鵺兄妹魔法学園奇譚 (あるかなふぉーす)
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設定資料

結構前に言ってた設定的なものが一応纏まったので投稿しときます。

結構昔の設定を無理やりコピペして書いたので、何か訳の分からん設定があったりします。

そんときは温かい目で見なかったことにしてください。

12/9 内容更新


――――――――――

 用語解説

――――――――――

 

 

《魔法学園とは》

 

魔法開発を受けた『魔法使い(男の場合、ウィザード 女の場合、ウィッチ)』を育成する

 

国家機関。

 

一学年定員二百四十名で七百二十名が在籍している。

 

入学には入学試験に合格する必要があり、試験内容は

 

魔法座学、魔法実戦、魔法技術、特殊機器による魔力保有量の観測

 

の四項目である。

 

 

《クラス》

 

クラスは各学年にA~Fまでの六クラスあり、各クラス四十名編成である。

 

また成績の良い順にAクラスから割り振られるため、クラスごとで魔法使いのレベルに

 

格差が生まれる。

 

 

《ランク》

 

魔法使いには階級があり、魔法戦闘における汎用性や魔法研究への貢献性により

 

魔法学園では次の五段階に割り振られる。

 

 

【最上級】…単体で小、中規模の国家一つを壊滅できる。全世界に116人存在する。

 

・S級魔法使い

 

【上級】…単体で下級魔法使い50~100人分の戦力をもつ

 

・A級魔法使い

 

・B級魔法使い

 

【下級】…最も多くの魔法使いがこれに分類される。一般的にこれ以上が『魔法使い』と呼ばれる。

 

・C級魔法使い

 

・D級魔法使い

 

【最下級】…初期魔法しか扱えないもの。魔法使い堕ち(ワースト)と呼ばれる。

 

・E級魔法使い

 

 

また、例外として魔法界における最強戦力をもつと位置づけされたSS級魔法使いが存在する。

 

世界中に僅か7人。そのほとんどが国家のお抱え魔法使いである。

 

現在確認できうるもので、日本はそのうちの一人、米国は2人を保有している。

 

 

《魔法系統》

 

魔法には、魔力をエネルギーに現在の科学技術で解明されている物理現象の一握を行使できる『物理魔法』と、

 

五大元素(エレメント)の加護を受けた特殊な魔法を行使する『属性魔法』が存在する

 

基本、それぞれ単体での術の数は少数ではあるが、それらを複合した『複合魔法』はほぼ無限の組み合わせがあると言われている。

 

また、物理魔法の種類例…

 

、『加速(アクセラレーション)』、『反射(リフレクション)』、『固定(フィックス)』、『振動(シェイク)』、『反発(リパルション)』、『誘導(インダクション)』…

 

また、これらに属さないものとして『固有魔法』と呼ばれるものがあり、これらは通常の魔法開発で恣意的に得られるものではなく、

 

所有者の遺伝子、個性、運否天賦に由来し、所有者の誕生した瞬間から固有魔法を得られるかどうかは既に決定されており、

 

固有魔法に目醒めるタイミングは人それぞれ異なる。

 

これが現代における一般的な学説であり、俗に『生まれつき(ナチュラルボーン)説』と呼称される。

 

 

《五大元素》

 

魔法にはそれぞれ属性があり、人によって相性が良いものと悪いものがある。

 

・火属性…主に火主体の魔法。

 

・水属性…氷や水蒸気なども含めた水主体の魔法。

 

・風属性…風主体の魔法。

 

・土属性…岩石や土だけでなく地力なども操る魔法。

 

・空属性…空間に干渉する魔法。主に光などを操る。

 

 

《魔法ランク》

 

魔法使いにランクがあるように魔法自体にもランクがある。

 

・下級魔法…初期魔法。初心者用の魔法。魔力の消費量は極めて少ない。

 

・中級魔法…大抵の魔法使いが使用できる魔法。

 

・上級魔法…一般的な魔法使いが到達しうる魔法ランクの限度。

 

・最上級魔法…莫大な魔力を消費し、広範囲に影響を及ぼす魔法。

 

その他、

 

・禁忌魔法…使えば、世界レベルで影響を与える最も危険な魔法。

 

      現在、そのほとんどがヴァチカンの某所で厳重機密に封印されている。

 

 

《詠唱》

 

魔法とは所謂イメージの延長戦上であり、詠唱とは、そのイメージをより鮮明にし、

 

魔力を収斂しやすくするための過程である。

 

上級魔法使いの中には、詠唱を省いて行う者もいるが、どんな魔法使いでも

 

最低、魔法名(魔法の名前)は詠唱しなくてはならない。

 

 

《魔導書》

 

古代の魔法使い(メイガス)が残した魔法に関する教本。

 

現在、流通しているもののほとんどが複写であり、原本(オリジナル)のほとんどは

 

現在、ヴァチカンが保有している。

 

 

《魔装》

 

魔力を流し込むことで、通常の魔法より強力なものが出せたり、偉力な物理攻撃力を生み出す装備。

 

刀剣や銃火器など様々な形状をしている。

 

 

《魔力とは》

 

魔法を発動させるためのリソースである。

 

古代の魔法使いたちは悪魔に魂を売ることで魔力を移植したという伝承がある。

 

近代では魔力は脳の特殊な活動(ウィッチクラフト活動)により分泌されることが判明しており、

 

魔法開発という特殊なプログラムを受けることでを再現できる。

 

 

《魔法開発》

 

映像、音楽などを使ったサブリミナル効果で脳にウィッチクラフト活動を起こさせ、

 

魔力を分泌させるプログラム。

 

一部研究機関では薬品などを使った開発も行われている。

 

 

《リソース》

 

リソースとは人間が特殊な術を発動させるために必要な原動力である。

 

魔法学園では魔力がほとんど。

 

 

《作中に出てくるその他ソース》

 

 

・霊力

 

・法力

 

・神通力

 

・妖力

 

 

《十神眷属》

 

古くから政府と闇企業などの斡旋を行い、さらにはその政治中枢にも介入していると言われている

 

豪家の家系。その他、警察機関、司法機関、魔法産業分野において顔が広い。

 

姓に『神』が含まれる。

 

 

・愛神 … 《愛神繚乱》

 

・狩神 … 

 

・幸神 … 

 

・旅神 … 

 

・亡神 … 正体不明

 

・埴神 … 

 

・舞神 … 十神眷属 ナンバー2 《舞神千歳》

 

・闇神 … 十神眷属で最も危険

 

・雷神 … 十神眷属 ナンバー1 

 

・鷲神 … 

 

 

罪創りの仔(ウマニタス)

 

魔法使い(ウィザード)及びそれに依存する魔法社会の存在を否定する非正規の反魔法組織。

 

魔法に依存しきった社会を、ハッキングないしクラッキングによって変えようとしている。

 

 

―――――――――――――

 キャラクター

―――――――――――――

 

・白鵺 陵

 

陰陽師 16歳

 

魔法学園に特待で入学。

 

重度のシスコン、そしてロリコン。

 

 

《国籍》 … 日本

 

《所属クラス》 … Fクラス

 

《ランク》 … ――

 

《得意魔法》 … 使用できず。ただし陰陽術が使える。

 

《リソース》 … 霊力、法力、神通力、妖力、呪力

 

備考

 

式神を召喚できる。

 

式神

 

・紫電 … 雷獣

 

 

 

・黒鵺寵

 

妖狐使い 15歳

 

陵の双子の妹。

 

妖狐のエナジー吸収により得たリソースを妖力や霊力に変換できる。

 

本来、陵と同じ理由でFクラスに入れられる筈だったが、眷属のエナジー吸収能力を

 

買われ、Bクラスに振り分けられる。

 

異常なほどのブラコン。

 

 

《国籍》 … 日本

 

《所属クラス》 … Bクラス

 

《ランク》 … ――

 

《得意魔法》 … 使用できず。ただし妖狐術が使える。

 

《ソース》 … 霊力、法力、神通力、妖力

 

備考

 

妖狐を召喚できる。

 

・玉藻 … 妖狐

 

・飯綱 … 妖狐

 

 

 

・夜鳥巫仙

 

巫女 16歳

 

夜鳥家は古来より白鵺家の補佐役を務めている。

 

陵の幼なじみであり彼女でもある。

 

かなりの毒舌で陵をマゾ(?)に目覚めさせた張本人。

 

ちなみに巨乳(陵談)。

 

 

《国籍》 … 日本

 

《所属クラス》 … Fクラス

 

《ランク》 … ――

 

《得意魔法》 … 使用できず。ただし巫術が使える。

 

《ソース》 … 霊力、法力、神通力

 

備考

 

使い魔を召喚できる。

 

使い魔

 

・巫蟲 … 使い魔

 

 

・不動車座

 

魔法使い 16歳

 

エセ関西弁を使う。

 

 

《国籍》 … 日本

 

《所属クラス》 … Fクラス

 

《ランク》 … E級魔法使い

 

《得意魔法》 … 空気圧縮魔法・『空気装甲(エアーアーマー)

 

《ソース》 … 魔力

 

備考

 

――

 

 

・時椿叶深

 

魔法使い 16歳

 

本作に珍しい純情キャラ。

 

高名な魔装狙撃兵の家柄の出。小学校の頃のあだ名はカナブンという残念な娘。

 

幸薄そう(陵談)。

 

循環機能・『サイクロン・ファンクション』を搭載した高性能新型の魔装狙撃銃。

 

『AGITO』社の半自動魔装(Semi-Automatic Wizard)――

 

 通称『SAW(ソウ)』シリーズの『SAW(ソウ) - 黒龍(ヘイロン)』を使う。

 

 

《国籍》 … 日本

 

《所属クラス》 … Bクラス

 

《ランク》 … ?

 

《得意魔法》 … 魔力弾

 

《ソース》 … 魔力

 

備考

 

――

 

 

・緋狩澤 光(本名・緋狩澤=シャルンホルスト=光)

 

魔法使い 16歳

 

7歳の時に魔法開発を受け、8歳にてS級魔法使いに公認される

 

10歳でミュンヘンの士官養成学校に入学。

 

その後、僅か12歳でドイツ空軍の『第300魔装降下猟兵部隊(Wizarding armed-Fallschirmjäger 300)』、通称『WAイェーガー』の少佐に昇進

 

その後、15歳にて退役。同時に来日し、今年度より日本・東京の「魔法学園」にて修業過程を積む。

 

 

《国籍》 … ドイツ

 

《所属クラス》 … Aクラス

 

《ランク》 … S級魔法使い

 

《得意魔法》 … ?

 

《ソース》 … 魔力

 

備考

 

――

 

 

・メイスィ グレイ(本名・メイスィ=フランデンブルグ=グレイ)

 

魔法使い 16歳

 

水を自在に操り、また物理魔法・『振動(ヴァイブレーション)』で自ら水分子を高速振動させ、変幻自   在な魔法振動剣(ヴァイブロブレード)

 

(因みに、魔法振動剣(ヴァイブロブレード)とは別に、通常の剣に高周波振動発生機を取り付けた物理    振動剣(ヴァイブロブレード)があるが、

 

魔法振動剣(ヴァイブロブレード)の方が、量産性、耐久性、威力、有用性、使用時のコストパフォー    マンス共に物理振動剣(ヴァイブロブレード)を遥かに上回る)

 

を生み出す『多頭の水蛇(ヒドラ)』という魔法を使う。

 

また、高速振動を得た水は強固な盾としても使える。

 

まさに攻防一体の魔法である。

 

その多角的な戦術性を認められ、欧州連合並びに周辺国から、魔法名より『多頭の水蛇(ヒドラ)』と    別称される。

 

 

《国籍》 … ドイツ

 

《所属クラス》 … Bクラス

 

《ランク》 … A級魔法使い

 

《得意魔法》 … 水属性振動魔法・『多頭の水蛇(ヒドラ)

 

《ソース》 … 魔力

 

備考

 

相当な自信家、ただし動揺しやすい。

 

 

・愛神繚乱

 

魔法使い 18歳

 

魔法学園の生徒会長。

 

十神眷属が一家・『愛神家』の長女。

 

 

《国籍》 … 日本

 

《所属クラス》 … Aクラス

 

《ランク》 … S級魔法使い

 

《得意魔法》 … 固有魔法・『無意識(ノーフェイス)

 

《ソース》 … 魔力

 

 

・東破魔蜉蝣

 

魔法使い 18歳

 

魔法学園の風紀委員長。

 

十神眷属を補佐する『十二天将』の上位四家・『四神』。

 

その東方の守護獣たる凶将・『白虎』を務める。

 

陵いわく、『白虎』の一族は戦闘派過激集団の集まり。

 

 

《国籍》 … 日本

 

《所属クラス》 … Aクラス

 

《ランク》 … A級魔法使い

 

《得意魔法》 … ――

 

《ソース》 … 魔力

 

 

・舞神千歳

 

魔法使い ?歳

 

魔法学園の学園長。

 

十神眷属が一家・ナンバー2『舞神家』の現当主。

 

陵好みなロリツインテール。

 

 

《国籍》 … 日本

 

《所属クラス》 … 教師

 

《ランク》 … ?

 

《得意魔法》 … ?

 

《ソース》 … 魔力

 

 

・禍酒呪里

 

魔法使い 25歳

 

魔法学園の教師。

 

Fクラスの担任で一年の学年主任。

 

言葉づかいと酒癖と男運が悪い(同窓生談)。

 

同窓会で店中の酒を全て飲みつくしたという伝説がある。

 

 

《国籍》 … 日本

 

《所属クラス》 … 教師

 

《ランク》 … ?

 

《得意魔法》 … ?

 

《ソース》 … 魔力

 

 

――――――――――

 世界情勢

――――――――――

 

 

?????

 



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序章

神の警告(注意事項)の通り、かなりの亀投稿となります。

付き合って頂けるとうれしいです。

それでも序章という名のプロローグ参ります。

※表記ミスで、陵くんと巫仙さんの出席番号を訂正しました。

 陵  出席番号18番→27番

 巫仙 出席番号42番→39番

※追記5/4

 ルビの訂正 しろぬえ→はくや


 

 

「起きろ~!」

 

 

快適な俺の安眠を妨げたのは、そんな一声だった。

 

もう、一体全体どこのどいつ様だよ!

 

俺を日々の疲れから解放してくれる唯一の心の拠り所、オアシス――俺の睡眠を邪魔する輩は!

 

 

「早く起きろ~!遅刻しちゃうよ~!」

 

 

知ったことか。

 

俺は寝ると決めたら最後まで寝るんだ!

 

初志貫徹の精神、これ超大事。

 

 

「早く起きてくれないと物理的行使だぞ~!」

 

 

えっ。物理的行使?

 

何それ怖いんですけど。

 

しかし、この俺としてもこんな所でハイ起きます、と折れるわけにもいかない。

 

ここは最後の最後まで足掻いてやる!

 

俺は現実と夢の世界を彷徨う意識の中で懸命の一言を発した。

 

 

「あと一光年…」

 

 

「光年は時間の単位じゃなくて距離の単位だよ!?」

 

 

なッ!

 

なんて的確な突っ込み!

 

ぐぬぬ…輩、やりおるな。

 

すると、輩が離れていく気配を感じた。

 

ふっ、やっと寝かせる気になったか。

 

と、思いきや、そいつはすぐに戻ってきた。

 

途端!

 

俺のすぐ近くの耳元で

 

ガァンッ!

 

不快な金属の轟音が炸裂した。

 

しかもそれは一回限りなどと生易しいものではない。

 

 

ガァンッ!グワァンッ!グワラキィンッ!

 

 

って、うるっせえな!

 

物理的行使とはこのことだったのか!

 

確かに鼓膜を直接嬲ってくるような騒音だ!

 

駄目だ…いくら頑張って夢の国に行こうとしても、轟音が現実に引き戻してしまうッ!

 

ちくしょう…俺のささやかな安眠が、心の拠り所がぁ…

 

得体の知れぬ金属音に浸食されていくぅ…

 

もうだめだ!こんな状況じゃ眠れやしない!

 

そう諦観し、「最悪の目覚めだ…」などと思いつつ、夢現の寝ぼけ眼で俺――白鵺陵(はくやみささぎ)は目を覚ました。

 

…あれ?なんか俺の胴体の上に何かが乗ってるぞ?いや跨がってんのか?

 

次第に意識は覚醒していき、俺はようやく、その『何か』の全貌を捉えることができた。

 

そして、その姿を垣間見たとき、俺は――

 

 

「天使を見た――」

 

 

「はひ?」

 

 

思わず口から漏れてしまったが、仕方あるまい。事実なのだ。なんの比喩も誇張も形容も

 

例えも比況も直喩も暗喩もシミリもメタファーもなく、今、目の前にいるのだ。天使が――

 

その左手にフライパンを掲げ、右手にお玉を携え、セーラー服という名の天衣を纏った――

 

我が妹(天使)がいた。

 

そして、「はひ?」とか言って首を傾げてる我が妹、超かわいい。

 

 

「おにーちゃん、やっと起きた~早く着替えて学校いこ!今日は入学式だよ!」

 

 

前言撤回。

 

人生最高の目覚めだ。

 

 

1

 

神城市は基本的に人口が多く、住宅街やマンションに富む町だが、

 

俺たちの家はそれらから少し外れた田舎の一軒家だ。

 

登校中は静閑な田舎道を通ることができるので、ノスタルジックな気分を味わうことができる。

 

敷地面積はそこらの住宅街の家々の数倍近くはあり、そこで妹と二人暮らしをしている。

 

そんな我が家の玄関にて――

 

 

「おにーちゃん、急いで!遅刻しちゃう!」

 

 

「ま、待ってくれ」

 

 

我が妹である、黒鵺寵(くろぬえめぐむ)が「早く早く」急かす中、

 

俺は未だにもたついていた。

 

 

「妹よ。新生活に浮き足立つのは分かるが、慢心するでない。大抵碌なものじゃあないさ」

 

 

「何言ってるのさ、おにーちゃん!いつまでも引きこもってたらいつまで経っても大きくなれないよ!」

 

 

「俺の成長期は二年前に止まった…」

 

 

実質、そうだ。

 

今僕は16歳だが、その二年前、14歳をすぎた頃から俺の成長はぴたりと止まっていた。

 

 

「すべすべ二の三の言ってないで早くいくよ!」

 

 

「あえて微妙にボケてきた!?そしてそれを言うなら『つべこべ』と『四の五の』だ!」

 

 

「ほら、突っ込める元気があるんだから、早くしてよ!」

 

 

我が妹よ(ディアマイシスター)、俺は今、とある重病を発病した…」

 

 

尚も言い訳をする俺。

 

見苦しいことこの上ない。

 

 

「あ、そう!重病なら十秒もありゃ治るよね」

 

 

「地味に上手いこというな!そんな病気があってたまるか!」

 

 

妹め。そんなギャグセンスいつの間に習得したんだ?お兄ち

ゃん、知らないよ?

 

 

「とにかく急病なんだ。もう少し待ってくれ…」

 

 

「じゃあ、九秒で治るんだね!少し早くなって良かったよ!」

 

 

「予想通りの突っ込みきたぁ!」

 

 

我が妹ながら、その突っ込みの敏捷性、威力は賞賛に値するものがある。

 

俺の注文に的確に突っ込みで返す。素晴らしいコール&レスポンスだ!

 

 

「おにーちゃん、今は漫才やってる暇はないんだよ!もう、なんの病気なの?!」

 

 

「五月病」

 

 

「そう、じゃあ行くよ」

 

 

妹は俺の手をぐわしと握ると、俺の抵抗なんてなんのそので無理矢理、

 

玄関口までずりずりと引っ張っていく。

 

なんて無慈悲な妹なんだ!お兄ちゃんはそんな妹に育てた覚えはありません!

 

 

「今は四月だよ。それに五月病ってのは新しい環境に適応できないで起こる症状

 

 なんだから、新しい環境に触れる前から言わないの」

 

 

うっ…正論だ。

 

まさか我が妹がここまで賢いとは…って失礼だな。

 

 

「それは…あれだ。もう起こるって予測できてんだよ!俺、このまま学校に行ってたら確実に

 

 五月病引き起こすって読めてんだよ!確率的にシックスナインなんだよ!」

 

 

確率99.9999パーセント。

 

某第八の使徒が本部に直撃するのと同じぐらい確率高いんだぜ。

 

 

「いやもう、これは予知だね!お兄ちゃん、予知能力者だね!」

 

 

我ながら、小学生か!って思うぐらいみっともない言い訳だが、

 

仕方ない。学校行きたくないもん。

 

俺はこと言い訳において、世界中の誰にも負けない自信がある。

 

…いや、自慢できることじゃあないんだけれど。

 

すると、 

 

 

「へえ…予知。予知といったね?」

 

 

妹がいつしか笑んでいた。

 

何故だろう。物凄く邪悪なオーラを感じる。

 

 

「じゃあ、おにーちゃん!おにーちゃんが予知能力者なら、今から寵がやること、分かるよね?」

 

 

妹は満面の笑みでそう問いかけた。

 

 

「おいおい、我が妹よ(ディアマイシスター)。何を言って――」

 

 

正直、何を言っているのか理解できなかったので聞き返そうとしたら――

 

言葉が途切れてしまった。

 

途中で言葉を発せなくなる事態が起こったのだ。

 

何があったのかと思い、すぐさま気づいた。

 

視界を埋め尽くすほどに、妹の顔が接近していた。

 

そして、

 

口が塞がれていた――

 

唇で、我が妹の唇で――

 

 

「………」

 

 

「さあ、つべこべ言ってないで行こ!」

 

 

「………」

 

 

妹はさっきと変わらぬ満面の笑みでそう呼びかけた。

 

俺はそこに、僅かに不敵さを見た気がした。

 

不適っていうより小悪魔的か?

 

恐ろしい恐ろしい。

 

ゾクッとするね。

 

俺は黙って妹に付き従い、我が家を後にした。

 

我が妹は、我ながらクレイジーだ。

 

 

2

 

登校中の風景は前述の通り、極めて静閑で静謐だった。

 

左を見ても、右を見ても、果てのない田園風景で、日本にはまだこんな所も残ってるんだ

 

な、としみじみ思ってしまう。

 

前方には、これから向かう都会の風景が小さく見えている。

 

とはいえ、もうしばらくはこの和やかな田園風景を背景に、我が妹と歓談できるのだからうれしい限りだ。

 

今朝は妹と恥ずかしい一悶着があったが、今はほのぼのと会話している。

 

 

「というか、我が妹よ(ディアマイシスター)。今朝は相手がお兄ちゃんで良かったが、

 

 あんな誰かれ構わず、ちゅーしてたら、お前いつか勘違いされるぞ?」

 

 

俺が注意を促すと、妹はアハハ、と笑って、

 

 

「なーに、言ってんの。私は今後一切おにーちゃん以外の男とキスしたりしないから」

 

 

「そうか…それは良かった――ってそれも色々と問題だぞ!?」

 

 

「え、何?何かおかしいところでもあった?」

 

 

「ありまくりだ!我が妹よ(ディアマイシスター)!」

 

 

妹よ、お前はなんて鈍感な女なんだ!

 

意識して言ってるならまだしも、天然でなら相当、危険領域だぞ!

 

戻ってこれなくなっちゃうぞ!

 

 

「ふぅーん…じゃあ、言い直すね。今後一切おにーちゃん以外の男と接吻したりしないから」

 

 

「いや、そこじゃねーよ!そこ直してどうする!」

 

 

「ベーゼしたりしないから」

 

 

「フランス語にしても駄目だ!ていうか、なんかどんどんエロくなってる!?」

 

 

「ついでにエロをエロスにすると尚更だね」

 

 

「別に直さんでいい!お前は兄妹仲に何を求めようとしているんだ!」

 

 

やばい!妹の思考がエロスに侵食されていってる!

 

汚染領域、突入します!

 

このままだと我が妹がヒトではなくなってしまう!

 

これはなんとしても引き戻すのが兄としての役目!

 

妹よ!待ってろ、今お兄ちゃんが助けにいく!

 

 

「ところでフランス語ってすごいね。ベーゼ然りエロス然り、フランス語にするだけでこのエロス」

 

 

我が妹よ(ディアマイシスター)。突っ込む要素が多すぎて本来なら

 

 スルーするところだが、お前の間違いを正すために三点言わせてもらう!

 

 まず、エロスを多用するな!後、普通の単語が仏訳してエロくなったんならまだしも、

 

 元々エロい単語が仏訳してもエロいんだったら、それはエロくなったとはいえない!

 

 最後に、エロスはギリシャ語だぁ!」

 

 

はぁ、はぁ。

 

ひとしきり言い終わると、俺は肩で息をしていた。

 

まさかここまで一言も噛まずに言えるとは…

 

お兄ちゃん、アナウンサーになれるんじゃね?

 

 

「おにーちゃん…言い切ったね」

 

 

…しまった!いつの間にか妹のペースに乗せられていた!

 

落ち着け、俺。

 

そうだ。深呼吸で落ち着くんだ。

 

ひっひっふー。ひっひっふー。

 

ってこれはラマーズ法だ!

 

いかんいかん。

 

こんなもので精神が揺らいでどうする!

 

俺は愛し妹をエロスの魔の手から救い出すと決意したんだ!

 

簡単に諦めてたまるか!

 

 

「いいか。もうエロとかエロスとかどうでもいいんだ」

 

 

「と、言いながらも、エロエロ言ってるおにーちゃん」

 

 

「黙ってろ!」

 

 

そうだ。いいぞ、俺。

 

こうやって常に会話のイニシアチヴを握っていれば、妹の会話のペースに乗せられることは

 

まずない。

 

 

「あのな、我が妹よ(ディアマイシスター)。おにーちゃんが言ってるのは『おにーちゃん以外の男』っていう下りだ」

 

 

「ベーゼじゃなくて?」

 

 

「ベーゼから一旦離れろ!」

 

 

…ハッ!また妹のペースに乗せられていた!

 

危ない危ない。

 

危ない妹だな…

 

そして、『危ない妹』という単語に一瞬でもエロスを感じてしまったお兄ちゃんを赦せ。

 

 

「いいか?『おにーちゃん以外の男』だぞ?裏を返せば、今後お兄ちゃんとしかキスしない気か?」

 

 

「うーん、でもまだ女の子がいるじゃん」

 

 

我が妹がとんでもない爆弾発言をした。

 

 

「信じない!我が最愛の妹(マイラブリーシスター)がレズだなんて、お兄ちゃん信じない!」

 

 

「ん~じゃあ、百合?」

 

 

「どっちもおんなじ意味だよ!」

 

 

俺はがっくりとうなだれた。

 

すまん、我が妹よ(ディアマイシスター)。お兄ちゃんはお前を救えなかった…

 

非力なお兄ちゃんを赦しておくれ。

 

そんな茶番を繰り広げているうちに風景には商店やビルが点々と映り始め、

 

都会に近づいてきたのだ、と分かる。

 

ここら辺りに入ると、俺らと同じブレザーの制服姿の生徒たちがちらほら見受けられる。

 

恐らくは、というより確実に彼らも俺らと同じ高校だ。

 

 

「お~おんなじ制服の人たちが増えてきたね、おにーちゃん」

 

 

「ああ、これからあいつらと馴れ合わなきゃと思うと胃がキリキリと痛む」

 

 

「もう、そんな暗いこと言わないの。せっかくの学園生活だから楽しまなきゃ」

 

 

「はあ、我が妹は気楽でいいなぁ」

 

 

俺が肩を落としながらも渋々歩いていると、俺らと同じ制服の奴らも多く目立ってきた。

 

 

すると、その光景を見てか、妹が唐突にこんなことを言ってきた。

 

 

「いや~こう見てると、皆が皆、同じで変わらない服着て、まるで収容所みたいだね」

 

 

「お前こそ気分が沈むこと言ってんじゃねーよ!」

 

 

お前、自分で暗いこと言うな、と言っておきながら自分で言うって何なの?

 

何だ、あれか!?

 

他人にはワードに縛りをかけておいて、自分はそいつにそのワードを言いまくって言葉責め

 

にするって新手のプレイか?

 

いいぞいいぞ。

 

お兄ちゃん、そういうの大好物だからドンと来い!

 

自作の変態チックなプレイを妹に強要する俺だった(正し言葉にしてないのでセーフ)。

 

 

「ああ、こう見てると私たちもただの囚人なんだね――」

 

 

「なーに哲学者気取ってんだよ、我が妹よ(ディアマイシスター)

 

 

とはいえ、我が妹がそんなことを考えられるくらいには賢くなったことに兄としての感動

 

もあり、『大人になったなあ』と感慨深く思うのだった。

 

 

「――教育機関の」

 

 

「お前はまず全国の教育委員会並びにPTAの皆様に謝罪しろ!」

 

 

俺の感動を返せ、この野郎。

 

 

「ところでおにーちゃん」

 

 

「話題を無理矢理転換するな」

 

 

本当に自由奔放な奴だな。

 

まあ、そんな所が可愛いんだが。

 

 

「PTAって何の略なの?」

 

 

おぉ、我が妹ながらなかなかまともな質問じゃないな。

 

ならその問いかけに答えるのも兄の役目だろう。

 

 

「ちなみな私が小さい頃は『ぴーちゃん』って可愛がってたんだけどね」

 

 

「PTAは決してお前のペットじゃねーよ!」

 

 

何だよ『ぴーちゃん』って。

 

可愛いな、おい。

 

 

「ったく…えーと、PTAってのは確かparent-teacher…あー、なんだっけ」

 

 

あれれ?本当になんだっけ?

 

おっかしーなあ、二年前ぐらいには覚えてたんだけどなあ。

 

あっるぇ~?

 

俺ってそんな記憶力悪かったっけ?

 

やばいやばい、このままだと我が妹に兄としての示しがつかない。

 

これしきのこと…分かっていないと兄の…兄の示威がッ!

 

兄の自慰がッ!って聞こえて申し訳ない。

 

 

『おにーちゃん、そんなことも知らないんだね…寵、幻滅…』

 

 

「ジィィィィィザァァァァスッ!」

 

 

「お、おにーちゃん、どうしたの突然!怖いよ!」

 

 

ハッ!

 

俺としたことが失態。

 

つい、声に出してしまった。

 

あぁ、我が最愛の妹(マイラヴリーシスター)を怖がらせてしまった…

 

ほらほら怖くないよ~いつものお兄ちゃんだよ~

 

 

「ほ、ほら。えーと、"A"だろ?"A"」

 

 

今は、威厳保持のため"A"が何の略なのか思いつく限り挙げなければ…

 

 

「A…A…アンビュランス?」

 

 

「それは救急車」

 

 

「アデランス?」

 

 

「それはカツラ」

 

 

「アニサキス」

 

 

「それは寄生虫」

 

 

「ア、アンビリーバボー?」

 

 

「奇跡体験!?それに至っては頭文字は"U"なうえに、もはや疑問形になってる!?」

 

 

「い、いや、分かるぞ!分かるからな!」

 

 

うーんと、A…A…A.T.フィールド?

 

A.T.フィールド、全開!

 

 

「association、ですわ」

 

 

「そうだ、それそれ。parent-teacher associationだ。

 

 ってお前――」

 

 

出口を見失い、迷走していた俺に答えを、救世主のごとく導いたその声の主は――

 

 

「――巫仙か、もう着いてたのか」

 

 

「あらあら彼女のお出迎えがご不満でして?

 

 というか、お呼びになったのはあなたでしょうに、陵さん」

 

 

慇懃無礼なお嬢様言葉の語り口調、俺の彼女である、夜鳥巫仙(よるどりふせん)だ。

 

 

「ああ、俺の方から待ち合わせしよう、って言ったんだったな。悪い」

 

 

謝罪を入れておくと、巫仙は上品にフフフ、と笑った。

 

 

「何をおっしゃいますの、陵さん。陵さんからのお誘いとあらば、この巫仙、行かない手は無いでしょうに」

 

 

どうだか。

 

全く、本当に慇懃無礼な奴だ。

 

どこからが本心で、どこからが社交辞令なのかが分からない。

 

底の知れない奴だ。

 

それでも、俺の彼女を6年もやっているんだから頭が上がらない。

 

まあ、そこらも全部含めて俺の可愛い彼女なんだがな。

 

 

「おっ、巫仙さん!グッドモーニングです!」

 

 

と、我が妹は英語でご挨拶。

 

 

「グーテンモルゲン」

 

 

一応、俺も流れには乗ってドイツ語で挨拶。

 

 

「Habari za asubuhi?」

 

 

そして、巫仙は――

 

 

「って、何語!?」

 

 

「スワヒリ語ですわ」

 

 

「スワヒリ語!?何でそんな日常会話で絶対使わないような言語知ってるの!?

 

 というか、スワヒリ語って言語は知ってるけど、どんな国で使われてるか意外と知られていない!」

 

 

「ケニア、タンザニア、ウガンダ、その他諸々ですわ」

 

 

「詳しい!詳しすぎる!流石我らが巫仙さん!」

 

 

本当、彼女の(無駄な)知識量はさしもの俺で舌を巻いてしまうどころか、巻きすぎて横紋筋とか味蕾が崩壊するレベルだ。

 

 

「ところで陵さん、昨夜はゆっくりと永眠がとれまして?」

 

 

「さらりと死んだことにするな!じゃあ今ここにいる俺は何なんだ!」

 

 

「怨霊?」

 

 

「せめて幽霊にしてくれ!恨み持ったまま死んだとか嫌だからな!」

 

 

「あら、陵さん。あなた幽霊でしたの」

 

 

「お前から振った話だろうが!」

 

 

はぁ…

 

まさか、コイツと話しただけでここまで疲れるとは…

 

いや、先の妹との掛け合いもあるが、この夜鳥巫仙とは会話をするだけで余りあるスタミナを全て奪われてしまう。

 

こと舌戦において巫仙に比肩する者はいないんじゃないか?

 

 

「ところで、今朝はお楽しみだったそうじゃないですか?羨ましいですわ」

 

 

「止めてくれ。その言い方だと、俺がついさっき妹を近親相姦してきたみたいに聞こえる」

 

 

ところで俺、物凄く妹と結婚したいんですが、どうしたらいいでしょうか?

 

やっぱり法律変えますか。

 

そのためには総理大臣にならないと。

 

 

「あら、そうでしたの?それは申し訳ございませんわ」

 

 

……!

 

おい、待て。

 

 

「いやな予感しかしないが、あえて聞くぞ巫仙。お前、その情報どこで仕入れた?」

 

 

そう訊くと、巫仙は胸ポケットからスマホを取り出してSMSの画面を見せてきた。

 

ちょうど今朝にあたる時刻の通知には、

 

 

『おにーちゃんとキスしちゃった///』

 

 

と何とも可愛いらしい文面が添えられていた。

 

 

我が妹よ(ディアマイシスター)!?」

 

 

妹よ、お前はいつの間にこんなメッセージを送信してたんだ。

 

それよりも気になってしまったのが、それ以前の会話。

 

 

『じゃじゃーん!おにーちゃんの寝顔(^ー^)(画像あり)』

 

 

『まあ、可愛いらしいこと』

 

 

『ねえねえ。おにーちゃんがズボンおろしてティッシュペーパー片手に、雑誌を必死に見てるんだけど…何してるんだろう?』

 

 

『あえて知らないでおく、というのも妹としての優しさですわ』

 

 

っておい!

 

なんだ?!この会話!

 

俺のプライバシー、マカロニみたいに筒抜けじやねえか!

 

特に最後のはかなり恥ずかしい奴だ!

 

って、まだ上もあるぞ。

 

他にどんなん乗せられてんだよ、と

 

思いながら画面をスクロールしようとすると、

 

バッ!

 

巫仙にスマホを奪われた。

 

 

「おい巫仙。なにすんだよ」

 

 

「そちらこそ、他人様のプライバシーに何ずけすけと入り込んでますの?」

 

 

「それに関してはお前らだけには言われたくない!」

 

 

プライバシーを侵害されたのはこっちだ。

 

 

「と・に・か・く、人のものは余り見るものじゃありませんわ」

 

 

そう言って、ツンとそっぽを向きながら、スマホを胸ポケットに再度仕舞った。

 

ところで、その、胸ポケットにスマホ仕舞うの止めてくれません?

 

何でかっていうと、ピッチピチの胸元にスマホを入れてるから形が際立ってエロいんですよ。

 

我が妹風に言うのならエロスなんですよ。

 

そんな理由で俺も顔を背けてると、

 

 

「それよりもおにーちゃん!もうすぐで入学式始まっちゃうよ?」

 

 

時計をちらりと盗み見た妹がそんなことを言った。

 

あ、本当だ。

 

現在時刻7時59分。

 

多く見積もって7時20分には家を出たつもりだが、彼女たちとの舌戦で相当時間を空費したらしい。

 

入学式は8時10分からだ。

 

ちなみに場所は第一体育館。

 

今からならまだ余裕をもっていけるが、集団生活の基本『五分前ルール』を遵守して、今のうちから準備して向かっておくのが吉だろう。

 

 

「そうだな、我が妹よ(ディアマイシスター)。迷子になるといけないからお兄ちゃんと手をつないで行こうではないか――」

 

 

「さあ、行きますわよ。寵さん」

 

 

「はぁーい、巫仙さん」

 

 

気づけば妹たちは既に校門を潜って随分と進んでおり、俺だけが取り残された状態だった。

 

そのうえ、あろうことか妹は巫仙のエスコートで手をつながれ、仲良しこよししている。

 

 

「解せぬ」

 

 

夜鳥巫仙――キーッ悔しい!踏んづけてやる!

 

 

「ほらほら陵さん、何しているんですの?行きますわよ」

 

 

「おにーちゃん、早く早く!」

 

 

「…はいよ」

 

 

素直に従うほかない俺。

 

どんだけ尻に敷かれてるの?

 

彼女だけならまだしも、おまけに妹にも。

 

頼りない兄で彼氏だった。

 

 

「おにーちゃん!」

 

 

「何だい?我が妹よ(ディアマイシスター)

 

 

妹が唐突に話しかけてきた。

 

 

「ついに私たちは()の校の校門を潜ったんだよ!」

 

 

「肛門を…潜った?ゾクッ」

 

 

擬態語を口で言うことのキモさを、自分で言って自分で理解した。

 

そして妹と巫仙の目がゴミくずを見る目に変わっていた。

 

 

「おにーちゃんの変態!なに言ってるの!」

 

 

「公共の面前でそんな破廉恥なワードを吐くなんて万死に値しますわ。というか、万死しました」

 

 

「既に一万回死んでいただと!?そして、お前ら酷くないか?!」

 

 

ちょっとおふざけをしただけなのに。

 

確実に兄と彼氏に対する態度ではない。

 

まあ、馬鹿な切り返しをしてしまった俺の方に非はあるんだが。

 

 

「全く…そうじゃなくてね、おにーちゃん。

 

 私たちが今入学しようとしている学校はとんでもないところなんだよ」

 

 

「あー分かってる分かってる。そこら辺は学校案内のパンフレットで死ぬほど読んだ」

 

 

幻想と理想と希望と願望と想像と創造と、後はリノリウムで出来ているようなところだからな。

 

 

「なら死ねばよろしいですのに」

 

 

「巫仙!?お前、思いっきり本音でてたぞ!」

 

 

「失礼。死んでました」

 

 

「時世の問題じゃない!」

 

 

なんてことを言うんだ。

 

この彼女は。

 

 

「お前ら表向きは仲良くしといて裏では黒魔術とか丑の刻参りとかしてたら俺、本当に泣くぞ!」

 

 

「どうぞ、ご自由に」

 

 

うぇーん(泣)

 

それにしても、なんて彼氏の扱いが酷い彼女だ。

 

今度、取扱説明書でも用意しとこうかな?

 

 

「いい?今から向かうのは尋常じゃない学校だよ。といっても尋常小学校じゃあないよ」

 

 

「当たり前だ!というか、『尋常』と『学校』か掠ってるからって安直に並べるな!」

 

 

「お黙りくださいまし」

 

 

「そして巫仙!何だよさっきから!俺の愛情足りてねえのか?!」

 

 

「べ、別にそんなのでは…」

 

 

頬を赤らめながら否定する巫仙さんマジかわいい。

 

 

「私たちが通うのは、クレイジーな学校。トチ狂った学校。頭の螺旋が数本飛んでる学校なんだから」

 

 

「それは言い過ぎだ!」

 

 

そしてクレイジーはお前だ。

 

このエロス妹。

 

 

「だからおにーちゃん。あとで、『怖いよ~』とか『帰りたいよ~』とか言って、寵に泣きつかないでよ」

 

 

「いや、そんなことしねえよ!過去においても、未来においても、したことはないし、するつもりもない!」

 

 

ったく、なんで俺が我が妹の前で無様にわんわん泣きつかないといかんのだ。

 

お兄ちゃんを何だと思っている。

 

権威失墜ものだ。

 

 

「あれ?でも今朝、五月病がどうとかで寵に――」

 

 

「あー!あんなところにクラス割りが掲示されてるぞー!今後必要になるから早く見に行かなとなー!」

 

 

俺は素早く話を切り替える。

 

もちろん示威の保全の為だ。

 

そして自慰の保全ではない。

 

死んでもそんなもの保全したくない。

 

しかし、俺が言ったこともあながち間違いではない。恐らく入学式の並びはクラス毎になるだろうし、

 

早めに誰が、どのクラスで、誰と一緒なのかは、早めに把握しておきたいものだろう。

 

一瞬でそう思い至り、俺はすたこらさっさとクラス割りの掲示に向けて駆けてった。

 

 

「まったくもぉ、おにーちゃんは子供なんだから。巫仙さん、私たちも見に行きましょう!」

 

 

「ええ、そうですわね」

 

 

我が妹と巫仙も俺の後を駆けていった。

 

 

3

 

「――神は存在しなかった」

 

 

掲示の前に愕然と立ち尽くす俺の顔からは血の気が引き、絶望に満ちた表情をしていた。

 

その理由はわざわざ言うまでもなく、掲示にそのまま記載されていた。

 

一部抜粋してお伝えしよう。

 

 

『Bクラス 出席番号12番 黒鵺寵』

 

『Fクラス 出席番号27番 白鵺陵』

 

『Fクラス 出席番号39番 夜鳥巫仙』

 

 

そう、神は死んだのだ。

 

 

「何故だッ!我が妹だけがBクラス…!?そんなバカな。そんなことあり得るはずがない!」

 

 

この学校のクラス分けは成績の順に行われる。

 

成績の良い順からA、B、C、D…と順に振られ、下はFまである。

 

つまりこの場合、俺と巫仙は成績最下層で妹は上層の部類に入るのだ。

 

この学校の入学試験は大まかに二つ――筆記と実技に分かれる。

 

そして、俺らは根本的なとある理由で実技が絶対的にダメダメなのだ。

 

筆記程度なら俺たちは猛勉強すれば満点なんて容易いことだか、流石に筆記満点でも実技がボロボロ、というかゼロ点だったら

 

まず合格通知は貰えない。

 

だけどそこは、これまたとある理由で特別に特例に異例の特別入学を認めて貰ったのだ。

 

まあ、特別入学といってもほとんど補欠入学に近いのだが。

 

 

「俺らは必然的に同じスタートラインからのはず。なのに何故我が妹だけがこれほど飛び出ているんだッ!

 

 どういうことだ、寵ッ!」

 

 

「私も分かんないよ~私だってFクラスに振られると思ってたんだもん」

 

 

「ああ、なんてことだ!まさかこんな所で妹とおさらばになるなんて!」

 

 

「大袈裟ですわ。今生の別れでもってあるまいに」

 

 

「何、馬鹿なことを言ってるんだ巫仙!

 

 俺たちにとって、例え同じ校舎内といえど別々の部屋で隔離されているなんて、そんなの耐えられるはずがない!」

 

 

「典型的なブラコンですわね。流石の寵さんも引いてらっしゃいますわよ」

 

 

「……キモい」

 

 

我が妹よ(ディアマイシスター)!?」

 

 

ああ…終わりだ。

 

我が最愛の妹(マイラヴリーシスター)に、キ…キモいって言われた…

 

俺にもう生きてる意味はない…

 

 

「ってお兄ちゃん!?ちゃっかりビニールテープを取り出さないで!そして首に巻かないで!」

 

 

我が妹が何か言ってる気がしたが、聞こえない聞こえない。

 

 

「見てくださいまし、陵さんのお顔を。まるで世界の最期と言わんばかりの表情ですわ」

 

 

あー聞こえない聞こえない。

 

 

「聞こえない振りをしてますわね…全くこれだから。仕方ないですわ、寵さん」

 

 

「え、えー。で、でも恥ずかしいなあ」

 

 

「朝っぱらから兄と接吻した方が何をおっしゃいますの」

 

 

「う、うー。仕方ないな、一回限りだよっ」

 

 

会話を一通り終わらせた妹は俺の方を上目遣いで見つめて、

 

 

「おにーちゃん。だーいすき♪」

 

 

満面の笑みを浮かべ、そう言った。

 

その瞬間、俺の脳内に電撃が迸った。

 

ああ、俺はなんてことを考えてたんだ!

 

こんな可愛い妹を置いて死ぬなんて言い出すなんて…

 

死ね!死ね!過去の俺死ね!

 

…ふぅ、過去の忌まわしき記憶は消し去った。

 

俺は現在(いま)を生きるのみ!

 

 

「俺は――生きるッ!」

 

 

「おにーちゃん!」

 

 

「我が妹よ!お兄ちゃんは生きるぞ!」

 

 

「うん!うん!頑張って!」

 

 

「単純なお方ですわね」

 

 

巫仙はやれやれ、と言わんばかりにため息をついた。

 

 

「さあ、我が妹よ(ディアマイシスター)!お前とは違うクラスで心苦しいが、お兄ちゃん、頑張るぞ!」

 

 

「よーし、寵も頑張っちゃうぞ~!」

 

 

「例え引き剥がされようとも、兄妹の絆は繋がっている!」

 

 

「うん!」

 

 

「そして『引き離す』ではなく、『引き剥がす』とわざわざ言うところも、もはやプロですわ」

 

 

俺と妹はいつになく張り切っていた。

 

 

「結局、寵さんも乗せられてますの。この妹にこの兄あり、と言った感じですわね」

 

 

巫仙は今日二度目となるため息をついた。

 

 




いかがでしたか。

妹が、クレイジーな性格だっていいじゃない!

それで、重々承知のほどとは思いますが、次回の投稿は未定です。

こんな拙作では御座いますが、どうぞお付き合いください。


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第壱章 新学期編
第壱話 入学式 -friendlyship-


書き溜めてたのを出したいと思います。

あと今後、投稿遅くなります。

すみません。

それでは(やっと)第一話、ゆっくりしていってね!



1

 

魔法学園――

 

早速、『魔法学園とは』と入りたいところだが、このプロローグを分かりやすく読んでいただくために

 

一つ時代背景を説明しておこうと思う。

 

時は、2045年。

 

現来、魔法と言われるものはおとぎ話やアニメ、漫画の世界で知られるよう、

 

人々の希望や想像から大成した大仰なフィクションであり、

 

実在は絶対的に科学的に有り得ないとされ、

 

それは多くの人間たちの周知の事実であった。

 

たまに近所で「魔法少女!」とかはしゃいでる女の子を見ると微笑ましくなったり、

 

逆に大人がやっていると「痛…」とか引いてしまう感じだった。

 

魔法は存在しない。

 

それが社会の一般常識であり、一般通念でもあった。

 

ところがどっこい、あにはからんや、時は西暦2032年。

 

なんと、魔法の存在が認められてしまった。

 

国連公認で。

 

もちろん、この情報は大いに世間を騒がせた。

 

感動に耽るものもいれば、嘘っぱちだと疑心暗鬼になるものもいた。

 

特にネットは大荒れ、それはたくさんの、様々な議論や情報(ほとんどがデマだったようだが)が飛び交った。

 

しかし、後日に国連軍による公式魔法実験デモが行われ、魔法が衆目に晒されると、人々は信じざるを得なくなった。

 

この瞬間、世界に魔法の存在が認知されたのだ。

 

まあ、多少の蟠りを残す結果となったが。

 

それから数年の時を経て、魔法専門の研究期間も設立され、研究開発の新分野にも組み込まれた。

 

科学的に否定されていた魔法が、今や科学的な研究がなされているのはいささか皮肉である。

 

そんな魔法研究。

 

中でも力が入れられたのは、

 

魔法を行使する人間――即ち、『魔法使い』の育成である。

 

いくら魔法が実現しても、それを使う人間がいなければ、いくら夢のような技術でも宙吊りになってしまう。

 

そこで発足された『魔法使い』育成機関の第一号であり、草分けであり、先駆けである、

 

『魔法学園』だ。

 

創立2033年。開校12年目と、まだ完成して日の浅い学校だ。

 

幻想と理想と希望と願望と想像と創造、あとはリノリウムで出来ているような学校。

 

さあ、時代背景の説明も終わったところで『魔法学園』の説明と行こう。

 

前述の通り、魔法開発を施された、魔法を行使する人間のことを『魔法使い(ウィザード)』と呼ぶ。

 

特に男性の場合はウィザード、女性の場合はウィッチと呼称される。

 

それも今じゃ俗語だ。

 

ウェイターとウェイトレスみたいなもので、男女差別的な意味合いがあるので公にはあまり使われない。

 

今は統一で読みは『ウィザード』だ。

 

そんな『魔法使い(ウィザード)』を育成するための国家機関。

 

一学年定員二百四十名で全学年で七百二十名が在籍している。

 

入学するには当たり前だが入学試験に合格する必要がある。

 

ただ、その試験内容が特殊だ。

 

魔法座学、魔法実戦、魔法技術、特殊機器による魔力保有量の観測

 

の四項目である。

 

これらの総合で好成績を出したものだけが『魔法学園』の狭き門を潜れるのだ。

 

ちなみに倍率は8倍。

 

おっそろしいね。

 

そして見事入学できた栄えある新入生たちには、これも当たり前ながら各々にクラスが割り振られる。

 

クラスは各学年にA~Fまでの六クラスあり、各クラス四十名編成である。

 

また成績の良い順にAクラスから割り振られるため、クラスごとで魔法使いのレベルに

 

格差が生まれてしまう。

 

魔法使いのレベル、力量、才能。

 

ここで魔法使いのレベルを表す『ランク』について解説しよう。

 

魔法使いには階級があり、魔法戦闘における汎用性や魔法研究への貢献性により

 

魔法学園では次の五段階に割り振られているる。

 

まずは、『最上級魔法使い(ウィザード)』だ。

 

単体で小、中規模の国家一つを壊滅できるという化け物軍団だ。全世界に116人存在しているらしい。

 

これに属するのは『S級魔法使い(ウィザード)』だ。

 

次に『上級魔法使い(ウィザード)』。

 

単体で『下級魔法使い(ウィザード)』の50~100人分の戦力を持っているとされる。

 

これに属するのは『A級魔法使い(ウィザード)』と『B級魔法使い(ウィザード)』だ。

 

そして『下級魔法使い(ウィザード)』。

 

最も多くの魔法使いがこれに分類される。

 

一般的にこれ以上が『魔法使い(ウィザード)』と呼ばれる。

 

『C級魔法使い(ウィザード)』、『D級魔法使(ウィザード)』。

 

何故か妹の寵が『C級魔法使い(ウィザード)』となってしまった。

 

最後に『最下級魔法使い(ウィザード)』。

 

初期魔法と呼ばれる初心者用の魔法しか扱えないものたちだ。

 

基本的に魔法使い(ウィザード)としての扱いを受けず、『魔法使い堕ち(ワースト)』と蔑称される。

 

『E級魔法使い(ウィザード)』がこれに属する。

 

残念なことに俺と巫仙がこれである。

 

また例外として、魔法界における最強戦力をもつと位置づけされた『SS級魔法使い(ウィザード)』が存在す

 

る。

 

世界中に僅か7人。そのほとんどが国家のお抱え魔法使いである。

 

現在確認できうるもので、日本はそのうちの一人、米国は二人を保有している。

 

これこそ化け物軍団で、大国の一師団ぐらいは余裕のよっちゃん、赤子の腕を捻るように潰すことができるのだ。

 

くわばらくわばら。

 

――まあ、こういった感じだ。

 

さて、ある程度の注釈をしたところで早速、場面を入学式会場、第一体育館に戻したいと思う。

 

 

2

 

入学式会場、第一体育館には、

 

人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人。

 

それはたくさんの人がいた。

 

新入生総勢二百四十名に加え、最上級生である三年生もこの場にいる。

 

つまり、二学年あわせてざっと四百八十人だ。

 

まだ到着が遅れている人もいるみたいだからこの数値よりは少し少ないだろう。

 

 

「凄いね~、人がいっぱいだ~!マッチピーポーだ~!」

 

 

間延びした口調で妹が感想を漏らす。

 

そういや昔、俺"people"っていう単語の意味を『パトカー』って勘違いしてたことがあったな。

 

ピーポーだけに。

 

皆も一度はこういう間違いあるんじゃないかな?

 

ないね、すまない…

 

 

「そして我が妹よ。一つ突っ込ませろ。 

 

 "much"は普通不可算名詞に使う形容詞であって、可算名詞"people"にかかる場合は"many"か、どちらにでも

 

 使える"a lot of"を使う方が正しい」

 

 

「へえ、さすがおにーちゃん。詳しいね」

 

 

「そのお褒めの言葉は有り難く与りたいところだが、妹よ。今のは中学英語だぞ」

 

 

ああ、妹の行く末が心配で心配でたまらん。

 

これも兄の運命(さだめ)なのか…

 

 

「まあそれは置いといて」

 

 

「確実に後回しにしていい問題ではなかったぞ」

 

 

妹は、俺のツッコミなど無視して話を進めた。

 

 

「確かに、こんな大人数が固まって団体生活を送る中におにーちゃんを放り込むのは酷だったね」

 

 

「至極失礼だが、指摘は的確だ!?しかし気づくのが遅かった!」

 

 

だから言ったであろうに。

 

確実に五月病を発病するから登校は控えた方がいいと。

 

 

「まあショック療法でなんとかなるかな」

 

 

「人間関係のショック療法なんて聞いたことないぞ!?」

 

 

しかもこういうのは結構深刻で根が深かったりするんだ。

 

「なんとかなる」程度の意気込みで済まさないでくれ。

 

 

「はあ…これからの未来にもはや『絶望』の二文字以外浮かばない…」

 

 

と、俺が肩を落とすと、

 

 

「まだおありじゃなくって?」

 

 

と、巫仙が綻ぶような笑顔で語りかけてきた。

 

 

「万死」

 

 

「いつまで引きずってんだお前は!」

 

 

俺もう三万回ぐらい殺されてるんじゃない?

 

理不尽に。

 

 

「億死」

 

 

「増えた!?」

 

 

しかも千倍!?

 

駄目だ!コウラで連続1upしてもカヴァーできる量じゃない!

 

というか、一億回死んだら死亡残機数が余裕でカンストしてしまう!

 

俺の人生はいつから横スクロールアクションゲームになったんだ!

 

などと、お互いに茶番をかましあってると、新入生の待機するパイプ椅子が並べられてあるゾーンに辿り着いた。

 

 

「じゃあ、おにーちゃん。寵はこっちだから」

 

 

といって、寵は自分のクラス――即ちBクラスの待機場所を指で示し、俺らに一言告げると、

 

そちらの方へ行ってしまった。

 

妹がいなくなって、いささか、どころかものすごぉく寂しいんだが仕方あるまい。

 

これも妹のため。

 

FクラスよりはまだBクラスの方がいいだろう。

 

待遇的に。

 

そっちの方が優遇されやすいだろう。

 

なにせ学園内では入学時点で既に力のヒエラルキーが完成してんだからな。

 

あれ?これって結構、学園の闇じゃね?

 

まあいい、愛し妹の不在は結構響くが、こっちには二番目ぐらいには愛している

 

彼女の夜鳥巫仙さんがいるからな。

 

 

「巫仙、行こうぜ」

 

 

そう言って、巫仙に行動を促し、俺らも自分のクラス――即ちFクラスの待機場所に向かう。

 

パイプ椅子は縦横5×8で並べてあった。

 

既に大半の椅子が生徒たちで埋まっていた。

 

空き椅子はほんの少し程度だ。

 

 

「席順は決まってんのか?自由か?」

 

 

俺が何気なく巫仙に訊くと、

 

 

「ベタに出席番号順ですわ」

 

 

そう答えた。

 

 

「じゃあ、俺は――」

 

 

俺の出席番号は27番だ。

 

ニーナ(誰だよ)の27番だ。

 

つまり俺の掛ける位置は四列目左から三番目のパイプ椅子となる。

 

ちなみに巫仙は39番(語呂的にはサンキューを検討中)で一番最後から二番目なので、

 

最後列右から二番目のパイプ椅子である。

 

巫仙もそこに掛けた。

 

同じクラスにも関わらず、二人引き離されてしまったのは悲しいが、

 

巫仙の場合は僅か数十センチだ。

 

振り向けば逢える。

 

ほら振り向けば、そこにはセカンドラヴァー(この単語非常に失礼)巫仙さんの御姿が――

 

 

「なあ、あんちゃん」

 

 

誰だよ。

 

何ということか。俺の、巫仙を見ようとした、その視線上にズンッ、と大きな躯体が割り込んできたのだ。

 

ああ、折角、巫仙を嘗め回すように凝視して『巫仙成分』を充電しようと思ってたのに…

 

最近足りてないんだよね、巫仙成分。

 

なんだよそれ。

 

そして俺は、その巫仙成分充電を阻害してきた野郎を睨みつけた。

 

 

「――コロス。いや、失礼。何の用だ?」

 

 

「ちょい待て!自分、地味に『殺す』言うたやろ!?」

 

 

そんな似非関西弁で似非ツッコミをしてくる男。

 

見れば頭髪をムースで固めたのか逆立たせており、武骨で強面だが整った顔立ちで

 

()()()女子には受けそうだった。

 

あくまで一部だからな。

 

わざわざ傍点振ってるし。

 

俺みたいに大衆受け、一般受けする顔にはまだまだ二百海里以上遠い!

 

排他的経済水域の外だ。

 

 

「気のせいだ」

 

 

「じゃあ自分、さっきなんて言うたん?」

 

 

「おろす」

 

 

「あんまり意味が変わってない!?」

 

 

ぎゃーぎゃーうるさい野郎だな。

 

俺ってうるさいやつ苦手なんだよ。

 

あっ、これを『棚に上げる』って言うんだな。

 

また自分で言って自分で理解した。

 

俺騒がしい奴大っ嫌い。

 

しかも俺とお前初対面だろ。

 

なんでこんなフレンドリーに話しかけてきてんだよ。

 

俺、コミュニケーションシップは苦手なんだよ。

 

 

「酷ないか」

 

 

「うっさいな。あんまごちゃごちゃ言うと『ソロす』ぞ」

 

 

「なんか普通の単語やのに『ころす』と『おろす』の後に聞いた所為で怖い言葉のように聞こえる!?

 

 ってか『ソロす』ってなんや!?」

 

 

「孤独にする」

 

 

「確かに意味は分かったが、何をどうして孤独にするのかが分からへん!」

 

 

「簡単だ。そいつの同性愛者説を流す」

 

 

「最低や!」

 

 

はあ、ツッコミもいちいちうるさい…

 

俺みたいにスマートにスタイリッシュにクールにツッコミできないのか。

 

 

「まあええわ。儂の名前は『不動車座(ふどうくるまざ)』言うんや。

 

 不動明王の『不動』に、『車』に『座』るや。簡単やろ?

 

 下の名前で構わんから、以後よろしゅう」

 

 

なんか最後京都弁混ぜてきた。

 

なんか方言ブレてないか?

 

キャラなのかマジモンなのかはともかく、そこは統一しとけよ。

 

こっちも対応にあまる。

 

 

「そうか、不動車座か。じゃあお前のあだ名は『クルペッコ』だ」

 

 

「『くるまざ』の『くる』から取ったんは分かるが、なんで儂が緑の吐瀉物を撒き散らす

 

 飛行生物みたいな名前で呼ばれなあかんのや」

 

 

「不名誉や!」と喚き散らす車座改めクルペッコ。

 

うるさい、あと声大きい。

 

生徒数名が気にしてこちら見てるぞ。

 

 

「じゃあ『くるりんぱ』で」

 

 

「儂ぁ、リアクション芸人ちゃうで」

 

 

「『くるくるぱ~』でどうだ」

 

 

「儂がアホの子みたいやんけ!」

 

 

「『ルン◯ッパ』?」

 

 

「もう原型があらへん!?」

 

 

「俺なんかな、『インビジ◯ル』で初めて『ルンパッ◯』って名前聞いたんだぜ。

 

 最初、『ル◯パッパ』?何それ?って思ったもん」

 

 

「自分、子供の頃やっとらんかったんかい」

 

 

やっとらんかったんかい、って。

 

複雑すぎやろ。

 

いけね、俺も混ざった。

 

 

「家が厳格だったもんで。そんなものには指一本触れたことはなかった」

 

 

「へえ、そりゃ難儀やのぉ」

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

「ちょい待ちや、何黙っとんの」

 

 

「あ?」

 

 

お前なに話継続させようとしてんだよ。

 

今、いい感じで終われそうな雰囲気だったのに。

 

 

「なんだよ」

 

 

「いやいや、儂、自分に自己紹介したけん、今度は自分が儂にする番やろ。

 

 ちゃいまっか?」

 

 

いやいや、何で俺がこんな初対面で似非関西弁のムサくて怪しい男にいちいち名前教えてやらんと

 

いけないんだよ。

 

俺はその旨を、少しぼかして車座に言った。

 

 

「何をおっしゃいますの、あんちゃん。儂らこれから三年間、同じ学校での付き合いや。

 

 仲良くしとった方がええやろ?自分が国立魔法大学に進学するんやったら、尚更や。

 

 まずはそのための自己紹介や」

 

 

…まあいい。

 

こいつと仲良くする気はあまりなかったが、その点を鑑みると確かにそちらの方がいいな。

 

 

「――『白鵺陵』だ。

 

 『白』に『鵺』――夜と鳥で『鵺』だ。それと陵辱の『陵』で『みささぎ』って読む。

 

 俺も陵で構わないさ」

 

 

紹介を終えて車座を見ると、車座は硬直していた。

 

聞いてたのか?コイツ。

 

 

「自分…名前、いつもそれで紹介しよるんか?」

 

 

「紹介したことがないがな…まあ、今後するとしたらこれでいくだろう」

 

 

「やめとけ。自分でその紹介して恥ずかしくあらへんか?」

 

 

どこが?今のどこに恥ずかしい要素があった?

 

俺の本気で分からないという表情を見てか、車座は大仰にため息をつき、

 

 

「分かった、もうええ。とにかく、今後はその自己紹介は控えとけ」

 

 

「…おう」

 

 

なんのことだったかさっぱりだが、第三者でこそ分かるというのもあるので、

 

それには従うことにしよう。

 

今度また新しくフレーズ考えるか。

 

 

「にしても、そうか陵ィ言うんか――」

 

 

そしてこのまま何事もなく、平和に安穏に会話を終えられそうだったものを…

 

この男は、『禁断の言葉』を言ってしまった。

 

 

「よろしくしてくれや、()()()()

 

 

それは、関西圏ではよくある二人称単数名詞なのだが、

 

しかし、俺はその言葉に反応せざるを得なかった。

 

馬鹿め、先ほどまで通り『あんちゃん』か、さっき教えたばかりの『陵』という名前で呼べばよかったものを…

 

俺は五本の指をぴんと伸ばし、それらを密着させ、鋭利な手刀を作った。

 

そしてその手刀の切っ先を車座の喉笛に突き付けた。

 

 

「オイ、車座ァ。テメェみてぇな奴が俺のことを『兄ちゃん』などと呼ぶな。

 

 いいか?兄も兄貴も兄さんも兄ちゃんもお兄ちゃんも全部駄目だ。

 

 俺を兄と呼べるのは妹だけだ」

 

 

その通り、俺のことを兄と呼んでいいのはこの世において、

 

妹ルートを開拓したいぐらいに好きで、小動物みたいに可愛くて、抱き付いてスカートめくって

 

下着のクロッチに顔を埋めたいぐらい愛くるしくて、毎日胸を揉みしだきたい、否吸い付きたいぐらいに愛しく

 

て、上目づかいで「おにーちゃん、だいすき」って言ってもいい、っていうか言ってくださいぐらいに

 

恋しい、我が超絶究極神威的愛し妹(マイエクストリームラヴリーシスター)ただ一人のみだあッ!

 

はぁっ、はぁっ。

 

…よく考えてみりゃ、俺って変態かな?

 

これで、「この兄は後に犯罪級危険人物として後世(の妹属性)に語り継げられた』っていうオチなら

 

まだ笑えるんだけど、

 

 

「いいかァ?その蚊トンボみたいな脳味噌によく刻み込んどけ――今後、俺に対して『兄ちゃん』などという

 

 呼称を用いるな。分かったか?」

 

 

まあ、これも完全に八つ当たりだ。

 

妹と隔離されてしまった(単にクラスが違うだけだ)兄の悲しみは図りかねるものだ。

 

このまま巫仙成分だけでなく妹成分まで欠如していったら、俺そのうち栄養失調で死ぬかも。

 

俺の必要充電頻度はスマホ並。

 

 

「お、応…」

 

 

車座が戦々恐々といった感じで応じた。

 

仕方ない。奴も反省しているようだから今回ばかりは妹の身体に免じて赦してやろう。

 

それに帰ればいくらでも妹の身体に抱き付いたり揉んだりキスしたりできるから、これでチャラだ。

 

本人不在の状態で密かに身体の自由が侵されつつある妹だった。

 

 

「応?」

 

 

あれ?なんで俺聞き返してんの?

 

 

「…は?」

 

 

「『は?』じゃねえよなぁ…『はい』だろうがぁ」

 

 

あ、やべ。これ完全に精神が暴走してる。

 

どうしよう、精神が脳の命令を受け付けない。

 

脳では「もうその辺にしとけ」と言っているのに対し、俺の精神は「奴を確実に屈服させよう」と

 

している。

 

これもまさか精神統御サプリメント、名を改め『妹成分』が不足している故か…

 

しょうがない、これも神の課した所業と受け取り、心の赴くままに流されますか。

 

車座の安否なんて知らね。

 

まだ出会って数分だし。

 

 

「は、はい…」

 

 

何だろう?

 

どんどん車座が学園天下統一マンガの一話目でフルボッコにされる雑魚敵Aに見えてきた。

 

 

「よろしい。二度目はねぇからな?」

 

 

「はい」

 

 

ヤバくない?

 

開始早々ムサくて、ガタイのいい男子高校生を攻略しちゃったよ!?

 

このまま俺の天下布武へのストーリーが始まったりして。

 

 

「えー。全生徒揃ったようですね。では只今より第12回生、魔法学園入学式を始めます」

 

 

どうやら入学式が始まるようだ。

 

俺は車座の咽喉部に突き付けた手刀をそっと引くと、車座に「もう怒ってないよ」と微笑みかけた。

 

しかしどうだ。車座の顔はひくひくと引き攣るばかり内心の感情を外に出すまいと必死だ。

 

何故にこうなった。

 

 

「全生徒、起立」

 

 

その声とともに、俺を含めた第12回生全員が立ち上がった。

 

 

2

 

入学式中、さして大したことはなかった。

 

敢えて流れを説明しておくなら、まずは開会の辞から始まった。

 

本来この後、新入生入場が定番なのだが、状況を見て分かるよう俺らは既に会場内のため

 

入場はスキップだった。続いて皆様お馴染みのことと存ずる国歌『君が代』を斉唱した。

 

こういうので時代は進んでも日本人の心は変わらないんだな、としみじみ思える。

 

地味に感動した。

 

その後、この魔法学園の長たる学園長が登壇し、式辞やらなにやらを述べる予定だ。

 

どうせ長ったらしく「本校は歴史ある…」とか「優秀な人材を多く輩出し…」とか、

 

そんなどうでもいいことばっか言うんだろ。

 

ということで俺は絶賛居眠りを始めていた。

 

その時――!

 

予め訂正しておく、大したことはないといったな?

 

あれは嘘だ。

 

恐らくそれは俺史上においても最も衝撃的になるであろう事件が、発生したのだった。

 

 

「座ってよろしい。ゴホン…

 

 晴れて我が校『魔法学園』に入学した第12期新入生の諸君、おめでとう。

 

 君たちの入学、心よりお祝いする――」

 

 

その祝辞を述べた学園長の声に、こっくりこっくり舟を漕いでいた俺は神速のスピードで

 

下船を済ませ、夢の国から現実世界へ帰還を果たした。

 

俺を眠りへの誘いから解き放ったその声は…

 

アニメ声ッ!

 

起きたての俺は隣席の車座に目で合図を送ると、車座はそれに気づき、壇上に向かって首を振った。

 

「前を見ろ」ということだろうか?

 

ならば百聞は一見に如かずだ、と俺が壇上を見上げた先には――

 

――ロリがいた。

 

ロリ美少女がいた。

 

俺は叫びたくなってしまう衝動を抑え込み、その様相をじっと見つめた。

 

そのロリ美少女は、色素薄めのピンクブロンドの髪をツインテールに結わえており、

 

その緑玉の如き双眸は吊り上がって勝ち気な印象を与えなくはないが、それはお人形のようにパッチリしてて

 

クリクリしてて俺的には逆に良かった。

 

胸は言うまでもなくぺったんこだが微妙にふくらみがあり、将来性を感じさせてよし。

 

身長が足りないため台の上に乗り、身長を底上げして、うんしょうんしょとそれでも遥か高みのマイク目指して

 

背伸びを続ける姿は儚げでよし。

 

俺のロリ選考基準と照らしてもオール及第点。総評Sロリ。俺のど真ん中。

 

ちなみにSはSMのSだ。決してSNのSではない。コンパスおじさんになっちまう。

 

こんな異能者の魔窟にこんな秘宝が眠っていたとは…

 

人生一期一会。何が起きるか分かんねえもんだな。

 

ロリ最高。

 

さて、スパコン並みの速度で1フレームも経過しないうちに脳内情報処理もつつがなく完了し、

 

忘れることなくロリ学園長の姿も高画質で脳内保存して、ふと辺りを見回すと、

 

やはり生徒たちにも動揺が広がっているように見えた。

 

それもそうだろう。なにせ我らが学園の長がロリ金髪ツインテールなのだから。

 

この学校にもロリコンいるかな?

 

お友達になれそう。性癖マイノリティ同士。

 

よく考えてみろ。ロリが学園長の学校だぜ?

 

教師の中にもあと数人ほどロリがいてもおかしくない。

 

もしかして齢16にしてまさかのロリルート突入?!

 

何ここ天国なの?エデンなの?エルドラドなの?

 

幻想郷は実在したんだ!

 

 

「諸君、はじめまして。私はこの魔法学園の学園長――『舞神千歳(まいがみちとせ)』だ、よろしく」

 

 

にしても、このボーイッシュな口調。

 

見た目とのギャップがあって逆に萌えるな。

 

 

「おい聞いとるか、陵」

 

 

俺がまだ見ぬ『ロリ学園長』というジャンルに興奮しているさなか、すぐ右隣にいる車座が小声とともに

 

右腕を小突いてきた。

 

 

「なあ、『舞神』って…あれが噂の『十神眷属(じゅっしんけんぞく)』の一人か?」

 

 

「ああ、そうだろ。少なくともプロフィールでそう紹介されていたな。

 

 しかし、()の『十神眷属』の一柱、『舞神』家の当主の一人娘が、

 

 あんなロリっ娘とは…何たるご褒美。ゾクッ」

 

 

いいね。いいね。ゾクッとするね。

 

 

「アホ抜かせ。あれでもかつて『十神眷属』ナンバー1やったとこの長女やで。

 

 『雷神(らいがみ)』家に一位の座を奪われた現在(いま)も、ナンバー2としてその権威を振るうとる。

 

 そんな名家のお嬢様なんかに手ェでも出したら、自分消されてまうで」

 

 

「分かってるさ」

 

 

十神眷属。

 

その昔、日本の八百万(やおよろず)の神の代行者として召喚されたという逸話がある。

 

十柱の眷属。神の使い魔。八百万の代行者。

 

それは古くから政府(当時は朝廷だ)と闇企業などとの斡旋を行うブローカーの役割をこなし、

 

それらが政治に与える影響力は絶大だった。21世紀の現在でもその政治中枢に介入していると言われている。

 

その他、警察機関、司法機関、魔法産業分野において顔が広いという。

 

『十神眷属』の意向は神の意向。『十神眷属』の決定は神の決定。

 

『十神眷属』の言葉は神の言葉。

 

それはもう既に暗黙の了解であり、不文律的絶対条例なのだ――

 

などと一部メディアでまことしやかに囁かれてはいるが、その真相は不明だ。

 

また、『十神眷属』の共通項として姓に『神』が含まれている。

 

彼の有名な陰陽師・安倍晴明の言葉にこんなものがある。

 

 

『名前はこの世で一番短い(しゅ)なり』

 

 

と。

 

つまりは名前や肩書がその人間を縛る、ということである。

 

あまねく陰陽師にとって、『名づけ』の行為は『縛る』と同義なのだ。

 

そして名前に『神』を含めることで、眷属を羈縛し、神の使い――一種の式神たらしめているのだ。

 

愛神(あいがみ)』、『狩神(かりがみ)』、『幸神(さちがみ)』、『旅神(たびがみ)』、『亡神(なきがみ)』、『埴神(はにがみ)』、『舞神(まいがみ)』、『闇神(やみがみ)』、『雷神(らいがみ)』、『鷲神(わしがみ)

 

の十柱。

 

今、俺たちの前にいるロリ学園長こと舞神千歳はまさに、この『十神眷属』の一柱、『舞神』の一人だった。

 

まあ要するに、我らの学園長は凄いということだ。

 

それでも、その『舞神』家の人間がこんな大規模な養成所を造って一体全体何が目的なんだろうか。

 

全く偉大な人間の考えることはよくわからん。

 

『燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや』って奴だな。

 

それでもいいさ。

 

日本でもトップの権力を有するところのお嬢様でロリで幼女。

 

これはもう俺にとっての、否全世界にとっての新規ジャンルということでいいんじゃないか?

 

その後、俺が脳髄の髄より溢れ出てくる脳内妄想との葛藤に見事勝利を収めたころには、

 

既に学園長式辞は終了しており、ロリ学園長は降壇していた。

 

もうちょっと見てたかったぜ。

 

再び、起立と礼が行われ、着席。

 

続いて、在校生代表の挨拶といった体で現生徒会長である『愛神繚乱(あいがみりょうらん)』による

 

祝辞が為された。

 

もうお分かりだろうが、この生徒会長さんも『十神眷属』の一柱、『愛神』家のお嬢様だ。

 

…やはり人間とは馴れると、ちょっとやそっとじゃ驚かんな。

 

あと五人ぐらい来ても大丈夫そうだ。

 

 

「それにしてもすごいこった『舞神』に『愛神』。日本最高のVIPの嬢ちゃんがお二人とは。

 

 いやはや、やっぱ魔法学園は格が違うわ。格が」

 

 

「というか、創立12年程度の若輩の学校がここまで広く知れ渡ったのも、『魔法』という新概念の

 

 斬新奇抜さと『十神眷属』の名売りのおかげだからな。

 

 魔法学園の著名度が『十神眷属』を呼んだんじゃなくて、『十神眷属』が魔法学園の著名を呼んだ。

 

 と言った方が正しいだろ」

 

 

「『十神眷属』のネームヴァリューもすごいで。

 

 そのうち日本も『十神眷属』に依存した経済になるんやろか?」

 

 

「さあね。まあ彼らからすれば万々歳なんだろうけど」

 

 

そんな自堕落な社会にならないことを切に祈ろう。

 

VIPにはVIPの社会。俺ら一般庶民には一般庶民の社会がある。

 

それらは交わることのない水と油。

 

そんな心配は杞憂だろう。

 

 

「――以上を持ちまして、私からの歓迎の挨拶とさせて頂きます」

 

 

起立、礼、着席。

 

さてほとんどのイベントは終わった頃だ。

 

あとは新入生代表の答辞を残すのみだ。

 

俺は眠気を追い払うように大きく欠伸をした。

 




いかがでしたか。

新出単語が多くて、世界観の理解に難航しますかね。

すみません。そのうち設定資料を出します。


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第弐話 生徒会長 -unconsciousness-

別作品の方をおざなりにしてまでこっちを書くのに嵌ってしまっています。

やはり自分にはこういう軽いのがお似合いなのでしょうかね?


 

 

生徒会長による祝辞を終えた今、残すプログラムは新入生代表による答辞のみとなっていた。

 

新入生代表、というのはこの魔法学園に入学するうえで最も重要なプロセス、即ち入学試験をトップで通過したも

 

のに与えられる肩書きだ。

 

魔法座学、魔法実戦、魔法技術、特殊機器による魔力保有量の観測。

 

これらすべての科目において受験者内で一位の成績を極めたものが選ばれる。

 

とはいっても新入生代表としてのお仕事は、この入学式の答辞でおしまいだ。

 

しかし、その生徒は今後の学園生活での地位・名誉を確約されたも同然なのである。

 

他人から敬われ、崇められ、目標とされ、

 

現代のカースト制とまで謳われた、このヒエラルキー(階級社会)の天辺(世界史でいうところの神官クラス)

 

に君臨することが確定される。

 

自分の下に多くの人を置かれ、しかし自分の上に人が存在せず、

 

誰に(おもね)る必要も、誰に媚びる必要も、誰に縋る必要も、誰に従う必要もなく、

 

阿諛追従(あゆついしょう)すべき義務も権利も必要も状況もなく、

 

頂点の玉座に悠然と坐り、意のままに見下し、操り、支配する。

 

なんてことを言ってみたが、相当なご身分の人間のように誤解されてしまいそうなので早々に否定しておく。

 

そいつだってまだまだ学生である。

 

自らの下に人を作るなんてのは数十年早いといえよう。

 

よって誇張なしにそいつを一言で言い表すならば、

 

ただの優等生だ。

 

どこのクラスにも居ただろう。

 

クラスにおいて他者より抜きんじて何かに優れていた生徒(世間一般では頭脳明晰、品行方正な人間のことを言う

 

らしいが)なんてごまんといた。

 

()()の場合、その何かが、一風変わった変てこな近未来技術だっただけだ。

 

そんなもので人間の地位・身分は確立できるわけでもなく、単に手品師紛いのことができるに過ぎない。

 

世の中には、それよりも尊重すべき才能がゴロゴロ眠っているのだ。金鉱山の如く。

 

一度掘り当てればその才能は磨かれ研ぎ澄まされ覚醒する。

 

ゴールドラッシュのように、それは数多の才能が見つかることもある。

 

しかし現在(いま)、その能力が掘り起こされることなく、岩石の中の金塊として埋もれてしまっている人たち

 

に対しては、もはや励ます他ないのだが、しかたあるまい。

 

原因は全て、今の社会が魔法産業社会なだけであって、この学校が『魔法学園』なだけなのだから。

 

 

1

 

長い前置きもほどほどに。

 

まあ新入生代表は入試トップの人。

 

という情報さえあれば、話は大体進むだろう。

 

新入生代表。入試一位。

 

といったわけで、そんな肩書き冠し、堂々たる態度で壇上に上がったのは

 

女子なのであった。

 

金髪の髪を真っ直ぐに腰までおろし、頭部の装飾品はカチューシャのみ。

 

透き通るような白い肌に、碧い眼を抱いた顔。

 

体型はスマート、スリムとでも言おうか、モデルのようなしなやかな体躯だ。

 

初見での総評は、美人認定。それも美人中の美人だ。

 

彼女は卓上にスピーチの原稿を置くと、マイクの位置を調整した。

 

 

「第23期新入生代表、『緋狩澤光(ひかりざわひかり)』です。

 

 本日は私たちのためにこのような――」

 

 

おお、声も美声だ。

 

まあ、イケメンでイケボの俺には負けるがな。

 

 

「えらい別嬪さんやのお…」

 

 

隣に着席した車座も同じ判断を下したようだ。

 

見れば、車座は彼女を嘗め回すが如く、矯めつ眇めつし、恍惚の表情で仰ぎ見ていた。

 

キモイ。

 

さすがはクルペッコだ。

 

俺らの期待を裏切らない。

 

でもまあ、美人というのは正しいっちゃ正しいので一応賛同しておく。

 

 

「ああ、そうだな。名花、麗人、シャン、八方美人といったところだな」

 

 

「自分、案外古い言葉使うのな。シャンとか普通に死語やぞ」

 

 

「地味に知ってるお前もすげえな。なんかこう…おっさんくさいというか、加齢臭がするというか…」

 

 

「せんわ!というか、言動のことやと思うてたら、いきなり体臭の話題になったから驚いたで!」

 

 

小声で見事にツッコミを決める車座さんマジスタイリッシュ。

 

結構な技術がいるぞ、それ。

 

 

「あと言うとくが、『八方美人』に『八方向いずれから見ても美人』的な意味はないで、

 

 褒める言葉いうより皮肉の言葉や」

 

 

車座に俺の国語力を舐められてた。

 

なんか普通にいやだ。

 

 

「知ってるに決まってる。しかし、美人の大抵が八方美人、ってのは案外否定しきれないだろ」

 

 

「ううむ、確かに。女子の皆さん方にゃすまないが、先入観でいうとそうなるわな」

 

 

「だろう?」

 

 

やはり男同士意見が合いそうであった。

 

 

「俺は美人を好きにゃなれない。そりゃ、美しい綺麗だ。なんて思ったりはするが、

 

 基本的にそういう部類の人間に対しては恐怖しかねえな。

 

 底が知れない、とでもいうのか。

 

 その美人の仮面の下には恐ろしい本性が隠されてるのじゃあないか。

 

 なんて思っちまうんだよ。

 

 故に、俺的には美人は企ててそうで怖いのさ」

 

 

底が知れない――底なし沼。

 

図れず、探れず、掴めない。

 

そういう人間は苦手だ。

 

なんてことを『底なし沼』の俺が言って、どうするのだという話だが。

 

 

「なんや、えらい難しいこというな、自分。

 

 やけど分かるで、それ。一理あるわな」

 

 

そうやって車座との美人トーク(ある意味、字面詐欺)を続けていると、

 

答辞の台詞も半分すぎたころになった。

 

その辺りに入ると、『皆平等に』や『切磋琢磨』、『団結し合い』、おまけには『優れた者は劣った者の手を取

 

り』などのいわゆる悪意あるフレーズが増え始めた。

 

完全に魔法使い(ウィザード)レベル下級の人たちを煽っている。

 

たとえ階級縦社会の学校とはいえ、こんな大規模の式の場でこんな棘むき出しの表現を言ってもいいのだろうか。

 

この台本。生徒会が書いたのか本人が書いたのか、その真相は知るところではないが、

 

言っているほうも言っているほうとして、もっと建前で包むなどということをしないのだろうか?

 

『オブラートに包む』という言葉を教えてあげたいところだ。

 

 

「なんやで、あの(アマ)!ちぃと黙っとったら好き勝手言うて…」

 

 

車座も先ほどとは態度を一転させ、怒りを露わにしていた。

 

ふと俺の左隣(全く知らないやつだ)を見ると、ソイツも悔しそうに下唇を噛んで両拳をぷるぷると握っていた。

 

しっかし、心配だな。

 

こんな生徒一同会する場で下級魔法使い(ウィザード)たちを揶揄する真似をして。

 

大問題に発展しないといいのだが。

 

 

「――以上を持ちまして、新入生代表による答辞とさせて頂きます」

 

 

かくして、並々ならぬ敵意と反感を抱かせたまま、入学式は終了した。

 

 

2

 

入学式会場を後にした俺と車座(妹と巫仙は俺を置いてどっかに行ってた。酷…)一行は

 

学園内の中庭のベンチに座っていた。

 

ちなみにここからだとテニスの朝練中の先輩方のスウェットとミニスカ姿が拝見出来て眼福です。

 

 

 

「畜生ッ!なんやアイツ!儂らをコケにしおって!」

 

 

「まあ、コケにしたかどうかはともかくとして、この学校に入学した時点でああいう差別的な扱いを

 

 受けるのは覚悟しとくべきじゃないのか?」

 

 

「何言うんや、ドアホ!なら自分、あんままあの(アマ)に馬鹿にされたままでおんのか?!」

 

 

「いんや、そのつもりはねーよ。少なくとも俺にだって矜持…つーか自尊心ってものはあるからな」

 

 

それより何より、こっちは愛しの彼女・巫仙さんまで侮辱されたんだからな。

 

許すまじ。

 

 

「なんや、自分もやる気やったんかいな。じゃあ話は早いで。早う、あの(アマ)に一矢報いるで」

 

 

コイツ地味に血の気多いな。

 

 

「何だよ車座。一矢報いるってのは『闘う』と捉えていいのか」

 

 

「構へん。そもそもここじゃ『魔法』ででしか奴らを見返せんじゃろ」

 

 

ま、その通りだな。

 

 

「しかし車座。落ち着くんだ。一矢報いる、もとい『闘う』にしても、その手段を考える必要もあるわけだし。

 

 それに相手の情報が一切ない状態で闘おうとするのはこちらとしても分が悪い」

 

 

闘いにおける第一段階は情報戦。

 

如何に相手にとって不利となる情報を掴めるか。

 

勝負はそこから始まっている。

 

 

「なんや、情報収集かいな。やったらネットでちゃちゃっとしようや。

 

 魔法学園トップ通過の実力やったら、どっかの有名なとこ卒業しとるか、あるいは『魔法使い(ウィザード)』組織で戦果挙げとる可能性が高い」

 

 

車座はポケットからスマホを取り出して言った。

 

 

「おいおい、ネットっつってもウィ〇ペディアとかはやめてくれよ?あれはあくまでも民間人が書いてる奴だから 

 な」

 

 

「分かっとる。『国際魔法使い連盟(the Wizard of Leaque of Nations)』――WLNの公式のサイトに絞って検索するで」

 

 

車座がそう言って、スマホを何回か操作する。

 

 

「おお、出おった。『国際魔法使い連盟(WLN)』駐日支部が運営しとるサイトや…

 

 なんやアイツ。雑誌で何度もされとって結構有名みたいやで。WLNの看板娘のような真似しとる」

 

 

へぇ~。

 

ま、あんだけ美人だったら当然つっても当然か。

 

 

「で、何か情報は?」

 

 

「ああ、今読む。何々?

 

 『「緋狩澤光」。本名「緋狩澤光=シャルンホイスト」。S級魔法使い(ウィザード)

 

 7歳の時に魔法開発を受け、8歳にてS級魔法使いに公認される』…

 

 8歳で最上級魔法使い(ウィザード)やとォ!?」

 

 

だ、大丈夫だ。

 

その程度だったら、まだ太刀打ちできる。

 

 

「『10歳でミュンヘンの士官養成学校に入学。』…って、10歳!?」

 

 

車座の顔が驚愕に染まる。

 

ヤバい。俺でも勝てないかもしれない。

 

 

「ゴホン。気を取り直すで。

 

 『その後、僅か12歳でドイツ空軍の「第300魔装降下猟兵部隊(Wizarding armed-Fallschirmjäger 300)」、通称「WAイェーガー」の少佐に昇進』…

 

 って、12歳!?しかも少佐やてェ!?」

 

 

何だろう。彼女と俺らとでは棲む世界が違うとでも言うのか…

 

というか、12歳ってなかなかのロリ成熟期でしょ?

 

そんな時期にドイツ軍の佐官クラスって何やってんの。

 

 

「もう驚かへんぞ。

 

 『その後、15歳にて退役。同時に来日し、今年度より日本・東京の「魔法学園」にて修業過程を積む』…

 

 ふう、これ以上驚かし要素は無かったな」

 

 

「これ以上あっても困るだろ」

 

 

「むしろここまでくると、もうちょいあった方が清々しいわ」

 

 

「なら面白い情報(ゴシップ)を差し上げますわ」

 

 

「へー、どんなのや…って、うおッ!」

 

 

いつの間にか俺らの正面には巫仙が立っていた。

 

俺はさっきから気づいていたが、話に集中して全く気付いていなかったであろう車座は今日一番の驚きを示した。

 

 

「巫仙、やめとけよ。初見さんには刺激が強すぎるぜ」

 

 

「唐突すぎましたでしょうか」

 

 

「以降、自重しろ」

 

 

「はい、自嘲しておきますわ」

 

 

「何か違う!?まあいい。

 

 それより我が愛し妹(マイラヴリーシスター)はどこだ?」

 

 

「校門で放置、もとい待機させてますわ」

 

 

「今何気に酷いこと言わなかった!?」

 

 

そんな日常的な茶番を繰り広げていると、車座が居心地が悪そうに俺に訊いてきた。

 

 

「なあ、あのお嬢ちゃん誰や?」

 

 

「ああ、コイツは夜鳥巫仙」

 

 

俺の紹介とともに、巫仙が「どうも」と会釈する。

 

 

「俺の幼馴染み、兼俺の彼女だ」

 

 

その言葉に、車座が「マジか」といった表情をした。

 

イエス、マジす。

 

 

「自分、まさかの入学時点での勝ち組ルートかいな!しかも幼馴染み設定も付与されとる。

 

 昨今でもあんま見ぃへんでそんなパターン!」

 

 

「そうか、なら車座。貴様をさらに絶望の底に叩き落してやる」

 

 

「…なんや」

 

 

俺は邪悪に笑んで、

 

 

「俺にはブラコンの妹がいる」

 

 

殺戮のワードを撃ち放った。

 

直後、車座が白い灰に見えたのは決して錯覚ではないだろう。

 

 

3

 

さて、話しを戻そうか。

 

なんやかんやあってお互いに自己紹介、ご挨拶を終えたお二人(車座は終始俺を恨みがましい目で見てきた。へッ、非リアが)。

 

 

「で、その情報(ゴシップ)ってのは何だ?」

 

 

俺が訊く。

 

 

「いえ、一応の自他の戦力比較の為に、と一部のゴシップ誌の他愛もない情報(ゴシップ)を持って参りました

 

 わ」

 

 

「なんだよお前、聞いてたのか?」

 

 

確かあの場に巫仙はいなかったはずだが…

 

 

「陵さんの考えることは大体わかりますわ」

 

 

何その萌える発言。

 

隣を見やれば車座が嫉妬の炎に燃えていた。

 

 

「で、一体全体どんなのや?」

 

 

車座が訊く。

 

 

「数年ほど前にドイツと周辺国を巻き込んだ憂国テロ組織による内乱がありましたでしょう」 

 

 

「ああ」

 

 

あったな。そんなこと。

 

しかしその時、俺は13歳だったので記憶は朧げだ。

 

 

「その時に彼女は鎮圧部隊の前線として駆り出され、テロ組織の陸上最大戦力である88mm砲(アハトアハ

)

 

 搭載のティーガー14台、B1戦車20台を単騎で全滅させた、という伝説がございますわ」

 

 

「「もうソイツ人間じゃねえだろ(ないやろ)?!」」

 

 

何だソイツ。

 

新種の汎用人型決戦兵器か?

 

 

「わ、儂やめたろかな」

 

 

早くも車座が弱腰になっていた。

 

オイ、さっきまでのケンカ腰はどうした。

 

 

「諦めが早えーよ、車座。

 

 意志薄弱児童監視指導員つけるぞ」

 

 

「え、それって、ドラえ〇んじゃ…」

 

 

よく知ってたな、車座。

 

褒めてやる。

 

 

「それにな、あくまで相手は機動力に欠ける戦車だぜ。

 

 いくら馬鹿でけぇキャノン持ってたとしても人間と同次元に考えちゃいけねーさ」

 

 

そう、特に俺ら『魔法使い(ウィザード)』の中にはスピードに特化した輩もいるからな。

 

噂によると新幹線よりも速く走れるらしい。

 

 

「そうやけどなあ、しかし…」

 

 

「ならしばらく鳴りを潜めておくべきですわ。ああいう上級の魔法使い(ウィザード)は刺激したりしないの

 

 が、最善の手ですわよ」

 

 

巫仙が指摘する。

 

 

「…………」

 

 

ついに車座は三点リーダーを無駄遣いして黙り始めた。

 

 

「だがよ、車座。俺たちだって上級魔法使い(ウィザード)どもに好き勝手言わせはしねえさ。

 

 そのうち反逆でも起こしてやんよ」

 

 

「自分、マジかよ」

 

 

「マジだ。大マジ。真面目で、大真面目だ」

 

 

冗談は一切抜きだぜ。

 

 

「だからよ、車座クン。お前も上級魔法使い(ウィザード)に馬鹿にされたくなけりゃあ少しは抗ってみること

 

 だな」

 

 

「…おうよ、頑張る」

 

 

車座は少し意気消沈した風だったが、努めて明るい言葉を返した。

 

そんな時だった。

 

 

「――陵さん」

 

 

急に巫仙が声色を変え、あらぬ方向を向いて俺に呼びかけた。

 

既に巫仙は身構えている。

 

 

「ああ」

 

 

俺もそれに応じ、警戒を怠らずに構える。

 

 

「なんやなんや。何が起こっとんのや!」

 

 

ただ一人、状況を飲み込めてない車座だけがあたふたと慌てている。

 

 

「人の気配だ。ついさっきまで無かったものが突然」

 

 

「な、なんやて」

 

 

それこそ突然。

 

距離にして5メートル。

 

俺らの目の前に人影が現れた。

 

否、その服装、顔立ちから表情まで読み取れる以上、それは『人影』ではなく『人物』と表現した方が良いだろ

 

う。

 

どうやら車座もその存在に気付いたらしい。

 

()()は、今まで見えていなかった物が急に見えるようになったかのように。

 

あるいは()()()()にあったものが突然意識的に認識できるようになったかの

 

ように姿を見せた。

 

 

「誰だ」

 

 

俺がそう問いかける。

 

しかし、その問いに対する答えは相手の返答を待つまでもなく判明した。

 

 

「愛神繚乱――生徒会長…」

 

 

それは、ついさっき入学式で祝辞を務めていた、十神眷属『愛神』の令嬢。

 

愛神繚乱だった。

 

 

「へえ、おもしろいね君。まさか私の()()に気が付くとはね。

 

 それよりも、何か面白いこと企んでるそうじゃない。

 

 私に聞かせてみてよ。場所は生徒会室を貸すから」

 

 

「ついてきて」と愛神生徒会長はおそらく生徒会室があるのであろう方向に、俺たちを連れて歩き出した。

 

 

「な、なんかやばいんちゃう」

 

 

車座はこわごわと訊く。

 

もしや緋狩澤光打倒作戦のことだと思っているらしい。

 

 

「それはねえだろ。まず俺たちじゃあ緋狩澤光どころかランク一つ上の下級魔法使い(ウィザード)にすら

 

 勝てないと思うだろうし、仮にそうだとしたら俺らはここで拘束されてんだろ」

 

 

「そりゃ、そうやな」

 

 

車座も渋々といった感じで歩き出した。

 

 

3

 

「はははは、ははは、きゃははは」

 

 

爆笑された。

 

生徒会室に入るやいなや愛神生徒会長にソファに座るよう勧められ、自己紹介をさせられ、

 

「企みを話して」と言った旨の内容を問われた俺はそれに一切の誤魔化しを加えず正確に答えたところ…

 

今に至る。

 

 

「酷くないですかね」

 

 

「きゃはは、は、はーはー」

 

 

愛神生徒会長はやっと笑いを落ち着かせ、俺に向き直って離し始める。

 

 

「まさか君たちFクラスが緋狩澤光相手に闘おうとしていたとはね」

 

 

「い、いや、やけんそれは、あくまでも計画ゆうか、理想であって…」

 

 

「ノンノン。悪くないよ。正直、私もこの学校の『カースト制』にはうんざりしてたし、

 

 誰かが一発どデカいこと、バコーンとやって覆してほしかったんだよね~。

 

 下剋上って奴かな。それともハングリー精神?」

 

 

「下剋上の方が正しいと思いますよ」

 

 

ハングリーにされるほど酷い仕打ちは受けてないつもりだ。

 

 

「にしてもお咎めとかはないんですね」

 

 

「え、なんで?」

 

 

愛神生徒会長は本気で分からないご様子だった。

 

 

「私は自分の愉しみを自ら壊すほど馬鹿じゃあないわよ」

 

 

「愉しみ?」

 

 

「そうよ。一種のエンターテインメントじゃない?これ。

 

 『差別視されてた最下級魔法使い(ウィザード)が己の尊厳のために最強の上級魔法使い(ウィザード)

 

 ちに戦いを挑む!』。これほどのドラマはないわ」

 

 

どうやらうちの生徒会長のお考えは察しにくい。

 

まあいいか。それよりも一つ聞きたいことがあったのだ。

 

 

 

「ところで、愛神生徒会長――」

 

 

「ちょっとまって陵くん。『生徒会長』ってのは堅苦しすぎるから『愛神先輩』でいいわよ」

 

 

「そうすか」

 

 

本人が言うのなら遠慮なく。

 

 

「なんなら『繚乱』でもいいわよ」

 

 

「やめときます」

 

 

先輩をファーストネームで呼び捨てとか恥ずかしすぎて死んでもできねえよ。

 

 

「で、愛神先輩。あの時使った『術』。何ですか?」

 

 

瞬間。生徒会長の目つきというか、顔つきというか、オーラみたいなものが変わり、

 

真剣そのものの雰囲気を出し始めた。

 

 

「へえ。君見抜いてたんだ」

 

 

「いや、どんな魔法を使ったのかは特定できません。そこまで魔法の知識ないんで。

 

 強いて挙げるとするなら『光学迷彩』魔法かなんかですか?」

 

 

俺の言葉に愛神先輩は首を振って否定した。

 

 

「違うなあ。『光学迷彩(ギリー)』みたいな屈折を利用した光学系の魔法とは、またタイプが違うのよ」

 

 

「と、言いますと?」

 

 

その問いに愛神先輩は出し渋ることも、含みを持たせることも、

 

意味ありげにいうことも、もったいぶることもせずにあっさりと解答した。

 

 

「私の場合、人の意識に介入して『無意識状態』を引き起こしてるのよ」

 

 

あれ、それ結構な奥義じゃね?

 

 

「あ、あのお…もうちょい詳しくいいかいな」

 

 

先輩の前でも一切崩れない関西弁スタイルで車座は問うた。

 

 

「一言じゃ理解に苦しむかな?じゃあ簡単に説明するよ?

 

 人の心の中には『意識』というものと、通常は意識されない心の識閾下領域である『無意識』というものがあ

 

 る。

 

 相容れない、水と油のような二つだけど、夢・瞑想・精神分析などで無意識が意識として昇華されるように

 

 確かにその二つは同時に心の中に存在している。

 

 だから私の魔法は、通常『意識』で認識しているはずの私の存在を『無意識』に移動(トランスファー)

 

 ちゃうのよ。つまり私が無理矢理相手の無意識下に入っちゃうの。

 

 これによって相手は私を認識できない。存在自体、無意識化に移動してるから気配すらないはずなんだけど…」

 

 

「普通は気づかないものなのでしょうか?」

 

 

ここで初めて巫仙が口を開く。

 

良かったね巫仙さん。危うく空気になりかけてたよ。

 

 

「いえいえ、気づく人もいるわよ。むしろ私が近づきすぎたせいでもあるかな。

 

 でもあんな状態で私の気配を感じとれるなんて貴方たちかなりの手練れね。

 

 何?武術でもしてたのかしら?」

 

 

「ええ、昔のこと、ですけれども」

 

 

「というか先輩。その魔法ってかなりチートじゃないすか」

 

 

好きなだけ盗撮とか覗きとかスカートの中身見たりとかセクハラとかし放題じゃん。

 

いや、もともとそういう用途で使用する魔法じゃあないとおもうけども。

 

 

「それが、そんなわけでもないの」

 

 

そう言って、愛神先輩は人差し指、中指、薬指の三本指を立てた手を前に出して見せた。

 

 

「この魔法には決定的に三つの弱点、というより欠点があるの」

 

 

「欠点」

 

 

「そう」と愛神先輩は言う。

 

それからたてた指を人差し指を残して全て下ろした。

 

 

「まずは一つ目。『同じ人間には長時間使えないという点』。

 

 心の中では無意識領域に入っている私の存在なんだけど。

 

 一応、視細胞、脳の視覚野は私の存在を認識しているわけね。

 

 つまり、脳では私の存在を認識できるのに心では認識できない。

 

 そんな相反する状況が発生するわけ。同じ身体の中で起きた判断の不一致に心が不審に思い始めて、

 

 徐々に私の姿が認識されてしまうようになるらしいの」

 

 

 

「『判断の不一致』ねぇ…」

 

 

心と体は同じく一つ。

 

まさに一心同体ってわけだ。

 

つづいて愛神先輩は中指も立てる。

 

 

「次に二つ目。『一度魔法を使用した人間に対しては続けて魔法を使用できない』。

 

 ま、これは、マジックとかの『同じネタには引っかからない』ってのと同じかな。

 

 魔法をかけられた人間に抵抗がついてしまうわけね。まあ、時間を置けば大丈夫みたいだけど」

 

 

至極分かりやすい説明だった。

 

そして愛神先輩は薬指を立てる。

 

 

「最後に三つ目。『魔法をかけた対象と身体的な接触をしてしまった場合、また他の物体が私と接触した状態

 

 が物理的な法則に反する場合、それを見られてしまった場合、相手に認識されてしまう』という点」

 

 

「長いですね」

 

 

「そうだね」

 

 

愛神先輩は手を下ろしつつ、あははと笑う。

 

 

「難しすぎたか。分かりやすく言うとね。

 

 まず前者は、対象と接触した場合、『そこには何もないはずなのに一体何と接触したんだ』っていう、

 

 『事実の不一致』が起こるわけ、だから認識されてしまう。

 

 次に後者、例えば私が相手の無意識領域に入っている状態で飛んできたボールにぶつかったとしよう、

 

 無論ボールは私に当たり、跳ね返る。

 

 しかし、魔法をかけた相手からしてみればどうだ。何も無いところでボールが跳ね返ったように見えるはず

 

 だ。それはおかしい。物理法則に反する。そんな『事実の不一致』から存在が認識されてしまう

 

 …と、いったところかな」

 

 

「つまりは某団長さんの『目を隠す』能力みたいなもの、という認識でいいんですかね」

 

 

「それでいいと思うよ」

 

 

そうすれば一言で説明がつく。至極単純だ。

 

しかし、だとするとセクハラは駄目か。

 

セクハラするには相手に接触する必要があるから即バレる。

 

悲鳴なんてあげられたら一斉に周りの奴らに見つかって俺、社会的死んでまう。

 

人生オワタだ。

 

 

「そう、だから君の思うような便利な魔法ってわけでもないのよね」

 

 

だがそれでも。

 

相手の意識に介入し、自分を相手の無意識領域に移動(トランスファー)する。

 

気配を消すのではなく、存在を消し去る。

 

無意識の魔法使い(ウィザード)・『愛神繚乱』。

 

知人になれただけでも儲けものかな。

 

なんなら俺の学園ハーレム計画の一人にしてやってもいいぜ。

 

すみません、調子乗りました。

 

 

「そういやあ、他の生徒会の人たちってどこ居りますの?」

 

 

さっきまで挙動不審に辺りをきょろきょろと見回していた車座が何気なく訊いた。

 

確かに俺のイメージとしては副会長や書記なんかがいてもおかしくないはずだ。

 

 

「ああ、皆なら今頃、入学式のお片付けに邁進している頃よ」

 

 

へえ、そうなんだ。

 

生徒会って大変だな。

 

なんかほのぼのしてて楽しそうってイメージがあった。

 

いや、普段はそうなのだろうか?

 

その瞬間、俺は決定的な違和感と疑問を覚えた。

 

 

「ところで愛神先輩。先輩はお片付け手伝わなくてもいいんですか」

 

 

「…………」

 

 

ところが、先輩は沈黙していた。

 

 

「先輩?」

 

 

心配そうに車座も訊く。

 

 

「手伝わなくてもいいんですか?ってさっき話したばかりじゃない」

 

 

さっき話したこと、といいますと先輩の無意識の魔法のことだが――

 

 

「先輩、もしや!」

 

 

「ええ、私の魔法で私自身の存在を無意識のものにしてあるわ。

 

 彼らは今、無意識に私なんて元からいなかったと思い込んでいることでしょう」

 

 

会長は何事も無かったかのようにあっけらかんと自白した。

 

 

「最低だ!」

 

 

「何が最低なのよ。持てる能力と職権は最大限利用するのが吉でしょ」

 

 

愛神先輩は飄々として答える。

 

彼女には今、罪悪の片鱗すらないことだろう。

 

 

「それは時と場合による!アンタが今やってることは絶対的に悪だ!」

 

 

「まあまあ陵くん。そうカッかしてないで。

 

 怒りを鎮めたまえ」

 

 

なんで俺、祟り神みたいな扱いされたの。

 

まあ俺も溜飲を下げて、

 

 

「それより大丈夫なんですか?バレたときとか」

 

 

「ええ、大丈夫じゃないわ」

 

 

「即答!?」

 

 

「今まで書かされた始末書と反省文は数知れず」

 

 

「それは声を大にして言えることでは決してない」

 

 

「書記の子たちから受けた折檻は数知れず」

 

 

「それは結構な問題だろ!?」

 

 

生徒会の内部構造が猛烈に怖い。

 

 

「ふぅ――」

 

 

「勝手に会話を途切れさせないで下さいよ」

 

 

「会話というより漫才でしょ、今の」

 

 

まあ、確かに。

 

漫才というより茶番でもあったがな。

 

 

「でもそろそろ彼らも帰ってくる頃かしら」

 

 

「無間地獄にならないよう心からお祈りします」

 

 

「ちなみに去年の卒業式のときはガチの魔法戦争になって生徒会室が半壊したわ。

 

 は~、予算の捻出が大変だった」

 

 

「お前ら、一時撤退だ」

 

 

「サー、イェッサー」

 

 

俺が席を立つと、車座も同意して、即座立ち上がった。

 

普段、鮮やかで切れ味抜群のツッコミの雨あられを撃ち放つこの俺だが、

 

上級魔法使い(ウィザード)の先輩方の戦争に首を突っ込むほどに俺は愚かな人間ではない。

 

 

「それでは愛神先輩、失礼しました」

 

 

「失礼しました」

 

 

「ごめんあそばせ」

 

 

俺、車座、巫仙の順に独特の別れの言葉を言う(車座はイントネーションが独特だった)。

 

生徒会室のドアを開け、廊下に出て、校舎の外に出る。

 

その途中、怒り心頭に発したご様子で鬼気迫った形相の先輩方数名が、

 

ドタドタと今まで俺らがいた方向――即ち生徒会室の方向に駆けていくのを見たのは決して錯覚ではないだろう。

 

校舎から出た先は正門前の、先ほどいた中庭よりも広い中庭だった。

 

隣は第一グラウンドと面している。

 

正門前では完全に放置されて激おこぷんぷん丸状態の我が妹が憤怒と憎悪の恨み言を撒き散らしながら、

 

俺に向かってローリングソバットを放ってきた。

 

あぶねぇ。避けれてなかったら首から上が吹っ飛んでた。

 

確実に殺しに来てる。

 

その後、車座に妹を紹介し、正門を出た4人は、帰る方向が逆の車座と別れ(異常に悲しい目をしてた)、

 

件の田舎道を通り、帰路についた。

 

 

 

――今日の感想。

 

うちの生徒会長は面白い。

 

 

 

 

 




はい、ゆっくりできましたか?

この作品は深夜の勢いとノリで書いてるので、

プロットとか設定がめちゃくちゃ適当です。

でも一応そのうち設定はまとめてあげますので。


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第参話 魔法実習 -thunderbolt-

眠い。ただただ眠い。

投稿は昼だけど、書いてるのは深夜なんだ。

絶賛二徹中であります。

やったね!もう少しで有野に勝てるよ!


1

 

魔法学園の授業は入学式の翌日から始まる。

 

ただし、さすがに初日から授業の進行予定が未聞のままで始めるのは些か性急なので、

 

初日はオリエンテーションという名のガイダンス(担当教師の紹介やカリキュラムの説明)が行われるとのこと。

 

そして、その授業を直後に控えたHR。

 

本日のホームルームは平常時と違い、少し長めに取ってある。

 

長いのか。面倒くさいな。

 

などという、安直な理由で昼寝という手段を用いて完全スルーを決め込んだ俺。

 

そして今は長いホームルームも終わり、ちょっとした休み時間。

 

この次の一時限目からは早速、魔法学園の授業のオリエンテーションが開始する。

 

しかし、魔法学園などというお題目を掲げてはいるが、カリキュラムは至って普通。

 

とのことらしい。

 

さて、ここで魔法学園授業科目11科目を紹介しよう。

 

現代文学。

 

古典文学。

 

応用数理。

 

応用幾何学。

 

物理学。

 

化学。

 

地学。

 

生物学。

 

外国語選択科目。

 

魔法選択講義。

 

魔法実習。

 

どこが普通だよ。

 

普通なところが半分もねえよ。

 

どこの専門大学いったらこんな授業受けれんだよ。

 

と、いうわけでキチガイみたいなカリキュラムを受けさせられる未来が確定した俺だが。

 

まあ、楽しくやっていこうと思う(絶望的な目)。

 

キーンコーンカーンコーン。

 

――というお決まりの音は鳴らずに、代わりに全く聞いたこともないようなヒーリング系の

 

音楽がなったが、これが恐らくこの学園における授業開始のチャイムだろう。

 

ああ、カルチャーショックカルチャーショック。

 

かくして、魔法学園に入学して初の授業と相なった。

 

 

2

 

Time Flies.

 

和訳:光陰矢の如し。

 

という訳で時間は飛びに飛んで昼休み。

 

ちなみにキングクリム〇ンは使ってない。

 

昼休みは4時限目の後で、

 

1時限1時間換算で休みも少しずつ挟んでるため4時間ちょいという時間を俺は体感したにも関わらず、

 

僅か一瞬で時間跳躍。

 

こまめな章替えスキップの便利さを痛感。

 

そして、こんな学園でも昼休みというインターバルが存在するのに対して僅かに心の癒しを見出した俺だった。

 

そんな訳で昼休み。

 

俺はリア充か非リア充かと問われれば、どちらかというとリア充という部類に入って()()()

 

ので、妹(←重要)の寵と彼女(←重要)の巫仙と親友(?)の車座くんと俺の席に固まって一緒に教室で楽しく会

 

話していた。

 

 

「へぇ、この嬢ちゃんが陵の妹か」

 

 

車座が俺の隣に座った妹を見て、温かい目でそう言った。

 

妹は褒められたからか後頭部を摩り、えへへー、と恥ずかしそうに目を細めた。

 

 

「まあな。可愛いだろ」

 

 

俺自慢の妹だ。

 

 

「おうおう、えらい別嬪さんやな」

 

 

「おいおい車座クン。そういう目で妹を見るのはアウトだ。ねじ切るぞオラ」

 

 

呼吸をするようなオーバーキル宣言だった。

 

 

「見よらん見よらん!気のせいや」

 

 

「陵さん、少し殺気を収めてくださいな」

 

 

「おっと、失礼」

 

 

いかんいかん。

 

妹のことになるとつい殺意の波動が出ちゃうんだ。

 

てへっ☆

 

 

「もう、おにーちゃんは…」

 

 

「…これじゃ、シスコン神やな」

 

 

「おいおい、アメリカ合衆国中西部の州みたいなあだ名つけてんじゃねえぞ」

 

 

ウィスコンシン、みたいな?

 

 

「ところで陵」

 

 

「何だ」

 

 

「儂は自分の妹、なんて呼べばいいんや?」

 

 

車座がそう訊いてきた。

 

 

「はあ?普通に黒鵺さんでええやろ」

 

 

「いや、それやと距離感あるさかい。やけど儂はシスコン神の兄の前で妹を下の名前読みするような

 

 死に急ぎではあらんし…

 

 ほんなら、『妹はん』でええか」

 

 

「いいんじゃねえの?」

 

 

しかし、よくよく考えてみれば。

 

黒鵺寵との兄妹性をアピールできるという点においては悪くない。

 

車座にしてはいい判断だ。

 

などと、談笑を繰り広げていたところで、

 

一つ問題が発生した。

 

そしてその渦中にいるのが、我が妹たる黒鵺寵である。

 

俺の自慢の妹は、その類い稀なる愛くるしい幼顔とあどけない仕草により、既に彼女の所属するBクラス内で多く

 

のファン層を獲得していた。

 

それ自体は兄としても鼻が高いのだが、

 

その弊害として少し困った集団が生まれてしまった。

 

いわゆる、追っかけだ。

 

妹に、ハートを完全に掴まれてしまった非リア共が、ほいほいと釣られて行く先々に付き纏ってくるのだ。

 

というか憑き纏う、って感じ。

 

その有様はまるで、

 

電灯に群がる蛾のような。

 

あるいはゴキブリホ〇ホイに自ら足を突っ込むGのような。

 

引く手数多が高じてしまった、そのストーカー染みた追っかけに妹は最近頭を悩ませているのであった。

 

そのため本来ならば、兄という身分として妹の護衛の為に一肌脱ぐべきなのだろうが、

 

如何せん俺はFクラス、ランク外魔法使い(ウィザード)という立場のうえ、

 

ここで余計な茶々を入れてしまえば妹の学園生活に支障を来す可能性もある、という危惧からなかなか手を出せず

 

にいる。

 

本当は殺してやりたいのが本音だ。

 

で、その追っかけの奴らは驚くべきことに我らFクラスにずかずかと上がり込み、開口一番、

 

 

「おい!『魔法使い堕ち(ワースト)』風情が黒鵺さんと一緒にいるだなんて、生意気だ!」

 

 

「身の程を弁えろ!」

 

 

と怒鳴った。

 

これには他のクラスメイト達もたちまち委縮。

 

教室内には気まずい沈黙が流れた。

 

絡んできたのは男子生徒四名。

 

全員Bの連中だろう。魔法使い(ウィザード)ランクは…知らん。

 

でも、俺らを貶せる程度には自らの力を過信しているわけだから上級以上は確実だろう。

 

ガキか。

 

 

「うるさいのぉ、自分!誰と一緒におったってええやろが!」

 

 

「ちなみに言っておきますが、『魔法使い堕ち(ワースト)』という隠語は、

 

 このような多くの耳目を集める場ではタブーですわよ」

 

 

車座は売り言葉に買い言葉、巫仙は冷静に男子生徒たちを窘める。

 

 

「お前らみたいな三下なんかと一緒にいると、黒鵺さんの質まで下がるんだよ!」

 

 

お前、俺の妹のなんだよ。

 

兄を置いて何勝手に妹の人となり決めてんだよ。

 

 

「黒鵺さんは俺たちみたいな人と一緒にいるべきだ、そうだろう黒鵺さん?」

 

 

あのー、目の前に義兄いるんですけど…見えてます?

 

風貌、風体、語調は悪くない(礼儀は最悪だが)彼らは恐らく親の脛を齧ってるセレブのボンボンがいいところだ

 

ろう。

 

ったく、いつの時代も貴族連中は下の人たちからは平気で物を奪ってもいいと勘違いしている節がある。

 

ノブレスオブリージュは全うしやがれ。

 

 

「そういうのは本人が決めるこっちゃ、言ったれ妹はん」

 

 

おい、車座。地味に妹を階級抗争の矢面に立たせてんじゃねえ。

 

 

「え、いや…寵はその…差別はよくないと思います。

 

 寵だって本来は――」

 

 

車座に無理やり言わされる羽目となった妹もたどたどしくだが、中立の立場を表明する。

 

 

「いいんだよ黒鵺さん、そんな魔法使いとすら認めてもらえない魔法使い堕ち(ワースト)を擁護する必要はないんだ」

 

 

我が妹の言葉を遮るように男子生徒は諭すように言った。

 

男女関わらずこの言い方には相当むかつくものがある。

 

これには今まで堪えに堪えていた車座がキレた。

 

既にキレまくっていたように見えたが、激情型の車座はあれでも随分堪えていた方だ。

 

 

「じゃかあしい!!他人に自分らの考えを押し付けんな!!

 

 もう我慢出来ん!いっちょドンパチやったろやないか!!」

 

 

ついに車座が宣戦布告した。

 

いかんな。

 

車座は怒りで我を見失っているようだが、冷静に考えてもみろ。

 

相手は上級以上の魔法使いが四人。

 

対してこっちは最下級魔法使いが一人、ランク外がニ人。

 

仮に我が妹が加わってくれるとしても戦力比はさして変わらない。

 

しかも場所が悪い。

 

きちんと正規の魔法実習室を使うのならまだしも、こいつらは今にでもおっ始めんとばかりに戦闘の構えをとっている。

 

狭小空間じゃ実戦経験の少ない俺たちの方が分が悪い。地の利って奴だ。

 

技術力でも経験力でも負けるんじゃあ勝ち目はあまり無い。

 

――仕方ない。

 

ここは、俺が出るしかないな。

 

ついでに我が妹にも兄としての尊厳を示さねば。

 

 

「おい」

 

 

「何だ」

 

 

いきなり睨まれた。

 

怖い怖い。

 

 

「お前ら落ち着け。車座もだ」

 

 

「しかしだな、陵!」

 

 

「やめろ。非正規の場での魔法行使は校則違反。厳重に罰せられるぞ」

 

 

俺が重い声音でそう脅すと、車座と男子生徒たちも渋々と言った様子で闘気を収めた。

 

 

「…お前、何様だ」

 

 

男子生徒の一人が突っかかって来る。

 

俺は韜晦することもなく答えた。

 

 

「黒鵺寵の兄――白鵺陵だ。苗字から察せられるとおり義理の、だがな」

 

 

「兄…」

 

 

男子生徒たちは押し黙る。

 

身内が相手となっては流石に退くべきと思ったのか。

 

だが、

 

 

「こんな出来の悪い、落ちぶれ魔法使いが兄じゃあ、随分な汚点だろうな」

 

 

捨て台詞と言わんばかりに男子生徒が毒を吐く。

 

その台詞には俺もぶちギレそうだった。

 

いや、もう既に、かもしれない。

 

頭の中で何かが切れた、というのは使い古されたベタな表現だが、確かに。

 

俺はその何かが切れてしまう寸前で立ち止まった。

 

表情にも言動にも出すことなく、滾る怒りの感情を抑え込む。

 

殺意の波動は出てないよな?

 

二度目になるが、俺は兄妹云々の問題に関してはかなりナーバスなのだ。

 

直情的と言ってもいい。

 

それが少し心配だった。

 

それでもどうにか沸騰するような感情を落ち着けた俺は、極めて冷静に、理性的に男子生徒たちに対応した。

 

 

「兄妹感情は抜きにして、妹は俺たちと一緒にいたいと言っている。

 

 ならばそこは本人の意思を尊重すべきじゃないか?

 

 それを無理やり引き剥がすのは褒められたことじゃあねえぞ」

 

 

俺が言うと、男子生徒が食って掛かった。

 

 

「別に、俺たちは無理強いしてるわけじゃない。ただ、お前らみたいな落魄した奴らと

 

 一緒にいるのは黒鵺さんにとってもいいことじゃないと言っているんだ。

 

 朱に交われば赤くなる、という言葉ぐらい知ってるだろう」

 

 

「それだったらお前らみたいな差別的思考を持った奴らと一緒にいた方が妹の教育上悪い、と

 

 兄の観点で言わせてもらうがな」

 

 

と、そこまで言って、俺も相手を主観的な意見挑発してるような言い方をしているのに気付く。

 

いかんいかん、これじゃあアイツらと同じじゃあないか。

 

 

「それに、お前らは後からずかずかと割り込んできた癖に邪魔になっているという自覚がないのか。

 

 少なくともこの状況で妹と一緒になれたとしても雰囲気を悪くしたままだというのは自明だろう」

 

 

俺はなおも続ける。

 

 

「それに中正中立を謳っている妹に対して、これ以上差別的なことを(あげつら)っても妹からの好感度を

 

 無闇に下げるだけだ。それは、お前らにとってもクレバーじゃねえだろ」

 

 

「クッ…」

 

 

ついに相手は反駁できなかった。

 

完全論破の瞬間だった。

 

これにて白鵺劇場終幕。

 

あとはいい感じに丸く締めてセーフティーにお帰り頂こう。

 

 

「分かったら今回は大人しく引き返すことだ。もしかしたら別の日だったら妹もオッケーしてくれるかもしれない

 

 ぜ」

 

 

「……」

 

 

男子生徒たちは悔しそうに己の下唇を噛んでいるが、なかなかその場を動こうとしない。

 

参ったなあ、だんまりか。

 

早く帰ってもらわないと、妹と一緒にいられる時間がどんどん短くなるんだが。

 

 

「お前ら、周り見ろ」

 

 

そう言われて男子生徒たちは俯きがちに周囲を窺う。

 

そこにいたのはあちこちで固まって、先ほどまで仲良く談笑したり、昼食を食べていたFクラスの面々だ。

 

今は全員、男子生徒たちに対し、冷やか視線な視線を送っている。

 

誰も際立って敵愾心を露わにはしていないこそすれ、決して歓迎はされていなかった。

 

つまり、彼らは孤立必至なのだ。

 

状況的に。場面的に。

 

 

「お前らにとっても居心地はよくねえだろ。

 

 さあ、帰れ」

 

 

俺は棘のある言い方をせずに、優しく諭すように言った。

 

分かったか。諭すような口調ってのはこういう時に使うんだぞ。

 

 

「チッ…覚えてろよ!」

 

 

という捨て台詞を残し、男子生徒たちはきまり悪そうに頭を垂れたまま、足早に教室を去って行った。

 

少し哀れな男子生徒たちを憐憫の眼差しで見送っていると、

 

パチパチパチ、と。

 

教室のどこかから拍手の音が響いた。

 

パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ――

 

やがて和音のように拍手の音は重なり、

 

教室中に拍手喝采が響いた。

 

 

「さっすが、おにーちゃんだねっ」

 

 

やめろ、マジで嬉しいじゃねえか。

 

 

3

 

思いもしない拍手喝采を受け、少し恥ずかしくなった昼休みだが、その後は我が愛し妹(マイラヴリーシスター)

 

楽しい昼休みを過ごせた。

 

続いての五時限目は『魔法選択講義』。

 

一回目である今回は、もちろんオリエンテーション。

 

今後の授業の概要と、選択科目それぞれの説明があった。

 

選択科目は、

 

魔法産業――魔法を応用(インダストリアライズ)した産業形態、及びその変遷を学ぶ学科だ。

 

魔法史――簡単、魔法の歴史を学ぶ学科だ。

 

魔法理論――魔法発動の理論を自然科学、工学、高等数学、幾何学的観点から学ぶ学科だ。

 

また、次回以降は選択科目ごとに講義場所を変えるとのこと。

 

そして、どの学科を受けようかと考えつつ(といっても、どれも碌なものじゃなさそう)、ついに来た六時限目で

 

ある。

 

やった!これが終わればもう帰れる!

 

なんて、六時限目をワクワクしながら受ける人も少なくないはず。

 

という訳で、六時限目は『魔法実習』である。

 

やっと魔法学園らしい科目である。

 

これは一般高校でいうところの保健体育だ。

 

多分違うけど。

 

場所は変わって『魔法実習室』。

 

そのうちの『第一魔法速度実習室』。

 

魔法の強度を決める三つの要素、

 

威力(パワー)範囲(レンジ)速度(スピード)のうちの『速度(スピード)』。

 

これの教練が行わる教室だ。

 

その教室で、俺らは魔法の高速発動訓練を行っていた。

 

では、どうすれば魔法をより早く発動できるのか。

 

という問いには、『イメージを鍛える』しかないと答えておく。

 

そもそも魔法自体、イメージの延長線上の産物である。

 

魔法の威力、効果適用範囲、発動遅延、魔法の生成座標、五大元素(エレメント)の確定、それに付随する事象(フェノメノン)の確定――

 

とここまで語っておきながら、俺は魔法の構造について全くもって微塵も注釈を入れてないことに気付いた。

 

ので、説明しよう。

 

俺らが操る(正確には俺は使えない)魔法は、RPGゲームみたいに『〇属性』とか『毒』とか『麻痺』とか

 

そんな安直に済まされるものではない。

 

いや、正確には『〇属性』というのは正しいかもしれない。

 

なにせ魔法の主体というか根幹は『五大元素(エレメント)』で構成されるからだ。

 

即ち――地、水、火、風、空、である。

 

俺の専門分野である、陰陽五行説――木、火、土、金、水、でなかったのは少し残念だった。

 

とはいえ魔法は『五大元素(エレメント)』だけでは成り立たない。

 

それに付随する現代科学で証明された現象、いわゆる『事象(フェノメノン)』と呼ばれるものも重要になってくる。

 

たとえば、『加速(アクセラレーション)』、『反射(リフレクション)』、『固定(フィックス)』、『振動(シェイク)』、『反発(リパルション)』、『誘導(インダクション)』…

 

エトセトラエトセトラ。

 

そのような事象(フェノメノン)五大元素(エレメント)と調和することで魔法が形成されるのだ。

 

そして重要視されるのが、それらを決定するまでの処理速度(スピード)である。

 

いかに高速に精密かつ高威力の魔法を繰り出せるか。

 

魔法使いとしての真価が問われる要素である。

 

ちまちまのろのろと魔法を練ってても相手は待ってくれないものなのだ。

 

と、いう訳で舞台は『第一魔法速度実習室』である。

 

その『第5射撃レーン』で俺ら――俺、巫仙、車座は仲良く並んでいた。

 

順番は車座→俺→巫仙の順だ。

 

魔法訓練室の内壁は魔法吸収装置(ウィザーディングアブソーバー)を大規模にカスタムした仕様になっている。

 

これは、万一魔法の暴発が起こった場合を想定した予防措置である。

 

さらには万難を排するため監督の教師もついている。

 

これは不正などの有無をチェックするためという意味合いの方が大きいが。

 

万全を期した対応である。

 

 

『計測終了。計測結果。魔法発動から目標(ターゲット)への命中までおよそ2.17秒』

 

 

というアナウンスが聞こえた。

 

俺の前々々列の生徒の計測が終了したようだ。

 

と同時にレーンの奥のディスプレイに生徒の出席番号や名前とともに『2.17sec +0.48sec』という数字が表示される。

 

この『2.17sec』は勿論生徒の記録秒数で、その隣の『+0.48sec』というのは

 

そのクラスの平均記録(この場合の平均記録とは入試時に計測したもの)との差である。

 

つまり、前々々列の生徒は平均記録よりも0.48秒上回っているということであり、このFクラスの平均記録秒数

 

は2.65秒である。

 

計測を終えた生徒が最前列を離れ、列が流れ、俺の前々列の生徒の計測が始まった。

 

 

「なあ、車座」

 

 

「何や」

 

 

「そういえば、まだ聞いたことも見たこともないが、お前ってどんな魔法使うんだ?」

 

 

そう訊くと、車座は恐縮したように答える。

 

 

「別に自慢できるほどのモンでもあらへん。ちょっとした空気砲や」

 

 

「空気砲?」

 

 

空気砲ってあれか?

 

あのド〇えもんの?

 

 

「なにそれすっごく萌えるんだけど」

 

 

「何、大したほどのモンやない。

 

 ただ空気を圧縮して、二、三気圧程度の圧縮空気を作るんや。

 

 あとはソイツを発散させて飛ばすだけや。エアーコンプレッサーと同じ原理やな。

 

 ついでにソイツに炎や水とかの五大元素(エレメント)の恩恵を与えて、

 

 俗にいう、ファイアーボールとかウォーターボールみたいなモンにするんや」

 

 

「よし、百聞は一見に如かずだ。すぐにやれ」

 

 

それめっちゃワクワクする奴ですやん。

 

俺にもそういう時期があった。

 

詳細な例を挙げれば、某横スクロールアクションゲームの配管工よろしく火の玉を頑張って出そうとしていた時期が。

 

と、期待を膨らませていると車座の前列の生徒の計測が終わった。

 

結果は平均に僅かに及ばず。

 

残念だったな、さあ代われ。

 

そして車座が発射台に立つ。

 

 

「さあ放て。お前の内に秘めし情熱(パトス)を」

 

 

「分かっとる」

 

 

そう言って、車座は発射台の傍に設置された小型端末器を操作する。

 

と言ってもリストから本人名を選択し、『計測開始』のボタンを押すだけだが。

 

仕組み的にはこの『計測開始』のボタンを押すと、カウントが始まると同時にダーツの的のような標的が出現し、

 

それを目がけて魔法を当てる。

 

無論、的の方にも魔法吸収装置(ウィザーディングアブソーバー)が仕掛けられてある。

 

標的までの距離は25mという設定。命中と同時にカウントストップ。そこから記録が算出されるのだ。

 

 

「じゃあ、始めるで」

 

 

車座は『計測開始』のボタンに手をかける。

 

 

「ああ、やれ」

 

 

「ほな」

 

 

車座の手が端末のディスプレイに触れた。

 

同時に――

 

 

五大元素(エレメント)は火、事象(フェノメノン)圧縮(コンプレッション)、次いで発散(ラディエーション)…」

 

 

車座が何か小声でぶつぶつとそれも早口で呟いた。

 

これはいわゆる詠唱だ。

 

先ほど、魔法はイメージの延長戦上の産物と説明しただろう。

 

しかし、車座のような下級魔法使いにはそのイメージの確立が困難な嫌いがある。

 

ならばどうするか。

 

言葉にするしかない。

 

言葉によってイメージを具象化することで、『話す』に加え、自分のその声を『聞く』という

 

二重の確認作業ができるのだ。

 

このイメージの具象化を助けるプロセスを『詠唱』と呼ぶのだ。

 

勿論、百戦錬磨、海千山千、プロフェッショナル、ベテランの魔法使いにもなると、

 

こんな面倒くさい確認作業なんて無用の長物なので必要としなくなる。

 

そんな訳で、それでも零コンマ数秒以下の早いスピードで詠唱を済ませた車座は手を前方に翳す。

 

この行為も一種の確認作業。

 

魔法の生成座標の確定にはこういう目安があった方がいいのだ。

 

そして無論、プロの魔法使いは一切のノーモーションで不意打ちのような魔法を繰り出すことができる。

 

瞬間――

 

車座の掌の前には詳細図…否、小サイズの火の玉が出来上がった。

 

思うんだけど、あれって熱くないの?

 

昔から見てるアニメの中の人達って結構平気で炎を体に纏うけど、あれって火傷しないんだろうか。

 

例えば、サ◯ジのディアブ◯ジャンプとか豪◯寺のファイアートル〇ードとか炎髪灼眼のフレ〇ムヘイズことシャ〇ちゃんみたいな。

 

見てるこっちがバーニングだ。

 

失礼、話しが逸れたな。

 

車座により生成された火の玉。

 

現在は圧縮した空気に火の恩恵を乗せたってところか。

 

あとはそれを放つだけだ。

 

 

「撃つでえ!」

 

 

そう叫んで、車座は目の前の火の玉を一気に発射――発散させた。

 

車座の元を離れた火球は鮮やかな緋色の尾を引き、標的に命中――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――しなかった。

 

しねえのかよ!

 

あらぬ方向へ飛んでいった車座の火球は標的より大きく右に逸れて壁に直撃し、あえなく霧散した。

 

 

「このノーコン」

 

 

「ええやん。ファイアーボール見れたやろ」

 

 

「そりゃそうだが…」

 

 

まあ、それに関しては儲けもんだ。

 

車座の投擲に計測機械が算出した記録は『No Record』。

 

当たり前だった。

 

 

「さ、次は自分の番や」

 

 

自分の失敗などどこ吹く風、車座はさっさと俺に振ってきた。

 

 

「ったく、わあったよ」

 

 

と、悪態つきながら射撃台に上るまでは良かったが、そこである問題に気付いた。

 

あれ?俺、魔法使えないんですけど?

 

俺が使えるのは魔法じゃない。

 

俗にいうところの『陰陽術』だ。そして後ろの巫仙さんは『巫術』。

 

つまり魔法なんて全くの専門外。お門違いだ。

 

じゃあ、何でそんなお門違いの問題外な俺が()()学園にいられるのかというと、

 

陰陽術・巫術――魔法社会ではこれらを総じて『古代魔法』と呼ぶ。いや、魔法じゃないんすけど――の

 

稀有性・希少性からだ。

 

この魔法学園は魔法使いの養成だけでなく、魔法の研究なども行っているそうだから、

 

俺らみたいな『古代魔法』術者はできるだけ取り込んでおきたいのだろう。

 

という訳で、彼の舞神千歳学園長直々に補欠入学の許しを頂いているのだった。

 

話しが長くなったな。

 

要約しよう。

 

魔法、ツカエナイ。

 

どうしよう。

 

これ、監督教師に言って、やめさせて頂いた方がいいだろうか。

 

なんて言ったらいいんだ。

 

『魔法使えないからできましぇーん』ってか。

 

アホか。

 

仮にも魔法産業の草分けたる国家機関で何抜かしとんじゃ。

 

恐らく学園長の方から教師の方にも話は伝わっていると思うが、万一の場合はかなり説明と釈明が面倒くさいもの

 

になる。

 

どう説明するんだ。魔法学園なのに魔法使えないって。

 

しかも俺の横じゃあ車座が、俺の魔法を楽しみに見物している。

 

後ろを振り向けば後続の生徒たちも大勢いる。

 

このレーンに並んでいるのは決して俺たちだけではないのだ。

 

ここであまりもたついていると後ろからのバッシングに耐え切れない。

 

そうだ!

 

巫仙だ!巫仙に助けを請おう。

 

彼女なら俺と同じ境遇なうえ、頭も切れるし、この場の最適な切り抜け方を授かれるはず!

 

Hi!巫仙!我助求!

 

ん?巫仙さんはどうやら瞬き信号(アイコンタクト)をしているようだ。

 

えーっと、なになに。

 

 

『ふ ぁ い と』

 

 

うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉいッ!!!

 

確かに字面的に頑張る気が出まくるような文面ではあるが、巫仙さん!?

 

確実にこれ、俺を見捨ててません!?

 

というか、あなたもその渦中ですよー!

 

巫仙さーん!

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

さて、愛する彼女との命綱を完全に失ってしまった俺だが、唯一生き残った理性で

 

とりあえず適当な術かましてこの場を切り抜けようという、ハッタリ作戦に走ることに決まった。

 

最悪、監督教師に目をつけられるかもだが、そんときはそんとき。

 

きっと巫仙さんが助けてくれるはず(棒)。

 

という訳で、俺は陰陽術の中でも結構手軽に、簡単に出せる技を披露することに至った。

 

何を披露するかと言えば、俺の従える式神のうちの『雷獣』の力を借りた『雷撃術式』である。

 

電撃は魔法の方でもなかなか珍しいものでもない。

 

そもそも電流は導体間で自由電子が正極に引きつけられることで発生するため(多分)、

 

電荷とか電場を上手い感じに操作すれば再現できると思う。

 

詳しいことは知らん。

 

だって俺、理数系じゃねえし。

 

といっても文系でもねえし。

 

雷撃の威力はできる限り最小限、狙いはブレないように低出力になるよう設定した。

 

これなら問題なく、この速射実習も切り抜けられる!…はず。

 

俺は制服の胸ポケットから出した白鵺の家紋が描かれた霊符を構える。

 

 

「何やそれ」

 

 

と、車座が訊いてくるので「ただの紙切れ」だよ、と誤魔化した。

 

 

「んじゃあ計測開始」

 

 

極めて冷静に取り繕って『計測開始』のボタンを押した。

 

同時に、的がせり上がってくる。

 

 

『雷撃は光(なり)、光は剣也、剣は力也、紫電閃飛、急々如律令』

 

 

これが本当の呪文だが、全部は言わない。どうせ弱体化版だし。

 

前半は端折って、後半だけでも言えればそれだけで術にはなる。

 

 

「紫電閃飛、急々如律令」

 

 

俺も呪文の高速詠唱を始める。

 

勿論、小声でだ。当たり前じゃん。恥ずかしいだろ。

 

自然と早口にもなる。

 

 

「変わった詠唱や――」

 

 

変わった詠唱やな、とでも言いたかったのだろうが、残念ながらその声は遮られた。

 

何に。

 

凄まじい稲光とけたたましい轟音にだ。

 

さらに驚愕すべきことに俺の前方では煤けた黒煙が立ち上っていた。

 

何か。

 

的が焼け焦げていたのだ。

 

もう察しのいい人なら状況を理解できただろう。

 

俺の術発動の下、霊符より発せられた唸るような雷戟が、あろうことか的を破壊してしまったのである。

 

何故こうなってしまったのか。

 

勿論、手加減した。

 

手心、仏心を加えて放ったつもりだ。

 

自分の術すらまともに統御できないほど、俺はビギナーじゃない。

 

自分の中でも最小限、最低限ともいえる出力で術を放ったのだが、あにはからんや。

 

元々の術のステータスが高すぎたのだ。

 

故に最小の威力でもこの有様である。

 

先ほど、的は魔法吸収装置(ウィザーディングアブソーバー)が施されているといったが、何としたことか失念していた。

 

陰陽術はその対象外である。

 

『古代魔法』などと謳われておきながら、それは魔法の範疇に非ず。

 

俺は無残に燃え尽きていく標的を遠い目をして見送った。

 

隣の車座は口をぽかーんと開けて魂でも抜けたように茫然としている。

 

というかそれはクラスメイト全員だった。

 

うわ、監督教師までも。どうしようこの状況。

 

これなら正直に監督教師に打ち明けて、すごすご退場した方が十全だったかもしれない。

 

失策失策。

 

俺の後ろではただ一人平然としている巫仙がクスクスと笑みを零していた。

 

酷し。

 

ああ。

 

あともう一つ誤算があったのだった。

 

雷というのは、光速には届かないこそあれ音速よりは速い秒速150km程と聞く。

 

 

『27番 白鵺陵 計測結果――

 

 魔法発動から目標(ターゲット)への命中までおよそ0.87秒』

 

 

レーンのバックスクリーンにも記録が表示される。

 

 

『0.87sec +1.78sec』

 

 

かくして俺は、魔法学園史上に名を残す大記録を打ち立ててしまったのである。




現在、両手の小指一本ずつで緋想天プレイに挑戦中。

スぺカの送りと発動が地味に難関。

ダッシュをすると、マジで指痛い。

現在、自機咲夜でstage2まで到達。


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第肆話 屋上ノ影 -time camellia-

遅くなりました、すみません。

今回、ダッシュが多いです。気を付けてください。


1

 

魔法実習でなんかいろいろとやらかしちゃったこの俺白鵺陵は、

 

各メディアにおいてラブコメの聖地と称される生徒会室に来ている。

 

ただしその内情は、『ラブコメの聖地』というチープで陳腐な二つ名に反して、

 

 

 

 

 

――修羅場と化していた。

 

 

すまん。語弊があったな。

 

 

 

 

 

ただの修羅だ。

 

 

「で、最大限手加減した雷を撃ったつもりだったけど、思いの外その威力が強すぎて的を壊しちゃったと」

 

 

「(  ― ―)( _ _)コクリ」

 

 

「あの的ねえ。結っっ構、高いのよ。なんせ魔法吸収装置(ウィザーディングアブソーバー)をコンパクト化して詰め込んであるんだから」

 

 

「(´・ω・`)ショボン」

 

 

「金額にして――そうねえ、こんくらい」

 

 

そう言って、愛神先輩は指を立てて金額を示した。

 

高ッ!!

 

高すぎんだろ!何だよ、その法外な金額は!

 

想像よりも三桁ぐらい多いじゃねーか!!

 

 

「(;´Д`)ウェーン」

 

 

「まあ、今回はこちらの配慮が至らなかったのも原因の一環だし。

 

 今回は生徒会の予算でなんとか捻出してみるけど」

 

 

「(  ― ―)( _ _)(  ― ―)( _ _)コクコク」

 

 

て、天使だ!

 

天使がいらっしゃる!

 

 

「( ;∀;)パァ」

 

 

「ちょっと。表情だけじゃ伝わらないわよ。ちゃんと言葉にしないと」

 

 

そうだな。

 

この感情は筆舌に尽くしがたいものだが、言葉にしなければこの想いは伝わらないのだ。

 

 

「こんな私めの失態に対し、これほどの善処、感謝の極み、ご慈愛痛み入ります愛神様」

 

 

「さ、様!?」

 

 

愛神先輩は驚きのご様子だが、構わない。

 

どうにかしてこの感謝の気持ちを伝えねば。

 

 

「かくなる上は愛神様を主神として奉り、私のみならず末代まで崇敬させる所存です」

 

 

「そ、そこまでしなくていいわよ」

 

 

愛神先輩にドン引きされてしまった。

 

うーむ、ショック。こと信仰心の厚さにおいては俺の右に出る者はいないと自負しているのだが。

 

その証左にこの妹信仰あり、である。

 

 

「ハッハッハ。面白いなぁ、君は」

 

 

と、軽快な笑い声の主は愛神先輩の隣に座っていた。

 

首の付け根まである長い黒髪を後ろで結んだ、如何にもパンクそうな風体の男だ。

 

勿論、初見である。

 

 

「おっと、これは紹介が遅れたな。俺は東破魔蜉蝣(とうはまかげろう)という。

 

 つっても、光の屈折現象の方の『カゲロウ』じゃあねえぜ。

 

 カゲロウ目の不完全変態を行う有翅類の方の『カゲロウ』だ。

 

 一応、この学園の風紀委員長を務めている者だ」

 

 

「…どうも」

 

 

 

 

小難しい名前の紹介をする人だった。

 

正直、抜錨します!の方の陽炎しか思い浮かばなかったぜ。

 

というか陽炎型駆逐艦めちゃくちゃかわいいよな。

 

ちなみに俺は九番艦の天津風推し。

 

ネコ耳ツインテール+絶対領域とか何それ。誘ってんの?

 

 

「ちなみにこれでも四神の一角を任されてたりする。知ってるかな?」

 

 

「ええ、存じ上げてますよ」

 

 

四神。

 

いつだか触れた十神眷属の補佐役、というよりは守護役を務める四天王的存在。

 

古代中国思想の四神になぞらえた四柱の瑞獣――『白虎』『青龍』『玄武』『朱雀』を司る四家のことを指す。

 

何で、日本の八百万の眷属たる十神眷属を古代中国の獣で守らせてんだよ。

 

と、疑問に思う方々。

 

俺も知らん。

 

とりあえず、多くの日本人が信仰している仏教だって元々は大陸文化だった、という理屈で納得してくれ。

 

そして、この東破魔蜉蝣――風紀委員長。

 

彼の帰属する『東破魔』家は四神のうち、東方の守護獣たる『白虎』を司っているのだ。

 

聞くには、『白虎』の一族は戦闘派過激集団の集まりって風の噂で聞いたんですけど大丈夫ですよね(震え声)。

 

 

「ほう、君が…愛神が言うには、速射実習場の的を燃えカスに変えたクレイジーな後輩と聞いているが」

 

 

「何つう紹介してんすか」

 

 

「アハハ~」

 

 

俺は恨めし気に愛神先輩を睨んだ。

 

それに気づいた先輩は棒読みしながら、ナチュラルに目線を逸らしてきた。

 

オイこら逃げんなや。

 

 

「別にわざとじゃあないんすよ」

 

 

「それはちゃんと聞いてるよ。にしても君が『古代魔法』使いか…

 

 風の噂には聞いていたが――何たって、俺んとこにはなかなか情報が回ってこないんだよ――まさか、

 

 こんなに早く邂逅できるとは。

 

 縁は異なもの乙なもの、とはよく言ったものだな」

 

 

「味なもの、です」

 

 

縁は異なもの味なもの、だ。

 

何だよ、乙って。

 

一瞬それっぽいって思ってしまったじゃねーか。

 

 

「おい」

 

 

と、右隣から随分と威嚇的に声をかけられた。

 

耳元をねぶるような恐ろしいどすの利いた声である。

 

突然だったので、普通にビクってなってしまった。

 

やめてくれよぉ。ただでさえ生徒会室とアウェーの洗礼を受けてんのにこれ以上の脅かし要素は…

 

 

禍酒(まがさか)先生…」

 

 

禍酒呪里(まがさかじゅり)――先生。

 

俺の所属するFクラスの担任、兼学年主任を務めている。

 

一応、言っておく。女性だ。

 

外見年齢は24、5歳ぐらい(ということにしないと殺られる、割とマジで)。

 

名前から察せられるとおり、彼女もまたへんちくりんな名家のお嬢様らしい。

 

ナニコノガッコウ、ナンカコワイ。

 

見た目は道端ですれ違ったら振り返って二度見してしまうぐらいの美人。

 

しかし、残念なことに言葉づかいと酒癖と男運が悪い(同窓生談)。

 

同窓会で店中の酒を全て飲みつくしたという伝説がある。

 

酒呑童子かよ。

 

一瞬、名は体を表すってこのことか、って思っちまったじゃねえか。

 

()々しい()飲み…やば、俺上手くね?

 

 

「おい、白鵺。お前今、猛烈に失礼なことを考えなかったか?」

 

 

ギロッ、と人殺ぐらい余裕でできそうな鋭利な眼差しでこちらを睥睨する禍酒先生。

 

こわっ、心読んだのかよ、この人。

 

さとりさんなの?第三の眼(サードアイ)でも持ってるの?

 

幻想郷へいってらっしゃい。

 

 

「そ…そんなことはござりません」

 

 

俺は変な口調になりながらも委縮して否定する。

 

僅か数秒で身も心も屈伏。なにこの人、ギアスにでも目覚めたの?

 

まあ…見ての通り、俺はこの人が苦手である。

 

理由は簡単。普通に怖いから。

 

だって見てみろよぉ…いたいけな小動物を殺戮せんと狙いを定めているあの双眸。

 

先生!トラの輸入はワシントン条約で禁止されてます!!ってこの人が先生だったわ。

 

 

「君は器物損害の件で説教されにきてるんだ。馴れ馴れしく歓談してるんじゃない」

 

 

依然、睨みを利かせたまま告げる禍酒先生。

 

ゾクッとするぜ。

 

 

「いや、失礼。彼と話すと楽しいもので」

 

 

と、会って十分も経ってない、東破魔先輩が諫めるように言った。

 

禍酒先生は「ふん」と鼻を鳴らし、顎を突き出してみせる。

 

 

「続けろ」

 

 

「はい」

 

 

さしもの愛神先輩も禍酒先生は得意ではないのか苦笑しながら応じる。

 

 

「えーとね、白鵺くん。ともかく今回の件は生徒会の自費負担で済むようやりくりするから、

 

 とりあえずもうこんなことないようにしておいてね。先生方にも再度、説明を図るから」

 

 

「…うっす」

 

 

あぁ、俺ってたくさんの人にたくさんの迷惑をかけて生きてるんだな。

 

申し訳ない限りだ。

 

と、俺は今更の如く感傷に浸る。

 

要するに、愛神先輩マジ大天使。

 

天使長(ミカエル)ってますわ、ホント。

 

 

「よかったな、白鵺。おかげでお前の家も破産しなくて済むぞ」

 

 

規模はオーバーだが、悪戯で言っているわけではない。

 

リアルに起こりうる話だったのだ。

 

ありがとう。おかげさまで兄妹ともども生きながることができます。

 

と、俺は心の中で拝む。

 

 

「一件落着だな。ところでだ…」

 

 

東破魔先輩は唐突に話を打ち切ってきた。

 

なんだろうか。説教エクストラステージは勘弁してください。

 

今の俺なら中ボス・パチュリーで逝く自信がある。

 

 

「聞きたいことがあったんだ。猛烈に」

 

 

まずは説教エクストラステージでないことに感謝。

 

中ボスの白澤けーねも攻略不可な状態だったんで。

 

果たして、『聞きたいこと』とは全体如何なるものか、と疑問が湧く。

 

すると、俺から向かって東破魔先輩の左側に座っていた愛神先輩が口を開いた。

 

 

「それは私もよ。多分同じことじゃないかしら」

 

 

「うむ、まあそうだな…というか、この状況で思い浮かぶ疑問と言えば必然とひとつに絞られる」

 

 

東破魔先輩も同意する。

 

次いで、互いに顔を見合わせ、代表するように愛神先輩が問うた。

 

 

「聞いていいかしら。あなたの出したという、その雷撃。一体どんな原理で出したの?」

 

 

案外、素朴きわまりない疑問だった。

 

原理?そんなもの…ピャー!といってカー!だよ。まるで長○監督みたいな説明だな。

 

 

「何故、そんなことを聞くんです?」

 

 

俺は訊いた。

 

その言葉に愛神先輩は目を白黒させた様子で言い返した。

 

 

「いや、何故も何も…

 

 雷という概念を『魔法』で再現するのは現時点での技術力じゃ()()()と言われているのよ」

 

 

「そうなんですか?」

 

 

その発言にこそ驚いた。

 

俺の方が目が白黒だ。モノクロームすぎて昭和初期の映画フィルムみたいになってる。

 

俺はてっきり、魔法技術の発展した現代ならば雷というありふれた自然現象の一つや二つぐらい

 

再現できると思っていたのだ。

 

俺はそのことを愛神先輩に言う。

 

 

「白鵺くん。

 

 『ドッペルゲンガー現象』や『シュレーティンガーの猫』、『ツングースカ大爆発』などの

 

 あくまでも人工的作為の介入が認められた現象ならばまだしも、『雷』というのは圧倒的無作為。

 

 完全なる純度100%の自然現象なの。

 

 こんな魔法の蔓延した世の中でも一部では未だ霊験あらたかなものだと言われてるわ。

 

 (いか)()というぐらいだからね。

 

 あなたの神道でもそうでしょう。

 

 鳴神様という神の存在もあるわけだし。

 

 つまり、『雷』というのは一見単純そうに見えて実は複雑な繊維質みたいなもので、

 

 現代の()()を以てしてもその原理は完全に解明されてはいないわ。」

 

 

そうだったのか。

 

俺は『電気?小学校で習っただろ』という安直な理由で魔法でも雷は再現できると勝手に思いこみ、

 

ふっつーに使ってしまったが、あれ魔法業界じゃ未開の技術だったのね。

 

わーすごい、俺は時代の最先端を征く!

 

って、それやばくね?!

 

つまり俺は、再現が現状不可能とされた魔法をいとも簡単に行使してみせた訳だろ?

 

――たくさんの衆目の面前で。

 

大丈夫だろうか?明日辺り政府の役人とか黒ずくめの男たちが来ないことを祈るばかりだ。

 

 

「まあ、それはいいとして」

 

 

東破魔先輩は逸れた話題を元に戻した。

 

 

「その原理を教えてもらえないか」

 

 

「原理…そうですね」

 

 

俺はしばしの間、悩んだ。

 

どのように説明すべきか考えていたからだ。

 

なにせ、ことのたねはあくまでも霊妙なものであり、現実的に科学的に即していないからだ。

 

長考の末、恐らく理解してもらえないだろうが、俺は一つの単語を発した。

 

 

「『式神』…ですかね」

 

 

「『式神』?」

 

 

案の定、知らなかったようだ。

 

それもそう、一昔前ならば陰陽術、巫術、召喚術や口寄せともに今ほど退廃してはいなかったので

 

少なくとも『聞いたことはある』程度の認識はあっただろうが、

 

現在は()()が発展し、栄えた世の中。

 

『古代魔法』と称されるような呪術の用語なんて知っている方が逆にすごい。

 

 

「古来日本より用いられてきた呪術の一つです。主に陰陽術で用いられます。

 

 陰陽師により使役される鬼神、またその術法を言います。識神、式鬼神とも言いますね」

 

 

「うーむ」

 

 

東破魔先輩は顎に手を当て、考え込む。

 

 

「それはつまり、『西洋魔法』などにおける『使い魔(ファミリア)』のようなものという解釈でいいのか?」

 

 

と、東破魔先輩は自説を口にする。

 

『西洋魔法』というものを折り合いに出したように魔法使い(ウィザード)たちは意外にもそれに通ずる

 

知識を持ち合わせている。

 

理由としては、現代における魔法のオリジナルとして西洋魔法が礼賛されているからだ。

 

 

「ええ、あながち間違ってはいません」

 

 

俺はそれに首肯した。

 

 

「唯一の相違点を述べるのであれば、『使い魔』のベースは主に普通の動物を基にしますが、

 

 『式神』はそのほとんどが妖魔・怪異であることが多いです」

 

 

例えば、天狗とか雷獣とか妖狐とか。

 

まあ、今の時代、そんなことを口にすれば、笑いの種にされたり、頭のおかしい人と思われたりするのは

 

自明だろうが。

 

ふと、東破魔先輩の顔を窺う。

 

その顔は未だしこりの取れていない、判然としていないような顔をしていた。

 

 

「俺はその、『式神』として『雷獣』という妖魔を従えています」

 

 

――雷獣。

 

雷とともに地上に現れるという幻獣の一種だ。

 

 

「雷獣…()()か。しかし、その雷獣を従えているのと、君が雷撃術式を使えるのに何らかの

 

 関係性があるのは察せられるが、一体どうやって」

 

 

「ええとですね。術者と式神は目に見えない霊的共有経路でつながっているんです。

 

 これによって術者と式神の間で霊力や五感を共有したりできるんです。

 

 それで俺と雷獣で()を共有してるんですよ」

 

 

「術式の共有…?!そんなことが…」

 

 

東破魔先輩は驚いた様子でこちらを見た。

 

 

「ええとですね。説明が難しいな…式神を使役する場合、原則的に『契約』が必要になるんですけど、

 

 その契約っていうのは家系ごとにいろいろ違ってくるんです。

 

 それでうちの家系の場合、契約に際して137条の厳格な規律があるんですが、

 

 その一つに『術者・式神は相互の術を共有しろ』っていう内容のがあるんですよ。

 

 それにこの術の共有ってのは数多ある家系の中でも結構珍しいみたいですよ」

 

 

俺は一旦、語り終えて、ふぅと息を吐く。

 

 

「…白鵺」

 

 

ここで口を開いたのは禍酒先生だった。

 

 

「随分饒舌にしゃべってくれてありがとう、というところだが、そういうのを部外者に安易に

 

 話してもいいのか?」

 

 

俺はええ、と応じる。

 

 

「この程度のことは大抵の陰陽師家も知っていますし、情報統制のレベルも下から三番目程度です」

 

 

最高機密なんてのもあるが、そういうのは耳にでもすれば歴史自体から抹消されるのだから恐ろしい。

 

 

「そうか」

 

 

禍酒先生はあっさりと退いた。

 

続いて東破魔先輩が開口する。

 

 

「なるほど有意義な話が聞けた。如何せん魔法至上主義な世界だからそういう話はなかなか聞かないものでな。

 

 いやぁ、井の中の(かえる)大海を知らず、とはこのことだな」

 

 

「先輩、『かえる』じゃなくて『かわず』です」

 

 

惜しい!

 

漢字は同じだが、読み方が違ったようだ。

 

もしかして先輩、ことわざが苦手?

 

 

「そうね。全くもってちんぷんかんぷんだったけど、まあ面白かったわ」

 

 

と、愛神先輩。

 

「おい、時間返せ」と思ったが、まあ先輩相手にそんなこと言えるわけもなく閉口した。

 

ていうかさっき、ふんふん、とかへぇ~、とか地味に相槌ち打ってくれてたけど、

 

あれって生返事ならぬ生相槌ちだったの?

 

 

「まあ」

 

 

と、ここで禍酒先生が話を打ち切って席を立つ。

 

その歩みはドアの方に向かっている。

 

 

「随分と趣旨が変わってしまったが、とりあえず今回の件――的ドカーンは不問にしといてやる、ということだな。

 

 よかったなぁ、白鵺。生徒会長が優しくて。こんな生徒会長、滅多にいないぞ。

 

 本来ならば今頃、お前は嵐のような説教の末、生徒指導室で始末書と反省文タワー、追い打ちに多額の

 

 賠償金だったぞ」

 

 

禍酒先生は念を押すように言った。

 

ハイ、アイカミセンパイ、トテモヤサシイ。

 

もう愛神教に入信しようかな。

 

と、俺も禍酒先生に続いて席を立ち、

 

 

「愛神先輩。今回の件、ありがとうございました」

 

 

「ふふ…どういたしまして」

 

 

深く丁重に一礼すると、愛神先輩は優美に、艶やかに微笑んで、そう言った。

 

 

「?」

 

 

愛神先輩がはてな、と首をかしげる。

 

そうされて気づいた。

 

そのあまりの美しさに固まって、見蕩れてしまっていたようだ。

 

危ない危ない、ビークール。

 

俺は妹第一。マイシスターイズナンバーワンフォーミー。

 

 

「風紀委員長として一応言っとくが、あんまり問題を起こすなよ。

 

 君はトラブルメーカーっぽいからな」

 

 

「はい」

 

 

初対面でトラブルメーカーと断ぜられるのもどうだかと思うが、

 

自己分析的に本当にそうっぽいから何とも言えない。

 

俺はドアノブを握り、ドアを開け、退室する。

 

その間際にもう一度、礼をする。

 

ドアを閉める直前、

 

 

「またいらっしゃいね~」

 

 

という愛神先輩の陽気な声が聞こえたが、正直もう来たくないっす。

 

 

 

 

 

あ、でもこれどうせまた来ちまうっていうフラグだろうな。それ知ってる。

 

 

2

 

 

的ドカーンin魔法実習室の悲劇から一夜明けた翌日の昼休み。

 

昨日、校門で親切にも俺を待っててくれた妹や巫仙に憐憫の視線を向けられたような気がするのは気のせいでは

 

ないだろう。というか絶対そうだ。

 

あの視線にはマジでゾクッてしました。

 

そして今日は妹も巫仙も交友関係の構築に勤しむとのことで一緒ではない。

 

故に俺は一人、単独行動だ。

 

え、俺は友達づくりしないのかって?おい、察しろ。

 

まあ車座いるし、いいか。

 

そんな訳で俺は第一体育館裏に敷設された緑の草木が鬱蒼と茂る遊歩道でプチ森林浴をしていた。

 

森林浴は、俗に森林浴効果と呼ばれる癒しを享受できる行為だ。

 

樹木が自浄のために放出するフィトンチッドが大気中の微生物を殺菌してくれることが作用しているらしい。

 

俺が新鮮で清澄な空気を肺に取り込みながら、

 

緑色の天蓋のような木の葉の隙間から差し込む木漏れ日によりまだら模様に照らされた地面を歩いていると、

 

左右の茂み(ブッシュ)の方から何者かの気配を感じた。

 

気のせいかとも思ったが、しかし、それは徐々に肥大化し、確信に変わった。

 

――二人、だな。

 

それも、だんだんこちらに向かって進行している。

 

時間が経過するごとにその気配は累乗的に跳ね上がり、それと同時にピリピリと灼き付くような

 

殺気、というか敵意が感じられた。

 

と、ここでこれほど接近しているのに何故歩行の音が聞こえないのだろうか、という疑問が浮かんだ。

 

俺も聴力には人一倍自信があるが、それでも聞こえない。

 

抜き足ができるのだろうか。それにしても草木を踏みしだく音をほぼゼロにするのはかなり困難だ。

 

だがそれは、音の発する波の指向性を操る――『消音魔法』だろうと勝手に結論を出した。

 

音がなくても気配で距離感ぐらいは分かる。

 

そして、その二人分の気配は僅か俺の後方十メートル弱にまで接近していた。

 

俺は接近に気付いているのを悟られないために一切の不審な動きを見せず、歩行を続ける。

 

そして――

 

 

 

――来るか!

 

 

 

直後、後方斜め左右で膨大なパワーが弾けるのを感じた。

 

魔力だ。

 

魔法開発を受け、ウィッチクラフト活動が促されている魔法使い(ウィザード)は、

 

直感的に、第六感的に魔力の波動を感じることができるらしい。

 

俺は魔法使い(ウィザード)じゃあないが(分類的には魔法使い(ウィザード)らしいが)、

 

流石に近くで発動されれば、否が応でも分かるっていうものだ。

 

俺はそれとほぼ同時に後ろを振り向く。

 

高速での移動が故に肉眼では残像に見える二つの人の姿があった。

 

――肉体強化か。

 

筋繊維や骨の可動関節の強度を『固定(フィックス)』により一時的に上昇させ、通常の数倍の身体能力を引き出す魔法だ。

 

しかしこの術式、最近発見されたばかりの発展途上のもので、常時、各身体部位の同時魔法演算と可動肉体

 

の自己制御を要求されるため少なくとも上級魔法使い(ウィザード)しかもAランク魔法使い(ウィザード)

 

ほどじゃないと使えない芸当なのだ。

 

そして迫りくる二人のうち、一人は直線的に駆けて来、もう一人はこれまた肉体強化による跳躍

 

で俺の背後を取りに来た。

 

俺はまず、前方から直進してくる奴から片づけようと考え、動きを目で追ってると、

 

一瞬だが、その顔を確認できた。

 

そして、それは見覚えのある顔だった。

 

昨日の昼休み、Fクラス教室に乗り込み、堂々と最下級魔法使い(ウィザード)を罵倒したあの四人

 

の男子生徒の一人だ。

 

ならば恐らく後ろの奴もあいつらの一人だろう。

 

 

「喰らえッ!」

 

 

前方の男子生徒は拳を固く握りしめ、移動の動きと連動した正拳突きを放とうとしている。

 

またご多分に漏れず、この攻撃も肉体強化にて突き出す速度が増幅されているため、

 

攻撃する側からの相対速度的に見ても恐ろしいほどの速度なのだから、

 

傍から見れば亜音速レベルぐらいには見えるかもしれない。

 

当然、速度と比例して単純な威力も増えているため、当たればただの怪我じゃ済まされないだろう。

 

果たして俺はその攻撃に対し――

 

 

「おらよ!」

 

 

――突っ込んだ。

 

 

「!!」

 

 

突進したのだ。

 

破壊レベルのパンチをしようとしている相手に対して、突撃を図るのは一見愚かな行為にも思えるが、

 

このアクションには二つの有効的な利点がある。

 

まず、一つ目の利点は相手の攻撃を狂わせられること。

 

男子生徒は俺がその場に留まっている、あるいは真横か後方に回避することを想定しての攻撃をしているので、

 

俺の突撃により拳の着弾地点を狂わされ、空を切ったうえに俺を攻撃直後の無防備な懐まで潜り込ませてしまって

 

いる。

 

さらに、もう一つの利点は――

 

俺は自身の突進で男子生徒の相対速度も増加してみえるが、それは男子生徒にも同じこと。

 

男子生徒にも俺が、俺から見た男子生徒と等速で突っ込んできているように見えることだろう。

 

そしてそれは、俺も相手と同じような攻撃威力を発揮できるということだ。

 

 

「はッ!」

 

 

男子生徒の懐に潜り込んだ俺は、その鳩尾に高速の打撃を叩きこんだ。

 

 

「ぐぁッ!」

 

 

胸部には強化をしていなかったのだろう男子生徒は一瞬、

 

息を詰まらせ、攻撃を受けた箇所を押さえながらその場に倒れこんだ。

 

――まずは一人。

 

数瞬後、間髪入れずに後ろに回り込んだもう一人の男子生徒の攻撃が俺を襲った。

 

またしてもパンチだ。

 

俺は相手の右腕から放たれたその攻撃を振り向きざまに身を捩じらせて回避すると、

 

未強化につき無防備の右鎖骨にチョップを叩きこんだ。

 

 

(つう)ッ!」

 

 

男子生徒は痛む右鎖骨部を左手で押さえ、悶える。

 

ちなみに言うなら鎖骨は人体急所の一つだ。

 

しかし、それでもなお男子生徒は動けそうだったので追い討ちに大腿部にトーキックを入れた。

 

大腿部もモモカツなどと言われるように、大腿動脈なんかが通る人体急所の一つである。

 

俺は二人の男子生徒が完全に沈黙したのを見届けると、厄介ごとは勘弁と言わんばかりにその場を去ろうとする。

 

その時――

 

俺は足元の地面…否、地中に収束した魔力の波動を覚えた。

 

――しまった!

 

 

「『岩石炸裂(ガイアボム)』!」

 

 

そう叫んだのは、俺が鳩尾を殴打し、行動不能にさせた男子生徒だった。

 

事象(フェノメノン)・『発散(ラディエーション)』に地の五大元素(エレメント)を付与した。

 

多岐的に実用される(トラップ)型魔法――『岩石炸裂(ガイアボム)』。

 

よく手榴弾に鉄球を詰めて殺傷能力を上げるように、この術式は地中の細かい砂利や石などで代用している。

 

近年、岩盤の破壊や、ビル解体などにも使用される魔法だ。

 

だがこの術式、『発散(ラディエーション)』作用による爆発だけでも十分に人を殺傷する威力がある。

 

使用にも特別な許可が要される、国際魔法使い(ウィザード)法で指定された危険度Cランクの魔法だ。

 

男子生徒は薄れゆく意識の中、特攻とでも言わんばかりに自分もまきこまれる可能性のある魔法を発動したのだ。

 

 

「くッ!」

 

 

躱せない。

 

今この場で最大限の回避行動を行っても爆発の惨禍から逃れることはできないだろう。

 

と、万一の場合を想像していた俺の顔面すぐ横を――

 

 

シュンッ!

 

 

――収斂された魔力の塊が通過した。

 

直後、俺の後方で「ぐえッ」という間の抜けた声がした。

 

同時に足元で収束していた魔力も散り散りになり、消え去る。

 

何が起きたのか。

 

後ろを振り向いた俺が魔力の痕跡を辿ると、『岩石炸裂(ガイアボム)』を発動した男子生徒のこめかみ部分に

 

消滅しかけの霧状の魔力を感じた。

 

 

「魔力弾か…?」

 

 

魔力弾――

 

魔力を収斂させ、質量化した状態のこと。

 

また、それによる攻撃を指す。

 

男子生徒は気絶していた。

 

恐らく、こめかみへの魔力弾の一発により、脳震盪を起こし、演算が中断させられ、『岩石炸裂(ガイアボム)』も消滅したのだろう。

 

俺は早急に辺りを見回した。

 

この魔力弾を放った術者がいるのなら、絶対にこの近くにいるはずだ。

 

魔力弾を用いて、人間のこめかみに正確な攻撃を与えるためにはある程度接近している必要がある。

 

の、はずなのだが、視界の届く範囲には誰も確認できない。

 

気配も感じられない。

 

ならば、どのようにして?

 

一体全体どのようにして、この男子生徒のこめかみを叩き、脳を揺さぶったのだろうが。

 

そしてそれが人の手によるものなのだとしたら。

 

 

 

 

 

一体、誰が――

 

 

 

 

 

――その時、俺の視界の端に一人の人影が映った。

 

所在は第一体育館のさらに奥にあり、第一体育館の二倍ほどの高さの第一校舎。

 

その屋上。

 

現在地点(遊歩道)から第一校舎まではだいたい5、600m以上はある。

 

第一校舎の高さも含め三平方の定理で考えると、実際の距離は1.5倍がいいところだろう。

 

俺でも霞んで見えるか見えないかの距離だ。

 

そこには、銃身の長い銃のようなものを構え、スカートを風に靡かせながら、

 

柵越しにこちらを見つめる

 

 

 

 

 

――一人の少女がいた。




次回、新キャラか?!


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第伍話 狙撃 -sniper in the darkness-

一か月も投稿なしですみません。

いろいろと作品の見直しをしてて、修正すべきところが7割以上あって絶望してました。

前話のサブタイでは思いっきりキャラの名前をばらしてました。

今話で登場します。

それではどうぞ。


1

 

 

「お疲れのようだな、白鵺陵くん」

 

 

一連のバトルを終え、九死に一生を得たこの俺、白鵺陵が一息ついている所に揚々と馳せ参じてみせたのは、先日、合間見えたばかりの魔法学園風紀委員長三年生・東破魔蜉蝣だった。

 

 

「何でこんなとこにいるんですか、東破魔先輩」

 

 

俺は意外さも半ばに、僅かに猜疑的な視線を向け、真意を問うた。しかし、東破魔先輩はそんなのどこ吹く風で、

 

 

「いやいや、ここは敷地内だろう。なに、偶然ここを通りかかったら君たちがバトっていたから風紀委員長としての

 

職務を全うしようと思った、ただそれだけだ」

 

 

と楽観的に答えた。

 

たまたまここを通りかかった、って偶然も過ぎんだろ。他の風紀委員ならまだしも、昨日知り合ったばかりの

 

人とこんな時に出くわすなんて、ただの偶然の偏差とは思えなかった。

 

きっと、量子力学的な何かが働いているに違いない!

 

いや、でもあくまで東破魔先輩は風紀委員だし、パトロール中に偶然、ってことはあり得るのかもしれない。

 

でもなんか組織の長って末端の職員とか新入社員を馬車馬の如くこき使って、挙げ句に自分は椅子の上でふんぞり返っている、

 

っていうイメージが強いんだけど違うの?

 

俺の組織に対する不信感が強すぎる。

 

でも、なんか愛神先輩をみる限りなんだか一概に否定できないようでならないのは俺の気のせいだろうか。

 

 

「まあ、いいでしょう。それじゃ東破魔先輩。コレの後片付けお願いします」

 

 

と、俺は足元に転がった男子生徒二名を足で示す。

 

東破魔先輩は視線を足元に移すと、しばし硬直、俺に視線を戻し、俺に若干引いたような表情をした。

 

 

「おお、結構ひどいことするなあ、君。これは風紀委員長として看過できそうにない事態だが?」

 

 

東破魔先輩が訝しむ表情で言う。

 

まあ、倒れた生徒二人、その場にいるのは俺一人、疑いをかけられても不思議ではない。

 

というか、俺がやったし。

 

 

「で、俺をどうしようというのです?」

 

 

あれぇ?なんか自分がだんだん悪役に見えてきた。今まで悪役生徒二人を見事撃退した主人公を演じてたのに…

 

 

「いや、状況を見聞するに、だいたい状況は読めたよ。つまりは君に突っかかってきた上位魔法使いを迎撃した、いわば正当防衛だろう?」

 

 

「…そうっすね」

 

 

まさしく、その通りだった。

 

ご明察、と言ったところか。

 

 

「じゃあ、東破魔先輩。首尾よく聴取もできたわけですし。

 

 俺は一旦、戻ってもいいですか」

 

 

「…本来なら校内での決闘は校則違反だから風紀委員に連行して反省会と行きたいところだが、

 

 君も先日の標的破壊の件で随分と傷心だろうし、今日はここんところで勘弁しておこう」

 

 

東破魔先輩はやれやれ、といった感じで承諾した。

 

そうと決まれば、さっさと退くか。

 

ちょうど、あと十数分で昼休みも終わるしな。

 

おっと、その前に。

 

 

「東破魔先輩。そいつらどうするんです?保健室とかだったら手伝いますよ」

 

 

一応自分の蒔いた種だ。責任という芽は摘んでおきたい。

 

善意でないという辺り、俺のゲスさが窺える。

 

 

「そうだね。看護も必要だからね。まあ、みっちりとやってやるさ。

 

 風紀委員会本部で。」

 

 

「バンビーノ」

 

 

撤退。

 

辣腕無双の取締コマンダーどもの根城に安々と足を踏み入れる程、俺は肝っ玉が据わっていなかった。

 

とりあえずは逃げよう。

 

あとは寄るところもあるしな。

 

 

2

 

 

屋上まで続く階段に来た。

 

そして屋上まで一時の休息も一切の間隙も挟まずに階段を駆け上がる。

 

第一校舎は五階建てだ。

 

屋上までの階段は五階分。

 

それを永続的に、継続的に行うのは、普通の人間ならば簡単にバテてしまうような至難の業であり、辛苦の所業であった。

 

しかし、幼少期よりある程度の鍛練を積んできた俺からしてみれば楽勝も楽勝。

 

アピースオブケイクだった。

 

毎回思うけど、この単語不思議だよな。

 

なんでケーキ一切れ、って書いて楽勝と読むんだろう。

 

多分、アダムズアップル(喉仏)よりも不思議。

 

というわけで、さながらマ○オの三段ジャンプのような軽快さで屋上へ続く階段を快走した俺は、果たして屋上に到達した。

 

屋上へのアクセスは鉄製の一枚扉のみだった。

 

雰囲気的にはRPGのボス部屋前って感じだ。

 

屋上へ続く鉄扉には錆びた鎖が蔦のように絡まり、簡易的な南京錠が掛けられていた。

 

…何だろう。

 

階下の近代的な、機械的な、先進的な内装と比較すると、この屋上付近は少し古風な、一昔前の学校然とした雰囲気が漂っている。

 

そして俺は一瞬の躊躇いもなく、その荘厳で重厚な鉄扉に手をかけた。

 

先程、南京錠が掛けられていた、とは言ったものの、実際は南京錠はとっくに酸化して朽ちており、

 

もはや鍵としての機能を微塵も果たしていなかった。

 

よって、その鉄扉はいとも容易く開放された。

 

扉を開いた瞬間、室内と屋外の僅かな気温差により気流の対流が発生し、微風が吹き付けた。

 

さらに今までふるさびた、言うなら暗澹とした空間に一条の陽の光が差し込み、一斉にして視界を覆い尽くした閃光による

 

突然の明暗の反転に網膜が対応できず、幾許かの時間、視界が真っ白になり、目がくらむ。

 

やがて感覚器官が徐々に明度に慣れはじめ、白みがかった世界がようやく元の色彩を取り戻し始める。

 

そこで、俺の両眼がとあるものを認識した。

 

人影だった。

 

今回は全くの比喩なしで人影だった。

 

その人影は太陽をバックにしており、陽光をさながら後光のように照射させているため、

 

その人影の細部を窺い知ることは現状不可能だった。

 

ただ光背を受けた長髪が靡くのが見えたので、その人影は女だろう、という予測はできていた。

 

 

「あら、あなたは?…ああ、先刻の」

 

 

直後に発せられた声が予想が的中であることの裏付けとなった。

 

柔和な印象を植え付けさせるやんわりとした声音だった。

 

彼女は、俺があの犯罪現場にいた男子生徒だとわかったようだった。

 

それもそのはず、あちらから見れば、こちらは逆に真正面から光が当たっていたため、顔の判別が容易だったのだろう。

 

「こんなところに何の用でしょう」

 

 

と、少女は控えめに、謙虚に問うた。

 

俺は少女に歩み寄る。

 

光の錯乱現象も弱まり、こちらも少女の相貌が確認できる。

 

少女は、端正な出で立ちだった。

 

季節外れの雪原のような純白の肌膚に、サファイアのような透徹された輝きを放つ鮮やかな碧眼、

 

艶やかな光沢の両唇を儚げに引き結んでいた。

 

髪は、その肌にも増して真っ白なそれを前で、切りそろえている。

 

それが可愛いすぎて、俺の許容属性に前髪ぱっつんが加わりそうだった。

 

例えば、人間が雄大な自然美に圧倒されるが如く、俺もその言い知れぬ美貌に圧倒されまくっていた。

 

 

「いや、別に…さっき助けてもらったしな。お礼でも、と思ってね。

 

 さっきはどうもありがとう」

 

 

俺は当たり障りの無いような感謝の辞を述べる。

 

少女は、まあ、と一時驚嘆の声を漏らし、明るく微笑む。

 

 

「まあ、わざわざそんなことのためにいらしてくださったのですか。それは…ご足労をおかけして

 

 申し訳ありませんでした」

 

 

と、何故か少女は深くお辞儀をして謝罪した。

 

なるほど、個々の謙虚な心、これが日本か。

 

よ、俺が和の精神に感銘を受けていると、

 

 

「あの…お名前」

 

 

と、少女は言った。

 

 

「はい?」

 

 

あまりに唐突だったので、思わず聞き返してしまった。

 

 

「その…お名前を聞いて宜しいかと」

 

 

少女は再度、言いなおした。

 

その白地の頬を僅かに紅潮させながら。

 

あまり異性に名前を聞く機会がなかったと見える。

 

魔法学園に通う女子生徒は、言うなれば『深窓の令嬢』。

 

そして、そんな彼女らによくあることだ。

 

なるほど、つまりこの娘は男馴れしてないってか。

 

いや、俺も女馴れしてないけど。

 

未だに緑の売り場のお姉さんとは高速会話だ。

 

…しゃーなし。ここは俺がリードしなくては。いやむしろさせてください。

 

「そうか。俺の名前は白鵺陵。”白”に”夜”と”鳥”で”鵺”に”陵墓”の”陵”だ」

 

 

前回、車座指摘された反省を生かし、問題の無い自己紹介をする。

 

 

「白鵺さんですね…私は時椿叶深(ときつばき かなみ)といいます」

 

 

と、少女――もとい、時椿叶深は胸を張って名乗ったが、しかし緊張を残した言いぶりだった。

 

うむ。これは後々のために場を和ませなくては。

 

 

「なるほど、じゃあお前はカナミンだ」

 

 

「カ、カナミン!?」

 

 

時椿叶深――もとい、カナミンは頭上にエクスクラメーションマークとクエスチョンマークを乱立する勢いで驚いた。

 

何だ?この娘、あだ名で呼ばれた経験とかないのか。

 

俺はしょっちゅう呼ばれてるぜ。

 

うじ虫とか、ゾウリムシとか、シラミとか、やぶ蚊とか、イビルフ〇イデーとか。

 

主に巫仙さんから。

 

ってか、最後に至っては魔界777ツ能力じゃねえか。酷いな、オイ。

 

 

「い、嫌ですよ。そんな変なあだ名…」

 

 

「そうか、ならばカナブンだ」

 

 

「カナブン!?!?」

 

 

先ほどよりもエクスクラメーションマークとクエスチョンマークが増設されていた。

 

すると、カナミン――もとい、カナブンは瞬間的に暗澹立ち込める表情になって、

 

 

「それ私の小学生の時のあだ名じゃないですか…」

 

 

「マジか」

 

 

ガチ系だった。

 

陵は 少女の 心の 闇を 掘り返して しまった!!

 

…ていうか、あだ名はつけられたことがあったんだな。

 

ただし不名誉な。

 

 

「私、当時他の子のご家庭よりも裕福で、その子たちに僻まれてたみたいで…いえ!彼らは悪くないんです。

 

 嫉妬というのは人間にとって当たり前の感情ですから、むしろ悪いのは巨額の財産を持て余していた

 

 私たちの方で…」

 

 

「お、お前は悪くねーよ。大丈夫だ。資本主義経済の日本では私有財産権が認められているから…」

 

 

カナブ――もとい、カナミンがなにやらブツブツとどす黒い何か(ダークマター)を吐き始めたので、

 

俺は慌ててフォローを入れた。

 

いや、今から考えてみれば全くフォローになってないな。

 

和の精神もここまでくると重いものがあった。

 

 

「まあ、とりあえず、選択肢は2つだ。2つに一つだ。カナミンか、カナブンか…」

 

 

「それ必然的い選択肢一つしかなくないですか!?」

 

 

「ふはは、何を言うておるのだ。我が輩はきちんと二つ提示している」

 

 

おっと、口調が乱れている。

 

これはまさかの陵くん意地悪モード。

 

ただし、キャンセル不可。

 

一度発動した術式詠唱は中断できないZE☆

 

 

「知ってて意地悪してません!?」

 

 

「おいおい、お前はあだ名をつけてもらう立場なんだから選択肢がどーのこーの言える身分じゃねーんだよ」

 

 

「むー。確かにそうですね…って待ってください!

 

 今、一瞬懐柔されかけましたけど、白鵺さんの言っていることおかしいですよ!?」

 

 

バレたか(笑)にしても、カナミン弄り甲斐ありすぎ(大草原)

 

なんか、字面だけみてると無感情っぽい。

 

 

「ごめんごめん、ちょーっち弄りすぎたな。んじゃあ叶深でいいだろ、な?」

 

 

俺としては至極真面目に言ったつもりだが、当の時椿叶深は怪訝そうな顔をした。

 

まだ若干顔が赤い。

 

 

「ま…まだ、弄ってるんですか」

 

 

ゑ?どうしてそうなる

 

 

「ど、どうしてといわれましても…その、叶深って…」

 

 

と、ここまで言われて俺はようやっと自らの失態に気づかされた。

 

俺は普段、友人感覚で巫仙や車座と気軽に下の名前で呼んでいるが、

 

相手は恐らく深層の令嬢、時椿叶深。

 

もしやのファーストネーム呼ばれの経験がないのでは?

 

ってかカナミン未経験多すぎ。

 

エロ本のタイトル風に言うなら『経験ゼロの少女を陵が虐め倒す――すみません以下自重します。なので規制はやめ…

 

…ふぅ、あぶねぇ。危うく今話最後まで俺の台詞が■に変わるとこだったぜ。

 

話を戻すが、ことこれに至っては別に時椿叶深に限らずとも大抵の女子は異性からのファーストネーム呼びに

 

対する耐性がないと思う。

 

まさか無意識にファーストネーム呼びをしてしまうなんて…

 

よりによって初対面の女子と。

 

俺はどこぞのハーレム系鈍感主人公だよ。

 

だがッ!一度行ってしまった以上、引き下がるのは男じゃないッ!

 

と、意味不明な男気を発揮し、一言。

 

 

「分かった。俺はお前を叶深って呼ぶから、お前は俺を陵と呼べ」

 

 

「…………………………………え?」

 

 

「……………………………………………………は?」

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

何言っちゃってんのぉぉぉぉ、俺!?

 

一見、トレード・オフな内容に見せて、その実すごいこと言っちゃってるよぉ!

 

要するにお互いに下の名前で呼び合おう、っていう恋愛シミュレーションゲームのクライマックスの告白シーン

 

みたいなことやってるんじゃん!?

 

F〇teォォォォォ!D.〇.ォォォォォォォォ!!ミィィルキィィ〇ォォォォムズ!!!(発狂)

 

ちなみにFa〇e/シリーズの原作がR-18ゲームであることを知る者は意外と少ない。

 

や、や…やばし!テラやばし!

 

これは何とかして弁明せねば…

 

 

「■■■■■■■■■■■■■!!」

 

 

「………………」

 

 

ついに倫理規制の神が俺を見離した。

 

 

3

 

 

一旦休憩。

 

 

「へえ、時椿といやぁ魔装狙撃兵の一派じゃねーか」

 

 

「そうなんですよ」

 

 

俺らはなんだかんだありつつ、ゆるゆるの会話をしていた。

 

先ほどまでのことはお互い、完全に頭からデリートした。

 

これ以上、蒸し返しても黒歴史を生むだけだ。

 

『獅子の御子たる高神の剣巫――』云々の祝詞を自室で叫んでいた(振り付き)のを妹に見られたとき並に黒歴史だ。

 

無論、SNSを介して後日、巫仙さんにも拡散してました。

 

開口一番言われたのが、みさらきちゃん☆で死にかけた。

 

そんなこんなで俺らは新たな気持ちで、改めて話していた。

 

ちなみにだが、互いの呼称は折り合いをつけあって、下の名前ということになった。

 

 

「じゃあ、あの時、俺に魔法を放った奴を撃ったのも…」

 

 

「はい、魔装です」

 

 

魔装――

 

魔法の媒体たる魔力は基本、人の手によって、人為的に操作することだ出来るが、

 

振動や、圧縮などの精密性を要する作業工程は、人の手を以てしてやるには限界がある。

 

その演算処理を代行して行ってくれる補助器具(アタッチメント)が『魔装』だ。

 

ちなみに魔装とひとくちに言ってもたくさんの種類がある。

 

(ソード)(ガン)(ランス)(アロー)(カノン)など様々。

 

さらに銃という括りの中でも、小型拳銃、大型拳銃、機関銃、施条銃、固定銃。

 

そして、狙撃銃(スナイパーライフル)

 

多種多様な形態、豊富なヴァリュエーションを有したのが魔装だ。

 

 

「なあ、お前の魔装って一体どんなんなんだ?」

 

 

俺は興味本位で聞いてみる。

 

狙撃銃(スナイパーライフル)系の魔装ということから、ある程度の形状や性能などは想定できうるが、

 

一男子として、興味を惹かれるものがあった。

 

 

「よろしいですよ」

 

 

と、叶深は快諾してくれた。

 

すると、さながらバンド少女の如く、その背中に背負われていたギターケースを下すと、その蓋を開けた。

 

中には丁寧に梱包された、部品(パーツ)ごとに分解されている魔装狙撃銃が入っていた。

 

叶深はそれを手慣れた手捌きで十秒とかからない早業で組み立てると、その一メートル弱の銃砲を有す魔装銃を俺に見せてきた。

 

見た目は光沢をもった銀灰に彩られていて派手派手しいが、形状は物理兵器の狙撃銃と何らフォルムが変わらない。

 

唯一、物理兵器との異なる点を挙げるとすれば、魔力圧縮炉の有無だろう。

 

初動圧縮のみを手動で行い、その圧縮時に放出される余剰エネルギーを再利用して、また圧縮を行う、という

 

循環機能――サイクロン・ファンクションを搭載した高性能新型の魔装狙撃銃だ。

 

そのサイクロンファンクションが組み込まれた圧縮魔力炉が全体の35%を占めているだけで、

 

後はスリムで携行性に優れたフォルムの武器だ。

 

また、銃砲の側面には『AGITO』と、開発メーカーの社名が刻印されていた。

 

 

「おいおい、こいつは『AGITO』社の新製品にして、半自動魔装(Semi-Automatic Wizard)――

 

 通称『SAW(ソウ)』シリーズの最新作『SAW(ソウ) - 黒龍(ヘイロン)』じゃあねえか。

 

 日本陸軍・魔装013旅団でも採用されている超すごい銃だぜ」

 

 

「ええ、去年、うちの実家から贈られてきたんです」

 

 

「すげぇな、お前の家。これって数億はくだらない品だぜ」

 

 

俺は純粋に褒めた。

 

なかなか見られない逸品も見させてもらえた、そのお礼に。

 

 

「……」

 

 

が、しかし、対して叶深は閉口した。

 

どうしたものかと俺は叶深の顔を覗き込み、慎重に話しかける。

 

 

「お、おい…大丈夫かよ」

 

 

さながら3Dアートでも見ているかのように、俺の後ろの方をじっと見つめ、虚ろを双眸に湛え、

 

ぽかーんとしていた叶深はようやく俺の視線に気づいて、

 

 

「す、すみません。私の家柄を知って、そんな褒める人なんて滅多にいなかったので…」

 

 

言われて、そうだと気付く。

 

高貴な魔装狙撃兵一派・時椿家に生まれた彼女は生まれたときから環境や家庭に恵まれていて、

 

おおよそ他の家庭からは敬遠、憎悪、嫉妬の対象だったのだろう。

 

彼女に近づいてきた人たちも恐らく彼女の家の有する財産目的で、彼女からしてみれば真に自分を認めてくれる

 

人がいなかったのだろう。

 

――そうか、ならば俺が時椿叶深の友達第一号になってやるとするか。

 

と、ちょうど、俺の後ろでチャイム(例のヒーリング)が鳴る。

 

よろし。言うだけ言って去る口実には十分だ。

 

 

「よし、じゃあ叶深」

 

 

「…はい?」

 

 

「放課後、俺の妹と彼女と下ぼ――もとい、友人を紹介してやるから駅前の喫茶『Undine(ウンディーネ)』に集合だ。五時ぐらいだな。

 

 もし来なかったらバンビーノの刑だ」

 

 

「え、ちょっ、なんですかそれ――」

 

 

俺は彼女が言い終わる前に鉄扉を開け放ち、外に出る。

 

流れる大気の対流が今度は俺を後押ししていた気がした。

 

俺は心地の良いチャイムをBGMに階段を駆け下りた。

 

 

4

 

 

視点も場所も変わって、Aクラス教室。

 

自分の席に座っていた緋狩澤光は突如、耳に届いた一つの知らせを受け、屈辱に歯ぎしりをしていた。

 

その内容とは、『Aクラス生徒二名がFクラス生徒相手を奇襲したが、逆に返り討ちにあい、風紀委員会本部に連行。

 

一週間の停学を命じられた』ということだ。

 

 

(こんな屈辱…ないったらありゃしない)

 

 

彼女の出す黒いオーラは教室中に蔓延し、他のクラスメイトを戦慄させていた。

 

勿論、彼女にクラスメイトを傷つけられて悔しい、などの同胞意識は微塵もない。

 

ただ、Aクラスの魔法使い(ウィザード)が、たかだか魔法使い堕ち(ワースト)風情に討滅させられる

 

というのは、自分たち上位魔法使い(ウィザード)の尊厳を貶めかねない由々しき事態なのだ。

 

緋狩澤光とは、そういう人間。

 

利己的で自分の自尊心がちょいとでも堕ちることを絶対に看過することができない人間なのだ。

 

その反面、上位魔法使いがたかが二人やられた程度で自分の尊厳が堕ちると考えている辺り、臆病で神経質(ナーバス)

 

でもあった。

 

 

(バタフライ効果(エフェクト)というものがある。

 

 蝶の羽ばたきが遠くの地で竜巻を起こす――初期条件の違いが後の結果に大きな変化をもたらすというカオス理論

 

 よ。

 

 この事件は後に私とって非常に不利益な結果をもたらす恐れがあるわ。

 

 かくなる上は…)

 

 

緋狩澤光は机に設置されたディスプレイの校内行事告知の欄に目を移す。

 

そこには『各クラス代表模擬魔法戦闘開催 実施四月二十一日』と。

 

 

(これを利用するほかないわ。

 

 この機会に上位魔法使い(ウィザード)と下位魔法使い(ウィザード)どもとの差をきちんと

 

 知らしめなくては…)

 

 

緋狩澤光の放出するさっきにも似た黒いオーラが止む。

 

クラスメイトにも弛緩した空気が流れ始めた。

 

そして、彼女は妖しげに微笑む。

 

四月十六日、昼休みのことだった。

 

 

5

 

 

「各クラス代表模擬魔法戦争?」

 

 

車座が無駄にデカい声を張り上げて反復した。

 

 

「そうだ。今から五日後の四月二十一日、A~Fクラスの各クラスから代表を選抜し、模擬魔戦を行ってもらう。」

 

 

そう説明したのは、我らがFクラス担任、禍酒呪里先生だ。

 

ところで、禍酒先生。

 

俺の敏感な嗅覚が物凄い量のアルコールを検知したんですけど、まさか校内で飲んでないですよね(震え声)

 

禍酒先生の発言を皮切りに、教室の中がざわめきだす。

 

大方、あいつが代表なんじゃねーの?とかそんな話題だろう。

 

アレレー、オカシイナー。トコロドコロ『ミササギ』ッテイウタンゴがキコエルゾー。

 

 

「そんなら、陵でええんやないの?」

 

 

車座がクラスの総意を代行して述べる。

 

 

「オイ貴様。何勝手なことを言ってやがる」

 

 

「だって、よう考えてみ。魔法実習であんな派手に標的ぶち壊した陵クンが適任やないの」

 

 

この男、下劣なッ!

 

俺を代表戦の矢面に立たせ、負けたときに恥じ晒しにする魂胆だろう。

 

 

「断る」

 

 

だって俺が出ちゃうと、負けて恥を晒すどころか、圧勝して妬心を買っちまうんだぜ。

 

 

「ああ、それだが」

 

 

禍酒先生が話に割り込んできた。

 

 

「陵の出場はなしだ」

 

 

先生は平坦に言った。

 

 

「何でですかぁ!?」

 

 

車座が声を荒らげて追及する。

 

フハハハ、当てが外れたな。このマヌケがァァ!

 

 

「この際言っておくが、そもそも白鵺陵は正規の入学でこの学校に来たわけではない」

 

 

「じゃあつまり裏口入学ってことですか」

 

 

「オイ何でそうなる」

 

 

トチ狂ったことを言い出した車座に、俺は反駁する。

 

俺という人間のイメージから、そういうのを勝手に決めつけないでほしい。

 

極めて心外だ。

 

 

「ゴホン…白鵺陵は言うなれば特待生だ。

 

 さらに暴露すると白鵺陵は古代魔法の使い手だ。

 

 魔法学園が、その希少性を買って入学を認可したんだ」

 

 

クラスメイト達がまたも、おおっ、と色めき立つ。

 

自分らの身近にいる人間が結構珍しいやつだったことに感嘆しているのだろう。

 

しかし、こうやって物珍しさに吊し上げにされている俺としてはなかなか喜び難い。

 

 

「そうやったんかいな」

 

 

と、車座は明らかに落胆した。

 

 

「てめぇ、あとでマジでバンビーノ」

 

 

本日三回目のバンビーノが炸裂した。

 

スリーバンビーニーだった。

 

 

「というわけで私たちのクラスからの代表は不動車座にする」

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

 

車座の内部時間が停止した気がした。

 

しばらくして、

 

 

 

 

「ハァァァァァァァァァァァァァァッ!?」

 

 

「ざまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁm9」

 

 

 

 

 

二名の絶叫が響き渡った。

 

 

「どうしてですかぁ、先生!」

 

 

エセ関西弁で車座が反論する。

 

禍酒先生は極めて冷静に応対した。

 

 

「ほら、こういう言葉があるだろ。隗より始めよ、だっけか。

 

 陵に押し付けるぐらいなら自分でやって見せろ」

 

 

即ち、言い出しっぺの法則だった。

 

あまりのブーメラン過ぎて車座が哀れすぎた。

 

アーメン。

 

俺は十字を切ってのける。

 

ってかヤッバ。車座チョー顔面蒼白なんですけど。

 

 

「ドンマイ、車座」

 

 

と、俺。

 

 

「ドンマイですわ」

 

 

と、巫仙

 

 

「ドンマイだったな」

 

 

と、なんか知らんモブ。

 

 

「ハッハッハ、ドンマイだ、車座」

 

 

と、禍酒先生。

 

いや、アンタが言うなよ、張本人だろ。

 

 

5

 

 

放課後。

 

俺&妹&巫仙&車座が『Undine(ウンディーネ)』で各々の注文したメニューを食していると、

 

カランカラン。

 

入り口のベルが鳴った。

 

淑やかな振る舞いで入店してきたのは、もちろんのこと時椿叶深だった。

 

叶深は暫時きょろきょろして辺りを探すと、すぐにこちらを見つけ、駆け寄ってきた。

 

 

「ああ!陵さん」

 

 

「陵さん?」

 

 

巫仙さんは目ざとくその言葉を聞き逃さなかった。

 

 

「あ、ああ…叶深」

 

 

「ほぉ…叶深」

 

 

ぎくりぎくり。

 

 

「ええと、こちらの御三方が陵さんの紹介したかった妹さんと彼女さんと下ぼ――友人さんで?」

 

 

「オイ、陵。自分、儂のことどない紹介の仕方したんや」

 

 

車座も目ざとかった。

 

すると、俺の右方より怜悧なる殺気がッ――!

 

 

「み・さ・さ・ぎさん♪

 

 彼女の私を差し置いていつ何時ぞ逢い引きを済ませ、下の名で呼び合う間柄に?」

 

 

恐ろしい噴炎のオーラを纏って巫仙が詰問する。

 

何故だか背後に幽波紋が見えた気がした。

 

そしてその指一本一本が人間を嬲り殺せるという手を俺に伸ばし、がっちりと頭をロック。

 

げにすばらしいアイアンクローだった。

 

 

「陵さん☆来ていただけますね?」

 

 

「え、いや…その…」

 

 

「き・て・い・た・だ・け・ま・す・ね☆」

 

 

巫仙さんのとどめの一撃が決まった。

 

あっさり折れる俺。

 

 

「陵さん」

 

 

「ナンデスカ」

 

 

「遺言を聞きましょう」

 

 

「シニタクナイッス」

 

 

「それが最期の言葉となるでしょう」

 

 

そして、俺は終焉のカウントダウンの刻まれる中、ずりずりと店の外まで引きずられた。

 

 

 

 

 

~注意!~

 

この先の展開はいろんな意味で筆舌に尽くしがたいため、音声のみでお楽しみください。

 

 

 

グシャッ!

 

バキィッ!

 

ドゴォッ!

 

ブチュッ!

 

グサァッ!

 

ギャァァァァ!

 

ヤメェェェェェ!

 

グハホッ!

 

ギェェェェ!

 

ヒィィィィッ!

 

キモチィィィィィィッ!

 

1combo!

 

2combo!

 

3combo!

 

4combo!

 

5combo!

 

6combo!

 

 

4444combo!

 

 

そして時は動き出すッ!

 

場所は戻って喫茶『Undine』店内。

 

絶望と死の淵にいた俺、白鵺陵は自由と人権と男の尊厳をいろいろ失って無事生還した。

 

にしても恐ろしかった痛覚がだんだん快感に変わっていったからな。

 

まさか巫仙さんにヤンデレ(ただしデレはない)属性があったとは。

 

っていうかそれただの病んでる人じゃないっすかやだー。

 

心も体も満身創痍の俺を女神(フレイヤ)の笑顔で迎え入れてくれた妹と叶深に心配をかけぬよう

 

体裁だけは取り繕った。

 

その後は、車座が模擬魔戦の代表に選ばれた話や、男子生徒の襲撃など取り留めもない話をして、

 

お開きになった。

 

店外へ出る。

 

空は茜色の色彩を帯び、気温も日中より大分下がっていた。

 

地平線の彼方からこっそり顔をのぞかせる太陽と輝きのまだ薄い星を散りばめた夜空のグラデーションが美しかった。

 

ベタな表現をするなら、『薄墨を流したような』といったところだ。

 

最後に。

 

俺は、時椿叶深に問うた。

 

 

「なあ、お前今日楽しかったか?」

 

 

それに彼女は満面の笑みで答えた。

 

 

「はい!」

 

 

そいつはよかった、と俺は呟く。

 

 

 

 

 

夜闇に沈む街並み。

 

しかし、そこには、俺にも計り知れない恐怖が大口を開けて待ち構えていた。

 

 

 

 

 

 

 




どうでしたか。

地の文がスカッスカですね。

反省します。

意味ありげな終わり方をしましたが、果たして?


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第弐章 模擬魔戦編
第陸話 前哨戦 -preliminary match?-


紆余曲折あって魔法概念を一新したいと思います。

端的に説明しますと、

事象(フェノメノン)の確定→属性の確定→発動!

だったのを、

物理魔法、属性魔法。

後はその複合技、ってのに変更したいと思います。

過去の分は…また追々。

では、どうぞ。


 

 

 

本日、四月十七日。

 

クラス対抗代表模擬魔戦まで残り四日。

 

 

 

1

 

 

さあ、章一つまるまる使って告知もしたんだ。

 

早速だが、修行パートに入っていくぜ。

 

今回、代表として模擬魔戦に出場するのは不動車座だ。

 

ところで、力の差が歴然としている相手を闘わせても溝を深めるだけなのに、学園は何でそれに

 

拍車を掛けようとするんだろうか?

 

ただでさえグランドキャニオン並にある溝が、チャレンジャー海溝になろうとしてるぜ。

 

まあいいや。

 

さあ、早速、文字数稼ぎに車座くんが必死こいて修行しているところを淡々と綴りたいのだが、

 

まずその前に。

 

まずに、だ。

 

不動車座の初期ステータスを確認しておこう。

 

いや、初期っつても、修行の前後で何かが変わるわけでもないんだがな。

 

奴の得意とする魔法は空気圧縮魔法だ。

 

具体的に言えば、『空気圧縮による高荷重気体を用いた汎用展開装甲』だ。

 

物理魔法・『圧縮(コンプレッション)』で圧縮された空気を約3cmの厚さで体表面1~3mmの間隔を空けた周囲に変形展開することで、

 

さながら、G-SHO○Kのような耐衝撃中空構造を作り出すことができる。

 

名づけて『空気装甲(エアアーマー)』。

 

・・・うわ、だっさ厨二かよ。

 

しかしながら、車座はその『空気装甲(エアアーマー)』をA級魔法使いレベルに使いこなせる。

 

通常、地表面を覆う空気は大気圏まで存在しており、その荷重は1平方cm当たり約9.807N、

 

即ち、0.1013MPaの圧力をもっていることになる。

 

魔法というものは非常に便利なもので、工業用機械の一切を使用せずに、この空気を圧縮することができる。

 

ご都合主義ここに極まれり。

 

この空気を用いて圧縮すれば、平均的な魔法使い(ウィザード)の圧力で、約97.248MPa(地表面圧力の960倍)。

 

というか、この時点で工業用コンプレッサーの許容圧縮限度0.6~0.8MPaを圧倒的に超越している。

 

対して、車座は恐るべきことに最大約1013MPa(地表面圧力の10000倍)の空気圧縮が行える。

 

驚天動地!

 

一般的な魔法使い(ウィザード)の平均圧力のゆうに10倍以上である。

 

また、ボイルの法則に基づき、10000分の1に圧縮された空気は、パンチングやキックなどの格闘技術のみならず、

 

ナイフやダガー、日本刀などの斬撃系の武器、

 

手裏剣や苦無(クナイ)、ポーラ、ボウイナイフなどの投擲系の武器、

 

ハンマーやメイス、モーニングスターなどの打撃系の武器、

 

槍などの刺突系の武器や、はてまて手榴弾や砲弾、プラスチック爆弾、ロケットランチャーなどの火薬系の武器までも防御してしまう。

 

流石に、大陸間弾道ミサイル(ICBM)潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、戦略爆撃機などの戦略兵器は無理だろうが(もしできたらこえーよ)、

 

さらに上位の使い手になるならば、できる奴も出てくるかもしれない。

 

・・・長ったらしい説明も終わりにして、

 

要するに車座は空気圧縮による『空気装甲(エアーアーマー)』と、後は申し訳程度の火属性魔法が使えるって訳だ。

 

そして、この度、俺が車座に教授しているのは、後四日に迫ったクラス対抗代表模擬魔戦に向けて対戦相手(既に発表済みだ)を効率よく倒すためのチキン作戦である。

 

世の中、覚えゲーと死にゲーだ。

 

STG然り。

 

敵機のフェードインする位置と攻撃の安地さえ覚えときゃ楽勝なのさ(錯乱)

 

さて、次章辺りで車座の対策相手の説明でもするか。

 

 

2

 

 

やあ(。・_・。)ノ

 

五行ぶりだね!

 

さあ、約束通り、今回の車座の対戦相手について説明しておこう。

 

 

 

氏名:メイスィ=フランデンブルグ=グレイ

 

国籍:ドイツ

 

魔法使い(ウィザード)ランク:A 

 

所属クラス:B

 

得意魔法:水属性振動魔法

 

詳細:水を自在に操り、また物理魔法・『振動(ヴァイブレーション)』で自ら水分子を高速振動させ、変幻自   在な魔法振動剣(ヴァイブロブレード)

 

   (因みに、魔法振動剣(ヴァイブロブレード)とは別に、通常の剣に高周波振動発生機を取り付けた物理    振動剣(ヴァイブロブレード)があるが、

 

   魔法振動剣(ヴァイブロブレード)の方が、量産性、耐久性、威力、有用性、使用時のコストパフォー    マンス共に物理振動剣(ヴァイブロブレード)を遥かに上回る)

 

   を生み出す『多頭の水蛇(ヒドラ)』という魔法を使う。

 

   また、高速振動を得た水は強固な盾としても使える。

 

   まさに攻防一体の魔法である。

 

   その多角的な戦術性を認められ、欧州連合並びに周辺国から、魔法名より『多頭の水蛇(ヒドラ)』と    別称される。

 

備考:相当な自信家、ただし動揺しやすい。

   

   心理戦に持ち込めば有利。

 

 

 

初っ端、上位クラスと当たってしまったのは運が悪かったと言えよう。

 

しかし、これだけの情報さえ集まれば、有利に戦いをはこべるに違いない。

 

対して、相手はただでさえ溝の深い我らがFクラス。

 

まず、なかなか情報は入手できないだろうし、なおかつ俺ら程度相手に事前情報など不要だ、という

 

無駄なプライドの高さがそれを後押しする。

 

必然的に我らが不動車座は丸見えすけすけの相手と、対してメイスィ=フランデンブルグ=グレイは靄のかかった正体不明の相手と戦うことになる。

 

言うなれば、片面から見ればスモッグ、もう片面から見れば向こう側の見えるガラス越しに対面しているような状況だ。

 

車座は相手を見透かした状態だが、対してメイスィ=フランデンブルグ=グレイは相手が見えていない。

 

この差異は表面上、地味に見えなくもないが、戦術的観点においては砂山とエベレスト並の巨大な差がある。

 

つまり、俺らは戦う前の時点で既に相手より一歩か二歩先んじているということである。

 

・・・ん?

 

何だ。こんな情報、誰がくれたのか、だって?

 

おいおい、情報提供者の誰何(すいか)を問うのは無粋ってもんだぜ。

 

 

「ま、私なんだけどね」

 

 

「おい我が妹よ(ディアマイシスター)、他人の独白に勝手に割り込むんじゃあない」

 

 

「ごめんね~あ、でも情報云々を集めてくれたのは叶深ちゃんだけどね」

 

 

嗚呼…空の彼方にあの天使の微笑が見える…

 

アーメン!

 

カナミンに幸あれ!

 

って、あいつBクラスかよ。すげえな。

 

 

「…後であいつにゃお礼言っとくか」

 

 

ところで妹よ、お前はBクラスだったろ。

 

お仲間のとこに行かないで、こんなとこで油売ってていいのか。

 

おまけに対戦相手に情報まで開示して。

 

 

「いいの。いいの。あんな雑魚連中に付くよりは優秀な御仁に付いた方がいいよ」

 

 

 我が愛し妹(マイラヴリーシスター)の外道っぷりを垣間見た。

 

 

「…まあ、でもバレない程度にしとけよ。お前が間諜してたことが露呈でもしたらお前のみならず、

 

 俺らのクラスにも被害が波及する」

 

 

「心得てるよ。自分でいうのも何だけどこういう小賢しい真似は得意なんだよね」

 

 

…何だろう、お兄ちゃんの知らないところで妹が恐ろしい綱渡りをしていることに悲壮を禁じ得ない。

 

 

「いざとなったら『玉藻』の幻術でなんとかしてもらうよ」

 

 

玉藻。

 

黒鵺寵が使役する狐の妖魔――妖狐である。

 

伝承に基づき、妖狐は遍く人々を化かし、騙り、偽り、誑かし、賺し、欺き、瞞し、惑わす。

 

その為の妖術の一つ、敵に幻を見せ、現実と錯視される妙技こそが幻術。

 

妖狐使いたる我が妹の最も得意とするものだ。

 

 

「おいおい、我が妹よ(ディアマイシスター)。頼むから俺の二の轍を踏んでくれるなよ。

 

 マジであの『紫電閃飛』はしくったと思ったんだ。

 

 最悪、本家の方に漏れたらヤバかったぜ」

 

 

これも全て愛神先輩のお蔭。

 

おお、救世主(メサイア)

 

後光を現出させ、末法の世を救世する仏の如き、神々しい御姿が見える…

 

さておき、愛神先輩が箝口令を敷いて以来、まるでダムの水をせき止めたように

 

Fクラスの中では、まことしやかに囁かれているものの他のクラスに溢れた形跡はない。

 

改めて、十神眷族の情報隠蔽能力の高さを思い知った。

 

 

「あ、そろそろ次の授業が始まっちゃう。

 

 流石に戻らないと猜疑がかかるからもう戻るね」

 

 

「あいよ…まあ、頑張れ」

 

 

一体、何を頑張れという話なのだが、

 

 

「うん、じゃーね。おにーちゃん」

 

 

妹は意気揚々と帰っていった。 

 

さあ、上位クラスを騏驥過隙、光芒一閃と叩きのめしてやるための戦略を車座に教示してやろう。

 

 

3

 

 

「さて、車座や。

 

 今回の作戦においてはお前の得意な『空気装甲(エアーアーマー)』よりも、

 

 火属性魔法が重要な勝利要因となる」

 

 

「なんやて?」

 

 

車座がエセ関西弁で反応する。

 

 

「聞くに、対戦相手の嬢ちゃんは水で作った振動剣(ヴァイブロブレード)を使うんや、

 

 水に弱い火属性魔法を使うよりは『空気装甲(エアーアーマー)』の方が、まだ対抗できるんちゃう?」

 

 

車座は予想通りの発言をした。

 

俺は予め決めておいた解答をする。

 

 

「まあ、その通りだろうな。

 

 ゲームの世界でも水>火というのは万人の常識だし、現実世界も然り。

 

 確かに、火は水と相対する場合、酸素欠乏により簡単に消滅してしまう。

 

 しかし、だ…」

 

 

僅かな沈黙タイム。

 

 

「水もノーダメージじゃねーよな」

 

 

「……?」

 

 

車座は図りかねる様子だった。

 

 

「分かりやすく言うぜ。火と水の接触によって消滅するのは火だけじゃあねーよな?」

 

 

「……………???」

 

 

三点リーダーとクエスチョンマークがさらに増えた。

 

 

「チッ…馬鹿め」

 

 

「ひどない!?」

 

 

おっと、すまん本音が。

 

さて皆様。

 

一体全体、俺は何を考えてるのでしょうか。

 

そして、俺らのジャイアントキリングの全容や如何に!?

 

 

4

 

4月18日。

 

クラス対抗代表模擬魔戦まで残り3日。

 

 

5

 

 

思うんだけど、一章まるまる使って時間経過を表現するのってどうかと思うんだ。

 

 

「知ったこっちゃないですわ」

 

 

「お前、どうやって俺のモノローグに介入した」

 

 

「活字世界では大抵のことが可能ですわ」

 

 

ちょっ…メタいてそれは…

 

で、俺と巫仙は今現在、食堂にいるわけだ。

 

しかし、これは食堂の名を冠したバイキング、あるいはビュッフェに他ならない。

 

ここはホテルかよ。

 

肉、魚、サラダ類は基本セルフサービス。

 

テーブルの上の巨大な容器から各々受け皿に自由にとっていくスタイル。

 

それでもステーキや麺類などは例外で、厨房のカウンターで受け取る形式だ。

 

俺は牛肉のステーキにコールスローサラダ、

 

巫仙はヘルシーにレタスやトマト、ヤングコーン、

 

ブロッコリースプラウトなどの色とりどりの野菜にノンオイルドレッシングをかけた物を各自、食事用のテーブルに運ぶ。

 

そして、この食事が全て国民の血税で賄われているのだと思うと、悲しい気持ちになってくる。

 

窓際の席に着座。

 

日当たりのいい場所だ。

 

俺は皿に盛られたステーキを見る。

 

恐らくサーロインかヒレ肉。

 

恐らく、歩留等級はA、肉質等級は4、即ち階級A4ランク。

 

上質な牛肉である。

 

さらに、括目せよ!この脂の照り返しを。

 

さながらブリリアントカットにより計算しつくされた輝きを放つダイヤモンドのようではないか!

 

そのうえ、このナイフで切った際に染み出る濃厚な肉汁が――

 

…飽きたわ。

 

食リポもどきとか似合わねーな。ボキャ貧だし。

 

そして、俺がホクホクの気持ちで上質なステーキを食そうとしていると、

 

 

「こんにちは」

 

 

何だか無性にムカつくイントネーションの声が頭上より発せられた。

 

俺は「おいてめ、人の食事邪魔してんじゃあねえよ」と言いたいのを抑えつつ、

 

ナイフとフォークを置き、声の方を見上げる。

 

そこにいるのは、あろうことか緋狩澤光である。

 

緋狩澤光。

 

所属Aクラス。S級魔法使い。

 

今期の首席合格者である。

 

あと、その下僕らしき者共とギャラリー複数。

 

ギャラリーの「キャー、緋狩澤様だわ!」とか「女神の降誕よ!」などの合いの手が妙に安っぽい。

 

 

「Aクラスのトップ様がFクラスの凡人風情に何の御用で?」

 

 

俺は敢えて卑屈に応答する。

 

すると、緋狩澤光は馬鹿馬鹿しい、とでも言わん顔で、

 

 

「白々しいわね。

 

 Aクラスの魔法使い(ウィザード)二人を丸腰で沈黙させた男が、よく言うわね。

 

 しかもAクラスの生徒の方は身体強化魔法を施していたと聞くわ」

 

 

チッ…知られてたか。

 

Aクラストップの情報収集能力は伊達じゃないってか。

 

その発言に下僕、ギャラリー共々ざわめき立つ。

 

そう、実際、Fクラスの生徒300人がかりでもAクラスの生徒単体を討つことは不可能とされている。

 

それをたった一人で、しかも二人相手になど、尚のことさら。

 

いわんや身体強化を施している相手をや、である。

 

もはやこの領域に達すると、どんな高性能演算能力をもった次世代のスーパーコンピューターでも

 

予測不可能かもしれない。

 

 

「そのうえ、うち一人が発動した危険度Cクラスの魔法『岩石炸裂(ガイアボム)』を歯牙にもかけなかったらしいわね」

 

 

下手をすれば、国際魔法令により件のAクラス男子が縄につくような発言を余裕でする緋狩澤光。

 

食堂内の動揺のボルテージはもはやMAXだ。ゲージカンストと言ってもいい。

 

恐らく、奴らの中での俺の評価は鰻上りだろう。

 

…ん?

 

ああ、なるほど。

 

コイツの考えていることが分かったぜ。

 

未だ滔々と俺の英雄譚(?)お語り続ける緋狩澤光に俺は投げかける。

 

 

「おい、言うけど俺は代表戦にはでないからな」

 

 

ピキン、と一瞬だが、緋狩澤光の顔が凍り付く。

 

見破られた、あるいは当てが外れた、といった感じだ。

 

要するに、彼女の考えていることはこうだ。

 

セルフハンディキャッピングという心理学用語がある。

 

失敗の恐れがある際、事前に自分に不利となる外的要因を用意しておくことで自尊心を保とうとする心理である。

 

成功した場合には自分に不利となる要素があるにもかかわらず…

 

などと自分の最終的評価を高める結果にもつながる。

 

礼を上げるなら中間試験前によくある「俺全く勉強してないんだよね~」と吹聴する輩である。

 

この場合の外的要因とはFクラスにも関わらず、Aクラス二人を素手丸腰で倒した俺。

 

俺というファクターの存在で、勝敗にかかわらず、緋狩澤光は一定の威厳保持ができるのである。

 

 

「残念だったな。お前の浅ましい謀略は発動する前に終わったってわけさ。

 

 ところでさ、緋狩澤光。

 

 アンタ、格下相手にこんなチキンプレイやってて恥ずかしくねーのかよ」

 

 

切り返し、と言わんばかりに俺は最大限、緋狩澤光を煽る。

 

コイツも自尊心が強いのであれば、この程度の精神攻撃程度で簡単に動じる。

 

 

「なんですって…」

 

 

計 画 通 り。

 

案の定、乗ってきやがった。

 

フハハハ!こういうエリート気質の者ほど操りやすいものなんだよ。

 

ざまぁみな。

 

俺の言葉攻め(精神攻撃)に沸騰寸前の水の如く、業腹の緋狩澤光は、

 

ドスン、ドスン、とでも効果音の響きそうな足取り(地団駄、といった方が正しいか?)で、

 

 

「行くわよ!」

 

 

と、連れの下僕連中と共に解散していた。

 

周りのギャラリー(主に緋狩澤光目当て)は最初、えらいこっちゃ…みたいな目を向けていたが、

 

状況が終わると、さも今まで何もなかったかのように三々五々散っていった。

 

 

「陵さん、私はこれで」

 

 

いつの間にか全て食い終えていた巫仙さんは、こちらも何事もなかったように皿を片づけ、帰って行った。

 

って、俺のこと放置かよ。

 

まあいい。俺もそろそろステーキを食うとするか、と皿の方に向き直ると、

 

悲しいことに、ステーキは冷め、ジューシーな脂はねっとりとしたそれに変わり、膨大な肉汁も全て皿にこぼれきっていた。

 

~~~♪~~~~~♪

 

おまけに例のチャイムである。

 

昼休み、終了の時間だ。

 

さらば、肉よ。さらば、血税よ。

 

アーメン。

 

 

6

 

 

食堂からすごすごと退散した緋狩澤光は形容しがたい憤怒と羞恥に塗れていた。

 

少なくともあの男は会話の中から、自分の作戦を探り当てたために他にバレている心配はないだろう。

 

しかし、その場は取り繕えても、自分があの男から紛れもない恥辱を受けたのは確か。

 

緋狩澤光はそれに憤怒し、羞恥していた。

 

それに、

 

 

(あの男…代表戦に出場しないですって?!)

 

 

緋狩澤光は手早く懐から端末を取り出し、学内掲示板にアクセス。

 

『クラス対抗代表模擬魔戦』出場代表者Fクラスの欄を確認…

 

 

(確かに…不動車座とかいう名も知らぬ男になっていた)

 

 

くっ…このままじゃあ上位魔法使い(ウィザード)の威厳を保つための私の作戦が根本瓦解してしまう。

 

全ての根源は件のAクラス生徒と白鵺陵とのひと悶着から。

 

このままでは上位魔法使い(ウィザード)の尊厳と沽券に関わる。

 

クラス対抗代表者模擬魔戦に向けて、あらゆる可能性を考慮して、あの手この手を打って立てたこの作戦。

 

そのためにわざわざ恥ずべきあの件の醜態を多くの耳目の下で吹聴したのである。

 

それがこんなことになってしまっては元も子もない。

 

 

(こうなったら、意地でもあの男と代表戦で当たらねば…)

 

 

しかし大会規則により、原則、一度申請した代表者を変更することはできない。

 

どうにかならないものかと、緋狩澤光は端末のディスプレイに指を滑らせ、

 

生徒どころか、教師すらも読まないであろう細かい大会規則まで読み漁る。

 

 

(………!)

 

 

そして、見つけた。

 

闇金業者の契約書にでもありそうな小さいフォントでそれは記されていた。

 

緋狩澤光、上位魔法使い(ウィザード)の名誉を賭けた乾坤一擲の大勝負である。

 

 

7

 

 

4月19日。

 

クラス対抗代表模擬魔戦まで残り2日。

 

 

 

8

 

 

本当に思う。これやめようぜ。

 

 

「まあ、ええんやないの」

 

 

「ついにはお前までモノローグに干渉してきたか…」

 

 

「儂は流れを重視するタイプやから」

 

 

「それでいいのか、お前」

 

 

「ハハハ…」

 

 

まあいい。

 

俺らは今、教室の席で前後向かい合って話している。

 

早速、俺はこう切り出した。

 

 

「ほんじゃ、車座。今回の戦いに向けて、お前に一つだけ覚えてもらいたい火属性魔法がある」

 

 

「何や?」

 

 

「『爆炎(バーニング)』だ」

 

 

爆炎(バーニング)』。

 

本来、火薬に点火しない限りは自然の火で生み出すことのできない膨大な熱エネルギーを持った炎を生み出す術式だ。

 

最大温度は2000度まで可能と言われている。

 

 

「なんじゃそりゃ。それ初級魔法やないか」

 

 

「お前はその初級魔法すら体得してねーだろ」

 

 

車座の反駁を一蹴する。

 

 

「しかし、陵。

 

 そんな初級魔法で『多頭の水蛇(ヒドラ)』たるメイスィ=フランデンブルグ=グレイに勝てんのかいな?」

 

 

「ああ、勝算はある」

 

 

俺は確信を得た笑みを浮かべる。

 

 

「この作戦であれば、相手の精神面を利用して、勝率…80%ぐらいじゃないか?」

 

 

「高すぎや!」

 

 

車座がツッコむ。

 

しかし、決してこれはおふざけではない。

 

真剣そのものだ。

 

 

「おいおい、Bクラス相手にそんな勝率高くてええんかい」

 

 

「ああ、むしろこの方が必然にして必定だろう。

 

 車座、一対一の勝負における勝敗を分かつ要因というのは力量差、技術力の差はあれど、

 

 根本的なものってなんだか分かるか?」

 

 

車座は暫し黙考して、答えを出した。

 

 

「さあ…精神力やないの?」

 

 

「正解だ」

 

 

というか、これぐらいだったら誰でもわかるだろう。

 

なのに、車座は喜色満面のドヤ顔をしていた。

 

ぶん殴りてぇ…

 

 

「幾ら戦力差が優っていても、幾ら戦況が勝っていても、

 

 畢竟、戦うための精神力さえなければ敗北の色が濃厚になる。

 

 例を挙げるならば戊辰戦争の鳥羽・伏見の戦いだな。

 

 結果は知ってるか?」

 

 

「ああ、政府軍が勝って、幕府軍が負けたんやろ」

 

 

「そうだ。このくらいだったら中学か高校の日本史で学ぶだろ。

 

 で、だ。

 

 実際のところはその鳥羽・伏見の戦い。途中までは幕府軍が押してたんだ。

 

 戦況的に幕府軍が有利だったのさ。

 

 しかし、時の将軍・徳川慶喜はあろうことか有利だったにもにも関わらず、全軍を撤退させてしまい、

 

 みすみす勝っていた戦を負け戦にしてしまったのさ。

 

 将の無能さが招いてしまった悲劇だな。

 

 なあ、分かっただろ。戦いにおいて勝利要因の大部分を占めるのは精神力の差だ。

 

 例え力量差があっても士気が高ければカバーが効くものなんだぜ」

 

 

途中辺りから首の傾斜角がだんだんと大きくなってきた車座だが、俺が言わんとしていることはなんとなく察してくれたようだ。

 

 

「陵よぉ、勝つために必要なのは精神力ってのは分かった。

 

 けども、それがどうしたっちゅうんや?」

 

 

「おうけい、説明して進ぜよう。

 

 俺の調べ(嘘)により、今回の対戦相手メイスィ=フランデンブルグ=グレイは動揺しやすい、

 

 有体に言えば精神力が低いことが分かっている。

 

 隙を突くならそこだ。

 

 相手の想像もつかないことをやって、相手が対応の追い付かないうちに一瞬で仕留める。

 

 速攻作戦をとる」

 

 

「おお、口上だけ聞けば、まともっぽいなぁ」

 

 

車座が食いついてきた。

 

まぁ、コイツはとばっちりと禍酒先生の思いつきで代表に選ばれちまった哀れな奴だしな。

 

せめて勝たせてはやろう、と思うだけさ。

 

 

「そうだろ。じゃあ早速だが、作戦の概要を話すぜ。作戦会議(ブリーフィング)だ」

 

 

俺はクラス専用の端末から文書ソフトと描画ソフトを立ち上げ、作戦会議(ブリーフィング)を開始した。

 

実のところ、作戦概要も手短に済ませば、全て口頭で済ませることができたが、

 

車座の処理能力で理解できるかは五分五分だったので機器を使っての説明と相成った。

 

しかし、その分、口頭では手間取るところも簡易に説明できたため、全体効率は良かった方だろう。

 

最後に俺はこの作戦をこう名付けた。

 

 

 

――作戦名『フリーアティク・エクスプロージョン』――

 

 

 

そんままじゃねえか。

 

なんてツッコまないツッコまない。

 

 

9

 

 

暗黒の海広がる第三情報処理室では机上と壁一面に設置されたホログラム投影機と、それにより空中に投影されたホログラムディスプレイのみが光源である。

 

静寂の室内に唯一響くのはキーボードがカチャカチャと打鍵される音、ではない。

 

というかキーボード自体も無線タイプのディスプレイにされ、音すら響かない。

 

強いて言えば、冷却ファンの回る音ぐらいだろうか。

 

そのホログラムディスプレイの一つに表示されているのは、

 

生徒の個人情報サーバーに照会されたとある生徒の情報。

 

それには年齢、国籍、出自、生年月日、得意魔法、人によっては過去の戦歴、数多の個人情報が表示されている。

 

 

「今頃、『情報は入手困難で、Fクラス程度相手に事前情報を入手することなど、奴らの自尊心が許さな

 

 いだろう』とか思ってんじゃあないのかしら。

 

 だとしたら、とんだ脳味噌お花畑だわ」

 

 

闇の中で一人の少女が毒づく。

 

しかし実際、この少女の言ったことはとある少年の発言と意を全く同じくする。

 

少女はなお、独りごちる。

 

 

「私たちが自尊心に駆られて事前調査を怠ると思ったかしら。

 

 勝負は考覈(こうかく)ありき。

 

 どんな格下相手でも私は一切警戒を怠らないわ」

 

 

そう、この時点でとある少年が比喩した『片面から見ればスモッグ、もう片面から見れば向こう側の見えるガラス越しに対面しているような状況』、

 

というのは崩れ去った。

 

むしろ少女のガラスの方が透明度が高いだろう。

 

彼女は油断を一切しなかった。

 

例え相手が、Fクラスの不動車座なる無名の魔法使い堕ち(ワースト)だとしても、

 

例え自分が、今もなお欧州で『多頭の水蛇(ヒドラ)』として恐れられる、A級魔法使い(ウィザード)・メイスィ=フランデンブルグ=グレイだとしても。

 

 

「ど~お?調査終わった?」

 

 

背後より陽気な声が聞こえる。

 

振り返れば、そこには冷却ファンによって制服でも寒いような室内を、あろうことかスクール水着で闊歩する少女がいた。

 

彼女はメイスィ=フランデンブルグ=グレイから見れば先輩にあたる。

 

おまけに彼女は巨乳ツインテールだった。

 

実際、生徒の個人情報サーバーなんてものは一介の生徒がアクセスできるものではない。

 

教師の中でもアクセス権限があるのは数名だ。

 

では、なぜメイスィ=フランデンブルグ=グレイはこのようなことができたのか?

 

答えは簡単、全てこの先輩の少女が助勢してくれたからだ。

 

なんとこの一見エロいだけの少女、

 

現実世界においてはその魔法技術で幅を利かせているだけでなく、

 

電脳世界、即ち0と1との狭間の世界でも圧倒的パワーレベルを誇る――ハッカーとしての能力ならば世界でも五指に入る実力の持ち主だったのだ。

 

そうこうしているうちにメイスィ=フランデンブルグ=グレイはサーバーからログアウトし、「電源は落としておいた方が良いですか?」と訊き、「あ~ほっといていいよ」との返答を

 

得られたので、ディスプレイは放置し、そのまま席を立つ。

 

ポリエステル化学繊維の生地を破らんばかりの勢いで、あふれるようにその双丘を揺らしながら

 

「じゃあね~」と手を振る先輩を横目に、

 

メイスィ=フランデンブルグ=グレイは、寒暖差で以上に暑さを感じつつも第三情報処理室を後にした。

 

 

 

 

 

白鵺陵は、勝利への布石を着実と打ち、

 

 

黒鵺寵は、賢しく考えを巡らせ、

 

 

夜鳥巫仙は、弱者の下剋上を傍観し、

 

 

メイスィ=フランデンブルグ=グレイは、あらゆる予測法則を欺き、

 

 

緋狩澤光は、運命の勝負に一擲乾坤を賭し、

 

 

様々な人間の、様々な思惑が入り乱れ、

 

クラス対抗代表者模擬魔戦が始まろうとしていた。

 

 

本日、4月20日。

 

クラス対抗代表者模擬魔戦まで残り一日。

 

 

 

 

 




どうでしたか、前回の話が深夜のテンションになりすぎたため今回は大人しく。

さて次回から代表戦の始まりです。


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第漆話 多頭ノ水蛇 -Hydra-

当作品には知ったかがあるかもしれません。

特に考証もしてないです。

間違いを見つけたら教えてください。


来たるは、クラス対抗代表模擬魔戦。

 

その会場となる第十三魔法実習室には、大会に参加しない一学年生徒が全員集結していた。

 

これは必然というべきか、生徒ら諸君は一部の例外を除いて、

 

さながら美しき数列の如く綺麗にクラスごとに区別化(いや、ここまで来るともはや差別化か)されていた。

 

鮮やかなまでの階級社会。

 

悍ましいまでの優劣意識。

 

不可視ながらも確かにそこにある重厚な隔壁がそこにはあった。

 

・・・話を戻そう。

 

各クラス一名ずつ、総じて六名の代表出場者を除く学年生徒234名という人数を収容できる第十三魔法実習室は、

 

他の第一~第九魔法実習室よりも大規模な魔法吸収装置、さらには生徒防護用の魔法障壁が室内全域に展開されている。

 

仮にも国際魔法連盟の定める魔法律においては『戦略兵器と同等の能力を持ちうる存在』と明記され、

 

国家によっては『人間兵器』と、

 

堂々と明言されている存在が大人数収まる場所。

 

故に斯様な大掛かりな対策を講じておくのも当然のことであろう。

 

会場内はオーディエンスの興奮と熱気に溢れ、ボルテージMAXの様相を呈している。

 

しかし、それは代表戦における勝率が一定以上保障されている上位クラス連中のみだ。

 

対して、うちのクラスは闇に温度でも呑みこまれたかのような暗澹たる様。

 

さっさとこんなイベント早く終わってくれないかな~的な雰囲気が漂っている。

 

非リア充どものクリスマスかよ。

 

中の人的には共感できるわ。

 

あちらとの熱気の差で蜃気楼現象でも起きそうだった。

 

このクラス対抗代表模擬魔戦は、基本二日に渡って開催される。

 

一日目に予選一組目、予選二組目、予選三組目。

 

二日目に準決勝と決勝。

 

怪我人などが出ない限りはこの日程が遵守される。

 

かくして俺らの最初の対戦相手となるBクラスだが。

 

もはや勝利でも確約されたかのようなはしゃぎっぷり。

 

俺達との試合を消化試合ぐらいにしか見ていない。

 

さながらオンラインゲームのレベリング程度の認識でしかないだろう。

 

というか、奴らは経験値の足しにすらならねぇとか思ってんだろ。

 

だが、残念。

 

他の奴らはどうだかは知らんが、正直、俺は負ける気なんて微塵もないぜ。

 

 

「勝利の確信に満ち溢れたその面を絶望の二文字で塗りつぶしてやるぜ」

 

 

「なに初っ端からイタイ台詞ぶちかましてんの」

 

 

「何ィ!?伏兵(アンブッシュ)か!」

 

 

「いや、アンブッシュだかアンジ〇ッシュだか知らんけど、違うし」

 

 

俺の座る席の右側にいつの間にか鎮座していたのは我が愛し妹(マイラヴリーシスター)・黒鵺寵である。

 

 

「ほんとですわ。隣で聞いてて如何に恥ずかしかったことか。万死に値します。

 

 一度無間地獄に堕ちて、二度と這い上がってこないでほしいですわ」

 

 

そして、俺の左側から青酸カリもびっくりの毒舌を放っているのは、我らが巫仙さんであった。

 

呆然と侮蔑のサンドイッチとなった俺はむしろ快感を覚え始めた。

 

はいそこ、マゾとか言った奴マジ殺す。

 

 

「ところでおにーちゃん」

 

 

「何だ?我が妹よ(ディアマイシスター)

 

 

「初戦から早速、私のクラスと対戦することになったんだけれども

 

勝算は如何ほどにあるのかな?」

 

 

「妹よ、愚問だな。万全に万全を10乗した俺の策略に抜け目はないぜ」

 

 

この会場に居る生徒共は皆、この俺の権謀術数なる謀略に舌がローリングスプラッシュすることだろう。

 

思わず、ニヤケが顔に出ちまった。

 

そして、妹と巫仙が例の表情。

 

ふふふ・・・これもまた悪くない。

 

おい今Mつった奴、誰だオラ。

 

と、ここで俺の脳裏に一つの疑問が過ぎる。

 

 

「ところで我が妹よ(ディアマイシスター)。こんな所に居て大丈夫なのか?

 

確かに、この見物席に場所指定なんてのはねーが、さしかし、明らかにこりゃクラスごとに綺麗に分かれてる。

 

こんなとこにいると目立って仕方がないんじゃあねえか?

 

最悪、クラスにおけるお前の立場も・・・」

 

 

俺は心の内の不安を、疑念を妹に問い掛けた。

 

それに対し、妹は、さして問題ではない、という風であった。

 

 

「ちょいちょいおにーちゃん、忘れちゃったの?昨日の今日だよ?

 

寵の幻術は世界一ィ!なんだよ?」

 

 

流石にそこまでは行かないだろ・・・

 

確かに妹は、妖狐という類の、いわば幻術のオーソリティとも呼べる妖魔を使役するが故の抜きん出た幻術の使い手。

 

確かにそんじょそこらの精神干渉魔法では遠く及ばないだろう。

 

だが、それは魔法という枠内における比較にすぎない。

 

こちら側の人間ともなれば黒鵺寵を技術的超越しうる者は数多いる。

 

 

「うんうん、お前の幻術の凄さは身に沁みて既知の上だ。

 

しかし、余りここでそういうものを使いすぎるなよ。

 

今のところ、まあ、あくまで俺の目算だが、お前の幻術を看破できるだけの力を持ちうる者を二人ほど見かけた。」

 

 

対して妹は、俺の忠告を了解したのか、してないのか、

 

 

「ふんふん、成るほど。じゃあ私もバレないように頑張らないとね♪」

 

 

と、挑戦的セリフを吐くだけであった。

 

はあ、我が妹は相変わらずだ。

 

と、我が子の身を案ずる親のような感情に浸る俺だった。

 

 

3

 

 

クラス対抗代表模擬魔戦、第一回戦。

 

対戦相手、Bクラス所属メイスィ=フランデンブルグ=グレイ。

 

『多頭の水蛇』と称されるハイランクの魔法使いだ。

 

正直、自分程度の力でそんな輩をどうこうできるのだろうか、という不安は拭えず、

 

終始緊張で強張った状態である。

 

しかし大会前日、白鵺陵の提示した一つの打開策ーー勝算が不動車座の唯一の行動原理である。

 

そもそもそれさえ無ければ、車座はとっくに代表の座を辞していたところだろう。

 

 

『それでは、Bクラス、Fクラス、各クラスの代表出場者はメインコートに集合してください』

 

 

緊張で凝り固まった聴覚を揺さぶるような機械じみた音声。放送部だろうか?

 

これから始まる大舞台に嫌でも心臓の鼓動が早鐘を打つ。

 

車座はそれを落ち着けるため、大きく深呼吸をした。

 

腹式呼吸である。この方法により最も効率的に脳に酸素を送り込むことができる。

 

ついでにに人の字を手の平に書いて、それを飲み込む。

 

時には、民間伝承も大事だ。

 

車座は心臓部に手を当て、鼓動が鎮静化したことを確認すると、

 

幾分か緊張の緩和した顔つきで控室を後にした。

 

 

3

 

 

『それでは対戦する代表選手の説明に入ります。

 

まずはBクラス代表、メイスィ・グレイ!』

 

 

大会の司会進行を担う放送部の先輩による意気揚々とした選手解説が始まった。

 

特に司会者の面としては、オーディエンスーー即ち、他の生徒に飽きられることのないバラエティー性に富んだ話術能力が問われる。

 

果たして、その勢いに乗り、Bクラスの領有する席の周辺では熱気がさらに増す。

 

 

(む。完全に勝ち確ムードやないか)

 

 

気に入らない。

 

というのが車座の心からの本心だが、この対戦カードを見ては、そう思うのも当然のことだろう。

 

こんな時、あの男なら何と言うだろうか?

 

 

『面白い。数値上の優劣で浮かれてる脳内フラワーガーデン野郎どもに現実の二文字を叩き付けてやろうじゃないの』

 

 

脳内で自動再生される陵の毒舌で、車座は気持ちを和らげつつ、車座は来たる対戦者と対峙する。

 

 

『対するは、Fクラス代表、不動車座!

 

強敵に仇なす小さな巨人は下剋上を成し遂げることができるのか!』

 

 

と、それっぽい言いつつも、司会者の声には諦観が混じっている。

 

車座を見つめる周囲の視線も似たようなものだ。

 

諦観。憐憫。嘲笑。

 

さながら百獣の王に抗うバンビでも見つめる目だ。

 

 

(やけど・・・あの男なら、こんな状況すらも好機や捉えるんやろな)

 

 

ピンチはチャンスだ。

 

なんて、平気で言いそうな男である。

 

あの男ならば侮蔑の視線に炙られながらもニヤニヤと、達観したような笑みを浮かべることができるのだろう。

 

 

(やったらわしも、こんな状況、平気の平左で笑い飛ばしたる)

 

 

思いつつ、車座はその貌に不敵な笑みを貼り付けた。

 

 

4

 

 

(…何だ?この男は)

 

 

メイスィ=グレイは、目の前の男に対して『不可解』の三文字を抱かざるを得なかった。

 

理由?そんなもの簡単だった。

 

目の前の男ー―即ち、自分の対戦相手たる不動車座が、笑っているからなのだ。

 

へらへらと嗤っていたからなのだ。

 

メイスィ・グレイは、この行為をもはや『不快』とすら捉えた。

 

それは、単に不動車座の笑い顔が気色悪いとか、そんな理不尽な理由ではなく。

 

 

(たった今から無残で絶望的な敗北を喫するであろう相手に対して、こんな笑みを浮かべられるだろうか)

 

 

車座の貌を第三者が見たならば、到底これから負け試合を行うようには見えないだろう。

 

何なんだ、その表情は。

 

それは、まるで。

 

 

(勝たんと言わんばかりの表情じゃないか…)

 

 

この時、メイスィ・グレイは、

 

目の前の男に対し、『恐怖』とは行かないまでも、

 

明確な『戦慄』を覚えた。

 

そして――

 

試合開始の合図が鳴り響く。

 

 

5

 

 

試合開始早々、メイスィ・グレイがとった行動はとても単純であった。

 

 

「『水撃砲(アクアカノン)』!」

 

 

その宣言と同時に、車座の前方、後方、左方、右方、上方の計五方向から極太の水流が迸った。

 

それはほぼ同時に車座の躯体に命中し、全方向から降り注ぐ高圧水流により車座の身体を拘束した。

 

メイスィ・グレイはA級魔法使い。

 

その魔法発動速度は悠に車座を凌ぐ。

 

故にメイスィは車座が厄介な『空気装甲(エアーアーマー)』を展開する前にその高速詠唱能力を

 

以てして機先を制すればよいのだ。

 

おまけに、車座の周囲を水で包囲する=空気と隔離する、ということなので、

 

車座は空気の供給ができず、同時に『空気装甲(エアーアーマー)』を封じることもできるのだ。

 

なんという一石二鳥か。

 

水撃砲(アクアカノン)』――

 

五大元素(エレメント)『水』と加速系魔法の複合魔法だ。

 

本来、この魔法は相手を吹き飛ばすためのものだが、

 

魔法の同時多数展開と、それを制御するだけの演算能力さえあれば、このような応用も利く。

 

さて、一方の車座だが…

 

 

 

 

 

(計 画 通 り とでも言うとこうか)

 

 

笑いが止まらなかった。

 

勿論、ここは水中なので本当に笑ってしまったら肺腑の空気が空っぽになって窒息は否めないので、

 

あくまで表情だけにとどめている。

 

この時点で、車座は自身の勝利を六割方確信している。

 

過信ではない。換言するならば白鵺陵への信頼、とでもいうべきか。

 

信頼――言葉尻だけ捕まえれば、何とも体の良く、偽善的な言葉に聞こえるが。

 

人間が行動を起こすにはその程度で十分である。

 

それでは、時機も上々と拝察したため、そろそろ明かすとしよう。

 

彼の考案した、作戦『フリーアティク・エクスプロージョン』――

 

和名、『水蒸気爆発』作戦のその全容を。

 

彼のとったアクションは至極簡易だ。

 

ただただ耐える。その一点。

 

ここで一つ。

 

いつ止むやも分からない攻撃に対して、耐久戦法は愚直すぎないだろうか。

 

という疑問が浮上するだろう。

 

しかしそれに関しては、車座もとい陵は既に攻略済みである。

 

大会規則にこのようなものがある。

 

『相手を絶命、ないし後遺症を残すに至らしめる行為を禁じる』

 

無論、当然のことだが、逆にこうはとれないだろうか。

 

前記の状態に至らない程度で攻撃は止むのではないか。

 

即ち、この場合は意識を奪うと言った程度か。

 

そこで一つ、ちょっとした雑学を提示しよう。

 

『窒息』というものには、段階があるというのはご存じだろうか。

 

数十秒程度ならば、心身に異常はないが、

 

1~3分で痙攣、意識喪失、昏睡。

 

8~12分で窒息死といった流れである。

 

勿論、窒息死させてしまえば大会規則違反どころか刑法、魔法律で裁かれるのは当然なので、まずない。

 

1~3分の間に留めておくだろう。

 

しかし、あまりにも長いと後遺症が残りかねない。

 

故に長くても1分。

 

それで足りなくても衰弱は見込めるだろう。

 

つまり車座は、この『水撃砲(アクアカノン)』の全方位攻撃に1分間耐えるだけでいいのだ。

 

しかし、車座も超人類ではない。

 

開始直後の奇襲に対応し、息を1分止めるなど、車座の肺活量のキャパシティを超えている。

 

普通ならば対応不可能だ。

 

普通ならば。

 

しかし、今回は違うだろう。

 

 

『相手は恐らく、お前の『空気装甲(エアーアーマー)』封じのために水系統魔法の全方向一斉射を行ってくる。

 

 対策はただ一つ。

 

 予め息を吸って、肺に空気を溜めて乗り切れ。

 

 厄介なのは水圧で空気を吐き出させられることだが…そこは頑張って耐えろ』

 

 

先日のブリーフィングでの陵の言葉が脳裏を掠める。

 

車座は陵による助言を予め受けていた。

 

それならば不可能ではない、どころか限りなく100%可能だろう。

 

その助言通りに、車座は試合開始3秒前辺りから肺活量限界の空気量を肺に溜め込んでおいた。

 

車座の肺活量は常人よりも少し高い程度だ。

 

理論上、耐久可能な訳である。

 

車座は咄嗟に身をかがめ、水圧抵抗を逓減させる。

 

しかし――

 

 

(意外ときっついもんやな…ッ。そろそろ一分過ぎた頃やろか。

 

 もう止まってもいい頃やと思うが…)

 

 

全方向から殺到する圧倒的水圧。

 

それは車座の肺の空気を奪うのみならず、身体的ダメージを重ね、体温すら簒奪する。

 

特に辛いのは、上方からの水流。

 

背骨にもろに攻撃を喰らう上、体表面積もあり、押しつぶすような攻撃になっている。

 

一度、地に伏してしまえば、地面と水圧のサンドイッチでもれなく酸素サヨナラである。

 

そして、『撃水砲(アクアカノン)』の猛攻に耐えること、さらに1分。

 

水勢が徐々に弱まり、水流の身体拘束から解放されていくのが感じられる。

 

身体にはまだ若干、麻痺が残っているが。

 

 

(なるほど…間をとって2分っちゅうことか)

 

 

一人、心の中で納得して、周囲に立ち込める霧の中、車座は身を起こした。

 

 

6

 

 

メイスィ・グレイは勝利を確信した。

 

とまではいかないが、相手に致命的なダメージを与えることには成功したはずである。

 

少なくとも2分に及ぶ水流放射により、相手は魔法を展開するだけの体力をもう有していないはずである。

 

あとはそう、お得意の『多頭の水蛇(ヒドラ)』を以て、とどめを刺すだけだ。

 

メイスィは白煙の如く立ち上る霧中にて、敵影を予測位置を認めつつ、視界が開けるのを待っていた。

 

 

 

 

 

――しかし、事はそう簡単に運ぶものではない。

 

メイスィは霧の奥に茫洋と浮かぶ灰色の影を視認した。

 

ところが、メイスィはその影に対し、冷静ではいられなかった。

 

そう、その影が踊るべき速度で拡大――つまりは接近しているのだ。

 

そしてついに数秒後、

 

不動車座が霧を割って、メイスィの眼前に飛び込んできた。

 

互いの間合いは僅か1m程度。

 

二人の決着はこの数秒後につくこととなる。

 

 

7

 

 

そして、数秒後。

 

倒れていたのはメイスィである。

 

暫時、意識が飛んでいたのであろう。

 

始めは起き抜けの頭のように思考すら出来なかったが、

 

徐々に意識が明瞭としてくると、体の諸感覚器官の情報伝達も回復し始めた。

 

まず、最初に感じたのは背部の痛覚だ。

 

次に、身体中に感じるじりじりと灼けつくような痛み。

 

そして、完全に復活したメイスィの脳は、この数秒の間に起こった出来事の全てを把握した。

 

あの時、メイスィの間合いに飛び込んできた車座に対し、彼女は咄嗟に『多頭の水蛇(ヒドラ)』の多様な形状性を

 

利用した『楯』状の『多頭の水蛇(ヒドラ)』を展開した。

 

攻撃は最大の防御と言われるように、『多頭の水蛇(ヒドラ)』の防御能力は高い。

 

高周波振動で固められた金城鉄壁の楯はいかなる物理攻撃も弾き飛ばす。

 

それは、車座の『空気装甲(エアーアーマー)』にも有効である。

 

説明はまだであったが、『空気装甲(エアーアーマー)』の性質は『鎧』である。

 

人誅無比の鎧と、金城鉄壁の楯。

 

いずれも攻撃性と防御性に長けた二つの魔法だが、

 

こと攻撃対防御に関しては、『空気装甲(エアーアーマー)』の方が分が悪そうだった。

 

咄嗟の行動だったためにメイスィはそこまでの判断には及ばなかったが、結果的には良し。

 

空気装甲(エアーアーマー)』の攻撃を『多頭の水蛇(ヒドラ)』で弾き、

 

相手の不意を突いたところを『多頭の水蛇(ヒドラ)』で入射角90°の同一点連続攻撃を行えば、

 

さしもの『空気装甲(エアーアーマー)』も突破できるだろう。

 

メイスィの脳内では既に勝利への布石は決定していた。

 

しかし、

 

車座がとったのは想像外の行動だった。

 

車座の右手に赤光が灯った。

 

それは瞬時に火焔の形をとり、文字通り爆発的速度をもって膨張し、加熱されていく。

 

それは、ともすれば業火の魔神にすらも見えた。

 

あれは――『爆炎(バーニング)』。

 

瞬間的に大質量の炎を生み出す魔法だ。

 

初歩的な初級魔法だが、しかし、メイスィはそれを恐れた。

 

魔法それ自体の脅威ではない。

 

何故それを使おうと思ったかが、理解できないからだ。

 

人間だれしも意味の分からないものは怖いものである。

 

つまり、メイスィはその心理的深淵に深く入り込んでしまったのだ。

 

空気装甲(エアーアーマー)』で『多頭の水蛇(ヒドラ)』は破れない。

 

爆炎(バーニング)』なら尚更である。

 

火は水に勝てない。

 

それがこの世界の原理であり、常識だ。

 

そう、普通なら。

 

その時、不動車座が言葉を発した。

 

 

『自分がドイツにいた頃の公式戦見たで。

 

 全試合42試合中、相手から予測不能の奇襲を受けたのが、うち七回。

 

 その全てにおいて自分は防御形態の『多頭の水蛇(ヒドラ)』で対抗しとる』

 

 

それは、まるで自分の行動が分かったうえで『空気装甲(エアーアーマー)』を展開したみたいじゃあないか。

 

分からない。

 

全く分からない。

 

意味不明。

 

意味不明。

 

しかし、その意図は、直後、嫌にでも理解させられる。

 

何度も言うが、どんな世界ゲームの世界でも水>火というのは万人の常識だ。

 

火は水と相対する場合、酸素欠乏により簡単に消滅してしまう。

 

しかし――水もノーダメージじゃない。

 

そう、水というものには沸点というものがある。水は100°を超える熱を与えられると気化して水蒸気となる。

 

つまり火は水により掻き消されるが、同時に水もその体積を失うのである。

 

そのうえ、質量差もあれば優勢・劣勢の逆転も起こりうる。

 

ここまでは小学生で習う簡単な化学だ。

 

そして、もし、大量の水分が気化により急激に膨張すればどうなるだろうか。

 

答えは簡単だ。

 

爆発する。

 

これが俗にいう、『水蒸気爆発(phreatic explosion)』だ。

 

主に火山噴火において、マグマ熱により地下水が気化することで起こりやすい。

 

――そして、今、その水蒸気爆発が目の前で起ころうとしていた。

 

一瞬にして大質量の火焔に呑みこまれた『多頭の水蛇(ヒドラ)』の楯は、その高周波振動を発揮する猶予もなく、

 

無慈悲にもその姿を水蒸気に昇華させられ、その1600倍の体積膨張により生まれたエネルギーは――

 

――轟音を響かせ、水蒸気爆発を巻き起こした。

 

そして、その零距離爆発を耐えきったのは、

 

空気装甲(エアーアーマー)』を展開した不動車座、彼のみだった。

 

 

8

 

回想を終え、メイスィは自分の敗北を色濃く実感した。

 

現に、こうして爆発の衝撃で魔法吸収機能(ウィザーディングアブソーブ・システム)搭載の強固な壁に打ち付けられ、

 

こうも無様に倒れ伏している。

 

そして、思い知る。

 

『自分は魔法使い堕ち(ワースト)に負けた』のだと。

 

一時期、噂の俎上に上ったFクラスの男子生徒でもなんでもない、

 

ただの『魔法使い堕ち(ワースト)』に敗北したのだと。

 

しかし、メイスィは現在(いま)の敗北よりも、今後(あと)のことが心配でたまらなかった。

 

魔法使い堕ち(ワースト)』に負けた自分の立場はどうなるのか。待遇はどうなるのか。

 

今のまま、上級魔法使い(ウィザード)のままでいられるかどうか。

 

仮に今の地位のままだったとしても、この試合はほとんどの一学年生徒が観戦している。

 

メイスィの築き上げてきた強者の名誉と自尊心(プライド)が地に堕ちるのも時間の問題だろう。

 

 

(…ああ、そういえば、誰かが言っていた気がする『底辺の人間は失うものが少ないが、上位層の人間は失敗したときに失う地位やポストが大き――)

 

 

「おい、テンプレートな敗者の余韻に浸って、悲劇のヒロイン演じるのもそこら辺にして、さっさと賭けの清算済ませようぜ」

 

 

メイスィの独白を遮って、容赦ない言葉の追撃をかけたのは、

 

誰あろう、白鵺陵であった。

 

 

9

 

 

アニメやジュブナイル小説界隈じゃ、敗者(特に主人公性を持ってないキャラ)が何故か、さながら悲劇の主人公ぶってモノローグを語り始めるってのはベタで定番だったりするが、

 

正直、『勝てば官軍、負ければ賊軍、勝利がこの世界の正義なり』が主流の現代社会においては、

 

全く無駄な描写だと思う。

 

特に、こういうシチュエーションを割り当てられるキャラってのが、大抵かませ役か主人公に敵対するのがほとんどで、

 

いわば読者の反感を買うようなキャラ設定を与えられているキャラが、

 

一人で『どうして俺が負けたんだ』(笑)とか、『あれは何かの間違いだ』(爆笑)とかいうセリフを、

 

その作品世界において、『敗者』としての地位を築かれてしまったキャラに喋らせるというのは、

 

もはや『弱者の言い訳』に等しく、『自分の負けを認められない可哀想なヤツ』というイメージを読者に植え付け、

 

そのキャラからすれば追い打ちも甚だしい。

 

さらに、青春ラブコメなるジャンルにおいては、そういうキャラは大抵、上位のスクールカーストに属しており、

 

負けて顔に泥を塗られたら、取り巻きの子に泣きついてあーだこーだと喚き散らすため、

 

第三者からしてみればそれは、泥に恥辱を上塗りする行為で、非常にうざったらしく、はっきり言って迷惑だ。

 

――なので俺は、これ以上メイスィ・グレイが恥をかかないように、前記の持論を50字程度に要約して、

 

率直に伝えてやった。

 

おいそれって言い訳シチュより残酷な追い討ちじゃないかって?

 

知るか、敗者に慈悲はない。

 

…あれ、なんか後半何者かに憑依されたみたいな感じがしたが?

 

 

「おい、陵。『賭け』っちゅうんはどういうことや」

 

 

そう問うたのは、勝利おめでとう、車座だ。

 

俺は別に隠す必要もないため、あっさりと喋る。

 

 

「メイスィ・グレイとこの勝負前、内緒で取引した」

 

 

「取引、と言いますと?」

 

 

さらなる疑問をぶつけたのは巫仙だ。

 

 

「ああ、正確にいうなら、やっぱり賭けだな。この勝負で負けた方は勝った方の言うことを聞く。

 

 まあ、テンプレだな」

 

 

「…確かに賭けやな。しかし陵よォ。

 

 よく無駄に自尊心(プライド)高そうな、ありふれたエリート志向のメイスィ・グレイ相手にそんな賭け持ちこめたな」

 

 

「…」

 

 

おい、車座。堂々とディスるな。

 

メイスィ・グレイ、思いっきり閉口しちゃってるぞ。

 

 

「それは簡単だったぜ?」

 

 

確かにメイスィはありふれたエリート志向なだけあり、この提案を受諾させるには想像もつかないような、

 

熾烈な接戦ともいえる舌戦が繰り広げられたが、

 

今、この場でそれを逐一話す暇もないので、プロセスをかいつまんで話すと、

 

 

『おい賭けしようぜ』

  

    ↓

 

『いやよ、誰が『魔法使い堕ち(ワースト)』なんかと』

 

    ↓

 

『へえ、俺らに負けるのが怖いから逃げるのか?上級魔法使い(ウィザード)が?』

 

    ↓

 

 

『いい度胸じゃない。乗ってやるわよ』

 

 

とまあ、こんな感じだ。

 

こうしてみるとわかるが、なんとも内容の薄っぺらい舌戦だったことか。

 

 

「相手が無駄にエリート志向が高くて乗せやすかったぜ」

 

 

「……」

 

 

メイスィには こうかばつぐんだ。

 

やめたげてよぉ。これ以上、哀れな敗者をいびるのはやめたげてよぉ。

 

って、やってるの俺だった。てへぺろ☆

 

うわ、きもっ。

 

みささぎは じばくした。

 

 

「というか、自分。儂を賭けの対象にしてたんか」

 

 

車座がジト目で見つめてくる。

 

うっ、そんな目で見るなよ…だが、それもい――くない!

 

やっぱ、幼女にジト目で見られたい。見てください。

 

 

「二ヘラすんなや、気持ち悪いぞ」

 

 

おっと、俺の深層心理が表層意識に出てたか、これは危ない。

 

そして、車座。お前の方が気持ち悪い。

 

 

「赦せ。勝ったからいいだろ。それに事前に伝えといたらお前の枷になるだろ」

 

 

その言い分で、車座も渋々了承したか、口を閉じた。

 

 

「まあ、そんじゃあメイスィ・グレイ。賭けは俺ら、というより俺の勝ちだからな。

 

 約束、呑んでもらうぜ」

 

 

「…いいわよ。言いなさい」

 

 

俺らの追い討ちから立ち直ったであろうメイスィ――大丈夫だよね?立ち直ってるよね?泣いてないよね?――は、

 

無駄にエリート志向なだけあって、約束はきちんと呑むらしい。

 

ここで、あーだこーだ文句をつけてこない辺り、まだマシな奴だろう。

 

 

「そうだな。とりあえず、お前に車座の情報をリークした奴を教えろ」

 

 

その発言が図星だったのか否か、メイスィは目をこれでもか、というほどに見開いた。

 

 

「貴方…なぜそれを?」

 

 

「バッカ。俺が気づかないとでも思ったか、お前の公式戦を見させてもらったが、お前は42戦中、

 

 相手の強弱に関わらず、全てにおいて初っ端から『多頭の水蛇(ヒドラ)』を使っている。

 

 そんなお前がわざわざアンチ車座の『撃水砲(アクアカノン)』を始めに詠唱したんだ。

 

 どこかで車座の情報を手に入れていたに間違いない。

 

 俺もネットワークを漁ってみたが、()()ユーザー用のネットワークには車座の魔法の情報は

 

 全く無かった。

 

 つまり、お前は一般意外の()()なネットワーク網から情報を蒐集したとみえる。

 

 基本的に個人の魔法情報は本人が公開しない限り、かなりのシークレットだ。

 

 無駄にエリート志向の強いお前は他人に聞いて回るようなことはしないだろう、と踏んだ。

 

 ならば、お前はそのシークレットな情報に介入しうる人物に情報提供を依頼した。

 

 それもこの学園内だろう。違うか?」

 

 

俺が推理を滔々と述べている最中、メイスィ・グレイは徐々に諦めの表情を浮かべた。

 

隠すのは無理と悟ったのだろう。

 

 

「ええ、その通りよ」

 

 

「じゃあ、そいつはどこの誰か教えろ」

 

 

俺は早速、聞き出しに入った。

 

情報提供者の誰何を問うのは無粋だ、と言ったのは誰だよ、だって?

 

知らんな。

 

 

「分かったわ。その前に聞かせてもらっていいかしら?」

 

 

「ああ、なんだ」

 

 

情報を教えてもらうのだ。

 

こちらもある程度の情報を開示する寛大さはある。

 

 

「貴方に情報を提供したのは誰?」

 

 

「…と、いうと?」

 

 

「貴方、私の公式戦がどうとかと言ってたわね。

 

 確かに私がドイツにいた頃のの公式戦は保存されているけど、それは()()()()()()()()()()の中にあるのよ?

 

 一般に公開した、と聞いたことはないし、

 

 正規の方法で入手したとは思えないけど」

 

 

…バレてたか。確かに喋りすぎた節はあるがな。

 

 

「まあ、確かに正規とは言いがたいが…」

 

 

「別に追及するつもりはないけど、貴方はわざわざ私の情報提供者を頼らずとも、その人を頼ればいいんじゃあないの?」

 

 

「…そうなんだけどな。あまり大がかりにしたくはないんだよな」

 

 

「大がかり…?」

 

 

つまりは組織ということなのかしら、とメイスィ・グレイは独りごちた。

 

というか、いつの間にか俺が詰問されてんじゃねーか。

 

質問にはちゃんと(?)答えたし、さっさとこちらも聞き出そう。

 

 

「で?聞こうか。お前の情報提供者は誰だ。」

 

 

「私の情報提供者は――」

 

 

訊くと、メイスィ・グレイは大仰に溜めた。

 

逡巡しているのだろうか。

 

数秒後、ようやくその名を告げる。

 

 

「二学年Aクラス所属特待生・咢埜開耶(あぎとのさくや)。腕利きのハッカーで、

 

 入学からずっと第二情報演算処理室に引きこもってるわ」




ネーミングがDQNになってきた…


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第捌話 電子ノ皇帝 -Electron Kaiser -

2ヶ月ほど開いてしまいました。

すみません、現実世界で多忙でした。

では久々の投稿ですどうぞ。


 

 

 

咢埜開耶(あぎとのさくや)は、魔法学園第11期生の特待生である。

 

彼女は一般生徒同様、試験を受けてでの正規の入学ではなく、いわば魔法学園側から声のかけられたスカウトのような形でこの学園に入った。

 

そして彼女は引き籠りである。

 

真性の引き籠りである。

 

入学当初より通常授業に参加したためしはなく、ずっと情報演算処理室に籠りっぱなしで、

 

出席記録には未だ空白以外の部分がない。

 

尚、現在もその記録を更新中である。

 

では何故、そんな不良生徒が退学にならないのか。

 

勿論、学園が呼んだ特待生だからでもあるが、その最たる要因を挙げるならば、

 

彼女の保有する『特殊魔法』にあるだろう。

 

『特殊魔法』は、使用者の数だけ存在し、そのいずれもが例外なく、既存の魔法概念を逸脱したものだが、

 

こと咢埜開耶の『特殊魔法』に関しては、群を抜いていると言っていい。

 

もし、特殊魔法を強さでランク付けできるとしたら、咢埜開耶のそれは間違いなく上位――最上位に位置すると言ってもいい。

 

彼女の『特殊魔法』は――『電界干渉(サイバー・ハンズ)』。

 

電子や電波、電磁波などの様々な電場上のものに介入できる魔法だ。

 

その一例としては、オンラインネットワークを介したハッキングだったり、

 

光磁気ストレージ内の情報を引き出したり、ダミーの電波を流したり、他の電波通信に介入出来たり、

 

電磁場を操って、金属物質を操ったりとなんでもござれだ。

 

そんな万能な彼女。

 

而して、問題点が一つ。

 

奇抜でトチ狂った…もとい斬新で個性的で時代の一歩先を行くファッションセンスだ。

 

あるときは全身に包帯を巻きつけた、どこぞの志○雄とかく○らちゃんみたいな格好で登校し、

 

またあるときは学園指定の制服を胸元でカットし、どこぞの纏○子みたいな格好で中庭をふらついていたところを風紀委員に拿捕された。

 

他にもVラインをチラ見せしてくる、もはやR-18も厭わない穴開きジーパンや、

 

上着の上から下着を着用するという、なんともアバンギャルドでエポックメーキングな服装をしていた、

 

などという報告が方々で上がっている(彼女は引き籠りだが、所用で買い物に出かけたりすることは間々あるらしい。といっても非常に稀だ)。

 

何故、国家権力に逮捕されないのかが不思議でたまらない。

 

さて、第二情報処理室まで来た俺、彼女は今回、何を着用しているのか?

 

あわよくば、薄衣一枚でも羽織っていてほしい。

 

 

1

 

 

「………」

 

 

ドアの前に立つ。

 

ドアはカードキーロック。専用のカードキーがないと入室不可。

 

そのカードキーは一年と少し前、即ち彼女が入学したときから貸し切り状態だ。

 

ドアの横には液晶つきの内線が設置され、それで中の人間と通信できるようになっている。

 

俺がそれに触れようとしたとき。

 

ガチャ。

 

何かの外れる音がしたされた。

 

ドアノブを捻ってみる。手応えあり。ロックは解除されているようだ。

 

恐る恐る…でもなく、ナチュラルに入室する俺。

 

物々しく、大仰に開いたドアの奥は、夜のような暗闇で、冷蔵庫の中のように冷えていた。

 

今が猛暑なら大歓迎だろう。あるいはサウナの後とか。

 

この異常なほどの寒さは、当然だが、コンピューターの冷却のためだ。

 

部屋に入ると、まず真正面に、往年の映画に出てくるような浮遊タイプの巨大ホログラムディスプレイ。

 

その周囲を囲み、さながら守護神の如く鎮座するコンピューターの数々。

 

最新鋭の業務用コンピューターに始まり、国の専門機関に置いていそうな量子コンピューター、スカラー型・ベクトル型一体スパコンもある。

 

さながら電子機器の要塞のようだ。

 

その中の一台、100テラバイト級大容量外部ハードの陰に隠れるようにして、ホログラムボードをいじっている人影を目視。

 

近づくと、ディスプレイの反射光で半身が照らし出され、その委細を確認できる。

 

体格は俺よりも小柄。

 

頭髪は黒髪から色の抜け落ちたような灰色。

 

開襟の夏制服、しかし前のボタンは全開になっており、下にはスク水を着用しているようだった。

 

 

「先輩、咢埜開耶先輩…なんともファンタスティックでアバンチュールなものをお召しのようで」

 

 

「なんだい、褒め言葉かな」

 

 

突然の来訪者に、素知らぬ顔で応対する咢埜先輩。

 

 

「確か、この学園は制服着用が規則だった気もするのですが」

 

 

「私は『特待生』だからね。そういった校則、規則、一切合切適用されないんだよ」

 

 

特待生…

 

入試を受けて入学する正規の生徒とは違い、学園が、人材登用を目的にスカウトした生徒、

 

つまり学園側から『お願いします。入ってください』と頼まれ、入学した生徒たちだ。

 

 

「まあいいです、実は先輩に少し御頼みがございまして」

 

 

「ふーん…」

 

 

俺がそう告げるや否や、咢埜先輩は、さながら骨董品の品評会のように俺を眇める。

 

少しして。

 

 

「君の頼みを聞くのもやぶさかではない」

 

 

随分と尊大な態度をとられたものだ。

 

まあ、仕方もあるまい。俺が下手に出てるのは事実だし。

 

 

「話してみなよ」

 

 

「ええ、実は緋狩澤=シャルンホルスト=光に関する情報を可能な限り調べてもらいのですが」

 

 

「…待ってて。今、学園のデータを照会してあげるよ」

 

 

咢埜先輩は早速、ホログラムのタッチボードに手を伸ばす。

 

 

「いえ、違います」

 

 

俺はそう述べた。

 

咢埜先輩はさも頭上に疑問符を浮かべたかのような表情だ。

 

 

「そのくらいの情報ならうちの伝で調べています。

 

 俺が知りたいのは――

 

 

 

 

 

 ――彼女の過去の経歴、ドイツ軍に所属していたころの情報です」

 

 

「!」

 

 

咢埜先輩は須臾ほどの時間、顔を驚愕にこわばらせた。

 

 

「本気…?」

 

 

「ええ…生憎、うちには一国の軍部から情報を盗める程度の技術者がいませんでして」

 

 

 

彼女は暫時、沈思黙考する。

 

そして、徐々に彼女は、その口元に不気味な薄ら笑いを貼り付けていった。

 

『面白い』とでも言いたげな。

 

無窮の闇を様々な機械に取り付けられたライトが照らす中、静寂は蔓延し、

 

コンピューターの駆動音だけが聞こえる。

 

そして、ついに、

 

 

「緋狩澤=シャルンホルスト=光…ね」

 

 

咢埜先輩が口を開いた。

 

 

「昨日、メイスィ=フランデンブルグ=グレイがここを訪れたのは勿論知っているだろう?」

 

 

「ええ、そうですけど…どうでもいいのですけど、何故断定が?」

 

 

俺が率直な疑問を訪ねると、咢埜先輩は当然、と言わんばかりの口調で言った。

 

 

「昨日の戦いは見させてもらっていた。監視カメラをハッキングさせてもらってね」

 

 

本来ならば、犯罪行為で、刑事判決をも辞さないような行為を、咢埜先輩はそれがさながら神が定めた

 

秩序(ルール)であったかのように語った。

 

俺もあえて何も言うまい。そんなことより話を進めるべきだ。

 

 

「話を切ってすみません。どうぞ続けてください」

 

 

咢埜先輩は、話を再開する。

 

 

「さて私は彼女、メイスィ=フランデンブルグ=グレイから、当然、君たちのクラスの代表・不動車座についての調査を依頼された。

 

 他のクラスもそうだった。C、D、Eクラス。本来ならば彼女の足元どころか靴底にすら及ばない相手にも彼女は調査を求めた、警戒心のなさせたことか。

 

 まあ、それで君たちFクラスに負けたってのは、なんとも皮肉なものだけれどねぇ。

 

 しかし、彼女が唯一調査を依頼しなかった人物がいる。

 

 緋狩澤=シャルンホルスト=光だよ。」

 

 

ここで、咢埜先輩は話を切る。

 

別段、もったいぶった話でもないと俺は高をくくったのだが…

 

 

「私の魔法は電脳最強。おそらく、この世界において私が踏み込めない情報は、アナログ情報か『罪創りの仔(ウマニタス)』ぐらいだよ」

 

 

そういってのける咢埜先輩?

 

ちゃっかりと新出語句が出たので一、二行ほどで説明。

 

罪創りの仔(ウマニタス)』…

 

魔法使い(ウィザード)及び魔法社会の存在を否定する非正規の反魔法組織。

 

魔法に依存しきった社会を、ハッキングないしクラッキングによって変えようとしているらしい。

 

 

「そしてそんな私からすれば、ドイツという一国の軍部機密なんて紙障子に等しい。

 

 そうなのにも関わらず、彼女は緋狩澤=シャルンホルスト=光の情報を得ようとは思わなかった。

 

 なぜか分かるかい?」

 

 

俺は首を横に振った。

 

それを伺うや、咢埜先輩は重々しく口を開く。

 

 

「単純に怖いからさ。彼女を、緋狩澤=シャルンホルスト=光を知ることが」

 

 

そのとき点灯していたコンピューターのライトが数台分、フッと、音もなく消えた。

 

スリープモードに移行したのだろう。

 

無窮の闇は、より一層深淵を極める。

 

 

「『好奇心は猫をも殺す』という諺があるだろう。

 

 古代エジプトにおいては、九つの魂を持つともされた猫さえ殺す好奇心が、一少女の自制心に負けたんだ。

 

 もし君が聡明なら、これがどういうことか分かるだろうさ」

 

 

「……」

 

 

俺は沈黙した。

 

 

「沈黙…私はそれを是とみたよ。つまりはそういうことだね。

 

 奇しくもメイスィ=フランデンブルグ=グレイは、緋狩澤=シャルンホルスト=光と同じドイツ国籍のドイツ出身。 

  

 彼女についての風の噂でも聞いていたんだろうね」

 

 

「……」

 

 

沈黙。

 

静寂。

 

この空間の音が闇に支配されているようだ。マシンの駆動音だけが空しく木霊する。

 

 

 

「君は、緋狩澤=シャルンホルスト=光を少々甘く見ているんじゃあない?

 

 それならば改めるべきだよ。彼女の存在は、まさしく闇の箱(ブラックボックス)だ」

 

 

さらに数秒、音が失われる感覚。

 

そして…

 

 

「ええ。再考させてもらいます」

 

 

俺は静寂の均衡を破った。

 

 

「うん…そうするといいよ」

 

 

咢埜先輩も張り詰めたような空気が緩み、多少安堵の表情が見れる。

 

有力な情報は得られなかった。

 

ここは食い下がらず、おとなしく、奥ゆかしく、引き下がるとしよう。

 

入口へ向かい、ドアの前に立つ。

 

ピッ、という電子音とともにドアが開錠された。咢埜先輩によってだ。

 

どうやらここは中からも鍵、ないし管理者の許可が必要な仕様のようだ。

 

ドアが開く。もあっ、とした春の陽気が妙に生暖かく感じられた。

 

そして俺は第二情報処理室を後にした。

 

 

2

 

 

一方そのころ。

 

白鵺陵を完全に放っておいて、夜鳥巫仙、不動車座を含めた、Fクラスのクラスメイト達は皆、完全にお祭りモードだった。

 

場所は近所の焼き肉店。

 

皆、一度私服に着替えている。

 

Fクラスの上位クラス相手への勝利、と銘打った祝賀会だった。

 

たかが学園の一イベントの一試合ごときに大げさではないか、と思うかもしれない。

 

しかし、最下位クラスが上位クラスに勝利することが、いかに奇跡か。

 

たとえるならば小人がが恐竜に勝つぐらいの成果だと思ってもらいたい。

 

ともかく、今回はFクラスの大金星であった。

 

その中でも、中心にいたのはなんといっても不動車座。

 

本日の勝者、勝利の立役者である。

 

パーティーグッズの定番『本日の主役』タスキをかけ、男女問わずちやほやされている車座は有頂天だ。

 

ここに真の立役者、白鵺陵がいたのならば『そのまま昇天してしまえ』と愚痴ることだろう。

 

しかし、本日の主役は一人怪訝そうな顔だった。

 

クラスメイトがワイワイキャッキャッと歓談する中、空気が読めていないは重々承知の上、車座は声を上げた。

 

 

「本当に儂でいいんやろうか?」

 

 

「何がだ?」

 

 

クラスメイトの一人が応じる。

 

 

「こうやってもてはやされているのが儂でよ…そもそもあの作戦を考えたんは陵やのに」

 

 

妙に悲観的な車座の言葉に、クラスメイトはそれをハッ、と笑い飛ばした。

 

 

「なーにブルーになってんだよ、車座。事実として勝利したのはお前だろ?

 

 言うは行うより易し。参謀よりも実働のほうが難しいし、リスクも高いんだよ。

 

 自分のやったことに自信持てよ。

 

 ほらほら!陵のことはパァーッと忘れてみんなでバカ騒ぎしようぜ!」

 

 

「うぇーい!」と場を盛り上げるクラスメイト達、それに影響されてか車座も次第に勇気が持てるようになってきた。

 

 

「いよっしゃあ!今宵の主役はこの儂じゃあ!」

 

 

もはや我々の度肝を抜くほどの気持ちの変わり様である。

 

 

「自分ら!話の腰折って悪かったな!あんな低身長鬼太郎ヘアー野郎忘れて、いっちょ騒ぐで!」

 

 

もはや我々の度肝を抜くほど掌の返し様である。

 

もしこの場に陰の立役者、白鵺陵がいたのならば『そのまま骨盤まで粉砕しろ』と愚痴るに違いなかった。

 

そして、お祭り騒ぎのバカ騒ぎが始まった。

 

まずは焼き肉1時間コース延長で39人前を注文、支払いは金持ちのクラスメイトがやってくれるはず。

 

それと同時に計画していたお祭りプログラム始動。

 

まずはクラスメイト一人一人の一発芸。

 

有名人のものまねから始まり、顔芸、声真似…ハードルは徐々に高くなっていく。

 

車座はものまねに甘んじ、巫仙はなぜかパントマイムしていた(それもすごくうまかった)。

 

五時から開始された祝賀会も気づけば、朱色の蒼穹を薄墨が染めるような時間帯になっていた。

 

しかし、祭りは終わらない。

 

告白もどきや腐女子なら歓喜しそうなBLプレイ、逆の百合プレイ(無論、常識の範囲内で)

 

公然猥褻物陳列罪もかくやと言わんばかりの裸芸まで始まった(当の生徒は翌日、後悔の念に苛まれることと相成った)。

 

焼き肉も追加注文。

 

カルビにハラミ、タン塩、レバー、マルチョウ、シマチョウ、ハツなど、様々な肉の山が運ばれてくる。

 

ドリンクも、お冷やに烏龍茶、アイスコーヒー、オレンジジュース、ジンジャーエール、コーラ。

 

虹のようにカラフルな飲料の河を次々と消費していく。

 

かくして蛙鳴蝉騒、喧騒の充溢した時間は過ぎていく、魔法都市・神城市の夜は更けていく…

 

 

3

 

 

時刻は午後9時。

 

流石に深夜まで青少年が焼き肉屋で飲み食いしていては倫理上よくない。

 

とのことでクラスメイト一同は店を追い出され、方々に帰宅している最中だった。

 

勿論、この夜鳥巫仙もご多分に漏れず、現在、白鵺・黒鵺宅への帰路を急いでいるのだった。

 

彼女、夜鳥巫仙の本宅は白鵺達の住まう家ではない。

 

彼女は別にアパートの一室に居を構えているのだ。

 

それでも彼女は、白鵺・黒鵺宅に足繁く通い、その度に宿泊しており、

 

その頻度は最近では週に2、3ほどである。

 

今宵は、白鵺兄妹の家に邪魔するにあたっては

、兄妹のために何か食べるものを買っておくべきだろうと、

 

巫仙は近くのコンビニエンスストアに寄り、二人分購入した(自分の分は買っていない。焼き肉でお腹がいっぱいなのだ)。

 

かくして田舎道を通り、白鵺兄妹宅へ行き着く巫仙。

 

玄関まで行き、チャイムを押した。

 

ピーンポーンという聞き馴染みのある音が、間接照明と屋内の電気で明るく照らされた夜闇に反響する。

 

ほどなくして、家主、の妹である黒鵺寵がドアを開けて現れた。

 

 

「あっ、巫仙さん!こんばんはです!」

 

 

可愛げな声で寵が応対した。

 

やっぱりこの娘は可愛いなー、守ってやりたいなー、と一種の母性めいた感情が過ぎる。

 

 

「夜分にお邪魔して申し訳ありません」

 

 

と、遅滞した訪問を謝罪しつつ、いつも白鵺両名宅に訪問する際には、当然と化していた反応が伺えず、巫仙は問うた。

 

 

「あら、陵さんはまだ帰ってらっしゃらないのですか?」

 

 

「あー、おにーちゃんはスーパーに夜食のデザートを買いにいってますよ」

 

 

「あらあら、デザートでしたら私、買って参りましたのに…」

 

 

と、巫仙は手に提げたコンビニエンスストアのレジ袋を見せた。

 

寵はそれを惜しそうに見つめた。

 

 

「あちゃちゃー…行くのを少し急がせすぎたかな~」

 

 

遺憾、といった声を上げる。

 

 

「ま、いっか!そのうちおにーちゃんも帰ってくるだろうし、先に食べてようよ!」

 

 

と、いそいそと家の中に戻る寵。

 

そんな彼女に追従しつつ、この娘もこの娘で気持ちの切り替えが早いなー、と思った巫仙だった。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

白鵺・黒鵺宅にお邪魔して早速、買ってきたデザートを食べることと相成った。

 

巫仙が買ってきたものは、いづれも溶けたり、温くなったり、冷めたりするようなものなので、

 

冷蔵庫ないし電子レンジを使えばいいのだが、しかし、早く食す分には、悪いことは無いだろう。

 

というわけで、早速、夜食後のデザートタイムと相成った。

 

まず最初に取り出したのは、皆さんご存知の製菓メーカー・グリ○から発売されているチューブ型アイス・○ピコだ。

 

単品購入である。

 

 

「わーい!パ○コだぁー!」

 

 

と、喜悦する寵。

 

私の分は?私の分は?!とせがんでくるので、巫仙はレジ袋をガサゴソと弄り、それを取り出す。

 

デンタルヘルス○アと明記されたそれを。

 

 

「ってそれ歯磨き粉じゃん!確かにチューブだけどさ!こう…両者の間には相容れない一線てのがあるよね!?」

 

 

間断なく突っ込む寵。

 

やっぱりこの娘可愛いなー、と再度思いつつ、冗談です、と言う巫仙。

 

良かったー、だよね、という寵。

 

 

「寵のはこちらです」

 

 

再びレジ袋を弄り、今度はれっきとしたパピ○を取り出す巫仙。

 

 

「この歯磨き粉は陵さんにでも差し上げましょう」

 

 

「この流れだと歯磨き粉をおにーちゃんに食べさせようとしているようにしか聞こえないんだけど大丈夫だよね!?」

 

 

「宇宙飛行士の方たちは船内で口を濯げないので歯磨き粉を飲み込んでいるらしいですので大丈夫でしょう」

 

 

「アウトだよ!宇宙飛行士の人たちが飲んでるのはちゃんと飲み込める仕様なの!まぁ…その歯磨き粉にも害は無いとは思うけどさ!」

 

 

と、寵が叫ぶのを半ば無視しつつ、冷凍庫に歯磨き粉を突っ込む巫仙。

 

翌日にはキンキンに冷えた歯磨き粉が出来上がっていることだろう。

 

 

「さて、氷菓子を食して少しさむくなりましたので、一つ、温かいものでも召し上がりませんか?」

 

 

と提案すると、

 

 

「お、なになに?」

 

 

と乗ってくる寵。

 

巫仙は再びレジ袋に手を突っ込んで弄ると、こんどはお椀大のプラスチックカップを取り出した。

 

同じくプラスチック製の蓋を開けると、中から一斉に湯気が立ち上り、

 

中から仄かに漂う芳醇な香り。

 

これは…

 

 

「おでんだぁ!」

 

 

正解。国民的ファストフード・コンビニおでんである。

 

その中では巾着、卵、ちくわぶ、牛スジ、大根など様々な定番メニューが食べて食べて!

 

と言わんばかりに自己主張していた。

 

 

「寵さんのはこちらです」

 

 

と、巫仙はまたまたレジ袋を漁る。

 

寵は嫌な予感を覚えたが、巫仙が取り出したのは至ってノーマルなコンビニおでん。

 

寵は安堵のため息をついた。

 

パチンと割り箸を雑に割り、気分を高揚させながら蓋を取る。

 

中に広がっているのはヴァリエーション豊かなコンビニおでんの数々――

 

 

 

 

 

――ではなかった。

 

そこに広がっていたのは、あろうことか、しらたきの魔窟だった。

 

お椀程度のサイズのカップの中に、しらたきがこれでもかと言うほどギュウギュウに圧縮されていた。

 

もはや、しらたきの大地である。

 

さらには体積の割に凄まじい表面積を誇るそれによって、

 

おでんのスープは徹底的に吸い尽くされ、その分の容積で、しらたきはブヨブヨと気持ち悪いほどに膨満していた。

 

正直言って…エグい。

 

当の巫仙はどこ吹く風で巾着をちびちびと食べていた。

 

 

「あの…巫仙さん。これ…なんすか?」

 

 

思わず口調を崩し、意気消沈と突っ込む寵。

 

そんな寵とおでんの中身を見比べ、あっ、と声を上げる巫仙。

 

 

「間違えましたわ」

 

 

と、本日何度目のレジ袋を漁り、中から外面だけは同じおでんを取り出す。

 

 

「それは陵さんのです」

 

 

と言いつつ、それを寵のもつおでん――否、しらたきの魔窟と取り替える。

 

今再び、巫仙から貰ったコンビニおでんを開ける。

 

中身はまたしもしらたきの連隊――などてはなく、ちゃんと巾着や卵など、他の具材も入ったノーマルなおでんだった。

 

これほど普通のおでんを恋しいと思ったことはない、と一人感慨に耽る寵だった…

 

…ん?

 

 

「ってそれおにーちゃんの!?それこそおにーちゃん食べたら死んじゃうよ!しらたきに体内の水分全て吸収されて死んじゃうよ!」

 

「大丈夫ですわ。しらたきの中に水分が入ってますので…」

 

 

寵を諭そうとする巫仙。

 

 

「あ…そうか」

 

 

納得する寵。

 

 

「って納得しちゃダメ、私!普通に見た目気持ち悪いし、多分食感も気持ち悪いから!」

 

 

自分で自分に突っ込む寵。

 

あー、やっぱり、可愛いなー。

 

 

と、寵が一人突っ込んでいる最中、巫仙は一直線に冷蔵庫へ向かい…

 

 

 

 

 

それを冷凍庫へぶち込んだ。

 

 

「アウトー!現行犯アウトー!」

 

 

寵の抵抗虚しく、冷凍庫に封印される日本おでん軍所属しらたき連隊。

 

兄が一瞬にして散華する姿が目に浮かんだ寵だった。

 

それにしても恐ろしいほどの陵イジり、陵イジりのオーソリティーとでも言おうか、

 

この夜鳥巫仙である。

 

なんやかんやで一日が過ぎていく。 

 

世界は、薄墨を流したように溶暗し、無間なる海のような夜の底へ落ちていった。

 

 

4

 

 

翌日、魔法学園第一学年Bクラス。

 

普段ならば、穏健で高貴で気品漂うBクラスには、言いしれない鬼気とも殺気ともとれるピリピリと肌に焼けつくような空気が流れていた。

 

一触即発、もしも誰かがこの教室内で火器を使おうものなら即座爆発といったような雰囲気だ。

 

その異様なまでの空気の発生源は、誰あろう、メイスィ=フランデンブルグ=グレイである。

 

原因は明白だった。昨日のクラス対抗代表模擬魔戦である。

 

それにてメイスィは格下のFクラスのさらに三下、不動車座に敗北を喫しているのだ。

 

挙句に、敗軍の将の責務と言わんばかりに、せっかく高値で雇った情報屋も取られてしまった。

 

それだけでもこのうえない屈辱であるのに、昨日の敗北を引きずってか、クラスメイトが侮蔑・嘲笑の感情を自分に向けてくるように感じるのだ。

 

おまけに今日は誰からも話しかけられていない。

 

いつも周りに人の絶えない彼女が今日に限って、である。

 

これはもう皆から下に見られているとしか思えない。

 

今朝方からずっとそれが続いている。

 

クラスメイトのみならず、一学年全員が、学園全員に蔑まれ、嘲笑われているように思えるのだ。

 

勿論、それは彼女の勝手な思い込み、言うなら被害妄想、自意識過剰である。

 

メイスィのクラスメイトは別段、彼女を侮蔑・嘲笑しているわけでなく、単に彼女を心配しているだけであり、

 

彼女に話しかけてこないのも、彼女を気遣って、そっとしておいているだけである。

 

それらを全て負のイメージに変えてしまうのは、彼女の神経質さゆえか。

 

とにもかくにも現在のメイスィ=フランデンブルグ=グレイは、憤然たる様子でささくれたっているのだった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

六限も過ぎたが、いつまで経っても機嫌を直さず、不貞腐れた様子のメイスィにクラスメイトもほとほと呆れ果てたのか、

 

ついにや彼女のことを気にもかけすらしなくなった。

 

そして彼女の被害妄想ないし自意識過剰によって、彼女のうちにはだんだんと負の感情がわだかまっていく。

 

負の悪循環(スパイラル)だ。

 

そして放課後になっても彼女はこの調子のままだった。

 

クラスメイト達が、この後の事、好きなアーティストの話題、週末の予定について楽しそうに談話している中、

 

いまだ怒気を放散させながら教室に居座る。

 

数時間後、メイスィは不機嫌そうに立ち上がり、教室を退室する。

 

生徒たちが部活動やらなんやらで三々五々、せわしなく行き交う校門までの道のりを苛立たしげに、舌打ち混じりに通過する。

 

時間は夕暮れ時。

 

橙色の染料で染められたような天蓋に、赤いガラス玉のような夕日が地平線の彼方に落ちかけている。

 

東の空を濃紺の闇が支配しつつある。

 

メイスィはそんな美しい情景に目もくれず、憤怒に歯噛みした形相で学園を後にした。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

メイスィはホテル暮らしだ。

 

市街の一等地の高級ホテルから学園に通っている。

 

メイスィは依然、苛立っている。

 

彼女は思った。

 

仮にホテルの自室に戻り、天然本黒檀(エポニー)製のベッドフレーム、ポケットコイル式マットレスで設えられた高級ベッドに飛び込んで、潜り込んだとして、

 

この鬱憤を晴らせるだろうか?

 

否、晴らせはしまい。

 

この怒りはちょっとやそっとのむかつき、苛立ちとは異をなす純然たる瞋恚(しんい)の具現である。

 

そう簡単に解消されてなるものか。

 

ここまでくると不条理ともとれる怒りを胸中に、メイスィは足音高く歩を進めた。

 

雑踏も鳴りを潜めた小径、メイスィは瞬間的に歩みを止めた。

 

なぜならば、彼女は現在進行形で不審ともいえる事象に遭遇しているからだ。

 

その舞台は荒廃した神社である。

 

現代的技術の発展した市街地に神社とは何たるアンマッチか、と思うやも知れない。

 

しかし、魔法の発展したこの時代、魔力の蒐集源として重宝するため、

 

神社並びにその他の霊的魔的オブジェクトは国による保存法によって丁重に保護されているのだ。

 

故に都市中に寺社仏閣があるのも何ら奇怪なことではない。

 

とはいっても中には改修工事も行なわれず、やれ古風だ高古だと謳われ、時代の躍進の錆として頽廃していくのはなんと皮肉なことだろうか。

 

とにもかくにも、彼女がその動向を否応なく停止させられた理由は、

 

保護対象たるべき名も知らぬその神社で、本来ならばあるはずのない、あってはいけない()が発生しているからだ。

 

 

 

 

 

それは、()()()

 

 

 

 

 

ドガン!バタン!

 

神聖なる神々の祀られし場所にて、悪辣な破壊音が生まれているのだ。

 

なんとも異質極まるものか。

 

何なんだこの音は。自然倒壊ならば何の問題にもならないだろうが、それが人の手によるものならば、

 

器物損害、魔的建造物保存法違反により、禁固刑においては重罪を掛けられるだろう。

 

こんな残虐を働く悪人をこの世界にのさばらせておくわけにはいかない。

 

そんな正義感が働いたメイスィは単騎、神社内に参入した。

 

 

 

 

――そこで目にした光景は悲惨たるものだった。

 

参道の石畳はめくり返り、両脇の石灯篭は全て叩き折られている。

 

景観のためか、これまた霊的魔的意味があるのか、神社の各所に植えられていた樹木も余すことなく薪炭材のように細切れに粉砕されていた。

 

本殿は原型が分からなくなるほどに破壊され、瓦礫の山と帰していた。

 

この神社内において、本来の機能を果たしているものはただの一つとしてなかった。

 

明らかに人為的なものだ。

 

決して自然に起きたものではない。

 

 

(……ッ!!!)

 

 

メイスィは緊張に身構える。

 

これはただの愉快犯や陳腐な破壊集団のやることじゃあない。

 

徹底的な破壊。

 

微塵も現状を維持させないような破壊。

 

これは、純粋な破壊意思を以てして執行されたかのような破壊だ。

 

これをやった奴は狂っている。

 

そう思考の海に落ち、理論を展開させていると、

 

 

 

 

 

「君、なんでこんなとこにいるんだい」

 

 

 

 

 

突如、背後から声が掛けられた。

 

メイスィは神速の挙動で振り向く。

 

と、その刹那的時間の中でメイスィは閃く。

 

何を自分は怖がっているのだ。

 

自分が入ってきたとき、まだ破壊音は続いていた。

 

つまり犯人は自分の前にいる。

 

後ろにいるはずはない。

 

ならば今、自分に声をかけたのは通りすがり、この惨状を目撃した通行人ないし警官と考えるのが妥当だろう。

 

なぁにをビビッているんだ私は。

 

自然、安堵の感情が過ぎる。

 

メイスィの恐怖も現在、この状況では自分が犯人と思われないか、という心配にいつしか上書きされていた。

 

 

 

 

 

――勿論、そんなもの、ものの数秒で崩れ去る。

 

 

 

 

 

完全に後ろを振り向く。

 

その先には、この惨状に慌てふためく人影が――

 

 

 

 

 

――いなかった。

 

ここで、彼女は、

 

来たのが一般人なら、説明は後回し、まずは犯人の拿捕。

 

警官なら協力して逮捕。

 

という淡い未来予想図をかくも簡単に瓦解させられていた。

 

 

「……………え?」

 

 

その時、

 

 

 

 

 

「こっちだよ」

 

 

 

 

 

背後、つまり先ほどまで自分の向いていた方向からかかる、

 

絶望へ誘う死神めいた声音。

 

急いで振り向く。

 

 

 

 

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「~~~!!」

 

身の危険を感じ、高速で後方に飛び退る。

 

そして、その予感は的中した。

 

先程まで立っていた場所、紙製のアナログ書籍のページのごとく捲れ上がっていた石畳が、

 

一瞬にして、爆砕。粉塵に変えられていた。

 

巻き上がった粉塵は互いの視界を塞ぐ。

 

メイスィはその時間を使って様々な思考まで及ばせた。

 

もしも危険を感知するのが一瞬でも遅れていれば…

 

考える必要もない、というかしたくない想像まで及んで、身の毛がよだつ。

 

メイスィは内心で首を振り、考えを途絶させる。

 

今はそんな想像をしている暇などない。

 

運良く与えられた猶予を、こんなことに使っていいはずがない。

 

 

(私に与えられた選択肢は二つ…逃げるか戦うか…)

 

 

逃走か闘争か…

 

両極端の選択肢の狭間で葛藤するメイスィ。

 

しかし、葛藤する時間もそんなに与えられていない。

 

決断は即決即断だ!

 

メイスィは目を閉じる。

 

この状況でそのような行為は自殺行為ととれるかもしれないが、別に開いていても何ら変わらないだろう。

 

脳の雑念をリセット。思考を透明化させていく。

 

脳の隅々までの意識を一点に収斂させる。

 

 

(『魔法』発動…!)

 

 

魔法開発された脳髄から分泌される魔力を脳の一点に集中…さらにはその延長上の背面にも。

 

人によって魔法発動の媒介する所は異なるが、メイスィのこの魔法に関しては、自らの背部を媒介とする。

 

背部に魔力が一極集中。

 

と、同時に彼女の周囲の空気が霞み、彼女の背中に水で生成された翼――否、頸部が生じる。

 

空気中の水蒸気が凝結し、液体化しているのだ。

 

数秒後、完全に魔法完成。

 

彼女の背部には五対十本の翼の如き、水の多頭が生えていた。

 

名を――

 

 

「『多頭の水蛇(ヒドラ)』!」

 

 

彼女の象徴たる高位の魔法が顕現していた。

 

彼女の魔法・『多頭の水蛇(ヒドラ)』の真骨頂は五対十本各々の頸部を高速振動(ヴァイブレーション)させ、頸部を振動剣(ヴァイブロブレード)のようにして振るい、

 

如何なる硬質物体をも切り裂く絶対截断の剣である。

 

 

(この『多頭の水蛇(ヒドラ)』を以てすれば、あれぐらいすぐに片づけられる…!)

 

 

メイスィは十の剣を構えつつ、眼前の粉塵を睨めつける。

 

この粉塵がある限り、相手も迂闊に手を出してはこない。

 

晴れた瞬間が勝負だ。

 

粉塵が晴れ、敵を視界に捉えた瞬間、先制攻撃で制圧してみせる…!

 

メイスィは、その瞬間を待った。

 

…数秒後。

 

粉塵が晴れていく。

 

 

(敵の足を捉えた!)

 

 

その足の位置から推定される敵座標に渾身の斬撃を打ち込む。

 

相手の損傷なんて考えている暇などなかった。

 

確実にやった…

 

と思った。

 

しかし、この時点で既に勝敗は決していた。

 

メイスィはここで自分の『多頭の水蛇(ヒドラ)』の手応えが無いことに気づいた。

 

そして、気づいたときには時すでに遅かった。

 

ぶしゃあ。

 

紅蓮の花が咲いた。

 

メイスィの身体のありとあらゆる所、多箇所から同時に生々しい鮮血が迸った。

 

さながら古傷が一斉に開いたかのようだった。

 

彼女は自分が何をされたのか理解できなかっただろう。

 

敵を仕留めたと思った。

 

しかし、手応えはなく、自分がやられていた。

 

言葉にすれば、だった二行程度しか無い現象を、而して彼女はそれを幻でも見たかのように理解できないだろう。

 

自分が何をされたのかも分からず。

 

自分に何が起きたかも分からず。

 

目の前の人間が何者かも分からず。

 

ただ澎湃と泣くことも、

 

ただ自らの愚行を悔悟することも赦されず、

 

苦痛なまでに緩慢な感覚時間の中、メイスィ=ブランデンブルク=グレイは闇の中へ意識を手放した。

 

少女が意識を失う最中、その人間の口元が動く。

 

 

「安心しなよ。殺しちゃいないさ」

 

 

人間は一人歩を進め、夜闇に溶暗していく。

 

 

「しっかし、目撃者が出るとはね…人払いの結界が安普請すぎたのか…やっぱり、やっつけ仕事はよくないね」

 

 

 

 

 

――世界が再び無窮の闇を湛える。

 

それは、かくも世界がこの脅威に瞠目したかのようだった。

 

 




どうでしたか?

第0、1章で次話に繋がるようなストーリーを、第2、3章でショートストーリーみたいなもの、第4章で次章に繋がるストーリーを書いてみました。

あと、三人称視点も増やしてみました。

下手くそだと思ったら言ってください。

それじゃあ次回もお楽しみに。


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第玖話 弱者ノ詮択 -Accept or Deny-

随分時間が経ってすいません

秋イベと、冬イベの準備してました(艦これの話です)

ついでにリアルも忙しくて…

相当更新ペース落ちましたね、すみませぬ


1

 

 

2083年、4月22日。

 

魔法学園系列の某病院。

 

その208号病室の前に、俺ら、つまりは俺と我が愛し妹と巫仙と車座はいた。

 

 

「……」「……」「……」「……」

 

 

数秒に渡る、無言の瞬き会話(アイコンタクト)

 

静寂のうちに飛び交う言葉なき錯綜。

 

その末に三対一という結果になり、俺が選ばれた。くそぅ、民主主義めぇ……

 

俺は恐る恐るといった体でドアをノック。

 

 

「どうぞ」

 

 

すぐさま不愛想な返事が来る。

 

数秒後、ピーと無機質な電子音、プシューとわずかな空気圧搾音とともに機械的なスライドドアが開く。

 

中からは薬品独特の匂いがする――という前時代的はことはない。

 

院内の内壁には、きちんと抗臭作用のある特殊塗料の塗装が施されているようだ。

 

室内は真っ白で清潔感の漂う装いの中、奥のほうにベッドが一台据えられていた。

 

リクライニング仕様のそれを仰角45°程起き上がらせ、彼女は凭れかかっていた。

 

サファイアブルーの髪の奥から、同色の双眸がこちらを睨んでいた。

 

 

「どうも、Fクラスの皆さん。こんなザマの私を笑いに来たってわけ。あら、あなたは確か――」

 

 

彼女は、妹に視線を遣る。

 

 

「どうも久しぶりね、黒鵺寵さん。F連中とつるんでるだなんてBクラスを見限ったのかしら」

 

 

そう、吐き捨てる。

 

随分と、皮肉というか当てこすりを言えるじゃないか。

 

まぁ、なんというか――

 

 

「なんというか、元気そうだな。メイスィ・グレイ」

 

 

「皮肉かしら、白鵺陵」

 

 

「そんな意図はないが」

 

 

会って早々にこの険悪ムード。皮肉ならお互いさまだ、とも言いたくなるが。

 

我慢我慢。出掛かったその言葉を呑み込む。

 

 

「俺は別にお前と論争とか口論をしに来たわけじゃあない。ただの見舞いだ」

 

 

ほら、と俺は右手に携えた花束を見せてやる。

 

グレイは渋面を作ると、顔をぷい、と背けた。

 

彼女としても、これ以上言い合う気はない。その意思表示だろうか。

 

 

「んでまぁ、見舞いがてら聞きたいことがあるんだけど」

 

 

「嘘ね。そっちが本命でしょ」

 

 

うわ、早々にばれたった。ま、いいんだけど。

 

 

「いいわ、質問次第だけどもやぶさかではないわ」

 

 

ほぉ、許可ゲッツ。

 

ならば根掘り葉掘りアスクユーと相成ろうか。

 

 

「お前を襲った奴について情報を仔細開示してもらおうか」

 

 

聞くと、グレイはわざとらしさが見え見えの驚き顔を見せた。

 

何だよ、その顔。地味にイラっとくるんだが。

 

今考えたことと全く同じことを言ってみる。

 

 

「いえ別に。私が見るに貴方は他人に起こったことをいちいち気にするタイプではないと思ったのよ。

 

 不過干渉主義って言ったらいいのかしら」

 

 

「はッ、いやいや違うぜ。

 

 聞くが、もしお前のペットが、ある時、庭で惨殺体になってるのを見かけたとしたら、お前はソイツの身に何が起こったのか気になったりしないのか」

 

 

俺は皮肉めいた口調で言う。

 

グレイが、表情をしかめていくのが分かった。

 

癇に障ったのか。

 

とりあえず、釈明はしておこう。あくまでイノセンスであると。

 

 

「いんや、言葉の綾って奴だぜ」

 

 

すると何をミスったのか、グレイはことさら機嫌を悪くした。

 

 

「言うわね。貴方、皮肉の達人?

 

 人を愛玩動物に例えたり、『言葉の綾』とかいう言い訳感満載の単語使ったり。

 

 意図的としかおもえないんだけど」

 

 

「なんのことやら」

 

 

「あなたの辞書には人をイラつかせるボキャしか入ってないようね」

 

 

さらに怒気を増し、ついには額にうっすらと血管が浮かび始めたグレイ。

 

おお、こいつはやべぇ、怒髪天を衝くたぁこのことのようだ~(棒)

 

だが、終いにはグレイが折れたようで、

 

 

「分かったわ。分かった。オーケーアイアンダスタン。話せばいいんでしょ」

 

 

投げやりなセリフを吐いた。

 

 

「あ、アンダスタンは過去形の方がいいぞ」

 

 

「やかましい」

 

 

ついでに俺が余計な茶々を入れた。

 

 

「といっても、有益な情報は与えられそうにないわね」

 

 

「構わん。どんな些事でも喜んで」

 

 

正直、どんな些細な情報でもいい。零よりは一だ。情報が一でもあれば、そこからの絞りこみも可能なのだ。

 

 

「顔とか見てないわよ」

 

 

「うっわ、使え…いや、構わん」

 

 

「ねぇ今貴方絶対に、使えねぇ、とか言おうとしてたわよね!?」

 

 

語気を荒らげるグレイ。

 

い、いや、決してそんなつもりはなかったんだZE☆

 

 

「加えて言うなら何をされたかも分からないわ」

 

 

「何だよそれ、クッソ使えねぇ」

 

 

「もはや隠す気なし!?クソとか接頭語まで付いてるし」

 

 

「クソでももうちょい使えるぜ」

 

 

「あらそれは私への宣戦布告と見て宜しいので?何ならここでBF間代理戦争をしてもいいのよ」

 

 

「結果は見えたも同然だけどな♪」

 

 

「えぇ奇遇ね♪私も『貴方』が『貴方だったもの』になっている結末が見えたわ」

 

 

「やめんか自分ら。儂には日独代理戦争になる未来しか見えへんわ!」

 

 

「……ふぅ」「……ハァ」

 

 

そして一時休息、一時停戦とでも言おうか。

 

筆舌に尽くしがたい時間的間隔が経過する。

 

沈黙を破ったのはグレイ…でも俺…でもなく車座だった。

 

 

「やめてくれや、胃が痛うてたまらん」

 

 

胸の上から胃のある位置を押さえつつ車座が言う。

 

 

「お前の力とかそんなん抜きで、グレイとの抗争は見とうもない」

 

 

なんということか、対メイスィ・グレイ戦が車座のトラウマボックスとなっていた。

 

それもそうだ。全方位からドでかい水鉄砲喰らった挙げ句、その場で二分間の及ぶ息止め耐久、さらには『空気装甲』があるものの超至近距離での水蒸気爆発体験。

 

普通の人生じゃ起こることも内容なことを僅かな時間で三回も経験したのだ。

 

不随意でガクブルが来てもおかしくはない。

 

成る程これが俗に言うMRS(メイスィリアリティショック)・フィードバックって奴か。

 

 

「…貴方にとって有益かは分からないけど、その通り魔、後ろから声がかかったと思ったらいつの間にか前に居たり、攻撃の予備動作も見せずに全身を斬りつけたり、

 

 なかなか規格外だったわ。悔しいけど完敗よ」

 

 

グレイは憎々しげに呻いた。

 

それにしても…後ろから声がかかったと思ったら前に居た。

 

そのくらいだったら達人級のスニーキングスキルと気配を消す能力(ミスディレクション)さえありゃできるか。

 

る○剣の瀬田宗○郎が使ってた縮地みたいな感じ?

 

まあ、そこまで行っちゃうと古武術の奥義になっちゃうから、そこまで大それたものじゃあないんだがな。

 

多分、俺でも再現できると思う。

 

それはそれでいいんだが。問題は、攻撃の予備動作も見せずに全身を斬りつける、だ。

 

ふと、グレイの身体を見る。頭から足まで徹頭徹尾包帯が巻かれたいた。

 

顔の切り傷は少ない方だったが、乙女の顔に傷をつけるのは紳士たる俺としては頂けない。

 

うむ、確かに文字通り全身を斬りつけられている。

 

グレイも何気に元軍隊所属で、動体視力とかは鈍そうには見えないから、

 

それを以てして、知覚速度を超越するレベルの高速の剣戟。

 

おそらく音速の3倍近くはいるんじゃあないか?超電○砲かよ。

 

巫仙さんの抜刀速度でも音速の一歩手前ぐらいだし、そもそも超音速の運動に()()()人間の肉体が追い付けるはずがない。

 

恐らく引きちぎれる。となると肉体強化のできる魔法使い(ウィザード)か、あるいは……

 

 

「ねえ」

 

 

思考に耽る俺の脳を引き戻したのはグレイの声である。

 

 

「見舞いに来てもらってる身分で悪いんだけど……いつまで居る気?」

 

 

ぶすっとした表情で膠なく告げるグレイ。

 

 

「何だ、長居しちゃ迷惑か?」

 

 

「いや、そんなんじゃなくて」

 

 

グレイは親指を立てると、壁の方に向け、上下に振っている。

 

指した方向を見ろと?

 

その指を追うように俺は視線を上げた。

 

そこにあったのは壁掛け時計。

 

其が刻みし時刻は、8時半少し前。

 

魔法学園の始業時刻はーー8時半。

 

……察した。

 

バタバタバタ!

 

このあと俺が花束を投げ捨て、ノータイムで病室を後にしたのは言うまでもない。

 

 

2

 

 

時刻、9時02分。

 

勿論遅刻だ。当たり前だろ(開き直り)

 

慌てて教室に駆け込む俺らを睨み付ける禍酒先生の修羅のごときEvil Eyes(比喩なし)。

 

なるほどここは阿鼻地獄だったのか。

 

コンマ数秒で発動した俺の土下座(地球とキッス)によって何とか二人を見逃してもらい、この俺、白鵺陵は自ら死地へ。

 

泣いた赤鬼が涙でバイカル湖を造るレベルの自己犠牲。

 

天にまします我らが父もきっと感激の極みに違いない。

 

そして現在の俺はと言うとーー

 

 

「さて、聞かせてもらおうか。一体全体どんな理由があって、30分も遅刻したのか」

 

 

「グレイさんの見舞いに行ってました(棒)」

 

 

やはり、というか尋問されていた。

 

 

「見舞いに行くのは結構。賞賛されて然るべき行為…だが、それで遅刻したら本末転倒だよな?」

 

 

「そーですね(棒)」

 

 

「お前は私を舐めているのか?」

 

 

「いえー決して(棒)」

 

 

「ならばその棒読みを今すぐやめろ」

 

 

「イエス・マイ・ロード!」

 

 

「よし、シバくか」

 

 

即座に禍酒先生の鉄拳が射出準備段階に以降する。

 

俺は素早く居直り、

 

 

「ちょま、タンマタンマ!今のご時世、体罰はヤバイです!」

 

 

「安心しろ、うちは国家機関故に少しはグレーゾーンの融通も利くってものさ」

 

 

「アウトー、がっつりブラックだよ!」

 

 

「ようし、歯を食いしばれ!」

 

 

「いやぁぁぁ!」

 

 

俺は鉄拳制裁も間近と腹をくくった。

 

だが、予想に反して怒りの鉄槌が下されることはなかった。

 

 

「いいだろう」

 

 

そこには胸の前で腕組みをした禍酒先生がいた。

 

実力行為は行われなかったものの、その身体からは戦意…というかもはや殺気のオーラが漂っている。

 

おそろしいですわあー。

 

 

「それで、メイスィ・グレイに話を聞きに行ったのだろう?どんな情報を聞けた?」

 

 

「いや、特に…」

 

 

本当だ。

 

大して手応えのある情報は得られなかったと言えよう。

 

 

「そうですね…強いて言うなら通り魔は気配を消す、ないし抜き足のテクニックに長け、一瞬で身体中を切り刻む剣速を生み出す筋力、またその速度に耐えうる肉体強度を持っていますね」

 

 

俺はグレイから聞いた話を脳内で要点だけかいつまんで要約して伝えた。

 

 

「人物像は?」

 

 

「はっきりとは不明、ただ彼女は通り魔と一時至近距離で向かい合ったようです、

 

 顔つきは典型的なモンゴロイドの東洋人、モンゴルや中華圏、日系人のそれとは違うので恐らく日本人。

 

 声は女性のような高い声だったけれども恐らく男のそれ、これは変声の可能性もあるので信憑性に欠けますが。

 

 虹彩の色は、まあ黒ですね。体格ですが、向き合ったときにさほど目線の高さが変わらなかったので、彼女の目線の高さから比較して、身長推測167cm、誤差はプラス5cmほどかと。

 

 以上がグレイの証言から得られた犯人像ですね」

 

 

俺はぺらぺらと早口で捲し立てる、長文をだらだらと話すのはキャラじゃないんだ。

 

禍酒先生は、ほうほうと感心した様子で、

 

 

「うむ、よくもまああんな状況下でそれほど正確な情報を集まれたと賞賛してやりたいところだが、その程度の情報じゃあ絞り込みもままならないだろうな」

 

 

そう言った。

 

いや、全くその通りだった。

 

何せ、さっきの情報に当てはまる奴なんて神城市内でもゴロゴロいるはずだ。

 

禍酒先生は数秒間、気難しい顔をして黙り込むと、

 

 

「構わんさ、グレイの件に関しては我々教師団か受け持つ。お前は車座のサポートに勤しむことだ」

 

 

禍酒先生は、溜まりに溜まった嫌な雰囲気を掻き消すように努めて大声を張り、言った。

 

それはその通りだ。目下の重要案件はクラス対抗代表模擬魔戦における我がクラスの優勝だ。

 

グレイの襲撃も捨て置けない事態だが、それは教師の皆々様が何とかしてくれると言うし、今はそれに甘えよう。

 

 

「さあ次は準決勝、Aクラスはシード権が与えられるから自動的にお前らの相手はDクラスだ。

  

 だが、昨日の様子だと今回も行けそうなんじゃないか」

 

 

「まあ、相手は特にといって他と異にする点のない典型的な火力重点、力押しの炎属性の使い手ですからね。

 

 車座の空気装甲は耐熱仕様もありますから、まずただの物理戦になるのは確かでしょう。

 

 それなら多少の体術の心得があるという車座が圧倒的有利ですね。

 

 念のため、俺が幾つか有効戦法を教えてやったので、万に一つはないでしょう。

 

 相手もBクラスに勝ったとはいえ、たかがFクラスと油断している部分もあるでしょうし」

 

 

早口で告げる俺の言葉を聞いて、禍酒先生は、ははッと豪放に笑った。

 

 

「いやあ、やはりお前は面白い奴だな」

 

 

「そうですか?」

 

 

「あぁそうさ、5年ほどこの学園で教鞭を執ってきたが、お前みたいに上位クラスに歯向かう奴は初めてだ」

 

 

「今まで居なかった方が俺は不思議で不思議で堪りませんね。

 

 確かにこの学園はヒエラルキーが明確とされ、下位層が差別を受ける風潮にあるというのは下位層の人間からしてみれば非難轟々でしょうが、

 

 よくよく考えてみれば今回の模擬魔戦のように下位層が上位層に対し、きちんと能力で打ち勝つという機会平等性はあるのですから、

 

 現在の理不尽ともいえるヒエラルキーもその結果によるものなら致し方ないでしょう。

 

 上位層と下位層の間には歴然とした能力差があるのに勝てるわけがない。何が機会の平等だ、と言われるかもしれませんけど、

 

 それはバカ正直に戦ったらそうなるでしょうし。弱者が強者に勇気だ、愛だ、結束だなんかで勝てるわけがないです。

 

 弱者が強者に勝つには、今回みたいに賢しく知恵と謀略を巡らせて、車座みたいな潜在的能力を如何に生かすかが肝なんですよ

 

 そうすりゃヒエラルキーなんて幾らでもひっくり返るし、今までだって下位層が上位層に『ねぇ今どんな気持ち?』って言う機会なんて幾らでもあったんですから」

 

 

珍しく饒舌に喋り終えると、禍酒先生は感慨深い顔をして俺を見ていた。

 

 

「お前みたいな奴がもう少しいたら世界は面白くなるのかもしれないな」

 

 

「十分今でも面白いですよ、先生」

 

 

それでは模擬魔戦の準備もあるので、と俺は禍酒先生の下を離れ、Fクラスの控室へ向かった。

 

 

3

 

 

Dクラスとの試合が終了した。

 

結果から言おう。普通に圧勝だ。

 

特筆して語ることも無かったので割愛したが、それじゃ不満だという読者諸氏のために少しかいつまんで説明しよう。

 

開始早々、広域の火炎放射

 

 

空気装甲で余裕のガード

 

 

相手、距離を取りつつ、炎で酸素を奪っていく戦術に変更。

 

 

相手、簡単に距離を詰められる。

 

 

車座の殴打炸裂

 

 

試合終了

 

と、まぁ余裕だったわけでサァ。

 

そんな訳で相手Dクラス代表の憎々しげに退場していく様を「甘美…!」と眺めていた俺は、猛烈に自分に向けられた視線に気付いた。

 

まぁ、お察しだが。

 

もし、視線に質量があったならば俺の身体は旧劇場版の某弐号機めいて串刺しにされていたであろう、

 

そんな熱いモノをじんじんとこちらに向けているお方は…

 

緋狩澤光である。

 

この演習場は円形のドームのような形状をしており、それを取り囲むように階段状に観覧席が敷設されているのだが、

 

その配置割りがAクラスから始まり、時計回りにA、B、C…という風になっている。

 

つまり、AクラスとFクラスは隣同士になる形に配置されている。

 

故に、Aクラスのオーディエンスどもの一挙手一投足がこちらにも丸見えである。

 

Aクラスのほぼ全員が模擬魔戦に注目しているのに対し、その人物――緋狩澤光だけが俺に向けて射貫くような視線を放っていた。

 

なんだ?その視線は。

 

「私はお前と戦いたい」、「お前を倒す」みたいなものとして解釈していいのだろうか。

 

おーけーおーけー…

 

だがしかし、残念ながらお前と当たるのは車座であって、俺ではない。

 

悪いが、お前の期待にゃ応えられないね。

 

と、いつもの俺ならそう言うところだが…

 

 

 

 

 

()()()

 

 

 

 

 

いいよいいよ戦ってやるよ、本当は嫌なことこの上ないがな。

 

どうせ無理やり戦わさせされるんだしさァ…

 

それなら潔く乗ったほうがいいじゃん?

 

 

『それでは只今より決勝――AクラスとFクラスに於ける模擬魔法戦闘をの召集を行います。代表選手は各クラスの準備室へ行ってください。』

 

 

そのアナウンスは、さながら定刻に至るまでルーティンで刻まれるカウントダウンのように厳かに発せられた。

 

 

4

 

 

これまでのストーリーを起承転結で表すのならば、そのアナウンスまでが承だったといえよう。

 

そしてこれからは()だ。

 

アナウンスによる放送が終わった直後、今度は別の放送が始まった。

 

 

『補足事項です。只今からの試合は…試合規則4項例外規則第3項に基づき、出場生徒の変更が行われます』

 

 

きた――

 

放送の声の主は教師である。

 

 

『Aクラス、緋狩澤=シャルンホルスト=光の出場選手変更要請を許可し、対戦相手であるFクラス代表選手を――』

 

 

演習場内が疑惑と戸惑いから刹那的な静寂に包まれる。

 

聞こえてくるのは、放送マイクの僅かな雑音(ノイズ)

 

誰もが呼吸を止めて、そのアナウンスの続きを聞こうとしていた。

 

 

『白鵺陵に変更します』

 

 

直後、Fクラス内でどよめきが起こった。

 

否、Fクラスのみでない、全クラス、すなわち第一学年のすべての生徒にそれは波紋し、

 

全員、数秒ほど視線を彷徨わせ、一斉にこちらへ向けた。

 

前後左右上下からの視線、プラネタリウムもかくやというほどの双眸の星々。

 

もし視線に質量があったのなら俺は今、メ◯ルクウラの物量攻撃を受けた孫◯空のような状況になっていたであろう。

 

おもむろに左右を見る。

 

車座は声にこそ出していなかったが、顔面で驚きを如実に表現している。

 

巫仙は一見冷静っぽかったが、僅かに動揺の色を見せている。

 

Aクラスの緋狩澤の方を見れば、こちらを見て「どうだ、驚いたか」と言わんばかりに口角を釣り上げている。

 

これぞドヤ顔、といった感じだ。

 

せっかくなので「うん、知ってた」という意味を込めて嘲笑もとい微笑み返してやると、嫌そうな顔をして放送に耳を傾けていた。

 

 

「どういうことや?!」

 

 

独特のイントネーションも交え、車座は学生用のホログラム端末をせっせかとスワイプしていた。

 

プライベート・モードにしているため、車座の画面がどのようになっているかは見えないが、

 

(ホログラムという特質上、他者から見られることなどを防ぐプライバシー保護措置として、近年のホログラム端末には『プライベート・モード』が備わっており、

 

端末本体に取り付けられたアイ・センサーが距離や角度などの条件から同端末の使用者を判別し、常時自動でその使用者の眼を追尾し、そこにだけ端末の映像を伝達する仕組みとなっている)

 

おそらく生体認証と指紋認証を同時に行う認証システム(生体認証があることによって死亡した端末使用者の指紋を使って他者がアンロックできない)を解除し、

 

学生専用のページに移動し、大会規則の確認をしているのだろう。

 

 

「陵、規則何項言いよったっけ」

 

 

「4項、例外規則3項」

 

 

「どこや」

 

 

「項目の文の最後の方に(アスタリスク)と数字があるだろ。ページの最下部まで行って同じ奴のとこを見ろ」

 

 

「…あった」

 

 

どうやら見つけたようだ。

 

俺は勿論この例外規則を既知であるのだが、車座はご丁寧にこれを読んでくれた。

 

今回は流れがわかりやすいよう、4項から説明しよう。

 

曰く、

 

まず第4項――本大会に出場するクラスの代表者の申請は原則大会3日前までとし、申請後は一部の例外を除き、変更することはできない。

 

同項例外規則第2項――最上位クラスに限り下位3クラスに対し、代表者変更権を有し、またこれを申請できる権利を持つ。

 

大会運営により申請が受理された場合にのみ、この権利が有効とされ、実行される。

 

そして代表者変更の対象となる生徒は、これに対し、変更を受諾する権利と拒否する権利が与えられるが、拒否した場合は大会運営の酌量にもよるが、基本敗北と見做す。

 

はい、わかった人~!

 

うんうん、わからなかった人もう一度、言葉一つ一つを噛みしめてもう一度読んでみよう。

 

 

 

 

 

なんちゅー暴虐ルールッ!!

 

 

 

 

 

あり得ないよねぇ!

 

分かった人も分からなかった人も取り敢えずこれだけは分かれ!

 

()()()

 

内容を要約してやる。

 

 

Aクラス「俺こいつとやるのやだ、対戦者俺の選ぶやつにしろ」

 

 

Fクラス「え…いやなんすけど」

 

 

Aクラス「お前に拒否権はない」

 

 

こ れ で あ る 。

 

さらに学園直属の運営委員や教師どもらAクラスに迎合している、悪く言えばAクラスのイエスマンみたいな奴らばかりで(禍酒先生のような例外もいるが)、

 

申請といっても余程のことがない限り突っぱね返されることはない。

 

はっきし言おう、酷い!

 

これは実力主義社会の刺客による悪辣な俺ルールだ!

 

こんな弱者を顧みない強者を根底とした陰湿なルールなぞ排斥されて然るべき!

 

 

 

 

 

…と思っていた時期が俺にもありました。

 

ええ、有りましたともさ。

 

小学生の自由作文さながらに6連装エクスクラメーションマークを武装させた俺の尊い自己主張をさせては頂きましたが、

 

いいんです。

 

その件に関してはもう俺のなかでは赦されたのです。

 

あたかも十字教の聖画に描かれた慈母の如く享受したのです。

 

決して一つ前の章で偉そうなことを言った手前、あまり強気に出られないわけではないのです。

 

強者というものは地位、名誉、権力…etc.と背負うものが多大であり、同時に失敗に付きまとう損失も比例して大きい。

 

故に強者というものは完全性というものに固執し、決して失敗してはならないという悪魔の契約めいた強迫観念に基づき、

 

弱者を蹴落としてまでも現在の地位や待遇にしがみつこうとする。

 

ええ、そうです。

 

それが有史以来の人類普遍の原理なんです、分かってるんです。

 

なので、このルールを初めて知ったとき、あまりの憤慨に車座の腕を手先が鬱血して青紫色に変色するまで握りしめたりなんかしてないんですハイ。

 

 

「なんちゅう自分勝手なルールや!自動的にAクラスが絶対有利になるように誘導しとるやんけ」

 

 

「そうともさ、完全実力主義のこの学園ならこんくらいしてくるとは思ったがな」

 

 

「あん時、自分が儂の右手の血の気退くまで橈骨動脈を握り締めてたんはそれやからかいな」

 

 

「……すまん」

 

 

「ええわ…」

 

 

俺らが大会規則のことを引き金に車座の手首についてのけじめをつけていると、

 

すると先程までしていた『対戦相手変更に際してルール変更の云々かんぬん』の話が終わったのか、

 

再び俺の名前が呼ばれ、俺はそちらに意識を戻した。

 

 

『ついては白鵺陵には、この場にてホログラムデジタルを用いた対戦相手変更に対する意思確認を行わせてもらいます』

 

 

その声に追随するように俺の目の前にホログラムモニターが現出した。

 

25cm×15cm程度のモニター上には大きめの二つのボタンが表示され、それぞれに簡素な明朝体で二文字の熟語が刻印されていた。

 

 

『何故デジタルを用いた意思確認をするのかということですが、夫れこの『クラス対抗代表者模擬魔法戦闘』は学園の行事としてのみならず、

 

生徒個々人の評価、内申、ひいては魔法使い(ウィザード)としてのレベルにも影響しますので口頭による約束という不確定事項を採用するに能わず、

 

今回このように個人の意思を記録として半永久的に保存する手段として、この方法を採らせてもらいました』

 

 

要するに紳士協約じゃあ白を切られても困るんで、絶対に文句を言わせないよう永遠に言質が残るようにするってか。

 

こえぇぜ、最近の学校。ゾクッとする。

 

アナウンス越しの教師の声を頭の中でよく反芻し、慎重に判断する――

 

までもなく、俺はモニターと対面する。

 

視界に映ったのはY/N形式にボタン上に記された二字の熟語、が二つ。

 

承諾(Accept)拒否(Deny)

 

無論、優勝が第一目標たる俺らに拒否という選択肢など元々無いも同じである。

 

この後の行動など考えるまでもないのだが、この機に俺は少し周りを見渡した。

 

一面に広がる花畑のように全景を埋め尽くす目、目、目。

 

ちょっとしたコミュ障やあがり症の奴がここに立ったらコンマ数秒で卒倒するだろう。

 

巫仙を見る。大してリアクションは得られないが、僅かに緊張した面持ちだ。

 

車座を見る。試合に出なくてすむ安堵感と空気に触発された緊張感も相まってなかなかカオスな表情をしている。

 

久しぶりに我が愛し妹を見る。ここからじゃ表情の微細は窺い知れないが、俺のことを心配してくれていると嬉しい。

 

そして緋狩澤光を見た。彼女は自らの巣に嵌まった憐れな捕食者を眇める蜘蛛を思わせる獰猛な目付きで俺を見ていた。

 

両者のようで視線が交錯する。

 

もし視線が電子を有していたら今、両者の中間点でスパーク現象が起こっていただろう。

 

思えば体感では短かったようで、今回は割と大人数の智略が張り巡らされていた。

 

ここにいない奴らだったらメイスィ・グレイや咢埜開耶先輩、ある意味だと愛神先輩もなのか?

 

Aクラスの覇道の世界か、はたまてFクラスの下剋上か。

 

幾多の策謀とあるいは死屍累々、死山血河を踏み越えた末、どちらに勝利の女神は微笑むか。

 

とまで言えば流石に大袈裟すぎるが、おそらくここでの勝敗結果は徹頭徹尾、最後の最後まで引きずられるだろう。

 

強者の蹂躙に弱者が牙を剥けるかは、多分、今に掛かっているのだ。

 

ゆっくりと視線をモニターに戻す。

 

俺は須臾も迷うことなく、

 

受諾(Accept)のボタンを押した。

 

 

 

 

 

 




次回、おそらく決戦


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第拾話 五色ノ御手 -Elementalist-

今回は早く書けました。

少年漫画に憧憬を抱くものとしては主人公に技名を大声で叫ばせたい。



1

 

ほとんど代表者控室のような扱いの演習準備室だが、そこには液状重金属のような重っくるしい空気が漂っている訳でもなく、

 

かといえば火気厳禁、使用すれば一斉引火は免れないというピリピリとした空気が立ち込めている訳でもない。

 

至って普通。至ってノーマルだと行っておこう。

 

読者諸氏が過度な勤勉家あるいは日々の職務に追われ休む暇などない、という方でない限り、

 

休日は家でぐでーっとすることもあるのではなかろうか?

 

今、俺らはそんな感じだ。

 

俺が緊張して、あたふたあたふた、ふぇぇ。。どうしたらいいのぉ。

 

とか慌てふためく無様な光景が拝見できる、とでも考えた奴らよ。

 

その危険な思考回路についてはは太陽系外縁の隅にでもおいておくとして、残念だったなといっておく、

 

残念ながらこの俺、白鵺陵はその程度のことでは物怖じしないのだ。

 

常に自分の行動に絶対的自信を持つ男、即ちこの俺は他人が何をどう言おうと決して揺らがない志を持っている。

 

さぁ皆、こんなときは海軍兵学校に古くより伝わる、かの有名な五省を諳じよう。

 

一、至誠に悖る勿かりしか

 

一、言行に恥づる勿かりしか

 

一、気力に缺くる勿かりしか

 

一、努力に憾み勿かりしか

 

一、不精に亘る勿かりしか

 

俺はその全てにイエスと解答しよう!

 

 

「貴方の場合、上から順に『独善者』、『自己中』、『根性馬鹿』、『慢心家』、『自信過剰』になると思いますけど」

 

 

「開始早々、酷いこといってくれるな!」

 

 

そのように俺の純潔なハートを動力シャベルを搭載した掘削土木重機さながらに抉りとってくれたのは、

 

近頃出番が皆無の夜鳥巫仙である。

 

と素直にそれを述べてしまうと、それこそ俺の身体がロードローラーだッ!と一瞬で粗挽き肉にされてしまうので、

 

胸中に思いとどめておくだけにする。

 

誰にだって触れてほしくないことってあるよね?わかるよ。

 

 

「何を仰ってるんですか、何が言行に恥づる勿かりしかですか、恥じる所しかないでしょうに

 

 いっそ書き出しをこう変えたらいかがですか?

 

 『恥の多い生涯を送って来ました。

 

  自分には、人間の生活というものが、見当もつかないのです。』と」

 

 

「誰が『人間失格』の第一の手記の書き出しだ!

 

 あと、『自分には、人間の生活というものが、見当もつかないのです。』ってのはマジで言い過ぎだ!

 

 最近、お前の罵倒しか聞いてないんだが、まあいい。ならお前には俺が恥じる所しかない、といえるだけの論拠を示してもらおうか」

 

 

「論拠ですか」

 

 

「そうともさ、お前がそんなに言うからには俺が恥の多い人間であることの証左があって然るべきだろう」

 

 

勝った!俺は心のなかで渾身のガッツポーズ。

 

俺という人間は注意力に長けており、日頃の言行に関しては人一倍気を遣っているのだ!

 

そんな俺が襤褸を出すはずなど絶無!

 

フハハハハ…

 

俺は心中、少年誌連載漫画の悪役めいた笑い声を上げる。

 

そう、だからだ…

 

 

「『近頃出番が皆無の夜鳥巫仙である』ねぇ…」

 

 

「…ッ!」

 

 

「痛いところを突いてくれるじゃあありませんか。正直この夜鳥巫仙、ショックで目の前の男性を練り殺してしまいそうです」

 

 

「こわ!」

 

 

えちょまち、なんで巫仙さんがつい十数行前の俺のセリフ知ってんの?

 

まさか口に出てた!?

 

いやないない。

 

直後にわざわざ、

 

『胸中に思いとどめておくだけにする。』

 

って地の文に書いてるのに…

 

 

「へぇ、『ロードローラーだッ!』がそんなにお嫌で?

 

 ご安心なさって…

 

 γ線バーストで貴方の肉体を素粒子レベルまで細切れに還元して差し上げますわ」

 

 

「やることエグいわ!」

 

 

――というか、本来俺が突っ込むべき場所はそこではない。

 

 

「何故お前が俺の独白を知ってんだ!?」

 

 

「あれまご存知なくて?最近の陵さんのプロローグ程度、縦書きPDFに変換してネットでいつでも無料で落とせますわ」

 

 

「マジっすか!?」

 

 

「ただあれ、「」が横書きのままなので読みづらいのですよね」

 

 

「それはどこのも大体おんなじ!てかもうメタネタストップ!どこぞの西尾◯新先生じゃないんだから」

 

 

貴方も割とメタネタ出しているでしょうに、という巫仙の言葉を最後に、この話は一旦打ち切りとなった。

 

それから暫く、俺のプロローグ、縦書きPDF、ナンデ!?

 

とそこそこ話を内心引き摺りつつも無言の時間が刻々と流れる。

 

また少し時間が経過すると、

 

 

『模擬魔戦決勝開始まで残り5分です。出場生徒及び関係各位は運営本部まで』

 

 

そのようなアナウンスが流れ、俺たちは今度こそ気を引き締める――

 

ということもなく、やっぱりぐでーっとしていた。

 

 

「ほら、召集かかりましたわよ。行かなくてよいので?」

 

 

「あぁ…もうちょいしてから。あと2分ほど。トイレ行ってましたー、って言っときゃいいでしょ」

 

 

「私は別に貴方がどうなろうが知ったことじゃないのですけど、どなたと仰いましたっけ?

 

 緋狩澤光さん?あの方、見た目短気そうですから業を煮やすのではないので?」

 

 

「あーそうかもなー、じゃああと一分ぐらいで行くか」

 

 

「というか、さっきからもう既に一分経ってますわ」

 

 

「んー、あと0.31パーセク」

 

 

「それ『0.31パーセク≒一光年からの光年は時間じゃなくて距離の単位だ』とか言わせたいんでしょうけど、常人は普通気づきませんわよ」

 

 

じゃあ、気づいた巫仙さんとは何ぞ。

 

と、とりとめのないと言うか最早無益の境地にまで達した俺らの会話だが、流石にこれ以上の継続を許してしまうと

 

ガチで召集に遅れてしまうので、早々にこの益体のない会話の輪廻を脱すべく、俺は部屋を出る。

 

せいぜい頑張ってくださいまし、とにべもない巫仙の言葉をあとに後ろ手でドアを閉めた――ということもなく、近未来的機動音とともに自動で閉まった。

 

演習場へと続く通路の寂寥感を思わせる静謐が、ただただ俺を決戦の場へ誘う。

 

 

2

 

 

「随分と遅かったわね、白鵺陵」

 

 

つっけんどんな口調で俺を迎えた緋狩澤光は見るからに業腹だった。

 

『怒髪天を突く』という諺を擬人化させたらこうなるんだろうな、という感じだった。

 

誰かやってもいいんじゃないか、艦◯れとかと◯らぶの人気に肖って。

 

駄目ですよね、そうですよね、わかってました、もうしません。

 

そんなわけで今にもその長髪が超常概念に憑依されたかのように重力に逆らい靡き、

 

メデューサのような様相を呈さんとしている緋狩澤光を捨て置くことは勿論出来ず、

 

 

「あーいやはやすまない、お手洗い行ってたんだよ、小の方だぜ、あーこれは生理現象なんだ、抑えられるはずもないだろう?」

 

 

我ながら恐ろしいほどの棒読みと演技力の低さではあるが、

 

七つの大罪が一つ、憤怒に支配され、冷静な判断は望むべくもなかろう緋狩澤光だったのでこの程度の言い訳でも通用するのか、とも思ったが、

 

 

「忌々しい生理現象ね。いっそ羅切してしまいなさい」

 

 

彼女の思考は俺の遥か斜め上を行っていた。

 

注釈しておくが羅切とは、その昔、僧侶が己の性欲を断ち切るため自らの下半身にぶら下がる聖剣(エクスカリバー)

 

文字通り、『断ち切った』と云われている聞くに痛々しい行為である。

 

何故長小便をしただけで(嘘だが)、己の性欲と男の証を喪失してしまうような行為を命じてくる緋狩澤は最早サイコの域だろう。

 

 

「断る!悪いが俺はこんなとこで16年間守り抜いた男の証を捨てる気はさらさらない。 

 

 というか女の子がそんなお下品、というか下世話な単語を口にするな」

 

 

そう俺が嗜めると、緋狩澤は眦を上げ、鋭利極まりない目付きで俺に退治した。

 

 

「あら、貴方は『女性は上品な言葉しか口にしない』とかいうステレオタイプな固定観念に基づいて私の言論の自由を束縛する気なの?

 

 それは男女平等参画社会の実現を志す現代社会に対し、反抗的な態勢を取っていると見ていいのかしら?」

 

 

「発想が飛躍しすぎだ!それに老若男女に拘らず、社会的モラルに反する単語に対し、自粛を促すのは当然のことだろ」

 

 

「出た出た…そういう奴。

 

 ろくに頭の程度も高くない癖して社会派気取って『私は社会の代弁者です、社会通念に反する輩を弾劾してる俺カッコいい』とか思い込んでるのね、可哀想」

 

         

「え、いやちょと待ち。何で俺そこまで言われてんの?別にそこまで思ってはな――」

 

 

しかし、俺の言葉は為す術なく遮られる。

 

 

「そういう奴は社会的少数派(マイノリティー)に対して一方的に数の利がある多数派(マジョリティー)に阿ることしか脳がないから

 

 大抵が主体性空っぽの脳足りんなのよ…この資本主義(キャピタリズム)の犬め…」

 

 

「しまいにゃ泣くぞ!?」

 

 

岩豆腐もかくやというほどのメンタルを持っている俺でも、流石にここまで言われたら胸に来るものがある。

 

俺はその旨、無様にも泣き落としで抗言するも、

 

 

「泣けばいいじゃない、生ゴミ」

 

 

手酷い暴言で一蹴された。無念。

 

というか、ここまで罵られてしまうと一周して新たな世界への扉が開きそうだ。

 

と、俺がまだ見ぬ未開の世界への扉を押し開けんとしていたところに、

 

 

『あの…そろそろ試合を始めますので双方位置についてください』

 

 

と教師による申し訳なさげな言葉のカットイン。

 

すみませんねぇ、ご迷惑をお掛けして。

 

これ以上、先生方の気を揉ませるに忍びないので、この話は一旦打ち切りとした。

 

演習場ステージへと上る去り際、『精々一撃で倒されないことね』と彼女はニヒルに笑っていた。

 

俺もステージに上ろうかと足を踏み出したところに一人の人影が現れた。

 

誰あろう、これまた久しぶりの登場・時椿叶深である。

 

 

「お久し振りです、陵さん」

 

 

「おお…本当に久し振りだな」

 

 

他愛もない挨拶を交わす。

 

 

「何か用か?」

 

 

試合時間も刻々と迫ってきてるし、何よりこれ以上緋狩澤光の暴言は聞くに絶えない。

 

手早く済ませるのが上策だ、と俺は話を振る。

 

 

「はい、ご安心ください。すぐ済みます」

 

 

それはよかった。

 

ところで毎度毎度思うのだが、何故彼女は巫仙と同じように敬語を使うのに口調に刺々しさを感じないのか…

 

行く果ても知らぬ命題にぶち当たったが、考えるだけ答えも出ず、無為なことだと察した。

 

 

「緋狩澤光さんについてです。彼女について何か知っていますか?」

 

 

「いや」

 

 

叶深の問いに、俺は即答した。

 

真実である。

 

彼女についての情報を咢埜先輩から得ることはできなかったし、その後自宅にて色々と情報を漁っても経歴以上のものは得られなかった。

 

 

「そうですか…私も大したものではないんですが、彼女の使う魔法について少し小耳に挟んだことがあります」

 

 

「本当か?」

 

 

俺が聞き返すと、叶深は首肯する。

 

それはとても助かる。さしもの俺と言えど情報未確定の未知の敵と戦うのは嫌なのだ。

 

些細な情報でも無いよりはある方がいい。

 

 

「彼女は、全属性の使い手です」

 

 

「…マジかよ」

 

 

「大マジです」

 

 

彼女の口から発せられた言葉に、俺はため息を吐かざるを得ない。

 

厄介な敵と当たったものだ。

 

彼女が偏向的、一極的な魔法使いだったら打つ手も幾らでもあるってものだが、

 

なべてを網羅しているとなると、そこに死角はほとんどないと言ってもいい。

 

打つ手も搾られてくる。

 

叶深は尚も続ける。

 

 

「故に彼女につけられた二つ名は――『五色の御手(エレメンタリスト)』」

 

 

五色の御手(エレメンタリスト)』…

 

奴にダモクレスの剣という言葉を教えてやろうと内心意気込んでいた俺だったが、

 

今何気に俺が主人公の座から引きずり下ろされる際に立たされていた。

 

しかし、ここで戦うか戦わないか、もはや俺にNOを宣言する権限は、残念ながら残されていない。

 

そもそも元から二者択一ではなく、一者択一だったのだ。

 

 

「ああ…助言感謝する。有効的に活かさせてもらうよ」

 

 

「はい!お役に立てて光栄です」

 

 

彼女は、神話時代の大天使か女神が降誕したかのような笑みでそう言った。

 

うわ、眩し!直視できねぇ。

 

俺はその場からそそくさと逃げ出すようにステージへ向かった。

 

俺の開始位置は演習場の中でもAやFクラス側の方に陣取られ、対戦相手とは20mほど離れないと行けない。

 

本部を背に左手の方向、天井から赤色のレーザー光(無害)でライトマーキングされた場所に立つ。

 

これは慣れなのかも知れないが、驚くほどに緊張はなかった。

 

それも、単に俺の性格が豪胆かつ磊落だったから、で済ませられるのだが。

 

てかそれよりも、さっきから至近で背中に敵味方両方からの視線攻撃がチリチリと灼き付くようにまとわりつくのが気に入らない。

 

敵意、蔑視、期待、失望、諦念、数多の感情が宿された視線が多元素化合物のような混沌とした飽和状態となって俺に降り注ぐ。

 

無数の感情が渦巻き、無秩序性を発揮し、その歪さは俺を一種の酔った状態にさせる。

 

悪いけど昔から衆目を集めるのは苦手なんだ。

 

そんな極限状態の中でも俺は無意識にリラックスと集中の中間点、境界線とも言える精神状態を維持し、意識・五感を一点に集中させる。

 

カツン、カツン…

 

厚底の靴特有のくぐもった反響音だけが俺の鼓膜を打ち付け、さらに俺は意識のベクトルをそちらに向ける。

 

俺のリラックスと集中、その二つの臨界状態にある精神状態(心理学的にはこれをゾーンと呼ぶらしい)は彼女の一挙手一投足――

 

のみならず、呼吸、心拍、果てには周囲の空気の対流という有益な情報を俺の脳内にダイレクトで伝達する。

 

それだけではない。

 

感覚時間、世界を流河のように走る一衣帯水の絶対的な時間とは違い、個体ごとに感じ方に差異が生まれるという相対的な時間。

 

心理的最良点に達している俺の頭脳、身体は彼女の動作を平常時よりもより緩慢に伝える。

 

しかしこれは決して感覚時間が歪められているのではなく、あくまでも絶対時間が歪んでいるように感覚時間が見せているのだ。

 

そして厳かに響く靴の反響音も、あるいは周囲の喧騒も絶え、ただただ静寂(デッド)の世界へ没入する。

 

プァーン…と開戦の鬨だけが明瞭に聴覚に届いた。

 

斯くて決戦の火蓋が切って落とされる。

 

 

3

 

 

最初に仕掛けたのは緋狩澤光だった。

 

右手を前方へ突きだし、親指を天へ向け、人差し指と中指は真っ直ぐ伸ばし、薬指と小指は折る。

 

所謂、子供がよくやる銃を模したジェスチャーだ。

 

何をしているか分からない方も多いだろう。

 

なんの意味があるのか?と疑問に抱くこともあるのではなかろうか。

 

一見、訳の分からないこの行為だか、彼女ら魔法使い(ウィザード)にとっては非常に大切なことである。

 

即ち、イメージの固定化。

 

魔法とは、とりもなおさず人間の生み出した幻想、仮想を魔力を媒介として現実世界に具現化するものなので、

 

魔法とイメージというものは切っても切り離せない。

 

属性魔法と物理魔法からなる無限にも近い魔法の構造式は、複雑なものが多く、イメージの存在はもはや必須である。

 

例を挙げるなら、問題に即した図形の描画された図形問題と問題文オンリーの図形問題、同じ図形問題でも、どちらが難しいか?

 

と、つまりはそういうことだ。

 

予め規定されたイメージがあった方が、どんなに複雑な構造式でも立てやすいのだ。

 

故に魔法使いはそのイメージをより効率的に固定化するため、詠唱(スペルキャスト)身振り(ジェスチャー)などで、

 

半ば自己暗示のように自らに魔法のイメージを定着させ、それをいつでも恣意的に引き出し(アウトプット)できるようにするのだ。

 

また例を挙げるなら、何かを暗記するときに特定の音楽を聞いたり匂いを嗅いだりして聴覚や嗅覚を併用すると、

 

同じ音楽を聞いたり匂いを嗅いだりしたときに暗記した内容を思い出しやすくなる、といったところか。

 

しかも、この構造式は魔法のランクが上がるごとに比例して上昇するため、高位の魔法使い(ウィザード)になればなるほどこの行為は疎かにできないのだ。

 

やがて、彼女の突きだした指先を主軸に辺りの気流が収斂し、神話の海竜が生み出す大渦めいた空気の対流を造り出す。

 

それはこれでもか、というほどの害意の塊。

 

()()を構成する風の一つ一つが爆発的な加速度で吹き荒れ、最高速度では秒速35mにも達する。

 

一条一条が暴虐的な破壊力を纏った気流はブラックホールに吸い込まれるかのように一点に集束し、()()は一つのものを形作った。

 

『槍』である。

 

その槍は轟々と唸りを上げ周囲に害意の波動を打ち放った。

 

観戦席にて勝負の行方を興奮げに見守っていた生徒達ですらもその禍々しさに後方へ退いている。

 

魔法の流れ弾が観戦席に被弾しないための超強力な『対魔法阻害特殊結界(アンチ・ウィザーディング・フィールド)』が展開されていると知っているにも関わらず、である。

 

そして数秒も経たず、気流の凝集によって召喚された巨大な風の槍が完成したとみるや、緋狩澤光は銃のジェスチャーをした右手を水平に90度横に薙ぎ(それが魔法起動時の身振り(ジェスチャー)だろう)、

 

高らかにその魔法名を叫んだ。

 

 

「『災厄の風槍(ゲイル・オブ・カラミティ)』――!」

 

 

直後、世界の終焉とも思えるような怒濤の疾風が吹き荒れた。

 

最大風速秒速40m強。

 

竜巻の階級、(藤田)スケールで表すと、F1クラス。

 

下から二番目の階級なので一目見る限り、あれ?それほどでもない?と思うかもしれない。

 

しかしそれは検討違いもいいところだ。

 

F1クラスの竜巻でも1トン近くある自動車を軽々と薙ぎ倒すことができるのだ。

 

況んや人間をや、である。

 

彼女が『精々一撃で倒されないことね』と言っていたことの意味はこれであった。

 

余談だが、風の噂には彼女はF4クラスの竜巻も生み出すことができる、とも耳にしたことがある。

 

F4クラス竜巻の風速はF1クラスの約三倍以上。

 

つまり、この害悪性の槍の形は彼女からしても随分と手加減した方なのだ。

 

全く、末恐ろしいことだと陵は独りごちた。

 

対して、緋狩澤光は勝利を確信していた。

 

彼女が目論むのは速攻の一撃決着。

 

開始のブザーと同時に長年鍛え上げた高速詠唱技術によって、僅か数秒以内に魔法を発動し、反応の追い付かない陵に向け、

 

彼の突風を叩き込み、演習場の端――観戦席の高台の壁にまで吹き飛ばし、激突の衝撃で意識を奪うというものだった。

 

この作戦を思い付いたときには、あの陵が何をされたのか分かっていない呆然とした表情でた折れ込む姿を想像し、独り凄絶に笑みを溢したものだった。

 

彼女の作戦は完璧であった。

 

一般的に考え、魔法に関する技量諸々はそのまま魔法ランクにフィードバックし、それ即ち、魔法ランクは個人の魔法技術と比例するのだ。

 

この場合の魔法技術とは魔法の発動速度を言うものであり、普通はFクラスがAクラスにそれで勝てるはずもない。

 

たとえ白鵺陵が強靭な白兵戦闘能力を有していたとして、開始直後、前方広範囲に向けて回避不能かつ絶大な破壊力をもたらす『災厄の風槍(ゲイル・オブ・カラミティ)』に対処できるとは思えない。

 

その、筈だった。

 

 

「――!!」

 

 

故に緋狩澤光は目の前に広がる光景に驚愕の二文字を胸に抱かざるを得なかった。

 

そこにはあろうことか白鵺陵が回避するでもなく、魔法で相殺しようとするでもなく、

 

ただ直立不動の態勢でそこに佇んでいたのだ。

 

髪は後ろに向かってたなびき、皮膚や衣服も強風に引っ張られてはいるが、その身体だけはピクリとも言わず、

 

そこにどっしりと、さながら仁王像のように構えていた。

 

 

(ありえない…ッ!)

 

 

そう、これはあり得ないことなのだ。

 

たかが人の身をして、獰猛な風神の化身たるこの魔法に肉体一つで抵抗できる筈はない。

 

あり得ない、不可能だ、無理だ、理屈に合わない、埒外だこれは。

 

では、彼は何をしていると言うのか?

 

さては肉体強化――いや、例え肉体を強化したとしても体重が増えたりする訳でもないのだから、

 

暴風に吹き飛ばされるの防ぐことができる道理はない。

 

それこそ、地面に縛り付けでもしないと…

 

 

 

ん?

 

地面に――縛り付ける?

 

 

(そうか…!)

 

 

気づくや否や緋狩澤光は真横に掲げていた右腕を下ろし、発動していた魔法をキャンセルする。

 

先程まで猛威を振るっていた暴風は跡形もなく消え去り、台風一過の穏やかさを呈していた。

 

 

「やっぱり気づいた?」

 

 

陵は挑発的なセリフを投げかける。

 

緋狩澤光もそれに反応する。

 

 

「当たり前よ…あんな子供騙し」

 

 

「酷いなぁ、結構考えたんだぜ」

 

 

「『考えた』?何、この攻撃を初めから読んでたっていうの?」

 

 

「読んでたもなにもお前さん自分で言ってたじゃん。『精々一撃で倒されないことね』って。

 

 よもや忘れたわけじゃないよね?

 

 つまりこれって推察するに開幕先制のことでしょ?」

 

 

緋狩澤光は言われて、はっと気付き、後にひどく猛省した。

 

あの時は口をついて出た捨て台詞と思っていたが、今考えてみればあの発言は自分の作戦を晒し者にしただけだったのだ。

 

 

(馬鹿か!私は馬鹿か!)

 

 

どうしようもない自己嫌悪が身を襲う。

 

大抵ここぞというときに阿呆みたいなミステイクを犯してしまうのが、私なのだ。

 

しかし、いつまでも厭悪の感情に拘泥している暇などない。

 

緋狩澤光はかぶりを振って、自らを律した。

 

すぐさま頭を切り替え、この局面に意識を傾ける。

 

 

「『封殺の搦め手』、解除」

 

 

陵が何事かを呟いた。  

 

直後、その正体は可視化され、長いロープ状のものが彼の身体に蛇のようにまとわりつき、蜷局を巻いているのが見えた。

 

緋狩澤光はそれを認め、声を上げる。

 

 

「やっぱり、拘束魔法ね」

 

 

「正確には少し違うけど、まあ、間違ってない」

 

 

「貴方、そんなものを自分にかけるだなんて…もしかしてM?」

 

 

「断じて違ぇ!」

 

 

その様子を伺いつつ、緋狩澤光は半ば確信めいた考えに到達した。

 

この男は、強い。

 

自らも軍隊に五年ほど入隊していたため、彼我の戦力差ぐらい判断できる。

 

先程から阿呆な会話に乗せられつつも、常に警戒という名の人感センサーを絶えることなく発している。

 

白鵺陵は、こと白兵戦になれば自分と互角か、あるいは――

 

かと、言って負けるわけにも行かない。Sランク魔法使い(ウィザード)の示威にもかけて!

 

一瞬で考えをまとめ上げた緋狩澤光に対し、陵は、

 

 

(よく分からんからとりあえず突っ込む!)

 

 

こんな様だった。

 

いや、しかしこれはこれで悪くはないのだ。

 

一見無策の無謀な行動とも取れるかもしれないが、彼とて戦闘の初心者(ビギナー)ではない。

 

物事に対して、他人よりも早く対応できるし、その対処法の幅も広い。

 

ならば明確な戦略形体が確定するまでは、いちいち論理的に思考して行動に制約をかけるより、

 

能動的にアタックを仕掛け、情報を多く引き出した方がいいのだ。

 

そう決定した陵は、警戒態勢を怠ることなく、緋狩澤光に突撃を仕掛けた。

 

緋狩澤光は僅か二秒にも満たないうちに、互いの距離の半分ほどを詰められていた。

 

 

(まさか私が遠距離系魔法の使い手だと見破られた?いや、あの様子を見るに恐らく無策。

 

 なら、冷静に対処すれば…)

 

 

素早く情報を整理すると、彼女は陵に向け、例の銃のジェスチャーを取った。

 

直後、彼女の周囲に怨霊の鬼火を思わせる炎のスフィアが現出した。数にして20くらいだ。

 

 

(火属性魔法!)

 

 

陵もその正体を看破した。

 

彼女が使えるのは風属性魔法のみではない。

 

五色の御手(エレメンタリスト)』の二つ名を冠する彼女は、風属性の他に、

 

地属性、火属性、水属性、空属性の魔法を使役できる。

 

彼女は自らの魔法の発動準備を終えると、

 

 

「喰らえッ!」

 

 

すぐさま右腕を薙いだ。

 

 

「『開花する炎華冠(クラスター・アマリリス)』!」

 

 

その言葉に呼応して彼女の周りに展開されていた火球が一斉に上方へ解き放たれ、放物線を描き、直上から無数に降り注いだ。

 

陵は落下する火焔の着弾地点を避けるように移動するが、幾ら避けてもそこは火球の落下地点。

 

そう、つまりこの魔法は特定座標を狙ったものではなく、対象を含む範囲座標を丸々焼き尽くすための魔法なのだ。

 

陵がいち早く炎の雨から逃れようと足のピッチを速めているところに、背後で火球が落下した。

 

そして――

 

着弾箇所で爆発が起きた。

 

 

「おわっ!!」

 

 

巻き起こった熱波爆風に背中を叩かれる。

 

勢いで前のめりに倒されそうになる身体のバランス軸を必死で修正し、すぐさま立て直した。

 

勝負において敵から目を話すなどもっての他だが、しかし振り向かざるを得なかった。

 

そこには魔法吸収特殊リノリウムによって床の対する衝撃をほぼ吸いとられているものの、

 

上方へ向け、燎原に火をつけたように煌々と燃え盛る爆焔があった。

 

 

(おいおい、こいつァ危なくねぇか!)

 

 

大会規則に則り、後遺症、致命傷を残すレベルの魔法で禁止されている。

 

恐らく今使われたのは起爆魔法。おそらく小規模のもの。

 

大規模なものになると、爆発威力、爆風、酸欠で多人数を一気に虐殺する殺人魔法になるため勿論アウトだが、

 

この爆発で直に炙られたらかなりまずいことになりそうだ、と陵は冷や汗をかく。

 

しかし依然駆ける足を緩めず、降り注ぐ炎を間一髪で躱し、爆風に打たれながらもギリギリの所で元の姿勢を回復する。

 

 

「ふッ!」

 

 

回避爆発回避爆発回避爆発回避爆発回避爆発回避爆発回避爆発回避爆発回避回避回避…!

 

そんなルーティンを幾ばくか繰り返した頃、ようやく『開花する炎華冠(クラスター・アマリリス)』による連撃が終わりを告げ、

 

陵は着地時間を短くしながら、足元をサラマンドラのように這い回る炎を避け、

 

陵と緋狩澤間の距離はもう歩幅3歩ほどにまで縮まっていた。

 

陵がいざ先制をかけん、と軸足の踏み込みを大きくしたところ、

 

 

「『盲目の霧霞(サイトレス・ミスト)』!」

 

 

上から雨のように無数の水滴が降り注いだ。

 

 

(さすがに硫酸でもあるまいし、避ける必要はないか…?)

 

 

そう思っていたが、違う彼女の狙いはそこではなかった。

 

狙いはそう――その下だ。

 

地獄の巨釜のように煮滾った床だった。

 

ジュオッ…

 

床に設置した水滴はたちまち熱され気化し、大気中で冷却され次々と極微細な水滴を生産していく。

 

 

「やられた…」

 

 

陵は憎々し気に吐き捨てるも、即刻冷静さを取り戻し、状況の精査に取り掛かる。

 

眼を閉じる。元から見えないんだから閉じても閉じてなくても同じだ。

 

五感を研ぎ澄ませ、足音、空気の移動、気配、その全てに意識を手向ける。

 

足音…まずない。緋狩澤光は相当なスニーキングスキルをお持ちのようだ。

 

空気の移動…噴き上がる蒸気でかき消されている。

 

それならば、気配しかない。

 

対象の動きを、超五感の第六感的概念にて把握する他ない。

 

自らの意識を潜水艦の水中探信儀(ソナー)のように波動状に遍く行き渡らせ、対象を走査する。

 

実際、この方法のほうが視覚や聴覚よりも手っ取り早い。

 

何故なら各々、受容体(レセプター)である視細胞、蝸牛殻を媒介経路とするのに対し、

 

これはほぼ直感的なものなのだ。

 

この意識の延長線上を用いた超常的能力は、ちょっとやそっとの修練じゃ身につかない。

 

常に戦いに身を置き、日常生活よりも戦闘に場馴れしている者ぐらいしか…

 

陵の足が一歩、一歩、と動く、確信的な足取りだ。

 

そして数歩歩みを進めたところで――

 

バッ!と陵はとみに足を速め、走った。

 

直後、陵の後ろに鋭い閃きが走った。

 

回避しつつ、陵は悟る――これは蹴りだ。

 

さらに数歩走ると、陵は左脚主軸に走行時の速度エネルギーを全転用した減速無しの高速Uターンを見せる。

 

この光景を緋狩澤光が確認できたかは定かではないが、もしできていたのならば彼女の眦は驚愕に決していただろう。

 

実感が沸かないのならば読者諸氏も実践してもらいたい。

 

走った状態からそのスピードを一切緩めることなく180°ターンができるのかを。

 

そして陵は今までの速度エネルギーに反転時の遠心力を加算した右の脚を緋狩澤光に向け――

 

 

「王鶴流格闘術――蹴脚・壱ノ式『斜走戟(しゃそうげき)』!」 

 

 

斜に振りぬいた。

 

与えるダメージの効率性を重視した彼の格闘術流派『王鶴流』の蹴り技の一つ。

 

人間の身体を立体オブジェクトに見立て、相手の肉体を通過する攻撃線を可能な限り長くするよう斜めに蹴り上げる技だ。

 

 

(入った!)

 

 

陵はそう思ったが、しかし一瞬にしてそれを否定。

 

なぜなら脚が振りぬけていないのだ。わかりやすく言うと、手ごたえがありすぎる。

 

つまりこれは、防御されたのだ。

 

 

(マジかよ!逃走フェイントからの高速蹴りだぞ!?回避できるもんなのか?)

 

 

少なくとも、陵は10回やって1、2回ほどミスる自信がある。

 

そんなものを目の前にいるであろう緋狩澤光は受け止めている…

 

 

(いや違う!)

 

 

さらに否定を重ねる。

 

これは防御されているのではない。

 

なぜなら今、俺の右足には攻撃威力の反動ではない負荷(ダメージ)が加えられている。

 

これは――

 

 

(蹴り返した!?)

 

 

直後、陵の身体は後方へ引かれるように吹き飛ばされる。

 

丁度、向こうでも何か擦過音が聞こえた。

 

その当人、緋狩澤光も顔を顰めていた。

 

 

(痛っつ…やってくれるわ。とっさに蹴り返したけど予想外のダメージを貰ったわ…)

 

 

そして、両者とも数秒以内に態勢を直し、構える。

 

然るべき時に向け――

 

演習場ステージを覆っていた『盲目の霧霞(サイトレス・ミスト)』の濃霧が晴れる。

 

陵は緋狩澤を。

 

緋狩澤は陵を。

 

互いの姿を互いがとらえた。

 

視線が、交錯する。

 

双方の距離は僅か5m弱。

 

最早、ここでは魔法を使った方が不利となる。

 

超至近での戦闘。

 

介在する余地があるとすれば――

 

陵は、直立の態勢から僅かに重心を落とした――陵が得意とするところの、『無形の構え』

 

対して緋狩澤は右足を軽く引き、重心を前に倒した典型的な攻めの姿勢

 

――物理戦のみ。

 

皮肉にも模擬魔戦の第二ラウンドは肉弾戦である。

 

 

「驚いた、まさかアンタがそこまでの体術の使い手だったとわ」

 

 

「あら知らなかったの?私、これでも軍人上がりよ」

 

 

そうとだけ言葉を交わし、

 

互いの攻撃が火花を散らす。

 

 

 




実は今回の話、あまりにも長すぎて途中で切って次回で繰り越しにしたんですよ。

本当は今回で第弐章終了として次回から新章突入と相成りたかったのですけど…

どうしよう。


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第拾壱話 無神経ナ警鐘 -Thoughtless Code Orange-

随分と遅れてすいません。

忙しかったです、いろいろと。

ご容赦を。


1

 

丁々発止たる拳と脚の乱れ打ち。

 

緋狩澤がストレート、ジャブ、エルボーを使い分けて繰り出すに併せ、首を傾けたり、腕の側面を叩いて軌道を逸らしたり、

 

スウェーバックでそれらを回避する。

 

間断なく放たれる一種の美的な連続性を帯びた攻撃に、少し気を抜いたら一瞬で呑み込まれてしまいそうだった。

 

 

「随分と反応が速いの……ねっ」

 

 

「お褒めに与り光栄な次第だっ」

 

 

達人めいた手捌きの間で交わされる会話も、自らの余裕っぷりの示威や相手の気を逸らす為でもある。

 

肉と肉のぶつかる音、種々雑多の攻撃技の応酬がある程度繰り広げられると、

 

緋狩澤は、このままでは埒があかないとでも思ったか、即座に蹴り技に切り換えてきた。

 

まずは、しなる鞭のような可殺性を秘めていそうな右脚によるハイキック。

 

その脚は俺の側頭部を正確に狙っている。

 

俺はそれを後方にステップを踏みつつ回避。

 

目の前をブゥン!と寒気のするような効果音を響かせ蹴りが擦過。

 

その光景にさすがの俺も冷や汗。

 

しかし、まだそれだけでは終わらない。

 

身体の反転した状態から蹴りの終えた右脚を地に着けると、そのまま軸足を左脚から右脚に切り換え、

 

今度は踵部を使って死神の鎌(デスサイズ)のような後ろ回し蹴り。

 

今度は後ろに下がろうにも、おそらく事前に軸足の位置をより前に踏み込ませていたのだろう、先読みされてはバック回避も無駄なだけだ。

 

俺は素早く屈むことでその攻撃を躱す。

 

頭上を物々しい風切り音が通過した。

 

おいおい、ゾクッとさせてくれるじゃねえか。

 

 

「あら、やるじゃない。ならこれはっ」

 

 

上から目線の物言いの後、緋狩澤は体勢を落とすと、屈んで移動を制限されている俺に後ろ回し蹴りからさらに繋げたローキックを見舞った。

 

これは回避不可能だ。

 

悟った俺は無理に避けようとせず、その攻撃を甘んじて受ける。

 

ボクシングのように挙げた腕で頭を狙ってくる蹴りをガード。

 

付随する威力を受け止めようとせずに、敢えて吹っ飛ばされることで衝撃を逃がす。

 

空中にポーンと投げ出されると直ぐに床に打ち付けられる。

 

勿論俺は受け身と言うものを心得ているので、床上で一回転すると右手を打ち付け、即時起き上がる。

 

ついでに距離も稼げて一石二鳥だ。

 

観戦席からは「おー!」と俺を吹っ飛ばしたと本気で思っている一部生徒による感嘆の声が聞こえた。

 

いやいや流石に蹴り単体で、重心を落としている相手をあそこまで運ぶにゃ相当ガチムチの武術家が必要だろう。

 

俺はさらなる追撃を目論見、接近してくる緋狩澤を見据え、素早く分析を済ませる。

 

奴の技は見るからに蹴り主体。何故なら拳技との技術量(テクニック)の差が歴然としているからだ。

 

それに攻撃と攻撃の間にほとんど間隙がなく、連続技と言っても良いほどである。

 

一度、術中に嵌まれば、さっきみたいに距離を取ろうとしない限り、そこから終焉無き技の乱舞である。

 

だが、取りすぎてもダメだ、わざわざ物理で殴る戦いに持ち込んだのに自ら魔法戦に持ち込んではおじゃんである。

 

模擬魔戦とはなんだったのか。

 

さて、恐ろしきはずっと緋狩澤のターン!だが、

 

今みたいにわざと距離を離して攻撃のリズムをずらせば、勝機は十二分どころか二十分程度にはある。

 

 

「あら、いいの?そんなに距離とって」

 

 

緋狩澤の声が俺の思考を遮った。

 

 

「何故だ?」

 

 

俺も返す。

 

 

「相手が魔法を使うとは思わないの?」

 

 

「使わせる前に潰す」

 

 

おぞましき言葉の応酬である。

 

俺の言葉を聞くや、緋狩澤は獰猛に口の端を歪めた。

 

 

「あら貴方、知らないのね…井蛙大海を知らず、覚えておきなさい」

 

 

「素直に井の中の蛙大海を知らず、とは言えないのか捻くれガール」

 

 

「ぶっ飛ばすわよ」

 

 

「すでに目の前の女性にぶっ飛ばされてるんですが、それは」

 

 

軽口を叩き合いつつ、水面下で熾烈なタイミングと間合いの読み合いが始まっている。

 

俺はいつでも緋狩澤に一発叩き込める状態だ。緋狩澤もまた、同じ。

 

ならば勝敗を決するのは――

 

 

――そのスピード!

 

 

緋狩澤が動いた。

 

そう感づいたときには彼女の手は既に、小型の自動拳銃めいたジェスチャーをしており、

 

即ちそれは緋狩澤の魔法発動を意味する。

 

大丈夫だ。

 

緋狩澤の実力が如何程かは知れないが、Aランク魔法使いでも魔法の発動には1秒近く要する。

 

SランクとAランクの間にどれ程の実力差があるかは分からんが、1秒もあれば彼女の懐に潜りこみ、

 

発動をキャンセルさせる程度の打撃を与えることは可能だ。

 

そう頭が判断するよりも先に、俺の身体は既に緋狩澤向け、弾丸のように飛び出していた。

 

そして漸く気づいた。

 

彼女が、既に魔法を発動していることに――!

 

彼女の腕にちろちろと熾のような小さな火種が這い、やがてそれは大きな火焔へと――。

 

それは片腕のみならず彼女の両腕を侵食し、それはあたかも炎の強化外装とも言えた。

 

火焔の、腕。

 

かの北欧神話のムスペルヘイムを棲みかとする灼熱の巨人が居たとするなら恐らくこんな感じだったんだろう、

 

という光景。

 

彼女を覆う火焔の鎧は肘の辺りまで達し、一目では軽装の格闘戦士のようにも見えた。

 

そして、彼女は厳かにその魔法の御名を紡ぐ。

 

 

「『焔魔の双腕(ゲクライデット・フランメ)』!」

                         

 

それは詠唱やイメージなんて物が介在できるとは思えない程の刹那的時間。

 

紛れもなく、一瞬。

 

ドイツ語のよって発せられた魔法名――身に纏う火焔(ゲクライデット・フランメ)

 

その名のごとく術者の腕に絡み付き、周囲の酸素を奪いつつ這うように燃焼していく。

 

一瞬でだ。

 

早すぎる――!

 

俺は緋狩澤の懐に這入っているということは、俺も緋狩澤の可傷圏内(インレンジ)にいるということ。

 

緋狩澤は右の(かいな)を振り絞り、客星のような光の尾を引き、悪魔の鉄槌を降り下ろした。

 

俺は猛ダッシュの無理な体勢から左足一本で横っ飛びした。

 

衝撃を片足のみで吸収したため、猛烈に痛みが走る。

 

緋狩澤の火焔の拳が左頬を擦過する。冷や汗ものだ。

 

俺は床の上で一回転し、即、起き上がる。

 

 

「あぶなかった――というか、今の何だよ、詠唱早すぎんだろ」

 

 

「逆ギレも甚だしいわね。略式詠唱よ、ご存知でない?」

 

 

――あぁ、失念していた。

 

勿論、知っていたさ、あくまで知識として。

 

詠唱にはその(ランク)によっておおよそ3つに大分される。

 

まず、通常詠唱。

 

次に、略式詠唱。

 

そして、無詠唱。

 

上から弱い順だ。

 

通常詠唱ってのはよくある奴だ。車座がやっていた奴。

 

魔法使いならまず全員できる。できないと魔法使いじゃない。

 

次の略式詠唱からは、使える人口が極端に減少する。

 

魔法使いが200人居て1、2人居るか居ないか。

 

最後の無詠唱。これはもう世界に両手で数えられる程度しかいない。

 

ほとんど都市伝説扱いのSSランク魔法使い(国家のお抱え魔法使い)が皆、使えるというらしいが…

 

そんな訳で略式詠唱ってのはとにかく凄い。

 

所詮一生徒と思って略式詠唱の可能性を念頭に置いていなかったのは失策だった。

 

よくよく考えてみれば、緋狩澤光はこの12回生の主席だし、元はドイツ軍の佐官だったのだから不可能な話ではない。

 

そこでふと疑問が浮かんだのだが、『焔魔の双腕(ゲクライデット・フランメ)』で略式詠唱を使用したのなら

 

何故『災厄の風槍(ゲイル・オブ・カラミティ)』や『開花する炎華冠(クラスター・アマリリス)』の時には通常詠唱だったのだろう。

 

まさかドイツ語か英語かの違いだったりして。

 

自分でも、ねぇな、と思いつつ、俺は即座戦いの方へ意識を戻した。

 

焔の怪人と化した緋狩澤は一足一足、勿体ぶるように接近してくる。

 

もしこれに戦術的意図がなく、単に相手にできるだけ長く恐怖に戦慄する時間を与えようという算段のものならば、

 

彼女は掛け値なしのサディストだ。こわい。

 

さて、見事に魔法のキャンセルに失敗してしまった俺だが、我らがFクラスを勝利に導くためには、

 

やはりここで逆転の一手、それはもはや盤を引っくり返すレベルの何かしらを講じなければならない。

 

それも余り目立たない手段で。

 

なんちゅう縛りプレイだ、泣くぞ。

 

俺と緋狩澤の間の距離が5メートル程まで縮まった途端。

 

ダッ!

 

と赤色を見せられた闘牛のような突進で緋狩澤が肉薄してきた。

 

緩急を付け、わざとタイミングをズラした巧妙な攻撃である。

 

しかし――!

 

そちらから突っ込んでくれるのなら好都合。

 

交戦距離1メートル以下。

 

緋狩澤は、煌めく赤き燐光の帯を引いて、その右拳を降り下ろした。

 

俺の左下顎に当て脳震盪を狙ったのだろう、その攻撃は。

 

残念ながら読み通りだ。

 

俺は迫り来る炎の魔拳を紙一重で、首を降って回避すると、俺は右掌を前に翳し、

 

 

「王鶴流格闘術――掌打・壱ノ式『炫毘古』!」

 

 

緋狩澤の攻撃してきた方の肩、即ち右肩の骨と骨の間隙を縫い、神経にダメージを浸透させるように

 

掌打を撃ち込んだ。

 

 

「うぐっ!」

 

 

苦悶の声を上げ、咄嗟に緋狩澤は左腕で自らの右腕を庇った。

 

そう、咄嗟にだ。

 

余りに無意識で、識閾下の行動だった為に彼女は、俺の術中に嵌ったと気づくのが遅れた。

 

右肩より下を一時的にスタン状態にされ、その右肩すら左腕で庇ってしまった。

 

つまり、今の彼女に上半身を防御する術はない。

 

だがそれも僅か数秒程度のことであり、その数秒が経過すれば彼女は十二分に戦闘を継続できる。

 

しかし、緋狩澤。

 

俺の前でその数秒は命取りになるぜ……?

 

俺は緋狩澤に攻撃を仕掛けるため、僅かに重心を落とした。

 

緋狩澤も、その動きで俺が何をやらんとしているかは察せたようだ。

 

当身だ。つまりはタックルである。

 

そして、それに気が付いた緋狩澤が次に取るべきアクションは、

 

足による防御だ。

 

だが、俺はそれすらさせない。

 

彼女が足を動かすより早く、俺は緋狩澤の、まずは右足を踏みつけた。

 

 

「ぐっ……」

 

 

予想通りだな。やはりそちらから動かすつもりだったのだろう?

 

俺は踏み出した足に体重をかけ、緋狩澤の足を地に縛り付け、

 

更に踏みつけた方と反対の足を引き、身体を半回転。

 

 

「肉体へのダメージ効率を極めた王鶴流格闘術が術技、篤と見よ」

 

 

背面から強烈な当身を放つ。

 

 

「王鶴流格闘術――当身『鋼鐵靠(こうてつこう)』!」

 

 

ズドンと体内から重々しい音が響き、俺が踏んだ足を放すと、緋狩澤はたたらを踏んで後退し、

 

うめき声を上げた後、倒れた。

 

今の技は、鋼鐵靠(こうてつこう)

 

中国拳法八極拳の当身技、鉄山靠がモデルとなっており、鋼鐵靠は鋭く貫くダメージというよりは、

 

瞬間的に体内で爆発するダメージというのをイメージとしている。

 

原理はいわゆる企業秘密とさせていただくが、この鋼鐵靠は打撃ダメージの9割9分を余すことなく伝え、

 

尚且つ、足を踏むことによりダメージの減殺を封じた。

 

王鶴流の準奥義レベルの技をほぼ純粋ダメージとして喰らったのだ。

 

普通ならもう立ち上がれまい。

 

そう、普通なら。

 

一瞬、決着かに思われたこの勝負。

 

しかし、緋狩澤光という女はどうやら一筋縄では行きそうにない。

 

ピクリと、倒れた緋狩澤の身体が痙攣し、その直後、彼女は立ち上がっていた。

 

僅かに辛苦の様相が見え隠れしているが、明らかに俺の鋼鐵靠を喰らった直後のものとは思えない。

 

 

「おいおいおいおい、どういうことだ。さてはおめー、屍生人(ゾンビ)か?」

 

 

「失礼ね。人を勝手に妖魔にしないでくれるかしら」

 

 

俺に対する返答からも明確なダメージが見受けられない。

 

 

「恥を承知で聞こう、一体どんなトリックを使ったんだ?」

 

 

「硬化魔法よ」

 

 

「硬化魔法?」

 

 

硬化魔法というと、物質を構成する分子同士の連結体に作用し、結合力を高める魔法か?

 

 

「そうよ」

 

「そんなのでどうしたっていうのか?」

 

 

「貴方、クラッシャブルゾーンってご存知かしら?」

 

 

――!!

 

 

「あら、分かったようね。なかなか聡いわ」

 

 

あぁ、なるほど。そういうことか。

 

流石だよ、緋狩澤。あの土壇場でそんなことを思いつくなんてな。

 

クラッシャブルゾーンとは、主に自動車などに使われているもので、

 

外部構造をわざと潰れやすく作っておくことにより、衝突などのダメージ発生の際に、

 

外部構造で衝撃エネルギーを吸収し、内部の構造体に分散するというもの。

 

つまりはこうだ。

 

あの時、緋狩澤は自らの身に纏う魔法学園の制服を硬化し、敢えて俺に潰させることによって

 

自分へのダメージ直撃を回避したのだ。

 

こいつは一本取られたかもな、やはり博識さってのはいつの時代でも大事なものだね。

 

 

「さぁ、早く戦いを続けましょう。Fクラスの割にはよく戦ったわ。

 

その栄誉を賞し、この私が引導を渡してあげる」

 

 

「申し訳ないが、断るね。今の俺に欲しいのは、クラスに捧げる勝利の栄光だ」

 

 

「貴方の決めることではない。生殺与奪は常に強者が決めるもの」

 

 

「おいおいこれ学校イベントだろ?命の遣り取りすんなよ」

 

 

そんな軽口を叩きつつも、鬼気めいたオーラを撒き散らす俺達、そして真の勝者を決める

 

最終激突が始まろうとしていた——

 

直後、

 

劈くようなアラートが響き渡った。

 

『緊急事態発令。緊急事態発令。第Ⅱ種警戒態勢(コード・オレンジ)が発令されました。学園生徒は全員、直ちに下校を開始してください。繰り返します……』

 

何とも興醒めで、何とも意外な展開で、

 

俺らの戦いは終わりを迎えた。

 

2

 

『緊急事態発令。緊急事態発令——』

 

人工合成音声によるアナウンスは、まるで壊れたスピーカーのように

 

何度も、滔々と同じ台詞を繰り返していた。

 

しかし、緋狩澤光にとっては、それすらも日常生活に蔓延る雑音のように処理され、

 

脳の聴覚野の片隅に追いやられていた。

 

彼女の心を、より高い優先度で占めていることは他にもあった。

 

余りに呆気ない幕引きに、緋狩澤光の心中には憤りというべきか、遣る瀬ないというか、

 

昇華し切れないというか、そういった交々(こもごも)たる感情が波のように押し寄せていたのだ。

 

怒ればよいのか、それとも落胆すればよいのか、それすら分からなかった。

 

何故なら周到に練り上げられた計画の下、白鵺陵の打倒の為、Aクラスの威信の保全の為、

 

この模擬魔戦で圧倒的な差で勝利する必要があったのだ。

 

ところが、よりにもよって、想定外のイレギュラーによって試合は中断。

 

しかもそのタイミングというのが、光が陵の当身を諸に喰らった直後ときた。

 

何たる折の悪さ。不運(ハードラック)としか言いようの無かった。

 

これでは、あたかもこの緋狩澤光が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!

 

いや、確かに一杯喰わされたことは素直に認めよう。

 

実際、あの当身の擁する撃力は凄まじいものだった。

 

内臓に毛が生えていたのなら一本残らず粟立っていたことだろう。

 

何のこれしき、この緋狩澤光はまだ戦えたッ!

 

だが、印象(インプレッション)は最悪だ。

 

言うなれば野球中継で、敵に点差を付けられていたチームが最終回裏でどんでん返しの逆転勝ちをしたにも関わらず、

 

敵チームの表回が終わった途端に中継が切れてしまったようなものだ。

 

これでは視聴者の多くが敵チームの勝ち越したものだと思うだろう。

 

では、最後に白鵺陵に渾身の当身を喰らい、地に足を付いてしまった緋狩澤光を、

 

他の生徒達は最終的には勝てたと思うだろうか?

 

Aクラスの、私に媚びを売っている生徒達は信じて疑わないだろう。

 

だが、他クラスはどうか?

 

以降も光を第一学年の頂点と認識してくれるだろうか?

 

……………………

 

………………

 

…………

 

……

 

 

「緋狩澤光!聞こえているのか!?Aクラス、緋狩澤光!」

 

…………!

 

自分の名を呼ぶ声が、光の思考を中断させた。

 

慌てて、声のする方向に目を向けると、そこには妙麗の女教師が険しい顔で叫んでいた。

 

あれは、学年主任兼Fクラス担任の禍酒先生だ。

 

本来、学年主任とは、最も優秀なAクラスの担任が選ばれるものだ。

 

しかし、禍酒女史はFクラス担任にして学年主任をも務める異例の教師であった。

 

噂によれば、当初はAクラスの担任を任される予定であったが、自らその申し出を蹴ったとかなんとか。

 

にも関わらず、その才を見込まれ、学年主任を兼任している、とも。

 

いずれにせよ、底の知れない女性ではあった。

 

 

「ええ……聞こえています」

 

 

「なら判るだろう?避難だ、即時に、いいな?」

 

 

「承知しております。ところで禍酒先生」

 

 

「どうした」

 

 

「此度の模擬魔戦は、どうなるのでしょうか……?」

 

 

光がおずおずと聞くと、禍酒教諭はその真意を図ったかのようにニヤリと口角を吊り上げた。

 

 

「驚いたな、緋狩澤。お前がFクラスなんかとの試合結果をそこまで気にするとは」

 

 

その言葉に、光は心中を読まれたようで冷たい汗を流した。

 

禍酒先生は続けて喋る。

 

 

「無論、ノーカンだ。私とて、あの試合の結果を予測判断するのは至難だ。昔日より伝えられる言葉にあるところの『勝負は最後まで分からない』という奴だな」

 

 

「そう、ですか」

 

 

光は無念に瞳を伏した。

 

 

「それよりも今は避難を優先しろ。魔戦なぞ、いつでも出来る。お前ほどの地位があれば、申請もすんなりだろう、違うか?」

 

 

「……はい」

 

 

光は、怜悧と禍酒教諭を見据えると、優雅に演習場を後にした。

 

数秒経過し、

 

 

「お前もさっさと帰れシスコン」

 

 

「あっはい」

 

 

後ろでは、そんな会話が聞こえていた。

 

 

3

 

 

さぁて、大変な事になったみたいだな。

 

そもそも、警戒態勢(コード)というのは魔法犯罪の増加に際して今から十年ほど前に定められた制度だ。

 

米国のデフコンの小規模バージョンだと思ってくれて構わない。

 

デフコンは対外国のものだが、警戒態勢(コード)はあくまで国内専用だ。

 

そして、米国のデフコンは五段階あるのに対し、日本の警戒態勢(コード)は三段階までしかない。

 

その三段階ってのが下から順に、

 

第III種、第Ⅱ種、第Ⅰ種で、

 

それぞれイエロー、オレンジ、レッドと色が付けられている。

 

それぞれ危険度的には、気をつけろ、ヤヴァイ、超ヤヴァイ。

 

今回の第Ⅱ種警戒態勢(コード・オレンジ)というのは、ヤヴァイ。

 

発令から15分で市民の外出規制。全ての市外へ通じる交通網に検問が設置され、30分で全てストップ。慈悲はなし。

 

速やかに警察出動。軍隊が出動するのは第Ⅰ種(レッド)からだ。

 

そんな訳で、校門を出ると、俺らの帰宅路は一斉散開する学生や就業者でごった返していた。

 

この分じゃバスとか電車も、臨時のが出るだろうが、キツそうだな。やはり徒歩勢最強。

 

そんな中、大事な大事なおにーちゃんを放置し、そそくさと帰ろうとしている我が愛し妹(マイラヴリーシスター)(+巫仙さん)を発見。

 

即座に駆け寄る。

 

 

「おいおい我が妹よ(ディアマイシスター)。愛しの兄を置いてどこへ行こうと言うのだね?」

 

 

「えっすみません誰ですか」

 

 

「………………グス」

 

 

今のはグサッと来たァッ!

 

毎度毎度のこと、妹や巫仙から常人ならざる罵詈雑言を常人ならざる量浴びせられ、

 

終ぞ常人ならざる被虐体質を身に付けてしまったかと思われた俺であったが、

 

認識が甘かったッ!

 

これほどまでに心が傷ついたことはないぜ。

 

言葉のナイフだッ!銃弾だッ!

 

だかまぁ……

 

それもいい。

 

とうとうダイバージェンス1%の壁を超え、M世界線へと到達してしまった俺。

 

世界線の向こうでザッヘル=マゾッホ氏が手招きしてたよ。

 

茶番が過ぎたな。

 

話を戻そう。

 

 

「ところで巫仙、魔力の反応はあったか?」

 

 

説明するが、巫仙は巫女故に強力な霊媒体質である。

 

故に、霊力や呪力、法力や神通力などの異なる力に敏感なのだ。

 

この第Ⅱ種警戒態勢(コード・オレンジ)が魔法犯罪に起因するものならば、

 

どこかで魔力が消費されているということであり、

 

それに巫仙が反応していたとしても可笑しくない。

 

 

「えぇ……ビンビンに感じていますわ。丁度南西の方角から。

 

でもこの力は魔力というよりは、私たちに限りなく近い力ですわ」

 

 

「何……?それはつまり、同業者ということか?」

 

 

「ええ……少なくとも魔法使い(ウィザード)というよりは寧ろ我々に類するものですわね」

 

 

「クソが……やってくれたな」

 

 

世間一般で言われる所の古代魔法使い。

 

基本的に魔法使いと古代魔法使いは仲が良くない。

 

今から二十余年前、魔法の存在が認められたと共に、俺ら古代魔法使いの存在も明るみに出た。

 

魔法使いサイドの政府や学者連中は古代魔法使い達に近づき、

 

あれやこれやと術技やリソース、霊媒者の肉体や経絡の解析研究をさせろと申し出てきた。

 

前者はまだ呑み込めなくもないが、後者に至ってはただの人体実験。

 

奴らは俺らから搾れるだけ搾り取り、己の血肉にした後、 

 

用が済めば、鼻をかんだティッシュペーパーをゴミ箱に放り込むぐらいの気軽さで使い捨てるつもりだったのだ。

 

それに対し、俺ら古代魔法使い達の返答はNO。圧倒的拒絶。

 

そもそも俺らは秘匿主義。一族繁栄のために積み重ねた一子相伝の術技をわざわざ教えてやる必要がどこにあろうか。

 

それに対し、魔法技術をいやでも発展させたい政府連中が取った行動は、

 

攻撃。

 

今から21年前、霊術、法術、召喚術、陰陽術、巫術、降霊術。

 

数ある古代魔法の名家が襲撃される事件が発生した。

 

死者が大勢出た。

 

死にはしなかったものの、死人同然となって今も果てのない眠りについているものもいる。

 

主導したのは無論、政府のお上共。

 

正体不明のアウトローな集団という体を装い、

 

(当時、有用性で言えば、魔法よりも物理兵器の方が幾分か上回っていたので)

 

最新鋭の物理兵器、また実験的に導入された魔法使い達が雁首揃えて古代魔法使い達を襲った。

 

しかし、政府の思惑通りには行かなかった。

 

奴らは敵に回してしまったのだ、鵺の一族を。

 

高潔と、冷血と、団結の華麗なる鵺達を。

 

鵺、そう俺と妹と、広義で云えば巫仙が出奔した一族。

 

格が違った。

 

千年以上の歴史を持つ鵺の陰陽術の前に、物理兵器は勿論のこと、

 

たかが数年の歴史しかない、まとも研究すら為されていないまやかしの魔法など地ベタの蟻んこのような物だった。

 

皆殺し。

 

脚色なしの鏖殺。

 

政府主導の強行軍には一人の生還者すら出さなかった。

 

そして、この事変は闇に葬られた。

 

政府側としては、自らは関係ない、あくまでアウトローな兵団が行ったという体裁を貫き通さねばならなかったし、

 

古代魔法使い達も基本、秘匿主義なのでわざわざ表沙汰にする理由もなかった。

 

だが、この時、この事件をきっかけに生まれた魔法使いと古代魔法使い達との明確な軋轢は、

 

今も水面下を漂っているのだ。

 

つまりどういうことか。

 

魔法の総本山。十字教で言うところのヴァチカン。

 

魔法学園のお膝元、城下町とも言える神城市で、

 

古代魔法使いが民の安寧を揺るがすことを起こせば一体どうなるだろうか。

 

再び、あの事変の再来だ。

 

最悪なことに、魔法使い側は21年前よりも遥かに進歩した魔法技術と、

 

さらに古代魔法使いサイドを攻撃する為の決定的な錦の御旗を得ている。

 

何としても阻止せねばならないのだ、そのような事態は。

 

正直、魔法使い側と古代魔法使い側の軋轢なんざどうだっていい。

 

総ては、我が妹の安息の為。

 

それに、本家(あっち)に置いて来ちまった奴らもいるからな。

 

 

同業者(俺ら)が遣ったことの尻拭いは俺らでしてやるさ。

 

より正確な場所を教えろ。

 

直々に俺が摘んでやる。」

 

巫仙が意識を集中させた後、割り出した座標地点を告げるやいなや、

 

俺は不吉の暗雲立ち込める街を駆った。

 

 

4

 

 

巫仙に教えられた場所は、聞き覚えのある所であった。

 

日射馬(はるいま)神社。

 

いまいちマイナーな神社ではあるが、参拝者が全く居ないわけでもなし。

 

多少マイナーであっても、固有名を持つのであれば、

 

俺はここら周辺の大抵の寺社仏閣は把握している。

 

日射馬(はるいま)神社は意外にも市街にぽつりと取り残されたように佇む山の中に位置する。

 

幸い、魔法学園からはさして遠くは無かった。

 

ただ、市内にあるが故に、幾つかの大通りを通過せねばならず、

 

不幸なことに今は、交通網の全差し止めが迫っており、

 

車道と呼べる車道は車でごった返していた。

 

普通の渋滞程度であれば車と車の間をするりとすり抜け、横断することも不可能ではないが、

 

今回はレベルが違う。

 

車間距離はほぼ皆無に近い。

 

こりゃあ、どっかでぶつけたのぶつけてないのの小競り合いが起きるだろうな。

 

南無阿弥陀仏。

 

よし、ここは一丁やったるか。

 

 

「ふー……『転逆』」

 

 

同時に跳躍。七メートル程の距離を一度に、それも無助走で飛び、中央分離帯に着地。

 

さらに間髪入れず、再跳躍。

 

対面の歩道に着地した。

 

暫く進むと、またも大通りに引っ掛かったので同様に、

 

 

「『転逆』ッ!」

 

 

跳躍し、軽々と越えていく。

 

この『転逆』という技。まあ、技というよりは小ネタに近いが。

 

身体の筋肉を頸部からバネのごとく波状に運動させ、パワーを伝導させる。

 

当然、末端の脚に向かうほどパワーは増強され凄まじい跳躍エネルギーを生み出す。

 

そして、着地時にもコツがある。

 

それは着地衝撃をほとんど肉体で受け取らないことだ。

 

具体的には踵をほとんど地面に付けず、爪先のみで着地し、

 

着地衝撃すら再跳躍ないし走行に転用する。

 

正直、最初の頸部筋肉のバネ伝導さえ成功すれば後は流れでダッシュもジャンプも何でもござれだ。

 

この技を用いれば、最大跳躍10メートル、走行速度40km/hも不可能ではない。

 

つまるところ、ジ○ジョ七部のサンド○ン、と言えば理解できる人は理解してくれると思う。

 

出力を維持し、駆け抜けること10分弱。

 

俺は山も登りきり、頂上に到達していた。

 

そこに佇むは日射馬(はるいま)神社。

 

経年を感じさせる古めかしさと神々しい荘厳さが相まって神さびた光景を生み出す神住まう社がそこには有るはずだった。

 

有るはずだったのだが——

 

炎上。

 

立ち上る紅蓮の煌めき。

 

真紅の燐光を弾かせ、灰煙は青天に彷徨い、足許には黒灰。

 

神仏の骸。

 

日射馬(はるいま)神社は焼失していた。

 

 

 

ケタケタ……と、

 

何処よりか悪鬼の嘲笑が聞こえた気がした。




次回も未定。

気軽に書いていきます。


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第捨弐話 第零聖域 ‐The Zeroth Sanctuary‐

随分と開いたなぁ。

申し訳ない。まぁ亀投稿だからね。

寝惚けながら書いてたので文章ぐちゃぐちゃです。

お許しを。


日射馬神社が、燃えている。

 

眼前にて立ち上る灼熱に気を取られ、油断を赦してしまった。

 

背後に忍び寄る気配に対し、だ。

 

——ッ!

 

零コンマ以下レベルで反応に遅れたが、すんでのところで、それの回避には成功した。

 

一閃。

 

身を翻し、バックステップの緊急回避を取ったところに、喉笛を掠めるような剣筋。

 

危なかった——ッ!

 

そうとしか謂いようの無かった。

 

危うく俺の喉から真っ赤な御花が咲き乱れるところだったぜ。

 

自身の心配はこれで終わりにして、俺は素早く正面を見据える。

 

そこにいるはずの()を視界に入れる為に。

 

だが、居ない。

 

視界の先では空しく風の過ぎるだけであった。

 

そして直感的に察知した。

 

背後を取られた、と。

 

 

「人間の最大の弱点って何だか知ってる?」

 

 

背中から声が聞こえた。

 

男のようにも、女のようにも聞こえる、不気味な声音だった。

 

俺の答えを聞くこともなく、声の主は勝手に語り続ける。

 

 

()()だよ。

 

呼吸は、肉体における相対的時間感覚を司る。

 

にも関わらず、呼吸というものは外的環境に影響されやすい。

 

戦闘における時間感覚の支配力は絶対だ。

 

そこに乱れが生じれば、それは自身の弱点に直結する。

 

わかるかな?」

 

 

声はまるで俺を諭すかのように語りかけてくる。

 

 

「学園からここまでの全力疾走御苦労。

 

素振りは見せないけど、そこそこ息、上がってるんじゃあないかな?」

 

 

図星だ。

 

思わず身体が緊張した。

 

 

「おっと、また呼吸が乱れたね。

 

筋肉も一瞬強張ったみたいだ。

 

駄目って言ったでしょ。

 

言われたことは一度で実践しないと——

 

君はそこらの木とおんなじだ」

 

 

液体窒素のような底冷えする温度で声は語る。

 

 

「惜しかったなぁ。あと0.14秒、筋肉の緊張が続いてたら、

 

今君死ねたのに」

 

 

恐ろしい。

 

戦わずとも分かる、仕合わずとも理解できた。

 

コイツは駄目だ。

 

俺なんかでは確実に勝てない。

 

恐らく一つ数えるうちに全身を百分割ぐらいにされてしまうだろう。

 

やばい、逃げないと、逃げないと死ぬ。

 

せめて今は、今だけはッ!

 

この場を直ちに離れなくてはッ!

 

直後、

 

 

 

ぬぷり、と。

 

甚だ厭な音を立て、左胸に冷たい感触が突き立った。

 

刀……?

 

そう気付いた頃には胸から既に刀は抜かれ、

 

代わりにワイン樽にナイフ傷を付けたかのように赤々とした鮮血が傷口から溢れ出ていた。

 

 

「カ……ハッ…………!」

 

 

吐血。

 

地面に血痕が数滴飛び散る。

 

しかし、それすらも胸から迸る流血によって掻き消される。

 

暫くして、俺の肉体は糸の切れたマリオネットのようにうつ伏せとなって地にくずおれた。

 

倒れざまに後ろをチラと振り返ったが、奴の手にあったのは刃渡り30センチ程度の小刀。

 

本振りと思われる大太刀は、奴の腰の鞘に収まっていた。

 

 

「死んだ、かな?心臓を一突きだし。

 

あれ、にしては出血量が少ない気が……」

 

 

声の主は不審に思い、地面に臥す俺を見下した。

 

だが、倒れ込んだ俺の下に出来た血溜まりは段々とその面積を拡大していた。

 

一向に止まる気配もない。

 

 

「ん、結構血ィ出てるじゃん。

 

なら重畳。いずれ死ぬね。意外と手応えなかったなぁ。

 

まあ、『空断(からたち)』を使わなかったのは恩情と思いなよ」

 

 

良かったね、死体は遺るから。

 

何て、死体に言っても無駄か。

 

口も無ければ、耳も無いし。

 

声は続けた。

 

そう言って、男か女かも分からない未知(アンノウン)の敵は去っていった。

 

数秒後、

 

 

「ケホ……ッ」

 

 

口から血の塊を吐きながら俺は起き上がった。

 

力無く震える脚に鞭を打って立ち上がる。

 

ぶじゅり、と、

 

俺は傷口から人差し指、中指、薬指の三指を抜いた。

 

只でさえ血が(つゆ)だくに溢れ出ていたのに、指を抜いた途端、

 

堰を切った貯水池のようにどばどばと鮮血が零れ出てきた。

 

糞……ッ!意識が遠のく。

 

だが、此処で意識を失うのは危険だ。

 

いつ奴が戻ってくるかも分からん。できれば、即時撤退したいところだが、

 

如何せん血を失いすぎた。

 

力がでない。

 

と、ここで健全なる読者諸氏は何故俺が生存しているのか気になっているところだろう。

 

例え気になっておらずとも是非聴いていただきたい。

 

奴が俺の左胸を貫いたとき、奴の脇差は、生物学的に寸毫の狂いもなく心臓の位置を確実に貫いていた。

 

そう、生物学的には。

 

要するに、俺は違うということである。

 

俺の心臓はその位置に無いということである。

 

ついさっきの極限状態だからこそ咄嗟に思い付いた作戦だが、

 

俺は内臓逆位なのだ。

 

内臓逆位——その名の示す通り、内臓が左右()になる先天的症状のことだ。

 

まるで鏡写しのように、左右が反転する。

 

この内臓逆位だが、普段の生活をしていて困ることは何らない。

 

ただ病院に罹るとき、既存の身体構造知識が通用しないため、

 

手術や診療が困難でありはするが。

 

今回ばかりはこの内臓逆位に救われたと言えよう。

 

何せ俺の心臓は、通常の人間と違って左ではなく()にあるのだから。

 

しかしそれでは奴を誤魔化すには足りなかった。

 

現に、さっきも死亡を疑われたしな。

 

だから一芝居打ったって訳よ。

 

具体的に言うなら刀で刺された傷口に三本指を突っ込んで、取りあえずやたらめったらに掻き回したのだ。

 

うまくうつ伏せに倒れたので、その様子を窺い知ることはできない。

 

お陰で血がたっぷり出て、奴を騙すことに成功したぜ。

 

たった一つ厄介なことは……

 

 

「うぇっ……、ちっとばかし血ィ、出し過ぎたぁ……」

 

 

演技とはいえやりすぎたか?

 

だが、あのくらいしないと冗談抜きで俺は死んでいた。

 

いや今も現在進行形で死にそうなんだけどな。

 

するとやや遠方からサイレンの音が木霊してきた。

 

あちゃぁ……消防車に、パトカーまで居るぜ。誰かが通報したんだな、そらそうか。

 

何せ神社の本殿をまるまる焼き尽くした大火だ。

 

市街地から見えていてもおかしくない。

 

コイツは余計にヤバいね。

 

このまま此処でぶっ倒れたら後々厄介なことになりそうだ。

 

被害者とした処理されそうなものだけども、どちらにせよ面倒くさいことに変わりはない。

 

さて、長らくやる機会が無かったが、今でも出来るかねぇ。

 

俺は今にも切れそうな意識の糸を必死に繋ぎ止め、直立の体勢をとる。

 

 

唵阿毘羅吽欠蘇婆訶(おんあびらうんけんそわか)唵阿毘羅吽欠蘇婆訶(おんあびらうんけんそわか)唵阿毘羅吽欠蘇婆訶(おんあびらうんけんそわか)……」

 

 

それは、真言(マントラ)

 

俺はその超自然の呪文を紡ぐ。何度も、何度も。

 

次第に、血が凝固し、流血が止まった。

 

傷口からは神秘の燐光が立ち上り、徐々に刀傷を癒やしていく。

 

三分経った。

 

あったはずの創傷は見る影もなく、表皮質まで張ってある。

 

しかし、これはあくまで外面のみの回復にすぎない。

 

未だに中身はズタボロだ。

 

直ちに病院へ行くべきだろう。

 

パトカーのサイレンが止んだ。参道の前である。

 

対して消防車のサイレンは鳴り止んではいない。

 

裏の山道から回り込むのだろう。

 

ならば俺も山道から下山すべきだろう。

 

参道から降りた方が幾許か距離が短いが、警察と鉢合わせにはなりたくない。

 

それなら、消防隊員に姿を見られるかもしれないが、山道の方から下りた方がマシである。

 

万一、声を掛けられたとしても『転逆』で逃げればいいし。

 

そしたら多分傷が開くけど。

 

痛みをこらえ、一歩脚を踏み出す……と。

 

おっと、忘れてた。

 

地面に垂れ流した血をそのまんまにしてた。

 

これじゃ、犯人が殺人現場に被害者の血が付いた身分証を置いてってるようなものだ。

 

別に俺が何か犯罪者って訳じゃないが、神社の火災現場に俺の血が残ってしまっていたら、

 

俺は何らかの形で警察機関に出頭を命じられるのは必至。

 

それはかなり面倒くさい。

 

 

「俗の血肉に穢れし、母なる神輿、祓い給え、浄め給え、『坤輿清浄(こんよしょうじょう)』、喼急如律令」

 

 

唱えると、一面に広がっていた血の海がみるみる浄化され、血風として散滅した。

 

俺は今無き神社に背を向けると、

 

俺は内側から張り裂けるようにズキズキと電気的痛覚を響かせる左胸を押さえ、山を下った。

 

 

2

 

 

下山すると、すぐに市立の病院へ直行した。

 

神城市による外出規制が発令されたが、医療機関は平常運転の必要があった。

 

外出規制があったとはいえ、外来患者は相当数いた。

 

受付で、「左胸刺されたんですけど早急に看ていただけませんか?」と無理を述べたものの、

 

当の傷口はとっくに塞がっており、第一、左胸を刺されたのにも関わらず、俺は割とピンピンしてる。

 

受付のお姉さんは多量の疑問符を頭上に浮かべた結果、「順番をお待ち下さい」と丁重に窘めた。

 

健康保険証(IC仕様)を突き返され、結局それ以上は何も言えずに、俺、すごすご退散。

 

ちくしょう、こんなことなら半端に治療しなきゃよかった……

 

くそぉ、いてぇ……泣く。

 

ようやく俺の名前が呼ばれて、診療室に入り、医者に俺の身体の現状況を事細かに伝えると、

 

医者は数秒硬直し、困り顔をしていたが、なくなくレントゲンは撮ってもらえた。

 

そしたら俺の左胸で凄まじい内出血が起こっているではないか。

 

真言での治療は所詮、バスタブに申し訳程度のカバーを被せただけであり、水を入れ続ければいずれ溢れ出す。

 

というわけで手術。

 

んで無事終わり。

 

からの病室に入れられた俺はベッドの上で回復力上昇の祝詞を詠じる(治癒ではなく回復力だ)。

 

まるまる一時間使ってやっとこさ回復した俺は昭和の少年漫画みたいに病室を抜け出し、病院を後にした。(ちゃんとお金は払った)

 

さて、傷も治ったことだし、

 

いっちょ犯人見つけて『仕返し』と相成りますか。

 

 

2

 

 

犯人を見つけるに当たって、まぁ取り敢えずは帰宅したわけだが、俺の制服の胸部が血みどろになっているのを見た我が愛し妹(マイラヴリーシスター)が、

 

 

「おにーちゃん!?大丈夫!?服が血で真っ赤っかなんだけどっ!?えっ、死ぬの?じゃあ今からお坊さんに戒名貰って葬儀会社に葬儀の依頼して墓石も買わなきゃ!」

 

と殊勝にも心配してくれた。

 

良い妹を持った兄は幸せだ。

 

 

「そんなことよりも我が妹よ(ディアマイシスター)。事件だ」

 

 

そう口火を切ってから、俺は事のあらましを話した。

 

 

「なるほど……神社を焼く男。それにおにーちゃんが不覚を取るほどの手練、かぁ。はてさっぱりだよ……」

 

 

「さっぱり、か」

 

 

「そうだね。少なくとも私の情報網には引っ掛かってない。恐らく鵺家の対立派閥ではないと思うよ」

 

 

そうか……。

 

とうに鵺家を出奔し、家元に帰属していない俺でも度々、鵺家に対立感情を持ってる奴らに付け狙われることがある。(そんな方々には丁重にお帰り頂いているが)

 

ということは単純に神社の放火目的。

 

愉快犯にしては余りに能力と才覚を持て余している気がする、が。

 

 

「いやしかし、正面から闘って負けるならまだしも背後を取られるとは……、俺もまだまだだな」

 

 

「最近、修行サボってるからね〜」

 

 

「はぁ、何だっけ?『これからお前が出会う災いは、お前が疎かにした時間の報いである』とか何とか」

 

 

「ナポレオンかな?」

 

 

「そうそれ」

 

 

流石だ、我が妹よ(ディアマイシスター)。一般常識は欠如している割に変な所で博識である。

 

そう俺らが取り留めのない会話をしていると、

 

prrrrrrrrrrrrr♪

 

着信音だ。それも俺と我が妹、二人の携帯に同時に着信である。

 

 

「どうやらメッセージみたいだね」

 

 

俺よりも携帯の操作技術に長けた妹がいち早くその内容を読み上げる。

 

 

「禍酒先生からだ……。『緊急召集。このメールを受け取った者は、各自警戒を怠らず本学園学園長室まで来るべし。』か」

 

 

「学園長室まで、ってことはこの下達の主体は学園長と見ていいな。これは相当な事案と見える」

 

 

「そうだね。急ぐべきかも」

 

 

そう言って俺らは辺りを警戒しつつ学園に再度向かうこととなった。

 

 

3

 

 

学園長室のドアを開けるとそこには、

 

担任の禍酒先生、合法ロリ学園長・舞神千歳、今宵も見目麗しき夜鳥巫仙、今宵も幸の薄そうな時椿叶深、それに知らないおっさんと、そして、

 

 

「げ、貴方……」

 

 

物凄い嫌そうな顔をして嫌そうな台詞を口にした、誰あろう緋狩澤光が居た。

 

 

「よく来てくれた二人共、まぁ色々言いたいことはあるだろうが、掛けてくれ」

 

 

禍酒先生に促され、俺達も学園長室の高級そうな(実際高級なのだろう)ソファーに座る。

 

 

「君達に集まってもらったのは他でもない」

 

 

禍酒先生がそう切り出す。

 

 

「此度の第Ⅱ種警戒態勢(コード・オレンジ)についてだ。一度帰した手前、再度召集するのは忍びなかったが、あれは他の生徒も居たからな。許してくれ。そして本件に関してだが、極めて重大な案件だ。口外はしないで欲しい」

 

 

その言葉に場の空気が一斉に張り詰める。

 

 

「詳しい話はこちらの方がしてくれる。嶽業(たけごう)さん。では、宜しくお願いします」

 

 

嶽業さん、とそう呼ばれたおっさん――年齢は五十前後、体格はガッシリとしていて、その顔の彫りは深く、眼光は研ぎ澄まされた刃のようである――が禍酒先生の話を継ぐ。

 

 

「どうも、皆さん。私は総務省魔法局局長の嶽業胤仁(たけごうかずひと)です。以後、お見知りおきを。まず皆様方に話をする前にこちらに一筆願いたい」

 

 

総務省って……政府のお偉方じゃねぇか。しかも魔法技術の浸透に伴い新設された外局・魔法局。魔法先進国の日本故に強権を持つ組織だぞ。

 

とんでもない人が来たな。

 

そう言って嶽業さんは漆黒の鞄の中から人数分の紙面を取り出す。

 

 

「これは……」

 

 

叶深が思わず声を漏らす。

 

 

「契約書です。契約内容は書いてある通りです」

 

 

書いてある内容を要約すると、これから話す内容を決して他言するな。違反した場合、厳しい沙汰が下ると思え、とのこと。おおこわ……ちびっちゃうね。

 

俺達はその文面に多少の恐懼を抱きつつもペンで自分の名を走らせ、拇印を()す。

 

 

「これで契約に同意したと見て宜しいですね。では話を始めましょうか」

 

 

而して嶽業さんは切り出す。

 

 

「君達に集まってもらったのはこの学園の優秀者であり、高い魔法戦闘スキルを持つからです」

 

 

その言葉に、俺はおずおずと手を挙げた。

 

 

「どうされましたか?陵君」

 

 

「あの、俺、いえ私黒鵺陵はFクラスなんですが……」

 

 

(とぼ)けてもらっては困りますよ……陵君。魔法学園は魔力保有量や魔法技術など、いわゆる形而下の基準で評価しますが、我々魔法局は各自生徒の戦闘能力――形而上の基準による評価も行っているのですよ。君の実力は()()()()の折り紙付きです。」

 

 

クソう……完全に握られている。やっぱ政府の諜報能力を舐めたらあかんなぁ。

 

 

「それに君が呼ばれた理由はもう一つあります。寧ろこちらの理由が大きいんですがね。君も分かっているのでしょう。ねぇ」

 

 

嶽業さんの一言で皆の視線が俺に集まった。

 

 

「古代魔法……ですね」

 

 

その言葉に俺が陰陽術遣いであることを知らない叶深と緋狩澤が反応した。

 

 

「え、陵さん……!」

 

 

「古代魔法遣い、だったの……!」

 

 

二人共、俺のことを唯の、若干強いだけの魔法使い堕ち(ワースト)と思っていたようで驚いたように俺を見る。うーむ、参った。できるだけこのことは秘しておきたかったが……。

 

 

「そうだ。別に知られて困ることではないし、できればシークレットにしておきたいというだけのことだったから、この際はっきりさせておくが、俺は古代魔法――陰陽術の使い手だ」

 

 

俺の暴露に先程まで衝撃は受けなかったようだが、古代魔法使いというのは割と希少なものらしく驚きの混じった視線を向けられる。

 

俺はその空気を断ち切るように、

 

 

「嶽業さん。こんなこと、どうだっていいでしょう。早く、話の続きをしてください」

 

 

と促す。

 

 

「失礼。では、続けようか。諸君、此度の事件は本国の魔法社会を大きく揺るがすものだ。最悪の場合、魔法先進国としての日本が失墜する可能性も大いにある」

 

 

空気が変わった。

 

余りに誇大な表現故に冗談のように聞こえてしまうが、目の前の男の声音は真剣そのものである。

 

 

「魔法的観点において、寺社仏閣などの霊的魔的オブジェクトの効果とは、分かるかね」

 

 

「不規則的に散逸している魔力エネルギーに規則性を付与し、集合性を持たせるよう統御(コントロール)する、です」

 

 

緋狩澤が答える。

 

 

「その通りだ。魔力を拠り所とする魔法は、常に魔力のエネルギーに晒されていなければならない。故に魔法の起動自体は脳から分泌される魔力で行えるが、その魔法の維持は大気中に漂う魔力が極めてエッセンシャルとなるのだ。

さて、君達はこの寺社仏閣を魔力の統御能力の多寡によってランク付けしているのをご存知かね」

 

 

嶽業さんは質問形式で俺達に呼び掛けた。

 

 

「はい。知ってます。『聖域システム』でしたよね」

 

 

それに答えたのは叶深である。

 

 

「然り。魔力集合能力を持ったオブジェクトを『聖域』と看做し、第一〜五にランク分けして国あるいは地方自治体で保護しているのだ。それくらいは君達も知っているだろう」

 

 

俺達が生まれて間もない頃に制定されたものだが、魔法学園生徒なら誰もが知るものだろう。ましてや古代魔法サイドの俺は尚更である。この『聖域システム』によって各地の寺社の所有権を巡って古代魔法勢力(特に僧や神官一族など)と現代魔法勢力が激突したのは俺も幼いながらに記憶していた。

 

 

「そしてここからが対外秘事項だ。これは政府の中でもトップに近い人間までにしか知られていないが、その『聖域システム』のランクには第零というものが存在する」

 

 

皆はそれほど驚いた様子ではない。そりゃそうだ。突然、第0十刃(セロ・エスパーダ)ってのがあったんだぜ!って言われてもどう驚けばいいのか分からない、あれと同じだ。

 

 

「そしてその『第零聖域』がこの神城市には二つあったのだよ」

 

 

二つ、()()()?過去形ということは、つまり……

 

 

「日射馬神社はその一つだった」

 

 

やはり……!

 

俺の頭の中でパズルのピースが嵌った音がした。

 

 

「日射馬神社ってあの……初詣とかによく行く?」

 

 

叶深が信じられないというように問訊する。

 

 

「そうだとも」

 

 

「何故、あんな一般に開放しているような神社が第零聖域ですので?普通ならもっと厳重に封鎖すべきですのに」

 

 

ここで巫仙が初めて声を発した。

 

 

「木を隠すなら森の中、という訳ではないが、今の君を見れば分かるだろう?よもや大衆に開けっ広げにしている神社が第零聖域とは誰も思うまい」

 

 

「確かに、確かにそうですが……にしてもリスクが高いのでは」

 

 

俺も思わず尋ねた。

 

 

「無論、厳重な警護は行っていた。神社内のあらゆるオブジェクトに最上級の防護結界を十重二十重に張り巡らせてある。それにあそこに常駐していた神主や巫女は政府機関に務める日本国トップレベルの魔法使い(ウィザード)だ」

 

 

「でもそれは大火に焼かれてしまった」

 

 

俺がそう発すると全員がぎょっとしたようにこちらを向いた。

 

 

「彼の言う通りだ……日射馬神社は跡形もなく焼失している。現在、神城市の魔力均衡は極めて不安定だ」

 

 

「で、でも!神社って物凄い防御結界が張られていたんですよね!」

 

 

叶深が叫んだ。

 

 

「でもそれが破られたってことは……」

 

 

我が妹が恐ろしい予想を口にしようとする。

 

 

「そうだな。犯人は恐らく唯の愉快犯ではない。それどころか、国家転覆レベルの極々強大な魔法使いだ。それも古代魔法使い……」

 

 

その言葉に俺の息が詰まる。まぁ、やはり身内の犯行か。

ガキの頃から思っていたが、ろくな奴がいないなぁ。

 

 

「そ、そんなの……」

 

 

「それで、私達はどうすればいいんですか?まぁ、何となく分かりますけど」

 

 

叶深が戸惑う中、我が妹が極めて冷静に問うた。

 

 

「君達に頼みたいのは本事案の犯行者の拿捕です」

 

 

嶽業さんは声音を一層強めて言った。

 

 

「そんな……国家転覆級の魔法使いなんて、私達に」

 

 

「降りても結構ですが、その場合、我々――いやこの日本は滅びます。まず間違いなく」

 

 

「!!何で……」

 

 

「当然です。今回の犯人――いえ、最早単独のテロリストとでも呼びましょうか。テロリストの目的が第零聖域の破壊ならばほぼ確実に他の第零聖域を破壊しに行くでしょう。第零聖域は日本に三つしかありません。神城市の日射馬神社・潜銜寺(せんげんじ)、そして北海道のノチィ・ナレ寺院です」

 

 

「でも第零聖域が無くてもその他の聖域があれば……」

 

 

「とんでもない。第一以下の聖域の魔力統御能力は第零聖域の0.1%以下です。もし全ての第零聖域が破壊されれば君達は皆ただの一般人になります」

 

 

室内の全員に戦慄が走る。

 

 

「それだけではありません。魔法国日本の失墜は、即ち高い魔法技術を有する諸外国からの蹂躙を意味します。独立した自衛権を獲得していた日本は、忽ち片務的な防衛条約を結ばされ、国防の代償に大量の魔法技術を盗まれてしまうでしょうね」

 

 

確かに、そうなれば日本という国家はほとんど傀儡と同じに成り下がる。

 

 

「故に、君達には必ずテロリストを拿捕してもらいたいのです」

 

 

俺達サイドの奴の所為で国家崩壊なんてのは最悪のシナリオ過ぎる。

 

 

「ところで、良いですか?」

 

 

「何故、愛神先輩や東破魔先輩などをお呼びにならないので、それに他の先輩方も。何故この五人を……?」

 

 

「十神眷属や四神の一角である彼らは彼らなりの対応に追われているんだ。それに君達はそこらの先輩達よりも遥かに強い。小手先の技術力では彼らに分があるだろうが、実質的戦闘能力は君達の方が格段に上だ」

 

 

そうか。

 

 

「ここは明確にしておくけどね、君達はこの国の学生魔法使いでトップに君臨すると思って貰って構わないよ。だからこうして頼んでいるのだ」

 

 

そこまで買われているのか。

 

 

「そこで君達に頼みたいのはテロリストの次の目標と思われる潜銜寺の防衛だ」

 

 

潜銜寺(せんげんじ)――――

 

確か平安末期頃に台密の影響を受けて建てられた山岳寺院だったか。

 

 

「あそこには『無色界の錫杖』と呼ばれる宝具も奉納されている。潜銜寺の魔力統御能力の大部分を占めるものだ。あれさえも破壊されれば君達魔法使いは本州を捨てて皆北海道に移らねばならないだろうな」

 

 

「というわけで、だ」

 

 

そこで初めて学園長が口を開く。

 

 

「嶽業殿は立場上、君達に強制はできないだろうから私から言わせて貰う。

 

『やれ』

 

やらなきゃ日本国民総共倒れだ」

 

 

おいおい、それは教育者としてオーケーなのか?舞神ちゃん。

 

 

「はッ、反面教師とでも悪魔とでも、何とでも思うがいいさ。この学園に居る以上お前達は私の指みたいなものだからな。『やれ』と言われたら『やる』のだ」

 

 

余りに専横極まるお言葉だ。

 

 

「安心し給え。今回の事案に際して、首相は警察と自衛隊の出動命令を発動した。魔法三十年戦争後初のね。彼らも一緒に戦ってくれる」

 

 

嶽業さんの念押しに、皆は一斉に溜め息を吐き、

 

 

「やります」

 

 

「や、やらせて頂きます」

 

 

「やりますわ」

 

 

「やるやる」

 

と依頼を受諾していく。

 

 

「えぇ、やりますよ」

 

 

同調圧力とか、そんなんじゃない。単純にそういう責務なのだ。責任だ。使命と言ってもいい。俺達サイドの馬鹿がやらかした事で国家滅亡とか最悪の筋書き過ぎるぜ。まぁ、身内の尻を拭うだけの簡単なお仕事さ。

 

それに――――

 

 

ロリに命令されるとかやる他ないじゃないか。

 

 

「では君達に依頼する。テロリストの狙いは第零聖域・潜銜寺の破壊。君達の任務は、その防衛、そしてテロリストの拿捕だ。テロリストはいつ襲撃を掛けてくるか分からない。常に警戒を怠らない様に」

 

 

「安心しろ。長引くようなら欠席も免除してやる」

 

 

二人の声を受け、俺達は決意を抱く。

 

国家転覆を目論む諸悪を滅ぼす、と。

 

 

空に決戦の風吹く。

 

我ら兄妹の安寧貪る、害悪の心臓を、

 

喰い滅ぼす刃の風が。




途中から地の文スカスカですいません。

頭溶けてきちゃいまして。

次も未定。


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