By the way(ジョジョの奇妙な冒険) (白争雄)
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プロローグ 表

僕の生まれ育った町。

M県S市杜王町。

S市のベッドタウンとして1980年代前半から急速に発展した町で、人口は5万人弱。

その歴史は古く、縄文時代の住居跡があったり、侍の時代には別荘や武道の訓練場があったりしたらしい。

町の花は「フクジュソウ」。特産品は「牛たんのみそづけ」。

町のシンボルマークは杜王町のイニシャルであるアルファベットのMを変形させた形のようにも見えるし、二人の人が向かい合って握手を交わしているようにも見える。

僕はそのマークに「町民みんなで手を取り合って頑張ろう」みたいな意味が込められているのかなと勝手に解釈していた。

 

 

僕の名前は片平 楓(かたひら かえで)。ぶどうヶ丘高校2年……今年の4月で3年生になる。

楓という名前は女の子みたいな名前だけれど、僕は気に入っている。

外見的な特徴をいうなら…と言いたいところだけれど、これといって特徴のある容姿はしていない。

身長だってチビだし、自分で言うとなんだか虚しくなるけれど、女の子にモテるような顔でもない。

周りからみればごくごく普通の高校生って感じだ。

たまに中等部の子に間違えられるけれど、文句は言えない。

 

それでもやっぱり、物語の主人公になるのだから、僕は普通の高校生ってわけじゃない。

いや、この場合『僕も』と言ったほうがより正しい言い方なのだろうか。

それに、この町では寧ろ僕のような人間が『普通』なのかもしれない。

 

 

僕は超能力者だ。

 

ところで、みなさんがもっている超能力ってどんなイメージ?

スプーンやフォークを捻じ曲げる?

手を使わずにものを動かしたり浮かせたりする?

 

はっきり言ってそんなものは『僕たち』の能力にしてみれば、入門編みたいなもんだ。

それに、普通の人はそれが見えないパワー、言ってみれば念力のようなもので行われていると思っているのだろうけど、僕たちにはフォーク捻る『それ』や、ものを掴んで動かす『それ』がはっきり見えていた。

『それ』は人のような姿だったり、動物のような姿だったり、時には機械のような姿だったりする。

僕たちは、僕たちだけが見えるそのヴィジョンを『スタンド』と呼んでいる。

 

まあ僕自身、自分の超能力にこんな呼び名があるなんてことはつい最近になってから知ったのだけど……

まるで守護霊の様に使い手の「傍に立つ(Stand by me)」ことから『スタンド』。そう呼ぶらしい。

 

誰がそう呼び始めたかなんてことに興味はない。

ただ重要なのは、そんな呼び名があるくらいだから、僕と同じような能力者、つまり『スタンド使い』は世の中にたくさんいるってことだ。

そう、僕と同じような能力をもった『仲間』が。

 

 

この物語は、僕がそんな仲間と『出会う』物語。

今だからこそ言えることなのだけれど、出会いは人を成長させてくれるものだと僕は考える。

出会いはその人の魂のステージを引き上げてくれるものだと僕は考える。

その出会いは偶然なのか、はたまた何か目には見えない引力のようなものによって引き起こされる必然なのか、それは僕にはわからない。

 

だけど、もしそれが人間を成長させるキッカケになるのであれば、出会いは僕の『スタンド能力』に少し似ている……。

 

 

さて、 物語を始める前にもう一度整理しておこう。

 

僕の名前は片平楓。

 

ぶどうヶ丘高校3年生。

 

僕は超能力者…いや『スタンド使い』だ。



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プロローグ 裏

「……つまり、そいつらがこの町を守っているというわけか」

 

「何なんだ…一体どうなってやがるッ」

 

雷が鳴った。

 

狭いアパートの一室。2人の男が対峙していた。

1人は床に這いつくばり、1人はそれを見下している。

その構図はそのまま、この場における2人の力関係を示していた。

 

「それで……やはりそいつらにも取り憑いているのか?あんたや、俺と同じような『悪霊』が…。いや、あんたらは『スタンド』と呼んでいるんだったか?」

 

「チクショウッ! なんでさっき出会ったばかりのてめぇがあいつらのことを…俺の『能力』のことを知ってるんだぁッ?」

 

見下された男には、到底「理解不能」の事態だった。

その右目には壊れた万年筆が突き刺さり、インクと血とが入り混じった赤黒い液体が、冷たい床へと滴り落ちていた。

 

ドゴォ

床に這いつくばる男の体が宙に浮く。

男は蹴られた脇腹をおさえて、ガマガエルのようなうめき声をあげた。

男を蹴りあげたのは、対峙している男ではなく、男の横に佇む『悪霊』だった。

 

「『順番』を守れよ、小林玉美。質問をしているのは俺の方だ。それにその質問にはもう何度も答えたじゃないか。何故知ってるかだって? 『あんたが教えてくれた』からだよ。だが…もうあんたから引き出せる情報はなさそうだ」

 

 

悪霊に取り憑かれたその青年は、小林玉美と呼ばれた男の質問に淡々と答えた。

青年の背後にいる悪霊が、その顔面に散らばった複数の目で小林玉美を睨む。

と同時に、悪霊の主である青年も、左に流した髪の隙間から、目の前の男に向かって冷たい視線を送った。

 

悪霊憑き。

彼らの同類からは、『スタンド使い』と呼ばれる存在。

青年が、自分と同じような存在をこう呼ぶことは、この日初めて知ったことだった。

そして、その情報は、彼の『復讐』にとっては欠かせないものだった。

 

青年は、小林玉美から情報を引き出すために、ただ残酷に、冷酷に、拷問を行っていた。

その瞳からは、透きとおった悲しみと、強い憎しみがうかがえた。

燃え上がるように激しく、夜明け前のように暗い。

『漆黒の殺意』が宿っていた。

 

男はしゃがみ込み、うずくまる小林玉美の顔を覗き込んだ。

 

「あんたから得るものはもうないだろうが…安心しろよ、あんたのことはまだ殺しはしない」

 

鞍骨 倫吾(くらぼね りんご)は、腕にした小さな時計に目をやった。

 

「順番が大切なんだよ。あんたを殺すのは俺の『復讐』が済んだ後だ」

 

雨が窓を叩く。

一瞬、窓が稲光を浴びて白く光る。

 

遅れて、地面が割れるような雷が鳴った。



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第1章
新学期①


4月、それは始まりの季節。

バス停が立ち並ぶ杜王駅前のロータリーから、僕はバスに乗り込んだ。

都市開発のアオリを受けて、昔に比べるとバスの本数がずいぶん増えたことは、この町の住人にとってはありがたいことだ。

駅前もずいぶんと賑やかになり、都会的な風景に変化しつつ合ったが、町長の意向で所々に自然が残されている。

ロータリーの中央にある溜池もその一つで、池の中にある岩の上では、大きな亀が甲羅干しをしていた。

 

気持ちのよい春風とともに、バスが桜並木をくぐり抜けていく。

この時間のバスの乗客のほとんどは、同じ目的地に向けてそのバスに乗り込んでいた。

 

目的地は、ぶどうヶ丘高校。

僕の通っている学校だ。

今日は、ぶどうヶ丘高校の始業式だった。

朝のこの時間のバスはいつも混み合うのだが、僕の目の前の席がちょうど空席になり、「ラッキー」と心の中でつぶやく。

しかし、僕がその席に座る前に、隣から割り込んできた男子生徒がドカッと腰を下ろした。

僕より年下に見えるその男子生徒は、どうやら今日からぶどうヶ丘高校へ入学してくる新入生のようだ。

通例、新入生の入学してくる日は新学期の始まる数日後であるのだが、僕の通うぶどうヶ丘高校では、それらの日は同日に設定されている。

つまり、始業式と入学式が、一緒くたになって行われるということだ。

これは、学校行事を減らしてそのぶんの時間を学習時間に充てるといった教育的な配慮などではなく、単に全校生徒を一箇所に集める機会を一度でも減らしたいという学校側の都合なのだろう。

 

その気持ちも分からなくはない。

僕は、目の前に座る新入生の姿を見てそう思った。

 

重力に逆らう髪型。

目がチカチカするような色の髪の毛。

ぶどうヶ丘高校にも一応決められた制服があるにはあるけど、その制服でさえ、それぞれの個性に応じてワッペンやバッチをつけてアレンジされている。

制服ってものがなんであるのか僕には分からないけど、もし『気持ちを揃える』とか『心を正す』っていうような役割があるのだとしたら、それは全く機能していないように僕には見える。

そんな連中が、小さなバスの車内を支配していた。

つまりぶどうヶ丘高校は、いわゆる不良の集まる学校なのだ。

 

新入生からしてこうなのだから、全校生徒が体育館に一同に会した日には、トラブルが起こらないほうが難しいってもんだ。

 

車外の清々しい雰囲気とは対照的な、殺伐とした車内。

身長が伸びて買い直した真新しい制服に身を包んだ僕は「どうせなら、始業式も入学式もやめちゃえばいいのに」なんてことを考えていた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

ぶどうヶ丘高校の体育館はそれなりに大きい。

バスケットボールコートが公式用の正式なサイズで丸々3面もとれる。

だが、そんな体育館も全校生徒が集まると息苦しさを感じてしまう。

みんながみんな統率の取れた軍隊のように、綺麗に整列するのならば広さ的には十分なんだろう。

だけど、不良たちそれぞれが所有している縄張り的スペースが大きいため、僕のようなそれ以外の生徒たちは肩身の狭い思いをしなくてはならないからだ。

まるで縄張りの大きさが自分の力の大きさをあらわすのだと言わんばかりにスペースの拡大を図る不良たちを見て、僕は「犬じゃあるまいし、みっともない」と見下していたが、口には出さずにおいた。

 

壇上では校長先生が誰も聞いていない話を長々と続けている。

少しだけ耳を傾けると、「希望が…」とか「目標に向って…」という言葉が耳に飛び込んできた。

おそらく新入生に向けての挨拶なのだろう。

 

それにしても、時計の長い針が12をさしていた頃からしゃべり始めたのだから、かれこれ30分はしゃべっていることになる。

長い校長の話は全国共通の儀式のようなものだけれど、流石に僕もそろそろ嫌気がさしてきたなと考えはじめた頃だった。

 

ガタッ

 

座っていた椅子を倒して何人かの新入生が立ち上がり、上級生に向かって叫んだ。

 

「こんな長ったらしい話、聞いてられないっスわ。先輩方はよく我慢してられますねぇ~」

 

その号令に合わせたかのように、いかつい新入生たちが次々と立ち上がる。

新入生たちは、まるで自分の力を誇示するように、周りの椅子を蹴り飛ばした。

どうやら僕と同じく校長の話に飽々していた人はたくさんいたようだ。

ただし、普段なら絶対に気の合わないであろう連中ではあるが。

 

新入生の安い挑発に『先輩方』も席を立ち、こめかみの血管をひくつかせる。

騒ぎが起こった時のために横で待機していた体育教師陣も、すっかり臨戦体勢だ。

乱闘騒ぎなんてこの学校じゃあ珍しいことじゃないけど、巻き込まれたらたまったもんじゃない。

僕はさっさとこの式が終わることを祈りながら、なかなか進まない時計の針を睨んだ。

 

にらみ合う新入生と上級生。

まさに一触即発の状態。

先頭に立つそれぞれのリーダー格であろう生徒は、互いの鼻先がくっつくような距離でメンチを切りあっている。

お互いに制服の襟首をつかみ合っているが、なかなか手は出さなかった。

その様子を見て、「本当はやめたいんじゃないの?」と思ったが、不良ってやつは一度出した拳を引っ込めることができないのだろう。

きっと、くだらないプライドが彼らを引き下がらせるわけにはいかなくしているのだと思う。

飛び交う怒声、煽る野次、集まる視線。

とうとう我慢の限界に達した二人が、振り上げた拳を互いの顔面に叩き込まんとした、その時だった。

 

『キーンコーンカーンコーン』

 

体育館中、いや杜王町中に響き渡ったのではないかと思えるほどの大音量で、チャイムが鳴り響いた。

思わずそこにいた誰もが、あまりの音量に耳を塞ぎしゃがみこんだ。

にらみ合っていた不良たちが、身の危険を感じ防御姿勢をとったのは、さすがというべきなのだろうか。

時計の針は9時32分を回ったところだった。

チャイムが鳴るにはあまりに中途半端な時間のはずなんだけど……

 

「おい! 何だッ! この音は」

 

「バカにしやがってッ! さっさと止めろッ!」

 

不良たちは、口々に怒声をあげる。

しかし、チャイムは壊れたオルゴールのように、繰り返し、繰り返し、鳴り響くだけだった。

 

『キーンコーンカーンコーン』

 

次第にパニックになる体育館。

教師陣は原因究明のため走り回り、女子生徒の中には悲鳴をあげるものもいた。

最初こそ活きのよかった不良たちの顔も段々と青ざめ、もう乱闘どころではない状況だ。

 

「もうわかったぁー! 俺たちが悪かったぁ! 勘弁してくれぇぇぇぇッ!」

 

最初に立ち上がった新入生が、床に膝をついて叫んだ。

その情けない様子を見て、悪戯な神様がスイッチを切ったかのように、タイミングよくチャイムが鳴り止んだ。

体育館を不思議な静寂が包んだ。

体育館の中で高まっていた熱情的ボルテージは霧散し、あわや大乱闘といった事態は回避されたようだ。

不良たちは気を削がれたようで、次々と捨て台詞を残して体育館を出ていった。

 

その後、教師たちが集まり2、3分の打ち合わせの後、また元の持ち場に戻っていった。

どうやら、残された生徒だけで式をやり遂げるつもりらしい。

だが、生徒たちはそんな式はもう全く興味がない。

僕の横に並んでいる女子生徒も、先ほどの不思議な出来事について議論している。

 

「ねーねーさっきのチャイムすごかったねー、ナイスタイミングって感じ!故障かなー?」

 

見た目、すっトロそうな女の子が言った言葉に、いかにも姉御といった子が答える。

 

「バカっ!そんな都合のいいことがあるかい。どうせ先公が鳴らしたんだよ。直接言えばいいのにさ、だらしない」

 

「えーでも先生達はみんな体育館に並んでたよー。あたし見たもん。絶対見たもん」

 

「あーうるさいね、なんだっていいさ。妹分が入学してくるっていうから、せっかく筋を通して式に参加したってのに、これなら中庭でサンジェルマンのサンドイッチでも食べてた方がマシだったよ」

 

「あーカツサンドでしょーおいしいもんねー」

 

……さっきのチャイムは故障だったのだろうか、それとも誰かが意図的に鳴らしたのだろうか。

女の子達の会話を聞いて、少し真相を知りたいって気分になったけど、それ以上に気になることが僕にはあった。

チャイムが鳴った時、僕はふと体育館の天井を見上げた。

なんで見上げたのかは分からない。

ただ、何かにつられるようにして見上げたような気がするのだけど…

僕はそこで奇妙なものを見た。

 

僕が見たのは『ひっくりかえったキーンコーンカーンコーン』

 

何を言っているのかわからないかもしれないけれど、そういうほかない。

漫画に出てくる擬音が、鏡文字のようにひっくりかえって天井にデカデカと貼り付いているようだった。

いや、文字が染み込んでいたといったほうが近い表現だろうか。

あれは一体なんだったんだろう……

 

長ったらしい形式だけの式は終わり、担任の先導で体育館に残った生徒たちは各々の教室へ戻って行く。

僕も目の前の僕より少し背の低い男子生徒について行く形で体育館をあとにした。

今までのクラスでは僕が先頭だったので、ちょっとだけ優越感に浸ることができた。

僕の前の男の子が、僕以外には聞き取れないような小さな声でボソリと呟いた。

 

「新学期早々勘弁して欲しいんだよなぁ、まったく…」

 

まるで、先ほどの出来事を自分が解決したかのような口ぶりで、僕にはそれが可笑しかった。

なんにせよ、僕はさっき見たものはきっと見間違いだろうと片付けて、それより新しいクラスに馴染めるかどうかを気にしはじめていた。

体育館の出がけにもう一度時計を見る。

 

9時59分

 

1分後、本来なるべき時刻通りにチャイムが鳴った。



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新学期②

「僕の名前は…えっと……片平楓です。趣味は別に…ああ、得意なことは、そうだな…ゲームです!特にFーMEGAっていう…」

 

最悪だ。

新しいクラスでの自己紹介は、ものの見事に失敗した。

別にクールに決めるつもりはなかった。

ただやっぱり、僕の心中にどこかよく思われたいっていう気持ちがあったことは否定できない。

その卑小な欲望が僕の緊張を底上げし 、結局、名前を言うだけのことに、しどろもどろになってしまった。

 

「高校生にもなって特技がテレビゲームだってー?」

 

周りの女の子たちがクスクス笑う声が、うつむく僕を追い打ちした。

最悪だった。

 

担任は若い男性教師で、新学期だからか肩に力が入り、一つ一つの仕草にやたらと気合が込められている。

そんな担任に促され、僕の暗い気持ちをよそに、自己紹介は楽しげに進んでいく。

僕のクラスは、入学式で活躍した男子生徒達とは違って、比較的「普通」な人が多いようだ。

そもそも、やんちゃしてた奴らは例の「チャイム事件」のあと、そろって学校を自主早退していたから、残った人たちがそう見えるだけかもしれないが。

クラスの座席には、ぽつぽつと空席が残っていた。

 

新しいクラスメイトたちは、実に上手に自分をプレゼンテーションしている。

得意なスポーツを紹介する者、好きなアーティストを紹介する者、中には最近流行りのギャグを披露して笑いを取る者もいた。

どちらかというと、趣味嗜好が偏っている…世間では「オタク」と呼ばれる部類に属している僕にとって、彼らはとても眩しく見えた。

社会に求められているのは、彼らのような人材なのだろう。

僕は、自分みたいな人間は一生部屋に引きこもって出てこなきゃいいっていう、なんとも大げさな自己嫌悪に陥っていた。

 

うちの学校の時間割は、1コマ50分で1日6限授業である。

15:30に放課となり、それからは、教室に残って世間話に花を咲かせる人や、部活動に精を出す人、バイトで小遣い稼ぎをする人など、時間の使い方はまちまちだった。

僕はそれらの例にはどれも当てはまらず、真っ直ぐに家に帰ることがほとんどだった。

今日は、新学期初日ということもあって、授業らしい授業はなく午後は放課だ。

もっとも、この学校での授業らしい授業というのもたかが知れているんだけど……

自己紹介で散々な目に合い、一秒でも早く帰宅して、ゲームでもして気分を切り替えたいと思っていた僕にとってはありがたいことだ。

 

―――

 

 

終業のベルが鳴った。

「またねー」や「バイバーイ」という明るい挨拶が教室に飛び交う。

僕は誰とも顔を合わせたくなかったから、普段は通らない校舎裏を通り抜けて近道をしようと心に決めていた。

靴を履き替え、カバンを肩に担いで、校舎裏まで急いだ。

3階から階段を駆け下り、人と人との間を早足ですり抜ける。

玄関でさっさと内履きから外履きのスニーカーに履き替え、かかとを踏みつぶしたまま校舎を出た。

 

しかし、校舎裏までついたとき、僕の目に飛び込んできたのは、最悪な気分にさらに泥を塗るような光景だった。

カツアゲだ。

入学初日だというのに、新入生が先輩に、早速カツアゲされている。

 

「だからよぉ~入学金がまだ払われてねーんだよなぁ」

 

「で、でも、きちんと学校には納めましたし…」

 

カツアゲされている新入生は、おどおどと体を震わせて縮こまっている。

今日の式で上級生を挑発した元気のよい生徒とは明らかに違うタイプ、どう見ても『こちら側』の生徒だ。

 

「それはそれ。こっちにも払ってもらわないとよぉ~この後の学校生活を安心して過ごしたいよなぁ?」

 

ガタイのいいその不良は、わざわざ腰を折って、 見上げるような体勢で新入生を睨みつけている。

床屋に間違って眉毛まで剃られたのかって感じの顔面が、なおさら威圧感を醸し出していた。

 

カツアゲ自体はこの学校では少ないわけではないし、実際、僕も被害にあったことがある。

たとえ、僕以外の被害者がカツアゲされていても、「お気の毒」と思うくらいで、僕はいつもそれを素通りしていた。

助けに入ろうとは思わない。

僕なんかが助けに入ったところで、返り討ちにあうことは目に見えているってことも理由の一つだけれど、根本的には、誰かに助けられてその場をしのいでも、何の解決にもならないと思っているからだ。

誰かが助けに入ったところで、人目につかないところで加害者・被害者の関係が続いていくか、助けに入った勇気ある偽善者が次のターゲットになるかだ。

結局、自分でなんとかするしかない。

自分が変わるしかない。

 

ただ、この時はちょっとだけ手を貸してやろうって気になった。

助けはしない。

文字通り「手を貸す」だけ。

ほんの気まぐれ。

いやそれは、僕の速やかなる帰宅を邪魔した不良に、仕返ししてやろうという醜い悪戯心だったのかもしれない。

 

僕はゆっくりと左の拳を握りしめ、自分の『能力』を発動させた。

 

―――

 

握りしめた左手が、温かいエネルギーに纏われるような感覚。

そのエネルギーは形を成して、うっすらと、しかしはっきりと僕の左手を包んだ。

手袋というよりは戦国時代に武士が、あるいは西洋の騎士が、身に纏ってい鎧の篭手に似たフォルム。

がっしりとした重量感のある見た目ではあったが、僕が感じる重さはない。

僕が篭手を纏うのは左手だけで、はたから見ると、スキー場でグローブを片方無くした子どものような、マヌケなアンバランスさがある。

その篭手のちょうど甲に当たるところには、拳大の生き物がくっついていた。

赤いボディに七つの黒い斑点。

テントウムシといって違いないだろう。

これが僕の『能力』のヴィジョン。

 

僕がすっと左腕をあげると、テントウムシは頑丈そうな羽を広げ、薄羽を羽ばたかせて飛んでいく。

そして、不良の威嚇に震えている、新入生の肩に止まった。

 

「さーて、それじゃあ払ってくれるよなぁ?」

 

「…いません」

 

「あぁん?」

 

「払わないって言ってんだよ!このビチグソがぁぁぁ!」

 

先ほどまでなよなよしていた新入生は、まるでスイッチが入ったかのように豹変し、不良に対して反抗した。

実は、そのスイッチをONにしたのは僕の『能力』なのだが……

 

きっと、彼は殴られる。蹴られる。虐げられる。

なんにせよ無事では済まないだろう。

僕には助けることはできない。

でも、彼が『勇気』を振り絞って不良に立ち向かった経験は、彼を成長させてくれるはずだ。

僕はその手助けをしただけ、『手を貸した』だけ。

不良は見るからに怒っている。

きっと彼は乱暴される。

そのことについては謝る。

ごめん。

 

そう思っていたが、現実にはそうはならなかった。

不良は彼を殴らなかった。

いや殴れなかったのか。

僕の予想を裏切った原因は、不良の視線の先にあった。

眉毛のない不良は、新入生に反抗された怒りをぶつけんと飛びかかろうとした時に気づいたのだろう。

自分が『彼』に見られていることに。

 

不良の視線の先に『彼』はいた。

胸元の大きく開いた学ランにバッチをつけ、ぶかぶかのズボンにピカピカの靴を……いや違う違う、彼を形容するならもっと特徴的な部分があるじゃないか。

髪型だ!

頭に軍艦でも乗せているかのような、あるいは「中にミサイルでもつまってるの?」と聞きたくなるような特異な髪型。

もう少し前の時代ならまだしも、現代では…いわゆる“ダサい”と言われるようなヘアースタイルだろう。

たしか、その髪型は『リーゼント』といっただろうか……

 

その彼も、カツアゲの現場を見ていた。

見ていただけだ。

僕と同じく、助けるつもりはないらしい。

ただ、こそこそと遠目から窺っていた僕とは違い、彼は真っ正面から、堂々と、そして真っ直ぐ不良の目を見つめていた。

 

『眉なし』はその視線に圧倒されてか、「チッ」という舌打ちと、ツバを吐き捨てるという小さな抵抗を一つすると、その場を去って行った。

新入生は不良が去って行った安心と、大それたことをやった自分への驚きで気が抜けてしまったのか、その場にへたり込んでしまった。

僕は新入生の肩から、テントウムシを呼び戻した。

テントウムシは、自分の巣に戻るように僕の手の甲へと収まった。

僕が自分の手元から視線をあげると、彼と目が合った。

彼は去っていった不良から、僕へと視線の先を移していた。

彼が、僕を見ていた。

 

僕は『彼』のことを詳しくは知らない。

でも、『彼』の名前は知っていた。

特徴的な髪型抜きにしても、この学校内での彼の存在感は大きかったからだ。

 

『彼』の名前は東方仗助。

 

たしか、こう呼ばれていた。『ジョジョ』と。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

結局、その日は帰ってから何もする気にはならなかった。

部屋の明かりを常夜灯だけにして、ベットに横になる。

僕は天井を見上げながら、今日あった出来事を思い返していた。

式で鳴ったチャイムと奇妙な文字。

散々な自己紹介。

不良のカツアゲ。

そして『ジョジョ』。

蛍光灯の下をぐるぐると飛び回るテントウムシが、視界に入っては消える。

それを見て僕は、久しぶりに発動した自分の能力に思いを馳せた。

 

僕は、自分の能力が目覚めてからこんな風に考えるようになった。

『人間が行動を起こす時は3つのエネルギーが必要』だと。

 

1つは身体エネルギー。

これは読んで字のごとく、体を動かすために必要なエネルギー。

栄養や休養によって生み出され、その人の健康状態に大きく左右される。

生物に備わる、最も純粋なエネルギー。

 

1つは生命エネルギー。

行動を起こすための活力。

元気と言い換えることもできるだろうか。

元気があれば、人間はより複雑で、より多様な行動を取ることができる。

 

この2つがあれば、人間は最低限度の生活を送ることができるだろう。

だが、人間が人間らしくあるためには、3つ目のエネルギーが大切なのではないだろうか。

 

それが精神エネルギー。

行動を起こそうとするエネルギー。

身体の疲労はない、元気もある、だけどなかなか行動にうつすことができない、やる気がでない、ためらってしまう、そんなことはないだろうか。

特に、新しいことに挑戦するときや、困難にぶち当たったときなんかに。

何かに立ち向かうには、3つ目のエネルギーが必要なときもある。

そんな精神のエネルギーは、『自信』や『勇気』、あるいは『覚悟』と言い換えることができるだろう。

 

僕の左手は『触れたものに精神エネルギーを与える能力』をもっている。

触れるのは、直接僕の左手でも、テントウムシででも構わない。

まあ簡単に言えば、他人に『自信』や『勇気』を与える能力だと僕は解釈している。

『他人に』と言ったのにはちゃんと理由がある。

この能力は僕自身には使えないのだ。

使えるなら今日だってもう少しマシな自己紹介ができたはずだ。

とにかく自分以外にしか効果はない。

今日、あの新入生に精神エネルギーを注入し、『不良に立ち向かう勇気』を与えたときのように……

 

別に、他人に対してしか使えないということに関しての不満はなかった。

確かに今日の自己紹介のように、自分に使えればいいのにと考える機会は何度もあったが、そのことに怒ったり、悲しんだりといったことはしなかった。

むしろ、僕は逆にこんな能力『あげちゃってもいいさ』くらいに考えていた。

こんな能力でよければ、欲しけりゃくれてやるって感じに。

 

だから僕は、自分の能力をこう名付けた。

【ギブ・イット・アウェイ】

名前は、僕の好きなバンドの曲名からいただいた。

『あげちゃえよ』って意味らしい。



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鞍骨倫吾の回想①

父と母は、俺がまだガキの頃に事故で死んだ。

夫婦仲良くドライブしていた途中、飲酒運転をしていたトラックに突っ込まれたらしい。

両親が運転していた軽自動車は、大型トラックと大型トラックの間に車ごとはさまれて、薄い鉄の板に成り果てたそうだ。

警察が遺体を回収しようとしたが、どこまでが車の一部で、どこからが人間なのか、見分けもつかなかったという。

 

俺の家は決して裕福ではなく、親が俺に残してくれたものはほとんど無かった。

少しはあったらしいが、死肉に群がるハイエナのように、親戚の連中が喰い散らかした。

そのくせ、親戚連中には俺を育てる気はサラサラ無かった。

親戚中をたらい回しにされる…わけではなく、そもそも引き取りもしなかった。

 

両親の事故の日を境に、世界は、幼い俺が生きていくにはあまりに厳しいところとなった。

 

それでも俺が希望を失わずにいられたのは、姉の存在があったからだ。

鞍骨恵という名だった。

歳の離れた姉だった。

親の愛情はほとんど受けずに育った俺だが、「たぶん父さんが生きていたらこんな風に叱ったんだろう」、「母さんはこんな風に微笑んでくれただろう」そう思わせてくれた。

ときに父のように厳しく、ときに母のような愛情で包んでくれる。

そんな姉だった。

 

親戚の連中は、姉に俺のことを任せ、毎月微々たる生活費だけをよこした。

常識的に考えて、子どもがたった二人でこの世の中を生きていけるはずがない。

だが姉は、そんな状況に文句の一つも言わなかった。

きっと、欲にまみれた醜い大人たちに囲まれて生きるより、二人きりで生きたほうが正しい道を進むことだ思ったに違いない。

後で知った話だが、両親が二人でドライブへ出かけた日、「もうお姉ちゃんだから大丈夫」と言って留守番を申し出て、二人を送り出したのは姉だった。

姉は、責任を感じていたのかもしれない。

「もしあの時、わたしが二人を送り出さなければ…」

そんな無意味な仮定を繰り返し、自分自身を責めていたのかもしれない。

 

ともかく、姉は俺を一人で育てることを決めた。

 

当時、学生だった姉は、学校をやめ生活費を稼ぐために働いた。

今となっては、未成年の姉がどのように金を作っていたのかは定かではない。

もしかしたら、杜王町の…この町の闇に手を染めていたのかもしれない。

そんな可能性は考えたくもない。

 

だが、幼い俺にも、姉が自分の青春を削って俺を育ててくれていることくらいはわかった。

姉が自分の幸せを養分に変えて、俺に吸わせてくれていることくらいはわかった。

そのことを思うたび俺は、背中を這うような罪悪感にさいなまれたものだった。

 

 

だが、俺が姉に自分の幸せのために生きて欲しいと願うと、姉は決まって、『呪文』のようにこう言うのだった。

 

「大切なのは『順番』よ、倫吾。お姉ちゃんはあなたが幸せになってから、幸せになればいいのだから」

と。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

中学に上がる頃、姉は俺に小遣いを渡すようになった。

うちの家計に一切の余裕がないことは、誰の目から見ても明らかだった。

その日を暮らしていくのに、精一杯だった。

しかし、俺が受け取りを拒むと姉はそれを突っ返した。

こっそりと姉のもとに返したこともあったが、翌日には自分の財布に戻ってきていた。

 

「遊びざかりの男の子が、お小遣いくらいないと格好がつかないわよ」

 

姉は『例の呪文』のあとにそう続けた。

 

遊びざかりと言うなら、きっと姉の方がそうだったろう。

姉は贔屓目抜きにしても美しい容姿をしていた。

『愛を捉える』容姿をしていた。

言いよる男も少なくなかったに違いない。

姉が自分の人生を生きていたなら、そこには少なからず幸せがあったに違いない。

 

それに比べて俺はというと、遊ぶといっても周りに一緒につるんで遊ぼうと思えるような奴はいなかった。

どいつもこいつも俺や姉のような苦労をしているわけでもないくせに、いつも不平や不満を口にしていた。

やれ、学校の教師が気に入らないやら、先輩が厳しくて部活をバックレたいやら、将来的に勉強をする必要が感じられないやら。

俺にとっては、それらの悩みがとてつもなくくだらないことに感じられ、周りの連中を見下す要因となっていた。

だが、姉にそのことを言うと、フフフと笑い「それが普通よ」と優しく言った。

 

姉はどうやら、『普通』というやつの中に幸せがあると信じているようだった。

だから、俺にせめて『普通』の生活をさせようと一生懸命だったのだろう。

 

それから、俺は姉に心配をかけない程度に友達付き合いをするようになった。

ただ、姉に貰った小遣いはほとんど使わずにおいた。

俺には、ある野望があったからだ。

『普通』の中にある、ごくささやかな野望。

 

 

雪の降る季節、俺はその野望を実行に移した。

世間では、クリスマスイブと呼ばれる日はちょうど姉の誕生日だった。

俺は、貯めてあった小遣いを握りしめてイルミネーションきらめく街へと走った。

そうして、時計屋のガラスの扉を開くと、その時計屋のショーウィンドウに並ぶ、小さな腕時計を買った。

 

小さな丸い文字盤に、白い皮のベルト。そのベルトには可愛らしい花柄がプリントされている。

決して高いものではない。

だが、銀の夜に輝く月のように美しい姉には、雪解けの色のない水だけで育った可憐な花のような姉には似合いの時計だと思った。

 

その夜、俺は姉に時計を渡すタイミングを今か今かと待ちわびた。

姉はどんな顔をして喜ぶだろう。そのことで頭がいっぱいだった。

 

質素な夕食のあと、きれいに包装された箱を姉に渡した。

俺は姉の笑顔を想像していた。

だが俺が受けたのは、透き通るようにか細い腕の繰り出した平手打ちだった。

 

「倫吾!!あなたって人は!」

 

そう言いながら、姉の目から白い頬にかけてひとすじの涙がこぼれた。

姉の目は、「言ったでしょ倫吾!『順番』が大切なの!まずはあなたが幸せにならなくてはいけないの」、そう訴えかけているようだった。

その様子を見て、俺はとんでもない過ちを犯してしまったのではないかという気持ちになった。

 

 

だが、それは俺の杞憂だった。

姉は、とまどう俺の額にキスをして、それから俺のからだをゆっくりと抱きしめてくれた。

 

「ありがとう……倫吾」

 

姉は震える声で言った。

 

抱きしめられながら、俺はこれまで味わったことのない幸せを感じ、そして俺の野望が成功したことを確信した。

 

 

翌日、姉はまぶしい笑顔で出かけていった。

腕には可愛らしい花柄の時計。

陰りのないその笑顔を見て、俺は改めて姉のために何かしてあげられたことへの充実感に満たされた。

美しい姉がさらに輝いて見えた。

 

 

そしてそれが、俺が姉を見た最後の姿となった。



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新学期③

翌日、僕の学校へ向かう足取りは、とても軽やかとはいえなかった。

考え事が長引いて少し寝不足だったこともあるけど、どちらかと言えばどんな顔をして教室に入ろうかという悩みが僕の足を重くした。

情けないことに、僕は昨日の自己紹介の失敗をまだ振り払えずにいたのだ。

まるで、誰かが背中にしがみついているような気だるさがあった。

(大抵こういう場合、気にしているのは本人だけで、周りの人はなんとも思ってなかったりするんだよなぁ)

なんてことを何度も自分に言い聞かせて見るものの、隣を歩く女の子たちが「ウフフ」と笑っただけで、まるで自分が笑われているような気になった。

 

そんなことを考えながら、なんとか高校のそばまでくると、何やら生徒たちがさわついている事に気づいた。

声のする方へ目をやると、校門のところで不良たちがたむろしているのが見えた。

5、6人はいるだろうか、校門を通りすぎる生徒を1人1人ご丁寧に威嚇する不良は、どうやら誰かを探しているようだった。

校門を通り過ぎる生徒たちの顔をジロジロと覗き込む姿は、まるで空港で麻薬かなんかの持ち込みを取り締まっている捜査官のようだ。

外見はどう見ても『クスリを持ち込む側』って風にしか見えないが。

僕はとっととこのくだらない検問を抜けて、なるべく人が集まる前に教室に入ってしまおうと歩くスピードを早めた。

しかし、僕の行く手はギロチンのように降ってきた、ペチャンコに潰された学生カバンによって遮られた。

危うく頭をカチ割られるところだった。

 

 

「見つけたぜ、こいつだッ!!」

 

怒声を上げた薄っぺらいカバンの持ち主は、昨日新入生をカツアゲしていた『眉なし』だった。

いや……そんなことより、今この『眉なし』野郎はなんて言った?

“こいつだ?”

 

「な、なんですか…!?」

 

まさか、探し人が自分だったとは露ほども思っていなかった僕は、声を裏返らせた。

こんな連中との関わりなんて一切ない。

またカツアゲでもされるのか?

そう思っていたけど、そうじゃなかった。

 

「すっとぼけんじゃねぇぞ! てめぇだろ! 昨日『ジョジョ』を呼びやがったのは」

 

何の事だかさっぱり心当たりがない。

『ジョジョ』を呼んだ?

一瞬、この『眉なし』の言っている言語が『理解不能』とさえ感じた。

 

「てめぇ、昨日の放課後校舎裏にいたよなあ!?自分のお仲間がカツアゲされてたんでヤツを呼んだのか?ジョジョはあんなナリしてるくせに、てめーらみてえなのとも仲良くツルんでるみてーだからな。ヤツに助けを求めたんだろ。ヒーロー気取りか?かっこいいよなあ」

 

どうやらこの不良は、昨日、僕がカツアゲを阻止するためにジョジョを呼び出したと勘違いしているらしい。

とんだ言いがかりもあったもんだ。

僕は一方的に『ジョジョ』のことは知っていたけど、話したことさえなかった。

それに、僕があの『東方仗助』に助けを求めるだって…?

ありえない。

 

僕は昨夜の考え事の中で、昨日出会った『東方仗助』についての恐ろしい噂について思い出していた。

「入学早々、髪型をバカにした先輩を顔面の形が変わるまで殴った」

「ヤクザっぽい身内と、空き地で銃を撃つ練習をしていた」

「バイクに乗って、アクセル全開で赤ん坊の乗ったベビーカーに突っ込んだ」などなど。

もちろん中には、彼の見た目のインパクトからくるファンタジーもあるんだろうけど、火のないところに煙は立たない。

その噂話を聞いて、僕が他の不良連中と同じように彼に近づかないようにしようと決めたのも、ごく自然な流れだろう。

僕にとっては、彼も『あちら側』の人間に他ならなかった。

 

だから、僕が彼を呼び出したなんてことは、絶対にありえないのだ。

だが、そんな説明を目の前の男にしてもおそらく無駄だろう。

こいつはもう僕が犯人だと決めつけてしまっている。

『ジョジョ』を呼び出したことに対する恨みだけじゃない。

カツアゲが失敗に終わった不満や、あのナヨナヨした新入生になめられた怒りまでもパワーに変えて僕を襲ってくるに違いない。

確かに、新入生になめられたことについては僕に一因があったけれど、その他のことについては、こいつが勝手にジョジョにビビった結果だ。

そんなんで殴られるなんて冗談じゃない。

まっぴらごめんだった。

 

【ギヴ・イット・アウェイ】

心の中でそう呟いて、僕はテントウムシを眉なしの顔面めがけて飛ばした。

僕の【ギヴ・イット・アウェイ】は、がっちりとした鎧の篭手のような見た目に反して、鉄板をぶち抜いたり、手すりをねじ曲げたりといったことができるような強力なパワーは無かった。

それは、篭手から飛び立ったテントウムシにも同じことが言える。

だから、たとえテントウムシが思いっきり顔面に突撃したとしても、眉なしにとっては、せいぜい見えないゴムボールが顔に飛んできたくらいの衝撃だったろう。

しかし、相手を怯ませるにはそれで十分だった。

【ギヴ・イット・アウェイ】は僕以外の人には見えない。

人間という生き物は、見えないものに対しては異常なまでに恐れたり、警戒したりする性質がある。

眉なしは目をぱちぱちさせながら、あわてて顔の前を振り払う仕草をとった。

 

僕は眉なしが怯んだ隙に、掴まれた腕を振り払い、今登校して来た方に向かって全速力で逃げた。

まともにやったって勝てるわけがない。

みじめだけれど、逃げるが勝ちだ。

 

「なんだ今のは? あの野郎何か隠し持ってやがったな。許さねえ。おいッ!!」

 

眉なしの号令に合わせて、先ほどまで麻薬捜査官をしていた不良たちが、ぬっ、とこちらに目を向けた。

そうしてから顔中のシワを眉間に集め、僕を追いかけてきた 。

どうやら眉なしの舎弟らしい。

 

僕はますます捕まるわけにはいかなくなった。

あの人数相手じゃただじゃすまない。

きっと僕も、真新しい制服も、ボロ雑巾のようにされてしまうだろう。

カツアゲなら、出すものさえ出せば被害は最小限に済ますことができるが、今回はただじゃすみそうにない。

昨日、いつもの様に大人しく家に帰っていればこんなことにはならなかった。

職場と家を往復するだけの生活を送るサラリーマンのように、言われたことだけを正確にこなすロボットのように、ただ『いつも通り』にしていればこんな目に合わなかったはずだ。

自己紹介が失敗したくらいで、イジケて近道をしようとした自分を呪った。

カツアゲ現場を見て調子に乗って『手を貸した』過去の自分をぶん殴ってやりたかった。

恐怖と動揺で喉の奥からこみ上げてくるものが、目の前にぶちまけられるのを必死にこらえながら、僕は走った。

 

僕の運動能力を紹介するなら、体育の球技で僕にボールが回ったとき、チームメイト全員ががっかりとしたため息を漏らすといえば、どんなものか大体想像していただけるだろう。

サッカーをすれば、ボールを蹴ろうとして地面を蹴りあげ足を捻挫し、バスケをすれば、僕が放り投げたボールが自分のチームのゴールネットを揺らした。

ラグビーをした時なんかは、勇気を出してタックルするものの、重機関車のような相手にしがみついたまま10m近く引きずられたこともある。

 

そんな運動神経がない僕も、持久走だけはそこそこの自信があった。

運動神経は関係なく、ただ走るだけのシンプルな運動だからだ。

何も考えずに足を前に出すだけ。

人並みの根性さえあれば、誰だってできる。

僕は、バイクに乗ってばかりで、自分で走ることなんてほとんどしない不良なんかに追いつかれないだろうと高をくくっていた。

正直ある程度走れば、すぐに諦めていくだろうと思っていた。

だが、その予想は見事に裏切られる。

眉なしの舎弟たちは、思った以上に食らいついてきた。

10代からタバコを吸ってるような連中のどこにこんな体力があるんだって思えるくらいだ。

僕は何度も振り返りながら、後ろを気にしつつ走っていた。

 

でも、もうそろそろ体力の限界だった。

 

「クソッ!しつこいぞ!」

 

僕はテントウムシを、一番先頭を走ってくるギョロ目の不良の足元めがけて飛ばした。

テントウムシは、僕のイメージ通りに不良めがけて飛んでいき、その小さな体ごとギョロ目の膝に激突した。

見えない障害物につまずいたギョロ目がすっ転ぶと、そこから連鎖するように、不良の集団は次々と地面にキスした。

 

「よしッ!」

 

これで奴らは何とかまけるだろう。

安心した次の瞬間、僕は宙に浮いていた。

必死に走っていたので、全く気づかなかった。

 

 

 

気づいたら……僕はトラックに跳ね飛ばされていた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

死を直感した人間は、『時間がゆっくりと流れていると感じる』 そうだ。

これは誰かに聞いた話なのだが、それは脳が自身をフル回転させて、自分が過去に体験したことや見聞きした情報の中から『助かる方法』を探そうとするかららしい。

脳の情報を引き出そうという処理速度があまりに早いため、脳内と現実世界とで『速度のズレ』が生じ、周りがゆっくりと見えるのだそうだ。

そして、そのときに『助かる方法』を探そうとして脳が見る過去の映像が、俗に言う『走馬灯』なのだと。

つまり、それは『生きようという意思が起こす奇跡』なんだろう。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

そんなロマンチックなことを、その話を聞いたときには考えていたけど、実際に体験してみると恐ろしくてしょうがなかった。

 

トラックに跳ね飛ばされた僕は空中にいる間、確かにゆっくりと流れる時間を感じていた。

今なら飛んでくる弾丸でも、回り込んでつかんでしまえるような気になった。

まるで『世界』を支配しているような。

でも『ゆっくり』ということは、これから襲ってくる死の恐怖や、痛みまでもゆっくりと味わうということだ。

それだけでショック死してしまうのではないだろうか。

地面との距離が近づくにつれ、僕の心臓を真っ黒な恐怖が包んでいった。

 

『覚悟』はできていなかったけど、僕は自分の死を確信した。

 

 

……

 

 

結果から言うと僕は死ななかった。

 

地面に激突したはずの僕は、なぜか再び空中にいたのだ。

何でこんなことになっているかは、自分自身にもわからない。

僕はアスファルトが僕の頭を砕き、そこらじゅうに脳味噌が飛び散るのをイメージしていたが、そうはならなかった。

硬いはずの地面は、トランポリンのように僕を跳ね返した。

 

『ボヨヨォ~ン』

 

音にすると随分マヌケだけれど、まさしくそんな感じに。

その勢いで、僕は地面わきの芝生に着地して、コロコロと転がされた。

地面に激突したはずの衝撃のほとんどが、その不思議な地面によって吸収されたおかげで、僕はどこから血を流すこともなく着地することができた。

僕はしばらく寝転がったまま、改めて自分が生きている奇跡を噛みしめた。

それから体中にくっついた芝をパッパッと払うと、ゆっくりと体を起こした。

僕が体を起こすと、そこには1人と1匹が心配そうに僕を見ていた。

意識は朦朧としていたが、その顔には見覚えがあった。

 

「大丈夫かい?」

 

そこにいたのは僕と同じ学校に通う生徒だった。

というか、僕と同じクラスだ。

その子のことは、印象的だったので覚えている。

なんたって、クラスで唯一僕より背の低い男の子だったから。

でも、体が小さいだけの僕とは違い、どこか『自信』に満ち溢れている男の子。

僕の『能力』なんて必要ないってくらいに。

自己紹介だって、笑顔なんか交えながら実にハキハキとしゃべっていたっけ?

 

たしか名前は『広瀬康一』くんだ。



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鞍骨倫吾の回想②

姉は…帰ってこなかった。

俺のもとへ戻ってきたのは、花柄の白いベルトがついた、可愛らしい時計だけだった。

『戻ってきた』というのも正確ではない。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

姉は仕事の関係か、時折、帰ってこない日があった。

1日、2日家を空けることは珍しくなかった。

だが、3日以上家を空けることは決してなかった。

きっと、まだまだガキだった俺のことを心配してのことだろう。

姉の誕生日から、一週間が経っていた。

姉を信じて待つ日々は限界を迎え、俺はたった1人、姉を探すための捜索を始めた。

 

 

幼いころから生まれ育ったこの杜王町。

姉と二人、小さな世界に生きてきた俺にとって、この町はやけに大きく感じた。

父や母がまだ生きていたころ、一緒に目にしていた田舎げな風景は、都市開発の影響ですっかり現代的に変化していた。

いい思い出など、ほとんどない町だった。

 

「どこに行ったんだ…姉さん」

 

姉が消えて、俺は杜王町を隅から隅まで舐めるように探し歩いた。

嫌だったが、親戚連中の家にも足を運んだ。

少なからず血のつながった人間だ。

少しは手を貸してくれるはずだと思っていた。

この悲しみを、共有してくれるのではないかと期待した。

だが、俺に浴びせられたのは、思いやりや同情といった感情が一切ない叔父の言葉だった。

 

「知るか…どうせ、男と一緒にこの町を出たんだろう。お前は捨てられたんだよッ!!」

 

殺してしまいたかった。

もう誰も頼りにしないと心に決めた。

 

何日も何日も、あてもなく、手がかりもなく探し続けた。

その間、俺の頭の中を叔父の言葉がぐるぐると回っていた。

 

『捨てられた』

 

姉が俺を捨てるはずがない、俺を裏切るはずがない。

そう信じていながらも、「もしかしたら」の可能性を否定しきれずにいた。

 

「それもいいさ。姉さんが幸せなら…幸せでさえいてくれれば」

 

そう思いはじめている自分もいた。

 

姉の手がかりを見つけたのはそんなときだった。

白皮のベルト、花柄の模様、小さな丸い文字盤。

姉に贈った時計だった。

時計屋の親父に、無理を言って掘ってもらった『M.K』という姉のイニシャルが、文字盤の裏に刻まれていた。

時計は暗い路地裏に、日の光を避けるようにして落ちていた。

白い皮のベルトには、小さな『焦げ跡』 がついていた。

まるで、近くでなにかが爆発したような……

俺はそこで確信した。

姉は何か事件に巻き込まれたに違いないと。

自分が捨てられたのではなかったという安堵感と、姉の安否が確かめられない不安の入り混じった複雑な感情が、俺の中に渦巻いた。

 

 

時計を持って警察に行った。

だが、警察は取りあってくれなかった。

 

「君ぃ~未成年だよねぇ? 保護者はいないのかな?」

 

「だからッ!その姉さんが俺の保護者ですッ!」

 

「ふーん、わかったよ。それじゃあとりあえず、その時計を預からせてもらえる?」

 

この若い警官からは、一切の正義が感じられなかった。

こいつに、やっと見つけた姉との繋がりを渡すわけにはいかなかった。

俺は無言で振り返る。

帰り際にその警官が同僚と話すのが聞こえた。

 

「チッ、『また』行方不明かよ」

 

「しかも若い少年少女ばかりだもんなぁ?」

 

「行方不明だなんて言っているが、きっと若い奴らはつまんねえこの町に見切りをつけて、さっさと出て行ってるんだろうよ」

 

「違いねぇ!」

 

そう言って笑う警官の顔を覚えて警察署を後にした。

『また』と言っていたのがいつまでも頭に引っかかった。

 

 

 

体力も、精神力も尽きかけていた。

魂の抜けた亡霊のように、杜王町をさまよった。

広い交差点にさしかかった時、俺は通行人とぶつかってそのまま倒れた。

 

「大丈夫かい?すまないね。考え事をしていたものだから」

 

俺にぶつかった男がスッと手を差し出して言った。

金髪のサラリーマン風の男だった。

 

「俺の方こそ、すみません…」

 

情けない声を絞り出して答えた。

ふと、男の顔を見ると、優しい言葉とは裏腹に、その表情には柔らかさはなかった。

視線は氷のように冷たく、血の通わない、まるで植物のような男だと思った。

 

『無視をして通り過ぎようとしたが、人の目があったから声をかけただけだ。ごく自然に。世間一般の人なら当然そうするように。通行人から(あいつ、ぶつかって少年を道路に転ばせておいて声もかけずに逃げやがった)なんて感情を抱かせないために声をかけただけ。ただ目立たないように。目立たないように』

 

そんな気持ちが、その男の表情から伝わってくるようだった。

 

「それじゃあ」

 

俺に聞こえるか聞こえないかくらいの声でそうつぶやくと、男は高そうな白いスーツのほこりをサッサッと払い、髑髏柄の刺繍が入ったネクタイを直して足早に歩き去った。

振り返り、去っていく男の方を見ると、早くも杜王町の風景に溶け込み、存在さえも影のように薄れていくその男に、言いようもない不気味さを感じた。

 

 

―――

 

 

穴倉のようなアパートの一室に帰ると、玄関先で倒れこんだ。

 

俺は泣いた。

 

世の中の冷たさに。

 

己の無力さに。

 

姉を失った喪失感に。

 

俺は哭いた。

 

それはほとんど叫びに近かった。

 

 

何日も歩き回って疲れた身体の、どこからそんな声が出るのかと思えるほどだった。

両親をなくしたときに枯れたと思っていた涙が、止めどなく溢れてきた。

姉の幸せを見届けたときに、流すはずの涙だった。

 

 

「きっと姉さんは殺されたんだ。もうこの世にはいないだろう」

 

根拠はなかったが、俺はその想像が現実であるだろうということを、心の最も深い本能的な部分で感じ取っていた。

 

 

 

―――

 

 

 

 

何時間経っただろう…

泣き疲れた頃、俺は背後に人の気配を感じた。

この気配が姉のものだったなら、どんなによかっただろう。

振り向く間もなく、俺の背中に激痛が走った。

俺の身体は、物々しい装飾がなされた『矢』 に貫かれていた。

 

静かな夜だった。

月には薄い雲がかかり、 明かりはなかった。

 

俺は自分を貫いた『矢』を握りながら、前のめりに倒れた。

倒れながら、俺を殺したヤツの顔を拝んでやろうと振り返った。

月が影に隠れていたせいで、顔は確認できなかった。

軍服に似た、変わった学生服を着た男だった。

男は、『弓』を持っていた。

何百年も前に作られたような古びた『弓』だった。

 

そして男は、夜よりも静かな口調で語り始めた。

 

「…ここ数日、お前のことを観察していたが、面白いヤツだ。野生の動物のように何日も休まずに歩き回ったと思えば、ヒステリックな女のように泣き叫ぶ」

 

男は持っている『弓』で、アパートの床をコツコツと鳴らしながら言った。

その音と、部屋の時計の秒針が進む音は正確に一致し、重なって部屋に響いた。

1秒のずれもないその音は、男の几帳面な性格を表しているようだった。

 

「かッはッ……」

 

この男は何故俺を観察していた?

 

俺を殺す理由は?

 

どうやってこの部屋に入った?

 

なにより…

 

こいつは姉の失踪と何か関係があるのか?

 

 

 

聞きたいことは山ほどあったが、喉の奥に鉄の味がする液体がこみ上げてきて、声にならなかった。

呼吸をするごとに、喉の奥がコポコポと鳴った。

俺に質問してきたのは、男の方だった。

 

「お前を突き動かす感情は何だ? そんなにボロボロになるまで駆け回った理由は? ぜひ聞いておきたいね」

 

これから死にゆく俺にそんなことを聞いてどうする。

そんなことを考えながら、俺は男に一矢報いようと、目の前にあった置時計を投げつけた。

力いっぱいに投げられた時計は、直線の軌道を描き、男の顔面に飛んでいった。

しかし、男の顔にぶつかる瞬間、見えない壁に阻まれたように男の足元に転がった。

転がった時計には、作り途中のパンケーキのように無数の小さな穴が空いていた。

 

何が起きたのか分からなかった。

だが俺には、今目の前で起こったことを冷静に分析する時間も、判断力も残っていないようだ。

視界がかすみ、全身から急激に体温が失われていくのを感じていた。

俺は、最後の力を振り絞り、おそらく人生最後であろう言葉を口にした。

 

「『順番』を守れ……ゴブッ……くそッタレ!人に…ものを尋ねたいんならなぁ…ガッ…」

 

言葉の節々に血を吐きながら言った。

それを聞いて、男は床を小突くのをピタリとやめた。

 

「フフフッ『順番を守れ』か、確かにな。そういう几帳面なところは気に入ったよ。うちの間抜けな弟とは大違いだ。ならばひとつだけ答えてやろう。お前は今、自分が狂った殺人鬼に殺されるとでも考えているんだろうが、そうじゃあない」

 

男は俺に近づくと、俺の胸に刺さった『矢』を乱暴に引き抜いた。

 

「がっああああぁぁぁッ!!」

 

『矢』が刺さっていたところから血が吹き出し、俺の意識は薄れていった。

 

「お前は『矢』に『選ばれた』んだよ、鞍骨倫吾。お前には『資格』があるということだ。目覚める頃には『力』を手にしていることだろう。何のためにその『力』を使うかはお前次第だが、俺の『目的』に役立つ『力』であることを願うよ。クックック……また、会おう」

 

男がそう言うのを、俺は遠のいていく意識の中で聞いた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

『夢』を見ていた。

姉がでてくる『夢』を。

これは『夢』だとわかる『夢』だった。

 

暗い小道を、幼い俺と姉が手をつないで歩いていた。

つないだ手には白い花柄の時計。

はじめは優しく手をとってくれた姉が、次第に足を早めて俺を置き去りにして行く。

 

「待って!」

 

姉は決して振り返らない。

まるで『振り返ってはいけない』とでも言うように。

その時の姉は、いったいどんな顔をしていたのだろう。

 

「待って、姉さんッ!」

 

姉は答えない。

俺は走って姉に追いつこうとした。

だが、追いついて姉の手をとると、その瞬間、姉は煙となって消えた。

 

 

戻りたい、優しい姉がいた頃に。

やり直したい、美しい姉と過ごした日々を。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

意識を取り戻した俺の顔には、乾いた涙の跡が残っていた。

『矢』が俺の体を貫いてから何日たっただろう…

俺は死んでいなかった。

目覚めて体をさすってみたが、胸には刺された跡すらなかった。

まさか、あの出来事は夢だったのだろうか。

 

…いや、夢ではない。

 

それだけは確信していた。

 

「また、会おう」

 

あの男はそう言っていたが、俺はあれから二度とあの男に会うことはなかった。

あの男を探し出して、報復してやろうとか、事情を聴きだしてやろうという気にもならなかった。

むしろ感謝していたくらいだ。

 

俺にはやらなくてはならないことができた。

 

姉が殺されたというなら、真相を突き止めなければならない。

 

復讐しなければならない。

 

大事なのは『順番』だ。

 

 

あの男のいう『力』とはこいつのことだろう。

 

目覚めた俺の体には、醜い『悪霊』が取り憑いていた。



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新学期④

「大丈夫かい?たしか……片平楓くん…だよね?」

 

トラックにはねられて…

スローモーションで…

死んだと思ったらまた弾んで…

同級生がそれを見ていて…

え?え?

 

いろんなことを一度に考えている僕の脳は、実際にはこんな感じに軽いパニックを起こしていた。

僕は、まだ自分に起きた出来事を整理しきれずにいた。

それが表情に現れて、不思議そうな顔をしていたのだろう。

青年はその表情に答えるように言った。

 

「ああ、ごめんごめん。いきなり名前を呼ばれて驚いたよね。僕は怪しいものじゃないよ。実は僕と君は昨日から同じクラス、つまりクラスメイトなんだけど」

 

それは知っている。

彼の答えは見当はずれで、僕の欲しているものではなかった。

それに、目の前でそのクラスメイトがトラックにはねられたってのに、彼はやけに冷静だ。

でも、冷たい感じは一切受けない、どちらかというと温かさを感じる物腰だった。

 

「やっぱり覚えてないかな? 僕の名前は…」

 

「広瀬康一…くん」

 

僕が彼の名前を呼ぶと、彼はにっこりと微笑んだ。

 

 

「それにしても、不幸中の幸いってやつだね。たまたま跳ね飛ばされた先が柔らかい芝生の上だったなんて」

 

広瀬くんは、どこかわざとらしくそう言った。

 

まさか! 僕が激突したのは芝生なんかじゃない。

それはあの『スローモーション』の中で確かに体感した。

それに、いくら柔らかい芝生といったって無傷で済むわけがない。

第一、あんなに弾むわけがない。

 

しかし僕は、そんな疑問より広瀬くんの隣によりそって浮かぶ、奇妙な生き物のほうに気をとられていた。

 

トカゲなのか、亀なのか…そもそも生き物と言ってもいいのか、どちらかといえば機械か…?

それは、無機質な鎧を身に付けた爬虫類といったフォルムをしていた。

僕は生き物博士ってわけじゃないけど、おそらく動物図鑑ではお目にかかれないタイプだろう。

広瀬くんにつき従うように、あるいは広瀬くんを守るように寄り添うそれは、えらく康一くんに懐いているように見える。

そいつはちょうど僕が激突した地面のあたりから何かをひっぺがすと、それを粘土のように丸めて尻尾であろう部分に取り付けた。

僕はなんとなく、自分の【ギヴ・イット・アウェイ】に雰囲気が似ていると感じた。

 

「怪我はない?」

 

「ああ、ありがとう。それより君の…」

 

彼が差し伸べてくれた手をとり、横につきまとう生物について尋ねようとする。

だがその時、僕の左腕に鈍い痛みが走った。

あまりの痛みに、思考がどっかにぶっ飛んでしまうほどだ。

制服の袖をまくると、僕の腕はパフォーマーがバルーン犬かなんかを作るときに使う風船のように、気味悪く腫れ上がっていた。

たぶんトラックにぶつかったときにやったのだろう。

地面にぶつかった衝撃は、『不思議な地面』が吸収してくれたようだが、トラックと激突した衝撃はそうはいかなかったようだ。

 

「全く手が動かないや、折れてるみたいだね。でもこれくらいで済んでよかったよ」

 

僕がそう言うと、

 

「ちょっと見せてくれるかい?」

 

と、広瀬くんは僕の腕をまじまじと見はじめた。

 

そうしてから、

 

「ああ、これなら大丈夫だよ。腫れが酷いから折れてるように見えるけど、実はなんともないってときの症状だね。手が動かないのも一時的な痺れによるものさ」

 

と、いかにもそれらしい口ぶりで言った。

 

とてもじゃないが、なんともないで済む痛みじゃない。

信じられないな、という顔をしている僕に彼は、

 

「そういう怪我に詳しい友達がいてね。そうだ! よかったら彼にみせてみないかい。僕の言ったことが信じてもらえると思うよ」

 

と言った。

 

不思議な青年だった。

言っていることはめちゃくちゃなのに、僕は何となく彼について行く気になっていた。

それに、彼にはまだ聞きたいこともある。

あの生き物は、いつの間にか消えていた。

 

トラックの運転手が、地面に突き刺さるような勢いで僕に頭を下げにきたが、僕は、「自分の不注意ですから」 とその場を収めた。

僕らは、その友達とやらに会いに向かった。

行きがけに広瀬くんは、

 

「大丈夫、大丈夫! きっと君の得意なテレビゲームも、すぐできるようになるさ!」

 

と言った。

彼なりの気遣いの言葉だったんだろうけど、僕は忘れていた自己紹介の失敗を思い出し、恥ずかしさで耳を真っ赤にした。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

学校へ戻ると、もう1時間目が始まっていた。

 

「この時間なら、たぶんあそこにいると思うんだけど」

 

そう言って、広瀬くんと僕は中庭の方に向かった。

 

左腕の痛みはだんだんとひどくなり、ぶった斬ってその辺に捨てていきたいほどだった。

その友達がどんなやつかは知らないが、僕は早く病院へ行った方がいいような気がしてならなかった。     

 

「あの…広瀬くん」

 

申し訳ないけど、お礼だけ言って帰らせてもらおう。

そう思って声をかけようとしたときだった。

 

「よぉ、康一じゃねぇか!」

 

背後からの大声に、僕の声はかき消された。 

振り返るとそこには、いかつい男が立っていた。

頭に剃り込みをいれ、白目の多い、いわゆる三白眼の大男だった。

実際には大男というほどには大柄ではなかったが、その男の立ち振る舞いが僕にそう思わせた。   

男は、馬力のあるバイクのエンジン音のような声で、広瀬くんに向かって言った。

 

「受験生さんがよぉ、新学期2日目から授業をサボってもいいのか?」

 

心配するような言葉とは裏腹に、男はにやにやと、どこかうれしそうに言った。

サボり仲間は歓迎するぜ、といったところか。 

 

「違うよ億泰くん、今日はちょっと事情があってね。ああ、紹介するよ。こちらは同じクラスの片平楓くん」

 

億泰と呼ばれた男に、広瀬くんは律儀に僕の紹介をした。

僕がペコっと頭を下げると、小さな黒目をさらに収縮させた鋭い視線が返ってきた。

僕の苦手なタイプだ。

 

そうだ、目の前の男は『虹村億泰』。

彼は東方仗助と並んで、このぶどうヶ丘高校では名の知れた不良だった。

ただ、『ジョジョ』と違って、彼の噂はもっぱら『彼の頭の悪さ』についてのことだったのだが。

噂では、知能指数が極めて低くゴリラ並みの頭脳しかないだとか、足し算をするのに指を使うから2けた以上の計算ができないだとか、散々な言われようだった。

中には、日本語が理解できず会話が成立しないから、家では植物に話しかけてるなんて話もあった。

そんな噂を象徴するように、彼の顔には大きな「×」印のような跡が刻まれていた。

とても広瀬くんと交友があるタイプには見えないけれど…

 

「広瀬くんのいう友達って、もしかしてこの人?」

 

僕は目の前の男に聞こえないように、そっと耳打ちした。

 

「いや、彼じゃないよ。そうだ億泰くん、仗助くんを見なかったかい?」

 

『ジョウスケ』。それが広瀬くんの言う友達の名前らしい。

その名前を聞いて、僕の頭に真っ先に浮かんだのが『東方仗助』であることは言うまでもない。

ある意味彼のせいで、今朝僕は死にかけたのだから。

でも、その可能性はすぐに打ち消した。

この『虹村億泰』と同じく、あの『東方仗助』と、この広瀬康一くんが友達のわけない。

そう思ったからだ。   

 

しかし、その期待は見事に裏切られることになる。   

 

「仗助ならあそこにいるぜ」

 

大男が、親指で自分の後方をクイッと指す。  

そこにいたのは、紛れもない、あの『東方仗助』だった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

リーゼントがやってくる。

 

きっと江戸時代に黒船が来航したときの日本人は、今の僕と同じ気持ちだったに違いない。

『ゴゴゴゴゴ…』『ドドドドドド…』そんな迫力を背負って東方仗助はこっちへやってきた。 

 

そして、虹村億泰の横までくると、肩に手をかけて言った。

 

「サボりもほどほどにしねぇと、こいつみたいになっちまうぜ、康一」

 

「仗助くんたちこそ、今頃登校とは随分と余裕だね」

 

「そりゃあ、俺たちは受験生様の康一とは違って、進学する気はサラサラねえからな。それにこいつが今から必死に勉強して受かる大学があるんなら、この世から受験なんて無くしちまった方がいいと思うぜ。なあ億泰」

 

二カッと笑い、冗談めかしてそう言う彼に、広瀬くんも笑顔を返す。

虹村億泰も、自分がバカにされていることをわかっているのかいないのか「違いねぇ」と笑った。

3人の間には穏やかな雰囲気が流れたが、僕は気が気ではなかった。

目の前のおっかなそうな不良二人と、優しげな広瀬くんのイメージのアンバランスさが余計に不気味で奇妙だった。 

 

「仗助くん、実は頼みがあるんだけど、ちょっと彼の怪我を見てあげて欲しいんだ」

 

そう言われて東方仗助は、僕のほうに目を向けた。

その状況は、昨日の校舎裏の状況に似ていた。

目が合ったとき、彼は一瞬ハッとした表情をしたが、その後すぐに真顔に戻り、小さく「ふーん」とつぶやいた。 

 

「僕のクラスメイトなんだ。トラックにはねられちゃって。痛みがひどいみたいだから、いつもの『マッサージ』をしてあげてくれない?」

 

さっきの康一くんもそうだったが、トラックにはねられたという非日常的な話を聞いても、二人とも動じもしなかった。

虹村億泰なんか

 

「そりゃあ災難だったな」

 

と軽く笑い飛ばすほどだ。

だが、そんなことより僕の腕の痛みは限界をとうに超えており、マッサージどころか触られるのもごめんだった。

しかも、見せる相手は東方仗助。

彼に医療の知識があるとはとても思えなかった。

 

僕は丁重にお断りしたかったが、彼が、 

 

「見せてみろよ」

 

と言ったことで彼の意に逆らうわけにもいかず…結局断るタイミングを逃してしまった。

 

(もう…恨むよ、広瀬くん…)

  

僕は急いで袖をまくり、東方仗助に見せた。

僕の腕はおかしく変色し、腫れもひどくなっていた。   

彼は僕の腕を覗き込んだ。

彼の髪型と二人の身長差で、はたから見る僕は、ハンマーで地面にうちこまれる釘にでも見えたかもしれない。

突出した前髪が、顔面に刺さるかと思った。

 

「なるほどな…」

 

東方仗助はそうつぶやくと、腫れた部分に手をかざし、その手を肘から手の甲のほうへ滑らせた。

そのとき彼の手が、調子の悪いテレビ画面をみているように二重にブレて見えた。

触られていないはずなのに、確かに温かみを感じる不思議な感覚だった。  

僕は、痛みで目がかすんだのかと思い、目をごしごしこすってから、もっとよく彼の手元を見ようと顔を近づけた。

すると、「おい」と言う東方仗助の言葉に遮られた。

ビクッとして顔をあげると

 

「終わったぜ」

 

と言われた。  

 

「え? もう?……ですか」

 

マッサージと言われたから、もっとベタベタと触られるのかと思っていたのでなんだか拍子抜けした。

たんなる気休めだったのだろう。

でも、これで広瀬くんも納得したはずだ、さっさと病院へ行こうなどと考えていたとき、僕は腕の異変に気づいた。   

 

「あれ?痛く…ない」

 

それどころか、さっきまで南国の魚のように気味悪い色をしていた肌の色も元どおりになり、腫れもすっかり引いている。

試しに2、3度軽く振ってみたが、何ともない。

 

「これは…?」

 

狐に化かされたような顔をしている僕に、広瀬くんは悪戯が成功した子どものような表情で言った。

 

「ね! 言ったでしょ、大したことないって」

 

大したことなかったはずがない。

こんな短時間に治るわけがない。

できるわけがない。

 

たくさんの奇妙が、一瞬のうちに僕の頭の中を駆け巡った。

そんな僕に広瀬くんは、

 

「さあ、教室に行こうか。ちょうど1限が終わる頃だから、間の休み時間にこっそり入ろう」

 

と何事もなかったかのように言った。

 

「うん…」

 

混乱した僕の頭では、そう答えるのが精一杯だった。

僕は、

 

「ありがとう…ございます」

 

と東方仗助に礼を言って、広瀬くんの後に続いた。

心の中に、晴らしがたいもやが残った。

このままここを去ってはいけない気がした。

そうだ、僕は広瀬くんに聞かなくちゃならないことがあったんだ。

でも、なんだっけ?

思い出せない。

 

「どーでもいいことだがよぉ、康一。なんで、わざわざ『マッサージ』だなんて言ったんだ?」

 

僕らの足を止めたのは、東方仗助のこのセリフだった。

 

「どういう意味だい? 仗助くん」

 

「気づいてなかったのか?......『スタンド使い』だぜ。そいつ」 

 

空気が変わった。

大気中の水素が瞬間的に冷却されて、凍りついたような緊張感が走った。

東方仗助が口走った『スタンド使い』という言葉。

意味はわからなかったが、その言葉が引き金になったことは間違いない。

 

「片平っつたか?コイツが見えるだろ?」

 

東方仗助の隣には、彼と同じ大きさの人のようなものが立っていた。

肉体は完成された彫刻のような、「美」を感じさせる造形。

「命」や「心臓」そして「愛」などのモチーフとして使われる、ハートマークが体の至る所にデザインされている。

ホログラム映像のような透明感があり、人のようだが、やはり人でないことが分かった。

そして、東方仗助とそいつが、僕のことを警戒しているということも…

 

「てめぇ、何が狙いで康一に近づいた?」

 

虹村億泰のそばにも、『そいつ』はいた。

だが東方仗助のそれとは違い、知性のかけらも感じない、『暴力』を彷彿とさせる姿だった。 

まさに、僕のイメージする虹村億泰そのものって感じだ。

大きく広げた右手には、吸い込まれそうな迫力があった。

 

「待ってよ二人とも! 彼は何か狙いがあって僕に近づいた訳じゃない、本当にトラックに轢かれて、それを僕の【エコーズ】が助けたんだ。彼は『敵』じゃないよ」

 

広瀬くんが、僕を擁護してくれた。

彼の肩越しに、さっきの謎の爬虫類が見える。

 

それを見て、僕は広瀬くんに聞きたかったことを思い出し…… 

そして、僕が警戒されている理由を、なんとなく理解した。

 

「もしかして、君たちのそれは…」

 

「もしかして僕たちの『スタンド』が見えるのかい? 楓くん。じゃあ本当に君も…」

 

広瀬くんが言い終わらないうちに、東方仗助が言葉を遮る。

 

「敵じゃねぇっつーんならよぉ」

 

彼は、先ほどと同じだが、迫力も、その意味も全く違うセリフを口にした。

 

「見せてみろよ」

 

僕はうなずき、先ほど『治して』もらった左手を伸ばすと、そこに精神のエネルギーを集中させ、そして彼らが『スタンド』と呼ぶそれを発動させた。 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

これが、僕とその仲間たちとの出会い。

 

そして、そこから紡ぎ出される物語の始まり。

 

彼らとの出会いは、偶然だったのか、必然だったのか。それは僕にはわからない。

 

ただ一つ言えることはこの出会いがなければ、今の僕はないだろうということ、それだけだ。

 

これは、『出会い』の物語。

 

 

TO BE CONTINUED ⇒



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第2章
壊れた時計①


俺の棲む町、M県S市杜王町。

この町は眠っている。

 

1999年。81人。そのうち45人が少年少女。

この町における、行方不明者の数だ。

これは同じ規模の町の平均と比べても7〜8倍と異常なまでに多い。

この年だけではない、過去の数字を見てもこの町の行方不明者数は異常だ。

 

明らかだった。この町に『殺人鬼』がいることは。

 

この異常に気づいていた住民が、一体どれくらいいただろうか?

この異常に手を打った住民が、一体どれくらいいただろうか?

 

 

杜王町の人口、53,841人。

 

5万の内の81。

 

81の内の45。

 

45の内の1。

 

その異常の中に鞍骨恵という女がいた。

数字にしてしまえば、たった1でしかない。

だが、俺の姉は確かにこの世に存在し……そして消えた。

美しかった姉は、異常な殺人鬼の手にかかり命を落としたに違いない。

その殺人鬼がどんなやつかは知らない。

きっと今も、のうのうと「安心」や「安らぎ」といった、毎日訪れる普通の日常を送っているのだろう。

あるいは、誰かに「恐怖」や「絶望」を与えるために、次の獲物を狙っているかもしれない。

 

姉を殺した殺人鬼は、必ず俺が見つけ出す。

そして、どんな手を使ってでも、そいつを殺す。

この世に生まれてきたことを後悔させながら、そいつを殺す。

昔、テレビでやっていた白黒のマフィア映画の登場人物のように、硬い木のいすに縛り付けて、あらゆる拷問をしてから殺してやる。

昔、学校の図書室で読んだ、海外の小説に出てくる吸血鬼が、太陽の光を浴びて灰になるように、跡形もなく存在を消してやる。

俺の人生分の不幸をまとめて、その「殺人鬼」に喰らわせてやる。

 

……

 

だが、それで終わりだろうか?

 

いや、違う。

 

姉は確かに、殺人鬼によって殺されたのだろう。

しかし、こうとも言えないだろうか?

 

『姉はこの町に殺された』

 

「殺人鬼」という「異常」。

それを野放しにしたこの町の『無関心』に姉は殺されたとは言えないだろうか。

身の回りで起きている異常な事態にさえ気づかない、あるいは知っていながら見て見ぬふりをしてきたこの町が、俺の姉を殺したのだ。

別に責めるつもりはない。

俺自身、姉のことがあるまでこの町の異常を知ろうともしていなかったのだから。

 

だが、『目覚めさせる』必要はある。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

『悪霊』が取り憑いてから、俺の身の回りでは、おかしなことが起きるようになった。

悪霊がそばに現れるたび、俺の体を軽い倦怠感が襲い、まるで、この醜い隣人にエネルギーを吸い取られているようだった。

悪霊は俺以外の人間には見えてはいなかった。

ふらふらと俺のそばを漂うそいつは、常に俺のそばにいるわけではなく、気まぐれに俺の目の前に現れたり、消えたりした。

ただ、そばにつきまとうだけで、俺に危害を加える気は無いようだった。

悪霊の顔面には無数の目があり、その一つ一つが別の方向を向いてギョロギョロと動いていた。

体からは、血管のようなものが浮き上がった腕が左右に3本ずつ、さながら阿修羅のように生えていた。

とても人間とは思えなかった。

見ているだけで吐き気を催すような気味悪さがあった。

だが、数日経つと悪霊が自分の体の一部のように思えてきて、やがて気にならなくなった。

 

それよりも俺は、度々自分を襲う、ある現象に悩まされるようになった。

それは『既視感』だ。

世間一般では『デジャヴ』とも呼ばれる現象。

 

かつては、行ったことがない場所に行った時、昔その場所を訪れたように錯覚する現象、それが『デジャヴ』だと思われていた。

しかし、最近になって、昔、確かに目にした映像と、今見ている映像が脳内で関連付けられているにもかかわらず、詳細を思い出せないときに起こる現象なのだと科学的に証明された。

だが、俺を襲う現象はそんな科学的な説明では、納得できないリアルさがあった。

自分がついさっき経験したことを、そのままもう一度繰り返しているような錯覚に陥った。

 

俺は、そんな奇妙な現象に悩まされながらも杜王町の捜索を再開した。

探す相手は「姉」から「殺人鬼」に替わっていた。

探す対象が替わっても、手がかりがないことに変わりはなく、「殺人鬼」を見つけることは雲をつかむような話のように思えた。

 

 

 

ある日のことだった。

俺は町の外れにある、廃ビルの中を捜索していた。

この町には、都市開発の影響を受けて、途中まで建てられて建設中止になった廃ビルや、近隣のS市に住民が引っ越したため空き家となった廃墟がたくさんある。

殺人鬼が潜むならそういった場所かもしれない。

そう思って、一つ一つの建物に足を運んでいた。

俺の足は、長い長い階段を登り、知らず知らずの内に屋上を目指していた。

捜索に疲れ、空でも見て気分を晴らしたい、そんな単純な動機だったのかもしれない。

 

屋上には先客がいた。

猫だ。

やけに毛並みのいいその猫は、こっちを気にする素振りもなく、黒いしっぽをゆらゆらと揺らしていた。

杜王町を歩きまわって気付いたことだが、この町には猫が多い。

飼い猫か、野良猫かは分からないが、そこら中に猫がいた。

こいつも、その中の一匹だろうか。

 

「俺が探している相手は、案外お前のようなやつなのかもしれないな…」

 

俺は独り言のように、その小さな先客に話しかけた。

 

「この町にありふれていて、どこかつかみ所のない存在。ありふれているからこそ町に紛れ、誰も気にしない。俺の探し人はそんなやつなのかもしれない」

 

そんなやつを、たった一人で見つけ出すことができるだろうか。

光のない闇の中で、自分の影を探すのが不可能なように、この町の闇を探すことは不可能なのではないだろうか。そう思えた。

目的を果たそうという強い決意はあったが、脳裏にちらつく不安が、言葉となって口からこぼれた。

そんな俺の弱気には興味が無さそうに、猫はそっぽを向いて向こうへ行ってしまった。

かと思えば、突然、その猫は屋上に設置されたフェンスを軽々と飛び越え、そこから飛び降りた。

 

「おい…お前!!」

 

決して低いビルではない。

あまりに突発的な出来事に驚き、俺はフェンスの向こうに手を伸ばした。

長い間手入れをされず、老朽化したそのフェンスは、俺の体重が寄りかかるといとも簡単に壊れ、そのまま俺の体ごと空中に放り出された。

 

あっけなかった。

 

俺は死ぬんだ。そう思った。

 

 

 

 

 

 

俺は…

 

 

 

 

 

 

俺は…屋上にいた。

空中に放り出されたはずの俺の体は、何事もなかったかのように屋上に座り込んでいた。

屋上には猫がいた。

やけに毛並みのいい黒猫だった。

 

「また『既視感』か…」

 

既視感というにはあまりにも鮮明な記憶だった。

目覚めながらにして夢を見ているような感覚でもあった。

さっきのはただの幻覚だったのだろうか。

ふと、猫を見る。

その猫を見ながら、俺は、数秒後、目の前の猫がこの屋上から飛び降りるのではないかと思った。

いや、飛び降りることが「分かっていた」。

そして数秒後、俺の予想通り、黒猫は屋上から飛び降りた。

それどころか、風もないのに猫のそばのフェンスが倒れ、そのまま屋上から落下していった。

まるで、そうなることが決まっていたかのように目の前の出来事は起きた。

先ほどの幻覚と違っていたのは、俺がビルから落ちなかったことだけだ。

俺には、猫や古くなったフェンスの「運命」が見えていた。

 

「まるで占い…いや、もはや『予知』だな」

 

そうつぶやいて、俺は落ちていった猫を見下ろした。

猫は見事にくるりと一回転した後、羽毛のように軽やかに着地した。

そのままのそのそと歩いたが、遅れて落ちてきたフェンスに驚き、「ギニャッ」と悲鳴を上げて走り去った。

 

「『運命』か……」

 

 

それから…俺の身を襲っていた『既視感』が、俺に取り憑いた悪霊の『能力』であることを理解するまでに、そう時間はかからなかった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

俺が『矢』に貫かれた夜から2年が経った。

あのとき、男は「力の使い道はお前次第だ」と言った。

ならば俺は、取り憑いた『悪霊』の力を使って『復讐』をしよう。

もう、過去を振り返るのは終わりだ。

姉を殺した『殺人鬼』を始末して、この町を『目覚めさせる』

それが俺の『復讐』だ。

 

その前に、俺にはやらなくてはならないことがある。

俺の心を鎮めるために、姉の魂を鎮めるために。

『順番』は守らなくてはならない。

 

「さて……行こうか姉さん」

 

俺は針の動かなくなった、壊れた小さな時計を腕につけた。

 



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杜王町へようこそ

「そうかぁ、じゃあ僕の腕を治したのが、仗助くんの『スタンド能力』ってわけだ」

 

「そう、【クレイジー・ダイヤモンド】っていって、ものや怪我なんかを治す(直す)能力なんだ。ただし、病気や仗助君自身を治すことはできない。あと、命のなくなったものを生き返らすことも……。ある人の言葉を借りるなら、『この世の何よりもやさしい能力』をもったスタンドだよ」

 

町に咲き並ぶ桜の木に、若い緑が混じり始めた。

あの「出会いの日」からすでに数日がたっていた。

僕と康一くんは、すっかり意気投合し、今も、一緒に受検勉強をするために図書館へ向かうところだ。

僕は、これまで自分の『スタンド』、【ギヴ・イット・アウェイ】のことを誰かに話そうとしたことはなかった。

秘密にしようと思っていたわけじゃないけど話したいとも思わなかった。

どうせ誰に話しても、理解されない。

『能力』をもつ者の孤独。

だけどそうじゃなかった。

一人じゃなかった。

同じ能力をもった人間がいるなんて、考えたこともなかった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

出会いの日、僕は仗助くんと億泰くん、康一くんに【ギヴ・イット・アウェイ】を見せた。

それを見ると、仗助くんは「悪かったな」と頭を下げた。

 

「昨日、おめーが新入生に妙なまねしてるのを見ちまったからよお。俺はてっきり…」

 

「あ…あれは、その……」

 

僕は、昨日の出来事と、僕の【ギヴ・イット・アウェイ】の能力について、正直に話した。

ついでに、それが原因で、トラックに轢かれて死にかけたことも。

すると、仗助くんと億泰くんは「ギャーハハハハ」とお腹を抱えて笑った。

 

「あの眉なし野郎、そーとー仗助にビビってるみたいだからなあ」

 

「そいつは災難だったな。それにしてもお前のスタンド、なかなかおもしれえ能力してるじゃねーか」

 

そんな二人に、康一くんは冷ややかな視線を送る。

 

「もう、笑い事じゃないよ。ある意味、仗助くんが原因で彼がひどい目にあったんじゃないか」

 

「はは…まあなんだ。怪我はすっかり治してやったし、チャラってことにしねーか?」

 

あの『ジョジョ』が、とても不良とは思えない康一くんの言葉にたじろぐ様子がおかしくて、僕は笑った。

目の前のリーゼントの男は、噂のような恐ろしい男には全く見えなかった。

 

「まあ、何はともあれ。これからよろしくな楓」

 

『楓』

仗助くんに名前を呼ばれ、僕はかすかに心が高鳴るのを感じた。

 

「よ、よろしく東方くん」

 

「仗助でいいぜ」

 

緊張する僕に、仗助くんは優しく言った。

 

「よろしく、仗助くん」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

こうして誤解も解け、僕たちは友達に…いや、同じ『スタンド能力』をもつ『仲間』になった。

やっと出会えた『仲間』。

僕は、喜びと、好奇心から康一くんを質問責めにしていた。

同じといっても『スタンド能力』には個人差があるらしい。

僕も、康一くんも、仗助くんも億泰くんも、その姿から能力まで様々だった。

 

「あれ? でも待ってよ!君の【エコーズ】は、『スタンドは一人につき一体』っていうスタンドのルールから外れているんじゃないかい?」

 

『スタンド能力』にはいくつか『ルール』があるらしい。

一例をあげるなら、『スタンド』には『射程距離』という自分がスタンドを操れる限界の距離があって、その距離が短いほどパワーが強く、逆にパワーが弱くても、その分、遠くまで自分のスタンドを操れるといった具合だ。

『スタンドは一人につき一体』というのもそんなルールの一つだ。

 

「うーん、僕もよくわかってないんだけど、僕の【エコーズ】は『成長』したスタンド能力なんだ。だから、ACT1からACT3までがまとめて一体なんだよ。きっと」

 

そう言って、康一くんは頭の上に『例の爬虫類』を呼び出した。

康一くんのスタンド【エコーズ】だ。

実際に近くで見ると、有機物と無機物を絶妙に融合させたようなデザインのそいつは、なんとなく可愛げがあるように感じる。

長く伸びた尻尾は、触ると「ヌメリ」とするんじゃないかと思うような質感があった。

ちょうど下校途中の小学生の集団とすれ違う。

頭上を怪しい生物が浮遊しているのに気にもとめず、小学生たちは今夜のテレビ番組についての話なんかをしながら通り過ぎて行った。

『スタンド』は『スタンド使い』にしか、その存在をとらえることができないのだ。

【エコーズ】は小学生を見送るように尻尾を振った。

 

康一くんの【エコーズ】には、ACT1、ACT2、ACT3があって、それぞれ姿形も能力も違う。

康一くんは『成長』と言ったけど、進化とは違って、康一くんの意思次第で好きな形状で呼び出すことができた。

 

ACT1は、『音』を物体に染み込ませることで、その音を繰り返し鳴らすことができる能力。

『閑かさや 岩にしみ入る 蝉の声』

例えば、『キーンコーンカーンコーン』 という音を天井に染み込ませれば、まるでチャイムがなっているかのように錯覚させることだって可能だ。

『音』だけじゃなく、康一くん自身の『言葉』も染み込ませることができるという。

 

ACT2は、簡単にいえば『擬音を体感させる』ことができる能力だ。

この世の中にあふれる『音』は、すべて言語として置き換えることができる。

いわゆる「オノマトペ」というやつだ。

『ブルブル』と言えば何かが震えているのかなと想像することができるし、『キラキラ』と言えば何かが輝いているのだとわかる。

ACT2は、想像させるだけでなく、実際にそれらの擬音を体感させるのだ。

お好み焼きを焼くときのように聞こえる『ドジュウ』 という鉄板を熱したような擬音。

これをを紙に貼り付ければ、その紙に触れた人は、たちまち火傷するだろう。

トランポリンで跳ねるような『ボヨヨォン』という擬音を貼り付けられた硬いアスファルトは、 反作用を無視してなんでも跳ね返すに違いない。

 

ACT3は、まだ見たことはないけど、何でも『重力』に関する能力らしい。

 

「何だかズルいなぁ。でもさぁ! 同じ力をもった仲間に会えて本当にうれしいよ! しかもいっぺんに3人も!」

 

こんな奇跡があるだろうか。

こんなに身近に、特別な能力をもった『仲間』がいた。

そんな存在に出会える確率は一体どれくらいだろう。

だけど、康一くんから帰ってきたのは意外な言葉だった。

 

「……楓くんは、生まれてからずっとこの町に住んでるんだよね?」

 

「そうだけど、それがどうかしたかい?」

 

「なら、きっと君が『気づいてない』だけで、もうすでにたくさんの『スタンド使い』に出会ってると思うよ」

 

「ええ!? 何だって? バカなッ! じゃあ、康一くんは僕や仗助くんたち以外にも『スタンド使い』を知っているっていうのかい?」

 

僕が康一くんにそう尋ねたところで、前から歩いてくるサラリーマン風の男がこちらに向かって手を振るのが見えた。

 

「おーい!康一くーん」

 

スーツをだらしなく着崩し、長く伸びた髪をワックスでなでつけたその男は、康一くんの知り合いらしい。

 

「『噂をすれば』だよ」

 

康一くんは少し呆れた声でそういうと、男に応えた。

 

「お久しぶりでーす。間田さん」

 

僕らは、くたびれたサラリーマンに駆け寄った。

 

「間田さん、お仕事ですか?」

 

康一くんは、ヨレヨレのスーツを着た男に向かって親しげに話しはじめた。

 

「見ての通りだよ。営業さ、いわゆる外回りってやつだよ」

 

間田と呼ばれた男は、額からダラダラと流れる汗をハンカチで拭いながら言った。

油っぽい長い髪といい、清潔感が感じられない格好といい、僕がお客さんだったらきっとこの人から商品は買わないだろう。

でも、康一くんが『噂をすれば』と言ったということは、もしかしてこの人も『スタンド使い』なのだろうか。

だとしたら一体どんな能力だろう。

 

「君たちはどこへ行くんだい?」

 

「ちょっと図書館まで受験勉強をしに…」

 

「いいねぇ、学生さんは気楽そうでさぁ」

 

彼もそんなに歳をとっているようには見えなかったが、 いかにも「社会人になって世間の荒波に揉まれてるぜ」とアピールするように言った。

 

「楓くん、この人は間田さんっていって一応僕たちの先輩にあたる人だよ」

 

「一応だなんて酷いなぁ。ああ、はじめまして、康一君のお友達かい? アホの仗助たちよりはよっぽど仲良くなれそうだ。ほら! お前もあいさつしなよ」

 

そう言って間田さんが降り向くと、後ろからひょいっと女の人が顔を出した。

モデルのように背が高く、顔も小さい。

とんでもない美人だ。

間田さんはまるでガールフレンドのように引き連れているが、誰がどう見ても間田さんとは釣り合ってない。

 

「…どうも」

 

女性は、素っ気なくあいさつをして手を差し出した。

それが、握手を求められているのだと遅れて気付いた僕は、あわてて制服の端で手を拭って、うつむきながら握手に応えた。

女の人、それもこんなとびきりの美人と話す機会なんてめったにないから僕はすっかり取り乱していた。

 

「あれぇ? そういえば君の顔どこかで見たことがあるなぁ」

 

僕が美人との握手を楽しんでいると、間田さんがわざとらしい大声で、話しかけてくる。

失礼だけど、間田さんにジロジロ見られると、せっかくのいい気分が台無しだ。

 

「どこだったかなぁ……うーん、あっそうだ!」

 

間田さんは手をポンと叩いた。

 

「『こいつ』にそっくりなんだ!」

 

そう言って僕の目の前を指差した。

僕が顔をあげると 、僕が握手をしていたはずの美人は……

なんと、僕にそっくりな男の子に姿を変えていた。

いや、もう僕自身だ!

 

「うわぁッ!」

 

思わず手を離して後ろに飛び退く。

僕は驚いて、ドシンと尻餅をついた。

その様子を見て、間田さんは下品にゲラゲラと笑う。

 

「もうッ! いたずらが過ぎますよ、間田さん」

 

康一くんが戒めた。

 

「ははは、ごめんごめん、ビックリしたかい? これが僕のスタンド、【サーフィス】の能力だよ。僕のスタンドに触れた人間を完全にコピーするのさ! 康一くんとつるんでるってことはどーせ君も『スタンド使い』なんだろ?」

 

僕は、制服についた砂を払いながら反論した。

 

「どうしてわかるんです?」

 

「いや、確信があったわけじゃないけど、さっきから康一くんの【エコーズ】が飛び回っているし、なにより『スタンド使いは引かれ合う』からね。そうじゃないかと思っただけさ」

 

『スタンド使いは引かれ合う』 か。

それもルールの一つだろうか?

 

「それより康一くん。さっきの女、いい女だったろ? ウチの会社の受付嬢なんだけど、営業成績が上がるから外回りのときはコピーして連れて歩いてるのさ」

 

康一くんは呆れ顔で「はぁ」とため息をつくと、

 

「行こう楓くん!」

 

と言って僕の腕をとり、さっさと歩き出した。

 

 



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壊れた時計②

長い長い階段。

俺は、その一段一段を処刑台に上がる処刑人のように噛みしめながら登っていた。

そして、1番上までたどり着くと、高層ビルの屋上へと続く重い扉を開いた。

屋上から、見下ろすこの町は怪しく光って見えた。

 

「遅いぞ貴様。こんなところに呼び出しやがって」

 

そこには、一人の男が立っていた。

醜く太った男だった。

酒に溺れ、ギャンブルに狂い、妻や娘にまで見放された男の成れの果てだった。

俺や姉を見捨てた、叔父の姿だった。

こんな男と、俺やあの美しい姉が、たとえごくわずかだとしても血がつながっていると考えただけで吐き気がした。

とても、おぞましく、残酷な心になれた。

 

「……」

 

「何とか言いやがれクソガキがぁ! お前が、『姉が管理していた親の財産が見つかったので、相談に乗って欲しい』と言ったから、わざわざ来てやったんだ。嘘だったらぶっ殺すからなぁ!」

 

俺は黙って叔父の罵詈雑言を聞いていた。

『財産』?

もちろん嘘だ。そんなものがあるわけがない。

もしあったとしても、この男に相談する訳がない。

俺と姉にあんな仕打ちをしておきながら、この期に及んで自分を頼ってくるという発想ができるこの男のめでたい頭に、感心すら覚えた。

目の前の醜い男は、薄くなった頭をせわしく掻きむしりながらブツブツと何か言っている。

よく『人は見た目じゃない』だなんて言うが、俺はそうは思わない。

腐った果実が周りの新鮮な果実をも腐らせてしまうように、腐った心はそれを取り巻く外見へも影響を及ぼし、醜く変化させてしまうのだろうと考える。

こいつみたいなやつがいずれ犯罪者になる。

この男の本性を知っている者なら誰でもそう思うはずだ。

 

「クソッ! あの売女め! 俺には財産はもう無いといいながらやっぱり隠していやがったかッ!あんなに良くしてやったっていうのによお」

 

その言葉を聞いた瞬間、俺の目に黒い炎が宿った。

全く光の無い黒。

何もかもを焼き尽くしてしまうような炎。

それは、たとえどんなことが起ころうと、目的を遂行しようという意思の表れだった。

俺の心に宿る『漆黒の殺意』を意味していた。

 

「売女ってのは姉さんのことか?」

 

俺は感情のない声で淡々と呟いた。

 

「あぁん?今なんつった?」

 

「いやどうでもいい。俺にとって『時間』は限りのあるものではないが、貴様と同じ空間を過ごす時間ほど無駄なものはないからな」

 

そう言って、腕にした時計をみる。

壊れた時計の針は動かない。

俺は叔父に向かって全速力で突っ込んだ。

叔父の体はぐらりとバランスを失い、そのまま後方に引きずられる。

そして、俺は叔父もろとも高いビルの屋上から落下した。

 

「なッ!? 気が狂ったか? 俺と一緒に心中するつもりかぁぁぁぁぁぁ!」

 

落下しながら、俺の腕を血が出るほど握りしめ唸る叔父に、俺はそっと囁いた。

 

「あんたは『運命』を信じるか?」

 

そして、俺は自分に取り憑いた『悪霊』の名を。

 

俺が名付けた名を叫んだ。

 

【ワン・ホット・ミニット】

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

誰しも、一度は考えたことがあるはずだ。

 

「あの頃に戻りたい」

 

「もう一度やり直したい」

 

と。

 

自分の現在に満足していないとき、あるいは、 自分が直面した悲惨な『運命』を受け入れきれないとき。

そんなときに、過去に戻って昔の自分に忠告してやりたいと思ったことが、一度はあるはずだ。

自分に降りかかる残酷な未来を知っていれば、その『運命』立ち向かい、乗り越えることができるかもしれない。

未来を変えられるかもしれない。

 

俺が矢に貫かれて手にした『力』。

俺に取り憑いた『悪霊』がもたらしたのは『時間を戻す能力』だった。

 

俺以外の人間は、時を戻されたことにも気付かない。

『俺だけ』がこれから起こる『運命』を知って、その記憶をもったまま、『やり直す』ことができる。

 

だが、制約もある。

戻せる時間は最長で『1分』。

1分以内なら戻せる時間は自由がきくが、それ以上は戻せない。

それに、時を連続で戻すには、戻した分だけの間隔をあけなくてはならない。

つまり、『同じ時を何度も何度も繰り返す』ことはできるが、この能力を使って『遠い過去に戻る』ことはできないというわけだ。

 

そう、あの頃に戻ることはできない…。

 

『1分』だけ。

【ワン・ホット・ミニット】

俺だけの熱い時間。

 

『1分』とはいえ、これから起きる『運命』を知るということは、それを『乗り越える』キッカケとなる。

『運命』を知る者と、知らない者ではどんな結末を迎えるのだろう。

 

俺は再び、屋上へと続く鈍色の重い扉を開けた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「遅いぞ、貴様。こんなところに呼び出しやがって」

 

叔父は、さっきと一言一句変わらないセリフを吐いた。

まあ『未来』だったことを『さっき』というのもおかしな話だが。

俺は、叔父にもう一度問う。

 

「あんたは『運命』を信じるか?」

 

「何の話だぁ?」

 

「『運命』ってやつは大きな流れだ。それを乗り越えるのはちょっとやそっとじゃいかない。例えば、割れる『運命』にある皿は必ず割れる。つまづいた拍子に落として割れるのか、子どもが親の気を引くためにわざと割るのか、それはわからない。だが、割れるという『運命』は変わらない。その皿が運命を乗り越えない限りなッ!」

 

「一体なに言ってやがる? とうとうイカレたか?」

 

俺は、腕にした小さな時計にそっと触れた。

 

「俺は、これから起こる『運命』を知っているッ! あんたは知らないッ! さぁ、あんたは『運命』を乗り越えることができるかなッ?」

 

叔父は、懐からギラつく刃物を取り出した。

 

「やっぱり、こんなことだろうと思ったぜ! 貴様の頭が狂ったかどうかには興味はねぇが、つまり『財産』の話は嘘だったってわけだッ! ぶっ殺してやるッ!」

 

そう言って、叔父が俺のところへ走り出そうとした瞬間、ビルの屋上をさらう突風が吹いた。

叔父は風に足を取られ、屋上から『一人で』落ちていく。

 

「なッ!?」

 

落ちていく男を見ながら、呟く。

 

「ビルから落ちる『運命』の人間は必ず落ちる。『運命』を乗り越えない限り。たとえ、方法や過程が違ったとしても…な。やっぱり、あんたは『乗り越え』られなかったな」

 

【ワン・ホット・ミニット】

叔父が落ちるのを確認して、俺は再び能力を発動させた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

ビルの屋上へ続く鈍色のドア。

…が、しかし、『今回』はそのドアを開けない。

俺が、屋上へ行こうが行くまいが、あの男がビルから落ちる『運命』は変わらない。

きっと、自分が死ぬ理由もわからないまま、あの男は死ぬだろう。

『運命』とは大きな流れだ。

 

「あれ?鞍骨じゃねーか。どうしたこんなところで」

 

ビルの前で、クラスメイトに声をかけられる。

小学校から同じクラスで、よくつるんでいるやつだ。

ただ、特別仲がいいというわけではなかった。

会話を合わせて気の合うふりをしたり、時間が合えば一緒に飯を食べに行ったり。

そんな、普通の関係だった。

こいつがこの場所を通りかかったことは単なる『偶然』に過ぎないが、俺はこいつがここを通りかかることを知っていた。

『繰り返す1分間』の中で、見ていたからだ。

この偶然は利用させてもらう。

 

「やあ、お前こそどうした?これからどこかへ行くのか?」

 

俺は、いかにも驚いたという感じで答えてみせた。

 

「今からクラスの連中とファミレスで飯でも食おうって話になっていて。お前も来るか?」

 

「ああ…付き合おう」

 

これで、俺にはアリバイもできた。

 

俺達が歩き出したのに遅れて、後方でドスッという大きな音と、女性の大げさな悲鳴が聞こえた。

クラスメイトは振り向いて「何だ?」という顔をしたが、すぐに再び歩き出した。

 

「なんだったんだろうな。今の」

 

「さあな、ビルからなにか落ちてきたんじゃないか?この街のゴミが詰まったゴミ袋か何かが」

 

他愛もない会話をしながら、俺達はファミレスへ向かった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

翌日の地方新聞の隅に、小さな記事がのっていた。

『会社員、借金を苦にビルから飛び降り自殺か?』



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壊れた時計③

『力』を手にしてから、俺は『復讐』の計画を立てることに没頭した。

『計画』は『順番』を守るために、最も重要なことだ。

そのための時間は、惜しまない。

それに、俺には『時間』だけはたくさんあった。

なにより、自分の『力』の使い方を正しく知っておく必要もあった。

 

『時間を戻す』という能力。

それは、ビデオテープを逆再生するように時が巻き戻るのを認識するのではなく、時を戻した分の記憶が上書きされるのに近い感覚だった。

俺は、そばにあったナイフをぐっと手のひらに押し付ける。

ナイフを押し当てられた部分からは血が滲み、その血は手のひらの深い皺をたどってポタポタと流れ落ちた。

【ワン・ホット・ミニット】

能力を発動させると、次の瞬間、ナイフの切り傷はきれいに消え失せ、手のひらには『痛み』や『熱さ』といった感覚だけが残った。

俺は、当初この力を、この先どんなことが起きるか知ることができる程度の能力だと思っていた。

だが、思いもよらない副産物もあった。

 

目の前から、派手なカップルが歩いてくる。

二人だけの世界に入り込み、周りを見下しながら歩いてくるそいつらは、道を譲らない俺にぶつかって道路に転がった。

 

「おい待て」

 

男が俺を呼び止める。

 

「お前、視力検査ってやったことあるか?黒い輪っかのどこが欠けてるかを答えるアレだ。てめえに視力があるんなら俺にはぶつからなかったはずだよなあ?女の前で恥をかかせやがって」

 

そう言って、いきなり俺の頬に拳を食らわせてきた。

俺はキッと男を睨みつけた。

 

「なんだ?女みたいな面しやがって。次にこの町でてめえの顔を見たら、その顔面を視力検査表みてえに一部欠損させてやるからな」

 

捨て台詞を吐いて、再び女の肩を抱いて男は去っていく。

やり返しても良かったが、そうはしなかった。

ただ黙って、俺は【ワン・ホット・ミニット】の能力を発動させた。

 

時は戻る。

カップルとすれ違う前に、俺は足を止め、道端に寄って、通り過ぎるカップルを見送った。

カップルは相変わらず、二人だけの世界に入り込んでいる。

そこへ、乗用車が突っ込んできてカップルは跳ね飛ばされ、俺の目線の先、二人仲良く道に転がった。

 

「俺があんたにぶつかっても、ぶつからなくても、あんたが『道に転がる』運命は変わらなかったようだな。まあ、『過程』はより悲惨なものになったみたいだが」

 

そうつぶやいて、俺は静かに歩き出した。

 

そう、『時を戻す力』は、戻した時の間の俺の行動次第で、『運命』に間接的に干渉することができる力でもあった。

『運命』はそう簡単には変えられない。

『運命』とは、過程や、方法などどうでもいい残酷な世界。

「結果」だけが優先される。

だが、『運命』を知るものだけは、『運命』を乗り越えることができる。

俺は自身の能力の本質をこう理解した。

 

そして、高校生となった今、この能力を使って『計画』を実行に移し、俺は叔父を殺害した。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

誤解を恐れずに言えば、途方にくれてしまっていた。

俺は『順番』通り、次は姉を殺した『殺人鬼』を始末するつもりでいた。

しかし、計画を練り続けた数年間においても、今現在も、手がかりはおろか、『殺人鬼』がいるという痕跡すらつかめていない。

この町に『殺人鬼』がいるなんてことは、姉を失った俺の悲しみが生み出した幻想なのではないかと思えるほどだった。

 

『殺人鬼』は、一体どんなヤツなのだろうか。

俺は、私怨で叔父を殺した。

そのことで、精神的に重い十字架を背負うなんてことは、もちろんなかったが、別に『スカッ』とした気分にもならなかった。

赤の他人を平気で殺せる『殺人鬼』の精神構造など、知る術もない。

しかし、これまで捕まっていないのだから、頭脳明晰で、用心深いやつだということは想像できる。

これだけ多くの犠牲者を出してその痕跡すら残さないのだから、人間性は別にしても、『殺人鬼』としては類稀なる『能力』をもっているのだろう…

 

『能力』か……

 

仮説を立ててみた。

 

「『殺人鬼』も俺と同じ『悪霊』に取り憑かれた人間なのではないか?」

 

俺に能力を与えた男のセリフから察するに、『力』をもつ人間は一人じゃない。

また、男はたしかこう言った。

 

「俺の目的に役立つ『力』であることを願うよ」

 

目覚める『力』にも個人差があるのではないか?

ならば、全く証拠を残さずに、人をさらう、あるいは殺すことができる『能力』があっても不思議じゃない。

 

問題なのは、たとえこの仮説が正しかろうが『殺人鬼』を見つける手がかりにはならないことだ。

俺は自分以外の『能力者』に出会ったことがなかったし、おそらく、『能力者』と『一般人』は、見た目からは見分けることができない。

探そうにも探せない。

例えば、そうだな…

「『能力者』は、タバコの煙を吸うと鼻筋に血管が浮かび上がる」

みたいな見分け方があれば、探しようもあるが、そんなことがあるわけがない。

 

俺には圧倒的に『能力者』についての『情報』が足りなかった。

 

……

 

しかし、その『情報』は意外なところからやってきた。

その男は、実にタイミングよく、まるで『引かれ合う』ようにやってきた。

俺に必要な『情報』と、俺を深い絶望に陥れる『情報』をもって…

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

ゴンッゴンッ

 

狭いアパートにくぐもったノック音が響く。

 

(また、警察か…?)

 

叔父の『自殺』があってから、何度か警察が訪ねてきていた。

もちろん、俺が疑われることはなかった。

どちらかといえば同情されていただろう。

居留守を使ってもよかったが、 変なことで疑われてはたまらない。

俺は、のぞき穴のない扉を警戒しながら開いた。

 

そこには、どう見ても警察には見えない、派手なシャツを着た若い男が立っていた。

男は、わざとらしい低姿勢で自己紹介をした。

 

「こんばんわ~杜王ニコニコファイナンスの『小林玉美』と申しますぅ。鞍骨様のお宅でしょうかぁ?」

 

ろくなやつじゃない、一目見ればそれは分かった。

 

「ああ、鞍骨さん!いらっしゃってよかった!大事なお話がありますので、少し中にいれていただけないでしょうか?」

 

『小林玉美』と名乗る男は、女のようなその名前に似合わぬ外見をしていた。

アイロンをかけられたように潰れた鼻に、塩をかけられたナメクジのように反り返った眉。

時代遅れの髪型が、デカい頭をさらに巨大にしている。

イカつい男は明らかに年下の俺に対して、不気味なほど謙虚な態度だった。

だが、それがこの男を部屋にいれる理由にはならない。

 

「たしかにウチは鞍骨ですけど、おたくのような知り合いはいませんね。帰ってもらえます?」

 

そう言ってドアを閉めようとしたが、ドアの間に滑り込んできた男の手がそれを遮った。

 

「いってぇぇぇ~」

 

指を挟まれた男は、大声をあげて大袈裟に痛がる。

 

「ちょっとお話を聞いてもらいたかっただけなのに、この仕打ちは酷いですよぉ~」

 

男は涙目で訴えかけてくる。

男の声や、態度がいちいちカンに触った。

 

「ああ、すまなかったな。でも、あんたが悪いんだぜ。急に手を入れてくるから」

 

怒り混じりに吐き捨てる。

俺がそう言ったとき、一瞬だけ男の目が俺を観察するような視線に変わった。

何かを期待しているような視線だった。

 

「鞍骨さん、あなたひどい人ですねぇ。口ではあやまってるけど、心ではちっとも『悪い』なんて思ってないでしょう?『罪悪感』なんてこれっぽっちも感じてませんねぇ?」

 

男の言う通りだったが、別に言い返しもしなかった。

男はしらけた風な顔をした。

 

「はぁ~挟まれた手のことは別にいいんですけどね、あっしもこのまま帰るわけにはいきません。話を聞いてもらえるまでここを一歩も動きませんからねぇ」

 

優しげな口調とは裏腹に、男の目は本気だった。

おそらくは話を聞かない限り、俺につきまとう気だろう。

それは、俺の『復讐』に支障をきたす。

『順番』が守れなくなるのは困る。

 

「チィッ!話を聞くだけですよッ!」

 

「ありがとうございます」

 

部屋に戻る俺の背後で、小林玉美が怪しく笑ったような気がした。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「実は、お話というのはあなたの叔父様についてなんですがねぇ」

 

家具のほとんどない部屋の床に座り、小林玉美は脇に抱えたカバンから書類を取り出した。

 

「ウチに借金をしていたんですよ。これだけの額なんですが。」

 

書類には、俺が見たことも無いような額が書かれていた。

 

「こいつは、酷いですね…でも、これが俺に何の関係があるんです?」

 

大体の察しはついた。

そして、小林玉美は想像通りのセリフを口にした。

 

「そこなんですがねぇ、実はその借金の保証人の名前が『鞍骨恵』となっているんですよぉ。聞いた話じゃ、お姉さん『行方不明』らしいじゃないですか? どこに行ったかご存知ないですか?」

 

あの叔父め!

どこまでも腐った男だ。

借金を作った挙句、姉の名前を勝手に使うとは。

俺は怒りに震えた。

 

「俺たちとその男は関係ないッ! それに姉は当時、未成年だッ! もし、居場所がわかっていても払う義務はないね!」

 

ヒヒヒ、ウチには未成年なんて言い訳通用しないんですけどね。そんな表情を浮かべながら小林玉美は続けた。

 

「つまり、お姉さんがどこへ行かれたかはご存知ない…と?」

 

「知っていたとしても言うわけがないッ!」

 

「まだ、お帰りにもなっていない…?」

 

「あんたに話す必要はないッ!」

 

「そうですか……やっぱり」

 

俺は、怒りに任せてまくし立てた。

姉のことまで持ちだされて、怒りが収まらなかった。

借金取りなんて連中はタチが悪い。

俺は、男を部屋にいれたことを後悔した。

部屋に入れようがいれまいが、このあとも金を払わない限り、ネチネチとつきまとわれるのだろう。

 

しかし、俺の予想は裏切られる。

小林玉美は膝に手を置きおいおいと泣きだした。

 

「分かる!分かりますよお、その気持ち!あっしにも、実は病気で死に別れた妹がおりましてねぇ。鞍骨さんの気持ち、痛いほどわかりやす!!」

 

そう言って、真っ赤なシャツの袖で涙を拭う。

 

「よーしわかりやしたッ! あっしが何とかいたしましょう。今回はこっちで肩代わりしますよ。なーにあっしも男ですッ! 鞍骨さんが『申し訳ない』とか、『悪いなぁ』なんて思う必要はありませんからね」

 

そう言って、こちらの顔色をチラチラと伺ってくる。

まったく男気あふれる話だが、俺には全く興味がなかった。

そもそも、俺が金を払う理由なんてどこにもない。

俺が心を揺らさない様子を見て、小林玉美は一瞬ひねくれた眉をさらに釣り上がらせた。

だが、すぐにわざとらしい笑顔に戻るとこう言った。

 

「それじゃあ、鞍骨さん! この書類にサインだけいただけますか?」

 

小林玉美は、高級そうな万年筆を手渡してくる。

 

「『罠』…じゃないでしょうね?」

 

俺は、穴があくほど書類を見渡した。

よくある手だ。

安心させておいて、実は全く違った内容のことが読めないような細かい文字で書かれていたり、書類の裏に書かれていたり。

 

「とんでもないッ!あっしも昔はチンピラみたいな真似してたんですがね、『あるお方』に出会ってからすっかり改心しちまったんですよ!」

 

この借金取りを、完全に信用したわけではなかったが、書類に怪しい点はない。俺はためしにサインしてみることにした。

小林玉美から、万年筆を受け取る。

 

「その万年筆もね。実は死んだ妹からもらったんです。本当に可愛らしい妹で…」

 

小林玉美がそう呟くのを聞きながら、俺は書類にサインをしようとした。

しかし、一文字目を書き始めるかというときに、手に持っていた万年筆がポロっと壊れた。

 

「なッ?」

 

ほとんど力を入れていない。

俺のせいで壊れたんじゃない。

そう思いながらも、落ちていく万年筆を見つめる視界の中に、腕にした『小さな時計』がうつり、『妹からもらった』という言葉もあいまって、それらがダブって見えた。

 

そしてその瞬間、俺の身体を立っていられないほどの『重圧』が襲った。

床に這いつくばる俺を見下ろしながら、小林玉美が呟く。

 

「ようやく感じたな、『罪悪感』」



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杜王町へようこそ②

サマーシーズン到来!

 

毎年、杜王町では7月1日に「海開き」や「川開き」が行われ、町の観光収入の約7割がこれからの2ヶ月に集中すると言われている。

主に、首都圏方向から観光客がどっと押し寄せ、、この期間の杜王町の人口は2倍にも膨れ上がるという。

「別荘での避暑」・「ゴルフ」といったお金持ちの遊びから、「キャンプ」・「フィッシング」・「ヨット」・「ウィンドサーフィン」・「海の幸や実り豊かな農作物を使った夕食」のような自然とふれあうようなお楽しみまで、この時期の杜王町には魅力がたっぷりだ。

僕が特に好きなのは、お隣のS市が中心となって行われる「七夕祭り」だ。

この祭りは、S市の周りの市町村を巻き込んで行われる大規模なイベントで、古くは江戸時代から続く伝統的なお祭りだと学校で習った。

町に立てられた竹には、大小様々な飾り付けがなされ、杜王町が鮮やかに色づいていた。

 

しかし、僕たち『受験生』と呼ばれる人種にとって、それらのお楽しみは別世界の出来事だ。

 

通称「茨の館」。

外壁に隙間なく茨が絡まっていることから、杜王町立図書館は町の人間からそう呼ばれている。

 

僕と康一くんは、2階の隅にある6人がけの机に並んで、忙しく受験勉強をしていた。

夏休みだというのに茨の館には受験生が溢れ、異様な熱気を発していて、その目はまるで、戦場にいる兵士のようだった。

そう、『受験』とはある意味「戦争」なのだ。

 

でも僕は、はっきり言って受験勉強には全く身が入っていなかった。

自分でも知らなかったことだが、僕は夢中になると他のことが見えなくなる性格だったらしい。

たしかに小さい頃、『FーMEGA』でなかなかクリアできないステージを徹夜でやって、父さんに怒られたことがあったけど……。

もちろん今、僕が夢中になっているのは「受験戦争」などではなく、『スタンド使い』の仲間についてだ。

 

「ねえねえ康一くん、あと一つだけ聞いてもいいかい?」

 

目の前の『図書館ではお静かに!』と書かれた貼り紙を尻目に、僕は声をひそめて康一くんに話しかけた。

 

「楓くん……君、そのセリフ、今日だけで何回目だい?」

 

さすがの康一くんも、僕のしつこさに少し呆れているようだ。

 

「あと一つだけ! お願い! …考えたんだけどさ、この杜王町には、最近できた奇妙な『新名所』がいくつかあるでしょ?康一くん知ってる?」

 

年間約20万人。

これは数年前までのこの町に訪れた観光客の数だが、その数は近年徐々に増えてきている。

地域柄、少々観光客に冷たいこの町の住民にとって、それがありがたいことかどうかはわからなかったが、観光客増加の理由は、杜王町の『新名所』にあった。

 

「例えば、この『茨の館』。この図書館のどこかに『生きた本』が寄贈されているっていう噂があるよね? 僕はそんな噂信じちゃいなかったけど、もしかして…もしかするとだよ? 杜王町の『新名所』には『スタンド使い』が関係しているんじゃないかい? それなら奇妙な噂も納得できる!」

 

康一くんは、開いた参考書に目を落としたまま、少しうっとうしそうに答えた。

 

「……そうだね。君の言う通りだよ。ただ、その『本』に関して言うなら、僕にとってはあんまりいい思い出とは言えないな…」

 

康一くんは、過去の苦い思い出を振り返るように呟く。

だが逆に僕は、自分の推理が的中したことに小さくガッツポーズをした。

『あと一つだけ』、そんな約束はどこへやら、僕は康一くんに矢継早に質問を浴びせた。

 

「やっぱりか! じゃあ、じゃあ『送電鉄塔に住む男』は?」

 

康一くんは、パラパラと参考書のページをめくる。

 

「ああ、僕は詳しく知らないけど、なんでも『鉄塔』自体が『スタンド』で、『住んでる』っていうより、『閉じ込められてる』って感じの男らしいけど…可愛そうだよね。鉄塔に囚われた最後の一人は鉄塔から出ることができないから、仕方なくそこに住み始めたそうだよ。今では秘密基地みたいな感覚で快適に過ごしてるらしいけどさ」

 

「だったら、これは本当に最近だけど、『袋男』は?」

 

康一くんがピタっと参考書をめくる手を止める。

 

「…『袋男』? それは初耳だなぁ」

 

「知らないのかい? 僕が聞いた話によると、袋を『担いで』いる小男で…いや『かぶって』だったかな? とにかく小さな男が不良やヤクザなんかを懲らしめているらしい。でも、『絶対に捕まえることができない』んだって! まあ、こっちは『名所』っていうより都市伝説に近いんだけどさ!」

 

「ふ~ん…」

 

康一くんは、あまり興味なさそうに再びノートにボールペンを走らせはじめた。

それでも僕は構わず続けた。

 

「あ~早くもっとたくさんの『仲間』に会いたいなぁ。康一くん、たくさんの『スタンド使い』と出会った君がうらやましいよ!」

 

バタンッ!

 

康一くんが、勢いよく参考書を閉じた。

しまった。あまりにしつこかったので怒らせてしまったか?

席を立ち、参考書をカバンに詰め込み始めた康一くんに、僕は慌てて頭を下げた。

 

「ごめんよ康一くん! 勉強の邪魔だったよね? …でも僕は、この『テントウムシ』が『見える』友達に出会えたことが本当にうれしくて…それで…」

 

発動させたテントウムシが、僕と康一くんの間を飛び回る。

 

「……違うんだ、楓くん」

 

康一くんは、悲しい眼差しを僕にむけた。

 

「君についてきてもらいたい場所がある。付き合ってくれるかい?」

 

さみしそうにそう呟く広瀬くんに連れられて、僕たちは、『茨の館』をあとにした。

外はいつの間にか雨が降っていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

商店街のアーケードには、色んな形をした「吹き流し」が所々に飾られている。

「吹き流し」とは、七夕祭りを代表する飾り付けで、くす玉にたくさんの長い紙テープのようなものが付いている飾りだ。

普通の家庭の七夕飾りに比べると、何倍も巨大で、それがたくさん町に飾られるものだから、なんとも言えない美しさと迫力があった。

立ち並ぶ吹き流しが、風に揺られてサラサラと音をたてる。

この町に暮らす僕にとっては見慣れた光景だったが、今の僕には、僕らを見下しているそれらが、巨大な『スタンド』のように見えた。

その姿は、この町を守っているようにも、この町を襲おうとしているようにも見えた。

 

僕が康一くんに連れられてやってきたのは、杜王町の『新名所』の一つである巨大な岩の前だった。

 

「これは……『アンジェロ岩』」

 

僕たちの目の前には、おどろおどろしい威圧感がある岩があった。

その岩は不気味な外見とは裏腹に、道しるべとして、ときには恋人たちの約束の場所として、町民から愛されている。

だが、人の顔のように見える気味の悪さからか、ときどきうめき声をあげるという噂まであった。

それは、まるで誰かを呪うように、ちょうど今日のような雨の日に聞こえるのだという……

誰が呼び始めたかは知らないが、町民はその岩のことを『アンジェロ岩』と呼んでいた。

 

「この『アンジェロ岩』がどうしたっていうんだい? もしかして…」

 

「そう、この『アンジェロ岩』も、とある『スタンド使い』が関わる杜王町の『新名所』だよ……。そして、その『スタンド使い』に、警察官をしていた仗助くんのお祖父さんは……殺されたんだ」

 

「えっ……?」

 

雷が鳴った。

傘にあたる、雨の感触が重みを増す。

同時に、『アンジェロ岩』が大きなうめき声をあげたような気がした。

 

「楓くん、君は『スタンド使い』みんなが同じ力をもつ『仲間』だと思っているかもしれない。…たしかに、この能力を悪用しようなんて考えたこともない人にとっては、それが普通のことなのかもね」

 

康一くんが語気を強める。

 

「でも、もし能力をもった人が君のような考えの人間じゃなかったら? 吐き気をもよおすような邪悪な存在だとしたら? この能力を悪用しようとする人間。そいつは君にとっても、この町にとっても…『敵』だよ。それも、とてつもなく危険な…ね」

 

そう言われて、僕は『出会いの日』を思い出した。

あの時、仗助くんと億泰くんは、僕が『スタンド使い』と知って明らかに『警戒』していた。

あれは、彼らが今まで幾度となく、そうせざるをえないような…『スタンド使い』を警戒せざるをえないような修羅場をくぐってきたからなのだろう。

そして、目の前のこの青年もおそらくは……

 

僕は何も言うことができなかった。

ぼくはやっと出会えた自分と同じ力をもつ人との出会いにすっかり舞い上がってしまっていた。

勝手に自分と同じだろうと決めつけていた。

だが、『同じ』ではなかった。

『孤独』という水の中からようやく顔をあげることができたのに、「グイイッ」と再び水中に引きずりこまれたような気になった。

何が『仲間』だ。

浮かれていた自分がひどく恥ずかしい。

 

「もう1カ所、いいかな?」

 

康一くんは、うなだれる僕を引き連れてゆっくりと歩きはじめた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

そば屋「有す川」

 

薬屋「ドラッグのキサラ」

 

コンビニ「オーソン」

 

観光客向けの町内地図の看板には、それらの店がたち並んで表記されている。

しかし、実際に目の前にある風景では、「ドラッグのキサラ」と「オーソン」の間に、せまい『小道』があった。

 

「あれ?こんなところに道なんてあったかな?」

 

見覚えのない小道に足を踏み入れようとしたところを、康一くんに引きとめられる。

 

「待って! これ以上は行かない方がいい。…念のため」

 

『小道』のさきには、変わり映えしない風景が広がっていたが、まるでこの先に危険なものがあるかのように康一くんは言った。

 

「僕は昔、ここである『少女』に出会ったんだ…」

 

康一くんは、神妙な顔つきで話し始めた。

 

「1999年、81人そのうち45人が少年少女。……楓くん、何のことだかわかるかい?」

 

僕は黙って首を振る。

 

「この町の『行方不明者』の数だよ、2年前のね。町の規模から考えた全国平均と比べても、7~8倍多い。……異常な数字さ」

 

康一くんが、拳を握りしめる。握った拳が、怒りに震えていることがわかった。

 

「楓くん、この町には『殺人鬼』がいたんだよ。この町が生みだした『殺人鬼』がね。町に溶け込み、忍び寄るように次々と人々を殺していった。……恐ろしいヤツだった」

 

僕はゴクリと唾を飲んだ。

 

「その『殺人鬼』の名は…」



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キラヨシカゲ

「まったく……ひとつも『罪悪感』を感じない冷徹な野郎かと思ったが、その様子を見るとそうでもなかったようだな」

 

小林玉美は、這いつくばる俺に向かって言った。

態度は豹変し、先ほどまでの謙虚さは微塵も感じられない。

捕まえた虫の羽をむしる時のような「お前の命は俺が握っているんだぜ」という余裕がうかがえた。

 

俺は息の詰まるような圧迫感と、鉛を飲みこんだような身体の重さに襲われていた。

胸のちょうど心臓のあるあたりからは、巨大な『錠前』が突き出ていた。

突き刺されたとか、埋め込まれたのではない。

その『錠前』は俺の身体の一部として、心臓…いや俺の『心』から何かを吸って生えてきているようだった。

 

「この『錠前』は……一体⁉」

 

小林玉美が少し驚いたように眉をあげる。

 

「ほう…この『錠前』が見えるってことは鞍骨倫吾、お前も『スタンド使い』か?」

 

『スタンド使い』…?

今この男は『スタンド使い』と言ったか?

一体何のことだ?

 

「だが、お前がどんな『スタンド能力』だろうと、その『錠前』がくっついてるかぎり俺に攻撃を加えることはできねぇぜッ! 俺への攻撃は『錠前』に、つまりお前自身に跳ね返っていくってことだからよぉ!」

 

小林玉美は自分の「勝利」を確信し、勝ち誇っている。

 

『スタンド能力』というのは……この『能力』は、俺の【ワン・ホット・ミニット】と同じ『悪霊』の力か?

だとしたら、俺やこの小林玉美のような『悪霊憑き』を『スタンド使い』と呼ぶのだろう。

俺から生えているこの『錠前』は、ヤツの言う『スタンド能力』。

俺は今、目の前の男から『スタンド能力』による攻撃を受けている。

だが、それならなぜ小林玉美はすぐに俺に攻撃してこなかった?

何か『キッカケ』が必要だったのか?

落ち着け、考えろ。

 

俺は、小林玉美が来てからのこと、ヤツの言動を『順番』に思い返した。

姉はものごとには『順番』があると言った。

幸せになる『順番』があるのだと。

『順番』が俺を幸せにしてくれる。

『順番』を守ることが俺に力を与えてくれる。

 

……そうか

 

「『罪悪感』…か?罪の意識、その心の重さがこの『錠前』の重さというわけか……」

 

ドアに手を挟んでわざとらしく痛がったり、赤の他人である俺の借金を背負って恩を着せようとしてみたり。

思えばヤツの言動は、俺の心にある感情を芽生えさせようとしていたように考えられる。

罪の意識、『罪悪感』。

そして俺はまんまとヤツの罠にはまったというわけだ。

俺がヤツの万年筆を壊してしまったこと。

妹からの贈り物。

俺が姉にプレゼントしたあの時計のように、気持ちを込めて贈られたであろう贈り物。

それが壊れるのを見て、俺は『罪悪感』を感じてしまった。

頭では自分のせいじゃないと思っていても、心が『罪の意識』を感じてしまった。

そのことが、ヤツの攻撃のキッカケに違いない。

 

「ほう…頭の回転は早いようだなッ! だが無駄だぜ、もう逃れられない! 俺の【錠前】からはよぉッ! 金は払ってもらう。どんなことをしてでもなッ!」

 

「逃れられない…だと?それはどうかな。お前の能力は『覚えた』。【ワン・ホット・ミニット】」

 

俺は無様に這いつくばりながらも、『悪霊』の…いや、『スタンド』の名を叫んで能力を発動させた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「その、万年筆もね。実は死んだ妹からもらったんです。本当に可愛らしい妹で…」

 

「ふぅん…そうかいッ!」

 

俺は手に持っていた万年筆を、小林玉美の右目に思いきり突き刺した。

 

「うぎゃぁぁぁぁっ」

 

ドブを吐き出す排水口のような叫び声がアパートに響く。

 

「可愛いモンは目にいれても痛くないってよく言うが。ありゃ嘘だったみたいだなぁ。 それとも、妹の存在自体が『嘘』なのか? 小林玉美。」

 

床に転がる小林玉美の腹を足で踏み抑えながら、俺は静かに言った。

一瞬の出来事だったが、「さっき」までとは立ち位置も、力関係も全く逆になっていた。

 

「うがぁっ!てめえ俺にこんなことして…」

 

「『罪悪感』は無いのかって? 悪いが全く無いね。だからお前の【錠前】とかいうスタンド能力も俺には通用しない!」

 

「な!? なんでそれを? まさかお前も『スタンド使い』か? 一体どんな…」

 

「そんなことはどうでもいい! それより小林玉美、あんたにひとつ確認しておかなければいけないことがある」

 

腹を踏む足に力を込める。

 

「あんた…さっき『やっぱり』って言ったよなぁ? 俺の姉が帰ってないことに対して『やっぱり』って。何か心当たりがあるんじゃないのか? 俺の姉の行方によぉッ!」

 

「ヒヒヒ…」

 

小林玉美が不気味に笑う。

そして、踏みつけている俺の脚を払って言った。

 

「俺はお前の姉の行方なんか知らない。だが、お前の姉がいなくなったのは2年前だろう? まだ帰ってないし、連絡もないのなら『やっぱり』あの『殺人鬼』に殺されてたかって、そう思っただけよ! あのとんでもねぇ殺人鬼『吉良吉影』になあ!」

 

『吉良吉影』

 

それが俺の探し続けてきた『殺人鬼』の名前なのか。

俺の姉を殺した男の名前なのか。

小林玉美の表情からは、そう確信しているという自信が窺える。

おそらく『当たり』だ。

 

俺は生まれて初めて叔父に感謝した。それはとても感謝と呼べるような感情ではなかったが、叔父の借金が俺が最も欲していた『情報』を連れてきたのだ。

 

「吐け、その『吉良吉影』について知っていること、全部だッ!」

 

声が自然と荒くなる。

感情が高ぶっていた。

 

「『復讐』しようってのか?鞍骨倫吾。そりゃあ 無駄だぜ! そいつはもう『この世にいない』んだからよお!!」

 

時が止まったような気がした。

『復讐』の手がかりを手にした瞬間、それは俺の手から滑り落ちていった。

永遠に届くことのない暗闇へと。

俺の生きる目的は、俺の知らぬ間にすでにこの世から消えてなくなっていた。

『絶望』が俺を包んだ。

 

「誰が…? 誰が『吉良吉影』を殺したッ!?」

 

唇を震わせる感情が、怒りなのか悲しみなのかわからぬまま、俺は小林玉美に尋ねた。

 

「知らないのか? ヒヒヒ…この町には、この町を『守っている』ヤツらがいるのさ」

 

「守っているヤツらだと?」

 

俺は腕にした小さな時計を優しく撫でた。

 

「……どうやら、あんたには聞かなくてはならないことが山ほどあるようだ。はじめよう、繰り返される『1分間』の質問……いや拷問をなッ!」

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

杜王町の殺人鬼『吉良吉影』。

俺の姉を殺した男。

いや、俺の姉だけではない、この町の住民を次々と殺した男。

男は獲物を狩る獣のように殺人を犯していったのだろう。

 

小林玉美からは引き出せるだけの情報を引き出した。

ただし、小林玉美も直接吉良吉影と対峙したことはなく、あとで人から聞いた話だという。

当然だろう。

話を聞いてそう思った。

直接対峙していたなら、小林玉美はもうこの世にはいないはずだ。

吉良吉影は、俺にそう思わせるような恐ろしい男だった。

 

男のスタンド能力は『触れたモノを爆弾に変える能力』。

殺された多くの人間は文字通りこの世から『消された』に違いない。

証拠を残さぬよう跡形もなく。

俺の姉もおそらくは……

 

男の真に恐ろしいところは、『スタンド能力』ではない。

それは、この町に完全に『溶け込んでいた』ことだ。

男は、きっと何喰わぬ顔で『普通』な日常を送っていたに違いない。

俺と姉が手にすることのなかった『普通』な日常。

争いを避け、トラブルを避け、決して目立つことなく。

ただ『心の平穏』だけを願って、静かに…静かに…。

殺気を振りまく獣などではない。

むしろ『植物』のような安らかな心で生き、殺人を犯していたのだろう。

 

だが、見つかった。

この町を守ろうとする人間に。

そして、倒された。

 

そっと腕につけた時計の『こげ跡』をなぞる。

姉が生きているという微かな希望は無くなった。

この手でヤツを始末することももうできない。

 

俺の『復讐』はこれで終わってしまったのだろうか?

いや、そうじゃない。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

知っているだろうか?

 

百獣の王ライオンの赤ん坊は、目を開くのにさえ数日、歩き出すに至っては数週間を要するという。

何故か。

それは、たとえ敵がいようとも自分を守ってくれる存在がいるからだ。

自分で自分を守らなくても、守ってくれる存在がいる。

もちろん、赤ん坊自身は自分が守られているだなんてこれっぽっちも思っていないのだろうが。

そのことが自らを守ろうという意識を減退させ、成長のスピードを遅くしているとは考えられないだろうか?

 

一方、草食動物。

例えばシマウマや羊なんかは、産まれて5分もたたないうちに自分の足で立ち上がり、歩き始める。

それは、天敵である肉食獣から逃げなくてはならないからだ。

自らが『狩られる側』であることを本能的に理解しており、 自分の身は自分で守らなくてはならないという強い精神のあらわれだ。

 

この町の住民は『草食動物』であるべきだった。

自らの意思で、自分自身や、自分の周りの大切な人を守ろうとする『草食動物』であるべきだった。

だが、この町を『守る者』が、人知れずこの町を『守り続ける者』の存在が、この町の住民の成長を止めてしまった。

永遠に眠り続ける『眠れるライオン』の精神に変えてしまったのだ。

 

自分の周りの異常な事態にも気付かない、あるいは気付いていながら見て見ぬふりをする。

それが、どれだけ危険なことかも知らずに。

いずれは自分の首を絞めることになるのだと考えもせずに。

それが、異常な殺人鬼『吉良吉影』をこの町に溶け込ませた原因なのではないか。

この町こそが、『吉良吉影』を生んだのではないか。

 

殺人鬼『吉良吉影』は俺の手で始末することはできなかった。

しかし、『この町を目覚めさせる』という俺の『復讐』はまだ終わっていない。

状況は変わったが、『順番』は変わらない。

 

『東方仗助』

『虹村億泰』

『岸辺露伴』

『空条承太郎』

 

小林玉美から聞き出したこの町を『守る者』たちの名前。

こいつらも、俺と同じく『スタンド使い』だ。

 

『守る者』がいなくなれば、この町は『目覚める』はずだ。

目覚めざるをえなくなるはずだ。

 

情報を集めなければ……

 

俺の真の『復讐』はここから始まる。

 

 

TO BE CONTINUED…



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第3章
片平楓の決心


『仲間』

この言葉の重さを、僕ははじめて知った気がする。

彼らは…僕の新しい友達は戦っていたのだ。

とてつもない邪悪から、この町を守るために……誰に知られることもなく。

 

『スタンド能力』

普通の人には、見ることさえできない特別な力。

その力を用いた邪悪な行為は、この国の法律や警察なんかでは裁くことができない。

『スタンド使い』は『スタンド使い』が裁くしかない。

彼らは『力を持つ者』として、その責任を果たしていたのだ。

 

僕は……能力に目覚めてから今まで、一体何をしていたんだ……。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

僕の父は優しい男だったが、決して賢い男ではなかった。

そして母は、美しい女だったが、いい母親とは言えなかったようだ。

父は若い母と恋に落ち、そのまま流れるように結婚した。

二人の間に、真の愛情があったかどうかは定かではない。

若くて美しい母は、結婚してからも毎晩のように夜の街へと繰り出し、父はそれを笑顔で送り出していたという。

全く、お人好しにもほどがある。

 

そうして僕が生まれた。

今思えば、僕が本当に父さんの子なのかどうかも疑わしい。

母は僕が生まれて間もない頃、父に

 

「エジプトへ行くわ」

 

と言い残して出て行った。

一応、友達と旅行に行くという名目だったらしい。

幼い僕をほったらかしにして……。

それから、母がこの町に戻ることはなかった。

父は絶望した。

何か事故に巻き込まれたのではと捜索願を出したが、行き先が海外ということもあって母は結局見つからなかった。

もう一度言うが、母は決していい母親ではなかった。

僕は父からこの話を聞くたびに、母は自分の意思で戻らなかったのではないかと考える。

もちろん父には口が裂けても言えないが。

 

母を失った父は悲しみにくれ、何日も食事をとらず、日に日に衰弱していった。

心も体も弱りきった父は、とうとう幼い僕と共に心中することを心に決めた。

 

だが決心したその晩、赤子の僕は突然大声で泣き出したかと思うと、40℃を超える高熱を出して寝込んでしまった。

父は、どうせ死ぬなら安らかに、この子の熱がひいてからと、僕の看病をした……

 

父は僕の看病をしているうちに、また、生きたいと思えるようになったらしい。

 

「お前を抱きかかえて…お前に触れていると、不思議と『自信』が湧いてきたんだ。生きる『勇気』が湧いてきたんだよ」

 

と、父はこの話の締めくくりに必ず言う。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

きっとこの頃に僕の『スタンド能力』は、目覚めの兆候があったのだろう。

でも思い返せば、僕が他人のために能力を使ったのは、これが最初で最後だったのかもしれない。

『他人に精神エネルギーを与える能力』

自分自身には使えない能力であるにも関わらず…だ。

 

誰かのために使っても、誰にも気づかれない。誰からも感謝されない。

そんなことばかり考えて、僕は知らず知らずに自分の能力を自分で遠ざけていたのだろう。

【ギヴ・イット・アウェイ】

そんな無責任な名前をつけて、『力を持つ者』が果たさなければいけない責任から逃げていたのだろう。

でも、僕は知ってしまった。

同じ能力をもった『仲間』がいることを。

誰にも気づかれなくても、感謝されなくても、この町を守り続けてきた『仲間』がいることを。

そして、この能力を恐ろしい目的のために使おうとする人間がいることを。

 

この町の人間でないにも関わらず、町を救ってくれた人がいたという。

年老いてなお、大切な人を守ろうとした人がいたという。

そして、この町には、自ら信念をもってこの町を守っている人たちがいる。

太陽のように輝く、『黄金の精神』をもって戦う人たちが……。

 

今の僕には一体何ができるだろう。

 

僕は……

 

僕は……

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

杜王町のはずれ。

商店街から離れた場所に、この町で亡くなった人たちが眠る霊園がある。

そしてその霊園のそばには、その場所に似つかわしくない、ある料理店が建っている。

クラシックな外装の建物には外国語で書かれた看板がかかっており、煙突からはもくもくと白い煙が上がっていた。

 

レストラン「トラサルディー」

本格的なイタリア料理が食べられる店らしいけど、店内に入るのは初めてだった。

オシャレな店っていうのは僕には少し敷居が高い。

ドアを開けると「チャリーン」という涼やかなベルの音が迎え入れてくれた。

店内は広くはないが狭いとも感じない。テーブルは二つしかなく、そこには康一くん、そして未だに怖い顔が見慣れない三白眼の青年と、不良っぽいのにやたらと透き通った目をしたリーゼントの青年が座っていた。

 

「遅れてごめんね康一くん。それに億泰くんに仗助くん、久しぶりだね」

 

久しぶりに会う友人たちが、それぞれに僕のあいさつに応える。今日はこの3人が僕をこの店に招待してくれたのだ。

 

「いや、こちらこそ急に呼び出してごめんよ。最近は由花子さんが離してくれなくて…ゆっくり話す時間がなかったからさ。それに最近、楓くんの元気がないみたいだったし……」

 

康一くんが申し訳なさそうに頭をかく。

『由花子さん』と言うのは康一くんのガールフレンドの山岸由花子さんのことだ。

ぶどうヶ丘高校の中でもかなりの美人の部類に入る女の子で、康一くんから二人が付き合っているという話を聞いたときは驚いた。

でも実は性格の方がかなり過激らしい。

今年のクラス替えで康一くんと同じクラスになれなかった彼女が、学年主任の先生を半殺しにしかけたのを必死で止めたという話を聞いたときはちょっと信じられなかった。(それでも前よりはずいぶんマシになったらしいけど…)

僕は康一くんに彼女がいると知ってからは、高校生活最後の一年間は彼女と楽しく過ごして欲しいと思い、少し距離を置いていた。

だけど、そんな中でも僕のことを気にかけてくれていたことを正直うれしく思った。

なにより、康一くんらしいと思った。

 

「楓よぉ、元気がないときはうまいもんを食うのが一番だぜぇ! へっへっへ!」

 

億泰くんは、料理を食べるのが待ちきれないといった感じだ。

 

「何を悩んでるのかは知らねぇがよぉ楓、ここの料理は間違いねぇぜ。まぁ座れよ」

 

仗助くんは隣にある椅子をドンと引いて、僕に座るよう促した。

 

「ありがとうみんな…僕のために」

 

店のシェフは背の高い外国の方で、「いらっしゃいマセ」と礼儀正しく挨拶をすると、僕の手をとってじーっと見つめた。

それから、占い師のように「これハ…」とか「フ~ム」とかつぶやくと、ニコッと微笑んで店の奥へと戻っていった。

康一くんたちは顔見知りらしく、この不思議な行為への対応も慣れたものって感じだ。

イタリア料理店ではこれがマナーなのか……今後のために覚えておこう。

 

料理が運ばれてくるまでに、出された水を飲む。

その水はただのミネラルウォーターのはずなのに、すごく美味しかった。

だが僕は水を飲んだとき、ある異変に気がついた。

 

「あれ?」

 

僕の席のテーブルクロスにシミができている。

水をこぼしたような、そんなシミだ。

雨漏りでもしているのかと思った僕は天井を見上げた。

おかしなところはない。

もう一度テーブルに目をやると、シミは大きく広がっていた。

テーブルのシミがだんだんと広がっていく

それにつれて、なんだか視界までぼやけてきた。

 

「何だこれ? ん?あれぇ」

 

何気なく目をこすると、僕の顔がぐっしょり濡れていた。

そこでようやく、僕はテーブルにシミを作っているものの正体が僕の『涙』であることに気付いた。

 

「あれ? あれ? 涙が…止まらないぃぃぃ!」

 

とめどなく溢れ出る涙。

周りを見ると、億泰くんと仗助くんも僕と同じ症状だった。

涙を流しすぎて、目がショボショボとしぼんできてしまっている。

 

「どうなってるの?康一くん!」

 

康一くんだけはいたって普通で、何事もないようにグラスの水を飲む。

 

「大丈夫だよ、そろそろ止まるはずだから。昨日は夜更かししたみたいだね」

 

数秒後、康一くんの言うとおり涙はピタリと止まった。

そして、眼球を取り出してまるごと炭酸水で洗ったような爽快感と、スッキリとした気分だけが残った。

 

「くぅーッ!このために昨日徹夜した甲斐があったぜぇ~」

 

「俺も母ちゃんが寝た後、夜通しゲームしたもんねッ!」

 

億泰くんと仗助くんは、まるでこうなることがわかっていたかのような口ぶりだ。

 

「どういうこと?」

 

僕は康一くんに尋ねた。

 

「この店のシェフのトニオさんもね『スタンド使い』なんだ。彼の料理を食べると体の不調が治るんだよ。もちろん、トニオさんの料理の腕が一流だってのもあるんだろうけどね! 今の水は寝不足の人に効く水らしいよ」

 

それから運ばれてくる、料理はどれもこれも今まで味わったことがないくらい美味しかった。

僕が料理を食べているんじゃない、料理が僕のために食べられてくれていると思えるくらい僕の口に合う料理たち。

そんな、料理からは、間違いなく作った人の愛情を感じた。

億泰くんが、料理を口に入れるたびに「ンまあーいっ!」と叫んでは、ベテランのグルメリポーターのように味を解説するのを見て僕らは笑った。

 

でも……笑いながらも僕は全く別のことを考えていた。

この店のシェフ、トニオさんも自分の『能力』を人のために使っている。

料理を食べたお客様に喜んでもらうことを最大の幸せだと感じている。

近くの霊園を訪れて悲しみにくれたこの町の住民が、この店に立ち寄り、彼の料理を食べて癒されることもきっと少なくないだろう。

そう言った意味では、彼もまたこの町を『守っている』のかもしれない。

それなのに僕は……

 

「おや? ワタシの料理、お口に合いませんデシタカ?」

 

先ほどまで厨房で鼻歌を歌っていたシェフが、いつの間にか隣にきて心配そうに声をかけてくる。

 

「いえ、とっても美味しいです……」

 

「アナタ、体調よりも『心』が弱っているように見えマシタ。ですカラ、気分がリフレッシュするようなハーブを使った料理をたくさんお出ししたのデスガ…」

 

「料理は美味しいんです、とっても…ただ……」

 

トニオさんが厨房へデザートを作るために戻ったあと、僕は皿に残った料理を口の中に放り込むと、みんなに向かって僕がここ数日間で心に決めたこと、僕の決心を話す覚悟を決めた。

 

「みんなに教えてもらいたいことがある。みんながこれまで出会った『スタンド使い』について……君たちのこれまでの戦いについて聞かせて欲しいんだッ! みんなの戦いの『歴史』を……僕は知らなきゃならないッ!」

 

急に立ち上がった僕をみて、三人は言葉を失った。

康一くんが、その場を取り繕おうとする。

 

「楓くん、僕がこの間言ったことなら全然気にしなくてもいいんだ。僕もつい言っちゃったっていうか……君の気持ちもよくわかるんだよ」

 

僕は、左腕のスタンドを発動させた。

 

「違うんだ康一くん。僕は自分にこんな特別な力がありながら、今まで何もしてこなかった。何も……。でも、君たちと出会って、この『力』を使ってこの町を守る君たちと出会って、僕はそれが『恥ずべき行為』だってことに気づいたんだ。『できることがあるのにやらない』ってのは、『恥ずべき行為』なんだってことにね」

 

3人はなにも言わずに僕の話を聞いてくれた。

その頭上を、静かにテントウムシが飛んでいた。

 

「僕のこんなちっぽけな『力』が何の役に立つのか分からない。でも、何もしないのはもう嫌なんだッ! 僕も君たちのように、誰かのために、この町のために『力』を使いたいんだよッ!……そうじゃなきゃ君たちのことをとても『仲間』だなんて言えないッ!」

 

僕の目からは、知らないうちに涙が流れていた。

さっきのミネラルウォーターを飲んだときとは違う、熱い涙が……

 

しばらくの沈黙を破って、口を開いたのはリーゼントの青年だった。

仗助くんは僕の目をしっかりと見つめると、一言、こう言った。

 

「グレートだぜ……楓!」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

僕らが店をあとにする頃、あたりはすっかり夜になっていた。



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殺しの順番

町の街灯に明かりが灯り、闇が杜王町を包んでいく。

通りがかったコンビニ『オーソン』の前には、制服を着崩した不良たちがたむろしていた。

辺りを煌々と照らすオーソンの看板の周りに集まって、くだらない話をしたり、たばこを吸ったりしているそいつらの様子を見て、夏の夜に蛍光灯に集まる蛾と同類だと感じる。

あれが『普通』の幸せなのか?

俺は、一瞬立ち止まり、『スタンド』を発現させたが、思い直して歩き出した。

『順番』は変えてはならない。

俺は、目的地に向けての歩みを進めた。

 

小林玉美から聞き出した名前のうち、聞き覚えのある名前が一つあった。

 

『岸辺露伴』

 

数年前から、この町に住んでいるという噂の『漫画家』だ。

俺がよくつるんでいた友達も、そいつの漫画を読んでいたらしく、よく第何部が好きだとかいう話で盛り上がっていた。

 

「はじめは絵に抵抗があるんだけど、だんだんそれがクセになるっていうかさ。引き込まれるんだよなあ」

 

なんてことを言っていた。

 

俺は今、その漫画家が住むといわれている家へ向かっていた。

近くの住民に場所を聞くと、苦労することなく、その家の場所は分かった。

有名人だからといって、特に隠す気もないようだ。

まあ、その家を訪ねても大体居留守を使われるらしいが。

 

杜王町には大きな一軒家がたくさんあるが、その家も例に洩れず一人で住むには持て余すほどの大きさをしていた。

加えて、洋風をきどった趣味の悪い外観が俺をイラつかせた。

ご丁寧にも「岸辺」と大きく書かれた表札がかけてある。

どうやら間違いなさそうだ。

 

話によると、岸辺露伴は長期的な取材旅行中で、しばらくこの町には戻らないらしい。

ちょうどよかった。

小林玉美の話によれば、岸辺露伴は性格も、その能力もなかなか厄介な相手だという。

『人の体を一瞬にして本に変えてしまう能力』

さらに、その『本』に命令を書き込むと、その命令通りに相手を操れるらしい。

 

恐ろしい能力だが、俺にはいまいちイメージが沸かなかった。

小林玉美の話は、「実際に見たわけじゃないが」とか「人から聞いた話では」といった曖昧なものが多く、正確性を欠いていた。

岸辺露伴は漫画家だ。

小林玉美よりは、多くの情報を集めているかもしれない。

少しでも『スタンド使い』の具体的な情報が得られればとの訪問だった。

もちろん無断の訪問ではあるが。

 

立派な入口のドアから、堂々と家の中へと侵入することにする。

スタンドを発動させ鍵を破壊しようとしたが、ドアノブをひねるといとも簡単に扉は開いた。

鍵は掛かっていなかった。

普通の泥棒ならここで「不用心な奴め」とほくそ笑むのだろうが、俺にはなぜか「この家からものを盗むだって? フン、できるものならやってみるがいいさ」と家主が挑発しているように感じた。

 

屋内に並ぶ洒落た家具の数々を眺めながら二階へ上がると、そこには一部屋だけ明らかに雰囲気の違う部屋があった。

ここが『仕事部屋』というやつらしい。

部屋には、見たことのない種類のペンや、画材、膨大な資料が立ち並んでいた。

何かの賞に対して贈られたであろうトロフィーや盾も山ほどあったが、それらは部屋の隅へと押しやられていた。

まるで、そんなものには興味も価値も無いとでもいわんばかりに。

部屋にあるものは全て、家主が『仕事』をしやすいように機能的に配置されているように感じられた。

 

前もって情報を得るため、家を訪れる前に『ピンクダークの少年』というこの男の書いた漫画を読んだ。

漫画というものは、ほとんど読んだことが無かったが、この男の漫画には吸い込まれるようなストーリーと、人によっては嫌悪感を抱かれかねない独特かつ魅力的な絵、そしてなにより『リアリティ』があった。

自分の生きている現実と、漫画の世界観がごっちゃになってしまうような錯覚に陥るようだった。

それが、この男の実力なのか、あるいは『能力』によるものなのかは分からなかい。

だが、人を引き付ける力があるのは間違いない。

漫画を読んでどんな男なのかと気になってはいたが、なるほど、この部屋からは『岸辺露伴』のそこはたとない『プロ意識』のようなものを感じる。

小林玉美の言うように、敵にまわすと厄介なタイプの男だということは十分に理解した。

 

俺は目に付く棚から手をのばし、部屋にある資料の一つ一つにさっと目を通しては床に投げ捨てる。

部屋の床が資料で埋め尽くされていく。

 

「そろそろか…【ワン・ホット・ミニット】」

 

俺は『時間』が来ると、スタンドを発動させた。

するとあとには、訪れた時と同じように片付いた部屋と『記憶』だけが残った。

 

そんな情報収集と『片付け』を繰り返し、『スタンド使い』についての情報を探していく。

だが、ほとんどが専門的なことが書かれた知識書や、おかしなアングルのポーズを撮った写真集ばかりで、俺の期待するような情報は書かれていない。

 

「無駄足だったか……」

 

そう言って、ため息混じりに横の本棚に寄りかかる。

すると、その忍者のからくり屋敷のように本棚がスライドし、奥の壁から金庫が現れた。

 

「ほう、漫画家の家ってのは、なかなかおもしろいところだな」

 

金庫を破壊し中を見る。

すると、使い古されたノートが何冊か入っていた。

どれも表紙には何も書かれていないが、ずいぶんと使い込まれたノートだ。

ノートの中身を見て、俺はうっすらと笑みを浮かべた。

この漫画家にとって、金庫に隠すほど重要なものは金や通帳などではなく、漫画になりそうなネタということらしい。

 

ノートには、俺が欲していた『スタンド使い』についての情報がびっしりと書かれていた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

『岸辺露伴のノート』によると、小林玉美の言っていた『空条承太郎』という男はこの町の人間ではなく、現在もこの町にはいないらしい。

もしも、戦うことになるならば『順番』は最後になるのだろう。

 

また、この町には、『スタンド使い』が数多くいることもわかった。

俺に『仲間』は必要ないが、何かの役に立つかもしれない。

調べておいて損はないだろう。

 

問題は……

 

「虹村億泰と……東方仗助……か」

 

アドレス帳のように見やすくまとめられたノートのそれぞれの項には、写真と簡単なプロフィール、岸辺露伴が描いたであろうスタンドのスケッチと、その能力について事細かに書かれていた。

 

まずは、虹村億泰の項を見る。

そこには初めに。

 

「スタンド能力は恐ろしいが、スタンド使いが間抜け。よって僕の脅威にはならない」

 

と書かれていた。

 

虹村億泰のスタンド【ザ・ハンド】は『空間を削り取る』という能力をもつという。

果たして『空間』を『削り取る』という表現が日本語的に正しいか。

そんな、概念は『スタンド能力』を説明する上では必要ない。

とにかく、【ザ・ハンド】が削り取ったものは空間ごと何処かにいってしまうのだそうだ。

どこに行くのは誰も知らない。

知る必要もないのだろう。

どうせ戻って来ることなどありえないのだから。

削ることができるのは『右手』だけ。

岸辺露伴は「脅威にはならないと書いているが」片手だけでも十分すぎる脅威だ。

なんとかしてその能力を『封じる』ことができないだろうか。

 

億泰の項をあらかた読み終わると、同じ名字の男が書かれていることが気になった。

『虹村形兆』

億泰の実の兄。

 

「こいつは…」

 

写真はなかった。

しかし、情報を見ると、この男『虹村形兆』こそが、スタンド能力を発現させる『弓と矢』を用いてこの町の『スタンド使い』を増やした元凶であり、俺を矢で貫いた男ということがわかった。

だが、自分の生み出した『スタンド使い』によって既に殺されているとも書かれていた。

俺の前に姿を現さなかったのはこういうわけだったようだ。

心中に、複雑な感情が渦巻いた。

 

そして、東方仗助。

仗助の【クレイジー・ダイヤモンド】

とてつもないパワーと、ものを治す力を併せもつスタンド能力。

両極にあるはずの破壊と再生。

この二つが共存することなどありえるのだろうか。

いや、あるいは「破壊があるから再生があり、再生があるから破壊が生まれる」といった具合に、この二つはコインの裏と表のような関係なのかもしれない。

どちらにせよ、それらを一身に備えるスタンドに興味がわいた。

東方仗助の項は、そのほとんどが岸辺露伴による東方仗助への恨みつらみで埋められていた。

だが人間性こそ気に入らないが、その能力には一目置いているということが伺えた。

 

敵は思ったよりも手強いようだ。どちらもいっぺんに相手をするには、こちらに分が悪い。

ノートを見る限りでは、少なくとも岸辺露伴とこの二人は『仲間』というわけではないらしいが、虹村億泰と東方仗助には百戦錬磨のコンビネーションがあるようだ。

二人を同時に相手にするのは分が悪い。

一人ずつ、確実に仕留めなければならない。

 

まだまだ情報は必要だが、大切なのは『順番』を決めて、それを守ること。

そうすれば、俺が負けることはない。

 

さて、どちらを先に始末するべきか……



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東方仗助の生き様

レストラン「トラサルディー」の誓いの日から数日、杜王町はいつも通りの平和な日々が流れていた。

僕がこの町を守ると意気込んだところで、都合よく悪いスタンド使いが現れるなんてことはない。

もちろん、それが一番いいに決まっている。

でも心の何処かで「何か起こればいいのに」と考えている僕がいた。

きっと、早く何かしらの手柄をあげて『彼ら』と本当の意味での『仲間』になりたいと考えていたのだろう。

実績をあげれば彼らと対等な関係になれる、そんな愚かな考えが僕の小さな頭を支配していた。

 

高校3年生だというのに、授業の内容は全く頭に入ってこない。

チョークが黒板を叩く音が、ただただ眠気を誘うだけだった。

僕の斜め前の席では、康一くんが一生懸命ノートをとっている。

そしてその後方に視線を移すと、大きなリーゼントがコクリコクリと揺れていた。

机に肘をつき、足を組んで堂々と眠る仗助くんには、いつもながら感心させられる。

周りの視線など一切気にしていない。

それにしても、仗助くんのたくましい腕をもってしてもワックスやら何やらで固められた大きな頭は、支えるのが大変そうである。

僕はいつだったか、仗助くんに「いっそ、うつ伏せになって眠った方が楽なんじゃない?」と尋ねことがあった。

すると彼からは「それじゃあ髪型がくずれちまうだろ?」という答えが返ってきた。

仗助くんはその髪型に、特別な思い入れをもっているのだ。

 

僕が彼に対してもっていた『恐ろしいジョジョ』というイメージの誤解が解け、仗助くんたちとうちとけてきた頃。

康一くんから、たとえ親しい間柄になったとしても、仗助くんと付き合うときには一つだけ『気をつけなければいけないこと』があると聞いた。

「東方仗助の取扱説明書」があったら『WARNING』の項に書かれている、絶対に守らなくてはならない注意事項。

それは、彼の『髪型をけなしてはいけない』というものだ。

彼の『リーゼント』は馬鹿にしてはいけないのだ。

それには、こんな理由があるらしい……

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

1987年の冬。

その日、杜王町は記録的な大雪に襲われていた。

開発途中で、まだ人通りのほとんどない農道に、一台の乗用車が止まっていた。

車の助手席には、幼い東方仗助が息も絶え絶えにうずくまっていた。

おそらく、東方仗助がこれほど弱りきったのは後にも先にもないだろう。

東方仗助の母は、突然高熱を出した息子を心配し、病院へ運ぼうと大雪の中、車を走らせた。

息子への愛から生まれたその行動は間違いではなかったが、結果はそうとは言えなかった。

深い雪にタイヤはとられ、息子を乗せた車は前にも後ろにも進むことができなくなってしまったのだ。

どれだけアクセルを踏み込んでも、タイヤが虚しく空回るばかりだった。

 

そんな状況を救ったのは、学ランを着て、頭をリーゼントに固めた『少年』だった。

少年は、今しがた喧嘩でもしてきたのかというようにボロボロで、顔に青痣を作り、唇は切れ、血を流していた。

母はとっさに警戒したが、『少年』がとったのは意外な行動だった。

「その子……病気なんだろう?車押してやるよ」と言うと、着ていた学ランを脱ぎ、空回る後輪の下にそっと敷いたのだ。

そして車の後ろに回り車を押す『少年』に合わせて、母が祈りを込めてアクセルを踏むと、車は動き出した。

 

当時4歳の東方仗助は、盲ろうとする意識の中でその光景を見つめていた。

その後、無事病院にたどり着いた仗助は、それから50日間意識を失うことになるが、その深層意識の中では、自分の勲章であろう学ランを、なんのためらいもなくタイヤの下に敷いた『少年』の行動が巡っていたに違いない。

そうして『少年』は、ごく自然に、当たり前に、東方仗助の『あこがれ』となり『生き方の手本』となった。

 

リーゼントをバカにされるのは、『彼』をけなされるのと同じこと。

東方仗助の『生き方』をけなされるのと同じこと。

東方仗助のリーゼントには、彼の生き様がこめられているのだ。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

放課後、下足置き場で康一くんと合流する。

普段はバス通学だが、康一くんと帰るときは一緒に歩くことにしている。

康一くんは、学校の自転車置き場においてある、大事に手入れされたマウンテンバイクに鍵がかかっていることを確認すると、僕と並んで歩き始めた。

 

「仗助くん、まだその恩人に会えてないんだよね?」

 

僕は退屈な授業中に浮かんだ疑問を、康一くんになげかけてみた。

 

「仗助くんのお母さんがお礼を言いたくて探したみたいだけど、結局見つからなかったらしいよ」

 

「仗助くん自身は探したりしてないのかな?もしかしたら、僕にも手伝えるかもしれない」

 

「僕も聞いたことがあるよ『今でも会いたい?』って。仗助くんは『少しこわい』って話してくれた。会いたい気持ちもある反面、憧れの人を知ることがおそろしくもあるってね」

 

あの東方仗助にもおそろしいと思うことがあったなんて……

何にでも勇敢に立ち向かう男。

それが僕の東方仗助のイメージだった。

信じられないという顔をしていると、康一くんはこう付け加えた。

 

「でも、こうも言っていたよ。『正体を知るチャンスがあれば、絶対に逃さない』ってね」

 

そう言った康一くんはどこか誇らしげだった。

 

 

 

……そのときだった。

 

ドンッ!

 

僕らの間を割って、一つの黒い影が走り抜けて行く。

遅れて、後ろから女性の悲鳴が聞こえた。

 

「キャーッ!『袋男』よッ!男の子の鞄が盗られたわ、誰か捕まえてぇッ!」

 

康一くんと視線を合わせる。

 

「今の、もしかして…」

 

「行こう!楓くんッ!」

 

僕らはその場に、担いでいた鞄を投げ捨て走り出した。

黒い影を追う僕の心臓は、緊張から、バスケットボールをドリブルしているように激しく脈打っていたけど、同時に僕は……不謹慎にも「チャンスだ」とも考えていた。



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袋男①

「ねーねー聞いた?また出たらしいよ『袋男』」

 

「何?『袋男』って?」

 

「あんた知らないの?最近この町に出る怪人のことよ。肩に袋を担いだ男で…いや、頭に袋をかぶっただったかな?」

 

「何それー」

 

「もうッ、どっちでもいいわよ。とにかく、その男が杜王町の不良やこわいお兄さんなんかを懲らしめてるらしいの」

 

「なんだ、いいやつじゃん!」

 

「それがそうでもなくて……このところは警察官からその辺の民間人まで、強そうな奴らは見境なく被害が出てるらしいのよ」

 

「ここのところって……どうしてそんなに目撃されてるのに捕まらないの?警察も動いているんでしょ?」

 

「そこなのよね。なんでも『袋男は絶対に捕まえることができない』んだって。『袋男』を捕まえようとした人はもちろん、襲われた本人でさえ、自分が何を追っていたのか、何に襲われていたのかを『覚えてない』んだって……」

 

「へッ?じゃあなんでその『袋男』ってのが噂になってるの?覚えてる人がいないんじゃ噂になりっこないじゃん!」

 

「そこが都市伝説の不思議なところなのよねぇ……」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

僕が耳にした『袋男』の噂はたしかこんなところだ…

 

「楓くん、君の話の通りなら、おそらく今僕たちが追っている男は……」

 

「うんッ!『スタンド使い』の可能性が高いだろうね」

 

『絶対に捕まえることができない男』

どんな能力かはわからないけど、僕たちなら……同じ力をもつ『スタンド使い』なら捕まえられるかもしれない。

 

何十メートルか先、僕らはようやくその視界に黒い影を捉えた。

 

「【エコーズ】」

 

「【ギヴ・イット・アウェイ】」

 

僕と康一くんが、同時に自らのスタンドの名を叫ぶ。

トカゲとテントウムシに足元をすくわれ、逃げていた男はその場に転がった。

 

「追いついたぞッ! 『袋男』! さあ、そのカバンを返すんだッ!」

 

息を切らしながら、康一くんが黒い影に向かってどなる。

それに反応して、男がこちらへと振り向いた。

振り向いたその男は、まさに『袋男』という呼び名にふさわしい格好をしていた。

頭に四角い紙袋をかぶり、袋に空いた二つの穴からは血走った目が覗いている。

小さな子どもが、ヒーローを真似て自作したかぶり物をかぶっているようだった。

しかし、男自身の体は鍛えられているようには見えず、ひょろひょろでなんだか僕でも倒せてしまえそうだ。

 

「もう、逃げられないぞッ!」

 

男を見て少し安心した僕は、袋をかぶる貧相な男を威嚇した。

走ったからなのか、緊張からか、心臓はバクバクと激しく脈打っていた。

男は袋に遮られた、くもった声で話し始めた。

 

「お前ら、なんだ『ソレ』は?」

 

袋男は僕らのスタンドを指さした。

 

「まさか、お前たちも俺と似たような『能力』をもっているのか?クックック!だけど、お前たちに俺の『復讐』の邪魔はさせないッ!……うおぉぉぉぉッ!」

 

男は立ち上がり叫び声をあげる。

それに呼応するように、『袋男』の隣に半透明の『小男』が現れた。

 

『小男』の頭部は、ジェット機のパイロットがかぶるヘルメットが変形したような形をしており、『袋男』と同じくその表情は見えない。

腕につけた手枷からは、つながれていたのを無理やりに引きちぎったような鎖が垂れてジャラジャラと音をたてていた。

本体の男とは対照的に筋肉質な体をしており、燃えるような赤い身体をしていた。

 

「やっぱり、『スタンド使い』!」

 

僕が叫ぶ。

強力なパワーをもっていそうな『スタンド』のヴィジョンに、再び緊張感が高まった。

 

「来るよッ!楓くん気をつけて!」

 

康一くんの声に合わせたように、『袋男』のスタンドは、「ウケケ」と不気味な声を発するとこちらに向かって突進してきた。

 

「速いッ!」

 

ガードする間もなく、康一くんの腹部に敵スタンドの拳が入る。

 

「康一くんッ!」

 

手練れの格闘家のようにステップを踏んだそのスタンドは、うずくまる康一くんの背中を踏み台にすると、続け様に僕の脳天にかかと落としを決めた。

 

「ぐぅッ!……ってあれ?痛くない」

 

攻撃を食らった。

しかし、全く痛くない。

血が出るどころか、こぶにすらなっていなかった。

そのダメージはせいぜい虫に刺された程度だ。

たしかにスピードはあるが……。

まさか、こいつ…弱い?

 

「大丈夫かい? 康一くん」

 

「ああ……」

 

康一くんにもダメージはないようだ。

噂では、強い人間ばかりを狙っていたということだったから、危険な『スタンド使い』なのだと想像していた。

しかし、実際こうして対峙してみると、スタンド使いもそのスタンドも、保育園児くらいのパワーしかないようだ。

こちらを睨む男を見ると、クオリティの低いヒーローごっこに付き合わされている気分になった。

きっと、この『袋男』は今までスタンドが普通の人には見えないことをいいことに悪さしてきたのだろう。

だけどその程度にすぎない。

スタンドが見えるぼくらには通用しない。

 

「康一くん、この『スタンド』たいしたことないよッ! これなら『スタンド』が見える僕らなら何とかなる。さぁ、捕まえようッ!」

 

僕は嬉々として康一くんを見たが、彼は必死な表情をしていた。

袋男を睨みつけ、額からはダラダラと汗が流れていた。

 

「ああ…わかっているんだ、こいつを捕まえなきゃってことはッ! もう『すで』に何度もそうしようとしている!でも……できないんだッ! こいつに攻撃をしようって気が全くおきないんだよぉッ!」

 

汚れた紙袋の中で、『袋男』の目がギラリと光った気がした。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

はじめは康一くんが何を言っているのか全くわからなかった。

しかし、その兆候はすぐに僕にもおとずれた。

 

「なんだ…?こいつを捕まえなきゃいけないってことはわかっているのに、攻撃をする気になれない……」

 

自分の身体なのに自分の身体じゃないような感覚だった。

僕の身体は僕のコントロールを外れて、全くいうことをきかない。

脳から発信される命令を、身体が完全に無視しているみたいだった。

男のかぶった紙袋が小刻みに揺れる。

笑っているのか?

 

「くっくっくっ! 俺の攻撃はもう終わった。お前らはもう俺を捕まえることができない」

 

「どういうことだッ?」

 

僕は、不敵に笑う男につっかかった。

 

「なぁ~お前らよぉ? 今、俺のことを『ナメた』よなぁ? 俺のこと『弱い』って思ったんだろぉ? 海岸に打ち上げられたイルカを見るような憐れんだ目で俺を見やがってよぉ~」

 

康一くんが握った拳から汗がたれる。

 

「だが、それがいいのよぉ。たしかにお前らの思ったとおり俺は非力な人間さ、ご覧の通りよ。でも、おかげで俺は逃げ切ることができる」

 

男は、可愛がるように自分のスタンドの頭を撫でた。

 

「俺の能力は【マーシー・マーシー】(おお慈悲よ) 。俺のことを『憐れんだり、同情したりしたやつは、俺に危害を加えることができなくなる』 攻撃はもちろん、追いかけることもなぁ!」

 

「そんな…能力があるなんて…」

 

スタンド能力は多種多様。

スタンド使い同士の戦いでは、スタンドの単純なパワーやスピードよりも、『能力』が勝負を決することがある。

そのことは、仗助くんたちから話を聞いていて知っていた。

僕はそれを今、身をもって実感していた。

 

「はぁ~お前もチビのくせに俺のことをナメやがってよぉ~。まあ 大概の野郎は、俺の姿を見ただけで『ナメ』てくれるがなぁッ! だが、そっちの金髪のチビは俺を『警戒』していたぜッ!」

 

康一くんに目をやると、康一くんはギリギリと奥歯を噛みしめていた。

 

「でもよぉ~『コイツ』の攻撃を受けて…ハデな姿をしているわりに、全然痛くねぇ攻撃を受けて『油断』しちゃったんだよなぁ。あれ、たいしたことないんじゃないか?ってよぉ~。見下してくれちゃったわけだ~。惜しかったな、『緊張と緩和』ってやつだぜ。どうやら、戦い慣れしているようだが、今回は俺の能力が見えることが仇となったなぁッ!」

 

『袋男』の隣で、【マーシー・マーシー】と呼ばれたスタンドは空手の型のような動きをした。

『袋男』は、はりきるスタンドをなだめるよう頭をポンポンとたたいた。

 

「さて、俺はこのまま逃げさせてもらうぜ。この能力は、こう見えて『戦闘向き』じゃなくて『逃走向き』だからなぁ。ああ言っとくが、このあと俺を探そうとしても無駄だぜ。俺を探すって行為は俺に『危害を加える』ってことだからよぉ。このまま俺を見失えば、俺のことはキレイさっぱり忘れちまうのさ。まぁ他の連中に見られてもいいように、保険でこのマスクをかぶっているわけだが……どうよ?イカすマスクだろぉ~?」

 

そう言って、『袋男』は僕らに中指を立てると、振り向いて走りはじめた。

 

「クソッ!待てッ!」

 

僕の叫びは虚しく響くだけで、身体はピクリとも動かない。

しかし、隣の康一くんはただ冷静にこう呟いた。

 

「楓くん、スタンド使い同士の戦いでは、敵がどんな相手でも『決して油断しちゃいけない』よ! まぁ、今の僕が言えたセリフじゃないけど……。これは僕の尊敬する人の受け売りなんだけどね、注意深く観察して行動することが大切なんだ。『見るんじゃなくて観る』『聞くんじゃなくて聴く』んだよ。【エコーズ ACT2】!!」

 

 

康一くんが発動した先ほどとは少し姿を変えたメカメカしい爬虫類型のスタンドは、自らの尻尾を『ツルンッ』という擬音に変えると『袋男』の足元向けて投げつけた。

すると『袋男』は、まるでそこが氷でできたアイスリンクであるかのように足を滑らせ、初心者のアイススケーターみたいに派手に転び、豪快に頭をぶつけた。

 

「やったッ!」

 

「ヤツに『直接』攻撃しなくても逃がさない方法ならいくらでもあるさ。これでもう逃げられないよ! あとはこのまま……」

 

康一くんの言葉が途切れる……

かと思うと、康一くんの頭からはダラリと真っ赤な血が流れ、そのまま前のめりに倒れてしまった。

 

「康一くんッ!?」

 

あわてて康一くんの身体を支える。

目の前の『袋男』が袋の上から頭をさすりながら立ち上がり、康一くんに向かって『慈悲』のない声で言った。

 

「あ~あ~やっちまったな…」



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袋男②

日が沈んであたりは薄暗くなり、それに応じるように周りの電灯がポツポツと灯りはじめた。

 

「康一くん!康一くんッ!」

 

僕は頭から、血を流す康一くんに必死に語りかけた。

 

「楓くん、『油断しちゃダメだ』……」

 

康一くんは、そう言い残すと静かに目を閉じた。

 

『袋男』が膝についた土をぱっぱっとはらう。

 

「俺はちゃんと言ったよなぁ『俺に危害を加えることは出来ない』ってよぉ。たとえ『直接的』にだろうが『関節的』にだろうが関係ねぇんだよぉッ!」

 

康一くんはかろうじで意識はあるようだったが、「うぅ…」と小さく唸り声をあげるばかりだ。

 

「お前ぇ!康一くんに何をした!?」

 

『袋男』は、再び頭のぶつけたあたりを撫でると、面倒くさそうに答えた。

 

「お前、生まれたての赤ん坊をおもいっきりブン殴れるかぁ? できねぇよなぁ? その行為自体は誰でもできるはずなのに、誰もやらねぇ。本能的にそれをやることに『危険』がともなうってわかってるからだ。『無力な者には手を出さない』それが動物とは違う、人間様のルールなのさ。人間として大事なものを失わないように、理性が赤信号出してるってわけだ。俺の能力はその理性に訴えかけるだけ、ただその『ルール』を守らせるだけの弱い能力よぉ……だが、もしそのルールを破り、弱いものに手を出せば…… 」

 

『袋男』はトントンと自分の頭を指差した。

 

「『危険』が一気に自分に跳ね返ってくるわけよぉ。それも、何倍にも膨れ上がってなッ! つまり、『弱いものイジメしたヤツにはバチが当たりますよ』ってことさぁ。直接攻撃できないから、先生にばれないように間接的にいじめましょう。そんな奴にはやられた側よりも重い罰が下って当然だよなぁ。ごくごく当たり前の世の中の摂理を再現しているのが、俺の能力【マーシー・マーシー】! 俺はせいぜい頭にコブができたくらいだろうが、そのガキは鉄パイプで思いきり殴られたような衝撃だったろうよ」

 

よく見ると、『袋男』が地面にぶつけたところと、康一くんが血を流しているところは一致していた。

 

「今までもいたよ。直接攻撃しようとしなくても、バイクで突っ込んできたやつや、仲間や手下を使って俺を攻撃しようとしたやつが。だけど、ダメージは全部俺に攻撃しようとした本人に返る。今頃、そいつら全員病院でおねんねしてるだろうぜ。」

 

向こうに危害を加えれば、その何倍ものダメージとなって跳ね返ってくる。

そんなやつ、倒せっこない。

 

 

「おおっと、ひとつ言っておくが、一度俺を『ナメた』らそれでおしまい。失恋の傷がなかなか癒えないように、罪悪感がなかなか拭い去れないように、人間の心ってのはそう簡単に切り替えられないからなぁ。今さら『油断しない』とか考えても手遅れだぜ」

 

紙袋で男の表情はわからなかったが、醜い笑みを浮かべているのが僕には透けてみえた。

 

これが、スタンド使いの戦い……

一歩間違えれば、康一くんは命を落としていたかもしれない。

康一くんや仗助くんたちから話は聞いていたけど、いざ現実を目のあたりすると…僕は怖くてたまらなかった。

 

「まったく、お前らからは俺とおんなじ臭いがしたから警告してやったっていうのによぉ。わかったら、そいつを病院にでも連れて行くんだなぁ」

 

『袋男』はそういって僕らに背を向けた。

 

こいつを倒す方法がわからない。

勝てる気がしない。

それに、とても恐ろしい……

逃げ出したい気持ちが僕の背中を引っ張った。

でも、ここで逃げたら……

 

「それじゃダメだッ!それじゃあ今までの僕と変わらないッ!!」

 

もしこいつをここで逃がせば、また誰かがこいつの被害に遭う。

もしかしたら、死人が出るかもしれない。

それは、こいつのことを知っていながら逃がした僕のせいでもある。

それが……力をもつ者の『責任』

僕がやるしかないッ!

 

「待てッ!」

 

僕は震える膝を押さえ込んで、逃げようとする男に向かって叫んだ。

『袋男』は、気だるそうに振り返る。

 

「おいおいお前、俺の話聞いてたのか?それとも、今の話が理解できないほど頭脳がマヌケかぁ?」

 

『袋男』は、目だし穴がずれた紙袋をグシャリとなおす。

 

僕に何ができるかはわからない、でも……

 

「お前は僕が捕まえるッ!」

 

僕は学生服の袖を捲り上げ、左手に力を込めた。

重厚な篭手が僕の手を包む。

そして、そこから放たれたテントウムシが『袋男』めがけて飛んで行った。

 

「行けッ!【ギヴ・イット・アウェイ】!!」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

何か考えがあるわけじゃなかった。

結果がどうなるかなんて考えもしなかった。

ただがむしゃらに、僕は『袋男』に向かってスタンドを飛ばした。

僕の【ギヴ・イット・アウェイ】はたしかに『袋男』の顔面に直撃した。

……しかし、僕の精一杯の攻撃は紙袋をクシャッと鳴らしただけに終わった。

 

『袋男』が「チッ」と舌打ちをする。

 

「おいおいおいおいおいおい~~~やってくれるじゃねぇの~。ぜぇーんぜん痛くないけどなぁッ!だが『危険』は返るぜ!たとえおまえの攻撃によるダメージがほとんどなくても……」

 

そこまで言って『袋男』の動きが止まる。

 

「おい待てッ! どうしておまえ、俺に『直接』攻撃ができる? 俺の能力はまだ『効いている』ハズだぜ!?」

 

戸惑いながら『袋男』が叫んだ。

 

僕の体の奥底からある気持ちが湧きあがってきていた。

不思議な気持ちだった。

勇気の出る歌をリピート機能で聴いているような、そんな感覚だった。

僕は、その気持ちがどこからきているものかもわからぬまま袋男の問いに答えた。

 

「さぁ僕にも分からないな。だけど、さっきエラそうに説明していたおまえの能力は『おまえのことをナメたり憐れんだりすると攻撃できなくなる』んだよな? 今、僕は不思議とおまえを倒すとかおまえに対する怒りといった気持ちは無いんだ……僕の心にあるのは、お前に『油断しない』っていう、ただそれだけの気持ちだけ、何かが僕にそう訴えかけてくれているんだッ!」

 

『袋男』がはじめてうろたえた。

 

「そんな…そんなワケがねぇッ! 一度見下した相手には、油断しないと思っていても心のどっかでは『ナメた気持ち』が抜けねぇはずなんだ……人間はそんなに簡単に気持ちの切り替えができるわけがねぇッ! 電気のスイッチを入れるのとはわけが違うんだよぉぉぉッ! できるわけがねぇ! できるわけが……なッ! なんだそれはぁぁぁッ!?」

 

『袋男』は、僕がスタンドを発動している方とは逆の腕、僕の右腕を指していた。

腕まくりをした僕の右腕には、漫画で使われるフォントのような文字で『油断しちゃダメだ』という言葉が染み込んでいた。

その文字は皮膚に直接書かれているのではなく、皮膚の下に書かれたものが透けて浮き出ているといった感じで、まさに『染み込んでいる』という表現がピッタリだった。

 

「これは……」

 

康一くんの【エコーズ ACT1】の能力は『モノに音を染み込ませる能力』だが、音だけじゃなく、声も染み込ませることができる。

康一くんの『心の声』だ。

その『心の声』は、相手に単なる『言葉』でなく『心』で理解される。

それは、一種の暗示とか催眠に近いのかもしれない。

つまり、時として『名言』が心に響くように、失恋ソングの歌詞が人に涙を流させるように、対象者の心を揺り動かすことができるのだ。

 

「もしかして…あの時……」

 

康一くんは、気を失う前にすでに『油断しちゃダメだ』という心の声を僕に貼り付けてくれていたのだ。

僕が一人でも戦えるように。

康一くん、ありがとう。

 

「だっ、だが、たとえ攻撃できたとしてお前に何ができる? んん? その貧弱なパワーのスタンドでよぉぉぉぉ?」

 

『袋男』は、動揺しながらも、すでに冷静さを取り戻しはじめていた。

 

しかし……僕のほうも、もう『覚悟』を決めていた。

 

「ああ、僕の『攻撃』じゃあおまえを倒すことはできない。おまえを捕まえることも……だから、僕は『おまえに勝つことを諦めたよ』」

 

宙を舞っていたテントウムシをあやつり、『袋男』の背中に張り付ける。

そして僕は、言葉を選びながら『袋男』に向かって語りかけた。

 

「なあ『袋男』! 僕には、おまえの『復讐』ってのがわかったよ。 おまえは自分の『弱さ』にコンプレックスをもってるんだろ? おまえの『スタンド』を見りゃわかるさ! おまえが『強い』連中ばかり狙ったのも、自分をバカにした連中や、強者に手を出すことで、そのドブにも劣る優越感にひたるためなんだろ?」

 

逃げようとしていた『袋男』がピタッと足を止め、こちらを振り向く。

その身体が怒りに震えているのがわかった。

挑発の言葉に確信があったわけではないが、あながち間違いでもなかったようだ。

 

「だが惨めだよ、おまえ。『逃げるため』の能力だって? 笑わせる。僕みたいなチビ相手に逃げ出すなんてさ。 僕は逃げないぞッ! おまえも男なら立ち向かって来いッ!!」

 

『袋男』に張り付いたテントウムシがぼんやりと発光していた。僕は挑発の言葉を投げかけながら、『袋男』に精神エネルギーを注ぎ込んでいた。

僕のスタンドは【ギヴ・イット・アウェイ】。

『精神エネルギーを注いで相手に「自信」や「覚悟」を与える能力』

 

「お、お、おおおおおおおッ! バッカにしやがってぇぇぇ! やってやる!殺ってやるぞ!このガキィッ!俺は逃げねぇ! 俺だって戦える! 戦えるんだぁ!」

 

『袋男』は逃げることをやめ、僕と戦う『覚悟』を決めた。

『袋男』のスタンド【マーシー・マーシー】が、それに呼応して戦闘体制をとる。

さらに、男のスタンドは、どんどんとその姿を膨れ上がらせた。

はじめは僕や康一くんよりも小さく、小人のような姿だったのに、目の前のスタンドは今、成人男性くらいの大きさになっていた。

スタンドが成長している……!?

ヘルメットをかぶる屈強な軍人のような姿に変貌したそのスタンドは、まるで、僕のテントウムシが与える精神エネルギーを糧に成長しているように見えた。

だが、『袋男』はそれに気づいていないようだ。

 

「見ろッ!これが僕の…いや、俺の本当の力だぁ!今さらビビっても遅いぜ? 俺をナメたおまえはここで俺が始末するんだからよぉぉぉぉl!」

 

そう言って、『袋男』が僕の方へ手を突き出すと、【マーシー・マーシー】は、目にもとまらぬスピードで僕に襲いかかってきた。

さっきとは姿形が違う成長したスタンド。

おそらく、パワーもさっきまでとは桁違いだろう。

 

「くぅッ!」

 

僕の鼻先に敵スタンドの拳が触れるか触れないかの刹那、僕は自分の顔面が潰れる『覚悟』を決めた。

 

 

……

 

 

だが、潰れたのは敵のスタンドのほうだった。

【マーシー・マーシー】は見えない何かに上空から押しつぶされるように、地面にめりこんだ。

 

「S・H・I・T ……危機一髪、間ニ合ッタヨウデスネ」

 

僕の横には、少年型の『スタンド』がヤンキー座りのようなポーズでフワフワと浮いていた。

そして僕の後ろには…

 

「危なかったね、楓くん」

 

「康一くん!」

 

康一くんが頭を押さえながら、立ち上がっていた。

そうか、この少年のようなスタンドは康一くんの…

コイツが『重力を操るスタンド』【エコーズ ACT3】。

 

康一くんは『袋男』に向かって言った。

 

「自分に『自信』をもって本気で立ち向かってくる相手に対してはさぁ、『袋男』… 。『油断』も『憐れみ』もないよ……」

 

康一くんが一歩近づくたびに、敵スタンドはメキメキという音を立てながら地面にめり込んでいく。

『袋男』は、そのスタンドと同じ姿で地面にへばりつき、こちらを見上げた。

それを見て康一くんがはっきりと言いきった。

 

「せっかく『自信』をつけたところ悪いけど、その『自信』、叩き折らせてもらう……いやこの場合『叩き潰す』かな?」

 

「ひ、ひぃぃぃぃ! やめろッ! いや、やめてくださいぃぃぃぃぃ!」

 

康一くんの横で、少年型のスタンドが太極拳のような動きをはじめる。

 

「『エコーズ 3 FREEZE !!!!!!』」

 

【エコーズ】の無数の拳打のラッシュが『袋男』を襲う。

くらった『袋男』はさらに地面にめり込み、気を失った。

 

「やっ…た…」

 

戦いの緊張感が消えた僕は、膝の支えを失ってその場に崩れ落ちた。

康一くんが僕のところへやってきて、手を差し伸べる。

 

「君ならやってくれると思っていたよ、楓くん。まさか、相手に戦う『自信』をつけさせることであの『能力』を打ち破るなんてね……僕も思いつかなかった」

 

そう言って、康一くんは僕に微笑みかけた。

 

「君がヒントを残してくれたおかげだよ。『油断』さえしなければヤツに攻撃を加えることができるんだってね」

 

康一くんが、首を傾げて心配そうに尋ねる。

 

「でも、もし僕が気がつかなかったらどうするつもりだったんだい?」

 

僕はその質問に肩をすくめた。

 

「さあ…その時は誰か助けがくるまで殴られるしかなかっただろうね。『やつを逃がさない』。あのとき、僕は そのことしか考えてなかったから……」

 

そういいながらも僕は、心の中が『気高さ』で満たされているのがわかった。

僕は、差し出された康一くんの手を力強く握って立ち上がった。

 

 

――――――――

 

杜王町の怪人『袋男』ー 全身打撲でリタイア

 

頭に紙袋をかぶった怪人。よく「袋を担いだ男」と間違えて噂される。

「暴力」や「権力」など、力をもつ者がターゲットとして襲われ、絶対に捕まえられない男と言われていた。

弱そうなヤツは襲われないので、杜王町では一時期、不良がパシリをボディーガードとして連れて歩くのが流行した。

 

 

スタンド名【マーシー・マーシー】(おお慈悲よ!)

 

本体ー『袋男』

破壊力 E スピード B  射程距離 本体を見失うまで

持続力 A 精密動作性 C 成長性 B

 

能力ー

本体に対して、『憐れみ』や『油断』といった下に見るような感情をもつと、危害を加えることができなくなる。直接的には攻撃しようという気も起きなくなり、関節的に攻撃をすればダメージが何倍にも膨れ上がって返ってくる。

ただし、油断しない相手には通用しない。



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表と裏

寝起きにカーテンを開けて、思いっきり朝日を浴びたような清々しい気分だった。

この町のために僕の力を使えた、僕がこの町を守ったんだという実感が湧いてきて、僕は知らないうちにガッツポーズしていた。

もちろん、僕の力だけじゃあ、ヤツを捕まえることはできなかった。

『仲間』の助けがあったからこその勝利だ。

 

「それで、どうするの? そいつ」

 

僕は『袋男』を指さし、康一くんに尋ねた。

 

「ここからは警察に任せよう。その前に、救急車かな」

 

康一くんは、『袋男』の身体を揺さぶる。

 

「おい、大丈夫か?」

 

『袋男』は「うぐぁ」と唸ると意識を取り戻した。

康一くんがその頭から紙袋を取り上げると『袋男』はその素顔を晒しだした。

 

「君は!?」

 

「知り合いかい? 楓くん」

 

『袋男』の素顔には見覚えがあった。

おかしな仮面をかぶって暴れまわっていた男の正体は、ぶどうヶ丘高校の入学式の日、校舎裏で『眉なし』にカツアゲされていたあの新入生だった。

 

「ん……なに? 僕は…あんたのこと…なんて知らない…ですけど?」

 

仮面を剥ぎ取られた『袋男』はさっきまでとは打って変わって弱々しくなり、口調もすっかり変わってしまっていた。

 

「知り合いってわけじゃないんだ。僕が一方的に知っているというか……彼が入学式の日にカツアゲされているところを偶然見かけただけなんだけど……」

 

僕がそう言うと、新入生は「ククク」と笑った。

 

「ああ~アレ…見てたの? 僕が…はじめて強いヤツを退けた…記念すべき日を! あの不良、僕に手を出せずに…逃げてやがんの、ははッ! 思えば、僕が…この力の本当の使い方に気づいたのも…あの日だったなぁ。あの日を境に僕の『復讐』が始まったのさッ!」

 

少年は、たどたどしくもニヤニヤとうれしそうに話す。

 

「君、まだ反省していないのかな?」

 

康一くんが低い声で脅しをかけると、元『袋男』は「ウソウソ、もうしませんよぉ!」と涙目になってすがった。

 

僕は話を聞きながら、この少年が『復讐』とやらをはじめたのは、自分のせいかもしれないと複雑な気持ちになった。

彼がカツアゲされていたとき、僕が気まぐれで能力を使い、中途半端な『自信』をつけさせてしまったことが、彼を怪人に変えてしまったのではないだろうか、と。

 

「どうかしたのかい?楓くん」

 

康一くんが心配そうに僕を見つめる。

僕は、頭に浮かんだ小さな罪悪感を振り払って答えた。

 

「いや、なんでもないよ…… それより取られたカバンは?」

 

「ああ、ここにあるよ。どうもカバンの持ち主は、僕たちと同じぶどうヶ丘高校の生徒みたいだよ。彼と同じ新入生らしい」

 

カバンの中に入っていた学生証を見ながら、康一くんが親指で『袋男』を指す。

 

「きっとカバンがなくて困っているだろうね。住所も書いてあるから、これから返しに行こうと思う」

 

「僕も行くよ」

 

 

救急車が到着して『袋男』が運ばれていく。

去り際に、「もしまた『袋男』が現れたら、わかってるだろうね」と康一くんが念を押すと、少年は壊れたおもちゃのようにブンブンとたてに首をふった。

 

それが、この町の怪人『袋男』のあっけない最期だった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

それから、僕らは学生証に書かれた住所へ向かって歩き出した。

 

「これで……これでやっと僕も胸を張って君たちの『仲間』って言えるような気がするよ」

 

僕は、いつもより大きく手を振って歩きながら康一くんに話しかけた。

 

「まだ、そんなことを気にしていたのかい?」

 

康一くんが目をパチパチさせる。

僕にとっては、大事なことだったのだけど、康一くんにそう言われるとなんだか些細なことにこだわっていたようにも思えた。

 

「でもこれからも、この町を守っていくための『自信』にはなったよ!」

 

康一くんが、少し複雑な表情をする。

 

「これからも……か。僕は、君が戦うのは何だか『危険』でたまらない気がしたけどね……」

 

「そりゃあまだ、危なっかしいけどさ。初めての戦いしては上出来でしょ?」

 

僕は不満げに、康一くんに意見した。

 

「ごめんごめん! そういう意味じゃないんだけど……」

 

そうこうしているうちに、僕らは古びたアパートにたどり着いた。

目的の部屋の前に立ち、少し錆びた扉をノックする。

ゴンゴンという鈍い音の少しあとに、ガチャリとドアが開き、中から髪の長い少年が顔を出した。

 

「何でしょう?」

 

少年は家についたばかりだったのかまだ制服姿だった。

きっとカバンを探していたに違いない。

億泰くんと違って筋肉質な体型ではなかったが、ボクサーのように研ぎ澄まされた鋭さを感じる姿だった。

細身ではあるが、なるほど、『袋男』が狙う『強いヤツ』という条件にも確かに当てはまるようだ。

爽やかな顔立ちとは対照的に、制服の襟元にはドクロのバッチがついており、そのアンバランスさが、少年から得体のしれない雰囲気を醸し出していた。

かと思えば、腕にはその雰囲気には似合わない、可愛らしい女物の腕時計をつけていた。

 

康一くんが、少年にカバンを手渡し事情を説明する。もちろん、スタンド能力については伏せながら。

 

「そうですか、広瀬さんたちが取り返してくれたんですね…… まさか、同級生があの噂の『袋男』だったなんて……」

 

「うん、でもまだ学校には内緒にしてあげてくれないかな。って、あれ? 僕、名前言ったっけ?」

 

「いえ…… たまたま知っていたんですよ。 なんせあの『東方仗助』と対等に話せる『普通の男子生徒』ってことでウチの学校では有名ですからね、先輩は。 それと……」

 

どうやら康一くんは知っていても、僕のことは知らなかったらしい。

 

「ああ、片平です。片平楓」

 

僕は後輩なのに何故か敬語で話していた。

口調はおだやかだが、彼の内面から感じるプレッシャーがそうさせたのだろう。

 

「『片平楓』さんですか……ありがとうございます。このご恩はきっとお返しします。」

 

そう言われて、僕は少し照れ臭くなった。

 

「いいよいいよ! 気にしなくてさッ! ええっと……」

 

僕は咄嗟に、カバンについたネームプレートを見た。

そこには、何と読むのか分からない漢字がならんでいた。

 

「くらぼねです。鞍骨倫吾といいます。ありがとうございました……先輩」

 

そう言って差し出された手は、血が通っていないかと思われるほど冷たかった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

家を訪ねてきた先輩二人を見送り、俺は少しこれまでのことを振り返った。

 

姉はいなくなるその日まで、俺の幸せを願い、俺に『普通』の生活を送ることを望んでいた。

『復讐』に取り憑かれた今となってはもう、俺に『普通』の道を歩むことなんてできるはずもないが学校は辞めなかった。

それが、姉の夢に応えられなかった俺のせめてもの償いだと思ったからだ。

 

運命とは皮肉なものだ……

あの東方仗助と虹村億泰は、俺が進学したぶどうヶ丘高校の生徒だったのだから。

まあ、そのおかげで二人の情報は驚くほど簡単に集めることができたのだが。

 

二人は学校では名の知れた人間だった。

さすがに、スタンド能力についての情報は流れることはなかったが、人柄や性格、ちょっとしたエピソードなどは、噂に耳をかたむけるだけで知ることができた。

何が役に立つかわからない。

情報は多いに越したことはない。

 

また俺は、同時にこの町の『スタンド使い』の情報も集めていた。

『岸辺露伴のノート』に書かれているスタンド使いは、何日かかろうと全員見ておこうと思っていた。

それもたいした時間はかからなかった。

外へ出ればこちらから探さなくとも、まるで引かれ合うようにスタンド使いと遭遇することができたからだ。

順調すぎるほど順調に、『復讐』の準備は整いつつあった。

 

 

だが……

どれだけノートに書かれたスタンド使いたちの情報を集めても、どうしても俺の計画には「最後の1ピース」が足りないような気がしていた。

それがなければ、俺の計画がすべて失敗に終わる。

そんな漠然とした不安があった。

 

それでも……皮肉な運命は、どうやら俺の味方をしているようだ。

チャンスというものは、いつ訪れるかわからない。

大事なのは、それを逃さぬこと。

俺の計画に必要な「最後の1ピース」は、今日、俺の目の前に突然現れた。

 

『岸辺露伴のノート』に書かれていたスタンド使いの中で、まだ情報が不完全だったのが『広瀬康一』だ。

小林玉美の口からは名前が上がらなかったから後回しにしていたというのもある。

東方仗助や虹村億泰との親交があることから、こいつも『守る者』の一人であるのだろうが、なぜ、小林玉美が名前を言わなかったのかは分からない。

俺は、広瀬康一のスタンド能力はこの目で実際に確かめておきたかった。

なぜなら、その男のスタンドは『成長するスタンド』という未知数なものだったからだ。

そのスタンド【エコーズ】のことをもっと詳しく知りたかった。

そのチャンスは思わぬ形でやってきた。

 

偶然、俺のカバンを盗んだ『スタンド使い』。

そして、その場に居合わせた『スタンド使い』広瀬康一。

『岸辺露伴のノート』に書かれた、「『スタンド使い』は引力のようなもので引かれ合う」という言葉を俺に信じさせるには十分な、はかったかのようなシチュエーションだった。

俺は『袋男』と広瀬康一の戦闘を通して、そのスタンドを目の当たりにすることで、成長するスタンド【エコーズ】をこの目で見ることができた。

 

それだけではない……

 

「『片平楓』か……」

 

俺の収穫はむしろ、もう一人の男『片平楓』の方だった。

『岸辺露伴のノート』に情報がなかった『スタンド使い』。

 

「片平楓の『スタンド能力』。あの光……あいつの能力が俺の想像通りのものなら、おそらく、その能力が俺の計画を完成させる『最後の1ピース』になる……あるいは俺の『復讐』すら根底から覆す『力』かもしれない……」

 

俺は『運命』を乗り越える必要があるようだ。

『順番』は決まった。

 

まず、俺が始末するべきなのは……

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

家に帰ってベットに横になると、僕の身体を動けないほどの疲労感が襲った。

でも、僕の心は達成感や充実感で満たされていた。

 

「よかった…」

 

まだ、鼓動が早い。

思いっきり息を吸い込み、そして吐き出す。

すると、少し鼓動が落ち着いた。

 

「康一くんは、僕の戦い方が『危険』だなんて言っていたけど……それでも、こんな僕でも人の役に立つことができたんだ……」

 

そんなことを考えながら、僕は静かに、深い眠りへと落ちていった。

 

 

 

僕はこのとき思いもしなかった……

 

僕がこの町の運命をかけた戦いに巻き込まれるなんてことも…

 

康一くんが『危険』と言った本当の意味も…

 

そして、僕の『能力』が仲間を追い詰めることになるなんてことも…

 

僕は思いもしなかったんだ……

 

 

 

 

 

数日後……

 

康一くんがこの町から姿を消した…

 

TO BE CONTINUED ⇒



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最終章
広瀬康一の失踪


ぶどうヶ丘高校のチャイムが鳴る。

日直の号令に合わせて、生徒たちがお決まりの起立、礼、着席をする。

ついこの間まで、タバコの煙が漂っていた教室の空気も、ここ最近はずいぶんとマシになっていた。

どんなに不良ぶっている生徒でも、高校三年生の夏休み後ともなると、将来を意識してか多少はおとなしくなるようだ。

進学するものもいれば、高卒で就職するものもいる。

どちらにせよ、教師の心象を悪くするのはあまり利口とはいえない。

 

「この夏休み後が『運命の別れ道』だぞ!!」

 

そんな言葉が、呪いの言葉となって受験生たちを締め付けていた。

 

だが、片平楓は相変わらず机に肘をつき、つまらなそうに黒板を眺めていた。

『この町を守る』という目先の目標ができた彼だったが、自分の将来に対しては、夢だとか、目標だとかいったものをもっているわけではなかった。

こんなことがしたい、こんな職業につきたい、そんな具体的な展望はなく、それゆえに何かを学ぶというモチベーションも低かった。

もう夏も終わりだというのに、窓の外では、染みた岩から漏れだしたセミの大合唱が鳴り響いている。

 

「はぁ~あ、月曜日って、なんかいつもより疲れるんだよなぁ……」

 

一週間の中で月曜日にやたらと疲労感を感じるのは、何者からの『スタンド攻撃』を受けているからではなかろうか。

そんなくだらないことを考えながら、楓は大きなあくびをした。

 

それに今日はもう一つ、楓にとってただでさえ退屈な授業をさらに気乗りしないものにしている要因があった。

楓の斜め前方、濃いめの化粧をした女生徒の前の席。

楓の親友が座っているべきその席に、広瀬康一の姿はない。

 

「めずらしいな、康一くんが学校を休むなんて…」

 

今日の朝、いつもは自分より先に登校している康一のカバンが、まだ机の横にかかっていないのを見て、楓は康一宛にメールをしてみた。

 

“今日は休み?”

 

最新型の折りたたみ式携帯電話は、買ったばかりでまだ楓の手には馴染んでいない。

そんな不慣れな機械が送ったメールは、楓の気持ちとは裏腹にどこか冷たげな文章になってしまった。

返信はまだない。

 

心配になって仗助に相談してみたものの、「風邪でもひいたんじゃねぇか」とそれこそ素っ気ない返事が返ってきただけだった。

 

「そりゃ、いくら『スタンド使い』っていっても風邪くらいひくよなぁ。僕はてっきり…」

 

(新手のスタンド使いのしわざかと思った。)

 

口には出さなかったが、片平楓の脳裏に浮かんだ疑惑。

間違いではない。

何か異変が起きた時に、『スタンド使い』が敵の『スタンド使い』の出現を疑うことは間違いではないのだ。

「襲われた」「攫われた」「罠にはめられた」「再起不能にされた」あるいは…「殺された」

些細な異変を敏感に感じ取り、敵の出現の可能性を考えることは、むしろ自然なことだった。

なぜなら、「スタンド使いは引かれ合う」のだから。

 

しかし、楓はすぐにその可能性を打ち消した。

 

(杜王町は、平和な町だ。)

 

(そう頻繁に敵が現れるはずがない。)

 

(それに康一くんに限って…)

 

そんなことを一人で考えながら、楓は再び理解不能な記号で埋め尽くされていく黒板に目をやった。

窓から入る涼しい風と、教壇に立つ数学教師の呟く呪文が、楓を眠りの世界へと誘う。

 

楓がウトウトとしはじめ、まぶたがだんだんと重くなる。

そして、夢の国からのお迎えが来た頃だった。

 

『ドッギャーーン!!』

 

楓の眠気を吹き飛ばしたのは、教室に響き渡る轟音だった。

いきなり、巨大な黒い塊が、教室の入り口のドアをぶち壊して侵入してきたのだ。

騒然となる教室。

次々と入り込んでくる謎の侵入者が、教室を埋め尽くしていく。

うろたえる教師や生徒の間をぬって、その黒い塊は、楓に向かって一直線に迫ってきた。

 

「なんで、僕?」

 

まるで自らの意思をもっているかの如く蠢くそれは、逃げようとする楓の足首に、蛇のように絡みつく。

楓は、足を掴まれてからようやく、自分の足を絡め取っているのが『髪の毛』だということに気づいた。

豊潤な水分を含んだ、ツヤのある、美しい髪の毛。

その髪の毛が、束となり、囚人を縛りつける鎖のように、楓の足を捕らえていたのだ。

 

「クッソ! 何だこれ取れないッ!」

 

見た目とは裏腹に、強烈なパワーをもった髪の毛に引きずられ、楓はそこら中の机や椅子にぶつかりながら、教室の外まで引っ張り出される。

そして、そのまま廊下の窓をブチ破り、3階から外に放り出された。

 

楓は、髪の毛に足首を掴まれたまま空中に逆さ吊りにされ、さながら、タロットカードの『ハングマン』のような体勢となった。

 

そのまま、自分の足を掴んでいるものの先を目でたどっていく。

すると、黒い塊の発生源、中庭の芝生に1人の少女が立っていた。

 

「あれは……由花子…さん?」

 

「山岸由花子」。

広瀬康一のガールフレンドであり、彼女もまた『スタンド使い』だった。

由花子は、髪の毛を操るスタンド、【ラブ・デラックス】で、楓を自分のところまで強引に引き寄せた。

楓が間近で見る山岸由花子の顔は、いつも遠目から康一の横に並んで歩いているのを見るのとは、一味も二味も違って魅力的に見えた。

しかし、その目は真っ赤に充血し、由花子の整った顔立ちには、怒りとも悲しみとも取れる表情が浮かんでいた。

楓の足首を掴んでいるのとは別の髪の塊が、楓に向かって伸びる。

髪の毛は楓の首に巻きつくと、ギュウギュウと頸動脈を締め上げはじめた。

 

「なッ! ゆ…か……さん? な…で?」

 

わけもわからぬまま攻撃を受ける楓は、ただただ戸惑うだけだ。

 

「どこッ?……どこにやったのよぉぉぉぉぉッ!」

 

由花子は唇を震わせ、眉毛を釣り上げる。

由花子の興奮に合わせて、楓の首を締める髪の毛に力がこもった。

楓は、もがきながら自分の首を縛る髪の毛を振り払おうとするが、ビクともしない。

「テントウムシ」を発現させてみたものの、力なく楓の周りを飛び回るばかりだ。

 

「がぁ…はッ」

 

楓の意識が、だんだんと遠のいていく。

由花子はブツブツと、独り言のように何かを呟いている。

 

(もうダメだ…息ができない)

 

楓が意識を失いかけたとき、近くで空気を切り裂くような音が聞こえた。

 

『ガオォォォォン!!』

 

楓の首をしめていた髪の毛が、いや、そこにあった空間まるごと、何かに吸い込まれるように消え去る。

『吸い込まれるように』といっても、蕎麦をすするようにとか、掃除機がゴミを吸うようにといった感じではない。

『削り取られて』跡形もなく消えさったというのが、正しい表現だろう。

吊り上げられていた楓は支えを失い、芝生の上に叩きつけられた。

 

「大丈夫か? 楓ッ!」

 

「億…泰……くん」

 

楓が声のする方を見ると、そこには虹村億泰と彼のスタンド【ザ・ハンド】が立っていた。

その立ち姿は、ギリシャ神話のヘラクレスのように力強く、楓にとってはとても頼もしく感じられた。

 

「邪魔するんじゃないよ!このウスラボケェ!!」

 

冷静さを欠いた由花子の髪の毛が、【ラブ・デラックス】の能力によって黒い塊と化し、一直線に億泰に向かっていく。

しかし、【ザ・ハンド】が空中に数字に「1」を書くように、『右手』を振り下ろすと、億泰を襲う塊は削り取られ、空間の彼方へと消え去った。

 

「気が狂ったかよぉ、由花子ッ! どういうつもりだッ!」

 

億泰の問いに由花子の返答はない。

興奮冷めやらぬ由花子は、再び髪の毛を逆立てる。

 

「待てッ!」

 

由花子の動きを止めたのは、億泰の後方に現れたリーゼントの男だった。

東方仗助だ。

仗助は、なるべく由花子を興奮させぬよう、落ち着いた口調で語りかけた。

 

「お前がそこまでプッツンしてるってことはよぉ由花子、原因は『康一』だな?」

 

由花子の髪の毛からフッと力が抜ける。

仗助は、楓の腕をもちあげて立たせると、由花子に向かって言った。

 

「だとしたら、たぶん楓は関係ねぇぜ。こいつも康一と連絡がとれなくて心配してんだ。由花子よぉ、一体、康一に何があった?」

 

由花子は、康一の名前が出ると急にしおらしくなり、その場に座り込んだ。

その頬をひとすじの涙がつたう。

そして、やっとのことで絞り出したような、か細い声で言った。

 

「どこにもいないの…… 康一くんが…」

 

「由花子さん…?」

 

楓が由花子の顔を覗き込むと、涙が地面にこぼれ芝生の中へと染み込んだ。

由花子は、肩を震わせながら叫んだ。

 

「お願いッ!康一くんを探して!!」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「どうぞ…」

 

楓は制服のポケットからハンカチを取り出し、中庭に座り込んだ由花子に差し出した。

 

「ありがとう」

 

楓から受け取ったタオル地のハンカチで、由花子は涙をぬぐった。

その表情からは怒りが消え、悲しみだけが浮かんでいた。

 

「ちっとは落ち着いたかよぉ、由花子」

 

仗助の言葉に、由花子はコクリと頷く。

 

「ならよぉ、話してもらうぜ。康一に何があったのか」

 

由花子は、胸を大きく膨らませて深呼吸をすると、涙まじりの声で話し始めた。

 

「昨日、康一くんとわたしはデートしてたの。受験勉強ばっかりじゃ息が詰まっちゃうし、康一くんがかわいそう。たまには息抜きをしましょうってことで、ショッピングをして、『カフェ・ドゥ・マゴ』でお茶をして…… 幸せな時間だったわ、当然よね。お互いが好き合っている恋人同士なんですもの」

 

康一とのひとときを思い出して、由花子はだんだんと自分の世界に入り込んでいく。

その様子を見て、億泰が「おいおい」と茶々を入れようとするが、仗助がそれを遮った。

 

「いい雰囲気だったわ。最高だった。そう、自然とキスをしたっておかしくないくらいに。わたしは康一くんの目をじっと見つめて、そして目を閉じた。『心』と『心』が通じ合ってる感覚があったわ。あなたたちには到底わかりっこないでしょうけど…」

 

億泰が小声で「康一のヤロー」と涙目で呟く。

しかし、由花子の幸せそうな表情は、そこで一変した。

 

「でも、唇が触れ合おうとした瞬間、康一くんのね…携帯電話が鳴ったの。いいえ、怒らなかったわ。だって、デート中に電話がかかってきたくらいで、ダメになるわたしたちじゃないでしょう? 『なんでマナーモードにしといてくれなかったの康一くん』それくらいは思ったけど……」

 

言葉とは裏腹に、由花子の声には怒りがこもっていた。

その感情に応じるように、髪の毛がフワリと逆立つ。

 

「康一くんが電話に出たあと、『忘れ物をしたから先に行ってて』ってわたしに言ったの。わたしも一緒に行くわって言ったけど、康一くんは『すぐ戻る』って言って…それで……康一くんはそのまま帰ってこなかった……」

 

「そりゃあ本当のところは、どーせお前が電話のことでプッツンして、それに嫌気がさして帰っちまったってところじゃねーのか?」

 

由花子の長い語りに、億泰が我慢しきれず横槍をいれる。

その無神経な言葉に、由花子が億泰をキッと睨みつけると、さすがの億泰も怯んで小さくなってしまった。

 

「黙ってろ、億泰」

 

「それで、どうなったの? 由花子さん」

 

億泰はすっかり落ち込んでしまったが、由花子は話を続けた。

 

「わたし探したわ、この町を一晩中。すぐ見つかると思ったの… でも、見つからなかった。どこにもいないの。康一くんの家にも行ってみたわ。彼、昨日は帰ってないって……」

 

由花子の目が、再び潤みを帯びる。

たしかに、由花子は今、制服ではなく私服を身に付けていた。

家にも帰らなかったのだろう。

ふくらはぎはパンパンに腫れ上がり、愛しい人とのデートに合わせて一番良いものを選んだであろう靴は、泥にまみれてしまっていた。

体をどれだけ酷使したのかが一目でわかるほど、由花子の体はボロボロだった。

一晩中、康一を探したという彼女の言葉に偽りはないだろう。

 

「それで、走り回って冷静になったら、電話のことを思い出したの。いなくなる前にしてた電話が、何か関係あるんじゃないかって…… その電話で康一くん、あなたの名前を出してたわ、だから…」

 

由花子が、楓を見つめる。

 

「だから、僕を…」

 

「ええ、ごめんなさい」

 

由花子は気丈な女だ。

いつもなら、たとえ自分が間違ったとしても、そうやすやすと謝ったりするような女じゃない。

そんな、由花子が謝罪の言葉を口にするということは、康一の失踪が、彼女を、肉体的にも精神的にも、大きく弱らせていることをあらわしていた。

 

「……心当たりはねぇのかよ、楓」

 

仗助は、大きく膝を広げてしゃがむ、いわゆるヤンキー座りをしながら、見上げる形で楓に尋ねた。

 

「いや、昨日はずっと家にいたし、康一くんから連絡は無かったよ。由花子さんとデートだって聞いてたから、僕からも連絡はしてないし……」

 

「そうか… 相変わらず康一からの連絡はねーし、この由花子が探したってのに見つからねーってことは…… こいつはマジでやべーかもな」

 

仗助と億泰の眼差しが、鋭く真剣なものに変わる。

 

「おい仗助!まさか康一のヤツ……」

 

「ああ、なにかとんでもねぇことに巻き込まれてるのかもしれねぇ」

 

『とんでもないこと』 その言葉を聞いて、楓の頭には当然のごとく、一つの可能性が浮かび上がった。

先ほどの教室では、打ち消した可能性。

口にすると不吉な予感がする、しかし、楓は聞かずにはいられなかった。

 

「もしかして、敵スタンド使いに襲われた…?」

 

仗助は立ち上がり、ポケットに突っこんでいた手をとりだした。

 

「かもな…… だとしたらモタモタしてらんねーな。 楓、億泰、手分けして康一を探すぜ」

 

「うんッ!」

 

「おうよッ!」

 

三人はその場から走り出した。

広瀬康一を探し出すために。

 

ふと楓が立ち止まり、由花子の方へと踵を返す。

 

「由花子さん……康一くんはきっと無事だよ。彼はとても強い人だから。君は少し休んだ方がいい。康一くんが帰ってきたときに、心配するだろうから」

 

それだけ言い残すと、楓はまた走り出した。

あの山岸由花子が、康一の行方がわからないこの状況で『安心』するなんてことがあり得るのかどうかは定かではない。

しかし、今にも再び康一を探しにいかんとしていた由花子は、楓のその言葉を聞いて中庭の大きな木に寄りかかり、ゆっくりと目を閉じた。

ゆっくりと眠りに落ちた由花子の肩には、発光したテントウムシが止まっていた。

そのテントウムシは由花子が眠りにつくのを確認すると、走っていく楓を追って飛び去った。

 

 

 

そして……

中庭の木の影で、一部始終を見ていた鞍骨倫吾が一人、その目に『漆黒の炎』を燃やしていた。



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虹村億泰の戦い①

夜の杜王町。

町の外れの山道を、一台のバイクが走り抜けていく。

轟音を撒き散らして走るバイクの運転手、虹村億泰はイラついていた。

突然姿を消した親友、広瀬康一。

一日中、仲間と手分けして探しているが、誰もまだ康一を見つけることはできていなかった。

 

「チキショウッ!康一、無事でいやがれよぉ」

 

康一を探す億泰の頭の中を、嫌な思い出がよぎっていた。

かつて、同じように仲間が突然姿を消したことがあった。

欲深いがどこか憎めない、その仲間の名は『矢安宮重清』。

通称『重ちー』。

そのときも億泰たちは、仲間と手分けをして重ちーを探した。

しかし、わかったのは『重ちー』が、胸糞悪い『殺人鬼』に殺されたという事実だった。

杜王町の仲間たちの心には、やりきれない気持ちだけが残った。

特に、仗助と億泰の心には。

最後に『重ちー』に会ったのは、仗助と億泰だったのだ。

 

「もうあんな思いはしたくねぇ」

 

億泰のハンドルを握る手に力がこもり、アクセルを全開に回す。

それに合わせて、バイクのマフラーからもくもくと煙が立ち上った。

 

バイクがスピードに乗りはじめたとき、ヘッドライトが照らす前方、急に何かが飛び出してきた。

飛び出してきたものがなんなのか、確かめる間もなく億泰はブレーキを力一杯握る。

二本のタイヤが地面に噛みつくが、スピードは殺しきれず、400ccのバイクは地面を滑っていく。

 

「チィッ!」

 

億泰はバイクから飛び降りた。

だが、勢いやまぬバイクは、飛び出してきた物体にそのまま向かっていく。

 

「【ザ・ハンド】!」

 

億泰のスタンドが右腕を振り下ろすと、バイクの一部が削り取られ、バイクはコースを変えて崖の下へと落下していった。

 

「おいおい勘弁してくれよ。2台目なんだぜぇッ!」

 

億泰は愚痴をこぼす。

かつて、ある敵スタンド使いとの戦いの中で愛用のバイクを失った過去をもつ億泰。

その時も、敵を仕留めるために、自らのスタンド【ザ・ハンド】でバイクを破壊したのだった。(結局仕留め損なったのだが…)

空間ごと削り取られたバイクは修理のしようもなく、そのまま廃車となった。

今回乗っていたバイクは、それからバイトをして貯めた小遣いでやっと買ったものだった。

文句の一つも言わなければ気が済まない。

 

億泰はバイクを失う原因となった、道路に飛び出してきた物体へと近づいた。

あたりが暗いのと、突然だったのとで、億泰には飛び出してきたものが何かはわからなかったが、近づいて見てみると、それはちょうど、人が一人くらい入りそうな大きさの『麻袋』ということがわかった。

億泰が近づくと、『麻袋』はモゾモゾと動いた。

袋の口を縛っている紐を乱暴にほどく。

すると、袋の中身がゴロンと顔を出した。

 

「おまえは… …小林玉美ッ!」

 

袋の中には、小林玉美がうずくまって入っていた。

 

「てめぇ、まだ懲りずにこんな当たり屋みてぇな真似してやがるのか」

 

そこまで言って、億泰は違和感に気づく。

 

「まて、おまえどうやって袋の口を縛った? それにおまえ、その怪我…」

 

バイクは袋に激突しなかったはずだ。

しかし、中の玉美の顔は腫れ、ところどころに血の跡があった。

手足は縛られ、身動きの取れる状態ではない。

顔面にこびりついた血は黒ずんで固まっており、怪我をしてから時間がたっていることがわかった。

なんとか死んではいないようだが。

 

「おい、おいッ!」

 

玉美の意識が無いことに気付いた億泰は、麻袋をぶんぶんゆすった。

意識を取り戻した玉美は、腫れた目をやっとやっと開き、枯れそうな声で言った。

 

「お…億泰か? 大変だ、康一どのが…康一どのが……」

 

「康一がどうしたよぉ、何か知っているのか? おい、おいッ!」

 

見た目以上にダメージの深い玉美は、それ以上しゃべれないらしく、代わりに山道の脇、森の方を指差し、そして、気を失った。

玉美が指差した先、そこには、白みがかった前髪を左に流し、億泰を真っ直ぐに見つめる少年の姿があった。

少年は、

 

鞍骨倫吾であった。

 

睨み合う虹村億泰と鞍骨倫吾の間に、地響きが起こりそうなほどの緊張感とプレッシャーが走った。

口火を切ったのは、億泰だった。

 

「オイッ! おまえその制服、『ぶどうヶ丘』のモンだな? 玉美をやったのはおまえか?」

 

返答はない。だが、億泰は構わず続ける。

 

「康一がいなくなったのにも、何か関係があるのかよッ!」

 

鞍骨倫吾は億泰の質問には一切答えず、黙って森の奥へと姿を消した。

億泰にはそれが、「追って来い」といっているように見えた。

 

「そうかよ!!」

 

億泰が、倫吾を追って森の中へ入っていく。

 

雲が月にかかり、杜王町の夜から明かりを奪った。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

月明かりのない夜の森は、静まり返っていた。

億泰は、鞍骨倫吾を追って森の中へと足を踏み入れた。

木々が生い茂るその森は、ぶどうヶ丘高校の裏山の中に位置している。

商店街や住宅地から距離を置き、あたりに農地が広がるその場所は、この時間、不気味なほど音も光もなかった。

 

それは、虹村億泰にとっては都合が良かった。

本人は気づいていないが、視界が悪く閑散とした森は、億泰の集中力を高めていた。

 

彼は元来、頭を使って、冷静に、その場の状況を把握しながら戦うといった戦法は得意ではない。

むしろ苦手としているだろう。

戦いとは本来、選択の連続であるのだが、人生で大切な選択のほとんどを兄である形兆に任せてきた億泰は、選択を迫られると混乱してしまうことが多い。

そんな億泰は、自分でも知らぬうちに自分なりの戦闘スタイルを確立していた。

億泰が得意としているのは、『己の感覚に従い戦う』という戦法。

それはもはや戦法と呼べるものではないかもしれないが……

状況を読み取って、己の能力を応用し、勝利への道を切り開いていく東方仗助とはまた違う戦い方。

この二人がコンビとして抜群の相性を見せるのは、この違いゆえなのかもしれない。

野性的な『戦いのセンス』に限っていうならば、東方仗助を上回っている億泰にとって集中力をフル稼働させられるこの状況は好都合だったのだ。

 

鞍骨倫吾は、闇に紛れて億泰を狙っていたが、この場では、億泰の感覚の方が獲物を狙うハンターのように研ぎ澄まされていた。

億泰の後方から、拳大の岩が、風を切って飛んでくる。

死角から投げられたその岩を、億泰は振り向きもせずに削り取った。

 

「かくれんぼはヤメにしたのか? ならさっさとかかって来いッ! てめぇをブチのめして、康一の居場所を聞き出さなきゃならねぇんだからよぉッ!」

 

億泰が岩の飛んできた方向に向かって言うと、鞍骨倫吾は木の陰から姿をあらわした。

 

「かかって来いだと? おまえの能力を知っていながら、ノコノコと近づいていくマヌケがこの世にいると思うか? 虹村億泰!」

 

億泰はそこではじめて、鞍骨倫吾と正面から対峙した。

垂れ下がった目尻、分厚い唇、まだ幼さの抜け切らない整った顔立ちは、日本人離れした作りをしており、男ではあるが『美しい』という印象をあたえるものだった。

ボタンを外して大きく広がった学生服の胸元には、ドクロ型のバッチが左右対称についており、それが目のようになって、倫吾自身が大きなドクロに見えた。

制服の上からでもわかる引き締まった肉体は、だらりと脱力して自然体だった。

 

「俺の能力を知ってるっつーことはよぉ、やっぱりてめぇも『スタンド使い』かッ!」

 

言いながら、億泰はジリジリと倫吾との距離を詰める。

しかし、倫吾もそれに合わせて後ろに下がる。

その距離はきっちり2m圏外を保っていた。

億泰のスタンド、【ザ・ハンド】の射程距離である。

 

「チッ!俺らのことよ~く調べてくれてるみたいだな。何が目的だ? おめーのようなガキに因縁つけた覚えはないんだがな」

 

「俺の目的を教える意味があるのか? おまえのちっぽけな脳ミソで理解できるとは、到底思えないがな」

 

「言いたくねーってか? それならよぉッ!」

 

【ザ・ハンド】が豪速球を投げる投手のようなモーションで、右手を振り下ろす。

その手にはなにも握られてはおらず、一見すると空振りしたように見える

しかしその動作は、億泰と倫吾の間の空間を削り取っていた。

削られた空間がどこへ行くかは億泰にも分からない。

無くなった空間の隙間を埋めようと、空間同士が磁石のように引き合い、それによって億泰と倫吾の距離が一瞬にして縮まった。

はたから見れば、億泰が『瞬間移動』したように見えただろう。

 

「何ッ!?」

 

「おめぇが貝みてーに口を閉ざすっつーんならよぉ、『削り』とって開かせるまでだぜッ!」

 

倫吾のすぐ目の前で、【ザ・ハンド】の「コオォォォォ」という不気味な呼吸音がした。

不意に目の前に現れた億泰と距離をとろうと、倫吾は後ろにステップする。

 

「遅ぇよ」

 

 【ザ・ハンド】が右腕を振り下ろす。

倫吾は、反射的に体をひねって避けようとしたが、かわしきれなかった。

 

「ガフッ…」

 

倫吾の脇腹は、発泡スチロールのようにいとも簡単にえぐられ、ポッカリと空洞ができた。

 

「命まではとらねぇ…さっさと康一の居場所を吐けばなぁ!」

 

倫吾は足に力が入らず、よろよろと木にもたれかかった。

億泰に『瞬間移動』があることは知っていた。

しかし、少し目の前の男を舐めすぎていた。

 

 

【ザ・ハンド】の脅威は空間ごと削りとる『右手』、そして、弱点は短い射程距離にある。

億泰は『空間を削りとる』という能力を応用して、自らが『瞬間移動』する、あるいは『相手を引き寄せる』ことで、その弱点を克服していた。

『瞬間移動』して『削りとる』。

それが、虹村億泰と【ザ・ハンド】の基本戦術だった。

倫吾は、警戒していた。

警戒していたはずだった。

だからこそ、障害物が多く『瞬間移動』しにくい、森の中を戦いの舞台として選んだのだから。

想定外だったのは、虹村億泰の思考回路だ。

倫吾はスタンド使い同士の戦いである以上、相手の能力がわからない状態では、迂闊に手を出してこないだろうと高を括っていた。

しかし、億泰は自分の姿を見るや否や、イノシシのように向かってきたのだ。

倫吾にはない考え方だった。

億泰にとっては『ごちゃごちゃ考えるのが苦手』というその性格が、良い方向に作用した結果となった。

 

「ガハッ!【ワン・ホット・ミニット】!」

 

倫吾は、息も絶え絶えにスタンドを発動させた。

隣に顔面を無数の目が埋め尽くし、腰から触手のようなものがウネウネと伸びた人型のヴィジョンが現れた。

しかし、人と明らかに違うのは、左右に3本ずつ、計6本の腕をもっていることだ。

阿修羅の如くたくましいその腕の一本一本には、時計の文字盤のようなものがくっついていた。

 

「ほう、それがおまえの『スタンド』かよ。コソコソ隠れて戦うような、情けない野郎にふさわしい、醜いスタンドだなぁ!」

 

「甘くみていたよ…… だが、『覚えた』ぜ!」

 

「フン!何を言ってるのかわからねーが、まだやろうってんなら、まずは、そのスタンドで反撃しようって気が起きないくらいに痛めつけさせてもらうぜ!」

 

億泰の拳が、倫吾の顔面めがけて伸びる。

倫吾は【ワン・ホット・ミニット】の『能力』を発動させ、時を『数秒』戻した。

 

 

―――――

 

 

倫吾が脇腹をさする。

そこには、『さっき』失ったはずの脇腹が確かに存在していた。

億泰が叫ぶ。

 

「言いたくねーってか? それならよぉッ!」

 

【ザ・ハンド】が、右腕を振り下ろそうとをした瞬間、倫吾はスタンドを発動させた。

そして、億泰が『瞬間移動』してくるであろう場所に、スタンドの腕を『置いて』おいた。

空間が引き合い、億泰の体が超スピードで移動する。

だが億泰の移動した先には、倫吾のスタンドの拳が待ち構えていた。

億泰は自分から当たりに行くように、【ワン・ホット・ミニット】の拳に突き刺さる。

 

「なにぃ…?」

 

億泰の口から、「コプゥッ」と血が噴き出す。

倫吾のスタンド、右側3本の腕が、それぞれ、億泰のアゴ、みぞおち、腹部を捉えていた。

 

「もう、油断はしないぜ。 虹村億泰」



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虹村億泰の戦い②

虹村億泰は困惑していた。

鞍骨倫吾に攻撃が通用しない。

そもそも、億泰の『削り取って瞬間移動』の戦法は、障害物の多い森の中ではその真価を発揮できずにいたが、それを差し引いても億泰には腑に落ちない点があった。

スタンドの射程距離まで近づこうとすると、それに合わせたように距離をとられ、攻撃はことごとく空を切る。

隙を着いて『瞬間移動』しようとすれば、移動先には倫吾のスタンド【ワン・ホット・ミニット】の拳があり、億泰の腹部に突き刺さる。

それはまるで自分の行動が先読みされているようだった。

 

「クッ!あいつの『能力』か? 俺の攻撃が『読まれて』るのはよお…」

 

「おいおい何をしてんだ、虹村億泰! 誰もいないところで拳を振り回してシャドーボクシングでもしてるつもりか? 公園で必死こいて減量してるボクサーみてぇに惨めだぜ?」

 

倫吾が億泰を挑発する。

その倫吾の身体には傷一つ無かった。

億泰の攻撃が届いたのは、せいぜい倫吾の制服についたドクロのバッチの片方を、削り取ったくらいであろうか……

 

しかし、一見すると余裕があるようにみえる倫吾であったが、全くダメージがない訳では無かった。

いやむしろ、深刻なダメージを受けていたのは倫吾の方だった。

 

 

億泰はここまでの戦いと己の直感で、倫吾の能力を、未来がわかる力、一種の『予知能力』ようなものではないかと検討をつけていたが、倫吾の【ワン・ホット・ミニット】の能力はそんな便利なものでは無かった。

倫吾のスタンド能力は、あくまで『時間を戻す能力』。

その力には、大きな弱点が2つあることを倫吾は理解していた。

 

一つは、一度『時を戻した』ら、戻した分の『時』の間を開けなければ、時間を戻す能力は使えないこと。

つまり、「3秒間」時を戻したら、次に能力を使うまでに「3秒間」の間を開けなくてはならないということだ。

一瞬を争う攻防の中では、この『間』は命取りになりうる。

 

そしてもう一つは、倫吾だけが戻した分の『記憶』をもつことができること。

相手に気づかれることなくこれから起こる出来事がわかるという点において、このことは能力の最大の利点でもあったが、最大の弱点でもあった。

『記憶』が身体に及ぼす影響は、意外な程に大きい。

時を戻しても記憶をもったままということは、ダメージを受けたという記憶も引きずるということである。

先刻の例をもっていえば、たとえ身体の傷は元に戻っても、倫吾の精神には脇腹をえぐられたという記憶が焼き付いているということだ。

戦闘経験が乏しい倫吾が、億泰の攻撃をすべて躱すことは不可能に近い。

倫吾が軽々と躱しているように見えるのは、攻撃を受けて軌道を覚え、時間を戻し、避けるというプロセスを踏んでいるからであり、それは倫吾の精神に着実にダメージを蓄積していることを意味していた。

その戦い方は、文字通り『身体で覚える』戦法であった。

 

常人なら正気を保つことさえ困難であろうこの精神状態を支えていたのは、鞍骨倫吾の『漆黒の意思』に他ならない。

だが、それももう限界が近づいていた。

 

ボロボロの億泰と、傷ひとつ無い倫吾。

表面的には圧倒的な差があるように見えたこの戦いは、肉体的なダメージか精神的なダメージかの差こそあれ、ほぼ互角の戦いであった。

 

「ちょこまかとよぉ!てめえの能力がなんだか知らねぇが、削り取るのは『顔面』ってことは決まったなッ!二度と軽口叩けないようによぉッ!!」

 

たとえ自分の攻撃が読まれているとしても、億泰にはそれを頭脳プレーで何とかしようという思考は無い。

もしも、ここで相手の出方を伺ったり、変に出し渋りをすれば、倫吾に余裕をあたえることとなっていただろう。

攻撃が当たらなくても、ダメージを受けようとも、ただ攻めて、攻めて、攻めあるのみ。

猪突猛進。

結果的に億泰の戦い方は、最もシンプルに、確実に、倫吾にダメージを与えていた。

 

『ガオンッ』

 

【ザ・ハンド】が空間をえぐる。

すると次の瞬間、億泰の身体はまるで最初からそこにあったように、倫吾の横に移動した。

だが、すでにその『1分間』は倫吾が体験した世界。

またしてもそこには、倫吾のスタンドの拳があった。

 

「ゴブゥッ!」

 

億泰は血を吐き散らしながらも、スタンドを操り、空間ごと削りとらんと右手を横になぎ払う。

だが、倫吾は実にあっさりと、身をかがめてそれを躱した。

 

「お前の攻撃は大体わかったよ億泰。そのスタンドの右手が描く軌跡、その直線上にさえいなければ削り取られる心配はないってわけだ。少し体をズラしさえすればいい。そのスローな『弧を描く』攻撃は躱すのは容易い。『戻す』までもなくなぁ!!」

 

「躱すのが容易いだと? そりゃあお前は躱すのが容易いかもしれないな。お前はよお」

 

億泰が再び右手を振りかぶる。

倫吾は億泰の『右手』に神経を集中させ、回避の姿勢をとった。

その時だった。

 

バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリ

 

倫吾の背後の大木が、下段を抜かれたジェンガのようにバランスを失い、倫吾に向かって倒れかかってくる。

巨木の根元は、先ほど倫吾が躱した【ザ・ハンド】の攻撃によって削り取られていた。

 

「な!!」

 

億泰に注意を払っていた倫吾は、一瞬回避が遅れ、右足が木の下敷きとなった。

巨大な木の幹にがっちりと足をとられて、身動きが取れない。

 

それを見た億泰は、レッドカーペットを歩く映画スターのようにゆっくりと倫吾に近づいていく。

そして倫吾の右足を潰す木を踏みつけながら言った。

 

「いっそ体ごと潰された方が良かったかもなぁ? そうすれば顔面を削り取られずに済んだのによぉ!!」

 

倫吾が再び『能力』を使えるまで、残り48秒……

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

静かだった森が、落ち着きを失いざわつき始めた。

森の中を「ホウホウ」という鳥の鳴き声がこだまする。

 

「おい聞こえたかよ? ハトが鳴いてるぜ。ハトってのは『平和の象徴』だ。この平和な町に、てめぇのような薄汚えスタンド使いはいらないってよ」

 

倫吾の動きを封じる木。

それを踏みつける億泰の足に力がこもる。

 

「平和……?この町が平和だとッ? それは貴様らのエゴが生んだ偽りの平和だろう」

 

倫吾が怒りに激しく身を震わせる。

だが倫吾は、その感情を無理矢理にクールダウンさせた。

倫吾の『計画』において、この機を逃すことはできなかったからだ。

冷静さを取り戻した倫吾は、億泰に向かって淡々と言った。

 

「右腕が二回に、腹部が三回、それに下半身が一度…… これまでに、俺がおまえに削り取られた身体の部分だ…」

 

「何わけのわからねぇことを言ってやがる? てめぇの身体が削り取られるのは、たった今からなんだよッ!」

 

「俺を追い詰めたと思ったか? 残念だが、こちらの『計画通り』だ。おまえを『この場所』におびき寄せることができたのだからなッ!」

 

倫吾の手元には、上方から細いワイヤーが伸びていた。

ワイヤーは、木の枝を利用してちょうど億泰の立っている真上まで伸びている。

倫吾が勢いよくワイヤーを引くと、億泰に向かって『何か』が落ちてきた。

同時に倫吾は、顔面を覆うようにスタンドでガード姿勢をとる。

 

「罠か!!」

 

億泰の真上から大量の『何か』が降ってくる。

億泰は咄嗟に、それを【ザ・ハンド】で削り取った。

もし降ってきたものが、重量のある岩のようなものだったなら、その判断は正しかっただろう。

しかし、その大量の『何か』とは、軽い『スプレー缶』だった。

そのまま受ければダメージにはならなかった『スプレー缶』だが、『削って』しまったことにより、削りきれなかったものから中身が噴き出し、億泰に降り注いだ。

 

「がぁッ!目が…熱いッ…!」

 

億泰の目を焼けるような激痛が襲う。

 

「催涙スプレーだよ。野生のクマなんかを追い払うために使われる。獣のようなおまえにはピッタリだろう? あんたの能力は脅威だ。だが、いくら立派な大砲でも盲目の砲撃手が扱ったんじゃ意味がねえよな?」

 

「クソがぁッ!」

 

視界を奪われた億泰が、がむしゃらに右手を振るう。

【ザ・ハンド】の右手は、倫吾の足を捉えていた太い木を削り取った。

それによって抜け出すことのできた倫吾は、再び億泰との距離をとった。

 

「さて、後は……!」

 

倫吾が何かを言いかけて、言葉をつまらせる。

そして、静かに森の闇へと消えた。

 

億泰の目はなお、熱をもった痛みに苛まれていた。

学生服の袖で、ゴシゴシと目をこすってみるが効果はない。

億泰は視覚を捨て、聴覚に全神経を集中させた。

 

……

 

しかし、聞こえるのは風の音と、ときたま「ホウホウ」と鳴く鳥の声だけだ。

 

「かかって来いよ、ドクロ野郎ッ! それとも『目が見えねぇ』ってハンデくらいじゃご不満かよ?」

 

遠くでガサガサと音がした。

その小さな音は、億泰でなければ聞き逃していただろう。

億泰が音のする方に耳を澄ませると、微かな足音が聞こえた。

だが、その足音は億泰に向かってくるどころか、むしろ『遠ざかって』いた。

 

「まさかッ… 野郎ッ、逃げる気か?」

 

億泰が音のする方へ走り出す。

生えている植物に足をとられ、木々にぶつかりながら、億泰は倫吾を追った。

 

ポツポツと雨が降りはじめた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

少しずつではあるが、億泰は敵との距離を詰めていた。

本降りになってきた雨が、億泰の目を洗い、ぼんやりと視界も取り戻しはじめていた。

億泰たちは森を抜け、少し開けた地に出たようだった。

前方を走る倫吾は、ペースを落とし、そしてとうとう足を止めた。

億泰が倫吾に向かって言う。

 

「はぁはぁ、観念したかよ。『俺の視界を奪う』ってのが、お前の『計画』っつーんならよ。もちろん、この『雨』も計画のうちだよなぁ? だとしたら、ずいぶんマヌケな『計画』だがよぉッ!」

 

「……」

 

「お前の『能力』は、あんまり先のことまでは『読めねぇ』んじゃねえのか? だが、もうすぐこのどしゃ降りがくるってことまでは読めた。だから、逃げたんだろ? 『計画』が狂ったからよぉ」

 

倫吾が、重々しく口を開く。

 

「……まったく、的外れだよ億泰」

 

そう言って、足元の麻袋を担いだ。

そして、ゆっくりと、横断歩道を我が物顔で歩く田舎者の歩行者のように、億泰から遠ざかった。

 

「『計画』は狂ってなどいない。すべて『順番』通りにことが進み、そしてここに『完結』した」

 

「ぬかせぇッ!」

 

億泰が倫吾に向かって『右手』を振り下ろそうとする。

しかし、その腕は振り下ろされる前にピタリと止まった。

夜の闇、ぼやけた視界、ただがむしゃらに敵を追ってきた億泰だったが、自分が立っているその場所がどういう場所なのかを、たった今、完全に理解した。

 

「ここは……」

 

億泰は、『送電鉄塔』の中にいた。

鉄塔は、牢屋のように億泰を捉えていたのだ。

倫吾が乱暴に麻袋を地面に落とすと、袋から中身が飛び出す。

袋の中には、億泰の見覚えのある青年が入っていた。

かつて一度、敵として戦った『スタンド使い』であった。

 

「そいつは、『鋼田一 豊大』」

 

「そう、お前がいるその『鉄塔』のスタンド【スーパーフライ】のスタンド使い。まあ、スタンド使いという割に『使い』きれてはいないようだが。俺がこいつを鉄塔の外に出したことで、お前が鉄塔内に残る『最後の一人』となったというわけだ。【スーパーフライ】の能力は、『鉄塔内の最後の一人を、鉄塔の中に閉じ込める』。ババ抜きでいうところのババを引いたんだよ億泰。お前は、もうそこから出ることはできない」

 

億泰と倫吾の距離は1mも無い。

それは、【ザ・ハンド】の射程距離内であったし、億泰が手を伸ばせば届きそうな距離であった。

しかし、億泰は倫吾に触れることすらできなかった。

鉄塔から出ようとすれば、鉄塔の一部となってしまい、鉄塔を破壊しようと攻撃すれば、そのエネルギーが跳ね返ってくる。

それが鉄塔のスタンド【スーパーフライ】の能力。

そのことを億泰は、過去に身をもって体験していた。

地面を蹴る億泰に向かって、倫吾が言う。

 

「まだお前の『順番』じゃないんだよ、億泰。お前はまだ殺さない。ただ、おまえには『順番』がくるまでここにいてもらう。俺の計画に邪魔な存在であることに、変わりはないからな」

 

倫吾は鉄塔を見上げながら言った。

 

「『送電鉄塔に住む男』。最初はこの町の住民も、面白がってよくこの場所を訪れていたようだが、今となっては、物好きな観光客が年に数回訪れるだけだ」

 

鉄塔に吹きさらす、雨足が強まる。

 

「『鉄塔に人が住む』なんて異常な事態にも、すでにこの町は『無関心』なんだよ。俺が直接お前を始末しなくても、このまま放っておけば、この町の『無関心』がお前を殺すかもな!!」

 

(……俺の姉がそうであったように)

 

倫吾は、その言葉は口にはしなかった。

そうして、地面に落とした麻袋を肩に担ぐ。

夜の森から、再び「ホウホウ」という鳥の声が聞こえた。

 

「そうそう、ついでに教えといてやるがアレはハトじゃない。この森で「ホウホウ」鳴くのは、『アオバズク』だ。フクロウの仲間、この町の町鳥であるにもかかわらず、人々の無関心によって絶滅の危機に瀕している哀れな鳥だよ」

 

億泰が、思いきり地面に拳を叩きつける。

拳からは、血が滲んでいた。

そして、億泰は雨を降らす天に向かって吠えた。

 

鞍骨倫吾は、静かに杜王町の闇へと消えた。



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廃墟の決戦①

「億泰と連絡がつかねぇ… 楓、一旦合流するぜ」

 

電話の向こうの東方仗助の声には、重い怒りがこもっていた。

楓のもとに仗助から連絡があったのは、康一を探しはじめた翌日の朝のことであった。

広瀬康一に続き、虹村億泰まで…

楓の脳裏に不吉な予感がよぎったのは言うまでもない。

集合時間を決め、楓はぶどうヶ丘高校へと向かった。

 

ぶどうヶ丘高校。

登校している生徒たちは、いつもと変わらぬ日常を送っている。

生徒が2人行方不明になっているからといって、その日常が揺らぐことはない。

異常を異常と気づかない日常。

楓も、ついこの間まではそんな日常の一部であり、学校をサボったこともないごく普通の生徒だった。

だが楓は今、その日常を横目に通り抜け、仗助との集合場所へと走っている。

大切な友を探し出すために。

 

到着した楓を待っていたのは東方仗助と、その背後にある異様な形の『オブジェ』の数々だった。

楓が目を凝らしてそのオブジェを見ると、それが元は『校舎の一部』だったものの成れの果てであることがわかった。

仗助のスタンド【クレイジー・ダイヤモンド】は『破壊されたものを直す能力』だが、それが必ずしも『元通り』に直るとは限らない。

本体である仗助の感情が高ぶっているときは、元とは形を変えて歪にゆがんで直ってしまう。

仗助の背後の歪なオブジェたちは、仗助の八つ当たりを受けて元の形に直されなかった校舎の成れの果てであり、つまりそれは、仗助が怒りでプッツンしていることを表していた。

 

「仗助くん、大丈夫かい?」

 

恐る恐る声をかける楓に対して、仗助はポケットから取り出した櫛で自慢のリーゼントを整えながら答える。

 

「ああ、俺は冷静だぜ、楓。 だがよぉ、これではっきりしたな」

 

「はっきりって… 何がだい?」

 

「敵の狙いは俺たちだぜ。俺たちの『能力』は敵に知られてると思っといた方がいい。それにオメーは知らねーかもしれないけどよぉ、ああ見えて億泰の【ザ・ハンド】は相当やべースタンドだ。もしそれを倒したってんなら、敵も相当やべー野郎ってことだぜ」

 

「そんな……」

 

「まあ、康一も億泰もそう簡単にくたばってねーだろうが…」

 

仗助は自分に言い聞かせるように言った。

 

「ここから別行動はナシだ。オメーのスタンドは戦闘向きじゃねーからな」

 

「わかった。ありがとう、仗助くん」

 

そのとき、楓は背後に人の気配を感じた。

楓が振り向くと、そこには見覚えのある青年が立っていた。

整った顔立ちの、背の高い青年だった。

 

「誰だテメーは?」

 

気のたった仗助は、必要以上にその青年を威嚇する。

 

「君は…鞍骨倫吾くん」

 

楓は、仗助から青年をかばうように親しげに声をかけた。

倫吾はどこか慌てているようで、走り回ったあとのように肩で息をしている。

 

「片平さん、それに東方先輩も。大変です。今、広瀬先輩が男に連れ去られてるのを見て、誰か助けを呼びに行くところだったんです」

 

喉から手が出るほど欲しかった康一の情報。

情報をもって来た青年は、他人を思いやるその言葉とは裏腹に、血の通っていない人形のようだと仗助は感じた。

目には光や色が全く見られないように思われた。

 

「何だって!? 僕たちも康一くんを探していたんだ。鞍骨くん、康一くんを見たところまで案内してくれないかい?」

 

「……わかりました」

 

そう言って足を引きずりながら先行く倫吾の後を、楓がついて行く。

 

「鞍骨つったか? オメーその足どうしたよ?」

 

「ああこれですか? さっき転んでしまって。なにせ慌てていたものですから。対したことないです、放っておいて下さい」

 

「ふーん……」

 

倫吾は楓を引き連れて先を急ぐ。

仗助はその場を動こうとしなかった。

 

「…? どうしたの仗助くん? 早く行こう」

 

「……ああ」

 

楓に促されてようやく仗助が腰を上げる。

足を引きずりながら走る倫吾の胸元で、欠けたドグロのバッジが鈍く光った。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

人目のない空き地。

そこに廃墟となった空き家があった。

杜王町には、急激な都市開発のため廃墟となった空き家がいくつかある。

この場所もそんな家の一つだった。

 

「あそこです。あの家の中に連れていかれるのを見ました」

 

「ありがとう鞍骨くん。ここからは僕たちに任せて…」

 

「いえ、俺にも行かせてください。先輩たちには借りがありますから…」

 

倫吾は半ば強引に、我先にと廃墟へと足を進める。

 

「鞍骨くん、ちょっと…」

 

倫吾を引きとめようとする楓、その楓の肩に仗助の手が伸びる。

 

「仗助くん?」

 

仗助は何も言わなかった。

その視線は真っ直ぐに、先を歩く倫吾へと向いていた。

 

廃墟の入り口は、鍵こそかかっていなかったが封鎖されていた。

 

「どいてろ」

 

倫吾を入り口からどかした仗助が扉を蹴破る。

廃墟の中は薄暗く、昼前だというのに幽霊でも出るんじゃないかと思われるくらい不気味だった。

 

「康一くん!!康一くん!!」

 

康一の姿は見えない。

楓は康一が返事を返してくれることを期待して叫んだ。

だが返事はない。

 

「気をつけてください。まだ、広瀬さんを連れ去ったやつがいるかも知れません」

 

散らかった床の上を、倫吾が足を引きずりながら進む。

人の気配は無い。

仗助が倫吾に尋ねた。

 

「なあ、どうでもいい話なんだがよー。オメーのそのドクロのバッジ、元からそういうデザインなのか?」

 

「どういう意味です?」

 

「だからよー、その趣味の悪いバッジが元々そんな『何かに削り取られたような』マヌケなデザインかってかって聞いてんだよ!! まるでウインクでもしてるみてーによぉッ!!」

 

「仗助くん、一体何を…」

 

楓が言い切らないうちに、仗助の横には彼の『分身』が現れていた。

【クレイジー・ダイヤモンド】は、倫吾の顔面めがけて拳を繰り出す。

しかし、その拳は倫吾の顔面に届くことはなかった。

倫吾のスタンド【ワン・ホット・ミニット】の六本の腕が硬くガードをしていた。

 

「…やっぱりテメーか」

 

鞍骨倫吾が意外そうに問い返す。

 

「やっぱり? いつから気づいていた?」

 

【ワン・ホット・ミニット】は腕を広げ、【クレイジー・ダイヤモンド】を弾き返す。

 

「最初っからだよ。おめーのそのバッジを見たときからなぁ。それにその足、怪我してるのかって聞いたとき、てめーは『放っておいて下さい』つったよなぁ? 『気にしないでください』じゃなくて『放っておいて下さい』ってよお。それは俺がお前を『治せる』ことを知っていなきゃ出ない言葉なんじゃねーか? 俺の『能力』を知ってなきゃそんなことは言わねーよな? 」

 

「なるほど、そんな薄い根拠で俺は殺されかけたわけだ。ひどい先輩もいたものだな」

 

倫吾の顔つきが、先ほどとは明らかに変わる。

その隣で、【ワン・ホット・ミニット】がダラリと脱力しながらも、臨戦体制をとった。

 

「そんな倫吾くん… 君も『スタンド使い』だなんて、そんな、君が…君がぁ!」

 

「下がってろ、楓」

 

仗助が、自分の後方へと楓を下げる。

それは戦闘能力の無い楓を気遣ってのことなのか、それとも敵の戦闘能力の高さを感じ取ってのことなのか……

刹那、【クレイジー・ダイヤモンド】が雄叫びをあげて、再び倫吾に殴りかかった。

 

『ドラァ!!』

 

しかし、今度はガードするまでもなく【クレイジー・ダイヤモンド】の拳は空を切った。

 

「何ぃ!?」

 

仗助の一撃を軽々とかわした倫吾が不敵に笑う。

 

『ゴゴゴゴゴ』

あるいは

『ドドドドド』

そんなプレッシャーが廃墟を埋め尽くしていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

倫吾は先の虹村億泰との戦いで、ある種の自分の戦闘スタイルというものを確立していた。

己のスタンド【ワン・ホット・ミニット】は、時を繰り返し戻すことができない。

戻した分だけの時間を待たなくてはならないという弱点。

その弱点を克服するためには、無駄に時間を戻しすぎてはいけない。

そう考えた。

仗助の【クレイジー・ダイヤモンド】は、億泰の【ザ・ハンド】のような『一撃で決着を決める』という脅威的な能力はなかったが、そのスピードと破壊力はケタ違いだった。

そのスピードから繰り出されるラッシュは【ザ・ハンド】の攻撃の比ではない。

一撃目を躱しても、二撃目、三撃目がすぐさま飛んでくる。

それを『戻せない時間』に受けたなら、それはこの戦闘の決着を意味するだろう。

 

倫吾は、自分の中で「戻すべき時」を計りながら戦っていた。

それはいつの間にか、自然に、きっかり『6秒』という時になっていた。

相手の出方を読みながらも、相手に与えたダメージを残せる時間。

倫吾自身、それが接近戦においての自分の最良の戦闘スタイルのように感じていた。

 

【クレイジー・ダイヤモンド】に比べてパワーの弱い【ワン・ホット・ミニット】では、カウンターをとっても仕留めるには至らなかったが、それでも仗助の体には着実にダメージを与えていた。

ミサイルのような攻撃が、時には頬をかすめ、時には脇腹をえぐった。

そのたびに時を戻し、何くわぬ顔をして戦い、相手に余裕を見せつけた。

仗助からのダメージは、もっとむごい死に方をしたであろう姉のことを思って耐えた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

仗助は、億泰が辿り着いたのよりかは幾分か早く、倫吾のスタンド能力が『未来を読める』能力のようなものではないかと当たりをつけていた。

承太郎の【スタープラチナ】ほどではないにせよ、自分のスタンド【クレイジー・ダイヤモンド】もスピードに関してはかなりのものだ。

その攻撃を『防ぐ』のではなく『躱す』。

それを人間がやってのけるには、攻撃の軌道を完全に読んででもいない限り不可能だ。

そんな考えから辿り着いた結論だった。

 

当たらない攻撃を続けていても埒があかない。

仗助は一旦攻撃をやめ、呼吸を整える。

頭からつーっと血が伝い、口の中が鉄の味に満たされた。

仗助は口の中に溜まった血をプッと吐き捨て、倫吾に向かって問いかけようとする。

だが、先に口を開いたのは倫吾の方だった。

 

「次にお前は、『お前の目的は何だ?』と言う」

 

「お前の目的は何だ? ハッ!」

 

その瞬間、仗助は背中に冷たいものを感じた。

自分が、目の前の青年の手のひらの上で踊らされているような気がした。

そんな仗助に構わず、倫吾が続ける。

 

「吉良吉影という男を知っているな?」

 

目の前の男が吐いた意外な名前に、仗助の体が強張る。

 

「てめえ……なんでその名を」

 

「俺の姉を殺した殺人鬼の名だ。お前たちが『この町を守るため』に始末した男の名だ」

 

先ほどまで色の無かった青年の目には、真っ黒な炎が宿っていた。

 

「お前たちはこの町を守っている正義のヒーロー気取りなんだろうが、その行為がこの町をダメにしていると考えたことはあるか? 知らぬ間に守られていることが、この町の住民の『自らを守る』という精神を眠らせていると考えたことは」

 

「……」

 

「吉良って男は、誰にも気づかれないように殺人を犯してきたのだろう? だが、俺は違う。もっとわかりやすい形で、誰もが気づくようなこの町の脅威となる。そうすれば、この町の人間も『自らを守らざるをえない』。俺は『必要悪』となってこの町を目覚めさせる。邪魔な貴様らには消えてもらうッ!」

 

 

しばらく黙っていた仗助だったが、やがてポケットから櫛を取り出し崩れかけたリーゼントを整え直した。

 

 

「俺はよー、この髪型が崩れるのは気に入らねーんだ。もちろん、他のヤローがバカにするならそいつのことはぶちのめす。この町だって同じことだぜ。おめーが何と言おうとよぉ、俺が生まれ育ったこの町の平和が乱れるっつーんなら、たとえ誰も気づかなくても、何度でも守るだけだぜ」

 

そう言い放って、鞍骨倫吾を睨みつける仗助。

その目には輝く黄金の精神が宿っていた。

 

「ほざけッ! 俺は俺の復讐を果たすッ! 『順番』通りにな! やはりお前が『一番最初に始末すべき』だと確信したぞ、東方仗助ぇぇ!!」

 

倫吾は【ワン・ホット・ミニット】を構える。

拳を握った6本の腕が倫吾の呼吸に合わせて上下に揺れる。

 

スタンド使いの情報を集める間、何度も耳にした『東方仗助』の名。

 

「おめーは仗助に倒されるぜ、ヒヒッ!」

 

「倫吾くん、何をしようとしても無駄だよ。この町には、仗助くんがいる」

 

小林玉美も、広瀬康一も仗助を頼りにしていた。

岸辺露伴のノートにも仗助を警戒するような文章が綴られていた。

能力では、虹村億泰の方が危険そうなのになぜ?

その答えは実際に対峙してみてよくわかった。

仗助が放つプレッシャーは、倫吾に『命をかける覚悟』を強いるほど強烈で、眩しかった。

 

二人はジリジリと距離を詰め、とうとうその間が互いのスタンドの射程距離に入った。

 

『ドラァッ‼』

 

先にしかけたのは、仗助。

倫吾の腹部めがけて【クレイジー・ダイヤモンド】の拳が伸びる。

倫吾はそれを躱さず、その身に受けた。

飛びそうな意識を繋ぎ止め、【ワン・ホット・ミニット】で仗助の体を掴む。

そして、仗助を捉えながら、足元の床を破壊した。

 

「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉッ!」

 

叫びながら仗助を抱きかかえ、地下の小部屋に落ちて行く倫吾。

落ちていく数秒の中で、倫吾は体勢を翻し、仗助を下敷きにしようとする。

その先には、先端を切り落とした無数の鋭利な鉄パイプが突き出していた。

倫吾が張った罠。

命をかけて仗助をしとめるために潜ませておいた、命の槍。

倫吾は、自分の身体ごと仗助と共にその鉄パイプに突き刺さった。

 

「仗助くんッ!!」

 

上の階で、楓が叫ぶ声が聞こえた。

二人を貫く鉄パイプ。

 

2秒…

3秒…

 

倫吾はしっかりと時を数えていた。

鉄パイプは仗助の急所を確実に捉え、その命はそう長くない。

6本の腕でスタンドごとがっちりと捕まえられた仗助は、抵抗しようにも身動きが取れなかった。

倫吾は、掴んだ仗助から体温がなくなっていくのをしっかりと確かめる。

 

そして東方仗助の命の火が消えた。

 

「これで…いい。これで、運命は決定づけ…られた」

 

消え入りそうな意識の中、倫吾は自らのスタンドの名を呼んだ。

 

「【ワン・ホット・ミニット】時を…戻せ」

 

今度は、きっかり『1分間』時を戻した。

東方仗助の最後の『1分間』を。



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廃墟の決戦②

「俺が生まれ育ったこの町の平和が乱れるっつーんなら、たとえ誰も気づかなくても、何度でも守るだけだぜ」

 

時を戻した先。

東方仗助が、倫吾を真っ直ぐに見据えていた。

 

だが、もう勝負は決まった。

東方仗助は、もう間もなく奈落の底へと落ちていく。

今度は、たった『一人』で。

 

仗助はジリジリと距離を詰めるが、倫吾はそれに合わせるように身を引く。

 

あと、45秒。

 

実力者同士の格闘家が互いの出方を読みあって動けない、そんな硬直状態が続いていた。

倫吾にとって、その数秒は永遠のように長く感じられた。

 

(向かってこい…東方仗助)

 

あと、30秒。

 

重苦しい空気を破って、倫吾が口を開く。

 

「お前にはもう何も守れないよ、東方仗助。この町も、そのニワトリのトサカみたいな髪型もな」

 

その言葉を聞いて、東方仗助の中の何かが切れた。

自分の生き様、そして、恩人である「彼」の存在を侮辱された気がした。

気が付くと、弾けるように目の前の倫吾へと飛び出していた。

 

だがその瞬間、足元の床が崩れ、仗助はバランスを崩したまま地下へと落ちていく。

倫吾に意識を集中させていた仗助にとって、完全に不意を突かれた出来事だった。

倫吾が何かしたわけではない。

床が崩れる運命。

その運命通りに床が崩れ、仗助が落ちただけ。

ただ、それだけのことだった。

 

「何…ッ?」

 

「終わりだ、東方仗助」

 

あと15秒。

それで、東方仗助の命は終わる。

 

「仗助くん!」

 

楓が叫ぶ。

叫んでも無駄だ、運命には逆らえない。

 

運命に逆らいたければ、運命を乗り越えるしかない。

自分の運命を知り、それを乗り越える。

それができるのは、俺以外にはいない。

そんなことを考えながら、倫吾は串刺しになった仗助を確認するため、落ちていった穴を覗き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、そこにあったのは串刺しになった仗助の死体ではなかった。

バランスを崩して落ちたおかしな体勢のまま空中に浮かぶ東方仗助。

その姿だった。

 

「馬鹿なッ! 何故?」

 

運命を変えられるはずがない。

そこには、命の火が消えた東方仗助の姿があるはずだった。

顔面を蒼白にした倫吾に、仗助は言った。

 

「どうした? もしかしてお前には、俺が串刺しになった未来が見えてたのか? コンビニに売られているソーセージみてーによ。残念だったな。ギリギリだったがよー、壊れた床はすでに『直して』おいたぜ」

 

仗助の背中には、壊れた床の破片が敷き詰められていた。

それが、仗助の体を、鉄パイプに刺さる一歩手前というところで支えていた。

破片たちは、巻き戻し映像のように仗助の体を押し戻しながら、元の床へと『直って』いく。

そうして、再び鞍骨倫吾の前に東方仗助が立った。

 

「貴様ッ!運命を乗り越えたっていうのかぁーッ‼」

 

倫吾が、時を戻せるまであと5秒。

 

「俺の【クレイジー・ダイヤモンド】じゃあ歪んだ精神までは『治せない』からよー、このままぶちのめさせてもらうぜ」

 

『ドラララララララララララララララララララララララララーーーーーーッ‼』

 

【クレイジー・ダイヤモンド】のラッシュが倫吾に突き刺さる。

その一打一打が、倫吾の肉をそぎ、骨を砕いた。

倫吾は後方にぶっ飛び、背後の壁に叩きつけられた。

その全身から、血が噴き出した。

 

 

「やった、やったよ仗助くん!」

 

楓が、仗助の勝利を喜ぶ。

仗助は、その場にグラリと膝をついた。

それは、二人の戦いの激しさを物語っていた。

楓が仗助の方へと駆け寄り、その小さな肩を貸す。

 

「ごめんね仗助くん、僕には見てることしかできなかった…」

 

「気にすんな、奴は強かった…」

 

そういって、仗助は楓の頭をくしゃっと撫でた。

 

「さてと、それじゃあ康一と億泰を探すぜ、楓」

 

仗助が楓に向かって笑いかける。

楓も仗助に笑いを返す。

 

あとは、親友を見つければ、また元の平和な杜王町が帰ってくる。

いつもの日常が帰ってくる。

 

 

 

 

 

 

これで…終わった。

 

 

 

 

 

 

 

……はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

ドン、ドン、ドン

 

薄暗い廃墟に、銃声が響き渡る。

 

「仗助くんッ!」

 

仗助は咄嗟に自分の腹部を抑える。

が、どうやら撃たれたのは自分ではないらしい。

仗助は、銃声のした方へと振り向いた。

そこには、拳銃を握りしめた鞍骨倫吾がいた。

 

「てめー、まだやるつもりかよ」

 

ボロボロになった倫吾には、どう見ても、もう戦闘能力はない。

だが、倫吾の瞳から『漆黒の殺意』はいまだ消えずにいた。

 

「ようやく『覚悟』ができたよ。命だけじゃない、『すべて』を失う『覚悟』が」

 

倫吾が不気味に笑う。

そうして、仗助に向けて銃口を向けた。

手に握られた拳銃は、杜王町の『ある若い警官』を殺して奪ったものだった。

 

「なんのつもりだ?」

 

鞍骨倫吾は、ゆっくりと、ゆっくりと、話し始めた。

 

「少し話をしよう、東方仗助。あんたは俺に『未来が見えたか』と言ったが、それは正確じゃない。俺には未来は見えない。俺が見えるのは今だけ、今を見て『時間を巻き戻す』。それが俺の『スタンド能力』」

 

「それで? また時間を戻してやり直すっつーのかよ。いいぜ、何度でもぶちのめすだけだからよぉ」

 

「いや、もう何度やっても無駄だろう。あんたの言うとおり、同じことを繰り返すだけだ」

 

「だったら」

 

仗助の説得を遮るように、倫吾が続ける。

 

「似てると思わないか? あんたの【クレイジー・ダイヤモンド】。『治す』というよりは、まるで触れたモノの時間を巻き戻しているようだ。DVDプレイヤーで言うなら、俺の【ワン・ホット・ミニット】がチャプターごと一気に戻す機能で、あんたの【クレイジー・ダイヤモンド】は巻き戻し…」

 

「何が言いたいんだ?」

 

「まあ待て、話はこれからだ。だけど、それぞれのスタンドには弱点もあるだろう? あんたの【クレイジー・ダイヤモンド】は治せると言っても『命の終わったもの』つまり死んだものは生き返らせることはできない。俺の【ワン・ホット・ミニット】はただ『時を戻す』。生命の生き死には関係ない。実際に『さっき』の未来では俺もあんたも死んでたが、今は生きている。すごいだろ? だが、俺の戻せる時間は『1分間』までだ」

 

「話が見えねぇな、おまえのありがたいスタンド講釈を聞いている暇はないんだよ。さっさと康一の居場所を言え」

 

「そう! 実はその、広瀬康一の話なんだ。俺は『1分間』までなら、死んだ人間だろうと生き返らせることができるってことは理解してもらえたよな?」

 

「仗助くんッ!」

 

話を割って、楓が叫ぶ。

楓が指を指す方向、倫吾の後方には、麻袋が置いてあった。

その麻袋には銃で撃たれたあとが3発。

先ほどの銃声は、仗助ではなくこの袋を狙ったものだった。

ずいぶん時間がたっていた。

袋からはじんわりと血が滲み、赤黒い血が弾痕から流れ出てきている。

 

「おい、まさか…」

 

仗助の顔が青ざめる。

倫吾は、のそりのそりと麻袋のそばまで体を引きずるように歩いた。

そうして、麻袋を掴んで言った。

 

「そして、残念ながらその『1分間』も過ぎてしまった。俺にはもう救えない」

 

「まさか、まさか、やめろーッ!」

 

楓の叫び声が、廃墟内にこだまする。

倫吾が縛られた麻袋の口を開き、中身を床に放り出す。

 

 

中から出てきたのは、動かなくなった『広瀬康一』だった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「康一くん! 康一くん!!」

 

楓の呼びかけ虚しく、康一はピクリとも動かない。

袋から顔を出した康一からは、生命の輝きが失われているように見えた。

まるで、抜け殻のように横たわる。

 

「てめぇぇぇ!! ぶっ殺す!!」

 

仗助は鬼の形相で、怒りに任せて倫吾に向かって行く。

そんな仗助に向かって、倫吾はぴしゃりと言った。

 

「俺を殺せば、広瀬康一は救えないぞッ!」

 

倫吾の言葉に、仗助の動きが止まった。

ハッタリだろう。

だが、康一を救う可能性が少しでもあるのなら、仗助にはその言葉を聞き流すことはできなかった。

 

「まだ方法はある。とはいえ、これは俺にとっても『賭け』になるが……取引をしよう」

 

倫吾が楓を指差した。

 

「あんただよ、片平楓。あんたの『スタンド能力』、『精神エネルギーを与える能力』がカギとなる」

 

楓は、倫吾を睨みつけている。

その楓の周りを、楓のスタンド【ギヴ・イット・アウェイ】が飛び回っていた。

 

「あんたのその能力、普通の人間に使えば『自信や勇気を与える』力があるのだろう。それが、『精神エネルギー』を注ぎ込んだ時、人に与える影響だ。広瀬康一を拉致したときに聞いたよ。あんたの名前を出して呼び出したらまんまと来てくれた」

 

「貴様ぁぁぁ!」

 

楓は今にもその場を飛び出しそうだった。

だが、康一を救うため、怒りの感情を押し殺した。

 

「もし……もし、その能力をスタンド使いに使ったら? スタンド使いに精神エネルギーを与えたら? スタンドは『精神エネルギー』のヴィジョンだ。精神エネルギーの成長は、『スタンド能力』の成長を意味するのではないか?」

 

『ではないか?』

そう言ってみたものの、倫吾にはほぼ確信に近い自信があった。

袋男との戦いの中で、袋男のスタンドが見せたスタンドの成長。

それは、楓のスタンド能力の影響に他ならない。

そう思っていた。

 

そして、その思いと同じものが今、倫吾の話を聞いた楓の頭の中にもよぎっていた。

楓にも、心当たりがあった。

 

「楓……」

 

『本当なのか?』そう問いかけるように視線を送る仗助に対して、楓はゆっくりと頷いた。

 

「それで、僕にどうしろっていうんだ?」

 

「鈍いんだな。あんたの能力で俺の【ワン・ホット・ミニット】を成長させるんだよ。もし、『1分』以上時を戻せるようになれば、広瀬康一を救うことができる」

 

不気味な提案だった。

楓にも心当たりがあったにせよ、自分のスタンド能力が、スタンド使いにどのような影響を与えるのか見当もつかなかった。

 

「そう都合よくお前の能力が成長する保証はないだろ」

 

「かもな、だから『賭け』だと言った。だがお前は協力するだろう? 他に選択肢はない」

 

その通りだった。

これは、選択権のない取引き。

親友の命を救うためには、答えは一つしかなかった。

楓はもう一度、康一に目を向ける。

命を失った親友の姿を見て、楓は『覚悟』を決める。

 

「わかった…だが約束しろ! 必ず、康一くんを救うと」

 

「俺は『順番』と約束は守る」

 

「…ごめんね、仗助くん」

 

「……」

 

仗助は何も言わなかった。

楓は、倫吾に向かってテントウムシを飛ばした。

倫吾の肩に止まった【ギヴ・イット・アウェイ】は光々と黄金色に輝いた。

倫吾に、どんどんと精神エネルギーが注ぎ込まれていく。

 

(計画通り……これで、最後のピースは手にした)

 

ここまで、事前に考えていた倫吾の計画通りにことが進んでいた。

東方仗助に敗北することさえ、倫吾の想定の範囲内であった。

むしろ、倫吾は仗助に敗北して『覚悟』を決める必要があった。

失う可能性があっても、『成長』しなければ仗助には勝てないと思える『覚悟』が。

片平楓の能力による『スタンドの成長』には、不確定な要素が多すぎる。

下手をすれば、『スタンド能力』を失いかねない。

倫吾のセリフ通り、これは『賭け』だった。

 

倫吾はこの賭けに勝つ可能性をあげるため、自分が『どんな能力を身につけるべきか』を繰り返しイメージしていた。

倫吾が『時間を戻す能力』を得たのは偶然じゃない。

『姉と暮らしていたあの頃に戻りたい』そういう強い意志があってこその能力だと考えていた。

スタンド能力は、その本体の人間の強い意志が決定づける。

ならば、もっと強く願おう。

『あの頃に戻りたい』と。

 

そして、鞍骨倫吾は……

 

 

 

 

賭けに勝った。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

倫吾のスタンドが、姿を変える。

顔面を覆っていた無数の目玉は中央に吸収されるように大きな一つ目となり、6本の腕は左右で絡み合い2本の太い腕となった。

幾分かシンプルとなったその見た目は、シンプルさゆえの強力なパワーを秘めているように思われた。

 

「いいぞ最高だ! 最高に気分がいい。気分がハイになっている!」

 

倫吾は自信に満ち溢れているようだった。

その姿には、高貴なプライドと下劣な感情をごちゃまぜにしたような禍々しさがあった。

しかし、楓は物怖じせず倫吾に言い放つ。

 

「さあ、約束だ! 康一くんを救え!」

 

「救う? ああ、そのガラクタを救って欲しいのならいくらでも救ってやるよ」

 

倫吾が、楓に麻袋を蹴ってよこす。

楓は麻袋に駆け寄った。

 

「これは、そんな…」

 

麻袋の中の康一だと思っていたものは、木偶人形に変わり果てていた。

 

「間田さんのスタンド、【サーフィス】」

 

「言っただろう。『順番』は守る、と。広瀬康一も、そのスタンド使いもまだ殺してはいない。まず始末するのは東方仗助、貴様からなのだからなぁ」

 

倫吾とそのスタンドは仗助に向き直り、臨戦体勢をとった。

 

「康一たちがまだ生きているっつーならよ。ありがてぇ。これで、遠慮なくおめーをぶっ潰せるんだからなッ!」

 

仗助と【クレイジー・ダイヤモンド】も、倫吾に向かって構えをとった。

 

「どうかな?」

 

倫吾のスタンドが地面を叩きつける。

今度は床が崩れ落ちるのではなく、そこに『扉』が現れた。

重々しい、真っ黒な『扉』だった。

 

「これが俺の『新しい能力』だ」



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アザーサイド

「新しい能力だと?」

 

仗助が倫吾に睨みを利かす。

確かに、鞍骨倫吾のスタンドのヴィジョンは、先程までとはまるで変わっていた。

スタンド能力の成長。

広瀬康一の【エコーズ】を知る仗助にとって、それはありえないことではなかった。

また、仗助自身は知らないことであったが、かつての敵、最凶最悪な殺人鬼、吉良吉影もそのスタンド能力を成長させた一人であった。

どちらにも共通して言えるのは、成長のきっかけは「極限まで追い込まれること」。

 

鞍骨倫吾の状況は、まさしくその条件に当てはまっていた。

さらに、それに加えて片平楓のスタンド【ギヴ・イット・アウェイ】の能力で精神エネルギーを得た成長。

その進化した能力は未知数であった。

 

ただひとつ、はっきりしているのは、成長前よりも確実に強力な能力であるということだけだ。

 

倫吾は発現させた扉の前に立ち、語り始めた。

時計の針が、コツコツと時を刻むような語り口であった。

 

「俺の『時を戻す能力』。それは言うならば、俺の記憶や、精神だけが『過去に戻る』ということだ。だが、もし肉体ごと戻ることができたら?時を飛び越え、過去に戻ることができたら? 幼い俺にはできなかったことが、今の俺にならできる。『運命』を変えるなんてちゃちなもんじゃない、『運命』を支配できる。俺の能力は進化した! 俺は過去への『扉』を手に入れたぞッ! 」

 

「『過去に戻る能力』だって…?」

 

倫吾の言っていること、自信に満ち溢れた態度、そして、自分のやってしまったこと、楓はそれらすべてに恐れ、おののいた。

 

「そうだ、この扉の向こうに『過去』がある。俺だけが行き来することができる『過去』が。【ワン・ホット・ミニット・アザーサイド】、そう名付けようか。『こちら側』は、俺だけの世界だッ!」

 

ハイになっている倫吾は、高笑いをした。

決して気持ちのよい笑いではない。

チューニングの狂った楽器が奏でる音楽のように、頭痛や吐き気をもよおすような最悪な笑い声だった。

 

「さて本題に入ろう。俺は今から過去へ行き、自分の運命を変える。だが、その前に東方仗助、貴様だけは始末しなければならない。それが俺の『順番』だからだ。たしかに俺は、今のお前には勝てないのだろう。だが、『過去のお前』にならどうかな? 過去のお前を始末したなら、今俺の目の前にいる『東方仗助の存在』はどうなるのだろうな?」

 

「『過去』の仗助くんを殺すだって?」

 

楓の頭に、昔見たSF映画の内容が浮かんだ。

それは、主人公がタイムマシンに乗って過去に戻るというストーリー。

過去に戻った主人公が自分の父親と母親の出会いを邪魔してしまったために『自分の存在』を失いかけてしまうというものだった。

たしか、映画の中では『タイムパラドックス』とか言われていた。

つまり、過去の自分がいなくなれば今の自分の存在が消えてしまうということだ。

過去の「東方仗助」が消えれば、今の「東方仗助」の存在が消えてしまうということだ。

 

「さよならだ、東方仗助。過去のお前にあったら、よろしく伝えといてやる」

 

「そんなことは僕がさせない。お前のような卑怯者は僕が許さないッ!」

 

扉に入ろうとする倫吾に、背後から楓が飛びついた。

【ギヴ・イット・アウェイ】の篭手が倫吾の首を締め上げる。

だが、力のない楓は、ぼろぼろの倫吾を苦しめることもできない。

 

「卑怯? 卑怯者だと?」

 

倫吾は、新たなスタンド【ワン・ホット・ミニット・アザーサイド】の腕を、片平楓に向かって振り下ろした。

斧を振り下ろすような一撃は、倫吾を捉えていた楓の左腕を切り落とした。

 

「ぐわああああああああああああああああッ」

 

甲高いサイレンのような楓の悲鳴が、廃墟中に響き渡った。

 

「少し他人と違う力があるからといって自惚れるな。卑怯なのはどちらだ? 誰かに壊されてからしか守ろうとしない『対応者』のお前たちと、自らを率先して守るよう、町の人間の『意識』を変えようとする俺と。俺は『公正(フェア)』だ。命に『公正(フェア)』なのは俺の方だ!!」

 

倫吾は切り落とした楓の左腕を拾った。

左腕は、まだ篭手を纏っている。

倫吾はその腕をポンと上に放り投げてはキャッチをし、楓に吐き捨てるように言った。

 

「これがなければ、お前もただの人間だ。『町を守る』だなんて大それたことを考えずに、ちっぽけな自分の存在を必死で守ってろ。この腕は頂いておくよ。まだこの新しい能力が完全にはなじんではいないようだしな」

 

仗助は、楓の腕がぶった切られるのと同時に飛び出していた。

だが、【クレイジー・ダイヤモンド】の射程距離内に入る前に、倫吾は扉の向こうへと消えようとしていた。

 

「待ちやがれ、てめえがどこへ行こうと。必ず俺がぶっ飛ばす」

 

「ほう、ならば『扉』は開けといてやるよ、東方仗助。追ってくるか? 『こちら側』を自由に行き来出来るのは、能力を使える俺だけだ。時空の狭間を彷徨って死ぬのもいいだろう。どうせお前の『存在』はもうすぐ消える。死に様はお前に選ばせてやろう」

 

そう言い残し、鞍骨倫吾は扉の向こうの闇へと消えた。

 

東方仗助と片平楓は、扉の前で立ち尽くした。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

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◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

扉の向こう側は、真っ暗な空間だった。

風も音もない。

そこに、下へ下へと続く螺旋階段だけがあった。

 

倫吾は、東方仗助にやられた身体を引きずりながら。その階段を降りていた。

 

下へ下へ。

 

「仗助を始末したら、少し休もう。そうしてから、吉良吉影を殺しにいく。一度殺して、過去に戻ってまた殺そう。二度、三度、四度…何度でも殺そう。気が済んだら、姉さんを見に行く。会いに行くのではなく、見に行くだけ。今の俺には関わらないほうがいいはずだから」

 

倫吾は仗助たちの前では余裕をみせるよう振舞っていたが、身体には深刻なダメージを受けていた。

片平楓から奪った左腕を胸に押し当てると、少しは楽になった気がした。

だが、身体の傷が癒えるわけではない。

精神力だけが倒れそうな身体をつなぎとめていた。

これからの計画を独り言のように呟くことで、崩れそうな身体を支えていた。

 

「吉良吉影を殺せば、姉さんは死なないはずだ。姉さんは生き返る。姉さんには今度こそ幸せになってもらおう。俺は町を脅かす存在になるけど、姉さんだけは幸せにする。姉さんだけは俺が守る。自分の大切な人は、自分で守ればいいんだ。自分の大切なものだけでいいから。誰かに守ってもらうんじゃない。そんな、町にしなければならない」

 

ゴブゥッ!

倫吾が胃の中一杯ほどの血を吐き出す。

それを踏んでズルリと足を滑らせ、倫吾は前のめりに倒れた。

 

「ハアハア…『順番』は守るよ姉さん。まずは、東方仗助……」

 

倫吾は東方仗助を始末するための最後の計画に思考を走らせた。

 

 

この満身創痍な身体で東方仗助を始末する。

『いつ』の仗助を?

最近のでは勝ち目がない。

今の俺には倒せない。

結局は、また敗北の運命を繰り返すことになるだろう。

もっと、遡らなければ……

幼い仗助なら始末できるだろうか?

いっそ、身重の母親を…いやダメだ、無関係な人間を殺しては、未来にどのような影響が出るかわからない。

目撃者は出来るだけ少なく、東方仗助が弱っている時がいい。

 

 

倫吾には、心当たりがあった。

東方仗助の噂話に耳を傾ければ、必ず入ってくるであろう情報。

仗助がなぜあんな奇怪な髪型をしているのか、そして、『なぜ髪型をけなされると烈火の如く怒り狂う』のか。

その理由となったエピソード。

 

仗助は幼い頃に、死の淵を彷徨った経験があるのだ。

それも、周りに誰もいない大雪の、小さな車の中で。

 

倫吾の行き先は決まった。

倫吾は階段を下り、一つの扉の前に立った。

そして、鈍色のドアノブに手をかける。

 

行き先は、1987年の冬。

記録的な大雪が杜王町を襲った、ある1日。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

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◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「ううっ…うっ…」

 

片平楓の流した涙が、廃墟の床を湿らしていた。

腕を失った痛みから涙を流しているのではない。

自分がよかれと思ってやった行為。

親友を救おうと思っての行いが、もう一人の親友の『存在を消そう』としていた。

 

「ごめん…ごめんよ仗助くん。『罠』かもしれない。そんなことはわかっていたんだ。でも、もし罠でも康一くんを救える可能性がほんのちょっとでもあるなら。僕はやらないわけにはいかなかった」

 

倫吾に過去へ逃げられ黙りこくっていた仗助。

だが、その言葉を聞いて楓のそばへしゃがみ込み、楓の頭を再びくしゃっと撫でた。

 

「おめーは正しいよ。俺がお前の立場でもおんなじことをしただろうよ。男がメソメソしてんじゃーねぜ、楓」

 

「でも、僕のせいで君の存在が……僕のせいで僕たちはヤツに負けたんだッ!」

 

仗助は自分の隣に、【クレイジー・ダイヤモンド】を発現させた。

 

「そいつは違うぜ、楓。たしかに、俺はもうあいつには勝てねえ。ぶっ飛ばしてやりてーけど、もう手出しもできねえよ。だがよお、『俺たち』はまだ負けてねーぜ。それはお前がヤツに『最後の抵抗』をしてくれたおかげだ。ヤツはやたらと『順番』にこだわってたけどよー。今俺たちが一番にやらなきゃいけないことは、めそめそ泣き言を言うことでも、あきらめて康一や億泰を探し出すことでもねえ。『お前の腕を治す』ことだぜ」

 

「何を言っているんだ、君は存在が消えようとしているんだよ? 僕の腕なんてどうでもいい、僕の腕なんて… …ハッ!」

 

楓は仗助が何をしようとしているのか理解した。

 

「なぁ? 『腕を治す』のが一番だぜ、楓。こいつは『賭け』になるかもしれねえが、付き合ってくれるか?」

 

楓が頷く。

 

「行こう、仗助くん」

 

仗助にはその時、楓の目に黄金の光が宿っているように見えた。

それを見て、仗助は楓に一言だけ言った。

 

「グレートだぜ」



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決着

倫吾が1987年の扉を開けた先。

そこには真っ白な世界が広がっていた。

雪が何もかもを覆い尽くす世界。

まさに銀世界。

杜王町で生まれ育った倫吾にとって、おそらく過去に経験しているはずの風景のはずだが、この時代の倫吾はまだ生まれて間もなく、今の倫吾には全く記憶に無かった。

扉から一歩踏み出すと、雪に足を取られた。

一歩踏み出すたびにズボッズボッっと、膝のあたりまで雪の中に足が埋まった。

 

「さて……」

 

倫吾は、周りを見渡して目的のものを探す。

吹雪いた雪が目に入り、傷跡にしみた。

視界が悪く、目の前数メートル先も見えなかった。

倫吾が立ち尽くしていると、『ギュルルル、ギュルルル』という音が聞こえてきた。

この雪にタイヤをとられ、から回っているような音。

倫吾から、そう遠くない場所から聞こえるようだった。

 

「あそこか…」

 

倫吾が、歩みを進めようとする。

しかし、その時。

倫吾の背後から、音がした。

 

『ガチャリ』

 

 

倫吾にとって、聞こえてはならないはずの音だった。

倫吾が、聞こえるはずがないと思っていた音だった。

それは『扉』の開く音。

 

開いた『扉』から現れたのは、東方仗助と片平楓だった。

 

倫吾は絶叫した。

 

「どうしてだ…どうしてここにくることができるーーッ!!」

 

その絶叫から逃げ出すように、倫吾の抱えていた『片平楓の左腕』がスルスルと倫吾の手から離れ、楓の先が無くなった腕に元通りにおさまった。

仗助は、獲物をとらえる野生動物のような鋭利な視線を倫吾に向け、そして静かに言った。

 

「お前、言ってたよなぁ。俺たちのスタンド能力は似ているって。『治す能力』は、『時間を巻き戻す』みてーだってよ。ヒントはお前がくれたんだ。扉の向こうで『楓の腕を治せ』ば、腕を持っているおめーのところまで行けるんじゃねえかって。これは賭けだった。保証なんてなかったがよー。どうやら『賭け』には勝ったようだな。辿り着いたぜッ!」

 

互いのスタンドの射程距離内。

倫吾は距離をとろうとするが、身体のダメージと、雪に足をとられるのとで思うように動けなかった。

やるしかない。

倫吾は『覚悟』を決めた。

 

「【クレイジー・ダイヤモンド】!」

 

「おおおおおおッ! 【ワン・ホット・ミニット】!!」

 

ほとんど同時に繰り出される拳。

勝負は一瞬だった。

二人の目の前で、互いのスタンドの拳が交差する。

 

【ワン・ホット・ミニット】の拳は空を切り、【クレイジー・ダイヤモンド】の拳は倫吾の顎を砕いた。

 

『ドラァッ‼』

 

【クレイジー・ダイヤモンド】の一撃は、もう途切れかけていた倫吾の意識を、根っこから刈り取った。

 

「鞍骨よお。お前は俺たちのスタンド能力が似ているって言ったけど、俺はお前の能力はむしろ『時間を吹き飛ばして戻す』、あの男のソレに近いと思ったぜ。お前が最も憎んでいた、吉良吉影の能力によ」

 

仗助の最後の言葉は、意識のない倫吾には届かなかった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「今度こそ終わったね」

 

楓が自分に戻った左手を見つめながら言う。

握っては開きを繰り返し、先ほどまで無かった腕が戻った奇妙な感触を確かめていた。

 

「ああ、そうだな」

 

仗助の顔に当たった雪が、体温で溶けて流れ落ちる。

リーゼントには、雪が積もり始めていた。

 

「それにしても、杜王町にこんな大雪が降った日があったんだね。あいつは仗助くんを狙ってここにきたわけだから、きっと僕も生まれているはずなんだけど…全然覚えていないや」

 

「……俺はよく覚えてるぜ」

 

その時、今まで気にならなかった『ギュルルル』という音が、楓の耳に飛び込むように入ってきた。

 

「まさか、今日…いや、この日は」

 

仗助くんが『彼』に助けられた日。

 

仗助くんがリーゼントにしたきっかけである『彼』。

仗助くんが生きる目標としている『彼』。

その『彼』に仗助くんが出会った日なのではないだろうか。

 

鞍骨倫吾は弱り切った相手を始末するために、最も適したこの日を選んだに違いない。

そんな推理に近い予想が、楓の頭を駆け巡った。

だが、楓はそれらを一切口にせず、仗助に一言だけ言った。

 

「会いにいかなくてもいいの?」

 

聞こえてくる『ギュルルル』という音の感覚が短くなる。

それは、雪から抜けだそうとする運転手の焦りを表しているようだった。

 

「……」

 

仗助は、突然おとずれた自分の理想の人物に会えるというチャンスと、会いに行くことへの恐れとの葛藤に答えを出せずにいた。

楓は仗助の背中を『左腕』でポンと叩き、そして言った。

 

「もし会うチャンスがあるならそれは絶対逃さない、でしょ?」

 

楓の左腕が光々と輝いていた。

 

楓のスタンド名は【ギヴ・イット・アウェイ】。

「他人に精神エネルギーを与え、『自信』や『勇気』を与える能力」

 

 

「楓、少しだけよお、待っていてくれるか?」

 

そう言い残して、仗助は吹雪の中へと消えて行った。

楓は、その大きな背中が見えなくなるまで見送った。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

仗助と楓は階段を登っていた。

時空の狭間にある長い長い螺旋階段を。

元の時代、帰るべき杜王町に戻るために。

 

楓は戻ってきた仗助に、なにも聞かなかった。

本当は聞きたかったが、いつか仗助の口から話してくれる日が来るだろう。

その日を待つことにした。

仗助の大切にしている学ランは、仗助が帰ってきたとき何故かボロボロになっていた。

 

 

「楓よお、俺は置いてきてもよかったんだぜ」

 

仗助の背中には、鞍骨倫吾がおぶられていた。

意識こそ失っていたが、致命傷になるような怪我はあらかた仗助が『治して』いた。

 

「まあいいじゃない。康一くんや億泰くんも無事みたいだし。それに彼がいないと、きっと 『この空間』は消えて帰れなくなってしまうんじゃないかい?」

 

「チッ! 元の時代に戻ったらよー、こいつを叩き起こして康一たちの居場所を吐かせるからな」

 

楓はぼそっと呟いた。

 

「きっと彼はやり方を間違えただけなんだ…」

 

「ああ? 何か言ったか?」

 

「いや、何でもないよ」

 

仗助と楓は、一歩一歩階段を踏みしめるように登って行く。

早く帰りたい。

楓には、いつもの杜王町がヤケに懐かしく、恋しく感じた。

 

 

 

 

 

 

―――――

 

 

その時だった、

 

『ズンッ』

 

突然、先ほどまで音の無かった空間に、重低音の音と、体をぶらす揺れが襲う。

 

「なんだ?」

 

顔を見合わせる仗助と楓。

警戒する2人を再び、激しい揺れが襲う。

 

『ズンッ』

 

下をみると、今まで登ってきた階段がゆっくりと崩れ始めていた。

 

「まさか……やっぱり、時間切れか」

 

楓が何かに気づいたように言う。

 

「どういうことだ?」

 

「これは推測なんだけど……たぶん、僕の【ギヴ・イット・アウェイ】で成長した能力は一時的なものなんだ。能力の成長は完璧じゃない。それがわかったから、倫吾くんは僕の左腕を切り落として持って行ったんだ。そして、どうやら時間切れがきたみたいだね」

 

「おいおい、そんなことはもっと早く教えといてくれよ」

 

「僕にも確信があったわけではないんだよッ!」

 

「まあいい、走るぜ、楓!!」

 

二人は急いで階段を駆け上がる。

階段が崩れるスピードはゆっくりだったが、徐々に二人に追いついてきていた。

 

「早くしろ! 楓!」

 

仗助の後ろを必死で食らいついて行く楓。

だが、その差はだんだんと離れていく。

崩壊は、螺旋階段を蛇のように飲み込んで行く。

 

「楓ぇッ!」

 

仗助が振り向き叫んだ時、背中で倫吾が意識を取り戻した。

 

「クッ…」

 

その拍子にバランスを崩す仗助。

倫吾は仗助の背中から滑り落ち、階段の縁から落ちていった。

 

「危ない!」

 

仗助から遅れていた楓が、ギリギリのところで倫吾の腕を掴む。

 

「片平…楓ェ……」

 

倫吾はまだ意識がはっきりしないようで、うわ言のように呟いた。

 

「早く、僕の腕につかまれ!」

 

「片平…楓……お前さえいれば、まだ…やり直せる。『運命』を…変えられる」

 

「まだそんなことを言ってるのかッ! 早くつかまるんだ」

 

下からはだんだんと崩壊が迫ってきていた。

楓は握力を失い、つかむ腕が少しずつズリズリと滑っていく。

楓の指が倫吾のしている女物の小さな時計に引っかかり、楓はそれを掴んだ。

 

「もうもたない! お願いだから早くつかんでッ!」

 

「姉さん……」

 

鞍骨倫吾がそうつぶやくと、楓の手からフッっと体重が消えた。

倫吾は深い闇の中へと落ちていった。

楓が手を離したのではない。

つかんでいた倫吾の小さな時計が、焦げ跡のある花柄の時計が、自然と倫吾の腕から外れたのだ。

楓の手には時計だけが残った。

楓は慌てて下を覗き込むが、倫吾の姿はもう見えなかった。

 

「楓、急げ!」

 

上から仗助が呼びかける。

階段の崩壊は、倫吾を飲み込んでからそのスピードを増していた。

仗助は楓が追いつくと、二人は全速力で駆け上がった。

 

「あの扉だ」

 

楓が出口を指差す、が、そこまではまだ距離がある。

崩壊は二人のすぐ後まで迫っていた。

 

「クッソ! 間に合わねぇか?」

 

仗助が諦め掛けたとき、扉の向こうから声がした。

 

「仗助、楓、飛べ!」

 

その声に合わせて、二人は階段を蹴りつけて、上へと思い切りジャンプした。

 

『ガオンッ!』

 

空間を切り裂く轟音。

仗助と楓は、引き寄せられるように空中を飛び、そして扉の外へと吐き出された。

二人が扉の外へ出ると、扉はスーッと消えた。

 

扉の向こうには、二人が見慣れた青年の姿があった。

 

「変な扉があると思ったらよー。その中にも奇妙な階段があるなんてな。しかも、仗助が必死な顔で走ってるしよー。仗助、お前ダイエットでも始めたのか?」

 

飛び出した衝撃でぶつけた身体をさすりながら、二人が顔を上げると、そこにはニヤニヤと笑う虹村億泰が立っていた。

 

「億泰くん!」

 

「億泰、てめーよぉ、来るのがおせえんじゃねぇのか?」

 

仗助は憎まれ口をたたきながらも、涙目になって、その再会を喜んだ。

 

「勘弁してくれよ、こっちも大変だったんだぜ。もう少し見つかるのが遅かったら、フンニョーがかかった草を食わなきゃならなかったんだからよぉ」

 

仗助と億泰が拳を合わせる。

 

「で? あのヤローはどこだよ」

 

眉間にシワを寄せ尋ねる億泰に、仗助が答える。

 

「あいつは扉の向こうだ。そして、もう二度とあの扉は現れない。……終わったよ」

 

「そうか…」

 

仗助は一から十まですべてを説明しなかった。

どんな感情が仗助にそうさせたのか、それは仗助自身にもわからなかった。

だが、その短いやり取りで、気の合う仲間であり、信頼し合う相棒である東方仗助と虹村億泰の二人には十分だった。

 

「それよりよぉ、康一が病院にいる」

 

「康一くんも見つかったの?」

 

「おう、ケガはたいしたことないみたいなんだが、さっさと行って治してやってくれよ」

 

「ああ…」

 

仗助と億泰が、部屋を出ようとする。

 

「行くぞ、楓」

 

楓は立ち止まり、自分の手元を見つめていた。

何かを不思議そうに覗き込んでいるようだった。

その様子を見て、仗助が楓のそばまで歩み寄る。

 

「どうした?」

 

楓の手には、花柄の白い時計があった。

鞍骨倫吾の腕に着けられていたものだった。

 

「おかしいんだこの時計、ベルトの部分がどこも壊れていないでしょ。僕はあの時、この時計が『自分から』倫吾くんの腕をはずれた気がしたんだ。不思議だけど、そんな気が…」

 

「見せてみろ」

 

楓が仗助に時計を渡す。

仗助はその時計をまじまじと見つめた。

億泰も横から首を突っ込んで時計を見る。

 

「壊れてるぜ、この時計」

 

確かに、時計は壊れていた。

ベルトには焦げ跡があり、文字盤の上の針は、時を刻むのをやめてしまっていた。

先ほどの戦いで壊れたというよりは、何年も前から壊れているように古びれていた。

 

「なんで彼は、そんな時計をしてたんだろう?女物だし、壊れてしまっているのに」

 

仗助は、針の動かなくなった時計を【クレイジー・ダイヤモンド】でそっと触れた。

すると時計はカチカチと小さな音を立てて、再び時を刻みはじめた。

仗助は、さっきまで『扉』のあったところにその時計を置いた。

 

「きっとあいつにとってはよぉ、大切なものだったんだろうぜ」

 

そう言って振り向き、仗助は部屋を後にする。

億泰と、楓もその後に続いた。

 

楓は出がけに、もう一度だけあの扉のあった方へと振り向いた。

だが、そこにあるはずの時計はなぜか消えてなくなっていた。



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出会いの意味

「ねぇ楓くん。そろそろ帰らないかい?」

 

目の前の親友の一言にうながされるように、僕は時計に目をやった。

 

「ああ、もうこんな時間か…全然気づかなかったよ」

 

いつもの図書館で、僕と康一くんは受験勉強の追い込みをかけていた。

参考書の束をトントンと直し、僕はそれをカバンに詰め込んだ。

窓の外をみると、日はすっかり沈んでしまって杜王町は暗闇に包まれていた。

 

…………

 

あの日から数日たつ。

康一くんも億泰くんも、体の方はもうすっかり回復した。

ついでに言うと、康一くんと一緒に捕らえられていた間田さんや、鉄塔に住む男も。

何事も無かったかのように時はたち、また当たり前な日常が繰り返される。

今日も相変わらずな、杜王町の一日が終わろうとしている。

あの日の戦いは、誰も知らないし、知る必要もないのだろう。

 

 

あの戦いの中で鞍骨倫吾は、『この町は眠っている』と言っていた。

だけど…

あのとき倫吾くんに捉えられた億泰くんや康一くんを、見つけ、助け出してくれたのは『この町の住民』だった。

杜王町に住む人々が、彼らを救い出してくれていたのだ。

ちゃんと自分の周りの異変に気づいて、行動しようとする、そんな人たちだってこの町にはたくさんいたのだ。

 

鞍骨倫吾……

彼は、この町の悪い部分だけを見過ぎてしまっていたのかもしれない。

そんなことを考えると、僕は少しやりきれない気持ちになる。

 

 

「そういえば楓くん、最近ヤケに勉強を頑張っているみたいだけど何かあったの?」

 

交差点の信号待ち、隣を歩く康一くんがそう僕に問いかけてきた。

 

「ああ、ちょっとね……」

 

僕は、自分の胸の内を康一くんに打ち明けることに少し戸惑って、返事にならない返事を返した。

倫吾くんとの戦いの後、僕がずっと考え続けていたこと。

目の前の親友にそのことを打ち明ければ、きっと理解してくれるだろう。

笑ったり、バカにしたりせずに、真摯に受け止めてくれるに違いない。

だけど、僕は自分に自信がもてず、まだ話せずにいた。

その様子を励ますように、僕の【ギヴ・イット・アウェイ】が僕の頭上を飛び回る。

だけど、その能力は、僕自身には使えない。

 

「そうだ、康一くん、ちょっと付き合ってくれるかな?」

 

もう遅い時間にもかかわらず、そう言って僕は、康一くんを連れ出した。

訪れたのはあの廃墟だった。

 

「ここで倫吾くんと戦ったんだね」

 

「うん……」

 

僕がうつむいていると、康一くんが話し始めた。

 

「あの後、露伴先生に頼んで、彼のことを少し調べてもらったんだ。彼には鞍骨恵っていうお姉さんがいたみたいなんだ。数年前に行方不明になってるんだけど…」

 

「そういえば、あの日の戦いの中で、姉さんが殺されたって…それに吉良吉影って名前も」

 

「彼は、復讐する相手をずっと探していたのかもしれない。だけど、その相手がこの世にいないことを知って、何かが壊れてしまったんじゃないかな」

 

 

僕は、康一くんの話を聞きながら、あの時仗助くんが直した不思議な時計を探したが、やっぱり見つからなかった。

 

「ねぇ康一くん、彼は…倫吾くんは間違っていたのかなぁ?」

 

「どういうこと?」

 

突然の質問に、康一くんはキョトンとして僕を見た。

 

「もしかしたら、僕のスタンドが彼に長く触れていた影響かもしれないんだけどさ。なんとなく、彼の精神エネルギーが、彼の考えが僕に流れ込んできたような気がしたんだ。そして、僕も思ったんだよ。たしかに、この町を守るっていうのは素晴らしいことだよ。でもそのせいで、誰かに守られるのを期待して、待っている人ばかりの町にしちゃいけない。他人に任せっきりにして、自分から何もしない町にしちゃいけないんじゃないかって」

 

「楓くん?」

 

康一くんは心配そうにこちらを見つめる。

僕はそんな康一くんに微笑み返した。

 

「わかってる。もちろん彼のやり方は間違っていたし、この町にもそうじゃない人たちがたくさんいることは知っているよ。でも僕は、彼の精神を正しい形でこの町に広げたいんだ」

 

康一くんは、僕の話を黙って聞いてくれていた。

そうして僕は、あの日からずっと考えていたことを打ち明ける決心をした。

 

「康一くん、僕にもようやく夢ができたよ…」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

これは『出会い』の物語。

 

『出会い』は人を成長させてくれるものだと僕は考える。

『出会い』はその人の魂のステージを引き上げてくれるものだと僕は考える。

その『出会い』は偶然なのか、はたまた何か目には見えない引力のようなものによって引き起こされる必然なのか、それは僕にはわからない。

 

もし僕が、康一くんや仗助くん、億泰くんのような『黄金の精神』を持った仲間たちに出会っていなかったらどうなっていただろう。

 

もし倫吾くんが、もっと早くに彼らと出会っていたら、もっと違う未来があったのだろうか。

 

そして、今の僕があるのは倫吾くんとの出会いがあるからに他ならない。

 

僕もいつか、出会うことで誰かを変えることができるような、誰かを正しい道へと導いていけるような、そんな人間になりたい。

 

そんなことを考えながら、この物語の幕を閉じたいと思う



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エピローグ 漆黒

どれくらい漂っていただろうか…

倫吾は波に揺られるように、宇宙空間に浮かぶように、漂い続けていた。

 

 

光もない。

音もない。

時間が流れているのか、止まっているのかもわからない。

時空の狭間で。

 

 

最初は、この空間を抜け出すことを考えた。

だが、それが能力を失った今となっては不可能だということがわかった。

 

 

階段もない。

扉もない。

 

 

自分の計画が間違っていたのだろうか?

そんなことを自問自答したが、今となっては意味がない。

 

 

感覚もあるのかわからない。

寝ているのか起きているのかもわからない。

 

 

それからは、姉のことを考えた。

優しかった姉。

大好きだった姉。

もう少しで、幸せにしてあげられたかもしれない。

でも、もうそれもできない。

 

 

感覚はないが、はっきりとわかる。

自分の腕にはもう、あの時計はないのだと。

 

 

あの時、片平楓が掴んでいた時計が外れたのは、きっと姉の意思だ。

倫吾はそれを確信していた。

姉は暴走する自分を止めようとしたのだろうか。

それとも、ダメな弟をとうとう見放したのか。

それは誰も知る由はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

遠く、何もないはずのこの空間に小さな光が見えた。

倫吾自らそこへ行くことはできなかったが、漂っていればいつかつくだろうと考えていた。

光は近づいて来るようであり、離れていくようでもあった。

そうして、いつしか倫吾の手元にやってきた。

 

光だと思ったものは、小さな時計だった。

丸い文字盤。

白い花柄のベルト。

見覚えのある時計だった。

 

「どうしてここに…」

 

ここにあるはずの無い時計。

その時計は、時の流れなど無いはずのこの場所で、カチカチとたしかに時を刻んでいた。

倫吾の目からは、知らぬ間に涙が溢れていた。

倫吾は時計を両手で包み込み、抱きしめた。

 

……

 

 

やがて…

 

 

鞍骨倫吾は漂い続け…

 

 

姉の愛情に包まれながら…

 

 

 

 

 

 

考えるのをやめた

 

 

 

――――――――――

 

スタンド名【ワン・ホット・ミニット】

本体ー『鞍骨倫吾』

破壊力 B スピード C 射程距離 2m(能力はその限りではない)

持続力 A 精密動作性 C 成長性 A

能力ー

『1分間』だけ時を戻すことができる。

1分以内であれば戻す時の長さは自分で調節できる。

戻した時の中の記憶は倫吾だけがもち、他の人は戻されたことには気づかない。

戻した分の時間がたたなければ、能力を繰り返し使えないので、過去に戻ることはできない。あのころに戻ることはできない。

 

【ワン・ホット・ミニット・アザーサイド】

過去への扉を開く能力。

だがやはり、『運命』は変えられなかった。



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エピローグ 黄金

杜王町の、とある小学校。

黒板をチョークが叩く音は、教室のざわつきにかき消されていた。

かといって、その教室にいる子どもたちの素行が悪いとか、学級崩壊が起こっているというわけではない。

そのざわつきは、出された課題に対して、真剣に考え、悩み、議論を交わす子どもたちの声だった。

 

「だからそうじゃなくって…」

 

「いや、僕は賛成だな」

 

「そうかな? でもこんな考えも…」

 

どうやら『道徳』の時間のようだ。

個性豊かな子どもたちがぶつかる議論は止むことを知らない。

事実、個性的すぎるそのクラスは、今の担任がくるまでただのやんちゃものたちの集まりで、『このクラスをまとめるのは不可能』とまで言われていた。

だが、今の担任になってからそのクラスは、この大きな小学校一の団結力を誇るクラスとなった。

 

板書し終えた担任の先生が、子どもたちの方に体を向ける。

そうして、パンパンと2度手を叩いた。

すると、ざわついていた教室が一瞬で静まりかえった。

 

「さて、みんなならこんな時どうするかな?」

 

黒板には、何が正解で何が間違いなのか答えのない、どうとでもとれるような、いかにも『道徳的な』議題が書かれていた。

 

だが、子どもたちは物怖じもせず、次々と手を上げていく。

そしてとうとう、手を上げていない子はクラスで1人になった。

 

先生は、あえてその手をあげていない子を指名した。

別に意地悪をしようというのではない。

先生にはその子がきちんと自分の意見をもっていて、『自信がない』から言えないだけだということがわかっていたのだ。

足りないのは、きっかけだけ。

それを知っていたのだ。

 

「間違ってもいいんだよ、自分の思ったことを言ってごらん」

 

先生が優しく言う。

しかしその子は、もじもじとしてうつむくばかりだ。

 

「よし、じゃあ先生が意見を言いたくなるおまじないをしてあげよう」

 

先生がそう言うと、その左手がパァっと明るくなった。

子どもたちに、その温かな光は見えていなかったが、左手からはテントウムシが飛びたち、うつむいている子の肩に止まった。

テントウムシは、少女の肩でさらに眩しく光り輝いた。

 

「『あなたは意見が言いたくな~る』、どうかな?」

 

そのおかしな呪文に、周りの子たちはドッと笑ったが、指名されたその子は何か『心』に決めたような顔つきになった。

 

そして、

 

「私は…ーーーだと思います」

 

声は小さいながらも、はっきりと自分の意思で言った言葉だった。

対したことのない意見だったかもしれない。

だが、クラスのみんなはその意見に温かい拍手を送った。

発表した子は顔を真っ赤にしながらも、どこか吹っ切れたような、すっきりとした顔をしていた。

 

先生はその子のそばまで歩いて行き、頭をくしゃっとして一言こう言った。

 

「グレートだぜ」

 

 

――――――――――

 

スタンド名【ギヴ・イット・アウェイ】

本体ー『片平楓』

破壊力 E スピード B 射程距離 約10~50m

持続力 B 精密動作性 C 成長性 B

能力ー

装着型スタンド(左腕)

触れたものに『精神エネルギー』を与える。

触れるのは直接左手でも、『テントウムシ』ででも構わない。

対象がスタンド使いの場合、そのスタンドを一時的に成長させる。

『精神エネルギー』とは『自信』や『勇気』、あるいは『覚悟』と言い換えることができる。



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エピローグ 真 「By the way」

これは『出会いの物語』。

 

 

By the way…

 

ところで…

 

 

By the way , Who is he?

 

ところで、『彼』は誰?

 

 

東方仗助は『彼』に出会えたのだろうか?

 

 

これは『出会いの物語』。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

鞍骨倫吾を倒し、楓に見送られた後、仗助は一人雪の中を歩いていた。

 

かつて、幼い自分の命を救ってくれた恩人に出会うためだった。

自分がこれまで『生きる手本』としてきた『彼』に出会うためだった。

 

仗助はこれまで何度考えただろう。

 

「こんなとき『彼』ならどうするか」と。

 

困難にぶち当たったとき、何かに迷ったとき、こらえきれないくらい悲しいとき。

母親とけんかしたとき、仲間のピンチのとき、好きな女ができたとき。

 

仗助の心の中に焼き付いている『彼』を思うと勇気がわいた。

 

 

少しでも彼に近づこうと、髪型を真似てみた。

自分のことをけなされようが、ちょっとやそっとじゃ怒らない。

だが、髪型を侮辱されるのは、なんだか『彼』を馬鹿にされているようで我慢ならなかった。

 

 

『彼』に会いに行こう。

 

 

 

吹雪で視界は悪かったが、仗助はタイヤが雪をこする『ギュルルル』という音を頼りに進んだ。

音をたどって向かった先、そこには見覚えのある車があった。

車はタイヤにチェーンをしているにもかかわらず、雪道にはまり抜け出せずにいた。

それだけ、その日の杜王町は雪深かったのだ。

 

 

車を見つけて、仗助の鼓動の音が早まる。

仗助は胸を掴み、心臓を押さえつけた。

 

『もうすぐ、「彼」に会える』

 

聞きたいことは山ほどあった。

 

「あの日、どうしてあの場所にいたのか」

 

「どうして見ず知らずの俺を助けたのか」

 

「なぜあの後、自分の前に現れてくれなかったのか」

 

だがそんなことよりなにより、一言面と向かって礼を言いたかった。

 

「今の俺があるのはあなたのおかげだ」

 

そう伝えたかった。

 

たとえ、過去の『彼』には何を言っているのかわからなかったとしても。

 

 

 

 

 

………

 

だが、いつまでたっても『彼』は現れなかった。

 

「ああ、そうか……」

 

やっぱり…

仗助は、ここへ来た時点で『その』可能性もあるんじゃないかと思っていた。

『もしかしたら』と思っていた。

 

そして、仗助はゆっくりと車に近づいて行った。

 

運転席で、若かりし頃の母親が何かをわめいているのが見えた。

どうしてわめいているのか覚えている。

母は、幼い自分を救おうと必死なのだ。

その様子を見て、仗助の胸には熱いものがこみ上げてきた。

 

しばらく見ていると、母親の方から話しかけてきた。

 

「何の用? あっち行きなさいよ」

 

ずいぶんと警戒しているようだ。

当然だ。

今の自分は鞍骨倫吾との戦いで、そこら中から血を流している。

 

仗助はこみ上げる感情を押し殺し、精一杯冷静さを取り繕って、声を絞り出した。

 

「その子……病気なんだろう? 車押してやるよ」

 

「え?」

 

そうして仗助は、「あの日、『彼』がそうしたように」自分の学ランを脱ぎ、スッと車の後輪の下へと敷いた。

 

「さっさとアクセル踏みなよ。走り出したら止んないでつっ走りなよ……また雪にタイヤとられるからな」

 

仗助は車の後方に回り、エンジンがふかされるのに合わせて思いきり車を押した。

先ほどの戦いのダメージで、力を入れるたびに体が軋み、激痛が走る。

体から力が抜けるのを感じた。

 

 

ふと、顔を上げると、車の中の幼い自分と目が合った。

幼い東方仗助は、熱で朦朧としながらもジッと自分を見つめていた。

 

「そうだ……俺はあいつにとっての『彼』じゃなくちゃならねえんだ」

 

仗助は力を振り絞った。

車は少しずつ前進し、だんだんと勢いに乗って走り始めた。

 

仗助が言ったように、止まらずそのまま走り去っていく。

 

車の中の幼い仗助はまだ自分を見つめていた。

その目には、名前も知らぬ『彼』の姿が焼き付いた。

きっと車の中の少年は、その『彼』の姿を自分の生き方の手本とし生きていくのだろう。

 

 

仗助は、自分に問いかける。

 

今の俺は、あいつに誇れる『彼』でいるだろうか?

 

 

 

幼い仗助はずっとずっと『彼』を見つめていた。

 

東方仗助も、走っていく車が見えなくなるまでずっとずっと見送った。

 

 

 

こうして二人の東方仗助は、この日『彼』と出会った。



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