことは他にある。

 

 辛いという感情は放り投げ。

 逃げたいという心は既になく。

 その、自身の弱り切った身体を支えるのは…………

 

「悟空さぁ――――ん!!!!」

 【キャアア!!】

 

 武天に向かい歩いていく、山吹色の彼の背中であった。

 

 …………すずかの身体が、完全に光に呑まれていく。

 

 

 

 倒れる……すずか。

 その髪から不気味さをかき消し、元の美しい藍色をゆっくりと浮き上がらせる。 荒野に眠り付く吸血の姫は、いま、安らかな眠りについたのだ。

 

「      」

「……し、ししょ――」

「うそ、や……」

 

 …………少年の、犠牲を代価として。

 

 ユーノ・スクライアの金髪が、その色素を全部失っていた。

 白髪となった彼の髪が意味することなど考えるまでもない。 スズカによる謎の吸魔と、戦闘による身体のダメージ、さらに今しがた行われた“未完成かめはめ波”を無理を押して発動、全身の気力も魔力も使い果たしてしまったのだ。

 こうなることは、至極当然。 其れは、彼が十分理解していたことである……故の決死。

 

 赤茶けた世界で放たれた彼の決死の行動は、ここで幕切れと相成る。 ……闘いは、ついに終わろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――【ギヒッ!!】

 

 

 

 

 そう、これから始まる死闘の足掛かりとして…………

 




悟空「おっす! オラ悟空!!」

プレシア「ゴホッ、ごほっ……」

リンディ「プレシアさんの咳が止まらなくなって早や数時間。 それでもついに集まりきったドラゴンボールに皆が期待を寄せる……これで、やっと――」

ディアーチェ「しかし、このように簡単に事が進むこと自体が異常。 動乱の最中にあること自体を忘れておると手痛い失敗をするやもしれん。 ……斉天の、くれぐれも油断するでないぞ」

悟空「わかってる。 ……ん? なぁ、ところでユーノはまだ帰ってこねぇんか?」

クロノ「……連絡は行っているはずなんだが」

悟空「……妙だな」

レヴィ「あの男の子も心配だけど”あのヒト”の事早く何とかしてあげて! オリジナルの大事な人なんだから!」

悟空「そうだな……うっし! なら、さっさと呼んじまうか!」

シュテル「……遂に会い見えるのですね。 奇跡の龍、その加護を――次回、魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第64話」

悟空「出でよドラゴン――其れは命を懸けた願い」


■■【……其れは出来ない】

プレシア「どういう事! 私の命を使うのよ? ……なら、それに見合った対価をきちんと払ったらどうなのよ!」

■■【…………ッ】

プレシア「……悔しいのなら、叶えなさい! この願い!!」


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第64話 出でよドラゴン――――其れは命を懸けた願い

結構、早く仕上がったッす。

ですがその分だけ文量は少なめの1万8千文字。 3倍界王拳の悟空さん並みの戦闘力です。


遂に出てきてしまった神秘の塊……さて、彼は一体何を聞き届け、叶えるのか。

ユーノは、そしてこの世界を救う手だてはあるのだろうか?

64話、どうぞ。


 その昔、独りの男が居た。

 彼の居た世界は動乱の只中、無益に人々が互いの命を奪い合う世界であった。

 

 あいつがいけない、みんなとは姿が違うやつは悪魔だ……ばけものだ!

 

 などとのたまうその世界は、多種多様の生物が蔓延るカオスな世界。 犬は二本の足で歩き、翼竜が人語を理解する……そんな、何か常識を落っことしてしまった世界だ。

 そんな世界、当然いろいろと問題は掻けている。 言葉はもちろん、文化、コミュニケーション方法に、食文化の違いによる大量虐殺。 自分たちは平気だと、考えなしに他種族を狩ればそれが大きな問題となり戦争が起きる。 ……本当に、むちゃくちゃな世界であった。

 

 いつかはお互いを憎みあい、傷つけあって滅ぼしていく彼等。 ……そんな彼等の中にも、やはり真っ当な考えを持った者はいたようで。 彼は想い、悩み、そして聞いてしまったのだ。

 

―――――――――――どんな願いでも叶えてくれる、不思議な球の存在を。

 

 躍起だった、縋り付く思いだった。

 早くこんなバカげた争いを止めてくれるなら…………そう思い、彼は必死に集めることを決意する。

 

 険しい山に登り、荒々しい動植物を潜り抜け、焼ける大地を踏み均し、広がる海に旅立って……そしてついに揃えた奇跡の宝に、彼は言ったのだ――――

 

 

―――――――――――私を、この世界の王にしてくれ……世界を救って見せるから。

 

 

 なんと不器用な願いだったろうか。

 なんと、非効率な頼みごとだったろうか。

 

 言えば叶うはずの存在に、ただ、世界を平和にしてもらえばよかったのに…………でも、男は知っていたのだ。

 

 この世界、例えしばらくの平和を手に入れても、またすぐに均衡が崩れてみんなが涙を流してしまう。

 

 それが許せないから、男は成った……世界を納めるその存在に。 皆が頼り、それに答えられる器があるとも思えなかった、けど、世界の平定を望む心は誰よりも強い……そう、確信していたから。

 苦労は多いかもしれない、けど、やってみよう……それが、男の決意したことだったから。

 

 

 そんな思いを果たして知っていたのだろうか?

 

【容易いことだ…………】

 

 それは…………“龍”は、男を約束通りにして見せたのだ……誰もが崇め、従うという“王”に……

 

 そのあとのことは知らない。

 その、男の末路は龍には関係ない。 だって彼は、只言われた願いを聞き入れるためだけの道具にすぎなかったのだから。

 

 ……世界のその後を、良いか悪いかというのは、やはりこの世で生きる者たちが決めることなのだから。

 

 

 だから龍は、そのあとのことは知らない。

 

 そこから先に続く物語が、どれほどに壮大だったかも知らない…………

 

 

 

 

AM3時 地球、温泉旅館。

 

 夜空に輝くは満天の星空。 雲一つない冷えた空気のその先で、欠けた月が優しく微笑んでくれている。 これからおこる超常現象を、まるですべて赦してくれていると言わんばかりに。

 

 そんな月夜に照らされる者たちが居た。 数は20程度と多いようで少なく、しかも何やら大きな円を作って中心に向けて視線を飛ばしているのだ。 その熱心さ、その、真剣さ。 これを見た一般人は必ずこういうはずだ。 

 ……何か、祭りでも興すのだろうか……と。

 

「みんな、準備はいいか?」

『…………』 

 

 いや、しかしそれは間違いなのであろう。 そうだ、なにせ起こそうとしているのは祭りなんてもんじゃない。 遥か過去に作られ、受け継がれていった奇跡の技法。 その、“遥か遠くから眠り続けてきた存在”を起こす儀式なのだから。

 祭りなんてもんじゃない、それ以上に騒がしくなる事態がいま、起ころうとしている。

 

「もうすぐか……」

「あぁ、そうだね。 全ての始まりであるあの龍……深緑の肌を持ったあの龍に再び会うんだね」

 

 高町の男衆が感慨にふける。 そうだ、この男たちは一度だけ目の当たりにしていたのだ。 かの存在を、いかなる願いも聞き入れ、叶えてしまうその“ちから”を。

 

「母さん、プレシアは……?」

「あのひとはまだ自室で寝ているわ。 申し訳ないけど、勝手に始めさせてもらいましょう」

「……そうか」

 

 ハラオウンの一家は、少しだけため息をついてしまう。 理由は言うまでもなく灰色の科学者だ。 彼女の病状は悪化の一途を辿る……そう、辿っていたのだが。

 

「これで、本当に解決するのね」

「……そうだ、これであの人が完全に元気になって――――」

『――――厄介ごとを今まで以上に引き起こすんだ』

 

 目からハイライトが抜け落ちていく。 ……正直言って全盛期のプレシアが巻き起こす大問題は予測不可能。 彼らの肩の荷が、一気に重くなっていく。

 

 けど。

 

「まぁ、それくらいならわたし達が解決すればいいのよね」

「はい、それくらいに彼女には元気になってもらいたい……かな」

 

 その重さがうれしく思えるのは、どうしてだろう。 ……わかる人にしかわからない笑みは、そのまま夜空へ向けられていく。

 

「1、 2…………七つ全部ある。 悟空くん、これで本当に……?」

 

 高町なのはの疑問の声。 当然だ、なにせ断片的には知っているが実物を見たことが無いのだから。 例の“えいがかん”の時でさえ、とある元異邦人の娘が余計な欲を出させないために秘匿し、見せなかったのだから。

 

「そうだ。 ……ほれ、よっく見てみろ」

「あ……ひ、光りだした?!」

 

 七つの球が触れ合えば、ほのかに発する希望の光。 それが周囲に漂えば、見ている皆が反応する。 ……ついに、この時が来てしまったのだと。

 

「行くぞ……」

『…………』

 

 生唾を、飲んでしまう。

 どんな願いでもたった一つだけ叶うという神秘の法。 たった数個の……それでも、“世界中”に散らばっていたのだから途轍もない労力であったそれがそろったこの深夜の時間。

 朝焼けが訪れず、未だ暗闇が支配する中で行われる奇跡の儀式。 その、最初のキーワードをついに孫悟空は……

 

 

「出でよ! 神龍!!」

 

 

 解き放つ。

 

『!!?』

 

 最初に起こったのは、天変地異であった。

 

 満天の星空を覆い隠す謎の雲。 黒く、不気味とさえ思わせる薄暗さは白銀に輝く月を朧に変え、やがて消し去っていく。 あんなに明るかった星空が、ついには真っ暗な暗黒に変えられていく中で。

 

「きゃあ!?」

「ドラゴンボールが!」

 

 ドラゴンボールが一斉に輝き、その中に蓄えていた光を一斉に爆発させる。 放たれる閃光がやがて威力を持ち、雷光へと変わるとき……

 

「…………ぁぁ」

「こんなことって……」

 

 雷光は、龍が如く昇天していく。

 割れたのは、雲でなく天。 この世界を覆い尽くす天変地異を、さらに上回る力の波動が全世界を震撼させる。 

 

「…………」

 

 訪れた沈黙に誰もが肌を震わせて…………

 

 

【グゥォォオオオオ!!】

 

 

『!!?』

 

 暗雲より落ちてくる、雷よりも激烈な雄叫びを聞き、今やっと思い知る。 ……自分たちは、きっとこの後世界の禁忌に触れてしまうのではないか、と。

 

「こ、こんなことって……」

 

 リンディは、目を見開くことしかできずにいた。

 つぶやいた言葉も、今は只の空気でしかない。 目の前にいる圧倒的な存在を前にしてしまえばどんな理論も、常識も、只の屁理屈へと相成ってしまう。 常識を超えるから超常。 普通じゃないから異常。

 森羅万象をかき消す超存在を前にして、次元を管理し監視する輩は皆、己が矮小さを思い知らされる。

 

「……あ、あうぅぅ」

 

 雲が大きく膨れていく。 その光景を目の当たりにし、振るえる尻尾を抑えきれないのは使い魔のアルフ。 彼女は人間形態になった今でも、その、自身が持つ野性からくる警告に従わざるを得なかった。

 

 アイツに、歯向かえば消される。

 

 そんな脅迫めいた言葉を心の中に仕舞い込んで、彼女は今、たった一匹の子犬へと成り下がっていた。

 

「これが、彼の世界の……」

 

 地球人、ギル・グレアムはその老練した眼をもってしても驚愕を抑えきれない。 彼の世界に“現存する奇跡”を目の当たりにしようかという時だというのにこれだ……そう、彼等はまだ、あの龍の全貌すら見ていないのだ。

 見える暗雲から聞こえてくる雄叫び。 それを聞くだけでこのリアクションだ……なら――

 

「雲のふくらみが限界に……く、来るぞ!!」

『!!?』

 

 烈火の将、ヴォルケンリッターが長であるシグナムの叫びを聞いたときであろう。 それは、その存在はついに――――

 

 

【………………】

 

 

「あ、あぁ……」

「なんてことなの」

「……こ、こわい……あんなのがいるなんて……ふぇ、ふぇいとぉ」

「落ち着いてアルフ……大丈夫だから」

 

 この世界に、完全な実体として顕現する。

 

 奇跡を司る深緑の龍。 眼は赤、生える髭は生命力に満ち、蛇のように長い胴は暗雲をまるで泳ぐような自由さで潜り、突き抜け、広がっていく。 中国地方伝来の“応龍”を思わせるが、そんなものとは次元が違うのは言うまでもないだろう。

 コレは、既に常識から逸脱した存在だ。

 

 皆が怯え、竦んでしまうことは至極当然である。 ……あんな化け物を見てしまえば。

 

 ―――――――――――――だが。

 

 

「おっす! 久しぶりだなぁ」

「あ、あのバカ! あ、あぁぁああ――あんな龍になにフランクに挨拶してんのさ!!」

 

 この男はやはり違う。

 あんまりにも気軽に事を進める悟空に、臆病を全面に押し出してしまった中身だけなら仔犬風情のアルフが小さく咆える。 ……あるじである、フェイトの背中に隠れながら。

 

【…………ソン、ゴクウ……か】

「……あぁ、“また”世話になるぞ」

【……そうか】

『??』

 

 フランクだと思っていた会話が、何となく落ち着いた印象になった瞬間だ。 いかにも見知った仲だと言わんばかりの雰囲気に、今度こそ時空管理局の面々は常識を木端微塵に破壊される。

 あんな者……あんな、夜空を覆い尽くす龍と対等に会話をする彼が、いまさらながらに信じられないから。

 

「さっそくだけどさ、“ひとつふたつ”ばっかしお願いがあんだ」

【いいだろう……】

 

 続く、フランクな会話。 まるで大学で代弁を頼む学生が如く、偉大なる龍に言葉を放り投げる彼に、みんなの目が丸くなる。

 自分達ではあまりにも畏怖の念が強すぎて話しかけることすら困難な存在なのに……故に、気付かなかった。 ……彼が、何やらおかしいことを言ったということに。

 

 そして、それにやはり答えるのだ、龍は……いつも通りに。

 

【どんな願いでも可能な限り叶えてやろう】

 

 誘うのは魅惑な甘言。 どんな願いでもという言葉はまるで砂漠にあるアリ地獄のように人々の心をとらえて離さない。

 ありとあらゆる欲望と妄想、を現実に書き換えるそれはついに言う。

 

【さぁ……願いを言え……】

 

『………………』

 

 

 半年間戦った彼等も、今この時だけは疲れが吹き飛んでしまう。 来たのだ、今まで本当に必死で救おうと思っていたモノを、真に救うそのときが。

 間に合った、助けられる……その思いが脹れて、あわや割れてしまうのではないかと言うときだ。

 

「――――――ん?!」

 

 孫悟空は……

 

「ユーノ?」

 

 

――――――悟空さぁ――――ん!!

 

「……!?」

 

 その声を、確かに感じた。

 

 聴覚ではなく、まるで心に訴えかける類いの声。 気のせいだと捨て去ることが出来たほどに小さく、しかし実在していたと強く思えるほどに芯が通り……必死さをその手に取ることが出来てしまった。

 

「……前にもこんなことが」

 

 あったはずだ。 そう、彼がこの世界に足を踏み入れて12時間も経たない頃。 消えそうな命が、懸命に誰かに助けを求めたその声を――

 

「ま、まさか!?」

 

 血相を変える、彼らしくなく、本当に唐突に。

 

「り、リンディ!!」

「え!? どうしたの悟空君?」

 

 叫んだ相手は管理局との橋役でもあるリンディ・ハラオウンだ。 彼女が居なければ今回の作戦、その5割はうまく行かなかったと言えるほどの人物を、解っているからこそ彼は必死に問いかける。

 

「いまユーノがどこにいるか解るか!?」

「え? ……どうしたのいきなり」

 

 その、あまりにも必死な声は逆に違和感すら覚える。 なにせ今はもう任務が終わった後だ、そんなときになぜこんなに彼が動揺しているのかがわからなくなって。

 

「いいから早くしてくれ! ……嫌な予感がするんだ」

「……え、えぇ」

 

 流されるように、彼女は空中にライトグリーンの窓口を設ける。

 

 映像が流れ、途切れ、また流れること5回。 何回かノイズが走ったと思うと、そのまま――

 

「消えた? ……どういう事」

「なぁ、まだなのかよ! 早くしてくれ!」

「ちょっと待って……おかしいわね、こんなことあるわけが――」

 

 映像が出ることが無かった。

 段々と悪くなる雲行きに、悟空の焦りは募るばかり。 聞こえたのだ、大事な友の断末魔が。 感じたのだ、己がカラダを射抜く必死な救援が。 だからこそリンディに詰め寄り、今か今かと彼女を焦らせる。

 

「……ダメ、ユーノ君と連絡がつかない」

『!?』

「そ、そんな……」

 

 遂に、皆が気が付いた。 ……起こった異変の重大さに。

 あの真面目な男の子が、連絡も入れずにどこかでサボるとも思えない。 ……確実に何かトラブルがあったのだ。 その結論に至るまで10秒もかからない。

 

 皆は、一斉に悟空へ振り向く。

 

「神龍! すまねぇけど願いはもう少しだけ待っててくれ! やる事が出来ちまった!」

【……なるべく早くしろ……でなければ帰らせてもらう】

「わかった、約束する!」

 

 やる事は簡単だ。

 

「ユーノ、いま行くからな……」

 

 この世界に存在する彼の気、もしくは魔力を探知すればそれでいい。 あとは彼の業がすべてに“けり”をつけてくれる。

 

「…………」

 

 沈黙が訪れようとも、誰もが期待に胸をはせる。 この男ならやってのける、そうだ、例えどんなに過酷な現実も、この男なら……そうやって期待していたこと自体――

 

――――――間違いだとも気が付かないで。

 

「あ、あぁ……!」

 

 誰が出したかはわからない。 けど、出てしまった声に、皆が驚き呆然となる。

 

 ……孫悟空の、身体が唐突に光りだしたのだ。 ……タイムリミットだ。

 

「ご、悟空!? あ、あんたその身体どういう事よ!」

「し、しまった」

 

 驚く声はアリサのものだ。 そう言えば彼女は知らない、孫悟空の身に起こった呪いのメカニズムその他を。 そして、体内に取り込んだ願いを叶え様とする宝石の事実も。 そして――

 

「お、おら……子供にもどっちまった……」

 

 その、身体になることの……

 

「もう瞬間移動できねぇ……」

『!!?』

 

 意味を――

 

「どういうことだ孫! いくらジュエルシードの魔力を食う超サイヤ人への変異を継続していたとしても、修行を完成させたお前ならまだ時間はあったはずだ!」

「それはオラも知りてぇよ! けど、急に戻っちまったもんは戻っちまったんだ!」

「……どうする。 転移魔法を使うと言っても時間がかかりすぎる」

 

 伸長120センチ程度の少年は、シグナムに向かって大きく咆える。 けど、それが事態を進展させることになるわけでなく……

 

「艦長! ユーノさんが居る次元世界の映像、きました!」

「ど、どうやって見つけたの!? 通信手段なんて……」

「同行した局員の標準装備にある通信機にアクセスしたんです。 ……映像は悪いかもしれませんが、おそらく状況くらいは――」

「すぐ繋いで」

「はい!」

 

 別の状況が一気に進展していく。

 把握しきれない事態を、ようやく知ることができると思えば少しだけ胸のつかえが取れるモノ。 ……だけど、だ。

 

 果たして彼らは、その映像を見て――

 

「感度最大! 映像、きます!」

『…………ッ!!』

 

 

 

 どうやって足掻こうというのだろうか?

 

 

 

[      ]

 

「ゆ、ユーノ……くん」

 

 そこに映っていたのは、まさしく“死に体”であった。

 

「スクライア……あいつ……」

「ユーノ……」

 

 身体のあちこちから出血が起こり、しかし銅像のような硬度でそのまま動かない彼は最早生物として機能しているかも妖しい。 いつも何気なく輝かせていたアリサ、そしてフェイトと同様だった髪の色素もゴッソリ抜け落ち、何もない、ただの白髪の男の子がそこにいた。

 

 もう、何の生気を感じさせない少年についに――

 

「ユーノ!! おい、しっかりしろ! ユーノッ!!」

 

 孫悟空は画面に向かって声を張り上げる。 手が届くなら伸ばしているその感情は、虚しく地球上を響くだけで終わってしまう。 小さな手足を伸ばしただけじゃ、彼には届かないという事実が虚しく立ちはだかる。

 

「悟空!」

「なんだよ! いまいそがしい――」

「あれは……なんだ!?」

「え?」

 

 そして事態は、さらに悪い方向へ流れゆく。

 

 高町恭也の叫び、さらにはそこから伸びる指先は確かに示す。 ……あの世界に訪れる終焉の正体を。

 

【ぎひ……!】

『!!?』

 

 黒い影、それが高町恭也が指したものであった。 それが、自分の義理の妹だとは知らず、彼は背筋に――

 

「……不味いぞ、アレは」

 

 悪寒を感じずにはいられなかった。

 

 薄暗い影が段々と深みを増していき、そのまま今の“宿主”を呑み込んでいく。 それが誰かなんて通信機越しで解るはずもなく、彼らは只、今起こっている変異を見届けることしかできずにいた。

 そんな、時である。

 

「ちくしょう――神龍! 一つ目の願いだ!!」

『――!!』

 

 悟空の口から、とんでもない単語がはじけ飛ぶ。

 

「オラの身体に起こった、子どもになっちまう妙な状態を戻してくれ!! 今すぐに!」

「おい、孫!!?」

「悟空君! 貴方、プレシアさんのこと――」

 

 その言葉に皆が反論を繰り出す。 確かにいまこの状況を見過ごせば、いくつもの命が転がり落ちていくだろう……そして、やがてはこの世界もだ。 なら、たった一つの命を見捨てて大多数を救うこの選択肢は正しいのではないか? リンディは、荒げた声をもとのトーンに落としてしまう。

 

 だが。

 

「大ぇ丈夫だ」

「ま、まさか悟空、お前は……プレシアさんを――」

 

 彼が考えていたことは……

 

「いや、そういうのはしねぇ。 ……言ったろ? 考えがあるって」

「…………な、に?」

 

 皆の想像を一歩だけ、上回っていたのだ。

 

「とにかく神龍、早くこの身体戻してくれ! そしたら“次”を言うからさ!」

【…………っ】

「神龍?」

 

 そして、彼自身も思いもしなかった。

 

【……ソンゴクウに掛かっている“ちから”はワタシの力を遥かに超えている。 その願いは無効だ】

「な、…………なんだって……」

 

 自身に掛かっている呪いの力が、よもや神なる龍の力を超えてしまっていることに。 ……その昔、人造人間という者たちが居た。 彼らは殺人こそ少なからずやったが、あくまで殺めたのは極悪人の生みの親のみ。

 そんな物たちを元の身体に戻してほしい……ちいさな願いの筈だったそれは、受領されることなく拒否されたことがある。 ……悟空が知る由は無いのだが。

 

 今回も、おそらくそれと同じはずなのだが……

 

 

「……こいつは参った……完全に当てが外れちまった」

『悟空……』

 

 彼には完全に余裕がなかった。 もう、どうすることもできない事実を前に落胆を隠せない。 ……彼の長い尻尾は、力無くうなだれる。

 そんな彼に――

 

「そ、そうだ! それじゃ悟空くんの中にあるジュエルシードの魔力を元に戻してもらうのは!?」

【……それならば可能だ】

「じゃ、じゃあ――」

 

 高町なのはが咄嗟にひらめき……だが。

 

「ダメよ……それではきっと悟空君は勝てない」

「そうだ、ダメなんだ、それじゃあ」

「どうして悟空くん!!」

「オラがいくら“今の状態で”元の身体に戻ったとしても、きっと今回の敵には勝てねぇ。 それはさっきレヴィと一緒にいた時に遭遇した奴から感じた、間違いねぇ」

「そんな弱気に言われても……どうするの!!」

 

 孫悟空は、己が描いていた作戦を吐露する。

 それはあまりにも単純で、賭けに近い内容である……

 

「いまのオラは確かに強くなった。 けど、おそらくだが“この先”があるはずなんだ……死んだはずのオラが生き返ってて、あの世での修行も記憶がおぼろげだし、何より実感もある……まだ、そこを出しきれていない感じがするんだ」

「……だったら!」

「それを何とか戻してもらえればって、ためしに聞いたのがさっきの願いだ。 でも、それも叶わねぇ、失敗だ」

「…………ッ」

 

 めずらしい、他力本願。

 それすら折れてしまった今、わずかな光明もないのは言うまでもない……そして、それは今完全な形を持って未来を食い散らかそうとする。

 

「み、見ろ! 影がどんどん濃くなって……」

「なんだあいつは……」

「バケ……モノ……」

「悪魔……鬼……いったいあれは――」

 

 暗闇が宿主を食いきったようだ……絶望が、あの世界に舞い降りる。

 

 色は紫……地肌は赤色。 その色彩がどことなく血の色を表しているのは月村の家に対する皮肉かあてつけか。 交わることなく、重なっているだけのその二色は、見るモノに不気味さを押し付ける。

 

 その姿を直視した局員たちは、情けない……映像越しだというのに肌が震えはじめていた。

 

[な、なんなんやコレ……]

「じ、ジークリンデ!!」

 

 その目の前にいたモノが、不気味さと怪異の極限を直視した彼女が……あまりにもおぞましい光景から足を一歩引いてしまう。 仕方ない、当然であろう……なにせそれは負の感情を煮詰めて凝縮した最悪と最低を司る悪魔なのだから。

 

[……ッ! ユーノさんは守って見せる!]

【…………】

 

 敵対する実力が測れないはずがない。 仮にも悟空の下で短期間ながら修練を積んだのだ、それくらい出来ない訳がない。

 だけどわかるはずもなかったのだ、彼女には。 ……己が今敵対しているのが真の意味で――――

 

[ガイスト――]

「よせ! 逃げろ!!」

 

 地獄そのもの……だなんて、普通は思えないのだから。

 

[な、に!? ……ぐはぁ!!]

【ギヒッ!】

 

 微笑みは、悪魔の方から。

 刻一刻と晴れていく暗闇は、その実、此れから来たる災厄を明確化させてしまうという事。 見えなければいい、知らない方がいい……世の中には決して触れてはいけない境界があるのだ。

 

 だけど、それでも少女は止まれない……止まることを許されない。

 

【ぎひ……ギヒ!】

[……っ!]

 

 影は去り、今まで消えそうだった“スズカ”の残骸は見事になくなっていた。 

 そうだ、そこにあるのはもう月の子ではなく……悪魔。

 

 全てを呑み込まんとする紫の外殻が、その色をより一層きめ細かく光らせる。 ……妖しいだけではない恐ろしく、吐き気を催すほどの邪悪が今……

 

【――――グゲゲゲゲゲゲッ!!!】

『!!?』

 

目覚めてしまった。

 

「な、なんて気だ……」

「な、に!? 孫、貴様いま――」

 

 小さき戦士が今、本格的に起きた災厄を把握する。

 感じ取れた邪悪に尻尾が総毛立ち、鳥肌が……立つ。 いままでいろんな強敵と闘ってきた……自身の一族の王子、宇宙の王、最強の遺伝子を混ぜ合わされたキメラ……様々な敵だった、数多くの強敵だった。

 

 ――――だが。

 

「逃げろジークリンデ!」

 

 叫ぶ悟空は必死だった。

 いま画面の向こうに見え、肌で感じる奴の気は……最悪。 一時の不安しかなかった今までが嘘のような戦慄に、周りにいる管理局、そして悟空のこの世界に来て出来た仲間たちも徐々に現状を把握し始める。

 

【ギヒ……ギヒヒ!】

 

 悪魔の行進が始まる。

 音は高く、だけども何よりも重いという現実感の無い音は、聞く者に平静さを失わせる。 そしてもう一つの……音。

 

【ギヒヒヒヒヒヒッ――――グゲゲゲゲゲッ!!】

 

 叫ぶ、声だ。

 

 何がそんなにおかしいのか。 なにが奴にあそこまでの笑い声を上げさせるのか……狂おしいほどのそれは……

 

【ギヒーーヒャハハハ!!】

 

 歓喜の声……皆にはそう聞こえてならない。

 

 

 ようこそ、死の国へ。

 よくぞいらした、歓迎しよう……さぁ、塵も残さずだなんて風情の無い■に方なんてさせないから、黙ってこの手に収まりヤガレ――――

 

 そう、歓迎しているかのように悪魔の口が裂けていく。

 

[はぁ……はぁ……]

「い、いかん! ジークリンデの体力はもうないんだ!! ……おそらくさっきまで戦闘があったんじゃ……」

 

 膝をつき、顔をゆがませる破壊者を見た瞬間に思わず声を荒げた恭也の洞察力は完璧だった。 苦しいのを我慢して、引きつる様は普通の人間で言えばチアノーゼに該当する症状だろう。

 ……空気か魔力かの違いはあるが。

 それでも大地に伏せない彼女の意思は強い……なにが、彼女をそこまで強く支えるのか――それは言うまでもないだろう。

 

【ギヒ】

[ひ、退けない……ユーノさんにハルにゃん……みんな、守るんや……]

 

 背にした人たちが、彼女を奮い立たせるのだ――だが。

 

【――!】

[あぐ!?]

 

 右肩のバリアジャケットがはじけ飛ぶ。

 嫌でも薄い彼女の服飾がさらに面積を減らされていく。 だが、そこに色気を醸し出す余裕などなく……ひたすらに与えられる痛覚に――

 

[ふぅっ……ふうっ……~~~~ッ!!]

 

 奥歯を噛みしめ、声を押し殺す。

 騒いだところで収まらない痛みはやがて熱となり、彼女の脳内から正常な判断力を削ぎ取っていく。 雪山で遭難した登山家と同じだ……

 

誰かが助けに来なければ…

 

「畜生……チクショウ!」

 

 待つのは死ばかり。

 地面をたたき、切り裂くように声を上げたのは悟空。 ……ここまで判断が甘いと思ったのはいつ以来か……遠い昔を思い出しても見当たらない最悪な展開に、さすがの彼も狼狽する。

 その姿が嫌だったのだろう。

 

「せ、斉天さま!」

「レヴィ……?」

 

 水色の子は、声を大きく張り上げる。

 この瞬間、この世界にいる自分達に出来ることなど何もないだろう……この、“今この次元世界にいる自分達”に出来ることなど何もない……だけど……

 

「お願いすればいいんだよ!」

「おねがい?」

 

 必死だったのだろう、考えがまとまってなかったのだろう。

 慌ただしく忙しなく、踊るように手を振った彼女の言語は既に人外の物に成り果てようとしていた。 ……それでも言うのだ、幼き容姿を持つ彼女は――

 

「神龍にお願いすればいいんだよ! あそこにいる人たち……えっとえっと、悪い人はダメだから……うんん……そう! 僕たちの仲間をみんなここに移動してもらえばいいんだよ!!」

 

 力いっぱいに叫んだのだ。 この世界の一大事を何が何でも回避してあげたいと思う一心で……でも。

 

「それは成らぬ」

「王さま!?」

 

 彼女は、……闇の盟主は冷たく突き放す。

 

「あの影……紅の鬼が何者かは大体想像がつく。 ……闇の書の闇――その最奥に在った消えることが無い虚空、それが奴であろう」

「こくう? せいてんさま?」

「違う。 ……いや、案外それでもかまわん気がしなくもないが」

「どういうこと!?」

 

 レヴィが吠えればそのままディアーチェは目を細める。 その視線の先には身体を小さくし、今ではこの仲間内では中くらい程度にまで実力を落とした彼。 彼のシッポは宙に浮けばすぐさま左右に振られる。

 犬ならうれしいという感情も、猫ならその正反対。 では、猿の因子を強く持つ彼はいま、何を思っているのだろう。 ……ディアーチェは、静かに口を開く。

 

「あの鬼……おそらくは闇の書の負の側面全てを内包しておる」

『?』

「乱暴に言えば先の戦いで収集した貴様らの能力を全て使えるという事だ。 ……最悪、元気玉の真似事だってやってのけるやもしれん」

『な!?』

 

 皆の顔色が一気に青ざめる。

 その中でも訳が分からないという顔をするのは数人の局員とグレアム、さらにその使い魔と無関係者であったアリサ。 さらに高町の面々と忍にその従者……彼らはいま言われた単語の意味を把握しきれず……

 

「悟空、なんなんだ元気玉って」

 

 聞くときにはえらく慎重になっていた。 周りの人間が、本当に“終わった顔”をしているように思えたから。

 

 ……そして。

 

「わたしから言いましょう」

「リインフォースさん……?」

「貴方は、たしか最初の夜にかめはめ波を目の前で見ていたはずです」

「あ、あぁ」

 

 あれは、とんでもなく強い光だった。 それが高町恭也が見たこの世界最初の異変であった。 その前にいた怪物だなんて霞んでしまうくらいの光景は、もう、まぶたに焼き付いて剥がしようがない。 だから彼は、あの時すべてを悟空にゆだねたとも言えるのだが。

 

「あのかめはめ波が己の潜在エネルギー、つまり気を集めて放出する技なら。 今上がった元気玉とは外界……周囲に漂う気を集める業」

「周囲……?」

「そう。 其れは自然界に……いえ、この地球自身、果ては他の星……更には恒星にだって呼びかけることが出来る」

「恒星って……」

「そう、太陽の事です」

「……ばかな」

 

 桃色の星光に勝るは、蒼き星そのもの。 幾万、幾億、幾兆……それこそ数多の生きとし生けるモノに力を借りるのだ。 1000ある者が粋がろうと、1あるものが百億集まれば圧倒される。

 其れは、言われるまでもなくわかる事であり……だからこそ恭也の驚きは尽きない。 けど。

 

「……いや、まて。 そんな強力な技を使えるかもしれないというのはどういうことだ!?」

「……それは、先の事件で彼が闇の書に情報を取られたことがあるからです。 ……アストラル体とまでに融合してしまったジュエルシードの魔力を蒐集されたことで」

「蒐集? それって――」

 

 聞かない単語、知らない戦い。 いま、ようやく思い知る数日前の悟空がした苦労。 戦いが終わり、それから一年もたたずに起こった厄災を祓った彼に起こった被害は、予想の上を行く事態を引き起こしていた。

 その、詳しい事情を知りたい。

 恭也は拳を握り――

 

「これお主、いまはその様なことを聞くときではなかろう」

「……そう、だな」

 

 ディアーチェの指摘で我に返る。

 そうだ、今気にしなければならないのは取って置きの名案を否定された理由、それは……

 

「よいか? あの者はおそらく闇の書に取り込まれた者の業を全てそろえているとみてよい」

「わたしの、ようにですか?」

「フン、管制プログラムは所詮、制御しか出来ぬ……しかしアレはそう言った者ではない……チカラなのだ、あれそのものが」

「力?」

「力の塊、故に自我の境界もなく只暴れ回るしかできず、されどだからこそすべてが混ぜ合わさる力は何もかもを呑み込む闇足り得る――そう、言ってしまえば奴は」

「……」

「喰らい尽くす闇……光源が強ければ強いほど、その影が大きくなる」

 

―――――――孫悟空との力関係がそうであるように。

 

 息を呑んだのは彼女だけではない。 そう、聞く者すべてが既に予感していた……業、そう、言いかえて技を使えるというのなら――――あの怪物は持ち得ているのであろう。 力持つ強者が備えるべきではない……

 

「そして元気玉を使えるということは、転移の魔法、さらには異星から伝わる瞬身の技法を身に備えるという事だ」

『しゅ、瞬間移動!!?』

「……おそらくではあるがな」

 

 特殊能力を。

 瞬間移動……それは人物を想像し、その者の気を探り、そこへ正に瞬間的に移動する技。 その者がたとえ何万光年離れていようが“感じていられさえいれば”到達できる……そう、例え次元を隔てたむこう側だとしても。

 

 そこから導き出される最悪の回答が、此れだ。

 

「たとえ味方全員、安全圏に退避しても追いかけて来るであろうな。 なにせこちらは気……いや、魔力を押さえつけることができない魔導生物が複数いるうえ、魔力を憑代として生きている者までいる……必ず、見つかるであろう」

『…………』

 

 最終確認は終わった。

 言ってしまえば、只の時間稼ぎに過ぎない願いの変更。 そうだ、いま、奴がこの地球に転移してこないのは居るからだ。 己の飢えを満たし、渇きを潤いに変えてくれる大事な玩具が。

 

 生きた、人間がだ。

 

「打つ手、ないのか……」

 

 つぶやいたのは赤いおさげの女の子。 見た先には、今もなお激しい痛みを食いしばっている黒いドレスを身に纏う者が、膝をつきながらも影に立ち向かっていく。 本気を出せば一瞬だろう、少しでも気が触れたとしても……だ。

 そんな、吊り縄を渡るピエロに、強制的にさせられた破壊者を見て、ただ、歯噛みをすることしかできない。

 

 

 そう、例え奇跡の龍が目の前にいたとしてもだ。

 

 

「どうにか――――」

 

 ならないのか……それは誰もが思う事であった。

 

 だが時として奇跡というのは輝かないときがある。 ……滅多に現れない、人智を超えた力だからこそ奇跡なのだ。 出来ないことの一つや二つ、あっても仕方が――――

 

 

 

 

「……………………………………………………叶え、なさい」

 

 

 

 

『!!?』

【…………】

 

 全ての物が凍り付く。

 

 絶対凍結魔法、デュランダルでさえもっと優しい眠りに落としてくれるはずだと言い切れる空気に、皆が一気に振り向く。 その視線、その光景を見た時だ、全ての者の脳髄に稲妻が走り抜け……目を見開く。

 

『プレシアさん!!?』

 

 紫は無い……今は浴衣を着ているのだから。

 それでも見える彼女のパーソナルカラーは、滲み出る魔力光がさせるもの。 ブウそう過ぎるそれは周囲を照らし、発光が始まれば今度は空気に波を送る……強烈な波、それは言いかえれば強い力の波動だ。

 

 そう、いま彼女は、感情が赴くまま稲妻を迸らせる。

 

「いい加減にしなさい、この図体ばかりデカい役立たず!」

『ちょ?!』

【…………ッ!】

「さっきから出来ない、力を超えてるだのなんだのと……どんな願いでも叶えると銘打ったのは嘘? 奇跡の龍が聞いてあきれるわ」

『おいおいおいおい……!』

 

 そこから出た音声という波も酷く荒立つのは仕方がなかっただろう。 ……彼女の怒声が続く。

 

「私の命を使うのよ? ……なら、それに見合った対価をきちんと払ったらどうなのよ!」

【……】

「神の龍だか何だか言って結局――ゴホッ……」

「母さん!!」

「……結局、何もできやしないじゃない…………だから……」

 

 神の存在など、20年以上も前に捨て去った現実主義者。

 だから禁忌を侵し、その領域にまで昇り……否、堕ちて行ったその先で絶望を見た彼女は、憤る。

 

「だから神様なんて信じられないのよ! ……この役立たず!!」

【…………】

「怒ったかしら? 腹に据えたのかしら……でも、そんなの私が今まで経験してきた挫折と辛酸に比べれば屁でもない!」

【…………………】

 

 遂に現れた神の限界を。 ――何の努力もしようとせず、無慈悲にダメだと切り捨てた強大な龍を……だ。

 

 

「悔しいのなら何とかしなさい……この、最悪に呑みこまれた現実を……」

「プレシア……おめぇ」

 

 悲痛な叫びに、聞こえてしまったのだろう。 子供の姿になってしまった悟空は、プレシアの叫びに僅かながら同調を見せる。 神の使いたるその龍が持つ限界は、子尾にいる誰よりもしている。

 でも、それでも何とかして助けたい。 ……

 

「あそこにいるあの子たちを……未来を担う子供たちを救って見せなさい! 今すぐに!!!」

「…………」

『ッ……』

 

 声は枯れ、身体は今ある事実に震えを隠しきれない。

 いま、ようやっと叶えたい奇跡を前にして、気分が高揚していたのも事実だ。 出来ないことなど、無いのではないかと思ってしまったのも仕方ない。

 でも、この世には……いや、悟空の居たとされる世界には居るのだ。 どのような奇跡を起こせる神でさえ届かぬ、深く暗い絶望(やみ)というものが。

 

 ただ、それが――――

 

「お願いや! たすけてぇな!!」

【……】

「頼む龍よ! あいつを……あの者たちを助けてやってくれ!」

 

 この世全てを覆い隠すというのなら……

 

 

【………………難しいが、やってみよう】

『ッ!!』

【…………………!】

 

 神なる龍は、この世ならざるところから光を捜し……戦士へと与えるまでだ。 深紅の眼が、一層強く輝くとき。 この世のすべてが戦慄き、恐れ、“常識を覆されていく”

 

 

 

 

AM3時10分―――――――終わる、世界。

 

 

「ジークさん! もう無理です!」

「かはぁ!?」

「ジークさんっ!!」

 

 エレミアという少女が、ついに大地へ背をついた。

 というより、今やっと空中より地面に落とされたのだ。 謎の攻撃、空間を弾くかのように行われてくるそれは、破壊を主とした攻撃を繰り出すジークリンデに、反撃の糸口さえ掴ませない。

 只落ちていく……絶望の暗闇に。

 

 

 

 暗い世界だ、大地は荒れ果て緑なく、陽の光もない空間に広がるのは…………黒い暗雲。 赤茶けた荒野の全てを覆い隠す闇の中、破壊者を継承する黒き少女が……倒れ込む。

 もう、全身から力が消え失せ、残された魔力もほんのお情け程度だ。

 汲みあげたとしても、バリアジャケットの修復すら出来ないだろうそれは、もう、彼女に残された反撃の糸口が切られたことを意味する。

 

【ギヒヒ――】

「うく?!」

「ジークリンデさん!!」

 

 黒き少女を掴みあげる、鬼。

 口元で光る八重歯、其れはまるで剥き出しの刃が如く少女の命を映し出す……もう、残りの時間は無いのだと宣告するように。

 

【――】

「はう!?」

 

 放り投げられた、彼女。

 自分がどういう態勢になっているのか、どのように吹き飛ばされたかもわかりかねる。 全身は打撲と切り傷で覆い隠され、既に乙女の柔肌を見ることができない。 ……苦しい、ここまで実力の差があったことは当然として――

 

「ユーノ、さん……」

 

 あの背中のように、誰かを守り抜けなかったことが…………思う彼女は歯を食いしばる。 残った力で出来る最後の抵抗として……

 

「うぐ、うぅ……」

 

 うめき声だけを上げながら。 ……彼女は、地面に堕ち込んでいく。

 

 

 

 

 

 ――――それを、受け取るものが居た。

 

 

 

「…………え?」

「……ちっ」

 

 其れは、なんと素っ気ない悪態の付き方だったろうか。

 苛立つように吐き出された言葉は乱暴の極み。 何時ぞやか、こんなセリフを吐く人物がいたかもしれないが、当のジークリンデは思いだせない。 さて、そんな少女を掴み取っている人物は、不意に視界を横に広げていく。

 

「……どうなってやがる」

 

 だが、何も彼は好きでそんな仕草をしてしまったのではない。 ……いい加減、納得いかなかったからそんな態度に出たわけで。 嫌でも険しい顔をさらに難しくさせると、そのまま持っていた“荷物”を地面に降ろす。

 

「痛ぅっ……」

「……」

 

……少し、雑に扱いながらだ。

 

「“さっき倒した”と思ったら湧いて出てやがる。 『あのデブ』と闘っている気分だぜ……クソッタレ」

 

 言語は雑。

 気品の欠片さえない耳障りな言語の羅列に、ジークリンデは町中を徘徊する不良、さらにヤクザな連中を思い出す。 どの世界にでもいるような、暴力を愛して略奪を主とするような最低最悪な卑劣漢。 そんな下賤なものが使うような言葉の数、さすがの彼女も不快感を覚える。

 

 だが、間違えてくれるな破壊者の後継者よ。

 

「……なんだ、本当にどうなっていやがる」

 

 彼は何人をも寄せ付けない孤高の存在。

 皆が平伏し、全てを支配するために生まれた存在。 ……今では朱に交わってしまい牙は若干丸みを帯びてはいるが、それでも彼の道は変わらなかった。

 

 ……そう、あの紅蓮の炎舞う、赤茶けた大地の上で戦った頃よりだ。

 

【グゲゲゲ!!】

「だぁぁぁ――!!」

『か、カウンター!! ……あんな奴相手に!?』

 

 初めて舐めた辛酸。

 足元の蟻だとせせら笑った存在に味わった、切った口の感覚。 ……全身を打ち込んでくる、強すぎる拳。 何度となく勝利を確信したはずなのに、それでも立ち上がってきた不可思議な男。

 そこから始まる彼らの因縁は、とても常人では理解できない関係ではあった。

 

 時に利用し、共闘する。

 

 そう思っていたのだ、あのときまでは。

 そう、してきたはずなのに……それを、それを…………

 

 

 変えられた……ほんの少しだけ。

 

 それを自覚することなく、只歩んできたのもまた事実。

 そうだ、王という存在が全てを制し、管理し、皆から崇められる存在なら、実は彼はそうではないのであろう。

 

「てめぇの動きは大体見切った。 一度戦った相手だ、対処もし易い」

「いま、攻撃が見えなかった……」

「……そ、それになんだ……この巨大な力……」

 

 

 彼は求道者。 彼は……ただ、追いかけるモノに過ぎない。

 

 眼の前の壁がどれほどに険しかろうと、その先に歩んでいる“ヤツ”が居るのなら躊躇うな、この身はそれを乗り越えて見せよう。 超えた先に見た光景がどれほどに美しかろうと、奴がいないのならそれを捨て、また修羅道を歩き続ける。

 ゴールの無い、山登り。

 ひたすらに、只ひたすらに磨き上げるそれが求道者。

 

「き、聞いたことが……あります……」

「ハルにゃん……?」

「師匠は戦闘民族サイヤ人……他星の住民で、あの戦闘能力はその血統のおかげでもあると」

「え、うん……」

 

 例え生まれが王族であろうと、既に君主たる存在がおらず、自身がその存在に成れると言っても彼は名乗らない……なぜなら彼は極めてないから。 己が道を、己がこうだと思った戦いの道を……

 

「そして、たった二人だけの生き残り……最下級の戦士だったと」

「さい、かきゅう……!」

「さらにもう片割れは……そう、忘れもしません」

「え?」

「そうだ……きっとあのヒト」

 

 王が全てを納めたというのなら、“彼”は王と呼ばれるにはふさわしくないのであろう。 その存在を追いかけ、乗り越えるモノ……彼はまだ収めたと断言するわけにはいかない。 まだ、超えるべき壁は存在するし、追いかける背中はさらに高みへ上っていくのだから。

 

「どんなカラクリかはわからんが丁度いい。 今度こそ送ってやるぜ……地獄にな」

【グゲゲッ!!】

 

 ――唐突に、鬼の右足が“男”に伸びる。 いきなりの伸長に、さしものジークリンデすら驚愕を隠せない……あんな、出鱈目な攻撃があるものなのか……だが、小覇王よ――

 

「甘いな」

「な?!」

「受け、とめた……?」

 

 ―――不可能を可能にする、だからこそ彼らは宇宙最強の民族たり得たのだ。

 

 

「こんな攻撃。 手足を伸ばすならピッコロの方が随分とうまいもんだ」

【グギギ!!】

 

 右手を握り、そのまま振り上げればハンマーで叩いたような音が世界に響く。 気の残響たる衝撃波に覇王と破壊者が大地に身を屈める……力尽きた男の子を一緒に避難させて、だ。

 その間に起こる互いの猛攻。 鬼が手の平に光を集めれば、男が瞬時に側面に回り込みけり付ける。 遠くの大地に飛んでいくエネルギー弾が、途方もない威力で爆発して見せた時だ。

 

【!】

「はぁぁ!」

 

 弾かれた手をその勢いを乗せて身体ごと回転。

 軸足は右、武器たる左足刀で男を切り裂いて見せたのだ、鬼は。 ……そのあとに残る空間に、蜃気楼の風景を残しながら。

 

『あれは……残像拳!?』

「ふっ――」

【グゲゲゲ!!】

 

 上がる雄叫びのなんと悔しそうなことか。

 負の感情を詰め込み、一気に解き放つ様は無様なものだ……まるで子供が駄々をこねているかのよう。 その姿を一瞥し、男は腰を深く沈める……攻撃が、再び始まろうとしていた。

 

 

 

―――――今回、俺はまたしても奴に追いつけなかった。

 

 気づけば逆転していた立ち位置。 まるで太陽が如く大空へ上っていく奴を、いつまでも追いかける……そこから見えるアイツの笑顔に、虫唾を走らせ怒りに火をともしながら……

 

「見えるぞ! 貴様の攻撃が――」

【ギッ!!】

 

何て醜い未熟者。

……そんなこと自身が一番わかっている、己がどれほどに地面を這いつくばったかなど言われるまでもない……屈辱は、難度だって味わってきた。

 

王とは慕われるもの。 だから彼は王たり得ない……そうだ、彼はまだ王と呼ぶにはふさわしくないのだ。 まだ上が居る、頂点を極めていない王など只々滑稽に過ぎず、世間知らずもいいところだ。

そんなものは御免だ、オレにはまだ、目指さないといけない頂がある……全てを修めたわけじゃない――――故に、彼は自身をこう呼んだ。

 

【ぐ、ギギ!!】

「行くぞバケモノが! サイヤ人の王子………………ベジータが相手だ!!」

 

 気高く、誇り高い戦闘民族の最後の王族が今、この世界に足を踏み入れた…………

 

「はぁぁぁああああッ!!」

 

 その頭上に、明るく光る“輪”を掲げながら。

 

 

 

……一方。

 

 龍の起こした奇跡。

 見つからないはずのあの世界からやってきた……サイヤ人の王子。 ありとあらゆる可能性を探索し、今目の前で起こっている狂気の沙汰を止められる手段を持ち、力を携え、奴を倒せる“因子”を此の世界へと呼びだす。

 願いを叶える存在の具現化……今、神なる龍は、確かに願いを聞き入れたのである。

 

 

「なに、あれ……?」

「なんなんだアイツ……あの悪魔と対等に戦ってる!?」

「いったい何者なんだ……」

 

 時空管理局の面々が、目を白黒と暗転させていく。

 唐突に現れた蒼き衣服に身を包んだその男に、視線を外せず、ただ、起こった現象に驚きを隠せないままに。 その中で、やはり彼らは――――それ以上におどろく。

 

「サイヤ人の王子?! ……馬鹿な……なぜあの者がこちらの世界に!」

「あの者までこの世界にいたのか……! なら、なぜ今頃……」

 

 リインフォースとシグナムだ。

 彼女たちは今、信じられないモノを見ている。 ……だってそうではないか、この世界に彼が存在しているというのなら、そもそも悟空が見つけない訳がない。 常軌を逸した戦闘力に、彼と同質の気。 それにあの性格だ、ただじっとしているということはできないはずだから、いつかは修行と冠して世界を震撼させる運動を行うはず……

 

「ならば初めから居なかった……? だが、どうしてこのようなタイミングで」

「タイミング……この時……? ……まさか!!」

『神龍!』

 

 しかしてその実態を思い知るのに時間はいらなかった。

 そうだ、叶えたのだあの龍は。 懇願され、でも、“己の力以上”の何かで守られ、退けられたあの世界から可能性を引っ張ることは不可能。 ……故に、起こした奇跡。 でも、それを知るものなどだれもいない……だからこそ。

 

「…………ベジータ、あいつなんで……」

 

 孫悟空は、“彼の状態”を見ると即座に疑問に思う。 ……そう、彼の頭頂部のその先を見て……だ。

 

「…………あいつまさか」

 

 其れは、彼にとってなじみ深い装飾物だ。 現世での行動を禁止されるその物体……いや、それはおそらく彼だけの思考。 その物体の意味というのは、おそらくこの世での―――を終えた証拠たり得るモノ。

 そんなものを付けた彼はいったい……悟空の記憶違いは続く……はずもなく。

 

「…………気にしてる暇、ねぇよな」

「孫……?」

 

 彼は、一気に切り捨てたのだ、迷いを。

 たとえ今どんなに悩んだとしても事態は好転しない。 今、目の前にいるベジータがどのような状態なのかもわかりかねる。 どれほど強く、“なにを知っているのか”という疑問さえもどこかへ放り投げ、孫悟空は声も高らかに告げる。

 

「シグナム! ヴィータ! シャマル! ザフィーラ!!」

『……!!』

「あれ、やっぞ!」

 

 小さき戦士の決意表明。 その、あまりにも芯の通った声に呼ばれた物たちの背筋が伸ばされる。 ピンと張り、緊張させられていく彼らの空気を確認した孫悟空は、息を少しだけ吐き出していく……そして、言う。

 

 

 

「フュージョンだ!」

 

 

 

 

 その単語が意味することの意味は、今現在詳細不明。

 でも、このメンツにこの展開……やる事など只一つだとわかりきっている騎士たちは、一斉に目の色を変えたのだ。 ……そう、まさかこの数日の内に複数回行われる羽目になろうとは思ってみなかったイレギュラースキル。

 

 魔力同期――――それが今、戦士を強戦士に変え、その男を超戦士に還す時が来たのだ…………彼らは、それ以降何も言わずに円陣を組む。

 

 ……12月の冷たい空気の中、騎士と戦士はまたもその心と体を限りなく近くにまで合わせていく。 悪を倒し、未来への希望を守らんとするために……

 




悟空「オッス! オラ悟空!」

ベジータ「どうなってやがる、なぜオレは現世にいるんだ……」

ジークリンデ「こ、ここ――この人が王子様……?」

アインハルト「王は王でも傍若無人の……なぜ、このような人が……」

ベジータ「ちぃ! いちいちうるさいガキ共だ。 おい貴様ら、死にたくなければ精々このオレの邪魔はしないことだ、いいな!」

少女達「…………」

悟空「アイツ、なんだか雰囲気が丸くなったか? ちぃとイメージが違う感じがするぞ」

リインフォース「その様なことを言っている場合ですか! ……はやく始めますよ」

悟空「あぁ、オラも早くむこうに行かなくちゃだな……ユーノ、死ぬんじゃねぇぞ!」

なのは「色んな事が起きすぎて、でも、やらなくちゃいけないことはひとつ……次回!!」

フェイト「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第65話」

プレシア「大失策!! ベジータ、二度目の大恥!!」

悟空「なぁ、ホントにそんなもんやんなきゃいけねぇんか?」

ベジータ「えぇい五月蠅い!! なぜ貴様にこうも丁寧に教えてやらねばならんのだ!! 記憶喪失だか何だか知らんがなぁ――」

なのは「べ、ベジータさん落ち着いてください……!」

フェイト「世界を救わなくちゃいけない……おねがいします、もう一度披露してください!」

ベジータ「黙れ! そもそもどうしてこのオレがあんなものを――――」

悟空「なんだかアイツ怒ってばっかだなぁ。 ま、いつものことか! そんじゃ今日は此処までだな、じゃなぁ!」


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第65話 大失策!! ベジータ、二度目の恥!!

皆、最初に謝りたいことがあるんだ、落ち着いて聞いてほしい。

今回の話に”あの教室”は出ないんだ。 出せなかったんだ……あの踊りを……

だけど今日はきちんとあの人がカッコイイところを見せる。 だからそれで勘弁してください。

注意書き以上!
では、りりごく65話どうぞ……


 

 戦闘民族サイヤ人。 

 彼らは地球人の、特に日本人に似た特徴を数多く持つ人種である。 黒い目、黒い髪……どれをとっても地球人とそん色ないそれは、一見しただけでは区別がつかない程だ。 だが、そんな彼等には我々にない外見上の違いがひとつだけある……尾だ、茶色く長い尻尾が彼等には生えているのだ。

 

 さらに違いは彼らの習性と文化にまで見られる。

 まず、人間で言うところの3大欲求の大きな違い……食欲は旺盛ではあるものの、性欲が果てしなく低い。 そこに彼らが少数民族という所以が隠されているのかもしれない。

 

 では、その欠けた性欲の座に君臨する欲求とは何か…………それは戦闘欲である。 彼らは戦いというものこよなく愛し、それが無ければ生きていけない、言わば生まれ持ってのドランカー体質でもある。 

 中には例外があるらしいが、今現在生存しているサイヤ人にこの兆候が見られないため、確認の方は難しい……

 

 

 ――――――――――そう、生存した、たった二人のサイヤ人は、やはりどことなく似ていたのだ。

 

 

 

 

「ちゃああああああッ!!」

 

 

 

『!!?』

 

 黒々としていた不気味な空。 それが突如として晴天の空へとなり変わっていく。 ……世界が震えれば大地が裂け、星が呼吸を乱せば風が巻き起こる。 この世界は、たった一人の人間に自然の摂理(ルール)を大きく乱されようとしていた。

 

 青い衣服の男……ベジータが悪魔に向かって右拳を振るう。 当然、それを迎撃する悪魔は、左足で空気を切る。

 

「……ッ!!」

【ギィィッ!!】

 

 裂ける空間と爆ぜる風。 二つがぶつかり合えば世界がまたも大きく戦慄く。 怯え、震え、様々な感情を自然現象で表すこの星は、有史以来いちばん忙しい位置に血を送っていることだろう。

 其れは、少女達も同じことなのだが。

 

「は、ハルにゃん! ユーノさんと局員の人は――!」

「大丈夫です……けど、戦闘の余波だけでこちらの体力が消されそうになるなんて……うくっ」

「ぐ、ふぅ……」

「    」

 

 爆風に長い髪をなびかせて、世界の終焉を見届ける二人の少女。 その子たちに守られるように、いま、命の灯火を消そうとしている男たちはこの現象を見届けることもできない。

 時間は、どうやら多くなさそうだ。

 

「……ッ!」

 

 突然、ベジータの右手が輝きだす。

 その光を見た悪魔は右足を踏み出す。 つま先を相手に向け、踏み込み、そのまま力を上半身へ持ち上げていく。 背中を使った反動は力の増幅を行ない、大地から始まった力の経路を一気に下方向へ反転……軸足とは逆の足へと持って行く。

 

 振りあげた脚が、ベジータの胴目がけて飛んでいく。 ――先手を取りながら、悪魔に速度差で負けているのが決定づけられた瞬間だ。

 

「…………ふん」

 

 だが、ここで彼はなんと鼻で笑う。

 そんなことくらいでいちいち騒ぐな……お決まり名台詞を顔に描くだけに留めると、彼はそのまま突撃してくる足に、輝く右手を差し出していた。

 

―――閃光が、アインハルトたちの視界を奪い去る。

 

 爆発の大きさは、おおよそにして半径3メートルといった感じか。 その範囲は確かに小規模であったが、アインハルトにジークリンデは悟る。

 

『いまの攻撃、間違いなく魔導師の砲撃クラスはある……』

 

 それをあんなお手軽に放ち、尚且つ掌底を決め込むタイミングで放つなどと……攻撃力のもともとの差があるとはいえ、あのような戦法を簡単にこなすあの男に、今やっと彼女たちは戦慄する。

 

「あの踊るように繊細、それでいて剛の雰囲気を見せつける戦い方……」

「まさしく師匠と同じ部類のファイター……いえ、グラップラーでしょうか」

 

 男の正体見たり、その名はサイヤ人。

 武の特性を見届けつつ、彼の残す影に山吹色の光りを見た彼女たちはそこで言葉をなくす。 ……なんて、なんて――

 

『出鱈目な動きなんだろう』

【グゲゲ!!】

「はぁッ!!」

 

 拮抗して見せる彼らの戦闘。 純然たる力と力のぶつかり合いに、未熟な覇王と破壊者は只、言葉を忘れてしまうだけであった。

 

「……しかし、妙です」

「どないしたん?」

「いえ、……なんだかあのヒト、現れた悪魔の攻撃を見て躱しているというより……」

「あぁ……それはウチも思たで。 なんやろうあのヒト、なんだか違和感がするんよ」

「はい」

 

 悪魔の右肩が動けば身体の重心をを左にズラシ、攻撃が来るころには胸元に腕が通り過ぎる。 そうだ、あのサイヤ人と思われる彼……ベジータの動きは躱すというより相手に合せて打点の位置を変え、攻撃を反らしているように思える。

 

 ……あくまでも、“見える範囲”での感想だが。

 

 だが、そんなこと……

 

【…………ギヒッ】

「なに?!」

 

 当の本人が一番わかっている。

 

 笑みを浮かべる……歪な笑いだ。 悪魔が作り出したそれに、ベジータの背中を大量の冷えた汗が流れていく……

 

「――――ッ?!」

 

 流れた汗が、はじけ飛ぶ。

 

 唐突に背中へぶつかる何か。 内臓に与えられるダメージはそのまま気道を狭ませ、細くなった喉では呼吸が困難となり血流が乱れる。 思考の遅れ、それが示すのは……圧倒的な隙。

 

【ギヒッ!!】

「ぐぉぉぉおお――――!?」

 

 その隙は当然突かれる――王子は、腹を進行方向に向けながら遠くの岩場へふっとばされていく。

 

「…………し、しんだ」

「あれは……」

 

 それを見守る事しかできない彼女たちは、誰もが生存を疑う。 そのあとに来るソニックブームに髪を暴れさせると、視線の先にいるであろう男の生存を―――

 

 

「……………はぁぁぁぁぁ……」

 

『!!?』

 

 知る。

 だが知ったのはそれだけではない。 ……そうだ、彼はおそらくサイヤ人、なら、彼にもきっとあるはずだ――

 

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――」

「く、来るでハルにゃん! あの……空ちゃんの時と同じ感覚や」

「はい! きっとあの変異が――――きゃあ!?」

 

 大地が揺れ始める。 バランスを崩し、尻餅付くものなら世界の異変を見渡していく。 唸るような声、消え入りそうになる正気、崩れ落ちる……常識。

 彼女たちは故あって気をほんの少し程度なら感じ、操ることが出来る存在だ。 ……けど、それが今回――

 

『はわはわ!!』

 

 あだとなる。

 

 わかってしまったのだ、今しがた行われていた戦いが、本当の意味で“舞踊”であったということを。 そうだ、彼等はまだ見せていないのだ、……真骨頂というやつを。

 

「ぁぁぁぁぁぁあああッ…………」

 

 彼の叫びが一層激しくなる。 同時、岩場の方に異変が……

 

「あ、あぁ……」

「塵が飛んで……岩山が……弾けた!!」

 

 其れは、地形を強制的に変える彼らの得意技。 見えずらい岩山の数々を、まるでロードローラーで踏み均したかのように整備していくのはきっとあの男だ。 そうに違いない間違いない。 ……それ以外の要因はもう、お腹がいっぱいだ。

 だが、こんなにもタメが入るのはなぜ? ……それは。

 

「だああああああッ!!」

 

 彼が超戦士だからだ。 ……赤茶けた世界が、今度こそ激変する。

 

 変わる色は黄金色。 先ほどまで広がっていた死の大地は、まるで水を与えたかのように生命の色を取り戻していく……そう、それがたった一人の人間が作りだした物だとは知らずにだ。

 世界は今、男の力により強引に法則をネジ曲げられる。

 

「あ、あれはさっき師匠が見せた……」

「金色の……戦士……」

 

 見たモノはどれもこんなことしか言わない。 だってそうではないか、この、恐ろしいくらいに身体にぶち当たる力の波動が全てを物語るのだから。 言葉はいらない、ただ、そこにある驚異さえ分かればそれでいい。

 

 金色に染められし男は、いま、戦場を再び駆け抜ける―――――――

 

「でぇぇぁぁあああアアッ!!」

 

 速い、何よりも速いそれは、逆巻くフレアと相まって、日本古来より伝わる雷神を思わせる姿だ。 故にその攻撃は電光石火……撃てば火のごとし、駆け抜けるは雷のごとし……だ。

 ……しかし。

 

【ギヒ!】

「なに!?」

 

 その雷を、まさしく涼風が如く躱す悪魔がそこにいた。 なんてことはない、只の拳だ……言葉をしゃべろうものならそんな風であろうか。 呆気にとられ、自身の拳を見送るだけしかできない王子の腹に――衝撃が走る。

 

「ぐぉぉ……!」

【グヒヒ……ギヒヒ……ヒィーヒャハハ!!】

「ぐ、ぐぉ! がッ!!」

 

 右の頬、左の肩と鎖骨、さらに暴風のような蹴りを左わきに喰らうベジータ。 あまりにも絶妙な連携のカウンターに息をするのも忘れてしまう……動きを見切ったのはどうやら――――

 

「あちらの方が上……なのか」

 

 見ただけでわかる相手の対応力の高さ。 早くもベジータの呼吸に合わせてきた奴は、まるで先を読んだ攻撃を彼に叩き込んでいく……ジークリンデは、見える範囲で総会咳を完了した。 ……そして。

 

「……このオレとしたことがなんて不様を……ぐっ!?」

「あ、ぁぁし、しっかり!!」

 

 この場に転げ落ちてきた王子を担ぎ上げようとして……

 

「このオレに触るな!!」

「きゃあ!?」

「ジークさん!! ……貴様、いったい何を!」

 

 金髪の彼に、逆に突き飛ばされてしまう。

 味方ではないのか……咄嗟に上がる疑問は、そのまま彼女の視線の鋭さへ直結する。 上がる警戒心、しかし、それをものともしないのがこの男だ……奴は、誰の手も借りずに立ち上がる。

 

「また負けるというのか。 このオレが……サイヤ人の王子ベジータが!」

【……ギヒヒィ】

 

 ひざを地面から離したばかりの男は、すぐさま奴を見る。 ……なんて人を馬鹿にした顔だろうか、見るだけで反吐が出る。 ……その、人を見下した、否。 王子を蹴落とすその視線がたまらなく……

 

「そんなことがあってたまるかぁぁああ!!」

『!!?』

 

 あたまに来る。

 心のイラつきはそのまま咆哮のボリュームを引き上げていく。 高く、どこまでも昇っていくその声は、正に昇龍が如く彼の強さを引き上げていく。

 

「はぁぁぁぁ――――でぇぇああああああッ!!」

『な、なんだ!!』

 

 このオレの強さを超えるだと……ふざけるな!!

 難度だって味わってきた屈辱の味。 追いついたと思えば素知らぬ顔で1歩も2歩も先を行く男……なぜあんな笑顔しかない奴がオレよりも前に行く! なぜサイヤ人の道から外れた出涸らしがエリートの自分を突き放す――

 見つからない答えは、ひたすらに彼を苦しめ続けた。

 

「この、オレを……」

 

 歩き出した道の険しさは気に留めやしない……けど、彼がつらいのは結果を出してもそれを追い抜いていくアイツの存在と――

 

「この……オレをぉぉ……」

 

 いつまでたっても同じことを繰り返した……

 

「舐めるなぁぁァァア!!」

 

 成果の出せない自分自身なのだから。

 彼の雄叫びは、ついに世界をぶち破る。 黄金色に染まりし頭髪に、更なる色が加味される。 鋭く、激しいそれをあえて名づけるならば……蒼電。 稲妻が走ればより一層彼の身体は凄みを増す……

 

「な、なんなんだこの人は……どこまで強くなっていくんだ!?」

「ありえへん……こないな力、普通身体が持つわけあらへん」

「ぜぇぇぁぁああアア!!」

 

 上げにあげた彼の気力。 どこまでも爆発していってしまいそうなそれを理性で縛り上げた時……気性の激しいはずの超戦士は、冷酷の名を持って新たな段階へ足を踏み入れていく。

 

「………………」

『……あ、あぁ』

 

 蒼電纏いし黄金の戦士、ここに再臨……

 

「…………」

 

 彼は……

 

「でぇぇああああ!!」

【!!】

 

 拳を、悪魔の腹に突き立てていた。 ……見えない、何もわからなかった今の動作にさしもの悪魔も――――

 

【ギヒ……ギヒッ……ギヒヒ!】

 

笑いが止まらない。

 見つけた、やっと出会えた強者……それがこんなに自身と拮抗しているのだ、これほど面白いことはない。 退屈凌ぎも終わり、準備運動もここまで……体が温まったところで繰り出された今の攻撃は……

 

「ち……薄気味悪い野郎だ」

【グゥ……グゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲ――――――ッ!!】

 

 ちょうどいい目覚ましとなったようだ。 怪物は、先ほどの返事をするかのように雄叫びを上げる。

 

 悪魔は、その背から伸びる尻尾を……地面に叩きつける。

 

「!?」

「たったの1動作で……なんて殺気を」

 

 その仕草だけで、思わず魂を持って行かれる寸前だった子供たち。 彼女らは相対していないはずだ、でも、そんな離れている者たちでさえ恐慌させるには十分な威力を持つ凶気を、一身に受けているベジータは……

 

「ついにやる気になったか……」

 

 右手を、ただ強く握るだけだ。

 

「……奴の戦闘力は、“先ほど”見た時よりは大分落ち込んでいるとみていい。 倒され、再生したからかどうか知らんがこれはチャンスだ」

 

 思考の高速回転。 戦闘マニアで在るからこそ策も巡らせる彼は、そのまま今の状態を再度確認する。 ……その、先ほどまで戦った相手を切り裂くかのように視線で射抜く。

 

「もう“あんなの”は御免だしな……丁度いい、バラバラに吹っ飛ばしてやる」

 

 その視線は、届いただろうか?

 

「二度と蘇らんようにな」

 

 自身が思い描く未来の姿に……

 

 超戦士ベジータ、始動。 今ここにようやっと重い腰を上げた者たちが――――

 

「はぁぁあ!!」

【ッギ】

 

 ぶつかり合う。

 拳を三度放つと、相手はそれに対応して何やら不可視の攻撃をしてくる。 それを、気合砲などの類いと速攻で決めつけたベジータは、その場から忽然と消えていく。

 

【――ッ】

「ぜぁああ!!」

 

 超サイヤ人が、悪魔の影を大胆にも踏む。 彼が現れたのは悪魔の真横、右足を振りあげ、蟀谷に向かって気を纏わせた渾身の一撃を放とうとする姿が皆の視界に入る。 ……攻撃が、決まろうとしていた。

 

『やった――――』

 

 当たる。 インパクトの瞬間に身を屈ませ、来るであろう衝撃波に身体を地面に押さえつける。 ……確実に、それでいて胸の鼓動を抑えきれない観戦者たちは、ベジータの勝利さえ確信した。

 

【…………】

 

 カタン……カタン……

 

「……え?」

 

 異変に気が付いたのは、ジークリンデだった。

 なにか、そう、まるでジグソーパズルや積み木を崩していくようなイメージを抱く謎の音。 それを耳にした時だ、彼女の目の前で信じられない出来事が起こる。

 

 カタカタカタカタカタカタカタカタ……………――――

 

「か、身体が崩れた!?」

「馬鹿な! 今の攻撃を避けられた!!」

 

 ブロック崩し……とも言えようか。

 ベジータの渾身の一撃を、その攻撃から逃れるように消えていく奴の身体。 霞の様でも、蜃気楼の様でもない……そう、正に実態を持ちながら徐々に、そして一瞬で消えて行ってしまう。

 

「…………」

 

 振りかぶった後に、嵐が巻き起こる。

 小型の竜巻は、今の一撃の重さを見事に表し、遠くの方で聞こえる爆発音は今起こった衝撃の威力を正直に訴える。 惜しい……見たモノにこんなことを言わせるのには十分な今の動作も、この、油断のない王子からしてみれば……

 

「――――かかったな」

【――ッ】

『え?!』

 

 ズバリ、計算通りの道順にしかない。 そうだ、彼の攻撃はまだ終わっては無いし、目的の半分も達していない。

 

「はぁぁ――」

 

 掲げるは右手。

 折り曲げた一本の指は、親指。 彼はその丁寧に向けた手の平を、何もない空間に添えると全身のフレアを一気に吹かしていく。

 

『――――』

 

 ふたりの少女は、未だ“目の前で行われている”この一連の動作を思考で判断することができない。 それほどに速い行動の切り替えの中で、ベジータは一気に体中の力を右半身へと偏らせる。 そう、激しく燃え上がる気を一点に集めるために……

 

「ビッグ……」

 

 その声はなによりも自信に満ちていた。 

 

「バン!」

 

 ふらりと伸ばされた手の平が一気に力強い形を作れば、そのまま彼の気力が炎のように燃え上がっていく。 だがその色は黄金ではなく、もちろん紅蓮ではない……そう、その色は彼のパーソナルカラー。

 

「アターック!!」

『!!?』

 

 青色なのだから。

 

 解き放たれた閃光。 それが赤茶けた景色を一変させるところであった。 来たる衝撃に身を屈ませていた少女達はそのまま歯を食いしばる。 身構え、地面に手を沿えていたところであろう……

 

「バカヤロウ! 後ろだ!」

『!!?』

【グギギィ!!?】

 

 蒼き閃光が、少女達の“真後ろ”で爆発する。

 背後に流れていく横風のなんと勢いの強いことか。 流されていく長髪のたなびく強さが、今起こった爆発の威力を思い知らせてくれる。 だが、今彼女たちの思考を埋め尽くすのはそんなことではない。

 

「……いま、あの怪物の……」

 

 アインハルトの柔肌に、数多くの鳥肌が立つ。

 奇行、気功……貴公……いったい何をやった、言葉が出せない彼女の心の内は興奮と疑問であふれかえっている。 ハイレベルの戦いと、明らかに戦力差があるはずなのにそれを機転と行動力でカバーするあの男の戦い方に。

 彼女は、確かに目を奪われていた。

 

「けほ、けほ……でもなんて無茶な戦い方。 転送先が決まって、そっちに存在の固定が決まり今この瞬間にも転移先に行こうとして消えかけた相手に向かって砲撃を打つなんて。 しかも着地点ごと吹き飛ばしたんよ――発想が攻撃的過ぎる!」

 

 隣で、やはり驚くジークリンデ。 彼女はなにより、ベジータの思い切った今の攻撃方法に目を奪われていた。 ……そもそも、転移云々を抜きにしても、もしも角度がもう少しあまかったら……汗がとまらないのは決して気のせいではない。

 

「ふん、やはり今の攻撃に間違いはなかったようだな」

 

 こちらの命に間違いがあったらどうする!? おそらく出るであろうこの言葉は……しかし次の王子の一言で……

 

瞬間移動の使い手(カカロット)への対策をこのオレが怠るとでも思ったのか? 貴様程度の移動方法など、8年前から対策など練っているんだ……こっちはな」

『…………ッ』

 

 見事、封じられていくのであった。

 

 垣間見られる、とある人物への執着。 それが誰かなんてわざわざ聞くことなんてしない……なぜなら、彼女たちも目指す頂は同じはずだから。 どんなに高くても、見てしまえば手を伸ばさずにはいられない。

 

 そうだ、気が付けば目指すのは頂点(場所)ではなくて――領域(カレ)なのだから。

 

「さぁ、こいつで止めだ――」

 

 よろめく悪魔、対して王子の闘気は急激に膨れ上がっていく。 見た目で解る絶好調な気は、ただそれだけで攻撃的な性格を映し出していく……いま、彼の本領が発揮されようとしていた。

 

「……くる。 ジークさん!」

「みんなで避難や――巻き添え喰らう前に!!」

 

 若干、もつれた足を気合で叩き起こす。 それぞれが一人ずつ担ぎ上げれば、後は足腰を全力で駆動させるのみ。 消耗したかどうかなんて知った事ではない……今は只……

 

「ぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁあああああーーーー」

『!!?』

「喰らえぇぇぇえええッ!!」

 

 その衝撃から逃れることだけを考えろ!!

 

 ベジータがビッグバンアタックの構えからさらに打ち出したのは……気弾。 その、あまりにも強い衝撃波は、圧倒的なまでに鍛えられたと自負していた足腰を持つアインハルトたちでさえも吹き飛ばしていく。

 

「はぁぁあああ――」

【ギギッ――!!】

 

 転がる彼女たち、威力の違いを改めて思い知らされていく子供たち……視線は、自然と王子の手先に集中していく。 その輝きを見つめる中、開いた口から出てくる単語と言えば……

 

「すごい……」

 

 たったそれだけ。 呆けると言っても過言ではないその様子に、しかし、王子の持つ光は終わりではない。

 

「でぇぇええぁぁああああッ!!」

 

 一発が放たれればもう一つが……それが当たればもう二つ。

 

「あ、わわ……」

「はぁぁぁあああッ!!」

 

 唸るそれはまるでガトリング。 しかし勘違いするな皆の者、あの砲身は55センチを凌駕した巨砲が如く圧倒的な武器なのだ。 それが一斉に、それも秒間に数十発ごとに打ち込まれる超兵器。

 

 

「す、すごい……これなら!」

「なんて火力なんやろう、空ちゃんだってここまでやらへんよ……」

「ウォォォォォオオッッ!!!」

 

……耐えられるものなど、いるわけがない。

 

『すごすぎる!!』

「フフ……ふはは…………はぁ――はっ!! くたばりやがれ死に損いが――!!」

 

 輝く流星のように打ちこまれていくベジータの弾丸たち。 彼らは一層輝きを増すと、そのまま悪魔を姿かたちの分らぬ存在にまでかき消していく。 大地にぶち当たれば土煙を巻き上げ、焼けた空気から匂う硝煙は勝利者を酔わせる。

 

「すごく……強い」

「これがサイヤ人の王子を名乗る者の実力……さすがです」

「ハーハッハッ!!」

 

 ……足場なんかない舞台に立っているのも気が付かせずに…………―――――彼の悪癖は今ここに極まってしまう。

 

【――――――…………ギヒ……】

「……ッ」

 

 風が、揺れる。

 振るえる空気に、さしもの強戦士の身体に怖気が走り、背筋には少量の汗。 先ほどまで爆炎の彼方へと吹き飛ばし、烈火の如く燃え上がらせた大地に転がしていたと思っていた邪悪なる気配が、今まさに――

 

【――――ッ!!】

「!!?」

『あぁ!!』

 

 彼の背後で、悪魔が死神の鎌を携えていた。

 

 比喩ではなく実体。 そうだ、今しがた吹き飛ばしたはずの悪魔は今、何もかもを奪い去る死神となって彼と相対した。 

 

『…………!』

 

 凍りつく周囲。 目に見える情報も、まだ視神経を伝わっている最中であり、脳へとその姿を認識されることが無い。

 

【ハァッ!!】

「ぐぉ!!」

「な!?」

「にッ!!」

 

 その姿、その攻撃をようやく身体が認識した時だろうか。 悪魔が携えた鎌は、そのまま一気に振り下ろされる。

 動けない、王子。 けどそれは絶対的速度差が大きかったからではない!!

 

『…………うく』

「ちっ――――」

 

 荒ぶる轟音、吹き飛ぶ……勝利からくる酔い。 切り刻まれるのは確実で、それが敗北につながるのは目に見えていた。

 

「……ぐぅぅ!!」

『あ、あぁ……』

 

 彼に慢心は無かった……とは言えなかっただろう。 孤高とは高慢で在る事と表裏一体、己が優れているからという自覚があるからこそ、独りでいることを選んでいる……少なくとも何時ぞやの彼はそうであった。 でも、一度は大敗を決した相手、少なくとも油断をしていい相手ではなかったはずだ。

 

 

 ではなぜだ、なぜ彼は――――

 

「べ、ベジータ…さん………」

「せ、背中が……!」

「五月蠅い……」

 

 彼女たちを前にして――

 

「それ以上騒ぐな…………いいから黙ってろッ」

 

 背中から大量の鮮血を流しているのだろうか?

 

 暴言を吐かれ、でも、その血が誰のために流されたのかがわかる少女達に、これ以上の疑問の声など上げられるわけがなかった。

 

「はぁはぁ……」

 

 荒くなる、呼吸。

 ベジータが何とか態勢を整えようとしたのだろう、攻撃を受けた状態で腕、そして右ひざへと意識を集中した時である。

 

「~~~~ッ!!」

 

 背中に焼き鏝を突き刺された感覚に、彼は声を押し殺せなかった。 食いしばられ、ギラギラと光り輝く前歯から唾液が大量に流れ落ちる。 飲み込むことができないそれは、既に彼が呼吸困難に陥っていることを証明する。

 

――それでも。

 

『あ――』

【ギヒッ!!】

「…………ッ」

 

 悪魔の攻撃は終わらない。

 

 手に持った鎌は、見れば見るほど何かに似ていて。 それを知っているアインハルトは黒き衣の少女……いいや、“雷光を纏いし黒き女性”の姿を思い起こさせていく。

 

「あ、あれは……フェイトさんの」

 

 何時ぞや見たことのある彼女の武装、それにものすごく似通っているのだ、奴の武装は。

 

 フォルムは当然同じだが、しかし後が続かない。 あの少女が持つ黒き鎌、それを悪魔に見合うサイズにまで大きくさせ、黄色い宝石が入るところには禍々しい紫色の物体が……中央は黒、瞳を連想させるに値するソレの周りには、複数の赤いラインがまるで血走る眼を思わせるほどに走っている。

 

 そして、そのもっとも違う点を挙げるとしたら。

 

【グゲゲゲゲ!!!!】

 

 鎌を持つ悪魔の腕に、極大の力が集まっていく。 それに呼応するかのように“脈打つ”鮮血の鎌。 腕から来て、手の平を伝わり持ったところからまるで意思があるように血管らしきものが蠢く。

 見ただけでわかる気味の悪さに、さしもの小覇王も嘔吐感が払拭しきれず、破壊者は己の未来に死を見出してしまう……

 

「……クソ……ヤロウ」

【…………ギヒヒ】

 

 只一人、孤高な男を除いてだが。

 

 鋭い目つきは生まれてからのモノだ、変えようがない。 しかしその中であるものが、今までの人生を経て宿っていたのもまた事実。 変わらぬ外見に、組み替えられた己の本質……

 彼は、いま……立ち上がるのだ。

 

 自分だけのためではなく―――――偶然居合わせた、名も知らぬ者たちをかばうために。

 

「このオレにこんなことをさせやがって……」

 

 其れは正義感? いいや、彼の根源は言うまでもなく唯我独尊を往くものだ。 それはこの10年間を持ってしても変わろうはずがなかった。

 

「この、オレに……!!」

 

 けど、焼き付いて離れないのだ。

 

「がっ!!?」

【ギヒギヒ!!】

『ベジータさん!』

 

 終わろうとした闘いの、それをひっくり返した存在が取った狂気の沙汰。

 そのせいで世界が終ろうとしていたとき、もう、誰もが終わったと膝をついたときに聞こえた……穏やかな声。

 

 其れは聞くたびに無筋が走る声。

 其れは、いつまでも追い続けたムカツク野郎の静かな別れ。

 

 其れは……それは…………

 

 

 

 

 

 ――――――――――バイバイ、みんな。

 

 

 

「――――ッ!!」

 

 

 覇王と、破壊者の少女があきらめたそのときだ。 王子を冠する男の、透き通った碧の瞳が輝きを増す。 ……食いしばる歯からは血が流れ、焼けつく背中の激痛は…………

 

「オレは……オレはぁ…………ッ」

 

 沸騰しそうになる、自身の苛立ちがかき消してくれる。

 高ぶる感情に身を任せるなんて愚の骨頂。 けど、それはあくまでも理性で己を縛り付ける必要がある工夫を施すときの御託だ。 そうだ、この、強戦士が追い詰められたときはいつだって最後は――――

 

「オレはサイヤ人の王子……ベジータだ!! 舐めるなぁぁあああアアッッ!!」

『!!?』

「はぁぁぁああああッ!!」

 

 底知れぬ意地とプライドが、その身を引きずってきたのだ。

 眼の前の悪魔が、どれほどに高く死神の鎌を振りあげようと、下らぬあきらめの声などいまさら出すわけにもいかない!! ベジータは、黄金のフレアを一気に吹かす。

 

「……ッ!!」

【が――ッ!?】

 

 振り下ろし際に、悪魔の背中に走る衝撃。 そこには白い靴がめり込んでいた。

 

「吹っ飛べ――!!」

 

 気合一声。

 ベジータが叫ぶとそのまま悪魔は数百メートルの弾丸飛行を、しかしすぐさま返ってくることなど判っているベジータに休息のひまはない。

 

「…………」

 

 大地に足を踏みつける。 そこから一気に身体全体を大きくするかのように広げられる……腕。 その恰好が指し示すこととは一体ナンデアロウカ。

 

「これで決めてやる――」

 

 広げられた両腕、その先にある手の平が激しく発光を開始する。

 稲光を思わせるそれが、鋭く大気を引き裂いていく刹那。 王子の肉体は一際大きく膨張し始める。

 

「はああああああ――――」

 

 唸る声帯、震える星。 まるで世界すべてが恐れ慄くかのような現象を前に、既に少女達は直立することすら困難。 ……尻餅ついて、観戦することを余儀なくされる。

 

「受けきれるものなら受けてみろ――――喰らえぇぇ!!」

 

 その光は破壊の塊。 その力は王子が繰り出せる全身全霊の一撃。 これ以上は出せない……ここでダメならすべてが台無しだ。 力というチカラを全てかき集めし、サイヤ人の王子ベジータが必殺の業がいま、炸裂する。

 

 光を発し、稲妻が駆け巡っては皆の視界を焼き尽くす――――

 

 

 

「ファイナル……フラァァーーーーッシュ!!!」

 

 

 

それが…………悪魔の見る最後の光りとなった。

 

 ベジータの叫び声と共に、胸元へ一直線に閉じられた両の腕。 そこから放出される気の量は既に常軌を逸した威力を持っている。 それに指向性を持たせて放つ彼らの化け物具合と言ったら……考えを巡らせる前に、恐ろしいくらいの爆音が轟く。

 

「………あ…あぁ」

 

 光は全てを奪い去った。

 少女達の視力、聴力に感覚……さらに常識をもだ。 今まで様々な攻撃だの必殺の技などとのたまってきた自分たちの力の数々……それ自体が恥ずかしくなるほどに、今の攻撃は破壊に満ちていた。

 

「これが……本当の――」

 

 ――――殺し合い。

 いや、敵を完膚なきまでに消し去ってやると言う思いまで籠もっているのだ、それは既に殺し合いと呼んでいい代物なのだろうか。 いまの必殺の一撃を、世界が吸収しきれないままに起こる地響きを前に、小覇王が力なくつぶやいていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 その間に肩で息をするベジータの疲労度は凄まじいモノだろう。 先ほどから続いてばかりのギリギリの肉弾戦と、大技の応酬、さらに足手纏いの存在が……いや、“守るべき物”が居ることで彼本来の戦い方をかなり制限させている。

 どこか遠くに行け――――言ってやりたい気持ちがあふれそうになるが。

 

「…………」

 

 アインハルトが診ている男の子、その、無残な姿をひと目見ると。

 

「………………ちっ!」

 

 彼の表情に苦悶の色が駆けぬけていく。

 

 きっとあの子と同い年程度の彼を見て、王子様はなにを思うのだろうか。 あんな歳の子が、死力を尽くしたであろうその姿に何を思うのだろうか。

 

 其れは、王子たる彼にしかわからない心の機微であり…………――――

 

【――――――…………ギヒヒッ!!】

「なに――!?」

 

 それを今、考えている余裕がないのもまた事実であろう。

 

 パズルの組み換えがまたも行われていく。 崩れ去っては築き上げられ、なんの変化もない無傷な悪魔が再構成されていく。 ……その手に、今度は赤い鉄槌を携えながら。

 

「クソッタレェェエッ!!」

 

 その武器変更を気にも留めず、正に獅子奮迅が如く悪魔に向かって拳を飛ばしていくベジータ。 身体の限界が近く、気の総量もかなり落ち込んでいるはずだ。 けど、ここで引こうものなら……

 

「デェェアアアアア!!」

 

 己が生き様(プライド)が全てを許さない!!

 この瞬間にもまだ速くなるベジータの連打は、確かに悪魔の進撃を食い止めていた。 振りかぶろうとしていた態勢も崩し、攻撃に行おうとする姿勢を打ち砕いてはいった。 けど。

 

【……っ……っ………………ギヒ】

「く!? こ、こいつ――タイミングを計ろうとしているのか!?」

 

 その嵐の規則性を、徐々に掴んでいく悪魔がそこにいた。

 どの位置の筋肉が膨らめばどこに攻撃が来るかを観察し、それが実際に当たれば今後それにあたることは無く。

 

「ぐ、グォォ……っ!!」

 

 どこの部位を攻撃すればどのような悲鳴が上がるのかを身体で感じて、その叫びが強ければ強いほど――――

 

【ギヒヒ……ギヒッ……ギィィヒャハハハハハ!!】

「おごッ、グハ!? ……………ちくしょうがぁ……」

 

 其処だけに攻撃を集中していく。

 

 手に持った鉄槌……やはり全面的に血走ったかのような見た目のそれは、鎚の部分が脈動しているかのように僅かに震えている。 だが、驚異なのはそこではなく、むしろ奴が支えている重量だろう。

 おそらく見た目以上の重さを持ったそれは、なんてことはないという動作で繰り出そうものなら。

 

「ぐぁぁアアッ!!」

 

 ベジータを防御ごと、彼方へ吹き飛ばしていく。

 

 鮮血の赤色とは対照的な氷のように冷たい攻撃を前に、ベジータの左肋骨の6番に奇妙な音が鳴り響く。 ボディーブロウを喰らったボクサーのように、顔をチアノーゼで青ざめさせながら一歩、足を後退させてしまう。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 整えろ、呼吸を。

 思考がそうやって命令していたとして、一向に従わない彼の身体はついにガタが来ようとしていた。 全身の骨が軋み、筋組織は限界だと悲鳴を上げ始めている。 いつ切れてもおかしくない腱は、そのまま彼の限界度数を見事に表していた。

 

【…………ギヒヒ】

 

 だが、いや……だからこそ敵は待ってはくれない。

 死力を尽くしているベジータに対し、本当に死をくれてやろうと歩き出す……既にその身は死体ですらないのにだ。

 

「チクショォォ!!」

【……】

 

 それでも彼は拳を振り上げ――

 

【ギ!】

「ぐはぁ!!?」

 

 叩き伏せられる。

 地面に伏し、不様を晒される王子の末路。 気力のすべてを使い果たしたのだろう、力無く、もがくこともしない彼の身に、最大の変化が訪れる。

 

「……か、髪が」

「もとに戻ってもうた……」

 

 それを見届けることしかできない少女達。 彼の変化がどういう意味かなんてイチイチ聞くまでもなく、この先の出来事を想像してしまえばおのずと声が出なくなる。 ……戦士の、敗北の瞬間が訪れた。

 

「……く、クソォ…………」

 

 力無く、力及ばず……なにもできずにこのまま終わってしまう現実に、だけど悔しがることしかできないベジータは声も張れない。 そんな彼に落とされる黒い影は、悪魔の持った鮮血の鉄槌。 多大な重量、十分な破壊力、防御をとっても吹き飛ばされたそんな代物を今、何の抵抗もできない重体患者に振り落とそうというらしい。

 逃げることもできず、救うこともできない観客をしり目に――――

 

 悪魔が、微笑んだ。

 

 鉄槌は………………振り落とされる―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――…………………ベジータ!!」

【!!?】

『なッ!!?』

 

 死を撒き散らす音が、わずかにずらされていく。

 

 響く空間の振動に、誰もが騒然唖然。 心を騒がせながらも、その身体は起こった事態に対応しきれていない。 無いにも関わらず。

 

「っく!」

『な、え!?』

 

 訪れた“彼”はベジータを担ぎ上げると、高速の足さばきで観客席へと移動する。 視線を合わせることなく、傷ついたユーノを一瞥すると……

 

「……っ」

 

 少しだけ眉を吊り上げる。 影の入った表情は彼にしては珍しい、でも、そんなことを言っている場合じゃないのは事実。 今まで見ることしかできなかった少女達は、だからこそここで状況を――

 

「悪いみんな、少しだけ乱暴にすっぞ」

『え?』

【グゲゲゲ!!】

「…………おめぇとはまたあとでだ…………――――――――」

 

 

 この世界から忽然と消えて行ってしまう。 風が吹き荒れ、大地に静けさが帰ってくるとき……

 

【―――――――――――ギ】

 

 悪魔は……

 

【グゲゲゲゲゲゲゲゲッ!!!】

 

 ただ、叫ぶだけであった。

 

 

 

 

 管理外世界 第■■■番世界のどこか。

 

「―――――――…………ふぅ、何とかなったか」

『…………あ、あぁ……あ』

 

 先ほどとは打って変わって、緑の多い世界がある。 深緑と言ってもいいかもしれない。 木々が生え、生命が活き活きと己がサガに忠実となって生えそろっていく様は、この世界すべての生き物の力強さを証明する。

 そんな、生命力に満ち溢れた世界に、彼等は静かな音とともにやってきた。

 

「おめぇ達、大丈夫か?」

「…………っ」

「空ちゃん……」

「どうやら大丈夫みてぇだな」

『…………』

 

 山吹色の道着に身を包む、一人の男の手によってだ。

 皆が呆ける中、彼は周りを見渡していく。 深い緑のこの世界、まるで日本にある富士の樹海を思わせるそこに、いったい何を見たのだろうか。 ……それは。

 

「みんな! とりあえず奴は追ってこねぇみてぇだ、もう出てきていいぞ」

「うん」

「……よかった」

「スクライアは! あいつは平気なのか!!」

『み、みなさん……!』

 

 この世界に来てからできた仲間たち。 数にして8人いる彼らは、いま、この深緑の世界にて超戦士との邂逅を果たすのであった。 ……その数が、一人増えたことに驚きを隠せぬまま。

 しかしその驚きを良しとする訳にもいかない。 悟空は彼らの顔を見て、そのままアインハルトに視線を流す。

 

「ユーノを」

「あ、はい!」

 

 呼ばれたのはアインハルト。 彼女は抱き上げていた瀕死の少年を仲間たちへと連れていく。

 

「ユーノくん……っ」

「……スクライヤ」 

 

 その顔は恐ろしいほどに端正。 しかし身体は正反対なまでに傷つけられ、今にも崩れてしまいそうだ。  ……息など確認するのも恐ろしくなってしまいそうな彼を前に、皆が沈痛な面持ちになっていく。

 

「なにをしておる!!」

『?!』

 

 そんな彼等を、一括するものが居た。

 その声のなんと堂々としたことか。 退かず、顧みないという意思その物を体現するのは深き闇の盟主――ロード・ディアーチェその人だ。 わずか9歳という身体つきからは想像できない尊大な声と気迫は、皆の視線を釘付けにする。

 

「まだ黄泉の国へと旅立っておらぬ者になんという顔を向けるのだ! お主らがやらねばならぬことは別であろう、違うか!」

「ッ!!」

 

 その言葉が、引き金だった。

 皆は一斉にユーノを取り囲む。 そうだ、彼等にはチカラがある……孫悟空たちが戦うことに特化しているのならば、彼女たちは多様性を求めたその先に存在するもの達。 高町なのは以下、数名の魔導師は今、息も同じく鮮明な詠唱を唱え始める。

 

「攻撃特化の者たちは我に魔力を送るだけでよい! そのほかの援護が得意なものは各々回復魔法に専念せい!!」

『はい!』

 

 輝く光はまるで虹色。 桃色から水色、さらには夕闇に差し込む影の色までが少年を包むと、彼の髪が朗らかに舞い踊る。

 

 …………一方。

 

「す、すみません……俺なんかのために――」

「はいはい、弱音は全部が終わった後で言ってねぇ~~あ、そうだアリア、そっちの坊やのお友達の方おねが~い」

「ちょ!? 一番厄介そうなのを押し付けないでよ……」

「…………おい」

 

 重症人ほか二名は、何となく駆けつけたネコの娘たちにわずかながら回復魔法をかけられていた。 隊員の方は、傷口こそ塞がりきってはいないモノの、その容体は良い方に向かっているようだ。

 

 だが。

 

「…………あんた、一体どれほどやせ我慢が得意なんだい」

「うる……さい……黙ってろ……」

 

 もう片方、そうだ、サイヤ人の王子の方がかなり不味いことになっている。

 

「肋骨は折れそうになってるし、右肩は脱臼……あーあ、アンタこれ無理矢理治したね? 関節がずいぶん痛んでるよ」

「……ッ」

「おまけにこの背中の切り傷……危うく背中の神経が切断されるとこだ。 普通、ここまでされたら立ち上がるのは愚か、喋るのだって辛いだろうに」

「~~~~ッ!!?」

 

 アリアがその長髪を憂鬱に揺らせば、王子さまが声にならない叫び声を熱唱する。 狂おしいくらいに叫びだした背中の痛みに表情が歪み、傍にいた長髪のネコ娘に苛立ちを強調した視線を投げ飛ばす。

 

 ……なにをする!? …………さぁ、あんまりバカばっかりやってるもんだからねぇ

 

 言外に語るその会話は、果たして誰と誰のものだったのだろうか。 しかしわかる事と言えば遠い世界の天才科学者が見てしまえば、同意せざるを得ない会話だったろうか。 ……その間にも、王子様の回復は進んでいく。

 

「……驚いた、大分楽になってきやがったぜ」

「さすがに、デンデには敵わねぇけどな。 でも、なかなかすげぇだろ?」

「フン、だが速度がイマイチだ。 もう少し早く済ませられんのか」

「無理言うなって。 それにおめぇの場合、肉体を与えられた死人な分、回復が早いはずだ」

「……」

 

 ふたりの会話も、進んでいく――――――

 

「…………ん」

「お?」

「な――――!!?」

「ん?」

 

 そのときだ、どこかで誰かが大きな物音を立てる。 何かが……大きく動き出そうというのか。 少しだけの安息に土足で踏み入れる騒乱……今、この世界に強大な力が働きかけられる!!

 

「カ、カカロット!? 貴様どうしてここに――――!」

「なんだおめぇ今頃か? オラてっきり気付いてたもんだとばかり……」

「……き、きさま……」

 

 …………その騒動は、どうやら身内での小さな争いで済みそうだ。 彼らの邂逅が続く。

 

「………………まぁ、いい」

『あ、いいんだ』

「コイツに対して、こんな程度でイチイチ驚いてはいられん。 それよりもカカロット、こっちは聞きたいことが山ほどあるんだ、言われたことにはきっちりと答えてもらうぞ、いいな」

「あぁ。 けどあんまし時間もねぇ、かなり端折って話すからよく聞いてくれ」

「……いいだろう」

 

 そのとき、ベジータの表情を覆う“シブシブ”といった色を、悟空はいったい何時まで覚えていることが出来ただろうか。 そこから語られる過去の出来事、ここにきて、ここで出会って、ここまで来た……道のり。

 復讐にあったことを復習し、それを思い出すたびに……ベジータの顔色が深刻さを増していく。 見たことが無いその表情に、いったい彼はなにを秘めていたのだろうか。

 

 語りあげること2分の時が過ぎ去った時だろう。 孫悟空は――

 

「とまぁ、そんなことなんだ」

「……」

「ベジータ?」

 

 彼の返事を、聞くことが叶わなかった。

 

 さて、こんなにも言葉少ない彼は珍しい。 いや、もとよりあまり不必要な日常会話をしない彼だが、こういう緊急時に際してまで口数が少ないのはやはりあまりないだろう。 むしろ、こう言う危機的状況の時こそ彼はそれなりに喋るようになるはずなのだが……

 

「…………なるほどな」

「え?」

 

 だが、すぐさま彼は口を開いてくれた。

 だが注意せよ孫悟空。 彼のその目の中に、何やら不吉な色の炎を灯したように見えるのはきっと気のせいではないのだから。

 

「その“ターレス”とかいう貴様に似た下級戦士のことなどわからん。 そもそもカカロット、貴様にそっくりなヤロウが居たとして、このオレが黙っているとでも思うのか?」

「……それもそうか」

「まぁ、出会ったタイミングにもよるだろうが。 最悪、貴様に出会ったとき以降ならばまず忘れはしないだろう。 ……おそらくないだろうがな」

 

 当然と言えば当然であろう回答。

 これには聞き耳をたてて居た皆も同感な様で、特に疑問に思うことなくその話を流そうとする。 そもそも、この話は5月付近である程度決着がついていたのもまた事実。 どうしても合う事のない悟空の経験とターレスが知りうる知識。

 界王拳が使えて、超サイヤ人に成れない時期は、悟空はそもそも地球で戦っているか病院のベッドの上で注射を前に泣き喚いているしかしていない。 なら――――次元世界を跨ぐことのできる彼らが“別次元世界の住人”と判断するのに、そうそう時間はかからなかった。

 

…………だが。

 

「しかしだ」

「?」

「もう一方……貴様が最近やり合ったというクウラの事なら知っている」

『!!?』

 

 これには皆が視線を集中させる。

 回復魔法に専念していた者たちも、ベジータの背中を薄ら笑いと共に回復魔法の光りで照らしていたネコ娘も……更には闇の盟主だって目を見開いている。 故に彼女は此処で王子に向かって声を張り上げる。

 

「馬鹿な! なぜお主があの爬虫類もどきの事を知っておる! アレは知られざる可能性の世界から紛れ込んだのではないのか!?」

 

 その発言の内容に、いったいどれほどの人物が理解を示しただろうか。 それなりに解りやすく、だけど彼女の性格を見せつけるが如く遠回しで解りにくい発言はしかし……

 

「…………ほう」

 

 ベジータにとって、それなりに良い発現だったらしい。 小さく口元が綻ぶ。

 

「見た目は只のガキの様だが、それなりに知識があると見えて中々わかっているような物言いだな」

「当然であろう。 我は闇の盟主にして斉天大聖の行く道をこの(まなこ)にてしかと焼き付けし者、ロード・ディアーチェだ! 王たる我がそんな些末事を理解していない訳が無かろう」

 

 その笑みは、やがて小さき闇の王にまで伝染し……

 

「そうだろう? …………戦人の王子」

「フン……なにが王だ。 たかがチンチクリンな女子供の癖しやがって、王など名乗るのは片腹痛いんじゃないのか? ぇえ?」

「…………ほう、言うではないかデコッパチ」

 

 その尊大さに、お互いなにか思うことがあったのだろう…………空間にひびが入る!!

 

「くくくっ」

「ふん……っ!」

『はーハッハッハ!!』

 

 片方が笑えばもう片方が腹を抱える。 その姿のなんと愉快な事だろうか……世界もその姿に共感したのだろう、思わず遠くの山が震えて地盤沈下が始まってしまう。 ……なんと愉快で平和な光景だろうか。

 

「あわわわわ……!」

「お、王様たち落ち着いて……ね?」

 

 平地で足を踏み外す!! 高町なのはが地面にスっ転ぶと、フェイトがこの先の運命を必死に変えようと両手の平を広げていく。 まぁまぁ……そんな声が聞こえてもおかしくない彼女の表情筋は現在絶賛引きつっていることであろう。

 

 いつ爆発するかわからない核弾頭などだれも触りたくないだろうに、彼女の苦労人気質というか世話焼きというか……不幸であり気苦労の多そうな性格は、見るモノに涙を禁じ得ないだろう。

 

 ……そんな、オフザケの時間がどれほどに経っただろうか。

 

「…………まぁいい」

「あぁ、いまはそれどころではないからのぉ……」

『……ほっ』

 

 彼らのほんの些細な衝突は此処に幕切れとなる。

 

「ちゅうかよ? ベジータはなんでクウラの事を知ってるんだ? いつ、あいつと会ったんだ」

『…………あ』

 

 そこから、正に思い出したかのような会話が続いていく。 そうだ、孫悟空の知っている限りあのクウラはであったはずのない存在だ。 そもそも、超サイヤ人とさえ呼ばれていたのだ、なら、間違いなく奴はナメック星での死闘を終えた後の存在。

 ……ならば彼が知っていて自身が知らないはずはない。 そう結論付けていく悟空の表情は少しだけ硬かった。

 

 だが。

 

「…………なるほどな。 何となくわかってきたぜ」

『…………あ』

 

 王子様の顔は何となく清々しいモノへと変わっていく。 ニヤけているにしては子供っぽさが無く、微笑んでいるというならば邪悪さが強い。 まるでどこぞの黒幕を思わせる笑いは……

 

『どうしてこんなに悪い笑顔が似合いすぎるんだろう……』

「…………ふん、放っておけ」

 

 なのはの世界の住人へ、強烈な第一印象を与えるに至る。

 

「さて、カカロット。 貴様の疑問だがおそらく一言で済みそうだ」

「どういうことだ?」

「忘れたのか? 人造人間での戦いの折、トランクスが言っていただろう……歴史にずれが生じた、とな」

 

 ここでベジータは指を一本だけ差し出す。 天に向け、まるで指鉄砲のように小屋指を立てると、嫌でも鋭いその視線をさらに尖らせる。

 

「……つまり、オレと貴様は別の歴史を進んだ人間という事だ。 オレ達の居た時代で生まれたトランクスが、未来から来たトランクスとは別人であるようにな」

 

 尖った目が綻ぶとき、彼の表情は少しだけ角が取れたかのよう。 その姿を見た時、どうしてだろうフェイトには彼が…………

 

「…………かあさんみたい」

「おいガキ、なにか言ったか?」

「い、いえ! なんでもありません……」

「そうか……」

 

 其れは果たしてどう意味だったのだろうか。 “彼の変化”を知らない悟空はまだ、その言葉の意味を掴みかねてしまう。 でも……彼が言葉を紡ぐ前に、ベジータは栗毛色の髪の女の子へと向き直ると。

 

「おい、そこのお前」

「は、はははい!!」

「その死に掛けのガキはどうなんだ」

「え? あ、ユーノくんのことでしょうか……?」

「名前など聞いていない! ……そいつは助かるのかと聞いている」

「……助けます、絶対に」

「そうか……見た目は軟そうだが、あの化け物相手に一人で立ち向かったらしい……中々気骨のあるガキだ。 精々閻魔の所には送ってやらんことだな」

「…………はい!」

 

 ――女子供だと思えば、中々良い目をしやがる。 つぶやいた彼の声は、常人の身体機能を超越したものにしか拾えないモノであった。

 

 なにか、そうだ。 やはりどこか風貌が変化している彼に思わず。

 

「…………?」

 

 孫悟空は、首をかしげることしかできずにいた。

 

 さて、ベジータがおおよその事態を把握してきた頃合いだ。

 

「もういい。 キズは大体治った」

「ちょっと待ちなよ。 いくらなんでも2分そこらで治る傷じゃ――」

「何度も言わせるな、治ったと言っている」

「いやだから……」

「貴様はもういらんと言った、さっさとそこで死に掛けているガキを治してやれと言っているんだ」

 

 ユーノへ回される癒しの光りが数を増やし、それを見届けていく最中、王子の口元が……

 

「……ふん」

 

 ――――緩む。

 小さな子だ。 本当にどこにでもいるような体型と、容姿。 なんの特別さを見せつけない、数年前の彼ならば見向きどころか気付かずに蹴とばしていたような存在だ。 そんな子をいま、彼は確かに見つめ……口元をほころばせたのだ。

 それが意味することなど、孫悟空に果たしてわかるのだろうか。

 

「…………ベジータ、おめぇ」

 

 その顔を見て、その言葉しか出せない彼等サイヤ人は、どこまでお互いをわかっていたのだろうか。 変化した彼をまだわからぬ悟空は、少しだけ戸惑い――

 

「……話しはかなりずれこんだが、そう言うわけだカカロット」

「?」

「このオレさまと貴様、お互いに居た世界が違うという事だ……微妙にな」

「そうなんか?」

「そのようだ。 ……大筋は似たり寄ったりみたいだが、そのあとがまるで繋がらん。 貴様、クウラを知らんと言ったな? それではボージャックの事も知らんのか?」

 

 ――――――その戸惑いは、すぐさま消え失せていく。

 

「ボージャック?」

「あぁ」

 

 なぜなら、彼等は実に……

 

「オラ、そいつの事なら知ってっぞ。 天下一大武道会に乱入してきたやつだろ?」

「……そこは同じなのか。 悟飯の話では途中、貴様が助けに来た幻を見たと言うが――」

「――――何のことだろうな」

「フン」

 

 微妙に似通った世界から来ていたと、思わせられたから。

 続く質問に、悟空は一切の迷いなく答えていく。 その反応に何を思ったのだろう、片手を握ったベジータは、つまらなそうに視線を遠くに投げ飛ばす。

 

「しかしクウラのヤロウ、まさかあの状態から生き延びているとは思わなかったぜ。 確かにビッグゲデスターとか言う機械の核らしき物は粉砕してやったと思ったのだがな」

「へぇ、オラてっきりセルのときみたく倒し損ねてたんだと思ってたぞ。 一応、トドメまでは刺してたのな」

「当然だ。 あんな物騒な奴を生かしておくわけないだろう。 回復するたびに強くなりその上量産までされやがる。 あんなもの、二度と御免だ」

『…………』

 

 物騒なのはどちらだろう。 生死を取り合ったことが無い者たちの沈黙があたりに響く。 その言葉が続く最中でも、何ら変わりようない悟空の態度を見て、彼が歩んできた道の険しさを改めて実感するのである。

 そして沈黙。 黒い髪を逆立てた王子と、あちこちに伸ばした斉天の彼がお互いを見つめ合う。 ――ロマンチックなどという柔い雰囲気などではない、正に食うか食われるかの張りつめた雰囲気を全面に押し出せば――

 

 

「カカロット」

「……!」

「貴様、さっさとあのヤロウを倒してこい」

『!?』

 

 彼の言葉に、どれほどの人間が驚いただろうか。 

 

 しつこいようだが、この中にいる数人は孫悟空の記憶を垣間見ているし、ベジータという人間がどういった人物なのかは先ほどの戦闘で十分理解できたはずだ。 そもそも、このような言葉が出るとは誰一人思っていなかったこの展開……

 

「無理だな」

「ナニぃ!?」

 

そしてこの言葉にも、皆は呆けずにはいられず言葉を失う。 だがその間にも、王子さまの説明が続いていく。

 

「あのヤロウは、先ほど戦った時よりも随分と戦闘力を落としてる。 いまこのオレが及ばないという事実は癪だが、そこのガキ、時間がないのだろう? なら、あの気に喰わん超サイヤ人3とやらでさっさと消し去ってしまえばいいだろう」

『…………っ!』

「それくらいには、奴との力の差は無くなっているはずだ」

 

 ―――――――いま、この男はなにを言っているのだろうか。

 皆の瞳が○になっていく。 どれほどにまで呆ければそのような形に目元を緩められるのか。 教えてもらいたいが口を利けるものなど誰一人おらず、其の中には当然として孫悟空も交じっていて。

 

「な、なぁベジータ」

「……どうかしたのか? 急いでいるならさっさと――」

「いや、そうじゃなくってよ……」

 

 ベジータの表情が少しだけ険しさを増していく。 まるで渋滞に巻き込まれた朝寝坊の会社員か、電車がダイヤ通りに来ないで3時間待たされた雨の日の高校生かのようなその視線。 解りやすく言うならば、途轍もなく気に喰わないと言った表情を取る彼は……

 

「貴様、このオレの口から言わせたいのか?」

「……あ、いやぁ……そうじゃなくってよ」

 

 至極当然であろうか……だが。

 

「このオレとの決闘で貴様が出し惜しみした――――はっ!」

「ベジータ?」

「……しまった、そう言う事か」

 

 激昂しかけた彼は、突如としてその顔を片手で覆ってしまう。 さらに深呼吸をすると己のリズムを整え、仕舞いには口元をきつく固めてそこから先を言葉に出すのをとりやめてしまう。

 そんな姿を見てしまえば、心配になるのが常人の反応。 皆は一斉に彼へと視線を送りつけていく……

 

「貴様、先ほどセルとの闘いの結末を知っている素振りだったな?」

「あ、あぁそうだけど」

「死んでから何年経った」

「5年……かな?」

「…………なら、今現在貴様は大界王星で修行途中……そう言う事でいいんだな?」

「お、おう」

 

 高まる不安は誰の胸中に巣食うのだろうか。 王子がらしくないため息を吐き出せば、闇の盟主もさすがに戸惑ったのだろう、少しだけ視線をユーノから逸らしていた。 何が言いたい? 同じく王を名乗るアインハルトも、この時ばかりは不安な表情を隠すことが出来なくて。

 

「おいカカロット、貴様さっきの戦闘を感じていただろう? どうだった」

「……すごかった。 オラでもあんな風に出来るか、正直言うとわかんねぇ」

「…………」

 

 この回答がすべてだった。 今現在、ベジータの中に数多ある現状を把握しきるための素材の数々がきれいに纏まり調理されていく。 その、複雑に絡み合った式から生み出される回答。 今、それを心の中で書き記せば――

 

「率直に聞くぞカカロット。 お前は奴を倒せそうか?」

「無理だな。 力の差がありすぎる」

「やはりな」

『………………そんな馬鹿な』

 

 出てきた回答はなんてことはない。 出来ないという絶望への片道切符だ。

 

 全ての者が顔を覆い、弾けそうになる希望を逃がすまいと必死になって口を紡ぐ。 怖い……これ以上、彼等強戦士から否定の声を聴くのが堪らなく恐ろしい。 魔導師たちは、見えてしまったこの世の終わりに、口を紡ぐ。

 

 そんな光景に、しかし白き衣を纏う魔導師が……

 

「けど二人で力を合わせれば……ううん、わたし達も一緒になればきっと!」

 

 最後の希望へと歩き、足掻きだす。

 その賢明さはあまりにも眩しかったのだろう。 そっと、視線を逸らした王子は、まるで太陽光の直射日光からよける動きにも見えてしまい……

 

「無理だな」

「……ッ!」

 

 だけどその言葉に、無情な判決を下す。 その言葉を聞いて、栗毛色の髪が静かにたなびく。

 

「けど! ……こんなところであきらめきれないよ。 せっかく夜天さんもみんな元気で笑っていけると思ったのに……」

 

 振りあげたのは自身の腕。 その先に携えた杖……レイジングハートの宝石部分がほのかに発光すれば、彼女の意思の強さを表すかのように輝きを増していく。 せっかく掴み取り、切り開いてきた幸せな世界。 それを切り裂く理不尽に、高町なのはは憤りを隠せず……

 

「あんまりだよ!」

「なにを勘違いしてやがる」 

「…………え」

 

 王子があっさりと切り捨てる。

 絶望が覆い隠す? 未来が見えない……? そんな些細なことを、今になって慌てふためいてどうしたい。 今さらだ、たかが戦闘力で相手が自身を圧倒してきたことなど。

 

「勘違いするなガキ、誰があきらめると言った?」

「そうだぞなのは。 そんなもん勝手に決めつけるもんじゃねぇぞ」

「あ、え、でも……」

 

 強戦士二人が、小さき少女をその目に収めると……やんわり笑顔を作りだす。 けど勘違いしてはいけない、この笑顔は決して親愛、ましてや色恋などという軟な物などではないことを。 

 言い表せる言葉は見つからない。 それほどに彼等は複雑な表情をしていたのだから。

 

 それを、あえて例えようとしたクロノ・ハラオウンは気が付けばこうつぶやいていた。

 

 

「不敵……」

 

 どす黒さの中にある微笑、険しき山の中に見つけた小さな湖。 夜天の子らならこんな抽象的に表現するかもしれないそれは、まさしく敵を寄せ付けない笑みに、子どもたちは当然として、使い魔であるリーゼ姉妹ですら背中に大量の汗を流し……

 

「…………さすがです、孫悟空。 ……ふふ」

 

 星光の破壊者はほのかに頬を染め上げる。

 

 見初めし彼はいったい何を考えているのだろう? 気になる彼の心内、それは……次の瞬間――

 

 

「さぁて、こっからどうすっかなぁ」

『………………はい?』

 

 一気に不安へとなり変わる。

 いや、策があるどうこうなんて闇の書関連の事件で大体わかるであろう。 この男、常に出たとこ勝負である。 ……圧倒的な瞬発力と状況把握力で難を乗り越え、奇跡的な領域にまで高められた決断力と行動力で突き進んでいるという常軌を逸した能力があるという点を除いてだが。

 さて、そんな男に皆が驚き、王子の彼が何やら息を吐き出しているところだろうか。 その、軽くもなく重みを感じることもできるため息が、空の彼方へ飛んで行った時だ。 彼は……

 

「いいか、良く聞け」

「……」

「あの化け物は確かに強い。 それに今の貴様と、オレでは太刀打ちできんのも事実だ」

『…………ッ』

 

 其れは、己が弱さを認めたある種の“別の強さ”に目覚めた男の一言。

 

「だがそれは今現在での話だ。 …………いつかは超えられるだろう、あれくらいはな」

「そうだな、超えてやるさ」

「フン」

 

 他者を貶めることを喜び、踏みにじることに快楽さえ覚えてしまう血塗られた一族。 その族長がいま言うのだ。 今を歯噛みすることなら誰にでもできる――

 

「とにかく今はあの気に喰わん嗤い声を黙らせてやらんとな。 あの耳障りな声など二度と聞きたくない」

 

だが、未来を見つめて歩くことの重要さを……彼は一体、何時の間に手に入れたのだろうか。

 

「それに貴様を倒すのはこのオレだということを忘れるな。 例えそれが並行世界だろうがパラレルワールドだろうが、貴様とケリを付けられるのはこのオレだ! いいな!!」

「あぁ」

 

 その言葉を聞いたとき、皆が思うことはひとつ。

 孫悟空という男が、この粗暴でぶっきらぼうなサイヤ人の王子に及ぼした影響の大きさだろうか。 高町なのはでいうところのフェイトとの関係を、熱く激しく燃え上がらせたのがこれだろうか?

 いいや、彼等はサイヤ人だ……なら、彼等が紡いだ絆は決して常人には理解できないだろう。 ……だから、彼は言う。

 

「あんな野郎に負けてもらっては困る……」

「ベジータ?」

 

 小声だったそれは、いったいどれだけの人間に届いた警告だろうか。

 気になる相手でなければ決してこんなことは言わない、いいや、言えない王子さまの心境は誰にも伺えない。 意地が支えのエリート街道を進んできた彼に、妥協と撤回の言葉など存在しない――

 

「本当に今回だけだ!」

「さっきからどうしちまったんだよ?」

 

 王子がはめ込んだ、白い手袋がギチギチと音を立てる。 切れそうで、破けそうなほどに高い音は、正に彼がどれほどに追い込まれているかを表すには十分。

 必死の抵抗だ、これから起こす自分が“ついさっき宣告した”ことを否定するのだから。 それでも、強過ぎる意地が今だけは邪魔なようで。

 

 

「…………しろ」

「え?」

 

 

 言った言葉は本当に小さかった。 聞き取れる者はおらず、仕方ないから聞き返せば――

 

「何度も言わせるな! このオレとフュージョンしろと言っている!!」

『フュージョン!!?』

 

 王子さまは完全にそっぽを向いてしまった。 だが、それにも増して大きなリアクションを取るのは、悟空が“こちら”にやってきて出会ったすべての人間。 目は大きく見開かれ、口は少しだけ開かれている。

 何とも間抜けなその表情も、仕方がないだろう……なぜなら。

 

「なぜ貴様も驚く側なんだ!!」

「いやだってよぉ……なぁ?」

 

 王子様にもわからない代物だったのだから。

 少しだけ開いた……間。 その空白に耐えきれなかったのだろう、不屈を受け継ぎし白桃の少女がいま、その両目を見開いた。

 

「べ、ベジータさん。 あのですね……」

「なんだ? 今忙しい、要件はさっさと済ませろ」

「はい!! ……あの、そのフュージョンってシグナムさん達がやった悟空くんとの同期現象のこと……ですよね?」

 

 ならばあなたも魔力を……持っている?

 増えた疑問に対する回答は、“つい先ほど”までなら確かに優等生だったろう。 しかし驚け高町なのは。 貴方が思っているよりも、遥かに彼の世界はトンチンカンを極めてならない。

 

「…………なにを言っているんだ、貴様は」

『…………あ、あぁぁ~~』

 

 だから真っ当な回答に首をかしげるのも当然だっただろう。

 交錯しないお互いの常識。 それがすれ違いレベルにまで近づいたとしても、やはり理解しあうには遠い距離があるようだ。 眉を寄せたかのように見えた王子に向かって皆がそろって口を開く……落胆の色が濃い。

 

 だが、時間は待ってくれない。

 

「そっちの事情や常識は知らん」

「そ、そうですよね……」

「とにかく何でもいい。 カカロット、さっさと用意しろ」

「お、おう……?」

 

 王子は立ち上がる。 回復しきっていない肉体は、文字通り剥き出しの魂が補い引っ張っていく。 これ以上土を付けるわけにもいかない自身の生き様に、更なる汚点を付けるのだ。

 よりにもよって…………呟いた言葉は、深緑の世界へと彷徨いこんでいく。

 

 そうして彼らは、ついに約束の儀式を行うので―――――

 

「なぁ、ベジータ」

「なんだ……?」

「おめぇ、これから何をどうする気なんだ?」

「……………………………は?」

 

 お、行い……たかった。

 飛んできた疑問の声に、さしものサイヤ人の王子もついに呆れてしまう。 下らぬお惚けならここで焼き払ってしまえばいい……軽く流そうとした彼の顔に……

 

「――――まさかッ!!」

 

 フッと影が突き刺さる。

 

「おい、カカロットまさか貴様――――知らんのか……っ!」

「だからよ、さっきから何なんだよ?」

「ば、バカな…………」

 

 脚が震えれば膝が地面に突き刺さる。 振るえる横隔膜は、そのまま情けない声を生産し、消え入りそうな声は残念ながらこの世界にいるすべての人間に届いてしまう。

 

 

 

「この、オレがァ……」

 

 口元からカチカチと音がすれば、なんてことはないと先ほどまで余裕を醸し出していた王子さまから完全に優雅さを取り払っていく。 

 

「このオレ様が貴様に教えなくてはならんのかぁァァアアッ!!」

 

もう、巻き返しが付かないところまで追い込まれた彼を見て、皆が思う――――

 

「フザケルナァァァアアアア!!」

 

―――――――――何をそんなに驚いているのだろう……と。

 

 

 

 深緑の世界で身を隠す魔導と武道を行く者たち。 彼等に残されたわずかな時間は、果たしてこの世界に希望をもたらす軌跡へとつながっていくのだろうか。 王子が叫び、地球育ちのサイヤ人が首を傾げる中……悪魔がゆっくりと忍び寄っていくのでありました。

 

 気高き誇りと、不屈の闘志が混ざり合う瞬間――全次元世界が震撼することも知らずに、彼等は王子の次の行動を待つ……

 

 

 

「クソッタレェェエエッッ――――――!!」

 

 

 顔を真っ青にしながら、金色のフレアを撒き散らす王子を世界が見つめる中、ときはただ、ゆっくりと過ぎ去ろうとしていくのであった。

 

「    こふっ」

「!!?」

 

 

 魔導の少年に残された時間を、角砂糖を削るが如く消費していきながら…………刻限は、近い。

 




悟空「オッス! オラ悟空!!」

ベジータ「いいか! 良く聞きやがれ!!」

クロノ「あの……どうして僕が――」

ベジータ「口答えするな! 首の骨をへし折られたいか!!」

クロノ「なんで僕だけ……」

ベジータ「あの化け物がオレ達の戦闘力を勘付くのも時間の問題だ! いいからさっさと言われたとおりにしろ!」

クロノ「…………グスっ」

みんな「あーあ、泣いてしまった……」

フェイト「いやだよね。みんなが見てる前であんなのは――でも時間は待ってくれないんだ、頑張ってクロノ!」

クロノ(人身御供)「……じかい、魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~第66話」

なのは「悪魔と踊れ――地獄のワルツ」

ヴィータ「……くくっ!」

シグナム「笑ってやるなヴィータ。 あれはあれで真剣なんだ―――――ふっ」

シャマル「そうよぉ……失礼よヴィータちゃん。 ウフフ」

ベジータ「……………………殺してやる」

悟空「落ち着けってベジータ! と、取りあえずまたな!!」


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第66話 悪魔と踊れ――地獄のワルツ

 史上最強、空前絶後、一騎当千、英雄豪傑……この世にはあらゆる言葉が在れど、世界を震撼させる男にはどれもがきっと小さき賛美だろうか。 そうだ、男はそんな肩書きだの理屈をごねた称号などは欲していない。

 その手に掴み取るは“最強”
 その手で握りしめるは“勝利”

 いつだって彼は信じた道を、不器用ながらに突き進んでいった。 何の迷いもない彼の歩みはまさに進取果敢と称えられるべきだ。 常人には真似ようがない、頂への研鑽……彼は、いつだってそれを行ってきた。



 そんな彼が教える奥義とは一体…………りりごく66話どうぞ。


 鍛え上げた腕は鋼鉄すら両断し、引き締まった脚は海面を切り裂いてしまうだろう。

 

 そんな馬鹿なと、誰もが口にしてしまうほどに磨き上げられた武器は己がカラダ。 研鑽し、血潮を拳にくべて闘志を燃え上がらせてここまで来たんだ。 ならば当然全てを越せない訳がない。

 

 想ったのは理想、突きつけられたのは……現実(敗北)

 何度拳を大地に叩きつけただろう。

 幾度あの光景を見ていたんだろう。

 

 いつだって……いつだって……そうさ、其の光景がある限りきっと彼は死んだとしても己を痛めつけることをやめることはないだろう。 

 

 

――――――――――例え、何が起ころうとも……それが、男が生きる道なのだ。

 

 

 

「い、いいか貴様ら!!」

「…………ベジータ」

 

 そんな男は…そんな男は!! 

 

「いまからこのオレが教えることを決して御遊びなんかと思うなよ!?」

 

 ……ダンスを教えているのであった。

 

 

呼吸を整え大きく叫ぶ。 完全に声が裏返り、額からは汚い汗がにじみ出てしまっている……脂汗だろうか。

 

「なにを教える気なんだろう」

「……さぁ?」

 

 その場にいる誰もが思う事。 この想いを代表して口にするのは黒い衣に身を包む二人組だ。 クロノとフェイトは、いまだ目を開かない重体患者に魔力を削ぎ落しながらに事の展開を見守っていた。

 

「……」

『??』

 

 だが王子は動かない。

 白い手袋をありえないくらいな音量でまるで雑巾を引き絞るように、いや、引き裂かんばかりの音が皆の鼓膜を直撃する。

 

「お、おい」

 

 そんな姿を見せられて、黙っていられないのは当事者である孫悟空。 彼は王子さまの刀剣類を思わせる視線に刺されながらも苦笑いを禁じ得ない。 見たことが無いのだ、あんな姿の彼を。

 

「さっきからどうしたんだ? オラに技、教えるだけなんだろ?」

「……」

 

 だったらどうして?

 言外に語る悟空の表情は至極自然体である。 当然だ、何も知らないということは幸せなのだから。 彼は此処で思い知るべきだったのだ、王子が今、どれほどに自身の中で渦巻く思いの嵐を。

 

「いいか、此れから教えることはなんとしても覚えろ。 一回しか教えてやらんし、オレ自身何度もできるモノでもない!」

『……そ、そんな技をッ!』

 

 その嵐を一身に受けたのは悟空だけではない。 たった一度、そう出された言葉に皆が固唾をのんでしまう。 この達人をして、数回のチャンス……一体自分たちはこれから何を目撃するのだろう。

 管理局勢から一般人にまで緊張が走る。

 

「…………」

 

 息を吸えば肺を満たし、膨らんだ胸元が収縮していけば口から空気が抜けていく。 これを数回繰り返したことだろう。 王子はついに動く!!!

 

「―――――っ」

『…………?』

 

 耳鳴り、そして次に感じたのは視界の違和感。 

 とてつもないナニカ巨大な物体を見た様な? そんな、気のせいにしか思えない程度の違和感が皆の心を通り過ぎたところだろう。

 

「ベジータおめぇ」

「言うな、それ以上」

「いや、けどよ」

「言うな!」

「……ベジータ」

「…………言うな」

 

 サイヤ人が二人とも黄昏の彼方に居た。

 その、体中を覆う雰囲気のなんと濃い哀愁だろうか。 見るモノに思わず涙を禁じ得ないほどに線が細くなっているのは、先ほどまで自信と高慢とが服を着て戦闘をしていた王子さま。

 

「何が起きたんだいま……」

 

 クロノが目を丸くしながら、事の真相を探ろうと彼らの元へ近寄ろうとした。 そのときだ。

 

「う、うぐぅ?!」

 

 疾風が彼の進行を阻止する。

 身体を吹き飛ばさんとするそれは、まるでこの世界が怒りに――いや、実はこの現象は世界が恐れているのかもしれない。 何しろこれを引き起こした張本人と言えば。

 

「……なぜこのオレがこのようなことを……っ!」

 

 彼は天に逆らった髪の毛を悲しく揺らすと、そのまま悟空とは正反対の方向へ視線を投げ捨てる。

 

「いまあのお二人はナニカなさったのでしょうか?」

「したんだと思う。 悟空もベジータ……さんもおそらく、超高速の域で何らかの行動をやったはずなんだ」

「……んーなんだろう」

 

 高町なのは、フェイト・テスタロッサの両名ですら今の動きを目で捕えることは不可能。 視力特化の高町恭也、並びに士郎がいれば今起こった事の真相を窺い知ることはできただろうが居ない者はいない。

 

「さて、やっか!」

 

 なら、話しを前に進めるしかないだろう。

 

 王子さまの沈黙が続く中、孫悟空がおもむろに両足を肩幅に広げる。 

 

「こうやって、こうッ」

 

 ビシィ――っと決め込むその姿は、どことなく特撮の変身ものを彷彿とさせるポージング。 両腕を手の平ごと左側に伸ばして、そのまま視線は自身の正面に持って行く。

 

「……孫悟空?」

 

 それを見て、疑問に思わないものなどいないだろう。

 なのはと同じ表情(かお)を持つ少女、シュテルが怪訝そうに悟空を見つめている。 当然だろう仕方がないだろう。 なにせ悟空のいままでを知る彼女だ、あんな構えなど見たことが無いし聞いたこともない。 彼は、いったい何をやっているのだろうか?

 

「右手がこうだったろ?」

「違う、最初は手のひらを握るな、広げて伸ばせ。 ……そうだ、両腕とも片方に伸ばして、指先はそうやって手刀の形で留めるんだ、いいな」

『…………?』

 

 いまだ全容を掴めない悟空の行動。 皆の脳内に広がるのは数々の単語だろうか? たった二人のサイヤ人、可能性の世界から来た者同士、そして――地上最強、天上天下唯我独尊を貫くものにしかわからない奥義。

 いったいこれから何が起こるのか、皆の心はどこまでも期待に膨れ上がっていく。

 

「そんでこうだったな」

「違う! いきなり振りかぶるな! その前に腕を頭上に持って行って――そうじゃない!」

「なんだよ、おめぇが“あんなに早く”するから分らなかったんだろ?」

「それでも貴様の目では追える速度だったはずだ! それで理解出来ん方が悪い」

 

 しかし、だ。

 徐々にこじれていく二人の掛け合い。 気のせいだろうか、王子の方からは目に見えていないはずなのに火柱が立っているようにも思えるのは。 それが堪らなかったのだろう。

 

「あ、あのぉ~~」

 

 高町なのはが声を上げる。 ただし仔猫のような小さな呟き程度でだ……それが気に喰わなかったのだろう

 

「………………なんだ、なにか文句があるのか……?」

「ひぃ!!?」

 

 仔猫に鬼が睨みつけた! 大人気ない、なんと大人気ない。 時空航行装置を作ったあの人が見れば説教もあり得るだろうこの事態は、さすがの不屈持ち魔法少女も目尻に光るものが浮かんでくる。

 

「ご、ごごごっ……!」

「おいベジータやめとけって」

「ちっ」

 

 何となく、兄弟げんかの仲裁をする感じのトーンな孫悟空。 しかし驚くことなかれ、今現状の孫悟空にとって、自身の子供などたった一人だけなのである。 ……そもそも、そんな彼等も兄弟げんかの一つもしない良好な関係だとは思うが。

 ともかく、本当に大人気ないサイヤ人の王子兼、元宇宙の地上げ屋に向かって、今度こそ眉を吊り上げるのであった。

 

「わ、わたしなんでこんなに怒られてるの……?」

「まぁ許してやってくれよ、あいつも色々とあるんだ。 ……それにあれはなぁ」

『??』

 

 一転、孫悟空の表情が苦みを帯びていく。 少しだけ笑みをブレンドしたそれは、おそらくベジータに向けたモノだろう。 その意味が解らなく、皆が首をかしげている中。

 

「時間がない、急いで今のを形にしてもらうぞカカロット」

「わかってる」

『…………』

 

 彼の言葉を遮るように、ベジータが先を催促する。 もう、限られた期間しかないというよりは、刻一刻と時間制限が削られている心境。 皆はここにきて更なる緊張感に身を引き締められていく。

 

「そう言えばさ、斉天さま」

「ん? どうした、レヴィ」

 

 そのなかで、更なる疑問を持つモノが一人。

 水色の髪の毛を左右で縛った彼女は、天真爛漫をそのままに孫悟空へと声を投げかけていた。 何も考えていない、というよりかは、なんでこうしないの? という提案を持ちかけるような声でだ。

 ……そしてそれは。

 

「結界、張らないの?」

『…………あ!?』

 

 管理局と一般魔導師連合にとって、かなり盲点を突いた言葉であったようだ。

 

「なんてこった!!」

 

 クロノが声を荒げる。 そうだ、馬鹿正直にもほどがある。 なぜ自分たちはこんなに解りやすいところでビクビクと敵を待ち構えていなくてはならないのか。 ……隠れることができる術があるなら積極的に使えばいい。

 

「いまからでも遅くない……いくぞっ」

 

 気づかされた瞬間に、一気に術式をくみ上げていく彼はしかし。

 

「待った、クロノ」

「悟空?」

「それはやらねぇ方がいいかもしんねぇ」

 

 遮られる。

 穏やかでありつつ、どことなく冷淡。 見たことがあまりない彼の表情は、恐ろしいと思えるくらいには真剣みを帯びていた。 少なくとも、クロノにはそう映ってやまない。

 

 どうして? そう聞くよりも先に、孫悟空は腕を組んで口を動かしていく。

 

「おめぇ達がつかう結界は確かに便利だ。 気を遮るし、何よりあれ解いた後に被害が何もなかったみてぇになったのは驚きだしな」

「そうだ。 封時結界……あの術式は通常空間から特定の空間を切り取り――」

「そう言う細けぇのはまた今度な。 結論から言うと、あれを使うと“アイツ”がオラたちの事を完全に見失う。 それがダメなんだ」

 

 今回悟空たちがしなくてはならないのはかくれんぼではなく、鬼ごっこ。

 

「さらにあいつはオラたちの技を使うかもしんねぇってのはディアーチェが言ってただろ? なら、気を探る術も当然持ち合わせているはずだ」

「瞬間移動で追いつかれるか……」

「それともほかの世界を滅茶苦茶にするかだな」

 

 しかも相手が完全にこちらへの興味を失わないようにしつつ、事態を打開する策を管制させなくてはいけないという跳んだジレンマ付である。

 そのことを、ようやく思い知らされた皆は事の難解さに……

 

「ど、どうするの悟空」

「……」

 

 彼を見つめる。

 フェイトは生まれてかれこれ数年。 見た目相応の人生経験ではないモノの、そもそもこういった魔導に対する知識はなのはの倍以上は持ち合わせている。 だからこそわかる。 自分達にはこの状況を打開するための便利な術など持ち合わせていないということを。

 

「どうにかなるさ! なんとかなる、いや、しなくちゃなんねぇ」

 

 それでも彼の返答には力があった。 自身に満ち溢れ、その顔には一切の曇りがない。 なぜ、こうも絶望的な状況で笑っていられる? 皆は疑問を胸に作り出していきながらも……

 

「は、はは……」

「さすがだね、悟空」

「そうだよね。 みんなが居るんだもん、きっとどうにかできるよ」

 

 クロノ以下数名も、なんでか表情をあかるくしていってしまう。 つられて? それとも自然と……? わからないのは彼等も同じ。 だって仕方がないではないか、彼が、孫悟空があきらめないと言ってしまえば、それだけで体中に力が湧いてきてしまうのだから。 心が、くじけてくれないのだから。

 

「それに今回ばっかりはいつもと違う。 そうだろ? ベジータ」

「フン」

「おめぇアイツの事、一回は倒してんもんな?」

『!!』

 

 軽く言う悟空は本当にどこまでもあっけらかんである。 なぜこの男はそんなことを軽々しく言うのだろうか? 皆はまさしく目を点にしながら、悟空の言ったことに半ば興奮を隠しきれずに聞いていく。

 

「倒した、そう言っていいかは微妙なところだがな」

「なんだベジータ、謙遜なんかしちまっておめぇらしくねぇ」

「……フン」

 

 腕を組み、鼻で息を吐き出した彼はどことなく表情が曇って見える。 目を閉じ、少しだけ鳴らした喉からは不機嫌を伺わせるには十分だ。

 

「そんなことはどうでもいい。 今はオレが教えたフュージョンをさっさと完成させることだけ考えろ」

「あぁ、わかってる」

 

 出された言葉はぶっきらぼうを絵にかいたような物だ。 皆がその発言に少しだけ眉を動かす中でも悟空だけはわりと素直に、いや、何の抵抗もなく王子の言葉を呑み込んでいく。

 

「……というか、あいつは一体なにをやっているんだ?」

 

 その姿はさすがに疑問の塊だったのだろう。 クロノが首を傾げれば、そのまま悟空はなんでもないと言い放つ。

 

「なにって、ダンスだ」

「ダンスって悟空くん……」

「こうやって、こう!」

「違う。 最初の時点で腕がやや下に下がりすぎだ」

「……こうか?」

「今度は上げ過ぎだ。 もう少し落せ」

 

 すかさず行われるダンスの指導は一向に進まない。 けど、それを疑問に思う者はこの世界から消えて行った。 見てしまったのだ、彼の……孫悟空の真剣な表情というやつを。 いつもニコヤカを体現した彼の顔に射しかかった影。 それが何を意味するのかは最早言うまでもないだろう。

 

「悟空、くん……」

 

 高町なのは、彼女はもう見守る事しかできない。

 

「カカロット! 貴様ふざけているのか!!?」

「んなこといってもよぉ」

 

 例え何が起ころうとも、いつも彼が助けてくれていた。 ……そのことに疑問を感じないほど平和な頭をしているわけではないが、それでも、彼はいつだって自分たちの窮地を切り開く刃となって進んできたのだ。

 

「このオレがあんな恥ずかしい恰好をしてまで教えたんだ! さっさと覚えてしまわんか!」

「……ちぇ、一瞬で終わらせちまったくせに」

 

 それに今回も賭ける。

 高町なのはは、ただ、彼の手振り身振りを見つめながらに、そう思う事しかできないでいた。

 

「なぜそこで手足が同じ方向にいく!? 『ジョン!』の時には両手は拳を作って片側に逸らして足は“コウ”だ!」

「……あ、あのぉ」

 

 そう、思う事しかできなかった筈なのに。

 

「こうか?」

「コウだ!」

「こうだ!」

「違う!!」

『え、えっと……お二人とも?』

 

 ふたりの絵。 正確に言えば互い合わせになった状態で……つまり向き合った形になった彼らは全く同じポーズをとる。 そうだ、例のポーズである。

 

「いいか! 腕の角度に気を付けろ!!」

「お、おう」

 

 差し出したのは両腕。 自身から見て右へと伸ばされたそれは大地と水平一直線! あまりのきれいさは、さしものクロノを黙らせつつ、悟空をも呑み込んでいく。

 

「フュー……」

「…………」

 

 

 掛け声とともに行われるのは、なんと、がに股歩行。 なんだか砂浜で子カニが走っているところを思い浮べたのは誰だったろうか。 けれど決して口に出せないのは、先ほどから涙目になっている高町なのはがいい例だろうか? 彼に指導は続いていく。

 

「この時に移動するが、そのときの歩数は3歩分だ! 其処を間違えてくれるなよ!」

『……』

 

 円を描くように上げられたそれは、頂上を昇りきれば今度は下っていってしまう。 半円を描いたベジータの腕は一気に振り抜かれていく。

 

「……」

「ジョン!!」

『…………』

「手は握り、一気に反対側へ振り抜くように戻す! この時、今オレは身体の右側に手を突き出しているな? なら、脚は振り抜いた方とは逆位置、つまり左側へ膝をつきだすようにしろ! 間違っても腕と同じ方向には曲げるんじゃないぞ!」

『……………………』

 

 つま先立ちとなった左脚は、少しのブレもなく力強いラインを描きながら大地に根を張る。 その逞しさは彼が持つ肉体から相まって大樹と形容されようか……その恰好が奇妙奇天烈だという点を除いてだが。

 

「破ァ!!」

『…………………………』

 

 完成した……奇跡の踊りが。

 

 その最後の格好のなんと鋭角な事か。 先ほどまで半分ほど浮いていた左足も、今では重心を掛けられた大樹が如く軸足に。 ケリのように突き出していた右足は地面に降ろされ、そのままなんと爪先を地面に付ければ斜め45度を保ちつつ、きれいな斜線を描いている。

 芸術的。

 “そこだけ”見れば確かに綺麗なポーズだったろうさ。

 

「おい」

「馬鹿、いま喋りかけるな!」

「……ですけど」

「た、確かに気になるよね」

 

 黒衣の少年、闇の盟主、雷光の少女、そして白衣の少女が口々に感想を述べていく。 なんというか、なんとも言えない雰囲気の中で彼らが出せる精一杯の気遣いがこれだった。

 

「……………………………っ!!」

『……あ』

 

 その気遣いが、いま、激しい前触れと共に瓦解していく。

 振るえるは王子、顔を苦くするは孫悟空。 彼等サイヤ人の奇抜で珍妙なダンスを目の当たりにしたすべての登場人物が今、この後の嵐を前に身を縮こまらせる。

 

「ぐ、ぐぅぅ!!」

「べ、べジ――」

 

 心配で、少しだけ辛そうだなと感じた悟空は片手を伸ばそうとして。

 

「なぜオレがこんな真似をせねばならんのだ!」 

 

 弾かれる、右手。

 物理的に触れたわけではないように見えたのはおそらく気合砲か何かだろう。 “気”分が大分すぐれないように見える彼は、そのまま悟空へ詰め寄っていく。

 

「カカロット! そもそも貴様がいけないんだぞ!」

「い゛!? お、オラ?」

「これでもしも実は知っていましただなんて言ってみろ!? そのときは貴様を地獄に引きずりこんでやる!! いいな!」

「知らねぇモンは知らねえぞ……」

 

 兎にも角にも完成させた例のポーズ。 それを伝授したぞと息を巻く彼は、実は一つだけ忘れ物をしていた。 しかし心配することなかれ。 その事実はいま、彼自身の手で掘り返されることになる。

 

「いいか、今の珍妙なポーズ。 つまり“フュージョンポーズ”を体格、気が大体そろった二人の人間が左右対称で全ての手順を踏めば『融合』が始まる」

「融合……だからフュージョンなのか。 ということは、例のユニゾンとは違って二人は完全に別の人間になるって事なのか?」

「察しが良いガキだ、説明が省けたぜ。 そうだ、カカロットでもこのオレでもない、全く別の人間が“生まれる”ことになる」

 

 クロノからの質問を、すこしだけ肩から力を抜きながら答えるベジータはようやくフュージョンポーズ説明からくる羞恥心から抜け出せたと言ったところか。 もう、無駄に恥をかくことが無い。

 そう思っていた彼は。

 

「なぁ、ベジータ」

「なんだ」

「左右対称ってのはどういうことだ?」

「…………………………そんな馬鹿な」

 

 酷く滑稽だったそうな。

 

 抱えた! ここで王子様はついに頭を抱えることになる。

 右手で遮った自身の視界は、これ以上現実を直視したくないことの彼なりの表現だったのか。 もう、戦いよりも困難な敵を前に、彼の堪えは限界を突破しそうになっていく。

 けれど彼は大人。 王子たる彼は此処で少しの天啓を授かることになる。

 

「え!?」

「…………ふん」

 

 見た先に居るのは、管理局所属の黒い男の子。 彼の人となりは何となく掴めているのかいないのか。 そこはかとなく、自身の息子の“13年後の姿”を幻視した彼はそのまま口元を歪めていく。

 

「おいそこのガキ」

「は、はい!」

 

 その顔のなんと凶悪な事か。 映画にでも出てくるギャングか何かと間違えそうになる目の前の顔に、金髪の少女が小さくも張りつめた声で反応する。

 

「違う」

「え?」

「お前じゃなくてそこのガキ、貴様に言っている」

「ぼ、僕?!」

 

 しかしどうやら今回の主役は彼の様で。 誰にも見つからないように、少女は一人心の中で胸をなでおろす。 さて、そんな少女を置いておきながらも進んでいく王子様の会話と指名。 明らかに常軌を逸した視線を前に、黒い衣の“男の子”は今度こそ震えを隠せない。

 

「…………いまのは、理解できているな?」

「いまのというと……?」

 

 ゴクリ。 飲み込んでしまった生唾は、そのまま彼の胃液と混ざり合って気味の悪い感触を与えていく。 何かが一個でも噛みあわなければそこまでと、誰も強要していないのに自信を追いこんでいく男の子――クロノは、そのままベジータと視線を合わせながら。

 

「フュージョンポーズの事に決まっているだろう」

「…………まさか」

 

 バリアジャケットを着込んでいるはずなのに、自身の地肌に汗が湧き上がっていくのがわかる。 何となく肌触りの悪いそれはおそらく脂汗なのだろう。 全身を流れるように行き渡れば彼の脳内に一つの可能性が浮かび上がっていく。

 

「実は――」

「まさかこの期に及んでトボケルわけではあるまいな。 見ていたぞ? オレがフュージョンを実践している最中でも貴様はじっとこちらの動きを追っていたことを」

「……ウグ」

 

 それに嘘など言えばどうなるかわかるだろう?

 どことなく背景に浮かび上がっていく暗闇を纏いながら、ベジータの微笑はクライマックス。 もう、後には引けないところまで追い詰められたクロノはついに言ってしまう。

 

「…………なにをすればいいのでしょう」

「良い答えだ」

「……チクショウ」

 

 地獄も、二人で堕ちれば怖くない。

 そうさ、この儀式には相方が必要なのだ。 そして孫悟空はまだ理解が不足している、なら、この先に行うことなど決まっているだろう。 見せればいいのだ、彼に、王子が見せようとしている踊りの全容を。

 

「手を貸せ」

「は、はい……」

 

 一緒に堕ちる相手が見つかったことによる安堵が在ったのだろう、少しだけ声のトーンに余裕が出来た王子。 対して地獄に足を引きずり込まれた少年というと。

 

「クロノ……」

「が、がんばってクロノ君!」

「もう、どうにでもなれ……ハハ」

 

 気分は急降下のジェットコースターだ。 もう、上がることのないそれはもしかしたらフリーフォールかもしれない。 少年の苦悩が続く。

 

「こうなりゃヤケだ! 悟空! 頼むからさっさと覚えてくれ!!」

 

 そうして揃う足並みは儀式の前段階。 ふたりの歩幅で7歩分あるかどうかという底は、これから行われる舞踏を前に確かな静寂を与えられていた。 並び立ち、そろって眼前を見据える彼らの目は少しだけ血走っていた。

 

『フューー』

 

 動き出す、二人の人物が。

 彼らは両手を上げるとすぐに地面と水平の位置に持って行く。 その間に刻まれる歩数はお互いに3歩分。 彼らは引き合うように近づいて行った。

 

『ジョン!!』

 

 気合一声!!

 過剰な声量で上げられた雄叫びは正に獅子奮迅が如く。 目の前に仕事を終わらせたいという一心が皆に伝わっていく。

 

『ハッ!!』

 

 腕の出し具合、膝の曲り具合、脚の角度……ヨシッ。 最後に合わさった指先は、寸分の狂いなくベジータとクロノを繋いでいた。 彼らの儀式は、形だけなら見事に成功していたのであった。

 

「オラ、これからコレやんのかぁ」

「それはこちらの台詞だ! なんで僕が――」

「……なにか文句があるのか」

『え! あ、いやぁ……ハハっ!』

 

 迫力全開の凄みは、正に鬼か悪魔のような印象を周囲に与えるには十分すぎた。 暗い地の底から迫るように鳴らされた喉は、既に悟空への威嚇を始めようとしている。

 

「あんな恥ずかしいポーズを踊らされたんだもん。 と、当然かも」

「そうだよね。 わたしだって嫌だ」

 

 なのは、フェイトのふたりは遠巻きながらに状況を呑み込んでいく。

 けど、王子の心内までは推して測ることはできず。 ただひたすら苦笑いと怯えと励ましとが混ざり合った訳のわからない表情で彼らを見守る事しかできない。 男たちの苦悩が続く。

 

「いいかカカロット、いまのが左右対称だ」

「あ、あぁ。 さすがにここまでされちゃオラだってわかる。 けど、なんで今のでおめぇ達は融合しなかったんだ?」

「言っただろう。 体格は大体でいいが、気の方はまったく一緒に合わせる必要がある。 オレと貴様ならば少しの調節で済むがさすがにこのガキとだと差がありすぎる。 だから融合が成立しなかったんだ」

「そうか……気を合わせんのか」

 

 無理に平静を装う彼の背中はなんだか哀愁が漂う。 20年後の未来から来たばかりの青年が見れば驚愕を隠せない彼の変貌は、それだけ王子の角が取れた証拠足り得る。 そのことを果たしてわかっているのだろうか? 孫悟空は少しだけ首をかしげると。

 

「……そんじゃやっか」

「フン、言っておくがカカロット、このフュージョンポーズは失敗するとそれ相応のデメリットがある。 本番で間違えてくれるなよ」

「大ぇ丈夫。 さすがにここまで見せてくれれば大体わかるし、動きももう見切った。 今度はしっかりやって見せるさ」

 

 そう言うなり悟空とベジータは互いに距離を測る。 目線だけ動かして見せたそれは、お互いの歩幅を数える動きである。 1,2,3、少しづつ開いていく彼らの空間に、皆がいよいよ息を呑む。

 

「距離はこれくらいでいいだろう!」

「次は気をまったく一緒にするんだな?」

「そうだ! 普通のサイヤ人状態でやる、着いて来いカカロット!」

「よぉし!!」

 

 ―――――――――――ハァァァァアアアアアアッ!!

 

「うぉ!?」

「くう!!?」

 

 ふたりが気合を高めていく。 発声による振動が一瞬で通り過ぎると、彼等の全身からくる力の波が世界を震え上がらせていく。 しかしその身体になんら大きい変化は訪れない。 皆が予想した頭髪の変異も見当たらぬままに、彼等は腕を互い違いの方向へ伸ばしていく―――――――…………

 

「な!?」

「に……!」

 

「ギヒヒ……ッ」

 

 居た。 遂にそいつはここにやってきてしまった。

 

 紫色の体色を持ち、その手に赤銅色の剣を携えた地獄の鬼が――

 

「よりにもよって!」

「オレ達の間に瞬間移動してきやがって!!」

「ギヒ!」

 

 そろえた腕を一気に振るう。 しかしその先は鬼が居るところではないし、そうとも言って無意味な動きではない。

 

『だぁあ!』

「……!」

 

 蹴りだ、二人が放ったのは。

 腕を振り、反動をつけた右足での同時蹴り。 挟み込むように蹴りぬくと言ったその攻撃は最速で全力の一振りであった。 しかし。

 

「ちっ」

「ダメか!」

「悟空くん!!」

「ベジータさん!」

 

 それぞれの蹴りは鬼の腕によって阻まれてしまう。

 至極当然の流れと言わんばかりに、冷や汗も流さず、それどころか薄ら笑いすら浮かべるヤツの顔を忌々しげに見つめていくベジータは。

 

「はぁぁああああッ!!」

 

 その髪を金色に染め上げていく。

 全ての能力値が50倍にまで引き上げられるソレは、俗にいう壁を超える前の姿。 黄金のフレアを撒き散らせながら、彼は即座に距離を詰める。

 

「カカロット! とにかく応戦しろ!」

「それしかねぇのか……!」

 

 放つ言葉に、しかし悟空はすぐに動けない。

 そうだ、彼にはあるのだ。 この場で全力を出せない事情というのが。 其れは、その理由は彼の身体の奥深くに結びつく宝石から聞こえてくる。

 

【孫……孫!!】

「シグナム……」

 

 それは、烈火の騎士の叫ぶ声。 警告のように、訴えかけるように強く激しい彼女の声に、悟空は念じることも忘れて口を動かしていく。

 

【わかっているとは思うが、不必要な全力戦闘は避けろ】

「……時間は後、どれくらい残ってる」

【普通の状態の超化で20分。 あの雷を纏った姿だと5分が限界だ】

「5分……たったそれだけなんか」

【お前は先ほどまで子供の姿になり、それを無理矢理我らの魔力で戻ったに過ぎない。 それなのにさらに魔力を消費する行動を取れば強制的に我らは弾かれ、おそらく再度の同期には1日の回復が必要になるはずだ】

 

 時間的余裕の無さ。 それが今悟空にのしかかる。 いままでなら気にしたことのない戦闘時間は、ここにきて仇となって彼を襲いはじめる。 それでも。

 

「やるしかねぇ」

【けどゴクウ、おまえどうすんだよ!】

 

 赤い少女も同様に悟空の無理を止めるかのように声を響かせる。 彼女たちの制止は当然だ、ほとんどギャンブルに近い彼の超化は、ここぞという時のために取っておかないといけないのだから。

 だけど。

 

「アレなら気は使っちまうけど魔力の消費はねぇはずだ」

【あれ……まさか悟空、お前!】

 

 ザフィーラは此処で脂汗を流す。 なぜなら彼が行おうとしているのは、その昔途轍もない無理を彼に背負わせたのだから。 強者に対して、技巧を凝らすという作戦の究極――

 

「はぁぁぁぁ…………」

 

それを今、孫悟空は実戦に移す。

 

 

 吸え、息を。

 唸れ大気、轟け大地。

 この世全てを震撼させる彼は、その身体を異常なまでに発達させていく。 今ここに現れるは金色よりも燃え上がりし、爆熱の拳士也――――

 

 

「界イィ王ォォォオオ拳――――」

 

 

 そう、世界の王を名乗る拳。 彼は今、その身体を豪炎に焼き尽くす。

 

「ご、悟空!」

「フェイト、なのは! おめぇ達はそこで見てろ!」

『でも!!』

 

 その技はいつだってあなたを傷つけてきた……

 表情を悲痛に染め上げた子供たちに、それでも悟空は震えも後ずさりもしないで正面を見通す。 その先に居るのは歪な笑みを隠すこともしない悪魔が、今か今かと手に持った剣を肩にかけている。

 

 その姿に余裕の二文字を見出した悟空。 彼は、ほんの少しだけ眉を吊り上げた。

 

「すまねぇけど訳有ってな。 超サイヤ人にはおいそれと成れねぇからこれで勘弁してくれ」

「訳だと? ……まぁいい」

 

 素早い了承。 普通に考えればここで質問攻めなはずなのだが、そんなことは悟空の顔を見れば済んでしまったのだろうか? ベジータは此処で、彼に対する視線をとりやめ鬼に向ける。

 その、刹那だ。

 

「――――――はぁぁあああああああッ!!」

『!!?』

 

 魔導師の面々は、久方ぶりの豪炎をその目に刻み付けられる。

 大気を震えさせ、燃やし、埋め尽くす烈火怒涛の力。 孫悟空の唸る声が世界に響けば、その分だけ更に炎が高く舞い上がる。 力という力、彼の中に駆け巡る気力が、まるで爆音を打ち鳴らすジェットエンジンのようにその回転数を上げたときだ。 ついに――

 

「界王拳――20倍だぁぁあああ!!」

『20!!?』

 

 彼の猛りは咆哮となって世界を破壊する。

 

「ぎ、ギギ――!!」

 

 鳴り響く彼の歯ぎしりは、そのまま身体中のダメージを代弁していく。 同時、陥没していく彼の足場はその身に起こった異常な事態を周囲に知らせる。 しかし。

 

「でも、いまさら20倍程度の界王拳なんて」

 

 クロノが口から出したのは、あまりにも冷静な分析結果である。 

 

「そもそも、悟空が戦闘で超サイヤ人を多用してきたのはなんでだ?」

「え? そ、それは……」

 

 その方が強いから。 答えを出すのに時間はかからなかった。

 見た目のインパクトもさることながら、その戦闘力の上昇率とそれに伴う身体への負担は界王拳と比較にならない。

 

「調整のしやすさなら界王拳の方が確かに上かもしれない。 けど、戦力の上昇というか、力を“上”まで持って行くなら超サイヤ人の方が断然効率がいいはずだ」

「え、え?」

「……たとえば、水道の蛇口があるとして。 それを捻って水圧を上げていき水を出していくのが界王拳だ」

「う、うん」

「それに対して超サイヤ人は蛇口ごと取り換える。 そもそもの規格を変えてしまう現象だと思うんだ。 一般家庭用の蛇口から、散水車のホースに使う蛇口に変えてしまえば威力は断然強い。 気だとかそう言うのにはまだ理解が及んでいないからこう言っていいかはわからないが」

 

当然、その分だけ水圧も変えなくてはいけないけどその辺はたとえ話だから流してくれ。

 

 こう言ったクロノの説明に、ダンダンと状況が呑み込めてきたのだろう高町なのは。 彼女は隣にいるフェイトと共に悟空の姿を再度、目で追う。

 

「け、けど今の悟空くんだったら基礎的な力がかなり上がってるはずだし。 ターレスと戦った時よりも強くなってるはず」

「だと思う。 けどそれでも微々たる変化だろう……彼等にしてみればだが」

 

 それ故に今悟空がどれほどに彼等にくらいついて行けるかは想像が出来ない。 そもそも、自分達の理解を超えて行っているのが彼らの常識だ。 なら――絶望的な観測のなかでも、クロノはどこか希望を捨てることが出来ずにいた。

 

 そしてそれは……

 

「だりゃッ!!」

「ギギッ!!」

 

 孫悟空が見事、答えて見せる。

 

 鬼の腹にめり込む右腕。 豪炎を纏い、今にも全てを焼き尽くさんと彼の身体を駆け巡り、今も尚、力の増幅を行っていくそれは、見事に敵へダメージを与えていく。

 

『き、効いた!!?』

「はぁあああッ!」

 

 その光景に誰もが驚き目を見開く。 叫ぶ声があたりに響けば、砲弾を打ち付けたかのような衝撃音。 間違っても人体から発してはいけない音量は、皆の鼓膜を揺さぶっていく。

 

「でぁぁあああッ」

 

 掴み取る、足を。

 鬼の一瞬の隙をついた悟空は、そのまま奴の右足首からふくらはぎの間を鷲づかみ。 遠慮のない握力をいかんなく発揮すると、そのまま身体ごと回転をする。

 

 一瞬、彼等の真横に真空波的なものが通り過ぎれば。 ……雑木林が爆発し、散っていく。

 

「ほ、ほぇ……?」

 

 何があったか……視力だけでは追う事が出来ない子供たちは、身体全体で状況を整理する。 目の前にいるのは傷だらけの男の子、その先に居るのは少しだけ苦い顔をしている王子様。 では、“彼”はどこに行ったのだろう? 探そうとして……

 

「だだだだだだだッ!!」

「ギ!?」

『うわっ!!』

 

 振り向くことさえ叶わない。

 疾風怒濤を体現した高速の打撃は、孫悟空の両拳が鬼の身体にぶつかっていくことを意味していた。 その姿をようやく確認できた思った時だ。

 

「かぁ――!!」

「ギヒッ、ギッ!?」

 

 右腕が奴を打ち抜き。

 

「めぇ――!!」

「ガアッ!」

 

 左脚が奴の足を払えば。

 

「はぁ――――!!」

「ギッ、ギギ!!」

 

 浮いた奴の目の前で……孫悟空の……

 

「めぇ――――!!」

 

 紅蓮の炎が一気に燃え盛る。

 その姿をみたベジータは息を呑む。 別に先を越されたから機嫌が悪くなっているわけではない。 その脳裏に蘇る光景があるから、こうやって目の前の光りを目に焼き付けてしまう。

 唸る紅蓮が蒼く煌めくとき。 孫悟空は世界を穿つべく叫ぶ。

 

「波――――!!」

 

 ――――――20倍界王拳かめはめ波。

 蒼き閃光が鬼を塗りつぶせば、その光の余波が皆の視力を奪い去っていく。 けど、其の中でも視界を、いや、自身の周囲の状況を見失わない人物が居た。

 

「……カカロット、アイツ…………」

 

 そのZ戦士の一人は、彼の納得のいかない強さにただ、疑問を口にするしかできずにいた………………―――――そのときだ。

 

「――――――…………ギヒッ!」

「……な!?」

「か、カカロット!」

 

 悟空の背中に凶刃が走る。 背中の悟の字が裂かれ、肉を切られる感覚を感じた時にはその場から飛び退く。 

 

「やっぱ超サイヤ人無しはつれぇか……」

 

 ヒタリ。 地面に赤い斑点が作られて行けば、悟空の表情が比例していくように曇っていく。 ゆっくりと背中に手を沿え、そのままぬめりとした感触を手の中に収めると、彼の腕がゆっくり地面に降りていく。

 

【無事か、孫!】

 

 脳内に響く声。 其れは烈火の剣士たる、ピンク色の頭髪を持つあの人物の声だ。 今しがた自身に警告し、それでもと走り抜けた結果に悟空は少しだけ奥歯をかむ。

 

【へへっ、やられちまった】

【その様子なら問題なさそうだな。 だがどうする? 奴との戦力差は……】

【あぁ、思った以上にデカイ】

【だが20倍の界王拳で追いすがれるとは思わなかった。 孫、おまえよほどの修行を――】

【あのヤロウ、オラがあんまりにもよわっちぃもんだから遊んでやがる。 悔しいぜ、全くよ!】

【……そ、そうなのか?】

【あぁ。 あいつはまだまだこんなもんじゃねぇ】

 

 シグナムの表情は見えない。 だが、そんなことせずにわかるくらいには、彼女の声は震えが入っていた。 今の攻撃はかなりの好感触、其のはずだった。 だがそこは魔導師と戦士とが持つ感覚の違いだろう。

 まだ追いつけている……否、遊ばれているのだと言われて頬に汗が流れ始める。 ……実体のない状態でだが。

 

「ちっ。 なに遊んでやがるカカロット! そんな余裕などないことは分っているだろう!」

「遊んでるつもりはねぇ。 けど、こればっかりはどうにもならねんだ」

「なんだと? ……なら」

 

 白いブーツが音を鳴らせば、青いスーツが一回り張を強くする。 頭髪を黄金色に染め上げたベジータが体中に蒼電を纏い歩き出す。

 

「貴様はそこで指をくわえながら見て居ろ! 奴の相手はこのオレがする!」

「よせベジータ! 無茶するな!」

「うるさい! 戦力外は黙ってろ!!」

 

 悟空の声など聴く耳持たない。 自身の格下へと成り下がり、わけのわからんことばかりほざく奴など相手にもしない。 網膜の奥に映る最強を体現せしあの姿を幻視しながら、いや、思い出しては歯ぎしりが周囲に響く。

 彼は、いったい何に苛立ちを募らせる?

 

「聞けってベジータ! おめぇ死んじまってるだろ、もしもそんな奴がもう一回死んだらどうなるか知ってるか?」

「…………」

 

 それでも。

 放っておけないし、このあとの展開なんて読めない訳ではない孫悟空は彼を引き止める。 そして出てきた言葉は、彼の師からの深い忠告である。

 

「なくなるんだぞ! 存在自体が! もうこの世にもあの世にもいねぇ、生まれ変わることもなく消えちまうんだ!!」

『…………え?』

 

 その言葉の意味を、真の意味で理解できるものは“あちらの世界”にはだれ一人いなかったであろう。 当然だ、世界の裏の、そのまた最奥にまで顔を突っ込んでは大声で空腹を訴えるくらいの人間ですら、つい最近知った事でもあるのだから。

 というより、“とある経験”をこなさなければどんなに頑張っても理解が出来ないのもまた事実である。 だから。

 

「奴とやり合って今度こそ分かった。 ありゃあオラたちが束になっても敵う相手じゃねぇ」

「……」

「あのすげぇ超サイヤ人に成ったとしても、おそらくだがオラたちに勝ち目はねぇ」

 

 だから、このまま闘うのは死地に行くようなものだ。

 無駄死や犬死をさせるくらいなら。 ……片手をかざし、ベジータの行動を抑止しようとするが。

 

「孫悟空!」

「く、クロノ……?」

 

 黒い衣。 それを硬く、強く練り上げていく少年に呼び止められていく。 練り上げられしそれは魔力の塊だ。 故に込める力を上げていけばそれだけで硬度を増す便利な盾となりうる。

 ……ただし、何事にも限度はあるが。

 

「僕たちで時間を――」

「それこそ無茶だ、わざわざ殺されに行く様なもんだぞ!」

「だが、しかし!」

 

 それ以外何がある?

 いま、この時この瞬間を打開するには“ここにいる人間”では全くの力不足であることは、悟空自身が発したものだ。 だったら――この願いは……

 

「例えここで僕たちの誰かが死んでも、この後ドラゴンボールで生き返らせてくれればいい! そうだろ!」

「クロノ、おめぇ……!」

「それにこれは、なのはやフェイトの発案だ! 彼女たちの決意を無駄にするのか悟空!」

「……っ」

 

 苦い顔だ。 子供の彼女たちにここまでさせることへの精神的な重みと、自身の力の無さからくる不甲斐なさを噛みしめれば、彼はそのまま姿を…………――――

 

「―――……チクショウ! おめえの相手はこっちだろ!」

「ギヒヒ!!」

『!!?』

 

 ほんの数センチ先に確認することになる。

 唐突に切り替わる景色は山吹、そして赤。 染まる世界はクロノから平衡感覚を奪い、思わず片手を口元にやりかける。 だが。

 

「オラとこっちに来てもらうぞ…………―――――」

「ご、悟空!?」

 

 その手が口部を覆い隠す寸前。 鬼と青年らは子供たちの目の前から消えて行ってしまう。

 

 と、思った時である。

 

「――――……ベジータ!!」

「今度は外さん!!」

『?!』

 

 またも現れる青年と鬼。 それらは先ほどまで黄金色を纏いし王子の眼の前へと姿を見せていた。 その行動を、彼がもつ固有技能だと看破したクロノ。 そして、青年を見つけた途端。

 

「……マズイ」

 

 クロノ・ハラオウンの口元から余裕の声は完全に消え、表情筋は完全に引きつっていく。

 

 何が起きた? などということなかれ。

 先ほどまでクロノ達が待機していた場所から戦闘開始の瞬間に300メートル程度離れていた悟空たち。 だが、そんな彼等は次の瞬間には自分たちの目の前に現れ……身構えた途端に今度は600メートルくらい先に瞬間移動をしていった。

 

 そのめまぐるしさに耐えかねたのだろうか?

 

 いいや、違う。 彼が引きつるのはその高速戦闘だけではない!

 そう、クロノはその目にしかと焼き付けてしまったのだ、いま、目の先にある青い光源その姿を。

 

「はぁぁぁぁあああああッ」

 

 唸る声は、完全に仕留める気迫をクロノにうかがわせるに至る。 地の底から唸るような雄叫びを、発せし金色の戦士は差し出したその手に破壊の光りを作り出す。

 

 

「ビッグバン……アターック!!」

 

 

 今一度訪れる大爆発。 しかし、その内包された破壊力に比べると爆発の範囲は驚くほどに狭い。 いや、爆発の規模を抑え、その威力を殺さないで効率的に相手へ浴びせているのかもしれない。

 巻き起こった煙幕は、皆の姿を隠し始めると思われた。

 

「いまだベジータ!」

「オレに指図するなァ!」

「ギッ!!?」

 

 そのとき、二振りの足刀が鬼を強襲する。

 不意に現れる攻撃は、雷光のように目を眩ませ業火が如く身体を燃え尽くさんと鬼へと迫り……

 

「――――ッ!!」

『だあああああッ!!』

 

 吹き飛ばす。

 遠くへ。 地平線の彼方へと吹き飛ばさんと振り切ったのだからこの結果は予定調和。 なんだか見ている方は既に冗談に思えてくる光景でも、当の本人たちは至極真面目で死にもの狂い。

 世界の果てで感じる奴の気を肌で感じながら――――悟空が叫ぶ。

 

「クロノ!!」

「わかってる!」

 

 答える少年の周囲に幾何学の意味を持った線が走れば、そのラインはやがて力を持って彼らを世界から切り離す。

 

「結界……起動!!」

 

 そのとき、世界は大きくずれる。

 

 

 

「この結界はしばらく発動させていられる。 悟空! すまないが僕は――」

「わかってる。 ユーノを頼んだぞ!」

 

「なんだこれは……!」

 

 悟空がクロノに少年の命を託したところである。 サイヤ人の王子、ベジータは思わず目を見開く。

 目の前が不意に暗闇に染まると、そう思えば一転して元の緑の世界に戻っていく。 だが、その視界だけなら元の世界の中でも、確実に起こった変化が今ベジータを動揺させるのだ。

 

「戦闘力を感じない……さっきの奴はどこに行った!?」

 

 世界から、凶悪な気の塊が消えてなくなった事。 それが一番重大な事項だろうか。 先ほどまでの圧迫感も、死に対する抵抗すらも薄れて行ってしまいそうな……落差を確かに感じたのである。

 

「コイツは、クロノ達魔導師っちゅう奴らが使う“結界”ってやつだ。 外と中の空間そのものを遮断しちまうらしい」

「……魔導師? 魔導師だと!?」

「どうしたベジータ? 血相変えちまって」

「いや……」

 

 少しだけ荒げた声。 その姿は彼にしては珍しいモノだったろう。 その様を確認した悟空は当然として疑問の声を上げたのだが。

 

「最近魔導師というやつに手痛い目に逢わされただけだ」

「……?」

 

 彼はなぜか話すということをしなかった。 会話は、そこで一旦の終わりを迎える。

 

「さてと、ここなら少しの間だけ時間が出来るはずだ」

「そのようだな。 まさかこんなモノを隠してやがるとは抜け目のないヤツだ」

 

 互いに立つのは数メートル離れた場所。 そこで互い違いに手を伸ばせば、彼等は少しだけ深呼吸。

 目に見えぬ力の均衡を水平にさせれば、空気がうねり、彼等の間を駆け抜けていく。

 

「まぁな。 ここ最近いろいろあったし、何よりオラ自身こいつには何度も苦戦させられてきたかんな」

「……戦闘力を感じなくなるからか?」

「そうだ」

 

 言葉は段々少なくなる。

 キッ――細めた瞳はいったい何を見るのか? 悟空とベジータは各々あげた腕をそのままに足を広げ、そろって口を開きだす。

 

『フュー…………』

 

 そう、彼等がやろうとしているのは最強の、否。 最凶への儀式。

 狂った世界をも捻じ曲げ、元の法則へと強引にねじ伏せることすら出来るであろう伝説の戦士へ至る舞踊。

 おかしいと、笑うことなかれ。 その踊りこそはヘンテコを極めた道化だが。 ……その、踊ったあとに起こる現象は―――――――――――

 

 

 

 奇跡をも凌駕する。

 

 

 

 

 だが。

 

 

 

 

 

 

「ユーノ……」

 

 クロノ・ハラオウン。 14歳というもうそろそろ少年と呼べなくなる年頃の彼は、非常に責任感の強い子供である。

 幼少期に父親を亡くし――闇の書に喰われたと後に判明する――そこからまるで父親の歩いた道を行くかのように彼もまた、管理局へと身を投げ打つ。 そんな彼は、今まで本当に近しい友が少なかった。

 

 

「遅いぞ小童! 斉天のを手伝うのはあそこまででよいだろう、それよりも早く此奴に魔力を送るのを手伝え!」

「わかってるそれくらい! とやかく言う暇があるならそっちも加減しないで全力で当たってくれ!」

「く、くろすけ……アンタ……」 

 

 

 年の近い友人というか、同僚というか。 そんな曖昧な立ち位置の人物ならば2つ年上の元気が有り余っているオペレーターが一人いなくもないが、やはり彼は男の子。 同性の“友”の一人くらい……それは、母親であるリンディも思うところでもあったかもしれない。

 

 

 そんな折に出会ったのは悟空、そしてユーノの“背丈だけなら”近しい人物たちである。

 

 出会いこそは最悪だっただろう。 なにせ悟空は謎の封印により背丈は縮み、だけど“タガ”が外れかけていたのか、超サイヤ人の片鱗を見せつけ、圧倒的な暴力でクロノを精神的に追い詰めたからだ。

 だけど、紆余曲折を経て彼らは何となく仲間と呼べる間柄になっていき。 ……そこからは半年で二つの事件を解決するに至る。

 

 仲は、決して悪くない3人の男子。

 一人は深い事情により既に母、リンディよりも歳が上になってしまったが、もう一人は相変わらず“ふぇれっともどき”などと呼んでカラカウ対象ではある。 その、近しい人物は中々に面白味があって……

 

「しっかりしろ……いま、助けてやるからな」

 

 半年前。 自分たちを遥かに超える強大な敵との邂逅、そして自身の力の無さに血の涙を呑んだ彼は、己が未熟さを思い知らされる。

 一時は現場を離れてしまおう、逃げてしまおうとも思ったかもしれない……けど。 けど、それでも逃げなかった少年がいた。 その背中は徐々に逞しさを帯びていき、表情を見るまでもなく、彼が心に刻んだ決意というやつを見せつけていた。

 

 その姿は、心の炎を再び燃焼させるには十分すぎて。

 

「死ぬな……死ぬな…………皆! もっと魔力を――コイツが失った分以上に注ぎ込んで、なんとか持ち直させるんだ」

『!』

 

 それを思い出したときだ。 ディアーチェやアインハルト、この世界に来た複数の魔導師が懸命に少年の命の灯火へ、己が持つ魔力を注ぎ込んでいっているにもかかわらず。

 

「いままでやったことを無駄にする気か……お前にはまだやり残したことがあるだろう……っ」

 

 もう、青年の顔へと変わろうとしているクロノ・ハラオウンが合流し、更なる光で少年を包もうとも。

 

 

 

「        」

 

 

 

「ユーノくん……?」

『…………っ!?』

 

 その手の中にあった少年は、確かに呼吸をしていたはずだった。

 あたたかな光で照らしだし、それでも足りぬ力は皆で抽出して見せた……はずだった。

 

「おい、スクライヤ…………?」

 

 背丈はほとんど変わらない。 昨日までさっきまでつい数時間前まで、同じ目的を掲げて走り抜けてきた男。 そんな彼が今、目の前で命の火を消そうとして……否、消されてしまった。

 聞こえない呼吸音。

 途絶えた心音に、徐々に失せていく生気。 真っ青になっていく整った顔は、普段から口争いが絶えなかったクロノが見る機会の少ない種類の顔で。 ……あ、コイツって大人しくしているとこんなにきれいな顔立ちなんだなと、どこか場とそぐわない思考が駆けぬけて行った時だ。

 

 

「スクライア……」

 

 

 その手は、彼のボロボロの衣服を掴み取り。

 

「おい、おい……!」

 

 揺さぶって、もう、動かない頭を振って。

 

「起きろ……フェレットもどき!!」

 

 いつものように悪口を言ってやれば…………

 

「ユゥゥノォォオオオオッ!!」

 

 その現実に、とうとう気が付いてしまう。

 

 

「よくも……アイツ……」

「く、クロノくん……?」

 

 震える声。 だが、それを聞いた高町なのはには、どうしてだろう。

 

 

 

 

「やりやがったな……!」

「クロノ!?」

 

 

 

 握りしめ、血がにじむ手の中。 だけどその姿は悲しみには見えないと、フェイトは思わず口を紡ぐ。

 

 

 

 

 

 

 少年とも言えず、青年にもなれない男の子の慟哭が鳴り響く中。 それでも孫悟空たちの儀式は止められずにいた。

 

 天へ伸ばし、そこから降ろして水平へ持って行こうとしている両腕。 その手がピンと伸ばされていくところである。

 

 

―――――グゲゲゲゲゲゲゲッッ!!!!

 

 

 バキリと、何やら枝を折るような音が聞こえてくる。

 それがだんだんと地割れのように各方面へ伸びていけば、堅牢であったはずの結界が大きく戦慄く。

 

 ――――まずいぞベジータ。

 ――――言われなくてもわかっている、集中しろ!!

 

 ふたりがその場の空気だけで会話をすれば、その分だけ結界の耐久度はすり減らされていく。 そうだ、思い出してみればこう言った展開は読めない訳がなかったのだ。

 この手の結界が有用なのは、孫悟空の瞬間移動阻害と、気の探知の妨害。 けど、そこにいるとさえわかってしまえば、いつもどのような末路を辿って来ただろうか?

 

――――あ、あいつ叫び声だけでコレ壊す気だ!

――――いいから黙ってろ!!

 

 下ろされた腕が、そのまま平行に移動していく。

 たったこれだけの動作の筈なのに、彼等の中での時間は既に何分も経ったかのように長引き、焦れてしまう。

 早く速くと言っても、さすがにこの踊りを焦って行うには練度が足りない。 そのことを熟知しているだけにベジータは歯茎を見せながらも心を落ち着かせ、踊りの終着点へと歩みを進めていく。

 

――――――ギィィィィヒャハハハハハッ!!

 

 その先に地獄の鬼が居ようとも、彼等の進行は止められるべきではない。

 

 結界が、ついに崩壊する。

 

 

 

 

「ギヒィ……」

「き、さま……………っ!!」

 

 

 悪魔の微笑を見てしまえば、食いしばる歯茎は鮮血に染まる。

 噛みしめ、にじませるその赤は果たして血の色だけであったのか? クロノ・ハラオウンはいま、その心に悪鬼羅刹を宿らせる。 彼は、手の平に一枚のカードを取り出していた。

 

「テメェーーーー!!」

「クロノ!」

「クロノ君!?」

『クロすけ!!?』

 

 様々な者達が止めた。 無理だ、引き返せ! いろんな声が轟く中、それでも少年の足は止まらず、心は張り裂けんばかりに慟哭をやめない。 口にしたキタナイ言葉が空気を揺さぶる中、そんなことを気にしない男の子はいま、確かに戦場へ走り抜けようとしていた。

 

 

 

 

 

 

『ジョン!!』

 

 決死の行進曲が続く。

 その後ろで悲劇が上塗りされていることに、“気”が付いているにもかかわらず、彼等の儀式は続いていく。 そう、この瞬間を逃せば、今起こった悲劇は只の無駄になってしまうのだから。

 

「グゲゲゲゲゲッ!!」

 

 奴が来る。

 破りたての結界。 その残滓を身に振りまきながらも、男たちの行進を寸断せんと手に持った刃を光らせる。 鈍い輝きはやがて熱をもち、姿も相まって地獄の業火を連想させる。

 炎熱携えし地獄の鬼……その姿の背景には、いま、独りの女剣士の姿が映り込む。

 

「ギヒ、ゲハハハハッ!」

 

 振りかぶる。

 そうだ、何も近づく必要などないのだ。

 届かない、訳ではないこの距離を何も近づいてやる必要はない。 その距離を数百メートル程まで残した鬼は、既に攻撃態勢に入っていた。

 

 剣に溜められた炎が、その熱量を圧倒的にまで高めれば――――

 

「ギィヒャハハハ!!」

 

 空気をも焼き尽くす炎熱が今。

 

「デュランダル、かき消して見せろ!!」

『――ッ』

 

 その熱量をゼロへと還らされる。

 

 もう、後1動作程度で完成するはずの儀式を寸断しようとした鬼。 その行動はまるで先の戦いを“理解”しているようにも思えてならない。 けど、そんなことを考慮している余裕がないベジータは、一刻も早く完成させてしまおうと先を急ぐ。

 

 急ごうとしたのだ。

 

「――――ぐぅぅッ?!」

「クロノくん!!?」

「クロすけ!!」

 

 絶対零度を誇る最強の氷結系魔法。 それを一瞬とは言え限界まで酷使したツケが早くも周り、廻ってきてしまう。 折れた脚、笑うひざ。 それに結界の構築とユーノへの魔力供給とで急速に失われた力。

 普通の人間で言うところの酸欠状態に陥ったクロノは、そのまま攻撃の手を緩めてしまう。

 

「くッ……こ、こんな場面でさえ半端に……」

 

 悔やんでいようが、己を奮い立たせることが出来なければ只の自己満足。

 そして今現在、立ち上がることができないクロノに挽回の余地などどこにもない。……無残にも大地へ膝をつく。

 

「ギィィヒャハハ!!」

『!!』

 

 あと一歩。 もう、後20フレームもない時間で完成するはずなのに。

 鬼の拳がベジータへと迫りくる。 先ほどの続きだ、相手になってくれよ? 言わんばかりの嬉々とした叫び声に、王子の表情筋が引きつる。

 

 

 もう駄目だ………………誰もがあきらめ、大地に視線を落とす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――同時刻。 知らない世界。

 

「……あれ?」

 

 少年はそこにいた。

 先ほどまでの苦痛も、悩みも、双肩にかかる重圧もなくなってしまったこの世界に、少年は地に足を付けて佇んでいた。

 

「ここ、どこ?」

 

 でも、自分がどこにいるのか判らないのは不安だから、取りあえず声だけでもあげてみた。

 それと同時、動かす視線で周囲を探る。

 目に見えるだけの風景。 色は黄色、そして幾何学の意味のない羅列をもって浮き上がるどこかで見た様な雲は、かれの“ともだち”を思い起こさせる。

 

「キントウンみたいだ」

 

 ぼんやりとそれだけを思い浮べれば、其れだけ。

 もう、何も出来ないとわかってしまったのだろうか? 彼は今立っている“道”に腰を落ち着けると何も考えず何も言わずにぼんやりと、薄目を開けながらこの世界を見渡していく。

 

「………………」

 

 何も、言わない。

 彼の役目はもう終わったのだ。 少女が戦乱に足を踏み入れる理由を作り、彼女を鍛え、彼女を少年と出会わせ、そして……そして?

 

「…………………」

 

 もう、どうでもいい。

 終わったことにあれこれ言ったところで、時間は帰ってこないし消えたモノはそのままだ。 自身の命でさえ。

 

 帰れない、ところに思いをはせて何になるというのか? 無駄なのだ、全部、何もかも。

 

 

 

 少年の目から光も、色もなくなっていく。

 いよいよもって彼の物語は幕を下ろそうとしていた。 ……そのときだ。

 

「逃げるのか?」

「え?」

 

 声を投げかけられる。 どこに居たのだろう? この、何もない世界のどこに人なんか? 分らぬ答えを、知りたいとも思わず少年は声を受け流してしまう。

 

「クソガキが、シカトしてんじぇねえよ!」

「痛い!!?」

 

 その頭にしこたま飛んでくる拳。 硬く、冷たい印象の中にも込められる熱いナニカ。 それは前にどこかで味わった者にそっくりで。

 

「消えるのか? このまま」

「え?」

「このままおめおめと、仲間の危機を知りながらテメェは逃げおおせるのかって言ってんだ」

「そ、そんなこと――――」

 

 つい、反射的に言ったのは否定の意味を持つモノだった。

 姿は見えない。 少年が振り向くことをしないから。 だってそうだろう、この先だけ見ていればいいのは変わらない。 振り向き、手を差し伸べても手遅れは手遅れ。 なら今更どこを振り返ればいいのだ。

 無いのだ。 振り、“かえる”ところなどどこにも。

 

「逃げるだろうなぁ、こわいよなぁ。 ……てめぇのようなクソガキには御似合いのブザマな格好じゃねえか、ぇえ?」

「…………ッ!!」

 

 無様……その言葉、その声、どこかで聞き覚えのある声だった。

 忌々しく、自身の超えるべき黒い影。 でもおかしいそんなことはないはずだ。 なぜならそれは少し前に己が師が打ち砕いた存在なはずなのだから。

 

「こんなあやふやな世界でいつまでも寝転がっているような腑抜けには所詮、出来ることなどはじめからないんだよ……なぁ?」

「…………」

「……ちっ。 期待外れめ」

 

 声。 ……男の声が落胆に沈む。

 まるで生まれたばかりの赤ん坊にかけられた失意の声にも似たそれは、突き放し置いていく厳しさを隠さない言動。 こんな子供にそんなことを……聞いたものなら誰だって思う言葉を掛けてやる存在は誰もいない。

 そう、いまここに、優しさなど必要ないのだ。

 

「……が、う」

「ん……?」

 

 そう、甘やかすことなど赦さない。

 其れは、少年が運命を受け入れた時から胸に刻み付けた一種の呪いだ。

 

 失敗した、巻き込んだ、また失敗した。

 関わらなければ誰も傷つかずに済んで、自分だけの被害で収まったかもしれない。 だから、これは天罰だと思ったし、そうすることで自身が救われるとさえ思ったのは嘘ではない。

 けど?

 

 だけど、本当にそれだけなのか?

 

「ボ、ク……」

「なんだ、言いたいことがあるならハッキリ口に出したらいいだろうが!」

 

 男がまるで苛立つように先を促す。

 ウジウジとした態度を、文字通り蹴り飛ばす勢いで少年の背中に怒気を発する男の無作為さは聞いてあきれを催すくらいに酷い。 それでも、男はその怒気を取り下げることはしない。

 

「ちが、うんだ……」

「…………ほう? どう違う」

 

 否定ないったい何を意味している? 生き方? 生き様? それとも……なんだか男の声が弾んだように聞こえたのは、果たして気のせいだったろうか。

 

「救われたんだ、ボクはあの時すでに……悟空さんに」

「……」

 

 独白に入れる茶々はない。 既に静観を決めたのだろう、男の声は聞こえなくなる。 少年は、少しづつ声を吐き出していく。

 

「戸惑ってばかりのボクを引っ張って行ってくれて。 間違った方向に進もうとしたら叱ってくれて」

「…………」

「いつからだろう。 思ったんだ、あのヒトを見ていたら……」

 

 俯いてしまったのはほんの一瞬のことだ。

 すぐさまあげた顔は、しかし、頬には一筋の水滴が流れ落ちる。

 

「………………おとうさんって、こんな感じなのかなぁ……って」

 

 其れは、記憶の彼方へ消えて行った思いで。

 生きてきた9年間。 だけどその中に存在する親とのつながりは本当に薄いモノだった。 少ない時間、少ない接点。 彼の過酷な生き方に対して、その存在の濃さは決して適量とは言い難い。

 だから、彼は知らなかった。 頼れる背中の大きさを、その意味を。

 

「声をかけてもらうたびに心が弾んだ。 教えてもらって覚えて、たまに褒めてくれたときは泣きそうになった」

「…………」

「いつか、あんな人みたいになりたいとも思った」

 

 だから頑張ったんだ。 ……少年の目に、少しばかりの光明が差しこむ。

 

「でももう終わってしまったんだ。 ボクの役目も存在もここまでだ……あとは悟空さんが何とかしてくれる」

「…………………」

 

 いつだって何とかしたのは最強の戦士。 最後まで立ち上がり、強敵を打ち砕いてきたサイヤ人の遺児。 これ以上戦いが激化すればこうなるのは必然だったのかもしれない。 ……なら、なら…………

 

 

「そう、思っていたんだ」

「……っ」

 

 男の眉が動く。 少年の背中に、何やら見えざる力の流れを感じると、そのまま腕を組んで状況を見守る。 ……軽く、目を閉じはじめる。

 

「そうじゃないんだ、悟空さんは確かに何とかしてくれるけどそれだけじゃなかったはずなんだ」

「……」

「今回のボール探しだってそうだった。 悟空さん一人じゃ無理な相談だった……だけど、周りにいるみんなが力を合わせてなんとかやったんだ」

「……あぁ、そうだったな」

 

 けどな。 男は続けようとする。

 

 其れはあくまでも補助程度。 そんなちまちまとした行いなどほかにいくらでも替えが効く。 なら、いまお前が頑張る必要はあるのか?

 

 言葉に発せずとも聞こえてくる質問は問答となり、少年の心へ深く切り付けてくる。 だけど。

 

「ボクはいつまでも弱いままじゃない。 悟空さんに鍛えてもらった力は、決して無駄にはならないしするつもりもない!」

「フン、どうだか」

 

 握れ、拳を。

 その手の中に光を握れば、彼の瞳の中にも同じく光が宿りだす。 蒼白だった顔色は生命力にあふれ、朽ちたはずだった体中の力もどうしてだろう、イズミのように溢れ出す。

 

「この力は守るためのものだ! ……この世界で、ボクを助けてくれたあのヒトのようにみんなを笑顔にするんだ!」

「できねえさ、世の中にはどうしようもないことがある。 現に今のお前に何が出来る? この世界を超えられないようじゃあ、ここから先、進みようがあるわけがない」

「…………それでも!!」

 

 立ち上がる、ついに。

 少年が全身の力を結集して作る光はそのまま拳へ集まっていく。 心と、その言葉の重みをそのまま表すかのような輝きは、一瞬だけ男の視界を奪い去る。

 

 

「ボクは……ぼくは――――」

 

 駆けだした、走り抜けてきた道を今一度行くために。

 

「暗闇に落ちたボクをあの人は何も言わずに助けてくれた……あのヒトが困っているというのなら今度はボクが助ける番だ――それが出来るならボクは……」

 

 投げ捨てるのではなく賭けるだ。 そうして手にした勝利を分かち合ってこそ、本当の勝利だというのなら。

 

「何度だって立ち上がってやる――!!」

「…………なら、証明してみせるんだな。 貴様の言葉を」

 

 風が吹きすさび、この世非ざる存在が小さく呟けば……少年の姿は消えてなくなる。

 後に残りし男の顔はどことなく晴れやか。 なんてことはない、ほんの少しだけ後押ししてやっただけだと、表情をすぐさま戻してやると……呟く。

 

 

「お前は、手遅れになるんじゃねえぞ……このオレのようにな」

 

 

 その言葉の意味は誰もわからない。

 この、誰もいない世界の誰にだって……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「グゲゲゲゲッ!!」

『ダメだ!!』

 

 握った拳が、悪魔の嗤いと共に放たれた。

 誰にも止められないその攻撃が矢となって放たれればこの世界全てを担う希望が打ち砕かれる。 誰にだってわかるその結末に、思わず目を逸らした未来組のふたりは……信じられない光景を見た。

 

「…………ウソ」

「こ、この緑色の光り――!」

 

 其れは、暖かくも涼やかな癒しの力。

 光とも形容できるチカラが、目の前の少年を包み込めば――――

 

「ギ!? ギギ……っ!!」

『と、とまった!?』

 

 悪魔の腕に緑色の鎖が巻きつけられる。 その光のなんと眩い事だろうか……まるですべての穢れを消し去ってしまう、そんな神々しささえ見いだせてしまう光の鎖を見た皆が、口をそろえてその名を叫ぶ。

 

『チェーンバインド!!?』

 

 其れは、命の火を消した少年のチカラだった。 だけど……誰もが思う、その力はありえないと。

 

「此奴の息も心の臓も止まっておったはずだ……それになぜあの小童程度の術で悪鬼が止まる、なにが起きたというのだ!」

 

 ディアーチェの言葉にシュテルも、リーゼの猫姉妹も同じく頷く。 たかが魔導師の力如きではあの悪鬼羅刹には敵うはずがない。 では今起きているのはなんだというのか? 再び、彼女たちは気配のない少年へ視線を送る。

 

「      」

「……先ほどと変わらない……全身に魔力を帯びさせていること以外」

「な、何が起きたのですか王よ」

「この子……ロッテ」

「わからない。 き、奇跡……奇跡が起きたとしか言いようがない」

 

 誰もが事態を疑うこの展開に、皆の混乱は深みに嵌っていく……ばかりではなかったようだ。

 

『…………………』

 

 動き続けたモノが居た。 それらは歯を食いしばりながら今まで耐え。 例え奴が誰を傷つけようとも必死に堪え。 限界が来ようとしても踏み出すことをしなかった。 故に今起きた奇跡を見た瞬間、彼等は驚愕よりも先に想うことがあった――――――

 

『――――――――破!!』

 

 其れ等はまだ、言葉にすることが無く。

 其れ等は只、2本2対の指を重ね合わせた瞬間に世界を変え。

 “其れ”はもう、この世に新たな命として降臨する。

 

 想った言葉を、口にしないままに彼らはついに重なる。

 

 

「う、うわ!?」

「な、なんだ?!」

「はじき出された……!」

「悟空さん!?」

 

 その命の誕生に、不純物が在ってはならない。

 孫悟空だったものから弾き飛ばされたのは4つの光りだ。 赤、桃色、緑に白。 そのどれもが今起こった事に驚愕を隠せず、自分達が出てきてしまった意味を探そうとして――

 

「いかん! 孫の魔力は回復しきっていない……!」

 

 だがそれは、杞憂に過ぎない。

 

「もど……も、ど」

 

 なぜなら孫悟空という存在は既に全世界から消えてしまったのだから。 故にここに存在するものは、魔力の枯渇によって子供になるという欠陥を抱えるなどということもない。 

 

「……もどる……ぞ……」

 

いらない心配だろう。

 

 放り出されたシグナムの見た先。 子供の姿になってしまったと思い込んでやや下に降ろした視界の中には見慣れない衣服があった。

 白いズボン。 ただしそれは膨らみを帯び、どことなく遠方の民族衣装を彷彿とさせる形状だ。 一般的なパンツスタイルではないそれは、彼女の常識に少しだけ波紋を巻き起こす。

 

『……』

 

 皆が息を呑みこんだ。

 なぜならそこにある人影はたった一つ。 先ほどまで見えていた永遠の好敵手たちがどこを探してもいないのだ。 ……戦士たちの消失に、しかし、新たに見えたたった一つの影はどうしてだろう。

 

「…………悟空くん?」

「ベジータさん……?」

【…………】

 

 なのはとフェイトは彼等の存在を思い浮べずにはいられない。

 衣服を再確認しよう。 そう思い、今まで向けていた足元から視線を上げれば黒い帯が顔を出す。 孫悟空はいったい何色だったか、思い出す前に視線をもう一段上に持ち上げる。

 

【………………】

『は、裸……?』

 

 しかし、見えてきたのは健康的な素肌。

 そのあまりにも生気に満ち溢れた健康美は、だけど状況が彼女たちに余裕を与えない。 すかさず次に見たモノはギリギリ服と言えなくない“上着”だろうか? 其れは、やはり先ほどのズボンと同じく異形の民族衣装を思い浮かばせるものだ。

 フロントは全開。

 羽織るかのように着たそれは、ノースリーブのジャケットともギリギリ言えなくない。 そんな露出の多い彼は……ひたすらに無口。

 孫悟空、ベジータの特徴だった黒い髪の毛を逆立て、一房だけ垂らされたそれはなんというか……

 

「悟空くんと」

「ベジータさんが……」

『合体しちゃった!!?』

 

 理解した時、彼等は一斉にいま生まれた男を見つめる。 全体的に見ても、普通のサイヤ人サイズの彼は“見た目だけなら”なんともない、ただ服装が派手になった人間だろう。 背中から見え隠れする尾はベジータにないモノ。

 だが、その持ち主である悟空の影が重なればなんとも違和感が抜けてしまう。 ここで、ようやく事態を呑み込んだ魔導師たちは……叫ぶ!!

 

「グゲゲ!!」

『危ない!!』

【…………】

 

 悪鬼が足刀を振り抜いたのだ。

 あまりにも早く。 手に持った刀剣と比べても遜色がない威力を持った“遊びの無い”ケリ。 それがいま生まれた戦士の右側頭部へ迫る。

 

【…………】

「ギヒ……ィ……」

 

 決まる、攻撃が。

 

 爆弾に火をつけたかのような音を轟かせると、そのまま戦士の衣服が揺れる。 あまりの衝撃に皆が目を瞑っている中でも、垂れ堕ちた腰の帯は風鈴が如く揺れていく。 ……涼風を、やり過ごす夏鳥のように。

 

「……ギ、ヒ……?」

【………………よくやったユーノ】

 

 言った、思いのこもった心からの賛美を。

 儀式の終盤に見せた奇跡に対する精一杯の礼。 刀身以上の鋭さの目つきを、ほんのわずかに和らげていた男を皆は見る――――――自分たちの目と鼻の先でだ。

 

「い、何時の間に……」

「みて王さま……あの悪魔も驚いてる……」

「これがサイヤ人同士の……いえ、手を取り合ってはいけない好敵手同士の……共闘」

 

 闇の子たちは静かに驚く。 騒ぐことが出来ないのは、目の前に佇む戦士が発するプレッシャーに負けているからだろう。 力の歴然とした差はわかるはずなのに、こうして目の前で観ないと理解が出来なかった。

 

 ……風景に溶け込むような強大さだということに。

 

「あ、あれが……伝えられることさえなかった師匠とそのライバルのユニゾン……いいえ、フュージョン!」

「よく強さを表す時に壁だとか言うけどアレはそう言うんやない。 壁だとか、山だとかなんてモンじゃ説明できへん。 あえて言うならそう――――天そのもの」

 

 壁なら打ち崩し、山なら昇ればいい。

 雲の上の存在ならその雲を消してやればいい……だが、それらが存在するすべての源……土台たる位置、すなわち“天”にはどうやって追いすがればいい?

 

 風の息吹は天には届かない。

 林は足元のざわめきで。

 火は地上を照らすことしか知らず

山は天に見下ろされるだけ。

 

 

 超えられる、そう思うこと自体が愚かしい思考だと思わせる存在が今、この世界に降り立ってしまった。

 

【…………】

「ぎ、ギギィ……!」

 

 お前は一体なんなのだ……顔をゆがませる悪鬼には伝わっているのであろう。 この男が放つ、未だ奥深くに秘めた力のすべてが。 その表情を難なく読み取った男は不敵に歩き出す。

 

【オレは孫悟空でも――】

「ギィ!!」

 

 ケリ。 疾風の如く放たれたそれも彼には届かない。

 

【ベジータでもない】

 

 背後を取った悪鬼はそのまま手に持った剣を振り下ろす。

 打ちつけた先に真っ二つとなった戦士の姿に口元をゆがませれば…………背後から聞こえる声に足を止める。

 

【オレはお前を倒すものだ――――何度でもな!】

「はぁ……はぁ……ギギィ!!」

 

 

 

 

 天上も天下も、唯我独尊すら許さない存在――――その男、無敵也。

 

 

【ユーノ! 仇は取ってやる!!】

 

 

 サイヤ人の誇りと怒りが混ぜ合わされた最強の戦士はいま、全てにケリをつけるべく悪鬼羅刹を睨みつける。 

 

 




悟空「オッス! オラ悟空!」

クロノ「遂に幕を下ろそうとするこの戦い。 終わりを見たそのとき、皆に衝撃の事実が」

なのは「どうすればいいの!? あの中には――」

フェイト「誰も手の出しようがないなか、それでも拳を握るあの人は言うのでした」

???【これで、全てを終わらせてやる…………】

なのは「ま、まって! おねがいだからーー!!」

クロノ「叫ぶなのはを余所に、最強の戦士は断罪を始める……次回!」

フェイト「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第67話」

???【魂の断罪者】

クロノ「一体……どうするんだ悟空」


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第67話 魂の断罪者

 

 奇跡が、起きた。

 

 幾千、幾億……否、ありとあらゆる次元世界を探しても見つかることのない希望の光。 其れはどれほどにも小さく、頼りない光りだったろう。 すぐに闇に喰われ、足元をすくわれ……でも、いつか立ち上がり正しき道を歩むことのできる強さを内包していた。

 そうだ、それが正しき光を眼に焼き付けるとき。 光は灯火となって、重なり合ったそれはやがて世界を覆い尽くす“炎”となる。 

 

 希望という光を照らす、強大な無比な炎に…………

 

 

【…………】

 

 佇む男……名は、無い。

 最強の下級戦士と、孤高の王子が重なり交わり、解け合ったその存在に授かった名前は誰も知らない。

 

【…………】

「悟空」

「ベジータ……さん」

 

 解る事と言えばこの男の存在感。 ただ、それだけだろう。

 

 瞳は黒。 同じ色の髪は若干剃りこみが入り、天に逆らうように空へ伸びていく。 どことなく広がりがあるように見えるのは悟空の影響か? さらに一房だけ垂れた前髪が、その存在をアクセントとして彼等に見せつける。

 

 身体は、まじまじと見るまでもない。 鋼よりも固く、(くろがね)よりも堅牢なのは言うまでもない。 その身は何人の進軍を許さず、その内包する気は――――

 

【はあああああッ!!】

『うわ?!』

 

 惑星誕生の衝撃をも凌駕する。

 星ひとつの生誕では賄えない程の力の奔流。 それがこの世界に降りかかれば崩壊は免れない。 それでもまだ原型を保つことが出来ている現状もまた奇跡。 力の奔流の主は、そのまま己が気の流れを上空に打ち上げる。

 

「ぎ、ギギ!?」

 

 目の前の悪魔が、その足を後ろに退ける。

 

「……っ?!」

 

 その足をみて、信じられないとでも思ったのだろう。

 

「…………グギィ!!」

 

 口元から見せる八重歯を牙に見立てると、そのまま声を唸らせる。

 自身が最強なのだ。 そう言った見栄からくる衝動ではない、この、腹の底から湧き上がる感情はなんだ?! そもそも、この悪魔には己がちからを誇示するという欲求は皆無なはずだ。

 只奪い、破壊する。

 それがこの鬼に与えられた感情であり、この悪魔がちからを振るう理由でしかない。

 

 では一体、この悪魔はなにをそんなに牙をむき出しにしているのだろうか。 ……それは、高町なのははもちろん、夜天の主にでさえわからない――――

 

【いま、全てを終わらせてやる】

「ギ!? ……グゲゲゲ!!」

 

 ―――己が消滅を、悟った者の足掻きというやつなのだから。

 

「ギィ!」

 

 走り出した、悪魔。

 駆けぬけるは疾風迅雷が如し。 どこまでも届かんとするそれは正に雷光に煌めきをも感じさせる。 止められぬものなど何もない速さから、奴はなんと拳を振り抜いてきたのだ。

 

『!!?』

 

 衝撃波が、彼女たちを襲う。

 もう視界で何が起こっているかなんてわかろうはずがない。 ただ駆け抜ける衝撃に身を任せ、それでも抗い、目を背けるわけにはいかないと足腰に力を込めていく。

 

「う、うぐぅ……フェイトちゃん!」

「なのは、しっかり……!」

 

 倒れない彼女たちが見たモノは……

 

「あ、あれ……」

「……うそ」

【…………】

「ぎ、ぎぎ……?」

 

 只の仁王立ちで、悪魔の鉄拳を右頬で受け止める融合戦士の姿である。

 誰もが勝ちを見たあの勇士に有るまじき姿に、周りの人間すべてが落胆に肩を落とす。 最強で、天下無双で……唯我独尊をも許さないのではなかったのか? まさかの事態に、しかし!

 

「ま、待ってください!」

「あんなことって……」

 

 未来組の二人は今、その目でしかと確認した。 鬼か悪魔、どちらともつかずどちらとも言える悪鬼羅刹が放った拳。 鉄を砕き、全てを消し去る必殺の拳が――

 

「す、寸でのところで止められてる」

「当たってないんよ……」

『……馬鹿な』

 

 最強を前にして、届くことすら許されない。

 当たることが無い拳。 その原理はすべての者に説明が出来ず、ただ、起こった事実を呑み込ませるしかできない。

 だけど彼らはこれで確信に至る。 この、最強が重なり合わし無双を誇る人物をもってすれば――

 

『勝てる……っ』

【行くぞ】

「ギィ!?」

 

 まずは蹴りだ。

 白く、どこかの民族衣装を思わせるその服から繰り出されるケリ。 悪鬼には確かに見えていたはずなのに、躱すことはできず後ろへ吹き飛ばされていく。

 

【フン――】

「ゲギィ!?」

 

 一発、二発。 繰り出されていく只の蹴りは牽制程度だったのだろう。 “早くて威力の無い”それは鬼の表情を歪めるだけにとどまる。 だが。

 

【……】

「――ッ」

 

 無双の戦士は左足を地面にめり込ませる。

 大地に決め込んだ蹴りは、そのまま威力を一気に自身に跳ね返す。 同時、反対の足を大地から離し、大腿筋から腹筋から両腕の反動全てをつかって、遂には右足を鬼の視界から消して見せる。

 

【ラァッ!!】

「――――――――!!」

 

 すると、聞こえてくるのは大砲のような振動音。

 爆裂した空間はその威力を体現し、未だ原型をとどめている鬼は口元から血を流しつつも、今起こった現象に焦りを禁じ得ない。

 

「ぎ、ギヒ……っ」

 

 荒くなる呼吸。 其れはつい数秒前ならあり得ない姿だったはずだ。

 刈り取るのは自分。 それ以外は只、己が来るのを怯えながら待つ羊みたいなものだと、嘲笑っていた奴からは信じられない醜態だ。 完全に裏返る攻防に、それでも無双の戦士は言う。

 

【どうした、来ないのか?】

「!!?」

 

 挑発だ。 それは誰の耳にも明らかな言葉である。

 静かに、どこまでも冷徹に行われる相手への攻めは留まるところを知りながらも、決して相対するモノに安らぎを与える隙を見せない。

 

「あれは多分、ベジータさんの影響かも」

「そうだね。 たぶんそのはず」

「いやしかしオリジナル達よ忘れてはおらぬか? あの者達サイヤ人は元々が好戦的な種族だ、ああいった言動と態度は元々備わっていたと思わぬか?」

『…………そ、それは』

 

 あまりの冷徹さと残酷さに、さしもの少女達も凍りつく。

 王の指摘に思い出されるのは、いつか見た悟空が成ったあの姿……超絶なる戦士を思い起こせば自然、彼女たちから言葉がなくなっていく。

 

「グゲゲゲゲゲッ!!」

【悪あがきはよせ、もう決着は見えているのが分らないのか】

「グギギィ………………」

【なに?】

 

 空気が静けさを取り戻す。

 いつの間にやら流れる風も止み、深緑の世界にひと時の安息が訪れる。 何もない、そんな虚無感にも襲われる静寂な世界はいま……………――――――――

 

「あやつ! 瞬間移動を!!」

「逃げたんよ!」

「悟空くん!」

「ベジータさん!!」

 

 叫びだす子供たちは焦りに満ちている。

 もしもこんなところであんなものを逃せばいったいどれほどに被害が出てしまうのか。 想像すれば凄惨な未来しか浮かばない中、無双の男はただひとり無口。

 

 ようやっと元の空気を取り戻しつつあるこの世界の、ため息にも近い風がやんわりと彼の前髪を持ち上げては、下ろしていく。 その風を身体に受けきった時だ。

 

【地球に居るのか、なら……………………―――――――――――】

 

『!?』

 

 何の予備動作もなく唐突に消えてしまった彼。

 民族衣装の腰布を揺らめかせたと思えば、発動した瞬間移動に皆の目が丸くなる。

 

「あ、あんな鮮やかに消えたことって……」

「うん。 いままで移動するときは何らかの前動作はあったはずだし……これってどういう」

 

 なのは、それにフェイトはここにきてようやく彼に起こった変化。 それも片鱗を味わわされることとなる。 異なる、融合前との実力差。 あまりにも桁がずれたそれは、いったいこの世界に何をもたらすのか。

 まずは、其の舞台を地球に移してからのお話であろう。

 

 

 

 

 彼等の踊りは、そのまま景色を変えて行ってしまう。

 

 

 緑色の龍が揺蕩う海の街。 其処はいま、暗雲に空を埋め尽くされながらも、次の奇跡が起こるのをひたすらに待っていた。 名のある剣士も、拍の付いた魔導師も、一緒くたに同じ位置に立たされ、いま、そのときをひとすらに待っていたのである。

 

「悟空が行ってもう30分くらいか。 ……無事だろうか」

「向こうの映像が見れないのは心配だけど、平気だと思います」

 

 恭也、それにリンディが龍の後光をその身体に受けながら、先ほど世界を跨いだ戦士の身を案じる。

 一度は負けを悟り、それでもと身体を前に向けて歩き出した男。

 その人物がいつものように帰ってくる。 そう信じて、彼等はずっと願い続けていた。

 

「ユーノ、なのは……」

「クロノ……」

「…………フェイト」

 

 子供たちの、帰るその時をだ。

 

 ―――――――――――…………だが。

 

「…………ギヒ」

『!!?』

 

 帰ってきたのは、見知らぬ顔。

 その身体を紫に染め、不可視のフレアを撒き散らせるそれは悪鬼羅刹。 触れるモノを殺し、見るモノから命を奪う。 そう、その存在は文字通り――

 

「ぐ、なんだ行き成り……ぐぅ?!」

「た、体力が急に……」

「魔力も……なんなのこれは!?」

 

 士郎、恭也、それにリンディは不意に膝をつく。

 目の前が白黒に点滅していきそうな刹那、起こったことを正確に判断していく彼女。 不意に現れたのは瞬間移動で話はつく、けど、この身体から消えていく力の理由はなんだ?

 

「闇の書の……蒐集……!」

 

 ――――――違う。 リンディはその答えを即座に切り捨てる。

 そもそも、彼女たち闇の……否、夜天の騎士たちが使っていた蒐集とは魔力をかき集めるものだ。 なら、魔法世界とは関係のない道を行く武芸者たちの体力が減らされるのはおかしい。

 だとすればこの現象はなんなのか。

 リンディは、その口元をきつく縛りながら脳内を慌ただしくも静かに回転させていく。

 

「……ぐぅぅ」

「きょ、恭也ぁ……」

「みんな……気をしっかり保って……うぅ」

 

 数ある希望達が、その身をさらに屈ませる。 落ち込んでいく自身の体力、魔力。 呼吸は荒くなり、既に身体の至る機能も限界数値に達しようとしていた。 終わりが、近い。

 

「こんなことで……」

「ギヒッ」

「こんな……ところで……!」

「ギヒヒヒヒ……ギィヒャハハハ!!」

 

 噛みしめる、歯を。

 今まで散々事件から離れていたところで観るしかできなかった彼女。 職だなんだの言って、結局大事件の中心には子供たちと、それを守る青年を一人送り込んでいただけ。 いつかは……そうやって自身を制止させてきたこともあったけど……

 

「いま……立ち上がらなくてどうするの……!」

 

 振るえる身体は、己が意思で無理にでも固定する。

 ここで立ち上がらなくて何が管理局だ、なにが……親だ。 あそこで子供たちが血と涙を流して戦ているのに、いざ自分が立てば脆くも崩れ去る。 そんなことは―――

 

「もう、嫌なのよ……!」

「リンディさん……?」

 

 ライトグリーンの髪が力無く垂れ下がる。 落ち込んでいく力と魔力に拍車が掛かれば、口だけ動かすことが出来たリンディから、ついに言葉さえ奪ってしまう。 それを見たプレシアは、しかし彼女は見てしまった。 まだその目に、闘志すら浮き上がらせる女の姿を。

 

「…………ぅぅ」

 

 痛みだけが駆け巡る身体に、耐えきれなくなって目を瞑る。

 そのまぶたの裏側に見える景色は―――――鮮血の世界であった。

 

 

――――――身体がぶっ壊れても構うもんか!

――――――オラはこっちだ! こっちを狙え!!

 

 

「――ッ!」

 

 その鮮血をも焼き尽くす、赤き炎を見た時だ。

 彼女の身体の奥、どことも言い知れぬ箇所より……チカラがあふれてくる。 もう、出せないと思っていた魔力は、どういう訳かその威力を取り戻し。

 

「まだ……よ」

 

 彼女に、遂には気迫さえ取り戻させる。

 どこにそんな余力が……周りの人間には到底わかるはずもないだろう。 彼女が辿った出会いと別れ、運命にさえ嘲笑われた末路を。 ……最愛の人物を、目の前で失った辛さを。

 

 それを繰り返すのか?

 

「……まだ…………立てる」

 

 また、見ているだけで終わらせるのか。

 

「……これからよ……ここからよ……っ」

 

 身体の痛みは耐えられるだろう? でも、何よりも耐えられないことはなんだ。 思い出してみろ。

 

「……ここで、引き下がることが――――ぐぅぅ!?」

 

 悲劇を繰り返し、其れすらも見ているだけの自分が、きっと一番耐えられなくなる。

 

 わかっている、やってやる。

 奮い立たせたのは自分の心だ。 からだは、もう言うことを聞こうともしない。 彼女の身体に緑色の輝きがあふれかえると、足元に意味をなさない文字の羅列が。 回転し、交わり、一つの形へ結合すると……

 

「はあああッ!」

 

 彼女の手のひらから、淡い輝きが解き放たれる。

 迫る迫る。 遂には悪鬼の鼻先へと肉迫したその力は、音を立てながらソレにぶち当たる。 ……しかし、だ。

 

「…………ギヒ?」

「く、ぅぅ……」

 

 そのような攻撃が当たったとして、いったい何がどう変わるというのだろうか。

 

 まるで意に介さない。 鬼が嗤う事すらしないで見下すは、陣頭指揮を担うリンディ・ハラオウンだ。 力が、魔力が、遂には心さえ尽きて倒れようとしている彼女に慈悲はない。

 かける声援すらないその状況で、悪鬼は今、その手を天へと振りあげる。

 

「ギヒヒ……ギィィヒャハハ!!」

 

 上げた腕に従うように作り上げられる白いライン。 それが一定の長さまで築き上げられると、悪鬼の腕の動きを追わなくなり、そのラインは“そこ”で停滞する。 何かを待つように、何かを狙い澄ますようにそこに佇むラインは――

 

「――――――――ギヒッ!」

『ぐ――!?』

 

 鬼が振り下ろすと同時、砕け散る。

 

 砕けた光りのラインは、そのまま無慈悲の流星となって降り注ぐ。

 窓ガラスを割った時の破片のように、その一辺ずつを鋭い刃に変えていきながら、残酷なまでの量を魔導師たちへと落としていく。 処刑の白き雨は、ただ当然のように降り注ぐ。

 

 

 

 ことも、無く―――――――……………

 

 

 

【…………フンッ!!】

『!!?』

「……ギィ」

 

 不可視の力が全てを薙ぎ払う。

 空間に作用し、波となって光の欠片たちを粉砕し微塵と化す。 この時起こった攻撃とも防御とも言えぬ動作に、さしものリンディも唖然となって立ち尽くすのみ。

 

「……だれだ」

「この、ひとは……うぐぅ」

 

 士郎、恭也も思いは同じ。 誰もが知らぬ、突然現れた力の主は、そのまま宙を舞う悪鬼に向けて視線を――――飛ばす。

 

【――キッ!!】

「グゲゲ!?」

『おぉ!?』

 

 文字通りに吹き飛んだ悪鬼はどこにも見当たらない。 それほどに遠くへ吹き飛ばされたのだと一体どれほどにわかるものがいただろうか。 不意になくなる虚脱感に、皆が少しだけ安堵の面持ちを浮かべる。

 そしてその心の余裕は、いまきた無双の戦士を見るという行為で埋め尽くされていく。

 

「…………?」

 

 だが恭也は見た。 彼の、その背中から見え隠れしている人間にはあってはならない存在を。

 

「……しっぽ?」

「まさか!?」

 

 けれどそれはある人物を特定させ得る代物で、見た瞬間、彼の脳裏に能天気な太陽が昇りはじめる。

 

『悟空!!?』

 

 変わってしまった自身の……友。

 弟の様で兄の様で、……師の様でもあった彼。 父親とは違う、ある種の馬鹿をし合える人物の名を、気付けばその場にいた全員が一斉に口にしていた。 声の大小は別として。

 

【……ちがう、オレは孫悟空ではない】

「え?」

「ご、悟空おまえ……?」

 

 だが帰ってくるのは否定の声。 ……なら、そう思った恭也は質問を続ける。

 

「べ、ベジータ……さん、なのか?」

【…………それも違う】

「……?」

 

 ならなんだというのだ。

 想う彼に、しかし……時間はなかったようだ―――――――――……

 

「…………ギギィ!!」

【遅い……】

『うぉ?!』

 

 唐突に現れた悪鬼。 件の瞬間移動だと皆が理解する前に繰り出された攻撃は、またも無動作で“止められる” 驚愕か、戦慄か、悪鬼が口を歪めれば刃のような歯からは軋み音すら聞こえてくる。

 忌々しい。 誰もがわかる感情を前に、無双の戦士はなんと……

 

【遅すぎてアクビが出ちまうぜ?】

「ギィィィィィィイイイイイイ!!」

 

 構えもなく、遂には腕を組みだす始末。

 目を瞑り、いかにも暇を持て余していると言った彼にさしもの悪鬼からは怨嗟の声。 殺してやる、切り刻んでやる……奴の攻撃が始まってしまう。

 

「おいおい……」

「な、なんなのあれ……」

 

 士郎、そしてリンディの二人は今度こそ驚愕に顔を染める。

 それもそうだろう。 今まで見たこともない速さと強靭さを秘めた悪鬼の身体から、それも出せる精一杯の攻撃が繰り出されていくのだ。 一つ一つが零戦の特攻を凌駕する拳を前に、己が常識を崩さないものなどいないだろう。

 引いて、打ち出す。

 こんな簡単な動作ですら世界を破壊しかねない……はずなのに。

 

「あ、あれは……昨日……」

 

 その中で恭也だけだ。 いま起こっている“異常”をなんなのかと理解できているのは。

 

「ギィィィ!! ギギギギ!! ―――ッ!!」

【Zzz…………】

「腕組みしながら寝てるぞアイツ……」

「馬鹿な!? 攻撃は止んでいないはずだぞ!?」

「魔力障壁の類いか……?」

「だとしたらなんて強靭な――!?」

 

 思い、口に出した感想はどれも的外れに等しい。

 そんなもんではない。 そんな、単純な力の差を彼は見せつけているわけではないのだ。 恭也はここで、あの、無双を誇る戦士の底意地の悪さを垣間見てしまう。

 

「き、昨日……悟空がつかった技だ」

「恭也?」

「どういうことかしら……」

 

 汗が流れ落ちる。

 そうだ、彼等はいつだって非常識を常識にまで持ってくる自然災害の塊。 見たことがそのまま結果になっているわけではないと気付かされ、ここでようやくリンディは真実へと足を踏み出していく。

 

「あれは高速の受け流しなんだ。 ……そう、あまりにも早く繰り出される手刀、足刀による相手の攻撃を“うち落とす”動作は、早すぎて動いていないように見える」

「……そんな馬鹿な」

 

 ――――実力差が相当ついていないと出来ない代物だろう。

 昨日見せられた謎の技。 今それがスケールを大幅に変えて恭也の前に再臨する。

 

「それが本当だとして、まさかあの敵にもわたし達と同じように、彼が寝ているように見えているとでも……」

「……そんなの、あの表情を見れば一目瞭然ですよ」

『…………』

 

 忌々しい忌々しい忌々しい…………よくもこんな舐めきった事を――

 

 悪魔が憎らしさをヒートアップさせようが、その拳にどんなに力を籠めようが、届かないモノには届かない。 死を呼び込む拳が、無双の戦士にとってはなんでもないかを表すかのような行為は、例えるなら縁側で佇む風鈴が如く。

 

【……まだ終わらんのか? さっさとしてくれ、こっちは時間が限られてるんだぜ?】

「ギィィィ―――ッ!!」

 

 圧倒的な力を誇り、尚且つ煽る態度をやめない彼は慢心そのもの。 その態度にしびれを切らした悪魔は此処で……

 

「―――――――ッ!」

「あいつリズムを変えやがった! 悟空!!」

【…………】

 

 上半身の乱打から、遂に下半身を織り交ぜる。 手刀足刀に拳打と蹴打と様々な角度から打ち込まれていく鬼の攻撃は熾烈を極めた。

 風を切り、大地を割るその攻撃に対応できるものなどだれもいない。 そう思い繰り出す攻撃は……

 

【少しはマシになったようだな】

「!!!」

「そ、そんなドッジボールのように避けなくても……」

 

 オーバーリアクション極まる避け方。 今度こそ遊んでいるとわかるそれに、管理局、ひいては高町の武芸一家すらも戦慄を隠せない。

 どれほどまでに高めた力かなんてわかりかねる悪鬼の攻撃を、正に大人と子供の力量差であしらう彼は本当に……強い。

 

「ぐひぃぃ……ギィィ!!」

 

 足腰を強く捻らせ、螺旋を加えた悪鬼の拳が炸裂する。 迫りくる暴風のような拳打を前に、戦士は一瞬だけ視線を鋭くして……

 

「ガヒ!?」

【これは、ジークリンデの分だ】

 

 悪鬼の背後から、特大の砲撃音。

 何か抉られるような……否。 打ち、“貫く”ようなダメージが悪鬼の身体を通り抜ければ、そのまま奴は口からしぶきを上げていく。

 

「ゲェェ!!」

【そしてこれがユーノの分。 ……アイツをあんなんにしやがって】

 

 奴の脇腹に、戦士の膝がフィットする。

 アバラのいくつかが天寿を迎えた瞬間に、あまりの激痛に鬼が叫ぶ。 痛みを感じるのか? 悪魔の癖に……戦士が無慈悲に見下せば、そのまま鬼は手の中に光を作り出す。

 

「悟空! 危ない!!」

 

 高町恭也。

 彼は持ち前の特殊技能である“神速”を用いてなんとか今起こった異変を察知する。 どうにもならないし、どうやっても変えようがないこの先の展開に、思わず叫んだ彼は、しかし。

 

「ぎひ、ギヒヒ……!!」

【…………】

 

 鬼が作り出し手の平の光りは、その形を鋭い剣に変えると戦士を無残に切り伏せる。

 真っ向からの一刀両断に、全ての者が視線を逸らそうと……しない。

 

「ぎ……? ギギ……!?」

【…………これは、ミカミの技の中でも特に名の無い技でな】

「おいおいウソだろ……」

 

 彼は、今目の前にいる恭也の技をもって、迫る刃を止めて見せる。

 凶“刃”を、その手の、しかも人差し指と中指のみで撃ちとめ、攻撃の手段を“取”ってしまう技。 ――――名前ならあるよと、士郎が心の中で汗をかく中で行われる御神の只の技は……その実、行うには――

 

 

刃取(はとり)……相手との実力差が数倍以上なければ実戦で行うのは不可能なはずだ」

「そ、そうだ。 俺でさえまだ、息の合った組手の最中で何とかできる技だぞ。 それを……バケモノかアイツは!」

 

 

 よほどの実力差が必須事項である。

 ここまでくれば誰にでも理解が出来た、謎の男と怪物との地力の差。 いい加減、戦いがイジメに移行してしまうのではないかと、なぜか敵の心配さえしてしまいそうになる時である。

 

【終いだ】

「――?!」

 

 光る。 戦士が黄金の輝きに包まれていく。

 力をまるで隠そうともしない奴の、真の威力がいま解放されようとしている。

 

【はぁぁぁぁあああああああッ】

「ア、 アイツ……まさか!?」

 

 周囲の地形が変形していく。 嫌でも、否が応でも答えさせられる彼への対応は……怯え。 

 世界が震えれば大地が大きく振動していく。 彼の変化は……しかし、此処までにはとどまらない。

 

 

 

 

 

 

 

 深緑の世界……

 

「!!?」

「あ、アインハルトさん?」

 

 無双の戦士が悪鬼を追って行った直後の事だろう。 皆が吸われていった魔力を少しでも回復させようと“ほんの少しの深呼吸”をしている刹那の事である

 

「師匠……し、師匠の気配を感じます!」

「ご、悟空くん?!」

 

 消えて行った彼の気配。 するとあの人はこちらに帰ってきたのだろうか? ……高町なのはは思わず周囲を見渡してしまう。

 

「ちゃうんよなのはさん」

「え? ジークリンデさんそれって……」

 

 否定の声はそのまま疑問の声で答える。 そもそも、だ。 終わってないのだ戦いはまだ。 静かに首を振るジークリンデに、高町なのはは……

 

「おそらく空ちゃん達は別の世界に行ったっきりなはずなんや。 けど、“あのヒト”が気を開放したせいやろうな。 遠くの世界に居るのにもかかわらず、まるで近くに居る錯覚を覚えるんや」

「それってつまり……?」

「お二人の融合体であるあのひとが、超サイヤ人に成ったのでしょう」

『……』

 

 それは、確証を心に込めた言葉であった。 目を見ればわかるアインハルトの言葉の意味を、奥歯で噛みしめながら高町なのはは思う。 どうか、全てが無事で終わってほしい、と。

 

「で、ですが……」

「どうしたの?」

 

 だが……だが。 ここで一つの問題が提示される。 思い浮かばれるのはユーノが犠牲になったその瞬間だ。

 そう、今まで忘れてしまってはいたが……あの、鬼は――――

 

「あれは…………」

『…………ええ!?!』

 

 

 其れは、よその世界に行った無双の戦士にはあずかり知らぬ事実である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 蒼い星、地球。

 金色のフレアが成層圏にまで燃え上がる中、世界はまだ、この戦士が放つ波動に何とか身を保たせることに成功していた。 彼は、彼等は……戦いを継続していたのだ。

 

「ギ、ギギーー」

【ほらよ】

 

 戦士が中指をずらせば、剣がまるでガラス細工のように微塵へと成る。 大地へ還る悪鬼の剣が、その形を完全に消してしまう中で……鬼は天へと翔けていく。

 

【…………やる気か】

「ギィィ……ギギィィィ…………!!」

 

 悪鬼が両腕を広げる。

 同時、その背後に浮かぶのは白き魔導師の女の子。 ……ここにきて、起こされた行動はまさしく……

 

【そうだ、それしか手段はないはずだ】

「ギィィ! グゲゲゲゲ!!」

 

 戦士の、思い描いた未来そのものである。

 

 悪鬼が口元を歪めれば、その歪みがまるで空間に作用するかのように周りがひしゃげていく。

 同時、周囲に浮かぶ光の粒子は孫悟空の奥義すら思い浮かばされる。

 

「あ、アイツなにを……?」

「……これは魔力集積?! なのはさんの!?」

『!!?』

 

 魔導師の面々にとっての印象は高町なのはのソレ。 だが、リンディだけは違う。

 それは世界の果てからも力を“借り受ける”ちから。 全てのモノの願いをこの手に収め、星を砕かんとする邪悪へと打ち込まれる破邪の一撃。 使い方を誤れば最大の被害をこうむるそれは、世界の王から制限すら受けていた必殺の一撃だ。

 

「うぅぅ、ち、力が……」

「魔力も体力も吸い上げられていく!?」

 

 だけど、そんな彼女の考えは…………

 

【貴様は自分のエネルギーが極端に減った時、必ず周囲から集める。 そして、其れは闇の書の能力だとオレはずっと考えていた】

「ギィィ……ギィィ」

【だがそれは違う。 アレは魔力しか集められんし、そもそも一度完成したならばそれは不可能なはずだからな】

 

 欠けていた己を復元する。 だからこそあの能力は使用できるのだ。

 指摘した彼は、そのまま金の頭髪を煌めかせて……

 

【……………すずかの、吸血鬼としての力。 それが今貴様が行っている能力の正体だ】

『!!?』

 

 悪鬼を鋭く射抜く。

 視線で精神的に、気合で物理的に……だ。 思わず右足が後ろに歩を進めた悪鬼は、今度こそ戦慄に顔を歪める。 手加減されていたのだ、今まで、ずっとこうなるように仕向けられていたのだ。

 

「おい悟空! すずかちゃんがってどういうことだ!!」

「そうよ悟空さん! 妹が……すずかがアイツってどういうこと!!」

 

 吠える二人はすずかの親族。

 一人は義理ではあるが、それでも大切な妹であることには変わりない。 そんな彼女が、ああも変わり果てた姿になっていることに驚愕は当然隠せない。 そして。

 

「お前、それをわかってあんな攻撃を――――」

【すこし……黙っていろ】

「うぐ!?」

 

 全てをわかったうえで行動している彼に、当然として噛みつく。

 それでもと遮る彼は……

 

【そしてその力を最大にまで使う時……見える】

 

 今この瞬間を。 まさしく思い描いた通りに実現させた戦士は背中を向ける。 圧倒的な隙は、しかし踏み込むことさえ赦さない気配で相手を微動だにさせない。

 

【すずかは…………そこだな!】

 

 振り向いたとき、戦士はその場から不意に居なくなる。

 

 

【はあッ!!】

「ぎひぃ?!」

 

 砲弾と、爆弾と、……とにかく、何かが炸裂したんだと思った。

 皆は捉えきれない速度を前に、既に通り過ぎた後の音だけを頼りに事の状況を把握していく。

 

【―――――――――】

「ギヒ!? グググ……ギィェェェエエ!!」

『!?』

 

 空間が5回程爆ぜる。 その間に後退を余儀なくされる悪鬼は、そのまま背後にある“壁”に背中を預ける。 まさか自分がここまで追い詰められるなど……思うやつは、忌々しげに目の前に居たはずの戦士を睨みつけ。

 

「……………!?」

【おいおい、どこを探していやがる? オレはここだぜ?】

 

 背後からの声に、遂に汗が噴き出す。

 ここまで遠くに感じる実力差に、悪鬼の焦りは最高潮にまで達している。 けれど…………

 

「!?」

 

 差し出された、両手の平。

 自身の眼前で展開されていく、気の波動と高まりは圧倒的な具合にまで輝きを増していく。 ……来る。 そう思った時にはすでに手遅れ。 戦士は術の詠唱を終えていた。

 

 

――――――――――ビッグバン・かめはめ波!!

 

 

 唸りを上げた気の奔流に呑み込まれた悪鬼は、断末魔を上げながらもまだ、戦士を睨みつけることをやめない。 憎い……貴様がどこまでも憎い……恨み辛みは高まることを知らないし、彼が自身を傷つけるたびに負の感情はどこまでも闇に堕ちていく。

 

「くッ?! アイツ、なんて攻撃を……!」

「悟空さん……すずか!」

「悟空君……!」

 

 その感情の正体は、悪鬼である限り知ることなどないだろう。 己が感じている者が、感情であることさえ知らぬ鬼はいま、その身体の大半を焼かれてもなお倒れず。

 

「ギィィ…………」

【……】

 

 歩く。

 

 鬼はこの瞬間、確かに歩みを始めたのだ。

 例えどのようなことが自身に起きようが、破壊をもたらすのが自身のサガ。 なら、目の前の―――――――否。 そんなことで今、奴が動いているわけではないのだ。

 歩き出し、反動をつけ、足腰から自身の腕に力を集める。

 焼けた腕に集まる力を持って、いま、目の前に居る戦士へ其の力を――――――

 

「…………」

【…………っ】

『な!?』

 

 叩き、付ける。

 その、なんと小さき音か。 紙風船を割ったような、そんな小さき音しか出せない鬼に、さしもの恭也も心のどこかで同情を禁じ得ない。 圧倒的な力を前に、最後まで抗って見せた鬼。

 やってきたことは最悪だとしても、ここまでのモノを見せつけられて……なにも思わぬ武芸者は居ない。

 

「…………っ」

【…………………】

 

 叩く、何度でも。

 響くことさえしない小さな音が、戦士の胸元で何度もぶつかっていく。 ……もう、その姿には先ほどまでの凶悪さなど微塵もなくて。

 

「……なんだか」

「え?」

 

 その姿を見たリンディは、思う。

 遠い昔、まだあの男の子が自身の使命だとか、なんだのを自覚するずっと前だ。 そう、あれは彼がまだミドルスクールにも属さないくらいに幼い時であっただろう。

 

「駄々を、こねているみたい」

『…………』

 

 絶句した。 ……否、皆は分らなかった。

 

 子供が自身にあんな風に我が儘を訴えたことは、果たしてあっただろうか? ……無かったかもしれないと、誰もが心に影を落とす。 皆、良い子だった……ただそれだけしか思い浮かばれないのはどういう事だろうか。

 

 

―――――どうして、なんで?! あんなに…………

 

「すずか……?」

 

 不意に空を見上げたのは忍だ。 彼女は藍色の髪をなびかせると、夜空に浮かぶ二つの影をそのまま視界に収める。 未だに戦士の胸元へ力無い拳をぶつけ続ける悪鬼に、どうしてだろう、悲しき声が聞こえてくる。

 

―――――――――しんじて、たのに……あなたのことを……

 

「あの子……」

 

 風が吹く。 疾風とも言えなくもないそれは、まるで戦士と悪鬼の間を割るかのように強く、いいや、優しく吹き抜けていく。 そのせせらぎを身に感じた鬼は、遂に力が尽きたのだろうか。

 

「…………ギ、ギギィ……」

 

 拳を、両腕ごとぶらりと垂れ下げる。

 これ以上の攻撃が出来ないことの証明は、戦士に更なる行動を促させるようだった。 もう、抵抗が出来ないその姿を忍はどう見えたのだろうか?

 

 

「ご、悟空さん! その子は――!!」

【…………】

 

 

 叫ぶ忍は果たして鬼が何に見えていたのだろう。 健気にも“この先”を待つ鬼は、今、無双の戦士の振り上げた腕を力なく見つめるだけである。

 

 

【………………】

 

 集まりだす、光たち。

 其れは微かで、小さくて、力なんてないに等しき物であったはずだ。 だけど……その小さき物たちが結託しあえばいったいどれほどの力が生まれるだろうか?

 

「……あいつ……なにする気だ」

 

 高町恭也の目から見て、いま起こっている現象は人智を超えたモノだ。

 例えるなら、大地から天に昇る光の雨。 ……聖なる輝きを秘めた光たちが今、戦士が振りあげた手の中に集まっていく。

 

【………………】

 

 振り下ろし、構える戦士は何もしゃべらない。 今生の最後の言葉すら問わない姿は無慈悲であり、人間性の欠片もない。 だけど……

 

【……いま、楽にしてやるからな】

「ギィ……ギ―――――――ごくう、さん……」

 

 その言葉は、どこまでも優しかった。

 

 戦士の振り上げた手は、鬼の左胸へと押し付けられていく……………

 

 

 

 

 

 

―――――怖い。

 

 

 ねぇ、どうしてそんな目で見るの?

 

 

―――――――――――痛い。

 

 

 わたし何もしていないのに……どうしてみんなそんな目で見るの!?

 

 

 

――――――――――――――暗くて、冷たい。

 

 

 見ないでよ……いやだよ……怖いよ……

 

 

 

――――――――――――――――――――誰も、助けてくれない。

 

 

 なんで、なんでなんでなんでなんで――――――どうして!!

 みんなと違うから?! わたしだけニンゲンじゃないから!? でもそんなのどうしろっていうの! 好きでこうなったんじゃないもん、こんな身体、本当は嫌なのに……イヤ、なのに……

 

「…………」

 

 どうして、なんでこんなにみんなと違うの!? ……この身体のせいでいったいどれほどわたしが……ねぇ、どうして!!

 

「………………」

 

 黙ってないで教えてよ! 誰かそこにいるんでしょ! わたしに答えを教えてよ! ……言われたとおりに、するからぁ……

 

「馬鹿な女だ」

「!?」

 

 なに……それ。 いきなり現れたと思ったらバカって!

 

「いいか、女。 てめぇはその力を疎んでいるようだが、オレからしてみればその考えは……」

「……な、なんですか」

「頭がおかしいとしか言えんな」

「!!」

 

 なんなの一体。 こうやってズケズケと他人の心を踏みにじるような事ばっかり言って!

 この人、キライです……

 

「我々サイヤ人は戦闘種族だ。 貴様がいま抱えている問題など理解の範疇外なんだ。 というより……」

「うぅ……」

「なぜそこまで難しく考える」

「…………え?」

 

 難しくって。 だって人と違う――

 

「だからそれが難しいと言っているんだ。 いいか、貴様は他とは違う。 言ってみれば生物としてはエリートなんだ」

「え、エリート……」

「腕力にしろ体力にしろ、それに頭の中だってそこいらの馬鹿と一緒ではあるまい。なら、それを誇りに思わんのか? 貴様は生まれた時から他の奴より優れた人間なんだぞ」

「……だけど」

 

 とても怖い声で、わたしに向けて恐ろしい事ばかり言って来るんです。 どうすればそんな考えにたどり着くんだろう。 みんなが怖がるような事を、わたしはしたくないのに……静かに、暮して居たいだけなのに。

 

「それならそれでいいだろう。 貴様がそうしたいのであればそうすればいい」

「でも、それもできない……です」

「………………煩わしいヤツだ、はっきりできんのか」

 

 この人、イライラしてる。 そうだよね、わたしみたいなオドオドしている子供相手に、いつまでも相手しているなんて嫌だよね。 ……少し強がって、笑顔になれば居なくなってくれるかな?

 

「あの――」

「面倒だ」

「はい?」

「もういい。 貴様の弱音など聞いている暇はないんだ。 もう、こうしていられる時間もわずかしか無いしな」

 

 あ、ちょっと! 無理やり引っ張らないで……きゃあ! なんでこの人はこんなに強引なの、あのひとならこんな風にはしないのに……あの、ひとなら……

 

「カカロットの助けを待っているなら無駄だ、あきらめろ」

「だ、だれですか……」

「フンまぁいい。 とにかく奴は今忙しい。 文句の一つも言いたかったら外で大人しく待っていることだ」

「…………だけど」

「それにな」

 

 勝手に歩き出すし、勝手に話を進めるし。 わたしの意見なんて聞きもしないし興味もないんだろうなぁ。 見た目通りの乱暴な人……苦手です。 それでも、なんだか言いたいことがあるみたいなんです。 その人は、少しだけわたしから視線をずらすとこう言ってきました。

 

「そうやってウジウジ悩んでいたところで何も解決などせん。 自身の問題はいつだって己で解決しなければならん。 其れすらも分らんのか」

「……でも」

「誰かが何とかしてくれるなどと思っているのならまったくの見当はずれだ。 身勝手で甘い事この上ない」

「うぅ……」

「物事をうまくやりたいのなら、常に自分から動くことだ……戦いだろうがなんだろうがな」

 

 常に、自分から……けど貴方はそうやって生きてこれただろうけど私は――

 

「甘えるな。 いつかは誰もが通る道だ……貴様はただ他人よりもそれが少しばかり早かっただけのことだ。 やがては他の奴も通る道だ」

「そう、なんですか?」

「あのカカロット……ふん、貴様らがソンゴクウと呼んでいる奴も少しだけ行き詰ったことがあるらしい。 まぁ、そのあとすぐに振り切ったという話だが」

「……っ!」

「フン」

 

 ……乗せられているというのは、自分でもわかりました。 それでも、あの人の笑顔を知っているからこそ、今の言葉は胸の内に響いてしまって。

 

「理由はどうあれ、貴様がしでかしたことは大きい。 地獄に行って償うにしろ、現世で精一杯罪滅ぼしするにしろ、これから先待つのは苦難だ」

「…………はい」

「ほう、テメェがやったことくらいは良く覚えていると見えて、中々、さっきよりは素直じゃないか」

「だ、だってわたし――」

 

 ユーノ君っていう“知っている子”とそっくりの名前の男の子に、ジークリンデさん……いろんな人たちを傷つけて。 許されない、ことだよね……もう、わたしの顔なんて見たくないかもしれないよ。

 

「…………どうだかな」

「え?」

「甘いヤツの仲間というからには、相当の甘ったれに違いない。 案外…………いや、其れは貴様自身で確かめてみるんだな」

 

 イジワルな、顔でした。

 なんだかこの先の出来事を知っているみたいで。 でも、さっきから見えていた銀行強盗さんみたいな顔は、少しだけなりを潜めていて。

 

「さぁ、さっさとここから出て行け。 邪魔なんだ、貴様がここにいると」

「邪魔!?」

「とっとと向こうへ行っちまえ!」

「きゃあ~~!」

 

 まるで猫のように首根っこを掴んできたと思えば、景色が暗転。 右か左かわからなくなるくらいにかき混ぜられたわたしは、そのまま意識を手放してしまいました。

 

 

 

 

 

 

 同時刻―――――暗い……闇の中。

 

 縦、横、上に下。 どこまで行こうとも変わらぬ風景は、時として人の心を蝕んでいく。 目的地があるから人は歩けるわけで。 停滞した人間は、やがて自身の在り方すら忘れてしまうだろう。

 

 さて、そんな暗闇の世界に迷い込んだ人間が一人。

 彼は黒い頭髪を四方八方に伸ばしては、目を瞑ってひたすらに道を進んでいく。 ……いま、自身が歩んでいるところが道だという確証を心に作り上げながら。

 

「こっちだな」

 

 彼は何の迷いもなく進んでいく。 道しるべなどどこにもない、地図もなければ行き先案内人すらいないこの世界で、只、自分が思った通りに進んでいく彼は本当に強い人間なのであろう。

 心も、身体もだ……

 

「おーい! 誰かいるんだろーー!」

 

 最近こういうところに来る頻度が多くなってきた。 少しだけボヤいたそれは、確かに事実と言えるだろう。 でも、其の中でも彼は道に迷うことなく、何時だって目的のモノを探し当ててきた。

 なぜ、そんなことが出来たのだろう。

 聞く者が皆、首を傾げそうになる状況なのだが……

 

「きっとこっちの方だな」

 

 男にもよくわかっていないのだから、答えようというモノは何もないだろう。

 

「…………こないで!」

「ん? 誰かいるな」

「こないで……」

「うっし、そっちにいるんだな」

「こないでって言ってるのに!」

「なんだ来てほしくねぇんか? だったら黙ってれば見つかんねぇのに、変な奴だなぁ」

「…………………………イジワル」

 

 どことなく、日曜休日の親子のような会話。

 その中で男が目にしたのは、金髪の女の子であった。 だがその髪型は彼の知る女の子とは違い、二つに分かれず、自由に流された若干癖の付いた髪である。 背丈で言えば自身が子供になったあの姿よりも小さいと言った印象か。

 そんな彼女を前にして、孫悟空は……頭上に風を感じていた。

 

「に、にげて――」

「よっと」

「…………え?」

 

 身を屈ませる。

 屈伸運動にも似たその動き方は、やはり休日の遊び前の父親を連想させるには十分すぎて。 ……無自覚とは言え、いま“自身が出した凶刃”を避けた男に対し、少女は今度こそ目を丸くする。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……!」

「ん? なんだ変な奴だなぁ、攻撃しといて謝るんか?」

「だって……あ、ダメ!!」

 

 四方から凶刃が迫る――そこに残るのは幻影の身。

 頭上から刃が―――――足を振りあげ跡形も残さない。

 足元から無数の――――身体を、金色に輝かせる。

 

「う、そ……」

「これっておめぇが出してんだろ? それにしちゃ殺意が無さすぎる……やっかいだなぁ」

 

 まったく問題が無いように見えるのは気のせい? 少女は本当に驚いているのだろう、目の前の男に視線を固定したまま離さない。

 この、不可思議を体現した男は一体なんなのだろう。 ……くれてやる視線はどこまでも悩ましそうであった。

 

「はは! まぁ、いろいろあってな。 少しだけ、他の奴よか強ぇんだ」

「す、こし?」

「あぁそうだ。 ほんの少しだけな」

 

 この間にも迫る凶刃は、彼の放つ金色のフレアが原子の塵に変えて行ってしまう。 敵意を持たぬ少女にはどこまでも優しく、逆に殺意を持って敵対してくる刃には欠片ほどの容赦もない。 男の性質がよくわかるというかなんというか……

 

「平気、なの……?」

「なにがだ? まぁ、さっきから変なのがちょろちょろしてっけど、気になるほどでもねぇだろ」

「…………」

 

 この男は……今度の今度こそ、少女は言葉を失う。

 本来ならばこの刃に触れたモノは皆、闇に引きずり込まれ破滅の奈落に引き込まれるはずなのに……そんなものが小さく思えるほどにこの男は強く、暖かい光を備えていて。

 

「――――――ッ!?」

「どうした?」

「あ、あなた……そんなの身体の中に入れて大丈夫なの……?」

「ん? そんなの?」

 

 その奥に見える暗闇……いな、“負”は、闇の少女が今まで見たこともない……

 

「っとまぁ、そんなことより。 おめぇさっさと準備しちまえ? こっから出ちまうぞ」

「……え?」

「え、じゃねぇだろ。 せっかく来たんだ、一緒に外に行っちまうぞ」

 

 キャンプに行くぞ!

 聞こえてくる幻聴は、いま目の前の男の背後から聞こえて来るもの。 暖かく、朗らかな光りすら見せるそれは、少女には眩しすぎる幻影である。 いっそ逃げることが出来るなら……振り返れば永遠に広がる闇を確認してしまえば、少女の心は突き動かされていく。

 

「でも……」

 

 それでも、彼女はためらってしまう。

 理由は簡単だ。 いま、青年を襲った凶刃があるからだ。 あんなのさえなければ……自分だって。 小さくつぶやかれる彼女の口は、わずかだが震えていて。

 

「なんだそんなことか」

「!」

「あれが嫌だってんなら、自分で何とかしちまえるように修行すりゃあいい」

「しゅぎょう?」

「修行だ」

 

 その震えは、男がさっさと蹴っ飛ばす。

 いらない震えよりも、心躍る武者震い! 今より先、この地点よりももっと上! きっとある更なる頂をいつまでも目指す男からかけられる其の言葉は、前向きを具現化したような明るさと相まって……

 

「できる、かな?」

「あぁ、出来るさ。 オラな、実はいうと今この姿になるのも維持すんのもすんげぇ苦労したんだぞ?」

「そうなの……?」

「そうみえねぇだろ? これも必死に修業した結果なんだぞ? だから、おめぇもやりゃああんなヘナチョコなの、すぐにどうにかできるさ!」

「……うん」

 

 満面の笑みが咲き誇る。

 暗闇より来たる少女の、輝く笑顔を見た悟空は揃って笑い出す。 はっはっは! なんて声に出せば、胸を張ってさらにヴォリュームを上げていく。 ……少女の、闇が晴れていく。

 

「そんじゃ外出ちまうか。 オラにしっかり捕まってんだぞ?」

「う、うん」

 

 ギュウ……音が出るまで掴んだのは、身長差から仕方ないとはいえ彼のズボンの裾である。 まるで木陰に隠れる子供のようにしっかりと握りしめれば…………

 

「行くぞ…………―――――――――」

 

 彼は、優しくも強引に少女を闇から切り離してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――…………闇が、光にされていく。

 

 冷徹だった悪鬼が、まるで祝福を受けたかのように光となって霧散していく。 今まで散々手を焼かせ、否、死にそうな目に逢ったが故に、奴の消滅に皆が安堵する。

 

 ……それも違う。 一番皆が安堵していることと言えば。

 

 

【…………終わったな】

「……うぅぅ」

「おそと……でちゃった」

 

 彼等の生還であろうか。

 相変わらずの冷たさを感じさせる言動。 だが、其の中に確かに燃える炎は周囲を明るく照らし出す。 金色を纏いし無双の戦士は、二人の少女を抱えながら天に佇むのであった。

 

【…………――――】

「きえ……?」

【―――――――――……キョウヤ、コイツらを頼む】

「うぉ?! 瞬間移動か……って、おまえやっぱり」

【……オレが誰であるかはもうどうでもいいだろう。 倒すべき奴はもういない、オレもじきに消えるだろう】

「……なに?」

 

 戦士が言う。 もう、時間は此処までだと。

 

「おまえ、消えるのか……?」

【その様だな。 ……いや、少しだけやらなければならないことがある】

「なに?」

 

 そう言うなり戦士は空を見上げる。 暗い空にも、今もなお輝く緑色の龍。 彼を一抜するとそのまま視線はさらに遠くを見据える…………――――――男は、突然と消えて行ってしまう。

 

「お、おい悟空!!」

 

 叫ぶ恭也。 だが、その声に還す者はこの世界にはもういない。

 あの笑顔も、あの輝く炎も既になく。 その光景を見てしまった恭也には、ある一つの会話がよみがえる。

 

―――彼は、この世界の問題を……

 

「解決し終わったから、消えちまうのかよ」

 

 もういない彼に対して、一体どのような言葉が届くというのだろうか。

 

「悟空――――!!」

 

 必死に、願うように叫んだ恭也は…………――――――どれほどに滑稽だったろうか。

 

「くぞう、あいつ居なくなりやがって……こんな」

「いやぁ、オラももう少しだけ話ししたかったんだけどな。 アイツさ、時間が終わったからもと居たところ帰るんだと。 まったく忙しいヤツだぞ」

「ほんと……慌ただし……え?」

「ん?」

「…………………なにやってるんだ、おまえ」

 

 戦士は、否。 男はそこにいた。

 何事もなく佇んでは、何食わぬ顔で恭也の鼻の先でいつものポーズを取っていた。 片手をあげ、手の平をこちらに向けては『おっす!』なんて小声で話しかけてくる。 それが、なんだか気に喰わなくて。

 

「バカヤロウ!!」

「おわわ!?」

「なにがじきに消えるだろうだ?! 無暗やたらに心配させることを言うんじゃねぇ!」

「お、おお」

「不意にお前が居なくなった後、一体なのはやフェイトちゃんにすずかちゃん、彼女たちにどう説明すりゃあいいんだ!」

「いやぁ、そんときはうまい事頼む――」

「んなもん自分でやれ!!」

 

 戦々恐々。 先ほどの寡黙の戦士の片割れとは思えないくらいなコミカルさで、恭也の雷を一身に受ける青年……孫悟空は、新たな命として生まれ落ちた姿から、何時の間にやら戻っていた。

 いつもの山吹色の道着に、茶色い尻尾。 黒曜石の様な瞳が少しだけ輝いて見えると、その後ろから気配を感じて少しだけ咳払い。 恭也は、ほん少しの深呼吸を終えると彼らを見る。

 

「ひ、久しぶりにお兄ちゃんのカミナリをみた……にゃはは」

「す、すごいね。 なのはのお兄さん」

「さすがオリジナルの兄君……迫力が違う」

「王さまぁ、トイレ行きたくなっちゃったぁ」

「レヴィ。 少しだけ落ち着いたらどうですか?」

 

 女性陣が慌ただしくも、愉快な会話をすれば……

 

「一瞬だけど“気”が爆発したんよ」

「師匠から手ほどきを受けていたという話は聞かなかったのですが……隠していたのでしょうか。 とんでもない威力です」

 

 未来組の彼女たちが、若干ずれた会話を展開して。

 

「お、俺。 頑張ればあれくらいの気迫出せそうですかね」

「無理はしない方がいい。 それだけ言わせてくれ」

「クロすけ、結構ドライねぇ」

「さっきの熱血君はどこへやら~」

 

 管理局の面々が事の愉快さに緊張感を解き。

 

「終わったのだな」

「その様だ」

「今回、アタシらってそんなに活躍してねえよな」

「ヴィータちゃん、それは言いっこなしよ」

 

 ヴォルケンリッターの彼等ですら事の終結に腰を落ち着ける。 ……そして。

 

「……どうだ、目ぇ覚めたか?」

「……おかげさまで」

「よかった。 どこか、イテェとこあるか?」

「ぜ、全部」

「そうか……まぁ、今回は我慢してくれ」

「はい! …………悟空さん!」

 

 ユーノ・スクライア。 彼は確かに青年へと声を返したのである。 幾多の危機を潜り抜け、一度は地の底に沈み、それでもようやくここへと帰ってきた彼は……

 

「救護班急いで。 今日の重体患者は彼よ」

「しっかりしてください、いま、治療魔法を掛けますから」

「魔力のほとんどが切れかけてる……こんな状態初めて見た」

「楽にしてください。 タンカー急いで!」

「めずらしい……悟空さん、上半身裸じゃねぇよ」

 

 様々な言葉と共に運ばれる彼。 満身創痍は誰の受け売りだろうか? 笑い話で済ませることではないだろうが、なぜだろう。

 

「今回はボロッボロにされちまったけど、次は負けねぇように修行すっぞ!」

「は、はい!」

 

 少し、彼がうれしそうに見えたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、ユーノ・スクライアが搬送されてから数分の時間が過ぎた頃だ。

 

 

 

【…………そろそろ、帰っていいのか】

「あ、そうだったそうだった! 神龍の事すっかり忘れてたぞ。 わりぃ! もう少し待っててくれ!」

【……はやくしてくれ】

 

 巨大な龍が“次”をせがむ。

 けれどその言葉に更なる待ったをかける悟空は、片目を瞑って軽い態度。 周囲にいる動植物が畏怖で動けない中で行われる延長の申し込みに、自然が少しだけざわめいた。

 

「というか、あの王子さまはどこに行ったんだよ」

「ん? あぁ、ベジータか」

 

 赤いおさげの女の子。 ヴィータが悟空を見上げながら問う。

 先ほどまで自分達との同期をカットしていた謎の人物……資料だけなら知っているとある星の王子様の行方のことだ。 問われ、少しだけ俯いた彼はすぐに星を仰ぐ。

 

「アイツは……」

 

 彼女たちは、知らない。

 孫悟空が見上げたのは満天の星空ではないことを。 その先に広がる黄泉の国……地の底を、彼は思いかえしているのである。

 

「もともと死人だからな。 あの世に戻っちまったんだろ」

「ふーん、あのよねぇ……」

 

 ランニングシャツを着込んだ、赤い鬼と青い鬼。

 仕事に厳しく、天国往きで在り、それでも修行をとった男が誤って落ちてきても決して元の道に行くことを良しとせず。 その有様はどこぞの公務員を思い起こさせる……しばしば、関係ない話が出たがとにかく、少しだけ前の事を思い出した彼は……

 

「あのよ……? え、あの世!!」

「あぁ、そうだ」

「し、死人だったのかよアイツ!!?」

「なんだ今さらか? あいつんアタマ、輪が乗っかってたろ? なら、あいつはきっと死んじまったんだ。 理由は知らねぇけど」

「…………そ、そうか」

 

 少女を大きく震撼させるには十分で。

 

「師匠、あの世というのは……?」

「空ちゃんってば相変わらず冗談がうまいんよ」

「ジョウダン? 何言ってんだおめぇ達。 あの世はあの世だ」

『……え?』

 

 未来組の彼女たちを大きく混乱させるには十分すぎて。 それでも、どこか彼は語りかけるように空を見上げる。 ……今回の勝因たる、星の王子さまを思い起こしながら…………

 

 

「とまぁ、いろいろ思うところはあっけど。 ユーノはあのフュージョンしたオラたちの気を与えてなんとか息を吹き返したことだし……」

 

 次の仕事がまだ残っている。

 振り返る悟空が見るのは只一点……それは、半年前からの約束であった。

 

「プレシア! ちょっとこっち来い」

「え、あ、……えぇ」

 

 そうだ、彼女の治療がまだ残っているのである。

 呼びだした彼女は歩幅も小さく歩き出す。 ……正直、連れてってやれよと思わなくもない光景だが、それでも彼女は歩くいことをやめない。

 

「ここで、いいのかしら……」

「おう、ここなら神龍にもよく見えんだろ」

「あの大きさなら別にどこに居ても変わらないと思うのだけど……見えないのならあっちがどうにかするべきよ」

「なんだおめぇ、神龍に対して随分キツイ態度じゃねぇか」

「そう、かしら……」

「なんとなくな」

 

 灰色の髪を揺らして、力無く悪態をついてしまったのは彼女が奇跡を嫌っているリアリストだから? でも、一度はそれを肯定したんだから……

 背後で娘が笑っているのも織り込み済みでなお、彼女は神なる龍を、睨みつける。

 

【……帰らせてもらおう】

「!!? ま、まぁまぁ。 こいつも悪気はねぇんだ、な!」

「まぁ、私を救ってくれるというのなら言葉に甘えてあげなくもないけど」

【…………】

「いい゛!? お、おいプレシアぁ……おめぇもう少しなんかさぁ」

「ふふ、冗談よ」

 

 悪い冗談はほどほどに。

 苦い顔をする悟空を、解っていてなお微笑むプレシアはもう、かつてフェイトが知っていた面影を感じさせない。 恐ろしく、ただ狂気取りつかれた悪鬼はもう、この世界にはいない。

 

 だから、そろそろいいだろう。

 

「神龍、二つ目の願いだ!」

【……いいだろう、早く言え】

『ふ、ふたつめ……?』

 

 その、言葉に皆が詐欺にあったような呆然さを見せながら……

 

「ここにいるプレシアを若返らせてほしいんだ」

「え、孫くんわたし――」

「病気治してもおめぇの歳じゃすぐにおっ死んじまうだろ。 だったら、これからもう一回やり直せればってクロノがよ」

「……そう」

 

 確か前にも話してた気が? ――――忘れてたのよ、デバイスの改良で忙しかったから。

 

 聞こえてくるヒソヒソ話はそのまま綺麗に流れていく。 さぁ、早く叶えてしまおう今までの悪夢を祓うために。 深緑の龍が長い身体を動かせば、暗雲がわずかに動き出す。 分厚いせいか変化の見られない漆黒の空に、遂に願いを込めて――――

 

【そこのフェイト・テスタロッサと同じぐらいでいいのか?】

「おう、もうとんでもなくピチピチとした……」

【わかった】

「わかったじゃないでしょ!! ちょっと待ちなさい!」

「イッテェェ!!」

 

 バチコーン! っと、孫悟空の頭の上にタンコブがひとつ。 鋭い突っ込みもさる事ながら、この宇宙最強の人物に傷を負わせる彼女はどこまでも強い女性(ひと)なのだろうか。 皆が称賛と微笑みの視線を送る中……

 

「ヒー……イテテ」

「どうしてそんなことになるのかしら、いまさら魔法少女をやるつもりはないわよ……?」

「いやぁ、オラとしたことがつい、な」

「聞き流していたとでも?」

「はは! まぁな」

「……はぁ」

 

 悟空が頭をさする中、見事に吐き出されていく疲れた呼吸。 彼女のこれからの苦労を表していくようなノリはまだ続きそうであった。

 

「とにかくドラゴン! あなた、いい加減なことをするんじゃないわよ」

【……願いはまだか】

「…………いいわ、そんなに叶えたいのならさっさと言ってやろうじゃない」

 

 ケンカか何かと勘違いさせるカノジョの言動に、近くにいたヴィータは既に半泣きだ。 そして彼女を飼い主として、テスタロッサ家カースト制度のワーストを誇るワンコは既に、その立派な尻尾を地面に垂れ下げている。

 

 この女史、精神的な若さならまだまだ余裕があるのであろう。

 

 そんな中、彼女は視線を泳がせると一点に集中していく。 そこに見えるは栗毛色の主婦が一人。 戦いにさほど関係なく、むしろ帰ってくる役割を担う彼女の名前は――

 

「……えぇ、そうねあれくらいでいいかしら」

「え?」

「桃子さん。 彼女くらいにまで若返らせてもらおうかしら」

「いいのか? そうすっとおめぇオラよりも歳が――」

「年齢詐欺の戦闘民族と合わせる気なんて毛頭ないわ。 けど彼女たちよりも年下になるのは気が引けるし……9歳児を持つのなら、これくらいが妥当よ」

 

 ――――バツイチだしね。

 

 聞こえてくる内緒話に、少しだけ苦笑いする悟空はどうやら意味を把握しているようだ。

 さて、ここで何となくまとまる願いの方向性に悟空は天を見上げる。

 

「そんな訳だ! 出来るか?」

【容易い事だ……プレシア・テスタロッサを25年ほど若返らせればいいのだな】

「そうそう、よろしく!」

 

 そして――――

 

「25!? ってことは今あのヒト……」

「おいおいマジかよ!?」

「……フォトンランサー!!」

『ギィィイェエエエ!!?』

「忘れ堕ちなさい、闇の彼方へ……」

 

 ここで指折り、計算に奔走する男衆には女王の雷が落っこちる。 あわわと叫んで地面にキスを交わせば、今聞いた事実なんて闇の中。 ひと握りの生存者である既婚者ふたりは額から汗を流して……

 

「十分元気だと思うのだが」

「オラもそう思う」

 

 只静かに、ことが起こるのを待つのでした。

 

【さぁ、願いを叶えてやろう】

「……えぇ」

 

 息を呑む。 深緑の龍からついに吐き出された願いの回答は、聞き返す必要がないくらいにはっきりとしたものだ。 そして輝く双眸の色は赤。 深紅の眼光が世界を照らせば、森羅万象が脆くも崩壊していく。

 

 事象が、不可思議に捻じ曲げられる。

 

「……………うぅ!?」

 

 うめき声。 だけどそれは一瞬だ。

 徐々に艶を出していく肌、生気を走らせる肢体とシワの減っていく表情。 その、どれもが彼女を全盛期へと導いていく中。 一人の男がついに感想を漏らす。

 

「……おめぇ、あんまり変わりばえしねぇのな」

「ほっときなさい。 若作りに必死だったのよ」

「ふぅん」

 

 出来た姿は……実はあまり変わらないのでした。 ただ、少しだけ目元が柔らかくなったのは、身体の隅々にまで行き渡った病魔が存在自体を消されてしまったからかどうか……

 表情の軽い科学者は、そのまま手の平を開けて……

 

「すごく身体が軽い。 全身から重石をどかしたみたい」

 

 その動作だけでいままでとこれからの差を痛感する。 叫びだしてしまいそうな欲求を押さえながら静かに喜びに震える姿は……果たして自身の寿命が延びたからか同時なのか。

 

「かあさん……」

「……フェイト」

 

 そんなの、本人に聞くまでもないだろう。 きっと続くこれからの、二人の親子の時間はとても長く、濃いモノになるに違いない。 ……だって二人は、今までの時間を無作為に終わらせてしまったのだから。

 

 続いてほしい、幸せな時。

 

 フェイトのいままでを知る者は自然、その瞳から大粒の涙を流していた……

 

 

 

 

「さてと、これでやりたいことは全部だな」

 

 数分か数秒か。 またも神龍を待たせた悟空はようやく声を上げることが出来た。 皆の嗚咽が静まる中、天を見上げれば龍がこちらを見下ろしてくる。

 

「ありがとな神龍」

【礼などいい】

「そっか。 ……でもまぁ、また世話になっちまったしな」

【…………】

 

 二つの奇跡を叶えた龍。 其れはすなわち別れの時を言い表していた。 記憶に残る新米神さまの言葉をそのまま受け取るならば、これで出来ることはすべてだ。 だから……

 

「アインハルト、ジークリンデ。 おめぇたちには悪いことしちまったな」

「いいえ。 むしろ今回の事件はわたし達にとって掛け替えのないモノになるでしょう」

「そうや。 みんなで頑張って、決してあきらめないで掴みとった未来。 ……まさかウチらが参加するとはおもわへんかったけど」

「いや……そっちじゃなくてよ」

『へ?』

 

 笑顔を遮るような悟空の言葉。 その、意味が分からないと言った娘たちは見落していたことがあった。

 

「本当なら神龍に頼んでおめぇ達をもと居たとこに送ってもらうつもりだたんだけどな。 2個、先に願い叶えちまったから……」

『……あ』

「今度はまた1年後。 そん時まではここに残ってもらうけどいいんか?」

『あああ――――!!』

 

 今日、本当に一番大きな叫び声が上がったかもしれない。 失念とはこの事か、自分たち事の筈なのに、すっかりと忘れていた彼女たちは口元が完全に空いていた。 隙だらけのそこに入れてやるものなど何もない。 悟空は、後頭部を掻いてやると……

 

【次の願いはまだか……?】

「とまぁ、神龍が帰りたがってっから、そろそろお別れだな」

「はい……」

「ウチ達完全に異邦人なの忘れてた。 一緒に戦ってる時の一体感が凄すぎて……」

「あ、それ解りますジークさん」

「せやろ! フュージョンポーズ死守の時もめっちゃ――――」

【次の願い……】

「そうです、そうなんです! 師匠たちが変なおふざけをやり始めたと内心思ったのですが、そのあとの気力の強さと言ったら――」

【あのぉ……次の、願い……】

 

『いやぁ、今回も無事に終わってよかったぁ!!』

 

 さて、そろそろ終わりにしよう。

 孫悟空が背伸びをすれば、皆は確信を持って想う。 ……あぁ、戦いは終わったんだなと。 その中でも聞こえるエコーに、クロノだけは顔だけでツッコミ……気付け、何か言っている!

 そんな言葉を投げかけるも皆は気付かない。

 ……疲れているのだ、戦士たちは。

 だからもうこれ以上はそっとしておこう……静かに、休ませてやろう。

 

【3つ目の願いはいいのか……?】

「あぁ、三つ目ね、みっつめ。 それが出来るんならジークリンデ達を元の世界に帰してやってほしかったんだけどなぁ。 また来年な」

【…………っ! ……容易い事だ】

 

 空が少しだけ跳ねた気がした。

 そのときに見上げた夜空はなぜか赤く輝いていて……ここでようやく――――

 

『え?! みっつ目の願い!?』

【ジークリンデ・エレミア並びに、ハイディ・アインハルト・ストラトス・イングヴァルトの両名を元の時間、世界に戻してやろう】

『ええ!?』

 

 ここで驚くのは全員だ。 なにせ孫悟空ですら予測できなかった展開。 そもそも、彼が知るドラゴンボールの性能はさっきまでで終わりなはずなのに……分らぬ展開に、さすがの彼も混乱をきたす。

 

「で、出来るんか?!」

「……ということは、ハルにゃん!」

「え、えぇ。 まったく期待していなかったのですが……どうやら帰れるみたいです」

『おお!!』

 

 思わぬ収穫に皆が揺れる中。 ……事情を知らぬ者達はここで首をかしげる。

 

「あれ? 王さま、イングヴァルトってどっかで……」

「……今は良い。 時期、向こうからこちらの方にやって来るであろう」

「……ふーん。 ま、いっか!」

 

 ……果たしてそれは彼女たちを…………だが、考えを巡らせる暇なく、約束の時は来てしまった。

 

「……師匠、いろいろお世話になりました。 この数日間、本当に有意義な物になって……うぅ」

「ハルにゃん、後でまた会えるんよ。 元気出して」

「ですがこの姿の――もう……」

 

 いろいろ、言いたいことはあるかもしれない。 だけど時間は待ってくれないように、神龍の願いを叶える時間もあっという間にやってきてしまう。

 

「あ、身体……」

 

 誰かが呟いた。 ……彼女たち、未来組の身体が徐々に透けて行っていることを。 残像拳とはまた違った、夢が現に戻っていくような姿は、彼等が正常な状態ではなかったということを悟らせる。

 

「みなさん、お元気で」

「空ちゃん! 食べ過ぎてお腹壊したらダメなんよ」

「あぁ、おめぇたちもこれから気ぃ付けんだぞ。 ―――向こうのオラにもよろしく!」

『はい!!』

 

 最後は笑顔で……再会の言葉を交わす。

 なにせ彼女たちはこれから先を生きる者たちだ。 なら、何時かは――――悟空はいつも通りの笑顔を見せると、そのまま消えていく少女達を見送っていく。 ……また、どこかで拳を交わそう。 そんな約束を言外に秘めておきながら。

 

 

 ―――――――――――――少女達は、この時間軸から去っていくのであった。

 

 

 

「な、なぁゴクウ。 あいつ等って」

「訳有ってな、オラたちとはほんの少し違うところからやってきたんだ」

「……そ、そう言う事か」

 

 それだけの言葉で、どれほどのことが分かったのだろうか。 しかし、つい数分前に一つの例を見てしまったからにはなっとくしない訳にはいかない。 ……オレンジの髪もつ狼は、ここで会話を閉じてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【願いは叶えてやった……】

「あぁ、これで文句はねぇ。 いろいろサンキュな、神龍」

【さらばだ――――!!】

 

 光が七つ、世界の彼方へと飛んでいく。

 誰にも掴ませまいと、まるで隠居するご老体のような隠れ方を見て、皆はこの事件が終わったんだと方から力を抜く。

 

 

「……見て、悟空くん」

「ん?」

 

 高町なのはは、自然、空を見上げていた。

 そこに輝く満天の星空は、先ほどまで広がっていた暗雲が遮っていた現実の光景である。 それを見て、今までの騒ぎを思い起こせばなんとも長く、短い時間であったろうか。

 

「一日、経って無いんだもんね」

「ん? まぁ、そうだな」

「早かったなぁ……プレシアさんも病気とか、これからとか、いろいろ心配がなくなってよかったね」

「あぁ」

 

 そう、ようやっと終わった闘い。 だけど今日という日付は終わるどころかまだまだこれから。 見つけた時計の短針は、これから日が昇ろうかという時間帯だ。 ……彼らの明日は……

 

「きっとみんな、爆睡だね」

「そうか? オラまだヘッチャラだぞ」

「……それは悟空くんだけだよ」

 

 疲れ果てて、泥のように眠るに違いない。

 

「あ、悟空くん」

「どうした?」

「初詣って知ってる?」

「はつもうで? どっかで聞いたことあっかな」

「もうすぐなんだ、それ。 ……今度教えてあげるね」

「ふぅん……こんど、かぁ」

 

 今度。 ……その機会を作った戦士はもう何もない空を見上げる。 この、満天の星空の下、いまどれほどの人間が目を開け、今光景を見ていただろうか。

 其れはきっとほんの少しの人間だったろう、もう、ほとんどの人間がこの世界で意識を保ってはいないだろう。 それほどに朝と夜の境界があいまいな時間帯でも、彼はいつも通り、黒曜石のような目を……輝かせる。

 

 

 

 ―――――――――――――……………………その会話が、彼と彼女が交わす最後の言葉になることも知らずに。

 

 

 

 

「!!?」

「悟空くん?」

 

 皆が、帰ろうとしたところだ。 ここで孫悟空の尾は張りつめていくように強張る。 なにか……そう、何か重大な見落しをしているのではないかと、周りを見渡したそのときだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[………………………………………………おのれサイヤ人]

 

 

 絶望は、最後の最後で堕ちてくる。

 

 

「――――――…………孫悟空! い、いま――」

「わかってる。 だけどあれはマズイぞ夜天」

「……え?」

 

 見た色は白銀。 全てを写しとり、跳ね返さんとするかのような硬質感は、そのまま彼の堅牢さを表している。 だが、其れはほんの一部に過ぎない。 身体……いいや、躯体を構成するほとんどが消失し、まるで8足生物のような醜態さでしぶとく這いずりまわるのが精いっぱい。

 けれど……

 

[こ、コんなオワリかたは……おREはみとめNzo]

「なんて気だ――よせ! この星ごと無くなっちめぇぞ!!」

 

 その身体に秘められた力は危険極まりなく、圧倒的に絶望的であった。

 

 …………ひとつ、奴の身体が膨れ上がる。

 

[死ぬ、のだ……このおれは、ウチュウさいきょうナNOだ……こ、ころSIてヤル……]

「…………くッ」

 

 …………ふたつ、奴の身体が急速に赤熱していく。

 

[オレノさいご……これで…………けしとべ!!]

「うそ……あれって」

 

 

 どう見ても、否。 どう考えてもあれは数日前に倒した輩だ。 高町なのはの記憶にも新しい、最悪の金属生命体。 だけどそれは金色の光りを受けて消えてなくなったはずなのに。

 

 孫悟空が彼女の前に片手を置き、決して前に出さないようにしながら……時間は無情にも消費されていく。

 

「どう考えても自爆する気です」

「みてぇだな。 ……なんだかどこかで見たような真似しやがって」

「え、え!?」

 

 高町なのはには、今起こっている事態を完全に呑みこむ“勇気”は無かった。 あったとして、果たして解決の糸口になったかは別なのだが。

 

「夜天、参考までにききてぇ」

「転移なら無理ですよ。 質量が大きすぎて、転送までの時間が大幅に伸びてしまう」

「……八方ふさがりだな」

「ご、悟空……くん」

 

 吐き出した……息。 ため息にも聞こえて、でも今まで聞いたことのないような暗さは、高町なのはですらしない敗戦濃いモノである。

 完全に、してやられた。 ……まさかの逆転劇に――――

 

「悟空! いまのはなんだ!」

「孫!?」

「孫くんそいつ!?」

 

 去っていった皆が戻って来る。 まだ、事件が終わりではないことに気が付けば―――

 

「よせッ!」

『!?』

「あれに攻撃すんな! あんな破裂しそうなまでに気を溜めた奴に刺激を与えてみろ……この星ごと無くなるぞ!」

『…………っ!!?』

 

 攻撃しようとした手を怒号が止める。

 ありとあらゆる手を考えたとしても、もはや手遅れ。 転移は時間がかかり、消滅させようと手を出せば自分たち事すべてが消え去る。 ……もう、何も出来ないと誰もが悟りはじめる。

 

 

 ……だが。

 

「なのは」

「……ふぇ?」

 

 こんな時、彼は途轍もなく優しい顔をして見せたのだ。

 

 

「おんなじ状況だってのに、やっぱりこれしか思いつかなかった」

 

 

 あまりにも優しすぎて、壊れてしまうんじゃないかってくらいの繊細さでなのはを包んでしまえば……

 

「キョウヤにシロウ、ミユキとモモコにフェイト……みんな、元気でな」

 

 額に指を持って行き……

 

「……おい、おまえ何考えてんだ」

「孫悟空! 早まるな…………――――――」

 

 何か、皆が叫び始めているがそれが届くこともなく…………――――

 

「――――――…………クウラ、悪いがオラと一緒に消えてもらうぞ」

「ば、バKAな!!」

「――――……孫悟空、貴方一人でどこに飛ぶのですか。 気のあるところにしか行けない貴方が」

「…………夜天」

 

 その声が聞こえた時には。

 

「イメージを私に送ってください。 ……行きましょう孫悟空。 未来に希望を紡ぐために」

「……すまねぇ」

[よせ……BAかナ!!]

「さぁ、貴方はどこへ堕ちたいですか」

[ぐぅぅオオオオオオ!!]

 

 

 

断末魔と共に…………――――――――――孫悟空は、この世界から消えてなくなっていた。

 

 

 

「……うそ」

 

 さっきまで有った笑顔は、もう……ない。

 

「うそ…………」

 

 次に起こるはちいさな地震。 ……理由が何なのかは、知りたくもない。

 

「いやだ……そんなの……」

 

 さっきまで隣にあった温もりが、冷たい夜空の空気に消されて行ってしまう。 その、冷たさが全身に行き渡る頃だろう……

 

「イヤぁぁぁぁあああああアアアアーーーーーーーーー!!」

 

 悲痛な叫びが、夜空に木霊し、消えていく――――――…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 消えて行った先の空気が、切断された――

 

『!!?』

 

 其れは、彼が得意だった技法のひとつである。

 どれほどの魔法技術を結集したとしても起こすことができない技法……エクストラスキルと呼称されるそれは、魔導師が自然と“魔法の様だ”と呟いてしまった代物だ。

 

 そう、それが使える人物なんて限られている。

 

 その、人物が誰なのかをみなはわかっている――――――

 

 

 

「ご、ごく――」

 

 

 

[…………なかなかキモを冷やしたぞ、あのサルめ]

 

 

 だが、希望というのは……奇跡というのはいつも何らかの代償を必要とするモノらしい。

 

[さぁ、ここからが本当の地獄だ……猿の生き残りめ!!]

 

 

 今回の代価は……あまりにも高すぎた。

 彼等に、反撃の手立ては……ない。

 

 

 

 

 

 

 

 




悟空「オッス! オラ悟空!」

なのは「……」
恭也「最後、本当に最後だと思った戦いに落ちてきた一体の機械。 それが全てを奪い去っていく」
なのは「…………」
フェイト「消耗した管理局の人たちは次々と倒れ、遂にはシグナム達もその身を引き裂かれていく」
なのは「…………………」
クロノ「残るは僕たちだけ。 悟空なしの最終決戦を前に、遂にあの子が――――」

リンディ「次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第68話」
プレシア「孫悟空はもう居ない! 切り開け、世界の運命!!」


クウラ「さぁ、これで終わりだ」
なのは「…………………………………………赦さないから」



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第68話 孫悟空はもういない。 切り開け、世界の運命

 

 

 

 誰もが止めることが出来なかった。

 

「う、うそや……」

 

 誰もが、見送ることしかできなかった。

 

「…………リイン……っ!」

 

 気づけば手遅れ、ことが過ぎれば……悲劇が起こされていた。

 

「リインフォースッ!! ごくう!!」

 

 英雄はいつだって迎える結末にろくなものがない。 平穏無事、そんなことからかけ離れているからこそ、彼等は人外な伝説を残さざるを得なかったのだ。 別に残したくて起こした伝奇などではない、暗雲を祓って、そのあとに起こった不幸に対処できなかったから悲劇の英雄とされるものも、実は多かったのかもしれない。

 

 今回、それが彼にも当てはまってしまっただけのことなのだ。

 

「孫……」

「あいつ――」

「馬鹿な……」

「……悟空さん」

 

 四騎士が一斉に膝から崩れる。 過去に彼の力となり、その一部になったことがある彼等だからこそ分かるつながりがある。 常人には、決して知り得ないつながりというものが。

 

 だが。

 

「アイツをまったく感じない……まさか本当に」

 

 シグナムは其処で言葉を止めてしまう。 口から吐き出せば事実になってしまいそうだったから。

 それが嫌で、その、出来事を認めたくない一心で彼女は続きを吐き出すのを……

 

「―――くッ!!」

 

 拒絶する。

 紡ぐ口からは、叫び声を留まらせる代わりに嗚咽だけが滴れる。 地面に落ちることが無い、比喩だけの存在だとしても、其れは確かに零れ落ちていて……大地を、悲しみに濡らす。

 

[…………プログラムが泣くのか? 感情があるとは思わなかったぞ、木偶人形]

「――――――――!!」

 

 ろくでもない、腐っている、人として……こいつは終わっている。 シグナムが声にない叫びを上げれば、自然、四つの光りが目の前の“怪物”へと襲い掛かる。

 

[くくく……バカが]

 

 其れは8足歩行のケダモノである。 いいや、虫なのかもしれない。 とにかく、銀の装甲を成したそれは、見た目通りの人外であって。 かつての姿からは見るも無残な醜悪な姿であったろう……だが。

 

[貴様ら相手ならこの身体で十分だ! 殺してやるぞ!!]

「それは……」

「こちらの――」

「セリフだってんだ!!」

「行きます!」

 

 そんな身体としても、そんな不自由な形だとしても。

 

[ハァァアアッ]

「ぐ!?」

「が!!」

 

 其れは、騎士たちをまったく寄せ付けない。

 

 人の形を持たぬ8足の怪物は、その足を2本伸ばせば触手を作り出す。 鞭のようにしなれば、インパクトの瞬間に硬化しダメージを増大させていく。 ……その威力に、シグナムとザフィーラは地面にクレーターを作らされる。

 

「よくもゴクウを! アイゼン!!」

 

 赤い魔導の衣服をもつ少女、ヴィータが吠える。 獅子奮迅の迫力を背に纏い、己が持った赤い鉄槌を複雑に変形させていけば敵に巨大な影を落とす。

 

「いっけぇぇ!!」

 

 振りかぶり、落とせば轟音が唸る。

 手に残る感触は過去からくる情報通り、敵を粉砕したという信号を彼女に伝えていく。 ……そう、奴を叩き潰したという事実をまったく伝えず……

 

[……土煙を上げるのが貴様らの特技か何かか?]

「――――な?!」

 

振り下ろし、隙だらけとなったヴィータの真横から触手が襲う。

 

「があああッ」

「ヴィータちゃん!!」

 

 無残にも地面を穿つ彼女の身体。 削岩機のような扱われ方は、当然肉の身体を持つ者にとっては規格外の扱われ方であり……ダメージは相応のモノだ。 地面に接触した左肩からは既に痛覚さえなく……

 

「か、かたが……」

[……もう終わりか]

 

 もう、動かすことすら敵わない。 早すぎる騎士たちの壊滅に、後衛での援護が主となるシャマルは戦慄を隠せない。

 

「く、そぉ……」

[フフッ……ハハハ!]

 

 不気味に蠢く鉄の塊。 それが不快な雑音を振りまけば、周囲の人間は各々戦の準備を完了させる。

 

「…………悟空の、仇」

 

 雷が、堕ちた。

 未だ暗い夜空に泣き喚く雷鳴は、いままでに聞いたことが無いほどに激しい音を奏でている。 自然の現象ではない……誰もがわかる答えに、証明することさえしないのは目元を赤く腫らした金髪の少女で在り。

 

「よくもやってくれたね……!」

 

 地上に遠吠えが駆けぬける。

 暗闇をも噛み砕くその雄叫びは、本来なら彼女の性別なら当てはまらないはずの単語だ。 だが、失った心の孔を、マグマの如き怒りで埋め尽くせば途端、咆哮が山々を揺らす。

 

『うぉぉおおおおッ!!』

 

 稲妻が駆けぬければ疾風が身体を刻みつける。 その間にも機械の身体は警戒にギヤをまわし続けていく。 潤滑剤の漏れすらない綺麗な身体……先ほど、彼を巻き込んだダメージを感じさせない奴は、まるで先を見据えるかのように攻撃を“回避していく”

 

「はぁ!」

[こうも攻められるのも――]

 

 フェイトの渾身の一振り。

 手に持った黒い鎌が、黄色い魔力刃を展開すればそのまま夜空ごと切り裂く。 だが、残る銀色に一切の変化はなく、奴は何食わぬ様子で……呟く。

 

[こちらとしては気に喰わんな]

「ウラァ!!」

 

 オレンジの閃光。 彼女が拳に叩き込んだ魔力を爆発させれば、銀の化け物に肉迫する。 されどどれほどに速かろうとも今の奴には“届かない”

 

[少し遊んでやろう――――うぉぉぉぉぉおおおおッ!!]

『!!?』

 

 急激な変化だ。 先ほどまでの8足生物とも取れる機械が、そのあまりある触手で自身を包みだしたのだ。

 

「そんな防御……切り裂く――――」

 

 それは隙。 見落すことなど赦されない好機にフェイトの加速力は一気に高まった。 超高速のそれは風を切り、空気の抵抗を無視した攻撃を生み出していく。

 

「プラズマランサー」

 

 まずは牽制。

 地面を抉れば土煙が上がっていく。 だが、それでも狙いを付けたフェイトの攻撃が中断されることはなく。

 

「はぁぁあああああッ!!」

 

 一瞬の交錯。 手に持ったバルディッシュが奴を真芯に捉えた―――

 

[……そろそろこの身体では……な]

 

 ……はずだった。

 

 機械の化け物が、その身を包んでいた触手を引きはがしていく。 まるで要らなくなった部品をはぎ落すかのように、ゴソリと音を立てながら行われるそれは不気味でならない。

 

「なんで、そんな……」

[ウォームアップは終わりでいいだろう。 ……始めようじゃないか]

 

 ……そもそも、たった今フェイトが渾身の一撃を与えたにも関わらずに、なぜ奴は何の影響もなく言葉を発せられるのだろうか。

 

[本当の地獄というやつをな]

「うそ……無傷!?」

[はーははは!!]

 

 機械が雑音を鳴り響かせれば、奴の身体が器用に分解していく。 脚だったところからは無数のケーブルが伸びていき、そのままどこまでもを這いずりまわる。

 

「みんな、飛んで!」

 

 それを見た瞬間に上がる声……リンディだ。 彼女は張り裂けんばかりに周りへ警告を送る。 このまま大地に足を付ければ、決して良い未来などやってこないということを。

 

「飛べる人はそうでない人のカバーを……一時、撤退もあたまに入れて頂戴」

 

 丁度、半々で別れていた飛行可能とそうでない人員。 中でも管理局でもなくさらには魔法とは縁遠い者達のフォローも忙しなく行う彼らは――――

 

「あ、あぶなかった」

「アタシたちどうなっちゃったのよ!?」

「これって?! 恭ちゃん!」

「き、筋斗雲……」

「……悟空君、居なくなってまでキミは僕たちを―――っく」

 

 青年の遺品が全てを拾い上げる。

 若干サイズアップされたそれは、既に定員の限界を超えようとしていた。 それでも背に乗せた者たちを落とさんとする姿は……主に似てとても逞しかった。

 

だがそれでも人手は足りない。 要救助者が複数いる中で急ぎ、次の反撃に出ることなどできるはずがない。

 

 そんな彼等は今まで居た場所を見下ろし……

 

「そ、そんな……」

「地面が何も見えない」

「機械と、ワイヤー……無機質なもので埋め尽くされていく!?」

 

 この世界が徐々に塗り替えられていく現実を目の当たりにしてしまう。

 灰色の世界に変わろうとしていく途中だ、まだ、心配はいらない範囲であろう。 けど、次第に蝕んでいく範囲は広がり、やがては世界を覆い尽くすのは明白。 その証拠に、今しがた有った旅館は見るも無残に取り込まれ、鋼の建造物へと変わっていってしまったのだから。

 

「あやつ、この星ごと我らを喰うつもりだ」

「王さま、それどういう事?」

 

 ディアーチェが目を細める。 そもそも、今回またも現れた奴……クウラの行動には疑問点が多すぎるのだ。 それを彼女は今、自身の知識を動員しながら解決していこうとする。

 

「言った通りだ。 あれはもとよりそう言う機能なのであろう……闇の書がそうであったように」

「でも闇の書って――」

「そうだ、今はもう無いに等しい」

 

 ならどういう事なんだ。 皆が首を傾げる中、王の視線は筋斗雲の方へ移動する。 今はまだ、力を自覚していない幼き彼女……そんな彼女は。

 

「うぅ……」

「……無理もない。 全てがイレギュラーだった上に“あやつ”が無理矢理引っぺがしてしまったからな」

『??』

「すまぬ、身内の話だ気にせんでくれ」

 

 縮こまる彼女を見てはため息ひとつ。 期待できない戦力その壱と数えれば、ディアーチェはすぐさま視線を外してしまう。

 

「し、しかし――」

「ぬ?」

 

 剣士の声が立ち上る。 魔導に生まれしそれは、深手を負いシャマルの肩に担がれながら言葉を発していた。

 

「シグナム! 無事だったのね」

「すまない、余計な世話をかけた」

「そんなこと……でも、何か気になることがあったの?」

「…………あぁ」

 

 彼女は少しだけ目を瞑る。 まぶたの裏に映るのは過去の戦いと、超戦士が生まれた瞬間の事だ。 力と力、感情渦巻く中で行われた星の終わりは、今もなお彼女の中に強くこびり付いて離れない。

 その激闘を思い起こせば起こすほど感じて止まない。

 

「奴に、我らの力が通用している気がする」

「……どういう事だ、烈火の将」

「理由は分らない、原理も不明だ。 だが、我らの記憶の向こうにある孫の戦いを思い出せ。 ……奴はあんなものではなかっただろう?」

「!」

 

 言われてみれば、そうであろう。 だが……ディアーチェはその考えに乗ることが出来なかった。

 

「遊んでいる。 その可能性も……」

「ないとは言い切れん。 だが先ほどのテスタロッサの戦いで、奴はどういった行動を見せた」

「……なに?」

「奴はな、防いだのだ、テスタロッサの攻撃を」

「だからなんなのだ? 攻撃を防ぐなど当然のことであろう」

 

 クウラという化け物の力は未知数ではない。 孫悟空の記憶を頼りに、奴の“弟”と思わしき存在の戦いを見てみれば大体の見当は付いてしまう。だが、だからこそわかってしまう戦力差に、希望を一向に見いだせない王は否定的だ。 ……でも。

 

「まだわからんか」

「だからなんなのだ!」

「思い出せ。 先ほどの孫と王子の融合した身体……あれが戦った時、勝負になっていたか?」

「…………あれは次元そのものが……ハっ!!」

「気が、付いたようだな」

 

 思い出せ……思いだせ……ディアーチェの中にシグナムの言葉が響いていく。 さて、あの融合戦士は果たして圧倒的な力を持った時にどうしていただろうか。

 

「我らは常に劣勢を強いられる戦いをしてきた、だからこそわからぬのだ……圧倒的な力を持つモノの遊びというやつを」

「ならその遊びをしなかった奴は?」

「余裕がない……剣を交えてみて感じ、外から他者の戦いを見て思ったことだ……可能性は高い」

「むぅ……」

 

 奴の場合、遊びというより敵を焦らせる作戦も混ぜ込んでいたが。

 シグナムが付け足せば皆が少しだけ黙ってしまう。 ただ、敵が孫悟空の相手だっただけで尻込みしてしまうのは仕方がない。 士気高揚を狙ったシグナムは、ここで言葉を引く。

 

「わたしも感じました、それ」

「フェイト……貴方」

 

 だけど、そんな彼女の後を押すように少女が声を上げる。

 どうやら彼女もシグナムと想いは同じようで。 一撃を放ったからかどうなのか、少しだけ落ち着きを取り戻した彼女を見て、プレシアは少しだけ手を伸ばす。 でも、触れることは叶わない。 いま、不用意に触れば……壊れてしまいそうだから。

 

「前にシグナムの身体を乗っ取った時と一緒なんだと思います。 ……チカラの大半を失っている、そんな気がするんです」

「正確には少し違うがな。 アレは身体が奴にあっていないという不具合もあった」

「なら、今回は……」

 

 身体を調整中なら、あの時よりも断然手ごわいはず。

 誰もがわかるように究明していく彼女たちに、筋斗雲の上から声がする。

 

「俺たちでも戦えるという事か……?」

「……かも、しれないです」

『!?』

 

 すこし、自信は無かった。 あんな戦いの後だ、もしも思惑が外れ、実は奴が遊んでいるだけだったとしたら無駄死にもいいところ。 でも……

 

「……そんな顔しないでくれ」

「恭也さん……」

「それにな、どうせここでやらなかったら結局アイツにみんなやられて終わりだ」

 

 風が吹く。

 高高度だという事でかなりの寒気を与える風は、バリアジャケットの無い武芸者たちには些か肌に痛い。 それでも竦むことなく立ち上がる彼の周りには、どうしてだろう、光が漂う気がした。

 

「やってみなくちゃ、分らん」

「……はい」

「まぁ、あいつの受け売りなんだがな……」

 

 照れ臭そうに顔を背けるところはまだ、彼が大人になりきれていないという事だろうか。 フェイトの顔を見て、少しだけ空気を吸い込んだ恭也は……言う。

 

「……そのあいつが命を懸けて切り開いたチャンスだ。 何が何でも成功させるぞ!」

『!』

 

 眼下を見下ろせば、不意に目つきを鋭くする。

 

『…………っ』

 

 その眼のなんと冷たいモノか。 例え氷点下で固まる氷があったとしてもこれには敵うようなことはないだろう。 なら、奴に向けるその視線の種類は……

 

「御免、父さん」

「……あぁ、いいんだ」

 

 ……オレハイマ、ハジメテ剣ニ殺イヲコメル…………

 

「今この時だけ、御神の名を汚す」

「行くぞ恭也」

 

 ダレカヲ守ルタメ……ソレスラモ心ニトドメナイ殺シの剣を……イマ……

 

「待ちなさい男衆」

『うぉっと!?』

「なぜ男って生き物はみんなして勝手に突っ走るのかしら。 ……桃子さん、しばらく押さえつけておいて頂戴」

「えぇ、良いですけど……?」

『むぐぅ!!』

 

 どう押さえつけているかは敢えて明記しないでおく。

 さて、男共の先走りを止めることが叶ったと、そっと息を吐いたのはプレシアだ。 彼女は薄く開いた目と、同じくらいに口元を広げればそっと動かしていく。

 

「……セットアップ」

 

 其れは、彼女の身体を包む光を生み出す合言葉。 暗い夜空を紫で照らし出せば、全身に稲妻が駆けぬける。

 

古き神曰く、その辺の20代後半よりもずっと色艶があったとされる彼女は、いま、全身にかけられた枷を解かれている。 何よりも年齢の若返りにより、落ち込んだ体力も魔力も『先ほど』とは比べ物にならない。

 

「う……ん……」

「……おぉ」

「ちょっと、恭也?」

「ごほんっ!」

 

 その若いモノよりも若々しい姿に、例え“硬い”恭也でさえも目を奪われずにはいられなくて。

 

 その視線が気に入ったのだろう。 魔女は此処で口を吊り上げる。

 

「ふふ、やっぱりこの格好は、この年齢だと一番似合うわ」

 

 

 紫電の大魔導師……プレシア・テスタロッサここに顕現。 実力、体力、さらに長年蓄積された知力を合わせた総合力なら、おそらくこの陣営でトップに入る人間がついに戦闘態勢を取る。

 

「まぁ、体力面で言えば修行をしていた娘たちには劣るでしょうけど」

「これが全盛期のプレシアさん……なんて迫力なのかしら」

「ありがとうね、リンディさん」

「あ、はぁ……」

 

 さてと。……なんて、手の平を叩けば魔女の自慢のドレスがたなびく。 深遠な色香を隠すこともしないで、今しがた戦闘を中断した娘に近寄っていく。

 

「さっきの話、確かな手ごたえはあるのね?」

「は、はい! でも……」

「自信を持ちなさい。 貴方はなによりも冷静で、聡明な子。 なら、その判断はきっと正しい」

「だけど――」

 

 プレシアの表情は柔らかい。 何かを見据えたかのように、娘の言葉をやさしく包むと。

 

「間違いがあるはずないわ。 だって私の娘なのよ? 信じなさい、その気持ち」

「……かあさん」

 

 その眼に光を宿らせて見せる。 ……でも。

 

「取りあえず“フェイトだけでも”立ち直ってもらわないと……ね」

「……あ、なのは……」

「彼女は…………」

 

 送る視線は愁いを帯びていた。 どこか、同情を思わせるそれは、自身も一度体験したことがあるからだろうか。 白い少女はいま、言葉もなく独り空を浮遊していた。

 

「彼女には一人で立ち直ってもらうしかないわ。 ……経験上、今すぐに誰かが声をかけても逆効果だから」

「で、でも――」

「とにかく今は眼の前の敵……クウラをどうにかしないといけないわ」

 

 眼下を睨む。

 今までの平穏を食い尽くす銀色。 淡白で、単純で、だからこそ美しいこの世界を只無慈悲に塗りつぶしていってしまう。 様々な色があるからこそ風景は美しいのだ、なら、全てが統一されたこの色にいったい何の魅力があるのだろうか。 ……ただ一つの救いと言えば、人里離れたこの旅館から侵食が始まったというところだろう。

 

「……海鳴に到達する前に何とか手を打たなければいけないわね」

 

 そっと呟けばあたりを見渡す。

 

「結界魔導師の坊やは既に限界。 孫くん達からの気の供給を受けたとしてもそれは変わらないはずだわ……それを考慮して戦えるのは――」

 

 ―――戦力になるのはざっと15人余り。 あとは戦力的に不足なのと……

 

「……………………」

「……御嬢さんは精神的に、ね」

 

 心に大きな穴を作ってしまった少女。 顔が影になっているように見えてしまい、その表情を窺い知ることは誰にもできない。

 

「とにかくまずは作戦を立てて、全ての人間の力を最大限に発揮しなければあんな怪物には敵わない。 そうよねリンディさん」

「えぇ。 わたし達は魔導師であって戦士ではないのですから、結託して困難に立ち向かわなくてはいけない。 ……それは、彼がわたし達に教えてくれたことですから」

 

 圧倒的な力を前にしても立ち上がり、独り拳を振るうのが戦士。 自分たちはそれが出来ない、なら彼女たちは戦士ではないのだろう。 ……そんなことは言われるまでもないと、リンディの目はわずかに細く閉じられていく。

 すぐさま広げられ、中空にライトグリーンの窓枠を作れば、そこだけ景色を塗り替えていく。

 

「敵総数は1。 ですが闇の書と正体不明な力を所持していることから、その脅威は計り知れません」

「その正体不明の力の事なら大体見当がついておる」

「ディアーチェさん……?」

「ずっと、あの者の中に縛り付けられておったからか知らぬが、ほんの少しだけ情報がある」

「そう、なの?」

「あぁ……」

 

 何時の間にやらプレシアから指揮を受け取ったリンディ。 彼女は眼下の鋼鉄を睨むが、そのすぐ横から来た情報源に口をきつく閉じる。 ……情報の一つでも零れ落さないための処置だろうか? 彼女は後ろに結った長髪を揺らしながら王の言葉を自身に取り入れていく。

 

「名を、ビッグゲデスター」

「ビッグゲデスター……?」

「そうだ。 もともとはひとつのコンピューターチップだったらしいがの。 斉天のと行った最初の戦いで太陽へ放逐された彼奴は、運よくそれと遭遇、さらに有機的に結合したのだ」

『…………』

 

 言葉が、出ない。

 一体何をどうすれば敵を太陽に放逐するなんて最後が出来上がってしまうのか……想像すらも及ばず、発想すら出てこないその攻撃に皆は息を呑む。

 

「飲んどる場合ではない、本題は此処からだ」

「え、えぇ」

「クウラと一体化したとはいえ、その目的は変わることが無かったらしい。 そもそもあれは欲望が赴くままに他者を取り込み、己を肥大化させるのが最終的な到達地点なのだ。 ……どこかで聞いたことはないか?」

「!!」

 

 ハっとした。 彼女は此処で本当の意味で息を呑んでしまったに違いない。 手が震え、その長い髪を小刻みに揺さぶれば、いま言われた意味をもう一度脳内で分化してくみ上げ治す。

 その中で零れ落ちてくる真実はたった一つだ。……そう、今まで何度も心の中を揺さぶったアノ魔本。

 

「闇の書……」

「正解だ」

 

 ただし……王は続けて注意点を上げる。 次いで上げた人差し指は、たった壱個を指し示すかのようにピンと伸ばされ、ゆるぎない確信を聞く者に感じさせる。

 

「奴が取り入れるのは闇の書とは比較にならん」

「というと……」

「我らのが魔力を取り入れるならば、あれは生命力そのものを奪い去っていく代物だ」

「けどそれはどちらも人体には重要な……」

「そうじゃな。 だが、その規模が『星その物』ですらも対象と見ていることがアレの定規(ものさし)具合がいかに規格違いかを判らせてくれる」

『星!!?』

 

 星を喰らい、星そのものとなっていく機械の塊。

 かつて超戦士ですらもその餌食としたことがあったが、どうやらそこまでの記録は彼女には無いらしい。 ……あれば、途轍もなく恐ろしい“崖の上”を見て、発狂せざるを得ないだろうから、このことは逆に良かったのかもしれない。

 

 王の説明を受けた魔導師たち、彼女たちは此処で再度眼下を修めた。

 荒れ果てていようが、整地されていようがなんであろうが呑み込んでいく銀色の恐怖。 それを見ただけでどうとも表現できない感情が背筋をかけていく。 ……もう、ここまでの説明を聞けばわかってしまったのだろう。

 

「あれはまさか、この星を呑み込もうとしているの!?」

『!!』

 

 フェイトだ。 見た目幼く、けれども知識面なら下手をすれば恭也ですら超えて見せる彼女は此処で答えを言ってしまう。 けど、それすらもわかっているかのように、陣頭指揮者そっと髪をかき上げる。

 

「……その様ね」

『…………』

 

 冷静だ。 そして冷徹であった。

 かき上げた髪は視界が邪魔だから。 其処を広げた先に見える絶望を、どうしてだろう、心を決して揺らさずに見ていることができるその姿に、魔導師たちはおろか武芸者たちですら底知れぬ感情に心を凍らせてしまう。

 

「ここが最初で最後の防波堤です。 なにせ敵は星そのものを呑み込むことができる悪魔……さらには瞬間移動が使えるならばその行動範囲はこの星、宇宙、世界にはとどまらないでしょう」

『次元、世界……』

「そうね。 ……きっと超えてくるはずよ、世界の壁すらも」

 

 止めるならば敵が弱っている今の内。

 それが叶わなければ、世界最強の戦士を失ったこちらに敵う手札は完全に無い。 解りきった事柄、出来ることが少ない現状。 だが、だからこそとここでリンディは皆に視線を配る。

 

「後戻りができない。 けどそれは逆に見る方向が一点に絞られるという事よ……なら集中が出来ていいことだとは思わないかしら」

 

 いきなり変わった、風向き。

 絶望の中でも、決して膝をつかないこの姿勢はいったい誰に似たのだろうか。 すぐ結論を求め、それが叶わぬものだと知ったのならすぐさま別の道を求めるのが、うまい人生の生き方だ。 

 

「振り返らず、希望に向かって突き進んでいけばいい。 それがダメなら……」

 

 当然、それが出来るからこそ大人なので在って。 ……それを当然のようにやってきたからこそ今現在の地位があると、彼女も認めている。

 

「みんなで、仲良く消えてしまいましょう」

『…………っ』

「もちろんタダで消えるつもりはありませんし、当然消えることが前提の話ではありません。 ……ただ、そう思えるくらいには全力を尽くしましょう」

『!』

 

 ―――――やるだけやった……もう、指一本だって動かせない。

 

 世界最強の戦士は一体、どれほど今の言葉を実行して来ただろうか。

 いつまでも終わらぬ戦いの螺旋階段を、真っ向から昇って行っては傷付き倒れ、死んでもどってまた、歩き出す。 そんな真っ直ぐすぎる生き方がまぶしくて……そんな歩き方に魅せられて。

 一人の大人は今、そんな輝きを知らずの内に纏い出す。

 

 

「作戦を今から構築します。 それまで、少しの間我慢して……」

『…………』

 

 ……カレならこうするだろう。 ……そんな言葉を胸に秘めながら。

 

 

 

 

 

 銀の侵食が始まり、既に半径数キロがその手に堕ちた頃合いだろう。

 まだ海が鳴く街には及んでいないだろうが、その間にある山々は自然界から消え、鋼鉄の一部へと変容されてしまっている。 存在自体の改変、さらには自意識の喪失により、この事件を引き起こした者へと都合の良い物品に変えられていく。 ……非道な行いだ。

 

 その中で先ほどまで一か所に固まっていた魔導師たちは、その姿を消している。

 やられた? いいや、彼等はまだ戦いを決行していないし、その胸に光らせる炎は揺れ動きながらも確かな熱を身体に供給している。 ……この、12月の寒空に置いて、確かな熱をもたらしている。

 

「恭也、準備はいいか?」

「あぁ、ここでしくじるわけにはいかない……絶対に決めてやる」

 

 男共が剣を握る。

 既に銀の侵食を終え、落ち着いた鋼鉄の上に足を乗せる彼等。 その背には誰もいない……否、遠くへ避難し終えた妻と妹たちを気遣いながら、彼等は音もなく駆けていく。

 

「わかっているとは思うが」

「死んでも生き返られる……そんなことを考えながら命なんか賭けないよ父さん」

 

 風が全身にぶち当たる。 ……少しだけ肌寒いそれは、より一層の緊張感を彼らに与えてくれる。 その中でされた質問に。

 

「……わかっているならいい。 あれは、そのための代物ではないからね」

「あぁ。 それに俺は死ぬ気なんか無いからな」

 

 不意に彼等は足を止める。 そろそろ敵が自分たちの存在を勘付き、刃を向けてくる頃合いだろうか。 与えられた情報をもとに構築された警戒心は、士郎と恭也を――――

 

「―ッ!?」

「鉄の触手か?! 父さん!!」

 

 生かす。

 

 またも不意に薙ぎ払われた彼らの頭上にある空間。

 そこに見えた不気味な銀色を見た瞬間に、彼等の皮膚は深い呼吸を開始する。 ……口が、開くのを待っていられないからだろう。

 

「散開! それぞれ別ルートで行くぞ!」

「ああ!」

 

 とにかく足を動かしていく。

 周囲は林、障害物は盛りだくさんだ。 故にそれを利用しない手はないと、まるで拳士に不釣り合いな軌道で飛び交っていく親子は影を残さず駆け抜けていく。

 

「……っ」

 

 木々を蹴っていくのは恭也。

 背の高い、其れこそ4、5メートルはある高さの、自身の腕の太さしかない枝に飛び乗っては、しなる反動を利用してさらにまたジャンプ。 8メートル程一気に跳躍すればまた同じ運動を行う。

 

「追ってこい……俺を追って来るんだ!」

 

 秘かにつぶやかれる彼の挑発の言葉。 だが、敵は耳もいいのだろう――

 

「―――!! 来やがったなウジャウジャと」

 

 触手の数はより一層の増殖を見せていく。 迫る絶望の手に、それでも足を動かすこともやめなければ希望も捨てない。 ただ、ひたすらに前進あるのみ! 不退転の決意を持って――

 

「せぁああ!!」

 

 剣を振るう。

 手に持った片刃のそれは鈍い音を立てながら、迫る触手を払いのける。

 

「切断は出来ないか……なら!」

 

 脚の運動はそのままに上半身を逸らせる。 角度が急になった時、それれに合わせて木の枝から飛んでしまえば一気に振りかえる。

 

「うぉぉお!」

 

 腹筋から腕、さらに手の握力を総動員して行われた一閃。 今度こそと込められた一刀は、なんと銀色を両断していくのである。

 

「……だが」

[――――!!]

「ダメか!」

 

 勝利の余韻は一瞬。 消え去った優越感を追う事なんかしない彼は、先ほどよりも早く足を動かしていく。

 上げたギアは2段階。 脳内のリミッターなんてとっくの昔に投げ捨てた彼は、そのまま全身のバネを押し縮め……

 

「――――ふッ!!」

 

 一気に解き放つ。

 跳んだ彼は地上30メートル程の位置にいた。 ……これにはさすがの本人も驚いていたが、それは今自身がこんな高いところにいるという事ではなくて。

 

「……あまり力は入れていなかったはずだが、なんというか俺も人間離れしてきたもんだ」

 

 その影響はもちろん言うまでもない。

 山吹色が脳内にチラつけば頭を振り、今目の前の現実を改めて見直していく恭也。 少しだけ遠くなった敵との距離に、ここでやっと心をおちつけていく。

 

「さて、父さんの方はどうなっただろうか。 ……いや、余計な心配だな」

 

 そんな無駄なことをしている暇は自身にない。 彼は持った小太刀を握りなおせば態勢を整え直す。 彼の追いかけっこは始まったばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 同時間、もう一方の剣士。

 

 林を駆け抜け、茂る草花を踏みつぶしては表情を硬くする男。

 

「はっはっは……っ!」

 

 謝罪のつもりか? なら、最初から踏まなければいいモノを……なんて説教をくれてやる人間は今はいない。 そもそも、そんなことができる“他人”が居ないことを確認したからこそ彼は此処を走り抜けているわけで。

 

「ここを抜ければもうすぐ……」

 

 剣士は言う。 その言葉の意味は知らぬが、どうしてか希望と確信に満ちていたその声は、奴にどう映ったのだろう。

 

[随分と楽しそうにしているじゃないか? ……オレも混ぜてもらおうか]

「!!?」

 

 声がする。 丁寧で紳士的で、だからこそ冷たいと感じるのも一瞬であった。 その裏側から伝わってくる冷徹さは鉄よりも冷たく、触れたモノを切り裂く自身の小太刀よりも鋭いモノであった。

 

 姿は既に普通の人間サイズと言ってもいいだろう。

 形は十全、力量は一目瞭然。

 嫌なくらいにわかる奴の復活具合。 ……それは、以前、男が……否、高町士郎が遭遇した最悪その物であった。

 

 只の人間なら発狂してしまいそうになる状況を前に、男は……

 

「…………どうだい? 一緒に走らないか」

[フン……]

 

 なんと歓迎のあいさつを入れたのだ。 実力は半分にも満たないのは知っている、技を出すとか、心を落ち着けるとかそれ以前の問題だ。 ゾウがアリなどに負けるわけがないのと同じように、この機械にたかが地球人が敵う事実などありはしない。

 それでも、彼は言う。

 

「嫌ならそのままそこにいるといい。 こっちは“本人”が居るところまで走らせてもらう」

[貴様!?]

 

 その言葉に、機械の顔が盛大に揺れ動く。 ……男は小さくほくそ笑んだ。

 

「お前が本物ではないことくらい、ひと目見ればわかる。 伊達に真剣を振るう生活をしているわけではないのでね」

[……つまらん世界の雑魚だと思っていたが中々どうして。 そういえば“あのとき”もそうだった。 以前、この星で貴様をいたぶってやった時も……あの時はそのまま殺してやろうと思ったが結果的に生き残った……]

「どうも……」

 

 鎌掛けだ、男は内心胸をなでおろす。 もしもこれで本物が出張ってしまえば、例え力量を地の底にまで落とした相手だとしても敗北は必定。 それに自身も決して全盛期とは言えない年齢だ……無理は、出来っこない。

 

「さてどうする? このまま僕をそちらの本体の所まで行かせてもらえると助かるんだけど」

[……お前程度を行かせたところで別にどうともならんのだがな……だが、不安要素は極力消しておきたい、死んでもらう]

「随分と慎重……いいや、弱気なんだね」

[挑発なら無駄だ。 このオレが呑まされた辛酸に比べればこの程度……]

 

 銀が静かに目を閉じる。 あの奥に在るのが機械だというのなら、今は赤外線モニターか何かを使っているのだろうか? ……士郎が無駄な思考を一瞬だけ走らせれば……

 

[―――――キッ]

「…………ぐ!?」

 

 士郎の背後の林が、跡形もなく消えてなくなる。

 消えた空間を埋めるように吹き込む風。 この季節の朝焼け前の時間に吹くそれは、嫌に寒い風となったはずだ。 肌を刺し、肺を凍らせるはずだったのに……士郎の背中から、汗がドっと湧き出る。

 

「慣れているんじゃなかったのかい?」

 

 その声だけが精いっぱいだった。

 表情は先ほどまでと変わらずに冷静。 だけど声が震えてしまっているのは、誰が聞いても確かな情報であって。

 

[おやおや、少し力んでしまったようだ。 狙いが外れた]

「…………そうかい」

 

 殺す気満々な銀と、冷や汗が止まらない剣士。

 肌で感じる濃い殺気に、今までの経験とを見比べてみたが答えは一目瞭然。 ……桁が、違いすぎる。

 別に憎悪だとか、そう言った感情は感じない。 だけど、この、凍土よりも冷たい感情はなんだ? まるで全てを平等に格下だと、生物の出来から否定されているような感覚。 生まれついての格差を、鼻にかけるどころかあぐらをかいて、さも当然のように人類を家畜だと嘲笑う奴に、湧き出る感情はただ一つだ。

 

「……ふざけるなよ」

[ほう、気分を害したか? 其れは申し訳ない……]

 

 心の籠もっていない、上っ面だけの謝罪にはもう耳を貸さない。 士郎は少しだけ足に力を込めると、そのまま口だけを動かす。

 

「お前と遊んでいる暇はない、悪いけどここは消えさせてもらうよ!」

[させると思っているのか地球人!!]

 

 一気に駆け出す。

 其れは敵にも一目瞭然の判断で在ったのだろう。 不意に消えた背後の気配に、それでも士郎の足は止まることを知らない。 彼は、目の前の木を駆け上る。

 

「あそこまで……どうにかしてあそこまで辿り着かなければ……」

[行かせると思っているのか地球人!!]

 

 上った先に居る銀色……クウラはおもむろに足を振りあげる……いいや、既に振り上げて、士郎の顔への着弾を待つようにそこで佇んでいた。

 

「行かなくてはならないんだ! …………ウォオオ!!」

 

 身を捻り、全身の筋肉が悲鳴を上げる士郎。 なんとか今の攻撃をかわしたが、それは同時に彼の身体に多大な負担をかけてしまう。 全力疾走の最中に激しい全身運動を混ぜられたのだ、疲労が蓄積されるのは当然で――

 

「ハァ!!」

[……ちっ、こざかしい]

 

 それでも気にせず士郎は木々を駆け抜ける。 とてもじゃないが、“彼等”にしてみれば緩やかと言うしかない速度でも、この混沌とした雑木林だ、さすがのクウラも手を焼いたらしく。

 

[待て! 地球人!]

「……誰が待つものか……このまま一気に!」

 

 かなりの差を付けられる。

 

「はぁ、はぁ…………こ、こんなに消耗しているのに向こうはまだ余裕がある。 しかもあの身体だって自分に合わない規格外のモノだというし……」

 

 さらには、孫悟空との計算外の爆破事故を引き起こした故のパワーダウン。 それがあった後だというのにこの実力差だ。 この星を喰らった後を考えると先が見えなくなってしまう。

 

「だからこそ、今ここで奴を仕留めなくては……」

 

 けれどそれは自分一人で出来ることではない。 奥歯で噛みしめるこの言葉は、先ほど失った友人の存在の大きさに比例して、大きな歯ぎしりを奏でていく。 聞く者に不快を与える音と解りながらも。

 

「……奴だけは」

 

 それを、男は止めることが出来なかった。

 

「はっ……ふっ!」

 

 木から木へ、林から森林へ。 移り渡る様はまるで忍者を思わせるだろう。 それでも、刻一刻と追いつかれていくという自覚を持ったうえで、高町士郎は木々の間を駆け抜けていく。 その先にある敵を……この世界の命運ごと切り裂き、開いていくために。

 

「……息が苦しい。 こんなになるまで走るなんて久しぶりだ」

 

 呼吸が荒くなる。

 自覚した時には続くように足が重くなる。 段々と落ちていく身体機能は、己が限界が近いことを明確に告げていた。

 

「……歳は、取りたくないもんだ」

 

 決して修練を怠って来たわけではない。 されどどこぞの戦闘民族のように戦いだけが彼の人生ではなかった。 故の早く訪れた限界、だからこその後悔。 それでも冗談が言えるならばまだ余裕があるのだろうが……果たしてそれはどういう意味を含んだ言葉だったのか。 苦い表情を作って見せた士郎は、それでも全身を激しく動かしていく。

 

「もうすぐだ。 もうすぐでハラオウンさんの言っていた地点の筈だ」

 

 作戦開始まであと数瞬。

 徐々に開けた場所に出てくるところを確認すると思いだされる光景がある。 其れは、十数時間前に見た旅館の姿である。

 

「奴はこちらが神龍を呼びだした後に現れ、そのまま悟空君と共に……それで気が付けば姿を現して今に至る」

 

 ならば、奴がいるのは先ほどまで自分たちが居る場所である。 其れは当然の帰結であった。

 

「あとはみんなの考えが当たっているといいのだけど」

 

 半分が賭けに近い。

 走り続ける彼。 そんな彼は少しだけいつもと違う感触を持て余したのだろう、息を吸えば胸元にぶら下がる普段見ることが無いペンダントを軽く右手で握って見せる。

 

「……プレシアさんが御守りだと言っていたが、さっきのやり取りが成功したのはコイツのおかげかもしれないな」

 

 ならばあとで礼を言っておかなければ。

 水晶のような透明さを持ちながら、輝く色は澄んだ蒼。 真夜中の星々の光りに照らされれば、微笑むように光が増していく。 どことなく生きているのではないかとさえ思えてしまう光を握りしめ、彼はついに……

 

「…………こんばんは」

[……フン]

 

 真の銀色と相対する。

 全身を覆う装甲は、見ただけでは測り知れない強度があるはずだ。 手に持った剣は別に伝説の名刀だとか、特別な力がある霊刀などではない。 言ってしまえば只の鉄の塊に、果たしてどこまで通じるだろうか。

 

「……っ」

 

 考えてしまえば簡単だ。

 

 ――交錯した瞬間に腕ごと粉砕し、微塵と消えて行ってしまうだろう。

 

 明白に過ぎる己が戦力。 なぜ、彼が先陣として今この場に居るのか、きっと誰も理解できないだろう。 シグナムの持つ剣なら奴と切り合えるし、ヴィータなら逆に粉砕すらして見せるはずだ。

 ザフィーラの技巧はきっと奴の攻撃の隙を縫うだろうし、シャマルなら遠方から隙を伺える。 そう、今回この事件に置いて、魔導を心得ていない士郎は確実に場違いなのだ。

 

 だったらどうして?

 

 それは……

 

[つくづく貴様らには理解が及ばん。 なぜ力のない奴ほど咆えたがるのか]

「……さぁね、それはお前には一生理解できないだろうさ」

[愚かな奴め。 もう少し言葉と行動を選ぶことを知っていれば、寿命がわずかに伸びただろうに]

 

 鋼鉄の怪物――否、クウラにも分らぬ事である。

 

 いいや、この化け物だからこそわからないのだ。

 持って生まれた戦闘能力は、そのまま己を孤高の存在たらしめた。 仲間という概念はなく、あるのは忠実な部下のみで、故に何かを守るということに関して言えばそもそも経験があるのかも妖しい。

 そう、奴は本当に分らなかったのだ。

 

「どうして、“俺”がひとりでここに来たのか、本当にわからないのか?」

[……なに?]

 

 トーンが先ほどまでと違う。 なにか決定的な変化を、さすがのクウラも感じたようだ。 ……その変わりようと言えばまるで。

 

[…………ヤツと同じ]

 

 超戦士を彷彿とさせるには十分であり。

 

[ククッ……ふん、奴と同じ口調、態度を取っても無駄だ。 そんなものに何の意味がある? 戦闘力の劇的な変化もなければ、このオレを倒す妙案が浮かんだわけでもないだろう]

「…………」

[ん?]

 

 不意に静まる高町の剣士に、クウラはここにきてどうしてだろう。 いままで宙に他だよらせていた己が尻尾を大地に横たわらせる。

 

「…………」

[…………]

 

 饒舌だったいままでが嘘のように、ただ、そのときが来るのを待つ二人。 両手に持った小太刀を闇夜に光らせれば態勢を低くする士郎。

 対してクウラは姿勢も良く、まるで一本の柱のような安定感を醸しながら腕を組みつつ、目の前の剣士が歯噛みするのを嘲笑う。 ……道端に転がる石ころを、天高く見下ろす釈迦像のように。

 

 冷たい。 ただひたすらに熱気が消え失せたクウラを前にして、ようやく士郎の背に怖気が走るようだった

 

「…………!」

[このオレが相手をすることを光栄に思え]

 

 先手を取るのは必勝を悟ったからではない、後手に回れば確実なる敗北を見てしまったからの行動だ。 士郎が大地をけり付ければ、手に持った小太刀を交差させながら一閃する。

 

[遅い]

 

次いで飛んでくる声。

 

「――ッ!?」

 

  ……真後ろから聞こえたと思えば横払いに小太刀を凪でいた。 完全に見切って、こう来るだろうと思った通りに相手は動いてくれたはずなのに。

 

[ほう、中々小賢しい]

「……そんな」

 

風を切るその剣も、さしもの“冷鉄”が相手ならば金切り音を引き起こすだけにとどまってしまう。

 

「……ぐぅぅ!」

[脆いな、地球人]

 

 散らばったのは左に持った小太刀。 呆気なく、何の前触れもなく崩れていく姿を確認した途端に、彼の腕に激痛が駆ける。 ……どうやら小太刀ごと何かが殴り抜けてきたようだ。

 

 

「……尾で薙ぎ払ったのか」

[今のが何とか見える程度か……飛んだ期待外れだ]

 

 ぶらりと垂れ下げられる腕に力は無く、その姿から気迫が抜け落ちていく。

 

[どうやら先ほどの自爆のダメージで、大分差を縮められていると勘違いさせたようだが考えが甘いんじゃないか?]

「此処までの力量差がまだ付いていたなんて……」

[……愚かな奴だ、本当に愚かだ]

 

 鋼鉄の足音が響き渡る。 刻一刻と迫り来る死の影に、高町士郎の脳内はいま、激しい化学反応が巻き起こる。 血流の変化と、分泌量が異常にまで高まったアドレナリン。 その、どれもが常軌を逸した時だ。

 

[死ね……]

「――――神速!」

 

 男が見る世界は急激に速度を失っていく。

 

 目に映るすべてが、まるでビデオのスロー再生か何かを思わせるほどに遅い。 木々の揺れはその動きを止め、風に流されて千切れるはずだった雲はまだその形をとどめ、月光の輝きはその場で停滞しているままだ。

 

「――――な、何とか成功した」

 

 ……だが。

 

「――――――――だというのになんだ奴の速度は!?」

 

 だのになぜ奴の動きは通常通りなのだろうか。 あまりにも離れた実力差は、人類を超越しようとしていた“技術”ですら届かない。 嘲笑うかのように放たれ、今もなお迫り来る奴の……尾。 それを睨むかのようにただ、視界の中に収めた士郎の血液は沸騰する。

 

「――――――――――神速!!」

 

 次いで心の中で唱えた言葉は、先ほどと同じ言葉。

 だが勘違いすることなかれ。 今しがた行われた“神速”が失われたわけではなく、それはなお健在だ。 なら、なぜ同じことをもう一度したのかというならば答えは紅の炎の戦士が既に回答を示していた。

 

 …………同じ技の重ね掛け。

 

 そうだ、彼は今使っていた神速に“さらに神速を重ね掛け”することによって能力を倍加させて見せたのだ。 極端な話、普通の人間の1秒を10秒として細かに捉えることが可能なのが神速ならば、今士郎がやっているのはそれを倍にしただけの事。

 言えば簡単な事なのだが、果たして人間の脳にそのような負担は耐えられるのか……それに。

 

 

[…………遅いぞ、地球人]

「―――――――――――馬鹿な」

 

 そのような小細工が、目の前の化け物に通用してくれるのだろうか。

 

 そもそもだ、この技は時間を操るものではなく、ただ単純に全神経を視力に割り振った謂わば超動体視力と言える物なのだ。 故に見るだけで、肝心の身体の動きはそれに見合った動きをしない。

 思考力に付いてこない身体の重さはやはり甚大で、以前高町恭也がつかったときは『深海に身体を沈められて100メートル走をやりきった感じ』と零していたことからこの技の欠点を知らしめる。

 

 只、見えるだけのこの技の前に……

 

[死ね]

「――――――――――――ッ!!」

 

 振り下ろされる尾。 その、あまりにも冷たすぎる攻撃を見送ることしかできない自身の不甲斐なさ。 音速だって見切って見せるのはこの目だけだ、身体は、空気の牢獄に囚われたかのように動かすことが敵わない。

 

 迫り来る死の瞬間、士郎は只――――

 

「――――――」

 

 視線を逸らすことだけはしなかった…………

 

 

 

 

 その姿、その生きる姿勢に“抑えが利かなくなったのだろう”

 

 

 

[……貴様は]

「……もう、我慢ならないな!」

 

 

 鋼鉄を遮るものがあった。

 その銀色の尾を受けきるのは……剣。 ロングソードに届く程度の長さのそれは、士郎の持つ得物とは反対に一撃必殺を念頭に置いたものである。 それが冷鉄な一撃を豪炎で包み込めば世界が真っ赤に染まる。

 

「行くぞレヴァンティン!」

[貴様どこから現れた?]

「さぁな……知りたければ倒して聞きだせばいいだろう?」

[フン……まったく……]

 

 そんな世界に対しても冷静さを見失わないクウラ。 受け止められ、今もなお火花を散らす剣と尾とを見比べれば少しだけ口元を吊り上げて……

[まったくその通りだ]

「来い! 全ての元凶!!」

 

 女騎士、烈火の将――シグナムがいま、全ての因縁を断ち切るためここに参上……

 

 切り合う剣と尾がその距離を離せば、彼等は一斉に身を引く。 方や腕を組み、尾を自由に振り上げては地面すれすれで浮遊……余裕の表情を崩さない。

 烈火の将と言えば、右手に剣を、左手に男を担げば地面に屈んで口を開く。

 

「ケガはないか」

「すまない。 先陣を切っておきながらこのざまだよ」

「いいえ。 魔力を持たず、気の運用すらままならない貴方がここまでやれること自体勲等ものでしょう。 よくぞ今まで食らいついたと言うべきだ」

 

 凛とした表情で、主に魅せるモノとは違う種類の、いわば敬意の表情を見せる彼女。 けれど、それでも遠くにいる鉄の塊は口元を釣りあげることすらしない。

 

[傷の舐めあいはそろそろ終わりにしてもらおうか?]

「――貴様にはそう見えるのか? なら、つくづく寂しいヤツだ、哀れと言ってもいいかもしれんな」

[……ほざくか、雑魚の一匹の分際で]

 

 お互いを貶めるかのような口撃が一通り済めば、其れに付いていくかのように大地が震え、おびただしい量の砂、石、果ては奪われた緑の代わりに蔓延る銀の一部が宙を舞っていく。

 

[……気に喰わん奴め]

「当然だろうな、貴様に気に入られるために息を吸い、剣を振るっているわけではないのだから」

[…………]

「…………」

 

 そこから先の言葉はなく、これからを語るのは互いのケンのみだ。 それぞ証明するかのように睨みあう二人は、今度こそ姿を――――――消す。

 

「……っ!」

 

 一撃必殺の構えは、取るだけで相手へのカウンターの準備を取らせるという事。 だが、そんなことはシグナム本人が一番わかっていることだ。

 踏み込んだ彼女の身体がぶれる。

 

「背後、取った!」

 

 騎士道もクソもない背中からの切り付け。 上段切りを決め込んだ彼女に、しかし鋼鉄の反応速度はやはり常軌を逸していた。

 

[遅いんだよ!!]

「――――ぐぅぅ!?」

「し、シグナムさん!!」

 

 横合いからシグナムの身体にぶち当たるナニカ。 クウラの左脚がこちらに振り回されたと確認するや否や、彼女の視界は目まぐるしく回転を開始する。

 

「――――ッ!」

 

 回転して、飛んでいく故に態勢は最悪だ、しかし呼吸は乱れてはいない。 全身の損傷個所も即座にチェックを入れるが、深刻なダメージはもとより軽微な損傷すら見当たらない。

 あまりにも無事に過ぎる自身の体は……しかし理由がある。

 

[……ほう、鞘で今のを防ぎ切るか]

「……………狙った訳ではないがな」

 

 戦士との戦闘経験の豊富さは、おそらく“この世界”では一番と言ってもいいだろう。 稽古でもなく、修行相手ではない本物の戦闘すらも行ったことのあるのはおそらくシグナムだけだ。

 曲がりなりにも“まともに超サイヤ人とやり合って見せた”その経験値が、彼女の中にある何かを激しく揺さぶってゆく。

 

[偶然がそう簡単に続くとは思わないことだ]

「……あぁ、そんなことは言われるまでもない!」

 

 鋼鉄の身体がぶれる。

 右肩内部のモーターが異常な回転を行なえば、その体内をかけるエネルギーのラインが激しく脈動する。 人口筋肉が一瞬のポンピング……まるでシリンダー内で起こる爆発を再現した伸縮現象を引き起こせば、二の腕を伝わって腕を一気に振り切っていく。

 

 高速の剛腕が出来上がれば――――

 

[キエエッ!!]

「――――!!」

 

 ―――――――――騎士の右頬に切り傷を作る。

 

 一瞬だ。 ほんのわずかなタイミングで身体を逸らせた騎士は、今起こった瞬殺をも引き起こさせる攻撃を見事躱して見せた。 これもひとえに濃い経験値の賜物なのだろうが、それを喜び、感謝する時間などない。

 

「レヴァンティン!!」

 

 既に命令すらない只の掛け声に、豪炎の剣が光だけで答える。 つば部分から先がスライドすれば中から薬莢が排出されて白煙を吐き出す。 噴き上げられていく熱気と共に、剣が音を立ててその形を変えていけば……

 

[連結刃……小賢しい奴め]

「切り刻め!」

 

 風を引き起こせば鎌鼬、刃の嵐がクウラを取り囲む。

 殺刃の乱流の中、身じろぎ一つ取ろうものなら確実に全身を切り刻まれるのは必定。 シグナムの攻撃は正しいと言えるだろう。

 刃は、容赦なくクウラへ打ち付けられる。

 

[甘い、甘いぞ!]

「――くっ!!」

 

 

 打ち付け、切り裂かれるのは当然だった。 ……普通の相手ならば。

 不意の事だ。 強引に振ったクウラの腕。 たった一動作、無造作に行われた一振りだったはずなのに、まるで世界が平伏すかのように嵐が止む。 

 

[このオレを舐めるのは結構だが、そんなことをしている余裕が貴様にはあったのか? 意外だな]

「……やはり強い」

 

 爆風と共に現れたクウラ。 奴は一言だけ呟けばシグナムを睨みつける。

 

「―――――――なにッ!?」

 

 同時、彼女の左肩付近で爆発が起きる。

 鼓膜がその機能を停止し、脳が揺さぶられたせいか足元がふらつく。 視界はまるで染め上げられたかのように黒く変色し、見えていた世界は跡形もなく消されてしまった。 ……自身に今、何が起こったのか理解が追いつかない。

 

「ふ、ぐぅ……くっ!」

[呆気ない。 貴様も所詮その程度……]

「な、なんの……これしき……」

 

 それでも膝を落とさず、剣を杖代わりにもしないで己が脚のみで堪える騎士の力強さよ。 嗚呼、実力差は当然の如く天と地の差があるにもかかわらず、ここまで食らいつく姿はあの戦士を彷彿とさせる。

 

[……気に喰わんな、貴様もまだ立ち上がるか]

「……グゥ!!」

 

 冷酷に切り捨てた彼女の奮闘。 ……クウラはその視線を左脚に持って行くと。

 

「ガァ!!」

[不良品は早々にスクラップにしておかなければな……]

 

 彼女の左脚が爆炎に包まれる。

 ギリギリだ。 本当に限界までに擦り落とされた彼女の足の機能。 もう少しで落とされるところだった自身の足……だが、そこまでのダメージを負ったとしても、彼女はまだ大地に伏せることをしない。

 

 射殺すようにクウラを睨みつけるその姿は、正に鬼神の如く。

 

[……いい加減、貴様の相手は飽きてきた]

「奇遇だ、な……私もだ」

 

 星を喰らい、星となってしまう鋼鉄の首魁クウラ。 奴を機械の神と謳うとするならば、シグナムは剣の鬼神……彼女は、頭部から流れる赤い液体を拭えばそのまま愛剣を握り直す。

 

 正念場だ、ここで引き下がることなど当然思考のひとかけらもない騎士は――

 

[消えろ……]

 

 冷徹に下された鉄尾を睨むだけで動けず……

 

「シグナム、お前一人で無茶してんじゃねえよ!」

[……後から後から、いい加減目障りだ]

 

 鋼鉄に対し、鉄槌を以って破壊を退ける。

 赤きドレスを纏った少女が、剣士の前に降り立った。

 

[貴様ら]

「そうだ、いい加減……こっちも見ているだけなのは限界だ」

 

 白い魔力の盾が現れれば、そのままクウラとシグナムを隔てる壁となる。 魔導師たちからすれば堅牢なそれは、戦士から見れば只の障子紙。 だが、今はその隔たりが必要なのだ。

 

 先走りの剣士を――

 

「シグナム、焼かれたところを治すわ。 早く見せて」

「すまない……やはり奴は強い。 手も足も出せなかった」

 

 否。

 

「ヴィータちゃん、士郎さんもこっちに」

「あいよ。 ……まったくケンシってのはどいつもこいつも先走り先行型なのかよ? アイツと言い二人と言い」

『それは……』

「ふふ」

 

 剣士たちの傷を少しでも癒す時間を作るために必要なのだったから。 ……少しの時間だっただろう、僅かな時だっただろう。 それでも、心身ともに緊張を解き放つことは必要なのだと、湖の騎士は温かな光で彼女たちを照らす。

 

 この光を受けながら、しかし士郎にはわからないことがあった。

 

「……みんな、どうやってここまで……それに作戦だって――」

『え?』

 

 そうだ。 先ほどから不意に現れる彼ら彼女たち。 いや、目の前の人物たちが頂上の力を操ることなどとっくに知り得た情報だが、それでも気になってしまうのは……タイミングの良さだろうか。

 まるでいままでこちらを見ていたかのように、寸でのタイミングで助けの手が差し伸べられるのは些か疑問が大きい。 士郎は、ほんの少しだけ首をかしげる。

 

「貴方の首に下げられているその宝石。 それは孫が呑み込んだものと“性質を同等にまで似せた物”です。 短時間ではあるものの、我らがその宝石の中に入り込んで様子をうかがっていた」

「……そ、そう言う事か。 ということはこれは――」

「テスタロッサの母。 彼女の作った試作品らしい」

「なるほど……」

 

 首にぶら下がる青い宝石を見れば、そのまま脳内で魔女の微笑が思い起こされる。 その、笑顔のなんと悪戯色の強かった事か。 ここにきて彼女の微笑の正体を知った士郎は静かに息を吐き出す。

 

「だから僕たちの身勝手……先行を許したのか」

「騙すようで気は引けたがな」

「いいや、むしろ助かったよ。 守ってくれてありがとう」

「……いや」

 

 戦時中にこの余裕だ。 だが、本来ならある訳の無いこの穏やかさはどこから来るのだろうか。 ……否、考えるまでもない。

 

「一時は感情の高ぶりで心を曇らせはしたが、今は違う」

「そうだ。 悟空君がせっかく作ったこのチャンスは、決して無駄にはしてはいけない」

[…………お遊びの時間は終わりか? ……いい加減、待つこちらの身にもなってもらいたいものだ]

『……それはすまなかったな』

 

 謝っているつもりだろうか? 口元がにやけている彼女たちを見るクウラは、くだらないと吐き捨てる。 屈辱感は無く、ただ、目の前のムシが這っている姿を感情もなく見下ろせば――

 

[さぁ、準備はいいだろう。 始めようじゃないか、地獄を]

「……」

 

 周囲の石、機械の欠片その他が不意に宙へ舞い……消し飛ぶ。

 

「はぁ!!」

「うぉぉおお!!」

 

 先制するは剣士の二人。

 長剣と小太刀が空を切れば風を起こす。 その先にある銀の機械人形へ風向きを向ければカマイタチが巻き起こる。

 

[無駄だ!]

 

 だが奴とて宇宙の帝王を弟に持つ、最強の生命体の一つだ。 彼らの攻撃をそよ風のように左腕で受け流すと、そのまま尾を薙ぎ払いにシグナムへ打ち出す。

 

「それはどうかな?」

[なに?]

 

 宙返り。 本来ならば胴体があった場所を尾が通過していく。

 長い彼女の髪が、返る身体に追いつこうと流れれば、夜の闇に浮かぶ三日月を形作って……その影の中を二振りの剣が通り抜ける。

 

「クウラ!!」

[小賢しい!]

 

 高町士郎が左手をクウラに向けて突きだす。 その先にある剣を、同じく左手で迎撃したクウラの身体からは火花が散って、少しの亀裂を生みだしていく。 ……本来ならあり得ないことだ、彼の身体に、たかが地球人の武芸者風情が傷を作ることなど。

 ……奴の、表情が歪む。

 

[キェェエエ!!]

 

 右足での胴回しを入れたケリ。 本来ならば木々を薙ぎ払い、鋼鉄を寸断し、屈強の戦士たちを屈することの出来るギロチンとも言えるこの脚。 だが、それも今は見る影もなく。

 

「よ、け……切れる!!」

[き、貴様如きが!!]

「なにも修行を受けていたのは娘たちだけじゃない!」

[わけのわからんことを――]

 

 鼻先に風を受ければ身をひるがえし、そのままクウラの背後を取る。 ここに来て初めてのバックアタックに、しかし。

 

 彼は、攻撃をしない。

 

「ふッ!」

[……なに?]

 

 またも胴体を通り過ぎていくのは鋼鉄の尾。 士郎の身体を、まさしく透過していくように流れれば……

 

[……残像か]

「…………なんて鋭い攻撃だ。 まるで空間ごと切り裂いている、そんな感じだ」

 

 お互いに攻撃が通らない。 少しだけの憤りを持ったクウラに、しかし士郎は冷静さを失わない。

 

「こんな攻撃を、例え防御を取ったとしてもそのまま確実に“とられる”」

[当たりさえすれば……などとは言うまい。 “アイツ”じゃあるまいしな]

 

 少しだけ上がった熱はここでクールダウンしていく。

 名前の通りに冷たくなったのは、果たして何を思ったからだろうか。 地面に足を据えた士郎を眼球センサーで捕えたクウラは、振った尾をそのまま引けば地面を叩く。

 

[当たらないというならば、当たる攻撃をすればいい]

「――――!?」

 

 士郎の身体に、遂に攻撃が通った瞬間だ。

 しかしその正体は……不明。 何かが全身にぶち当たったとしか言いようがないと、思考の中で整理すれば――

 

「――ぐふっ!?」

 

 胃の中からあらゆるものが逆流する。

 急激な振動と、それに連なるGに全身が持ちこたえてくれないのだ。 彼のダメージは深い。

 

「し、……シグナムさん今だ!」

「応ッ!」

 

 だが、だけど……だ。

 それほどのダメージを負ったとしても、士郎の目の中から闘志が消えることは未だ無く。 その灯りに答えるように烈火が上がる!!

 

「せぇぇい!!」

 

 鍔付近から打ち出された薬莢が宙に舞えば、剣から上がる火の手。 周囲を照らす篝火と成れば、そのまま邪を焼き尽くす業火となる――――騎士の、神剣が振り下ろされる!

 

[――くっ?!]

 

 防がれた?! 剣を握るシグナムの表情はひたすらに歪む。 其の中で奴の強靭な身体が、より一層の強度を増したときだ。 

 

「うぉぉおおッ!!」

 

 彼女の後ろから聞こえる守護獣の雄叫び。 白き魔力を全開に煌めかせれば、クウラの横っ面に拳が唸る。

 

「――――徹!」

 

 さらに聞こえてくる風切り音。 二刀の小太刀が振られれば、打ち貫かんとクウラの胴体を目がけて走り抜ける。

 

 三方向からの同時攻撃に、さしものクウラも対応が遅れたようで。 奴はシグナムの顔を睨みつけながら、その身に攻撃を受け―――――――――――

 

[………………甘いぞサル擬き共!]

『!?』

 

――――――――――――受けきる!!

 

 かな切り音を奏でれば、己が鋼鉄の肉体を引き締め、全身のサーボモーターを全開。 噛み合っていたギアを切り離し、別の組み合わせを再構築させれば馬力を急激に引き上げていく。

 

[―――――――キッ!]

『うぁぁああああッ!!?』

 

 力の発散により起こる衝撃波。 まるで戦士たちの使う技に酷似しているのは、当然だろう。 奴だって向こう側の生物の一人だ、なら、こんなことぐらいできてもおかしくはない。

 騎士と剣士、さらには守護獣が遠くへ吹き飛ばされていく。

 

「させない! 旅の扉!」

[なに!?]

 

 その物たちを、緑色の扉が吸い込んでいく。

 おそらく安全圏へと強制的に飛ばしたとされるそれは、断じて今起こった攻撃に対する防衛策だけではない。 そうだ、今この時、叫んだ声たちの中でまだ聞こえていないモノの存在があるのを――クウラは忘れていた。

 

[……?]

 

 月夜を反射していた自身の、鋼鉄のボディーから輝きが失われていく。

 身体を見渡したクウラだが、自身のセンサーには特に異常は検出されない。 コンディションは最高、全身を行き渡る人工血液も、アブソーバーも、何より動力源にも以上は無いし、有っても復元されるはずなのだ。

 ……なら、この暗い身体はなんなのか。

 

 奇妙な具合にずれ込んだ奴の思考は、その実数瞬の出来事であって隙はなかったはずだ。 ……けど、それはあくまでも一般人から見たお話であって。

 

「ウオォォォォオオオオ!!」

[な!? まさか!!]

 

 常識を逸脱している騎士たちを前にすれば、今起きたフリーズは最高の好機となる。

 

 

 紅の鉄槌が、銀の身体に影を落とす。

 大きな影だ。 まるで全てを呑み込まんとする闇の様な影。 比喩でもなんでもなく、本当の意味でクウラの身体に差し込んだこの影は――――

 

「ぶっ壊せぇぇええ!!」

[餓鬼が――ッ!]

 

 当然のようにクウラを押しつぶす。

 

「き、消えちまえ!!」

[生意気だ……餓鬼が!!]

 

 差し出したのは……左右の手だった。

 呆気なく、途轍もなく簡単に止められるのは…………ヴィータの持つ鉄槌、グラーフアイゼンだ。 ただし形状は普段のステッキ状の姿からは逸脱し、巨大なハンマーの形を取っている。

 あまりにも巨大。 故にその身は名を変え、彼女からは――

 

「砕け! ギガントシュラーク!!」

 

 ギガント……つまりは巨大という意味の名を与えられている。

 増えたのは面積だけではない。 その重量は見た目以上の質感を持って、目の前の厄災の前に降り立とうとしている。

 

「いま、お前はここで――――」

 

 破壊の槌が轟音を奏でるまであと数瞬。 刹那の時、目の奥に炎を灯したヴィータは、己が宿命を歪めた元凶に向かって今生の別れを……叫ぶ。

 

「消え去るんだ!!」

[プログラム風情が調子に乗るなよ!!]

「でぇぇぇええやああああッ!!」

 

 それでもクウラは抵抗をやめない。 ……刹那しかない? いいや、刹那の時間さえあれば星の一つだって解体できよう。 しかし今の奴の身は亀よりも鈍重で、紙障子のように脆く弱い。 少しの風が吹いただけで倒れてしまうのだ。 なら、この攻撃は――

 

[……フン]

「…………受けきんのかよ、コレを!?」

 

 その手を埃で汚しながら、クウラの体内にあるパワーシリンダ各部が急速に仕事を開始する。 いままで手を抜いていたと言わんばかりの仕事量だ。 だからこそ、その身は赤熱はせずとも熱をもち……

 

「あ、アイゼン!!?」

[認めよう、貴様らは確かに今のオレと同程度には力を持っているということを]

 

 ヴィータの戦友をこともあろうか溶かし始めている。

 

[……いいや、このオレ自身、貴様ら雑魚程度には力を落としてしまっているのだと]

「非常識なヤツ――ぐぅう?!」

 

 鉄槌の騎士、ヴィータ。 彼女は見た目だけなら12歳児の悟空と同程度の背丈しかないが、その身に宿したパワーは当時の悟空を遥かに超えるモノがある。 それ、でもだ。

 

「敵わねえのかよ!」

[単体程度ならこんな物だろう]

 

 一般人からしてみれば十分に化け物じみていた12歳悟空を超えようとも、たかがそれまで。 彼世界にはその程度ではどうあっても対処できない難敵がゴロゴロしているのだ。 だから、この程度の苦戦はまず当然であって。

 それを記憶の片隅にしっかりと書き綴っているヴィータは歯噛みする。

 

 なんにだって限界はある。

 生物はもちろん、物質だろうがなんだろうが。 其れこそ概念的な物にだって限界はつきものだ。 故に今自身に襲い掛かる手の中の痛みも、此処が限界だと知らせるラインなのであろう。 ……それでも、だ。

 

「コナクソォッ!!」

[往生際が悪い!]

 

 少女は只必死に、その手にある力を振るう。 つい先ほど見た光りを……その眩しい存在を胸に焼き付けてしまったのなら……

 

「アイツが……あのバカがせっかく作った未来を……」

[消えろ不良品!]

「お前なんかに好き勝手させて堪るかッ!!」

 

 後に引けようはずがない。

 

 ……そしてそれは当然として、この場にいるすべての人間の総意であり――

 

 

 

 

 

 

 

「カートリッジ、…………ロード!!」

 

 騎士たちが、心に燃やすチカラの原動力でもあるのだから。

 

 

 彼女を支えるのは残された体力でも、纏ったバリアジャケットから抽出した魔力でもない。 己が内からあふれる精神力だ。 

 

「全魔力を注ぐんだ……さすれば……っ!」

 

只の一介のプログラムに過ぎなかった彼女は、人の優しさに触れ、プライドを持った戦士と邂逅し、そして……そして……

 

「…………孫、今だけでいい……」

 

 戦士の力……熱き血潮が創り出した灯火をその目に宿す。

 

「……この剣に力を……っ!!」

 

 小さな火だ、吹けば消えてしまいそうだ。

けれど込められた想いは誰も消すことはできない。 記憶の中に住みつき、離れない戦士のチカラ。 世界を赤々と燃え上がらせるその輝きを、少しでもいい……この剣に宿らせることが出来たなら。

 

「…………!?」

[貴様、なんだその光は!?]

 

 騎士のその願いは――――叶う。

 

 シグナムの持つ魔力の光りはやや明るい赤……の筈だった。 だがその刀剣に宿る光りは深紅の輝きに満ち、生命の力にあふれていた。 己には無いはずの光り、それがいまシグナムが持つ剣へと集中していく。

 

「はぁぁああああ!」

[窮鼠、猫を噛むという奴か。 ……いいだろう、貴様にはその身体を借りた時の礼がまだだったな]

「――――――紫電一閃!!」

 

 業火がその剣を包む時、クウラの身体が灼熱に染まる。

 

「うぉぉおぉおお!」

[な、なんだコイツのこの力は――こんなものはデータには無かったはずだ!?]

 

 受けきるクウラの身体からは軋み音が炸裂する。 上方からヴィータの鉄槌が降りかかり、側面からはシグナムの火炎剣が襲い掛かるこの瞬間。 いま、奴の身体はついに悲鳴を上げるのである。

 

「ヴィータ! わかっているな!!」

「コイツに再生の隙は与えないってんだろ! ……悟空たちみたく、回復後に大幅なパワーアップなんてされちゃあすべてが台無しだもんな」

[こ、コイツらぁああ]

 

 割れる割れる……鎚を支えていた両腕が脆く音を立ていき、周囲へ破片を撒き散らしていく。 シグナムの剣も胴体を捕えればそのまま奴の身体を溶かし始めていく。 尋常じゃないダメージ量を前に、さしものクウラの再生能力も追いつかないようで。

 

『いっけぇぇええ!!』

[馬鹿なァァアア!!?]

 

 

 シグナムの剣が、そのまま奴を焼き払う。

 胴体を切られ、二分割された奴の身体は……しかし、そのままで終わるわけがない。 脊椎部分を繋ぐであろう箇所から、まるで爆発したかのように伸びるワイヤーの束。 触手をも思わせるそれは、互いに絡みつけば更なる強固さを持って――――

 

「させるかってんだよッ!!」

 

 同時に、振り落とされたヴィータの鎚は奴を跡形もなく押しつぶす。 

 地面はあえなく粉砕され、周囲の地形すら変える圧殺の一撃。 必ず仕留めると心に決めた彼女の鉄槌は、見事クウラの身体全てを粉砕する。

 

[…………  ……  ……]

「はぁ、はぁ……」

「ぐ!? ……うぅ」

 

 同時に膝をついた騎士たち。

 当然だろう。 宵の口を過ぎ、既に朝焼けになってもおかしくない時間帯。 戦うのだと、決意もなく準備もなく、ひたすらに訪れた激闘を対処療法と同等の手段で解決してきたのだ。

 己がペースも狂わされ……なにより。

 

 

 失った者が大きすぎる。

 

「ほとんどの魔力を使ったな」

「カートリッジも全弾使い果たしたし、やるだけやったって感じだな」

 

 それでも顔を上げ、涙の一つも流さないのは彼等が…………ちがうな。

 

「勝ったぞ、孫……」

「……やったぜ、ゴクウ」

 

 彼女たちの間に、涙など必要がないからだ。

 

「今頃あの世でアタシらの様子でも見てんのかな……」

「ならば胸を張らんとな。 でなければ世界の王共々、心配をかけることになる」

「だな……」

 

 欠けた武器をそのまま光らせる。

 収納したそれは今にも崩れそうなほどにボロボロだ。 しかしその姿が、今はただ、誇らしい。 剣士の片割れも、守護獣の男も、癒しの担い手も、いまはただ、この身にあたる風に身を任せるのみであった。

 

「……結局、管理局の力を借りないで済んだな」

「あぁ、アレは相当に危険だ。 威力で言えば……どうだろうな……彼等と比較して“アレ”はどれほどの威力なのだろうか」

「……知るかよそんなもん」

 

 ――――つーか考えたくもねぇ。

 ヴィータが首を振れば、シグナムは静かに口元から緊張を解く。 ……やったぞと、心の中で笑っているのだろうか? だとしたらそれはとっても…………――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――………………滑稽だ。

 

「お前たち! 避けろ!!」

『!!?』

 

 不意に彼女たちへ覆いかぶさるのは……ザフィーラであった。 唐突過ぎて、さらには性急すぎる彼の声にその場の全員が意識の中に冷水を掛けられる。

 

「ぐぅぅああああッ!!?」

『ザフィーラ!』

 

 雄叫びを上げる守護獣はそのまま堅牢な体躯を鮮血に染める。 ……その血が頬に掛かったときであろう、ヴィータは事の真相を……否、まだ、この事件が週末を迎えていないことを知る。

 

[…………]

[…………][…………]

[…………][…………][…………][…………]

[…………][…………][…………][…………][…………][…………][――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――]

 

 

「お、おい…………う、そだ……ろ」

 

 絶望が、敷き詰められていた。

 あまりにも圧倒されるその光景は、一面を銀世界で覆うほどの物。 ただ、その異様さがあまりにも気味が悪すぎて、常人ならば発狂せずにはいられない代物であることを付けたそう。

 

 ……むしろ、よくぞ今までやってきたと称賛されてもおかしくはない。

 

 

「そんなばかな……」

 

 士郎の声にも力はない。 当然だ、このような地獄を見せつけられれば、何かに縋り付きたくなるのは必定。

 

 今まで自分が……否、自分達が死ぬ思いで相手をしてきたたった一機の鋼鉄が……数百の軍勢を以って降臨してきたのだから。

 

「いまのが本体じゃなかったのか!!」

[さてな、オレはその様なことを言った覚えはないのだがな]

「…………さいあくだ」

 

 力など何一つ残されていない。

 もう、最後のあがきに出る余力もない。 ……あとは、踏みつぶされるだけだ。

 

 いままで、彼等戦士の敵は圧倒的な力を持って、ただ、踏みにじるように戦いを繰り広げてきた。 だがそれがどうだ? この、全てを見下ろし、尚且つ心すら叩き折る最強の軍勢。 質の整った数の暴力を前に、遂に烈火の騎士は膝から崩れ落ちる。

 

――――――――もう、負けだ。

 

 誰もが心の中にある、大事な支柱のような物を打ち砕かれたと思った、そのときである。

 

 

 

 

 

 

「ディバイィィン…………バスタァァアアッ!!」

 

 

[なに!?]

[グォォ!?][馬鹿な!][こ、この反応は!][ありえん!!][――――――――――――――――――]

 

 ありとあらゆる工程を無視して、白銀の悪魔が桃色の奔流の中に消えていく。

 

「………………ゆるさないんだから」

 

 夜空に浮かぶ欠けた月。 そこに訪れた一つの影が今、数百の軍勢を一瞬のうちに二ケタまでに削り落とす。

 

 それは異様。 それは異形。 ただそこにいるだけで、正に世界を歪めんとするのは心を憎悪に囚われた鬼であった。 彼女の名は――――

 

「絶対に…………ゆるさないから」

 

 

 

 高町……なのは。

 

 

 

 不屈とは、何者にも屈せずに己を突き進むことを指し示すものらしい。 ならばいま、心を憎悪に埋め尽くされた彼女は果たして不屈の魔導師と言えるのだろうか? ありとあらゆる不安要素をその身体に蓄えた少女が今、戦場に降り立つ。

 

 泥沼の第二ラウンド、開幕である。

 

 

 

 




ユーノ「お、おっ…うぅ」

クロノ「きって落とされた最後の決戦。 その中でついにあがったのは、なのはの悲痛な叫び声だった」

ユーノ「無限の軍勢、湯水のような再生を、だけどどこまでも消し去っていくなのはは誰よりもつらそうで。 くっ! こんなとき、ボクの体さえ」

クロノ「無理なものは無理だ。 さっきの戦いで無理をした上に、お前も僕も魔力を喪失した状態から起き上がれない。 見ているしか、できない」

ユーノ「だけど。 一人の女の子が必死に戦いの元凶へ立ち向かっていく中。 もう一人の少女が菜の葉の背中を――」

???「次回、魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第69話」

なのは「願い人、叶え人」

???「悲しみに暮れるだけの女じゃありません。 お姉さま、今こそわたし達が」

なのは「え? え!?」

フェイト「あ、あれは――!!」


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第69話 願い人 叶え人

 

 

 

 

 少女の身体は無傷。 今まで、悲しみにふけって現実から逃げていたから当然だ。 戦いもせず、ただ、ことが終わるのを待っていた彼女はどこまでも弱く、つまらない女であったろう。

 

 だけど、だ。

 

 聞こえてくるみんなの悲鳴と、必死に絶望へ抗うその声を聴いてしまえば、少女の中に様々な思いと記憶が噴出する。

 

 其れは、たった一人の少年が起こした奇跡であった。

 其れは、たった一人の青年が過ごした季節であって。

 其れは、たった一人の大人がつないだ世界のはずだ。

 

 

 消えようがない死闘の数々は、少女が体験したこともないことだらけだ。 その中でもあれは立ち上がり、間違った道を行くものを時に正し――

 

――――時には葬り去っていった。

 

 みるモノが見れば怖気が走る行為でも、その実これしかない苦渋の決断のモノだったと、少女は同い年の女の子の中でも誰よりも早く見抜いていた。

 

 だから、そんな決断ばかりしてきた彼から目が離せなくなり。

 そんな決断しかさせられない自分たちの無力を、呪いもした。

 

 その結果が………………しかし、報われるとはだれも言わなかった。 そうだ、何時かは役に立つ力かもしれない。 けど、それがたった今使えるとはだれも言っていなかった。 あの、最強の戦士ですら。

 故に起こった、悲劇。 もう、誰も傷つくこともないと思った矢先に起こった消失に、少女の胸の内はついに張り裂ける――――こころが、砕け散る。

 

 

 

 

 

 

 

「レイジングハート、狙いはつけなくていいよ……」

 

 優しい声だ。 今にも切り崩されてしまいそうな、浜辺にある砂の城を思わせる細い声は、きっと誰の耳にも届かなかっただろう。

 

「―――――――みんな壊してやる……ッ」

[あの、小娘……!]

 

 故に、彼女の感情の起伏に、誰もが気付けずにいた。

 

 クウラが夜空を仰ぐ。 

 その先にあるのは同じく絶望、 自身が数百の機械を従えるのならば、彼女もまた数百の兵隊を従えている。 ……正確には、数百のアクセルシューターが彼女の周りを運河の如く埋め尽くしているのだが。

 

「……た、高町……」

「あいつ、なんて量を」

「あれが、なのはなのか……!」

 

 見て、感じた結果がこの言葉だ。

 魔導から遠い剣士は当然として、一番近くにいるはずの騎士たちですらこの反応だ。 少女が作るこの現象が、いかに現実から逸脱しているかがわかる。 ……そうだ、あの少女の力量ではありえない光景がいま、世界を埋め机いていくのだ。

 

「…………っ!」

 

 引きつりそうな声。 其れは悲しみ? ……決してそれだけではないだろうことは誰もが知りうる現実だ。 レイジングハートを振りかざした彼女は、そのまま運河の流れを変えていく。

 

「…………キッ!!」

 

 見開かれる目。 その中に映る鋼鉄は、今もなお自身を嘲笑っているように思えて、それだけで彼女の心を逆なで、ざわつかせる。 気に入らない許さない…………その存在を消し去ってやる。

 既に自身の能力の限界を超えた彼女は、いま、流れを変えた運河を――――

 

「うわああああああッ!!」

 

 ―――――――――――解き放つ。

 

 一斉に流れ落ちる数百のアクセルシューター。 威力だけならなんてことはないだろうが、数が数だ。

 

[小賢しい真似を!!]

 

 クウラが言葉を吐き捨てるのも、仕方がない事である。

 

 ……だが、鋼鉄の帝王よ。 果たして事態は吐き捨てる程度に収まりの聞くモノだろうか?

 

[――――――ギ!?][…………っ!!?]

 

―――――――――瞬時、クウラが二体消失した。

 

 いきなりだ。

 横合いから襲い掛かる25個のアクセルシューターが、クウラの胴体を貫けばそのまま全身を虫食い状態にしていたのだ。 さらに数十のシューターが襲えば残り片を食い散らかして跡形をも消し去っていく。

 この間わずか数コンマの時の流れしかない。 ……周囲は、自意識を手放しかける。

 

「……おい、シグナムあれ……」

 

 その中で何とか言葉を発したのは赤いおさげの女の子……ヴィータだ。 彼女は今起こった“非常識”を脳内で整理をきかせれば、隣にいる剣士に質疑を投げかけていた。 その顔を、驚愕に染め上げながら。

 

「……おそらくだが」

 

 その先に居る剣士は落ち着いた表情。 ……否、どことなく冷静さを表に出しているだけに過ぎない彼女は、その心中を荒波にさらわれながらも、白きドレスの少女を見上げていく。

 

「修行は、ある意味で完成していたのだろう」

『……え?!』

 

 吹き飛ばされていくクウラの大群。 なおも攻撃をやめないなのはが、手に持ったレイジングハートを神々しく輝かせる。

 

「奴は元々、内に宿らせている魔力が常軌を逸していた。 だが、その存在を知らずに育った故に、ちからの使い方と対応する心身を育むことが出来ずにいた」

「……」

「そこを、おそらくだが孫の奴は見抜いていたのだろう。 ……いいや、それをも見越してさらに発展した修練を課したに違いない」

 

 杖から発せられたバスターは、クウラの悪あがきをいとも簡単に消し去っていく。 漆黒の空を染め上げた桃色の魔力はそのまま空気へ溶け込み、存在を忘れさせていこうとする。

 ……次の攻撃が来るまで……だが。

 

「しかし、その修行も相対する人物の事すら気遣う高町の性質が“歯止め”をかけていたのだろう」

「……どういう事だよ」

「思い出せ。 我らは知っているはずだ……その内に眠らせている潜在能力を、ある感情をトリガーにして引きだす、最強の遺伝子の持ち主を」

「…………あ、アイツの」

「そうだ」

 

 まさかの攻撃を前に、もはや怨嗟の声が上がるクウラ。 しかしその声も、高町なのはの怒りの戦哮を前にかき消される。 石が、砂粒となって大地に還るように。

 

「鍛え抜かれた心と身体は、持っている魔力の行使を実践レベルの使用に耐えさせ、さらに修練で積みあげたチカラを感情という起爆剤で劇的に上昇させているんだろう」

「……アタシ等には到底できない代物だろうな」

「…………さぁな」

「?」

 

 クウラ――――残機5体。

 

 自身の持っているデータからはあまりにもかけ離れた攻撃を前に、舌打ちを隠しようがない。 

 

[何が起きた? なぜ奴の戦闘力がここまで上がる……]

 

消えそうだった、既に尽きていたと言っても過言じゃない敵の力を、その真の威力を見た奴が歯噛みを止めようはずがない。

 

 

 

いいや、出来ない。

 

[今のオレでも十分に対応できる程度の戦闘力しか持たぬはずだ……]

 

 奴の目の中がわずかに発光する。 見えてくるのは幾学かの数式と、サーモグラフを思わせる人体映像。 少女を映し出すそれは、彼女の全てをさらけ出していく――筈だった。

 

[……た、たかが数百しかない戦闘力でなぜこうも追い込まれる? サイヤ人の平均戦闘力もないただの地球人に]

 

 それでも、見えないモノは見えない。

 消え入りそうな笑みと破滅を願う嘲笑が入り混じったと思えば、すぐさま無表情となって自身を呪いはじめる少女。 苦しそうに、全てを終わらせたそうにしているその姿は、闇が付け入るのには十分なはず。 でも……

 

「お前だけは決して――」

[――くッ]

 

 叫ぶなのはがレイジングハートを掲げる。 桃色の閃光があたりに散らばれば、機械の身体が次々と崩れていく。 アクセルシューターが高速の連打を繰り広げているのだ、故にクウラはそれに対応すべく身体をくみ上げようとしていくのだが。

 

[なるほど、再生が追いつかないな]

「うぁああああッ!!」

[馬鹿な――]

 

 あくまで冷静に、決して取り乱さぬように己が状況を把握していく。

 今目の前の少女は確かに不確定要素の塊だ。 急激な戦闘力の上昇はかつて相対したサイヤ人の息子を彷彿とさせて不気味だし、魔導師のくせしてここまで力を付けたのも納得がいかない。

 

[そのような無理をし続ければいずれ……]

 

 だけどクウラには、この時焦りの文字はとうに消え失せていた。

 

[……5]

「うぁああああ!」

 

 つぶやかれる言葉。

 同時に繰り出されたなのはのバスターを、身を捻るだけで躱して見せたクウラは氷よりも冷たく冷静だ。 そのあとに繰り出されるシューターも、周りにいる同じ体を持つ機体たちですら躱していく。

 

[4、3、2、1]

「……はぁ……はぁ……うくっ!?」

 

 不意にアクセルシューターが消え去っていく。

 クウラを囲い、動こうものなら打ち抜いて行った凶弾がいとも簡単に霧散してしまう。 奴が何か行ったのか? 周りにいる者達は視線も鋭くあたりを見渡すが、答えは見つかるはずがない。

 だってそうだろう。 今起こった力の消失は、其の言葉の通りの意味しか持ち合わせていないのだから。

 

[残存魔力が尽きたようだな]

「はぁ……はぁ……」

 

 そう言うところまで師匠譲り。

 敵たるクウラの弟。 その仇敵と同じ過ちを犯した少女を凍った視線で射抜けば――

 

「ぷ、プロテクショ――」

[遅い]

「ぐぅぅっ!?」

 

 白い衣を業火にて焼かれる。

 爆炎が上がれば少女が吹き飛び、遠くの大地へクレーターを作りながら不時着させられる。 この時に舞い上がった土煙が姿を隠してくれるのが幸いか? ……いいや、そんなものは奴には通用しないだろう。

 

 クウラの、右目が細かく輝いていく。

 

[ほほう、戦闘力が消えないところを見るとまだ息はしているようだな]

 

 彼等お得意の技術の内の一つ、スカウター。

 それは相手の戦力を数値化して、さらには惑星単位で存在を把握するという我々には到底真似できない代物。 そこに彼が孫悟空より奪い取った技と、もともと収めていた能力を掛け合わさってしまえば…………――

 

[――――……どうした、まだ寝るには早いんじゃないのか?]

「あう!?」

 

 少女の眼の前へと、難なく現れて見せる。

 前髪を無造作に掴まれ、持ち上げ、吊るされていく少女の身体はやはり軽い。 頭部に襲い掛かる痛みは首筋を伝い脳へダイレクトに伝わってくるようだ。 ……まだ、挨拶程度地獄の開幕に、さすがの少女の顔が少しだけ引きつる。

 

[所詮、この程度]

「ぐ、ぐぐ……」

 

 凍るような笑み。 その冷酷な態度が騎士たちを泣かせた……その、冷たい笑みが彼を殺した――

 

「お、お前だけは!」

[殺してやる……か? 無理だな、貴様程度では]

「う!?」

 

 少女の腹に拳が収まる。

 バリアジャケットをいとも容易く貫いてくる衝撃に、胃の中の物が急激にせり上がってくる。 その中身を純白のドレスを汚すのは別にかまわない、そんなことを気にしている場合ではないからだ。

 でも、それでも少女が許せないことがある。

 

「ぐぅぅ……」

 

 歯を食いしばれ、まだあきらめるには早いだろ?

 心のどこかから聞こえてくる言葉は厳しいモノである。 でも、それにどうしても反論できない……いいや、むしろ肯定の意すら見せ得るなのはが、その眼の中に光を灯し始めた。 小さな光だ、ほんの些細な衝撃で崩れてしまいそうな弱い光。

 そんなものはこの、闇をも呑み込んだ冷鉄の前では無力に等しいだろう。

 ……なんの、意味も持たないくだらない玩具に過ぎないだろう。

 

「…………」

[喋る力も失ったか……脆いな、地球人]

 

 そう、光が彼女だけだったら確かに弱かっただろうよ。

 

 

「ブラストファイヤー」

[ぐ!?]

 

 あぁそうとも、その光がたった一つでは確かに弱かっただろう。

 駆けぬける熱線にクウラの腕がもげ落ちる。 その断面はまるでバターの様に見え、今のが実際に熱を持つ攻撃であると判断した奴はバックステップ。 おおよそ100メートル程離れたクウラは月夜を見上げる。

 

 そこには、灼熱の太陽が怒りを燃やしていた。

 

「……大丈夫ですか、オリジナル」

「しゅ、シュテルちゃん……」

 

 攻撃の温度とは違い表情は冷たく、しかし心は烈火よりも燃え上がっている。

 明らかに怒りに燃えているその姿は自身の生き写し。 高町なのはは、今まで見ていた彼女を思い起こすと信じられないと言った顔をする。

 

「驚きました……」

「え、あ、うん……わたしも」

 

 そんな冷たい表情をしたまま途轍もない怒りを秘めているなんて……言外に呟いた彼女の心境を、しかしシュテルは否定する。

 背を見せ、その漆黒のドレスに月光を浴びれば不意に奴へと視線を向ける。

 

「この私に、このような感情が渦巻くなんて」

「……え?」

「本当に……信じられない」

 

 何を、信じられないのだろうか。

 其れは出された庫渡場以外の意味合いが強いだろう。 その全てを問い出すということはなのはにできない。 なぜならシュテルの黒いドレスが、月光の光りのせいだろうか、あまりにも儚げに映るから。

 なにが信じられないかなんて、いまさら聞く必要もないから。

 

「気を付けてシュテルちゃん、あのクウラは――」

「えぇ、分っていますオリジナル」

 

 大地に降り立った殲滅者はただ、目の前の鉄屑を睨みつける。 涼風のような視線の中に見え隠れするのは黒い感情に他ならない。 黒いドレスの彼女はいま、この世界に降り立って初めてその感情を爆発させる。

 

「あれは…………私の敵です」

[……ほう]

 

 クウラが口元を吊り上げる。

 気に障った? ……否。 彼は嗤ったのだ。 この期に及んで、自身を敵と認識できる存在を。 この、いまや世界最強を自負できる、圧倒的な力を手に入れた己をまだ、敵だと呼んでいる哀れな作り物を。

 尾が揺れる。 其れと同じくドレスがヒラリ、宙を舞う。 一向に動かない彼女たちを、既に月すら暮れてしまった星空が眺めている。 静かな時はほんの少しの間だけ。 彼らは、ゆっくりと動き始める。

 

「――ッ」

[ちっ]

 

 小さく言葉を吐いたのはクウラが先である。 数瞬の間に距離をゼロにした彼女たちは、お互いの武器を……拳と杖とで盛大な金切り音を鳴り響かせては火花を散らす。 その光景を、体力が尽きた高町なのはは見守ることしかできない。

 

「…………■■■■」

 

 何度かの衝突の末に紡がれた言葉。 それを吐き出したのは黒衣のドレスを身に包む彼女だ。 杖の先端にありったけの魔力を叩き込み、収束し、一気に高めれば豪炎が周囲を燃やし尽くす。

 そう。 高町なのはのコピーと自嘲する彼女は、その実……只の模造品ではない。

 

「堕ちなさい」

[なに?!]

 

 クウラの右半身を爆炎が通り過ぎる。 その熱は空気を伝導して周囲を燃やし、近場にあった機械の成れの果てを焦がし、溶かしていってしまう。 明らかに常軌を逸した攻撃を前にクウラがついに驚きに顔を染め上げる。

 だがその表情を見て少女に喜びも無ければ当然隙もない。 彼女は、更なる追い打ちをけしかけていく。

 

「――――」

[追尾弾か]

 

 不意にクウラの周囲を取り囲む豪炎を纏いし光球たち。 それはなのはのアクセルシューターにも見える軌道を見せつけ飛行すると、そのまま周囲へ散っていく。 いきなり襲いかかる真似はしない。 奴は、そんな単純な攻撃には付き合ってくれないのだから。

 

ひとつ、円を描けば奴の注意を一瞬だけ引けば。

 ひとつ、高速で突っ切ればクウラの右わきを掠り。

 ひとつ、螺旋を描きながら翔けぬければヤツの腕にぶち当たる。

 

 幾度でも何度でもヤツを追い詰める豪炎の光りたちは、シュテルの意のままに、ただ、クウラを鉄屑に分解していこうと飛び交う。 その連携についに奴の身体は悲鳴を上げたのであろう。

 

[――ちッ]

 

 奴の半身に大きな亀裂が入る。

 

「砕け散れ!」

[グォォオオ!?]

 

 無数の追尾弾が奴の身体にぶち当たり、奴の金属の身体から悲鳴が上がっていく。 亀裂が入り、割れ、欠け、砕けていくクウラの身体。 その中でも彼女に油断の文字は無く、更なる呪文を紡げば無数の光弾が奴の周りを取り囲む。

 全身に亀裂が走った機械の皇帝を前に、追尾弾が嵐となって吹きすさぶ。

 

[!!]

 

 腕で防御を――その腕は既になく。

 脚で落す――その足は地面に張り付いてはがれない。

尾で弾く――遠くの方で地面に転がる物に何を頼る?

 

 自動追尾弾の雨あられに、さしものクウラも手も足も出せていない。 周りの同型機の援軍を出せばいい……そう思った矢先に映る内蔵型スカウターの映像は真っ白。 この、戦場の中でついに彼はたった一機となっていたのだ。

 

「そんな馬鹿なと、思わないでください」

[……な、に?]

 

 冷徹に、そして嘲笑うかのように少女が疑問の答えを埋めていく。 しかし攻撃の手を緩めることは無く、一方的な虐殺を展開したままでだ。

 

「オリジナルが貴方の数を減らしている間、私が何もしなかったと思うのですか?」

[陽動……だとでも言うのか]

「……それはそちらのご想像に任せます」

 

 薄笑いすら零れる、冷酷を極めた少女。 “他よりも手ごわい”クウラを爆炎の嵐で包み込むと、そのまま持った杖に魔力を叩き込む。 その光景はまさしく高町なのはのソレ……そう、彼女の専売特許の収束砲撃魔法。

 

「消えなさい……クウラ」

[――――!?]

 

 その、たった一言だけがクウラへの手向けの花。 言わんばかりの最後の攻撃に包まれた奴のボディーは文字通りにこの世から消え去ってしまう。 砕け散った鉄の破片が地面に散らばり、残った下半身が無残にも大地に投げ捨てられる。

 その半身すらも原型を何とか保っている状態だ、普通の感覚さえ持っていればこれで終い……そう、思ってしまいたいはずなのに。

 

「我が王よ、しばしお願いします」

【封時結界だな、任せよ】

 

 残りの半身を、軽く振るった右手から打ち出した魔力で包み、消失させる。 その中で交わされる会話により、あたりは薄暗い背景に包まれていく。 

 

「……オリジナル」

「シュテル、ちゃん」

 

 薄暗い世界の中で、視線だけ動かした先で横たわるのは自身と同じ容姿の女の子。 彼女は傷つき、裂けた白いドレスに身を包みながら大地に這いつくばっていた。 もう、出せる気力も魔力も使い果たした彼女は、それでもシュテルの視線が和らぐことはない。

 

「肩を……一端ここから離れます」

「う、うん」

 

 差し出される手を見て、促されるままに掴んだなのはは周囲を見る。 薄暗い空はいつか見た覚えがある。 それが結界の類いだと思い出したときには彼女の身体はほんの少し宙を浮き始めていた。

 

「どこに……」

 

 行こうとしているのか。 戸惑い隠せないなのはがシュテルを見つめる中、それでも彼女は何もしゃべらない。 時間がないのだと悟った時には彼女たちは群集の中に降り立っていた。

 

「なのはちゃん、大丈夫?」

「は、はやて……ちゃん」

 

 その中に居た儚き女の子。 以前、取っ組み合いをしたとは思えないほどに線が細いのはきっと気のせいではないだろう。 彼女にとって大事な人物を二人、何の覚悟もないままに奪われてしまったのだ、この位で済んだのはまだマシというところか。

 さらに見渡せば見知った顔がいくつか。 でも、今はそれを正確に把握できる精神状態ではなく。 彼女は担がれた肩を解かれれば、力無く地面に膝をつけドレスを汚す。

 

「わたし……」

 

 仇なんて、討てなかった。

 口ごもる彼女の代わりに表情が語れば、だけどみんなは何も言わない。 落胆は当然として、励ます声もない。

 

「とにかくこの状況を打破するのが先決ね。 それで、奴と交戦した人からいろいろ聞きたいことがあるのだけれど……」

 

 紫色のドレスを妖艶という言葉と共に着飾る女が居た。 プレシアだ。

 彼女は今にも崩れそうな少女を見るや視線を閉ざす。 少しだけの考察の中で数多の計算式を浮かび上がらせると、プレシアの目はすぐさま開かれる。

 

「プ、プレシアさん」

「……大体分かったわ」

「え?」

 

 あっという間に組み上がった勝利への方程式。 だが、それにしたってこの合間の無さは不自然極まりないだろう。 何かが変だと勘付くのに時間はいらなかった。

 

「あ、あの――」

 

 それを口にしようとした時だ。 高町なのはは見る。

 

「…………もう、あれを使うしかない」

 

 普段ならば決して見ることが無い姿。

 其れは本来ありえないモノである。 プレシア・テスタロッサという人物は常に自身に満ち溢れていた。 其れは己が行うことに迷いがないということを意味し、彼女自身、そんな自分が間違っていないという確証の元、そんな態度をとっているのだから。

 

 かつて、大きな過ちを起こしたという経緯がより一層に迷いを消しているのだろう。

 

 だが、そんな彼女がここに来ていつもの勝気というか、強さの鳴りを潜めてしまっているのだ。 心配を通り越し不吉すら浮かべるのはどの人物だって共通してしまう。 ……そうだ、彼女は何かを悟ったのだろう。 あの怪物を斃すには、なにか途轍もないことをしなくてはならないと。

 

「それにはまず……」

 

 その途轍もないことを実行に移したいのだろう。 プレシアの視線はここにきてようやく横へスライドしていく。 映るのは儚き少女に他ならず、そんな少女を見たプレシアはここにきて、またもため息をひとつ吐き出していた。

 

「八神……はやてちゃん」

「は、はい……?」

 

 それと同時につぶやかれた言葉はどれほどに弱々しかっただろうか。 今の言葉が名詞だと理解するのだって少しの合間が必要で。 だからこそ、八神はやてと呼ばれた彼女は数秒遅れて反応を返すことが出来た。

 さて、ここまで暗い表情を見せつけられたはやては思う。 この人がいま、どれほどに深刻な状況の下自分に話を持ちかけてきたという事を。

 

「どないしたんですか……?」

 

 すこし、様子をうかがってしまう。 会ってまだ数日しかないはずの間柄、だけどひと目見て、話しを聞いて、一緒に過ごしてしまえば嫌でもわかるこの魔女という人物のキャラクター性。 およそ淑やかさからはかけ離れている存在感は、逢う者に強烈な印象を残すには十分すぎて。

 それが判るくらいには一緒に居るはずのはやてですら、思う。 今ここにいる魔女が、どうにも深刻に過ぎるということを。

 

「無茶を言うのは承知の上よ」

「え?」

「でも、どうしても必要なの……貴方の力が」

「………………」

 

 やはり……その言葉が一番先に来たのは、どこか自分でもわかっていたから。 ここから先、こんな地獄のような世界を救うにはもう、出し惜しみしている場合ではない。 出せる力はすべて使わなければ、取り返しがつかなくなるのは少女にだってわかっていた現実だ。

 例えそれが、忌み嫌われた(ちから)であろうとも。

 

「ま、待ってくれ!」

「シグナム……」

「確かに状況は最悪だ。 しかしだからと言って、主は今まで戦いの外だったんだぞ!」

 

 そしてそれを止めるモノは当然として騎士たちだ。 彼女たちが今まで戦い、やりたくもない闇討ちすらしてきたのはただ、儚き少女を守りたいがため。 たとえそれがどんな結末になろうとも、ただその一瞬を守りたかった彼女たちは、だからこそ彼女の参戦を拒む。

 握られた拳は力なく、奮い立たせた身体に生気が無かろうとも、これだけは譲れないと眼光を鋭くする。

 

――――でも。

 

「ええんよ」

「…………主?」

 

 それでも、彼女は騎士たちを引かせる。

 

「わたし、戦うゆうのがイマイチピンとこない。 けどな、これだけはわかる」

 

 けれどそれは諦めでも、己が身を捨てるような自暴自棄でもない。

 

「ごくうとリインフォースが護ったこの時を、決して無駄にはしたらあかん。 もしもあの二人の決意を無駄にしたら、きっと“むこう”に行ったときにウンと怒られてまうし」

「あ、主……はやて」

 

 その声は酷く穏やかだった。 まさについ先ほど、肉親とも言える間柄の者達を奪われた者とは思えない穏やかさは却って不気味の一言だ。 けれど、その声の中に一欠片ほどの憎悪もない。

 

「ここで縮こまっていたらどうなるかなんて、世間知らずなわたしにだってわかる」

 

 彼女の脳裏にはある出来事が流れ込んでいた。

 

「みんなが必死になって守ってくれて来たんはうれしいけど」

 

 其れはあるはずがない記憶の彼方。

 機械の惑星が、今にも崩壊していく最中。 それでもたった二人の戦士は居残り、身体から血を流しながらも立ち上がり。 壊れゆく肉体に鞭打って鋼鉄へと立ち向かっていく。

 

 そのときの彼はまさに決死の覚悟であっただろう。

 そのときの“青年”はどこまでも力強かったろう。 ……いまはまだ、彼のように啖呵を切ることも、力強く敵を否定することもできない。 けど、だからこそ彼女は言わなくてはいけないのだ。

 

「――――“やんなきゃならない”ときは、必ずあるから」

 

 立ち向かうことを恐れるな。 いまはただ、これ以上の悲しみを増やしてはいけない。 少女が決意を胸に刻み付け、その目に強い光を携えた時だ。

 

「な、なに?」

「これは!?」

 

 八神はやての周りを小さな光たちが溢れ出す。 いくつもの光たちはまるで少女を励ますかのように揺蕩えば、腕を包み込んで袖。 腰回りに留まりスカート。 背に乗れば黒き翼をはためかせ、彼女に力を授けていく。

 その姿、その輝き……いままで戦い抜いてきたもの達にはどこか見覚えがある。

 

「リインフォース……さん」

 

 つぶやいたのはフェイトだ。 彼女はいままで、そう、本当にいままで戦ってきた相手の名を小さく吐き出していた。

 

 儚き少女が戦装束をまといし事の時、ようやく世界は元の風景に戻っていく。

 

「ようやく自分の足で歩きだしおったか」

「王様……!」

 

 その姿を見て、悪態付きながらやってくるのはディアーチェだ。 しかしその顔はどことなく嬉しそうに映るのは果たして……八神はやては、激励だと受け取るや否や騎士たちを見渡す。

 

「頼りない主やけど、みんな……一緒に戦ってな」

「……主」

 

 皆に賭ける激励などない。 彼らの士気は最高潮になっているのだから。 敵はたった一つ、やる事は至極単純。 倒して終わりのこの戦、もう、後は走り抜けるだけだ。 遂に戦場へと降り立った夜天の主を見る騎士たちに、いままでよりも一層の活力がみなぎってくる。

 あの儚い女の子が立ち上がるのだ、なら、自分達がやるべきことはなんだ?

 

「当然です。 我らはそのために居るのですから」

 

 烈火が激しく燃え上がる。 怒りを秘め、その拳から迷いと曇りを晴らせば業火が一気に火柱を上げる。 ……開戦の狼煙が、上がる。

 

「なのはちゃん、こっち来て」

「はやてちゃん……?」

 

 呼んだのは最近出来た友達。 傷つき、既に魔力を使い果たした彼女は戦う事が出来そうにない。 でも、その心だけはまだやる気に満ちていて……悟ったはやては、そっと彼女の両の手を包み込む。

 

「少しだけ、力貸してあげる」

「…………あ」

 

 暖かい、風が吹く。

 高町なのはの傷付いた身体を少しだけ癒すそれは、おそらく自然な力の働きではないのだろう。 何らかの治癒魔法と、魔力の譲渡が行われている今、少女たちは支え合いながらも大地から膝を離す。

 

「はやてちゃん……脚!」

「少しだけな、リインフォースが頑張ってくれたみたい」

「え?」

 

 満面の笑み。 いままでできなかったことに対する喜びだろうが、果たしてそれは一体何に対するモノだったろうか。 測りかねる感情は、その実なのはにとっては一番わからないといけないことである。

 

「ようやっと、皆と同じように歩いて行ける……戦える!」

「…………っ!」

 

 今まで追いかけてきた背中。 どこまでも遠く、自身を突き放してしまう彼。 おいて行かないでと言うのは迷惑だからと、頑張って背中を追いかけて行った彼女は知っていた。

 

 誰かが、自分のために傷ついているのを見ることしかできない苦痛を。

 

 だから今の言葉を聞いて、はやての気持ちを全て理解した。

 だからここから先、彼女を気遣う戦闘はしないだろう。

 

 だって、同じ道を、肩を並べて歩く仲間なのだから。

 

「なのは! ……はやて!」

『フェイトちゃん!』

 

 娘が三人集う。 其れはつい数か月前には誰もが予測しなかったメンツだろう。 戦うということを知っているだけの少女、痛みだけで戦うということが出来なかった少女、戦いを知らぬ少女。

 彼女たちはそれぞれ別の道を歩き、決して交わることなどなかったはずだ。

 それが今、こうやって肩を並べて同じ敵へと向かって行く。

 一体どれほどの不確定要素がならべばこうなったのか。 集う力と、重ねられる想い。 それぞれが交わり束ねられたとき、いま、舞台にすべてのキャストがそろう。

 

「すこし、待て」

『!』

 

 それに歯止めを、先走りに制止の声を。 王を名乗る少女が皆を引き止めれば、そのまま視線が横に流れていく。 星光、雷刃、そして君主。 同じように三人がならべば、どこからか光が流れていく。

 

「お前たち、覚悟は出来てるな?」

「えぇ」

「もっちのロン!!」

「しゅ、シュテルちゃん! 身体が!?」

 

 うっすらと、消えていく彼女たち。 まるで存在自体を世界に否定されたかのように、その身を蜃気楼が如く消し去ろうとしていく。

 

「よく聞いてください、オリジナル」

「あのね? 僕たちは強いよ? でも、まだまだ足りないんだ」

「そう、あの冷鉄を打ち砕くためには個々の力だけでは足りぬ。 以前、斉天のヤツがやったように力を束ねなくてはならん」

 

 反対に、力があふれていくのはオリジナルと言われた三人。 彼女たちのバリアジャケットが神々しく輝けば、手に持った杖の形状が盛大に変化していく。

 

「その身も、心も、斉天のに鍛え上げられたお主らなら……」

「ですが気を付けてください。 これは所謂無茶というもの」

「いっしゅんの油断でカラダがボーン! ……なんだよ?」

 

 白い杖。 赤い宝玉を中心に金色の装飾品が鋭角さを身に着ける。 今までのスタイルからはかけ離れたそれは、例えるならば槍の様。 その身体をどこまでも攻撃的に変えれば、槍の付け根にある排気口から熱気が上がる。

 

「…………がんばりなさい、おりじな……る」

 

 黒き斧。 黄色い宝玉が煌めけば、斧だと思わせていた刃が展開。 柄の部分はそのままに、黄色い魔力刃が展開していく。 しかしそれはいつものようにか細い鎌の形状ではない。 切っ先が伸び、その幅はロングソードの比ではない。 かつて侍が馬を切るために用意した狂った兵器を彷彿させるその剣は、魔力の刃を固定する。

 

「………………もうすこし、あそびたかったなぁ……」

 

 最後に、八神はやての、その背中に生えし小さき羽根は巨大な翼となり、頭髪は栗毛色からまるで銀を混ぜ込んだようなカラーへ変わっていく。

 

「これでダメならあきらめもつくだろう? …………せいぜいあばれ……てこい……」

 

 

 プレシアの目が振るえるようだった。 ありえないと、言外に訴えるそれは仕方がないだろう。 娘たちの相棒に仕込んだ隠し技は、最後まで隠していてほしかった荒業。 故に厳重なプロテクトを施したはずなのに、今この時、自身がなんら手を付けることなくそれが発動してしまった。

 

 まるで、相棒たちが己が意思で枷を解き放ったかのように。

 

 少女達の力は、ここで臨界を迎える。

 

 

「……シュテル、ちゃん……」

 

 しかしその前にはもう誰もいない。 先ほどまでの、自身と鏡合わせになっていた彼女。 冷たく、けれどどこか温かなものを持っていた彼女はもういない。 ……その意味を理解した時だろう。

 

「…………ありがとう……っ」

 

 少女達の喪失に、三人が俯き――――一気に大空を睨みつける。

 

「なのは!」

「うん、感じるよ……」

「この薄気味が悪くて、嫌な感じの魔力」

 

 三人が見た空の向こう、そこには只の星空しかない。 月の無いそこはどこか空虚さを醸し出した殺風景な場所であり、そんなところを見て何をするのか……魔法の力を持ち合わせない人間にとって疑問しか沸かない行為である。

 

 だが、それに意味があるとしたら?

 

「高町なのは、レイジングハート・エクセリオン――行きます!!」

 

 白い少女が杖を構える。 其れはどこかの物語の魔法使いというよりは、近代兵器を身に着けたソルジャーの様。

 

「ディバイン・バスター!!」

 

 手元にある鋭利な武器が桃色に発光すると、大空に轟音が轟く。

 夜空が戦場に切り替わる中、少女達は各々光る翼を展開する。 足首だったり、背中だったり、各自それぞれの場所に生やしたそれは戦士たちで言うところの空を跳ぶ技法の前準備である。

 そして、それが意味することはというと。

 

「な、なのは!」

「お兄ちゃん……」

「お、おまえ――」

 

 戦場がこの地より移動するという事。

 それを理解した時、高町の長男はすぐさま妹に駆け寄る。こんな時、またしても手助けすら出来ない自身を呪い、こんな中途半端な力しか持ち得ない己を悔む。 また、見送ることしかできない自身を、ふがいないと責めるしかできない。

 

 守るのは長兄たる自分の役目の筈なのに。

 

 自身が剣を握った理由を、そのときを。 彼は走馬灯のように思いだして行けば歯ぎしりを起こすしかできない。

 

「行ってきます」

「っく!!」

 

 その一言だけ言ってしまえば、途端にこの地上から消えて行った天使たち。 羽ばたく翼が散らしていく羽根が、魔力光の粒子だと気付かぬまま、高町恭也は一人届かぬ空へ向かって手を伸ばしていた。

 

 

 

 

 

――――同時刻、上空。

 

【聞こえる、貴方たち】

「プレシアさん?」

 

 身に纏う魔導の装飾に大幅な変化をきたした少女達。 彼女たちが地上を去って幾秒かした頃だろう。 肌に突き刺さる冬の寒さがより一層の厳しさを増す中、魔法少女達の思念の中に、独りの会話が紛れ込んでくる。

 

【本当なら私たち大人が気張るべきなのだけど――】

「残してきた皆を守るのに、わたしたちの魔法は不適切ですから」

【えぇ、まさにその通りよ】

 

 砲撃、遠距離特化の高町なのは。

 近接、ゼロ距離特化のフェイト・テスタロッサ。

 広域、拡散攻撃特化の八神はやて。

 

 彼女たち三人の戦力を即座に見渡し、それでいて出来ることを託したのは魔女の仕業。 そう、ここにいる中で戦闘特化で在るのは彼女たち位だ。 ……プレシアもつい先ほど、奇跡の御業でその一因になったものの……

 

【ユーノ君にあの坊やが居ない今、私やネコ娘たちしか頼れる防衛力がない。 だからこうなるのは……】

「はい、分ってます」

 

 手薄となった地上を集中攻撃される未来は、なんとしても防がなくてはならない。 いざとなれば封時結界を張り巡らせ、自分達だけでも身を守る所存の彼女たち。 そうすることで最悪の展開をわずかでも逸らせれば――そう思うなかでも、やはり思うところはあるようで。

 プレシアの声が、わずかに振るえる。

 

「心配しないで母さん」

【フェイト……】

 

 何も死に行くわけじゃない。

 言外の台詞は、思念故に相手に伝わる所業であろう。 金色の魔力をはためかせ、少女の声は一層の強さを帯びていく様だ。

 

「それにわたしらみんな、必ず帰ってきますから」

 

 心配しないで。

 漆黒の翼を空へ打ち付けると更なる速度を引きだし、大空へ飛翔していく。 力強い飛行はそれだけで彼女たちの力量を表すかのよう。 既に、数分前とは別次元のレベルとなった彼女たちは……

 

『絶対、この戦いを終わらせる』

 

 たった一つの信念の元、暗い闇の中を飛んでいく。 そこにあるのが敵の根城だろうと、地獄の門だろうと関係ない。 彼女たちはただ、未来へ向かって進むだけなのだから。

 

【そこまで言うのなら、止めることはしないわ。 けど気を付けなさい、奴がどれほどに力を蓄えているかなんてわかりはしないのだから】

「はい。 でも、プレシアさんやシュテルちゃんがくれたこの力があれば」

「うん。 きっと負けない……勝って見せる」

「そうや。 そんで帰ったらみんなで祝勝パーティーの続きや。 ……今度こそ、本当の」

 

 皆で平和を祝うのだ。 ひと時ではなく、永劫の祝福。 其れはかつて、一陣の風が望み、遂には叶わなかった夢物語。 雲を揺らすはずの風が、踊るように揺蕩う雲に見とれていたあの頃に、もう、戻らせないために。

 闇をこの手で払うために、少女達は大空を駆け上がっていく。

 

「――――見えた!」

 

 高町なのはが叫ぶ。 狙撃主たる彼女の遠視能力が発揮される中、空が不意に歪んでいく。

 

「ホントにこんなところにあった。 ……いままで、こんなところでわたしたちを――」

 

 同じく、フェイトの口元が歪んでいた。

 悔しさと、自身の不甲斐なさとが重なった憤りは、けれどまだ爆発させるわけにはいかず口を紡ぐ。 ……ここまで感情を制御しなければいけない彼女はいったい何を発見したのだろうか。

 

「ここから見える全部があの機械の根城……全長200メートル位やろか?」

「肉眼で見えなかったのは暗い空のせいだけじゃなかったんだ」

「そうだねなのは。 ……きっとステルスか何かを張られてたんだ」

 

 其れは、要塞というにはいささか不気味に過ぎる形状であった。

 小さな星……そんな形容が成立してしまいそうなほどの真円は、かの戦闘民族の力を引きだすあの星をも思い起こさせる。 それほどに丸い星、そこまで純白な飾り付け。 あまりにもあんまりな飾りっ気の無さに、見た者へ却って不安感をあおらせる。

 

「此処まで近づいてもむこうから攻撃の反応は無い……このまま突っ切る?」

 

 突撃先行!! いまや大剣となった相棒を片手に、フェイトが皆に意見を聞く。 普通、此処までの過程で対空防御の一つがあってもいいはずなのだが。 其れすらないことに、逆に不安を巻き起こしてしまうのは仕方がないことだ。

 そもそも、相応の攻撃を覚悟でここまで来た彼女たちにとって、これほどまでの手薄さは予想外の出来事に他ならない。

 

 ……敵は、何を考えているのだろうか。 気にならない訳がなかった。

 

「此処は二手に分かれよう思うんやけど」

「二手……?」

「そうや。 オフェンスにフェイトちゃん、バックスがなのはちゃんで先行する」

「う、うん?」

「後ろで何かあった時のためにわたしが待機。 不意打ちが在ったら転移魔法で駆け付けるし、それが間に合わなかったら――」

 

 いつの間にやらこの分隊の指揮を始めていたはやて。 読書家だという彼女は、やはり戦略に関する書物も目に通していたのであろう。 わりとスムーズに進む作戦会議にフェイトもなのはも頷く以外の行動を取ろうとはしなかった。

 

 だが、しかし。

 ここで、高町なのはは思い知ることになる。

 

 普段よりニコヤカで、誰よりも優しく、正に陽光と形容できる人間が心底怒りに燃えた時――――

 

「ブロックごと要塞を削り取るから……ね?」

『…………あ、ははは』

 

 何よりも恐ろしいということを。

 

「なのは」

「な、なに? フェイトちゃん」

「一瞬、初めて超サイヤ人に成った悟空を思い出したのは、気のせいじゃないよね」

「…………奇遇だね、わたしもだよ」

 

 儚い儚いと言うけれど、それはそれとしてこの少女はどうにも芯の方が強すぎるようだ。

 

「それじゃはじめよっか」

「そうだね」

「うん。 ……一刻も早くこんな戦い終わらせないと」

 

 これが互いを分かり合うための闘いならばまだいいだろう。 彼女たちは徹底的にどこまでも付き合うはずだ。 けど、命を刈り取るためだけの一方的な虐殺となったこの戦い。 そんなものは許容できようはずがない。

 さっさと終わらせてしまいたいのはこの戦場皆の総意であるはずだ。

 

「それじゃ先に行くね」

「援護、お願い」

「了解や、まかせてな」

 

 だから彼女たちは飛ぶ。 その先にどんな絶望が在ろうと、薙ぎ払い、消し去るために。

 

 

「どうにか表面に来たのはいいけど……」

「入口……なんてないよね」

 

 つぶやいたなのはがあたりを見渡す。 星と形容できるそこは、やはり地表と呼べるものしか無く、入り口にあたる門も無ければデッキもない。 ……ならば敵はどこからやってきたのか? などと疑問にすることはなかった。

 奴にはいらないのだ、出入口など。 孫悟空のもつ秘術を使えば、物理的な隔たりはもちろんの事、空間的な壁すら乗り越えて見せる。 故の閉ざされた世界、だからこその圧倒的な隔たり。 これにはさすがの名の刃も困った顔をして――

 

「フェイトちゃん、お願い」

「雷光一閃ッ!」

 

 隣に居る相棒に、道を作ってもらう。 ……のだが。

 

「か、硬い!」

「……さすがに簡単にはいかないか。 ……だったら!」

 

 十字に切られた要塞の壁面。 だが、其れは表層を傷つけることしかできず、まだ彼女たちは内部に侵入することができない。 それでもあきらめが悪いのは師匠譲りな高町なのは。 彼女は魔力を杖に叩き込むと、一気に呪文を紡いでいく。

 

「ディバィィィン――バスター!!」

 

 巨大な壁に、やはり巨大な十字を刻まれた丁度中心点。 そこにこれまた巨大な砲撃がぶちこまれていく。 もはや冗談なのではないかという巨大の連続に、眼下の人間たちは果たして何を思うだろうか。

 其れは知ることが出来ないのだが、その代わり彼女たちはついに――――

 

「開いた!」

「……正確には創った、だけどね」

 

 この星の中身を、知ることになる。

 

「……機械だらけ。 当然と言えば当然だけど」

「アースラなんか目じゃない。 ……本当の機械の城って感じかな」

 

 あたり一面が銀に支配されているそれは、事態を知るモノが視るならば卒倒モノであろうか。 煌めくメタリックな色彩は、近未来的だと称賛されるかもしれないのだろうが、なにせ相手が相手だ。 この色が全て敵の手の中にあると思わされれば、背中に怖気ぐらいは走るというもの。 なのはは、二呼吸の間に神経を研ぎ澄ませる。

 

「…………ここをずっと行った先に、とんでもなく嫌な魔力を感じる」

「うん。 たぶんなのは程じゃないけどわたしも感じるよ」

 

 遠くを見渡しながら、肌で感じる嫌な空気を掴み取れば、その根源を睨みつけていく。 急げ、時間は無いはずだ。 こうやって口を動かしている間にも、奴は力を全盛期へと近づけようとしているはずだから。

 

 だから彼女たちは即座にその場から消えてしまう。 瞬間的な加速を持ってして、あっという間に風を切るほどにまで早くなった彼女たち。 急いでいる、邪魔をしないで――言外の迫力を持ってして、様々な障害を乗り越えていく。

 

[…………]

「いきなり……」

「こんなところで」

 

 遂に遭遇した、一体の冷機。

 先ほど戦った存在となんら変わりばえの無いメタリックボディ。 それが意味するところは量産という文字に他ならず、奴が本体ではないと即座に理解する。 先ほどまでならば息を呑み、警戒心を全開に引きだしていた相手なのだが。

 

「そこをどいてください! 急いでるんです!」

[貴様らどうやってここに――]

「一刀…………両断ッ!」

[な……に!?]

 

 今現在のなのはたちにとっては敵ではないのは、もはや言わずともわかるだろうか。

 なんの警戒の無い、フランクな対応と言えようか。 クウラに対して最早舐めきっていると言っても過言じゃないそれは、言葉通り、彼女たちにとってこの量産型など敵ではないからだ。

 

「これがリミットを解いたバルディッシュの力……」

「それに“みんな”がちからをくれたから。 今ならいつもできなかったことが出来る気がする」

 

 既にそれを実行しているなどと、誰かが言わなければ分らない現象。 それはつい先ほど地上で披露しているのだが、分らないものは分らない。 もはや“己の一部”と化したその力を、何の狂いもなく操る彼女たちは先を急ぐ。

 

「それにしても、こんな要塞いつから――」

「そうだよね。 アースラのセンサーに引っかからないのは仕方がないとして、ずっとあるって事だったら遅かれ早かれ悟空くんが気付くはずだし」

 

 高性能マシンよりも頼りになる男。 そんな彼を幻視すれば、双方同時に頷くばかりである。 なら、この要塞はいつから有ったのか? どこから介入していたのか……溢れんばかりの疑問符に、彼女たちは言葉をしばしおいて行ってしまう。

 

 そこからは無言の飛行が続いていた。

 襲い掛かる量産型を片手間に葬り去り、迫る鉄の触手はフェイトが切り刻んでいく。 とどまることを知らない少女二人は、圧倒的な速さを持ってしてこの要塞の中を駆け抜けていく。

 

「どこ、どこにいるの――」

「早くしないと……」

 

 かかる時間に比例して、少女達の表情に焦りの色が濃くなっていく。

 この、強くなった姿だっていつまで保持していられるかなんてわかりきった事じゃない。 悟空のように永続的だと甘く見て、チャンスをふいにしたくない。 彼女たちは、ひたすら要塞内を廻っていく。

 

 回る、廻る……どこまでも続く其処に、いい加減違和感を持つようになった頃だろう。

 

「フェイトちゃん、少し待って」

「なのは?」

 

 なのはが不意に空中で止まる。いままでの快速急行が嘘のような停滞は、しかしここからが彼女の本領発揮である。 目を閉じると見渡していく世界。 彼女は今、道ではなくこの要塞全てを身体の感覚で探っていく。

 

「――――居た」

 

 構えを取る。

 手に持った相棒を向けるのは……壁。 只分厚く、堅牢だと主張する銀色の壁を前にして、なのはは無言でレイジングハートの先端に光を集めていく。

 

「ディバイン・バスター!!」

 

 放たれた桃色の閃光は、いまなのはの目の前にある壁に迫っていく。 いつも以上に力を集めた自身の砲撃に“絶対に出来る”と心に決めた一撃。 それが要塞内を照らせば衝撃波が駆け巡る。

 

 攻撃は、確実にヒットした。

 

「…………そんな」

「無傷?!」

 

 だが相手が悪い。

 何事もなかったように無傷なそこは正に鉄壁。 この先にどうしても行きたい二人の少女に真っ向から立ち塞がり、彼女たちの心を静かにかき乱していく。 こんなところで消費する時間など皆無だ。 なのはは、少しだけレイジングハートを握る力を強くする。

 

「フェイトちゃん、少し下がってて」

「……なのは?」

 

 魔力とは、すなわちこの世に満ち溢れた力の事を指し示す。

 外界……つまり己の外から取り入れた魔素をリンカーコアにて力へ変え、様々なプロセスを経て攻防といった手段に変換する。 それを行なえる量と速度には個人差はあれど、高町なのはが膨大な魔力を持つという意味は、これの蓄積量と回復速度が上気を逸しているからだ。

 

 

「…………」

 

 そしてさらに、外界より力を借りることを最終奥義とした男に師事した彼女は取り入れる魔力を、自身の意思でコントロールすることも可能……の筈だった。 いままで、試すことが叶わなかったのはその制御があまりにも難しいから。 そうだ、そもそも世界の王を名乗るものでも、技の構想は出来ても実践が叶わなかったのだ。

 そう、易々と出来るはずもなく。

 

「はぁぁああぁあああ!!」

「なのは?!」

 

 少女がそれを行うには多大な無理が必要であった。

 

「射線軸固定……ロック……オン!!」

 

 なのはの身体に光が集まる。

 急速に、集中線を描くかのような無色の光りは大気中に散らばっている魔力の素。 常時漂っているそれは、普段なら目に見えないほどにしか取り入れることができないはずだ。 しかしこれがどうだ。 彼女を中心として集められた魔素は色がないながらも確かに彼女に力を与えている。

 

「魔力集積……スターライト!?」

 

 ここでフェイトは守りを固める。 決して自身に銃口が向かっているはずがないとわかっているものの、その威力は幾度も見てきて知っている。 二人の戦闘民族に大したダメージを与えてきたあの技。 今ここで使おうものならどうなるか分かった物じゃない。

 

 フェイトが出来得る限りの障壁を張る刹那、なのはの銃口が一気に光を解き放つ。

 

「エクセリオォォン……バスタァ――――!!」

「!!?」

 

 フェイトの視界が真っ白になる。

 全てが吹き飛んでしまったのではないかと思えてしまう攻撃に、思わず表情を引きつらせてしまう。 だが、それもつかの間。 すぐさま全身に突風が駆け抜けると、目の前の風景が一変する。

 

「……こ、これは!」

 

 目に映るのは暗い世界。 どこまでもを飲み尽くすそれは、かつて自身を包む込んだものと酷似していた。 ……それだけでわかる。 これが、“奴”だということが。

 

 耳に意識を集中すれば、たとえこの暗い世界でも状況くらいは把握できる。 おそらく50メートル四方の広い個室、しかし部屋の中だというのに何かが脈打つ音が不気味さを一層引き立てる。

 なにか、生命を模した存在が居る。

 そう思わずにはいられない程の脈動は、フェイトの警戒心を引き立てる。 

 

「どこにいるの!!」

 

 叫ぶ声。 ……高町なのはだ。

 彼女は白いドレスを華麗にたなびかせると、狙いもつけずレイジングハートを前方へ向ける。 ……決して取り乱しているわけではない。

 

「すぐに出てこないなら、こんな部屋ブチ抜くんだから!!」

「――!」

 

 目に映るすべてが攻撃範囲なら、構えをどうしようが問題ないという事だ。 隣でフェイトが冷や汗かく中、なのはが部屋中を見渡す。 すこしだけ吐いた息が、そっと薄暗い空気の中に霧散した時だ。

 

「鬱陶しい奴らだ」

『!!』

 

 聞こえてくるのは……肉声だ。 今まで聞いてきた機械の音ではない、只の声。 

 今まで、本当にいままで聞いてきた機械的なものではない、生の感情が入り混じった声だ。 それを耳に入れてしまった彼女たちは、なぜだか身体の感覚を一瞬だけ見失う。 まるでなにか氷の先端を身体に突き付けられたかのような寒気に、思わず後ずさりしてしまう。

 

「……この期に及んでまだ悪あがきをするとは」

 姿は見えない。 それでも感じる冷たくて暗い空気に、なのはもフェイトも直感ながらに感じ取る。 …………こいつが、諸悪の根源であると。

 

「どこ!?」

「姿を現せ!」

「くくく…………」

 

 高々と声を張り上げるなのはと、攻撃の意思を剣に込めていくフェイト。 そんな彼女たちの心意気を嘲笑う声が遠くから聞こえれば、少女達の翼が羽ばたく。

 

「そこ!」

「いま……すべてに決着をつける!」

「……ふん」

 

 どこまでも続くと思われた通路に終わりが来た。 飛行速度を落としつつ、今まで声が飛んできた方へ顔を向ければ、少女達の顔色が変わる。

 

「…………」

「そ、その姿!?」

「貴方が、クウラ……」

 

 首だけなのだ……奴は。

 さらに右の頬からマユあたりまでしかない元の皮膚。 それ以外は機械で縫合され、見るも無残な姿にされている。 正直、直視するのも耐えられないその姿は――

 

「どうした? ……怖いのか」

『…………』

 

背中に怖気を走らせる。

どれほどに強くなろうとも、今目の前の醜悪な存在には目を背けずにはいられない。生物から遠く離れ、機械に肉を食われ、一体となった宇宙の帝王。 どうしてそこまでして生き延びる? なぜそんなになってまで生にしがみつく……普通ならば耐えきれぬ惨状に、それでも奴は声も高らかに告げる。

 

「以前の戦いでソンゴクウにより失われたこの身体。 しかし脳だけはなんとか無事だったオレは偶然にもある機械群と出会った」

 

 それは己が欲望を満たすために他者を取り込むコンピューターチップ。 その、成れの果て。 いくつもの機械、そして残留したエネルギーをかき集めたそれはやがて星と呼べるほどに形を肥大化させていった。

 語るクウラは、しかし即座に顔色を変える。

 

「それでもだ。 ……その機械群をも利用しても勝てなかった!!」

 

 あの、新ナメック星での最後の決戦。

 たった二人のサイヤ人に、全てを再び奪われた皇帝はまたも宇宙空間を彷徨う羽目になる。

 

「危うくベジータにコアチップを破壊されるところであったが、幸いバックアップたるオレが無事でな。 ……長い年月を宇宙で彷徨った」

 

 星の光りすら届かぬ宇宙の果て。 そこで冷鉄はいつまでも待った。 遠い時の果て、必ず奴らに復讐してやると、暗い感情を煮えたぎらせながら。

 

「で、でも! そんな脳細胞だけの貴方がどうやってこんなところまで!?」

「悟空くんの居た世界の人が、どうやってここに来たの!」

 

 その問いは至極当然だ。 なにせ時空管理局ですら手を焼くほどの捜索難易度を誇る彼の世界。 そこから来たのだ、なにかとんでもない力を持っているのかもしれない……高町なのはは、奴の力を暴くためにも奴を問いただす……だが、そんな奴の口から出たのは――

 

「来た、というよりかは……くくッ」

「なにがおかしい!」

「連れてこられたのだよ……貴様らの世界の人間にな」

『!!!!』

 

 衝撃の事実であった。

 

 フェイトは閉口し、なのはは呼吸すらも忘れる。

 今まで、散々苦しめられてきた機械の軍勢が、まさか攻め込んできたのではなくこちらから招いていたという事実。 しかし次に浮かんできたのは身内への疑い。 誰がこんなものを招き入れたのか……その、目的はなんだ!?

 なのはだけじゃない。 フェイトも同じように顔色を青に染め上げる。

 

「安心しろ、このオレがこんな世界の誰かと共謀などするわけがないだろう」

「え?」

「そもそも、オレがこちらの世界に来たこと自体、奴等はわかりなどしないだろうさ。 奴らの狙いはただ一つ、“とある魔導師”の所に来た筈だった闇の書を回収するためだったのだからな」

『闇の書!!?』

 

 頭部だけのクウラが冷酷に笑う。 滑稽だと、言葉にするでもない笑いは聞くに堪えかねる。 だが、彼女たちは知らなくてはならない。 目の前に居る冷鉄が、どうしてここまで来てしまったのか、その訳を。

 

「その魔導師とやらは途轍もない力の持ち主だったらしい。 その力は時として宇宙を破滅に向かわせることも可能だとか」

「……」

「だがそんなヤツも最後は呆気なかった。 当初はオレもソンゴクウあたりにでも倒されたと思ったが……くく」

 

 一端の笑い。どこまでもおかしいと、歪な笑みでなのはたちを呑み込まんとする奴に、負けじと足を踏ん張る彼女たち。 それをみて、またも口元を吊り上げたクウラは……告げる。

 ――――――自身が生み出した魔物に喰われたそうだ。

 

 正確には人の形をとった悪魔らしいのだが、その事実はなのはたちに届くことが無かった。 そもそも、宇宙を破滅に導くという時点で想像が及ばない。

 

 彼女たちは、少しだけ息を呑む。

 

「宇宙を彷徨うはめになった闇の書は困っただろうな。 そもそも、奴意外に魔導の素質のあるものなどなく、有ったとしても力が自身を上回り取り込むなどできないからな」

 

 それが誰かなどクウラ自身分らない。

 普段はどスケベで、その気になれば限界にまで力を高めた戦士の力量を限界以上に上げることができる高名な存在……否、神の存在など、奴にわかるはずもない。 そんな一つの可能性など切り捨てて、奴は薄気味悪く口元を動かす。 壊れ果てたその機能を機械で補い、更なる絶望を少女達に叩き込む。

 

「そんな折に闇の書とオレは出会った。 奴も何も知らなかっただろうな、まさかこんな小さな脳細胞を取り込んだせいで、己のプログラムを大きく改変させられるなど。 そしてそんなこととはつゆ知れず、発見した闇の書を回収した貴様らの世界の住人もさぞかし間抜けだった」

 

――――自身が見つけた宝に殺されるのだからな。

 

その、言葉でなのはの右手が震えた。

どうしてこの人は、他人の命を簡単に奪えるのだろうか? 怖くないのか、己が誰かの人生をダメにしているということが。 その人の、これからという道……可能性を潰してしまう事への罪悪感すらないのだろうか。

 だが、それは言葉に出されることが無かった。

 

「さぁ、昔話はここまでだ。 いい冥土の土産が出来ただろう?」

「!?」

「精々あの世で聞かせてやるんだな。 あの無様に死んでいったサイヤ人に」

『!!?』

 

 そうだ、此処までだ。

 奴との因縁も、今までの苦労も絶望も。 そして――――

 

「クウラ!」

「必ずお前を――」

 

 少女達の、堪えも……だ。

 

 

 

『倒す!!』

「やれるものならやってみるんだな……餓鬼どもが!!」

 

 殺されていったもの達の想いをその背に乗せて、少女達の戦いは今はじまる。

 




ユーノ「どうも、です」

クロノ「手の中にあるものは、いつか消えて行ってしまう。 しかし、それを望まぬ者がいた」

ユーノ「零れ落ちるならつかむ手を強くすればいい。 たとえ、その身が崩れようともそこにあればいいと、口元を歪めながら」

クロノ「次回、魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第70話」

???「おめぇたちがやらなくて誰がやる!!」

なのは「……え?」

フェイト「こ、の声」

クウラ「馬鹿な……貴様は確かに!?」

???【……】


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第70話 おめぇ達がやらなくて誰がやる

 

 

 其れはいくつもの時代を超えてきた。 どれほどに時を刻んでも癒えることの無い心の……闇。 憎悪を燃やし、地獄の釜を煮えたぎらせること数十年。 奴はこの時をひたすらに待っていた。 自身をこんな身体にし、屈辱を与え続けた男を葬り去る時を。

 

 見事成し遂げた己が宿願。

 自分自身への敵討ちを成就させたその物は、次に行く道を歩き出す。 ……世界をその手で握りしめることだ。

 

 それを果たすには邪魔な存在がいくつもある。

 些細なものだ……などとソレは決して油断しない。 なぜなら、甘さなど2回目の失敗でとうに切り捨てたはずなのだから。 倒したと、終わったと思ったところから逆転の策を弄してくる存在と闘う事4回。 奴は身を以って知り尽くしたのだ。

 

 

「クウラ!」

「来るがいい、ソンゴクウの置き土産ども!」

 

 その男と関わりあい、“あの眼”をした人間は確実に始末しなくてはならないということを。

 

「加減なし! ディバインバスター!!」

「速攻! プラズマランサー!!」

 

 2色の魔力がクウラに押し迫る。

 首だけの存在にここまでするか? 見た者がいるならば問わずにはいられない攻撃に、しかしクウラが動じることはなかった。 彼女たちの攻撃は、見えないナニカに打ち消される。

 

「忘れてないか? ここがオレの体内だということを」

「――障壁?!」

 

 薄くも堅牢な壁が正面からの全ての攻撃を防いでしまう。 力を上げ、魔力の総量を激増させた彼女たちの攻撃を凌いで見せたクウラ。 しかもその声色からまだ余裕を見せつけているのは明白だ。

 こんなバケモノ相手に果たしてどう戦うか。 ……なのはが少しだけ考えを巡らせると、黒い剣が空を切る。

 

「せい!!」

「来るか、小娘!」

 

 フェイトだ。 邪魔な障壁は正面にのみに敷かれたもの。 ならば迂回して接近戦を挑むのは当然のことだ。 彼女は頭部だけのヤツに向かってバルディッシュ・ザンバーフォームを一気に振りあげた。

 

「――が、甘い」

「ぐっ!?」

 

 その切れ味を発揮するでもなく、振り下ろされることが無かったバルディッシュ。 剣は空中で止まり、クウラに近づくことすらできない。 何が起こったと感覚で探るも発見できない……それには、やはり訳があった。

 

「ワイヤー!?」

 

 剣に巻きつくのは鋼鉄製のワイヤー。 幾重にも巻きつき、黄色い魔力刃が見えなくなるほどになったそれは、まるで人の筋肉のように脈を打ち、彼女の攻撃を力強く阻害している。

 それを、確認した時であろう。

 

「そら、そっちに渡してやる」

「―――ぐぅぅ?!」

 

 フェイトの身体は意図しない方へ吹き飛ばされていく。

 その先にあるのは壁。 あの、なのはの砲撃で何とか破壊して見せた硬い壁だ。 そのままの速度で叩きつけられればダメージは免れないだろう。 想ったとき、彼女は既に脚元に生やされた金色の翼を羽ばたかせていた。

 

「あ、危ない……」

「フェイトちゃん! 大丈夫!?」

「うん、なんとか……」

 

 壁を滑空する形で回避し、近くにいたなのはのところにたどり着くフェイト。 その姿を確認したなのはは、クウラに対する認識を改める。 ……首になっただけだと、どこかなめてかかっていた自分たちの認識を新たにする。

 するとなのはのもつレイジングハートに光が集まりだしていく。 ……魔力集積だ。 フェイトが気付いた時には、なのはの周囲には丸いナニカが描かれていく。

 

「アクセルシューター」

「追尾弾で攪乱か……」

 

 つまらなそうに分析をしたクウラ。 奴は周囲の壁を変形させると、そのままなのはたちへ襲い掛からせる。 いかに強化されたシューターも所詮は只の弾丸。 剛腕の防御を前になすすべもなく打ち落とされていく。

 

「詰まらんぞ地球人共! そんな程度で終わりか!?」

『くッ!!』

 

 己の技がことごとく落とされていく。 その光景を見て、だけどまだ絶望には落ちないのがこの少女達の強さだ。 彼女たちは、運命に足掻くことをやめない。

 

「フェイトちゃん、コンビネーション!」

「わかった」

「……今度はなにを始める気だ」

 

 互いに別方向へ散る少女達。 フェイトは右に、なのはは左。 その軌道は相手を挟み込むかのようなそれだが、慌てることなくクウラは動きを観察する。 ……そして、狙うは当然――

 

「動きが遅い方からだろうな」

「やっぱりわたしの方だよね」

 

 其れは狙い通り。 なのはが足元に生やした桃色の翼を羽ばたかせると、更なる機動力にて敵の攻撃を掻い潜る。 クウラがひと睨みすればその地点が爆発を起こし、歯を軋ませれば壁からワイヤーの束が襲い掛かってくる。

 その全てを先読みと体捌きで避けていくなのは。 得意の防御魔法も障壁も今は使わない……

 

「少しでも足を止めたらダメだ……もっと攪乱!」

「なにをする気か知らんがいい加減!!」

 

 鬱陶しい。 クウラが目を鋭くすれば、壁から追加のワイヤーがゴッソリと噴き出してくる。 火山の爆発をも思わせるそれを前に、遂になのはの足が止まる。

 

「プロテクション――ッ!」

 

 片手をあげて、吹き出たワイヤーを桃色の障壁で防ぐなのは。 同時、散っていく火花が攻撃の熾烈さを物語れば、彼女の背後に銀色の気弾が飛んでくる。

 

「アクセルシューター!」

 

 1対多数。 たった一つの気弾に対し、少なく見積もっても8以上のシューターで迎撃して見せたなのは。 いくらなんでも余裕が無さすぎるこの攻撃は、だけど当然のことだろう。

 

「なんて重い攻撃……っ」

「ほう、今のを防ぐか」

 

 クウラ自身、堕とすと決め込んだ一撃だったのだから。 そもそもの実力差からくる警戒心が見事に当たった少女の攻撃。 その、見切と判断力の速さは冷鉄から見ても称賛の一言だったらしい。 ……あまり、うれしくない褒め言葉だが。

 

 さて、クウラが鈍足ななのはを追いかけている中、俊足のフェイトはなにをしているかというと……

 

「なんて鋭い攻撃――ッ!」

「速いな。 だが、それだけに防御が脆い!」

 

 敵のワイヤーを掻い潜るも、あまりの功勢から前へ進めていない。 横へ横へとスライドさせられていくフェイトは、手に持った武器を振りかぶることすら出来ずにクウラから遠ざかっていく。

 

 連携を見事に崩されていく彼女たち。 やはり、戦闘経験値ではクウラに軍配が上がるようで……場の空気は悪くなる一方だ。

 だが。

 

「くッ」

 

 だけど、だ。

 

「まだだよ!」

「もちろん……いくよなのは!」

 

 高町なのはが、その手にもった武器を激しく発光させていく。 周りを高速で動き、敵の攻撃を迎撃していくシューターをそのままに、彼女の魔力は一気に沸点へと駆け上っていく。

 

「はぁぁぁあああああああ」

 

 周囲から集まる魔力は、先ほどの壁抜きではないモノのかなりの力。 その集まり方が尋常ではないと悟ったクウラだが。

 

「させるか!!」

「邪魔は……させない!」

 

反応が少し遅かった。

 チャージを開始したなのはの前に、疾風が如く現れたフェイト。 彼女がバルディッシュを振り回し、迫り来るワイヤーを一網打尽に叩き切った。 これで出来たほんのわずかな隙に、なのはの叫び声が割って入る。

 

「ディバイィィン――バスタァァ!!」

 

 轟!!

 空間を桃色で塗りつぶしていく彼女の砲撃。 その威力は以前とは比較にならないほどに強化された代物だ。 当然、頭部だけのクウラにはひとたまりもないだろう。 だけど、だ。

 

「先ほどの塗り直しか? また防いでやるぞ!」

 

 はっきりと言い切るクウラ。 そうだ、幾らなんでも強引に過ぎるこの攻撃は、先ほどの上塗りに過ぎない。 またも障壁を張り、悠然と待ち構えるクウラは高笑いを抑えきれていない――――そんなこと、している暇などないはずなのに。

 

「そんなこと、わかっている!!」

 

 そうだ、少女たちは賢い。 ……同じ愚を重ねるなんてそもそも師が許さない!!

 

 フェイトが叫ぶと、その背にはなのはの砲撃が迫る。 ……なんだ、どういうことだ? まさかの同士討ち(フレンドリーファイヤ)にクウラの疑問の声が零れる――刹那。

 

「はああぁあぁぁああああッ!!」

「なに!?」

 

 フェイトは一気に翔ける。 動き出した彼女の背に迫る砲撃。 だが決して当たることが無いそれは、いつまでもフェイトの背中を追いかけていく。 クウラに、砲身を向けたままでだ。

 

「馬鹿な! 特攻する気か!?」

 

 叫ぶクウラに、それでもフェイトの攻撃は終わらない。 彼女の体中に雷が迸れば、一気に剣へと駆け上がっていく。 電気付加のレアスキルの名の通り、魔力から生み出された電撃は、威力をさらに持ち上げる。

 

 切り裂け。

 鬼気迫るフェイトの眼光を前に、さしものクウラは叫ぶ。

 

「舐めるな!!」

 

 眼前に張り巡らせる障壁の枚数は8枚。 その一つ一つが先ほどの壁には届かないがかなりの物。 いくらなのはの攻撃でも精々二枚抜ければいいくらいだろう。 そして、フェイトでは切り捨てた後の隙をクウラの本体に突かれて迎撃される。

 どっちもダメな状況で、彼女たちが取った策は――――

 

「ぐぅぅ!!」

 

 両方だ。

 砲撃がついにフェイトの背中を押す。 接触時の痛みはバリアジャケットが軽減するが、嫌でも薄い彼女の防護服は、そのダメージを緩和しきれない。 重度の火傷に似たダメージが彼女を襲う。

 だが、その見返りは大きい。

 

「せぁああ!!」

 

 一枚。 縦に両断すれば次が目前に迫り。

 

「はぁぁあああ!!」

 

 二枚、叩き伏せれば次を目指す。

 

 雷光を纏わせた斬撃を前にクウラの障壁が次々と切り裂かれて消失していく。 三枚、四枚、五枚。 次々と両断されていく障壁を前にして、クウラはあたりからワイヤーと鋼鉄の鉄壁をかき集めようとうごめく。

 

「遅い!」

 

 残りの障壁を切り伏せ、一気に肉迫したフェイトはそのまま剣を振りあげる。 この距離だ、当たらないということはまずありえない。 今度こその必殺を込めて、雷光がクウラ目がけて振り下ろされる。

 

「はあぁあぁああああッ!!」

 

 今度こそ、疾走する雷撃がクウラを捕える。 ……はずだった。

 

「…………やはり甘い」

「ぐっ?!」

 

 バルディッシュの刃が、鉄壁に食い込まされる。

 届かなかった刃、切り裂けない運命。 彼女たちの特攻も、ここでついに途切れてしまう。 その背にまだ、なのはの砲撃を受けながら。

 

「まだだ!!」

 

 まだ彼女たちの攻撃は終わっていない。

 その背になのはの意思を感じる。 熱く、強く、まだあきらめていないという意思の強さを痛いくらいに受け止める。 そうだ、相方はまだあきらめていないのだ。 ならどうして自分が勝負を降りられるのか。

 

「このおおお!!」

 

 振り切れ、何もかも。 フェイトが叫ぶと、バルディッシュの宝石から光が溢れ出す。 雷光が轟き、電撃が全身を包むと彼女の力が限界を超える。

 

「はぁぁあああああッ!!」

 

 振り、落とす。

 奴の盾を、障壁を。 その守りを全て“道連れ”にしながら彼女は下方へ落ちていく。 何もなくなり、丸裸となったクウラ。 その射線上には――

 

「なのは!」

「――――ッ!!」

 

 高町なのはがその光を燃え上がらせる。

 一気に降り注ぐディバインバスター。 クウラが桃色の閃光に呑み込まれていくと、周囲が衝撃に耐えきれず爆発していく。 だが、そんな衝撃だけじゃこの威力は収まらない。 さらに奥の壁を貫き、要塞に風穴を開けていく。

 

「…………」

 

 奴の姿はない。 それを確認した時だ、彼女の全身から力が抜けるようだった。

 

 不意に身体を硬化させ、中空より地上に降り立つ彼女。 遠くの方で黄色い輝きを確認し、フェイトの所在を掴んだ途端の事だ。 つい、昔の出来事が頭の中に流れていく。 もう、終わった戦に今までの思いを巡らせれば……しかし欲しかった願いは叶わない。 平和な世界を一緒に歩きたい。 そんな小さな願いすら届かない。

 

「……悟空、くん」

 

 そうだ、居ないのだ彼は。

 仇を取ったと大声で見栄を切ることもできず、彼女は…………――――

 

「――――……なに!?」

 

右腕を、虚空へと向けていた。

 

「アクセルシューター!!」

 

 同時に起こる爆発。 上がる煙がたった今開けられた風穴に吸い込まれて行けば、急速に視界が元に戻っていく。 ……そこには鈍い鉄がひとつ転がっていた。

 

「いまのを防ぐとは」

「……その技は貴方だけの物じゃないから」

 

 もともとは彼の物だ。

 憎悪ではなく、純粋に怒りが静かに湧き起こっている彼女は冷めた目つきでクウラを見る。 相変わらずの生首状態、見るも無残な半機械はいままで行ってきた悪事のツケ。 そのまま杖から光をあふれさせる。

 

「だが!!」

 

 つづけさまにクウラは叫ぶ。

 

「その強気もここまでだッ!!」

 

 要塞内が蠢きだす。 まるでクウラの意思を体現するかのような鳴動は、なのはの警戒心を引き上げるには十分すぎた。 杖を構え、周りを見た彼女は気が付いた。

 

「うぉぉおおぉおぉおおおお!」

「な、なに!?」

 

 クウラの……首だけしかない奴の周りに瓦礫が集まっていく。 意思を持つように、吸い込まれるように奴の周りに集結する瓦礫たち。 複雑とは言えない程度に奴へ組み込めば、そのまま……

 

「か、からだが……」

 

 奴を形造っていく。

 だがその見た目は決してきれいな銀色ではない。 造形は荒く、フレームは剥き出しに外骨格なんてどこにも見たりはしない。 各部を動作させるポンプらしきものの動きが、まるで人体の心臓のように脈動している常態すら見えるのは、欠点をむき出しにした欠陥品その物。 簡潔に言えば人体模型の赤い側……醜い姿が今の奴である。

 だが、それでも奴は十分だった。

 

「いまの貴様ら程度これで十分だ!!」

「クウラ!」

 

 フレームが、アブソーバーが、サーボモーターが。 全てが赤熱すれば奴の身体が動き出す。 人体模型の様なからだで襲い掛かる奴を、なんの恐怖もなく見透かせばなのはの杖が唸る。

 

「バスター!!」

「猪口才な!」

 

 至近距離から放たれた砲撃を、右腕を振るうだけで軌道を捻じ曲げて見せるクウラ。 あまりにも強引で、でも、どこかで見たことがあるのは言うまでもないだろう。 戦士たちなら、やってやれない芸当だと冷静に処理したなのはは次の手に出る。

 

「はぁぁあああッ!」

 

 杖を振り、奴へ物理的攻撃を試みる。

 離れるということは後ろに向かって飛ぶことを意味する。 その壱動作を無駄にする行為は、こと速度比で負けている現状では得策ではない。 なのはの肉弾戦が始まる。

 

「馬鹿め、そんな攻撃が効くか!」

「だあッ」

 

 右手に持った杖を横に振り払う。 左から右へ、先端のとがったレイジングハートがクウラのボディーに火花を散らせば、だが奴の動きが収まることはない。 乱雑に編まれた右腕のケーブルが脈動すると、奴の手のひらにエネルギーが蓄積されていく。

 それを持ち上げ、一気に振り落とせば奴の攻撃が始まる。

 

「死ね!」

「ぐぅぅ!?」

 

 なのはの左手がクウラの攻撃を弾く。

 攻撃した側が何事かと目を凝らすでもなく、彼女の手のひらに桃色の光りを確認するなり障壁の類いと認識。 ならば、それがないところを狙うまでだと今度は逆の手を彼女に迫らせる。

 唸る左腕のブロー。

 風を切り、鋼鉄をも粉砕させる攻撃がなのはの右頬までに迫る。

 

「――――ッ」

「なに?」

 

 脚を曲げ一気に脱力。 そのせいで顔の位置が15センチほど下に沈むと、その上を奴の左腕が通過する。 同時――

 

「フゥゥゥ」

 

 一歩、左足が奴に踏み込む。

 全身が凶器だろうと、近づかなければ攻撃は当たらない。 言わんばかりの進撃の刹那、なのはの両腕は右側へと動く。 右が外、左が内。 左ひじを相手に魅せるその構えはフルスイングのソレだ。

 弓矢が射られる前運動のように、極限まで全身を引き寄せると、レイジングハートが輝きを噴出させる。

 

「いっけぇええッ!!」

「ぐぉっ!?」

 

 奴の胴体に桃色の斬撃が走る。

 

「ば、かな!」

「まず、一撃目」

 

 横一線に切られたクウラの胴体。 ワイヤーが蠢けば、まるでイモムシかミミズののた打ち回り、お互いを強く結びつけようと絡み合う。 生理的嫌悪感を湧き出させるには十分な醜悪さを見せつける中、奴はなのはと距離を取る。

 

 ……そう、クロスからミドルレンジへと離れる。

 

「ここ!」

「させるか!」

 

 右手を――杖を!

 

 お互いに射撃体勢に入ると光を一気に噴出。

 なのはのディバインバスターが唸り、クウラのエネルギー弾が轟く。 要塞の内部が激しく発光し、凄まじいほどの振動が行き渡れば両者の力は拮抗状態に入る。 ……やや、なのはが押され気味ではあるが。

 

「ぐぅぅ!!」

「此処までよく頑張ったと言ってやろう……」

 

 要塞内の壁が光りだす。

 それはスクリーンというよりは網目状と言えるだろうか。 何かを供給しているような脈動は収まることが無い。 なにか、この期に及んで仕掛けてくるのだろう。 なのははさらに杖に魔力を叩き込む。

 奴の思い通りに事を進めさせないために。

 

 しかしそんなことなど判り切っているクウラも、事の進展を急ぐ。

 壁を伝い、やがて先ほどの攻撃で飛び出たワイヤーがクウラに絡みつくと……

 

「ウォォオオオ!」

「そ、そんな!?」

 

 クウラの身体に力が満ちていく。

 競り合いが徐々に不利になっていくなのは。 彼女のバスターがクウラのエネルギー弾に呑み込まれていき、攻撃が自身に跳ね返ろうと暴れ出す。 魔力が、自身のコントロールを離れようとする。

 

「だがこれまでだ!」

「うぅぅぅッ!!」

 

 必死に、自身の力をコントロールしていくなのは。 彼女が杖を強く握れば、その石に答えようと相棒が輝く。 あきらめるな、何のために今まで辛い思いをしてきたのか忘れたか? ……聞こえてくる声は幻聴だったかもしれない、けど、其れは確かに彼女に力を与えていく。

 

「あきらめない……絶対に!!」

「往生際が悪い!」

「ぐぅぅぅううう!!」

 

 それでも届かない領域はある。

 残酷にも告げるクウラの強すぎる攻撃に、なのはの身体が後退を余儀なくされる。 迫る攻撃、今にも弾き飛ばされる身体。 もう、踏ん張りが利かなくなるそのときは近い。 ……一人じゃ、奴に勝てない。

 

 ――――なら。

 

「なのは!」

「なに!!?」

 

 ふたりでなら届くはず。

 駆けぬけるは疾風迅雷の如く。 黄色い閃光がなのはを通り過ぎれば、クウラのエネルギー弾すら通り過ぎやがては本体にたどり着く。 相手はあのクウラ、しかし今はなのはとの射撃戦で手が離せない。

 出来上がった圧倒的な隙など逃すはずもなく、フェイトはバルディッシュを振り下ろす。

 

「せい!!」

「こ、の……!」

 

 防がれた、斬撃。

 それでも奴の注意を逸らすことには成功した。 クウラはエネルギーの放出をやめると数歩、さらになのはから距離を離す。

 

「行っけぇ――!!」

「いい加減――ッ」

 

 目障りななのはの攻撃を、今度こそ強引にねじ伏せる。

 同時、もう片方の小娘を左脚で蹴り上げ、武器を上に持ち上げさせれば膝を胸元までひきつける。 瞬間、フェイトの空いた懐へ戻した脚をすかさず入れる。 遠くへ吹き飛び、塵芥を撒き散らさせると片腕を上げ、忌々しさを込めながら目を鋭くさせていき……

 

「消えろ!」

「――ッ!」

 

 彼女を爆炎に包む。

 先ほど見たシグナムへと同じ攻撃だろう。 威力は察しの通り、弱くなっているものの、それでも魔導師レベルならば十分に落とせるレベルだ。 しかもフェイトの装甲は嫌でも薄い。 高速戦闘特化の代償として削ぎ落した防御は、果たして界王手製の道着よりも固いのだろうか?

 それほどに、薄っぺらな彼女のバリアジャケットに……直撃させる訳にはいかないだろう。

 

「……あ、あぶない」

「ありがとうなのは」

「ちっ……邪魔が入ったか」

 

 だからこそ、桃色の障壁が彼女を包んでいた。

 即座に駆けつけたなのはによって甚大な被害を免れたフェイト。 それを見て舌打ちひとつ、憎しみを増やすクウラは片手を持ち上げていた。

 

「これはどうだ」

「くッ!」

 

 気功波が障壁にぶち当たる。

 あまりにも早く、威力の強い攻撃。 だけど力を上げたなのはのプロテクションを崩すまでにはいかないようで。 内心安堵しつつ、奴へ視線を戻し反撃の糸口を模索――

 

「――」

「ぐぅぅ!?」

 

 もう、二発。

 即座に撃たれた連撃はさすがに捉えることが出来た。 力を集中し障壁を維持させたなのはは……信じられないモノを見た。

 

 雨、あられのエネルギー弾。

 つい先ほど見たような気がするのは気のせいではないだろう。 其れはとある王子の得意技。 はた目から見ていればすごいの一言だが、喰らう側からすればここまで絶望的なものはない。 先ほど何とか防いで見せた攻撃が途切れなくやってくるのだ。 さしずめ、ボクサーのジャブを喰らい続けるかの状態は、彼女から反撃の機会を消失させる。

 

「ど、どうすれば……」

 

 それでもチャンスを待つ。

 どんなにダメで、絶望的でも必ず反撃の光明はあるはずだから。 いまはただ、そのときを待つばかり。

 なのはは手に持った相棒を信じてひたすら魔力を結界に振り込んでいく。

 

だが。

 

「いい加減終わりにさせてもらおうか!」

「きゃああ!!」

 

 だが――

 

「消えろ!!」

「ああああああっ!」

 

 出来ないモノは、出来ない。

 

 クウラの連続エネルギー弾を喰らい続けること86連射。 遂に破られた障壁はそのまま気弾を素通りさせてしまう。 容赦なく爆撃を喰らうなのはたち。 彼女らは遠くへ飛ばされ、遂には壁に叩きつけられてしまう。

 

 全身に襲い掛かる痛みが今起きた攻撃のダメージ具合を教えてくる。

 叩きつけられたせいか背中を強打し、若干の呼吸の乱れ。 バリアジャケットはところどころが破け、スカートには長いスリットが出来上がってしまっている。 さらにレイジングハートもいたるところが砕け、新品同様だった先ほどまでとは比べ物にならない程度に煤を被っている。

 

 ……このダメージの差は、おそらくだが。

 

「ごめんねレイジングハート……かばってくれたんだね」

[…………]

 

 機械音だけで答える相棒に、自身が情けなくなってくる。 今までの努力と特訓はどうした? 投げかける自身の言葉は、どうやっても答えることが出来なくて。

 

「さぁ、終わりにしてくれる」

『うぐっ』

 

 転がる先でワイヤーに絡め取られていく。

 腕を、足を、胴体を。 這いより、絡みつき、やがて締め上げていく。 遂には地上から離され空中ではりつけにされる彼女たち。 身体の自由を失い、徐々に呼吸も困難になっていくのは胸を圧迫されているからだろう。

 ……終わりの時が近い。

 

「くくっ……良い眺めだ貴様ら」

「くう……らぁ」

「おわれない……こんなところで……」

 

 苦し紛れの叫びもできず、ワイヤーが全身を蝕んでいく。 食い込む皮膚が途轍もない痛みを引き起こし、彼女たちに生きる希望を断たせる。 ……さっさとあきらめろ。 奴が視線で語ると。

 

『ぐあああぁあぁああぁぁあぁああああッ!!!!』

 

 痛みが全身を引き裂いていく。

 床に鮮血が走ると、彼女たちの声が天井に響き渡る。 その姿を眺めながらどこか勝利に現を抜かすクウラは手のひらを向ける。

 

「選べ」

「……ぐぅぅ」

「な、にを……」

 

 唸るフェイト。 問い返すなのは。 差はあれど、おそらくバリアジャケットの硬度でダメージの度合いに若干の開きがあるのだろう。 故に、まだ気迫のあるなのはがクウラを睨む。

 その、反応がおかしかったのだろう。 クウラから好色な声が出る。

 

「このまま窒息か、絞殺されるか……このオレに焼き殺されるかを選ばせてやる」

「…………」

 

 どことなくたのしそうにしているところがこいつが悪魔と呼ばれる由縁だろうか。 いいや、この兄にしてはサービスに富んだ選択肢なのかもしれない。 弟ならばいざ知らず。 戦い、即座に処刑することを主にするこの人物には考えられない余興だろう。

 ……孫悟空を討ち取った。 その事実が奴から冷徹さを若干消していたのが大きいだろう。

 

 ……それが、油断だということを何度経験すれば気が済むのだろうか。

 

「――――――なにッ」

 

 空間が戦慄く。

 要塞が爆音に包まれると、震度7強の地響きが襲い掛かってくる。 災害レベルの衝撃にさしものクウラも視線を動かし周囲を見渡す。 ……戦えるのはこの二人だけだったはずだ。 当然の疑問に、しかし答えるモノはどこにもおらず。

 

 ―――ただただ天井が吹き飛ばされていくのを見ているしかできなかった。

 

 鋼鉄だ、クウラと同じ材質の装甲だ。 なのはの、エクセリオンバスターでようやく突破できた代物だ。 なのにどうしてこのような大惨事を引き起こすことが出来たのだろうか。

 訳が分からず、しかし一つだけ思い当たる節をすぐに見つける。

 

「……あの餓鬼」

 

 そうだ、クウラにとっていままで邪魔以外何でもなかった……宿主。

 騎士たちを中心にただ微笑んでいるしかできなかった能無し。 力をその身に宿しているのは闇の書を通じて知ってはいたが、しかしどう考えても戦いには不向きなどうしようもないガキであった。 そんな彼女が、まさか……クウラは即座にその考えを切り捨てる。 だが……

 

「なのはちゃん、フェイトちゃん!」

『はやて(ちゃん)……!』

「まさかアイツ」

 

 その、まさかの事態が起きていた。

 身体をどこかで見たことのある装飾で着飾れば、背中には黒く巨大な翼が6枚生え、その手にはなじみ深い魔本が握られている。 どう考えても戦いに身を落とした格好に、クウラは忌々しげに視線を向ける。

 

「いまのは貴様が」

「……」

 

 無言のまま、時が過ぎる。

 それを肯定だと受け取ると、クウラは片手をはやてに向ける。 天上に浮かぶ堕天使を引きずり落とすために。

 

「――――!」

 

 衝撃が彼女を襲う。 例の気合砲だとわかるのはこの場にいる面子だけだ。 戦士が良く使う理不尽な攻撃方法に、障壁も広げることができないまま、はやては翼を羽ばたかせるだけ。

 なんとか姿勢を維持し、今のを凌いだだけだ。 彼女に次はない。

 

「貴様もこのオレの養分になってもらう!」

「もう取り込まれんのはコリゴリや!」

 

 ――――そう思っていたのはクウラだけだ。 儚い雰囲気を既に捨て去ったはやてに、弱い姿は影も形も残っていない。 力強く掲げられた手のひらから、大量のナイフが召喚される。 それは深紅に濡れた魔力刃……いつか見た凶刃の弾幕を前に、さしものクウラも目を細める。

 

「いけ!」

「させるか!」

 

 開戦と同時にお互いの武器が飛び交う。 クウラはワイヤーと鉄板を乱舞し、はやてはひたすらにナイフの射出と召喚を繰りかえす。 見ようによっては拮抗しているのだろうが、何分このあとを考えるとはやてには少々きついモノがある。

 彼女は、それを証明するかのように少し息を荒げる。

 

「どうした? もう疲れが見え始めてるぞ」

「――くっ!」

 

 スタミナの限界値に、やはり大きな差がある。

 出力の値は同調による増幅現象で補えても、その源たる魔力量だけは何ともしがたい。 真冬の空をライターで暖かくするような物。 大きすぎる要塞を相手に、長期戦は完全に不利なのだ。

 

 それは、先の戦いでなのはたちも理解が及んだばかりだ。

 

 ならば、どうすればいいか?

 

 

「はやてちゃん!」

「いま、隙を作るから!」

 

 先ほどの衝撃波で身体の自由が戻ったのだろう。

 なのはが砲門を上げ、フェイトが刀身に稲妻を迸らせる。 なのはが足を踏ん張ればフェイトが翼を広げ、今やらなくてはいけないことに向かって全力を振り絞る。 与えてくれた力は有限だ、いま、出来ることをやり尽くさなければ待つのは後悔だけ。

 偉大なる先人に叩き込まれた最後のあがきに、少女達は全身全霊を尽くそうと立ち上がる。

 

「貴様らサル擬きがいくらあつまろうとも――」

 

 クウラの目が鮮血に染まる。 否、そう見えただけであって、実際は配線やらフィルターやらが誤作動で目元を覆ったに過ぎない。 それでも標的を逃さないのは、奴が既に生物としての在り方を忘れつつあるからだ。

 

 腕とも柱ともつかないモノを振り回しながら、近くへ寄ってきたフェイトを叩き落とそうとする――――

 

―――――――斬ッ!!

 

 鋼鉄の片腕が瞬時に切り落とされる。 あまりの呆気なさに自身の出来の悪さに苛立ち、歯茎の無い口を盛大に歪ませる。 滲みる鮮血は何のオイルだろう? クウラは機械音をガリガリと響かせながら、左足ともワイヤーの集まりともつかないモノを振り回す……

 

…………………轟ッ!!!

 

 多積層を借り組で継ぎ接ぎしたモノが溶解した。 呆気ないにもほどがある消失に、声にならない声を出したつもりのクウラはここで怒りを沸点にまで上げてしまった。 もう、名前の通りにはいかない自身の心の内をどうすることもできず、奴は残った腕を組みかえていく。

 

 急造、突貫工事もいいところな出鱈目さ。 強度計算は素材の質で誤魔化し、威力の増加はただ砲門を大きくして終わり。 雑な作業工程を数秒で終わらせ、奴は赤くなった目に少女達を映す。 ……標的は、奴だ。

 

「タカマチ……ナノハァァ!!」

「負けない、絶対!!」

 

 獣の咆哮が上がれば、機械たちが赤熱していく。 ゴウンとクウラの中身が回転すれば、その分だけエネルギーを砲門へ集中していく。

 

 少女の戦哮が響けば、レイジングハート・エクセリオンを中心に周囲から光をかき集める。 いままでのバスターとは比べ物にならない量のそれは、数か月前に見た、サイヤ人さえも唸らせた必殺の星光。

 

 其れは、戦士の必殺技に酷似していて。

 だけどこれは、彼女が自身の全開を自らの手で開闢した結果だ。

 

 少女が考え、青年が発展させていった最強の光り。 それを今、ようやく撃つ時が来た。

 

「消してやる……消してやる消してやる――貴様ら如きに、負けるはずがないんだ!!」

 

 クウラの咆哮は過激さを増し、その砲門には太陽が如く灼熱の閃光が出来上がっていた。 大きさにして50メートル大のそれを、奴はなのはたちを眼下に収めながらさらに大きくしていく。

 ……あれを、放たれればすべてが終わりだ。 ……それを受け止めきれるものは地上でたった一人の筈なのだ。

 

 わかっている、そんなこと。 だから彼女はより一層の力を杖に込めていく。

 

 輝く光は、今までこの戦場を飛び交って行った魔法から散っていった魔力素たち。

なのはのバスター。

フェイトの斬撃。

はやての広域魔法。

そこからあぶれたちいさな其れは、何の力も持たぬ儚いひかりだ。 でも、それは確かに輝いていて。 小さな光を集め、やがて強大無比な光へと変えていく少女は、その身に似合わぬ極大の星光を頭上へ掲げる。

 

「全力、全開ッ」

「ウォォオオオオオッ!!」

 

 力を溜め終え、後はトリガーを引くだけ。

 心も、身体も既に限界に近い。 それにどうせこれをしくじれば世界が終わる。 後戻りのできないいまを、彼女はいま全力で――――

 

「スターライト……ブレイカー!!!!」

「死ぃぃいいいいいいいねぇぇええぇぇえッッ!!」

 

 駆けぬける。

 激しくぶつかり合う破滅の光たち。 そのときの衝撃波が逃げ場を求め、この要塞を容赦なく破壊せしめて見せる。 崩れゆく足場も関係なく、彼女たちは己がちからをぶつけ合う。

 

「ぐぅぅううっ」

 

 …………押される。 高町なのはの、全身全霊をかけたスターライトが後退を余儀なくされる。

 力はこれ以上込められない。 すべてを賭けた一撃にこれ以上はありえない。

 ならどうする……どうしろというのか。

 

「なのは!」

 

 ……だったら、他の誰かが力を貸せばいい。

 駆けつけたのは金色の少女。 手に携えたバルディッシュ・ザンバーを一層大きく伸長させ、その身に雷電を轟かせれば、崩れゆく要塞に激震を走らせる。 

 

「雷光一閃――プラズマザンバー……」

 

煌めく刃をその手に――彼女はいま、一振りの刀へと相成った。 ……その、なのはをはさんで向こう側に、黒き翼が降り立つのを確認しながら。

 

「いま、行くで!」

 

 手に携える魔本はそのページを自動で進めていく。 今現在、自身の主が一番欲する力を提示するために。

 知りたいのは奴を上回る最大の攻撃。 この、暗雲に終焉をもたらす極大の力。 儚さを捨てた少女は今、初めて何かを壊す力を求めて……

 

「ラグナロク――」

 

 その、力を。

 

『ブレイカー――――!!』

 

 撃ちだす。

 なのはと同軸射線で放たれた二人の攻撃は、正に支えるかのようにスターライトの光りを追い、クウラの攻撃を押しとどめる。 桃色の砲撃と金色の雷刃、さらには白き破滅がクウラを襲い掛かる。

 だが。

 

「甘い! この程度でオレを斃せるわけがない!」

『くっ!』

 

 奴には決して届かない。

 恐ろしいまでの攻撃力に、なのはもフェイトも、そしてはやてですら太刀打ちが出来ずにいる。 もう、これ以上の力はどうやっても持ってこれない。

 

「おまえたちは、ここで今! 殺されるんだぁああ!!」

[――――!?]

「れ、レイジングハート!!」

 

 今まで、良くもったと言うべきだろう。 なのはの手にある相棒に、一筋の亀裂が走る。 今まで、相当の酷使を続けてきたそれは、この大威力のスターライトの反動に耐えきれていない。 もう、自滅するのが目に見えている。

 

[…………]

「頑張って、レイジングハート!」

 

 まだ、あきらめるわけにはいかない。 高町なのはの目は死んでいないし、心の炎は燃え尽きていない。 戦える……まだ、悪が目の前にいるのだ、倒れるわけにはいかない。

 必死に歯を食いしばり、出力を維持し続けるなのはに……電子音がささやく。

 

 

[All right]

 

 

 …………大丈夫です。 相棒は答える。

 今もなおフレームの至る所を損傷させながら、自身の無事を訴える。 ……いいや、違う。

 

[You can win. So please don’t give up!!(勝てます。 だからあきらめないでください!!)]

 

 自身の方が傷付いているはずなのに、それでも主人を激励する。

 ソレは語る。 今まで、主人がいかに強くなるために頑張ってきたかを、自分はずっと見てきたのだと。

 

[――It’s so, you don’t discount(そうだ、貴方たちは負けない)]

「バルディッシュ……」

 

 今までの苦労も努力も、全部自分たちは知っている。

 語る黒い相棒に、胸の中が熱くなる。 そうだ、彼等は全部見ていたのだ。 少女達が、今までどれほどに苦労を重ね、その身体を研鑽してきたかを。 全てはこの時のため、持てる力は出し尽くさなければならない。

 

 だから彼女たちは、最後の一押しをする。

 

[…………]

 

 相棒たちが、輝く。

 その中にある、最後の切り札を彼女たちは提示する。 もう、誰もがその存在を忘れていた。 あるのだ、それのなかには奇跡の願いを聞こうとする宝石の存在を。 願いを叶えるのは、何も彼世界にある奇跡の球だけではない。 見せる時だ、今まで迷惑しか被らせず、たった一人の戦士にしか恩恵を与えてこなかった、その力を。

 

「これ……」

「ジュエルシード?」

 

 青い光は、彼の業に似た輝きだ。 それだけで心の中で何かが疼くのに、彼女たちに、更なる奇跡が舞い降りる。 願い、叶えたまえ魔性の宝石よ。 今この時だけ、貴方の力を貸してほしい。

 

 相棒たちの願いは今、その純真なる言葉はこの時、確かに天へ届いた。

 

 

 

 

 

――――――どうしたおめぇ達、こんなもんじゃねえだろ。

 

 

 

 

 

『…………え?』

 

 聞こえてきたのは独特の方言を交えた、力強い声だった。

 ふがいない自分たちを、責めることなくただ、後ろから押し出すような声。 行け、進むんだこの先を。 未来を閉ざす暗雲すら切り裂いて、遠い世界より男の声が彼女たちに届いた。

 

【…………】

 

 山吹色が、彼女たちの前へ降り立つ。

 その眼は黒曜石のように黒く、揺れる髪の毛はどこまでの自由に伸ばされていて、彼の息様を表していた。 姿も、声も、何より雰囲気もが彼女たちの知る人物と一致すれば、自然、声が漏れてしまう。

 

「ご、悟空……くん?」

 

 其れは追い求めた彼だった。 それは、消えてしまった者だった。

 

「き、貴様どうして――!?」

【…………】

 

 クウラの問いに、しかし彼は答えない。

 その拳を握りしめ、黒い瞳を一層鋭く輝かせる。 全身の細胞が激しく叫びを上げれば、彼の身体が黄金に光り輝いていく。

 

【かぁ】

 

 腰を落とし、その手は懐へと仕舞い込んでいく。

 

【めぇ】

 

 深く吸い込んだ息はこの世のすべての力を取り入れるかのよう。

 

【はぁ】

 

 丸めた背中は己がちからを極限まで高めるため。

 

【めぇ】

 

 黄金の身体が、蒼い力で輝くと、彼の視線はクウラを射抜く。 その先にある、暗闇を祓わんがために今――孫悟空は力を解き放つ。

 

【波ぁぁああ!!】

「ぐっ?!」

 

 一気に押し返されるクウラの熱線。 絶望を希望に変える一撃は、正に闇を祓うかのようだ。 だが。

 

「……くく」

「ご、悟空くん……?」

【…………】

 

 クウラまであともう僅か、8割ほど押し返したところでかめはめ波の威力が収まってしまう。 徐々に消えそうになるそれをみて、クウラが余裕の笑みを見せる。 そうだ、こんなことはありえないのだ。

 

「やはりそうか、どういう理屈かしらんがそこにいるサイヤ人は……マヤカシだ!」

「!?」

「先ほどから戦闘力も感知できない、何よりアイツはもう死んだ! このオレが殺してやったのだからな!!」

【…………】

 

 勝ち誇るクウラはそのまま勢いを取り戻していく。 劣勢だった砲撃の打ち合いも、徐々に元の均衡を取り戻しつつある。

 

「いまのはそいつの姿を見てこのオレが動揺したにすぎん! 一瞬の油断だ……だが次はもうない!」

『ぐぅぅっ!!?』

 

 押される。

 ようやく押し返した砲撃がその勢いをなのはたちに向けて逆流してくる。 迫り来る太陽よりも熱き波動。 じりじりと迫るそれが、なのは達のバリアジャケットを焼く。

 汗が噴き出て、視界は既に揺れ動き始めている。 体力も、魔力も、ここ数分の間に一気に使い果たそうとしていた。 もう、本当に後がない。

 

「……ダメ、なの……?」

「ここまで……なんて」

「あきらめとうない……でも」

 

 出せない力は、もう、どうしようもない。

 少女達が敗北を悟った瞬間だ。 敵は強大で、そもそも自分たちが相手取るには力量差が開き過ぎていたのだ。 敵うはずが、なかったのだ。 もとより只の小学生が宇宙の帝王に歯向かうこと自体が間違いで、本当ならばもう、自分達の星はこの鋼鉄の男に奪われていたはずなのだ。

 

 それを、ギリギリで防いだ存在も、既に居ない。

 

 いままでも、これからも一緒だと思ったその人は、この世界のどこを探してもいないのだ。

 なら、この世界を守れる存在がいないのは仕方がないのではないか?

 延々と続くかと思われた自問自答に、小さなほころびを見つけてしまえば、そこを逃げ口に少女達の心から希望が消えていく。

 

 その瞳から、輝きすらも消し去りながら。

 

 

 

【何やってんだおめぇ達ッ!!】

 

『ッ?!』

 

 ……聞こえてきた、怒声。

 その声は苛立ちを含んだ、猛々しくも全てを震え上がらせる衝撃。 だが少女達にはわかる、この声が、ただ単なる怒鳴り声ではないということを。

 

【ここでおめぇ達があきらめたら、誰が地球を守るんだ!】

「で、でも!」

【甘えるな! あんな奴くれぇ、おめぇ達がちからを合わせればどうってことねえ、倒せる!】

 

 其れは背中を押す声だ。

 自分たちの、今に折れそうな心を叩き直す一喝であり……チカラを与えてくれる光でもある。

 …………競り合う力の流れが、そこで止まる。

 

【なのは! パワーが足んねえぞ!!】

「――うくっ!」

 

 高町なのはのバリアジャケットが、その構成を少しづつ解いていく。 小さな光の粒がレイジングハートに伝われば、その分の魔力を増幅し、さらに砲撃の威力を底上げする。

 

【フェイト、腰に力が入ってねえ! あんな奴に負けていいのか!?】

「うぅぅぅッ!!」

 

 フェイト・テスタロッサの身体中を流れる魔力が、その回転をさらに引き上げられていく。 細胞の電気信号すらも力に変換し、自身の斬撃へと上乗せしていく。

 

【はやて、怯えるな! おめぇの横には心強い味方が二人もいるのを忘れんな!!】

「……う、うぅ!!」

 

 八神はやてが翼を散らせていく。 飛行魔法すらカットしようかという彼女は、全ての魔力をこの一撃へと注ぎ込む。

 

【まだだ! まだ足りねえ!!】

『ぐぅぅぅぅううううううッ』

 

 そうだ、自分達はまだ出来ることを全てやっていない。

 中途半端に足を進めて、少し目のまえが暗くなっただけで足踏みしていたに過ぎない。 ……そうだ、この程度の暗闇など、いちいち怯えて竦む必要すらない。 彼女たちは、歯を食いしばる。

 

【全部を出しきれ! ここでおめえ達が負ければ、この星はあんな奴の好き勝手にされるんだぞ?! シロウにキョウヤ、すずかにアリサ……みんな殺されるんだぞ! それでもいいのか!!】

 

 食いしばる歯茎から、血がにじむ。

 ガチガチと今にも砕けそうなほどに震わせ、それでも必死になって食いしばるのは弱い自分に負けたくないから。

 もう楽になりたいとか、此処までよくやったとか、そんな称賛はいらなくて。

 

【オラが居ねぇと…………守れねぇんか!?】

『……ッ!!』

 

 その言葉を言われたとき、彼女たちはついに思い知る……自分たちが、どれほどに彼へ甘えていたかを。

 

 彼が居れば、きっとどうにかなる。 それは裏を返せば彼が居なければ何もできないことと同義だ。 いつしか、そんな隠れた方程式が出来上がってしまい“彼を手伝うことを前提とした”努力を自分たちはしてきてしまったのだ。

 

 それが、どんなに甘いかも考えないで。

 

「――――守れる、から」

 

 だから……これからは。

 

「……わたしも、もう……あの頃のわたしじゃないよ、悟空」

 

 この日から自分たちは……

 

「そうや、わたしたちもがんばらな……あかん」

 

 自分の足で、歩かなくてはならないのだ。

 

 戦士が叫びをあげた途端、少女達の身体から痛みが消えて行った。 ……それは怯えを克服した、彼女たちの心の強さ。 そうだ、いちいち怯えているわけにはいかない。 例え、この世界を喰らい尽くす悪魔が相手だろうと。

 

 なのはがレイジングハートに、最後の指示を飛ばす。

 

「もう、一回……おねがい、無茶だけど……これで最後だから」

[…………]

 

 光を発するだけで答えたソレは、既に限界を超えていて。

 この一撃を放ってしまえばどうなるかなんて、火を見るよりも明らかだ。 だけど、それでもなのはが言う。

 

「行くよ、レイジングハート!!」

 

 最後の輝きが、少女達を包み込む。 もう、彼の幻影はどこにもいない。 まるで最初からいなかったように、役目を、終えたと言わんばかりに……だ。 だから、ここからは少女達だけの戦いだ。

 既に限界すら超えたこの身体で、それでもクウラへ最後の攻撃を敢行する。

 

「はぁぁああぁぁあぁあああぁぁぁああああああッ!!!!」

 

 少女達を包む光が一気に膨れ上がる。 もう、これ以上は無いと思った力が、ここにきて爆発するかのように溢れ出す。 その力が一気にクウラへと伸びれば、再び奴を劣勢に突き落としていく。

 

 競り合いが、いま、確かにその近郊を崩したのだ。

 

「行って! なのな!!」

「なのはちゃん!!」

「――――ッ!」

 

 高町なのはが、くるぶしから生やした光の翼をはためかせる。 どこまでも大きく広げられ、何よりも壮大に羽ばたいた翼は、彼女へ最後の攻撃を授ける。

 

「行け……」

「な、なんだと、なぜまだ押し返される――!?」

 

 それにクウラは気が付いていない。

 先ほどの幻覚を、一時の物だと……何かの間違いだと否定したのは正解だったのだろう。 ……機械的には。 だが、クウラよ、お前はひとつ忘れていることがある。

 

「いけ……ッ」

「ば、馬鹿な……押し返せない!?」

 

 人と人とがちからを合わせた時、その力はただ単純な足し算を超えてしまうことを。

 機会だからこそ見誤ったクウラは、スターライトの光りを全身から解き放つ少女を睨みつける。 この、目障りな餓鬼を始末して、早く宇宙の皇帝の座に返り咲くのだ、ならばこんなところで油を売るわけにはいかない。

 三つの光りを、その砲身で受け止めながら、奴は次の攻撃を構築する準備に写る。 砲台が一本だと誰が決めた? それは、あいつ等が勝手に思い込んだだけの事。 ……勝負はいつでも盛り返すことが出来たのだ。

 しかし、だ。

 

「いま、殺してやるぞ地球人」

 

 そして……

 

「―――――――――――――――これで、終わり!」

「なに!!?」

 

 高町なのはが、あの青年からもらった物がどれほどに大きかったかを。 奴は知らなかった。

 

 スターライトの輝きを全身で発しながら、彼女は確かに砲撃の向こうにいたはずだ。 だが声が聞こえてきたのは至近距離。 いったいどこに……? 焦りを禁じ得ないクウラは、しかし、その答えをすぐに見つける。

 

「……レイジングハート、モード……ACS」

「ばかな、ばかな馬鹿な――――こんなことがあるわけが……」

 

 目の前には黄金の銃口がこちらを向いていた。

 先ほどまで確かに砲撃の向こうにいた少女が、何の前触れもなく、いま、“その光がぶつかり合う攻撃の渦中”から這い出てきたのだ。

 

 激流をその身で浴びながら、

 

「この攻撃を掻い潜るどころか、突き進んでくるだと――――ギッ?!」

「捕まえ、た……」

 

 ガキョリと音を立てて、クウラの額に銃口をめり込ませる。 砕かれる強固な装甲から覗く、繊細な機械部品たち。 そこを見下ろせば、高町なのはが物静かに語る。

 

「さっき言ってたよね……貴方がバックアップだって」

「や、やめろ……オレを殺せばこの要塞ごと――」

「ブレイク……………………」

 

 撃ち貫いた砲身が眩く輝きだす。 最後の最後に残された、力を一気に振り絞る。

 息を吸い、弱り切った身体に酸素を行き渡らせる。 ……視線を鋭くして、杖を握りしめて今、高町なのはは最後の呪文を叫ぶ。

 

「シュゥゥゥゥーートッ!!」

「ぎぃぃぃぃぃあぁぁああぁあああアアッ!!!!」

 

 桃色の極光が…………クウラの最後を作り出す。

 

 ……奴の、全てをかき消していく。

 

「なのは、捕まって!」

「――――」

 

 次いで飛んでくる黒い少女。 クウラが昨日を停止して、その身体を全て失ったからこそ、いままで均衡を保っていた砲撃が、今まで空らの元へ飛んできたのだ。 それを、衝突寸前で横からかっさらったフェイトは――宙でふらつく。

 

「なのはちゃん、フェイトちゃん!」

 

 八神はやてが自身の周りに魔法陣を敷く。 白く輝く幾何学化の模様が、ゆっくりと回転していくと、淡い光を放ちだす。

 

「転送するからはやく!」

 

 打ち合いをしていた地点で待っているはやて。 彼女の魔力も既に限界だ、いつこの魔法が消えても不思議ではない。 けど、そんな甘えたことを言っている場合でもないのだ。

 

「この要塞が崩れる前に、早く!」

「――――ッ」

 

 既に浮遊に支障が出たクウラの居た要塞。 壁面は跡形もなく、動力源だって吹き飛んでしまった。 そして、それを再生することなど制御装置を失った今では出来ようはずもなく。

 この船は、地表に向かって落ちていく。

 

 しかし、だ。

 

「でも、どうしよう……」

 

 高町なのはは、己が状況を理解する。

 身体に掛かる浮遊感は、何も今現在空を飛んでいるからではない。 その場に留まる空間ごと、落下しているからこそ起こる現象だ。 まるでジェットコースターかフリーフォールのような感触を受けながら、事態を冷静に呑みこんでいく。

 

「このままじゃ地上が大変なことに……」

『…………』

「うっ」

「なのは! ……身体の衰弱がひどい……スターライトの反動がデカすぎたんだ」

 

 もう、バリアジャケットが消えかかっている。 普段着姿に戻ろうかという彼女をその手に抱え、フェイトははやてを見る。 同じく頷き、あたりを見渡したはやてがなのはを見る。

 

「なのはちゃん、悪いんやけど先に行っててもらってええ?」

「……え?」

 

 それは、別れの挨拶と同義だ。

 もう、犠牲を強いるのは嫌だと決起したのだ。 でも、その先に待つのはこんな結末。

 

「ダメだよ……もう、悟空くんみたいなこと……」

「…………ごめんなのは」

「ダメだよ……!」

「みんなにはうまく言っといてな?」

「いやだ……やだよ……」

 

 抵抗する力もない。 自身が、ここに残るという選択肢をもぎ取られたまま、彼女ははやてが作る陣の中に連れ込まれる。 あたたかな光がその身を照らして、この空間から消えようとしている。

 友を二人、この場に残したままで。

 

「このままだと下にいるみんな、大変なことになっちゃうから」

「誰かが後片付けせえへんとな……なのはちゃんはいっぱい頑張ったから、先に帰っててな」

「いやだ……やだよぉ……」

 

 もう、二人は手放すというのか。

 この世界を生きる権利を、この先を笑いながら、明るい道を往くことを。

 

 そんなものは、誰もが認めなかった。

 

[……はや…………てきて]

「通信?」

「……だれや?」

 

 

 

 だから彼女たちを、そっと連れ戻すものが居た。

 

 その人物は、彼女たちが最も知る者たちだ。

 

 

 

 

 

 

――――――――同時刻 地上

 

 

「みんな! 全力だ、いいな!」

「応ッ!!」

 

 それは、やはり小さな抵抗だったかもしれない。

 

「力が足りてない……角砂糖を海に落とすようなもんだこんなの!」

「だからってあきらめきれるか! 彼女たちだって死力を尽くしたんだ……俺たちだって!」

 

 些細な、力だったはずだ。

 

「主はやて、どうか早く帰ってきてください」

「はやて! 終わったんならさっさと出て来いよ! このままじゃ……このままじゃ!」

 

 既に残ったわずかな力を、振り絞っているのは少女達だけじゃない。 一兵卒からグレアムのような高官ですら今この時、皆があの残骸を囲んで魔力を繋ぎ合っている

 

「みんな頑張って! この要塞を丸ごと打ち上げるには、魔力がまだ足りない!」

 

 指揮を執るのは、湖の騎士……シャマルだ。

 彼女が自身の扱える最大の魔法はなんだったろうか? 回復、それもそうだが、そもそも孫悟空を一回半殺しにまでさせた手段を、彼女はなにを持って行ったのだろうか。

 

 それは、強力かつ高精度の転移魔法である。

 その力を、どこまでも大きな要塞を相手に使う気なのだ、彼女は。 ただ、それを行うには対象がデカすぎて、シャマルひとりの力では補いきれないという事実が邪魔をする。 だけど、だ。

 

――――俺たちも手伝います!

――――手伝わせてください!

 

 誰からも言われたわけじゃない。 そうすることが、正しいと思ったから、このような声を上げた。 その眼を力強く輝かせ、握った拳をさらに引き締めていた局員たち。 今まで、甘えてきたのはなのはたちだけでなく、それを恥じていたのは彼女たちだけではない。

 この世界を、守るのが自分たちの役目の筈だ。

 

 それを、いままで肩代わりしてきた青年は、自分達を守って散っていった。

 

 ならば、そこから先、この世界を守るのは誰の役目なのか……そんなこと、いちいち言うまでもない。

 

「落下する要塞に向かって“旅の扉”を使います! 座標はそう遠くは無理だけど、真上にくらいならこの人数でもいけます、だから頑張って!」

 

 そう言って、彼等はその腰をようやく上げたのだ。

 彼が護ったこの世界を、たった少しの物量で押しつぶされて堪るかと、深く息を吐き出しながら。

 

「最後の最後の大勝負」

「世界を救える手伝いが出来るんだ、光栄だよな」

「やるだけやって……ダメでも満足、かな?」

「なに言ってんだ! やるんだよ、俺たちは!」

 

 全ての人間が、希望を口にしていた。

 いつかの時、皆が絶望に打ちひしがれていたあの時とは違う。 今この時、自分達を脅かす悪魔が居ようとも、その存在には決して負けない自信がある。 ……だってそうではないか、いま、ここにはこんなにも心強い味方がいるのだから。

 

 魔導師の全員が、魔力を旅の扉に送り込んでいく。

 ひとつ、その力が注ぎこまれれば色を変えていき。

 ひとつ、そのちからが大きくなれば鏡の面積が拡大していく。

 

 映り込む“向こう”の姿は漆黒の世界。 そうだ、シャマルは確かに上にあげると言い出したのだ。 ならば、そこはどこであろうか?

 

 …………宇宙に、他あるまい。

 

どこまでも大きくなる要塞を前にして、皆の呼吸は荒くなるばかりだ。

幾らなんでも、あの大きさを転移魔法で送るには足りないものが多すぎる。 ……時間も、準備も、魔力も。

 

 そんなことは分り切っていたはずだと、誰もが奥歯を食いしばる。 あきらめたくない心が身体を奮わせ、その力を最後の一欠けらまで解き放っていく。

 

「いけ!」

「消えちまえ!」

「俺たちの世界を滅茶苦茶にしやがって! さっさといなくなれ!」

「管理局ナメんな!」

「我らの力もだ!」

 

 鏡像を作り出した旅の扉が、その姿を虹色に輝かせていく。 幾何の思いを込めて、その力を今最大以上に稼働させながら…………要塞を呑み込んでいく。

 

『行けぇぇええ!!』

 

 

――――――――――星の海へ、悪魔の要塞が消えていく。

 

 空気が叫び声を上げる。 烈風吹きすさぶ空に、皆の意識は混濁していく。 この風が要塞の質量が消えたために出来た空間を埋めるモノだと、いったいどれほどの人物が理解できただろうか。

 騎士も、管理局も、皆がごちゃ混ぜになって夜空を見上げる。 既に朝日が差し込もうかという時間帯、闇が一層深くなり、それでも、その先にあるのは光だけだ。 この先に、何ら恐れる者はないと、誰もが信じられるとき。

 

 

 太陽が、昇りはじめる。

 

 皆で掴んだ未来はこんなにも明るい。 眩しすぎて目を隠したくなるが、今はただ、刻み付けておこう。

 

「……やったの……?」

「みんな頑張ったんやね」

「…………ぅ」

 

 その光を地上の片隅で見上げる彼女たちは。

 

『…………………すぅ』

 

 そっと、目蓋を閉じていた。

 

 

 

 

 

 ―――――――時計の短い針が、2週した頃。

 

 ほとんどの皆が、病院に搬送されていた。

 リンディや、プレシアなど、魔力の資質がもともと高い者はその回復力を存分に発揮し、さっさと退院。 今は既に後処理の事務作業に移っている。 今回の片づけは大変だ、なにせ宇宙にはまだ巨大な証拠があるし、その存在を地球の皆様に発見されないようにしなくてはならないのだから。

 

「…………」

 

 高町なのは、彼女も既に退院した身だ。

 

 病院の一室で、身支度をする彼女。 あまりにも短い入院生活にあっさりと別れを告げ、彼女は着替えを詰め込んだバッグをその背に掛ける。 少しだけ見渡した部屋に、なんら未練もなく踵を向けて……歩き出す。

 あれほどの壮絶な戦いも、しかしその身にシュテルを宿していた恩恵か、瞬く間に回復していった彼女。 そんな彼女に、ひとつ、寂しげな声を掛ける者が居た。

 

「オリジナル」

「シュテルちゃん……」

 

 それは、やはり先の戦いでの貢献者である。

 彼女は元々生物ですらない。 故に、魔力さえ集まれば元の健康な身体に戻るのは容易くて。 でも。

 

「……空虚、です」

「……うん」

 

 その心は、いつまでたっても元に戻らない。

 

「あのひとの存在を感じ取れない。 ……あの時、確かにそばにいたのを感じたのに」

「うん」

 

 返事をする声に力があるわけがない。 そして。

 

「……大丈夫なのですか?」

「え? ……ちょっとだめかも」

「……そう、ですか」

 

 力無い返事に、励ます気力がわかない。 いいや、彼女だって気落ちしているのだ。 この反応は仕方がない。 そして。

 

「心もだけど、身体もね……」

「どうかしたのですか?」

「うん。 魔法、使えなくなっちゃった」

「――――え?」

 

 後遺症はやはり大きい。

 砲撃どころか念話すらも行えない我が身。 それは、この年の春先までの自分を思い出させるような無力感だ。 けど。

 

「もう闇の書事件も終わったし、これでいいのかも」

「……オリジナル」

 

 気を取り直し、部屋を出る。

 白い廊下を只歩き、この施設の出口を目指していく。 その後ろに付いていくシュテルは表情を変えず、ただ、なのはの背中を見ることしかできない。

 

 本当に、全てを失ったかのよう。

 彼から教わった戦う術も、いままで自信が身に付けた努力の成果も何もかも。 

 でも勘違いしてはいけないと、シュテルは心の中でささやきかける。 念話の使えないなのはに、それでも聞こえてくれと念じながら。

 そんな彼女たちを前にして、一陣の風が吹き抜ける。

 

「――――あいた!」

「?」

 

 いいや、其れは風邪などという涼しいモノではなかった。

 なのはの脇を通り過ぎようとしたのだろう、右肘にぶつかり、それでも通り過ぎているソレはなにやらお急ぎの様だ。 なのはに向かって振り返ると、バック走のままで挨拶を――――

 

「ごめんねお姉さんたち、わたしいま急いでるから……あ、れ?」

「……?」

 

 高町なのはは、おもわず首をかしげた。

 あの“少女”はなにをいっているのか。 急ぐ先は大体見当がついているのだが、それでも今の言葉は看過できない。 果たして“彼女”は自分達にそのような呼び方をしていただろうか?

 なのはは、訝しげな視線で目の前の金髪の少女に声をかける。

 

「なんだ。 ――て、そんなに急いでどうしたの? フェイトちゃん」

 

 両サイドで結んだ、長い金髪の少女が其処に居た。

 彼女も同じ病院で、同じような生活をしていたはずだ。 もしかしたら動けるようになったから、母親の元へ向かっているのかもしれない。 せっかく奇跡が起きたあの身体を、夢ではないかと確認しに行ったのかもしれない。

 

 サファイアのように青い瞳を輝かせている彼女をみて、……やはりなのはは首をかしげる。

 

「フェイト、ちゃんだよね?」

「オリジナル? どうしたのですかそのような事。 あれがレヴィにでも見えるのでしたら、再入院をお勧めします」

「ううん、そうじゃなくて」

 

 其れきり、なのはの中で何かがかみ合わないまま止まってしまう。 何かがおかしい、何かが起きている。 せっかく事件が終わったのもつかの間、彼女たちの前にどうやら更なる問題が放り投げられていく様で。

 

「あら、なのはちゃんもう身体大丈夫なの?」

 

 背後にある、奥の病室から出てくるのは、黒いシャツの私服に白い白衣を付けたままの魔女。 いまは只の母親へと鳴りを潜めた彼女は、今日だけは本当に只の女である。 妖艶さも、怪しさもない彼女は、微笑みをなのはに向けてあげる。

 その後ろで、金色のシッポが揺らめいた。

 

「……よかった。 なのは、一番衰弱してたから心配だったよ」

「あ、プレシアさんにフェイトちゃん。 今まで病室に居たんですね」

「うん。 母さんが迎えに来てくれたんだ」

「あ、そっか。 そうだよね…………え?」

 

 ……そうだ、金髪を左右に結んだ彼女が、“プレシアの後ろ”から現れたのだ。 だが今しがたこの少女とは対面したはずだ。 そう思い、何かの間違いだと願いながら、高町なのはが振り返る。

 

「……どうしたの? お姉さん」

「…………あれぇ?」

 

 だがそこには同じ顔が。 ……いいや、よく見ておくのだ高町なのは。

 頭を振り、目蓋を閉じて擦って行き、もう一度開けてやる。 疲れているのだ、彼女は。 そう切り替え、幻影とおさらばしようと視線を向ける。

 

「ねぇ、大丈夫?」

「…………………あ~~」

 

 頭の中がおかしくなりそうだ。 雰囲気からして相手がこちらを騙そうという空気ではないし、そもそもそんなことに益なんて誰にもない。 なら、この現象はなんなのだ? 姿かたちは同じの、雰囲気だけ違うフェイトと同じ顔をした少女を見て、なのはは今度こそ叫ぶ。

 

「プレシアさん、どういうことですか!?」

「なに? この世の終わりみたいな声出して」

「何かの実験なんですよね!? こんなことして、どういう事なんでしょうか……?」

「?」

 

 しかし、だ。 彼女もそれに心当たりはないようで。

 一体何のことだと呟けば、彼女はなのはが視線を行き来している先へと顔をのぞかせる。 ……遂に、覗いてしまったのだ。

 

「…………………………………」

「母さん!?」

 

 無言。

 何もしゃべらなくなった彼女はそこで意識を手放した。 突っ立ったまま、倒れるという行為もしないでだ。 あまりにも器用な気の失い方に近くにいたフェイトが戸惑えば、彼女も同じようにその原因へ顔をのぞかせる。

 

 そして、見たのだ。

 

「あ、久しぶりヤッホー」

「わた、し?」

 

 そこには鏡なんてない。

 だが、そう思わずにはいられないほどに、目の前の人物はフェイト・テスタロッサに酷似していたのだ。 ……何かの悪戯? いいや、その可能性は既にプレシアが叩き折った。

 ……だったらこれはどういうことなのだろうか。

 

「全部終わったみたいだからね、いろいろお話しに来たんだよ――――って、なんでママ気絶してるの? ちょっとママ! しっかりしてよ?」

『…………………どうなってるの』

 

 プレシアをママと呼ぶ少女。

 フェイト・テスタロッサにそっくりな容姿を持った彼女は、一体なにをこれから引き起こすのだろうか。 

 

 

「おにぃちゃんから伝言――って、誰も聞いてないや」

 

 決戦の終わった物語は、しかしまだやり残しがあるようだ。

 




???「やっほー!」

なのは「え? あの、どうなっちゃってるの?」

シュテル「わたしにも理解が。 しかし、事態は悪い方向へ進んでいるわけではなさそうです」

フェイト「とりあえず母さんを病室に運ぼう。 ごめん、みんな手伝って」

二人『あ、はい』

???「さってと、いろいろ驚いちゃうかもなぁ。 でも、今はまだ内緒なんだよ? じゃあ次回!」

山吹色のあの男「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第71話」

銀髪のあの女「生きてる!? 少女が語るもう一つの奇跡」

???「ねぇ、おにぃちゃんたち誰?」

???「まじいなぁ、えらいトコに来ちまった」


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第71話 生きてる?! 少女が語るもう一つの奇跡

 

 

 

 白い部屋があった。 清純潔白、どこを見渡しても汚れがなく、使うモノに健やかな気分を提供する程よい照明器具。 肉体と精神にどこまでも気を遣ったその一室は、時空管理局が保有する病院の一室で在った。

 そこには、先の決戦を終えた局員たちが“極秘裏”に運ばれ、その傷を順次癒している真っ最中である。

 

 しかし、だ。 その中で一人、既に退院可能な人物がベッドをひとつ占拠してしまっていた。 彼女はケガも治り、呼吸器系の持病も奇跡的な回復を見せ、その身体は生気に満ち溢れている……はずだった。

 医者が見て、数時間前とは比べ物にならない程の回復。 ――否、まるで身体が、いいや、細胞自体が時間を逆行したかのような回復具合は、正に若返ったと形容できようか。 ……その発言が、いかに的を射ているかも知らないで。

 

 さて、其れは良いとして問題はベッドの上の人物である。

 まだ、目を覚ます気配無く、それでも健やかな呼吸を繰り返して夢の世界へ埋没していく。 その姿はいつかの恐怖を象徴した悪鬼とは正反対の優しく、仕事に疲れただけの母親のようにしか見えない。 ……それを見た少女は、しかし優しい顔にはなれなくて。

 

「……」

「ふーん、ふふん」

 

 鼻歌がひとつ空を飛ぶ。 部屋に響くそれが、そこにいる人物たちの耳に届くことはないけれど、それでも歌が鳴り止むことはない。 なぜなら、それほどに歌う人物は気分が良いからだ。

 椅子に座って、ベッドを観つつ、シャリシャリと手元から音を奏でると傍らに置いてある小さな机に身体を向ける。

 

「じゃじゃーん! ウサギさん完成!!」

『…………』

 

 白い皿に今しがた剥いたリンゴを並べると……どうだ!? などと自慢げに部屋にいるモノたちに胸を遠慮なく張る彼女。 気分の良いはしゃぎ声も、しかし部屋にいる人物たちには届かない。

 それもそのはずだろう、なぜならその者達は……いいや、この、血戦を終えた少女達には、何分、この椅子に座っている彼女の存在自体が理解の範疇外なのだから。

 常識ではなんとも説明がつかない。 その、少女の名を、金髪の髪を流した彼女が、呟く。

 

「ねぇ、アリシア」

「うん、なに?」

「……やっぱり、アリシアなんだよね」

「そうだけど……どうしたの?」

 

 同じ、金の頭髪をした彼女が首を傾げながらに答える。

 そうだ、同じなのだ。 髪型から顔の形、体型までも―――いいや、ほんの少しだけ背丈が小さく、表情もフェイトに比べると多彩であろうか。 どこまでもフェイトに近く、それでいてやはり別人なのであると、心の中で高町なのはが整理する。

 

 しかし、だ。

 彼女がもしもフェイトの言う名の人物であるというのなら、事態は更なる混沌に突入していく。

 

「それはありえない。 貴方は20年も前に当時の新型魔力炉の暴走事件で命を落としたはず」

「…………」

 

 それをわかっていて、尚且つ遠慮なく口に出来る者が居るとしたら、やはりシュテルであろうか。 高町なのはと、うり二つの彼女はしかし、その冷徹に過ぎる疑問を一直線にぶつけていた。 顔色変えないところを見るに、どうにも本気で困惑しているようには思えない彼女。

 それを見て、まるで狙い通りだと微笑むのはアリシアであった。

 

「うん、そういうことになってるみたいだね」

「みたいだね? というと」

「わたしもこっちに来て初めて知ったんだもん。 おにぃちゃんは気にすんなって言ってたけど、やっぱり自分が死んじゃってるってことになってるのはショックだったかな」

 

 語るように、そして微笑むようで……だけど目尻は悲しみを携えていた。 この、見た目が小学生以下の子供には、決して見えない仕草をするところはやはりフェイトを思わせる。 どこか耐えるようでいて、それを隠すのが上手い。 そんな、親に迷惑を掛けない子供は、そっとベッドの上に視線を零す。

 

「だけどね、こうしなかったら“フェイトが消えちゃう”から……だから仕方がなかったんだよ」

「!!?」

 

 少女の呟きに、皆が目を見開く。

 なぜ、どういうことだ。 どういう理屈で、どうしてそんなことになるのかが訳が分からなくて。

 

「えっとね……どこからお話したらいいかな……」

 

 いきなり混乱させたことに、気が付いたのだろう。 アリシアと名乗った彼女は、周りを見渡すと、やはり困った顔をする。 申し訳なさそうに、でも、この場をおちつけようと精一杯に頑張ろうと泣き言の一切を見せつけない顔。

 その、強い姿を見てどう思ったのだろうか。

 

「――――落ち着いて、アリシア」

「あ……!」

「ゆっくりでいいのよ……時間はたっぷりあるのだから」

「ママ!」

 

 魔女が――いいや、母親が目を覚ます。

 ゆっくりと身体を起こし、被さっていた掛布団を縦半分に折りたたむ。 脚先からゆっくりと床に落ち着けると、そのままアリシアをみて……フェイトへ視線を向ける。

 

「あ、あの……かあさ――」

「ごめんなさい、なのはちゃん。 リンディさん達を呼んできてもらえるかしら」

「え?」

 

 一瞬、とんでもない騒ぎになると思っていたなのはが、一気に拍子抜けな表情になる。 あの、娘をどこまでも愛しているプレシアが、何もなく、平然と事態を前へと推し進めようというのだ。

 あまりの感動に病院が更地になることさえ覚悟していた彼女は、しかし、これが一時の静けさだと思い至ればすぐに駆け足で部屋を出ていく。

 

「――――あ、あの」

「どうしたの?」

「そう言えばリンディさん、しばらく忙しいから手が離せそうに――」

「地下施設の増設とそれに携わる研究費に関する申請ミスって言っといて頂戴。 きっと直ぐ飛んでくるはずだから」

「は、はぁ……?」

 

 あまりにも手慣れた状況の進め方に、なのはの後頭部に大粒の汗が零れていく。

 ……さて、彼女がナースセンターに置いてある通信機で、特別に管理局の事務室に居るはずのリンディと連絡を取っている間に、プレシアはさっさと身支度を済ませていく。

 乱れた服装をただし、少しだけ崩れた髪型を直し、その手に、入院中の私物を持つと。

 

「……帰りましょう」

『は、はい!』

 

 慌てず、何時もの通りを繰り返した彼女に、娘たちが背中を追いかけていくのでありました。

 

 

 

 

 

 

 …………1時間後。

 

 

「…………えっと、プレシアさん?」

「あぁ、いけないお茶菓子を切らしてたんだわ」

「あの?」

 

 プレシア宅、兼、作戦会議室。

 地下施設に緊急招集させられた管理局の偉い人。 彼女はライトグリーンの髪を垂れ流しながら、どうにもマイペースなプレシアを前にして、彼女の困惑は尽きない。 そもそも、今一番知りたいことが、ついさっき出来たばかりとなればなおのことだ。

 

「砂糖も補充して無かったわね。 ごめんなさいリンディさん、普通の抹茶になってしまうのだけど」

「――――あ、手持ちは有るので大丈夫です」

『あ、あるんだ……』

 

 懐から銀の陽気を何事もなく取り出すさまに、汗が零れるなのはたち。 何となく、付いてきてしまった彼女たちを、やはり問題のなさそうに迎え入れたプレシアは……どうやら彼女たちにも知ってもらうようだ。

 

「出来れば、はやてちゃんにも聞いてもらいたかったのだけど」

「わたしも誘ってみたんですけど、今までずっと闇の書に……ううん、クウラに捕りつかれてたのを、あんな無理矢理に振り払って、しかも力すぐに使った反動でしばらく大人しくしてないとダメみたいで」

「そうね。 あの子は今回、一番無理をしたものね」

「……はい」

 

 ――――そして、一番頑張ったのは貴方。

 付け加えたプレシアは、一瞬だけ視線が鋭く。 それがどういう意味を持ち合わせているのかなんて、彼女の真剣すぎる顔を見てしまえば、空気に敏感なところのある子供たちならば、言われなくともわかってしまう。

 それは、やはりリンディも同様であって。

 

「……なのはさん、お体、どうかしたの?」

「あ、その……ちょっとだけ疲れちゃったみたいで」

「そう……」

 

 それ以上を語ろうとしなかった少女に、しかしリンディの追及は無い。 少しだけ目元をほぐすと、そのまま深呼吸。 無駄に緩やかだった空気がそれだけで引き締まるのは、彼女が今まで通ってきた道の険しさを実感させる。

 

 話題は、本題に移っていく。

 

「それで……アリシアさん、でいいのよね?」

「はい、はじめまして!」

「元気のようね。 ……それで、お話したいことって何かしら?」

 

 交番で迷子の子供を相手取るよう。 まぁ、状況的に間違ってはないのだが、それをなのはも思ったのだろうか、少しだけか会から力を抜くと、用意してあったクッションにみんなして腰を落ち着ける。

 

 ……昔話が、始まろうとしていた。

 

 

「まず、貴方はあの事件でどうなったか。 それを教えてもらえるかしら」

「わかりました」

 

 快活で、明るい返事が聞こえてくる。

 それを見て、不明慮な、それも突発的な要因ではないと断じたリンディは片手をせわしなく動かしていく。

 

「リンディさん――」

「ご心配なく、只のプライベート用のレコーダーです。 一応、状況を整理しきれないための保険にと」

「……そう」

 

 その姿をひと目で見抜いた彼女もやはり張りつめていたのだろう。 一瞬だけ流れた不穏な空気も……

 

「あの時……ママ達からするとずっと昔になるんだよね? 魔力炉っていうのが暴走した事件、あそこでわたしは、やっぱり何もすることが出来なかったの」

「……では、誰かが助けに?」

「うん。 おにぃちゃんに助けてもらったんだよ……えへへっ」

『お兄ちゃん?』

「うん」

 

しかし、次の少女の発言で―――

 

「悟空おにぃちゃん」

『!!??』

 

 吹き飛んでしまう。

 一気に沸き立つ地下施設。 プレシアも先ほどの余裕をすっ飛ばし、リンディは手元にあった砂糖入れを落っことす。 ……そして。

 

「ご、悟空……くんが……」

「ほん……とう、に……?」

「あの方が、生きていた……?!」

 

 この三人は、席から立つこともできなかった。

 手を口元に持って行き、それだけで肩を震わせてしまう。 霞んでいく視界は、しかしうるんだ瞳のせいだと気付くのに時間はかからなかった。 ソファを、雫が濡らしていく。

 

「い、今どこにいるの!?」

「無事なのですよね!? ……まさかケガをして動けないのでは!」

「お願い、教えてアリシア……!」

「あ、あの……あのね」

 

 困惑する幼子に、既に詰め寄ろうかという見幕は仕方がないであろう。 あの、おそらく次元世界をも貫きかねない大爆発を、身を挺したからの生存は絶望的だった。 ……だけど、どうにも今までその絶望が実感できなかった彼女たちは、やはり心のどこかであきらめきれてなかったのだろう。

 彼は、必ず……

 

 それが今、確かな証人を得てしまえば、居ても立っても居られない。 少女達は席を立ちあがり――

 

「おにぃちゃん今ね、とっても遠いところにいるの」

「遠い?」

「悟空が?」

「安心してくださいアリシアさん、距離なんて関係ありません。 この想いの丈を届けるのに理屈なんていらないので――――」

『すこし、黙ってようか』

「……はしゃぎすぎました」

 

 想いもがけないツッコミに、驚いたのはシュテルだけではない。 てっきり、一緒に騒ぐものかとばかりに思っていた大人たちも、ここで一旦深呼吸。 少女二人が席に着くなり、アリシアはちいさなポケットから、これまた小さな物品を取り出す。

 

「ママにあったら、これを渡してくれって」

「カプセル? 見たこともない形式ね」

「向こうの世界のなんだって。 “ホイポイカプセル”って言うの」

「……向こう!?」

 

 渡された物よりも、何より次に出てきた言葉におどろいた。 そもそも、今までプレシアがやっていたのはレーダー制作と娘たちの相棒の強化だけではない。 孫悟空の、帰るところを探す手立てと行き来の自由を模索するため。

 最後の別れを、どうしても彼女自身が否定しているための内緒の作業は、当然誰の手を借りることもできなかった。

 そして彼女自身、かなり高名の魔導師ではあるし、研究者だと自負している。 にもかかわらず分らなかった――――それが、今しがた目の前の幼子の口から出てきたことに、驚きを隠せないのだ。

 

「アリシア、向こうって孫く――いいえ、お兄ちゃんの世界の事?」

「えっと、そうだよ。 なんでも“界王神界”ってところにいるんだって」

「……界王!?」

「うん。 あ、でも別にあの世ってところに行かなきゃいけない訳じゃなくって……えっと、おにぃちゃんね、元から生きたまんましょっちゅうあの世に行き来してたみたいなの。 今回もその延長線上なんだって」

『…………そう、なんですか』

 

 まぁ、彼だから。 そんな一言で許されるのは孫悟空の特権なのであろうか。

 さて、ここで一つ判明した彼の居場所、しかし、高町なのはは、その胸中を一気に不安で染め上げる――――彼の世界にいる、それはつまり……

 

「悟空くん、帰っちゃったんだ」

「ううん、それは違うよ?」

「え?!」

 

 笑顔で不安をぶった切るアリシアは微笑全開。 ちょっとだけイジワルな笑みに見えるのは、やはり母親譲りの性分なのだろうか。 ここで、彼女は重要な事項を次々に口にしていくことになる。

 ……リンディの手元が、忙しなく仕事を開始する。

 

「おにぃちゃんが行けるのはそこまでなんだって。 何でも、そこから先……下界って言うんだけど、もと居た地球とかには降りられないんだって」

「え、なんでダメなの? 悟空くんには瞬間移動が――」

「そこにいるおじいさんがね、まだダメだって言うの。 それにおにぃちゃん自身、もと居た地球に瞬間移動できなかったみたいだし」

 

 消えたと思ったらまた元の場所に居たの。

 アリシアが事情を説明してくれるのだが、どうにも要領を掴めない。 あの、どんな魔導師よりも魔法使いしている存在がそのような事態に陥るのか? そもそも、瞬間移動をしているのにその場に返ってくること自体意味が解らない。

 彼女たちは、取りあえず思考をそこで中断する。

 

「わからないことだらけね。 アリシアさん、取りあえずその話はそこまでにしましょう」

「え?! でも悟空くんの――」

「――落ち着いてなのはさん。 その話を、今からするの。 そのためのカプセルなのよね? アリシアさん」

「うん!」

 

 プレシアが手にしたカプセルが、今回の話の鍵を握るのは明白だ。 今すぐ、これを解析してやらなくては――意気込む彼女に、だけど幼子が笑いかける。

 

「それ、スイッチあるでしょ?」

「え、えぇ」

「押してみて? それだけでいいって、“銀髪のおにいさん”が言ってたよ」

「銀? ……まぁ、いいわ。 押すわね」

 

 何となく物騒なスイッチだとも思えるそれに、プレシアの表情は一瞬だが硬くなる。 それでも、せっかく手に入れた手がかりを前に足踏みしている選択肢は、彼女たちにはない。

 カチリと、少しだけ力を込めると鳴った音に、緊張が走る。

 

「そしたら適当なところに投げて」

「――ッ」

 

 アンダースローからくる緩やかな投球。 少しだけ開けた箇所にカプセルが転がれば……盛大な煙が噴き出す。 爆発か!? 驚くプレシアは中空に紫色の窓枠を出現させる。

 

「被害はないようだけど……」

 

 とりあえずこの煙だけでも何とかしなくては。 地下室に置いてこのような煙が蔓延するのは自殺行為だ。 彼女は、そっとパネルを弄ると、天井や壁際に設置されたファンを動かす。

 

 空調が行われ、煙が薄れていこうかと思う時だ。 彼女たちは、アリシアからのプレゼントを、見る。

 

「…………なに、これ?」

「て、テレビの様ですけど」

「見たことないタイプ」

 

 ミッドの面々はこれが何なのかなど、よくわからない。

 対して、地球生れの魔導師の彼女は、これのデザインを見た時、即座に頭に浮かぶものがあった。

 

 形は、長方形の箱型に、一面だけ真っ黒のガラスが、さしずめ絵画を飾った額のように張ってある。 その下には何かの差込口、そしてボタンがいくつか。 そこまで見れば確信を持って答えることができる。

 

「あ、テレビデオだ。 なつかしい、こんなのもう何処にも売ってないよ」

『知ってるの?』

「うん。 ずっと前にいろんなところにあったんだけど、液晶テレビが出てから廃れちゃって、今じゃ化石並みの代物なんです」

『詳しい……』

 

 既に出回ってない代物に、小学生が答えられる事実はまぁ、解明はしないでおこう。 目を丸くする皆を前に、なのはがテレビの前にしゃがみ込む。 スイッチを何ら迷いもなく押し込むと、そのままテレビに電源が入る。

 

「コードがないからどうしようと思ったけど、内蔵電源でもあるのかな?」

『……』

 

 現代人が釜戸の使い方がわからないように、ミッドの人間がなのはの手さばきに感心しているときであろう。 ……画面に、ようやくそれは現れた。

 

[へぇ、これで向こうに……え? もう始まってんのか?!]

「……あ」

「……居た」

「大したケガもなく……よかった」

 

 相変わらずの笑顔が画面に映っていた。 黒いボサボサの髪はそのままに、何となく衣装が違うのは、彼が山吹色の道着を着ないで、アンダーだけとなっているからだろう。 けど、そんなことはどうでもいい。 少女達は画面に張り付いていく。

 

[おっす! これ、見てるってことはみんな無事なんだな。 オラ其処が心配だったから正直安心した]

「悟空くんのおかげだよ……うぅっ」

[いろいろ、言っておきたいことはあるが、まずこれだけはと思ってよ。 オラ今、大界王神のじっちゃんとこで世話になってんだ。 いろいろあってな、夜天の奴も一緒だ]

[見てますか? 主はやて]

『…………』

 

 ふたりの無事を確認して、皆がそっと息を吐く。 安堵があたりを巡れば、お互いを見て、確認して、視線だけで会話を済ませると。 高町なのはが一時停止のボタンに手を伸ばす。

 

「み、皆が居るところで――」

「そうね。 あのときかかわった人、全員を呼ばなくちゃね」

 

 リンディが優しく微笑むと、彼女は通信をいろんなところに飛ばしていく――――どうやら、またさらに有給の上乗せが必要みたいだ。

 

 

 

―――――――地球、月村邸。

 

 

 ネコ屋敷に集まる彼等彼女たち。 広くて、機械に精通していて、さらに事情を離せばすぐに施設を課してくれる場所がここだった。 最初は戸惑った忍も、こと、悟空の生存確認などと言われれば、承諾を下ろさない訳などなく。

 場所が決まれば、次は人だ。

 

 クロノをはじめ、ユーノや騎士たち。 様々な人間が負傷をしたまま、その傷を治している途中にもかかわらず、あの時の面子は、どうしても用を外せないグレアム以外がそろうことになった。

 かなりの大人数も、だけど窮屈さを見せないこの屋敷はさすがの一言だろう。 月村忍が、外部入力用のコードを接続する中、大画面のスクリーンに先ほどの映像が流れ出す。

 

[――ってなわけだから、オラたちの心配はいらねえかんな]

「悟空!」

「悟空さん!!」

「……無事、だったか」

[さてと、いろいろ聞きてぇかもしんねぇけど。 オラが言えるのはこんくれぇだ]

『え!?』

[あとは夜天が作った“えいがかん”で説明すっからよ? それでオラに何が起こったかしっかり確認してくれ。 そっちに置いてったアリシアの事もちゃあんとわかるようにしてあっから、あんまし、そいつに詰め寄んなよ?]

 

 そうして暗くなる画面。 しかしすぐに元の光りを取り戻していく。

 瀬戸内際を思わせる大嵐の風景に、丸中に亀印が入ったマークが浮かび上がっていく。 こんな細かいところにまで気を遣うなんて……つくった人物のこだわりが垣間見れる。

 

 

 ……それが消えて行ったとき、物語は、あの時の裏側を映し出していく。

 

 

 

 

 おわる、世界。

 

「――――――…………クウラ、おめぇの好き勝手にはさせねえ」

「よくも……サイヤジン……せめてきさまだけでも――!!」

 

 どこは、誰もいない惑星だ。

 気温は氷点下。 吹き付ける風は肌を刺し、天から降り積もる雪は大地を凍らせる。 アイスエイジを思わせるその世界は、いま、戦士たちの墓標になろうとしていた。

 

 奴が現れた箇所が、その以上にまで膨れ上がってしまった気を、まるで表すかのように溶けていく。 雪が、ではなく大地そのものがだ。 本当に星が終わろうとしていた。

 

「ココで、おWaりダとおおおおお―――」

「……そうだな、確かにおめぇはこの先再生するかもしれねぇ。 それくらい考えていない分けねえだろ」

「!」

「けどな、いくらおめぇが復活しても同じことだ。 オラがいなくなっても、いつか必ずあいつらが……」

 

 言い残すことは、ここまで。 孫悟空がクウラから手を放すと、奴は赤熱していく体に亀裂を走らせていく。 見るも無残なその体は、すでに今までの造形美とはかけ離れた醜悪さだ。 奴の内側を表したかのよう。

 思ってしまえば、実にその通りだと、リインフォースが頷けば――それで、世界が終っていく。

 

 

 

 

 

「―――――――――……つかまってください!!」

『!!?』

 

 孫悟空はその声に振り向いた。 夜天がまさか? いいや、今のは聞いたことがない男の声だ。

 

「何も考えないで早く!」

「くッ――」

 

 だけど、前にもこんなことがあったのは気のせいだろうか。

 

「夜天!!」

「悟空!?」

 

 気のせいじゃない。 彼はソレを覚えている。

 記憶の海に沈んで、もう、うまくは思い出せないかもしれない。 だが、それでも身体は動いていて。 叫んだあとには、声のする方へ高速移動を決め込んでいた。

 

「この手を絶対に離さないでください!」

「あぁ、頼む!」

「な、なんなのですかこのひ――?!」

「無駄話が過ぎると舌を噛みますよ!」

 

 世界が終わる時が迫る。

 クウラの膨張した身体が、その、内側からの圧力に負けた時である。 ……彼らは……

 

「死ねぇぇええええええッッ!!!!」

「カイカイ……――――」

 

 星が爆発する。 今まで、幾億と重ねてきた歴史を、一瞬の間にゼロへと消し去られてしまう。

 いままでの、いろんな出来事が消え去っていく凍結した世界。

 氷は消え、地表の残りカスが宇宙空間に漂うだけ。 この世で一番大きな生物が、その寿命を終える前に殺されたときであろう。 暗い世界に、たった一つ、悪しき思いが流れていく。

 

[ギ――ギギ……ぶじ、だった……ウンが、よか……た]

 

 銀色の破片が、そこに転がっていた。

 いままでよりもずっと、どんな時よりも厳しい自身の破損具合。 何をどこまでやれるかをゆっくりと確認していくように、その小さな破片は周りの星だったものを取り寄せていく。

 

 主に、欲しい者は大地に眠っていたであろう鉱石類。 まずは身体を補う必要がある彼にとってそれは急務だった。

 そして、その作業が一通り段落を迎えるとき。

 

「……あの世界に残してきたボディに組みつくか…………――――」

 

 何事もなく、ただ、残り掃除をするかのような気怠さで、この空間を消えて行った。

 

 自身が、圧倒的なまでに致命傷な見落しをしているとは知らないで。

 

 

 

 

 

 

「――――――ぐ!? なんだここ! 身体がふきとんじまいそうだ!」

「あの爆発が少し紛れ込んだようですね。 時空の乱れが……はぐれたら今度こそ救えなくなります、しっかり捕まっててください」

「……」

 

 三人は、歪んだ景色の只中に放り込まれていた。 普段目にするというか、いつも体感する次元間の移動でも、瞬間移動の感じでもない不思議な感覚。 ――例えるなら荒波の中を潜水するそれ。

 まさしく命の危険を感じてしまうほどの氾濫具合に、突然現れた男の言うことが嘘ではないと身体で理解したリインフォースと悟空はそれぞれの手をしっかりと握り、丁度知らない男との間にいる悟空は、彼の腕ごとを掴む。

 せっかく拾った命を、むざむざと捨てないために。

 

「誰か知らねえがすまねえ、助かったぞ」

「いえ、本当は手を出すのは良くなかったのですが、貴方がたの今までの頑張りを見てきた身としては、どうしてもじっとしてられなくて」

 

 どこか申し訳なさそうな顔。

 見たことない人物なはずだ。 だけど、その顔を見るとどうしても他人には思えなくて。

 

 其れとは別に、悟空のツレがこの男を詳しく見据える。 敵か味方か、疑り深い彼女はどうやらここで見極めるようだ。

 

 女性のように、腰まである銀髪のオールバックは、彼女とは違い芝生のようなボリュームがある。 肌の色は、どことなく人外を思わせる透き通ったやや青い白色。 体格で言えば悟空とそれほど変わりないがっちりとしたもので、服装は民族衣装というよりは神官を思わせる不思議なものだ。

 両耳に大きなピアスを付けた、物腰の柔らかそうな人物。 とりあえず敵ではない。そう、リインフォースは判断した。

 

「貴方は、いったい」

「説明はむこうに着いてからにしましょう。 お二人とも、目に見えない疲労がたまっていますし、何かの拍子で手を離したら大変ですから」

 

 やけに慎重な男は視線も鋭く進行方向の先を見据える。 その先にある光を見ると、彼は少しだけ口元を緩める。

 

「一端私たちの世界……■■■■にまで飛びます。 そこで気と魔力を回復しましょう」

 

 疲れた身体を癒すのも戦士の役目。 微笑んだ銀の男は、そのままつらつらと会話を続けていく。 すこしだけ余裕を見せるのは恐らくゴールが近いからだろう。 まるで頂の近い初心者登山家のようなその隙は、あまりいただけない。

 だから、だろう。

 

「さぁ、もうすぐですよ二人とも! …………あれ?」

 

 手を、“握って”開く。 さて、ここで何かおかしい事に気が付いた彼は、そのまま再び開いた手の平をじっと見つめる。 そのときだ、答えを見つけた彼の背中になんとも言い難い衝撃が走り去り、脳髄を直撃する。

 あぁ、なんとこの男の不甲斐ない事か。 そこには、なんと二人はいなかったのだから。

 見渡すばかりの異空間。 もう、どこに行ったか気を辿ることさえ困難で、探そうにもこの嵐では到底できない。 彼らの、瞬間移動に掛けることさえできやしない。

 

「あ、わわわ……」

 

 慌てふためくとはこのことか。 すっかり取り乱した長い銀髪は、まるで獅子舞の様。 ボサリと周囲に振り回せば、彼の心内を語るように乱雑に暴れる。

 

「ど、どどどどどうしましょう!!?」

 

 それを何とかするのが貴方の仕事だ。

 慌てふためくまえにさっさと次のアクションを起こすべき。 こういう時は、人間様が良くやっているアレをまずするべきだ。 落ち着いて、ゆっくりと呼吸を整えていく彼は一気に――

 

「手を離してしまったぁぁあああアアッ!!」

 

 ……ちがう。

 さて、慌てふためくを続行している彼はそのままに、話しの焦点は孫悟空とリインフォースの二人へと移っていく。 彼らが、乱気流の向こう側へと、消えて行ってしまったところまで時間を戻すべきだろう。

 

 

 

「あ、あんにゃろう! 離すなって言っておきながら自分から手ぇ緩めやがって!!」

「最低ですね……この中、どう切り抜けるべきか」

 

 あの男への株価がストップ安まで駆け下りていく。

孫悟空の右手にはリインフォースの右手が。 まさに命綱のように繋がれたそれは、先ほどとは違い確かな強度を保たれていく。

 

 だが、時は無常であった。

 

「――――っく!?」

「身体が、いえ! わたしたちの居る空間そのものが流されてる――――どこかの世界に出ます、衝撃に備えて!」

「備えろって言ってもよ!!」

 

 態勢を整えろと言うけれど、其れは無理という物だ。 上も下もない時空間の狭間で、孫悟空の平衡感覚は限界にちかい。 言うなれば、渦潮の流れに逆らって泳ぐもの。 体力が尽きればそれまでだし、何より、悟空は先ほどの戦闘で気のほとんどを消費してしまっている。

 それほどに、彼の限界は近いのだ。

 

「ぐ……ぐぅぅ――――」

 

 流される彼は、それでもリインフォースの手を離さない。 残された気力のほとんどを右半身に集中して、彼は時の流れに消え去っていく。 見えない、力に引っ張られながら。

 

 

 

 

「―――――うおぉ!?」

「くッ?!」

 

 身体が、急に自由になる。

 打ちあげられた魚のように身体を振るわせると、そのまま大地に身を委ねる。 ……委ねようと、したのだ。

 

「お、落ちる?!」

 

 其処は何もない空間……否、目を焼くかのような光は太陽の物だ。 そして、身にあたる風は大気の存在を知らしめ、眼前に広がる様々な色の景色は、そこが大地だと言わしめる。

 

「悟空、舞空術を」

「あぁ!」

 

 上空に居るのだと、すぐさま判断した二人はすぐに空へ留まる。

 

「いやぁ、なんだかんだで助かったなぁ」

「えぇ、あの爆発からさらに、先ほどの情けない男のイージーミス。 そして乱気流といろいろありましたが」

「ま、助かったってことでよかった」

「はい、そのとおりです」

 

 互いに目を瞑り、今までの事を反復。 すぐさまあたりを見渡したのは悟空だ。 視線を鋭くどこまでも見たのは、彼女たちを探しているのだろう。 ここがどこだかは分らない、けれどそんなことなど彼には関係ないのだ。

 見て、探って、感じてしまえばそれで事が済んでしまう。 それが彼が持つ秘術なのだから。

 

「…………おかしい、なのはたちの魔力を感じねぇ」

「まさか、貴方をして探れないのですか?」

「あぁ、これっぽっちもアイツらを感じねぇ」

 

 一気に焦る顔をするのは、リインフォースだ。 彼女自身、当然あの戦場にすぐさま戻るはずだった。 あの、爆発を逃れた時点で。

 でも彼にできないことが、果たして自分に出来るのだろうか。 想う彼女は、しかし足掻くことをやめない。

 

「転送魔法で地球まで飛びます。 もしもここが遠い異郷なら時間はかかるでしょうが、それでもやらないよりはマシです」

「わかった、やってくれ」

 

 リインフォースの足元が輝く。 魔法陣を展開した彼女は、囁きかけるように世の理へ触れていく。 この、広大すぎる世界を一望し、目的の場所へと飛んでいくために。

 

「目的――地球への転送。 転移系魔法を選択後、この場より最も有効な転送範囲と回数を計算……計算……」

 

 うつろな瞳でささやく彼女は、まるで機械のように正確な式を構築していく。

 彼女たちが扱う転送魔法は、座標さえ知っていれば必ず辿りつける代物だ。 時間は、距離に比例して長くなるのだが。 それでも誰もいないところへ……気を感じられないところへ行くならばこれが一番だろう。

 しかし、もしも……だ。

 

「現在地を取得中……確認。 現在地……ッ!!?」

「ど、どうした?」

「ありえない……そんな馬鹿な!」

 

 そこが、どうしようもなく手後れな場所だったとしたら?

 

 取り乱す、彼女。

 あの闇の書と呼ばれ、悟空と戦った頃には決して見られなかった狼狽ぶりに、釣られて悟空もその場に駆け寄る。 そのとき覗いた彼女の顔は、あまりにも恐れを含み、同行は完全に開き切っていた。

 ありえない程の取り乱しざまに、何とか落ち着けようと彼女の肩を押さえてしまう悟空。 振るえよ止まれ。 歯を食いしばってなだめる彼に、リインフォースが……呟く。

 

「すみません……」

「落ち着いたか? いったいどうした? いきなり叫んじまってよ」

「いえ、それがその……」

「ん?」

 

 謝罪の言葉に見え隠れする困惑。 いったい何が彼女をここまで騒がせるのか、理解の及ばない悟空は首を傾げることしかできない。 背後に揺蕩う尾が、まるで心内を表すようにふわふわと動けば、突然彼は背後を振り向く。

 

「――――この気は……」

「ご、悟空?」

 

 言い知れない顔をするのは、当然だろう。 なにせ今感じたこの気は、本来ならあり得ないモノだから。 そう、彼女たちはまだ決戦の最中で、こんなところに来ている余裕などない。 でも――――

 

「どうしてプレシアの気がここにあるんだ」

 

 ……あるものは、確かに存在した。

 本来ならばありえないことだ。 そして、孫悟空が気の探知を誤る可能性はどこまでも低い。 ならばこれはどういう事か。

 

「ま、行ってみれば分かんだろ」

「お待ちなさい、そう短絡的に物事を考えるのは貴方の悪いところです」

「え? けどよ」

「おかしいと思いなさい。 あれからまだ時間はそう経っていない。 仮に主たちが勝ち、この世界に平和が訪れたとしても……その」

「なんだよ?」

「ミッドチルダに彼女が居るのは、時間的に考えてありえない!! それに、ここと地球の間を瞬間移動できない理由も分らないのですよ!?」

 

 ならば、どういう事だろうか。

 思案する時間も惜しい。 先ほど訪れたクウラを思い出せば、いつまでもここにいる訳にはいかないと焦れるのもわかる。 それでもだ、リインフォースは言う。 今この時、何か歯車が狂っているのだと。

 

「…………」

 

 彼女のあまりにも必死の制止に、今まさに瞬間移動を実行に移そうとしたのだろう悟空も、そのまま精神集中を途切れさせてしまう。

 ――――わかったよ。

 渋々頷く悟空はそのまま視線を遠くの景色へ飛ばしていく。 今現在居るのがミッドチルダなら、彼にも土地勘はある。 上空数千メートルという場所にいたとしてもそれは変わらない。

 彼は、身体を前へ傾けると、全身を流れる気を後方へ噴出していく。

 

「このまま飛んでいくぞ」

「ですが気を付けてください。 わたしはもちろん、貴方の存在はこの世界では特に隠さなければなりません」

「……おう、分ってる」

 

 風を切り、風の中に潜り込んでどこまでも飛んでいく。

 孫悟空が創り出す飛行機雲に、そっと乗るように後を飛ぶリインフォース。 幻想的な光景も、しかし彼女の気分が晴れることはない。

 

 なにか、喉の奥で魚の骨がつかえている感覚。 このまま果たして何の考えもなしに合いに行っていいのだろうか。 

 

「なぜそのようなことを思ってしまうのか。 ……あの時、時空間の狭間に呑み込まれてからおかしい事ばかりだから?」

 

 ひたすら飛んでいく彼らは、やはり速度が尋常じゃなかったのだろう。 数百キロという距離を数分の内で飛んでいけば、眼下に慌ただしい光景を映し出す。

 

「お、見えてきたな」

「ミッドチルダ。 ……特に代わりばえは無いようですが」

「ちゅうことは、クウラの奴はどうにかなったんだな」

「それとも、これから進軍しようとしているのか、ですね」

「そんな物騒なこと言うなよ。 信じてやろうぜ? あいつ等だっていままで頑張ってきたんだ、やれるさ」

「……わかってます。 わかってますが」

 

 背の高いビルまで飛び、着地。 誰もいないことを確認すると、彼等は路地裏になっている面から地面へと降りていく。 そっとあたりを見渡して、彼等は歩道を常人並みの速さで走り抜けていく。

 道行く人は特にいない。 半分ほどゴーストタウンを思わせる人通りの無さは、リインフォースの胸騒ぎを加速させるのには十分だ。 彼女たちの足が、さらに早くなる。

 ひたすら走った其処には、フェンスに囲まれた施設があった。

 何かの研究所なのだろうか? 金網に有刺鉄線まで巻かれている厳重さ。 おそらく侵入者察知の魔法も掛けられているのは明白だ。 そんな中を突き進むのは得策ではない。 しかし、だ。

 

「あの建物の中からアイツの気を感じる」

「やはり、ですか。 しかしこの静けさはなんでしょう」

 

 いくらなんでも人の出入りが無さすぎる。 いいや、今が勤務中ならばそれもありうるのだが、なぜゲートにまで人が居ない? 覗いてみた周囲に、ますます訝しげな顔をするリインフォース。 そして、その隣にいるはずの彼はというと。

 

「まぁなんだ。 ここまで来たんならさっさと中に入っちまおうぜ? この中のどこかにいるのはまちげぇないんだしさ」

「……そうですね。 いま、間取り図を開きますので、その額に持って行った指を下ろして待っていてください」

「お、おう」

 

 瞬間移動はやはり止められる。

 こういう突発的な移動をする彼に手慣れた感があるのは年の功なのであろう。 様々な意味で年上な彼女は、孫悟空を片手にて抑える。 

さて、彼女が残った手で中空に窓枠を作れば、そのまま指を動かしていく。 探したいのはこの付近の地図と、目の前の施設の間取り。 普通ならば前者だけしか手に入らないが、彼女の肩が気を忘れてはいけない。

 

「まずはこの付近の間取りを見つけました。 ……随分都会から離れているのですね」

「ふぅん、そんなことも出来んのか」

「こう見えても夜天の書を司る管制プログラムでしたから。 こういうのは得意なんですよ」

「はは、そいつは頼もしいぞ」

 

 悟空が両手を後頭部で組む。

 こうなった問の彼は、大体自身に仕事がないことを悟り、時が来るのを待つ姿勢だと理解しているリインフォース。 彼女は、作業に集中していく。

 

 ミッドチルダだということが判明しているのだ、ならばそこにある役所のサーバーにアクセスし、中にあるいかにも重要そうなプロテクトがある箇所を選別し、一頁ごと閲覧していく。

 その際にあるファイアウォールなどは彼女の力ですり抜けたのは言うまでもないだろう。 恐ろしいまでの情報収集能力。 主が視たら叱られそうな、泥棒まがいな手段も、事態が事態だから仕方がない。

 早々に割り切ったリインフォースは、即座に……異変に気が付く。

 

「……おかしい」

「どうした?」

「いえ、最近貴方がこちらに来た話を聞いて、興味があったので調べてた時の地図と、今現在の地図とで差がありすぎて」

「工事でもしたんだろ? こっちの奴等、魔法使える奴いるしな、そう言ったのもウンと速ぇんじゃねえのか?」

「そう、なのでしょうか」

 

 二つの地図、二人の意見。 確かに、彼が言う通り些細な違いなのかもしれない。 ……そうだ、この、“目の前にある、ついこの間の地図には空き地と書かれた施設”も、近年の素早い工事現場の手腕をもってすれば可能なのかもしれない。

 だけど、だ。

 

「貴方は、この前に来たとき、このような施設があるとプレシア・テスタロッサから聞かされてましたか?」

「いいや? そういやアイツ、自分ちの地下にある研究所以外じゃ仕事してるとこ、見たことねぇなぁ」

 

 ドラゴンレーダーも、娘たちの相棒強化もすべて自宅でやっていた。

 思い出した悟空は何事もなく語る。 自身が、いま、どれほどに矛盾した答えを出したのかも知らないで。

 彼は運がいい。 隣に、このような知識を備えた相棒が居たのだから。

 彼は本当に星のめぐりが良い。

 

 …………この後、歴史を揺るがす大事件を起こすのだから。

 

「――――な、なんだ?!」

「悟空! 空へ!!」

「え、あ、あぁ」

 

 不意に腕をとられ、空高く舞い上がって見せた悟空。 その、引っ張った張本人は悟空の右側で呼吸も静かに佇んでいる。 ……その目を、氷よりも冷徹にさせながら。

 

「ぐぁ!」

「ぎゃぁあぁああ!!」

「た、たすけ……え」

 

「……くっ」

 

 聞こえてくる、悲鳴。

 耳を澄ますまでもなく鼓膜を揺さぶってくるそれは……リインフォースにしかわからぬものだ。 しかし、孫悟空にだって急な彼女の変化に、大体の見当は付いている。

 

「あの建物の中にいる奴等の気が、どんどん小さくなってく」

「…………」

「どういうことだよ! 中で……なにが起こってんだ!?」

 

 わかっているはずだろ!?

 隣で喚こうが、これ以上顔色が変わることが無いリインフォース。 その姿を見て、孫悟空は確信した。 この娘は何かを知っている。 この、以前のように子悪露を凍りつかせた彼女は何か分かったのだ。

 目の前で起こる悲劇のその正体が。

 

 大きな研究所だ。 その中にある悲劇を止めるのはかなりの力が居るだろう。 ……ちから? 其れなら問題ない、なぜなら彼は世界をも救う事の出来る人間なのだから。

 

「くそ、オラ行くぞ!!」

 

 立ち止まることなど彼には出来ない。 孫悟空は、気が付けば全身からフレアを――――

 

「お待ちなさい!!」

「―――なんだよ夜天邪魔スンナ! このままじゃあん中にいる奴等が大変なことに!!」

「大丈夫です。 この事件で、研究所の中にいる人間はだれ一人死にません」

「…………なんで分かんだよ」

「そう言う、事実なんです」

 

 かき消された矢先に言われた言葉に、悟空の理解は限界を超えた。

 

「未来予知でも出来るんだっけか、おめぇ」

「いえ、そのような機能はわたしに積まれておりません」

「じゃあなんだってんだ。 ウダウダしてっとホントにあいつら――」

「あれは新型魔導炉の起動実験を失敗したために出た、高密度の魔力素を吸い込んだためのショック症状です。 けれど所員のほとんどは高ランクの魔導師なのである程度の耐性はあります。 無い者は防護服の着用も強いられています。 ですから、あの研究所の人間は平気なのです」

 

 相変わらず訳の分からないことを言う彼女を余所に、孫悟空の右手は小さく握られていた。 その、手を見た彼女は眉を少しだけ寄せると、彼の顔を正面に捉える。 これから先、伝える言葉を信じてもらうために。

 

「なんでそんなことわかんだ、おめぇ……」

 

 彼女は、今起きた現象の詳細を語りだす。

 

「結論から言って、わたしたちは時の流れを遡ったのでしょう」

「……さかのぼる、っていうと?」

「解りやすい例を貴方は知っているはずです。 いつかの王子の息子、彼は貴方に薬を渡すためにどういう手段を使いましたか?」

「え? トランクスか? あいつは、ほら、未来からタイムマシンにのって…………ッ!!?」

 

 ようやく分かった、彼。 その大きく見開かれた目を見て、言葉もなく頷いた彼女はそのまま研究所に視線を戻す。 いま、ここでもしも彼が事故をかき消してしまえば、後にどのようなキックバックが歴史を襲うか分かった物じゃない。

 

「歴史には修正力という物が存在するらしいのですが、それをも超える大きな力を振るえば、この先何が起こるか分かった物じゃありません。 最悪、この時間軸そのものが消滅してしまう恐れも」

「…………けどよ」

 

 ――心臓病を乗り越えたあなたも、結局三年後には命を落としている。

 塗り替えられない歴史もあるし、それを超える力を振るった時の恐怖は誰にもわからない。

 あくまでも可能性の話だが、それがわずかにある時点で自分たちは手を出すべきではない。 其れは、悟空も分っているのだろう。

 

「此処はあなたが居た世界とは違う。 貴方の居た世界では時間軸ごとズレ、一種のパラレルワールドに変換されたようですが、もしもその法則が適用されなかったら?」

「……」

「世界を崩壊させた罪、貴方は償えるのですか?」

「…………」

 

 目の前の惨事に、悟空の右手はその硬度を増していく。 苛立ちが募るのだろう、歯茎を見せて、白い歯をギシリと唸らせる。 だが、そのまま彼は動かない。

 彼女が先ほど言ってたであろう? この研究所にいる人間は、誰一人死ぬことはない……と。

 

「無理をしなくていいのです」

「そう……だよな。 プレシアだってきちんと生きてたんだ。 あの病気だってそのあとの研究のせいだって言ってたしな」

「えぇ。 その通りです」

 

 だから、このまま自分たちが手を出す必要はない。

 悟空は少しだけ身体から力をとり退くと、そのままこの場から消えようとする。 このまま、悲劇を目の前にしながらあぐらをかいていたら、きっと間違いを起こしそうだから。 賢明な判断だ、彼にしては、我慢が出来たであろう。

 

 ……けれど、だ。

 

「……なぁ、この事件で死人は出ないって言ってたけど」

「……」

「本当か?」

「………………」

 

 だけど彼は、いつも妙なところで聡明すぎる。

 感が良すぎるとも言えるだろうか。 それともたった今思い出した過去の会話の中に、違和感を見つけ出してしまったのか。

 聞いた彼はあまりにも真剣すぎて。 その、切れるほどに鋭い視線に耐えきれず、娘は告げる。

 

「……ひとり、います」

「……それってまさか」

「はい、あの母親の、一人娘です」

「――――ッ!!」

 

 どの母親だなんていちいち聞くことなどしなかった。 瞬間、気配を探った悟空は後ろを振り向く。 距離にして数キロだろう、彼ならば目と鼻の先な距離は、彼から考える合間を取り払わせる。

 

「ま、待ちなさい!!」

 

 悲鳴のような声が後から追いかける。 彼の全速力をなんとか追いついたものの、それだけだ。 彼女の実力では、彼を力づくで止めることは出来ない。

 けれど、止めなくてはいけない理由があるのだ。

 

「――――あそこか!」

「だから待ちなさいと!」

 

 彼女に声に耳を貸さない悟空は、飛んで行った先にある一軒屋を見おろす。 小さな家だ、大人数では暮らせない……そう、二人くらいがちょうどよさそうな程度の敷地。 屋根の色が青い、そんな明るい色をした家屋に、暴走した魔力炉が放出する毒が回ろうとしていた。

 時間はない。 いくら離れていようとも、あの勢いだ、すぐにここも汚染されてしまうだろう。

 

 迫る魔力の源を、その、気配だけで感知した悟空は即座に家の中に入ろうとする。

 

「孫悟空!!」

「邪魔スンナ! いくらなんでも死んじまう奴を放っておける訳ねえだろ!!」

「……それは――しかし!」

 

 それでも、止めなくてはならない理由がある。

 あぁ、そうとも。 これから起こる悲劇で、どれほどの惨劇が彼女を襲おうとわかっていても、それを捻じ曲げるわけにはいかないのだ。

 

「オラは、行くぞ……!」

 

 でも、彼はそれを許せない。

 握った拳が強くなる。 許せないのは眼の前の理不尽だ。 そう、死ぬとわかっていて見放すのは、赦されることではない。 それに、彼自身既に一回だけズルして死ぬことを回避した身だ。 ここで、それを誰かに使わないなんて言えるわけがない。

 悟空は制止の声を振り払い……

 

「…………では、フェイト・テスタロッサが消えてもいいのですか?」

「――――ッ!?」

 

 その先にある絶望に直面する。

 言っている、意味が解らない。 なぜいまここであの少女の話が持ち上がる? いま、目の前で死にそうになっているのは違う人間の筈だ。 跳びだそうとした体が、その場で急停止する。

 

「わかっているはずですが。 フェイト・テスタロッサはその昔、あの母親がとある事件を契機に研究を重ねて生まれた実験体です」

「……そんなこと言ってたな、確か。 でもそれが何だってんだ!?」

「わからないのですか……あまり、辛いことを言わせないでください」

「……っ」

 

 私だって、無慈悲な人形ではないのです。

 悲壮な表情で告げる彼女は、どこまでも悲しそうな声を上げていた。 その、心内を見てしまったせいだろうか、声を荒げた悟空は、今にも飛び出しそうな体を何とか抑え込む。

 

「…………あの母親はこの後、大事な一人娘を失い、その事実を受け入れられずに禁断の実験に踏み入れる。 そこで、偶然出来上がったのがフェイト・テスタロッサなのです」

「じゃ、じゃあ……このまま事件がなかったことになったら……?」

「実験をすること自体なかったことになり、当然、フェイト・テスタロッサが生まれてくる事実も無くなります」

「…………そんな」

 

 あまりにも、重い両天秤。

 どちらかを生かせば、どちらかが死ぬ。 今まで、やったことの無い重大な選択肢に悟空の手足は動くことをしない。 このまま、黙って見過ごせば何事もなく彼らの時代を辿るだろう。

 だけど、だ。

 

――――あれ? なんだろう。

 

「……ッ!」

 

 家の窓から、独り、少女が顔を出す。

 見慣れぬ景色に戸惑ったのだろう、逃げることも、叫ぶこともしないでその場に立ち尽くしているだけだ。

 その透き通った青い瞳を、無垢なままに輝かせて、今にも襲い掛かる毒を毒とも思わずに見続けている。 何か変わった現象で、オーロラみたいだと思い込んでいるのだろう。 彼女は、その場から逃げることすらしない。

 

「……ぐっ!」

「そうです。 これが最善の手なのです」

 

 彼女が死ねば、フェイトが消えずに済む。 ここで消えることを定められた少女を前に、孫悟空の尾が、揺れる。

 

「押さえなさい。 空気が乱れてます」

「…………ぐ、ぐぐッ」

 

 必死になれば歯を剥き出し、感情を押し殺せば尾が逆立つ。

 冷酷なまでに感情を殺した少女と、鬼のような形相で自身を抑え込んだ青年は、ここで更なる苦痛を強いられることとなる。

 

「あ、れ……?」

「…………」

「くる、しい……くるしいよ……」

 

 倒れ込む、少女。

 窓枠から消えたのは、その身を床に委ねたからだろう。 けれども聞こえてくる声は、念話でもなんでもない、少女の必死にもがく声だ。 あまりにも生々しい、生への執着を、悟空はその眼に焼き付ける。

 救えるけど、救ってはいけない命。

 その、最後の瞬間を、彼は視線を逸らすこともしなかった。

 

「……痛いよ…………」

「……っ」

 

 それは、罪滅ぼしのつもり? 自己満足なのではないか……?

 

「くるしい……よぉ」

「……ッ!!」

 

いいや、彼がそんな小さなことをする訳がなかった。

 彼はあまり頭は良くない。 難しいことを、さらに難しく口で説明する類いの人間ではない。 哲学とか、倫理的だとかを口にするような人物ではなくて。

 もっと、まっすぐな生き方しかしてこなかった。

 少しだけ世界の深遠に触れてしまい、やってはダメなことを言い聞かされてここまで来たが……それでも、どうしても見過ごせない事象は存在して。

 

「まま……ママぁーーーー!!」

「――――――ッ!!!」

 

 隣にいる娘が何か叫んでいる―――――そんな小声じゃ届かない。

 世界の法則が乱れる――――既にこの身は全てを狂わせてきた。

 あの少女を助ければ、別の少女が死ぬことに――――そんなの、両方救ってやればいい!!

 

 リインフォースが異変を感じ取り、隣を見た時には遅かった。

 孫悟空の、先ほどから握られていた拳から、赤いナニカが滴れ、着込んだ道着がゆっくりと舞えば、背中から見える尾が総毛立つ。

白い歯を鋭く見せたと思えば、その場から彼は……

 

「オラもう我慢できねぇ!!」

「待ちなさい悟空!?」

 

 気づけば家の中に居た悟空。 おそらく瞬間移動を行い、音もなく忍び込んだのだろう。 次いで、倒れた少女を担ぎ上げて、彼はそのまま…………――――消えていく。

 

「――――………悪いが夜天、魔法で治してやってくれ」

「……どうなっても知りませんよ」

 

 帰ってきた彼。

 腕に抱える金髪の少女を見やると、リインフォースが厳しい目で訴えかける。 だけど。

 

「あとは、オラがどうにかするさ」

「孫悟空……貴方……?」

 

 その先にあった彼の顔は、どこまでも優しいモノであって。

 

「けほっけほっ……」

「おっと大ぇ丈夫か? 安心しろ? あとはオラたちがなんとかするかんな」

 

 そっと少女をゆすってやると、彼はそのまま少女をリインフォースに預ける。 

 少し破けた道着の、上半分を脱ぎだす。 見えた青いアンダーも少しだけ汚れている。 先ほどの戦闘の傷跡も消えぬまま、彼はその山吹の道着を少女にかぶせてやる。

 

「風邪ひいたら大変だもんな、コレ、少し貸してやる」

「ご、悟空……なにをする気ですか」

「すこしな……謝りに行ってくる」

 

 気を失ってしまっている幼子に、そっと呟いた青年は遠くの景色を睨む。 凄む様でいて、その実、申し訳なさそうな顔をする彼は、いったいなにを思っているのだろうか。 ……そんなこと、いちいち聞かなくては分らないリインフォースではなくて。

 

「孫悟空。 ……超サイヤ人で行きなさい」

「あぁ、その方が上手く誤魔化せそうだしな…………」

 

 …………――――聞き届ければ居なくなる彼に、やはり辛い表情を向けてしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 其処は、地獄だった。

 輝ける明日、生きる希望、人類の未来。 全てを背負い、それでも進んできた彼らに撤退の文字などありえなかった。 この、いま自分たちが続けている研究が成功すれば、更なる繁栄がもたらされるだろうと信じて、彼等はこの場所で研鑽し、切磋琢磨し、積み重ね続けてきた。

 それが、ある一つのカタチとなるはずだった今日。

 様々な思惑がぶつかり、かなりの不安の中、やってきてしまった今日。

 ……まだ、試すべきではなかったと、誰もが心に不安を過らせていた研究成果。

 

 まるで、異物の挟まった歯車のようにぎこちない動きしかしない其処は、既に希望を生み出す場ではなく。

 

 …………当然、無理をさせたツケは回ってきた。

 

「…………終わりよ、何もかも」

 

 ある研究員が地べたを這いずる。

 呼吸は困難、視界は最悪。 まるで42度の風邪をこじらせたかのような身体のだるさは、今まで自分たちが心血を注いだ研究成果が引き起こす惨事だ。

 希望を求め、それが正しいと思って突き進んだ末の……絶望。

 

「…………なにがいけなかったの」

 

 研究員が地面をひっかく。

 長めの爪が歪な音を奏でると、それだけで研究員の爪が折れる。 歯を食いしばる……こともできず、只々うつろな目で目の前の惨事を眺めることしかできない。

 

 

「うぐっ!?」

「うえっ、げぇぇ……ぇぇ……」

「へぐ……ぉぉ……」

「…………」

 

 息が出来なくて苦しみ。

 脳髄に針を打ち込まれて掻き混ぜられたかのような痛みが正気を失わせ。

 身体全体の感覚が狂い、生物として当然の機能すら奪われて。

 仕舞いには、何も機能を果たさない者もあらわれた。

 

 確実なる死を前に、それでもたぐいまれなる才能を持ったその研究員だけは無事だった。 ……そう、彼女を残し、他のすべては終わろうとしていた。

 

「…………おわり、なにも……かも」

 

 つぶやいた言の葉は、全てを呪うかのように暗く、重いモノであった。

 何を、誰を思ってそんなことを言ったなどと、きっと誰にも分らなかっただろう。 そして、彼女自身既にいま口にしたことすら忘れてしまっている。

 

 もう、先は長くない。

 悟った彼女は、そっと意識を――――――…………

 

「…………マズイな、こりゃあ」

「…………」

「しっかりしろ、おい!」

「…………………」

 

 誰かが、自身を担ぎ上げる。

 そっと抱かれた肩と、起こされた上半身が、自身がまだ死んでいないことを教えると、その次に身体が左右に揺さぶられる。

 少しだけ取り戻した意識の中、研究員は次に言葉を零していた。

 

「……わたし、は……いいから」

「わかってる。 他の奴ならもう運んどいた」

「……そ、う」

 

 其れきり、体中から力が消えていく。

 既にこと切れそうだったこの身が、幾ばくかの余命を使い果たしたのだ……そう、判断した研究員は目を瞑ろうとする。

 

「おい、寝るな!」

「…………」

 

 揺さぶる。

 

「寝るなって言ってんだろ!」

「……う、う……ん」

 

 激しく、揺さぶられていく。

 消えようとしていた意識を無理やりに起こされ、担ぎ上げられると力の無い足で地面に立たされる。 全身の血液が少しだけ早く巡れば、呼吸がほんの少し早くなる。 なにか、特別な治癒でもされたわけではないが、なぜか“彼”に触れると、自然、体中に気力がみなぎってくる。

 研究員の、顔色に少しだけ赤みが出てきた。

 

「だ、れ……」

「なんでもいいからまずはここから出るぞ。 オレの気を分けたと言ってもその身体じゃすぐにぶっ倒れてもおかしくないからな」

 

 ぶっきらぼうな、彼。

 その身体は鋼鉄と間違えそうなほどに強く、逞しい。 少しだけ自身の身体が彼にあたる。 それだけで、彼の肉体的強さを感じ取れてしまう。 ……そう、思えるくらいには研究員の……“彼女”の身体は回復してきていた。

 

 そんな彼女が、次に回復してきたのは視力。 

 今まで血みどろな世界しか写さなかったそれが、ようやく別の景色を写そうとするのだ。 網膜に新鮮な酸素が供給された血液が巡り、瞳孔がピントを合わせると。

 

「…………うそ」

「しっかりしてろ。 いま、こんなとこから出してやるからな…………――――」

 

 信じられないモノを見てしまった。

 

 目の前にあるのは、只々まぶしいばかりの光りだ。

 でも、こんな建物の中に差し込む光などなくて。 けれど、その光は確かに彼女の眼を焼いてしまう。

 

 そう、彼が自然と放つそれは、確かに物理的な干渉を以って彼女を照らしていた。

 

「――――……ここでいいか」

「……え?」

 

 不意に、身体全体が軽くなる。

 まるで今まで身体を侵していた毒素が、存在そのものを消されたかのような感じだ。 いいや、まだ体中の毒は洗浄しきれていない。 にも、関わらず、彼女の身体は確かに楽になったのだ。

 

「……どこなの、ここ!?」

 

 見慣れない風景。 知らない、光景。

 どこかの山なのだろうが、いずれにしても自身が先ほどいた地獄とは似ても似つかないほどに穏やかな場所だ。

 見渡す限りが自然を謳歌させ、耳に届く小鳥のさえずりは心を響、一瞬だけ我を忘れさせる。 あまりにも変わり果てた自身を取り巻く環境に、彼女が息をすることさえ忘れてしまえば……

 

「じゃあ、オレはここまでだ」

「……あ、え?」

「あとは管理局の連中にでも拾ってもらってくれ」

「ちょっと……まって」

「それと……いや、やめとく」

 

 輝く彼はそのまま彼女に背を向けていた。

 いままで、そう、本当に今まで自信が木陰に腰を下ろしている事実すらつかめず、彼のその“黄金色に輝く背中”に見惚れながら、彼女は木陰から身体を乗り出そうとして――全身を襲う激痛に、顔を歪める。

 

「………………あとで直接謝りに行くからよ」

 

 だから、彼の言葉を聞き逃してしまう。

 遥か彼方……そう、20年の時を超えて果たされる約束事は、交わされることなく彼はこの場を去ってしまう。

 

「……なん、なの…………うぅ……」

 

 その場に残された彼女は、ただ、今起こった不可思議を…………うつろう意識の中で繰り返すことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 彼が消えてから数分の頃。 

 

 

「――――……ただいま」

「随分早かったですね?」

 

風を感じ、背後を見もしないで声だけを発したリインフォース。 彼女のその、冷たい反応を前にして、しかし現れた青年の反応は……

 

「アイツ見た目変わんなかったけど、ホントにここって20年以上も昔の世界なんか?」

「……え?」

 

 軽い。

 後頭部なんか掻いたりして、口笛もおまけに吹いて見せる。 どうリアクションを返すか、いつの間にか困る側になっていた彼女は、やっと彼へと振り返る。

 いつも通りの黒髪と、柔い毛並みの長い尾。 ふわりとそよ風と戯れるそれを一瞬だけ目で追うと、彼女は、目尻を吊り上げていく。

 

「……これからどうするつもりですか?」

「え? いやぁどうすっかな」

「……貴方という人は」

 

 吊り上った目尻が、元に戻っていく。

 あまりにも普通に返してきた彼を前に、もはや怒りも苛立ちもあったものではない。 こうなった彼は例え嵐が来ても能天気を崩さない。 

 その、顔を見てしまったからには、リインフォースもそろそろ動かなくてはならない。 なにせ彼には――

 

「これで貸し借りなし……なんてことにはしませんが、ほどほどにしてください」

「おう、すまねぇ」

 

 とても大きな借りがあるから……果たしてそれだけであろうか。

 

「……ん、ぅん」

「お? なんだか目ぇ覚ましそうだな」

「貴方が素早く助けたおかげで、軽い酸欠に近い状態で済んだのでしょう。 其れより、これからです」

「……まぁ、どうにかなんだろ。 オラ自身は感覚ねぇけど、歴史変えるのは初めてじゃねえだろうし、何とかなるさ」

「……だから、それがこの世界で適用される保証などどこにも――」

「でも、だ。 “死んだら生き返させられるからいいや”だなんて思うのは良くねえだろ。 ここにはドラゴンボールもねぇし、何より、もうあれには頼りたくねぇんだ」

「……?」

 

 少しだけ含みのある言い方をする悟空を、分らないと表情を曇らせる彼女。 しかし、そんな影はすぐに消え、視線は自身の胸の中で眠る少女へと移っていく。 話が、先に進もうとする。

 

「……けほっ、けほっ……ん、あれ?」

「……目が覚めましたか」

 

 件の少女が、そのまぶたを開けていた。

 ゆっくりと、うっすらと見えてくる景色は銀と赤。 今まで見たこともないその色合いに、自身の視力がおかしいのと感じたのだろう。 ゆっくりと両手で目を擦る姿は、就寝前の幼稚園児だ。

 ……案外、間違いではないのだが。

 

「…………っ」

「あ、いえ、その……怯えないでくださるとうれしいのですが」

 

 ようやく認識したそれは、少女を竦ませた。

 血のように紅い瞳と、まるでこの世とは思えないほどに透き通った銀髪とが、畏怖をさせるには十分すぎる印象を与えている。 それが判っているのかいないのか、幼子をあやそうとするリインフォースの表情は、まるで……

 

「おいおい、そんな犬猫相手すんじゃねぇんだからさぁ」

「しかし……その――」

 

 初めて赤ん坊を相手にした、少女そのものであった。

 先ほどまで切り捨てようと思っていたのに、いざ助けると決めてしまえば距離感に困る。 彼女が、今までどのような暮らしをして来たかはまるで想像の外だが、この反応から察するに、他人との距離感が極端なのは言うまでもないだろうか。

 

 それを、見てわかっていたのだろうか?

 

「貸してみろって……よぉし、こっちこい」

「!?」

 

 いきなり、幼子の脇の下に手を差し入れた悟空は、その腕力をいかんなく発揮して、彼女を空高く掲げる。

 青年の先の表情は、かなりの困惑顔だがそれも少しの事。 言葉無く、ほんのわずかな時間だけ彼と視線を交えると……

 

「……くすぐったい」

「お? はは! わるかったな?」

「これだけで笑うのですか……わからない」

 

彼女から怯えが抜けていく。

さて、ひとまずの第一接触を済ませた悟空は、そのまま大地に幼子を立たせる。 同時、自身を見上げてくる彼女に悟空は両手を腰に持って行くと、一瞬だけ視線を外す。 なにか、考えをあたまの中で整理し終えると、口を動かしていく。

 

 

 その笑顔、その態度、しかしリインフォースには嫌な予感しか思い浮かばない。

 

 

「わりぃんだけどよ」

「え?」

「すこし、死んだふりしててくれねぇか?」

「なんで?」

「…………………この男は寄りにもよって」

 

 およそ考えられるこれからの指針。 そのなかでも最も安直な手段を選ぼうとする史上最強の戦士を前に、風を名乗る少女は震えを隠せない。

 どうするどうなる。 歴史が動こうとするこのとき、戦士は一体どうやって二人を救う気でいるのか。 ……そして忘れてはいないだろうか。 もしもこのさき元に戻ったとして、史上最悪の魔女が現代で待ち伏せしているという事実を……

 

 彼の、前途は多難である。

 

 

 




悟空「おっす! オラ悟空」

プレシア「そう、そういうことだったのね」

なのは「あ、あわわ! 真実を知ったプレシアさんが……」

クロノ「これはきっと血の雨が降るぞ。 悟空、なるべく早く帰ってきてさっさと済ませてしまうんだ」

ユーノ「そ、そうだね。 こういうのってため込むとまずいって言うし」

フェイト「でも、時間が解決してくれることもある、はず?」

その場の全員『……』

悟空「なんか寒気がすんなぁ、まぁいいや。 次回!」

リインフォース「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第72話 ここはどこ? 教えて神さまよりも偉いエロい人」

???「だれがスケベじじいじゃあ!!」

苦労人「落ち着いてくださいご先祖様! それに私たちの出番はまだ――」

???「わしゃあスケベじゃない! どスケベじゃあ!!」

苦労人「……で、ではみなさんまた今度」

悟空「なんなんだあれ?」


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第72話 ここはどこ? 教えて神さまよりも偉いエロい人

 

 

「あ、そうだ」

 

 声が、一つ上がる。

 其れは山吹色の、ほんの少しだけ襟が破けている道着を着込んだ青年の声。 足元の少女を見下ろせば、彼は大きく微笑んで見せる。 その、顔は只の笑顔だ、何の魔法も、何の不可思議も使っていない表情は。

 

「どうしたの?」

 

 既に少女から不安を取り払っていた。

 見たことの無い人物、聞いたことの無い幻想のような女性。 その、両名に臆することなく、むしろ積極的になって来た感じがする少女。 見た目からして活気に満ちてきたのは幼子特有のわんぱくさから来るものだろうか。

 

「いや、そういや聞いてなかったと思ってな」

「なんのはなし?」

「ん?」

 

 物怖じしない。 この状況では何よりも二人を助ける特性だろう。

 

 同じ容姿をした、あの、金髪の少女とは対照的である。

 

「おめぇの名前だ」

「あ、そうだよね。 挨拶はキチンとしないとダメだって、ママが言ってたもんね」

「ん? そうだな、挨拶はちゃあんとやらねぇとな」

「うん!」

 

 にしし、と笑う彼に釣られていくと、幼子の雰囲気は益々明るくなっていく。 どこか幼稚園の催し前といった雰囲気に、リインフォースは少しだけ後ろに下がる。 ……どうやら様子見と言ったところらしい。

 

「オラ孫悟空ってんだ」

「ソンゴクウ? ……ソンゴ・クウさん?」

「え? ちがうちがう。 そん、ごくう」

「ソンゴさん?」

「ん?」

 

 噛み合わない挨拶。 悟空が何度言おうとも、幼子がゴクウという発音をすることが無い。 何がいけないのか、腕を組んで首を傾げてしまえばいつもの困った表情をする。 ……さて、そろそろ彼女の出番であろうか。

 

「彼女たちの文化圏では、ファミリーネーム……つまり苗字が後に来るんですよ」

「てぇと?」

「彼女は貴方の名前が悟空ではなく、孫から始まる方だと勘違いしている」

「あ、そういうことか!」

「リンディ・ハラオウンなど、該当する人物は結構いたと思ったのですが……」

「はは! 気にしたことねぇや!」

「…………っ」

 

 女性の名前も中途半端に覚える。 それが彼である。

 しかし気を落とすべからず。 彼がリンディの名前を知ったのは幼少のころの記憶。 なので、そこから8年をワープした彼が覚えていたのは奇跡に近い。 それをここに追記しておく。

 

「名前がうしろに付くの? 変なの!」

「そうか? わりと普通だと思うんだけどなぁ」

「変だよ変!」

「ん~~ま、いいじゃねぇか。 それより次はおめぇの番だぞ? ……なんて言うんだ?」

 

 名まえは、聞くまでもない。 だけど聞くことで相手とのコミュニケーションをとる第一歩とする。 悟空の陰で隠れて、自身の中にある様々な検索ツールを駆使しているリインフォースはその壱文を目で追う。

 先んじてそれを実施してる悟空に、いまさらながら感嘆の吐息を空気に混ぜ込めば、彼女はそのまま動向を見守る態勢に入る。 ……彼にその気がなかったとしても、だ。

 

「アリシアだよ。 アリシア・テスタロッサ!」

「アリシアかぁ。 うっし、よろしくなアリシア」

「うん! よろしくお願いします!」

 

 姿勢正して礼儀よく、元気なアイサツが交わされる。 

 どことなく、顔が父親のそれに見えるのは気のせいだろうか? 父性に満ちた微笑でアリシアを見下ろすと、そよ風と踊るように背中から何かが見え隠れする。

 幼子の、視線がつられて右往左往。

 何だろうとおもった悟空が、首を傾げると背後の不審物が挙動を激しくする。 その先を目で追いきれなくなった幼子は、遂にこらえきれなくなったのだろう。

 

「なにこれ! なにこれ!? 後ろにへんなのがある!」

「へんな――あぁ、それか」

「わぁあああッ!! しっぽがあるーー!!」

 

 怯えさせてしまったか?

 突撃少女を回避したリインフォースが一歩後ろに下がって事の展開を見守る。 そうだ、普通に暮らしていれば尾の生えた人間などまず存在しないし、仮にいたとしてもそれは使い魔と認定されるこの世界。

 彼女は、少しだけ思考を加速させていく。

 

「あのですねアリシア、彼は――」

「すごいすごーい! あはは!」

「あ、おい、遊ぶなって!」

「見てみて! テツボー!」

「……しかたがねぇなぁ」

「…………仕方がない人たちです」

 

 宙ぶらりんな尻尾にぶら下がって、ご満悦なお子様が一人。 それを口だけで注意する男のどこまでも甘い事か。 首を左右に振って、ため息を零せば銀色の髪が揺れる。 彼女も、どうやら会話に混ざるようだ。

 

「……さぁ、悟空。 貴方から大切な話があるのでしょう?」

「え? あ、いやぁそうなんだけどな」

「どうしたの?」

「あ、えっと……はは!」

 

 けどそれは、彼の役目だ。

 問題の種を植えた人間は、きちんとその問題を摘み取らなければならない。 中々厳しい彼女の教えに、孫悟空の男を見せる時が来た。

 

 その結果が――――

 

「あ、あのよ? ……おめぇにお願いがあんだ」

「なに? どうしたの?」

「ちょっとさ。 ほんのちょっとだけ、死んだふりしてほしいんだ」

「…………この、男は……ッ」

 

 例えどんなに期待はずれであろうとも、だ。

 

 出てきた妙案は本当に子供だましの代物だ。 なにか、超常的な力もなく、不可思議な事象も必要ない。 強いて居るモノを上げるならば演技力だけ。 その、陳腐な案にリインフォースはこの後、悟空の頭をひっぱたいたそうだ。

 さて、子供に世界の命運を託した男はさておき、リインフォースは膝を折る。 屈んだ姿勢で目線を合わせると、幼子に向かって……

 

「……こんにちは」

「こ、こんにちは」

 

 少しだけ、拙い挨拶。

 硬さが抜けきってないのは互いに緊張しているからだろう。 少女との高感度、40と言ったところか。

 

 でも、彼女の誠意はきちんと伝わっているのか、はたまた幼いうちに持ち合わせる、子供特有の空気を察知する能力の賜物か、アリシアは徐々にだが表情を柔らかくしていく。

 どうやら彼女の事も、悪い人間ではないと感じたらしい。

 

「おねえさんは?」

「え?」

「……おなまえ」

 

 あぁ、と。 想い至った彼女は考えが足りなかったのかそれとも。

 すこしだけ間をおいて、ゆっくりと呼吸をする。 1往復だけの肺の運動も、ゆっくりやれば少しの労働。 脳に血液を送りつけてやれば、造らず、偽らず、彼女なりの表情で言葉を紡いでいく。

 

「リイン……フォース、です」

 

 少し、言葉が詰まってしまった。

 でも仕方がないではないか。 彼女のこの名前は、最近ようやくつけてもらった大切な物。 その、宝物を幼子とは言え他人に紹介するのに、まだ慣れていない彼女の緊張は計り知れない。

 そう言えば初めての自己紹介に……幼子はまたも首を傾げる。

 

「リインさん?」

「いえ、わたしはファミリーネームが存在しないので、リインフォースがそのまま名前で……」

「リインさん!」

「……まぁ、いいでしょう」

 

 其れはなにに対して?

 きっと自己評価的な意味合いが強いであろう彼女の、初めての自己PRはここで終わる。 あまりにも短く、素っ気ないそれは、人生初の大仕事だった故に勘弁願いたいところだろうか。

 さて、彼女との挨拶もここまでにしておき、リインフォースは不甲斐ない戦士の代わりに、重責を負うこととする。

 

「さっそくですがアリシア。 お願いがあります」

「死体ごっこ? おねえさんもするの?」

「あ、いえ。 あの男の戯言は流してもらって結構です」

「そうなの?」

「そうなのです」

 

 真面目に語る彼女の背後で悟空が大汗を流していた。 自身のせい一杯を戯言と流されれば仕方がないだろうが、それでも、悟空のあの対応は無いだろう。

 リインフォースは再度幼子へ視線を向ける。 真剣な、話しだ。

 

「突然、何を言っているのかわからないでしょうが、それでも聞いてください」

「……うん、分った。 大切なお話だね?」

「そうです。 貴方は賢いのですね」

「そ、そうかな?」

 

 どこぞの戦闘種族とは大違いだ。

 付け加える痛烈な言葉に悟空のシッポが垂れ下がる。 さて、リインフォースがアリシアを見つめる中、悟空は先ほどとは立ち位置が入れ替わり彼女の背中で空を見上げている。

 どうやら、リインフォースのお手並み拝見らしい。

 

「信じられないかもしれませんが、わたしたちは遠い未来から来たのです」

「みらい? 明日の事?」

「えぇ、明日のその先。 もっと遠い時間からです」

「遠いの? どれくらい?」

「……20年以上でしょうか」

「わ~~すごいんだねぇ」

「はい」

 

 その調子でゆっくりと状況を説明していくリインフォースに、これまたゆっくりと、だけど懸命にうなずくアリシア。 青い瞳を曇らせることなく、必死に彼女の言葉を呑み込んでいく姿は健気だ。

 そして、あらかたの経緯を説明を終え、これからを思案していこうとすることだろうか。

 

「という訳なのです」

「…………でもそれって、やっぱりわたしが死んだふりしないといけないんだよね?」

「え? いや、そんなはずは」

「だってそのフェイトって妹? が生まれてくるためには、ママにわたしが死んだと思わせないといけないんだよね……?」

「そう、なのですが……いや、しかし」

「ほれ見ろ! オラの言う通りじゃねぇか!」

「貴方は黙っててください!」

「……ちぇ」

 

 などという会話があったのだが、それでもこの先を探していく3人。 そもそも、こんな幼い女の子にこの先の未来を託すこと自体が間違いなのだが。 なにせフェイトの命運は文字通りこの娘が握っているのだ。

 

 

「とにかく、プレシアにアリシアが死んだと思わせて、オラたちはさっさと未来に還る。 これで決まりだな」

「えぇ、あまりこの時間に留まるのは得策ではありません。 時間の修正力は凄まじい物、などと聞きますが、別の資料にある“バタフライエフェクト”なる存在も捨て置くわけにはいきませんし」

「なんだそれ?」

「遠い地で蝶が羽ばたけば、そのときの風で遠い異郷に津波が発生する……些細な事が大きな災害を生む物の例えです」

「へぇ……」

 

それに、彼等にはもう一つ問題がある。

 

「ねぇ、おにぃさんたち帰るって言うけど……魔法で帰るの?」

『え?』

「だって時間を超えるってすごいことなんでしょ……?」

「あ、そういや」

「考えて、ませんね」

 

 帰る術を持たないという事だろうか。

 互いに顔を見合わせる、が。 彼らの困惑は少ない。 何か策があるのだろうか? アリシアが純朴な瞳を見せる中、彼等はそっと呟くのであった。

 

『あいつが何とかするだろう』

「……?」

 

 其れは、アリシアにはわからない人物の事であった。

 

 彼らがこの話をひと段落させると、そこからは急ぎ足で在った。

 リインフォースが考え抜いた先に、ダミー作戦なる物を考案。 特に他に名案がないという事で、それを実施することが決まったのだが、それには最初にプレシアが自宅に帰ってくることが前提だ。

 彼らは、しばらく待つことにした。

 

 

 そして、数時間の時が流れ。

 

「――――そろそろ、帰って来るころでしょう」

「だな。 そんじゃ頼むぞ夜天」

「はい」

 

 言うなり彼女の身体が淡く光る。

 その背を縮ませていき、丁度悟空のひざぐらいにまで下げれば、その髪の色も変わっていき、さらには衣服も変更されていく。

 代わりに変わった彼女の姿は……どこかで、見た覚えのあるものであった。

 

「わ!? わたしだ!」

「うまくできてますか? 悟空」

「おう、バッチシだ。 それと声も変えるの忘れんなよ?」

「まぁ、必要ないとは思いますけど」

 

 喉物に手をやり、数回声を上げれば一気に幼女ボイスへと変わっていく。

 出来上がった、アリシア・テスタロッサ(CVリインフォース)を前に、悟空は見下ろしていくと――――

 

「――――――ゴフッ!!」

「え!? おい!! 夜天!?」

「おねえさん!?」

 

 血反吐が大地に飛び散る。

 小さな口元からマグマのようにあふれたその血液は、当然リインフォースが流したものだ。 何故、どうして? 疑問だらけの彼らを余所に、幼子となった彼女は……

 

「……これくらいでいいでしょうか?」

「大丈夫、なのか?」

「なにを言ってるんですか? 演技ですよ、演技」

「あ、あぁ」

 

 演技であんなもん見せられてちゃたまったもんじゃない。

 汗が滝のように流れる、訳ではないのだが、何となく嫌なものを見てしまったと後頭部に汗が浮かぶ。

 準備は整った。 リインフォースは変異の魔法をそのままに、足元に更なる魔法を紡ぎだす。 すると、地面に彼女の身体が沈んでいく。 つま先から膝下、胸元から頭部まで沈み込んでいけば全身が浸かり、やがて水面の波紋を浮かべるように地面を揺らして消えていく。

 転移の魔法を使ったようだ。 彼女は、彼等から遠く離れ、数時間前までアリシアが居た場所に……そうだ、テスタロッサの家まで移動したようだ。

 

「へぇ、感じからしてシャマルの技だな? 結構器用なコトすんじゃねえか」

「ふぇ??」

 

 悟空が頷き、見守る中、リインフォースは家の中を見渡してみる。

 ここが彼女の過ごしていた場所。 その間取りは、やはり20年あとのあの家に似通っていると思う。 人間、やはりどれほどに時間を過ごしていても根元の方が変わることはないようで。

 趣味趣向がそのままだと理解すると、彼女は口元の汚れを拭うことなく…………瞳孔を一気に開く。

 

「――――!?」

「お、おにいさん……?」

 

 その光景を見ていた悟空は、いいや、彼女の状態を肌で感じることができる彼だけは、分ってしまった。

 

「なんてこった」

「ど、どうしたの……?」

「アイツ、意図的に心臓を止めやがった。 しかも体中の魔力を消したもんだから、それで生きてるあいつは今、実質的に死んだも同然だ。 ……完全に死体になりやがった」

「え? え?! 死んじゃったの!?」

「……一時的にだろうけどな」

 

 魔導生命体……それも極めて特殊な構造をした彼女だからできる技であろう。

 シグナムやシュテルたちにやれと言われても、おそらくできない芸当に悟空は思わず手に汗を握る。

 あまりにも卓越した死体の振りに、悟空は一瞬だけ、本気で彼女の身を案じていた。

 

「あ、ママだ!」

「――っと、もう帰ってきたんか」

 

 少しだけ慌てていた折に、ついぞや返ってきたのはプレシア・テスタロッサだ。

 慌てて気配を消し、物陰から彼女を伺う悟空とアリシア。

 そんな彼の視線の先にいる彼女は、腰まで流した灰色の髪を整えることもなく、若干ボサボサとしたそれを気にすることもしないで、自宅のドアノブに手を伸ばしているところだ。

 その中で、何が待っているとも知らないで……

 

「ただいま……」

 

 疲れた、声。

 あ、いつものママだ……などとアリシアが呟く姿を、どこか愁いているような視線で見ている悟空は果たして何を思ったのだろうか?

 

「ごめんねアリシア……大丈夫――」

 

 玄関からリビングに入り、娘に第一声を掛ける彼女。

 いつも通りの、普段と同じ掛け声。 しかし、だ……

 

「……………………」

「――――――――――あり、しあ……?」

 

 その、中に居たのは既に自身が知っているモノではなく。

 変わり果てたそれは身動きの一つもしていない……昼寝の途中だろうか? きっとお昼の後に遊び過ぎたのだろう。

 口元から滴れる液体は……ジュースだろうか? 不自然に曲がった首は寝相が悪くて、表情を見せない格好なのは何かの偶然だ。

 

「…………あ、り……しあ……」

 

 その、表情はきっと安らかなものに違いない。

 

「……ありしあ」

 

 その身体はきっと午後の陽気で温いものとなっているにちがいな。

 

「あり…………しあ?」

 

 ……幼子の、肩に触れる―――――あまりにも硬い。 まるで彫刻に触れたかのようだ。

 ……触れた肩を引き寄せ、その顔を見てしまう――――目蓋が閉じていない。 どうやら来ているようだ。

 

 ……開いた目と、プレシアの目が交錯する――――幼子の青かった目は、鮮血に染め上っていた。

 

「…………ひっ!」

「…………」

 

 ごろん。

 音を立てて転がってきた自身の娘に、喉の奥から声が引き絞られる。

 何か、大切なものが自身の中で瓦解していく様だった。 つい数時間前まで笑いあい、来週にはピクニックに行くと約束を設けていた……自身の希望の象徴。

 生きる意味、強くあろうと誓った存在。

 その、己のすべてと言ってもいい存在がいま、無残な姿をさらして彼女を迎え入れていた。

 

 何もしゃべらず。

 何を聞き入れることもない。

 

 ただの、肉塊として。

 

「あ、……あぁぁ………ぁぁ」

 

 瞳の奥が熱くなり、脳の中身がグネリと掻き混ぜられたかのようだ。

 奥歯がガチガチと火打石のように叩かれると、足が震えてリビングに尻餅をつく。 ……同時、天井を見上げた彼女の精神は限界を迎える。

 

 

 

「いやぁぁあああぁぁぁあっぁぁああああああアアアアッッ!!!!!!」

 

 

 

 布を裂くように。

 かな切り音を響かせるように……潰えた、彼女の正気。 遂に終わった彼女の平常心は、そのまま狂気の沙汰にまであの女を誘って行こうとするだろう。

 彼女の心はここで壊れ、崩れた常識は悪意で塗り固められ。 叶わぬ願いは周りの不幸で代替えする。 彼女は、もう普通ではいられなくなった。

 

 誰をも騙し、自身を偽り。 ただ、在りし日の幸せが欲しいと猛進するだけの怪物へと、彼女を変える。

 

「…………すまねぇ」

 

 だけどその物語は、決して孫悟空がみることを許されない悪夢であった。

 

 彼は、この世界を後にする。

 

 

 

 

 

「――――…………わるいこと、しちまったな」

「おにいさん……」

 

 ミッドチルダではないどこか。

 瞬間移動を行い、取りあえず二人だけあの現場から消え失せたようだ。 あのまま、母親の狂気を子に見せるわけにもいかないという悟空なりの配慮だろう。 けど、だ。

 

「……ママ」

「……」

 

 言葉も、出ない。

 まさか彼女の人生を狂わせる原因になろうとは、つい数日前までは予期しなかったことだ。 孫悟空は、怯えるように自身の足元にしがみつく幼子の頭を、一回だけ撫でる。

 

「わりぃな、こうする以外に手が見つかんなくて」

「…………ママ、どうなっちゃうの?」

「……20年後にきちんと謝るさ。 それまでは……」

 

 耐えてもらうしかないだろう。

 あまりにも残酷で、惨いやり方。 先ほどまで軽い気持ちで居た悟空も、さすがにいたたまれない気持ちなのだろう。 少女を、直視しながらも心はどこかよそを向いている。

 

「――――――……そんなに罪悪感に苛まれるのなら、最初からやらなければよかったのです」

「……夜天」

 

 でも、それは。

 不意に現れた彼女に、状況の説明を求めるまでもなく悟空はニガイ顔をする。 いつもの朗らかさが嘘のような表情は、それほどまでにプレシアの悲鳴がココロに響いてしまったから。

 

「けれど、その子を見捨てられない気持ちは……分らなくありません」

「……」

「貴方は、最善を尽くそうと頑張った。 其れは、きっと彼女も分ってくれるはずです」

「夜天……」

 

 まぁ、そのあとに一発位は殴られる覚悟は必要だろうが。

 遠い未来にいる彼女を幻視すれば、苦笑いが流れていく。 ようやく、暗い顔をとりやめた彼は、リインフォースを見る。 姿かたちが元に戻った彼女は、おそらく仕事を完了してきたのだろう。

 その、後始末を聞こうと彼はようやく彼女へ歩んでいく。

 

 

 ……あの後、彼女はかなり際どかったらしい。

 

 死体の振りをして、何時蘇生をするかを見極めている最中にも、彼女は何度か自身の状態を確認してきた。 信じられない、きっと間違いだという念が強かったのだろう。 それでも、現実を直視した彼女の行動は早く、尋常ではなかった。

 

「プレシアが、肉体の保存を目的としたのでしょうね。 大きなカプセルを用意した時はぞっとしました」

「火葬なり土葬だったら隙見て逃げれたろうけどな」

「えぇ。 少し考えればよくわかることでしたけど、彼女は死者蘇生を目的に見据えようとしたのですから、肉体の保存を優先するのは当然でしょう」

「でも、おめぇすぐに逃げてきちまったけど……?」

「肉体の消失と見せかけた転移の魔法を使ったのです。 かなり特殊な術ですので、幾らあのプレシアでも見破ることは不可能かと」

 

 旅の友が彼女で本当に助かった。

 あまりの器用さに悟空が目を白黒させる中、アリシアは困った顔で彼女たちを見る。 そうだ、あれから数時間。 すでに昼時を超えて夜の時間に入ろうとしている。 もう、限界なのだろう。

 

「……お腹すいた」

「ん? あぁ、そういやまだなんも食ってなかったな」

「もうそんな時間ですか。 心肺機能その他を停止したので時間の感覚が……」

 

 夕闇にトリが鳴き、飛び去っていく。

 鬱屈とした心に見合う夜の闇は、どしてだろう、その名を憎んでいた魔本の管理人にはいま、程よい心地よさを与えてくれる。

 でも、それは決して闇の色のせいではなくて。

 

「おねえさん、ご飯はそうだけどお金……」

「要りませんよ、そのような物」

「おう、オラに任せとけ」

「え? どういうこと?」

 

 きっと、この娘のおかげなのだと、彼女自身も理解の中であろう。

 

 

 

 

 

 ――――――――――…………そう、心に仕舞い込んだときである。

 

「いやぁ、何とか通常空間に出てこれました」

『……あ!?』

「え? どうかしましたか?」

『おまえ!!』

「え? ……え?」

 

 其れはついに姿を現した。

 孫悟空と同じくらいか、少し高い程度の高身長。 リインフォースと同じく白銀に染まった頭髪と、青みがかった白人の男性。 仰々しいほどの服飾は人外さを醸し出し、いかにも意味がありげな雰囲気を出している左右のピアスは、静かに鈴の音を揺らしている。

 

 そうだ、ついに彼が、孫悟空の目の前に現れたのだ。

 

「すみません悟空さん。 まさかあのようなことを――」

「いや、オラは良いんだけど……ちゅうかおめぇどうやってここに来たんだ?」

「はい?」

 

 

 ……この男、本当に蚊帳の外で動いているようだ。

 

 今の一言で、人外の男を完全に戦力外にカウントしたのは言うまでもない。 なにやら残念なものを見る目で、まさしく哀れだと言わんばかりに表情を悲しげに染めるリインフォースは、孫悟空へ耳打ちをする。

 

「あの男はなにをしにやってきたのでしょうか?」

「いやぁ、オラもわかんねぇ。 少なくとも遊びに来たわけじゃなさそうだしな」

「――こほん。 あの後すぐにお二人を探したのです。 けれどあの嵐の中でふたりの魔力、そして気を見つけるのは困難でした。 探し出すまでにかなり時間を食ってしまって」

 

 やっと見つけたと思ったらここに居ました。

 男の説明を聞く中でもリインフォースの嫌疑の視線は収まることを知らない。 大体、いかにもという雰囲気を出しておきながらあの体たらくだ。 彼女の反応も仕方がない。

 

「いろいろ話したいことはあるでしょうけど、時空のうねりがこれ以上酷くならないうちに早くむこうに行ってしまいましょう」

「むこう?」

「えぇ。 貴方は覚えがないとは思いますが、この世を包む世界の終着点……界王神界に」

『界王神界!?』

 

 聞いたことが無い単語だ。

 リインフォースはおろか、孫悟空にさえ記憶の片隅にすらない。 そうだ、世界の深遠を知るはずだった男すら知らないことを、極平然と言えるこの男は間違いない……

 

「貴方は、神の類いなのですか……?」

「え? えぇ、そう言うことになりますね」

「……」

「貴方が記憶の中で知る地球の神や、界王たちとは雰囲気が違うのは当然です。 私はそれを束ねるモノですから」

「な!?」

 

 何でもない風に、視線を交わすこともなく心の中を言い当てられたリインフォース。 これには当人も驚いたらしく、赤い目を瞳孔ごとひらかせる。 彼女自身、自分が感情を表に出しにくい性分なのを深く理解しているし、それが欠点だというのもわかっている。

 だが、転じて強い武器になることもわかっているからこそ、時に無愛想を装う情報収集もやっていた。 だが、目の前の男はそんな“表情で読み取る”という初歩的なことをすっ飛ばしたのだ。 ……遂にリインフォースは戦慄を隠せなくなる。

 

「まさかあなたは……!」

「おっといけない、そこの方もですか? たしか……フェイト・テスタロッサさんでしたっけ?」

「え? いや、こいつは――」

「急ぎましょう。 カイカイ―――――……」

 

 勝手に話を進めて、勝手に幼子を巻き込んだ偉い人は、そのまま空間の隙間へと入り込んでいってしまう。

 

 

 

 

 ――――時空間の、狭間。

 

「なぁ! オラたちがこれから行く界王神界って聞いたことねぇんだけど、どういうとこなんだ!」

「あぁ、そう言えばそうでしたね。 貴方はまだ知らないのですよね」

 

 乱れた時空間で、今度こそ手を離さぬと決めた彼らは、謎の男を先頭に悟空、リインフォースとアリシアの順で嵐の中を突っ切っていく。 目に見えぬ風を受けながらも、二人の屈強な男を先頭にしているのだ、もう、飛ばされる心配はない。

 だからこそできた余裕に、孫悟空は質問を投げかける。

 

「そうですね。 簡単に言えばあの世のさらに先にある、我々界王神が下界の星々を見守るために存在する聖域のことでしょうか」

「……よっくわかんねぇけど、どうしてオラそこにいかなくちゃなんねぇんだ?」

「確かに、このままあなたをお連れしないで、もと居た場所に還したほうがいいのかもしれないでしょう。 けれど、果たしてそれでいいのですか?」

「…………」

 

 想わぬ質問に、だけど悟空は思い当たる節があるようで。 即座に反論できない彼を見ると、リインフォースが逆に問い詰める。

 

「良いに決まっているではないですか!? あのクウラを相手に主たちだけでは――」

「……いや、そうとも限らねぇぞ」

「悟空……!?」

「あのクウラは確かに強かった。 けど、あんなありえねぇ位に気を使って、無事でいられる保証はねぇ。 そりゃあ、セルっちゅう前に戦った化け物みたいなヤツだったらやべぇけど……」

 

 ……どうにも、今回は焦りを感じない。

 

 孫悟空が静かな顔で言うなり、リインフォースは黙り込んでしまう。

 静かで、大人しくて、だけど……いいや、だからこそ迫力のある面持ちなかれに、言葉を呑み込んでしまったのだ。 あの、能天気を絵にかいたような彼だが、やはり歴戦の強者。 こういう時の直感は、誰よりも優れていて。

 

「あいつらならきっとやってくれる。 信じよう、オラたちなしでもやってくれるさ」

「悟空……貴方は……」

「……ふふ」

 

 まるで全てを見透かしているような……瞳。

 この、あまりにも無責任にも思える発言は、だけどそれだけ彼女たちを信頼しているからだと、リインフォースは感じ取る。 だって、彼の目は決して弱気に染まっていないのだ。

 只力強く。 そうあることだと言い張る彼に、何の疑念もない。

 やってくれると、心の底から思っているからこそ、彼はもう、彼女たちの元へ急ぐことをやめたのだ。

 

「では、話しの方もまとまったようですし」

 

 行きましょう。

 人外の彼が皆を誘導すると、遠くの方で光が差し込んでくる。

 直感的にあそこが出口だと思った彼らは、しかし決してつないだ手を緩めることはしない。 もう、変なところに置き去りは御免だから。

 

「みなさん、今度こそ手を離さないでくださいよ!」

「そりゃこっちの台詞だぞ」

「……あ、あはは……と、とにかく行きましょう!」

 

 やや強引に翔けぬける彼。

 さて、ようやく見えてきた出口に、皆がこれから先への期待を膨らませる。 先ほどから、あの人外を訝しげに見つめていたリインフォースも例外ではない。

 

 彼らは、遂に禁忌の地へと足を――――ボフン!!

 

「…………………あ」

「悟空さん!?」

「しまった!? もうこんな時間なのですか!」

「え!? どうしておにいさん――――」

 

 時間が、止まったかのよう。

 人外の彼が力強く握っていた手が不意に消失する。 まさかの事態に感覚を疑い、それでもまだなんとか視線を手の先へ移動させた彼は……見た。

 

「おら子供になっちまった!!」

「そんな!? 悟空さん――――」

 

 叫んだ時にはもう手遅れ。 悟空の手を再度つかめなかった彼との距離はどんどん離れていくばかりだ。

 時空の嵐に呑まれていく孫悟空。 伸長120センチの彼は、そのちいさな手足をばたつかせながらも、残った気力を振り絞っていく。

 

「くそぉ、姿勢保つので精一杯だ」

「――――悟空!!」

「夜天か……!」

 

 差し出された、手。

 無造作につかめば彼の身体が一気に引き寄せられていく。 悟空の隣にいた彼女だ、当然、彼が手を離したものだからまたも運命を共にしたのは言うまでもない。

 彼女たちの、時空間移動がまたも行われる。

 

「いいですか! わたし達はともかく、アリシアをこのままここに滞在させる訳にはいきません。 体力の少ないこの子には、この空間内は消耗が激しすぎる! 適当なところに不時着します」

「それはいいけどどうすんだ!?」

「転移魔法を追加で……ぐっ!? 座標がめちゃくちゃ――悟空! クウラの時の技で――」

「オラ子供になっちまってるから無理だぞ!」

「そ、そんな――――ッ!?」

 

 横合いから暴風を受ける。

 グワリグワリと回る景色に、皆の三半規管は既に限界。 喉もとまでにせり上がってくる嘔吐感を抑えるのに必死なアリシアを筆頭に、疲れがついにピークを超えようとする。

 

 ……その、彼等が居る空間が、いつかの時と同じくまたもどこかへと流れ、消えていく。

 

 

 

 

 

 

「―――――――……うぉ!?」

「きゃあ!」

「うくっ!?」

 

 地面に転がること2回転。 自分たちが墜落したのか、着地したのかも判断できないほどに転がされてしまった訳ではないのに、もう、いまどの態勢で大地に身体を預けているのかもわからない。

 狂った感覚を、ゆっくり休めながら彼らは背中を大地に付ける。

 

「いきて、ますね」

「あぁ、……なんとかな」

「うぅ……」

 

 三者三様の声を響かせて、彼等はこの世界へと不時着したようだ。

 先ほどまでの景色を思い浮べて、よく無事だったと心をなだめる。 何時ぞや行った重力修行の方がまだマシだったと述懐する悟空に、リインフォースも同じだと言わんばかりに首を縦に動かした。

 

 そのまま、動かした視線を横にずらしてみる。

 

 広大な自然が彼らの視界を埋め尽くす。

 どこか、未開拓を思わせるのだが、孫悟空の野生の鼻が訴えかける。 ここは、彼の知っている空気を持つ場所だと。

 

「なぁ、夜天」

「悟空?」

「ど、どうやら……かえってきたらしいぞ……」

「!?」

 

 そうだ、ここは彼が知る星。

 最近になって知った日本という国に、雰囲気と香りがしっかりと合致していたのだ。

 

「では主たち……も……」

「いやぁ、それなんだけどよ」

「どうしたのですか?」

「アイツ等の気を感じねぇんだ。 ……もちろん、クウラもだ」

 

 感じ取れるはずだ……彼が、いつもの調子ならば。

 しかし今の悟空は、気力のほとんどを使い果たし、さらにはジュエルシードの魔力を失い子供の状態にまで落ち込んでいる。 ならば、本調子でないのなら……きっと彼の探知は正確ではないのではとリインフォースは考える、だが。

 

「…………本当、なのですね」

「あぁ、まちがいねぇ」

 

 彼の瞳は嘘を言わなかった。

 絶大なる自信の元に言い渡されたそれは、リインフォースすら黙らせる。

 

「さて、と」

 

 立ち上がる、悟空。

 いつまでもこんなところで寝ていられないと、言い聞かせるような速さだ。 弱った体だというのに力強いそれはリインフォースにも伝染していく。 ……彼女も、彼の隣に立ち上がる。

 

「まずはいまここがどこかだけど――」

「おそらく富士の麓でしょう。 これほどの樹海はあそこ意外に考えられません」

「てことは?」

「高町なのはが住んでいる家からはそう遠くはないはずです」

 

 あくまで、悟空の物差しで言えばだが。

 100万キロを三時間切る男に、標準時間などあてにはならない。 リインフォースは、取りあえずそれだけ告げると指先を夜空へ沿わせる。

 

「夜空に浮かぶ星の並び、そして肌で感じる空気の温度から言って今は11月の半ばといった頃でしょう」

「11? あれ、そういやオラたち……」

「12月の終わりの頃、だったはずです。 わたし達が旅館へ行ったのは」

「……てことはまだ元の時間には帰って来てねぇのか」

「その様です」

 

 ざっくばらんに今の状況を中空のウィンドウに書き綴る彼女。 先ほどは無かったその動きを見た悟空は首を傾げる。

 

「……あぁ、これですか? 御気になさらずに」

「ふーん。 ま、いいけどな」

 

 片手で抑えた彼女に、しかし気にしないと言った風な悟空はすぐ横を見る。

 己の、先ほどまでひざぐらいだった……そう、彼女の存在をいま、ようやく思い出したようだ。

 

「……あ、あの……!」

「ん? どうしかしたんか?」

「え、あ……え?」

 

 その子……つまりアリシアは、只々驚くことしかできずにいた。

 今の今まで見上げていた相手が……あの、屈強だった青年がどこにもおらず、次に目を開けた瞬間には年の近そうな男の子が一人、彼女の前でなんとも言えない表情をしていたのだから。

 養育施設だとか、保育施設だとかでは決して見ることが無い……貌。

 一瞬だけだったそれは、彼女の中でもいつまでも消えることが無くて。

 

「お、おにい……さん、なの?」

 

 それは彼にではなく、自身に問いかける声だった。

 

「なんだアリシア、そんなもん見りゃわかんだろ?」

「無理を言わないでください孫悟空。 今の貴方はどう見てもただの子供……アリシアが戸惑うのも無理有りません」

 

 すぐさま加わるリインフォースのフォローに、やはりこの人なんだとどこか呆け顔になるアリシア。

 そのまま背の高さが同程度になった悟空を見ると、途端に顔が明るくなる。

 

「おにいさんって子供だったの!?」

「ん? ちげぇぞ、オラ子供じゃねぇって」

「でも今のって変身魔法なんだよね? 前にママが言ってたの覚えてるもん!」

「ん~~そういうんじゃねぇんだよなぁ」

 

 困った悟空が首を傾げる中、アリシアは彼の頭を見つめている。 正確には彼の頭頂部……ウニのように伸ばされた髪の毛の天辺だ。

 

「……あ! わたしが勝ってる!」

「え?」

「背! わたしの方が高い!」

「そんなことねぇだろ……現に――」

「――髪の毛潰したらわたしの方が大きいもん! へへぇ~~ん、わたしの方がおねえさん!」

「……まいったなぁ」

 

 悟空との背ぇ比べに勝利したのがご満悦だったのだろう。 アリシアが機嫌よく鼻歌を奏でている中、悟空は少しだけ目線を上にあげてみたりする。 すこしだけ、気になっているようだ。

 その姿を見逃さなかったリインフォースは、少しだけ苦笑い。 微笑ましいとも形容できる其れは、今までの彼女を知るモノが視たら感涙を禁じ得ないだろう。

 

「さて、と。 少しだけ元気出てきたな」

「えぇ、アリシアのおかげで心にもゆとりが出来ました」

「わたし何もしてないよ?」

 

 そんなことありません。

 リインフォースが優しく微笑む中、孫悟空は周りを見渡していく。 いつも通りの感覚センサーを、およそ地球全土に張り巡らせているのだろう。

 そんな彼が目を鋭くすれば……ひとつだけ見えた物があった。

 

「あった……覚えのある気だ」

「誰のですか?!」

「……これは」

 

 遠くの方。 いいや、孫悟空からすればかなり近い部類になるのだろうか。

 悟空が視線を飛ばせば、釣られて横に居た幼子も見てみる。 けれどあるのは緑の景色だけ。 先ほどから悟空が何を指して話しているのかもわからないまま、彼女は小首をかしげてしまう。

 そんな中で、悟空のセンサーはある一つの結論をはじき出した。

 

「……シロウだ。 シロウの気だ!」

「高町士郎が居る。 ……どこにですか?」

 

 そうだ、初めてこの地球で出会った彼。 その気を感じ取った悟空はすかさず精神を集中していく。 この、背の縮んだ姿で瞬間移動は出来ずとも、彼の居るところまでなら飛んで行ける。 そう睨んだうえでの捜索だったのだが。

 

「ここらへんじゃねぇ……どういう事だ? “うみなり”の方じゃなくてもっと遠いところから感じる。 しかも気が随分とちいせぇ」

「まさか負傷しているのですか!?」

「……いや、どうもそういうんじゃねぇ感じだ。 まるでこれが普通って言うか……怪我してる時って大体気の上下があるんだがそれがねぇんだ」

 

 だから彼が大怪我を追っていることはありえない。

 あまりに不可解だが、彼の探知の精度は管理局のどんな機器よりも正確だ、ならば信じるほかあるまい。

 リインフォースがそう結論付けると、そのままゆっくりと息を吐き出す。

 今まで溜まっていた不安も疲れも、一気に吐き出してしまいそうな深い溜息。 目も瞑って静かに佇むとそっと言葉を吐き出す。

 

「どうやら戦いは起こっていないようですし、しばらくの間休息をとりましょう」

「え? なのはたちに会いに行かねぇのか?」

「ここがどういった時間軸なのかわからないのです。 無駄な接触は歴史の崩壊を招く恐れがあります。 だから慎重に行かないといけないのです」

「……わかった、言うとおりにする」

「はい、そうしてくれると助かります」

 

 悟空が頷くのを確認すると、今度はアリシアを見つめるリインフォース。 幼子にはかなりの長旅を強いてきたことに加え、そろそろ彼女たちはいろんな意味で休息が必要になる。 ……なぜなら。

 

「――――――――ひゃあ!?」

「ん?」

「な、なに……今の音!」

 

 アリシアのすぐ横で、航空機の撃墜音が轟く!!

 

 まさか、いきなりの戦闘行為に身体を縮こまらせると、地震訓練のように頭を隠してその場でしゃがみ込む。 ……悟空が、呑気に尻尾を振るう中でだ。

 

「どうした? アリシア」

「ど、どうしたって! 今聞こえなかったの!? 戦闘だよ! 戦争だよ!!」

「ん? 別にオラたち以外に人なんか居ねぇけどな?」

「でも確かに爆発が!」

「んん?」

 

 そんな筈はないと首を傾げる悟空に猛反発するのはアリシアだ。 あぁ、そう言えばm彼女はこの現象を体験するのは初めてなのだろう。

 音の正体をわかっているリインフォースは少しだけ目元を緩めて見せる。

 

「落ち着いてください、アリシア」

「おねぇさん?」

「今のは戦闘でも、貴方の世界では珍しい地震でもありません」

「え? で、でも……」

 

 まさかの対立者に自信がなくなってきたのだろう、明らかに浮かない顔をし始めた彼女に、しかしリインフォースは微笑を崩さない。

 

「悟空、そろそろ食事にしましょう」

「お! そうだな、旅館で飯食ってからもう20時間以上は経つもんな」

「…………ま、まさか」

 

 ささやかな答え合わせにすぐさま勘付くこの幼子は、中々に察しが良いらしい。 隣にいる背の小さい戦士に向かって視線を伸ばせば、角度を10度ほど下に向ける。 ……道着の帯あたりを見ると、口元を引きつらせ……

 

「おにぃさん、おなかすいてるの……?」

「はは! ハラの音聞かれちまったな!」

「……うそでしょ」

 

 信じられない顔をするのは仕方がないことだ。 なにせ戦闘爆撃機が通った後のような音を直近で聞いて、それがおなかの音だと言われて誰が信じるものか。 少なくとも、この男に会わなければ生涯誰も発想すらしないであろう。

 そんな、不思議体験をしたアリシアは更なる不可思議を体験することになる。

 

「では、狩りの時間です……――――」

「――――…………ふぇ?」

 

 見ていた景色が一気に塗り替わり、茂る森林が荒野に変わり果て、幼子を正に異空間へとイザナウ。 きょろきょろとあたりを見渡してしまえば、ここでようやく何かが起きたと把握して、事情を知るであろうリインフォースに全力で振り向く。

 

「ここは、管理外世界の中でもさらに秘境と呼ばれる区域で、あの時代でも管理局が立ち入らない――」

「いまのってどうなってるの!?」

「あぁ、そちらでしたか。 ……もともとは孫悟空の、いいえ、元を辿ればヤードラットのもつ技能の一つなのですが。 瞬間移動という物を使いました」

「転移魔法じゃないの?」

「はい、あれとはまた違う側面を持っているのが今の業です」

「へぇ~~」

 

 聞いたことが無い技におどろき、それが出来るという孫悟空という今ではもう少年の姿になっている彼を見て、なんとも意外そうな顔をするアリシア。 何となく、ファイターを思わせる風貌だった故に、おそらくそんな補助魔法じみたことができるとは思っていなかったのだろう。

 

「おにぃさんってすごいんだね~ あ! あとでいろんなとこ見てみたい! 連れてって!」

「この姿じゃできねぇけど、あとでいろんなとこ連れてってやる。 しばらくしたらもどっからそれまで我慢すんだぞ?」

「うん!」

 

 などと、悟空と軽い約束を取り付けたアリシアはご満悦だ。

 さて、孫悟空が子供の姿になっているのは既に周知の事実だが、それでも彼が既に一般人レベルでは達人の域を超越しているのを忘れてはならない。

 そんな、生身が凶器である彼はおもむろ後ろを振り向く。 ……どうしたの? などと声をかけるアリシアを余所に、彼の鼻が動けば足が大地を蹴る。

 

「オラちょっくらメシとってくる!」

「任せましたよ、孫悟空」

「え? こんな荒野にお店なんて……」

 

 舗装された道路どころか電柱の一本だってない野生の王国。 地球で言うサバンナを彷彿とさせる熱帯地域を前にして、温室育ち同然の幼子は疑問符を小さく揺らしている。

 どこでどうやって?

 お金は?

 わたしたちに食べれるものがあるの?

 

 尽きぬ疑問は、だけど次の瞬間には消えてなくなってしまう。

 

「おーい!」

「あ! おにぃさ…………え?」

 

 すぐさま帰ってくるあの少年……孫悟空の声を聴いたアリシアは子ネコのような声を上げる。 いったい何をどうやって食料を調達してきたのか、気になる答えを早く解決しようと彼に視線を向けた時である。

 

「げっ!!」

 

 美少女に有るまじき、まるでカエルを踏みつぶしたような音。

 母親が聞いたら失笑を禁じ得ないそれは、別段孫悟空を見たからという訳ではない。

 

 彼は普通だ。

 その身体を縮ませ、合わせるかのようにサイズダウンされた亀仙流の道着は先ほどと何ら変わりはない。 キズもなく、破れさえないそれは彼の無事を示していた。

 

 しかし、だ。

 

【グギャアアアアア!!】

「きょ、恐竜!!?」

 

 かなりの速度で走ってくる彼の背後から、推定全高70メートル大の怪獣が襲いかかっている事実を除けば、だが。

 

 その姿を確認したアリシアの表情は既に筆舌にしがたいモノとなっていた。 まるでどこぞの世界最強のアンドロイドが出てくる物語の住人のような、ギャグチックな表情とでも言おうか。

 目玉が飛び出んばかりの衝撃に、さしもの元気っ子も腰が抜けて動けない。

 

「わりぃわりぃ、ちぃと失敗しちまった」

「し、しししし―――」

「まったく貴方という人は。 自身の実力に見合った狩りをしないでどうするのですか?」

「なんで冷静なの!? おにぃさんが――!!」

「えぇ、欲張ったようですね」

「ちがうよね!? 命の危機!!」

 

 あははーーなんて笑いながら土煙を巻き上げ走ってくる悟空。 どこか、他愛のない鬼ごっこを思わせるかけっこは、だけど常人でしかないアリシアから見ればパニック映画並みの恐怖の出来事だ。

 いきなりの命の危険に、少女の常識が発泡スチロールのように削れていく。 そりゃもうえらく簡単にだ。

 

「に、にげ……にげなくちゃ……はわわ!」

「しかたない……アリシア、そこを動かないで」

「う、動きたくても動けないです」

 

 腰を抜かし、地べたに尻餅をついたアリシア。 既に全身が脳からの命令を拒否している最中に、暖かい風が彼女を包む。 いいや、其れは幻覚だったのだろう。 この地に吹く風は熱砂と同等の熱さを与える物。 なら、彼女を包んだのはこの世界の風ではなくて。

 

「悟空、貸ひとつです」

「おう、好きにやってくれ!」

【グギャアアッァァァア!!】

 

 恐竜が駆け抜けるたびにアリシアの身体が大きく揺れていく。 それが、大地からの振動だということにようやく気が付いた彼女は、目の前の巨体がもたらす恐怖の度合いをようやく認識できた。

 あんな奴に敵うわけがない。

 少女は、己が命運を見失っていて。

 

 ……でも、彼女はここで改めて知ることとなる。

 

 

 

「――――――――キッ!!」

【!!?!?】

「え、え!?」

 

 彼女たちの実力という物を。

 

 リインフォースが恐竜を睨みつけると、奴の進撃は途絶える。

止んだ地震、消えていく恐怖心。 あの恐竜の接近が無くなったと、今度こそ安堵したのもつかの間……アリシアの身体に、特大の衝撃が襲う。

 

「……うそ」

 

 まさか奴が再び……? いいや、既に奴は咆哮すら響かせることなく沈黙を決め込んでいる……否、叫ぶという行動すらさせてもらえない。

 三度、あの恐竜を見る。

余りにも巨大に過ぎる全長。 其処は相変わらずなのだが態勢が先ほどとは違う。 けたたましい叫び声は無く、大地を震撼させる走行音も既にならせない。

 

余りにも静かすぎる奴は、あろうことか鋭い牙を並べた口元から泡を溢れさせて大地に横たわっていたのだ。 

 

「ど、どうやって……」

 

 信じられないモノを見た。

 まさにそれしか言葉にできないアリシアは、その現象を引き起こした正体を見上げる。 銀髪が揺れれば流麗。 赤い瞳が見据えるならば全てを切り裂くかのよう。 その、鋭い刀剣のような彼女は今まで見たこともない雰囲気を醸し出していた。

 幼子は、背中に汗を流す。

 

「さぁ、今日のゴハンですよアリシア」

「……え?」

「さぁて食っか!」

「えぇ?!」

 

 ……のもつかの間。 あっという間のアットホームに置いてけぼりを喰らうのでありました。

 

 孫悟空が腕を振り回せばその短い腕と、小さな体のどこにあったのだろう……

 

「よっこいせ」

「も、ももも!? もちあげた!!」

 

 発泡スチロールを持ち上げるかのような手軽さで、例の恐竜を持ち上げてみせる。

 なんとまぁ簡単にやってくれるのだろうかこの男の子は。 あまりにもあんまりな夢のような現実にさしものアリシアの常識は一気に瓦解していく。

 

―――――ようこそ、悟空ワールドへ。

 

「…………もう何がなんだか」

「?」

 

 その、目まぐるしい変化に耐えきれていない少女に、しかし気が付いてやれない悟空は彼女の視線が無いうちに“調理”をこなしていくのであった。

 

 

 

 ……そして、孫悟空の腹が膨れるころ。

 

 

「―――――――…………っと、何とかついたな」

 

 孫悟空は、またも地球の大地に踏み込んでいた。

 道連れの彼女が使う転移魔法にて、隣接世界より舞い戻った彼は空を仰ぐ。 時空間の移動による時差があるため、先ほどの世界が昼だろうと、問答無用で夜へと切り替わっているこの世界に、少しだけ驚いたようだ。

 空は満天の星空、其の中でひときわ輝く星を見た誰かさんが“危なかった”と呟く中、悟空の背後で尻尾が揺らめく。 ……なにか、見つけたようだ。

 

「居たな」

「……なにを見つけたのですか?」

 

 視線は鋭く、けれど殺気はかなり薄い。 

 真剣みだけが増していく孫悟空に、思わず息を呑んだのはアリシアだ。 合って間もない彼だが、見たことない大人の顔になる同じ背丈の男の子に、彼女はいったい何を思うのだろうか。

 

 ……さて、そんなアリシアを放っておいて孫悟空の探知は最大限のちからを発揮していく。

 目に見えない事柄全てを捕え、自然界に存在するすべてと対話をするかのような彼の雰囲気に、さしものリインフォースすら呑み込まれようかというところだ。

 

「シロウの気だ。 やっぱりさっきと比べてかなり小さい」

「高町士郎……ですが彼は元々は一般人の筈です。 気の総量が低いのは自然な事では――」

「え?」

「……どうかしましたか?」

 

 ここで、リインフォースと完全に表情を違えた孫悟空。 なにやらおかしなものを見るような目で彼女に視線を飛ばすと、そのまま困った顔をして見せる。 ……なにかをいったようである。

 

「なんだおめぇ、もしかして相手の気を探れねぇのか?」

「……実は、そうなのです」

 

 ここで明らかになる意外な弱点。 そう言えば、そうであったろうか。

 そもそも魔導生命体ですらなく、あの夜天の書に備えられた高度な疑似人格管制プログラムが彼女である。 もとより生命体ではない彼女に、気という生物が持つ力を理解しろというのが無理な話だ。

 今まで、そう、孫悟空の瞬間移動の模造品を使った時も、探り当てたのは強大な魔力に他ならない。

 

 在り方としての限界が、ここでようやく明かされたのだ。

 

 ……そして。

 

「他の奴は気付いてたかは知らねぇけどな、シロウの奴は初めて会った時のオラなんかとっくに超えた力量は有ったんだぞ?」

「――――!?」

「たぶん、随分昔に誰かに師事してもらったんだろうけどな。 ほら、クウラに一番ボコボコにされてたのはあいつだろ? でも、大したケガはしてなかったじゃねぇか。 あれが証拠だ」

「なんてこと……では、あの時すでにターレスをも?」

「さすがにそこまではいかねぇけど。 いいとこ、オラが二回目に出た天下一武道会で優勝できるかもしんねぇかな? ってくれぇには強い」

「……はぁ……」

 

 もちろん、気功波とかは使えねぇみたいだけどな。

 想わぬ情報にリインフォースは思う。 あの化け物ぞろいの武道大会で優勝が出来る時点で人間は卒業だ。 普段の高町士郎を思い浮べてもそんな風には思えない。 ……彼は、やはり若干渋いコーヒーを淹れてるのが良く似合う。

 

「でだ、そのシロウの気がウンと弱くなっちまってる。 ……ちがうな、気の総量そのものが低い」

「まさか。 気の総量が低くなるということは、つまり身体が弱くなるという事ですよ? 確かに彼の肉体は全盛期ではありませんし、貴方のような不思議体質でもありません。 故に、気の総量が低くなるということはつまり極端に疲れているか――」

「――修行をさぼっちまったか。 だけどシロウに関してそれはありえねぇ、なにせキョウヤとミユキがいるかんな」

「えぇ、師匠という立場上あのモノは常に弟子より先を歩かなくてはいけません。 そんな彼が研鑽を怠るなどとはありえない」

「……だとすると」

 

 一体、どういう事だろうか。

 困り果てたリインフォースに、しかし悟空は笑って答える。 なんだ、答えは簡単じゃねぇかと、授業で敵当を言い放つ悪がきのような軽さで……

 

「案外シロウのヤツ子供になっちまってたりしてな!」

「そんな馬鹿なことがある物ですか。 ……貴方じゃないんですから」

「ねぇ、おねぇさん。 地球のヒトってみんないきなり小さくなるの?」

「いいえ、そのようなことは断じてありません。 この男はそもそも地球人ですらないので、お願いですので地球の方々と一緒にしないで上げてください。 彼らがかわいそうです」

 

 その軽さを一気にすっ飛ばして見せたリインフォース。 アリシアの質問に冷静な対応をしつつも、ある想像が頭の中をよぎってしまう。 もしも、この地球に生きる総人口すべてがサイヤ人だったら……

 

「おそらく作物の自給自足が間に合わなくなって結局少数民族入りすることになるでしょうし」

「ふぇ?」

「いいえ、なんでもありません」

 

 さて、関係ないことに話題が逸れたが、ここでリインフォースはあたりを見渡す。 相変わらずの魔力の無さ、そうだ、此処が地球だというのなら“彼女たち”もいていいはず。 なのに、反応すらないのはどういうことだ。

 魔力ならば探知が出来る彼女は、逆に分らなくなる。

 

「孫悟空、貴方は気が付いてますか?」

「なんだ? いきなり」

「闇のマテリアル……いいえ、ディアーチェたちの反応が無いことを」

「……そういやそうだな」

 

 悟空も気が付いてなかったようだが、これはこれでおかしい。

 そもそも、あのシュテルが悟空の存在を感じ取る物ならば飛んでこない訳がない。 そう、脳内で計算をしているリインフォースはある憶測を紡ぎだす。

 

「すこし、時間がまだ完全ではない……いいえ、あの時よりも過去に来ているとしたら」

「え?」

「おねぇさん?」

「悟空、どうやら貴方は正解を踏んだようだ」

「どういうことだ?」

「気が付くべきだった。 そもそも、あんな訳の分からない男に引っ掻き回されて、無事に帰還できたと思う方がどうかしていた。 まだ、私たちは元の時間軸に帰還できていないのです!」

『へぇ~~』

「少しは緊張感を持ってください……」

 

 それでも、帰ってくる反応はなんとも薄いモノであって。

 

「わたしはもう未来に来てるはずだし……実感が」

「オラよくわかんねぇ!」

「……そう言えば子供の姿の時は知力の低下が観られましたね……はぁ……」

 

 疲れが一気に増大するリインフォース。 祝福という名称に違うため息を流すと、そのまま悟空をジトメで観る。 こうやって、なぜ自分だけ取り乱さなければならないのか。

 唯一で、共通の被害者ではないのか?

 名実ともに年長者である彼女は、ここで少しだけ負担が増えたようだ。

 

「……とりあえず、貴方の回復に専念しましょう。 何もしなくても三日で回復するのでしょう?」

「あぁそうだな。 精神集中すればさらに短縮できるはずだぞ」

「そう言えばあの時の決戦ではそれで負けましたっけ」

「おう、おめぇの計算違いに早く回復したもんだからな。 ま、近くにいたロッテやアリアからもウンと魔力を分けてもらってたかんな」

「……そう言うカラクリでしたか。 妙に回復が早いわけで」

 

 少し前の出来事を思い出して、共に笑いあう二人。 そんな彼女たちに若干つまらない顔をしたのはアリシアだ。 自分にはよくわからないことで笑う二人があまり快くないみたいで、唇を尖らせる姿はどこまでもお子様だ。

 

「さぁてと、そんじゃどこで休むか」

「翠屋に押し掛ける訳にはいかないでしょうし……そうですね、ここはひとつ悪戯をしてみましょう」

『いたずら?』

 

 つぶやけば見上げる空。 黒い空でも星がある分闇を感じさせない。

 そんな星空の下で微笑んだリインフォースはなにをしようというのだろうか? 彼女の、数百年ぶりのお遊びが始まろうとしていた。

 

 

「―――……さぁ、到着です」

「へぇ、無人島かぁ」

「わあ! 海だよ海! おっきい!!」

「ふふ」

 

 先ほどと同じ夜空の、海鳴からは遠く離れたどこか。 そこに彼女は転移魔法を使って飛んできた。

 そこで気のセンサーが人を居ないことを感知した悟空は彼女の狙いを看破し、アリシアは只はしゃぐだけ。 でも、コレの一体どこがイタズラなのだろうか。 分らぬ二人に、しかし彼女は言う。

 

「悪戯はまた明日です。 今日はもう遅い事ですし――」

 

 手を地面にかざす。

 幾何学化の文様が現れると彼等を包むかのように薄い膜が張られていく。 その光景を見た時であろう、アリシアはふと身体に異変を感じ取る。

 

「さっきまで肌寒かったのに、なんだか暖房を入れたみたいにあったかい」

「治癒の魔法の一種です。 このあたりに張った結界内の空調を整えました」

「お! 砂浜がまるで布団みてぇになってんぞ! ふかふかだぁ」

「結界魔法の応用です。 出力を弄って硬度を落としたのです」

『へぇ!』

 

 さすが技の宝庫。 あらゆる意味での技の無駄使いに、これを奪われた側はどういった反応を示すのだろうか。 ……あまり、見てもらいたくない光景であろう。

 

 皆が横になり星空を見上げる中、星空が瞳に映り込む。 満天の星空に満足といった感じで床に就く。 毛布だとか、掛布団もない雑魚寝だ。 

 

「あのね、おにぃちゃん」

「なんだ?」

「アリシアね? いっつも寝るときは一人で寝てたの。 ……ママ、しごとが忙しいから」

「……そっか」

 

 けれどそれが何だかうれしくて。

 

「こうやって誰かと一緒に寝るなんて久しぶりなんだ」

「そうかぁ、そういやオラも子供のころはずっと一人だったもんなぁ」

「え? おにぃちゃんのパパやママもおしごと忙しかったの?」

「ん? ……いやぁ、そうじゃねぇけどな」

 

 どことなく見つけてしまった共通点が、心に響いて。

 

「まぁ、いろいろな」

「いろいろ? なんだかママみたいな言い方」

「そりゃそうだろ? オラ、アリシアの母ちゃんと同じくらいの歳だもんなぁ」

「ママくらいの……! 全然見えないや」

「はは、まぁな」

 

 改めて知ったこの男の事に、少しだけ驚いて。

 

 でも、それでも悟空は悟空だ。

 たったの数時間しかそばにいなかったが、この男の醸し出す空気は居心地がいい。 そりゃあ、母親であるプレシアと一緒にいる方がいいだろうが。 そう思うくらいには、少女が一人でいる時間が長かった。

 

 母親と別れることで手に入れた父性……なんとも皮肉な話である。

 

「さぁ、二人ともそろそろ寝る時間です。 明日と明後日を回復と状況確認につぎ込むのですから、きっと忙しくなりますよ」

「はーい!」

「おう、わかった」

 

 リインフォースの号令で皆が目蓋を閉じていく。

 その裏に移る景色は夢か幻か。 其れはこれから知ることになるであろうが……きっと、アリシアは楽しい夢を見ることができるであろう。

 

 ―――――いつか出会うと約束してくれた、妹の夢を。

 

 




悟空「おっす! オラ悟空!」

リインフォース「やってしまいましたね、孫悟空」

悟空「え? いやぁ、アレは仕方ねぇだろ」

リインフォース「これから先、何が待ち構えているかわかりません、なるべく慎重に――」

アリシア「おにぃちゃん、おにぃちゃん!! 川で犬がおぼれちゃってるの! 助けてあげて!」

悟空「お? 待ってろ、今行ってやるかんな」

リインフォース「だから、人の話を……あぁもう、次回!!」

悟空「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第73話 高町家の悲劇 それは、歴史から消えた事件!」

士郎「あ、あなたはいったい……」

悟空「ん、”オレ”か? オレは――」


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第73話 高町家の悲劇 それは、歴史から消えた事件!

 

 孫悟空が子供になり、おおよそで52時間が経過していた。 あれからという物の、この世界の情勢と、正確な時間、さらには近づいてはいけない箇所等をくまなく探し、この時間に必要以上の干渉をしないように彼らは努めてきた。

 

「悟空、あまり歴史を乱すことをしないで下さいとあれほど――」

「川でおぼれてた仔犬助けただけだろ? そんなガミガミ怒るなって」

「あ、アリシアがおねがいしたの! だからおにぃちゃんを怒らないで……」

「――う!?」

 

……まぁ、あまりにもあんまりな出来事には、とある5歳児が近くの“おにぃちゃん”におねだりしてたりするのだが。

 

 この世界、いいや、この三人組におけるパワーバランスが確定的になったのはこのやり取りであろうか。

 悟空を最下層に、その手綱を引っ張るリインフォースと、神輿でワッショイされるアリシア。 夜天の主とは反対に我の強く、所謂我が儘を内包した彼女ではあるものの、その反対なところが逆にはやてを想い出させるのであろう。 あまり、強く出られないリインフォースの絵が出来上がるのは仕方がない事であった。

 

 そもそも、5歳児を強くしかれるのは実親くらいなものであろうか?

 

「どうにもこういうのは苦手です」

「オラも悟飯には手を焼いたしな、まぁ、あいつはチチとピッコロのおかげで、アリシアくらいの年ごろには立派になってたけどな」

「あぁ、そう言えばその頃は貴方――」

「そうだ、界王さまんとこでな」

「ねぇ、さっきから言ってることわかんないよ?」

『おっとと』

 

 4歳で父親が死んで、大魔王に弟子入り。 5歳になる頃には荒野を独りで生きられるようになり、そこから三か月した頃には異星人の友達が出来る。 ……なんとまぁ濃密な幼少時代であろうか。

 アリシアをそんな目に会わせる訳にはいかないと、心のどこかで誓うリインフォースであった。

 

「さて、この世界に漂着してからもうすぐ三日ですが、悟空、身体の方は?」

「あぁ、もうすぐで魔力が溜まりきると思う。 そうすりゃ元に戻って、運が良けりゃオラの気を辿ってあいつがやって来てくれるかもしんねぇ」

「まぁ、期待半分ってところでしょうか」

「なんだおめぇ、やけに冷たいなぁ」

「……どうしてかあの男に対して好印象を持てない」

「ふーん」

 

 闇に染まった副作用か? それともかつて世界を呪ったことが影を引いているのか。 神聖の高いあの男に対して、痛烈とも言える態度をとるリインフォースに悟空がなんでもないような素振りで受け流していく。

 

 そうこう言っているまに、悟空の身体が青く輝きだす。

 その光は内に秘めし宝石と同じ色。 どうやら、魔力の充填が終わったようだ。

 

「――――――よし、もどった!」

「……ぁ」

 

 その姿にどうしてか残念そうなのはアリシアだ。 危うくうつむきそうだった彼女を、しかしリインフォースが見逃すはずがなかった。

 

「寂しいのですか?」

「え!? そ、そんなことないもん!」

「ふふ……また次の機会にでも甘えてください」

「そ、そんなことしないもん!」

 

 どうやら背の低かった悟空がお気に入りだった御様子で。

 次があるかも妖しい悟空の少年姿に別れを告げ、彼等はついに行動を開始するのである。

 

「――と、その前に貴方たちはこちらに着替えてください」

「ん?」

「お洋服?」

 

 青いワイシャツにブラウンのズボン。 第二ボタンまで開け放たれたそれに身を包めば、あっという間に普通の青年が出来上がり。 対して、チェックのスカートに白いワイシャツ、さらに黒いブレザー風な上着を羽織ってピンクのネクタイを緩く締めるアリシア。 どことなく、全体的にラフさを強調されたその恰好に、少女はともかく青年が苦い顔をする。

 

「な、なぁこれって――」

「アリシア、似合ってますよ」

「ありがとう、おねぇさん!」

「悟空、似合ってませんね?」

「……おめぇが用意したんだろ」

 

 この落差である。 ここで悟空が三日前を思い出す。 そう言えばイタズラがどうのこうのと……まさかと想い、リインフォースの方へ眼をやれば彼女が小さく微笑んでいた。 どうやらしてやられたらしい。

 

「ラフな格好が似合わないのは織り込み済みです。 ……貴方は、これから超サイヤ人でこの地球で過ごしてもらいます」

「え!? 超サイヤ人?!」

「貴方のその髪型と、独特な方言は嫌でも頭に残ります。 あれはあれで確かに目立ちますが、それでも子供時代の貴方との接点があるよりマシです」

「それ言ったらアリシアなんて――」

「認識疎外の魔法を掛けます」

「じゃあオラも……」

「申し訳ございませんが、貴方のその身に宿るジュエルシードの魔力と、貴方自身が普段押し殺し、それでも垂れ流している気が邪魔でこの魔法が効きづらいのです」

「……そいつはしかたねぇなぁ」

 

 かなり練ったのだろう、悟空の質問への対応が音速を超えていた。

 

 仕方なく、本当に仕方がなく孫悟空は小さく息を吐き出す。 ため息にも近いそれはアリシアにも疲れと判断できるほどの重量を携える。 ……それが空気の中に溶け込んだときであろう。

 

「――――!」

「わっ!!」

 

 孫悟空の頭髪が黄金色に染まる。

 衝撃は少なく、身体の発光もないそれは超サイヤ人の完全版とでも言えようか。 気の消耗を極力なくし、かつ、体内のジュエルシードへの負担も限りなく低い形態。 所謂省エネモードになった彼は目元もいつかの時に比べて丸く、柔らかいモノだ。

 

「お、おおお!?」

「そういやアリシアにはこの姿は見せてなかったな。 どうだ? すげぇだろ」

「うん! うん!!」

 

 めまぐるしく変わる孫悟空の容姿。 それに驚きを禁じ得ないのは一般人である証拠であろう。 そんな中で彼はやはり遠くの方へ視線を配る。

 

「……シロウの気が、やっぱりこの周辺にはねぇみたいだな」

「高町士郎? ……もしやこの頃の彼はまだ護衛の稼業を?」

「護衛? アイツんなもんやってたんか?」

「えぇ、翠屋はそもそも高町桃子が作った物です。 それを、裏稼業の世界から足を洗った高町士郎が手伝いだし、あそこまで繁盛させていったという訳です」

「ふーん、アイツもなかなか大変なのな」

 

 この周辺というからには、おそらく日本には無いのであろう。 リインフォースの説明を聞きながら、しかし悟空の顔色は途端に青くなる。

 

「な、なんだ!?」

「悟空?」

「少しずつだけどシロウの気が減っていく! ……この感じ、不味いぞ!!」

「……彼はこの時代ではまだ死ぬことが無いはず」

「だがこれは明らかにマズイ減り方だ! このままだと……死ぬぞ!」

 

 不意に訪れた嫌な知らせに、リインフォースは表情を苦くする。 あの、高町なのはの父親は確かに未来に置いて存命の筈で、この時代で死ぬはずがないのだ。 なら、今この瞬間に起きている異変は彼が自力で解決すると思ってもいい……はずだ。

 

「悪いが夜天、すこし様子見てくる!」

「……」

「オラは行くぞ!?」

「わかり、ました……」

 

 渋々呑み込んだのは、言うまでもないだろう。 気という物を探れない彼女には、今起こっている状況を把握する術はない。 あの、気という物を扱えるのはこの中でも悟空のみ、そして彼はその筋のエキスパートだ、誤審はない。 ……ならば止める必要はない。

 

 ここまで、おおよそ10秒。 彼女なりの長考は、この世界を思ってのことだ。

 

「……口調と、尻尾を隠すなら直接会っても構いません。 いいですか? とにかくあなたはこの時代の人間に孫悟空だと知られてはいけません!」

「……むづかしいこと言うなぁ」

「いいですね? 何か困ったことがあったら念話を使いなさい。 私たちはここで様子を見ますから」

「わかった、頼らせてもら……うからな」

「そうです、その口調です」

 

 ……――――多くの制約を課して悟空の瞬間移動を見送っていくリインフォース。 いまだに何が起こったかを掴みかねているアリシアを置いて、孫悟空はもう一つの物語へとちょっかいを出そうとしていた。

 

 いいや、既に物語は別の物語を喰っていたのだ。

 

 

 

 

 最初はいつも通りの護衛に過ぎなかった。

 人助けという名の裏稼業。 誰かの命が危険にさらされた時、火の粉を振り払う剣となるのが彼の職業だ。 当然、その分だけいい値段の収入があるこれは、5人家族を養うには必要な事であり、中々足を洗う事が出来ない理由だ。

 

 当然、そんなことを続けていけば手の一つや二つ汚すことにもなる。

 相手は殺す気で来る。 そりゃあ自分にその気がなくとも実力の拮抗した時なんかは無理をしなくてはいけないし、覚悟を決めなくてはならないときもある。 ……それを、積み重ねるということがどれほどに危険かもわかっていた。

 

 だが、どうやら彼は身を引くタイミングを誤ったらしい。

 

 

「はぁはぁ……!」

「どこだ! 探せ!」

「逃がすな! 見つけ次第殺すんだ!」

 

 ……そこは、地獄だった。

 迷い込み、逃げ込んだ廃墟に隠れ徹す場は既になく、ただ両の手に抱きかかえた少女の涙をぬぐう事しかその者には出来ない。 ……終わりの時が近いようだ。

 

「シロウ……」

「大丈夫……大丈夫だから」

 

 あやすことも、出来ない。

 力無く尻餅をついた我が身を呪い、背中から滲み出る血が地面を濡らせば身体から活力が逃げていく。 それでも男は笑顔を作り、腕の中にいる女の子を励ます。

 

「私のせいで……わたしの――」

「関係ないよ。 キミはみんなのために歌っていたんだろう? そんなキミがどうして誰かに命を狙わなければならないんだ。 ……これは、あいつ等がイケナイんだ」

「しろう……」

 

 自己責任に押し潰れそうになる少女に、堪らず士郎は励ました。 こんな幼い子にはあまりにも重責だ……自身のせいで誰かが命を落とすことなど。

 そんな責務を負わせる訳にはいかない。 ならばこの身は生き延びなければならない。 男は――シロウと呼ばれた彼は視線を彷徨わせる。

 

「…………あそこの壁、さっきの爆発で崩れているな。 俺は無理だが――」

「え?」

「……子供一人くらいなら通れそうだ」

 

 見つけた希望は絶望と隣り合わせ。

 腕の中にある希望を助けて、それを押し出した自身は絶望に消えていく。 ……解りやすい代価に、だけど彼は喜んで自身をささげてしまう。

 

「ここから、逃げるんだ」

「シロウは!?」

「俺は……アイツ等を“通せんぼ”していかなくちゃね」

「ダメ! そんな身体で……」

「行くんだ。 キミを死なせるわけにはいかない」

「いやだ……」

「行け!!」

「…………ぅぅ」

 

 つい、荒げてしまった言葉。 だけど後悔はない。 これで、彼女が助かるならばいくらだって恨み言など言われてやろう。

 小さく、そして悲しげに言葉を振るわせていく少女は闇の中へと消えて行った。 もう、これでこの廃墟の中には自分一人だけ。 ……少し、身体に力を込め立ち上がる。

 

「俺はここだ――――!!」

 

 叫び声を今さらにあげる。 一斉に変わる空気に、己が死期を悟った男は壁に寄り掛かる。 壁が、赤色に染まっていく。

 

「こっちから声がしたぞ!」

「殺せ殺せ!」

「あの餓鬼もだ!」

「おのれミカミ……積年の恨み!」

 

 多種多様な理由で人が人を殺す世界。 それが、彼が身を置いた世界である。 あまりにも暗くて、痛みの多いところに自分は居たんだなと、其の心は既に他人事だ。 ……景色が、大きく歪む。

 

「…………せめてここにいる奴等だけでも」

 

 足止めをするくらいなら……其の言葉さえも口に出せず、彼の視界はぐにゃりと曲がる。

 

 折れた小太刀が足元に転がり、その背後には120の人間が無残な姿で転がっていた。 ……先ほどまで、男を、少女を怨敵だと叫び狂気を向けてきた者たちだ。

 30ほどで右の小太刀に亀裂が走り、100を超えてしまえばもう一方が折れてしまう。 刃を打ち合うたびに両腕へ走る衝撃が自身を苛み、最後の一人が倒れた頃には両手の小太刀はその形を保っていなかった。

 

 もう、抵抗する力さえないその腕で、今まで少女を担ぎ上げて逃れてきたのだ。

 

 そんな彼に、どうやらこの世界の神とやらは無慈悲の様だ。

 

「……なんだ、この音」

 

 立ち上がり、寄り掛かった壁を伝い何かが聞こえてくる。 時計の針が動くかのように、まるで何かを推し進めている音。 ……不吉な予感が男の中を駆け抜ける。

 

「……どこ、だ……」

 

 “それ”が男の考えている通りの物ならば、こんな廃墟は一瞬で消えてしまうだろう。 ……あの少女を巻き込んでだ。

 

 そんなことは許されない。 このままでは自身は只の犬死で――少女は、何も知らぬままに死ぬことになる。

 

「させ、るか……がは!?」

 

 胃の中から何かがせり上がって、我慢しきれずに床へ吐き出す。 今朝口にした外国料理? などと思った先には赤色しか認識できない。 ……どうやら、内臓にも深刻なダメージが来ているようだ。

 

「……あ」

 

 その赤色の中に、鉛色の異物を見つけてしまった。

 まさかこんな切っ掛けで見つかるとは思わなかった彼は、床に丁寧に設置されている“ソレ”に向かって身体ごと倒れる。 もう、屈んでいる体力さえ無い彼は、それでもその物体を睨みつける。

 

「……プラスチック爆弾……そんな馬鹿な」

 

 在ってはならぬものが、そこにはあった。

 大きさにして20立方センチのそれは、この廃墟を崩すには十分なほどの火力を内包しているだろう。 そして、その中にご丁寧に時を刻んでいる腕時計。 ありあわせで作ったのだろう、ブランド物のそれは現在11時57分を刻んでいた。

 

「た、短針と長身が重なると起爆する……やつだろうな……飛んだ悪趣味だ」

 

 顔を蒼く染めると、いよいよもって追い詰められた彼。

 でも、希望は最後まで捨てられない。 ……自分にだって、帰る場所はあるのだから。

 

「このタイプは前に解体したことがある……に、二分でけりを……うぐ!?」

 

 切られた背中が、強烈な熱を持つ。 全身は寒いのに、そこだけが焼けたように熱く、痛い。 もう、この爆弾が起動するのが先か男の命が潰えるのが先かがわからなくなる状況で、男は欠けた小太刀の刃先を手に取る。

 

 カタカタと震えながら、丁寧に爆弾の解体作業をする彼だが、一向に内部の配線を除くところまで行かない。 ……もう、時計の針は59分を示そうとしていた。

 

「美由希……恭也……約束、守れそうにないなぁ……ッ?!」

 

 持った刃物を、地面に落とす。

 既に爆弾がどこにあるかもわからなくなってしまい、視界が鮮血に染まり……果てる。 男が最後の気力を振り絞ろうとも、まるでそれが決まっていることだと言わんばかりに男の死が近づいてくる。

 

「居たぞ! ミカミだ!」

「殺してやる!!」

「餓鬼はどこだ! 悪魔のガキ!!」

「…………もう、死んでやろうって言う人間にこの仕打ち……ないよなぁ」

 

 最後の悪あがきも許されず、男の意識はそこで消えようとしていた。

 

 

 ……心残りが多すぎて、泣きそうになる心も、だけどからだが涙をこぼすことすら出来ない。

 

 

「……桃子……結婚、きねん……び…………ごめん……」

 

 

 そこで、男の意識は――――――

 

「――――……こ、これは!?」

「あ!?」

「なんだ貴様!」

「どっから入ってきやがった!!?」

「…………」

 

 途絶えそうになるのを、踏みとどまる。

 不意に照らされた光がまぶしすぎて、赤色だって視界が染め上げれていく……黄金色に。 一体、何をすればこんな眩い光があふれ出るというのか。 舞台ステージのスポットライトだってもう少し遠慮して光度を落とすものだろう。

 

 あまりにも加減の知らない光に、男の意識は少しだけ覚醒する。

 

「おめぇ達、一人相手に何やってんだ…………?」

「はぁ? お前の知ることじゃねえだろうが!?」

「なんでもいい! そいつも殺せ!」

「目撃者は皆殺しだ!!」

 

 ダメだ、その者達は一般人ではない――!

 倒れ伏している男の心配をしながら、明らかに怒りをにじませている場違いな格好をした彼。 でも、男よ……心配することはもうない。

 

「かかれ!」

「おおーーッ!!」

「しぃぃぃねえええ!!」

「…………仕方がねぇなぁ」

『!?』

 

 

「全員寝てろ……!」

 

 

 彼が呟いた途端、大勢あったはずの殺気が途絶える。

 

 なにが起こったかなんて、男に理解する力は残されていない。 武器を持ち、理不尽にも無手の彼に襲い掛かった奴らだが……次の瞬間には地面に伏していたのだ。 あまりにも不自然な展開に、男は気を失いかけながらも驚愕する。

 

「すんすん。 爆弾の匂いがする」

「そ、そうだ…………これ、を――」

「あぁ、こいつか」

 

 倒れ伏している男から小さな箱を受け取るや否や、彼は驚くことに廃墟の外に放り投げた。 馬鹿な!? 男が叫ぶ中、彼は湖のような静けさを失わずに手の平を外へと向ける。

 

「――――!?」

 

 瞬間、自身の常識が一気に瓦解する。

 何か彼の手のひらから青い光が溢れ出したかと思えば轟音が唸り、空間を焼き尽くしながら放り投げた爆弾を消し去ってしまった。 当然、他の住民への被害をゼロにしながらである。

 これが消失ではなく蒸発したと見抜いた男は、安心したのだろう……今まで何とか保っていた意識を手放してしまう。

 

「おい、しっかりしろシロウ!! おいったら!」

「……」

「気がほとんどねぇ。 血も流し過ぎている! 待ってろ、今夜天の所に連れてってやるからな……――――」

 

 そうして男と彼は、この国から消えて行ったのである。

 

 

 

 

「――――――……夜天!!」

「孫悟空?! ……それは!!」

「話は後だ! もう死ぬ一歩手前なんだ、早く何とかしてくれ!」

 

 現れた孫悟空。 ずいぶん時間がかかったなと振り向けば、彼の服は青色から真っ赤に染まってしまっていた。 その血が、彼のモノではないと即座に見抜いたリインフォースは手元を見る。 ……そこには、死に体のからだが転がっていた。

 

「……まさか」

「状況を探るのは後だ! いいから早く回復魔法をかけてやってくれ!」

「――はい!」

 

 もう、どうやっても手後れだというのはこの際考えない。 そうだ、この男はこの先未来で孫悟空を拾う人間だ。 どういう経緯はあれど、こんなところで死ぬはずがない――だが、現状がそれを否定しているのはどういうことだ……傷の深さを確認しながらも、納得いかない事態に顔を渋らせていく。

 

「あ、あぁぁ」

 

 その光景を見たアリシアは、あまりの急転直下に足元がすくんでしまい、動けない。 あまりに流し過ぎた血と、そのせいで青くなっている顔はどう見たって生きた人間ではない。 けど、微かに動く口元が、今を懸命に生きようとするその姿は確かに死体などではない。

 アリシアは、少しずつ瞳に光を宿していく。

 

「な、なにかできること……」

「アリシア、向こうにある湖から水を汲んできてください! 器はいま出しますから!」

「は、はい!」

 

 それを知ってか知らずかリインフォースから指示が飛ぶ。

 

「わりぃがアリシア、オラと一緒に食い物探すぞ」

「え!? でもあんな傷で大丈夫なの……?」

「なにも食いモンは硬いもんだけじぇねぇ、果物をすりつぶして呑ませんだ」

「わ、わかった!」

 

 次いで来た孫悟空とのミッションに泥だらけになりつつも、彼女は懸命に頑張った。 あの人を、絶対に助けないといけないと必死になりながら。

 

 その甲斐あってか、28時間が経つ頃には男の呼吸は段々と活力を取り戻し、蒼白だった表情も明るみを帯びてきた。

 

「峠は、越しました」

「あぶなかった。 シロウがもともと身体鍛えてたのもあったけど――」

「精神力で持ちこたえた場面もありました。 よほど大事な何かが……在りましたね」

「あぁ、コイツにはキョウヤにミユキ、なのは。 ……それにモモコが居るかんな。 死ぬに死に切れねぇさ」

 

 安定した吐息と、全身にまかれた包帯。 血に汚れた衣服はさっさと処分してしまい、今はリインフォースが用意した悟空の予備を着せてやっているところだ。 

 しばらくして、この男に自分たちの顔を知られるのはまずいという事で、髪を黄金色に変えたままの孫悟空を残してアリシア達は無人島から去ってしまう。 日本のどこかに行ったとは思うのだが、そこから先は悟空が深く考えることではない。 今は只、目の前の恩人を診てやらなければならない。

 

 そう、彼が緑色の瞳を鋭くしたときであろうか。

 

「う、うぅぅん」

「あ、起きたか?」

「ここ、は……」

 

 背中の傷が痛むのか、中々起き上がらない男。 そんな彼に手を差し出すことはしないで、悟空はしばらく様子を見る。 ……起き上がりたくても起き上がれない痛みを知るものの判断であろう。

 

「無理するな、さっきまで死体も同然だったんだからな」

「……そう、か……貴方が助けてくれたのですね?」

「まぁな。 でも次はねえからな、そのつもりで居ろよ?」

「あ、はは……これは手厳しい」

 

 長年の友に話しかけるような、それでいて氷のように冷たい目で自身を射抜く金髪の青年。 不思議な感覚だ、おそらく同年代だと思えるのに、どうしてこのように安心した心地よさを覚えてしまうのか。

 まるで、失敗して怒られている子供のような感覚だ。

 

「聞いてるのか?」

「あ、あぁ聞いてるよ。 ……本当に、ありがとう」

「礼なんかいらねぇ……ゴホン! 礼はいい、もう十分貰って来たからな」

「……?」

 

 其れはどういうこと?

 男が訪ねようとしたが、不意に頭の中で何かがよぎる。 其れは今まで男が生き延びてきた理由の中で、一番大きな割合を占めるモノである。 そうだ、先ほど死に掛けたあのとき、自身は一体なんと零したであろうか。

 

「お、俺が倒れてから何日経ちましたか!?」

「え? まだ1日くらいだとは思うが――」

「あれから一日!? ……あと1日しかないじゃないか……ど、どうしよう」

「なんだ行き成り、用事でもあるのか?」

「……つ、妻との結婚記念日が明日なんです」

「…………あちゃぁ、そりゃあ大変だなぁ」

 

 つい、口調が素に戻っていた孫悟空。

 男が女に頭が上がらないのはどの世代でも共通だ。 それが妻と夫の関係となればことさらに……だろう。 孫悟空と高町士郎が互いに苦笑いすると、彼等は全くの同時に動き出す。

 

「手伝うぞ」

「お世話を掛けます。 ……そう言えばここってどこですか?」

「ここかぁ、無人島でな、アイツが言うにはボラボラ? なんて名前の島が近くにあるとかなんとか……なんといったか」

「ボラ――!? ということはここはタヒチあたりなんですか?! ……飛行機で12時間はかかるぞどうする……」

 

 士郎が頭を抱えると、それが珍しいと思ったのであろう孫悟空はまたも苦笑い。 金髪の彼の表情を伺う余裕もなかったらしく、苦悩の色をそのままに地面に向かって唸るばかりだ。

 普通ならここであきらめろと言う声が上がるだろうが、ここにいるのは孫悟空だ。 彼は、一味もふた味も違う。

 

「まぁ、せっかくメシも空気も良いとこに来たんだ。 もうすこしゆっくりしてけばいい」

「いや、だがしかし」

「別にあきらめろって言ってるんじゃねえ。 お前のそのケガ、もう少し“ここ”に居ればだいぶ良くなるだろうし、なにより時間の方はこっちに考えがある」

「――ほんとですか!?」

「あぁ、安心していいぞ」

 

 出会ってまだ数分の彼だが、なぜかその言葉を信用できてしまうのはなぜだろう。

 彼が纏う不思議な雰囲気? それとも、言い表せない輝きを含んだ碧色の瞳のせい? 高町士郎は、焦る心を何とか沈めて深呼吸をする。

 

「……ではもう少しだけ横にならせてもらいます」

「あぁ、出発の時間になったら起こしてやるから、ゆっくり休んどけ。 さっきまで死に掛けだったんだからな」

「はい」

 

 まぶたを閉じ、異様な暖かさを感じる砂浜で再び意識を手放す彼。

 そんな彼をこと静かに見下ろし、孫悟空は青空を見上げる。 既に陽が高くなって小腹がすく時間帯だが、孫悟空が動くことはなかった。 ……その、金の頭髪をゆらりと動かしながら、彼はひたすらにそのときを待ち続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 PM23時30分 海鳴市

 

 

 其処は、とある一家の暮らす場所である。

 純和風、敷地はそれなりに広く、母屋の横には小さいながらに道場が設けられている。 世間一般からすれば中々広いそこは今現在、冬の夜空よりも静かな時間を過ごしている。

 

 リビングに人影がある。 ……しかし、その影の色はあまりにも薄い。

 本来ならば明るい蛍光灯が照らすこの場も、彼女の心を映し出すかのように照明を切られ、夜の闇に染まりきっている。

 

「…………」

 

 時計の針が、その静けさをかき消す。

 動き、刻み、容赦のない歩みでこの家の人間から時間を奪い去っていく。 ……彼女の顔から、微笑みを奪い去っていく。

 

「…………あなた」

 

 ぼそりと呟いたのは、この2時間の内にようやく吐き出した一言である。

 目の前のテーブルには豪華な食事が並んではいるが、どれも味気が飛んでしまい、湯気の一つも出やしない。 すっかりと冷めきったそれは、彼女がそれだけの時間こうやって待っていたからだ。 ……もう、待ち人など来ないことがわかっているのに。

 

「………………っ」

 

 それを悟ってしまったとき、彼女は口元を手で覆う。

 あまりにも酷い現実に、叫び声を上げそうになってしまったからだ。 だが、しかし……カノジョはそれを押さえてしまう。 抱え込んでしまう。

 

 

 

 ――――――待ち人の不幸を知ったのは、昨日の事だ。

 

 いつも通りの日々を送っていた彼女の、突然の知らせ。 それは何も言伝ではなく、ただ、お昼のニュース速報に流れたアナウンサーの口から淡々と発せられた情報に過ぎない。

 

 本日未明、――――国の……テロリストによる襲撃……数人の怪我人と――

 

 日本人の死傷者と思われる情報が――

 

「…………え?」

 

 その国の名前はあまりにも聞き覚えがある物だった。

 数日前、自身が見送ったあの人が口にしていた国だったから。 ……その国で、日本人が一人死んだ? ……彼女の心の中に激しい恐慌が渦巻く。

 

 それから、数分としないうちに次の情報が上がってくる。

 その、テロが在った地域に在ったホテルの宿泊リストから割り出した行方不明者の情報だ。 ……その中に、日本人は只の一人しかいないという。 彼女の中で、何かがつながってしまう。

 

「う、そ……」

 

 テレビの映像の中に宿泊者のリストが箇条書きで映し出される。

 延々と流れるそれを、果てしない時間と感じながら見送っていく彼女。 だが、其の文字列がナ行から移りゆくそのときであった。

 

――――――高町士郎 行方不明

 

 文字の並びが、理解できなかった。

 おかしいとも思えず、間違いだと否定もできない。 ただ、無情に張り出された最愛の人の名を目に刻み、そのあとに流された言葉を脳が受け付けるまで数時間の時を必要とした。 ……状況は分らない、けど、ほとんど断たれた希望の中で……彼女は子供たちを呼ぶ。

 

「恭也……美由希……ちょっと、こっちにきて」

「なぁに?」

「母さん?」

 

 庭でチャンバラごっこをしていた息子と娘。 リビングの奥の方では末子の娘がゆりかごで吐息を流していた。 ……その中で、彼女はどうしてもやらなくてはならないことがあった。

 

「いまね、おにいちゃんといっしょに“とっくん”してたんだよ?」

「父さんが帰ってきたら稽古つけてもらうんだって、美由希が頑張ってるんだ」

「…………」

「かあさん?」

 

 幼い娘と、それを引っ張っていく兄。 それをみて、だけど彼女の気持ちは幾分も健やかにならない。 悲しみ、引きつりそうになる表情に気が付いた息子――高町恭也がただならぬ雰囲気を掴み取る。 ……妹の手を、反射的に握り締めていた。

 

「……お父さんね、もう帰ってこれなくなっちゃった」

 

 震える声で、出せた言葉はそれだけだった。

 まるで血を吐き出すような痛烈さで、子供たちに残酷な事実を告げる。 その中で恭也は俯き――だけど美由希の表情は至極無反応である。

 

「なんで? おとうさん、おしごといそがしいの?」

「…………」

 

 違う、状況が理解できてないのだ。

 純真無垢に尋ねられた問に、だけど母は既に答える気力を持ち合わせていない。 あまりにも無力な自分と、理不尽な現実についに押しつぶされてしまい……娘を、強く抱きしめる。

 

「ごめんね……っ」

「お、おとうさん……かえってきて……ミユキに“けいこ”つけるって」

「ごめん……ねぇ……っ!」

「いやだぁ……やくそく……したのに……」

「…………っ!」

「おとうざんがえっでごないの……やだよぉ……」

 

 彼女のせいではないし、娘が悪いわけでもない。 それでも、母は謝り続けていた。 あまりにも理不尽な状況の中で、怒りをぶつける相手もいない中で、彼女はひたすらに娘に謝っていた。

 

 本当に、真にこの事態で悲観に暮れているのは、自身だというのに。 それでも母は、娘に謝り続けていた。

 

 …………立派にやせ我慢して、涙の一つも零さない息子を一緒に抱きしめながら。

 

 

 

 

 ――――それが、昨日の出来事である。

 

 ……既に待ち人が帰ってこないのは分っている結婚記念日。 それでも、まるでなにかに急かされるように……いいや、心が事実を拒絶しているかのように彼女は支度をはじめていた。

 飾り付けは無く、ただ、テーブルクロスを新調しただけの質素な宴。 食事もいつもよりは若干力を入れた程度だが、その傍らに置いてあるワイングラスは幾分値が張るものだ。 年代物のワインを棚の下段から取り出すと、コルクをゆっくり引き抜いていく。

 

 たった一人のパーティーが始まろうとしていた。

 

「…………あなた」

 

 本来ならば目の前に居るはずのヒトは、もう、二度と声を聴くことが叶わない。

 もうすぐ午前零時。 結婚記念日が終わってしまうそのときに……

 

「~~~~~ッ!!」

 

彼女はついに……声を出して泣き叫ぶ。

言葉にすらなっていない、悲劇の声。 彼女が机に伏してしまえばテーブルが激しく揺れていく。 もう、顔を見ることも最後を看取ってやる事も出来ないあの人を思うと、胸が張り裂け呼吸が出来なくなってしまう。 目の前が、クロに染まっていってしまう。

 

 信じがたく、受け容れたくもない現実を前に、彼女はただ涙を流すことしかできずに…………

 

 ――――玄関の呼び鈴が、鳴らされる。

 

「!」

 

 もしかしたら。 そんな期待と、だけど……それをかき消す何かが来たのではないかという不安とがいがみ合い、彼女はその場から動けない。

 確かめてしまえば、失ったことが決定的になってしまう。 ならば永遠に曖昧なままでもいいのではないか? うっすらと湧き上がるのは陰湿で、弱気な感情だ、彼女には似合わない。 でも、それほどにまで彼女は弱り切ってしまっていて。

 

「…………いか、ないと」

 

 時計の針がひとつ進むころ、彼女はようやく席を立つことが出来た。 そのままおぼつかない足取りで玄関まで歩き、扉の前にたどり着く。 だけど、だ。

 

「…………」

 

 言葉が、出せない。

 誰ですか? そのたった一言が出せない。 だってそうではないか、その一言を出してしまえば、ほんのわずかに残していた希望さえも打ち砕かれてしまうのだから。 少しくらい、弱さに甘えていたって良いではないか。 なぜこうも自身から全てを奪おうとするのか。

 

 でも、そんな弱さに甘えないで、彼女は扉を開くことを選択する。

 

「…………!」

「よっ、久しぶり!」

 

 聞こえたのはなんともフランクなアイサツ。 でも、見えたのは知らない景色である。

 余りにも光に満ちていて、今までの不安を吹き飛ばしてしまわんとするかのような、そう、輝きに満ちた何かが其処にはあった。 眩しくて、少しだけ視界を手で覆った時、その光源が人物で在ることにようやく気が付く。 ……彼は、いったい何者であろうか。

 

「……あの、どちら様でしょうか」

「え?」

「もしかして外国の方……?」

「あ、え~と」

 

 光って見えたのは彼の頭髪だ。 まばゆいとすら形容できる金髪に、あまり目にかからない碧眼。 けど、そんな知り合いは居ないはずだと、昔の料理人修業時代までを思い出していた桃子は訝しげな視線を彼に送る。

 それに困り果てた彼は、しかしやることがあるのを思い出す。

 

「遠いとこからな、荷物が届いてん――届いてるぞ」

「荷物?」

 

 ……遺留品だとしたら、もう彼女は崩れ落ちてしまうだろう。

 先ほどまでの最悪を想いだし、彼女の表情は一気に凍り付く。 もう、現実を直視するのに疲れてしまいそうになるが、それでも自身には守るべき存在がいる。 立って、歩かなければならない理由がある。

 ならば目の前のことから目をそらしてはならない。 彼女は、ようやく現実に目を向ける。

 

「……一体、なんでしょうか」

 

 か細い声だ、今にも崩れてしまいそうな声。

 それを聞いて、あまりにも心配だったのであろう。 来訪者の彼は桃子の暗い視線に合わせるかのように屈んで見せる。

 

「おい、大丈夫か? 顔色が悪いようだが」

「大丈夫、です……少し寝不足で」

「そりゃよくねぇな。 前に恩人に聞いたことなんだが、寝不足はビヨウの天敵だって言うぞ? ちゃんと飯食って、リキつけねぇと身体がもたねえぞ?」

「……はい」

 

 青年の言葉は既に聞き届けられていない。

 人をおちょくっているのならこの人物の煽りスキルは大したものだろう。 桃子が若干目つきを鋭くすれば、青年が少しだけ微笑む。

 

「これから結婚記念日を“コイツ”とやるんだからよ」

「……………………………え?」

 

 いま、この男はなんといっただろうか。

 コイツ? 其れは誰の事?

 貴方はいったい何を言っているの?

 もしかして、……もしかして? ……期待をしてしまってもいいの……?

 

 あの人が―――――――――――

 

「やぁ、遅くなったね……桃子」

「アナタ……!」

 

 信じられないことであった。 いままで、生存が絶望的で、二度と聞くことが無いと思った声が青年の後ろから響き渡る。 ……鼓膜ではなく、心に。

 それを受け取った桃子の視界は一気に歪み、足は力なく震えていく。 もう、駆け寄っていくことすら叶わないほど消耗しているのだとわかると、自然、青年が桃子の肩を叩いてやる。

 

「何やってるんだ? 寒いからさっさと中に入っちまおう。 風邪ひいたら大変だしな」

「え? ……え、えぇ」

 

 右肩に乗った彼の手が、とても暖かい。 その温度が彼女の身体を巡ると、まるで力を分け与えられたかのように足の震えが止まっていく。 ……彼女の顔に血色が戻っていくのだ。

 

「……あ、れ?」

「どうかしたのか?」

「あの、いま……?」

 

 何かしたのですか? という疑問をギリギリのところで桃子は呑みこんだ。 そうだ、ある訳がないのだそんなことは。 いまのはきっと、不安が取り払われて身体から重さが消えただけだろう。

 そう解釈した彼女はここでようやく青年をよく見ることが出来た。

 

 ラフな格好ではあるものの、その逞しい身体は服の上からでもよくわかる。 伸長は170を超えるくらいだろうか? 夫よりは少しだけ低い彼は、だけどそれを補う以上に体格が本当にしっかりしている。

 その大きな背中に、自分の夫が背負われていたのだ。

 

「はは、仕事中に大ポカしちゃってね」

「ニュースじゃ半分死んだことにされてたわよ……っ!」

 

 その姿を見て、だけど皮肉を半分織り交ぜた文句を、なんともうれしそうにひねり出した桃子はその眼に涙を蓄えていた。 ……客人が目の前に居ようが、こればかりはどうしようもないだろう。

 だけど、だ。

 

「あぁ、それは多分オレのせいだろうな。 あそこからすぐに瞬間移動しちまったから行方不明にされちまったんだろう」

「…………え?」

「あ! いや、何でもないんだ、なんでも」

 

 どうもこの客人、普通ではないようだ。

 鋭いような、そうでないような……? そんな不思議な目をした彼は背負っていた高町士郎を床に降ろす。 ゆっくりと、ケガをしたままの箇所を極力刺激しないようにすると、今度は桃子の方に視線を送る。

 

「まだ時間平気だよな?」

「……じかん?」

「なに分んねえって顔してんだ、結婚記念日だ結婚記念日。 今日なんだろ? シロウが何とか今日中に海鳴に着かないと一生後悔するっていうから来たんだからな。 それでどうなんだ」

「……えっと、まだ23時40分です」

「……ほ」

 

 一息ついた士郎はここで青年に会釈をする。 こんなこと、普通の人間であれば聞いてさえくれないだろう。 病院に送り、後は医者の世話にでもなれと言うのが関の山。 だけど自身のこんなプライベートな願いをこの青年は確かに叶えてくれたのだ。

 その手段が、どんなに非常識だとしても。

 

「そんじゃシロウ、確かに家に送ったからな」

「ありがとうございます。 この恩は一生忘れません!」

「そんないいって、いちいち気にすんなよ? オレも妻子持ちってやつだからな、気持ちは良くわかるんだ」

「はは、それは助かりました」

 

 そう言うなり青年は玄関口に視線を送る。 もう、自身がこの家にしてやれることはないはずだ、ならば帰るのが普通だろう。 言葉もないまま、玄関口に手をやる頃。

 

「今日は泊まって行ってはどうですか? その、夜も遅い事ですし」

「そうですよ、それにお礼もしたい。 一泊でもいいからしていってください」

「……どうするか」

 

 などと、若干困る彼だが、実は答えは既に決まっていた。

 

「今日は止めとく」

「……そう、ですか」

「今日はお前たちの特別な日だからな。 また、明日になったらこっちに来るさ」

『…………はい!』

 

 この人物のここまでの気配りを、みるモノが視たら驚愕を隠せないだろう。 それほどに、夫婦への対応に気をまわした青年はようやく玄関の敷居を跨いだ。 それを見送ることしかできない士郎と桃子は、しかし次の瞬間…………――――

 

『消えた?!』

 

 青年の背中を見失っていた。

 

 まるで風に吹かれた旅人のように颯爽と消えて行った好青年。 高町士郎はその強さを生涯忘れることはなく、桃子はあの不思議な雰囲気を目に焼き付けていたことだろう。

 

 そして、青年がいなくなってすぐに……彼と彼女の記念日が始まっていくのである。

 

 

 

 

 

 夜が明け、陽が頭上に昇る頃には高町の家にはようやく平穏が帰ってくる。

 長女の美由希は涙ながらに父親にしがみつき、濡れた頬を彼の腕にこすり付けている。 同様に駆け寄ってきた恭也の頭を撫でて、士郎が苦笑いを浮かべながら謝ると少年はそっぽを向いてしまう。 ……少し、照れ臭い年頃の様だ。

 

 その光景をみて、心底安心したのだろう。

 

「……あ!」

 

 洗濯物を干していた桃子だが、彼女はその手から大きめのシーツを零してしまう。 同時、強風が襲えば空に飛んでいき、もう、手の届かないところにまで上昇気流と共に消えて行ってしまう―――――…………

 

「…………よっと! 何だコレ? 布団のカバーって奴か?」

『…………あ!!』

「ん? なんだ?」

 

 白いシーツは、金の頭髪の男に捕まれていた。

 大空に逃げたそれを、追いかけるかのように掴み取っていた彼は当然空中に居る。 そう、“空中で制止しながらこちらを見下ろしているのだ”

 

 その光景に今度こそ驚愕を隠せない高町の面々はそろって大口を開けていた。 ……常識崩壊の時間が始まる。

 

「よ、シロウ! 約束通りにメシおごってもらいに来たぞ」

「あ、いやぁまぁ、確かに来てくれとは言いましたけど……」

「まさか空から来るとは思いませんでしたから……ねぇ」

「なにいってんだ? そんなこと今までずっと……あ! そういやこっちのこいつらにはまだ一度も……」

『……?』

「いや、なんでもねぇんだ! なんでもな! ははっ!」

 

 若干素に戻ろうとした孫悟空ではあったが、それでもなんとか鋭い目つきと渋い声を維持して見せた彼は中々の演技力だろうか? さて、いきなり大ポカした彼だが、何ら慌てるそぶり無く彼らの所へ舞い降りる。

 するとこの中ではとりあえず一番幼い美由希が悟空の足元まで駆け寄っていく。

 

「おじさん! “まほうつかい”さん?」

「ん? オレか?」

「だってお空飛んでたもん! 絵本で読んだよ? まほうつかいさんはね、お空飛んだりしたり、まほうでみんな笑顔にするの!」

「ん~~」

 

 ヒヨコのようによちよちと近寄ってきて、満面の笑みで悟空を見上げる彼女はご機嫌だ。 そんな少女の頭に手を乗せ、左右にさすってやると悟空は観念したのであろう、自身の正体を明かす。

 

「おう、そうだぞ。 実は魔法使いなんだ」

「やっぱり!」

「よくわかったなぁ、もしかして超能力者か? はは!」

 

 正確には魔法使いみたいなことができる武道家である。 けど、そんなこと言ったとして少女が喜ばないのがわかっているのだろう。 ど直球に彼女の問いに答えた悟空は、少女とともに大笑い。

 そして、一通り笑い終えると少女は悟空を上目づかいで見つめてきて、願う。

 

「ねぇ、魔法見せて魔法!」

「ん? うーん、なにすりゃいいんだ? いくらなんでも出来ることには限界があるしなあ」

「じゃあね、あのね? ……うーん……そうだ! みゆきのなまえ当ててみて!」

「……? ミユキだろ?」

「わ! すごーい!! おとうさん! やっぱり“まほうつかい”さんだよ!!」

「なぁシロウ、前から思ってたけどミユキって面白いな」

「あ、はは。 この子はもう……」

 

 その願いに何となく和んだり。

 

「あ、あの!」

「お? お前はキョウヤか? 面影があるからひと目でわかったぞ」

「ぼ、僕の事を知ってるんですか?」

「え? いやほら、オレは魔法使いだしな」

 

 昔馴染みと奇妙な再会をしたりと、彼はあっという間にこの家に溶け込んでいく。

 そんな、不思議な青年を見た高町士郎は彼を言えの中に招くことにしたのだ。

 

「あ、靴は……」

「脱いで入るんだろ? ここらの家はみんなそうなんだよな」

「……日本に住んでいたことがあるのですか?」

「少しな。 知り合いの所に厄介になってたことがある」

 

 その間に行われるやり取りに青年が見た目通りの人物ではないことを改めて思い、どことなく我が家に入る姿が自然すぎるが、恩人相手に勘ぐることなどしない士郎は、彼を居間にまで案内した。

 

「……ん?」

「どうかしましたか?」

 

 部屋の中に入った時である。 悟空がわずかに視線を遠くに向ける。 遠くと言っても、別に世界の果てだとかじゃなく、目と鼻の先程度の物。

 そこに、ある物と言えばテレビと……

 

「……そうか、“アイツ”も居たんだよな」

「え?」

「ん? いや、元気そうでよかったなとおもってよ」

「はぁ……?」

 

 何の事かは分らぬが、とにかく青年が微笑んだことだけは士郎にもわかる。 その、なんと暖かい笑みだろうか。 田畑に咲き誇る向日葵というよりは、昼時を過ぎたあたりの陽光とでも言おうか。 物理的な暖かさを、その身体に感じてしまう。

 

「腕によりを掛けちゃいますね」

「ホントか、そいつは楽しみだぞ。 モモコの料理は――ととっ、いや、なんでもねえ」

 

 嬉しかったのだろう、すこしだけ漏らした素にブレーキを効かせて、孫悟空は静かに足を運ぶ。

 部屋の奥にはキッチンが有り、その手前にはテーブルが待ち構えるかのように鎮座している。 さらに手前にはテレビがあるその光景はいつも通りの代わりばえしない景色。 ……だけど、そんな高町家にはひとつ、悟空が見たことが無い物品が備え付けられていた。

 

「ぁぁ……だあ!」

 

 ゆりかご……その中から聞こえるのは小さく、儚い赤ん坊の声。 自身の存在を誰かに伝えようとするその音は、孫悟空の耳にしっかりと伝わっていく。 ……彼は、何の迷いもなくゆりかごへと足を進めていた。

 

「オッス、元気してるか?」

「う~~きゃはは!」

 

 それがどのような意味を示した言葉なのか、士郎には想像もつかなかった。

 只の挨拶から、これからの道を応援する激励。 その、全てを内包した言の葉に、赤ん坊が健気に手足を振っている。

 

「おぉよしよし。 なのは、魔法使いさんが来たぞぉ?」

「う~だぁ~~!」

 

 その姿を遊びたいという意思表示と受け取ったのは士郎。 この、かわいい盛りの愛娘を前にして、いかな剣士と言えども隙だらけの顔になってしまう。 その姿が、何となく微笑ましくて。

 

「今いくつなんだ?」

「まだ一歳にもなってないんですよ。 目が離せない時期です」

「そうだな。 赤ん坊ってのは目を離すとすぐどこかに行っちまうもんなあ」

 

 それでサーベルタイガーに追いかけられたのは誰の息子の事だろうか。

 悟空が遠い昔を思い出すと、士郎が少しだけ視線を下ろす。 そう言えば……ふと思ったことなのだろうが、幾分その話題を出すのに時間がかかりすぎた。 彼は、すぐにその疑問を解消しに行く。

 

「……あの」

「どうした?」

「そう言えば、貴方の名前を伺っていなくて」

「…………そういえばそうだな」

 

 ここで青年の表情に雲がかかるのは当然のことだ。 先行き不安なこの質問は、実にギリギリのところを突き進んでいる。 下手に答えられないこれに、孫悟空はすぐさま指を蟀谷に持って行く。

 想像した姿は銀髪の女性。 最近自身を怒ってばかりの気苦労さんに、彼はなんの臆面もなく思念を飛ばしてやる。

 

【おーい、夜天―!】

【……どうかしたのですか? いま、アリシアとの勝負中なので手短に。 あ……なぜそっちを取るのです】

 

 どうやら忙しいらしいリインフォースをしり目に、悟空は呑気に思念を飛ばし続ける。 その間に聞こえてくる彼女の声が喘ぐものにも思えて悩ましいのだが、遺伝子レベルで鈍感を定められた悟空にそんなことは分らない。

 

【なぜこちらの札にいつもお前が来る……ジョーカー!】

【あぁ、ババ抜きやってんのか。 オラもよく界王さまとやってたなぁ】

【最後の手順です。 来なさいアリシア! ………………あぁ、なぜこうも容易く……】

 

 普段冷静な彼女が落胆に染まると、孫悟空がせっせと要件を告げていく。

 そんなにババ抜きに負けたのが悔しいのか、彼女からの返信がしばらく滞るのだが、それでも念話を切らない悟空は我慢強い。 ……さて、彼女が復帰したようだが、どうやら悟空への回答は問題が山積みの様だ。

 

【ここで正直に答えるのは馬鹿です。 えぇ、思えばよくこのタイミングで連絡をよこしてくれました】

【さすがにな、オラもこれはまずいと思ったぞ。 でだ、どうする?】

【下手に渋るのも印象に残る恐れがあるのですが、かといっておかしな名前を教えようものなら貴方がぼろを出しかねない】

【まぁ、な】

【なら、いっそのこと教えてしまえばいいのです】

【え?】

 

 ……そう言って彼女が告げた打開策に悟空がちょっとした感嘆の声を上げる。 そう言えば、あったはずだ自身のもう一つの名前。 この世界で誰も知らない、孫悟空のもう一つの名前が。

 

「……あの?」

「いや、悪かった。 すこし仲間に連絡をな」

「え?」

【こんな風に心で会話が出来るんだ】

「うぉ!? び、びっくりした!」

 

 口を開かず、鋭い視線を投げかけるだけで相手に己が意思を伝える――のではなく、正に心の中に響かせる所業に士郎が驚愕の声を上げる。 まさに魔法の担い手だと認めさせるこの技に彼の孫悟空に対する認識は完全に“まほうつかいさん”に決定づけられた。

 

 さて、悟空の特技の一つを披露したところで、慎重な選択肢が迫られる。 ここに、あまり遠くもない未来に再会するであろう人物に名を聞かれた彼はなんと応えるのだろう。

 

 其れはやはり――

 

「…………カカロット」

「かか? かかろっと……変わった名前ですね」

「まぁ、少数民族ってやつだしな」

「そうなんですか? なるほど、確かに貴方ほどのヒトだと出自も特別すごいモノでしょう」

「……そうだな」

 

 夜天の使いが聞けば思わずにやけてしまいそうな質問だ。 なにせこの男、出自だけではなく経緯も恐ろしく特異だ。 そのすべてを語ろうとすれば千夜一夜物語では済まないであろう。

 士郎がカカロットと名乗った悟空を見れば、そのままゆっくりと目を閉じる。 ……どうやら、心に名を深く刻んでいるらしい。

 

「そんな大層なもんじゃない、きっちり覚えなくていいんだぞ」

「なにを言ってるんですか! 貴方が居なければ俺の命はなかったんです、名前すら覚えてないなんて一生の恥だ!」

「……まぁ、そうなんだろうけどな」

「カカロットさん?」

「……んん」

 

 士郎に呼ばれた悟空は何となく慣れないようだ。

 そもそも、彼をこの名で呼ぶのは同族の王子様のみ。 そんな特異な名前を果たして彼に教えてよかったものだろうか。

 悩む悟空は、だけどすぐさま切り替えることが出来たようだ。 用意されたイスに腰を掛ける。

 

「口に合えばいいのですけど」

「いい匂いだ、オ……ごほん!」

「あの……?」

「“オレ”腹が減っちまってな、かなり食うからそっちの方覚悟しとけよ?」

「……はい!」

 

 花が咲いたかのような笑顔を受け、目の前に置かれた料理を見れば悟空の箸は速攻で進んでいく。

 今回は、というよりも高町桃子にとって始まりの料理はやはりごく普通の一般家庭向けの料理である。

 いつもの物量も、豪華さも見られないそれ。 だけど一品一品が丁寧に盛り付けられ、まるで洋菓子を思わせる美しさを放っている。 これはひとえに桃子の本業がなせるわざなのだが、如何せん今回は相手が不味かった。

 

「……ん」

「あの、和食は苦手でしょうか……?」

 

 少し気が乗らないように見える青年に、ダンダンと落ち着きがなくなってしまう桃子。 だが、勘違いしてはならない。 この青年が決して料理に不満を持っている訳ではないことを。

 

 超サイヤ人悟空は、取りあえずその箸を食事に向ける。

 

 食卓に現れたそれは右に白米、左に味噌汁だ。 大根を細く切り、素材のうまみを逃がさないよう火力に注意しながら作った逸品。 確かにトロトロと口の中で崩れる感触もいいのだが、歯ごたえのあるものを外国人は好むという桃子なりの気遣いだ。

 前菜にほうれんそうのお浸しと、メインには肉じゃがを構え、そのわきには焼き鮭を添える。

 海と山の幸を程よく使ったこの食事を前に、確かに悟空の食欲はそそられたのだが……今回、それが良くなかった。

 

「いや、オレはなんでも行けるからな。 いただきます――ごちそうさま!」

「……………………は?」

「え?」

 

 いま、何が起きたのかを高町の面々は理解できなかった。

 いただきます、そしてごちそうさまが聞こえたのは良い。 だけどその間がどうにもおかしい。 なぜ始まりと結果がほぼ同時に起こるのだ? まるで10秒チャージのゼリーを相手取ったかのような速飯ぶりに、作った本人も口をあんぐり……常識が、ひとつ欠落する。

 

「いやぁ、やっぱうめぇな! もうチョイ歯ごたえある奴だともっとよかったかな?」

「……そ、そうですね! 今度はもう少し食べ応えのあるものを作りましょうか」

「いやいやいや、それよりも今のをどう突っ込もうか検討しようよ桃子!」

 

 青年の発する声に、なんとも呑気に答えたかのように思えるが、彼女の中でもそれは大きいパニックの渦が巻き起こっているのは言うまでもない。 最初から何もなかったと疑わざる得ない空食器を眺めながら、まるでこれから料理を作るんだと錯覚さえ覚えてしまっている。

 かなり、重症だ。

 

「さてと、飯もごちそうになっちまったし」

 

 ……腹が、鳴る。

 

 その音はまるで騒音規制がかかる前に製造されたダンプカーが通ったかのような騒音だ。 警察が押しかけても言い訳できない程の音量を前に、高町桃子の顔が引きつる。

 

「シロウ、あんまし無茶すんじゃねえぞ?」

「あ、はぁ……」

 

 …………腹が、鳴る。

 

 航空機のジェットエンジンを思わせるそれは、この家の隅々まで行き渡る。

 

「おかーさん! いまなんか怪獣さんがお家の中に――!」

「とうさん! なにがあったの!?」

「ん? どうしたお前たち」

 

 腹が、鳴る。

 

「うぇ~~ん!! うわーーーーん!!」

「おぉおぉ、どうしたなのは? ハラぁへったのか?」

 

 腹が鳴り、遂には赤ん坊も泣きだす。 泣き喚く赤子を抱き寄せ、ユラリユラリとリズムを取ってあやす悟空。 だけど一向に泣き止む気配が無く、それどころか彼が近くに居れば居るほどに彼女の声はボリュームを上げていく。

 

 周囲を見て、顔色を窺えば孫悟空が顔を引き締める。

 

 ――――途端、彼の腹から騒音が聞こえなくなる。

 

「いやぁ悪い悪い。 オレはかなりの大飯ぐらいだからな、あんだけじゃ足りなくてよ」

「さ、さすが魔法使い殿……カロリー消費も特別すごいものだ」

「え、えぇそうねぇ」

 

 いまだ引きつる桃子を余所に、孫悟空が彼ら家族に手のひらを向ける。 自身の顔の真横に添えられた手。 大きくもあり、暖かさを感じるそれを皆が見ると。

 

「んじゃ、オレはもう行くからな。 飯、ありがとう」

「あ……」

 

 席から立ち上がり、玄関口へ向かう彼。 その姿をまたも見送る士郎は、思う。

 

「…………俺は、どうするべきなんだ」

 

 彼から言われた『次はない』という言葉。 それを忠告だと受け取るか、それとも警告と受け取るかは個人の自由だ。 でも、あの鋭い碧の瞳が訴えるのだ。 この先もしも同じ過ちを繰り返せば、本当に取り返しがつかなくなる。

 

 だけど、だ。

 

「…………守りたいものがある、なら、俺はまだ……」

 

 この仕事から手を引くには、自身はまだあまりにも守るべきものが多すぎる。 せめてもう少し、後もうひと踏ん張りで“ケリ”が付きそうなのだ。 けど、それを達成するには力が足りなくて。

 

「――シロウ」

「は、はい?」

「お前はいろいろ頑張って、皆のために必死こいて戦ってる。 オレはそう言うところを尊敬してる」

「え、あの!?」

「オレは、結局自分本位だしなぁ。 そこのところ、夜天にも言われたことがあったっけな」

「カカロットさん?」

 

 朗らかな碧の目が士郎を見る。 その中にある心情を読み切れるほどの力量を彼は持ち合わせてはいないが、それでも、この中を漂い始めた空気だけはわかる。

 

 目の前の人物は……

 

「オレが問題を解決してやんのは簡単だけどな、それはやっちゃいけないと思うんだ」

「……」

「そこで考えたんだ。 どうすればお前の悩みを解決できるか」

「…………」

「道場に行くぞ」

「!!?」

 

 戦いを、望んでいるのだと。

 

 

 

 その眼は冷たかったと、高町士郎は数年の時を過ごした後語った。

 けど、どうしてだろうか。 その眼をこちらに向けてくる青年の顔が何となく笑っているように見えるのは。

 戦うために生まれ、戦うことを生きがいとし、戦いで世界を救う存在。 孫悟空がこの世界で何かを変えるとしたらやはり……戦いでしかない。

 

 高町士郎の運命は、ここで大きな岐路に立たされていた。

 




悟空「おっす! オラ悟空!」

リインフォース「27敗5勝。 なぜこうもババ抜きが弱いのだろう、私は」

アリシア「うーん、とくにねらって引いてるわけじゃないのになぁ~ あ! こっちにしよっと」

リインフォース「……ぁ」

アリシア「やた! あっがりー!」

リインフォース(半泣)「……」

アリシア(焦)「あ、あの、おねぇさん……?」

夜天さん「じかい、魔法少女りりかるなのは……はるかなるごくうでんせつ、だい……」

アリシア「あ! あぁ! 第74話!」

夜天さん「プレシア大歓喜!! 界王神、一生の不覚!」

アリシア「あのね、おねぇさん。 こんどは別のにしよ?」

夜天さん「で、ではポーカーを……」

アリシア「え、えっと…………あ、ダメだ、アリシアの負け。 ほら、2のツーペア」

夜天さん「――――――――ブタです」

アリシア「あ、あの……その……ご、ごめんなさい」

夜天さん「…………どうせわたしなんか」

アリシア「おにぃさぁぁん! 早くかえってきてぇ!」



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第74話 プレシア大歓喜!! 界王神、一生の不覚!

 先に行ってろと言う声を聴いて道場で座して待つこと5分が経過した。 独り、この中で待つ間に思い出されるはおとといの惨劇と奇蹟。

 あまりに唐突で、どこまでも圧倒的な存在を思い浮べれば、高町士郎の耳に異音が飛び込んでくる。

 

 神聖な道場に、一陣の風が舞い込んできた

 其れは空間を裂く音。

 其れはこの部屋に異物が混入した証し。

 どうやって? どのように……? 想うことは数多くあれど、その質問はたったの一言で切り捨てられる。

 

「オレは、魔法使いだからな」

「……そう、ですか」

 

 だからこれ以上は聞かないし、この先疑うこともしない。

 彼が特別なのは今に始まった事ではないし、その特異な技の数々を解明しようとするのは愚かしい事である。 だから高町士郎は、ここから先の事だけを考える。

 

「ほら、持てよ。 お前たちミカミの人間は刀つかうんだろ?」

「……わかりました」

「あ、あなた!?」

 

 桃子は夫の正気を疑う。

 相手はいくら魔法使いと言っても杖も無ければ重火器の類いもない。 そもそも、手荷物の一つも持たないでこの道場に素足のまま立ち尽くしているのみ。 構えも、型もないその姿は只の一般人だ。

 それでも、夫は彼に武器を向けるのだ。 正気を疑うのは無理もない。

 

 だけど、士郎は正気だからこそ武器を向けたことを彼女は知らなかった。

 

「随分物わかりがいいな、オレはてっきり――」

「貴方の実力なんてあの時の出来事を見てしまえば一目瞭然です。 奴等はどれも手練れが多い。 それを何の動作も見させないで片づけた貴方に、遠慮なんていらないはずですから」

「そうか」

 

 それでも、彼に届くかなんてわからない。 

 士郎が緊張する中、相対する彼……孫悟空は自然体を崩さない。 あまりにも張りつめた空気の中に置いて、涼風を受けるが如く黄昏てる彼に士郎は何の掛け声もなく小太刀を振るう。

 

「せい!!」

「……」

 

 風が舞い、孫悟空の足が横にスライドする。

 襲いかかる縦一線を右へ流れる体捌きで躱すと動かした右足を踏み込む。 軸足となった右を一気に伸ばし、そのまま左の足を振りあげると士郎の右側頭部へと襲い掛かる。

 

 あまりにも速い攻撃に、だけど士郎の目は彼の足を捕える。 相手の攻撃の流れを読み、小太刀を二本その間に構える。

 

「くッ!?」

 

 まるでハンマーで殴られたような衝撃。

 人体が起こしていい攻撃力を遥かに超えたそれは士郎を道場の隅へと吹き飛ばす。 あまりのことに目の前が揺れるが、頭を振って思考力を取り戻す。

 

 その瞬間、目の前を金色が埋め尽くす。

 

「――ッ!」

「躱したか、ここまでは付いてこれるのな」

 

 しゃがんだ士郎の頭上を通過するのは悟空の足だ。 左脚を軸として、勢いだけで振り回された胴回し蹴り。 それを見た瞬間に、士郎はその左脚に向けて小太刀を振るう。

 

「よっと」

「――!」

 

 躱した、否、跳んだのだ。

 其れは空中に身体を預けるという事。 人間に翼はない、ならば空に飛んでしまえば身動きは絶対にとれない。 圧倒的な好機に士郎は全身に力を込める。

 

「虎乱!」

「…………」

 

 御神の技の一つである斬撃を打ち、孫悟空を切り裂く。 切り、裂いたかのように見えたのだ。

 

「…………バカな」

「う、そ……」

 

 士郎は当然として、桃子は己の目を疑わずにはいられない。

 確かに夫の攻撃はあの青年に直撃したのだ。 必殺の構えから放たれた虎乱をその身体で受けたのだから斬撃音も聞こえてきた。 だけど、だ。 なぜなのだ、彼の身体から聞こえてきたのは盛大な金属音。

 なにかとてつもなく硬い物体を切りこんだかのような衝撃が伝わったのはどういうことだ?! 士郎も桃子も、耳を疑い目を疑い……青年の技に驚嘆する。

 

「どうだ、硬いだろ?」

「俺はいま夢を見ているのか……? なまくらじゃないんだぞ、真剣なんだぞこの小太刀は……!」

「どんなにスゲェ武器も強さは一定だ、けど、人の身体の強さは上限がねぇ。 やろうと思えばこんなこともできる!」

 

 言うなり悟空は空中で一回転。 そのまま足を振りあげれば踵を士郎に向けて落す。

 

「ぐ?!」

「逃げるばっかりか! お前の実力はこんなもんじゃねえぞ!」

 

 まるで自身の全てを見透かしたかのような青年の声は、激励。

 ここから先へ、今より前へ。 どこまでもを目指せと言わんばかりの声に士郎はついにその目を見開く。

 

「やってやる! …………神速!!」

「そうだ、お前たちにはそれがある」

 

 高町士郎の見る景色がブラックアウトする。

 しばしの間、そのあとに広がる光景からは色彩が白と黒だけを残し消し飛んでしまう。

 

 これが彼等が使う御神の奥義――神速。

 人間の持つ脳の処理を全て視力に注ぎ込み、超絶的な動体視力を手に入れるという身体機能の局地的倍加。 その眼は弾丸をもスローモーションにさせ、あらゆる速さを持つ戦士の動きすら捕えて見せる。

 孫悟空の攻撃を、確かにその目で捕えるのだ。

 

「…………………だが、これは!?」

「早くしねぇとデカイの貰っちまうぞ?」

 

 なぜ、彼は普段通りに動いて見える?

 こちらは世界のすべてを常識外の速度を持ってとらえているはずだ。 この目を前にすればすべての動作は亀よりも遅く見えるはずなのになぜ!?

 焦る士郎を笑うかのように平常運転の孫悟空は、そのまま“ゆっくり”とケリを迫らせる。

 

「…………………う、ごけ!」

 

 ここで神速の弱点が襲い掛かる。

 士郎が悟空の攻撃を前に二の足を踏んでいるという訳ではない。 これは、そう言う技なのだ。 そもそも、この神速というのは視力を強化しているに過ぎない、だからあとはすべてごく普通の機能をするだけだ。

 つまり、あまりにも速い思考速度に身体が追いついていないのだ。

 かつての恭也の言葉を借りるのならば全身を硬いゼリーに固められた感触。 水中に沈んだ時の数倍ほどの負荷を身体に受けた状態をいま、士郎は体感しているのだ。

 

 その中で士郎が何とか悟空の攻撃を掻い潜ると――

 

「もう一丁!」

「なに!?」

 

 第二の攻撃が彼を待ち構えていた。

 もう何が何だかわからない! 士郎が集中を切らせば奥義がカラダから消えていく。 思考の加速は完全に途絶え、彼の攻撃を目で追えなくなってしまう。

 

「ぐぅぅ!?」

「ほらほらどうした!」

 

 雨アラレの蹴りの応酬。 マシンガンが如く飛んでくる蹴りに、ここで士郎はようやく気が付いた。

 

「……さっきから足ばかり……やはりと思ったが手を抜かれている……!」

「オラもあんまし乗り気はしねぇ戦法だけどな、でもなかなか効くだろ?」

「――――ぐぅぅ!!」

 

 なにか、大変な失敗をした気がするがそんなことに頭が回らない士郎は小太刀を振るう。 攻めだ! 攻撃を仕掛けなければ勝てるモノも勝てない!! この人相手に様子見だとか、好機を伺うなんてものはありえない!

 初めから勝てないのは分っていたはずだ。 ならばもう全力を振り絞るだけだ!!

 

「う、うぅぅぅおおおおおお!!」

「そうだ、もっと踏み込んで来い!」

「コノオオおおおおお!!」

 

 全力を出さなければ、その先を進むことなんか出来やしない。

 付け足す彼はそのまま斬撃を足だけで受けきる。 ここは道場だ、ならば土足現金なここに靴など履くはずもなく、斬撃を受けきる彼の足は素足の筈だ。

 でも、なぜかその足で彼は二本の小太刀を受けきるのだ。 ……その時点ですでに常識外で規格外。 士郎が敵う相手ではないのは明白だ。

 

「そこがおめぇの限界じゃねぇだろ! 出し惜しみすんな!」

「こ、れ、しきッ!!」

「そうだ! もっと全身から力を爆発させろ! おめぇの限界はそこじゃねえ!」

 

 それでも、なぜか剣を握る手が強くなる。

 戦いとはこのように熱いモノだったのか? ……いままで、戦となれば血が飛び交い、それを見るだけで心にうすら寒い感覚がよぎってたではないか。 ではなぜ今はこんなにも熱くたぎる?

 からだが、無謀とわかっていても立ち上がろうと足掻く?

 

「ウォォオオオ!!」

 

 叫ぶ士郎は神速を発動。 だがその目に映る彼はやはり何時も通りの速さだ。 足りない、まだ先を踏み出せ? これ以上何をしろっていうのだ。 ……いいや、まだやっていないことがあるはずだ。

 

「――神、速!!」

 

 全ての景色が、その場で止まる。

 神速の上からさらに神速を発動したのだ。 その視界に映るすべてが制止し、高町士郎の速度にすべてが追い抜かれていくさまは一人、時間という枠組みを捨て去ったかのようだ。

 超越した別時間の中で、士郎は小太刀を携えた己が右腕を前に突き出した。

 

「―――――ッ!」

「………………やるなぁ」

 

 褒める声。 この超速度を誇る世界の中で今もなおかけられる声にさすがに驚くことを放棄したのは士郎だ。 彼は手に持った小太刀の感触を確認すると冷や汗を流す。

 

「――――足の時よりもさらに硬い……!」

「さっきよりも数段手ごわいぞ?」

 

 遂に届いた士郎の攻撃。 と言っても相変わらず胴体ではなく防御の上からではあるが、それでも彼に手を出させたことは最大の進歩だろうか。 ……しかし。

 

「――――指一本で抑えきられるのは納得いかない!」

「悪いな」

 

 少しだけの謝罪が終われば、彼等を中心に剣戟の嵐が巻き起こる。

 せっかく超えた自身の限界を、それでもいとも簡単に防いで見せた存在に届けと咆えんばかりに。

 剣を振るえば指を払い。

 剣線が変われば腕の角度を変えて対処する。

 

 圧倒的な攻撃は、涼風の如く受け流されていく。

 

「――――く!」

「どうした、息が上がって来てるぞ!」

「まだまだ!」

 

 明らかにおかしい現象が桃子の前で引き起こされていた。

 夫は小太刀を二本構えて、尚且つ目にも止まらない域で振り続けているというのに、対するあの青年は腕一歩どころか指一本で対処しきっている。 ほぼ同時に放たれた剣戟ですら片指を高速で掃い、弾き飛ばして見せる。

 既に人間の域を超えた速度の筈なのに、それすらも超えて青年はただ静かに佇んでいるのだ。

 

「―――――!!」

「……」

 

 最後の剣戟が終わる。

 お互いの目を見合いながら、双方武器を仕舞い込んでいく。

 

「お前が使うミカミってのは言ってしまえば人間の限界を極めた戦い方だ」

「……そう、ですね」

「あの剣の振り方もなかなかだったし、何よりいきなり反応が良くなるあの技は正直言って反則に近いだろうな」

 

 ――貴方の強さの方がよっぽど反則です。

 内心そう思った士郎だが、ここでその言葉を出すことはなかった。 そんな彼の姿に何を思ったのだろうか、悟空はそのまま目を瞑りだしてしまう。

 気に障ったか? まさか心を読まれたと思った士郎は、不安ながらに悟空の背後に居る桃子に視線を配る。

 彼女も気持ちは同じなのだろう。 右手を頬に当てながらゆっくりと俯生き加減になっていく。

 

「モモコ、いま右手をほっぺたに持って行ったな?」

「え?」

「…………まさか」

 

 高町士郎はここで孫悟空という、否、カカロットと名乗った彼の強さの片鱗を味わう事となる。

 今まさに背後、丁度死角になっているはずの妻が取った些細な行動を、見事に言い当てた彼に戦慄が隠せない。

 

「貴方は殺気の無い人間の行動が読めるのですか……!」

「読むっていうよりかは感じるというところだな。 相手の“気”を感じ取り、その動きを追う。 そう言った修行を随分昔に教わったんだ」

『…………』

 

 絶句とはこういう時のことを言うのだろう。

 魔法使いの次は気功使い。 この男の職業がいよいよ分らなくなって来た夫妻は、遂に言葉を出すことを忘れる。

 

「なんだお前その顔。 さてはオレの話が信じられないんだろ?」

「い、いやそんなこと…………っ?」

 

 悟空がカラカウようににらみを利かせる刹那、高町士郎はなぜか右後方に視線をやる。 だが、そこには何もない。 ただただいつも通りの茶色い床板が広がるだけだ。

 

「……なんだったんだ、今の」

「見てろ、いま気ってなんなのか見せてやる」

「――え! あ、はい!」

「……なにをするのかしら」

 

 言うなり右手を差し出した悟空。 その手を夫妻が見つめる中、彼はおもむろに指を一本だけ突き上げる。 数字の壱を表す手つきだが、士郎の目にはさらにもう一つ見えてくるものがある。

 

「……指が」

「光ってる……?」

 

 桃子にもそれが見えるあたり、特別な才が無くとも見えるくらいに力を伴う現象なのであろう。 霊的だとか、オカルトチックなものではない自然現象を見た士郎は、悟空の瞳を見つめる。

 

「その光が、さっきから俺の剣を弾いていたモノの正体」

 

 小太刀と言っても真剣だ、触れれば切れるし振り下ろせば両断できる。 そんな代物を真っ向から受け止めた彼の身体にこんな秘密が……知ることが出来た事実に感嘆の声を上げつつ。

 

「え? あ、いや。 アレは普通に防いだり蹴ったりしただけだ」

「……は?」

「気を使ったのはこれが最初だ。 それより前は全部生身だぞ」

「…………そんな馬鹿な」

 

 まぁ、指先にほんの少しだけ集中させたけどな。

 そんな言葉が在ったとしても、あまりにもあんまりな事実に、高町士郎の常識は瓦解の一途を辿るのであった。

 

「元気だとかやる気、それに死ぬ気だとか言うだろ? ああいったモンを出すとき、人間ってのは普段もつ力の数倍のパワーを発揮したりするもんだ。 それはな、普段は使わない身体の奥に隠された気を、自分が知らないうちに爆発させてるからなんだ」

「それを意図的にコントロールしたのが今の力?」

「そうだな。 でだ、その本来備わってる気は、修行次第で感じ取ったり放ったりできるようになる」

「……なるほど。 さっきのは桃子の気の流れを読んだ……いいや、感じた」

「そう言う事だ」

 

 いろいろと呑み込んだ士郎の顔つきは難しい。 納得できるものからそうでないことが羅列しているのだろうが、残念ながらすべてが事実。 身体の中には普段から使っていない力はあるし、それを使いこなしているのは先ほどの戦闘を思い出せば明白だ。

 戦い方が格闘だけというところに、職業魔法使いという情報に軽い嫌疑がかけられてはいるが。

 

「とまぁオレから言えるのは、お前は確かに強いがそれはあくまでも人間レベルでだ。 オレの師匠のじっちゃんはこう言ってた。 “完成された武道家になるには人間の限界(レベル)を超える必要がある”ってな」

「完成、された……?」

「そうだ。 お前たちの流派は確かにスゲェし、オレも目を見張るくらいの技も持ってる。 だけどその流派の枠組みってのかな? そこん所がどうにもお前をこの先に進めるのを邪魔してる節がある」

 

 守りたいものがあるのなら、人間を捨てろ――

 

 かなり大層なことを言われている気がするが、別に悟空が言いたいのはそう言う事ではない。 其れは、彼の表情を見れば士郎にもわかることだ。

 しかし、だ。 いまさら自身の流派を捨てるのはありえない。 士郎の表情はひたすらに硬い。

 

「ん? 別にミカミを捨てろって言ってるんじゃねぇぞ?」

「……え?」

「ミカミの技に限界があるんじゃねぇ。 “ここまで”がミカミだとお前が勝手に決めつけてるのがいけないんだ」

「ここまで……?」

「そうだ。 技ってのは磨き上げるもんだろ? なら今までのミカミをもっと上に持ってくことだってできるはずだ。 もっと周り観てみろ、スゲェことしてる奴がわんさかいるから」

 

 足りないモノはすべて持ってくればいい。 それが肌に合わなければ使わなければ済むことだ。

 強さを受け継ぐことは大切だ。 だけどそれだけに縛られるということは、そこを自身の限界にしてしまう事。 強さとは、過去というのは乗り越えなくてはいけないモノなのだ。

 そして、すでに今の道に限界が来ているというのなら方向を変えればいい。

 

 孫悟空が、カカロットと名乗った青年が横を向くと士郎も釣られてその先を見る。 そこに広がるのは木製の床板。 只々綺麗に磨き上げられたそれは、毎朝の鍛錬と同じく行ってきた掃除の賜物だ。

 その、綺麗さをいまさらに思い知ったのは今まで気に留めなかったから。

 

 世界はこんなにも穏やかで美しい…………どうして今まで気が付かなかったのか。

 

「――――――っ!?」

「お? 今の避けたか」

 

 ――――どうして、今まで気が付かなかったのか。

 不意に、自身の右側頭部をかすめそうになったなにか。 その飛来物に視線を向けることなく身体を捻っただけで躱した士郎に、悟空はちいさな賛美を送る。 ……つまり、今この飛来物は悟空が仕掛けた物だという事であり。

 

「さっきから結構吹っかけてたんだけどな。 ようやく躱したか」

「え……? まさかいままで頭のそばで違和感があったのって!」

「オレがすぐ後ろでケリ入れてたんだ。 こう、高速移動の誤魔化しでな」

「…………出鱈目だ」

 

 ずっと目を見て話してましたよね!?

 

 半笑いすらこみ上げてくる士郎の質問だが、答えは案外簡単だ。 人間、同じ景色を目にしていたとしてもわずかな一瞬だけ完全なる隙が出来る。 そう、人間の生理的現象の一つである“まばたき”だ。

 その、本当に一瞬でしかないタイミングで士郎の後ろに回り込み、蹴りを振り抜き元の位置に戻る。 これを無音で尚且つ気が付かれないくらいの速さで行う彼の異常さは物理法則すら平気でシカトしているはずだ。

 なんとも、恐ろしい男である。

 

「心を静かにして、周りにある気配を感じ取ること。 これがまず最初だな」

「御神流……“心” それをどこまでも研ぎ澄ませたのが今の……特に意識していない、何も考えていなかったのに奥義を発動していたのか……」

「空のように静かに構え、雷のように鋭い一撃で打つ。 オレのまた別の師匠の言葉だ」

 

 簡単に言うがかなり難しい。

 言葉だけでしか理解が及ばない士郎は、そのまま悟空を見る。 あまりにも、静か。 だけどその奥底では途轍もない爆発力を秘めているのは先の戦闘で解る。

 

「ここから先は自分でやってみろ。 オレがこれ以上教えることはねえ」

「……え?」

「…………あんましちょっかい出すと夜天の奴にどやされるからなぁ」

「カカロットさん?」

「いや、なんでもねぇ」

 

 どうやら彼のチョッカイはここで終わるようだ。

 どうしても、こればかりは気になって仕方がなかった彼の未熟さと命の危うさ。 腕前の割には、あまりにも背負うものが多すぎる彼はいつかその身を危うくしてしまい、数多くのヒトを悲しませるだろう。

 その証拠が初対面のあの騒ぎ。

 あのまま悟空が来なければ本当にどうなっていたかわからぬ彼に、悟空はちいさな切っ掛けを与えることにしてみたのだ。 ……あの男が、そこまで考えていたかは測りかねるが。

 

「とりあえずオレはもう行く。 仲間がそろそろ心配するからな」

「いつか、会えますか……?」

「どうだろうな。 オレは、本当ならここにはいちゃいけない人間だ。 すぐ消えちまうだろうからなぁ」

「それってどういう――」

 

 士郎の疑問に、だけど悟空は答えない。 少しだけ悪戯っぽく笑うと、そのまま人差し指と中指を突きだした右手を額に持って行く。 ……そのまま、世界に意識を張り巡らせていく。

 

「いつかまた会おうな。 ……あ! もしもこれから先――」

「え?」

「…………なんでもない。 また、今度な」

 

 言おうとしたことは未来への布石。 だけど、それは言わなくてもいいことだ。 この夫妻ならば、きっと迷い込んだ自分を何も言わずに助けてくれる。 そう、心に仕舞い込んで…………――――

 

「…………消えてしまった」

「本当に不思議な方……」

 

 この世界の夫婦の前から、消えていくのであった。

 

 

 この数年後、海外のとあるマフィア団体と裏組織のいくつかがたった一人の双剣士の手によって壊滅させられるのだが、其れは本編とは関係の無い話である。

 

 

 

 

 

 

 ――――――…………物語は、再び元のメンバーに戻っていく。

 

「……帰ってきましたか」

「おっす!」

「あ、おにぃちゃん!」

 

 瞬間移動の風切り音と共に、悟空の足元に小さな衝撃が加わる。 その正体が幼い少女が抱きついてきたものだと、視線をおろして確認した彼はそのまま彼女の脇の下に手を差し入れていた。

 

「ただいま!」

「わぁ! 肩車!」

 

 あっという間に無敵の城が完成する。

 そのあまりにも堅牢な高い塔にご満悦なアリシアは、元気よく綺麗なツインテールを揺らしている。 元気溌剌、時空レベルで迷子中の割には良い傾向である。

 

「オラが居なくなってからそれなりに経つけど、なんか変化はあったか?」

「いいえ、至って無反応です。 ……あの男はなにをやっているのやら」

「……そうかぁ、アイツまだオラたちの事をみつけてねぇんか」

 

 つぶやいて見せた悟空は、まるで息を吐くかのような動作で頭髪を金から黒へと変えてやる。

 

「わっ!?」

「はは! 驚かせちまったか?」

「うん、びっくり」

 

 超化からの変化に声を上げたアリシア。 当然だろう、彼女は今現在悟空の肩の上で祭られている状態だ。 目の前にあった逆立つ髪が、何の前触れもなく髪型ごと色が変われば驚きもする。

 その姿を見たリインフォースは、少しだけ悟空に詰め寄る。

 

「……高町士郎の方は大丈夫なのですか?」

「あぁ、ケガも順調に良くなって……」

「いいえ、そうではなく。 “貴方が余計なことをしていないのですか?”と聞いたのです」

「…………~~♪」

「なぜそこで顔を背けるのです? 口笛もやめなさい」

「はは!」

「笑ってごまかすのもなしです!」

 

 なら、抵抗できる武器はもうないな。

 大げさにお手上げのポーズをとった悟空は、今まで腰に巻いていた尻尾を解きながら陽気に構えて姿勢を崩さない。 彼独特のスタイルに、さしもの祝福の風様も追及の手をとりやめてしまう。

 

「しかしどうしたもんかなぁ。 このままオラたちが居た時間まで過ごすのも問題ねぇけ……」

「アリシアのことを考えるとそれはまずい気もします」

「だな。 プレシア、せっかく会えたのに大人の姿になってちゃあいろいろ複雑だろうし」

 

 問題はまだかなりある。 帰還と、現状の打破、そしてあの男との連絡手段とetc.……それにこのまま問題を先送りにしてしまうと、もう一つの問題が浮上してしまう。

 

「私の中にある、闇の書の暴走プログラムの件もあります」

「え? それってあんとき……?」

「完全には消せていないのです。 あれはもう、私を構成するうえで核となるようにプログラムを書き換えられてしまっている。 ……私の血肉そのものだから」

「……夜天」

 

 あまりにも、複雑な顔だ。

 そのときの彼女の顔が、本当にどうしようもないとあきらめているように見える。 ……俯き加減に影を作る彼女を、もしもはやてが見るなら悲しむであろうくらいに……

 

「早くもどらねぇとな」

「えぇ」

「あんな化け物が出ても、オラがかめはめ波で太陽まで飛ばしゃいいけど、それ起こすたびにはやてが泣きそうになるんはイヤだからなぁ」

 

 後頭部を軽く掻いて、どこか虚空を見上げる彼。 その姿は本当に物のついでといった感じで、彼女の本質的問題をものともしないように見える――いいや、実際にものともしないのであろう。

 

「……貴方がこの世を去ってしまったら、止めるモノが居なくなるのですよ…………なら、わたしは……」

 

 だけど、彼女が言いたいのはそう言う事ではなくて――――

 

 

「うっし! それ解決すんのもまずは現代に戻ってからだな!」

「……えぇ」

 

 空気一転。 孫悟空が両手を叩くと話題が変わる。

 変更先は例の謎の男。 彼との接触は現代への帰還の最大のカギである。 でも、彼の事をまったくといっていいほどに知らない二人はここでいきなり座礁する。

 

「この時代にもあいつが居ればいいんだけどなぁ」

「彼の気を追えそうですか? 貴方の瞬間移動が唯一の頼みなのですが」

「…………それが結構まえからやってるんだけどなぁ」

 

 そう、彼と接触する術を持たない。

 いくら超常の身と言っても出来ないモノは出来ない。 ここで露わになる疑問に、双方頭を抱えるのは当然のことであった。

 

「……あーあ、あの変な人が見つけてくれればいいのに」

「だな。 オラも悪かったとはいえ、助けんならもうちっときちんとしてもらいてぇぞ」

「……!」

 

 つまらなそうに悟空の頭部でブー垂れるアリシアに、上目で一緒になってやる悟空。 けど、その横でリインフォースが目を見開いていた。 その赤い目を、まるで宝石のようにきらめかせながら。

 

「そうです! 見つけてもらえばいいのです!」

「……?」

「最初、貴方が言ってたではないですか! その内、自身の気を追ってこっちに来る……と」

「いったけどよ、現にこうやって助けはこねぇだろ?」

「なら気が付けるくらいに目立てばいいのです」

「お?」

 

 まだわからぬ彼に、リインフォースは順を追って説明していく。

 やり方は簡単だ。 適当な場所で、孫悟空が気を全開放するというとてもあっさりした作戦だ。 しかし其れにはやはりリスクはある。

 

「――――説明したとおり、貴方のフルパワーを発揮して空間に歪を作ります。 これは、時空に干渉するジュエルシードとの相互作用を見込んでの作戦ですが、問題があります」

「なんだ?」

「時空に作用させるということは次元振を起こすという事。 つまり、管理局に発見される恐れがあります」

「なんだそれだけか? だったらリンディに――」

「その彼女もまだ当事者ですらない赤の他人です。 それに彼女が私の存在を知れば敵意を向けるのは火を見るよりも明らかでしょう」

「……そっか」

 

 過去の爪痕はなによりも大きい。

 遺恨を残す相手に最大限の警戒をしつつ、リインフォースは作戦を展開していく。

 

 

 

 ……さて、今回彼らが降り立ったのは地球から数百ほど離れた次元世界。 管理外世界と呼ばれるそこは、やはり原住民の居ない野生が全てを支配する無秩序な世界である。

 

「なんとか都合のいい世界が見つかりました」

「だな。 ここならオラが多少騒いでも平気そうだ。 地面も……お、かてぇ!」

「わー……おっきいトリさんだぁ」

 

 恐竜に翼竜に草食竜。 様々な種別の動植物が跋扈(ばっこ)するなかで、孫悟空はあたりを見渡していた。 いつも通りに肺に空気をため込むと、そのまま両腕を力強く引き締める。

 

「ふぅぅぅ」

 

 拳を握り、全身に駆け巡る力を操れば、まるで目を開くかのように力を開放する。

 

「はっ!!」

「あ! さっきの金髪の姿!」

「超サイヤ人、彼等はそう呼ぶみたいです」

「すーぱーさいやじん?」

 

 全身から解き放たれた黄金の気が周囲を照らせば、そのまま彼は身体を屈める。 まさしくこれからさらに力を籠めますよという姿勢に、そっとアリシアの前に立ったリインフォースは薄い膜のような物を張り巡らせる……結界の一種の様だ。

 

「だぁぁぁああああッ!!」

「きゃあ!?」

「全身に稲妻が走りましたね。 ……超サイヤ人の上位形態」

 

 蒼電が身体を走り抜け、更なる力の爆発が巻き起こる。 火山の噴火を連想させる彼の所業に、この世界の姿も相まってジャイアントインパクトを思わせる。

 恐竜が、一斉に逃げていく。

 大地が陥没し、空間が揺れる。

 世界が泣き叫び――――空に浮かぶ雲が消え失せる――!!

 

「ユニゾンなしでここまで」

「修行の成果だな。 クウラとの戦いで初めてこの姿になった後から秘かに修業してよ、何とか自力で成れるようになった」

「さすがですね、孫悟空」

「いいや、まだだ!」

「……?」

 

 ここまでが、彼の限界だと思っていた。

 この姿がサイヤ人の到達点だとリインフォースは勘違いしていた。

 

 違うのだ、彼等戦闘民族の“底”というのはたかが世界を震撼させるだけでは飽き足らないのだ。

 そうだ、彼女は見ているはずだ。 あの無双を誇る戦士が、どれほどの力を爆発させていたかを。

 

「超サイヤ人を超えた超サイヤ人……それがこれだ、けど……っ!」

「ま、まさか!?」

「こ、これが……!」

 

 孫悟空の肉体の変異が収まらない。 いいや、正確にはその内面の流れが更なる加速を開始したのだ。

 気の圧倒的な増幅と、それを制御する身体の強化。 そう、無暗やたらな筋肉の増加ではなく、身体の質を一気に変えてしまう彼の……かれの――――

 

「超サイヤ人の壁を超えた、超サイヤ人の……っ! その! さらに壁を超えたぁぁぁあああああああああアアッ!!」

『――――――ッ!!』

 

 力の増幅が限界を超えた。

 明らかな以上に世界が戦慄き、大地が悲鳴を上げるかのように地割れを引き起こす。 世界を崩壊させる勢いを携えたそれは攻撃ではなく、変化。 ただ、姿が変わろうとしているだけで世界が怯え竦む。

 いったい何をしようというのか。

 いったい彼はどこまで強くなってしまうのか。

 

 かつて、力の塊だの破壊の権化だのと言われたが、そんなものはこの存在に比べれば赤子のような物ではないか?

 

 リインフォースが驚愕に顔を染め上げる中、彼の変化はついに――――

 

 

 

「――――――――…………ストップ! ストーーップ!!」

『!!!?』

 

 その変化に待ったをかけるモノが来た。

 

 空間を割り、涼しい風と共に現れたのは……異国の衣装に身を包んだ人外の男であった。

 

「あ! 変な人!」

「へ? へん……?」

 

 ……いろいろと台無しではあるが。

 

 アリシアの指さし呼称の後に流れる汗。 いきなり現れた男の額から零れたそれは、地面を小さく濡らしている。 ……そこまで、動揺するモノだろうか?

 

「こ、こほん! 先ほどはすみませんでした。 まさか悟空さんの姿が元に戻ってしまうとは思わなくて」

「……っ」

 

 あっけらかんと謝罪を述べた男に、超化を解いた悟空はゆっくりと近づいていく。

 相変わらずの異国の服装と、見たこともない肌の色。 薄い、青? 青白とも見れるそれは、彼が人外だということをひと目で表している。

 その、神秘的姿からくる威圧感は既に失墜しているとしてもだ。

 

「それにしても相変わらずの物凄いエナジーでしたよ、おかげであなた方の位置を特定できました。 それにしても時が経ち、衰えてもここまでできるのはさすが……あぁ!! いや、何でもないです!!」

『??』

「は、あはは!」

 

 ……夜天の使いが一気に視線を鋭くしたのは言うまでもないだろうか。

 いろいろと鈍いところがある孫悟空の御守りを一手に引き受けている彼女は、まさに正反対な敏感さで男の失言を拾う。 ……さぁ、訊問の時間だ。

 

「いま、悟空が衰えていると言いましたね?」

「……ぎく!?」

「それはつまり、彼の力がこんなものではないという事でしょうか?」

「…………っ!」

 

 息を呑む。 まさかの事態だと思っているのだろう。 青白い男の皮膚から一気に汗が吹き出していく姿は、アリシアの幼い視線から見ても異常の一言だろう。

 

「それに姿が元に戻るって……貴方は、あの子供の姿が彼の本来の姿とでも言うのですか?」

「いや、それは違いますよ! 悟空さんはですね――」

「ほう、孫悟空が?」

「…………あ、いやぁ……その……」

 

 高身長、高圧的な衣服の彼だが、なぜだろう、存在感がアリシアを下回った気がするのは。 男の背は丸くなり、ただひたすら「いやぁ」だの「そのぉ」だのとのたまわるばかり。 ……だけど、だ。

 

「まぁまぁ、いいじゃねえか」

「しかし」

「助けに来てくれたんだからさ、早く連れてってもらおうぜ?」

「……まぁ、貴方が言うのなら良いのですが」

「―――ほっ」

 

 孫悟空はそんな男を責めはしない。 あまり気にしないのが彼のいいところだ、ここはそのまま話を変えるべきだろうか。 リインフォースが手を引き、青白い男がそっと息を吐く。

 

「まぁしかし、貴方の疑問も当然でしょうね。 私が何者で、悟空さんの事を知っているのはなぜだとか。 ……全てをお話することは出来ないのですが、それでも話せることはお伝えしましょう」

「……いいのですか?」

「はい、いずれはこちらから接触するつもりでしたし。 ……丁度いいですし、ひとまず向こうの騒動が終わるまでこちらの世界に招待しましょう」

『こちら?』

 

 ニコヤカな男はそれだけ言うと、皆の手を集める。 悟空、リインフォースにアリシア、彼女たちの反応はそれぞれだが、訝しげなのはやはり夜天の使いさんであろうか。 彼女は赤い目をジトリと濁すと、それだけで人が殺せそうな視線で男を射抜く。

 

「そんな目で見ないでくださいよ!?」

「すみません、なんだか貴方を見ていると無性にイライラが……」

「そ、そんなぁ」

 

 理不尽極まりないセリフにライフポイントを削られながらも、男はここに宣言する。

 

「本来なら人間のみなさんを招待することはないのですが、貴方がたの世界は中々監視の目がキツイ上に、ある方に会ってもらわないといけないので……」

「あるかた?」

「はい。 だからまず、私たちの世界―――世界の最果てと始まりの場所、界王神界に招待します」

『!!?』

「……カイカイ」

 

 皆が驚きの表情をする中、男が小さく呟く。 それを最後に、この“世界”から孫悟空が消失する…………――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻……? 新たな、世界。

 

 

――――――――――――…………世界が、かわった。

 

 其処は碧、そこは青、そこは白。 様々な色合いは、だけど全てがごちゃ混ぜになっているという意味ではない。 

 豊かな、そう、豊穣を思わせる景色なのだ、この世界は。 まるで生命の息吹であふれかえっているこの場所は、なんとも不可思議な気分にさせてくれる。 ……そして、この場所を見た時に一番の反応をしたのが彼女だ。

 

 

「な!? 何なのですかここは!!」

 

 

 リインフォースが周囲を見て驚愕に顔を染める。

 何をそんなに驚いているのだろうか。 分らぬ悟空は、取りあえず放置することにしたようだ。 ……世界を、歩きはじめる。

 

「へぇ、結構デカい星だな。 感じ的に大界王星みてぇだけど、もっとでけぇな」

「えぇ、それはそうですよ。 なんといっても貴方の住む地球の神を束ねる界王、さらにその界王を束ねる大界王。 そしてその大界王を統べる全宇宙の正しき神、界王神の住む聖域なのですから」

「そうなんかぁ」

「ほぇ~~」

「……界王、神」

 

 参者三様のリアクションは見ていて飽きない。 ……いいや、内二名はほとんど同じアクションではあるが。 それでも、話の内容を大体把握したリインフォースは、自称神さまだとのたまう男に鋭い視線を飛ばす。

 

「では、貴方はその界王神だとして、なぜ私たちをここに導いたのですか?」

 

 当然の質問だ。 相変わらず、視線だけは鋭いのだが。

 しかしそんな瞳に臆することなく、ようやく余裕を取り戻した自称神さまは、言う。

 

「悟空さんと貴方を、救うためです」

「……私を?」

「はい」

 

 まさかの回答に、リインフォースの瞳が丸くなった気がする。 呆気に出も取られたのであろう、言葉を発することもなく、歩き始めた悟空と自称神さまの後ろをついて行く。

 

「…………なぜ、でしょうか」

 

 その問いは当然だ。

 本来、というか神さまというのは昔から平等で、誰も嫌わなければ誰をも愛さない。 そうだ、誰かが不幸になろうとも幸せになろうともそれを等しく見守るのが神なのだ。 そんな存在がどうして…………いまさら…………

 

 リインフォースの顔に、黒い影が差す。

 

「勘違いしないでいただきたいのですが、貴方の不幸は私たちではどうすることも出来ないのです。 だからその怒りをこちらに向けるのは筋違いですよ」

「……!」

「そもそも、私たちが管理する悟空さん達の世界と、貴方が生まれた世界……そうですね、仮に管理局が見わたせる世界とでも言いましょうか。 そことは管轄が違うのです。 本来、私などが踏み込んではいけない世界なのです」

「……どういう事?」

 

 曰く、世界は12に分けられているらしい。

 その世界の一つに、途轍もなく広く、果てしない宇宙を持ち、外側に管理する世界が存在する――つまり、あの世と呼べるシステムを持つのが悟空の世界。

 

 そしてもう一つ。 あまり広くはない宇宙をひとつの個として、それを幾多にも内包している雑多な世界。 それが高町なのはが存在する世界。

 

 そう。 管理局が次元世界だと分類しているそれ自体が、創造神たる者達から見れば12あるうちの1つの世界に過ぎなかった。 ……その話を聞いたところであろうか。

 

「…………話が広大すぎて、私の処理を超えている」

 

 リインフォースの常識が一気に瓦解する。

 まさか、今まで幾多の世界を渡った自身でさえ、井の中の蛙だとは思わなかったのだろう。 想わぬ新事実は――

 

「ふーん、すげぇんだな」

「さっきは指さしたりしてごめんなさい」

「あ、いいえ。 いいのですよ、あれくらいで怒ったりしませんから」

「…………はぁ」

 

 あの二人を見ているうちに、いつの間にか消化できてしまったらしい。

 深く、難しく考えている方が馬鹿を見る。 いままでは今まで、これからはこれから――そう、数日前に切り替えたはずなのにこれだ。 自身の根の暗さを戒めつつ、彼女はそっと手元で顔を覆い隠し、すぐさま払う。

 ……見えてきたのは、いつも通りの冷静な表情である。

 

「んで? オラたちに会わせたいヤツってどんな奴だ?」

「あぁ、そう言えばそうでした。 正確にはリインフォースさん、貴方に会ってもらいたいのです」

「……私?」

 

 歩き続ける彼等。 ひたすらに緑が広がるこの世界の岩山をみて、湖を見て、色とりどりの花々を見下ろし、それなりの時間歩いて行ったところであろうか。

 

「ん? 誰かいるな」

 

 人影が見えた。

 小さな泉の端っこで、あぐらをかいて居座っている。 どことなく、長ものを持っていたのならば釣り堀にいる初老のおじいさんだとも取れる絵面だが、生憎この世界で釣りをやる人間はいない。

 では、誰なのか。 それは自称……いいや、界王神が代わりに答えて見せた。

 

「あの方は私の代から7500万年前に界王神をなさっていた方で、いろいろ事情があり、今は大界王神という立場に収まっています」

『だいかいおうしん……』

「…………ん?」

 

 見た目、70過ぎたおじいさんといった感じだろうか。 肌はしおれ、腰は曲って背丈も低そうだ。 座っているから全体像を把握しきれはしないがおそらく亀仙人とタメを張るくらいの背格好だろう。

 

「おまえさん、遂に来おったか」

「え? じいちゃんオラのこと知ってんのか!」

「知っとるぞ、ワシは何でもしっとるんじゃ」

「へぇーそいつはおでれぇた!」

 

 喋り方の方はこちらのお年寄りに軍配が上がる。 若干かすれている感じがするところが、より一層の老齢さを思わせるが、そんなこと悟空には関係ない。 彼はさっさと要件を済ませようぜと視線で訴えかけながら、大界王神の隣へと座りこむ。

 

「ん?」

「なんじゃ、どうかしたか?」

「いやぁ、なんかじいちゃんに会うのが初めてじゃ無い気がしてよ」

「ふん! 男なんぞにそんなこと言われてもうれしくないわい!」

 

 この会話で、リインフォースは大体のキャラクターを把握する。 言うなれば、亀仙人を若干傲慢にした程度のキャラだ。 そしておそらくだが……

 

「もっと若くてプリプリした女子に同席してもらいたいもんじゃなぁー?」

「…………いま、行きましょう」

 

 スケベじじいだという点も共通している。

 どういう訳かこの世界の達人と称され、皆から尊敬のまなざしで見られる存在に限って癖が強い。 悟空の記憶を垣間見ている彼女だからできる静かな対応に、大界王神はすこしだけ目を細める。

 

「……だいぶ酷い有様じゃな」

「え……?」

「こんなに弄繰り回されおって、よほど苦労したじゃろ」

「な、何を言っている……?」

 

 なんだか、大界王神の表情が変わった気がするのは気のせいではない。

 居ないからリインフォースにはわからなかったが、まるで孫をいたわる祖父のような暖かな目は、すぐ近くにいる界王神ですら見たことが無い顔だ。 ……そう、こんな大界王神は見たことが無い。

 ……大界王神だったならばだが。

 

「ほれ、お主そこに座ってみい!」

「あ、はあ」

 

 柔らかかった表情が一転。 なんだか頑固爺のような声を上げると、泉の近くにリインフォースを座らせる大界王神。 彼はそのまま立ち上がると、地面につけていた臀部を叩く。 埃が舞い、それが空気に霧散した頃だろう。 彼は言う。

 

「今からお前さんの機能をもとに戻しておくから、しばらくじっとしとけい」

「え……!?」

 

 それは、あまりにも突飛な発言であった。

 このせかいで、まさか自身の体の事を看破し、尚且つ今が通常のモノではないと見抜いた存在が居たとは……

 これにはさすがに驚き、目を見開いたのはリインフォースだ。 彼女はこの世界で何度目かの怪訝そうな顔をすると、老人に問いかける。

 

「あの、どうして貴方が?」

「……わしはこんな面倒なことなどしとうない」

「ならどうして」

「しらあん!」

 

 なにか、隠し事をしているようにも思えるがきっとどうでもいいことだと思う。 それほどに軽く話題を切った老人に、リインフォースは疑うことを取り下げた。

 

「ほれ、行くぞ!」

「はい……おねがいします」

 

 なにか呪文のような呻き声を発したかと思えば、そのまま老人は手を差し出す。 リインフォースに向けられた手が宙を巡り、何やら意味のある文字を描いたかと思うと――

 

「ほい! ほい! ほい! えいえいえーい ウィー!」

『………………………は?』

 

 踊り、である。 老人が小躍りし始めた。

 

 何らかの儀式だと言い張れるかもしれないが、それにしては動きがコミカルである。 ……コミカル? 果たしてこれはその様な言葉で飾っていいのだろうか。 中々疑問が尽きない動きである。

 

「あ、あの……!」

「静かにしとれ! 儀式に30時間、後片付けに10時間のスペシャルコースじゃ、それまで動くんじゃないぞ?」

「…………40時間、こうですか?」

「お主がいままで辛酸を舐めたウン百年に比べれば短いもんじゃろう?」

「ぅぅ」

 

 すべてお見通し。 言わんばかりの制止の声にさしものリインフォースはそこで押し黙ってしまう。 しかもこの老人、リインフォースを中心にして円を描くかのように踊るものだから逃げ場もない。 彼女は、完全に檻の中に捕まってしまった。

 

「…………なぁ、あれどうすんだ?」

「しばらくご先祖様におまかせしましょう」

「ねぇおにぃちゃん、トイレどこ?」

「え? トイレ? あるかなぁそんなもん……」

「あぁ、でしたらこちらへ」

 

 何となく状況が収まりつつある今現在。 なぜかリインフォースを気に掛ける老人の思惑は界王神にすらわからない。 なぜ、どうして? 疑問は尽きぬが、取りあえずは彼女たちは放っておくことにしよう。

 そう、孫悟空が湖から立ち去ろうとした時だ。

 

「あぁ、お待ちなさいフェイトさん。 そっちではありませんよ」

「ふぇいと? だれ?」

「なにを言ってるんですか、貴方の事ですよ。 フェイト・テスタロッサさん」

「違うよ? アリシアはアリシアだよ?」

「…………………え?」

 

 どうやら彼らは別の問題にぶち当たるらしい。

 

「アリシア、さん?」

「うん! アリシア・テスタロッサ、5歳!」

「あぁ、それはどうもご丁寧に…………え゛!!?」

 

 急に慌ただしくなる界王神。 何やら懐を弄ると、なんとも壮大で古めかしい一冊の本を取り出す。 広辞苑やら百科事典なんか目ではないそれを一瞥して、すぐさま中身をめくってみる。

 

「えぇと、隣の世界のアリシアさん5歳……アリシア、あ……あ……!?」

「どうしたの?」

「え、え!? 20年ほど前に魔導炉の実験中に死亡!!? 貴方本当にアリシア・テスタロッサさんなのですか!?」

「そうだよ? アリシア嘘ついてないもん!」

「…………………」

 

 いや、むしろ今回は嘘であってほしかった。

 界王神が、持っていた本をずり落すとそのまま身体中を硬直させて動かないでいる。 人間、取り返しがつかない事態に直面すると思考から凍り付くと言うが、どうやら神さまも同じらしい。 界王神ともあろうものが、現実から完全に目を逸らした瞬間である。

 

「いやぁ、じつはよ? 最初にオラたちとはぐれた時、実は20年以上も昔の世界に落っこちたらしくってさぁ」

「20、ねんまえ?」

「んでもって、こいつが死にそうだったからよ? おら、我慢できなくてツイ……な?」

「あ、はは……は」

 

 顔面蒼白は最初から。でも、それをも通り越して真っ白になっていく様をアリシアは見た気がする。 それほどに界王神の放心が酷かったわけで。

 

「た、たたた大変だ! むやみやたらに歴史を変えてしまった!!」

「いまさら何言ってんだ? そんなもんオラたちも何回かやってるだろうに」

「それはこちらの世界での話です! あちらの世界は私ですらあまりかかわってはいけないのですよ?! なのにこんな……こんな……」

 

 いまさら何を言うのかと思えばこの男。 ……しかしそれでも悟空を責めないのはこの男の本質を表している。 あくまでも自身のミスを追求し、その打開策を模索する。 今回、その打開策が一切合財折られているのだが。

 

「………………アリシア、いちゃいけないの?」

「え!? あ、いや……そういうわけではないのですが」

「アリシアはダメな子なの?」

「違うんです! そう言う事ではなくてですね!?」

「あぁー! 界王神さま、アリシア泣かせたらダメだぞぉ。 あとでプレシアが殺しにきちまうぞ?」

「そ、そそそそれは困りますよ! あの科学者のかた、その内平然とこっちの世界に来る技術を開発しそうですし、怒るといちばん怖いじゃないですか!!」

 

 うだぁ~~と泣き崩れそうになる神さま。 背中に(娘命)という字を背負ってようやっと生きる道を見つけ出した魔女に、敵わないと泣き喚くのは神様としていい行動なのかどうなのか。 疑問は尽きないが、それでもやるべきことはある。 彼は、そっとアリシアの頭の上に手をやる。

 

「申し訳ありません、少しだけ取り乱してしまって」

「うん、平気だよ……アリシア、大丈夫」

「お強いのですね、アリシアさんは」

 

 撫でた後に微笑みかければ既に彼らの関係は円満だ。 そうこうしている合間に、時は流れていき……数時間後。

 

「そうだ悟空さん、向こうの方々に無事だというメッセージを送らないと!」

「え? むこう?」

「アリシアさんが住んでいる、ミッドチルダがある世界の事ですよ」

「なんでだ?」

「貴方はあんな別れ方をしたのですよ? みなさん心配していると思うのですが……」

「あぁ! そういやそうだった!!」

 

 もう、戦いは終わったのか? そんなことすら聞かない悟空の信頼度はかなり高い。 それを知ってか知らずか、界王神は懐から小さなカプセルを取り出して見せた。 色は白、だが大きさが普通の錠剤より二回りほど大きい。 しかも鉄製と来たものだ、こんなものまず口にはできないだろう。

 そう、これはクスリではなく、件の“ホイポイカプセル”と呼ばれる代物だ。 界王神は、それを適当な場所に放り投げる。

 

「あ、テレビだ!」

「すごい! 何もない場所からテレビが出た!」

「……ある人からの預かりものなのですが、丁度いい事ですし使わせてもらいましょう」

 

 そう言って、彼等のビデオレターが始まるのであった――――――――

 

 

 

 

 

 PM13時半 なのはたちの世界

 

 皆がビデオの内容を凝視して数時間が経った。 いろいろな出来事をその目に焼き付け、様々な奇跡を心に刻み込んでいく。 もう、これ以上は驚かないと思った矢先に更なる驚愕が待ち受け、それでも堪えた彼らは静かにビデオを見続けるのである。

 

[――――てなわけでよ、もうしばらくすれば夜天の奴がいい具合に良くなるからさ。 そしたらそっちに戻ろうと思う]

[みなさん初めまして、界王神と言います。 このたびは訳も言えずこちらの都合で引っ掻き回してすみません。 悟空さんには、もうしばらくそちらで旅を続けてもらえればと思っているので、彼をお願いします]

[詳しくは帰ってから話すよ。 いま大界王神のじっちゃん、手ぇ離せなくて説明してくんないからさぁ。 まぁ、取りあえずみんな元気だからな、心配しなくていいぞ]

[あ、主! この儀式を終わらせたらすぐに主の元へ還ります! ですので、決して心配なさらず――]

[お前さんはええから集中せい! いまので15時間儀式の時間が伸びたぞ?]

[……そ、そんな]

 

 ――はは! 少し遅くなるかもしんねぇ。

 画面の向こうで悟空が笑うと、その場の空気が一気に明るくなる。 元気そうだ、いつ戻りだ、ケガも無ければ病気もしていない。 ……彼らは、きちんと無事だ。

 

[んじゃ、またな]

 

 最後に悟空が締めくくると画面は暗転。 映画館はこれでおしまいだと、これ以上は何も映ることはなかった。

 

 

「…………元気でよかった」

 

 

 今まで散々無口だった高町なのはが言う。 たったのこれだけ、でも、それが出るのには多くの時間を労したに違いない。 限りなく遠い世界で、今もなお笑顔で居てくれる彼を思いながら、なのはの心が温かいモノに満たされていく。

 

「――という訳だから、おにぃちゃん達と界王神界ってところでゆっくりしてたの。 あ、おにぃちゃんは修行するって言ってたからすこし忙しいかも」

「そう、なのね」

「うん!」

 

 そのすぐ横で補足したアリシアと、暖かい笑みでそれを包み込むプレシア。 彼女たちの再会は正に奇跡的ではあるが、それが神さまの失敗と成れば仕方がないだろうか。 もう、疑うこともなく天からのプレゼントを受け取った母親は、そのまま我が子二人を抱きしめる。

 

「……ふふ、まさかとは思ったけど、あの時の男はやっぱり孫くんだったのね」

『――!?』

「まぁ、良いでしょう。 あのときはかなりショックだったけど、彼のおかげでこうやって姉妹仲良く一緒にいることができるのだから。 もう、満足よ」

「かあさん……」

「そうだね、ママ!」

 

 一瞬通り過ぎた寒気に、けれどすぐさま訪れた暖気はプレシアの心情を表していた。

 

「それにしても」

 

 そんな親子を見て、再び表情を真剣なものにしたのはリンディだ。 彼女はいつかの仕事の貌を作ると、今あった映像の一つを思い出す。

 

「12の世界。 あの界王神と呼ばれる方が言っていたのは驚きですね」

「……そうね。 この無数に広がる次元世界ですら一つの“世界”と捉えられているなんて、彼等が自分たちを神と名乗るのも納得かしら」

「全宇宙の正しき神……」

 

 その言葉を噛み砕くように呟けば、しかし、すぐ後ろで騒動が展開していく。

 

「士郎さんって、昔は結構やんちゃだったんですね?」

「い、いやぁ僕だってやっぱり若かったしね」

「それにしても美由希ちゃんの小さい頃、かわいかったね」

「あ、いやぁ……あれはその……っ」

 

 月村忍がからかう様に将来の親族へ言葉を飛ばしていくのは微笑ましくて。

 

「それにしてもあの時の彼が、まさか悟空君だったなんておもわなかったわ」

「うん。 わたしもうろ覚えだったけど、あの時の“まほうつかいさん”が悟空君だったなんて思わなかった」

「いま改めて見返すと、ところどころに方言が混じってたけど、さすがに当時は気が付かなかったわよ」

「わたしなんか小さかったし、それに空飛んでたイメージしかなかったからなぁ」

 

 返しきれない恩が、彼に出来てしまった。

 そうやって昔を思い出していく桃子たちはなんとも複雑そうな顔だ。 あんなに小さかった悟空が、ああやって大人となって今度は若い自分たちを救う。 人生、何があるかわからないがあそこまで行ってしまえばもうなんでもありだ。

 高町家の驚愕はしばらく鎮火しないであろう。

 

「でもさ」

 

 ここで、何かに気が付いたものが居た。

 

「あの坊やがやった事って、大丈夫なの?」

『…………え?』

 

 それは、背中から尾を生やしたネコ娘、リーゼ姉妹であった。 ほぼ同じタイミングで皆に聞いてきた彼女たちだが、その疑問の内容が、皆にはわからない。

 

「いや、だってこれって歴史改変でしょ? 完全に私たちの居る時間と、彼が変えてしまった時間って違うことになってるから……」

「そうだよ、この時間軸って消えたりしないよね?」

『!?』

 

 不安は多い。 彼がやったのは前人未到の大事件だ。

 零れ落ちる砂時計のように、誰も時間に触れない。 その禁気を侵したのだから、こんな不安になるのは間違いない、無いのだが。

 

「…………それは、分らないわ」

 

 魔女は言う。 この世界の、これからがどうなってしまうかなど判らないと。

 

「そもそも既に歴史が変わっていたと認識していいはずよ。 だってそうじゃない?」

 

 言うなり視線を士郎に向ける。 そう、彼が命を救った第二の人物にだ。

 

「そういえばそうだ。 理由はどうあれ、あのまま悟空君が現れなかったら僕は確かに命を落としていたしね。 だったら今この世界は、なんていうか」

「えぇ、既に歴史を変えられた後の世界だと思っていいわ」

「…………そう、なのだろうか」

「あら、不満でもあるのかしらシグナム?」

「……」

 

 その科学者の発言に、小首を傾げたのがシグナムだ。

 彼女は思う。 そう、孫悟空の世界で起こった歴史改変では、悟空が生き残った世界の出来事は結局、未来世界には反映されなかったのだ。 それを気にしての発言だろうが今回はいろいろと状況が特殊すぎる。

 

「彼は、そうねぇ彼だけなのよ」

「え?」

「この世界の人間ではない存在は彼だけ。 つまり、もしもこの世界に神学的な常識があり、それが全ての人間に適応されていたと仮定して、彼だけ……この“世界”の人間ではない彼だけにもしもそれが適応されていなかったとしたら?」

「……?」

「どういうこと? って顔ね。 当然よ私も分らないもの」

『ありゃりゃ!?』

「でもね、これだけは言えるわ。 もしかしたらこの世界は“彼が歴史改竄を引き起こした後の世界”なのではないかって」

『……まさか』

 

 昔の偉い人は言った。 卵が先かニワトリが先か。

 どちらの因果が先なのかは、おそらく未来永劫に分らないだろう。 高町親子が居なければ孫悟空がこの世界でなのはたちと冒険することはなく、ジュエルシードとの出会いが無ければ今の状態はありえなかった。

 でも、孫悟空があの時間に飛ばされなければ高町親子の今は無く、おそらく悲惨な人生を送っていたのもまた事実だ。

 

 AがBを成しBがA成す。

 その数式だけなら簡単な事柄も、中に入る単語が単語だけに事態は難しい方面へと転がっていく。 そもそも、ありえないことだらけの彼だ、まさか時間の干渉までやってのけるだなんて思わなかったが、ここまで来てしまえば“こうなったんだよ、ね?” と言われてしまえば首を縦に振らざるを得ない。

 ……そこにどんな矛盾が立ちはだかろうともだ。

 

「――まぁ、でもいまは」

 

 高町士郎は、言う。

 この矛盾だらけの世界で、孫悟空が引き起こした事件の只中を生きてきた彼だけが、言う。

 目の前に居る大勢の人間。 仲間、とも、家族。 それらが微笑、助け合う世界を見て言うのだ。

 

「……いまこの時が幸せだ。 なら、それでいいじゃないか」

 

 絶望の未来なんてなかった。

 そう、過去の悲劇はまだ多くあるけど、でもそれでも笑いあえるのなら、良いのではないか。

 全てが全てうまくいかなかったのは確かだ。

 ハラオウンの一家、八神家の両親、ユーノ・スクライアの孤独。 それらは解消されなかったし、確かに何とかしたいと昔のいつか思ったはずだ。 でも、それでも彼らは言うのだ。

 

「そう、ですね」

 

 誰かが言ったこの一言は、確かに嘘ではなかったはずだから。

 

「……それはそうと」

「どうしたの? えっと……」

「シュテル。 シュテル・ザ・デストラクターです。 おねぇさんとお呼びください」

「シュテルさん!」

「………………………はい」

 

 話題変更。

 シュテルがなのはと対極の色合いを持つ普段着に身を包みながら、生き残っていた奇跡……アリシアへと話題を振る。 そうだ、彼女にはまだ聞かなくてはいけないことがたくさんある。

 

「貴方はどうして先にこちらへ? 孫悟空はまだ界王神界なのでしょう?」

 

 其れは、当然の疑問だ。

 

「おいおい、そういやどうしたんだよ俺たちの英雄は?」

「まさかまだ身体が全快してないんじゃ……」

「いや、もしかしたら理由が……」

「あんだけの事をしたんだ、今頃カイオウシンってのに怒られてんじゃねえのか?」

「……怒るって言ったらこっちにもひとり」

『!!?』

 

 その疑問を探す中で、様々な疑惑が浮上する。

 そしてそれがある一定の真実味を帯びていけば、皆が一斉に声を張り上げる。

 

『そうか! あのヒト、プレシアさんが怒ってると思って帰ってこないんだ!』

「……ちょっと何言ってるの?」

『全宇宙最強の超サイヤ人が最も怖いのは魔女(プレシア)だったんだ!!』

「――黙りなさいこのモブ共ッ!!」

『ぎゃあああ!!?』

 

 ざわめく群集にサンダーレイジ。

 少しだけ調子に乗ってしまった局員たちを裁いた魔女は、少しだけ肩で息をしながら、やはり少しだけかいた汗をぬぐいつつ、愛娘へと振り向いて見せる。 この時、後ろで被害を免れたフェレットもどきが、運悪く魔女の射程に入っていたクロノに治療魔法をかけているのはお約束だろう。

 

「……さてアリシア、話しの続きです。 彼はまだ界王神界なのですよね?」

「おにぃちゃん? 違うよ?」

「そうです、彼はまだ遠い異郷で私たちの元へ還る日を待ちわびている筈。 あぁ、悟空……貴方はいつ私の元へ………………え? 違う?」

「うん。 おにぃちゃんならとっくに帰ってきてるよ?」

『!!?』

「でも修行がもう少しで形になりそうだからってどっかに行っちゃったの」

「え?」

「今よりもっと先なんだって。 修行名! それもズバリ!! スーパーサイヤジンスリー(仮)!!」

「超サイヤ人3!!?」

 

 カッコカリには誰もツッコミを入れないあたり、本当に驚いているらしい。

 なぜ? どうして? 帰ってこないと文句を言いたかったのであるが、その理由が修行であると聞いたときであろう、なのはたちはどうしてか強く反発することが出来ずにいた。

 

「……そっか。 悟空くん、もう頑張りだしちゃったんだ」

 

 走り出した彼は止まらない。 そんなこと、誰かに言われるまでもない。 全身全霊、日々精進、どこまでも険しい山を登っていく彼に皆の表情は崩れていく。

 

「ねぇ恭也。 あのヒト、あんなに強くなったのにこれ以上強くなる必要あるの?」

「……ん?」

 

 忍が聞いたこの言葉に恭也はあまり深く考えることはしなかった。

 

「アイツ、きっと悔しかったんだと思う」

「…………え?」

「あの悪魔がどれほど強かったかなんて俺たちには格が違い過ぎて分らない。 けど悟空にはわかってしまったんだ。 あの悪魔と自分との間にどれほどの壁があるのか」

「うん」

「それに言っていただろ? あの一瞬だけでも生き返ってきたっていうベジータって人が」

「なんだっけ……確か……?」

「――確かに俺たちでは勝てない……いずれは勝てるようになるがな、だったはずだ」

『…………』

 

 いつか勝てると思う。 其れは裏を返すと鍛え続け、あれくらいの力を手に入れて見せるという意思表示だ。 あまりにも壮大過ぎる発言に皆が息を呑み込む。

 あの男は、いったいどれほどに険しい山を登り続ければ気が済むのか。

 

 でも、それは。

 

「ふふ、仕方がないヒトです」

「シュテルちゃん?」

「あの男がやる事など一本しかないなど目に見えておったわ」

「……王様」

「うん! だって斉天さまだもん!」

「レヴィ……」

 

 闇の三人娘が元気よく彼を送り出した。 そう解釈していいのだろうか?

 強く、明るい彼の事だ。 こうやって送り出してやるのが一番だと思ったのだろう。

 

 それは、皆も同じな様で。

 

「悟空くん……」

 

 高町なのは。 魔法の力が今もなお使えず、その身を一般人のそれに落としたままの彼女も、表情は明るい。

 

「わたし頑張るから!」

 

 手のひらを広げて、まだ見ぬ世界へ差し出して見せる。 きっと居るであろう彼……孫悟空に、何時か会うのだと誓うかのように。

 

 冬の只中、この、次元世界が幾重にも内包された一つの世界は、ようやく話に一区切りを付けようとしていた。

 激動の一年はもうすぐ終わり、新しい都市へと移り変わっていく雪の季節。 高町なのは、彼女はその胸に尽きない闘志を抱きながら、見えない未来へと歩みを進めていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………あ、あの」

『え?』

 

 進めようと、していたのだ。

 

「あの、わたしはどうすればいいのでしょうか……?」

「え?」

 

 高町なのはに、かけられる声があった

 其れは聞き覚えの無い声であり、それでもこの部屋にずっと一緒にいた人物である。

 

 そして、彼女もまた孫悟空に救われた者の一人である。

 

「“あのひと”にお外に連れ出されてしまって……その、どうしていいかわからなくて……」

『…………っ!?』

 

 その事実をようやく再認識した彼女たちは、一斉に声を上げていた。

 そうだ、この騒動で新たに生まれてしまった問題。 闇という名の混沌に隠されていた存在がいま、こうやって呑気にも一緒に映画鑑賞をしていたのだ。

 どうして気が付かなかった! などと思うが、今この場には数多くの人間がゴロゴロしている。 その中で意図的に気配を消していた彼女を見つけろと言うのは、激闘後の彼女たちにいうのは酷であろう。

 

 ……などと、言い訳をしてみるが実際のところ。

 

「…………一緒に居ればいいんじゃないかな?」

「え? い、いい……の?」

「むしろ何がいけないのかわかんないかな? だって、あなたは好きであんなことしたんじゃないんでしょ?」

「うん、……うん!」

 

 精一杯の回答と、それを受け止めきるなのはの優しい言葉。

 その姿を見て、一瞬でも殺気立った大人たちの気は静まっていく。 特に、義妹をあんな目にあわされた恭也は、すぐさま平静に戻っていく。

 

「なら、いいんじゃないかな」

「いいの……? ほんとうに、いいの?」

「大丈夫だよ。 知ってるもん、貴方があの中で一杯悲しい想いをしてたの。 そんなヒトに誰かが酷いコトしようしたら“神さま”に怒られちゃうし、悟空くんが黙ってないよ」

「……は、はい」

 

 あの強い人たちが彼女を守護している。 其れは、良いのだが。 果たしてそれは彼女が望む力なのか? 高町なのはは、一瞬だけ視線を泳がせると。

 

「それに“わたし達”だって黙ってないから、ね?」

「…………うん!」

 

 花が咲いたかのように微笑む少女。 彼女の名前すら知らないのに、すでに幾年来の友と語り合うかのような振る舞いなのはどういう事だろうか。

 でも、不思議とこうなってしまったのは、きっと彼女自身いちどは闇に堕ちてしまったからかもしれない。

 

 

 

 冬の季節の只中、世界はようやく平穏を手にするのであった。

 この寒空の元、まだ祝福の風が吹くことはないが、少しだけ夕闇が優しい色を見せるようになったのは気のせいではないはずだ。

 

 今はもう、この闇だって仲間なのだから。

 

「……ありがとう」

「どういたしまして」

「……えへへ♪」

 

 そのあとから数日間、闇の三人娘が切りだすまでこの少女が高町なのはにべったりだったとか、それを見てフェイトが複雑そうにしていたり、それをプレシアとアリシアが背中からカラカッタリと、世界は慌ただしさを増していったが、それでも、大きな変化はまだ訪れなくて。

 

 

「…………前に、いつか会うために」

 

 

 精々の変化と言えば、高町なのはが偶に、大空に向かって右手を差し出す癖が付いたことだろうか。

 

 空の飛べぬ彼女は、それでも大地を歩いていく。

 彼に鍛えてもらった、たったふたつの足で大地を踏みしめながら………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから10――――――――週間後。

 

 

「おかあさん! こっちこっち!」

「まちなさい! もう、そんなに走ったりしたら転んじゃうわよ?」

「えへへー! わーーい!」

 

 世界のどこかで笑い声が響いていく。

 青いそら、青い服装に青い…………髪。 そんな、どこかで見たことがある色の頭髪を元気に揺らしながら、独りの少女が走り抜ける。

 ここもまた、とある人物が護った世界だ。

 そうとは知らずに、独りの少女がこの世界の花畑をかけていく。

 

「……わ、わ!?……あいた!?」

「あ、ほらぁ、言った傍から……」

「……うぐっ、ぐすっ」

「あぁ、もう……まったくこの子はすぐに」

 

 ひざをすりむいたのだろうか? うずくまる少女が目の中に涙を溢れさせると今にも決壊しそうな嗚咽を漏らし始める。

 …………そんな姿が、どう映ったのだろうか。

 

 

「どうしたんだおめぇ、こんなところでうずくまってるとあぶねぇぞ?」

「おひざが痛いよぉ……あるけないの……」

「なんだおめぇ、さっきまで元気に走り回ってたのにへんに打たれ弱いのな」

「うぐっ、ぐすっ」

「……しかたがねぇなぁ」

 

 それは静かに、けれども優しく声をかけていた。

 

「“おら”に掴まれ、引っ張ってやるから」

「……うん」

 

 差し出された手に、自身の手を重ねた少女はそのまま引き上げられていく。 握った手は自分と同じくらいの大きさだ。 前も見えていない少女が、きっと同じくらいの歳だと考えて、少しだけ涙を我慢する。

 彼女にも守るべき心の尊厳はあるようだ。 同年代の子に不様を見られるのは心もとないらしい。

 

「…………ふぅ、これで平気か?」

「………………?」

 

 でも、少しだけ待ってもらいたい。

 握った手は小さいけれど、その手に伝わる温もりはあまりにも暖かい。 それに、なんでかこの手を握っていると不思議と心が温まってくる。 ……少女は、いつの間にか涙を流すことを忘れていて。

 

「……キミ、だれ?」

「ん? おらか?」

「うん」

 

 気になった少女は彼の顔を見てしまう。

 

その眼は黒曜石のように輝いて。

 

揺れる髪はどこまでも自由。

 

顔つきは少女には言いあらわせない雰囲気を纏い。

 

その表情は、どこかで見たことのあるものであった。

 

 そんな、自由な風が似合いそうな彼は、少女に向かってアイサツを交わすこととなる。

 

「おら悟空、孫悟空だ」

「そんご、くうさん?」

「そんご? おめぇなにいってんだ?」

「???」

 

 首を傾げた少女はどこまでも不思議そうだ。

 けれど……その後ろで彼女と少年のやり取りの一部始終を見ていた者は、その顔を驚愕に染め上げていた。

 

 

 

 伸長120センチ未満、その背から尻尾が見え隠れする彼は、何を想いこんなところに身を預けたのであろうか。

 

 

 

 




悟空「オッス! オラ悟空!」

プレシア「これは、神という存在を見直さなければならないみたいね」

リンディ「そうですね。 威厳たっぷりかと思えばどこか人間臭くて……わたしとそう変わりはないようで」

プレシア「心象は最低レベルだったのだけど、アリシアの恩人の一人……ランクBにあげておきましょう」

リンディ「何のランクなんですか、なんの……」

プレシア「ふふ」

界王神「おや? 急に今まで体を圧迫していた肩こりが……?」

悟空「界王神さまも肩の荷が下りたみてぇだし、いよいよ次だな、次回!!」

アリシア「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第75話」

リインフォース「まだ帰らない?! 孫悟空は寄り道がお好き!」

大界王神「これおぬし! 精神集中せいといっとるじゃろ!?」

リインフォース「し、しかしこればかりは!」

大界王神「いまので時間がさらに伸びたぞ?」

リインフォース「……スケベ本を読み漁りながらあのジジイめ……くっ」

じじい「あと50時間」

リインフォース「……だから神は嫌いだ」

悟空「あーあ、夜天の奴すっかりやさぐれちまった。 んじゃ、みんなまたな!」


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第75話 まだ帰らない?! 孫悟空は寄り道がお好き!

 

 

 青い空、緑の大地。 広大な面積を誇るそこは、神々の中でもさらに高位な存在の身が立ち入ることが許された奇跡の領域……名を、界王神界と言う。

 厳格にして静粛、許された者しか踏み入れることができない其処に、3人の異邦人が招かれた。

 

 一人は戦士。

 一人は旅人。

 一人は迷子。

 

 この世界が生まれてから幾億の命が輪廻転生を終えたが、こんな組み合わせは界王神界始まって以来だろうと、後の管理人は語る。

 確かにそうかもしれない。

 この役割に規則性も無ければ、狙って組んだわけではない。

 事故なのだ、これらすべての事柄は。

 

 だからここに存在する神は――――――――――――

 

 

 

 

 

「あぁ…………怒られる」

 

『…………この人まだ落ち込んでる』

 

 頭を垂れて、木陰の中、体育座りで独り言をつぶやいている。 その姿は神というには情けなくて、最高神というには格好がつかな過ぎる。 

 

「まぁいろいろあったけどこうやって助かったんだしいいじゃねえか。 それよかオラはらぁ減っちまったぞ」

「で、では遅いながら昼食としましょう。 みなさん、どうぞこちらへ」

 

 高町なのはの世界にビデオレターを届ける前の時間軸。 まだ、孫悟空が界王神界で傷を癒している最中だ。 彼らはようやく手に入れた平穏を満喫しているようだ。

 

「…………あの、わたし達は?」

「まだまだ儀式は終わらんぞい。 ほれ、今ので一時間延びたのう」

「……ぐっ」

 

 満喫しているようだ……

 

 

 

「へぇ、大界王神さまがかぁ」

「はい。 もとは一人の界王神と老婆の魔女だったのですが、些細な事故であの姿に合体してしまい今に至るわけです。 大界王神様の言葉を借りるならばその魔女の力は強大で、今行っている解呪の儀式もその魔女の力だというそうです」

「そうなんか」 

 

 食事も終わり、少しの合間を談笑で埋めていく彼等。 その間に聞かされた事実はつい最近悟空自身もベジータと共に経験したことである。

 ふたりの人間がちからを束ね、途轍もない異次元の強さを発揮する存在。 ……その神さまバージョンをいま目にしているのだ。

 

「オラが居た世界にも魔法使いがなぁ……といっても前の神さまも似た様な事は出来たけどな」

 

 人間に憑依したり、悟空のボロボロの衣服を一瞬で元に戻したり。

 そもそも規格外が集うこの世界、いまさら魔法使いの一人や二人居たところで驚きは少ないだろう。

 一人の少女を除いてだが。

 

「おにぃさんの世界ってすごすぎ……」

「そうか? 向こうとそう大差ねぇとは思うんだけどなぁ」

「そんなことないよ! 神様もいるし何でも願いを叶えちゃうドラゴンもいるし」

「そういやそうだな」

「ほらー」

 

 悟空に向かって人差し指を突き立てるアリシア。 幼いながらも確信を突いたかのような言葉に、悟空はそっと空を見上げる。

 いろんな旅があったし、いろんな戦いがあった。 生も死も乗り越えて多くの出会いを繰り返した。

 時には喜びを、時には死闘を……

 様々な出来事が頭の中を駆け抜けると、彼の心はなんとも言えない感覚に満ちていく。 それは、哀愁と呼ぶには些か緊張感がないモノだ。 そう、言ってしまえば昨日の晩御飯を思い出すような感覚に近いだろう。

 だから、彼が寂しさを感じるはずもない。

 

 孫悟空は、すぐさまこの感覚を手放してしまう。

 

「おにぃさん?」

「ん? いや、なんでもねぇ」

 

 

奇妙な感覚を残したのはむしろ幼子の方であったらしい。

 

「……悟空さん」

 

 神と名乗る物が声をかける。

 申し訳なさそうに、辛そうに……懺悔をするように。

 なんだか神妙すぎるその顔に、事の真剣さを見出したのだろう。 孫悟空は視線を逸らさずに正面から彼を見据える。

 

「どうした、界王神さま」

「気になりませんか?」

「ん、なにがだ?」

 

 その声は絞り出すかのようだった。 辛い現実を言いだそうと、我が子に向かって涙をこぼす母親のようにも思える。 悟空は、それ以上何も言わずに彼の言葉を待つ。

 

「貴方がなぜ、元の地球に帰れないのか。 いいえ、あちらの世界に行ってしまったかを」

「……」

 

 何も言わない。

 興味がないわけではないが、酷い渇望があるわけでもなさそうだ。 それはアリシアが見ただけでもわかることだ。

 しばらくこの沈黙は続いた。 遠くの方で大界王神の儀式の音が聞こえてくるが、それ以外の雑音はすべて遠くの彼方。 彼らを取り巻く空気は、鋭さを見せようとした。

 ――そのときだ。

 

「ドラゴンボールのせい、だろ?」

「……」

「やっぱりな」

 

 暗い顔の一つもせずに彼はそう言った。

 その横でアリシアが疑問符を浮かべているが、それを置いておきながら彼らの話は進んでいく。

 

「いろいろ世話になっちまったしなぁ、まえに“誰か”に注意されたような気がしてたんだ。 それと関係あるんだとオラ思ってる」

「……はい」

「なにがあったんだ? オラがあそこにいたのと、記憶がいろいろと無くなってるのも関係あんのか?」

「その通りです。 さすが悟空さん、まさかそこまで勘付いているとは」

「なんとなくな」

 

 気が付くと見知らぬ土地に居て、知らぬ人たちに囲まれ知らぬ敵に命を狙われる。 あちらの世界にたどり着いたばかりの幼い悟空ならばいざ知らず、数年の時を経たのなら違和感に疑問を持つのは仕方がないことだ。

 数年越しの問答にようやくケリが付こうとする。

 

「貴方が旅をして、そしてそのような身体になったことを説明するにはまずドラゴンボールの事をもう一度説明しなくてはなりません」

「ドラゴンボールを?」

「えぇ。 丁度アリシアさんもいることですし、紹介がてらここでもう一度話を振り返ってみましょう」

 

 ―――――――ドラゴンボール。

 悟空の居る地球に存在する全部で7つある球の事を言い、世界各地に規則性もなく点在するそれを全て集め、とある合言葉をキーとして強大な龍を呼びだす代物だ。 まさしく龍球の名が示す通りの効能だが、これにはまだ続きがある。

 

「龍……つまり神龍にはどんな願いでも一つだけ叶えるという強い力があります。 いいえ、今では地球の神であるデンデさんが改良を加えて願い事は3つになったはずですね?」

「そうだ。 でも一度の願いで大勢の人間を生き返らせたりすると願いが2つだけになるだ」

「生き、かえる……?」

 

 驚くというよりは理解が出来ないと言った感じだろうか。

 アリシアが呆然とする中、大人たちの会話は進んでいく。

 

「しかしドラゴンボールにはまだ隠された事実があったのです」

「え?」

「一度願いを叶えたドラゴンボールには、そのなかにとあるエネルギーが蓄積されるのです」

「エネルギー……」

「“マイナスエネルギー”と呼ぶのですが、それが増えると本来の機能が停止し、“邪悪龍”と呼ばれる恐ろしい怪物を生み出してしまうのです」

「じゃあくりゅう……?」

 

 その単語を出した途端に界王神の表情が一気に暗くなる。 世界の神がこうも恐ろしげにするのだ、よほどの怪物なのだと悟るのに時間はかからない。 アリシアは当然として、悟空も静かに次を促す。

 

「奴等の力は強大です。 放っておけば出現した星を滅ぼしただけでは飽き足らず、宇宙全域にまで魔手を広げ、破壊し尽くしていくでしょう」

「そんなことが……まさかドラゴンボールに」

「えぇ、なので大界王神さまはドラゴンボールの使用を極端に制限なさろうとしていました。 野心や邪心の無いナメック星人だからこそ許されたモノだったそうです」

「……そうなんか」

 

 いままで感じていた奇妙な違和感。

 ドラゴンボールの使用を心のどこかで否定していたのは恐らくこの事だろう。 ならば、自身はきっとその邪悪龍の存在と対峙したこともあるはず。

 ここまで考えつくと、悟空は不意に界王神を見る。

 

「まずいぞ。 オラそうとも知らずにむこうの地球で3つだけ願いをかなえてもらっちまった!!」

「あぁ、それは心配なさらないでください。 いままであなた方が叶えた分のマイナスエネルギーは浄化を完了しています。 これから数百年ほど使わなければ先ほどの三つ分のマイナスエネルギーも消え去るでしょう」

「す、数百?!」

「はい。 ドラゴンボールで叶えた願い一につき、百年ほど浄化に時間を要するのです」

「そうか。 じゃあオラたちがやたらに呼びだしたのは相当ドラゴンボールに負担をかけてたんだな」

「その通りです。 そして、それを知った貴方はあの地球からドラゴンボールを消したのです」

「そうか……………え?」

 

 孫悟空の神妙な顔が一気に崩れる。 いま何を言ったのかこの神さまは? どうにもおかしい言葉に、さすがの悟空も顔色を変えていく。

 

「オラそんなことしたんか?」

「覚えてないのは無理も有りません。 なにせあの戦いの後、悟空さんは残されたマイナスエネルギー全てをその身に宿し遠い異郷へ旅立ったのですから。 そのときにおそらく身体に異変をきたし、何らかの障害が起こるとは思われたのですが……まさか記憶を失うとは思いませんでした」

「はぁー、そんなことがなぁ」

 

 けど、あまり騒がない彼は既に平常運転だ。

 いろいろと重要語句があるのだが、それすらもスルーしていった彼の視線は遠い異郷にある。

 

「ま、よっくわかんねぇけど」

「え……?」

「これから先ドラゴンボールを使わせなきゃいいんだよな。 大丈夫、あいつ等にはもう必要ねえし、無くてもきちんとやって行ける。 だから心配ねぇ」

 

 悟空の言うアイツらとはだれの事か、界王神は決して訪ねようとはしなかった。 ただ柔く笑い、悟空に釣られるように笑うだけだ。

 

「ドラゴンボールの事は大体わかった、後は時間が何とかしてくれんだろ」

「そうですね」

「んじゃ、本題に入るぞ」

「……ほんだい?」

「え?」

 

 界王神、本日最大の不思議そうな顔である。 あまりにも呆けた声に今度は悟空がつられてしまう。

 

「オラの身体がこうなったのはどうしてなんだって話しだろ?」

「いや、だからマイナスエネルギーを悟空さんが取り込んだからですねと……」

「なんでだ?」

「え? あー……それはその」

 

 段々と顔色の悪くなる界王神。 そう言えばもともとの色も青いのだと悟空がようやく気が付いたとき、彼は天啓を授かった軍師のように顔を上げる。

 

「もともと貴方が持っていた強大なちから、つまりプラスのエネルギーとで打ち消し合うよう考えたのだと思います。 なので……」

「そのマイナスエネルギーが消えちまえばオラ元に戻るんか?」

「おそらくですが」

「んじゃ、このまま修行して強くなっていって身体ん中のマイナスエネルギーを消しちまえばいいんだな」

「たぶんそうでしょう」

「うっし!」

 

 やる事は決まった。 これから先、もっと先があるというのなら行くしかない。 いいや、行かない理由がない。

 孫悟空は勢いよく席を立ちあがると、そのまま指先を額に持って行く。

 

「オラ少し下界に行ってくる。 ちょっとだけ“みんな”に挨拶したらよ、またなのはたちの所にでも行って修行の再開だ! オラもあいつ等もまだまだ途中だしな、これからめいいっぱい強くなっぞ!」

「あ、悟空さんそれは――」

「そんじゃ行ってくる…………――――」

 

 そう言って悟空は空間を揺らしていってしまう。

 去っていく悟空を何やら必死の形相で止めようとした界王神だが、風の様に翔けぬけて行った彼を留めることはできなかった。 彼は、遠い世界へと帰っていく。

 

「―――――――――…………あり?」

「おにぃさん?」

「あっれー? おかしいなぁ、たしかに界王さまの所に一端瞬間移動したはずだったんだけど……あれ?」

 

 帰って行ったはずだった。

 どうにも目測が外れた彼はここで首を傾げる。 腕も組んでさらに困ったぞとアピールする彼に、界王神がやや暗い顔で告げる。

 

「悟空さん、実はアナタは今下界には近寄れないのです」

「え? なんでだ?」

「……それが、記憶を失う前に貴方が神龍と交わした約束だからです」

「え!? 神龍と?!」

「はい。 先ほどあなたは言いましたよね、もうドラゴンボールが無くても大丈夫だと。 それを実際に試すために、神龍は人々の前から消えて行ったのです。 それがあなたとの約束」

「なんでオラまで?」

「それは……世界が神龍と同じく貴方の事を必要としていたから……だと思います」

「ふーん」

 

 辛気臭い界王神に比べると幾分と軽い調子の悟空。 立ち上がったままどこか遠くを見ると、そのまま風に吹かれていく。 微動だにせず、数秒だけ考え込んだと思うと、彼はついに口を開く。

 

「ま、いっか!」

「いいのですか……?」

「オラそこまで覚えてねぇけどさ、けど、前に何となくそう言うことを言った気がすんだ。 それに夜天たちにも言ったけど、オラ本当なら居ないはずの人間だしな、これでいいと思う」

 

 死んだ身の上だ、ならばこれ以上生きた人間の邪魔はいけない。 そう吐き出した悟空に界王神は目を丸くしたが、すぐさま柔い目つきに変えていく。 けど、納得しないモノが居た。

 悟空のズボンの裾が引っ張られると、そのまま軽い衝撃が足元にぶつかる。

 

「おにぃさんはここにいるよ?」

「ん?」

「ここにいるんだよ……?」

 

 足を抱きしめるようにへばりついてきたのはアリシアだ。 彼女は顔をうずめるとそのまま離れようとしない。 どうにも居なくなるという単語に過敏に反応したようだ。

 

「よしよし」

「……っ」

 

 そっと頭に手を乗せ、左右にやさしく動かしていく。

 不器用そうで、敵を倒すことしか知らなそうなごつごつとした手の平だが、いまその手が相対するのは彼女の不安だ。 打ち砕くのではなく宥めて、癒していく。

 

「前に言ったっけかなぁ、オラ死んじまってるんだ」

「……うん」

「普通なら死んだ人間は二度と生き返らねぇ。 でも、どうしてもって時だったからオラは一回だけ生き返らせてもらったんだ。 ……本当ならそうならないし、なっちゃいけないんだと思う」

「どうして……? おにぃさんはいちゃいけないの?」

「うーん、そう言われると難しいなぁ」

 

 すこしだけ視線を外して、眉を寄せて見せる悟空。 そこにはいったいどんな気持ちが込められていたのだろうか?

 真剣で、誠実で、例えそれが子供の拙い疑問だとしても精一杯考える姿に、アリシアは少しだけ裾を握る力を強めた。 期待が彼に注がれる。

 

「親ってのはな、子供よりうんと歳食ってんだ」

「え? うん」

「そしたら当然子供より先にあの世に……うーん」

「……」

 

 うなだれはじめる悟空。 少しだけ話題が暗くなった自覚があるのだろう。 彼は自身を見上げてくるアリシアに対して、少しだけ話の内容を柔らかくしてみる。

 

「ネコ、居るだろ? 親猫ってのは子供が育つまで餌を狩ったりすんだけどさ、ある時期から自分で獲物を狩らせんだ」

「そうなの?」

「そりゃそうだ、いつまでももらってばかりじゃ自分で出来なくなっちまう。 オラが言ってるのはそう言う事なんだ。 子ネコってのはいつか大人になるし、その大人になったネコに子供が出来たら今度はそいつが母猫だ」

「子ネコだったネコさんが、今度はお母さんになるんだね?」

「あぁ」

 

 少しだけ、アリシアの表情が明るくなる。

 動物を例えに出したのは悟空の身近にそう言った事例があったからだろうか? 調子が付いてきた彼はさらに話を進めていく。

 

「親ってのは子供のために生きてるもんなんだ。 その子供がな、これから生きていくのにいつまでも親がちょっかい出してるのは良くねぇと思うんだよな」

「そうなの?」

「アリシアだってそう言うのあるだろ? ……たとえば夜に一人でトイレに行けるようになったとか?」

「え!? なんで知ってるの!!」

「お、あたりかぁ。 まぁ物の例えだから気にすんなって」

「……ぶぅー」

「はは、ゆるしてくれって」

「……しかたないなぁ」

 

 悟空の不用意な発言に頬をふくらませているレディは、少しだけ彼の意図に気が付いたようだ。 まだ五歳の彼女、しかしその聡明さは多野郡を大いに抜いているように思える。 孫悟空の周り子供たちは総じて精神年齢が高いようだ。

 自身の子供を含めてだが。

 

「とにかくさ、いつまでも後の奴らが頑張るところ取っちゃいけねぇと思うんだ。 そりゃどうしてもって時はオラも頑張るし、あいつ等の代わりに戦うかもしんねぇ。 けど、そればっかりじゃいけねんだ」

「子ネコがお母さんネコになれないから?」

「ん? ……あぁ、そうだな」

 

 だから、いつまでも先に居るモノが頑張っててはいけないし、でしゃばって後進の妨げになるのも良くはない。 孫悟空、推定年齢30以上の彼はいま、子供相手に人生論を紡いでいく。

 

「なのはにフェイトにはやて、悟飯や他のみんながそれぞれこれからの地球を守って行ってくれる。 あいつ等なら任せられるとオラ思ってるんだ。 なら、もう何も心配することなんかねぇはずだ。 ゆっくりさせてもらうさ」

「なんだかさびしいな」

「そうだなぁ、見てるだけってのはつまらねぇだろうなぁ」

 

 微笑が消えることはない。 例えこれから自身が不要となる世界になろうとも、やっていくことは変わらない。 強くなって、面白い戦いを繰り広げていく。

 これから出会う未知の強敵に失礼の無いように自身を鍛え、これから起こるであろう勝負で悔いの残らないように研鑽を極める。 それだけは何も変わらないのだから。

 

「ま、どうにかなんだろ」

「おにぃさん……」

 

 何も、変わりはしないのだ。

 

 

 

 

 食事もほどほどに終わり、彼等の雑談も終わりを迎えようとしていた。 けどこれだけは聞きたかったとアリシアから声が上がる。

 

「おにぃさんって小さくなったりするけど、なんで?」

「……そういやそうだな」

「……じ、自分の事でしょ?」

「気にはなってたけどあんましな。 これと言って不自由ねえし」

「うそでしょ……」

 

 これである。

 というか、孫悟空自身この現象で窮地に陥ったことがあるはずなのにこれである。 まったくといった感じでアリシアがうなだれている中、界王神は苦笑い。

 それが答えられるという表現だと受け取ると、悟空は視線だけで次を促してく。

 

「あれは元々、ドラゴンボールの願いによって引き起こされた現象なのです」

「ドラゴンボールが? じゃあ、オラ子供になりてぇって願ったのか?」

「ふぇー、おにぃさんも童心にかえりたいって時もあったんだねぇ」

「いえいえ、違いますよアリシアさん」

 

 キラキラと目を輝かせているアリシアさんが何を考えているのかは男衆にはわからない。 すかさずフォローに入る界王神は、咳をひとつ鳴らすとそのまま悟空の全身を見る。

 

「あれは彼の意思ではなく、とある3人組の手違いで起こった現象なのです。 彼等もまさか“あの頃の孫悟空ならば勝てるのに”と呟いたのがそのまま願いとして受理されるとは思わなかったでしょう」

「ふーん、そうなんか」

「えぇ。 しかしその願いすら……究極のドラゴンボールの効力ですら無効化してしまえるジュエルシードというのは恐ろしいモノです。 いくらサイヤ人との相性が良くとも、あの紅い神龍の力さえ跳ね除けるなんて……」

「究極のドラゴンボール……?」

 

 聞いたことの無い単語だ。 悟空が呆けていると界王神が人差し指を宙に揺らす。

 

「これが、究極のドラゴンボールです」

『!?』

 

 そこに映し出されたのはホログラムのような映像だ。

 中に描かれているのは、いつか見たオレンジ色の水晶。 しかし、その中央に輝く星は覚えのある色ではいない……黒。 些細な違いも、何度もコレを見てきた悟空には簡単に引っかかる違和感だ。

 少しだけ小首をかしげると、界王神が続ける。

 

「大昔に、デンデさんの前の地球の神が作り上げた強力なドラゴンボールです。 その力は普通のドラゴンボールよりも強く、貴方ほどの強者を弱体化させることすら可能でした」

「へぇ、前の神さまがなぁ……あれ? でも神さまはピッコロと合体して消えたはずだよな?」

「はい。 普通ならその時点でドラゴンボールは消えたはずでしょう。 しかしアレは前の神が悪の心、つまりピッコロ大魔王と分離する前に作り出した代物だったのです。 いささか疑問に思えますが、合体――同化の際にこちらのドラゴンボールも蘇ったのでしょう」

「なるほどな」

 

 ……一人のナメック星人であったなら、サイヤ人になど負けはしなかった。

 

 以前、ナメック星での決戦の最中に誰かがつぶやいた言葉だが、これは決して嘘ではない。

 修行を重ね、尚且つ一回とはいえナメック星最後の戦闘タイプとの同化で力を上げたピッコロは、その後の神との同化で超サイヤ人ですら敗れた人造人間17号と互角に渡り合っている。

 そのことから彼らのスペックは推して知ることができるし、そんな潜在能力のある人物が全盛期に創り上げた奇跡だ、並大抵な代物ではないだろう。

 

「さらに“あの戦いの後”に残存していたマイナスエネルギーを身体に取り込み、究極のドラゴンボールですら完全に叶わなかった悟空さんの弱体化をも完全なものにしてしまった」

「完全?」

「そもそも紅い神龍ですら悟空さんの力を全て奪えなかった。 おおよそ在る程度の力を持っていたはずなのですが、それがマイナスエネルギーのせいで願いが補完されてしまったようで……本当に子供時代に逆戻りしてしまったのです」

「ふーん」

 

 おおよそ理解が及ばないアリシアだが、子供になるプロセスが神龍のせいだというのは往々に理解できた。

 しかし大人たちのつまらない会話にここまでついていく彼女は、少しだけまぶたが重くなる。

 

「ふぁーぁ」

「はは! アリシア、おめぇでけぇあくびだな」

「おやおや、眠気が襲いましたか。 陽気もいい事ですしお昼寝などなさってはいかがでしょう」

「……う、ん……そうする」

 

 界王神がニコリと笑えば木陰のあたりを指さしてみる。 一瞬だけ光が輝けばなんとも寝心地のよさそうなハンモックが創造されていた。

 

「では、そこでしばらくお休みください」

「おやすみなさい……Zzz」

「速いなあ、もう寝ちまった」

「あの年頃ならば仕方がないでしょう。 度重なる次元間移動に様々な世界を渡ることによる心的疲労。 あの幼い身体で良く受け止めきりました」

「そうだな。 プレシアの事もきちんと受け止めたし、なのはたちにも負けないくれぇ強ぇヤツだ」

「はい」

 

 微笑ましくもどこか同情をするかのような界王神の眼差し。

 そうであろう、彼女の負担は界王神が言うように大きいし、昔の悟空でもないのだ、体力的にも限界が来ていておかしくない。

 ハンモックの揺れる音を聞きながら、界王神は悟空に向き直る。

 

「私はかなり嘆きましたが、いまさら彼女をどうこうするつもりはありません」

「まぁな、あんまし変な事するとプレシアが鬼になるかんな」

「ちゃ、茶化さないでくださいよ!? ……真面目な話、界王神である私が時空に干渉するのは良くありませんし、まだ幼いながらに綺麗な魂をお持ちの方です、将来きっと世界のためになると思うのです」

「だな。 そこん所はさすがフェイトの姉ちゃんってとこだな」

 

 何となく彼女の安全を保障されたという事か。

 悟空がハンモックで眠るアリシアを見ると、今度は視線を横にずらしてみる。 ……銀髪が、じれったそうに揺れ動いていた。

 

「こらー! おヌシまた心を乱したじゃろ!?」

「いい加減この拘束にも飽きてきたのですが……まだなのでしょうか」

「それはこちらの台詞じゃわい! いくらお前さんがピチピチのベッピンギャルだと言っても限度があるわい! 疲れたんじゃー!!」

 

 進まぬ解呪に悟空は髪の毛をボサボサにしてしまう。

 何とも相性の悪い組み合わせだろうか。 神と元が付くけど悪魔だからかどうなのか、彼女たちは精神集中も忘れて壮絶な口撃を繰り広げていた。

 それすらも微笑ましく笑ってやれば、悟空も大地に背中を預ける。

 

「界王神さま」

「はい?」

「終わったら起こしてくれ」

「は、はい……」

 

 戦士のしばらくぶりの長期休暇だ。 彼は存分に夢の世界へと身を落ち着けることにしたようだ……神の世界で、戦士は安息に浸る。

 

 

 

 そうして 15時間 の時が過ぎて行った。

 

「残り80時間じゃ」

『増えてる!!?』

 

 孫悟空が起こされるまでもなく勝手に目覚めると、リインフォースに死の宣告が下されていた。

 

「お待ちなさい大界王神! 貴方は先ほど40時間とおっしゃった、なのにこれはどういうことです?!」

「どうもこうもないのう。 お前さん、悟空の事実が解明するたびに心を揺さぶりすぎじゃわい」

「し、しかしそれでもほんのわずかなものだと自負しています! それがなぜこんなことに」

「塵も積もれば山になる。 少しのタイムロスが積み重なった結果じゃ、いうなれば自業自得じゃな」

 

 銀の娘のフラストレーションも山となっていく。 それすらも織り込み済みなのだろう、やめるか? などと視線だけで問う大界王神に対して、リインフォースは首を横にすら振らない。 ひたすら俯いて、神経を研ぎ澄ませていく。

 

「そうじゃ、そうやって心を落ち着けておればいいんじゃ」

「…………」

 

 リンフォースが座禅を組み直す。 息を吐き、全身の魔力を丹田に集中させると凄まじい雰囲気が周囲を塗り替えていく。

 戦いの物というよりは、まるで修行僧が醸し出す静かなものだ。

 ここまで雰囲気を纏い出すと、さすがの界王神も固唾を呑み込んでいき――

 

「うひょお! この雑誌のオナゴ、すたいるえぇのお」

「…………クソじじぃ」

 

 足元に広げたスケベ本に現を抜かす偉い神さまに、見事ココロを揺さぶられていく生真面目娘である。

 

「…………あぁ、だから神は嫌いだ」

「おいおい夜天、そう邪険にすんなって」

「貴方は当事者ではないでしょうから分らないと思いますが、言った矢先に心を乱してくるのですよ? 小言くらい見逃しなさい」

「いやぁ、けどなぁ」

「なんですか?」

「え!? あ、その……なんでもねぇ」

 

 獅子を思わせる雰囲気を纏い、孫悟空を黙らせる図。 こんなんでもこの人、祝福の風と命名された新しき女神です……

 

「あのさ、界王神さま」

「はい?」

「しばらくかかるってんなら、オラだけでも先にあっちの世界に戻ろうかと思うんだけど、ダメか?」

「それは別段構いませんけど、いいんですかおいて行って?」

「ここでジッとしてんのもいいけど、さっさと帰っておかないとまずい気がしてさ。 すずかの中に居た変な奴とか、完全にほったらかしだしさ」

「あぁ、あの闇の書の中枢にいた存在ですか。 ……確かに彼女をあのままにしておくのは危険ですね」

「いや、そうじゃねぇ」

「え?」

「あの力を制御できるよう修行するって約束しちまったからな、だからはやくいかねぇと」

「な、なるほど」

 

 修行の約束をするのはこれで何回目だろうか。 事修行関係ならば彼の専売特許のような物だし、日常のように大きな力を扱う関係上危険な存在だってきちんと見てやれる。 だからこそ管理局でも稀な才能に目覚めた者達ですら鍛え抜くことも出来るのだが。

 

「どうする、アリシアも来るか?」

「うーんどうしよう」

「出来れば早くプレシアに会わせてやりたいが、夜天を一人にしておくのもなぁ」

「うーん…………おにぃさんに着いていく!」

「おーい夜天―! 先むこうに行ってるけど、焦って追いかけてこなくていいかんな!」

「え?! あ、主にどうかよろしくお伝えしてください! わたしは絶対に帰ってくると――」

「儀式が終わってからじゃな、あと79時間」

「…………はい」

『はは……』

 

 一向に減らないタイムリミットに全員が通夜のムードになっていたとさ。 リインフォースの苦労は計り知れない。

 

「ではしっかり捕まっていてください」

「おう、アリシア、おぶってやっからこっち来い」

「うん!」

「行きますよ! カイカイ…………――――――」

 

 いろいろな準備を終えた彼らは、こうして元の世界へと帰還することになった。 一人、試練と解呪を続けている女神さまを置いて行きながら。

 

 

 

 

 

AM3時50分 なのはたちの世界 

 

 寒空の下、北風が山へ駆け抜けていく。

 もうすぐ日が昇ることも相まって、闇が一層深くなり寒さがより増していくこの時間帯、もう一組の風が舞い降りてくる。

 

「――――――…………何とか着きましたね」

「この感じ、あぁ、間違いなくなのはんとこの地球だ」

「ここが“ふぇいと”がいる世界……20年後」

 

 銀、金、そして黒。 彼らは世界を見渡すと各々感慨にふけっている。 少々別の意味で感動している者もいるがそれは関係の無い話だろうか。

 さて、界王神が旅の終わりに感激している中、悟空は彼に視線を投げかける。

 

「世話になったな」

「いいえ、こちらの方こそお世話になりっぱなしですし」

「そっか。 ……また今度な、界王神さま」

「げんきでね、神さま」

「えぇ、お二人ともお元気で。 カイカイ…………――――」

 

 銀色の神がこの世界から消えていく。

 世界の最高神に軽い挨拶を投げかけた戦士は、幼子を背に佇んでいる。 この世界に帰ってきて、やらなければいけないことは数多くある。 そして、それを済ませるために起こす行動はひとつしかない。

 

「まずはなのはたちに合流すっか。 えぇと、なのはの気……?」

 

 けど、だ。

 

「おかしい、なのはの気が小さすぎる」

 

 いつかの焼き直しに悟空の眉間にしわがよる。

 まさか……そう思い彼の感覚センサーは別の物を見るために、機能を切り替える。

 

「うーん、魔力の方はいつも通りだな。 でけぇまんまだ」

 

 彼女たちの戦闘は魔力が全てだ、ならば大規模な戦闘にはなっていないだろうと踏んだ悟空は腕を組み考え込む。

 

「こういう時に夜天がいればなぁ、置いてきたのはまずかったか」

「リインおねぇさんならすぐに良い考えが思いつくもんね」

『うーん』

 

 戦略だとか、慎重さだとかが足りない二人はここで悩んでしまう。 そうやってできるようになっただけでもいままでの時間旅行に意味はあるし、この光景をリインフォースが見れば涙を禁じ得ないだろう。

 さて、様々な考えを走らせている悟空はここでひとつ案を上げてみる。 どうやら、二人で相談することにしたようだ。

 

「このまま瞬間移動で行くのはなんかダメな気がする」

「うん、おねぇさんだったらダメって言うはずだよ」

「じゃあ、このまま足で行くか。 幸い、あいつとの距離はそんな離れてねぇしな」

「はーい!」

 

 言うと彼はブーツを鳴らして歩き出す。 背中に幼子を背負ったままなのは、これからの道のりが彼女にとって険しすぎると判断したからだろう。 特に苦も無く、そのままのペースで彼は道を行く。

 

「ふーんふふーん」

 

 鼻歌混じりに海鳴の道路脇を歩いていく悟空。 こう、なんというかいつも走るか空を飛んで移動しているからか、見える景色が違ってくるのは新鮮である。 ……そんなこと彼が思うのかは謎であるが。

 とにかく彼はひたすら足を動かしていく。 すると。

 

「な、なんだ?!」

「わ、わ!?」

 

 空が突然戦慄く。

 雷鳴が轟き、海が怒涛に荒れ、夜空の中に暗雲が広がっていく。 この光景はアリシアが体験したこともない混沌であるが、しかし、悟空には幾分見慣れた光景である。

 

「空が一気に暗くなった……誰かが神龍を呼んだんか!?」

 

 まさか……そう思いつつも見慣れた景色はいつもの通りを繰り返していく。

 空が漆黒に染まり、其の中に強大な生物が優雅に泳ぎ、天から大地を見下ろしていく。 この世のすべての生物が、自然界の頂点を見た時、世界が震えあがる。

 

「今の大声、間違いない神龍だ!」

「え!? じゃあ誰かがドラゴンボールを?」

「そうだ。……そのはずなんだが」

 

 おかしい。 悟空が思うのは当然だ。

 なぜならドラゴンボールはつい最近使ったばかりだ。 自身も間接的にだがその恩恵にあずかっている。 なら、今後一年間はあの龍が現れることはまずない。 ……ならばどういう事か。

 孫悟空は空中へ一気に舞い上がる。

 

「きちんとつかまってろアリシア、一気に飛んでくぞ」

「うん!」

 

 そのまま全身から気を放出すると、彼は深緑の龍が現れた地点へと一気に飛翔を開始するのであった。

 彼の速度は飛行機に負けないし、そもそも全人類が総出で開発した物品が在ろうとも負けるはずもない。 しかし今は背中にアリシアが居るのだ、だから加減を効かせながらも急いで飛行する彼は、神龍がいる場所まで行くのに時間がかかってしまった。

 

 それが今回、良い方向に転がる。

 

「……あれは……っ」

 

 そこで見たのは、見知った顔の二人組である。

 

「恭也、どうやら大変なことになった」

「どうしたんだい、父さん?」

「この子、尻尾があるよ」

「え!?」

「シロウ、それにキョウヤだ……け、けどアレは……!」

 

 そして、そのふたりが相手取っている者に、アリシアですら最近見たことがある。

 それは―――それは――――!!

 

「お、おにぃさんだ。 ……小さくなったおにぃさんがいる!」

「なんでだ……いったいどうなってんだ」

 

 伸長120センチ未満の男の子、つまり孫悟空の子供の姿である。

 それを抱え、困った表情をしている士郎を見た時、悟空の中で何かがつながる。 そうだ、あの光景はおぼろげながらに覚えているのだ。 ここは、間違いない――

 

「界王神さま、少し時間が早ぇぞぉ」

「そ、そうなの?」

「オラたちが最初に出会ったところだ、間違いねぇ。 オラたちは今、初めて士郎と出会った時間に来てんだ」

「えっと、確か4月の初めだったっけ?」

「そうだ。 夜天に聞いてるかもしれねぇが、オラは今この時初めてこっちの地球に来た。 そんで、士郎に拾われる形でなのはとみんなに出会うんだ」

「ふぇ……てことは?」

「もうしばらく余所でジッとしてるしかねぇ」

「まだママに会えないんだ……」

「困ったなぁ」

 

 ここで介入することは可能だ、しかしそのあとはどうなるかが分かった物じゃない。

 

「ここでまだ眠ってる夜天を叩き起こすと、クウラがどう動くかわからねぇし、ターレスの邪魔もしねぇ方がいいな。 あそこでなのはが死に掛けたけど、それと同じくれぇにオラも劇的な変化ってのが有ったかんな」

 

 大猿への変身と、超サイヤ人の覚醒。

 この二つが起きなければ、そもそもクウラに支配されたシグナム達にも勝てやしなかっただろう。 そのことを想いだし、アリシアの時のようにちょっかいを出すのはまずいと思った悟空。 彼はそっと茂みに身を隠すと、事の進展を伺う。

 

「おにぃさんどうするの? このままここにいる?」

「そうしたいとこなんだけどな。 たしかターレスが持ってる機械は相手の気と場所がわかるはずだったから、こうやってここにオラが留まるのは少し危険だ」

 

 周囲を探り、この世界で自身を除いて一番巨大な気を探る。 

 そう、今現在誰よりも強い気を持つのは恐らく自身とは別のもう一人の戦闘民族だろう。 少しだけ鋭くした視線、彼が黒いサイヤ人の気を掴んだ。

 

「…………プレシアの所に居るのか」

「え! ママ?」

「あぁ、あいつは最初にプレシアの持つジュエルシードと、それを集めることのできる技術に目を付けた。 前に仲間のベジータが言ってたんだけどさ、他の星の技術を奪ったり吸収したりすんのはサイヤ人の十八番らしい」

「じゃ、じゃあママはいま……」

「オラとは違う悪いサイヤ人に手を貸してる――従わされてるって言った方がいいな」

「そんな!? ママを助けないと!!」

 

 アリシアがここで走り出そうとする。 しかしそんな彼女を悟空は高速の足運びで先回りをし、その場に留めさせる。

 

「気持ちはわかる。 けど今は我慢してくれ」

「ぅぅ、でも」

「あと半月もすればオラがやっつける。 夜天が言ってたろ、時間をむやみやたらに変えたらいけねぇって」

「けど――」

 

 幼子が吠えるが、青年はひたすらに静かな瞳で彼女を見るばかり。 そこにどんな思いが込められているかなんて、歴史改竄という禁忌を犯し自身を救い上げた彼の苦労を見てきたアリシアには十分理解できることだ。

 彼女は幼い、我が儘も出るだろう。 けど、彼女の責めるかのような声はここで止んでしまう。

 

「……わかった」

「わるいな」

「いいよ。 ……ちゃんとおにぃさんがやっつけてくれるんだよね?」

「あぁ、もちろん」

「じゃあ、いい」

 

 そっとアリシアの頭に手を乗せた悟空。 何も言わずに左右に動かし、彼女の頭を揺らしてやる。 少しだけ乱暴に見えて、その実細心の注意を払って彼女を慰めた戦士は、ここで別の方角に視線を向ける。

 

「さてと、時の庭園にターレスが居るのは分った。 あそことここから離れたところでしばらくキャンプだな」

「そうだね。 あーあ、こんなことならリインおねぇさんの用事が解決してから来ればよかったね」

「だな。 アイツ、寝床作るのとか異様にうまかったしな」

 

 思い出される器用な人。 彼女が作り出した数々のオリジナル家庭的魔法を思い出し、いままでどれほど自身が恵まれていたかを思い知る。 そうだ、あれほど最上な旅の友などいるわけがない。

 

「まぁいつまでもここでジッとしているわけにもいかねぇしな。 んじゃま、ここから離れるか」

「うん」

「どこ行こうかなぁ……あ、そうだ! いつかはやて達と行った南国みてぇな世界に行くか。 あそこならターレスを倒すまで誰も近寄らねぇしな」

「南国?! やった! 海に行くんだね」

「アリシア、海平気か」

「行ったことないけどたぶん大丈夫!」

「よし、だったらさっそくいくぞ」

「はーい!」

 

 …………――――かくして孫悟空とアリシア・テスタロッサの長い長い時間潰しが始まったのである。

 注意点は悟空とリインフォースが消えた時間までの間に不必要な干渉をしないこと。 ターレスやクウラのスカウターに見つからないこと。 そして。

 

「管理局の連中には気ぃ付けんだぞ」

「どうして?」

「アリシアのかあちゃんの言い付けなんだ。 よっくわかんねぇけどな」

「ふーん」

 

 よく分からない……それが二人の感想だろう。

 いやいや、発言した悟空がきちんと説明しなくてはいけないのだが、何がどう彼らが悪いのかがわからない。 それが彼のいいところであり悪いところである。

 

 そうしてしばらくの時間を過ごす彼等。

 海。 サンサンと降り注ぐ太陽と、南国特有の潮風と熱気。 活動的な二人には御似合いな環境はこれ以上なく、当然彼らがじっとしていることなどありえなかった。

 

「おにぃさん見てみて! おっきいカニさん!」

「お、はは! でっけぇな」

 

 親子カニが横歩きで砂浜を横断していく。 波にさらわれそうになるところを、ハラハラと見守るアリシア。

 夏の日差しが強い、波音が耳を心地よく流れていく。

 

「ふぅ」

 

 すこしだけ額に汗が浮かぶ。 体感温度は35度と言ったところだろうか。 常夏の世界の中心でバカンス幼子にやんわりと風が吹く。

 だけど少しだけ暑い……そう思った時だ、彼女の頭上に大きな影が刺さる。 ……悟空が何かしたのかと想い見上げてみるとおっきな笑顔がそこにあった。

 

「アリシアすごいぞぉ、ほれ! でっけぇ恐竜だ!」

「…………わーい」

 

 ……幼子が立ちくらみを起こしたのは常夏の陽気のせいではない。

 

「そこでじゃれついて来てさ、はは! くすぐってぇぞ」

「……わたしにはどうしても身体に食らいついているようにしか見えない」

「ん? なんかいったか?」

「なんでもないよー」

 

 あんまりな現実なんか置いて行ってしまった幼子は太陽を見上げる。 サンサンと降り注ぐ熱気にからだを焼かれつつも、足元の波が体温を下げてくれる。 完全なバカンスだ、幼子の気持ちは晴れやかで愉快。 何とも気分のいいことだ。

 

 恐竜をそっと帰し、そのまま今日を終えていく二人。 手作りの小屋でする寝泊りはアリシアには新鮮で、その日は早く眠りに就くことが出来なかった。

 

 翌日から始まる元気な日々。

 孫悟空の冒険話と、その実演をいくらか交えながら彼女の毎日が過ぎていく。 時に赤色に光り、時に黄金に輝いて、太陽に向かって蒼い光が駆けぬけて行ったりした。

 そのどれもにおどろき、喜んで、はしゃいでいた。 毎日が楽しく、全く退屈という物を知らぬ日々を幼子と青年は過ごしていった。

 

 

 

 数か月を通り抜けて、アリシアが海での暮らしになれてきた頃だ。

 

「あ!! この感じはオラの気だな……てことは……」

「どうしたのおにぃさん?」

「アリシア、ここから移動すっぞ!」

「?」

「随分前に一回だけオラとはやて達とでここに来たことがあんだ。 ……たぶん、それが今日だな」

「ということは?」

「過去のオラがはやて達と一緒にここに来るはずだ。 もうずいぶん近くに来てる。 バレないうちにどっかに行くぞ」

「はーい!」

 

 片腕を上げて元気よくお返事。 アリシアがそう返せば悟空が彼女を片手で抱き上げて、開いたもう片方の手でいつもの格好を取る。 額に指先を持って行ったそれは世界を渡る技法だ。

 彼は少しの間だけ精神を集中させると、世界を超える。

 

「――――――――――…………到着!」

「わ……すごい」

 

 その視界の先。 超えた世界で見たのは深緑が支配する世界であった。

 生い茂り、絡み合い、大地に根を生やし大空へ伸びをする。 木々というには言葉が負けているそこは、まさしく秘境と呼ばれる場所である。

 その、今まで居たところとは全く違う山々を前にして、アリシアは呼吸をひとつするのでいっぱいいっぱいであった。

 

「ここはな、前にオラたちがベジータと一緒に戦ったところだ」

「べじーた? お野菜?」

「ん? ちげーぞ。 王子様だ」

「王子さま!? おにぃさん、そんな人とお知り合いナノ!?」

「…………たぶんアリシアが思ってるのとはちぃと違うかもなぁ。 けど、そうかな」

「すごい、すごーい!!」

 

 どんな格好でどのような姿の王子様を想像されているかは分らぬが、目を輝かせている姿を見た悟空は取りあえず彼女を放っておくようだ。

 

「……しばらく、ここに居ていいんだよな?」

「おにぃさん?」

「いや、なんでもねぇ」

 

 しばしの疑問。 だけどアリシアからの不安な声ですぐさまいつも通りに戻る悟空は、そのまま林の中を歩いていく。 どうやら今日の寝床を確保するようだ。

 

「ここでいいな」

「ひろいねぇ」

「ちょっとした広場になってて、あたりに動物たちはいねぇ。 あいつ等の縄張りに入ってなくて、少し近くには水場がある。 ……今日からしばらくここに寝泊まりすんぞ」

「はーい!」

 

 言うなりあたりを見渡す悟空は適当な木々を見つめる。 静かに、大人しく。 目と鼻の先に居るアリシアでさえも呼吸音が聞こえるくらいな静寂が訪れた……刹那。

 

「――――キッ!!」

「ビク!?」

 

 視線を鋭くする。

 同時、そのまま睨んでいた木々のいくらかに亀裂が走り、大きな音を立てて大地に横たわる。 そうだ、この突然の出来事は悟空の気合砲によるものだ。

 

「もうあと5、6本あれば十分だな」

「な、何するの?」

「ここから数か月、あの島に居た時よりも長い間ここに居るからな。 小屋でも作ろうかと思ったんだ」

「……そんなこと出来るの?」

「あー! アリシアいま、オラの事バカにしたろ?!」

「そんなことないけど……けど」

 

 夜天さんが居ない今、そのような器用なことを彼に頼んでいいモノだろうか。 今までの生活で彼のいい加減さと大雑把さを、コレデモカと見続けてきた幼子の洞察力に狂いはないだろう。

 しかし、其処は孫悟空。 彼にはきちんと経験がある。

 

「前に界王さまってひとの所で手伝ったことがあるんだ。 まぁ、見とけって」

「……不安」

 

 アリシアの独り言。 けれどこれは仕方がない。 適当を地で行く彼の戦績は酷いの一言だ。

 

 ギャルを連れて来いと言ったら一応筋斗雲に乗れるけれど、プロレスラーで世界を獲れるレベルの巨女を連れて来たり。

 界王星の主をサルと間違えたり。

 引力に引かれた飛行船の修理中に足を接着剤で固める。

 免許を取りに行って『ハンドルをきれ』→『ハンドル取ったぞー!!』当然事故る。

 悟飯、おめぇの出番だ。

 界王神との裏取引にライバルの妻を差し出すetc.etc.…………振り返れば酷いモノである。

 

 そんな彼の実態を知らないけれど、どことなく空気で察したのだろう。 彼女の不安は底知れない。

 

 …………はずだった。

 

「ふんふふーん……」

 

 人間の膝下くらいの大きさの丸太がある。 おもむろに手を置くと、無造作に真っ二つになる。

 

「…………はい?」

「ふふーん……」

 

 人間大の丸太がある。 これに軽くノックすると、先ほどと同じ挙動で真っ二つになる。

 

「あの、おにぃさん?」

「ふんふふーん、ふっふー」

 

 荒い木材の肌。 これに触れてやり、軽く撫でてやると面取りが終わる。 ……角すら取れた製品として、市場に出せるくらいの木材へと変わっていく。 先ほどまで大地に刺さっていたとは思えない。 見る目がある人物でも見間違えてしまうだろう。

 

 恐ろしいまでに手慣れた作業に、アリシアは言葉を失う。

 ノコギリはおろかヤスリも使っていないのに幼子が触っても平気な木材が完成していくのだ。 ……常識を遥かに超えた速度で。

 

「さってと」

「何となくわたしにもわかる……お家の材料だよね……」

「お? なんだ案外わかるんだなぁ。 そうだ、これから家建てんぞ」

「は、はーい……」

 

 設計図とかはないらしい。 建築関係のヒトが聞いたら泣くレベルである。

 

「さてと。 アリシア、少し離れてろ」

「え?」

「それ!」

 

 言うなり木材の全てを宙に投げ飛ばす悟空。 乱雑なそれは、特に規則性の無い適当な投擲である。 いきなりの事に目を丸め、口をあんぐり開け放ったアリシアには理解がまるでできなかった。 …………まず、縁の下が完成した。

 

「な、なになに!?」

「―――――――」

「お、おにぃさんなの?!」

 

 超速の移動速度。 まさに目にも止まらない速さでくみ上げを開始する悟空。 映像の早送りを見ているかのように次々と材木が組み上がっていく。

 縁の下から骨組みが完成し、そこから床になるフローリングの組み合わせと壁の貼り付け、さらに屋根を創ればあっという間に一軒屋が完成する。

 

「……10分と経ってないのに一軒屋が出来上がった……」

「ま、二人でならこんくれぇだろ。 そんじゃ今日の晩飯獲ってくっから、おめぇはここで留守番してろ?」

「は、はーい」

 

 呆然と返事を返すアリシアを余所に、孫悟空は独り森へと消えていくのであった。

 

 

 

 そうやって深緑の世界で暮らすことこれまた数か月。 アリシアが一人で山菜と独走の見分けが付くようになった頃合いであろうか。 孫悟空が、徐に空を見上げた。

 

「……この感じ。 クウラの奴か」

「おにぃさん?」

 

 つぶやいたのは鋼鉄の兄の名前。 かつての死闘と、いま悟空がここに居る最大の原因を作った半機械生命体である。 その奴の存在が次元世界を超えて悟空のテリトリーの中に入り込んできたのだ。

 今まで感じなかった気配に、悟空はようやく思い至る。

 

「そうか。 もうあいつ等と闘う頃か」

「……おにぃさん」

 

 少しばかり陰る悟空の顔。 当然だろう、なにせ相手は宇宙の皇帝の兄。 自身を追い詰め、幾度となく死に縁に立たせた相手だ彼の反応は仕方がないだろう。 アリシアも鋭くなった空気を感じ取り身をすくませる。

 

「……あ、あの」

「――ん? お、わりぃな。 少しばかり気ぃ張っちまった」

「大丈夫……だけど。 心配?」

「いや。 事の顛末は全部知ってるしな」

「……」

 

 そう、彼はすべて知っている。 ここから起きる苦難の数と奇蹟の大きさを。 だから自身が手を貸す必要はないだろうし、余計な心配はいらない。

 

「……」

「お、おにぃさん?」

「…………」

 

 それでも、彼はずっと空を見上げている。

 まるでその向こうで戦いが起こっていて、今もなお見届けているかのような行動はまさしくその通りである。 気を探れて、しかも最近では魔力の機微ですらわかるようになったサイヤ人の彼。

 そんな彼はずっと見ているのだ。 彼女たちの戦いを。

 

「お、おにぃさん!」

「――どうした?」

「あ、あのね」

 

 難しい顔をした悟空になんだか言い知れない不安を覚えたアリシアはついに声を上げる。 自身にできることなどちっぽけだ、それをわかっている彼女は聡明だし、やはり歳不相応に気遣いのできる子だ。 けどそんな彼女だからこそ今持てる限りの勇気を振り絞って言う。

 

「見に行こう! わたし、全然怖くないから」

「え? いや、けどなぁ」

「い、妹のこと心配なの。 それにおにぃさんだって不安なんだよね?」

「…………」

 

 参ったなぁ。 そんな顔をしてしまえば、アリシアの言ったことが嘘かどうかなんてすぐにわかってしまう。 実際、何度も空を見上げていたあたりから悟空自身わかっていた。 あの戦いの中で引っかかるものがあるのだと。

 

 戦士の貌をし始めた彼はそのまま屈みこんでアリシアに向き合う。 幼子と言えどその目に迷いはない、良い目をしている。 そんな彼女に後押しされた悟空は…………――――もう一度だけ過去の世界へ介入していくのであった

 

 

 

 

 ――――氷の世界

 

 空を覆う分厚い雲。 そこから吐き出される氷の微粒子が雪となって降り注がれる。 氷河期を想起させるこの世界に孫悟空は――――…………おおよそ3回の瞬間移動でたどり着いた。

 

「…………ふぅ、誰にも見つかってねぇな」

「あれ? おにぃさんの瞬間移動って誰かがいないといけないんじゃなかったの?」

「あぁ、まぁな。 けどすぐ近くの世界からここいらに漂ってる強い魔力の跡ってのかな。 そんなのを辿ったんだ。 まぁ、近くにはリンディが居るみてぇだけど、今アイツに見つかるのは良くねぇしな」

「……ふーん」

 

 あまりよくわからないが、取りあえず頷いてくれている幼子。 それを微笑んで見送れば今度こそ悟空の表情が険しくなる。

 

「……少し離れてるな。 アリシア、もう少しだけ近づくぞ」

「あ、うん」

 

 アリシアを抱き上げ、ゆっくりと宙へ浮かび上がる悟空。 そのまま遠くに視線を投げれば舞空術で空を翔ける。

 

「居た。 なのはにフェイト、それに……」

「あれ? リインおねぇさんだ! なんで、なんで?」

「……」

 

 三人が居た。 それぞれが死力を尽くし、思い思いの戦いを繰り広げている。

 なのはのアクセルシューターが闇の書の彼女を追いかけ、フェイトのバルディッシュが猛攻をいなしてカウンターを決め込んだ。 壮絶な戦いに言葉が出ないアリシア。 そして……

 

「…………まだだ」

「え?」

「もっと早くできるはずだ、いけ……そこだ……」

「お、おにぃさん?」

 

 この、男はというと。

 

「行くよフェイトちゃん!」

「わかった!」

「挟撃? やりますね」

 

「あー! 違う違う。 今のは挟み込むと見せかけてなのはに魔力を溜めこませて……」

 

『うおぉぉぉおおお!!』

 

「……ちがう、そうじゃねぇ」

「おにぃさん、観戦してる場合?」

 

 彼女たちのホンキを冷静に叩き切る。

 

 いつ手が出てもおかしくない状況だ。 だがしかしそれは夜天との約束を反故にするモノだ、悟空自身、かなり強い決意を持って自粛しているのだ。 手を思い切り握りしめながら、飛びだそうとする我が身を必死に抑え込んでいる。

 

「この!」

「なのは。 今の攻撃はディバインバスターだな? もう少し威力を落として連射すれば敵の足が止まってフェイトが援護しやすいだろうに」

「せいッ!」

「フェイト。 ……いまのは防いじゃダメだろう。 もう少しうまい事躱して――あぁ、我慢できずに突っ込んじまった」

「…………おにぃさんって、お父さんみたい」

 

 いつ手が出るか、分らない……

 

「まず、ひとり」

「……あっ」

 

 ここで闇の娘がなのはに肉迫する。 白い女の子が不得手なインファイトに持ち込んだ彼女の方脚が闇色に染まり、一気に振りかぶられていた。

 

「あ! あのヒトあぶない!」

「…………っ!」

 

 なのはの目の前に迫る足刀。 それは空を切り堅牢なバリアジャケットですら破壊せしめるだろう。 即座に動く、そんなことも出来ないまま闇の娘が繰り出す攻撃を目で追いながらも、身体が反応しきれていない。 その姿にフェイトの顔は絶望に染まり、遠くにいるあの男は……

 

「……まじぃなぁ、ありゃよけれねぇぞ」

『…………………』

 

 誰もが反応しきれない速さで状況を確認するや否や……そっと目つきを――――鋭くする。

 

「――――――キッ!!」

「あぅ!?」

「なに?!」

 

 ヨロケルのはなのは、驚くのは闇の娘。

 たった今放った攻撃は絶対に避けられないタイミングだ。 絶対にそうなるようにシミュレートをしたし、彼女の癖と動き、さらに瞬間移動のコンボを組み合わせたこの蹴りは間違いなく当たるはずだった。

 だがそれが避けられるなど一体どういうことだ?! 闇の少女が膨大な知識量を総動員している刹那、魔導師の彼女たちは一斉に動きを―――――――

 

 

「……手ぇ出しちまったな。 アリシア、ここから離れんぞ」

「え! え!? いいの? だって……」

「もう少しで“オラ”が来るころだし、あいつ等もこっから先は油断しねえだろ。 きっと平気さ」

「……わかった」

 

 それらを見届けることなく、たった今ちいさなおせっかいを焼いた男は戦場を後にする。

 

 

 

「―――――……到着、と」

 

 一足先の帰還。 おそらく今頃氷の世界では魔力の充填が終わった悟空が無双している頃合いだろう。 その戦闘を感じ取りながら、青年は周りを見渡す。

 彼の瞬間移動は知っている者、もしくは感じ取れる気を辿らなければ成立しないモノだ。 逆に言えば瞬間移動した先には必ず人が居るということになる。 そう、ここに入るのだ、彼が思い浮かべることができる人物が。 ……それは。

 

「ご、悟空君?」

「オッス、ミユキ。 元気してたか?」

 

 高町家長女その人である。

 両手に大きな包みを抱えた彼女。 買い物の途中か頼まれごとの最中か。 パッと見ただけではなぜ彼女がこんなところにいるかはわからない。 しかし、悟空は彼女の持つ荷物に既視感があった。

 

「刀か? それ」

「あ、うん。 今日はこの子たちの手入れを頼みに……って、悟空君こそいきなりどうしたの?」

「ん? あぁ、ちぃと野暮用でな。 遠いとこから来るのに、見知った気を探してたらミユキの気をみつけたからな、使わせてもらったぞ」

「それは別にいいけど。 ところでその子……」

「あ!? こ、コイツか!? え、えっとぉ」

 

 悟空の背に隠れるようにしているアリシアを目ざとく見つけた美由希。 彼女は幼子から感じ取る奇妙な違和感を手繰り寄せると、思考を高速で廻していく。 この子、なにか変ではないか?

 

「背丈が低い気がするし……なんだろう、表情も若干……」

「…………ふ、普段は結構鈍いのにこういう時だけ――――」

「なに? どうしたの? 全身汗だくみたいだけど……」

「な、なんでもねぇ! そ、そうだ! こいつさ、プレシアの知り合いでフェイトの従妹なんだ。 今度きちんと紹介するからさ、またあとで良くしてやってくれよな!」

「あ!? ちょっと悟空君?!」

「オラ急ぐから――じゃなぁ!」

 

 即座に大空へ逃げていく悟空を追う事なんて、美由希にはできなかった。 あっという間に気流に乗っていったサイヤ人を余所に、美由希は独りかけたメガネをずらしていく――――……そんな彼女にもう一つ声が投げられる。

 

「……ミユキ! 良かった、やっぱおめぇの気だったか」

「悟空君……え!? いま、あれ?」

「わりぃが“コイツ”頼んだ。 ……クソ、やっぱ結界が張られてやがる。 クウラのヤロウ!」

「悟空君!?」

 

 ホテルのボーイさんに荷物を預けるが如く、手に持ったライトグリーンの女性を放り投げたのは衣服をボロボロにして、全身に火傷を負った青年であった。 緩やかに生やされた尾を逆立てながら遠くを視認すると、そのまま不可視のフレアを撒き散らして大空へと翔けぬける。

 

「なん、なの……」

 

 あっという間の急展開。 先ほどとは180度変わった青年の表情に腰を抜かしつつ、呆気にとられた美由希はタダ、空を見上げるだけであった。

 

 

 

 

「おーあぶねぇ」

「ね、ねぇ。 いまなんだかとんでもなく危なかったんじゃ……」

 

 アリシアを抱えながら戦場とは正反対に飛んでいく悟空。 自身の過去を遠くから見下ろしながら冷や汗を拭うと、腕の中の少女がつぶやいていた。

 自身が今まで何をやっていたか、というよりは自身という巨大な気の接近を察知してから逃げている節のある彼は、今のところ何とか最悪の事態は避けているようだ。 だからだろう、彼は今まで気が付かなかった。

 

「そういやなんだか大切なことを忘れてる気がすんだよなぁ」

「どうかしたの? 忘れ物?」

「ん~~なんだかやんなきゃいけないことがあるような、ないような……?」

 

 そう、彼等にはまだ仕事がある。

 

「……んー」

「?」

 

 アリシアの顔を、じっと見つめる。

 何かがうっすらと浮かんできては沈んでいってしまい。 掴んだと思った気がかりは空気のように消えて行ってしまう。 つかめない手がかりにいい加減諦めが先行していくときであろう。 彼は、そっと声を出した。

 

「……ぁ」

「おにぃさん?」

 

 口をおっぴろげ、呆けること数秒。 飛んでいた雲が引きちぎられ、小鳥がさえずりをやめた。 太陽が不意に隠れたとおもった時だろう。

 

――――――――――――はぁぁああああああああああああッッ!!

 

「な、なに?! 地震!!」

 

 盛大な揺れにアリシアが目を丸くする。 しかしそれはおかしいことだ。 なぜならここは高度5000メートルはくだらない上空だ、地面など遥か下方にあるのだ。 それで地震? ……いいや、これは地球環境が引き起こした天然自然の現象ではない。

 

「そうか。 もうオラが超サイヤ人2になったころなんか」

「す、す?」

 

 たった一人のサイヤ人が引き起こす災厄だ。 奇跡の代償に地球が泣き叫ぶ中、孫悟空はようやく思い出す。

 

「……そうか、このあとクウラを黙らせてなのはたちを助けんだよな」

「そうなの?」

「あぁ。 ……けどそん時、たぶんアリシアの力を借りるかもしんねんだ」

「どういう意味?」

「ちぃと心当たりがあってな」

 

 言うなり遠くを見据える悟空。 時を越え、世界を超えた先に来たほんの少し過去の世界。 ここでもう一仕事を決め込んだ彼は額に片手を運んでいく。

 

「あんときは集中しきれなかったから見落したが、今のオラなら……ヨシ、捕えた」

 

 たった一つの気……邪悪な存在を感じ取った悟空は視線を鋭くする。 全身に不可視の輝きがあふれるとその色を金色に染め上げる。

 

「お、おにぃさん?!」

「アリシアしっかり掴まってろ。 次飛んだら多分いきなり戦闘だぞ」

「え? え!?」

「いくぞ……――――」

 

 超戦士の跳躍。 消えた空間を埋めるように風が流れると、遠くの方で爆発音が轟く。 ……戦いは、終局へと向かっていた。

 

 

 彼の舞台裏作業も終盤戦へともつれこんでいく。

 

 




悟空「おっす! オラ悟空!」

アリシア「ねぇ、これからどうすればいいの?」

悟空「……」

アリシア「おにぃさん?」

悟空「いるんだろ? 姿見せたらどうだ」

アリシア「?!」

???「フン。 どうやってオレの中枢に来たかは知らんが、ここに来たのが運のつきだ、消えてもらおう」

アリシア「なに!? どうなっちゃってるの!!」

悟空「なぁに、大ぇ丈夫。 すぐおわらせるさ。 次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第76話!」

アリシア「過去から未来へ」

悟空「さぁてと、本格的に修行すっか!」

アリシア「……これ以上つよくなってどうするんだろう?」

悟空「なんでだろうな?」

アリシア「あ~なんだかいじわるな顔。 ぶ~~」

悟空「ははは! また今度教えてやるって。 んじゃな!」



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第76話 過去から未来へ

 

 

「―――――…………着いたな」

「こ、こ……どこ? 真っ暗……」

 

 そこは闇の世界。 目を開いてるはずなのにその感覚すらない暗闇が支配する場所だ。 何も見えず、自身の存在が不確かなそこは5分と居れば正気を失いかねない地獄である。 ……この青年が居なければだが。

 

「おにぃさんが明るくてよかった!」

「……そういうために超サイヤ人になったんじゃねぇけどな」

「そうなの? すごい便利だよ?」

「まぁ、そうなんだけどさ」

 

 子供心全開な称賛に後頭部をかく悟空。 ボキャブラリーたっぷりに揺れる金髪をにっこり笑顔で見ているアリシアは満面の笑みだ。 けど、そんな彼女を見る悟空の目つきは一気に鋭さを増した。

 

【貴様!? なぜサイヤ人がこんなところに!】

「びくっ!」

「随分久しぶりだなクウラ」

 

 闇の中で鈍く光る鋼鉄の身体。 この空間に忽然と現れたのは悟空を時間旅行に旅立たせた最大の元凶であるクウラだ。 だが、今目の前に居るのは正確にはクウラであってクウラではないのだ。 悟空は瞬時にそれを見切る。

 

【なぜ生身の貴様がこの中枢に来れる! まさか体内のジュエルシードが……いや、そんな馬鹿な!!】

「わりぃがおめぇの相手をしている暇はねぇんだ」

【……余裕を見せつけやがってぇぇ……】

 

 相当に苛立っているクウラ。 重低音を響かせると鬼のような形相で孫悟空を睨みつける。 彼の力は強大だ、それは悟空自身分っている。 それに、青年にとって不利な状況がひとつだけあった。

 

【外では苦戦していたようだが、ここはオレの体内だ! 負けるはずがない!!】

 

 絶対の自信をもって言い放たれるクウラのこえ。 それをどう受け取ったのか拳を強く握る悟空はひたすらに無言だ。 彼はその場で足を地に踏みしめると、息をそっと吐く。

 

【死ぬ準備が整ったようだな……】

「…………」

【どうやったかは知らんが、ノコノコとこんなところに来たのが運の尽きだ。 消え――――――!!】

 

 雑音が聞こえなくなる。 まるでコンセントを引っこ抜かれたスピーカーのように大人しくなったクウラ。 鋼鉄も精神集中が必要だったわけではあるまい。 ……そう、彼は自身から声を抑えたわけではない。

 

「…………ッ!」

【き、……ぎっ?】

「……」

 

 悟空の裏拳がそっとクウラの首をはねたのだ。 闇の向こうに消えていく機械の生首。 火花でも散っているのだろう、時折空間を照らしながら深遠へと沈んでいく。

 

「……お、おにぃさん……」

「行こう、アイツらが待ってる」

「……うん」

 

 いままでに見たことの無い冷徹な顔。 それを見てしまったアリシアは正直怯えを隠せないが、その姿すらも包み込むように彼女を抱える悟空は、暗い世界を只真っ直ぐに飛んでいく。

 しばらく飛んでいき、やがて一つの影を目で捕える。 黒い衣に身を包むがその髪は金色。 アリシアにそっくりな彼女は、そう、いままで幼子が待望していた少女で在った。

 

「……ふぇいと」

「そうだ。 アイツは今……夢を見てるらしい」

「ゆめ?」

 

 幸せな夢だと彼は語る。 しかし少女にはそうは見えなかった。

 いくらその顔が安らかに見えて、脳内で微笑ましい映像が流れていようとも所詮ここは暗闇なのだ。 決して楽しいわけではないだろう。 アリシアは少しだけ歯を噛みしめる。

 

「なんかやだ」

「ん?」

「こんな目の前もみえない暗いところにいたら心まで冷たくなっちゃう。 そんなの、イヤだ」

「……そうだな」

 

 ギュッと両手を握りしめて、ただ心の底から思った言葉を悟空に告げるアリシア。 その眼は寂しそうであり、どこか悲しげである。

 目の前の“妹”に手を差し伸べると、まるで抱きしめるかのように寄り添う。 容姿が似通っているからか、まるで自分自身を抱きしめているようにも見える彼女たち。 お互いの痛み、悲しみを言葉で無く感覚で伝え合っているのかもしれない。

 

 そんな少女達を見た悟空は、そっとアリシアの頭に手を置く。

 

「行くか? フェイトの所に」

「うん、行く!」

「よし。 いっちょやっか!」

「おねがい」

 

 小さな少女の願いを叶えよう。 孫悟空がまるで瞬間移動のような構えを取ると、精神を一気に集中する。

 静かに構え、研ぎ澄まし、見出していく。

 そうして見えた幼き顔……フェイト・テスタロッサの眠る世界を垣間見れば、彼は一気に意識を夢の中へ飛ばしていった。

 

 

 

 

 ―――――――はずだった。

 

 

 

「…………あれ?」

 

 孫悟空は“そこ”にいた。

 周囲は相変わらずの暗闇。 光すら届かぬ世界の中で、金色に輝く彼は首を傾げるだけだ。

 

「どうなってんだ」

 

 今まで、彼がどれほど瞬間移動を使用したかはわからない。 それでもかなりの練度はあるだろうし、その技量ならば一般の魔導師など足元にも及ばないだろう。 そんな彼が戸惑うのだ。 いま確かに自身は“思い描いた人物の居る場所”に跳んだはずだと。

 

「すまねぇアリシア、すこし失敗しちまったらし――い?」

 

 謝罪をして、もう一回だ! そう思い足元の少女を見たはずだった悟空。 だが視線の先には暗い空間しか無く、金髪の少女はどこにもいない。 ……彼の表情が一気に引きつる。

 

「な?! 何がどうなっちまってんだ! おーい! アリシア―! どこ行った!!」

 

 叫んだところで返事など帰ってこない。

 すぐさま視線による捜索から、全身を使った気の捜索を行うのだがそれでも幼子を見つけることができない。 目を瞑り、今度は瞬間移動の構えを取るとさらに精神を集中していく。

 ……そんな彼に更なる困難が訪れた。

 

「――――! こ、この気は!?」

 

 首を左右に振り、あわてて逆立てた髪を元に戻す。 明るかった周囲が一気に暗くなったと思えば彼の超化が解かれる。

 さらに全身からフレアを巻き上げると舞空術で一気にここから離れて行ってしまう。

 まさかアリシアが見つかったのか? そう思う場面なのだが、実は違う。

 

 数キロか数十メートルか。 遠くに消えて行った彼はそっと“その場”を見つめている。 すると……空間が揺れる。

 

 

「―――――…………ふぅ、着いたな」

「ここは……フェイト・テスタロッサの気配をすぐ近くに感じる!? いったいいつの間に! というよりどうやって……まさか!」

「へへ、わりぃけど今回は急ぎ足ってことで」

 

 

 先ほどまで彼が居た場所に現れる者達。 それは衣服をボロボロにした青年と、赤い眼を持ち文様を顔に刻み付けた銀髪の少女。 誰だ……などと孫悟空がイチイチ言うまでもないだろう。

 

「そ、そうか……この時間のオラはもうここに来たんか……あぶねぇ」

 

 そう、この時間軸の彼等が現れたのだ。

 ここで大人しく彼等に任せるのは良い、できれば退散するべきだし自身がでしゃばるべきではない。 しかし、だ。 今先ほど悟空が動かなければならない出来事が起こってしまった。

 朗らかな会話を続ける過去の人物たちを余所に、孫悟空はひたすらにフェイトの姿を凝視していく。 鋭く、どこまでも精神を研ぎ澄ませれば一筋の光明を心で見る。

 

「……この感じ。 おそらくアリシアはいまフェイトの中にいるな……あの時感じた奇妙な感覚はこういう事だったのか」

 

 孫悟空は気功の達人だ、それは言うまでもない。 しかしそんな彼ですらここまでの神経集中を要したのはここが特殊な空間であることともう一つ理由があった。

 

「アリシアとフェイトの気は途轍もなく質が似てる。 量はフェイトが上だけど、今回それが不味かった。 アリシアの気を掴みにくい」

 

 例えるなら砂浜の中で落した爪楊枝を見つけるかの作業。 色合いは似ているし、広大な空間の中に放り投げられていしまった其れを探すのは至難。 さらに時間を掛ければフェイトの意識は潮が満ちるかのように闇に満たされていく。

 時間も状況も芳しくないが、悟空は一向に動こうとしない。

 

 あきらめた? 見ようによってはそう取れるが、彼の中にはひとつだけ確信があったのだ。

 

「もしもこの間のアレと、今の状況が一緒だってんならオラが下手に手を加える必要はねぇはずだ。 ……もうすこし、様子を見っか」

 

 そう言うなり闇から彼らの動向を探っていく。 しばし会話が続いたと思えば過去の人物たちはすぐさま静かになる。 これが精神へのダイブだと思い出した悟空の表情は明るくなる。

 

「よし、いいぞ。 このままうまい事フェイトの調子が元に戻って行けばアリシアの気を正確に辿れるはずだ」

 

 しばらくして過去の彼等が消えてしまえば、孫悟空はゆっくりとフェイトの元へと近づいていく。

 そっと顔色をうかがう。 いつも見ていた修行時とは違い、どこまでも安らかな顔だ。 しかしどうしても心から安心できないナニカを感じてしまう。 そう、まるで棺に入れられたモノを覗くかのよう。 それは心地のいいものではなかった。

 

「……ん。 フェイトの気が段々と静かになっていく」

 

 いままで荒れ狂う波を見ていたイメージだったが、今では既に湖の水面を感じさせる穏やかさだ。 肌で感じた彼女の変化を事件が解決したと認識した悟空はそのまま遥か後方にまで距離を取る。

 

「そろそろ来るころか?」

『――――――――――…………こ、ここは!』

「よし、出てきたな」

 

 瞬間移動にてフェイトの精神世界から帰還してきた彼等。 その姿を見届け瞬間、孫悟空の身体はこの空間から…………――――――消えて行ったのである。

 

 

 

 

 

 

 …………ある日、娘は母にお願いをした。

 

 家族は2人、親は独り。 父親は物心つくころには既に家を出ていて、どんな顔だったかもわからない。 だから別段寂しくはなかったし、それが当然だとさえ思っていた。

 しかし、人がいつまでも子供で居られないのと同じように、幼子もずっとそのままでいることなどできなかった。

 

 公園で遊ぶ最中、いつも周りの子供たちを迎えにくる大人たち。 それは男女様々な組み合わせだ。 けど、彼女だけはいつも母親だけ。 ……それを意識した頃から彼女はようやく知ったのだ。 父親という存在を。

 

「……」

 

 だけど彼女は母親に言うことが無かった。 理由はないし、単なる偶然だったかもしれない。

 とにかく彼女は父親という物を求めなかった。 母親の愛を一身に受け止めていたから、そのおかげかもしれない。 そこのところは母親の尽力の賜物であろう。

 

 けれど、だ。

 

「…………さびしい……なぁ」

 

 親は独り、では家を支えるのは誰か? それは当然母親だろう。

 夫婦が別れる際にどのような取り決めがあったかは分らぬが、おそらく生活費の保証だとかはあまりもらえないのだろう。 だから母親は働き、娘のために身を削る。 そこまではいい、母親にも多大な負担というのは取りあえずなかったのだから。

 

 けど、徐々に少女の心には寂しさが募っていった。 野原に積もる、粉雪のように。

 

 その感情が何なのか、幼子にわかるはずもなかった。 けど、原初的な欲求を口にするのは簡単だった。

 ―――――――さびしい。 ただそれだけだ。

 

「…………はぁ」

 

 遊ぶときは近くの公園に居る子供たちがいた。 だけど、家にいるときはいつもひとり。 何より幼子は聡明だった。 母親が大変だというのを理解し、喚くことをしない強さを持っていた。

 積み木を独りで組み立て、崩し、片付ける。 この動作をたった一人で繰り返すのが彼女の日常だ、そこに何ら変化はない。

 いつもいつもたった一人で積み木を組み立てて、どこまでも高く築き上げても最後には無言で崩していく。

 ある日、高く組み上げた積み木を脚組から崩してやった。 大きな音と共に周りにばら撒かれ、部屋中が積み木だらけになったのだ。 ……たのしい。 そう思ったのは数秒の事だ、最後には結局散らばった積み木をたった一人で片づけるしかない。

 

 たった一人。 そうだ、彼女はいつの間にか一人だったのだ。

 

「………………さびしい」

 

 ある日、幼子は家のテレビを点けたまま遊ぶようになった。 たった一人の自宅はとても静かで、ダンダンと不気味に思うようになったからだ。

 けどテレビから聞こえてくる言葉には何ら興味もなく、彼女は只、いつも通りに積み木を組んでは崩していく。

 

『―――今日はパンダの親子が……』

「……!」

 

 いくらか時間が経った頃に流れたのは動物特集だ。 大人たちのつまらない会話にいい加減飽き飽きしていた幼子はその映像に興味を引かれたようだ。 ようやっとテレビの映像に目をやる。

 

『見てください、こっちはカモノハシ……』

「……すごいぎょうれつ」

『双子のネコですねぇ。 あ、二匹寄り添って眠ってますよ』

「かわいい」

 

 すぐさま虜になっていくのは子どもゆえだろう。 愛玩動物にない野生的な魅力を残しつつも、愛らしさに溢れた動物たちを見ている幼子はテレビにかじりついていた。 持っていた積み木を放りだし、その特集をいつまでも見ていたのだった。

 

「……かわいかったなぁ」

 

 テレビが終わり、しばらくの間座り込んでいる幼子。 しかし彼女の頭の中には先ほどの映像が焼きついたまま、いつまでも薄れることが無い。

 

「パンダさん、カモノハシさん…………ネコさん!」

 

 どうやらネコがお気に入りのようだ。 あの二匹が寄り添う姿を幻視しながら、少女は身体をゆっくりと揺らしながら鼻歌を奏でる。 特に題名のない、頭に浮かんだだけの楽曲はご機嫌そのものだ。

 

 いつまでもその思いを消すことが無く、今日も陽が落ちて行った。

 紅色の空が暗闇に染まり、窓ガラスをカーテンで覆う幼子。 母親からの言いつけを素直に守り続ける彼女のせに、一つだけ声が届く。

 

「ただいまー」

「あ! ママ!!」

 

 それは待ちわびていた声。 この世界のどんな存在よりも心を許したその声は、幼子の母親のモノだ。 聞くだけで身体が勝手に動き、その声の元へと駆けだしていってしまう。

 

「おかえり!」

「遅くなっちゃったわねぇ。 ごめんね、アリシア」

「ううん! 全然平気だよ!」

 

 母が来て、子が笑う。 ただそれだけで幸せだったのに、さっきの映像が頭にチラついた幼子は……アリシア・テスタロッサの笑顔は少しだけ錆びついていた。

 

「イイコにしてた?」

「うん! ちゃんと“いいつけ”は守ってるよ」

「そう。 ごめんね……」

 

 その顔を見逃さないのが彼女……プレシア・テスタロッサが母親である証拠であろう。 誰かの寂しさに敏感というよりかは、娘が寂しい想いをしていることを理解しているという風だ。

 でも、それを解決してやる術を彼女は持たない。

 いかに優れた技術者だろうとも、人の心を癒すには時間と言葉、そして触れ合いが必要なのだ。 そして彼女には何より時間があまりも不足しすぎていた。

 一緒に居られるのは夜遅く。 たまに早く帰って来れる日もあるがそれは本当に稀である。 だから、今日という日はアリシアにとって本当にうれしい日なのだ。

 

「ママ! 一緒にお風呂はいろ!」

「そうね。 久しぶりに入りましょう」

「やった!」

 

 娘の誘いに笑顔で答えるプレシア。 そんな彼女もやはり満面の笑顔である。 この健気な娘と一緒にいる時間は数少ない彼女の癒される時間帯でもある。 ……母子なかよく風呂を共にし、着替え、ベッドの中へもぐりこんでいった。

 

 母親の横にまですり寄っていき、気が付けば服を力無くつかんでいた。 頼りなさ気というよりか、壊れ物を扱うかのような力加減だ。 いいや、幼子にそもそも力の加減などする必要はないし、そもそも出来やしない。

 いつだって感情が赴くままに行動するのが子供なのだ、ならばこの力具合が示すのは彼女の……心の強さなのだろう。

 

「…………どうかしたの?」

「……あ、うん」

 

 それを見落すはずがないプレシア。 彼女はアリシアの身体をそっと抱いてやる。

 

「あのね」

「なぁに?」

 

 その温かさに包まれたアリシアは、しかし一拍の猶予を必要とした。 彼女は幼い、けれで決して愚かではなくむしろ聡明な4歳児なのだ。 だから、この一言を出すのに少しのためらいがあった。

 だけど、その我慢は既に限界を迎えていた。

 

「あのね、さびしいの」

「…………」

 

 言った。 遂に幼子は胸の内を解き放つ。 溢れんばかりの孤独を、たった一言に凝縮したのだ、不安な表情と相まってプレシアに弩級のダメージを与えた。

 

「毎日おうちでひとりはイヤ」

「あ、その……」

「ネコ……」

「……アリシア」

 

突然の癇癪にも近いが、娘の初めての我が儘に感動を覚えたのもまた事実だ。 いままで我慢ばかりさせてきて、本当に良い子で居た我が子のおねだりに、心を痛めながらも……あぁ、やはり年相応の娘なんだなと安堵したのだ。

 

「いもうとがほしい!」

「え? 妹!? ネコじゃないの!!?」

 

 ―――――のも束の間。 彼女は、しばし狼狽える。

 アリシアのたっての願いだがこればかりはいかようにもしがたい。 最初の単語はなんだったのか確認せずにはいられないが、様々な情報が脳内を駆け巡ってそれどころではない。

 プレシアの脳内CPUは既にパンク寸前である。

 

「わたしがおねぇさんで、いもうとをいっぱいかわいがるの!」

「え、あのね? アリシア……」

「ふふーん」

「……はぁ」

 

 大きなため息をするものの、その顔はどことなく明るいモノであった。

 そこからいろんな夢を話すアリシアと、困りつつも頑張ってみるだなんて思うプレシア。 苦笑いから嬉し笑いまで一通りやり尽くした彼女は、人|るだけ娘と約束を設けたのだ。

 

「妹はすぐには無理だけど……」

「……そっか」

「こんどね、一緒にお出かけしましょう? ピクニックなんてどうかしら」

「え! ほんと!? ママと!!」

「えぇそうよ。 嫌?」

「そんなことない! いこいこ!」

「うふふ、よかった」

 

 たった二人だけの。 いいや、ようやく二人で過ごせる憩いの時間。 その約束を結んだ彼女たちは夜も早くに眠りに就いていく。

 

「……今度のお仕事が終わったら、少しだけお休みがもらえるから」

「どれくらいかかるの?」

「そうねぇ、来週には終わるから……次の次の日曜日かしら」

「たのしみ」

「えぇ、楽しみね」

 

 眠りに、ついてしまう。

 

 それが彼女たちが交わした最後の約束だとも疑わないし。 これからもこんな素敵な時間が来るはずだと母は信じて働き続けた。 ……その結果が、どんなに悲惨な終わりだとも知らないで。

 

 

 

 

 

「―――――――――あ、れ?」

 

 夢だった。

 あのネコも、母も、眠りに就いていたベッドもどこにもない。 あるのは深い闇だけ……という訳でもなかった。

 

「アリシア―! どこーー?」

「ま、ま?」

 

 重いまぶたを擦っている最中に聞こえてくる声。 その聞き覚えが在りすぎる音色は当然だ、自身の母の声なのだ。 そう、自身の名前を呼ぶ、プレシア・テスタロッサの声だった。

 

「ママ?」

「もう、こんなところに居たの? いままでどこに行ってたの」

「どこって……」

 

 簡単には答えられない物語だ。 少女の返答は困難を極める。

 息が苦しくなったと思えば目の前が明るくなって、気が付いたら世界の深遠へと足を踏み込んでいました。 ……説明がこれだけでは世界一の科学者が納得しない。

 しないのだが、それしか無いのだから対処に困る。 アリシアは苦笑いするしかない。

 

「おにぃちゃんとね、いろんなところに行ってたんだよ」

「……だれ?」

「え? だれって、悟空おにぃちゃんだよ」

「…………」

 

 母は何も答えない。 こちらからの問いかけに色濃い反応を示さない。 不審に思い、彼女の顔色をうかがうも不自然なところが見当たらない。

 

「…………」

「まま……ママ?」

「だれ、……なの?」

「ママ……」

 

 本当に分らない、いいや、存在自体を認識できていないような母親の態度に、アリシアはいよいよ背中に汗を流し始めた。

 

「そっか。 たぶんおねぇさんが“かいおうしんかい”で言ってたのってコレの事だったんだ」

 

 そう、普通だったのなら。

 普通の人間には無い大きなアドバンテージが彼女にはある。 それは永遠の旅人と、優しき戦闘民族から聞かされた物語。 彼らが経験した数ある苦難のほんの一欠片だと思えば、今ある不安感などどうということはない。

 彼女は、まだ進める。

 

「……フェイト、いま行くからね」

 

 

 そうして彼女は歩き出した。 今まで話していた母と同じ形をしていた存在は既になく、あるのは空白の景色だけ。 いままで、こんなものと話していたと思うと心が虚しくなってくる。

 

「こんな思い、いつまでもしていたくないもんね」

 

 だからアリシアは自身の妹へと歩み寄っていった。 まだ、自覚も無く覚えもない存在だとしても、彼女は其処にいて、困った顔で俯いているのだ。 いつかの自分と同じように。

 

 だから励まし、立ち上がらせた。

 

 

――――あはは!

――――アリシアおめぇ……

――――大丈夫だもーん!

 

 

 紆余曲折あって、結局青年に助けてもらったアリシアは“彼等”にしばしの別れを告げる。 名残惜しそうにこちらを見てくる妹を見送って、独りこの世界へ取り残されて数瞬の事である。

 待ち人は、ようやく現れる。

 

「――――…………」

「時間ぴったりだ」

「他の奴らの気が消えたかんな。 いやぁ、あせったぞ」

「うん、わたしもびっくりしちゃった」

 

 言うなり手を繋いで彼を見上げる。 もう、自身がこの時間で出来ることはないだろう。 悟空が小さくつぶやくと、アリシアは周りを見渡していく。 この世界へ小さく手を振るとそのまま空間を揺らして消えて行ってしまう。

 

 

 

 

 

 どことも言えない世界に足を踏み入れ、ひたすらそのときが来るのを悟空とアリシアは待った。 自分たちが出て行って、この世界になじめるそのときを。

 だが、其処へたどり着く前にひとつ、やらなければならないことがあった。

 

「……ん?」

「おにぃさん?」

 

 不意に悟空があたりを見渡す。 正確には何もない空間を睨みつけて、少しだけ身構える感じだろうか。 身振りも素振りもないが、アリシアには何となく彼が警戒しているようにも見えた。

 そんな幼子特有の空気を読み取る能力は見事的中する。

 

「――――…………お、追いついた!」

『あ! やっと来た!』

 

 銀の娘がこの世界に足を踏み入れる。

 そうだ、彼等が界王神界を離れてから240日あまり。 遅すぎる到着だったがようやく再開することが出来た彼らは互いにねぎらいを送った。

 

「……悟空」

「ん?」

 

 だがその中で少しだけリインフォースの視線が物悲しそうに見えて……

 

「いいえ、なんでもありません」

「なんだ気になるじゃねぇか」

「すみません。 すこしだけ感慨深くなっただけです」

「ふーん」

 

 その視線の意味を結局聞くことが無かった。 まるで話すまで聞かないでやると言った父親然とした悟空の対処に内心謝りつつも、リインフォースがアリシアの頭の上に手をやる。

 

「あはは! くすぐったいよぉ」

「ふふ。 元気でしたかアリシア」

「うん! おにぃさんが居たし、フェイトにも会えたから全然大丈夫だったよ!」

「そうでしたか」

 

 やんわりと顔を崩すとそのままアリシアと言葉を交わしていく。 いつかのように頭の中を読み取るという無粋はしない。 彼女は、幼子の言葉だけで今までの状況を知ろうとしていた。

 

「そろそろクウラの自爆に、オラたちが巻き込まれるところかな」

「もうそんなときなのですか? 随分と近い時間に跳べたのですね」

「……オラたちは結構前に飛んじまったけどな」

「そうなのですか?」

「あぁ、すっげぇ大変だったんだぞ? 管理局となのはたち皆から隠れんのはさ」

「それは苦労しましたね。お疲れ様でした」

「おう」

 

 気配を消せる悟空と、そうでないアリシア。 この差はそれだけで大きく、生体反応を追える存在から身を隠すには様々な工夫が必要だったのは言うまでもないだろう。

 リインフォースはしばし悟空を見つめると、そのまま遠くの景色へ視線を投げだす。

 

「……どうやら、あの悪鬼が暴れはじめたようですね」

「だな。 改めてスゲェ気だ」

「闇の書の影響もあって魔力量も尋常じゃありません」

 

 ふたりして次元世界の向こう側を見ている。 アリシアにはわかるはずがないが、敵のあまりにも強大すぎる力の波動はふたりの肌を突き刺し、身震いすらさせるほどであった。

 けど、結末を知る二人が焦ることはない。 彼らはそのままこの世界に留まり続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 三人の子供たちが世界を救い、しばしの時間が経った頃。

 

 

「こんにちは!」

「あ、なのはちゃん」

 

 月村すずかが、独りの少女を自宅に招き入れていた。

 あの決戦から数日過ぎた午後の陽気。 まるであの壮絶な時間が嘘のようなひと時は彼女たちが勝ち取ったものだ。 それを謳歌していた子供らは今日、ある目的を持ってこのネコ屋敷に集まったのだ。

 

「今日はありがとう」

「うんん、平気だよ。 あれ? 恭也さんは?」

「お兄ちゃんは遅れて来るって。 何でもお父さんとお話があるんだって」

「そうなんだ」

 

 言って玄関に彼女を通すと、そのまま自室へと案内していく。 ドアを開き、其の中に入っていくなのは。 そこには見慣れない光景が待ち構えていた。

 

「……あ、ユーリ……ちゃん?」

「こ、こんにちは」

 

 広がりのある金の長髪。 それを自然になびかせて挨拶を交わしたのは何時ぞやの問題児である。 いいや、今はそんな物騒なものではないのだが。

 

「でもびっくりしちゃったよ。 てっきりユーリちゃん、はやてちゃんやシュテルちゃん達と一緒に暮らすと思ってたから」

「そうだよね。 最初はわたしもびっくりだったよ」

「……そう、かな」

 

 決戦終結後、孫悟空のビデオレターを終えた彼女たちは彼の置き土産について苦悩した。 なにせあの闇の書から出てきた最奥の存在だ、管理局はおろか、闇の子らですら対処に困ったものだ。

 でも、だ。

 

「なんだか他人な気がしなくて。 放っておけなかったの」

「そっか……」

 

 言いながらユーリの頭をなでるすずかは、既に歳不相応の落ち着きを見せていた。 数日前に多くを失い、悲しみに堕ちた姿はどこにも見られない。 そんな彼女に安心したのか、なのはは部屋を見渡していた。

 そこには、いつもの顔があった。

 

「あ、なのは、おはよう」

「おはよう、なのはちゃん」

「よう来たな、ゆっくりしていけ」

「おっそーい! ビリっけつだよ?」

「……ようやくですか、お姉さま」

 

 ……最後の言葉をとりあえず流したのは言うまでもない。 最近妙にスキンシップ過多な星光少女を置いておき、高町なのはは彼女たちの輪の中に入っていく。

 

「それで、どうだ? なのは」

「え、どうって?」

 

 最初に言葉を発したのはディアーチェだ。 彼女はなのはの前肢を見渡すと、少しだけ眉を持ち上げた。

 

「……はぁ、相も変わらずと言ったところか」

「え? あ、魔力の事?」

「それ以外に何がある! あの戦いの後、シュテルが離れて今日まで一向に魔力が戻らぬではないか! ……確実に後遺症が残っておる証拠だろうに」

「あ、うん……そうだよね」

 

 苦虫を噛み潰したような顔。 高町なのはが思ったのは、むしろディアーチェの苦しそうな表情であった。

 自身のためにここまで親身になってくれる。 心配してくれている。 ただ、それだけがうれしいかのように微笑んだ。

 

「ありがとう、王様」

「なに?」

「王様たちもリンディさん達に呼ばれて忙しいはずなのにこうやって時間取ってくれてるし、だから、ありがとう」

「ふん、これくらい礼には及ばん」

 

 闇の王はさも当然のように支援を流すと、そっと目線を前髪で隠した。

 

「あ、王さま照れた!」

「知っていますよ王。 今流行りのツンデレという物でしょう?」

「やかましい!」

「さすが時代の最先端」

「そんなんではないわ!」

「けど今のトレンドはクーデレなるものだと私は想います」

「黙っておらんか馬鹿者!!」

 

 シュテルが何を思っているのかなんてこの場の全員がわかってしまう。 おそらく、今もあたまの中では斉天大聖が筋斗雲で飛び回っているのだろう。

 これにはさすがのなのはは、いいや、高町なのはだからこそ頭を抱えてしまう。

 

「ねぇねぇなのは?」

「な、なに? アリサちゃん」

「なのはも下手したらあんな感じに――」

「な?! ならないってば!!」

「ふーん」

「もう!!」

 

 頭痛も追加、であろう。

 さて、一通りお遊びも終わり、シュテルによる目視での診断も終わったころだ。

 

「あ、おかしなくなっちゃった……ねぇ――」

「ねぇ、大丈夫なの?」

「え?」

 

 レヴィがおやつのおかわりを要求しようか視線を泳がしているが、其処をぶった切る勢いでユーリがなのはの横に座る。 その眼は不安気に揺れ、どことなくか細い雰囲気を見せつける。

 そんな彼女に気を使ったのだろう、なのはは小さく微笑んで見せた。

 

「うーん、おやつはもういいかな?」

「えー!! ボクまだ――」

「黙っておらんかレヴィ。 いま大事なところだ」

「ぶー!!」

『あ、はは……』

 

 やはり、小さく微笑んで見せた。

 そんななのはとユーリだが、か細い目をそのままに、ユーリはなのはの手を掴んで見せた。 目を閉じ、そっと息を吸いこんでみればどういう訳か周囲の空気が変わる。

 

「こ、これ!?」

「何が起きてんのよ!」

「なのは……ユーリ?」

 

 おやつの追加を獲りに行こうとして足が止まり、紅茶を飲み干すことなく慌てて視線を二人に送れば、周囲の魔力の状態に神経をとがらせる。

 三者三様の反応の中、闇の三人組と騎士たちの主殿はその様子を只静かに見守っていた。

 

「わたし、わかる」

「ユーリちゃん?」

「貴方の身体、とても疲れてるの」

『??』

 

 見たままでは健康体に近い彼女。 それは管理局の面々が退院を許可したことからも明らかだ。 でも、そのなかでユーリは言うのだ。 高町なのはの身体は、傷を癒していないと。

 

「ど、どういう事かな?」

「みんなはリンカーコアと、身体の状態を別に見てるからわからない」

「えっと……?」

「もっと深く。 あの“おサルのおにいさん”が前にかかった状態と同じなの」

「お、おさる? ………………悟空くんの事?」

「うん。 斉天大聖(おサル)のおにいさん」

『あ、ユーリ(ちゃん)もそっちの呼び方なんだ』

 

 尻尾があるからという見分けではなく、伝承に基づくあだ名のような物だろうか……彼女にしてみれば。 どっちかと言えば逆だよね、などとアリサが考える中、ユーリの解説は続く。

 

「前に、あのヒトがわたし……闇の書にいっぱい魔力を食べ……おいしか……こほん!」

「い、いまへんな単語が聞こえたのですが」

「気にしないで……それであの人が魔力をくれた時、身体に混ざってたリンカーコアみたいな変な物と無理矢理引き離されそうになったの。 それで、全身がズタズタになるくらいの傷を負ったはず……だったんだけど」

「確かあの時の悟空って、一晩寝たら回復してたよね」

「うん。 ずっとあの中に居たけどあんな人初めて」

『……さすが戦闘民族サイヤ人』

 

 そこらへんの戦士では負いきれない傷を、彼はその身で体験してきている。 あの程度のことなど3回目の天下一武道会での決戦に比べれば屁でもないだろう。

 それを思い出したのかアリサとすずか以外の全員は少しだけ表情を曇らせ、その顔を見た残りの二人は改めて彼の出鱈目さを思い知るのであった。

 

「あの時起こったことが、貴方にも症状として現れてるの」

「ど、どういうこと?」

「リンカーコアがカラダから浮いてる……?」

『あ、首を傾げた……』

 

 何とも抽象的な表現であるが、これが精いっぱいの言葉なのだろう。 眉を寄せる彼女の表情から、必死さを受け取るなのは。 それほどまでの健気さを魅せられるとこれ以上の問答は出来ないだろう。

 だから、話しを次に進めようとした。

 

「どうすれば治るの?」

「……寝れば治る?」

「あのぅ~~悟空くんと一緒にしないでもらえると助かるのですが……」

「だってこんな状態見たことない。 “あんな無茶”ばかりして、むしろ生きているのが驚き……です」

「うっ?!」

 

 痛いところを突かれてしまった。

 無理、無茶、無謀を繰り返したあの決戦だ。 その映像を見ていたリンディからは『冗談のような戦闘』プレシアからは『あぁ、そういう使い方をするのね』などと随分と意味深なことを言われていたなのはに次の言葉はなかった。

 結構、いいやかなりの無茶をしたのはフェイトもはやても同じだが、如何せん最後の攻撃が良くなかった。

 

「いくら自分たちが放ったものだとしても“魔力の海”を突っ切って敵に激突、そこから砲撃魔法を接射すればこうもなる……はず」

「たしかにスターライトにプラズマザンバーとラグナロク……この三つの中を突っ切っていったんだよね」

「しかもその先にはクウラの攻撃が有ったんやろ? よく無事やったなぁ」

「お姉さまの無茶振りには驚嘆を隠せません。 正直、あそこは防御に私のすべてを全振りしましたから」

「そ、そうだったの!?」

「頑張りました」

「……申し訳ないです」

「わかればいいのです」

 

 グッと親指を立ててニッと笑ってくるシュテル。 その姿が珍しくて、王さまが目を丸くしているのだが、高町なのはにはどうしてもその姿が……

 

「なんでジト目なの?!」

「おや? これでも嗤っているつもりなのですが」

「なんか字が違う気がする!!」

「ニュアンスがいけないのでしょうか?」

「だから目だってば!!」

 

 自身を貶しているようにしか見えない。 これでもこの子、高町なのはを素体にした魔導生命体です……

 あまりにもあんまりな自称妹に対し、なのはのふくれっ面は最高潮に達していた。 ……この光景を彼が見ていればさぞ大きく笑っていただろう。 そう思う反面、各々はすかさずなのはの方に意識を向けた。 今日の議題はまだ終わっていないのだ。

 彼女の、消えてしまった力を取り戻す会議は続く。

 

「あの時、貴方の心の闇が生んだ存在……ううん、ディアーチェをその身に同期させた貴方は力を飛躍的にあげた」

「ユーノくんに魔力を注ぎ続けてたし、それがなくてもクウラには勝てなかった。力の落ちた、あのクウラにも。 だからあの時はあれしか手がなかった」

「その意思を受けてかどうかはわかりませんが、わたしもお姉さまとの同期には特に異論はなく、極自然のながれで行いました。 結果、すんなりと力を手に入れましたが」

 

  お互いに頷き合う三組の子供たち。 鏡写しの存在同士が手を取り合った結果があの奇跡だ。 けど、その内容はさほど問題ではなく、未だ明るくない顔をしながらユーリが新たな議題を持ちかけてきた。

 

「あのベルカ式魔法が良くなかったかもしれない……」

「え? そう、なの?」

「あの同期で潜在能力以上の力を出したのだってすごい事なのに、その上からさらに無理を強いる行動に出れば身体が限界を超えるのは当然」

「そ、それ……でもフェイトちゃん達だって!」

「貴方のスターライトという技は、想像以上に身体に負担をかけているの。 魔法というのは本来外にある魔力素をリンカーコアで自分のモノに変えて運用するけど、それはゆっくりと時間をかけて生成されなければならないの。 身体が耐えられないから」

「も、もしかして」

 

 なのはには心当たりがあった。

 クウラの要塞に突入した後、自分は一体どのような魔法を繰り返し続けてきたか。 ディバインバスターは元々あった攻撃を同期の強化でそのまま威力を上げただけに過ぎない。 しかし、だ。

 

「そう言えばなのは、エクセリオンバスターって言う技を使う時、妙に魔力の収束が早いと思ったけど……」

「まさかなのはちゃん」

「そう、なの。 あの砲撃は悟空くんを参考に考えてみて、レイジングハートと一緒に完成させたの」

「悟空さんの技?」

「……ちょっと待ちなさいよなのは、なんだかアタシとっても嫌な予感がするんだけど」

 

 アリサの不安はものの見事に的中する。 そう言わんばかりに俯いて見せたなのはに、フェイトは思わず立ち上がって大きな声を吐き出す。

 

「げ、元気玉?! なのは、まさかあんな大技を連発してたんじゃ!?」

「……とってもとっても簡易的なものだけど」

「だからあんな……なのはちゃん無理しすぎや」

 

 魔導の仲間たちは驚愕する。 同時、それを知らないはずの者達も声をそろえて驚く。 アリサとすずか、片方はいささかずれ込んでは居るものの、戦いには無関係な一般人であるはずの彼女たち。

 しかし、そんな彼女たちは知っていたのだ。

 

「元気玉……って、昨日見た映画館のアレよね?」

「確かベジータさんが背中から受けてたのが……え! あれを!?」

 

 気弾が爆発したかと思ったら全方向に雷が落ちた。 それがアリサたちの感想だ。 

  言わずも知れたあのサイヤ人の王子様。 彼が第一被害者となった悟空の最終手段は見る者を騒然とさせた。

  ターレスとの決戦よりも幾分小さいなと、別の日に鑑賞し心をなだめていたリンディですら、直撃時の衝撃には固唾を呑み込まざるを得なかった。 そんな攻撃の真似事が目の前の同級生がやってのけたと思えば……驚くのも無理もないだろう。

 

「あのヒトとんでもないことになってたわよね……?」

「悲鳴だとか、断末魔とか……止めを刺された感じの声だったのは覚えてる」

 

 ――あとは怖くて目を閉じた。 すずかは最後に付け足した。

 地球人類が高町なのはに戦慄を覚えた頃だろう、ここでディアーチェは咳払いをする。 それを見るだけに留めたシュテルはすぐさまレヴィに視線を送りつけた。 なにかを画策しているらしい。

 

「あ! おやつ来た―!」

『…………はぁ』

「ん?」

 

 それを此の娘が理解しているかどうかは別問題ではあるが。

 仕方がない、そう言った面持ちでディアーチェは高町なのはを見据えた。

 

「のう、高町なのは」

「どうしたの?」

「お主、笑ってばかりおるが良いのか? このままだと魔法が使えないままになってしまうというのに」

「そ、それは」

 

 あまりよろしくないのは言うまでもないだろう。

 半年前までは素人以前に魔法が存在すること自体考えてなかった小学生だ。 小学生の癖に進路まで考えて、将来の進み方をおぼろげながら見据えていた只の小学生だったのだ。

 それが今では毎日の日課と称して魔法の鍛錬まで行っているのだ。 そう、生活の一部にさえなっていると言ってもいい。 だというのに今では魔力ゼロというのはいくらなんでもあり得ない。 あの決戦から数日たっても治らぬ症状は、おそらく後遺症の類いと考えてもいいだろう。

 そんな状態がもしもこれから先も続いてしまったら? 言われてからようやく彼女は現状の深刻さを思い知る。 ……些か遅すぎる感があるのは“あの男”のせいかもしれない。

 

「まったく、師弟そろってオトボケか? お主の方がそれなりにしっかりしていると思っていたのだが」

「にゃはは……面目ないです」

「まぁよい。 こんな事態なかなかない故、管理局の連中からも平気と言われて気が緩んでいたのだろう。 しかしだ高町なのは。 お主はれっきとした地球人だ、あのサイヤ人と同じという訳にはいかぬ。 自然治癒などあてにしないことだ」

「あ、はい」

 

 でないと本当に手遅れになりかねない。 ディアーチェはそう付け足すと今度はユーリの方に視線を飛ばした。

 前の戦いで半ば強引で、しかもノリだけで現実世界に連れてこられた彼女。 出自を辿ればあの夜天の管理人に勝るほどの危険性を持っているのは明らかで。 この世界が既に2度の破滅の危機に瀕していなければこうやって笑いあうことは難しかったかもしれない。

 それを言葉にせず、ただ目を瞑って呑み込むと皆から視線を外してしまう。 そんな姿が奇妙に映ったのだろう、アリサがニンマリと笑っていた。

 

「なにあんた? もしかしてツンデレ?」

「ふん、何を詰まらんことを言うておる、我は考え事を――」

「はーいはい、ディアーチェは素直じゃないわねー」

「な?! 貴様さっきから大人しくしておれば増長しおって! 我は本当はとってもすごいんだぞ!?」

「どれくらい?」

「ぬ?」

 

 ここでアリサからのジャブが入る。 いかんせんここまでの日数で“孫悟空の過去物語”という題名の映画を見続けてきた彼女だ。 映画上映時間にして240時間、悟空の年齢で言えばざっと26歳程度まで見続けたわけだが、つまりはそう、あの星で一番偉い人物の事を知ってしまった訳で。

 

「あの緑色の神さまよりは……ねぇ?」

「ぐぬぬ……アレを出すのは反則であろう」

「そうよね、なんて言ったって地球の神さまだもんね」

 

 人智勇、そのすべてを兼ねそろえた緑色の神さまを引き合いに出されればディアーチェと言えども押し黙るしかないようだ。 若干青筋を立てながらも口を紡ぐ姿は爆発寸前のナメック星のようであった。

 相当、腹にため込んでいるらしい。

 

「……ウソウソ、冗談よ」

「ぬ?」

「あんたってなんだか何考えてんのかわかんない時があるのよねぇ。 そりゃそっちの……シュテルだっけ? に比べれば全然なんだけど」

「ぬ……」

「なにかあればちゃんと言いなさいよね? 確かにアタシ達なんて頼りないかもしれないけど、仲間外れはもうたくさんなのよ」

 

 ここで、そっぽを向くアリサ。 これ以上は正面切って思いを伝えるのは限界のようで、しかし逸らした視線の先にはすずかが満面の笑みで座り込んでいた。

 

「ツンデレさん?」

「う、五月蠅いわね!! アタシはただ思ったことを言ったまでよ!!」

「ほら王さま、追撃チャンス!」

「そ、そうか? ……やーい、超特大のブーメラン」

「なんですって!?」

『あはは!』

 

 ヤイノヤイノと騒がしくなった月村邸。 ネコが間抜けにあくびをすると、壁に掛けてある時計が夕方を指し示す。 肌に寒さが突き刺さるこの季節、そろそろ陽が暮れていく頃であろうか。 あっという間の経過時間におどろきながらも、すずかはここで一つ提案をする。

 

「遅くなっちゃったけど、みんなどうする?」

『?』

「あれだったらノエルが晩御飯作ってくれるみたいだけど……」

 

 その提案に皆は明るい表情となるのだが、如何せん突然の話だ、フェイトは目を瞑ると遠くにいるはずのプレシアと念話。 アリサは携帯電話を持ち出すと数分の会話を。 なのはは月村邸にある電話を使って自宅に報告をし始めた。

 

【あ、かあさん? うん、うん……すずかの家でね?】

「もしもし? ねぇ、たしか今日は何の予定もなかったわよね?」

「あ、お母さん。 今日はすずかちゃんのところで――」

 

 方法は別々、中には超常の力を使っているが基本的なことは変わらないようで。 少しして、彼女たちがほぼ同時に会話を終えるとほぼ同タイミングですずかの方を向く。

 

『今日はお泊りでお願いします!』

「え? あ、うん!」

 

 満場一致でお泊り会が開催されることになったらしい。

 ここですかさず着替えを用意するノエルと、晩の食事の買い出しへと出かけるファリンは優秀なメイドであろうか。 彼女たちの奮戦が始まる中、華々しい女子会は更なるヒートアップを遂げていく。

 

 最近の私生活での笑い話を筆頭に、学校での面白話へシフトしていけばあっという間に“彼”の話題に突入していってしまう。

 このメンツだとどうしてもつながりのある人間関係が彼しかいないのだ、だから仕方がないと言えるだろう。 特にアリサ達と闇の子らはそれほど接した時間が長いわけではないし、なのはたちのように密接な関係にあるわけでもないのだから。

 

「ねぇ、悟空って妻子持ちだったんでしょ?」

「え、うん……そうだね」

「こらこら、まだ引きずってるわけ?」

「そ、そんなこと……ないかも」

「……はぁ、まぁいいわ。 で、話し戻すけどアイツのこどもって今いくつなの?」

『??』

 

 どうしていまさらそんなことを聞くのだろうか。 皆が一斉に首を傾げる中、アリサはさらに言葉をつづけた。

 

「いや、ほら。 前に遊園地に行ったじゃない? そん時のあいつがどう考えても父親にし見えなくて。 で、もしかしたら既にアタシ達くらいの子供がいるんじゃないかなって」

「でも映画館で見た時は4歳って……」

「それは“そのとき”の事でしょ? いま現在の事よ。 アイツ、あのピッコロって奴と天下一武道会で戦ったあたりからどうも容姿に変化がなくって、たった年数がわからないのよ」

 

 おまけに髪が伸びたところも見ないしね。 付け足したすずかになのはとフェイトが苦笑する中、ここでおもむろに立ち上がる人物がひとり。

 

「ここは、私に任せてください」

 

 澄んだ目を持つが、其の奥には途轍もない熱量が隠れもせずに燃焼され続けている。 あまりにもこもった熱気に気圧されそうになるが、周りの人間はどうにか持ちこたえて彼女の名を呼ぶ。

 

「シュテルちゃん?」

「おうおう、やったれいシュテルよ。 あやつの生態を暴いてやれ」

「仰せのままに、我が王よ」

「ねぇすずか、なんか忠誠を誓った家来に見えそうなんだけど、どうもアタシには別物に見えるのよねぇ」

「そ、それは……あはは……」

 

 趣味全開で上司の命令がそっちのけだからだろう。 そんな答えはともかくとして、中空にウィンドウを展開した。

 

「孫悟空、ご存じ戦闘民族サイヤ人です」

「その辺は映画で見たわね」

「たしか……あの王子様と同じ星の出身なんだっけ?」

 

 性格は全くの反対ではあったけど。 アリサとすずかが付け足せばフェイトが苦笑いしていた。

 

「そうですね。 そのあたりは彼の出生が特殊だったからと、幼少時の事故が原因でしょう」

「確か悟空くんって小さい時に崖から落ちて頭を強打したんだっけ?」

「はい、お姉さま」

「あ、そのお姉さまっていうのは止めてもらえるでしょうか……?」

「不慮の事故で崖から転落したあの方は、それ以前の凶暴さを全く見せない年相応の子供へと変わったのです。 あぁ、なんてかわいい」

「あ、あの……そう言う笑顔はやめてもらえないでしょうか……?」

 

 ウィンドウの中でアップにされる3歳児ほどに見える悟空を前にウットリ……目元が蕩けたシュテルになのはは家電送な声を上げる。 同じ顔、同じ声、違うのは髪型くらいの不気味な笑いを見てしまえば嫌でもこうなる。

 

「……食べてしまいそう」

「こらこら! そろそろ帰ってきて!!」

 

 嫌でも、こうなってしまう。

 

「すみません、取り乱しました」

「もう! 本当にいい加減にしてね」

「それは……フェイト、貴方なら既に理解が追いついていると思うのですが。 ……私の気持ち、汲んでくれますよね」

「え、え? え!? わたし!?」

「そこでフェイトちゃんに振るのもダメ!! いろんな意味で手遅れだし」

「あの、なのは……?」

 

 何を言っているのか判らないという風なフェイトを余所に、今年の出来事を一瞬で思い返したなのはは修行開始前後の頃を思い出していた。 まぁ、今の問いであっさり流せない時点で彼女の仲間入りは免れないとの判断もあるのだが。

 

「まぁ、話を戻させていただきます。 悟空は結婚後一年以内に息子である孫悟飯を授かります。 そこから5年、彼の兄を名乗るサイヤ人の襲来時には4歳で、逆算すると……おや?」

「シュテルちゃん?」

「私は致命的な知識が欠落していました」

『??』

 

 めずらしく動揺した顔を見せる星の子。 彼女が片手で口元を覆えば、何事かと覗き込む王様。 その後ろでフヨフヨと空中回転しているレヴィがどっかに消えていくと、おもむろに口を開く。

 

「彼はいくつなのでしょう?」

『……………………………ぁ』

 

 これには全員が口を開いた。 なかには目の中からハイライトを消すものさえ。 そうだ、あの外見で騙されがちだが彼は相当に年を取っているはずなのだ。 よくてノエルと同年齢、最悪…………

 

「か、母さんと同い年なんてこと……」

『ないない』

「で、でもね、母さんとあんな風に会話できる人なんてあんまりいないよ? グレアムさんだってたまに敬語だし」

『…………』

 

 金髪ツインテール、雷の子が最悪の事態を予測する。

 皆が否定するがどうにも後ろ髪引かれるようで、言葉に説得力がない。 発言がよわよわし過ぎる。

 

「はーいヤメー! この話止めー!!」

「そ、そうだよね。 悟空さんの事はこの際謎だらけでいいかも」

「う、うん。 悟空くんの場合、記憶喪失らしいものもあるし」

「息子さんだってきっと元気に育ってるはずだよね? きょ、恭也さんと同い年くらいかもしれないしそうじゃないかもしれないし……あはは、どっちでもいいかな!」

『………………あ、はは』

「皆さま、御夕食の準備が……おや?」

 

 謎は謎のままだから美しい。 夕食の知らせを報告に来たノエルを余所にきれいごとを並べた少女達は早々に会話を切って捨てた。 ちなみに今後一切、孫悟空という人物の年齢を考察することが一切なくなったのは言うまでもないだろう。

 さて、女子会もいい感じにテンションが落ちていき、皆が順番に湯船に身体を沈めて行った後の事だ。 布団の中、重たい目蓋を誘惑のままに閉じようという時間帯。 少女達はこう思ったのだ。

 

 ――――元気にやっているだろうか……と。

 

 会いたいだとか、帰ってこいだとかが出てこないところを見ると、気持ち的にはそれなりに決着が見えているのだろう。

 出会った時から決まっていた勝負だ、いまさらながらに滑稽極まりない。 だけど、いつか大人になった時、そんな思いすら笑い話にできる強い女(ヒト)になれるはず。

 

『……………zzz』

 

 その未来を夢見てかどうなのかわからぬが、少女達は深い眠りに落ちていく――――――

 

「――――――…………ん? なんだ、みんなもう寝ちまってんのか」

 

 “居た” 少女達が夢の中に沈んでいる中、男は其処に居た。

 自由気ままな黒髪と、嫌でも目立つ色の道着を着込んだ山吹色のあの男。 そう、孫悟空は其処に居たのだ。

 

「みんな疲れてんなぁ。 ま、あの戦いは結構きつかったみてぇだしな」

 

 その寝顔を満足げに見渡して、頷く彼はどこまでわかっているのだろうか。 音もなく浮遊しつつなのはの布団の上であぐらをかく。

 

「ホントはいい感じの所で切りつけて帰ろうと思ったんだけどさ。 少しな、修行途中に気になるもん見つけちまったんだ」

「むにゃむにゃ」

 

 彼の言葉は届かない。 ここで起こすべきだ、本当ならば。 それは彼自身もわかっているのだろう、2、3頭を掻くと苦笑いを浮かべる。

 

「それにオラが居なくても大丈夫だろ? 見てたぞ、大界王神のじっちゃんとこで。 なのは、おめぇいつあんな大技覚えたんだ? オラびっくりしたぞ」

「……んにゃ……」

 

 寝返りを打とうとしたのだろう、なのはの腕が頭上の悟空をかすめる。 鼻先でコレを躱した彼はおもむろに彼女を見つめる。 じっと、おそらく分くらいこれが続いた頃だろう。

 

「なんだ? なのはの奴、気が妙に乱れてんな」

「にゃむにゃむ……」

 

 そっと手をかざす。 場所は額、感触はなく、直接触れない程度の距離を保ちつつ、彼の掌が淡く輝く。

 

「おめぇ頑張ったもんな。 ホントなら自分で治し方見つけるのも修行なんだろうけど、今回は手伝ってやる」

「…………すぅ」

「こんなんでいいか。 少しだけオラの気と、ジュエルシードの魔力を分けてやったから、しばらくすれば元気になる……よな?」

 

 確信がない行動がなんとも彼らしい。 その場のノリで気と魔力の譲渡という訳のわからん高等作業をやってのけた彼は、そのまま額に指を添える。 その合間に一瞬だけなのはの顔を見ると……

 

「またな……――――――」

 

 この世界から、消えて行ってしまった。

 

 

 

 ――――次の日。

 

「あれー?」

「どうしたのよなのは?」

 

 首を傾げる少女が居た。 ラジオ体操よろしく、身体のあちこちを動かすとさらに疑問符が増えていく。 一体なにが気になるのか、分らないアリサはフェイトへと相談を持ちかけた。

 

「……どうなっちゃってるの」

「ちょっとフェイトまで? 一体なんなのよ」

 

 どうやら魔法関係者全員がなにやら異常を察知したようだ。 中でも驚愕に顔を染め上げているのは王……ロード・ディアーチェこの人である。

 

「お、お主一体何をした!?」

「え? なにって昨日はお風呂入って……それからはみんなと一緒だったよね?」

「そ、そうか。 我も同じ部屋で寝ていたのだったな。 だがなぜ貴様の身体の不調が一気に改善しておるのだ!?」

「うーん、やっぱりそうなのかな?」

「魔力の流れは万全、他も健康そのものだ。 ……ありえない」

 

 なのはの全身をじっくり見るとややジトメ。 あんなに疲弊していた身体が一晩で感知しているのだ。 底知れぬ怪物ぶりにこの王様、若干引き気味である。

 

「お主、まさかクスリでハイになっておるのでは?」

「そんなもの使いません!」

「ほれほれ、『うりー』とか言って暴れて見せるがよい」

「そんなことしません!!」

「じゃあボクがやっちゃうぞー! うりぃぃーー☆!!」

「レヴィちゃん、それはどっちかというとわたしの方かもしれない……かな?」

 

 すずかが小さく突っ込むが誰にも聞こえていないようだ。 それほどに驚くべき回復を遂げた高町なのはだが、ここでひとり訝しげな顔をする少女が居た。

 

「……おかしい」

「ど、どうしたの? シュテルちゃん」

 

 そうだ、彼女だ。 高町なのはの双子……ではないが、そう言っても差支えがないほどに酷似した彼女が、まるで鏡合わせのように彼女を見据える。

 

「…………うーん」

「ど、どうしたのかな?」

 

 そっと近づくこと鼻先三寸。 互いの息使いがわかるくらいの距離感に、思わず背筋に力が入ってしまう。 少しだけ視線を迷わせると宝石のような瞳がなのはを射抜いていた。 決して離さぬと、言い聞かせるように。

 

「な、なんなの――!?」

「そう、そう言う事ですか……残念です」

「え、え!? 残念って!?」

「……はぁ」

「勝手に落ち込まれた!?」

 

 何やらため息を吐くとその場から居なくなってしまう。 背中を見送る一同はお互いに見合うと首を傾げるだけであった。

 

 

 

 シンと静まりかえる庭園。 えらく酷い月村邸の中にあるそこに、シュテルは独り佇んでいた。 黄昏時にしては早すぎるが、こうでもしていなければ彼女の心の炎は収まってくれない。 言わんばかりに肺の中に冷たい早朝の空気を入れていくと、そっと湯気を口から漏らす。

 

「居るのは分っていますよ、管制……いまはリインフォースでしたね」

「……いつから気が付いていたのですか?」

「お姉さまの中から“あのヒト”の残滓を見つけてから……あのひと的に言えば勘という物でしょうか」

「そう、ですか」

 

 銀の髪を揺らす彼女は、遥か上空に居た。 まるで言葉を交わすかのような念話で冷たい会話を繰り出す彼女たち。 あまりの冷たさに周囲の鳥が羽ばたいていく。

 

「そんなところに居ないで皆に姿を見せればいいのに」

「そうしたいのは山々ですが、少々事情が変わりました」

「……なにか、在ったのですね」

「……」

 

 沈黙を肯定だと受け取ると同時に、警戒をしているとみたシュテルはここで周囲を……見ない。 そっと気配だけを感覚だけで探り、何もないことを確認すると言葉を続ける。

 

「悟空がまた別の厄介ごとを抱えましたか」

「えぇ、まぁ」

「しかもあなたは全力で止めようとした。 けれど何らかのアクシデントで踏み込まざるを得なくなった」

「……そうです」

「どうにもできなくなって困ったので他に相談事を持ちかけようとした折、彼が勝手な行動をしたのを口実に私に接触を図った……というところですか」

「返す言葉もない……」

 

 ……なんだか一気にシリアス分が削れていったのは無視しよう。 次々と威厳と尊厳が崩壊していく夜天さんに向かってジト目のシュテル。 もう、どっちが上位主なのかわからぬ状況に、リインフォースは咳払いで話題を変えて見せた。

 

「盗聴というのは考えにくいが、手短に言う」

「どうぞ」

「ターレスの復活に関与した容疑者が上がった」

「!!?」

 

 それは、恐ろしい話である。

 あれの詳しい情報は無い。 そもそも、孫悟空が知り得ない“可能性の世界”からやってきたのが彼の筈だ。 手段もなく、只偶然この世界に漂流してきたのではないか? シュテルは焦る心を制御しながら、リインフォースへ次を催促する。

 

「さらに悪い話だが、おそらくそいつはクウラを此の世界に招いた連中ともつながりがある」

「……馬鹿な」

「いや、正確にはクウラとは知らずに闇の書をこちらに回収してきた部隊を、裏から操っていた者……だろうな」

「そんな存在がこの世界に!?」

「ひとつ心当たりがあるのではないですか?」

「…………」

 

 別世界への移動手段を持ち、高度な科学技術を秘匿し、誰にも知られず裏から事態を操作できるような人物……

 

「……人物というより、組織なら知っていますが……ですがそれが本当ならお姉さまたちはどうすればいいのですか」

「わからない、だが今すぐ行動を起こす必要もないだろう」

「どういうことですか? リインフォース」

 

 いま話題に上がっている“敵”に自身の半身が、この先身を置くのは分り切っている。 ならば今のうちに対策を練らないといけないのではないか? たとえばそう、リンディたちに相談するなどという手段があるはずだ。 あの孫悟空が一声かければ管理局の3割の人間が動くはずだ、彼はそれほどに多大な功績を残し、皆の心の中に強い影響を残した。 さらにその3割が声を掛ければより多くの力を得ることだってできるはず。

 だというのになぜここで足踏みをしているのか……

 

「ここで管理局を潰すのは簡単だ。 悟空が本気になれば半日で壊滅に持ち込めるだろう。 無論、各次元世界に散った上層部なども込みでだ」

「瞬間移動に気と魔力の探知能力、ですか」

「そうだ。 だが、そのあとはどうする? いきなり無くなりましたと言ってしまうには、アレは些か規模が大きくなり過ぎた。 大体は全世界のために働いている者ばかりだ、全体が悪だったレッドリボンのように潰してしまうにはいかないしな」

「それは……」

 

 結局動くに動けない状況。 潰してしまうのは簡単だ、しかしそのあとは誰が面倒を見る? 悟空には無理だし、そもそも彼には帰るべき世界がある。 だから、ここで全てを終わらせる訳にはいかない。

 

「せめて、もう少し味方が居ればいいのですが」

「そうだな。 ……悟空は考えてかわからないが、いま各地を転々としているよ。 あの者なりになにかを成そうとしているのだろう」

「そう、ですか」

 

 戦士が遺せるものは案外少ない。 いくら多大な影響を与えると言っても、所詮は戦う者だ、事、余勢の立て直しだとかは一切できない。 そう言うのはどこぞのカリスマナンバーワンの王子がやればいい。

 

「彼は、基本的に火消ししかできない」

「そうですね」

「ならばそれをサポートしてやるのが周りにいる人間の役目だ。 私たちも別方面で動くべきなのだろう」

「……そう、ですね。 そしてそのためには、いまは力を蓄えることが重要ですか」

「だろうな。 根本的な力はもとより、別方面のちからという物だとかもだな」

「彼女たちに出来るでしょうか?」

「ああいうのは狙ってできるモノではない。 答えは、いつかでるだろう」

「……」

 

 若干の無責任さを感じるモノの、その言分は正しい。 人脈という物はその者の人柄が大体を締める。

 言葉を聞き、志を見て、心を感じる。 其の人物から溢れ出す活気に共感して共に道を進んでいく。 これは孫悟空にもできないことだ。 彼の場合、仲間が出来るときは往々にして強敵を前にして渋々共同戦線を張っていったらいつの間にか仲間になっていた者ばかりだからだ。

 口で説明するよりも拳で語り、志は高すぎて皆は付いてこられず、其の心内は案外謎だらけ。 いつも何を考えているかわからないのは逆に恐怖心すらわいてしまう。 これでは、意味がない。

 

「とにかく私はこのまま彼に付いて行って、妙なことにならないようにしていくつもりだ」

「ならば私はいつでも悟空が帰ってこれるように……いいえ、お姉さまたちが道を間違えないようにしていきましょう。 特に我が姉は無理をしすぎるきらいがあるので」

「そうだな。 今回の事も悟空が偶然見つけなければそのままだった可能性が高い。 すまないが頼んだ」

「はい」

 

 もう、これ以上話すことはないのだろう。 言葉が尽きた彼女たちの間に一瞬の間が空くと、まるでページをめくったかのようにリインフォースがこの世界から消えていく。 そっと見送り、白い息を吐くと自身の髪をなでる。

 忙しくなるなと心で呟き、シュテルは独り寒空を仰ぐのであった。

 

 

 

 

 ――とある次元世界。

 

 どこまでも広がる赤茶けた荒野。 岩などは少なく、当然木々も見当たらない。 そんな過酷な自然環境の中でも屈強な生物たちは今を悠然と生きぬき、自身の強さと縄張りを主張する毎日を送っていた。

 そんな生物とリンフォースとシュテルの秘密会議など知りもせず、ある荒野に男が慌てふためく。

 

「おじさぁぁあああん! おなかすいたよぉぉぉぉ!!」

「あぁあぁ、そんな泣くなって。 今すぐメシ取ってきてやっから」

「イモムシはいやだぁぁああ!! うわーん!!」

「今度は肉にしてやっから……泣くなって」

 

 喚く幼子の青い髪を、小さな手が撫でる。 なぜこんなことになったのか、どうしてさっさと帰らないのか、幼子には一向にわからず、そしてそれは……

 

「…………おら、なんでこんなとこにいるんだろうなぁ」

「うぇぇぇええーー」

「な、泣くなって……な?」

 

 男……いいや、少年にもその実わかっていなかったりする。

 

 そう、この少年は何も知らない。

 

 

 

 




悟空「おっす! オラ悟空!」

リインフォース「悟空、修行はいったん止めにしてください、そろそろあの子たちのおやつの時間です」

悟空「え? いや、もうちょいなんだ――」

リインフォース「はやく!」

悟空「ちぇ、最近妙に厳しいぞ……」

リインフォース「……シュテルよ、私はきちんと役目を果たしている。 お前も頑張るんだぞ」

シュテル「なにか、違う気がする。 彼女はいったいどこを目指しているのでしょう」

???「おじさーん! おなかすいたー!」

悟空「はいはい! いま用意すっからちょっと待ってくれ。 そんじゃ次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第77話」

リインフォース「強さの代償」

悟空「ん? だれだ、おめぇ?」

リインフォース「まさか……こんなことって」

???「ばいばーい!」



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第77話 強さの代償

 肌を突き刺す北の風……地球では冬真っ盛りであり、少女達はその中を懸命に生きていた。 だが、今現在の物語はそんな寒冷の時期とは無関係な温暖な地域での話。 生命が自身の成長を存分に謳歌しているその世界で、独りの幼子が駆けていた。

 齢、4、5歳程度の女の子。 青い髪を短くそろえた、いかにも活発そうな彼女は何がそんなに楽しいのか思いっきり走っていたのだ。

 

「きーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!」

 

 両の手を広げてまるで飛行機のよう。 そんなハツラツさを存分に見せつけた少女の背後をゆっくりと歩く者が一人。 女性だ、歳にして20代後半の成人女性が少しだけ汗をかきながらついて来ているのだ。

 

「スバル―! そんなに走ったら転ぶわよー」

「平気平気!!」

「まったくあの子は」

 

 どうやら元気娘の名はスバルというようだ。 幼子に注意を投げ放った女性は片手であ額を拭う。 少しだけ水分を感じると、自身が汗をかいていることに気付く。 まだ運動不足を嘆く年頃ではないと思いつつも、時間という概念の恐ろしさを垣間見た瞬間だろうか。

 あまりにも元気な幼子に手を焼きつつ、それでも表情は明るい。 どうやら、少女に振り回されるのは満更でもないようだ。

 幼子の晴天の空のような色の髪を歩きながら追いかけていくと、女性の目が見ひらかれた。

 

「ぐえっ!?」

「あ、スバル!?」

 

 元気に走り回っていた幼子が突然地面にダイブしたのだ。 かなりの速度で走っていたモノだから、当然その被害は比例するように大きい。 顔面はなんとか守ったようだが、転んでどこか擦りむいたのだろう、一向に起き上がる気配がない。

 

「えぐっ……うぐ……」

「まったく、ホントに仕方がない子なんだから」

 

 転んで地面におなかを付けたまま涙ぐんでしまう幼子。 あまりにも情けないその様子に呆れつつも、やはり手を焼くことは満更でもないようだ。 女性は特にペースを上げるでもなくゆっくりとスバルの方へと歩いていく。 すると、ひとつ知らない影が近寄ってきた。

 

「えぐ、えぐぅぅ」

「なんだ、コイツ?」

「あのこ……」

 

 青い女の子を前にひとりの少年が呟いた。 どこから、何時から、どうやって? 接近に気が付かなかった女性は疑問に思うが、相手が相手だからかすぐにその問いはどこかへ逃げてしまう。

 さて、スバルがいまだ腹ばいで泣きじゃくりかけている中、女性は近くに来た少年に目を向ける。 年にして10才かそこらだろうか、元気盛りの体格にこれまた特徴的な髪型。 まるで手入れの届いてなさそうな自由に伸ばされた黒髪は見ていてむしろ清々しさを感じさせる。

 だが、女性が目を下に降ろしていったとき、状況は一変する。

 

「どうした? 立たないのか?」

「えぐ……ぅぅぅ」

「あれ? この子……」

 

 視線を下に、というより少年の臀部(でんぶ)に注目すると何やら見えてはいけないモノが見えた気がする。

 

「なに、あの“ふさふさ”……?」

 

 長くて茶色い。 妙にクネクネ動くそれは何となく少年の気持ちを補っている風でもある。 女性からは何となく昼寝中のネコを連想させられたらしく、妙に微笑ましかった。

 だけどそのままでいるわけにもいかない。 スバルという少女がいつまで経っても地面に吸い付いているのだ、ああ成ってしまうともう自分からは起き上がらない。 いままでの経験則の話だが、なんとも情けない話である。 女性は、足早に彼女の元へ近づく。

 

「なんだおめぇ、ケガしてんのか?」

「うぇ?」

「え……って、転んだきり立たないじゃねえか」

「だって足がいたいんだもん」

「ん? けどよ、どこも擦りむいてねえだろ? だったら立てんだろ」

 

 女性はここで足を止める。 少年の言葉が幼子に届いているのがわかったからだ。 その証拠にいつもはすぐに駄々をこねる彼女も、どこか呆けるように少年を見つめ、言葉に耳を傾けている。

 

「立ってみろ、別に痛くねえからさ」

「できないよ……」

「やってもみねぇのにもうあきらめんのか? とりあえずがんばってみろって」

 

 

 見た目はどこにでもいるような子の筈なのに、公園で遊んでいるような年齢の筈なのに、其の言葉には奇妙な“重み”を感じてならない。 女性は十巻きながらに二人のやり取りを観察してみた。

 

「ほら、がんばれって」

「う、うん」

 

 少年に言われるがまま、少女は立ち上がる決意を固めたようだ。 まず、小さな手で地面をさわり、撫で、手の平で受け止める。 そのまま腕立て伏せの要領で力を込めると、自然、足腰に力が入り込んでくる。

 

「ぅぅ……」

 

 少女の呻く声に、だけど助ける手はどこからも伸びない。 少年は眉の一つも動かさず、けれどどこか機体の眼差しで見つめている。 そんな目で見られたんじゃ、いまさら辞めるなんて言えない。 うまい事乗せられた幼子は、そのまま両の手に力を入れると腹ばいから卒業した。 遂に彼女は独りで立ち上がったのだ。

 

「ほれ! できるじゃねえか」

「うん……できた」

「足痛えか?」

「ううん、痛くない……痛くないよ!」

「な? ヘッチャラだろ?」

「うん!!」

 

 先ほどまでの曇り顔とは打って変わって、どこか満ち足りた表情の幼子。 それを見た少年はそれ以上に満足そうに笑い、両手を後頭部に持って行く。 だが、そんな少年を見た幼子は不意に首を傾げてしまった。 なにか、気になるものがあるようだ、視線が揺らめいている。

 

「……う?」

「なんだ?」

「なんか背中で動いてる」

「せなか?」

 

 ボサボサ髪を揺らしながら背後を見る少年。 別に何にもないし、誰かがイタズラしているということもない。 再び視線を戻して少女を見て、見間違いじゃないかと問い詰めようとした時だ。 少女の目はキラキラに輝いていた。

 

「わぁー……」

「な、なんだよ?」

 

 その姿が異様に映ってしまったのは仕方がないだろうか、少年が一歩だけ後ずさる。 が、それを追うように少女が近寄ってくる。 気分は餌を全身に巻きつけてサバンナを散歩する感覚だろうか。

 目の前の女の子があまりにも肉食獣なものだから、いかな少年も警戒心が湧いてしまう。 だが、少女には関係ない話だった

 

「なにこれ!」

「うわ!?」

 

 一気に飛び付き『それ』に肉迫する。 華麗な空中飛翔を敢行した幼子は少年の背後へ一直線。 何ら迷いもない姿は純真そのものだが、如何せん相手が悪かった。 目の前からいきなり獲物が消え、気が付いたら地面が見えていた。

 

「ぐえっ!?」

「おめえいきなりなんなんだ?」

「いだい……」

「わけ分んねえヤツだなぁ」

 

 少年に向かって尻を突き出す形でズッコケている幼子、哀れとしか言いようがない。

 そろそろだろうか、時間もそれなりに立ったことだし、大人が子供たちのじゃれ合いに介入し始めた。

 

「大丈夫? スバル」

「あ、お母さん! うん、全然大丈夫だよ!」

「そ、そう……?」

 

 見た感じ顔面を強打した気がするがそれでも元気だという我が子の成長に涙を禁じ得ない。 いや、若干ヒキ気味ではあるが。

 少しの深呼吸、若干のリラックスを済ませて現実に向き合うと、女性……お母さんと呼ばれた彼女は少年に向き直る。

 

「ごめんね、この子ったらすごい甘えん坊だから。 迷惑かけちゃったわよね?」

「そんなことねえぞ? ん? でもいきなり飛びつかれたときは驚ぇたけど」

「そ、そうよね。 まったくこの子ったら何をいきなり……?」

 

 などと、頬に片手を持って行くこと数秒の間があった。 最初は平静を装っていたが、次第に青くなる顔。 まるでクエン酸に浸けたリトマス試験紙を無理矢理塩化ナトリウムにぶち込んでみた様な感じだ。 むちゃくちゃだ。

 

「ちょ、ちょっとキミ。 それ……」

「なんだおめぇまで?」

 

 母親の顔にハチャメチャが押し寄せてきた。 改めて見ればこの少年にはどこか見覚えがあったのだ。 そう、数か月前に仕事で会ったあの男。 軍属でもないのに戦果を持ち、魔導の素質がない癖に魔力値がSSSランクの数百倍では足りないくらい持ち合わせているわけのわからない存在。

 そうだ、先ほどから目にしている『それ』だって彼を語るうえで最大級の特徴ではないか。 思い返し、見返して、頭の中で反復すればもう完全に一致した。

 

「ね、ねぇキミ

 

「なんだ?」

「スバルのことありがとうね。 ……その、お名前聞かせてもらってもいいかな」

「なまえ? 別にいいけど」

 

 彼女の考えが正しければこの子は相当のVIPに違いない。 なぜこんなところに居るのかはわからない。

 

「……けど、早急に保護して“あのヒト”に送り届けないとマズイ……わよね」

 

 連絡先を速攻で練り上げていく。 まずは管理局の顔見知り、リンディ・ハラオウンだろうか、運が良ければ彼女で事が済むだろう。 それがダメならばこの間紹介にあったプレシアという女性だろうか。 あまり素性のしれないヒトであるが、あのリンディが頼るくらいのヒトだ、かなり大きな力があるとみていい。 “彼”ともつながりがあるのだろう。

 そのふたりが頭に浮かぶと、すぐさま少年に向き直り彼の口もとを目で追う。

 

 その動き、発音、一元一句を聞き逃さないように。

 

「おら悟空だ」

「うん、じゃあゴクウくん。 スバルがお世話になったし、お礼もしたいから家まで来てもらいたい……ん?」

「なんだ? またか?」

 

 女性の顔が一気に凍り付く。

 そうだ、いままでこの“少年”を見て“彼”と断定できた人物は少ない。 そして彼にメカニズムを理解していない者にとって完全なる初見殺しだ。 宴会の一発芸から潜入捜査まで幅広く使える彼の足枷のひとつ。 それをいま彼女は知ることとなる。

 

「ご、ごごごごごごっ?! そんご――――ッ!!?」

「お、おかあさん?」

「はぅ……」

「ど、どうしたんだおめぇ!?」

「おかあさん!! お母さんがたおれた!!」

 

 ……少しだけ先延ばしになりそうだ。

 

 それから少女に道を教えられる形で彼女の自宅にたどり着いた少年、いいや悟空は、スバルの母親を背負いつつもなんら窮屈そうにしない。 その姿は既に普通の子供ではないし、どこか負傷者を扱うのに慣れた感じがするのは日常離れしているようにも見える。

 さて、悟空が彼女の家にたどり着きスバルが玄関のドアを開けると家のリビングに寝かせる。

 

「……お母さん大丈夫かな」

「平気だろ? いきなり倒れたの見ておどろいたけど、特に辛そうじゃないしなぁ」

「そうなの? くわしいね」

「まぁな、おらいろいろ知ってんだ」

 

 負傷者と死人の見分けくらいならばお茶の子さいさいだろう。 悟空がスバルに言い聞かせると、安心したのか段々と身体から力が抜けていく彼女。 母親の近くに移動すると、少しだけ目がうつろになっていく。

 

「……ぅぅ」

「眠いんか? アレだったら少し休んでろ。 おらが診とくから」

「うん……」

 

 そのまま目蓋から力が消え失せてしまう。 一気に脱力したスバルはこの先の事を覚えていない。 数時間後に目を覚ますまでこのまま深い眠りに落ちていくのだろう。

 

 

 

 

 

 数十分の時が過ぎて……

 しばらくの間は悟空は尻尾を動かしながら静観していたのだが、次第に持ち合わせていた落ち着きの無さが顔を出してくる。 あたりを見渡すと少しだけ散策、だけどお世辞にも大きいと言えない一般家庭などすぐに制覇してしまったのか、5分と経たずにリビングに戻ってしまう。

 

「ヒマだなぁ」

 

 やる事がないというのはこの少年からすれば珍しいことだ。 いつも何かに熱中しているか修行、もしくは冒険の真っ最中だからだ。 でも、この状況ではさすがに動くに動けない、せめて母親らしき人物が目を覚ますまでは居てやらないといけない。 少ない常識感から出した答えをひたむきなまでに彼は守った。

 

 さらに10分が過ぎた頃だろう、布団が少しだけ動いた気がした。

 

「う、ううん」

「あ、起きたか?」

「ここ……あれ?」

 

 微睡に片足を突っ込んだままの女性。 低血圧なのだろう、寝起きが悪い彼女は寝ぼけまなこで声のする方を向く。 しかしまだ視界がぼやけているのだろう、何と勘違いしたのか判らぬが気軽に声を投げかけた。

 

「ごめん、ちょっとお水取ってきてもらっていい……」

「水か? なんか勝手に使うけどいいか?」

「えぇ、おねがい」

「わかった」

 

 言われて何ら躊躇なくキッチンに入り込んだ悟空。 しかし如何せん身長115センチの彼には台所というのは高く出来過ぎていた。 背伸びをしたって蛇口に手が届かない彼は、やや急いでリビングの椅子を搬入、足場にしてコップに水を入れる。

 

「ほれ、これでいいんだろ?」

「ありがとう、いただくわ」

 

 渡された水は酷くおいしかった。 寝起きで喉が渇いていたのもプラスに働いたのだろうか。 スバルの母親が気怠そうに状態をお越し喉を鳴らしている中、悟空はなん御気もなしに彼女の方へ顔を近づけた。

 

「な……!」

「顔色もいいな、んじゃ、もうおら行ってもいいよな?」

「え、あの!」

 

 突然の彼の退出に、しかし不意に呼び止めてしまう。 落ち着いたことで意識がはっきりしたのだろう、今までの事が激流のように思い返されると、使命感にも似た感情が彼女を突き動かしたのだ。

 

「その……」

「なんだよ、はっきりしねぇな」

「孫、悟空……さん、ですよね?」

「ん? そうだけど、それがどうかしたんか?」

「…………………………どうしましょう」

 

 戸惑いは当然である。 そもそも、彼女が勤める仕事先では都市伝説クラスの人物で、かのじょが関わる隊では神話急な扱いである。

 

 次元振を気合でかき消した。

 いやいや、気合が有り余って次元振を引き起こした。

 アースラに搭載されている主砲の弾道を片手で変えた。

 いやいや、アースラを片手でひん曲げる。

 闇の書討伐の中心メンバー。

 それどころか闇の書の闇というのをワンパンで倒した。

 闇の書の中心人物を仲間にしたらしいぜ。

 

 などなど。

 おそらくいくらか誇張は入っているのだろうが、とにかく彼に対する驚きの噂は絶えない。 

 7、いいや5割ほど誇張があると思っている彼女ではあるが、それでも本人と思しき人物が目の前にいると嫌でも緊張してしまう。 だけど、だ。

 

「なぜ、そんな格好を?」

「ん?」

 

 彼女……そう、スバルの母親である女性は悟空と面識があるつもりだった。 以前ある事情で彼と手合せをした時に大体の人となりを理解していたつもりだし、実力というのが非常識だというのも理解している。

 だけどだ、こればかりは納得がいかない。

 

「どうして子どもの姿になっているのですか? もしかして、極秘任務……とかでしょうか」

「……」

 

 彼は答えない。 いや……

 

「なにいってんだおめえ?」

「はい?」

「子供の姿って言ってもなぁ、おらこどもだろ?」

「え、あの?」

「おかしなこと言う奴だなぁ」

「???」

 

 何も知らないのだ。 それにさっきから自身の事を赤の他人だとでもいうような素振り。 それどころか前に在った時の落ち着き払ったというか、何となく感じられた山のような静寂さすら見えない。 活発過ぎる、良くも悪くも子供のような慌ただしさすら見え隠れする彼。 彼は本当に彼なのだろうか?

 

「まぁいいや。 ところでおめぇ、ここがどこかしらねぇか?」

「え?」

「ドラゴンレーダーをブルマから借りようと思ったんだけどさ、あいつが住んでる西の都にいつまでたっても着かないんだ。 おらきっと道に迷ったんだろうなぁって思ったらあいつがスっ転んでさ」

「そ、そうなん……ですか」

 

 ついつい子供と会話している感覚になるが相手はれっきとした大人であるはずだ。 すかさず態度を戻した女性だが、つい、思う。

 

「あの、悟空……さん」

「どうした?」

「西の都って、どこの事ですか?」

「西の都は西の都だろ? 何言ってんだ」

「あ、はぁ……?」

 

 なんだか会話が酷くかみ合っていない。 そもそもこの人物がどこを指して西の都と言っているのかが把握できない。 何かの暗号か、それとも彼が地名を忘れて仮称で言っている……と、思っての発言だったがどうにも的が外れているらしい。

 では、西の都とは何か。 女性はさらに質問を繰り下げた。

 

「今、何をなさってるんですか?」

「おらか? おら今、ドラゴンボールを集めてんだ」

「ど、どらごんぼーる?」

 

 聞きなれない単語だ、と思う。 しかし、リンディが昔口を術せたときにそんな言葉を聞いた気がしなくもない。 とりあえず任務内容は……彼の事だ、遺失物捜索の手伝いだとみていい。

 

「早く集めてやんねぇとな。 いつまでも土の中じゃウパの父ちゃんかわいそうだし」

「……え? どういうことですか」

「ん? あのな? 少し前ぇに戦ったタオパイパイってのがいてな? そいつ、プロの殺し屋だなんて言って、ウパの父ちゃんを殺しやがったんだ」

「ッ!?」

「おら、アタマにきてさ。 いろいろあってそいつコテンパンにしてやって、占いババんとこで最後のドラゴンボールの位置を教えてもらって、探してたらここに居たんだ」

「あ、はぁ……」

「でもなんでレーダーがなくなっちまったんだ? どこで無くしたんだろうな?」

 

 何やら深刻そうな話だが、事態は徐々に収拾を付けていたようだ。 ひと段落した話に肩から力を抜くと、女性の頭に途轍もない衝撃が襲い掛かる。

 

「もう少しでウパの父ちゃん生き返らせてやれるな」

「ぶーーーー!!!!?」

「どうしたどうした?」

「い、生き返るって……え!?」

 

 主に精神的な衝撃であった。

 あまりにもあっけらかんに言い放つ彼。 女性は故あって観察眼と洞察眼の優れた役職に就かせてもらっている。 実績もそこそこだし、自分自身その仕事にやりがいを感じている。 そんな彼女が見て、彼の姿には嘘偽りも誇張すら見当たらないのだ。

 やはり、何一つ嘘の無い発言なのだろう。

 

 では、彼が探しているドラゴンボールとは。

 

「まさかロストロギア級の捜索任務中だなんて。 そんなときに私情に立ち入らせてしまって」

「ん?」

「忙しいのにすみません。 しかし、まさか悟空さんが手を煩わせる存在が居るだなんて……タオパイパイですか、聞いたこともない名前です」

「あぁ、おらもだ」

 

 この手の話はかなり聞いてきたつもりだが、まさか人の蘇生までも叶う代物があるとは思わなかった。 だが、それでも嘘だと断じきれないのが、目の前の少年からくる雰囲気の成せるわざだ。

 驚きを通り越してしまって冷静さを取り戻しているあたり、この女性もそれなりに苦労を重ねてきたようだ。

 

「んじゃま、おら行くから」

「え? あの、リンディさん達に連絡などは良いのですか?」

「だれだ? それ。 おらそんな奴知らねぇぞ」

「…………」

 

 聞き捨てならないセリフが飛んできた。

 いかに彼のような朗らかな人物でも、このような言葉が出てくるだろうか? 死線を共にしてきた、仲間の筈だ。 それを知らないと言い、あまつさえそんな奴呼ばわり。 ……なにかがおかしい。

 

「あの、悟空さん」

「どうした?」

「“この間の模擬戦”のこと、覚えてますか?」

「ん? もよぎのセンベイか?」

「で、ではジュエルシードは」

「じゅ? じゅえる……みーと? なんだかうまそうな名前だな」

「反応は同じだけどこれはちょっとおかしいんじゃ……」

 

 ようやく事の異常さに気が付いた彼女。 頭を抱え、情報の重大な欠陥を思い出す。 そうだ、リンディ・ハラオウンは孫悟空の報告書について何か最後に付けた詩をしていなかっただろうか。

 

「た、たしか『武道家』『魔力量はエース級の千倍』『ただし魔導の才能は一欠けらも無し』違う……えぇと、そうだ『記憶喪失の可能性あり』だったはず! ――――って、記憶喪失!?!」

「きおすく?」

「き、記憶喪失……あの、悟空さん」

「なんだ?」

「どうやってここらへんにたどり着いたんでしたっけ?」

「どうやってだろうな? 気が付いたら山ん中に居たんだ」

「…………そう、ですか」

 

 決まりであろう。 しかもやたらつい最近の感じがするのが悔しいというか。 もう少し早く出会えていたのならこのようなややこしい事にはならなかっただろう。 とりあえず、彼がこのような姿になっている理由は置いておくとして、記憶がないのはあたりらしい。

 彼女は、少しだけ悩んで。

 

「……ゲンヤさんに相談してみましょう」

 

 やたら疲れた精神を夫と共有することにしたそうだ。

 

 

 

 

 受話器を持ち上げて番号をいくつか押し込む。 何ともローテクな手段だが、夫の家系が代々愛用してきた代物だという事で、未だにこの電話機を使っている。 幾たびの階層と中身のアップデートを繰り返した結果、魔導師との通信すら可能になったわけのわからない性能を持つのが我々の世界とは違う証しだろうか。

 そんな高機能電話で、彼女は夫の仕事場に火急の電話を繋げてもらった。

 

『…………なんだ? こんな時間に連絡よこして。 今日は非番の筈だろ?』

「その、すごく言いにくい事なんだけど」

『どうしたそんなに改まって』

「家にお客様が来てて」

『なに? なら手土産でも買って帰った方がいいのか。 今日は少し早く終わらせて帰ろ――』

「いえ、それが来たのが“あの”孫悟空さんで……」

『は? …………はぁああああぁぁああっ!!?』

 

 襲黙ること10秒チョイからの見事なリアクション。 周囲のどよめきまで拾いつつ、夫の狼狽が止まらない。

 

『ま、まてまて。 おまえが言っているのは“あの”孫悟空さんか?』

「え、えぇ。 たぶん」

『同性同名だとかで無く』

「そうね。 前に手合せで知っているから間違いないわ」

『そう言えば確かにそうだな……だがどうして』

「それを相談したくて電話したのだけど」

『…………』

 

 しばし無言。 勤め先からはなんとも言われてないし、あの特務隊つながりでの報告もない。 それに孫悟空と言えばどこにも属さず、勝手気ままにそこいらの怪異を素手で叩きのめしてきた傑物だという。 おそらく、今回の事もどこの組織も関与していないことなのだろう。

 そこまで考えて、だけど、何かがあってはいけない。 そんな言葉が頭をよぎってしまう。

 

 ゲンヤ・ナカジマ。

 勤続10年になろうかという彼だが、その勤務態度はまじめの一言。 特に欠勤だの遅刻だのは起こさない優良な人材だ。 家族のために働き続け、一切の妥協なく仕事に我が身をささげてきた彼は、近々昇進の話もある。

 そんな彼は今日、初めて……

 

『今日は早退しよう』

「ごめんなさい、あなた」

『いいんだ……はぁ』

 

 やはり家族のために勤務先を定時前に切り上げた。

 

 

 

 

 ゲンヤという人物が会社で上司にうまい事話しを付けている間の事だろう、悟空のすぐ近くのソファで眠りについていたスバルが、小さく瞬きをしていた。 一瞬だけいつもと違うところで寝ていたことにおどろいたのだろう、あたりを見渡、悟空を見つけるとどこか納得したように笑顔となる。

 

「あ、目ぇさめたか?」

「うん! おはよー」

「もう夕方だけどな」

「おーぅ」

 

 あらびっくり。 なんて声のしそうな顔をしているがこれと言って反省しようだなんて気はなさそうだ。 まぁ、まだ子供で小学生かどうかも妖しい年頃だ、昼寝は豪勢にやっても仕方ないだろう。

 元気の塊を見た悟空は今度、女性の方へ顔を向ける。

 

「なぁ、おら今日はここで泊まるんか?」

「え、まぁ……そのほうが助かるわね。 スバルも喜ぶし」

「ふーん」

 

 下手に騒がれても厄介だし、彼に余計な混乱を与えるのは良くない。 まず夫に相談し、そのあとにリンディたちに相談すればいい。 それが彼女たちの出した結論である。 悟空自身、スバルとはなんだか意気投合しつつ、暗くなってきたから散策も終わらせるか迷ってきたところにこの誘いだ、渡りに船だろう。

 

「ねぇ! お風呂入ろ、お風呂!」

「ん? 入ればいいだろ?」

「一緒に入ろうよー せんすいの『きょうそう』しよ!」

「競争かぁ、よーしおら負けねえぞ!」

 

 やはり気が合う彼等。 まさに子供のやり取りといった感じで風呂場へと駆けだしていく。 

 

「やった! おかーさーん! お兄ちゃんとお風呂入ってくるー!」

「はいはい、仲良くねぇ」

 

ほんのりと微笑みながら彼らを送り出す母は、時計を見やると思い出したように呟く。

 

「もうすぐギンガが帰って来るわねぇ。 あ、お夕飯の支度しなくちゃ」

 

 ……完全に何かを忘れている自覚もないようだ。

 

 子供たちが駆け足で入ったのは風呂場。 そこに入れば当然衣服は邪魔なので脱ぎにかかる。 しかし、その様のなんと色気の無い事か。 男はもとより、幼子の女子であるスバルですらまるで男の子のように乱雑に衣服をとっ散らかして脱ぎ捨てる。

 そのままの勢いでお風呂に突撃、かけ湯もへったくれもないダイブに湯船が盛大に零れる。

 

「きもちー!」

「ふぃー、良い湯だなぁ」

 

 どっちがどっちの台詞だか分らない。 もしかしたら二人が同じ言葉を発したのかもしれないし、そうではないかもしれない。

 しばし湯船に身体を付けると、お互いに見つめ合って笑う。 しかしその顔はどこか鋭いモノを併せ持っていた。

 

「よし! 競争だ!」

「いっくぞー!」

『せーの!』

 

 一気に湯船に潜り込む二人。

 水中でニラメッコをしつつ互いを牽制、いまだ肺の中にため込んだ空気には余裕がある。 このままでは長期戦は必須、熱さと息苦しさとの二重苦に子供ふたりはひたすらに耐える。

 

「…………っ」

「…………ッ」

 

 こぽりと口元から空気が漏れる。 スバルの顔から余裕の表情が一気に消えてしまった。 どうやらこの勝負悟空の方に分があるようだ。 ……というか、そもそも勝負になってすらいない。

 海底まで何とか泳げる悟空の肺活量を普通の子供と一緒くたにしている時点で大きな間違いだ。 この結果は当然の事であろう。 だがそのあまりにも反則的な強さがスバルにはどう映ったのか、彼女の眼は輝いて見えた。

 どこまでも必死で、精一杯今を生き抜いてきた少年のことなどまだなにも分らない、だけどその片鱗をこんな些細な場面で見てしまった彼女には、確かに輝いていたのだ。 ……というか、輝いている。

 

「!!?」

「お?

 

 

 孫悟空の身体が蒼く光っていく。 比喩でもなんでもなく、見たままに輝いているのだ。 その光は美しく、透明感のある優しい光だ。 思わず見とれ、空気を大量に吐き出してしまったスバルは咄嗟に水面に顔を出した。

 

「あ、……あぁぁあああっ!!」

 

 大きな、本当に大きな水柱が起こる。 何も見えなくなってしまった自身の視界に戸惑い、不安そうな顔をするスバル。 だけど、そんな顔などすぐに消えてしまう出来事が待ち構えていた。

 

「お、おーー!」

 

 それは、新たな出会いである。

 

 

 スバルが風呂に走り抜けてすぐ、リビングでは夕飯の支度で首をひねっている母親がいた。 今日は一人分だけ量が増えてしまったからか、少しだけ違うモノを作ってみようと画策するのだ、中々名案が浮かばない。 冷蔵庫を開けては閉めてを繰り返し、冷凍庫から骨董品をあさりだすと背中から声が飛んでくる。

 

「お母さん、ただいまー」

「あぁ、おかえりギンガ。 今日は遅かったのね」

「うん、お友達の家に行ってたの。 お母さん、どうしたの?

 

「え? あぁまぁねぇ、少しだけ作戦会議?」

「??」

 

 スバルの姉、ギンガである。 彼女は母親の珍しい困惑ぶりを見ると目を丸くしていた。 しかしすぐにいつもの調子を取り戻すと部屋を一週だけ見渡す。 足りないモノに気が付くとすかさず母へ声を投げかけた。

 

「あれ? スバルは?」

「今ね、お風呂に入ってるわ。 たぶんもうそろそろ上がって来るだろうけど

 

「スバルはカラスの行水だものね」

「あら、むずかしいこと知ってるのねギンガ」

「このあいだお父さんから教えてもらったの」

 

 なるほどねと感心したのかどうなのか、母親が頷くとギンガは何も言わずに肩からエプロンをかける。 何の気なしの行動だが、その分だけいかに彼女がこの戦場(キッチン)に立つことになれているのかがうかがえる。

 それをやはり自然に見届けた母親は、鼻歌混じりに今日の献立をあたまの中で組み立てていく。

 

「ギンガ、お野菜切っといてちょうだい」

「はーい」

「指切らないでよ? 痛いからね」

「うん、大丈夫」

 

 トントン音を立てながら均等に野菜を切っていく。 不揃いの安売りだった商品にもかかわらず、元の大きさが同じなのではと思えるくらいに丁寧に、小奇麗な形でそろえられれていく野菜たち。

 隣で母が肉を切り、揃え、焼いていくのを見届けるとすかさず大鍋に水を入れて火の上にセットする。

 

「お母さん、沸騰してきたよ」

「はいはい、ちょっと通るわよ」

「はーい」

 

 なかなかのコンビネーションで調理を進めていく母子。 銀河が用意した鍋に今まで痛めていたモノを汁ごと放り込むと今度は別のフライパンを……用意しない。 今まで肉を踊らせていたフライパンの残り油で、今度はギンガが切り刻んでいた野菜たちを硬い順で炒めていく。

 

「お米といどくね」

「あ、お願い。 さてと、こっちはあと煮詰めるだけね。 うーん、もう一品ほしいわね、なにがいいかしら」

「サラダでいいんじゃない?」

「そうねぇ。 じゃあポテトサラダにしましょう」

「ほんと!? お母さんのポテトサラダ大好き!」

「よしよし、それじゃあ頑張っちゃいましょうか」

 

 ジャガイモを適当な大きさに切り、吹かし、千切りにした玉ねぎを少量とマヨネーズを絡めてしばらく置く。 冷めてきたらタッパに移して冷蔵庫へ格納、しばしの冬眠である。

 

「これでいいかしら。 ――って、あれ? スバルったらまだ出てこないの?」

「おかしいね、スバルならもう出てきてテレビ見ててもいい頃なのに」

 

 料理が一通り済んでようやく気が付くふたり。 料理の空き時間が来るまでに上がってこないのは妙だ、まさかのぼせたのか? などと不安がのど元までせり上がってきたときだ、遂にそれは爆発する。

 

 

「わあああああああああーーーー!!」

『!!?』

 

 スバルの声だ。 声量的に相当の事態だと悟ったのか母親の表情が一気に鋭くなる。 身構え、深く息を吸いこんでは吐き出す……その場の空気を一気に作り変えて行った。

 

「お、おかあさん……今の声」

「ギンガ、奥で隠れてなさい」

「で、でも」

「早く。 ……おねがいだから」

「……はい」

 

 素早く我が子を匿うと、もう一人の我が子へ意識を集中する。 先ほどまでこの敷地内には何もいなかったはずだ。 だが、あの声の出し方から察するに転んだとか怪我をしたという感じではないだろう。 それに、女性にはひとつだけわかることがあった。

 

「……脱衣所の方から足音が……大きさから言って大人ひとりか。 いつ、どうやってこの家に」

 

 おそらく子供ではない大きさの、ドシリとした足音に警戒心の振れ幅が大きくなる。 本当なら早く駆けつけてやりたい、だがもしも原因が人為的なもので、我が子を人質に取られていたとしたら? ……襲い掛かる最悪な可能性に母親は身動きが取れなくなる。

 

「……」

 

 段々と近づいてくる。 それは彼女に決断を迫るという事だ。 降伏か、応戦か。

 もしも本当に最悪の事態が訪れたとして、自身はどうすればいいのだろうか。 永遠に続くかと思われた問答も、目の前のリビングから廊下とを遮るドアが開いてしまえば終わる。 そんなくだらないことを思い、息を呑みこんだ刹那、目の前のドアがゆっくりと開いて行った――――

 

「―――せぇぇりゃあああ!!!」

 

 気合一声。 フローリングに踏み込んだ足を反動として利用し、一気に謎の侵入者に回し蹴りを見舞いする。 腰の入った強烈な蹴りは鍛えられた彼女の肉体も相まってかなりの威力を秘めている。 それが、侵入者の頭部を貫通したのだ。

 

「え!?」

 

 当たる、のではなくて貫通。 いいや、通り過ぎたといえようか。 兎に角手ごたえのない自身の攻撃に疑問が尽きない彼女はわが子を片腕に距離を取る。

 

「……な!?」

 

 その瞬間に上がる声は彼女のもの。 そうだ、距離を取ってここからだというときに上がるのは驚嘆を意味するもの。 なぜなら今まさに猛攻を加えようかとおもった相手が視界から消えていたのだ。

 居ないものに攻撃などできない。 ならば探すまでだと感覚を鋭くした彼女はおもむろに背後に蹴りを入れた。

 

「せぇえい!!」

「――っ」

 

 突きつけるような後ろ蹴りも、やはり手ごたえがない。 まるで霞を相手取っている奇妙な感覚はいままで味わったことがないものだ。 不安すら覚える感覚を振り払うように背後へと裏拳を放つ。

 

「――――ぐぅ!?」

「ちょっと、ちょっと!?」

 

 ようやく犯人の声がする。 若い、それに少し落ち着きがないように思える。 もしかしたら女性の猛攻に焦っているのかもしれない。 好機と思った彼女は攻撃の手を増やす。

 

「でぇぇえええい!!」

「なぁ、おいって!」

 

 それでも捉えることがかなわない彼女の手。 家族が、娘が危険な目にあっているのだ、多少の困難くらいは自身の手ではねのけるのが親の務めだ。 彼女はまさに決死の覚悟で犯人の懐へ攻め込んだ。 一撃必殺を込めた自身のこぶしを作り出し、深く息を吐けば足腰からの連動を駆使した渾身の一打を見舞いする。

 

「うぉぉおおおおおッ!!」

 

 彼女の一撃は、見事男のもとへと届くのであった。 ――だが。

 

「……まったく、仕方がねぇなぁ」

「……え?」

 

 それは、とてつもなく軽い溜息。 喫茶店でコーヒーを頼み、これからの予定を確認しようと手帳を持ち出した紳士のような声だと女性は記憶している。 本当に、何でもない合間のような息使いに、彼女の全身から力が抜け落ちていく。

 

「う、そ……」

「おい、大ぇ丈夫か?」

 

 渾身を込めた一撃を避けるまでもなく手首をつかむだけで済ませてしまった侵入者。 自身の力はそれなりにあると思っていた。 ただの暴漢程度に後れを取るわけがなく、凶暴な現住生物をも相手取ることだってできるはずなのだ。 だけど、それがこんなにも簡単に受け止められた。

 彼女のショックは計り知れない。

 

「…………っ」

 

 もう、打つ手がない。 そんな言葉が頭の中を走ると一気に体が震えてしまう。 心の中の何かが折れると、これから先のことを嫌でも考えさせてしまう。

 …………きっと、口で言うのも憚られる恐ろしいことをされてしまうのだろう。 この男の、とてつもない硬い手によって自身は汚されてしまうのだろう。 想像も、予測もついてしまう最悪の事態を前に、彼女は全身を震えさせてしまう。 もう、戦う気概すらない。

 

 

 

 …………対峙した男が、どれほどに困っているかも知らないで。

 

 

「いきなり落ち込んじまったけど、どうすりゃいいんだ」

「――――おい!!」

「ん?」

 

 そんな男にぶつけられたのは怒声。 いままでこの部屋に存在しなかった男の声に、侵入者は目を丸くしていた。

 

「クイントに手ぇ出してんじゃねえ!!」

「え?」

 

 気が付けば侵入者の顔面に、叫んだ男の右こぶしが叫びを上げていた。

 

 

 

 

 

 …………しばらくして

 

「イタタタ……あいた!?」

「ちょっとアナタ、大丈夫?」

 

 椅子に座り患部を冷やすも、あまりの痛さに苦悶の表情をする。 ひきつった声に子供たちが心配そうに見つめる中、投げかけられる声が一つ。

 

「オラとしたことが、悪ぃことしたな。 すまねぇ」

 

 黒い髪をぼさぼさと伸ばした男。 ……そう、孫悟空が先ほど“殴りかかってきた男”に謝罪を述べていたのだ。

 背丈はスバルをはるかに超え、もはやクイントを見下ろせるくらいに高くなった彼。 そうだ、いつもの孫悟空がそこにいたのだ。

 

「うーん……」

「どうしたスバル?」

 

 そんな彼を見上げながらに、そっと首をかしげるスバル。 なにか思うことがあったのだろうか、皆が見守る中で、彼女はそっと質問する。

 

「お兄ちゃんっておじさんなの? どっちなの?」

「え? オラか?」

『……』

 

 それは皆が待ち望んでいたことであろう。 そもそも、今の今まで“あの子”が“彼”だという自覚すらなかったありざまだ。 この問いは当然のものである。 それに彼はどうこたえるのだろうか? 少しだけ、本当に少しだけ息を吸った彼は、言う。

 

「オラな、こっちが本来のオラなんだ」

「じゃあおじさんなの? ……お兄ちゃんじゃないんだ」

「そうだな……スバルには悪ぃけ――」

「――――おじちゃん! 肩車して!」

「……お、おう」

 

 家族はおろか悟空でさえ一瞬落ち込んだように見えたスバルだったが、それすらはねのけて悟空の後頭部で片手上げて大はしゃぎ。 あまりにも早い切り替えに、周囲の人間は置いてけぼりとなる。

 

「ま、まぁスバルは以前会ったことがあるし」

「そういえばそうだな」

「たかいたかーい!」

「お? は、はは」

 

 などと、両親は納得するしかなくて。

 少しだけ困った風で、でも、どこかまんざらでもない顔で両親のほうを向いた悟空は、片手を彼らに向けるとこう言うのであった。

 

「すまねぇが今日は世話になるぞ。 クイント、ゲンヤ」

『あ、はぁ』

 

 そうして母親……クイント・ナカジマと奇妙な再会を果たした悟空は一宿一飯を甘んじて受けるのであった。

 そう、一飯をである。

 

 

 

 

 

 忘れていたわけではない、むしろ彼女は知らないのだ。 そして無知とは罪である。 この男、その人物をただの地球人と比較して想像し、勝手な自己判断に当てはめてしまった時点で彼女は終わっていた。

 

 

 

 中島家のエンゲル係数はある時期を境に一般のそれより高めの設定であった。 それは食い扶持であり、育ち盛りである娘たちによるところが大きいのだが、それは結構なものであって。

 普通の男の子が“お椀”でいっぱい“ご飯”を食べるとして、スバル嬢はなんと丼ぶりにいっぱいのご飯の上からトンカツを載せてようやく“ゴハンのお供”なのだ。 見た目としぐさからは想像できないほどの健啖家っぷりはさしものクイントですら旋律を覚えるほどだった。

 

 これ以上は無い。 どこかそう思っていたのだ。

 わが子を超える存在などいるわけがない。 ここで打ち止めだ。 そう思い込んでいたのだ。 この井の中の蛙は―――――それが、どうだろうか。

 

 

 

 

「あ、あわわわわ…………」

 

 それはもう恐怖でひきつる顔だった。

 目の前の戦乱たるや、地球史に存在するかつての戦争すらある意味超えている。 獰猛で、残酷で、単純であるがゆえにわかりやすい地獄に対して、クイントの精神は恐ろしい勢いでボリボリ削られていく。

 

「むっくんむんむ……ボリボリ! ガリガリ!!

 

 

 まるで夢を見ているみたい。 クイントの意識が現実から乖離していくさなか、悟空の横から小さくも騒がしい音が聞こえてくる。

 そう、今回の騒動は何も孫悟空だけではなかったのだ。

 

 

「わー、おいしー」

「あ、おかわり」

 

 おそらくミッドチルダ代表を張れる娘たちがそこにいた。 ……いや、何の代表かなどとは言うまいが、兎に角盛大に食器を打ち鳴らし、空っぽにしていく彼女たちは先ほども述べた通り、実はいつも通りなのだ。

それを大きく引き離す勢いで現在トップを独走する孫悟空は現在、この家の冷蔵庫へ内部浸透てきなダメージをたたき出していた。

 

「クイントーおかわり!!

 

「も、もう炊飯器の中身が空っぽなんですけど……」

「スイハンキおかわりー!」

「こ、こら! スバル!!」

 

否、致命的な一撃を放っていた。 悪乗りするスバルをたしなめるギンガ、だが手に持ったどんぶりが説得力を大きく削いでしまっているのには気がついていないようだ。

 

「いやー食った食った」

「くったー」

「ごちそうさまです」

「4日分の食料が……!」

 

 え? それだけ? 高町の主力料理人が居たら驚きそうな被害総額に対して、しかし孫悟空の顔は緊張を醸し出していた。

 

「…………クイント」

「ご、悟空……さん?」

 

 あまりの鋭さに硬直してしまう。 先ほどまでの穏やかさを打ち消すかのような雰囲気に、死線を体験したことのない彼女は一気に竦んでしまった。 何を、彼は言おうとしているのか。 彼女が注意を払い、孫悟空という男の言わんとしている意味を確かめようとした時だ。

 

「メシうまかったぞ! おっし、はら6分目だな」

「…………リンディさんに報告しないと。 家計が、家計が……」

「クイント、たぶんだがこれは援助金とかは出ないだろ」

「もう、だめ……」

 

 彼女の正気は一気に消え失せていた……

 

 しばらくしてクイントの正気度が正常ラインに浮上を開始し始めたころだろう、目蓋が重くなったスバルとギンガは寝床に入り、夢の中で羊たちと戯れている。 そんな幼子たちを置いていくように、大人たちは大事な話を始めていくのであった。

 

「あの、悟空さん」

「なんだ?」

「その、ですね。 先ほどのことなんですが」

「ハラ6分目はウソじゃねぇぞ?」

「あ、それは嘘で構わないんですけど……」

「悟空さん、今はその話を蒸し返さんでくれ」

「はは! わりぃわりぃ」

 

 ゲンヤが苦笑いして返すと悟空が盛大に笑って見せる。 その姿につられてしまう二人だが、そうしているだけで済ませるわけにはいかない。 彼女たちは、彼に聞かなければならないことがあるのだ。

 

「聞きたいことがあるのですが、いいですか?」

「ん? あぁ、いいぞ。 メシごちそうになったしな」

「すみません。 あの子供の姿からなのですが、あれはいったい

 

「お? あれか? うーん、どう言ったもんかなぁ

 

『……』

 

 しばし考える悟空。 声を殺して見守る夫婦はまるで腫れ物にでも触れるかのような空気だ。 彼自身にそうさせる雰囲気はないのだが、何せ相手は“あの”孫悟空だ。 一部とはいえ管理局の上層部、つまり自分たちの上司たちと太いパイプを持つ存在に対して、果たしてこのような質問をしてよかったのだろうか。

 いまさらながらに膨らむ疑問は、彼の沈黙が続けば続くほどに夫婦の首を絞めつけるようだ。

 

 その苦痛を知ってか知らずか、悟空はついに口を開いた。

 

「夜天のやつが言うには呪いなんだと」

『呪い……?』

「オラは忘れちまってるんだけど、前にドラゴンボールで誰かが願ったらしい。 “オラが子供のころだったらよかったのになぁ”ってな」

「また、ドラゴンボール。 願いを叶えるというロストロギア級の秘宝でしたっけ」

「ね、願いを叶える? 何のことだクイント」

「えっと、それはねあなた――」

 

 知らない単語とありえない情報にいぶかしげな顔をするゲンヤに、さっきの話を繰り返すクイント。 それがある一定のところまで終わる頃には夫の顔が青ざめたのは言うまでもない。

 聞き終わる頃に残る若干の疲労感。 信じられるだろうか? まだ、話の補足説明しかされていないのだ、この男は。

 それから茶を一杯飲みほし、目元をほぐすと孫悟空の話へと路線を戻す。 彼の、物語を聞いていこう。

 

 

 大体を掻い摘んでいく悟空。 ジュエルシードに始まり、闇の書を食い散らかした存在との決着と自身の詰めの甘さから来た結末。 ……弟子たちの奮闘。

 それらを話している時の彼は先ほどとは違った朗らかさを見せつける。 何がそんなにうれしいのか、最後のほうの説明では明らかに笑っていたように見えた。 

 

「んでだ、いろいろあって今、オラはここいるってわけだ」

「いろいろ……ですか」

「だな。 この体だって、夜天もオラも全部わかってねぇし。 もしかした大界王神のじっちゃんなにか言い忘れてることあるんじゃねぇのかな」

「いいわすれてること?」

「いやよ? オラ今まで子供に戻ったとしてもあぁ言う感じに“今までのこと”を忘れるなんてことなかったしなぁ。 こりゃ早いとこ夜天に相談したほうがいいかも知んねぇな」

「??」

 

 いまいち要領を得ない。 おかしい、彼の話を全部聞いたはずなのに。

 クイントが首をひねるとゲンヤは少しだけ彼の顔を見て……言う。

 

「悟空さん、聞きたいんだがいいか?」

「どうした?」

「どんな条件で子供になるか知ってるんですか?」

「あぁ、それならわかる。 オラの中にあるジュエルシードの魔力がすっからかんになるとガキの姿になっちまう」

「……そ、そうか」

 

 一瞬ゲンヤの顔が引きつったのだが、なんとか情報を丸呑みしたのだろう、冷静さを取り戻すと続きを促すように悟空をみやる。

 

「でだ、今回も同じように魔力がなくなってあぁなったんだと思う」

「……やけにはっきりしないですが、悟空さんなにかあったんじゃないですか?

 

「んー……

 

 

 腕を組んで首をかしげる彼。 そんな姿と、背格好とでどことなく勉強がわからない子供相手に家庭教師をやっている雰囲気なゲンヤ。 外見年齢で言えば間違いでもなさそうで、ゲンヤのほうが老けて見えるがこの組み合わせ、本来ならば立場は逆である。

 またも少しして、腰あたりを泳いでいた茶色のしっぽが力なく垂れさがる。

 

「だめだ、わかんねぇ」

『そう、ですか』

「修行してたとこまでは覚えてんだけどな、なんだかそこらへんがあいまいでさ」

「修行ですか……?」

 

 今出た単語にどことなく興味を惹かれたのがクイントだ。 彼女はとある武術の有段者であり、道を志すものである。 そのようなものが数段上、いいや、おそらく頂点に位置する存在の修行方法と聞いて目を輝かせないわけがない。

 そんな彼女の思いを知ってか、少しだけゲンヤは溜息をつく。 どうやら彼女の悪い癖のようだ。

 

「ど、どんな修行なのですか?」

「ん? なんだクイント、やっぱり興味あっか?」

「えぇ、まぁ。 あの孫悟空さんが普段行っている修練、聞くなというのが無理だと思いますよ

 

「そっか。 ……知りてぇ?」

「はい!」

 

 少しだけじらしてみる悟空。 なんとなく学生会をやっている男子中学生にも見えなくはないが、それに嫌悪するどころか乗ってくるクイントもクイントだろう。 会話が完全にそれたものだからゲンヤは一人渋茶を入れ始める。 彼は会話に参加する気がない様だ。

 

「そうだなぁ、まずは基礎的な筋トレだな」

「や、やっぱりつらいでしょうね」

「そりゃあな。 まぁ、それやったらあとはと良い相手をイメージして戦ってみる」

「イメージトレーニングですか」

「最近じゃメイソウってのもやってんな」

「え? め、瞑想って目をつむる……あの?」

「そうだ。 あれやって自分の中に流れる気をコントロールする。 心を静めて気をゼロにしたり、一気に爆発させたり。 何も考えなかったりする」

「……は、はぁ」

 

 ずいぶん簡単に言ったが、一番最後が難敵であることをクイントは知らない。 そもそも、この世界の人間は戦士で言うところの気、つまり魔力が流れる道を十全にコントロールできているのだろうか。

 発動と増幅はほとんどのものがやって見せていたが、完全にゼロにすることは……

 

「この間夜天がやってくれたけど、ありゃ裏技みてぇなもんだからな。 自分の自由に体をいじれるあいつだからこその技みてぇなもんだ。 だけど、ほかの連中はそうはいかねぇ」

「……」

「結局、なのはもフェイトもそこまではいけなかったしな。 あいつらの場合は兎に角みっちり鍛えることに集中して基礎力を上げたのもあっけど」

 

 主に体を鍛え、長所だけを引き延ばして積み上げていった。 それがあの子たちの半年間だ。 それがすんだら……描いていた計画がとん挫気味の悟空は苦笑いだ。

 

「結構みんな簡単にやってるようで、えらく難しいんだ。 気の量が多ければ多いほど、これはどんどん難しくなる。 んー、でけぇ皿だと皿回しが難しいだろ? そんな感じだ

 

「さらまわしって……」

 

 言いたいことはまぁわかるが、例えが貧弱すぎて今度はクイントが苦笑い。 なんだか結構オーソドックスな鍛え方とも思ったが、なかなかに深い鍛錬の内容。 これを真に理解する日が彼女に訪れるのだろうか……

 とまぁ、クイントが遠い風景を見ているところだ。 少し離れたところで茶を飲んでいたゲンヤが遠巻きに声をかけてきた。

 

「結局原因はわからずじまいですか」

「だな。 特に変わった修行もしてねぇし」

「なら、しばらく様子を見といたほうがいいかもしれないな……」

 

 またどこかで子供になってしまったら? そして記憶さえ失ってしまったら……クイントたちが懸念するのはそう言った事情なのだ。 彼の事情を知っているどころか、その性格ですら今ようやくわかった彼らだ、慎重になるのも仕方ない。

 ゲンヤの提案にクイントがうなずくと、続いて悟空へ提案をする。

 

「一応問題なく元に戻ったってことなら、誰かに連絡なりして合流したほうが……?」

「あぁ、そうか。 オラあれからみんなのとこに戻ってねぇもんなぁ」

『…………普通、無事の報告が先だと思うんですけど』

「はは! いろいろあったからすっかり忘れちまっただぁ」

『そうですか……』

 

 管理局員である二人からしてみればありえないほどのアバウトさであろう。 だが、驚くことなかれ、彼は修行がしたいからという理由だけで自宅を平気で数年間留守にするほどの求道者である。

 それが癖になっている時点で一般の常識が当てはまらないと見たほうがいいかもしれない。

 

「まぁ、いいや。 んじゃオラちょっくら行ってくるな」

「え? 今からですか?」

「悟空さん、今の時間じゃ転送ポートは使えないから、連絡を――」

「えぇと? なのはの魔力……あれ? あいつの魔力を感じねぇや。 フェイトでいいか。 んじゃ、オラ行ってくる…………――――――――」

 

『!!!!?』

 

 常識が当てはまらないとみて、断言していい。

 ゲンヤが通信の準備をしようかと腰を上げたときには孫悟空がこの世界から消えていた。 何を言っているのか、本人すらわからないのだが、とにかく気が付いたらあの男の姿がなくなってしまった。

 口をあんぐりと開ける夫婦はお互いを見合うとしばらくの間固まっていたそうだ……

 

 そこから10分ぐらい経っただろうか。 スバルとギンガの二人がきれいに寝息をそろえている中、夫婦が仲良く茶をすすっている。 律儀に彼の帰りを待って居る……というよりかは、管理局のお偉いさんから何か連絡が来てしまうのかという不安が大きいのだろう。

 そんな彼らを知ってか知らずか、アイツが空気を引き裂きながら帰って来る――――……

 

「あ、悟空さんお帰りなさ……」

「…………」

「うれしそうですね……?」

「ん? そう……か?

 

 

 クイントが指摘するも、悟空は大っぴらに答えない。 だがにこやかでは無いものの、その雰囲気というか空気は格闘家ですらないゲンヤにだってわかってしまう……というか――

 

「ちょっ!? 悟空さんしっぽがイタイ!!

 

「え? あぁ、すまねぇ! 大ぇ丈夫かゲンヤ?」

「これが喜んでいないって言えないわよねぇ……」

 

 体はやけに素直な悟空にあきれつつも、笑いそうになってしまうのはクイントだ。 彼女はまったくといった表情で悟空を見やると、そのまま崩れたゲンヤの服装を正してやる。 

 

「それでどうだったんですか? 向こうからウチに連絡が来ないところを見ると全部――」

「アイツら爆睡だったからな、様子見てすぐ帰ってきた」

「あぁ、それであんなに早いのか」

「どうりでリンディさんから連絡の一つも来ないはずよ~~」

『あ、はっはっは!! …………………え?! 帰ってきた!?』

「おう、そうだぞ」

『なんで?!』

「いや、アイツら爆睡だったから……」

『…………さい、ですか』

 

 すでに圧倒的な温度差を前に、完全に疲れ果てたのは誰かなのは言うまでもない。 夫婦がそろって脱力すると、ゲンヤが通信機に手を伸ばしかけて、やめる。

 

「もう24時か。 いまかけても夜勤しかいないか……悟空さん、連絡は明日にしてもらってもいいか?」

「別に構わねぇぞ」

「そいつはよかった。 クイント、悪いが俺はひとっプロ浴びてくるから、悟空さんのことを頼んだ」

「えぇ、わかったわ。 悟空さん、こっちに空いてる部屋があるので今日はこちらで」

「おう、そっちだな」

 

 そうして悟空がクイントの後についていき、たどり着いた部屋で道着を脱ぎ散らかせばkょうが終わる。 一人、布団の中で本日の出来事を思い返す悟空はどうしてか気持ちがいいくらいに笑っていた。

 

「あいつら、ウンと強くなったなぁ。 クウラをオラなしで倒しちまったもんな」

 

 弟子たちの成長ぶりに笑みがやまない。 苦心した覚えはないが、それでも彼女たちの成長の遅さは悟空にとって計算外でもある。 息子である悟飯と比べるような真似はせずとも、それでも彼女たちの歩みは――

 

「今度会ったら、なにおしえてやっかな」

 

 悟空の何かを、刺激してやまない。

 楽しいと思うベクトルが違うだけなのだ。 ベジータとの死闘、悟飯との修行、楽しい形は数多くあれど、あの娘たちとの時間も彼にとっては良いものとなっていた。 だから彼は再会を願い、それはすぐだと思い、目蓋を閉じたのだ。

 その後に起こる、彼自身も予想していなかったアクシデントさえ起らなければ……

 

 

 

「おっじさーん!」

「ん?」

 

 朝。 目が覚めた悟空が最初に聞いたのは幼い女の子の声だ。 これでもかとハツラツな声で彼をたたき起こすと、元気に満ち溢れた彼女はそのまま孫悟空のでどこへダイブする。

 

「おっはよー!」

「なんだスバルかぁ、おっす!」

「オッス!!」

 

 悟空の何気ない返しだが、彼女はそれでもとことんうれしいらしい。 なにがそんなに楽しいのか自身にさえわからぬままに悟空へ片手を上げてキャッキャと笑っていた。

 

「スバルおめぇ元気だなぁ」

「ウン! だってうれしいんだもん」

「そうかぁ、ならしかたがねぇなぁ」

 

 何がどうなってそうなるのかがわからないが、悟空が納得してしまえばスバルはただ笑うだけ。 そんな彼女を大事に床に布団に置きなおすと、悟空はゆっくりと立ち上がる。 背中から見え隠れする尾っぽがモゾモゾ動けばスバルの視線を奪い、いつもの道着に腕を通すと尾っぽは景気よく引き締まる。

 孫悟空、完全起床である。

 

「でもおじさん朝はやいねぇ」

「何言ってんだスバル、おめぇが起こしたんだろ?」

「そうだっけ?」

「お、おめぇなぁ」

 

 自身に負けず劣らずな存在は珍しい。 ……本人が聞いたらそんなことねぇ、もっとしっかりしてると言い張るかもしれぬが。 なかなかボケボケした女の子は始めてな悟空は、扱いに困る。

 

「ねえ!!」

「どうした?」

「おねがいがあるの!」

「なんだ?」

 

 だから、だろうか。

 この時の悟空は彼女に甘かったし、リインフォースから言い渡された慎重さも忘れてたし、それに彼自身えらく乗り気だったのも災いした。 ……基本的なキャラがかぶっていたというのも、大きなウェイトを占めていただろう。

 

「みせて!」

「なにをだ?」

「おねえちゃんがね、おじさんがいろんな魔法つかえるっていってたの! だから見せて!」

「え? 魔法か? わりぃけどオラ魔法使いじゃねぇんだ」

「えー! ウソだ―!」

 

 ブーブー騒いでいるが、彼にとってこれは事実だ。 遠い昔、彼の特技を聞いてリンディとクロノがどれほどに自身の存在意義を喪失したかも悟空自身知らないし、知る必要もないことだろう。

 

「しってるよ! おじさんそら飛べるんだよね」

「え? あれくらい普通にみんなできるしなぁ」

「できないよぉ、スバルそらとべないもん!」

「え? まぁ、そりゃあそうなんだろうけどさ」

 

 ちなみに今のところ魔法のアシストなしでは誰一人自力で空を飛ぶことはできないのは言うまでもない。 この次元世界で身体一つで飛行から必殺技まで使えるのは後にも先にも彼一人だろう。 ちなみにこの家にいる人間は魔法込みでまったく空を飛べないはずだ。

 

「どうすっかなぁ……あんましうるさくすると迷惑だしなぁ」

「ワクワク……わくわく!」

「あーえっと……」

 

 困り果てるもボリボリと後頭部を核とすぐに結論が付いたのだろう。 彼はゆっくりと立ち上がるとこぶしを握って前に突き出す。 そうだ、彼にできることなんてそれしかない。

 

「修行、見てくか?」

「……?」

「あ、えっと。 オラこれからいろんな技の練習をだな……」

「?」

 

 どうにも子供には難しい単語だったらしい。 首をかしげて不思議そうに悟空を見る彼女のい視線がやけに痛い。 そうか、修行と聞いて喜ぶ関係の人間ではないのか。 少しだけ残念そうにしたが、それでも彼のやることは変わらない。

 

「いろんなすげぇもん見せてやる、来るか?」

「わぁ! 行くいく!!」

「うっし! いい返事だ!」

 

 両手を上げて喜ぶスバルに、まるでつられるように勢いを取り戻した悟空。 こうなった彼はチチの雷でなければ止まらない。 早速スバルの左手をつかむと、彼はおもむろに遠くを見渡す。

 

「スバル、山と海どっちが好きだ?」

「白いごはん!」

「…………オラも好きだけどな、今はそうじゃなくてよ」

「うーん、うーん。 きのうはお肉だったからお魚がいるところがいい!」

「お、おう……!」

 

 精神年齢がなのはたちに比べるとウンと低いのをようやく理解した。 ある意味大物なスバルの手を握って……――靴を履かせると……―――彼は遠い世界へヒトっ跳び。 いつか見た楽園を思わせる海岸へとたどり着いた。

 

「――……ん? あれぇ?」

「ここがちょうどいいかな。 強い生き物もほとんどいねぇし、スバルが襲われるってことはないだろ」

「おじさーん、お家がないよ?」

「そりゃあ、こんなところにはねぇだろ」

「どうして?」

「瞬間移動で飛んできたからな」

「ほぇ~」

 

 だめだ、口が半開きになっている。 話のほとんどを理解していない。

 孫悟空が困った風にそっぽを向くが、スバルの表情は反対に晴れやかだ。 早く何か見せて遅れ――紙芝居の前の子供のように目を輝かせると、自然、悟空が道着の帯を引き締める。

 

「はぁぁぁぁ」

「わ、わ!」

 

 目つきからすべての気を引き締めると、ただそれだけで周囲の空気を一変させる。 風が不自然な流れ方をして、流れてくる波の勢いが増した気がした。 空気と波の流れにつられるように、空に浮かぶ雲さえ悟空の真上を通ることを嫌がる。

 ひどく不自然な快晴な空を背に、彼は一気にあの姿になる。

 

「ふん!」

「え!? なになに変わっちゃった!!」

 

 ゴールドよりも黄金色に、エメラルドよりも深い緑に。 彼のパーソナルカラーを塗りつぶして、その姿は強き戦士へと変わっていく。

 

「どうだスバル、驚いただろ――」

「お、おじさん……へんになっちゃった」

「へ、へん?! おいおい、そりゃねぇだろ」

 

 超戦士も戦いがなければ子供から見てこんなものなのだろうか。 というか、スバルから見れば今の彼を悟空と認識しずらいようで、やや、表情が硬くなっている。

 

「さっきのがいい!」

「え? いやぁ、じつはこれからもっとすげぇのが」

「やだやだ! おじさんの姿がいい!」

「これもオラなんだけどなぁ……こまったなぁ」

 

 もうあと何個か驚きの策を組んでいたのだが、思わぬ感想に超サイヤ人のしっぽが垂れ下がる。 

 

「なにもないところにスゴイモノだしたり、けがを治したり、変身したりできないの?」

「そういうのはピッコロやデンデの専門だぞ、オラはできねえかな」

「えー……」

 

 後半は実はできたりするが、やってしまうと世界が終わってしまうのでぜひ遠慮願いたい。

 

「ま、ま! そう文句言わずに見てけよ。 夜天にすら見せたことのないすんげぇもん見せてやっからさ」

「やてん? だれ?」

「オラの仲間でな、いろいろと……っと、アイツあれで地獄耳だからな、あんまし変なこと言うとどやされるからやめとくか」

「ふーん」

「とにかくさ、すげぇもんみてぇだろ? 修行がてらとっておきを見せてやっから、そこでおとなしくしてんだぞ?」

「はーい」

 

 興味なさげにスバルが適当な木陰に腰を落ち着ける。 ボスンだなんて派手な音を立てるその姿はどことなくボーイッシュさを見せつけ、女の子らしさを消し去っていた。 なんだかウトウトし始めたところを見るに、早起きのツケが回ってきた感じもする。 それすら放っておいて、孫悟空の修行は始まり――――――

 

 世界は、光に包まれた。

 

 あまりにも突然に、唐突に。 いいや、それは嘘だろう。 先ほどから世界はこの男の周りだけを避けて自然の摂理を送って来たのは変えようのない事実だ。 雲も、海も、大地だって彼のことを恐れていた。

 そうだ、前兆はすでにあったのだ。 ただ、結果がわからなかっただけで。

 

「わ、わわ……わ……」

 

 ソレを目撃したスバルからは畏怖にも似た声がただ漏れていき……その男は、世界から消えてしまった。

 

 

 

 

 

 

「ん? ”おら”どうして海になんかきてんだ?」

「お、おじさん……?」

「お? おめぇこの間会った奴じゃねぇか! なんだ、おめぇも迷子か?」

 

 最悪な出来事が、起きてしまった。

 目の前には女の子がいて、でもその子は何の力も持たない活発な子供に過ぎなくて。 事態の中心にいる男の子はひたすらに男の子で、ほんの少しだけ力はあっても、それはこの次元世界中で見ればそこそこのレベルであって。

 

 伸長120センチ未満、体重が高町なのはと並んでいる彼はどこまでも子供の枠内であって……

 

「なぁ、おら帰りたいんだけどここどこだ?」

「え? え! そ、そんなこと……わかんないよぉ」

 

 悟空の変化に戸惑いを隠せず、だが、それでもこの子はここぞというときには聡明であったらしい。 

『オォーーン!!』

『グルゥゥ……』

「ひ!?」

 

 海岸、その遠く離れた森林からは獣のうねり声が聞こえてくる。 絶対強者(ゴクウ)の気配が薄くなって彼らも活発になり調子づいてきたのだろう。 小さな獲物二つに対していじめともいえる牽制攻撃をけしかけてきた。

 

 それを聞き、自身の置かれた立場を深く理解すると、途端に静かになり……一気に爆発する。

 

 

 

「おかぁぁぁあああさぁあーーーん!! たずげでぇぇ!!」

「いきなりうるせぇ奴だなぁ、やかましいったらねぇぞ」

 

 ようやく気が付いた緊急事態にスバルは泣きじゃくることしかできず、悟空はそれをただ迷惑そうに眺めていた。

 そんな後も先もなさそうな彼らは無事に家に帰ることができるのだろうか。 そして、このような事態になっても現れないリインフォースはどこで何をやっているのだろうか。

 

 それは、やはり悟空にさえわからない。

 

 

 

 




悟空「おっす! オラ悟空!」

スバル「びえぇぇーーん!」

悟空「しっかりしてくれよ。 おめぇがきちんとしてくれねぇとこの先話が進まねぇんだからさ」

スバル「むりなものはむりだよぉ……おうちにかえりたいよぉーー!!」

悟空「こういう時どうすりゃいいんだ? ピッコロのやつ、あの悟飯をどうやってあそこまで育てたんだ、聞いておくべきだったかなぁ」

スバル「びえぇぇーーーー!!」

悟空「誰か助けてくんねぇかなぁ」

スバル「にくまんがたべたいよー!」

悟空「は、話が進まねぇ……よ、よし! 今日はここまでだな! 次回!! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第78話」

スバル「サバイバルはヤダ! 地獄の林間学校開始……」

悟空「いいか? よく覚えておけよ。 これは食えるもんで、これはダメなもんで……」

スバル「えぐ?! お、おじさん……からだがしびれてうごかな……っ?!」

悟空「あれ? オラが食っても平気だったんだけどなぁ。 なんでだ? …………ああ!? オラシャマルの料理で鍛えられたからだ!!」

スバル「じ、ジビレバビビ……ブブぅ」

悟空「と、とりあえず水飲ませりゃいいのか!? どうすっか、どうすりゃいいんだ?!」

???「このひとたち、何やってるんだろうか。 ……皆さん、また今度」



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第78話 サバイバルはヤダ! 地獄の林間学校開始……

 

 

 

 

 新しい朝が来た。

 

「ひっぐ、えっぐ」

「…………」

 

 さわやかな風の吹く青空の下、正反対に少女が表情を雨模様に変えていた。 この天気のどこが不安なのだろうか、”少年”がそっと言葉を投げかける。

 

「うるさいから泣き止めよ」

「うぇ!?」

 

 ……優しさとは何だったのか、少女はしばし哲学に没頭した。

 

「ねぇおじさん」

「なんだ?」

「いつ元にもどるの?」

「もどる? おめえ何言ってんだ?」

「…………あ、う」

 

 何回目かの質問だが、これもあっさりと轟沈。 そもそも悟空自身に覚えはなく、スバルにしてみれば原理不明の謎現象なのだ。 くしゃみしたら性格が変わったり、変化って叫んだらラーメン持った機械兵になるくらい訳のわからない仕組みである。

 なぜこんな事になったのか。 それはこの場にいる誰もがわからない事象だ。

 そんな恐怖にも似た感情を持っているスバルが、堪らず悟空にすがるように聞いたのだ。

 

「お、おじさん。 どこに行くの?」

「ん?」

 

 首だけ振り向いた悟空は特に表情を変えない。 何ら考えを持っていないのだろう、背中から見えるしっぽをゆらりと気持ちよく動かすと、にこやかに答えてみせる。

 

「ハラ減ったからな、メシとってくる」

「めし? でもお店なんてどこにもないよ?」

「そんなもんいらねえだろ? 食いモンなんかそこら中にあるんだからさ」

「ふぇ?」

 

 少年のあまりにも良い笑顔。 だが少女の疑問はつきない。

 この荒野しか見えないような場所で何をどうするというのだろうか。 母が以前連れてってくれたスーパーも、デパートも何もないこの地平線で、悟空はいったい何を用意するのだろうか?

 解決しない問いに、しかし”向こう”から正解をもってやってきてくれたようだ。

 

「わ、わわわ――」

「うっし。 アレなんかいいんじゃねえか?」

「お、おじさん!? でも、あれ……」

 

―――――――――――――――――Gruuuuuu!!

 

 前方500メートルあたりに見えてきたのは大きな岩の塊であった……と、スバルはそう思いたかった。

 あまりにも硬質で、堅牢。 どう見たって岩山にしか見えないソレだが、しかしコレは確かに生命活動をしている。 というか動いた。 二足歩行の圧倒的猫背、尻尾は大木のような太さで荒々しく地面をなでている。

 そうだ、少年は今確かに、この存在を見て”メシ”とのたまったのだ。

 

「図鑑で見たことある……ような気がする」

「二人分ならあんな感じだな。 よし、いくぞ!」

「……ふぇ?」

「何やってんだスバル。 おめぇも行くんだぞ?」

「え!!?」

 

 さて、この子はいったいなんと申したであろうか。

 この図鑑にしかお目にかからないような古代生物然とした難敵を前に、4歳児が何を出来ようか。 気づけば狩人に仕立て上げられた彼女は、悟空に非難の声を上げた。

 

「できっこな――」

「んじゃおらは回り込むから、おめぇはその後からとどめさすんだぞ」

「あ、あ、おじさん! ムリだよ!」

「よーし、いくぞ!」

「おねがいだから人のはなし聞いてよ、おじさーん!」

 

 少年の身勝手に少女がまたも泣きじゃくる。 その間にあっさりと恐竜とエンカウントした悟空は奴を見上げたまま動かない。

 

「グルゥゥゥゥ」

「おっす! はは! でっけえ口!」

「ガアアア!!」

「おめえちょっとうるさいな」

 

 なんだ貴様は? 無礼者!!

 恐竜が吠えるも悟空の表情がゆがむことはなかった。

 

「ガアア!」

「ん?」

「おじさん!?」

 

 踏みつけた。 全高8メートルを超える恐竜の、岩のようにゴツゴツとした脚が悟空を踏みつけた。

 消えた彼の姿にスバルの悲鳴が響くと、余裕を持ってたたずむ恐竜が彼女を睨む。 次は、お前の番だ――

 

「あ、わわわわ……」

「ガウ!?」

「え?」

 

 そう思っていた奴は実に滑稽であった。

 馬鹿、とは言わない。 愚かともいえない。 なぜなら今ので決着はついていたはずなのだから。 小さき身体しか持たない人類が彼らに挑んだのが間違いだ、ソレはいい。 本当に目の前の人類が小さな身体しか持たないというのならば、なのだが。

 そうだ、いま恐竜が踏みつけたのは人類であっても普通の分類には決して入らない。 ……入れてはいけない存在なのだ。

 未だ身体が震え上がっているスバルを余所に、恐竜の片足が浮いていく。

 

「いよっと」

『!!!!?』

 

 その場に居る全生物が常識を覆された。 言葉もない空間の中で一人だけいつも通りのペースで恐竜の脚を持ち上げた悟空。 身体どころか衣服に埃すらついていない姿はすでに怪奇現象である。 すでに物語内の物理法則が乱れていた。

 

「なんか前に居たところの奴らより弱っちいな」

「が、あ、アアア」

「…………」

 

 恐竜の強さ吟味を始める少年を前に、獣は目玉を飛び出させ、スバルは尻餅をついていた。 確かに、あの男は本当に強くたくましい身体をしていたが、少年の姿でもソレが出来るとは到底思っていなかった4歳児の驚愕は大きい。

 

 

 

 

 そんなこんなを放っておいて、少年の調理実習が始まる。

 

 

 

 

「だりゃあ!」

「――――――!!?」

「た、たおれちゃった……」

 

 まず、うるさい声を黙らせます。

 このとき素材を傷つけないように一瞬でけりをつけるのがコツです。

 

「よいしょっと」

「持って行っちゃった……」

 

 調理場へ移動します。 500キロを優に超える材料ですが、根性を出して運びましょう。

 

「ふんふふーん」

「あわわ」

「おーい! なにやってんだ? 焼くから火ぃ用意してくれよー」

「火って……え?」

 

 適当に縛って、適当な火でこんがり焼いていきます。

 このとき大事なのは火加減です。 大きさが大きさなのでまんべんなく超強火で焼いていきましょう。 焦げても気にしてはいけません、中身までしっかり火を通しましょう。

 

「ガウ、ガウ!」

「ひ!? オオカミ!?」

「なんだおめえ! 横取りするつもりか!?」

「ガオー!」

「これ全部おらのだ! てえーい!!」

「ぎゃん!!?」

 

 ……ハイエナらしき物には容赦してはいけません。 食べ物を守るのも料理人の仕事です、降りかかる火の粉はさっさと払ってしまいましょう。

 

 そうやって焼くこと50分。 中まで火が通り、滴る肉汁が炎の勢いを増していく頃には食べ頃です。 手早く火を消して、鮮度の良いうちにかぶりつきましょう。

 

「いっただっきまー…………がぶっ!!」

「……おじさん、すごい」

 

 子供心に孫悟空のシッチャカメッチャカを理解したスバルは、このときより彼に着いて行くことを固く決心したそうだ。

 彼女は、わめいて泣くことをやめた。

 

「ごっそさん!」

「……けふ」

「はは! スバルおめえ随分でっけえゲップだな!」

「だっておいしかったんだもん」

「あはは!」

 

 などと戯れる中、彼らの昼食は終わろうとしていた。 遭難開始から5時間の頃、スバル・ナカジマは一つ強くなっていた。

 

 

 

 一方その頃。

 

 

「――――悟空さんでウチの子が行方不明なんです!!」

[ちょっと、落ち着きなさいクイント。 それで悟空君はそっちに居るの?]

「そ、それがわからなくて」

[はぁ。 全くあの人はどこでどうしているのやら]

 

 焦りのためか言葉の配置がおかしいと指摘したのは電話相手のリンディ・ハラオウン。 それでも情報をまとめて、彼とクイントの娘が一緒に消えてしまったと判断、そこから彼の行動を洗おうとするのだが――――難航していた。

 というよりクイントの言い間違いはあながち間違いでも無いのは当人たちもよくわかっていない。

 

[でもまさかあなたのところに転がり込んでいるなんて驚きだわ。 てっきり管理外世界でひっそりと修行に明け暮れていると思っていたから]

「昨日子供の姿の悟空さんにスバルがお世話になって、ウチに来てもらったのですが」

[……よくもまぁそんな古典的な]

 

 子供同士で意気投合したのね、などとつぶやいた彼女の判断は正しい。 というか、子供心をいつまでも持ち続けている彼に子供がなつかないわけがない。 思い描かれた光景は鮮明に過ぎた、リンディのため息は尽きない。

 

[まぁ、元気で良かったわ。 それでスバルさんなのだけど]

「ど、どうしたら良いですか!?」

[……放っておいて良いと思うわ]

「はい? え、でも!」

[次元世界最強のボディーガードがついているじゃない、何も心配ないわ]

「ですけど!」

[ゆっくり待っていれば大丈夫よ。 ソレよりクイント、今度あなたに正式な辞令が届くと思うけど――――]

「あ、え? それって………………」

 

 あっという間に話をすげ替えられた彼女。 そこから先を聞いてしまったクイントの頭にはすでに、先ほどまでの焦燥は失せてしまったのだった。

 

 

 

 ところ戻って孫悟空。

 彼が張ったおなかを幸せそうに叩いた頃合いだ。 気持ちよさそうなゲップをはき出すとちょっとだけまぶたが重くなる。

 

「スバル」

「どうしたのおじさん」

「おら、寝てもいいか?」

「……だ、ダメだよ! お願いだからやめておじさん」

 

 今現在、この荒野で悠々としていられるのは彼の存在が大きい。 もしも彼の守護がなくなればスバルなど一瞬で踏みつぶされてしまうだろう。 ソレを先ほどの狩りで把握した4歳児はここで悟空を強く引き留める。

 というか、先へ促した。

 

 さっさと帰りたいのもそうなのだが、このまま二人で遭難するというのも別の恐怖が待っていると思ったからだ。

 

「おじさん、これからどうしよう」

「うーん、とりあえずクイントのところに行くしかねえだろ? なぁ、スバルは道わかるか?」

「わかんないよぉ。 だっておじさんが連れてきたんだもん」

「おらが? おかしいな、そんな覚えねえんだけどな」

 

 道案内なし、地図もなければ土地勘もない彼等。 しかし、そんな状態でも一つ、頼れる物があった。

 

「ま、なんとかなるだろ」

「どうしてそんなことわかるの?」

「おらな、いままでずっとこんなこと繰り返してたんだ。 こんくれぇどうってことねえぞ」

「……ふあん」

 

 今までの経験が悟空を支える力になる。 そう信じて疑わない悟空に、だけどスバルは浮かない顔だ。 散々引っ張られてやってきたところがこのような廃墟で最悪な状況なのだ、ムリもない。

 しかし、その不安を振り切るように彼等に好機がやってくる。

 

「ん? 誰か来るぞ」

「どこどこ?」

「ほら、あっちだ!」

 

 そう言って右手で指した先には無人の荒野が広がっていた。

 誰も居ないじゃないか。 そう文句を垂れようかと思うスバルだが、不意に今までこの世界に居た中で聞き覚えのない声が響いてきた。

 

「おーい!」

「え? だれ!」

「ほれ、あっちに居るぞ!」

 

 ソレはタイヤが路面を走る音。 回転するゴム材質が荒れ地に削られる音だ。

 そう、つまり自動車がこちらに近づいてくる音。 エンジンは静かに、だけどタイヤと路面の衝突音だけは削減できないと足回りだけが暴れ回っている。 とにかく大きなクルマが彼等の前に現れたのだ。

 窓が開くと手が出てきて、彼等に向かって大きく振るわれていく。 どうやら、こちらに向かって何らかのアクションを起こしているようだ。 悟空がいち早く反応した。

 

「おらたちのメシ奪いに来たんか?」

「ち、ちがうと思う……」

「じゃあ何なんだろうな?」

「……」

 

 少しだけズレの生じている悟空に対してどんどん大人になっていく感があるスバルはついに突っ込みに回っていた。 彼女の精神的成長がうかがえる瞬間だ。 ……なにか、悲しい。

 スバルの成長など梅雨とも知らず、大きなクルマは彼等の前で停まる。 ドアが開き、中から人が下りてくると、少し混和公家中尾を悟空達に見せていた。

 

「君たち、このあたりの人かい?」

「おら達か?」

「ちがうよ!」

「そう、だよね。 こんな辺境世界に人が居るわけがない。 だとしたら異世界渡航者か何かだろうか……」

『???』

 

 子供には少しだけ難しいお話である。 中身の年齢がともに15にも満たない彼等にはついて行けないようでそろって首をかしげていたりする。

 そんなことは承知の上なのだろう。 下りてきた人物が膝を曲げてかがむと、表情を一気に変えて見せた。

 

「とにかく安心してくれ。 俺が絶対に君たちを元居たところに帰してあげるからね」

「ほんと!!?」

「ふーん、そっか」

 

 スバルは喜び、悟空は両腕を後頭部で組んでどこかへ視線を投げ飛ばす。 だがコレは仕方がないだろうか。 彼には帰る家が”今のところ”ないからだ。

 

 男がなにやら車の中においてある機械に向かって声を上げている中、悟空とスバルはそれぞれこの世界を見直していたりする。

 本当にどこまでも広がる荒野。 点在する木々はあれど河川などは見られず、オアシスのような水たまりが近くにある以外水気は無いに等しい。 こんなとこに1週間も居れば飢餓で苦しみ倒れるのは幼いスバルにもわかることだろう。

 だから少年達は彼の言葉に従ってみた。

 

「ここからしばらく北に向かうと、俺たちが使ってきた転送ポートが設置されてる。 そこまでこの車両で行こう」

「ふーん、そっか。 連れてってくれんなら付いてくぞ」

「やったー!」

「それじゃ二人とも車に乗って。 2時間もすれば目的地だ」

『はーい!』

 

 元気よく乗車。 シートベルトを促されるも言葉の意味がわかってない悟空にスバルが教えてあげる一幕があったのを見て、男が微笑むまでがテンプレであろうか。

 なんとなく笑って済ませて、特に気にもせずにエンジンを起動、そのまま道なき荒野を走り抜けていく。

 

「ねぇ、おにいさん!」

「どうしたのかな? えっと……お名前なんだっけ」

「スバル!」

「じゃあ、スバルちゃん。 で、どうしたのかな?」

「おにいさんってなんなの?」

「な、なんなのって……職業のことかな?」

「何やってるの?」

「えっと、一応時空管理局に勤めてるんだ。 今日は管理外世界の調査が仕事でね、凶悪な生物やロストロギアの調査が主な任務かな」

 

 そしたら狼煙のように煙が上がっていたのだから急いできたと彼は言う。 それはまぁ当然だろう。 強大な爆発音もなく、ただ静かに煙が上がっているのだ、自然に発火したととれなくもないが、誰かが人為的に火をおこしたとも考えられる。

 だから急いだし、必要な装備も持ってきた。 だが、待っていたのは予想外の客人であった。

 

「まさか君たちみたいな子供が、こんなところで迷子になってるなんてね。 つらかっただろ?」

「うん。 でもおじさんが居たから平気だった」

「おじさん? 君たち以外にも誰かいたのかい!?」

「ううん。 居ないよね? おじさん」

「おう、居なかったな」

「へ?」

 

 スバルと悟空のやりとりに疑問を持ちつつも、そうか、こういうあだ名をつけるのが流行りなのかと落ち着いた男は思考を切り替えていた。

 そうだ、彼は時空管理局員。 ”とある男”の影響で世界を守るために今日も働き続ける善良な人間なのだ。 だから、急いで子供達に安心させたいと思うのは仕方が無かった。

 座席でくつろいでいる少年の背中から尻尾が生えているのに気がつかなかったのは、本当に仕方が無かったのだ。

 

 車に揺られること15分が経過した頃だろう、突然悟空が叫んだ。

 

「あぶねえ!」

「え?」

「きゃあ!?」

 

 同時、いきなり車体が大きく揺れる。 悟空にしがみつくように難を逃れたスバルだったが運転席に居た男は暴れるハンドルに悪戦苦闘。 どうにか横転だけを免れるが、ソレと同じく強引に踏み込んだブレーキにより車体はその場で停止してしまう。

 

 何が起こった? 急いで状況を確認するべく、男は即座に外に出る。

 

「……な、どうしてこんな」

「かべだぁ」

「ひぇー! こいつはすげえなぁ」

 

 端的に言えば、車の目の前には壁があった。

 灰色で、でも、しわのあるゴツゴツとしたソレは配分を間違えたコンクリートにも思えた。 だが変である、男は決してよそ見をしていたわけではないのに、どうして進路上の壁を見落とし、あまつさえ急ブレーキを踏んだのか。

 

「こんな壁、さっきまでは確かになかったはずなのに」

「ほぇー」

「…………こいつ」

 

 ソレは悟空だけが知っていた

 

「でけぇ足だな」

「え? いま、なんて?」

「あ、し……? おじさん、いまあしって言ったの?」

「そうだぞ。 コイツ、とてつもねぇデカさだなぁ」

『…………』

 

 これが物ではなく生物だと言うことを、悟空はわかっていた。

 あまりにも巨大で壮大な姿に耳を疑い眼を背ける男と少女、それに対して悟空はどこまでも自然体である。

 

「みんな落ち着いて、ここは何もせずに通り過ぎるべきだ」

【…………ブモ】

「おっす!」

【ブモ……!】

『!!?』

 

 やりやがった! 男の背中に汗が噴き出る。

 穏便に隠密に、今までの人生の中で最大限の慎重さを持ってこの場を去ろうとした矢先の出来事だ。 この子のお粗末なまでの行動に彼の身体は硬直を通り越して感覚を手放していた。

 

 時空管理局、それは彼が魔導士だと言うこと。 ランクはどうアレ、戦うと言うことを理解している側の人間なのだ。 そんな彼がひたすらに隠密をはかろうとしていたのにこの始末、少年の失態は大きい。

 だけど、だ。

 

「…………」

【ブモ】

「な、南無三……」

 

 管理外世界には様々な生命体が存在している。 見たことない希少生物から見たくもない凶悪生物まで様々だ。 そして今回は運悪く後者を踏んでしまった。

 誰もが恐怖し、運命を呪うタイミングであろう。

 

「すこし邪魔すんぞ。 おら達こっから先に行きたいんだ」

「き、きみ! こんな現住生物に会話なんて――」

【ブモ!】

「くっ!!」

 

 それでも、だ。 この少年だけはやはり”いつも”通りなのだ。

 

【ぶも!】

「あ、く!」

 

 壁が浮き上がる。 ソレと同時日光を遮り、彼等の上に大きな影を落としていく。 あまりにも巨大なソレは昼夜の逆転を思わせるほど壮大。 管理局の男はせめてものあがきで魔法による障壁を展開した。 ……しようとしたのだ。

 

【……ぶも】

「…………あれ?」

「かべがなくなっちゃった……」

 

 男とスバルがあっけにとられた。 何事もなく通過した危機、それはあるだろう。 だが困ったことにソレが主な原因ではない。 問題は、やはりあの人物にあった。

 

「じゃますっぞ!」

【ぶも!】

「きょ、恐竜とおはなししてる……」

「……なんなんだこの子」

 

 恐竜のまるで朝の挨拶をしたかの対応は、人間社会にも立派に通用するのではなかろうか? ソレを引き出し、あまつさえ意思疎通をやってのけたこの少年に管理局員の男は開いた口が閉じることを拒否している。

 だがずっとこうしているわけには行かない、彼等には目的がある。 だから少年は先を促した。

 

「何してんだ? アイツせっかく道譲ってくれたんだ。 早く行くぞ」

【ぶもも!】

『は、はーい……』

 

 怪物ふたりに促されるように車に乗り込み、そのまま走り出す。 2分たった頃、管理局員の額から汗が噴き出たのはスバルにだってわからない出来事だ。

 かなりの騒動を通過した彼等はしばらく道なき道を走り続けていた。 赤茶けた大地がタイヤを削り、荒れた岩肌がサスペンションを軋ませる。 順調なドライブで先ほどの恐怖心が薄れていった頃だろう、彼等はようやく目的地にたどり着く。

 

「――――って、なんだこれは!?」

「なにこれー」

「すげえなぁ、全部こわれてらぁ」

 

 たどり着いた先には、ただ廃墟しかなかった。

 

 散乱した機械の塊、その破片達。 良い感じに上から圧壊しているところを見るに、どうやら何者かに踏みつぶされた可能性がある。 呆然と立ち尽くす中でも情報分析を欠かさない職員は、声も小さく少年達に真実を話した。

 

「すまない、帰れなくなった」

「えーーー!!」

「ふーん、そりゃ困ったな」

 

 自然体に過ぎる悟空に対して残り二人はもういっぱいいっぱいである。 でも、そんな二人を悟空は決して慰めたりはしない。 というか、今現状の彼にそんな気遣いなど出来るはずもない。

 しかし、そんな彼もやはり強者であって。 決して弱い生き方などしてきてない。 今こそ、こんな時だからこそ野生児の本領が発揮されるのだ。

 

「なぁ」

「どうしたんだい?」

「いつまでもこんなところに居ないで移動しちまうぞ。 おらさっき、あっちの方で川が流れてるとこ見つけたんだ」

「それは本当かい?」

「おう。 ばっちり見えたからな、間違いねえ」

 

 悟空の提案をゆっくりと受け入れる局員。 普通ならば参考程度にする子供の言葉だが、この少年だけはすでに普通の存在とは思っていないのだろう。 ついさっきの実績もある、彼が言葉に従うのも無理ない。

 一行は再び車にて移動する。

 

 延々と思えた荒野を走ること2時間。

 悟空の指さす方角を頼りにひたすらエンジンを回し続けた彼等の前に、赤茶けた荒野とは真逆の緑色の世界が映り込む。

 

「……こんなところがあるなんて」

 

 局員の男はソレしかいえなかった。

 まるで違う次元世界に迷い込んだみたいに生命力にあふれた深緑の景色は、男から様々な言葉を奪い去る。

潤う大地に力強い大木。 様々な生命が謳歌するそこは、まるでここだけ世界の仕組みがちがうよう。 壮大な光景に、思わず息をのんだのは幼いスバルも同様だった。

 

 そんな世界に、孫悟空はなんの気後れも無く踏み込んでいく。

 

「周りに変なのがいねえみてぇだしな、ここならしばらくは平気そうだぞ」

「そう、なのかい?」

「おう、たぶんな」

 

 絶対とは言い切らないところが自然界の恐ろしさである。 それでも、先ほどの何もない状況に比べれば数段ましだ、ここで男は息を飲み込むと、新鮮すぎる空気に若干むせつつもようやく事態を受け入れた。

 

「救援が来るまで、しばらくここに居よう」

「おう!」

「はーい!」

 

 この素晴らしい景色の中で数日のお泊まり。 それに対してあまり抵抗がないのかそれとも数時間のパニックで耐性が付いたのか、スバルもご機嫌に返事をする。 その姿に局員の男は胸をなで下ろす。 救うと思った者を取り落とすところだった、ある種の恐怖心から解放されたのだ、男の脱力感は大きい。

 腰を落とし、大地に背中を預けると盛大なため息をはき出した。

 

「お? 寝るんか?」

「いいや、そう言うわけじゃないけど、ただなんというか……」

「疲れたんか? んじゃ、スバルとゆっくりしといてくれよ」

「え? いいけど、キミは?」

 

 少年の申し出に、だけど局員の男は質問する。 別にいやというわけではないと付け足す彼に、悟空は何でも無いように答えてやった。

 

「おら少し修行してくっからさ」

「シュギョウ? キミが?」

「あぁ」

 

 その意味を理解するのに数秒の時を必要とした。 なぜ、こんな男の子が修行? 男が悩むなか、悟空はその尻尾を揺らしてふと、消えてしまった。

 

「え……?」

 

 一瞬だ、ほんの少しだけ意識を余所に向けてしまった時には彼の姿はなく、残された男性はここに来てようやく彼の特異性を理解した。

 普通じゃない、のだろう。 今までなんとなく彼を特別視してはいたものの、それは超自然児だとか、どこか常識の中にある感覚であった。 でも、今のでわかってしまう。 彼が、普通ではない何かとんでもない存在なのではないかと。

 

「どこに、いってしまったんだ」

 

 そんな言葉を出すだけで、男は何も出来はしなかった。

 

 

 …………そこから先、それ以上の思考が許されることがなかったからだ。

 

 

「なんだ……?」

 

 背後の草木から異音がした、気がした。

 すぐさま体勢を整える彼は身につけていたであろうデバイスを構える。 いままで見たことのない、杖ではなく銃のデバイスだ。 ハンドガンサイズのソレは彼の手に収まるやいなや淡く発光していく。

 

「来るなら来い……」

 

 正体のわからぬ物に、人は潜在的な恐怖心を抱く。 ソレを飲み込み己の物にするか、拒絶して震えるかはその人間の度量で決まる。 果たしてこの男はどちらなのか? ソレはこの後のアクションで決まる。

 

[キシャアアア!!]

「く!?」

 

 獣だ。 恐ろしいまでの俊敏性を備えた4足の怪異が男を襲う。

 その、荒ぶる野生を極限にまでとがらせたかのような牙を突き立ててやろうと男に襲いかかるソレはまるで古代に生きた生物のような風貌である。

 地球で言うならばサーベルタイガーのような体格を持つが、その体長はソレを優に超える。 6メートルはくだらないだろう。 それに対して男は、横飛びで初撃を回避する。

 

「く! 速い!?」

[シャアア!!]

 

 すぐさま立ち上がり、しかし男の身体が動くことはなかった。

 

[グルルゥ……]

「あ、く?!」

 

 見てしまったのだ、奴の眼を。

 野生に塗りつぶされた、人間同士とはちがう、真の意味での殺意の眼。 己が欲求に忠実に、古来より当然とされてきた狩猟の眼光。 弱きを食らい強きが生き残る弱肉強食の世界を体現する存在は言葉もなく確かに告げたのだ。

 

――――――貴様は、このオレよりも弱い。 だから…………喰われろ。

 

「う、く……この!」

[ガアアアア!!]

「畜生! この! そう簡単に喰われて堪るか!!」

 

 いい知れない殺気を振り払うようにあげた声は、男の硬直を見事に解いた。 同時に駆けだした彼はすかさず照準を奴に合わせ、トリガーを引く。

 

「―――く!? 当たらない!!?」

[キシャアアア!!]

 

 命中したのは地面。 奴は健在で、衰えることのない俊敏さで男を翻弄していくばかりだ。

 

「この!」

[――]

「当たれ!!」

 

 振り回すように銃を向けトリガーを引くものの、その弾丸は一向に当たる気配がない。 焦るように銃を振り回し、幾度も発砲を繰り返す。 10や20では収まらない数の弾丸が空を切れば、それだけ彼の魔力が消耗されていく。

そう、この銃は実銃ではなくデバイスなのであって、彼が打ち続けているのは魔力による弾丸だ。 だから弾切れの心配はないものの、その根源たる魔力が尽きればその銃は只の飾りと変貌する。

撃てばそれだけ力を失うのは自信が一番わかっている。 だが彼は獣の動きに翻弄されてしまうだけで、体力がすぐ底をついてしまうのは時間の問題であった。 彼の腕は力なく崩れ落ちる。

 

「……………………」

[グゥゥ……ガアアア!!]

「う、うわあああああっ!!!!」

 

 絶好のチャンスだ。 

 獣は舌なめずりをすると即座に脚で地面を蹴った。 跳躍、そのまま男に覆い被さり牙を突き立てた。

 

[がう、がう…………ぐっ?]

 

 そう、獣が思ったときにはすでにソレは作戦を終えていた。

 

「どうだい? 魔法で作った幻影の味は」

[が、ぅぅ!?]

 

 草葉の陰から男が出てくる。 先ほど確かに獣がむさぼった存在が、獣の背後から顔を出したのだ。 訳もわからず無防備な背中を見せている獣に彼は銃口を押し当てた。

 

「安心しろ、ただ眠ってもらうだけだからさ」

[ギャンっ!!?]

「……もともとお前の住処だろうしな、すぐ、出て行くから勘弁してくれ」

 

 そう言うと彼は獣に背中を向けて歩いて行く。

 

 

 

 

「あれ? どこに行ってたの?」

「……よかった、無事だった」

「ふぇ?」

 

 いつの間にか離ればなれになっていたスバルと合流できたことに安堵。 ソレと同時にあの少年の所在がますます気になってしまう男。 たぶんとは確かに言っていたが安全と言われた矢先にあの出来事だ。 少しだけ文句の一つも言いたくなるが、それ以前に男は心配していたのだ。

 

「あの子、無事ならばいいけど」

 

 全くもって気の優しい男なのであろう。 こんな場所に連れてきた元凶に文句どころかむしろ心配をするのである。 

 

 

 ……そして男はすぐに後悔した。

 

 

「おーい!」

「噂をすれば。 どうしたんだい――」

 

 遠くから”あの男の子”の声が聞こえてくる。 元気よくこちらに手を振り、駆け足でまっすぐにこちらへ向かってくる。

 

「はは! しくじった!」

【ギィィアアアアアアアアアアッ!!】

「…………は?」

 

 その後ろからみえてはいけない存在を連れ込みながら、だ。

 赤い体色に黒い瞳、どことなくわかるのは危険な存在だと言うところだろうか。 それにおそらく喧嘩をふっかけたであろう男の子が、男性目指して短距離走を慣行している。

 

「おめぇも速く逃げた方がいいぞ?」

「あばばばばば!」

【ギャアアアアア!!】

 

 咆哮だけで地面が揺れる。 見上げなければ頭頂部が見えない時点で十分規格外。 おとぎ話に出てくるような怪物相手にたかが魔導士の端くれが相手できるはずがない。 その場で硬直して奇声を上げるしか出来ない。

 そんな彼と、声のしないスバルに救いの手が――悟空がそっと持ち上げる。

 

「なんで逃げねんだ?」

「む、無茶言わないでくれ! さっきまで戦闘で、それが終わったと思ったらいきなりあんな――ムチャクチャだ!!」

「わーん! おじさんのバカーー!!」

「そう騒ぐなって。 死にたくねえだろ?」

「そりゃそうだけど!」

「じゃあ早く自分の脚で走ってくれよ。 追いつかれちまう」

「……くっ」

「ん?」

 

 尋常ではない状況の中で、ついに少年に大声を出してしまう。 それでも様子の変わらない少年のどこまでも自由なことか。 振り向いて「おー……」なんて怪物の大きさを確認し直すところなど、おもちゃ屋で玩具を見定める子供と変わりない。

 ただ、その玩具が怪物という点を除けばだが。

 

「そもそもキミはなんなんだ!? コレといい、さっきの怪獣といいキミはトンでもない物ばかりを引き寄せてる!」

「そうか? だとしたら悪い事したなぁ。 でもおら悪気はねえんだ」

「だろうね、そうだろうさ! けど今回ばかりは文句を言わせてもらおう! なぜ! こんな事になったんだ!!?」

「おらハラが減っちまってさぁ……」

「あいつの食い物を横取りしようとしたのか!」

「いや、3人前ならあれくれぇかなってさ、そんでアイツを晩飯にしようと思ったんだけど、勝てなかった」

「あ、がが…………」

 

 なんてこと無い、弱肉強食のしっぺ返しだった。 男は盛大に頭を抱えてしまう。

 少年としては気遣ったのだろうが、いかんせん手段と結果が最低だ。

 

「だけどどうする! このままだと晩飯を用意どころか俺たちが晩飯だ!!」

「はは! うめえこと言ったつもりか? やるじゃねえか」

「うれしくないし! うまいこと言ったつもりもない!!」

「うーん……」

 

 魔法による肉体強化と、自前による全力疾走は続く。 悟空が無い知恵絞って考えるさなか、ふと、脳内にある出来事が浮かぶ。

 

「そうだ! あんくれぇのヤツだったらもっとでけえ火がいるよな?」

「……そろそろいい加減にしないと本気で怒るよ?」

「おら結構真剣なんだけどなあ」

「いいから! 早くここから脱出する方法を考えないと!」

「なぁ」

「な、なに!」

 

 その声は少しだけ重みのあるトーンだ。 だが、走るので精一杯な男には今の変化がわからない。

 

「少しだけ時間稼ぎしててくれねえか?」

「え?」

「おらさ、いまからとびっきりをお見舞いしてやる」

「策があるのか?」

「おう、とびっきりのな」

 

 走る彼はいきなりの三段跳び。 すぐ近くの木に飛び乗ると弾み、空高く飛んでいく。

 

「わぁ!?」

「スバルのことちょっとまかせたー!」

「おい! まって――見えなくなった……どんな脚力してるんだ」

 

 すでに空と一体化した彼に、男はすでにあきらめムード。 仕方ない、そうつぶやいた彼は手に先ほどの銃を召喚する。

 

「まったく、とんでもない子だ」

「……うん、おじさんってすごいよね」

「キミも大変だな。 あんなのに振り回されて」

「うん。 でも楽しいよ!」

「……だろうね」

 

 少しのやりとりで、彼に対する彼女の評価を理解した。 ソレは、男が思っていたことでもあったからだ。

 こんな混乱に突き落としながら、なぜか憎めないずるいヤツ。 そう言うのをカリスマだとか、天性の才能だとでも言うのだろうか。 男は今度辞書で探すことを思いつつ、デバイスに呪文をたたき込んだ。

 

「これで幻惑できればいいけど」

 

 使うのはやはり幻影。 自身と同じ影を作り出し底に色を通してやればあっという間に分身のできあがり。

 だが、それだけでは不安である。 だから彼はまず単純に数を増やしてみる。

 

【!!?】

「お? ……驚いてる驚いてる」

 

 いきなり獲物が15人の群を成せば、それなりのリアクションをとらなくてはならない。 怪物が後ずさりすると2発、彼はデバイスから弾丸を撃ち出す。

 

「さぁ、どうした来ないのか!」

【……?】

「さぁさぁ!」

【…………!!】

 

 言語が通じ合う間柄ではないのは百も承知。 だが、それでも通じてしまう態度(もの)がある。 強者に向かって弱者が小石を投げたのだ、当然、怪物(強者)は怒りに狂い、吼える。

 

【ガアアアアアアアアアアアアア!!】

「想像以上の効果だ」

「だ、だいじょうぶなの……おじさーん! はやくー!!」

 

 作戦の順調な滑り出しに、当然ながらスバルは不安を隠しきれない。 あまりにも規格違いな巨体から発せられる咆哮は木々を揺らし、大地を振るわせる。 足踏みすらしないでこの状況だ、彼が怒りにまかせて暴れれば並の魔導士では歯が立たないのはわかりきったことだ。

 だが、それでもどうしてだろう。 局員の男にはどうにも不安らしい不安を感じない。

 

「……本当に不思議な子だ」

 

――――かぁ

 

「きっと妹とそう変わりない年齢だろうに、あんなにたくましい生き方をしていて」

 

――――めぇ

 

「文句はたくさんある。 けどどうしてか、あの子の言うことを否定できない自分が居るんだ」

 

――――はぁ

 

「会ってまだ数時間だけど、体感的には数ヶ月を共にしたようだ」

 

――――めぇ…………

 

「本当に、不思議な子だ……彼は」

 

 男が感慨に浸る中、彼の真後ろに青い太陽が輝いていた。 ソレに気がつかないのは仕方が無く、ただ、彼の事でそっとため息をつくばかり。 だが男よ、そのままそこに居ると危ないから、速く逃げてはくれないか。

 なぜなら、あの少年は手加減を知らない。

 

「いくぞー!」

「ん? 作戦決行か? ……よし、なら俺も加勢――」

「波ああああ!!」

「う、うお!!?」

 

 

 

 熱く、とても熱く炎を通したフライパンをお使いになられたことはあるだろうか?

 少し目を離した、火加減を間違えた、料理に慣れてない。 理由はなんだっていい、ただ熱せられたフライパンを見たことある人は想像力を働かせてもらいたい。

 油もしかず、ただ熱々とあぶられたフライパンがそこにある。 もう、あまりの熱さに湯気が出ているそれに、考えもなしに一枚の肉を落としてやる。 するとどうだろう、その生肉はどんな音を立てて焼かれていくだろうか?

 とても、激しい音を奏でるのではないか?

 

 

 

 

「うぅぅああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ―――――――――――――――ッッ!!!!!!」

 

 

 

 …………きっと言葉にしたらこんな感じの焼かれ方かもしれない。

 

「……あちゃー」

「えぐぅ……ひっぐ……おにいさん死んじゃったよぉ……」

 

 手のひらから光線を出した少年は只口を広げて、遠くから処刑現場を見ていた幼子はただただ悲劇を涙で表現することしか出来なかった…………

 

 それから数秒間誰も口を開く事は無く、しかし、それでもいずれは動かなければならない。

 

 だから悟空は恐竜の手前、なにやらボコリと膨らんでいる地面に向かって歩き出し、脚で慣らす。

 

「ちくしょう! 死ぬかと思った!!」

「はは! よかった死んでねえや。 お? 服がぼろぼろだ」

「おかげさまでね! バリアジャケットがなけりゃとっくに消滅してたよ!!」

「すごい、いまの絶対……」

 

 スバルの常識が一段と削り取られ男が生きていたことに喜びは……まだ顔にすら出せなかった。 衝撃が強すぎる、今回ばかりはしばらくかえってこれないだろう。

 さて、悟空が男をこんがり焼いたその後ろには、先ほど襲いかかってきた恐竜が一匹。 これまたいい具合の音を鳴らしながら湯気を上げる姿は一品の一言だろう。 ソレを見て、悟空の腹が鳴らないはずがなかった。

 

「少し早ぇけど晩飯にすっか!」

「……そうだね」

「……うん」

 

 あんなことがあったばかりなのに。 危うく人を殺しかけた直後だというのにいつものペースを崩さない彼に戦慄を隠せず、思わずうなずいてしまうのであった。

 

 

 

 

 

 同時刻 ナカジマ家リビング

 

「え? 転属命令ですか?」

[2、3日中には正式に辞令が下るはずよ。 あなたにはとある場所の調査をお願いしたいの]

「どうして私に? そもそもその調査だけでどうして転属だなんて……」

[理由が多いし、あまり大声では言えないことだから掻い摘まんでだけど、そうねぇ悟空君絡みだと言えばいいかしら?]

「悟空、さん?」

[そうよ]

 

 いきなりの事ではある、だが彼の名前が出てしまえば状況は別だ。 そこまでに孫悟空の存在は大きく、そして強固なものだという実感をようやくクイントに与えた。 そこに付け加えるように電話相手のリンディは、一呼吸置くと伝える。

 

[彼、この世界の人間じゃないって伝えたわよね?]

「えぇ、まぁ。 次元世界という物を一枠にするとして、その枠外の存在……一種のパラレルワールドから来たと思っていいんですよね」

[そう、たぶんソレで問題ないはずよ。 それでね、つい最近あっちの世界から連絡をもらっていたのだけど]

「悟空さんの世界ですか? 誰からです」

[…………神様]

「え?」

[世界の創造神]

「…………ファッ!?」

 

 クイントへ本日最大のダメージが入る。 さて、いまリンディ様はなんとおっしゃられたのでしょうか? それは上様? あぁ、領収書を切るときに使う名前の事だろう、一瞬逃避したカノジョにたたみかけられた言葉はなんとも壮大(ファンタジー)過ぎた。

 

「せ、かい?」

[そうよ。 何でもこの世で一番正しき神様なんですって]

「そ、そんなひとからなんで連絡が来るのですか……?」

 

 正確にはビデオレターの残りから、後でこっそり見つかった物らしい。 だからほかの人間はおろか悟空でさえこの内容は知らない。

 さて、そんな極秘事項はいったい何なのか、クイントは戦々恐々しながら踏み込んでみる。

 

[今でこそ抹消されているけど、以前あなたには話したわよね? 悟空君のはなし]

「え、えぇ。 ソレがどうしたんですか?」

[ドラゴンボールという物があるのだけど、ソレを探してきてほしいの]

「ドラゴン、え? それってあの?」

「聞いてるみたいね、だったらなおさら貴方に適任よ」

 

 願いを叶えるというおとぎ話にしか聞こえない代物。 戦いが終わり、病魔に苦しむとある人を救ったのだが、いまさら何を願おうというのか……リンディの目的が読めず、クイントは少し思考にふける。

 だが、どうやらカノジョの心配はいらない物であったらしい。

 

[別に全部集めろだなんて言わないわ]

「へ? でもあれって」

[そう、7つ集めないとその効力は発揮できない。 そう、全部集めてしまえば願いが叶うの。 死者蘇生ですら]

「……」

[これは将来争いの種になるわ。 まぁ、運がいいことにこの世界にやってきたボールは世界中に散らばるという性質を“この次元世界”と変えられたらしくて、今も遠い異世界に散っているはず]

「だったら……」

[でも装置と人手があれば見つけられるのはこの間の件でわかったわ。 そして、ソレが出来る組織はいま、わたしのなかで最も信頼のならないところ……]

 

 “組織名”を言わないのはおそらくリンディがこの通常回線すら疑っているとみて、クイントはすぐさま口を紡ぐ。 聞きたいことはたくさんあるのに、むしろ下手な言葉が言えない。

 だが、しかしだ。 彼女、リンディはちがっていた。 彼女はここ一番で言いたいことを言う女性だったとクイントは後に語る。

 

[その組織がこれ以上に下手を打たないように、いっそあそこが無くなってしまえばいいのだけど……]

「ぶーーーー!!?」

[さすがにそれはムリだから、まず一番の問題解決として来年の冬から貴方にはドラゴンボールの捜索を手伝ってもらいます]

「じ、次元世界中をさがせと……? それに上層部に絶対ばれるのでは……」

[そこはきちんと考えてあるし。 それに……わたしたちがやるのは何も物探しだけではないわ]

「どういうことですか?」

[人捜しのついでにお宝見つけたけど、実はソレが誰かの物だったから遠くの次元世界に飛ばしちゃったー…………って、だめかしら?]

「大丈夫ですかそれ……」

 

 リンディらしくない突拍子もない作戦にも聞こえるが、管理局相手にウソを通せるかと言えばムリだろうと言うのは、おそらく彼女にだってわかる。 だからこその強引な方法であり、仕方が無いので力押しなのだ。

 リンディ自身、結構頑張った方なのである。

 

[彼の世界に返却し、尚且つその世界の誰にも手が届かない場所に安置する。 そうすればいかに管理局でも手が出せないわ]

「その、誰にも手が出せないところってあるのですか?」

[えぇ、まず人間が出入り出来ないところに置いてもらおうと思うの。 あなた、聖域って言葉は知ってるかしら?]

「え? えぇ」

 

 その言葉の意味だけならば知っているクイントだが、それが今回の話にどう関わってくるかなんて、いまはまだ思いもしなかった。

 まさか、その言葉通りの意味だったなんて、彼女はまだ想像も付かない。

 

 

 

 

 場所は再び悟空の場所に戻る。

 

 早い晩飯を終えた彼等は背中を大地に預けると、億千万の星々が輝く夜空を見上げ今日という激動の時間を思い返していた。

 

「初めて走った……」

「次元世界」

「知りたくなかった……」

「恐竜の丸焼き」

「知る必要の無かった……」

「断末魔の叫び方」

『…………はぁ』

 

 男がつぶやくとスバルがため息のように返す。 あの頃の天真爛漫さが一日悟空に振り回されただけでコレだから困った物である。

 さて、そんな彼等の横では悟空がなにやら笑顔で転がっている。 なにか、いいことがあったのだろうか?

 

「今日の晩飯、結構いけてたな。 また今度やろうな!」

『け、結構です』

 

 コレばかりは同意を得られない。 孫悟空のスペックのおかしさに、男が今日で一番疲れた顔をした。

 

「結構うめぇと思ったんだけどなぁ。 ま、いいか」

「そうそう、ああいうのはしばらくいい」

「うん、大変だもんね……ふぁーあ」

「あ、スバルあくびか? でけえな」

「うん……ねむくなっちゃった」

「きちんと寝ろよ。 明日もめいいっぱい身体動かすかんな」

「はーい…………むにゃ」

 

 一息つかぬ間に深い眠りに入ったスバル。 ソレをほほえましく見る管理局の男は、視線を夜空に戻して、少しだけ独り言を語り出す。

 

「今日、いろいろ助けてくれてありがとう。 本当ならこっちがやらなくちゃいけなかったんだけど」

「なんだ? 変なこと気にするんだな、別にいいのに」

「そう言うわけにも行かないよ。 コレでもこの世界の平和を守る組織の一員だから、気にはするさ」

「ふーん、そっか」

 

 視線を合わせられないのにも理由があって、でも、それを男は言うことが出来なくて。 だから星空に向かって言葉を漏らして、今日の礼を言ったのだ。 大人が、子供に助けられたという事実は、彼にとって大事だったのだ。

 そんな彼に対して悟空はというとかなり興味なさげ。 でも、その黒い瞳はどことなく優しく見えた。

 

「おらそろそろ眠くなってきたぞ」

「そうか、そうだよね、今日はいろんな事があったし」

「明日も忙しいんだろ? おらそろそろ寝るぞ」

「うん、俺ももう寝るよ」

「それじゃおやすみ……えっと……?」

「どうした?」

「そういえばなまえを聞いてなかったなって」

 

 スバルからはずっとおじさんと呼ばれていた少年。 そのことに付いての疑問が完全に消え去ったこの瞬間にようやくわいた問題だ。 ようやく思い起こされたそれに、少年は何ら迷いもなく口を開く。

 

「おら悟空だ、孫悟空」

「ソンゴクウ……えっと? ソンくんでいいのかい?」

「ん?」

「ど、どうしたんだい?」

「なんかおめえブルマみてえな呼び方すんだな」

「は、はぁ……?」

 

 

 

 

 互いに言うとすぐさま目を閉じる。 その先に映るのは今日の出来事、昨日の思い出、そして明日以降に訪れるだろう波乱の予感。 思惑それぞれに、今日という時間は終わりを迎えた。

 




悟空「おっす! おら悟空!」

スバル「かめかめ……は!」

悟空「ちがうちがう! かめはめ波だ」

スバル「う-」

悟空「こうやって、こうだ! ほれ、もう一回やってみろ」

男「はは、まったくのどかなもんだ。 頑張れスバルちゃ--」

スバル「波ぁぁー!」

男「ぐぇぇぇぇ!!?」

悟空「お、出来たじゃねえか! いえい!」

スバル「いえーい!」

男「う、うそだ……そんな馬鹿な……これは夢に決まっている…………」

悟空「スバルすげぇなぁ、おめぇ良いモン持ってるぞ」

スバル「えへへ」

悟空「よぉしそんじゃさっさと次に行くか! 次回! 魔法少女リリカルなのは~遙かなる悟空伝説~ 第79話」

男「闇、激昂」

スバル「おじさん達をいじめるなー!!」

???「な、なんだいこの子供!? いきなり力を上げるなんて?!」

スバル「許さないぞ!!」


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第79話 闇、激昂

 孫悟空。 地球育ちのサイヤ人である彼は、その筋の者からは多大の信頼と畏怖を抱かれている存在である。

 その心に惹かれ、その力に恐れ、その生き方に魅せられて……方向性は様々に、多くの影響を与えてきた。

 それは無論世界を変えても同じ事である。 特に戦う事を行う者にとって彼の存在は途轍もない影響を与えるのだ。

 

 その歴史さえも歪めてしまうほどに。

 

 

 

 

「へぇー、キミはソンゴクウと言うんだね」

「そうだ、おら悟空だ」

「おじさんって変わったなまえだよね。 なまえがうしろに来るんだもん」

「そうか? んーおらにはよくわかんねえぞ」

 

 その筋からギリギリ外れた一般局員の男、彼が悟空の名を聞いて反応が薄いのも仕方が無いことだった。

 

「えっと、ゴクウ君」

「なんだ?」

「キミについてはいろいろと聞きたいことがあるんだ」

「ん? おらの?」

 

 好きな物は丸焼きだな!!

 悟空の返答に汗を流しつつ、男は彼の話を聞いていく。 どこから来て、何を成そうというのか。 昨日の騒動をその身に体験したからこそ湧き出る疑問である。

 

 曰く、旅に出ているらしい。 世界中を回る活劇はおおよそ普通の少年少女が行う物ではなかった。

 雲に乗りながら山を越え海を渡り、津々浦々と駆け抜けていく。 奇想天外摩訶不思議、ソレをまさかこんな子供から聞くことになるとは男は思わなかった。 けれど、ソレを疑うことはない。

 昨日おこった事件の連続が彼の特異性を存分に語るからだ。

 あの青い閃光が男の網膜を焼き、脳裏に刻みつけられたからだ。

 だから男は、少年に強い興味を抱いたのだ。

 

「でもまさか射撃魔法が使えるなんてね。 デバイスはどこにあるんだい?」

「??」

「え? いや、ほら昨日の青い魔法のことだよ」

「まほう? なんのことだ」

 

 そして、ここからの話はさらに男を違う世界へと誘うことになる。

 

「おじさんマドーシって人じゃないよ」

「そうなのかい? でもそれじゃあ昨日のアレはいったい……」

「あれ?」

「ほら、両手を突き出してみせたあれだよ! 管理局にそれなりにつとめているけどかなり上位の魔法だよ、あれは。 そうだね、Bランクを優に超えているはずだ」

「アレは“かめはめ波”っていうんだ。 亀仙人のじいちゃんに教えてもらったんだぞ」

「かめはめ……仙人?」

 

 正確には一目見てコピっただけなのだが。

 

「ん?」

 

 男が目を白黒している中、悟空はおもむろに空を見上げる。 つられるようにスバルが顔を上げるが、当然そこに何かあるわけでもなく、彼女は不思議そうに首をかしげるのであった。

 

 

「…………あいつ、またいるな」

「おじさん?」

 

 

 そうつぶやく少年の胸中など、誰にもわかるはずもなかった。

 

 

「さて、ここに来て2日目。 救難信号も出したし、そろそろ誰かが来てくれると思うんだけど」

「来てくれるといいね」

「おらは別にどうでもいいんだけどなあ」

『よくないよくない』

 

 あさっての方を見ながら口を開く悟空に二人が突っ込む。

 彼のハチャメチャ具合は先日体験済み、放っておいたらどんな厄災(お祭り)を引き込んでくるかわかったもんじゃない男と幼子だが、彼等は勘違いしている。

 

 まだ、始まってはいないということを……

 

「うっし! 朝メシとってくっか」

「あ、朝はそんなにはげしいのはいらないからね」

「よーし、あの恐竜の尻尾なんかいいんじゃねえかな。 おら行ってくる!」

「あ、あ! だから人のはなしを聞いてよおじさーん!」

 

 スバルの忠告もむなしく悟空は元気に飛び出していった。 目に映るのは灰色の二足歩行、巨木のような脚としなやかな尾を持つ恐竜に追いつくと悟空は笑顔。 そこが爆心地とも知らず、荒れ狂う恐竜の尻尾に張り付いた彼は次にスバルの度肝を抜いた。

 

「おーい、しっぽわけてくれよ」

「ぐるる!?」

「あ、っがが……」

「あの子、ウソだろ……」

「…………ガアアアアアアアア!!」

『ひぃぃぃ!?』

 

 そこからはもう語るまでもないだろう。 なぜか実力以上の相手に挑戦しまくる悟空のとばっちりを、一身に受けざるを得ない彼等はひたすらに走る。

 

「ひぃ、ひぃ!」

 

 800メートルを過ぎたあたりで男の呼吸が乱れる。

 

「速く走んねえと追いつかれちまうぞ?」

「こ、これでも訓練はしてきた、だが果たして人間とは死にもの狂いをいつまで維持できる物だろうか!?」

「つべこべ言わずに走るぞ」

「おじさん、おじさん……もうだめ……」

「がんばれスバル、食われるぞ」

「~~~~~ッ!!」

 

 こみ上げるは怒り、食いしばるのは荒れる呼吸。 スバルが泣きじゃくる中、男は悟空に殺気すら抱く。 同時、目の前に障害物が見え始めた。

 

「お、壁だ」

「デッドエンド!? キミ、あの壁砕けないか!?」

「いくらおらでもムリだ、真上が見えねぇぞ」

「おじさん……おじさぁん……!」

 

 いつの間にかたどり着いた袋小路に男は絶望を、少女は失意を押しつけられた。 ソレもコレもすべて目の前の少年のせい。 皆は眼光鋭く彼に吼える。

 

『なんとかして!!』

「うっし、がんばるか」

 

 屈伸からの背伸ばしで準備体操を終えた悟空。 彼はそっと息を吐くと真上に視線を向けた。

 にこやかな笑顔で向き合うのは尋常ならざる存在。 自然界の頂点に立とうかという恐竜を前に、彼は決して臆しては居なかった。 むしろ、少しだけ雰囲気が“軽い”

 

「ガァァアアア!!」

「ちぃとガマンしてくれよ?」

『……』

 

 いままで、本当に今まで彼は手を抜いていたのかそれとも……

 少年が腕を引き寄せると空気が一変する。

 

 局員の男はその変貌ぶりに表情を引きつらせ、スバルはわからず、しかし身震いだけが停まらない。

 

 次の瞬間。 孫悟空、その恐ろしさの片鱗を見た。

 

 

「でぇああああ!!」

「ギャアア!!?」

『!?』

 

 一瞬だ。 本当に瞬きをしたら見逃していたであろう動きの速さ。

 恐竜が悟空に向かって牙を立てるその刹那、悟空は身体を反らす。 その場から動くことなく攻撃をよけると、すぐ真横にあるヤツの側頭部目がけて拳を打ち込んだのだ。

 

 その動作はあまりにも常人離れしていて、死にいたるであろう攻撃を前に冷や汗の一つ流さず、しかも的確な攻撃を打ち込んでみせる少年に男は戦慄した。

 

「へへ! メシゲットー!」

「……思っていたけどやはりこの子はただ者じゃない」

「おじさん……すごい……」

 

 本日の狩猟時間、5分40秒。 決まり手は右のカウンターだそうな。

 

「さってと、コイツのしっぽだけもらってさっさと行くぞ」

「へぇ、命までは奪わないんだね感心……」

「コイツのしっぽ、すぐまた戻るかんな。 味もイケるしまたもらうんだ」

「…………へ、へぇ」

 

 キャッチアンドリリースも忘れない。 そのあんまりな合理的思考に男は若干引き気味である。 ……純天然素材の半養殖といったところであろう。 訳がわからない。

 

「えいよいしょ!」

「信じられない……しゅ、手刀で切れてやがる……」

「そんじゃいくぞ、急いでこっから離れないとコイツ目ぇ覚ましちまう」

「お、おう……」

「出発!」

「あ、待ってよおじさん!」

 

 後頭部に大汗を流しながら悟空の後を追うスバル。 そんな彼女と少年を呆然と眺める男は力なくついて行く。 彼等の後ろに転がる恐竜を二度見しながら、少しだけ青空を見上げてしまった。

 白い雲が気ままに流れ、降り注ぐ太陽光がバリアジャケットの温度を上昇させる。 平穏そのものな自然の中で、男は一言、漏らすのであった。

 

「最近の子供はすごいんだなぁ、うちの妹もあれくらい出来るのだろうか……」

 

 少しだけ大人としての自信が削れていた。

 

 

 

 昼を過ぎ、夕方になる頃。 少年に導かれるまま歩いていた彼等。

 

「スバルちゃんが川に落ちた!?」

「ドジだなぁあいつ……おーい早く上がってこいよー」

「わぁぁん! おじさんタスケテーー!!」

「……仕方ねぇなあ」

 

 ソレまでの間、途中何度かピンチに陥る物の……

 

「スバルちゃんが恐竜にさらわれた!!」

「いねえと思ったら……おーい早く片付けてこいよー」

「ムリだよぉぉ! おじさぁぁん!!」

「……しょうがねえなあ」

 

少年の馬鹿力と……

 

「す、スバルちゃんどうかしたの……?」

「か、からだがじびれる……!!」

「ん? これ食えるはずなんだけどなぁ。 ほれ、おらが食っても平気だ」

「し、シビレ茸じゃないか!! えっと、解毒作用があるのは……」

 

局員の男の知恵でなんとか切り抜けていく。

 

 なんやかんや被害がスバルに集中している気がしなくもないが、この中で一番未熟故仕方が無いだろう。 というか悟空の後ろを無邪気に警戒無くついて行くこと自体が自殺行為なのだ。

 こんな程度で済んだだけまだマシであろう。 …………どこぞの世界の天才科学者など一度マグマに沈みかけ、海底遺跡の崩壊に巻き込まれたのだから……

 

 とにかく、なんとか無事に夕方を迎えることが出来た彼等だが、局員の顔は穏やかじゃない。 かなり深刻と言える雰囲気を纏い、空中に展開したウィンドウをひたすらに睨む。

 

「おかしい、もう応援か救助が来てもいいはずなのに。 どうして誰もこの世界に来ないんだ? 通信だって返事が来ない」

「まずいのか?」

「……そうだね、かなり問題だよ」

「ふーん。 じゃあもう一日泊まりだな」

「そう、だね。 ごめんねスバルちゃん、力になれなくて」

「そんなことないよ。 おじさんと二人だったらもっと大変だったはずだもん」

「……ありがとう」

 

 幼子に励まされる男。 その状態すら自身を追い詰めてしまうだろうが、男はちがう。 ここ数日で鍛え上げられたタフネスはこの状況すら乗り越えようとしていたのだ。

 なんとかしよう……ではなく、しばらくここに居ることを選んだのも順応力の上昇を思わせる。 ここで暮らすのは問題ない、食事も宿も自給自足出来ている時点で不安はない。 その点で言えば少年との出会いは幸運であった。

 

…………そして、この先の出来事に対しても同様のことが言える。

 

「……あ!」

 

 男の開いたウィンドウにノイズが走る。 かなり荒く、それでも少しずつ回復していくそこには見慣れない人物が映し出されていた。

 

[だれか……居るのか……応答……]

「通信がつながった!? 聞こえるか! 第07小隊の――」

 

 口早に状況を説明する男に通信越しの者は即座に返答をする。 どうやらすぐに救助に向かうとのことで、その報を聞いたスバルは安堵し、悟空は……やはりどうでも良さそうだった。

 局員の男が通信を切ると同時、彼等の前に魔方陣が展開する。

 藍色のそこに映し出されたソレはゆっくりと回転を行い、粒子状の魔力素を吐き出しながら使用者らしき人物をこの世界に転移させていく。

 

 現れたのは見慣れないジャケットを着た女性。 年齢にして10代後半程度だろうか、青い長髪の彼女は3人を見ると表情を柔くする。

 

「いままでお疲れ様でした、大変だったでしょう?」

「まぁ……やっぱりこの子に助けられっぱなしでしたから」

「そうですか」

 

 労う彼女に男は苦笑い。 後頭部に手をやると小さく書いて見せた。 面目ないと表情を崩す中、彼女は転送魔法の陣に彼等を誘う。

 やっと恐怖の時間が終わる、家に帰れる。 終わる緊張の時間にスバルは若干涙ぐみ、ソレを見た悟空はなんとなく笑っているようにも見えた。 局員の男も少しだけ表情を崩すと、女性にゆっくりと近づいた。

 

「こちらへどうぞ、長旅で疲れたでしょう?」

「はい、どうもありがとうございます」

「いえいえ」

「あ、そういえば……」

「はい?」

 

 近づいた脚を、一度止める。

 男はとても穏やかな表情で言い放ち、女性もとても健やかな表情をしている。 何でも無い会話、その間に敷かれた罠を今、女は確かに踏み抜いたのだ。

 

「どうして……おかしいと思わないんですか?」

「え?」

 

 男は悟空を見る。 その視線はひどく真剣そのもので、彼を見た少年から笑顔を消し去った。

 

「何で大の大人が子供に助けられたと言って、平然と受け入れられるんでしょうか?」

「…………」

 

 彼女は何も言わない。 疑問の声が上がらず、反論もなければ訂正もない。 ただただ沈黙を守るだけだ。 ソレをどう受け取ったのか、男はゆっくりと女性を見る。 

 

「普通、不思議と思ってもいいんだとおもいますけどね」

「…………どうでしょうね」

 

 やっと出た言葉はひどく焦りが滲んでいた。

 飼い猫だってもうちょっとましな仕草をしてくれるはずだ。 男は少しだけ彼女を見つめると、即座に口を開く。

 

「悟空!」

「おりゃああ!!」

「くッ!? なんなのこいつ等、3日前まで赤の他人だとは思えない」

「当然だ、お互い運命共同体になりながら荒野をさまよっていたんだからな」

「それにおめえなんか嫌な臭いしたしな」

「なに、その理由……」

 

 彼女の目つきが一気に鋭くなる。 先ほどの穏やかさがウソのようにゆがんだそれに、男は確信する。 この女は、敵だと。

 ソレを野生で感付いた悟空も同様に彼女を警戒する。 徒手空拳の彼を補うようにデバイスを向ける男に、女は毒づいた。 だが、ソレは決して負け惜しみなどではない。 ソレを証明するかのように彼女は“悟空を後ろから蹴り飛ばした”

 

「ぐぅぅ!!?」

「悟空!? は、速い!!」

「“この姿”ならその程度よねボウヤ! やっかいなことになる前にさっさと連れ去る!」

「連れ去る!? 目的は悟空か!」

「あ、わわ…………おじさん!」

 

 吹き飛ばされた悟空は立ち上がらない。 意識がないのか、それともそれ以上に深刻なダメージを受けたのか。 しかし、男の注目するべき点はそこではない、彼女の実力だ。

 悟空という少年の実力は片鱗程度でもわかっているつもりだ。

 10メートルを超える恐竜を相手取る事が出来るやんちゃボーイ、ソレが彼だ。 まさしく化け物を相手に優位にたった彼女は正真正銘の怪物になるだろう。 さて、ソレを相手にどう立ちふさがるか……男はデバイスに魔力をたたき込んだ。

 

「スバルちゃん、悟空のところに」

「は、はい!」

「させると思っているの!」

「それはこちらの台詞だ!」

 

 走り出そうとした女の足下に弾痕が作られ硝煙が香る。 男のデバイスが火を噴き彼女を牽制したのだ。

 女は素手、武器もない。 このまま中距離で戦えば勝率は遙かに上がるだろう。 男は慎重に彼女に相対する。

 

「なぜあの子を狙う、あんな子供を?」

「あんな子供、ねぇ。 只の子供じゃないってのは貴方もわかってると思うのだけど」

「ソレがなんだって言うんだ、子供は子供だ!」

「……何も知らないというのはこうも愚かだとは思わなかったわ」

「知ることであんな子供を付け狙う事になるなら、何も知らなくてもいい!」

「バカねぇ」

「黙れ」

 

 銃口を女に向ける。 牽制ではなく相手を倒すための魔力を込めながら、彼女の動作の一つ一つをこまめに確認し終えた。

 彼女の初撃、まるで消えるような移動方法をとる寸前、彼女は一瞬だが地面を脚で均した。 そしてソレはこの会話の中で見られず、今の今まで行うことはなかった。 つまり、彼女の不意打ちを見破るならば彼女の足下を見ていればいい。 

 男は視線を悟られないよう、銃を向けることで彼女の視界をコントロールする。

 

 いつでも来い。 心の中で照準を定めるとトリガーに添えた指に力を入れる。 この銃は魔力弾しか放てないが、通常弾と違い込める魔力を調整すればその分だけ威力が増幅される代物だ。

 だから、コントロール次第では相手に致命傷に近いダメージを負わせることも出来る。

 ソレを理解した腕前で彼は持てる限りの技術で、やれる限りの魔力量のチャージを完了していた。

 

 全力の一撃。 コレを放てば相手は只では済まないだろう。 もしかしたら一月は病院のベッドで過ごしてもらうかもしれない。 だが、それでも子供相手にあのようなことをした彼女に一切の手心を加える気にはなれなかった。

 だから男は、決して気を緩めると言うことはしなかった。

 

「――――だから、馬鹿だって言ったのに」

「なん、だと…………」

 

 ならば、なぜ。 男の腹部から刃が見えているのだろうか…………

 

 腹部から吹き出る鮮血は自身の物だ。 溢れた分だけ己の命を削り取っていく代物だ。 即座にゆがむ景色の中で、彼はようやく事態を把握した。

 

「もう、ひとり……」

「あのソンゴクウを捕らえる任務で手ぶらが一人なんてあるわけ無いでしょう?」

「相手の癖を即座に把握し次の攻撃すら囮に置く。 よくやったが、こちらが上手だったな」

「ぅ……ぅぅ、ちくしょう……」

 

 敵は決して馬鹿ではない。 

 孫悟空に的を絞り、彼がこの世界で放浪している情報をつかんで、例の弱体化を待った上で最高のタイミングで奇襲を仕掛けた。

 悟空を無力化し邪魔な男はこのありざま。 そして、もう一人は話にならない。 これ以上無い好機を前に長髪の彼女は舌なめずりをした。

 

「おい、何をもたもたしている。 はやくトドメを刺しておけ」

「はぁ、はぁ……転送装置を破壊したのも……」

「はーい。 それにしても災難ねぇ」

「この世界に来てから通信ノイズがひどかったのも……」

「あの男に出会ったばかりにこんなことになっちゃって……じゃあね、不運なヒト」

「お、お前達……の……せいか…………」

「さよなら」

 

 彼女の手に鋭い爪が見える。 そこから伸びる鋼鉄は人体を意図もたやすく切り裂くだろう。 それが男に向けられたとき、ようやく状況を理解した物が居た。

 

「や、やめて……」

「おやぁ? 何か言ったかなぁ?」

 

 スバルだ。 今まで近くに居ながらも状況に全くついて行けなかった彼女も、男が虫の息となってようやく理解した。

 自身の危機ではなく、他人の危機に瀕してようやく立場を理解した。

 誰にも頼ることが出来なくなり、もう、これ以上にない最悪を引いてしまった現状を。

 

 だから少女は駆け寄った……男の元へ。

 

「だ、だいじょうぶ!?」

「ダメだ……はやくにげなさい……」

「お、おなかから血が出てる……と、とまらないよぉ」

「何やってるんだ……速く逃げろ……!」

「いやだよぉ……このままじゃおにいさん死んじゃうよぉ」

 

 必死に傷を押さえて血止めをするも、少女の小さい手では彼の傷を覆うことすらかなわない。 それでも、ひたすらに懸命な処置を継続する彼女に男は涙を流す。

 

 もう、すべてをあきらめそうになった心に、活力がわいてくる。

 

 けれど敵にはただ、退屈な映像としか見えない。

 

「ぎゃう!?」

「す、すばる……」

「邪魔よ、あなた」

「いたい……いたい……」

 

 少女の腹を蹴り宙に放ったのだ。 地面に落ち、横たわるスバルは激しく咳き込む。 彼女の姿が見えなくなり、だけど声だけで状況を判断した男は激しい憎悪に襲われる。 だけど、身体が追いつかない。

 いいのか……このまま何もしないまま、彼女を奴らにいいようにされて。 でも、身体が、命が、もう動こうとしないのだ。 彼にはもうどうすることが出来ない。

 

 だから……

 

「見逃してやろうとも思ったけれど、その目がなんか気に障る」

「うぇぇ……」

 

 だからもう……

 

「えっぐ……えっぐ……ひっ!」

「この場で消えなさい」

「あ、あぁぁ………………ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」

 

 後はもう、自分でどうにかするしかない。

 

 少女が眼前に迫る爪を捕らえた瞬間、見える範囲の世界が“停まる”

 脳内のアドレナリンが一気に吹き出し、全身の血液を沸点にまで上昇させる。 死の寸前の代謝反応が凄まじいまでの位にまで駆け上がったとき。 ……少女のタガが外れる。

 

「…………!」

「な、なに? 捕まれた?!」

 

 その細腕のどこにあるのか、大人の腕を小さな手でつかみ、離さないスバル。 彼女は起き上がりざまに女の攻撃を真正面から受け止めたのだ。

 

「はぁ、はぁ…………」

「な、なんなのコイツ。 尋常じゃない!」

 

 突然の変貌に驚く女。 だがソレよりも注目するのは攻撃をつかんだ腕とは反対の手が拳を作っているところだろう。 だが彼女が気づく前にスバルは大地を踏み込み、勢いよく飛んでいた。

 

「ガァアアアア!!」

「ぐぉ!?」

 

 ありったけの力を込めた右拳は女の顔面に向けて放つ。

 いきなりの事で反応が遅れ、さらに捕まれた腕に気をとられて居た。 だが彼女も孫悟空に奇襲を仕掛けられる程度には有能である。 見事、左腕で防御を成功していた。

 

 だが……

 

「なに、こいつ……いきなり」

「大丈夫か? ……まさかこんなのが伏兵だとはな」

「損傷はないけど……え、あれ?」

「どうした?」

「ちょ、ちょっと……アレ?!」

 

 見事に攻撃を防いだはずだ。 しかし彼女の顔は次々に驚愕へと染め上げられていく。 身体を構成する物、特に左腕から一気に機能が停止していくのだ。 その様はまるで氷柱をハンマーで殴り折ったかのよう。 気がつけば左半身が言うことを聞かなくなっていく。

 だらりと腕をぶら下げると、それきり動くことはなかった。

 

「コイツ……いま何をしたの!」

「…………」

「ちっ。 気を失ってる」

「…………まさかコイツ、いや、でもそんなこと……いえ、どちらにしたって関係ない、どうせここで死ぬのだからね!!」

 

 すでに物言わぬ置物と化したスバルを前に女の苛立ちは全開。 爪を開くとスバルに向かって一気に振り抜いた。

 

「でりゃああああ!!」

「あぶッ!?」

 

 けど、そこから先の悲劇は“少年”が許すはずもない。 真横から強襲された女は雑木林に突っ込み消えていく。

 残ったもう一人の女はその犯人を見た。

 今まで気を失っていたであろうその存在……そう、孫悟空はそこに居た。

 

「おい、おめえたちよくもやってくれたな!」

「ターゲット行動を再開……フェイズ3に移行」

「…………」

 

 尾を逆立て、拳を握るその手には血管が浮かんでいた。 横たわるスバルと、その向こうで血を流し虫の息の男を確認すると、孫悟空の尾は総毛立つ。

 

「戦闘力の上昇を確認……100から150。 対処可能域」

「ご、悟空……」

 

 すでに開始の火ぶたは彼女らによって落とされた。 ならばここから先はなんら合図はいらない、ただ戦うのみであろう。

 孫悟空が地を蹴りヤツに飛び込んだ。

 

「だりゃあ!!」

「カイオウケンすら使えない今のお前など何ら脅威ではない。 再び気を失ってもらう」

「おらの拳があたらねえ!」

 

 ソレを冷静に捉え、尚且つスウェーで交わす女の強きこと。 悟空が手玉にとられる姿はあまりにも信じられない光景だ。 それでも少年の拳が停まることはあり得ない。 今はひたすら攻めに徹するのみだ。

 

「おりゃあ!」

「馬鹿正直に正面から……」

 

 勢いをつけた正拳突きを前にこんどは受け流す動作を見せる女。 彼女には悟空の攻撃の軌道が見えていたのだ。 ならばコレをいなすことなどたやすい。

 そんなこと、悟空にだっていい加減理解できている。

 

「な!?」

「へへん! 残像拳だもんね!」

 

 出した防御をすり抜ける悟空の影。 高速の脚裁きと常軌を逸した身体能力から行われる拳を前に女の動きが一時フリーズする。

 ソレを見逃さず、悟空が彼女の真下からけりを打ち出す。

 

「これが噂の……確かにやっかいだが」

「――ふぐ!?」

 

 悟空のハラに彼女の脚がめり込む。 内蔵を圧迫されるほどのダメージを与えられ、一瞬意識を手放すところをなんとかこらえる。

 歯を食いしばり、震える脚を叩いて彼女を睨むと、そこには冷徹な表情が浮かんでいた。

 

「視界情報を変えられる“わたしたち”相手ではまるで無意味。 いい加減無駄な抵抗はやめなさい。 今のお前では適わんぞ」

「こ、こんな……げほ」

 

 今の……その意味をどれほど理解できているのだろうか。 しかしそんなことよりも悟空が気になるのは別にある。

 

 そう、戦闘が楽しいと謳っても、彼にだって優先順位はあるのだ。

 そっと後ろに聞き耳立てた悟空は焦りを禁じ得ない。 ……あの男の呼吸音がどんどん小さくなっていくのだ。

 

「お前は名を上げすぎた。 貴様の事は研究に研究を重ね、すべての技、形態を把握しその対処を検討してきた。 そして、できあがったのが私たちだ」

「うぐぐ……」

「勝てないのは、ムリもない……」

「ぐああ!!」

 

 悟空が締め上げられる。 首をつかまれ、呼吸すらままならない状態にまで追い込まれた彼はすでに反撃の糸口すら見当たらない。 スバルの意識はまだ目覚めず、男の呼吸は落ちるばかり。 誰も悟空の応援には来れない。

 その状況を確認するなり、女は悟空に拳を振り上げた。

 

「しばらく眠っていろ」

「うぐ、ぐぅぅ!」

「ふっ!」

 

 振り落とされた鉄拳を悟空は只目を見開くことしか出来無かった……

 だからこそ“彼女”のこらえは限界に達し、ついに手を差し出してしまう。

 

「…………な、何が起こった」

「悟空、大丈夫ですか……?」

「お、お前はいったい何者だ!?」

「骨にまでダメージは行って無いようですね、安心しました」

 

 銀の髪をなびかせながら悟空を抱える女性が居た。

 そう、現れただとか救い上げただとかではなく、当然のように居たのだ。 襲いかかった女になんら察知されることなく、黒い翼をゆっくりと休めた彼女の名は……そう、リインフォースはそこに居た。

 未だ拳を握った女の言葉など聞くことすらせず、本当に風のようにその横を通り過ぎながら。

 

「貴方、まだ意識はありますね?」

「き、キミはいったい……」

「孫悟空の友人、とでも言いましょうか」

 

 男の状態を確認しているリインフォースは華奢そうな見かけに反して、力強く男を片手で担ぎ上げると今度はスバルの方へ移動していく。 瞬間移動でも転移魔法ですら無く、只の歩行でだ。

 そんな隙だらけの格好なのに、襲撃者は一向に手が出せずに居た。 そう、見た目だけなら隙だらけだし手荷物だってある。 だけどそれでも、リインフォースに“今”手を出せば只では済まないと彼女の中の何かが警告するのだ。

 ソレは怒り? いいや、ソレよりも深いナニカがリインフォースの内側から見えるのだ。

 

 それは例えどんなセンサーでも見えぬ負の感情。 それが襲撃者の身体をつかんでしまえば、もう、これは戦いにすらならなかった。

 

「さぁ、スバルと言いましたか、貴方も一緒に行きましょう」

「……スヤァ」

「おやおや、暢気なことで……フフ」

 

 本当に楽しそうに、そしてうれしそうに微笑むその顔は、男には女神に見えてしまったとか。 救いの女神的に言っても間違いではない。

 だが、襲撃者からしてみればその黒い翼とあふれ出る黒い魔力とが相まって悪魔にすら見えてくる。

 

 

 だが、驚く事なかれ。 リインフォースはまだホンキを出していないのだ……

 

 

「あぁ、忘れるところでした」

 

 心底どうでも良さそうにようやく襲撃者に振り向いた彼女は言う。

 

「貴方、ここで起こったことは忘れなさい」

「…………は?」

「別に命令でもなければ強制でもないのですが……」

「……なにが言いたい」

 

 彼女の意図をつかみかねる。

 普通、ここまでやった物は生かさないのが常識では無いか? 泳がせて自分たちのことを探る気なのだろうか? 尽きに疑問にだが、状況は急激に変化した。

 

「――あのガキ、よくもやったわね」

「おや? もう一人……」

「なんだお前は! いいや、どうでもいい! そこに居る子供に用があるんだ、どきなさい!!」

「よ、よせ!」

 

 先ほど悟空に吹き飛ばされた女が復讐と言わんばかりに襲いかかる。 そう、リインフォースに立ちはだかってしまったのだ。

 手刀、足刀、振り乱した彼女は嵐のように襲いかかったのだ。

 

 ……それがどんなに愚かな行為だとも知らないで。

 

「さて、先ほど貴方に話した事の続きです。 私は決して命令などしない存在だ、我が主がそうであるように」

「……!?」

「え、え? 何がどうなってんの? わたしもしかして捕まって!? え!」

 

 襲いかかったと思ったら後ろからアイアンクローをかけられていた襲撃者の図。 それが完成するやいなや、残った方の……冷静な方の襲撃者を見据えるとリインフォースは途轍もないほどの笑顔を見せた。

 うるさい方の襲撃者を持ち上げる手、そこに一瞬だけ力を加えると闇色の魔力があふれ出す。

 

「ヒトに物を言うときの基本はな、お願いすることにあるとは思わないか?」

「あばばばば!!!!!??」

「…………っ」

 

 ……途轍もない、冷淡な笑顔を、だ。

 

 まるで染みこむように彼女の頭部へ送り込まれるソレは、どう見たって普通の魔力量、質ではない。 おそらく砲撃クラスの魔力を手のひらに一点集中して、相手の頭部に流し込んでいる。 恐ろしく高度で、卑劣な術。

 静かな襲撃者は身震いを禁じ得なかった。

 

「これらを踏まえて問おう」

「……」

 

 目は笑ってないし口元はどこか引きつっているように見える。 いびつといってしまえばソレまでだろうが、過去数年……いや、生まれてからこのような笑顔など見たことがない。 襲撃者は目の前で行われる拷問を前に完全に戦意を喪失した。

 

 

 

 

「この男の事を“知っているか?”」

「……いいえ、シリマセン」

 

 

 

 願いはすでに叶え終わっていた。 そして相手はシツレイの無いように頭を下げる。

 

「良かった、ではもう会うことはないだろうが元気で」

「…………ハイ、オキヲツケテ」

 

 ドサリと雑音が鳴った気がしたが、襲撃者には何も見えていない。

 魔方陣が展開したという警報が脳内で響くが何も確認できやしない。

 ターゲットロストという字面が見えるが最初からそんな物とは遭遇していない。

 

 しばらく棒立ちとなり、世界に静寂が訪れた頃、まるで荷物を拾うかのように倒れた女を担ぎ上げて空を見る。

 

「この世界はハズレか。 いったいどこに居るのだターゲットは」

[定時報告の時間だぞ? 何をしていた]

「ウーノ“こちらは問題ありませんでした” はい “異常なし” です」

[そ、そう? なんだか調子よく無さそうだけど]

「なに、すこしそらが青くてな」

[???]

 

 今日、彼女の中に新たなフォルダーが作られてしまった。 

 圧縮度全開、ロック解除不能の真っ黒なフォルダーが……だ。

 

 本拠地に帰った彼女達は今日のことを思い出すことはなく、拷問された方にいたっては別の記憶を植え付けられていて事態をよりいっそう混乱に陥れたとか……ソレで苦労したドクターが居たのだがソレはまだ先の話である。

 

 

 

 転送魔法で移動したのは小さなログハウス。 どうやらここが彼女……リインフォースの拠点らしい。

 彼女の見た目からは想像も付かないデコレーションとぬいぐるみがあるが、そこに突っ込みを入れる物は誰一人居なかった。 ベッドを複数創造したリインフォースは三人をゆっくりと寝かせてやる。

 

 悟空をゆっくりと視界から外し、一番状態の良くない男の方を向くと白いその手をかざしてやる。 暖かい光があふれ出ると、男の腹部からゆっくりと痛みが逃げていった。

 

「す、すごいレベルの治療魔法だ」

「あまり動いてはいけません。 死んでもおかしくない深手だったのですから」

「はい、すみません……」

 

 謝る男を余所に治療魔法を継続するリインフォース。 しかし男はゆっくりなどしていられなかったのだ。 そう、ここ数分の間に聞かなければならない事が大幅に増えたからだ。

 

「あ、貴方は?」

「……」

「あ、あの?」

「本当は秘密にしたいところですが、悟空の被害者の一人です、謝罪の意味でも教えましょう」

「あ、はぁ?」

 

 名をリインフォースという彼女は悟空と旧知の仲だそうだ。 ただし今現状の悟空は難しい状況に立っており、彼女の事を知らないらしい。 いや、正確には覚えていないらしい。

 

「こんな物騒なヒトのことを忘れるなんて、あの子随分と……」

「なにか?」

「いえ!」

 

 大物なのか天然なのかわからぬ少年を置いておき、男の質問は続行された。

 

 どうやら彼女は人間ではく、一種の使い魔のような存在であること。 とある理由で俗世とは交流を絶っていること。 悟空に多大な恩義があると言うこと。 そして……悟空が本当にただ者ではないと言うこと。

 

「彼が今いくつに見えますか?」

「えっと……うちの妹より上くらい? 8歳?」

「35歳です」

「はぁ!?」

「ほかにもいろいろありますよ? 聞きたいですか?」

「…………」

 

 彼の事を知るに連れてなんだか引き返せない未知に進んでいるような気がする男。 涼しい顔をするリインフォースがより一層不安をかき立てる。

 だけどそれ以上に男にはわからない事がある。

 そう、先ほど襲撃者を撃退したとき、念入りに記憶操作を施していたはずだ。 それだけ自身の存在を知られたくないからだとは思う。 けど、なぜ自身にここまで話したのだろう? 気になる、ナニカウラがあるのではないか? ……少しだけ警戒心を抱いてしまった。

 

 そんな姿をいぶかしく思ったのか、リインフォースは彼の思考を先読みする。

 

「貴方の記憶をいじるという選択肢はありました」

「い゛!?」

「しかし貴方は最後まで戦いました。 それに悟空に大した偏見もないようです」

「へ?」

「最後まで前を向くヒトには好感が持てるだけです。 それは彼も同じでしょう」

「は、はぁ……?」

 

 ここら辺は騎士を束ねる存在の性質なのか、男の戦いを称えるかのようにリインフォースはゆっくりと微笑む。

 

 基本的に悪い人ではないようで、怒らせなければ常識人、そして聖人のように優しい人であると男は認識を改めた。 ……いや、先ほどが只単に怒髪天にキて居ただけなのだが。

 しゃべることも聞くこともなくなったのかしばらく時間が経ち、男は疲労からか目を閉じ意識を手放した。

 

「…………寝ましたか」

「んごご…………ん?」

「おや? 今度は悟空ですか」

 

 鼻提灯が割れる。 悟空が布団から身体を起こすと目の前に居るリインフォースを見ると彼は即座に立ち上がる。

 

「あ、アイツは! ここどこだ!!」

「すぐに立ち上がっては身体に障りますよ、落ち着いて」

「お? ……そうか、おら負けちまったのか」

「そう、なりますね」

「……」

 

 おとなしくなり、改めて周りを見る悟空。 小さいながらも今の状況を理解したのか、ゆっくりと安眠する例の男を確かめるとベッドの上に座り直す。

 両手のひらを開けて、閉じる。 その動きがナニカの反復練習に見えるが、実際は只の反省会だ。 自身の至らなさと、相手の強さを再確認するための自然な仕草。 でも、そのウラにはもう一つの感情が燃えていた。

 

「アイツ……」

「強かったですね」

「おう」

「また戦うのですか?」

「今度な。 そのためには修行してうんと強くならねえと。 あいつジャッキー・チュンってヤツよか強かったもんなあ」

「そうですね。 えぇ、きっと強いでしょう」

 

 ソレすらも見抜いたリインフォースは悟空の頭に手を置いた。 ゆっくり前後させ、今度は左右に動かす。 あのウニ頭が揺れ、動かされる間に彼女の口はゆっくりと聞き取れない言語を紡ぎ出す。

 

「なにすんだ?」

「おまじないです」

「ふーん」

「私は忙しい。 今回は偶然貴方を助けることが出来ましたが次もこうだという保証はありません。 ソレは理解してください」

「あぁ、おら今度は負けねえ。 ぜってえ勝ってみせる」

「はい、その意気です……本当は話したいことがあったのですが、今の貴方に言ってもわからないでしょう。 だから、また今度にします」

「よくわかんねぇけど、わかった」

「はい」

 

 言いたいことがすべてわかっている風な彼女に対して、だけど悟空は特に疑問はないようだ。 お、話わかるじゃん! なテンションで笑顔を見せると正拳突き……風を切る拳を繰り出した。

 

「アイツの怪我治ったらさっそく修行だ! やるぞー!」

「頑張ってください」

 

 そんな悟空を見ている彼女は本当に楽しそう。 大人の時の面影が一つも無い彼に対して保護欲でもかき立てられたのか、そのまなざしは母性に溢れていた。

 なでる手もつい止められず、そのままスバルが目を醒ますまで続けていたそうな……

 

 

 

 

 

「さってと、世話になったな」

「いえ、こちらも久しぶりに楽しかったですよ」

 

 3日が経った。

 あれからリインフォースの魔法が効くに効いて男は信じられない速度で快復した。 引き裂かれた箇所もすでに傷跡しか見られず、かさぶたが少し残っている程度。 信じられない技量に驚き、それが守護する悟空という存在に疑問符を覚え、だけど……

 

「いくぞ悟空」

「おう、で、どこに行くんだ?」

 

 彼が悟空を呼ぶ声に変化はなくて。

 

「まずはミッドチルダ……と行きたいところだけどやっぱりスバルちゃんの家に行こう。 この子をおうちに帰さなくちゃ」

「わかった」

 

 目的もさほど変化がない。

 ソレは彼の芯が強いから……だけではないだろう。

 

「これからは背中に気をつけて生きていかなきゃならんかもな……」

「どうした?」

「いや、何でも無いさ。 それじゃ、いこう」

「うっし!」

 

 スバルという女の子の事を、守り切れる自信が無かったからだ。

 おそらくスバルはこのまま両親の元に返した方がいい。 あそこは都会に近い、さらに両親は確か管理局の人間だ、何かがあれば対処もしやすいだろう。

 リインフォースに目配せした男は悟空の肩に手を置く。 そばに居たスバルを引き寄せると同時、その身体を銀色の光が包んでいく。

 

「私の転送魔法で送ります。 座標の通り飛んでいけば彼女の家の付近に行けるはずです。 それと――」

「――あまり滅多なことはしない。 まぁ、貴方の指示が来るのを待ってるよ」

「お願いします……もしかしたら別の人間が来るかもしれませんが」

「了解」

 

 光が限界を超えると彼等を別の世界、別の土地へと送り届ける。 ソレを見送ったリインフォースは一人この世界へと残り……目を、鋭くつり上げた。

 

 

 

「もう悟空の情報をつかんでいる……もしもの時は……」

 

 

 そう言う彼女はゆっくりとドアを開き、ログハウスの中へと消えていった……

 

 

 

 

 

 同時刻 別の世界、別の場所……

 

 孫悟空はようやく元の世界へと帰ってきた。 温暖、穏やか、優しい風。 すべてが好条件の立地はもはや懐かしさすら感じてならない。 少なくともスバルは自身の故郷に涙すら流していた。

 そして、そんな彼等を迎えるのはやはり……

 

「スバル!!」

「おかあさん!」

 

 クイント、彼女である。

 スバルを一目見た瞬間猛然と走り出し、きつく、だけど優しくその腕に納める。

 

「別世界の探索任務中、遭難していたところを保護しました。 送り届けるのが遅くなってすみません」

「いいえ、そんなこと……良かったわねスバル」

「うん!」

 

 親子が再会を噛みしめている中、男は一礼してその場を去ろうとする。 だが、しかしだ……そんな男のズボンの裾を引っ張る物が居た。

 

「なぁなぁ」

「……って、悟空か。 どうしたんだい?」

「あんな、おらおめえについて行っていいか?」

「…………はい?」

 

 突然の申し出だが男は理解できず、もう一度聞く。

 そういえば、彼はスバルの家族ではなかったし、目的も別に持っていた。 だけどなぜ自分に声をかけたのだろうか。

 

「スバル送ったしさ、おらも修行に戻んねえとな」

「そ、そうだね……じゃあ……」

「そんで、おめえアレだろ? アイツらに狙われてんだろ? だったらおら、おめえのとこにやっかいになってもう一回アイツらと戦いてえ」

「…………うそぉ」

 

 いきなりの同行者に困惑半分。 だけどなぜか断り切れないのは、彼の境遇をリインフォースに聞かされたせいでもある。 数秒だけ悩み、脳裏に自身が死にかけた映像がフラッシュバックする。 鼻につく鉄の臭いと、身体をえぐられた感触は今でも忘れない。

 けど、そうだ、忘れないだけであって忘れたいわけではない。

 

「わかった」

「ほんとか? よっし、やっぞー!」

「ただし条件がある」

 

彼は忘れたいだなんて思わないで、むしろ立ち向かう道を選んだ。

 

「メシは自給自足だ、これだけは譲れない」

「……わかったぞ」

「なんでいま渋ったんだ!? まさかメシまでたかろうとしてたんじゃないだろうな!!?」

「そんなことねぇぞ! けどクイントはめいっぱい食わせてくれたぞ?」

「余所は余所、うちはうち! あいにく妹と二人暮らしでね、蓄えは少ないしアイツの将来のために備蓄は切り崩せないんだよ」

「ふーん」

 

 心底どうでも良さそうに、彼の提案に乗る悟空。 仕方が無い、コレばかりは彼の判断は正しい。 恐竜を飲み込んでしまう彼の胃袋に一般家庭の財政はまず耐えられないだろうからだ。

 そんな彼の判断を聞いてクイントは感心し、スバルはというと……

 

「おじさん、居なくなっちゃうの?」

「まぁな。 いいかスバル今に見てろ? おらうんと強くなってあいつらコテンパンにしてやるかんな」

「うん……また、会えるよね?」

「うーん、また今度な」

「うん、こんど!」

 

 今度の意味がわかっているのか、幼いスバルにとってソレは来年か、もしかしたら来週程度の期間だと思っているかもしれない。 この適当な少年の今度が、そのまま永劫に訪れないかもしれない適当さを持っているとも知らないで、彼女は元気よく彼を送り出すのだ。

 

 また会おう、また……会いたいと。

 

「よーし! まずは基礎からやり直すぞー!」

「……俺ももう少し見直すか。 悟空、ちょっとだけつきあうよ」

「ホントか? おらの修行はたいへんだぞ?」

「受けて立つ! それじゃ転送ポートまで行こう。 俺の住んでる世界はここじゃないんだ」

「わかった! …………えっと?」

「ん?」

 

 歩き出そうとした悟空だが、男の顔を見るとその顔を曇らせる。 少しだけかしげた首を見るにどうやら困っているようだが、あいにく男にはその心当たりはなかった。 ……さて、悟空はいったい何をお困りで?

 男が聞いた時、周りのすべては困惑する。

 

「おめえ名前なんだっけ?」

『……うそだろ』

「そういやおら、いままで一度も名前で呼んでなかった気がする…………なんだっけ?」

「言われてみれば教えようとして中断した気がする……だから教えた気がしたのか。 いいか、俺は……ティーダ」

「キーマ? 辛そうなヤツだな」

「カレーか? ソレは聞いたことないジョークだな……ぇえ?」

 

 悟空の“いつもの”が炸裂し、親子が汗を拭いて、ティーダが空中にウィンドウを開く。 管理局に帰還の延長報告をしつつ、それでいて怪しまれないように理由書きをしたためるとそっと添付して送信。

 孫悟空という爆弾を抱えた彼はいま、自分の運命がどれほどに歪められたか知らぬまま、泥船をこぎながらゆっくりと進み出していく。

 

「そういやおめえ、なんであんなところに居たんだ?」

「え? いや実は極秘任務で……まぁ、お前ならいいか。 ロストロギアっていうものを捜索していたのさ」

「ふーん」

「結構偉い人からの任務なんだぞ? ……まぁ、お前に言っても仕方ないか」

 

 

 そう、本当にギリギリのところをゆっくりと…………

 

 




悟空「おっす! おら悟空!」

ティーダ「おまえ、すごいヒトと知り合いだったんだな」

悟空「ん? 何のことだ?」

ティーダ「いや、ほら、あの黒い羽の女性。 あのひとただ者じゃないだろう。 どこで知りあったんだ?」

悟空「おら知らねえぞ」

ティーダ「……はい?」

悟空「おらあんな奴知らねえぞ」

ティーダ「…………いや、でもなんか知った顔な雰囲気を……」

悟空「まぁいいじゃねえかそんくらい。 それよかおら腹減ったぞ」

ティーダ「そ、そうか。 ならなにか腹ごしらえでも--お、大食いチャレンジのある店、あそこにしよう」

悟空「うっしあそこだな! っと、その前に次回!」

ティーダ「魔法少女リリカルなのは~遙かなる悟空伝説~」 

悟空「第80話 ティーダ死亡!」

ティーダ「お、おいこれ……」

悟空「じゃなぁー」

ティーダ「おいったら! なぁ、何か説明してくれよ!!? こんな話、俺は聞いてないぞ!?」

悟空「なんとかなるって、だからな? おらメシ食いてぇ」

ティーダ「…………俺、死ぬのか?」


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第80話 ティーダ死す

 

 

 

 

「へぇ、センニンっていうのがお前の師匠なのか」

「そうだ、亀仙人のじっちゃんにはいろんな事教えてもらったんだ」

「センニン……たしかどっかの資料で見たような聞いたような」

 

 あれから数日が経った。

 悟空とは荒野を共に駆け回った間柄だし、そもそも、彼自身が放つ独特の雰囲気がティーダの警戒心その他をいきなりゼロにしていたのが大きかった。 あっさりとなじんでしまった彼は、とある問題を置いておけば、ほどよくランスター家になじんでいた。

 

 そう、ある問題を除けばだ。

 

「さってと、おらそろそろ行くぞ」

「そうか、気をつけて行ってこいよ」

「ほーい」

 

 ささっと駆け足で走り去っていく悟空。 それをなんら問題なく見送った彼はつい数日前のことを思い出していた。

 

――メシは、自給自足で頼む。

 

 こと、コレに関して最初は文句を言い放った悟空だが、ランスターの家で碌な(金銭的な意味で)物が出てこないと知るや、自身のお気に入りの怪獣のしっぽを求めて管理外世界を勝手に闊歩する生活を繰り返していた。

 

 当然、転送ポートの人間にはティーダの尽力の甲斐あって協力を付けてある。

 

 このことに関して、ティーダ自身腑に落ちないことの連続だったが“こちらの都合が悪くなると、なぜか向こうに緊急の連絡がはいって意見が通る”のだ。 そんなことを三回も繰り返せば、ティーダにだって状況を察することも出来た。

 そう、つまり……そう言うことなのである。

 

「悟空の後ろには結構な人物が居るんだよな、そういえば」

 

 あの堕天使……もとい、祝福の女神さまを見てしまえばそういった結論にもなる。 そして、あの悟空という男の子の仲間が彼女だけとは到底思えない。 きっと、影ながら彼を支える人物がさらに居ると考えたティーダは、都合良く回った状況にあえて身を任せたのだ。

 

 彼が晩飯を狩りに行っているあいだ、ティーダはというとやることが一切無い。 いや、決して彼が仕事をサボタージュしているわけではなく、なぜか都合良くいままでため込んでいた有休消化の案内が自身に来てしまったのだ。

 別に、とるつもりもなかった休み。 このまま年度明けに消滅させても良かったし、こういうのはいざというときのためにとっておくもんだと自負している。 まだ幼い“家族”を持つ彼にとって、緊急事態を見過ごすと言うことは、即一生の後悔に繋がるからだ。 休みは、いつでも取れるように保険をかけたかったのだ。

 だからとるつもりのなかった休みを、いきなり消化しろと言われた際にはひどく困惑した。 なにしろなんら計画もないのだ。 旅行どころか遊ぶ予定すら組めやしない。 そんな寂しさの積もった自身の人生に少しだけ目をつむると、彼はそのまま家へと戻っていく。

 

「ただいまー」

 

 良くあるマンションの、良くある一室。 決して広くない部屋に帰ってきた彼を迎える声は一つだけ。 この世で只1人の最愛の人物の出迎えを思い描き、少しだけ頬を緩ませた彼は手荷物を床に置きながら足音が近づいてくるのを待ち続けた。

 

「お帰りなさい、おにいちゃん」

「ただいま。 留守番できたか?」

「うん」

 

 パタパタとスリッパを鳴らしてやってきたそれ。 ティーダの膝下にギリギリ届いた背丈はまだ、幼さを強調させるには十分。 あまりにも幼いそれは、いいや彼女は、帰ってきたティーダに満面の笑みを見せると、そっと背後に視線を伸ばしていた。

 どうした? ティーダが聞くも、彼女はすぐに口を開くことが出来ず少しの間があく。

 

「あ、あのヒトは?」

「ん? ……あぁ、悟空か」

「帰ったの?」

「いいや、晩飯の調達だってよ」

「そ、そうなんだ……」

 

 少しだけ肩を下げたのを、ティーダは決して見逃さなかった。

 だが彼はそれをとがめようとは思わない。 誰にだって不得意はあるし、それは人間関係だって同じだろう。 偶々今回、彼女と少年とで相性が悪かった……というには、少女の反応はかなり微妙だ。

 しばらく天井を見上げたティーダは意を決したように座り込み、小さな背丈の彼女と視線を同じにする。

 

「その、だな。 何かあったのか? まさかとは思うが、アイツに意地悪でもされているのか?」

「え? そ、そんなことはないんだけど」

「じゃあどうしたんだ? 悟空が来て数日、なんだか様子が変だと思うぞ」

「…………だっておにいちゃんと二人っきりだったのに」

「え? アイツが来て数日、結構賑やかになったとは思うがな」

「…………そうじゃないんだよ」

「うーん、よくわからんが仲良くやってくれよ? アイツ、女の子に対して……というか、女の子の扱い自体わからん野生児だが、悪い奴じゃないんだ。 ただ、物の加減を知らないところがあるというかな」

「うん……それは大丈夫」

「ようし、一段落したところでこっちも夕飯の準備にかかろう。 ティアナ、お風呂の用意よろしく」

「わかった。 まかせて、おにいちゃん」

「おう」

 

 少女……ティアナと呼ばれた彼女は、兄からの願い事に息巻くと、お風呂場にかけだしていく。

 後ろからその光景を眺めるティーダの表情は若干の曇り模様。 そのさまは兄妹げんかを仲裁している父のようであった。

 

「はぁ、どうしてこうなったんだ?」

 

 重いため息が出るのは、仕方が無いことだった。

 孫悟空は本当に何かをしたわけではない。 その証拠に彼はティーダの言いつけを忠実に守り、指示されない限りエサは自分でとってくるし修行だって兄妹を巻き込むだなんて事はしなかった。

 彼にしては、本当に気が利いているし、コレにはティーダも予想外に驚いてはいる。

 

 だがそれでも妹の様子が変なのだ。

 

 いいや、理由はわかっている。

 

 ティアナは良い子で、気遣い上手だ。 それに奥ゆかしいところもある。 だからアレは――

 

「珍しく同年代の男の子に遭遇して照れているんだな? ははーん、もしくは惚れたか?」

 

 …………などと己給う姿は、意地悪な兄を通り越してゲスイ親戚のおじさんであった。

 

 おそらく間違っている解答のなか、なにやら思いついた彼。 スポンジ片手に風呂場で格闘している我が妹を眺めて、そっと微笑んた。

 

 

 

「だりゃあ!!」

 

 荒野の世界に子供の叫び声。 野生児が恐竜に拳をたたき込んでいた。

 こんな世界になぜ子供が? 疑問が浮かぶ光景も、その人物が孫悟空であるならば納得がいく。

 彼は見慣れた景色の中、やはり慣れた手つきで恐竜を火であぶり始める。 今夜は、丸焼きのようだ。

 

「へっへー。 ここの肉、結構うまいな。 もう3匹目だけど全然あきねえぞ」

 

 ……今夜“も”丸焼きのようであった。

 

「んっぐ! むぐむぐ!!」

 

 むさぼり、食らいつく彼。 残った骨を背後に放り投げつつ、あたりを見る。 地平線が見えるほどのだだっ広さ、そこに落ちていく真っ赤な夕焼けが少年の目を焼いた。 眼を細めながら、最後の肉を食い終わるとその場で立ち上がる。

 

 さぁ行くか。

 つぶやいた彼はこの世界の中心に向かい出す。

 中心。 それは彼が勝手に思っているだけで、別になにか超常的なものが存在しているわけではない。

 

「こんな変な機械ですんごい遠くに行けるなんてな。 どうなってんだろ?」

 

 いや、地球の一般常識からすれば目の前の“転送ポート”などかなり超常ではあるが、とにかく、あの程度彼の感覚からすればわけない物であって。 少しの疑問の後、どうでも良さそうにしっぽをうねうねと揺らすと大声を上げた。

 

「おーい、ティーダのとこにつれてっておくれよー!」

 

 悟空が優しく機会を叩くも、返事などしてくれる訳がない。 しかし今の悟空にはこれ以外に頼れる物などないし、帰還方法だって現状使えない。 だから、ここで待つしか無いのだ。

 

「少し早く来過ぎちまったかなぁ。 ティーダのヤツ、いつまで待っても迎えに来ねぇぞ」

 

 そう、孫悟空には魔法を使う術がない。 体内のジュエルシードが持つ莫大な魔力はある物の、それを彼が使いこなす日など訪れることもないだろう。 ならば、この転送ポートはどうやって使うか……

 誰かが迎えに来る以外にあり得ないだろう。 だから彼は待つしか無い。

 

 悟空が装置の前で待機して何分経っただろうか? あまりにも退屈で、つまらなくて。 危うく近くの恐竜に組み手を願う直前。 それはようやくやってきた。

 

「――――……っと、もう居たのか」

「あ、ティーダ!! おめえ随分遅かったな、おら待ちくたびれちまったぞ」

「わるいわるい。 わざとじゃないんだ……ていうかお前、日に日にメシの時間が短くなっては居ないか?」

「そうか? 確かにアイツの相手にも慣れてきたなぁ」

「……武道家というヤツはみなこうも短期間に恐竜の動きを見切れる物なのか?」

「ん? どうかしたか?」

「いや、なんでも」

 

 ティーダが転送ポートのコンソールに情報を入力していき、最後に魔力を注ぎ込めば彼等を元の世界に帰還させる準備が整う。 それを腕組みしながら待って居た悟空はしっぽを一振り。 ようやくと言った面持ちでティーダの後ろに移動すると、彼の作業終わりをじっと見続ける。

 その姿を見ることなく、男は独り言のように話しかけた。

 

「なぁ、悟空」

「なんだ?」

「ティア……あー、ティアナ、居るだろ?」

「……だれだ?」

「おいおい、同居人の名前くらい覚えてくれよ!? ……たく、ウチの妹だよ。 あのかわいい女の子」

「…………うーん、そういやなんかいた気がするなぁ」

「こいつマジかよ……」

 

 贔屓目抜きでも結構美少女なんだがなぁ……と思うティーダであった。

 

 まるで道ばたの小石程度の扱いに驚きを隠せず、妹の初恋が砕け散ったと思っている過保護気味なお兄さんは暫し、悟空の今後について考えたり妹のかわいさを思い出したりしながらコンソールをゆっくりと指で弾いた。

 

「ティアとさ、なにかあったのか?」

「なんでだ? おらアイツとは戦ってねえぞ」

「あいや、そうじゃなくてだな――というかおまえ、基準がそれってどうなんだ」

「でも少しだけ話したと思う」

「へぇ? 何話したんだ」

「あんな? おらがどこから来て、いつまで居るのかーって」

「なんて返したんだ? まさか命を狙われてるだなんて言ってないだろうな?」

「“おめぇの事”は話してねえからなぁ大丈夫なんじゃねえのか?」

「…………そ、そうだな。 そういえばそうだった。 で? 何話したんだ」

 

 悟空の発言で少しだけ冷や汗。 すかさず切り返したティーダは、知る。

 

 彼が……

 

「おら、パオズ山ってとこにいたんだ」

「異世界だな。 聞いてたとおりだ」

「そこでじいちゃんと2人で暮らしてたんだ。 武道もそこで習ったんだぞ」

「……へぇ」

 

 自分たちに近いと言うことを。

 素っ気なく、あまり食らいつかないように見えるのは外面だけだ。 内心では彼に対する興味が一気に吹き出してしまい、続きをせがむ言葉が喉元までせり上がる。 拳を握り、空いた手のひらでコンソールをもてあそぶと、ティーダはしばらく黙り込む。

 

「な、なぁ悟空。 おまえさ」

「どうした? なんか急におとなしくなったなぁ」

「別に何でも無い。 ……明日の晩飯はウチで食うか」

「え?」

「いや、たまには良いかなって」

「ふーん。 くれるってんならもらうぞ」

 

 少しだけそらした視線は、少しだけうれしそうなティーダであった。

 

 …………それが、まさかあんなことになるなんて。 このとき誰一人として想像していなかった。

 

 

 

 

 

 孫悟空が来てから、1月が経過する頃。

 

 あれから劇的な変化は、残念ながら無かったりする。

 ただ、以前に増してティーダが悟空に気安くなったり、悟空の修行風景を見学したりと、多少の変動はある。 だが、そこまでは只の日常だ。 悟空にとっての非日常はまだ訪れることがなかった。

 

 そんな、ごく普通の生活をしているなか、彼等は街に買い物へ繰り出していた。

 

「あいつらこねぇなあ」

「え? 誰か来るのか?」

「何言ってんだ。 おめえの命狙ってる奴らだろ? そろそろ襲いかかってきても良いんじゃねえのか?」

「…………そういや居たな、そんな奴ら」

 

 あまり印象にない。 自身が死にかけたはずの事だが、それは仕方が無いだろう。 なぜなら……

 

「あの人、インパクト強すぎたモンな……」

「あのひと?」

「いや、漆黒の堕天使……って表現で良いのだろうか」

「???」

「あぁ、ほら。 俺等助けてくれた女の人」

「おぉ! めっちゃ強かったあいつか!!」

「……お前の覚える基準はそこなのか」

「だって強かったろ? 一撃だもんなぁ」

「……お前も十分すごいけどな」

「んなことねえぞ。 おらなんてまだまだだ」

「そ、そうか」

 

 恐竜相手に無双する存在をまだまだと言う彼の世界に、言いしれぬ恐怖を感じたのは間違いない。

 ティーダが冷や汗かいている中、悟空は少しだけよそ見。 しっぽをユルユルと動かすと、今度は足を止める。

 

「なぁ、アレなんだ?」

「あれ? ……なんだ、人だかりが出来てるな」

 

 とあるショッピングモールの駐車場。 その敷地はざっと見積もって200メートル平方に及ぶだろう。 だが、そこにあるのは車ではなくヒト、人、ひと……集まる物達は皆、建物の方へなにやら叫び声を上げていた。

 

「祭りか?」

「まつり……じゃあうまいモンあるんか!?」

「思考の直結はやすぎるだろう……しかし、こんな時期に祭りなんてあったか?」

 

 ここに生まれ育った訳ではないが、数年はここに居るティーダ。 だからこそ、この特になんら情報も無い群衆に疑問を持つ。

 

「きっとみんなでメシ食ってんだ、早く行くぞ!」

「あ、ちょっと待てよ悟空! おいったら!」

「おーい! おらにも分けておくれよー!」

 

 走り出した悟空は止まらない。

 サーベルタイガーすら晩飯に変えるその脚力で走り出せば、ティーダに留める術などありはしなかった。

 

 悟空が走り出して2秒。 彼は群衆の最後尾にたどり着くと、その場で軽く跳ねる。 大人達の背丈で何をやっているのかがわからないのだ。

 

「連……盗……ですって」

「それで……こも……物騒だな」

「管理局は何やってるんだ」

「……お、おい大丈夫かよあの子」

 

「ん? こいつら何やってるんだ?」

 

 今の話を聞いたとしても、あまりぴんとこないのは悟空が目先のエサに釣られているから。 訳がわからない彼はただ、後ろに伸びたしっぽを緩やかに動かすだけである。

 そんな少年におくれて2分半、ようやく男が追付いた。

 

「おーい悟空……おまえ速すぎるんだよ」

「はは! 何言ってるんだ、おめえが遅いんだろ? だめだぞ、もう少し足腰鍛えないと。 基本だぞ?」

「あー、そうですね。 ブドウカさんのキホンですよねー」

「おうおう!」

「で、だ。 この人だかりはなんだったんだ? 大食いだのなんだのでも、ましてや祭りでもないそうじゃないか」

「んー、おらにもよくわかんねえ。 なんでもレンコンゴボーとかヒキコモリなんだってよ。 おめえの住んでるとこの祭りって聞いたことない名前だなぁ」

「……ばっちり聞いてるじゃないか、このバカ」

 

 悟空からの伝言ゲームを即座に解読したティーダは顔を上げる。 群衆と同じ視線の先には、固く閉められた窓が一つ。 どうやらあそこが、今回の事件の焦点らしい。

 

 そっと、ゆっくりと歩を進めると、ティーダは群衆の先頭に出る。

 

「4階建て。 ホームセンターとフードコート、その他が混じった最近よくある建物だな。 食料と道具がそろっている分、立て籠もるには最適ってか? される方は堪ったモンじゃない」

「フードコートってうまいのか? 食い物か?」

「いいからだまっててくれないか? いや、お前の活躍はもう少しだから、準備運動でもしててくれ」

「腹ごなしは食った後だろ?」

「……あぁ、お前はそう言うと思ったよ。 まったく、こっちは休暇中だぞ……いい加減にしてくれよな」

 

 なぜ、休みを取ってやったとたんにこんな仕事が来てしまうのか。 なにか騒動を引き起こす呪いでも浴びてしまったのかと不安になる男だが、横にいる悟空を見るとなぜだか自身の不幸がちっぽけに思えてくるのはなぜだろう。

 

「今度、もう少し突っ込んだ話をしてみるか……よし! 行くぞ!」

「お、店に入るんだな! おらわくわくしてきたぞ」

 

 男と少年が、周囲の疑問の視線を浴びながら、悠然と事件現場に入店していく――そのときである。

 

「おい、そこのお前達!」

 

 群衆からではない声に、悟空とティーダは声の方を向く。

 少しだけ遠くから聞こえた気がしたそれは、ショッピングモールの3階からの物であった。 彼等は、その窓枠から一個の人影を発見する。

 

「そんなに近づいて何をしようってんだ!?」

「なんだ?」

「……あ」

 

 そこには見たこともないような肌の色をした……コビトが居た。

 赤と青で彩られた中華帽をかぶった男が、窓枠に足をかけて身を乗り出しているのだ。

 

「さては貴様等、我々の計画をジャマしにきたのだろう!」

「あ、あーまぁ、そう言うことになるのかな?」

「…………」

 

 後頭部をボリボリかいているティーダは、まさに拍子抜けだった。 こうもあっさり顔を出してしまったお粗末な犯人。 その容姿も相まってなんというか……

 

「おまえ、バカだろ?」

「な! なんだと貴様―!! 我らがバ、バ……バカだとぉおお!!?」

「いやいや、だってそうだろう? お前等はいま籠城してて、不釣り合いなくらい大層な建物でかくれんぼと来たもんだ。 それがどうだ? こんな只の一般人に向かってキャンキャン怒鳴り散らして、しかも顔を出すなんて。 いまどきリトルスクールの3階生だって真似しない」

「ぐ、ぐぬぬぅ!」

 

 青い顔が真っ赤に沸騰したのは言うまでも無いだろう。

 男の馬鹿丸出しだ! という挑発に綺麗に乗っかった小男はここで懐に手を伸ばした。

 

「なんだ? 正解したからお菓子でもくれるのか? 良かったな悟空、ハラ減ってるんだろ?」

「アイツ案外良い奴だな」

「なに勝手に落ち着いてるんだバカどもが!! そんなわけあるか!!」

「ティーダ、違うってよ」

「……ふーん、そうか」

 

 良くある展開だと、慣れさえ感じさせるのは彼の職業柄仕方が無いだろう。 そして隣で不思議そうに小男を見上げている悟空もしかり。 というか、ティーダはまだ対処に徹している物の、悟空は完全に歯牙にもかけていない。

 相手を、脅威だと認識できていないのだ。

 

 ……する必要すら無いのだ。

 

 悟空の強さを知るからこそ、丸腰だろうがここまで余裕を見せていたティーダ。 だが、その涼しげな態度も、次に小男が見せた手札によって崩される。

 

 奥から、女の子の悲鳴が聞こえてきた。

 

「た、たすけて!」

「な!?」

「……あ、おんなだ」

「ぐふふ! そうだ、こっちには人質もいるのだ! どうだ! これで先ほどまでの余裕もなくなっただろう?」

「なんてことを……」

 

 それは小さな女の子だった。 階下から見ても低いとわかる背丈は、おそらく自身の妹と同じかそれ以下であろう。 それをまるで、見せびらかすかのように尽きだした小男は、ここで口元を歪めて見せた。

 

「汚いぞ!」

「へへーん! 卑怯もらっきょも大好物なのだー」

「……くっ。 小物の癖しやがって」

「えぐ……えぐっ」

「大丈夫だよ! すぐ助けに行くからな!」

「助けるぅ? どうやってぇ? ここから一歩も動けないのになぁ!?」

「な、に!?」

 

 驚愕、それと同じく展開される大型の機械。

 建物の一部が高速で展開すると、物騒な兵器へ構造を組み替えていく。 のどかだった場所には不釣り合いなそれは大型の砲身と、それを囲むように並び立つ小銃が10ほど。 一気に劣勢になった男は、だが、驚いたのはそこではなかった。

 

「し、質量兵器だと!?」

「驚いたか、なら貴様は魔導師だったのだな? どうだ恐れ入ったか!!」

「こんな物どうやって調達したんだ。 ミッドの管轄下では禁止されている物をいったい……」

「ぐふふふ……わーはっはっは! その顔が見たかったのだん! おーと動くな、コイツがどうなっても良いのか?」

「ひっ……」

「く、なんてヤツだ」

「…………」

 

 小男の挑発と、警告に先ほどまでの勢いを消されてしまったティーダ。 彼は歯ぎしりするとそのまま腰に剥けていた手をブラリと下ろしてしまう。 歯を軋ませると、未だ高笑いしている男をただ、睨み付ける。

 

 そもそも、なぜ男が重火器の前に屈したかと言えば、それは魔法が発達した故のルールがこの世界にできあがっているからだ。

 

「…………魔力の弾丸程度ならバリアジャケットで弾けるし、よほどのバカでなければ非殺傷を外すこともないだろう。 だが、まさかそれ以上のバカが居るとは思わなかった。 誤算、だった……」

「この世界ではお目にかからん火力が今、我々の手中にある! その意味をよぉく考えて、次に何をすれば良いかしっかりと考えるんだなぁ!」

「…………うーーん」

 

 ティーダはそれなりに腕は立つが、少しばかり成績の良い管理局員でしかない。

 マンガの主人公のように銃弾より速く動けないし、悪党を蹴散らし弱きを助けるなどという立派なことを平然と成し遂げられるかと言えば……NOだ。

 

 ここで一回引けば女の子の命だけは助かるだろう。 しかし、この状態で背中を向けると言うことは奴らの集中砲火を浴びると言うこと。 あんな物を斉射されれば自身の貧弱なバリアジャケットなどすぐに貫通させられるだろう。

 ……どう、すればいいか。 男は自問自答を繰り返した。

 

 

 

 

 

 

 その苦労を果たして少年はわかっていたのだろうか。

 

 

 

 

 

「随分久しぶりだな。 おめえこんなところで何してんだ?」

『…………は?』

 

 事もあろうか、暢気に挨拶を繰り出したのは当然我らが孫悟空少年である。 彼は窓枠に身を乗りださんとする小男に対して、片手を上げて“いつもの”を見せると、まるで数年来の共に話しかけるような気軽さで近付いていくのだ。

 

「くそう! 馬鹿にして! 撃てー!」

「ん?」

「バカ! 悟空!!」

 

 一瞬で頭を沸騰させた小男は悟空の続きを聞かないままに銃口から火を吹かせた。

 

 少女の絶叫をBGMに、ティーダが苦悶に顔を歪める。

 いくら悟空でも、さすがにあの銃弾の嵐を前にしてはひとたまりも無いはず。 それは、次々にえぐられていくアスファルトを見て明らかだった。 あんな物を受けてしまえば“只の人間では塵も残らないだろう”

 

 ……そう、ただの人間だったなら。

 

「あ、あぁ……そんな」

「あいつ」

「ふは……ふはははは!! はぁぁあああああああああ…………ぁぁあああ!!??」

 

「おー、イテテ」

 

『どうして生きてるの!!?』

 

 煙幕の中から姿を現した男の子を中心に、ハチャメチャが波打ち広がっていく。

 耳をつんざく銃声は確実に本物だった。 ちゃちなトリックだとか、敵が手加減をしていただとか、狙いが奇跡的にそれていただかは決して無いのは、この場にいる誰もが見ても明らかだった。

 なら、なぜ彼は生きている?

 

 皆が驚愕しているさなか、この場で只一人、別の感情を抱く物がいた。

 

「お、おい……貴様……」

「なぁ、今のなんだ?」

 

 背筋を流れる汗が、とても冷たい。

 今まで感じたことのない寒気の中、小男は半年前の出来事を思い出していた。

 

「その、黒いツンツン頭に……変な色の胴着……」

「久しぶりに見つけたと思ったらやってることは変わんねえなおめえ」

「あ、あぁあああああのときの……ガキどもを攫ったときのオジャマムシ!! その姿、わかるぞ! 変身魔法とかそう言うので我らの目を欺こうとしたのだな!!」

「なんの事かわかんねぇけど、おめえまた悪いことしてるみてえだな“ピラフ”」

「あ、がが……相も変わらずマイペースなヤツめ……ワタシはイタメシだッ!!」

 

 青い顔を激怒の赤に変貌させた小男。

 知り合いか? などとティーダが悟空に聞くも、“ちょっとな”という返答が来るだけ。 まぁ、腐れ縁の一種だろうと流したら、今度はこちらの質問タイムだ。

 

「えっと、こっちにはお前の天敵が居るわけだが……どうする?」

「ど、どうする? ……そ、そりゃあどうにかしないといけないんだけど……って、貴様に関係なかろう! コレは我々とそのオジャマムシの問題だ!」

「……おまえ、いま完全に目的が変わってんだろう」

「うるさーい! 我らの野望達成にはその小僧は最大の障害なのだ! 予定が完全に狂ってしまったが、ここで始末出来ると思えばむしろ好都合だ!」

「悟空、どうする?」

「ん? 悪いことやってんならやっつけるしかねえだろ」

「お、おう。 そうだな」

 

 速攻で握り拳を作る悟空に、小男は一気に後ずさり。 あの、孫悟空という存在の恐ろしさはその身をもって思い知っているのだから仕方がない。 前は拳一発で大空の彼方にまで吹き飛ばされてしまった。 次はどんなお仕置きが待ち受けているのかなど、想像も出来ない。

 恐怖に身を支配された彼は既に片腕に拘束した人質の存在すら失念していた。

 

 だが、何より失念していたのはそんなことではなくて。

 

「え、ええい! このイタメシさまをなめるなよ! シュウ! マイ! こっち来て手伝え!!」

「どうしたんですか? ボス……って!」

「あ、あああの頭! まさかあのガキは!」

「リアクションは後だ! アレをやるぞ!」

 

 一気に窓枠から居なくなった、例の三人。 その姿にどこか懐かしさすら感じてしまうのは、記憶が無くても悟空の見に染みついた感覚というヤツだ。

 

「悟空! 奴らが逃げるぞ」

「いや、まだ逃げねんじゃねえのかな」

「なぜそう言いきれる?」

「まだロボットに乗ってねえしなぁ」

「ろ、ろぼ?」

 

 この少年、既にこの手のギャグは経験済みである。

 次に奴らの起こす行動を頭に思い描くと、ティーダと群衆を引き連れて少しだけ現場から離れる。

 そうして、悟空以外の皆が疑問の思いで建物を見つめること……50秒のことだ。

 

「ぐああああ! わ、わたしの店がぁぁああ!!」

「すげぇ、木っ端みじんだ」

「……アイツラ派手だな」

「ていうか籠城してたのに施設を自分でぶちこわすって……」

『バカだなぁ……』

 

 様々な声が聞こえる中、目の前の店をぶちこわしながら、悟空なじみの戦闘メカがその姿を現した。

 丸っこい胴体に細長い手足が2本ずつ。 うむ、まごう事なきピラフマシンである。

 

「がーはっはっは! これぞイタメシロボ! どうだ、驚いたか!!」

 

 ……少しだけ名称が違うのは、異世界の同一人物ゆえの誤差なのだろう。 だが、そんな些細なことは気にならなくて。

 

「ふーん」

「り、リアクション低っ!? いや、悟空、アレは俺の目から見ても結構なテクノロジーだと思うぞ?」

「そうかな? いままでとなんら変わらねえように思うけどなぁ」

 

 ティーダから見ても、いいや、この魔法世界から見れば目の前の戦闘ロボは明らかにロストテクノロジーに片足突っ込んでいる。

 目測だが、その装甲は通常の魔導師が使う射撃魔法は通さないだろうし、機動性もバカに出来た物ではない。 しかも、どうやら操縦が簡略化されているようで、まるで己が身体のようにコメディチックなリアクションすらとってみせる。 ……よほど、優秀なOSを積んでいるに違いない。

 

 ……などなど、ティーダがまじめに考察しているのだが、それでも悟空は驚きの表情を見せない。

 

「なぁ、もういいから女の子離して帰れよ」

「いいから!? バカにしよって! このイタメシメカはとっても強いんだぞ!? 借金に借金を重ねたトンでもメカなのだぞ! それに女の子だぁ? あんなモン、コックピットに入るわけ無いだろう、一機につき一人乗りだぞコレは! 狭いんだぞ?!」

「ふーん……」

「我が科学力、しかとその身に刻みつけてやる!」

「よくわかんねえけどそこまですげえこと出来るんなら、もっと別のことが出来るんじゃねえのか? ブルマみてぇに」

「世界征服以外の目的などあるわけがなぁーい! もうお話の時間は終わりだ! 行くぞお前達!」

『はい!』

 

 ピラフマシン、もとい。 イタメシロボが三機、悟空を一瞬で取り囲む。 マイ機がその腕を伸ばすと、一気に悟空へ殴りかかったのだ。 

 

「ご、悟空!?」

「あらよっと」

「……やっぱりよけるか、あいつ」

 

 むなしく何もない空間を通り過ぎた攻撃だが、そんな物は承知の上。 シュウ機が悟空の背後に回り込むと、今度は回し蹴りを見舞いする。

 

 ……などなど、いろいろと奮闘していく三人。

 明らかに対悟空戦闘を想定した動きは見事の一言に尽きようか。 それは、この場面を見ていた群衆が言葉を失っていることからも明らかである。

 ロボを操る特性上、どうしても出来てしまう視界の隙は、それぞれの視界でカバーしあい、一人が隙を作ってもう二人がこうげきに専念する。

 

 本当に見事なチームワークだ。 ……が。

 

「よっと」

「ええい! ちょこまかと! あたりさえすれば……!」

「ほほい!」

「こいつ本当にニンゲンなんですかボス! オイラなんだか信じられませんぜ」

「でりゃあ!」

「ウソ……タングステンカーバイトで覆った装甲がひしゃげた!? ど、どういう腕力なの!!」

 

 サーカスより曲芸で、F1よりも最速で、雷よりも強烈な一撃を見舞う少年に、並の攻撃など意味を成さない。 どんな山よりも高く、空気の薄い“あの塔”で延々と壺盗りを繰り返していた悟空にスタミナ切れもあり得ない。

 彼等の敗色は濃厚である。

 

 だから小男は、ここでさらなる奥の手を講じるのだ。

 

「よぉし、こうなったらアレをやるぞ!」

「あ、アレですか!? でもまだプログラムが完全では……」

「そうです、無茶ですよ!」

「そんなモン! やってみなけりゃわからん! いいからやるぞ!」

『は、はい!』

「なんだかアイツラの方が主役じみてきたなぁ」

「ん? なんかするんか?」

 

 いきなり動きに変化が加わる。 

 円の動きだったのが、いきなり一直線に変わると、奴らは背部のバーナーを点火。 そのまま上空に舞い上がった。

 

「ま、まさかアイツラ!!」

「お、わかるのか? ティーダ」

「ロボットが三機いて、お前みたいな強敵に出会ったらやる事なんて一つしか無いだろ普通!! やつら、やる気だ――」

 

「シュウ、マイ! 合体だ!!」

『はい!』

 

 フォーメーションは縦一列。

 上からイタメシ、マイ、シュウの順番に機体をそろえると、各部に変化が起こる。

 マイ機の足が格納され、その下にシュウ機がドッキング。 足のかかと部が伸長、大地をたくましく踏み込む。

 

 その二機の上からイタメシ機が着地。 三つの心が一つになり、いま新たな力がこの地上に産声を上げる!!

 

「完成! グレートイタメシ…………ロボォォオオオ!!」

「かめはめ……波ぁぁああ!」

『ギィィアアアアア!!』

「こいつ、迷いってモンがないな」

 

 まさかの一撃必殺に周囲が沸く。

 何だかえらく迫力を醸したが、それ故に一撃という名で下した悟空の強さが引き立ってしまう。

 

 ……というか。

 

「おめえたち、なんでいちいちひとまとめになっちまったんだ? ばらばらの方が狙いにくくて、手こずったのにな」

「な、なんてこった…………がく」

 

 えらく残念な理由で本領を発揮できなかったイタメシメカはコックピット以外は消滅。 手のひらから煙を出している悟空を眼下に、ティーダはメカの残骸に足を運ぶ。

 もう、戦闘力も残っていないイタメシに対して、彼は非常な判断を下した。

 

「時空管理局だ……その、誘拐、窃盗および器物破損にあぁ~そういえば質量兵器も使ってたな。 とにかく現行犯で逮捕だ!」

「お、おまえ管理局員だったのか……ガク!」

「まずは救急車か。 おーい悟空、ちょっと手伝ってくれ!」

 

 悟空の腕力で壊れた機械群と、そこら辺の取り合えずの整地を終わらせると、おくれてきた武装隊にイタメシの身を預けてやるティーダ。 その後ろで小さな女の子が救急車に乗せられていくのを見送る悟空は、ハラに手を添えた。

 

「ん~」

「どうした? まさか、怪我でもしたのか?」

「ハラ、減ったぞ」

「……まぁ、そうだと思ったけどな」

 

 何か食いに行くかと、つぶやいたティーダだが、財布を開けた途端に表情が曇り空。 すぐさまあたりを見渡すと、デカデカと張られた“大食い”“時間制限”と言う表記のポスターが貼られた飲食店に向かい、悟空を見事誘導することになったのだ。

 

「すんませーん、一食いいですかー?」

 

 その言葉を最後に、店主の記憶は無い。

 あるのは大量に開けられた在庫と、採算の合わない調理の後だけであった……

 

 しばらく後、そこら周囲一帯の看板から大食いという単語が消えてしまうのだが、それは今後悟空には関係ない話である。

 店を出て行き、食後の運動と言わんばかりに歩き出す彼等。 いや、ティーダの方はほとんど口にしないで居たが、なにぶん悟空の摂取量が分けわからない。 とりあえずの意味も込めて、必要かどうかわからないが、少しの運動をすることにしたのだ。

 

「などと、言い訳がましく述べたが、実はこれから買い物です。 悟空君、荷物持ちの方よろしく」

「メシおごってもらったしな。 おらは良いぞ。 何買うんだ?」

「ウチの洗濯機がうなり声を出すようになったからな、奮発して新しいのを買うんだ」

「あぁ! あの勝手に服とか綺麗にしてくれるヤツだろ? 亀仙人のじっちゃんところで、よくランチが使ってたな」

「ランチ……なんというか、お前の居たところは随分と」

「なんだ?」

「特徴的な名前が多いなと」

「そうか? そんな事ねえと思うんだけどな」

「いやいや……」

 

 この男がカプセルコーポレーションにたどり着いたとして、いったいどのような顔をするのかは興味が尽きないが、おそらくこの先そんな機会はない。

 男の興味がそれた頃、孫悟空はおもむろに空を見上げた。

 大きな雲に青い空。 ご機嫌な陽気に恵まれた本日だが、いろいろなことが起きた。

 

 久方ぶりの“うんどう”だった物でいささか気分転換になっただろう本日。 そっと両腕を上げるとのびのポーズ。 しっぽも伸ばして何だか気持ちよさそうだ。 その姿がどことなく野生動物のソレに見えてしまったのはティーダだけの秘密にしておくとして、彼等は目的の家電ショップに向かう。

 

「値段は8万までなら……もうすぐボーナスだし……うむむ」

「買い物長引くならそこら辺で待ってるぞ。 おめえ考え込むと長いからな」

「あ、あぁ。 それじゃあ30分ぐらいで戻って来てくれ。 ソレまでには終わらせておくさ」

「おう、わかった。 んじゃ」

「気をつけてけよー!」

 

 退屈しのぎで適当に闊歩しはじめた悟空。 目的地はないのだろうが、彼の本質的に一所にとどまる事が出来ないのは、この数週間で嫌と言うほど思い知っている。 だから、適当にうろつかせる事を即座に選ばせたティーダの悟空への信頼度もなかなかの数値である。

 

 男の買い物が始まり既に25分。 たった一機の洗濯機だが、男手一つで二人分の家庭を支える身となれば家電一つとっても長考が必須。 彼の選択は困難を極めた。

 

「あの、店員さん。 もう少しお値段を相談できないですかね?」

「これ以上は……はい、申し訳ありません」

「そ、そうですよね」

 

 極めた上で、なんと値切り交渉を15分にかけて行っていたとは誰も思うまい。

 一目見て、コレだと思いそれでもほかと比べること10分の格闘。 そこからネチネチと“おはなし”を続ける彼を相手する店員の笑顔もそろそろ限界だろう。

 そろそろ引き時か……管理局で鍛え上げた戦術観が彼に告げると、財布を取り出し中身を確認した、そのときである。

 

「――――ッ!!」

「ん? なんだ?」

 

 不意に聞こえてきた不協和音。 怒声とも悲鳴とも付かない叫び声だと認識したときには、一人、何者かが通り過ぎていった。 

 

「ひったくりだ! だれか止めてーー!」

「…………最近は物騒だな。 強盗の次はこそ泥ってか? ――まったくよ!」

 

 取り出した財布を懐にしまうと、ティーダは過ぎ去った人影に全力疾走をかました。

 いくらスタートが遅れようとも、こちらは現職の管理局員。 伊達に訓練など重ねては居ない、素人の俊足程度ならば対応は容易い。

 

「待て、管理局だ! 今すぐ止まれば罪は軽いぞ」

「…………っ!」

「3、2、1……はい、窃盗罪と警告無視っと」

 

 懐から銃器を取り出すと照準を合わせる。 走りながらだと盛大に手ぶれを起こすのだが、そこはやはり鍛えられた局員。 犯人が走るリズムと、自身の振動、手ぶれ、反動その他を一呼吸で一致させれば、すかさずトリガーを引く。

 

 ――犯人の右足横を魔力弾が通り過ぎる。

 

「クソ、撃ってきやがった」

「外したんじゃない、今のは威嚇射撃だからな?」

「……く、ハッタリに決まってる」

 

 かすれる声。 呼吸もままならないと言った犯人に対し、次弾発射の準備を終えたティーダ。 魔法の設定は当然非殺傷、多少の衝撃はあるが、これでおとなしくなるはずだ。 彼は犯人の右肩を狙い引き金を引く。

 

「くっ!」

「ちっ。 曲がり角!」

 

 “運悪く”発射のタイミングでコーナーに突入。 壁が銃弾を遮る。

 悪態をつきつつも走る足に気合を入れ直すティーダ。 前を行く犯人と違い、構えながらの走法は普通よりも体力の消耗が多い。

 立ち止まれば狙いやすいが、今のように曲がり角を何度も利用されれば見失う恐れもある。 止まることは選択しに入れられない。 ティーダは一度照準を外して両腕を振った。

 

「待てコノヤロー!」

「へ、へへ……もう少し……もう少しで……」

「あぁちょこまかと。 いいとこで銃弾が壁に当たる」

 

 走り続けて1分強。 決定打と思い撃ち出した弾丸のことごとくを無力化されていけば焦燥に駆られる。 食い縛る歯、荒くなりつつある呼吸。 全身に酸素が供給されず、逆に堪っていく乳酸はティーダから精密さを消し去っていく。

 ランスターの弾丸は、犯人を追えなくなっていた。

 

 さらにもう一分、今度はY路地にたどり着く。

 

「こっちに――」

「いくんじゃねえ!! 左だ!」

 

 犯人の進路上に弾丸を乱射、無理矢理左へ走らせる。

 そう、曲がりなりにも自宅近所の、しかも裏道を走っているのだ。

 

「はっ、はっ、ぐっ!」

「右右左! 今度も左ィィッ!!」

 

 ティーダは自身の土地勘を総動員させながらヤツの進路を段々と操っていく。 ……そう、確実に弾丸をぶちこめるその場所へと。

 

「く、くそ! 行き止まりか!!」

「デッドエンド。 どうだい、次はロッククライミングでもしてみるか?」

「このやろう……」

 

 路地裏、いわゆる袋小路へと追い詰めたティーダは今度こそ標的に照準を合わせた。 どこに当たろうが確実に気絶させてやると息巻いているその表情は鬼だが、殺そうとしないあたりまだ有情……だろうか?

 散々手間をかかせた問題児に、今度こそ最後通告を言い渡す。

 

「とりあえずくたばっとけ!」

「ちょ、おまっ! 仮にも管理局員が銃持ってその発言はいいのかよ!?」

「うっさい! こちとら休暇中にだ、既に誘拐事件を解決したその午後にもう一件遭遇してんだ! なんなんだ!? 普段は無駄に雑務処理させてくるくせに肝心の休みに働かせるってのは!!」

「そんなのオレには関係ねえ!」

「お前のせいだろうが!!」

 

 叫んだティーダがトリガーを引けば、犯人の側頭部に魔力弾がかすめる。

 絹を裂くような叫び声の後、ガクリと膝から崩れてしまう彼。 そんな光景を見たとしても、上がりに上がったティーダのボルテージは決して冷めない。 ……エンジン全開である。

 

「さぁ、さっさと逝ってもらうかぁ!」

「て、てめぇ! いま非殺傷の――」

「解くわけねえだろてめえみたいなこそ泥相手に。 少し魔力を込め過ぎただけで、当たっても3日間目が覚めない程度だ」

「おっ、おまえそれ十分やり過ぎだろうが!? ……っく、こうなったら――」

「なんだ?」

「センセー! 助けてください、センセー!!」

 

 犯人のタスケを請う叫びに、どこか時代劇な雰囲気を思うティーダ。 こんな下っ端の、そしてこのようなお粗末な事件にわざわざ助っ人を……? 一瞬の疑念だが、どうでもいいと切って捨てた彼は……

 

 

 即座に後悔した。

 

 

「……ふむ。 貴様、どこかで……?」

「お、おまえ…………」

 

 今度は自分が、旧知の顔に遭遇するだなんておもいもしなかった。

 思い起こされる、たった一月前の光景。 あの赤茶けた大地と生い茂る緑との境界で遭遇した、自身を殺した影。

 あの時の女が、殺意のない顔でこちらを視界に入れているのだ。

 

「……ど、どうして、こんなところに」

「……なんだ? おまえ、この姐さんと知り合いなのか?」

「…………」

 

 ――盗人の言葉など既に耳に入らない。

 ――その手に握る銃のリミッターは既に切り落とし。

 ――心を氷のように冷徹に、目の前の障害を排除する決意を固め。

 ――何らためらいもなく、その手の凶器を現れた女に突き出した。

 

 あまりにも激変した雰囲気に、盗人は既に心身が凍り付き、身動きの一つもとれずに息を潜めた。 ソレとは正反対に、たかが魔導師の男一人に牙を向けられた女は、どうしてか首をかしげる。

 

「どうかしたのか? 初対面の相手に非殺傷を解くなど。 それでも管理局員か?」

「……どういう神経したらそんな言葉が出るんだ、てめぇ。 一回は人のこと殺しているくせによ」

「ほう? わたしがか? ソレは面白い誘導尋問だ」

「残念だが現行犯だぜ? 何せ殺した相手は………………」

 

 視線が合えば臆してしまうだろう。 だから、相手の心臓に照準を決めると即座にトリガーを引いた。

 

「オレだからな!!」

「……訳のわからないことを」

 

 あのときの仮を返さんとばかりの猛攻。 両手に持った銃から吹き出す魔力弾は、あのときとは違い一切の迷いがない。 だが、いくら心を氷に変えたとしても、対峙した相手が悪かった。

 彼の弾丸は、すべて当たらず躱されてしまう。

 

「動きの変化、相手の挙動に対する正確な射撃。 躊躇のない武器選択……いいセンスだ」

「コイツ……くそ、やはり俺程度じゃ話にならんか!」

「しかしコレではますます腑に落ちない。 これほどの腕を持っている相手を一度は殺した……わたしが? ライブラリにすらないこの男をか?」

 

 よけつつ、思考を続ける彼女。 右目が妖しく光るさまはコンピューターのインジケータランプのようでいて、全く人間性を感じさせない。 だがソレを気に出来るほどの余裕がないティーダはとにかく“弾丸を走らせる”

 

「撃て……撃つんだ」

「当たらないな。 ……精度が少しずつ落ちている。 幕切れか」

「もうすぐ……もうすぐだ」

 

 男が精密射撃から乱射に切り替わったとみるなり、彼女はその鍛え上げられた身体を駆使して、なんと乱射された弾丸を縫うように動き始めた。 一歩、また一歩とこちらに近付いてくる彼女に、猛攻を仕掛けながらも、確実に押されていくティーダは、左手に持ったデバイスの先端を変形させる。

 

「ダガー!」

「魔力刃? ……粋な真似を」

 

 ナイフほどの魔力刃を形成した銃を懐まで振りかぶり、横に凪ぐ。 不意の戦術変化に女はバックステップ。 距離をとらされた。 男の些細な反抗に若干の舌打ち、だが、ソレと同時にわき上がってくるのは好感である。

 

「なかなか面白い」

「いまのでダメージ無しかよ、化け物め」

「一応、女性に向かってその発言はどうなんだ?」

「心にもないことを」

「……ふふ」

 

 ただ、その好感というのが歪な物打というのは、お互いにわかっていた。

 

 双方がにらみ合っている間、すっかり蚊帳の外に置かれた盗人だが手に持ったバッグを抱きしめるように這いずり回ると女の影に隠れていく。 自身を追っていた存在の戦いを見て、ようやく自らが置かれた状況を理解したのだろう。

 そして、自身の盾になった彼女の強さを見て、勝利を確信してしまったのだろう。 ……彼はここでいらない茶々を入れてしまう。

 

「へ、へへあんな奴倒して、さっさとこの宝石を届けちまいやしょうよ」

「……」

「宝石? お前、いったいその男に何をさせたんだ」

「……余計なことをベラベラと」

「あ、姐さん?」

 

 彼女の持つ雰囲気ががらりと変わる。

 ティーダに対する視線とは真逆な、途轍もない冷たい視線に、男が凍り付く。

 

「一目見たときから思っていたんだが、貴様のよう下郎は……目障りだ、もういい消えろ」

「…………あえ?」

「な、バカ! アイツ!!」

 

 そこから女が何をしようかだなんて、盗人には想像できなかった。 そう、所詮使いっ走りの自信が目的を果たせばどうなるかなど、くだらない報酬に眼が眩んでいる今ではわからないのだ。

 哀れな男に振り落とされるのは一撃必殺の威力を持った手刀。 女は容赦なく盗人の命を奪った――

 

「――うぉおおおお!!」

「ぐあ!?」

「……助けただと?」

 

 目の前で行われる殺人を、黙ってみていられる性分ならば、この男は時空管理局で訓練など積まない。 ほとんど反射的に動いた身体で、ぶち当たり、壁に激突しながら盗人を助けたティーダは即座に銃口を女へと向けた。

 自身のすぐ横で茫然自失になりかけている男の顔をはたきつつ、怒りに燃える表情で、怒声に近い言葉を投げつける。

 

「何も殺すことはねえだろうが! そこに、どんな事情があったとしても!」

「……その男の口の軽さは、我々にとって不利益でしかないと判断したまでだ」

「あ、あ……おれ、いま殺されたのか……?」

「んなモン決まってんだろ。 お前がなにしでかしたかわからんがな、あの女は人をその手にかけるのに躊躇しないヤツだ。 現に俺も瀕死の重体にされたことがある」

「お、おれ……そんなやばい奴らと……ひっぃ!」

「いいからそこを動くなよ」

「は、はぃ!」

 

 明らかにうろたえている盗人を見て今の言葉がウソでないと確信した。 あの女がどういった経路でこんなことをしているのかはわからないが、これでティーダのやることが定まった。

 

「この間は遅れをとったし、アンタがあの悟空よりも上手なのはわかってる」

「ほう、ソレなのにどうして?」

「ここで引いちまったら、俺は一生あんたという悪夢に怯える事になる。 それに、そんな姿“アイツ”に見せるわけにはいかないんだよ!」

「……ふふ」

 

 眼に活力が燃え上がるティーダを声に出して笑ったソレは嘲笑ではなく、確かな賛美が含まれていた。 この笑いの意味することがいまいちわからないが、察する時間など無い。

 トリガーを引けば弾丸が走り、女はソレを足運びだけで回避する。

 それはさっきの焼き写し。 彼の銃が女に通用しないと言うことを証明したと言うこと。

 だけど彼は撃つことをやめなかった。 魔力が全身を走ってくれる限り、女への攻撃をやめない。

 

「遅い、遅いぞ!」

「無茶苦茶だこの女、銃弾をよけるなんてよ!」

 

 それでも銃を撃ち続ける。 幸い質量兵器とは違い魔力が続く限りは弾切れの心配は無い。 だが、それでもこの女相手にはジリビンだ。 彼は少しずつ、確実に追い詰められていく。

 女は足下に転がっていた小石をかすめ取ると、そのまま勢いを殺さずティーダに投擲したのだ。 あの悟空と対峙できるほどの存在が放つ投擲は、比喩でなく銃と同等の速さと威力を与えた。

 ……ティーダの右手にある銃が、遠くに吹き飛ばされていく。

 

「取った!」

「――」

 

 圧倒的な隙を作らされた。

 だから懐に潜り込まれて、いつかの時と同じように腹部を鋭い衝撃が貫く事を彼は覚悟した。

 覚悟して、準備を完了していたのだ。

 

「あはははは!!」

「か、管理局の野郎が……あ、ぁぁ」

「…………」

 

 狭い空間に木霊する笑い声。 守ってくれていた存在を失って、悲観に暮れる盗人。 そして、腹部を貫かれたティーダ。 急所を的確に貫かれ、喋ることもなくただ、腹部から鮮血のしぶきを上げるのだった……

 

 上げる、はずだった。

 

「あはははは…………は、なんだ、これは?」

「…………」

「急所を貫いたが、普通ここまで無反応なものか? ショック反応すらないのはどういうことだ」

 

 痙攣も無く、それどころか血の一擲すら流さないのはどういうことか。

 この手は確かに男を貫いた、感覚もある。 だけど、その結果に対して女の疑念は膨らむばかりだ。 なぜだ――女が口にしようとしたとき、アラートが鳴り背後を警戒するシグナルが映し出された。

 

「な!? お前――――」

 

 振り返る寸前、その瞳が背後の人物を映し出そうかというそのとき。 彼女の身体に熱せられた銃口が押し当てられる。

 

「この距離ならよけられないな!!」

「なぜ!?」

「うぉぉぉおおおお!!」

 

 チャージされた魔力弾の接射は、見事女を貫いていく。 通常兵器では無い、非殺傷武器である弾丸は彼女の身体を傷つけずに“衝撃だけを与える”

 まるで亜音速で飛んでいく拳銃とほぼ同性能を誇る彼のデバイスを、威力を上げ、さらに至近距離から放たれた彼女のダメージは絶大である。 壁に叩きつけられ、静止した彼女に死にかけたはずのティーダが銃を突きつけた。

 

「幻惑の魔法だ、油断したな」

「あんた、そんなことが出来たのかい。 しかしなんであの姐さんはぼうっと立ってたりしてたんだい」

 

 盗人が驚愕してティーダを見上げる。

 幻惑は所詮錯覚に過ぎない。 視覚情報を騙すだけなので、触られたりすればソレが偽物だというのはすぐにわかる。 だが女はティーダを貫き、確かな感触をその手に掴んだはずだった。

 なぜ、そんな事が出来たかと言えば、決して彼が特別な才能があったわけでは無く……

 

「まぁ、言ってしまえばアイツ専用の幻術ってヤツだ」

「はぁ……?」

「……あのひとには感謝してもしきれんな。 本当に」

 

 影ながらに、そして悟空にでさえ秘密にしていた助力が今の彼を支えていたのだ。

 

「さて、俺というエサに食らいついた……訳じゃ無いが、半々で狙い通りだ。 このまま連絡して連れてってもらうか」

「そ、そうっすね。 こんなおっかねえ姐さん、ほったらかしには出来ねえっすよ」

「何言ってるんだ、もちろんお前もだからな」

「……そういえばそうか、まぁ死ぬよかいいっすよ」

「そうだな。 死ぬよりいいはずだ」

 

 腕ごと胴体をバインドで縛ると、そのまま中空に窓枠を作る。 光り輝くソレは通信用の魔法である。 ティーダは、つい最近自身のアドレス帳に登録した、とある番号へと連絡を入れた。

 

「………………うむ、出ないな」

「管理局の増援ですかい?」

「いんや、ソレよりもっと心強いところだ。 詳細は秘密だが」

「管理局より? そんなの、この世界どこを探しても無いでしょうに」

「……ま、普通はそうなんだけどな」

 

 ティーダにだって否定しきれる根拠は無かった。

 黒い翼がよぎってしまえば、根拠の無い自身は確信にだって変わってしまうのだから、あの女性は途轍もない影響力がある。 

 倒した女を渡して、どうなるのかはわからないが自身の手に余のは確かだと考えていたときだ。

 

「あれ?」

「……? どうかしたのか」

「あ、あの……そこに居た姐さんは?」

「は? ――な!?」

 

 居ない。 ほんの少しだけ、比喩で無く瞬きをした間に縛られた女が姿を消していた。 出入り口はティーダが今立ちふさがっている。 後は……あり得ないが空を飛ぶか転移魔法を使うしかない。

 混乱する状況に、なんとか気を落ち着かせると彼は意識を銃に集中した。

 

「ヤツめ、どこに行った? 来るなら来い……今度こそ仕留めてや――――」

「……そうそう同じ手を喰らうと思っているのか?」

「!!?」

 

 後ろ!

 今度はティーダが振り向きざまに吹き飛ばされる番だった。 ぐるぐると回る世界と、体中を駆け回り暴れる痛覚。 ケリか拳か、それとも武器で殴打されたのか、とにかく全身が激しい苦痛を訴えかける。

 不意打ちを見事に受けた彼は、波を噛みしめながら女を見上げる。

 

「今度は幻覚じゃないようだな。 だが驚いたぞ、まさかあれほど高度な術を使うとはな」

「や、やられた……のか」

「誇るがいい、只のニンゲンが我らに太刀打ちできたのだ。 ほんの少しといえな」

「はぁ……はぁ……」

 

 意識がぼやける。 どうやら一回の打撃では無く複数の連撃をもらったたらしい。 腹部、頭部、右腕。 それにあごを打たれて脳を揺らされたのか、下半身がいうことを効かない。

 

「楽しい時間はここまでのようだな。 あのソンゴクウ以外にここまで楽しませてくれる人物が居るとは思わなかった」

「あぐ……」

「残念だが……お別れだ」

「――――うっ!?」

 

 本当に、本当に別れを惜しむような悲しい顔を作ると女は…………ティーダの腹を貫いた。

 

「ティ……ア……ごめ………………」

「あ、アンタ!!」

「さて、次はお前の番だが……」

「ヒィィ!!」

 

 沈黙したティーダに、ただ悲鳴を上げることしか出来ない盗人。

 今度こそと、女がヤツの首を掴み、持ち上げると、ゆっくり手刀を引く。

 

「死にたくねぇ! 死にたくねえよぉ……」

「…………こんなつまらぬ命を守ってコイツも救われないな……消えろ!」

「ヒィィィイイイイ!!」

 

 男の断末魔が、響く。

 

 

 …………はずだった。

 

「おい、何やってんだおめえ! そいついやがってるだろ!」

 

 皆が振り向いた。

 黒い髪、茶色い尾を持つ少年が、なぜか息を切らせながらオンナを睨み付けていた。

 

 途轍もない嫌な予感が胸をかきむしったのだろう。 彼は一切の笑顔もなく、ついにこの現場に現れた。

 

 孫悟空はそこに居た…………

 



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第81話 月が見える夜

大変遅くなりました。
繁忙期開け、久しぶりの投稿です。 では……


 

 

 

 

 

 

「…………ん?」

 

 そこは、白い部屋だった。 ベッドと狭い窓枠が置いてあるだけで、何も無い部屋だった。 そんなところに見覚えの無い少年は、視線を迷わせながら布団から出る。

 

「あ、れ?」

 

 出る。 いいや、出ようとしたのだが身体が言うことをきいてくれない。

 全身の運動神経が抜き取られたかのように、ぴくりとも動かないのだ。 こんなこと、どんな修練を積んだ後でもなったことが無い。 初めての感覚に戸惑いを見せながらも……

 

「まぁ、いっか」

 

 彼はやはり、そう言うのであった。

 動かないと言うことは、自身は途轍もない無茶をしたのだろう。 だから、今は休むべきなのだろうと理解していた。

 

 でも、何か変だ。 ……そう、彼自身、どうしてこのような場所にいるのか、皆目見当が付かないのだ。 ちがう、身に覚えがないのだ。

 

「メシ、食って。 変な三人組懲らしめて……なんだっけ」

 

 記憶がはっきりしない。 ここまでボロボロになったというのに、そこまでの経緯を思い出せないのはどうにもすっきりしない。

 普通に走って転んだと言う訳じゃ無いだろうし、自身の頑強さならば、並大抵のことではこんなことにはならないのは、少なからず理解している。 なにか、あったのだ。 小さな不安だったが、ソレは時間が経つほどに大きくなっていく。

 

「そうだ、アイツならわかるかもな」

 

 少しだけはっきりしてきた意識で、現状を打破出来そうな頼りになる存在を思い出す。 しっかり者で、それでいてどこか面白くて……自身が知らないことをすぐ教えてくれる彼はどこに居るのか、わからない少年はとりあえず口にしてみることにした。

 

「おーい、ティーダー……」

 

 どこかにいるんだろう? そんなニュアンスの、彼にしては珍しいほどの小さな声。 身体が弱り切っていると言うのもあるが、それ自体が問題では無い。

 彼は、心の奥底から彼を呼べていないのだ。

 居るのかどうかもわからないから、少し控えめなのだ……そう、思うことも出来る。 だけど、ソレは違う。

 

「おーい、だれかいねえのかー」

 

 自身の違和感に気づこうとしない少年は、今度は別の誰かを呼んだ。 こう、状況もわからずに動けないで居るのは不安でしか無い、どうにか打開しなければ。 何でもいいから状況を知りたい彼は、少しだけ声を張り上げた。

 

 少しして、部屋のドアが開けられた。

 大げさにならされる足音と、数人とわかる声のざわめき。 少年が静かに疑問符を作っていると、一人、初老の男性がベッドに近付いてきた。

 

「キミ、意識はあるんだね?」

「あぁ、大丈夫だぞ……でもな、身体がうごかねえんだ」

「ソレは当然だよ、キミは――いや」

「どうした?」

「いやいや、何でも無いんだ。 でも、キミは大けがをしていたからね、ここに運ばれたときはひどい物だったんだよ」

「そっか……」

 

 医者なのだと、少年は思った。 白い服、薬品臭い身体と、首からぶら下げている聴診器が、彼の中の医者像と見事に合致していた。

 そんな初老の医者は、少年のベッドから少し離れると、そっと背中を向けた。

 

「少しだけ、わたしとお話をしてもらってもいいかな?」

「うん? なにをだ?」

「いろんな事だよ。 そうだね、まずはお名前を聞きたいな」

「おら、悟空。 孫悟空だ」

「……そん、ごくう……そうか」

「おらの事、知ってるのか?」

「ん? 大事な患者さんだからね、いろいろと知っているよ」

「そっか……じゃあさ、おらがなんでこんな事になってるのかも知ってるのか?」

「あぁ、そうだよ」

 

 ここでようやく振り向いた。 医者が優しい顔をするのだが、どうにも悲しい表情にも見える。 まるで、少年に対して申し訳ないと謝るようで……悲壮なのだ。

 

「あんな、おらなにか大事なこと忘れてる気がするんだ」

「……そう、か」

「アイツなら知ってる気がするんだ……そうだ、ティーダ…………おらと一緒に居たと思うんだけどさ、どこに居るか知ってるかな」

「…………その、だね」

 

 ごめんね。 医者は最初に言った。

 わからないと言う意味だと、悟空は思うことにした。 だけど医者の表情が曇り、陰り、苦い物になっていけば、いくら純朴な少年でも嫌でもわかってしまう。

 

「あいつ、どうかしたんか」

「キミと一緒に居た、管理局員の彼は、その…………息を引き取ったよ」

「……………………え」

「亡くなったんだ」

 

 もう、あの男とは二度と会えなくなってしまった事実を。

 

「…………うそだ」

「出血がひどくてね、こっちに到着したときにはもう……」

「ウソだ……ウソだ!! あ、アイツ結構腕も立つし、しぶとくて、それにイモウトの為にガンバルって!」

「……残念だけど」

「あ、……ぁぁ」

 

 凍り付き、青ざめていく悟空の脳裏にはあの男の笑い声が木霊する。

 頑張るぞ、などと自分を舞妓しながら日常を送り、たったひとりの肉親のために働く姿は、ずっと前に別れた祖父を彷彿とさせる。

 そんな彼が、死んだ。

 どうして? なぜ………………いや、答えは、すぐに見つかった。

 

「あの、女か……」

「ん?」

「アイツが、やったんだ……」

「ご、悟空君?」

 

 動かないはずの身体が震えた。 純朴そうだった少年の目は既に無く、その内に眠る野生……いいや、なにか途轍もなく恐ろしい物を医者は確かに診た。

 

「アイツが……アイツが殺したんだ」

「き、キミ! 落ち着くんだ!」

 

 全身が動かないはずの少年に潜む、黒い獣が暴れ出す。

 

「グワァアアア!! よくも、よくも!! あのヤロウ!!! おらがぶっ殺してやる!!!!」

「ぜ、全身不随のはずなのに、どうしてここまで暴れられるんだ!? だ、誰か来てくれ! 鎮静剤を――――」

 

 叫ぶ悟空は既に半分理性が無い。 あの、気心の知れた男が殺されて、しかもソレをやった犯人はいまもきっとあのときと同じ顔で笑っているに違いない。 ソレを思ってしまったらもう、止まる理由などどこにも無い。

 

 彼は、力尽きるまで暴れ回った。

 

 

 

 

 

 

 悟空が全身の痛みで気を失うまでおよそ10分。 病院の人員をフル活用して、どうにかベッドに縛り付けることに成功した。 彼がここまで弱り切っていた事が幸いし、病院側には誰一人怪我人は居なかった。 奇跡的だった。

 

 ここまで暴れた少年に戸惑い、困惑した病院だが、誰一人としてもこの者を追い出そうなどとは思わなかった。

 彼の叫びがこの施設すべてに届いたからだ。

 途轍もない、慟哭。 仲間を、友を奪われた少年をいったい誰が責められようか。

 この建物にいる誰もが、彼のこの先を案じた。

 

 

 

 

 悟空が一度眼を醒して、十数時間が経過した。 心も体も限界まで酷使した彼は今も尚眠りから覚めない。 

 いまだ寝息が響く病室は暗い。 窓からの明かりも無い深夜はとても静かで、とてもこの少年には不釣り合いな空気であった。 そんな一室のドアが、静かに開く。

 

「すぅ……んぐ」

「…………」

 

 ベッドになんとか届く背丈に、オレンジ色の頭髪の少女。 彼女は無言で悟空の近くに歩居ていき、やはり無言で佇む。 何も無い空間でどこまでも無言。 永遠かと思われた沈黙の後で、彼女は突然……叫びだした。

 

「どうして!」

「……っ?」

 

 その声が少年を起こした。 どうしようも無く力尽き、誰も起こすことが叶わなかった彼を、只の少女がたたき起こしたのだ。 その、今にも掴みかからんとする怒声を持って。

 

「お、おめぇ……」

「どうしてこんなところで! あ、あんたがお兄ちゃんを……!」

「おら……」

 

 否。 掴みかかったのだ。

 

 胸元を掴まれ、ベッドから落とされた悟空は自身にまたがる少女を見上げた。 その瞬間、

彼は息を呑んでしまう。

 

「うぐっ……えぐ……」

「あ……ぁぁ」

 

 その顔に怒気は無く、既に悲壮に塗れてしまったからだ。 そんな相手に掴みかかった理由を尋ねるほど悟空は疎くないし、彼女の怒りも悲しみも自身に覚えはある。 そう、近くて遠い昔に、少年は少女と同じ体験をしたからだ。

 大ザルに踏みつぶされた“はず”の自身の…………

 

「おら、おめえのアニキ……カタキ、とれなかった」

「仇なんていらない……お兄ちゃんを返して」

「…………」

 

 少女の、いいや。 ティアナの顔を見るたびに、あの悟空が気圧される。

 自身のミスでも、まして、悟空自身が手をかけたわけでも無いにもかかわらず、彼女から向けられるこの感情は理不尽な物だ。

 少年はとても強い。 その身体は頑強で、銃弾すら跳ね返す鉄壁の身体だ。 でも……

 

 でも、こんなどうしようも無い感情を訴える相手とは、戦い、勝ったことが無い。

 

 こうまで悲壮をぶつけてくる相手と真正面から戦ったことが無い。

 こんな理不尽を相手などしたことが無い。

 

 だから、少年は困ってしまう。

 

 でも、だけど……だ。

 

「おら、なんとかするからさ……だから」

「…………」

「おらが」

「出来るわけが無い……もう、ぜんぶ……」

 

 だけど――

 

「おらがティーダを生き返らせてやる……! アイツを、このままになんか――」

「~~~~ッ!!!?」

 

 その言葉が引き金だった。 ティアナの悲壮が、一気に反転する。

 

「何言ってるのかわかるの? そんなこと、出来るわけ無いじゃない! お父さんもお母さんも死んじゃって、それでもうわかってるの! 死んだ人は帰ってこないの! わたしがコドモだからって馬鹿にして、その場しのぎでウソなんてついて!!」

「うそなんかじゃ――」

「うぅぅううううう!!」

「あ……おい」

 

 悟空を掴んだ手の力が一気に増す。

 それでも所詮5、6才程度の腕力だ。 孫悟空を絞殺するには絶対的に力が足りない。 

 

「えぐぅ……かえ、してよぉ……」

「おめぇ……」

 

 だが悟空の心には十分すぎるほどのダメージが入っていた。

 何度目かの嗚咽を聞いたとき、病室に別の足音が侵入する。

 

「悟空君、なにか大きな音が……き、キミ! 何をやってるんだ!?」

「あ、コイツは……」

「重体患者なんだぞ! 早く離れなさい!」

 

 動けない悟空の上でまたがる少女。 ソレを見た医者は血相を変えて彼女を引きはがしにかかる。

 少しばかり暴れるかと思われたティアナもおとなしく者の手に引っ張られ外へ連れ出されていく。 その光景をただ見ていることしか出来ない悟空は、そっと奥歯を噛みしめていた……

 

 

 その後、ティアナはまだ幼く、気が動転していたと判断され、別室で療養することとなる。 しかしソレは悟空へ不用意な接触を避けるという措置でもあった。 それほどに彼女に対する孫悟空への反応は最悪であったからだ。

 その、悟空はというと……医者からとんでもない宣告を受けていた。

 

 

「……全治一年だね」

「え? おらそんなには寝てらんねぇなぁ」

 

 そんな事をしていたらティーダを生き返らせることが出来なくなるからだ。

 孫悟空の奥の手は様々な制約がある……のだが、ソレが所々強引に変わってしまっているのはこのときの彼が知るよしも無い。

 

 とにかく、このままこんなところで休んでいる場合では無くなった彼は、医者に食ってかかる。

 どうにか治せない物か。 全部じゃ無くてもいい、ただ、この身体が動けるようになればそれでいい。 そんな無理難題、当然受け入れられる訳が無く、なだめられて終わる毎日が無情にも消費されていく。

 

 病院で身体を動かせないままに10日が過ぎていった。

 

「…………うし、誰もいねえな」

 

 孫悟空はベッドの上で“起き上がる”

 周りを見渡すと一呼吸置き、ゆっくりと腕を振り回す。

 

「イデデ!? ……か、肩が……」

 

 激痛と共に彼に警告をする身体。

 まだ、全身の骨がくっつき終わっていない上に、肉離れも起こしている。 だから、とにかく動くな……と。

 

 だけど、そんな身体の警告をこの男が聞いてくれるだろうか?

 

「……よし、慣れた! 今度は歩くぞ」

 

 痛みを堪え、涙目となりながら今度は床に足を付ける。

 床に触れたところから激痛が走る……だが、コレもまた無視していく悟空。 今度はゆっくりと足を動かしはじめた。 

 一歩、少しずつ。 ほんの少しの前進を繰り返し、10分の時間をかけてようやく部屋のドアへとたどり着く。 ドアノブに、ゆっくりと手をかけた。

 

「っ!?」

 

 腕を、捻ることが出来ない。

 なんとか上下の運動には耐えてくれたものの、そこまでであった。 また別の動きが加わると、激痛が重複して身体を引き裂いていく。

 夜の病院。 皆が眠りについているこんな時間帯で叫び声を上げればすぐに見つかってしまう。 ソレは極力避けたい悟空は、歯を食い縛り、息をフーフー漏らしている。 痛みに慣れていると言っても、これ以上は本当に限界であろう。

 何が彼をここまでさせるのか。 いや、彼がなにをしたいのか……

 

「強く、なってやる……アイツ倒さねえと、ティーダ生き返らせてもまた、殺される……」

「…………」

「おら、ぜってぇ許さねぇぞ。 それに、ティーダもぜってぇ助けるんだ……」

「……………………」

 

 “彼女”には、わからなかった。

 

 

 

 

 

 

 最初は、水を飲みたくて外に出た。

 

 医者にはしばらく安静にしていなさいと言われ、必要な物はなるべくそばに置かれていた。 子供心ながらに“あぁ、ここから出るなと言っているんだ”というのも理解できた。 あんなことをした後だ、この扱いには十分納得した。

 飲み水も、備え付けの冷蔵庫の中に十分に備蓄されていた。 だから、普通に使っていれば飲み干す事なんてあり得ない……だけど、夜になるとどうしてものどが渇いてしまう。

 

 あのときの、彼を思い出してしまうから。

 

 眠りにつこうとすると、聞こえてくるのは彼の弱々しい声。

 言い訳がましい、なんとかするという声はいつまで経っても忘れられない。

 

 私はコドモだ。 ソレはわかっている。

 だけど、周りよりもほんの少しだけ多く不幸を経験しているせいか、どことなく大人びているところもあると思っている。 お兄ちゃんはそう言うところを生意気だとか、もう少しコドモっぽくていいとか言うけれど、私はコレでいいと思う。

 

 だから、コドモの絵空事のような事を言うあのヒトがどうしても許せなくて。

 背丈も、仕草も。 私とそう変わらないはずの……彼。

 そんな男の子に信頼を置く兄がわからなかったし。 それに併せてどこか対等に接していたあの子の事がわからなかった。

 

 ……本当に、わからなかった。

 

「…………のど、かわいた」

 

 もう、暗い時間だ。 消灯時間を過ぎて、周りはもう寝静まっている。 でも、私はどうしてものどが渇いてしまって。 ナースコールを押すまでも無いし、少しだけ言いつけを破って外にある自動販売機を目指してドアを開けてしまった。

 

 真夜中の病院を怖いと、昔は思っていた。

 でも、どんなに暗い廊下を歩こうが、電灯が付いたり消えたりしていても今の私に恐怖心が沸くことが無かった。 ただ、悲しくて、悲しくて…………

 

「そっか、泣いてばかりだから……のどが乾くんだ」

 

 そう気がついた頃には目的の自販機で水を一つ購入した後だった。

 お医者さんに見つかるのはよろしくない。 だから足早にここから去ろうとしたときだ、ほんのかすか……でも、途轍もないほどのうなり声を聞いた気がした。

 

「な、に……いまの……こえ?」

 

 声だと、本当に思えたのはもう一回同じ音を聞いてからだ。 だってヒトが出すにしては途轍もないほどの衝撃を心が覚えてしまったから。

 なんだろう。 この、身体が震えるような声は……気になってしまえば自然と足が声の方に向いていた。

 

 そして、私は後悔した。

 

 

「………………38…………39…………ぐぅぅっ!?」

「……なに、やってるの」

 

 あのヒトが……あの、男の子が病室でうずくまっている。 痛みで転げ落ちたのかと、すぐにドアを開けようとしたけど、その手は動かせなかった。

 

「40! ……よし、腕が動かせるようになってきたぞ」

「どう、して……」

 

 彼の言葉はうれしそうだったのに、その顔がとてもゆがんでいたからだ。

 怒っているわけでも、落胆しているわけでも無い。 ただ、何かに耐えているように口元を食い縛っている。 その姿に、私は全身を縛り付けられてしまった。

 

「すぐ、治してやるこんなモン! 待ってろよ、ティーダ」

「ッ!?」

 

 身体を治す事は二の次で、ついこの間まで他人だった兄の為に、ただ、意味のあるのかわからないトレーニングを継続していた。 私には彼のやっていることが正しいのかわからない。 ああやって身体を痛めつければもしかしたら治りが早くなるのかもしれない。 そう言う特異体質なのかもしれない。

 それに……あのヒトがどうなろうと、私にはもう……関係ないから。

 

 私とあのヒトをつないでいたのは、兄という存在だけだった。 正直、私にはどうでも良かったし、今まで二人暮らしだった私たちの間に突然転がり込んできて困惑していたところだった。

 だから、もう、関係は前のように他人になる……そういうはずなのだ。

 

「ガ!? イデェ!!」

「あ……」

 

 床を転がり、口を絞って叫び声を殺す彼をみると、身体が震えてしまう。

 

「フゥ……フゥー」

 

 呼吸を整えて、痛みを殺していく彼はまたも身体を動かしていく。 どう見たって無謀なトレーニングだ。 きっと彼はものすごい無茶をしている。 でも、彼は止めたってやめないだろう。

 鬼のような顔をする彼を見ているうちに、ドアをゆっくりと開けている自分が居た。 気がつかないうちに彼へと近付いていたのだ。

 それでもあのヒトが私に気がつくことは無かった。 どんなに腕が震えても、どれほどに身体が悲鳴を上げても彼は自分の身体をいたぶっていった。

 

 10回目の悲鳴を押し殺したとき。 私はついにかけだしていた。

 

「あぐぅ……まだ、だ……まだ……」

「もういい!!」

「あ、え……? おめぇは」

「もういいから、お兄ちゃんを返せなんて言わないから! もうやめてよ!!」

 

 本当はよくない。 お兄ちゃんにはまた会いたい。 でも、この人がこれ以上悲鳴を押し殺す姿も見ていたくない。 だって、あまりにもその姿が痛々しいから。

 

「頭悪いの?! そんな身体で動いたって、余計に悪くする一方だって、ふつうわかるでしょ!?」

 

 これ以上無理をする姿を見ていると、私の気がおかしくなってしまうようで。 だから、そう、コレは私の為に引き留めているだけなのだ。 この人の為などではないのだ。

 

「うごかねぇと治らねえもんも治らねぇぞ。 それにおら聞いたぞ。 こういうのを“りはびり”って言うんだろ?」

「……え?」

 

 ……ちょっと、待って。 もしかしてこの人。

 

「おら言われたぞ。 ある程度治ってきたら、今度は身体を動かす練習が待ってるって」

「……それはそうなんだろうけど。 でも、身体治ってきてるの……?」

「ここで目が覚めたときよか全然だな。 こうやって這うくらいは出来るし」

「せめて歩けるようになってからじゃない?」

「そうか? ……そうか」

 

 やっぱりというか、当然のように無理を無理とわかっていて、それでもこうすれば治る、 こうしないと動けるようにならないと思ったからやっていたんだ。

 でもその方法が極端すぎる。

 だから私は、この人のことが急に……怖くなった。

 

「もういいからジャマすんな。 言われなくったっておら、ティーダの事は生き返らせるって決めてたんだ」

「……また、そんなこと言って」

「ホントだぞ。 ホントにホントだ」

 

 背格好が私と変わらないから最初はウソか強がりだと思っていた。 だけど、こんな姿まで見せられて、ここまで強く言い切る姿をウソだと言ってやる事なんて出来ない……けど……

 

「でも、もういいから」

「ん?」

「そんなになってがんばっても、出来ないことは出来ないから。 ……倒れちゃう前に、早く寝てください。 それじゃ」

「……ウソじゃねえぞ」

 

 彼の呟きを危機ながら私はその場を去った。 買ってきた水を一飲みして、潜り込むようにベッドに入り込む。

 今この瞬間、私が眠りにつこうという時でさえ、彼はきっとお兄ちゃんを生き返らせるという無理をしようと躍起になっているのだろう。 ソレが、どういう意味なのかもわかっていないのかもしれない。

 

 そうだ、彼はきっと……大切な誰かを失ったことが無いからあんな事を言えたんだ。

 

 いつも笑ってばかりの顔は、きっと辛い現実もなんて知らなかったのかもしれない。 だから、あんな事が言えたのかもしれない――――

 

 一瞬。 本当に少しだけ彼に対して言い知れない感情がわいてしまう。

 ベッドから飛び起き、文句の一つを言ってやろうと頭に血が回りかけたときだ。 ……私は、いまになって思い出したのだ。

 

「……あのひと、家族はどうしたんだろう……?」

 

 前に聞こうとしたら話が通じてないのか“おじいさんの話だけ”しか聞けなかった。 かといってそれ以上は興味が持てなかった。 でも、今になって考えればおかしな話だ。

 あのヒトはなんなのだろう。

 どうしてウチに来て、兄と一緒に行動していたのだろう。

 そもそも、背丈と同様に私と同い年なのか?

 

 わからない。

 わからない。

 

 延々と自問自答を繰り返していくにつれて、やはり疲れがたまっていたんだと思う。 気がつけば深い眠りに落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――とある、拘置所

 

 

 狭く、薄暗い空間の中に一人の男がうずくまっていた。

 時間にして280時間。 ただ、何かに怯えながら身体を抱き、奥歯を鳴らしながら時間を消費していくだけの存在。

 これには看守も対応に困り、とにかく言葉が通じるようになるまで待つことにしたのだ。

 

 牢屋の中でおとなしくしている彼を前に、看守は一枚の紙を取り出す。

 そこにはデバイスに記録として残せない情報がいくつか書かれており、情報が漏れそうになった際には燃やすことで隠滅させる。 数少ない紙媒体の資料だ。

 

 そのなかにある、男の数少ない発言を看守は確認したのだ。

 

「オ? ア? ンナ、ツキオ? ……えっと、あぁもう殴り書きはやめろって言ってるのにさぁ」

 

 とてもヒトが読めるような文字じゃないのは、そのときの状況が切迫していたから。 そう、男をここに収監したときは、誰も彼も忙しなく動いていたからだ。

 そう、この男をここに運び込む際、この施設はかなりのパニックに陥っていた。

 看守が数日前の事を思い出しながら、紙をたたみ懐に入れる。

 すると背後のドアが開き、自分と同じ格好の人物が現れた。 ソレを見ると、左腕に巻いた時計を確認し、少しだけ肩の力を抜く。

 

「やっと休憩時間か」

「お疲れ様です。 どうですか? なにか、変化は」

「いいや。 相変わらずダンマリだ」

 

 牢屋に居る男の変わらぬ姿を一目見ると、交代で入ってきた彼は帽子を被り直した。

 

「意味不明の言葉を叫ぶだけ叫んで、その後は糸が切れたように寝たきり無反応」

「おそらく“あの現場”の生き残りなんだろうけど。 せめて何か喋ってくれるといいんだがな」

「ほんとですね」

 

 今まで座っていた椅子を、交代の人物に譲るとそのままドアの向こうへと歩いて行く。 やっと今日の職務も終わり、帳簿に記録を付けたら隊舎に帰るだけ。 足取りも軽く、彼は牢屋から離れていく。

 

「…………」

「いやぁ、ホントに何も喋らない」

「……………………」

「出来れば何か、彼への手がかりを掴めればいいと思ったのですが」

「――――っと、わりぃ鍵渡してなかったな」

「!?」

「どうした?」

「い、いえ、なんでもないで……っす。 お元気で」

「? あ、あぁ」

 

 少しのハプニング。 だが、ソレもすぐに収まる。

 去って行く男を見送ると、今度は寝たきり怯えたきりの男性に視線を固定する。

 

 この男が、知っている。

 いま鍵を渡された看守が、最も知りたい情報をこの男は高確率で知っている。

 

 “あの、破壊されたビル街の中心地”に居た男ならば、きっと……きっと。

 

「孫悟空に何があったかを、きっと知っている」

 

 だからこの人物はここにやってきた。

 だから慣れない男装なんかしてここにやってきた。

 

 眼深く被った帽子を、そっと机に置くと、その身体を静かに輝かせた。

 

「…………さて、不用意に悟空に近付けば私の存在を気取られる。 慎重に行かなければならない故、このような手段に出ることをどうかお許しください」

 

 “銀髪”をたなびかせてゆっくりと男に向かい状態を下げる。 顔を近づけ、吐息がかかると言うところで“彼女”はそっと右手を伸ばす。

 

「孫悟空がナメック星で使った技……は、これですね。 さて、なにが見えるのやら」

 

 目を閉じ、男の過去を追体験していく。

 悟空の技と、魔法による複合がなせる技だ。 彼女は男の経験をさかのぼっていく。

 

 しばらくは黒い世界。 余計な情報を遮断しているせいか、視覚情報すらない世界で彼女はひたすらに考えた。

 自身がここに居る理由。 そう、孫悟空とティーダ・ランスターに仕掛けた“お守り”が同日、ほぼ同じ時間に消失したのだ。 後者はともかく、前者に会っては“絶対にあってはならない”事態のはずなのに……

 ソレが発生した経緯と、どうやって鎮圧したのかを彼女はどうしても確認しなくてはならなかった。

 

 男の過去、いいや、少年の軌跡を辿る旅がはじまろうとしていた。

 

 

 

――――――恐ろしい。

 

 ただ一つの感情が、この男を支配している。

 ソレは、目の前で行われた惨劇では無く。 いま、この場に現れた名も知れぬ存在に……だ。

 

 

 

 

「おい、何やってんだおめえ! そいついやがってるだろ!」

 

 皆が振り向いた。

 黒い髪、茶色い尾を持つ少年が、なぜか息を切らせながらオンナを睨み付けていた。

 

 途轍もない嫌な予感が胸をかきむしったのだろう。 彼は一切の笑顔もなく、ついにこの現場に現れた。

 

 孫悟空はそこに居た…………

 

「この生命反応は……?」

 

 背後からの気配に、わざわざ眼を向けてればそこには一つの影があった。

 

「…………」

「そこに居るのはもしかしてティーダか……? おい、ティーダ!」

「    」

「ティーダ?」

 

 “ソレ”を確認しようとして、足を前に出したそのとき、影の主が表情を歪める。

 

「…………お、おいおめえ。 コイツに何したんだ…………?」

 

 鼻に届く異臭で事の次第は把握した。

 倒れている彼と、知らぬ男を持ち上げている女を見れば状況などすぐに理解できた。

 

 でも、彼は“ソレ”を認めたくなかった。

 

「来るのが遅かったな。 楽しい時間はもう終わりだぞ?」

「…………おめえが、やったのか」

「“あぁ、そうだ”こいつは私が始末――――――グォ!!!??」

 

 女の顔面に、彼の足が突き刺さる。

 雷のように強烈な音を鳴り響かせ、女の頭部を破壊する勢いで彼はケリをぶち込んだ。 ありったけの感情をその一撃に込めたのだろう、着地した彼は、ひたすらに無口。

 

「……」

 

 その背後に見える尾がまるで代弁するかのように総毛立つと、彼の……いいや、少年の中のなにかが……切れる。

 

 

 

 

 

「よくも……おめぇ……ティーダを…………殺しやがった…ナ………コロシ…………コロシテ、やる……」

 

 

 

 

 “この姿”になった彼が初めて至った境地であり、ソレは女の最後を……意味していた。

 

 本気になった戦闘民族が、女を襲う。

 

 

 だが、それでも女の表情はただ……笑顔だった。

 

「どうした戦闘民族、吠えるだけか?」

「ウォォオオオオ!!」

 

 悟空と呼ばれた者が、その内に秘められた力を存分に発揮していく。

 わき上がる怒りを怒濤の攻めで体現し、嵐のように周囲一帯をえぐり、削り取っていく。 だがその猛攻が女に届くことはなかった。 踊るようにステップを刻む彼女には、見えていたのだ。

 

「ガアアア!!」

「……がっかりだ」

 

 悟空の、すべての動きが見えている。

 

 あの孫悟空の、しかも怒りにより潜在能力を“今の限界”まで振り切らせた彼の攻撃をこうも簡単に捌いていく。 おそらく既に修行初期のなのは程度ならば余裕で圧倒している嵐をだ。

 それでも、今の悟空が攻撃をやめることなどあり得ない。

 攻撃を受け流した女の真横にクレーターを作ると、振り向きざまに蹴りを放つ。

 

「ダァアアアア!!」

「……」

 

 その攻撃を紙一重で躱した女はついに無口。 獣相手に語ることなどないのだろう。 先ほどのティーダよりも激しい戦いのはずなのに、心ここにあらずである。 彼女は、ついに悟空から興味を失った。

 ……その時である。

 

「おめぇ……ユルサネエゾ……ヨクモ……」

「はぁ、お前の底は見えた。 怒りにまかせてその程度じゃ……」

「はぁあああああああああああ――」

「もういいって」

 

 彼女が悟空に落胆を見せた、そのときである……彼の中で、何かが起る。

 

「ぁぁぁぁぁあああああああ――――」

「ん、なんだ? ……やつの戦闘力が異常な上がり方をしていく」

 

 今までが池の波紋ならば、今起っているのは大海原の激流。 大海を前に、たった一人の女が足下をすくわれないわけがない。 怒気だけで怯んだヤツ相手に、少年は一気に肉薄した。

 

「しまっ――」

「ハァァアアア!!!」

「うぐ――!!?」

 

 少年の右拳が女のハラを抉る。

 いきなりだ。 先ほどまで見えていた彼の動きを既に、女は追えなくなっていた。 獣となった少年の攻撃が続く。

 

「アアアアアアアッ!!」

「ご!?」

 

 拳が女の身体を打つたびに、少年の怒りの炎は激しさを増していく。

 まだだ、まだ足りない。 あの男の無念も、自身の怨嗟もこんな物ではない――

 

「ガアアア!!」

「は、ぅあ?!」

 

 あの、男の……

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

「が、ふ……」

 

 あの、オトコ……?

 ダレの、コトだ………………

 

 少年の瞳から理性が消えていく。

 その声にはなんら意味は無く。

 対裁きなど素人以下。

 

 獣と成り果てた彼にもはや意味などあるわけがない。 やることなどただ一つ、目の前の障害を唯々かみ砕くことほかない。

 己が衝動に身を任せ、すべてを焼き付くさんと怒りの炎を舞い上がらせた……金色に。

 

「ウォォオオオオオオ!!」

「がは……ぅぅ……まさか、こんなことになるなど。 あ、あれは超サイヤ人……では無く疑似の方だったか」

 

 周囲を金色に燃え上がらせ、しかしその瞳に理性の光はない。

 黒い頭髪は怒髪天を突くように天に向くが、色素が変わることはない。 ただ夜のように黒い髪を怪しく揺さぶるだけだ。

 

 制御の効かない強大な力を、完全に解き放ってしまった彼は大空に向けて吠える。

 

「オオオオオオオオ!!」

「挑発が過ぎたか……しかし、あの孫悟空だろうと私は渡り合えるよう設計をされたはずだ、何が違う。 ターレスの時と何が……!」

 

 女が吐き出した名前に、一瞬だけ世界が揺れる。

 だが、それでも悟空の理性が戻ることなく、ひたすらに周囲と共に女を破壊していく。 再度迫る暴風に女はようやく構えを取る。 この獣相手に様子見をした致命的失策を取り戻さんと、必殺の構えをだ。

 

「グアアアア!!」

「たかが獣に……遅れを取る物か!!」

「ギィィィイイイ!!」

 

 突っ込んできた悟空の攻撃をいなし、躱し、空いた土手っ腹に膝を深くめり込ませる。 せり上がる背中目がけて両手で拳を握ると、一気に振り落とした。

 

「ハ――!」

「!!!?」

 

 足下にクレーターを作り出し、悟空を埋め込ませた刹那。

 その場を一端離れて徐にビルの壁面を拳で叩く。 すると崩れたところにあらかじめ隠していたのだろう、50口径ほどの大型銃が出てくる。 手に取り、弾丸を装填すると照準を悟空に定める。

 

「ドクター謹製の対サイヤ人弾頭。 威力はその身で思い知れ!!」

「――――」

 

 悟空が吠えるよりも早く女がトリガーを引いた。

 

 だが、引いただけだ。

 

 ソレが悟空に届くまでに若干の猶予がある。

 

 …………それを直感で理解していた獣は、ここで驚異的な行動に出る。

 

「フゥゥゥゥゥ――――ガアアアアアアア!!」

「な、な? 馬鹿な!!」

 

 金色のフレアを巻き上がらせれば女の攻撃を真っ向から消し去っていく。 指向性のある攻撃ではない。 只ひたすら周囲にあふれ出た気力の余波で、大型の弾頭を消滅させて見せたのだ。

 

 ここまでの力を見せて、女の余裕はついに無くなる。

 

「ふ、ふふ……ここまでの物だとはな。 正直、舐めていたよ」

「フゥゥゥゥ」

「所詮は子供のサイヤ人一匹。 どうとでもなるという我々の判断は間違っていたと言うことか……」

 

 手首、足首、そして首元。 その5点に触れると、女の間接部から異音が唸る、 モーターの回転音から、タービンの起動音に切り替わり、やがてソレはジェット機のエンジン音に変貌する。

 それほどの騒音を奏でれば、当然熱量も上がっていく。 彼女の周囲がゆがむほどの熱気が放出されれば、その場で陸上選手のとるスタートダッシュの構えとなる。

 

「リミッター……解除。 行くぞ化け物」

「    」

 

 言葉すら発せ無い悟空と、先ほどまでとは違い饒舌となる女。

 立場が逆転しているコトすら気がつかないまま、女の最後の攻撃が……始まる。

 

「せぇぇいい!!」

 

 それは只、音を超え一筋の弾丸が如く……

 

 獣が防御を取ろうと、フレアを吹かしたその瞬間、彼女は悟空の胴に右拳を突き刺していた。

 音越えの威力に周囲のビル群が半壊する。

 ソニックブームの余波が彼等の周囲をねじ伏せたのだ。 あまりの威力は悟空すら沈黙させるほどの物だろう。 獣は一瞬、その場で躯が硬直してしまった。

 

 必殺の一撃は彼の肉を裂き、骨を砕き、その理性無き咆哮を止めさせたのだ。

 

 倒壊寸前のビルで倒れた怪物。 ようやく幕を閉じた戦い。 ソレを確認すると、女の右半身から異音が漏れる。

 次々と役目を終えていく部品達が、彼女の身体から排除されていく音だ……女は、右半身を失っていく。

 

「……この程度とはな。 あの怪物相手に少ない被害だろう」

 

 むしろ左半身が残っているだけ奇蹟に近い。

 先ほどの弾頭で本来ならけりが付いた。 だが、反らすどころか消滅させた威力をもつフレアをかいくぐったのだ。 当然、それ相応の代償は払わなければならなかった。 故の損傷、故の大破。

 もう、これ以上の戦闘行為は自壊の危険すらある。 再起不能は眼に見えている。 早急に創造主の元へと帰らなくてはならない。

 

「さすがの貴様も、もう動けないだろう。 任務続行、貴様を連行する」

「…………ぅぅ」

 

 獣の気配は既に無く、只の少年に変わり果てた孫悟空。

 自慢の力も使い果たし、満身創痍の身体がただ、女の手によって持ち上げられるだけだ。

 

 そう、彼自身にこの状況を打開する力は無い。

 

「時間がかかりすぎたな。 騒ぎを聞きつけた管理局が来る前に……ち、通信障害か……だが、もう日が沈む、隠密行動に切り替えて――」

「………………ぁ」

「っく、コイツまだ意識が……ここで完全に絶っておかなければ」

 

 彼自身に、この危機を脱する力は1ミリも残っていない。 だから、力を借りしかないのだ。

 

 大空に眼を向けたのはほとんど無意識。 女が自身の首元を持ち上げて、後頭部が後ろに転がったからだ。

 だからコレは、彼自身によるものではない。

 

 こんな遅くまで彼を連れ出したのも。

 こんな日に彼を外に連れてったのも。

 こんな世界に彼をながくとどまらせたのも。

 こんな風に彼が大空を向いたのも。

 

 

 …………すべては、偶然なのだ。

 

 

「…………つ、き」

「なに?」

「お、つき……さん……だ」

「……………………はっ!!!!!!!!!!」

 

 即座に振り向いた。 まさか……まさかまさかまさか――――この状況下で!?

 

 普段ならば眼を隠し、気を失わせるという処置に入れただろう。

 だが、獣に翻弄され、戦力の大半を奪われた女には、この程度のリアクションしか許されなかった。 ほんの少し、時間にして5秒もなかっただろう。 女は悟空から視線を移してしまったのだ。

 

 

 ……綺麗に輝く、金色の満月にだ。

 

 

「……っ……っ」

 

 ―――ドクン。

 

 鼓動が一つ跳ねる。

 

「ま、まずい! 始まったか!?」

 

 ――――ドクン。

 

 身体が一つ跳ね上がる。

 

「そ、早急に息の根を止めなくては――ぐ!? 出力が落ちていくだと! 先ほどの攻撃で限界が……」

 

 ―――――――――――ドクン。 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。 ドクッドクッドクッドクッドク――ドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドク!!

 

 悟空の視線は大空に固定されて動かない。

 ――身体の肥大化が始まった。

 

 悟空の意識は相変わらず薄い。

 ――尾が逆立ち、その長さを増大させていく。

 

 悟空の頭髪は黒いままだ、超化などあり得ない。

 ――骨格が膨大な質量を持つ。

 

 

 この生物の変化が超化だけだと、どこか決めつけるように対峙していたのは、大人になった彼自身がこのような事態を避けながら暮らしていたから。 おかしな話だ。 こうなられて困るのはこっちなのに、その配慮を真っ先に忘れていただなんて。

 

「くそ、巨大化が始まって……ええい! 気を失え!!」

「――!? ぐぉぉぉおおおおお!!」

「ぐあああ!?」

 

 明らかな敵対の意思を見せた女を、既に樹木より太くなった腕で無造作に凪ぎ払った黒い獣。 ソレは、大地に両手両足をつくと、大空に向かってその身体を持ち上げた。

 

「……さきほどよりは戦闘力の上昇は少ない……が、この損傷では到底……」

「ギャアアアアアアア!!」

「増援を呼ぼうにも通信装置が機能しない……冗談ではない」

 

 孫悟空だった者が、ついに変異を終えた。

 月夜に向かって吠えるそのさまはまさに異形そのもの。 理性の欠片もなく、ただ、破壊と暴力の限りを尽くすその姿は、戦闘民族のなれの果てだった。

 そびえ立つビル群を追い抜くその姿に畏怖を感じない物は居らず。 女は戦慄し、盗人は既に自我を失っていた。 ……だが。

 

「…………ぅぅ……なんだ、どう……なった」

「ギャアアアア!! ガアアアア!!」

「……あ、あいつ」

 

 この男は、その中で眼を醒す。

 ハラに手をやると出血が激しい。 死ぬ寸前の走馬燈のような物だと、ダレもが思うだろう光景だが、目の前の獣を見上げれば、イヤでも思ってしまう事がある。

 

「……“あいつ”、なにやってるんだ」

 

 畏怖でもなく、恐怖でもなく、混乱でもない。 それは只単なる疑問であった。

 

「グワアアアア!!」

「バカヤロウ……あんな姿になってまで戦いやがって……」

「ガアアアア!!」

「落ち落ち寝てらんねぇだろうが」

 

 ゆっくりと身体を持ち上げる。 死に体だった我が身に最後の鞭を入れると、今も尚、月に咆える者に向かって歩き出していく。

 

「お、お前」

「悪いがお前は後だ……いまは、……ゴホっ……アイツ、止めてやらねえとな」

「なぜだ……その身体でどうやって? もう、動けないはずだぞ」

「さぁな、知らねえよ」

 

 いまはただ、あの小僧をどうにかしないといけない。

 大猿となった悟空を一目で見抜いたその眼力は驚嘆するべきだろう。 だが、本当に驚くべきはそこではない。

 彼が、いま悟空を止めよう歩き出していることに女は驚いたのだ。

 

 

 

 

 男の記憶はそこで終わった。

 これ以上は何も残っていない。 気を失ったのか、はたまたなにか妨害を受けているのか。 だから、これ以上銀髪の女が知り得ることは何もなかったのだ。

 

「……ここまで、ですか」

 

 孫悟空の今現在の居場所を探る術はない。

 リインフォースという存在は気を探る術を持たない。 なぜなら、生物でない魔力の塊が、生きる者を理解できるわけがないからだ。

 それは、どうしようもない彼女の仕組みだ。

 魔力を探ることは出来る。 でも、今現在の悟空には魔力など感じようもない。 

 

「ここで、終わりですか。 しかし起ったことは大体説明が付く。 そうですか、例の研究者は彼をここまで追い詰めますか……!」

 

 拳を握る。

 女神にあるまじき姿だが、誰も居ないここでそんな者を気にする必要も無いのだろう。 そっと広げた翼の周りには黒い光が漂い、空間を歪める。

 

 彼女は、その感情を必死に押さえ込んでいたのだ。

 

「……冷静に、迅速に。 “守り”が残っている悟空はまず大丈夫でしょう。 問題は“守り”が全部消失したティーダ・ランスターですが……いったいどこに行ったのでしょうか」

 

 彼自身にはそれ相応の魔力がある。 悟空と違い、その総量がゼロになることもほとんどあり得ないはずだ。

 なにか、おかしい。 人為的な隠蔽を感じるが、それに対する解決策は今のところ持ち得ない。 やれることは、本当にここまでだ。

 

「とにかくこの情報を持ち帰りましょう。 リンディ・ハラオウンへ情報を回し、管理局員の捜索も出さなければ」

 

 そう、出来ることはここまでだった。

 

 



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第82話 遠い約束

すみません、大変長らくお待たせいたしました。

しばらくの休養を取らせていただいた次第です。


では、また暇つぶしついでに読んでいただけると幸いです。



 

 

 

 

「……おい、悟空」

 

 ――――やっぱり辛いな。 いや、まぁ。 ハラに穴が空いてんだから当然か。

 開けてくれた張本人ですらとんでもない顔してこっち見てやがったしな……

 そんなコトに驚いている女のコトはどうでもいい。 今はただ、アイツが余計な騒ぎを起こす前に止めてやらないといけない。 

 

 なんて顔してやがる。 あんなに物騒な眼をしやがって。

 ……いや、きっとお前は怒ってくれているんだよな。 たった一月しか一緒に居なかったしがない管理局員の俺なんかのためによ。 親にもこれほど心配された事なんて無いぜ。

 

 だけど、よ……

 

「いい加減……やり過ぎだ……ゴホっ……」

「グアアアアア!!」

「おまえだって、苦しいんだろ……そんなになって。 だから、もう、いいだろ?」

 

 そんな風に全身黒くしようが、わかる。

 誰が見たって満身創痍だろお前。 もう、そうやって大声を張り上げるくらいしか出来ないのは、俺なんかでもわかる。 苦しいならここで下りろ。 もう、お前と戦おうだなんてヤツは後ろで怯えてるんだからさ。

 

 だから……

 

「ギャアアアア!!」

「もういいだろうが!! さっさといつものお前に戻れよ!!」

 

 あぁ、そんなことが言いたかったわけじゃないのに。 もう、考えがまとまらん。

 クソ……からだも限界だ。

 

 アイツ、まだ暴れてるしよ。

 俺なんかの言葉は届かねえのか…………だがな、悟空。 残念だけど今の俺にはこれくらいしか手がなくてな。

 

 例えお前がそのビルを横払いで倒壊させようが。

 その破片やらが俺に降り注ごうが。

 

 俺は、もう。 ここから動くことすら出来やしねえ。

 

 

 

 ――逃げないと。

 いや、そんな必要は無い。

 

 ――アレはもう悟空ではない。

 どこをどう見てもあの腕白坊主だ。

 

 ――あの獣に言葉なんか通じない。

 人のはなしを聞かないのは元からだ、気にしない。

 

 ――アイツの腕が迫ってくる、殺される。 逃げないと……

 絶対にNOだ!!

 

「――いかん、気を失ってたか。 おい、悟空!!」

「バカ! 死ぬぞおまえ!!」

「え?」

 

 あっけない声が出た。

 それほどに周りが見えていなくて。

 

 耳を裂くような轟音が、聞こえたと思ったら……あたりは真っ暗になっていた。

 

 

 ……いったいどれくらい時間が経った? 時々意識が薄れていって、時間の感覚がもう、無い。

 

 真っ暗だ、何も、見えない。

 

「グゥゥゥゥ……」

「……あ?」

「グルゥゥゥ……」

「お、まえ」

 

 ただ、暗かった場所に明かりが差し込んで来やがる。 どうやら何かが落っこちて、下敷きにされたんだろうな。 身動きがとれない。

 だがまだ痛覚が生きている。 先ほどと同じ痛みが残っている。

 ハラは痛いままだし、意識はぼんやりしたまんまだ。 どこも変化がないのはいいことだが状況がな……

 どうなった。 なぜ、今になって――

 

「助けに入るのが、おせえよ。 悟空……」

「グルゥゥゥゥゥ」

「話、聞こえてるじゃねえか」

 

 暗い、いや。 黒いのはアイツの腕だったらしい。 自分で落とした瓦礫を必死になって拾おうとこうなったのか、アイツのうなり声が近くに聞こえる。

 

 どうだ、生きてるかー?

 

 そんな風に聞こえるのは、ヤツとの生活がそれなりに濃かったからだろうな。

 

 さて、どう返してやるか。

 

「……………………」

 

 あれ、声が出せない。 はは、いやいや、言ってやらねえとなんねえことだらけだろうが。 もっと気のきいたことをさ。

 

「        」

 

 あぁ、これダメなやつだ。

 せめて一言。 俺の心残りを……俺はもうどうでもいい。 何も残せないし、何かをしてやれそうにない。 だから、せめて……

 

 アイツだけは……アイツだけはこうなってほしくない。

 俺に免じて、お前は元に戻ってさ。 ソレで、ついででも何でもいい。 アイツだけは……

 

「……あ……ティア……たのん、だ……」

「グゥゥ」

「     」

「グォオオオオオオオオオ!!!!!」

 

 

 ……たのんだ、ぞ……

 

 

 

 

 

 そこで男の意識は途絶えた。

 その後に来る救助隊のコトも、突然消えた大猿の化け物のコトも、それ以上彼がわかるはずもなく。 ただ、心地の良い浮遊感が彼を包むだけであった。

 

 

 

 時はさらに流れ……いいや、時間は孫悟空が病院で目覚める直前にまで戻る。

 

 

 突然の都市火災。 原因不明の黒い影。 そして、この管理世界ではあり得ない生物の謎の召還。 おそらく高位の魔導師で無ければあれほどのコトは出来ないだろう。 その事実は、あの化け物を目の当たりにすれば明らかであった。

 とにかく管理局に出来ることは数少ない。 あの怪物をどうにかするには人員が不足しすぎている。 管理外世界の調査に出ている人員は、本部に駐在している者よりも少ないのだ。

 ならば、まずは出来ることからすればいい。

 人命救助と被害の縮小だ。

 

 それならば、例え100名足らずの現状でもどうにか出来るであろう。 即座に指示を送り、まず現場周辺に結界を張らせた。 これでなんとかなればいいのだが……管理局が苦肉の策を展開しながらも、一つ、あってほしくない報告が上がった。

 

「緊急報告です!」

「どうした!」

「怪物が……その」

「いいから続きを言わんか!」

「怪物が……結界から消えました」

「…………ジーザス」

 

 管理局精鋭による強固の結界から、怪物が逃げた。 あの物理はおろか次元跳躍すら阻む結界からの逃走に、ついに局員の顔面が凍り付く。 アレは、魔道の力すら超える生物なのか? こんなコトが出来る生物が存在していいのか。

 

 そんな者、報告に上がったアレだけではなかったのか。

 

「報告にあった闇の書以外にも、まさか恐ろしい怪物が存在するとでも言うのか」

 

 局員が戦慄し、部下が言葉をなくす。

 噂の金色の戦士が居れば、きっと怪物を打倒してくれると言う希望はあった。 だが、彼は今所在不明どころか、先の闇の書事件で生存すら怪しいらしい。 決戦時に敵の特攻に巻き込まれ、次元の彼方に消失したとか。

 

「その後の騒動は魔導師の高ランクの集団が鎮圧した。 だが、これはどういうことなのだ」

「た、隊長……」

「……居なくなったのならこれ以上は追うな! 今は市民の安全を確保しろ!!」

「はい!」

「我々に出来ることは、もう、その程度だ」

 

 あのような怪物を相手取るなど、只の魔導師には荷が重すぎる。 月に吠え、夕闇を隠し、そして、地を焼き払うほどの怪物など、決して倒せるわけがないのだから。

 

 

 

 怪物が消失し、数時間が経過した。

 あたりの消火活動が終わり、静寂の戻った夜のことだ。 この管理世界の隊長のもとに、至急の連絡が入ることになる。

 

 ……管理局員が一人、現場で死亡を確認された。

 

 何度も確かめた。 間違いは無いかと、その名前を何度も……

 

「……ランスター君」

 

 長期休暇でいないはずのニンゲンが、なぜこの場で名前が挙がるのか。 頭を抱えた、椅子にもたれかかった。 ……重いため息が、部屋に充満した。

 特別優秀でも、高ランクな魔導師でもないが、彼の人柄には一目置いていた。 縁の下の力持ちというか、ここぞと言うとき居ないと困るニンゲンだと言うことは理解していた。

 

 だが、現実は無情にも彼の命を奪っていったのだ。

 

「……男の子と、窃盗犯を一人救った……か。 最後までお前というヤツは」

「どうしてあのヒトが、こんな……」

「あのビル周辺で買い物途中だったらしい。 そこで窃盗犯を追いかけている途中にあの騒動に……」

 

 窃盗犯は管理局内の病院に護送され。 子供は怪我がひどく一般の病院で集中治療室にこもりきりだ。 彼が救った命なら、どうか救われてほしいと皆が思う。

 

 

 だが、この中の誰もが思いもしなかっただろう。

 この騒動の中心が、今まさに自分たちのすぐ近くに居ると言うことを。

 

 

 

 

 

 

 ……時間は、ようやく悟空の元に戻っていく。

 

 

「こら、キミまたそんなことして!」

「げ、見つかった!」

 

 少年が一人、看護師の女性におしかりを受けていた。

 場所は病院。 患者の心身を癒やす目的で作られた中庭で、そのものはうつぶせになり、上からの声にまずそうな表情を作る。

 

「歩くのもままならないのにまた筋トレ? いい加減にしないと治らないわよ!」

「大ぇ丈夫だ。 こんくれぇのはしょっちゅうだし」

「……まったく。 全身の骨と筋肉が深い傷を負ってるの。 しばらく休まないとダメ!」

「でも――」

「イヤなら晩ご飯抜き」

「………………わかったぞ」

 

 少年はこの看護師には逆らえなかった。 いや、まぁ、段々と看護師がこの男の子の舵取りを覚えていったというのが妥当なのだが。 当初はこの腕白さに、そして頑固とも言える堅い意志の前に手を焼いたが、今言った“弱み”を見つけてからアドバンテージを習得。 ここに至る。

 

「あら、またあの子ですか?」

「えぇ。 あの怪我で落ち込むでも塞ぎ込むでもないってのはいいことだけど。 元気すぎる怪我人というのがあそこまで大変だなんて知らなかった」

「そうですね。 そのうちここを脱走する勢い」

「……えぇ、そうねえ」

 

 後ろから同僚に声をかけられ、思わず苦い声。

 そこからしばらく本日の勤務内容と、要注意患者の情報を交換していったときだ。 彼女は少しだけ考えた。

 

「…………あの子、そういえば」

「え、なに?」

「あ、ううん。 何でも無い」

「へんなの」

「……えぇ」

 

 トレーニングらしきコトも、座ってじっとしたりと訳のわからない子供だが…………そういえば、この病院の敷地を一歩も出ようとしない。

 

 そのことに気がついたのは、少年が晩飯を平らげている最中であった。

 

 

 

「はぁ……ここの晩飯、まずいぞ」

 

 病院の一室。 おそらく特別に用意された個室のなかで、細々と病院食にケチを付ける声が響く。 少年いや、無駄飯ぐらい……いいや、孫悟空はそこに居た。

 

 相変わらずのハラペコを押さえつつ、おとなしく横になる。 彼にしては珍しい静かな姿だが、ソレも仕方が無いだろう。

 

「……イテテ」

 

 全身の打撲19カ所、左足の筋肉が断裂しかけ、両腕は胸より上にあげようとすると痛みが走り内臓はいくらかのダメージを負っている。 コレではあの悟空でも満足に動くことは適わない。 いや、悟空だからこそ“この程度で済んでいる”

普通ならば動くどころか、ベッドから起き上がることも出来ない重傷だ。

 そうだ、彼は動かないのではない。 動きたくても動けないのだ。

 

「なんとかなんねぇかな。 早く治さねえと」

 

 なんともならない現実を前に、悟空はそっと歯がみする。 膝の上に置いた手のひらを堅く握り、あのときを思い出せば口からうなり声が出てしまう。

 それでも彼は走り出さなかった。 まだ、そのときでないと言うことは十分理解できたからだ。 

 

「なおれー。 はやくなおれー!」

 

 言い聞かせ、やがて睡魔が襲うと彼は……

 

「はぁ……ハラ、へった……むにゃ」

 

そのまま身体をベッドに沈めていく。

 怪我、ティーダの喪失による心身の疲労は眼に見えて明らかだ。 彼の意識がなくなるのは、そう時間がかからなかった。

 

 

 

 

 そして、彼女が彼を見つけるのに、そう時間はかからなかった。

 

 

「すぅ……すぅ……」

「――――……っ」

 

 床に紋章が描かれる。

 ゆっくりと、しかし確実に綴られていくそれは魔方陣だ。 縦、横、円、幾何学の線が交錯し、一つの意味のある形となったとき、そのものはようやく姿を現した。

 

「……見つけた」

 

 見つけた、彼女は確かにそう言うと、悟空の寝るベッドに近付いていく。

 一歩一歩、音を出さずに接近し。 熟睡とは言え悟空に感づかれる事無く、彼のすぐ横に並んだ彼女はただ者ではないのだろう。

 そんな彼女は、無言で手のひらを悟空にかざす。

 

 光が集まり出す、右手。

 その輝きは周囲を照らし出すそれでも、悟空が眼を醒す要因にはならない。 穏やかな吐息を繰り返しながら、深く眠りに落ちたままだ。 抵抗するコトも出来ず、侵入者魔法が悟空を襲う!

 

「……むにゃ、むにゃ。 くすぐってぇ……」

「よしよし。 良く効いてるじゃないのさ」

「ぐごごご……」

「相変わらずうるさいねぇアンタは。 まぁ、無事で安心したよゴクウ」

 

 ……襲ったと思ったその手からは、とても暖かい力が。

 穏やかな表情で眠る悟空を光が包み込めば、ゆっくりと彼の傷を癒やしていく。

 

「しかし、こんなに大怪我……いったい誰が。 いくら弱ってると言っても悟空は悟空。 それがここまでやられるなんてねぇ」

 

 おもむろに悟空のあたまをなでると、少しだけ微笑む。 ゆっくりと、彼が目覚めないような慎重さで続けていくこと数分。 口から出る息はなんとも満足そうであった。

 

 さて、孫悟空への回復魔法はこの程度でいいだろう。 というか、彼女自身の総魔力量は案外高くない。 だから、どこかの天災料理人のような治療が出来ないのだ。 ソレが少し歯がゆい。

 少しの葛藤。 首を振り、気持ちを切り替えると悟空の頭から手を離す。

 

「……もっと……」

「え?」

 

 その手を掴んだ者が居た。 悟空だ。

 幼く、小さな手で大人の手を、腕を掴み、離さない。 

 

「全くコイツは」

 

 その光景がどこか触れる物があったのだろう。 女は嫌な顔どころか、微笑んでさえいる…………今のところは。

 

「コイツは見かけによらず随分と――」

「はらへったぞ」

「……へ?」

「ぐごごごご」

「ちょ、ちょ!? な、なんかアタシの手光り出してんだけど! あ、あ! ゴクウあんた、アタシの魔力吸ってるだろ無意識に! あ、やめ! アタシ魔道生命体なんだからそんなにやられたら――」

「んー、うめぇ」

「ヒトを食い物にするなあ! ひぃぃ! 手が透けはじめた!!」

 

 病室に女の声が響く……決して官能的でない悲鳴がだ。

 ソレを知ってか知らずか、どこか満足そうな悟空はしばらく彼女から手を離すことはなかったそうな。

 こうして、悟空と女の一夜は終わってしまう。

 

 翌朝。

 

 どうも、昨日無様を晒した女……えぇそうです、オレンジ頭のあのアルフです。

 数日前にゴクウの発見情報を頼りに、忙しいフェイトを置いて単身偵察に来たのは良かったけど、あまりにもあんまりな状況につい顔を出してあの様。

 すこし後悔してる。 いや、すっごい後悔してる。

 初めてだよ。 魔力をあんな風に吸い取られて畜生(コイヌ)にされるなんて。

 

「おー! よっく寝たあ!」

「…………わん」

「お? なんだおめぇ、犬か? なんでこんなとこにいるんだ?」

 

 震える声で、アイツを呼ぶ。

 だけど口から言葉が出ない、あぁ、そうか、魔力を持って行かれすぎて人語すらしゃべれなくなったのか。 これじゃ只のケモノだねぇ……最悪。

 

「わん、わん!」

「あ、おい、やめろって! そんなじゃれつくんじゃねえって、暑苦しいだろ?」

「くーんくーん!」

 

 誰のせいでこんなことになっているだ! そう叫んだつもりなのに、アイツにはきっと伝わってないんだろうなぁ。 どうしよう、言葉が伝わらないし念話だって出来ない。 あ、ちょっといきなり立ち上がらないで! 少しはアタシのコトに探りを入れてきなさいよ!

 ゴクウがベッドから立ち上がると、いきなり準備運動を始める。 あぁ、いつものだ、これから修行なんだ、コイツ。

 

「おめぇも来るか?」

「おん!」

「うっし、そんじゃ行くか」

 

 かけだしていくアイツを必死に追いかける…………あたしゃそんな身体で大丈夫なのかい? って言ったつもりなんだけどなあ。 意思疎通、しばらく無理そうだよ。

 尋常じゃない速度で走り出したアイツを必死の思いで追走する。 あぁ、こんな清潔そうな病院で野生動物がはしゃいでるだなんてきっと怒られる。 怒られるけど……走るのって楽しい、止まらない。

 魔力を極限まで減らされて、きっと知力が低下しているんだ。 だから、ゴクウと同じ思考になるのは仕方が無いことなんだ、そう思おう。

 

「よぉし、準備運動おわり! ……あれ? なんだか身体が軽いなぁ」

「わん」

 

 そりゃあアタシの身体ごと魔力をたらふく食ったからねぇ。

 確かゴクウの身体にはジュエルシードが混ざって、リンカーコアのような働きをしているって話だ。 それはフェイト達のように魔法を使うことが出来ない代わりに、アイツが受けたらしい神龍からの願いとソレを補完してしまったマイナスエネルギーってのを打ち消す役割をしていた……っていうのを“はやて”から聞いたけど……

 

「がう、がう……」

「ん? 腹でも減ってんのか?」

 

 コイツ、症状が明らかに前よりひどい。

 何よりアタシの今の姿は初めてじゃないはずだ。 なのに全く知らないって顔をしているのはどうにもおかしい。 まさか、記憶の退行がひどいところまで進んだって言うのかい? 見た目から言動まで本当に子供じゃないのさ。

 こりゃあ一番の貧乏くじを引いたかもしれない。

 

 これからのために、学校と魔導師の二足のわらじを履くフェイトたち三人。

未だに後を引くクウラとの戦いの遺恨を消している最中の騎士達。

 それら全部の面倒を見てくれてるリンディ。

 その補佐をするクロノとユーノ。

 研究の腕前とは裏腹に、ベーコンエッグの目玉焼きを消し炭スクランブルエッグにしやがったクソババァ。

 

 気軽にアイツの様子、見てくるだけだよって言って出てきたけど、これじゃ帰ることもみんなに連絡すら出来やしない。

 ……参ったねぇ、こりゃあ。

 

 しばらく悩んでいると、ゴクウがいきなりそっぽを向いた。

 別に怪しい気配とか、敵意なんかは感じない。 けど、目の前のアイツはとても真剣な顔をしていた。 コイツにここまでの表情をさせるなんて……何者だい?

 

「…………また、やってる」

「おっす!」

 

 ……女の子? 見たことも嗅いだこともないニンゲンだ。 どこにでも居るような5才くらいの子だけど……なに、コイツ。

 

「なんで病室から出てるの?」

「からだな、よくなったんだ。 だから修行の続きだぞ」

「……え? そんなわけ無いでしょ? だってお医者さんは治らないって……」

「へっへーん! 鍛え方が違うんだ」

「……」

 

 なんでゴクウを睨み付けてるんだ? コイツはただ、挨拶しただけってのにこんな……咆えてやろうか。

 姿勢を低くして、威嚇の体勢に入ったアタシは、のどの奥を小さく揺らす。

 これだけで大概の子供は散っていくけど…………どうやら今回の相手は“タダモノ”ではなかった。

 

「……病院に、イヌ?」

「……わん」

「…………」

「くぅーん」

 

 こいつ、睨み返してきやがった。

 子供相手だ、これ以上はいじめになってしまう。 あぁ、そうさ。 アタシは門番だってやるし、買い物だって出来る使い魔さま。 それがこんないたいけな少女相手に本気でくってかかるなんてフェイトの使い魔としての名前を落とすだけさ。

 ……決して、この子供の迫力に負けたわけじゃないやい。

 

 そこから一見他愛のない、だけどとんでもなく重苦しい会話を終えたこいつ等。 ティアナって呼ばれた女の子はゴクウが向かう方とは逆に歩いて行った。 その背中は……どこか昔のフェイトに似ていた気がして、ついつい目で追ってしまいそうになる。

 

 でも、今はゴクウが優先だ。 こいつ、眼を離すとすぐなにかしでかすからねぇ。

 

 現にアタシが出てきたのも、数日前にあったビル群半壊事件が、もしかしたらコイツのせいじゃないかって話が上がったからだし。

 

 ……なにもしてないってのはコイツの身体を観るにあり得ないな。 アンタ、何したんだい。

 

「いよぉし! 今日もメイいっぱい鍛えて、強くなるぞー!」

「わんわん」

「…………そんで、アイツを倒してやる。 絶対に」

「わふッ!?」

 

 怖気が走った。 コイツがここまで怒気を表わすのは、久しぶりに見た気がする。 それも背格好がこの状態のゴクウにここまで言わせるんだ。 よほどのことが起ったに違いない。 いったいなにが起きてるんだこの世界は。

 

 コイツの決意じみた顔を見てから数時間。 特にこれと言った冒険はなく、今日という日は過ぎていった。

 相変わらず騒がしいイビキと見てて飽きない寝相の悪さを確認すると、アタシもさっさと意識を手放す。

 修行、飯、就寝。 このスパンをいくらか繰り返す姿をみたこの施設のお偉いさんが白い顔をしていたのを知ったのは当分あとの話だ。 いまは、しーらない。

 

 

 

 

 

 アタシがこの姿になって、数日が経った。

 いい加減、元気すぎるコイツもようやく退院の許可ってのが下りた。 まぁ、全治する見込みがなかった子供が、数日後には徒競走で大人を負かす暗いに元気になってりゃあ医者だって許可を出さずには居られないだろうね。

 

 すこしだけ、後ろ髪引かれるようにゴクウは病院を出て行った。

 行く当てはあるのかい? ……なんて言いたくても、アタシはまだ言葉を話せるほどに回復してない。 ただ、ゴクウには目的が二つある。

 一つは……きっぱり言えば復讐だ。

 コイツがこの世界でやっかいになっていた男が、無残にも殺されたらしい。 その仇を討つのが第一目標だ。

 二つ目は……ドラゴンボールの捜索。

 これはかなり、難易度が高い。

 ゴクウ本人は完全に忘れているけど、アタシらの世界に来たコトでドラゴンボールは願いを叶えた後の回収がほぼ不可能になっている。

 星一つ単位での捜索が、今じゃ次元世界中を探さなくてはならないのだ。 前はゴクウとアタシらが必死に探すことでなんとか見つかったけど、いまはそうじゃない。 ゴクウと機械のレーダーは使えず、人手も足りない。 どうやったって探し出すことは不可能だ。

 それに……

 

「がうがう!」

「ん? おめぇおらのこと心配してんのか? でぇじょうぶだ、神龍ならティーダのこと生き返らせてくれるさ」

「……くぅーん」

「つーわけで、おっちゃーん! おかわりー!!」

「もう店じまいだ! 帰ってくれ坊主!!」

「……えぇー」

 

 コイツ、本当に緊張感が足りない。

 近くでいつもの大食いチャレンジで飢えを満たし、これまたいつものように出禁を喰らい、追い出されれば行く当てもなく歩き出す。

 けどこんな生活を繰り返すなんて不可能だ。 途中、空腹のなかで野宿もしたし、野草で飢えを癒やそうとすれば毒草と間違えて死にかけるなんて日常茶飯事。 ……この野生児、都会暮らしが長くて感が鈍ってやがる。 ……まぁ、かく言うアタシも飼い犬生活が長かったせいかいろいろやらかしているんだけど。

 

 

 

 

 あれから、一月が経過した。

 依然とドラゴンボールは集まらないし、悟空の身長は元に戻らない。 けどアタシ自身の魔力がいい感じに元に戻りつつある。 全体の5割ってとこだけど、そろそろ元のサイズに戻ってもいいはずだ。 そして、それは当然アタシの機能の回復を意味するから……

 

「わ、わん……お」

「どうした?」

「ご、……ゴクウ、ゴクウ!」

「なんだ、おめえ喋れるんか。 へー」

「リアクション低! せっかく頑張ったってのに。 まぁいいや……ようやく意思疎通が出来るようになったよ」

「おー……」

 

 無鉄砲なゴクウのブレーキ役をこなせるようになったわけだ。

 

 ついでに魔法の行使もある程度可能になった。 数メートル程度にしか届かない念話と、ゴクウのキック程度なら防げる障壁と、かすり傷程度なら治せる回復魔法……よぉし、全然戦力にならない。

 

「アタシはアルフ。 使い魔ってヤツだ、これからもよろしくたのむよ」

「あるふ……アルフか、よろしくな」

 

 初めましてと言うよりかは、久しぶりってニュアンスを含めた挨拶にアイツは気がつかない。 いつものようにツンツン髪をなびかせて、緩やかにしっぽを揺らすその姿はやっぱりいつものゴクウだ。

 そう、まるで誰かの敵討ちを望んだニンゲンには思えないくらい、アイツの姿はすがすがしく見えた。

 

「ねえ、ゴクウ」

「なんだ?」

「あんたさ、これからどうすんのさ。 ドラゴンボールを探すにもレーダーが無けりゃ何にも出来ないだろうに」

「え? なんでおめえドラゴンレーダーのコト知ってんだ? おら教えたっけか」

「あぁ、いろいろ教えてもらったよ。 ……昔のアンタにね」

「ふーん」

 

 どうでも良さそうな生返事。 あぁ、こういうところはいつものゴクウなのに、アタシが知らない間に何が起ったんだ全く。

 しばらく話をしたよ。 アイツが出会った“スバル”と“ティーダ”ってのと、その妹の“ティアナ”のこと。 そして、アタシと出会う前に戦ったっていう例の敵のことも。 ……あぁ、間違いない、リインフォースが言っていたとおりゴクウを付け狙う連中は居たんだ。

 

「あんた、そいつになんか言われなかったかい?」

「さぁなぁ。 あいつごちゃごちゃ言ってた気はするけどよく覚えてねえぞ」

「あ、あぁ。 アンタはそう言うヤツだったね」

 

 手がかりは無しと。 これはまぁ予想通りで、ゴクウ長くやっていってる以上考えなかった展開じゃない。 だけどまぁ、せめて敵の目的とかわかればなぁ……やりやすいんだけど。

 

 とにかくこれで当面の目的は定まってきた。

 

アイツらには“ゴクウがあのまま行方不明になった”と認識させておく。

ゴクウには悪気はなくても、コイツは存在自体が周囲に及ぼす影響が強い、いや、強すぎる。 以前とあるヤツが言ったこともあながち間違いじゃないし、実際にコイツのせいで人一人が消されてる。

 そんな状況で地球に戻ろうモノなら、こんどは何が起きるかわからない。 もしかしたらなのはの家族が巻き添えを食うかもしれない。 いや、もっと恐ろしいことになりかねない。 コイツが万全な状態でないのなら無闇な帰還は避けるべき……かねぇ。

 

 リインフォースへの連絡も、どうせこの姿じゃ念話が届きゃしないんだ、まずはそうだね、ゴクウがどういった条件でこんなめんどくさい事になるかを検証しないといけないねえ。

 

「でもあいつホントに強かった」 

「え?」

「おらこのままじゃ勝てねえな」

「そ、そんなにかい? カイオウケンとかも通用しなかったってのかい」

「肩たたき券? おめえ何言ってんだ?」

「あぁいや、すまないね今のは間違えだ。 ……そうかやっぱり覚えてないのか、こりゃ本格的にやっかいだね」

 

 ゴクウの戦力はもう現状のフェイト達を大きく下回っている感じかね。 そもそもあそこまで強くしたのがゴクウ本人なんだから仕方が無いか。 ……さてさて、これからどうするか。

 

「…………あ! そうだ! アタシ良い修行方法知ってるんだよ」

「……ほんとか!」

 

 

 

 そこからアタシ達の基本方針はすぐに決まった。

 まずはゴクウには本来の力を取り戻してもらわないといけない。 気の方は今まで通り、だけど魔力の収集自体が目的なのだから、修行と平行して魔法関連について少しずつ知っていってもらうことにした。 修行についてはゴクウの今までを反復学習させるだけだ、しかも勝手を知ってるから今までよりもすごい勢いで強くなっていく。

 まず最初の一週間。 亀仙流の修行をほぼ完了させる。

 その後一月で世界一周したときの強さを体得。 しっぽの弱点も克服していった。

 さらに3ヶ月後、ゴクウはついに気を探る修行を開始し、修める。 流石に世界中を見通すことは出来ないけど、背後からの攻撃を目をつむりながら対処できる程度にはなった。

 

 驚異的な成長率。 なのは達がやっていった鍛錬を10倍のペースで進めていく姿は、正直戦慄を隠せなかった。

 

 …………そして、4ヶ月目を迎えたある昼下がり。

 

 

「はぁぁああああ!!」

「ゴクウそのままだよ! そう、そのまま全身の力の流れをコントロールするんだよ!」

「ぐ、ぎぎ……ぐぉ!?」

「あ、やばっ!」

 

 ゴクウの修行もそろそろ終盤に差し掛かって来た。

 強さが到達したから……と言うよりも、制限時間が迫って来たからだ。 それでも12歳当時の姿でここまで来れたのはひとえにゴクウの体質が戦闘向きだったのと、やる気の違いだ。 人間、目標があると進展のスピードが違うと言うけど、執念に近いほどの目標をこの男が持ってしまったらこうなるのか……尋常じゃない。

 

今現状を整理してみる。

 ……アタシとゴクウはまだ元の姿に戻ることが出来ないで居た。 ゴクウはまだわかる、ドラゴンボールから受けた願いと、それにまつわるマイナスエネルギーを一身に受けているからだ。 それに、どうにもジュエルシードの調子が良くない。 憶測だけどどこかで負担のかかりすぎる“変身”をやったんじゃないかと思うんだ。 たとえば、ゴクウがさらに限界を超えた力を行使した……とか、こいつの事だ、十分あり得る。

 んで、アタシの身体だけど、コレは修行中たまに油断してゴクウに魔力を喰われるのが原因だ。 というか、喰わせてやっている。 そもそもあいつは元気玉の応用で周囲の魔力素を自分の意志で集めて身体にため込むことが出来ていた。 けどあいつは魔力はいらないから自然とそれはジュエルシードに蓄積していく。 だからアタシはソレを覚えさせる名目であいつに魔力を与えていってるんだけど…………

 

「あんた、そろそろ魔力がなんなのかわかってきたかい?」

「んーよくわかんねえぞ。 アルフがほかのより変なのはわかんだけどなぁ」

「変とはなにさ、変とは。 そこは特別とか、異なったとか言い方があるだろうに」

「へへ、そうか」

 

 どうもまだ気と魔力の棲み分けが出来てない感じだ。 

 アタシ自身に気というのはほとんど存在しない。 この身体のほとんどは魔力で構成されているものだ。 だからソレを逆手にとって魔力譲渡の魔法をあいつにかけることでその感覚を覚えさせるんだけど……

 

「コレばっかりはまだ無理みたいだ」

「ま、なるようになるだろ」

「でもアンタ、このままやって勝てると思うのかい?」

「……けどこれ以上は時間かけらんねぇよ。 それにアルフ、おめえおらに隠し事してんだろ」

「……え?」

「おめえドラゴンレーダーのありか知ってんだろ? しかもすぐに取りに行けるように準備してる」

「う!?」

「へへ、おめえとおらの仲だろ? そういうウソなんかすぐバレちめえぞ」

 

 このゴクウ、見た目は子供だから油断したけどやっぱり鋭い。 普段からのアタシの態度と野生の勘で見事に言い当てたよ。 あぁそうさ、アタシには秘策中の秘策を用意してある。

 

「まだ秘密だよ。 言えばアンタまた勝手に飛び出すだろうに」

「……ちぇっ、バレたか」

「まったく。 それで大失敗してるんだからもう少し考えなよ」

「…………わかった」

 

 今の間はなんだろう、とても不安になるんだけど。

 

「いいかい? 今日はここまで、明日は休息に使ってあさってからここを出るよ」

「いよいよアイツラを叩くんだな!」

「いや、ボール探しだろうに」

「っとと、そうだそうだ」

 

 やっぱり戦おうとしてたかコイツ。 それでもこうやってブレーキが効くあたりまだ冷静でいられている証拠だ。 ……そうだ、アタシは面識無いけど、コイツには仇があるしそいつに敗北までしているんだ。 悔しくないわけ無いか。

 

 でもここはキチンと従ってもらう。 でないと……もしもコイツの身に何かあったら“ミンナ”に申し開きできない。 何よりアタシが絶対に許せない。 だから今はガマンしてもらう。

 

 …………あぁ、ゴクウが全力を出して良いのはもう少し先なんだからね。

 

 

 

 

 

「いよーし! 元気100倍!!」

「肉食って8時間眠っただけなのにここまで回復するもんかね。 フェイトたちだったら3日は寝込む食らいにハードだったのに」

「へへ! その“ヘイト”ってだれか知らねえけどおら鍛え方が違うからな」

「……」

「なんだよ、変な顔しちゃってさ」

「いいや、別に」

 

 主を知らないと言われたらどんな使い魔だって微妙な顔をするのは当然。 ……いやまぁ、コイツの口からフェイトを知らないって言われたのがショックなのだけど。 それはまぁ、置いておいてようやく出発の朝だ。 早朝から筋トレと準備体操を終えたゴクウはメシを狩りに草原を駆け抜けてきた。 こんな変哲も無いところじゃ川魚が精一杯なんだけどさ。

 

 

「早く元に戻らないとねぇ」

「もと?」

「おうそうさ。 いまはこんなヒョロイ身体だけど、調子が戻ればそりゃもうすごいんだから」

「へー! つよいんか!?」

「…………いや、まぁ……アンタだもんね、こういう反応なのは知ってたさ」

「ん?」

 

 大きな胃袋を小さく満たし、歩幅をそろえていざ出発、目的はこの世界にある転送ポートだ。 現状、サポートすらままならないアタシの魔法ではゴクウと一緒に隣接した次元世界にすら飛べない。 だから使えるモノはなんだって利用していくスタンスだ。 例えソレが……

 

「あー君達どこから来たの? 迷子かな?」

「バカにすんじゃないよ、コレが目に入らないのかい」

「な!? 特別通行許可証!? こ、こんな子供がなぜ!!」

「ふふん、これで通れるのはわかってるんだよ、コネの力は銃よりも強し」

「か、官僚クラスしか持ってないはずなのに……それにIDも間違いない……本物だ。 すげぇ、初めて見た」

「……これってそんなにすごかったのかい」

 

 リンディ、緊急だったし力を貸してくれたのはうれしかったんだけどさ、少しだけやり過ぎなんじゃないのかい。 まぁ、いいや。

 驚く局員をそのまま放っておいてゴクウを引っ張り転送を開始。 なんだコレ? って首をかしげるアイツに“遠くに行けるマシン”だって言ってやったらどうでも良さそうな返事が返ってきた、うん、予想通り淡泊。

 

 この世界にひとまずの別れを告げて、アタシ達は次の世界へと旅立っていった。

 

 ……プレシアの言う、目星を付けられた世界へと。

 



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第83話 悲劇は美味しくない

お久しぶりです。 かなり難産でしたが、また帰ってこられました。

では、しばしの暇つぶしをどうぞ


 

 

 竜の鳴き声が空へ広がる。

 

 雄叫びと呼ぶべきそれは何に対して行われるのかがわからない代物。 だが一つだけわかるのはその声の主は現在途轍もない怒気を発して、威嚇し、猛っているということ。 すなわちキレているのだ。

 なぜそんなことになったのか。 誰が竜の逆鱗に触れたのか。 そんな無知な存在など、どこに居るのだろうか……その話を聞いたモノは誰もが同じ事を聞いてきた。 だが……

 

「うほほほーい! 一星球だー!」

「ば、ばばばばバカぁーー! どこがどうしてあんなモンの寝床からお宝を奪ってこれるのさ!!」

 

 ここに居た。 孫悟空とアルフという二人が、寄りにもよって生命体最上位個体に喧嘩をふっかけていたのだ。

 走る走る。 もう全速前進で竜の追走と同等の速度で道を行く彼等。 最強種ドラゴン。 総重量にしてフル積載のダンプカーを優に超したソレが追いかけてくる。 すこしでも息を切らしてペースを下げようものなら即座にぺしゃんこにされるだろう。 とにかくアルフは必至である。

 ……そう、アルフはだ。

 

「随分息が上がってるな? 修行が足んねえぞアルフ」

「バカ言うんじゃないよ! あんたらサイヤ人がおかしいのさ!」

「ん? だれだそれ、おら悟空だ」

「もう何でも良い!! 早くどうにかして!!」

 

 アルフの絶叫に悟空は少しだけ後ろを振り向いた。 にかっ!と笑ってしまえばそのまま視線を前に戻してしまう。

 

「アレ“今日は”だめだろ? 何言ってんだアルフ」

「いやいやいや! じゃあどうして喧嘩ふっかけたんだい!!」

「いやな? アイツ、ドラゴンボールを尻に敷いて寝てたんだ。 そんな風にするんだったらおらがもらってっちまうぞって言ったら火ぃ吹いてきてよ」

「あんた……ドラゴンと会話できたっけ?」

「すこしアイツの家に近寄って話しかけただけだぞ。 それにアイツが先に仕掛けてきたんだ」

「怒らせただけじゃないのさ!! テリトリーに侵入したら攻撃されるのは当たり前だ! 野生の常識!!」

「へー」

 

 いつものわくわくはどこに行ったー!

 アルフがまたも絶叫するが、あんなのに戦闘欲が沸かないのだろう、悟空はひたすら走り続けるのみだ。 しかしいつまで経ってもこのままと言うのも面白くない、それにそろそろ悟空にある問題が発生する。

 

「なぁ、アルフ」

「なに、今忙しいんだけど」

「おら腹減ったぞ。 なにかねえか?」

「…………こいつ!」

 

 緊張感がないのは、この事態が既に悟空にとって脅威ではないことを示しているのかどうか。 騒動を引っかき回すトリックスターにアルフは盛大にあたまを抱えた。 ……のもつかの間、そこは歴戦の使い魔だ、脳内に電流が走り一筋の光明を見つけ出す。

 今自身を追いかけているのは最強の生物……竜だ。 その鱗は並の魔法を弾く性質があるし、当然物理攻撃にも態勢がある、さらに口から出る炎は火山の噴火と同等の破壊力がある。

 アルフの目算では高町なのはのディバインバスターでどうにかダメージが通る代物だろう。

 そんな最強の生物相手に勝てるモノなど滅多にいないだろう。 普通、このまま転送なりなんなりで逃げるが吉だ。

 

 

 だがな竜種よ……いくら貴様が最強だろうと……

 

 

 この世には……

 

 

 ソレを凌ぐデタラメというモノがあるのだ。

 

 

 

 

「悟空、あれ晩ご飯にしよう」

「え……?」

「あいや、はは……アタシ何言ってんだろう」

 

 アルフの取った行動は説得。 いや、ただの提案に過ぎない。

 ただ、その内容があまりにも現実離れしていて自身でも何を言ったのか、数秒経たないとわからないほどだった。 ……いくら何でも無理があったな、そう後悔してしまったほどであった。

 すぐさま取り消そうとしたそのとき、隣からとんでもない言葉が出される。

 

「良いのか?」

「あぁ、無理だよね流石のアンタでもあんなのはさ……」

「今晩は魚って言ってただろ? 肉で良いのか?」

「いいよいいよ、もう仕方が無い…………って、え?!」

「そうならそうと早く言ってくれよ、おらガマンしてたんだ」

「ちょ、まじでどうにかなるのかい?!」

「へへ、まあな」

 

 そういった瞬間、悟空の姿は消えていた。

 ソレがヤツに向かって突撃したのだと思ったアルフの耳に突然の衝撃音。 その後に来る身を震わせるか如く咆哮が竜のモノだとわかるころ、ようやく彼女は振り向くことが出来た。

 

「じゃーんけーん!」

「ギャアアアアアッ!!」

「……うわぁ、アイツやりやがった」

 

 悟空のグーチョキパーの三連コンボが炸裂しながら、アルフはそっと竜に向けて手を合わせたという。

 

 ……しばらくして。

 

「うぉ、うめえなコレ」

「…………うん、そうですね」

「なんだアルフ? 食わねえならもらっちまうぞ」

「まぁ、半分くらいなら」

「…………変なヤツ」

 

 悟空の仕留めた伝説の生き物(元)の丸焼きを眺めながらどこか遠くを見ているオオカミがそこに居た。

 いや、こういう事態を想像していなかったわけではないのだが、あの恐怖の塊がこうもあっさり晩飯にされている姿は未だになれない。 というか、慣れたらこの世界の人間失格である。 アルフは最後の一線をなんとか踏みとどまったのである。

 

 …………そんな冒険みたいな事を日常にしながら、悟空とアルフはひたすらに世界中を回ることになる。

 ティーダの期限が終わるのが先か、悟空がドラゴンボールを集めきるのが先か……それとも、アルフの常識が悟空によって粉砕されるのが先か、その前にオオカミの胃袋がストレスで穴が空きそうである。

 最初の目的地で見事目的の代物をゲットした幸運値マックスな悟空と、そんな彼に振り回されるオオカミ少女の不幸が拮抗しながら長い旅が幕を開ける。

 

 

「フェイト……あたしゃいろんなモノを失うかもしれないよ」

「ほれ、食ったら歯磨いて寝ちまうぞ」

「ワオーン!!」

「うぉ! うるさいなあ、夜なんだから静かにしてくれよ」

「ふぇいとぉ…………」

 

 ……幕を下ろすことが許されないの方が正しいのかもしれない。

 

 

 

 

 

 回る世界の数は膨大。 情報は絞りきれず未だに目星は付かない。 けど、アルフは思うのだ。 コイツとならばきっと大丈夫だと。 自然と歩みは力強くなり、その瞳に映る世界は鮮明さを薄めることがない。 

 だがそれでも彼等の旅は前途多難で困難を極めた。

 

「へへ、やっと見つけた」

「……ここまで来るともはや怪異だねえ。 あんた、実は飛び散ってる場所わかってるんじゃないのかい?」

 

 極めていた……はずだったのだ。

 

「んなもんわかんねえよ。 ただなんとなくこっちかなってのはあるけどさ」

「野生の勘ってだけじゃ納得いかない……」

 

 彼の手元に光る無数の星。 否、星を秘めた水晶は既に6を数えていた。

 あのとき。 そう、無双の戦士へと融合したあの戦いのときは数日要したドラゴンボールの捜索は人数を使い、施設を整え、戦略を練った末の大捜索だった。 だが今回はあんな潤沢な装備も人数もない。 ただ、子供が二人で異世界を放浪しているに過ぎないのだ。

 確かに時間は消費した。

 孫悟空というキーパーソンもいる。

 だけど、次元世界中を巡るたった7個の貴重品集めを数ヶ月でこなしてしまえるかと言えば答えはノーだ。 あまりにも出来すぎの結果にむしろ操られている感覚を覚えずにいられない。

 

 誰かがウラで糸を引いていて、集め終わったボールを横取りしようとしているのじゃないか。

 

 そんな憶測まで立ててしまうほどにうまくいき過ぎたのだ。

 

「何も無けりゃいいんだけどねえ」

「どうかしたんか?」

「いや、いいんだ。 と、ソレよりゴクウ、ボール貸しておくれ」

「ほいっと」

 

 アルフに言われて手に掴んだ七星球を投げ渡す。 それを手のひらでなでるように見つめると、空中に文字を浮かび上がらせて簡易の転送陣を描き、ボールをその中に放り投げる。

 

「とりあえずこれで一安心」

「なぁ、これってどこに行くんだ?」

「あん? あぁ、コレかい? 別にどこかへ送ってるわけじゃないんだよ。 異空間につなげてそこに安置しているだけだよ」

「…………そうか」

「わからないなら無理して合わせなくて良いんだよ?」

「はは!」

「まったく」

 

 悟空に魔法関連の言葉は難しかったか、わからんと笑う彼にあたまを抱えるアルフは空中に開けていた枠を綺麗になくした。 さてと、これでドラゴンボールもリーチとなり、残るは四星球のみ。

 …………そう、悟空にとって大きな因縁のあるそれは、いまだ見つかっていないのだ。

 

 そろうことを避けるかのように……

 

 

 

 場所を変え、世界を移した悟空とアルフ。 いまだ二人旅の彼等はここで少しだけ状況を整理しはじめた。

とある世界のとある街。 そこで腰を落ち着けた……食事という名の悟空のファミレス制覇……彼等はしばし今までの事を話し合うことにしたのだ。 いや、アルフの方から一方的に悟空に言い聞かせているような構図なのだが。

 

「残りは四星球ただ一つ。 でも、そのありかのおおよその場所はまだ絞り切れて無いんだよねえ」

「じっちゃんの形見だな。 いままでは案外スムーズに行ってただろ? むぐむぐ! ……けふっ。 どうにかなんねえのか?」

「……汚いなぁ食いながら喋るんじゃないよ」

「ムグっ……がつがつ! んぐんぐ!」

「喋るなと言ったんじゃ無い! 食うのを一端控えなって!!」

「えー!」

「むかつく」

 

 悟空の手をとめ、食うばかりの口をふさぎ、こんどこそ話に集中させていく。

 

「前に火山で三星球は手に入れたろ?」

「あぁ、アンときはゴクウに蹴り落とされてこんがり焼き上がるとこだったよ」

「ちょっとしっぽが当たっただけじゃねえか」

「……死活問題だよこっちは」

「こんどは海とかじゃねえか?」

「海はそのまえの前に探したろうに。 海底遺跡で溺死しかけたアレ」

「そういやそんなのもあったっけか」

「覚えてよ……」

 

 辛かった毎日にアルフは涙を隠せない。 身体能力の差か、それとも持って生まれた星の定めか、ゴクウの起こしたハチャメチャを一身に受けるのはいつもアルフ。 あぁ、なんてことは無い貧乏くじ体質だが、悟空の些細なことは一般人にとって大冒険なのだ。 ソレを六回もこの数ヶ月で体験すればふつうなら精神に異常を来しても仕方が無い。

 彼女は、よく頑張っている方である。

 

 海だ、山だ、平原だと騒いでいる彼等は知らない。

 自分たちが冒険を繰り返している合間に起った小さな奇蹟のことを。 たった一つの勇気を。

 

 

 

 

 

 

 孫悟空という少年が去った病院では少しのパニック。 いきなり、忽然とあの少年が消えてしまったのだ。 全治一年は堅いし、そもそも後遺症がないわけがない、歩行にだって支障を残すはずの傷だった。

 そんな彼が消えれば騒ぎは必然。 病院関係者は血眼になって探し続けた。

 

 でも……

 

「…………本当にいなくなっちゃったんだ」

 

 この少女はさほど驚いては居なかった。

 オレンジの短髪。 背は悟空とさほど変わらない六歳程度の彼女は、そう、つい最近悟空が世話になっていた家の少女、ティアナである。

 病室で一人空を眺めていたら彼が居なくなった話を聞き、ゆっくりと少年の居るはずだった病室に足を踏み入れて今に至る。 あぁそうか、彼は本当に行ったのだと思えばまた一人病室に戻っていく。

 

 ……しかし、だ。

 

 そんな彼女のうしろ髪は僅かに引っ張られるのだ。

 

「どうしてあんなになってまで……」

 

 泥臭く、いつまでも歯を食い縛っている少年。 あの夜のことはひどく鮮明で、目を閉じるたびにその顔が思い起こされていく。 そのたびに彼女は歯がみをして、叫びそうになる口をきつく結んで悲鳴を押さえてしまう。

 

「……もう、いいや」

 

 次第に感情の起伏はなくなり、目はうつろ、子供のような腕白さもハツラツさも消え去り、その顔は石像のようなモノへと変わっていった。 兄を失った喪失感と悲壮感、そして何もしてくれなかった周囲への怒りで彼女の精神は既に限界に近付こうとしていたのだ。

 だから、いつしか心が自衛としてすべてを閉ざしたのだ。 もう、これ以上余計な負担を抱え込まないようにするため。

 

 

 そうして彼女は、いつしか笑顔を忘れていった。

 

 

 

 しばらくのときが流れた。

 身寄りの無い彼女だが、兄の働いていた職場の人間のいくらかが力を貸してくれたようで、その後の身の振り方に苦労することはなかった。 とある孤児院を紹介され、ある程度不自由なく生活が出来、ヒトとしての教養を身に付けることができた。

 けど……

 

「ティアナちゃーん! あそぼー!」

「…………いい」

「つまんないのー。 いこ、みんな。 今日は裏山に連れてってくれるってセンセー言ってたよ」

「うん!」

「イコ!」

「わーい!」

 

「…………」

 

 子供の列が彼女の前を通り過ぎる。

 ソレを見るでもなく淡々と部屋の隅へと歩いて行く彼女は、一人椅子に座って本を開く。 誰とも関わらない、ただ、施設にある本を読みあさっていく。 ソレが彼女の毎日だ。 そんな閉じた世界が、彼女のすべてなのだ。

 もちろんその姿を気に留めないモノなど居ない。 職員のほとんどが彼女をなじませようと努力したが、彼女の頑なさは決して崩れる物ではなかった。 ……でも。

 

「ねぇ、ティアナちゃん」

「……」

 

 そんな彼女を放っておけないと思う人間は確かに居たのだ。

 

「なに読んでるのかなー? あ、絵本読んであげようか」

「……小説」

「って、これ伝奇物!? 随分とまぁ、その」

「なに……?」

「渋いよね」

「……」

 

 この施設の人間は随分と根気の強い人間が居たのだ。 彼女はティアナの隣にわざわざ椅子を持ってくると、そのまま本の中身を一緒に追っていく。

 

 その本の内容は、怪物に襲われた村に、とある旅人が知恵と勇気を授け、困難を切り抜けていくというモノ。

 物語の最後に村を守るため力尽きた旅人ではあったが、その姿を褒め称えた神がそのものを天へと迎え入れて彼は幸せに暮らしていった……というオチのモノだ。

 

「へぇ、これってあの」

「……知ってるんですか?」

「え? あぁなんというか、あたしってね、実はここに来て日が浅くて、前は管理局ってとこにつとめてたんだよ。 知ってる? 管理局」

「……はい」

「これ、伝奇小説だなんて書いてあるけどウソウソ」

「……」

「実はそれ、本当に起った事を脚色して載せた日記みたいなモノなんだよ」

「え?」

 

 その言葉を否定しようとして、でも、ソレを本当だという彼女の目には一切の不純物を見いだせなかった。

 そう、いつか自身をこの施設に入れた、無表情の大人達が持つ、いい知れない不気味な光。 ソレを彼女からは感じなかった。 難しく言うと純粋で、簡単に言えば考え無し、ソレが手に取るようにわかってしまえば、もう、ティアナが警戒することは何もない。

 久しぶりの話し相手で、共通の会話を持っていたことも幸いしたのだろう。 ティアナは暫し、彼女の話に耳を傾けることにした。

 

「結構経つんだけど、ある次元世界でとんでもない事件が起ったの」

「事件?」

「そうだよ。 とっても悪い人が突然やってきて、この世界を手に入れてやるー! って、管理局を襲ったんだよ」

「え、それって一人です……よね」

「あぁ、小説には確かにそう書いてるよね。 怪物は……一人、でもその力は途轍もない……って。 うん、確かにその通りだね。 アイツはとんでもなく凶悪だったよ」

「じゃ、じゃあ管理局はその怪物にやられてしまって……」

「全部って訳じゃなかったけどね。 “彼”がもう少し遅かったらあたしも今頃……って暗くなっちゃったか。 でまぁいろいろあって、その怪物は倒されたんだよ」

「それで天にってのは?」

「あぁ、そこはまぁ脚色ってヤツだよ。 たぶん書いたヒトが流石に全部丸写しじゃあ身の危険を感じたんだろうね、いろいろと改変してるんだよ。 それに“彼”その後も二回ほど怪物を倒したりしてるし」

「……え?」

 

 などなど、彼女の話に聞き入っていき、次第に次を次をとせがんでいく絵ができあがった。 そんな子供の姿に彼女は気をよくしたのだろう、少しだけいらないことを話してしまう。

 

「勇気はいろいろもらった、けど“彼”はどっちかって言うと腕っ節のタイプの人間だったから……」

「知恵はお飾り……?」

「いやいや、そう言うことじゃないよ? ただ、まぁ、……反則みたいなモノはもらったよね」

 

 小説の内容は大体頭に入っているティアナだがこれはもうオハナシの範疇を大きく逸脱してしまっている。 そこからさらに続く言葉に、完全に興味を持ち攫われてしまった。

 乾いた瞳に光が宿り。

 声は弾み。

 その顔は既に表情が形成されていく。

 

 だから、彼女の次に語る言葉にただただ驚きを隠せないで居た。

 

「願いを叶えてもらったんだよ」

「……え?」

「どんなに難しいお願いでもかなえてくれる宝物。 彼はソレを持ってきてくれたんだ」

 

 ティアナの表情が固まる。

 相変わらず彼女の雰囲気は変わらない。 自分を偽るわけでも、子供扱いしているわけでもない女性の姿は、彼女の言うことが事実だと思わせるには十分だ。 いくら子供で、世間知らずだとしてもこれだけはわかってしまう。

 

「あはは、まぁこれ以上はおとぎ話かなー。 あたしも最初は信じられなかったよ、あんな小さな石で願いが叶うなんてさ」

「あ……あぁ」

「コレくらいかな? 水晶みたいな透き通った、中身に星がある石なんだよ。 ……あ、今のはオフレコ、秘密だよ?」

「……っ!」

 

 人差し指立てながらウィンク一つ。 カノジョは本当に何でも無いよと言った感じでティアナに行ってやるとその場で立ち上がる。 別の職員に呼ばれたのだろう『続きはまたね』と言い残すと足早に去って行く。

 その背中を目で追うくらいしか出来ない。 いや、その実カノジョは既に別の風景を夢想していた。

 

「どんな、願いでも」

 

 つぶやかれるのはカノジョの心の内。 もう、あきらめが付いたはずのその願望はいま、希望という火種を与えられ再燃していく。 その言葉、その重いがどれほどに強いモノなのかなんて言うまでも無い。

 たった一人、ただ一人の肉親を思う心などそう簡単に消えやしないのだから。

 ……でも、そんな思いも現実の前には無情。 だって例えその伝説が本当だとして、茶からモノを探すなんておとぎ話は自信には荷が重い。 少しだけ冷静さを取り戻すと、また床にすわりこんでしまった。

 

 

 

 夕食時。

 ティアナ以外の子供達は教員に連れられた裏山での出来事をそれぞれ口に出し、思い出して、騒いでいた。 自分以外のモノすべてが笑うその中で、しかしティアナはひたすらに無言、静かに咀嚼を繰り返す。

 大きなはしゃぐ声も雰囲気も別に気にならないし、どうでも良いとさえ思う、この生活もそろそろ慣れてきて、一人で静かに過ごすのも苦ではなかった。

 

……そう、あの話を聞くまでは。

 

「あの小屋ってなんだったんだろうねー」

「小屋じゃなくてお社っていうんだよ。 ソレよりもあの水晶きれいだったよねー!」

「うん、持って帰りたかったなー」

「ダメだよ! 勝手に持ち出したら呪われちゃうんだよ?」

「えへへ。 中にお星様がある水晶なんて珍しかったしさー!」

「…………!」

 

 水晶……そう、なかに星がある水晶の話だ。

 ただそれだけ。 そこにそれ以上の意味は無い。 

 

 あの宝物のはずがない。 そんな簡単に、こんな身近にあるわけがない。 だから、コレはもうここまでのオハナシ。 自身には何も関係ないただの…………そう、自身に言い聞かせる彼女の顔は、いつにもまして暗く、苦かった。

 

 

 

 

 

 丑三つ時。

 もう、職員ですら床につき、寝息を整えている時間帯だ。 静まりかえった施設の仲、たった一人の少女が立ち上がる。

別にトイレに行きたかったわけでは無いし、ヒトこい寂しい訳でもない。 いいや、少しだけ催していたのだが今はどうでも良い。 背中には大きな鞄、手には懐中電灯。 そうだ、彼女はいま誰にも告げずあの話を確かめに行こうとしていたのだ。

 

 どうせありっこない話だ

 何もかも都合が良すぎるし、きっと何かの間違いかもしれない。

 

「…………」

 

 いい加減現実を見るべきだ。

 子供である我が身に出来ることなんて泣くことをガマンするだけ。

 

「………………っ」

 

 でも、あそこに何か間違いがあったら……?

 本当に……もしかしたら……きっと……

 在るはずもない可能性を一度でも見てしまった少女は、もう心の中に膨れあがる思いをとどめることが出来なかった。

 

「…………行かないと」

 

 自身を止めるモノは居ない。 当然だ、そのためにこんな夜遅くに出発するのだから。

 また明日、皆で行けば良いのではないか? ……いいやダメだ、もしも本当にホントの話だったら、きっと誰かが宝物を横取りするに決まっている。

 

 決意を固め、方針を定めた彼女はもう止まらない。

 ゆっくり、静かに靴を履き、玄関の鍵を誰にも気づかれないように解錠し、外へと歩き出して行く。

 

 昼間の子供達の足でも往復に丸一日を要する道に、夜の子供一人は相当に時間がかかった。 

 子供一人の夜道、しかも裏山という悪路を上っていくのは困難を極める。

 生やしっぱなしの草木は自身の伸長を遥かに超えて、視界は最悪。 懐中電灯があるとは言え、物理的に遮られれば意味を持たず、当然として彼女の方向感覚を奪い去っていった。

 もう、どこに向かっているのかもわからない状況のはずなのだが、いつの間にやらすげ変わった己が心に従うだけの少女に、そんな事などどうでも良かった。

 

 もう少し。 もう少しで兄と再会することが出来る。

 

 ソレばかりで周りが見えていない彼女は、気がつかなかった。

 

「……ゥゥゥ」

「な、なに!?」

「グゥゥゥ……」

 

 自身の背後をゆっくりと付け狙う野犬のことを。

 オオカミではなく、そのワンランク下の小動物に過ぎない。 ただ、それでも大の大人に噛みつくだけの威力を持つそれは子供にとっては十分以上の脅威である。

 

「グゥッ!」

「ひぅ!!」

 

 そんな相手になんの装備もない自身。 エサになりに来たのかと笑いさえこみ上げてきそうな迂闊さに、ティアナはその場で竦み、腰が抜けてしまう。 ただのエサと化した幼子を前に獣は舌なめずり、空かせた胃袋を満たすため、彼女に勢いよく飛びかかった。

 

「ガウガウ!!」

「や、やぁーー!!」

「ガウ……ガウウ……う?」

「…………ひゃ!?」

 

 どうにか逃れようと身じろぎしたのがいけなかった。 暗く、あまり周りが見えていなかった彼女の背後はちょうど崖になって居たのだ。 運悪く滑り落ち、そのまま林をクッションに地面へと落下していく。

 服の至るところは破け、擦り傷だって負っている。 でも、あのままエサになる寄りかは全然マシだと自分を激励すると、歯を食い縛りながら彼女は立ち上がる。

 

「行かないと……お兄ちゃん……まってて」

 

 もう、居ないヒトのことを思いながらも、ティアナはひたすらに山道を登りなおす。 進んでは転がり、登っては落ちるの繰り返し。 泥沼と化した彼女の愚行を止めるモノは居らず、永遠かと思える時間をひたすらに進む。

 

 出来た擦り傷を見ない振りして、彼女は小さな希望を信じて進み出す。

 

 やっと見えた光。 だがソレを遮るモノが近付いてくる。

 

「グゥゥゥ」

「……ぁ」

 

 先ほどの野犬が彼女の前に立ちふさがる。

 もうすぐだと言うのに、ここでまたも行く手をふさがれた彼女はうつむく。 ……もう、イヤだと弱音も吐いた。

 

「ギャンギャン!!」

「……ぅ」

 

 怖いと、後ずさりもした。

 

 でも、だけど。

 怖いと身を震わせるたび、逃げたいと振り向きそうになったとき、思い起こされる光景が一つだけあった。

 

 ………………ティアナ、行ってくるからな?

 

「あ、あぁぁ……」

「グゥゥゥッ!!」

「ま、ま――」

 

 たった一人。 世界で唯一自身に本当の笑顔を教えてくれた存在が。

 渇望し、故にここまで苦難の道を歩き続けた。

 ソレなのにこのあり様はなんだ?

 逃げたい? もういい? 本当にそんなことを考えていたのか? ここで……

 

「―――負けない! おわる訳には……行かない!!」

「ゥゥゥゥウウウウ!!」

「おまえなんか怖くない!! ぶ、ぶっとばしてやる!!」

 

 啖呵を切ると足下に転がっていた木の枝を振り回す。

 そこに技術の片鱗もない、ただデタラメな動作で繰り出された攻撃は――

 

「やあああああ!!」

「ギャンッ!?」

 

 イヌの鼻先を殴打し、怯んだヤツはそのまま藪の向こうへと消えていった。

 全身で息を整え、手に持った枝をズリ落とし、へたり込むように腰から座ると、彼女はそっと嗚咽を漏らす。

 

「おにぃちゃん……やったよ……ぅぅ」

 

 その声は唯々悲痛であった。

 

林を超え、山道を通り抜け、ようやく目にした頂上。

 そこには、本当に小さなほこらが建てられていた。

 

「あ、あった……」

 

 這いずるように懸命に、縋り付くような必至さで。

 

「こ、これ……なの……?」

 

 ソレを目にする、その宝玉を手にする。

 

 色はオレンジ。 透き通るようでいて硬質なそれは少女の手には大きすぎた代物。 片手では収まりきれず両の手でやっと取ることの出来た奇蹟の球。

 やっと手に入れることが出来た宝には小さな四つ星。 少女の健闘を称えるかのように淡く輝きを放つ。 その光がとっても優しくて、暖かくて……思わず喉元から嗚咽がこぼれそうになった彼女は確信した……コレが、奇蹟の宝物なのだと。

 

「これで……これでお兄ちゃんが」

 

 万感の思いで球を見つめ、今までの悲しみをぬぐい去るほどの希望で心が満たされたとき、少女は“願い”を口にした。

 

 

 

「おに……お兄ちゃんを生き返らせて……」

 

 

 

 ようやく口にした願い。

 いままで誰にも悟らせなかった自身の悲しみを、思いを、ようやく吐き出した瞬間だった。 また会いたい、言葉を交わしたい……身体を、抱きしめて欲しい。 そんな赤子にも似た単純な思いは、だけど子供だから許された願いだ。

 それがようやく叶うのだと、今までの苦労が報われるのだと、ただ一人……たった一人だけ喜びに打ち震えていた。

 

 

 ――――ソレがどんなに大きな勘違いだとも知らず。

 

 

「…………なにも、起きない」

 

 そうだ“あの世界”のモノだったならばこんな致命的なミスは犯さなかった。

 そもそもこの世界の子供に理解しろというのが酷な話で。 あぁ、そうとも。 この奇蹟の宝玉には様々な制約が課せられている。 使用方法、運用期間、願いの限界。 そのうちの一つが欠けた今の状態では願いを叶えるどころか聞いてもらうことすら叶わない。

 聞き入れる存在を召喚する事すら叶わない…………

 

「なんで……」

 

 でも、それは……

 

「どうして!」

 

 この子供にわかることではなくて。

 

「お兄ちゃんは……? ねぇ、何でも願いが叶うんでしょ!!」

 

 ついにあふれ出た罵声は、しかし聞いてもらうモノすら居ない。 少女が激昂に身を燃やせば、手に持った宝を地面へと叩きつけた。

 

「嘘つき!」

 

 今までの疲労も会ってか地面に伏せ、怒りにまかせてその小さな手を叩きつける。 何度も、幾度でも地面を叩いていくウチに、彼女の目には大粒の涙が滲み出てきていた。

 

「嘘つき!!」

 

 頑張った。

 いままで、そう、兄が死んで自宅を引き払ってから数か月、どんなに自身が涙と怒りを抑え込んできたことか。 そこに転がり込んできた希望に縋り付いたのは自分の意志だ、誰かが絶対に大丈夫だなんて言ったわけでも無いし、こうすれば間違いないという保証もなかった。

 でも、だけど……

 

「こんなのって……こんなことってないよ! あんまりだ!!!」

 

 ティアナはひたすら地面を叩いた。

 怒りのままに、叫び声と比例してその殴打は激しさを増すばかり。 小さく、まだきれいな手が泥と血で汚れていく姿は悲壮。 それでも彼女は心のままに叫び続けた。 返して欲しい、お願いだからまた会わせて欲しいと。

 

「何で……なんでこうなるの……わたし、いっぱいがんばったのに……」

「……」

「あいたいよぉ……おにいちゃんにあいたいよぉ…………」

「…………」

 

 “願った”誰よりも。 いまその心にわき上がる純粋無垢な感情を、想いを、この世界の誰よりも強く心の内から吐き出した。

 

 

 

 

 

 そんな純粋な願いを見せつけられては、流石にこれ以上は黙っていられなかったのだろう。 

 

 

 

 

 

 

「――――そりゃダメだぞ」

 

 

 

 

 

 

 

「…………だ、れ……」

 

 いつの間にか居た。

 

 暗くて、目は涙で腫れていて、視界が悪いけど男の人だというのはわかる。 だけど輪郭がはっきりしない。

 でも、とても優しい声で少女に“ソレ”は話しかけてきた。

 

「ドラゴンボールは七つ集めねえとな」

「あ、え……」

「どんな願いも叶えてやれるけど、ちゃんと使い方を守ってもらわねえと」

 

 それは言う。 少女の方が間違っているのだと。

 宝はまさしく本物で、どんな願いでも叶う奇蹟の代物だと。 でも、もう流石に無理であろう。 少女は限界で、これ以上過酷な旅などに出られるはずもない。 あの少年ならばどうにでもなるだろうが……自身には、彼のような力強さなど在るわけがなかった。

 

「はは、おめぇボロボロだな」

「……ぁ」

 

 そっと抱き寄せられた。

 その感触は兄と似通っていて、ティアナは拒むどころか警戒すら忘れ去っている。 こんな感覚はいつ以来だったか。

 

「頑張ったな」

「…………うん」

「おめぇ、アニキに似てガッツあるぞ。 こりゃあ将来はアイツラを超えるかもな」

「……………………うぅ」

 

 意識は朦朧としていて、“ソレ”が何を言っているのかなど半分も理解できない。 でも、その声に反応するように少女はうなずいていた。

 

「おめぇがとんでもなく頑張ったのは“ここからずっと見てた”から知ってるぞ」

「うん……」

「おめぇの願い、どうにかかなえてやりてぇけど……オラには無理なんだ、すまねぇな」

「もう、いい……」

「……ん?」

 

 “ソレ”に抱かれながらティアナは言う。 もう、いいと。

 

「出来ないコトは……できないから」

「……そうだな」

 

 彼女の呟きに肯定の声。 そうだ、この世の中甘いことばかりではない。 報われない努力、必要とされない助力、決して現れない奇蹟。 意味の無い暴力に、助け合わない群衆。 この世は辛いことばかりで凝り固まっていて、自身はただ他人よりも早くそれにぶつかってしまったに過ぎない。

 小さく、けれど賢明なティアナにはソレがわかってしまったのだ。

 

「しょうがねえなあ」

「な、なんですか……?」

 

 だけど……それでも……

 

「おめぇの願い叶えんのはオラには出来ねえ。 けど、もう少しで出来るヤツが来るはずだ」

「ど、どういうこと……?」

「なぁに、もうちっとだけここで踏ん張ってりゃいい。 そうすりゃおめぇが待ってるヤツが来るからさ」

「???」

 

 今回だけは……そう、このひとときだけは彼女に奇蹟が舞い降りる。 いや、奇蹟は既に起っている。

 

「あ……」

「お、日も出てきたな。 おめぇ随分と時間かけてここまで来たかんなぁ」

「だってここ……遠いんだもん」

「って言ってもおめぇが居たところからだったら真っ直ぐ来れんだけどな」

「…………う、うそだよ!」

「ホントホント。 おめぇ遠回りばっかだったもんなぁ」

 

 あり得ないはずの邂逅を既に果たしているのだ。 ならば、そのついでにもう一個くらいの奇蹟があっても良いはずではないか? 目の前の“ソレ”が大きく笑ってやると、少女の影に光が差し込んでいく。

 

 夜が明けようとしていた。

 

「今回は特別だ」

「ほえ?」

「はは! なのはみてぇな声だ、懐かしいな」

「え、え?」

「今回は……いや、プレシアのときも特別だったっけか、忘れちまった。 とにかく今回だけ特別だぞ? なんて言ったって一年経ってねえモンな」

「どういう、こと?」

 

 にししと口元で人差し指を立てる姿は、まるで内緒話をする父親のようであった。 その暖かさを肌で感じたときだった、少女の頭のうえにとても暖かい光が降り注ぐ。

 

「少しだけ元気にしてやる。 ほれ、疲れとれただろ?」

「あ、うん」

 

 光が“ソレ”の手なのだと気づいた頃には全身の痛みは引いていた。 擦り傷があったところは血の跡さえなく、体力も元に戻っていたのだ。 コレには流石に驚きを隠せないティアナだが、そんな彼女を呼ぶ声が木霊する。

 

「おーい! どこだー!!」

「ティアナちゃーん!」

「どこなのー!!」

「……あ、みんな」

 

 既に疲労はなく、声に反応して立ち上がった彼女はゆっくりと声の方に歩き出した。

 林の中、聞き知った声たちに近付いていくと、やはり見知った顔がそこから出てくる。

 

「こんなところにいた……もう、心配かけちゃダメだよ!」

「夜中に抜け出して、こんなところまで。 野犬が出るからダメだって言っただろう」

「ご、ごめんなさい……で、でもあのヒトが助けてくれて――――」

 

 怒られながら、でも、どうしても伝えたいことがあるからと職員達へ訴えかける。

 自身を助けてくれた人が居る。 ただそばにいてくれたヒトがいるのだと…………

 

「あ、れ」

「どうしたの? だれもいないけれど……」

「そんな……でも、だって……」

 

 後ろを振り向いたら何も居なかった。 あのヒトも、あの、ほこらも……何もかもがなくなって、消えてしまっていた。

 ウソのように、夢のように、霞のようになくなってしまったあのヒト。 ティアナは何度も目をこすりながら確認した。 でも見えるのは何もない地面。 信じられずいつまでも凝視する彼女に周りの大人達はただ疑問に思うだけであった。

 

「よかったよ、突然居なくなったから心配したよ」

「……ご、ごめんなさい」

 

 疲れきった彼女の謝罪を聞き入れ、一同はそこを後にする。

 

「――アルフ、こっちだ」

「ちょ、ちょっとゴクウ引っ張るんじゃないよ!」

『!?』

 

 いきなりだ、乱入者が彼女達の前に転がり込む。

 小汚い衣服にボサボサの頭。 そこかしこに漂う旅人の雰囲気はしかし、その背格好は完全にただの子供であった。 聞いたことのない口調の男の子と、使い魔だろうオオカミ。 彼等は今までティアナが居た場所に近付くと、今度は施設の人間達に振り向いた。

 

「あ!」

「……どうして、こんなところに」

 

 見つめ合う二人。

 それはたった数秒のことだったはずだが、ティアナの身体は完全に硬直していた。 あの姿と髪型は見間違えようがない、だけど、さっきまでの出来事が彼女の脳にフィルターを駆けていた。

 

 故に、動けない。

 

 そんな彼女に、男の子は、いいや、悟空は手を向けて言う。

 

「おっす! 元気してっかティアナ」

「あなたたちどうしてここに」

「そりゃこっちの台詞だぞ、おめえの居たところ、ここから随分遠いじゃねえか」

「いま施設にいるから。 家には、居られないから……」

「……そっか」

 

 ティアナの顔が暗くなると、ほんの少し悟空はそっぽを向いた。

 少年が自分と向き合いづらい過去なら心当たりはある。 言わんばかりに目をそらさない彼女は、手に持った荷物を強く握る。 ……あのヒトに勇気を分けてもらうかのように。

 

「どうしてここにいるの」

「ん? おら、いまいろんなとこで修行しながら捜し物してんだ」

「お兄ちゃんの仇でも探してくれてるの?」

「……あぁ、そんなとこだ」

『!!?』

 

 皆が思わず息を呑んだ。

 彼が発した言葉は決して良い物ではない、どちらかと言えばマイナスな感情のモノだ。 子供が言うには物騒すぎて、ごっこ遊びだと一蹴するはずのモノだった。 でも、ウソだと決めつけられない何かが、彼から確かに感じ取ったのだ。

 

 訳を聞こう。 職員は静かに彼に近付こうとした、そのときであった、獣のうなり声が彼等を襲う。

 

「な!? 野犬がこんなに!?」

「そこの赤いのが呼んだのか!?」

「アルフがこんなの知ってる分けねえだろ? 他人だぞ」

「わ、わわわ……」

 

 怯える職員達と、先ほどの出来事がフラッシュバックするティアナ。 あのときは気迫で追い返したが今はもうそんなチカラは残されていない。 持った荷物をかばうように、その場で固まり動けない。

 きっとヤツラは自分に仕返しに来たのだ。 悟った彼女は目をつむり、歯を食い縛る。

 

「ギャアアア!!」

「――――おい、おめえたちうるせえぞ」

「ギャンッ!!」

 

 …………まぁ、それらが皆に襲いかかることはなかったのだが。

 

 たったひと睨みしただけで野犬共が散っていく。 山奥へ、二度と人里へは下りてこないように遠くへと。

 助かったと安堵するモノが居れば、今起きたことに首をかしげたモノもいる、だがなかでも一番今の事態を理解できなかったのは少女であった。

 

「あ、あんた、いまなにやったの……?」

「なにって、何にもやってねえぞ。 アイツラうるせえなぁって思ったら勝手に逃げちまったんだ」

「……そう」

 

 納得など当然していない。 あの野犬たちのしつこさは自身が一番わかっている。 だから、何もせずに帰るなどとあり得ないはずだった。 けど、あれは帰って行った。 自分を襲うこともなく、たった一人の子供に睨まれただけでこの場から消えてしまったのだ。

 

「あんた、何者なの」

「おらか? なんだ冷てえやつだなぁ名前忘れちまったのか」

「そうじゃなくて! 明らかに普通じゃないよ今の――」

「ん? ああッ!! お、おめえそれ!!」

「な、なに?」

「おめえが持ってるやつ! それってドラゴンボールじゃねえのか!」

「え、え?」

 

 叫んだ悟空はティアナに詰め寄る。 鼻先が付くぐらいの距離感は彼特有のモノだろう、あまり不快感はなかった。 しかし、少しだけ漂う旅の香りは少女の鼻孔には刺激が強かったらしい、あからさまに顔をしかめた。

 

「くさい」

「そんなことどうでも良いだろ? それよかおめえ、ちゃっかりドラゴンボール集めてたんじゃねえか、おら全然気がつかなかったぞ」

「……ドラゴンボールって、なに?」

「え? おめえ知らねえでそれ持ってたのか?」

「……願いを叶えてくれるってのは知ってるけど、でもダメだった」

 

 普通は、願いを叶えてくれるだなんて言わないけれど、どうしてか彼には事の顛末を話してみたくなった。 だって、彼があんなにも嬉しそうだから、自身の苦労をこんなにも喜んでくれているのだから。 だから、これくらいは良いだろう。 

 なんとなく表情の崩れたティアナを余所に悟空とアルフはいそいそと動きだす。

 

「頑張って、我慢して、でも出来なかった」

「やったやった! もうちょっとで一年だったもんなぁ、ギリギリセーフだぞ」

「お兄ちゃんのこと、どうしても忘れることが出来なかった。 だって、二人しか居ない家族だったんだよ? できっこないよ……」

「イー、アル、サン、スー、よし、全部あっぞ! へっへー、頑張った甲斐あったな」

「大人はみんな応援してくれた、でもそれだけ」

「よぉし、いでよ神龍!! そして願いを叶えたまえ!!」

 

 ――――――空が暗くなり、大人達は皆避難していく。

 

「本当に欲しかったのは誰もくれなかった」

「なぁ神龍、まえに死んだティーダを生き返らしてくれ」

「またそんなことを言う。 言ったよね? 出来ないコトは出来ないって」

【……タヤスイコトダ】

「お、サンキュー!」

「ちょっと聞いているの? あなたはいつも人のはなしは聞かないってお兄ちゃんがいってたけ……ど……わ、わわわわ! なっ、な!!?」

 

 ――――――――悟空の方を見たティアナはここで腰が砕けて。

 

【フクトカラダハサービスダ】

「こ、ここは!? 俺はたしか……」

「よ! 久しぶりだなティーダ!」

「悟空!! そ、それにティアナまで!!」

「!!!!!!!!!!」

 

 起きた奇跡に言葉を失っていた――――

 

 そこには数ヶ月前に亡くなったはずの、自分の……自分の――――

 

「おにぃちゃあぁぁあああああああああ!!」

「おっとと!? ははっ、ティアナどうした! そんなにべそかいて、かわいい女の子が台無しだ」

「だって、だって……!!」

「仕方の無い奴だ」

 

 感動の再会の後ろで、二人の冒険者が拳を突き合わせる。 目的達成、しかも本人達はここまで喜んでくれているのだから頑張った甲斐があったというものだ。

 

「よし、いくかアルフ」

「挨拶はいいのかい? アンタの知り合いだろうに」

「へへ、アイツラとはまた今度会うからいいんだ。 今は行きたいところあるからさ」

「……あぁ、そう言えばそうだったね」

 

 兄妹が涙ながらに抱き合う最中、孫悟空はそのまま姿を消してしまう。

 それを見送る青年はどこか悲しそうな顔。 少年の後ろ姿を見送ると、そっとティアナを抱きしめなおした。

 

 

 

 そこからしばらく、青年が悟空と出会うことはなかった。

 

 

 

 ニュースでとある犯罪組織が消されたという情報を見つけるまでは…………

 




悟空「おっす! おら悟空!!」

アルフ「いやぁ、なんとか冒険が終わって良かったよ。 これで暖かい布団で寝れるってもんだ」

悟空「ところがそうもいかねんだ。 おら、忘れモン有るからさ」

アルフ「え? なにかあったっけ」

悟空「へへ、まぁいろいろな」

アルフ「いや、アンタがいくならついて行くけどさ。 んじゃ、次回!!」

悟空「魔法少女リリカルなのは~遙かなる悟空伝説~ 第84話」

アルフ「仕返しだ! 悟空、大変身!!」

???「よせっ! それはいままで集めた貴重な--」

悟空「わりぃ、つい手が滑ってぶっ壊しちまった、ははっ! すまねえな」

???「こんなの計算外だ……!!」




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第84話 仕返しだ! 悟空、大変身!!

お久しぶりです。 どうにかこうにか年内投稿です。
では、暇つぶし程度にどうぞ


 

 

 

 そこには様々なモノがあった。

 

 機械、鎧、生態に資金に権力。 こと、生物実験に必要なものすべては“男”の前にはそろっていた。 そして当然男にはそれを生かす才能もあった。

 

 いいや、ありすぎたのだ。

 

 湯水の如くあふれ出すその才能は、やがて人が超えてはいけないラインをあっさりと踏み越え、既にその知識欲は外道の域に入ってしまった。

 だから、何でも出来る。

 故に、すべてを試した。

 それでも、満たされない。

 

 この世界に起こりうるであろう、すべての可能性を想定し、実践し、成功を収めてしまった。

 もうこの男が欲する結果は存在しない。

 壮大な山登りだったはずの道のりを、最短距離で駆け抜けた先の暗闇に、男は深く絶望した。 自身が追いかけるモノも居なければ、追ってくる存在は遥か後方。 数世代重ね無ければ追いつけないだろう場所で、寄り道ばかりしている。

 

 それを知った男は思った。 ……あぁ、なんて退屈なのだろう、と。

 

 

 

 

 

 そんな男にある日、世界が刺激を与えてしまう。

 

 出会ってしまった、その存在に。

 

 知ってしまった、現人類を超えた存在を。

 

 見つけてしまった…………その、人体の神秘を多言する存在に。

 

 なんら機械の補助もなく空を征き、誰の手も借りることなく大地を割る。 そんな生命力を爆発させた、生きる神秘に出会い、この男が興味を持たないわけがなかった。 だから男はソレを調べた。

 

 知りたい、早く謎に迫りたい。

 見て、聞いて、掻っ捌いて、解体して、中身を引き出して、そのまま保存しておきたい。

 

 そんな、純粋な欲求をかなえたいが為に、男はすぐさま行動した。

 

 早かった。

 自身に力が無いことは理解していた。 だから、必要なものは直ぐにそろえた。

 強い兵と忠実な僕。 どちらも完璧に備える存在などこの世界には居ない、だから創り上げた。 すべての数値を満たすまでの試行錯誤を数千回、その間のトライアンドエラーで学んだことは次世代の兵に注ぎ込む。

 ただの試験管ベビーから、やがて高度なクローン兵士を創り上げ、その存在の制御すら可能として、最後にはあの存在に迫るモノさえ創り上げた。 作った、つもりだった…………

 

 だが、だが――――

 

 

 

 

 

 

 

「…………なぜ、こんなことになってしまったのだ」

 

 

 

 男が、間違いに気がついたときには、すべてが遅かったのだ。

 

 

 

 

 

 

 現代。

 

 孫悟空がランスターの兄妹を再会させてしばらく立ったお昼過ぎ、アルフと暢気にお昼寝としゃれ込んでいた悟空は、幸せそうに鼻提灯を作成していた。 膨らんで、しぼむ。 そんな自由自在な提灯を20と操った刻だろうか、悟空のぞんざいな扱いに、ついに提灯が破裂する。

 

 ――――ぱちん。

 

 かわいらしく、どこか情けない音があたりに響くと、そのまま悟空の眼が覚める。

 

「ふぁ……んん、おー! よっく寝た!!」

 

 背中をバネに反動で起き上がる。 地面に着地、しっぽを上げると振り回す。 どうやら起き抜けの体操は要らないようだ。 彼はそのまま眼下を睨むと、後ろから声がする。

 

「ゴクウ!!」

「よ、アルフ。 なんだ、随分おそかったな?」

「あ、アンタがとんでもない速度で先に行くからだろ? まったく、“ここまで”来るのに3日かかるのに1日で行こうなんて……」

「いいじゃんか、早いことは良いことだろ? それに――」

 

 悟空が睨んだ目を動かす。

 ソレはまるで地面の下が見えているという様子。 いや、事実見えているのだろう、この少年には。

 

 だから笑う。

 故に彼は歩き出す。

 

 …………早くしないと、アイツらと闘えなくなると拳を鳴らしながら。

 

 

 

 

 悟空が来たのは研究所だった。 孫悟空が、その力量で察知できた“アイツ”の僅かな残り香を辿った結果がこの場所であり、彼が本領を発揮する事を決めた場所である。

 

 ――――――彼等は、いささか悟空を刺激しすぎたのだ。

 

「さて、まずはこの扉からかねぇ」

「へぇー! 随分デッケエなぁ」

 

 背丈を優に超える堅き扉。 大人でさえ見上げるそれを、子供が開けることなど出来るはずもない。 普通、ここで引き返すのが常識というモノだ。

 

 だが、彼等は常識人ではなく、そして、この施設の人間も普通ではなかった。

 

「……そこの子供、止まりなさい」

「ん? オラの事か?」

「ここから先は関係者以外立ち入り禁止だ」

「入ったらどうなるんだ?」

「……射殺します」

「ふーん」

 

 どちらも普通じゃない対応に、アルフは既に嫌な予感がしている。 ここから始まるであろう激戦に、一人その場から離れて身を伏せている。

 ふりふりと、揺れるしっぽが彼女の警戒心をあらわにする中、悟空はここで信じられない行動に出る。

 

「んじゃ、仕方ないな」

「えぇ、お引き取りを」

「おー! またなー!」

「……おいおい」

 

 悟空はなんと背中を見せて施設から正反対の道を行く。

 その姿を追いかけようとしたアルフは悟空の背中を見つめ、いや、見ようとして探したときには、彼はもうこの周辺には居なかった。 臭いもない、一瞬で消えてしまった……まさか。

 ある意味で最悪な結果を想像したときだ、ソレは不意に叫んだ。

 

「だああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

「な!? 先ほどの子供が駆け足で……止まりなさい! 射殺しますよ!!」

「ゴクウ、アイツまさか……!!」

 

 100メートルを2秒で走る悟空の俊足がうなりを上げる。 物騒な物言いに対して何ら怯むことなく、むしろ速度を上げていく。 そんな子供に困惑の眼差し、施設の女は片手を上げると、その手の平に光りを凝縮していく。

 

「……仕方有りません、射殺します」

 

 その輝きは殺意に満ちたモノ。 それは子供に対して向けて良い物ではなく、その光りは破壊の力を増していく。 力だけなら、もう既に高町なのはのディバインバスターを超えるソレを見て、悟空はさらに速度を上げる。

 愚かな行為に見えただろう、だから彼女はソレを聞き分けのない子供として、処分する。

 

 光りが、子供を撃ち抜いた。

 

「……任務、完了」

 

 少しの苦み。 女が表情を歪めると、そっと子供に背を向けた。

 

 

 その背に、轟音がぶち当たる。

 

「でりゃあああああああああああああああッ!!」

「……なん、だと!?」

 

 信じられないモノを見た。

 

 自身の殺意を込めたはずの攻撃は確かに子供に命中した。 ではなぜあの子供は真っ直ぐにこちらへと駆け抜けてくる。 今の攻撃はあらゆる魔術的防壁を突破し、いかなる魔導師でさえ沈めてきた漆黒の魔力弾。 この弾丸を受けて生きている魔導師は存在しない。

 では、アレはなんだ。

 

 あの少年はなんなのだ――

 

 女の自問自答は、すぐさま脳内のデータから答えが導き出された。

 

「その尾! まさか貴様、孫ご――」

「ジャン拳! グー!!」

「グボ――――ッ!?」

 

 女が答えを言う暇などない。

 なぜなら悟空の身体ごと勢いの付いた拳が炸裂したのだから。

 

 鍛え抜かれた腕白ボデーから繰り出されるそれは、貧弱な必殺の一撃を打ち破る“壊滅の惨劇”というべきか。 もはや技でも何でも無いそれは、本当にただ、勢いを乗せたパンチに過ぎず、彼の豪腕を見せつける指標となる。

 

 …………普通に相手をしたら、間違いなく壊滅するであろう事を、彼等に見せつける。

 

「よっし! 扉もぶち抜いたぞ!!」

「……入ろっか」

「おう!」

 

 相変わらずのめちゃくちゃ。 本当に、もう、心底疲れ切ったアルフはトボトボと悟空の後をついて行くだけであった。

 

「おい止まれそこの子供!」

「どうやってここまで入った!?」

「なんでもいい! ここまで見られたら始末するだけだ!!」

『覚悟!!』

 

 なんだかよくわからん気合の入り方をしている少女達。 それを残像拳で幻惑し、すぐさま狙いを本体に絞ってきた彼女達に太陽拳で翻弄。 センサー類が一気にお釈迦になったのだろう、身体を痙攣させると、悟空の容赦ない追撃で遠くの壁に激突する。

 

「オラ急いでるんだ! 悪いけど通らせてもらうぞー!!」

「……無念」

「まぁ、あんたらの気持ちは察するよ、お疲れ」

 

 アルフがこっそり念仏を唱えていると、向こうの方でまたも悟空のかけ声が。

 

「おーい! あんときの奴どこだー!」

 

 そこには既に怒気はなく、ただ純粋なかけ声だけが施設を揺るがしていた。

 

 堅い扉は叩いて開き、その中に人が居ないのを確認すると次の部屋へ。 閉じこもっているのだとしたら、これ以上の恐怖はないのではないか? 悟空の猛追が始まる。

 

 一階、地下一階、ドンドン重要施設を巻き込みながら以前見たであろう“あの女”を探し出す悟空。 いい加減出てきて良いのでは? アルフが背中に汗を流しながら悟空を追跡する中、彼の進路を妨害する猛者が現れる。

 

「貴様! いい加減暴れるのはよせ! でなければワタシが――」

「でりゃああ!!」

「ぐっ!? この小僧!!」

 

 ついに悟空の攻撃を捌けるモノが現れる。 その存在に若干、悟空のしっぽが跳ね上がった気がするが、アルフはあえて見ない振り。 そのまま彼等のやりとりを静観する。

 

「貴様、なにをしているのかわかるのか!?」

「なにって、おめえ達もなにやったかわかってるか?」

「…………ほう、面白いことを言うな少年」

 

 すっと。 こちらを見つめてくる少年の瞳のなんと澄んだ事か。 まるで深淵の宇宙のような黒さだが、その中には確かな輝きがある。 自身の存在が自然を語るなど図々しいとわかっている物の、彼女はこう思わずには居られなかった。

 

 あぁ、なんときれいな目なのだと。

 

「きれいな目をした少年よ、貴様は悪いニンゲンではないと認識する。 施設をこんな風にしたことは許されないが、まぁ、ワタシがなんとか口添えしてやるから謝るんだ」

「……おめえ達はティーダに謝りもしないのにか?」

「えっ?」

「あいつ、おめえ達の仲間に殺されたんだぞ。 だったら、こんくらいされても文句言うな!!」

「…………キミは、まさか」

 

 女性が構える。 少年の相対に心当たりがあるのだろう、その目は一気に険しいものに変わる。 鋭く、冷たい眼差しを少年へと向けたのだ。

 

 悟空が一歩踏み出した。 その瞬間、彼女は世界を置いていく。

 

 地面を破壊するほどの踏み込み。 その威力から生み出される超高速の移動は、流石のアルフにも認識すら出来ない。 既に子供へ向ける戦力ではない、だが、これだけじゃ足りないのだ。

 

「まさかキミのような者があの孫悟空だったとは……残念だがここで消えてもらう!!」

「…………」

 

 音をも超えた彼女の攻撃が悟空に迫る。

 最初から全身全霊。 あの的には一切の手心など不要。 “目覚める”まえにすべてを済ませてしまわなければ、ここに居るすべてが返り討ちに遭う。 そんな恐れを抱いた彼女の一撃は、疾風怒濤の如く少年の懐へ激突した。

 

 たしかな手応え、十分な威力。 それを手に取ると、しかし“あの”孫悟空が相手なのだ。 いくら弱体化していたとしても、“あの”戦闘種族なのだ。

 不安がある、討伐を確認したい。 自身の無事を、確定したい。 そんな弱気が、それだけの焦りが、ついには彼女にあの言葉を吐き出させた。

 

 

 

 

「…………やったか?」

「なにをだ?」

「なにって、孫悟空への奇襲攻撃が………………ッ!!?」

 

 自身の背後から聞こえてくる声に、ゆっくりと振り向き怖気が走った。

 

 あの少年が、なんら表情を変えること無く、後頭部を無造作に掻いているのだから。

 

 なぜ、どうして?

 いまの一撃は確かに決まった。 普通ならばあれで全身の骨を粉砕し、心の臓が潰れ、逆流した血液が全身の孔から噴き出すはずなのに。 それがどうしてああやって無事に生きているというのだ。 なぜ?

 

「貴様、いまなにをどうやって」

「なにって、受け流したんだろ? よく見ろって」

「…………ぁぁぁ」

 

 何と言うことか。 この少年はここまでのものだったというのか。

 まさかの正攻法、もしかしなくともレベルが違いすぎる力関係に、女性は震え、腰から床に転げてしまう。

 

「ば、ばけもの……」

「へへっ、それ、よく言われるぞ」

「褒めてるんじゃない!!」

「バケモンみたいに強いんならいいじゃんか」

「……は?」

「まぁいいや、おめえもう動けねえだろ? んじゃ、おらもう行くぞ」

「ま、まて!」

「やだねー!」

 

 孫悟空が走り去る。 その光景を見送ることしか出来ない女は、ついに意識を手放した。

 

 

 

 地下2階に下りて周りを見る。

 明らかにさきほどとは雰囲気が変わった。 厳重な扉、隔壁シャッターが下りた通路は悟空の道を妨げる。

 

「おりゃあ!!」

 

――――ゴンッ。

 

 鋼鉄が少しだけへこんだ。 だがそれだけ。 そう、それだけなのである。

 

「くはははは!!」

「ん? 誰だ?」

「流石のお前もその隔壁は壊せないだろう」

「…………声しかしねえなぁ」

「あのスピーカーからだ。 魔法じゃない」

 

 如何にもと言う声。 それがアルフの印象だ。

 どうにも我の強そうな声の主は、悟空に対して挑発的な言葉を並べはじめる。

 

「あきらめるんだな孫悟空。 今の貴様ではその隔壁は破壊できない」

「そうなんか? 何でだ」

「なぜか、だって? そんなもの、キミのすべてを調べ、研究したからに決まっているからだろう」

「……ふーん」

 

 この先を行きたい悟空は右から左、言葉を聞き流して、両足をゆっくりと沈める。

 

 その姿を見たアルフは特大の嫌な予感。 ちょっとだけしっぽが垂れ下がると、彼の背中に避難を開始する。

 

「よぉし、それなら!」

「あ、ちょっ、まって――」

「かめはめ…………」

「こんな地下であんたッ!」

「波―――――――――――――――――――――ッ!!!」

 

 声の主は言った、今の悟空には無理だと。

 ならば特大の攻撃を与えてやれば良い。

 孫悟空の馬鹿力と、気の塊が隔壁をぶち抜く。 建物は揺れ、施設が壊れ、アルフの平常心を叩き潰して行くと、なんと次の隔壁にぶち当たる。

 

「おりゃああああッ!!」

「うっそだろ……」

 

 2枚目貫通。

 孫悟空の勢いは止まらない。 

 

 

「は……!? いや、いくら貴様でも13ある隔壁を一撃では不可能――」

「おい、あんた。 それはワザとか?」

「はい?」

 

 ――――悟空に出来ないって言うのは、只の挑発に過ぎないッ!!

 

 アルフが頭を抑えながらスピーカーに向かって叫ぶと、悟空が纏う青い光りが一段と大きくなる。

 

「な、なんだ!」

「いいかい、あんたら。 ゴクウのいつのデータを参考にしているかなんざ知らないよ? でも一つだけ忘れてる事があんだよ」

「……なに?」

「ゴクウはさ、転んで、立ち上がる度に強くなるんだ!」

「はぁああああああああああああああああッ!!!!」

 

 2枚目の隔壁を貫く。

 孫悟空の気が衰えることは無く、そのまま3枚目、4枚目を一気に破砕し、5枚目に突入していく。

 

「か、堅ぇ!!」

「ゴクウ?!」

 

 かめはめ波の勢いがここで止まる。

 徐々に収まっていく気の激流は、声の主を安堵させる光景であった。 それに手応えを感じたのだろう、意気揚々にスピーカーから大声が垂れ流される。

 

「ふ、ふふ――さ、流石に5枚目には手こずるようだね。 当然さ、ソレは対魔導師を考慮した特殊隔壁、700もの特殊素材をナノ単位で積層させた、現行最硬度の――」

「界王拳――――ッ!!!」

「……ひょっ?!」

 

 まさか――!!

孫悟空の身体が紅蓮に染まる。

 驚いたのはスピーカの主だけではない。 後ろにいたアルフでさえ、いまのゴクウには驚愕を隠せないで居た。

 なぜ、いまのゴクウがその技を知っている? 

 

「おめえ、さっきからごちゃごちゃうるせーぞ」

「は、はぁ!?」

「おらがここに、なにしに来たか分かってんのか?」

「な、何だと……?」

「おらは…………“オラ”はな、おめぇのこと、一発ぶん殴りに来たん……だぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」

 

 悟空のかめはめ波が施設を貫く。

 装甲だとか、隔壁だとか、そんな物を一切合切呑み込む破壊の光り。 雄叫びを上げた男の周囲は破壊され、噴煙のように立ちのぼる瓦礫達が視界を埋める。

 

 だがアルフには分かる。

 いま、目の前にはあの男が居ると言うことが。

 

「ゴクウ、あんた……」

「へへっ、いろいろと待たせたな、アルフ」

「ゴクウ!! 元に戻ったんだねアンタ!!」

「おう、この通りばっちしさ」

 

 戦士、帰還。

 

 あの小さな身体からは想像も出来ない、屈強な身体を取り戻した男、孫悟空。

 彼は道着の帯を締め直すと、スピーカーをひと睨み。

 

 ――――ボンっと、音が鳴ると、うるさい声が消えて無くなる。

 

「ホントにゴクウだ。 この、何だかよくわかんない攻撃といい、この雰囲気といい」

「何だかわかんねえはねーぞ。 今のは気合砲って言って、神様が昔教えてくれたんだ」

「いや、だから神様とかが出る時点でアタシ達にはキャパオーバーなんだからね?」

「そうか? へへっそうか」

「…………やっぱり大人になろうがゴクウはゴクウか」

 

 メンチ切ったら物が壊れました。 そんな説明出来ない現象、この快男児にしか出来ようはずがない。

 だが、これで終わりなどと言うことは無い。 孫悟空の快進撃は、今ようやくエンジンを吹かしはじめたのだから。

 

「……こっちか」

「お!?」

 

 おおよそ半年ぶりに見た、例の“アレ”

 二本指を額に持って行く独特の構えは、魔導師から見ても“魔法”とぼやかざる得ない、異星の技術。

 

「アルフ、準備はいいか?」

「あぁ、あっさりと頼むよ」

「んじゃ、いくぞ…………――――」

 

 瞬間、姿がぶれると彼等はこの場から消えてしまう。

 

 

 

 

「な、何と言うことだ……」

 

 その者は、デスクを叩く。

 こんな結果になろうとは、こんな事態を引き起こそうとは。

 

 例の願い玉で弱体化した孫悟空を、徹底的に研究できると息巻いていたはずなのに、ソレが、まさかこんなことになろうとは。

 画面の向こうで獣とじゃれ合う彼を見て、声の主は前髪をかき乱す。

 

「ドクター! ここは危険です、待避しましょう」

「馬鹿なッ! 目の前に最高の素材があるというのにそれを見過ごせというのか!! 一生かけても、いいや、“この世界”の寿命が尽きたとしても出会うことがないだろう、最高の研究資料を!!!」

「…………ですが、もう」

 

 男の発言は常軌を逸していた。

 それは、隣にいる女性にも分かる、だからこそ否定する事が出来ない。

 

 男が常軌を逸しているなど、自身が創造された瞬間から分かっていたことなのだから。

 だが、物には限度がある。

 それを、この女性は理解していたが男は認めようとしなかった。

 

 そう、今回、我々は伸ばしてはいけない物に、手を伸ばしてしまったのだ。

 

「――――…………ここ、か。 さっき居た場所から随分離れたな」

「あ、が!?」

「なんだいアンタ? ん? この声、まさかさっきの!!」

 

 孫悟空が、そこに居た。

 風を切り、空間を押しのける理不尽極まる技法で、彼はついに男の前に姿を現わす。

 

「なぜだ……! 貴様、どうやってここに現れた!!」

「瞬間移動って言ってな? 昔、ヤードラット――」

「そんなことは百も承知だ!! 私が言いたいのは、その技は人物像と、気……生体波動を観測しないと使えないのではないのか!!? キミは私の事は知らなかったし、こことあの研究所は200キロも離れた場所で、囮だったんだぞ! なのにどうしてあそこで私の生体波動を観測できた!!」

「???」

「とぼけるなッ!!」

「……いや、悪いんだけどゴクウの奴、ホンキでアンタの言ってることが分かってないんだよ」

「……………あぐ、あが……!」

 

 男の罵声に、しかし隣にいる女は一つ、可能性を思い出す。

 そうだ、この男はいま、致命的なミスを犯している。

 

「まさか貴方は、私達の……戦闘機人から微弱に出る生体波動を読めるというの?」

「ちぃと、わかりにくいけどな」

「馬鹿な!?」

「むかし戦った人造人間ってのが居たんだけどな? あいつらは気をまったく感じなかったけど、おめえ達はほんの少しだけ気を読めたんだ。 んで、あそこにいた連中、ほとんどおんなじ気でさ、それで一番離れてるのが偉いヤツなんじゃねーかなって思って、瞬間移動したんだ」

「……なん、だと」

 

 ドクターゲロ以下のバイオ技術だと、言外に断じる悟空。

 いや、彼にその気は無い。 しかし、その人造人間以下の性能だと言われた男は、まさに烈火の如く激昂した――――かに見えた。

 

「…………ふふっ」

「ん?」

「そうか、そんなまさかとは思ったが……」

「おい、おめぇどうしたんだ?」

「くはははッ! はははは!!! そうか、この私の先を遠く離れた位置にいる研究者がまだ、この世界の果てにいるというのだな!!」

 

―――――その顔はテストで正解した子供のような満面の笑みだった。

 

「そうか、人造人間というのか、キミを手こずらせたという存在は!!」

「え?」

「ゴクウ、なんかこいつやばいよ。 さっさと気を失ってもらってリンディに押しつけちゃおーよ」

「んーまぁ、ソレが一番なんだけどさぁ。 ……仕方ねぇなぁ」

 

 この男のなんと良い笑顔か。 あまりの無邪気っぷりに、一瞬の躊躇。 だけど、すぐさま悟空は拳を握る。

 

「ま、喜んでるところ申し訳ねぇ」

「なんだい? いま私は極上のインスピレーションが降りかかり、途轍もないほどのぷげらぁぁぁああああああああああ――」

「……オラ、言ったろ? おめぇをぶっ飛ばしに来たって」

「ドクターッ!?」

 

 堅い拳骨が、男の頭部を吹き飛ばす。

 軽い、ほんとーに軽い一撃の“つもり”で放った悟空は、今度は女性を見る。 明らかに戦闘には向いてない背格好、だが、以前戦った存在を思い出すと、一応、聞いてみた。

 

「どうする? オラと戦うか?」

「遠慮しておこう」

「……そっか」

「そこでなぜ残念そうにする」

 

 へへっ、と後頭部を掻く悟空に、女は問う。 今、確かにやや危ない方向へドクターの首がひん曲がったように見えたが、致命傷ではない。

 あんなに……そう、かなりの被害を孫悟空に与えてきた。 なのにどうしてこの男は、ドクターの命を奪い、悪行の目を潰さないのか。

 

「ティーダの件は、今ので全部返したかんな。 オラがやられたのは、自分自身が弱っちかったのがいけねえし」

「……え?」

「それにあとはリンディ達の仕事だしな!」

 

 そう言ってアルフに目配せすると、彼女が深いため息と同時にバインドを発動。 男が拘束されると、悟空の姿が一瞬だけぶれる。 

 

「んじゃ、あとは頼んだぞリンディ」

「え? あの、いきなりなんなのよ!?」

「こいつ、悪い事しようとしたんだ。 ちぃと懲らしめてやってくれ」

「は、はぁ……?」

 

 いまいち状況が掴めないのはリンディ・ハラオウン。 一応、勤務中だったのだろう制服姿で抹茶のような砂糖水を飲みかけて、怪訝な表情で悟空を見上げている。

 

「おめぇ、それ身体に悪いからやめろってクロノに注意されてなかったか?」

「えぇ、そうよ。 だから20個の砂糖を半分に抑えてるんじゃない」

「そっか、そりゃ安心だな」

「……どこかだよ」

「そんな量の糖分をとって、なぜその体型を維持できるのでしょうか……?」

 

 アルフと戦闘機人の女が大量に汗をかいている最中、リンディは男を見る。

 

「う、ぅぅ……」

「……あれ?」

 

 見た。 見てしまった。

 

 そうだ、彼女はいま、この研究者を見てしまったのだ。

 

「ねぇ、ちょっと悟空君」

「なんだ?」

「この人、だれ?」

「……? そういや誰だろうな」

「あなた、もしかして知らない誰かをとっちめて、それを私にしょっ引かせるつもりだったの……?」

「でもこいつ悪い事してたんだぞ」

「はぁ。 ……申し訳ございません、その、そちらで気を失っている方、氏名の方を教えてもらっても」

「あ、はぁ」

 

 そして聞いた。 この人物の名前を、彼女は自分から聞いてしまった。

 

「ジェイル・スカリエッティ」

「……はい?」

「通称、無限の欲望と呼ばれる――」

「待って待って! それ以上は聞きたくない!!」

「いえ、しかしドクターは……」

「もう! 悟空君!?」

「え、オラ?」

「貴方はいったいどれだけ面倒ごとを引き寄せれば気が済むの? 投網なの? 犯罪者に対するセイレーンなの? この犯罪者ホイホイ!!」

「なに言ってるんだよ? オラにも分かるように言ってくれよ……」

 

 表情が青ざめていくリンディさん。 しかしそんな彼女に胸ぐらを捕まれた悟空はただ困惑するしかない。

 仕方が無いだろう。 悟空はまさか、自身に絡んできた存在が、どれほどまで管理局の闇に携わっていたか分からないのだし。 まさかリンディがその案件を管理局から釘を刺されていただなんて、思いもしなかったのだから。

 

 しばらく、話し合うことにして。

 

「え? こいつは掴まえらんないのかよ」

「そうよ。 例え管理局で捉えたとしても、そのうちこっそりと上からの圧力で……ね」

「なんでだよ、こいつ悪い事してたんだぞ? そんなのティアナの奴が納得しねーぞ」

「ごめんなさい……その理不尽をどうにか覆したいのだけれど、まだ時間がかかるの」

「面倒だな」

「えぇ」

 

 いまだ気絶しているスカリエッティという男を睨むと、悟空はため息。 すこし、考えているのだろう。 リンディが不安そうに彼を見ると、すぐに、その顔が青ざめる。

 

「貴方、いまとんでもない事を考えてない?」

「……そっかなぁ、そんなことねーと思うけど」

「どうするつもり? その男を」

「へへっ、コッチの世界で懲らしめることが出来ねぇならよ? “あっち”で懲らしめてやりゃあいいんだ」

「へ?」

 

 

 

 このとき皆は想像すら出来なかっただろう。 このとき、孫悟空という男が、まさかあんなこの世の地獄を脳内で創り上げていただなんて。

 

 まさか、このあと……スカリエッティという男の運命が、大きく狂うことになるだなんて。

 

 

 

 

 ―――――――――地球 八神家

 

「あ、フライパンが……」

「おいおい、どうやったらフライパンの裏表がひっくり返るんだよ……」

「シャマル、なぜ貴様はまだ厨房に立っているんだ?」

「馬鹿なのか? シャマルは大馬鹿なのか?」

「もぉー! ヴィータちゃんもシグナムもリィンフォースも非道い!!」

 

 平和を謳歌している、この世界。

 闇の書の被害、それに伴う未来への危険も、遠い世界の神の手で消し去ってもらった彼女達に、もはや何ら不安も無かった。

 ソレもこれも、たった一人の青年との出会いがあったからこそ。

 

 ……そんな青年が、まさか騒動を持ってくるとも知らずに。

 

「――――…………よっ、シグナム、みんな」

「孫か!?」

「ゴクウ!!」

「悟空さん?」

「悟空……いままでどこに行っていたのですか!」

「へへっ、ちぃと寄り道してた」

『???』

 

 ニンマリと笑って見せた悟空に、皆が首をかしげた。

 そんな彼女達をそっと置いていくように、悟空はシャマルの成果を確認、ちょっとだけ目をそらすと、あさっての方向を向きながら、彼は作戦を開始する。

 

「なぁ、シャマル」

「はい?」

「料理作って欲しいんだ」

「……はい! 喜んで!!」

「…………おいおい、アイツ死んだぞ」

「シャマルのメシを喰う……アイツ死んだな」

「ほう、あのひっくり返ったフライパンを見てその発言……死んだな」

「え……?」

「ひどいですよみんな!!」

 

 皆が挑戦者の死を確信し、犯人が涙を流し、己が無実を訴える。

 その姿は、そう、なんでもない只の日常。 だがそれを送るモノ達が、自分自身、まさかこんな風に笑えるとは思っては居なくて。

 だから……

 

「ところで、孫悟空」

「どうした? 夜天」

「みつかったのですか?」

「……なにがだ?」

「貴方を、色々と困らせたという愚か者を……!」

「お、おう」

 

 しどろもどろ。 背筋を伸ばした孫悟空に詰め寄ったのは祝福の風だ。 彼女は長い髪をゆっくりと流すと、そっと目を細める。

 

「どこに居るのですか?」

「え、いや今アイツはさ」

「案内しなさい」

「い、いやぁ」

「なら記憶を探りましょう。 これなら十全です」

 

 ――――その目つきのおめぇに会わせて良い物か。

 

 孫悟空が10秒の長考に入るやいなや、なんとリインフォースは彼の額に自身の額を合わせてきた。

 不意を突かれた形ではあるが、それを意味することをよく分かっている悟空は「しょうがないなぁ」とぼやく。

 

「ほう……ふむ……ほほう?」

「孫、リィンフォースはなにをやっているのだ?」

「たぶんオラの記憶探ってんだろ? たぶん、アイツの居場所もバレただろうな」

「ふふっ、そこに居ましたか…………――――」

 

 出来れば穏便に……

 などという悟空の声を遮るようにリィンフォースが世界をまたぐ。 

 

「あーぁ」

「なんかアイツやばくなかったか? 瞳孔開いてたんだけど」

「えぇ、鬼気迫るって感じだったわね」

「死闘でもあるのか? どこだ、増援がいるか?」

「いや、たぶん戦いにはならねえ」

 

 文字通りの意味である。

 

 きっといま、向こうではとんでもない事が起っているに違いない。

 

 一回だけため息を吐き出すと、悟空はのこりの騎士達に手を伸ばす。

 

「ん?」

「どうしたんですか?」

「なんだ、孫?」

「……わりぃ、すこし付き合ってくれ」

 

 どこに? と、聞く前に孫悟空は彼等をそっとこの世界から連れ去っていく。

 

 まさか向かう先が、生と死の狭間の世界だとはつゆ知らず、先ほどまで平穏を満喫していた彼女達は、八神家から消失する。

 

 

「ただいまーー、ってみんなどこ行ったん?」

 

 帰ってきた夜天の主を置き去りにしながら、物語は別世界へと移ろいで行く。

 

 

 

 

 ――――――――とある世界。

 

 生と死の向こう側、永遠を刻むこの世界で、2人の神がいま、数十年ぶりの危機を迎えていた。

 

 二人の神、否、創造神と呼ばれるそれらは、文字通りこの世界を見守る創生の神。

 あらゆる生命体の父であり、宇宙において高次の存在である。

 

 ……そんな高次元生命体はいま。

 

 

 

「おげぇぇ許して、ゆるしてぇぇぇ!!!!」

「絶対に許さん、ここで未来永劫地獄を味わわせてやる」

「なんじゃあの小娘、目の色替えて只の一般人をいじめおって」

「あわわわ……リインフォースさん、かなりご立腹ですねえ。 うわっ、あれ、たしかあの方達の世界にある、ニホンという国に伝わる拷問刑“ヤキドゲザ”ですよ」

「地獄だってもう少しマシじゃぞ?」

 

 縛られたスカリエッティが、炎熱系の魔法で赤熱かした地面にドゲザの形で伏せられている。

 その背中で足を組みながら座り込むリインフォースは、いま大地に向かって追加の魔法を唱えている最中である。

 

「ここならいくら暴れても壊れることはない。 悟空、なかなかいいセンスをしている」

「まてまて! そんな少し前に聞いたような台詞を吐くんじゃない!!」

「そうですよリインフォースさん。 そもそもこの人、悟空さんがどうにかしようとして連れてきたんですよ?」

「えぇ、だからこうやってどうにかしてるんじゃ無いんですか」

「コロシテ……コロシテ……! ドウニカナッチャウッ!!」

「……いやぁ、そっちのどうにかなる意味じゃないと思うのですが」

 

 全身を痙攣させながら、絶叫するスカリエッティという男。

 なにをされているのか、まったく理解出来ない神二人を置いといて、彼女の折檻は続く。

 

「――――…………っと、追付いた」

「あ、悟空さん」

「オッス! 界王神さま、久しぶり」

「えぇ、つい先ほどぶりですが」

「おい悟空! おぬしなんてめんどくさい者をよこしたんじゃ! おかげでこの界王神界が地獄にすげ変わってしまったわい!!」

「へへっ、わりぃわりぃ」

 

 主役、登場である。

 彼の背後にいる騎士達が目に映ると、界王神は軽く会釈。 つられて頭を下げる彼女達は、ゆっくりとこの世界を見渡していく。

 

「きれい……」

「ここは、確か。 前に孫が言っていた界王神界というあの世の向こうにある聖域か」

「――って、アタシら死んじゃったのかよ!?」

「あぁ、いえ。 あくまでも現世とあの世を取り囲む聖域ですので、生死に関係なく立ち入ることは可能ですよヴィータさん」

「……そ、そっか」

「今回みなさんは、悟空さんの瞬間移動でここまで来られただけですので。 そもそも、死んだものはなんであれ、まずは最初に閻魔大王の下へ行くのが取り決めですから。 ここに来ることはありません」

「へ、へぇ」

 

 死後の世界という物の実在を見せつけられてしまったヴィータに、界王神がにこやかに説明。 少しだけ落ち着きを取り戻した彼女は、改めてこの世界を見る。

 

 ……あぁ、なんて静かな世界なのだろう。

 

 戦乱の世に生まれ、これほどまでの静寂を知らなかった彼女達は、ここの風景に圧倒される。

 

 

 

 その後ろで地獄の光景が広がっていることを忘れるかのように。

 

 

「ひぃぃ、ぐひぃぃぃ!!」

「だれだあのオッサン」

「なんだか悪そうな目つきね」

「いや、待てお前達。 その上に足を組んで座ってる奴の方がよっぽど悪人面だろう」

「オラもそう思う」

「ワシもじゃ」

「私も」

「どうした!? この程度じゃない! 彼等の痛みを思い知れ!!」

 

 やけに白熱しているリインフォースをそのままに、一同を招き入れた界王神は虚空からテーブルと椅子、さらにティーセットを取り出す。

 すこし、オハナシをしましょうという事なのだろうが、その前に一度やらなければならないことがある。

 

「なぁ、夜天」

「どうしました?」

「そろそろ離してやれよ」

「ですが、この男がすべての元凶たる――」

「そこんところ、おめぇが詳しいのはわかったからさ、ちぃと説明してくれよ」

「お、おぉぉ……さすが孫悟空、善良そのもの……!」

「貴様ハソコデ這イツクバッテ居ロ」

「お、重い!! ひぃぃ、ひぃぃぃぃ」

「おいおい……」

 

 スカリエッティの周囲2メートルの重力を制御。 おおよそ3Gにまで上げられたそこに、悲鳴だけ上げた科学者。

 段々と敵が敵に見えなくなってきた悟空を余所に、リインフォースはゆっくりと席に着く。

 

「さて、どこから話した物か」

「夜天がアイツをあんな風にする理由ってなんだ?」

「ソレは言うまでも無いでしょう。 アレが、様々な人間を不幸に陥れた元凶だからです」

「え?」

「まず、ターレスが貴方の前に現れたのはアレが原因です」

『!!?』

 

 あの、黒いサイヤ人を思い浮かべたすべての存在が驚愕する。

 ターレス。 孫悟空や界王神すら知り得ない流浪のサイヤ人。 悟空となのは、そしてフェイト達の運命を変えた存在だと言ってもいいだろう。

 それが、何故。 皆がリインフォースに詰め寄ると、奴が声高らかに嗤う。

 

「あ、アレこそ私が見つけた至高の肉体。 原始的でありながら、その遺伝情報のほとんどが解析不明の、まさに正真正銘の化け物!! ふはは! なんだ、月を見ると怪物になる特製は! まるで意味が分からなかったぞ!!」

「だまれ、下郎」

「うげぇぇ!!」

「自らの知的好奇心を満たすためだけに、流れ着いたターレスを研究、そして解明したところまでは良かったのですが……」

「や、奴は……よりにもよって脱走したのさぁ!! この私の研究所を破壊し尽くしてなぁ!!」

「Gを4に繰り上げ」

「いぎゃあああああッ!!」

「しかもアレは……プロジェクトFATEという研究にも携わっていた」

「ふぇいと? ……いや、まてよソレってまさか!」

「ふははは!! プレシア・テスタロッサは実に素質ある研究者でね、少しだけ歯がゆいところがあったから後押ししてやったのさ! 無ければ、創れば良いってねぇ!!」

「5G」

「げぇぇぇぇぇッ!!」

「……アイツ、もう喋んない方が良いんじゃねぇか?」

 

 まさに悪魔の所行。

 ジェイルの悪行の数々を、淡々と並べていくリインフォースに、皆が表情を硬くする。

 

 そうだ、コイツさえいなければこんな悲劇が生まれることも無かったのだ。

 

「コイツさえ……」

「…………いや」

 

 だけど……

 

「でもさ、コイツ居なかったら、プレシアがフェイトを創らなかった訳だろ?」

「……えぇ、まぁ」

 

 悟空の言葉に、少しだけ目を伏せるリインフォース。 むくれた顔をにこやかに笑い飛ばし、悟空はただ、思ったことを、思った通りに彼女達へ聞かせていく。

 

「ターレスが居なくちゃ、オラ、こうはならなかったし」

「ソレは結果論です! いずれ、元には戻れたはず」

「かもな。 でも、その前にクウラに見つかってダメだったろうさ」

「しかし――」

「いや、オラはなにもコイツは悪くないって言うつもりは無いんだぞ? たださ、少しやり過ぎだって思う」

「悟空……」

 

 そこまで言われて、彼女は少しだけジェイルを見る。

 

「う゛ぇぇぇ…………」

「仕方、ありません」

「――――ぐはっ!……か、身体が軽く……?」

「私は許したわけではありません。 ただ、被害者がもう良いと言ったから……だから、後は孫悟空に審判を委ねます」

 

 言うなり視線をそらし、界王神からティーカップを受け取る。 一気に飲み干し、音を立てながら置くと、彼女はそのままなにも言わなくなってしまう。

 本当に後を悟空に任せる気なのだろう。

 

 すべてを狂わせた存在に、何という裁量。 何という温い判決。

 彼女の優しさに、思わず口角が上がってしまったジュエルは、しかし、知らなかったのである。

 

「よっし、えっと?」

「……ジェイルだ、ジェイル・スカリエッティ」

「よぉし、ジェイル! 疲れてハラ減ったろ? メシにすっか!!」

「ほう、キミはあのターレスと違って、捕虜の扱い方を心得ていると見える。 いいだろう、君の提案に乗るとしよう」

「あぁ、わかった」

 

 そう、知らなかったのである。

 

 彼がまだ、ジェイルに対して何ら“罰”を与えていないという事実を。

 

 

 

 

 

「そんじゃ…………………………シャマル、おめぇの出番だ!!!!」

「はいっ!!!!」

 

 

 ……そこに居る、ほとんどの人物の顔が青くなる。

 

 悟空の一声で始まるまさかのミラクルクッキング。 すべてを知る界王神ですら、この言葉の意味を理解出来ず、彼女に言われるがまま材料と、台所を用意していく。

 

後にヴィータは語る。

その様は、まるでギロチンの手入れをしている執行人のようであったと。

 

 

 普通に材料を切り。

 只単純な火力で焼き。

 調味料を奇跡的な配合で投入し。

 マーブル模様を浮かべた鍋をグツグツと煮立てていく。

 

 その光景に界王神は世界の裏側に引きこもり、騎士達は甲冑、つまりバリアジャケット展開して防御に徹する。

 

 そのすべてを見て、先ほどまで不機嫌そうにしていたリインフォースも、ついに納得した。

 

 

 

――――――なんだ、本当の悪魔は貴方だったのですね。 ……と。

 

 

 すべての準備が終わり、鼻歌という名のデスマーチをバックに執行体勢にはいったシャマル。 器に紫色のナニカを盛ると、そっと、ジェイルに告げる。

 

「会心の出来です、どうぞ!」

「…………え、え? これ、孫悟空……これ? ねえ、これなに?」

「なにって、メシだぞ」

「滅死?」 

 

 用心しながら、器に鼻を近づける。

 もしも、口にこの紫色のナニカが接触してしまえばどうなるか分からない。

 故に男は慎重に慎重を重ねた。

 鼻に来る刺激臭はない。

 と言うか、嗅覚を刺激する存在がない。

 ていうか下手すると無味無臭。

 すなわち完璧な暗殺道具である。

 

 無慈悲にも用意された大きめのスプーンは、ひとすくいで大さじ1杯程度の分量を彼の口に放り投げることが出来る。

 そんなこと計算するまでも無く理解したスカリエッティは、ついにここで悟る。

 

「あぁ、なんだ……結局、死ぬのか」

「えぇ、そんな……死ぬほど美味しそうだなんて」

「おい孫悟空、君のところのシェフはどうにも頭がおかしいらしい。 頼むから今すぐにでも換えてくれ、何でもする、謝る、プレシアに折檻されてもいい。 だがこれだけはダメなんだ!!」

「…………ダメだな。 アイツが納得しねえ」

「無理だ、やめろ! そんな化学兵器を私の口に近づけるな…………あ、あぁ…………」

 

 口の中に放り込まれた、自称料理が、スカリエッティの脳髄を焼き尽くす。

 美味しくない、不味くない。 だってそれ以前の問題なんだから。

 

 これはもう、料理なんかじゃない。

 

「す、すすすすスープのくせして噛める…………かかかかか噛めば噛むほど臭みが広がり、う゛!? 何だ……呑み込んだ途端に胃袋が焼けるようにひぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?!?」

 

 のたうち回る、這いずり回る。

 地獄から逃れようと必死になるも、それはすべて徒労に終わる。 だってその地獄、貴方のお腹の中にあるのだから。

 

 まさに生き地獄。

 なんだ、地獄なんて死ななくてもイケル物なんだと証明完了したスカリエッティの姿はもはやブレイクダンスのようでいて鮮烈。 苦しみもがく姿とは到底思えない動きは、身体が引きつけと拒絶反応とを多発しているからだろう。

 その光景、その状態、皆が耳を塞ぎ目を覆う中で、一人、ぼそりと呟く剣士が居た。

 

「……すごく、わかる」

 

 そんな誰かが呟いた言葉を、スカリエッティの耳に最後まで届くことは無かった……

 

 そのあと、管理局に救急搬送された彼は、こっそりと隔離施設へと移されてしばらく幽閉生活らしい。

 なんでも、病院食を毎日涙ながらにうまそうに食し、感謝の言葉も忘れない好青年へと変わり果てたとか。

 

 

 

 それをリンディから聞かされた悟空は、ちょっとだけ黙り込み、空を見上げる。

 

「……ま、いっか」

 

 そんな一言を漏らすとリンディに盛大に怒られたのは、今は良い思い出だ。

 あれからそれなりの時間が過ぎて、世界は今日も平和。 たまに小さな事件が世間を賑わせるが、ソレはすべて管理局の新鋭が次々に解決していく。

 自身が出るまでもない、平和になった世界で一人、荒野で佇む彼はゆっくりと修行に打ち込もうと座禅を組み――――――

 

 

 

 

「見つけた……やっと!!!!」

「ん?」

「悟空さー―――ん!!!!」

「うぉっ!!? な、なんだ!?」

 

 背中に加わる突然の衝撃に、彼は盛大にすっころぶのでした。

 だれだ? 

 なのはでもフェイトでも、ましてやはやてでもない存在は彼の探知が既に確認している。 でも、心当たりはあった。 あった、のだが……

 

「おめぇ、あれ? まさか――――」

「うん! わたしです!!」

 

 その娘は、あまりにも印象が違いすぎて。 だから、そっと、確認の意味を込めて悟空は呟いたのであった。

 

「おめぇ――――――――」

「お久しぶりです!!」

「え、……ええッ!!?」

 

 驚愕する悟空に、満面の笑顔を向ける少女。 どうやらまだ、彼には波乱が押し寄せてくるようだ…………

 




悟空「オッス! オラ悟空」

ジェイル「米粒一つ一つが、こんなにも美しいなんて」

悟空「なんだかあいつ、変な方向に行ってないか? マズったかなぁ」

リインフォース「なに、死ななければ安い物だろう」

悟空「まぁ、そりゃそうだけどさ」

リインフォース「ところで貴方、最近は随分と変わった修行をしているのですね」

悟空「へへっ、まぁな。 あんまし気を使いすぎるとややこしいことになっちまうかんな」

リインフォース「え? それはどういう……」

悟空「っと、もう時間だな。 次回! 魔法少女リリカルなのは~遙かなる悟空伝説~ 第85話」

はやて「サイヤ人の就職活動」

悟空「え?」

なのは「え?」

フェイト「……え?」

はやて「これ、ちょっと無理あらへん?」

リインフォース「農家、もしくはトレジャーハンター……とか」

悟空「オラどうなっちまうんだろうなぁ。 ま、どうにかなっか! んじゃまたな!」


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第85話 サイヤ人の就職活動

 

 

 

「悟空さん!!」

「お、おめぇ……!」

 

 修行中の悟空に突然の来訪者。

 背中に突撃をかましたその娘だが、悟空は即座に脚を踏ん張り両腕を振り回す。

 

「おりゃあ!!」

「ぎゃん!?」

 

 此方へと吹き飛んでいった少女。 地面に軟着陸を行うと、そのままぴくりとも動かなくなる。

 さっきの元気はどこへ行った……?

 流石の悟空も不信に思うこと10秒、ソロリソロリと様子をうかがうと、彼女が急に立ち上がる。

 

「痛たた……急に投げ飛ばさないでください」

「え、あぁすまねえ。 けどおめぇ、修行中にいきなり体当たりかまして来るんだ、そりゃ投げるさ」

 

 ここでようやく彼女と悟空の視線が交わる。

 背丈は悟空の腹ぐらい、まだまだ幼さを感じさせる言動の割には、その容姿はどこか涼しげな色を見せる、少し、不思議なバランスな女の子。

 そう悟空には見えたのだ。

 

 だって、彼女に対する印象は、あまりにも痛ましい物だったのだから。

 

 

「久しぶりだな、えっと……ティアナか?」

「はい、久しぶりです!」

「いやぁ、なんだおめぇ、少し見ない間に随分と背ぇ伸びたじゃねえか。 見違えたぞ」

「少しって、もう5年は経ってるんですよ?」

「……そっか、そう言われてみればそうなんか? へへっ、オラ修行にばっかり集中しすぎてたからなぁ」

 

 闇の書事件からここ数年、孫悟空が動く事件もなかったのも、彼が歳月を忘れる要因でもあるのだが。

 さて、再会を喜ぶティアナだが、その後ろから息を切らせて駆けつける男が一人。

 

「おーい! いきなり走り出すなよティアー!!」

「ん? ……あ! ティーダじゃねぇか! おめえ、生き返ったんだったよな!」

「悟空! …………さん。 久しぶりです」

「ん? なんだよ改まっちまって、らしくねえぞ」

「いや、だってよ――」

「まぁ、いっか」

「……こういう軽いところ、やはり“あの”悟空なのか」

「ん?」

 

 すこしだけ緊張気味のティーダ。 妹のティアナとはまるで数年前と立場が入れ替わったかのような好対照は、悟空に少しだけ違和感を持たせる。

 それも、仕方が無いのだろう。

 なにせ彼等が会わなかった5年という年月は、自分たちが置かれていた状況を理解するのには十分な時間だったのだから。

 

 想像も出来ないだろう。 只メシをたかりに来た腕白坊主が、まさか世界を救った大英雄の仮の姿だったなんて。

 そして、そんな少年がまさか命を賭して兄妹の絆を守っただなんて。

 

 あの、腕白坊主がこのような戦士に成長するだなんて。

 

「……っ」

 

 悟空の全体像を改めて見て、息を呑む。

 いままでに見たこともない迫力を、視力以外の感覚で受けたティーダはそっと拳を作る。

 

「どうした? そんな固まっちまって」

「お兄ちゃん?」

「いや、なんでもない。 なんでもないんだ」

「……ふーん、そっか」

 

 悟空の視線はどこか嬉しそうで、それがただただわからないティアナは、男達だけの視線の応酬を見やることしか出来なかった。

 

 思わぬ客人に、悟空はここから移動することを提案する。

 兄弟が怪訝そうな顔をするなか、悟空は腹をさすると後頭部を掻く。

 場所は喫茶店。 彼にしては気の利いた案内だ、腹から小さな音さえ出さなければ、だが。

 

「って、ここはどこなんだ悟空…………さん」

「ん? どこって、喫茶店だろ?」

「へぇ、悟空さんってこんなおしゃれなところ知ってるんですね」

「あぁ、俺もびっくりしてる。 コイツの場合は、中華料理屋で大食いコースを周回しているイメージだからな」

 

 ――最後は出禁になるまでがセットで。

 

 瞬間移動で異界に連れてこられた兄妹は、周りを見渡す。

 ごくありふれたビル群が遠くに見える、少し静かな商店街の一角。 海が近くにあるのだろうか、透き通った風が通り抜けると、ティアナの髪をくすぐる。

 

「良いところですね、悟空さん」

「まぁな、結構、静かなとこだろ? んじゃ、入るか」

「あ、あぁ」

 

 すこし怪訝そうなティーダ。 猫背気味に開けた店の扉、涼やかなベルが鳴ると、中から店員が軽やかに迎え入れ、3つ、声が高らかに上がる。

 

「悟空!?」

「悟空君!!」

「え、師匠!!?」

「……ん?」

 

 その中で一人、不思議そうな声を上げたのは誰だったのかは言うまい。

 

「ご、悟空君、本当に君なのかい……!」

「オッス! 久しぶりだなシロウ、キョウヤ」

 

 片手上げてのいつもの挨拶。 それを受けたのは他でもない、高町の面々である。 あれから、そう、あのクウラの自爆からおおよそ6年が経つ、彼等の驚愕も仕方が無いだろう。

 しかし、だ。 そんな彼等の声をかき分けて、悟空には一つ気になる事ができあがる。

 

「ん? ティーダ、おめぇ今……」

師匠(センセイ)ッ! こ、こんなところで出会うなんて、き、奇遇ですね……!」

「ティーダ君かい? え、キミがどうしてここに?」

 

 次元世界は広いと言うが、世間様はこんなにも狭い。

 まさかの顔見知り発言に、ティアナは困り顔、流石の悟空も彼等を見比べるように視線を飛ばすしかできなかった。

 

 

 

「いや、何だ、おまえの関係者の銀髪美人さんに拉……あぁ、紹介されてな。 高町さんとこの道場で3年程お世話になってたんだ」

「へぇー! オラが修行してる間にそんなことがなぁ」

「色々あったんだよ、いろいろ」

「はは、父さんそれは端折りすぎだよ」

 

 数分間だけの昔話。 たったの5年だ、しかも掻い摘まんでの話などすぐさま終わってしまうだろう。 

 それこそ、誰かさんのように全宇宙と神々を巻き込んだ壮大なアドベンチャーでも無い限りは。

 何でも無いと微笑ましく流す士郎に対し、ティーダが静かに息を呑み込む。

 

「でも、まさかティーダがシロウに弟子入りしてたとはなぁ。 おめぇ、剣なんて使えたのか?」

「いや、あくまで基本的な身体の動かし方と、悟空みたいな力の使い方をな」

「……へぇ」

「おいおい、そんな目をするな。 まだお前には足下にも及ばないんだ、手合わせだなんて無茶はよしてくれ。 また死にたくないからな」

「…………お、オラそんなこと思ってねえぞ」

「なんてわかりやすい」

「でもまさかセンセイが悟空の関係者、しかも一番最初に接触していた人だったなんて」

「……僕はもしやとは思ってたんだ、なんとなくだけど」

「え、そうなんですか?!」

「一目見たときから、なんというか背後に大きな気配を感じてね。 残り香というか、存在感というか。 道場で預かってから1ヶ月、リインフォースさんから事情を説明されてなるほどなと納得したわけなんだ」

「あいつ、ウラでそんなことしてたんか」

 

 おそらく“知りすぎた”故の対処であろう事は、悟空にすらなんとなく判断できた。

 だが、しかしだ。 ソレにしては回りくどいことをする。 そうなら言ってくれれば良いのにと、悟空は少しだけ肩を落とす。

 

「いや、お前に師事すんのは命がいくつあっても足りないからな」

「え?」

「師匠のお嬢さんとそのトモダチを弟子にしてるって話、聞いたぞ」

「あぁ、ユーノたちのことか」

「そう! そのユーノって子あれだろ? …………不注意で命を落としかけたんだろ」

「…………そういやそんなことあったな」

 

 山が爆散するほどの失敗、それがハイタッチのさじ加減を間違えたのが理由だなんて、いまのティーダには言えないだろう。 珍しく苦笑いな悟空に、首をかしげるティーダへ、シロウはそっと珈琲を煎れはじめる。

 

「ところでティーダ君に悟空君は、今日はどうしたんだい?」

「いやぁ、なんだか急にモモコのメシが食いたくなってさぁ。 んで、ついでにこいつら連れてきたんだ」

「はは、出来ることならもっと早くその気になって欲しかったけどね」

「そうか? そっか」

 

 ゆっくりと椅子を揺らしはじめる悟空に、桃子が冷蔵庫の中身を確認しはじめる。 さぁて、今日はどうやって彼を唸らせてやろうか。 料理人の血が騒ぎ、食材達を台所に並べていくのであった。

 

 

 すこし、して。

 

「おんぐ……んぐんぐ――おぼぼりー!!」

「いやぁ、相変わらずの食いっぷり」

「け、結構なお点前(?)で」

「どうしたティアナ? そんな天地がひっくり返った顔して」

「だ、だって明らかに学校給食、それも全校規模の量が人間の胃袋に消えていったから……」

「あぁ、そうか。 お前は見たことなかったんだっけ? いや、小さかったから覚えてないだけか」

「すごい……ね」

 

 もはや戦争もかくやという悟空の食事光景に唯々圧倒されるティアナ。 こんなもんではないと脅してくる兄にジト目を送りつつ、彼女はそっと身を乗り出した。

 

「あの、悟空さん」

「んぼぼ? …………んぐんぐ、なんだ?」

「おぉ、あの悟空君が相手の話に合わせて咀嚼を止めた」

「成長したのね、悟空君」

「あいつ、日々成長してるって訳か」

「…………あの、話の腰を折らないでもらえますか?」

『ははっ』

「もう……」

 

 からかってばかりの大人達に振り回され、少女は盛大に頭を抱える。

 

 さて、ティアナが悪い大人達を手で追い払い、悟空に向かって視線を固定する。 鋭く、強い眼差しに一瞬だけど昔を思い出した悟空は手に持ったどんぶりを机に置いた。

 

「実は、折り入って相談がありまして」

「おう、いいぞ?」

「あの、その……夢が、在るんです」

「……おう」

「いまここに、こうやって笑っていられるのは、お兄ちゃんや皆のおかげ。 そして、悟空さんのおかげだと思ってます」

「そんなことねぇぞ。 オラはどっちかって言うと巻き込んだ方だし」

「ソレは兄から聞き出しました。 それと、悟空さんがいままでどんな苦境を乗り越えたかもです」

「え、そうなんか? けどオラそんなたいしたことしてねえぞ」

「……どこがですか」

 

 どこまで話したのか、彼女を見れば一目瞭然であろうか。 ドンっと机を叩くと、ティアナは盛大に身を乗り出す。

 

「ジュエルシード事件!!」

「え?」

「闇の書事件!」

「お、おう」

「お兄ちゃんの件!!」

「あ、あぁ」

「しかもそれ以外にもなんか訳わかんない規模で活躍してるって!!」

「そう言われるとそうだな」

「悟空さん自覚なさ過ぎです!!」

「あ、おう」

 

 気圧され気味に頷くが、彼にはあまりピンと来ていない。 そもそも彼の場合事件を解決したと言うよりも――

 

「あいつら強かったなぁ」

「……え?」

「オラ全然修行が追付いてなくってさ、いっつもギリギリだったかんなぁ」

「え? え?」

「あきらめろティアナ。 こいつはな、こういう奴なんだ」

「そうそう、使命感とかで悟空君は動かないからね」

「すこし、世間が思うヒーロー像からは乖離しているというか」

「悟空が世界を救ったときは、大体強い対戦相手が悪い奴だったってだけの、逆転現象が発生しているんだ」

「……どういうことなの」

 

 義憤もあっただろうが、大体が好奇心と武道家の悪癖で駆け抜けていった人生だ。

 

 世界の王に戦うなと言われて二つ返事、そこから修行をし始めるという頭痛物な事件を引き起こすのがサイヤ人だ。 ある意味ではあのジェイル・スカリエッティよりも強欲なのかもしれない。

 

「ふぅ、よく食ったぁ」

「これ、何人前なんですか?」

「ざっと高町家一週間分かしら?」

「うーん、単位おかしいんですけど」

 

 ティアナがうなだれている最中、桃子は何事もなかったかのように食器洗いを開始。 おおよそ喫茶店に置く物ではない大きさの器と格闘を開始すると、同時、悟空があさっての方向に振り向く。

 

「悟空さん?」

「ん?」

「いきなりどうしたんですか?」

「……懐かしい奴が来たと思ってな」

『??』

 

 皆が悟空につられて振り向くと、見えたのは店の入り口。 少しして、その扉がゆっくりと開かれると見知った顔が現れる。

 

「こんにちは」

「お邪魔します」

「あ、いらっしゃい二人とも」

 

 人数は二人。 藍色の腰まで届く緩やかなロングヘアーと、ブロンドのショートヘアー。 歳にして中学生くらいの彼女達は、見知った顔で入店する。 どうやら、常連のようだ。 手が空いていた士郎がコップに水を注いでいると、窓際に座りメニューを開き談笑に入る。

 

「今日もなのはちゃん達早退しちゃったね」

「んもう、数少ない学校生活くらい静かにしてれば良いのに」

「そうだよね、なのはちゃん達って進学はしないって言う話だったし」

 

 内容は、少しだけ日常から離れた物だった。 けど、その姿は紛れもなくどこにでも居る女子学生。 彼女達を見て、なんとなく微笑んで見えた戦士が一人居たのを、ティーダは見逃さなかった。

 

「…………そうだ」

「ん?」

「あの顔……」

 

 ちょっとだけ邪悪に染まった師匠の顔を、ティーダは決して見逃さなかった。

 

「……悟空君、少しだけ奥に」

「なんだ? オラ別にトイレは――」

「いいからいいから」

 

 手招きした士郎に連れられて店から消えた悟空。 そんな男二人に首をかしげたティアナは首をかしげ、桃子は困り顔。

 

「まったく」

 

 呟きながらも、彼女の顔もやはり、少しだけ邪悪に染まっていたりもした。

 無理もない。 だってこれから起ることは、自身も少なからず体験したことがあるのだから。

 

「すみません士郎さん、注文いいですか?」

「あぁ、ごめんね今行くよ」

「えっと、お冷や持ってきたぞー」

「ありがとうございます……」

「……うーん、アイスコーヒーとサンドイッチ一つ」

「あ、わたしもアイスコーヒーでお願いしま…………」

「ん? どうしたおめぇたち?」

『………………ぇ』

 

 少女達が顔を見合わせ、瞬きすること3回。 えせ店員、孫悟空に視線が向かうと、手に持ったコップがテーブルに落ちる。

 

「ほわああああああああああああああッッ!?!?」

「なんで居るの? 何で居るの!!!?」

「へっへっへ、大成功だなシロウ」

「……我ながら大人げなかったな、ごめんね二人とも」

「まったくあなたったら」

「大人達がイジワルだ」

「師匠……あんたって人は」

 

 清らかな心で激しい動揺をもって髪を逆立てる少女二人。 彼女達が盛大にのけぞる最中、悟空は後頭部を掻きながら久方ぶりの少女達に片手を上げた。

 

「おっす! 元気そうだなすずか、アリサ」

「ご、悟空さん……!」

「なによアンタ、いつ帰ってきたのよ! なのはには会ったのよね!?」

「いやぁ、ついさっき帰ってきたんだ、まだあいつらには顔出してねえ」

「……はぁ、そんなんだから問題ばかり起きるのよ」

「みんな口には出さないけど心配してたんですよ?」

「へへ、わりぃわりぃ。 でも、見ての通りどうってことなかったかんな、ほれ? アタマに輪が付いてないだろ?」

『……そりゃそうでしょうよ』

 

 アタマニワ? ティアナが兄を見上げると、どことなく覚えがあるのだろう、そっと表情を隠してノーコメントの構えである。 この喫茶店、いささか死亡経験者がうようよしているのが恐ろしいところである。

 

「今すぐ会いにいってきなさいよ! ……きっと喜ぶんだから」

「今か? でもさぁ」

「どうかしたんですか? なにか、不都合が」

「まぁな。 いまあいつらアレだろ? どっかで戦闘中だと思うんだ。 気が不規則に揺れ動いてやがる」

『え!?』

「……ねぇ、お兄ちゃん」

「なんだ?」

「管理局に入る人って、みんな悟空さんみたいなことが出来ないといけないの?」

「冗談はよせって、あんな次元世界の壁を突破した技量が採用条件なら、今頃管理局は甚大な人手不足だろうよ」

「……よかった」

「俺もそう思う」

 

 まぁ、似たようなことが出来るのがちらほら居るかもだが。 あえて呑み込んだ最後の一言をティアナが思い知るにはもう少し時間がかかるのであった。

 

 

 

 

「へぇ、ティアナちゃんって言うんだ、よろしくね」

「見ない顔ね、もしかしてまた悟空関係?」

「半分あたりだな。 こいつはどっちかって言うと、リンディ関係ってとこだな」

「あぁ、管理局の」

「じゃあなのはちゃん関係だ」

「なのは?」

 

 すずかの言葉に悟空は首をかしげる。 なぜ、管理局方面の話でなのはの事が上がるのか、不思議でならないといった表情に、士郎が告げた。

 

「そうだった、なのははね、いま管理局で働いているんだよ」

「……え? でもアイツまだガクセイだろ? それって確かまだ働かねえんだろ?」

「でもクロノ君は働いていただろう?」

「そういやそうだな」

「正確にはリンディさんの預かりで、就職内定という扱いだけどね。 いまは彼女に連れられて仕事の手伝いなんかをしているんだ」

「へぇ、あいつらがなぁ」

 

 だから今、彼女たちは厄介ごとを解決している最中なのだと、士郎から明かされる。

 だったら……すずかが悟空を見上げると、彼は背もたれに寄りかかる。

 

「あいつらなら、大丈夫だろ」

「え?」

「5年前にあいつらのことウンと鍛えてやったかんな、ちょっとやそっとの事じゃあ、あいつら負けねえさ」

「……そうですね」

 

 あくまでも彼女達の手助けをしない姿勢とその理由、すべてを聞いて、納得したのだろう、すずかは視線を戻し、出されたサンドイッチを一つ口に運ぶ。

 

「そう言えばティアナ、おめぇなんか話があるって言っただろ? なんなんだ?」

「あ、そう言えば」

「おいおい」

「いや、その、実はわたし……」

「ん?」

「わたし、管理局に入りたくて!」

「お?」

「それで、その……将来の先輩というか、上司になるであろう悟空さんにアドバイスとかもらえたらなって思いまして……」

「そうなんだよ悟空。 俺もさ、色々考えたんだが、やっぱり戦闘と言ったらお前か“あのヒト”がダントツだろ? だから、出来るだけでいいからなにか教えてもらえないだろうか」

「んーー」

『…………?』

 

 ランスター兄妹の真摯な願いに、しかし周囲は疑問符だらけだ。 特に今ティアナが言った単語に、皆が頭を抱えている。

 

「なぁ、ティーダ」

「なんだ? やっぱり難しいか?」

「いや、ティアナに闘い方教えるのは、オラも賛成だぞ。 そいつ、見た目よりもウンとガッツあるし、見所があるもんな」

「そ、そんな……ありがとうございます」

「なんだけどよ? ジョウシってのはどういうことだ?」

「え? いや、お前がいる管理局にだな」

「…………ジョウシってなんだ?」

「おいおい……!」

 

 この男は今冗談を言っていないと言うことは、その黒曜石のような瞳を見てすぐに判断できた。 出来たのだが、まさかこんなにも知識に疎いとは……

 

「いや、まて」

「なんだ?」

「おい悟空、おまえ所属はどこだ?」

「え? この間作った恐竜の肉は残してないんだよなぁ……」

「…………保存食じゃなくてだな、お前が居る、所属部隊の事なんだが」

「ん?」

「おい、まさかおまえ――」

 

 まさかの事態に、一瞬だけティアナのほうを見たティーダは、すぐさま悟空に耳打ちする。 この男、いや、まさかこんな強大な力を持つ存在が――――

 

「……お前、まさか管理局で働いていなかったのか……?」

「なんでだ?」

「なんでだって……いや、まぁ確かに冷静に考えれば別世界のお前がウチで働いているのも変な話だよな。 やっちまったな、管理局の要職の方々と対等に渡り歩いていたから俺はてっきり……」

「オラ、強いて言うならアレだな……なんて言ったっけか」

「無職か」

「おう、それだ」

 

 流石に職業は英雄だなんて言う人間でもないし、そういうイメージでもないのはティーダにだって分かっていたはずなのに。 まったく、イメージが先行してしまうのは恐ろしい物だろう。

 無職住所異世界の武道家さまは、ティアナの誤解を解くべく立ち上がる。

 

 だけど、なんて言えば良いのだろう。

 すこし、言葉を選ぶ。 彼には珍しい仕草だ。

 

「オラ、実は――」

「大丈夫です、わたしどんなに辛くても頑張ります!」

「いや、管理局には――」

「悟空さんに師事したからと言って、管理局に入れる訳じゃない。 そんなのは当然です! 結果は、自分の手で掴み取らないと!!」

「お、おう。 そうだな」

「はい! だから、こんなわたしですけど、よろしくお願いします!!」

「…………どうすっかなぁ」

 

 現在、ティアナ・ランスターは11才程度。 修行を施してもいい年齢なのは、彼の息子が荒野に放り出された事を思えば十分だろう。 だが、しかし。

 

「いつか、いつか悟空さんの下で働けるように、ガンバリます!!」

「え? いや、オラ……」

「今日はごちそうさまでした! お兄ちゃん、そろそろ帰らないと引っ越しの手続きが」

「あ、あぁそうだな。 …………すまん悟空、後で俺からやんわりと説明しとく」

「出来そうか? アイツ、目から炎出してんだけど……」

「やれるだけ、やってみる」

「頼んだ」

 

 早めの処置が、後の被害を軽減させることは、遠い昔に味わっている悟空。 伊達に武舞台の上で結婚宣言したわけでもないのだ。 ……ただまぁ、それでも避けれない事故はあるわけで。

 

「どうしたんですか? 悟空さん」

「え? いや、なんでもねえぞ」

「……いま悟空君、すずかちゃんの事見てなかったか?」

「たぶん色々思い出すことがあったんだろうな、色々」

「…………頼むからあのときの二の舞は勘弁だぞ?」

「でぇじょうぶだって。 だからそんな顔すんなよシロウ、キョウヤ」

『……不安だ』

 

 …………そこですずかのことを思い出せる時点で、彼の成長は著しいものだと、あえて記しておくべきだろう。

 

 

 さて、兄妹が喫茶店から出てしばらく経つ。 どこでもないどこか、虚空の向こうを見ているような悟空の視線に、そろそろ心配になってきた親子は、そっと彼に声をかけようとした。 ……――――――しようと、したのだ。

 

「……あいつ、消えやがった」

「悟空君の瞬間移動だ。 ……この期に及んでどこに行こうというのか」

「案外、あの女の子の期待に応えようとしたりして」

『??』

 

 男二人の疑問を穿つような桃子の発言。 本人にそのような意思はなかったが、まさかその発言が、現実の物になろうとは誰も思いもしなかったのだ。

 

 

 

「…………で、久しぶりに顔を出してみれば、なに言っているのかしら貴方は」

「はは、まぁそんな睨むなよプレシア」

 

 孫悟空が瞬間移動で待避した先、ソレはよりにもよって管理局の虎の孔、テスタロッサのご実家である。 そこで5年ぶりの対面となる魔女に、なんとか知恵を貸してもらえないかと来た次第である。

 

「別にいいじゃない、無職でも」

「オラもそう思う」

「……解決って事でいいかしら?」

「あ、いや、それじゃ不味いんだよ」

 

 若干青筋を立てているのは魔女のほう。

 彼女はいまご機嫌斜め45度だ。 別に、悟空が何かしでかしたわけではない。 そう、只単純にタイミングが悪いってだけの話だ。

 

「まったく、あのスカリエッティを一発ぶん殴ってやろうとしたらリンディさんは止めるし、研究はうまくいかないし、久しぶりに顔を見た人間は無理難題をふっかけてくるし、どうなっているのかしら?」

「いやぁ、そこはオラほとんど関係ねえだろ」

「そうかしら? じゃああの善人面したスカリエッティは何かしら? おかげで精神病棟に手厚く保護されて今も出てこないし、なぜか私との面会は謝絶なのだけど。 あれ、貴方の仕業よね?」

「ちげえぞ、アレはシャマルのメシが凄かっただけだ」

「それを提供したのは?」

「…………すまねぇ」

 

 すべての困難の原因は、実は自分に在ったりする。 それをむざむざと見せつけられた悟空は後頭部を掻きながらしっぽを垂らす。 流石の彼も、ここまで塵を積もらせればどうにも出来ず、埋もれてしまう。

 背を丸めた強戦士に深いため息。 まったく……などと漏らした魔女は、けだるそうな仕草で彼に問う。

 

「で、どうしてそんなことになったの?」

「それがいつの間にかそう言うことになっちまってよ」

「相変わらずハチャメチャが押し寄せてるわよね、貴方の人生」

「オラなんもしてないんだけどな」

「居るのよたまに、そういう楽しいことを引き寄せちゃう人種って」

「ひでぇな。 ……でさ、ティアナの事、どうにかなんねえかな? ごまかすにしても納得いくようにしてやりてえし」

「…………やけに気にかけるのね、その娘のこと」

「まぁな、ちぃとあいつらには迷惑かけちまったからな」

「ウチの娘もそれくらい気にかけてもらいたい物だわ」

「お、おう……!」

「冗談よ。 いくら何でも自分とタメかそれ以上の人間にそんな無茶ぶり出来ないわよ…………」

 

 などという割りには、魔女の笑顔は怪しく揺れ動いていた。

 

「正直言って、貴方を管理局云々って言うのは無理な相談よ」

「そんなのオラにだって分かるぞ」

「そうね、管理局にって言うのは無理、ならいっそ別方向に話を持って行きましょう」

「え?」

「孫くん、あなた確か名前がもう一つあったわよね?」

「お、おう。 カカロットって、言うらしいけど、ソレがどうした?」

「身分を偽りましょう、ソレしかないわ」

「え?」

「勿論リンディさんには内緒、娘達にもね」

「けどあいつらにもそっちの名前は知られてんだぞ?」

「そうね、でも漢字表記が珍しいコッチの世界で貴方の名前は悪目立ち過ぎるわ。 だったらそっちの名前のほうがやりやすい」

「そっか……」

「もとが本名なら、借りにそれを疑う人間に探られても自然な反応が出来るでしょう?」

 

 やりやすいのあたりから、魔女の顔がソレはもう悪い顔になったのだが、悟空にはそんな小さな悪人顔など気になっていなかった。

 

 いま現在直面した問題は、どうやってあの少女の期待に応えるかなのだ。

 

「それで、そうねぇ、貴方の顔はターレスの件で広く知れ渡ってしまったのよね。 なにせアレは貴方と瓜二つだったじゃない?」

「そうだな、じゃあおめぇの魔法でどうにかすんのか?」

「それじゃその後がやりづらいじゃない。 いい? 貴方にはちょうど良い変身魔法があるじゃない」

「ん? オラそんなもん使えねえぞ」

「使えるのよ、それも魔力を検知されない方法でね」

「???」

 

 ある意味で使い古された手段であると付け加えた魔女は怪しく笑う。

 その脳内にどんな愉快な未来予想図を巡らせているのか、悟空にさえ理解出来ず、よりにもよって彼女にすべてを託してしまった。

 

 研究に行き詰まり、何だかよく分からないテンションになって居る研究者に、だ。

 

 

 

 

 数ヶ月後。

 

 紅葉の季節だった。 若葉が成熟し、地に落ちていこうかという憂いを心に写す時期。 空は青く、空気は澄み渡り、冷たい風がビル群を通り抜ける。 

 

「おーい新入り、遅れるなよ」

「あ、はい! ……よし、がんばろ」

 

 管理局の施設で今日、面接試験があるのだ。

 春先に行われる正規採用とは違い、諸般の事情である一定の年齢層から離れた人たちを対象にした、いわゆる中途採用という奴だ。 たとえば傭兵に身をやつしていた者、いままで裏で汚れ仕事をしていた者など、訳ありの人種が集まる採用試験だ。

 勿論、普通にそんな面々をおおっぴらに管理局が雇うのは問題がある。

 戦闘集団という肩書きは、クリーンなイメージを失墜させるには十分なレッテルだからだ。 だがそれでも雇わなければならない、それほどまでに、時空管理局の人手は足りないのである。

 

「いいか? 今日ここに居るのほ一癖も二癖もある連中ばっかりだ。 背格好や服装、言動に生い立ち、どれも特殊な人間ばかりだと思え」

「は、はい!」

「ダメだダメだ、そんなどもった声を出したらヤツラに舐められるぞ? ほら、ネクタイ締め直して、背筋伸ばせ新入り」

「はい!!」

 

 そして今日、この中途採用の面接試験には、新人研修という名の度胸試しが行われようとしていたのだ。

 

「よし、気張れよ八神」

「はい!」

 

 八神……そう、本日の面接試験管補佐という肩書きを与えられ、修羅場に放り込まれようとしている人間の名前は八神はやてという。 彼女はとある事件にて、輝かしい功績を残した人物なのだが、諸般の事情により、若干15才という年齢で管理局に身をやつす事になる。

 最初は子供と舐められたものの、彼女の努力はすぐに周囲に認められることとなる。

 面接官も、彼女の頑張りには一目置いている節がある。 だから、今日の面接に彼女を立候補したのだ。

 

 

 ―――――――つまり、だ。

 

「へぇ、ここが面接会場かぁ。 うっし、いっちょやっかぁ!」

「ん? なんだか聞き覚えある声が……?」

「どうした八神? 突っ立ってないで部屋の準備終わらせるぞ」

「あ、はい!」

 

 

 

 今日という日に八神はやてを放り込んだ諸悪の根源は本日の面接官と言うことになる。

 

 

 

 

 

 面接は、ソレはもうスムーズに進んでいく。

 いや、別に全員が行儀正しく、すんなりと終わったという意味合いではない。

 明らかに言動が異常な者。

 どうやっても戦力にならない者。

 冷やかし。

 その他諸々。

 

 “ふるい”から早々に落ちていく者がおおすぎるのだ。

 もともと、正規な訓練校を出ていない非正規な愚連隊上がりだ、こうなる結果も目に見えていた。

 それでも、全員失格になるわけではない。 只の訳ありで、訓練校に行けなかっただけの“兵”だって、この世には存在する。 それを、情感は八神はやてに知ってもらいたかったのだ。

 ――――自分だけが特別な生い立ちなのではないと、見て、聞いて、知ってもらいたかったのだ。

 

「ふぅ、大分減ったな」

「仕方が無いですよ、一応、命を張る仕事ですから、甘い裁量は多大な犠牲を払います」

「分かっているそんなこと。 ただ、なぁ」

「どうしたんです?」

「年々、粒が小さくなっていくというか……な」

「それだけ世界が平和になってきたと言うことと思えば……」

「果たしてそれで納得していいのか」

 

 面接官がため息を吐き出し、空気がやや重くなる。

 それでもと、やらなければならない事を前に見据え、八神はやては職務を全うする。 本日59人目の資料を面接官に渡すと、彼はネクタイを締め直し、席に座り直した。 それを合図に、はやては表情を締め、面接官と共に次の採用希望者の入室を迎えるのだった。

 

「次の方、どうぞ」

「……おはよう、ござ、います」

「えー、管理外地域出身……惑星ベジータ? 聞いたことない場所だな」

「………………え?」

 

 ソレは、見たこともない民族衣装に身を包んだ、異国の戦士だった。

 エメラルド色の瞳は冷たい印象を与えるが、すべてを貫かんとする強い意志を見せ、その第一印象を強く面接官に焼き付ける。

 そして、もう一つの特徴は、その頭髪だ。

 逆立っている。 巫山戯ているのかと問いただそうとした面接官であったが、ブリーチをかけている訳でも無い、ごく自然な雰囲気を感じ取るとすぐに言葉を引っ込める。 落ち着いた物腰、口数の少なさは、彼自身が無駄を嫌い、悪ふざけのない人間だと印象づけた。

 

 初対面で好印象な彼。 はて、名前は何だったか。

 面接官の視線は素早く資料を走り抜ける。

 

「氏名は……カカロットで良いのかな? すまんね、中々聞かない言語だから、発音が可笑しかったら言ってくれよ?」

「あぁ、いや、それで……大丈夫……です」

「………………………うそやん」

 

 

 

 大間違いです、面接官殿。

 この人、書類偽造の疑いがあると大声で叫びそうになったのは八神はやてだ。 彼女は知っている、というか面識がある。 ただ理由が分からないだけで。

 

【なにやっとるんやごくう!!?】

【お? おめぇはやてか? 大きくなったなぁ、クルマイスも卒業したのか】

【おかげさまで。 今度、筋斗雲も返すからね】

【ん? そういや貸したまんまか、んじゃ、後で筋斗雲に言っといてくれ、そうすりゃ勝手に帰ってくるだろ】

【あ、うん】

 

 念話で世間話を展開されてしまえば、もうペースは“彼”の物。 あっという間に和んでしまったはやては、しかし即座に机を叩く。

 

「――――――って違う!!!」

「ど、どうした? やはりイントネーションがおかしかったか……?」

「…………あっ、いえ、そう言うわけでは無くて、その」

「まったく、急に立ち上がるんじゃない。 すまないねカカロット君、どうも緊張しているみたいでな」

「あぁ、いや、気にしないでくれ」

【――――――気にするわッッ!!!】

【さっきからどうした? 何でそんなに慌ててんだよ】

【不味いことだらけや!! 一応ごくうは“無かったこと”にされてるんやろ? そりゃこの間諸悪の元凶をリインフォースがどうにかしたらしいけど、それでもなんでみんなそんな平静でいられるンや!? おかしいのはわたしだけ!?】

 

 表情はにこやかなのに、腹の内側は既にマグマが流れはじめていた。 もしも正体がばれたと思うと……彼女の胃に甚大なダメージが入る。 ここで問題を起こせば、きっと自分も彼も只ではすまない。 なんとか乗り切らなければ。

 

「ごめんなさいカカロットさん。 少し、前の任務の考え事を」

「あぁそうか八神、随分前に友達が撃墜されかけたって」

「え、えぇ、まぁ」

「なんでも任務中に正体不明の部隊と交戦中に謎のエネルギー体に呑み込まれたって言ってたな。 あれは、いまだに正体不明なんだろ?」

「……えぇ」

【へぇ、そんなことがあったんか】

【うん。 しかもアレは魔法なんかじゃない、ごくう達が使う“気”の塊や。 アレが偉い速度で超超遠距離からなのはちゃんを狙撃したんや】

【え? なのはが? アイツ無事なんか?】

【ごくうが鍛えてくれたから全治6ヶ月で済んだって】

【そうか】

【もう5年も前の事や、とある研究施設捜索の任務で……なのはちゃん、絶対掴まえるんだって】

【施設? ……5年? …………はやて、もしかしたらそれ、オラだ】

「――――――――――――何でや!!?」

「八神?」

「す、すみません」

 

 またも立ち上がるはやてに、いい加減不審がる面接官。 無理もないだろう、荒波が立つはずのない他愛のない会話の中でいきなり部下が声を荒げるのだ、そろそろ正気を疑いはじめる。

 

「むぅ……まぁ、いい。 いや済まなかったねカカロット君、身内話が長かったな。 では、仕切り直して面接に移ろうか」

「あぁ、よろしく……頼む」

「こちらこそ」

「えっと、いままで傭兵生活だってあるけど、具体的になにをやっていたのかな?」

「……ひたすら、戦っていた。 自分よりも、強い奴と戦って」

「ほう、激戦続き。 しかもほぼレジスタンスの立場にいた訳か」

「れじすたんす? よく分からないな」

「ソレすらも判別できないほど、混沌とした戦場に身をやつしていたのか……おい八神、こいつはもしかしたら、もしかするかもしれん」

「…………あ、ハイ」

 

 そうじゃないんだ、本当に文字通りの言葉なのに。

 カカロットさんが喋る言葉を、勝手に脚色して、好印象に持って行ってしまう面接官に、はやての胃袋はぞうきんと間違えられたかのように締め付けられる。

 

「……趣味は?」

「読書と、スポーツ」

「……いいんだよ、隠さんでも。 で? 本当のところは?」

「………………食事と修行だ」

「訓練と身体作り……と」

「あながち間違いじゃないのがなんとも」

「ん? どうした八神?」

「あいえ、なんでもないです。 えっと、わたしからもいいですか?」

「なんだ?」

「……志望動機、どうして管理局に入ろうとしたのか教えてください」

 

 ここではやては賭けにでる。 彼の目的を知るには、もはや念話による会話だけでは足りない。 直接発する声を聞いて、彼の纏う雰囲気を目に焼き付け、納得するだけの要因が欲しい。

 リスクを冒してでも自身が、管理局に入ろうとする彼を手助けするだけの理由がほしい。

 

 

「…………あまり、良い話じゃないんだ」

「え?」

「ウソを付いてな。 小さなウソだ、他愛もない、すぐに消せるウソだ」

「……」

「でもそれを信じてしまった奴がいた。 オレを立派なモンだと、目を輝かせてくるんだ」

「…………」

「そいつと、その家族には迷惑をかけたかんな……まぁ、いろいろ怒られたけど、ウソを本当に変えるためにここに入ろうと思ったんだ」

「……………………まったく、もう」

 

 変わらない。 どんなに月日が経とうとも、相変わらず率先して何かのために動いてしまう彼に、はやての決心は固まった。

 そしてソレは、もう一つ、心を揺り動かした。

 

 

 

「あっはっはっは!! こいつは良いぞ、俺は真っ直ぐな奴は大好きだ」

 

 

 

「ん? どうした?」

「いや、なに、いまどき珍しいよ、キミみたいな目でそんな事を口走る奴は」

「けどホントだ」

「あぁ、そりゃそうだろうな、疑いやしないよ」

 

 開始10分で面接官を墜としたカカロットさん。 彼は片眉を上げると、分からないと言いたげに八神はやてのほうを見る。 それを、微笑みながら、彼女はこう返してやったのだ。

 

「面接は以上で終わりです、次の審査まで待合室でお待ちください」

 

 もう、彼をこれ以上探る必要は無い。

 物静かで、物騒な鋭い目をした男だが、只真っ直ぐに裏表のないだけの青年だった。 ソレが分かってしまえばこの面接にこれ以上の意味は無い。 だからここまで、故に第一審査はパス。 その意味を分からぬカカロットさんが、ゆっくりと退出していく中、面接官は上機嫌に笑う。

 

「今回もダメだと思ったが、久しぶりに逸材が来たかも知れんな」

「えぇ、わたしもそう思います」

「あっはっは!! お前も言うようになった!」

「はい」

「よし、その勢いでアイツの力量を観てやれ」

「はい! ……はい?」

「2次審査、模擬戦闘だろ? まぁ、傭兵やってたと言っても、噂の大型新人の八神はやて殿には遠く及ばないだろう、適当にもんでやれ」

「…………あははは」

「な?」

「…………いえっさー」

 

 そうして上機嫌な面接官は、はやての背中を叩いた。

 それがはやてには“後戻りは出来ないぞ”と逃げ道を潰されたような錯覚を起こし、一人、部屋にのこり過呼吸に苦しむことになる。

 

 

 …………そして、残酷にも時間は訪れた。

 

「へぇ、民族衣装のしたは随分とまぁ……」

「あのひとヤバくね?」

「けど、相手が悪いよなぁ」

「噂の麒麟児、さて、どこまでもちこたえてくれるかねぇ」

 

 風が舞い、訓練場の空気が入れ替わる。

 数少ない中途採用候補の中でも、面接官のお気に入りとくれば、当然施設の幾人かは興味本位で観戦に来る。 だが、今回、その人数は常軌を逸していた。 施設の必要最低限の人員を残し、訓練場は人で溢れていたからだ。

 

 これもひとえに、自身の能力ゆえの不幸。 今回ばかりはその力を深く呪う。

 

「会場には魔導師による結界で厳重に防御されています。 ちょっとやそっとの攻撃じゃびくともしない……はずです」

「あぁ、気をつける」

「はぁ……では、カカロットさん」

「なんだ?」

「……よろしく、お願いします」

 

 そう、こんな会場でまさか―――――

 

「なに迷ってるかわかんねえけど、どこまで出来るか、試させてもらうぞッ」

 

 まさか、自分自身(やがみはやて)の稽古が始まるなんて、今朝まで想像だにしなかったのだから。

 

 挨拶と共に、少女は最後の踏ん切りを付けた。

 一瞬で制服をバリアジャケットに換装し、漆黒の翼をはためかせると空を舞う。

 

「補佐の人ホンキじゃないか?」

「いきなり飛行魔法とか」

「ほう、バリアジャケット装着に、飛行魔法ですか」

「おいおい、アイツ死んだわ」

 

 誰もが八神はやての勝利を疑わなかった。 誰もが、候補生の敗北を確信した。

 

 そう、当の本人達以外、誰もが信じて疑わなかった。 彼が右手を振りかざすまでは。

 

「波ッ!!」

「ぐぅぅぅぅぅ!!?」

 

 カカロットと呼ばれた――いいや、孫悟空の拳が空を切る。 只の衝撃波にはやての騎士甲冑(バリアジャケット)が悲鳴を上げて、羽根を散らしながら空へと逃げる。

 

「な、なにが起きたんだ!?」

「いま、あの人なにしたんだよ……」

「見えなかった……」

 

 分かっていたことだ、八神はやてが孫悟空に届かないことなど。

 だが、だけど、だ。

 

「ただでおわるなんてもったいない!」

「いいぞ、その意気だ」

 

 20、30、と闇色の短剣が宙に描かれると、実体を持ち、紫電を纏い、照準をごくうへと定める。

 悟空がそれを見ると、なんと大胆にも指先を向けた。

 

――――バン

 

 彼がピストルのように声を発すると、短剣が半分ほど消失する。

 

「気合砲!? それとも――」

「どうした、目の前がお留守番だぞ!」

「正面! 速い!!?」

 

 気づけば回し蹴りが自身に近付いていた。 着弾まで刹那の間、その、あまりにも無情な時間制限内に、彼女が取ったのはなんと迎撃であった。

 

「っく」

「はぁ、はぁ」

「咄嗟に魔力の剣を飛ばしたんか、けど、やっぱり――」

「瞬間移動!?」

「――――おめぇは接近戦に弱ぇ!!」

「ぐぅぅうううう!!?」

 

 …………只の高速移動と言うのは、すぐさま分かった。 だって、彼が自分相手にそんな小手技を使う必要なんか無いからだ。 それほどに開いた実力に、我ながら嫌になる。 だから彼女は、だからこそ八神はやては、これしきでは倒れることがなかった。

 

「耐えたか」

「こんなんじゃ、ダメや」

「あぁそうだ、これじゃまだあの二人には追いつけねえぞ、はやて」

「うん!」

 

 高速での戦闘。 不得手な接近戦の中で交わされた会話は、彼等にしか分からない世界を創り出す。 拳と拳、技と技が交錯するほどに、彼等は言葉を重ねていく。 見て、今自分はここまでしか出来ない……だから、教えて欲しい、ここから先に行くにはどうすれば良いか、と。

 

「甘ったれるな!」

「ぎゃん!?」

「約束したろ? 忘れたんか!」

「う、ぐ……」

 

 突き放す。 拳を、彼女に打ち付ける。

 飛ばされる。 真上に、天空の彼方まで。

 

 目に焼き付くような光りは太陽の物。 あぁ、自分はこんなところまで飛ばされたのか。 会場からここまで、相当な距離がある。 それでも、あのヒトとの実力差に比べれば目と鼻の先ほどにもない。

 情けない。 たったの5年離れただけで、もうあのときの誓いを破ったのか。

 

 立てるようになった、管理局で働けるようになった。 やっと一人で歩けるようになった。

 

 ソレが自信に繋がり、しかし自惚れを生んでいたことなど、彼と再会するまで気づきもしなかった。

 

 あぁ、情けない。

 

 なんて不甲斐ないのだろう。

 

 いつの間にか歩くことだけで精一杯になっていただなんて。

 

 彼を見ろ、思い出せ。 あの少年は、青年は、男は、人生をどのように謳歌していただろうか。

 

 

 ――――――――――――息を切らせるまで、駆け抜けていただろう。

 

 

「まだ、だ」

「ん?」

「あと、一回……最後の一回……」

「……アイツ」

「ごくうに届かせるには、もう、あれしかない……!!」

 

 少女の周囲に光りが集まっていく。

 青年の手の平に力が渦巻く。

 

「おいおい、あのひとなにやってんだよ」

「八神! おまえ、そいつを殺す気か!!?」

 

 二人の力の本流に周囲がどよめき、畏れた。 先ほどまでの見世物ではない、異質な世界を創り上げた存在に、世界は今恐怖にわななく。

 

「スターライト……」

 

 光りが力を持つと、それが収束し、極光となって青年へと降り注ぐ。

 

「ブレイカァァアアアアアアア!!!!」

 

 総員待避、緊急避難。 たかが模擬戦でここまでするかと、すべての人間が防御の魔法を使えば、しかし会場の中で一人だけ真逆の行為に入る物がいた。

 

「かめはめ…………」

 

 渦巻いた力を圧縮し、凝縮した高密度の気の塊。 それは、会場を青く照らし出し、空の彼方から来る収束魔法の色すら塗り替える輝き。 爆発寸前の力の塊が、青年の一声を引き金に今――――――

 

「波ぁぁぁああああああああ!!!!」

 

 解き放たれる。

 

 ぶつかり合う力。 混ざり合った気と魔力が激流となり大気を翔る。

 視界を埋め尽くすほどの閃光の中で、青年は見た。

 

「届け……とどけぇぇぇえええ!!」

「よし、いいぞ――――」

「――――おりゃあああ!!」

 

 激流をも乗り越えて、青年へ拳を突き立てる少女の姿を。

 やっと届いたはやての拳は、しかしちっぽけな威力でしかない。 そんなこと、彼女自身にだって分かっている。

 こんなことじゃ、これしきの事じゃ……自身の力のなさに悔しさがこみ上げてきて……だが。

 

「ぐふっ!?」

「……え?」

「へへ……いいもん、もらっちまった」

 

 青年が落ちていく。 激流の中を突き破り、無残にも大地へ落ちていく。

 その姿に思わず手を伸ばしたはやては、思い知る。

 

 そうか、彼が見たかったのは、試したかったのは――――――

 

「いいパンチだったぞ、はやて」

「……ほんと、いじわるや、ごくうは」

 

 ソレは、二人にしかわからない(ことば)であった。

 

 

 

 

 試験は、無事に終わった。

 

 スターライトと、仮にも超化した悟空のかめはめ波がぶつかったにもかかわらず、試験会場は傷一つ無く終了の時間を迎えることが出来た。

 ソレもひとえに、悟空がうまく気と魔力を大気圏外に吹き飛ばしたのが原因であるのだが、たかが模擬戦、試験会場以外の記録など取っているはずもなく、只派手な攻撃がぶつかり合っただけとしか、皆は判断できなかった。

 

 いや、そう思うことで、なんとか正気をとりもどしたと言ってもいい。

 

 そうでもしなければ、ロストロギアと超サイヤ人のぶつかり合いなんて言う悪夢、受け入れることなんて出来ないからだ。

 

 

 

「おい、八神! おまえ後で始末書」

「はい……」

「まったく。 あのカカロット君が異様に頑丈で、運良く攻撃が空に消えたから良かったものの、あんな化け物みたいな攻撃を繰り出すとは何事だ! この負けず嫌い!」

「すみません、つい、カッとなって」

「はぁ……今回のことは一応報告するが……まぁ、あまりにも突拍子過ぎるからなぁ、施設も無事だし、奇跡的に怪我人もゼロだ、せいぜいお前にへんな噂話が付いて終わりだろう」

「う、ぐ」

「良かったな、過去にお前以上にとんでもないことをした友人がいたおかげで」

「あ、う……」

 

 まぁ、彼女の経歴に、一筋の傷が走ったのは事実だが。

 

 

 はやてのスネに傷が一個出来たその影で、本日の試験は大半が失格。 正確には……

 

「あ、あんな化け物みたいな上官の下になんか居られるか」

「管理局は魔物の巣窟だって話、やはり本当だったんだ――」

「おかあちゃあああああん!!」

「ふへへ、あれは、りゅうせいかな……」

「けしきが、ぱぁぁって…………」

 

 今日の志望者の大半が、管理局に対して偏見を持ってしまったからだろうか。

 

 ただ、それでも残りたいという変態は少なからず居たようで。

 もちろん、その中には彼の名前もあったそうな。

 

 

 

「孫くん、お帰り。 どうだった? 筆記試験、うまくいった?」

「いやぁ、さっぱりわからなかったぞ」

「はぁ……ダメね、孫くん、あなたやっぱりダメね」

「オラもそう思う」

 

 そんな問題外な心配をしている魔女と戦士を余所に、どこかの誰かさんが胃をぞうきん絞りで酷使しながら、なんとか一人だけ合格者を出したのは、また別の話である。

 

 

 

 

 

 

 そして…………

 

 

 

「ねぇ、見てこの報告書」

「え? うんと、今季採用試験合格者発表? え? たった一人だけ? あ、名前載ってる……管理外世界のもと傭兵さん、か……かかろっと?」

「…………いまなんて?」

「カカロット……ん?」

「ちょ、え?」

 

『ええええええええええええええええええええええええええッッ!!!?』

 

 

 その叫びと同時、彼女達は即座に魔女の家に突撃したそうな。

 

 

 しばらく修行に行くと言った、戦士の居ない魔女の家に…………

 




悟空「おっす、オラ悟空!!」

ティーダ「おまえ、女の子相手になにやってんだよ」

悟空「え? けど、はやてならあれくらいやんねぇとその気になんねえしな。 アイツは優しいけどそこが甘いときあるし」

ティーダ「そういうお前はスパルタ過ぎるんだよ」

悟空「そうか? そっか……」

ティーダ「まぁ、次は気をつけろよ?」

悟空「おう、任せとけ」

ティーダ「そんじゃ次回、魔法少女リリカルなのは~遙かなる悟空伝説~ 第86話」

悟空「悟空、仕事する」

ティーダ「……とか言って、また戦闘なんだろ?」

悟空「さぁな? はやてに聞いてくれ」

はやて「なんやろ、急に寒気が……なにも起きなければええんやけど」





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第86話 悟空、仕事する

 

 

「お、おはよう、ございます」

「おはよう、カカロットさん」

「よろしくお願いね」

「あ、あぁ」

 

 始業時間 午前8時50分

 

 隊舎から続々と人が集まる中、孫悟空は知らぬ間に皆の後ろにいた。

 

 あんな目立つ髪型と色彩なのに、今まで誰にも気づかれなかった彼。 案外、影が薄いのか? 思う皆を余所に、はやては一人、お腹を、正確には鳩尾の下あたりをさする。

 

【ごくう】

【どうした?】

【お願いだから瞬間移動は控えて……】

【え?】

【それ、新人が使えていい技じゃないんよ。 だから、いきなりごくうが使うところ見られると、一気に目立つんや……】

 

 ぎゅぅぅぅっと、音を立てるかのような痛みの中で、彼女はごくうを見上げ、そっと呟く。 15才の少女に説教される推定年齢50才そこそこの戦士の絵は、それはもう特異な出来だったという。

 

 さて、隊列を組み、大方の挨拶を終えた彼女達。 最後に、上司の一人が悟空に手招きする。 

 

「なんだ?」

「カカロット君、キミ今日からだろう? 皆に挨拶しよう」

「お、そういうことか」

 

 列の前に呼び出された悟空は、そのまま上司の横に立つ。 背筋を伸ばし、表情を固める姿はさすがのはやても一瞬だけ“もってかれる”

「お……おはよう、ございます」

「……いまオッスて言おうとした」

「そ――」

【こらっ】

「……ん、んん!! カカロットだ、いろいろ迷惑をかけるかもだが、みんな、よろしく」

「…………危なっかしいなぁ」

 

 とりあえずの挨拶。 なんとかそれを終えると、悟空は気合を込めたのだろう、表情を鋭くし、拳を握る。 その気迫を皆が感じ取ったのだろう――――――――遠くで、ドサリと音がした。

 

「あれ? おい、キミいきなりどうしたんだ!?」

「あ、ちょ! こっちも人が倒れてるんだけど……」

『な、なんだ!?』

「…………やりやがった」

「やっちまった……」

 

 悟空の無意識に放った気合に当てられて、実力の低い順から意識を刈り取られていったのだ。 これにははやても悟空も頭を抱えるしかない。 まさか今の騒動が“メンチ切っただけで攻撃になっちゃうんですよ”だなんて言えようはずも無し。

 今回ばかりは八神はやては黙秘を貫いた。

 

 

 

 小さな事件を乗り越え、被害者数4人が医務室で意識を取り戻した頃。 孫悟空の人生初のデスクワークが始まろうとした。

 

「えっと、カカロットさんは前にこういうのは――」

「さっぱりだぞ、うっかり壊しちまったらごめんな」

「……いきなり謝るかぁ、困ったなぁ」

「だりゃあああ!!」

「え?」

「おい、コイツ青くなったまま返事しなくなったぞ」

「ちょ、ご――カカロットさん! どうやったらコッチの機器でブルースクリーンだすんや!!」

「オラなにもしてねえぞ」

「なにかやったからなっとるんやろ!!」

 

 直前に聞こえてきた気合ちっくなかけ声は、あまりにも聞きたくないからこの際無視するとして、まず、彼には機械がどれだけデリケートなのかを教えてやらなくてはいけない。

 

「カカロットさん、機械に触れたこと、あります?」

「前に何度か……えっと、ブルマが作った宇宙船と、修行に使った重力の部屋で何回か」

「宇宙船……え? 重力!?」

「わー! わー!! カカロットさん! わたしが教えてあげるから、ちょおこっち行こ? な?」

「お、おう」

 

 重力を操るなどこの世界ではまだ発見されていない技術だ。 そんなものを只の機械で再現できるだなんて知られれば、ここら一帯は一気に混乱の渦を巻き上げる。 それだけは、なんとしても防がなければなるまい。

 

 はやての気苦労ポイントが10たまった。

 

「よし、メシの時間だ」

 

――りーんごーん!!

 

「チャイムと同時に立ち上がるとか……」

「まぁいいや、俺達も昼休憩にするか」

「おーい! 大変だー!!」

『?』

「食堂が店じまいだってよッ!!」

『…………はい?』

「ちょ! まさか悟空、やらかしたんかッ!?」

 

 訓練の成されていない、極普通の料理人しか居ないこの施設では、サイヤ人に対抗できる調理など出来ようはずもない。 あっけなく在庫を切らせ、むざむざと完売の立て札を置くだけ。

 おおよそ8割強の職員が昼飯難民へと相成った。

 

 はやての気苦労ポイントが30たまった。

 

 

「よおし! 今日は実地訓練に入る! みんな、まずは魔力弾による射撃訓練からだ」

『はい!』

「……なぁ、この変なのは何に使うんだ?」

「おいおい、あんたまさか傭兵のくせしてデバイスの使い方もわからんのか?」

「いやぁ、使ったことねえなぁ」

「一体いままでどうやって戦ってきたんだこの男は……まったく、報告書もまとめられず、事務処理すら出来ないでこれから先――――」

「どうって、こう……」

「…………ほぁ?」

「あ! ちょお待ち、ごく――」

「波ぁぁああああああああッ!!」

『ぎょげぇぇぇえええ!!?』

 

 訓練場にそびえる岩山を一つ消し去ると言う大事件を引き起こし、得意げにサムズアップ。 同時に後頭部を杖で殴り飛ばしたはやての顔は、そりゃあもう疲れた物であったと記しておこう。

 

 気苦労ポイント…………120ポイント獲得!!

 

 青い顔をして胃薬をたらふく頂戴していく八神はやては、重い足取りで宿舎に帰っていったという。

 

 

 で、次の日。

 

 

 その日、カカロットさんの肩慣らしという名の蹂躙で、職員達の常識値はゴリゴリ削られていくことになる。

 

「今日は……あー」

「キョウカンさん、どうしたんだ?」

「あぁ、いや、まぁキミなら大丈夫だと思うんだが、そのだね」

「なんだ?」

「今日からサバイバル実地訓練なんだ、これで新人の5割がダウンするのが通例だ」

「ダウン?」

「長期入院、軽度の鬱、最悪の場合PTSDを発症したりする者も居る、過酷な訓練だ」

「なにすんだ?」

「1ヶ月の間、樹海に籠もる」

「え?」

「不安だろう? 食料は僅か、日の光も入らない暗闇の世界に放り込まれるんだ――」

「――――そんくらいずっとやってきたけどな」

「そ、そいつは心強い」

「ゴハ――オレの子供なんか、5才のときに荒野で一人生き延びたって話だし、余裕さ」

「…………キミんとこの家庭の事情は知らないが、息子さんには優しくしてやりなさい」

「してっさ」

「……そうか」

 

 思い起こされるのは、昔みた精神とときの部屋での修行風景。 アレをこなした悟空ファミリーには、自分たちのカコクな訓練など、子供だましに等しいだろうさ。

 はやてが遠い目で上官を見ていると、いよいよ訓練が始まるようだ。

 皆、思い思いの装備で挑む中、孫悟空はなんと……

 

「カカロットさん」

「どうした? はやて」

「なんでコンビニのビニール袋一個だけ何? 流石に舐めすぎやよ」

「あぁ、これか? コイツはさっきソコに落ちてたんだ。 ゴミ箱どこだ?」

「装備すらないんかい!? ……まぁ、考えてもみればあんな山で暮らしてたんだもんね、身体一つで樹海ぐらい入っても大丈夫か」

 

 軽装なカカロットさんを一人疲れた顔で見上げるはやて。

 浮いている。 どうやったってサバイバルに行く人間じゃない。 あまりにもこの場にそぐわない恰好は、流石に周囲の人間から反感を買うこととなる。

 

「あのヒト、いったいなんなの」

「すこし実力があるからって……」

「巫山戯すぎ」

「どうかしてるんじゃない?」

 

 もう、この時点で嫌な予感しかしない。

そしてその予想はとても正しい。 

 

 ひとりピクニック気分の訓練集団25人は、いま、訓練場の一つである樹海に足を踏み入れることになる。

 

 だが、彼等はすぐに思い知ることになる。 いったいどちらがこの訓練を舐めてかかっていたかと言うことを。

 

 

 

「ひとり川に落ちたぞ!!」

「なんだと!」

 

 足場が悪く、一瞬の油断で下流に消えていった隊員が一人。

 すぐさま教官が転移魔法で救出すれば、隊員の一人に担がせて道を進んでいく。

 

「人数が足りない! 遭難者が――」

「馬鹿な!?」

 

 慣れない道と、薄暗い視界で二人ほど集団から離れてしまった迂闊者がでる。 

 

 八神はやてがその中に入る事はなかったものの、自分より年上の、ソレも経験者達が困難な任務なのだという事実は、知らずのウチ彼女を追い詰めていく。

 すこしずつ、堅くなっていく肩。 息が乱れていくと、同時、背中に衝撃が入る。

 

「見ろはやて、あの気になってる実な、とっても不味いんだ」

「……あの、いまそれどころじゃ」

「それにあの茂み、ありゃ危ないから近寄っちゃダメだぞ。 たぶん、沼地になってるからな」

「え?」

 

 大きな手で叩いてきた悟空が、気負うことなく注意点を説明していく。

 だがそのどれもが、常人から見れば別段代わり映えしない木々。 隊員の中には彼の言葉を信じず、首をかしげる者が居るばかりだ。

 

 だが、それがいい。

 

「…………カカロット隊員」

「どうした?」

「キミ、随分と詳しいな。 どこでそれほどの知識を?」

『え?』

「昔、足だけで世界中を回ったことがあってさ。 14、5の頃だったか、修行もかねていろんなとこに行ったもんだ」

「それは本当かい? 足だけって――」

「あ、居なくなった奴見つけたぞ。 あっちの方にいるみたいだ、オレ見てくるよ」

『えッ!!?』

 

 悟空が徐に歩き出すと、皆が怪訝そうな目で彼の背中を追いかける。 5秒後、そこには元気にむせび泣く女性隊員の姿が……

 

「ホントに見つけてきた」

「探知の魔法にしては精度がおかしいような」

「…………あのひと」

 

 担ぎ上げていた女性隊員を無造作に地面に下ろすと、彼ははやての横に戻っていく。 小さくサムズアップした彼に、はやてはついつい、破顔した。

 

「もう、相変わらず無茶苦茶なんやから」

「けど、みんな無事にすんだろ?」

「うん」

『…………ぁ』

 

 その姿がどう映ったのか。 少し前まで伺うようだった皆の視線が止み、逆にはやての周りに集まっていく。

 

「ごめんな、八神」

「先輩なのにかっこわるいとこばかり見せたな」

「よし、今日はここをキャンプ地にしよう」

「カレーだ! カレーライスの準備を」

「メシの準備か!? うっし、オラも張り切っちゃうぞ!」

「カカロットさんってたまに変な訛りが出るよね」

「本人気にしてるみたいだからよしとけって」

 

 既に夕刻、皆が寝泊まりの為に設備を建てていく中、悟空は少しだけ準備運動。 またも怪訝な視線を浴びながら背伸びを終えると遠くの風景に的を絞る。

 

「なぁ、いくら何でもおめえ達、それだけじゃ足りねえだろ?」

「あぁ、そりゃそうだけですけど、後は現地調達で」

「そんじゃ、オレからもなんか出すかな」

「え? でもカカロットさんは装備をもって来てないですよね」

「それこそ現地調達さ」

『???』

 

 言うなり姿が見えなくなる悟空。 一瞬だ、瞬きしたら蜃気楼のように消えた彼に、皆が少しずつ騒ぎ出す。 ざわり、ざわり……空気が乱れれば、八神はやて達の身体に衝撃波がぶち当たる。

 

 ……遠くで、男の気合一声。

 

 ソレが悟空のものだと誰が思うものか。 だって叫び声で大地が揺れるわけがないのだから。

 

 皆が揺れる大地に尻餅をついた頃、あり得ない存在が彼等を見下ろした。

 

「グォォォォ…………」

「げ、げげげげ原生生物だ!!」

「デカい! 8メートル以上はあるぞ!!」

「教官殿! ど、どどどどどうしましょう!!」

「いや、アレは流石に……」

 

 一気にパニックになる現場に、上官も対処に遅れる。

 凶暴な奴でなければこのままやり過ごしたいところだが……数瞬の思案は、sかし実ることなく事態は静止する。 ……恐竜が、倒れ伏したのだ。

 

「おーい、メシ持ってきたぞー!」

「……はぁ?」

「おい、足下にいるの“あのひと”だぞ」

「ウソだろ……」

「ナニカの間違いだ」

「ママー!」

「もうおうちかえるぅー!!」

 

 のっそりとやってきた混沌(ハチャメチャ)に、隊員達が押しつぶされていく。

 

「お前達、おい! 何ベソってるんだ、いいおとながよ!」

「キョウカンどのー! こんなんで足りそうか?」

「十分、もういいからそれ以上騒ぎを起こさんでくれ」

「え?」

「自覚無しかあんた……!」

 

 悟空が背負った恐竜を放り投げると大地が揺れる。 あぁ、そんな乱暴に扱うとまたひよっこどもが騒ぎ出す。 これまたズレた教官の言葉にはやてが苦笑いすると、悟空はたき火を起こす。

 

「――――キッ!!」

「気合砲で火起こしてもうた」

「おい、八神隊員、今彼がなにをやったかわかるか? 彼は炎の属性でも持ち合わせているのかい?」

「…………そういうのはないと思うんですけど」

「なんだって?」

 

 強いて言うならば無属性と言うべきだろうか。

 あまりにも理不尽な力を持つのだから、あえて言うべきでは無いのだろう。 はやてが気遣ったように苦笑いすると、教官もつられるように口の端がひくつく。

 

 恐竜のキャンプファイヤーが完成だ。 悟空世界では稀によくある光景でも、魔法世界では皆無に等しいソレは、管理局員の心の平穏と常識をじっくりと焼き尽くしていく事になる。

 

「……ぁ、恐竜の肉、以外と……」

「鶏肉っぽいなあ」

「カレーに使ったスパイスとよく合う……うん……」

「やみつきになっちゃうなぁ」

「……後戻りできなくなっちゃうんじゃないだろうか」

 

 八神はやてが呟く一言。 まさかこれが大予言になるとは本人も思いもしないだろう。

 だが現実は残酷だ、局員達が地獄のキャンプの乗り越えた暁には…………

 

 

 今度こそ、少女に災いが降りかかるのだ。

 

 

 

 

 

 身体は無事に、帰ってくることが出来た局員達。

 しかし彼等を迎え入れた別の局員達は後に語る。 彼等のナニカが激変した……と。

 

 顔つきだとか雰囲気だとかではない、その、何でも無いと語る彼等の表情には、常人には在るはずの、大切なナニカが欠落していたのだと。

 

 とにもかくにも結束力だけはどこの所属よりも固まったこの部隊、カカロットさんの特製をイヤでも把握した彼等は、ようやく彼にどう接していけば良いかを学んだのだ。

 

「おーい、誰かオレとモギセンしてくれよ?」

『…………』

「なぁ、聞いてんのかー?」

『八神さん』

「あ、その、この間の傷がまだ…………」

「んじゃ、一緒に修行すっか、はやて」

「え?! 今の流れでそうするん? まだこの間の戦闘で――」

 

 八神はやてなら、彼を乗りこなせるだろう。 満場一致で彼を若干15才の少女に押しつけるのだ。

 

 デスクワークが出来ない、究極の現場主義者の大型新人が3ヶ月前に入社を決めた管理局、そのとある一室。 当初こそ目立つ容姿から距離を置かれはしていたものの、その中身を把握してからというものの、やはり、別の意味で距離を置かれはじめていた。

 

「今日は超サイヤ人2で全力戦闘だ、とにかく逃げ回ってみろ。 ちなみに5年前のフェイトは12秒が最高記録だぞ」

「機動力特化のフェイトちゃんでそれやと、わたし3秒も耐えられない気が――あ、ちょっとご……カカロットさん、持ち上げないで! だれかたすけてー!!」

 

 いまのやりとりを見守りつつ、カカロットさん入社当初の“惨劇”を目の当たりにした当事者達は、こと、彼からの誘いを極度に畏れていた。 そして、いつの間にかそんな彼の相手を自分たちよりも年下の、いたいけな少女に放り投げる様相を呈していた。

 

「なぁ、あの二人ってどういう関係?」

「さぁ、同じ強者同士でシンパシーがあるんだろ?」

「いやいやいや、今のやりとりみてそう言えるのかよ? あんた鬼だな」

「…………というか、あの麒麟児を相手に遊び感覚で模擬戦に連れて行くとか……何者よ」

「サバイバル訓練とか、実践では心強いけどアレさえなければなぁ」

 

 カカロットという台風の目が過ぎ去っていく。

 同僚数人に心配されつつも、犠牲にされた八神はやての怨嗟の声が響くと、遠くで戦闘音が発声する。 今日もドッカンドッカン模擬戦場を抉り飛ばしていく風景は、もはやこの支所の風物詩になりつつある。

 

「うぉぉぉおおおおおお!! 夜天の書のパワーを全開だァーーーー!!」

「いいぞ、おめぇの場合ちょこまか動くよりもそうやって敵を近づけないくらいに攻撃を繰り出した方がいい」

「なんでこれで近付いてくるんや!? 確かに隙間なく撃ち続けてるのに!!」

「え? なにいってんだ、どう見ても隙だらけだろ」

「理不尽!!!!」

 

 常人が見ただけで卒倒し、攻略不可と思われる怒濤の嵐を前に、まるで涼風の如くやり過ごしズカズカと接近していく悟空。 その光景を同僚の皆が見上げつつも、既に慣れてしまったのだろう、何事もなく業務に戻っていく。

 

「ふふふ……今日も、なにもなし」

「いやぁ、新人が入ってからデスクワークが捗るわぁ」

「ぐひひ、ヘイワ、ヘイワ」

 

 まぁ、何人かハイライトが消えた瞳で、暗いモニターとにらめっこしていたりするのだが。

 

「…………管理外世界にはアレクラスがぽこじゃか居るのだろうか」

「八神さんと同期の子が、アレクラスって噂があるんだけど」

「確か同じ地球出身だっけか? 地球ってたしか管理外世界で、魔導師もほぼゼロなんだろ?」

「わからないもんだね、次元世界って」

『…………あぁ、うん』

 

 わかりたくもなかったが。 もう、慣れてしまった。

 全宇宙の神秘、その片鱗を目の前で展開されていく管理局の下っ端達は、徐々にだがその心を鋼のように鍛えあげられていくのだった。

 

「いまのは……いまのは痛かったでぇぇーーー!!」

「あの子大丈夫かしら」

「命の危機に何かが乗り移ったかのようになってる」

「あ、動きが止まった! もう終わるのか!!」

「今日は速かったな」

「普段より短いか?」

「なんだおまえら、あの子がこれ以上苦しむ姿が見たいのか?」

「いや、そんなこと……」

「でもなんだか、もう少し見てみた気もする」

「これ以上施設を揺らされて堪るか、早く終わってくれ」

 

 がやがや、と。 皆が自分勝手な感想を述べていく中、カカロットさんが深呼吸。 終わりの言葉か? まるで校長先生の挨拶終わりを待つガクセイのような心持ちでいる彼等は、聞く。

 

 

「よーし、準備運動は終わりだ。 ……ここから超サイヤ人2で行くぞ!!」

『…………ちょっとなに言ってるかわからないですね』

 

 自分勝手な皆の心がいま、一つになった。

 

「…………ちょ、うそやん」

「いくぞはやて!!」

 

 ぶわっ……と、カカロットさんの身体が金色のフレアが舞う。 瞬間、雷電が迸り、咆哮で施設に激震を走らせる。

 

「おいおいおい!! 次元震観測用の機器が動き出したんだが!?」

「馬鹿言ってるんじゃねぇよ……そんなわけ……あるはずないだろ……」

「この世の終わりだ……」

「逃げるんだ……かてるはずないよ……」

「あわわわわ、ごくう、やりすぎや!!」

「だあああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 驚天動地の大盤振る舞い。

 カカロットさんが気合を込めると大地が揺れる。 

 

「うおりゃああああ!!」

「――――ッ!?」

 

 皆が意識を手放したその瞬間、永遠とも思われる3秒間が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――はっ!?」

「起きたか?」

「ここ、は……あれ? わたし」

 

 先ほどの激闘を乗り越えたはずの彼女が、次に観たモノは病院の天井……ではなく、休憩所の天井であった。 すかさず起き上がり、時計を確認すると胸をなで下ろす。

 

「30分くらい……眠ってたんやね」

「へへ、はやての成長ぶりが楽しくて、ついやり過ぎちまった」

「もう、その悪のりは当分遠慮してもらいたいんよ」

「え……?」

「…………はぁ」

 

 頭を抱えると休憩所のドアが開く。 入ってきた男性局員は、やけに息を切らせながら八神はやてに告げる。

 

「大変だよ八神!」

「ど、どうなさったんですか?」

「見たこともないお偉いさんがお前をご指名だ!!」

「…………大変や、心当たりが多すぎる」

 

 顔面蒼白となった少女は、おなかを抑えながらうずくまる。 

 その様子に同情を禁じ得ない同僚と、疑問符が咲き乱れているカカロットさんは、とりあえず彼女を応接室にまで連れて行くのであった。

 

「八神、おまえがなにやったってんだよな?」

「……いろんな事、やったよね」

「う゛……確かにここ数ヶ月、この支所で様々な事やらかしたよな」

「――――主にカカロットさんが、やけどね」

「え? なんでそこでオレが出てくるんだ」

「………………八神、この人ホンキか?」

「うん、来期のボーナスをかけてもいいよ」

「うわぁ……」

 

 最初の冷徹な印象も、ここ数ヶ月で天然ぼけで寡黙な戦闘凶という認識が出来た隊員に全力同意。 担ぎ上げながられながら、徐々に顔色が良くなっていくはやてだが、すぐそこにある胃痛の原因に冷や汗が止まらない。 だからだろう、致命的な行動に自覚がなかったのだ。

 

「よし、ドアを開けるぞ八神」

「お願いします…………八神隊員、到着しました――」

「あ、お久しぶりはやてさん。 私預かりになって、かれこれ1年ぶりかし…………ら゛!?」

「よお、リンディじゃねえか、久しぶりだな」

「…………ねぇ、何で貴方ウチの制服を着てるの?」

「なんでって、シュウショクしたからだ」

「ごめんなさい、言ってる意味がわからないの。 というよりその姿…………まさかっ!?」

 

 リンディ・ハラオウンが現れた。

 彼女はカカロットさんの姿を見た途端に青筋を立てる。 いや、別に悟空が気にくわないだとか、この展開に強力な理不尽を覚えたわけではない。 中空を指でなぞると、彼女は緊急連絡先にコールボタンを連打した。

 

【はいはい、そんな呼び鈴鳴らさないで頂戴】

【プレシアさん! これは一体どういうことですか!!】

【はて?】

【こっ!? この人……! なんでわたし何かしたかしら? みたいな声が出せるのかしら……!!】

【というか、そ……カカロットくん、数ヶ月しか隠せないとは情けない】

【数ヶ月!? ……まさか後期採用試験での唯一の合格者って】

【~~♪】

【………………ウソでしょ】

 

 もう、魔女の声も聞きたくないのだろう、即座に念話を切ると、そのまま問題児を見る。

 どう見て超サイヤ人・孫悟空。 それをある意味で本名な偽名と偽り、事もあろうか自身の下ではたらく事になるであろう八神はやての隣に来るよう、就職試験をさせたのだ。

 明らかに狙っている。

 絶対に押しつける気だ。

 そうで無くてもこのまま彼女が悟空に振り回されるならば、いつか絶対に問題が爆発する。

 

 以上の事を踏まえて、彼女はついに状況を把握した。

 

「はやてさん」

「は、はい……!」

「付き合うわ……地獄の果てまでも」

「ありがとう……ございます……ぅぅ」

 

 本当に安堵したのだろう、直立不動でボロ泣きし始めたはやての肩を、そっと抱きしめてあげるリンディであった。

 

「なぁ、あいつらどうしたんだ?」

「いや……あんたちょっと自覚持たなきゃダメだよ」

「?」

「……俺も、いつまで新人気分じゃ居られないなぁ。 二年目だし、頑張るか」

 

 超絶怒濤の大型新人を前に、自覚と決意を強制させられる局員であった。

 

 

 

 

 

 

「それではやてさん、大丈夫?」

「え、えぇ……ご、カカロットさん、今のところ大きな問題は起こしてないので」

「そうじゃなくて、貴方の身体のほうよ」

「…………この間、胃潰瘍で緊急搬送されました。 久しぶりに病院のベッドで眠りましたよ」

「そう……そう……っ」

 

 元々が病院生活を送っていた彼女の台詞に、涙を禁じ得ないリンディ。 彼女はそっと頭をなでると、悟空に鋭い視線をぶつける。

 

「ちょっとご――こほん、カカロット君、あなたなにやらかしたの!?」

「え? オレなんもしてねえけどな」

「ほんと?」

「いつも通りだったぞ」

「それってつまりいつもハチャメチャだったって事?」

「この提督さん、わかってるなぁ」

「……そこのキミ」

「は、はい!?」

「最近なにか変わったことはあった?」

「えっと……」

 

 悟空からの聴取をあきらめると、第三者に切り替えるリンディの判断力は流石の一言。

 器物破損? 施設の食料を全部平らげた? いったい、なにをやらかしたのだ。

 

「えっと、デスクワークが壊滅的にダメで、それを八神が一人で引き受けてたから皆で仕事を廻して……」

「……はぁ、やっぱり」

「あと、一時期食堂が閉鎖になりましたね」

「でしょうね」

「それと」

「まだあるの?」

「前に訓練中に遭難した新入りを、誰も見つけられなかったのにいつの間にか背負ってやってきたり」

「……」

「俺も、苦手なサバイバル訓練のときに凄い助けてもらいましたね」

 

 やけに、喰って良い物悪い物の判別がうまいんですよ。 彼がそういうと、悟空は後頭部を掻きながら上を向き、呟く……そう言えばそんなこともあったな、と。 この男の問題行動は今に始まったことでは無いものの、それと同じくらいに誰かのためになる事もする。 だから、徹底的に責められないリンディは、いよいよ、うなだれる。

 

「そういえば」

「まだあるの?」

「あ、いえ。 カカロットさんとは別件なんですけど、今朝、ウチの次元振測定機器が大きく反応したんですよ」

「――――ちょっとッ!!?」

「あ、いやオレはなにもしてねえって」

「ダウト! どうやっても――」

「あの、次元振とカカロットさんがどうしたのですか?」

「…………なんでも、ありません」

 

 頭を抱えながら椅子に座り直すリンディは、今度こそはやてに同情し、決意する。 あぁ、この子にこれ以上の負担を強いるわけにはいかない、と。

 

「確かに、この部隊にとってプラスになる行動はあるようね」

「だろ? オレも結構がんばってるんだぜ?」

「だ、け、ど!」

「ん?」

「それ以上に問題行為が多すぎる!! どうせ今朝もはやてさんにムリヤリ迫ったのでしょう?」

「え? カカロットさんが八神に!?」

「……まぁ、無理言って修行しようぜって言ったかもな」

「あぁ、そっち」

 

 今朝のやりとりは既にここの名物になって居て、なかばあきらめていた問題だ。 そこにこうもメスを入れられる人物が現れたことは、皆にとって救いでもある。 特に、胃液の分泌が活発すぎるはやてにとっては救いの神に等しい。

 しばらく悟空とリンディの口論(一方的)が行われると、何個か約束事を取り付けられたようだ。 渋々頭を下げたように見えたのは隊員だけ秘密である。

 

 その約束事がなんなのか、それは意図的にリンディが音を消してしまったために、隊員にはわからなかった。

 

 

「……それじゃあカカロット君、皆に迷惑をかけないようにね?」

「あぁ、気をつける」

「…………頑張ってね、そのティアナってこのためにもね」

「おう! やれるだけやってみるさ」

 

 リンディが、管理局本部に帰っていく。

 悟空のブレーキが居なくなる事に対する不安で皆が意気消沈するが、なんとなく、彼女と会話した後の青年(?)の姿が、雰囲気が、変わったように見えて、不思議と気は軽い。

 

「……ご、カカロットさん」

「どうした? はやて」

「リンディさんに、なにを言われたん?」

「…………へへ、がんばれって言われた」

「へ? それだけ?」

「あとは秘密だ」

「……いいもん、後でリンディさんに聞くから」

「ああいいぞ? きっと教えてくれねえし」

「え?」

 

 超サイヤ人の鋭い眼差しが柔くなる。 その姿に隊員達が少しだけざわつくが、彼の真の姿を知るはやてにとっては、特に騒ぐことではない仕草であって。

 

「はやて」

「ど、どうしたん?」

「いままで、悪かったな」

「え、え?」

「……オラもう少し頑張ってみっからさ、これからも頼むぞ」

「…………しょうがないなぁ、ええよ、一緒にがんばろ?」

「おう!」

 

 拳を差し出した悟空に、そっと合わせると、ニシシと笑い合う。

 

 リンディがなにを言ったのか。 どうやってこの男をここまでやる気にさせたのか、はやてにはまだわからない。 だけど、きっとここからだと、期待を胸に抱くのには、十分すぎる出来事ではあった。

 

 

 

リンディが来て、1週間が過ぎた。

 あれからと言うものの、悟空からのお誘いはなくなり、はやての朝の時間は随分と穏やかなものとなったのだ。

 悟空に担がれない。

 残像拳を見切る作業にも入らない。

 気合砲を弾く絶技も必要ない。

 

 とにかく、心安らかな時間が圧倒的に増えたのだ。

 

「うれしいけど、ほんと、ごくうはリンディさんに何言われたんやろ?」

「おーい、八神―!」

「あ、おはようございます」

「おはよう、今日も静かでよかったな」

「あ、はい、おかげさまで」

「やったのは提督さんだけどね」

「あはは」

 

 極普通の会話に、ありきたりな会話。 これだ、この風景こそ少女が欲してやまなかった平穏な職場風景なのだ。 いままでの台風が在中している戦場はついに消えたのだ! ほろり、少女の目尻に輝くナニカがこぼれる。

 

「お、はやて!」

「ご――カカロットさん、おはよう」

「へへっ、今日も早いな。 んじゃ、オラ用事あるから、じゃな」

「あ、うん」

「ん? “オラ”……?」

 

 首をかしげる局員を放っておき、悟空はせっせと施設を駆けだしていく。 どこに行くのかと視線で追うものの、彼の行方を把握するなど誰にも出来はしなかった。

 

 始業のベルが鳴り、今日も管理局の一日が始まる。

 そう、始業のベルで一日が始まったのだ。 八神はやての悲鳴でも、孫悟空の放つオーラ音でもなく、メンチ切ったときに起る不自然な爆発でもない。 普通の、朝が来たのだ。

 

 朝礼。

 朝会議。

 業務報告と指示だし。

 

 それらがなんら滞りなく行われる。 まるで悟空が入社する前に戻ったみたい。

 

「…………あれ?」

 

 そう、悟空が居なくなって、世界はようやく正常に回り出す。

 

 それが、不意にはやての胸を締め付けてしまう。

 

「…………うそ、やよね」

 

 悟空は朝、用事があるから出ると言った。 だがそれがなにかも教えてくれなかった。 リンディだってそうだ。 あのとき、悟空になにを言った? 自分に教えてくれないと言うことは、まさか言えない事を二人で相談したのではないか?

 

 八神はやての負担になるから、もう、ここから――――

 

 そんな言葉が彼女の脳内に響くと、足下の感覚が消え失せる。

 景色が揺れ、顔から血の気が引く。 あのときの笑顔も、自身に心配をかけまいとしたフェイクだったのでは…………? 彼は、見た目も言動もああだが、一応自身の倍以上は生きた、一人の父親である。 子を育み、家庭をもったオトナである。 ソレが子供に気を遣ったのではないか?

 自分のタメに、彼の小さな願いを踏みにじったのではないか?

 

 少女は、ソレがひどく悲しくて……許せなくて……

 

「どうして――――」

「――――…………いやぁ、危なかった。 危うく遅刻するとこだったぞ」

「…………ほえ?」

「よぉはやて。 悪かったな遅くなって。 ちぃとリンディとこで準備してたんだ」

「え、え?」

 

 ――――まぁ、全部気のせいだったんですけど。

 悟空がこっそりとはやての後ろに瞬間移動で現れたのだ。 運良く誰にも観られていなかったモノの、現状、下士官の彼がそんな高等技術が使えるところを見られれば……今更過ぎるか、はやては思考を切り上げると、本題に移る。

 

「準備ってなんやの?」

「あぁ、なんでもここにいる連中でなんかするから手伝ってくれって」

「なんかって、なんやの?」

「カンポー、ケッカイ?」

「…………歓送迎会?」

「そうそう、そんなやつ」

「そっか、もうそんな季節なんやな」

 

 なんだ、粋な計らいをしていただけだったのか。

 なで下ろした胸、そんな自身の行為に気がつくと、はやてはそっと悟空を見上げる。 いつも通りだけど、本来の彼とは違う姿。 その、いつもの姿がとても落ち着いて、心になんとも言えない鼓動が響いていく。

 

「あーぁ、結局いつも振り回されちゃうんやから」

「なにがだ?」

「んーん、なんでもないんよ」

「そっか」

「うん」

 

 晴天のような笑顔を向けると、彼女は小走りで駆け出す。 いつも通り、自身がやるべき事へ向かい、少女だけが出来る戦いを、続けていく。 その背中を見守る戦士は、一人、あのとき言われた言葉を口にするのであった。

 

「…………オラには出来ない、闘い方、かぁ」

 

 そのための修行を、彼女はいま行っている。 その邪魔を、師匠の自分がしてやるわけには行かないだろう。

 にっこりと笑った悟空は、両腕を持ち上げて背伸び。 そよ風に吹かれつつも、ゆっくりと彼女の背を追いかけるのであった。

 

 

 

 




悟空「オッス! オラ悟空」

はやて「なんやろう、なのはちゃん達との修行期間の差を無理クリ縮めさせられている感覚。 わたしどうなってまうん?」

悟空「でぇじょうぶだ、いざとなったら仙豆がある」

はやて「つまり、死にかける前提ということなん?」

悟空「おーい、みんなー! ゴハンだぞー!」

はやて「ちょぉ、人のはなしに答えてよ! 何か言って! ごくう!!」

悟空「でぇ丈夫だ、いざとなったらドラゴンボールがある」

はやて「そのレベルのいざは洒落になってないんよ!?」

リンディ「次回、魔法少女リリカルなのは~遙かなる悟空伝説~ 第87話」

ジェイル「目覚めろ、その欲望!!」

悟空「へぇ、次の仕事はゴエイニンムかぁ、またキャンプか?」

はやて「ちょっとまって、護衛対象って……」

ジェイル「…………」

はやて「いや、だからあんたなにものなんや!!」

ジェイル「…………ボクにも、わかりません……では」


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第87話 目覚めよ、その欲望

 

 

 

 凍える風が通り過ぎ、暖かな木漏れ日が大地を照らし出す、命溢れる季節。

 

 白い部屋で床につく男が、そんな生命力の塊である日差しを浴びれば、当然やることは一つである。

 

 

 

「―――――ぶえっくしょんッ!! ジュルジュルゥゥゥ」

 

 

 

 ……彼は花粉症であった、それもアレルギー性鼻炎との複合しているアレである。

 だがまぁ、そんなことはこの男にとっては些細なモノ。 そう、あの地獄に比べればこの世すべての病など、どうって事は無いのだ。 今思い出しても身震いする、地獄の中の地獄、地獄の3丁目、地獄最先端。 ムゲン螺旋地獄がいまだ身体に染みこんでいる男は、しかし、ソレも最近はなんとか乗り越えつつある。

 そうこの、起床間もなくやってくる幸福の時間帯――

 

「さぁて、もうすぐ7時30分。 今日も待ちに待った病院食の時間だ」

「はーい、元気に起きてますねー」

「お、きたきた!」

「トレーは机においといてくださいねー」

「あぁ、いつもの通りだね」

 

 なるべく塩分を抑えた味噌汁に、浅い浸かり具合の漬け物、すこし堅い米、さらに――いや、そこまでである。 質素にして素朴、その極みに達した食材だけで構成されたメニューは、戦闘民族が反乱を起こすこと請け合いである。

 それでも男はこの食事を口にする、こよなく愛した、初対面の刻など涙を流したほどである。

 

「……う~ん、今日も美味だ」

 

 そして男は今日も質素オブ質素な食生活を送っていく。 もう、あんな地獄を見るくらいだったら一生この中でもいいとホンキで口走りながら。 ……そりゃあもう、とってもいい笑顔で。

 

「ドクター!! いい加減帰ってきてください!!」

「なんだいウーノ。 私の一日で最も至高な時間を邪魔しないでもらおうか」

「こんな湿気った食事をよくもまぁ……」

「おい貴様! いまこの食事を何と言った!!?」

「……しまった、つい」

「誰の食事がハッピーセットだとぉぉぉ!!」

「ドクターの頭が大変ハッピーなのは否定しませんが……」

「そうさ! 今私は最高にハッピーさ!!」

「もうやだこの変人」

 

 盛大な笑い声とは裏腹に、ちまちまゆっくりと病院食を進めていく彼に、思わずめまいを起こすのは、彼のベッドで延々と読書にふけっていた長身の女性だ。 物静かが似合う女性なのだが、如何せんある特定の性質を持つ人物とは致命的に相性が悪い。

 

「それでドクター、いつまでここに潜伏しているつもりですか?」

「え?」

「そんな3日前に僻地に転属命令を出された高給取りみたいな顔をしないでください」

「いやだって……ここからでる? なぜだい」

「……研究はどうするのです? 最強の生命を自身の手で生み出すという悲願は」

「…………それは、だが……」

「どうしたのです?」

「外はダメだ」

「暗殺者など、我々が居る限り決して貴方には――」

「違う! 人間の作る武器などどうでも良い!! そんな物、私の生み出すモノの足下にも及ばないのだからな!」

「ならなぜ!?」

 

 ベッドに身を乗り出し、息がふれあうほどに接近するのはウーノ。

 悔しいのだ、イヤなのだ。 この奇人変人が何もなく、平坦な生を送っていき埋もれていくなど。 我慢ならないのだ、あの、欲望のままに歩んでいった背中が、病院のベッドで折れ曲がっていくのは。

 歯がみし、鋭く彼を射貫く瞳は揺れ動いているように見えた。

 

 襟を掴み、心のそこからの言葉を彼女はぶつける。

 

「――――っ!」

「…………」

 

 ここまでやってもし、彼がつまらないことを言い出すのなら、自身はきっと……

 

 

 

 

 

 

 

 同じ季節、同じ空の下。

 とある場所で修羅場が展開されているとも知らず、今日も今日とて孫悟空の仕事場は大忙しである。

 

「ぶえっくしょん!!」

「おい、大ぇ丈夫か?」

「す、すみませんカカロットさん……ぐじゅ」

「おめぇもカフンショウってやつか? みんな大変だな」

「はは……」

 

 ちょっとした体質事情か、それとも偶然なのか、鼻炎にすらかからない健康体な孫悟空さん。 はな垂れ小僧達にティッシュを持って行くと、彼等からは渇望の眼差しが突き刺さる。

 

 うらやましい。

 鍛えているから?

 あぁ、少しでもその体質を分けて欲しい。

 

 様々な怨嗟の声を背に受けながら、宛がわれた椅子に座り込んだ悟空はそのまま背もたれに寄りかかる。 ……寄りかかるだけなのだ。

 

「カカロットさん、暇なん?」

「お、はやて。 そうなんだ、特にやることなくてさ」

「はぁ……まぁ、わたしらが忙しくないのは良いことなんやけどな」

「そうか? オラもうつまんなくてさ」

「言うても事務作業は山ほど溜まってるんやけどね」

「いやぁ、暇だなぁ」

「………………にこっ」

「あ、ははは…………怒んなよはやて」

 

 役割分担と割り切っているはやてだからこそ出来る嗤い顔に、悟空が首だけ下げて謝る。 これも既に恒例となりつつある光景である。 さて、ようやく二人がそろったところでドアが開く。 そこから入ってくるのは、数ヶ月ぶりに顔を見せた苦労人、リンディ・ハラオウンである。 皆の背筋が一気に伸びる。

 

「皆さん、お疲れさ――――くちゅんっ!」

「かわいい」

「可憐だ」

「大丈夫ですかリンディさん?」

「おめぇもカフンショウか、大変だな」

「こほんっ! 私の事はいいから」

 

 皆の心が一気に緩む。 それを片手を上げて静止するリンディだが、ソレが収まるのに数分かかる様は、彼女の威厳がどれほどの高さかを知らしめる。 彼女は、そっと目尻を拭った。

 

「いい加減にしなさい!」

「そうだぞおめぇ達、コイツが来たって事はアレだ」

「え?」

「カカロットさんが……ツッコミを!?」

「おいおいおい」

「――――たぶんコイツ、おもしろい事見つけてきたんだ」

『………………へ?』

「別に私は貴方の退屈しのぎを探してきてるわけじゃないのだけど……!!」

「お、おう……すまねぇ」

 

 思わず悟空の襟首を掴み上げたリンディ提督、その、地獄のような目付きに腰が引けた悟空はシュンっと、しっぽを垂れ下げる。 皆が今の行動に感心する中、リンディが中空に指を走らせると、大きなスクリーンが組み上がっていく。

 魔法による投影だと理解した職員達は、そこに映し出される情報を順次確認していくが、その内容に皆が疑問を抱く。

 

「護衛、任務?」

「そうよ」

「え、そういうのは地元警察とかそういった組織がやるんじゃないんですか?」

「普通は、そうよ。 けれど今回は事情が違うの、護衛対象は数多くの次元世界に深く関わる人物。 その性質上、私達の方に声がかかったと言うコトなの」

「え? 次元世界に……」

「どういう意味だ?」

「……一体なんなんだろう」

「詳しく説明できないけど、まぁそうねぇ……“彼”の同類とだけ言っておけば良いかしら」

「え、オラ?」

『……あぁ!!』

「え、え? なんだよみんなしてわかった顔してさ、オラにも説明してくれよ」

 

 リンディの説明に皆が頷く。 要は、めんどくさい人間の運搬ミッションなのである。

 

 なんでも、とある凶悪犯罪者が数ヶ月前に捕まり、そのときのゴタゴタで重傷を負ったその者は、管理局直下の病院で厳重な監視のもと、入院生活を送っているらしい。 

 

「えっと、不法建設に質量兵器の売買、違法である技術の使用による管理外世界における紛争の助長……なんやこれ、経歴真っ黒やないか」

「そう、今回はこの男を――」

「なんでですか? どうしてわたしたちがこんな人を護衛しなくてはならないのですか」

「……」

 

 リンディの顔色は、悪い。

 それが決して覆ることのない、裏事情によるものだと察したはやてはとても聡い子である。 そんな彼女に心の中で感謝しつつ、毅然とした態度でリンディは指令を告げる。

 

「この人物を精神病棟から護送するのが今回の任務よ」

「護送……あの、いいですか?」

「どうかしましたか?」

「護送言うことは、目的地が在るんですよね? だったらどこに行こうって言うんですか?」

「ごめんなさい、それは今は言えないの。 ギリギリまで情報は開示できません」

「そうですか……こっちこそ余計なこと聞いてしまって、すみません」

「いいのよ」

 

 彼女達が仕事の話を進めていく。 だが、遠く離れたところでティッシュの運搬をはじめた孫悟空には、既に関係無しと相成ったようで、完全に会話の輪から外れている。 

 

「あの、カカロットさん」

「どうした?」

「いんですか? はやてちゃんと提督殿、会話どんどん進めていってますけど」

「別に良いんじゃねえかな、オラ、ああいった難しいのわかんねえし。 それにきっと今回オラ関係ねえだろ。 最近カラダ鈍ってきたからな、修行してぇ」

「…………いや、作戦参加人員にモロ書き出されてますよ?」

「え!?」

 

 思わぬ事態にしっぽが揺れる。 ソレに少しだけ好感触な局員の女性を置いといて、悟空はリンディの下へと歩いて行く。 それを、あきれた顔で迎え入れた彼女は、すぐさま営業スマイルへと切り替える。

 

 それを見てしまった瞬間に、悟空が今回の件を断る雰囲気は一気に無くなる。

 

「オラ修行に行きたいんだけど……」

「ダメです」

「でもさ、はやてやみんなが居ればたいていの事はどうにでもなるだろ?」

「その心遣いはとても嬉しいし、皆の成長は喜ばしい事ですけど、今回ばかりは貴方には責任を取ってもらいます」

「え? セキニン?!」

「……今回の護衛対象、貴方が人生を狂わせた彼なのよ」

「………………あー、ジェイルってやつかぁ」

 

 その件は、あの悟空でさえもいまだに脳裏に焼き付き、残っている。

 自身がうっかりシャマルを煽て、気合の入った献立を披露させてしまったのがすべての始まり。 そこから続く地獄の光景は、たまに叫び声が空耳する程度に、皆の脳髄へ焼き付けられていた。

 だからこそ、今回悟空を、過剰戦力とわかっていながら参加させるのだ。

 

「あれで懲りたとは思うけれど、きっと周囲の環境があのまま彼を放っては置かないでしょう。 事態は、遠からず動き出すはずよ。 だから、警戒と威嚇を込めて貴方を配置するの」

「でも、オラの事はここに居るヤツラ含めてほとんど知らねえだろ?」

「管理局は……ね」

「……ふーん、そっか」

 

 人ひとりの人生を木っ端微塵に打ち砕いてしまった責任感か、はたまた目の前の提督に頭が上がらなかったからか、悟空は後頭部を掻きながら、ようやく首を縦に振るのであった。

 

 その光景を、ゆっくり固唾を呑み込みながら見守っていた、八神はやてを置いていくように……だ。

 

 

 

 

 リンディからの指令を受け手から1週間後。

 局員の8名が、とある病院に歩を進めていくことになる。 中堅が6人と、新人2名の構成。 バックアップに6人を裂き、他護衛対象の周りに2人を置くといういささか少ないと思う陣形だが、あくまで隠密に進めていく中ではこれが限界である。

 

 …………まぁ、直営に悟空とはやてを置くという暴挙に出ているため、戦力としては過剰なのだが。

 

 

 いまだ世間に顔を知られていない超絶大型新人が護衛に付くことで、襲いかかるであろう脅威に一瞬でも隙を作らせる算段なのだが、果たしてこれは正解なのだろうか? 八神はやては首をかしげずには居られず、心の中で大きな不安を抱えることになった。

 

 

「ごくう」

「ん? どうした、はやて」

「あんな? 約束して」

「おう」

「絶対、無茶せんといて」

「わかってるさ! おめぇの邪魔はしねえし、ギリギリまで手ぇださねえからよ」

「…………うん」

 

 彼にしては随分と気が廻った発言に、ちょっとだけ呆けたはやてだが、すぐさま頬を叩いて背筋を伸ばす。 ……もう、仕事は始まっているのだ。 彼女は悟空を背に、目的の病院室に辿り着く。

 

「失礼します」

「……なんだ?」

「…………お」

 

 部屋は個室。 随分と気持ちの良さそうなベッドが一つと、備え付けの机が並んだ、真っ白い部屋。 窓はあまり大きくなく、外からの干渉を必要最小限にとどめるために黒いカーテンが敷かれている。

 病院のくせに、黒でアクセントを付けられた部屋に、病院歴の長いはやては若干の疑問。 しかしすぐに切り替えてしまえば、病室の主に意識を向ける。

 

 そこには――――

 

 

 

 

「お、おまっ! おまえ! こんどはなにをしに来たんだ人でなし!!」

「いやぁ、この間のこと、謝ろうと思ってさ」

「え、知り合いなん……?」

 

 このやりとりではやての不安ゲージははち切れんばかり振り切れる。 もうイヤだと、どこまで面倒事を招くんだと、隣にいるスーパー管理局員孫悟空に怒りすら覚えはじめる。

 

「ねぇごくう、もう帰ろ?」

「え? おめぇせっかくの仕事なんだからがんばんねぇと」

「でも、だって……」

「おや? ソンゴクウの影に隠れて気がつかなかったが、そこに居るのは今代の闇の書の主ではないか」

「え……わたしのこと、知ってるん……?」

「当然さ! ソンゴクウの周辺はすべて調査済みさ!」

「なんで……?」

「彼の事をすべて知りたいからだよ!!」

「もういやや、帰りたい……」

 

 ついでで自身の事を調査されたのだろうか。

 この時点で印象は最悪だ。 まさか護衛対象がここまで変態だとは思わなかった。 顔面は既に蒼白、手は震えはじめ声がかすれていく。

 

「ジェイル、カラダの方はもういいのか?」

「あぁ、ここの食事が完璧すぎてね、もう回復したよ」

「へぇ、そんなにうまいんか。 何回も世話になったことあるけど、病院ってのはどこもメシはあんましうまくなかったぞ」

「なに言ってるんだいソンゴクウ! そこが良いのではないか!!」

「え?」

「目立たず、主張せず、すべてが控えめな食事達。 静寂! 調和! 健康! この三つをすべて満たした食事はもう100点満点以外の評価はないだろう!!」

「…………お、おう、そうだな」

「えらいひとに絡まれたなぁ…………」

 

 自分以外の人間が元気すぎる。 もう、既に、限界が近いはやては青い顔で窓の外を眺める。

 

「どうしたはやて?」

「すこし……そっとしておいて」

「放っておきたまえソンゴクウ、人間、そういうモノも必要だと最近学んだ」

「ふーん」

 

 晴れやかな青空を見て少しでも、このやつれた心を豊かにしなければ……

 彼女は窓枠に片手を乗せて、外を眺めて深呼吸をする。

 

「うん、やっぱり青空はえぇ――――」

「…………………………きさまは夜天の主か」

「ぬ~~~~~~~~んッ!!!」

 

 黒いナニカと目が合う。 窓の外を埋め尽くす暗雲のような眼光が、八神はやての意識を刈り取らんと睨み付けてくる。 その様は阿修羅を通り越して、免許取得を強要する悟空の女房のようだ。

 

「ごくう! 窓に……窓に!!」

「お? アイツは見たことあるぞ」

「ウーノ、いい加減中に入ってきてはどうだい? 彼等は敵じゃない」

「………………ですが、味方でもありません」

「ふむ、言い得て妙だな」

「あわわわ……」

「おめぇ、あんまし妙な事すんなよ。 はやてが怯えてるぞ」

「え? わたし、なにかしましたか?」

「……ま、いっか」

「えぇ、些末事です」

「この人も思考ルーチンごくう……」

 

 また濃いのが来た。 はやての心労が音速を超えて遥か天空の彼方にまで爆上がりしているのだが、それを笑って済ます3人。 悟空もジェイルもウーノも、なんだか旧知の仲のような空気を作り出していく。

 

「おかしい、このひとってたしかごくうと敵対してたはずやろ……」

「わた……こほん、ボクが彼と? 何言ってるんだいキミは」

「そうです、むしろドクターは孫悟空に対して大変興味を持っておりまして」

「……え? いまなんて?」

「ドクターは、孫悟空に興味を持っています」

「………………そ、そうですか」

「えぇ、特に彼の肉体には随分とご執心で」

「あ、もしもしナースセンターですか? えぇ、ここに不審者が居るんですぐに来てください」

「おい貴様やめないか! また看護師さんに怒られるだろ」

「ご、ごごごくうのカラダに興味があるってただの変態やろ!? あたまおかしいやろ!!」

「サイヤ人の肉体に興味の出ない科学者が居るモノか!! それこそ君達のとこのプレシアだって同じ意見だろうさ」

「…………あぁ、そういう」

 

 どっと、疲れた。

 肩で息をし始めるはやては、かなしいかなこれからこのメンツでしばらく時間を過ぎ押さなくてはならない。 早くもギブアップ寸前の顔面蒼白少女は、そっと鳩尾をさする。

 

 その姿に口元を歪めるだけにとどめたジェイル。 ニヤついた表情にストレスが加算さえるはやてだが、仕事は仕事。 ここで私情に駆られては隣にいる後輩に超絶大型新人に示しが付かない。 彼女は、そっと中空にウィンドウを開く。

 

「ジェイル・スカリエッティ。 本日付で貴方を精神病棟からの退院、および……え? 管理局特別棟への収監とします…………!?」

「なんだと?」

「貴様たち、ソレがなにを意味するかわかっているのか? まだ、お前達はドクターを利用する気なのか!」

 

 “貴方は犯罪を犯したけれど、能力を提供するなら大目に見ますよ”という発言。

 

 はやてに言い渡された任務は、ジェイルへの実質的な奴隷宣言である。

 

 だがその言葉は予測の範疇だったのだろう、ジェイルは腕を組むとほくそ笑む。

 

「ふん、どうやら今の今まで内容を知らされて無かったようだな。 相変わらずずさんな管理体制だよ君達の職場は。」

「おそらく、リンディさんですら全部知らないはずやこんなの……知ってたらごくうに相談くらいするはずや」

「え? オラにか?」

「まぁ、彼ならば色々手段があるだろうしね。 まぁいい、従おう……だが条件がある」

「えぇで、貴方にはそれを言う権利がある」

 

 ――――甘い。

 

 ここで簡単にジェイルの意見を聞き入れる当たり、はやてはまだ潔癖症の子供に過ぎない。 清濁飲み干せる腹の黒さを知らぬ少女に、今度こそジェイルは笑う。

 ……嫌味のぬけた同情心を含めながらだが。

 

「……そうだな、食事はキチンとしたモノを用意してもらおう」

「おう、任せとけ!」

「いや、キミは返事をしないでくれるかな。 前科一犯だろ?」

「え?」

「調べたぞ! あのクソのような……いや、クソに失礼だな。 アレは田畑を潤わせる肥やしだ。 よし、あの地獄のような料理を出した悪魔の調理師!! 闇の書の作り出した守護騎士だそうじゃないか。 道理で作るモノすべてが毒々しいと思った! そしてキミは知りながらも彼女をボクに紹介したのだろう!! もう2度とあんなものはごめんだ!!」

「お、おう」

「ここの病院食を担当している職員を数名引き抜いておいてくれ。 栄養士も居ればさらにいい。 実にいい」

「え? それだけ?」

「そこが重要なのだよ、食事とは人体を構成する材料を取り込む重要な工程、否! それ自体が生命の神秘と言うべきだろうか。 良き食事は人身を安定させ精神にすら働きかけるのだ! 故に、世界最強の生命体、サイヤ人は数多の食を重ね、己が糧に変えていくのだ!!」

『あ、はぁ……』

 

 はやてどころか、ウーノすら生返事が出てくる始末。

 口が止まらないジェイルはこの際置いておくとして、三人はこの後のことを相談していく。

 

 まず、ジェイルの退院が確定したこと。

 これには満場一致(当人除く)で賛成の方向に話が進む。 いい加減、いつまでも体調両校健康男児を置いておく道理はないからだ。

 

 次に、彼のこれからなのだがこれが難しい。

 なぜなら、このまま行けば間違いなく元の生活に逆戻り。 管理局の闇に、引きずり込まれてしまうからだ。

 それは、イヤだ。

 ウーノが呟くと、はやてはついつい悟空を見てしまう。 こればかりは、どうしようもない。 管理局という大きな力のうねりには、いくら強大な魔力をもった彼女でもすぐには立ち向かえない。

 

 

 ………………だから、彼がここに派遣されたのだから。

 

 

 

「孫悟空、なにか名案が?」

「え? あぁ、ハラ……減ったなって」

「……!」ピキッ!!

「お、おいおい、そんなに睨むなよ、プレシアみてぇな奴だな」

「ごくう、今のはダメや。 わたしだって怒る」

「いやでも、腹が減ったのはホントだ。 もうすぐ昼だろ? メシにしようぜ」

『………………』

 

 今回、孫悟空はまるで使い物にならないことが証明されてしまった。

 またなにか打開策をひらめいてくれると勝手に期待していたのは彼女達だが、まさかこうもうまくいかないとは。 二人はあきらめ半分にため息をつく。

 

「もういっそ誰も居ないところに避難できれば良いのですが」

「だれも……そうだ、前の時みたいにごくうの世界に連れて行くのはどうやろ?」

「あぁ、その報告は上がっています。 確か、生と死の狭間の世界でしたか」

「うん、界王神界っていうんやけど」

「……断る」

『なぜ!?』

「あそこには緑以外なにも無いではないか、あんなところに居たら退屈で死んでしまう!」

「……こういうときだけ欲望の権化を振りかざさないでくださいよドクター」

 

 進まない話、解決しない問題。 ウーノとはやての案、そのことごとくを男達が潰していくのだからやるせない。 無駄に時間だけが消費されていく中、孫悟空がいよいよもって動き出す。

 

「ごくう、なにか思いついた?」

「あぁ、そういや弁当持ってきてたんだ」

「……べん、とー」

「おい貴様、いい加減にしろよ貴様! こっちが真剣に悩んでいれば何なのだ! どうしてそんなにマイペースなんだ!!」

「ま、まぁまぁ」

「止めるな八神はやて! ……そもそもドクターもドクターです! なぜさっさと逃げてくれないのですか」

 

 ついに、ついにウーノのストレスがメーターを振り切る。

 悟空の胸ぐらを掴み上げ、ドクターを睨み付ける彼女の腰にはやてがしがみつく。 病院で破壊衝動を全開にされてはたまった物ではない。

 ギリィ……っと、締め上げられる胃を抑えながら、問題児達の仲裁に彼女は奔走することとなる。

 

「ウーノさん、抑えて抑えて」

「ですが八神はやて、貴方も同意見のはずだ。 ここの男達は使えなさすぎる」

「いや、でもここぞと言うときには頼りに……」

「肝心なときにしか役に立たないのは、結局普段は役立たずと言うコトでしょう?」

「う゛!?」

「なんだねウーノ、まさかこちらに叛旗を翻そうというのかい?」

「なんだなんだ? 喧嘩か?」

「ジェイルさんもごくうもそう言うときだけ乗り気になったらあかん! もう、ウーノさんは座ってて。 ごくう! 先にゴハンにしててえぇからすこし大人しくして!」

「そうか? へへっ、んじゃおっさきー!」

 

 言うなり病室を出て行く悟空を見送ると、はやては盛大にため息。 音を立てて椅子の背もたれに体重をかけると、そのまま顔を手で覆ってしまう。

 

「……疲れた」

「心中察するよ、新人局員くん」

「あなたも疲れの原因なんやけどね」

「おや?」

「はぁ」

 

 ここまで、遭遇して1時間と経ってない事実は、八神はやてを大いに辟易させた。 護衛、護送の任務は始まってすら居ないという……

 

「あかん、病室を出てすらないのにこの疲労感は既に不味い」

「疲れか? そう言うときは酸味を摂るといいのだよ。 ほら、ウーノ、見舞い品のレモンが残っていただろう? アレを出してやってくれ」

「え? 丸ごと……?」

「馬鹿を言うな、当然スカッシュにしていただくのだよ」

 

 どこから取り出したのか、ジューサーと炭酸水その他をまるで研究室の実験を想起させる方法で調理していくと、キンキンに冷えたレモンスカッシュもどきが完成する。

 

「アルコールは?」

「……まだ中学生です」

「ソレがどうしたというのだい?」

「未成年は飲酒御法度ですよ」

「なにを言っているんだか。 キミは既に働き、自身で金銭を稼ぐ立派な社会人ではないか」

「そういう問題やないとおもいますけど……」

「ふむ、お堅い人物だねキミは」

 

 渡されたグラスを持つと、ひんやりとした感覚。 揺れ動く氷が涼やかな音色を流すと、それだけで心が静まるようで居て清涼。 口を付け、少しだけ含むと彼女に刺激的な酸味が襲う。

 

「~~~~ッ」

「イケルだろう? 精神的にも、肉体的にもやられたときはこれが一番だ」

「美味しい、これ、なにか特別なものでもはいってるんですか?」

「いいや、隠し味に蜂蜜を少々混ぜ込んだ以外は、ごくごく普通のスカッシュに過ぎない。 そのうまさは、単にキミの疲れが限界突破した故の錯覚だろう」

「…………そうですか」

 

 空腹が最高のスパイスと言われたかのよで、はやては少しだけ複雑である。 別に、隙でそこまで疲れているわけではないのだ。 ただ、仕事が自分を追い詰めているだけであって……

 

「あかん! うじうじしてる場合やない!!」

「あぁ、そうだろう。 キミは早く自分の仕事を終わらせたまえ」

「せやからジェイルさんがここを出てくれないことには」

「ふはは! それはできない」

「ぐぐぐっ!!」

 

 今し方、あんなに美味しいモノをいただいてしまったせいか、ここにきてはやての押しは急速に弱くなる。

 生来のお人好しがここに来て彼女の足を引っ張る中、外が少しだけ騒がしくなる。

 おや? などと、片付けを終えたウーノが窓から身を乗り出すと、そこには異世界が広がっていた。

 

 

 

 

「むごっ! んぐぐ……ぐぼぼおぼっ!!」

 

 

「なにやっているんですか、あの男」

「なんだね、あれは」

「…………いくら昼食時間いうからってアレは」

 

 ビニールシートを盛大に広げ、その上にできる限りの食事を広げた孫悟空が、たった一人の大宴会を繰り広げていた。

 

「おいおい、なんだよあれ」

「すげぇ、あんな量が人間の胃袋に収まっていく」

「バイキングを制覇するとこ初めて見たぞ」

「と言うか病院にバイキングって……」

「え、まさかアレ全部自前!?」

 

 既に騒ぎになってしまった、病院の中庭。

 無理もない、会席料理だとか、フルコースだとかが混在した料理達が、只の人間の一人に胃袋の中へ消えていくのだから。

 何のパフォーマンスかと、次々に暇人達がにおいにつられてやって来ては、凄惨たる光景に目を奪われてしまうのだ。

 

「……八神はやてくん、アレは全部キミが?」

「いえ、あんな料理作る暇、わたしにはないですよ」

「だが確か、孫悟空は弁当を持参していたのだろう? どうやって調達したのだ、あれを」

「わかりません……」

 

 彼の“トンでも”は今に始まったことではない。 それはわかる、だが、ジェイルには少しだけ引っかかりが出来た。

 

「ふむ、アレはまさか界王神が用意した物ではないだろうか」

「え? 神様が?!」

「なんとなくだが、食材の鮮度があり得ない気がする。 野菜は先ほどまで田畑にあったかのようで、魚など今朝まで泳いでいたかのように鮮度が良い」

「え……そんなことわかるんですか?」

「あの一件以来、口に入るものすべてに気を遣い続けたドクターの、新しく芽生えた才能と言えば良いでしょうか」

「あんなのはもうこりごりだからね」

「う、うちのモンがほんとすみませんでした……」

「いや、あれはあれで良い経験になったよ。 おかげで新しい世界が見えたことだし」

「はい?」

「…………キミは、閻魔大王というモノを信じるかね?」

「あかんやつやんそれッ!!」

 

 その存在をいつかの“えいがかん”で観ていたはやては、それはもう深く、深く、頭を下げていたそうな……

 乾いた笑いが部屋に響くと、それを打ち消すように豪快な足音が聞こえてくる。 満足そうにハラをさする新人局員(定年間近)が遠慮もなくドアを開けてやってきた。

 

「へへ、ただいま」

「データで知っていたが相変わらずの食欲だなサイヤ人は。 あの量、どこに行ったか是非調べたい」

「どこって、そりゃハラん中だろ」

「それは本当に確かなのかな? 開けてみるまで、本当のことはわからないのだよ孫悟空」

「おめぇ何言ってんだよ」

「是非とも切開してみたい」

「そりゃ勘弁だぞ」

 

 これには流石の悟空も苦笑い。 後頭部をさすりながら笑い飛ばす彼だが、その影でウーノが少しだけ首をかしげていた。

 

「おや……?」

「あの、どうかしたんですか?」

「いえ、すこしドクターが」

「え?」

「あんなに“ナニカに興味を持つ姿”は久しぶりだなと思いまして」

「あ、はぁ……?」

 

 その言葉に、いまだ意味を理解仕切れていないはやては困惑するばかりだ。 そりゃあ、悟空の胃袋が摩訶不思議なのは否定できないどころか全面肯定だ。 彼を知るものならば既に慣れてしまった現象に過ぎない。

 だけど、それはあのジェイルの食指を動かせるに値していて。

 

「まぁ、食ったモンの話はいいじゃねえか。 もう無くなっちまったモンだし」

「そうか、いや、たしかにそうだな」

「やはり、まだ。 ドクター……」

「ところで先ほどの食料、アレは何処で?」

「アレか?」

 

ソレがどれだけ悪い方向に向かうだなんて。

 

「ありゃ界王神様からもらったんだ」

「……ほう、あの創造神から」

「実はさ、界王神様、ちょくちょくコッチの様子見ててくれてるらしくってさ。 なんでも“しゅうしょくいわい”って奴で、ごちそうくれたんだ、いいだろ?」

「神様からの祝福がメシとは、やはりサイヤ人は奥深い」

『……そうだろうか』

 

はやてには想像も付かなかったのだ。

 

「では実際にあの神が調理を?」

「いや、これ渡してくれたんだ。 1ヶ月分なんだってさ」

「……カプセル?」

「あぁ、ホイポイカプセルって言うんだ。 一個で一日分、それが30個ある」

「ほい、ぽい……かぷせる?」

「……おや? ドクターのようすが」

「あかん、なんだか嫌な予感が」

 

 その瞬間、八神はやての全身に悪寒が走り抜ける。

 対して、頭のてっぺんから、まるで雷に打たれるかのようなショックを受けたのはジェイルだ。 彼は悟空が手にしたカプセルの一つ観ると、その目を燦然と輝かせていく。

 

「なんだその名前は!」

「え? もとはブルマが持ってた奴で……」

「カプセルからあのようなモノがどうやって? 超圧縮ではこうはなるまい、質量保存の法則はどこに旅行へ行ったと言うんだ…………」

「そんなもんアイツに聞いてくれよ」

「なんなのだこの技術、くはははッ!! まるで意味がわからんぞ!! これをつくった科学者は変態ではないのか!!?」

『たのしそうでなによりですね……』

「ジェイルの奴、急にどうしちまったんだ? さっきとは別人だぞ」

 

 変態ではないが、かなりの変わり者だと言うことを明記しておくべきだろうか。

 少なくとも、一族路頭に肌着の名称を付けていくくらいには変わった人種である。 いや、世界であると言うべきか。

 

 そんな異端児の存在など知るよしもないジェイルの好奇心はついに限界を突破した。 血走っていく眼に、今にも舌なめずり死そうな表情と相まって、その姿は完全に変態のソレである。

 

「ひぃぃ、ジェイルさんがおかしくなった!」

「よかった、もとのドクターに戻られた」

「……え?」

「どうかしましたか?」

「……………………うそやろ」

 

 ……それがまさに、ジェイルの正常な反応だと知ったときのはやての顔は、まるでナック星で元気玉が利かなかったときの悟空の顔をしていたという。

 

「…………どうして、わたしのまわりにはこんなんばっかりあつまるんや…………」

 

 そこから目の光りが消え失せた彼女は、周囲が馬鹿騒ぎをしていく中、ギュウっと、お腹を押さえるのであった。

 

 

 

 そこからの博士はもう行動力の塊であった。

 ベッドから起き上がると同時に白衣を装着。 病院服をきれいにたたむと、手に持つ少なく部屋から出て行く。 それを慌てて追いかけようとしたはやてだが、如何せん身体に力が入りづらい。 まだ胃にダメージが残っているのだろうか……? 奥歯を食い縛りながら立ち上がろうとする彼女の足が、不意に浮く。

 

「……あ」

「おめぇ顔色わりぃぞ、しばらく休んでろ」

「…………うん」

 

 少しだけ雑に、それでもゆっくりと悟空に担ぎ上げられたはやては、その身を静かに委ねる。

 

「うっし、久しぶりにアレやっか」

「え、車いすはいらないんよ。 あれ、ごくう?」

 

 頼もしくはやてを運ぶと、悟空は窓をゆっくりと開ける。 ニッコリと笑いながら、片手でメガホンをつくった彼は声だけで大空を震え上げさせた。 震度6強、病院が揺れようかという勢いで彼の声が駈け上がると、彼方より雲のマシンがやってくる。

 

「わ、わっ! 筋斗雲だ!」

「……」もくもく

「へへ、これありゃ移動も楽だろ?」

「うん、ありがと、ごくう」

「あぁ」

 

 担いだはやてが、筋斗雲に乗せられる。 背中に伝わる感触は、羽毛布団すらも顔負けの極上の感触。 そのなんとも言えない心地の良さに、彼女は思わず筋斗雲にほおずりする。 完全に虜である。

 

「相変わらず悪魔的乗り心地……あぁ~~全身がうまってくぅ、もうなにもしたくない」

「そりゃダメだぞはやて。 リンディに頼まれた仕事はやらねえと」

「せ、せやな、しっかりしないと」

「あぁ、でないとアイツ、あとでうるせぇしな」

「もう、ごくうったらそんなこと言うたらあかんよ」

「でも事実だろ?」

「まったく」

 

 こんな会話をしているが、これでも二人はまだ筋斗雲に乗れる程度には心が清いのであしからず。

 さて、孫悟空が気の探知でジェイルの後方に瞬間移動をすると、彼の後ろでウーノが腰を抜かすハプニングがあったものの、悟空がその手を引っ張りながら立ち上がらせ、ようやく合流。

 まったく、既に研究所は悟空が界王拳のかめはめ波で(なのはごと)吹き飛ばしたというのに、何処へ帰ろうというのか。 はやては彼に落ち着くようたしなめるが、ジェイルの興奮は収まりようがなかった。

 

「おい、八神はやてェ!!」

「え、え?」

「キミが乗っているそれはなんだ!? その、雲のマシンは一体何だと聞いているのだ!!」

「いや、筋斗雲といって」

「キントウンだと!! どうしてそれをいままで隠し持っていた!! そんな面白いものを何故!!」

「ちょ、落ち着いて」

「空を飛べること自体はいい、だが、その形状とまるで意思を持ったかのような挙動と、乗り手とリンクして速度比を変える判断はいったいどうやっておこなうのか。 そもそもこれはなんだ、生物か、天然の現象なのか。 いやもう概念とイッテも良いのではないか! あぁ、報告通りやはり私ではすり抜けてしまう。 後悔はしてないがもし清い心を持っていたのなら是非これに包まれてみたいモノだまったく う ら や ま し い っ ! !」

「ドクター、スッカリ元気になって」

「あいや、これはちょっとイキすぎなんやけど」

「オラもそう思う」

 

 ナチュラルに筋斗雲へおさわりを実施しているジェイルのなんと悲しそうな表情か。 彼の後ろで手をニギニギしているウーノも、表情は隠せても雰囲気が悲壮感で全開だ。 もうヴィランだった頃の面影は微塵となって消え去っている。

 

「……なんにしても、これでようやく病院を出られる」

「やっとスタートだな。 なぁはやて、この仕事終わるんか?」

「…………そうやねえ、ごくうがジェイルさんの首に手刀を当てれば2時間もかからへんのやけど」

「そりゃまずいだろ」

「せやろ?」

 

 ……何度でも言うが、彼等はまだ筋斗雲には乗れる。 乗せてもらえるはずである。

 

 

 興奮冷めやらぬジェイルを筋斗雲で釣りながら、彼等はようやく病院の敷地外に出ることに成功する。

 そのまま、悟空の瞬間移動が炸裂すれば良いのだが、管理局員になった事で、かえって行動の巾が狭くなった彼に、ソレが許されるはずがなかった。

 

「オラが連れて行きゃすぐなんだけどな」

「そうやけど、あんまりごくうが、えっと、カカロットさんが目立つのは良くないからね」

「……そうだな、おめえ達の邪魔はしちゃダメだもんな」

「じゃ、邪魔だなんて。 ただ、その……」

「よし! あの車に乗せるんだよな、任せとけってそれくらいやれるからさ」

「あ、うん」

 

 ごくうが指さしたのは、一般的なデザインをの成されたワンボックスカーである。 ただ、悟空ワールドと違い、車輪が付いており内燃機関は魔力によるモノだ。 そのある意味ではアンバランスな自動車に皆が乗り込んでいく。

 だがドクターと助手は後部座席に乗り込みながら、たった一点だけ違和感を払拭できなかった。

 

「……八神はやては地球の日本出身だったはず。 調べてみたらあそこは随分と肩ぐるしい制度を敷いて居たな、確か飲酒は20で、自動車の運転は18から……おや?」

「しかしドクター、この車、中にはわたしたち4人以外誰も居ない無人ですよ」

「…………おいおいまさか」

 

 答えが喉元まで出掛かった瞬間、乱雑に運転席の扉が開かれる。

 その仕草、その、後から出てきた言葉で、ジェイルもウーノも心身を凍り付かせるのだった。

 

「あれ、この車、引き戸なのか。 扉ぶっ壊しちまったぞ」

『ひぇっ――』

 

 ……ついでに八神はやても凍り付いたのは言うまでも無いだろう。

 

 そして、思い出す。

 孫悟空がかつて、セルゲーム開始前の戯れで、ピッコロ神と二人して運転試験場をあわやスクラップ工場に立て替えさせる惨事を引き起こさせたという事実を。

 

「やめよう――」

「前よーし! シュッパーツ!!」

『げぇッ!!?』

 

 アクセル全開!!

 

 だがギヤがバックに入っていたモノだから、彼等は身構えていた逆の方からのGに度肝を抜かれ、魂が閻魔界にこんにちは。 ほぼ生身のドクターは即座に意識を放り投げ、訓練で鍛えられているはやては、嫌でもこの世の地獄を経験させられることになる。

 そんな中、ウーノは悟空の荒ぶるハンドルさばきに、少しだけ……

 

「孫悟空、変わりましょうか……?」

「大丈夫だ、仕事だかんな」

「……そう、ですか」

 

胸を躍らせているように見えるのは、きっとはやての勘違いである。

 

「おい八神はやて! どうしてキミの関係者はこうも頭がお粗末なんだ!」

「それは言い過ぎや、すこし、その……みんな、すこし頑張りすぎなだけなんよ」

「キミは……優しすぎる」

「わたしもそう思う…………う゛ッ!!?」

「ぎッっっっ……!!?」

 

 速度が一段階跳ね上がる。

護送だ、普通ならば目立たずゆっくりと行うモノなのだが、何故カーチェイスごっこを繰り広げているのだろうか。 しかもどうにも速度制限を理解出来ていないサイヤ人は、ここで不満そうに声を漏らしてしまうのだ。

 

「この車壊れてんな、スピードがでねぇ」

「ごくう! もう十分に速いから!!」

「時速250キロで爆走して何言ってんだこの戦闘民族の末裔!!」

「孫悟空、4個先の交差点を右です」

「次? なぁ、こうさてんってなんだ?」

「あと3秒で右に曲がってください」

「だりゃあッ!!」

『ひぃぃ!!』

 

 今回はハンドルを“切らない”で済んだ事に安堵の表情を漏らしたはやて。 そんな彼女の心境を理解出来ないジェイルは思わず絶叫する。

 

「お前等全員アタマおかしいだろうぅぅぉおおおおおおおおおおおおッ!!!!!」

 

 どうして彼に運転をさせたのか。 上司が居るならさっさと出せ、責任者はどこに居る。 そんな怨嗟の声をひねり出しながら、その片割れが実は同乗していると露とも知らず、彼等の地獄のようなドライブは無情にも続行されていく。

 

 目的地までおおよそ25分。

 

 後部座席の中心で不幸を叫んだ男の明日はどっちだ。

 

 

 

 

 




悟空「おっす! オラ悟空」

ジェイル「おろろろろろおおおおおお」

ウーノ「ドクターこちらを、即効性の酔い止めです」

ジェイル「う、すまないウーノ」

はやて「こんなことになるんやったら、何が何でも悟空の瞬間移動を認知してもらうべきだった……」

悟空「ちゅうかよ? みんなにはもうオラとはやてが修行してるとこ見られてんだからいまさらだろ?」

はやて「…………」

悟空「おーい、はやてー?」

はやて「じかい……魔法少女リリカルなのは~遙かなる悟空伝説~ 第88話」

悟空「合格者ゼロ!? 悟空の新人研修!」

???「あの、これって本当に試験なんですよね……?」

悟空「あぁ、そうだぞ。 ちなみにおめぇの友達のアイツは、6才の頃には経験済みだぞ」

???「…………む」

悟空「へへっ、やる気に火が付いたな。 んじゃ、いっちょやっかぁ!」


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第88話 合格者ゼロ!? 悟空の新人研修!

 

 

 ジェイル達との楽しいドライブを終えた悟空とはやて。 その先で待って居たのは10人程度の武装局員が守る転送ポートである。 たかが人間ひとりを搬送して行くにはあまりにも物騒な人員は、だけど彼が犯してきた悪行を思えば仕方がないものであろう。

 

 だから、ジェイルは特にこの扱いに文句はない、故に今にも殺気立ちそうになったウーノを静かに抑える。

 

 その気配を誰よりも素早くキャッチした人物が居たのだが、彼は決して動こうとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

「よし、またなジェイル」

「……貴様、この状況でよくそんな軽い挨拶をはけますね」

「よすんだウーノ。 それに彼ならばどうせすぐに会えるだろう、それはキミにもわかることだろう?」

「言われてみれば、そうですね」

『???』

 

 その場に居る誰もが強がりだと思った。 武装局員達は、今の言葉を受け流すとジェイルにデバイスを突きつけ、そのまま歩を進める。

 ここで局員の誰もが心の中に引っかかりを覚える。

 だって、重犯罪者だと言われて、そうだと覚悟してここに来たというのに、それがどうだ? 目の前に居る男が持つ瞳の色はなんだ? いつも見る犯罪者達とは正反対にきれいで、まるで子供のような純粋ささえ秘めて見える。

 あの、重犯罪を起こしたマッドサイエンティストの面影など、何処にもなかったのだから。

 

「あぁ、そうだ」

「おい、ジェイル・スカリエッティ。 余計な会話をするんじゃない」

「なに? いつから管理局は別れの挨拶すらさせない無礼極まる組織に落ちたと言うんだい。 いいじゃないか、朝からのつきあいではあるが、あんな小さな隊員に愛想くらい振りまいたって」

「貴様、調子に乗るんじゃ――」

「いいだろう、だが、2分だけだぞ」

「あぁ、十分だ」

 

 片手をひらひらと振ると、ジェイルはニッコリと笑い、ゆっくりとはやての方へ向き直る。 その姿に隊員の誰もが気障な印象を持ち、眉を持ち上げる。

 

「君達との楽しい時間も、どうやらここまでのようだ」

「あ、その」

「そんな顔をするんじゃない、八神はやて。 キミはキミのやるべき事をやった、そうだろう?」

「でも」

「それに今はこんなでも私は十分罪を犯したクズだ、むしろこの程度で済んでいるのはそこに居る彼のおかげだろうな」

「え? オラか?」

「まぁ、随分と荒療治ではあったけどね」

「……へへ、わるかったな」

「あぁ、反省したまえ……くはは」

「ん」

 

 のこり、1分。 隊員が告げるとジェイルは一瞬だけ口角を上げる。 その表情が、その気配が、どことなく覚えのある悟空はここで一計を案じた。

 

【どうした? ジェイル】

【ふむ、思った通りの反応で嬉しいよ孫悟空。 そして、計算通り君の使う“会話”は少々特別らしい】

【え?】

【時間が無い、詳しいことは後だ。 ………………管理局は、やらかした】

【どういうことだ?】

【別に私はいままで腹痛で入院していただけじゃない。 あのじいさま達の悪巧みを遅らせるためにあえて阿呆を演じていたのさ】

【そうか? 結構マジに見えたけどな】

【ま、まぁ、あそこまで強烈なのは正直言って想定外だったけどね。 む、隊員がそろそろ限界か、こらえ性のない奴らめ。 いいか孫悟空、続きは私とキミが初めて会ったところでしようじゃないか。 あの、懐かしの廃墟でね】

【え、おい――】

 

 悟空が表情を変えて質問に乗り出そうとした時である。 シビレを切らした隊員がジェイルの肩を掴む。

 

「時間だ、もういいだろう」

「ふぅ、ワビサビのわからん男共だ」

「ジェイルさん!」

「あぁ、最後に八神はやて君。 さっきのレモンスカッシュ、アレには実は隠し味があってね」

「え?」

「カカロット君の行きつけのお店、そこの店長が知っている。 知りたかったら彼に聞くといい」

「あ、はぁ……?」

 

 言い終わると彼は隊員達と共に転送され、生き場所のわからない次元世界へと消えていってしまう。 ここで彼等との短い旅路は終わり。 任務は無事に完了である。

 

「それじゃ、いこうかごくう」

「……あぁ」

 

 その胸中に、言い知れない不安をかかえながら…………

 

 

 

 帰り道、悟空とはやては瞬間移動で隊舎に戻ろうとすると、そこで一瞬動きが止まる。 どうしたのと見上げたが、いつになく真剣な表情の悟空にはやては思わず息を飲む。

 

「はやて」

「……?」

 

 風が、吹く。

 その生暖かさがはやての首筋を駆け抜けると、全身から汗が噴き出す。 まるで、なにか得体の知れない力で押さえ込まれたかのようだが、これははやての緊張の糸が思い切り引っ張られているに過ぎない。 それほどの緊迫感、そこまでのシリアスを醸し出したのは、あの、いつも脳天気を醸し出す青年なのだ。

 よほどの事が起きたと、決意を固めたはやては、ついに口を開いた。

 

「………………ど、どうしたのごくう?」

「いやオラ、ハラぁ減っちまった」

「……………………………………………………はぁぁぁぁぁぁ」

 

 まぁ、全部杞憂だったんですけどね。

 

 肩から腰から、一気に力が抜けきってしまったはやては、傍らに置いてあった筋斗雲にダイブ。 圧倒的モフモフ感を堪能しながら、今し方受けたストレスを癒やしていく。

 伝説の神器がいまじゃ疲れたOLの癒やしグッズである。 これをカリン様が見た時の反応が気になるし、カリン様を見た時のはやての反応も気になるところだろう。

 

 しばらく、はやてが筋斗雲に顔を埋めていると……

 

「なぁ、はやて」

「どないしたん?」

「今日ってさ、もう管理局のとこに戻らなくていいんだろ?」

「え? あぁ、うん。 一応、定期連絡入れたらそのまま帰ってえぇみたいやね。 ……うーん、普通こういうときはすぐに帰還して報告書まとめるんやと思うけど」

「そうか、だったら今日は“オラの行きつけ”に行こうぜ」

「え? えっと、ソレってもしかして翠…………――――」

 

 はやての言葉を聞く前に孫悟空はこの世界から消える。

 

 

 

 

「……ヤツラ、何処へ消えた」

「くそっ! せっかくの手がかりが」

「まさか隊舎へ単独で帰還できるのか。 ……そんな報告受けてないぞ」

 

 そこへ慌てて駆け寄る数多くの影など、お構いもなく……だ。

 

 

「――――…………到着!」

「いつも思うんやけど、瞬間移動と言うよりも次元跳躍だよねこれ」

「何言ってんだ? きちんと一瞬で移動してるじゃねえか」

「そう言うんじゃ無くて。 まぁいいか」

「あ、それオラの」

「えへへ」

 

 はやてを肘でつつきながら、悟空は喫茶翠屋の扉を開ける。

 多忙なはやてにとっておおよそ闇の書事件以来となる来訪。 だが、鼻をくすぐる懐かしい珈琲の香りは、彼女をあの頃へと戻して行くには十分であった。 自然、口からはいつも通りの挨拶が紡がれる。

 

「おじゃましまーす」

「おや、懐かしいお客様だね」

「悟空君、おや? その恰好は……?」

「オッス! モモコ、シロウ、久しぶり」

 

 言うなり席に案内され、悟空とはやては軽食を頼むこととなる。

 その間、桃子が腕まくりして厨房から消えていく姿にはやては一抹の不安を覚えたが、あえて放っておくこととした。

 

 しばらくして。

 

 はやてにはサンドイッチとミルクを添えた珈琲が一つ。

 悟空には半ライス……の代わりにカツ丼、天丼、親子丼。 味噌汁の代わりにラーメンを鍋ごと。 縦長テーブルを埋め尽くす程の料理の数々をおかずにして、ようやく彼の“軽食”が用意される。

 

「……あの、おかしくない?」

「いっただっきまーす!!」

「勝手にはじめないでごくう」

「おボぼりー!!」

「はいはい。 でも、きちんと噛まないとだめよ悟空君」

「んぐんぐっ! がつがつがつッ!!」

「聞いてるんだか聞いてないんだか」

 

 嵐のような食事風景を余所に、なんとかサンドイッチの咀嚼をはじめたはやて。 この、恐ろしいほどの食欲が宇宙最強の原動力を生むというのなら確かに納得だろと、心のどこかで説得した。

 しばらく、悟空が翠屋の在庫と激闘を繰り広げると、ようやく彼の箸が勢いを緩める。 流石の悟空も、あんな量の食事を昼夕と続ければ疲労も見えるだろう。 まして、今日は特に目立った戦闘はしていないのだから。

 

「ふぃー」

「おなかいっぱい?」

「あぁ」

「そっか、よかっt」

「ハラ7分目だな」

「っ…………!!」

 

 絶句、である。

 あんだけの量をむさぼっておきながら、この男は晩飯の為にまだ余力を残しているのである。 

 

「さってと、よく食ったところで……」

「どうしたんだい悟空君。 ……まぁ、キミがウチに顔を出すときは大体何かあったときだよね」

「そうか? そんなこと無いと思うんだけどなぁ」

「あるんだよ、そんなことが。 ……ところで、キミの知り合いにスカッシュさんと言う人は居るかい?」

「え? そんな奴居ねえけどなぁ」

「そうなのかい? おかしいな、あの人が言う“髪の毛の色をしょっちゅう変えたがる変人”ってのはどうにもキミの事だと思ったのだけど」

「……それってまさか」

 

 八神はやてがすぐに席を立つ。 周囲の席と外を確認すると悟空に向かって念話うぃお飛ばす。 ……ここら周辺に、先ほどまで感じた気はまだあるか……と。 答えはNOと来たので、はやてはそのまま士郎に続きを促す。

 

「数週間前かな。 初めて来たお客様が居てね、その人が近いうちに変わった髪の趣味をした男が来るから、その人に“これ”を渡しておいてくれって頼まれているんだ」

「……やっぱり。 ジェイルさん、さっきのレシピの話はそう言うことやったんやね」

「なぁはやて、オラさっきから置いてけボリなんだけど、どうしたんだ?」

「ジェイルさんは気づかれないようにメッセージを残したんや。 管理局全体に知られないよう、わたし……ううん、悟空にだけでもわかるようにして」

「オラか? なんだってジェイルの奴はオラだけにそんな……いや、待てよ」

「どないしたんごくう?」

「そう言えばさっき、ジェイルと内緒話してたんだけどさ」

「それって念話? でもあそこだと盗聴されてまう、一体どうやって」

「オラが直接、心に話しかけてたかんな、それだと他の奴に聞こえないんだろ? ジェイルの奴もオラが使うのは特別って言ってたし」

「そ、そうなんだ」

 

 5年越しの事実、孫悟空が使うものは念話ではなかった――!!

 

「って、ごくうは魔導師やないし、いまさらやね。 ……それで士郎さん、渡されたモノって言うのは?」

「あぁ、実はこの箱なんだけど……これ、鍵もないしどうやっても開かないんだ」

「――――おりゃあ!!」

「良し、あいたね」

「…………あぁ、そういう感じね」

 

 士郎から受け取った箱、それを強引に開けた悟空の手の中には一枚のマイクロチップが転がっていた。 いまどきこんな情報媒体を残すなんて……はやては、怪訝そうな顔をしながら、これを確認することにした。

 

「士郎さん、すこしだけ場所を借りてもいいですか?」

「あぁ、勿論。 そうだ、奥の部屋が開いてるから、そこに飲み物でも用意しておこう」

「ありがとうございます」

 

 そういって彼等は翠屋の奥、休憩に使う一室へと入り込んでいく。 テレビと機材を借りて、マイクロチップの映像を出力できないか試行錯誤すること1時間。 なのはが昔集めていた私物でどうにか再生が可能となり、悟空とはやてはその内容をじっくりと見ることになる。

 …………ジェイルが残した忠告を、彼等はようやく耳にすることが出来るのだ。

 

「こ、これって――――」

「…………ずいぶんとエライ事になったなぁ」

 

 

 そう呟いた二人は、いよいよ遊んでいる事態ではなくなっていった………………

 

 ジェイルの残した情報を見たはやては、それを誰にも報告することはなかった。

 

 もう、管理局という組織そのものに疑念を抱いてしまったからだ。

 

 いつ、何処に聞き耳を立てられているかわからぬ状況は、迂闊な発言すら許さないからだ。

 

 しかし、その中でもやらなくてはならない事は確かにある。 それは――――

 

「もう、こうなったら腹くくるしかない」

「そうだな。 半分ちかくオラのせいでもあるしな」

「それはちがうんよ、あれは欲張りな人達がいけないんや。 そしてアレは絶対にくいとめな」

「あぁ。 アレが何なのかはまだわかんねぇけど、きっと良くない奴だってのはよくわかる」

 

 いま聞かされた警告を、重く受け止め無くてはいけないと言うコトだ。

 そうして決めた覚悟に、悟空も首を縦に振ってはやてを舞妓する。 ここから先は、はやてにとっても、そして悟空にとっても未知の戦いだ。 きっと、今まで以上に苦難に満ちた戦いになるというのは目に見えている。

 

 そう言って、彼等が機材を片付ける直前、画面に映っていた文字にはこう書かれていた。

 

 

 

 

 

 魔道生命体 人体融合強化計画  別呼称“魔人計画”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジェイルからの忠告を受け入れてから、はやてはすぐに動くことを許されなかった。

 彼を護送して、急に態度が変わると、少なからず周囲に異変として変化を気取られるからだ。 そんなことをすれば、おそらくジェイルが関わる部分に知れ渡り、彼女達がつけいる隙が無くなることは目に見えているからだ。

 

 悟空が、力業でどうにかすることは可能だ。

 だがそれは今現状をどうにかするだけでしかない。 それでは真に脅威を払うことにはならないのだ。

 

 そもそも彼が、ジェイルが進めされていた計画というのは多重にプランを重ね合わせた一種の複合実験のような物である。

 一つの実験がダメになれば、それを切り捨てて、別の実験にシフトする。 そう、例え悟空がジェイルを強引に取り戻して界王神界に縛り付けたとしてもその代わりがすぐに用意されてしまうのだ。 悟空が、認知できないような世界でこっそりと。 悟空が居る限りこの世界が破滅することはない、それは良い。 だがその方法ではその先がない。

 ソレではダメなのだ。 悟空が居なくなっても、世界が平和でなければ何ら意味は無い。

 

 だから、はやては考えたのだ。 この未曾有の危機を前に、どうすれば打ち崩せるかを。

 どうすれば、このような事態が起らずに済むか……を。

 

 

 

 

 

 そう、はやてはとりあえず”そう”考えては居たのだが……

 

 

 

 

 

 

「3回目の、春……」

 

 そう呟き、管理局の敷地を見渡す。

 あれから数年が過ぎ、ソレまでの道のりは決して楽な物ではなかった。

 

 それなりの地位ではダメなのだ。 この、五臓六腑にまで悪性が染みこんだ組織を浄化するには、それこそリンディすらも黙らせる力が必要なのだ。 そうで無くては今までと変わらない。 だがそれは、やはり一朝一夕で得られるモノでもなかった。

 

「ごくうとあの情報を見て、もう3年。 わたしは結局何が出来ただろうか」

 

 八神はやて 16才。

 既に一等陸尉という階級にまで昇っていき、中隊長レベルの“雑務”をこなす事が出来るようになって居た。

 

 だが、これじゃ足りないのだ。

 時間は有限、いまのままゆっくりと歩んでいてはいつか取り返しが付かない事が待って居る。 ソレはなんとしても防がなければならない。 その重いだけで彼女は異例とも呼べる出世を繰り返し、いまここに存在している。

 

 そして、そんな彼女の苦労を知ってか知らずかあの男はと言うと――――

 

 

 

「えっと、今日おめぇたちが戦力になるか確認するそ……ゴホン、カカロットだ、よろしく!」

『はい!!』

 

 ひよっこ共相手に、いつもの笑顔を向けていた。

 入社から三年、悟空がデスクワークをやらなくても言いと言われて2年と6ヶ月。 悟空風に言えば修行が一つ完成するくらいの帰還が流れた。 ならば、あの悟空だってそれなりに成長するはずなのだ。

 

「なんか質問ある奴は……」

「は、はい! カカロット曹長!!」

「お? うっし、そこの勢いが良い奴、どうした?」

 

 …………孫悟空は、曹長へと昇進していた。

 もともと、彼が持つ規格外の戦闘力ならば、多大な戦績を残すことも可能であろう。 だが、それをよしとしなかった悟空は、あえてはやてよりも格段に低い立場に居ることを望んだのだ。 

 

 悟空が行っているのは、かつて自身も経験した新人教育である。

 ただし、これはあの頃とは違いはやてと悟空によって大幅なアレンジが加わっている。 そのせいで彼等が受け持つ部署はかなり曰く付きのモノとして扱われているが、そんなことはお構いなしである。 ただまぁ、他と比べてコッチへの配属希望は圧倒的に少なく、今では100人中10人居れば……というあり様なのだが。

 

 

 入りたてのひよっこ達。 よちよち歩きもままならない彼等を前に、悟空はこれからの予定を、はやてから渡された台本を読み上げながら説明していく。

 

「とまぁ、今日は簡単な説明で終わりだ、明日から本格的な修行に入るからな」

『はい!…………修行?』

「覚悟しろよ? 好き好んでここまで来たんだ、おめぇ達には是非最後までやり遂げてもらいてえかんな」

 

 そのときの笑顔を、後々まで新人達は忘れることはなかっただろう。

 

 

 

 

 悟空が居る部屋から出て行った新人達は各々の部屋へ戻っていく。

 その中で二人、今日という日を夢見た新人が、手を握りながら立ち止まっていた。

 

「……ついに、ここまで来たんだ」

「さすがのティアも緊張してるんだね」

「そういうスバルこそ、さっきから膝が笑ってるんだけど」

「あ、うん。 やっぱり緊張しちゃうよ」

 

 懐かしい顔がそこにあった。

 偶然か、必然か、かつて悟空が引っかき回した運命は、ここで交差し同じ道を歩もうとしていたのだ。 

 

「でも凄い人だったよね」

「え? ……あぁ、あの曹長のこと?」

「うん、そうだよ」

「アンタ、あのヒトのこと知ってるの?」

「え? 知ってるも何もティアも言ってたじゃん」

「違うって。 あたしが言ってたのはあのヒトじゃないって。 髪の色も雰囲気も全然ちがうし」

「でも、ここの教官なんだよね?」

「……そう、なんだけど」

 

 期待していた現実との乖離。 それは少女のやる気を削ぐのには十分だったろう。 だが、ティアナは只の少女で終わるタマではない。 すっと握り拳を作ると、それを大きく掲げる。

 

「スバル」

「え?」

「明日は絶対に高成績を残すわよ。 まずは最初の一歩が肝心なんだから、気合入れていく。 いい?」

「もちろん! アタシも明日は絶対に頑張る!」

 

 おそらく、今この施設で一番気合入っているのがこの二人。 燃え上がる勢いの気合を前に、周囲の通行人が避けて通る中。彼女達の作戦会議は夜遅くまで行われることとなった。

 

 

 翌日。

 

 

「うひゃあああああ!! 遅刻遅刻ッ!!」

「どうして起こしてくれないのさティア!」

「そういうアンタだって一回目を醒してたじゃない!」

「その後もう一回寝ちゃったんだよ……そういうティアだってなんでソレ知ってるの!?」

「……あたしも、その、アレよ」

 

 遅刻の原因のなすりつけ合いをしながら彼女達は廊下を爆走。 最後のコーナーを前傾姿勢でクリアすると、入り口の扉を叩いて中に入り込む。

 

『遅れてすみませんでした!!』

「……なんだ、曹長殿じゃないのか」

「え?」

「あのヒト、まだ来てないんだ」

「…………うそーん」

 

 どうやらまだ始まっていなかったらしい。 怪訝そうに曹長を待ち続ける新人達を余所に、そっと胸をなで下ろした二人はそっと席に座る。

 

「……なんだかなぁ」

「でもよかったじゃん、おかげで新人研修一発目でやらかさないで済んだんだから」

「それは、そうだけど……」

「拍子抜け?」

「……ちょっと」

 

 怒られるのを覚悟していたティアナからしてみれば、この結果はあまりにも肩すかしが過ぎる。 そんな自分勝手な感情に揺れ動きながら、曹長を待つこと20分……

 

「流石にこれは」

「一体いつになったら来るの……?」

「おいおい、どうなってんだよ」

「まさか試験会場間違えてないよな」

「……事故?」

 

 いよいよ不安が溢れてきた新人達は、様々なリアクションを取り始めていく。

 あるモノは部屋を出たり入ったり。 またあるものは腕時計と備え付けの時計を確認したり。 段々と落ち着きがなくなっていく周囲に、ティアナも席を立ち上がろうとしたときだ、不意にスバルが声をかける。

 

「しりとりしよ?」

「……あんたねぇ」

「いいじゃん暇なんだから。 ソレかストレッチでもする?」

「ここで!? ……アンタがソレやるといつも…………あぁもう、わかったわよしりとりで良いんでしょ!」

「わーい!」

 

 あくまでもマイペース過ぎるスバルに乗せられて、机に肩肘つきながらボソボソとしりとりを開始していく。

 

「先行はアタシからだよ! しりとり」

「って、それちょっと狡くない? 料理」

「り、リウマチ」

「調理」

「りり、リクガメ」

「倫理」

「りりり、リス」

「スリ」

「………………むぅぅぅ!!」

「ご、ごめんってば! そんなにむくれるんじゃないわよ……もう、えっとす、す……」

 

 ティアナがスバルのレベルに合わせようと、簡単な単語を探していると、耳元で奇妙なノイズが走る。 一瞬過ぎて、髪が垂れたのかとかき分け、続きをしようと簡単な単語を――

 

「スパイス」

【す、すまねぇ!!】

「え? えっと……って、それは無いんじゃないの?」

【あ、あぁそれはオラも思う。 オラとしたことが今日の会場は違うとこだなんて思わなくってさ。 いやぁ、失敗失敗】

「…………え、ちょっとまって」

 

 ノイズが意味を持った言葉として、部屋中に響き渡る。

 それは聞き覚えのある声であって、でも、ソレがなんなのか今のティアナにはまだはっきりと確信が持てず、ピントの合わない眼鏡のようにイメージがぼやけてしまう。

 

「あ、この声!!」

【お、今のは昨日の元気だった奴だな。 良かった、その中じゃおめえが一番目立つかんな。 ちいとそのままそこに居てくれ】

「……?」

「というか、これってどういう現象なの?」

「これが念話という奴なのか」

「だとしたらどんな原理で」

「それより今から移動するにしてももう時間が」

 

 今更な対応に皆がなかばあきれている中、ひとりニコニコと周囲を見ているスバル。 その姿が、皆には意味を見いだせず、ただ、落ち着かない女子だなぁと、好き勝手な評価を下していく。

 真に落ち着かない存在が、もうすぐそこに居るとも知らないで。

 

「まったく、教官殿にも困ったモノですな」

「ほんとほんと。 これでよく“あの”八神陸尉の下に居られるもんだ」

「――――――…………あぁ、そこんとこはオラもホント申し訳なく思ってんだ」

「だとしてもこういうのはダメだと思いますけどね…………ってうぉあ!?」

『!!?』

 

 文句を好き放題言っていく新人達、その後ろに奴は居た。

 ようやく着慣れてきた制服をやや着崩し、頭髪は逆立ち、色彩はあの黄金色、時空管理局勤務の孫悟空がそこに居た。

 

 彼は驚愕する新人達に軽い会釈。 しかしいまだ状況が掴めずぼうっとしている彼等を見ると、手を引っ張りながら一カ所に集めていく。 なんだ? 来て早々なにをしはじめた……? 皆が警戒と疑問に包まれる中、スバルだけはその目を燦然と輝かせ、静かにティアナの手を握った。

 

「え、ちょっとスバル?」

「しっかり捕まってて、すぐ“変わる”から」

「は? アンタなにいって…………――――」

 

 ティアナがスバルに手を引っ張られると世界が暗転する。 気でも失ったのかと、一瞬の立ちくらみを覚えたそのときだ、彼等彼女達の眼前には信じられない光景が広がる。

 

「こ、れ……」

「ここ何処だよ?」

「俺達、さっきまで会場にいたよな……?」

「どうなってんの」

 

 まずは軽いジャブ。 悟空からの手厚い歓迎を一身に受けた新人達は、何でも無いように歩いていく教官に向かって、なんとも言えない視線を集めていく。

 

「遅れて申し訳ねえ。 いやぁ、みんないつまで経っても来ねえからおかしいって思ってたら、はやてに言われて初めて気がついた。 わりぃな」

『あ、はぁ』

「それじゃ少し遅れたけど、みんな、張り切っていこう!」

「はは、相変わらずだな……」

「スバル?」

「ううん、なんでもない」

 

 カカロット曹長指揮のもと、新人全員が隊列を組む。 まぁ、悟空が何も指示しなくても勝手に並んでくれたのであるが……

 そんな彼等を見て、否、“観て”悟空はすかさず視線を鋭くした。

 

「今日から一緒に修行するわけだけど、一つ、言っておきたいことがある」

「……急に雰囲気が変わった」

「だらけているように見えて、やはり歴戦の勇士って事……?」

「いったいなにが……」

「いくら辛いって言っても、もう、後戻りは出来ねえかんな」

『………………はい?』

 

 そうすると、彼は遠くを指さす。

 その方向へ振り向いた彼等は、見た。 いいや、思い知らされた。

 

「な、なんだよ、ここ……」

「ちょっと、これってどういうこと」

「うわぁ、なつかしいな」

 

 眼前には大自然がそこには広がっていた。

 あまりにも広大。 自分たちの存在がちっぽけに思えてくる大地の力強さに、人類の寿命を遥かに超越した木々の生い茂る森。 そして、孫悟空が指さすのはそれらを超えた先にある、一際目立つ山である。

 

「あそこに着くまで、おめえ達を帰すつもりはねえからな」

『……はい?』

「……やっぱり」

 

 その言葉に皆が驚愕し、スバルだけがあきれたようにアタマを抱えている。

 覚えているのだ、彼女は。 孫悟空という男が、何処までも規格外で、何よりも正直で、決して嘘をつかない男だと言うことを。

 

「ま、待てよ! こんな、何も装備がない状況でどうやって!!」

「安心しろ。 ここにはいろんなモノがある、メシも、寝床も、全部自分で用意できるぞ」

「いや、こんなサバイバル訓練聞いてないですよ!!」

「そうだそうだ!」

 

 沸き上がる苦情に、しかし悟空は何も答えない。

 その姿に皆が勢いを増そうかというときだ、もう一度悟空が口を開いた。

 

「文句言うのは構わねえけど……」

『なにを……?』

「おめえ達、さっさと行かねえと大変だぞ?」

『?!』

 

 悟空の言葉が終わるかどうかと言うときだ、新人10人の頭上に大きな影が落ちてくる。 いきなりの暗転に彼等は周囲を警戒する。 必要最低限の心構えは出来ているのだなと、悟空がひとり感心する中、新人局員達に大自然の驚異が襲いかかる。

 

 

 

 

「グルルルゥゥゥゥ…………」

『!?』

 

 

 大きな影の正体は、この世界に生息している原生生物である。 体調8メートル、2足歩行の猫背気味の体勢は、いつでもスタートを切って獲物を捕食するために辿ってきた進化の結果である。

 その姿を、ほぼ至近距離で見た局員達の心境や足るや…………

 

「こ、こここれは夢」

「…………ふぅ」

「やばい……みんな、声を……だすな」

 

 夢だの何だのと言った声に反応し、ギロリと、目が合ってしまう。

 そこでこの隊員はもう終わりだ。 獲物と定められてしまえば、空を飛べない彼等に逃げ道など在ろうはずがない。

 

 決して、逃げられない。

 

 だったら……どうすれば良い?

 

 

 

「仕方ねぇなぁ、一回だけ――」

「うおぉぉぉぉぉおおおおおおおりゃあああああああああああッッ!!」

『!!?』

「……あいつ」

 

 立ち向かうしかない。 言わんばかりの咆哮と共に放たれたのは拳打。

 黒いガントレットに包まれたそれは、周りの空気を巻き込まんとばかりの高速回転を行い、原生生物の顔面を抉る。

 

「ギャアアアアア!!?」

「よし!!」

『………………え?』

 

 着地し、拳を握り構えたのはスバルだ。 その姿に少しだけ意外そうな顔をした悟空は、ようやく思い出した。 そうだ、この中で一番のやり手はアイツなのだと。

 

 そして――

 

「スバル、あんた」

「行こう、ティア!」

「……………………あぁもう、こうなったら行ってやろうじゃない! 絶対に任務完了してやる!!」

『あの子達、マジかよ……』

 

 この集団で、一番ガッツがあるのはティアナなのだと。

 

 孫悟空の姿がぶれる。 それは、彼がこの世界から消えたという証左。 ならばもう、彼等を守るのは彼等自身しか居ない。 それを、今の騒ぎで思い知った新人達は、思い思いの道を歩き始めていった。

 

 

 あるモノは己が力を限界以上に発揮し。

 またあるモノは強き者について行き、その姿に影響を受けていく。

 この、極限状態のなかで、いままで新人と言われてきたモノ達は、一気にその顔つきを変えていくことになる。

 

 まるで甘ったれに育てられた戦士の息子が、ひとり、荒野で生きられるようになったときと同じように。

 

 

 森林を駆け抜ける二つの影。 それはなんら迷うことなく木々をすり抜け、飢えた獣を蹴散らしながら、目的の場所へと向かっていく。

 

「……スバル、アンタさっきの」

「えへへっ、なんか危ないと思ったら出来ちゃった」

「まぁ、いいけど。 でも気をつけなさいよ? アンタ、追い詰められると一気に周りが見えなくなるんだから」

「うん、気をつける」

 

 あの原生生物を倒したとき、スバルの表情はいつものソレとは違って見えたし、目の色も変わって見えてしまった。 比喩ではなく、現実としてそう見えたのだ。 それが溜まらなく不安になり、かけた言葉であったが、何事もなく帰してきたスバルの顔を見てとりあえず胸中に納める。

 

 日が傾き、これ以上の行動は危険だと判断した彼女達は、今日はここで宿を取ることにした。 二人で集めた枯れ木に、ティアナが持つ、兄のものを模したデバイスもどきで火をおこすと、そっと座り込んで明日の作戦会議へと移っていく。

 

「でもほんと、噂通りのめちゃくちゃな部隊だよね、ここ」

「そうね。 お兄ちゃんから、ここが一番“あのヒト”に近いぞって発破かけられたけど、それ以上に注意された意味がよくわかった」

「え? ティーダさんが? なんて言われたの」

「……あのヒトの鍛え方は、半端じゃないぞって」

「だね」

「…………でも、まだあのヒトには会えてないんだけどね」

「……??」

 

 スバルが首をかしげると、ティアナは片手をふって「わすれて」と煙に巻く。 だって、仕方が無いだろう。 あそこまで追い詰められた自身に、あんな風にさしのべられた手など、脳裏に焼き付いてしまい消しようがないのだから。

 だから憧れた。 ついて行くと決めた。 力になりたいと、心から思った。

 

 そのためには、まずはあの軍曹を突破しなくてはならない。 ティアナの気合は時を億事に倍増していくようだった。

 

「よし、明日も乗り切るには腹ごしらえよね……行くわよスバル!」

「あ、ちょっとティア! 勝手に行ったら危ないよ!!」

 

 野草、出来れば小型の動物を狩り、腹に詰めておきたい。

 いささかワイルドに過ぎる彼女だが、一体誰の影響か……それは、スバルにもわからない事であった。

 

 

 

 

 スタートから3日が過ぎた。

 いまだ、ゴールに辿り着いたモノはない。 それどころか、進めば進むほど今回の研修、どれほど規格外かがうかがい知れてくるというモノだ。

 

「ついに、山の麓まで来たけど……」

「ちょっと何あれ……?」

 

 悟空が指さしたのは山の麓ではなく山頂だ。 どうにか辿りつきたい二人だが、その前に立ちふさがる壁が2つある。

 

 

「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

「ちょっとアレは無理かなぁ」

「だれよあんな化け物を放し飼いにした阿呆は」

 

 体長18メートル、重量はおおよそ25トンはあろうかという怪物を前に、気合でここまで来た彼女達も流石にストップをかけられる。 それは、ほかの隊員達も例外ではない。

 

 ティアナ達以外でここに着いたのは4人。 合計6人が集い、同時にあの化け物を見上げている。 全員が集まらなかったのは残念でならないが、このとき、みなの心は確かに一つでもあったのだ。

 

 

 

 

『うーん、どうしよう』

 

 

 

 

 かなり情けない方面で、だが。

 

「一旦撤退!!」

「撤退、てったーい!」

「キシャアアアアアアアアア!!」

 

 怪物の咆哮を背にして、全速前進。 彼等は麓の森林をベースキャンプにして、腰を据えることにした。 ここに来てようやく顔を見合わせた彼等は、ここで作戦を練ることとする。

 

「あの巨獣、一体どうすれば良いの」

「……スバルさん、でしたか。 初日に見せたあの力でどうにかなりませんか?」

「え、アタシ!?」

 

 ひとり、槍を持った少年がスバルに対して質問する。 あの、中型サイズの原生生物を打ち倒した一撃。 アレは強力な武器だ、活用しない手はない。 言われて思い出したのこりのメンツもスバルの方に向き直る。 視線が集まることに、スバルは少しだけ萎縮する。

 だが、それ以上に困ったのは、あのときの現象はいわば火事場の馬鹿力のようなもの。 やろうと思って出来た代物ではないと言うコトだろう。 困り顔のスバルに、ティアナがすかさずフォローを入れる。

 

「無理ね」

「え?」

「あたしはティアナ・ランスター。 コイツの訓練校時代からの同期よ」

「あ、どうも…… ところで、無理というのは?」

「スバルの能力値はあたしとどっこい程度。 ごく稀に思い出したかのようにとんでもないパワーを出すけど、ほとんど偶然というか、運良く出せたってのがほとんどね。 出来ないのよ、自分でパワーのコントロールが」

「そ、そうなんですか……」

「ごめんね、アタシもこの力がなんなのかよくわかんなくって。 それと向き合いたくて、この管理局に入ったんだけど。 やっぱりうまくいかないよね」

「あ、その! そんな顔、しないでください……あの、ボク」

 

 自分がどれほど無配慮だったかを思い知った少年はそこで言葉を切る。 あまり、他人の事情に深入りしないと言うより、深入りするのを畏れているような、そんな態度はティアナの目から見て明らかだった。

 

 あぁ、この子はきっと……

 

 そんな言葉を呟くや否や、少年の頭を一回だけ軽くさすってやる。

 

「そんなに気にすることなんてないって」

「……え、でも」

「あぁは言ってるけど、もうそんな気にしてることじゃないんだから」

「けど」

「ほら、スバルも何か言ってやんなさいよ」

「え、アタシ? うーん、なんとか!!」

『………………いや、そうじゃねえだろ』

 

 あはは、と笑い出せばみんなが釣られていく。 それは先ほどまで落ち込んでいた少年も同様であって。 ティアナは内心胸をなで下ろすと、ひとり、手に持った銃を弄り出す。

 

「ティア、なにか思いついたの?」

「え? なによいきなり」

「ふふん、伊達に訓練校でずっと同室だったわけじゃないんだよ? ティアがそうやって道具を触り出すときは、頭の中じゃ大体作戦タイムなんだから」

「…………はぁ、あんたってやっぱりわかんないわ」

「なにが?」

「色々よ」

「うーむ……」

「まったく、いい? まずはアイツの生態だけど」

「夜には大人しくなる、そこを基本に……」

「じゃあ奇襲作戦だな」

「倒すのは難しいが……」

「じゃあ、これは撃退戦で行くしか無い………」

 

 ようやく始まる作戦会議に、先ほどまでおふざけ顔だったスバルも一気に真面目な顔つきになる。 その雰囲気の差に少年が目を見開く中、彼等の今後を決める戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 一方、その頃。

 

「…………お? あいつら、徐々にだけど一カ所に集まりつつあるな」

 

 今回、彼等をこんな場にまで拉致した犯人は、およそ100キロほど離れた荒野で野宿を開始していた。 新人全員の気を探り、その中でも一際上下の激しい存在が出れば即座に瞬間移動で駆けつける算段である。

 そんな半分放任状態な悟空の修行であるが、まぁ、彼自身も最初期の修行はこんなもんであったか。 いいや、自身で最低限の装備を持てるだけまだ有情だろうか。

 素手で畑仕事をし。

一日で10人分のアルバイトをこなし。 

秘境にまで牛乳配達をこなし。

ついでに蜂と恐竜に追われ……という苦行ではないだけ、まだマシなのかも知れない。 ……きっとマシだろう。

 

 そんな、大昔を思い出しながら彼は初日の光景を思い出しながら、こっそりと口元を緩めていた。

 

――――あいつら、強くなってるな……と。

 

何年、何十年になっても誰かが強くなっていくの見るのは楽しく、いいや、ワクワクしてくるのは変わらないらしい。 

 夜空を見上げながらそのまま火を消す悟空。 既に夕食も終えて、やることも少ない。 少しだけ目を閉じて横たわろうとしたときである。 突然彼は、その場で立ち上がる。

 

「……ん? 誰かの気が極端に上がりやがった」

 

 それも、彼等新人の集まりにしてはやけに強いレベルで、だ。

 急激な変化が起きたというのなら、それは何かしらちからを使う、つまり、戦闘に陥った可能性が高いと言うコト。 悟空は数秒考えた後、即座にその場から消えるのであった。

 

 

 

 

 悟空が瞬間移動で消える数分前。

 森林地帯でいまだスバル達と合流できない少女がさまよい歩いていた。 別に単独行動が好きなわけではない。 ただ、道が完全にわからなくなっただけで。 

 

「ど、どうしよう。 もう食料が尽きかけてる」

「きゅるるるる」

「ごめんねフリード。 わたしがもっとしっかりしてれば」

 

 話し相手は、なんと翼竜。 サイズ的には肩に乗る程度の大きさで、この間スバルが倒して恐竜に比べればどうって事は無い存在で、悟空のおやつにもならない。 彼女と翼竜の関係を簡単に言うならば、アルフとフェイトに近いのだろう。 言葉はなくとも、少女の謝罪に翼竜はそっと首を横に振る。

 

「きゅる、きゅるる!」

「え? どうしたのフリード?」

「きゅぅぅぅぅ」

 

 突然、威嚇の体勢に入るフリード。

 その姿を見るや、彼女は翼竜を抱きかかえて周囲を見渡す。 夜であかりが無く、木々で視界が悪いここでは人間の感覚などたかが知れている。 そのことをわかっての警戒は、自身が思った以上に効果を出すことになる。

 

「グルゥゥゥゥウウウウウウ」

「あ、あ……!」

「きゅっ!!」

 

 現れたのは角竜。 鋭く、巨大な3本角を前方に向け、大地にめり込む4本の足でゆっくりと少女の方へ歩いて行く、だが、そのうなり声はとても穏やかではない。

 思わず漏れた声を両手で必死になって押さえつける。 震える両足は力なく折れ、その場に尻餅をつけば目尻に涙が浮かび上がる。 あまりにも情けない、とてもではないが、戦いに身を置くには臆病に過ぎる。 それを守る翼竜も、あまりに小さく力不足だ。

 

「ガァァアアアア!!」

 

 角竜が咆える。 相手の出方を探る、などという理性的な行動ではない、あくまでも己が領地に紛れ込んだモノへの当然な行為である。

 

「!!」

「きゃあ!?」

「ぎゅっ!」

 

 角竜が走る。 同時、翼竜が少女の服を引っ張り横へ倒れ込ませる。

 その巨体をフルに使った突進は、彼女の横をなんとか通り過ぎていき、背後の林をなぎ倒し、近くの岩場を更地に変えていく。 あのような力をナマの人間が受けてしまえばミンチよりも細かく粉砕されること請け合いだ。

 その突撃が踵を返すようにこちらへ向かってくる。

 

「きゃ!?」

「ギュゥゥ!!」

 

 またも救われる。

 しかし今度は只では済まなかった。 少女をかばうように、今度は突き飛ばしたのが良くなかったのだろう。 左半身へ角が当たり、翼竜……フリードはついに地面へ転がっていく。

 

 その光景が自身にすげ変わったのか、それともなにもできない事への恐怖心か、奥歯をガチガチとならし、翼竜を強く抱きしめる。

 

「きゅ、ぅぅ」

「ごめんね……ごめんね……フリード……!」

「――――――!!」

 

 咆える。 次は当てるぞと言わんばかりの声量に、その、生物的な刺激をモロに受けてしまえば、只の少女が出来る事などなにも無い。 だから…………

 

「きゅぅぅぅううう」

「…………あ」

 

 翼竜が前に出る。

 己が主を守らんと、勇敢にも角竜と相対する。

 

「だ、だめ……!」

 

 それを止める。

 翼竜が戦うにはあまりにも力関係が違いすぎた。 だから、彼女は必死になって止めようとしたのだ。

 だって、このままでは“きっとアレは角竜を打ち倒そうとするから”

 

「ゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウ」

「ダメ……ダメッ!!」

「グウウウウウウウウウウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

 

 光る、輝く、そして姿が変わる。

 肥大する体積と、尋常ではない質量の増大は、サイヤ人を思わせるほどの変貌ぶりを見せ、小さな翼竜はやがて強大な“龍”へと変わっていく。

 もう、先ほどまで脅威だった角竜が今はもう怯えを抱きつつある。 そこまでの“変身”をとげたフリードは、赤く染まった目で角竜を睨み付ける。

 

「グ、ゥゥウウ」

「キシャアアアアアアアアアア!!」

「あ、だ、だめ……!」

 

 最後のあがきだったのだろう、角竜が小さく咆えると、龍はそのまま長い尾を叩きつけた。 あまりにも巨大なそれに打たれた角竜は、そのまま巨体を浮かせ、先ほどまで岩場だった更地へ転がっていく。

 少女から遠く離れたのを確認したのか、それとも、まだ獲物が息を止めてないのを感じ取ったのか、ここで龍の口が熱を持つ。

 体内の火炎袋より生成される高熱が、肺胞から出される息の流れに乗り、強力な吐息(ブレス)となって吐き出される。 もう動くこともままならない角竜は炎に飲まれ、その強固な外殻が仇となり、ゆっくり溶かされるように焼却される。

 

 火葬にしては盛大すぎる。 それどころか周囲の森林をも巻き込まんとする炎の勢いは、既に少女が止める事の出来る範疇を大きく超えていた。

 

 既にフリードはもう、目の前の脅威を粉砕する怪物と相成った。

 

「やめて! フリード!!」

「グォオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 燃えさかる炎を背に、勝利の雄叫びを上げるその姿は只の怪物に他ならない。

 だがもう龍は引き返せない。 少女の絶叫の最中、ソレは唐突に振り返る。

 

「…………ゥゥゥ」

「フリー……ド?」

「―――――!」

「きゃあ!!?」

 

 跳ぶ。 羽ばたく。

 まるでなにか目的を発見したかのような挙動に、少女は即座に思い当たる。

 

「まさかこの間の……ダメ! あそこにはみんなが!!」

 

 きっと、いや、間違いない。

 あの龍は直感的に見つけてしまったのだろう。 自身を脅かすであろうあの山に居る存在を。 だから、今度はそいつを焼き払いに行くというのだ。

 闘争本能がままに動き出した生物に、もはや会話で止める事など不可能だろう。

 遠ざかっていく友に、届かない手を伸ばしながら、少女はただ、うずくまり嗚咽を漏らすことしか出来なかった……………――――――――

 

 

 

「あちゃあ、なんか大変なことになってんなぁ」

「う、うぅっ」

「あーぁ、おいって、何泣いてんだおめぇ……」

 

 脳天気にも程がある声を上げながら、泣き崩れる少女を担ぎ上げたそのときまで、だが。

 

「あ、貴方は……?」

「オラか? オラ孫悟空だ」

「……え?」

「あ、いや! はは! オラはアレだ、おめえ達のキョウカンのカカロットって言うんだ」

「あの、知って……ます」

 

 少女には訳がわからなかった。

 この男の言っていることの意味もそうだが、何故か泣き止んだ自身が、いま一番わからない。 

 

「……流石にアレは、あいつらだけじゃ荷が重いか」

「え、え!?」

 

 そう言ってくれた自身の上司はとても健やかな表情であった。 今まさに災害級の事態に立ち向かう人間の顔ではない。

 

 でも、彼ならやってくれる。

 

 どこか、そんな無責任とも言える安堵を与えてくる彼に、少女は自然と首をかしげていた。

 

「…………と、その前に」

「え?」

「―――――キッ!!!!」

「え、な、あれ!?」

 

 燃えさかる炎を睨み付けると、一気に鎮火する。

 まるで彼の周囲に強大な風が吹きすさび、炎を消し去ったかのよう。 その光景はまるで魔法、だが、魔導師の見習いの少女にだって今のが魔法ではないことはわかる。

 もう、訳がわからなくなっていく少女に、悟空はやはり自然体でこう言い放つのであった。

 

「さぁて、はじめての“ブカノアトシマツ”ってやつだ、いっちょやっかぁ!」

 

 入社3年にして、ようやく出来た部下の不始末を片付けるべく、孫悟空は夜空を飛んでいくのであった。

 

 

 




悟空「おっす! オラ悟空」

スバル「ねぇ、ホントに違うの?」

ティアナ「しつこいわねぇ、あの教官があのヒトな訳ないでしょう? 髪型も雰囲気も全然違うんだから」

スバル「………ふーん、そっか」

ティアナ「なによニヨニヨして」

スバル「なんかワクワクしてきたなって」

ティアナ「はぁ?」

スバル「次回!魔法少女リリカルなのは~遙かなる悟空伝説~ 第89話」

ジェイル「悟空先輩、手本見せるってよ」

悟空「いいか? 相手がデカい時はまず腹に一発くれてやんだ、そうすりゃ頭が勝手に下に来るから----」

ティアナ「な、なにあれ……!?」

スバル「あぁ、なんだか昔を思い出してきた」

悟空「これを出来るようになってもらうかんな」

全員「出来るか!?」

悟空「え? なんでやっても見ねえのにわかるんだ。 大ぇ丈夫、出来るようにしてみせっから」

全員「ガクガク、ブルブル」


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第89話 悟空先輩、手本見せるってよ

 

 

「あの、わたし!」

「いやぁ、いまのはちぃと不味いなぁ」

「え、あの」

「さっきのあれだろ? おめえの使い魔ってやつだな?」

「あ、はい……すみません」

「うーん、あのレベルはあいつらには少し速いな……どうすっか」

 

 龍となったフリードを武空術で追いかける悟空。 だが、その表情に焦りはなく、むしろこれから起こるであろうハプニングに期待すら持っているかのよう。 あまりにも不謹慎なのだが、如何せん何があってもどうにか出来てしまう余裕が本当にあるのだからタチが悪い。

 そんな、ピッコロが見たら頭を抱えそうな孫悟空に対して、今回の当事者はもう気が気では無い。 先ほどの不可思議な能力、もしかしたらこの教官は自分たちが考える以上にとんでもない実力を秘めているのでは……? そして、あの状態になったフリードすらも上回る力を持っていたとしたら……?

 最悪の状況を思い浮かべると、涙目になって少女は訴える。

 

「あの! ふ、フリードはいま混乱してて……だからその!」

「え? あぁ、正気じゃねえってんだろ? 大ぇ丈夫、実は昔オラも経験あってさ、そういうのは大体覚えて無くて、気がついたら辺り一面焼け野原にしちまうんだ。 だから、速くとめないとな」

「あ……え、そう、なんですけど……」

 

 やけに物わかりが良すぎる悟空に、少女はあっけにとられてしまう。

 想像すら出来ないだろう、まさかあの龍が引き起こした暴走と変身、その一連の流れをすべて“彼自身が親子共々”経験しているだなんて。 考えすら及ばない少女だが、ここで悟空が進路を変えていくことに気がつく。 まさか、この期に及んで狼狽えたとでも? 小さな疑念を晴らすべく、彼女は上目遣いながらに口を開く。

 

「か、カカロット……さん」

「どうした?」

「あの、飛んでく方向が微妙にずれている気が……」

「あぁ、このまま行くとそのフリードって奴に追付いちまうからな」

「どういうことですか? ま、まさか――」

「――へへ、あの二匹、新入りだけでどうにかできっか確かめねえとな」

「…………………はい?」

 

 凍り付く。

 今度こそ少女はこの男の言動を疑った。 あの、巨龍状態になったフリードと、山の怪物がかち合って居る中に新人をぶち込む? 確かにそう言ったのか? いや、もしかしたら先ほどの事故で自分の頭がどうにかなってしまい、聞き間違えているに違いない。 そんな好意的解釈をした少女は、改めて悟空に聞き直す。

 

「なにを、確かめるんですか?」

「そりゃあ、あの2匹に良い勝負が出来るかかな」

「……ひょ?」

「勝てれば及第点かな」

「あばばばばば」

 

 どうやら頭がどうにかしているのは教官の方らしい。 信じられない言葉の連続、勝てて及第点とはこれ如何に。 速くも少女の許容量は限界を超える。 アレを、どうにかする? どう見たって厄災級の、それも国一つを滅ぼせる戦力に新人10人で?

 

「あれくらいなんとか出来るようにならねえと、この先やってけねえぞ」

「…………わたし、とんでもないところに来ちゃった」

「どうした? 怖じ気づいたか?」

「はい、とっても」

「そうか……」

 

 などという悟空はとてもじゃないが落ち込んでいる風には見えず、ソレがなんとも不安をかき立てる。 そして、それは正しい。

 

「大ぇ丈夫」

「え? あ、――」

「すぐに、出来るようにしてやっさ!」

「…………アッハイ」

 

 少女の目から光りがなくなると、後悔の感情が呪詛のように吐き出されていく。 

 もとはと言えば自身の未熟からくる大失態。 それを尻ぬぐいしてもらうだけなのだが、どうにもその代償がとんでもないことになる予感がひしひしと、彼の眩しい笑顔から伝わってくる。

 実際にその予感が的中はするのだが、それはひとまず後回しだろう。 いまは、暴走した龍をどうにかするのが先決だ。 そう言わんばかりに悟空がフレアを巻き上げると、彼はいきなり音速の壁を突き破るのであった。

 

 

 

 

 

 

 悟空到着まで、あと5分。

 

 知らず知らずのうちに決戦の地となった山の中で、新人達はいま地獄をさまようこととなった。

 ティアナ発案、それをもとに作戦を立てた彼等。 部隊を半数に分けて、一方を陽動にしつつ背後から強烈な一撃をかますという奇襲に打って出たのだが……だが。 彼等は考えもしなかったのだ。

 

 奇襲とは、戦力が高い少数が居てこそ発揮できる代物なのだと。

 

 故にいまだ幼少期の悟空すら超えていない甘チャンに、あの山の怪物を相手に一撃離脱などあり得ないわけで。

 

「行くぞ! 必殺――――」

「グォォオオオオオオオオオオオオオオ!!」

「え、気づかれた!?」

「やべえ! コッチ向かって何か跳んでくる――うぉぉぉぉ!!?」

 

 野生の勘か、はたまたこの怪物にも気を探知する術があるのか、陽動に見向きもしなかった龍は、一発の駆けに出ようとしていたスバルを眼下に納めた途端、一気に口を開いたのだ。 瞬間、高熱が迸ると閃光が駆け抜ける。

 

「ブレス来るぞ!」

「プロテクション、いける人速く!!」

「もう準備してるって!!」

「間に合え、間に合え!!」

 

 阿鼻叫喚の中でなんとか張られた防御魔法。 だが、その壁のなんと脆弱なものか。 おそらく界王のこさえた特製道着の方がまだ機能するのではないかという障子紙ぶりに、あっけなく龍の閃光を素通りさせてしまう。

 

 山の一片が爆散し、辺り一帯が灼熱の地獄へと変わり果てる。

 

 その中で幸運にも生き残った新入り達。 しかし焼け焦げた大地はカラダを焼き、昇る煙に視界が遮られ、轟く怒号が正常な思考を奪い去っていく。

 

「けほ、けほ……」

「大丈夫?……ティア」

「えぇ、アンタが最後にムリヤリあの化け物へ放った一撃が、攻撃を反らしてくれたみたい。 あれがなかったらいま頃焼死体よ」

「よかった」

「……あんまりよくもないけどね」

 

 奇襲作戦が頓挫し、痛恨の一撃をもらった新人一同にもはや勝ちの目はない。 だが、それでも立ち上がる者が居るのだ。

 

「負けて溜まるか……こんなところでボクは立ち止まれない……」

「あ、あの子」

 

 それは、槍の子供であった。

 その少年は無謀にも怪物の前で立ち上がるのだ。 瞳に映る焼け焦げた世界を見た上で、震える手足で立ち上がって見せたのだ。

 

「い、いくぞ……!」

「よし、アタシも!!」

『うぉぉぉおおおおおッ!!!』

「あぁーもう! どうしてあたしの周りはこうも根性が決まったやつしか居ないのよ!!」

 

 釣られてガントレットを回転させていくスバルと、残り僅かな魔力を弾丸生成に廻すティアナ。 ここで立ち上がる気概は良い物の、ソレが逆転の鍵になるかと言われれば、違うだろう。

 十分に理解出来ているティアナは、突撃兵二名の首根っこを掴んでにらめっこの体勢に入る。

 

「あんたらが元気なのはよくわかった。 でも勝手に突っ走らない」

「は、はい!」

「えーそれはないよティア。 もう凄い勢いでやる気出てきたってところだったんだよ?」

「やる気と死ぬ気であの怪物を倒せるんだったら、アンタの最初の一撃で終わってんのよ! いい? そう言うことが出来るのはよほど鍛錬を積んだ達人が、追い込まれて追い込まれてようやく出した一撃なの! あたしたちじゃまだ無理なの」

「……うん」

「もう、なにしょげてるのよ。 そりゃ“あのひと”みたいに出来れば良いとは思うけど、何事も順序ってのがあるでしょ?」

「そうだね。 わかったよティア」

「あんたも、いい?」

「はい、すみませんでした」

「よろしい」

 

 ようやく収まってくれた気合の塊2名。 その様子を見たティアナがこっそりと胸をなで下ろすと、この状況をひっくり返す策を探していく。

 

 全長18メートル、体重はおおよそ一般的なトレーラーの重量20トンは超えて居るであろう巨体。

 山岳地帯から動かない習性。

 遠距離から撃たれるブレス。

 

 一連の行動はこの身ですべて体験した。 一挙手一投足を見逃さず、奴の戦力はアタマにたたき込んでやった。 

 

「ティア、どうするの?」

「どうするって、そんなもの決まってるじゃない」

「なにか良い考えがあるんですか?!」

「……あれだけデカいならさぞ景気のいい落ちっぷりが拝めるわよ」

「??」

「ちょっと、ティアまさか……」

「あの怪物を山から突き落とすのよ!!」

『……えっ?』

 

 それは奇しくも大昔になのはがひらめいた作戦であった。

 

 言ってしまえば滑落作戦である。

 事前に足場を弱くしておいた崖っぷちに奴をおびき寄せて、そこを全戦力で集中攻撃。 その攻撃で倒せれば御の字だが、それでもダメなら足場ごと奈落に落ちてもらう。 

 

「あの巨体が崖から落ちて無事で居られるとは思えない。 というかこの戦力じゃこれが精一杯よ」

「うまくいくのかなぁ。 なんだか行き当たりばったりな予感がする」

「さっきまで突撃脳だったアンタに言われたくない! というか、他に案があるなら是非ソッチに行かせてもらいたいわよ」

『…………』

 

 無言の満場一致は、皆の心に不安しか残さなかった。

 だがここでいつまでもじっとしていても問題が解決する訳でも無い。 残された手段に皆が心を決めると、彼等はすぐに行動に移った。

 

 奴が居る頂上手前、そのすぐそばにある崖付近で彼等のウチ3人が地面へと攻撃を撃ちだしていく。 地盤にまでは届かないかも知れない、だが、表層を切り崩してはその上に砕いた岩を振りかけて、さらに時限式の爆破魔法を仕掛けていく。 工事現場も驚きな突貫作業を終えた彼等は既に魔力枯渇寸前。 息も絶え絶えにのこりをティアナとスバル、さらに槍の少年にたくした。

 

「……二人とも、準備はいい?」

「心の準備だけなら」

「右に同じく」

 

 こっそりと、怪物の居る山頂手前に辿り着くティアナたち。 巨体を前にして一瞬だけ足が止まるが、ここまでの道のりで身を粉にした人達の顔が浮かび上がると下唇を噛む。

 

「…………やるわよ、覚悟して」

『了解』

 

 息を吸って、吐き出す。

 たったそれだけの動作すら数十秒の間隔を置かなければならない程の圧迫感は、あの怪物を本能的に畏れているからだ。 ティアナは密かに震える手を押さえつけて、奴を睨む。 正念場だ、ここでもしもあきらめてしまえば……あのヒトには、届かない。

 その言葉を飲み込み、銃器を握りしめるとティアナは開始の合図を撃ち放つ。

 

「行くわよ、みんな!!」

『おう!!』

 

 スバルが走り出す。

 怪物との対峙と、数日間のサバイバル生活で体力は限界のはずなのに、ソレすらも置いていく加速で彼女は怪物の視線を切る。 その後ろで少年が槍を構えると、光りとなって奴の真横を駆ける。

 

「切り裂け!!」

「打ち砕く!!」

「グォォオオオオオ!!?」

「よし、効いてる……!」

 

 体表を傷つけただけの攻撃。 それはティアナもわかっているが、たった二人の突撃であの怪物を前にしてそこまでの傷を付けさせたと言うべきだろう。 しかも注意を引くには十分な攻撃である。

 彼等は踵を返すとあっという間に撤退していく。

 

「へーい! こっちこっち!」

「こっちに来い! おまえの相手は僕たちだ!!」

「グオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 言葉がわかるのか、それとも頂点に君臨するもののプライド故か、小さき魔導師の挑発に乗っかる怪物は、尾を振り乱しながら彼等の後を追いかける。

 一歩踏みしめるごとに揺れる山に、ティアナは内心ほくそ笑む。

 

「す、スバルさん! あいつ思ったよりも足が速い!!」

「しかもなんだか口が赤くなってきてるし、ブレスが来そう。 もっと速く――」

 

 風のように駆け抜ける二人だが、迫り来る怪物はまるで重機関車の如く。 風を切り裂きながら突撃をする怪物は、やがて空気を焼き尽くす程の熱気を帯びる。

 

「スバル、あと10メートル」

「うぉぉぉおおおお!!」

 

 ブレスが来るまであと2秒。 放たれる火球は直撃すれば只ではすまない。 

 

「グォオオオ!!」

「来た、ブレス!!」

「スバル!!」

 

 間に合わなかった陽動。 攻撃が彼等を襲う数回の刹那に、スバルの瞳孔が一気に開かれる。

 

「……先に行って! ここはアタシが!!」

「ちょ、スバルさん!?」

「はぁぁぁぁ…………」

 

 急速反転。 身の丈ほどの火球を前に、むしろスバルは反撃に出る。 回転をはじめるガントレットに魔力を注ぎ込み破壊力を底上げしていく。 腕を弓のように引き絞り、大地を踏みしめると彼女は火球に向かって咆える。

 

 蒼い魔力光があたりを照らす。 それは彼女が知るよしもない“彼”の色と酷似した代物。 その輝きが決壊したとき、ブレスが彼女を呑み込まんと大地を破砕する。

 

「でりゃあああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 瞬間、火球は霧散する。

 

 スバルが撃ち放った拳は、ガントレットの回転力により火球を撃ち貫いたのだ。

 

「す、すごい……」

「呆けちゃダメ! 速くコッチに!!」

「え、あの――!?」

 

 その輝きに目を奪われた少年の手を引き、スバルは即座に撤退を再開。 そうだ、彼等はようやく任務を完了したのだ。

 脆くなった地面、その上でさらにいま起きた衝撃が加わり、そしてそこにはいまから特大の攻撃が落ちてくるのだから。

 

「クロスファイア…………」

 

 いままで隠密に徹していたティアナの周囲にオレンジ色の魔力功が漂う。 それは、一つ一つが強烈な一撃を生み出す弾丸である。 彼女の詠唱と共にその数を10、20……おおよそ80もの弾丸を生み出すと、照準を定め心でトリガーを引く。

 

「シュート!!」

 

 その名の通り、十字砲火となって降り注ぐ80もの魔力弾。 しかし数発が怪物に当たるだけで大部分が的を外れる。

 蒼白となって言葉を失う少年、だが、その横でスバルは確かに言い放った……成功だ、と。

 

「キシャアアアアアア……………グォオオオオオオ!!?」

「よし! そのままおちろぉおおおおおお!!」

「いけえええええ!!」

 

 あらかじめ仕掛けておいた地雷と、クロスファイアの弾丸とが炸裂し、怪物を爆炎に包む。 大地が隆起し、崖が崩壊するとそのまま地の底へと奴を誘う。

 

「…………すごい、やったんだ」

 

 自由落下の中ですら咆える奴を眼下に、いまだ震えがやまぬ腕を押さえながら少年が息を吐く。 皆で考え、立ち向かった壁を乗り越えたのだ。 これほど達成感に満ちあふれた瞬間はない。

 槍を杖代わりにしながら、彼はゆっくりとティアナの方へと歩いて行く。

 

「み、みなさん――――」

「…………うそ」

「う、うごかないでよスバル。 さすがにこれは……」

「…………………………え?」

 

 そんな少年を迎え入れたのは、絶望に染まった二人の表情であった。

 

 何故そのような顔をするのか少年にはわからなかった。

 奴は確実に奈落の底へと沈んでいったし、間違いなく落下音も捉えた。 ならどうしてそんな顔をしてしまうのか? 思った彼の真上に、特大の影が落ちる。

 

「…………な、に……これ」

 

 巨大。 見下ろしたその影は夜にもかかわらずその闇よりも深く、おぞましく見えた。 既に呼吸すら出来ない張り詰めた空気の中、少年はついに振り返る。

 

 

 

「………………………グルゥゥゥ」

 

「あ、あ…………」

 

 真上には絶望が広がっていた。

 巨大な翼を広げ、暗闇の中ですら存在を主張するソレは、先ほどの怪物が小物に見えるほどの力強さで大地に降り立った。

 

「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

「――――ひっ!?」

「まずい、まずいまずい――――」

「考えろ、考えろ……なにか在るはずだ……ナニカ…………!!」

 

 すぐそばに居た少年は既に戦意を喪失し、遠く離れたティアナは頭をかきむしる。 あまりにもあんまりな事態に、ここに居るすべての人間から正気が消え失せる。 ティアナもスバルでさえも、すべてを出し切ってしまい、もう、次なんて相手に出来ないのだから。

 眼下を睨む龍と目が合う。 その瞬間少年の運命は決まった……巨大な影が少年に落ちる。

 

「あ、ぁぁ……ああああああああああああああ!!」

「や、やめろーー!」

「くっ――!!?」

 

 地響きと共に、巨大な足に踏みつけられた少年。

 崩れ落ちた少女二人は、呆然とひび割れた大地を視界に納めることしか出来ない。 なざ、このような事になってしまったのか。 後悔が心を満たしていくと、彼女タチの瞳から涙がこぼれ落ちていく。

 

 

 

 

 

 

 これは、流石にやり過ぎだったろう。

 

 

 

 

 

「おめぇたち、頑張ったな」

「グルゥウウウ!?」

「………………え?」

「――――――あっ!」

 

 ひび割れた大地の中心が、何故か異様にきれいな円を描いていた。 そこから聞こえてくる声は、少女2人には途轍もない安堵感を与えるものであり、信じられない事態に又夫呆然となる。

 だって、信じられるだろうか? 先ほどよりお巨大な怪物の足が、その意思に反して持ち上がっていくのだから。

 

「いやぁ、でもおめぇたち、まさかアイツをぶっ飛ばしちまうとは恐れ入ったぞ」

「こ、これは……どうなって……ボク」

 

 少年は信じられないモノを見た。

 圧倒的な質量をもつ龍の、ソレも体重をかけた踏みつけをあろう事か荷物の片付けのような気軽さで持ち上げる男が居たのだから。

 試験場には遅刻してきて、情報伝達は出来ないし、なんだか締まりの悪い説明会もやっていた。 そんな人物が、まるで冗談のような光景を展開していくのだ。

 

「グウウウウ!?」

「にしてもコイツは流石に無理があったな。 でも大丈夫、すこし修行すればこれくらいどうって事ねえぞ」

「あ、え??」

「なんだおめぇ、オラのはなし聞いてねえのか? そうか、これがはやてが言ってたアレだな“モンスター新人”って奴だな」

『いや、真のモンスターはアンタだろう!?』

「え?」

 

 この状況でとぼけていられるこの人物を、すべての新人局員が声を上げた。 力尽きたモノ、負傷で立ち上がれなかったモノもみんなだ。 その声に、何だかよくわからんと呟いた悟空は、上げた片腕をそっと払う。

 

「よっこらしょ」

「グギャアアアアアア!!?」

「あのドラゴンが足払い駆けられたみたいに……」

「夢でもみてるのかな……」

「ボク、死んじゃったからこれは走馬燈なんだ……ははっ」

 

 気軽にドラゴンを持ち上げてしまった彼は、既にこの山の雰囲気を塗り替えてしまう。

 

「あの、教官さん」

「ん? どうした、えっとおめぇはたしか……」

「キャロ……です。 教官さん、大丈夫……なんですか?」

「オラか? オラがどうかしたんか?」

「え、あの……いえ、なんでもないです」

 

 悟空に抱えられた龍の友、キャロと名乗った少女はこの時点でカカロット曹長を人外認定。 瞳からハイライトを消しながらニッコリと微笑みかけるのであった。

 それに笑顔で返した悟空は、そのままゆっくりと龍を放り投げる。

 

「ぎゃおうッ!?」

「おめぇたち本当によくやった。 でも、もう少しだけうまくやれたかもな」

「――な?!」

「……この人、何言ってるの」

「でた……“おじさん”の無茶苦茶」

 

 いきなりのダメだし。 いや、あの、なに言ってるのかわかんないんですけどと言いたげな新人達に対して、悟空は素知らぬ顔で特別講座へと勝手に進めていく。

 

「まずは、こんな巨大な敵が来たときの対処法だけどな」

「ぐ……ぐぉぉおおお!!」

 

 そう言った悟空に向かって龍が立ち上がり、突撃する。 大質量の攻撃に対して、悟空は基礎中の基礎を言い出した。

 

「まず、避ける」

「ぐおっ!?」

『ぶ、ブンシンした!!?』

 

 いきなり悟空の姿がブレて、龍の周りを取り囲む。 悟空が繰り出す残像拳に翻弄されるこの場に居る全員。 そのリアクションを無視して、彼の教育は進む。

 

「いいか? どんなに強力な攻撃も当たらなければ意味はねぇんだ。 だから、こうやって避ける」

「ぐお! ぐおおお!!」

「次にだけど」

「わ、わ!?」

「危ない!!」

 

 いちいち新人達に振り向いて解説する悟空に、巨大な尾が迫る――!!

 

「相手が予想外な攻撃を仕掛けてきたら、冷静になって受け止めるのもいいかもな」

「…………ねぇ、あのヒト棒立ちであの攻撃受けてるけど」

 

 爆音が当たりに響くが、肝心な悟空には一ミリも響いては居ないようだ……

 

 そろそろ龍の方が事態の深刻さを察し始め、悟空に対して警戒心を持つようになる。 ジリジリと足を動かすと、今度はなんと口から高熱を吐き出す。

 

「おっ、ほら、こんな感じで攻撃がくる」

「ブォォオオオオ!!」

「んで、こうやって受ける」

「…………あの、教官さんの手が眩しく光って炎が避けていくんだけど」

「………………ぼぇ」

「おじさん……やり過ぎ……」

 

 軽くかざした手の平を、まるで避けるかのように通り過ぎていく龍の火炎。 それをお口全開で眺めているティアナは残念ながら言葉すら忘れてしまっている。

 

「よし、相手の攻撃が切れたら次はコッチのバンだ!」

「ぐぉ!?」

「いま明らかに怪物が後ずさりしたけど」

「たぶんおじさんの恐ろしさを野生なりに理解したんだと思う……」

「ぼぇ…………」

 

 悟空が思いっきり腕を掲げ、そのまま振りかぶって居る。 ソレに立ち向かうべく、龍が尾を振り回そうと頭を低くした。

 

「………………こんな感じでフェイントいれて」

「――ブモ!?」

「あ、あれー?」

「なんか姿がブレたとおもったらーー!!?」

 

 振りかぶった先に、何故か悟空の満面の笑みが浮かんでいて……どうやら高速移動で奴の鼻っ面に現れたらしい。 驚愕する前に、悟空の拳骨が炸裂する。

 

「一気に殴りぬける!!!!」

「ブモ――――――――!!??」

『あぁ! 怪物が吹き飛んだ!!』

「いやぁぁあああ!! フリードーーーーーー!!!」

 

 巨体が浮き上がり、ドサリと倒れ込む。 既に怪物への挑戦だったはずが、孫悟空の“強いモノいじめ”とかした山頂で、彼等はついに朝日を拝む。 その、黄金の頭髪とあいまってまるで彼が後光を発した人外魔境にも思えてならない。

 そんな光景を見せられて、彼等が思うことは少ない。

 

「ば、ばけもの……」

「ちがう、アレは悪魔だ……」

「ううん、たしか戦闘民族って言ってた」

「…………ぼぇ」

 

 こうして孫悟空による新人研修は終わることとなった。

 今回、様々なアクシデントが起こったが、なんと死傷者ゼロ、軽傷者10人という悟空曹長史上最高の快挙を成し遂げた。

 

「よし! 今日はきちんとアドバイスも出来て、完璧だったな!」

『ぬーーん……』

 

 そのあとほぼ半分以上が転属願いを出したのは言うまでも無いだろう。 

 だがそれでも残ると言い放ったツワモノは居たようで、ソレには直属の上司であるはやては大きく安堵のため息を吐き出したのであった。

 

 

 これにて、第三回、孫悟空の新人研修を終了とするッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 3日後 病院のベッドで……

 

「…………はっ!?」

 

 目が、醒めた。

 少女は上半身を起こすとそのまま周囲を見渡す。 自身は先ほどまで地獄に居たはずだ、ならば速く逃げなければならない。 ……しかし、どう見渡してもここは平和な楽園にしか見えないのだ。 しばし首をかしげると、騒々しく医者が入室してくる。

 

「よかった! 患者が目を醒したぞ!!」

「あぁ、もうダメだと思ったのに」

「あの、どういうことですか……?」

『………………』

「え、なんで黙ってるの? こわい……」

 

 自身はどうやら相当危険な状態だったらしい。 しばらく問診を受けた後、退室した医師を見送る彼女はすぐさま思い出す、そう言えば大変なことになったのだ……と。

 

「…………わたし、とんでもないとこに就職しちゃったんだ」

 

 ため息交じりに吐き出した言葉は、聞くだけならばそんなことかと済まされる問題だ。 しかし実際に見てみればまぁ、なんと彼女に賛同したくなる現実か。

 

 まさか、入社早々幻想種2匹と死闘を演じる羽目になるだなんて誰も思わないだろう。

 

「そりゃ、はやく強くなりたいって思っては居たけど」

 

 性急すぎるし、難易度EXハードな訓練が実は只の研修だったなんて誰も信じてくれないだろう。 でも、あの出来事は確かに少女の子於呂をゴリゴリ削っていったのだ。

 ため息の一つ出して、なんら罰は当たらないだろう。

 

 そうやって時間だけを潰していくと、またも病室に誰かがやってくる。

 

「ごめんなさぁいッ!!」

「え、だれ!?」

 

 開口一番いきなり頭を下げはじめたのは、管理局の制服を着込んだ女性だ。 知り合いではないし、おそらく面識もない、無いのだが、どうにもどこかで見たような、知っているような……

 

「ごめんね、わたしの部下が無茶ばかりさせちゃったみたいで。 あのヒト普段はやる気が無いのに面白い人見つけるとすぐにちょっかい出しちゃう悪癖があって。 最近、ソレはなくなってきたと思ったんだけど……」

「あ、あの……いったいなにがなんだか」

「……カカロット曹長」

「――――」

「あぁ、気をしっかり!」

「大丈夫、です」

「PTSDには行ってないようやけど、兆候が見られる……どないしよ」

 

 おろおろしている上官の上官。 無理もない、ティアナは心の中で静かに呟いた。 なにせ自身の上司はあのカカロット曹長であり、あんなシッチャカメッチャカが部下になれば、誰だって胃薬を常備薬にするくらいのストレスを持つのは確定的だから。

 

「はは、大丈夫です…………きっと」

「うん、うん。 ごめんね、わたしからもキツく言っておくから」

「え? あ、はい」

 

 などと、少女達がお互いの苦労を察しながら心で涙を流していると、ドアも開いていないのに、室内にそっと、空気が入り込んでくる―――――…………

 

「おっす! ティアナ、元気してっか?」

「あ…………」

 

 入り込んだのは空気だけではない。 高い背丈に、あまり手入れのされていない黒い髪、それに、いつか見た山吹色の胴着姿。 そう、いま風と共に“孫悟空”はそこに居たのだ。

 

「悟空さん!!」

「お? なんだティアナ、随分げっそりしてんなぁ、風邪か?」

「何言ってるんごくう! これはもともとごくうが厳しいからやで」

「え? でもあのメニューははやてがウキウキで作ってた奴だろ?」

「そこにワクワクしながらあれこれ書き足したんはごくうや」

「あ、はは。 そういやそうだったな」

「え、まさかあの地獄……いや、あのじご……ううん、あの地獄のような――あうう」

「そうそう、あの修行はオラとはやてが考えたんだ。 どうだ、随分といい肩慣らしになっただろ?」

「……ノーコメントで」

 

 肩を慣すどころか、身体ごとほぐされてしまいそうだった。 想像以上のスパルタにティアナが頭を抱える。 抱えるが、その後に悟空がやらかした言葉を聞いて、その背筋はピンと、伸びることになる。

 

「でも、おめぇの友達だってあれくらいはガキんころには経験済みだもんな」

「え? あたしの……ですか?」

「あぁ、確かスバル、だっけか? あいつ、むかしオラに連れられていろんなとこに旅したもんだ」

「え? スバルが!」

 

 ……正確には次元世界で遭難して、ティアナの兄に保護してもらったのだが。

 

「ついでに言うと息子の悟飯なんか5才のときにはピッコロっちゅう昔大魔王だった奴と荒野で修行してたかんな」

「大魔王……? え? あの」

「あぁ、ごくうは仲間にいろんな人がおんねんな。 盗賊のヤムチャさんに、殺し屋の天津飯さん……とか」

 

 今更ながら、聞くだけでとんでもないメンツだ。

 このほかにはさらにとんでもない交友関係が有ったりするが、まぁ、それ以上は脱線するのでまた後日。 悟空はポカンとしたティアナの肩を叩き、ニカッと笑顔を飛ばして見せた。

 

「どうだった、修行!」

「え? あ、その」

「とんでもなかっただろ?」

「……はい」

 

 反して、ティアナの表情は優れない。 だって、あんなにいい笑顔をしている悟空に対して、自身はあの訓練でなにが出来ただろうか。 

 

――――あぁ、なんて情けない。

あの、とんでもない高見に居る存在に対して、自分がどれほどちっぽけなのか、痛いほど理解出来たティアナ。

 しかし、そんな彼女の心境、この男が把握など出来るはずもなく。

 

「あいつ相手にまさか一晩で決めちまうんだかんな。 オラがガキん頃なんてテンでたいしたことなかったって言うのに、すげえぞ」

「え……?!」

「いやぁ、流石ティーダのいもうとだ。 ガッツがちげえぞ」

「あうあう……!」

「オラ亀仙人のじっちゃんとこで修行してた時なんか、蜂に刺されたり恐竜に追いかけられて逃げ回ってるんだか牛乳配達してるんだかわかんなくなってさ、全然だめだめだったもんな」

「……え、なんですかその拷問は」

 

 無自覚の褒め殺しに照れるティアナだが、その後がよろしくなかった。 自身が思い描いていたこの男の強さの秘訣と言う奴が、かなり度を超えていたというのが、まぁ、わかった。

 

 しかし、だ。

 

「そんでさぁ、そのクリリンって奴が、オラのこと欺して――」

「え!? せっかく手に入れた課題の石を盗られちゃったんですか!?」

「けどそのときのメシがさ……はは!」

「そっか、その仙人さんのところで出された料理って、フグやったんやね」

「おかげで一ヶ月修行は中止だったもんな、あんときは退屈でどうにかなっちまいそうだった」

「あはははっ」

「でも、ごくう。 あの修行だけは絶対にダメやからね? ほら、重力室で」

「あれか……かめはめ波でひたすら痛めつけてく奴だろ? あれはやらねえよ、もうそんなに効果ねえし、つまんねえかんな」

「どういうことです?」

「そのまんまやね」

「……いや、よくわからないんですけど」

 

 この男が笑うと、自然と周囲も騒がしくなるのは確かであって。

 

 ソレに引っ張られるように、ティアナ・ランスターの憂鬱は終わりを迎えたのであった。

 

 …………そう、憂鬱だけなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひぎゃああああああああああ!!」

 

 あれから、一週間後の昼下がり。

 ティアナは絶賛断末魔の練習中だったりする。

 

「はいそこ! 集中力切らすとえらいことになるぞ」

「無理! 無理です曹長どの!!」

「何言ってんだティアナ。 たかがこれくらいで根を上げちゃ、この先やってけねえぞ」

 

 金髪碧眼、カカロット曹長による『一週間で自分の殻をやぶれる!? スペシャルハードコース超絶修行編』 を慣行する事になった新人一同。

 悲鳴を上げているティアナの背中には真っ黒の亀甲羅が被さっており、アンダー、リストバンド、ブーツそのすべてが黒曜石のような光沢を出していて、しかも、それらを装備した上で彼女達はいま、森の中を駆け抜けているのだ。

 

 どうしてこんなことになったのか。

 なぜ、自身はこのような地獄を体験しているのか。

 断末魔の次にやってきた走馬燈を見ながら、彼女は過去回想に移るのであった。

 

 

 

 

「えっと、結局残ったのがおめぇ達4人になるわけだけども」

「は、はい!」

「よろしくお願いします」

「…………」さっ

「やっほーおじさーん!」

「スバル、いまちょっとだけ真剣な話だから、静かにな」

「はーい!」

 

 緊張でガチガチになったり、模範的な挨拶を入れたり、傍らにいた小動物をそっと隠したりと、様々な反応をする悟空教室改め、カカロットスクール。 あの、地獄のような修行というなのサバイバルを装った“ふるい”に残った精鋭達に、今日から悟空の本格的なレッスンが始まろうとしていた。

 

 場所は教室。

 またあのときのように荒野だったりしたらキャロあたりが泣きわめく訳だったが、今回は平気そうだ。

 

 

「よし、ちょうど良いから自己紹介やっか!」

「え、今更……?」

「まぁな。 こういっちゃ何だけど、オレは人の名前覚えるの苦手でさ。 しょっちゅうはやてに怒られるから大変なんだ」

「…………えぇ」

「だから、ここに居る4人はきちんと覚えるからな。 だからそんな顔すんな、ティアナ」

「………………ぁ」

 

 さっき覚えきれないと言っていた男に、いきなり自身の名前を呼ばれ困惑する。 そう言えば先ほどスバルの名前をきちんと言えていたし、もう既に、ここに居る4人は覚えたのだろうか?

 

「んで、コッチのドラゴン連れたのが…………タロ!」

「キャロ・ル・ルシエです」

「えぇ……」

 

 どうにも半分以上うろ覚えらしい。 しかも、女の子に対してその名前はあんまりである。

 

「そんで、ここで唯一男一人になっちまったな。 えっと?」

「エリオです。 エリオ・モンディアル。 あの! よ、よろしくお願いします!」

「ん? あぁ」

 

 緊張気味に差し出される右手。 ソレが好意的な挨拶だと、なんとなく雰囲気で受け取った彼は、そのままゆっくりと握り返す。

 

 何だか、見覚えのある光景で、ソレが随分と置くに見た、この世界で初めて出来た友人の姿を想起させると、彼はついつい、口を滑らす。

 

「オラ孫悟空だ、よろしくなエリオ」

『………………???』

「あ、おじさん」

「ん? どうかしたんかスバル?」

「いや、その。 名前って隠してるんじゃないの? お母さんがたしかそう言っていたような……」

「あ、やっべ!」

 

 孫悟空、痛恨のミス。 若干慌て、でも、すぐさま後頭部を掻くとしっぽが垂れ下がる。

 

「ま、いっか」

『いいの!?』

「まぁいいだろ、おめぇたちどう見ても悪人とかじゃねえし。 それに、ここで絶対頑張るぞーって、言う気合は十分見せてもらったしな」

「……ぁ」

「その……」

「あはは……」

「おじさん」

「てな訳で、ここじゃもう隠し事は無しだな。 もしかすっとあとでリンディ辺りにどやされるかもだけど、どうでも良いだろ」

 

 そういうと、全身から気を抜き、そのまま頭髪が垂れ下がる。

 

「え、黒髪……?」

「というか、あれって……しっぽ?」

 

 瞬間、スバルのよこで床にすっころがる音が。 慌てて助け起こすと、その人物は顔を真っ赤にして息を荒げていた。

 

「おいどうしたティアナ? 風邪でも引いたか」

「な、な、な――なんで悟空さんがここに居るんですか!? え、あの、と言うよりさっきの変身魔法って……でも悟空さんは魔法が絶対に使えなくてでもでも!!」

「いやまぁ、プレシア風に言えば超サイヤ人も魔法みてぇなもんか?」

「いったいどうなってるの」

「さ、さぁ……ボクにもわからない」

「……ティア、気がついてなかったんだ」

 

 悪名高き新人潰しのカカロット曹長が、まさかあの孫悟空だったなんて…………

 そんなティアナの中での一大スクープが現在進行形で流されていく中、普通に今日の予定を読み上げていく悟空。 あの厳しい新人研修を終えた新人達に、入社初めての仕事を与えなくてはならないのが今日の彼の任務である。

 

「んじゃ、今日から本格的な修行に移るわけだけど」

「あ、あの!」

「よし、エリオだな。 なんだ?」

「さっきから修行とかっておっしゃってますけど……あの、ソレってどういう意味なんですか?」

「なにって、不思議なこと聞くんだな。 修行は修行だ。 おめぇ達、基礎も出来てねえから、これからまずは身体作りからやってもらうかんな」

『………………』

「悟空さん直々の、特訓」

「ぐぁー! おじさんと!? ま、まずいよそれは……ど、どうしよう」

 

 キャロとエリオは目が点に。 ティアナはもうその瞳を燦然と輝かせて握り拳を作っている。

 そのなかで、最も正解なリアクションを作っていたのは、言うまでも無くスバル出会った。

 

「んでだ、おめぇ達には基礎中の基礎を固めてもらうつもりだけど。 そうだな、いきなり厳しくしすぎると全員やめちまうだろうからって、リンディが色々考えた奴があるんだけど。 まぁ、そいつは要らねえよな?」

「はいはいはーい!!! アタシソッチがいいデェェス!!」

「え? でもこれ、随分とつまんねえぞ?」

「滝を割ったり水面を走ったりしないなら別に何でも!」

「ふーん。 ま、いっか」

 

 スバルの熱い提案に、ナニカを察したキャロとエリオも同じくプレシアが用意した妥当なコースを選ぶ。

 しかし、しかしだ。 ここには一人“手遅れ”が存在していた。

 

「あたしは、要らないです!!」

「ちょ、ティア――」

「お! そうか、おめぇはやる気あんなぁ」

「当然です! 悟空さんに鍛えてもらうためにここに来たんですから!」

「そっかぁ、ティアナはやる気満々だなぁ」

『…………』

 

 そのときの笑顔は、この間フリードを文字通り瞬殺したあとの顔とまったく一緒だった。 子供達が背筋に汗を流すと、そうとも知らずにティアナの瞳にはメラメラと炎が燃え上がるのであった。

 

 

 

―――――――――――――結果。

 

 

 

「はーい! そんじゃその装備でこの崖昇ってみっか!」

「ぐぎぎ……重い…………」

「いや、ちょっとまっておじさん。 ティア一歩も動けてないんだけど」

「それにアレを僕たちも登るの?」

「いや、おめぇ達は向こうの林から頂上目指して、んで、またここに帰ってくるのは……そうだな、100週すっか」

「是非10分の一でお願いします!!」

「ダメだ」

「ひぃぃぃ」

「フリード、わたしもうだめかも……」

「キュルルル」

 

 新人達が既に限界である。 まだ始まって5分と経っていないのにこの様である。

 

 ……若干、厳しくしすぎたか?

 

 いつかの失敗を思い出した悟空は、ここで少しだけ一計を案じる。

 

「わかった、すこし予定を変更すっか」

「な、何ですか!?」

「…………おめぇ達がやる気出せるように、ちぃとな」

 

 そういうとティアナの装備を気合で吹き飛ばす。 若干だけ残った手かせ足枷、ソレに亀甲羅3分の一は、それでも常人に過度な重量を与える。 さて、そんな少しだけ身軽になったティアナと、その他3人に対して、悟空は少しだけ、そう、本当に少しだけ“気”を使う。

 

「な、なに……!?」

「わ、わからない……なんだか身体中が重くて」

「おじさんの気合砲? ち、ちがう只睨んだだけ……」

「これ、あのときオオカミを追い払った…………うぐ」

「よし、おめえ達なにしてもいいからなんとか立ち上がって見せろ」

『え!?』

 

 悟空教室入門編。

 放出……と言うにはあまりにも微弱な悟空の気が彼等を押さえつける。

 いきなり出された無茶な注文に、ティアナをはじめ4人が全員次々に地面に手を付けてしまう。 それほどの重圧、人を押さえつけてしまうほどの縛りを只の睨みだけでやり遂げた彼の恐ろしさを、ようやく思い知り、自分たちがなにを目指そうとしたかを改めて知らしめる。

 

「なんて圧力……こんなの立ち上がれるわけが――」

「うぐぐぐッ!!」

「お? やっぱ最初に立ち上がったかスバル」

「……!」

 

 その中で立ち上がる者が居た。

 彼女が持ち前の気合で無理矢理ながら膝を立てると、握り拳を軋ませつつ悟空の束縛を破る。

 

「うぉぉりゃあああああ!!」

「いいぞ! まずはスバルがゴールだな」

「やった……!」

「………………うくっ」

 

 スバルが立ち上がって一番喜んだのは悟空。 そして、一番悔しい思いをしたのは……

 

「ま、ける……かっ!」

「…………ん」

 

 ランスターの妹だ。

 幼少の頃、兄を生き返らせる為に見せたガッツは、ここに居る誰よりも強いのを悟空は知っている。

 だから、何も言わない。

 彼女に対して労りは、むしろ邪魔になると確信しているからだ。 その証拠に、彼女はいま、折れた膝を懸命に立ち上げようと歯を食い縛るのだから。

 

「ぎぎぎ――」

「……」

「こ、の……!」

「す、凄い」

「ティアナさん、一人だけ重量のある装備を付けてるのに……!」

 

 食い縛った歯が砕けるかのようにこすれ、全身の血流が一気に跳ね上がり、彼女の限界値を一気に振り切れる。

 全身が体験したことのない激務に悲鳴を上げるも、そんなことお構いなしにティアナは泥臭く、しかし猛然と悟空の束縛を破壊する。

 

「コンニャロウ!!!!」

「良し! 合格!!」

「はぁ……はぁ……!!」

「ティア!」

「ちょ!? いきなり抱きつかない! もう、アンタっていつもそうなんだから……」

「えへへ」

 

 なんとか乗り切った二人に対し、後から続こうとする年少2人組。 しかし、地に着いた手が持ち上がることなく、そのまま彼等は悟空が気を解くまで叫ぶことさえ出来なかった。

 

「――――ここまで」

「うぐっ……はぁ、はぁ……」

「きつい……」

「おめえ達は、あの二人よりもまだ身体ができあがってねぇみてえだな」

『…………』

 

 事実上の失格宣言に子供二人が落胆する。 ソレは、悟空から駆けられた言葉というより、ティアナとスバルにここまで差が付いていると言う自身への不甲斐なさだ。 明らかに苦い顔をした彼等に、しかしそこは悟空。 彼は誰もが思い着かない発言をしたのだ。

 

「おめえ達、運が良いな」

『……ふぁ?』

「おめえ達は身体ができあがってねぇ。 つまり、今が成長期って事だ」

「…………ぁ」

「そ、それは――」

「そうだぞ。 おめえ達を鍛え上げるんなら今がちょうどいいって事だ」

『!!』

「これからみっちり修行すれば2週間で今の二人は抜けるかもな」

「……え?」

「それは言い過ぎですよ、カカロットさん」

「なんでだ? あれくらいちぃと修行すればすぐだ」

「…………彼はボク達になにをさせる気なんだ」

 

 だから、修行させる気なんだって。

 

 悟空がぼやきながらも、エリオのアタマに手を置いてみせる。

 成人男性の、それも数十年もの間、戦いに身を置いてきたまさしく無骨な手の平。 でも、その手にはいい知れない暖かさを感じ、明らかに子供扱いな今の状況も、自然、エリオは平然と受け入れていた。

 

「あの、カカロット……いいえ、悟空さん」

「どうした? 質問は全然構わねえけど、オラあんまし答えられる自信ねえぞ」

「いえ、その……」

「なんだ?」

「何でも、ありません……」

「ふーん、そっか」

「……すみません」

 

 なぜ、謝るのか。 悟空には彼の心情など理解出来ないし、しようとも思わないだろう。 だってエリオはまだ悟空に何も言おうとしないのだから。

 だから、彼は待つことにした。

 無理矢理に責めるのは修行と戦闘の時だけでいい。 呟いた悟空は、最後にエリオの頭を2回さすり、そのままもう一人の年少に向き直る。

 

「おめえは、身体作りもだけど、まずは精神の修行からかもな」

「え?!」

 

 意表を突かれた、そんな顔をした少女に周りが首をかしげる。

 

 いま一番体力が無いのはきっとキャロ。 ならば、いの一番に悟空教室で走り込みをしなければならないのは彼女のはず。 誰も悟空の真意がわからないなか、キャロだけが、彼の瞳の奥を伺い知る。

 

「わたし……できるでしょうか……?」

「精神の修行は一番難しいかんな、オラにもわかんねえ」

「……」

「そんな顔すんなって。 なにも見捨てる訳じゃねえし、出来ないとは言ってないだろ?」

「で、でも……わたし、またこの間の時みたいにフリードを……」

 

 心配事は山のように。

 少女が胸を押さえるように、強くつかみ、視線を下げる。 何度だって頑張った、必至で抑えようとした力を、いまさらどうやって操れば良いのだろうか。

 ついこの間だって、悟空が居なければティアナもスバルも、それにエリオもみんな大変なことになって居たはずだ。 それが、怖い。 彼女は、何より他者を傷つけるのが怖いのだ。

 

「練習あるのみだろ」

「……でも」

「大丈夫だって。 ほら、オラさっき金髪だったろ? アレになると気が一気に膨れあがるけど、そわそわして落ち着かなくなるんだ」

「そわそわ……?」

「あぁ、言っちまうと、平気で相手、殺しちまおうって気になったりな」

「!?!?」

「でも修行して、今の状態まで出来るようになったんだぞ?」

「たしかに昨日までそんなそぶり。 ……そ、そんなことが……だったら、わたしも……」

 

 そして、彼自身も知らないが、それ以上の凶暴性を見事乗り越え、自身の力に変える事にも成功したことがある。 そんな精神修行のプロがこうまで言ってくれるのだ、心なしかキャロの表情から不安が薄れていく。

 

「ティアナ、スバル。 おめえ達は普通に修行だぞ、覚悟しろよ」

「は、はい!」

「ぅぅ、やっと乗り切ったと思ったらまた一大事に」

「安心しろスバル。 もうサバイバルはやんねえからな」

「……ほっ」

「明日からはオラと延々組み手だ」

「いやあああああああああああああ!!!」

 

 スバルの絶叫が木霊しつつ、今日の修行が始まってしまう…………

 

 

 彼女達は知らなかった。 この、朗らかそうで人畜無害な男が、どれほどの地獄をこの世に持ち込むだなんて。

 

 そして、その結果まさか、管理局がひっくり返るだなんて。

 

 様々な思惑が交錯する彼等の修行はいま、ようやく始まろうとしていた。

 

 




悟空「おっす! オラ悟空!!」

ティアナ「負けるか……負けて成るもんですか!!」

キャロ「わたし……もう……だめ……」

悟空「なんだおめえ達、もうへばったのか? まったく、おんな連中はみんなだらしねえなぁ」

女子連中『……む』

悟空「見て見ろ、まだあっちは勢いおちてねえぞ」

エリオ「すみません! おひつおかわりで!」

スバル「んー! ごはんおいしー!!」

ティアナ「悟空さん、一応片方は女子なんですけど」

悟空「え? あ、そっか! そういやそうだったな! あまりにいい食いっぷりだったからつい」

キャロ「フリード、コッチのニンジンあげる」

フリード「……けふっ」

悟空「あ! 好き嫌いはダメだぞ? ……そっちの方もおいおい修行だな。 んじゃ次回!!」

ティアナ「魔法少女リリカルなのは~遙かなる悟空伝説~ 第90話」




なのは「ちょっと、頭冷やそうか……?」



全員「………………ひぇっ!!?」

悟空「お!? おめぇ随分見違えたな! ははっ! そうか、おめえがなぁ」

なのは「…………」

悟空「ん? おーい! どうかしたんかー?」

なのは「…………しらないもん」

悟空「しらねえって事はねえだろうに。 ま、いっか!」

スバル「あれ絶対良くない」

ティアナ「次までになんとかしてください悟空さん!!」

キャロ「で、ではまた……あ、はは……」


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第90話 …………ちょっと、頭冷やそうか?

 

 

 

 ついに、このときが来た。

 

 現実は数年でも、心の中では永遠とも思えた孤独の時間。

 友は居た。 仲間も居た。 だけど、彼女が真に欲したものはいつまで経っても現れてはくれなかった。 でも、ソレがいつかは目の前に現れるのはわかってて、だから、彼女は常に鍛錬を怠らなかった。 

 なまくらとなった自身を、彼には決して見せたくなかったから。

 

 一時期、彼がやってきたと噂が流れたが、渡された資料にはまったく別人の顔が印字されており、只の偶然だと肩を落としたのはもう、遠い記憶である。

 

 

 ずっと憧れていたあの、山吹色の背中。

 いつだって傷つき、倒れ、それでも立ち上がった偉大な英雄。 そんな彼を追いかけて、走って、手を伸ばして―――――

 

 

「…………あ、夢」

 

 その姿が霧散したところで、彼女はうつつへと舞い戻ってきた。 “彼”の居ない、退屈な世界へと…………

 

「……日課、やらなくちゃ」

 

 呟き、起き上がった彼女は両手両足にリストバンドを着け、スポーツ用ジャージに着替えると外を走って行く。

 息も切らさず、平坦で、真っ直ぐな未知を只延々と。 だが、しかし。

 

「え? 転属ですか……?」

 

 転機が訪れる。

 別に、自身は何も問題は起こしていないはずだ。 順調に進んでいた進路を、なぜ変えさせられるのだろうか。 聞いても答えられないと、口を閉ざしてしまった上司に一瞬でも眉を上げてしまった彼女は、相当に疲れていた。

 あの噂の愚連隊を?

 どうしてもキミに行って欲しい。

 ……わかりました。

 

 そんな3行で終わる会話で、自身の勤め先が変わってしまえば、嫌でも落胆してしまう。

 

「…………どうしよう」

 

 迷う。 このままで良いのだろうか。

 

 思う。 最近感じる、かみ合いの無さ。

 

 でも、わからない。 何処で自身がボタンを掛け違えたかなんて、もう、気にする余裕が彼女にはなかった。

 

 だって、その上司がどれほど彼女の事を考えて“あの部隊に送り出した”かなんて思おうともしなかったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悟空教室 3日目。 そろそろ新人達も彼のしごきに常識をゴリゴリ削られすぎて、反論する意思も残っていないのだろう。 うつろな目をしながら超重量の装備で訓練を続行している。

 ときには山を、ときには川を、そしてたまーに崖を駈け上がっていく姿は、もう、魔法とか少女とか関係ない世界に突入していた。

 

「ほれほれどうした? そんなんじゃ昼飯には間に合わないぞ?」

「このこの! なんで当たりもしないの!!?」

 

 一人爆発的な体力を遺憾なく発揮したスバルはいま、悟空の言葉通り、みっちりと組み手をさせられていた。

 なのだが、ソレがもう非道いの一言。

 隙をうかがおうと防戦になれば防御ごと貫く一撃で落とされ、なんとか躱して反撃に出ようとするとカウンターの餌食。 まぁ、わかっていた事態ではあるが、此方が息も切れ切れでやっているのに、鼻歌交じりで踊るようにいなされるのは、自信を真っ向からたたき折られるようで悲惨。

 

「ぜぇはぁ……!! ティアナ・ランスター! 山登り10週、終わりました!!」

「よし、おめぇも組み手混るか」

「喜んで!!!」

「……ティア、気合がヤバいよ」

 

 訓練校時代、卒業試験ですらこんな必至にはならなかった。 そんな彼女の姿を見て、スバルは握りの甘かった拳に力を込め直す。

 

「やるわよスバル!」

「…………うん、行こう!!」

「よし、かかってこい!!!」

 

 その気概に当てられて、スバルが一気に燃え上がる。 先ほどまでのあきらめ半分な突撃から打って変わって、洗練され続ける動きに、一瞬、あの悟空が目を見張る。

 

「おりゃあああ!!」

「けどな、がら空きだぞ!!」

「そんなことわかってる……ティア!!」

「えぇ!!」

 

 スバルの攻撃の隙を縫うように怒濤の弾丸が悟空を襲う。 通常ならば一発が失神ものの強力な銃弾を、悟空は腕を払うようにして次々と切り払っていく。

 

 腕は封じた。 ならば後はわかっているな?

 

 言葉も無く交わされた作戦に、スバルは即座にスライディング。 がら空きとなった悟空の足下へ奇襲を仕掛ける。

 

「ウリャアアアアア!!!」

「……狙いは良いぞ、だけど甘いな」

「ぐああ!!?」

「ウソ!? しっぽで!?」

 

 悟空の鍛え抜かれた身体は四肢だけではない。

 あの、細くしなやかな尾っぽだって、立派に鍛えた鋼鉄並みの強度を持った武器になる。 サイヤ人の弱点とも言える諸刃の剣でスバルをはたき落とした悟空は、そのまま宙に向けて掌底を放つ。

 

「ぎゃん!?」

「ぐぅぅぅ!!」

 

 吹き飛ぶ二人。

 空間を叩くという絶技を前にして、エリオとキャロは言葉を失い、過去のトラウマか小龍フリードは少女の裾を甘噛みして震えている。

 だが、彼等が驚くのはまだこれからである。

 

「まだ、まだ……!!」

「やってやる……ここまで来たんなら!!」

「いいぞ、おめえ達すげえガッツだ! オラもワクワクしちまったぞ」

 

 圧倒的な戦力差があるにもかかわらず、彼女達の闘志を前に悟空のやる気が一気に燃焼する。 拳を作り、一声を上げると彼の周囲が陥没する。

 

「ダァアアアアアアアアアアアアアア!!」

「来る、おじさんのほんのちょっとホンキが!!」

「…………それ、ホンキって言うの?」

「だああああああ!!」

 

 変わる。

 あの黒髪黒目のサイヤ人が、その身体を黄金色に染め上がる。 新人相手にそこまでするか? はやてが見たら激怒ものだが、燃え上がっている彼女達からすればこれ以上の栄誉はないだろう。

 

「行くぞ、まずは残像拳だ!!」

「おじさんが増えた!?」

「そう見えるだけ! ……落ち着いて、視覚の情報に惑わされないで」

「…………精神集中は苦手なんだけど」

 

 スバル、ティアナに応じて6対に増えた悟空が彼女達の周囲を取り囲む。

 数秒のあと、動けない彼女達に対して一気に攻め込む一体の影。 ソレに銃撃を見舞うティアナだが、同時、スバルは真後ろに拳を打ち出していた。

 

「――スバル、正解だ」

「ううん、ティアが背中を守ってくれたからだよ」

「……へへ、そうだな」

「スバル! 一斉射撃よ!!」

「了解!」

 

 一気に霧散した残像達を捨て置き、ティアナがクロスファイヤーを唱え終え、スバルは腕の螺旋を最高回転にまで高める。

 

 撃ち出す。

 打ち出す。

 

 二人の最大攻撃が悟空へ襲いかかる中、彼はなんと目を見開き一括した。

 

「はぁぁぁああああああああああああああああああ!!」

『かき消した?!』

 

 気合だけの迎撃に、今度こそ全員が度肝を抜かれる。

 

「あのヒト、やっぱムチャクチャだよ」

「そんなこと入社当時からわかってたでしょう!」

「スバルさんにティアナさんも決してレベルは低くないはずなのに、あんな、まるで子供とオトナのように……」

「……実際にそれくらいの年齢差はあるみたいだけど」

「ものの例えだよキャロ」

「あ、うん……」

 

 一斉射撃を腕も使わずに対処してしまう相手に、これ以上なにをどうしろって言うのか。

 そんな絶望一歩手前の彼等に対して、孫悟空は昔やられたあの恒例行事をすることにした。

 

「これは、超サイヤ人。 普通のサイヤ人形態の一個上の変身だ」

「変身一つでここまでいくの?」

「でもたしかおじさんって……」

「そしてオラは、なんと変身をあと2個残している。 ……これの意味がわかるな?」

『わかりたく有りません!!!!!』

「およ?」

 

 ほんのちょっとしたジョークのつもりが、あまりにも受けが悪かった上司の絵。 別に彼等にそれを披露するつもりはないが、発破を駆けるつもりだったこれは見事に失敗。 先ほどまでの炎が一気に鎮火してしまい。 彼女達は尻餅をついてしまう。

 

「もう限界……!」

「あー! もうだめ!!」

「なんだおめえ達、もうスタミナ切れか?」

「だってそんな化け物みたいな変身をあと2個……おじさんちょっとおかしいよ」

「……悟空さん、手加減してるんだけど力加減が間違ってるんですよ」

「んーそんなことねえと思うんだけどなぁ」

 

 だってそれくらい強くならないと勝てない相手がわんさか来る世界なのだ。 悟空の異常性は仕方が無い。

 そんな異常戦闘力(此方の世界比較)孫悟空だが、そんな彼の目の前に唐突に開かれるウィンドウ。 紫色の窓枠が入ったソレは直属の上司のもの。 彼は表情も変えず、その窓枠にタッチする。

 

「おっす! はやて、元気してっか?」

「おはようごくう、そっちも元気そうでよかった」

「おう、ついでにひよっこ達も元気してるぞ」

『おはよう……ございま……す』

「……死屍累々なのですがそれは」

「大ぇ丈夫、後で気合入れとくさ」

「それってそういう意味だよね? 後ろに物理ってつかないよね?」

「何言ってんだおめぇ?」

「普通に、元気にしてあげてって言ってるんよ?」

 

 窓枠越しにはやてが背中も凍るようなとびっきりの笑顔。 凍結魔法もかくやという絶対零度の微笑みだが、日輪よりも輝く超サイヤ人には涼風がごとし。 笑って受け流す悟空に、新人社員全員がその胆力に驚愕する。

 

「んで? おめえが直接連絡よこすって事は何かあったんだろ? もめ事か?」

「あ、それは大丈夫。 だから嬉しそうに腕を回すのはよそうね」

「……ちぇ」

「残念そうにしない。 あ、でも……」

「なんだ?」

「ある意味、厄介事なのは間違いないかも」

「へぇ、ソレは楽しみだな」

 

 一体どんなハチャメチャが押し寄せてくるのか。 興味が尽きない話に男が燃え上がろうとする中、はやては即座にトドメを刺す。

 

「こんど、ウチの部署に監察官が来ます」

「かんさつ? …………かん、殺? 新しい技か!?」

「……ティアナちゃん、監察官ってわかる?」

「え、あ、はい! 管理局内の不正や不祥事と見られる行為に対して、その盗り……まりを行っている組織です!」

「はい正解。 あとで花丸あげちゃうんよ」

「ありがとう、ございます……?」

 

 正解なのは良いことだが、ソレが一体何なのだろう? すこし、疑問に思ったティアナだが、彼女は気がついていない。 いいや、もう忘れてしまっている。 自分が今、何処で何の仕事に就いているかを。

 

「一応、うちの部署は変わり者って事で煙たられてるんよ。 ほら、ごくうがイロイロやらかしてるから」

「なんだ、そこはオラだけじゃねえだろ?」

「うん、9:1で悟空だけのせいじゃないんよ? けど、やってることはイロイロ問題があるのは事実や」

「なんでだ?」

「……魔法を組み込んだ訓練を一切してないとこやね」

「あぁ!」

「あぁ……! じゃない!! もう、少しはソッチ関係のイロハも組み込んだらどうなん!?」

「でもこいつ等さぁ、ユーノやなのは達と違って魔法も体力も全然でさ。 だから、基礎から教えてるんだけどまだ時間が足りねえんだ。 もう少ししたらソッチ関係を教えるつもりなんだけどさ」

「うん、だから、魔法関係を教えてますよってアピールが必要なんよ」

「ん?」

「今日はね、その教えるための教官と、それをチェックする監察官の人が来るって情報を教えよ思うて」

「ふーん」

 

 そう言ったはやては、なぜだかとてもいい笑顔である。

 ソレに一抹の不安を覚えたのは悟空以外の全員。 だから皆が悟空を見た。 貴方、ナニカ心当たりがアルのでしょう? ……と。

 

「そいつ、もしかしてオラが知っている奴か?」

「あ、それはどうかなぁ?」

「なんだ、やっぱ知ってる奴か。 だれだ? クロノか? それともリンディか?」

「……前から思ってたけどこの曹長さん、なんで上役の人とこんなに顔見知りなの?」

「……そりゃおじさんだもん。 ずっと前に世界を救ったときに色々あったんでしょ?」

「え!? 悟空さんが世界を――どういうことですか?!」

「でもあの人なら何だってやりそうだよね……あはは」

 

 激戦を乗り越えた戦士だから、と言うのが正解だろうか。 そんな超戦士がはやてと談笑する中、ティアナだけは少しだけ落ち着きがなかったりする。 だって、監察官が来るというのだ。

 現状、悟空と縁があって監察官など、彼女の中では一人しか居ない。

 

「もしかして……」

「あー、これはアレだね。 ティア、お兄さん来ちゃうんじゃないの?」

「うん、そんな気がする」

 

 ……だがそんな彼女の期待も、すぐさま粉砕することとなる。

 

「うん、その人はまだ監察官には成ってないんやけど、ほとんど内定扱いなんよ」

「……え?」

「あちゃあ、これは違ったね。 ざんねんティア」

「それで、教官というのもこれまた最近昇進した人がおんねんな」

「なんだなんだ? オラんとこには新入りしかこねえな」

「仕方がないンよ、だってウチはそう言うところやから…………あはは」

『……ここってどういうとこなんだろう』

「でもまぁ、そんな悪い話じゃないんよ? 絶対、戦力的には管理局の上位に位置する人物やから」

「へぇ、おめえがそこまで言うのは中々居ねえからな。 こりゃ、楽しみになってきたぞ」

 

 武道は悟空が、魔道はその教官が。 見事に役割分担が出来るこの部隊。 ますます、訓練に磨きがかかるというものだろう。 ……新入り達が、保ってくれるならば、だが。

 

「んで、そいつ等はいつから来るんだ? 明日か?」

「うんん、来週明けくらいかな」

「じゃあソレまでにはこいつ等に気の扱い方までは覚えさせておかねえとな」

「うぇ!?」

「そんじゃ、オラこいつ等と組み手やっから、またこんどな?」

「ちょ、ごくう今組み手って――え? もうそこまで行って、ちょまってごくう――――」

 

 ブツリと、悟空がチョップで回線を切ると、彼はそのまま振り返る。

 

 そのときの彼の顔ったらもう……スバルはおろか、ティアナだって一生忘れないだろう。

 

「よし! こうなったらおめえ達には世界一、いや、どうせなら天下一を目指してもらうかんな!」

「……どうして、こうなった」

「あと一週間か。 うっし! そんじゃその間に10年修行した成果を出させてやるかんな!!」

「…………なんで、どうして……」

「もしかしたら界王拳とかもマスターしちまうんじゃねえか? いやぁ、オラ楽しみだぞ」

「フリード……たすけて」

「よぉし! いっちょやっかぁ!」

「前略、兄上様――――先立つ不孝をお許しください」

 

 皆が死を覚悟した。

 なぜだかやる気に溢れている孫悟空に対して、新人達のテンションはみるみる下がっていく。

 

 けどソレも仕方がないだろう。

 だって悟空には今度来る人間の見当が付いてしまったのだから。 ここ最近膨れあがってきている懐かしい気は間違いなく悟空のほうへ近付いてきている。

 あの、懐かしい二人がもうすぐ彼の前に現れるのだ。

 

 いつ以来、だったろうか……?

 

 悟空は彼女達の驚く顔見たさに、自身の部下と共に“おのれすらも鍛えていこうとしていたのだった”

 

 

 

 そして、長い一週間が過ぎていった。

 

 

 

 その速さったらまるで悟空が蛇の未知を駆け抜けるように早かった。 行きは半年、帰りは半日。 そんな狂った時間感覚のなかで新人達は見事自分の殻を破ることに成功していた。

 ……けれど、本人達に自覚はない。

 

 残念ながら、自身の成長を試すのが悟空しか居ないのだ。 いつだって一対多数。 悟空相手に徒党を組み、こてんぱんにされる毎日を送っていく彼等彼女達は、わからなかったのだ。 段階的に彼が手加減を解いていく度に、実力が飛躍的に上昇していって居るなんて。

 

 まるで、無印からいきなりナメック星編に突入したかのようなパワーインフレは、しかし孫悟空(りふじん)を前にして、その自覚を鈍らせていたのだ。

 

 なんやかんやあって、ついに約束の日がやってくる。

 

 この戦闘力インフレが始まり、狂った職場に彼女達がやってくる。

 

 だが待って欲しい。 この程度の戦闘力インフレなど、とうの昔に始まっていることを、思い出さなくてはならない。

 そう、彼女達、初代魔法少女たちはもう、子供の頃からソレはもうえげつない悟空戦闘をくぐり抜けてきた立派な猛者なのだ。 ソレが数年間、自己学習だけとはいえ時間を与えたらどうなるか……答えは、もうすぐわかるはずである。

 

 

 

 

 あれから、かなりの修羅場をくぐり抜けていった。

 今日も朝から集まるが、孫悟空は外様用の金髪碧眼。 服装も胴着ではなく窮屈な隊服と、少しだらけたネクタイである。 そんな彼が部屋の中に入っていくと、疲れた顔の子供達が死にそうな雰囲気で出迎える。

 

「おっす! みんな、今日も元気そうだな」

「……おはようございます」

「うぅ、筋肉痛が……」

「疲れが抜けない……」

「すぴぃ……すやぁ……」

「きゅるる!!」

「うぁ!? ごめん、フリード」

 

 満身創痍の新人達。 だが、此れでも十分軽傷である。 あの悟空の気合が詰まった修行をみっちり1週間受け続け、病院送りになって居ないのだから。

 

「さてと、今日が約束の日なんだけど……誰もこねえな」

「まさかの誤報?」

「……ついに見放されたのかな」

「なに言って……いや、そんなまさか」

「ボクたちどうなっちゃうんだろう」

 

 思い思いの新人達に、悟空は「まぁまぁ」だなんてなだめる始末。 おおらかなのか楽観的なのか見分けが難しい彼に皆が不安になる。

 

「ん?」

「おじさん?」

「ははっ! どうやら到着のようだ」

『!!』

 

 悟空が彼等の真後ろをのぞき込むと、そこには大きな魔方陣が描かれていく。 どうやら短距離の転移魔法を使っているようだが、それでも新人達にとってはこの魔法でも驚愕に値する代物である。

 そして、その輝きから現れた人物に、一同は驚愕することとなる。

 

 

「おはようございます、初めまして……かな? 高町なのは3等空尉です、今日からよろしくね」

「あ、あああああのヒトは!?」

「すごい、本物だ……!」

「不死鳥の高町……」

「たしか5年前に大規模な爆発事故から味方部隊を全員守り切って、自身は復帰不可能な傷を負ったけど、その1年後に奇跡の復活を遂げたって言うあの!!!」

「あ、はは……どうも」

 

 新入り達が驚愕に沸きたち、その声になの波がどうしてか萎縮する。

 その姿に、少しだけ心当たりがある悟空は、彼女に一歩、近付こうとした。

 

「……っ」

「ん?」

 

 踏み出したとたん、彼女は同じ歩幅で遠ざかる。 どうした? なんて顔をした悟空だが、彼女が答えることはなかった。

 

「ま、いっか」

「……………………ぜんぜんよくないよ」

「ん? そうなんか?」

「――――ッ!?」

「なにぶつくさ言ってるんだなのは。 ほれ、おめぇこいつ等に魔法教えに来たんだろ? 少しは師匠らしいことしてやんねえとな」

「う、うん……」

 

 緊張か、はたまた接し方がわからない不器用さか。 うつむきながら悟空に返事をした彼女は、表情を切り替えて新人達に教鞭を執る。

 

 ここに来て、初めての座学。

 それ自体に皆が感動を覚え、中には涙ぐみながら魔法の鍛錬に打ち込む者さえいる。

 

「凄い! あんなにむずかしかった教本がとっても読みやすくなった!!」

「言葉しか聞いてないのにドンドン魔法を覚えていくよう……!」

「そっか……これが、魔法!!」

 

 どれだけ魔法をないがしろにされたのだろうか……

 ここは時空管理局のはずだ。 ならば、まずは基礎魔法が出来る事が前提なのだが、彼等はその基礎中の基礎、念話すら難しいという劣化具合であった。 そこからはもう、なのはがざっと作ったマニュアルで彼等の基礎訓練を行っていく。

 

「なのはさん! 観てください!! これ、ちょっとだけなのさんの“ディバインバスター”をまねてみたんです!」

「凄い! アレを素手で真似ちゃうなんて」

「アクセルシューターってとても応用力があって、アタシにあってるかも……」

「いきなり6個操作……」

「へぇ、スバルとティアナはなのはの魔法と相性が良さそうだな」

「いや、ちょっとまって……みんなの覚える速度が尋常じゃないんだけど」

「そうか? こんなもんだぞ」

「そうだね……初見で砲撃魔法みたいなかめはめ波を完コピした誰かさんから見たらこれが普通だよね……」

 

 下地は既にできあがっているのだ。 それも超巨大高層ビルを作る勢いの下地が。

 ならば、そこに各々の特性にあった修行方法を課せば、その成長速度はもう音速を超えていくだろう。 

 此れには、元祖悟空教室受講者のなのはすら驚愕し、改めて悟空の修行方法の過酷さを思い知る。

 

「でだ、のこりのこいつ等だけど」

「うん。 コッチの子は高速接近戦闘だよね、ならフェイトちゃんと相性が良いかも」

「で、キャロは……そうだな、こいつはこれまで通りオラと修行していくか」

「え!? わたしは魔法を教えてくれないんですか!?」

「おめえはもう身体作りが軌道に乗ったかんな。 だから、オラと一緒に今度、別の奴にイロイロ教わればいい」

「……え?」

「そいつは何でも出来るし、昔大暴れして、なんとか正気を取り戻したって言うテンではフリードと似てる。 だからきっと、アイツが師匠としては適任だ」

「は、はぁ……?」

 

 フリードよりも、悟空よりも大暴れした存在など想像も出来ないが、すぐ横でなのはだけが納得していた。

 

「……結構、センセイ出来るんだよね悟空くん」

「なんだよなのは、おめえを鍛えたのもオラだろ?」

「そ、それはそうだけど……でも、やっぱり悟空くんだし」

「―――え!? 高町さんを鍛えたって!?」

「どういうことおじさん!!」

「なんだおめえ達、聞いてなかったんか? オラ随分前になのはたちの地球にいてさ、そんときに色々と修行してたんだ」

「まさかそんなことが……!」

「な、納得した。 そりゃ悟空さんに修行してもらってたらあそこまで強いはずだよね」

 

 先ほどの不死鳥発言も、悟空が絡めばあら不思議。 なんてことはない、只頑丈だったと納得した彼女達は悟空となのはを見比べて一斉に頷いていた。

 

 さて、ここまではなのは主体の教室であったが、ここでいよいよ選手交代。

 孫悟空が金髪を揺らめかすと、同時、新人達が身構える。

 

「え、なに!? なにが起きようとしているの!?」

「いや、別になにもねえけど」

「うそだ! そうやっておじさんは欺そうとしてる!!」

「みんな気をつけて! いつ残像拳から背後を盗られて気絶させられるかわかったモンじゃない!!」

「キャロ、ボクの後ろに……」

「う、うん」

「…………容赦のなさに磨きがかかってるよ悟空くん」

 

 目に見えて警戒している彼等を見れば、今までどのような扱いだったのかが手に取るようにわかる。

 かなりキツい修行を課せられた彼だが、実際、なにをどうやって“ここまで鍛えられた”かに興味はある。 だから、彼女は止めなかった。 ごく自然に、本当、何でも無いようになの波は新人達に処刑宣言を言い渡したのだ。

 

 

 

「それじゃ、みんなで模擬戦いこっか?」

「うっし! さすがなのはだ、わかってんな」

「あ、あわわ……う、うん」

『……………………死んだ』

 

 

 らんらんと輝かせたのは一体誰の瞳だったか。

 新人達の本当の地獄が今、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 荒野。 脆弱な生物では3日と生きていけない過酷な環境であり、ある程度の被害を気にしなくても平気な戦士達にとってポピュラーな戦闘場所である。

 古来よりこのような地形では、闘いの最終決戦が行われていったが…………さて、今日は一体誰の最終決戦が行われようかというのか。

 

 ………………まぁ、正直いってすべてがどうでもいいのが高町なのはの感想であった。

 

 だってそうではないか? いま目の前に“彼”が居る。

 先ほどのまったく似合わない制服から着替えて、あの、山吹色の戦士に戻った瞬間から、高町なのはの思考力は完全に消失した。

 

 新人研修? もうそれどころではない。

 9才の時から8年の月日が流れた17才の彼女にとってその年月は人生の半分と言えるだろう。 その長時間、あの、脳裏にさえ焼き付いた強烈な憧れは自身も思わぬ速度で膨れあがり、こうやってあの頃と変わらぬ姿で、より一層強く輝いていれば、もう、ソレはとんでもない事になって居る。

 

「はぁ……はぁ……」

「おいなのは! ぼさっとすんな!!」

 

 ソレがどう彼に写ったか知らぬが、なんとか自身の変調に気がつかれては居ないようだ。

 

 飛行魔法でフラフラと浮き上がると、彼女はそっと呪文を口にする。

 

「よし、まずはスバルだな。 堅い防御で突撃するなのはと、おめえとの戦闘タイプならうまいことかみ合ってる。 どんと当たってけ」

「うん! 頑張る」

 

 何だか声が聞こえた気がした。 ……あぁ、そうだ、自分は今教道を行っているのだ。 なら、早くしなくては。

 

 えっと、何だったか……そうだ、攻撃すれば良いのだろう。

 

「ディバイィィィィィィィィン――バスター―――!!!」

「え、あ、ちょ!!?」

「あ、あぁ……!」

 

 瞬間、スバルが光りの中に消えていく。

 あまりにもあっけなく丸焼きにされた少女に、皆が言葉を失う。 なんとか瞬間移動で彼女を回収した悟空は、一応スバルの首元に手を触れる。

 ビクンとおっかない反応ではあったがとりあえず脈はある。 地面に横たえると、少しだけ怪訝そうな顔をしてのこりの人間を見た。

 

「ちょっとまって!? スバルが一瞬で!!」

「あの潜在能力だけなら最強のスバルさんが」

「こわくない……こわくない……!!」

「…………流石なのはだ、一撃でみんなの緊張をあおりやがった」

 

 違う、そうじゃない。

 そんなツッコミさえ出せない現状で、容赦なく次を催促するなのは。

 

「教道……教道…………」

「凄いやる気だぞなのは。 アイツ、頑張ってるんだな」

「あの悟空さん、致命的になにかが可笑しいんですけど……」

「そうか? まぁ、そうだな。 アイツ、まだまだこんなもんじゃ無いもんな」

「そうじゃなくって!!」

「エクセリオン――――――バスタぁぁああああああああああ」

「…………ひぇ!!」

 

 一瞬、極太の光りがティアナの顔を横切ると、遠くで爆音が唸る。

 今の一撃にどれほどの魔力が注ぎ込まれたのだろう。 参考にすらならない圧縮率に尋常じゃない収束率で来る魔力塊に岩山が貫孔され、曇った空を孔から覗かせる。

 

 ……アレを受けたらどうなるか?

 一瞬で浮かび上がる疑問は、やはり一瞬の後で回答が出る。

 

「おめえ達、死ぬなよ?」

『だったらタスケテくださいよセンセイ!!!!』

「それじゃ修行になんねえだろ」

『死んだら修行が出来なくなるんですよ!!?』

「え? そんなことねえ、別にあの世でも修行できっぞ」

『……はい?』

「なんなら今度連れてってやるか」

『……………………死?』

 

 もうどこから何処までが冗談なのかがわからないが、一つだけわかる事が有る。

 

「星の……光よ……集まれ――」

「あばばばば!! 高町さん、周りに凄い魔力が!!」

「あ、あれ知ってる!! 高町さんのスターライトブレイカー!!」

「……あの、悟空さん」

「あぁ、あれはちぃとまずいな」

「こわくない……こわくない……!!」

「なのは、おめぇどうしちまったんだ?」

 

 何故か前後不覚ななのはに、悟空はそっと拳を握る。

 一瞬、彼の身体が隆起すると、迸る気が上空に向けて駆け抜ける。

 

「いいかおめえ達」

「こ、こんなときになにを――!?」

「これが、さっき言ってた次の変身。 超サイヤ人2だ」

「……へ?」

「おじ、さん……?」

「悟空さん、なにを」

 

 暴走したなのはの魔力を、何ら被害無く吹き飛ばすつもりだ。 だが、それには今の自分はあまりにも修行不足。 平和ぼけした現在に染まりすぎ、研鑽を怠けた彼には、今現状なのはが放つ星の輝きは、少々巨大すぎた。

 なら、どうするか。

 

 そんな物決まって居る。

 

「そして」

「スターライト…………」

「これが超サイヤ人の壁を、さらに、そのさらに越えた――――」

「ブレイカーーー!!!」

『!!?』

 

 瞬間、世界が竦み、震え上がった気がした。

 

 高町なのはがたたき落とした魔力による星光は、確かに大地を砕き、世界を揺るがす力を持っていた。

 だからこの男は、完膚なきまでにそれを叩き潰す選択をしたのだ。

 

 

「■■――――――――爆発―――――ッ!!!!」

 

 

 新人達の目に黄金が焼き付けられる。

 

 あまりにも壮大で、強大で、巨大。 尋常ならざるその輝きは、驚くことなかれ人がつくりし業に他ならず、孫悟空が放出した気と衝撃波が、視覚にまでダメージを与えた結果に過ぎない。

 だけど、だ。 その光景のなんと恐ろしくも美しい事だろうか。

 

 出来る事ならば触れてしまいたくなるほどの黄金色に、破壊の象徴であった星光など、一瞬でかき消され、空の彼方へ吹き飛ばされていく。

 

 後に残るのはようやく正気を取り戻したなのはと…………

 

「…………ぐっ?!」

「おじさん!?」

「ご、悟空……くん? ――――悟空くん!!!!」

 

 力なく膝を付く、黒髪のサイヤ人只一人であった。

 

「ご、ごめんなさい! わたし、急に前後がわからなくなって……それで、それで――!!」

「あぁ、わかってるさ。 おめぇの中にあった気が、怪しい動きをしてたかんな。 おそらく、なんか有ったんだなって思っては居たけど……」

「うん、最近何だかおかしくて、わたし……」

「いやぁ、おめぇも随分やるようになった。 オラもまだまだだなぁ」

「ソレは悟空くんがわたしの分まで全部“持って行った”から!」

「まぁな……」

 

 ようやく正気に戻ったなのはが、悟空を担ぎ上げようとしたときだ、彼の身体から見覚えのある光りがこぼれ出す。

 

「こ、これ……この蒼い光は」

「おじさん……!」

「ちょっと、これどうなってるの……」

「悟空さんが……」

「あ、あぁ……」

 

 まるで悟空から逃げ出すかのようにあふれ出す光りは、そのまま霧散し、消えて言ってしまう。

 この光景、この現象すべてに覚えがあるのは、やはりなのはだ。 “異様に軽くなった重荷”である悟空を見ると、彼女は愕然とする。

 

………………小さいのだ、彼の姿が。

 

 小学生から中学生程度の、それでもまだ小さいと断言できる程にダウンサイジングされた姿は、懐かしくもあり、もう二度と見ることは無いと思っていた姿。

 

 そうだ、孫悟空は……縮んでいた。

 

 

「あれ? おらどうしたんだ?」

「にゃはは……これは参ったな」

「え、あ……どうなってるの」

「随分懐かしい姿になっちゃった」

「キャロ、ボクどうにかなったみたいだ……悟空さんが子供に見える」

「うん、わたしも」

 

 あまりの事態に動揺が隠せなくなったなのはと、もう、事態について行けない新人達は顔を見合わせることしか出来ない。 そのなかで、ユルユルと尻尾を揺さぶる悟空のなんと無邪気な事か。 空気も読めず、ただ、なのはに抱きかかえられるだけの少年は、一言、こう呟くのであった。

 

「なんだおめぇ、どうしてオラのこと掴まえてんだ?」

「…………どうしよう、本当に困った」

「なぁ、ここはいったいどこなんだ?」

 

 ソレだけ聞けば彼がどれほど最悪かがわかってしまう。

 自身に起こった不都合に、彼に降りかかった災難、それらがかみ合わさった結果、いま、この悟空教室は未曾有のピンチを迎えようとしていた――――…………

 

「…………っと、ごめんなのはお待たせ……って、どうしたの!?」

「わかんない……わたしにもなにもわからないんだ。 ナニカが、かみ合ってない気がするとしか……」

「そんな……そんな……」

 

 最悪の事態に、遅れてやってきた……フェイト。

 彼女はなのはの腕の中でもがいている悟空を見ると、膝から崩れ落ちてその表情を崩し、嗚咽を漏らす。

 尻尾が揺れ動き、ボサボサの髪がその挙動と相まって不可思議な揺れ方をすると、同時、フェイトの中のナニカが弾けた。

 

「どうして悟空がこんなにかわいくなっちゃってるの!!!!?」

「…………いまそれどころじゃないんだよ」

「かわいい……外見年齢だけ逆転したからか、今の悟空がとんでもなくかわいく見える!! 無理! 呼吸できない!!」

「――――――――少し、頭冷やそうか」

「うぐッ?!」

 

 長らく会っていなかったせいなのか、あまりにも空気が読めていないフェイトの首に手刀を落としたなのはが、ゆっくりと立ち上がりながらフェイトを担ぎ上げて周囲を見渡す。

 すこし遠くに意識を向けると、彼女は中空に画面を展開し、そのまま通信を行う。

 どうやら、部隊長のはやてに連絡をする気らしい。

 新人達が、この混乱を極めた状況で震えている中、なのはは一人、ある意味での処刑宣告を言い渡さなけらばならない事に、深く、ため息をつく。

 

「…………ごめんはやてちゃん、やっちゃった」

【やっちゃったって……え、ごくう小さくない?】

「うん。 とりあえず報告書は後でフェイトちゃんが提出するから、医務室を貸してくれるとうれしいかな」

【あ……うん……】

 

 そう言って、本日遅れてきた戦友にすべてを放り投げつつ、なのははこの荒野世界から、新人を引き連れ、転移魔法にて離脱していくのであった。

 

 

 ついさっきまで気づけなかった自身の変調を、深く、冷静に、考えていきながら…………

 

 

 




悟空「おっす、おら悟空!」

なのは「なんで、あんな事をしたのか……自分が自分じゃなかったみたい」

はやて「わかる。 わかるよなのはちゃん。 わたしもときどき怒りで我を忘れそうになるんやで。 主に悟空の始末書を代筆しているときとか」

なのは「ちがうの! そう言うのじゃ無くて……」

フェイト「わかるよなのは。 あの姿の悟空を見たら誰だって母性を刺激される。 何だろう、この年になってあの様子の悟空を見ると……あぁ、男の子なんだなって」

なのは「フェイトちゃん、今度滝に打たれた方が良いと思うよ」

フェイト「…………うん、自分でもそう思える理性は一応残ってる」

なのは「よかった。 あれでも一応悟空くんは3周りくらい年上なんだからね? 妻子が居るんだからね?」

フェイト「うん」

スバル「とてもそうには見えない」

ティアナ「お兄ちゃんと同年代って言ってもわからない」

悟空「おーい! みんな早く修行しよーぜ! なんだかわかんねえけど、コイツが修行付けてくれるんだってよ!」

漆黒の堕天使さん「……ドウモ、ハジメマシテ」

悟空「よろしくな、おらバンバン強くなっちまうぞ!」

漆黒の堕天使さん「こまった……」

はやて「がんばれ……頑張って……よし、次回!!」

なのは「魔法少女リリカルなのは~遙かなる悟空伝説~ 第91話」

スバル「隠し子!? 悟空を慕う謎の少女」

悟空「なぁ、おめえなんでおらについてくんだ?」

???「いっしょがいい……」

悟空「じゃまだなぁ、おら修行がしてぇんだけど」

???「うぇ……」

悟空「泣いちゃった……なのはー! コイツどうにかしてくれー!」

なのは「…………まずは悟空くんからどうにかしないといけない」

悟空「んじゃ、またな!」


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第91話 隠し子!? 悟空を慕う謎の少女

 

 

 久方ぶりの再会と、悟空の新たな秘密が新人達に暴露されてから早3日。 今日、悟空教室は新たな局面を迎えようとしていた。

 

 新たに迎え入れられた二人の教導官と新人達が共有する新たな問題が、浮上したのだ。

 

 

 

「おーい! スバル! 一緒に修行しようぜ!」

「え、あ、ちょっ! おじさん、まだ着替えてるから」

「なに勝手に入ってきてるんですか悟空さん!」

「ん? 別にいいじゃねえか着替えくらいさ。 秘密の特訓でもしてたんじゃねえんだろ?」

「………………いくら記憶も身体も子供になったとしても、これは此れで……」

 

 問題のあった曹長が、さらに問題のある悪ガキにクラスチェンジしたのだ。

 記憶は何処まで引き継いでいるのかは不明だが、どうにもスバルを知っているところをみるに、ジェイルとのいざこざがあった前後までは記憶のセーブが行われているらしい。

 ただ、ソレはつまりそれ以降の記憶が無いと言うことになる。

 

「悟空くん、勝手に行っちゃダメだよ」

「わわ! まずい、なのはの声だ……隠れねえと」

「……あのおじさんが必死に逃げ回ってるのはなんだか新鮮」

「というかなんで逃げ足なの悟空さん」

 

 どうにも高町なのはに苦手意識がある悟空。 それもそのはず、彼は、なのはとの初対面時にやらかしているのだから。

 

 

 

 

 ―――――――あ! おめえオンナか! 強えオンナは久しぶりにみたなぁ。

 …………ちょっと何処をなにしてるの悟空くん!!

 

 何をもってどう判断したかはこの際説明を省く。

 その後に雷のような一撃を顔面に受けて、そのままノックアウトしたところまでは良いのだが、その後に警戒心が上がってしまったなのはに、執拗なまでに構われた悟空は、ソレはもう存分に彼女への苦手意識を上げて行ってしまったのだ。

 

「もう、会ってすぐの頃は全然あんな事しなかったのに」

「悟空の幼児化、悪化してるよね、絶対」

「……プレシアさんに相談したら、もしかしてジュエルシードを限界以上に酷使した反動かもって言ってたけど」

「それってこの間の“超サイヤ人を超えた姿”に強制的になったから?」

「うん……」

 

 だから、今回悟空にあまり強く当たれないなのはさん

 彼をあそこまで追い詰めたのは自身の不甲斐なさだし、それを受け止めた彼に文句などどの口が言えたモノか。

 とりあえず彼がやりたいことを、やらせてあげるという、とても甘い選択肢を選んだ彼女は、訓練場でど派手にやり合っているスバルと悟空、さらにエリオを交えた三人の戦闘風景をそっと、見守っているのだった。

 

 

 

 

「それじゃ、今日はここまでだね」

『はい! ありがとうございました!!』

 

 本日の業務が終わり、無事修行を終えた新人達。 普段ならばここで即時解散、残業知らずの新人局員は自室のベッドで泥のように眠りに就くのが恒例行事なのだが……今日は、その疲労さえも超えて気になる事がある。

 

「ねえ悟空、今日はどうだった?」

「んー?」

「みんなでこうやって、一緒に修行して、勉強して……」

「それか! なんかな、おら亀仙人のじっちゃんとこで修行してるみたいで楽しかったぞ」

「うん、そっか……うんうん」

 

 最近になって配属となったフェイトという監察官。 なんとなく悟空の知り合いだと言うこと以外、まだ、謎に包まれた美人局員である彼女は、今日も悟空にむかって微笑み、会話し、その結果に一喜一憂している。

 

「ねぇティア、あのひとっておじさんとどういう関係?」

「え? うーーん」

「フェイトさんは、昔、悟空さんに生き方を……“自分”を教えてもらったそうですよ」

「……やけに詳しいね、エリオ」

「あ、えっと……実はフェイトさんって、ボクの保護者というか、引き取り人というか……」

「え? 親代わり!? へぇーそうなんだ」

「あ、はい……」

 

 ソレを聞いて、改めてあの二人の関係性を観ると、今のカタチは随分しっくり来る。

 あの、フェイトと悟空の位置関係は確かにしっくりくるのだ。

 

「でもなんでフェイトさんの膝の上におじさんは座らされているの?」

「……ボクも昔あんな感じで」

「抱き枕チックな雰囲気もする」

「たぶん、悟空さんとの関係がほぼ親子に近かったから……かな」

 

 距離感もへったくれもない。 パーソナルスペースゼロ距離抱き枕なのだ。 ソレはもう、この教導中ずっとである。

 

 曰く……

 

―――――悟空がもし、また変なことをしないか、わたしが観ていないと。

 

 などとのたまい、教導の傍ら、延々と悟空の頭をなでている姿は、身内ながら複雑至難な心境をエリオに与えるのだ。 一応、あの姿の悟空は自身とそう変わらぬ精神年齢らしいが、元が元なので……

 

「いまだ慣れない」

「いや、慣れる方が可笑しいんだけど」

「そうよエリオ。 ああいうのは本当はダメなのよ。 だからしょっちゅう高町さんがシバキ倒しにくるんでしょ?」

「もう、本当にウチの保護者ときたら……」

「エリオくん、お疲れさまです……あはは」

 

 ガックシと肩を落とす少年。 確かに、自身の親が自分の上司を子供のように扱っている姿など見たくはないだろう。 その光景が見事に合致しているところも含めてだ。

 

「というか、今更だけど悟空さんって何なんだろう」

「え? おじさんはおじさんでしょ?」

「分類出来ないっていう点では賛成ね。 いや、そうじゃなくて、いきなりあんな凄い力を使ったと思ったら一気に子供になっちゃうじゃない。 なにか、あったのかなって」

「サイヤ人の特異体質?」

「サイヤ人? ……なんですか、それ? エリオくんわかる?」

「え?いや、ボクもそこら辺は」

『あぁ、二人はそこからか』

 

 当然の疑問から、やがて公然の秘密へとステップを変えて、やがて驚愕の事実に向かって行く。

 すこしだけ驚き、だが、いつもの“アレ”を思い出せば何という納得感。 それでも彼を見る目が変わらないところはもう人徳と言うしか無いのだろう。 皆は悟空に対して理解を深めたのだ。

 

 深めたのだ、が……

 

「――――あれ、でもこれって結局悟空さんが子供になる理由がわからないよね?」

『…………おや?』

 

 それでも色々と問題だらけの悟空さんに、皆の興味は膨らみ続ける。

 

「はいはーい! 悟空くんの驚き体質の話はまた今度ね」

「なのはさんそれはないですよー!」

「もう少し知りたい……!」

「うん、わたしも気になる」

「……ボクはフェイトさんが正気を失う理由を把握しておきたい」

「あ、うん……エリオくんにはそのうち説明入れるとして……今日は、みんなにプレゼントがあるの」

『ぷれぜんと……?』

 

 教壇でなのはが手を鳴らすと、もう、身体中がへとへとでぐったりし始めていた彼等が視線を向ける。

 なのはが手の平をひらりとうごかすと、転移の魔法が発動して床に紋章が輝く。

 

「みんな、いままでとっても頑張ったから、この教室から贈り物を用意したんだ」

「こ、これ……!」

 

 歓喜の声。 現れた物品が中を舞うと、そのまま皆の席に落ち着き、動かなくなる。

 

「これってデバイスですか!?」

「うん、みんなの今までやってきた訓練をデータ化して、ソレに会わせた運用が出来るように調整した、みんなだけの専用デバイスだよ」

「やったー! アタシ、使ってたローラーブレードが限界超えちゃってて……」

「えぇ、こっちも銃口が焼き付いてて、騙し欺しだったからうれしい」

「使ってた槍より重いけど、とっても手になじむ」

「このグローブみたいなの、これって補助用のデバイスだ」

 

 疲れも吹っ飛ぶおもわぬサプライズに、皆が机を揺らしてデバイスを装着していく。 発動するまでもなくわかる、新しき力の片鱗、そしてなにより驚くべきなのは、エリオも言及していたフィット感である。

 なじむ、ではなく、まるで手に吸い付く感覚。

 初めから自身の身体の一部だったとさえ錯覚する使用感。 まさしく自身の為だけに作られたこのデバイス達だが、管理局からのプレゼントはこれだけじゃなかった。

 

「悟空くん!」

「……なんだ?」

「なんで身構えるの? もう、いい加減にキゲン直してよ」

「でもおめえ怒るとすぐあの物騒なのやるじゃんか!」

「もうお仕置きスターライトしないから、ね?」

「…………え、なのはそんなことしてたの?」

「あの教官アタマおかしい……」

「悟空さん、なにやったの」

「高町さん、話通りの人だった……」

「この人も感性カカロット。 こ、こわい……!」

「あ、いや! だって悟空くんいきなりスカートの中に潜り込んできたんだよ!?」

「だっておめえどうやってもオンナには思えなかったしなぁ」

「それは非道いよ!?」

「ジャッキーチュンよか強いおんななんか初めてみたぞ」

「……そ、それは……だって頑張って鍛えたし」

 

 子供相手にもじもじしている女子高生(年齢)の図は中々に言い知れないものが有るが、如何せんすべてを知っている周りからするとコメントに困る構図でもある。

 

「そんでおめえおらに何する気だ?」

「なにもしないってば!」

「じゃあ帰ぇるぞ?」

「あ、いや、あるある! 用事ならあるから少し待って」

「……わかった」

「もう、そんなわるいモノじゃないからね? …………じゃじゃーん!」

「棒?」

「デバイスですらない……?」

「でも、なんだかあれ……」

「なにか不思議な感じがする」

 

 出された悟空の武具だが、ソレは何ら変哲も無いオレンジ色の棒きれ。

 だが、そこはかとなく感じる武具の風格に、自然、新人達が息を呑んだのだ。 そう、なぜならこれは、あの世界では格段に特別な“神の道具”

 

「如意棒! おらの如意棒じゃないか!!」

「そう、悟空くんの如意棒だよ!」

「悟空の、如意棒……閃いた!」

「Do you want me to cool your head?」

 

 床に叩き付けられ、アタマから煙りを出しているフェイトと、背を見せながら右拳から煙を噴かしているなのはをそっちのけで悟空は渡された棒を振り回す。

 縦横と回転させていき、ただ、何も考えず横に振るったそれは演舞ですらなかっただろう。 だが、ソウは思えなかった者が居た。

 

「……いまの、なんだ!?」

「どうした? エリオ」

「ご、悟空さん、槍術の心構えが……」

「??」

「あぁ、悟空くんって最初は如意棒を軸に戦闘をしてたんだよ。 だから、あんな感じで身体と武器が一つになって見えるのは当然かな?」

「凄い。 まだ未熟なボクにすらわかる練度。 さっきまで上達ぶりに浮かれていたのが恥ずかしくなってきた」

「何ぶつくさ言ってんだ、おめえの方が出来るんだからしっかりしろよ」

「!!?」

「まぁ、今の悟空くんからすればエリオも随分と腕を上げたかもだよね」

「あ、うん……ごめん、なさい……」

「変な奴だな、褒めたのにおちこんでらぁ」

「……」

 

 なんだか狡をしている感覚なのだろう。 あの、天真爛漫な元曹長の期待を込められた眼差しを受けてしまうと嫌でも罪悪感に良心が締め付けられるよう。

 

「大丈夫」

「……高町さん?」

「悟空くんは単純だから、本当に思ったことしか言わない。 わたしも昔、運動音痴って馬鹿にされてたとき有るし」

『えッ!!? 高町さんが!?』

「だから悟空くんが凄いってほめた時は、素直に喜んでいいんだよ。 きっと大きくなっても同じ事言ってくれるはずだよ」

「……はい!」

「………………まぁ、修行に耐えられたらだけどね」

「………………はい」

 

 そうなのだ、この新人達は、残念ながらそう遠くない将来4倍界王拳かめはめ波を超える衝撃的な強さを身に付けてもらわないと困るのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オチが付いたところでようやく解散。 それぞれが自室に戻っていく中、一人、自室から反対方向へ行く者が居た。

 

「悟空、お風呂入れてあげよっか?」

「そんなもん要らねえぞ、おら一人で平気だ」

「……そっか。 いやでも――」

「はーい、フェイトちゃんが入らなくちゃならないのはアツアツのお風呂じゃなくて冷たい洗面台だよ~~」

「あ、ちょっとまってなのは! 冷や水じゃぶじゃぶはもういやーーー!!」

「…………すげえ、あのフェイトをいとも簡単に掴まえちまったぞ」

 

 真のオチ担当がなのはに引きずられる中、その攻防をじっくりと見切った悟空が一人、息を呑み込んでいたのは、まぁべつにどうでも良い話だったりする。

 

 

 

 それから数週間が経ち。

 

 すこしハードルの落ちた訓練。

 悟空が生徒として同席する修行という異世界。

 段々と隠しきれなくなった高町教導官の悟空色。

 次々に消えていく新入り達の瞳に映るハイライト。

 

 などなど、数々の変化と進化を繰り返し、彼等彼女達は着々と魔法を覚えていくことになる。 元々がえげつない基礎訓練だったため、ソレを乗り越えた彼等の成長速度は目を見張る代物である。

 普通ならば3ヶ月とかかる新人教育を、彼等は既に終えてしまったのだから。

 

「…………えっと、みんないままで頑張ったね」

「おう! おら随分強くなっちゃったもんね」

「おじさん、あっという間にわたしたちを追い抜いちゃったんだけど……」

「何言ってんだ、一発の強さならスバルの方がすげえだろ?」

「そりゃそうだけど」

 

 総合力と、ここぞと言うときの爆発力の悟空に対して、新人達はとりあえず自身の戦闘スタイルを特化させることを目的とした。

 スバルなら一点突破の突撃力。

 ティアナは戦術眼と遠距離からの射撃。

 エリオだったら機動力による撹乱と陽動。

 キャロは重体患者すら即座に起き上がらせる各種援護と龍召喚の制御向上。

 

 こと、専門分野ならば“今の”悟空に比べれば格段に強くなっているのが現状だろうか。 だが驚くべきところは、ここまでを数週間で身に付けた彼等と、それを導いたなのは、フェイト。 さらに、狙ったかどうか不明だが、基礎中の基礎である身体作りを完遂させていた悟空の教育方針が、絶妙な具合にかみ合ったことだろうか。

 

 さて、そんな自身のからを破った新人……改め、訓練生達は、ここに来てついに最初のミッションを言い渡されることになる。

 緊張で思わず握った手の平、そこに流れる汗のひとしずくが床にこぼれると、高町教官から、驚くべき任務を告げられる。

 

「みんなには今日から、機密任務に就いてもらいます」

「い、いきなりとんでもないモノを……!」

「ね、ねぇティア? あのなのはさんの顔、なんだかどっかで観たことがある気がする」

「そうね、アタシ同意見だわ」

「任務内容は追って説明するけど、任務達成まで、絶対に外部への情報漏洩は控えて欲しいの」

「それって家族にもですか?」

「うん……あ、ティアナはいいかな?」

「え? お兄ちゃんにはいいんですか?!」

「うん、あの人も当事者だし」

『???』

 

 ますますわからないといった面々だが、ここで悟空の尻尾が飛び起きたネコのように暴れる。

 なんだ? と、首をかしげた彼だが、ソレがフェイトが持ってきた荷物が原因だと言うコトをすぐさま知ることになる。

 

「これからみんなには、このロストロギアを確保、封印する作業に従事してもらいます」

「?」

「水晶?」

「オレンジと、青」

「カタチがそれぞれ違う。 コッチは球状だけど、この青いほうは滴のようなカタチ」

「……不思議な感じがする」

 

 見せられた物品は、明らかに種類の違う宝石のようなもの。

 だが、その煌びやかな色合いとは裏腹に、ソレが内包する力は、おそらく全宇宙を揺るがすほどの力を持つであろう事など、彼等にはわかるはずがなかった。

 

 孫悟空ともう一人を除いては。

 

「あ!! これ四星球じゃねえか!!」

「スーシンチュウ? おじさん、しってるの?」

「おらのじっちゃんの形見だ!」

「……あっ! これ、あのとき祠でみた奴!!」

「へぇー! おめえも知ってんのかティアナ!」

「え、あ、その……昔、悟空さんに……その」

「おらが? んー、そういやおめえどっかでみたことあるような……」

「い、いまはそんなことどうでも良いじゃないですか! あ、なのはさん、これって確かアレですよね? その、願いを叶えるって言う……」

『!!?』

 

 ティアナが昔出会った奇跡。 ソレは魔法が普及し常識となったこの世界でも為しえない最大級の偉業を達成することが出来る代物。

 その話を聞いてしまえば、今、自分たちがどれほどに重大な事態に直面したかが嫌でもわかってしまった。 狼狽えて、でも、なんとか踏みとどまった少年、エリオは一応と付け加えて質問した。

 

「…………もしも任務を拒否したら?」

「うーん残念ながらここでの記憶とはおさらばしてもらうしかないかな?」

「記憶操作の魔法なんて……?」

「ううん、最近になって身内が覚えた処刑方法(りょうり)があってね? それをフルコースの満漢全席で平らげてもらう感じ」

「……食事で記憶を消す? すみません、少し意味が」

「うん、誰もわからない方が平和かもね」

『???』

 

 しかも記憶喪失が副作用で、本来の作用が腹痛に嘔吐、精神の不安定化に加えて意識の混濁まであるときたものだ。 そんなクソのような料理を冒涜した物体Xの話を聞いて「誰がそんな物食うのか」とか「ソレはもう実質逃がさないと行っているモノだ」など、エリオが苦笑いで返す。

 

「それでなのはさん、このドラゴンボールって、何処にあるとかわかるんですか?」

「うーん、この次元世界の何処かかな」

「それ実質無理ゲーですよね」

「それでも悟空さんは既に二回も集めたことがある」

「え!? おじさんが!!」

「そうだね。 一回目はプレシアさんの延命、そして……」

「お兄ちゃん……」

「ティーダさんを生き返らせるって、ホントだったんだ」

「うん」

「どっちも悟空くんのトンデモが解決したけど、似たような環境を整えればいつかは辿り着くんだ。 だから、もしもこれが悪用される事があれば恐ろしいことになる」

「死者蘇生すら叶える禁断のアイテム、ソレがロストロギア」

 

 叶えた奇跡の実績に皆が眼を丸くする。 あのティアナが冗談でもそんなことを言うことは無いのはわかりきっている。 だから、彼女の悲しげな表情はどんな言葉よりも強い説得力を与えてくる。

 そして、こんな話を聞いてしまったのならば、もう、後もどりは不可能だろう。

 

 

 なかば強制とも言える任務の通達ではあったが、そんなもの、この教室で悟空が超サイヤ人のネタバレをした瞬間から覚悟していた事だ。

 

 

「それと、このドラゴンボールの横にあるのは“ジュエルシード”といって、コレも願いを叶えるって言う特性があるの」

「……こんなモノがゴロゴロと……」

「コッチは基本魔力の塊で、よほどの事が無ければ無害。 でも、単独で発動する危険性もあるから管理は厳重にしないといけないの」

「……危険なモノばかりですね」

「だからロストロギアなんて呼ばれるんだけどね」

 

 それを集める任務とは言うが、皆は知らなかった。

 

「それじゃ、明日から次元世界を回っていくからね」

『はい!!』

 

 他のロストロギア捜索任務を難易度Bとして、これがすでに測定範囲を遥かに超えた激務だと言うことを。

 

 そして、その原因が今、皆の中心でなにも考えず只暢気に欠伸をかいているなど、夢にも思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ついに、無情にも始まった捜索開始時間。

 

 荒野だと思って何も考えずに進むと、呑み込まれるような樹海だったりと、落ち着かない世界。 そんな面倒な世界に、もしかしたら願い球が流星が如く落下したかも知れないらしい。

 初日と言うコトで、なのはフェイトが引率のもとで訓練生全員がひとまとめで捜索に当たることになる。

 

 当然、その中心には孫悟空が居る。

 

 …………そう、先ほどまでいたのだ。

 

 

「ねぇ、なのは」

「どうしたの? フェイトちゃん」

「悟空、さっきまでなのはの横にいなかったっけ?」

「……そのはずなんだけど」

「おじさーん! どこいっちゃったのーー!!」

「こんな冒険がしやすそうなところで悟空さんが一人……何も起きないはずも無いのよね」

 

 おきまりのようにいなくなった悟空に対し、湯水の如くあふれ出る不安。 勘の良いティアナを筆頭に、悟空教室の面々が次々に表情を堅くしたときだ。

 

 

 大地が盛大に揺れ動き、けたたましい咆哮が空を走り抜ける。

 

 

「当然、騒動を引き連れないはずもなく……いやな予感がする」

「どうしよう、フリード」

「……」(無言で首を振る) 

 

 身体中が警戒警報を発令。 今すぐここから全速力で逃げろと投げかける本能に、陸上選手が如く走り出そうとしたときだ…………

 

 

 

「おーい! ドラゴンボールあったぞーーー」

「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO」

「居たのはドラゴンもですか悟空さんーー!!」

「全員退避!!」

「可能な限り悟空から離れて!!!」

『ギャアアアア!!?』

 

 ドラゴンボールと共にドラゴンと併走する孫悟空がハチャメチャを押しつけてくる。

 

 もう、どうあっても勝てる気がしない生物に対してフリードは即座に戦意を喪失し、あろう事か守るべき主の服の中に潜り込んで尻尾を垂れ下げている。

 

「フリード……」

「無茶だよキャロ。 ボクも気持ちはよくわかる」

「うん、だよね……今は他にやるべき事があるよね」

『速くここから逃げるんだッ!!!!』

 

 ドラゴンボールを持った悟空を追いかけるドラゴンから逃げる子ドラゴンを抱える少女というドラゴンづくし。

 ドラゴンボーイ孫悟空がとびっきりの笑顔で訓練生達を追い詰める中、教官達はすぐさま空へ飛翔。 そのまま標的に照準を合わせた。

 

「ファイア!!」

「シュート!!」

「GOOOOOOOOOOOO!!」

『……うそ、弾かれた』

「コイツおらのかめはめ波も効かなかったんだ、そんな豆鉄砲じゃダメだぞ」

「……そりゃ牽制射撃だったけど」

「なかなか威力はあったはず」

 

 ここのところ野生生物の強靱さが目立つが、その原因は悟空なのではないかと疑いはじめるここに居る全員。

 まぁ、そんな馬鹿げた話などすぐに放り投げると、フェイトがデバイスを展開、鎌状に広げた刃を振りかぶると、そのまま魔力刃が飛翔する。

 

「なのは!」

「うん!」

 

 刃がドラゴンの背中で霧散するも、言葉少なく、なのはがドラゴンの足に向かって狙撃。

 一発だけのソレが奴の肉質に弾かれるものの、その上をもう一発。 同じように弾かれるも、又同じところにもう二発。

 

「ね、ねぇスバル……いまなのはさん、あの動き回るドラゴンの足に立て続けに当てなかった?」

「しかも同じところを何度も……どういう精密射撃」

「動きが鈍くなってる。 効いてるんだ!」

「あのひと、すごい……」

 

 だがドラゴンの疾走は止まらない。

 こんなに成るまで追いかけられる悟空がなにをやったか興味は尽きないが、残念ながら彼等にはそれを議論している時間が無かった。

 

「ティア! 正面!!」

「崖ッ!? こんなお約束!!」

「みんな! すぐに散開して!!」

「キャロ、ボクに捕まるんだ!」

「う、うん」

「ティア!」

「わかってる!!」

 

 エリオがキャロを、スバルがティアナを抱きかかえて進路上から緊急退避。 そのままドラゴンから遠ざかり、勢いそのままに奴は崖へ向かって爆走する。

 いまだ自身の得物が、目の前に居る限り…………

 

「―――――って、悟空くん退避してよ!?」

「うりゃああああ!」

「GYAAAAAAAAAAAAAAAAA」

「なんでいつも周りを引っかき回すのもう!! 悟空!!」

 

一人、完全にタイミングを外した少年が居た。 もう既にドラゴンと徒競走みたいに(ゴール)を目指して爆走しているのだが、生憎とそこから先は奈落の底。 フェイトがお得意のスピードでなんとか悟空に手を伸ばすのだが……

 

「悟空――――」

「およ!?」

「GYAッ!?」

「だめ、間に合わない! 悟空!!!」

 

 周りが見えない程の白熱したバトルはこうして幕を閉じる。

 両者時間切れによる奈落へダイブ。 風を切り裂きながら眼下の滝壺へ落っこちていく少年とドラゴンは大きな水しぶきを上げる。

 

 巨大な水しぶきが上がるまでおおよそ20秒。 底までの距離を落ちて、水面に叩き付けられれば無事でいられるはずがない。 しかも、悟空は魔導師ではなく生身の人間だ。 いくらサイヤ人といえども、14才そこそこの彼はまだ、それほど強くはない。

 

 皆が、大声を上げて捜索を開始したが、滝壺の周囲に人影はなくあるのは無残に流されるドラゴンの背中だけ。 彼を完全に見失ってしまう。

 

 

 

 

 

 喧噪からは遠く離れた暗闇の中。 冷たい手触りの岩の上で、少年は眼を醒した。

 

「おいちちぃ……」

 

 どうやら無傷らしい。 彼自身が頑丈だったのもあるが、どうにも咄嗟にあのドラゴンを下敷きにして衝撃を和らげていたようだ。

 まだ視界の揺れるアタマを振ると、力なく尻尾を垂れ下げながら周囲を確認していく。

 どうやら、なのはやスバルたちとは遠く離れてしまっているらしい。 匂いも、気配も、最近覚えた“感覚”でさえも彼等の居場所を掴むことが出来ないからだ。

 

「いやぁ参ったぞ、ここどこだ?」

「おや、知らずにここにやってきたのですか、貴方は?」

「おう、おらこんなとこ知らねえ」

「それはそれは、なんとまぁ貴方らしいというか、奇妙な縁を持っているというか」

「へへ! まぁな……ん? ところで、おめえなにもんだ?」

「覚えてないのですか?」

「知らねえな」

 

 自身の独り言に割り込んで、勝手に会話を成立させた謎の存在が、居た。

 

 普通ならばここで悲鳴を上げて腰を抜かして正体を見ること無く気を失うところなのだが、残念、彼にそのようなかわいげなど存在していない。

 

「そうですね、私は……」

「ん?」

 

 それは、少しだけ迷ったかのように見えたが、どうにも表情は嬉しそうで。

 その意味がわからぬ悟空は、只、首をかしげるだけで、彼女の答えを待つだけであった。

 

「夜天と言います」

「ヤテン?」

「いえいえ、すこしイントネーションが。 こほん……や、て、ん」

「やてん……夜天か?」

「はい、それで大丈夫です」

「変わった名前だな」

「そうですか? 貴方とそれほど変わりないはずなのですが」

「ん?」

「ふふ……」

 

 本当に、とてもほんの僅かに表情を和らげたような気がしたのは、やっぱり悟空にはわからない事であった。

 

「さて、合流時間にいつまでもやってこないから心配していましたが、なるほど、やはり記憶を失っていたのですね」

「ん? なんだ?」

 

 言うと、優しく悟空のアタマの上に手を添えた夜天。 彼女はそのまま眼をつむると、宙空から本を一つ広げて見せた。

 只無造作に、しかしなにか意味があるかのように広げられた本のページには何も書かれていない。 いいや、彼女以外が覗いても“その本のページは決して理解出来ないモノが描かれていた”のだろう。

 

 自動で開いてはページを進めていくその本が、やがて緩やかに停止すると夜天の表情は少しだけ険しくなった……

 

 

「貴方、高町なのはのスカートに頭を突っ込んだのデスカ?」

「ソウだけど、なんで知ってんだ?」

「いい年した人物が子供相手にやっていいことでは有りません。 ほら、彼女真っ赤になって今にも貴方に星の光をたたき込もうと……あ、たたき込みましたね」

「ほしの、ひかり? あ! あのとんでもねえ気功波だろ! なのはの奴てかげんってものを知らねえんだ。 おら死ぬかと思ったぞ」

「……当然の報いですよ」

「??」

 

 あきれた風に会話を切り上げると、手の平をかざして魔力の塊を作り出す。 そこから出てくる淡い光りが暗い道を照らすと、彼女は悟空を先導するかのように歩き出して行く。

 

「出口知ってんのか?」

「えぇ、まぁ。 けれど今は出口に向かうべきではありません」

「なんでだ、おら早くあいつらのとこにいかねえと――――」

「ここには強力な戦士が眠っていて、その捜索をしているのですが、仕方有りませんね」

「――――よし! おら頑張っちゃうもんね!!!」

「ふぅ、子供時代の方が頭が回らないから扱いやすい」

「よぉし! やるぞー!!」

 

 仕事<ジュエルシード<ドラゴンボール<飯<戦闘……とまぁ、見事にわかりやすい少年の趣向。 夜天さんは見事に彼の手綱をたぐり寄せては、少年に道案内をさせる事を閃いたのだ。

 

「どうですか? 悟空」

「なにがだ?」

「えっと、なにか、そう、どこか特別なものを感じたりしませんか?」

「んー、んーー?」

「目で見るのでは無く、肌で感じて、音に聞き、最後にはすべてを悟るのです」

「何言ってるのか、おらにはわかんねえぞ」

「……はぁ」

「だけどどっちかって言うと向こうの方がおらなんか気になるな」

「では行きましょう」

「え、いいのか?」

「貴方の持つ“独特な嗅覚”は私には決して備わることの無い大事なものです。 ソレが此方と言うのですから、ソレに従いましょう」

「……おら適当に言ったんだけどなぁ」

「貴方はむしろその方がうまくいく」

 

 いわゆる気を読む作業なのだが、コレばかりはリインフォースには備わっていない。 そもそも魔道生命体に近いデバイスの一機能が彼女であって、当然気など存在しないし、無いものを使ってたどると言うことも出来はしない。

 コレばかりはいくら悟空の持つ記憶と技をコピーしたとしても備わることが出来なかった数少ない彼女の弱点だ。

 

「こっちのほう……あ! 行き止まりだぞ」

「洞窟の中に隔壁ですか…………これで良し、いまロックを解除したので通れるはずですよ」

「ありゃ、この先さっきよか暗いぞ」

「やはりここが入り口、貴方の感に頼って正解でしたね。 電源は生きているようですからこうすれば……」

「わ! 明るくなった! ひぇー! おめえなんだか凄いんだな」

「ふふ、当然です。 何と言っても世界最高峰の魔本でしたから」

「へー」

「……興味ないって顔ですね」

「うん」

 

 がっくりとうなだれてしまったのは、はやてには内緒である。

 

 リインフォースと悟空が先を進めて行くと、明らかに立ち入りを禁じるようなシャッターがそびえ立つ。

 

「ここはアクセス出来ませんね。 しかも魔力無効のフィールドを――」

「だりゃあ!!」

「打撃は有効でしたか……」

「この先だな? 行くぞ!」

「その無鉄砲さ、嫌いじゃ有りませんよ」

 

 シャッターの向こうには卵のようなカタチのカプセルが一つ。

 ガラス状の容器の中には怪しげな溶液で満たされており、そこには一つ、小さな影が浮かび上がっていた。

 

「なんだ? これ」

「…………まさかここまで進んでいただなんて」

「おめえこれ知ってるのか?」

「はい、大まかの事情は」

「ふーん」

 

 ソレは一つの命だった。

 今の悟空よりもさらに小さな躯を、拘束具のようにも見える衣服を纏わされ、必要最低限の呼吸器を装着し、ひっそりと、しかし確かに聞こえる鼓動でいまも“そのとき”を待って居るソレ。

 

 悟空が何の気無しに近付くと、後ろにいたリインフォースは眼を見開いた。

 

「い、いま……!」

「あ! こいつ今、コッチ見たぞ!」

「起きてんのか? こんな水ん中で窮屈じゃねえのかな?」

「…………」

 

 目が合う。 だがそこには生命としての輝きは無く、ただ無機質な瞳が悟空を写す。

 

「……」

「ん?」

 

 写り、留め、そして固定される。

 

 孫悟空という存在を確認した瞬間、ソレは、まるで吸い込まれるかのように彼を見つめる。

 

「…………ゴボゴボ」

「あ! なんか暴れ出したぞ」

「いけません、下がって」

「何でだ? こいつきっとここから出たがってんだ。 いつまでもこんなところじゃつまんねえもんな」

「そんな悠長なことを……!」

 

 遂に動き出したそれは、しかしなんら具体性の無い動きしかできない。 容器を叩くでも、悟空に近づくでもなく、手足を振っているのみ。 その姿は赤ん坊が駄々をこねているようにも見えるが、リインフォースには笑いの一つすらこみ上げては来なかった。

 

「…………最悪の事態になる前に、ここで」

「よーし、いま出してやっかんな!」

「はい、いまあれを外に……はい?」

「いくぞ! じゃーんけーん!!」

 

 待ちなさい。 そんなこえが上がろうかどうかというときには、既に悟空の鉄拳が容器を粉砕してしまった後。

 豪快な破壊音の後に、ドサリという音。 床に転がったソレを、悟空がゆっくりと担ぎ上げ、彼はリインフォースの方を見る。

 

「なぁ、手伝ってくれよ?」

「……仕方、ありませんね」

「………………」

 

 うなだれながら虚空からタオルを引きだすと、担ぎ上げられた“ソレ”に巻いてやる。 そう、悟空に担がれた――――

 

「あ、こいつ……」

「えぇ、その子は――」

「尻尾があるからオトコだな!」

「…………何処をどう見ても女の子でしょう」

 

 ――――――――――――悟空と同じ髪の色と、尾をもつ少女にだ。

 

 それを見て、リインフォースは確信した。

 そうだ、この次元世界には数多くの強力な魔道生物はあれど、そのどれもが彼等の世界では太刀打ちできないレベルだ。 しかも中にはそれらを取り込み、己が力に変える怪物すら居た存在もいた。

 この世界には彼等を超える存在が居ない。 どうやっても、戦闘種族を倒すことなどできはしないのだ。

 

「…………だからといって、やって良いことの度を完全に超えている」

「どうした? おらなんか変なことしたんか?」

「い、いいえ。 ちがいます、貴方は何も悪くない」

「ん?」

 

 ――――界王さまが言ってたんだ、オラが悪い奴を引き寄せているって。

 

「ええ、貴方は何も悪くない。 間違っているのは、この事態を引き起こす、欲深い愚か者たちなのだから」

「ん? 変な奴」

「行きましょう、悟空。 もうここには用はありません」

「え? でもつえぇ奴ってのにあってねえぞ!」

「今日は留守だったのでしょう。 さぁ、その子が風邪を引いたら大変です、ここを出ましょう」

「しょうがねえなぁ」

 

 渋々といった悟空を先頭に、彼等はここを出て行った。

 一人、容器に打刻してあった文字列を一言一句、残さず粉砕していく夜天の守護者に気づかれないように、彼を、前にして…………

 

 

 

 

 

 

 

 

「……悟空くん、なにか言うこと、ない?」

「わわっ、なのはだ」

「もう、リインフォースさんの後ろに隠れちゃダメ!」

『あの悟空さんがあんな風になるなんて……』

 

 帰り着いた悟空を迎え入れたのは、笑顔ながら阿修羅を背負った教導官さま。 なのはがしゃがみ込んで悟空と視線を合わせる。 心配したんだからね? なんて言う彼女だが、その言葉をどれだけ悟空がくみ取れるか……

 

 そんな心境複雑の中、なのははリインフォースに目配せした。

 

【どうでした?】

【事態は動き出す寸前でした。 運良く、彼が例の存在をかぎつけ、こうやって確保することが出来たのですが】

【……本当に、あの子が?】

【おそらく……】

 

 二人が念話の合間に見た先には…………信じがたい光景が描かれていく。

 

「あー、うー」

「気をつけろ? アイツはなのはって言って、すげぇつえぇ奴でとんでもなく恐ろしいやつなんだ」

「あーうーあー? うー」

「なのはだ、なのは」

「きゃっきゃ!」

 

 悟空に背負われた幼子が、見た目に違う言語で悟空と意思疎通をしているのだ。

 

「ねぇ、悟空くん」

「なんだ?」

「言葉、わかるの?」

「わかるわけねえだろ? 変なこと言うヤツだな、おめぇ」

「…………でもさっきからその子と」

「なんとなくだぞ? 昔住んでたとこでも似たようなことはあったしな」

「野生児の感ですか、そうですか」

 

 というか、自分の悪評を勝手に植え付けないでもらいたいところなのだが。

 なのはがニッコリと笑顔で悟空に笑い駆けると、彼はゆっくりと後ずさり。 ゆっくりと吐き出されたため息には、様々な感情が込められて途轍もない比重を持たせていた。

 

「でもその子、悟空さんにそっくりですよね」

「ほんとだ。 特にこの黒髪……質感までそっくり」

「顔はそんなでも無いけどね」

「うん。 将来有望だ、かわいい」

 

 新人達も集まり、各々好き勝手に感想を述べていく。

 その中に悟空とそっくりという単語が出る度、リインフォースが浮かない顔をするのだが、如何せん元から表情が外に出にくいので誰も気づけない。

 

「よし、そんじゃあシゴトも終わったし飯食いに行くぞ!」

「わーい! 御飯の時間だー!」

「スバル! ちょっとアンタ待ちなさいよ!」

「キャロ、行こう」

「うん、エリオくん」

「あーうー!」

 

 

 

 そう、誰も気づかない。

 

 悟空と似ていると言うことは、これから先どういう事態に陥るかなんて…………

 

 

 

 

 

 その日、管理局の財政が一部傾くことになる。

 

 

 

 

 

 




悟空「おっす! オラ悟空!」

リインフォース「ついに影を見せた敵たち。 それを返り討ちにするのは--」

シャマル「わぁ、こんなに食べてくれるなんて感激です」

胃袋の戦士達「おかわりー!」

???「うー!あー!」

悟空「おめぇよく食うなぁ。 うっし! ドンドン食え! 食って寝て、ドンドン強くなっぞ!」

???「おー……」

なのは「ねぇはやてちゃん、前の職場にいた時ね、食費って上から6番目くらいにかかり費用だったんだけど……」

はやて「え? なに、聞こえない」

なのは「……現実逃避が始まってる」

はやて「ええんや、ええんや。 どうせ最後には本局に請求すればええんやから」

本局にいる責任者「ねぇ! これって本当に全部食費!?」

責任者の息子「おかしいな、悟空3人分なんだが」

リインフォース「……真の敵との接触前に、果たして管理局が保つかどうか。 次回!!」

悟空「魔法少女リリカルなのは~遙かなる悟空伝説~ 第92話」

???「その少女、戦闘民族につきご用心!」

全員『シャベッタ!!?』

???「うん、教えてもらったから」

悟空「ひぇー! おでれぇた! そんじゃ、又今度な」


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第92話 その少女、戦闘民族につきご用心!

 

 

 

 

 

「うー」

 

 朝一番からうなり声が一つ。

 聞き慣れない声に、重いまぶたをこすったのは外見年齢14才くらいの悟空であった。 彼は茶色い尻尾をユルユルと動かすと、声のする方へ顔を向けた。

 

「んあ……?」

「あー!」

「いでっ!?」

 

 べちん!! と、盛大な音と共に悟空の顔面に手の平が叩き付けられる。

 朝からのご挨拶にさすがの悟空も不意打ちを食らい、その場で顔を押さえ込んで唸る。 その姿がどう映ったのか、犯人は不思議そうな顔で彼を見つめると、無邪気に笑ってみせる。

 

「お、おめえ……いきなりなにすんだよ……いてて」

「うー、あー!」

「あそぶ? えー! おらハラ減ったからメシ食いてえ」

「うー……うー!」

「あ、おい! いきなり引っ張るなよ!」

 

 ベッドから悟空を引きずり出すと、彼女はそのまま部屋を駆けだしてしまう。

 別に目的地があるわけでは無いのだが、こうやって彼と走り出すことに何処か、楽しみを見つけてしまった彼女はもう止まらない。

 

「――いいえ、止まってもらいます」

「あう!?」

「あ、夜天!」

「おはようございます悟空、朝も早く何処へ行こうというのですか?」

「いや、コイツが遊ぼうって言うんだ」

「……ふむ」

「おらソレよか朝飯を食いたくてさ。 なぁ、コイツなんとかならねえか?」

「うー、あー……」

「どうしたものでしょうか」

 

 無邪気100パーセントの行動に、さしものリインフォースも困り顔。

 昨夜からなにか異変が無いかと悟空の周辺を常にマークし、ようやく尻尾を出したと思い駆けつけてみればこの始末。 何だか肩に力を入れっぱなしなのが馬鹿らしくなってくる幼子の満面の笑みに、警戒心をごっそりと抉られてしまう。

 

「あー! あー!」

「ダメですよ。 いくら朝と言ってもまだ外は暗いのですから、“遊ぶ”のはもう少し我慢してください」

「あー! あおーう」

「む?」

「あー、そー……うー」

「あ、そ、ぶ? ……まさか」

「あー! そー! うー!!」

「……」

 

 幼子の、音だけだった声に意味が含まれていく。 その姿に思わず固まるのはリインフォースだ。 まだカプセルから出て1日と経っていない、しかもだれも言葉を教えてすら居ない。 つまり、彼女はいま、リインフォースが発した言葉を理解して、声帯を動かしカタチとして発したのだ。

 躯がまだできあがっていないはずの、ただの幼子がだ。

 

「偶然……?」

「うー、うー!」

「あ、こら! 引っ張るなって!」

「おーうーうー」

「わわ! コイツ思ったよりちからがあるぞ」

「この子、予想以上に成長が早い。 いえ、周りから学んでいると言うべきか」

 

 悟空が廊下で引きずられる中、一人神妙な面持ちでその風景を流していくリインフォース。 悟空が壁に頭をぶつけた頃にようやく気を取り直した彼女は、急いで彼等を確保することとしたのだ。

 

 

 

 

「――――――いろいろ有りましたが、ようやく顔合わせが出来ましたね」

『…………ごくりっ』

「あの、そう身構えないでください」

『…………はい』

「……はぁ」

 

 悟空の横に辿り着いた夜天さん。 ソレはつまり、悟空教室に新たな教師が赴任することを意味していた。

 その長く美しい銀髪を結ったり流しながらお辞儀して見せた彼女に、しかし生徒達はむしろ警戒心が跳ね上がっていく。

 

「……どう? スバル」

「なんだかすっごい雰囲気を感じる」

「スバルさんがそう思うって事は……」

「教官関連の重要人物だね」

『むむむ……』

「……悟空関連なのは認めますが」

『――――!!?』

「彼が残した傷跡は深そうですね」

 

 新人教官だというリインフォースと名乗る彼女。 その、隠しても滲み出る強者の魔力をいち早く感じ取ったのはやはりスバルであった。 だが修行不足の彼女には、夜天の守護者の全容など把握しきれるはずも無く、底なし沼のような恐怖を前に、ただ警戒することしか出来ないで居た。

 

「あの!」

「はい?」

 

 手を上げたのはキャロ。 ソレに首を軽く揺らして見せたリインフォースが、少女の目を見る。 中々、強い意志を感じさせるがまだまだ弱いと即座に見抜く。

 

「り、リインフォースさんはここでなにを教えてくれるんですか?」

「あぁ、そう言えばまだ言っていませんでしたね。 私は主にそこに居る悟空のやっていた修練の引き継ぎを少々」

「……えっ」

「嫌がらないでください。 あのような無茶苦茶はあんまりやらないので」

「ほっ」

「待って? 今あんまりって……」

「ソコは聞き流しなさいスバル・ナカジマ。 あぁ、そうだ、あと彼にはもう一つ頼まれた事があった」

『??』

 

 今度は皆が首をかしげる。 その姿に後ろで観ていた悟空と幼子も釣られて首をかしげると、リインフォースは涼しげに嗤ってこう答えた。

 

 

 

 

「悟空の冒険を追体験させ――――」

 

 

 

 

「みんな逃げろ――――――!!!!」

「まだ死にたくない……」

「前略、フェイトさん。 どうやらボクはここで終わりのようです」

「あ、お兄ちゃん? ごめんね突然。 うん、うん、そうだよ、たぶんもう連絡出来なくなるから最後に――」

「……貴方たち、割と非道いですね」

『貴方がこれからやろうとしていることのほうが非道い!!!』

「……はて?」

 

 この祝福の女神さま、わりとホンキで分かっていないのだ。 別に死ぬわけでは無い、ただの仮想体験になにを怯える必要があるのか。

 

「ただ、彼の身に起った出来事を、こうだったなぁ……あぁだったなぁ……と、知っていただくだけです」

「えっと、おじさんの経験を追体験ってそれでどういう効能が……?」

「まずそうですね、常識を破壊されます。 それからちょっとやそっとじゃ動じなくなって、最後には観ただけなのに戦闘技能の次元が一段階駈け上がることになります」

「きょ、拒否権とかは……?」

「さて、そろそろはじめましょうか?」

「はっ、はっ、はっ……かひゅー……かひゅー……」

 

 既に過呼吸が始まったスバル。 その姿に一層怯えているのが龍使いのキャロである。 彼女は既に泡を吹いて倒れたフリードを抱き上げると、一瞬だけ後ろを振り向く。

 

「どうかしたんか? キャロ?」

「…………」

「なんだ? おらの顔になにかついてんのか?」

「な、なんでもないよ悟空さん」

「へんなやつ」

 

 たったそれだけのやりとりだが、思い出されることは山のようにある。

 

 投げ出された恐怖の山。

 追いかけてくる金色の光線。

 叫び声だけで世界を破壊する非常識。

 

 そのすべてに怯え、たびたびフリードの制御を手放していた彼女。 そのたびに悟空が残念そうにフリードを気合の一声だけで気絶させていくのはまた別の恐怖だが、彼女はそれだけが辛いわけでは無かった。

 

「……や、やります」

「やりますか? キャロ・ル・ルシエ」

「はい!!」

 

 自身を見てくれているのに、残念そうにさせてしまっているセンセイの、その期待に応えてやりたい。 そんな、小さな願いを遂に、彼女は持つに至ったのだ。 小さな勇気を振り絞り、大きな壁に挑むその姿に、自然、リインフォースは祝福し、微笑むのであった。

 

 

 その微笑みを見た瞬間、彼女の意識は飛ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

「ひぎゃああああああああああああああああああ!! なんで悪の軍隊に一人で乗り込むの!!!!」

 

 まだ、序盤。

 レッドリボン軍という世界最悪の組織に対して単身特攻した懐かしい思い出を体験させられていくキャロ。 見たことも無い重火器という名の質量兵器と、ソレによって巻き上がる爆炎、硝煙の匂いに、彼女の心身は一気にすり減らされていく。

 

「…………悪意が無いって……絶対ウソだよ」

 

 まだまだ序盤

 アクマイト光線とかいう頭の痛くなる名前の攻撃を受け、善意100パーセント認定をされた悟空に驚愕したキャロ。 どうあっても今までの拷問まがいの修行は何かしら悪意があってもおかしくないと、心の中で思っていたらしい。

 

「足だけで……世界……一周……? 空も飛べないのに?」

 

 実は、まだ序盤なんだ。

 天下一武道会に出たり修行したりの繰り返し。 奇人変人が集う強者の武道会は、ソレはもう熾烈を極める戦いの連続であった。 だが彼女はここであることに気がつく。

 

「……悟空さん、一度も優勝したことないんだ」

 

 それだけその世界がシッチャカメッチャカであるのは、まぁ、いまさらであるか。

 でも、それを除いても意外な出来事であった。 敗北などとは無縁で最強無敵なのが孫悟空だと、どこか思い込みに等しい勘違いをしていたのも事実だ。 その過程で、どれほど恐ろしい体験をしたかも想像出来ないで。

 

「あれ!? ……暗くなった」

 

 景色から鮮明さが欠けたと言うべきだろうか。

 

 ……それほど彼にとってはトラウマで。

 

「人……? だれか倒れてる」

 

 ……それが誰など想像も付かず。

 

「あ、あの……?」

 

 …………触れてしまえば、その冷たさですべてを察してしまう。

 

「こ、これ死――――――――」

 

 

 そこまでだ。

 そこから先は彼女が踏み込むにはまだ経験不足である。 だからここでリインフォースは“切った”

 そこから先、孫悟空が冒険を辞めるしかなかった闘争の時代。 そこに触れる前に、キャロは現実世界に帰還させられるのであった。

 

 

 

「…………むぐ」

 

 目を醒す。 熟睡状態から強引に背中を叩かれ起こされた感覚。 頭はまだ混乱中である。 その姿を上から見下ろすのは教官服に身を包んだ、漆黒の堕天使リインフォースだ。

 

「ごきげんよう、目覚めはどうですか?」

「……さいあくです」

「それはよかった。 順調に彼の道程を辿ることが出来ていたようですね」

「なんか、ぽつりぽつりと切れてたような……?」

「“余計”なところはカットしましたから」

「…………そうですか」

 

 そう答えたキャロが周りを見ると、皆が心配そうに自分を見ていた。 どうやら自分だけがあの体験をさせられたのだろうと思うと、ここで彼女はリインフォースに質問する。

 

「余計なところは、いつか教えてもらえるんですか?」

「貴方たちがもう少し立派な戦士になってからですが」

「そう、ですよね。 すみません、気を遣ってもらったみたいで」

 

 あのとき見たモノは、やはり……

 そう呟くとギュッと自身の身体を抱きしめる。 甘かった、彼が駆け抜けていった道のりは決して平坦な物語ではないと想像していたが、この世界の辛いと言う想像が、果たして悟空世界ではどれほどのものだろうか。

 まだ、大人にすらなって居ない悟空の世界は、あまりにも過酷であり、自身が辛いと感じるレベルを遥かにオーバーしていた。

 

「キャロ?」

「どうしたの?」

「うんうん、分かる。 よく分かるよ……」

 

 一人、実体験をしている女子を除いて心配そうにしている新人達。 彼等の助けを借りてなんとか立ち上がったキャロに、悟空が後ろから声をかける。 どうした? なんて心配そうに……結構いつも通りにも見える……声をかけた彼に、少女はどうしても一つだけ聞きたかった。

 

「悟空さん、クリリンさんってどんな方ですか?」

「え? キャロおめぇクリリン知ってんのか? んー、アイツはそうだなぁ、良い奴だぞ。 友達なんだ」

「…………そうですか」

 

 あのパチンコ頭を思い出して笑う悟空と、ドンドン曇っていくキャロの顔。 それを見て、あえて無表情なのだろう、リインフォースが手を叩くと、皆の視線が彼女に集中する。

 

「さぁ、準備運動はここまでにしましょう」

『え?』

「健全な身体に健全な精神は宿る。 とある武道家の教えです。 なので悟空は体力作りを目標とした修行に入りました」

『……え?』

「安心してください。 貴方たちのレベルを見誤ったりはしていません」

『……ほっ』

「既に戦闘力は魔導師の一般的な限界を凌駕している。 ……遠慮は要りませんね、次は技の修行に入ります」

『あばばばばばば!!!!』

「では、修行を始めるに当たってだが――――」

 

 言うなり軍服姿と成ったリインフォースは、その帽子を少しだけずらすと片目だけ彼等に向けてやる。 最初の指示、彼女が施した、一番最初の命令を伝えるために。

 

 

 

 

「――――――どうか死なないで欲しい」

 

 

 

 

「そんなこったろうと思ったよこんちくしょう!!!」

 

 リインフォースの切実な願いにスバルが咆えて、あまりの迫力に立ったまま気絶したティアナとエリオをバインドで捉えられ、引きずられていく後ろでキャロは静かに握り拳を作っていた。

 

 

 訓練生たち曰く……この世で地獄を見させてもらった……らしい。

 

 悟空の訓練が基礎体力を作るためにひたすら無茶な運動を強いてきたが……

 

「はいそこ! 集中を切らせると自分の技で腕が引きちぎれますよ!!」

「ぐぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 その無茶を一段飛ばしで入った修行は、既に拷問と化していた。

 

 魔力を一点に集中する。 いつか、悟空が未来トランクス相手に実践した指先に気を集めた応用技術だが、それを魔導師にも使わせようというのだ。 当然、孫悟空ほどの力量を持つ存在でなければあの絶技は達成不可能。 それを、この新人達に課す時点でリインも鬼教官である。

 

 指先は無理でも、腕一分に集中出来る頃には訓練生にも少しだけ余裕ができはじめていた。

 

 

 それを見逃す女神ではなく、すぐ次の拷問(くんれん)が始まる。

 

 全員が魔法封じを施された超重量の鎖を巻かれ、泣き叫ぶかのような声を上げていた。

 

「その鎖は貴方たちに与えた枷。 初級魔法を発動するのにも、普段使う10倍モノ魔力が必要となる特別製です」

「ぎぎぎ……!!」

「効くでしょう、あの魔女殿に用意してもらったのですから当然です」

「な、なのはさんの修行も半端なかったけど……」

「リインフォースさんの修行……悟空さんと同ベクトルに吹っ飛んでる」

「指一本動かすのになんでこんなに疲労感がつきまとうんだ!」

「もう、だめ……!」

 

 集中の次は容量の拡張。 その魔力の“流れ”と“爆発力”を徹底的に極めさせる砲身は、かつて悟空の師匠のウチの一人が課した修行内容と酷似していた。

 

 そんな地獄のような修行風景を見て、悟空は一人尻尾を持ち上げこう言うのだった。

 

「――――ワクワク!」

「あうあう……?」

 

 その後ろで、悟空の物まねをしている幼子と一緒にだ。

 

 そんな“彼女”を見て、やはり眉を一つだけ動かしたのはリインフォースであった。

 

「どうした?」

「いえ……そろそろ、その子の名前を考えなければと思いまして」

「名前? あ! そういやおめえ、名前しらねえな」

「……あなた、いまさら」

「だってこいつ、なんもしゃべれねえもんな」

「うー!」

「ほれ!」

「……それはそうですけど」

 

 二人して首をかしげる子供相手に、リインフォースはげんなりした表情だ。 だがいつまでもこの子とかあの子だとかでは不便に過ぎる。 彼女は、一瞬だけ目を瞑るとそのまま過去の映像を呼び起こす。

 ……あのとき、悟空と幼子が遭遇したときに見えたモノは何だったか……?

 

「…………ヴィヴィオ」

「ん?」

「あう……?」

「その子の、名前です」

「べ、べ?」

「ぶー!」

「いや、もっとこう唇を柔軟に動かして……そう、それくらいです。 はい、せーの」

『べべお!』

「…………貴方はまず語学の修行からですね」

「おらベンキョーは苦手だぁ」

「おー……」

 

 訓練生とはまた違うベクトルで、悟空にとっての修行もようやく開始されるようだ。

 

 一般常識は、亀仙人が過去に行った授業で最低限身に付けた時代の悟空だ。 少なく見積もっても外見だけで女性と男性の区別くらいは付く。 高町なのはスカート事件? ソレは桃色の閃光と共に非殺傷設定の魔力鈍器で叩き潰され、データごと消失し、悟空の記憶にすら残っていない。

 

 さて、訓練生達が地獄の特訓を行っている最中、悟空は一人座禅を組んでいた。

 過去に神の神殿で行った修行の再現だがそこはリインフォース、彼女独自のアレンジがきちんと加わっている。

 

「…………む!」

「避けましたか……」

 

 虚空より飛来するナイフを、目も開けずに躱し、すぐさま座禅に戻る。

 普通に殴りに行けば魔力を読まれ躱されてしまうが、周囲に展開した30にも及ぶ召喚魔法を駆使したナイフのロシアンルーレットは、さしもの探知だけでは発見が遅れる。

 これは、気を読まないで気配を察知するという初歩的が故に難しい技能である。

 躱すところに行くまで、そのステンレスのように鍛え上げた身体に何本ナイフが激突したかなど、もう、悟空は数える余裕すら無かった。

 

「お、終わったーー!!」

「おめでとうございます、悟空。 コレでこの修行も目処が付きましたね」

「すっげぇむずかしいなコレ。 神さまもここまでやんなかったぞ」

「ですがこれから先、気を読むことに長けた貴方には必ず対策を講じられます。 一番やりやすいのは気を持たぬ非生命による不意打ち。 それを考慮した修行なのです」

「…………?」

「つまり、貴方の弱点を克服する修行」

「そっか! そんなら最初っからそう言ってくれよ」

「最初からそう言いましたが?」

「そうなんか……」

 

 合格という言葉に背筋を伸ばした悟空は緊張を解く。

 この気難しい女神様の修行をおよそ3日かけて終わらせたのだから、その緊張具合も計り知れないだろう。

 

「うっし! 修行もおわったしメシ――」

「だー!!」

「――――へぶっ!?」

 

 その緊張を解いたらコレである。

 弾丸のように頭から飛びついてきたのは、最近名前を頂戴したヴィヴィオ。 悟空の鳩尾にジャストフィットしたそのアタマをぐりぐり動かす姿は大型犬そのもの。 しかし、被害的にはトラックかダンプカーの衝撃である。

 

「ご、が……っ」

「ご、悟空!?」

「あう……?」

 

 相応のダメージ。 本人、知りもしないだろうがまさか兄と同じ体勢になるとは思いもしないだろう。

 まさかの強襲に、リインフォースはじゃれつくヴィヴィオを“持ち上げる”

 

「大人しくしなさい」

「――ッ!!?」

「まったく……悟空も油断大敵ですよ」

「けほ、けほっ……ひぃー! 効いたぁ!!」

「……そんなにですか」

「あやうく“おっちぬ”とこだったぞ」

 

 悟空のおなかをさする最中「やー! やーー!!」だなんて両手両足を振り回すヴィヴィオは一人空中ブランコ状態。 流石の腕白ガールも、弱点の尻尾を掴まれてしまえばこんなモノである。

 

「腕白なのは貴方譲りですね?」

「おら?」

「えぇ……そう、貴方譲りのはずです」

「??」

 

 リインフォースの言うことを悟空は理解出来なかった。

 

「ま、コイツはおらとずっと一緒に居るもんな」

「はい、そうです。 ……だから、貴方が守ってあげるんですよ?」

「何言ってんだ? コイツ、おらなんかよりもウンと強いぞ」

「…………え?」

「そんな気がするんだ。 おらよりもずっと、こいつは強ぇって」

「悟空……」

「だー! あーうー!!」

「わわ! おめえそんな体勢で暴れんなよ!?」

 

 ソレは戦闘種族の本能か、それとも過去の経験(じまんのむすこ)があったからか。

 黒曜石のような真っ直ぐな瞳でヴィヴィオを見る悟空は、ソレはもうとても楽しそうに見えたのであったと、リインフォースは後に語る。

 

 

 

 

スバルたちの生き地獄が続くこと……2週間。 悲鳴よりも雄叫びの割合が増えてきた今日この頃、本日も隊員達は元気に超重量の装備と格闘を繰り広げていた。

 

「みんな、やってるね」

「おや? 高町なのはですか。 どうしたのです? 事務仕事のほうは片がついたのですか?」

「うん、まぁ……にゃはは」

「仕事半分と言ったところですか」

「あー! そんなことないですよ。 今日はサボりじゃ無くって、みんなにお仕事を持ってきたんだよ」

「ほう、それはそれは――――お前達! 喜べ休憩だ!」

「え?」

「各員、装備を付けたまま整列! 高町教導官から、新たな任務の説明を受けよ」

『さー! いえっさー!』

 

 ぱっと見、軍隊のように見えるゾンビ4人。 おそらく何度も何度も、倒れる身体に鞭を打たれ、気迫を注入されるままに立ち上がることを強制されてきたのだろう。 リインフォースに言われるままに整列した新入り達の瞳の色を見たなのはは、すべてを悟る。

 

「……あの、やり過ぎでは」

「そんなことない、まだだ」

「すぱるた……」

 

 悟空が案外、バランスをとって修行をしていたという事実を。

 明らかに超えてはならないラインを、助走を付けてスッ飛んでいったものの末路がそこにあった。 だが、それでも彼女は任務を言わなければならない。 いや、むしろ任務を言い渡すことで彼等彼女達をこの地獄のリイン教室から解き放つ(一時的)ことが出来ると、むしろ使命感すら沸いてきた。

 

「先月末に、ある次元世界で違法な競売現場を取り押さえたの」

「違法競売?」

「闇オークションだね。 一般には流通しない質量兵器や、危険な原生生物、ソレに……」

「……ロストロギア、ですか」

「うん、そうなんだ」

 

 リインフォースが、表情も変えずになのはに言う。 新人達には一見、何でも無い質問に思えたが、いまリインフォースの胸中が穏やかで無い事を、なのはだけが把握していた。 だがあえて彼女はそのまま続きを話す。

 

「今回検挙出来たのは、そのとき居た総数の約3割」

「す、少ない?」

「ううん、これでも頑張った方。 流石に裏で生きていく人達だけあって、逃げ足雲隠れは手慣れたモノ。 本当に重要な物品を持ち去って、痕跡を残さないように、何重にも使った転送魔法で彼等の足取りは完全に途絶えてしまったんだ」

「なるほど、ソレで今回、此方に白羽の矢が立ったと」

「……あぁ~うん、話が早くて助かります」

『???』

 

 トントン話が進んでいく上に、会話も無くリインフォースが勝手に理解してしまうから新人達は置いてけぼりだ。

 そんな彼等を思い出した女神様は、ここでゆっくりと指を3本差し出す。

 

「良いですか? まずここで重要なのは逃げた売人が持ち去った代物です」

「本当に重要な代物?」

「次に、彼等が扱うモノにロストロギアが混ざっていること」

「危ない代物って話ですけど……?」

「そして、その大方の正体を、管理局の一部が把握している」

 

 だから、この部隊に……正確には“悟空が居るここ”に、なのはを通してやってきたのだ。

 

「…………競売にかけられたのはドラゴンボールですね?」

『!?!?』

「うん、じつはそうなのです」

「ねぇスバル」

「あーうん、なんとなく言いたいことは分かる」

 

 闇市で競売にかけられる世界最大の神秘……とは。

 

 最大の危機なのだが、その、奇跡の取り扱い方に思わず脱力を禁じ得ないスバル達。 特にその効能を身をもって実感しているティアナは眉間をグイッと押さえ込んでいた。

 

「なんかこうさぁ、古の神殿に安置されててさぁ、数々のトラップを乗り越えてさぁ」

「はいはい、拗ねないのティアナ」

「……はぁぁ」

 

 勇気の証だったドラゴンボールも、運が悪けりゃこんな扱いである。

 

 ターゲットが売人では無く、そいつが保有しているドラゴンボール。 ならば話は早いし、ここに話が来たのも納得できる。

超高性能なセンサーが在中している管理局のはぐれ小島。 皆が一斉に、その超高性能ドラゴンボール探知機、孫悟空を見る。

 

「いいかヴィヴィオ、こうやって、こう!」

「こう……こう!」

 

 ちびっ子二人が仲良く構えを取り合っている。 その姿はまるで荒野で対峙する王子と下級戦士を彷彿とさせるが、如何せん両者背格好が子供過ぎて格好が付かないのが笑いを誘う。

 

「ヴィヴィちゃん結構サマになってるね」

「悟空さんの教えが良いのよ」

「うん……!」

 

 スッカリとこの部隊にもなじんでしまったお騒がせ幼女。 悟空関係という事で大概のことをスルーされてしまっているが、彼女、ここ数週間の“お勉強”ですっかり成長してしまった。

 

「にしてもヴィヴィオの奴すげえなぁ」

「そうですね、貴方の勉強のはずが、居眠りぶっこいてる本人の横ですくすくと成長。 今では言葉もそれなりに……」

「えへへ、リインさんのおしえかた、じょうずだから」

「はぁーすげぇなぁ」

「感心している場合ですか……貴方の勉強会だったのですよ」

「そんなことよか修行したかったぞ」

「……はぁ」

 

 もう後1月くらいで、知能程度ならば逆転可能だろうという計算結果が出てしまった夜天さんは、そっと思考記録を片付けて本題に戻る。

 

「この部隊の初任務です、どうか仕損じの無いように心がけなさい」

『さー! いえっさ!』

「よし! おらがんばっちゃうぞ!」

「がんばる!」

「いえ、ヴィヴィオは留守番ですので」

「……え」

「あの、そんな悲しい顔しないでください。 ヴィヴィオは私と留守番していましょう?」

「やだー! いっしょにいく!」

「うぐっ?!」

 

 今にも泣き出しそうな幼女相手に、一瞬だけでも“仕方が無い”と折れかかったリインフォース。 いくら何でもソレは不味いし、もしもが合っては困る。

  “弱いからいらねえ”と言ういつか悟空がブルマに吐いた言葉を頼りになんとか助け船を求め――

 

「いいじゃんか行きたいなら連れてってやっても」

「悟空、貴方ってヒトは……」

 

 まさかの一言。 そして……

 

「……ぅぅ……だめ?」

「あ、あぁぁ…………」

 

 今にも泣きそうな幼子の姿が、我が主にダブった瞬間、彼女の思考回路はフリーズ。 微かに聞こえてきた「仕方が無いですね」の言葉を拾いに拾い上げた悟空とヴィヴィオの完全勝利に、新人達全員がこの部隊のヒエラルキーを再認識したのだった。

 

「ねぇ、ティア?」

「なに?」

「ヴィヴィちゃん、もしかして最強?」

「…………少なくともリインフォース教官キラーになったのは間違いないわね」

 

 再確認、したのだった……

 

 

 

 

 3日後 とある管理外世界

 

 赤茶けた荒野に並ぶ岩山地帯。 その影に隠れて地獄から帰還した戦士達が、教官から出された指令をこなすべく岩山に足を踏みしめた。

 

「ここね」

「おじさんどう? なんか引っかかった?」

「おら、ドラゴンレーダーじゃねえからわかんねえぞ」

「そうですよスバルさん。 悟空さん、この姿だと確か気の察知も甘くなるって、フェイトさんが言ってましたし」

 

 三人が悟空レーダーの様子をうかがうが、まぁ、いまの悟空は限りなく無力に近い(彼の世界比較)

 

 三人がそこからどうするかを相談する中、どうしてもと着いてきたヴィヴィオはというと……

 

「ふりーど! つかまえた!」

「きゅるる!」

「ヴィヴィオちゃん、あんまり遠くに行っちゃダメだよ、もう」

 

 天真爛漫を全開に、小龍フリードと戯れに鬼ごっことしゃれ込んでいた。

 

「ヴィヴィオちゃん、リインさんの言ってたこと、覚えてる?」

「うん! ひとりでとおくに、いかない……えっと」

「悟空さんから絶対に離れないこと」

「あ、あ……キャロおねえちゃんとも!」

「そうだね」

 

 瞬間、キャロの表情が崩れる。 その様は夏場のソフトクリームを彷彿とさせるようでいて刹那的殺人であった。

 幼子にヒトが魅了される……と言うより、いままでヨチヨチ歩きでついて行く側だったモノが、初めての妹分という熱に浮かされている感覚だ。 

 

 一応、皆の準備が整った時だ、通信用の窓枠がティアナの横で生成、振動する。

 

「はい、第一小隊」

【あ、聞こえる?】

「なのはさん、お疲れ様です」

【にゃはは、やっと事務仕事が片付いたよ】

「悟空さんとわたしたちの分まで、本当にすみません」

【いいんだよ、これだけで、みんながレベルアップするなら安いもんだし。 それはそうと、みんな、まだあの装備は付けたままでしょ?】

『…………あっ』

【もう、任務先にまで修行道具を付けていかなくても良いのに】

 

 戦闘直前まで修行するのはZ戦士のみで結構なのだが……

 通信越しになのはが苦笑いをすると、コンソールをいじくる音が聞こえてくる。 すると、新人達の付けている装備からアラーム音が響き“超重量の装備”が外され……外され……

 

【あれぇ?】

「あの、なのはさん?」

【……ごめん、なんか不具合で装備が外れない】

『うそん』

 

 強制的にピッコロさんと同じ修行を課せられてしまった隊員の図。

 幸いにも鬼教官のおかげで日常生活には支障が出ない程度にはこなれた装備である。 ただ、魔力が8割カットで動きがアスリート未満になるだけ、十分常人レベルな彼等達なら、今回の任務はまだなんとかなるとは思う。

 

【……まぁ、大丈夫だよね】

「なのはさーん」

【ごめんごめん、でも平気だよ、きっとなんとかなるって】

「その心は……?」

【いままでの訓練】

「……うーん」

 

 こっちもこっちで鬼教官である。 なのはの無茶振りにティアナは既にあきらめの境地に到達した。

 その空気を感じ取ったスバルからキャロまでが一斉に下を向く。

 

「行こう、みんな」

「なんでこのままで来ちゃったんだろう」

「リインさん、止めようともしなかったよね」

「むしろ笑顔で送り出してたよ……アレ絶対分かってた」

 

 暗いため息と共に、彼女達は重い足取りでめぼしい場所を探し始めていった……

 

 

 

 ――そして。

 

「くそっ! 管理局の狗が追ってきやがった!」

「ガキが! コレでも喰ら――」

「スバル、接近まであと5秒」

「くらえ! ディバイィィィン―――バスターーー!!」

「ひぎゃあああ!!?」

 

 弱パンチ並(リインフォース談)の攻撃が、売人達を追い詰めていく。

 何だかあっけなく進んでいく任務に、若干の違和感。 スバルは吹き飛んでいく売人たちを眺めつつ、どこか疑問に思っていた。

 

「ねぇティア、おかしいよ……」

「そうね“あまりにも手応えがなさ過ぎる”」

「化け物がああああああああああ」

「管理局は遂に殺人許可証を出しやがった!!」

 

 悲鳴と共に吹き飛んでいく輩を横目に、二人の問答は続く。

 

「後ろには悟空さん達が待機しているから、ここで露払いを完璧にしておきたい」

「けど、あまり突き進んでいくとトラップにはまる恐れもあるよ? なら、もう少しゆっくり行かないと」

「そうね……ゆっくりと……」

 

 呟くティアナの銃口が小さく光る。

 

「ここを切り開くべきね」

 

 魔力カットのせいで小銃程度の威力しかないティアナのデバイス。 それでも、それをマシンガンのように連射していくと出てくる輩を一掃していく。

 

「隔壁を閉じろ!!」

「遅い! スバル!!」

「はぁあああああああ!!」

 

 “力任せにぶん殴った”スバルの一撃で、隔壁の動作が止まる。 大穴が開いたわけではないが、その衝撃で内部に異常が発生したようだ。 それを見て、事の甚大さをようやく思い知った売人達は反撃に打って出る。

 

「重火器! ありったけ持ってこい!!」

「商品に手を出すんですかい!?」

「なりふり構うもんか! ここでヤツラをくいとめなくちゃなあ!! 仲間にまで被害が及ぶだろうが!」

「へ、へい!!」

 

 5人ほどがアサルトライフルを装備し、その後ろでRPG7のようなナニカを構える陣形。 何本かストックがあるのだろう、山積みになった火器類を見た瞬間、スバルはティアナをお姫様抱っこにして飛び去る。

 

「向こうも奥の手出してきた?」

「ううん、まだよ。 コレくらいの妨害、ドラゴンボールを守るのには手薄すぎる」

「……あ、うん」

 

 なんだかティアナの様子がおかしい。 そっとしておこうと、胸にしまったスバルは壁走りで銃撃の雨をかいくぐっていく。

 

「あ、あたりさえすれば」

「よく狙え! あんな化け物を世に放った管理局に目に物言わせてやれ!!」

「ねぇティア? 段々こっちが悪者になってきてない?」

「それだけ力の差が付いてるって事でしょ? なんだかんだあったけど、教官達には感謝しかないわよね」

「あ、うーん」

 

 弱いモノいじめのようで気が引けているスバルだが、彼等は罪人であり危険人物だ、それを取り締まるのが自身の仕事なのだと言い聞かせて、デバイスを高速回転させていく。

 螺旋状に回転させた魔力を、その流れのままに相手に打ち出した。

 

「リボルバーナックル!!」

「ぎゃふ!?」

 

 あまりの威力に中距離からの射撃じみた接近戦技。 孫悟空の空間を叩く絶技を模倣したソレは、アサルトライフルをもった5名を遠くに吹き飛ばしていく。

 

「質量兵器の弾速を遥かに超える攻撃だと……!?」

「もういい! アイツを引っ張り出してこい!!」

「え!? しかしありゃあ暴走するから封印しとけって――」

「お守りじゃねえんだ! ピンチのときに使わないで何が兵器だってんだ!!」

「どうなっても知りませんぜ」

 

 なにやら不穏な空気を漂わせながらも、奥の方から大物の予感。

 ティアナが念話を使いスバルを急停止させると、そのまま彼女のデバイスは強く輝き始める。

 

「なにか来るみたいだけど、このまま撃ち抜く」

「……あれ!?」

「どうしたのスバル?」

「ティアナも感じない? なんか、とっても嫌な感触が……」

「…………スバルが反応したって事は、もしかして悟空さん案件……?」

 

 デバイスの魔力をそのままに、置くから出てくる嫌な感触の正体を探り始める。

 だが、彼女の判断は誤りだ。 そんな慎重に過ぎる選択などせず“念には念をとってさっさと討ち滅ぼした方がいい”選択しも時には存在したのだ。

 そう、いつか、孫悟空の息子がしでかした最大級の失策のように。

 

「僻地から発掘した旧世代の化け物だ! これでお前達も終わりさ!!」

 

 そう言っておくから出てきたモノは、もう、本当にどうしようもなく手遅れな代物だった。

 

「……ザ……ザザ」

「なに、あれ……」

「銀色の……機械?」

 

 人型、だと思われる個体。 至るところから飛び出すケーブルとワイヤー、そして剥がれ落ちて露出した生体部品。 明らかに壊れかけのソレは、普通、気にもかからない戦力外のもの。

 ティアナはいぶかしげに奴を観て、だけど的の苦し紛れだと切って捨てる。

 

 

 

 …………スバルが、無言で背後に吹き飛ばされる瞬間まで。

 

 

 

 

「――けほっ!?」

「す、スバル!?」

「おい! まだ命令してねえぞ!? ……まぁいい、そうだ! 殺せ! 奴らを消せ!!」

 

 機械の人形は無言で佇み、一瞬の出来事にティアナは言葉を忘れる。

 背後で咳き込むスバルを見て、まだ息があることを確認した彼女は一気に駆け出す。 奴を視界に納めたまま、そのまま銃口から魔力を放出したのだ。

 

「――――」

「かき消された!?」

「いいぞ、やれる、此れならここからなんとか……」

 

 チャージした弾丸が消されたティアナを見て、ようやく希望を見いだしたのだろう、饒舌になっていく売人。 そのまま機械人形に後を任せて踵を返し駆け出した。

 

「ずらかるぞお前達!」

「…………」

「あ、……あ?」

 

 

 “さっきまで会話をしていたヒトだったモノ”が転がる道を行こうとして、彼は立ち止まった。

 音は無かった、断末魔さえもだ。

 ただ、機械人形が発するノイズが辺りに響くだけであって。 その耳障りな音が、売人の恐怖を刺激したのだろう、彼は腰から崩れ落ちる。

 

「おい……こりゃあなんだ……」

「――ザザ」

 

 ノイズが走る声。

 お前達、と言ったのは管理局の少女達のこと。 だが男は勘違いしていた。 かのお立ちにヒトをあやめる覚悟など有ろうはずも無く、ならば、此れを成した犯人などたった一機しかあり得ないことを。

 

「お前ら! 何したんだ!!」

「ミナ……ゴロシだ……」

「…………あ?」

「サイヤジン……ハ……ミナゴロシダッ!!!!」

「ひっ――――」

『うっ……!?』

 

 ソレが男の最後の声となり、その咆哮が機械の目覚めとなった。

 

「いま、サイヤ人って言った……!」

「ティア! そいつヤバい! わたしを攻撃する“ついで”にあの人達を……!」

「ミナ、ゴロシ……ヤツラハ……ミナゴロシ……!」

 

 まだ完全覚醒ではないのか、虚ろな独り言でしか無い咆哮。

 だがそれでもティアナ達の警戒心を引き上げるには十分な異常である。 彼女達は拳を握って銃口を輝かせる。

 

「これってさアレだよね」

「スバルもそう思う? アタシも同感」

「うん、明らかにおじさん案件」

 

 あの、潜在能力だけなら部隊最強だと悟空が語るスバルですら遅れをとったのだ。 あの地獄の修行を乗り越えた戦士を、不意打ちとはいえ軽くいなした相手に、自分たちだけで何とかしようだなんて甘い考えなど、とうの昔にリインフォースに削除されている彼女達。

 ならば、執る行動は一つである。

 

「クロスファイヤ! シュート!!」

「うぉぉぉぉおおお!! ディバイィィィィィン!! バスターーーーーー!!」

「――――」

『はい! 撤退!!!!』

 

 爆炎と閃光による目眩まし。 おそらく自身の必殺技であろうモノ達を使い捨てのコマにした彼女達は、颯爽と敵に背を向け疾走する。

 

「マッハキャリバー! 全力疾走!! 速く!!」

「ハリーハリーハリー!! あんなの相手にして生き残るビジョンが沸いてこない!!」

 

 ローラーブレードで激走するスバルと、その背にのって後方確認するティアナ。 もう、息どころか思考すら合わさった彼女達の行動は、悟空の超サイヤ人2との修行のたまものだ。

 

「――――」

 

 いかに絶望からさっさと身を隠すかを、徹底的に教わった故の逃げに、さしもの殺戮兵器も彼女達を見失う。

 

「悟空さん……ダメだ、いまは念話が出来ないのよね」

「うん、大きなおじさんなら全然いけるけど、可愛くなったおじさんは魔導師(こっち)の常識が残念な方向で通用しないから」

「……ダメ、通常通信も死んでる」

「あいつらのアジトだったから、妨害電波みたいなのが出てるのかな。 もう、おじさん何処に行っちゃったの」

 

 急いでこの事を報告し、この世界から撤退しないといけない。

 流石の孫悟空も、記憶と力を消失した現状、果たしてあの銀色の怪物とやり合えるかも分からない。

 まだ、彼の身体のメカニズムも知らないのだ、なら、ここで小さな希望に縋る行為自体、自殺行為に直結するだろう。

 

「そうだ、悟空さんがダメでも近くにはキャロとエリオが付いてるはず!」

「別行動さえ取らなきゃね」

「平気よ、ヴィヴィオはリインさんに悟空さんとキャロから離れるなって教えられてたの忘れた?」

「……うん、おじさんが守ってくれるならね」

「………………あわわ」

 

 ティアナはできる限り念話を送り、僅かな可能性を信じて悟空とコンタクトを計り続け、スバルは邪魔な壁を粉砕し、施設の外へと向かい突っ走る。

 

「止まるなスバル! 何だか隔壁チックな行き止まりが見えてきたけど私には見えない!!」

「行き止まりなんて存在しない!! わたしが作るから!!!」

「いけ! スバル!!」

「おりゃああああ!!」

 

 ……言葉とは裏腹に、絶賛撤退中です。

 なんとか外へと逃げ延びたスバルとティアナ。 二人は即座に通信圏内に駆け込むと、本部のなのはにコールする。

 

【はいはーい! こちら本部】

「なのはさん! 大変なんです! 難易度サイヤ人のトンでもがロストロギアに紛れ込んでて!!」

【……落ち着いてティアナ】

「すみません、なのはさん。 でも全部事実なんです」

【どういうこと?】

「売人達、何処かで古代遺産かなにか分かりませんけど、銀色の機械人形が売人達を……殺戮……」

【――え!? ぎ、銀色!?】

 

 通信機越しになのはの動揺が伝わる。

 たった一言“銀色”と伝えただけなのにと、疑問が出る二人だが、こと闇の書事件に関わっていた全員にとってその単語は悪夢でしかない。

 

【そんな……あのとき、確かに完全に滅ぼしたのに】

「なのはさん?」

「どうしたんですかなのはさん!? あの銀色の機械を知っているんですか!?」

 

 撃ち漏らしはあり得ない、アレは確かに悟空が道連れにし、なのはが引導を渡したのだから。

 すかさず深呼吸。 焦る心と頭を切り離し、彼女は現状をまとめ上げる。

 

 あの冷鉄がここにいるとして、そもそもなぜいままで活動しなかった?

 あれが目覚めたとして、最初にやることと言えば?

 今一番危険なのは?

 

【……悟空くんは!?】

「そ、それがさっきから連絡が取れなくて」

「キャロの通信機に繋がらなくて、今、エリオに連絡をとって――」

「――あ、ここにいらしたんですか!」

『え? エリオ!?』

「あ、え? みなさんどうしたんですか?」

 

 それは此方の台詞だと、通信越しでなのはが叫ぶ。 そのあまりの迫力にエリオが挙動不審に陥るが、ティアナが彼の頬をそっと両手で挟み込むと、視線を合わせてゆっくり問いただす。

 

「エリオ、悟空さんは?」

「あ、その。 実はお二人の帰りが遅いからと迎えに行くって」

「……キャロは?」

「それがヴィヴィオちゃんが悟空さんについて行ってしまったので、仕方なく追いかけると……あの、どうかしたのですか?」

「これは、まずい」

 

 最悪の事態にティアナの表情が歪む。

 あの、銀色の機械人形はあからさまに次元が違う。 ソレは、あの超サイヤ人孫悟空と相対したとき異常の恐怖を感じたのだから間違いないだろう。

 いまだ震える手が、エリオに事の異常性をダイレクトに伝える。

 

「……何が、あったんですか」

「施設に封印されていた謎の機械が暴走して、中の人間を全員……殺して……いたんだ」

「え!? ………………キャロやみんなが危ない!!」

 

 駆け出そうとするエリオだが、その手を咄嗟に引いたのはスバルだ。

 

「エリオ、行っちゃダメ」

「どうして!? だって、みんながまだ中に!!」

「……あれは、もうわたしたちではどうにも出来ない存在だよ。 次元があまりにも違いすぎる」

「……けど!」

「だめ!」

「――っ」

 

 それでもというエリオを、真剣な眼差しで堰き止めたスバル。 彼女だけが知っている、直接触れたであろうスバルだけが、相手との戦力差が圧倒的なのだと。

 

「ティア、どうする?」

「……なのはさん、悟空さんがいまこのタイミングで都合良くもとの姿に戻る確率って有りますか?」

【正直言って、最近の悟空くんの子供モードには、昔あった3日で元に戻る法則が適応されてないから、分からないんだ。 ただ、大量に失ったジュエルシードの魔力を元に戻せればなんとか】

「それって空っぽになった魔力炉心を動かしたいから、別の魔力炉心からエネルギーを持ってくるって事ですよね」

【……うん】

 

 正直言って無理。 孫悟空という存在の異常性を、本当に嫌なタイミングで思い知らされたされたティアナ。 だが彼女達は決して忘れていなかった。

 

「……リインさんは今どこに?」

「そ、そうだ! リインさんなら!」

「リインフォースさんか! あのヒトなら悟空さんをたたき起こすだけの魔力供給を行える!!」

 

 あの、謎の鬼教官リインフォースならば。

 おそらく悟空と合わせてツートップを誇る彼女ならば、きっとこの展開すらひっくり返す事が出来るだろう。

 

【――私はいま、ソッチに飛ぶ準備中です】

「リインさん!」

「ど、どれくらいかかりそうですか?」

【……悟空と違って、私は人間の持つ気を読み取ることは出来ません。 なので彼の使う瞬間移動もデッドコピーでしかないのです。 都合の悪いことにここからだと貴方たちの存在を掴みきれません、なので、短距離の瞬間移動を繰り返して貴方たちの魔力、もしくは悟空のジュエルシードの魔力を感知出来るとこまで飛びます】

「具体的にどれくらい……?」

【おおよそ、5分】

「ほっ……」

【しかし悟空達、戦士にとっては5分というのはあまりにも致命的です。 彼等にとって、声を発して耳に届くまでの時間ですら退屈を持て余す代物ですから】

『……!』

 

 リインの発言に皆が騒然となる。

 あまりにも現実離れした発言だが、実際そうなのだから仕方が無い。 現に、スバルはまばたきの隙を突かれるように吹き飛ばされ、地面を転がった。 しかもアレはまだ寝起き、半覚醒状態だ。 そんなものが全開で来るようならば……

 

「ど、どうしよう……これ」

「ティアナさん、スバルさん……」

「おじさん……」

 

 今すぐ駆け出したい。 だが、走ったところで壁は乗り越えられない。

 あまりに無謀で絶望的な状況は体験したことは無い。

 

 あの、なにもできずに今までの経験をすべて否定されたかのような実力差。 思い出しただけで一瞬の尻込み、だけどスバルは即座に頭をふって切り換える。 

 

「みんな――」

 

 声を出し、勇気を振り絞った刹那………………

 

―――――――――――施設の奥から爆発が起る。

 

「い、いまのは!?」

「奥で、ナニカが……」

「まさか悟空さん!!?」

 

 地響きともとれるあまりの衝撃。 ソレに足下を囚われて、彼等はここを動くことすらままならない。

 あそこでいったいなにがおこっているのか。 あの暗闇で奴は――孫悟空は――

 

 

――――それは、彼等だけが知っていた。

 




悟空「おっす! オラ悟空!」

リインフォース「悟空、どうか早まらないでください」

なのは「リインさん、わたしも連れてって! あの子達をあそこに派遣したのは、わたしだから……お願い!」

リインフォース「ソレは聞けません。 貴方は、ここに居て指揮を執る責任があるのだから」

なのは「……う」

リインフォース「安心してください、彼ならきっと。 昔から、悟空は悪運が強いのは知っているでしょう?」

なのは「うん」

リインフォース「良し、周辺世界の魔力配列は把握しました。 一気に飛びます!」

なのは「お願いします、リインさん!」

リインフォース「はい」

悟空「次回、魔法少女リリカルなのは~遙かなる悟空伝説~ 第93話」

キャロ「それはサイヤ人に恨みを持つ一族の末路」

???「ミナゴロシ……ダ。 キサマラ、サイヤジン……スベテ」

悟空「おめえ、なにモンだ! おらたちなにもしてねえだろ!」

キャロ「ヴィヴィちゃん、コッチに隠れて」

ヴィヴィオ「……」

キャロ「ヴィヴィちゃん?」

リインフォース「……嫌な予感がする、どうか、間に合ってください」


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第93話 それはサイヤ人に恨みを持つ一族の末路

 

 

 

「おーい! おめえ達早く来いよー」

「すばるおねえちゃーん! てぃあなおねえちゃーん! どこー!」

「まって悟空さん、ヴィヴィオちゃん!」

 

 敵地へ無造作に入り込んでいったドタバタ武道家とイタイケな魔導師。 何も知らずに地獄へ突入した彼等は、悟空に導かれる、いいや、引き込まれるかのように奥へ突き進んでいく。

 

「まって悟空さん! 勝手に行っちゃダメです、せめてみんなに連絡――」

「――おわっちち」

「きゃ!? もう、突然止まってどうしたんですか……悟空さん?」

 

 突き進んだ先で悟空が急停止する。 ぶつかり、倒れそうになる身体をなんとか踏ん張ったキャロは、異常な光景に声を殺した。

 

「あぅぅ」

「ヴィ、ヴィヴィオちゃん? 大変、こんなに震えて……」

 

 全身総毛立ち、尾を激しく揺らしている彼女は、咄嗟に悟空の背中に隠れていた。 ソレが、その姿が今までの天真爛漫からは想像も付かない“弱者”に見えたキャロは、今度こそ異変を認識した。

 なにか、居る。 それは自身ももちろん、悟空にも分かっていただろうに……

 

「キャロ」

「ど、どうしたんですか……?」

「おら、すこし先見てくるから、ヴィヴィオ連れてもと来た道戻ってろ」

「あ、え……?」

 

 その言葉が信じられなくて。

 その、今までの子供だった彼からは間違っても出てこないであろう言葉に、キャロは呆けてしまう。 だが事態は待ってくれない。 遂に悟空の尾すら張り詰めると、彼は不意に“キャロをヴィヴィオごと蹴り飛ばす”

 

「――あぐっ!?」

「あ、ぁぁ……!」

 

 遠く、出来るだけ遠ざけられた彼女達は見る。 いま、自分たちが対峙しようとしている存在、その正体を。

 

「ぐ、この……!」

「サイヤ、ジン……」

 

 

 人形だ。 憎悪を纏う鋼鉄の機械が彼等に、いいや“彼”に追付いたのだ。 銀の装甲に走る破壊跡。 まるで爆心地から引きずり出されたスクラップのような存在。

孫悟空に足刀を振り下ろすが、それをクロスした両腕に防がれている。 いつの間にかそこに居て、でもキャロには一切関知でいない速度で孫悟空と一合交えているのだ。

 

「やべぇ……コイツ」

「コロス……コロス、コロス……コロス」

「悟空さん!?」

「おめえ達、さっさとエリオのとこ戻れ! おらがなんとか食い止めてるうちに速く!」

 

 悟空が叫ぶやいなや、機械の身体がぶれる。

 ソレと同時に悟空が地面を蹴り、独特な歩法でキャロの視界から消え……否、増える。

 

「ざ、残像拳だ……此れなら」

「――――ぐふっ!?」

「悟空さん!?」

「サイヤジン……ミナゴロシダ……」

 

 始めから無かったかのように、悟空の本体を撃ち抜く機械。 鳩尾にかかる強力な圧で、悟空の意識が飛びかかる。 止まった呼吸を無理矢理吹き返し、浮いた身体で反動をつけ、亀裂の入った装甲目掛けて蹴りを穿つ。

 

「だりゃあ!!」

「……」

「こいつ、効いてねえんか……!」

 

 微動だにせず受け止める奴はそのまま悟空の足首を掴み上げ振り上げた。 ちからのベクトルが横から縦に強引に変えられると、そのまま彼は固い地面にクレーターを作らされる。

 

「シッ―――――――」

「―――――――ッ!?」

 

 止まる呼吸、走る激痛。 声帯が叫びを上げる間もなく、悟空の身体に機械の足がめり込む。

 

「ギィヤアアアアアアアア!!?」

「ご、悟空さん!!」

 

 ようやく吐き出された声はキャロの鼓膜を貫くほどの声量。 あまりの声に思わず目を背けた彼女は、見る。

 

「…………………………ぐ、ぐぅぅ」

「ヴィヴィオ……ちゃん?!」

「ギヤァアアアアアアアアアア!! ぐああああああああああああ!!」

「や、や……」

 

 悟空の叫びに呼応するように、その小さな手を握りしめ、剥き出しとなった怒気を、彼女は遂に解き放つ。

 

「やめろーーーー!!」

「ヴィ、ヴィヴィオ……」

「え、あ!?」

「おにいちゃんを……おにいちゃんを! いじめるなぁぁああ!!」

「――――!?」

 

 一瞬、ナニカが悟空達のあいだをすり抜けたと思えば、銀色の躯が粉々に砕ける。 何事かと目を見開いたキャロだが、次の瞬間、床に転がるヴィヴィオの姿を見れば嫌でも分かってしまう。

 いまの閃光のような一撃は、あの幼子が“やってしまった”のだと。

 

「――ナ、ゼ」

 

 圧倒的な疑問。 この世界で、自身のターゲットなどただ一人なのに、それと同等の力をいま、あのサイヤジン以外から観測されたのだ。

 あってはならない。 そんな危険な力は、今ここで摘まなければならない。 既に大破した銀色の機械が、最後の演算を開始する、いや、しようとしたのだ。

 

「だぁああああ!!」

「――――ギッ!? グギギ!?」

 

 幼い拳が、ソレに見合わぬ轟音と共に打ち出されていく。 荒削りどころか、構えもなって居ない荒れ狂う拳なのはキャロから見ても明らか。 だが、逆にソレが機械の演算をことごとく外し、奴を困惑させるには十分すぎるパワーをもって、ついには機械を後退させていくのだ。

 

「はぁああああああああああ!!」

「こ、この感じは!」

「ヴィヴィオ、おめぇ……」

 

 一瞬の隙。 その両掌と共に大地へ深く腰を落としたヴィヴィオは、青色の輝きに身を包む。 彼女の内側を駆け巡る、その、“最強の遺伝子”からあふれ出る力を圧縮し、凝縮し、溜め込んだ力が限界を迎えた瞬間、彼女は叫びと共に力を放出した。

 

「いやぁあああああああああああッッ!!!!」

「コイツ――グッ!? グォオオオオオ!!?」

 

 銀色の躯が、青い閃光に呑み込まれる。

 至るところに駆け抜けていく損傷の亀裂は、遂に奴の頭部にまで届き、その身を砕いてしまう。 だが彼女の勢いは奴を叩き潰すだけでは止まらない。 爆発した感情そのままに、ヴィヴィオの閃光は施設の隔壁を貫通し、建物を揺らし、壊し、ついには大空へと駆け抜けていく。

 

「……」

「……ヴィ、ヴィヴィオちゃん」

「あぅ、あぅ……ぅぅ」

「ヴィヴィオちゃん!?」

 

 光りの終息と同じく、怒気が消えたヴィヴィオは目を回しながら地面に倒れ伏してしまう。 

 先ほどからは考えつかない程の穏やかな寝息に、思わず呆けそうになるキャロだが、彼女は魔力の籠もったグローブ型のデバイス“ケリュケイオン”を構えると、淡い桃色の光りをもって、ヴィヴィオを可能な限り回復させていく。

 

「はい、悟空さんも」

「お、おらはあとでいい」

「だめです、悟空さんも一緒に回復しましょ?」

「ヴィヴィオの奴、あんなめちゃくちゃな気の使い方したんだ、相当消耗してるはずだ、だから――」

「悟空さん!」

「…………あ、あぁ。 たのむ……」

 

 なんだかんだでキャロが放つ謎の気迫に圧倒される悟空。 こんなに強きなヤツだったか? などと眉を動かしつつ、彼女の治療魔法に身を委ねることにする。

 

 暖かな光りが悟空の躯を包み込むと、腹部を走る激痛が鳴りを潜めていく。

 

「だいぶ楽になったぞ、わりぃなキャロ」

「え? そんなはずは……だってまだ傷だってふさがってないですよ……?」

「いや、いいんだこれで」

 

 突如、悟空が立ち上がる。 すると奥の方からユラリ、キャロは人ならざる気配を感じ、瞬間的にヴィヴィオを抱えた。

 

「………………サイヤ、ジン……」

「うそ……」

「さっきのヤツじゃねえ、まだ居たみてぇだな」

「そんな……!」

 

 2体目の登場は聞いていなかった。 普通、あんな危険な代物を複数所持など考えようはずも無く、そうと知っていればのこりはすべて廃棄処分のはずだ。 ……知らなかったのだ、この世界の暢気な人間達は。

 自分たちが何と遭遇し、どれほどのモノを使役しようとして、如何に身の程を知らずにいたのかを。

 だから男達は残らず消され、機械は自身の復讐を原動力に動き始めた。

 

「ソン……ゴクウ……!!」

「ハハ……こいつ、意識がはっきりしてねえか?」

「そんな冗談みたいに言ってる場合じゃないですよ!」

「そうだな、大ピンチだ」

 

 悟空は満身創痍。 ヴィヴィオは燃料切れ。 つまり戦えるのは……?

 

「フリード!」

「きゅるる!!」

「よ、よせ! おめえ達が敵う相手じゃ……!」

 

 立ち上がり、構える。

 小龍フリードですら、今の現状を理解し、普段からは想像も付かないたくましい姿を見せている。

 戦う覚悟は、悟空が激痛に耐えていた瞬間から既に完了している一人と一匹は、ここで遂に銀色と対峙するのだ。

 

「ジャマダ……!!」

「――ぐっ!?」

 

 吹き飛ばされて、床を転がる。

 瞬きすらもなかったはずなのに、正面からの不意打ちはそれだけレベルが違うから。 これほどの相手に、孫悟空は数回の打ち合いを可能としていたのか……? 今更の認識違い、だが、彼女はそれを逃げの良いわけには使わなかった。

 

「フリード!」

「ぎゅるッ!!」

 

 キャロのデバイスが光り、フリードに同じ光りが注ぎ込まれる。

 彼女が特異とする補助魔法が、小龍の各種機能を底上げしていくのだ。 素早さから攻撃力、さらには体力と頑強ささえもだ。

 だけど……

 

「シッ――」

「ぎゅる!?」

「フリード!?」

 

 ……それが今更なんだというのだ。

 足りない。 圧倒的な実力差を埋めるには、魔力が“足りていない” 力を出そうにも、有る一定のラインを踏み越える事が出来ないのだ。

 それを自覚したとき、彼女は四肢に巻かれている鎖を見下ろし、そっと歯を軋ませる。

 

 一瞬の思考、だが、ソレは機械にとっては圧倒的な隙でしか無く、フリードは即座に吹き飛ばされてしまう。

 

「くっ!」

「キサマハ……ジャマダ……」

 

 次にキャロに攻撃の手が届くが、彼女は腕を交差させると、なんとヤツの攻撃を防ぐ。

 

「ナンダ……?」

「はぁ、はぁ」

「キャロのヤツ、自分に魔法かけてるんか……!」

 

 だがそれも焼け石に水。 機械との実力差は依然として変わらず、フリードとの連携を取ったとしても“今の”彼女にはどうしようもない。

 

 また見えない攻撃が来る。

 いいや、ちがう。

 “この攻撃は見えているのだ”

 ただ、意識に躯がついて行けていないだけで。

 

 そのもどかしさを自覚したとき、彼女は遂に決意した。 故に彼女はヤツの攻撃を“甘んじて受ける”のだ。

 

「はう!?」

「ナゼダ……」

「うぅ!?」

「ナゼ、タオレヌ……」

 

 どれだけの攻撃を浴びせようとも、キャロがもう膝を付くことは無かった。 ただ、その“両手足に巻かれた装備”には確かにダメージが蓄積していくだけ。

 

「はぁ、はぁ」

「キャロ!」

「ソウカ、ソレノ、セイデ、タエラレテイル、ノダナ」

 

 それを冷徹に分析した機械。 狙いを的確に絞る……などとこざかしい真似をせずに、纏わせた紫色のエネルギーによる右ストレートが炸裂。 両腕から嫌な音が響けば、砕け散り、床に残骸が散らばる。

 

 キャロを押さえつけられていた枷が外れる。

 

「フリード!!」

「ぎゅっ!!」

 

 瞬間、彼女は駆け出す。

 孫悟空を背に、彼女は全身から魔力を迸らせ、桃色の輝きに包まれる姿は、かの超戦士を彷彿とさせる。

 

「はぁああああ!!」

 

 全身を駆け抜ける魔力。 ソレは、彼女が使う補助魔法なのだが、その効力は先ほどまでとは桁が違う。

 

「コイツ、サキホドマデトハ……ナニガ、アッタ」

「手助け、ありがとうございました。 おかげさまで魔力リミッターが外れて、重いからだが翅のように軽い」

「こ、これがあのキャロなんか!? さ、さっきまでとはまるで別人だぞ……!」

 

 もう、泣きムシ少女はそこには居なかった。

 ここに立つのは、竜召喚師 キャロ・ル・ルシエ。 あふれ出さんばかりの魔力を、自身で循環を終えると、その方向をフリードへ向けた。

 

「きゅぅうーーーー!!」

 

 フリードの躯が輝くと、その体積を肥大化させていく。 見上げるほどに巨大化していくフリードは、天井を突き抜け、大空にその身をさらしていけば咆哮を上げる。 いつか見た、暴走形態への変化とまったく一緒のプロセスを踏むが、彼から聞こえてくる雄叫びは、決して理性を手放した物ではなかった。

 

 遂に。 キャロルは遂に、自身の力を完全にコントロール下においたのだ。

 

「フリード! 巨竜モード!!」

「ギュル!!」

「ホウ、ムシケラ、ダト……オモッテイタ……ガ」

 

 言うなり悟空達を背に乗せ空高く舞い上がる。

 同時、機械が片手を上げるとエネルギーが迸り、彼等に追尾弾を3発打ち出した。 それをみたキャロが声を上げると、フリードの後部が灼熱に染め上がる。

 莫大な熱量と共に放たれたのは一派との炎弾。 ソレが追尾弾にかすめると、蒸発し、消失したのだ。

 

「…………」

 

 それを見届けた機械。 頭部が忙しなく音を立ててカタチを変えると、まるでバイザーを付けたかのような形状へと変わっていく。 躯は依然と変わらぬ、ボロボロのままで有るが、そうと感じさせない程の精密な動きで、彼は音も無く空を飛ぶ。

 

「追いかけてきた! ……フリード、迎撃!」

「グォオオオオ!!」

 

 竜の咆哮をモノともせず、機械は全身の亀裂箇所からケーブルとワイヤーを伸ばすと、それをフリードへ這わせていく。

 一瞬の接触に、しかしその接触をむしろフリードは力強く歓迎する。

 牙が伸びる口で使い上げると、それを引きちぎり、振り回す。

 

「やっちゃえフリード!!」

「ガァアアアアア!!」

「――――」

 

 遠心力を思う存分に加えた叩き付けが機械に炸裂する。 全身の骨格がきしみを上げ、至るところの部品が不具合を起こす。 かみ合わせのズレたギア、油圧の漏れたシリンダーに、冷却効率を落とした放熱器官。

 その、ボロボロの状態でもヤツはフリードを観ている。 その翼から声から体躯から声帯はどうに居たるまでをまさしく監察しているかのような姿に、キャロは言いしれぬ不安を感じる。

 

「なに……? まるで戦っているだけで、こちらを負かそうっていう感じがしない」

「きゃ、キャロ……」

「悟空さん、どうしたんですか」

「あいつはまずい。 ありゃ、なにか奥の手をもってんぞ」

「え!?」

 

 長年の戦闘感を持つ悟空が、無自覚ながらヤツの“強み”を理解していた。

 

 このまま戦闘を長引かせるのなら、ここは引いた方が良い。 そうで無いのなら速くケリを付けるべきだと。

 

 だがそんな警告むなしく、ヤツは遂にその本領を発揮した。

 

「ガ……ガガ――」

「な、なんだ!?」

「……………………ようやく、見つけたぞソンゴクウ!!」

「あいつ!?」

「言葉を!!」

 

 ソレは身を凍らせるほどの声で、キャロの魂を掴むかのような怨嗟の言葉だった。

 

 幾多もの辛酸を飲まされたものにしか出せない、悔恨の叫び声が彼女を確かに怯えさせたのだ。

 

「ぎゅる!!」

「……あ、ごめんフリード。 うん、負けちゃダメだ」

 

 竜からの叱咤激励に我を取り戻したキャロは、いまだ傷の癒えていない悟空とヴィヴィオを見ると、キツく唇を結んだ。 なんとしてもここを乗り越えなくてはいけない。 ヤツが勢いを取り戻す前に、決着を付ける。 もしくはスバルたちと合流しなくては……

 

 いまだ追いかけてくる機械を眼下に納めると、しかし、キャロの頭上に突如影が落ちる。

 

「――――…………ふん、そんなに虚勢を張るのが楽しいのか?」

「……え?」

 

 “先ほどまでいなかった空間に、瞬時に現れた”かのよう。 キャロの背筋が凍り付けば、その異変をいち早く感じ取っていたフリードが取ったのは急制動でも無く旋回でも無く、爪による迎撃だ。

 

 巨竜モードとなり、圧倒的な質量を誇るフリードの右爪がヤツの胴体を直撃する。

 

「こいつ、予想以上に厄介だ」

「いいぞ、フリードの攻撃が効いてる」

 

 想像を超えたフリードとキャロの成長。 ソレは機械を僅かに手間取らせたが、だからこそ彼女達をさらなる窮地に追いやる事になる。

 

 機械が視線鋭くフリードの翼を射貫く。

 

「-―――キッ」

「ギャアアア!!?」

「フリード!?」

 

 突如苦しみだしたフリード。 その翼は痛々しいほどの火傷があり、そのダメージは飛行に支障をきたし、彼を空から失墜させる。

 

「まず、キサマからだ小娘!」

「うくッ!?」

 

 ばらばらに落下していく悟空達。 その中で今まで邪魔立てしてきたキャロに狙いを定めると、機械はその手を伸ばし手刀を作って彼女へ振り下ろした。

 戦士達をいとも簡単に倒す機械の繰り出す手刀は、どんな刀剣よりも鋭くよく切れる名刀。 そんなものをキャロが受ければただではすまない。 なんとしても防がなければならない。 悟空は空の彼方へ叫び声を発し、しかし、その行為が機械の凶行を止めるには圧倒的に時間が足りない。

 

「死ねッ!!」

「きゃ、キャロ!!」

 

 そうして振り下ろされた手刀は……だけどそれがキャロへ届くことは無かった。

 

 

 オレンジの弾丸が、機械の刀剣を弾く。

 

 

 抜群のタイミングと、ジャストな狙いで敵意を撃ち抜くその攻撃の主は…………

 

「――――外した!?」

「ティアしっかり! みんなのなけなしの魔力で、なんとかティアの装備を壊せたんだから。 絶対に決めちゃってよ!」

「んなもん言われなくても!」

 

 ティアナ・ランスターが、銃身に追加オプションを装備した、長距離射撃モードのデバイスで銀色を狙撃し、次の弾丸を生成していた。

 彼女もキャロ同様に鎖を解き放ち、エリオとスバルからひねり出した魔力を上乗せして、機械人形を破壊せんと撃鉄をあげる。

 

「スバルさん、ティアナさん! きゃ、キャロたち落ちてますよ!?」

『ソレがどうした!?』

「え……え!?」

 

 構わず攻撃を続ける二人に、遂に正気を疑い始めたエリオ。 だが彼は知らなかった。 この二人の行動こそが、今現状出来る最大限の援護であり、孫悟空に対する絶大な信頼の証なのだと。

 彼女達は知っている。

 あの男は、こう言う局面には何度だって直面し、いつだって困難をくぐり抜けてきたのだと。

 

 そうだ。 いまの孫悟空は確かに空を飛べない、地を這う猿だ。

 

 だがぞれがナンダというのだ。

 

 彼が孫悟空だというのなら。 彼が、あの悟空だというのなら――――

 

 

 

 

「来てくれー!! 筋斗雲――――!!」

 

 

 

 

 ソレは、やはり存在するのだ。

 

 

 遠い彼方。 地平線の向こうからやってくる“雲のマシン”

 青い空に黄色いラインを引いてやってくる神器の一つ。

 音速を超えて飛来するソレは、自由落下を慣行中の悟空に、体当たりのように衝突したかのように見えた。 いや、したのだ。

 

 だがそのマシンが持つ独特な感触と、言い表せないクッション的なものによりショックは限りなくゼロとなり、見事彼を救い上げ大空を飛翔したのだ。

 

 

 

 

「な、なんだあれは……!」

「あ、あれはいったい……!」

 

 奇しくもエリオと銀色の機械とが、同じ感想を持つに至った。

 

 どちらもアレのデータはほとんど無い。 片方は初見、もう片方は記憶の欠落か、そもそも気にもかけていなかったのか。 見たことも無い非現実なカタチの乗り物に一瞬だけ呆けてしまう。

 

「行くぞ! お返しだ!!」

「し、しまった!?」

 

 筋斗雲に着地した悟空は、空を駆けながらその身体を青く輝かせていく。 

 

「かぁ! めぇ!」

 

 弾丸飛行の最中、筋斗雲がキャロをキャッチすると、それを見届けたフリードが、近くに居るヴィヴィオを背に乗せ直し空中で制止。 その口を紅蓮に染め上げる。

 

「はぁ! めぇ!!」

「くっ! まだパワーがもどらんか……!」

 

 機械がボロボロの腕を伸ばし、来るであろう攻撃に対して楯を作る。

 その楯の真下には、青と橙の魔力がブレンドされ閃光を発している。

 

「スバル! エリオ! ありったけよこして!!」

「こんなことならこっちの装備も壊しておくんだった」

「も、もうこれ以上は……!」

「死にたくなかったら出し切りなさい! やり方は、それこそ死ぬ気で教わったでしょ!?」

「は、はい!」

「アタシが狙う、スバルはナックルで“収束”エリオは属性付与で“威力”の底上げ!」

『うぉぉぉおおおおおおッ!!』

 

 

 今現状出せる最大の攻撃力を持って、彼等はいま、一斉に光りを解き放った。

 

「ディバイィィィィン! バスタァァアアアアアアアアアア!!!!』

「波ぁーーーーーー!!」

「ガアアアアアアアアアアアアア!!!!」

「ぐ、うぉ!?」

 

 極炎と、螺旋の閃光と、気の塊が機械人形に襲いかかる。

 

「こ、こんなモノ……!」

 

 受けて立ち、受け止める。

 極光となった彼等の攻撃が、機械の楯を打ち破らんと激流のように襲いかかる。

 

『こんのぉおおおおおおおおおおおおおお!!』

「こ、こんな……こんなヤツラに!!」

 

 押し返す。

 あんな超戦士ですら無い雑魚相手に、いくら弱り切ったからといって……

あのときの焼き直しだと自覚する間もなく、機械がもつ楯は爆音と共に砕け散る。

 

「いまだ!!」

『波ぁぁあああああああああああああああああ!!!』

「――――」

 

 最後の一押しだと悟空が叫ぶと、断末魔すら許さない攻撃は、見事鋼鉄の身体を砕いた。 

 そのまま空の彼方へ押し出すように光り達は消えていく。 それを見送った悟空は、崩れるように筋斗雲の上に倒れ込んだ。

 

「…………し、死ぬかと思った」

「ご、悟空さん! 大丈夫ですか?」

「へ、へへ……もうすっからかんだ」

 

 そういって筋斗雲の上で寝そべる悟空の背中を、キャロはそっとなでる。 この、自身とそう変わらない体躯であそこまでの力を使い、放出したのだ。 あの光りを目に焼き付けた彼女は、労るように悟空へ回復魔法をかける。

 

「ぎゅる!」

「おにーちゃん!」

「おー、フリードにヴィヴィオ! おめえたちも無事だったんか、よかったぞ」

「うん!」

「きゅる!」

 

 巨体に見合わぬかわいい声で返答するフリードと、いつにもまして甘えてくるヴィヴィオに、悟空は横たわりながら手を上げ、彼等とともに地上に降りていく。

 

「お、おじさん!!」

「わぷっ! い、痛えよスバル、急に締め付けてくんなよ」

「抱きしめたの! もう、心配したんだから!」

「意味わかんねえぞ」

「装備を外したコッチはへとへとなのに、どうしてあんたはそんなに元気なのよ……」

 

 鬼教官の教え通りに、持てる力のすべてを出し切ったティアナはすでに立ち上がることすら困難であるところを見ても、如何にスバルがスタミナ馬鹿なのかが分かるであろう。 しかし、今はその疲労ですら心地よい。

 ティアナは、はしゃぐスバルが眩しくて、思わず目を反らした。

 

「―――――――」

「……え?」

 

 …………その先に、いてはならない存在が、居た。

 

 くすんだ銀色がティアナの視界に入った。 あり得ない……そう声を出して、皆に危険を知らせようとした彼女は、しかし脳が思考を終えた瞬間に、ヤツの攻撃は既に終わっていた。

 

「ティア!!」

「あく!?」

 

 伸ばされたワイヤーからティアナをかばうのはスバルだった。 

 肩口から血が流れているが、その程度で倒れる柔な鍛え方はしていない。 彼女は、奥歯を噛みしめながら立ち上がる。

 

「お、おまえ……生きて」

「いや、お前達の攻撃は確かにオレを砕いた、それは間違いない」

「じゃ、じゃあなんのよアンタは!」

 

 構えたスバルの後ろで、魔力切れで震える指先を隠しながらティアナが問う。 だが、答えはあらぬ方向から飛んできた。

 自身の背後、孫悟空達が居る場所よりも遠くから……

 

 

「――そう、先ほどのオレは性能不足により敗れ去った」

「だからオレは直前までのデータを参考に、機体のアップデートを開始したのだ」

「“この躯”がお前達をいたぶるのに、十分な力を持てるように」

 

 

 信じられないことだ。 ティアナの目には、あの銀色が三体に映り込んでしまっている。

 

 頭を振り、慌てて隣のスバルを見たが、残念なことに彼女も自信と同じ顔をしていた。

 

「う、ウソだ……なんでこんなことが」

 

 思わず零したあきらめの声に、皆が一斉に言葉をなくす。

 

 いいや、この事態でもただ一人、戦意を失わない“男”が居た。

 

「な!?」

「お、おじ……!」

「どうして……」

「悟空さん!」

「はぁ、はぁ……! まだ、だ!!」

 

 気力は使い果たし、身体はボロボロ。 しかし闘志はいまだ萎えず。

 

「い、行くぞ……クウラみたいなヤツ! “オラ”が相手だ……!!」

「サル野郎め、ようやくお目覚めか」

 

 悟空の口調が先ほどのモノから雰囲気が変わる。 あの、純真無垢な子供の声に、歴戦の勇士を彷彿とさせる力強さが乗せられたのだ。

 だが、ソレは声だけ。

 身体は依然と弱く、機械にすら勝てない様相を呈していた。

 

 当然そんな悟空の事情など機械はお構いなしだ。 都合良くここから離れるわけも、修行をし直す時間を与えることもない。

 ただ殺す。 自身がそうされたように、この憎きサイヤ人を完全に消滅させるまで、ヤツの執念は消えない。

 

 だから戦う……訳じゃ無い。

 孫悟空が戦うのは、そんな大層な理由では無い。

 

「む、無理だよおじさん!」

「んなことねえ……お、オラこんなところで止まってられるほど暇じゃねえんだ」

「ご、悟空さん、でも――」

「さっさとおめえ倒して、ヴィヴィオのヤツ鍛えてやりてえからさ……!」

『……へ?』

「――――」

 

 この男は、既に今の先を見据えている。 たかだか機械の残骸相手にかき乱されるほど、彼の道は退屈ではない。

 

「ほざいたなサイヤ人。 だが実力の伴わない言葉は、無意味だとおもわんのか?」

「そうだな、実力がなけりゃあな。 だから今のオラには無理だ」

「……ぬ?」

 

 残念そうに、だけど、どこか不敵に笑う悟空に、クウラと呼ばれた残骸は一歩、距離を詰める。

 ここまで追い詰めた。 普通ならば終わりな状況もサイヤ人、否、孫悟空という要素が絡むと逆転への布石に繋がるのは、身をもって思い知っている。

 

 だから油断はしないし、ヤツを叩くのに何ら躊躇もない。

 

 的確な判断は、しかし先に時間のほうが訪れてしまった。

 

 

 

 

「―――――――――…………そうだな、実力が伴わなければただの悪あがきだ」

「お、お前は!?」

 

 

 

 

 漆黒の堕天使……否。 傷つき、倒れ、それでも立ち上がるモノへの祝福の風がいま、この地に舞い降りた。

 一瞬でクウラの一体を吹き飛ばすと、彼女は翼をはためかせ大空を飛翔する。

 

「はぁあ!!!」

『―――!?』

「さ、さすが夜天だぞ……ナイスタイミングだ」

 

 右手をかざしたかと思えば、悟空たちより少し離れたクウラを、上空より重力魔法で押さえつける。 同時、左手に雷電が迸ると、クウラの身体に落雷が直撃する。

 

「こ、こいつ!?」

「このオレの身体を……!」

「うごかん!?」

「貴方からは魔力反応を拾えませんでしたから、魔力炉心を使っている可能性はありません。 そして動かすのに電気信号を使うのは、壊れた箇所から出てくる放電現象を見て確信しました」

 

 だから、一番効率の良い攻撃で、機械をフリーズさせたのだ。

 

「だが狙いが甘いぞ闇の書!!」

「……あ、あいつ! 一体だけ免れてる!」

「悟空さん!!」

「…………来い!!」

 

 孫悟空は逃げない。 回避すらもせずに、その場で大地を踏みしめ、駆け抜ける機械と対峙するのだ。 その姿はあまりにも無謀だが、彼は避けるわけにはいかなかった。

 

 だってその背に、視力を尽くし頑張った弟子が居るのだから。

 思わずティアナが叫ぶ中、クウラの貫手が悟空の喉元に迫る。

 

 一瞬のそのあいだ。 リインフォースですら間に合わないその瞬間だが、彼女の表情はなんら曇りが無い。 なぜなら彼女の役割は完全に終えているから。

 

 説明口調のあいだに、周囲へ散らした自身の羽根が一斉に悟空へ向く。 それを見た彼はただ見上げたまま“甘んじて彼女の羽根に全身を貫かれる”

 

『!!?』

「同士討ちか……?」

「……」

 

 まさかと誰もが驚愕した。 エリオもキャロも、スバルも、そして、冷静につとめようとしていたティアナでさえも。 あの教官の実力は嫌と言うほど知っている、そんな人の攻撃を、今の悟空が受けてしまえばどうなるか。

 

 あんな“馬鹿みたいに強力な魔力の塊を受けてしまえばどうなるか”

 

 彼等には想像も出来なかった。

 

「狙いが逸れたか! ならばトドメだ死ね! ソンゴクウ――――」

「――――――はぁぁああああああああああああああああ!!!!」

「なに!?」

 

 全身を魔力刃で刺し貫かれたはずの悟空。 だが彼は咆哮と共に、全身にたぎる気を解放していく。

 今までの少年の身ではあり得ないほどのちからの解放は、いまその瞬間に自身を殺そうと迫っていたクウラを弾き、彼は黒い光(魔力)蒼い光り()に変換する。

 

「だりゃあ!!」

「ぐっ――!?」

 

 男の拳が、機械の身体を砕く。

 たったの一撃で、スバル達の放つ何十、何百もの攻撃すら霞んで見える威力。 そんな物を受けてしまった機械の身体は、その半身を消し飛ばされ、既に機能停止寸前である。

 

「ご、悟空さんが……」

「ほんとうに……」

「ど、どうなってるの」

 

 青いリストバンドに、山吹色の胴着。 そして、背に“孫”と書かれたあの姿を、彼は遂に取り戻す。

 

「待たせたなクウラみてえなやつ」

「みたいとは随分だな。 まさか、オレの顔を忘れたとでも?」

「忘れらんねえさ。 けど、おめぇの事、オラは知らねえぞ。 ……何もんだ?」

 

 拳を突き出しながら、それでも違うと言う悟空に、クウラはその口をつり上げけたたましく嗤う。

 滑稽だと。 まさか、一番自身が憎んでいる存在が、一番速く自身の事を見抜くだなんて。 

 

「オレ自身、自分が何者かなど覚えてはいない。 あるのはキサマへの恨みと、創造主の悲願だけ」

「……?」

「そう、サイヤ人に滅ぼされた、我が“ツフル人”の同胞の怨嗟の声!! 今のオレはただ、それだけに突き動かされ地獄から這い出てきた!!」

「ツフル……人?」

 

 聞いたこともない単語なのは、あのリインフォースですら同じだ。 サイヤ人、フリーザ一族、そのなかのどれにも含まれない言葉は、当然だろう。 なにせ彼等は既に滅びた存在だからだ。

 だから皆が忘れた。 故に、ヤツ等の復讐の炎は激しく燃え上がっている。

 

「く、ふふ……こうやって、蘇ってやったからには……必ずキサマを殺す。 オレが受けた屈辱と怒りを与えた上で、地獄よりも深い場所にまで叩き落としてやる……!」

「……やらせると思うのか?」

「いまは、出来ない………力がないのはオレが一番理解している。 だが、覚えて置くが良い、キサマの後ろには、常にこのオレが殺す機会をうかがっていることを!! クハッ! ガハっ! ふ、ふはははは―――――――」

 

 叫びにも似た嗤い声を上げた機械は、そこで機能を完全に停止した。

 既に動かない機械。 それを確認して、孫悟空は一瞬だけ睨み付けると、爆発音をもってその機械を完全に停止させることとしたのだった。

 

 

 

 なんとかクウラを、いいや、クウラのガワを利用した何者かを退けた悟空部隊。 彼等はリインフォースが張る結界に身を置くと、そろって盛大に張り詰めた空気を崩す。

 

「も、もうダメかと思った……」

「よく頑張ったなおめぇ達。 特にキャロ、遂にやったじゃねえか」

「あ、はい!」

 

 あの暴走ばっかりさせちゃうダメ召喚師が、よもや巨竜とコンビネーションまで出来るようになったのだから、その成長力はこの部隊で軍を抜いていた。 流石、いまが成長期と太鼓判を押されただけ有る。

 そんな彼女を、若干後ろめたそうに、複雑な心境で見ていた少年に、悟空はいつの間にか背中を叩いてやっていた。

 

「おわっぷ!?」

「今日は良いとこ無しだったなエリオ」

「あ、うん……はい……」

「仕方ねえさ、なのはと夜天がしくじって、その重てえヤツ外せなかったんだからさ」

「けど、これが無かったとしてもあそこまで動けていたかどうか」

「…………それは」

 

 エリオの質問にも近い呟きに、すこしだけ考えた悟空。 彼にしては珍しい長考だが、言ってやることはいつもと変わりはしなかった。

 

「出来なかっただろうな」

「うくっ」

「だったらどうする? やめっか?」

「……いやです」

「どうしてだ?」

「だって、……ここで逃げたらかっこわるいじゃないですか」

「ははっ! そうだな、確かにその通りだ!」

 

 少年の答えがよほど気に入ったのだろう。 悟空は笑顔でエリオの背中をもう一度叩く。

 

「おわっぷ!!」

「男だもんなぁ、いつまでもオンナに良い恰好されちゃ、いやだもんな?」

「は、はい!」

「エリオ、強くなりてえか?」

「はい!」

「帰ったら修行やり直すか」

「はいっ!」

「元気良いな。 良し、だったらオラも一緒に修行だな」

「はい!!!」

「じゃ、あとでオラとみっちり組み手だな」

「はいッッ!!!!」

「オラもいい加減、超サイヤ人3への変身に身体ならさないと行けねえ頃だ、まずはがっつりと超サイヤ人2でやんぞ」

「……………………ふぁっ!?」

 

 聞き捨てならない発言にエリオの精神が殺されるのだが、悟空にもう一度背中を叩かれたショックで現世に強制送還させられた。 南無。

 

「あーぁ、エリオくんご愁傷様だね」

「何言ってんだスバル。 おめぇもだぞ」

「……………………ふぇっ?」

「おめぇ、あの程度の相手に遅れ取ってるようじゃ、この先やってなんか行けねえ。 今度はオラがみっちり修行付けてやるから覚悟してんだぞ」

「な、なななな!!」

 

 とばっちりの交通事故。 と言うか、この部隊の新人達がまだ先があるとして修行を練っていくところを見るに、将来性ありすぎである。

 

「基礎、体力、技。 最後の方はまだまだですが、そろそろ実践の修行に写った方が良い頃合いですね」

「え!? ちょ、ソコはリイン散が止めに入るンじゃ無いの!?」

「私を何だと思っているのですか?」

「……きょ、教官さんです」

「そうです。 だから貴方たちが強くなるために出来るだけの手を打ち、やれる精一杯を課すのです。 大丈夫、ここは医療設備も回復魔法も完備しています。 閻魔界手前ならば引き返し可能です」

 

 ついでに悟空の口効きならばその先の向こうで(界王神界)での修行も出来る。 うむ、至れり尽くせり。

 そんな地獄みたいな発言をされてしまい、出口を立たれた子羊たちは思う。 ソウカ、自分たちはもう、後戻りは出来ないのだと。

 

「今回遭遇したクウラのような機械。 便宜上“ツフルクウラ”と言いましょうか。 アレを相手にするのです。 もう、中途半端は許されない」

「そうだ。 オラだって、ここ最近身体の調子が悪ぃし、いつまた子供の姿になっちまうかわかんねえかんな」

「た、確かにそうですよね。 ……フリード、わたしたちも頑張らなきゃだね?」

「キュー!」

「お? なんだなんだ? キャロにフリード、随分立派になったなぁ」

「…………それだけ、暴走する自身を抑えられたのが嬉しいのでしょう。…………わかります」

 

 感慨深く零した女神様。 まぁ、あれだけの惨事を引き起こした彼女だ。 キャロの気持ちはここに居る誰よりも分かるし、共感も持てる。

 

 そんなリインフォースを知ってか知らずか、悟空がやや真剣な顔をした。

 まるで刀剣のような鋭さで見つめてくる彼。 一瞬。 本当に少しだけ心が揺らいだリインフォースは若干の気後れ。 彼女は、あまりにも無言で立ち上がる悟空に後ずさりしながら、ようやく口を開き、その行動の理由を問うた。

 

「どう、したのですか?」

「なぁ、夜天」

「悟空?」

 

 

 

 

「………………オラ、しょん便行きてぇ」

『だぁあ!!』

 

 

 ………………ただただ限界を超えそうだった顔であった。

 そんな彼のぶちこわしに皆がずっこけるのだが、あまりにも彼らしいのは、もう、キャラクター故に仕方が無いのだろう。

 

「そんじゃ……よし、ティアナ、これ持っててくれ」

「荷物ですか? でも、そんなものいままで……って!?」

「それな、さっき見つけたんだ。 じっちゃんの形見だからな、しっかり持っててくれよ?」

「あわわわわわ!! す、スーシンチュウだ!!!」

 

 悟空が何でも無いように渡してきたそれは勇気の証(ドラゴンボール)であった。 しかもその星は4つ。 孫悟空が“特別”だとするその奇跡の球に、ティアナは興奮を通り超えて混乱してしまう。

 ど、どどどどうしたら良いかしら! あ、暖めた方が良い? なんてニワトリみたいな思考回路になって居る彼女。 それだけ、ティアナにとってドラゴンボールというのは特別な存在なのだ。

 

 だから託した。 おねがいした。

 

 孫悟空が、ニッコリと笑うと、そっと遠くの茂みに消えて行ってしまう。

 

「あ、あのリイン教官」

「こ、これ……」

「悟空がお願いしたのです、貴方が持っていなさい」

「で、でも。 やっぱり上長であって、戦闘能力もある教官が……」

「ダメです」

「そんなぁ!」

 

 などと、ドラゴンボール輸送という、割と責任重大な任務を押しつけられたティアナは、そこから、なのはの居る部隊本部に戻るまで、延々と挙動不審となっていたのは言うまでも無い。

 

 おそらく、今後世界に大きな波紋を起こす出来事はあったモノの、なんとか無事に彼等は帰ることが出来たのだった。

 

 ドラゴンボール、まず一個目………………捜索完了。

 




悟空「オッス! オラ悟空」

ティアナ「右良し、左良し……あ、遠くから人が来る……」

スバル「そんなビクつかなくても、別に誰も取りになんか来ないって」

ティアナ「て、敵ね。 このドラゴンボールを狙っているに違いない……そこを動くな! 管理局よ! いい? 動いたらこちらのデバイスのトリガーを引いて、弾丸が出てきて貴方を殺すわ」

スバル「ご、悟空さんティアが!?」

悟空「大丈夫だろ」

スバル「ちょ!?」

悟空「ソレよかもう時間だ。 ほれ、次回!!」

夜天「魔法少女リリカルなのは~遙かなる悟空伝説~ 第94話」

スバル「消える 宝」

ティアナ「ぎゃー! アタシのせい!? アタシのせいなの?!」

悟空「そんなことねえぞ。 悪いのは、アイツだかんな」

夜天「いい加減、気を失ってもらおうか……もうすこし様子を見ましょうか。 ではまた」


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