君はヴァンガード (風寺ミドリ)
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第1章 少女にとっての奈落
001 再会の日


少女は居間に飾られた両親の写真に一礼して、玄関を出ていく。

 

空は灰色の雲に覆われ、今にも雨が降りだしそうだった。

 

傘も持たずに家を飛び出した少女は、天台坂高校へと向かって走っていった。

 

 

 

その少女の名前は深見ヒカリ。

 

 

 

“ごく普通の高校一年”である。

 

 

 

………“今は”………。

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

(……まさか学校に傘を置いてっちゃうなんて…ね)

 

深見ヒカリは学校の傘立てに置かれた自分の傘を見つめていた。

 

 

 

ヒカリの通う“天台坂高校”はヒカリの住む家から歩いて行ける距離にある公立高校だ。

 

5月ももう終わりということもあり、生徒達には中間テストが迫っていた…そのため学校内や通学中に様々な人を見かけることになる。

 

すでにテストの予定を立てている者。

 

今はまだ何も考えず友達と語らう者。

 

とりあえず友達からノートを借りる者。

 

特にヒカリ達高校一年生にとっては初めての定期考査だ。

 

ヒカリのクラス…1年B組でもそういった人間を沢山見ることができた。

 

春に初めて出会った者が多数とはいえ、だいたいの人間はすでにある程度の“グループ”を作り、それに馴染み始めている。

 

(ま……私は………ね…)

 

そう言えば…昨日、言葉発しなかったな…等と考えつつ、ヒカリは学校の玄関で靴を履き替える。

 

 

時刻は7時42分。

 

 

ヒカリの教室にはまだ誰も来ていない。

 

 

ヒカリは窓の側にある自分の席についた。

 

 

ヒカリは窓に反射して映るショートカットの自分の姿を見つめながら考え事をする、一日はそうして過ぎて行くのだ。

 

少しずつ生徒達が登校してくる。

 

単語帳を熱心に見つめる女子や、ノートの貸し借りをする男子…教室はいつのまにか賑やかになっていた。

 

(…………)

 

ヒカリは窓の外を眺めながら今日の夕飯を何にするか考える。

 

(……ハンバーグ……食べたいなぁ…)

 

そんな事を考えている内に先生がやって来て、生徒達は自分の席につく。

 

朝の挨拶の後に、先生の話が始まり、ヒカリは自然と前の席に座る少年を見つめた。

 

 

青葉ユウト……天然パーマが印象的な同じ1年B組の生徒だ。

 

中学校は違うとはいえ、小学校の間はずっと同じクラスだった。

 

 

ヒカリはユウトのことを典型的な主人公タイプだと思っている。性格は真っ直ぐで、すぐおせっかいを焼きたがる所がある。

 

誰にでも好かれやすい人間だろう。

 

入学した高校で同じクラスに彼がいた時は驚いたものだ。

 

 

(…まぁ…話しかけてないけど)

 

 

だが、

 

その日のユウトが学校で見せた“それ”はヒカリにとって新鮮なものだった。

 

休み時間の間…いや昼食の時間の間もずっとノートに向き合っているのだ。

 

(……勉強が……壊滅的なのかな…)

 

決して秀才ではないが、特に苦手教科があるようには見えなかったが、一体どうしたというのだろう。

 

そんな失礼なことを考えつつ、ヒカリは彼のノートを覗き見る。

 

(…“先攻はアタックできない…”……?)

 

青葉ユウトは時折悩みながらノートに、何かを書き続けている。

 

(……“デッキの中のトリガーは16枚…”“パワーは同じ数値でもアタックはヒットする…”……)

ノートの中の単語がヒカリの古い記憶を刺激する。

 

(これって……)

「…“カードファイト!!ヴァンガード”…?」

ユウトはゆっくりとこちらに顔を向ける。

 

「…ヒカリ………」

 

「え……あ……青葉クン……」

 

「ヴァンガード…知ってるのか!?」

 

 

ヒカリの頭の中で“忌まわしい記憶”が再生される。

 

頭を垂れる大勢の人間……緋色の瞳の竜…。

 

 

「………ううん」

 

「…そっか」

 

(………話しかけなければ…良かったかな)

 

 

ユウトは手に持った“それ”を見せて言う。

 

 

“それ”は一枚のヴァンガードカード。

 

 

「えっと…いい材質のカードだよな」

 

 

だからどうした、ヒカリはそう言いたい気持ちを全力で抑える。

 

 

彼の見せた1枚のカード。

 

そこには雷を纏った紅の竜が描かれていた。

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

ユウトの話によると、最近“カードファイト!!ヴァンガード”というカードゲームを始めたらしい。

 

今日はノートの上でルールを整理していたそうだ。

 

「俺の兄貴がカードショップを開いたって言ってきてさ、何か俺にもできるカードゲームはあるのか~って聞いたら薦められたんだ」

 

ヒカリはユウトが飽きやすい性格だったことを思い出す。

 

「…飽きずに………楽しめそう?…」

 

「ああ!今までカードゲームってちゃんとやったことなかったからな~ 兄貴にデッキもいくつか貰ってさ!色々試しているんだ」

 

「………そうなんだ」

 

 

ヒカリは窓の方へ顔を向ける。外には家へと帰っていく大勢の生徒がいた。

 

(…ヴァンガード…か)

 

 

「ヒカリ」

 

その言葉にヒカリは再びユウトの方を見る。

その目がきらめくのを感じた。

 

 

(…嫌な予感がする………)

 

「ヒカリ、良かったら」

 

「…私、この後喫茶店行くんだ……」

 

 

 

ユウトが話しかけるが、ヒカリは話題をそらす

 

 

 

「あ!もしかして“ふろんてぃあ”!?」

 

「…うん」

 

喫茶ふろんてぃあ、ヒカリがよく行くお店である。

“ふろんてぃあ”の店長が用意するケーキやパフェは絶品であり、ヒカリも大好きなのだが…

 

 

「あの店、いつまで残っていられるかな…」

 

 

“ふろんてぃあ”では閑古鳥が全力で鳴いている。

 

丸一日お客さんが来ないこともあるとか。

 

店長によると隠れ家的喫茶店を目指したからだそうだが。

 

「いや、あの店全く隠れてないけどな」

 

「青葉クン………あの店知ってるんだ…」

 

「だって、小学校の頃ヒカリにあの店教えたのは俺だし」

 

(…………忘れてた)

だんだんと日が暮れてきている。

 

 

 

「そうだ!その店で」

 

 

 

「………いや、私は」

「ヒカリも一緒にヴァンガードを!」

 

「…遠慮します………」

 

「ルール教えるから」

 

「嫌です…」

 

「一回くらいさ」

 

「しつこい男は嫌われるよ…?」

 

「…………………」

 

 

しばらくの間沈黙が続く。

 

ヒカリは心の中で自分の勝利を確信した。

 

 

 

 

「ストロベリー・スペシャル…」

 

ユウトが口を開く。

 

「“ふろんてぃあ”のストロベリー・スペシャルを食べたくはないか?」

 

「…!」

 

「どうかな?」

 

「………………………くっ」

 

ストロベリー・スペシャルとは“ふろんてぃあ”で最近登場した新しいパフェの一つである。

 

このメニューは友達と二人で来店したときでないと注文できないというルールになっている。

 

現在、友達のいないヒカリはまだ食べたことはなかった。

 

(……ストロベリー・スペシャル……うっ……私は)

 

「さあ、ヴァンガードを一緒にやろう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………いいよ」

 

 

 

 

(…………甘味に負けた?……違うよ…このまま青葉クンを放っておくのも可哀想かなって思っただけだよ…)

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

夕方、二人は喫茶店“ふろんてぃあ”に来ていた。

 

 

「店長~静かにするから許してよ」

 

 

ユウトは店の奥にいる男性に呼び掛けた。

 

 

「全く…本当に静かにしろよ?他の客だって」

 

「いないじゃん」

 

「………」

 

見るからに落ち込む店長。

 

 

 

「…あの…ここのパフェ………私、大好きですよ」

 

 

「そう言ってくれてありがとうヒカリちゃん!君は正に天使だよ!」

 

 

「さすが店長!俺もそう思う!」

 

 

「…………大袈裟…」

 

 

 

 

 

 

 

店長との会話の後、私達は席についた。

 

「…パフェ」

 

「後でな」

 

「……………そう」

 

ユウトはいくつかデッキを取り出す。

 

「兄貴の作ったデッキでさ、わざと改良の余地を残してあるらしいんだ」

 

そう言いながらデッキを並べていく。

 

 

 

「それじゃあ今からルールを説明する」

 

「…いらないよ………ルール知ってるから」

 

「………え?つまり…それは」

 

「…………だから……早くパフェ食べよ……でも」

 

「?」

 

ヒカリはユウトの取り出したデッキを眺めながら聞く。

 

「…別に私じゃなくても良かったんじゃないかな……私は……ほら……寂しい奴だよ…」

 

 

 

「ヒカリ………そんなこと」

 

すると、突然店長がやってきて喋り出した。

 

「そりゃあヒカリちゃん、自分と同じものに興味をもってほしいだろ? 好きなkghぅえええ!?」

 

結果、ユウトの右ストレートが飛んだ。

 

「店長……何言ってんだ?」

 

「ハハハ…オメェ……」

 

ヒカリはユウトの持ってきたデッキの中にとても懐かしい“クラン”のものを見つけた。

 

「……これ」

 

「ヒカリはそのデッキか?」

 

「………うん」

 

デッキの中身を一通り眺めて答える。

ヒカリにとっては見慣れないカードも多かったが、不思議と不安にはならなかった。

 

 

 

「えっと………ルールの説明がいらないなら…始めるか!」

 

ヒカリとユウトは互いにFV…グレード0のカードを一枚裏向きにして置いた。

 

二人はデッキのシャッフルを始める。

 

その間、ヒカリはあることを考えていた。

 

先ほどデッキの中身を確認したとき見つけたカード。

 

 

その名を、“幽幻の撃退者 モルドレッド・ファントム”

 

 

ヒカリはその緋色の瞳に見覚えがあった。

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

先行と後行を決めるジャンケンの結果、青葉ユウトが先行に決まった。

 

(これは俺にとって兄貴以外との初めての対人戦…どきどきだ)

 

「そのどきどきは本当にファイトの緊張だけかい?」

 

ユウトは再び喋り出した店長を遠慮なく“眠らせる”と自分の手札を確認するのだった。

 

* * * * *

 

 

「じゃあ………始めるぞ」

 

「………うん」

 

 

 

「「スタンドアップ!!ヴァンガード!」」

 

二人は互いにFV…グレード0のユニットを表にする。

 

 

 

「俺は“霊珠の抹消者 ナタ”に“ライド”だ!」

 

「……“クリーピングダーク・ゴート”」

 

 

二人が出したカードはそれぞれ“なるかみ”、“シャドウパラディン”というグループ…通称“クラン”に属しており、デッキの残りのカードもそれぞれのクランで統一されている。

 

 

(…なるかみ…名前は知ってるけど…実際に戦うのは初めて………)

 

 

 

「よしっ!俺からだ、ドロー!そして…えーっと、今のヴァンガードのグレードより上のグレードを持つカードに“ライド”できるんだよな…」

 

 

「………同じグレードでも大丈夫…」

 

「そうだった、じゃあ…グレード1の“抹消者ワイバーンガード ガルド”にライド!」

 

ユウトは“ナタ”の上に今宣言したカードを重ねることで“ライド”した。

 

これによって“ヴァンガード”の役割は“霊珠の抹消者 ナタ”から“抹消者ワイバーンガード ガルド”に任される。

 

(………守護者だ)

 

抹消者ワイバーンガード ガルドは“守護者”と呼ばれるカード…相手のアタックを防ぐのに便利なカードだがライドしてはあまり意味がない。

 

「“ ナタ”のスキル“先駆”発動だ!“抹消者ワイバーンガード ガルド”の後ろに“コール”!」

 

ユウトは“ナタ”をヴァンガードユニットの下、ソウルと呼ばれる場所から移動させた。

 

「えっと、このターンはもうできることが無い…からターンエンドだ!」

 

ヒカリにターンが回ってくる。

 

「私のターン………ドロー…」

 

(…守護者にライドした………ということは他にG1のユニットを持っていないか………他の守護者も手札にあるかも)

 

 

「“冒涜の撃退者 ベリト”にライド…!」

 

ヒカリの手札にはG1の“カロン”、G2の“ルゴス”、さらにトリガーユニットと呼ばれる“厳格なる撃退者”、“暗黒医術の撃退者”、そしてG3の…

 

(モルドレッド………“ファントム”か………懐かしい響き…できれば)

 

 

「…思い出したくなかった…かも」

 

「え?」

 

 

「何でもない…先駆のスキルで“ゴート”はヴァンガードの左下にコール、そしてその前に“黒の賢者 カロン”をコール…!」

 

ヒカリは手札から宣言したカードを“リアガード”としてフィールドに並べた。

 

 

ヒカリがアタックフェイズに入る。

 

 

「よし、来い!!」

 

「私のヴァンガード“ベリト”であなたのヴァンガード…“ガルド”にアタック…!パワー7000!!」

 

 

 

ヒカリは自身のユニットを横向き…レスト状態にすることで、ユウトのユニットに攻撃をする。

 

このアタックのパワーが相手のユニットのパワー以上ならば、この攻撃は成功する。

 

 

 

「ノーガード!!」

 

 

 

本来ならばここで手札から自分のヴァンガードのグレード以下のカードを“ガーディアン”として場に出すことで、攻撃されたユニットのパワーを底上げすることができるのだ。

 

つまり相手の攻撃を防ぐことができる。だがファイトは始まったばかりであり、無理にガードする必要も無い。

 

 

「…ドライブチェック………」

 

ヴァンガードにのみ許された特権…このドライブチェックで山札の上から一枚を公開し、手札に加える。

 

このときに“トリガーユニット”が登場すると、そのターン中の自分のユニットのパワーを増やすなど、さまざまな効果が与えられるのだが………

 

 

「“幽幻の撃退者 モルドレッド・ファントム”…トリガー無し………」

 

ユウトの手が山札に伸びる。

 

「んーと、ダメージが1点…だよな」

 

「…そう“ヴァンガードにアタックがヒットしたとき”相手のユニットの“クリティカル”の数だけダメージを受ける………」

 

 

ユウトはドライブチェックと同じ要領で“ダメージチェック”を行う。

 

 

「ダメージチェック………よし!ゲット!ドロートリガー(抹消者 ブルージェム・カーバンクル)!!効果でヴァンガードの“ガルド”にパワー+5000!そして一枚ドローだ! 」

 

 

ユウトは効果を実行すると、右上に“引”と書かれたカード…“抹消者 ブルージェム・カーバンクル”をダメージゾーンへと置いた。

 

このダメージが6枚になったとき、ファイターは敗北とされている。

 

 

 

ヒカリの攻撃は続く。

 

 

 

「“ゴート”のブースト…“カロン”でヴァンガードにアタック、パワー12000…!」

 

 

 

カードファイト!!ヴァンガードでは、ヴァンガードを含めて前列に3体、そしてその後列に3体の合わせて6体までユニットを配置することができる。

 

相手に攻撃することができるのは基本的に前列にいるユニットのみ。

 

だがユニットがアタックするときに、そのすぐ後ろにいるユニットを同じように“レスト”することで、そのアタックの間“ブースト”として自身の持つパワーを仲間に上乗せすることができるのだ。

 

 

「そのアタックもノーガード!!………ダメージは…トリガー無し…さよなら……ガントレッドバスター……」

 

ユウトのダメージゾーンにグレード3のユニット“抹消者 ガントレッドバスター・ドラゴン”が置かれた。

 

 

 

 

「これで…私はターンエンド………」

 

 

 

 

「じゃあ俺のターンだ!行くよ、ドロー!!…そしてグレード2の“追撃の抹消者 ロチシン”にライド!」

 

 

 

(………早く…パフェ食べたいな…)

 

 

 

「“ナタ”のブースト、“ロチシン”でヴァンガードにアタックだ!」

 

「ノーガード…だよ」

 

 

「ドライブチェック!!…ゲット!クリティカルトリガー(抹消者 イエロージェム・カーバンクル)!!効果は全てヴァンガードに!」

 

クリティカルトリガーによってヴァンガードのロチシンにパワー+5000が与えられ、クリティカルも一つ追加される。

 

つまりヴァンガードへのダメージも増えるのだ。

 

 

 

 

「…ダメージは…1枚目は“厳格なる撃退者”Get、クリティカルトリガー………効果は全てヴァンガードに」

 

 

 

ヒカリへのダメージはまだ終わらない。

 

 

 

「2枚目………“幽幻の撃退者 モルドレッド・ファントム”………トリガー無し」

 

 

「ターンエンド!!」

 

 

(…グレード2の段階で展開してこないのは…アタッカーを温存しているから?…G0やG3、守護者のカードしか持ってないってこともあるかな………………パフェ食べたい…)

 

 

ヒカリは“こうしてカードを持ちながら様々なことを素早く考える”という行為に懐かしさを覚えていた。

 

 

「私のターン…スタンドandドロー………“暗闇の撃退者 ルゴス”にライド」

 

ここまでのターンでは省略されていたが、本来はターンの始めに“レスト”状態のユニットを元の状態…“スタンド”状態にするフェイズが存在する。

 

 

(………うーん、ちょっと不安かな…)

 

 

ヒカリの手札には“モルドレッド”が2枚、ヒールトリガーである“暗黒医術の撃退者”が1枚にクリティカルトリガーの“厳格なる撃退者”が2枚あった。

 

G0…グレード0のトリガーユニットは“防御”する時に役立つのだが、アタッカーとしてコールするには非常に非力である。

 

(まずは自分の手札を何とかしないと……できればドライブチェックでG2が欲しい………)

 

「…………“ゴート”のスキル発動、CB1のコストに加えて自身をソウルに入れるよ」

 

 

CB…カウンターブラスト、これはダメージゾーンのカードを裏にする行為を示す。CB1の場合は裏返すカードが1枚ということだ。

 

「山札の上から5枚見て…グレード3を………1枚選んで相手に見せてから手札に加える………はずだったんだけどね」

 

このスキルは失敗することが多い。とはいえヒカリとしては成功させたかったのだが、ヒカリの願いも虚しくスキルは失敗し、“コスト”の無駄遣いとなってしまった。

 

 

気がつくとユウトが笑っていた。

 

 

「………………バカにしてる?」

 

 

「違う違う!たださ、ヒカリが楽しそうで良かったってな」

 

 

ユウトが笑いながら答える。

 

 

「!?…嫌味?楽しくないよ?スキル失敗だよ!?」

 

(でも………確かに私…少し楽しんでいた?)

 

 

 

「ああっそうだな、今の言葉は気にしないでくれ」

 

 

「…もうっ、“ルゴス”でヴァンガードにアタックするよ、パワーは10000!」

 

 

「ノーガードだー」

 

 

「……にやにやしないっ…ドライブは………“ベリト”!トリガー無し!!」

 

 

 

「ダメージ1点だな…ダメージは…“双銃の抹消者 ハクショウ”、こちらもトリガー無しだ」

 

 

 

「…“カロン”でアタック!!パワーは8000!」

 

「そこは“抹消者 ブルージェム・カーバンクル”でガード!!」

 

ユウトが“ガーディアンサークル”にカードを置き宣言する。

 

アタックがヒットしなかったことを確認すると、そのカードは“ドロップゾーン”へと送られた。

 

 

「………ターンエンド」

 

(…楽しい…とは少し違うかも……ただひたすらに…懐かしいんだ)

 

(………カードファイトをすることが)

 

 

 

ヒカリのダメージは2点、一方でユウトは3点。いよいよここからファイトの顔ともいえるグレード3のユニットが登場する。

 

 

「さぁ!俺のターンだ!!スタンド&ドロー、そして行くよ!!ライド!“抹消者 エレクトリックシェイパー・ドラゴン”!!!」

 

 

このときヒカリはあることに気がついた。

 

 

自分の手札にある“モルドレッド”、そして今ユウトがライドしたユニット………

 

 

そのスキルの中に、自分には読めないマークがあることに………

 

 

 

【LB:4】

 

 

 

(………見たことはある………………何て読むんだっけ)

 

 

 

 

 

 

 

 



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002 雷、落ちる時

「………青葉クン、この…【LB:4】って何…」

 

 

深見ヒカリは“抹消者 エレクトリックシェイパー・ドラゴン”に指をさす。

 

 

 

「ああ!“リミットブレイク”だな!このスキルはここに書いてあるように…」

 

「あ………(それだ)、もう説明はいいよ。分かったから………」

 

 

ヒカリがユウトの説明を遮る。

 

 

「あ、うん…そうか」

 

 

 

(………このまま説明されたら、いつまでたってもパフェ食べられないもん………)

 

 

 

 

「じゃあ、続けるよ」

 

ユウトは自分の手札を見つめて唸る。

 

 

 

「う~ん、もう1枚の“抹消者 エレクトリックシェイパー・ドラゴン”をヴァンガードの右隣にコールする!そして行くぞ!“ナタ”のブーストで“エレクトリックシェイパー”が“ルゴス”にアタック!!パワー16000!」

 

 

ヴァンガード同士のぶつかり合い、ルゴスと違い“エレクトリックシェイパー”はグレード3であり、強力なスキルを持っている。

 

 

「…ノーガード」

 

 

「なら…“ツインドライブチェック”だ!!!」

 

 

“ツインドライブ”その名前の通りドライブチェックを2回行うという、全てのグレード3が持つ能力である。

 

 

「1枚目…ゲット!“抹消者 イエロージェム・カーバンクル”クリティカルトリガー!!クリティカルはV(ヴァンガード)に、パワー+5000はリアガードの“エレクトリックシェイパー”に!!、そして2枚目は………ガンバスさんだ」

 

 

「…え?」

 

 

「あぁごめん“抹消者 ガントレッドバスター・ドラゴン”でトリガー無しだ」

 

 

 

これでヒカリに2点のダメージが与えられる。

 

 

「ダメージチェック………ファースト…“厳格なる撃退者”、Getクリティカルトリガー…効果は全てヴァンガードの“ルゴス”に」

 

 

ヒカリは“厳格なる撃退者”をダメージゾーンへと置いた。

 

 

 

「セカンド……っ!“暗黒の撃退者 マクリール”…」

 

 

ヒカリの4点目のダメージとなったのは、防御の要である“守護者”のカードであった。

 

 

(………いや、ダメージに落ちたのがアタッカーじゃなくて良かったのかもしれない)

 

 

ユウトはこのターン最後の攻撃に入る。

 

 

「リアガードの“エレクトリックシェイパー”でVにアタック!!こちらもパワー16000!」

 

 

「………“ベリト”でガード」

 

ヒカリは手札からユニットを出して“ルゴス”を守った。

 

 

 

「ターンエンド!!」

 

 

 

ヒカリのダメージは4点、あと2点のダメージで敗北が決定してしまう。

 

 

「………さて、どうしたものかな、スタンドandドロー…“幽幻の撃退者 モルドレッド・ファントム”にライド…!」

 

 

 

ヒカリは今ドローした“マクリール”を見た。

 

 

(…アタッカーになるユニットが欲しかった…このまま“マクリール”や“モルドレッド”をコールしてアタックする………?…ううん、それは駄目………今は)

 

ヒカリは“抹消者 エレクトリックシェイパー・ドラゴン”を見つめた。

 

「…“テキスト”確認していい?」

 

「もちろん!」

 

 

 

 

“エレクトリックシェイパー”を手に取る。

 

一番気になるのはやはり“リミットブレイク”の内容である。

 

 

 

 

【LB:4】《なるかみ》がこのユニットにライドした時、あなたのヴァンガードを1枚選び、そのターン中、パワー+10000し、『【自】【(V)】:あなたのカードの効果で相手のリアガードがドロップゾーンに置かれた時、そのカードがあった(R)と同じ縦列の後列にいる相手のリアガードを1枚選び、退却させる』を与える。

 

 

 

 

 

 

(………………“コンボ”に向いたカード…リアガードを一列まるごと退却できる……ようにするってことだよね)

 

 

 

 

ヒカリは自身の“場”を見る。

 

ヴァンガードの“モルドレッド”が中心にいる。

 

その左側にはグレード1の“カロン”………それだけである。

 

(………やっぱり今、無理にコールしないほうがいいね………)

 

ユウトのダメージゾーンには“抹消者 ガントレッドバスター・ドラゴン”があった。

 

 

おそらくこのユニットにユウトはライドさせようと考えているだろう。

 

 

(“エレクトリックシェイパー”をコールしたということは、他の…本命のグレード3を手にしている………?他に展開してこなかったのは、私と同じでG1とG2がほとんど持っていない……でも“守護者”は持っているかもしれない………)

 

 

 

 

 

ヒカリはユウトに礼を言って“エレクトリックシェイパー”を返す。

 

 

 

(………昔なら…もう少し速く思考できたんだけどな)

 

 

 

 

 

「…行くよ、モルドレッド・ファントムでヴァンガードにアタック!!パワーは13000!」

 

 

 

 

 

元々の“モルドレッド”のパワー、11000に“モルドレッド”のスキルでパワー+2000されたアタックが飛ぶ。

 

 

「…大丈夫なはずだ!ノーガード!!」

 

相手のトリガーによっては致命傷になりかねないが、ユウトはこの攻撃を受けることにした。

 

 

 

 

「ドライブチェック!!…………ファースト…get!!クリティカルトリガー!!(厳格なる撃退者)クリティカルはヴァンガードに与え、パワーはカロンへ!!」

 

 

「くっ」

 

「………セカンドチェック………“無常な撃退者 マスカレード”トリガー無しです」

 

 

 

「ダメージチェック………1枚目は“砂塵の抹消者 トコウ”………2枚目は“抹消者 サンダーブームドラゴン”………どちらもトリガー無しだ」

 

 

 

 

ユウトのダメージゾーンは5枚、あと1枚で負けになってしまう。

 

 

 

 

 

「パワー………13000の“カロン”でヴァンガードにアタック………!!」

 

 

「~っ!“蟲毒の抹消者 セイオウボ”でガード!!」

 

 

 

「ターンエンド…だよ」

 

 

 

 

 

「よしっ俺のターンだ!!」

 

ユウト自身、ダメージ5点と追い詰められていたが本人はこのターンでヒカリを倒そうと考えていた。

 

 

 

(…………ここからの流れは………たぶん私の予想通り…)

 

ヒカリはユウトのダメージゾーンにいる“ガントレッドバスター”を見ながら考えていた。

 

 

 

「スタンド&ドロー!!そして!」

 

「ブレイクライド!!抹消者…………ガントレッドバスター・ドラゴン!!」

 

 

 

 

(…………やっぱり、でもそれよりも)

 

 

「…………ブレイクって何?」

 

 

 

「あぁ!!それは“エレクトリックシェイパー”のスキルの名前だ!!」

 

「“モルドレッド”のスキルも……………その名前なの?」

 

「そうさ!!」

 

 

 

 

(“ブレイクライド”…………いいかも)

 

 

 

ヒカリは自分の中でテンションが上がってきたことにまだ気がついていない。

 

 

 

 

 

「ブレイクライドスキル発動!ヴァンガードにパワー+10000!そして“ガントレッドバスター”にスキルを付加する!!」

 

 

ユウトはずっとヴァンガードの後ろにいた“霊球の抹消者 ナタ”を手に取る。

 

 

「“ナタ”のスキル!“ナタ”をソウルに入れて“ガントレッドバスター”にさらにスキルを与える!!」

 

 

「そして、“ガントレッドバスター”のスキル!CB2!君はリアガードを1枚選んで退却させ、さらに“エレクトリックシェイパー”から貰ったスキルで“そのユニットの後列のユニット”も退却だ!!!」

 

 

 

 

「…………まぁ“カロン”しかいないんだけど」

 

 

 

「……………………あれ?」

 

 

ヒカリは“黒の賢者 カロン”をドロップゾーンに置いた。

 

(…サヨナラだね、カロン)

 

 

 

 

「1枚退却したから、“ガントレッドバスター”のリミットブレイク発動…パワー+6000とクリティカル1つ追加」

 

ユウトのテンションが下がる。

 

 

 

「………相手の場もちゃんと見ないとだめだよ」

 

(…………気がついていなかったのかな)

 

 

 

“ガントレッドバスター・ドラゴン”のスキルは相手のユニットを退却させるほどクリティカルやパワーが増えるというもの。

 

ユウトとしてはもちろん複数回の誘発を狙いたかったのだろう。

 

 

 

 

「気を取り直して、“ガントレッドバスター”の後ろに“砂塵の抹消者 トコウ”をコール!!“トコウ”のスキル!CBを2枚使って“トコウ”にパワー+2000!!」

 

「“エレクトリックシェイパー”の後ろに“抹消者 イエロージェム・カーバンクル”をコール!!」

 

 

(…………)

 

 

 

ユウトは“ガントレッドバスター”に手を添える。

 

 

 

「“トコウ”のブースト!!行くよ!!“ガントレッドバスター”がパワー36000、クリティカル2で“モルドレッド”にアタック!!」

 

 

 

 

このアタックを通すわけにはいかない。

 

 

 

「“暗黒の撃退者 マクリール”でガード…スキル発動、“厳格なる撃退者”をドロップして…これで完全ガードの完成」

 

 

「完全ガード…このアタックはヒットしない…か、でもコストにそのカードを使っちゃっていいのか?」

 

 

 

 

「全く…問題無いよ」

 

 

 

ヒカリがドロップしたのは“シールド値”10000のユニット。できれば、これらのユニットは普通にガードに使い、ドロップするのはグレード3等シールド値の無いユニットたちの方が適しているのだが…

 

(…今“余分な”グレード3は無いから…)

 

 

ヒカリが見据えるのは次のターン、この後のドライブチェックで、次にどう動くかが決まる。

 

 

(…………)

 

 

 

 

「じゃあ…ドライブチェック!1枚目は…ガンバスさん…2枚目は!!…………エ、エレクトリックシェイパー…………トリガー無しか………」

 

 

 

(…………見えた)

 

 

 

「“イエロージェム”のブースト、“エレクトリックシェイパー”でアタック!!パワー16000!!」

 

 

「ノーガード…ダメージチェックは…“撃退者 デスパレート・ドラゴン”」

 

 

 

 

「ターンエンドだな」

 

 

 

 

 

これでヒカリとユウトは互いにダメージは5点。

 

 

ファイトの終わりは近づいていた。

 

 

 

 

ヒカリは無言でユニットをスタンドさせ、ドローを行った。

 

 

 

「…ヒカリ?」

 

 

 

 

「懐かしい…この感覚、完璧…」

 

 

 

ヒカリの中で変なスイッチが入る。

 

 

 

「そう…これが“ファイナルターン”………私の……勝利への道は開かれたの」

 

 

 

 

ヒカリは普段見せないような、妖しく、美しい笑みを浮かべていた。

 

 



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003 少女はその痛みを知っているのか

そのとき、青葉ユウトには深見ヒカリが何となく輝いて見えた。

 

 

 

 

ヒカリが1枚のカードを掲げる。

 

 

 

「……幻の闇を纏いし漆黒の騎士、奈落より生まれし剣は我らを勝利へ導くだろう!!ペルソナブレイクライド!……“幽幻の撃退者 モルドレッド・ファントム”!!」

 

 

 

 

「…ふ……ふふふ…ふふふふ」

 

 

ヒカリの口から変な笑みがこぼれる。

 

 

その顔は普段の彼女が見せないような“妖しい”ものだった。

 

 

「…ふっ深見さーん?」

 

 

いつもと違う雰囲気のヒカリにユウトは思わず声が出てしまう。

 

 

そして、その様子を見ていたのはユウトだけでは無かった。

 

 

 

「いや…これはアリだな、普段のヒカリちゃんが天使なら今はまさに女神だ」

 

 

 

「何言ってんだ、店長」

 

 

 

 

「……静まりなさい、“モルドレッド”のブレイクライドスキル!CB1枚でヴァンガードにパワー+10000、そして我が呼び声に答えよ!!“タルトゥ”!」

 

 

 

 

そう言うとヒカリは山札の中から“黒衣の撃退者 タルトゥ”を取り出す。

 

 

 

 

「“スぺリオルコール”そして“タルトゥ”にパワー+5000…………さらに“タルトゥ”のスキルで彼女の後ろに“マスカレード”!!」

 

 

 

 

“モルドレッド”の右隣にいる彼女=タルトゥの後ろにグレード1の“無常の撃退者 マスカレード”がコールされた。

 

 

 

「“モルドレッド”の左に“超克の撃退者 ルケア”、その後ろにもう1枚“無常の撃退者 マスカレード”をコール!」

 

 

 

「“ルケア”のスキル発動!G1以下がコールされるとパワー+3000!…………“モルドレッド”の後ろに“暗黒医術の撃退者”をコールして、再びパワー+3000!!」

 

 

 

 

 

ヒカリは一気に強力なパワーを持つ3つの“列”を作り上げた。

 

 

 

「…この展開…この結末………これらはあえて言うならば神の采配……抗わず、受け入れよ」

 

 

 

「あ、はい」

 

 

ユウトが思わず返事を返す。

 

 

 

「“医術”のブースト、“モルドレッド”の剣を受けよ!“ガントレッドバスター”!!…パワー28000のアタック…!!」

 

 

 

ヒカリの攻撃がユウトの“ヴァンガード”に飛んでいく。

 

 

「“抹消者ワイバーンガード ガルド”で完全ガードだ!!、コストとしてドロップするのは“ガントレッドバスター”!」

 

 

 

 

「…………絶望を見せてあげる、ドライブチェック…first…“撃退者 エアレイド・ドラゴン”…get!クリティカルトリガー!!効果はすべてタルトゥに…」

 

 

 

「…………second……“カロン”………トリガー無しね」

 

 

 

 

 

 

 

そこでやっとユウトは気がついた。仮にトリガーが全く出なかったとしても、リアガードのアタックが防ぎきれないと。

 

 

 

 

「“マスカレード”のブースト、“タルトゥ”でパワー26000、クリティカル2のアタック!!」

 

 

 

「ぐっーーーえっと“ガルド”で完全ガード!?…コストは“エレクトリックシェイパー”!」

 

 

 

ならば、ーーーーーとヒカリが最後のアタックを仕掛ける。

 

 

「“ルケア”でアタック…ブーストは“マスカレード”でパワー22000…!!」

 

 

 

 

 

 

「……ノーガード、ダメージチェックは…………“レッドリバー・ドラグーン”…トリガー無し……ふぅ、俺の……負けだ」

 

 

 

ユウトのダメージゾーンには6枚のカードが並んでいた。

 

 

 

 

 

 

ファイトの緊張感が消えていく。

 

 

ユウトは悔しさと、満足感を感じていた。

 

 

 

「楽しかった、ありがとう」

 

 

ユウトは礼を告げる。

 

 

 

 

 

 

「…………あ、あああ」

 

 

 

 

うめき声が聞こえた。

 

 

 

 

 

「?」

 

 

 

ヒカリの方を見つめると、その顔は真っ赤になっていた。

 

 

 

 

「…………怒ってる?」

 

 

 

ユウトは自分の行為を思い返す。

 

 

かなり強引に連れてきてしまったことは事実だ。

 

 

 

 

「……そうじゃ…なくって…私……あんな、恥ずかしいセリフを…………ペラペラと……」

 

 

 

ヒカリの赤面は怒りではなく、恥ずかしさからのものだった。

 

 

 

「「あーーー」」

 

 

ユウトと店長の声が重なる。

 

 

 

「…私…何であんなことを…………」

 

 

 

 

ヒカリは自分の顔を隠しながら今のファイトを回想していた。

 

 

 

 

「…………うううぅ…忘れて……ください」

 

 

 

 

 

「いや、店長的には超良かったよ」

 

 

「ソーダヨー、カッコヨカッタヨー」

 

 

 

 

「……青葉クン、目をそらさないで…」

 

 

 

 

 

 

 

その隣で店長は満足そうに頷く。

 

 

「今日は本当にいいものが見れたよ、だから………」

 

 

「…………?」

 

 

 

「パフェは驕りだ!」

 

 

「…え、本当に…………?」

 

 

 

 

「もちろんだ!!」

 

 

ヒカリはヒマワリのような笑顔になった。

 

 

 

「…………店長、大好きです!!」

 

 

「本当、俺も店長大好き!!」

 

 

 

 

「何言ってんだ青葉、気持ち悪いな……お前は普通に自腹だぞ」

 

 

 

「…………………………」

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

ユウトは美味しそうにパフェを頬張るヒカリを見ていた。

 

 

「結局、ヒカリはヴァンガードファイターだったんだな」

 

 

 

「!!…チガウヨー、ソンナコトナイヨー……」

 

 

「目をそらすなよ……」

 

 

 

 

 

 

ユウトは自分のデッキを見つめて考える。

 

自分が今よりも強くなるにはどうすればいいのか。

 

ヒカリと戦っていけば、その答えが見つかるのではないか。

 

 

 

 

「ヒカリ!!聞いてくれ…そのデッキは君にあげる……だから、これからも俺と!!」

 

 

「お断りします……」

 

 

きっぱり断られ、ユウトはぐったりと机に伏せるのだった。

 

 

 

 

 

「…………でも、今日のファイトの…………反省会はしよっか…互いに」

 

 

 

「……………ああ!!」

 

 

 

店内に差し込む夕焼けの光が二人を照らしていた。

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

辺りはもうだいぶ暗くなっていた。

 

 

俺は店を出ていくヒカリの後ろ姿を見つめる。

 

 

 

「そういえばよ、青葉」

 

 

 

店長が俺に聞く。

 

 

「実際の所、どうしてヒカリちゃんを誘ったんだ?」

 

 

 

確かにヴァンガードのために誘うなら別にヒカリじゃなくても良かったかもしれない。

 

誘おうと思えば、他にも相手はいただろう。

 

 

ただ…………

 

 

「…ヒカリ、学校じゃいつも独りだからさ」

 

 

「そうなのか?小学校の頃はいつもクラスの中心にいるような子だったろ」

 

 

 

そうだ。

 

 

俺の記憶の中でもヒカリは“そういう人間”だったはずだ。

 

 

 

中学時代、ヒカリに何かあったのか…?

 

 

 

「それと青葉、もうひとつ…だ」

 

 

 

 

店長がすっかり考えこんでしまった俺の肩に手を掛ける。

 

 

「……?」

 

 

 

 

「もう辺りは暗いってのによ、夜道に女の子を一人で歩かせる男ってのは……どうなんだ?」

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

俺は慌ててヒカリの後を追いかけるのだった。

 

 



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004 それは愛のような何か

ヒカリとユウトのファイトの翌日。

 

 

 

 

「…………私は、さっき青葉クンが言っていた“アーマーブレイク・ドラゴン”がいいと…思う」

 

 

「でも、“アーマーブレイク・ドラゴン”はコストが重いし」

 

 

「………えっと……“エレクトリックシェイパー”にも言えることだけど……タイミングを考えて使うものだから………」

 

 

 

 

天台坂高校、1年B組の教室は異様な空気に包まれていた。

 

 

朝から休み時間の度に深見ヒカリと青葉ユウトが会話をしていたからだ。

 

 

(青葉はどうでもいい…でも、あの深見さんが話をしている!?)

 

 

本人は知るよしも無いが、ヒカリは人を寄せ付けないオーラと、見た目の可愛らしさから“絶対天使”と呼ばれていた。

 

 

(“絶対天使”の“絶対”は絶対に人と話さないことですのに…)

 

 

(青葉の野郎、どんな魔法を使ったんだ!?)

 

 

 

(…今のヒカリさん、楽しそうで素敵だわ)

 

 

 

(私、青葉クンには消えて欲しいけど……ヒカリさん、笑っているしなぁ)

 

 

 

 

 

 

 

「…………!?」

 

 

ユウトの背筋に悪寒が走る。

 

 

「何か“ぶるっ”ときた………(何か…周りの視線が怖い)」

 

 

 

「…昨日、パフェ食べ過ぎたんじゃないかな…?」

 

 

「いやいや、それは君だけだろ」

 

 

 

「…………」

 

 

 

ヒカリの目がユウトの方を見つめる。その目は暗く淀んだ色になっていた。まるで“あなたが食べさせたようなものだろう”とか“あなたのせいで私の体重が…”等と言っているかのようだ。

 

 

重い空気が教室に満ちていた。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

「ヒカリちゃーん?」

 

 

「…………」

 

 

「怒ってる?」

 

 

「…………別に」

 

 

放課後、まっすぐ家に向かうヒカリの後をユウトが追いかけていた。

 

「…………そうだ、これ」

 

 

ヒカリは自分のカバンの中から緋色のデッキケースを取り出すと、ユウトに押し付ける。

 

その中には昨日ユウトによってこっそりカバンに入れられていた、“シャドウパラディン”のデッキが入っていた。

 

 

「…返す、私ヴァンガードは…やらないから」

 

 

「……」

 

 

ユウトはヒカリからデッキを渡されると、ヒカリの隣を追い越し、前を歩き始めた。

 

 

「でも、昨日のヒカリは楽しそうだった」

 

 

ヒカリからは前を向いて歩くユウトの表情は見えなかった。

 

 

「ヒカリ…前はヴァンガードしていたんだよな?」

 

 

「…………」

 

 

「前は、そのときはどうしてヴァンガードを………始めたんだ?」

 

 

「……………………」

 

 

しばらくの間沈黙が続く。

 

いつのまにかヒカリはユウトの後についていく形になっていた。もうヒカリの家は通りすぎている。

 

 

ヒカリは自分の気持ちをうまく表現できる言葉を探していた。

 

 

 

 

 

「…ヒカリ?言いたくなければ…」

 

 

「…………ひとめぼれ…かな」

 

 

「…は?」

 

 

「…ひとめぼれ…だったんだよ」

 

 

ヒカリが少しずつ語り出す。

 

 

「………“ファントム・ブラスター・ドラゴン”ってカードがあってね…」

 

 

 

 

 

最初にヒカリがファントム・ブラスター・ドラゴン=奈落竜を知ったのはアニメでだった。まぁむしろその時は、そのカードを使っていた主人公の方に目がいったものだが。

 

 

「…………私はちょうどその頃、少し…ほんの少し、些細な悩みがあった…………」

 

 

 

そんな中ふとしたきっかけで、ヒカリはネットを通じてファントム・ブラスター・ドラゴンの設定を知ることとなった。

 

“あらゆる負の感情を自らの力へと変える”

 

その言葉、そしてアニメで使われていたのとは絵柄の違うその姿に、心引かれた。この竜のことを考えていれば、今の自分の中にある“嫌な”感情から目を背けることができるような気がした。

 

ヒカリは緋色の瞳の竜を求めた。

 

カードを集め、デッキを作り、共に戦った。

 

後に登場した“ファントム・ブラスター・オーバーロード”の設定から、奈落竜が元々は聖なる存在で人々の負の感情をその身体に背負っていたと知った時はますます好きになったものだ。

 

 

「…………まぁこういうタイプのラスボスが好きなだけ…だよ…」

 

 

元々は正しかったはずなのに………何かのはずみで歪み、堕ちていくような。そんな悲しい話を勝手に自分に重ねていた。

 

 

 

 

「…でも、その後“色々”あって…………ヴァンガードは辞めたし、シャドウパラディンの新しいカードもしばらく出なかったから…………情報も集めなくなったしね…………実際にヴァンガードをやっていた時間は短いよ」

 

 

 

ヒカリの言葉をずっと黙って聞いていたユウトが口を開く。

 

 

「でも、それならもう一度始めないか?」

 

 

 

「“色々”あって…………そう言ったよね?………とにかく……私はもう……………」

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、着いた」

 

 

「……………え?」

 

 

 

ユウトが突然立ち止まり、ヒカリに緋色のデッキケースを無理やり渡す。

 

 

「…なっ…………ちょっと…」

 

 

ユウトは目の前にある一件の店を指差す。

 

 

「ここが俺の兄貴が始めた………カードショップ“大樹”だ」

 

 

 

「…………全く、聞いてないよ…」

 

 

ヒカリはいつのまにかユウトの後を追いかけていたことを後悔した。

 

 

ユウトがヒカリを連れて来たのは、ユウトの兄が経営するカードショップだった。

 

 

「……………カードショップ“大樹”…」

 

 

店の看板にはカードゲームのデッキを模したキャラクターが描かれていた。

 

「…………ちょっと“ど○も君”に似てる」

 

 

「思っても口に出さないでくれ…」

 

 

二人が店内に入ると以外にその中は広く、ショーケースの中に様々なカードが並んでいて、ヴァンガード以外のTCGも多く取り扱っていることがわかる。

 

 

ヒカリたちはショップの奥へと進んでいった。

 

 

「兄貴ーいないのかー?」

 

 

ユウトが兄に呼び掛けるも返答が無い。

 

 

「……………あ」

 

 

 

ヒカリはショーケースの一つに目がいった。

 

その間にユウトはさらに店の奥へと行ってしまった。

 

 

 

「……………へぇ」

 

 

 

そのショーケースには“シャドウパラディン”のカードが納められていた。

 

ヴァンガードを辞めているヒカリにとってはどのカードも知らないものばかりだった。

 

 

 

 

「……………」

 

 

その中の1枚のカードに目が奪われる。

 

 

 

その竜はモルドレッドと同じ鎧を着ていた。

 

そしてその竜が持つ瞳はかつてヒカリが求めたものと同じ色をしていた。

 

 

 

 

 

 

「…………撃退者 ドラグルーラー・…………“ファントム”」

 

 

 

 

 

ヒカリはしばらくその姿を眺めていた。

 

 

 

 

 

「そいつは“幽幻の撃退者 モルドレッド・ファントム”の“クロスライドユニット”だな」

 

「ふぇっ!?」

 

 

 

突然ショーケースの後ろから出てきた青年に、ヒカリは不覚にも驚いてしまった。

 

 

「あなたは……………?」

 

 

「自己紹介が遅れたね、俺は青葉カズト…ユウトの兄だ」

 

 

ユウトに似た天然パーマの青年がさわやかに笑いながら言葉をかけてくる。

 

 

 

「そして知っているよ、君が深見ヒカリちゃん……俺の弟の彼女だね」

 

「違いますよ」

 

 

 

速答だった。

 

 

 

 

 

「…………え?違うの?ヒカリちゃんじゃなかったっけ?」

 

 

 

「……………いや、ヒカリは私ですけど、青葉ユウトクンとは何の関係も無いです。」

 

 

 

「……………そうなの?」

 

 

 

「はい…………」

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

ヒカリはカズトに“撃退者 ドラグルーラー・ファントム”のユニット設定を見せてもらっていた。

 

 

「…モルドレッドはやっぱりファントム・ブラスターだったんですね…」

 

 

「ああ、転生というよりは分裂といった感じだな」

 

 

 

ヒカリはドラグルーラーのカードを見つめる。

 

「そして…………力を解放してドラグルーラーの姿になった…………」

 

 

 

(…自分の過去と向き合って…………今の自分に出来ることを…しているんだ)

 

 

(私は……………)

 

 

 

 

「ヒカリちゃん」

 

 

「……なんですか」

 

 

ヒカリに話しかけたカズトの手にはヴァンガードのデッキが握られていた。

 

 

「せっかくだし、ファイトしないかい?」

 

 

「…………いえ、私は…………」

 

 

 

(…自然と思い出すな…………過去、かつてヴァンガードをやっていたときの記憶…………私に頭を下げる人たち……………異様な空気のショップ……………そして大切な、私の分身)

 

 

 

「…………今の私…………昔の私……………私の…覚悟…」

 

 

 

「……………そのファイト、受けます」

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

ヒカリは自分のデッキを見つめる。

 

 

(青葉クンのデッキはたしか…お兄さんに作って貰ったって……………つまりデッキの構築はバレている……たぶん…………)

 

 

「いいかい?ヒカリちゃん」

 

 

「……………はい」

 

 

 

じゃんけんの結果、先行はヒカリに決まった。

 

 

「「スタンドアップ!!ヴァンガード!」」

 

 

 

前回のファイト同様、“クリーピングダーク・ゴート”にライドしたヒカリが見たのは、

 

 

 

黒輪を纏った小さな竜だった。

 

 

 

 

「…………リンク……ジョーカー?」

 

 

 

 

 

 



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005 切り札はいつだってこの手に

「全く…兄貴はどこにいるんだ…………」

 

青葉ユウトは兄の姿を探していた。

 

(ヒカリもいないし……いったいどこにいるんだ)

 

意外と広い店内で、たまにストレージ内のカードを物色しながら、ユウトは歩く。

 

すると、すぐ近くのファイトスペースから声が聞こえてきた。

 

 

「…トの…ースト………モルドレッドでアタック!!パワーは17000!」

 

 

「…障壁の星輝兵 プロメチウムでガード!…………グラビティボール・ドラゴンをドロップして、完全ガードだ!」

 

 

「…兄貴と、ヒカリ…?」

 

 

そこでカズトはユウトがそばにいることに気がついたようだ。

 

 

 

「おお!ユウト、お前どこにいってたんだ?」

 

「どこって…というか、ヒカリはファイトしてくれたんだ」

 

 

「…………気まぐれ…だよ」

 

 

ヒカリが答える。本当はヒカリ自身考えていることがあったが、今は胸の内に秘めておくことにした。

 

 

「というかユウトよぉ…ヒカリちゃんについて後で話がある」

 

「え?何の?」

 

「だから…お前」

 

 

「ドライブチェック…」

 

 

ユウトとカズトの会話に割って入るようにドライブチェックを始めるヒカリ。

 

「first…マクリール…トリガー無し………second…厳格なる撃退者!…get!クリティカルトリガー…効果は全てリアガードのタルトゥに………… 」

 

 

現在、ヒカリのリアガードサークルは5体分全て埋まっていたが、ヴァンガードである“幽幻の撃退者 モルドレッド・ファントム”の左側にいたユニットは裏向きにして置かれていた。

 

 

(…………呪縛…“ロック”…だなんて…)

 

 

裏向きにして置かれいるユニットはこの“前のターン”にカズトの“グラビティコラプス・ドラゴン”によって“呪縛”されたものだった。

 

 

(こんな…効果………全く知らない)

 

 

「…………タルトゥ、カロンのブーストでアタック!!パワーは22000、クリティカル2!」

 

「うーん、“星輝兵 ヴァイス・ゾルダート”と“回想の星輝兵 テルル”でガードかな」

 

 

カズトの手札が削られる。

 

 

「…………ターンエンド…の前に、えっと“解呪(アンロック)”?が行われるんですよね…………」

 

 

「ああ!これは“普通の”呪縛だからな」

 

 

ヒカリが表に戻したカードはタルトゥだった。

 

 

ヒカリとカズトのダメージは互いに4点、ヒカリは自身がグレード2の時点ですでにここまで与えられていた。

 

原因はカズトのクリティカルトリガーとその時の手札にガードに使えるカードが無かったことにある。

 

ヒカリはルゴスにライドした後、タルトゥを使い、リアガードを展開。トリガーも乗り、同じ4点まで追いかけるも、今のターンはダメージを与えることができなかった。

 

 

 

(…手札は削った…………)

 

(…アニメもすっかり見なくなったし……ネット環境だって…………無い…………リンクジョーカーも…呪縛も知らなかったけど…………負けたくない…)

 

この時点でカズトの手札は残り1枚にまで減っていた。

 

ヒカリが猛攻を受けたようにカズトもまたしつこいほどの攻撃とトリガーを食らっていた。

 

 

「さぁ!ここからが俺のターン!スタンドとドロー!そして…………」

 

カズトは一枚のカードを手にすると言葉をためた。

 

 

 

「虚ろなる竜は汝を永遠の悪夢へと誘う!ライド!シュヴァルツシルト・ドラゴン!!」

 

 

 

「「……………」」

 

 

 

「ふっ…どうかな?」

 

 

 

カズトがどや顔で聞いてくる。

 

「えーあーどうだろ」

 

 

「…まぁまぁ………いいんじゃないですか……ね?(……どや顔じゃ……なければ)」

 

 

 

微妙に冷たい空気が流れる。

 

 

「えーっと(何か変な空気になったか…)ライド時のスキル!CB1で山札の上から5枚見て、“シュヴァルツシルト・ドラゴン”を1枚手札に…加える!!」

 

 

カズトはスキルを成功させた。だが、カズトの手札はやはり2枚しか残されていない。

 

彼はその手札の内、シュヴァルツシルト・ドラゴンではない1枚を手に取り宣言した。

 

 

「“シュヴァルツシルト・ドラゴン”の左!“魔爪の星輝兵 ランタン”の後ろに“凶爪の星輝兵 二オブ”をコール!!」

 

カズトはグレード1のランタンとグレード2である二オブの位置を入れ換えながら言う。

 

 

「今の俺の状況は正に壊滅寸前と言っていいだろう」

 

 

 

シュヴァルツシルト・ドラゴンの右にはここまでヒカリに手痛い攻撃を仕掛けていた“魔爪の星輝兵 ランタン”がいた。

 

ヒカリは前のターンで退却させておくべきだったかと考える。

 

 

 

「だけど!俺はあきらめたりしないさ、これは“カードファイト!!ヴァンガード”…………何が起こるかわからないゲームだからな!」

 

 

カズトは手札のシュヴァルツシルト・ドラゴンをヒカリに見せる。

 

 

「“リミットブレイク”発動!………CB3…そして、シュヴァルツシルトの“ペルソナブラスト”!!」

 

カズトはダメージゾーンのカードを3枚裏返すと、手札のシュヴァルツシルトをドロップゾーンへと置いた。

 

 

「シュヴァルツシルトのパワー+10000、クリティカル+1…………そして」

 

 

カズトの指がヒカリのユニット達に向けられる。

 

 

「“黒衣の撃退者 タルトゥ”を2枚…そしてモルドレッドの後ろにいる“クリーピングダーク・ゴート”をまとめて…………“呪縛”!!」

 

 

 

モルドレッドを中心にVの字のように呪縛されたカードが置かれる。

 

 

呪縛されたカードは何もできず、置き換えることも出来ない…………これでヒカリは次のターンに“ヴァンガード”でしかアタックできない。

 

 

「リアガードの二オブやランタンのスキル発動!君のリアガードが呪縛されるたびにパワー+2000…つまり、3体呪縛された今!二オブはパワー15000!!そしてランタンもパワー13000だ!!」

 

 

カズトの頭の中ではユニットを3体呪縛したことで愉悦にひたるシュヴァルツシルトの姿が浮かんでいた。

 

 

「全く…状況は楽じゃないってのにコイツは…」

 

そう呟くカズトの方が周りから見たら、悦に入ってしまっているようだ。

 

 

 

「……………青葉クン、あなたのお兄さんは…どうやら“相当”ね…………」

 

 

「…ヒカリに言われるほどだもんなぁ」

 

 

「…青葉クン、それどういう意味………?」

 

 

 

こんな会話もカズトの耳には入っていなかった。

 

 

 

「さぁ…行くよ!パワー21000、クリティカル2!シュヴァルツシルトでモルドレッドにアタック!!」

 

 

 

「…………っ!マクリールで完全ガード!コストにするのは…………“冒涜の撃退者 ベリト”」

 

 

 

カズトが山札に手をかける。

 

 

「ふっ運命の…ドライブチェック!!…ファーストチェック……………よし!“星輝兵 ヴァイス・ゾルダート”で、ゲット!クリティカルトリガー!!効果は全て二オブに与える!」

 

この時点で二オブのパワーはブースト込みで計算してパワー33000…さらにクリティカルが2。

 

ヒカリは自分の手札を確認する。

 

 

「セカンドチェック!……………“連星のツインガンナー”…………トリガー無しだ」

 

 

カズトは二オブに手をかける。

 

 

「むしろここからが勝負!ラドンのブーストで、二オブがモルドレッドにアタックする!!パワー33000のクリティカル2だっ!!」

 

 

(…完全ガードはこっちに使うべき…だったかな)

 

ヒカリは手札から3枚のカードを出す。

 

 

「……“撃退者 エアレイド・ドラゴン”!!“厳格なる撃退者”!!“暗闇の撃退者 ルゴス”!!……………この3体でガード…………!!」

 

 

カズトの最大の攻撃は完全に防がれてしまう。

 

 

 

「…………ランタンでヴァンガードにアタック…」

 

 

「…ノーガード、ダメージは…モルドレッド・ファントム」

 

 

「…ターンエンドだ」

 

 

カズトの苦し紛れの攻撃でヒカリのダメージが5点になる。

 

 

(これでブレイクライドが発動されちまうか…?)

 

 

ヒカリのダメージゾーンにすでにあった4枚のカードは全て裏向きであり、カウンターブラストとしての使用はできず、ダメージを与えなければ“ブレイクライド”にCB1を消費するモルドレッドのスキルは使えないはずだった。

 

(いや…モルドレッドのブレイクライドはクリティカルを増やすものじゃない…クリティカルトリガーがでなければ、まだチャンスはある…)

 

 

(モルドレッドの他に入れたG3…“撃退者 デスパレート・ドラゴン”…こいつはクリティカル上昇スキルを持っている……………が自分のリアガードが相手より多くなけりゃ使えない、ヒカリちゃんのリアガードは呪縛してあるし、第一…今のヒカリちゃんにはコストの都合でブレイクライドと併用が出来ない)

 

 

「…………乗りきれる…か?」

 

 

 

ヒカリは少なくなった手札を見つめる。

 

(この緊張感…駆け引き…全てが懐かしい)

 

 

ヒカリはカズトのターンエンドを確認すると、ユニットをスタンドさせ、ドローを行う。

 

(…でも…それもここまで)

 

 

ヒカリが手札から出そうとしているカード。

 

それは前回のユウトとのファイトでは使われなかったG3…………

 

 

カズトはその時、思い出したことがあった。

 

(そうだ、あのデッキにはあいつが1枚だけ入っている…でも、まさか…このタイミングで?)

 

 

 

「…“ブレイクライド”!!呪槍の撃退者…………ダーマッド!!」



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006 少女は今、前に踏み出す

元々、青葉カズトは深見ヒカリが今使っているデッキを“デスパレート”4枚、“モルドレッド”4枚を中心に作る予定であった。

 

しかし、弟であるユウトに渡す段階になって突然“撃退者 デスパレート・ドラゴン”が1枚行方不明に、どれだけ探しても見つからず、残りのデスパレート・ドラゴンも全て買われていってしまった。

 

そのため、カズトはしかたなく若干デスパレート・ドラゴンとスキルの似ていた“呪槍の撃退者 ダーマッド”をデッキに1枚入れることにしたのだった。

 

 

 

(しかしまぁ、ここでダーマッドを出してくるとはな)

 

 

 

「モルドレッドのブレイクライドスキル発動!CB1を払ってヴァンガードにパワー+10000!“冒涜の撃退者 ベリト”をスぺリオルコール!」

 

 

呪縛されている“黒衣の撃退者 タルトゥ”の後方にベリトがコールされ、元々その場所にいた“黒の賢者 カロン”が退却される。

 

 

「そして…!ダーマッドでシュヴァルツシルトにとどめを打つ…………!“リミットブレイク”!!」

 

 

ヒカリはダーマッドをレストし、アタックを宣言すると同時にスキルの発動させる。

 

 

「“冒涜の撃退者 ベリト”を退却!ダーマッドにさらにパワー+5000、そしてクリティカル+1…!」

 

 

役目を終えたベリトがヒカリによって優しくドロップゾーンへ置かれる。

 

 

(そうだ、ダーマッドは低コストで高い攻撃力が出せる良いユニットだ…だが自身のパワー10000という数字が今の他のカードと比べてもろく感じてしまう)

 

 

「……さらに!ダーマッドのスキルでパワー+3000!…合計28000、クリティカル2でアタック!!」

 

 

(…………確かに…このダーマッドっていうユニットのパワー10000という数字は…今では弱いと言われるのかな…………でも……このターンで勝負を決めるのならば…………関係無い!!)

 

 

 

「………ふっ…ノーガードだ」

 

 

 

カズトは考えるまでも無かった、すでにカズトの手札やインターセプトでは守りきれない数字だった。

 

 

 

「…………ドライブチェック…first…“撃退者 デスパレート・ドラゴン”…トリガー無し」

 

 

クリティカルがここで登場しなくても、カズトが負けないためにはもう“ヒールトリガー”に頼る方法しかなかった。

 

 

「…second…………“黒衣の撃退者 タルトゥ”…トリガー無し…だけどダメージは…2点!」

 

 

 

「…ああ、ダメージチェック…一点目…!!“回想の星輝兵 テルル”!ゲット!!ヒールトリガー……だけど、ヒカリちゃんの方がダメージが多い…回復はしない…………2点目は“障壁の星輝兵 プロメチウム”…」

 

 

カズトのダメージゾーンに6枚目のカードが置かれる。

 

 

 

「俺の負けだよ、ヒカリちゃん」

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

ファイトが終わり、デッキを片付ける二人。

 

 

「…………デスパレート・ドラゴンって少し…使いにくくないですか…?」

 

「あーまぁ俺もあいつが安かったから、そのデッキに入れようと思っただけだからさ」

 

 

二人の会話を聞いていたユウトは何故、自分が兄を探していたのか思い出した。

 

「ああ、兄貴、俺このカード買うよ」

 

 

「ああ、テンペストボルトか、OK、レジに来いよ」

 

 

 

二人がレジへ向かおうとしたとき、

 

 

 

「…………あの!」

 

 

 

ヒカリが立ち上がった。

 

ヒカリはカズトに見せて貰った“撃退者 ドラグルーラー・ファントム”のユニット設定を思い出していた。

 

 

 

ーー過ちを悔いる時は過ぎたーー

 

 

 

その言葉をヒカリはまるで自分に向けられたもののように感じていた。

 

 

(それに…………今までだって…苦しかったり、辛かったわけじゃない…………思い出したくないこともあるけど…………ずっと私は…………本気でヴァンガードを楽しんでいた…)

 

 

 

 

「…………私、このデッキを青葉クンのお兄さんに直接返そうって、この店に入ったとき……考えてました…青葉クン…………受け取ってくれなかったから」

 

 

「ヒカリちゃん…そうだったのか」

 

 

「…ヒカリ」

 

 

 

ヒカリは少し深呼吸をした。

 

 

「…………それで、そうだったんですけど」

 

 

 

「「?」」

 

 

「…このデッキ、私に譲ってくれませんか!?代金は払います…今さら何をって思ったかもしれないですけど…………私は…もう一度…………」

 

 

 

「落ち着いてヒカリちゃん、ストップ、それは俺がユウトにあげたデッキ…………どうするかは、ユウト次第だ」

 

 

「そんなの最初から言っているだろ?そのデッキは君にあげるって…………ただ、」

 

 

ユウトは少しためて言った。

 

 

「これからも俺とファイトしてくれるかな?」

 

 

 

「…うん、あ、でもやっぱり代金は…」

 

 

 

 

「それなら、うちの店で他のカードを買っていってくれればいいさ」

 

 

カズトが提案する。

 

 

「…………はい!」

 

 

 

ヒカリは目を輝かせてシャドウパラディンの置かれているケースの方へと向かっていった。

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

その後、デッキに必要だと感じたカードをいくつか購入した所でヒカリは帰宅した。

 

 

 

(どうして…私…もう一度ヴァンガードを始めようなんて…………思えたのかな…)

 

 

 

 

(きっと…………あなたのせい…ね……奈落竜様)

 

 

 

(………ううん……“モルドレッド・ファントム”)

 

 

 

 

ヒカリはうれしそうに“撃退者 ドラグルーラー・ファントム”を見つめると、空を見上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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007 あなたはヴァンガードが好きですか

“イチゴクリティカル”

 

喫茶ふろんてぃあで最も高価なパフェである。

 

それ故に普段は注文する客がおらず、材料も用意していないため、前もって予約しておく必要がある。

 

店では予約を受けて始めて材料を調達するのだ。

 

 

今、深見ヒカリは一人で“それ”を食べていた。

 

 

 

「…おいしぃ……あぁ…幸せすぎる………」

 

 

(…………生きてて…良かった)

 

 

 

そんなヒカリの前にはパフェ以外に50枚のカードの束が置かれていた。

 

その1枚1枚が白地に黒のラインのヴァンガードサークルが描かれたスリーブに入っている。

 

 

「ヒカリちゃん、どうだい?…この“イチゴクリティカル”は」

 

 

ヒカリの席の前に店長がやって来て言う。

 

土曜日の昼過ぎだというのに客はヒカリしかおらず、働いているのもまた店長一人であった。

 

 

「…やっぱり、このパフェは最高です…!」

 

ヒカリは目を輝かせながら言った。

 

 

「しかしどうしてこのタイミングでなんだい?いつもは誕生日の時だけなのに」

 

 

「今日は…私のヴァンガードのデッキが完成した記念なんです…」

 

 

「へぇ、デッキ?」

 

「はい………!」

 

 

 

ヒカリは店長にデッキを見せる。

 

 

「これか…へぇ…一週間くらいまえだったか、うちの店で二人がやっていたカードゲームだな、おお…こないだは見かけなかったドラゴンがいるな…えーっと…“げきたいしゃ”?」

 

 

「…ルビふってありますよ………“リベンジャー”って読むんです……“撃退者 ドラグルーラー・ファントム”………私の、お気に入りです」

 

 

「なかなか、格好いいな!」

 

 

「…………ですよね!!」

 

 

そんな風にヒカリと店長が話しているときだった。

 

 

ーーーカラン、コロン、カラン♪ーーー

 

 

喫茶ふろんてぃあに一人の…とても綺麗な、黒い長髪の女性が入ってきた。

 

 

「「!?」」

 

 

ヒカリと店長に衝撃が走る。

 

 

((まさか、この店に客が来るなんて…!!))

 

 

 

「一体、どうなってやがる…」

 

 

 

「…………店長は早くカウンターに戻ってください」

 

 

 

 

「…はい」

 

 

 

 

店長が慌ててカウンターに向かう。

 

ヒカリはその姿を見ながらパフェを食べ進めるが、ふと手を止めて自分のデッキを見つめた。

 

 

(私……やっぱり、シャドウパラディンが好きなんだな…)

 

 

ヒカリはかつて共に戦った仲間を思い出す。

 

 

 

(…奈落竜様、ダーク、マーハ、とらんペッたー、カロン…マクリールにマスカレード…………名前を挙げ出したらきりがない…………私の…仲間…)

 

 

 

「…………大好きだよ」

 

 

ヒカリは再び“イチゴクリティカル”を堪能するのであった。

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

喫茶ふろんてぃあに入ってきた女性が思い出す。

 

 

 

 

 

一週間ほど前だったろうか、この店で二人の男女がヴァンガードファイトをしていたのは。

 

 

私がその前を通ったのは本当に偶然だった。

 

 

 

普段、外出を控えている私が何の気まぐれか、珍しく外を散歩していた日のこと。

 

平日の夕方ということもあって下校中の高校生の姿をちらほらと見かけた。

 

 

私も数年前まで同じように一人の女子高生だったなぁ等と考えていたのだが、

 

「…………?」

 

 

私はその中で、多くの女子高生が同じ方向に歩いていることに気がついた。

 

 

そろそろ帰ろうかと考えていた私であったが、少し様子を見てみたくなってしまった。

 

 

(…いったい何があるのでしょう…?)

 

 

 

そして私は見た。

 

 

多くの人で賑わう喫茶店…そのはす向かいの喫茶店。

 

 

人々の喧騒を離れたその場所で、二人の高校生がヴァンガードファイトをしていたのだ。

かわいらしい少女の方が“幽幻の撃退者 モルドレッド・ファントム”にブレイクライドする。

 

彼女は何かを言っている。

 

ライド口上だろうか、ぜひ聞いてみたかった。

 

その時の彼女の瞳は言葉では言い表せないほど輝き、生き生きとしていた。

 

 

まるで彼女の瞳が本当に発光しているようだ。

 

 

 

彼女たちはこんなにも楽しくカードファイトができるのか…………

 

ファイトが終わると、相手のなるかみ使いの少年もうれしそうな顔をしていた。

 

 

 

「……………………」

 

 

私はその場から逃げるように立ち去る。

 

 

私はヴァンガードを楽しめなくなっていた。

 

そしてその理由を無意識に…周囲に押し付けていた。

 

私のその感情は悪化するだけだった。

 

 

私が楽しめなくなってしまったのは、きっと私のせいだ。

 

私は、私の中で何かをあきらめてしまった。

 

 

だから忘れていた。

 

 

ヴァンガードを楽しんでいる人がちゃんといること。

 

 

私が今まで見てきた、悪態をついたり、勝ちを意識しすぎて相手を威嚇したり、否定したりする………そんな人間だけじゃないってこと。

 

 

そのことを“彼女”が教えてくれた気がした。

 

 

 

“ありがとう”

 

 

 

そう言っても彼女には意味がわからないだろう。

 

 

それでも…だから、彼女と話がしてみたかった。

 

 

今日、私はもう一度…正確には初めてこの店に来た。

 

 

 

 

今日もあの娘がいた。

 

 

 

 

「いらっしゃいませ!ご注文はお決まりですか?」

 

 

大学生のバイトだろうか…店員がやって来てカウンター席にいた私に声をかける。

 

 

「では…アプリコットティーと……このチーズケーキをお願い致します」

 

 

「アプリコットティーと…チーズケーキ………他に注文は?」

 

 

「いえ」

 

 

「はい、では少々お待ちください」

 

 

気がつくと“あの娘”が近くにいた。

 

「…すごい……店長が…ちゃんと店員…してる」

 

 

「ヒカリちゃん、それどういう意味かな?…普段の俺がだらしないってことかい?それとも他に店員がいないことを笑っているのかい?」

 

 

「…う~ん、どっちも…」

 

 

私が店員だと思っていた人は店長さんだったらしい。

 

 

私は“ヒカリちゃん”と呼ばれていた“あの娘”に話しかける。

 

 

「あの…少しよろしいでしょうか?」

 

 

「え…あ………はい(…………すごい綺麗な人だ…)」

 

 

私はヒカリちゃんを隣の席に座らせる。

 

そして、単刀直入に聞く。

 

 

 

「あなたはヴァンガードが好きですか?」

 

 

 

「…………はい(……突然何だろう)」

 

 

 

「それはどうしてですか?」

 

 

 

 

 

 

店長さんがアプリコットティーとチーズケーキを持ってきてくれる。

 

 

少しの沈黙の後にヒカリちゃんが口を開く。

 

 

 

 

「…………えーっと…………その…カードゲームってどんな人とも対等に戦えることが魅力で……………ヴァンガードは運の要素が大きくて………何が起こるかわからないから?……………………違う……………そうじゃない……………私は…」

 

 

 

 

ヒカリちゃんが自分の考えをまとめようと少し言葉を止める。

 

 

 

 

 

「………私は大好きなカード…ユニットたちを自分の手で活躍させてあげたい…そう思っています…………うーん……」

 

 

 

 

 

 

「ユニットが好き…そういうことでしょうか?」

 

 

 

「…あ…はい、でもそういうと…何か…小さい理由…かな…」

 

 

「…………」

 

 

 

そう、それは小さい理由かもしれない。

 

だけど、誰にも否定できない絶対的な理由。

 

 

“ユニットが好き”そんなあたりまえの理由を私は忘れていたのかもしれない。

 

 

 

「…………あ、えと……その」

 

 

私は少し意地悪な質問をする。

 

 

 

「…………好きなユニットが時代遅れになったらどうしますか?」

 

 

「…どうにかして使います」

 

 

 

 

「…………ふふっ…こんな意地悪な質問に答えてくれて本当にありがとう」

 

 

「…………はい」

 

 

若干、ヒカリちゃんはまだ自分の答えに自信が持てていないようだ。

 

 

彼女に余計な悩みの種を与えてしまったのだろうか。

 

 

 

そんな風にヒカリちゃんのことを考えながら、私はチーズケーキを口に運ぶ。

 

 

 

 

 

「………………すごい………おいしい」

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

私は支払いを終えると店を出る。

 

 

店長さんとヒカリちゃんが見送りに来る。

 

 

「チーズケーキ…とってもおいしかったですわ、また来てもよろしいでしょうか」

 

 

「はい!お待ちしております!」

 

 

店長さんはにこやかに返事を返してくれた。

 

 

 

 

「…………あのっ!」

 

 

ずっと黙っていたヒカリちゃんが私に聞いてくる。

 

 

「…………ヴァンガード…しているんですか?」

 

 

 

「……………………ええ」

 

 

 

「………私、深見ヒカリっていいます、その……いつか…………ファイトしましょう…!」

 

 

ヒカリちゃんが綺麗な笑顔を浮かべて言う。

 

 

こんな風に声をかけてもらったのは本当に久しぶりだった。

 

 

 

だから私は返事を返す。

 

 

 

「私は…私の名前は…“美空カグヤ”です…………そうですね…………いつか………どこかで」

 

 

 

私は少し駆け足でその場所を離れる。

 

 

私は…………また…ヴァンガードができるのだろうか。

 

 

私の長い髪が風を受けて揺れていた。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

「…全く、あんな綺麗な人がいるなんてな」

 

 

「…………ですね………美空…カグヤさん…か」

 

 

「しかし、ヒカリちゃんがあんな風にまたファイトしましょうなんて言うとはなぁ」

 

 

空を見上げるヒカリ。

 

 

日は沈み、微かに星の光が見え始めていた。

 

 

「私…………さっき、ヴァンガードが好きな理由を…聞かれたんです…………」

 

 

店長は黙ってヒカリの言葉に耳を傾ける。

 

 

 

「…………私…ただユニットが好きとしか…言えなかった…………でも」

 

 

ヒカリの手には緋色のカードケースが握られていた。

 

 

「…………それだけじゃないんです………ついこの間までヴァンガードを辞めていた私が言うことじゃ無いけれど…………私が本当に言いたかったことは…………」

 

 

 

ヒカリは紅く染まった空にデッキケースをかざした。

 

 

「…だったらよ、ヒカリちゃん…」

 

 

 

「…………店長?」

 

 

 

「次に会った時に………だ」

 

 

 

「…そうか…次に会って…もう一度…私の答えを…」

 

 

 

「ああ」

 

 

 

ヒカリのデッキケースに夕焼けの光が反射する。

 

 

 

(………それに“今では時代遅れのユニットもどうにかして使います”なんて言っちゃった…………だから)

 

 

 

 

(………私も…“あのデッキ”を………もう一度…手に取らないと…………)

 

 



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008 何気ない朝、始まる物語

深見ヒカリが喫茶ふろんてぃあで“美空カグヤ”と出会った次の日の………夜の話。

 

 

ヒカリは以前自身が使っていたデッキを探すため、家の中を整理しようとしていた。

 

 

ヒカリの両親は数年前から海外で仕事をしているため、今はこの家では基本的にヒカリが一人で暮らしていた。

 

たまに年の離れた従姉妹夫婦が様子を見に来てくれるが、今はいない。

 

 

「…………」

 

 

ヒカリは目の前にある荷物の山からゆっくりと目をそらす。

 

中学時代、祖母の家で暮らしていたヒカリは高校入学に際して従姉妹が管理してくれていた“実家”で再び暮らすことを決めた。

 

その時に大部分の荷物は従姉妹の協力もあって整理し終わっている。

 

 

 

 

 

 

だがまだ残っているものがあった。

 

 

 

 

 

それはヒカリの純粋な私物である。

 

 

本や、ぬいぐるみ、卒業アルバムに………創作ノート等………

 

何となく他人に見られて気恥ずかしいものがそこにつまっていた。

 

 

 

 

しかも膨大な量である。

 

 

 

 

(…………この中からデッキを探すの…………?)

 

 

 

 

本当にかなりの量がある。

 

 

 

 

(今日は………服の整理くらいで…いいかな…)

 

 

 

 

 

ヒカリは大量の私物に背を向けて夏物の服の整理を始める。

 

 

 

(…………そう、今日は…今日は……今日は…)

 

 

 

 

………決してデッキ探しを諦めた訳ではない。

 

 

 

「…………あ」

 

 

ヒカリは夏物の服を箪笥からまとめて出した。

 

 

 

こんな風にいちいち広げるから荷物が片付かないのだがヒカリは気にしない。

 

 

「…………」

 

 

その中…その服の中でヒカリは“異様なもの”を見つける。

 

 

涼しげな夏服の中にそれはあった。

 

 

「………これは」

 

 

かつて祖母からもらった“それ”は…………

 

 

 

 

いわゆる…………

 

 

 

 

 

本格的な“ゴスロリ”一式であった。

 

 

 

 

 

 

「………………………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………恥ずかしすぎる…………」

 

 

 

 

 

 

 

ヒカリは誰もいない部屋で、昔それを着ていた頃の自分を思い出し、恥ずかしさで悶えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふいに東側のカーテンの隙間に光が差し込む。

 

 

 

 

僕はそれを見てカーテンを開ける。

 

 

目の前に広がる庭園の向こうから太陽が顔を出そうとしているのが見えた。

 

 

今、夜が明けるのだ。僕は朝日の美しさに目を細めていた。

 

 

 

「…いやぁ、徹夜明けの朝日はなかなか感慨深いものがあるっすねぇ」

 

 

 

僕が部屋の中に目を向ける。

 

 

部屋の棚には様々な種類の“カード”が収納されていた。

 

それらの共通点はどれも“TCG”と呼ばれるものであるということだ。

 

だが今、僕の机に広がっているカードは“ヴァンガード”のものだけだ。

 

机の上のパソコンに表示されている動画ファイルも、全てヴァンガードの“ある大会”での対戦動画である。

 

 

 

…そろそろ学校に行く準備でも始めた方がよさそうっすね。

 

 

僕は机に散らかるカードをまとめ、パソコンの電源を落としてからいくつかの“デッキ”をカバンに入れると部屋を出たっす。

 

隣の部屋で“お嬢様”の使用人の人が僕の分の服を用意してくれてるっす。

 

 

「いつもすいませんっす」

 

 

「いえ、こちらこそ“お嬢様”のこと、よろしく頼む」

 

 

 

しばらくして、僕が食事をしようとテーブルについた時にはまだ“お嬢様”は居なかったっす。

 

 

「あの子ったらまだ寝てるのよ、ごめんなさいね舞原君」

 

 

チズルお母様がそう言ってくれるっす。

 

今この屋敷で…日本で生活できるのも全てチズルお母様のおかげ…………

 

この人には感謝してもしきれないっす。

 

 

 

「気にしてないっすよ、どうせ学校で会うんすから」

 

 

「あの子のこと頼むわね」

 

 

 

 

 

僕は準備を終えると、少し早めに屋敷を出て学校に向かうっす。

 

 

少し早く家を出るのには色々と理由があるんすよ。

 

 

 

「そこの髪の長いにーちゃん!!」

 

 

「ん?」

 

 

「この俺とヴァンガード勝負だ!…………でなきゃ、お前をここから先には進ませない」

 

 

そこにいたのは…以前僕が負かしたおっさん…………だっけ?

 

 

「………まぁ朝早くからごくろうなことっすね、いいっすよ…………勝負っす!!」

 

 

僕はこのおっさんが用意してきたテーブルの前に立つっす。

 

「さぁて!今度こそ俺のディセンダントがお前を倒す!!」

 

 

面白い冗談を言うなぁ…このおっさん

 

 

「スタンドアップっす!ヴァンガード!!」

 

 

「スタンドアップ・ザ・ヴァンガード!!」

 

 

まぁ、こんな風に僕は毎日学校につくのがギリギリになってしまうっす。

 

 

「…………………でも、今日はそういう訳にはいかないんすよ!!」

 

今日はこのあと大事な用事があるっす…………一応こうなることを予想して、早めに家を出たからまだ時間の余裕はあるんすけどね。

 

 

でも、

 

 

のんびりファイトしているほど暇じゃないんすよ。

 

 

一気にぶっ倒すっす。

 

 

「覚悟するっすよ!クロスブレイクライド!最凶獣神 エシックス・バスター…“Я”!!…そして、ファイナルターンっす!!」

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

深見ヒカリは誰もいない朝の教室から遠くの景色を眺めていた。

 

 

ヒカリの席は窓側にあるため、座ったままでも外の様子がよく見える。

 

「…………」

 

 

ヒカリは朝早くのあまり人がいない教室が好きだった。

 

 

そのためにいつも早めに家を出ているのだ。

 

教室の時計を見ると時刻は7時48分………

 

 

「………そろそろ青葉クンが来る頃かな…………別に待っているわけじゃあないけど」

 

 

ガララッ

 

 

ヒカリの耳に教室の扉が開く音が聞こえてくる。

 

 

「…おはよう、青葉ク………?」

 

 

「…………“やっと”会えたっすね」

 

 

ヒカリが振り返った先には、見たことのない“銀色の長い髪をした青年”がいた。

 

 

「僕と一緒に来てもらうっすよ……深見ヒカリさん」

 

 

その青年は印象的な碧色の瞳をしていた。

 

 

「…………あなたは…………?」

 

 

「申し遅れたっすね…………僕の名前は舞原……舞原ジュリアン……………世界最強のヴァンガードファイターになる男っす」

 

 

 

 

「……………………はぁ」

 

 

 

ジュリアンは“値踏みするような目”でヒカリを見ていた。

 

 

 

 

 

「さあ!行くっすよ!」

 

 

ジュリアンがヒカリの手を引っ張る。

 

 

「ええ!?……今…すぐって……こと?」

 

「そうっす、…今じゃないととても君には近づけないっすから」

 

 

「??」

 

 

そんな会話をしている内にヒカリはぐんぐん引っ張られていった。

 

ヒカリの手には自身のカバンが持たされていた。

 

 

 

「……………カバン…置いて来ないと………」

 

「その必要は無いっすよ、もう見えてきたっす」

 

「……?ここは…………」

 

 

ジュリアンが指を差す方向には生徒会室があった。

 

「さあ、入るっす」

 

 

ヒカリは生徒会室に足を踏み入れる。

 

 

(………意外と広い……)

 

 

初めて入る生徒会室を見回すヒカリ。

 

その部屋の中にはヒカリとジュリアン以外にもう一人の人物がいた。

 

少し開けられていた窓から風が流れ、その人物の髪を揺らす。

 

 

 

 

(…………本物の……ポニーテール……)

 

 

 

「ようこそ、私の楽園へ」

 

 

生徒会室でそう平然と言ってのけた女性のことは、ヒカリも名前と顔は知っていた。

 

 

「……天乃原……生徒会長……?」

 

「楽園て…何言ってんすか……」

 

 

ジュリアンが冷めた視線を向けるが、生徒会長と呼ばれた彼女は気にしない。

 

 

「あなたが私を知っているように、私もあなたを知っているわ、1年B組の深見ヒカリさん……いえ、絶対天使さん……」

 

 

「……………ぇ?……天使?」

 

 

ヒカリは聞きなれない自身の通り名に困惑する。

 

 

 

「そして、もう知っているでしょうけど私の名前は天乃原…………天乃原チアキ…誰もが敬う天乃原家の娘にして、“カードファイト部”の部長よ………とうっ!」

 

 

チアキはそう言って机の上に飛び乗り、ポーズを決める。

 

 

「…………あ、あと天台坂高校生徒会長もやっているわ」

 

 

 

 

ヒカリはしばらく言葉が出なかった。

 

 

「……………カードファイト部?」

 

 

「もちろん学校非公認っす、お嬢が勝手に言ってるだけっすよ」

 

 

「……………」

 

 

目の前でポーズを決めるチアキの手には、しっかりとヴァンガードのデッキが握られていた。

 

 



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009 混沌に包まれる学園

午前8時3分

 

 

その日俺、青葉ユウトが学校に行くと………教室の雰囲気が異様だった。

 

 

 

 

 

 

「あ、ああ、ああああああああああ」

 

 

「問題無い問題無い問題無い問題無い」

 

 

「どっどうでなのぉぅう、う、うぁぁぁ」

 

 

「泣くんじゃねぇ!泣いてる暇なんかっねぇだ…ろ」

 

「み!みんなおちつけーーーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

これが、阿鼻叫喚の地獄絵図?って奴なのか……?

 

 

俺は勇気を持って“常軌を逸している”クラスメイトたちに挨拶をする。

 

 

 

「み………みんな……お、おっはーー」

 

 

 

 

ーーーギッ!ーーー

 

 

 

教室にいる全員分の殺気が向けられた気がした。

 

 

これが…………挨拶の魔法…か。

 

 

 

 

 

教室の雰囲気が異常過ぎて、俺は…ヒカリが教室にいないことに気がつくまで少し時間がかかってしまった。

 

 

が、みんな様子がおかしい理由がわからない。

 

 

俺はクラスのみんなに話を聞いてみる。

 

 

「あのさ、今野」

 

 

「ああ!?何かようか?つーか何でお前何かが天使様と会話できんだよ!?一年の癖に生意気だぞ!」

 

 

「お前も一年だろうが!?…てか天使って何だよ!!俺“天使と話す”なんて…そんな病的なスキル持ってねえよ!?」

 

 

「天使は天使だろーが!!」

 

 

 

…………まるで話がわからない、俺が病人扱いされているのか、みんなが病人なのか。

 

 

みんなが何言ってるのか、まるでわからない。

 

…………天使って何だよ。

 

…というか本当にみんなどうしたんだ?

 

何かいつもと違うことがあるのか?

 

いつもと違う………ヒカリがまだ来ていないことくらいか。

 

 

 

ん?……………天使?…ヒカリ?

 

 

 

「……もしかして…天使ってヒカリのこと……か?」

 

 

 

 

この一言で教室内の人間が全員俺の方へ振り向いた。

 

 

 

「…そうよ!!気づくの遅いのよ!信じらんない!」

 

「天使様と普通に会話できるありがたみを知れってんだ!!」

 

「私たちは天使様と三秒会話できたことなんてないのに!バーカ!」

 

 

「……逆ギレしてくんなよ」

 

 

っていうかヒカリ、“そこまで”会話ベタじゃないよな………確かに高校生になってから…?変なオーラは出てるけど、こいつらが必要以上に敬い(?)過ぎなんじゃないか?

 

 

「………あのさ」

 

 

「「「ギャルゲーの主人公みたいな性格しやがって!!!」」」

 

 

「うるせえぇぇ!!!!」

 

 

 

 

 

「…………静まりなさい」

 

 

理由なく(?)続いていた俺と他のクラスメイトの口論を諌めるように一人の人物が割って入ってきた。

 

「……委員長、いや会長……」

 

 

誰かがそう呟いた。

 

 

そう、俺たちの目の前に現れたのはこの1年B組の学級委員長、広瀬アイさんだった。

 

委員長が眼鏡をクイッと持ち上げて言う。

 

「今は無用な討論をしている場合ではありません、もう8時を過ぎているのに天使様が教室にいない…それが問題なのです」

 

「…いや、お前らの発言の方が問題じゃ…」

 

 

「もしかしたら天使様の身に何かトラブルが!?」

「そんな!?」

 

「くそっ…どうすれば…!」

 

 

俺はどうリアクションすればいいのだろう。

 

ヒカリの机の上にはヒカリの筆記用具が置いてある。

 

…少なくとも学校の中にはいるだろ、トラブルなんて考えすぎじゃないか?

 

 

委員長がみんなに呼び掛けるように手を鳴らす。

 

「…今こそ!我々の力の見せどころでしょう!!絶対天使ファンクラブが!彼女を救うのです!!」

 

「「「おおおおおおおおぉぉぉっ!!」」」

 

 

 

 

「…………何なんだよ」

 

クラスの連中が列を作って出ていく。

 

教室には俺一人しかいなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

 

天台坂高校、生徒会室。

 

そこでは二人のヴァンガードファイターによる戦いが行われていた。

 

「行くっすよ!」

 

「…………!」

 

改良したシャドウパラディンのデッキを使う深見ヒカリ………Vにはモルドレッド、左列には“ブラスター・ダーク・撃退者”と“督戦の撃退者 ドリン”が並んでいた。

 

それに対して対戦相手の舞原ジュリアンは“グレートネイチャー”のデッキを使っていた。

 

ダメージは互いに4点。

 

ジュリアンが1枚のカードを掲げる。

 

「偽りの真理が全てを飲み込む……クロスライド!学園の処罰者……レオパルド“Я(リバース)”!!」

 

これでジュリアンの場にはレオパルド“Я”とその後ろに“ブラックボード・オーム”…右列には“バイナキュラス・タイガー”と3枚のユニットが存在する。

 

(…これは………これが“Я”ユニット…)

 

すでに今流通している大体のカードを目に通したヒカリだったが、こうして実際に“Я”ユニットと戦うのは初めてだった。

 

(…“Я”ユニット……“仲間を呪縛する”ことをコストにするユニット達…………!!)

 

 

天乃原チアキが見守る中、ファイトが進んでいく。

 

このファイトはヒカリのファイターとしての力を計るためのものであった。

 

 

「レオパルドЯの左に“ランプ・キャメル”をコールっす!そしてその後ろに“鉛筆従士 はむすけ”をコール!」

 

このファイトでヒカリの力量を確認したかったのはチアキもジュリアンも同じである。

 

だが、その“理由”はそれぞれ異なっていた。

 

「そうっすね……次は“失敗科学者 ぽんきち”をレオパルドЯの左下……バイナキュラス・タイガーの後ろに コールっす!スキルは……発動で!CB1使って山札の上から1枚ダメージゾーンに置くっすよ!」

 

“ぽんきち”の持つスキルは、ダメージを1点分追加して“エンドフェイズ開始時”にダメージゾーンから1枚山札に戻すという“ダメージ操作系”のスキル…これでジュリアンのダメージゾーンの枚数ははヒカリの4枚に対して5枚になった。

 

5枚の内の4枚が表の状態である。

 

リアガードを展開したジュリアンはスキルを発動させていく。

 

「“ブラックボード・オーム”のスキル!こいつをソウルに送って“ランプ・キャメル”にスキル『【自】:あなたのエンドフェイズ中、このユニットが(R)からドロップゾーンに置かれたとき、1枚引く』を付加っす」

 

ジュリアンが続ける。

 

「そして…レオパルドЯの“リミットブレイク”!!コストとして“ぽんきち”を呪縛するっす、“ランプ・キャメル”と“鉛筆従士 はむすけ”にパワー+4000、スキル付加!エンドフェイズ時の“自身の退却”効果とその時に発動する“ドロップゾーンから自身のスペリオルコール”効果の2つを得るっす!!」

 

「…」

 

 

チアキがヒカリを見つめる。

 

ヒカリはジュリアンのアタックに備えて手札の確認をしていた。

 

 

(私の目的は“仲間”を探すこと、あなたはそれにふさわしいかしら?)

 

 

「さあて…アタック行くっすよ!…学園の処罰者 レオパルド“Я”のオプシディアンソード!!モルドレッドに一撃浴びせるっす!!」

 

「………パワー13000…なら!撃退者 エアレイド・ドラゴンでガード!!」

 

ヒカリが手札からトリガーユニットをガーディアンとして出す。

 

ヒカリとしてはこのターンはあまり手札を消耗したくなかった。

 

「10000シールド…“トリガー2枚”で貫通っすね、いいっすよ………ドライブチェック!…1枚目は…“ディクショナリー・ゴート”!ヒールトリガー発動!ダメージを回復してパワーはバイナキュラスに与えるっす!……そして2枚目」

 

ジュリアンはにやっと笑うと自分がめくった山札の上の1枚をヒカリに見せる。

 

「“ディクショナリー・ゴート”…ヒールトリガーっす…1枚ダメージを回復して、パワーはランプ・キャメルに与えるっすよ!!」

 

「…………!!」

 

 

これで二人のダメージ差は逆転する。

 

 

「続けて!バイナキュラス・タイガーも同じくヴァンガードにアタック!パワー14000!スキルを発動してランプ・キャメルにパワー+4000と退却効果付加っす!」

 

「………ダークでインターセプト」

 

ヒカリは“ブラスター・ダーク・撃退者”をドロップゾーンに置く。

 

「そして…はむすけのブーストを受けたランプ・キャメルでモルドレッドにアタックっす!!…………パワーは………32000!!」

 

「…………ノーガード…ダメージは“ブラスター・ダーク・撃退者”………トリガー無し」

 

 

「こっちはランプ・キャメルのヒット時スキルを使うっすよ…CB2!1枚ドロー!そしてエンドフェイズの処理に入るっす」

 

ジュリアンがヒカリを見る。

 

(この人が“僕の探していたファイター”なのか…まだまだ確証が得られないっすね………お嬢…部長…生徒会長はどう評価しているっすか…………)

 

ジュリアンがチアキの方に視線をずらす。

 

 

チアキはうっとりとした顔でヒカリの横顔を見つめていた。

 

 

(お嬢!?しっかりするっす!この小説に“ガールズ・ラブ”のタグをつける予定は無いっすからね!?)

 

(な、何言ってるのよ、失礼ね!?変なこと言わないでくれる!?…この娘、ショートカットも良いけど伸ばしても可愛いんじゃないかって思っただけなんだから!)

 

「……あの…舞原クン…?」

 

 

「ああっ!ごめんなさい!ぽんきちを解呪して、ぽんきちのスキルでダメージゾーンから完全ガードのケーブル・シープは山札へ!キャメルとはむすけがスキルで退却するっす!キャメルに付加したスキル発動!1枚ドロー!そしてはむすけのスキル発動!CB1で山札から“鉛筆従士 はむすけ”を手札に加えるっす」

 

そしてジュリアンはドロップゾーンに置かれたランプ・キャメルと鉛筆従士 はむすけを再び持つ。

 

「これで最後っす!付加したスキルでこいつらは再びリアガードとして“登校”してくるっすよ!!…ターンエンドっす!」

 

ダメージはこれでヒカリの5点に対してジュリアンは2点まで回復してしまった。

 

ジュリアンがヒカリを見ると、ヒカリは何か考えているようだった。

 

「どうしたんすか?」

 

「…ううん、ただ“登校”って表現は何か…グレートネイチャーっぽくて……いいなって……」

 

「照れるっすね、こいつらはスキルを得て“勉強”して“下校”する……そんな風に自分でイメージするのって楽しいっすよね?」

 

「……!!はい!私も……そう思います!」

 

ヒカリが笑い、思わずジュリアンが目線をそらす。

 

 

(…これは確かに……天使…っすね)

 

 

 

「……私のターンです!……スタンド&ドロー!そして…………」

 

 

(私の思い…あなたに託します……)

 

 

 

「誰よりも世界を愛し者よ、奈落の闇さえ光と変え、今再び共に戦おう!!クロスブレイクライド!!撃退者……ドラグルーラー・ファントム!!!」

 

 

「いい口上っす(口上を使うときの表情……瞳…ここは情報と一致するっすね……)」

 

 

「…ありがとう…ブレイクライドスキル!CB1でドラグルーラーにパワー+10000、そして詭計の撃退者 マナを山札からスペリオルコール!パワー+5000!」

 

ヒカリは流れるようにスキルを発動していく。

 

「マナのスキル!撃退者 ダークボンド・トランペッターを山札からスペリオルコール!撃退者 ダークボ…略して“だったん”のスキル発動!CB1で氷結の撃退者をスペリオルコール!」

 

ヒカリが一呼吸置く。

 

「…いきます!撃退者 ドラグルーラー・ファントムの……“リミットブレイク”!!CB1、マナとだったんを退却し、自身にパワー+10000、そして…舞原クン!朽ち果てなさい!ミラージュストライク!!」

 

「…………」

 

ヒカリはジュリアンがきょとんとしているのに気がついた。

 

「あ…すいません!…えっと1点貰ってください!」

 

ドラグルーラーは相手のダメージが4点以下ならば相手に“ダメージを1点与える”というスキルを持つ、ヒカリはこれを使ってジュリアンとの間に開いたダメージ差を埋めようとしていた。

 

「了解っす!(まあ分からなかったんじゃなくて、少し気圧されていただけなんすけどね)…ダメージチェック……ルーラーカメレオン!ゲット!クリティカルトリガーっす、パワー+5000はレオパルドЯに」

 

ヒカリは手札から再びマナをコールし、そのスキルで無常の撃退者 マスカレードを山札からコールする。

 

「もう一度!ドラグルーラーのリミットブレイク!」

 

ヒカリはここぞとばかりにCBを消費していく。

 

「ダメージは……お、普通のレオパルドっす…トリガー無しっすね」

 

ヒカリはマナとマスカレードがスキルで退却すると今度はブラスター・ダーク・撃退者をコールした。

 

「…ドリンの前にブラスター・ダーク・撃退者出陣!ドリンのスキルでCBを1枚表にして…………再び!!ドラグルーラーのリミットブレイク!!」

 

ブラスター・ダーク・撃退者と氷結の撃退者が退却される。

 

「ダメージチェックは…モノキュラス・タイガー…トリガーじゃ無いっすね…これで5点目っす」

 

ヒカリとジュリアンの点差は無くなっていた。

 

ジュリアンのダメージが5枚になったためドラグルーラーはもうリミットブレイクを使うことはできなくなる、あくまで“点を詰める”ためのスキルだからだ。

 

「………どんなに点差があっても、ドラグルーラーは私を勝利へと導いてくれる………私の…ヴァンガード」

 

 

「ヴァンガード…っすか」

 

ヒカリは少なくなった手札から“虚空の撃退者 マスカレード”をドリンの前にコールする。

 

ドラグルーラーはリミットブレイクを繰り返すことでパワーが53000まで上昇していた。

 

ヒカリはジュリアンの場を見つめる。

 

ソウルの中に“完全ガード”が1枚。

 

ドロップゾーンにも2枚。

 

(…すでに3枚は…場に出ている…………なら)

 

 

(なら今、僕が完全ガードを持っていない可能性も高い…っすか)

 

ジュリアンは手札を見つめる。

 

ヒカリの読み通り、そこに完全ガードは無かった。

 

(…これだけカードがあって引けてないって辛いっすよね…今の手札だと…持ちこたえられるかはトリガーしだいっすかね……せめて手札にトリガーが多かったら…)

 

 

 

「さぁ……行こう、この一撃で決める!!ドラグルーラー・ファントム!!学園の処罰者 レオパルド“Я”にアタ…」

 

 

 

ドガォッ!バゴオォォン!!

 

 

 

突然、大きな物音と共に沢山の人間が生徒会室に流れ込んできた。

 

 

その弾みでファイトテーブルが傾いたことは言うまでも無く、二人の…山札と…ドロップゾーンと…ダメージゾーンと…リアガード…………そしてヴァンガードが…

 

 

混ざりあってしまった。

 

 

 

 

「「…そんな…………」」

 

 

ヒカリとジュリアンが落胆する中、生徒会室に入ってきた沢山の人の中から一人の女子が声をかける。

 

 

「お迎えに来ました…マイ・エンジェル」

 

 

 

「………………………………はぃ?」

 

 

ヒカリはその女子が誰に向かってその言葉をかけたのか、しばらく分からなかった

 

 

 



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010 少女と私と君と君

時刻は8時22分、深見ヒカリは突然生徒会室にやって来た人達によって1年B組の教室まで押し流されようとしていた。

 

「うぁ………ちょっと……押さないで………」

 

ヒカリは何とか自分のデッキを確保する。

 

そんなヒカリに天乃原チアキと舞原ジュリアンが呼び掛けた。

 

「深見さん!放課後にもう一度来てくださる!?」

 

「もう一度ファイトしましょーっす!」

 

 

その言葉にヒカリが何か答えようとしていが、二人は聞き取ることができず、もうその姿も見えなくなってしまった。

 

 

「…………ねぇジュリア」

 

「…………ジュリア“ン”っす…お嬢」

 

静かになった生徒会室でチアキがジュリアンに語りかける。

 

 

「あの子、“チーム”に入れるわよ」

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

4時間目の終わりのチャイムが鳴り、生徒達は各々持参した弁当を広げたり、購買に買いに行ったりする。

 

そんな中、ヒカリはいつも一人で弁当を食べていたのだが、今日は珍しく青葉ユウトと向き合って座った状態で弁当の包みを広げていた。

 

当然、ユウトには普段ヒカリと会話している時以上に殺気が向けられる。

 

 

「なぁ…ヒカリ、どうして今日は俺といっしょに弁当なんだ…」

 

「……?…別に…何となくかな………何で?」

 

ユウトはさりげなくため息をつく。

 

「まぁ…ちょっと命の危険を感じ…何でもない」

 

「…まぁ青葉クンである必要は無いんだけどね……朝ちょっと怖い人達に囲まれちゃって……天使とか何とか言う人達…………」

 

「あ…うん……(そいつらは今、君の背後にいる君のクラスメイトなんだけどな………あいつら、普段からヒカリの視界の外で行動しようとしているみたいだしな)」

 

「…その人達はいつのまにかいなくなってたんだけどね……学校の中だっていつ不審者が現れるか分からないって…………ちょっと不安になって…」

 

「だから珍しく教室の端じゃなくって、俺の席で食べようと思ったのか」

 

「………まぁ、ほら…この教室あまり人気が無いし」

 

「…あーなるほど…(“人”はいるけどな…君の背後に沢山………)」

 

ユウトがヒカリの背後に視線を向ける。

 

 

「(くっ…俺達が天使様を不安にさせていたのか!)」

 

「(……私…今度から、頑張って天使様を真っ正面から見つめる!!)」

 

「(止めろ!!死ぬ気か!?)」

 

「(第一…何でユウトの野郎は平気なんだよ!?)」

 

 

ユウトはヒカリの背後に見える“彼ら”を視界から外すとヒカリに問いかけた。

 

「ところでヒカリ、今朝はどうかしたのか?」

 

「どうって……えっと…生徒会室でヴァンガードしてたよ」

「…………え?」

 

 

ヒカリは朝起きた事をおおまかに説明した。

 

 

「生徒会長…カードファイト部……おもしろそうな人達だな」

 

「じゃあ………放課後、一緒に訪ねてみる?」

 

ヒカリは別れ際にチアキに言われたことを思い出して言った。

 

「………いいのか?」

 

「………相手にしてもらえるかは…………わからないけど…………それでいいなら」

 

 

「…なら、俺も行くよ!」

 

相変わらず、青葉ユウトには殺気の篭った視線が向けられていた。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

放課後、生徒会室には四人の人間が集まっていた。

 

 

「…で、あなたは誰かしら?」

 

チアキが口を開く、その言葉はもちろん、朝この場所にいなかった人間に向けてのものだった。

 

 

「こんにちわ!俺は青葉ユウトです!」

 

「お、確か“なるかみ”を使ってる初心者のヴァンガードファイターさんっすね」

 

「あ…ああ(…何で知ってるんだ………?)」

 

「…へえ、初心者ねぇ…」

「あーやっぱり初心者お断りみたいな…?」

 

「いやいや、そんなことないわよ」

 

「……………あの」

 

ずっと黙っていたヒカリが口を開く。

 

「…その…そもそも…私に何のよう………ですか?」

 

「ふふふ…そうね、それを話しましょうか」

 

チアキはまるで苺のタルトを目の前にした小さな女の子の様に目を輝かせる。

 

 

「ずばり!!二人とも私のカードファイト部…いえ、私のチームに入って、私と日本一を目指さない!?」

 

「…………」

 

 

「へ?俺も…ですか?」

 

「もちろんよ!仲間は多い方がいいわ!」

 

 

チアキは当然だと言う様にうなずく。

 

うなずくチアキに合わせてポニーテールも揺れる。

 

「ヴァンガードという同じ趣味を共にした仲間が集って一つの目標を目指す…とても青春よね!」

 

「はあ………」

 

チアキの勢いに若干気圧されるヒカリであった。

 

そんなチアキのテンションはこうしている間にも益々上昇していってるのが見てとれる。

 

「日本一………秋の“VFGP”での優勝………輝く勝利の讃美歌…………」

 

チアキの目はすでに遠くの世界を見つめていた。

 

「…それに今年の景品は…ヘヘッ…グヘヘヘヘ」

 

「ちょーっと落ち着くっすよ!お嬢!」

 

バゴンッッ!!

 

「!?」

 

ジュリアンがチアキに空の…どうやら新品のバケツを被せる。

(………このために…用意したのかな……)

 

ヒカリの考えを裏付けるようにバケツには油性のペンで“チアキ専用”と書かれていた。

 

「はいーどうどう」

 

「私は馬かっ!!」

 

どうやらチアキは落ち着いたらしい、ジュリアンがバケツを外す。

 

「と…とにかく?ヒカリさん、ユウト君…あなたたちが必要………あなたたちが欲しいの」

 

どうにか話をまとめたつもりらしいが分からないことだらけすぎる。

 

「………えーと…」

 

「あ、一つ質問いいですか?」

 

(…………一つだけ!?)

 

ユウトがおずおずと手を挙げる。

 

「何かしら」

 

「“VFGP”……って何ですか」

 

「それは僕から説明するっす………“VFGP”…ヴァンガード・ファイターズ・グランプリの略称で、ヴァンガードにおける最大規模の公認大会…といったところっすかね」

 

ジュリアンがチアキの方を見て続ける。

 

「今、お嬢が言っていたのは毎年、秋に開かれる大会のことなんすけど、それだけじゃなくて、他に春に開かれるヴァンガード・クライマックス・グランプリ………通称“VCGP”もあるっすよ、秋の大会はチーム戦、春のは個人戦って特徴があるっす………まぁ大会以外にも限定商品の販売もあったりして…………年二回のお祭りみたいなイベントなんすよ」

「……………大会」

 

「へぇ、そんなのがあるのか」

 

「そして、お嬢の目標がこの今年のVFGPでの優勝なんすよ」

 

ヒカリが口を開く。

 

「………それなら…わざわざ私達を勧誘するより…今から一人で春の大会を目指していけばいいんじゃ…?」

 

「そうもいかないんすよねー…今年の秋のこの大会でなければ……意味がない………」

 

ジュリアンはそう言って自身のカバンから一枚のポスターを取り出す。

 

そこには、話に出ていたVFGPの詳細が書かれていた。

 

「…これって…………っ!?」

 

「?」

 

ヒカリはすぐ“それ”に気がついたが、まだユウトはピンときていないようだ。

 

今まで黙っていたチアキが語りだす。

 

「そうよ…“それ”が今回のVFGPの“景品”」

 

生徒会室が静寂に包まれる。

 

 

「MFS…モーション・フィギュア・システムの“先行試遊権”…よ」

 

 

 

MFS…その名前がこの場面で意味するのは、やはりアニメ『カードファイト!!ヴァンガード』に登場した“あの装置”のことだろう。

 

「えっと、何ですかそれ」

 

ユウトが疑問を投げ掛ける。カードゲームから始めたため、まだアニメを見たことが無かったのだろう。

 

その質問にチアキが答える。

 

「そうね、立体映像を利用して実際にユニット達の戦いを再現するシステム…って所かしら」

 

「へぇ、それはすごい」

 

 

「…………完成…したんだ…」

 

ヒカリの記憶ではアニメの第一シリーズ放送と共に開発が始まっていたはずだった。

 

そのため、現在流通している全てのカードには後々MFSで使えるようにICチップが埋め込まれていた。

 

(…………でも、開発は中止になったって聞いてたけど…………)

 

「開発発表の日から早三年…ついに私達の目の前にMFSが姿を見せるのよ!」

 

再びテンションを上げるチアキを横目にヒカリはジュリアンの持つポスターを見つめた。

 

(……MFS………私も楽しみにしていたっけ)

 

 

ヒカリは自身がかつて実際のファントム・ブラスターと共に戦うことを夢見ていたのを思い出した。

 

(今なら………モルドレッドかな)

 

 

「VFGPの優勝チームに完成したMFSを誰よりも早く体験できる権利が与えられる………私はこのチャンスを逃すつもりは無いわ………でも、出場には最低でも三人……多くて五人でチームを組む必要があるの………だから」

 

 

チアキが頭を下げる。

 

 

「二人とも!私達と一緒に優勝を目指してくれないかしら!!」

 

しばらくの沈黙の後、ユウトが口を開く。

 

「俺、初心者なんですけど…」

 

「大会まで時間はあるわ!一緒に特訓しましょう!」

 

「!!…よろしくお願いします!!」

 

あっという間にユウトが仲間になってしまった。

 

「さあ、ヒカリさんも!」

 

「さあ、ヒカリも!!」

 

チアキとユウトの二人がヒカリに向かって手を差しのべる。

 

「…………どうして…私…………何ですか?」

 

 

それはヒカリが抱いていた単純な疑問だった。

 

ヒカリについてきたユウトはともかく、今朝、ジュリアンは明らかにヒカリに狙いを定めていた。

 

そもそも優勝を目指すようなチームを組むのなら、自分の知っている人間を集めたり、ショップで勧誘するほうがより確実だろう。

 

だというのに、ヒカリという一個人に絞って勧誘してきたことが理解できなかった。

 

「あーショップで勧誘するほうが確実にチームを作れるのにってことっすか?」

 

「…………それだけじゃない……何でわた…」

「お嬢はこう見えて重度の人見知りなんすよ、ほら今も足が震えてる」

 

「はぁっ!?」

 

ジュリアンが指差した先を見てユウトが頷く。

確かにその足は生まれたての小鹿のようにガクガク震えていた……

 

「それで学校でメンバーを集めていたんだな」

 

(…いや今震えているなら意味がないよね…)

 

ヒカリはジュリアンの言葉に不満を覚える。

 

「…全く答えになってない………学校で集めても人見知りには関係無い…私は」

 

「さあ!!これでチーム結成すね!」

 

「ええ!早速出場登録しなくっちゃ!」

 

「やだなぁお嬢、登録は8月から………今はまだ6月っすよ」

 

 

「…………答える気は無いんだ…」

 

 

「チーム名はずばり!“シックザール”!」

 

「おおっ格好いいな!」

 

「ドイツ語で運命、宿命………受け入れて、観念するっす、深見ヒカリさん」

 

 

「…………まあ………いいけどね………」

 

 

ヒカリは軽くため息をつく。

 

ヒカリ自身、割りとお人好しな性格であることや、優勝商品の話からこの誘いを断るつもりはそもそも無かったのだった。

 

 

 

 

(…みんなで………ヴァンガードか…それもいいかも…ね…………)

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

夕焼けの中を天台坂チアキと舞原ジュリアンの二人が歩く

 

「この学校での印象とも“例のファイター”の話とも違ってヒカリさん、あんまりとっつきにくいって感じじゃ無かったわねー」

 

「むしろ普段のお嬢の方がよっぽどとっつきにくいっすよ」

 

「なっ!!?」

 

チアキがポニーテールを揺らしてジュリアンの方を睨む。

 

少しずつチアキの屋敷が見えてくる。

 

道路の街灯が灯り始めた。

 

「…………でジュリアは収穫あったの?」

 

「ジュリアンっす…そうっすね…ファイトの腕、デッキ構築は上々………いくつか“共通点”もあるにはあったんすけど…………」

 

ジュリアンは思考を巡らせる。

 

(…………深見ヒカリさんは“あのファイター”なのか…………か…)

 

「情報はまだ足りないっすけど、今のところ証拠といえるものは“全く”無かったんすよね………たぶん、普通に強い普通のファイター………の可能性が高いっすね」

 

「“可愛い”を忘れずにね…VFGPには問題無いし…ジュリアはこの後どうするの?」

 

「そうっすね………僕のわがままを聞いて貰ったし…皆と一緒にVFGPの優勝を目指すっすよ」

 

 

「そういってくれると頼もしいわね」

 

 

ジュリアンは夕空の月を見つめた。

 

 

 

 

 

 

「………深見ヒカリ………か」

 

 



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011 誰かを探して、誰かは出会う

深見ヒカリたちが半ば無理矢理カードファイト部…もといチーム“シックザール”に入れられてから二日がたった、6月17日の話。

 

 

チームに入った…とは言うものの、今のところ特に活動する予定はまだ無いらしい。

 

 

あの後学校の廊下で会うこともあったが、二人は

 

 

「色々計画中っすよ」

 

「楽しみにしていなさい?」

 

 

そう言ってニヤニヤするばかりだった。

 

 

放課後になり多くの生徒が下校する中、ヒカリはあることに気がついた。

 

 

(…………青葉クン…もう帰ったのかな…)

 

 

普段ならしつこいくらい帰り道で「ヴァンガードをしよう」と言ってくる…ユウトの姿が見えなかった。

 

 

 

 

(………私も帰ろ………)

 

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

 

「…っく…ターンエンド…」

 

「僕のターンっすね?スタンド&ドロー!!」

 

 

 

ヒカリがちょうど家を出た頃、喫茶ふろんてぃあの中では俺、青葉ユウトと舞原ジュリアンによるカードファイトが行われていた。

 

 

 

「君の手札はもうバレてるっすよ!………魔神侯爵アモン“Я”から“エコー・オブ・ネメシス”にライドっす!」

 

 

「エコー・オブ・ネメシス?」

 

 

初めて見るユニットだったが、テキストはすぐに読めた。

 

そして分かってしまった。

 

 

 

ーーあ、死んだ…とーー

 

 

「ネメシスの後ろに“ドリーン・ザ・スラスター”をコールっす」

 

 

俺とジュリアンのダメージは互いに5点。

 

 

「そしてネメシスの右隣に“媚態のサキュバス”をコールしてスキル発動……一枚分ソウルチャージっす…ドリーンのスキルでドリーンにパワー+3000」

 

 

山札からソウルにヒールトリガーらしきユニットが飲み込まれる。

 

前のターン…俺はテンペストボルトドラゴンのスキルで“全ての”リアガードを退却させていた。

 

本当はそのターンで決めるつもりでした。はい。

 

 

 

 

「エコー・オブ・ネメシスのスキル…ソウルの“アモンの眷族 ヘルズ・トリック”でソウルブラスト…2枚分ソウルチャージして、ドリーンは自身のスキルでさらに

パワー+6000っすよ」

 

 

今、俺の手札には完全ガードが2枚、グレード3のテンペストボルトドラゴンが1枚、グレード2のサンダーブームドラゴンが1枚…最後にクリティカルトリガーのイエロージャムカーバンクルが2枚あった。

 

そしてリアガードの前列に、テンペストボルトのスキル発動後にコールした抹消者 スパークレイン・ドラゴンが2枚…

 

 

「“グウィン・ザ・リッパー”をコールっす、スキルでCB2!“抹消者 スパークレイン・ドラゴン”を退却っす!」

 

 

いや…1枚ある。

 

 

 

「さあ!行くっすよ!!リアガードのグウィンでリアガードのスパークレイン・ドラゴンにアタックっす!」

 

「…………ノーガードだ」

 

ああ…インターセプトで守ることもできなくなった。

 

 

 

「その様子だともう分かってるっすよね?ネメシスのスキル!!ソウルが………10枚以上あるっすからパワー+10000,そして!グレード1以上のユニットはガードに使えないっす!!………ドリーンのブースト、ネメシスでヴァンガードにアタック!パワーは36000っすよ!」

 

 

「………ノーガードです」

 

ああ、守れない。

 

 

「ドライブチェック!………アモンの眷族 フェイト・コレクター!クリティカルトリガーっす!効果は全てヴァンガードに!セカンドチェック……同じくクリティカル、効果の対象も同じくっすよ!!」

 

 

 

 

「ダ、ダブクリ……」

 

 

 

こうして、ヒールトリガーが出ることもなく俺は負けてしまった。

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

俺はジュリアンとのフェイトを終えて、喫茶ふろんてぃあのチーズケーキを食べていた。

 

いつ食べてもここのケーキは美味い。

 

………なのに何でいつも閑古鳥が絶叫しているのだろうか。

 

 

 

 

「どうしたら強くなれんのかなぁ…」

 

 

 

俺はそっとため息をつく。

 

 

 

「と、いってもそろそろ初心者の壁は越えられると思うっすよ」

 

「そうか?」

 

 

ジュリアンはレアチーズケーキ(4皿目)を食べていた手を止めた。

 

 

 

「“シールド値”の要求も意識できているみたいっすから」

 

 

確かに最近は相手のVのパワーを考えて、ユニットのパワーを上げるようにはしている。

 

 

 

「後は取り敢えず手札の公開、非公開を意識することっすね」

 

 

「そういえば、さっき“手札がバレてる”って言ってたな」

 

 

「そう、あの時、青葉くんの手札は全てドライブチェックで公開済みのカードのみだった……」

 

 

 

「え、本当に!?」

 

そう言えばそうだったかもしれない。

「だから僕はあの時“エコー・オブ・ネメシス”を使ったっす、もうガード出来なくなるって分かってたっすから」

 

 

 

なるほど…手札…か、色々考えることができたな。

 

 

「あとはデッキの構築っす」

 

 

「そうかもな」

 

 

俺がそう言った瞬間、ジュリアンの身体中から殺気のような物が吹き出した気がする。

 

「“そうかもな”じゃないっす!!なんで“抹消者 テンペストボルト・ドラゴン”と“抹消者 エレクトリックシェイパー・ドラゴン”が同じデッキに入ってるんすか!?信じられないっす!スキル意味なしっす!!」

 

 

 

ああ、なるほどそう言うことか。

 

 

確かに俺のデッキには“ブレイクライド”によって “退却させたユニットの後列を追加で退却させる”エレクトリックシェイパーと“リミットブレイク”によって“全てのファイターのリアガードを全て退却させる”テンペストボルト・ドラゴンが両方とも入っている。

 

 

何故かって?決まっているさ、何故なら

 

 

 

「俺、今、あんましお金持ってないからさ…」

 

「……すいませんっす」

 

 

まあ本当はデッキ構築とか考えずにカードの見た目で買ってしまったんだが、それはそれで金の無駄遣いだと怒られそうだ。

 

 

「…………別に怒らないっすよ、楽しみ方は人それぞれっすから」

 

 

「え?」

 

 

「何でもないっす……でもそうっすね、軸が決まっていない…何がしたいのか分からないデッキにはなってるっす」

 

「何がしたい…か?」

 

 

「そう、基本的にデッキを作る時は一番使いたい、ライドしたいグレード3のユニットを選んでおくといいデッキが作りやすいっすよ」

 

 

確かに…今まで俺は兄貴から貰ったデッキに闇雲にカードを投入しているだけだった。

 

 

 

「そこで」

 

「?」

 

 

 

ジュリアンが言葉をためる。

 

 

 

 

「僕、今からカード持ってくるんで!一緒にデッキを作るっす!!もちろん作ったデッキは差し上げるっすよ!!」

 

 

 

「そんな!それはさすがに悪い…」

 

「問答無用!実際にやってみることが大事っす…と、言うわけで…有言実行!善は急げっす!」

 

 

 

そう言ってジュリアンは立ち去っていった。

 

カードゲームは無駄に高価だと俺は思う。

 

そんなカードを人から貰うのは…なおのこと気が引ける………ってヒカリもこんな気分だったのか…?

 

 

 

「なぁ………青葉よ」

 

 

 

 

ふと横を見ると店長が立っていた。

 

 

「今の長髪の彼………」

 

 

「ああ!あいつはジュリアンって名前で」

 

 

「いや…名前もいいんだけどよ?」

 

「?」

 

 

「あのまま帰って来なかったら…青葉…金払ってくれるよな?」

 

 

 

 

ジュリアンがさっきまでいた席にはかなりの数の皿が並んでいる。

一瞬、ここは食べ放題の店かと思うほどだ。

 

 

 

 

「…………」

 

「…………青葉」

 

 

 

いや、各々自腹だから…自腹の約束しているし……

 

 

 

「帰って………来ますよ、俺は信じている」

 

 

 

大丈夫、心配なんていらないだろ…………って言えるほどまだあいつのことよく知らないんだよな…俺。

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、俺は信じていたよ」

 

 

「?何の話っすか?」

 

 

「何でもないさ」

 

 

今、俺の目の前には大量のヴァンガードカードが置かれている。

 

これらは全てジュリアンがついさっき店に持ち込んだものだ。

 

 

「しかしこれは凄まじい数だな」

 

「ここにあるのはグレード3だけ、他のカードはここにあるっすよ」

 

ジュリアンが店に持ってきたキャリーバッグをぽんぽんと叩く。

 

 

「さあ!好きなカードを選ぶっす、やっぱり“なるかみ“のカードがいいっすか…?この機会に他のクランを使ってみるのもいいっすよ!」

 

「選べって言われても…な」

 

 

 

いったい何枚あるんだこれ。

 

まさか…今発売されている全てのグレード3ってことは無いよな。

 

「…どうしたものか」

 

 

 

そうして俺がカードの山を眺めていると…………というか途方に暮れている時だった。

 

 

 

ふいに花の香りがした。

 

 

 

空気が変わる。

 

 

「まあ………すごい枚数のカードですね」

 

 

俺は声の方向を見る。

 

まず目に入ったのはとても綺麗な長い黒髪だった。

 

 

 

「私も見せて貰ってもいいでしょうか?」

 

 

とても綺麗な女性がそこに居た。

 

 

 

女性の姿に気がついた店長が声を掛ける。

 

 

「いらっしゃいませ、美空さん」

 

 

「…………美空……さん?」

 

 

 

 

「はい、初めまして、私は美空カグヤと申します」

 

 

 

 

そう言って美空カグヤさんは微笑んだ。

 

 

 

 

 

 



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012 少年が追い求めるものとは

俺、青葉ユウトと舞原ジュリアン、そして美空カグヤさんの三人は大量のカードの山を見ていた。

 

 

「つまり、デッキを作っているのですね?」

 

 

「そうっすよー」

 

ジュリアンと美空さんの声を聞きながら、俺は取り敢えず何枚かカードを手に取ってみた。

 

 

 

“バミューダプリンセス レナ”

 

 

“ブラスター・ブレード・バースト”

 

 

“蒼嵐覇竜 グローリー・メイルストローム”

 

 

“モーント・ブラウクリュウーガー”

 

 

“メイデン・オブ・ビーナストラップ ミューズ”

 

 

 

「うーん、何かこう…しっくり来ないんだよな」

 

 

「イメージって奴っすね」

 

 

「そうですね、イメージですね」

二人はうんうん頷きながらコーヒーを口にする。

 

何というか、高みの見物って言葉が似合うな…

 

 

「………でも、蒼い竜ってのは格好いいな」

 

俺は蒼嵐覇竜 グローリー・メイルストロームを見てそう呟く。

 

 

「それなら!!“アクアフォース”がいいかもっす」

 

 

ジュリアンがそう言って俺に色々カードを見せてくれるが…何か違う。

 

 

「…………」

 

 

そんな俺を見てジュリアンは手に持っていた“蒼翔竜 トランスコア・ドラゴン”を振りながら呟いた。

 

「………蒼いんすけど」

 

 

そう言われても…………ふとそんな俺の目に一枚のカードが飛び込んでくる。

 

俺はジュリアンが渡してきたカードが置いてあった場所から少し遠いところにあるカードに目がいった。

 

 

蒼い………竜だ。

 

 

蒼い竜がそこにいた。

 

 

 

そうだ、こんな神々しさが欲しかったんだ。

 

 

 

「へえ…そのカードでデッキを作るっすか?」

 

 

「ああ…………ああ!」

 

 

 

俺の手の中にあったカード…その名前は…

 

 

 

“ドラゴニック・ウォーターフォウル”

 

 

“かげろう”のグレード3のユニットだった。

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

「かげろうの蒼い竜ならこんなのもどうっすか?」

 

 

「こんなカードもありますよ?」

 

 

“ドラゴニック・ガイアース”

 

 

“ワイバーンストライク テージャス”

 

 

俺の手に次々とカードが渡されていく。

 

 

「グレード3のもう一種類をどうするっすかねぇ」

 

「さすがに全て蒼い竜というのも無理ですからね」

 

 

二人はそう言って再びカードの山を掻き分け始める。

 

 

「…………何か申し訳ない気分だな」

 

 

「そんな風に思わなくていいんすよ、趣味なんだから」

 

 

「私もカードに触れるのは久しぶりなので……いいリハビリになってますから」

 

 

…………返す言葉が見つからない。

 

 

 

するとジュリアンがどこか遠くを見つめるような目をして呟く。

 

 

「それに………少しでもこのデッキが通用する間に完成させたいっすから」

 

 

「…?」

 

 

どういう意味だ?

 

 

 

 

「新しいカードの話…ですね?」

 

 

 

カグヤさんが答える……新しい…カード?

 

 

 

 

「そうっす…新しいブースター“竜剣双闘”………そしてトライアル二種…」

 

 

そうか…今も新しい商品が出るんだよな…

 

 

「ここで新能力“双闘(レギオン)”を搭載したユニットが登場するっす」

 

 

 

…………双闘?

 

 

 

「双闘20000(シークメイト)…ドロップゾーンから4枚のユニットをデッキに戻すことで指定カード“レギオンメイト”をヴァンガードサークルへと…ヴァンガードの隣へと呼び出し、双闘する…………これでヴァンガードは毎ターン手軽に、アタック時に20000を越えるパワーを出すことができるっす」

 

 

「強い…………のか?」

 

 

 

「ドロップゾーンから山札にカードを戻すってのが最大の肝っす、トリガーを4枚戻せば大幅にトリガー率が上昇するっすからね」

 

 

いまいちピンときてないな、俺。

 

 

「ってもう双闘するカードは二組登場しているんすけどね」

 

 

ジュリアンがカードの山から四枚のカードを取り出してきた。

 

 

 

 

“両断の探索者 ブルータス”

“合力の探索者 ロクリヌス”

 

 

“喧嘩屋 ショットガンブロー・ドラゴン”

“武断の喧嘩屋 リセイ”

 

 

 

 

「まあ今回のブースターとトライアルが発売されるまでは大会で使用できない…ってなってるんすけどね」

 

 

ジュリアンがカードを並べる。

 

カードに描かれていた絵が繋がり、下の方に描かれていたマークも繋がった…………これが双闘か………

 

「…本来なら“竜剣双闘”とトライアル二種は4月には発売されている予定だったんすよ」

 

 

「…………今って何月だっけ」

 

 

「6月ですよ」

 

 

ジュリアンが言葉を続ける

 

 

「何故こんなに遅れているのか………最近、理由が判明したっす」

 

 

「…MFSのせい…でしょうか」

 

 

 

ジュリアンがカグヤさんの答えに頷く。

 

 

 

「そう、カードの印刷ミスがあった…とか会社内でストライキがあった…とか根も葉も無い噂が流れていたこともあったっすけど、実際はMFSの制作にスタッフと予算を集中させ、今後発売のカードのデータもあらかじめ入力しようとした結果、カードの生産にいつも以上の時間が掛かっているようなんすよ」

 

 

ジュリアンはそう言うと店長にレアチーズケーキを注文する。

 

 

「へぇ、そうなのか」

 

 

 

「おかげでアニメの展開とカードの販売スケジュールがずれまくりっすよ………」

 

 

そう言ってジュリアンはコーヒーを口にし、呟く。

 

「二年前…っすかね、その頃もこんな風に発売が遅れたことがあるっす」

 

 

ジュリアンの元に店長がレアチーズケーキを持ってくる………一体どれだけ食うつもりなんだ…

 

「?」

 

 

「確かあの時は、アニメの放送も一旦中断して、展開のずれを修正していましたね」

 

 

カグヤさんも当時のことを知っているのか…

 

 

「あの時もMFSの制作が原因だったそうっすよ…もっとも…その時のMFSは欠陥品だったらしいっすけど」

 

「欠陥品………?」

 

「…………」

 

 

一瞬の沈黙が訪れる。

 

 

「ま、詳しいことは僕も知らないし………あ、“ワイバーンストライク テージャス”を入れるなら“ワイバーンストライク ジャラン”も入れていいかもっすね」

 

 

ここで会話の続きをしながらだが、再び俺のデッキ作成が始まった。

 

 

「僕が知っているのは二年前、MFSの試運転が行われたのが“ラグナレクCS”って非公認の大会だったってことくらいっす」

 

「ラグナレクCS………ですか」

 

 

カグヤさんが呟く。

 

 

「?…知っているんすか?」

 

 

「知り合いが出ていた…だけです」

 

 

レアチーズケーキにフォークを入れるジュリアンの目が細くなる。

 

「知り合いが…………ねぇ…………なら“ノルン”って呼ばれていたファイターについて聞いたことは?」

 

 

「ええ…………まあ…………青葉さん、かげろうのトリガーをまとめておきましたよ」

 

 

俺はカグヤさんから16枚のトリガーユニットを受けとる。

 

 

 

おお……クリティカル重視だ………ってそれよりも気になる単語が出てきた。

 

 

 

「…“ノルン”と呼ばれたファイター?」

 

 

すごい痛々しい響きがする…気のせいだろうか。

 

 

「そう…約40人の総当たり戦で行われた大会……大会の中断までの20戦以上のファイトを無敗で戦い続けた三人がいたらしいっす………その噂、そして大会の動画がネットで出回ったことで、どこかの中二な日本人が三人のファイターの神懸かった強さからとって“ノルン”と呼び始めたそうっす」

 

 

 

 

40人で総当たりって……大会には出たこと無いが、明らかに過酷だろ………異常だろ………。

 

 

「あ、40人での総当たりってのは少しでも多くMFSで遊べるようにってことだったらしいっすよ」

 

 

欠陥っていってたが… 長時間の連続稼働で壊れただけじゃないのか………?

 

 

「とにかくその“ノルン”って三人のファイター……一応それぞれ“ウルド”、“ヴェルダンディ”、“スクルド”とも呼ばれてるんすけど…そいつらが異常なんすよ」

 

ジュリアンの目がキラキラし始めたな………

 

よっぽどこの話がしたいのか…?

 

 

「異常なファイターねぇ」

 

「…………」

 

 

俺はかげろうのカードたちの中から、必要になりそうなカードをデッキに加えていく。

 

「で、そのファイターがどうかしたのか…?」

 

ジュリアンは空になったレアチーズケーキの皿を重ねる…これで7皿目くらいか………

 

テーブルの上には他にも黒糖プリンやレモンタルトの皿が重ねられている。

 

 

 

「夢なんすよ…」

 

 

 

 

 

「夢…?」

 

「夢…………ですか」

 

 

ずっと黙っていたカグヤさんも口を開く。

 

 

「僕はその三人を倒して“世界最強のファイター”になるんすから!」

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

何と言ったらいいのやら………最強って……

 

「何で何にも反応してくれないんすか!?」

 

 

「あ…………えーっと、何でその三人を倒せば最強なんだ?」

 

 

何か話がどんどんずれていくな。

 

「さっきも言った通り、この三人は異常っす…対戦相手が全員トリガーを全く引けなかったり、相手の初期手札が何度戦っても全てグレード3のカードだったり……もう超能力でも使ってんじゃないかって」

 

 

 

「…………都市伝説みたいな話だな…イカサマか何かじゃないのか?」

 

 

 

 

というか胡散臭いな、その話。

 

 

 

 

「ちゃんと動画も出回ってるし、何よりも、もう二年も前からイカサマの検証は行われているんすけど、何にも証拠は出てきてないそうっす」

 

 

「そうなのか」

 

 

「………どんなに大会で優勝しても……三人が使っていたのがイカサマでもいい…その三人のような人とファイトして勝っていなければ…………………結局、“勝てた理由は運”ってことになって“最強のヴァンガードファイター”になれないと思うんすよ」

 

 

「最強の…………ファイター」

 

 

「僕は運命さえ制してみせる…………そのために絶対に探しだして、戦って、勝ってみせるっす………常軌を逸した三人のファイター………」

 

 

「金髪の幼女!スクルド!」

 

 

「ゴスロリの美少女!ヴェルダンディ!」

 

 

「謎の美女!ウルドに!!」

 

 

「そして僕は……最強のヴァンガードファイターになる!」

 

 

 

 

やばい、すごいネタ臭しかしない。

 

 

「はぁ…………勝利を求めて…そんな変な人達に挑むのですか…」

 

 

 

 

カグヤさんがため息をついて立ち上がる。

 

 

その視線は手元にあった懐中時計に向けられていた。

 

 

 

「すいません、私はこれで…」

 

「そうだ…………カグヤさんはヴァンガード…やってるんすか?」

 

 

ジュリアンが聞く、そのことは俺も気になっていたことだ。

 

「ええ、以前は…………ですが」

 

 

 

カグヤさんが代金を払いにカウンターに向かう。

 

 

「今は…………」

 

そしてカグヤさんは店を出ていってしまった。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

「………デッキ作りの続きでもするっすかね」

 

 

 

 

ーーー胸の奥で震~え~て~る…♪思いが~目覚~める~その~瞬間、待~ってる~♪ーーー

 

 

 

 

「!?」

「あ、僕っすね」

 

ジュリアンが携帯を取り出す。

 

 

『……』

 

「………っす、帰りに自分で買うからいいっすよ」

 

『……?』

 

「…っすね、お願いするっす…じゃあ」

 

 

ピッ

 

 

 

「……用事か?」

 

 

 

「…まあ、電話自体はお嬢からだったんすけどね……僕はここで帰らせてもらうっす、かげろうのカードは全部差し上げるんで、後は自分で頑張るっすよ」

 

 

ジュリアンがかげろう以外のカードを片付けていく。

 

「え?…あ、うん」

 

 

ジュリアンは傘を取り出した。

 

 

「傘?」

 

 

「もう夕方っすからね、クリーム塗っててもちょっと紫外線が気になるっす」

 

 

そしてジュリアンも重そうなカバンを持つと、帰ってしまった。

 

 

目の前に広がるのは大量のカード。

 

 

そして、

 

 

大量の皿がそこにあった。

 

 

 

瞬間、俺は青ざめる。

 

 

 

 

「…あいつ…金払ってねぇ…………」

 

 

まさか………あいつが食った大量のケーキの代金を俺は払わなければならないのか?

 

いくらカード貰ったからといって…冗談じゃ無いぞ。

 

 

「ごめんごめん、冗談っす、ちゃんと払うっすよ」

 

ジュリアンが戻ってきた。

 

手には財布が握られている。

 

 

「……お前…今、素で忘れてたろ」

 

「ソンナコトナイッスヨー………あともう一つ」

 

「?」

 

 

ジュリアンは店長に代金を支払うと、テーブルに広がるかげろうのカードの中から一枚選んで取った。

 

 

「こいつを一枚入れてもいいかもっす」

 

 

「こいつは…………?」

 

 

今まで見たカードと雰囲気が違う…か?

 

 

「後は…こいつとか…こいつっすね………それじゃ、また学校で!」

 

 

今度こそジュリアンが帰っていく。

 

 

俺はジュリアンやカグヤさん、そして俺自身が選んだカードをデッキに入れていく。

 

 

 

俺の新しいデッキ………俺の仲間。

 

 

 

 

「ドラゴニック……ウォーターフォウル…」

 

 

 

静かになった店内に俺の声が響く。

カードに描かれた蒼い竜を夕焼けの光が照らした。

 

 

 

 

「俺も…お前と共になら…強くなれるかな…」

 

 

 

 

 



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013 夕闇ダークマター

6月17日、喫茶ふろんてぃあで青葉ユウト達がデッキ作りを行っている頃。

 

深見ヒカリは一度家に帰った後、夕飯の買い物のために商店街を歩いていた。

 

商店街の多くの店は日中からシャッターが降りていることもあって、人通りも少なく感じられた。

すでにヒカリの手には玉ねぎやひき肉の入った買い物袋が握られている。

 

 

「……今日の夕飯は…ハンバーグ…なんだよ」

 

 

 

ちょうど前を通った黒猫に話しかける。

 

 

 

「にゃ?」

 

 

「デミグラス…なんだよ…」

 

 

「にゃー」

 

 

黒猫は路地の向こうに消えていった。

 

 

「…………行っちゃった………」

 

ヒカリは少し残念そうに呟くと、商店街の外れに新しくできた大型ショッピングモールへと歩いていった。

 

開店記念セールということで、様々なキャンペーンが行われ、多くの人が集まっていた。

 

(栄養ドリンクでも…買い足しておこうかな…)

 

 

ヒカリの足はドラッグストアのテナントがある方へと向く。

 

ショッピングモールの中には他にも書店やブランド物の服を扱う店、レストランやアイスクリームの専門店等が並んでいた。

ふと近くにいた家族の声が聞こえてくる。

 

 

 

 

 

「おとーさん、かいと君って人がね、カードこうかんしてくれたよー!」

 

 

「良かったなぁ、りゅう君はどんなカードを貰ったんだい?」

 

 

「あのね、あのね、“究極次元ロボ グレートダイカイザー”と“フルバウ”を交換してくれたのー!」

 

 

「そうかーその二枚かー」

 

 

「うん!フルバウ可愛い!」

 

 

 

 

夕飯時ということもあってショッピングモールの中は親子連れで賑わっていた。

 

(…………お父さん…………か)

 

しばらくすると、ドラッグストアが見えてきた。

 

だが、見えてきたのはドラッグストアだけでは無かった…………

 

 

 

 

「うー………分かんないわよ……」

 

 

店内で特徴であるポニーテールを揺らし、唸っている人影があった。

 

(………生徒会長…いや、天乃原さん…?)

 

 

ペッペッピッ…ポポポ、ポポポ

 

携帯を取り出し、どこかへ電話を掛けるようだ。

 

 

(………どうしよう…やっぱり挨拶くらいした方がいいよね………)

 

 

ヒカリは少しチアキに近づく。

 

同時にその電話の内容も少し聞こえてきた。

「ひ、日焼け止めクリームは分かったのだけれど……マ、マルチパーパスソリュージョンって…どれを買えばいいのかしら…」

 

『いや…それに関しては…帰りに自分で買うからいいっすよ』

 

 

「じゃあ…私はコンタクトレンズ用の新しいケースを買えばいいのかしら………」

 

 

『そうっすね、そろそろ変える頃合いだったんで買ってきて貰えると助かるっすね、お願いするっす…じゃあ』

 

 

 

ピッ

 

 

 

 

 

ボソッ

 

「……………舞原クンってコンタクトレンズ使ってたんだ…」

 

 

「ぴいいいいいいぃぃぃぃ!?!?!?」

 

 

 

突如ヒカリの鼓膜をチアキの叫びが貫いた。

 

気のせいかヒカリにはチアキのポニーテールが高速回転しているように見えた。

 

 

 

「うう…あ、天乃原…………さん?」

 

「って、ヒカリさんだったの!ごめんなさい、大丈夫かしら?」

「あ…ううん………こちらこそ………」

 

 

「いえいえ、私が悪いわ」

 

 

「ううん…私が」

 

 

 

「「いや、私の方が…」」

 

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

 

 

こうして出会った私たちは取り合えずアイスクリームでも食べて落ち着こうということになった。

 

 

 

「………それにしても、舞原クンがコンタクトレンズを使ってたなんて………気がつかなかったよ」

 

 

「ええ…まあね、でも他の人にはあまり言わないであげてくれるかしら」

 

 

チアキさんが3段重ねのアイスクリームを慎重に食べながら言う。

 

一番上がキャラメル、次にチョコでその下にはラムネ入りのアイスが控えていた。

 

すでにこれらを支えるのはコーン一つでは難しそうに見える。

 

「………もしかして、その日焼け止めクリームも舞原クンの…………?」

 

 

ヒカリはカップに入ったレモンのアイスクリームをスプーンを使って少しずつ食べていた。

 

 

「ええ………これも内密に…ね?」

 

チアキがキャラメルのアイスを食べながら言う。

 

 

(…………舞原クン、肌もすごい白かったっけ)

 

「…そう言えば…天乃原さん………このショッピングモールは初めてなんですか?」

 

「な!?どうして分かったの!?」

 

ヒカリは空になったアイスのカップを眺める。

 

「…だって………天乃原さん…すごいそわそわ…キョロキョロしてるから」

 

ヒカリはアイスクリームを注文している時のチアキの興味津々だと言うような視線を思い出して言った。

 

 

「~~~っうう!そうよ!ジュリアンに頼まれたから来たけど、こんなところ初めてよ!……きゃあっ!?」

 

 

 

チアキの持っていたコーンからチョコアイスと食べかけのキャラメルアイスがこぼれ落ちる。

 

 

 

「………!」

 

 

 

次の瞬間、ヒカリは持っていたアイスのカップで二つのアイスをキャッチしていた。

 

 

 

「…………セーフ………」

 

「…すごいわね………」

 

 

 

 

ヒカリはアイスの収まったカップを差し出す。

 

 

 

「…ありがと………こっち、あげるわ」

 

 

 

ヒカリとチアキは互いの持っていたアイスを交換したのだった。

 

 

ヒカリはラムネ入りのアイスとコーンを受け取る。

 

 

(一方的に私が得しちゃってる気が……申し訳ない)

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

遠くの方から歩いてくる人影があった。

 

 

長く伸ばした銀髪、そして碧色の瞳が人混みの中でも彼の存在を強調する。

 

 

 

「ジュリアン!」

 

「あ…………舞原クン」

 

「ヒカリさんに…お嬢じゃないっすか!」

 

 

 

時刻は7時を過ぎていた。

 

 

「世間知らずのお嬢が迷惑かけてないっすか?」

 

 

ヒカリはさっきの出来事を振り替える。

 

 

「………そんなこと…無いよ」

 

 

それに対してチアキはジュリアンの言葉に腹を立てていた。

「それどういう意味よ!」

 

チアキが思わず声を荒げる。

 

「どうもこうも無いっすよ!ヒカリさんもこれを見て欲しいっす!」

 

若干、涙目でジュリアンが学生カバンから何か箱のような物を取り出す。

 

その箱からは何か邪悪なオーラが出ていた。

 

 

「…これは…?」

 

 

「僕の…今日の…弁当っす」

 

 

 

それを見てチアキがポンと手を打つ。

 

 

 

「それ、私が作ってあげたお弁当じゃないの」

 

 

(生徒会長が……て…手作りお弁当……!?)

 

 

「………もしかして………………二人とも……お付き合いを…………?」

 

「無いわね」

 

「無いっすね、第一、僕には彼女いますから」

 

 

二人が即答する。

 

ヒカリはジュリアンの発言をもっと掘り下げたいような気もしたが、最初は一番の疑問を口にすることにした。

 

「じゃあ……何で…お弁当なんて………」

 

 

「僕、お嬢の屋敷に住まわせて貰ってるんすよ」

 

 

「お弁当に関しては私の気まぐれね」

 

「………舞原クンと天乃原さんの関係って…」

 

 

 

 

「「ただの親戚」」

 

 

 

 

「日本で暮らす時はいつもお世話になってるっす」

 

「ジュリアンは世界を転々としているのよ」

 

 

それよりも、とジュリアンは持っていた弁当箱をチアキに見せる。

 

「気まぐれでも、こんなものを入れるのは止めて欲しいんすけど」

 

ジュリアンの苦々しい表情を見て思わずヒカリが声を出す

 

 

「……舞原クン…さすがにその言葉は…酷い……女の子の好意はちゃんと………受けとるべき」

 

 

ジュリアンがため息をつく。

 

 

「ヒカリさん…これを見てもまだそんなことが言えるっすか?」

 

 

 

ジュリアンが弁当箱の蓋を開ける。

 

 

 

中では何か青色と灰色の混じったような色をした物体が食べ物とは思えないような臭いを出していた。

 

 

 

ところどころに光沢が見られるのもまた謎だ。

 

 

 

「…………何………この………食べ物なの…?」

 

 

 

「失礼ね、ハンバーグよ」

 

 

 

だがその姿は到底ハンバーグには見えなかった。

 

そもそも食べ物だと認識できない。

 

何に見えるかと言えば粘土だ。

 

だが、よく見ると箸を入れた後がある。

 

 

 

「舞原クン…これ……食べたの?…………“フレッシュスター コーラル”ちゃんの作った料理の方がまだ普通だよ…」

 

 

 

ヒカリは“フレッシュスター コーラル”のイラストにある料理を思い出しながら言った。

 

 

「一口だけ…っす」

 

 

ジュリアンが力なく微笑む。

 

 

 

 

 

「お嬢…………どんな食材を使ったんすか」

 

 

 

 

 

「え?油粘土よ」

 

 

 

 

 

その言葉でヒカリに衝撃が走る。

 

 

 

 

「ーー油ーーー粘土ーーー?………え……?」

 

 

 

「まぁ……見た時から分かってたっすけどね……」

 

 

 

「??どうしたの二人とも…あ、隠し味分かったかしら?」

 

 

 

ジュリアンとヒカリは頭を抱える。

 

 

 

「まだ…何か入ってるんすか…?」

 

 

「えーっと“おゆまる”…だったかしら」

 

 

「“おゆまる”はプラスチック粘土っす!」

 

 

どうしたら、あれを食べれると思うのか。

 

 

チアキはしばらく考え込む。

 

 

 

「…………ねぇ…粘土…もしかして嫌いだった?」

 

 

 

ジュリアンが脱力する。

 

 

「そもそも………粘土は…食べ物じゃないよ…」

 

「え?」

 

ヒカリの言葉に対して、チアキがしどろもどろに言う。

 

 

「だって…この間ジュリアンがおいしいって」

 

その言葉にジュリアンは心当たりがあったのかすぐに訂正する。

 

 

「あれは“がんも”!“がんもどき”っす!それをどうして粘土と聞き間違えた上にハンバーグ…?にしたんすか…」

 

 

「私、ハンバーグとか好きだし………あ!でも私が作ったのは食べてないわ!この料理はジュリアンのために作ったから!!」

 

 

ジュリアンがその言葉を聞いて、決心がついたようにショッピングモールの天井を見上げる。

 

 

「朝、弁当箱が置かれていた時はお嬢の好意を感じて嬉しかったっす……昼間、中身を見たときはいじめか何かかと思ったっす………そして今話して悪意が無いことが分かったっす…………だけど!だからこそ!お嬢のためにもこの言葉を言わせてもらうっす!」

 

 

ジュリアンが息を吸う、そして箸でハンバーグ(粘土)を持ち上げる。

 

 

 

 

 

 

 

「こんなん料理じゃねぇぇぇぇ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「おとーさん、あのおにーちゃん箸で粘土持ってるよー……食うのかなー?」

 

「そうだなぁ、りゅう君は絶対真似しちゃだめだぞ」

 

 

「わかったー!」

 

 

 

 

家族連れの声が聞こえる。

 

若干周りの視線も集まってきた。

 

「~~~っお嬢!帰るっすよ!ヒカリさん!また学校で!」

 

「また学校で!」

「………あ………うん…また学校で」

 

 

ジュリアンとチアキが駆け足で帰っていく。

 

 

 

「…………あの二人…」

 

 

二人のことをよく知らないまま入ったカードファイト部………?だったが、ヒカリは今の二人を見て少し安心した。

 

 

「……………ちょっと楽しくなるかも」

 

 

 

ヒカリはそう呟くとハンバーグを作るため、家に帰るのだった。

 

 

 

 



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014 お前の正義を認めない

6月20日…いよいよ夏を思わせるような暑さが学生達の体を襲い、夏服着用期間の開始を待ち望む声が聞こえ始める…そんな日の放課後。

 

 

 

 

「…カード…ショップ………巡り?」

 

ヒカリは思わず今聞いた言葉を繰り返す。

 

 

 

この日、深見ヒカリは生徒会室にいた。

 

隣には青葉ユウト、舞原ジュリアン。

 

そして今、ヒカリ達の前にいるポニーテールの人物こそがこの部屋の主であり“カードショップ巡り”を提案した………天乃原チアキであった。

 

「そう、我らがカードファイト部改めチーム“シックザール”の活動、記念すべき第一回目の内容よ」

 

「…改めって…まどろっこしいっす」

 

 

ジュリアンがそう呟く。

 

「仕方ないじゃない…お父様が部活以外の集まりを認めてくれないんだもの」

 

 

「何とかしないと、いつかボロが出るっすよ?」

 

 

「うるさいっ!、今はその話はいいでしょ!?」

 

 

ヒカリもジュリアンとチアキの掛け合いは少し見慣れてきた。

 

話は訪れるカードショップをどこにするのかというものになった。

 

 

「うーん、じゃあ俺の兄貴のカードショップなんかどうですか?」

 

 

いまいち風格の無い生徒会長(先輩)との距離感を測りかねているユウトが提案する。

 

ユウトの兄が経営する…それはカードショップ“大樹”という店だろう。

 

(思えば…あの店で…私はもう一度ヴァンガードをしようって…思ったんだっけ)

 

だがチアキはその提案を却下した。

 

「だめね、そういう“行きなれている”って所じゃ意味が無いわ」

 

「………意味……ですか…?」

 

「そう、知ってるショップで知ってるファイターと戦うだけじゃ強くはなれないわ!…自ら敵地へと赴くことで、私たちは精神的にも肉体的にも強くなれるのよ!」

 

チアキは拳を握りしめ熱弁する。

 

(…肉体的…………?)

 

その様子をジュリアンは冷めた目で見ていた。

 

「…正直に言えばいいのに………みんなの知り合いがいるカードショップに行って自分だけ除け者にされるのが怖いって……でも、ここにいるメンバーなら大丈夫っすよ?」

 

「っ!ジュリアン!!」

 

 

二人が再び睨みあう。

 

 

「…………あはは………」

 

ヒカリはこの二人と出会ったことで自分を良い方向に変えていけるような気がしていた。

 

(…これも……ヴァンガードの縁かな)

 

ヒカリは二人を見てそう考えるのだった。

 

 

「でもそこまで言うのなら、どこのカードショップに行くのかは決めてある…ですよね」

 

ユウトが話の軌道修正を図る。

 

「ええ、もちろん!だから、今から行くわよ!」

 

 

チアキ以外の全員が驚く。

 

 

「「今から!?」」

 

 

「え…本気っすか?何店も巡る時間は無いっすよ?無難に休日に行けば…」

 

「なっ!休日なんかに行ったら人が沢山いるじゃない!?」

 

「…一体何のために行くんすか…」

 

 

時刻はすでに5時を過ぎていた。

 

 

「今日は一店だけよ、天台坂の駅から電車で8分くらいだから…あ、もちろん交通費は私が出すわ」

 

「天台坂駅から8分…百花公園前駅っすね…そういえばお嬢は電車に乗ったことは…?」

 

「百花公園か………そろそろアジサイが綺麗な季節だよな」

ジュリアンとユウトを無視して、チアキが高らかに宣言する。

 

 

「さぁ!“カードマニアックス”に出発よ!」

 

 

 

* * * * *

 

 

「ジュリアン、切符買ってきて」

 

「当たり前のように僕をパシりに使うっすね…」

 

ヒカリ達4人は天台坂駅に来ていた。

 

夕方という時間帯のせいか、会社や学校帰りの人が多くいた。

 

「ヒカリさん達は大丈夫っすか?」

 

その質問を受けたヒカリはポケットに入れていた手を出す。

 

「カード…持ってるから」

 

その手にはいわゆるICカード乗車券が握られていた。

 

「俺も同じくだ」

 

「まぁ僕もそうなんすけどね」

 

それを聞いたチアキが落ち込む。

 

「私だけ仲間外れみたいじゃない…」

 

「お嬢は普段電車を使わないんすから仕方ないっすよ」

 

そう励ますジュリアンを見てヒカリはユウトに声を掛ける。

 

「何だかんだ言って舞原クンは………天乃原さんに優しいよね」

 

「というか、ジュリアンも生徒会長も普通に根がいい人ってだけだろうけどな」

 

 

「「…少し変な人だけど」」

 

 

意見の一致した二人は駅のホームで静かに笑うのだった。

 

 

 

ヒカリ達が乗った電車の中も、駅と同様に会社、学校帰りの客が多かった。

 

夕方であるため車内は赤に近いオレンジ色に染まっていた。

 

 

ーー次はー百花公園前ーー百花公園前ーー

 

「そろそろっすね…でも初めてなのによく電車に乗ろうなんて思ったっすね」

 

「…いいじゃない、別に…いつだって人っていうのは挑戦していく生き物なのよ」

 

ヒカリ達は電車を降りて百花公園前駅を出る。

 

駅の周りの花壇にはアジサイの花が咲いていた。

 

ヒカリは思わずじっと眺めてしまう。

 

「…いい…色……」

 

するといつの間にか遠くの方に行ってしまっていたチアキ達が声を掛ける。

 

「ヒカリさん!先に行っちゃうわよー!」

 

「……ま、待ってー……」

 

ヒカリは駆け足でチアキ達の元へと向かった。

 

ヒカリ達が進むそばでは、街道沿いの小さな店からシャッターが閉まっていく。

 

そして、駅から歩くこと6分……

「…ここよ」

 

「……カード…マニアックス……」

 

ヒカリが想像していたよりも割りと大きな店だった。

店舗のガラス窓にはヴァンガードのポスターが貼られている。

 

店の駐車場も車8台分のスペースがあったがその3分の1は埋まっていた。

 

「…人は少ないと見ていいのかしら」

「いや、駅に近いっすから……そうとは限らないっすよ」

 

そんな二人にユウトが話し掛ける。

 

「入らないのか?」

 

「そうっすね!行くっすよ!お嬢」

 

「もうっ!分かったわよ!」

駆け出す三人に続いていくようにヒカリも店内に入っていった。

 

 

「いらっしゃいませー」

 

それなりに広い店内に、それなりに多い人間がいた。

 

「思えば、この時間帯は平日休日問わず人は多いんすよね……というわけで僕はさっそくフリースペースで諜報活動っす」

 

「あ…シャドウパラディんのカードが置いてある……ちょっと見てくるよ……」

 

 

 

こうして、あっという間に二人は行ってしまった。

 

 

 

「あー…どうしますか、生徒会長」

 

ユウトとチアキがその場に取り残されていた。

「…本当にね、後、その“生徒会長”って呼ぶの止めてくれるかしら…敬語も…」

 

「…ああ、分かった…けど“生徒会長”って呼ばれるのは嫌なのか?」

 

ユウトの言葉に対して若干呆れ顔になるチアキ。

 

「あなた…ためらい無くため口を使うのね………そうね、生徒会長って言ったって結局学校の操り人形みたいな物だし……先輩からの推薦で断れずに引き受けて、苦労することはあれど、誇りに思ったことは無い…わね」

 

その言葉を受け、考えるユウト。

「なら、部長……いやリーダーって呼んでいいか?」

 

「……青葉君、あなた最高ね」

 

少し仲が良くなったユウトとチアキの二人はフリースペースの方に向かった。

 

 

 

そこではジュリアンがフリースペースにいた二人のファイターに話しかけていた。

 

 

 

「…というわけで何か“ノルン”の情報は無いっすかね?」

 

「あぁ……“ノルン”か…悪いが俺たちが知ってることはな………」

 

「おっと今は言わなくていいっす、そのかわり僕とファイトして僕が勝ったらその情報を教えて貰うっすよ」

 

「「いやだから俺たちは何も」」

 

「さぁ!二人同時にかかってくるっす!」

 

ジュリアンがデッキを二つ取りだし、ファイトの準備を勝手に始める。

 

「仕方ない…」「やってやるけど後で文句言うなよ」

 

相手の二人もファイトの用意を始める。

 

 

「ジュリアン…あいつ強引だなぁ」

 

「“ノルン”探し…、まぁジュリアンの夢だからね」

 

ユウトはこの間ジュリアンが話していたことを思い出す。

 

「特殊な力を持ってる…かもしれないファイター…そんなのいるのか?」

 

「いても、きっと普段はその力を隠すでしょうね…周りと違うっていうのは大変なことだから…」

 

チアキは遠くを見つめながら話す。

 

「まあ、その能力も具体的には分かんないし、そもそもこの日本で金髪の幼女やゴスロリの美少女がその辺を歩いているのならすごい目立ってとっくに見つかってるだろうし、謎の美女なんて謎なんだから実際に周りにいても分かんないわよ…ジュリアンの努力は無駄ね」

 

「いや…いくら金髪やゴスロリが目立つからって目撃情報が出回ることは無いと思うけどな…でも、目撃情報では分からないからあいつは実際にファイトしているんだろうな…」

 

ユウトはジュリアンの自身の夢に対する努力を感じながら、フリースペースに背を向ける。

 

「ヒカリの所に行ってみよう」

 

「……私たち何しに来たんだっけ」

 

そうしてユウトとチアキはカードが置かれている売り場の方へ向かった。

 

「しかし、金髪にゴスロリ…色んなカードファイターがいるんだな」

 

「いやいや、そういう変なのは滅多には……そこにいるわね」

 

チアキがカードが置かれるショーケースの前にいる男性を指差す。

 

 

その男性はすごい特徴的だった。

 

まず髪の毛が全力で重力に逆らっている。どれだけのワックスを使ったのだろうか、すごいテカテカしてる。

 

次に声がデカイ。ユウトとチアキはわりと離れた位置にいるのだがもう何を言っているのか聞き取れない、とても迷惑な声量である。首に巻いた赤いマフラーや、白色の眩しいタンクトップにスピーカーでもついているのだろうか。

 

最後に…彼の足は別の人の背中の上にあった。

 

具体的に言うと彼は土下座の状態の別の男性の上に立っていたのだ。

 

「何だあれ」

 

「って…彼と話しているのヒカリさんじゃない!」

 

彼の背中に隠れて見えなかったが、その向こうにはヒカリがいた。

 

何かを抗議しているようだが、ここからでは彼の声のせいでまるで聞こえない。

 

「行こう!」

 

ユウトがチアキに言う。

 

「……止めておいた方がいいぜ」

不意に話しかけてきたのはこの店の店員だった。

 

「あいつ…最近この店に来るようになってな…最初の頃は俺たちも何度も注意してたんだが…全く聞かなくてな…できれば関わらないで…」

 

ユウトはその言葉に耳を疑う。

 

「それが店員の言うことかよ!リーダー!行こう」

 

「ええ、ヒカリさんに話を聞くわよ!」

 

ユウト達がヒカリと合流する。向かい合ってみると男の迫力(変態的な)は凄かった。

 

「ヒカリさん…どうしたの!?」

 

「青葉クン!天乃原さん!それがこの人…小さな女の子相手に悪質なカード交換を迫ってて……」

 

ヒカリは小さな女の子と手を繋いでいた。

 

「俺のジャスティスを否定するのかぁ!!愚か者!」

 

男が叫ぶ。その度に女の子がビクッと震える。

 

「何だ…こいつ?」

 

「ジャスティスの意味、本当に分かっているのかしら」

 

男がその反応を見てまた叫ぶ。

 

「俺の!名前はぁ!天!地!海!人!その全ての頂点に立つ男ぉぉ!!天地カイトだぁぁぁぁぁぁ!!!そしてジャスティスッとはぁ!俺のソウルがビートすることぉぉぉ!つまり俺の幸せがみんなの幸せっ!!」

 

その下にいる男性もホワイトボードをこちらに見せてくる。

 

『僕は弟の天地ミチヤです』

 

カイトがそのまま叫び続ける。

 

「俺はぁ!ただぁ!その少女の持つ“超次元ロボ ダイカイザー”と“超次元ロボ ダイユーシャ”のはじめようセット限定版をこの“ザップバウ”2枚と交換してあげようと言っているだけではないかぁぁぁぁ!」

 

「…それが問題なんだ…!!」

 

いつになく怒りを表に出すヒカリ。

 

その後ろではユウトがチアキにカードについて聞いていた。

 

「えっと…その“ダイなんちゃら”の限定版って?」

 

「確か有名な絵師さんが描いたカードで、2枚の絵の絵柄が繋がる仕様になってるの…双闘じゃないわよ」

 

「……ザップバウの方は?」

 

「…分かんない……」

 

カイトと睨み合っていたヒカリが口を挟む。

 

「…何の能力も持ってないグレード0のノーマルユニット……だよ…………シャドウパラディンのね…」

 

シャドウパラディンと告げるときにヒカリの口調が悲しそうになった。

 

「それって…役に立つのか?」

 

「よほどの理由がない限りは使わないわね…たぶん、この店でも20円くらいで沢山売ってるわ」

 

ヒカリの隣にいた女の子が呟く。

「…もういいよ…おねーさん…わたしがあの怖い人にカードを渡せばすむんだから……」

 

「っ!……駄目……!」

 

ゆっくりと女の子がカードを差し出す。

 

「おおおぉ!やはりジャスティスは小さい子に伝わるのだっっ!!」

 

「……待って」

 

ヒカリが女の子からカードを受け取ろうとしたカイトの手を止める。

 

「まだ何かようかぁ!小娘ぇ!」

 

「……お前の意味不明な正義を私は認めない……それに」

 

ヒカリが強くカイトを睨み付ける。

 

「この子と先に話をしていたのは私……ならカード交換の取引の優先権も………私の方にあるべきだろう!」

 

「えぇ!?あぁ…うむぅ」

ヒカリは無理矢理カイトを論破する。

 

そしてヒカリは女の子に優しく話しかけた。

 

「……私とカード交換……してくれるかな…」

 

「…うん、おねーさんとならいいよ」

 

ヒカリは女の子からダイカイザーとダイユーシャを受けとると代わりに自身のカードケースからSP版の“撃退者 レイジングフォーム・ドラゴン”を2枚手渡した。

 

「…待っててね…今おねーさんがこの怖い人を何とかするから」

 

「…うん!」

 

「…むうぅ?」

 

ヒカリがカイトを睨む。

 

「勝負だよ…ヴァンガードファイトで私にあなたが勝てば“このカード”はあなたの物…………でも、あなたが負けたなら……このカードショップには…二度と来ないで!…純粋にカードゲームを楽しんでいる子ども達を怖がらせないで!」

 

カイトがヒカリの瞳を睨み返す。

 

「ふっ!その条件…半分だけ聞こうぅぅ!!」

 

「……なっ!!」

 

「お前の決めた約束は守るぅ!俺のジャスティスに誓ってなぁぁ!だが!俺と…いや俺たちと戦うのはぁ!お前の後ろにいる(弱そうな)二人だあぁぁぁ!!」

 

「えっ!俺!?」

 

「あら」

 

『僕も戦うの!?』

 

ヒカリはユウトとチアキの目を見る。

(……二人共……)

 

(…俺はやる気あるよ?)

 

(私…これでも強いのよ?)

 

二人の声が聞こえた気がした。実際、二人はヒカリを見て頷いている。

 

(……信じるよ…)

 

 

「……その勝負…受けてたつ!!」

 

「ならば来い!決戦のフリースペースにぃ!」

 

カイトの足元でミチヤが前に這って進む。

 

 

カイトとずっと対峙していたヒカリの、震える手をユウトとチアキが握る。

「ヒカリさん…とても格好良かったわ…大丈夫、青葉君の実力は知らないけど私なら余裕で勝つもの」

 

「俺も最近強くなってきたんだ…勝てるさ」

 

 

 

「……ありがとう」

 

 

三人の後ろにいた女の子がヒカリの服をつまむ。

 

「…?」

 

 

「おねーさん達…頑張って!」

 

「「「うん!」」」

 

三人は“ジャスティス”と叫び声が聞こえる方へ歩きだす。

 

「……二人に任せることになっちゃうね…」

 

「ヒカリさんは十分戦ったわ」

 

「何となく…昔のヒカリを思い出したよ」

 

「……そうだね、そうかも……」

 

ファイトテーブルが見えてきた。

 

ヒカリがテーブルから少し離れた所に立つ。

 

「きっと…私たちのどちらかが勝っただけじゃあいつは納得しないわ」

「ああ、俺も、リーダーも…」

 

 

 

「「勝つ!!」」

 

 



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015 穢れなき神竜への願い

カードショップ“カードマニアックス”で舞原ジュリアンはデッキを二つ使って二人のファイターと同時に戦っていた。

 

 

 

「蒼嵐業竜 メイルストローム“Я”でヴァンガードにアタックっす!!4回目の攻撃っすよ!リミットブレイク発動!CB1!そしてリアガードのデックスイーパーを呪縛!パワー+5000、クリティカル+1…そして“ダーククラウド・サクリファイス”…この攻撃がヒットしなかったら……」

 

「…ノーガード」

 

 

ジュリアンが不機嫌な顔をする。

 

 

「むぅ…そういうのはマナー違反っすよ?」

 

 

「くっ…すまん」

 

 

「ドライブチェック…完ガと……あ、クリティカルっす」

 

 

 

「…ダメージチェック……俺の負けだ、久しぶりに楽しかったよ……でもすまんな…特に“ノルン”の情報は…」

 

 

 

ジュリアンはもう一人のファイターと戦いながら受け答えをする。

 

 

 

「僕も楽しかったからいいっすよ、あ、ドーントレスドミネイトドラゴン“Я”にクロスブレイクライド……からの“デススパイラルダークネス”で……」

 

 

ジュリアンと相手のファイターとの間で実に淡々とした作業が進む。

 

 

「……………6点目のダメージは…睡蓮の銃士 ルースだ…ありがとう、最後はあっさり負けちまったが楽しかったよ」

 

 

「こちらこそ、どうもっす…それで“ノルン”の情報は…」

 

「…悪い」

 

 

 

「気にしないで欲しいっす…僕は…」

 

 

 

 

「ジャアァスティッス!ジャアァスティィッス!ジャアァスティィィッス!」

 

 

 

突然ファイトスペースに謎の叫びがこだまする。

 

「な、何なんすか……あれ!」

 

「何に見える?」

 

 

「へ、変態っすかね」

 

 

ジュリアンと戦っていた二人のファイターがため息をつく。

 

「そうさ、最近この店に来るようになった迷惑な変態さ……話によると釣りが趣味らしい…」

 

「釣りっすか?」

 

 

ジュリアンは想像する。

 

 

確かにあのタンクトップ姿ならカードゲームより釣りをしていた方が似合っているだろう。

 

 

 

「あいつがやっているのはレートを無視したカード交換の方……さ」

 

 

 

「なっ!……悪質っすね……何もかも…」

 

ジュリアンが深いため息をつく。

 

 

こういった行為が世間のカードゲームの印象を最悪のものにしているのだと考えると怒りが込み上げてきた。

 

 

「見ろ!あいつファイトする気だ!?」

 

「まじかよ!初めてじゃないか!?あいつがこの店でファイトするの!」

 

 

ジュリアンはその言葉を聞くと“あいつ”のいる方を見てみる。

 

「…!!お嬢に青葉さん!?どうして…」

 

「あんたの連れか!行った方がいいんじゃないか!」

「そうするっす!!」

 

ジュリアンはそのテーブルの近くにいたヒカリの元へ向かう。

 

「あ……舞原クン……」

 

「ヒカリさん!何があったんすか!」

 

ジュリアンはヒカリの後ろにいる、心配そうにこちらを見る女の子の存在に気づく。

 

そしてヒカリの手にははじめようセット限定のカードが握られていた。

 

「……えっと…」

 

「要するにあの女の子が変態にカード交換を強要されていたのを助けている所なんすね」

 

「…舞原クン…すごい洞察力…」

 

ジュリアンは4人が座ったファイトテーブルを見る。

 

「しかし何であの二人が…タッグマッチじゃ無いっすよね?」

「えっと…違うよ…」

 

「なら心配いらないっすよ、きっと」

 

ジュリアンは安心したように呟く。

 

「今の二人は…闘志十分っす」

 

 

ユウトとカイト…チアキとミチヤ……四人のファイトが始まろうとしていた。

 

「この店で俺のジャスティスを見せる時ぃぃ!!」

 

「普通の音量で話すのかと思ったら…やっぱうるさいな…あんた」

 

 

「………………」

 

「無言でファイトするつもりかしら?天地ミチヤさん?遠慮なく倒させてもらうわよ」

 

 

四人がFVに手を置く。

 

 

「「スタンドアップ!ヴァンガード!」」

 

「スタート!マイ!ジャスティスッ!!」

 

「………………」

 

 

四人一斉に始めたが、ここからはそれぞれのペースでファイトが行われるだろう。

 

「レッドパルスドラコキッド(4000)!!」

 

「立ち上がれ!次元ロボ ダイマグナム(5000)!」

 

 

 

「青雲の宝石騎士 ヘロイーズ(5000)!!」

 

「…………幼生獣 ズィール(4000)」

 

 

ヒカリはユウトのFVを見てあることに気がつく。

 

「青葉クン……デッキを変えたんだ…!」

 

自然とユウトのファイトに目がいく。

 

 

どうやら先行はユウトらしい。

 

 

「俺からだ…ドロー!そして“ドラゴンモンク ゴジョー(7000)”にライド!スキルでレッドパルスドラコキッドをVの後ろにコール!」

 

 

そのままユウトはゴジョーに手を伸ばす。

 

 

「ゴジョーのスキル!“レストして”から手札のゴジョーをドロップ!1枚ドロー!そしてターンエンドだ」

 

 

 

「いいタイミングでゴジョーを使うことができたっすね」

 

ファイトを見ていたジュリアンが呟いた。

 

「うん…でも青葉クンいつのまに…新しいデッキを作ったんだろう…」

 

ヒカリの疑問にジュリアンが答える。

 

「僕がカード提供したんすよ」

「舞原クン……そうなんだ…」

 

 

ヒカリがジュリアンの財力に感心する中、ファイトが続く。

 

 

 

「ドォロォーー!!今こそ俺のジャスティスッ!燃え上がれっ!次元ロボ ダイブレイブぅ(7000)!!」

 

 

カイトは次元ロボ ダイブレイブにライドするとソウルの次元ロボ ダイマグナムをVの後ろにコールした。

 

 

 

「ダイブレイブねぇ…」

 

「………どうしたの?」

 

ヒカリがジュリアンに話しかける。

「ダイブレイブのスキルってソウルにいるとき限定の能力なんすよ」

 

「……みたいだね」

 

ヒカリはカイトのヴァンガードとして立つダイブレイブを見て答える。

 

「…FVをダイマグナムじゃなくてゴーユーシャにしているんなら採用も分かるんすけどね」

 

「ゴーユーシャ?」

 

「ゴーユーシャってカードならスキルの“グレード3の次元ロボへのスペリオルライド”のコストでリアガードからユニットをソウルに送れるんすけど…」

 

「…そうでないのなら、他にダイブレイブを確実にソウルに入れる方法は無い?」

 

「無いことないっす、グレード3の次元ロボ ダイヤードとか…でもダイブレイブはヒット時のスキルを与えるユニットっすから早めに使いたいんすよね」

 

「…そうなんだ」

 

 

ヒカリは目の前のファイトに集中する。

 

 

 

「さぁ!受けるんだなぁ!マグナムのブースト!ダイブレイブぅでヴァンガードにアタック!!(12000)」

 

 

「パワー12000か…ノーガードだ!」

 

 

「魂のドライブチェックッ!次元ロボ ダイクレーン(5000)!ゲッツ!ドロートリガー!!ドローするぜぇ」

 

 

ユウトがダメージチェックを行う。

 

 

「…ベリコウスティドラゴンだ…」

 

 

「ターンッ!エンドォォ!!」

 

 

ユウトはカイトの大きな声をうっとおしく感じながら、自分のターンに入っていく。

 

 

「…俺のターン…スタンドアンドドロー……“バーサーク・ドラゴン(9000)”にライド!!ベリコウスティドラゴン(9000)を隣にコール!!ベリコウスティでヴァンガードにアタックする!パワーは9000!」

 

 

「ノーガードッ!ダメーージチェーック!シャドウカイザー!!」

 

それを見たジュリアンがカイトのデッキの正体に気づく。

 

 

 

 

「…シャドウカイザーが入っているってことは…究極次元ロボ…グレートダイカイザーっすか…」

 

「…?」

 

ヒカリが何となく覚えていないといったリアクションをとったため、ジュリアンが解説する。

 

「“究極次元ロボ グレートダイカイザー”…今、ヒカリさんの持っているブレイクライドスキルを持ったユニット…“超次元ロボ ダイカイザー”のクロスライドユニットっす、コストを支払うことでドライブチェックの回数を増やすっていう特殊なスキルを持ってるんすよ」

 

 

ヒカリがまじまじと超次元ロボ ダイカイザーのカードを見つめる。

 

 

「…じゃあこのダイカイザーが与える“ドライブチェックでグレード3のディメンジョンポリスのユニットが出たら相手のガーディアンを1枚退却させ『ヒットされない』効果を無効にする”っていうスキルもより成功する確率が上がるんだ……」

 

 

「そうっすね…トリプルドライブチェックだけでも十分なのに、完全ガードも破壊できるかも…ってのは怖いっすよね」

 

 

「…ゴーユーシャといい…このシャドウカイザーといい…グレード3のユニットに力を集めるのがディメンジョンポリス……か」

 

「今のところは…っすけどね」

 

 

そんな風にヒカリとジュリアンが話している間もファイトは続いていた。

 

 

 

 

ユウトがアタックを宣言する。

 

「バーサーク・ドラゴンでヴァンガードにアタック!パワーは9000!」

 

 

「ノーガードだぁぁ!」

 

 

「ドライブチェック…バーサーク・ドラゴン…トリガー無しだ…」

「俺のダメーージチェーーック!次元ロボ ダイバトルスぅ、クリティカルトリガー!!効果はダイブレイブにぃ!」

 

「…ターンエンド」

 

 

 

ユウトのターンが終わり、カイトが笑いだす。

 

 

 

「はっはっはっはっはぁぁ!!俺の時間だぁぁ!立てっ!!ドロー!そして行くぜぇぇ!次元ロボ カイザーーーーードっ!!」

 

 

カイトがライドしたユニットは“次元ロボ カイザード(9000)”……だがそれはすぐに別のユニットに変化する。

 

 

「トランスディメンション!次元ロボ カイザーグレーダー(7000)!」

 

 

 

カイトが次元ロボ カイザーグレーダーをコールする。

 

 

 

「お前の正義、受け取ったぁ!CB1!シャドウカイザーをドロップしてカイザーグレーダーとカイザードは今1つになる!!」

 

 

カイトはカイザーグレーダーをソウルに入れると山札の中を見る。

 

 

 

「超!次!元!合体っ!!ダイ!カイ!ザーーーーーぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

「…うるさい」

 

 

ヒカリ達がため息をつく。

 

 

カイトのVにはグレード2のカイザードに変わりグレード3の超次元ロボ ダイカイザー(11000)が立っていた。

 

 

 

「俺のスキル発動!!超次元ロボ ダイカイザーにパワー+5000!」

 

 

 

勢いで何を言っているのか分からなくなるカイト。

 

 

 

「いや、あんたのスキルじゃ無いっすから、カイザードのものっすから」

 

 

「更にソウルのダイブレイブが俺に勇気を与えるぅぅぅ!」

 

カイトはソウルからダイブレイブをドロップする。

 

「ダイカイザーのアタックがヒットした時、CB1で1枚ドロー!」

 

 

「…っ!」

 

 

ユウトはこの攻撃をガードして“ヒットすることは当たり前”と思っているようなカイトの考えを壊したいと思ったが我慢する。

 

 

「マグナムのブースト!ダイカイザーぁぁ!!カイザーぁぁぁぁぁぁぁ!!!ブレーぇぇぇドぉぉ(24000)」

 

 

「…ノーガード」

 

 

「ドライブっ!チェックぅぅ!来い、俺のジャスティスに答えて………ジャスティス・コバルトぉぉ!ゲッツぅ!クリティカルトリガー!全てはダイカイザーに!そして2枚目は……シャドウカイザーーー!!」

 

 

ユウトはその声量にため息をつきながらダメージチェックを行う。

 

 

「1枚目は…ドラゴニック・ガイアース…二枚目は…!ガトリングクロー・ドラゴン!ゲット、ドロートリガーでパワーはヴァンガード、1枚ドロー!」

 

 

「ダイブレイブが与えたスキルでCB1!1枚ドロー!そしてターーーンエンド!」

 

 

4ターンが経過し、ユウトのダメージが3点、カイトのダメージが2点だった。

 

 

ユウトは手札のカード達に心の中で話しかけた。

 

(頼む…俺の助けになってくれ…)

 

 

 

「俺の…ターン!スタンドアンドドロー!そしてライド!“チェーンブラスト・ドラゴン(11000)”!!そして、ベリコウスティドラゴンの後ろに“ドラゴニック・ガイアース(6000)”をコール!!」

ユウトのVに立ったユニットは巨大な鎖槌を構えた竜だった。

 

「レッドパルスドラコキッドのブースト!チェーンブラスト・ドラゴンがパワー15000でヴァンガードにアタック!」

 

 

「ノーガードだぁぁ!」

 

 

「ドライブチェック…1枚目、チェーンブラスト・ドラゴン…二枚目…“ブルーレイ・ドラコキッド”!ゲット…クリティカルトリガー!クリティカルはチェーンブラスト、ベリコウスティにパワー+5000だ!」

 

 

「ダメーーージチェーーーーック!!…カイザーーード!…そしてぇ……ダイシールドぅぅ!」

 

 

カイトのダメージゾーンに次元ロボ カイザードと次元ロボ ダイシールドの2枚が置かれ、ダメージが4点になる。

 

「アタックがヒットした時、チェーンブラストのスキルが発動する!………レッドパルスドラコキッドを退却!山札の上から5枚見て、グレード3のユニットを探す!」

 

ユウトは山札の上から5枚を見るとその中の1枚のカードをカイトに見せる。

 

「チェーンブラストドラゴンを手札に加え、残りのカードを山札に戻しシャッフルする!」

 

 

 

 

 

ユウトが山札を混ぜている間、ヒカリはチアキのファイトを全然見ていなかったことに気がつく。

 

 

「……あ…」

 

 

そのファイトはもう終盤とも言えた。

チアキの対戦相手であるミチヤのダメージはすでに5点まで入っている。

 

Vの銀河超獣 ズィールの周りには合成怪獣 バグリードや星を喰う者 ズィール、怪軍提督 ゴゴート等が並んでおり、リアガードサークルは埋まっていた。

 

 

 

「行くわよ!スタンドアンドドロー!届いて…勇気と言う名の閃光!ブレイクライド!!敢然の宝石騎士 ジュリア!!」

 

 

 

「……フィアレス…ジュエルナイト…」

 

 

 

「ブレイクライドスキル!ジュリアにパワーとクリティカルを…」

 

チアキのファイトを見ていたジュリアンが声を掛けてくる。

 

「お嬢なら大丈夫っすよ…きっとこのターンには決めてくれるっす」

 

「……そうなの?」

 

「トリガー次第っすけど」

 

ジュリアンはジュリアの隣りにいるアシュレイ…その後ろのアルウィーンを見る。

 

「高いパワーが出せる列がいること、何よりジュリアのスキルで連続攻撃ができること、それに相手さんの手札は3枚っすからね」

 

「……天乃原さん…お願い…」

 

 

ヒカリの注意は再びユウトのファイトの方へ向けられる。

 

 

 

 

「次元ロボ ダイクレーンでガーーーード!!」

 

 

ユウトがチェーンブラストの攻撃の後に出したベルコウスティによるアタックをカイトがガードし、ユウトがターンエンドを告げる。

 

 

 

 

「今のはガイアースのスキルを使わない方が良かったかもっすね」

 

「…ガイアース…ユニットのクリティカルを増加できるんだよね…」

 

「そうっすね、青葉さんには…コストが必用なんで連続使用には限度があることに気をつけて欲しいっすね」

 

ジュリアンが呟く、カードを提供した人間として色々思うことがあるのだろう。

 

 

 

 

「俺のぉぉターーーン!スタンドアンドドロー!カイザーードとダイブレイブぅをコール!マグナムのブーストでダイカイザーがアターーックっ(18000)!!」

 

 

「ここは…ノーガード」

 

 

「ドライブぅチェック!…次元ロボ ダイクレーン!ドロートリガー!ドローしてパワーはカイザードぅ!…次は……カイザーーーグレーダーーー!!(トリガー無し)」

 

 

このアタックによってユウトのダメージゾーンに落ちたのは再びガトリングクロー・ドラゴン…ドロートリガーであり、ユウトは1枚ドローする。

 

 

「ダイブレイブのブーストぉぉ!!カイザーーードがアタック!!(21000)」

 

「ブルーレイ・ドラコキッドでガード!」

 

 

ユウトが10000シールドを使って攻撃を防ぐ。

 

 

 

「ターーーンエンドぉぉぉ!」

 

 

ユウトとカイトのダメージが共に4点と並んだ。

 

 

 

 

ユウトは以前ジュリアンに言われたとおり、相手の手札について考えていた。

 

(…あいつの手札も今8枚…その中の4枚は10000シールドのジャスティス・コバルト、5000シールドのダイクレーン、グレード3のシャドウカイザーにグレード1で5000シールドのカイザーグレーダー…か)

 

(…焦るなよ…俺)

 

 

 

「スタンドとドロー!そして目覚めろ…穢れを知らぬ水竜よ!ライド!!ドラゴニック・ウォーターフォウル(10000)!!」

これでもかと言うほど蒼い…かげろうのグレード3のユニットがヴァンガードサークルに立つ。

 

 

 

 

「あれが青葉君の切り札?」

 

突然の声の主はファイトを終えたチアキだった。

 

「……天乃原さん!!」

 

チアキがヒカリに対してVサインを送る。

 

「後は青葉君が勝ってくれれば、私たちの勝ちね」

 

「青葉さん…頑張るっす」

 

 

 

 

仲間のエールを受けてかげろうの竜がコールされる。

 

「ウォーターフォウルの後ろにドラゴニック・ガイアースをコール!そしてウォーターフォウルの隣りにバーサーク・ドラゴンをコール!!CB2で次元ロボ ダイマグナムを退却!」

 

 

「…む」

 

 

「ドラゴニック・ウォーターフォウルでヴァンガードにアタックする!スキル発動!チェーンブラストをドロップすることでウォーターフォウルにパワー+10000、そして自動能力で更にパワー+3000、そして後列のドラゴニック・ガイアースをレスト!SB(ソウルブラスト)1をすることでウォーターフォウルにクリティカルを追加する!!」

 

 

その動きを見てジュリアンは満足そうに頷く。

 

おそらくジュリアンはこの動きをデッキの軸と考えていたのだろう。

 

 

 

「…むぅぅ」

 

 

「パワー23000!クリティカル2でヴァンガードにアタック!!」

 

間髪入れずにカイトがガーディアンを出してきた。

 

「次元ロボ ダイシールドで完全ガーーーードっ!!」

 

 

カイトが完全ガードのコストとしてシャドウカイザーをドロップする。

 

 

「…ドライブチェック、1枚目は…ブルーレイ・ドラコキッド!ゲット!クリティカルトリガー!効果は全てベリコウスティドラゴン!そして2枚目!……ドラゴンダンサー テレーズ!ゲット!ヒールトリガー!ダメージを1点回復してベリコウスティにパワー+5000!」

 

 

「……ダブル…トリガー…!!」

 

 

ユウトのダメージゾーンから裏向きになっていたベリコウスティドラゴンがドロップゾーンに置かれる。

 

 

「バーサーク・ドラゴンでリアガードのカイザードにアタック!」

 

ユウトがインターセプトの出来るリアガードにアタックする。

 

「ノーガードぉ!」

 

 

カイザードはドロップゾーンへと送られた。

 

 

「…ガイアースのブースト!ベリコウスティがヴァンガードにアタック!パワー25000!クリティカル2!」

 

 

「再び完全ガーーーーーード!!」

 

カイトは次元ロボ ダイシールドを使い防御する。ドロップされたのはドロートリガーのダイクレーンだった。

 

 

「これでターンエンドだ」

 

 

そしてカイトのターンが始まる。

 

 

「はっはっはっはっはぁっ!!俺のターーーンだ!立て!!そしてドロー!今、俺の全てが具現化する………究極!!次元!!合体!!」

 

 

 

 

その台詞にジュリアンが反応する。

 

 

「ついに来るっすか…」

 

 

 

 

「デデデデーデーデーデーン♪クロスブレイクライドぉぉぉぉぉぉ!!デンデンデンデーデー♪」

 

 

 

 

口で合体用のBGMを歌うカイト。

 

 

 

「……長いわよ」

 

 

 

「究極次元ロボっ!!グレート…ダイ!!カイ!!ザーぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

“クロスライド”によって究極次元ロボ グレートダイカイザーは常にパワーが13000になる。

 

 

「愛と正義のブレイクライドスキルっ!パワー+10000に加え、クリティカル+1、そしてっ!」

 

 

カイトがにやりと笑う。

 

 

「このユニットのドライブチェックでグレード3が出たとき、お前のガーディアンを…完全ガードでさえもその効果ごと破壊するぅぅぅ!!」

 

「…っ!」

 

 

ヒカリ達が心配そうに見つめる中、カイトがリアガードをコールしていく。

 

 

「ダイブレイブの前にカイザーグレーダーを、そしてグレートダイカイザーの隣に次元ロボ ダイドラゴン(9000)とコマンダーローレル(4000)をコール!」

 

 

 

ヒカリとジュリアンはコマンダーローレルの存在に危機感を抱く。

 

「もしこのグレートダイカイザーのアタックがヒットしたら…」

 

「……ローレルのスキルでヴァンガードはもう一度立ち上がる…」

 

そんな二人にチアキが話しかける。

 

 

「信じましょ?青葉君の力…そして手札を」

 

 

 

 

「行くぜぇぇぇ!究極次元ロボ グレートダイカイザーのリミットブレイクっ!CB(次元ロボ)2!俺たちは今!トリプルドライブの力を手に入れたっ!」

 

(…来る!)

 

「グレートぉぉぉぉぉぉ!エナジーぃぃぃぃ!!」

 

 

「ブラスターぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!(パワー23000、クリティカル2)」

 

 

 

ユウトは手札から2枚のカードをガーディアンとして出した。

 

 

「ドラゴンダンサー マリアと…ドラゴンダンサー マリア!!…完全ガード2枚だ!!」

 

ユウトはコストとしてチェーンブラスト・ドラゴンとブルーレイ・ドラコキッドをドロップする。

 

 

 

「そんなものぉぉ!!全てぶっ飛ばしてくれるぅ!トリプルドライブチェック!」

 

 

 

その場にいた全員が息を呑む。

 

 

 

「…次元ロボ ダイバトルス!クリティカル!!効果は全てダイドラゴンに!!」

 

「…次元ロボ ダイクレーン!ドロー!1枚ドローしてパワーはグレーダーにぃ!!」

 

「…ジャスティス・コバルト!クリティカル!!効果は全てグレーダーにぃぃ!!」

 

 

 

 

(守れたけどっ!)

 

 

 

「…全部……トリガー…」

 

 

ヒカリの口から自然に言葉が漏れた。

 

「ダイブレイブのブーストぉ!走れ!カイザーーーグレーダーーー!!(パワー24000、クリティカル2)」

 

「…ノーガード、ダメージは…ワイバーンストライク ジャラン……そして、ドラゴンダンサー マリアだ…」

 

 

ユウトのダメージに5枚のカードが並ぶ。

 

 

これでもう1点もダメージを受けられない。

 

 

「とどめだぁぁぁぁぁ!ローレルのブースト!アタックだ!次元ロボ ダイドラゴぉぉぉぉぉぉン(パワー21000、クリティカル2)」

 

 

 

 

自身のスキルとトリガーでパワーの上昇したダイドラゴンがドラゴニック・ウォーターフォウルにとどめを刺しにくる。

 

 

 

 

「させるかよ!ドラゴンダンサー テレーズでガード!バーサーク・ドラゴンでインターセプト!」

 

「……ターンエンドだぁ」

 

 

 

ユウトのダメージが5点、カイトが4点……

 

ユウトを追い詰めたものの倒しきれなかったため、カイトのテンションがここにきてようやく下がる。

 

「青葉クン……守りきった……けど手札…2枚しか残ってない……!」

 

「しかし、あいつ結構シールド持ってるわね」

 

「そうっすね…ざっと40000シールドくらいはありそうっすね……でも、青葉さんのデッキにはそれをぶっ壊す“一手”が入ってるっすよ」

 

「…………“一手”…?」

 

ジュリアンがユウトを見る。

 

ユウトの目は希望に満ち溢れていた。

 

(あいつの手札は5枚…その中で分かっている4枚は全てトリガー……次元ロボ ダイバトルス、次元ロボ ダイクレーンそしてジャスティス・コバルトが2枚……残りの1枚が分からないが…今、俺にできることはこいつに賭けることだ!)

 

 

ユウトはそのカードに願いを込める。

 

 

 

「俺のターン!スタンドアンドドロー!……頼んだぜ………今ここに目覚める、あらゆる穢れを無に返す超越生命体!!ライド!!“超越竜 ドラゴニック・ヌーベルバーグ(13000)”!!」

 

 

 

 

「…ヌーベルバーグ…グレード4のユニット…」

 

 

そのユニットはヴァンガードでも稀有なグレード4のノーマルユニットであった。

 

 

 

「バーサーク・ドラゴンをコール!CB2でお前のダイドラゴンを退却!」

 

 

これでカイトにはインターセプトを行うことができるユニットがいなくなってしまった。

 

 

「本当のとどめだ!ガイアースをレスト、SB1!ヴァンガードにクリティカル+1!ドラゴニック・ヌーベルバーグで究極次元ロボ グレートダイカイザーにアタックだ…パワー13000!クリティカル2!」

 

 

 

「そんなものぉぉ!ジャスティス・コバルトで…」

 

 

 

「無駄だ!ヌーベルバーグのアタックに手札からのグレード0のガーディアンは使うことができない!」

 

 

その言葉を聞いて困惑するカイト。

 

 

「なぁっ!…ノ…ノーガード…」

 

 

「ドライブ…チェック…1枚目…ワイバーンストライク テージャス……2枚目……ドラゴンダンサー マリア」

 

 

トリガーは出なかったもののクリティカル2という事実は変わらない。

 

ヌーベルバーグの一撃がグレートダイカイザーを撃ち抜いた。

 

 

「ダメージチェック…次元ロボ ダイシールド…」

 

 

そして遂に6点目のダメージがめくられる。

 

 

「…ダメージは…!次元ロボ ゴーレスキュー!ヒールトリ…」

 

その希望を打ち砕くようにユウトが言う。

 

「無効だ…そのトリガーはヌーベルバーグのスキルでヒールトリガーとしての力を失った」

 

 

 

 

「なら……この勝負は…まさかぁぁぁ」

 

 

カイトの手からカードがこぼれ落ちる。

 

ユウト達には分からなかった手札の最後の1枚は究極次元ロボ グレートダイカイザーだった。

 

 

 

カイトのダメージゾーンには6枚のカードが置かれていた。

 

 

 

「ああ、俺の勝ちだ」

 

 

 

 

 

 

 

ユウトが立ち上がる。

 

「ヒカリ、ジュリアン、リーダー…おまたせ、勝ったよ…」

 

身内以外との初めてのファイトにふらふらになったユウトをヒカリ達が支える。

 

 

「……格好良かったよ…青葉クン」

 

「これからの仲間として心強く思えたっす♪」

 

「…成し遂げたわね」

 

「…ああ」

 

 

 

 

一方でカイト達はがっくりとうなだれていた。

 

 

「本当に出入り禁止にするつもりかぁ!?お前達にそんなことが…」

 

 

 

 

「できますよ」

 

その言葉を言った人は胸に店長と書かれたプレートをつけていた。

 

「天地カイト、天地ミチヤ…あなた達はこれから半年間、この店へ来ること、この店での…商品の購入、売却、大会の参加を禁じます」

そう言って店長は二人の写真を撮った。

 

「こんなことをして…問題にしてやるぅぅ!この店の本店に抗議の電話をかけてやるぅぅ!」

 

「ここ個人営業ですし、あなた方がいる方が問題になるんで」

 

 

「くっ…良い釣り堀だったのだが…行くぞぉぉ!弟よぉぉ!!」

 

 

 

カイトは自分のデッキを回収すると再びミチヤの背の上に乗る。

 

そしてヒカリ達の方を睨む。

 

「お前達の名は何と言うぅぅ!?」

 

 

「………深見…ヒカリ」

 

 

「青葉ユウトだ」

 

「天乃原チアキよ」

 

 

「え…?僕もっすかね…舞原ジュリアン…っす」

 

 

「その様子だとVFGPにでも出場する気なのだろう?ならばVFGPの大舞台でギッタギッタのメッキョメキョにしてくれるわぁぁぁぁ!!」

 

 

カイトの足元でミチヤが動き出す。

 

 

「俺の名前はぁぁ天地海人!!覚えておけぇぇ!」

 

そう言って彼らは店を出ていった。

 

「…何だったのかしら」

 

ヒカリ達の元に女の子がやってくる。

「おねーさんたちすごい!ほんとにあの怖い人おっぱらっちゃった!!」

 

「とはいえ、俺たちだけじゃ駄目だったかもな…な?店長さん」

 

 

 

ユウトはそう言って店長に話しかける。

 

 

 

「…いや、本当はただの店員なんだけどな」

 

 

 

「「ええっ!?」」

 

「じゃあ…今言ってたことも…デマカセ…?」

 

「追っ払えたことに変わらないだろ…?」

 

店員が自分のネームプレートをいじる。

 

プレートの店長という文字はシールだった。

 

「あのまま、あいつら放っておいても問題にはなったろうし…俺がちゃんとこの店の本物の店長には伝えておくからさ、これからもこの店をよろしくな?」

 

そう言うと「はぁ…俺クビかなぁ…」と呟きながら店の奥へと歩いていった。

 

 

 

 

「あ…そうだ…」

 

 

 

 

ヒカリが女の子にダイカイザーとダイユーシャを手渡す。

 

「これは……本当はあなたのものだから…」

 

「じゃあ…わたしもこれ…」

 

 

女の子がヒカリの渡した二枚の“撃退者 レイジングフォーム・ドラゴン”をヒカリに返す。

 

 

「ん………」

 

 

ヒカリは1枚を受けとると1枚を渡し返した。

 

 

 

 

「これは私とあなたが出会った記念に…ね」

 

「…………うん!!」

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

ヒカリ達はカードショップ“カードマニアックス”を後にする。

 

「……青葉クン……大丈夫……?」

 

「あ……ああ、ちょっと疲れた……」

 

「このくらいで疲れてちゃ大会ではやっていけないっすよ~?」

 

辺りはすっかり暗く、街灯に照らされた町を4人は進んで行く。

 

「ヌーベルバーグにライドした辺りから最初にファイトした時のヒカリの口調をイメージしてみた」

 

「……な…思い出さないでよ…!………それにまだまだレベルが低い………って何を言ってるの…私」

 

 

「しかし、お嬢…今後もこのカードショップ巡りは行うんすか?」

「当たり前よ!今回だってVFGPに参加するファイターの情報が手に入ったんだから!」

 

「出来ることならもう会いたくないがな……」

 

「……次は…私が倒す…」

 

4人は百花公園前の駅から電車に乗り、天台坂の駅で降りた。

 

「じゃあ、みんな…次の休日…12時にここで待ち合わせね」

 

「……休日なのか」

 

「ぶっちゃけ、今回は善は急げって勢いで来ちゃったから……今度はゆっくり……ね?」

 

「にしても…12時……ならお昼はみんなで食べに行くっすか?」

 

「ええ……私、ファストフード店って行って見たいんだけど…いいかしら?」

 

「……ファストフードっすかぁ…」

 

「…それはいいんだが…今度はどこのカードショップに行くんだ?」

 

ユウトが聞く。

 

きっと今回のように少し離れた地域のショップなのだろう。

 

 

「今度は北宮町のカードショップ“アスタリア”よ」

 

「………え……嘘…………」

 

 

ヒカリは思わず耳を疑った。

 

 

 

カードショップ“アスタリア”

 

 

 

 

 

 

 

その店はかつてヒカリが通っていたショップだった。

 

 

 

 

 

 



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016 光

「………達は……して…………か……」

 

真っ白な空間に真っ黒な少女が独り。

 

「…あなた…は?」

 

そう誰かが問いかける。

 

「我…は…………る…者…」

 

真っ黒な少女は言う。

 

「………あなたの絶望した顔…私に見せてよ?」

 

 

 

 

ガバッ!!

 

 

「………はぁ……」

 

深見ヒカリは真っ暗な部屋の中で目を覚ました。

 

部屋の電気をつけて、時間を確認する。

 

夜中の3時47分だった。

 

ヒカリは寝起きで渇いた喉を潤す為に台所に向かう。

 

 

とっとっとっ

 

静まりかえった台所にミネラルウォーターをコップに注ぐ音が響いた。

 

「……んっ……ぷはぁ……」

 

 

喉を潤したヒカリは自分の部屋に戻っていく。

 

 

「……何であんな夢を…」

 

ヒカリは部屋のカーテンを開けるとそこには綺麗な月が輝いていた。

 

 

部屋に月の光が差し込む。

 

 

その光の先に…“それ”はあった。

 

「これ…………」

 

 

引っ越しの後、開いただけで触れてなかった段ボール箱…その中にある金色の装飾が施された黒い宝石箱が月の光を反射し、輝いていた。

 

ヒカリはゆっくりとその宝石箱を開けてみる。

 

 

「……久しぶりだね…」

 

 

その中にあったのは、ヒカリのかつて使っていたデッキだった。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

月の光が少女を導いていた頃、ジュリアンは閉めきられた自室の中で“ノルン”のファイト動画を見ながら、自分宛に届いた海外からの小包を開けていた。

 

『……ドロー………アタック……』

 

「“あいつ”が送ってくれたのは…は日傘っすね…今まで使っていたのがちょうど壊れた所だったから助かるっすねー」

 

ジュリアンは同封されていた手紙を読みながら、日傘の梱包を丁寧に解く。

 

 

「今度の夏休みは海外に行くか分かんないな………」

 

ジュリアンは考え事をしながら次の動画を再生する。

 

『………スタンドアップ…my…ヴァンガード…』

 

それはネット上で“スクルド”と呼ばれているファイターのものだった。

 

こちらからはしっかりと顔を確認することはできないが、揺れる金色の髪や声、金色の花模様の刺繍が施された袖、そこから伸びる周りと比べても明らかに幼い手…等から様々な情報が得られる。

 

(しかし…大会から二年が経っている…この少女だってどれだけ成長しているか…)

 

ジュリアンはこの二年で20センチ近く伸びた自分の伸長のことを考える。

 

(考えても仕方ない…実際にファイトしてみれば分かることっすからね…)

 

ジュリアンは動画の再生を終えると、PCの電源を落とす。

 

(そろそろ仮眠をとっておくっすか…………今日はお嬢との“部活動(?)”もあるっすから)

 

そう…今日は…チームシックザールの面々が12時に天台坂駅での待ち合わせをした日であった。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

「リーダー…」

 

「あの二人…遅いわね」

 

土曜日ということもあって天台坂駅の人通りは普段よりも多かった。

 

そんな駅の前で青葉ユウトと天乃原チアキは立っていた。

 

二人が立っている理由はもちろん今日、この時間にチームシックザールのメンバーで待ち合わせをしたからである。

 

だがそのメンバーの内、深見ヒカリと舞原ジュリアンの姿が無かった。

 

すでに待ち合わせの時間から40分が経っている。

 

 

「ご……ごめん…なさい」

 

息を切らしながらヒカリがやって来る。

 

「…はぁ…昨日……あまり…はぁ……はぁ…寝られなくて…」

 

「いいわよ、どうせジュリアンもまだ起きてないし、髪の毛まだ跳ねてるわね…私が解かしてあげる」

 

チアキが櫛を取り出して言う。

 

「舞原クン……まだ……来てないの?」

 

「ええ、私が家を出た時はまだ寝てたわ」

 

「リーダー…起こしてくれば良かったんじゃ…?」

 

「………………」

 

チアキがヒカリの髪を解かしながら黙る。

 

その時…通りの向こうから日傘を差して走る影が見えた。

 

日傘を差していても目立つ銀の長髪がその人物の正体を教えてくれる。

 

「皆さーん!遅れて申し訳ないっすー!」

 

「遅いわ!今日のお昼はジュリアンに奢ってもらうわよ!!」

 

「…了解っす」

 

ジュリアンは仕方ないと言うように笑うと全員に呼び掛けた。

 

「…さて、北宮町に出発っすよ!!」

 

「ええ!」

 

「………」

 

 

「………北宮町…か、どっかで聞いたことあるんだよな………」

 

 

 

そうしてヒカリ達四人は天台坂駅に入っていく。

 

 

天台坂駅から北宮町に行くためには途中で電車を乗り換える必要があった。

 

チアキは乗り換えで降りる大智駅で昼食にするという予定を立てていた。

 

天台坂駅からの電車に揺られながらユウトがチアキに聞く。

 

「リーダー…休日は人が多いから嫌だったんじゃないのか?」

 

「…そんなこと言ったかしら?………まぁこの間の夕方みたいな時間帯の方がどうやら人は多いようだし、むしろ今日のカードショップ“アスタリア”のように特に大会の無い昼間のショップの方が人は少ないんじゃないかしら?」

 

「…ぶっちゃけ、店次第っすけどね」

 

 

そんな会話をしている内に電車は大智駅に到着する。

 

ヒカリ達は昼食のために一旦駅から出た。

 

 

「あれよ!あの店に行きたかったの!」

 

嬉々としてチアキが指をさす方向には黄色いMの字が描かれた赤い看板があった。

 

店の窓には大人気アイドル、葉月ユカリのポスターが貼られている。

 

「…エムドナルドバーガーっすか…別にいいっすけどね…」

 

 

ジュリアンを先頭にヒカリ達はエアコンの利いた店内へと入っていった。

 

 

* * * * *

 

 

 

「ちぅーーーー」

 

 

四人はそれぞれ別のメニューを注文していた。

 

ユウトはエッムフライドポテトやハンバーガーを片手にジュリアン達と会話する。

 

「…で、夢の中でテージャスとジャランが怒っていてさ…『なぜ、俺たちを使わなかった!』って…」

 

 

「ちぅーーー」

 

「…でそうしたら、ダメージゾーンに4枚目のルキエ“Я”が落ちたんすよ…」

 

「ちぅーー」

 

 

「…ヒカリさん?」

 

 

「ちぅー?」

 

 

「エッムシェイクだけで本当に大丈夫なの?」

 

チアキが心配したのはヒカリが“エッムシェイク”しか頼んでいなかったことだった。

 

チアキのように初めてのメニューに悩んでいた結果エッムナゲットのSサイズとドリンクにしてしまい…物足りない…ようには見えなかった。

「…うん……そこの舞原クンと違って朝ごはん食べてきてないわけじゃないし………」

 

ヒカリは“ビッグエッム”を頬張るジュリアンを指差す。

 

「…むぐっ……むぐっ……でも、お腹空いちゃわないっすか?」

 

 

「………あんまり…今…食欲…無いんだ……」

 

心配そうにチアキが見つめる。

 

「やっぱり…今日は中止して帰る?」

 

「……………ううん…大丈夫…だから……行こう?」

 

ヒカリはそう言って残りのエッムシェイクを飲み始めるのだった。

 

 

 

食事を終えた四人はヒカリを先頭に駅に向かって歩いていた。

 

「ヒカリさん…大丈夫かしら…」

 

チアキがヒカリには聞こえない音量でジュリアンとユウトにささやく。

 

「………今日がどうこうじゃ無いんだけど…高校で再会してからのヒカリはどこか変なんだよな…」

 

「そうなんすか?」

 

「昔はあんなに“……”を多様して言葉を選ぶ奴じゃなかった……小学校の頃はあだ名が“ボケとツッコミの同棲生活”だったくらい明るい奴だったんだけど」

 

「そのあだ名…小学生の女の子に付けるものじゃないし、それ以前に小学生が考えるようなあだ名でも無いわよね」

 

「あだ名というより芸人のキャッチコピーっすね」

 

「何よりうちの小学校の生徒会長だったしな」

 

「「え!?」」

 

ユウトがヒカリを見つめる。

 

「……どうしたんだろな…ヒカリ……」

 

 

 

 

ヒカリはヒカリで別のことを考えていた。

 

(2年ぶりくらい…だよね………どのくらい知っている人が居るか………………)

 

 

ヒカリの顔色が若干悪いのはお昼を抜いたからでは無く、今から行くカードショップが以前ヒカリが頻繁に出入りしていた店だったからだ。

 

 

(…あの人なら……きっと今でもあの映像を保存しているんだろうな………)

 

 

(はぁ……でもあれから2年経ってるし…バレないよね)

 

 

ヒカリは2年前から自身の体型が余り変わってないことは考えないようにした。

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

「ヒカリ様………!?ヒカリ様だ!お帰りなさいませ!ヒカ………」

 

バタン

 

ヒカリは扉を閉める。

 

「………………」

 

ヒカリ達四人はカードショップ“アスタリア”に到着していた。

 

「えっと…今のは何なのかしらね?ヒカリさん」

 

「………………」

 

「ヒカリ…?大丈夫か?」

 

「………………」

 

ヒカリは帰りたかった。

 

チアキの提案に従っていれば良かったと思った。

 

程なくして扉が中から開けられる。

 

現れたのはこの店のロゴがあしらわれたエプロンを着た若い女性だった。

 

 

「お久しぶりです、ヒカリ様」

 

 

「……誰のことかな…?」

 

 

ヒカリが目をそらす。

 

 

「ヒカリ様!私の顔をお忘れですか!?」

 

「初対面の人の顔なんて知りませんよ…」

 

「そんな!こっち見てから言ってください!」

 

「…シーラーナーイーヨー」

 

「あ、何だ初対面でしたか」

 

「…やっと分かってくれたんだね、春風さん」

 

「みんな!来てくれー!ヒカリ様だ!!」

 

「やーめーてー!!」

 

そのやり取りに置いてきぼりになるチアキ達。

 

「…取り合えず店の中に入れてくれないかしら」

 

その後15分程度してからようやく四人は店の中に入ることができた。

 

 

店の中はカードマニアックスよりも広かった。

 

天井に施された星の装飾や大きな柱時計がこの店をカードショップの雰囲気から遠ざける。

 

カードのシングル販売用のガラスケースも目立たない所に置いてあった。

 

「すごいな…まるで喫茶店だ…」

 

「本当…上品な雰囲気に…若干、花の香りもするわ」

 

その言葉に先程のエプロンを着た女性がヒカリに跪いた状態で答える。

 

「一応、色々気を使った結果カードショップっぽく無くなっちゃったんですよ、たまに喫茶店と間違えて入って来ちゃう人もいて大変です」

 

「何となくっすけど…隠れ家的雰囲気を感じるっす…経営に影響は無いんすか?」

 

「ここがカードショップって分かってる人には好評ですよ」

 

「………………」

 

ヒカリはずっと黙っていた。

そんなヒカリの足下にはおおよそ20人近くの人達が跪いていた。

 

「ヒカリ様!」

 

「ヒカリ様!」

 

そこには大きなお友達から中学生くらいの子まで様々な人がいた。

 

「そろそろ説明願えるかしら…」

 

チアキが呟く。

 

ジュリアンやユウトも同じことを考えていた。

 

「私が説明しましょう」

 

先程の女性が答える。

 

「我々は!ヒカリ様の親衛隊にしてファンクラブなのです!!」

 

「はぁ…(…またこのパターンか)」

 

ユウトのため息の意味を知ってか知らずか女性が名乗る。

 

「私は会員番号一番の親衛隊隊長!春風ユウキ!」

 

「………ちなみに…ここの店長みたいな人…」

 

ヒカリが疲れきった顔で答える。

 

「でも何でこんなところのショップにヒカリさんの親衛隊がいるのかしら…?」

 

「普通、親衛隊が存在することの方が疑問じゃないっすか?」

 

「………北宮…北宮………そうか!」

 

ユウトがあることを思い出す。

 

「この町はヒカリが中学時代を過ごした町なんだ!」

 

「………………うん…」

 

「そしてヒカリさんはここのショップに通っていたのね?」

 

「………………………うん………」

 

春風さんがその言葉に続けて悲しそうに言う。

 

「でもある日ヒカリ様はこの店に来なくなってしまったのです………『私は普通の女の子に戻るんです!』と言い残して………」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「春風さん…私、春風さんの失恋エピソード全部ここで話してもいいんですよ?」

 

ヒカリが笑顔で言う。

 

目のハイライトを消しながらだ。

「ヒカリ様、私の失恋話なんて知りませんよね!?」

 

「あれは少し雨の降っていた朝…いつもの木の下で待ち合わせていた松原君が…」

 

「何で知っているんですか!!私の高校時代の…」

 

「当たっちゃいました!びっくりです!」

 

「もう!お止めくださいヒカリ様!」

 

端から見ると楽しそうな二人の会話をチアキ達が見ていると親衛隊の一人がチアキに話かけてきた。

 

「あの…ヒカリ様のお仲間…ですよね?」

 

「ええ…そうよ…?」

 

「では、こちらのDVDを一緒に見ませんか?もっとヒカリ様のことを深く知るきっかけになりますよ!」

 

「………じゃあ見せてもらおうかしら」

 

親衛隊がプロジェクターの用意を始める。

 

「………ちょっと待って何を始めるの!?」

 

ヒカリの顔が少し青くなる。

 

「DVDの再生じゃないですか?もっとヒカリ様の魅力を知ってもらいたいじゃないですか」

 

「……DVDってまさか!まだ“あれ”が残ってるの!?」

 

(…この人達は全く!どうしていつも…)

 

「隊長!行きます!!」

 

「出撃を許可する!!!」

 

 

「許可しないでー!!」

 

 

ヒカリの悲痛な叫びがこだまする。

 

 

親衛隊の一人がDVDの再生ボタンを押す。

 

 

その映像がプロジェクターによってスクリーンに映し出された。

 

 

ゴスロリを身に纏う少女が中央に現れる。

 

その唇も黒く染まっていた。

 

 

『………私の名は深見ヒカリ!!貴様達の主だ!』

 

その少女はカメラに向かって美しく微笑んでいた。

 

 

 

「………………」

 

スクリーンを見たヒカリが真っ赤を通り越して、真っ白に燃え尽きる。

 

 

 

『私とファイト出来ることを光栄に思うといい!!』

 

 

『ああ、奈落の底から私を呼ぶ声がする……』

 

 

『“悪夢”…それは人の心に眠る呪い、絶望のイメージは形を変えて世界に降り注ぐ…明けない夜を数えながら、ひたすら死を待つがいい!!クロスライド・The・ヴァンガード!!ファントム・ブラスター・オーバーロード!!!』

 

 

『あなたの絶望した顔……私に見せてよ』

 

『そんな所にいては風邪をひく…こっちに来い、私が暖めてやろう』

 

 

『私は奈落竜の加護を受けているのだぞ!』

 

 

『バカっ!私を心配させないで!!』

 

 

『ほう、お前が私を楽しませてくれるのか?』

 

 

 

 

ーー話している言葉よりずっと暖かい光景ねーー

 

 

チアキはDVDを見ながら不思議なくらい冷静な頭でそう思った。

 

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

 

「…恥ずかしすぎて………余裕で死ねる…転生して後4回くらい連続で死ねる………」

 

ぶつぶつと呟くヒカリ、その目は死んでいた。

 

「そんな!ヒカリ様を再び失うなんて…」

 

「春風さん……ごめん…少し黙って…」

 

ヒカリは三人の方を見る。

 

「………」

 

「…」

 

「………」

 

 

三人は放心状態に見えた。

 

 

「あううぅぅ…………もう駄目………」

 

ヒカリが店の裏口の方へ駆け出していく。

 

この時のヒカリは知るよしも無かったがチアキ達三人はそれぞれ別のことを考えていた。

 

 

(…このヒカリさん可愛い)

 

(……この映像、うちのクラスの奴らに見せたら死人が出そうだな…)

 

(………ゴスロリ…)

 

 

ヒカリは店の外でしゃがみこむ。

 

「…………はぁ………どうしてこんな…」

 

ヒカリのお腹が鳴る。

 

「…お腹空いた…」

 

そんなヒカリに当たる日光を遮るように誰かがヒカリの前に立った。

 

 

「ヒカリちゃん」

 

 

そう話かけたのは春風さんだった。

 

 

「春風さん……?」

 

 

「今は一人の春風ユウキとして話をさせてもらうわね………本当はもっと前に話したかったんだけど…ヒカリちゃん居なくなっちゃったから」

 

「…………」

 

 

「ヒカリちゃんがヴァンガードを始めたのは奈落竜様が好きになったからだよね」

 

 

「…うん」

 

 

「でも、少し人間不信になってたよね?中学校で何があったのか…話してくれたのはずっと後だったし」

 

 

「………」

 

 

「自分の居場所を探してたんだよね……私の入れ知恵で…キャラ作って…可愛かったなぁ………少し強がってる感じが」

 

 

「…春風さん、私怒りますよ」

 

 

「………私にはこんなに話せるのに………まだ他人との…ううん…友達との間に壁を作ってるよね」

 

 

「………だって、私、あんな人間なんですよ…自分でも本当……」

 

 

「うーん私もあそこまでヒカリちゃんが自分に酔ってるとは思って無くてねぇ」

 

春風さんは困ったように言う。

 

「DVD見せたら真っ赤になっちゃって……それから来なくなっちゃったよね」

 

「……………だってあそこまでとは…」

 

「まぁこの店はヒカリちゃんみたいな子が好きな人が集まってた店なんだから気にすることは無いんだよ?」

 

 

「…それはそれで怖いけど………そうなの?」

 

 

「みんなヒカリちゃんを知っている……この三人だってね」

 

春風さんが振り向くと、そこにはチアキ達が立っていた。

 

 

 

「………みんな」

 

 

 

「これでもう隠すことも無い…裸の付き合いって奴ね!!」

 

「ちょっと違うと思うし、今のお嬢が言うと何か怖いっす…でも、そうっすね、ここにいる三人はこの間の一件でもうヒカリさんの“強さ”を知っているっす」

 

「ジャスティス野郎のことだな?あの時、ヒカリはあの女の子のためにあんな変態にも迷わず立ち向かっていった……ヒカリの一番良いところ…自分の気持ちをねじ曲げない所………すごく好きだよ…みんなそう思ってる」

 

 

「………でも」

 

 

「僕らはもうヒカリさんの一番恥ずかしい過去を見てしまったっす」

 

「ヒカリの全てを受け止められるさ、今ならな…というかみんな若干気づいていたけどな」

 

「というか、そんな大した話じゃないわ、こんな風な思い出…誰にだってあるわ…ね、ジュリア」

 

「ジュリアンっす、って何で僕なんすか」

 

「あ、ちなみに私は高校時代、恋の魔法少女とか名乗ってましたよ」

 

「………」

 

春風さんの告白に凍りつく空気。

 

「「それは……」」

 

「…え…そこまで凍りつかなくても…」

 

「ヒカリさん……世の中にはヒカリさんよりよっぽど痛々しい人はいるわ、だから気にすることなんて無いのよ」

 

「えー」

 

 

「…みんな…ありがとう」

 

 

その笑顔はまるで星の光のように輝いていた。

 

 

 

春風さんも良かった良かったと笑う。

 

「…ヒカリ様!この件の功労者である私を褒めてください!」

 

「…………勝手にあのDVDの再生を許可したこととか、そもそもあのDVDを廃棄しなかったことを水に流せと?」

 

「ヒカリ様!?」

 

ヒカリと春風さんは笑う。

 

とは言えヒカリは少し本気で怒っていたが…

 

「あの………ヒカリさん…いいかしら?」

 

チアキが恥ずかしそうにヒカリに話しかける。

 

「…どうしたの天乃原さん?」

 

「明日!その…あのゴスロリとメイク姿を…その見せて欲しいかな………なんて」

 

「そう言えばお嬢、ああいうファッション好きだったっすよね、『自分には似合わない』とか言って落ち込むくらい……まぁ…そうっすね、僕も見てみたいっす」

 

「え…」

 

「ヒカリ様2年前からほとんど体型変わって無いみたいですし大丈夫でしょうね」

 

「え…」

 

「じゃ…じゃあ大丈夫よね!?あ…明日この店で会いましょう…みんなで!!」

 

「え…」

 

「了解っす」「分かったよ、リーダー」

 

「え……?」

 

「私!楽しみにしてるから!!ゴスロリ!」

 

「ええええええええええ!?」

 

 

ヒカリの叫びがこだまする。

 

 

 

 

…その様子を金髪の男女が見守っていたことはまだ誰も知らない。

 



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017 漆黒の少女と黄金の少年(上)

深見ヒカリらチームシックザールがカードショップ“アスタリア”に訪れた翌日…日曜日。

 

 

ヒカリは自身の親衛隊の隊長…春風ユウキの運転する車に乗ってショップに向かっていた。

 

 

「はぁ…」

 

「ため息なんかついてると幸せに愛想つかされちゃいますよ、ヒカリ様」

 

 

時刻は朝の6時…ヒカリはチアキ達よりも早くショップへ向かおうとしていた。

 

 

「別に普段着でも問題無い格好なのにどうして恥ずかしがるんです?」

 

「…その普段着を今から見世物にするからです!……普段着だったのに、どうして昔の私を象徴する服になっちゃったんだろ…」

 

 

ヒカリが再びため息をつく。

 

 

首の動きと共にヒカリの肩に届かない程度の黒髪が揺れる。

 

 

車が左折したことで、カードショップアスタリアが見えてくる。

 

 

「そろそろ到着ですよ、あ…本当の開店は10時からなんですからね」

 

「うん…感謝してるよ」

 

 

車が停車する。

 

ヒカリが車から降りる。

 

 

その姿は朝の霞みの中で強く存在感を出していた。

 

 

頭には幅の広く赤いレースが付いた黒色のヘッドドレス。両サイドの黒い大きなリボンが印象に残る。

 

袖口が広がっていて、襟がリボンタイになった上品な漆黒のブラウスに黒とボルドーのカラーリングが美しいクラウンチェックのフリルスカート。

 

そしてフリルのついた黒いオーバーニーソックスとブーツがヒカリのファッションを決定づける。

 

 

ヒカリは黒く染まった唇を開いた。

 

 

「ふう…ゴシックロリータ…ねぇ……本当に久しぶりだよ…」

 

「私の車…結構広いと思うんだけどスカートは大丈夫かな?」

 

「…ん……問題無いよ」

 

ヒカリのフリルスカートは今も形を崩すことなくトリコットパニエのおかげでふくらんでいた。

 

 

「しかし2年ぶりにヒカリ様を、まさかそのお姿で拝見できるとは…ありがたや、ありがたや」

 

 

そのリアクションにヒカリは複雑な表情を浮かべる。

 

 

「春風さん…からかわないでよね」

 

「え!?そこは照れながら言うところでは!?」

 

「……………」

 

「申し訳ありません」

 

 

ヒカリが店へと歩き出す。

 

 

そんなヒカリに春風さんが問いかける。

 

 

「みなさんが来るまでまだ時間…ありますよね?」

 

「うん…ちょっと早すぎだとは分かってるよ」

 

 

春風さんがヒカリに笑いかける。

 

「久しぶりついでにこの私とヴァンガードファイトしませんか?」

春風さんの手にはヴァンガードのデッキが握られていた。

 

「…うん……相手になってやろぅ………じゃなくてお願いするよ」

 

こうして二人は店の中へと入っていったのだった。

 

 

「あ、でも朝ですし何か食べますか?」

 

「…うん」

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

「……で、ヒカリがそのヴェルダンディってファイターだって言いたいのか?」

 

天台坂駅で舞原ジュリアンと青葉ユウトの二人は天乃原チアキと待ち合わせをしていた。

 

目的地は先に向かったヒカリの待つカードショップアスタリアである。

 

「そうっす…たぶん……きっと!…絶対!……だってゴスロリっすよ?…ファイターっすよ?…ゴシックでロリータなファイターっすよ?…そんなの他にいるとは思えないっすもの」

 

「でも前に戦った時は…そういう感じはしなかったんだろ?」

 

ジュリアンが痛いところを突かれたという様に顔を歪める。

 

「それは…きっと…あ!あれっす!…ゴスロリを着ることで隠された力が目覚め……」

 

「ないって」

 

しばらく沈黙の時間が流れる。

 

ジュリアンはデッキを取り出し、見つめた。

 

「…この“とっておき”で君の化けの皮を…」

 

タッタッタッタッ

 

駅の方へ近づく足音がする。

 

「二人とも!待たせたわね!!」

 

そこに現れたのは天乃原チアキであった。

 

ジュリアンがデッキを仕舞いつつ言う。

 

「遅いっすよ、お嬢…今日はお嬢の奢りっすね」

 

「リーダー…その荷物は?」

 

チアキは大きなバッグを抱えていた。

 

「色々なカメラを持ってきたのよ!」

 

ジュリアンがそれらをバッグから取り出して見る。

 

「これって…MINOLTA XE…名機っすけど今時フィルムカメラっすか………で、こっちが富士のX-T1B……お嬢にしてはリーズナブルなデジタル一眼っすね」

 

 

「いや……なんでカメラ…?」

 

そう呟いたユウトをチアキはやれやれと言いたげに見つめるのだった。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

「誰よりも世界を愛し者よ、奈落の闇さえ光と変え、今、戦場に舞い戻る!ライド!!撃退者 ドラグルーラー・ファントム!!」

 

「それがヒカリ様の最新の口上ですか!」

 

アスタリアの店内ではヒカリと春風さんのファイトが行われていた。

 

「…ドラグルーラーでヘルエムにアタック!…でも今日はお客さん少ないね」

 

「ラムエルでガード!2枚貫通!…いえいえ今も見えないところに親衛隊のメンバーはいますよ」

ヒカリが振り向く…確かにあちこちから人の気配を感じる。

 

「……怖いよ……ドライブチェック…」

 

11時を迎え、店にはヒカリ達以外に数人の客がいるだけだった。

 

カードを物色する者やファイトする者…楽しみ方は様々だが沢山の人間がヴァンガードというカードゲームを通してつながっている。

 

そう思うとヒカリはこうしてファイトしていることがとてもかけがえのない時間だと感じるのだった。

 

 

 

 

「はっ…そんな弱っちぃデッキでこの俺と戦う?ざけんなよ」

 

 

 

思わず耳を疑う様な暴言が聞こえてきた。

 

 

「………」

 

ヒカリが声の方を見る。その動きに合わせてスカートがふわっと揺れる。

 

「な…何なんだよ!あんたは!僕の騎士王をバカにするのか!?」

 

「少しでも反論する余裕があんなら帰ってデッキ組み直してこいよ…それが嫌なら飯食ってその辺で寝てな…雑魚が」

 

 

「……………っ」

 

 

「アルフレッド・アーリー……ソウルセイバー・ドラゴン……時代遅れもいいところだよなぁ…もし、それ使ってお前がこいつに勝てんのなら………話くらいは聞いてやってもいいぜ?」

 

 

そういって彼は自分の隣にいた女性を指差す。

 

 

「お前程度のファイターじゃ…相手にならないだろうがなぁ(笑)」

 

ヒカリは暴言の主を見つめる。

 

(…“金髪”………舞原クンの銀髪みたいに地毛って感じじゃない………不良?)

 

そこにいたのは金髪で中学生くらいの男だった。

 

その隣にはヒカリと同じくらいの年の女性…こちらも髪を金に染めているようだ。

 

罵られていた男性と金髪の女性がファイトを始める。

「…リミットブレイクも入ってねぇのかよ…つまんねぇな」

 

「………………」

 

そう告げるその少年はたいしてファイトを見るわけでもなく手元のメモ帳ばかり見ていた。

 

 

「…何のためにヴァンガードやってんだ?お前」

 

それは何も考えられていない暴言だった。

 

 

自然とヒカリの手は持っていた黒いハンドバッグの中へと伸びていく。

 

その指が黒い宝石箱に触れる。

 

隣を見ると春風さんも目が怒っていた。

 

「親衛隊の隊長として…なによりこの店の店長代理として注意…いや粛清してきます」

 

「…待って春風さん…私が行く」

 

ヒカリはゆっくりと金髪の少年に近づいていく。

 

(…ヒカリ様…騒ぎを大きくしないでくださいね…)

 

 

春風さんの心配を他所にヒカリが金髪の男子の前に立つ。

 

「…?何だ?お前は」

 

 

何故かヒカリの脳裏に“美空カグヤ”の顔がよぎる。

 

 

ーー『あなたはヴァンガードが好きですか』

 

そう聞いてきたときの彼女の表情が…

 

 

「…あなたに……他者のデッキへ口出しする権利は無い」

 

 

「ああん?…ああ(笑)あいつのことか」

 

もうファイトは終わってしまったのかその男性の姿は無かった。

 

「見てらんねぇんだよなぁ…ああいう“何も分かってない”奴」

 

……………

 

「騎士王 アルフレッド?ああ強“かった”かもな…でもなぁ…今じゃ“マジェスティ”や“ジ・エンド”も単品じゃあ役に立ちゃしねぇ………ファントムブラスター(笑)?………笑うしかねえだろ…今更…昔の話をされても困っちまう…うざってぇ…いい加減“現実”見ろってんだよ」

 

 

……………

 

 

 

ーーー『…好きなユニットが時代遅れになったらどうしますか』

 

 

(あの時私はこう答えた)

 

 

ーーー『…どうにかして使います』

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

「………ったら…」

 

「ん?」

 

「だったら!!私と勝負してもらおうか…私のこのデッキと!!」

 

ヒカリは取り出したデッキを見せつける。

 

そのデッキトップにはヒカリの大好きなカードがあった。

 

「へぇ……“ファントム・ブラスター・ドラゴン”か(笑)………いいぜ…来いよ、ゴスロリのお嬢さん?」

 

 

(…ある意味、この間の変態ジャスティスよりは…話ができる分“まとも”…か)

 

ヒカリはラシンの目を見つめて言う。

 

「私の名はヒカリ…お前を倒す者だ」

 

「…俺は神沢ラシン…別に覚えなくていいさ」

 

ヒカリはその言葉に違和感を覚える。

 

「…なんかさっきまでと雰囲気が…?」

 

「…ちっ…『ふうん(笑)俺は神沢ラシン…お前を泣かしてやるよ』」

 

「…?」

 

ラシンと名乗った彼はテーブルにデッキを置いた。

 

ヒカリもファイトテーブルの前に立つ。

 

他のショップと違い、この店はアニメのような“スタンディングテーブル”も置いてあった。

 

(いつぶりだろう…この机に…このデッキを置くのは)

 

 

二人はデッキをシャッフルする。

 

 

「お嬢さん…泣いて帰らせてあ・げ・る・よ」

 

「それは私のセリフだ…真の闇を見せてあげよう…そして私に跪け!!」

 

じゃんけんを終えて…ヒカリの先行から始まることになった。

 

 

金色の少年が叫ぶ。

 

「スタンドアップ!my!ヴァンガード!!」

 

黒色の少女が叫ぶ。

 

「スタンドアップ!the!ヴァンガード!!」

 

 

それぞれのFV…フルバウとバトルシスター えくれあが場に登場する。

 

 

そんな二人を見つめる影があった。

 

「なかなか面白いことになってるじゃないっすか」

 

「………」

 

舞原ジュリアン…そして天乃原チアキの二人がそこにはいた。

 

「ヒカリさん…やっぱりファイト中に写真撮ったら迷惑よね」

 

「……そもそも、フィルムもSDカードも持ってきてないお嬢に写真を撮ることなんて……出来ないじゃないっすか」

 

 

「………うるさい…今青葉君に買ってきてもらってる所じゃないの」

 

 

 

ジュリアンは周りを見回す。

 

いつのまにか店の中は少し暗くなり、ヒカリ達のいるファイトテーブルだけが専用のライトによって照らされていた。

 

「…あっちなんか大変そうっすよ」

 

ジュリアンが指差す先ではヒカリの親衛隊が動き回っていた。

 

「おい!あの生意気な男……ヒカリ様に暴言を吐いたぞ……粛清しなくていいのか?」

 

「隊長からの命令だ…今は録画を成功させることに神経を集中させろとのことだ」

 

「…こっちのヒカリ様用スポットライトは準備完了だ」

ひそひそ声だがいくつか聞こえてきた。

 

「…愛されてる…ってことかしら?」

 

「…うっとおしそうっすけどね……」

 

 

チアキとジュリアンは苦笑いを浮かべる。

 

そして二人はビデオカメラの邪魔にならない程度にヒカリ達のファイトテーブルに近づいていった。

 

 

 

「私のターン…ドロー」

 

 

ヒカリは山札から一枚引く。

 

(カースド・ランサーか…)

 

 

ヒカリの手札は

 

G3 ファントム・ブラスター・ドラゴン(10000)

 

G1 ブラスター・ジャベリン(6000)

 

G1 秘薬の魔女 アリアンロッド(7000)

 

G1 黒の賢者 カロン(8000)

 

G2 虚空の騎士マスカレード(9000)

 

 

そして今ドローしたG2のカースド・ランサー(9000)…

 

 

「…ブラスター・ジャベリンにライド…ソウルのフルバウが主を呼ぶ…来い!ブラスター・ダーク!!」

 

 

フルバウのスキル…“連携ライド”を扱うフルバウは“ブラスター・ジャベリン”がその上にライドすることでG2のブラスター・ダークを山札から手札に加えることができるというスキルを持っていた。

「…スキルでジャベリンはパワー8000になる」

 

さらにライドに成功することができればユニットのパワーも上昇するのだ。

 

連携ライドのスキルでヒカリは手札を減らすことなくターンを終えた。

 

「俺のターンか…ドロー、そして“サークル・メイガス(7000)”にライド!バトルシスター えくれあをVの後ろにリヴァイブ・コール!」

 

ラシンがライドしたカードを見てジュリアンが呟く。

 

「…メイガス…っすか」

 

「メイガスって何だったかしら」

 

「そうっすね…デッキトップを操作するユニット達っすね…まあ、まだメイガスのデッキって決まったわけじゃあ…」

 

「そうじゃなくて意味よ」

 

「………“魔術師”っす」

 

 

ラシンは外野の呟きを無視してファイトを進める。

 

「えくれあのブーストでメイガスがアタックする…ノーガードだろ?」

 

「…ああ」

 

「ドライブチェック…ダーク・キャット…トリガー無し…ほら、お楽しみのダメージチェックの時間だ…」

 

(…ダーク・キャット…っすか…また懐かしいカードを…)

 

 

「……ダメージチェック……っ!…ファントム・ブラスター・オーバーロード………」

 

 

ダメージという奈落に落ちたのはヒカリの使うこのデッキの主力というべきユニットだった。

 

 

「あらら?残念だったな~残りはたったの3枚だ…」

 

 

…ファントム・ブラスター・オーバーロード……略してFBOは“ペルソナブラスト”という“自分と同じカードをドロップゾーンに置く”ことでスキルを発動させるユニットであった。

 

 

つまり山札にあるこのユニット4枚の内2枚を手札に加えなければその本領を発揮できないのである。

 

 

今、その4枚の内の1枚がダメージに落ちた……ヒカリとしては覚悟はしていたが、好ましくない事態でもあった。

 

「ま…あんたが“ファントム・ブリンガー・デーモン”見たいなサーチ系のカードを持ってんなら…」

 

 

「…『ターンエンド』は?」

 

 

「ああ(笑)ターンエンドだ」

 

 

ラシンの“煽り”がヒカリの思考を邪魔する。

 

 

「…ドロー…私に仕えよ…ライド!ブラスター・ダーク!!(9000→10000)」

 

 

ダークのパワーが連携ライドによって9000から10000まで上昇した。

 

ヒカリはドローしたヒールトリガーの“アビス・ヒーラー”を苦々しい表情で見つめると手札からカードを出す。

 

「共に戦え!虚空の騎士 マスカレード!…そしてブラスター・ダークがメイガスにアタックする!(10000)」

 

ヒカリが相手のヴァンガードにアタックを宣言する。

 

「ガードだ…ダーク・キャットでな?(1枚貫通)」

 

「ドライブチェック…秘薬の魔女 アリアンロッド…トリガー無し」

 

「見れば分かるって」

 

「マスカレー…(12000)」「バトルシスター じんじゃーでガード…俺のターンだ、スタンドアンドドロー…」

 

 

二人の間に流れる空気は鉛の様に重かった。

 

 

「すごい険悪なファイトっすね」

 

「ヒカリさん………」

 

チアキは持っていたカメラを握りしめる。

 

 

ヒカリのダメージは1…ラシンは0であった。

 

「ライド!ステラ・メイガス(9000)!!そしてえくれあのブーストでアタック!!(13000)」

 

パワー13000のアタックがブラスター・ダークを襲う。

 

「…ノーガード」

 

 

するとラシンはにやりと笑った。

 

 

「…いいのか?見せてやるよ、クリティカルトリガーを…」

 

 

 

「…え?」

 

(…クリティカルトリガーを…宣言した??)

 

「ドライブチェック…ほらよ!サイキックバード!クリティカルトリガーだ!効果はもちろん…まぁ分かるよな?」

 

ヒカリのダメージゾーンにブラスター・ダークと黒の賢者 カロンの2枚が置かれる。

 

 

(………)

 

(何なんすか…この感じ…)

 

 

ヒカリとジュリアンはラシンの姿を見つめる。

 

 

そして“それ”に気が付くのだった。

 

 

((瞳が…輝いている!??))

 

 

ラシンの瞳は茶色から黄金の色に変わっていた。

 

 

「…?あんたのターンだ…早くしろ」

 

 

 

ヒカリのダメージはラシンが未だ0点なのに対して3点まで与えられていた。

 

 

 

「…ああ……スタンドandドロー…(アビス・フリーザー…ドロートリガー…またトリガーユニット…)」

 

 

ヒカリは手にしたカード達に触れる。

 

 

(待ってて…今、私の思いを…)

 

 

ーー『ヴァンガードが好きですか』

 

 

(君たちの力を…)

 

 

ーー『単品じゃ役に立ちゃしねえ』

 

 

(この人に見せつける!!)

 

 

「…呪われし竜よ…出でて我が道を切り開け!!ライド!ファントム・ブラスター・ドラゴン!!!(10000→11000)」

 

奈落竜と呼ばれた竜がヒカリの分身として、先導者として、ヴァンガードサークルに立った。

 

連携ライドによるパワーの上昇に加え、ゴスロリ姿のヒカリには親衛隊によるスポットライトが当てられる。

 

「ファントム・ブラスター・ドラゴンでステラ・メイガスにアタック!!パワーは11000!」

 

「ノーガードだ…さあ…来な」

 

「………ツインドライブチェック…first…デスフェザー・イーグル!クリティカルトリガー!クリティカルは奈落竜に与えて、パワーはマスカレードに!………そしてsecond………」

 

 

「「ファントム・ブラスター・ドラゴン」」

 

 

「!?」

 

 

ヒカリとラシンの声が完璧に重なる。

 

 

ヒカリが声を出した時よりもカードを公開したのはわずかだが後だったはずなのに……だ。

 

 

 

「……あなたは…いや…何か仕掛けて…?」

 

 

ヒカリの傍にいた黒子…もとい親衛隊兼店内スタッフの一人が話しかける。

 

 

「ヒカリ様…お調べしましょうか…」

 

「必要無い…どんな卑怯な手を使おうと私は勝って見せる………だから見守っていてください」

 

「は、承知しました……頑張って」

 

 

同じ頃ジュリアンもまたラシンの発言に関して思考を巡らせていた。

 

 

(今まで怪しい動きは無かった…自分のデッキはともかく相手のデッキトップを言い当てるなんて…ただのハッタリならいいんすけど…)

 

 

ジュリアンは意見を求めるためにチアキの方を見る。

 

「不思議ねー」

 

(…思考停止中っすね…)

 

 

「ダメージはステラ・メイガスとフローラル・メイガスだ(トリガー無し)」

 

「…マスカレードで…(12000)」「ダメージはてぃらみす…ドロートリガーだから1枚引くぜ?…俺のター…」

 

「“ターンエンド”……」

 

ダメージは互いに3点…ラシンにターンが回ってくる。

 

「さあて…スタンドとドロー…そしてライド!!俺の支えとなれ!ヘキサゴナル・メイガス!!(11000)」

 

(…ブレイクライドスキルをもったユニット…)

 

(やっぱり正真正銘メイガスデッキ…でも何すか…この…嫌な感じ)

 

「そして…ダーク・キャット(7000)をえくれあの隣にコール!!…スキルだ…“全てのファイターは1枚引いてよい”!!」

 

「またダーク・キャットっすか…何でこのデッキに入って…いや…メイガスで公開状態のデッキトップのカードを回収する目的なら使いやすいっすか…?」

 

ジュリアンの呟きを無視し、ラシンはヒカリに問いかける。

 

「俺は引かない…お前はどうする?」

 

ラシンの目の黄金の輝きは強さを増していた。

 

「…ドロー…する……」

 

そうしてヒカリがドローしたのは“アビス・ヒーラー”…ヒールトリガーだった。

 

これでデッキに4枚しかないヒールトリガーの内の2枚が手札に入っていた。

 

(…大丈夫…よくあること…うん)

 

ヒカリを見たラシンが薄く笑みを浮かべる。

 

「どうやらいいカードが引けたらしいなぁ(笑)」

 

「…何を言っている?」

 

だがラシンはヒカリの言葉は聞いていなかった。

 

「えくれあのスキルだ…CB1…ソウルイン…山札の上から5枚見て“フローラル・メイガス”を手札に加える」

 

ラシンの主力ユニットとおぼしきカードが手札に加えられる。

 

一方でヒカリは全てが見透かされているような感覚に陥っていた。

 

「ヘキサゴナルの後ろに“ロゼンジ・メイガス(ヒールトリガー)”をコール…そして!ヘキサゴナルがロゼンジのブーストでお前のヴァンガードにアタックする!!(19000)」

 

パワー19000のアタック…この後に相手のブレイクライドが待っていることを考えるとダメージに余裕を作りたいヒカリだったが、自分のユニットの退却をコストとする“ファントム・ブラスター・ドラゴン“のスキルを使うのならば手札を消費しすぎる訳にもいかなかった。

 

(…ブレイクライドはこっちで相手のダメージを3点で止めておければ…大丈夫だとしよう)

 

「ノーガード…」

 

「はははっ!ドライブチェック…1枚はステラ・メイガス…もう1枚はロゼンジ…ヒールトリガーだ」

 

ラシンがCBによって裏になっていたダメージゾーンのフローラル・メイガスをドロップゾーンに置く。

 

 

 

 

「さぁて…お楽しみのダメージチェック…いや、感動のご対面…の時間だぜ(笑)引いてみろよ?」

 

 

 

「……?…ダメージチェック…………あ…」

 

 

ヒカリの黒い唇から思わず声がこぼれた。

 

 

 

ヒカリの手に握られていたカード…それは

 

 

 

「…“ファントム・ブラスター・オーバーロード”…だろ?」

 

 

 

 

 

そこには…“再び”…暴走する奈落竜…ファントム・ブラスター・オーバーロードの姿があった。

 

 

 

 

 



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018 漆黒の少女と黄金の少年(下)

カードショップアスタリアで、ゴスロリ姿の深見ヒカリと金髪の神沢ラシンによるファイトが行われていた。

 

自身のユニット達への愛を胸に戦うヒカリに対して、ラシンは何を思い、ファイトに望むのか…

 

ラシンのダメージゾーンが2枚である一方で、ヒカリのダメージゾーンはすでに4枚…さらにその内の2枚はヒカリのデッキの主力ユニットであるファントム・ブラスター・オーバーロード…。

 

だが、本当の問題は“そこ”では無かった。

 

 

「…何故…私が公開する前に…このカードの正体が分かったの…」

 

「気になるか…いや、…ごほん『気になるよなぁ!?俺が一体何をしたのかよぉ…』」

 

まるで一瞬出しかけた“素”を隠すようにラシンは言葉を続ける。

 

「…『イカサマ?疑うならどうぞ(笑)調べてみろよ…どうせ何も分からねぇぜ?』」

 

すでにヒカリの周りでは店のスタッフやジュリアンが調べ始めていた。

 

「確かに…何も見つからないっすね…」

 

ヒカリはラシンをじっと見つめる。

 

「…あなたは何者なの…」

 

「…ふん…さしずめ…“神秘の預言者”といったところかもな」

 

ラシンはスキルの発動したロゼンジ・メイガスを山札に戻しながら言う。

 

「例えば…お前が次にドローするカード…それは“ブラスター・ジャベリン”だ」

 

「……私のターン…スタンドandドロー……あ…!」

 

確かにヒカリのドローしたカードはグレード1のブラスター・ジャベリンであった。

 

「これが俺の…いや」

 

ラシンは自分のデッキ…そして手札を見つめる。

 

「俺“達”の力……“神の羅針盤”!!」

 

「「神のらしんばん!?」」

 

大きく反応するヒカリとジュリアンを見ながらチアキが呟いた。

 

「…自分の名前をもじった能力名って…ださいわね」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

今までとは別種の気まずい空気が流れる。

 

「……ちっ…お前のターンだぞ?」

 

「あ…えっと、Vの後ろに秘薬の魔女 アリアンロッド(7000)を……マスカレードの後ろに黒の賢者 カロン(8000)をコール……アリアンロッドのブーストでファントム・ブラスター・ドラゴンがヴァンガードにアタック……パワーは…」

 

「ノーガードだ」

 

「ドライブチェック…first、ブラスター・ダーク……second、暗黒の盾 マクリール……トリガー無し…」

 

ラシンのダメージゾーンにヘキサゴナル・メイガスが落ちる。

 

「カロンのブースト…マクリールで………ヴァンガードにアタック…パワー20000…」

 

「……」

 

ここに来てラシンは珍しく悩む表情を見せる。

 

「バトルシスター じんじゃーでガードだ」

 

「…ターンエンド」

ヒカリは自分の頬を軽く叩く。

 

その反動で、頭につけたヘッドドレスのリボンも軽く揺れた。

 

(頑張れ…私…デッキを、自分を信じるんだ!)

 

 

一方でジュリアンは必死に自分の中で高まっていく気持ちを抑えていた。

 

(特別な力を持ったファイター…ようやく見つけたっす!!……“ノルン”の情報…能力の詳細……デッキの中身は互いの物が見えているのか…どの程度…どんな風に見えてるのか…考えたいことが多すぎて脳がパンクしそうっすよ…)

 

 

「俺のターン…スタンドとドロー!…そしてダーク・キャットの前にステラ・メイガス(9000)…さらにクォーレ・メイガス(12000)をコール!!」

 

ラシンの前列に3体のユニットが並ぶ。

 

「ヴァンガードにヘキサゴナル・メイガスがアタック…フォーチュンパッセージ!!(13000)」

 

「守れ…ブラスター・ダーク!ブラスター・ジャベリン!(2枚貫通)」

 

「ドライブチェック…ゲット…オラクルガーディアン ニケ(クリティカルトリガー)…効果は全てステラ・メイガスに…もう1枚はクォーレ・メイガス……次だ!ダーク・キャットのブースト!ステラ・メイガスがヴァンガードにアタック!!(21000 クリティカル2)」

 

この攻撃は守るためにシールド値を15000も必要としていた。

 

「おっと…ステラのスキル!CB1!デッキトップを“テトラ・メイガス”と宣言する!」

 

そう言ってラシンはトップを公開する。

 

「…合ってる」

 

「このカードはドローする」

 

(やっぱり…自分のデッキも見えてるんだ……いや、今はそんなことより…)

 

「アビス・ヒーラーでガード!マスカレードでインターセプト!!」

 

「クォーレでアタック!(12000)」

 

「……っ…デスフェザー・イーグルでガード」

 

ヒカリはラシンが一瞬悔しそうな顔をしたことに気がついた。

 

「?」

「…ちっ…ターンエンド」

 

ヒカリとラシンのダメージ差は1点…ヒールトリガー1枚で展開の変わる状況だった。

 

「私のターン!スタンドandドロー!!」

 

(…これは…!)

 

ヒカリは今、手札に来たカードをコールする。

 

「暗黒魔道士 バイヴ・カー(9000)をコール!スキル発動!…禁じられし魔術によって…来い!ブラスター・ジャベリン(6000)!!」

 

ヒカリはスキルによってデッキトップから登場したブラスター・ジャベリンをバイヴ・カーの後ろにコールした。

 

「アリアンロッドのスキル!自身をレストして…手札のファントム・ブラスター・ドラゴンをドロップ!1枚ドロー!!」

 

「……ふん」

 

「あ……!」

 

アリアンロッドのスキルによってドローされた1枚のカード…その名前はこう記されていた。

 

 

 

“ファントム・ブラスター・オーバーロード”

 

 

 

(ようやく…来てくれたんだね)

 

 

 

ヒカリはその姿を見て自身を奮い立たせる。

 

 

 

「ファントム・ブラスター・ドラゴンの……スキルを発動する!!バイヴ・カー!ブラスター・ジャベリン!アリアンロッド!……呪われし竜に、全てを任せろ!」

 

ヒカリはそう言って、名前を告げたリアガードの3枚のカードを優しくドロップゾーンへと置いた。

 

 

「そしてCB2!…ファントム・ブラスター・ドラゴンにパワー+10000そしてクリティカル+1!!」

 

 

ヒカリはVの後ろにアリアンロッドを…カロンの前にカースド・ランサー(9000)をコールした。

 

 

 

「アリアンのブースト…ファントム・ブラスターでヘキサゴナル・メイガスにアタックする…パワー28000、クリティカル2…打ち抜け!ダムド・チャージング・ランス!!!」

 

ファントム・ブラスター・ドラゴンの必殺の一撃が飛ぶ。

 

 

ダメージが3であるラシンは、クリティカルの乗ったこのアタックのドライブチェックで更にクリティカルトリガーが出た場合、一気に敗北する可能性があった…が、

 

 

「ノーガードだ」

 

 

(…迷わずノーガードを宣言した…!?……もう“見えてる”ってこと……?)

 

「……ドライブチェック…first…ブラスター・ジャベリン……second…!アビス・フリーザー…ゲット!ドロートリガー!カースド・ランサーにパワー+5000!1枚ドロー!」

 

ドロートリガーによってヒカリの手札に暗黒の盾 マクリールが加えられる。

 

「俺のダメージチェック…フローラル・メイガス…そして!……ロゼンジ・メイガス!…ヒールトリガーだ…裏向きのフローラル・メイガスをドロップゾーンへ、ヴァンガードにパワー+5000する」

 

5点目まで入ったラシンのダメージだったがヒールトリガーによって難なく回復されてしまう。

 

「カロンのブースト!貫け!カースド・ランサー!!(22000)」

 

「オラクルガーディアン ニケでガードだ」

 

「…ターンエンド」

 

ヒカリのダムド・チャージング・ランスでは致命傷を与えることができず、ラシンのターンが始まる。

 

ヒカリとラシン…二人のダメージは共に4点だった。

 

「行くぞ…スタンドそしてドロー!…ブレイクライド!!その祈りは幸運という花を咲かせるだろう!フローラル・メイガス!!(11000)………そして!ヘキサゴナルのブレイクライドスキル!山札の上の3枚から1枚選んでドロー!残りを山札の上に戻して、フローラルにパワー+10000!!さらにフローラルのリミットブレイク!!!」

 

ラシンは自分のデッキのトップを指差す。

 

「CB1…デッキトップは“フローラル・メイガス”、確認…的中!パワー+5000、そしてドロー……もう一度!CB1…デッキトップは“テトラ・メイガス”、確認…的中!パワー+5000でドローだ!」

 

それを見ていたチアキが口を開く。

「確認とか…的中とか…まるで茶番よね…最初からデッキトップは分かってるんだもの…ヘキサゴナルも意味あったのかしら…」

 

「…いやお嬢…茶番だとかは普通にメイガス使っても感じ……じゃなくて…ヘキサゴナルこそ“あの能力”には必要かもしれないっすよ」

 

「え?」

 

「おそらく…彼はデッキの中が見えてもそれを操作できる訳じゃないっすから…」

 

チアキがぽんと手を打つ。

「じゃあ…そこに攻略の鍵が?」

 

(まぁ…その弱点を補うのがヘキサゴナル、そして…)

 

ジュリアンはラシンが新たにコールしたもう一体のダーク・キャットを見つめた。

 

「ダーク・キャットのスキル…全てのファイターは1枚ドローできる…今度も俺はドローしない…さぁ…お前はどうする?」

 

ヒカリは思考する。

 

(…わざわざコールしてきた…自分は引いていない…)

 

「ここは…」

 

(でも…さっき彼は自分から能力を明かしてきた…なら!)

 

「ここも!1枚ドローする!!」

 

 

 

「ふん…まぁ……そうでなくちゃな…どのみち“そいつ”はお前の所に行く運命だったんだろう」

 

 

「あ……」

 

ヒカリがドローしたのは“最後の”ファントム・ブラスター・オーバーロードだった。

 

 

「さて…行くぞ!フローラル・メイガス!フォーチュン・ブルーム!!(33000)」

 

強力な一撃がファントム・ブラスター・ドラゴンを狙う。

 

「頼むよ…暗黒の盾 マクリールで完全ガード!」

 

ヒカリはコストとしてアビス・フリーザーをドロップする。

 

それを確認するとラシンはドライブチェックを確認し始める。

 

「ドライブチェック!…オラクルガーディアン ニケ(クリティカルトリガー)!!効果は全てステラ・メイガスに!もう1枚もオラクルガーディアン ニケだ!!パワーはステラ、クリティカルはクォーレに!」

 

「ぐっ…」

 

2枚のクリティカルにヒカリは思わず身構える。

 

「ダーク・キャットのブースト!ステラ・メイガスでヴァンガードにアタック!…スキル!CB1!デッキトップはフローラル・メイガス!確認…的中…ドロー!パワー26000!クリティカル2だ!」

 

「もう一度!マクリール…ジャベリンをコストに完全ガード!!」

 

ヒカリの手札がどんどんドロップゾーンに飛んでいく。

 

「ダーク・キャットとクォーレ・メイガス!ヴァンガードに!!(19000 クリティカル2)」

 

「アビス・ヒーラーでガード!!」

 

「ふん…もう終わりだ…ターンエンド…」

 

ヒカリとラシンのダメージは互いに4点のまま動かなかったが、その手札の量の差は激しかった。

 

「…………」

 

ヒカリは自分の手札を見つめる。

 

そこにはファントム・ブラスター・オーバーロードが2枚……それだけだった。

 

逆にラシンの手札は12枚…どうやってそれを削るかが問題であった。

 

(今…自分にできること…か)

 

「私のターン…スタンドandドロー…そして」

 

ヒカリは少し息を吸う。

 

ヒカリの首元のリボンタイが揺れる。

 

「“悪夢”それは人の心に眠る呪い…絶望のイメージは形を変えて世界に降り注ぐ…明けない夜を数えながら、ひたすら死を待つがいい!!クロスライド・the・ヴァンガード!!ファントム・ブラスター・オーバーロード!!!(11000→13000)」

 

ついにその姿を見せた奈落の暗黒竜はクロスライドによって常にパワー13000となる。

 

ヒカリはその防御力にわずかな望みを託した。

 

「そして来るがいい!虚空の騎士 マスカレード!(9000)」

ヒカリはドローしたばかりのマスカレードをコールして攻撃体制をとる。

 

(何とか前列は揃えたけど…でも…)

 

ヒカリは迷いを振り払うように首を振ると、マスカレードに手を添える。

 

「マスカレードでリアガードのステラ・メイガスにアタック!(12000)」

 

自身のスキルで上昇したパワーでマスカレードはステラ・メイガスを攻撃した。

 

ラシンは黙ってステラ・メイガスをドロップゾーンに置く。

 

「力を貸せ!アリアンロッド!…ファントム・ブラスター・オーバーロードでフローラル・メイガスにアタック!(20000)」

 

「…ニケ、クォーレでガードだ(2枚貫通)」

 

(2枚貫通を要求してきた…!…相手はこちらのドライブチェックの結果をすでに知っている…つまり…トリガーは1枚ってこと?)

 

「…ドライブチェック!first…アビス・フリーザー!ゲット…ドロートリガー!1枚引いてパワーはカースドに与える!」

 

ヒカリは髑髏の魔女 ネヴァンをドローすると2枚目を確認する。

 

「…second……!?アビス・フリーザー…同じくドロートリガー…」

 

ジュリアンが呟く。

 

 

「なるほど…相手が自分の能力を知っているから…相手のトリガーの振り方も操作できるんすね」

 

「でも…やってることは普通のファイトと同じよね?2枚貫通で守ってるだけだもの」

 

「あ……それは……そうっすね」

 

ヒカリはトリガーの効果を全て乗せたカースド・ランサーとカロンでフローラル・メイガスにアタックを仕掛けた。

 

「テトラ・メイガスで完全ガードだ…コストはヘキサゴナルでな」

 

「ターンエンド……」

 

動かないダメージ…だが結果として先程よりヒカリとラシンの手札差は縮まっていた。

 

ヒカリはそこに希望の光を見出だす。

 

だが

 

「スタンドそしてドロー…」

 

その光を遮るようにラシンは言う。

 

「俺の…ファイナルターンだ…」

 

「…っ!?」

 

「うわ…言っちゃったわよ…」

 

「…そうっすね」

 

ファイナルターン…それはこのターン中に相手を倒すことを宣言する言葉である。

 

同時に宣言を外すと結構恥ずかしく、言うだけでもかなりの自信がいる言葉でもある。

 

ラシンはその言葉を告げるとメインフェイズに入っていった。

 

「フローラル・メイガスのリミットブレイク…デッキトップはクレセント・メイガス…確認…的中!パワー+5000とドロー!…サイキックバードをコール…ソウルに入れて1枚ドロー…ダーク・キャットを前列へ移動してから、その後ろとVの後ろにロゼンジ・メイガスをコールする」

 

(オラクルのヒールトリガー…また山札に戻す気なんだ……厄介……)

 

「ロゼンジのブースト!ダーク・キャットでリアガードのカースド・ランサーにアタック…(13000)」

 

「………カースドは退却…」

 

そして遂にVへの攻撃が始まる。

 

「ロゼンジのブースト…フローラルのフォーチュン・ブルーム!!(24000)」

 

「……マクリールで完全ガード…コストはアビス・フリーザー…」

 

ヒカリは手札を見つめる。

(大丈夫…まだインターセプトを合わせて15000のシールドが残ってる…クリティカル入りのダブルトリガーが出なければまだ…!)

 

「…悪いな…クリティカルとドローのダブルトリガーだ…」

 

「っ…」

 

ラシンはそう言って山札をめくり始める。

 

その宣言通り1枚目がクリティカルトリガーの“バトルシスター じんじゃー”そして2枚目がドロートリガーの“バトルシスター てぃらみす”だった。

その効果はリアガードのクォーレ・メイガスに集められる。

 

「さぁ…終わりの時間だ…ダーク・キャットのブースト…クォーレ・メイガスのハートアタック!!(29000 クリティカル2)」

 

ヒカリの手札は

 

G3 ファントム・ブラスター・オーバーロード

(シールド値0)

 

G2 髑髏の魔女 ネヴァン

(シールド値5000)

 

G0 アビス・フリーザー

(シールド値5000)

 

の3枚…

 

(…アビス・フリーザーを残してPBOを完全ガードのコストにしたらよかった…?ううん、あそこでPBOを失ったらもう反撃の術が無い……後悔は…無い)

 

 

「ノーガード…ダメージチェック……」

 

ヒカリが山札に手を伸ばす前にラシンが告げる。

 

「1枚目は“ファントム・ブラスター・ドラゴン”…だ」

 

「……ファントム・ブラスター・ドラゴン…トリガー無し」

 

(でも…けど……)

 

 

「セカンドチェック……」

 

「ヒカリさん……」

 

「……」

 

(これで…終わり…なのかな)

 

 

(『まだ…私は負けない』)

 

 

その時、どこからかヒカリにとって懐かしい声が聞こえた気がした。

 

 

(『私はあきらめない』)

 

 

それはいつか夢で見た少女の声だった。

 

 

(『絶望するには…まだ早い』)

 

 

(そうだ………あの頃の私はこんな状況でも挫けなかった……ううん、違う…)

 

(あの頃の私は“漆黒の少女”にこんな所であきらめないことを“強要”していた…)

 

(当の自分は…あの頃も…今も…心の奥にずっと引きこもったままで…)

 

 

ラシンが告げる。

 

 

「ダメージは…“ブラスター・ダーク”だ…」

 

 

(私は…このまま…?……いや)

 

 

「いや…認めない」

 

 

ヒカリは振り絞るように言う。

 

 

(私は“私の言葉”で…この言葉を言うんだ……)

 

 

 

「まだ…私は負けない!私はあきらめない!!」

 

 

 

私は山札に手を添える。

 

 

「私“達”は!戦い続ける!!」

 

 

私に当たるスポットライトの数が増える。

 

 

「だから……!」

 

 

そして私はそのカードを引いた。

 

 

ラシンはヒカリの瞳が一瞬、宝石の様に輝くのを目にした。

 

「………いい…瞳だ…」

 

 

 

 

「ゲット!!アビス・ヒーラー!……ヒールトリガーだよ!!!」

 

 

 

 

ヒカリの手に握られていたのは、ラシンによって宣言されたカードではなく…ヒカリを救う1枚のヒールトリガーだった。

 

 

ヒカリはスカートを揺らしながら喜ぶ。

 

そのカードを見て…そんなヒカリを見て思わずその場にいた3人は笑ってしまった。

 

「どう…これが私とこのデッキの底力なんだよ!」

 

「ああ…すごいよ…あんたらは……兄さんの見込み通りか……」

 

「何かよく分からないけどヒカリさんすごい!」

 

一方ジュリアンは頭を抱えていた。

 

(…結局…今回彼にはどうデッキが見えていたんすか…ヒカリさんが預言を覆したんすか?それとも彼が間違えただけなんすか?そもそも覆るような預言なんすか?)

 

ラシンがロゼンジを山札に戻す。

 

ヒカリもまたヒールトリガーでダメージのカードを1枚ドロップへ置く。

 

「ターンエンド…さぁ…あんたの全てを俺にぶつけてみろ…!!」

 

「スタンドandドロー…言われなくても!アリアンロッドをレスト…アビス・フリーザーをドロップして1枚ドロー!」

 

ヒカリはマクリールを手札に加える。

 

「カロンの前に立ち上がれ!友よ!ブラスター・ダーク!!(9000)」

 

カースド・ランサーのいなくなったリアガードサークルに覚悟の剣士が立つ。

 

「ファントム・ブラスター・オーバーロード……」

 

ヒカリはその竜をレストする。

 

「ペルソナブラスト!!」

 

ヒカリは手札のもう1枚のファントム・ブラスター・オーバーロードをドロップゾーンへ置く。

 

「CB3!パワー+10000、クリティカル+1!!……あなたの絶望した顔……見せてよ!ファントム・ブラスト・ストライク!!(23000 クリティカル2)」

 

「ふっ…残念だったな…テトラ・メイガスで完全ガードだ!」

 

ラシンはコストにフローラル・メイガスを使う。

 

それを見てヒカリは笑う。

 

「あなたが完全ガードを使うってことは…」

 

「……」

 

「ダブルトリガーってことかな?……ドライブチェック!first…デスフェザー・イーグル!クリティカルトリガー!!効果は全てブラスター・ダークに!そしてsecond!グリム・リーパー!!クリティカル!効果の全てをマスカレードに!!」

 

「マスカレードでヴァンガードにアタック!(17000 クリティカル2)」

 

「無駄だ!バトルシスター じんじゃーでガード!」

 

「カロンのブースト!ブラスター・ダークが行く!(22000 クリティカル2)」

「甘いな!バトルシスター てぃらみす!オラクルガーディアン ニケでガード!!」

 

「ターンエンドだ」

 

攻防を終えてヒカリは今無理にPBOのスキルを使う必要が無かったことに気がつく。

 

(……まずかったかな)

 

ヒカリのダメージは5点、ラシンは4点…二人とも今使えるCBは全て使いきり…手札も共に4枚…山札も残り10枚程度に近づいていた…決着の時は近かった。

 

「俺のターン……スタンドとドロー!……切り札ってのは後から出すものだ…」

 

「……え?」

 

「紅き瞳は未来を見つめる………愛する全てを守る…その術を探すために!!ライド!ペンタゴナル・メイガス!(11000)」

 

ラシンのVに立ったのは“五角形”をモチーフにした服に身を包む女性だった。

 

「切り…札…?」

 

「Vの後ろにクレセント・メイガスをコール!(6000)そしてダーク・キャットの後ろにロゼンジをコール!」

 

ラシンが流れるようにバトルフェイズに入る。

 

「クレセントのブースト…スキル発動!デッキトップはステラ・メイガスと宣言…的中!パワー+3000!ペンタゴナルのリミットブレイク!!デッキトップはステラ・メイガス!確認…的中!パワー+5000、クリティカル+1!アタックだ!フォーチュンパニッシュ!!(25000 クリティカル2)」

 

(…この威力を…CB無しで…でもドライブチェックは公開された…でも…手札的に…)

 

「マクリールで完全ガード!コストにネヴァン!」

 

「ドライブチェックはステラ・メイガスと…ロゼンジ・メイガス!ヒールトリガーだが回復せずにクォーレにパワーを与える!…ダーク・キャットのブースト…クォーレ・メイガスのハートアタック!!(24000)」

 

「デスフェザー・イーグルでガード!マスカレードでインターセプト!」

 

「ロゼンジとダーク・キャット!(13000)」

 

「…グリム・リーパーでガード!!」

 

ヒカリは手札を使いきる、全てを今サークルの上にいるユニットに委ねるつもりだった。

 

 

ラシンがロゼンジを山札に戻し、ヒカリに再びターンが来る。

 

「スタンドandドロー!アリアンのブーストでファントム・ブラスター・オーバーロードがアタック!(20000)」

 

「ステラ・メイガスとロゼンジ・メイガスでガード!(2枚貫通)」

 

「ドライブチェック!!first、カロン!second、グリム・リーパー!クリティカル!効果は全てをダークに与える!ブラスター・ダーク…カロンと共に我らに勝利をもたらせ!!」

 

「ステラ・メイガス!ロゼンジ・メイガス!この2枚でガードっ!!」

 

 

「ターンエンドっ!」

 

ヒカリの手札が増え…逆にラシンの手札が無くなる。

 

「今度は俺のターン!!スタンドそしてドロー!ダーク・キャットを後列に移動してテトラ・メイガスをコール!!」

 

ラシンがコールしたのは完全ガードだった。

 

(このターンで決めに来る…!?)

 

ラシンは防御さえも捨て攻撃に集中する。

 

「クレセント、ペンタゴナルのフォーチュンパニッシュ!!(25000、クリティカル2)」

 

そのスキルでヒカリが目にしたのはクリティカルトリガー…この時点でヒカリは自身がこれ以上守ることができないと悟った。

 

「みんな……」

 

ヒカリはここまでのファイトを思い返す、思えばこのデッキを使うのは約2年振りのことだった。

 

(…また…一緒に戦ってくれてありがとう…そして)

 

「…ごめん…ここまでみたい…ノーガード…」

 

「…ああ…ドライブチェック…サイキックバード、クリティカル…効果は全てペンタゴナルに…もう1枚はロゼンジ・メイガス…ヒールトリガー…回復はしない…パワーはVだ」

 

その攻撃のクリティカルは3…すでにダメージが5点であり、山札のヒールトリガーは残り1枚であるヒカリにはもうこの状況を覆す術がなかった。

 

「ダメージチェック…」

 

「…一言いいか」

 

「…何?6点目のダメージがどのユニットか…とかかな?」

 

「いや…戦えて良かった、非礼を詫びたいと思う…お前たちは強い……」

 

「…そう……でも、ダメージはファントム・ブラスター・ドラゴン…私の負けだよ…」

 

ヒカリが自身の負けを認める。

 

このファイトはラシンの勝利という形で締め括られるのだった。

 

「…また会おう」

 

ラシンが告げる。その表情は清々しかった。

 

「その時は私が勝つよ…絶対に」

 

ヒカリが言い返す。

 

その目には強い意志が感じられた。

「…ふっ…そうだな…VFGPだ…」

 

「……VFGP…?」

 

それはチアキ達と共に出場する秋の大会…。

 

「そこに俺は出場する…大将でな」

 

「だったら私たちのチームの大将もヒカリさんよ」

 

「天乃原さん!?」

 

明らかに今考えたばかりのようなチアキの発言にヒカリは驚く。

 

「いいの…?」

 

「うちのジュリアン以外に反対する人間なんかいないと思うわ」

 

ヒカリとチアキのやり取りを聞きながら、ラシンは自分のデッキをケースにしまう。

 

「…ふっ…願わくば…その決勝で再び会おう…」

 

「……そうだね、そこで…もう一度戦おう」

 

ラシンはヒカリ達に背を向け歩き出す。

 

いつのまにか一緒にいた金髪の女性もいなくなっていた。

 

 

チアキが呟く。

 

「一体何だったのかしら…ファイトの序盤と終盤でキャラが変わったわよね…」

 

「うん…本当にね…まあ私も途中からメッキが剥がれちゃったんだけど…ね」

 

チアキはスタンディングテーブルの下であるものを見つける。

 

「あ、あいつなんか落としてったわよ」

 

「?」

 

それは普通のメモ帳だった。

 

 

「これ…メモ帳?……って!?何よこれ!?」

 

「…どうしたの?」

 

チアキがその中身を読み上げる。

 

「『目標を発見しだい僕と一緒に「そんな弱っちぃデッキ~」の話題から演技を始めるように(イメージはカオスブレイカー)』『補足:ここでアルフレッド・アーリー、ソウルセイバー・ドラゴンの悪口を言え』『とにかく煽れ、頑張れ、困ったら舌打ちをするか、(笑)をつけろ、それでだいぶ相手を煽ることができるだろう』『これで彼女もお前と戦いたくなるだろう』……え…つまり最初のあのやたら煽ってくるキャラは演技だったってこと…かしら??……」

 

「じゃあ…あの時の言葉も…全部…本心じゃ無かったの??」

 

その言葉を聞いて、ヒカリは疲れたように呟く。

 

 

「何それ……訳わかんな……い」

 

 

 

体の力が抜けたヒカリがゆっくりと崩れ落ちる。

 

「ヒカリさん!?」

 

「任せて!」

 

 

チアキよりも先にヒカリを受け止めたのは、チアキよりも離れた位置にいた春風さんだった。

 

「ヒカリさんは!?」

 

「問題ありませんよ」

 

春風さんはすーすーと寝息をたてるヒカリを見つめて言う。

 

「朝の5時近くに起きてそれから今までずっとファイトしてたみたいなものでしたからね…」

 

「え…?そんな朝から?ファイト?」

 

「…どうせ私のせいですよ!!はぁ…とりあえず私は店のベッドにヒカリ様を寝かせてきます」

 

 

春風さんがゴスロリ姿のヒカリをお嬢様抱っこで運んでいく。

 

え、この店…店内にベッドあるの?ーと思ったチアキだったが口には出さなかった。

 

「しかし一体本当にあいつはなんだったのかしら…」

 

「あれ…?」

 

 

そんなチアキの耳に入ってきたのは先程までここにいなかった人間の声だった。

 

「あれ!?ジュリアンがいない!?ヒカリ向こうで寝てる!?一体どうなっているんだ?リーダー」

 

 

「青葉君…えっと…遅かったわね…って…え?ジュリアン?」

 

 

チアキはそこで先程までここにいた人間がいなくなっていることに気がついたのだった。

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

「…はぁ……」

 

「いや…序盤は“僕のシナリオ”通りのいい煽りっぷりだったよ…さすが最高の僕の、弟だ」

 

「そこで切るなよ…」

 

3人の人間が道を歩いていた。

 

「しかし…やはり彼女はあの時倒し損ねた“二人”の内の一人のようだね…顔は覚えていたけど…別人の可能性もあったからね」

 

「というか、シン兄ーコハク兄ー深見ヒカリさんってあれだよね、二人の中学で伝説になってるあの人だよね」

 

「…まさか、校長の言ってた一人で学校の全ての不良と腐敗した教師を更正させたっていう?…あれはどうせ校長の作り話だろ」

 

「…でラシン、ファイトはどうだった?」

 

「…あの人がPBOのスキルを使わなかったら…俺は負けていた…ガードに必要なユニットが少なくなって…きっとクォーレでインターセプトしたことだろう」

 

「そして、お前はアタッカーを失った上に彼女は完全ガード用のグレード3を確保…シールド値も5000の余裕ができて最後の攻撃も防げたと」

 

「兄さんの洞察力は怖いな…ああ、そして俺が守れない次のターン…そのドライブチェックでクリティカルトリガーが出て、俺はヒールできずに敗北する…そこまで考えられた。」

 

一人はつい数分前までヒカリとファイトしていた神沢ラシン。

 

「まぁ…でも、コハク兄も相変わらずえぐいよねぇ…シン兄にアルフレッドをディスらせるなんてさ…シン兄今でも騎士王 アルフレッドでたまに大会でてるくらいなんだよー?」

 

もう一人はカードショップアスタリアでラシンと共にいた金髪の女性だった。

 

「すまなかった…アルフレッド…」

 

ラシンがさっきまで使っていたのとは違うデッキを出して大切そうに撫でていた。

 

「まぁまぁ…ああいう出会い方をしたら最初から“本気”のファイトが出来ると考えたんだよ…悪かったねラシン」

 

「でもアルフレッド達の悪口言わせる必要は無いよねぇ」

 

「まぁそこはね、ラシンがどんな顔するか見たくてね(笑)」

 

そう呟く3人目の人物は、ショップでラシンに罵られていた童顔で女顔の少年だった。

 

「……なるほど…全員グルだったんすね」

 

「…君は…」

 

「…さっきファイトを見ていた奴か…」

 

 

3人の前に立ちはだかるのは舞原ジュリアンだった。

 

 

「色々聞きたいことはあるっすけど…まずは!」

 

 

ラシンが金髪の女性の方を指差す。

 

 

そして自信満々に言い放つ。

 

 

「もしや君が“スクルド”なのでは!?」

 

 

女性はひらひらと手を振り答えた。

 

 

「…やだな…“私の方じゃない”よ…」

 

 

「え…?」

 

 

ラシンが一歩前に出る。

 

 

 

「…俺が“スクルド”だ」

 

 

 

「…いやいやいや」

 

 

 

 

その言葉をジュリアンは笑い飛ばす。

 

 

 

「いやいや…“ノルン”は全員女性だって話っすし、ましてや“スクルド”は金髪で幼女っすよ?さすがに成長して男になったとか止めて欲しい…」

 

 

 

 

もう一人の少年が真剣な表情でジュリアンに話しかける。

 

 

「…僕らの親はね…よく女顔の僕らに女物の服を着せて来たんだよ」

 

 

「え…」

 

 

「女の子は一人の家なのに私の着てる服は兄達のお下がりなんだよね」

 

 

「ええと…え?…いやいや」

 

 

ラシンが強く断言する。

 

 

「とにかく…俺がスクルドだ…聞きたいことはそれだけか?」

 

「…スクルドは変態女装男…ってことっすか」

 

「その流れだと僕も変態女装男ってことかな、ふふっゾクゾクするね」

 

「…兄さんは黙っててくれ」

 

「…」

 

コハクだけでなくジュリアンも黙り込む…何かを考えているようだ。

 

 

 

「だったら…実際に僕とファイトしてもらうっす!…そしてスクルドだって言うなら、その力ごとぶっ倒してやるっすよ!!」

 

「……折角、気分よく家に帰れると思ったんだがな」

 

 

ジュリアンは折り畳み式のファイトテーブルを取り出す。

 

 

 

「僕は舞原ジュリアン!最強を目指すカードファイターっす!」

 

「…俺は神沢ラシン……そうだな、敢えてお前に合わせて名乗るのなら“最強であることを証明したいファイター”だ…」

 

「あ、私、神沢マリ、ちょっと大人っぼいってよく言われる小学6年生だよ」

 

「僕は神沢コハク…見た目と中身のギャップがすごいってよく言われる中学3年だよ」

 

ファイトテーブルの周りの二人も流れで名乗った。

 

 

二人はデッキをシャッフルし並べる。

 

 

「…お前が無理矢理挑んできたんだ…俺が先行を貰うぞ」

 

「…別にいいっすよ…」

 

 

ラシンのデッキを見たマリが呟く。

 

それは騎士王 アルフレッドのデッキでも、メイガスのデッキでも無かった。

 

「そのデッキで先行…シン兄“あれ”をやるんだね」

 

「…ああ、“運が良ければ”な」

 

マリガンまでを終え…二人はFVに手を添える。

 

 

 

 

「スタンドアップ!ヴァンガード!!」

 

「スタンドアップ!my!ヴァンガード!!」

 

 

 

 

 

「そのユニット…」

 

 

 

 

 

レッドパルス・ドラコキッドにライドしたジュリアンが見たのは“幼き黒龍 ヴォーティマー”…

 

 

 

 

それはゴールドパラディンのユニットだった。

 

 

ラシンが言い放つ。

 

 

「お前には悪いが…速攻…決めさせてもらう!」

 

 

 

 



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019 少女にとっての奈落

言葉では表現しきれない…光溢れる…だけれどもどこか暗さを感じる世界。

 

 

「ここは…」

 

ヒカリは直感的に気付く。

 

 

「私の…夢の中だ…」

 

 

ヒカリはしばらく歩き続けた。

 

 

(どこまでも広くて…どこまでも狭い)

 

 

その空間には何も存在しておらず、ヒカリは自分がどれだけ歩いたのか分からなかった。

 

 

 

「…あれ…私…」

 

 

 

そこでヒカリはあることに気がついた。

 

 

「服が変わってる…夢だから?」

 

 

ヒカリの服はヒカリが眠りにつく前まで着ていたゴスロリではなく、ここ最近着用していた黒のノースリーブ等に変わっていた。

 

 

「どこまで続いてるんだろ…」

 

 

ヒカリは再び歩き出す。しばらく進むと遠くの方に黒い影が見えた。

 

 

「あ……!」

 

 

 

その影が体育座りをしているのが見えた。

 

 

 

「…私だ……」

 

 

 

 

それは…いつか夢で見たゴスロリの少女…深見ヒカリ自身だった。

 

 

 

 

『…ヒカリ…ここはお前にとっての“奈落”だ』

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

空は黒い雲に覆われていた。

 

 

 

 

「…連携ライド…黒竜の騎士 ヴォーティマー!(9000→10000)スキル発動…フォーチューン・ベルを退却…スペリオルコール!!ルーンバウ(4000)!…黄金の力守りし竜よ、今こそ蘇り我が前に現れ出でよ!!断罪竜 クロムジェイラー・ドラゴン!!(10000)」

 

 

ジュリアンがライドするグレード1のワイバーンガード・バリィ(6000)の前にグレード3のクロムジェイラーが姿を見せる。

 

「……」

 

グレード2…黒龍の騎士 ヴォーティマーの連携ライドスキルによってラシンは場を展開していた。

 

 

「さらにブラックメイン・ウィッチ(6000)をコール」

 

 

ジュリアンの手札にはグレード1とグレード0が無かった…つまり今のままではアタックをガードできない。

 

「このターンで負けることはないっすけどね…」

 

ジュリアンは自嘲気味に呟く。

 

「行くぞ…ブラックメイン・ウィッチでアタック!(6000)」

 

「ノーガード…ダメージチェック…バイレンスホーン・ドラゴン…トリガー無しっす」

 

(もう相手には僕の山札は見抜かれてるんすかね…次のダメージも…全部…)

 

ジュリアンはラシンの迷いの無いアタックを受けてそう感じた。

 

「黒竜の騎士 ヴォーティマーでアタック!(10000)」

 

「ノーガード…っす」

 

「ドライブ…“フレイム・オブ・ビクトリー”…クリティカルだ…効果は全てリアガードの断罪竜 クロムジェイラー・ドラゴンに………」

 

「…ダメージチェック…ドラゴニック・オーバーロードっす…」

 

 

「ルーンバウのブースト…断罪竜 クロムジェイラー・ドラゴンの…ゴッドスラッシュだ…(19000 クリティカル2)」

 

「ノーガードっ!!ダメージは…1枚目…リザードソルジャー ゴラハ…クリティカルトリガーっす、効果はVへ…二枚目は…リザードソルジャー コンロー…トリガー無しっす…」

 

ラシンのダメージが1点…それに対しジュリアンにはすでに4点ものダメージが与えられていた。

 

 

 

「ターンエンドだ…俺をこの力ごとぶっ倒す…そう言ってたな?」

 

 

「…そうっすよ、笑うっすか?」

 

 

「まさか…ただ“力”というがお前はこの俺の力をどういう物だと考えている?」

 

 

突然の質問だったがそれはジュリアンが先程まで考えていたことだった。

 

 

 

「…それは…透視能力みたいな…?」

 

 

「違うな…普通に透視なら俺はお前の手札さえも見えているだろう…それに…間違えることも無い」

 

ジュリアンはラシンとヒカリのファイトで起きたことを思い出す。

 

 

「じゃあ…というか…何が言いたいんすか?」

 

 

少しの間、ラシンが悩むような表情を見せる。

 

 

「見えるというかな…“聞こえる”んだ…」

 

 

 

「…?」

 

 

「ユニット達が一人一人、自分がどこにいるのか教えてくれる…オラクルのデッキじゃ半分くらいの声しか聞こえないが、ゴールドパラディンの…自分のデッキならその全ての声を聞くことができる」

 

 

「まさか…そんな非科学的な…」

 

そう呟くジュリアン。

 

「“力”なんて言ってる時点で完全にオカルトな話じゃないかな?」

「それは…」

 

ジュリアンはコハクの言葉に何も言えなくなった。

 

 

「そして…俺は対戦相手のデッキの声も聞くことができる」

 

「ラシンの“力”の正体はファイターとユニット達との“つながり”の深さを見ることができる…という物なんだよね」

 

「まぁ普段はファイトに利用させてもらってるがな」

 

「……“つながり”」

 

 

ラシンはヒカリとのファイトを思い出すように言う。

 

「あの深見ヒカリって人はすごかった…俺の力でもデッキトップの1、2枚程度しか“聞く”ことは出来なかった上に一度完全に嘘の情報を掴まされた…」

 

 

「ラシンが立ち入れない位にその“つながり”が強かった…愛が深かったってことだね」

 

 

「…それで…何なんすか…」

 

 

ジュリアンが苛立つ。

 

 

「何が言いたいんすか!」

 

 

ラシンはゆっくりと口を開く。

 

「………お前のデッキは…その声が全て聞こえる……そんなお前が…俺を倒す?…………自分のデッキとその程度の“つながり”しか持てない奴に俺は負けることはない!…そういうことだ!!」

 

 

「そんな…理屈がっ!」

 

 

ジュリアンはユニットをスタンドさせカードを引く。

 

 

「通ってたまるかぁぁっ!!」

 

 

そして、脳裏に浮かんだ“黒輪を背負う剣士”の姿を吹き飛ばすように叫ぶ。

 

「ライド!!バーニングホーン・ドラゴン!!(9000)」

 

続けて叫ぶ。叫び続ける。

 

「コールっ!!ドラゴンダンサーアラベラ!!(9000)スキルを発動!CB1でバーニングホーンにパワー+5000っす!!」

 

「バーニングホーン・ドラゴンでペリノアにアタックっ!!!(14000)」

 

 

「ノーガードだ」

 

 

「ドライブチェックっす!!…リザードソルジャー ゴラハ!!ゲット!クリティカルトリガーっす!クリティカルはVに!パワーはアラベラっす!」

 

「…ダメージチェック…1枚目は光輪の盾 マルク…もう1枚は…月影の白兎 ペリノアだ」

 

 

 

(トリガーは出なかった…どうする…このままVに…いや、4点にして、次のターンでリミットブレイクを出されたら…耐えきれない……)

 

 

 

「…ここは!レッドパルスのブースト!アラベラでリアガードのクロムジェイラーにアタックっす!!」

 

ラシンがクロムジェイラー・ドラゴンを退却させ、ターンが終了する。

 

ジュリアンのダメージは4…ラシンは3点であった。

 

 

「残念だが…ファイナルターン…だ」

 

「…っ!!」

 

 

「スタンドとドロー…伝説の竜よ!出でて古の力を奮え!!ライド!スペクトラル・デューク・ドラゴン!!(10000→11000)」

 

 

(…スペクトラル・デュークっすか…でもリミットブレイクはまだ発動しな…)

 

 

「ブラックメイン・ウィッチの後ろにマスター・オブ・ペイン(8000)をコール…スキル発動…CB1で山札の上の1枚をダメージゾーンに置く」

 

ラシンのダメージゾーンに軍旗の騎士 ロディーヌが置かれる。

 

「…これで4点っすか…」

 

「エンドフェイズ開始時にダメージゾーンのカードを1枚山札に戻すことになった…そしてブラックメインウィッチと位置を交代する……さらにスペクトラル・デュークの後ろにフレイム・オブ・ビクトリー(4000)をコール」

(…本当にこのターンで…決める気なんすね…)

 

 

「闇ではなく…悪を切り裂く漆黒の竜!コール!断罪竜 クロムジェイラー・ドラゴン!!(10000)」

 

 

ゴールドパラディンに属する2体のアビスドラゴンが肩を並べる。

 

 

「クロムジェイラーでリアガードのアラベラにアタック!(10000)」

 

「ノーガード…退却っす…」

 

「ブラックメイン・ウィッチのブースト…マスター・オブ・ペインがアタック!(14000)」

 

「ノーガード…ダメージはエターナルブリンガー・ドラゴン…トリガー無しっすね…」

 

 

ついにジュリアンに5点目のダメージが入る。

 

これで完全に後が無くなってしまった。

 

 

「フレイム・オブ・ビクトリーのブースト…スペクトラル・デューク・ドラゴン…アタック!!(15000)」

 

 

「リザードソルジャー ゴラハとエターナルブリンガー・ドラゴンで2枚貫通ガード!」

 

 

「…ツインドライブ…フォーチューン・ベル…ゲット!スタンドトリガーだ…クロムジェイラーは再び立ち上がる…スペクトラル・デュークにパワー+5000」

 

 

(…このままじゃ……)

 

「…もう1枚は…光輪の盾 マルク…トリガー無しだ」

 

(………)

 

「スペクトラル・デュークのリミットブレイク…CB2…ブラックメイン・ウィッチ…マスター・オブ・ペイン…フレイム・オブ・ビクトリー…黄金の竜にその身を捧げろ!!」

 

ラシンが宣言した3体のユニットを退却させる。

 

 

 

「もう一度あの空へ…ゴルド・チャージング・フェザー!!」

 

 

 

ラシンのスペクトラル・デューク・ドラゴンがツインドライブを捨てた状態でスタンドする。

 

「こんな…」

 

「ルーンバウのブースト…断罪竜 クロムジェイラー・ドラゴンがアタック!!(14000)」

 

「…バーニングホーン・ドラゴン、ドラゴンダンサー アラベラでガード!!」

 

(わざわざリアから攻撃してきた…ってことは…)

 

ジュリアンは手札の2枚の“オーバーロード”を強く握る。

「スペクトラル・デューク・ドラゴン…アタックだ!(16000)」

 

 

「…ノーガードっす」

 

 

「ドライブチェック…ルーンバウ…ゲット!スタンドトリガー…効果は全てクロムジェイラー…再び立ち上がれ…断罪の竜!」

 

 

これでジュリアンに6点目のダメージが与えられる。

 

 

 

「…ダメージチェック…これは…」

 

 

 

 

「…ここで出てきてくれるくらいには信頼されてんだろうさ……丸見えだったが」

 

 

山札から表れたのはドラゴンダンサー テレーズ…ヒールトリガーだった。

 

ヒールトリガーによってダメージゾーンのドラゴニック・オーバーロードがその場を離れる。

 

 

 

「…信頼……」

 

 

 

「だが…これで終わりだ!断罪竜 クロムジェイラー・ドラゴン……これが終末を呼ぶ鎖…アビサル・クロムジェイル!!(15000)」

 

 

クロムジェイラーの攻撃はバーニングホーンの息の音を確実に止めに来ていた。

なすすべもなくダメージを受けるジュリアン。

 

 

 

「ノーガード…ダメージチェック……」

 

 

ジュリアンのダメージゾーンにドラゴニック・オーバーロード“The Яe-birth”が落ちる。

 

 

 

「…今度こそ…僕の負け……っすね」

 

 

 

結局…ジュリアンはグレード3になる前に敗北してしまった。

 

うなだれるジュリアン、その声には覇気が無かった。

 

 

 

「……一回負けた位であきらめるのか」

 

「…うるさい…ただ少し…考えなきゃならないことができたのかも…しれないっすね」

 

 

「……だが…お前が考えている間に俺は最強のファイターだと証明し終えてしまうだろう」

 

 

「その時はあんたを倒せばすむ話っす…楽勝っすよ」

 

 

「……なら…俺は…その王座で待つとしよう」

 

 

「せいぜい僕以外の人間に負けないことっすね」

 

 

「……ああ」

 

 

ラシン達三人がその場を後にする。

 

 

ジュリアンはその後ろ姿をただ見つめるばかりであった。

 

 

ジュリアンがカードをケースにしまう。

 

ちょうどぽつぽつと雨が降り始めた。

 

 

 

「僕は…強く……でも…」

 

少しずつ激しくなる雨の中、デッキを守るように近くの木の下でうずくまるジュリアンが呟く。

 

 

「……ユニット…好きなユニットか…」

 

 

ジュリアンはどうしても自身の好きな“そのユニット”で勝利を掴むイメージができなかった。

 

 

 

「………」

 

 

 

黒輪の騎士…彼はまだストレージボックスの中で眠っている。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

どこまでも広がる幻想的な空間。

 

その中央でヒカリと漆黒の少女は背中合わせに座っている。

 

「……久し振りだね」

 

 

『…………』

 

 

ヒカリが少女に話しかける。

 

「えっと…あなたはいつからここに居るのかな?やっぱり2年前くらい?」

 

『…………』

 

背中合わせに座っているためヒカリから少女の表情は窺えなかった。

 

 

「あなたってすごいよね…ヴァンガードも強かったし、学校でいくら罵られても平然と言い返したり…」

 

『…………』

 

 

その少女は2年前のヒカリと同じ見た目をしていた。

 

 

 

学校に嫌気が差し、ヴァンガードにのめり込んでいた頃の姿。

 

 

 

ヒカリは2年前のことを思い出す。

 

 

 

 

入学初日、ここはどこの世紀末だと言いたくなるような廊下。

 

 

数分に一回は誰かが殴られている教室。

 

 

授業にならない…以前に授業をしてくれる先生が校長ただ一人という現実。

 

 

いつの間にか仲間の輪からだけでなく実際にいなかったことにされている女子。

 

 

横行するいじめ…しかもそのほとんどに誰かしら先生が加わっていた。

 

 

 

 

ときにヒカリ自身が心ない言葉を浴びせられることもあった。

 

 

 

ときにいじめから救った人間によって騙されることもあった。

 

 

 

「人間の根本は善人だ…何て信じてたんだけどね」

 

 

『…………』

 

 

「お父さんもお母さんもいなかったから何かあっても変な心配させることは無かったとは言え…同級生や上級生…果てに先生…あの人達と“戦い”続けたあなたは…強いよ」

 

『…………』

 

「でも…そうだよね」

 

 

 

ヒカリが後ろから少女を抱き締める。

 

 

その少女はずっと泣いていた。

 

この場所で。

 

独りで。

 

 

「あなたも…私なんだもん…辛くないなんて…そんな訳ないよね…」

 

 

 

『……』

 

 

 

「私はあなたという影に隠れて過ごしていた……あそこで罵られているのは私じゃないんだって…そう自分に言い聞かせていた」

 

 

 

『…………』

 

 

 

そうしてヒカリは学校の中でヴァンガードをしているときと同じように少し“違う”人間を演じるようになっていった。

 

 

「ヴァンガードを始めてから……“あなた”って人間を演じて…学校でも隠れ蓑にして……あげくの果てにこんなの私じゃないって言って、あなたをここに閉じ込めた」

 

 

 

「私の姿をした“私”を…認められなかった」

 

 

 

『……』

 

「ずっと…勝手に頼ってたのに」

 

『……』

 

 

「ごめんなさい…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……許す』

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

少女はこちらを向く…もちろんヒカリは彼女を抱き締めたままだが。

 

 

その少女は赤く腫れた目をしていたが、笑顔だった。

 

 

 

 

 

『ここに来たということは、お前はもう大丈夫だ…そうだろう?』

 

 

 

 

「大丈夫…って?」

 

 

『お前と共にいてくれる仲間…戦ってくれる仲間がいる……違うか?』

 

 

「あ……」

 

 

思い浮かぶのは、変態ジャスティスの時…ヒカリの暴走に付き合ってくれた二人…一人は昔馴染み…でももう一人はまだ会って一月もたっていない人…なのに助けてくれた。

 

 

 

そしてあの朝…そんな“今”に導いてくれた銀髪で碧色の瞳の彼。

 

 

 

 

『人は良くも悪くも常に変わり続ける…それを成長という……お前にはもう私は必要ない……私がここでお前の“痛み”を背負う必要は無くなったんだな…』

 

 

そう言って少女はヒカリの腕を振りほどくと立ち上がった。

 

 

 

「痛み……」

 

『色んな意味でだ…重いし、痛いし、辛いし、恥ずかしいし、泣きたくなるし…泣いたし……でも、ある程度は一緒に背負ってくれる仲間がいるだろう?』

 

 

「う……うん…」

 

 

 

少女は少しずつヒカリから離れていく。

 

 

 

 

『私はもう行くよ…………ヒカリ』

 

「え……どこに…?」

 

 

『“私”はいわゆる“私の恥ずかしい青春”なんだ…どのみちいつかお前は私を忘れる…』

 

 

 

ヒカリは思わず少女の手をとる。

 

 

「…忘れないよ…私は…“私”を」

 

 

『それじゃあお前はずっと“痛い”人のままだ』

 

 

「そうもならない!!…仲間がいるから……だから大丈夫だよ」

 

 

 

『そうか…そうだったな……なら…』

 

 

 

少女はヒカリの手を両手で包む。

 

 

 

 

『たまにはゴスロリでも着て、私を思い出してくれ』

 

「……うん」

 

 

少女が優しく笑う。

 

 

 

少女の体の色が薄くなる。

 

 

 

 

『時間だ…私は円環の理に導かれ……』

 

 

「いや、目が覚めるだけだから」

 

 

 

少女の姿はほとんど見えなくなっていった。

 

 

 

『こんな風なボケツッコミを一人でやるんだ…』

 

 

「そんなことしたら完全に“痛い”娘だよ!さっきまでとは別の意味で!!」

 

ヒカリは叫ぶ。

 

『……礼を言うよ…私もこんな風に誰かと不毛な掛け合い…したかったんだ…“私”はずっと一人だったから…』

 

その空間には……もう少女はいなかった。

 

 

「………今までありがとう」

 

 

 

『…どういたしまして』

 

 

 

姿は消えてもその声は微かに聞こえた。

 

ヒカリはこの夢が終わっていくのを感じる。

 

 

 

 

 

 

 

「『…またね』」

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてヒカリは…

 

 

 

いや

 

 

 

 

“私”は目を覚ました。

 

 

 

 

 

 

 

「ヒカリさん!」

 

「ヒカリ!」

 

「ヒカリ様!」

 

「「「ヒカリ様!!」」」

 

 

なんだこれは…私、もしかして何十年も寝てたとか?

 

 

「えーっと…おはようございます?」

 

「「「おはようございます!」」」

 

「……何言ってんだ……ヒカリ」

 

 

私の頭が少しずつはっきりしてくる。

 

 

そうか、疲れてその場で寝ちゃったんだっけ。

 

 

「春風さん…運んでくれてありがとう」

 

「あれ?何で私って分かったんですか?」

 

 

だって覚えてるから…

 

「私が寝ちゃう瞬間…春風さんがこっちに来るのが見えたから…ね」

 

 

私は店の柱時計を見る。

 

もうおやつの時間と言っても差し支え無かった。

 

 

やけにお腹が空いたなぁなんて思ったけど、やっぱり結構な時間を私は寝て過ごしていたらしい。

 

 

「みんなはご飯食べた?」

 

 

「ヒカリさんを置いて食べに行く訳無いじゃない」

 

 

「今日はリーダーの奢りだしな」

 

 

「へぇ…じゃあ私もお金出すよ…みんなを空腹にさせちゃったのは私が原因みたいだから」

 

 

「「「むしろ我々はヒカリ様の寝顔でお腹一杯ですが何か!?」」」

 

 

春風さんが親衛隊をまとめあげる。

 

「……あなたたちは黙ってなさい…、そうだお昼ご飯なら私が作りましょうか?」

 

 

「いや……それは嬉しいんですけども…ねぇ」

 

 

「さすがに悪いというか……」

 

 

天乃原さんと青葉クンが申し訳なさそうに言う。

 

 

「今日は私と天乃原さんでみんなに奢る日だから……その案は却下です……ってあれ?舞原クンは?」

 

 

私は周りを見渡すが、あの特徴的な銀髪は見当たらなかった…どうしたんだろ…?

 

 

「それがさっきから探してるんだけど見つからないのよ…」

 

「……どこいったんだろうな…」

 

 

 

 

「誰の話をしてるんすか?」

 

「それは…あのジュリアンよ……って…え!!」

 

 

そこにいたのは舞原ジュリアンその人だった。

 

 

……少し髪や服が濡れてるのが気になるけど…でも見つかって良かった。

 

「どうやら心配かけてしまったみたいっすね」

 

ともかく、これで全員揃った…なら、することはただ一つ。

 

「じゃあ……ご飯食べに行こう!」

 

「おー!」

 

「出発だな!」

 

 

舞原クンは私のことを不思議そうに見つめてくる。

 

 

「……何かヒカリさん…変わったっすか?」

 

 

「それは私も思ったわ」

 

「いい夢でも見たのか?」

 

 

本当…青葉クンはいつもいい勘をしている。

 

私は少女のことを思い浮かべた。

 

「……うん…そんな感じだよ」

 

「…そっか」

 

 

 

店を出て、私達は歩き出す。

 

少し前まで雨が降っていたようで、道のあちこちに水溜まりができている。

 

 

しばらく歩いていると、舞原クンが私に聞きたいことがあると言ってきた。

 

どこかその表情には鬼気迫るものがある。

 

「…あの……ヒカリさんにとってヴァンガードって…どんな存在っすか…」

 

「それは…」

 

それはまた難しそうな質問を……“私の先導者”じゃそのまんまだし…少し違うかな……あ…そうだ。

 

 

「……“私の恥ずかしい青春”…かな」

 

 

それはあの少女からの受け売りだった。

 

それを聞いた舞原クンは楽しそうに笑う。

 

「真面目に聞いた僕が馬鹿みたいじゃないっすか…でも…“私の恥ずかしい青春”っすか…そうかもしれないっすね…」

 

「でもそれはここまで……私は“恥ずかしい青春”を

誰かに自慢できる“誇り高き人生”にして見せる……このモルドレッドに誓って…ね」

ちょっと…いや……かなり言い過ぎたかもしれない。

 

でも、私はシャドウパラディンや今ここにいるみんなと会えたことを“恥ずかしい”なんて言いたくないんだ。

 

「…それはまたすごい……ヴァンガードを“誇り高き人生”に…っすか」

 

 

舞原クンがどこか遠くを見つめる。

 

彼が何を考えているのかは分からないけど…少しでもその助けになれたのなら私も嬉しい。

 

 

「……ところでヒカリさん…その格好でこの後大丈夫なの?」

 

 

天乃原さんが心配そうに聞いてくる。

 

私は変わらずゴスロリを着ていた。

 

確かにこの格好は電車とかだと…かなり目立つ。

 

「……目立っちゃうけど…みんなが一緒なら…平気だよ」

 

 

私が笑いかける。

 

「そうね♪」

 

「そうだな」

 

「…そうっすね」

 

 

 

…それにさっきから私の親衛隊が通行人を装ってうろついてる……不審者として捕まらなければいいのだけれど…

 

 

 

「……でも、心配してくれてありがとうございます」

 

 

「え?」

 

「ううん…何でもない……行こう!」

 

 

私は歩き出した。

 

 

 

 

そして空を見上げる。

 

 

 

 

 

 

『…頑張れよ…ヒカリ』

 

 

どこかから“私”の声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 



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第2章 光消えた世界
020 “今”はここにある


……太陽がとても元気なようで…何よりです。

 

「あー…うー…ん……」

 

私、深見ヒカリは生徒会室であまりの暑さに…とろけていた。

 

もう7月だから仕方ないのかもしれない…そう…仕方ない…

 

「ヒカリさん…!しっかり…」

 

 

ああ…天乃原さんの声がだんだん遠く……

 

 

私が久しぶりにゴスロリを纏ったあの日から、数週間の時が経っていた。

ちなみにあの後、私達はエムドナルドバーガーに行った。

 

天乃原さんの強い押しによって決まったんだけど、まぁ…ファストフード店は安くていいよね…。

 

 

そんな時…ふと私の第6感が雄叫びをあげた。

 

「……!!アイスが来る!!」

 

 

「え?」

 

突然の私の叫びにぽかんとする天乃原さん。

 

ちなみに青葉クンも隣にいるのだが、とっくの昔に動かなくなっている。

 

その時部室…いや、生徒会室の扉が勢いよく開けられた。

 

扉の奥に現れた人物の銀髪がまるで風鈴のように私達に納涼感をもたらす。

 

 

「アイス買ってきたっすよ!!」

 

「よくやった!」

 

「ありがと…舞原クン」

 

「あ…あー…アイス…!!」

 

舞原ジュリアンがコンビニのビニール袋を持って立っていた。

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

「……生き返る…」

 

「おいしい」

 

「うまい」

 

「……ふぅ…やっと一息っす」

 

 

アイスのおかげで元気を取り戻すことができた…

 

私は部屋の中を見回す。

 

今ここには四人の人間がいた。

 

私達は天台坂高校ヴァンガードファイト部…もといチームシックザール。

 

いつも放課後は勝手に生徒会室を部室に使って活動している。

 

まず私の隣にいる、シャーベットの空のカッブを首筋に当てて涼んでいるのが“青葉ユウト”クン…私と同じ高校一年生で、私がヴァンガードを始める…ううん、再開するきっかけになってくれた昔馴染み。

 

今の使用クランはかげろう…ドラゴニック・ウォーターフォウルのデッキを好んで使ってるみたい。

 

…ちなみに身長は170㎝くらいかな…あ…天然パーマです。

 

 

次に“舞原ジュリアン”クン…今はソフトクリームのコーンを食べてる。

 

特徴的な長い銀髪と碧色の瞳の持ち主で一応ハーフなのかな……詳しくはまだ聞けてないんだよね……私が今“ここ”にいるのは彼が連れてきてくれたおかげと言っていいのかも。

 

使用クランは様々…でもたぶんリンクジョーカーが好きなんじゃないかなって思う。

身長は178…180より少し低いイメージ…今まで言う機会が無かったけど高校一年生で私達の同級生だ。

 

 

最後に“天乃原チアキ”さん。この高校の生徒会長で高校三年生…ボトルアイスを食べ終えて、自分のデッキを調整中のようだ。

 

誕生日は5月2日で18歳なんだけどその身長は私の158より小さい149㎝……本人に面と向かっては言えないが、かなり可愛いのではないでしょうか。

 

ポニーテールが特徴……使用クランは……私の知っているところだとロイヤルパラディン……宝石騎士のデッキを使っていて、今調整しているのも宝石騎士のデッキだった。

 

 

ちなみに私は“深見ヒカリ”…普通の高校一年生…たまに発言が痛いことになるかもしれないけど…笑ってスルーしてくれると嬉しいな。

 

今食べてるのはチョコモナカ。

 

大好きなクランはシャドウパラディン。

 

えっと……あ、誕生日が…

 

「…7月11日って確かヒカリの誕生日だよな」

 

元気を取り戻した青葉クンが言う。

 

「そうなの!?」

 

「“竜剣双闘”の発売日じゃないっすか!!」

 

舞原クンが言った“竜剣双闘”とは今度発売するヴァンガードのブースターパックのことだ。

 

本来はもっと早く発売するはずだったんだけど、色々あって今の時期になってしまったらしい。

 

今月の末には二種のエクストラブースター、来月はブースター“煉獄演舞”…さらに次の月には“ネオンメサイア”というブースターが発売…それに伴いトライアルデッキも出るとのことだ。

 

「…でも私“竜剣双闘”はいらないかな」

 

「そうなんすか?」

 

「…むしろ少しでも多くシャドウパラディンのエクストラブースター“宵闇の鎮魂歌”のためにお金をとっておいた方がいい気がする……シングル買いのためにも」

 

風が吹いて、私の黒髪が揺れる。

 

「俺もいらないかな………かげろうの強化は“煉獄演舞”だっけ?」

 

「そうっすね…まぁ“ネオンメサイア”の収録クランはまだ分かって無いっすけど」

 

「あ…私は“ネオネクタール”が気になってるから買うわよ」

 

そうか…天乃原さんはネオネクタールも使うのか…

 

竜剣双闘…か…新システム“双闘”…ねぇ…

 

「…シングセイバー・ドラゴンは一枚欲しいかな…確か奈落竜様の前身だよね」

 

「そうっすね…じゃあ!シングが僕達からの誕生日プレゼントってことで!」

 

「…ありがとう!」

 

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

「……でジュリアンの“ノルン”探しはどうなったんだよ」

 

「あー……ノルン……っすか…」

 

「……ノルン?」

 

私の知らない言葉が飛び出してきた。

 

「……それは……何?」

 

舞原クンが私に顔を向ける。

 

「……二年前、ラグナレクCSって大会に出場していた三人の不思議なファイターのことっすよ…ネットでは三人とも女性だって言われていた……はずなんすけどね…」

 

(全員女装なんて可能性もでてきたんすよね…)

 

「はぁ……」

 

……三人の不思議な女性ファイター…か。

 

一体どんな人達なんだろう。

 

 

「なんか…自分の持ってた手がかりが信用できなくなっちゃったんすよ…」

 

「…そうなのか」

 

ある程度事情を知っているらしい青葉クンが舞原クンの言葉を聞く。

 

(…あのスクルド(自称)…何か“力”が聞いてたのと違う気がするんすよね…噂ではスクルドは相手のトリガーを封じるはず……でもあいつ…“神沢ラシン”の力は互いのデッキの中を見るというものだった…)

 

「ふぅ………どうしたものっすかね」

 

「実際に会ってファイトして確かめる…だろ?」

 

「実際に……会って……っすか」

 

(単純にあいつが嘘をついていたとして…でもそれにしては自分がスクルドって言ったときの断言っぷりは嘘とは……そもそも“女装してた”ってまで言ってたっすから、嘘にしては自分の負うダメージが大きい……)

 

「…………」

 

舞原クンは窓の外を見つめる。その碧色の瞳は遥か遠くに向けられていた。

 

最近の舞原クンはこうして外を見つめていることが多くなっていた。

 

「舞原クン……」

 

「ジュリアン……」

 

「…………よし」

 

すると今までの憂いを払うように舞原クンは立ち上がった。

「みなさんに提案があるっす!!」

 

「……何かしら?」

 

舞原クンが生徒会室のホワイトボードに文字を書き始める。

 

………?

 

変なこと始めようとしてるぞ…この人。

 

「ずばり!今月のテーマは『みんなで不思議な“力”を手に入れよう!!』っす!!」

 

「「「…は?」」」

 

三人の声が重なる。

 

「…で、何をしようっていうのよ?」

 

舞原クンがふっふっふっと笑う。

 

「よく聞いてくれたっすね…この間神沢ラシンがデッキとの“つながり”がどうのこうの言ってたんすよ…」

「……“つながり”…愛情…かしら」

 

舞原クンが自信満々に言う。

 

「そう!僕はずばり!その“つながり”…“愛情”こそが不思議な“力”の源だと考えたんすよ!!」

「……で?」

 

青葉クンが冷たく言う…確かにここまでの説明じゃ、今からやることの説明になってないよね……

 

「そこでさらに僕が考えたことがあるっす……ヒカリさん…ドラグルーラーのライド口上をどうぞ」

 

……口上って

 

「誰よりも世界を愛し者よ、奈落の闇さえ光と変え、今、戦場に舞い戻る!ライド!!撃退者 ドラグルーラー・ファントム!!……これでいいのかな?」

 

「このようにヒカリさんなら速答できるっす」

 

…………

 

何故だろう褒められている気がしない。

 

むしろ馬鹿にされてる気がする…

 

「このライド口上を意識することでデッキとの愛も深まるんじゃないっすか!?」

 

「…って言っても私達…結構普段からライド口上使ってるわよ…?」

 

「足りない…足りないっす……もっと言うっす!」

 

舞原クンのテンションは上がりっぱなし…暑いのに元気だなぁ……

 

「じゃあどうしろってのよ」

 

舞原クンがしばらく考えた後、冷めた口調で言う。

 

「…ぶっちゃっけ…いつもより意識してファイトしましょうねーってことっす……」

「…ああ……何も考えて無かったのね…」

 

 

こうして私達はいつも通りファイトを始める。

 

 

ほとんど日課のように私は天乃原さんの前に座った。

 

 

「……そういえばヒカリさん…青葉君や私とファイトするところはよく見るけど…ジュリアンとはファイトしてるのかしら?」

 

「…実は最初にこの部屋でファイトした時からずっとしてないんですよね…避けられてるのかな…」

 

「…あのジュリアンがねぇ……まぁファイト始めましょうか?」

私は天乃原さんからデッキを受けとり、シャッフルする。

 

ファイトの準備が整った。私は手札に来てくれたカード達に感謝するとあの言葉を叫ぶ。

 

「スタンドアップ!ヴァンガード!!」

 

「スタンドアップ・the・ヴァンガード!」

私達の隣ではすでに舞原クン達がファイトを始めていた。

 

「落ちよ雷鳴!輝け閃光!全てを破壊し、蹂躙する邪悪なる雷!!クロスブレイクライド!!抹消者 ボーイングセイバードラゴン“Я”!!」

 

「……暑いのにテンション高いわね…」

 

「……ですね」

 

でもそこが…舞原クンのすごいところなのかもしれない、いつだって全力で生きてるって感じがする。

 

二年前…ラグナレクCSでも、あんな風にキラキラ輝いたファイターがいた気がする。

 

こうしてファイトを続けていればいつかその人達ともまた会える機会が来るだろう。

 

……まぁ……恥ずかしながら……顔は覚えてないんだけど…ね。

 

…モーションフィギュアシステム試作機の方に気をとられてたからなぁ……ユニットの顔しか覚えてないなんて………ファイターとして問題……だね。

 

 

「ヒカリさん…?」

 

「あ……ごめんなさい…ターンエンド」

 

「行くわよ!スタンド…ドロー!!そしてライド!仲間を導く宝石の輝き…満ちよ! 芽生えの宝石騎士(スプラウト・ジュエルナイト) カミーユ!!」

翠の輝きを持った騎士…その翠と同じ色をどこかで見た気がする……

 

「リミットブレイク!!私の元に集え!勇気を持つ者よ……立ち上がれ…私の分身!敢然の宝石騎士(フィアレス・ジュエルナイト) ジュリア!!」

 

翠色……翠色……翠色……

 

そうだ……ラグナレクCSの時……あそこにいた三人組の…金髪のロリータファッションの女の子…

 

「ヘロイーズのブースト!カミーユでヴァンガードのモルドレッドにアタック!!」

 

「……ノーガード」

 

私がファイトしてない女の子…そうだ…あの金髪の女の子のファイト中…

 

「ドライブチェック……2枚ともカミーユね…」

 

「えっとダメージは…タルトゥ…トリガー無しです」

 

 

神沢ラシンの瞳が“黄金”に輝いたように…あの金髪の女の子の瞳も“翠色”に輝いていた…!!

 

 

「もしかして…」

 

「どうしたの?ヒカリさん」

「ううん…何でもない」

 

もしかして…彼女が舞原クンの言ってたファイター…なのかな……

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

結局、私は舞原クンに金髪の女の子のことについては話さずに学校を後にした。

 

別に理由は無いのだけれど…タイミングを逃してしまった…といったところ。

 

「つながり…愛情…力……か」

 

不思議な力……そんな素敵な物が手に入ったら、もっと楽しいファイトができるのだろうか。

 

それとも……。

 

私は夕日に照らされた道を一人で歩く。

 

ショッピングモールで夕飯の買い物をして、帰りは喫茶ふろんてぃあにでもよって誕生日の“イチゴクリティカル”を予約しておくとしよう。

 

そんなことを考えていた。

 

「……もしかしてヒカリちゃん?」

 

「え…?」

 

ふいに声をかけられて驚いた私は振り向いてもっと驚くこととなった。

 

「あ…青葉お姉さん!!?」

 

「お久だね♪ヒカリちゃん!可愛さ増したね!」

 

そこにいたのは青葉クンのお姉さんだった。

 

「仕事帰り…?ずっと家に帰って無かったって聞いたけど…」

 

「まあ…ね、やっと今の仕事で休みがとれたから久しぶりに家に帰ったら…家がカードショップになってるんだもん…驚いたよ!」

 

「あはは…でも、それってお姉さんの影響じゃないんですか?」

 

「…確かにカズ兄にカードゲーム仕込んだのは私だけどさ…」

青葉お姉さんには小さい頃から遊んでもらっていた。

 

一緒にいた時間は青葉クンよりもお姉さんの方が長いかもしれない。

 

昔も今もお姉さんは何でもできる…というか何でも楽しむ人だった。

 

私もこの人から将棋やバク転、人間の急所、護身術…様々なことを教えてもらった。

 

当時の私は興味を持ってなかった“カードゲーム”も思えばこの人が遊んでいたのを目にしていたことが私にヴァンガードを始める気にさせたのかもしれない。

 

「カズ兄から聞いたよ!ヒカリちゃんヴァンガードやってるんだって?私とファイトしよ!!」

 

「えっと…今は夕飯の買い物の途中だから…」

 

「そっかー…よし!じゃあ私今日ヒカリちゃんの家に泊まる!!」

 

「えええええ…」

 

う、嬉しいけど…何の準備も無いし…

お姉さんはどこかに電話をかけている。

 

「もしもし?うん…で友達の家に泊まることにしたから!心配しないで!じゃあ!!」

『お…ま…待て!』

 

ピッ!

 

 

「よし!じゃあ夕飯の買い物?行こう!」

 

「…う……うん!」

 

 

 

 

これが私の今日……こんな日常…そして時々のドキドキによって私の毎日は充実していた。

 

 

 

だから私は気がつかなかったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

もうすぐ私の日常に訪れる“異変”に……

 

 

 

 

 



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021 邂逅

7月11日……朝の7時42分。

 

「おはよう、青葉クン」

 

私はそう言って校門の前で彼の肩を軽く叩く。

「ああ、おはよう……この間はうちの姉さんがお世話になったな」

 

4日ほど前だろうか、青葉クンのお姉さんが私の家に泊まりに来た…最初は一晩だけのはずだったが結局3日ほど彼女は泊まっていったのだった。

 

「いいよ、楽しかったし…お姉さんはまた仕事?」

 

「また都内のマンションに戻っていったよ……………あ、そうだ」

 

青葉クンがバッグから何かを取り出す。

 

「はいよ、ヒカリ…誕生日おめでとさん」

 

今日、7月11日は私の誕生日だった。

 

そう言って青葉クンが小さな袋を渡してくる。

 

「ありがと…青葉クン……今開けていい?」

 

「ああ」

 

私はその袋を開く…中に入っていたのはイルカのキーホルダーだった。

 

「うわぁ…可愛い…大切にするね?」

 

「大事にしてくれよ」

 

 

私はキーホルダーを眺めながら校舎の中に入るのだった。

 

 

 

 

 

その後ろではユウトがクラスメイトの一人につっかかられていた。

 

 

 

 

「……おいユウト…あれは何だ」

 

「…あれか?……誕生日プレゼントだけど…」

 

「誕生日ぃ?…………誰のだ」

 

「え…?……………ヒカリの…」

 

沈黙が世界を包む。

 

「あああああああああああああああっ!?」

 

「「何でお前が、だ…大天使様の誕生日を知ってるんだよ!!」」

 

(……人増えてきた…というか大天使って何故かランクアップしてるし……)

 

「「「何でだよ!何でなんだよ!!」」」

 

ユウトの周りの人間が息を合わせて地団駄を踏む。

 

 

 

「……何でって……昔馴染みだから?」

 

 

 

一瞬、まるで電源が切れたかのように周りが静かになる。

 

 

 

ひそひそひそひそひそ……

 

“…昔馴じm…?ぐぼぉっ!?”

“…げほっ!?げほっ!?”

“あ…私最近難聴ぎみで…”

“……………”

 

 

 

「…全員、整列っ!!……土下座!!!」

 

 

瞬間、委員長が全員を土下座させる。

 

 

「「今までの非礼を詫びよう!だから熾天使様の個人情報を我々に流してくださいこの野郎!!」」

 

 

「……いや…駄目だろ」

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

「青葉クン…大丈夫?」

 

「…まぁな」

 

放課後、私と青葉クンは生徒会室に向かう。

 

青葉クンはすごい疲れた表情をしていた。

 

(……本当に大丈夫かな…?)

 

そうして私たちは生徒会室の扉を開いた。

 

「……うわ」

 

「学校側に見つかったらどうするんだろうな」

 

そこでは天乃原さんと舞原クンが今まさに今日発売のブースターパック“竜剣双闘”の開封をしている最中だった。

 

机の上にはかなりの数の未開封の“BOX”が積み上げられている。

 

(一体…何BOX買ったんだろう…)

 

私たちに気付いた天乃原さん達が声をかけてきた。

 

「あ、ヒカリさん誕生日おめでと!!」

 

「おめでとっす!早速僕達からの誕生日プレゼントっすよ」

 

 

私は舞原クンから“そのカード”を貰う。

 

「これって……まさか!!」

 

そのカードの加工は私が初めて見るものだった。

 

「そのまさかっすよ…探索者 シングセイバー・ドラゴンとブラスター・ブレード・探索者の“レギオンレア”っす!!」

 

レギオンレア…低確率で入っているという特別な加工が施されたカード…。

 

「すごい…綺麗……ありがとう…!!」

 

私は私にできる最高の笑顔でお礼を言う。

 

 

「どういたしましてっす…」

 

「ええ、これからもよろしくね…」

 

 

照れくさいのか二人は少しそっぽを向いてしまう。

 

 

 

((そんないい笑顔で見つめられたら……思考停止するから!!))

 

 

そして私と青葉クンは二人の開封作業を手伝うのだった。

 

「お嬢!そっちに“ビックバンナックル”あるっすか!?」

 

「あるわよ!!代わりにヴェラとサウルあるだけこっちにちょうだい!!」

 

「レギオンコアとメイトの枚数揃わないんだけど!」

 

「次のBOX……行くっすよ!!」

 

 

(…まるで戦場だよね)

 

舞原クンと天乃原さんが血眼になって大量のカードの中からカードを探す。

 

私と青葉クンも一緒に探す。

 

 

 

あっという間に時間は経っていった。

 

「結局…ビックバンナックルが一枚足りないんすよ」

 

「私もサウルが集まって無いわ…」

 

 

外はすっかり暗くなっており、私たちも学校を出なければならない時間になった。

 

カードを纏め、生徒会室を出る。

 

「この近くにカードショップとかあればいいんすけどね…」

 

「本当にそうよね…ヒカリさん、青葉君…また明日」

 

 

二人はそんな風に呟きながら校門を出る。

 

 

(……ちょっと待って……この近くのショップ…)

 

「…青葉クン」

 

「ああ、リーダー!ジュリアン!待ってくれ!!」

 

「何すか」 「何よ?」

 

二人は不機嫌そうに振り向く。

 

「この近くの俺の(兄貴の)家…カードショップだ」

 

「「!!??」」

 

そう、すっかり二人は忘れていたようだけど、青葉クンの(お兄さんの)家はカードショップ…今のこの時間ならまだ営業中なはずだ。

 

「「何故それを早く言わない!?」」

 

二人の声がぴったりと揃う。

 

「いや…前に言ったけどな…一応」

 

「とにかく行くっすよ!」

 

「急ぐわ!案内しなさい!!」

 

「……行こっか」

 

こうして私たち四人は青葉クンのお兄さんの営業するカードショップ“大樹”へと向かうのだった。

 

 

 

「そういえばヒカリ…ふろんてぃあでパフェ食べるんじゃ…」

 

「あのお店…最近は9時くらいまで営業中だから大丈夫だよ」

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

…カードショップ“大樹”、相変わらず店のマスコットはどことなく“ど○も君”に似ていた。

 

その店内には数人の客がおり、前に来た時よりは賑わっていた。

 

だがそれでも繁盛しているといった雰囲気は無く。

 

(新弾発売の日がこれで…大丈夫なのかな)

 

私はこのカードショップの行く末を案じながら店の奥へと進む。

「あ!!サウル!あったわよ!!」

 

「こっちもビックバンナックル確保っす!」

 

二人共目当てのカードは見つかったみたいだ。

青葉クンはかげろうのカードを眺めている。

「ヒカリちゃん!いらっしゃい」

 

「こんばんわ…」

 

カズトさんが声をかけてきた。

 

「あの二人はヒカリちゃんの友達かい?……常連になってくれるかなぁ…」

 

あの二人というのは間違いなく天乃原さんと舞原クンのことだろう。

 

「…はい…学校の、あ…ちゃんと青葉クンとも友達ですよ?」

 

「あ、ああ…やっぱただの友達だよな…」

 

どことなく残念そうにうつ向くカズトさん。

 

(…どうしたんだろ…?)

 

「お店の調子はいいんですか?」

 

ちょっと不躾な質問だったかなと思いつつ聞いてみることにした。

 

「そうだね…順風満帆とは言えない、でも少しずつ常連のお客さんができてるからね…嬉しいよ」

 

そう言うカズトさんの顔は満足そうだった。

 

カズトさんはフリーファイト用のスペースを見る。

 

そこでは二人の女性ファイターがファイトをしているところだった。

 

「私が言うことじゃ無いんですけど…ヴァンガードってやっぱり女性のファイター多いですよね」

 

「ああ…櫂とアイチきゅん様々って所だな」

 

(私…ソッチの趣味は無いんだけれどね…あ、でもその二人のキャラは好きかな…)

 

ゆっくりと私はフリーファイトスペースに近づく。

 

(私の周りでそういう人は…春風さんがそうだったっけ…)

 

「…私のターン…スタンド…ドロー……」

 

段々ファイトの声が聞こえてくる。

 

フリーファイトスペースではあったが、そのファイトは適度な緊張感に包まれていた。

 

そして私は感じる。

 

(…この人達…結構ガチな人達かも…)

 

テーブルの側を見ると、今回の段で収録されたクランのデッキが全て並べられていた。

 

「…シークメイト…レギオン!…アタックする…」

 

「……………私の負けだよ~残念」

 

少しのんびりとした雰囲気を持った女性のダメージゾーンに“スパイクブラザーズ”のブラッディ・オーグルが置かれる。

 

「……よし、もう一度…」

 

「待つっす!」

 

そう言おうとしたもう一人の女性の声を遮る声が聞こえる。

 

「そこの方!僕とファイトしましょうっす!」

「……舞原クン…」

 

「いいよ~」

 

 

(…相変わらず行動力があるというか…私も見習った方が良いのかな?)

 

見ると舞原クンとその女性はすでにファイトの準備に取りかかっていた。

 

「ちょうど“なるかみ”の“喧嘩屋”デッキを試してみたかったんす」

 

「そうなんだ~」

 

「あ!もし僕が勝ったら“ノルン”の情報を…」

 

「知らないよ~」

 

「あははっそうっすか!」

 

 

舞原クンはなるかみ…女性の方はスパイクブラザーズのデッキを使うようだ。

 

こうしてフリーファイトをするのもカードゲームの醍醐味なんだろうけれど、やはり知らない人に声をかけるのは勇気がいる…特に自分がアウェイな時は…。

 

 

 

 

その時、私の肩をもう一人の女性が叩く。

 

 

 

 

「?」

「…良かったら私とファイトしませんか?」

 

 

 

もう一人の…セミロングの女性が声をかけてきた。

 

その人の第一印象は“クール”や“ボーイッシュ”といった感じだった。

 

口調や見た目じゃない…溢れでるオーラがそれを感じさせる。

 

頼れる指揮官キャラ…そう言ってもいいのかもしれない。

 

そして何よりこの人は知らない人にフリーファイトを挑む“勇気”を持っている…私からしたらすごい人だ。

 

 

「…あ…私でよければよろしくお願いします」

 

「はは…こちらこそよろしく頼むよ」

 

 

早速私とその女性は席に座り、ファイトの準備を始める。

 

 

「えっと……ライド口上使ってもいいですか?」

「もちろん!…なら私も使わせて貰うよ?」

 

最初の印象よりもずっと話しやすそうな人だ。

 

 

「…では」

 

「……はい」

 

 

 

「「スタンドアップ!ヴァンガード!!」」

 

 

 

私のFVはクリーピングダーク・ゴート(4000)。

 

そして彼女は……

 

 

(…先陣の探索者 ファイル(5000)…新しいロイヤルパラディンのカード………)

ロイヤルパラディン…それは先程の私の彼女への印象にぴったりなクランだった。

 

「先行は私からだな…ドロー!そしてライド!誠実の探索者 シンリック(7000)!!…スキルでファイルをVの後ろにコールだ…ターンエンド」

 

私のターンが来る。

 

(…今更だけど私のデッキってライドしたいグレード1のユニットが少ない…な)

 

「…ドロー!撃退者 ダークボンド・トランペッター(6000)にライド!ゴートをスキルでV裏にコールして…ゴートのブースト!だったんでヴァンガードにアタック!!(10000)」

 

「ノーガードだな」

 

「ドライブチェック…氷結の撃退者!ドロートリガー!1枚ドローするよ!」

 

「ダメージチェックは…弩弓の探索者 ギルダス…トリガー無しだ」

 

ここまでは序章…ファイトが動きを見せるのはここから先のターンである。

 

「私のターンだ…ドロー…行くぞ…ライド!ブラスター・ブレード・探索者(9000)!!」

 

今弾のトライアルで追加された新しいブラスター・ブレード…ヒカリも今所持している純白の騎士が戦闘に参戦する。

 

「続けて爛漫の探索者 セルディック(9000)をコールする!」

 

グレード2が2体にFVが1枚…ヴァンガードの序盤の攻防でよく見られる陣形がそこにあった。

 

「ファイルのブースト…ブラスター・ブレード・探索者でアタック!!(14000)」

 

「ノーガード…かな」

 

「ふむ…ドライブチェック……探索者 ハロルドブレス・ドラゴン!…ゲット!クリティカルだ…クリティカルはVに…パワーはリアガードのセルディックに与える」

 

今、リアガードにいるセルディックはアタック時にVが“探索者”ならパワー+3000を得るというスキルを持っている。

 

私の使うマスカレードも同じ互換を持ったユニットなのだが、今のアタックでトリガーによるパワー+5000をされ、次のセルディックのアタック時のパワーが17000となったため、私がこの後ダメージトリガーを2連続で引いたとしても大概のグレード1のユニットではパワー17000を越えることができずに次の彼女の…いやセルディックの攻撃がヒット圏内に入ってしまう…これがこの陣形の利点と言えるのだろう。

 

「…ダメージチェック…first…幽幻の撃退者 モルドレッド・ファントム……second…督戦の撃退者 ドリン……トリガー無し…」

 

「セルディックでアタックだ(17000)」

 

「ノーガード…ダメージチェックは……!!暗黒医術の撃退者!…ヒールトリガー!!ダメージを回復してだったんにパワー+5000!」

 

「これでターンエンドだ」

 

ここまで私のダメージは2点…彼女は1点だった。

 

「スタンドandドロー…虚空の撃退者 マスカレード(9000)にライド!そして督戦の撃退者 ドリン(7000)をコール!」

 

Vの後列…FVであるゴートの隣にドリンがコールされる…督戦の撃退者 ドリンは同じ列に“ブラスター・ダーク・撃退者”がコールされた時にスキルを発動するユニット…それをわざわざ今コールしたのだから次は…

 

「ブラスター・ダーク・撃退者(9000)をコール!CB2でセルディックを退却!!…ドリンのスキルでCBを1枚分表に!!」

 

これで実質CB1で相手のユニットを1枚退却させたことになる。

 

「ふふっ…問題無いさ…双闘のコストにちょうどいいからね」

 

「…双闘…そうか…」

 

私は失念していたが、新能力“双闘”を使うには、互いのVがグレード3であることと自分のドロップゾーンに最低でも4枚のカードが無ければ発動することができないのだ…。

 

(…ということは)

 

「…ゴートのブースト…マスカレードでアタック!(13000)」

 

「めっせがる・探索者でガード(1枚貫通)」

 

「…ドロップを肥やすためのガード…かな」

 

「ああ、リミットブレイクが無い以上、多くダメージを受けるメリットが少ないからな」

 

(今後は序盤でガードされる展開が増えるのかな…)

 

「…ドライブチェック…暗黒の撃退者 マクリール…トリガー無しだね……ドリンのブーストでブラスター・ダーク・撃退者がアタック!!(16000)」

 

白と黒の剣士がぶつかる……が

 

「探索者 ハロルドブレス・ドラゴンでガードだ」

 

ダメージは動かず、彼女のドロップゾーンにはカードが少しずつ蓄積されていく。

「……ターンエンドだよ」

 

……次のターンではまだスキルを発動出来ないとはいえ、遂にレギオンのスキルを持ったユニットが登場することになる。

 

私は新システムに期待と不安を抱きながら彼女にターンを渡すのだった。

 

「さて…スタンド…ドロー!…私は知っている…君の中の勇気を!ライド!探索者 セイクリッド・ういんがる(11000)!!」

 

探索者 セイクリッド・ういんがる…ロイヤルパラディンの古参ユニットもとい犬である“ういんがる”の新たな…“過去”の姿であった。

 

なんでも過去の旅の中で守護竜の力を借り、解放した結果未来において子犬の姿になってしまったのだとか。

 

私はそんなユニット設定を思いだしながら、彼女の次の行動に目を向ける。

 

「そしてブラスター・ブレード・探索者をコール!」

 

再び現れる白の剣士…だがそれだけでは無かった。

 

「スキル…CB1!退却せよ、ブラスター・ダーク・撃退者!」

 

ブラスター・ブレードとブラスター・ダークの2度目の戦闘は、ダークが退却されるという結果になった

 

「ブラスター・ブレード・探索者の後ろにぐりんがる・探索者(6000)をコール!…ファイルのブーストでういんがるがVにアタック!!(18000)」

 

「…ノーガード」

 

「ツインドライブ…ファースト、セイクリッド・ういんがる…セカンドチェック…めっせがる・探索者…ゲット!ドロー…1枚引いてブラスター・ブレードにパワー+5000だ」

 

「…ダメージチェック…撃退者 エアレイド・ドラゴン…!クリティカルトリガー!パワーはVに!」

 

「ぐりんがるのブースト、ブラスター・ブレード・探索者でアタック!(20000)」

(このままアタックを通すと、ぐりんがる・探索者のスキルで手札交換とCB回復が発動してしまう…それに今ここで4点目はきつい…!!)

 

「厳格なる撃退者でガード!!」

 

「ターンエンド」

 

私はダメージを1受けて3…彼女は変わらず1…

 

(私としてはこのダメージ差は早く埋めたい…ね)

 

「私のターンだよ…スタンドandドロー!…世界の優しさと痛みを知る漆黒の騎士よ…我らを導く先導者となれ!!ライド!!幽幻の撃退者 モルドレッド・ファントム(11000)!!」

 

 

 

モルドレッドを手にしてからまだ1ヶ月半程度だろうか…まだ日は浅い…だがここまでの一日一日が私とこのデッキを少しずつ一つにしてくれる。

 

 

 

(だから…今できることをするんだ)

 

 

 

変態ジャスティス…そして神沢ラシン…クン…彼らと今後ファイトするためにも…!

 

 

 

(“双闘(レギオン)”…その力と戦う覚悟…決めるよ!)

 

 

「ゴートのスキル!CB1で自身をソウルへ…山札の上から5枚見て…撃退者 ドラグルーラー・ファントムを手札に!!」

 

私はゴートのスキルを成功させ、デッキをシャッフルする。

 

「そしてブラスター・ダーク・撃退者をドリンの前にコール!!ドリンのスキルでCBを1枚分回復するよ!」

 

私はモルドレッドに攻撃を託す。

 

思いを込めて…レストする。

 

「モルドレッド・ファントムでセイクリッド・ういんがるにアタック!(13000)」

 

「なら!ブラスター・ブレードでインターセプト!めっせがる・探索者でガード…2枚貫通だ!」

 

(相変わらずガードが硬い…)

「ドライブチェック…first…撃退者 エアレイド・ドラゴン!!…クリティカルトリガー!効果の全てをブラスター・ダークに!!…そしてsecond…詭計の撃退者 マナ…続けてドリンのブースト!ダークでVにアタック!!パワー21000でクリティカル2!」

 

「ノーガード…ダメージはセルディック…そしてセイクリッド・ういんがるだな…トリガー無しだ」

 

 

「うん…ターンエンド」

 

ダメージは3vs3。

 

(…これで同点…ここからならドラグルーラーで…)

 

私はぴょこぴょこ頷く。

 

…いや、頷くつもりは無かったのだけど、ついついやってしまったのだ…。

 

 

彼女がそれを見て(…何だこの娘可愛いな…)等と考えているとは、この時の私は全く知らなかった。

 

「…よし…私のターンだ…スタンドアンドドロー…行くぞ!セイクリッド・ういんがるのスキル発動!君の呼ぶ声、友へと届け!シークメイト!!」

 

彼女はドロップゾーンから

 

ブラスター・ブレード・探索者を1枚

 

探索者 ハロルドブレス・ドラゴンを1枚

 

めっせがる・探索者を2枚…山札に戻した。

 

 

「共に行こう…希望を探す旅に!ブラスター・ブレード・探索者…“双闘(レギオン)”!!」

 

「…これが…双闘…」

 

 

それは私にとって、初めて相対する光景だった。

2体のユニットはヴァンガードサークルに並び立ち、その力を合わせていた。

 

「レギオンスキル!爛漫の探索者 セルディックをスペリオルコール!…ファイルのスキル!ソウルに自身を入れ、ブラスター・ブレード・探索者をスペリオルコール!!…そしてVの後ろにぐりんがる・探索者をコール!」

 

一気に場が展開されていく。

 

「セルディックでダークにアタック!(12000)」

 

「ノーガード…ダークは退却…」

 

「ぐりんがるのブースト、セイクリッド・ういんがるのレギオンアタックだ!(22000)」

 

「…ノーガードで」

 

「…ツインドライブ…ファースト…探索者 ラヴィング・ヒーラー…ゲット!ヒール…回復はしないがパワーはブラスター・ブレードに!セカンドチェック…」

 

彼女はドライブチェックで引いたカードをヒカリに見せる。

 

「……探索者 シングセイバー・ドラゴン…だね」

 

「…トリガー無しだ」

 

(…予想はしていたけど、やっぱり入ってた…そういえばこの…前のファイトでも使われてた…!!)

 

「…ダメージチェック…氷結の撃退者…ドロートリガー!!1枚ドローしてパワーはVに与えます…」

 

「なら!ぐりんがるのスキル発動!手札のセイクリッド・ういんがるをドロップして1枚ドロー…CB1回復!…そして、ぐりんがるのブーストでブラスター・ブレードがVにアタック!!(20000)」

 

 

(…守れないわけじゃない…でもここは…)

 

「…ノーガード…ダメージは……モルドレッド」

私はダメージに落ちたモルドレッドを見る。

 

 

(…大丈夫…もう道は“見え”てる…)

 

 

ダメージは5vs3と再び差が開いていた。

 

(そう言えば私…初めて舞原クンとファイトした時に言ったっけ…)

 

 

ーー…どんなに点差があっても、ドラグルーラーは私を勝利へと導いてくれる…私の…ヴァンガード…ーー

 

 

(…今回も…頼んだよ!)

 

 

「スタンドandドロー!誰よりも世界を愛し者よ…奈落の闇さえ光と変え、今、戦場に舞い戻る!!クロスブレイクライド!!撃退者 ドラグルーラー・ファントム(11000→13000)!!!」

 

 

奈落から蘇りし漆黒の竜が私のヴァンガードサークルに立つ。

 

 

(そう…私にとって…君はヴァンガードだ…)

 

 

「ほう…ドラグルーラー…か」

 

彼女は興味深そうに私のドラグルーラーを見つめる。

 

「ブレイクライドスキル!CB1!ドラグルーラーにパワー+10000…我が呼び声に答えよ!スペリオルコール!ブラスター・ダーク・撃退者!!」

 

ブレイクライドで呼び出されたブラスター・ダーク・撃退者にさらにパワーが+5000される。

 

「ドリンのスキルでCBを回復…続けて詭計の撃退者 マナをコール…スキルで撃退者 ダークボンド・トランペッターをスペリオルコール!さらにだったんのスキルで氷結の撃退者をレストでスペリオルコール!!」

 

これだけでは終わらない…むしろここからが本番である。

 

「皆の力を一つに!!ドラグルーラーのリミットブレイク!!」

 

私は宣言する。

 

「CB1!パワー+10000!氷結の撃退者とだったんを退却!そしてあなたに1ダメージ!!これがあらゆるものを貫く…ミラージュストライク!!」

 

彼女によってダメージチェックが行われる。

 

「…探索者 ラヴィング・ヒーラー…ゲット!ヒールだけど回復はできずパワーはVにだ」

 

そして彼女のダメージゾーンに4点目のダメージが置かれる。

「…ドリンをコール!…もう一度リミットブレイク!CB1!ドリンとマナを退却…夢は終わらない…穿て!ミラージュストライク!!」

 

さらに彼女はダメージチェックを行うこととなった。

 

「ぐっ…これでダメージは5点という訳か」

 

彼女のダメージゾーンに探索者 シングセイバー・ドラゴンが落ちる。

 

今や私と彼女のダメージゾーンの枚数差は無くなっていた。

 

「虚空の撃退者 マスカレードをコール!…行くよドラグルーラー…パワー43000でセイクリッド・ういんがるにアタック!!」

 

「護法の探索者 シロンで完全ガード!」

 

彼女はコストとしてグレード1のシンリックをドロップする。

「ドライブチェック…first…暗黒の撃退者 マクリール!…second…暗黒医術の撃退者!ヒールトリガー!ダメージを回復してパワーはダークに!!……マスカレードでヴァンガードにアタック!(12000)」

 

私はここぞとばかりに猛攻を仕掛ける…がそう攻撃を通してくれるはずもなかった。

 

「セルディックでインターセプト!」

 

「ドリンのブースト!ブラスター・ダークが行く!!(21000)」

 

「探索者 ハロルドブレス・ドラゴンでガード!ブラスター・ブレード・探索者でインターセプト!!」

 

ブラスター・ブレードがブラスター・ダークの剣を退け、彼女へとターンを渡す。

 

 

「…ターンエンド」

 

 

 

「私のターンか…行くぞ!スタンド、ドロー!…穢れ無き純白の輝きで世界を照らせ!!ライド…!探索者 シングセイバー・ドラゴン(11000)!!!」

 

 

 

ドラグルーラーの前にかつての“自分自身”が立つ。

 

「シークメイト…希望に満ち溢れる世界で見つけた、絆で繋がる(メイト)よ!ブラスター・ブレード・探索者!“双闘(レギオン)”!!」

 

 

シークメイトで戻したカードは偶然だが前回と同じ4枚だった。

 

「そして爛漫の探索者 セルディックをコール…行くぞ…シングセイバー、ブラスター・ブレード…レギオンアタック!!(22000)」

 

(…想定済み!)

 

「暗黒の撃退者 マクリール!コストに氷結の撃退者を支払って完全ガード!!」

 

「ツインドライブ…ファースト、探索者ハロルドブレス・ドラゴン…ゲット!クリティカルだ…効果の全てをセルディックに与える…セカンドチェック…めっせがる・探索者…ゲット!ドロー!!1枚引いてパワーはセルディックに!」

 

(ダブルトリガー…これは結構…きついかな…しかもシングセイバーの攻撃はまだ…)

 

「シングセイバーの攻撃はまだ終わらない!!CB2、SB3、そして手札からシンリックとめっせがるをドロップ!!…守りたい世界がある…だから彼は再び立ち上がる!!スペリオルペルソナライド!…探索者 シングセイバー・ドラゴン!!そしてこれが…ソウルメイトレギオンだ!!…アタック!(22000)」

 

Vに向かって山札から飛んできたシングセイバー…その傍らにはソウルの中にいたはずのブラスター・ブレード・探索者が立っている。

 

(……これがシングセイバーのスキル……ソウルメイトレギオン……)

 

「もう一度マクリールの完全ガード!!コストは無常の撃退者 マスカレード!!」

 

「再びツインドライブ…ファースト、探索者シングセイバー・ドラゴン……セカンドチェック…護法の探索者 シロンだ……防がれたな…だが、これはどうだ…ぐりんがるのブーストでセルディックがVへとアタック!!パワーは28000のクリティカルが2!!」

 

「撃退者 エアレイド・ドラゴンと暗黒医術の撃退者でガード!!」

 

私は残り少ない手札を使って守る。

 

「ターンエンドだ」

 

ダメージは互いに5点。

 

私は自分のたった1枚の手札を見る。

 

(そう言えば彼も言ってたっけ…)

 

私が思い出すのは神沢ラシン…クンの言葉。

 

 

(“切り札ってのは後から出すものだ”…か…その通りだね…)

 

対戦相手である彼女の手札は5枚…その中は完全ガード、シングセイバー、トリガーである探索者 ハロルドブレス・ドラゴンが見えている。

 

 

(ファイトの状況はこの間の青葉クンと変態のファイトに近いのかも……だったら)

 

 

ヒカリはそのカードに思いを込める…

 

 

(私も……勝利を掴む!!…あなたに賭ける!)

 

 

「私の…ファイナルターン!!スタンドandドロー!」

 

そう…ファイナルターン…言い方を変えるなら…このターンで勝負を決められなければ…私の負け…。

 

「へぇ…」

 

「出会い…別れて…そして再び巡り会うかつての友よ…!!ライド!!撃退者 レイジングフォーム・ドラゴン(11000)!!」

 

そのユニットを見て彼女が呟く。

 

「なるほど…スペリオルライドにはスペリオルライドを…ということか」

 

撃退者 レイジングフォーム・ドラゴンは“アタック終了時にスタンド状態で同名ユニットにスペリオルライドする”という点でシングセイバーと同種のスキルを持っていた。

だがシングセイバーのスキルが山札からのスペリオルライドであるのに対し、レイジングフォームは手札に同名ユニットが無ければライドすることができないというスキルだった。

 

そして今、私の手札にはレイジングフォームは存在しなかった。

 

(…だから…ドライブチェックで引くしかないんだ…山札の中の残りのレイジングフォームを…)

 

ここまで顔を見せたレイジングフォームは今私がライドした1枚のみ…山札の中には残り3枚のレイジングフォームが控えているはずだ。

 

それが今の私のデッキだった。

 

「Vの後ろに今ドローしたドリンをコール!」

 

これで私の手札は無くなる。

 

「…来るか」

 

「うん…行くよ!ドリンのブースト…ブラスター・ダーク・撃退者でシングセイバーにアタック!!(16000)」

 

「ハロルドブレスでガード!」

 

(あと…手札4枚…)

 

私は彼女の手札を数えながらアタックを宣言する。

 

「ドリンのブーストでレイジングフォーム…スキルでCB1…パワー+3000…私の願いよ届け!パワー21000でシングセイバーにアタック!!」

 

レイジングフォーム・ドラゴンはかつての友へとその拳を振るう。

 

「シングセイバーをドロップ…シロンを使って完全ガードだ!!」

 

(あと2枚……)

 

「…ドライブチェック…first…厳格なる撃退者!…クリティカルトリガー!!効果は全てマスカレードに…」

 

次の1枚…それがこのファイトの結果を左右する。

 

 

 

(…来て)

 

 

 

「…second…」

 

 

私はカードを捲る。

 

 

「……それは」

 

 

「…あ……レイジング…フォーム……」

 

私が手にしたのはもう1枚のレイジング…つまり…。

 

 

「撃退者 レイジングフォーム・ドラゴンのリミットブレイク!!」

 

私は…まだ戦える。

 

 

「ダーク!そして2体のドリンを退却!…何度生まれ変わっても…何度絶望しようとも…その友への怒り、悲しみ…そして友情は変わらない!スペリオルペルソナライド!…撃退者 レイジングフォーム・ドラゴン!!!」

 

 

スタンド状態で…Vにレイジングフォームは立っている。

 

「さらにパワー+10000…一緒に戦おう…探索者 シングセイバー・ドラゴンにレイジングフォームが…パワー21000でアタック!!」

 

「…シロンで完全ガード!!」

 

コストとして同じく完全ガードの護法の探索者 シロンが捨てられる。

 

(これで…手札は無くなった!!)

 

「ドライブチェック…first モルドレッド…secondマクリール…トリガーは無い…けど十分!最後のアタック!!パワー17000、クリティカル2の攻撃!!行くよマスカレード!!」

 

すでに彼女の1枚のインターセプトで防げるパワーを越えていた。

「ああ…ダメージチェック…最後のダメージはセイクリッド・ういんがる……いやぁ…負けたよ」

 

 

 

 

「こちらこそ…負けてたかも…」

 

 

結局は運命力だったのかもしれない…あの時レイジングフォームが出ていなければ……いや考えるのはよそう………ヴァンガードで“もしも”の話をすることほど終わりの見えない議論は無いだろう。

 

 

 

「はは…君が“双闘(レギオン)”を手にする時が待ち遠しいな…私ももっと練習しないと…」

 

 

 

彼女はそう言って私と私のデッキを見つめた。

 

「個人的にはドラグルーラーが印象に残ったな…これから役に立つことが増えるかもしれないだろう?」

 

「…そうか、序盤のダメージを防ぐことが多くなるから…!」

 

「そうして考えるともっと以前のカードも今一度調べてみたいものだな」

 

「だったら…ロイヤルパラディンのエクス…」

 

 

 

私はしばらく彼女と会話する。

 

 

 

最初はカードの話が中心だったがしだいに互いが持つ他の趣味や好きなことの話へとなっていった。

 

こんなに盛り上がる会話もいつ振りだろうか。

 

 

「…なんなら私が今オーバーマスターを歌うが」

 

「格好いいですよね…あ、infernoとか……って今歌うんですか!?」

 

「…いや…盛り上がるかなって」

 

「いやいや…なら…」

 

「ユズっち!!こんな所にいたのかよ!帰るぞ~!」

 

ファイトスペースにいかにも元気っ娘という感じの女の子がやって来る。

 

「…“ユズっち”?」

 

彼女は何かに気づいたように目を丸くする。

 

「あ…ふふっ…ここまで色々話しておいて自己紹介がまだだったとは…私は黒川ユズキ…16歳の女子高生さ」

 

「あ…私は深見ヒカリ…よろしくです」

 

黒川さんは嬉しそうに笑う。

 

「ああ!よろしく!!…さて…そろそろ私達は帰らないと…ナツミ!ミカン!」

 

「了解~」

 

どうやらさっきまで舞原クンとファイトしていた女の子がナツミさん…

 

「全く遅いぞ!」

そして今やって来た女の子がミカンというらしい。

 

この三人の関係は見てわかる。

 

「仲間…友達……なんですね」

 

「ああ…深見さんにもいるのでしょう?」

 

そう言って黒川さんが手で示す、その先には天乃原さん達が立っていた。

 

「…うん」

 

「深見さん…あなたと戦えて良かった…よければまた今度お相手してもらえるかな?」

黒川さんは笑顔でそう言う。…だから

「…うん!…喜んで!!」

 

私も笑顔で返すのだ。

 

 

 

「(…なんだこの人すごい可愛い)」

 

黒川さんが何かを言いかけるが、聞こえない。

 

そして私は黒川さん達を見送るのだった。

 

 

「ヒカリさん…」

 

「天乃原さん?」

 

気がつくと天乃原さんが私の隣にいた。

 

天乃原さんは黒川さんの後ろ姿を見つめている。

 

「彼女…黒川ユズキさんね」

 

「…知ってる人だったんですか?」

 

「他の二人はともかく、彼女はうちの高校の…1年A組の生徒よ?……」

 

「ええ!?」

 

(全然知らなかった…他のクラスに友達とかいないし…1年A組って私のクラスからも微妙に遠いから…あまりAの人とも会うこと無かったからな…)

 

「一応…チームに誘ったことがあったんだけど“もう仲間がいる”って断られちゃった」

 

「…ということは」

 

「ええ…彼女もVFGPに出るんでしょうね」

 

色んな人がVFGPを目指している…そう思うとワクワクする自分がいた。

 

これから、新たなカードの登場で“環境”は混乱していくだろう…私も惑わされず…ファイトの腕を磨いていかなくては…

 

 

でも今はとりあえず…

 

 

 

 

「…学校で見かけたら、声…かけてみようかな」

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

暗く静まり返った商店街…

 

 

「ジャースティーッスぅぅ!ジャースティーッ…」

 

夜道を一人(正確には二人)…叫びながら歩く姿があった。

 

 

「ふっふっふっ…公園で遊んでいた少年に頼んで“恐慌の撃退者 フリッツ”と“次元ロボ カイザーグレーダー”をトレードしてしまった…これを売って新しいワックスの費用の足しにせねば」

彼はそう言って逆立てた自分の髪を撫でる。

 

「やはり俺のジャスティスは小さい子に……ん?」

 

彼は“何か”の視線を感じる。

 

だが道には誰もいない。(正確には足元に弟がいる)

 

(…普段の視線とは違う…まさか……これは…)

 

 

「ファン(?)の気配だぁぁぁぁぁ!!行くぞぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

彼(彼ら)は路地裏を進む。

 

突然彼の視界は闇に覆われた。

 

よく見ると彼の回りを色の薄い醤油のようなオーラが渦巻いている。

 

 

しだいにそれは“輪”のような形になった。

 

 

『ハハハ……ニンゲン……』

 

 

色の薄い醤油のような色の“輪”から、無機質だがどこか苛立ちを含んだ声が聞こえる。

 

 

『…ニンゲン……』

 

 

「デンデンデーデンデンデー…デデッデデンデン」

 

 

『イマヨリも…ツヨイジブンに…ナリタクハナイカイ?』

 

 

「ジャッスティーッス♪ジャスティース♪」

 

 

『ウマレカワル…ソウ…アラタナジブンへと“リバース”スルノです…』

 

 

「俺はぁぁぁぁぁ!ジャースティーッス!!」

 

 

『サァ…ファーストリバースファイターに…』

 

 

「ん?すまん聞いてなかったぞぉぉ!」

 

 

『シッテタよ!!…クッ…モットチカラガアレば…コンナヤツ…アイテにせずにスンダトイウノに!!』

 

 

「……俺のファンよ…俺の歌…聴いてくか?」

 

 

 

『ダレガキクか!?ドウシテソウナッタ!?アト!ワタシハオマエノ“ファン”では…』

 

 

 

「デンデンデー…デー…」

 

 

 

『ウタウノカ!?…マタソレカ!…バンソウもジブンでウタウノですか!?というかそれはウタなのか!?何故この私がツッコミをシナクテハならないんだ!?』

 

 

「ジャースティーッスぅぅぅぅ!!!」

 

 

 

 

 

 

この不毛なやり取りが三日三晩続くことは…まだ誰も知らなかった…。

 

 

 

 

 



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022 何も見えない…何も

太陽がその元気をもて余している…そんな7月21日。

 

「夏休みだし、海とか行きたいわねー」

 

「俺はかき氷食べたいなぁ」

 

 

今日は終業式…つまり明日からは全ての学生の癒しと言える夏休みが始まるのである。

 

 

「そんなことより…ついに来たよ…運命の日が!」

 

 

そして今日はシャドウパラディンのエクストラブースター“宵闇の鎮魂歌”の発売日でもあるのだ。

 

他にも今日はジェネシスのエクストラブースターやゴールドパラディン、リンクジョーカーのトライアルデッキが発売されるが…私の眼中には無い。

 

 

私は太陽に向かって拳を振り上げる。

 

 

(誓うよ…!必ずファントム・ブラスターとブラスター・ダークのレギオンを四枚ずつ手に入れてみせる!)

 

 

「さぁ…行こう!青葉クン!!天乃原さん!!舞原クン!」

 

 

「ああ!…まずはうちの兄貴のショップからだな!」

 

「色んなショップで予約してあるのよね?」

 

二人の声が聞こえ…二人?

 

 

「……舞原クンは?」

 

 

あの特長的な銀髪が見当たらなかった。

 

「…先に行っちゃったんじゃないか?」

 

 

「確か駅から遠くのショップに行くって言ってたわ」

 

 

相変わらず舞原クンは行動が早いというかなんと言うか…

「……私たちも急ぐよ!!」

 

私は校門から外に出る。そこで一人の女性とすれちがう。

 

「お……ヒカリ…」

 

この声はユズキのものだった。

 

 

あの後、学校でも話すようになって今ではすっかり友達だ。

 

 

(舞原クンと天乃原さんを除くと…4、5年ぶりの新しい友達かもしれない…)

 

 

「そうか…今日はヴァンガードの発売日だものな」

 

「うん!…だから…またね!ユズキ!」

 

「ああ!健闘を祈るよ!」

 

 

そう言葉を交わすと私は小走りでショップに向かう。

 

 

「…しかし、ヒカリさんに同年代の友達ができて良かった…」

 

「いや…リーダー…俺やジュリアンの存在はどうなるんだ……というかリーダーはヒカリのお母さんかよ」

 

後ろから会話が聞こえてくる。

 

 

 

(ふふ…お母さん…か……懐かしいな)

 

私は今は会えない人のことを思い出しながら足を進めるのだった。

 

 

 

私たちは商店街に入る。

 

この商店街を抜けて、左に曲がればカードマニアックスはある。

 

夕方ということもあって人通りが多かった。

 

 

 

 

そして…………

 

 

 

 

そこで私たちは異変に気がつく。

 

 

 

商店街の中に薄い醤油のようなオーラが広がっているのだ。

 

 

「何……これ………」

 

「…醤油的な何かかしら…?」

 

「何だそれ」

 

 

だが何より不気味なのは商店街の人が誰一人そのオーラを気にしていないということだ。

 

 

「私たちにしか見えていない…か…そもそも商店街のイベントか……かな」

 

「いや、どんなイベントだよ……でも…俺たちにしか見えないってのもな…?」

 

私たちは醤油の色が濃い方に進んでいく。

路地の奥へ…奥へと……。

 

どんどんその色は濃くなっている。

 

 

「何か本当に醤油に見えてきたわね」

 

「……どんな醤油だよ」

 

 

そして私たちは醤油(?)の発生源らしき場所にたどり着く。

 

 

「ジャス……ティス…」

 

 

醤油(?)の奥から聞こえる、その声、その言葉。

 

それは私達の背筋を凍らせる。

 

「この声……まさか…違うよね…」

 

だが私の願いも虚しく…その男が姿を見せる。

 

「ジャースティーッスぅぅぅぅ!!」

 

 

「…………会いたくなかった」

 

 

 

そこに居たのは以前“カードマニアックス”で出会った変態…いや、天地カイトという男だった。

 

 

「…あいつ、目から醤油流してるわよ」

今、彼の目の下は醤油を流したように変色していた。

 

「…一体……」

 

「ははははははぁぁぁっ!!」

 

突然(?)彼が叫ぶ。

 

「ははははははははははははぁぁぁぁぉぁ!!!お前は!!強いのk…………いや…」

 

「…………今なら」

 

私は彼の背後に移動する。

 

「お前はぁぁぁ!ジャぁぁぁスティぃぃぃッスか……ぁ……ぁ…………」

 

 

ドスン…

 

 

彼の体が力無く崩れ落ちる。

 

 

私が後ろから思いっきり手刀を浴びせたからだ。

 

 

「……他愛もない」

 

 

それを見た青葉クンは気づいたみたいだ。

 

「…ヒカリ……それってもしかして俺の姉さんの…」

 

「うん…青葉流護身術、第三章…」

 

「いや、そんな流派無いからな…?」

 

天乃原さんは変態の様子を見る。

 

「目から出てた醤油も消えてるわね…」

 

(一体…何だったのかな…?)

 

 

 

『……バカナ!?』

 

 

それは路地の…さらに奥から聞こえてきた。

 

 

『イクラ…ワタシノ“チカラ”ガヨワマッテイタカラトイッテ…ファイトモセズニ“リバース”を解呪スルナンテ!?』

 

私は“誰もいない”その場所に呼び掛ける。

 

「……あなたの仕業…なの?」

 

『……ユルサナイゾ…ヴァンガードファイター…』

 

 

すると薄い醤油のようなオーラがどす黒い色へと変わり……私たちの周りを囲んでしまう。

 

まるで…“黒輪”のように。

 

「……まさか…“リンクジョーカー”?」

 

「ありえないわね」

 

『…ソレハドウデショウカ…?』

 

 

どす黒いオーラが“私の前に”ファイトテーブルを形作る。

 

 

『ファイトダ…ソシテ…ゼツボウシロ…』

 

(……ファイト……)

「だめよ!!ヒカリさん!!」

 

「…でも」

 

私は周りを見渡す。

 

すでに退路は黒輪によって絶たれていた。

 

 

「……このファイトはどういうルール?」

 

『ルール?』

 

「“私の知っているヴァンガードファイトのルールなのか”……そういうこと」

 

少しずつどす黒いオーラは人の形になっていく。

 

そのオーラの奥に……一瞬だが人の姿が見えた気がした……が今はそれを気にする余裕は無い。

 

『アア……コノファイトハオマエノシッテイル“ルール”デ…オコナワレルダロウ……イマイマシイガ…ソコニワタシガ…カイニュウスルコトハデキナイ…ッ』

 

黒い影は悔しそうにそう言う。

 

(……本当だと…信じることにしよう……)

 

私はファイトテーブルにデッキを置く。

 

そんな私を後ろの二人が心配そうに見つめる。

 

「……ヒカリ……」

 

「私が代わりにファイトを……」

 

確かに“私が”ファイトを受ける理由は無い…だが。

 

「ううん……私が戦う……私の買い物を邪魔したこいつは……私が倒す」

 

 

『ソレデイイ……サァ……アナタヲオワラセテアゲマスヨ……』

 

「……どうかな?…絶望の剣で貫かれるのはあなたの方だよ」

 

謎のオーラとのファイトが始まる…段々周りの風景も変わっていく…今や私たちの周りはまるで宇宙だ。

 

(さぁ……行くよ!!)

 

「「スタンドアップ!ヴァンガード!!」」

 

二人(?)はグレード0のユニットにライドする。

 

(……あのユニットは…)

 

相手のFVは星輝兵 ワールドライン・ドラゴン。

 

「…やっぱりリンクジョーカーなのね」

 

「ヒカリ……」

 

どす黒いオーラは少しずつ一ヶ所に集まっていく。

 

 

『ボクト……僕トファイトしたことヲ!!…一生後悔させてあげましょう!!!』

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

「何よ……これ…」

 

「どうなってんだ…」

 

 

 

私の後ろにいる二人が驚く……というか私自身もかなり驚いている。

 

 

「……これ……どうなっているの……」

 

 

私は手元で“まるでアニメのように輝いている”クリティカルトリガーを見つめる。

 

『……何を驚いているんですか?…あなたが絶望するのはまだこれか…』

 

「静かに…!」

 

『はい…』

 

先程から“ライドしたカードが光ったり”“トリガーも光ったり”“自動でダメージチェックが行われている”のだ。

 

果てには“相手のカードにテキストが無い”…これで驚かない方が変だ。

 

 

「……でも…やっぱり“これ”は……」

 

「アニメと同じね」

 

「アニメ?」

 

「ええ…」

 

気を取り直して、私はターンエンドを宣言する。

 

このこと以外は別にどうということはない。

 

相手はまるでこちらがリンクジョーカーのユニットを知らないだろうというノリで話しかけてくるが、正直真新しいカードは無かった。

 

『私のタぁーン…スタンド…ドロー♪…生まれし希望、輝き、その全てに絶望の剣差し入れよ!!ライド!星輝兵 “Ω”グレンディオス!!』

 

(…グレンディオス…条件を満たすことで特殊勝利を可能にするユニット…だね…)

 

『このグレンディオスの恐ろしさ…じっくり…たっぷりと教えてあげますよ……コール…隠密魔竜 ヒャッキヴォーグ“Я”!!……そして呪縛!!』

 

ヒュイヒュイヒュイヒュイインヒュイン

 

ヒカリのリアガード…前列にいたブラスター・ダーク・撃退者のカードが勝手に空中に浮き、黒い電気のようなものと共に裏向きになって置き直される。

 

(……あと変な効果音も聞こえた)

 

「これって…」

 

『驚きましたか?…これがグレンディオス…これが呪縛……すばらしいでしょう?』

 

(驚いたの…そこじゃ無いんだけどな…)

 

『さあ行け!グレンディオス!!…世界を終焉に…』

 

「マクリールで完全ガード!コストはモルドレッド」

 

『くっ…まぁいい…ツインドライブ♪…ゲット!ヒールトリガー…セカンドチェック…ゲットぉヒールトリガー♪』

 

相手のダメージが4点から2点まで回復する。

 

『ヒャッキヴォーグ“Я”でアタック!!』

 

「…ノーガード」

 

自動ダメージチェックによってダメージゾーンに氷結の撃退者が落ちる。

 

「…ゲット…ドロートリガー!1枚ドロー…」

 

『タぁーンエンドぉ♪』

 

(…ここはドラグルーラーで“4点”まで詰めてからレイジングかな…)

 

「スタンドandドロー…誰よりも世界を愛し者よ…奈落の闇さえ光と変え、今、戦場に舞い戻る!クロスブレイクライド!撃退者 ドラグルーラー・ファントム!!」

 

私はブレイクライドスキルでマナを、さらにマナのスキルで無常の撃退者 マスカレードをコールする。

 

「……ドリンとマナを退却……CB1…ミラージュストライク…!」

 

コストを支払った時点で相手のダメージゾーンに自動で3点目のダメージ……メイデン・オブ・ビーナストラップ“Я”が置かれる。

 

『……くっ…何だと……』

 

「…撃退者 ダークボンド・トランペッターをコール…そしてCB1…氷結の撃退者をレストでスペリオルコール……この2人を退却……CB1でもう一度ミラージュストライク!」

 

ダメージには粛清の守護天使 レミエル“Я”が落とされる。

 

(これで4点……今はここまで……!)

 

私はグレンディオスの持つ“アルティメットブレイク”……“あなたのメインフェイズ開始時に相手の呪縛カードが5枚ならばあなたは勝利する”…を警戒している。

 

また、グレンディオスには他にもΩ呪縛という“呪縛し続ける”ことに長けた能力を持っている。

 

正直、それでも発動条件は厳しいのだが注意は怠るべきではないだろう。

 

「パワー43000!ドラグルーラーでグレンディオスにアタック!!」

 

 

『ざぁーんねぇーん♪…ルビジウムでガードぉ…スキル発動!!…教えてあげましょうこのルビジウムは…』

 

「知ってます(…グレンディオスへのアタックの対象をЯユニットに変更するスキルだね)ドライブチェック…first…厳格なる撃退者…クリティカル!…second…同じくクリティカル!!……これらの効果は全てマスカレードに!!…パワー20000、クリティカル3の無常の撃退者 マスカレードがアタック!!」

 

「ガードぉ♪」

 

その人の形をした黒い影は回想の星輝兵 テルルを使ってガードを行った。

 

「…マナのスキルでスペリオルコールされたマスカレードは山札の下へ…ブラスター・ダーク・撃退者は…」

 

私が言い終わらない内にダークの呪縛が解ける。

 

「…ターンエンド」

 

『リアガードが少ないからって…呪縛されないとか思ってませんか…?…いやぁ…呑気ですねぇ』

 

(思ってません…星輝兵 コールドデス・ドラゴンは山札の上から呪縛カードをコール“させる”スキルを持っている……油断はできない…)

 

『私のタぁーン♪……そうだぁ♪私が“時の狭間”で得た新たな力……ここで特別に見せてあげますよ』

 

この言葉に後ろの二人が反応する。

 

「新たな……」

 

「力……?」

 

(……来た)

 

 

『ふふふ……』

 

そうして黒い影はドロップゾーンに星輝兵“Ω”グレンディオスを叩きつける。

 

『…ジェネレーションゾーン…解放♪』

 

「……え?」

 

「はぁ?」

 

「何よそれ」

 

黒い影は自身の中から…“手札とは違う場所”から1枚のカードを取り出す。

 

(裏面は見えないけど……一応ヴァンガードカード?)

 

黒い影はケタケタと笑いながらそのカードをVへと置いた。

 

『未来は決して訪れない!!…無限に続く終末が希望を絶望へと染め上げる!!…ストライドジェネレーション…(デス)星輝兵(スターベイダー)“∞”(オメガループ)グレンディオス!!』

 

「オメガ……ループ……?」

 

『そう……これが真の絶望の剣…………ん?』

 

 

 

何も起こらない。

 

ここまでのターン……ライドする度に何かしら光ったりしていたが…さすがに今回は何も反応しない。

 

このファイトにおいて…黒い影が出した変なカードは完全にヴァンガードのルールを逸脱したものだった。

 

 

『何だと……何故反応しない!?』

 

「いや……手札以外からカード出した時点で反則じゃないでしょうか……」

 

『何……!?』

 

「まぁな」

 

「そうね」

 

黒い影はわなわなと体を震わせる。

 

『確かに私は見た!…“時の狭間”の中から!…忌々しきカードファイター共が今行った風に…強大な力を手にする瞬間を!!!』

 

「別のカードゲームじゃないかしら」

 

『だって……!』

 

「ヴァンガードって50枚のカードで遊ぶゲームだぞ」

 

『…………』

 

「……あなたの反則負け……」

 

『いや!まだ……!!』

「反則負け…」

 

『私は…!』

 

「負け」

 

『……はい』

 

バキッ……

 

その時、私たちがファイトを行っていたテーブル……そして私たちを取り囲んでいた黒輪にひびが入る。

 

『こんな……終わり方……』

 

「…青葉流護身術…第1章……ジャッジキル」

 

「だからそんな流派無いし……そもそも今ジャッジいないし」

 

『こんな終わり方……認めるものカァァ!!』

 

黒いオーラは空へと吹き出していく…どうやらその下に広がっていた黒い空間から出てきていたようだ。

 

 

 

私はデッキをケースにしまう。

 

 

これでやっとエクストラブースターを買いに行ける。

 

 

 

 

「……さよなら…………」

 

 

 

私はデッキをバッグにしまう。

 

私はすでに今起きている不思議現象よりもエクストラブースターの方に思考が飛んでいた。

 

すでに目の前にあったファイトテーブルも粉々に砕け散っている。

 

 

だから私は足元を見ていなかった。

 

 

 

「……よし、早速ショップに……ぃ!?」

 

 

 

いつの間にか広がっていた黒い空間が私の片足を飲み込む。

 

 

 

「ヒカリさん!?」

 

「ヒカリ!!」

 

 

 

一方で黒いオーラは今も空へと逃げ出していた。

 

 

『マダ……ダ……マダ!!』

 

 

 

私はずぶずぶと黒い空間に沈んでいく……耳元では吸引力の変わらないただひとつの掃除機のような風の音が聞こえる。

 

 

すでに腰の当たりまで見えなくなってしまった。

 

 

「……あ…」

 

(……駄目……かも)

 

 

腰から下の感覚が無い……すでに抗うことは出来ない状態だった。

 

 

「ヒカリさん!待ってて…今…」

 

 

青葉クンと天乃原さんの方に手を伸ばすも届かない。

 

 

「何か…ロープか何か無いのかよ!!…」

 

 

その間にも私はどんどん沈んでいった。

 

 

 

 

そして私の視界から光が消える。

 

 

 

 

「……何も見えない……何も……」

 

 

 

 

私は…

 

 

 

 



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023 Phantom~光消えた世界~

暗い…ひたすら暗い場所…。

 

私は最早自分の手足の存在さえ疑い始めていた。

 

そんな場所に私はいる。

 

 

あの時…あの黒い空間に呑まれて…どれだけの時間が経っただろうか。

 

 

 

(……エクストラブースター……買いたかったな…)

 

 

 

そんな私の前に突然光が出現した。

 

 

 

(光…いや…見たことの無い…生き物…?)

 

 

 

正確には“それ”は巨大な…竜だった。

 

竜…きっと竜なのだろう…だがそうじゃないと言われればそうじゃないのかもしれない…。

 

どこか神々しさを持っていた。

 

その竜の両肩には“星”のような物が浮かんでいる。

それは私の暮らす星…地球にとてもよく似ていた。

 

(……青い…惑星…)

 

私はその竜がまだ“眠っている”ことに気がつく。

 

自然と…竜の方へと手が伸びていた。

 

突然…竜は輝きながら小さくなっていく…やがてその大きさはヴァンガードのカードほどになってしまった。

 

 

 

そして…そのカードが私の手に飛び込んで…

 

 

 

 

 

 

 

私は目を覚ました。

 

 

(……夢…?)

 

 

私の背中は草の感触に包まれている。

 

草むらから体を起こした。

 

 

「…………ここは…?」

 

私が目覚めた場所は森……森だった……森としか言えなかった。

 

「何で…森??」

 

あまりに異常な事態すぎて理解が追い付かない。

「……これ…」

 

私の手には一枚のカードが握られていた。

 

それは見たことの無いカード…片面は虹色で何も描かれておらず、もう片面には“Vanguard”のロゴが入ってはいたが…その周りの銀色の装飾は全く見たことの無い物だった。

 

例えて言うなら…“歯車”のような…。

 

(…………少し上品な手触り…)

 

私はとりあえずそのカードを自分のデッキケースにしまうと周りを見渡す。

 

 

「…………え……?」

 

 

私はそこで愕然とする。

 

“ようやく気づいた”と言うべきか。

 

 

夜空には月が赤く輝いていた。

 

 

ただし…その月は“ひとつ”では無かった。

 

ひとつ……ふたつ……みっつ……

 

 

複数の巨大な月が輝く世界……。

 

 

そう…その場所は夢や幻でなければ……明らかにヒカリが暮らしていた世界とは別の世界…または惑星だったのだ。

 

 

「……どうして…………」

 

 

 

ドォーン!!ドゴォォォン!!

 

 

 

遠くの方で爆音がする。

 

私は音の方向へ向かう…とにかく…誰か話の通じる相手に会いたかった。

 

 

爆音がした方向から声が聞こえる…不思議なことにその言葉は私にも理解できた。

 

 

「我と共に滅せよ!!我が半身!!」

 

 

痛々しいセリフが聞こえてきた。

 

 

「………我を倒して世界への罪の償いだとでも言うつもりか?…愚かな…無意味な……元よりこの世界に対して償うことなど有りはしないというのに…」

 

 

「黙れ…我が剣の前に消えよ!!」

 

 

「我が一部となれ…半身……共に世界を滅ぼせ…滅ぼせ…滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

黒い竜が咆哮をあげ、私は思わず身を竦める………その“威圧”を感じるまでは“痛々しい人たちの会話”とも思ったのだが…近づいてみると、そこには禍々しく恐ろしい竜が何者かと相対している場面だった。

 

 

 

そして私はその黒い竜の名前を知っている…。

 

 

(ガスト・ブラスター・ドラゴン……だ…)

 

 

黒い竜はその体に走る赤いラインをギラギラと輝かせる。

 

 

「…絶望せよ…我は闇より昏き暗黒………」

 

 

(…奈落竜の……負の“全て”…悪意の塊……)

 

 

 

「……死より深き根絶也!!!」

 

 

黒い竜が叫ぶ。

 

 

 

(……私………どうしよう……)

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

いつかの時代…どこかの遺跡…

 

 

「異常事態?」

 

 

過去の惑星クレイの調査から帰還したしたばかりのニキシーナンバー・ドラゴンが聞き返す。

 

「はい」

 

それに答えたのは、クロノジェット・ドラゴン様の補佐を務める“スチームメイデン”…ウルルだった。

 

「惑星クレイ全域で大きな時空の歪みが確認されました…」

 

「クレイ全域でか!?」

 

「はい…このままではどのような“事”が起きても不思議ではないでしょう……早急に修正しなくてはなりません……ニキシーナンバー…主からの命を伝えます…そこにいるメスヘデと共に過去のクレイに飛んでください」

 

「俺もかよ!」

 

遠くでメスヘデの声が聞こえるがウルルは気にしなかった。

 

「過去の…クレイ?」

 

「あなたのタイムエンジンに座標を送信します…そこで“特異点”を見つけしだい保護…後で送信する座標まで送り届けてください」

 

「それだけでいいのか?」

 

「それだけでいいのです」

 

ニキシーナンバー・ドラゴンは納得のいかないように首を傾げる。

 

「むぅ……」

 

「…原因は偶然…解決策は単純…だからこそ早急に…けれども慎重に…静かに動かなければならない……と主は仰っています」

 

「…よく分かった」

 

納得がいったのか、ニキシーナンバー・ドラゴンは頷き、自身のタイムエンジンの調整を始める。

 

だがすぐに彼は違和感を感じる。

 

ウルルも彼と同じようにタイムエンジンの調整を行っていたのだ。

 

「クロノジェット・ドラゴン様の補佐である君も今回の任務に赴くのか!?」

 

「ええ、適材適所ということです、今回の任務はあなたとメスヘデ、私とエルル、そしてアルリムとジュシールの3チームがそれぞれ別の時空で行います」

 

「え!私も!?」

 

遠くでジュシールの声が聞こえるがウルルは気にしなかった。

 

「なるほど…“異常事態”という訳か……」

 

「特異点の詳細は追って連絡します」

 

「了解した」

 

ニキシーナンバー・ドラゴンは通信用のドキドキ・ワーカーに異常が無いことを確認するとメスヘデの腕をがっしりと掴む。

 

 

 

「行くぞ………お仕事の時間だ」

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

私、深見ヒカリは目まぐるしく変化する状況に対応しきれないでいた。

 

 

先ず、私はすぐにガスト・ブラスター・ドラゴンに見つかってしまったのだ。

 

そしてその口から放たれた攻撃が私に届くかというところで、ガスト・ブラスターと対峙していたもう一体の竜…撃退者 ドラグルーラー・ファントムによって私は守られていた。

 

“本物のドラグルーラーだ!”等と興奮する余裕も無かった…ガスト・ブラスターの攻撃を受けたドラグルーラーはモルドレッド・ファントムとしての姿に戻ってしまう。

 

今度こそ大ピンチ!という所で駆けつけてくれたのはブラスター・ダーク率いる撃退者…いやそこにいたメンバー的にはシャドウパラディン初代メンバーとでもいった方が良かっただろうか。

ダークボンド・トランペッターとマクリールが私とモルドレッドの元へ来る。

 

一方でブラスター・ダーク達はガスト・ブラスターと戦っていた…のだが、今度はブラスター・ダークの使っていた剣…そして鎧…“ブラスター兵装”が突然爆発してしまったのだ。

 

そして今に至る。

 

「くっ……何だ!?」

 

ガスト・ブラスターの尾を使った攻撃をブラスター・ダークは“ブラスター”としての力を失った剣で受け止める。

 

“ブラスター兵装”の力が無くともダークは戦うことはできるようだが…その顔は困惑していた。

 

(あの黒竜が何かした様子は……)

 

私はダークを見つめた。

 

「……ガスト・ブラスターが何かした様子は無い…一体何が……?」

 

私の呟きにモルドレッドが返す。

 

「単純にあいつの剣士としての腕…そして感情の力に兵装の力が追い付かなくなったのだろうな…ぐっ…」

 

「無理しちゃ駄目…」

 

傷口を抑え、呻くモルドレッドにダークボンドが寄り添う。

 

「ダーク!ここは1回撤退すべきじゃないかな!こっちには怪我人もいるし君の装備も不調だろ!!」

 

カロンが呼び掛ける。

 

「…ああ!全員!隊長と彼女を連れて撤退するぞ!」

 

(…私も…?)

 

勘定されていたのは嬉しいが…何というか…まるで私がここにいるのを知っているかのような言い方だった気がする。

 

「ほら…立って?」

 

「う…うん!!」

 

私はダークボンドの後を追いかける。

 

「滅びろぉぉぉ!!!」

 

ガスト・ブラスターの叫びが真っ暗な空を裂く。

 

ドギュウウウウウン……

 

一瞬、ガスト・ブラスターの攻撃が飛んできたのかと思い、身構えてしまった。

 

私の頭上を通過したエネルギーはガスト・ブラスターの物ではなく、私たちの前方にいた“魔界城”の物であった。

 

 

「ルゴス!マスカレード!カースド・ランサー!ツヴァイシュペーアが奴を足止めしている内に我々も撤退する!!」

 

2体の魔界城 ツヴァイシュペーアがその巨大な砲門から凄まじい威力のレーザーを放ちながら、ガスト・ブラスターに肉薄する。

 

ガスト・ブラスターの圧倒的な力に対抗しようとするツヴァイシュペーアの駆動部が悲鳴をあげ始めた。

 

「全員…撤退!!」

 

最後まで戦っていたダーク達も合流し私たちはその場所を脱出した。

 

 

 

私は後ろを振り返る。

 

もう戦場は遠く…ツヴァイシュペーアの爆発だけが微かに目に映るのみだった。

 

周りのシャドウパラディンのメンバーもそれを真剣な面持ちで見つめていた。

 

私はツヴァイシュペーアの犠牲に胸を痛めながらも自身が無事に生きていることにほっとする。

だが私自身の問題は何一つ解決していない。

 

 

(…………私…この後どうしたら……)

 

 

私たちは2頭の馬が引っ張る馬車の上にいた。

 

怪我の手当てが済んだモルドレッドが私の存在に気がついた。

 

モルドレッドは私の顔を見つめる。

 

 

「で、お前は誰なんだ」

 

 

モルドレッドが聞いてくる、まあ普通そうだよね、聞くよね。

 

むしろ聞いてこないダーク達の方に違和感を覚える。

 

「えっと……」

 

(こことは違う世界から来た……いやいやいきなりそれは…あ……でもここが“クレイ”なら異世界から来た人なんていくらでも……)

 

「…私は……」

 

「異世界から来た人間だ」

 

私はセリフをダークに取られる。

 

「……何で……」

 

この何でには二つの意味が込められている。

 

“何でそれを知っているの”と“何で私のセリフを取るの”である。

 

「…今日隊長が突然失踪した」

 

私はモルドレッドを見る…彼はばつが悪そうにそっぽを向いていた。

 

「そして俺達が隊長の向かった場所に見当をつけ、出撃しようとした所にオラクルシンクタンクの占術士からの預言を受けた」

 

ダークは思い出すように呟く。

 

「……『今宵…赤く染まる星の下に、救世の光を拾い上げし異世界の者が現れるだろう』……だそうだ」

「救世の光……」

 

私はデッキケースから“例のカード”を取り出す。

 

「…詳しいことは明日…オラクルシンクタンクに行って聞いてみるといい…隊長が連れていってくれる」

 

「…オラクルシンクタンクか……」

 

私はその言葉に反応する…本当にクレイなんだ…

 

そんな私を見てどう思ったのかカロンが言う。

 

「勘違いしないでもらいたいけど、僕達の目的はこっそりいなくなった隊長を連れ戻すことだったんだ……君が助かったのは本当に偶然だったということを覚えておいて欲しい」

 

「うん……ありがとう…」

 

「礼を言われる覚えは無い…俺達は俺達の為すべきことを為しただけだ」

 

ダークはそう言う。

 

だがその言葉に強く反応したのはモルドレッドだった。

 

「……これはお前たちがすべきことじゃない…もしかしたら全滅していたかもしれないんだぞ!?」

 

“これ”とはガスト・ブラスターとの戦いのことだろう……そうだよね…?

 

「今のお前は俺達の隊長だ…俺達はただ隊長の危機に駆けつけたのみ……というかまだシャドウパラディンの隊長として片付けて貰いたい書類が沢山残っているんだ…それを処理するまでお前に働いてもらわないと……困る」

 

ダークの最後の言葉はとても切実なものを感じる。

 

まるで3日連続の残業明けのサラリーマンだ。

 

「分かったよ…だが“あいつ”を放っておく訳にもいかないだろう…」

 

「その時はシャドウパラディンを動員して…」

 

「それで今のシャドウパラディンが全滅したらどうする!?…戦うのは俺一人でいい」

 

「…シャドウパラディンが全滅するような相手をお前一人で相手するつもりか?」

 

「…………」

 

モルドレッドが黙り込む…きっと相討ちを前提に戦おうとしているのだろう。

 

それにしてもだ。

 

 

(私の場違い感……凄まじいよね……)

 

私の中の心細さはどんどん大きくなっている。

 

正直、ものすごい不安だ。

 

「…とにかくだ」

 

今まで黙っていたマーハが口を開く。

 

「今は“影の宮殿”に帰ることを第一に考えるべきだろう……えっと…お前の名前は…」

 

マーハが私を見て聞いてくる。

 

「えっと……ふ……ヒカリです」

 

「ヒカリか…ヒカリの泊まる場所も考えてやらねばなるまい」

 

「……そうだったな」

 

ダークもモルドレッドへの追及を止める。

 

「え!……こんな得体の知れない人間…泊めてくれるの…!?」

 

私は驚く…はっきり言って野宿も覚悟していた。

 

「…悪い人間は自分で“得体の知れない”なんて言わないしな…それにこんな夜中に女の子を一人…放っておけないだろう?」

 

「うん…当然…」

 

マーハの言葉にダークボンドも同調する…私…泣くかも……知れない……。

「まあ、武器を持っている訳でも、特別体術に優れているようでも無さそうだからな…お前が敵だったとしてもここの連中相手なら変なマネはできないさ」

 

マーハが軽く笑いながら言う。

 

「あ…ははは…」

 

一応怪しまれてはいる…それもそうか。

 

「見たところ…私たちと違うところ(身体的に)は余り無さそうだし…影の宮殿の女子寮でいいんじゃないかな?」

 

そう言うのはヴァハ。

 

「女子(笑)?」

 

「うるさいっ!!女の子は永遠の18歳なのよ!」

 

ルゴスがヴァハに殴られる。

「……いや、そこは止めた方がいいだろう…………マーハ…お前の……いや、何でもない」

 

ダークがマーハに何かを言いかけて止めた。

 

「何だ…私の所では不安か?」

 

「お前は最近合流したばかりだからな……まだ部屋の整理が終わってないんじゃないか?」

 

つまりダークはマーハの部屋が散らかっているのではないかと言っていた。

 

「失礼な…部屋くらい……………いや…すまん」

 

やはり自分でも駄目だと思う程度には散らかっていたらしい。

 

「だろうな……だとすると」

 

全員の視線が一人に集まる。

 

「ん…」

 

「ダークハート…お前の所で彼女を受け入れてくれるか?」

 

「…いいよ…あなたはそれでいい?」

 

可愛らしい翠の瞳が私を見つめる。

 

「…うん!…ありがとう!!」

私はダーク…ボンド(?)のやわらかい手を思わず握り締めた。

 

何か少し気が楽になった気がする…少しだけど。

 

「おおぉ……」

 

ルゴスが何かに気づいたように私たちを凝視した。

 

「…どうしたのだ?」

 

「いや…二人ともマーハより胸が…」

 

「うるさいっ!私はまだまだ成長期だ!」

 

ルゴスがマーハに殴られる。

 

 

………………

 

 

 

あったかい手だ…。

 

「……もういい?」

 

「あ……!ごめんなさい!!」

 

「ううん…あなたの手…あったかかった」

 

結構長い時間彼女の手を握っていたようだ。

 

 

 

「さて…ヒカリの寝床も決まったことだし明日の予定を確認しようか」

 

カロンがまとめに入る。

 

 

「先ず隊長にはヒカリをオラクルシンクタンクの占術士のところまで案内してもらう……元々頼まれていたことだね」

 

 

カロンがモルドレッドを指差す。

 

 

「ヒカリ…だったか…よろしくな、一応ここでは隊長とかって呼ばれているモルドレッドだ」

 

「お前が隊長だろうが」

 

気のせいかダークの語調が荒くなっている気がする。

 

 

「えっと…よろしくお願いします」

 

「そう固くならんでいい」

 

「そうそう隊長威厳ねぇからな…」

「ルゴス…減給な」

 

「な…!?」

 

そんなやり取りもお構い無しにカロンは続ける。

 

「次にダークの兵装の再調整…さっきの隊長の言葉が本当なら兵装の調整しだいでダークが出せる力は以前よりも上昇するはずだからね」

 

「………」

 

ダークは動かなくなった漆黒の鎧を見つめた。

 

影の内乱時代から使用している装備なのだろう。

光を失った“ブラスター”は疲れたように傷ついた刀身を月の光に反射させていた。

 

 

「そして最後…例の“正体不明”の黒竜への対抗策の検討…あれを放っておくのは危険すぎる」

 

カロンの言葉にモルドレッドが何かを言いかける。

 

「そいつは………」

 

「……隊長はもう黙っていなくなるの…止めて…」

 

「…………………」

 

モルドレッドはダークボンドの言葉に何も言えなくなる。

 

 

 

 

何というか……また私…場違いな感じになってるな…

私はガタゴトと揺れる台車の上で漆黒の空を見つめるのだった。

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

「ヒカリが…消えた……」

 

 

 

太陽は真上で俺達の気も知らずに輝いていた。

 

俺、青葉ユウトとリーダーこと、天乃原チアキの二人は何もおかしい所の無いごく普通の路地裏で立ち尽くしていた。

 

目の前で人が一人消えた。

 

さらにその痕跡はまるで残っていなかった。

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

 

あの時、あの瞬間……ヒカリが“飲み込まれた”時から脳が全く仕事をしない。

 

 

「……警察……かしら……この場合」

 

「……どう説明する……?…突然人が目の前でいなくなったってか?」

 

「じゃあ!!……どうしろって言うのよ…」

 

「…………」

 

 

俺は何も言えなくなる。

 

 

「………」

 

 

「………だ…」

 

 

「…え?」

 

 

「とにかく!誰かに聞くんだ…ヒカリを見なかったかって……まずはそれからだ!!」

 

「…………そうね」

 

 

俺達は商店街の大通りに出る。

 

ちょうど俺の前をちょうどいい知り合いが通った。

1年B組委員長兼絶対天使ファンクラブ会員No.001…広瀬アイさん…。

 

「委員長!!」

 

「あら青葉君…ごきげんよう」

 

その雰囲気に若干の違和感を覚えつつ本題に入る。

 

「ヒカリを見かけなかったか!?」

 

「ヒカリ…それはどんな方なのですか?」

 

衝撃的だった……この人がこんなことを言うなんて。

 

「な……!?」

 

俺の言葉が出てこなくなるのを確認すると彼女は最後に何かを言って行ってしまった。

 

俺達も商店街を抜け、人のいない空き地に移動する。

 

「何だよこれ……」

 

「…レギオンメイト編……ね……」

 

どこか冷静さを取り戻したリーダーが俺の知らない単語を呟く。

 

「レギオンメイト編?」

 

「ええ…今テレビで放送中のアニメ、カードファイト!!ヴァンガードの副題よ……その中では主人公の先導アイチが行方不明になって皆の記憶から消えてしまうの……」

 

「じゃ…じゃあ!その物語を参考にすれば…どんな話なんだ!!どうなるんだアイチは!!」

 

リーダーは辛そうに俯く。

 

「まだ完結してないの…今は月で今期の主人公、櫂トシキとガイヤールというファイターが戦っているところよ……」

 

「え……月?」

 

 

…一瞬理解できなかったが…

 

俺は空を見上げる…そんな遠くに!?

 

『月にはいません』

 

「「…え?」」

 

女性の綺麗な声が周囲に響く。

 

空には歯車のような意匠を持った術式(?)が展開されていた。

 

『“深見ヒカリ”さんは今、私たちの仲間が捜索、保護に向かっています』

 

術式の中から人形のように綺麗な女性が降りてくる。

 

「な……何なの……あなたは…?」

 

全身に歯車を象った衣服を纏った彼女は俺達に礼をすると言った。

 

『ウルルと申します…この非常事態を解決するためにここに来ました』

 

彼女は言った…“非常事態”と。

 

「非常事態……解決?」

 

「どういうことだ!?……非常事態ってのはヒカリが関係しているのか?」

 

思わず語調が荒くなる。

 

「はい」

 

「ヒカリは無事なのか!?」

 

「はい、私の仲間が向かいましたから」

 

「ヒカリさんは今どこでどうしているの!?」

 

「こことは別の時空で発見しました」

「別の…時空…??」

 

「…そんなの…」

 

「「証拠は!?」」

 

彼女は少しの間考える。

 

「……今私がここに出現したことで納得してもらえますか」

 

「「…………まあ…」」

 

もう正直…これほど考えることが無駄に感じることも今後の人生には無いだろう。

その女性の丁寧な物腰もあって俺達はこの女性に馴れてきた。

 

 

 

俺達は彼女から少しずつ…理解できる範囲で“非常事態”について聞いた。

 

 

 

「俺たちがヒカリを覚えているのは……現場にいたから……ヒカリの存在は“今は”最初からこの時空にいなかったことになっている???」

 

「…簡単にまとめたわね…」

 

「…いや……時空の歪みとか…修正とか…3世界の衝突とか…もうよくわからないんだが…」

 

「…つまり…ヒカリさんが別の世界にいってしまったために…ヒカリさんが楔のような存在になってこの世界と別の世界を結びつけた…だけでなく、元々その別の世界と繋がっていた更に別の世界にもこの世界が繋がってしまい…“バランス”が崩れてくんずほぐれつなっている…ということね」

 

「もう何言っているのか俺には…」

 

「別の世界…この場合は平行世界の同一座標にある似た環境の惑星が“重なってしまった”ということです」

 

俺は頭を抱える…おそらくきっとたぶん…優しい言葉に直してくれているのだろうが…理性が理解を拒んでいる。

 

「…でもどうしてそれを教えてくれたのかしら」

 

すると彼女は微笑んだ。

 

「“深見ヒカリ”さん…」

 

「「?」」

 

「彼女の安否は現場に居合わせたあなた方に教えた方が良いかと思いました……迷惑でしたか?」

 

「そんなことない!!」

 

「……ありがとう…」

 

彼女は東の空を見つめる。

 

「ヒカリさんもこの星の時間で今日中には戻ってこれるでしょう」

 

「本当か!?」

 

「はい…私はそれまでに“あれ”を何とかしなければなりません……」

 

彼女が見つめる先にあるのは……蜃気楼…?

 

その向こうにあるはずのない巨大なビルが見える。

 

「立凪ビル……」

 

隣でリーダーが呟く…なんであのビルの名前を知っているんだ?

 

彼女はビルの方向に歩き出す。

 

「ちょっと待て!徒歩で行くのか!?」

 

ここからあのビルまではかなり…電車で駅2つ分はあるぞ……?

 

「何かおかしいですか?」

 

「おかしくは無いんだが……もっと速く移動する方法はあるぞ……」

 

「いえ……歩いていきます」

 

「いやだからさ」

 

「歩きます」

 

「でも…」

 

「拒否、歩きます」

 

この人想像以上に頑固じゃないか?

 

最早その断り方は理由があるといった感じでは無かった。

 

リーダーが俺に助け船を出す。

 

「お礼よ……」

 

「お礼ですか?」

 

「そう…私たちにヒカリさんのことを教えてくれたお礼…私たちの好意、受け取ってはもらえないかしら?」

 

彼女はその言葉を聞いて、しばらく悩むと言った。

 

 

「……わかりました…あなた方の意見に従います」

 

 

俺達は駅に向かって歩き出す。

 

絶望などしない、逃げない。

 

そうさ、嘆いている暇なんて無い。

 

ヒカリが戻ってくる…そう信じて行こう。

 

 

「…もう戻れない道を……あ、もしかしてあのビル…危険だったりするのか…?」

 

「そんなことはありません…優秀なボディーガードもいます」

 

そう言って彼女…ウルルさんは誰もいない空間を見つめるのだった。

 

 

 

「あのビルがある方……確かジュリアンはあっちの方に行ったのよね…」

 

 

 

リーダーが遠くを見つめる。

 

 

 

 

「……あなたもヒカリさんのこと…忘れているのかしら……」

 

 

 

 



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024 Dark heart~その男、櫂トシキ~

太陽は今日も元気に僕を殺そうとしている…そんな7月21日。

 

銀髪の青年が頭の中でお気に入りの曲を再生させながら、カードショップへと向かっていた。

 

 

 

(どんな時も失くせない~♪希望は~僕らの~最後のギアさ~♪……さて…次のショップは…“カードレインボー”っすね)

 

僕、舞原ジュリアンはあちこちのショップで予約してあったヴァンガードの商品を受け取っている最中っす。

 

ヒカリさん御用達のシャドウパラディン…他にもジェネシスのブースターやゴルパラ、リンクのトライアル…特にリンクのトライアル付属のフォトンは少しでも多く回収したいものっす!もちろんRRR版で!

 

片手に日傘、片手に鞄を持って次のショップを目指すっす。

 

「おや…君は舞原君か」

 

「こんにちわっす黒川さん!」

 

僕の前に現れたのは黒川ユズキさん…以前お嬢がチームに誘ったことのある現役カードファイターっす。

 

最近はヒカリさんと仲が良さそうで…

 

「その様子だと、沢山買ったようだね」

 

「そう言う黒川さんだって!」

 

彼女も僕と同じようにトライアルデッキ等を買ってきた後のようっすね。

 

「今回は宵闇の鎮魂歌を多目に買ってみたんすよね…abyssが出たらヒカリさんにあげたいっすし」

 

「ヒカリ…さん…?……あれ…?」

 

「?……」

 

何となく黒川さん様子がおかしいように感じたんすけど、正直もっとおかしなことが目の前で起きたっす。

 

目の前が真っ白になったっす………。

 

…突然僕達は霧の中に入ってしまったっすよ…。

「…どういうことっすかね…もしかしてぴーえむ…」

 

「いや…いくらなんでも局地的すぎる……何っ!?」

 

僕より先に霧を抜けた黒川さんが何かに驚いた…?

 

僕も急いで黒川さんの後を追うっす。

 

「おいおい…嘘だよな…」

 

そう呟く黒川さんに続いて僕も前を見る。

 

「どうしたんすか…ってええ!?」

 

僕達の前に現れたのはごく普通のカードショップ…ただしその店名は…

 

「…カードキャピタル…か…」

 

その外見もここから窺える内装も…明らかにアニメで見た“あの店”だった……っす。

 

「これって…神隠し…的な奴か…?」

 

「…ちょっと待ってて欲しいっす」

 

僕は来た道を…霧の中を戻る。

 

すぐに今までいた“見慣れた景色の町”まで帰ることができた。

僕は戻って黒川さんに報告する。

 

「黒川さん、神隠しでは無いみたいっすよ…黒川さん?」

 

「………」

 

黒川さんはカードキャピタルを前にして動かない。

 

「舞原君…私たちはヴァンガードファイターだ…」

 

「…そうっすね?」

「ヴァンガードファイターが“カードキャピタル”という店を見つけて気にならない…そんなことないだろう?」

 

「そうっすね」

 

「ならば!行くぞ舞原君!!」

 

「えっ!?ちょ…」

 

駆け出す黒川さんを僕は追いかける。

 

(それはいいんすけど…今、僕が持ってるデッキは…)

 

僕は不安を抱えながら店内に入る。

 

そこでは二人の男じy…いや二人の青年がヴァンガードファイトをしていた。

 

「…まじっすか」

 

「…ははは……これは…」

 

その二人を僕は…黒川さんは…いや大体のヴァンガードファイターは知っているだろう。(アニメを見ていなくても商品のパッケージには描いてあるんだし)

 

青髪の青年は言う。

 

「行くよ!櫂くん!!」

 

もう一人がそれに答える。

 

「ああ…来い!!」

 

青髪の青年がカードを構える。そして…

 

「降臨せよ!騎士達の主!!ライド!光源の探索者 アルフレッド・エクシヴ!!」

 

 

そのカードは見ていた僕達にとって全く知らないものだったっす。

 

「何すか…エクシヴ…って」

 

「いや…よく見ろ…ネオンメサイアと同日発売のスリーブの画像が流れた時にあんな騎士王いなかったか?」

 

「えっと…じゃあ…もしかして…」

 

僕達はショップの入り口から店内を見回す…。

 

「…シークメイト!!」

 

ショップの棚…一番右端に“それ”はあったっす。

 

ネオンメサイアと書かれたブースターパック…。

 

…絶賛発売中だったっす。

 

(…ムービーブースター……ネオンメサイア…こっちじゃまだほとんど情報出ていないのに…)

 

 

 

「…探索の旅は終わり、再び君と巡り会う!!ブラスター・ブレード!!双闘!!」

 

 

櫂トシキ…先導アイチ…この二人のファイトを見ていた黒川さんが話しかけてくるっす。

 

 

 

「櫂くんとアイチくんが私たちの知らないカードで…目の前で戦っている…こんなに楽しい状況…味わったこと無いぞ!舞原君!!」

 

「そりゃそうっすけど………」

 

 

 

(一体………何なんすか………)

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

 

シャドウパラディンの本拠地…影の宮殿と呼ばれる屋敷の周りに広がる町…その中にあるしっかりとした造りの家に私、深見ヒカリは来ていた。

「えっと…お邪魔します…」

 

私はだったんの家にお邪魔させてもらうことになっていた。

 

どうやら彼女もここに引っ越したのは最近らしい。

なんでも星輝大戦の後、シャドウパラディンへの加入を希望する人間が増えてしまったことに原因があるとか…。

 

ちなみに私が危険な持ち物を持っていないかの検査が少し前に行われたのだが、その時の自身のヴァンガードカードを見たモルドレッドの顔は今でも忘れられない。

 

(…驚いてたな……)

 

私は慎重に部屋に入る。

 

「ようこそ…えっと…特におもしろみの無い家だから…緊張しなくていいよ」

 

「あ…うん……お世話になります」

 

モルドレッドと同じように私も普段カードで見ている人たちが目の前にいるのは…変な感じだ。

 

「そうだ…お腹空いてない?僕、何か作るよ」

 

「あ、ありがとう…だ…トランペッターさん」

 

「うん、どういたしまして…あと」

 

彼女は何か言いかける。

 

「?」

 

「うん…トランペッターさんじゃ…この近くには結構いるから僕のことは」

 

「だったん?」

「違う……ダークハートさんって呼んで」

 

「…ダークボンドじゃないんだね」

 

私が持っているカードでは“撃退者 ダークボンド・トランペッター”だったんだけど…。

 

「知ってたんだ…でも今の僕はダークハートだよ……これから、自分がしたいこと、しなきゃいけないことを見つけるため…今よりも成長するために……まずは名前から変えたんだ」

 

そう答える彼女の顔は決意に満ちていた。

 

だから…こんなことを考えてしまったのは彼女にも失礼だとは思った。

 

「成長…」

 

つい私は彼女の体の一点を見つめてしまった…それは私の持っているカードで見た時よりも確実に大きくなっていて…

 

「…胸とか?」

 

つい言ってしまった。

彼女は真っ赤になってこちらを睨む。

「違う!…それに…あなたも同じくらいあるじゃない…」

「……///」

 

今度は私が真っ赤になる番だった。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

「ん…どう?」

 

「…美味しい…すごく美味しい!!」

 

「うん…そう言ってくれると…嬉しい」

私はだったんが作ってくれた料理に感動する。

 

彼女の作ってくれたシチューのようなもの、パスタのようなもの…他にも様々な料理が並べられていたが、そのどれもが私の今まで食べてきた料理のランキングベスト10に入る美味しさだった。

 

私はだったんが新たに持ってきてくれたパンのようなものを口にする。

 

「これも美味しい…名前は何て言うの?」

 

「え…自家製パン…かな」

 

「あ、そっか…こっちでもパンって言うんだね………って自家製!?」

「うん」

 

私は彼女の家庭的な面に関心する。

 

(…“パン”か…じゃあさっきのも“シチュー”や“パスタ”だったのかな)

 

どうやら地球とクレイでは色々と共通する所があるらしい。

 

(そもそも…言葉が通じてるんだもんね…)

 

私も明日の昼頃にはモルドレッドに“オラクルシンクタンク”へと連れていかれるらしいし、今日はゆっくり休みたい気分だ。

 

そんな気分になれるかは置いておくが…。

 

「うーん…」

 

(服が汗ばんでいる…お風呂に入りたい……)

 

「えっと…」

 

「何?」

 

「大きな町だし…銭湯とかあるのかな…あ…その前に私、着替えが無いか……」

 

「銭湯ならあるけどお風呂なら僕の家のを使っていいよ……この町の銭湯はたまに魔女の人達が変な実験してたりするから………あ、着替えは僕の使って……………ある程度サイズは合うでしょ…」

 

だったんは先程の会話を思い出したのか、顔を赤らめながら不機嫌そうにそっぽを向く。

 

「…ありがとう……じゃあ」

私は彼女の背中を押す…因みにエンジェルというのは翼や頭の輪を自在に出し入れできるらしい。

 

私は彼女の翼の無い背中を押しながらお風呂がある(と思われる)方向に進む。

 

「…何?」

 

「…一緒に入ろう?」

 

「え」

 

 

我ながら大胆なことを言っている気がする。

 

 

(でも……今は寂しいんだ…一人が)

 

「さあ…行こう…」

 

「……」

 

 

* * * * *

 

 

 

「……いいものを見せてもらったよ」

 

私は若干のぼせながら言った。

 

「…あなたも僕とそう変わらないから…///」

 

お風呂から出ると私はだったんの姿を見る。

 

紫の髪を降ろした彼女は私の視線に気がついた。

 

「どうしたの」

「ううん…何でもない…」

 

(改めて…髪を降ろした姿は初めて見たなぁ…)

 

彼女と私は慎重こそ少し違えど体型は似ていたため、着ることのできる服は着ることができた。

 

私は窓から夜空を見上げる。

 

外には私の知らない星々が輝いていた。

 

私の後ろでだったんが何かを用意している。

 

「アップルパイ焼いたけど…食べる?」

 

「…うん!」

 

彼女の手作りだと言うそのアップルパイもまた美味であった。

 

「……明日はオラクルシンクタンクか…」

 

「不安?」

 

「うん…まあね」

 

知らない世界…知らない場所…だけど名前は…どんな人がいるのかは知っている…とても不思議な感覚だ。

 

「だったら…あなたの世界の話…聞かせて?…何か話せば緊張も和らぐかも」

 

それは彼女の気づかい…薄々気づいてはいたが、やはり彼女はとても懐が深い。

 

「ふふ……ありがと…」

 

私と彼女はベッドに座る。

 

 

(…私の世界……私の話か…たいした話は無いけど…)

 

 

私は隣に座るだったんに話を始める。

 

 

自身のトラウマや楽しかった思い出を…

 

 

彼女はひたすら聴いてくれた。

 

 

 

 

 

二人の少女を月は優しく見守っている。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

僕、舞原ジュリアンは何故かファイトテーブルの前に立っていた。

 

そして何故か目の前には櫂トシキがいる。

 

「…どうした、デッキを出せ」

 

 

何故か…

 

 

 

(…何故か…じゃないっすね…“ファイトしてください”って言っちゃったのは僕っすから………でも)

 

 

僕はデッキケースの中身を見る。

 

デッキのトップにはFVである星輝兵 ワールドライン・ドラゴンが用意されていた。

 

(そう…よりにもよって僕の今日のデッキは星輝兵…それもグレンディオス…その上“遊び”要素多目になってるんすよね…)

 

おそらくこの世界が“アニメ版ヴァンガード”の世界ならば僕の持ってきたリンクジョーカーは忌み嫌われる存在…そんなクランを使って大丈夫なんすか…

 

(…でもアイチくんが“探索者”を使っていてムービーブースターが発売しているってことは、今アニメでやっているリンクジョーカー関連のいざこざは解決したってことっすよね…)

 

櫂くん、アイチくん、黒川さんの三人が僕を見つめているっす。

 

「……戦いたくない理由でもあるのか」

 

「いや…でも……それは……」

 

「はっきりしろ」

 

ここまで強く言われると返事に困る。

 

(……今から他のデッキを作るのも無理っすから…やっぱり“こいつら”でやるしかないんすね…)

 

「……このデッキで挑ませてもらうっす……けど、見て驚かないで欲しいっす」

 

僕はデッキを取りだし、FVをヴァンガードサークルに置いてデッキをシャッフルするっす。

 

(黒川さん……事情を察してくれてもいいじゃないっすか…)

 

そんな黒川さんはアイチくんと一緒に何やら雑談している…。

(このデッキ…“あいつ”が入ってるんすよね…)

 

僕の脳裏に浮かぶ黒輪の剣士…だが勝利のイメージは浮かばない。

 

(こんな大事な勝負で……“君”に呪われてるんすかね…僕は)

 

「…用意はいいか?」

 

「…もちろんっす」

 

僕たちはFVに手をかける。

 

「舞原君のファイトか…」

 

「…櫂くん」

 

(行くっすよ… 僕のリンクジョーカー(マイ・フェイバリット・クラン)

 

「スタンドアップ・the・ヴァンガード!!」

 

「スタンドアップ!!…ヴァンガード!!」

 

互いのFVが姿を見せる。

 

「「「「…!そのユニットは!!」」」」

 

その場にいた全員が驚く。

 

 

櫂くんとアイチくんは僕のFV…星輝兵 ワールドライン・ドラゴンを見て。

 

「…リンクジョーカー…だと!?」

 

「…こんなに早く……クレイは…」

 

 

そして僕と黒川さんは櫂くんのFVを見て驚く。

 

 

「煉獄竜…ペタルフレアドラコキッド??」

 

「見たことない…というかテキストが無いな」

見たことないのはともかく、テキストが見えないのはここがアニメ世界だからだろう…きっと。

 

僕らはしばらくの間黙り込む。

 

 

「…ファイトを始めるぞ」

 

「…僕のクランを見て…あまり焦って無いっすね」

 

すると隣にいたアイチくんが口を開く。

 

 

「僕も櫂くんも知っている…リンクジョーカーだって立派なクレイのクランだって……それに」

 

「そのリンクジョーカーからは邪悪な気配がしない……つまりリンクジョーカーであってリンクジョーカーではない…」

 

 

「…そんなことまで判るんすね」

 

「そうと決まればファイトだ」

 

「…そうっすね、僕は後攻っす」

 

 

「そうだったな…ドロー!ライド!ドラゴンモンク ゴジョー(7000)!ペタルフレア(5000)のスキル…コール!ターンエンドだ」

 

「……ドロー…障壁の星輝兵 プロメチウム(6000)にライドっす…アタック!」 「ノーガード」

 

「ドライブチェック…メビウスブレス…トリガー無し…ターンエンド…」

 

「俺のターン…ドロー!煉獄竜 メナスレーザー・ドラゴン(9000)にライド!煉獄竜 ワールウインド・ドラゴンをコール(9000)!!ペタルフレアのブースト!メナスレーザーでプロメチウムにアタック!!(14000)」

 

「…ノーガード…」「ドライブチェック、ボーテックス・ドラゴニュート!」

 

 

「…ダメージチェック…メビウスブレス…」

 

 

「ワールウインドでアタック!(12000)」

 

 

「…ダメージはヴァイス・ゾルダート…クリティカルっす」

 

ファイトは淡々と進む…僕は手札を見てはいたが何も考えていなかった。

 

 

「ターンエンドだ……何故本気を出さない」

 

「僕が…本気じゃない?…まだ4ターン目じゃないっすか…」

 

そう…まだ4ターン目…まだ……

 

 

「…その目だ」

 

「……」

 

「何を悩んでいる」

 

「…何もないっすよ…スタンド、ドロー…メビウスブレス・ドラゴンにライド(9000)…ヴァンガードにアタックっす」

 

「……ノーガードだ」

 

「…ドライブチェック…ヴァイスゾルダート…クリティカルっす…効果は全てメビウスブレスに」

 

「ダメージチェック…メナスレーザー…そして…ワールウインドだ」

 

「スキル発動…ワールウインド・ドラゴンを呪縛」

 

メナスレーザーの隣にいたワールウインド・ドラゴンが裏向きにして置かれる。

 

(悩み……そんなもの……)

 

僕は手札で待機する黒輪の剣士を見つめた。

 

僕は“彼”の使い方、タイミングが分かっていない。

 

「…俺のターンだ…スタンド…ドロー!…渦巻く炎で破滅を導け!!ライド!煉獄竜 ボーテックス・ドラゴニュート(11000)!!」

 

(ボーテックス…レギオンスキルは…トリニティクリムゾンフレイム…強制1ダメージっすね…)

 

「煉獄竜騎士 ジアーをコール(7000)…ペタルフレアのブースト!ボーテックス・ドラゴニュートでメビウスブレスにアタック!!(16000)」

 

「…ノーガード」

 

「ツインドライブ!…槍の化身 ター(ゲット!クリティカルトリガー)!クリティカルはボーテックス、パワーはジアーに!…セカンドチェック…煉獄竜 ランパート・ドラゴン」

 

「ダメージチェック…1枚…プロメチウム…2枚…ジェイラーテイル!ドロートリガー!パワーはVに…1枚ドローっす!」

 

「ジアーでメビウスブレスにアタック!(15000)」

 

「…ネビュラキャプターでガード!」

 

「これでターンエンドだ…解呪」

 

呪縛されていたワールウインドが戦列に復帰する。

 

「…スタンド、ドローっす…絶望を力に変える巨神!星輝兵“Ω”グレンディオス(11000)!! 」

「ほう…」

 

「グレンディオス…」

 

「舞原君のはシリアルナンバー入りか…すごいな」

 

三人とも違った感想をこぼす。

 

「ドラゴニック・オーバーロード“The Яe-birth”をコール!グレンディオスのスキルで、オーバーロードはリンクジョーカーのユニットになる!パワーも上昇!(11000→15000)」

 

「“The Яe-birth”……そんなユニットまで持っていたか……」

 

「櫂くんの…リバースユニットだね……どうして」

 

 

…二人が不思議そうな顔をする。

 

 

そんな二人に黒川さんが一言。

 

 

「そこは気にしなくていいけどね」

 

「「?」」

 

黒川さんはあれでフォローになったと思っているのだろうか。

 

「グレンディオスのスキルでワールウインド・ドラゴンを…呪縛!!このままグレンディオスでアタック!!(11000)」

 

「ターでガードだ(2枚貫通)」

 

「ツインドライブ…ファースト…ネビュラキャプター!ドロートリガー!!…パワーをドミネイトに与え1枚ドロー…セカンド…ドーントレスドミネイト・ドラゴン“Я”…トリガー無しっす…“The Яe-birth”でヴァンガードにアタック!!(20000)」

 

「アガフィアでガード」

 

完全に防がれる…そして彼のドロップゾーンには双闘用のコストが集まり始めていた。

 

僕のダメージは4…それに対して櫂トシキは2…櫂トシキというファイター相手にこの差は厳しかった。

 

 

「…行くぞ、俺のターン…スタンド、ドロー!…煉獄の灼熱に焼かれ…幾度も蘇る帝国の竜王よ!炎の中で奮い立て…俺の分身!ライド・the・ヴァンガード!!」

 

 

「…また知らないカードっす…」

 

「櫂くんの分身…」

 

「へえ…あれが…か」

 

 

ネオンメサイア収録…RRRのカード(おそらく)…

 

「…煉獄皇竜 ドラゴニック・オーバーロード・ザ・グレート!!!」

 

 

 

 

(本当……何でテキスト書いてないんすかねえ……)

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

……いつのまにか数ターンが終わっていた。

 

その間櫂トシキはザ・グレートのレギオンを繰り返していた。

 

繰り返すのはいい…だが問題はそのスキル…いわゆるVスタンドと呼ばれるものだ。

 

 

 

 

僕は振り替える。

 

 

 

 

ーー(1回目)ーー

 

「グレンディオスにレギオンアタック!!」

 

「……ルビジウムをガーディアンに!その攻撃は全てドラゴニック・オーバーロード“The Яe-birth”に与えるっす!!」

 

(どんなに強力でも…ルビジウムの前には無駄っす!)

 

ドライブチェックを終え、僕はドーントレスを退却させる。

 

「ふっ…」

 

「……何すか?」

 

「そう来ると思っていた…レギオンスキル発動!!煉獄の竜は再び立ち上がる!!」

 

 

 

 

 

ーー(2回目)ーー

 

「リアガードのドーントレスドミネイト・ドラゴン“Я”にアタック!!」

 

(……あのスキルは初代オーバーロードをイメージしたもの…?……ならヒット時スキル……よし)

 

「プロメチウムで完全ガードっす!!」

 

(……これで防ぐことができれば……)

 

「いいだろう…チェック・ザ・ドライブトリガー……そしてレギオンスキル発動!!煉獄の竜は何度でも立ち上がる!!」

 

 

 

ーーそして今

 

 

 

 

ダメージは4対4…一応手札は僕の方が多い9枚…櫂くんは7枚………

 

櫂トシキがアタックを宣言する。

 

「行くぞ…2体の竜の咆哮よ!全ての敵を!恐怖に怯えさせろ!!グレンディオスにアタック!!」

 

 

(…ぶっちゃけ…櫂くんには僕の手札はバレてるっす…そう、完全ガードが無いことも…)

 

僕は自分の手札を見つめる。

 

Яユニット…トリガーユニット…ルイン・マジシャン…ルビジウム……そして“彼”

 

(ルビジウムを使えばアタックを回避できるが…オーバーロードはスタンドする……トリガーで守るしか無い…いや…ルビジウムは2枚…場のЯユニットも2枚…だったらこいつらで…)

 

「ルビジウムでアタック対象をドーントレスЯに変更っす!」

 

 

「…チェック・ザ・ドライブトリガー…」

 

 

櫂トシキがドライブチェックを始める。

 

このターンでルビジウムも最後、完全ガードのプロメチウムも無い、Яユニットは手札に少しずつしか来ない、手札に“彼”がいる……

 

(……僕は……この人に…勝てない)

 

 

 

何故だろう…僕はすでに勝負を諦めていた。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

「………僕の負けっす」

 

「………」

 

 

僕は手札を置く………そしてその場にへたりこんだ…

 

これが今の僕の…実力。

 

 

「君はよく頑張ったよ舞原君」

 

「そうです!櫂くん相手にここまで戦えるなんて!」

 

黒川さんとアイチ君の励ましの声が聞こえる。

 

「まさか…トリガー、完全ガード、ルビジウムの全てを使いきった後にドラゴニック・オーバーロード“The Яe-birth”にライドするとは思わなかったよ」

 

「しかもルイン・マジシャンでЯユニットを回収した後に、それをコール………そこから櫂くんと同じエターナル・フレイム・リバースを放つなんて……」

 

「あ、はは………………」

 

しかしその櫂トシキは僕の手札を見つめていた。

 

 

「人のプレイングに余り口を挟みたくは無いが……お前……なぜこいつを使わなかった?」

 

「………」

 

櫂トシキが僕に見せてきたカード……それは“彼”。

 

「………」

 

「俺も知らないカードだ…こいつは…」

 

「…っ見えないんすよ………勝利のイメージが…僕には…そいつじゃあ…」

 

「じゃあ…何故デッキに入っている」

 

「………………何故かって…そんなの…」

 

「使いもしないカードをデッキに入れているというのか……お前は」

 

「それは……」

 

 

使えない…そう割りきったカードだ…Яユニットを扱うならグレンディオスやクレイドルの方が使いやすいって………割りきった。

 

 

「…そんなの………」

 

 

でも僕はこの…“彼”の入ったデッキを作り…解体できないでいる。

 

だから…そんなの………

 

 

「そんな……の………」

 

 

理由なんて………

 

 

「……好きだからに決まってるじゃないかっ!!」

 

 

僕は櫂トシキからそのカードを奪うように受けとる。

 

どこかその顔は優しく……それが僕の心の“何か”に触れる。

 

 

「でも!僕は…最強のファイターになりたいっ!そのためにこいつは不必要なんだ!!」

 

 

「………本当にそうか?」

 

 

そう言ったのは櫂トシキその人だった。

 

 

 

「…本当に………?」

 

 

「お前の言う最強とは何だ」

 

 

僕の最強…それは………

 

 

「…それは……誰が見ても…相手を実力で倒したと言ってもらえる…ファイター………」

 

 

「人の目を気にしての最強か……誰かに許しを求めている…そんな風に聞こえるが…」

 

 

「うるさい…」

 

 

今の僕は…惨めだ。

「最強とは……一人でなれるものじゃない上に誰かの目を気にしてなるものでもない」

 

「そりゃ…そうっすよ…誰かと比べての最強なんすから…………誰かの目を気にしては余計なお世話っす」

 

 

「…誰かと比べ合うんじゃない…誰かと競い合う…共に最強を目指す親友(メイト)がいるから…そして共に最強となる分身(ヴァンガード)がいるから道を踏み外さずに高みを…最強を目指すことができる…最強とはそういうものだ」

 

そう言う櫂トシキの目はアイチの方を見つめていた。

「メイトと…ヴァンガード……そんなの………」

 

 

僕はどこか真っ白な頭でそのカードを見つめる。

 

 

 

その名は…“勅令の星輝兵 ハルシウム”

 

 

そう…君は僕の分身(ヴァンガード)だ。

 

 

だけど………………

 

 

 

 

 

「櫂くん!!」

 

突然アイチくんが叫ぶ。

 

窓の外に何かを見つけたらしい。

 

「どうした!アイチ!!」

 

 

二人はショップの外に出る。

 

すると今度は僕の携帯が鳴り出した。

 

 

ーー胸の奥で震えてる♪思いが目覚…ピッ

 

 

「もしもし?」

 

『ジュリアン!!聞こえる!?』

 

「お嬢…なんすか?ヒカリさんと一緒っすよね?」

 

『あなた…!?ヒカリさんを覚えているのね!』

 

「へ…?何言ってんすか??」

 

『とにかく!覚えているなら今から送る写真の場所に来なさい!!』

 

 

「へ??」

 

 

僕は写真を確認する…この建物…どこかで……あ………立凪ビル?……この写真でどうやってそこまで行けと………

 

「櫂くん………見えた?」

 

「ああ…立凪ビルの上に……小さいが“黒輪”だ…」

 

「はっきり見えるんだ…櫂くん…凄い」

 

 

 

 

 

黒輪?…本当に一体どうなってるんすか??

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「隊長…遅い」

 

「悪い悪い…ダークの奴のお小言が長くてな…さて、ヒカリ…だったよな?…行くとするか」

 

「あ、はい」

 

「ヒカリ…元の世界に戻れるといいね」

 

「うん…そうだ…貰ったアップルパイ…大切に食べるね」

 

「…今日中には食べないと駄目」

 

「うん…そうだね……それじゃあ……またね」

 

「……またね」

 

 

私は彼女と手を握り合う。

 

青い空には地球と同じように太陽が輝く…細かな違いはあれど、この星の環境は私の知っている地球とよく似ている気がした。

 

私、深見ヒカリはだったんに見送られながら、モルドレッドと“オラクルシンクタンク”へと出発した。

 

私はモルドレッドと一緒に彼の馬に乗る…。

 

 

「随分と仲良くなったみたいだな」

 

「う…うん」

 

「そんなに緊張しなくていいぞ」

 

「うん…だ…大丈夫…」

 

“あのモルドレッド”が目の前にいるのだ…緊張するなというのが無理な話である。

 

 

「まあ…ダークハートはいい奴だな」

「うん…私の話も聴いてくれた…」

 

「ほう…異世界から来た少女の話…か俺も聞いてみたいが…」

 

「楽しい話じゃないですよ」

 

 

モルドレッドは無理に話さなくてもいいと言ってくれたけど…私はぽつりぽつりと…昨日だったんに聴いてもらった話を始める。

 

 

私が話をしている間も私たちを乗せた馬は変わらぬスピードで走っていた。

 

 

川を、森を抜ける。

 

 

遠くの方に巨大なビルが見え始めてきた。

 

きっとあれがユナイテッドサンクチュアリ…神聖国家の中央都市なのだろう。

 

「…それで両親がいなくなって…友達とも別れて…一人になった…」

 

「……」

 

「新しい環境に放り出された…最初は新しい出会いがあるって前向きだった…でも……そこにいた人達はどこかみんな……怖かった…他人が見えていないみたいで」

 

「……」

 

「私も最初は周りに合わせようかと思った…でも無理……怖くなったんだ…自分を傷つけるのも、誰かを傷つけるのも…」

 

私の言葉を黒騎士は黙って聴いていた。

 

「傷つきたくなかった…だから自分を偽って…自分じゃ無い…そこにいるのは自分じゃ無いんだって思い込もうとした……今は偽った自分も自分でしかないって認めることができたけど……偽ろうと…逃げようとしたことは変わらない……」

 

「……そうか」

 

私は俯く…痛い…胸が痛い…でも私は何に対して自分が苦しんでいるのか分からなかった。

 

すると黒騎士の…モルドレッドの手が私の頭に乗せられる…ぽんっ…と。

 

「?」

 

「昔を…後悔しているんだな…」

 

「後悔…」

 

そうかもしれない…あの時偽らなければ…逃げなければ何かが変わった…とは思えない……それでも偽って…逃げたことを私は後悔している…私の間違いだから。

 

「…我…いや俺から言えることなどそうないが………まあ…何だろうな…」

 

私はモルドレッドの方を振り向く。

 

緋色の瞳は私の方を見つめていた。

 

「後悔した時はまず…自分を…明日を見失わないようにすることだ」

 

「…明日」

 

「そのために大事なことが二つある」

「二つ……………?」

 

私は緋色の瞳を見つめる。

 

「そうだ、自身の未来を切り開く二つの思い……“挑む勇気”と“続ける覚悟”だ………」

 

「………“勇気”と…“覚悟”」

 

「我ながら安っぽい言葉になっちまったか…だがそれを知っていれば…どんな辛い状況でも…真っ直ぐ未来を見ることができる……」

 

「……どんな辛い状況でも……」

 

「ま、それが難しいんだがな」

 

「ううん…覚えるよ……あなたの言葉」

 

「そうか」

 

 

(だって…今のあなたが在るのは…)

 

 

 

私が思い浮かべるのは影の内乱…その結末。

 

 

 

(“勇気”と“覚悟”………確かにそれは…絶望に満ちたあなたの未来を文字通り、切り開いたのだから……)

 

 

 

 

私の髪が爽やかな風を受けて揺れた。

 

 

 



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025 Merkur~黒輪を散らす黄金の花~

私、深見ヒカリはモルドレッドと一緒にユナイテッドサンクチュアリ…神聖国家の街の中を歩いていた。

 

目指すはオラクルシンクタンクの本社…途中までは馬での移動だったが、今は徒歩だ。

 

私はモルドレッドに街を案内してもらいながら歩く。

 

モルドレッドの刺々しい鎧が周囲の注意を引く…ちなみに私は一応ずっと学校の制服だ。

 

「ヒカリ…待て」

 

「え?…あ…」

 

私たちの前を木材を乗せた馬車が通った。

 

街のあちこちで工事が見られるのは、おそらく星輝兵との戦いの名残なのだろう。

 

街は“生きる力”で溢れていた。

 

 

「あ…あれ…何だろう」

 

「ん…?あれか」

 

私が見つけたのは遠くで光る物体…少しずつこちらに近づいてくる。

 

 

小さい生き物…?いや…妖精??

 

 

「ピカ!ピカピー!」

 

「うわ……何かこう…危ない鳴き声…」

 

世界で2番目に有名なネズミのような鳴き声だ。

 

「あれは…エレメンタルだな…こうして実体を持っているのは珍しいが」

 

「エレメンタル?」

 

モルドレッドの説明に知らない言葉が出てくる。

 

エレメンタル…その姿は丸いほっぺ、黄色のシャツ…そんな言葉を思い出す。

 

頭から伸びる長い耳のようなものが揺れている。

 

「うわ…可愛い」

 

私は思わずそれを抱っこしてしまう。

 

「ピカ一!ピカッ?チュー」

 

ぺちぺちと叩いてくる…全然痛くない…可愛い…。

 

「ピッ!」

 

「うわっ!」

突然輝いたかと思うとその生き物(?)は消えてしまっていた。

 

「え…?」

「エレメンタルは実体を維持するのが苦手だからな」

 

「………そうなんだ……」

 

「そう落ち込むな……それにもうすぐオラクルシンクタンク本社だぞ」

 

目の前には巨大なビルが立ちはだかっていた。

 

「ここが………」

 

神聖国家で最大の規模を持つ企業…いや他の企業を知らないんだけれども。

 

「行くぞ…俺達が会いに行くのは…“メイガス”の連中だ」

 

「う…うん」

 

私たちは建物の敷地内に入っていく。

 

私は周りを見渡す。

 

二人の女性が話し込んでいた。

 

一人はスーツ姿…オラクルシンクタンクの社員かな?

 

「…でどうですか!?タンクマンは!?」

 

そう聞くのはハチマキを巻いた女性。

 

「…そうですね…性能…能力も…我々の理想に近いものを持っていますね…正式採用…量産の検討をさせていただきます」

 

「ありがとうございます!!」

 

スーツ姿の女性はビルの方に戻っていく。

 

もう一人の女性のそばには…巨大な乗り物?が置かれていた。

 

「…乗り物…いや…変形ロボット?」

 

「分かる!?」

いつの間にかその女性が私の耳元まで迫っていた。

 

「分かっちゃう!?私のロボット魂!…キュートな頭のサイレン…2モード変形を実現したギミック!…遠近両方で戦えるし、無限起動で迫力も抜群!!」

 

「えーと…あ…サイレン…可愛いですね」

 

「分かっちゃうかなー嬉しいなー!?」

 

うう…そんなキラキラした顔で見られても…返す言葉が無い…。

 

「ヒカリ…そろそろ行くぞ」

 

「あ…うん」

 

「ヒカリって言うんだ…私はエリカ!じゃあね!!」

 

「じゃ…じゃあね…?」

 

エリカさんが駆け出していく…元気だなぁ…。

 

「…ここはオラクルシンクタンク…ユナイテッドサンクチュアリの商業の中心だ…だから色んな奴が来る」

 

「へ…へー」

 

そう言ってモルドレッドは受付らしい場所に行ってしまった。

 

 

メイガスの連中…モルドレッドはそう言った……“メイガス”……私としてはあの神沢ラシンが使ってきたデッキとして印象に残っている。

 

(確か…占いとかが専門…なんだっけ)

 

他にも…暗殺者(?)集団やお天気お姉さん、警備ロボットに神様がいた気がする。

 

ヴァンガードのクランとしては最初期の部類に入るはずだ。

そんな風に考え事をしていると一人の女性が近づいてきた。

大きな帽子、ピンクの服にミニスカート…その女性の名前はスフィア・メイガス…オラクルシンクタンクのヒールトリガーさんだった。

 

「占術士長様との面会を予定されてる、ヒカリ様ですね!私の後に着いてきてください!」

 

そして私は彼女に手を引かれる。

 

「え…あ…!…モルドレッドは!?」

 

モルドレッドは少し離れた場所でこちらを見ていた。

 

「俺はパスだ、あまりここの奴らと顔を合わせたくないのでな」

「ええぇ……」

「心配するな、帰ってくるまではここにいる」

 

「さあヒカリ様!行きましょう!!」

 

そうして私はオラクルシンクの社内へと引きずられていったのだった。

 

 

「あ、そうだ」

 

 

スフィア・メイガスさんが突然立ち止まる。

 

「……何ですか」

 

「一応今から向かう場所って神聖国家の重要機密事項の一つなんですよ」

 

「…はあ」

 

「だから…目隠しさせてもらいますね」

 

「え…え?」

あれよあれよと言う間に私の視界が塞がれる。

 

今の私はギャラティンさん状態だ。

 

「それじゃあ、行っきますよー!」

 

「あ…ちょっと待っ…きゃっ」

 

「れっつごー♪」

 

私はまるで囚人のようにずるずると引きずられていくのだった。

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

「あなたが…ヒカリさんですね」

 

「…と言われましても……見えませんが」

 

「…申し訳ありません…スフィア」

 

 

「はい!」

 

 

そうして私の目隠しが外される。

 

私は外の眩しさに目を開くことができない…ことは無かった。

 

 

幻想的な光が微かに灯る薄暗い空間…円形の広場の周りを水が流れていたり、よくわからない石板が並んでいる。

 

よく見るとこの空間はかなりの大きさがあった。

 

遠くの方では“見慣れた女神達”が働いている様子がうっすらと見える……不思議な場所だ。

 

 

「ようこそ…私が占術士長の補佐を務めるペンタゴナル・メイガス……あなたに“預言”をお伝えすることが私の仕事です…」

 

 

「……預言」

 

 

もう急な話の展開は覚悟してきた…でなければ、さっきだって大人しく引きずられているようなことはしていない。

 

(この世界における預言というのは占いというよりも未来予知に近いものだったっけ…)

 

 

「……『…赤く染まる星の下に、救世の光を拾い上げし異世界の者が現れる…そしてその光は蒼き地球の者と出会い、真の目覚めを迎えるだろう』」

 

 

前半の部分は聞いた覚えがある…そうだ、カロン君が言っていたんだ…昨日。

 

 

ーー今宵…赤く染まる星の下に…ーー

 

 

私は“あのカード”を取り出す。

 

 

「伝承によると“メサイア”はカードの形でこの世に降り立つとされていましたが…それが?」

 

ペンタゴナル・メイガスさんが私が取り出したカードに注目する。

 

「…たぶん……私が“こっち”に来たときに…いつの間にか手の中にあったから」

 

 

銀色のヴァンガードカードは私の手の中で今も輝いていた。

 

 

「…“私の星”も地球って言うけど…きっと違う地球のことだよね………なんて」

 

様々な平行世界が存在するかもしれない…私が昔読んだ雑誌にもそう書いてあった。

 

 

「……そうでしょうね…それに関してなんですが…」

 

「?」

 

「…預言には続きがあります」

 

「え…?」

 

「あなたを元の世界へと導くものでしょう…」

 

(…元の世界に……帰れる!!)

 

私は黙ってペンタゴナル・メイガスさんの次の言葉を待つ。

「…『スターゲートに一人で行くべし』」

 

「……」

 

「……」

 

「………明らかに前の預言と雰囲気が違いません?」

 

雰囲気だけじゃない…これは預言というより命令だ。

 

「…気のせいですね…これで私の仕事は終わりです…スフィア、例のメモをヒカリさんに」

 

「はーい!ヒカリ様…こちら、スターゲートまでの道順を書いたメモです!……あ、それとこれをお持ちください!これを港の第3ラインの窓口で見せて下さい!神聖国家とスターゲートを行き来できますよ!それじゃあ目隠ししますね!」

 

「え…ちょっと…待って!!……きゃっ!」

 

「あなたの行く先……きっと…メサイアの目覚めもそこで……」

 

「…それ!…どういうっ!?……待ってよ!!」

 

 

こうして再び私は抵抗する暇も無く…いや抵抗する気は無いのだが…連れてかれてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その部屋の奥………薄いベールの向こうで話す影があった。

 

 

 

「協力感謝する…」

 

 

「いいえ…預言者としてできることをしたまで…」

 

 

一人は占術士長…“六角”と呼ばれるペンタゴナル・メイガス…そしてもう一人は……

 

「後は…“それぞれ”の問題を気にするべきだろう…我々はこの次元の歪みの修正…」

 

「私達は…クレイに迫る“驚異”への対策…」

 

半機械化した体をもった竜がペンタゴナル・メイガスに背を向ける。

 

「未来の可能性を潰さないために」

 

「良き未来へと歩み行くために」

 

後の書物に決して語られることの無い秘密の邂逅がそこにあった。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

 

「で…どうだった?」

 

「………もう行きたくはないかな」

 

私はモルドレッドに率直な感想をぶつける。

 

とんだ扱いだった…とまでは言わないが、正直目隠しされて引きずられるといった経験は今後またしたいとは思わなかった。

 

「ははは…それでこの後はどうするんだ?」

 

「うん……スターゲートに一人で行かなきゃいけないみたい……」

 

私は渡されたメモを見ながら答える……本当…ここの文字が何となくでも読めて良かった。

 

「スターゲート…か…また遠いな……」

 

「うん……」

 

「ここからなら…西の街道の先にある港に行くのか」

 

「…そうみたい」

「…そうか」

 

どうやらスターゲートまでの道のりは確かに長いがその大部分は乗り物による移動がメインになるようだ。

 

実際ここからその港までも、割りと近いらしい。

 

私はモルドレッドと一緒に街道を進む。

 

まだ“こちら”に来て一日も経っていない…だけど、私にとって“こちら”で見たことはどれも強く印象に残るものばかりだった。

 

ガスト・ブラスター、ドラグルーラーとの対面。

 

ブラスター・ダーク達の戦う姿。

 

爆発するツヴァイシュペーア。

 

どつかれるルゴス。

 

だったんの料理。

 

だったんの胸。

 

モルドレッドの“勇気”と“覚悟”。

 

神聖国家の街並み。

 

今後、ヴァンガードをする時…カードを見つめる度にこのことを思い出すのか…それともすぐに忘れてしまうのか…。

 

 

「なあ……ヒカリ…」

 

「……何…?」

 

「いや…まだあの“カード”について聞いてなかったなってな」

 

モルドレッドが言っているのは間違いなく私のヴァンガードカードのことだ。

 

(…どう説明しよう……これは…………)

商品としてのヴァンガードではなく…私の思い…私にとってどういう存在なのかが、今は大事な気がした。

 

「…説明はできない…けど…これは…ここに描いてある人たちに私の思いを託すっていう…誓いの証…かな」

 

「……誓いの証」

 

「そう…先導者としての誓い」

 

しばらくの間沈黙が続く。

 

(…私……変なこと……言っちゃった…?)

 

モルドレッドがその口を開く。

 

「託す…というが…お前は我のことをどの程度しっているんだ?」

 

「……元々は神聖国家の守護竜としてこの国を見守っていた……だけど…この国で生きる人の悲しみや苦しみを吸収しすぎてしまった…それで」

 

「そこから知っていたか……その調子じゃあダーク達のことも知っていたのか?」

 

「うん……でも実際に会ってみると…やっぱり私の知っていることなんてほんの少しに過ぎないって…思ったよ……」

 

知らない誰かが自分の人生を知っている…それは気味の悪いことだろう、だから私はモルドレッドにより警戒されたと思った……でも違った。

 

「………お前から見て今のシャドウパラディンはどうだ?」

 

「今の……シャドウパラディン………?」

 

それはどういう意味なのだろうか。

 

 

「ああ…元々、今のシャドウパラディンは撃退者の部隊を中心に纏まっていた…だが撃退者の任務だった奴等との戦いは終わり…シャドウパラディンのメンバーはまたバラバラになろうとしている…」

 

「…解放戦争の頃見たいに?」

 

解放戦争…突如ブラスター・ブレード、ブラスター・ダーク、ドラゴニック・オーバーロード・ジエンドの3名が何者かに“封印”されてしまったことが切っ掛けに始まった戦争だ。

 

影の内乱の騒動を経て、新しい道を見つけるはずだったシャドウパラディンはリーダーと呼べる存在を失い空中分解してしまっていた。

 

「ああ…それが悪いことだとは言わない…だが元々、力や自分の信念に過剰な思いを持った連中が多い……そいつらが道を踏み外さないかが気になってな」

 

「…少なくともダーク達は大丈夫だと思うけど………それはあなたが一番わかっている…だよね」

 

「まあ…な」

 

ブラスター・ダークを始めとするシャドウパラディンの古参組…屈辱をはね除け、自身の罪を認め、許され、そして再び自分達の進む道を見つけてきた彼ら、そして彼女らが道を違えることはもうないだろう。

 

(少なくとも…彼らがいる限り)

 

剣をぶつけ、互いの意志をぶつけ合った純白の騎士達さえもがこの国を見捨てるようなことにならない限り。

 

「…ダークはまだ若い…あいつがシャドウパラディンを率いるのは……まだ負担が重すぎるか………?」

モルドレッドが一人ごとのように呟く。

 

「若いって…あなたに言われると……ってシャドウパラディンを率いる…?………それはあなたの仕事じゃ…ないの?」

 

「口に出ていたか…そうだな…我がいなくなった時…の話だ」

 

「いなくなる……ガスト・ブラスターと相討ちにでもなるつもりなの…?」

 

「………」

 

「あんなにダークに止められているのに…」

 

私は昨日の夜のモルドレッドとダークの口論を思い出していた。

 

私にも何となく感じていた…“あれ”とは一人で戦うのは危険すぎる…と。

 

「……我が一人で戦わなければならない相手だ」

 

「…………頑固」

 

「……ああ…頑固だ」

 

「………」

 

 

いつの間にか私たちは“港”についてしまった……漁港みたいなものを想像していたけど…この場所は“宇宙港”と私たちの世界で呼ばれるものだった。

 

 

いや…無いけどね…“宇宙港”なんて。

 

 

「そろそろお別れだな」

 

モルドレッドが告げる…そう、これでお別れなのだ。

 

「うん…さっきの…今のシャドウパラディンについて…ちゃんと答えられなくて…ごめん」

 

「いや…いいさ…俺もあの瞬間、お前を頼っていた…お前なら俺の不安の正体を教えてくれるんじゃないかってな」

 

不安…その理由なら決まっている。

 

「……モルドレッドは…一人で背負い込みすぎなんだよ…何かあったらすぐ自分のせいにして、自分一人で解決することばかり考えてる……だから不安がいつも付きまとう…」

 

「………」

 

「…仲間…もっと頼ってあげて…………きっと待ってるから」

「………………ありがとな」

 

私の言葉がちゃんと伝わったのかは分からない…でもこれが今、私が言いたかったことだ。

 

「………またね」

 

「…ああ」

 

 

 

 

私は彼の元を離れ、第3ラインと書かれた看板の立つ方向へ走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モルドレッドがその後ろ姿を見送る。

 

「仲間を信じる…か………だけどな」

 

モルドレッドは左手で右腕を押さえる。

 

その右腕は不安で震えていた。

 

「…またあいつらを我の罪に巻き込む訳には…な」

 

モルドレッドは震える右手を見つめる。

 

「今の我より…よっぽどダークの方が団長に相応しいか…」

 

「誰かを頼るのが…こんなに難しいなんてな…」

 

そうしてモルドレッドは港に背を向け歩き出すのだった。

 

 

 

 

 

「超速ですね!お客さま!!」

 

「へ!?」

 

「こちらです!!」

 

「ええ!?」

 

「いってらっしゃいませ!!!」

 

私が受付に例の紙を見せた瞬間、周りでどよめきが起こった…それを不審に思う間もなく私は変な乗り物に乗せられ…そのまま飛ばされてしまった。

 

「これ…自動操縦…だよね!?……不安…」

 

機体がガタガタと揺れる…中は人間一人分のスペースしかなかった…その分速いようだが。

 

「……超速ってことか…」

 

どうやら機体の正体はヴァンガードのユニットにも存在する“ファイティング・ソーサー”と同型のもののようだ。

 

私はバッグからだったんに貰ったアップルパイを取り出す。

 

「……帰れるのかなぁ……」

 

 

スターゲートに行ってからの予定が皆無なのだから、不安にもなる。

 

私はアップルパイを口にする。

 

 

「美味し……」

 

 

考えても仕方が無い…今はこの機体が無事にスターゲートに辿り着くことを静かに祈ろう。

 

 

「それ…美味しそうだな…」

 

「…うん……いる?」

 

「お、サンキュ」

 

「……………………………え」

 

私は後ろを振り替える…座席の後ろには小さく体育座りをした金髪の青年がいた。

 

「よっ!ヒカリちゃん、よろしく!俺はメスヘデだ」

 

「あ………えっと………ヒカリです…」

 

気まずい……私はずっと一人で乗っていると思っていた。

 

というかこの人…どうしてこんな所に隠れるようにして…いや隠れていたのか。

 

「…メスヘデ…さんはどうしてここに…?」

 

「…ん?……………お仕事さ」

 

「お仕事?」

 

「迷子の少女を家まで送るってな」

 

どう考えても“迷子の少女”というのは私のことだろう。そして“家”というのは………

 

「え!?…じゃあ…あなたは一体………?」

 

メスヘデさんはアップルパイを食べながら答えた。

 

「さっきも言ったろ…俺はメスヘデ…仕事は…まぁ次元パトロール…みたいな?」

 

「次元…じゃあ私のことも知って…」

 

「ああ、深見ヒカリちゃん、向こうの世界で言うところの7月11日生まれ、天台坂高校1年生で身長158㎝、スリーサイズは上から87-55-84……」

 

「もうストップっ!!」

 

「ちなみにアンダーは72で「ストップと言っているのが聞こえないのっ!?」

 

 

こうして私は元の世界へ帰るための協力者と出会ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

TATSUNAGI…その文字が私にこの場所の正体を教えてくれる。

 

立凪ビル…アニメ第3期の最後に、先導アイチと櫂トシキが戦った場所だ。

 

そんな場所に私たちはいる。

 

 

私、天乃原チアキ。

 

青葉ユウト。

 

ウルルさん。

 

舞原ジュリアン。

 

黒川ユズキさん。

 

そして、先導アイチ君、櫂トシキ君。

 

ーーって

 

「ちょっとジュリアンっ!!」

 

私はジュリアンのバカを呼ぶ。

 

「…何すか」

 

「何でアイチ君と櫂君の二人(あとユズキさんの三人)がいるのよ!!」

 

「何でって……成り行きっすよ」

 

「成り行きって…もしかしてファイトしたの!?」

 

「まあ…」

 

そう言ってジュリアンは黙ってしまった。

 

(何か…あったのかしら…)

「とにかく!今はこのビルを登るわよ!それで…」

 

ウルルさんが私の後に続けて言う。

 

「私がヒカリさんが戻ってくるための“道”を阻害している存在を排除します…チアキさん達はヒカリさんがこの場所に戻って来れるよう呼び掛けてください」

 

「…ということよ!!」

 

「……よくわからないけど解ったっす」

「……よくわからないが…私も行こう!」

 

私たちは立凪ビルの入り口に向かう。

 

玄関の扉は開いていた。

それを見ていたアイチ君と櫂君の二人も私たちに着いてくる。

 

「空に黒輪が浮かんでいる以上…俺達も見過ごす訳にはいかない」

 

確かにビルの上空にはとてもとても小さな黒輪が浮かんでいた。

 

「だから…僕達も一緒に行っていいかな?」

 

「え…ええ」

 

「では…行きましょう」

 

電気が通っておらず、薄暗いビルの中、私たちは階段を駆け登る。

 

(…ヒカリさん………)

 

あっという間だった。

 

私たちはビルの屋上に出る。

 

息も絶え絶えではあるが、休憩している暇は無い。

 

空にはドーナツ程度の大きさの黒輪が浮かんでいた。

 

『………邪魔者が来ましたね…』

 

そこにいたのは…あの時の醤油…人型を保ってはいるが、前に見た時よりも細く、弱々しかった。

 

「…櫂君…あそこにいるのって…」

 

「………立凪タクト…」

 

醤油色の針金の足元…力無く地に伏している少年がいた。

 

「アイチ君…櫂…トシキ…?」

 

弱々しく答えるタクト。

 

『動くな…あなたは力を消耗しすぎたのでしょう?』

 

「そう言う君こそ…もう力は残っていないだろう?」

 

『ぐっ…』

 

針金は呻く…確かに空に浮かぶ黒輪はとても小さく、今にも崩壊しそうだった。

 

「タクト君…」

 

「アイチ君…僕は…情けないな…」

 

その言葉を言うとタクトは拳を握りしめた。

 

「後悔は後でしろ、今は…」

 

「あなたを排除させてもらいます」

 

ウルルさんがデッキを取り出そうとした櫂君を手で諌めながら言い放つ。

 

『…ヴァンガードファイトをせずに私を止めると?』

 

「止めるのではありません、“排除”します」

『…貴様……一体……』

 

「…お願いします、エ」「ちょっと待ってもらおうか」

 

突如どこからか声がする。

 

(この声…どこかで…聞いたわね)

 

「一人のヴァンガードファイターとして…こいつは俺の手で倒させてもらう」

 

「…あの…ですからヴァンガードででは無く…」

 

「勝負だ…リンクジョーカーの成れの果てよ」

 

その人物は私たちの背後から現れた。

 

 

『貴様…何者だ…』

 

「俺か…俺は…」

 

金髪の少年はその髪を風に揺らしながら、私たちと針金の前に立つ。

 

「通りすがりの先導者(ヴァンガード)だ…覚えておけ」

 

「神沢…ラシン…」

 

いち早く口を開き、反応したのはジュリアンだった。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

「で、ファイトするのはいいんすけど」

 

 

『…グレンディオスでアタック!!』

 

「…解放者 ラッキー・チャーミーでガード」

 

『ツインドライブ…ちいっ…』

 

「俺のターンだ…スタンド、ドロー…誇り高き竜よ、その身に宿し青炎で邪を焼き付くせ!!ライド!!解放者 ブルーフレイム・ドラゴン!!」

 

 

 

「何でトライアルデッキ何すか!!!」

 

そう…彼、神沢ラシンがこのファイトで使っていたのはトライアルデッキ…聖裁の青き炎そのままであった。

 

ブルーフレイム・ドラゴンとはトライアルデッキ収録の…目立ったスキルを持たないユニットである。

 

他にも彼のダメージゾーンには森閑の解放者 カードル等といった悪い意味でトライアルデッキにしか入っていないようなユニットが落ちていた。

 

「聖裁の青き炎って確かパーシヴァルってユニットが看板よね」

 

「そうっすね…デッキトップからのスペリオルコールが能力っすけど……何で…そのまま…」

 

 

「ちょうど馴らしておきたかったからな」

 

 

「馴らしって…」

 

「本物のリンクジョーカーと聞いて心踊ったのだが…大したことは無さそうだ…力が尽きそうなのか“本人”だと言うのにデッキの中は丸見えだ」

 

神沢ラシンはがっかりだと言うように目を伏せた。

 

『…舐めるなよ…人間風情がっ!!』

 

「安心しろ、すぐに倒してやる」

 

 

…私たちは見守るしかない。

 

「あの…」

 

ウルルさんが話しかけてくる。

 

「何かしら」

 

「これは…邪魔してはいけない…のでしょうか」

 

それに答えたのはあの櫂トシキだった。

 

「当然だ…一度始めたファイトは止められない」

 

「まぁそれはそうだけど…でもウルルさん、もしこのファイトで金髪の彼が負けそうになったら…その時はお願いします」

 

「…ルールがまだわからないので…その時は言ってください……はぁ……」

 

ウルルさんがため息をついた。

 

それもそうだ彼女は“ヒカリさんを助ける”ことと“障害(針金)を排除する”ことを目的でここにいるのだ、延々とカードゲームをされては困るだろう。

 

と言うか、私も困る。

 

「はぁ…」

 

(神沢ラシン…早く…勝ちなさいよ……)

 

 

「青き炎よ!!その輝きで更なる力を!シーク・my・メイト!!不撓の解放者 カレティクス!!双闘(レギオン)!!」

 

『そんなもの…私に通じるとでも思ったのですか?』

 

「誓いの解放者 アグロヴァルをコール…スキル発動、CB1でデッキトップ3枚から…カドヴァーンをスペリオルコール…ぼーどがる・解放者のブースト…ブルーフレイム!!カレティクス!!裁きを下せ!!(35000)」

 

『…そんなパワーの高いだけの攻撃…』

 

醤油色の針金は手札から三枚のカードを出した。

 

『ヴァイス・ゾルダート!テルル!!テルル!!!(2枚貫通)』

 

(…プロメチウム(完全ガード)もルビジウム(攻撃回避)も持ってないのね…)

 

「無駄だったな…ツインドライブ……大願の解放者 エーサス…クリティカルだ」

 

神沢ラシンは光輝くトリガーに特に驚く様子もなく処理を進めていく。

 

「効果は全てヴァンガードに」

 

『なん…だと…!?』

そう…神沢ラシンはデッキの中が見える…らしい、ジュリアンが聞いた話だと…“聴こえる”…だっけ?

 

「終いだ…セカンドチェック…大願の解放者……エーサスだ…クリティカルもパワーもブルーフレイム・ドラゴンに与える!!!」

 

針金のダメージは3点…そして今受けたダメージが3点…

 

『こんな…ことっ!…ダメージは!?』

 

針金側の自動ダメージチェックが行われていく。

 

1枚目、障壁の星輝兵 プロメチウム

 

2枚目、星輝兵 ルイン・マジシャン

 

そして……

 

「…障壁の星輝兵 プロメチウム……俺の勝ちだ」

 

『馬鹿な…嘘だ…嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だぁぁぁぁぁぁぁ!!!』

 

針金が壊れたように絶叫する。

 

「見苦しいぞ…これがヴァンガードファイター達の力だ…認めるんだ!!リンクジョーカー!!」

 

「タクト君…」

 

ずっと地に伏していたタクトが立ち上がる。

 

 

 

 

「…ウルルさん」

 

 

 

私はウルルさんに合図を出す。

 

 

 

「はい…お願いします、エルル」

 

 

「…ああ」

 

 

 

突然針金の背後に一人の女性が現れた。

 

 

 

『…!?貴s』

 

 

「消えろ」

 

 

女性は手にした巨大な剣で針金を叩き斬った。

 

 

『ぐぁぁぁぁぁぁっ!?』

 

 

上空のドーナツも目の前の針金醤油男も…砂で作った城が崩れていく様にその形を消していった。

 

『これで…終わったと思わないことですね…破滅の星は……もう…そこまで迫っ』

 

「黙れ」

 

女性がその剣をもう一振りする…今度こそ…完全に消滅したようだ。

 

 

タクトもそれを見て満足したようだ。

「これで…終わったのか……」

 

何とか立っていたタクトが再び崩れて落ちそうになったが……それを支えるのは、先導アイチ君と櫂君の二人だった。

 

 

「お疲れ様です、エルル」

 

ウルルさんが巨大な剣を持った女性の方に駆け寄る。

 

「……私より貴女の方が疲れている」

 

「そうですね、でももう少しです」

 

そうよね…まだ…

 

「まだ何も終わっていないだろう」

 

神沢ラシンはそう言う。

 

「深見ヒカリ…彼女が戻っていない」

 

「あなたも…覚えていたの!?」

 

私と青葉君は現場にいたから、ジュリアンは仲間力みたいなもので覚えているのだと思っていたんだけど…

 

「“俺は”忘れていた…だが覚えている奴がいたんでな」

 

彼は胸ポケットから1枚のカードを取り出す、それは…解放者 モナークサンクチュアリ・アルフレッド…

 

「“あのファイト”の時もこいつはここにいたからな…こいつに教えてもらったおかげで思い出すことができた…ライバルのことを」

 

彼はヒカリさんをライバルといった。そうだ…色んな人がヒカリさんの帰りを待っているんだ。

 

 

「では…術式を展開します」

 

ウルルさんはそう言うと手にした装置に何かを入力する。

 

ヴヴヴヴヴヴヴヴゥゥン

 

空に…ついさっきまでドーナツが浮かんでいた場所に不思議な金色の紋様が浮かぶ、それはウルルさんが私たちの前に現れた時の紋様によく似ていた。

 

 

「これで…俺たちはどうすればいいんだ?」

 

青葉君がウルルさんに尋ねた。

 

「叫んで下さい…あの向こうの…ヒカリさんに届くように…ひたすら…」

 

「叫ぶ…か…よし」

 

「ヒカリーー!!ヒカリーー!!」

 

早速叫び始めたのはヒカリさんのことを忘れているはずの黒川さんだった。

 

「黒川さん…あなた…」

 

「よくわからないけど…呼びたくなったのさ…その名前をな」

そして彼女は再び叫び始めた。

 

「「ヒカリーー!!ヒカリーー!!」」

 

私も…私も叫ぶ!!

 

「「「帰ってこい!!ヒカリーー!!」」」

 

(((この声…届けぇぇぇっ!!!)))

 

 

 

 

 

 

 

「ふっ…流星のロックマンのBGMが似合いそうだな」

 

「…一ついいっすか」

 

「何だ?」

 

ジュリアンがラシンに聞く。

 

「君は…アルフレッドが好きなんすよね」

 

「ああ…俺の分身といってもいい」

 

「じゃあ…どうして今のデッキにモナークを入れなかったんすか!!…持っていたのに」

 

ラシンは少し考えるように空を見上げる。

 

「……別に一番好きだからって、使わなければならない訳ではないだろ」

 

「…え」

 

「二番目に好きなカードも三番目に好きなカードも使っていいじゃないか、そんなこと…自分で決めろ」

 

「そっか…そうっすよ…ね」

 

「現に俺にとってのモナークは最早お守りだぞ」

 

「ははは…そっか……」

 

ジュリアンはチアキ達の方を見る。

 

「いつの間にか…先導君たちも参加してるっすね」

 

「俺たちも…呼ぶぞ」

 

「言われるまでもないっすよ!」

 

 

 

 

黄金に輝く術式はその思いを別の次元へ届ける。

 

 

 

「「「「「ヒカリーーーー!!!」」」」」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「行くぜ、ヒカリちゃん」

 

「え…ちょっと待って……本当にこの方法しか無いの??」

 

私、深見ヒカリとメスヘデさんは格納庫の中にいた。

 

 

 

話は数時間前に遡る。

 

 

メスヘデさんは私を元の世界に帰すために未来から来た…らしい。

 

突拍子もない話だったが、彼の話を聞く限り信じる他なかった…というか、もう黙れといった感じだ。

 

そしてメスヘデさんか“この作戦”を提案してきた。

 

私が帰るためにはスターゲート上空に出現する(予定)の術式に飛び込まなければならないらしい。

 

その周囲には建物はおろか、空気さえも無いとか。

 

「こっちだ…確かこっちに仲間の用意した機体があるはずだ…」

 

スターゲート…ノヴァグラップラーによって管理されている格納庫…結構警備が緩いというか…盗まれるなんて考えもしてないんだろうな…。

 

「さあ…進むぞ…ヒカリちゃんを元の世界へと導いてくれる機体がこの奥にあるはずだ」

 

さっきから機体、機体と言っているが…もちろんこの人が操縦してくれるか、自動操縦なんだよね??

 

 

メスヘデさんがずっと“その部分”について話をしないのが気になる……

 

 

「メスヘデさん…」

 

「この向こうだな!もう少しだ!!」

 

もう仕方無いのか…本当にこの人に着いていっていいのか…不安しかない。

 

(なるように…なるしかない…か)

 

私たちは通路を駆け抜けた、狭い通路を何度も抜け、その先に…その機体は格納されていた。

 

「あったぜ…」

 

綺麗な蒼いボディが格納庫の中でその存在を主張していた。

 

私はその機体…巨大ロボットの名前を知っている。

 

 

「よりにもよって……“メルクーア”……」

 

 

BK-03M2「メルクーア」…

 

ブラウクリューガーと呼ばれる機体のシリーズの一機だ…高性能だがそれゆえにパイロットを見つけるのに苦心したとか……。

 

 

「……」

 

「さぁヒカリちゃん!!これに乗って行くんだ!」

「…無理だよ!!!」

 

ロボットの操縦なんてしたことない上に、何故メルクーアなんだ!!

 

不可能…さすがに不可能。

 

私は目で訴える。

 

「…俺はもうマシンには乗らない…そう決めたんだ」

 

「だから何!?…というかメスヘデさんはどうやって帰るんですか」

 

「俺?俺はこのタイム・デバイスでぴゅいーっと」

 

 

「じゃあ私も!」

 

 

「無理だな…この装置は生身の体に大きな負担を掛ける…ヒカリちゃんを連れての時間遡行はできない…だから空のゲートを使うしかないんだ」

 

「………理解はした…」

 

 

私は取り合えずブラウのコクピットに向かうことにした。

 

メスヘデさんはこの機体を起動させる準備を始める。

 

メルクーアの腹部のハッチが開いた。

 

「せめて量産型のユーピターなら…いや無理か」

 

 

そう言いつつ私はコクピットに座り、置いてあったマニュアルを読んでみる。

 

「………」

 

全然解らない…

 

私は周りのレバーを握ってみる…よく見るとそのレバーは入念に磨かれ、私が触るまで誰かが触った後は無かった。

 

マニュアルもそうだ…ほとんど読まれた形跡が無い…

 

それはまだこの機体が自分を使いこなしてくれるパイロットに出会っていない証拠だった。

 

 

 

「ちょっと!あなた何しているのよ!!」

 

突然、女性の声が格納庫に響き渡る。

 

(メスヘデさん…見つかってるし…)

 

タッタッタッ

 

足音が聞こえる、こっちに来る。

 

その女性がハッチを除きこんだ。

「……エリカさん?」

 

「…ヒカリちゃん!?」

 

そこにいたのは、オラクルシンクタンクで出会った女性だった。

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

「…元の世界に…ねえ」

 

私たちは格納庫の中でエリカさんに事情を説明する。

 

「うーーん」

 

エリカさんは少し考えるように腕を組む。

 

「で、どうだヒカリちゃん、メルクーア動かせそうか?」

 

この人はまだそんなことを言っているよ。

 

「無理ですよ…まずマニュアル読んでも解らないですし…巻末のQ&Aの回答が全部“サポートセンターに電話してください”なんですよ…!どうにも…なりません」

 

「…私が教えてあげる」

 

「…エリカさん!?」

 

「もちろん教えたからって操縦できるような機体じゃあないんだけどね」

 

「…じゃあ……」

 

エリカさんは決心したように話す。

 

「私が、私の機体で付き添う」

 

「え…エリカさんパイロットだったんですか!」

 

てっきり整備士か何かかと思っていた。

 

「まあね……こんな時代だからさ、困ってる人は見過ごせないのさ!手伝わせてよ!!」

 

ずっと…誰かに助けられっぱなしだ。

「……ありがとう」

 

「うん!…作戦を話すよ……えっと…メスヘデさん…だっけ!?まずはB-11ブロックの機体のロックを解除して来てくれるかな?」

 

「おう!!」

 

 

こうして…私の帰還作戦が始まった。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

「深見ヒカリ…メルクーア!…行きます!!」

 

蒼い機体は閃光のように加速する。

 

「うっ…ぐぅぅつぅぅ……」

 

想像以上のGが体にのし掛かる。

 

完全に機体に遊ばれていた。

 

ー警告します、出撃は許可されていません…警告しー

 

(邪魔だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!)

 

メルクーアが格納庫の壁を無理矢理突き破り、何とか空へと舞い上がる。

 

「来たね…パイロット権限クラスA…出撃承認!!…エリカ!…モーント、行くよ!!」

 

格納庫から出撃したモーント・ブラウクリューガーが私の乗るメルクーア・ブラウクリューガーの手を取る。

 

『接触回線で聞こえるよね!?ヒカリちゃん!ここからは私に任せて!!』

 

「あ…はい!…あの…向こうに見えるのは…?」

 

私は遠くに見える巨大な影が気になっていた。

 

「あ、あれ?…あれは武闘戦艦プロメテウス…今は動かないはずだよ」

 

「違う!その向こう!!」

 

「………あれは…」

 

少しずつ影が近づき、その姿がはっきりと見える…その巨大な影…その正体は……

 

 

 

究極次元ロボ グレードダイユーシャだった。

 

 

 



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026 Messiah~少女は目覚め、世界は光で満ちる~

究極次元ロボ グレートダイユーシャの剣が真っ直ぐ私の乗るメルクーアの方へと飛んでくる。

 

『まずいっ!!』

 

「……っ!!」

 

剣は一瞬の躊躇いも無く、その体を刺し貫いた。

 

その…宇宙怪獣の体を…

 

「グォォォォンッ!!」

 

宇宙怪獣の巨体が地上へと落下していく。

 

『……え?』

 

「こいつ…レイドラム…?」

 

光線怪獣 レイドラム…ディメンジョンポリスのグレード1でパワー6000のユニットだったっけ…

 

でもどうしてダイユーシャがレイドラムを…同じディメンジョンポリスじゃなかったっけ…

 

『そっか…停戦協定が消えたから…?』

 

「停戦…協定……あ」

 

エリカさんの呟きで私も気がつく…というか思い出すことができた。

 

怪獣…そして次元ロボを始めとする戦士達…それぞれの勢力はどちらもディメンジョンポリスというクランで一括りにされているが、本来両者は宿敵同士…リンクジョーカーとの戦いで一時は共闘したとはいえ、再び両者の間で戦いが起こるのは自然なことなのだ。

 

 

『大丈夫か!?』

 

グレートダイユーシャが私たちに呼び掛ける。

 

私は機体の中から言葉を返した。

 

『どうして…助けてくれたの!!』

 

マイクによって周囲に私の声が響く。

 

『困っている者がいれば助ける…当然のことだ!……それに…』

 

「?」

 

『君達の仲間が知らせてくれたのだ』

 

「仲間…?」

 

グレートダイユーシャの傍らに竜のような影が見えた…その体にはメスヘデさんと同じように歯車を象った装飾が見られる。

 

(もしかして…メスヘデさんの……仲間?)

 

彼?は私の視線に気がついたように頷く。

 

その腕は空へと向けられていた。

 

まるで“先に進め”と言うように……

 

 

 

『ヒカリ!!行こう!!』

 

 

 

エリカの呼び掛けと共にメルクーアがモーント・ブラウクリューガーによって空へと引っ張られる。

 

 

だがすでにこの空域は怪獣達に囲まれていた。

 

 

『全く…無駄にタイミングがいい奴ら……行けっ!デーゲン!!』

 

エリカの叫びと共にモーントの前に立ちふさがる怪獣達が爆発し地上へ落下する。

 

どうやらモーントのバックパックから羽のようなものが飛び出て、進行方向にいる怪獣を次々と薙ぎ払っているようだ。

 

 

所謂、オールレンジ攻撃…。

 

 

その間、モーントはスピードを落とすことなく上昇を続けていた。

 

 

『ワレヲタオセルカ?』

 

 

モーントの飛ぶ先に立ちはだかっている銀河超獣 ズィールが不気味な声で言う…だけど。

 

 

『撃ち抜けぇぇ!!』

 

 

デーゲンと呼ばれた飛行砲台がその砲門をズィールの肩という一点に向ける。

 

 

『ホウ…』

 

 

ギュゥゥゥゥゥゥゥン!!

 

 

放たれた閃光がズィールの肩に直撃する。

 

ズィールは体制を崩したものの、特にダメージを受けた様には見えない。

 

『コノ…テイド……キカヌ!!』

 

 

『効かなくて結構!…その隙が欲しかったんだ!』

 

 

 

そう…何もズィールを倒す必要は無い…目的はそこでは無いのだから。

 

 

モーントとメルクーアの2機はズィールが怯んだ隙にその前を通過する…後はダイユーシャに任せるべきなのだろう。

 

 

 

『ヒカリちゃん!もうすぐだよ!!』

「う、うん!!」

 

 

私はメルクーアのモニターに映る景色を見つめる。

 

 

空は果てしなく黒く、広がり、背後には巨大な蒼い星が見えていた。

 

 

 

「あれが…クレイ…」

 

 

 

地球に似ているようで似ていない…惑星…クレイ。

 

そして今、私がいるのが“宇宙”なのである。

 

 

「思ったより…苦しくない…」

 

『ブラウのコクピットの中ならしばらく宇宙空間にいても、筋肉とかに影響は無いけど…でも急ぐよ!!』

 

 

モニターの向こうに歯車のような形をした…術式(?)が見えてくる。

 

 

(……ここから、どれだけの距離があるんだろう…)

 

 

宇宙には空気が無い…だから遠くの物を見てもその距離を計るのは難しいのだ。

 

 

 

『ヒカリちゃん』

 

 

「…エリカさん?」

 

 

『私の作ったタンクマンを褒めてくれてありがとね』

 

 

「え…あ、はい」

 

 

私としてはあまり褒めたつもりは無いのだけれど。

 

 

 

『……行くよ!』

 

「……え!?」

 

 

 

その瞬間、モーントがメルクーアを放り投げた、いや正確には、背中を押したといった方が正しいのかもしれない。

 

 

『さよなら!!またねっ!!』

 

 

「うわっ……あっ……」

 

 

 

メルクーアは不格好な体制で飛ばされた。

 

 

まだ遠いのかと思っていた“術式”は意外と近く、メルクーアと私を飲み込んでいく。

 

 

「この感じ…“あの時”と似てる…!?」

 

 

よくわからない闇のような何かに呑まれた時と感覚は似ていた。

 

 

 

『ヒカリちゃん…聞こえるか?……これで君は元の世界に帰ることができる』

 

 

メスヘデさんからの通信が聞こえる…そうか…これで…元の世界に……

 

 

『“あっち”にいる俺の仲間によろしくな』

 

「…仲…間……?」

 

 

 

私の視界は闇に包まれた。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

真っ黒な闇の中で唯一、輝きを失わない物があった。

 

 

私はデッキケースから“そのカード”を取り出す。

 

その輝きはまるで、私を元の世界に導いているかのようだった。

 

 

気のせいだろうか…カードから皆の声が聞こえる…私を呼ぶ声が…

 

 

(…私の…世界に……私は……)

 

 

私は……帰るんだ…皆の所に…!!

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

「「「ヒカリぃぃぃっ!!」」」

 

 

 

立凪ビルの屋上では、ジュリアン達による呼び掛けが続いていた。

 

 

「…ウルル」

 

「少し待って下さい……反応があります…来ます!」

 

「離れろ!!」

 

ウルルとエルルの掛け声でその場にいた全員がビルの端へと避難する。

 

上空の術式からは巨大な蒼いロボットが墜ちてこようとしていた。

 

「…すごいな」

 

「まさか…あの中に乗ってるなんて…」

 

「…あれ誰かに見つかったら大変なんじゃないっすかね…」

 

それぞれ異なる感想だが、その光景に圧倒されているのは同じだった。

 

「私が行く」

 

「お願いします」

 

エルルが重力を無視したようなジャンプでその蒼いロボット…メルクーアのコクピットまで跳んでいく。

 

ほぼ同時にメルクーアが立凪ビルへの落下してきた。

 

「ヒカリさん……」

 

「問題ない」

 

メルクーアの落下の衝撃で生まれた煙の中から、ヒカリを抱えたエルルが姿を見せた。

 

「ヒカリ!!」

 

全員がその黒髪の少女の元へ駆けつける。

 

「ヒカリ…ヒカリ…そうだ…どうして私は…」

 

黒川ユズキはヒカリに関する記憶を取り戻し、

 

「立凪ビル…丈夫っすね…」

 

舞原ジュリアンはメルクーアの落下の衝撃を受けてもある程度外壁にひびが入っただけで持ちこたえた立凪ビルの頑丈さに感心していた。

 

「ヒカリ…ヒカリ!!」

 

青葉ユウトと天乃原チアキの二人は深見ヒカリの肩を揺する。

 

「う…うん?……青葉クン?…天乃原さん…」

 

私は目を覚ます。

 

どうやら……元の世界に……

 

 

「良かった…目が覚めたんですね」

 

蒼い髪の青年が言う。

 

「………大丈夫か」

 

隣には風に流れるような髪をした青年。

 

「え…ええ…えええっ!?」

 

そこにいたのは、先導アイチと櫂…トシキ?……え…何で…ここは…あれ?

 

 

「それだけ叫べれば問題ないな…行くぞアイチ」

「うん…感動の再会を邪魔しちゃ悪いよね」

 

二人は立凪ビルの階段に向かって歩き出す。

 

(……あ……“あのカード”は先導アイチに渡すべきだったんじゃ…)

 

だがもう二人の姿は無く、私にも二人を追いかける体力は残っていなかった。

 

私はカードを取り出す。

 

「これ…どうしよ…」

 

「それは…カードなのか?」

 

「…うん」

 

その時、カードは光の塊のように変化し、私の手を離れていった。

 

「あ……」

 

「ヒカリさん!?…あ、あの光は…??」

 

「わからない…」

 

その光は真っ直ぐ…白髪の少年の元に向かっていた。

 

確か少年の名前は…タクト……ちょうど私が見ていない頃に登場したアニメのキャラの一人で……えっと“イタコ”…じゃない……運命の調律者…?……とにかく、惑星クレイと先導アイチ達の地球を結びつけている存在のはずだ。

 

「これは…もしかして…」

 

私は何かに気づいたようなタクトの顔を見て答える。

 

「…“メサイア”…救世の光…らしいよ…」

 

「そうか…“メサイア”……これが…」

 

彼はじっと光を見つめていた。光はやがて、再びカードの形を為した。以前と違いイラストも入っている…?名前も…

 

……とにかく、あの光が自ら飛んでいったのだ…おそらく、これでいいのだろう。

 

タクトは私に頭を下げる。

 

「ありがとう、異世界のカードファイター…君のおかげで、また僕は世界のためにできることを見つけることができた」

 

少しくどい言い回しだったが、その礼には誠実な気持ちを感じた。

 

「…どういたしました」

 

「ふふ…本当にありがとう」

 

 

そしてタクトはどこかへ去っていった。

 

 

私も天乃原さんと青葉クンに肩を貸してもらってこのビルを降りていく。

 

 

 

「あの機体の処理は二人に任せます」

 

 

メスヘデさんに似た装飾の服を着た女性が、物影に話しかける。

 

その場所から観念したようにその女性と似た雰囲気をもった二人の女性が出てくるのが見えた。

 

「もう…へとへとだよ…」

 

「でも無事で良かった」

 

「ええ!…本当」

 

先を歩くユズキは何か悩んでいるようだった。

 

「…どうしたの?」

 

「いや…短期間とはいえ君のことを忘れるとはな…」

 

「今、覚えている…それでいいんじゃないっすか?」

 

 

私たち“5人”はビルの外に出る。

 

「……そういえば、神沢ラシンは?」

 

「え…いたの……??」

 

天乃原さんの言葉を聞いた私は周りを見回す。

 

神沢ラシン…まさか彼がいたなんて…。

 

「あいつなら、ヒカリさんが目覚めた時に先に帰ったみたいっすよ」

 

「…彼らしいわね……」

 

 

私は後ろを振り返る…そこには神沢ラシンだけでは無く、ビルも、不思議な女性も、メルクーアの姿も無かった。

 

何事も無かったように…世界は廻っていた。

 

 

「……皆で夢でも見てたのか?」

 

 

青葉クンがそう呟く…でも、きっと違う。

 

 

 

まだ私のバッグの中にはだったんから貰ったアップルパイの最後の一切れが残っている。

 

「違う…よ」

 

それは私が“向こう”に行っていた証。

 

 

「…ヒカリ?」

 

 

それは彼女の…彼女達の思いの証。

 

 

 

私の…かけがえのない思い出。

 

 

 

「いつか…忘れてしまうのかも知れないけど……決して夢なんかじゃなかったよ……私はそう思う」

 

 

 

 

 

 

 

 

そう呟く私の瞳が一瞬…緋色に輝く。

 

 

 

 

 

 

 

それを見たのは舞原ジュリアンだけだった。

 

 

 

 

 

 



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第3章 輝きの果て
027 漆黒の風は始まりの鐘を鳴らす


喫茶ふろんてぃあ…私、深見ヒカリは行きつけのこの喫茶店にいた。

 

 

「ふにゅう……」

 

 

口の中で広がるプリンと生クリームのハーモニー…そして目の前に並ぶカード。

 

 

私は大変満足していた。

 

 

夏休みが始まってから3日目…初日に起きた“冒険”の結果、私はその次の日は疲れてなかなか動けなかった。

 

それでも夕方には疲れた体に鞭を打ってシャドウパラディンのエクストラブースター“宵闇の鎮魂歌”を回収していったのだ。

 

一日遅れての引き取りだったため、買うことが出来なかった店もあったが、ある程度予約していなくても各店に残っていた在庫のパックを購入することができた。

 

そして今、私の目の前には8枚のカードが並んでいる。

 

今回最も欲しかった二種類のカード。

 

パッケージにもなっている双闘ユニット。

 

 

撃退者 ファントム・ブラスター“Abyss”

 

 

そしてブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”である。

 

 

残念ながら双闘レアやSPといった特別な加工のカードは手に入らなかったが、それでもここに8枚揃っている時点で十分だ。

 

モルドレッドやドラグルーラーと雰囲気の違うイラストは彼らがモルドレッド達から見て平行世界の存在なのだと言うことを強く印象付ける。

 

今までの奈落竜シリーズとは違った美しさを持つカードだ。

 

このカードを手に入れることができて本当に嬉しい。

 

 

(にしても…ブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”…って名前はちょっと無理が……)

 

私は深く考えることを止めた。

 

 

むしろ他に考えるべきことがある。

 

それはデッキの構築についてだ。

 

 

(やっぱり双闘主体の方が良いのかな……)

 

今回“撃退者”に追加された双闘はもう一種類存在する…コーマックやらマックアートとかいう騎士達だ。

 

だけど私はあまり彼らを使うことに乗り気では無かった。

 

(……モルドレッドやドラグルーラーを外したくないっていうのは……駄目かな……)

 

 

もちろん、普段の私だったら即決でコーマック達を外し、モルドレッド達を入れていただろう。

 

だが今回はVFGPという大きな大会に出場することになっている……もちろん私が使うのはシャドウパラディンだ。

 

大会のことを考えると現状の“撃退者”デッキならぱ双闘二種類を主軸にした方が安定した動きができるだろう。

 

大会の為の構築にするか、趣味の構築にするか。

 

もちろん大会直前で構築を変更するというのも“有り”なのだが、私としては何回も何回もデッキを使ってデッキを理解しておきたいため、気が進まない。

 

デッキを二つ作ろうにももう1セット“Abyss”を揃えるお金も無い。

 

同じスリーブを使って自由に入れ替え可能にするのはカードが混ざりそうで危ない。

 

 

(さて…どうしようかな……)

 

 

私は考えを頭の中でぐるぐるさせながら、もう一口、プリンを口にするのだった。

 

 

「ヒカリちゃん、お悩みかい?」

 

「そうなんですよ…」

 

私は店長の質問に何となく答える。

 

「へぇヴァンガードのカードか」

 

私は店長にカードを見せながら言う。

 

「…このカード全部合わせて…たぶんこの店のプリン24個分くらいの値段はするんですよ」

 

「ぉぃぉぃ…」

 

「…恐ろしいですよね」

 

まあ…私の知っているショップでは…だが

 

 

 

 

…カランコロン♪…カラン……

 

 

 

 

そんな会話をしていると店の扉が開く音がした。

 

(もしかして……美空カグヤさん…?)

 

私は以前この店で出会った美しい女性のことを思い出した。

 

店長の話だとよくこの店に来ているようなので、再会の日も近いのではと期待しているのだけれど…

 

 

「うわーここが喫茶ふろんてぃあデスカ!!聞いていた通りでス!!」

 

 

違ったようだ…少し独特のアクセントはあるけれど…綺麗な声で流暢な日本語を話している。

 

 

そう…白い肌、銀色のウェーブのかかった髪、端正な顔立ちに日本人離れしたスタイル…その女性は正に…

 

(…が、外国の方だ!!)

 

「甘ーい匂い♪いい匂い♪このお店のオススメは何デスカ?」

 

純白の美しい女性は店長に鼻歌混じりでそう聞いた。

 

「エ、エト…トリアーエズ、チーズケイクナンテドウデースカ?」

 

(まずい…店長凄い緊張していーる……)

 

「じゃあ…そこのお嬢さん!隣いいデスカ?」

 

「あ!あ!はい!いいでーすよ!!」

 

(………落ち着け)

 

間もなくして、彼女の元にチーズケーキが運ばれる。

 

「うーン…」

 

私と店長はドキドキしながらその様子を見守る。

 

 

「とっても美味しいデス!!」

 

 

「さ、さんきゅー」

 

相変わらず、店長は緊張しているようだがチーズケーキの味はどうやら気に入って貰えたようだ。

 

彼女はしばらくチーズケーキに夢中になった後、私が持っているカードに気がついた。

 

「それ!ヴァンガード!!」

 

「知ってるんですか!!」

 

「もちろん!デッキも持ってますヨ!」

 

こういうことがあると素直に嬉しい。

 

 

「シャドウパラディンでス!」

 

 

「本当だ!しかも日本語版だ!!」

 

 

彼女はウイングエッジ・パンサーのカードを見せてくれる。シャドウパラディンのFVだ。

 

もうこうなったら次の言葉は決まっている。

 

「…ファイト…しませんか…?」

 

「はい!ぜひしましょウ!!」

こういうことがあるから、カードゲームは面白い。

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

「スタンドアップ!!ヴァンガード!!」

 

「スタンドアップ・ラ・ヴァンガード!!」

 

 

クリーピングダーク・ゴート(4000)とウイングエッジ・パンサー(4000)…それぞれのFVが登場し、私の先攻でファイトが始まった。

 

私のFVは未だにゴート…というか、まだ新しいカードは入れていないのだ。

 

(これからはジャッジバウ・撃退者にしようと思うんだけどな……)

 

私はそんな考えを頭から払うと、ファイトに集中することにした。

 

「私のターンから…ドロー……無常の撃退者 マスカレード(7000)にライド!FVのゴートはV裏にコールしてターンエンドです…」

 

「なら私のターンですネ!…スタンド、ドロー!…ブラスター・ジャベリン(6000)にライド!」

 

「ブラスター・ジャベリン!?」

 

ブラスター・ジャベリン…私にとっても馴染みの深いユニット…フルバウにライドすることでデッキの中からブラスター・ダークをサーチできたり、リアガードにコールして手札のグレード3をファントム・ブラスター・ドラゴンに交換することができるユニットなのだが…ならば何故FVはフルバウでは無かったのだろうか…?

 

「ふふふ…どうかしましタ?」

 

「あ……いえ……」

 

FVがフルバウでは無くパンサーである理由がわからないが、ブラスター・ジャベリンを採用する理由があるデッキは、初代ファントム・ブラスターデッキ以外に思い浮かぶ物があった。

 

(……ガスト・ブラスター・ドラゴン軸……かな)

 

そう、私が“クレイ”で遭遇した…奈落竜の片割れ…そのスキルはソウルのブラスターの枚数だけ自身のパワーとクリティカルを増加させるという凶悪な物だ。

 

(完全ガードはそこで使うべきかな…)

 

「行きますヨ…戦意の撃退者 ライフチェア(7000)をコール!」

 

 

(…ライフチェア!?)

 

最新弾、宵闇の鎮魂歌に収録されていた、グレード1の撃退者だ…まさかこんな新しいカードも入っていたなんて…。

 

「ふふ…パンサーのブースト…ブラスター・ジャベリンでヴァンガードにアタックでス!(10000)」

 

「…ノーガード……」

 

「ではドライブチェック……詭計の撃退者…マナ…トリガー無しでス」

 

「ダメージチェック…レイジングフォーム・ドラゴン……」

 

(詭計の撃退者 マナ…ガスト・ブラスターの“CB1、三体のユニットを退却”…ってコストを支払いやすくするため…かな)

 

マナを使用するのなら、CBを使わずに退却の対象になるリアガードを山札からスペリオルコールすることができるはずだ。

 

「ライフチェアでアタック!!(7000)」

 

「……ノーガード」

 

私のダメージゾーンにモルドレッドが置かれる。

 

(まだ序盤……大丈夫…)

 

「私のターン…ドロー……ライド!!ブラスター・ダーク・撃退者(9000)!!」

 

そして私はダークの後ろに置かれている、クリーピングダーク・ゴートのスキルを発動させる。

 

「CB1…自身をソウルへ……山札の上の五枚から…グレード3の……」

 

このスキルは失敗する可能性も高い、私は恐る恐るデッキトップの5枚を見た。

 

「………うん!…撃退者 ドラグルーラー・ファントムを手札に!!」

 

グレード3の存在しなかった私の手札にドラグルーラーが加えられる。

「そして!…ブラスター・ダーク・撃退者でジャベリンにアタック!!(9000)」

 

「ノーガードでス!」

 

「ドライブチェック……撃退者 エアレイド・ドラゴン!クリティカルトリガー!!」

 

私のユニットは現在ブラスター・ダーク・撃退者しか存在しないため自動的にその効果は全てダークへと割り振られる。

 

「ダメージチェックは…ナイトメア・ペインターとブラスター・ジャベリンでス」

 

(…ペインター……普通…だけど…)

 

ガスト・ブラスターはソウルの“ブラスター”の枚数にその力の強弱を左右される…コール時に手札のユニットをソウルへ送ることができるナイトメア・ペインターならガスト・ブラスターのデッキに入っていてもおかしくない。

 

(でも…まだ何か隠れていそう……本当にガストなのかな………)

 

私は何となく…目の前にいる銀髪の女性が何かを秘密にしているような気がした。

彼女はまるで、ドッキリを仕掛ける直前の子供のような…そんな目をしていたからだ。

 

(これで“ブラスター・豆しば”が出てきたら…ガスト・ブラスターのデッキで決定なんだけどな…)

 

私はガスト・ブラスターのデッキでしか採用されていないであろうカードのことを考える。

 

そもそも彼女のデッキがシャドウパラディンで統一されているかどうかも、今のところはわからないのだ。

 

ブラスター・豆しば…クラン“エトランジェ”のグレード0…ガードに使用することで自身をソウルに送ることができるため、手軽にソウルの“ブラスター”を増やすことができると、ガストデッキに引っ張りだこ…らしい。

 

(そもそも……使ったこと無いからなぁ…)

 

「私のターンですネ?」

 

「あ…うん…」

 

少し考え過ぎていたかもしれない…下手に勘繰りすぎても敗北の元になってしまう。

 

「スタンド、ドロー!……私はブラスター・ダーク(9000→10000)にライドしまス!!」

 

「ブラスター・ダーク…」

 

「続けてナイトメア・ペインターをコール!!もう一枚のブラスター・ダークをソウルに置きまス!…さらにウイングエッジ・パンサーをソウルへ!ライフチェアにパワー+3000でス…………ブラスター・ダークでアタック!!(10000)」

 

「ノーガード!!」

 

(…ドライブチェック……何が来る…?)

 

「じゃあドライブチェック!……ガスト・ブラスター・ドラゴン!」

 

(やっぱり…ガスト・ブラスターのデッキ…!)

 

私はダメージチェックを行う…結果、ドロートリガーが発動しダークにパワーが、手札にカードが加わる。

 

「ライフチェアがペインターのブーストでアタックでス!!(16000)」

 

「…氷結の撃退者でガード!」

 

「ターンエンドでス!」

 

(今の攻撃…受けておくべきだったかな…)

 

ダメージは私が3…彼女は2…まだお互いにリミットブレイクの発動は無い。

 

そして…この後私に4点目のダメージが入るかどうかはわからない…ガスト・ブラスターなら相手のダメージが0だったとしてもガード強要ができる…つまり相手にリミットブレイクを打たせないまま戦うことができるのである。

 

(“3点止め”に関しては他にも沢山のユニットでできるけどね……)

 

とはいえ余りダメージ差を開かせたくなかったというのも本音なのだ…後悔はしていない。

「私のターン…スタンドandドロー……行くよ…」

 

 

私は手札からそのユニットを選ぶ。

 

 

 

「誰よりも世界を愛し者よ…奈落の闇さえ光と変え…今、戦場に舞い戻る!ライド!撃退者 ドラグルーラー・ファントム(11000)!!」

 

 

今はまだ何もできないけれど…そこにいるだけで私にとっては何よりも心の支えになる。

 

「いい口上でスネ」

 

「あ…ありがとう…」

 

(……こんなやり取り…以前にもあったような……?)

 

「…督戦の撃退者 ドリン(7000)を左後列にコール…その前にブラスター・ダーク・撃退者をコールしてダメージゾーンのカードを一枚表に!!」

 

これは下準備だ…きっと後で必要になる。

 

「ドラグルーラーでヴァンガードにアタック!!(11000)」

 

「んーグリム・リーパーでガードでス(2枚貫通)」

「…ツインドライブ…first…暗黒の撃退者 マクリール…second…撃退者 ダークボンド・トランペッター…トリガー無しです……ドリンのブースト、ダークでダークにアタック!!(16000)」

 

「ノーガード…ダメージはファントム・ブラスター・ドラゴンでスヨ」

 

「ファントム・ブラスター・ドラゴン…」

 

思い入れのあるユニットの応酬に思わずその名前を復唱してしまう。

 

(…でも、間違いない…ガスト・ブラスター・ドラゴンのデッキだ…)

「……ターンエンドです」

 

(……リミットブレイクは来ない…そう思ってたけど…もしかしたら……)

 

私はこの次のターンに何が起こるか…数パターンの予想をする。

 

「ふふふ…今日の私は運がいいですヨ」

 

「………」

 

それは一体何のことを言っているのだろうか。

 

「私のターンでスネ…スタンド、ドロー……ライド!ファントム・ブラスター・ドラゴン(10000→11000)!」

 

(この流れは……)

 

「詭計の撃退者 マナ(8000)をコール!スキルで…恐慌の撃退者 フリッツ(6000)をスペリオルコール!!」

 

(フリッツ…?…何の能力も無いグレード0のユニットがどうして……)

 

「ファントム・ブラスター・ドラゴンのスキル!CB2!マナ、ペインター、フリッツを退却!パワー+10000!クリティカルも+1でス!!」

 

「……ダムド・チャージング・ランスだね…」

 

私は苦々しく呟く…以前ヴァンガードをしていた時ならともかく、今のヴァンガードでこの攻撃を受けることになるとは……予想はしていたが、思い出で胸がいっぱいだ。

 

「ふふ…ライフチェアでブラスター・ダーク・撃退者にアタック!(10000)」

 

「ノーガード……」

 

ブラスター・ダーク・撃退者が退却させられ、インターセプトが封じられる。

 

「そ・し・て…ファントム・ブラスター・ドラゴンのアタック!!パワー21000、クリティカル2!!」

 

「2枚のエアレイド・ドラゴンでガード!(2枚貫通)」

 

この攻撃…通さなければリミットブレイクは使えないまま…通した場合ドライブチェックでクリティカルトリガーが1枚でも出てしまったら私の敗北になってしまうだろう。

 

「ツインドライブ…チェック…first…」

 

そしてクリティカルトリガーが1枚以上のダブルトリガーの場合も……私の敗北になるだろう。

 

「暗黒医術の撃退者…ヒールトリガー!!…ダメージを回復して…パワーはファントム・ブラスターに」

 

「………」

 

「second……ガスト・ブラスター・ドラゴン…トリガー無しでスネ」

 

「……ふぅ」

 

「ターンエンドでス」

 

このターンは問題無く終了したが、ダメージは2ターン前の状態まで戻ってしまった。

 

「…私のターン…スタンドandドロー…ドラグルーラーの後ろに撃退者 ダークボンド・トランペッター(6000)をコール!スキル発動!!」

 

 

私は“彼女”のくれたアップルパイの味を思い出しながら…ユニットを展開する。

 

 

「CB1で魁の撃退者 クローダスをスペリオルコール!…さらにCB1!クローダスをソウルに!!……ブラスター・ダーク・撃退者をスペリオルコール!!」

 

ドリンの前にブラスター・ダーク・撃退者が登場することで再びダメージゾーンの裏向きのカードは表の状態に戻る。

 

「パワー17000!だったんのブースト!ドラグルーラーがファントム・ブラスターにアタック!!」

 

「ノーガードでス!!」

 

「ツインドライブ…first…ドリン…second…虚空の撃退者 マスカレード……トリガー無し」

彼女のダメージゾーンに戦意の撃退者 ライフチェアが置かれる。

 

「ドリンのブースト…ダーク・撃退者で……ライフチェアにアタック!(16000)」

 

「それもノーガードでス…ライフチェアは退却…」

「ターンエンド…」

 

どこか…彼女にファイトをコントロールされている…そんな気がする。

 

「私のターン!スタンド、ドロー!…ガスト・ブラスターとマナをコール!フリッツをスペリオルコール!…ファントム・ブラスター・ドラゴンのスキルで皆退却でス!」

 

そう言って彼女は再びダムド・チャージング・ランスを発動させる。

 

(…そうだ…何か変な感じがする……この動きだと、彼女の負担が重すぎる…)

 

元々ファントム・ブラスター・ドラゴンやファントム・ブラスター・オーバーロードは同時期に登場した主力ユニット達と比べてコストが重いと感じることが多かった。

 

いや…実際3体退却やペルソナブラスト、CB3は重く、少なくともこれらのスキルは不用意に連発するものでは無いはずだ。

 

……だからこそ

 

(何かの前触れ……そんな気がする……)

 

「パワー21000!クリティカル2のファントム・ブラスター・ドラゴンでドラグルーラー・ファントムにアタック!!」

 

「…暗黒の撃退者 マクリールで完全ガード…コストとして…モルドレッド・ファントムをドロップ…」

 

「ふふふ…完全ガードですカ……ツインドライブチェック……グリム・リーパー(クリティカル)とアポカリプス・バット…でシタ…ターンエンドでス」

 

「…私のターン…スタンドandドロー…虚空の撃退者 マスカレード(9000)をコール…マスカレードでヴァンガードにアタック!!(12000)」

 

「アポカリプス・バットでガード」

マスカレードの攻撃は簡単に防がれてしまった。

 

「ブーストを受けたドラグルーラーでヴァンガードにアタック!!(17000)」

 

「んーそうでスネ…ノーガードで!」

 

「ツインドライブ…first…厳格なる撃退者!クリティカルトリガー!!…クリティカルはVに、パワーはダーク・撃退者に………second…撃退者 レイジングフォーム・ドラゴン……」

 

彼女のダメージゾーンにガスト・ブラスターと氷結の撃退者…ドロートリガーが落とされる。

 

「ドリンのブーストでダーク・撃退者がアタック!!(21000)」

「暗黒医術の撃退者でガード!」

 

「……ターンエンド……これでダメージは3vs5…」

 

後は相手がどう動くか…だ。

 

 

「私のターン!スタンド、ドロー……んーそうですネー…貴女の“マネ”しますネ」

 

 

「…え?」

 

(……何の話……?)

 

 

「誰よりも世界を呪いし者よ…奈落の闇さえ絶望で包み…今、戦場を血の海に変える!ライド!ガスト・ブラスター・ドラゴン(11000)!!」

 

 

「その口上…私の…」

「オマージュさせてもらいまシタ」

 

 

(世界を呪いし者……か)

 

 

「でハ…詭計の撃退者 マナをコールして、撃退者 エアレイド・ドラゴン(5000)をスペリオルコール…そしてブラスター・ダーク(9000)をコールしまス」

 

相手の準備が整う…私は自分の手札を見つめた…。

 

(相手にバレているのが3枚…残りの4枚は非公開だけど……“あの攻撃”を防ぐには…非公開から2枚を出さなければならない……ね)

 

「ブラスター・ダークでブラスター・ダーク・撃退者にアタック!!(9000)」

 

「…ノーガード」

 

「エアレイドのブースト…マナでマスカレードにアタック!!(13000)」

 

「………ノーガード…」

 

再びインターセプトが潰される。

 

「ガスト・ブラスターのスキル……CB1…マナ、ダーク、エアレイドを退却……パワー+20000…クリティカル+4!!…これがダムド・チャージング・テイル!」

 

「クリティカル+4って……」

 

オーバーキルとしか言えない。

 

ガスト・ブラスターは更にソウルのブラスターに反応して、その攻撃力を上昇させる。

 

「パワー33000…クリティカル5…これが呪われし漆黒の風…ガスト・ブラスト・ストリーム!!」

「………マクリールで完全ガード!」

 

私は完全ガードのコストにレイジングフォーム・ドラゴンを使う。

 

「ツインドライブチェック…first…暗黒医術の撃退者!…ヒールトリガーでス!ダメージを回復…second…同じくヒールトリガー!!ダメージ回復しまス!」

 

「ここでダブルヒール……」

 

「今日の私の運は最高潮でス!ターンエンド!」

 

ダメージが3vs3まで戻ってしまった…これは辛い。

 

「……スタンドandドロー……行くよ…幽幻の撃退者 モルドレッドをコール……ダークボンドのブーストでドラグルーラーがガストにアタック!(17000)」

 

「ノーガードでス」

 

「ツインドライブ…first…氷結の撃退者…ドロートリガー!…1枚引いてパワーはモルドレッドに…second…詭計の撃退者……マナ……トリガー無し…」

 

「ダメージは、氷結の撃退者!ドロートリガーで1枚ドローしてガストにパワー+5000♪」

 

「……パワー23000…ドリンのブーストによるモルドレッドのアタック!!」

 

「暗黒医術の撃退者でガードでス!」

 

 

「…ターンエンド」

 

 

相手に与えたのは僅かに一点……だが相手は相手でダムド・チャージング・テイルの後で消耗しているため大きく展開はしてこない…はず。

 

 

「…スタンド、ドロー……ガスト・ブラスター・ドラゴンの後ろにアポカリプス・バットをコールしてアタックしまス…バットのスキルでSB1…パワー+4000して…これでパワーは33000!!」

 

 

「…うん……ノーガード」

 

 

「ツインドライブチェック…氷結の撃退者!ドロートリガー!!1枚ドローしまス!…second…ナイトメア・ペインター!!」

 

「ダメージチェック…マクリール…」

 

 

私のダメージは4点になり、リミットブレイクの発動圏内になったが、その4点目のダメージは3枚目の完全ガードだった。

 

 

「ターンエンドでス!!」

 

 

ダメージの差が埋まり、互いに4点のダメージを受けた状態で私のターンが始まる。

 

(リミットブレイクが使え……いや、まだかな……)

 

まだ“ダメージを詰める”には危ない気がした、ドラグルーラーの“強制ダメージ”を与えるにはこちらもリアガードを退却させる必要がある…少なくとも相手はこのターンを凌ぐ程度の手札は持っている…だったらまずは…

 

「スタンドandドロー…虚空の撃退者 マスカレードをコール!…ダークボンドのブースト!ドラグルーラーでヴァンガードにアタック!!(17000)」

 

「…暗黒医術の撃退者…ナイトメア・ペインターでガード!!(2枚貫通)」

「ツインドライブ…first…氷結の撃退者!ドロートリガー!…1枚引いて、パワーはモルドレッドに!!……second…ブラスター・ダーク・撃退者……マスカレードでアタック!!(12000)」

 

「氷結の撃退者でガード!」

 

(そうだ、今はその手札を…)

 

「ドリンとモルドレッドでアタック!!(23000)」

 

「ノーガード…ダメージはブラスター・ジャベリン」

 

「ターンエンドです……」

 

次で15ターン目…彼女のターンだ。

 

「スタンド、ドロー……本当に…私は運がいい」

 

「…?」

 

 

どうしたのだろうか。

 

「貴女は…ヴァンガードはどんなゲームだと思う?」

 

 

いきなり話題を…って…え?

 

 

「あの…語尾がカタカナじゃ……」

 

雰囲気は変わっていないけど…?

 

 

「ふふふ…本当は私、日本語はきちんと話せるんだよ……日本の血は入ってないんだけどね」

 

「はぁ…じゃあ何であんな若干カタコトに…」

 

「んーその方が面白いかなって」

 

「はぁ…でも本当にお上手ですね」

 

最早、本当の日本人より滑らかに喋っている。

 

「一緒に色んな国を旅した人の影響でね…その人と沢山話がしたくて覚えたんだ……そして今の質問もその人からされたことがあるものなの」

 

 

ヴァンガードファイターで…旅人…?

 

「今でもその人は心の支えで…でもダーリンって呼ぶと嫌がるんだよねぇ…」

 

「あの……」

 

「あ!ごめんごめん!話ずれちゃいましタ」

 

頬を赤らめた純白の肌の女性が手をぱたぱたと振って話な流れを修正する。

 

「私はね…ヴァンガードは“見せあいっこ”だと思うんだ」

 

 

「見せあいっこ??」

 

「そう…トリガーも、ユニットも、後から強いものを見せた方が勝利する」

 

 

「そんなこと……」

「どんなにクリティカルを引こうと、ヒールトリガーが出れば帳消しになる……終盤に強いユニットにライドしても、次のターンには相手はより強いユニットにライドして攻撃する…」

 

「…それは……まぁ」

 

 

「でもそれだけじゃあ…確実な勝利は手に入らない」

 

 

純白の女性は語る。

 

 

「時に相手の思考をコントロールすること」

 

 

私は神沢ラシンが使った“ダーク・キャット”を思い出す…ファイト中にあえて自分の“力”を相手に教えることで、たった1回のドローに静かな駆け引きを要求した。

 

 

「それはファイト中だけじゃあない…デッキ構築の段階から…相手の予想は裏切ることができる」

 

 

「………」

 

 

「相手の…全く予想のしていないカードを“見せつける”ことでその判断力を削るんだ」

 

「……“見せあいっこ”……」

 

 

「まあ…今回はそんなつもりは無かったんだけどね」

 

「…え……それって…どういう…」

 

 

銀髪の彼女が手札から1枚のカードを取り出す…彼女の手札の4枚…いや5枚の内…4枚は非公開状態のままのカードだ……

 

 

 

 

「行くよ…ライド」

 

 

 

そのユニットは私も知っていた。

 

 

 

 

「祈り、呪い、願い、誓い…全てをその手で紡ぎだし、全てをその手で破壊する…祭儀の魔女 リアス!!」

 

「…祭儀の魔女……リアス!?」

 

 

ガスト・ブラスターのデッキに突如として現れたのは魔女……エクストラブースター“宵闇の鎮魂歌”で追加された新たなユニット…祭儀の魔女 リアス…。

 

 

 

「どうして…このデッキに…?」

 

 

「驚いてもらえたかな?」

 

 

純白の女性はその銀髪を揺らして微笑む。

 

「自己紹介がまだだったね…私はゼラフィーネ…ゼラフィーネ・ヴェンデル」

 

 

そう言ってゼラフィーネさんは私に笑いかける。

 

 

 

「よろしくね…深見ヒカリさん…いや」

 

 

 

 

「“ヴェルダンディ”さん…」

 

 

 



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028 西から来た魔女

“深見ヒカリさん”…確かに彼女はそう告げた。

 

 

「どうして…私の名前を……?」

 

 

「あれ…違った?」

 

 

銀髪の女性…ゼラフィーネ・ヴェンデルさんはまだ教えていないはずの私の名前を知っていた。

 

 

「確かに…私は深見ヒカリ…ですけど」

 

 

「だよね!ダーリンが手紙で教えてくれたから知ってたよ♪」

 

 

「ダーリン…?」

 

「うん、うちのダーリ……舞原ジュリアンと仲良くしていただいてありがとうございまス」

 

「あ…ああ!!…あなたが舞原君の彼女なんだ!」

 

そういえば、以前そのような話を聞いたことがあった気がする。

 

夕方の…ショッピングモールで会った時だったかな。

 

ーー…僕には彼女いますから…ーー

 

ショッピングモールで会ってから、結局そのことについては全く聞いて無かった。

 

 

 

「でも…待って……私が……“ベルダンディ”?」

 

 

「…違いましタ?」

 

こちらは全く聞いたことの言葉…では無いけれど…えっと…何か…何だっけ…???

 

(…昔…誰かに教えて貰ったような気がするけど…)

 

「違うっていうか…一度もそんな風に呼ばれたことは無いといいますか……」

 

「うーん…私の勘違いかもですね」

 

“ヴェルダンディ”……何のことかはわからないけれど…こういうことは春風さんなら知っているかも知れない。

 

 

(…今度…聞いてみよう……“ヴェルダンディ”…か)

 

 

「とにかくファイトの続きです!」

 

「あ…はい」

 

私のダメージが4に対してゼラフィーネさんは5。

 

私の盤面には5体のユニットがいる…ヴァンガードの撃退者 ドラグルーラー・ファントム。

 

そしてリアガードにモルドレッド、ドリン、ダークボンド、マスカレード(G2)だ。

 

一方でゼラフィーネさんの盤面にはリアガードのアポカリプス・バットが1体…。

 

そしてヴァンガードサークルには祭儀の魔女 リアスがいた。

 

(…手札はこちらの方がある……けど)

 

「査察の魔女 ディアドリー(9000)をコール…スキル発動……SB1…モルドレッドを…ドロップゾーンのグレード0に」

 

…新たにシャドウパラディンが手に入れた性質…相手のリアガードサークルの上書き……基本的に“魔女”デッキでしか使えないため私は完全にスルーしていた。

 

「…撃退者 エアレイド・ドラゴンをコール…モルドレッドは退却…」

 

「まだ終わらないよ?…ディアドリーと…ディアドリーをコール!」

 

新たに2体のディアドリーがコールされた。

 

「スキル発動…終わりなき夢…ナイトメア…ですよ」

 

私のマスカレード、ダークボンドがそれぞれエアレイド・ドラゴンと氷結の撃退者へと上書きされる。

 

「リアスのスキル…CB2…ドリンにお別れを告げて貰います……デッキトップを5枚公開して、その中のグレード0でドリンを上書きしてくださいね」

 

暗黒医術の撃退者…ヒールトリガーのユニットがドリンのいたリアガードサークルを上書きする。

 

リアガードには4体のトリガーユニットが並べられる結果となった。

 

「本当の悪夢はこれからですよ……シークメイト」

 

ゼラフィーネさんはドロップゾーンから暗黒医術の撃退者を2枚…グリム・リーパーを2枚山札に戻す。

 

 

「安心してください…もう苦しむこともありません…全てはこれで終わりますから………双闘!」

 

祭儀の魔女 リアスと査察の魔女 ディアドリーが並び立つ。

 

「…そしてレギオンスキル……後列のディアドリーを退却……ドラグルーラーのパワーを……-20000」

 

「……」

 

リアスとディアドリーのスキルは相手のグレード0のリアガード1枚につき-5000…相手のパワーを差し引くというものだ。

 

レギオン時のみの1回しか使えないスキルだが、その分うまく発動した時の威力は“相手のパワーを減らすスキル”を持つ今までのユニット…暗黒次元ロボ“Я”ダイユーシャや創世英雄 ゼロ…超獣たちよりもずっと大きい。

 

「貴女のドラグルーラーはパワー-9000……そしてこれが魔女の力…フィアフル・デスペリア」

 

「-9000……」

 

-9000等というと訳がわからなくなりがちだが、つまりはシールドを20000分使ってようやくユニットのパワーが11000になるということだ。

かなり手札を消費するかもしれない…。

 

 

「…行きますよ…バットのブースト…リアスとディアドリーでアタック!!パワー26000!」

 

マイナスされたパワーの分を考えると…パワー46000といっても間違いでは無いだろう。

 

「大丈夫…マクリールで完全ガード!!」

 

私は直前のターンのドロートリガーで引いた完全ガードを使う…ドロップコストは手札のモルモットだ。

 

「あれれ…持ってましたか」

 

「…危なかったですけどね」

 

やはり私が完全ガードを持っている確率が低いと思って仕掛けてきたようだ。

 

確かにすでに2枚使用し、ドロップゾーンに1枚落ちている今なら狙い目だったのだろう。

 

(…完全ガードを使わせるためのガストだった…?)

 

にしてもコストが重い気はするのだが……

 

「ツインドライブチェック!…first…グリム・リーパー!!クリティカルトリガー!!…効果は全てディアドリーに!……second……氷結の撃退者!…ドロートリガー!……1枚ドローしてパワーは同じディアドリーに与えます!」

 

…ここに来てのダブルトリガーである。

 

「パワー19000、クリティカル2のディアドリーでアタック!!」

 

シールド値30000要求というやつだ。

「…厳格の撃退者、氷結の撃退者、氷結の撃退者、督戦の撃退者 ドリン、ブラスター・ダーク・撃退者でガード!!」

 

ここまでで私の手札から8枚のユニットが飛んでいる…だけではなく、盤面にはグレード0のユニットしかいないため次のターンの攻撃力も期待できない。

 

「ディアドリーでアタック!(9000)」

 

「…ノーガード!」

 

私のダメージゾーンに撃退者 レイジングフォーム・ドラゴンが置かれる。

 

(…ダブルクリティカルじゃなくて良かった……)

 

もしそうだったら、私は手札を全て失っていたことになる。

 

「…ターンエンドでス」

 

 

ドラグルーラーのパワーが元の数値に戻る。

 

 

「…私のターン……スタンドandドロー…」

 

 

 

相手の手札は少ない…正直残りの手札を展開してこのまま攻撃していっても問題無いだろう……だがもしこのターンで決められなければその時私に相手の攻撃を防ぎきることができるだろうか。

 

ゼラフィーネさんの手札は4枚…内3枚はトリガーのグリム・リーパーが2枚と氷結の撃退者が1枚だったはずだ……なら後の1枚は…?

 

そもそもこのデッキはどういうデッキなのだろう。

 

グレード3はガスト・ブラスター、ファントム・ブラスター、そしてリアス…

 

グレード2はブラスター・ダークと詭計の撃退者 マナと査察の魔女 ディアドリー…

 

グレード1にはジャベリン、ペインター、ライフチェア、バット……

 

グレード0のフリッツが…あれ?

 

 

…今“見えて”いるのはガストが3枚…初代奈落竜様が2体……そしてリアス…たぶん3枚くらいだろう。

 

グレード2も3種類…おそらく11枚だから…普通だ。

 

でも…グレード1は……?

 

ライフチェアが2枚…コールされたのと、ダメージゾーンにいる。

 

ブラスター・ジャベリンは見えているのが3枚……ガスト・ブラスターとペインターを採用しているのだから4枚入っている可能性は高い。

 

ペインターも3枚見えている…こちらもジャベリンと同数程度は入っている可能性がある。

 

アポカリプス・バット…ブラスター用の専用ブースター……おそらくこのデッキのコンセプトはブラスターによる完全ガード強要…だとすると2~3枚は入っているか?

 

そして恐慌の撃退者 フリッツ…これが2枚入っている……。

 

グレード1以下のユニットが見えている範囲で13枚…。

 

 

ここで一つ疑問が浮かぶ。

 

 

(“守護者”は入っているのかな…?)

 

入ってない…何て考えるのが変かもしれない。

 

でも…もしかしたら……。

 

祭儀の魔女 リアス、査察の魔女 ディアドリーの2枚は本当に発売されたばかりのカードだ…もし“この2枚を使うために”簡単に作られたデッキだったとしたら。

 

何故わざわざ“ブラスター”主体にしたのかという疑問は残るが…それはさっきのゼラフィーネさんの言葉に理由がある…ということにしよう。

 

 

(ヴァンガードファイトは…“見せあいっこ”ね…)

 

 

相手の手札…ガードの予想合計最高値は…35000…。

 

 

「…見えたよ…」

 

 

「え?」

 

「私の…ファイナルターン……」

 

 

少しばかりロマンを追うような動きも…してみたいって…たまには思うんだ。

 

「2体のエアレイド・ドラゴンを退却…CB1…ドラグルーラーにパワー+10000!!」

 

「…それだけですか?」

 

「…うん…でもこのスキルは…1ターンに何度でも使うことができる」

 

すでにゼラフィーネさんのダメージは5点…このスキルの醍醐味である追加ダメージを与えることはできなくなっている。

 

 

だが…今、欲しいのは…痛み(ダメージ)じゃない…(パワー)だ。

 

 

「もう一度…」

 

私はドラグルーラーに(パワー)を与える。

 

 

「これはもう“ミラージュストライク”じゃないね」

 

 

リアスとディアドリーのスキルで登場させられたグレード0のユニット達がドロップゾーンに帰っていく。

 

「…詭計の撃退者 マナをコール…無常の撃退者 マスカレードをスぺリオルコール…もう一度…」

 

3回目…ドラグルーラーはコストの続く限りどこまでもそのパワーを上げていく。

 

ある意味ディメンジョンポリスだ。

 

「ドリンとモルドレッドをコール……もう一度…」

 

ドラグルーラーのパワーはこれで51000…相手がこれを防ぐには“守護者”が必要だ。

 

「…これは…タキオンストライク……あらゆる限界を吹き飛ばす (パワー)だよ…」

 

パワーを上昇させるだけならもっと効率よくできるユニットはいるだろう。

 

だから…これは“私の”意地でもある。

 

あのデッキに“守護者”は無い。

 

手札にも無い。

 

私が私を信じなくてどうする。

 

「虚空の撃退者 マスカレードと撃退者 ダークボンド・トランペッターをコール…」

まぁ…ヒールトリガーを引かれたら意味無いのだが。

 

 

「…行くよ、ドラグルーラーでリアスにアタック!!パワーは51000!!」

 

ちなみに相手のガード値の予想よりも少し多目のパワーにしたのは、彼女がクインテットウォールを持っていた場合のためのほんの少しの抵抗である…51000ならばトリガー4枚でも足りず……運任せのクインテットウォールならこれで突破できるだろう…たぶん。

「ふふ…ノーガードですよ」

 

「ツインドライブ……チェック……first…撃退者 ダークボンド・トランペッター……」

 

欲しい…ここでだめ押しのもう1点…!!

 

「second……!!……厳格の撃退者!クリティカルトリガー!!パワーをマスカレードに与えて…クリティカルは………ドラグルーラーに!!」

 

 

ゼラフィーネさんが山札に手を伸ばす。

 

 

「ダメージチェック………」

 

(綺麗な白い手…)

「祭儀の魔女 リアス……ですね」

 

ゼラフィーネさんのダメージゾーンに6枚目のカードが置かれる。

 

「…ふふ…負けちゃった」

 

「……勝てた……」

 

私はふぅと息を吐き出す。

 

「お強いですね!」

 

全く…それはこっちのセリフだ。

 

「…ゼラフィーネさん…このデッキは一体……」

 

ゼラフィーネさんが窓の外を眺めながら語る。

 

「そうですね…さっきは偉そうなことを言いましたが…いえ…あれは本音ですが………元々このデッキは普通に日本語版のガスト・ブラスター・ドラゴンのデッキでした………しかし飛行機の中で気づいたのです」

 

ゼラフィーネさんが拳を握りしめる。

 

「…日本語版のシャドウパラディンの“守護者”を前に泊まっていたホテルで無くしてしまっていたということを!!!」

 

「…もしかしてゼラフィーネさん今日、日本に来たんですか?」

 

「もちろん!…それでカードショップに行ったらシャドウパラディンの新しいカードが発売されてるじゃないですか!!」

 

宵闇の鎮魂歌のことだろう…確か外国ではまだ出てなかったっけ……日本でも出たばかりだしね。

 

「思わず何枚か買って…取り合えずデッキにいれて…すっかり“守護者”のことを忘れてました」

 

「そんな…いきなりデッキにいれちゃうなんて…」

 

 

「使わなきゃわかりませんよ…何も…ね?」

 

 

ゼラフィーネさんがウインクする。

 

 

「…!!」

 

 

(もしかして…)

 

 

「……私がデッキ構築に悩んでいる所…見られてました?」

 

 

「さあ?…どうでしょう?……ただ悩むよりは実際に使った方が色々見えてくると思いますヨ♪」

 

 

確実に見られていた…。

 

 

「好きなカードが使いたいなら、使えばいい…それで負けても誰も文句を言わないよ」

 

「でも…大きな大会が…」

 

「負けてもいいけど、勝利を求めない訳じゃないよ…負けたら悔しいもの」

 

「……好きなカードで…勝つ」

 

「だって…好きだから先導者(ヴァンガード)をしているんでしょう?」

 

「…そうだね」

 

「嫌いなカードを好きになるってのもありだけど」

 

「えええ……」

 

ゼラフィーネさんは微笑む。

 

「あんまり悩んでると、どこかのダーリンみたいに拗れちゃうぞ」

 

「どこかのダーリンって……」

 

舞原君は何か拗らせているのだろうか。

 

「自分が一番楽しいことをやればいいんだよ…一番…本気で楽しめることをね」

 

「本気…か」

 

 

ゼラフィーネさんが立ち上がる……彼女は料金を払うと店の扉の前に立つ。

 

 

「ヒカリ…ちゃん!」

 

 

ゼラフィーネさんの淡いピンク色の瞳が私の黒い瞳を見つめる。

 

 

「ゼラフィーネさん…?」

 

 

「私はしばらくダーリンの所にいます!機会があったら…」

 

 

「あ……」

 

 

「また遊びましょう!!」

 

 

 

ゼラフィーネさんは日傘を取り出すと、行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

…あんな彼女がいるなんて、舞原クンは幸せ者だろう。

「いや…綺麗な人だったな」

 

店長が呟く。

 

こんなセリフ…カグヤさんの時も言っていたような。

 

「店長…そのセリフを使いすぎると自分でも意図してないキャラに認定されちゃうよ」

 

「何だ…意図してないキャラって何だ…」

 

 

私は8枚の“Abyss”を見つめる。

 

 

(…使ってみなきゃわからない…よね)

 

 

私はカードケースにそれらをしまうと立ち上がる。

 

 

「そう言えば…夏休みだけどチームで何か活動したりするのかな…」

 

 

 

…夏休みはまだ始まったばかりだよね。

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ…ここがジュリの部屋かぁ…」

 

「ちょっと狭いけど…って待つっす」

 

 

ジュリアンは目の前で正座するゼラフィーネに言う。

 

 

「…何故……ここに?」

 

ここは天乃原家の屋敷…ジュリアンが居候させて貰っている家だ。

 

「もう…言ったよね、泊・め・てって」

 

「いや何で僕の部屋!?」

 

ゼラフィーネは頬を赤らめる。

 

「え…///そんなこと私に言わせ…」

 

「何言う気だよ!!??思わず語尾に“っす”付け忘れたっすよ!?」

 

「もう……ちゃんと“ジュリの前では”ダーリンって言うのは止めたのに」

 

「それは…僕が恥ずかしい…って“僕の前では”!?それはつまり…!?」

 

「ジュリのいないところで連呼することにしたよ!」

 

「むしろ逆にして欲しいっすよ!!!」

 

「うるさいのよっあんた達っ!!」

 

 

部屋のドアが勢いよく開けられ、チアキが言い放つ。

 

 

「私、受験生、わかるかしら、勉強中、私、受験生」

 

 

チアキが壊れた機械のように呟く。

 

 

「うわー小さくて可愛い!!小さい!!」

 

「あっ…折角、文章中で余り表現されてなかったことをそんな連呼したらお嬢が可哀想っすよ!!」

 

「もうっ!うるさい!!日本人的には…ほんの少し小さめって程度よ!!」

 

実際極端に小さい訳じゃない…全体的に小柄で幼いだけで。

 

「ポニーテールが身長を補おうとしてる見たいで可愛い!!…私もしてみようかな」

 

「…個人的にはサイドテールが見たいっす…なんて」

 

「…いいよ///」

 

 

チアキがうんざりしたように言う。

 

 

「いちゃつくなら外でしてくんない?」

 

 

 

 

まだ…夏休みは始まったばかりであった。

 

 



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029 変わるもの、変わらないもの

「う、うーん……」

 

体を包むような熱が私を苦しめる。

 

 

「う……う………はぁ………」

 

 

朝だ。

 

 

もう8月になろうという時期、一年の中でも最も暑い季節だった。

 

私はベッドから体を起こすと部屋のカーテンを少し開ける。

 

眩しい太陽の光が私の部屋に差し込んだ。

 

 

* * * * *

 

 

 

午前9時32分

 

 

 

今日は春風さんの手伝っている“カードショップアスタリア”へ行く予定。

 

彼女ならゼラフィーネさんが言っていた“ヴェルダンディ”について何か知っているかもしれない。

 

昔の私のことなら自分以外には彼女が一番詳しいはずだ。

 

一応自分でも調べてみようとしたが、詳しいことはわからなかった…というか検索しても北欧神話の三女神だということばかりでヴァンガードとのつながりが見えない。

 

私はトースターに食パンをセットして、コーヒーを淹れる。

 

(運命の三女神……ノルニル………いや……ノルン?)

 

最近のヴァンガードユニットでそんな名前のユニットがいたはずだ。

 

(“運命の神器 ノルン”…?…いや…そうじゃないね)

 

思い出してみると、以前舞原クンが“ノルン”という単語を口にしていたような。

 

確か…ラグナレクCSに出場していた……不思議なファイター。

 

(私が…“それ”だっていうこと…??)

 

取り合えず春風さんだ…春風さんに聞こう…彼女もラグナレクCSにはいたのだから。

 

 

私は焼き上がったトーストに最近のお気に入りであるアンズジャムを塗る。

 

「♪」

 

トーストはいい焼き加減だ…実にすばらしい。

 

(そういえば…今日は大智にも行くんだっけ)

 

カードショップアスタリアは北宮という町にあり、その場所へ向かうには大智町で電車を乗り換える必要があるのだ。

 

(お昼は大智でパンケーキなんかいいかも…ね)

 

大智町はこの周辺の交通の中心…人も店も沢山集まるのである。

 

 

「…ふぅ」

 

 

私はコーヒーを一口飲んだ。

 

 

「ふろんてぃあのコーヒーの方がおいしいや」

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

「…………よし」

 

私は黒のノースリーブを身に纏うと、露出した腕と首筋に日焼け止めのクリームを塗る。

 

(二年…いや二年と半年前か……ラグナレクCSは)

 

今思えばあの大会は最初からかなり怪しかった。

 

ショップ毎に招待状が送られたり、大型バスによる会場までの送迎があったり…それでいて非公認の大会なのだ。

(結局、大会も途中で中止になっちゃったし…ね)

 

私もそのあとすぐ“例のビデオ”を見せられ、逃げ出すようにヴァンガードを辞めてしまったので記憶が曖昧だった。

 

 

「よし……準備完了…かな?」

 

 

私は特に忘れ物が無いことを確認すると、父さんと母さんの写真に挨拶をして家を出た。

 

 

暑苦しい太陽の光を避けながら、私は天台坂の町を歩く。

 

町の様子は私が小学生の頃とほとんど変わっていなかった。

 

変わった所といえば、ふろんてぃあの看板の錆が増えたこととカードショップができたことくらいだろう。

 

私はちょうど公園の前を通る。

 

(この公園で青葉クンのお姉さんに護身術教えてもらったっけ…)

 

魔神剣と何回叫んだことか。

 

懐かしい公園は…いやこの町は今も昔の姿を保っていた。

 

それでも、ずっと同じ町も、ずっと同じ人も存在しない。

 

いつかは変わっていってしまうのだろう。

 

 

(この町と私…どっちが先に変わっちゃうのかな)

 

それは決して悪いことでは無い……。

 

 

 

(でもやっぱり…寂しいよね…)

 

 

 

* * * * *

 

 

 

「ヒカリ様!?来るなら事前に連絡を下さいよ!今日は親衛隊も半分くらいしか来てませんよ!!」

 

「いや…一人もいなくていいから」

 

 

(……この人は変わらないなぁ……)

 

 

春風さんは元々青葉クンのお姉さんの友達で昔から可愛がってもらっていた。

 

親衛隊というのも両親がいなくなり、学校でも孤立していた私を励まそうと彼女が友人達と結成してくれたものである……もっとも現在のメンバーの半分以上はそんなことは知らないだろうけど。

(嬉しいような…迷惑な…いや迷惑……うん)

 

「もう解散なんてできませんからね…何人いると思っているんですか、親衛隊」

 

「あ…あはは……そんなこと言われても…」

 

一体、何がどうなっているのか…正直深くツッコムのが怖すぎる。

 

「しかし…今日は…いや今日も急ですね」

 

「うん…迷惑だったかな」

 

「そんなこと!私はあなたに会えた幸福で死にそうですよ!」

 

「何その間違った日本語訳みたいな感想……」

 

いや、そんなの見たこと無いけどね。

 

「…で、今日はどうしたんですか?」

 

「うん…実はね……」

 

 

私はここまでの事情を話す。

 

「“ヴェルダンディ”…ですか…ノルンっていう北欧神話の三…」

 

「そうじゃなくて…こう…ヴァンガード関連で」

「ヴァンガード的にはジェネシスにノルンってユニットがいますけど…そういうことじゃないですよね?」

 

「……うん」

 

春風さんの表情が少し真面目になる。

「つまり……ラグナレクCS…」

 

「…!!」

 

「無敗の不思議な三人の女性ファイターの一人…ゴスロリのベルダンディが自分のことなのか…ってことですね」

 

「!!………うん」

 

「そうですよ」

 

「…………え?…そんなにあっさりと…」

 

「いや…とっくに知ってたかなって…思っていましたよ…当時はかなり話題になってましたから…ネットで」

 

「…………ネット環境無かったもん……」

 

「…すいません」

 

「…………」

 

「……」

 

「…」

 

 

「でも………ヴェルダンディか…格好いいね」

 

「…そう言うと思っていましたよ」

 

「…その三人…私もか…って今ラグナレクで無敗だったって言ってたけど……そうだったの?」

 

本当…MFSしか記憶に無いのだ。

 

「MFSに夢中でしたもんね…ええ…大会中止までの26戦で26勝してます」

 

「そんなに戦ったっけ…」

 

「確か40人の総当たりでしたから…朝の9時から夜の6時位までファイトしてませんでした?」

 

「うーん……確かに沢山ファイトしたのは覚えているんだけど……」

 

勝敗とか全く意識してなかったしなぁ…

 

「…そうだ!不思議な力!私!不思議な力あるの?こう……魔眼とか!!」

 

もしあるのなら…何というか…いいね。

 

「あー…そうですね…ウルドさんは…相手の初期手札をグレード3だけにするとか…スクルドさんは相手にトリガー引かせないとか……」

 

「へぇ……で…私は?……ヴェルダンディは?」

 

 

 

「…………」

 

 

春風さんが目を背ける。

 

「…春風さん?」

 

 

春風さんは重々しく口を開き、私に告げた。

 

 

「……不明……ですね」

 

 

「…え?」

 

「諸説ある…って感じです…最も時間が経ちすぎてもう議論している人もほとんどいませんけど」

 

ひどい。

 

「…でも…何で?」

 

「ファイトの様子を見ても誰もわからなかったんですよ、でも他の二人は明らかに特殊だからこの人も特殊なんじゃ……ってノリで語られてます」

 

「……………」

 

「…ヒカリ様……?」

 

「…諸説ってどんなのが…あるのかな」

 

「…えっと…毎ターン好きなカードをドローしているとか、自由にトリガーが引けるとか」

 

「そんなこと……無かったけど…」

 

そんなことが出来るのなら自分で気づいている。

 

「一番有力なのは…“ファイト中1度だけ、自分の意思に関わらず、欲しいカードをドローできる”です」

 

「ドローカードの…創造?」

 

「いや…はっきり違いますよ…それは」

 

何だ…1度だけって……自分の意思に関わらずって…

 

「…一体何の根拠があって…」

 

「ヒカリ様…26回連携ライド成功させてました」

 

「……」

 

「必要な時にはいつも完全ガードがありました」

 

「……いや…でも…ね…」

 

何かこう…パッとしない…な…

 

「でも…これは“一番有力な説”というだけです、本当のことはまだわかりませんから」

 

「本当の…力……ね」

 

 

そんな物があれば…嬉しいけど……

 

 

「力が有ったって無くたってヒカリ様はヒカリ様ですよ!!」

 

「うん…そうだね…」

 

 

ありきたりだけど…その通り…か。

 

 

いや…でもなぁ…。

 

 

 

「春風さんー」

 

店の奥から店員の…というか親衛隊No.62の萩野さんが呼んでいる。

 

「どうしました?」

 

「双闘パックって大会の参加賞になったんですよね」

 

「そうですよ、右下の引き出しにいれておいてね」

 

「…そうなんですか?」

 

双闘パック…“夏のレギオン祭り”等とふざけた名前の企画で配布されるパックである…1パックにレギオンができる二種一組のカードが入っており、ヴァンガードのパックを6パック購入して双闘パック1つが手に入るというキャンペーン…だったはずなのだが。

 

「何か…例のMFS作ってる所から要望があったらしくてね…もちろん6パック購入しても貰えるんだけど…まぁこれで少しは手に入りやすくなったから良いじゃないですか」

 

「へぇ…」

 

萩野さんが大量のパックが入った段ボールを抱えて店の奥に戻っていく。

 

「春風さんはパック集めるの?」

「ええ!エンフェのレギオン収録されてますからね…いや…通常ブースターに収録して欲しかったですけど」

 

春風さんは残念そうに言う。

 

「確かに…エンジェルフェザーとグレートネイチャー、メガコロニーにペイルムーン…むらくも…そして何故かロイヤルパラディンが入っているんだよね…」

 

「あ…それ少し変わりましたよ」

 

「え?…そんな色々…変更して…告知もかなり急だったのに…大丈夫なのかな?」

 

「ですよね…とにかくロイヤルパラディンの収録が無くなったんですよ」

 

ロイヤルパラディンのレギオン…ついこの間名前だけは公開されたのに…。

 

「通常ブースターに収録することになったのかも知れませんね」

 

「…そうなのかな」

 

探索者 ライトセイバー・ドラゴン、探索者 ライトブレイズ・ドラゴン……自分はロイヤルパラディンを使うことは無いけれど、このまま日の目を見ることが無いなんていうことになったら………可哀想だ。

 

 

「はぁ…………」

 

 

「疲れましたか?」

 

 

「うん…最近暑いからね」

 

何となく適当なことを言ってしまったが、嘘では無かった。

「じゃあ今スイカでも切りましょうか」

 

 

スイカって…ここは何のお店なんだ。

 

 

「…そうだ、いっそのこと皆で海…」

 

 

テレレレレレレ…テレレレレレレ…

 

 

 

私の携帯が鳴り出した。

 

 

 

「…天乃原さんからだ…………もしもし……うん」

 

 

 

 

「…え?」

 

 

 

「…皆で……海に?」

 

 

 

 



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030 琥珀の愛

どこにでもあるような出る少し大きめの一軒家。

 

そこでは5人の家族が仲良く暮らしてました…とさ。

 

「シン兄!もう私のデッキ勝手に使わないでよ!!」

「…悪い…だがなマリ…もう少しでフォルトナの声が聞こえそうなんだ…それにお前最近ネオネクタールばっかり使って」

 

「そーうーいーう問題じゃなーい!!…最低限のマナーは守ってよ!!」

 

「いや…ほら…俺は」

 

「お前の兄だって!?知るかー!フォルトナに浮気なんかしてたらゴルパラに嫌われちゃうんだから!!」

 

「な…!浮気だと!!?そんな…俺が…?」

 

「コハク兄もそう思うでしょ!!」

 

今日も家は賑やかだ。

 

「まあ落ち着けマリ…浮気なんかするってことは、お前の兄貴は立派な男になったってことだぞ……ほら、昔はこんなに可愛かったのにな、ラシンちゃん」

 

僕は一枚の写真を取り出す…可愛いなラシンと僕。

 

「…止めてくれよ!!」

 

そう言って僕の大事な弟はその写真を奪って破り捨てた。

 

僕とラシンの女装姿の写真…をね。

 

 

「まあ…まだまだ沢山残ってるがな」

 

「兄さん…あんたって人は…」

 

 

* * * * *

 

 

 

僕の名前は神沢コハク

 

 

以上だ。

 

 

僕は僕…特に語ることも無いし、語りたくもないよ。

 

まあ…歳は15、中学3年生だね。

 

家族は父と母、そして弟と妹。

 

 

「兄さん…俺のパンツが足りないんだが」

 

「ラシンのことが好きだって子にあげちゃったよ」

 

「…………………」

 

 

この弟、神沢ラシン…趣味はヴァンガード。

 

僕も昔は…そんな昔じゃないけどヴァンガードに熱中していたっけ、というかむしろそのせいで弟と妹もヴァンガードを始めてくれたんだったなぁ。

 

本当にいい弟達を持った。

 

「……………………」

 

「…コハク兄…またシン兄に何かしたの?」

「ん?…大丈夫さ、マリは気にしなくていいよ」

 

「うん!」

 

 

弟のラシンが中学2年生、マリは小学6年生だ。

 

小学生と言うと僕の年上のお友だちは、きゃっほうと叫んだりするが、実際は彼らの期待とはずれているのが自慢の妹のマリだ。

 

容姿は…すでに高校生でも通じるんじゃないかな、身長、スタイル共に小学生離れしている。

 

というか髪染めてるのも彼らの期待を裏切っているのだろう。

 

僕とラシンが歳の割に“ロリロリしい”見た目をしているからね、仕方ないね。

 

 

僕の今の趣味はそんな人たちを眺めることです。

 

「………はっ」

 

「ラシン…立ったまま寝たら風邪引くよ」

 

「あ…ああ…気を付けるよ……兄さん……って!!」

 

「ん?」

 

「そうじゃない!!パンツ!!」

 

「あー」

 

「あーじゃないだろ!!」

 

「…♪…大人の階段登る…♪…君はもう」

 

「歌うなよ!!」

 

「逆に考えろ…マリじゃなくてよかったろ」

 

「え?」

 

「お前の立場にマリを」

 

「呼んだ?」

 

「呼んでない」「呼んでないからね」

 

 

 

「全く!夏の暑さで脳味噌溶けてるのか…」

 

「ところで」

 

「ここにきて話変えるのか!俺のパンツは!?」

 

「チームのメンバーは集まったのか?」

 

「………それは」

 

 

今、弟達は9月にあるというヴァンガードの大会に出るためにチームを作っていた。

 

そのためには最低でも3人のメンバーが必要だった。

 

 

「…兄さんは」

 

「僕はファイトはしない…他のサポートなら任せてほしいけどさ…それにお前だって嫌だよね」

 

「……それは」

 

「…お前がしたいようにすればいい」

 

「……俺は……」

 

「安心して、ファイトはしない」

 

それは昔、一緒に戦った友への裏切りにもなる気がするから。

 

 

「やっぱり…コハク兄は…無理?」

 

「ごめん、可愛い妹の力になってあげたいんだけどね…」

 

「…俺とマリで最後のメンバーは探す」

 

「メンバー探しは手伝うよ……おっ…そろそろご飯の時間かな」

 

もうすぐ、母さんが僕らを呼びにくるだろう。

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

「シン兄!ファイトしよ!!」

「ああ…こてんぱんにしてやるよ」

 

 

夕飯の後はこうして二人はファイトをよくする。

 

「ドロー!スザンナにライド!……そういえばあの深見さんって人…仲間になってくれないかなぁ……ファイサリスをリアガードの後ろにコールし直してターンエンド!」

 

「ドロー…駄目だ、あの人は俺の今大会の目標…“ターゲット”だ………チームメイトにするわけにはいかない………小さな解放者 マロンにライド、FVのウォルティメールをマロンの後ろにコール、もう1枚マロンをコール…ウォルティメールのブースト、ヴァンガードのマロンでアタック!!」

 

「でもシン兄一度はあの人に勝ってるじゃん、まだ戦うの?…ノーガード」

 

「あの時は互いに普段使ってるデッキでは無かった…ノーカンだ……ドライブチェックは…青き炎の解放者 パーシヴァル…トリガー無しだな」

 

「ダメージチェック……ああ…ヴェラが……でもさ、最終手段としては有りじゃない?」

 

「……確かに…大会に出られないのは困る…いやそもそも彼女には既に仲間がいたから無理だろうな…リアガードのマロンでアタック」

 

「あ、そっか…残念……ダメージチェック……またヴェラとか……」

 

 

「…………」

 

大会まであまり時間は無い。

 

やっぱり僕が二人と…

 

 

「…………駄目だな」

 

「コハク兄?」

「兄さん?」

 

 

それは…意味が無いんだ…ラシンの“願い”を無駄にすることにもなってしまう。

 

 

「ちょっと…ジュース買ってくるよ」

 

 

 

そうして僕は家を出た。

 

この辺りは街灯も多く、夜でもかなり明るい。

 

僕は少しカーブした道をゆっくりと進んでいく。

 

 

“最強であることを証明したいファイターだ”

 

以前ラシンは銀髪の少年にそう言い放った。

 

“最強”

 

それがラシンの目指すもの。

 

(今の僕じゃ…足手まといに成りかねないし)

 

 

夜の風が僕の髪を撫でていく。

 

何でだったか…僕は小学生の頃から髪を金に染めている。

 

マリも、ラシンも同じように染めている。

 

面白いことに髪の色が違うだけで周りの人間の接し方は変わってくる。

 

確かに小学生が染髪というのは自分でも良いイメージは浮かばないけどね。

 

まぁ…父と母は「金髪ならロリータファッションかねぇ」って言うだけだったけど…それはそれで問題か。

 

やがて僕に続くように弟達も金に染めた。

 

「これでお揃いだね」って言って…。

 

 

 

「あの頃のラシン…可愛かったな…僕には劣るけど」

 

 

 

僕は道の途中にあった自販機の前に立つ。

 

「サイダーがいいな…」

 

僕は硬貨を投入して自販機のボタンを押す。

 

落ちてきた缶ジュースを受けとめ、僕は来た道を引き返す。

 

どうしたら…いや…どうしたいんだろうか、僕は。

 

辞めると決めたのに、時々とてもヴァンガードファイトがしたくなる。

 

こんな風に迷っているところは弟達には出来れば見せたくないな。

 

兄として常に、強く、健全なドSでありたい。

 

 

「先導者…か……僕はあいつらの先導者なんだよね」

 

 

僕の言葉を聞いていたのは夜の町を駆ける風だけだった。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

「…海?」

 

「そう!お父さんがたまには家族で出掛けないかって!!」

「それで海か…」

 

僕が少し外に出ていた間にそんな話が進んでいたなんて…。

 

「正確には海には行かないらしい」

「え?どういうことだい?」

 

「父さんが仕事で海辺のホテルに泊まるから一緒に来ないかって話なんだよ」

 

「でもお父さん昼間は仕事だから」

 

「母さんも町内会の旅行でいないしな」

 

僕は二人の言いたいことがわかった。

 

「保護者が一緒にいられないから、中学生だけじゃ海に出られない…ってことかな…真面目だね」

 

「まぁでも…ね…シン兄…」

 

「行くだけ行ってみないかって話だ」

 

 

「なるほど…海…ね」

 

 

いざとなればマリを保護者に装うことも可能だろう。

 

というかマリはその手を使う気まんまんのように見える。

 

…兄として見守ってあげますか。

 

 

 

「なら…みんなで行こうか!!」

 

「やったっ!!」

 

「…海…久しぶりだな」

夏といえば海だしね。

 

 

 

「いざ海へ!!だね!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ…兄さん…そろそろパンツ返せ」

 

 

ラシンが僕に詰め寄る。

 

 

「あはは…悪い悪い」

 

「だから返せって…?」

 

「悪い」

 

 

あれ、冗談じゃないんだ。

 

 

 



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031 双子の月(上)

「いやー良い天気だね!!ジュリ♪」

 

「こら…ゼラ!新幹線では静かにするっすよ!」

 

8月1日…私たち…深見ヒカリ、青葉ユウト、天乃原チアキ、舞原ジュリアン、そしてゼラフィーネ・ヴェンデルさんと天乃原家の執事である近藤さんの6人は月ヶ浜という場所へと向かっていた。

 

朝の5時過ぎに家を出た私たちは大智から東京まで電車で移動し、そして今は下田に向かうため東海道新幹線に乗っている。

 

えっと…その後は……

 

「近藤、説明お願い」

 

「下田に到着後、乗り換え…その後はリムジンでの移動になり…10時38分の到着になります」

 

執事の近藤さんが説明をしてくれた。

 

「あ、ありがとうございます……リムジンかぁ」

 

天乃原さんがお金持ちなんだって…忘れてたかも。

 

「今日は日頃のストレス…発散するわよ!!」

 

「……溜まってたんだね」

 

「…受験勉強もあるけど…主にあの二人のせいね」

 

 

 

天乃原さんはそう言って後ろの座席にいる“二人”を見る。

 

 

銀の長髪と銀のサイドテールの二人が座っていた。

 

 

「ねえねえ、ジュリジュリ!誉めあいっこしよ!」

 

「誰がジュリジュリか!……嫌っすよ」

 

「…ジュリリンは私のこと嫌い…?」

 

「……ったく……大好きっすよ……あとジュリリンは勘弁して」

 

「じゃーあー……ダーリン♪」

 

「それは…………恥ずかしいっすからっ///」

 

 

 

 

 

どうしようもなく甘ったるい会話が耳に入ってくる。

 

「………いつまで聞かされるんだ?この会話…」

 

「私は“あれ”を毎日聞かされてるのよ」

近藤さんの隣に座る青葉クンが率直な感想を告げる。

 

「………ははは」

 

「あれで喧嘩してたらもっと酷いんだから…」

 

天台坂の町はすでに遠く、新幹線の窓に映る景色は見たことの無いものばかり。

「海……か………」

 

「ヒカリさんは新しい水着とか買ったの?」

 

「え、あ……うん……一応……」

 

「なら目一杯楽しむわよ!せっかく来たんだから!!スイカ割りとか…ビーチバレーとか……ね!」

「う…うん」

 

実を言うとあまり海には行ったことが無いのだ。

 

緊張する。

 

 

「…海はいいけど…ジュリアンにデッキの相談したかったんだけどなあ…」

 

「そんなこと……忘れなさい!!」

 

「それなら、ホテルで相談に乗るっすよ?」

 

「え…ホテルの部屋は………別々!?」

 

「男性と女性で分けさせていただきました」

 

 

 

私は耳を抜けていく会話達に目を細めた。

 

 

「……違うね」

 

同年代の友達と遠くへ出掛けるのが……久しぶりだ。

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

「こちらがホテルになります」

 

「……うわ……ここが……?」

 

リムジンを降りた私が見たのは、想像を越える規模のホテルだった。

 

 

「ええ、うちのホテルよ」

 

「かなりの高級ホテルっすね」

 

「…従業員の人がみんな、こっちに礼してるな…」

 

 

…知ってる顔が……ちらほらと……

 

 

「初めまして、三原でございます…」

 

 

私たちの前に優しそうなお爺さんがやって来る。

 

 

うわ……知ってる人が……ここにも…

 

 

「こちらは三原さん…ここで一番偉い人よ」

 

三原さん……

 

「ええ…本日はお嬢様方を我々の………はっ!」

 

バレ…た…?

「…三原さん…どうしたのかしら?」

 

 

 

……三原さんはじっと私を見つめる…やはりバレてしまった…か……

 

 

 

「久しぶりです、三原さん」

 

 

「おおお!ヒカリ様!ご機嫌麗しゅうございます!」

 

 

私と三原さんのやり取りをみんなが唖然とした表情で見つめている。

 

「え…知り合い…なの!?」

 

「あはは………まあ…ね」

 

三原さんはすかさずポケットから一枚のカードを取り出す。

 

 

『深見ヒカリ親衛隊…No.07』

 

 

「…そ…そういうことなのね…」

…天乃原さん

 

「な…何これ?…し…親衛隊?」

…ゼラフィーネさん

 

「No.07っすか……かなり初期のメンバーっすね」

…舞原クン

 

「……一体ヒカリの親衛隊って……どういう構成なんだよ」

…青葉クン

 

 

 

まずい、これはまずい。

 

 

 

「私はこの証を墓まで持っていくつもりですぞ!」

 

「三原さん!!」

 

私は三原さんに耳打ちする。

 

「…他にも親衛隊の人…いるよね」

 

「ええ…12の今田、36の浜岡に101の安田…」

 

「後、42の金村さん…97番以降の人はまだ把握してないけど………お願いします、特別な反応はしないでください…」

 

「ですが…」

 

「三原さんの存在だけで皆引いてるから!!」

 

この間のカードショップの時はまだ、小さなグループくらいに思ってもらえていただろうが実際は私も異様に感じるほどの巨大グループになっているのだ。

 

北海道の知事から、沖縄のタクシー運転手まで…そのメンバーは多岐に渡る。

 

どうしてこうなった…春風さんは…どうやって…。

 

 

「…とにかく…そういうことだから…」

 

「ヒカリ様がそう仰るなら…わかりました………さて皆さん!部屋へとご案内しましょう!!」

 

三原さんが私たちを部屋へと案内する。

 

しかし…三原さんのホテルが、天乃原さんの家のホテルだったなんて…。

 

「なあ…ヒカリ」

 

青葉クンが小さな声で私に尋ねる。

 

「…何?」

 

「…あの三原さんってヴァンガードファイターなのか?」

 

「……ううん…私の記憶だと…違ったはずだよ」

 

「そっか…強そうに見えたんだけどな」

 

ヴァンガードファイターでも無い人が…どうしていつもあのカードショップにいたのか……謎だけど、思えば“アスタリア”は喫茶店みたいなお店だし、三原さんがいても違和感は…無いのかな?

 

「みんな!荷物置いたら着替えて海よ!!」

 

天乃原さんが気をとり直すように言う。

 

太陽が高く登り、三日月のような形の浜が私たちを歓迎していた。

 

 

* * * * *

 

 

 

 

「遊ぶわよ!!」

 

「「「おーーー!!」」」

 

白と茶色の中間のような浜に天乃原さんの蒼い水着が映える。

 

私?…私は別に…

 

 

「ヒカリはいつも黒いなぁ」

「…他にも言い方あるよね?」

 

「二人とも!!準備!何か準備!」

 

「分かってるよ、リーダー」

 

私たちはビーチパラソルやシートの準備を始める。

 

「………舞原クンとゼラフィーネさんは?」

 

「……ホテルでいちゃついてるわよ」

 

「え?」

 

「いや…ホテルのゲームコーナーで戦場の絆やってたぞ」

 

「ああ……あの全天周モニターの、ロボットに乗るゲーム」

 

そんなものがあるなんて…豪華なホテルだ。

 

お客さんは基本的に会社のお偉いさんや国の偉い人が多く、ホテル専用ビーチの利用者も少ないみたいだ。

 

 

「…仕方ないから私達3人で遊ぶわよ!!」

 

「…ったく…あいつら何で海に来たんだ?」

 

 

青葉クンがビーチバレーのボールに空気を入れながら言う。

 

「…あいつらなりに事情があるのよ」

 

「………?」

 

天乃原さんはクーラーボックスから取り出した大きなスイカを撫でる。

 

「まぁ…爆発しろとは思うんだけど」

静かに本音を吐く天乃原さん…ぽこぽことスイカを叩く。

 

「………今は忘れましょ………今は」

 

「…天乃原さん……」

 

天乃原さんがスイカを抱えて立ち上がる。

 

「今は…」

 

片手には木刀。

 

 

 

「「スイカ割りだ!!」」

 

 

 

「……え?」

 

 

天乃原さんの声が誰かとハモる。

 

 

「え?」「あれれ?」

 

 

同じようにスイカと木刀を抱えた金髪の女性…いや少女?

 

どっかで見たような……

 

「ちょっとー!シン兄ーコハク兄ー!」

 

金髪の少女が呼ぶと、遠くから金髪の少年たちが近づいてくる。

 

……あ。

 

「どうした…マリ……って……お前は…」

 

「あなた……神沢ラシン…」

 

特徴的な金髪に幼顔…間違いなく神沢ラシンだった。

 

カードショップアスタリア以来だ…別に会いたくは無かったけど。

 

 

「まさか…こんな所で会うなんて……」

 

「ふ…これも何かの縁…か」

 

「…縁…」

 

 

私たちは互いにスイカと木刀を用意している。

 

私は天乃原さんのスイカに目を向ける。

 

 

「ヴァンガードでの勝負はVFGPで…だけど」

 

神沢ラシンはマリという子の持つスイカを見つめた。

 

 

「“あれ”で勝負…か…いいだろう」

 

 

「その口振り…知ってるんだ……」

 

「……ああ」

 

 

「「スイカ斬り…」」

 

 

私と神沢ラシンの間を月ヶ浜の冷たい風が過ぎていく。

 

 

「…何よ…この空気…」

 

「スイカ斬りが始まるんだよ…お姉さん」

 

マリが天乃原さんの隣にいつの間にか立っていた。

 

「あ…あなた…」

 

「私は神沢マリ……スイカ斬りは兄たちの中学に伝わる伝説のスポーツ」

 

「(…何か説明が始まったわ…)」

 

マリは真剣な表情で話始める。

 

「かつて荒れに荒れていた兄たちの中学を浄化したとされる恐怖のスポーツを安全にしたもの…」

 

「浄化なのに恐怖なのか?」

 

青葉クンが疑問を口にする。

 

「昔は人間の頭を使ってたらしいの…」

 

 

…いや、違うけどね、昔は相手の最も大切なものを叩き割ってたんだけど…さ。

 

私と神沢ラシンは互いの足元にスイカを置き、向かい合った。

 

 

「制限時間は30秒…サードルールで」

 

「…武器を落とすと負け…か」

 

 

私たちは木刀を構える。

 

 

「…始まるよ」

 

「…これって1vs1のスイカ割り?…危険じゃないの」

 

「…止めないと警察呼ばれそうだよな」

二人が心配そうに言う。

「大丈夫…ただの競争だよ」

 

「…あのラシンって少年、武器って言ったんだが」

 

「………」

 

 

木刀を握る手に力が入る。

 

「俺が先行だ…行くぞ…」

 

「いいよ……」

 

「おおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!」

 

神沢ラシンが勢いよく走り、自身のスイカに斬りかかる。

 

「(左から…と見せかけての……回転斬りだ!)」

 

右腕の刀を左側へ引くようにして、一回転…右側から斬り込む。

 

ガキィッ!!

 

「………止められたか」

 

私が繰り出した斬撃は神沢ラシンの刀を弾き返す。

 

「だが…まだ時間はある!!」

 

神沢ラシンの刀が大きく上へ振り上げられる。

 

「これで…!!」

 

「無駄………」

 

降り下ろされた刀を私の刀が綺麗に受け止める。

 

彼のスイカは傷一つ無い。

 

「……ターンエンドだ」

 

30秒の時間が過ぎ、神沢ラシンのターンが終わる。

 

次は私のターン…この勝負…勝ちに行くよ。

 

「なんとなく…このゲームのルールが理解できた気がするわ…つまり妨害付きのスイカ割りなのね」

 

「…そんな柔なもんじゃあ」

 

「あーはいはい」

 

「……どのみち良い子は真似しちゃ駄目だよな」

 

 

私は神沢ラシンが初期位置に立つのを確認し、刀を構える。

 

「……行くよ」

「来い…」

 

 

私は刀を地面すれすれに滑らせる。

 

「魔神剣!!」

 

放たれた衝撃波は私の力が足りないがために、途中で消えてしまう。

 

だがその衝撃波が消えた地点は砂煙が舞い上がり、視界が悪くなる。

 

「…!!…どこから来る……」

 

私はその隙にスイカまでの距離を詰めていく。

 

「…ここだよ!!」

 

「!?」

 

背後をとった。

 

だが狙いは神沢ラシンでは無い、スイカだ。

 

 

「しまっーー」

 

「…はぁっ!!」

 

 

私が刀を横に振るう。

 

 

 

…スイカは静かに…砂浜に散らばることなく、真っ二つになった。

 

「……俺の負け………か」

 

 

 

「深見ヒカリさん…すごい……上半球と下半球に…しかも…」

 

「刀が…当たっていない……だと」

 

 

「これが青葉流護身術の賜物だよ…」

 

 

「そんな流派無いからな?」

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

あの後、神沢ラシンのお兄さんであるコハクさんが合流して6人でバレーをやったりした。

 

「全然ボールに手が届かないんだけど!!」

 

「リーダーは後ろで構えてて!」

 

「青葉クン!!来る!」

 

「行っけー!シン兄ー!」

 

「……ゴルド・チャージング・フェザー!!」

 

「ラシン頑張れー」

 

 

…………

 

思いもよらない出会いだったけれど、お蔭でとても楽しい時間を過ごすことができた。

 

 

「それはどうも…でも僕、深見さんより年下だから…さん付けはね」

 

「え…あ…ごめんなさい…」

「だから…コハク様で許してあげるよ」

 

「え…えええ………」

 

「はっはー冗談、冗談」

 

 

この間は騙されて誤解があったままファイトしてしまったけれど、今回の事で神沢ラシン…ううん、神沢クンたちのことをよく知ることができたと思う。

 

「ジュリアン達も来れば良かったのにな」

 

「……そうだね…楽しかったもん」

 

 

 

遊び疲れた私たちは、ホテルまで戻ってきていた。

 

 

三原さんが出迎える。

 

 

「皆さま方…露天風呂の準備ができております」

 

「へぇ…いいわね、マリちゃんもどう?」

 

「あ!入りたい!!」

 

「僕たちも行こうか…ね?ラシン」

 

「……ああ」

 

……あ、そうだ。

 

「ヒカリ?」

 

「私、舞原クンたち呼んでくるね」

 

ゲームコーナーには居なかった…ということは部屋にいるのだろう。

 

「お願いするわね」

 

「うん」

 

私は舞原クンとゼラフィーネさんを呼びに部屋へ戻ることにした。

 

私たちの泊まる、2Fの201、202号室にはすぐに到着した。

 

「…のスキル………はブースト、インターセプト、5000シールドを得るっす」

 

201号室からお馴染みの単語が聞こえてきた。

 

私は扉をノックし、部屋の中に入る。

 

「……やっぱり…ファイト中?」

 

案の定、舞原クンとゼラフィーネさんは部屋の中でカードを広げていた。

 

「あ!ヒカリさん!どうしたんすか?」

 

「うん、みんなで露天風呂に入るから呼びに」

 

「露天風呂!行く行く!ジャパニーズなあれね!もちろん混浴ですよね!!」

 

「うん、違うよ…行こ?」

 

「そうっすね…丁度ファイトも終わったし……」

 

確かにゼラフィーネさんのダメージゾーンには6枚のカードが置かれていた。

 

「僕はここ、片付けてから行くっすよ」

 

「じゃ、行きましょう!ヒカリちゃん!!」

 

「あ…う…うん」

 

ゼラフィーネさんが銀髪を揺らしながら抱きついてくる…

 

「あ…そうだ…ジュリアン」

 

「…なんすか?」

 

「…………私はそのデッキ…いいと思うよ」

 

「…ありがとう」

 

…えーっと………

 

「…何の話?」

 

「気にしなーいデ♪さ、露天風呂♪露天風呂♪」

 

ゼラフィーネさんが強引に私を押しながら、部屋の外に出る。

 

……舞原クン…何かあったのかな?

 

 

 

 

 

「……いいと思う……っすか…」

 

 

一人、舞原ジュリアンは黒輪の騎士…ハルシウムを見つめる。

 

「…あと少しで何か掴めそうなんすけど…ね」

 

 

 

 

 



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032 双子の月(下)

「なぁ…覗こうぜ」

 

彼はそう言うと、壁の向こうの女湯を見つめた。

 

「何言ってるんすか…近藤さん…」

 

空の月は青白く輝き、執事の近藤の瞳もまた…きらきらと輝いている。

 

深見ヒカリ、神沢ラシンら9人は貸しきりの露天風呂を満喫していた。

 

そんな中、男湯ではバカな男が夢を見始めた。

 

「何言っている…はこっちのセリフだ、舞原」

 

「…………」

 

タオルで髪を纏めたジュリアンは何も答えない。

 

「逆に聞こう…何故覗かない?」

 

執事、近藤は日頃のストレスを解き放つように語り出す。

 

「…………」

 

「この壁の向こうには……今、夢が、満ちている」

 

「…………」

 

近藤は目を閉じ、妄想する。

 

 

「…とてもとても発育のいい女子小学生」

 

「…兄さん、あの人殴ってもいいよな……」

 

 

「スタイル抜群の銀髪美女…大人の色気むんむんだ」

 

「何発殴られたいんすか?」

 

 

少しずつ近藤に殺意を向ける者が増えていく。

 

 

「……ゼラフィーネさんって同級生かと思ってたんだが、違ってたんだな」

 

「ゼラは今20っす」

 

「いいね、歳上の奥さんをその歳で手に入れるなんて…世の中にはこんな大人になっても結婚どころか彼女もできない人間もいるからねぇ」

 

 

そう言ってコハクは近藤を指差す。

 

 

「こんな大人って俺はまだ28…というか何でお前そんなこと知って……えっと…あ…お嬢様は…まあいいや」

 

ーーー「まあいいやって何よ!!馬鹿野郎!!」

壁の向こうから魂の叫びが聞こえる。

 

 

彼は全く気にすることなく、壁に手をかけた。

 

夢を、現実にするため。

 

「そして!!とっておき…想像以上にナイスバディな黒髪の美少……どぐぼはぁっ!?」

 

 

近藤の頭に遠くから飛んできた“たわし”が命中する。

 

近藤は地に伏し、その後立ち上がることは無かった。

 

「うわ…すごいね…これは」

 

「…ダメージ6点っすね」

 

 

 

「報い…ですぞ」

 

 

物陰から三原さんが現れる。

 

「露天風呂ではマナーを守ってくだされ、お若いの」

 

 

三原さんの胸には、ヒカリを守る親衛隊としてのバッジが輝いていた。

 

 

 

「今の…三原さんがやったんすか…」

 

「今のはヒカリの親衛隊として…?」

 

 

「ふむ……何の話…ですかな?」

 

 

「……」

 

 

そして三原さんは妖しく微笑むのだった。

 

もう息をしない執事、近藤を見下ろしながら……

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

「…………これで、俺の怪談は終わりだ」

 

 

薄暗い部屋の中で青葉クンは静かに息を吐く。

 

 

「…本当にさっきあった話してどうするのよ」

…天乃原さん

 

 

「自分、生きてますよ」

 

 

「………怪談話としては0点…だよ」

…私

 

 

「怪談というかただの殺人じゃないっすか」

…舞原クン

 

 

「自分、生きてますからね」

 

 

 

「これはむしろギャグでショウ?」

…ゼラフィーネさん

 

 

「私は面白かったと思う!!」

…マリちゃん

 

 

「マリ…寝てただろ」

…神沢クン

 

 

「えっと……よく頑張ったよ、DONMAI!」

…コハクさん

 

 

「生きてるからな!殺さないでくれ!!」

 

 

 

皆は思い思いの…率直な感想を述べる…。

「…仕方ないだろ…怪談話なんてしたことないんだ」

 

 

青葉クンは小さくそう呟いた。

 

 

露天風呂を楽しみ、豪華な夕食を堪能した私たちは、神沢クンたちと本当にすっかり仲良くなっていた。

 

「私たち…そろそろ部屋に戻るよー」

 

マリは部屋の時計を見るとそう言った。

 

「そうだな…」

 

「父さんが待ってるだろうしね」

 

金髪の三人組は立ち上がる。

 

「今日は楽しめたわ、次会うときはVFGP…かしらね」

 

天乃原さんの言葉に神沢クンが振り返る。

 

「ああ…楽しみにしている…」

 

 

そして三人は部屋を出ていってしまった。

 

 

「楽しみにしている…か」

 

「私たちは…挑戦者……かしらね?」

 

 

私はバッグから自分のデッキを取り出す。

 

早く…構築を決定しないと……な。

 

 

「そうだ…ジュリアン、かげろうの構築で知恵を貸して欲しいんだが」

 

「いいっすよ!…今のかげろう…といえば“煉獄皇竜 ドラゴニック・オーバーロード・ザ・グレート”っすね……リアにヒットしなくてもスタンドするのは…」

 

「…そんなカード公開されてたか?」

 

 

「あっ………(ソースは櫂…だったっすね…)」

 

 

舞原クンが困ったような顔をする。

 

 

「あー……いいソースを使ってる……っすよ」

 

「?」

 

(伝わらない……恥ずいんすけど!!)

 

 

一人悶える舞原クンを尻目に天乃原さんはパンパンと手を叩き、私とゼラフィーネさんを手招きする。

 

 

「さ、女子は女子部屋に戻りましょうか?」

 

「いいですネ!……濃密な夜を…」

 

「過ごさないわよ……行きましょ、ヒカリさん」

 

「……うん」

 

 

私たち女子三人も自分達の部屋に戻る。

 

 

「ヒカリちゃん!私の新しいデッキとファイトしましょ!」

「う…うん」

「ダクイレの力を得た魔女ガストでリベンジ!」

 

それを聞いて天乃原さんは“ああ…”と言う風に頷いた。

 

「あれね、魔女でスペコさせたグレード0にシュティルでライドさせて、ガード制限と要求値の上昇を狙うっていう…」

 

「チアキちゃん!!バラさないで!」

 

「え…あ、ごめん」

 

 

デッキ…か。

 

 

「二人とも、ごめん……私、まだデッキ構築定まってないんだ……ごめん」

 

 

私は…駆け足でその場所を離れる。

 

 

「……デッキ構築を決めるなら、なおさらファイトした方がいいって…前にも言ったのに」

 

「そうよね……じゃあ…“もう少ししたら”追いかけましょ?」

 

「……“もう少ししたら”?」

 

「そ、“もう少ししたら”」

 

 

 

天乃原チアキはヒカリの駆けて行った方を見つめてそう言うのだった。

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

「VFGP…か」

 

 

私はホテルのロビーにあったソファに座り込んで、考えていた。

 

 

 

“シャドウパラディン”…このクランはアニメにおける使用者“雀ヶ森レン”と共にヴァンガードでとても人気のあるクランだ。

 

 

だからこそ一時期は全く強化が無かったものの、その後にトライアルデッキが発売されたり、エクストラブースターが発売されることがあったのだろう。

 

 

そして双闘…ドロップゾーンのカードをコストに起動するこの能力が登場し、シャドウパラディンにも強力なユニット…“Abyss”が追加された。

 

問題はその相方だ。

 

双闘の登場により、ファイトのテンポはリミットブレイクやブレイクライドの全盛期よりも格段に速くなっている。

 

……試合時間は延びているけど…ね。

 

 

「…………」

 

 

正直、モルドレッドは……というより、ブレイクライドは既に時代遅れとされることが多い。

 

…実際に使っても、使用可能タイミングが遅いと感じることが多くなった。

 

「…大会なんだよね……」

 

 

“勝つ”ために必要なのは“双闘”なのかな……?

 

 

「ドラグルーラー……モルドレッド………」

 

 

私の口から言葉が溢れる。

 

 

 

 

 

「何をしているんだ?…こんなところで…」

 

 

 

 

すっかり呆けていた私に声をかけたのは…神沢ラシンだった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

夜空と同じ色で輝く海を銀髪の少年は見つめている。

 

 

 

 

「何をしているんだい?銀髪くん」

 

「……スクルドのお兄さんっすか…」

 

 

金と銀の二人は顔を見合わせた。

 

 

「舞原ジュリアンっす」

 

「神沢コハクです」

 

 

二人はそう言って、広い広い海を見つめ直す。

 

「綺麗な海っすね…」

 

「彼女の姿は見えないようだけど…愛想…尽か…」

 

「されてないっす、部屋でヴァンガードしてるんじゃないっすかね」

 

 

「君はいいのかい?VFGPがあるんだよね?」

 

 

「…そうっすねえ……」

 

ジュリアンは浜の砂を海へ向かって撒いた。

 

彼の瞳は水平線の、その向こうを見つめている。

 

彼の頭の中では、つい数分前に青葉ユウトとのやり取りが再生されていた。

 

 

ーーウォーターフォウルは外せない!!ーー

 

ーー寝言は寝てから言うっすよ!!ーー

 

 

 

「やっぱり、僕の性に合わないんすよね」

 

「…何がだい?」

 

「……“お気に入りのユニット”で戦うこと…っす」

 

「ふうん…」

 

 

「……ハルシウムを使って、呪縛をせずにひたすら殴る………一応弱くは無いっすけど………大会で使えるデッキじゃないんすよね……そもそもリンクジョーカー自体が勝ちに行くデッキじゃないっすからね……」

 

どんどんとジュリアンの声が小さくなっていく。

 

 

「へぇ……ハルシウムってのが好きなんだ」

 

「……?」

 

 

コハクの言い回しに何かを感じたジュリアンは彼の方を見つめる。

「ああ…僕、もうヴァンガードやってないのさ」

 

「…あ……そうなんすか…残念っす」

ジュリアンが心から残念そうに言う……彼は様々なファイターと戦うことは何よりも大事なことだと考えていた。

 

「そう…ファイターだったのは……昔の話だよ」

 

コハクは夜空の月に向かって大きく手を伸ばす。

 

 

「綺麗な…満月……僕の瞳も…昔はあんな風に輝いていたのにな…」

 

 

「…え?」

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

「俺はアルフレッドってカードが好きだ」

 

 

神沢クンはホテルのロビーで、私にそう言った。

 

その手には“解放者 モナークサンクチュアリ・アルフレッド”が握られている。

 

 

「私も…モルドレッドが好きだよ」

 

 

私はモルドレッドとドラグルーラーのカードを神沢クンに見せる。

 

ついでに、ユニット設定やユニットとの出会いを語ってしまった。

 

 

「………本当に大好きなんだな」

 

「うん」

 

「でも俺は…あんたみたいにアルフレッド自体が好きってだけじゃないんだ」

 

神沢クンが遠くを見つめる。

 

「…アルフレッドを使って…兄さんが勝利を掴む姿が好きだったんだ」

 

 

「……お兄さん…………」

 

 

私の脳裏に神沢クンの兄…コハクさんの不敵な微笑みが浮かんでくる。

 

「兄さんはファイトが強くて…俺は一度も勝てなかった」

 

「一度も?」

 

「万に一つもだ……自慢の兄さんだよ」

 

神沢クンは嬉しそうにそう言う。

 

 

「大好きなんだ」

 

 

「当然」

 

 

 

私には兄弟がいない…姉に当たる人といえば春風さんと青葉クンのお姉さんといったところだけど…

 

やっぱり…実際の兄弟とは違うもんね……

 

 

 

「ある大会の後…しばらくしてから、兄さんはヴァンガードを止めてしまった……兄さんの最後の大会は途中で中断され、優勝者もいなかった……兄さんなら…優勝できたはずだ」

 

 

「……」

 

 

「それでも、ネットを通して兄さんの強さは世間で認められた……ある“二人のファイター”と一緒に」

 

 

「…あ」

 

 

「俺は兄さんの強さを、最強のファイターだってことを証明したい……あの大会で兄さんと同格とされた“二人のファイター”を倒すことで…だ」

 

「“二人のファイター”…」

 

 

「兄さんより弱い俺が、兄さんと同格とされるファイターを倒す……必然的に兄さんが最強ということになるだろう」

 

 

「そっか……」

 

 

 

私はあの時、見たんだ……金色の髪を持った少女…いや“少年”の隣にいたのは“弟”と“妹”だった……

 

 

 

「君は………」

 

 

 

「ああ、俺は本物の“スクルド”ではない」

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

「弟が“黄金の光”を持つように、僕もかつては“翠色の光”を持っていた」

 

夜空の月が海に映る……空と海…双子の月がジュリアン達の前で輝いている。

 

 

「……瞳の…“光”………力を持っていた…?」

 

 

「そう……相手のドローカードを操るって力をね…」

 

人はそれを究極のチート能力…というだろう。

 

 

「相手の構築が見える訳じゃ無いから、複雑な操作は出来ないけどね…出来ることと言ったら『トリガー出るな!』くらいだよ」

 

 

 

 

「神沢コハク………まさか……」

 

 

 

「名乗るのが遅れたね…“光”を失う前…最後に出た大会の後…僕はこう呼ばれるようになっていた…」

 

 

 

空の月が雲に隠れ、海の月も消えて無くなる。

 

 

 

 

 

 

「金髪の幼女…“スクルド”……ってね」

 

 

 

 

 

 

 

(……結局、女装ファイターなんすね……)

 

 

 



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033 亡霊は未練を追う生き物

「僕が金髪の幼女……“スクルド”さ」

 

 

 

 

「………自分で幼女を名乗って…人として恥ずかしくないんすか?」

 

 

 

 

 

至極最もなツッコミであった。

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

「………“スクルド”」

 

 

以前舞原クンが話していた、三人の不思議な女性ファイター………

 

一人は私、深見ヒカリ…

そしてもう一人が神沢クンの…お兄さんなの……?

 

 

「……え…?………女性ファイター?」

 

「違う、間違いだ」

 

 

思えば記憶の中の彼は思いっきり“女の子”の服を着ていた………中身が男だと気づいていた人間はほとんど居なかったであろう。

 

「男の娘ファイター……………」

 

「一応言っておくが俺も兄さんも趣味で着ていた訳じゃ無いからな?親の趣味だ」

 

「…う、うん」

 

神沢クンが物凄く真剣な表情で言う。

 

 

「確かスクルドって…相手にトリガーを引かせないんだよね、この間の神沢クンみたいに」

 

私は神沢クンとファイトした時のことを思い出した。

 

 

“ダークキャット”のスキル……“全てのファイターは一枚引いてよい”と相手の次のドローカードが見える自身の力を組合わせ、相手のトリガーを封印していた。

 

 

「兄さんの力は俺のとは違う…兄さんは“直接トリガーを封じる”……相手のドローカードを操作できる…いや、できたんだ」

 

「…“できた”?」

「……兄さんにはもう…“力”は残っていない…」

 

「え………」

 

“力”は…デッキとの“つながり”……以前舞原クンはそう言っていた……その“力”が無くなったってことはつまり…

 

「ある日を境に兄さんと……ロイヤルパラディンとの間の絆は絶ち切られた……俺は覚えている、学校から帰ってきた痣だらけの兄さんと、めちゃくちゃに潰されたヴァンガードのカードを…」

 

「…………!」

 

潰されたカードは存在意義を失い、お兄さんとユニット達とのつながりも消えた……っていうこと…?

 

「その後、兄さんに暴力を振るった奴やその仲間にそれなりの処罰があったのかは知らない………俺が知っていることは、その学校ではそれ以降大きな騒ぎが起きていないこと……そして」

 

 

「…………」

 

 

「兄さんはそのまま“力”を失ったことだ」

 

 

「…………ごめん」

 

 

「謝る必要は無い……俺はあの頃の兄さんの強さを証明したいんだ………だから…あんたと戦って…勝つ」

 

「あの頃の……強さ……」

その時私が思い出したのは、春風さんが言っていた言葉であった。

 

 

ーー力が有ったって無くたってヒカリ様はヒカリ様ですよ!!…ーー

 

 

 

「…“今”は?今のお兄さんの強さは?」

 

 

 

「…今の兄さんは“力”を失ってるから…」

 

 

“力”が無ければ弱者だとでも言うのだろうか…それは…間違っている。

 

 

「たとえ“力”が無くなっても……お兄さんはお兄さん…だよ………強さも、変わらないって…そうは思わないの…?」

 

「“力”は…とりわけ兄さんの“力”は強力だ、勝敗にもかなりの影響が…」

 

「違う…!!……お兄さんの強さは“力”のおかげでしかないの!?…お兄さん自身の実力は無いっていうの!?」

 

「なっ…兄さんは強い!!“力”が無くても……」

 

 

神沢クンが目指すものが、私にはよくわからない。

 

 

 

「…………俺は」

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

「今、君の弟はスクルドを名乗っているっす」

 

 

舞原ジュリアンはそう言って話を切り出す。

 

 

「ラシンは…僕に最強であって欲しいんだよ…」

 

 

「…最強っすか………」

 

 

「今の僕がファイトをしても、強くは無い…からね」

 

 

コハクはどこか寂しそうに笑った。

 

絶え間ない波の音が二人の耳に響く。

 

 

「代理ファイトっすか……」

 

かつて神沢ラシンが言った“最強であることを証明する”という言葉の意味をジュリアンは噛み締めていた。

 

「……他人のための勝利に、意味は無いっす」

 

「誰の言葉だい?」

 

「僕の言葉っすよ」

 

 

ジュリアンは今まで、何度もノルン達の…スクルドのファイトを見てきたことを思い出す。

 

「“あんなファイト”ができる人が…変な力を失ったくらいでファイトを辞めるなんて…バカっすか?」

 

その言葉にコハクは首をすくめる。

 

「バカって…僕は罵る方が好きなんだけど」

 

「君の力は…ファイターとしての実力は、“力”なんか無くたって十分全国に通用するレベルっす!!…一体何なんすか!?……“昔は~”とか“今の僕は~”って!?」

 

「……でも、今の僕は昔とは…」

 

「また!!……そんなに自信が無いんすか!!そんなに“力”に頼ってたんすか!?」

 

「…そんなことは…無い!」

 

コハクが小さく呟く。

 

彼の中のプライドは…まだ消えていない。

 

「だったらデッキを手に取れ!カードを引け!ライドしろ!!……このままじゃ、弟さんもファイターとして成長できないんすよ…?」

 

「……ラシン」

 

(いつも…弟のために何ができるか考えていた……一度、失望させてしまったから…………僕は…)

 

「最強の道は目標はあっても、ゴールなんてない……だけど今の神沢ラシンには“ノルンを倒す”ことがゴールになっている………彼も……そして君も、最強には程遠いっすよ…」

 

 

“最強”

 

その言葉はコハクの耳に残る。

 

(……ラシンが拾ってくれた僕の夢は…ラシンから夢を奪っている…か)

 

 

「……君は…一体……?」

 

 

コハクは改めて隣に座る銀髪の少年に問いかける。

 

 

「何者なんだい?」

 

 

銀髪の彼は微笑みながら答えを返す。

 

 

「僕は舞原ジュリアン」

 

 

そして、

 

 

「最強のヴァンガードファイターになる男っす」

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

 

「俺は……」「戦おう…」

 

私は神沢クンの言葉を遮る。

 

 

「VFGPで、戦おう…私たちはヴァンガードファイターなんだ……」

 

「…………」

 

「私は必ずあなたと戦う…その勝敗をどう捉えるかは…好きにするといいよ」

 

戦うだけだよ…私は……ただ…

 

「私…私たちは、負けない…優勝するよ……これは私に純粋な“あなたに勝ちたい”って思いがあるから」

 

私は神沢クンに宣戦布告をする。

 

…しなければならない気がした。

 

「……俺たちも、負けるつもりは無い、本気のあんたをこの手で倒すまでは…な」

 

私はその言葉を聞いて満足する。

 

「だったら安心だね…絶対に戦える…」

 

「ああ…」

 

 

神沢クンはそう返すとホテルの奥へと消えていった。

 

 

…もう迷っている暇は無い…か。

 

ラシンへの宣戦布告だけじゃない、天乃原さん達のため、私のため、MFS試遊権のため…

 

確実に…勝つために……“双闘”を使いこなす。

 

私は手元にあったカードケースから8枚の…2種類のカードを取り出す。

 

 

「初対面の剣士さん………だけど」

 

 

仕方ない…コーマック…マックアート……あなた達の力…借りてみるよ……。

 

 

 

 

…………

 

 

(遠くから天乃原さん達の足音がする…)

 

 

私は腰掛けていたソファーから立ち上がり、迎えに来てくれた二人に手を降った……

 

 

 

 

 

そして、長い夜が明ける。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

次の日の朝、私たちはホテルの玄関に荷物を持って集合していた。

 

 

帰宅の時間が訪れたのだ。

 

 

「…………終わっちゃったわね…」

 

「楽しかったですねー」

 

 

天乃原さんとゼラフィーネさんが寂しそうにそう言った。

 

「…あの神沢兄弟は?」

 

「ああ…今日も泊まってくらしいっすよ」

 

青葉クンの問いには舞原クンが答える。

 

「……結局、僕がどうするかの答えは出なかったんすよね…………無難にかげろうでも使うっすかねぇ」

 

「VFGPではチーム内で同じクランは使えないわよ」

 

「げっ…そうだったっす…」

 

…私は初めて聞いた……

 

「じゃあ…ロイヤルパラディ…」

 

「言って無かったっけ、私が使うわよ」

 

「シャドパ…」

 

「…………」

 

「何でも無いっす」

 

そんな舞原クンを天乃原さんとゼラフィーネさんは呆れたように見つめる。

 

「素直にリンクジョーカーでも使いなさいよ…」

 

「カオブレさんだってまだまだ使えるでショウ?」

 

「カオブレさんは何か違うんすよ…」

 

そして舞原クンは何かをぶつぶつと呟き始めてしまった。

 

「…皆様」

 

三原さんが私たちを見送ってくれる。

 

 

「お嬢様、ヒカリ様、そしてご友人方……またいらしてください…歓迎いたしますぞ」

 

「うん…三原さん」

 

「また来ますわ」

 

私たちは荷物を持ってリムジンの前の近藤さんの所へ向かう。

 

 

「荷物をお乗せしましょう」

 

「…あ、お願いします…」

 

 

近藤さんが私たちの荷物を運び込んでいる間、私は改めてホテルを見上げた。

 

 

「神沢クン…」

 

次会うのは…今度こそVFGPで…かな。

 

戦って……勝つよ。

 

 

「ヒカリさん!早く!」

 

天乃原さんが呼んでいる…もう他の皆はリムジンに乗ってしまったようだ。

 

「今………今、行くよ!!」

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

神沢コハクは窓からヒカリ達を眺めていた。

 

「行っちゃうみたいだね」

 

「……次会うのはVFGPで…だ」

 

「…そうか」

 

 

ラシンはノートパソコンを広げ、来週発売のブースター“煉獄焔舞”の情報をチェックしていた。

 

「プロミネンスコア…4枚……パーシヴァル…」

 

「熱いねぇ」

 

部屋の中央ではマリがまだすやすやと眠っている。

 

 

コハクは出発するリムジンを眺めながら、静かに呟いた。

 

 

 

「……ふぅ……アルフレッド…君は…」

 

 

 

コハクの拳は強く、握られている。

 

 

 

「君は僕がもう一度ヴァンガードを手に取ると知ったら…どう思うだろうね?」

 

 

 



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034 誘惑の果実

「ミカン…そっちはどうだった?」

 

「うー…ユズっち…こっちはイマジナリーばっかり…リンクジョーカーは使わないんだけどなぁ…」

 

私たちはヴァンガードの新しいブースター“煉獄焔舞”を開封している。

 

「みんな見てよ~…ボーテックスさんのレギオンレア~」

 

 

「よし、売れ」「売ってこい」

 

 

 

私の名前は黒川ユズキ…一人のヴァンガードファイターだ。

 

中肉中背…スタイルは良くもないし悪くもない。

 

髪も伸ばしてはいるが、そこまで長い訳でもない。

 

そんな私の趣味はヴァンガードだ。

 

……いや、他にもあるが…な。

 

最近はカードショップ“大樹”に仲の良い幼馴染み4人で集まってファイトをしている。

 

今、私の目の前にいる彼女達がそうだ。

 

私達はそれぞれ別々の高校へと進学してしまったが、ヴァンガードを通じ頻繁に集まることができた。

 

 

「ユズちゃん?どうしたの?」

 

「ん?…考え事だよ、考え事」

 

 

 

この少女は“日野ミカン”。

 

 

特徴はほんわかとした雰囲気と溢れんばかりの胸。

 

やわらかく真っ白な太股に食い込んだ黒ニーソを見ていると涎が垂れてしまう。

 

………ちなみに、私が心の中でそんな事を考えていると知っているのは今ここにはいない“4人目”だけである。

 

別に“女の子が好き”とか“女の子と結婚したい”とかいう訳じゃあない、ただ…興奮するだけだ。

 

ちなみに二次元も許容範囲内だ…ヴァンガードならジリアンとシャーリーン姉妹だな。

 

レオン君、場所を変われ。

 

 

「…ふふふ」

 

「?」

 

 

…私の向かいでたちかぜのデッキを組んでいる少女が“土田ナツミ”。

 

 

運動神経が良く、進学先ではバスケ部に所属しているようだ。

その体は引き締まっているものの、やはり女の子らしさが見え隠れするのがポイントだ…私より胸もある。

 

ガードの甘い服を好み、たまにちらりと見えてしまう胸の谷間が私のハートを燃え上がらせる。

 

 

 

そして…今はいない“4人目”……なかなかに濃いキャラだが…メガコロニーの“スタンド禁止”を“緊縛(ボンデージ)”と呼ぶ変態だが………良い奴だ…それにエ…いい体をしている。

 

……フォローできていないか。

 

ちなみに私よりも胸はある…4人の中で私が一番貧相な体をしているとか…そんなことは無いからな?

 

……本当。

 

「……ユズっち?どした?」

 

「…ただの瞑想だ」

 

「え!?瞑想?ここで!?」

 

「気にしないでくれ……」

 

 

こんな私達4人は9月のVFGPに出場しようとしている。

 

「VFGP…いよいよ…だな」

 

「と、いってもまだ一ヶ月くらい先だぞ」

 

「優勝してMFS触ってみたいね~」

 

 

「…まずはデッキを作らないとな」

 

 

VFGPでは使用クランの変更はできないがファイト後のデッキの変更は認められている。

 

今、急いで構築する必要は……

 

「私、たちかぜで明日のショップ大会行くから」

 

「私はスパイクだから…今から変えたりは無いかも」

 

……私だけか、デッキが定まっていないのは…

 

私はスマホからネットに繋ぎ、デッキ構築を模索することにした。

 

「何か…何か無いのか……?」

 

そして私は“それ”を目にする。

 

「…エクシヴ?」

 

光源の探索者……アルフレッド・エクシヴ…

 

それは“あの不思議な一日”で先導アイチが使っていたユニットだった。

 

 

「へぇ…ネオンメサイアのRRRがもう公開されたんだ」

 

「早いね~…私、アルフレッドは9月12日くらいに公開されると思ってたよ~」

 

「…随分とピンポイントな予想だな……」

 

 

私はその能力を確認する。

 

 

「ブラスター・ブレード・探索者とブラスター・ブレードの両方を……メイトにできる!?」

 

「へー気が多いんだな、騎士王は」

 

「やだな~ナっちゃん、どっちも同じ人だよ~」

 

 

ブラスター・ブレード……メイト…ライド…

 

 

「ミカン…ファイトに付き合ってくれるか?」

 

「構築…決まったんだね~いいよ」

 

 

私は今使っているデッキから数枚のカードを抜く。

 

その代わりにエクシヴを投入…実物は手元に無いから、今回はアルフレッド・アーリーで代用する。

 

さて……どんなものか……

 

「行くよ~」「ああ」

 

「「スタンドアップ!ヴァンガード!!」」

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

1時間後

 

「ブラスター・ブレード・探索者でアタック!!ヒット!ういんがる・ぶれいぶのスキルでブラスター・ブレードをサーチ!!」

 

「マジェスティ・ロード・ブラスターにライド!!ブラスター・ダークとブラスター・ブレードをコール!ブラブレ、ブラダでアタックした後、マジェスティでアタック!!ブラブレ、ブラダをソウルに入れて21000クリティカル2!!」

 

「探索者 シングセイバー・ドラゴンにライド!!レギオン!!溜まったソウルで3回アタック!!」

 

 

「…………」

 

「また同じパターンで負けちゃったよ~」

 

ミカンの嘆きを無視してナツミが声を上げる。

 

「……この際、成功率とかはいい……エクシヴどこにいたんだよ!?」

 

「…………それは…」

 

私はダメージゾーンに4枚並ぶエクシヴを見つめる。

 

 

「何でだろうなぁ」

 

 

それ以前に大会でこの流れは通じない…か。

 

 

「…一度でも防がれたら…動けないしな」

 

「それ以前の問題だと思うんだけど…」

 

 

VCGPの本戦はトーナメント形式のチーム戦だ…一度敗ければ次は無い。

 

あまり無茶な構築はしない方が…身のためか。

 

 

「構築と言えば~もう“ロイヤルパラディンにシャドウパラディンのカードを10枚まで入れて良い”っていうのは無くなっちゃったんだね~?」

 

「そっか…ファイターズルール更新されたんだな」

 

ナツミとミカンが口にした話。

 

ファイターズルール…。

 

ヴァンガードも人間が作ったゲームである以上、どこかで製作者側の意図しない…ゲームバランスを壊しかねない強デッキ、強コンボが生まれる可能性がある。

 

そのために“FV禁止カード”や“制限カード”が存在する。

 

例えば“FV禁止”のばーくがる…ほぼノーコストで盤面を埋めることができる(後、ライド事故が回避できる)ユニット。

 

今回“制限カード”に追加された“ネコ執事”…ノヴァグラップラーのグレード0で、グレード2のヴァンガードのアタックがヒットしなかった時に自身を退却させるだけで“ヴァンガードがスタンドする”という効果を持っている。レギオン状態はグレード2と3の両方のユニットがVであるという査定であったため、クリティカル増加スキルを持ったレギオン…“アルティメットライザー”と共に大暴れしたものだ。

 

“制限カード”は基本的にデッキに全て合わせて2枚までしか入れることができず、同じクランに禁止カードが複数存在する場合、デッキの構築の幅が狭まってしまうことは言うまでも無いだろう。

 

私が今さっき使った“ういんがる・ぶれいぶ”と“マジェスティ・ロード・ブラスター”もこの間までは“制限カード”であった。

 

「今回は…なるかみの“抹消者 ドラゴニック・ディセンダント”が制限解除…か」

 

「ディセさん…時代の波で溺れちゃうよ~……」

 

「新しく始めた人に“ネコ執事+アルティメットライザーの劣化版?”とか言われんのかなぁ…」

 

 

ディセンダントにはディセンダントの良いところがあるだろうし、そもそもネコ執事達はクランが違うから…問題は無いだろう…きっとな。

 

 

だが、今回最も話題を読んだであろう変更は“これ”であろう。

 

「ロイヤルパラディンのデッキにはブラスター・ダークを4枚まで入れて良い……か」

 

元々ロイパラのデッキにはシャドウパラディンのカードを10枚まで投入することができた。

 

その理由はここまで何度か口にしてきた“マジェスティ・ロード・ブラスター”の能力にあった。

 

マジェスティはロイヤルパラディンのカードでありながら、自身のスキルでブラスター・ダークを指定している……先導アイチが自身の闇を受け入れた証としての描写とスキルだった。

 

「しかし、“シングアビス”ってのはそんなに凄いのかよ」

 

「そうだね~」

 

“シングアビス”…ここ数週間…そう呼ばれるデッキが猛威を奮い始めた…

 

ロイヤルパラディンのデッキに10枚までシャドウパラディンのカードを入れて良いというルールの穴を掻い潜って生まれた奇妙なデッキだった。

 

グレード3を探索者 シングセイバーと撃退者 ファントム(以下略)というVスタンド能力を持ったユニットに固めるという…殺意あるデッキ……らしい。

 

 

「でも…このショップじゃ全く会えなかったよな」

 

「そうだねぇ~」

 

「…できればファイターズルールの施行日までに戦ってみたいものだ」

 

 

ルールを歪めるほどに強い…そんなデッキと

 

VFGPは1日でポイント形式の予選とトーナメント方式の本選が行われる。

 

特にトーナメントは厳しい戦いになるだろう。

 

前もって様々なデッキと戦っておきたい。

 

……だが。

 

 

「……VFGPの前祝いにでも行くか」

 

 

頭を使うだけでは疲れてしまう……前祝いでもして元を担ぐのも良いだろう。

 

 

「マジで!?」

 

「やった~!」

 

「今いない“あいつ”もちゃんと誘ってな」

 

甘い誘惑は人を堕落させるだけではない、時に大きな力を与えるものだと私は思う。

 

 

私は机の上に広がった“ロイヤルパラディン”のカードを片付けていく。

 

 

ブブブブ、ブブブブ……

 

 

私は胸ポケットから鳴り出したケータイを取り出す。

 

「噂をすれば…何とやら…か」

 

私は電話に出る。

 

「私だ」

 

『****!!****!?、*******!!』

 

「…そうか、そんなことより今から皆で“えるしおん”に行こうと思ってな」

 

『******……**、*****!!』

 

「じゃ、また」

 

『***!?****…』

 

 

私が通話を終えると共にナツミが聞いてくる。

 

「前祝いって…“えるしおん”でするのか!?」

 

「ああ」

 

喫茶えるしおん……この天台坂で最も有名な喫茶店だろう。

 

一度、全国ニュースで取り上げられたこともあるらしく年中人が絶えないらしい。

 

そこの店長さんがすばらしく美人だというのも、人気を支えている一因だろう。

 

すらりと長身で理想の大人の女性だ。

 

じゅるり。

 

 

 

 

「二人とも~早く行こうよ~」

 

「先に行っちゃうぞー?」

 

「う……すまない、先に行っていてくれ……」

 

私の手元にはまだカードが散らばっている。

 

手伝って貰えばと思うかも知れないが、割りと自分の物を人に触られるのが苦手なのだ。

 

人の物を触るのは大好きなんだが。

 

「待ってるね~」

 

私の苦手なことを知っている二人は全く遠慮することなく店を…“大樹”を出ていく。

 

……性癖がバレて嫌われた…訳じゃないよな…?

 

 

 

「…………」

 

 

静まり返った店で、私はカードを片付ける。

 

店の中には私以外の気配が無い。

 

 

ある程度カードをまとめ終わった後、ふと先程まで二人が座っていた椅子が目に入る。

 

汗で…ほんの少し湿った…まだ体温の残る椅子…

 

誰もいない空間…………

 

夏の暑さにが私の思考を狂わせる。

 

 

「………………夏のせいだからな」

 

 

 

そっと…ミカンの座っていたイスに顔を近づける。

 

 

暖かい。

 

 

このカードショップ“大樹”……出来たばかりの店で客も少ない、夏休みであり金を持った客は皆、都会のショップに行っている。

 

そのために店には私一人しかいないのだ、熱い思いがエターナル・フレイム・リバースしそうである。

 

私を見ているのはせいぜい店に貼ってある葉月ユカリのポスターくらい…

 

 

 

すり……すり……すり……

 

 

……もう一つの椅子も……

 

 

私はゆっくりとナツミの座っていた椅子を私の顔の近くまで引き寄せる。

 

……ああ……

 

 

 

 

 

 

「何してんだ……?黒川さん…」

 

 

 

 

「えわぁぁぁぁぁぉぉぉぁぉおっ!!???」

 

 

 

 

 

 

 

……店長がいるのを忘れていた。

 

 

 

「おいおい…叫ばないでくれよ?」

 

「すいません……し、新種の細菌が…いたもので…」

 

「……暑さにやられたか」

 

 

私のことを哀れみの籠った瞳で見つめるこの人はこの店の店長、青葉カズトさん。

 

 

特に私が語るようなことは無いが、強いて言うならば変態では無いってことだろうな。

 

……とにかく、私は少し動揺しながら(同情の目を向けられながら)荷物を整える。

 

「じゃ…じゃあ私はこれで……」

 

「少し休んだ方がいいんじゃないか?…なんなら飲み物でも…」

 

「お構い無く…」

 

そんな風に心配されると逆に辛いな…

 

 

 

 

私は自分を落ち着かせるために、葉月ユカリのポスターを見つめる。

 

 

ポスターの中の彼女は眩しい笑顔とエ…いい体だ……すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……

 

癒された、これでもう大丈夫だろう。

 

 

「………………ふぅ」

 

それよりも私は店長に一つ聞いてみることにした。

 

 

「そういえば…なんですが」

「?」

 

「店長は葉月ユカリのファンなのか?」

 

 

私は店の中に貼られた葉月ユカリのポスターを指差して言う。

 

巷では“キング・オブ・アイドル”やら“混沌神”等と呼ばれ、ファンも多い“彼女”なのだが…なぜカードショップにポスターが…?

 

「全力で応援してるよ…今年はVFGPのゲストとして呼ばれているはずだぞ」

 

 

「そっか…VFGPに…だからショップにポスターが?」

 

「ん?……まぁ、な」

 

 

思い出してみれば“あいつ”もそのことはずっと話していた。

 

“あいつ”に後で詳細を聞いてみるか。

 

 

「じゃ、私は行くよ」

 

「ああ、気を付けてな」

 

 

私は店の外に出る。

 

照りつける太陽は私の邪な心を焼き付くしてくれる。

 

 

……VFGPまで…約1ヵ月。

 

今できるだけのことをやっておこう。

 

優勝して、MFSで可愛い女の子を…いや、えっと、堪能するんだ…私は!!

 

 

 

優勝するのは…私たちのチーム…“誘惑の果実(ラヴァーズ・メモリー)”だ!

 

 

 

 

チーム名を“あいつ”に任せたのは間違いだったか…

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗く閉ざされた密室…銀髪の少年はパソコンに向き合っていた。

 

部屋には少年一人、少し前まで遊びに来ていた少女はあっという間にフランスへ帰ってしまった。

 

 

…最も…少年と少女には本当の意味で“帰る場所”等存在はしないのだが。

 

 

 

「シングアビスの規制っすか…噂通り強力なデッキなら…ぜひ戦っておきたいっすね……」

 

結局Abyssを集めきれず、シングル買いする気力も無かったため、少年は自力でこのデッキを作ることができなかった。

 

(……まぁロイパラは使わない予定っすから…ここは)

 

「是非とも規制が施行される前に“シングアビスに長けた人”とファイトしておきたいっす……」

 

 

 

 

少年はカタカタとパソコンを鳴らす。

 

「近くの……大会は…………お……ちょうどいいのがあるっすね………明日の…2時から…」

 

「これは……チームの皆を集合させて、大会にエントリーっすね!!」

 

 

 

 

銀髪の少年、舞原ジュリアンが目をつけたのはカードショップ“カードマニアックス”で開かれる大会。

 

 

 

それは奇しくも、日野ミカンと土田ナツミが参加しようとしていた大会であった。

 

 

 

 

 

 



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035 Believe in my existence

私、深見ヒカリはひたすら手と脳を動かしていた。

 

目の前には青葉クンに借りたかげろうのデッキ…ボーテックスver…そして私のシャドウパラディンレギオンデッキ……。

 

家には私しかいない……午前中ということもあって、まだそこまで暑くは無いが、私の額にはじんわりと汗が浮かんでいた。

 

私は回す……デッキをひたすら腕に、脳に、慣れさせる。

 

少しの違和感を感じながら……

 

 

(……ライド…邪悪を引き裂く闘気の騎士…覇気の撃退者…コーマック!!)

 

 

* * * * *

 

 

 

 

デッキの動きを確認した私は、昼御飯として作った冷やし中華を食べながら、夜御飯のことを考えていた。

 

あえて……おでん………………無いね、それは。

 

外ではセミが鳴き、子供たちのはしゃぐ声がする。

 

正に夏真っ盛りである。

 

「……暑い」

 

 

私は組み直したデッキを見つめた。

 

グレード3はレギオンユニットで統一されており、FVは今まで通りに“クリーピングダーク・ゴート”のままである。

 

捻ることの無い…単純なレギオンデッキ……

 

だが…どことなく使いにくい。

 

 

…青葉クンのデッキとの違い…何だろう……

 

 

そうして私が思考の渦に浸ろうとした時。

 

トゥルルルル……トゥルルルル……

 

 

私の携帯が鳴り始めた。

 

……掛けてきたのは…舞原クン?…何で…?

 

「もし…もし?」

 

『ヒカリさん!今から天台坂駅に集合っす!チーム全員で“カードマニアックス”の大会に出るっすよ!!』

 

「…え?大会…?…………」

 

プツン……

 

 

電話はすぐに切れてしまった。

 

大会…か、確かにVFGPの前に出ておくのはいい肩慣らしになるかもしれない。

 

……とは言えショップの大会とVFGPではたぶん“空気”が違う様な気はするけどね……

 

 

私はデッキをケースにしまい、残っていた冷やし中華を食べ、麦茶をイッキ飲みする。

 

「……ふぅ」

 

 

行ってみようじゃないか……大会に。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

お盆ということもあって、逆に人が少ない天台坂のホーム……ここも後数日で帰省ラッシュの荒波に飲まれるのだろう……

 

 

「舞原クン……」

 

「何すか……」

 

 

今、天台坂駅に私と舞原クンはいた。

 

 

「青葉クンは…?」

 

「お祖母ちゃんの家に家族で行っちゃったそうっす」

 

それは……仕方ない。

 

「……天乃原さんは?」

 

「…………夏期講習っす」

 

それも……仕方ないか。

 

 

天台坂駅には私と舞原クンしか集まっていなかったのだ。

 

 

 

 

「……行くっすか」

 

「あ、行くんだ」

 

「もちのろんっすよ」

 

 

言うまでもなく普段テンションの低めな私と、想像以上にテンションの低い舞原クンとの二人旅が始まろうとしていた。

 

 

「……旅って距離じゃ無いっすけどね」

「あ…………ごめん」

 

 

 

そして私達は改札へと歩いていくのだった。

 

今回、私達が目指す“カードマニアックス”は以前チーム全員で行ったことのあるお店だ。

 

店の印象よりも、地を這って進む人の上に乗って移動するタンクトップの正義オタクサバトレ変態男と出会ったことの方が衝撃的だった。

 

場所は天台坂駅から8分……百花公園前駅から徒歩でさらに8分の所にある。

 

おそらく今の私の家から、カードショップ“大樹”の次に近いお店だろう。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 

……会話が無い……空気が重い……

 

 

「…………」

 

「…………」

 

思えば……舞原クンと二人きりになるのは学校で初めて会った時以来かもしれない。

 

 

「あー……煉獄焔舞…発売になったっすね」

 

「うん……買ってないけど……」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…アルフレッド・エクシヴが公開になったっすね」

 

「うん……使わないけど」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

たぶん……悪いのは私だ…………えっと……

 

 

「…舞原クンってカードの話しかできないの?」

 

「…………」

 

「…………あ、ごめん…」

 

「…………」

 

 

……私が言うセリフでは無かった……

 

 

「あ、そうだ…舞原クンってカード以外に趣味ある?…私はぬいぐるみ作ったりとかするんだけど…」

 

 

今でも私の部屋の“私物(ブラックボックス)”の中に手作りのファントム・ブラスターやマーハのぬいぐるみが埋もれている。

 

 

「………特に無いっすねぇ……」

 

「…………」

 

「…………」

 

「あ!…料理作ったりは?」

 

「……趣味ってほどじゃ無いっすねぇ……自分で作らないとお嬢が勝手に弁当作っちゃうっすから……」

 

 

お嬢……天乃原さんは料理オンチ…というより食べ物に関する知識が奇妙な人だから……苦労してるのかな。

 

 

「……料理…教えてあげればいいのに」

 

「僕もそんなに上手じゃ無いっす……この間ゼラには僕の料理を酷評されてるっすよ……“愛が足りない”って……」

 

 

ゼラ……ゼラフィーネさん?

 

自然とあだ名で呼ぶ関係なんだね。

 

「そう言えばゼラフィーネさんはどこに?」

 

「一昨日くらいにフランスに帰っていったっすよ」

 

「そっか……」

 

 

……せめてもう一度話したかったな……

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

ーー次は百花公園前~百花公園前~…ーー

 

「降りよっか…」

 

「そうっすね…」

 

再び会話が途切れた所で、私達は百花公園前駅に到着した。

 

「今日は……本当にいい天気だね……」

 

「憎たらしいほどに…っすね」

 

晴れやかな空に眩しい太陽……百花公園の花壇の花達も何となく嬉しそうだ。

舞原クンは自然な動きで鞄から日傘を取りだし、展開する。

 

「…………あれ…もしかして、ゼラフィーネさんとお揃い?」

「……バレちゃったっすか」

 

 

舞原クン少し照れ臭そうに言う、間違いなくその日傘は以前ゼラフィーネさんが持っていたものと同じ柄であった。

 

「……舞原クンって…肌が弱いの?」

 

 

天乃原さんが舞原クンの日焼け止めを買っている場面に出くわしたことがあった。

 

 

「んーまぁ…そんな所っすね」

 

「そっか……」

 

 

 

私達は百花公園を抜け、ショップへと歩きだす。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

ショップ大会……か……

 

 

「舞原クンは……大会……どのくらい出てるの?」

 

「基本毎週行ってるっすよ…僕は最強のヴァンガードファイターになる男っす」

 

 

それは舞原クンと初めて会った時にも言っていた言葉だった。

 

“最強のヴァンガードファイター”

 

それは一体…どのようなファイターなのだろうか。

 

「そして……いつか“ノルン”の三人を探して…倒すっすよ」

 

“ノルン”……か。

 

「“ノルン”を探す……そのための情報を集めるために色んな大会に行ってるんだ…」

 

「それだけじゃあ無いっすよ………経験は力になるっす……色んなクランの特色やフルスペックを身に刻むことで強さの高みを目指すっす」

 

それは…確かに“強く”なるためにとても大事なことかもしれない。

 

「そっか…だから舞原クンは“色んなデッキ”を持っているんだね……“自分が”強くなるため」

 

 

舞原クンが日傘をくるくると回す。

 

彼は満足そうに頷いて言った。

 

 

「そう…“色んなデッキ”を使って強くなる……色んなデッキ…………色んな戦法……あれ?“自分が”…強く?」

 

舞原クンが固まってしまった。

 

 

「……舞原クン?」

 

 

「…………」

 

 

「…………あの」

 

「そうっすよ……ね」

 

舞原クンが突然…真剣な顔になる。

ずっと忘れていた何かを思い出すように。

 

 

「……デッキの強さとか……関係無い…じゃないっすか」

 

 

「?」

 

 

「強くなりたいのは……僕だ…………」

 

 

「??」

 

 

……舞原クンが何かをぶつぶつ言っている内に私達はカードマニアックスまでやって来た。

 

 

「舞原クン……着いたよ?」

 

 

私の一言に舞原クンはハッとした表情になる。

 

 

「………あっ……よし………さぁ!行くっすか!!」

 

「……うん」

 

 

いざ、大会出場……!!…………だね。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

「……えーでは、残念ながら抽選落ちということで」

 

 

「「…………!!」」

 

 

店員の非常なる一言が私達を貫く。

 

何のために……私たちはここに……?

 

 

最も、今日抽選落ちしたのは私達だけではなかったけれど。

「……8月になって大会の景品がレギオンパックになったことが原因っすね………」

 

 

定員24人の大会に43人もの人間が集まっていたのだ。

 

私の周りにも抽選落ちでがっくりとうなだれた人が何人もいる。

 

もちろん事前に払った参加費は返して貰えたが、参加賞も貰えない。

 

 

「まぁ私達はファイトしに来たんだけど……ね」

 

「とはいえ…ファイトスペースも埋まってるっすね」

 

 

店のファイトスペースの内、大会で使われないテーブルも既にファイター達で埋め尽くされていた。

 

 

うーん、さすが夏休み。

 

 

「……テーブルが空いたら……ファイトでもする?」

 

 

「…それもいいっすけど…」

 

 

舞原クンは大会の様子を見つめる。

 

 

「…今はファイト観戦っす…僕は“シングアビス”を見たくて来たんすから」

 

「…………“シングアビス”?」

 

 

舞原クンが人混みの中に消えていく。

 

……まぁ……銀髪だから見失いそうにも無いけど。

 

 

「観戦……か…………」

 

私も何気なく……テーブルをちら見してみる。

 

 

「行くぜ……超越!世界の理さえ竜の前では枷にもならん!!古代竜 ナイトアーマー…双闘!!」

 

 

「すごいの行くよ~…エメラルド・ブレイズに…ブレイクライド!!」

 

 

 

どこかで見た人たちが並んでファイトをしていた。

 

 

………そうだ、黒川さんの…ユズキのチームメイトの人たちだ……

 

……ってことは、ユズキも……ここに?

 

私は辺りを見回すが、それらしき人物は見当たらなかった。

 

 

それにしても…………

 

 

「バッドエンド・ドラッガーのブレイクライドスキルで~…リアガードがアタックした時、その子に“パワー+10000して、アタック終了時に山札の下に置く”を与えることになりました~…そしてエメラルドが双闘!!」

 

 

何だ……まだブレイクライドは使えるのかな……?

 

…………モルドレッド……入れようかな…どうしよ。

 

 

 

 

「こっちっす!ヒカリさん!」

 

「……舞原クン?」

 

突然舞原クンが私を呼ぶ……どうやらファイトスペースが空いたようだ。

 

私は舞原クンの向かいに座る。

 

 

「……収穫は……あった?」

 

「上々っす……シングの相方にスタンドするユニットを入れると強いっすね……」

 

 

シングアビス……あまり好きじゃない響きだ……舞原クンの話からして明らかにAbyssがシングの引き立て役にしかなっていない気がする。

 

 

「ま…肝心なのは、ファイター自身の力量っすよね」

 

「……?…………まぁ…そうだろうけど」

 

 

「それをずっと……忘れていた……っすよ……自分自身の在り方を…………」

 

「?」

 

 

 

 

「一体…何のために“ノルン”を倒すとか言ってたんだか……っす」

 

 

(そうっす……日本に来てから、スクルドや櫂トシキに会って、負けて、僕は負けた理由をデッキに押し付けていた……)

 

 

ーー自分のデッキとその程度の“つながり”しか持てない奴に俺は負けることはない!ーー

 

ーー共に最強になる分身(ヴァンガード)がいるから道を踏み外さずに高みを…最強を目指すことができる…ーー

 

 

 

(…好き勝手なことを……言ってたっすねぇ……)

 

 

 

ーーお前の言う最強とは何だーー

 

 

 

(…櫂トシキ……見つけたっすよ…“僕にとっての”最強を……)

 

 

舞原クンはどこか遠くを見つめていた…がすぐに私を見つめ直す。

 

「ヒカリさんのおかげで思い出せたっす……どんなデッキでも、その最大限の力を引き出せるのが本当の意味で最強のファイター……“デッキとのつながり”を最近の僕は気にしすぎていたっす……僕には、僕のスタイルがある」

 

 

「……よくわからないけど…役に立てて良かった…」

 

 

本当によくわからないけれど……ね。

 

 

「……ヒカリさん…僕とファイトしましょうっす」

 

 

それはカードショップの中とはいえ、私にとって少し意外な提案だった…まさか舞原クンから誘ってくるなんて……だって今まで……

 

 

「…………いいの?…今まで舞原クンは…私を……」

 

ずっと…確実に舞原クンは私とファイトするのを避けていた気がする。

 

 

それが何故かは…………いや……もしかして。

 

 

「舞原クンは…私が…“ベルダンディ”って……気づいていたの?」

 

 

「何だ……知っていたんすか?」

 

……やっぱり。

 

「知ったのは……ついこの間だよ……」

 

 

“ベルダンディ”……ラグナレクCSに出場していた謎の力を持った三人のファイター…………

 

スクルド(女装幼女)

 

ベルダンディ(ゴスロリ)

ウルド(謎)

というよくわからない三人の一人が私だったという話だ。

 

 

「なら…真っ向から挑ませて貰うっす……前回は途中でうやむやになっちゃったっすからね…」

 

「…………あの時から…知ってて私を誘ったんだ…」

 

「でも肝心のヒカリさんは自分のことを知らないようだった…それに特殊能力を持っているようにも見えなかった……だから様子を見ることにしたっす」

 

「……様子を…………」

 

「そして!!君の前に神沢ラシンが現れ、君は彼の能力を打ち破った……僕は確信したっす……君がベルダンディだって……」

 

「じゃあ…何で……黙って……」

 

「ベルダンディだと気づいているかはどうでも良かった……君が強くなり…その力を目覚めさせるのを期待していたっす」

 

 

早い……展開が早い……

 

 

「でも…もう気づいたんすね……なら」

 

 

さっきまでとは少し空気が変わる……舞原クンの表情は真剣だった。

 

 

 

「ノルンの…ベルダンディ…倒させてもらう!!」

 

 

 

舞原クンがデッキのシャッフルを始める。

 

 

……何故かフリーファイトというより真剣勝負になっている気がする。

 

私としては真剣勝負でも問題は無いけど……いや、まだデッキは調整中だ……うーん…やるしか……ないか。

 

 

舞原クンに続いて私もファイトの準備を進める。

 

 

「自分の在り方を見つけた僕は……強いっすよ……僕の力……見せてあげるっす」

 

「そういう時は…“僕とユニットの力”じゃないのかな…?」

 

「くっ……意識の差があると言いたいんすか?」

 

「いや…うーん……」

 

「とにかく!!ファイトっす!!」

 

「う……うん……」

 

 

「「スタンドアップ!ヴァンガード!!」」

 

 

……何で、こんな流れに。

 

 

 

「……クリーピングダーク・ゴート(4000)……」

 

「星輝兵 ロビンナイト(5000)!!」

 

 

二人のFVが登場する。

 

 

この試合…先行は舞原クンだ。

 

 

「ランタン(7000)にライド!!……僕の在り方、僕の強さ……僕の目標……ヒカリさん!ベルダンディとしての力……早く見せるっす!!ロビンを後ろに移動してターンエンド!」

 

 

「そんなこと言われても…!ライド!マスカレード(7000)…ゴートを移動して…アタック!(11000)」

 

 

「ノーガード!!……さぁ!トリガーを引いて見せるっす!!」

 

 

「無理だって……!!ドライブチェック…詭計の撃退者 マナ……」

 

 

「トリガー無しっすか……ドロー!……アストロリーパーにライド!アタック!!(14000)」

 

「ノーガード!!……力なんて知らない!」

 

「ゲットクリティカル!……昔は使ってたんじゃないっすか!」

 

「覚えてないよ!!……ダメージは…無常マスカレード、コーマック……スタンドandドロー…マックアートにライド!…ブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”をコール!CB1!ロビンナイト……退却!!」

 

「覚えてないなら、思い出してもらうっす!!」

 

「無理!……ゴートのスキルでCB1!コーマックを手札に!!……マックアートでアタック!!(9000)」

 

「ノーガード…思い出してもらわないと…僕の目標…夢が……叶わないっす!!」

 

「どうして私に…私たちに拘るの!?……ドライブチェック……!!…厳格なる撃退者!ゲットクリティカル!!☆はマックアート…パワーはダークに!」

 

「……単純な話っす…あなた達は!……僕の持ってない物を持ってるんすから!!……ダメージチェック……ネビュラキャプター……ドロートリガー!効果はVに!…もう一枚もネビュラキャプター!!同じくっす!!」

 

「……っ…ダークじゃアタックできない…」

 

 

 

4ターンを終え、ダメージは2対2……だが、押されているのはヒカリの方だった。

 

「……運命に抗う力…それさえあれば…僕は……」

 

「舞原クン…何を言って……?」

 

「スタンド&ドロー!!……破壊の先に破滅有り!この世に終焉をもたらせ…ライド!…落日の星輝兵 ダームスタチウム(11000)!!」

 

「……また……ブレイクライドユニット……」

 

ダームスタチウム…確かリンクジョーカーでは“星輝兵 インフィニットゼロ・ドラゴン”に続く二種目のブレイクライドユニットだ。

 

「ニオブ(9000)、ランタンをコール!ダームスタチウムでアタック!!(13000)」

 

「……厳格なる撃退者、でガード!(2枚貫通)」

 

「ツインドライブ……ヒールトリガー!回復して効果はニオブ!セカンドチェック…ランタン……トリガー無し………ランタンのブーストしたニオブでアタックっす!!(21000)」

 

「…マナ、氷結の撃退者でガード!ダークでインターセプト!!」

 

「……ターンエンドっす」

 

「運命とか力とか……一旦頭を冷そうよ!……スタンドandドロー!…ライド!邪悪を引き裂く闘気の騎士…覇気の撃退者 コーマック(11000)!!」

 

私はドロップゾーンを確認する……1、2…3……4、うん…チャージ完了!!

 

「悲しみばかりのどうしようもない世界で、巡り会った友と友…シークメイト!!」

 

私は山札へとカードを戻し……メイトを探す。

 

 

「闇を纏いて闇を打つ……洗練されし覇気!!闘気の撃退者 マックアート……双闘!!」

 

 

人前で見せる最初のレギオン……か……

 

 

「ドリン(7000)をコールしてその前にブラスター・ダーク・撃退者(9000)をコール!!CBを一枚表に!!コーマックの右に無常マスカレードをコール!!」

 

無常の撃退者 マスカレードはリアガードとしてアタックする時に自身のパワーを7000から10000まで上昇させることができる……これで!!

 

「マスカレードで…リアガードのニオブにアタックするよ!!(10000)」

 

「ランタンでガードっす!」

 

「そしてレギオン……コーマックとマックアートのアタック……レギオンスキル発動!!マスカレードを退却してクリティカル+1!!」

 

さらにレギオンによって自身の持つ“中央列に他のあなたのユニットがいるときパワー+3000”が誘発する。

 

「パワー…23000、クリティカル2!!ヴァンガードにアタック!!」

 

「ノーガードっす!!」

 

「ドライブチェック…first…エアレイド・ドラゴン!クリティカル!!……効果はリアガードのダークに!second……厳格なる撃退者!!クリティカル!こちらもダークに!!」

 

「……ダメージチェック…ダームスタチウム………コールドデス・ドラゴン」

 

「……!」

 

 

星輝兵…コールドデス・ドラゴン…忘れてた…リアガードが存在しなくても、呪縛カードを増やすユニット…せっかく“3体分”リアガードサークルを空けたのに…もし使われたら……Abyssは…

 

 

「……くっ……ドリンのブーストしたダーク・撃退者でヴァンガードにアタック!!パワーは26000、クリティカルは3!!」

 

クリティカル3……ダメージが3点の舞原クンはガードするしかないだろう。

 

「……キャプター、コールドデス、テルルでガード」

 

「……ターンエンドだよ」

 

舞原クンのダメージが3…私が2…か。

 

 

「さすがに…簡単にブレイクライドをさせてはもらえないっすね……」

 

「…………」

 

 

ダームスタチウムのブレイクライドは相手リアガード3体の呪縛……もし発動されてもこちらのリアガードは2体しかいないため、その真価は発揮できなかったであろう。

 

「まぁ…いいっすよ……手段なら…沢山あるっすから…運命さえも跪かせて見せるっす」

 

「……舞原クンはどうして……運命とか…力とか言っているの……?」

「………僕は手に入れたいんすよ…全てを!!………混沌こそがこの世の全て!!……ライド!星輝兵……ダークゾディアック!!…これが終わりの始まり……」

 

「……ダーク……ゾディアック……」

 

 

「シークメイトっす!…宙は冷たく、遠い……星輝兵 アストロリーパーで双闘っす!レギオンスキル発動!、CB1……絶望の種は蒔かれたっす……今から僕が使う呪縛は……全てΩ呪縛(オメガロック)になる!!」

 

「Ω…呪縛……グレンディオスの……」

 

 

Ω呪縛(オメガロック)されたユニットはおよそ4ターンの間呪縛され続けることになる。

 

私の使うシャドウパラディンは自身のリアガードを退却させ、コストにする……つまり相手のターンにユニットを残さないという点でリンクジョーカー……呪縛に強いと言われている……が裏を返せば、多くのユニットが呪縛されてしまうと何も出来なくなってしまう。

 

 

「ゾディアックの後ろにランタンをコール…ゾディアックのスキル“ペルソナブラスト”…ブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”、督戦の撃退者 ドリンをΩ呪縛(オメガロック)……」

 

舞原クンはダークゾディアックをドロップゾーンに置いた…

 

「……」

 

「ニオブ、ランタンにパワー+4000して…アタックに入るっす」

 

 

コールドデスが使われなかった………持ってなかった?

 

 

「ランタンのブースト……ゾディアック、アストロリーパーでアタックっす!!パワーは31000!!」

 

ダメージはまだ2点……なら。

 

「……ノーガード」

 

「ツインドライブ…星輝兵 アポロネイル・ドラゴン……クリティカルトリガーっす!☆はVにパワーはニオブに……セカンドチェック……残念…プロメチウムっす……トリガー無し」

 

 

「…ダメージチェック……ダーク・撃退者“Abyss”…もう1点は……暗黒医術の撃退者!!……ダメージを回復するよ……!!」

 

私はダメージゾーンで裏向きに置かれていた無常の撃退者 マスカレードをドロップゾーンへ置く。

 

そしてトリガーの効果でヴァンガードにパワーを与える。

 

「ならっ!ランタンのブーストしたニオブっす!パワー29000!!」

 

「エアレイド、厳格なる撃退者でガード!!」

 

「ターンエンドっす」

 

 

私はドロップゾーンを見る…無常の撃退者 マスカレードが2枚……クリティカルトリガーが……2枚。

 

後は……マナ……詭計の撃退者…マナが……あれば…

 

私は手札に残された撃退者 ファントム・ブラスター“Abyss”を見つめる。

 

 

「……お願い…スタンドandドロー……」

 

瞬間、私の心が“何かに触れる”……そんな感覚があった。

 

「……!!」

 

私は知るよしも無かったが……この時、舞原クンからは私の瞳が輝いて見えていた。

 

 

「…………」

 

 

私の手に舞い降りたのは……詭計の撃退者 マナ。

 

私には表のダメージが3枚……そして“手札が2枚”。

 

舞原クンはダメージが3枚…そして手札が5枚…ある。

 

しかも1枚は完全ガード……1枚はトリガー……。

 

舞原クンの残りの手札は…?……舞原クンはここまであまりリアガードを展開していない…つまり。

 

私は舞原クンの手札を見つめる。

 

考えられるのは……トリガー…グレード3、そして完全ガード……前の私のターン…舞原クンは確かガードにコールドデス・ドラゴンを使っている………あの時は、コールドデスを切るしかなかった……?

 

ということはトリガーは入っていても1枚…もし手札にトリガーが有ったのなら…そこで使っている…はず。

 

あの時の攻撃は“シールド値20000”を要求するものだった……うーん…完全ガードを使うかと言えば…微妙かな……ただ…どうしてもコールドデスをガードに使ったことが気になる。

 

あの場面……コールドデス以外にガードに使えるユニットがいなかった…?

 

と、言うことは次のターン…ドローしたのは、あのターンでコールした“魔爪の星輝兵 ランタン”……

 

私がコールドデス・ドラゴンを過大評価しすぎなのかもしれない……けど。

 

舞原クンも気づいていたはずだ、私がAbyssを使うことと…コールドデス・ドラゴンならAbyssの能力を防ぐことが出来ると。

 

 

 

 

「…勝負に……行かせて貰うよ!!」

「……さぁ…その力……見せるっす!!」

 

 

 

 

 

「絶望のイメージにその身を焼かれ、尚、世界を愛する奈落の竜……今ここに!!ライド・the・ヴァンガード!!」

 

 

 

 

思えば私は…ずっと奈落竜と一緒だった。

 

 

 

 

「撃退者…ファントム・ブラスター“Abyss”!!」

 

 

 

思えば……ドラグルーラーを最初に使ったファイト…あの時も対戦相手は舞原クンだった。

 

 

「常闇の深淵で見た光は!!もう二度と消えない!!シークメイト!!!」

 

 

 

私の下にやって来るのは…覚悟の剣の所有者……なら私は…勇気を持って…あなた達と共に戦うよ。

 

 

「漆黒の騎士よ…覚悟の剣で我らの道を切り開け!!ブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”……双闘!!」

 

 

負けない…負けたくない……だから!

 

 

 

 

「詭計の撃退者 マナをコール!…スキル発動!撃退者 ダークボンド・トランペッターをスペリオルコール!!さらにスキル!CB1でグレード0!クローダスをレスト状態でスペリオルコール!!」

 

 

VにはAbyss……左列は全てΩ呪縛されてしまったが、まだ右列のマナ、だったん…V裏のクローダスがいる。

 

CBもまだ残っている。

 

これなら…Abyssのスキルが使える……

 

 

 

 

「ダークボンドのブースト……マナでヴァンガードにアタック(14000)」

 

「ニオブでインターセプトっす」

 

 

……最初のドライブチェックによって相手に与える圧力は大きく変化する……か。

 

 

……行くよ。

 

 

「Abyss……アタック!!(22000)」

 

 

「…………完全ガード」

 

 

舞原クンが手札からプロメチウムをコールし、ゾディアックをコストに使う……

 

 

「ツインドライブ……first………暗黒の撃退者 マクリール……トリガー無し……」

 

 

ここで……来い!!

 

 

「second…………撃退者……エアレイド・ドラゴン!クリティカルトリガー!!効果は全てをヴァンガードに!!」

 

 

そして……!!

 

 

「レギオンスキル発動!!……マナ、ダークボンド、クローダスを退却……CB2!!………どんなに傷ついても……私たちは戦うことを止めない…あきらめない!Abyssは再びスタンドする!!」

 

 

一人じゃない……メイトと共に……竜は再び立ち上がる。

 

 

「撃ち抜くよ……この一撃で……パワー27000、クリティカル2でアタック!!」

 

少し……パワー不足かな……お願い…届いて。

 

 

「そこは……」

 

 

舞原クンが自分の手札を確認する。

 

その表情はいたって冷静であった。

 

 

 

 

「ノ……」「危ないっ!!」

 

 

フォカヌポウ……

 

 

 

 

 

 

 

「何…すか……」

 

 

 

 

私達の目の前に茶色で、甘い匂いの液体がぶちまけられた。

 

「オウフww…ご…ごめんですぞ……拙者…その……ww」

 

「黙りなさい……」

 

「う…うう…wwwwwwww」

 

コーラのボトルを持った肥満体の男が私達の隣で謝っている……だが謝るたびに男はコーラをこぼしている。

 

 

「何が……起きたんすか…?」

 

突然…テーブルの側に現れた男が、反対側のテーブルの人の椅子に躓いたのだ。

 

今回の場合……ショップ内で…それもファイトスペースでこの男がボトルのキャップを開けたまま歩き回っていたことが最大の原因だろう。

 

 

「デュフフwwwよく見るとww可愛いお嬢さんですなwwwフォカヌポウwww」

 

「黙りなさい……と言ったのが…聞こえませんか?」

 

肥満体の男が黙ってテーブルを首に巻いていたタオルで拭き取る。

 

彼はそのまま逃げるようにショップを立ち去った。

 

 

「……人が増えると困った人が多くて…困るよね」

 

「…ヒカリさん…怒ると怖いっすね……」

 

 

舞原クンが失礼なことを言う……丁寧に対処しただけだから……

 

しかし、すっかり興が冷めてしまった。

 

舞原クンは舞原クンで…先程までの“絶対倒す”ような雰囲気は消えていた。

 

 

「……というか…あの……僕たちのカードは…?」

 

 

舞原クンはそういってほんのりコーラの匂いが残るテーブルを凝視する。

 

そこにヴァンガードのカードは無かった。

 

 

「あ、ごめんね…」

 

 

私は指で隣のテーブルを指差す。

 

ちょうど座ってる人のいないテーブルに私たちのカードが散らばっていた。

 

 

「あ、あそこまで一瞬で飛ばしたんすか?」

 

「咄嗟だったから……何枚か…落としちゃったし、傷も付いちゃったかも……」

 

テーブルの足元でダームスタチウムが寂しそうに落ちている。

 

 

「いや…知らない男の飲みかけのコーラまみれになるより……かなりマシっすよ……ヒカリさんもそう思っての判断だったんすよね?」

 

「うん……」

 

 

私たちは散らばったカードを集めていく。

 

結局、今回の舞原クンとのファイトもお流れになってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

 

「結局……ヒカリさんの能力って何なんすか?」

 

 

それ……こっちが聞きたいセリフ何だけどな……

 

 

私達は帰りの電車の中で話をしていた。

 

 

「自分のドローを操作できる…かもしれない」

 

「不確定っすか……」

 

がっかりされるが…“それ”を一番知りたいのは私自身なんだけどなぁ……

 

「それよりも…舞原クンの“全てを手に入れたい”って何かな?……ハーレムみたいな…?」

 

「ぜんぜん違うっすよ!!」

 

 

その時の舞原クンは寂しそうな顔をしていた。

 

 

「富、名声、力……っすよ…」

 

 

「……海賊王にでもなるのかな…」

 

……かつてこの世の全てを手に入れた男…なんて。

 

 

「ぜんぜん違うっすよ!!ただ……」

 

「?」

 

 

「僕が本当になりたいのは…運すら支配する最強の人間……怖いものを無くしたいんすよ」

 

 

「怖いもの…」

 

 

 

「富が有れば物が手に入る、名声が有れば人が手に入る、運を支配する力があれば…何でもできる」

 

 

すっかり…ヴァンガードの話では無くなっている気がする……

 

 

「…舞原クンはどうしてヴァンガードを初めたの?」

 

すると、舞原クンはしばらく黙った後……こう答えるのだった。

 

 

「そうっすね…このカードゲームなら……一番」

 

 

もうすぐ天台坂駅に到着する。

 

 

「一番僕が欲しいものを…はっきりと示してくれる…そう思ったからっすよ」

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

「……よく分かんないよ」

 

「そうっすか」

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

天台坂の駅前で私は舞原クンにさよならを告げる。

 

 

「決着は…ヒカリさんが自分の力を使いこなせるようになってから……お願いするっすよ」

 

「うん……じゃあ…またね」

 

 

私たちは駅前で別れた。

 

舞原ジュリアン…彼の中で私はどういう存在何だろうか……

 

ベルダンディという名前は……割と趣味に合う。

 

でも……ベルダンディの話をされても…実感が無い、まさしく名前の一人歩きだ。

 

 

(……結局…ユズキのチームメイトの人にも挨拶できなかったし………舞原クンは痛い言動するし…)

 

 

きっと誰もが私には言われたく無いだろうけど。

 

 

 

 

 

「待って欲しいっす!ヒカリさん!!」

 

「…舞原クン」

 

 

気がつくと目の前に舞原クンがいた。

 

 

「……どうしたの?」

 

「お…お嬢から電話があって………伝言を…」

 

「……何で伝言…何だろ……ケータイがあるのに」

 

「ヒカリさん…携帯……見て……」

 

「あ…………電池切れてる」

 

 

……天乃原さんに余計な心配をさせてしまったかも。

 

 

「……伝言…伝えるっす『来週、百花公園の夏祭りに行くわよ!!』」

 

 

 

夏祭り……魅惑の響きだ……が、それにしても。

 

 

 

「……舞原クン…天乃原さんの真似…上手だね」

 

「そりゃあ…僕は最強のヴァンガードファイターになる男っすから」

 

 

 

……いや、全く関係ないよね。

 

 

 



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036 美しき夏の夜空に(上)

8月も半ばを過ぎて、休みを満喫していた学生達も少しずつ“宿題”という現実に向き合い始めていた……そんな時期。

 

まぁ……私はもう終わらせてあるんだけど。

 

「ヒカリちゃん、どう?動きやすい?」

 

「……少し胸の辺りが苦しいけど…問題無いレベル」

 

 

私は従姉のミヨさんに浴衣を用意してもらっていた。

 

……正確に言うと、家に放置してあった荷物の中から探すのを手伝ってもらった。

 

昔は結構大きめの浴衣だと感じたけれど…今となってはピッタリサイズだ。

 

「ヒカリちゃんは洋服もいいけど、和服もすごい似合うわねぇ」

 

「……そんな…お世辞はいいよ……」

 

私がこうして浴衣を着ている理由……それは天乃原さん達と百花公園で行われる夏祭りに行くからである。

 

祭りといえば浴衣、浴衣といえば祭り。

 

私自身“お祭り”に行くのはとてもとても久しぶりなため……ドキドキしている。

 

 

「今日は夜中までいるからさ、家のことは気にせず目一杯楽しんで来なよ!!」

 

「ありがとう…!ミヨさん!!」

 

 

準備が整った私は外へと飛び出す。

 

夕焼け色に染まった空が私を祝福している…そんな気分だ。

 

「行って…来ます!!」

 

 

「行ってらっしゃい………楽しんできなさい!」

 

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

「うわぁ…すごい熱気……」

 

 

右を見ても出店、左を見ても出店……

 

……まるで…出店のお祭りだよ

 

 

「……お祭りよ」

 

「お祭りだな」

 

 

 

「う、うん…分かってるよ!」

 

…今の……口に出ていた!?

 

 

 

夕方、私と天乃原さんと青葉クンの三人は百花公園のお祭りに来ていた。

 

焼きそばの匂いが……ああ……

 

 

「私、あまりお祭りって来たこと無いのよね」

 

「へぇ…そうなのか……リーダー」

 

「ヒカリさんみたいに浴衣でも着てくれば良かったのかしら」

 

 

今の天乃原さんはTシャツに短パンという非常にラフな格好であった。

 

あ……ポニーテールはそのままである。

 

 

「……そう言えば……舞原クンは?」

 

「日が沈んだら来るそうよ」

 

 

そうか…舞原クンは肌が弱い…みたいだから紫外線の強いこの時間帯はあまり外には出られないのかな?

 

…このお祭りの中で日傘……っていうのも似合わないしね……

 

「今は私達だけで楽しむわよ!!あ、あれ!あのお店で売ってるの何かしら!!」

 

 

はしゃぐ天乃原さんはとてもいい笑顔をしていた。

 

 

「あれは“わたあめ”か……砂糖の塊だな」

 

「…………」

 

「…………」

 

おそらく、私と天乃原さんの気持ちは……一つになっているだろう。

 

 

「あ、ならあれは!?あの赤い奴!!」

 

「リンゴ飴…安く仕入れたリンゴの回りに砂糖の塊がくっついている奴だな」

 

「…………」

 

「…………」

 

「お祭りってさ、どれもこれも値段高いよなぁ…だって…」

「…………ヒカリさん…二人で行きましょう」

 

「…そうだね」

 

私と天乃原さんは青葉クンを置いてとぼとぼと歩き出した。

 

「え…ちょっ……待って!ヒカリ!リーダー!!」

 

「風情ってのが無いのよ」

 

「全くだね…」

 

 

祭りという夢のような場所の中を私たちは進む。

 

 

 

「ブドウ飴にメロン飴、イチゴ飴もあるのね!!」

 

「私はリンゴ飴が好きかな…綺麗だよね」

 

 

基本的にお祭りでしか買えない…だから欲しくなってしまう。

 

「フランクフルト!!」

 

「…チョコバナナ!!」

 

 

私と天乃原さんは互いに買った物を見せ合った。

 

それを見た青葉クンが再び余計なことを言う。

 

 

「……串のついた物、食べながら歩くと危ないよな」

 

 

……それはそうなんだけど、そうなんだけど…!

 

確かに持ったまま歩いて転んだりしたら、大変なんだけど!!

 

 

「あ、わたあめ!わたあめ買いましょう!!」

 

「あー結局、祭りの間は食べずに帰ってから寂しく食べることになる食べ物だな、手もベタベタになるし」

 

「……あんた、お祭りに恨みでもあるわけ?」

 

「まぁまぁ…落ち着いて天乃原さん……」

 

 

私は他の屋台を指差す。

 

 

「焼きそばでも食べよ?」

 

「う……そうね……」

 

屋台巡りは終わらない。

沢山の人の波を掻き分けて…私たちは歩き続ける。

 

「……あれ?」

 

一瞬…金色の物体が横切った気がした。

 

それも見た覚えのある……

 

 

「……神沢クン?」

 

 

「どうしたのヒカリさん」

 

「……いや、何でもないよ……行こう」

 

 

 

 

神沢クンも…来てるのかな……

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

 

「……でこの惨状……」

 

「あ……あはは……」

 

 

辺りも少し暗くなり、舞原クンがやって来た……までは良かったんだけど。

 

「う……くっ……言いたいことがあるのなら……はっきり言いなさい……ジュリアン」

 

ベンチに座った天乃原さんが舞原クンに言う……が、その顔はずっと地面に向けられていた。

 

 

「………お嬢…どんだけ食べたんすか」

 

「……苦しい」

 

天乃原さんの座る隣には数えきれない程のトレイや紙皿、串が積み上げられている。

 

もちろん、その中には私や青葉クンの食べた物も混ざっているけど…大部分は天乃原さんの食べた物である。

 

「……どうして誰も止めなかったんすか」

 

「いや、大食いとかイケる人かと思った」

 

「……私も」

 

 

舞原クンはやれやれと首を振る。

 

 

「……苦しい」

 

「お嬢も……何すか…勉強のストレスでも晴らそうと思ったんすか?」

 

「…………」

「図星っすか……」

 

天乃原さんは死んだような目でひたすら地面を見つめている。

 

思えば……フランクフルトを3本同時に買っていた頃はまだ、少し大食いの人だったのかな…と私も青葉クンも感じていただけだった。

 

その後の焼きそば→たこ焼き→お好み焼き→串カツの流れはいけなかった。

 

その後の天乃原さんは…最早……生ける屍だ。

 

 

「食べたかったのよ……」

 

「…そうっすか、そうっすか」

 

舞原クンはどこで買ったのか…焼きとうもろこしを頬張る。

 

「そ…それ……美味しそうね……」

 

「…どこで買ったんだ?」

 

「ん……向こうの方の屋台っすよ」

 

 

舞原クンが遠くの方を指差す……まだそっちの方はあまり見てなかった……かも。

 

 

「…この食べたゴミ…1回捨てたら行ってみよっか」

 

「そうっすね」

 

「賛成だな」

「……苦しいけど……私も行く…」

 

 

私は溜まったゴミを抱えるとゴミ箱へ向かうのだった。

 

日が沈み……辺りはだいぶ暗くなっていた。

 

だが、祭りはまだその熱気を失わない。

 

「この…焼きとうもろこし……いいね」

 

「確かに」

 

「……食べたい……でも食べられないわ」

 

 

舞原クンの見つけた焼きとうもろこし屋さんは確かにいいお店だった。

 

 

「皆さんは…食べ物以外には興味無いんすか?」

 

「わ……私はまだ食べ…」

 

「お嬢には聞いてないっす…」

 

 

舞原クンが天乃原さんを冷たくあしらう。

 

……食べ物屋以外か…………

 

 

「金魚すくいとかは……ねぇ」

 

金魚を飼うつもりないからなぁ。

 

「くじなんか論外だろ」

 

当たらないしね。

 

他に何か……あったっけ……?

 

 

「あ、ヨーヨー釣りとかどうっすか」

 

 

「……昔一度に4つ釣って店のおじさんに白い目で見られたんだよね……」

 

「そもそもヨーヨーいらないしなぁ」

 

「この賑わいの中でひたすら型抜きとかするのも…どうなんだろ……?」

 

「今さらスーパーボールすくいとか射的もなぁ」

 

舞原クンがあきれたように首を振る。

 

 

「…どうしようも無い人達っすね」

 

 

「ほら……食べることこそ正義なの……よ」

ジャスティーーッス

 

 

 

……変な声が……気にしないでおこう。

 

 

「はぁ…お嬢も……昔から変な意味で諦め悪いっすね……」

 

「何よ……」

 

そんな天乃原さんの手にはしっかり焼きとうもろこしが握られていた。

 

 

「……もう大丈夫なの…?」

 

「焼きとうもろこし1本ならイケるわよ」

 

 

変な所で諦めの悪い人だ……

 

 

「……所で…ジュリアンはリーダーとどういう関係…いつから知り合いなんだ?」

 

「うん……気になる」

 

 

 

天乃原さんは高3…舞原クンは私たちと同じ高1だ…なのにこう…打ち解けているというか……いや、私たちもタメ口使っちゃっているけど。

 

そもそも……居候って……どういうこと?

 

私は舞原クンと焼きとうもろこしを頬張る天乃原さんを見つめる。

 

「……えっと……どこから説明したらいいんすかね」

 

「…ジュリアンは私から見て叔父にあたるのよ」

 

 

 

「「え”」」

 

 

 

 

 

「言っていいわよね?」

 

「……まぁ…ある程度は」

 

 

「私のお祖父様が海外で拾って、そのまま養子にしたのがジュリアンなのよ」

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

「で、時は流れて私が小学3年生の時に初めて会ったのよ」

 

「あ……そこからなんだ……」

 

 

「当時のジュリアンは……そうね、常にデュエルディスクを着けていたわ」

 

「…………それって遊g」

「……?」

 

「昔の話はいいじゃないっすか!!」

 

 

「当時の私は生徒会長でも、クラス委員でも無かった……ただの金持ちの娘、天乃原チアキだったわ……」

 

 

当時小学3年生の天乃原さんと小学1年生の舞原クンの出会いはそれは普通のものだったそうだ。

 

当時の舞原クンは今よりも(?)大人びて見えたとか。

 

もの静かで…でもやらなければならないことはちゃんと…いや、完璧以上にこなす少年だったらしい。

 

だけど…昔の天乃原さんには舞原クンの目は死んでいるように見えたそうだ。

 

一方の舞原クンも当時の天乃原さんのことを、頭空っぽなお嬢様としか見ていなかった……

 

 

「頭空っぽって何よ、空っぽって」

 

「む、昔の話じゃないっすか……」

 

そんな二人が仲良くなったのは……遊g…一つのカードゲームだったとか。

 

どこまで本当か、分からないけど…そんなこんなで仲良くなったとか。

 

「ほ、本当よ!?」

 

 

 

二人の交流は互いに良い影響を与えた……天乃原さんは自分を高めるということを覚え、舞原クンはずっと明るくなったらしい。

 

……というか、舞原クン…もしかしてその頃から力とか全てを手に入れるとかいってたのかな?

 

 

「…言ってたわねぇ」

 

「何でもいいじゃないっすか!!」

 

「…?」

 

 

天乃原さんの話はざっとここまでだった。

 

 

「で、ジュリアンは1年もしない内に海外に行っちゃって、再会したのは1年くらい前の話よ」

 

 

「……へぇ……としか」

 

「…幼馴染み……か」

 

 

私たちはしみじみと呟く…色々あるもんなんだね…

 

「…そんで再会したら同じカードゲームやってて驚いたわよ」

 

「……そっか…それが…」

 

「ヴァンガード……って訳か」

 

 

ヒュゥゥゥゥゥドドォォォォォン

 

 

夜空に大輪の華が咲く。

 

 

「うわぁ……花火だ…」

 

「近くの川辺で打ち上げてるんだな」

 

「いいっすね…こういうの」

 

 

ドォォン、ドォォォォォォン

 

 

続けて二発…いやもっと沢山の花火が打ち上がる。

 

美しく…儚い……だから人は花火に惹かれるのかも知れない……なんて。

 

私はそっと、天乃原さんの方を見つめる。

 

天乃原さん、青葉クン、それに舞原クン……皆に出会ってなかったら……私は今、ここにはいないだろう。

 

だから……

 

 

 

 

「…………皆に会えて良かった」

「…………私もよ」

 

 

 

その時の天乃原さんの表情は……どこか寂しそうで…どこか……満足そうだった。

 

 

たぶん私も…同じような表情をしていたのかもしれない。

 

 

 

 



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037 美しき夏の夜空に(中)

ヒカリ達3人が出店を巡っていたころ、神沢ラシンも同じ場所にいた……が。

 

 

(完全に……はぐれた)

 

 

兄さんもマリもいない……最後に見た時二人は一緒だった……つまり……はぐれたのは俺……だけ。

 

認めたくないが……認めたくないな。

 

 

(そもそも、兄さんが祭りに行こうなんて言わなければ…)

 

ちょうど今日の昼過ぎだったか…突然兄さんが夏祭りに行こう等と言い出したのは。

 

こっちはまだ“三人目”を見つけてすらおらず、VFGPに出られるかどうかも怪しいと言うのに。

 

 

「はぁ…どうしてこんな事に……」

 

 

その時、俺の前に少し甘い香りが流れた。

 

 

「あ、か、か、神沢君…!」

 

その女の子はおろおろしながら、俺の前に現れた。

 

「……佐伯さん……!?」

 

 

突然、俺の前に表れた可愛い人は俺のクラスメイト……佐伯カミナさんだった。

 

鎖骨の辺りまで伸びた栗色の髪が今日も綺麗だ。

 

「…久しぶり」

 

「う、うん…わ、私ね、神沢君に用があって来たんだよ」

 

「…俺に?」

 

佐伯さんに会えたのはいいが…どうして俺がここにいるって知って…

 

「わ、わ、私とヴァンガードファイトしませんか!?」

 

「佐伯さん…ヴァンガードやってたのか」

 

「う……うん」

 

 

何というか……展開が早いな。

 

しかし…佐伯さんを三人目にスカウトするのは…有りだな。

 

 

「こ、こっちに……」

 

 

俺は佐伯さんに手を引っ張られる。

 

………手、柔らかい。

 

よく見ると、佐伯さんの顔も真っ赤だ。

 

一体、何が彼女を突き動かすのだろうか。

 

佐伯さんが俺を連れてきた先には折り畳み式のテーブルが置かれていた。

 

 

「……ここでか」

 

「う、うん」

 

 

佐伯さんはわたわたしながら、自分のデッキを準備する。

 

シャッフルもどこかぎこちない。

 

これは……最近始めたばかりか?

 

 

「あ、お、教えてくれた人がいて、今日もその人に頼まれて……」

 

「……“教えてくれた人に頼まれて”か」

 

……嫉妬するな…というか、頼まれてファイトって何だ?

 

「は、はい、ファイトしてください!」

 

「…………分かった」

 

佐伯さんのお願いを聞かない理由は無い。

 

俺は懐から自分のデッキを取り出す。

 

ヴァンガードファイターだからな、常にデッキは持ち歩いている。

 

「……すごい」

 

佐伯さんが俺のシャッフルを見て呟く…こう…じっと見つめられると恥ずかしいが。

 

俺たちは互いにデッキを交換し、シャッフル…初期手札をドロー、先行後行をジャンケンで決め、手札交換……マリガンを行った。

 

「大丈夫か?」

「う、うん」

 

「行くぞ……」

 

FVに手を添える。

 

 

「スタンドアップ!my!ヴァンガード!!」

 

「スタンドアップ!ヴァンガード!!」

 

 

「……my?」「そこは気にしないでくれ」

 

 

二人はそれぞれのFV…グレード0のユニットにライドする。

 

 

「ころながる・解放者(5000)!!」

 

「す、スターダスト・トランペッター(6000)!」

 

 

俺は佐伯さんのFVを見て思わず叫んでしまう。

 

「スターダスト・トランペッターだと!?」

 

「だ、駄目かな…」

 

「あ、すいません、大丈夫だから」

 

スターダスト・トランペッターとはアニメで先導アイチが最初にFVとして使った…後に続くトランペッターシリーズの最初期のユニットだ。

 

最大の特徴は…何の能力も持っていないこと。

 

しかし…佐伯さんのデッキはロイヤルパラディンか。

 

 

「じ、じゃあ私から行きますね…最初はスタンドのままだから…ドロー!そして、小さな賢者マロンにライド(8000)!…た、ターンエンドです」

マロン……パワーが高くて攻めにくいな。

 

「よし、スタンドとドロー……疾駆の解放者 ヨセフスにライド(7000)!…ころながるは“先駆”のスキルでヨセフスの後ろにコールする」

 

「あ……はい!」

 

今、気がついた事がある。

 

佐伯さんの綺麗な髪に隠れて見えなかったが、彼女はいわゆる“インカム”をつけていた。

 

つまり……誰かの指示に従って……?

 

ならその犯人(?)も近くにいるのか!?

 

俺は辺りを見回す。

 

「か、神沢君?」

 

「あ、何でもない……」

 

今はファイトに集中すべきか……もし俺が犯人(?)を見つけたとしてどうすれば良いのかまるで分からん。

 

「ころながるのブースト、ヨセフスでヴァンガードにアタック!!パワーは12000だ」

 

「え、えっと…世界樹の巫女 エレインでガード!(完全ガード)」

 

「ドライブチェック……誓いの解放者 アグロヴァルでトリガー無し……ターンエンドだ」

 

 

その後もファイトは淡々と続く。

 

グレード2の沈黙の騎士 ギャラティン(10000)にライドした佐伯さんに解放者 バグパイプ・エンジェルにライドした俺は全くダメージを与えることが出来なかった……更に。

 

「えっと…ば、ばーくがる(4000)をコールします」

 

「ばーくがる……」

 

「ばーくがるのスキルを使います……れ、レストしてふろうがる(5000)を山札からコールします……ギャラティンをコール……」

 

 

圧倒的展開力……佐伯さんのデッキは俺がよく知る“それ”に似ていた。

双方ダメージは無いまま5ターン目に入る。

 

「えっと……スタンドアンドドロー……ら、ライドします……騎士王 アルフレッド(10000)!!」

 

「アルフレッド…!」

 

「まぁるがるをコール……ソウルに入れてふろうがるにパワー+3000、ばーくがるのスキルで……レスト……山札からふろうがるを……えっとスペリオルコールして、真理の騎士 ゴードンをコールします」

 

……これで全てのリアガードサークルが埋まった。

 

この陣形…アルフレッドの後列にばーくがるを置くというのは初期のロイヤルパラディンでは鉄板の形だ。

 

ブーストできないアルフレッド、ブーストを犠牲にユニットを増やすばーくがる……そしてアルフレッドはユニットの数だけ強くなる。

 

今、アルフレッドは双闘と同じくらいのパワーを持っていた。

 

「あ、アルフレッドのスキルで、リアガード1枚につき、パワー+2000だから……5体いるのでパワー+10000します!」

 

「…………」

 

「パワー20000のアルフレッドでヴァンガードにアタックします!」

 

「…ノーガード」

 

「えっと……ツインドライブ!……導きの賢者 ゼノン……二枚目は…幸運の運び手 エポナ(クリティカルトリガー)です!クリティカルをアルフレッドに、パワーをギャラティンに与えます!」

俺に二枚分のダメージが与えられる……ダメージゾーンに落ちたのはパーシヴァルとクリティカルトリガーのエーサスだった。

 

効果はもちろんヴァンガードのバグパイプ・エンジェルに、だ。

 

「ふろうがるのブーストしたギャラティンで……パワー20000でヴァンガードにアタックします!」

 

「……聖木の解放者 エルキア(ヒールトリガー)でガード!」

 

「じ、じゃあ…ふろうがるのブーストしたゴードンでヴァンガードにアタックです!パワー16000!」

 

「アグロヴァルでガード!」

 

「た、ターンエンドです……」

 

誰が佐伯さんに指示を出しているか……は知らないが、ファイトはファイトだ…真剣に行かせてもらう!

 

「俺のターン……スタンドとドロー……青き炎は消えず、世界を照らし続ける!!ライド!青き炎の解放者 パーシヴァル(11000)!!」

 

「パーシヴァル……」

 

「行くぞ……シークメイト!!」

 

俺はドロップゾーンに置かれた、エポナ、ブルーノ、エルキア、アグロヴァルの4枚を山札に戻す。

 

 

「誓いの解放者 アグロヴァル!!双闘!!…レギオンスキル発動!…デッキトップ4枚から…青き炎の解放者 パーシヴァルをスペリオルコール!!」

 

残った3枚は山札の下に置かれる。

 

「ころながる・解放者のスキル発動!パワー+3000!」

 

今は……これで行く!!

 

俺は佐伯さんの使うアルフレッドを見つめる。

 

俺にとってアルフレッドは兄さんの象徴だ…だが、ファイトとなれば話は別だ!

 

「ころながるのブーストした、パーシヴァル、アグロヴァルでアタック!!パワー30000だ!!」

 

遠慮なく…殴らせてもらうぞ!!

 

「の、ノーガードです……」

 

「ツインドライブ…解放者 ラッキーチャーミー……ドロートリガーだ…パワーをリアガードのパーシヴァルに与え、1枚引かせてもらう……もう1枚は…五月雨の解放者 ブルーノだ……トリガー無し」

 

佐伯さんのダメージゾーンにアルフレッドが置かれる。

 

「行くぞ……パーシヴァルでアルフレッドにアタック!パワー16000!」

 

「ご、ゴードンのエスペシャルインターセプト!」

 

 

クラン指定がある代わりにインターセプト時に通常のユニットよりガード値が上がるスキルか……最も最近はそのクラン指定も無くなったカードが出ているが。

 

佐伯さんの使うカード…アニメでよく使われていたカード達だが、それ以前に…俺はあのカード達に…誰かの影を知っている。

 

彼女とデッキの“つながり”は弱い……だがそれは初心者だから…の一言で片付いてしまう……むしろあのデッキは俺と…“つながり”が……あるようだ。

 

この懐かしさは…まさか…な。

 

 

「わ、私のターン……行きます」

 

「あ、ああ」

 

「スタンドアンドドロー…えっと…ばーくがるをレストしてふろうがるをスペリオルコールします」

 

先程までゴードンがいた空間に3体目のふろうがるが表れる……これでは……手札が減らせない。

 

 

「パワー20000のアルフレッドでヴァンガードにアタック!!」

 

だが、パワーにおいてこちらに分はある。

 

「エポナとラッキーチャーミーでガード!!(2枚貫通)」

 

「えっと……ツインドライブ……1枚目……未来の騎士 リュー(クリティカルトリガー)……効果は全てギャラティンに与えて……2枚目は…沈黙の騎士 ギャラティンでした……トリガー無し…えっと……ふろうがるのブーストしたギャラティン…パワー20000のクリティカル2でヴァンガードにアタックします!」

「ノーガード…ダメージチェックだ……1枚目は…ヨセフス……2枚目は聖木の解放者 エルキア(ヒールトリガー)だ……ダメージを回復する」

 

「た、ターンエンド…」

 

ダメージは佐伯さんの1点に対して俺は3点…手札の枚数には今のところ大きな差は無い。

 

だが佐伯さんにはばーくがるがいる…少なくともばーくがるのスキルで残り4枚まではリアガードをノーコストでスペリオルコールできる。

 

見たところ完全ガードが見えない今の内に……大きな一撃を与えておきたいが……

「スタンドとドロー……揺らめく炎にその身を委ね、青き極光、闇退ける!!ライド・my・ヴァンガード!!」

 

俺の切り札…行くぞ!!

 

「青き炎の解放者…プロミネンスコア(11000)!!」

 

俺は手札から1枚のカードをコールする。

 

 

「シルバーファング・ウィッチ(5000)をコール!スキル発動!SB2!1枚ドロー!!」

 

ソウルブラストされたヨセフスとアグロヴァル……これでドロップゾーンが溜まった!

 

「青き炎は消えること無く…闇に覆われた世界を包み込む!!シークメイト!!」

 

「……うわぁ…」

 

「…………」

 

普段のクセで口上を使っているが…もしかして、俺、佐伯さんに相当“痛い”人間と見られているのではないか?

 

「…………」

 

「あの……神沢君?」

 

俺は山札にエポナ、ラッキーチャーミー、アグロヴァル、ヨセフスを戻す。

 

 

「誓いの解放者 アグロヴァル…双闘」

 

 

顔が熱くなるのを感じる。

 

「……ころながるのブーストしたヴァンガードでアタックする…パワー25000…」

 

その時、インカムから何か声のようなものが聞こえてきた。

 

 

『*******』

 

「え…えっと……はい…はい……ノーガードです」

 

 

やはり誰かの指示を受けているようだ。

 

 

「…ツインドライブ…解放者 バグパイプ・エンジェル…理力の解放者 ゾロン…トリガー無しだ」

 

「え、あ、ダメージチェックです…えっと……小さな賢者 マロン……トリガー無しです」

 

「…シルバーファング・ウィッチのブースト……パーシヴァルでヴァンガードにアタック…パワーは16000だ……」

 

「えっと……ノーガード…ダメージはイゾルデです」

 

佐伯さんの表情…切ない瞳……じゃない、そうじゃない……あの感じ…完全ガードのイゾルデは手札に無いか?

 

いや、完全ガードがダメージに落ちれば誰だって悲しいものだしな……

 

「……あの」

 

「あ、ターンエンドだ」

 

ダメージは3対3になり、ダメージ差は無くなった。

 

俺はまじまじと佐伯さんを見つめる…ことは出来ないから佐伯さんの肩を見つめる。

 

いや、肩を見たってどうしようも無いな。

 

 

「私のターンです…す、スタンドアンドドロー…えっと……ブラスター・ブレードをコールします…スキル発動…CB2でパーシヴァル…?を退却させます」

上書きされた彼女のふろうがると俺のパーシヴァルがドロップゾーンへと飛ばされる。

 

 

「そして……次に……え?」

 

 

佐伯さんの動きが止まる……どうしたんだ?

 

 

 

『*******』

 

「……はい……でも本当に?……はい」

 

 

 

一体何を……そう思った瞬間、彼女のデッキの何かが変わった。

 

デッキの中身が“分からなくなった”のだ、突然、まるで別の人物と交代したように。

 

おそらく、彼女のデッキが彼女のこの動き、そしてインカムの向こうの人間に反応したのだろう。

 

 

 

「導きの賢者 ゼノン(6000)を……沈黙の騎士 ギャラティンの後ろにコールします」

 

再びふろうがるが上書きされる、が、そんなことは問題では無かった。

 

「導きの賢者……ゼノン……」

 

この感じ、ゼノン……やっぱり……

 

 

「行きます……スキル発動!!……」

 

ゼノンのスキル……それはコール時に山札の一番上のカードを公開…そのカードがヴァンガードと同じグレードならそのユニットにライドするというもの。

 

当然、成功率は低い。

 

さらにロイヤルパラディンにはゼノンのようなカードをサポートするユニットはおらず、俺のように山札の中身を見ることができる“力”が無ければ使い物にならない……はずなのだが。

 

俺の知る限り一人だけ……自身の“力”も関係無くこのゼノンのスキルを発動させ、愛用する男がいた。

 

 

「スペリオルライド!!」

 

 

 

神沢コハク……俺の兄さんだ。

 

 

 

「ソウルセイバー・ドラゴン(10000)!!」

 

 

兄さんが自身の“力”を失ってなお…持ち続けたその運はしっかりと佐伯さんに受け継がれていた。

 

 

「スキル発動……ソウルブラスト“5”!!」

 

佐伯さんの後方…遠くの木の影から兄さんが手を振っている。

 

きっと…もうバレたと分かっているのだろう。

 

 

「ばーくがる、ギャラティン、ゼノンにパワー+5000!行きます、ふろうがるのブーストしたブラスター・ブレードでアタック!パワー14000です!」

 

今、アタック対象はヴァンガードしか存在しない…ここが正念場か……

 

「ノーガード…ダメージチェック……理力の解放者 ゾロンだ…トリガー無し」

 

俺に4点目のダメージが入る。

 

「なら…ばーくがるのブースト、ソウルセイバー・ドラゴンでアタックします!パワーは22000!」

 

そこは……

 

希望の解放者 エポナ(クリティカルトリガー)、理力の解放者 ゾロン、解放者 バグパイプ・エンジェルでガード!!(2枚貫通)」

 

「ツインドライブ!!…幸運の運び手 エポナ(クリティカルトリガー)!!、効果は全てギャラティンに!…2枚目は……幸運の運び手 エポナ(クリティカルトリガー)!!……同じくギャラティンに与えます!!」

 

 

俺の手札は残りたったの3枚……

 

「ゼノンのブースト……パワー36000…クリティカル3のギャラティンでアタックします!!」

 

 

だが!!

 

 

「光陣の解放者 エルドル……完全ガードだ!!」

 

俺はコストとして解放者 ラッキーチャーミーをドロップする。

 

 

「あ……ターンエンド……です」

 

 

「俺のターンだ、スタンドとドロー……」

 

 

俺は自分の山札を見つめる……そこには俺の求める“流れ”があった。

 

このファイトに終止符を打つ流れが……

 

 

「行くぞ……シルバーファング・ウィッチの前に五月雨の解放者 ブルーノ(7000)をコール!!…プロミネンスコアのスキル発動!シルバーファング・ウィッチを退却!CB1!山札の上から4枚見て……誓いの解放者 アグロヴァルをスペリオルコール!!残りのカードは山札の下へ!!」

 

アグロヴァルはブルーノのいない列にコールさせる。

 

そして…ここからがこのデッキの真髄だ…!

 

「ブルーノ、ころながるはユニットがスペリオルコールされる度にパワー+3000される…さらにプロミネンスコアはスペコしたカードがプロミネンスコアか誓いの解放者 アグロヴァルなら+3000し、クリティカルも増加する……」

 

これが、ペルソナ・フラムブルーリンケージ!と言いかけたが……今は止めておこう。

 

別に佐伯さんに引かれたくないという訳では無い。

 

「誓いの解放者 アグロヴァルのスキル発動…CB1で山札の上から3枚見て……理力の解放者 ゾロンをスペリオルコール……」

 

プロミネンスコア……+3000 +☆1

 

ころながる……+6000

 

ブルーノ……+6000

 

「理力の解放者 ゾロンのスキル…自身をソウルに入れ、山札の上から3枚……誓いの解放者 アグロヴァルをスペリオルコール」

 

プロミネンスコア……+6000 +☆2

 

ころながる……+9000

 

ブルーノ……+9000

 

「アグロヴァルのスキル……CB1…3枚見て…青き炎の解放者 プロミネンスコアをスペリオルコール」

 

プロミネンスコア……+9000 +☆3

 

ころながる……+12000

 

ブルーノ……+12000

 

「そして仕上げにアグロヴァルを上書きコール……CB1…山札の上から3枚見て、3枚山札の下へ」

 

アグロヴァルによるスペリオルコールは“空いたリアガードサークル”が必要だ……つまり今の動きは“デッキトップ”を弄るためのもの。

 

 

欲しいものは今、ここに在る。

 

 

「ブルーノを後列へと移動させる」

 

 

ブルーノとプロミネンスコアを交代させた。

 

そして…ここからが俺のアタックだ……

 

「アグロヴァルでギャラティンにアタック!」

 

「……ブラスター・ブレードでインターセプトします!!」

 

「パワー46000!クリティカル4!プロミネンスコアでヴァンガードにアタック!!」

 

完全ガードが有るか……?

 

だが有ったとしても……このターン終了時、佐伯さんに手札は残らない。

 

 

 

 

 

「……ど、どうしよう…」

 

『落ち着いて、完全ガードは無いんだよね』

 

……インカムの向こうの声…今ならはっきりと聞こえる。

 

「は、はい……」

 

『確か今の手札は…幸運の運び手 エポナ(クリティカルトリガー)3枚に未来の騎士 リュー(クリティカルトリガー)1枚、それにギャラティンとマロンが1枚ずつ……だよね』

 

「はい……」

 

 

『なら……手札を全部使って完全ガードだ』

 

「全部ですか……?」

 

次のターンのためにマロンくらいは残しておくべきだと感じていた佐伯さんはインカムの向こうの相手に聞き直した。

 

『この攻撃の前……ラシンはCBを使ってスペコをせずにデッキだけを掘り進めた場面があった……そうまでして欲しいものがそこに在ったって訳さ、もしそれがダブルクリティカルだったら……?』

 

「……クリティカル6の攻撃…いくら今3点でもそんなに受けたら……」

 

『分かってもらえたかな?』

 

「…はい…まだリアガードに乗せられた時の3点なら…生き残る可能性があるということですね」

 

佐伯さんは迷いを振り払った目で告げる。

 

「手札を全て使って完全ガードです!!」

 

「どうやら…本当に兄さんが仕組んでるんだな……ツインドライブ…希望の解放者 エポナ(クリティカルトリガー)だ…全てリアガードのプロミネンスコアに…そしてもう1枚も希望の解放者 エポナ(クリティカルトリガー)だ…同じくプロミネンスコア!!」

 

 

今は……この一撃に賭けるだけだ!

 

 

「ブルーノのブースト!!輝けプロミネンスコア!!パワー40000!クリティカル3でアタックだ!」

 

「……ノーガードです…ダメージチェック……」

 

 

 

「ラシン……」

 

 

インカムをつけたコハクはラシンと佐伯さんのファイトを遠くから見守っていた。

 

 

ーーここでお前が僕を…僕のデッキを打ち破るのならーー

 

 

「1点目……ソウルセイバー・ドラゴンです…トリガー無し……」

 

 

ーーそれは……きっと……ーー

 

 

「2点目……まぁるがる……ドロートリガーです……1枚引いてパワーをソウルセイバーへ……」

 

 

ーー“本物のスクルド”はお前だってことなんだーー

 

 

「3点目行きます……」

 

 

ヒールトリガーの可能性は十分にある……ここで俺は有ることに気がついた…とても単純な事実に。

 

 

 

「待っ…」

 

 

 

「……騎士王 アルフレッド……私の」「僕の負け……だね」

 

 

先程まで遠くから見ているだけだったコハク兄さんがそこにいた。

 

 

「負けって……」

 

 

 

「ありがとね、佐伯さん…ヴァンガードに関してはこれからはラシンにじゃんじゃん質問してあげて」

 

 

 

「……どういうことだ……兄さん…」

 

 

 

兄さんはまるで呆れたと言うように溜め息をついた。

 

「どうも何も、お前の方が…僕よりも強いってことさ」

 

「それじゃあ兄さんは!?」

 

「僕はもう強くない、それだけさ」

 

「……なら、俺の目標…兄さんを最強にす…」

 

「最強になりたいっていう夢は……お前にもあっただろう」

 

 

俺は言葉が出てこなくなった。

 

 

確かに…兄さんと遊んでいた頃、そう思っていた…最強になりたいと…いつか兄さんを越えると。

 

 

「僕は…もう大丈夫だから」

 

「大丈夫……って」

 

 

俺は……

 

俺は励ましたかったんだ。

 

あの時…ぐちゃぐちゃになったカードを持って泣いていたあの日の兄さんを。

 

だから……だけど…

 

 

 

「お前が自分のために最強を目指すのなら…僕は手伝うよ……一人のファイターとして」

「それって…」

 

「VFGP…僕も一緒に戦う」

 

「兄さん……」

 

「兄として…そのくらいの応援はさせてよ」

 

 

 

もうずっとヴァンガードを触ってなかった兄さんと初心者の佐伯さんならどっちが頼りになるだろうか。

 

 

「今、凄く失礼なこと考えていたね?」

 

「そんな事は無い!…けどどうして佐伯さんに?」

 

俺は佐伯さんの方を見る…会話についていけずオロオロした所も……いや、何でもない。

 

「僕が直接ファイトしようとしても、ラシンは適当に理由をつけて相手してくれないと思って」

 

それは……まぁ、そうかもしれないが。

 

「佐伯さんもちょうどヴァンガードを始めて見たかったらしいからね、協力して貰ったんだ」

 

「……佐伯さん」

 

佐伯さんがヴァンガード……か。

 

 

「えっと…その…ラシン君……私にヴァンガード…もっと教えてくれるかな……」

 

「あ、ああ、もちろん!!」

 

 

 

ヒュゥゥゥゥゥドドォォォォォン

 

 

空を見上げると、そこには大きな華が咲いていた。

 

 

遠くの方に焼きそばを持ってこちらに駆けてくるマリの姿があった。

ドドォォォォン!ドドォォォォォォン!!

 

次々と打ち上げられる花火…それ自体はすぐに消えてしまうが、俺達の目には残り続ける。

 

それはきっと思い出と同じだ。

 

俺の夢…俺が最強になる……か、ならやはり目標はかつて兄さんと並ぶ強さと言われたノルンだろう。

 

そう…深見ヒカリ…彼女と戦いたい……彼女の本気がどれ程かはまだ分からないが…

 

彼女に勝って…俺はやっと兄さんのいた場所に……最強へのスタートラインに立てる気がする。

 

 

しかし、俺が最強とか言うとあの銀髪男と被るな……何か良いセリフを考えておかないとな。

 

「……あの、ラシン君……」

 

恥ずかしそうに佐伯さんが俺を呼ぶ。

 

そう言えば兄さんが来てから名前呼びに変わったな…ありがとう兄さん。

 

 

「今日は……その……ラシン君に渡さなくちゃいけない物があるの……」

 

「え?」

 

「……これ…………」

 

 

佐伯さんがそっと1枚の布切れを差し出す。

 

いや……待って。

 

これ、ただの布じゃない……とても見覚えがある。

 

どこか、どこかで………………あ。

 

 

「……コレ、オレノパンツ……?」

 

「ふぁぁ……あ、あの、違うの、そこにいるお義兄さんが勝手に」

 

「えー僕のせいー?僕のせいだけどね」

 

「……エ……?サエキサンガ?」

 

「で、佐伯さん……どうだった?」

 

「どどどどど、どうって、な、何もしてません!…え、あ、未使用!……未使用です!!」

 

「……ミシヨウッテ?」

 

「え、あ、違う、ラシン君、私、へ、変態じゃない」

「でも興奮はしたよね」

 

「いゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「サエキサーーーーン!!」

 

 

若人達の叫びが夏の夜空へと響く。

 

この記憶もやがて良き思い出へと変わっていくのだろうか。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

「……ところで、僕に勝ったんだから…スクルドはラシンってことでいいよね」

 

「……そうか?」

 

兄さんは悪そうに笑う。

 

「そうだよー……だ・か・ら・さ」

 

「??」

 

兄さんが鞄から一着の服……何だよ、このヒラヒラした服と……スカート!?

 

「VFGPに行く時はもちろん……この服だよね!!」

確かに世間じゃスクルドは金髪の女(正確には幼女)だけど…女装……女装って!?

 

「あ……あの……私も見てみたいです……ラシン君の女の子姿……」

 

「サエキサン!?」

 

「クラスの女子の中でもそういう話があって……絶対可愛いよねって」

 

 

 

……勘弁してくれよ。

 



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038 美しき夏の夜空に(下)

昨年、冬

 

 

 

「まさか…あなたもヴァンガードをやっていたなんてね」

 

「そういうお嬢こそ……まさかっすよ…………でも丁度良かったっす」

 

「ええ…私もよ」

 

 

「「手を貸してほしい」っす」

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

「…………あ」

 

「…ヒカリ?…どうしたんだ?」

 

「……今、神沢クンの叫び声がした気がする」

 

 

 

 

赤や青…様々な色の華が夜空に咲き誇っていた。

 

 

 

 

 

「私…皆に会えて良かったわ」

 

「天乃原さん……」

 

「それはこっちのセリフ……だな、リーダー」

 

青葉クンは笑顔でそう言う。

 

「リーダー達に会ってなかったら…VFGPに出場しようなんて思ってなかった」

 

「そう…だね、天乃原さん達と出会えたから…私も自分の昔の姿を受け入れられたんだと思う……だから、お礼を言いたいのは私の方だよ」

 

ーーお前と共にいてくれる仲間…戦ってくれる仲間がいる……違うか?ーー

 

それはもう一人の私の言葉……

 

 

この出会いが無かったら……私はきっと未だに……

 

 

 

「感情的になるのもいいっすけど…VFGPはまだ終わってないんすからね……?」

 

「分かってるわよ……でも、言いたくなったのよ」

 

 

天乃原さんが空を見上げる。

 

 

「最期に…大会に出られて良かったわ……」

 

 

「最期……?」

 

「どういうことだよ、リーダー…」

 

 

天乃原さんは笑っていた。

 

 

「どうもこうも無いわ、私受験生だもの」

 

「「あ……」」

 

「むしろ、まだやってるのかって話よね」

 

天乃原さんは大きな空に手をかざす。

 

 

「だけど…どうしても出てみたかった……私の我が儘だった」

 

天乃原さんの瞳に花火が映る。

 

 

「自分の力で何かを勝ち取る……そんなことがして見たかったの」

 

 

天乃原家といえば、この辺りでは有名なお金持ち…というか世界に羽ばたく超巨大企業の後継者一族だ。

 

同じ人間でも…きっと今まで見てきたものは違うのかもしれない。

 

……いや、だからこそ天乃原さんはヴァンガードの大会に出る…自分の力を見つめてみたいのかもしれない。

 

「一緒……だよ」

 

自然と口から言葉が漏れた。

 

「ああ……一緒だ」

 

「ま、一緒っすね」

 

 

 

 

ドドォォォォン!!

 

 

 

最後の……とびきり大きな花火が打ち上がる。

 

 

 

「……一緒?」

 

 

「そう、私たちの思いは一人一人違う」

 

「我が儘を言っているって…僕も、ヒカリさんも、青葉さんも思ってるっす」

 

「でも…思っているから、俺達は助け合える」

 

 

互いを高め合い、経験を積んで……私たち一人一人が強くなる。

 

 

「皆……最終目標は同じだろ?」

 

青葉クンがそう言う。

私と舞原クンも頷き、賛同する。

 

「「VFGP優勝!!」」

 

決してぶれることのない…このチームを支える一つの目標。

 

 

「そう……ね……皆……私…皆と一緒に!!」

 

 

「ま、受験勉強に関しては頑張ってくださいとしか言えないけどな」

 

「そうだね……」

 

「……大丈夫なんすか?」

 

「余計なこと言わなくていいわよ!!」

 

 

最初は…どうなるかと思った。

 

あの朝…突然舞原クンがやって来て……天乃原さんが仁王立ちしていて……ファイトして。

 

そして…チームに成り行きで入った。

 

思えば私は天乃原さんと舞原クンとはまだ会ってから三ヶ月くらいしか立っていない。

 

なのに…私はこの人たちと沢山の時を過ごした気がする。

 

 

 

思い出すのは舞原クンが見せてくれた天乃原さんの作ったハンバーグ……

 

変態。

 

ゴスロリ。

 

異世界。

 

ロボット。

 

よくわからないものは多いけど…色んなことがあった。

 

 

青葉クンにデッキをもらって、二人に出会った。

 

 

自分とも向き合って、モルドレッドにも会った。

 

 

「色々あったなぁ……」

 

 

「ヒカリー!!」

 

気がつくと皆は少し離れた所にいた……花火も打ちつくし、空は夜の静けさを取り戻していた。

 

「今からリーダーの家で花火やるぞ!!」

 

「本当!?……待って!!」

 

 

私は三人の元へ走る。

 

 

願わくば……これからもずっと。

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

「お母様……こちらが私の仲間の…」

 

「青葉ユウトです」

 

「…深見ヒカリです」

 

私たちは天乃原さんの家へ初めて入った。

 

いや……まだ庭だけど……庭だけど!!

 

その感想は……“でかい”の一言につきる。

 

庭も建物も……全てが私の貧弱なイメージを叩いて壊してくる。

 

……神聖国家でもこんな大きな家……あまり見かけなかったよ……?

 

「娘がお世話になっています……母のチズルです…娘をこれからもよろしくお願いしますね」

 

 

綺麗な……小柄なお母さんだ。

 

 

「「は……はい!」」

 

 

「ま、堅苦しいのはほどほどに……花火でもやるっすよ!!」

 

舞原クンは水の入ったバケツを片手にそう言うのだった。

 

さしずめ……夏祭り第二部……かな?

 

 

こうして私たちは天乃原さんの家で花火を楽しみ始めるのだった。

 

 

 

「打ち上げ!……行くっすよ!!」

 

 

ヒュルルルル……パーン

 

 

 

「……さっきの打ち上げ花火より地味ね」

 

「それは……まぁ仕方ないかな…」

 

 

私と天乃原さんは手持ち花火に火をもらう…

 

この時、前もって設置しておいた火種に近づけすぎると逆に着火せず、火種が消えてしまう……何てことがよくある気がする。

 

ちなみに私は手持ち花火に火をつけるのが……割りと苦手……

 

「……この手持ち花火ってどうやって遊ぶの?」

 

「……見たり」

 

まぁ確かにどう遊ぶのかと聞かれると…はっきりとした答えは見つからないかな。

 

「……踊ってみたり」

 

私はススキのように火花を出す花火をくるくると回す(もちろん人のいない方へ向けて)

「……へぇ…綺麗ね…私もやってみる」

 

私たちは花火をメビウスの輪のように回す。

 

輪の軌跡は、光は瞳の中に残って美しい光の帯を作り出した。

 

「いいわね……花火…………ところであなたは何をしているの?」

 

「ん?」

 

天乃原さんは一人しゃがんで何かを見つめる青葉クンに声をかけた。

 

「……それって…」

 

「ああ、へび花火だ」

 

青葉クンの目の前にはそれは大量の燃えかすが広がっていた。

 

「へび花火?……何かしら、それ」

 

青葉クンの目の前に広がっているもの…としか言いようがない。

「うんと……燃えかすがへび見たいになるから……へび花火」

 

「置いて、火をつけて、見て、楽しむものだな」

 

「……地味ねぇ」

 

ヒュルルルル……パーン…パーン

 

「ばんばん打ち上げるっすよー!!」

 

ヒュルルルヒュルルルル……パーン…パパーン……

 

 

 

皆……自由だね……

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

用意された花火ももう残りわずか……私たちは線香花火を楽しんでいた。

 

「……すぐ落ちるわ」

 

「儚いな」

 

 

それはこの夏休みと同じなのだろう。

 

儚く、終わっていく。

 

どれだけ楽しい時間もいつかは終わる。

 

終わってしまうのだ。

 

 

「……あれ?……舞原クンは?」

 

「そう言えば…見当たらないわね」

 

いつの間にか舞原クンが姿を消していた。

 

 

「……私、呼んでくるね」

 

 

何となく…気になった。

 

私は舞原クンを探しに天乃原さんの家へと足を踏み入れる。

「待って…!私の家……見ての通り広いから迷……行っちゃった……」

 

「…俺達も行くか……」

 

 

 

 

 

 

……私は迷わず、舞原クンの部屋へとたどり着いた……中から人の気配がする。

 

ちなみに私が迷わずここまで来れたのは、天乃原さんのお母さんに道を聞いたからだ……さすがに何の手がかりも無しにこの屋敷は歩けないよ……

 

コンコン……

 

私はノックと共に声をかける。

 

「舞原クン……?」

 

返事はすぐにあった。

 

「ヒカリ……さん?…もしかして探しに来たんすか」

 

「……うん」

 

部屋の扉がゆっくりと開く。

 

「ただ携帯を充電しに戻っただけっすよ」

 

「……何だ」

 

しかし、扉から見える舞原クンの部屋は凄かった。

 

壁一面にカードの入ったストレージボックスらしきものが積まれている。

 

足元には銀のアタッシュケース……開いているケースからして、その全てにデッキが入っているのだろう。

 

部屋の奥にはパソコンが3台ほど置かれていた。

 

 

「……凄い部屋だね」

 

「あー散らかってて恥ずかしいっすね」

 

「…あれ?」

 

部屋の奥……3台のパソコンの内…1台だけ、起動した状態で……動画を再生していた。

 

『……あなたの絶望した表情……見せてよ』

聞き覚えのある声……聞き覚えのある台詞……

 

「あの動画……まさか…あれが?」

 

「……そう、ネットに流された“ノルンのプレイ動画”っす」

 

顔は映っていない……だけど、袖や肩からどんな服かは分かる……それにこの声……やっぱり私…だ。

 

『見えたよ……ファイナルターン…』

 

 

しばらくして動画が切り替わる。

 

 

私の着ていた服とは対照的……真っ白な服、僅かに画面に映る金髪。

 

「次は…スクルド……あれが神沢クンのお兄さん?」

 

「ヒカリさんも知ってたんすね……そう……あれが金髪幼女という名前の女装男児っす」

 

アルフレッド……ソウルセイバー……私もよく知るヴァンガードの看板ユニットを使うスクルド……相手は一度もトリガーを出せず、ゆっくり、確実に倒されていく。

 

静かな動画……私は舞原クンに連れられ部屋の中…画面の近くへと向かう。

 

「こうしてヒカリさんに見てもらうのは僕にとってもチャンスかも知れないっすね」

 

「……チャンス?」

 

 

動画がまた切り替わった。

 

 

「……あれ?」

 

違和感の正体はすぐに判明した。

 

 

『スタンドアップ……ヴァンガード……』

 

この声…変声機を使ってる……

 

それだけじゃない、今まで……私と神沢クンのお兄さんはちらちらと服や髪が映っていたのに……この人だけ……映ってない……

 

「この三種類の動画……どれも同じ奴が配信したらしいんすけど…おかしいっすよね」

 

「うん……こんな意図的に加工するのは…どうして」

 

考えられる可能性……よっぽど顔を隠さなければならない理由があったか…

 

「……これが……“ノルン”の…ウルド」

 

「一部ではロボット何じゃないかって言われてるっす……ヒカリさん…会場にいたのなら何か見てないっすか?」

 

ロボット……?

 

「さすがにロボットはいなかったかな……ただ」

 

「ただ?」

 

動画から伝わる異様な空気……この感じに覚えがあった。

 

「ものすごい数のボディーガードを連れた人を見た…ううん正確にはその人の姿は見れてないけど…」

 

試合の形式は総当たり……結局途中に起きたMFSの故障で全員と戦うことはできなかったけど……つまり、総当たりということは、今、誰が、どの程度勝利数を重ねているのかを目視で確認出来なかったのだ。

 

いくら“ノルン”の三人が無敗だったとしても。

 

 

「そうっすか……ボディーガード……」

 

目を閉じて考え事をする舞原クン。

 

私は“ウルドのプレイ動画”を見つめた。

 

 

『……ライド』

 

 

相手は結局グレード3になる前に力尽きる。

 

フィニッシャーは……インペリアル・ドーター……ウルドはオラクルシンクタンクを使っていた。

 

「……これがウルド」

 

「インペリアル・ドーターは“拘束”のスキルを持っているっす……けど、他の拘束持ちのようにコストを払わなければ動けない……訳じゃない」

 

拘束……今ではほとんど見ることの無いスキル…このスキルを持つユニットはアタックできない…大抵のこのスキルを持ったユニットはもう一つのスキルに拘束を解除するスキルを持っている。

 

このユニット…インペリアル・ドーターの場合はCB1とリアガードのソウルイン……によって発売当時は珍しかった“パワー11000”を発揮することができた。

 

「このユニットの最大の利点は“ヴァンガード”としての能力っすね……通常はコストを払わなければ解除できない“拘束”を“リアガードがいない”ことのみを条件に解除できる……そして」

 

「…そして、リアガードがいなければパワー+10000…クリティカル+1……」

上手く使えば…完全にノーコストでファントム・ブラスター・ドラゴン及びオーバーロードと同じ“ダムド・チャージング・ランス”が撃てるのだ。

 

「……長い間、戦うには適さないユニットっす…」

 

「だけど…ウルドには関係ない…大事なのはクリティカルを増やし、速攻を仕掛けること……相手が“ライド事故”から復活する前に……」

 

 

……この人は今、どこで何をしているのだろうか。

 

「……あれ?……ほとんど姿が見えない、声もわからない……じゃあ何で女性って分かったの?」

 

“ノルン”は女性ファイターと聞いたけど(一人、女装男児がいたけど)……?

 

「ああ……一つだけ分かることがあるんすよ」

 

「一つだけ?」

 

「よく見るっす」

 

舞原クンが動画を始めから再生する。

 

「あ」

 

「分かってもらえたようっすね」

 

……いやいや…確かに、確かに……いや……

 

「指……綺麗っすよね…」

 

「指って………えええ………」

 

確かに…“スタンドアップ”の時に綺麗な指が映っているけど!!

 

「それだけ……?」

 

「いやいや…よく見るっす……爪、綺麗すぎっす、絶対磨いたりしてるっすよ……あの…あるじゃないっすかダイヤモンドなんたらとか」

 

………ウルド……か。

 

 

一体どんな人……何だろ。

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

天乃原チアキと青葉ユウトは人気の無い廊下をとぼとぼと歩いていた。

 

「……リーダー…」

 

「何よ……」

 

「何で俺達の方が迷ってるんだよ」

 

「…………」

 

 

 

……この後、迷っていた天乃原さん達と合流して、今日はお開きとなった。

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

そして……いよいよVFGPの開催が迫っていた。

 

 

 

 




君はヴァンガード……次回は

39話「17回目のさようなら」

8月30日更新予定です!


※9月から再び不定期更新に戻ります。


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039 17回目のさようなら

 

今はいつだろう……そして…私は……

 

 

モニターを見て、コントローラーに乗せた指だけを動かす…ヘッドホンを装備した私は悠久の時を過ごす。

 

夏休みだからこそできる時間の使い方……私はそれをしている。

 

レッスン…営業…レッスン…オーディション…レッスン…営業……レッスン…レッスン…レッスン……

 

延々と作業をこなす私は楽しんでいるのか苦しんでいるのか……

 

 

『…お前は……何をやっているんだ』

 

……

 

オモーイデヲアリーガトー♪

 

……

 

 

『……おい』

 

「……えっ?」

 

 

私の頭からヘッドホンが外される。

 

何事かと振り向いた先にいたのは……

 

「……あなたは……私……」

 

『全く…たまに様子を見たらこれか……』

 

そこにいた少女は、以前私の夢の中によく現れていた“私”であった。

 

呆れたように“ゴスロリ姿の私”がため息をつく。

 

 

『情けないな我が半身よ』

 

「普通に同一人物……だけどね」

 

こうして話すのは久しぶりだ。

 

『もうすぐ大会だろう?…“私”は…どこまで戦えるのだろうか』

「そうだね…“私”…今までまともな大会には出てないから」

 

だけど、ヴァンガードというカードゲームをしている以上…自分の実力は試してみたい。

 

これは“再開”して改めて感じたことだ。

 

 

「それに…MFSもすごく気になるし」

 

『そうだな』

 

優勝チームに与えられる“MFSの先行試遊権”。

 

そもそもMFSの開発はずっと難航しており、今回のMFSも試遊後に欠陥が見つかりお蔵入り……そんな可能性もあるのだ。

 

だから…実質MFSで遊べるのは優勝チームのみかもしれない。

 

「あの感動はもう一度…味わいたいね」

 

私は過去に一度、ラグナレクCSでMFSの試作機を使ったことがある。

 

『ああ……』

 

 

私は彼女のゴスロリを見つめる……ゴスロリ…それは私にとっての勝負服だ。

 

着ていくのも……いいかな……?

 

 

「……ところで」

 

私はずっと気になっていたことを質問する。

 

「あなたがここにいるってことは…まさか…」

 

『やっと気づいたか……起きろ…そろそろ校長の話が終わるぞ』

 

「……あ」

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

 

「……あ」

 

私はゆっくりと眼を開ける。

 

遠くの方で中年の男性が礼をしていた。

 

周りには私と同じくらいの年齢の男女。

 

時刻…9時12分。

 

 

「……夏休み…終わったんだ」

 

 

そう、夏休みは終わった。

 

終わったのだ。

 

私が産まれて…17回目の夏は過ぎてしまったのだ。

 

 

…………ああ。

 

 

『続きまして、生徒会会長……天乃原智晶さん…』

 

 

夏休みは思えば不思議な出来事から始まった。

 

終業式の日…惑星クレイへと飛ばされたこと……あれはまるで夢や幻想のような話だ。

 

私が実際にモルドレッドやだったんに会ったなんて、今でも信じられない。

でも私は覚えている……だったんのアップルパイの味を……確かに。

 

 

『…、私たち3年生は今年…』

 

 

その後…帰ってきた後は…ゼラフィーネ・ヴェンデルさん…舞原クンの彼女さんに出会ったっけ。

 

舞原クンと同じ綺麗な白い肌と髪を持っている人。

 

そんなゼラフィーネさんも一緒に、天乃原さん達と海にも行った。

 

偶然神沢クン兄弟にも会って…楽しかった。

 

 

『…強い意思を持って、受験という…』

 

 

ヴァンガードはブースターパック“煉獄焔舞”も発売されて…次のブースターは来週くらいかな?

 

確か名前は……ムービーブースター“ネオンメサイア”。

 

まさかヴァンガードが映画化するなんて、この間まで知らなかったんだよね……

 

『…、最後になりますが…』

 

 

私が“ベルダンディ”だってことも初めて聞いた、舞原クンともファイトした…決着はつかなかった。

 

皆で夏祭りに行った、天乃原さんの家で花火で遊んだ。

 

『…残りの高校生活をより良いものにしていきましょう、これで私の話を終わります』

…充実してたな…あんな夏休みは久しぶりだった。

 

 

 

私は壇上から降りる天乃原さんを見つめる。

 

こうして集会に出るときはしっかり“生徒会長”の顔になっているのがあの人の凄いところだろう。

 

とても夏祭りで食べ過ぎて具合の悪くなっていた人には見えない。

 

 

……ともあれ。

 

 

「夏休み……終わっちゃったんだ……ね」

 

 

私は誰にも聞こえないくらいの声でそっと呟いた。

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

始業式の後はそのまま授業へ。

 

と、いっても夏休みの課題提出と実力テストがある程度だ。

 

あっという間に“いつもの”日常が帰ってくる。

 

「はぁ……」

 

「どうしたんだ?ヒカリ」

昼休み、一人で昼食を食べていた私に青葉クンが話しかけてくる。

 

「……つまんないなって」

 

私の呟きに青葉クンは言葉を返す。

 

「つまんないって……9月以降は学校行事が盛りだくさんだろ?」

 

……そう。

 

この学校は9月以降に学校行事が連なっている。

 

体育祭、学校祭、さらに私たち1年には宿泊研修なるものも待っている。

 

……嫌だ。

 

 

「1年2年限定のマラソン大会とかもあるよな」

 

 

…………

 

 

…クラスに溶け込めていない人間にとって学校行事ほど憂鬱なことは無い。

 

今でもクラスのメンバーは私のことをどこか一歩離れた所から見ている気がする。

 

梅雨明けの頃かな…クラスの誰かが言っていた“天使様”という言葉も気になる……関わりたくないオーラが凄まじい単語だよね…

 

 

「はぁ……」

 

 

早く何とかしないとますます馴染めなくなっちゃうよね……

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 

ヒカリが学校でため息をついていた頃、同じように職場でため息をつく男がいた。

 

 

「職場に馴染めねぇ……」

 

 

ここは“三日月”と呼ばれる超大型総合企業のとある開発室。

 

今日も数多くの人間が、この開発室に籠り“カード”とにらめっこをしていた。

 

 

「三日月元社長……働いてください」

 

「三日月元社長…しつこいですよ」

 

「おい元社長……」

 

 

「元社長、元社長言うの止めろよ!泣くぞ!」

 

 

そこには半泣きした中年の男性がうずくまっていた。

 

顔は美形だがネクタイはよれよれ、髪はぼさぼさ、おまけに目は死んでいた。

 

「元社長……作業続けますよ」

 

「……うん」

 

この三日月という男…その名の通り二年前までは“三日月”の社長だった。

 

三日月ナオキ…三日月グループの若き社長だった彼は別れた元妻に会社を乗っ取られてしまったのだ。

 

「……俺…俺……ううう」

 

「…確かに元社長見てると“そこどけ”って言いたくなるよな」

「分かる」

 

所員達の遠慮の無い言葉を聞きながら、彼はぽちぽちとパソコンを打ち始めるのだった。

 

「…というか、別れた旦那さんで元社長を会社に…それも“このプロジェクト”のリーダーに抜擢する辺り、今の社長は……すごいよな」

「そうだよな…社長交代の時……今の社長、元社長のこと顔も見たくないとか叫んでたのに」

 

「適材適所とか分かってる人なんだよな」

 

所員達は“元社長”のパソコンに繋がれた卓球台のようなものを見つめる。

 

それこそが“MFS”…三日月グループの新プロジェクトの要であり、三日月元社長を中心に開発されたものである。

 

「……娘にも……会わせてもらえないんだ」

 

「…いい加減立ち直ってくださいよ…後、モーション確認お願いします」

「分かってる…」

 

三日月がMFSの電源を入れる。

「コール…」

 

起動したMFSに三日月は一枚のカードをセットする。

 

「…機動病棟 エリュシオン」

 

 

MFS中央の空間にホログラフ映像が投影される。

 

そこには白いロボットが膝をついていた。

 

 

「モーション確認…A」

 

三日月の指示で所員達はコンピュータを操作する。

すると、今まで力なくうなだれていたロボットが各部を緑色に発光させながら立ち上がった。

 

「モーション確認…B」

 

エリュシオンと呼ばれた白いロボットはその鋭い爪を構える。

 

「C1」

 

エリュシオンが両腕を前に突きだすと、バリアのような物が展開される。

 

「C2」

 

エリュシオンのバリアにヒビが入り、粉々に砕け散ってしまう。

 

「最後に…D」

 

エリュシオンは前方に向かってダッシュする、滑らかに、ブースターを使って加速した機体はその輝く爪を前へと突きだした。

 

 

「……エリュシオン…確認終了」

 

三日月はそう言って“機動病棟 エリュシオン”のカードをレストさせる。

 

エリュシオンのホログラフは静かに消えていった。

 

「……こっちは問題ないですね…ユニットのデータもほぼ積み込み終わりましたし」

 

「ああ…となると残りは……“あっち”か」

 

 

三日月と所員達は開発室の奥の扉を見つめる。

 

“それ”は元エンジニアの三日月元社長の発明品。

 

 

「ええ…MFSの上位機種…」「僕達の…いや、社の総力を持って開発している…夢のシステム」「…Grand・Image・Advance・System」

 

“三日月”グループが発表しようとしているのMFSだけでは無かった……

 

「……………Grand・Image・Advance・System…略称ギアース……MFSと違ってショップ等に設置することはできない分、クオリティの高い“ファイト表現”を実現したMFSの上位機種……」

 

GIAS(ギアース)”…ヴァンガードのアニメに登場予定のシステムに合わせてそう名付けられた機械が扉の向こうには置かれていた。

「発表会まで残り1ヶ月…頑張りましょう元社長…いえ、“現”開発室室長」

 

「ああ」

 

MFSとギアース…この二つの存在を全国のファイター達が知るのは……もう少し先の話である。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

「ふぁ~あ~」

 

「どうしたんだいヒカリちゃん」

 

大きく欠伸をしてしまった私に店長が聞く。

 

ここは喫茶ふろんてぃあ…ヒカリお気に入りの喫茶店であり、万年閑古鳥が鳴いている店でもある。

「春眠暁を覚えず……かな」

 

「…もう夏も終わって秋だぜ?」

 

呆れたように店長が言う。

 

……眠気を払うためにこうしてこの店にコーヒーを飲みに来たんだけどな。

 

私はコーヒーをすする。

 

「そう言えば…美空カグヤさん……って来てます?」

 

「ああ…3日くらい前に来たぜ…仕事が忙しくなってしばらく来れなくなりそうですーって言ってたな」

 

……仕事……忙しい……か。

「大人…だなぁ」

 

「大人…か……俺も仕事が忙しかったらなぁ…」

 

 

何となく…ため息が出る。

 

大人と言えば、せっかく仲良くなれた天乃原さんも今年で卒業するんだよね……

 

「この先…どうなるのかな」

 

「俺の店も…この先どうなるのかな」

 

……今は学校行事を頑張るしか…ないか。

 

「「はぁ……」」

 

 

私と店長のため息が重なる。

 

 

「……ヒカリちゃん…新しくメニューに入れる予定の“夕張メロンアイス”…味見してくれるかい?」

 

「…ぜひ」

 

 

私の、今までで最も充実していた夏休みは終わりを告げた。

 

 

そして、秋が来る。

 

 

 




次回からは不定期更新に戻ります。




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040 その思い、真っ直ぐに

『やっぱり、俺は納得できねぇ!!』『俺はまたあの部室でバカみてぇにファイトがしたいんだ!!』『俺はカードファイト部に帰る!!アイチと…お前(コーリン)も一緒にだ!!』

 

ヴァンガードのアニメで石田ナオキがそう叫んでいた頃、私、深見ヒカリはカードショップ“大樹”に来ていた。

 

今日は期末考査の終了日だったため、12時には下校できた……上にヴァンガードの新たなブースター…“ネオンメサイア”の発売日だった。

 

 

「まぁ……私は買わないけどね…」

 

私は青葉クンのパック開封作業を手伝っている。

 

「俺もかげろう以外は要らないけどな」

 

そんなことを話しつつひたすらパックを剥いて、クラン別に分けていくのだった。

 

「煉獄の踊り子…エウラリア……はかげろうっと」

 

「煉獄の化身 サー…煉獄戦鬼 マナサー……名前だけ聞くと似てるなぁ…」

 

開封作業もしばらくすると会話が無くなっていく。

 

(…煉獄竜騎士 サッタール…クインテットウォールか……どうすっかな…)

 

(定めの解放者…アグロヴァル……神沢クンが使いそうだな…)

 

私が一箱…青葉クンが一箱分開封した所でパックが無くなる。

 

「今回は2箱?」

 

「まあな」

 

私は開封した内の“かげろう”分を青葉クンに渡す…いや、全部青葉クンの物なんだけどね。

 

「まぁ…残りはシングルで揃えばいいか、ここはカードショップなんだしな」

 

「目当ての物はあった?」

 

「ああ!」

 

そう言って青葉クンは一枚のカードを見せる。

 

「……“煉獄竜騎士 タラーエフ”?」

 

同じ縦列の相手のリアガードが退却された時、あなたのヴァンガードが双闘しているなら、そのターン中パワー+5000……か。

 

「5000上がるのはいいね」

 

力isパワーという奴だ。

 

「いいだろ?…こいつをレギオンリーダーと一緒にデッキに入れようと思うんだ」

 

「へぇ…そう」

 

青葉クンの話を何となく聞きつつ私は店内のシングルカードを見つめる。

 

大きなガラスケースには騎士王降臨から最新のネオンメサイアまでのカード…RRRとRRのカードが並べられていた。

 

「このカードは…」

 

私はケースに顔を近づける。

 

ネオンメサイアのカードには懐かしい名前を持ったカードがいた。

 

「光源の探索者…“アルフレッド”・エクシヴ…先導アイチ君の使うユニットさ」

 

「この声…」

 

私が振り向いた先にいたのは、Tシャツ短パンでショートカットの少女。

 

「ユズキ…」

 

私の友達…黒川ユズキさんだった。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

「君は…B組の青葉君か」

 

「そういうあなたはA組の黒川さんだな」

 

私たち3人はテーブルに座って、話をしていた。

 

あまり面識の無い青葉君とユズキは微妙な空気だけどね……

 

「そう言えば…ユズキってVFGPに出るの?」

 

「ああ!戦えるといいな!」

 

「そうだ…チーム名は?」

 

「……誘惑の果実と書いてラヴァーズ・メモリーと読む」

 

「それは……」「…すごいな」

 

 

ある意味センスの光るネーミングだ。

 

……うちの“シックザール”も同じような物…かな?

 

「黒川さんが考えたのか?」

 

「まさか…考えたのは仲間の一人だ」

 

「そうなのか」

 

「…………」

 

「…………」

 

((こいつ…口調が被るんだが…))

 

青葉クンとユズキが無言の睨み合いを始める。

 

何だか空気も悪くなってきた気がする。

 

とりあえず…何か話題がないと…えっと…

 

「え、えっと…ユズキは…ネオンメサイア買った?」

 

「ん?…2ボックス程度だがな…今回はあまり欲しいカードも無かったし」

 

ユズキはそう言うと開封済みのブースターの箱を見せる。

 

「まぁ…俺もかげろう目当ての二ボックスだったしな…」

 

青葉クンの横にも空のボックスが二つ。

 

……あ、そうだ。

 

私はいいことを思いつく。

 

「……二人のいらないカード…交換すればいいんじゃないかな……?」

 

「……」

 

「……」

 

場を沈黙が支配する。

 

「まぁ…私はR以下ならいいが」

 

「……俺もR以下なら…」

 

こうして、微妙な空気の中、カードの交換が行われるのだった。

 

「と、いうか私のかげろうのR以下は青葉君にあげるさ」

 

「……いいのか?」

 

……交換では無く、譲渡になってしまった。

 

「…どうして?」

 

「どうしても何も…このブースター…劇場版のアイチ君のパッケージで、さもロイヤルパラディンが沢山入っていそうな雰囲気だが、実際には5種類しか収録されていないんだ…つまり交換してもらうほど欲しいカードが無い」

 

「5…種類……」

 

5種類のために二ボックスか……

 

「アルフレッドは自力で入手したかったし、レギオンレアも狙いたかったからな…少しだけ買うことにしたんだ」

 

そんなユズキはデッキにケースから、スリーブに入れられた2枚のカードを取り出す。

 

「それ……」

 

正しく…光源の探索者 アルフレッド・エクシヴとブラスター・ブレード・探索者のレギオンレアセットであった。

 

「おかげで手に入ったよ」

 

「凄いな…」

 

私と青葉クンはユズキを見つめる。

 

二ボックスでレギオンレアとはなかなかの強運の持ち主だ。

 

「でも……かげろう…貰っていいのか?」

「ああ、使える人間が持っていた方がカードも喜ぶだろう?……それに、君が弱いとヒカリ達は私達と戦う前に負けてしまうかもしれないからな」

 

「……ありがたく貰っておくよ」

 

青葉クンはそう言ってユズキからカードを受けとる。

 

これで青葉クンの手元にはタラーエフが4枚揃った。

 

「後はデッキ構築だな」

 

「ふむ…レギオン特化のデッキは早い段階でドロップゾーンを溜めることを頭に入れるといいんじゃないか」

 

「ドロップゾーン…か」

レギオン特化デッキか……思えばシャドウパラディンはドロップゾーンを早い段階で溜めるのは苦手かな。

前に青葉クンに借りたデッキは“そういうカード”が入ってたよね……

 

…そうだよ、かげろうにあってシャドウパラディンに無いカード……

 

 

「カラミティタワー・ワイバーンとかか?」

 

「わかってるじゃないか」

 

「…………“ダンシング・カットラス互換”…」

 

登場時にソウルブラスト2で1枚ドローするというカード…レギオンが登場して大きく評価が上がった種類のカードだ。

 

…シャドウパラディンにはそれが無い。

 

レイジングフォームやAbyss、モルドレッド等有能なカードを多く持つシャドウパラディンだったが、“序盤にソウルブラスト”できるカードが少なかった。

 

勿論序盤にドロップゾーンを増やす方法はソウルブラストだけでは無い。

 

レギオンの登場で大きく評価が変わったカードとして最も有名な“クインテットウォール(…CBを使い、山札の上から5枚をガーディアンに使う…)”がある。

 

……が、クインテットウォールのコスト…“CB1”というのがシャドウパラディンにとって辛い点であった。

 

シャドウパラディンはCBを回復できるカードがとても少ない上にCBを使うカードが多い。

 

それは、シャドウパラディンのエースカードの1枚…レイジングフォーム・ドラゴンの利点が“CBを消費しないこと”だとよく言われるほどに…だ。

 

要するに…シャドウパラディンは“最速レギオン”しにくいクランなのである。

 

 

「はぁ……」

 

「「どうした?ヒカリ」」

 

二人の声がハモる。

 

「真似するなよ」「そっちこそ」

 

そして、話題は青葉クンのことへと移っていった。

 

「…見たところ、青葉君はヴァンガードを始めて日が浅いようだが」

 

「まぁ正直カードショップの空気にもまだ慣れないな」

 

青葉クンは周りを見回して言う。

 

「それは…理解できるな」

 

「あ、でも“アスタリア”は良かった」

 

「それは……ありがと」

何となくお礼を言ってしまった。

 

私が通っていたあの店は春風さんのお母さんが経営しており、そのコンセプトは“どんな人でも気軽に入れるように”であるのだ。

 

「というか、むしろ喫茶店だよな」

 

「…まあね」

 

確かに一見しただけでは喫茶店だと思ってしまうような外観と内装をしている。

 

「そう言えば、青葉君はここの店長の弟なのか?」

 

「ああ、ずっと自宅警備員だった兄貴がカードショップを始めるって言った時は驚いたもんさ」

 

その後のことは知っている。

 

「それで、青葉クンはカードゲームに興味を持って…お兄さんにヴァンガードを教えてもらったんだよね」

 

「まあな」

 

青葉クンの“シャドウパラディン”と“なるかみ”のデッキはお兄さんから貰った物だった筈だ。

「でも、あの時、ヒカリと戦って無かったら確実に飽きていたような気がする」

 

あの日、あの時……梅雨明けの季節…青葉クンに誘われて、私は再びヴァンガードのデッキを手に取った。

 

再会の日にして、再開の日。

 

 

「私も…あの時、青葉クンがパフェを奢ってくれなかったら……ヴァンガードを辞めたままだった……ありがとね」

 

モルドレッドやドラグルーラーにも会えなかっただろう。

 

「こちらこそ」

 

 

「……パフェ?奢る?」

 

そんな私たちをユズキが不思議そうに見つめていた。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

「俺はさ…ヒカリと戦って…それが縁でリーダーやジュリアンに会えた……もしこの出会いが無かったら…俺はVFGPなんて出てなかったと思う」

 

「……」

 

私は……静かに青葉クンの話を聞く。

 

 

「俺は初心者だ……そんな俺がヒカリ達とVFGPに出るなんて……今でも信じられない」

 

「……」

 

「正直…どういう気持ちでVFGPに望めばいいのかわからなかったんだ」

 

 

それは過去形の言葉だった。

 

店の中は静かで青葉クンの声だけが耳の奥を打つ。

 

 

「でも…さ、ヒカリ達に会えて俺は……ヴァンガードが好きになったんだと思う」

 

 

「……青葉クン」

 

 

「初心者の言う言葉じゃ無いかもしれないけど…俺は、俺の今の実力を試してみたい……色んな奴と戦って見たいって……そう思えるんだ」

 

 

「いいじゃないか」

 

 

ずっと黙っていたユズキが口を開く。

 

「単純で、真っ直ぐで…ヴァンガードファイターの戦う理由としては十分だ」

「……うん…私も、そう思うよ」

 

 

青葉クンの思いはきっとヴァンガードファイターの…いや、カードゲーマーの誰もが思っていることだろう。

青葉クンもすっかりヴァンガードファイターということだ。

 

 

「二人とも…」

ユズキが立ち上がる。

 

「さて、こういう話は終わりにして、ちょっと運試しでもしてみるかな」

 

「……運試し?」

 

「そう、運試し」

 

ユズキはそう言うと、ネオンメサイアを一パック手に取る。

 

「じゃ、俺も」

 

「え……じゃ、じゃあ私も」

 

私たち三人はネオンメサイアを一パックずつ手に取るとレジに並んだ。

 

「ま、運試しというか、元担ぎかもな」

 

「……運、吸いとられねぇよな?」

 

「吸いとられるのは…困るね」

 

青葉クンのお兄さんにお金を渡して、私たち三人は同時にパックを開封することにした。

 

「……緊張する」

 

「「…行くぞ」」

 

三人の指が先導アイチと櫂トシキが一緒に描かれたパッケージを裂いていく。

 

…………!?

 

「……沈黙の星輝兵 ディトラン……か、俺は」

 

 

「私はRRが出たぞ、星輝兵 ソードヴァイパー」

 

そして二人は同時に私の方を見る。

 

「「で、ヒカリは?」」

 

 

……私は引いてしまった“それ”を恐る恐る見せる。

 

「何か……出ちゃった」

 

 

裏面が銀色のヴァンガードカード…それはかつて私が惑星クレイで手にした物とよく似ていた。

 

ーーそして、世界は生まれ変わる。

 

あの暗闇の中で私を導いてくれた光。

 

「こいつ…は?俺のヌーベルと同じ…グレード4?」

 

「……凄いものを引き当てたな…ヒカリ」

 

メインデッキに入れることができない……と謎のテキストを持ったユニット。

 

 

「……ハーモニクス………メサイア」

 

 

それはこのパックにはSPでしか封入されていない…希少なカード。

正直、こんなカードが当たると思ってなくて…若干腰が…抜けた。

 

 

「「ヒカリ……運…使い果たしちゃったんだな」」

 

 

「…嘘っ!?ここで!?」

 

動揺を隠しきれない私は、ひたすら頭を抱えるのであった。

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

そして数日後……9月の大型連休がやってくる。

 

VFGPがついに始まるのだ。

 

天乃原さん達との待ち合わせのために早起きした私は、テーブルの上に置かれた“ハーモニクス・メサイア”を見つめる。

 

「あなたほどのカードなら……お守りになってくれるかな?」

 

私は丁寧にスリーブを重ねたメサイアを小型のカードケースに入れた。

 

あの時とは違う…ただの、ごく普通のカードだけれども……

 

きっと私の運の全てが詰まっているであろうそのカードを、カードケースを、私は荷物に入れる。

 

“勝負服”を纏った私が家の扉を開ける。

 

 

 

 

 

「……行こう…戦いが始まる」

 

 

……なんてね。

 



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041 VFGP開幕!!勝利への誓い

早朝、ちょうど日が登り始めた頃の時間、私と青葉クン…天乃原さんに舞原クンの4人は天乃原家の執事さんの運転するリムジンに乗っていた。

 

「目指すは“三日月セントラルホール”…そこが今回のVFGPの会場よ」

 

「…東京ビッグサイトじゃないんだね」

 

「確かに去年まではビッグサイトだったんすけどね…最近“三日月グループ”がヴァンガードに関わるようになってきたみたいなんすよね」

 

「噂じゃカード開発は“三日月”で、ヴァンガードの会社の方は封入率の操作くらいしかしてないそうよ」

 

「乗っ取られるのも…時間の問題っすよね」

 

「…………話についていけないんだが…」

 

三日月本社ビルの隣に建築された、三日月セントラルホール……

 

私たちの住む、天台坂からその場所までは車で2時間と少しくらいかかるようだ。

 

道中、私たちは車の中で朝食をとったり、ヴァンガードに関する話をして過ごしていった。

 

 

「…ところでVFGPってどういう風に進行していくんだっけか」

 

青葉クンが疑問を口にする。そういう事は今のうちに把握しておいた方がいいだろう。

 

「そうっすね…お嬢…僕らのエントリーナンバーはいくつっすか?」

 

「“082”…ね」

 

082………ふっ…

 

 

「082……82組もエントリーしてるのか!」

 

「いやいや…そんな訳無いじゃないっすか」

 

やんわりと舞原クンが青葉クンの言葉を否定する。

 

「実際は…200組以上のチームがエントリーしてるはずっす…確か」

 

「……200って…一体何人……」

 

一チーム最低3人なのだから…総参加人数は……600人を越えるだろう。

 

「VFGPは簡単に分けて“午前の部”と“午後の部”があるっす」

 

舞原クンの説明が始まった。

 

「“午前の部”は予選っす……それぞれのチームの代表者3名が他のチームの代表と戦うっす、一人が勝てば3点、負けや時間切れは0点…チームでの勝敗はここではつけないっすよ」

 

舞原クンは三本の指を見せる。

 

「最終的に3つのチームとファイト…つまり計9試合分のファイトの合計得点を競うっす……そして、合計得点の多い上位64チームが本戦に出場できるっす」

 

1試合20分…移動の時間の10分を入れて午前の部は1時間30分くらいかな。

 

「補足を入れると、デッキの構築は同クラン内でのみ、午後の部の3戦目までは変更可能っす」

 

……変なルール…

 

「午前の部終了後、上位チームの発表を行ってから昼食用の休憩を挟んで“午後の部”が始まるっす…本戦はトーナメント制…代表者3名が相手チームの代表3名と戦って勝ち数の多いチームが次の試合に進めるっす」

 

つまりチーム内で二人が相手に勝てばいいのだ。

「このファイトはどれも1本勝負で…」「…ん、ちょっと待ってくれ」

 

青葉クンは何かに気づいたようだ。

 

「例えば…Aさんが勝ってBさんが負け…Cさんが引き分けた場合はどうなるんだ?」

 

確かにその場合は引き分けになってしまうけど…?

 

「…基本的にヴァンガードに引き分けは存在しないっすから、それは時間切れでってことっすよね」

 

「ああ」

「実はこの午後の部のチーム戦、ファイトの時間制限が取っ払われるんすよ」

 

「……そうなのか!?」

 

「その代わり、思考時間に時間制限がつくっす…長考する場合はテーブルに置かれた“対局時計”を使うんすよ……一人の持ち時間は10分っす」

 

「ああ……将棋とかで使うあれか」

 

「そうっすね」

 

一応……ファイト時間は無制限……か、やっぱりそれって…

 

 

「それって…長そう…だな」

 

「絶対に長いっすよ……」

 

 

集中力……持つかな?

 

でも、戦いの先にあるものは……とても価値のあるものだ……負けられない。

 

後日開かれる“ヴァンガード戦略発表会でのMFSの体験プレイ”……そんな素敵な景品を手に入れられるのだから。

 

 

「私もちなみに」

 

ずっと舞原クンの説明を黙って聞いていた天乃原さんが口を開く。

 

「先鋒はジュリアン…中堅が私、大将がヒカリさんで補欠が青葉……いい?」

 

「了解っす」「ああ」「……うん」

 

天乃原さんが窓の外を見つめる。

 

「もうすぐ…着くわよ」

 

その言葉を聞いて私は鞄にしまっていたカチューシャを取り出した。

 

赤と黒の…上品な出で立ちのそれを私は身につける。

 

これで…今日の私の勝負服は完成……

 

私は勝利を誓う、仲間に、デッキに、そしてこの…

 

私はスカートの裾を軽く握る。

 

「ゴスロリに…ね」

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

三日月セントラルホール…その閉ざされた扉の前には数えきれないほどの人間が並んでいた。

 

「これ全部が…カードファイター……かよ」

 

「うん……カードゲーム……舐めたものじゃないでしょ…?」

 

久々にゴスロリを着たからか、私、少しテンションが上がっている。

 

「少し……気持ち悪い光景に見えるな」

「そりゃ言っちゃいけないっすよ」

 

私たちは大会出場者用の列に並ぶ。

 

神沢クン達の姿は……見えない……というか人が多すぎる。

 

まぁ…それでも目立つ人は目立っているみたいだけどね。

 

「ジャァァァスティッス!!」「あんた、静かにしぃ!!」「……あらあら…困ったわね」

 

 

……私のゴスロリもかなり目立っているのかな。

 

そんな私の肩を天乃原さんが叩く。

 

「…天乃原さん?」

 

「見て…あの子」

 

天乃原さんが指差した先には…中学生くらいだろうか、真っ白でフリルの沢山付いた洋服を着た女の子が歩いていた。

 

「仲間ね」「……うん」

 

遠目で顔までは見えないが、その女の子は金色の髪をしていた。

 

「……まさか…ね」

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

9時になり、私たちはついに会場に入っていく。

 

並べられたテーブル、イス…ホール内は冷房が入っているのか涼しく、着込んで来てしまった私でも過ごしやすいくらいであった。

 

「いよいよ……か」

 

「そうだね……」

 

まだデッキの内容には不安が残っていた。

 

私たちは案内された椅子に座る。

 

青葉クンは初戦は試合に出ないため、近くの待機用の椅子に座っている。

「彼にも伝えてあるけど毎試合メンバーチェンジしながら戦うわ……いい?」

 

「うん」「順番は決めてるっすか?」

 

「………………ええ、もちろん」

 

天乃原さんが少し遅れて返事をする。

 

これは…考えてない……かな?

 

 

「とにかく!!チームシックザール……勝つわよ!」

 

天乃原さんが拳を高く掲げる。

 

待機場所を見ると青葉クンもその手を大きく掲げていた。

 

「……もちろん…勝つよ」

 

「当たり前っすね」

 

4人の手が天へと伸びる。

 

これは始まり…こんなところで負けている訳にはいかないよね。

 

「「「「目指すは…優勝!!」」」」

 

そして10時…人で会場は埋め尽くされ、私たちの前にもVFGPの優勝を目指すファイター達が並んでいた。

 

 

『Go to The V-ROAD~♪ 道なき道~創り世界へ~♪』

 

アニメヴァンガードの主題歌が流れ、ゲストや司会の方が登場する。

 

ウォォォォォォォォォォォ!!!!

「皆さんこんにちわ!!“カードファイト!ヴァンガード”でEDを歌わせて頂いております、葉月ユカリです!!今日は会場の皆さんとファイトが出来るそうですので、私、沢山練習してきました!!」

 

「葉月さんかなり強いので皆さん楽しみにしてくださいねー!!」

 

「いやいや(笑)そんなこと無いですよ、初心者さんから孤高のヴァンガードファイターさんまで遠慮なく挑戦して下さい!」

 

スーパーアイドル、葉月ユカリと司会が開会式を進めていく。

 

「…じゃあ葉月さん、そろそろ“あれ”行きましょう!!」

 

「“あれ”ですね!!」

 

「葉月さんと会場の皆さんで一緒に“スタンドアップ・ヴァンガード!!”を言いましょう!!」

 

「今回は……THE…つけないんですか?」

 

「じゃあ…THE…つけたい人!!」

 

会場の半数以上の人間が手を挙げる。

 

「じゃあ、“スタンドアップ・THE・ヴァンガード!!”で行きましょう!!」

 

「行きますよ!!せーの!!」

 

 

『スタンドアップ!THE!ヴァンガード!!』

 

 

ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!

 

 

 

一斉にファイトが始まる。

 

 

「必中の宝石騎士 シェリーにライド!!」

 

 

ファイター達は勝利を目指す。

 

「行くっすよ……伴星の星輝兵 フォトン!!その剣で立ちはだかる全てを斬り伏せろ!!星輝兵 ガーネットスター・ドラゴンにアタック!!!」

 

自身の力、そしてデッキへの誇りと信頼を胸に。

 

「ライド・THE・ヴァンガード…絶望のイメージにその身を焼かれ尚、世界を愛する奈落の竜!!撃退者 ファントム・ブラスター“Abyss”!!」

今、戦いの幕は開かれた。

 

 

「常闇の深淵で見た光は!!もう二度と消えない!!シークメイト!!!」

 

 



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042 心の奥の違和感




「……何なんや……あんた…」

 

ウェーブのかかった茶髪の少女が、少しずれた眼鏡の位置を修正しながら呟いた。

 

VFGP予選…この大阪から来た神奈川生まれの少女も一人のファイターとして大会に参加していた。

「…まるでデッキの中が見えてるみたいに……」

 

「……」

 

対戦相手は金髪のロリータファッションの少女…

 

「定めの解放者……アグロヴァルでアタック…」

 

「……ノーガードや」

 

蒼翔竜 トランスコア・ドラゴンが6点目のダメージとして置かれる。

 

「うちの……負けや」

 

試合の結果を互いに記録し、金髪の少女は立ち上がり、去ろうとする。

 

「待ち!!」

 

「…………」

 

「うちの名前は天海レイナ……あんたは?」

 

「……」

 

少しの沈黙は、金髪の少女が何かを躊躇っているように感じられた。

 

「“俺は”……“スクルド”だ…」

 

そう告げると、去っていってしまった。

 

「あいつ……」

 

レイナの周りにファイトを終えた仲間達が集まる。

 

 

「男やったんか……」

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

VFGPの予選は驚くような速さで終わった。

 

私たちチームシックザールの持ち点は21点、つまりチーム合計で9戦7勝…天乃原さんはこれだけあれば本線にはいけると言っていたけれど……どうなんだろう?

 

そして私は…どこか違和感を感じながらファイトをしていた。

 

「…ヒカリさん?」

 

「……あ…天乃原さん」

 

「どうかしたかしら?」

 

「うーん……私にもわからないんだよね…気分が乗らないというか……」

 

正確に言うならば、デッキを動かしていて楽しく無いのだ。

 

それに伴い、ファイトへの集中力も芳しくない。

 

「大丈夫?前日眠れなかったとか……」

 

「それはお嬢の方じゃないっすか」

 

舞原クンが呆れたように言う。

 

「……そうなの?」

 

「ち、ちょっとファイトの練習をし過ぎちゃっただけよ?……確かに2時間くらいしか寝てないけど」

 

「……無理して熱とか出さないでくださいよ、これからが本番なんすから」

 

 

舞原クンの言うとおり、本番はこれからだ。

 

今は午前11時55分、私たちは予選の結果が発表されるのを待っている。

 

 

『ではでは…お待ちかねのコーナーです!!』

 

ステージではゲストの葉月ユカリのトークイベントが終了し、ファイトイベントが始まろうとしていた。

 

『私と……ファイトしたい人ーー!!』

 

ウォォォォォォォォォォォ!!!

 

マイクを使った彼女の声よりも大きな歓声が上がる。

 

「あれがスーパーアイドル“葉月ユカリ”っすか」

 

「生で見るの初めてだわ」

 

 

葉月ユカリ……人懐っこい性格と、圧倒的な歌唱力、ダンスパフォーマンス、そして恐ろしいほどの行動力でデビュー直後から爆発的な人気のあるスーパーアイドルだ。

 

ファーストシングル“愛は隣に”は700万枚という驚異的な売上を見せ、音楽配信チャートでも6週連続1位という結果を残した。

 

何でも楽しめば、何でもできる…という彼女の代名詞通り、彼女は音楽番組、バラエティー、ドラマ、アニメと各方面で活躍中である。

 

そんなスーパーアイドル葉月ユカリはヴァンガードの腕も一流であった。

 

 

「煉獄竜 メナスレーザー・ドラゴンにライド!」

 

「ここで葉月さんはグレード2のメナスレーザーにライド!!既に会場の皆さんは気づいているかも知れませんが!ダメージゾーンに“煉獄竜 ドラゴニック・ネオフレイム”がいます!!」

 

ステージの上では既に挑戦者と葉月ユカリのファイトが始まっていた。

 

「……かげろう使いなのね、貸しデッキかしら」

 

「いや……シャッフルの時の手つきは完全に“その道”の人の物だったっすよ…」

 

天乃原さん達が興味深そうにファイトを見る。

 

「では、レッドパルス・ドラコキッドのスキルを使いますね」

 

「あ!このレッドパルス君、PRバージョンですね!触るとヤケドするぜってテキストにありますが後に再録されたカードだと、もふもふするなよーってセリフに変更されたんですよー!!」

 

「へぇーそうなんですね!!もふもふ…可愛いですね!……では、“煉獄皇竜 ドラゴニック・オーバーロード・ザ・グレート”を手札に加えて……カラミティタワー・ワイバーンをコール!!スキルを使います!」

 

 

彼女のファイトに会場全体が盛り上がる。

 

……“いつも”あの人は私にとって太陽のような存在になってくれる…すごい人だよ。

 

「ね、青葉クン」

 

「ん?」

 

 

「…………あ」

その時、私の視界に知り合いの姿が入った。

 

「……ユズキだ」

 

私たちの座っているところから、少し離れたところにユズキとその仲間が立っていた……のだが、様子がおかしい。

 

 

「くっ、離しなさい!ユズキ!!今すぐあのステージに立って、皆の注目を浴びるのよ!!」

 

「馬鹿!その後警備員に追い出されるだろ!!」

 

「そうだぞ!!最悪私たちも大会出場停止に…」

 

「止まって、イヨちゃん!!」

 

……何か、掴み合いをしている。

 

 

「はっ、ユズキあれね!こうして私を止めるふりをして私の魅力的な体をまさぐろうと!!」

 

「するか、馬鹿!!(余計なことを言うな!!)」

 

……何だろう。

 

 

 

「……あの」

 

「誰だ!!…ってヒカリか」

 

「…………荒れてるね」

 

そこにいたのはユズキとその友達のナツミさん、ミカンさん……そして…?

 

見慣れない綺麗な女性だった。

 

でも…その衣服は特徴的で、例えるなら胸元が透けていない“PR♥ISM-S スコーティア”のような……

 

茶髪で頭にはピンク色の大きなリボン。

 

私が言うのもアレだけど…よくその格好で会場まで来れたなぁ……

 

「この人は……」

 

「ああ…こいつは」

「最高に可愛い私の名前は!!」

 

ユズキの言葉に女性が割り込む。

 

「ワールドワイドに活躍する(予定の)世界的美少女!!誰もが恋する究極無敵のアイドル(候補生になる予定)!!城戸イヨ(芸名検討中)ちゃんよ!!」

 

 

「……(中身が残念な人だ……)」

 

せっかく……綺麗な人なのになぁ。

 

 

「今なら!!握手してあげる!!!」

 

「……どうも」

 

この感じ……いつだったかの変態男に通じる所が…いや、それはこの人に失礼か。

 

「…………」

 

「と、言う訳でこいつがうちの4人目なんだ…」

 

「えっと……チーム名“誘惑の果実(ラヴァーズ・メモリー)”を考えたって言う……あの?」

 

「“あの”…だ」

 

ということはこの人もヴァンガードファイターなのか…

 

私は少し離れた場所からステージに向かおうとする城戸さんを見つめる。

 

「ナツミカン!!私の邪魔しないで!!」

 

「「誰が夏ミカンだ!!」」

 

 

……賑やかだなぁ。

 

「えっと…じゃあ本戦で」

 

「あ、ああ……」

 

私はすみやかにその場を離れる。

 

まぁ…例え彼女がステージに乱入しても、“葉月ユカリ”なら問題なくイベントを進行できるだろうけど……ね。

 

「ヒカリー」「ヒカリさんー」

 

遠くで皆が呼んでいる……本戦出場者と、トーナメント表がもうすぐ発表されるみたいだね。

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

「082…082……あ、あったわ!!」

特設ステージの巨大モニターに公開されたトーナメント表の中にNo.082,チーム“シックザール”の名前はちゃんと刻まれていた。

 

本当にぴったり64チームなのか、疑問に思い数えてみると、実際にトーナメント表に名前が書かれていたチーム数は70を越えていた。

 

「同率得点で、64のチームから外れたチームはトーナメントに出場できる代わりに、より多く勝ち抜かなければならないようになってるっすよ」

「へぇ……」

 

どうやら私たちはそっちじゃないようだ。

 

「とにかくこれで……本戦出場だな」

 

「ええ、これからが本番よ」

私はトーナメント表に“誘惑の果実(ラヴァーズ・メモリー)”の文字を見つけた。

 

……もし戦えるとしたら、4戦目か……

 

「そういえば……神沢クンのチーム名…知らない」

 

「……そうっすね」

「そうだな」

 

「そうね」

 

でも……勝ち抜いていけば、どこかで会えるだろう。

 

私たちも、彼らも、優勝を目指しているのだから。

 

「いよいよ本戦よ……まさしくここからが本番っていうことね」

 

「ああ」

「狙うは優勝……そしてMFSの試遊権よ」

 

「もちろんっす」

 

「悔いの無いファイトを……しましょう」

 

「……うん」

 

悔い……か……

 

「チームシックザール……ファイトっ!!」

 

「「「おうっ!!!」」」

 

 

* * * * *

 

 

「では、午後のスタンドアップをお願いします!!」

 

「はい!じゃあ…今回はTHE無しのを……皆さん行きましょう!!せーの」

 

 

『『スタンドアップ!!ヴァンガード!!!』』

 

 

 

「……スタンドアップ・ザ・ヴァンガード」

 

「………スタンドアップ」

 

 

午後の部…本戦、第一試合の相手はチーム“隣の健ちゃん”……って誰?

 

私のFVはずっと変わらず“クリーピングダーク・ゴート(4000)”

 

私の対戦相手…細身の男性のFVは“進化転生 ミライオー(4000)”…この人、ノヴァグラップラー使いか。

 

ミライオーのスキルは私のゴートと同じ…CB1とソウル・インで山札の上5枚からグレード3のユニットを探して手札に加えるというものだ。

 

先行はノヴァグラップラーの人から……

 

「ドロー、カービングライザー(6000)にライド、ターンエンド」

 

FVのミライオーがVの後ろに置かれる。

 

“ライザー”……となると気を付けるべきは“アルティメットライザー”と“ネコ執事”……

 

「私のターン…ドロー…無常の撃退者 マスカレード(7000)にライド、先駆でゴートを後ろにコール、そして同じくマスカレードをVの隣に…コール」

 

攻めて……行くよ。

 

「リアガードのマスカレードでアタック(10000)」

 

相手は手でノーガードを表現する。

 

相手のダメージゾーンにフェニックスライザー・DWが置かれる。

 

「…ゴートのブースト、ヴァンガードのマスカレードでアタック……(11000)」

 

相手のリアクションは先程と変わらず…ノーガードのようだ。

 

 

「ドライブチェック……闘気の撃退者 マックアート……トリガー無しでダメージは1点です…」

 

 

相手の二点目のダメージはメテオライザー…クリティカルトリガーであった。

 

「……ターンエンド」「……スタンド、ドロー…」

 

これで…ダメージは0対2……か。

 

「アルティメットライザー・DF(デュアルフレア)(9000)にライド、フェニックスライザー・FW(フレイムウイング)(9000)をコール……」

 

男はミライオー、アルティメットライザー・DFをレストすると順番に指を差していく。

 

「…13、V」

 

パワー13000でVのマスカレードに…ということだ。

 

「……撃退者 エアレイド・ドラゴンでガード…トリガー1枚貫通です」

 

ドライブチェックが行われる…出てきたのは“ネコ執事”…双闘軸のライザーにおける凶悪なカードだ。

 

が、トリガーでは無いため、余計なダメージを防ぐことが出来……いや

 

…………間違えた、何で私、今1枚貫通で守った…?

 

「…Vにライザーがいるので3000パンプで12、Vに」

 

「………ノーガード」

 

私のダメージに、新しく入れてみた“怨獄の撃退者 クエーサル”…クインテットウォールのカードが置かれてしまった。

 

これでダメージは1対2…

 

 

「エンド…」「私のターン…スタンドandドロー」

 

もう少し攻めて……見るか。

 

「虚空の撃退者 マスカレードにライド(9000)…そして詭計の撃退者 マナ(8000)をコール、マナのスキルで…………無常の撃退者 マスカレード(7000)をスペリオルコールするよ…」

 

マナでスペリオルコールしたユニットはターン終了時にデッキの下へと戻ってしまう……けど、コストがかからない点で使いやすい…うん。

 

「G1のマスカレードでリアガートにアタック…5000要求です」

 

5000要求…つまりシールド値5000のユニットならば守れますよ…ということだ。

 

「ノーガード」

 

男はライザーを退却させる。

 

「ゴートのブースト…虚空の撃退者 マスカレードでヴァンガードにアタック…パワー13000…」

 

「……ライザークルーでガード(1枚貫通)」

 

…向こうも1枚貫通か……

 

「…ドライブチェック……闘気の撃退者 マックアート……トリガー無し、マスカレードのブーストしたマナでアタック……パワー15000」

 

「…………ノーガード」

 

彼のダメージゾーンにもう1枚のネコ執事が姿を見せた。

 

ネコ執事は現在、他の制限カードと合わせてデッキに2枚までしか投入できないとルールに定められている。

 

まぁ…ノヴァグラップラーには他の制限カードは無いのだけれど……ね。

「ターンエンド…」

 

私はマナがスペリオルコールしたマスカレードをデッキの下へと置いて、ターンエンドを宣言した。

 

 

 

……私は、やっぱり楽しめてない…どこかに違和感があるんだ……でも…何だろう。

 

 

 

「……スタンド、ドロー、ライド」

 

相手は恐らくこのデッキの主戦力であろう“アルティメットライザー・MF(メガフレア)(11000)”にライドしてきた。

 

「…フェニックスライザー・FWをコール」

 

先程退却させたフェニックスライザーだったが、再びコールされた……まさしく不死鳥…なんてね。

 

「アルティメットライザーでアタック…」

ミライオーのブースト込みでパワー15000…か。

 

アルティメットライザー・MFは中央列に他のライザーが存在する場合、双闘していなくても発動するスキルを持っているんだけど…FVがライザーじゃない弊害がここで出ている……かな。

 

「……ノーガード」

 

「ドライブチェック…レッド・ライトニング……クリティカルトリガー」

 

男はそう言うと、“クリティカル”“パワー”と順番にガードを指差して言った。

 

どうやらクリティカルはVに、パワーはフェニックスライザーに与えるらしい。

 

「セカンドチェック………もう一度…レッド・ライトニングだ」

 

「……ダブルクリティカル…」

 

男はもう一度同じ動作をする……クリティカルはVに、パワーは~ということだろう。

 

「……ダメージ……」

 

いくら許容範囲とはいえ1度に3点はきつい。

 

firstが“覇気の撃退者 コーマック”

 

secondもコーマック……そして

 

「third…暗黒医術の撃退者……ヒールトリガー発動します、パワーをVに与え、ダメージゾーンのクエーサルをドロップゾーンに」

 

運良くヒールトリガーが発動した、ダメージ3点ならまだ……

 

「……パワー30000…ヴァンガード」

 

カービングライザーのスキルで同じ列の他のライザーにパワー+2000を“永続”で与えられたフェニックスライザー……トリガーも乗り、自身の+3000も合わさり強力なパワーとなっていた。

 

現在パワー14000のマスカレードに対して20000要求という訳だ。

 

「……ここは……怨獄の撃退者 クエーサルを使います」

 

今のライザー相手に4点目は…いやもう既にライザーの攻撃によって即死になる圏内に入っている。

 

次のダメージは…受けたくない。

 

 

「CB1……クインテットウォール!!」

 

山札の上から5枚のカードを“ガーディアン”として呼び出す。

 

厳格なる撃退者…10000(シールド値…以下略)

 

ブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”…5000

闘気の撃退者 マックアート…5000

 

暗黒医術の撃退者…10000

 

詭計の撃退者 マナ…5000

 

 

…………合計シールド35000、ガード成功。

 

「……ターンエンド」

 

 

同時にドロップゾーンを増やせるクインテットウォールは確かに双闘と相性はいい。

 

いいんだけど……ね。

 

とにかくこれでダメージは3対3……かあんまり余裕は無い…かな。

 

 

「私のターン…スタンドandドロー…邪悪を引き裂く闘気の騎士…ライド!覇気の撃退者 コーマック(11000)!!」

 

…………違う、これじゃない…なぁ。

 

「G1のマスカレードを後列に下げて、その前に闘気の撃退者 マックアート(9000)をコール!そしてゴートのスキル!CB1とソウルに自身を入れて、グレード3をサーチ……成功!ファントムAbyssを手札に!!」

 

「………っ」

 

準備はできた……行こうかコーマックさん。

 

「悲しみばかりのどうしようもない世界で、巡りあった友と友……シークメイト!双闘!!」

 

私は山札に(クリティカル)トリガーのエアレイド・ドラゴンを2枚…(ヒール)トリガーの暗黒医術の撃退者、そしてクインテットウォールの怨獄の撃退者 クエーサルを戻した。

 

「リアガードのマックアートのスキル発動!!山札から撃退者のグレード1以下のカード……マスカレードをレスト状態でコーマックの後ろにスペリオルコール」

 

バトルフェイズ……行くよ。

 

「コーマック、マックアートのアタック…レギオンスキル発動……リアガードのマナを退却してクリティカル+1…さらにコーマックのスキルでパワー+3000……パワー23000、(クリティカル)2でヴァンガードにアタックします…」

 

「……レッド・ライトニング2枚で…2枚貫通」

 

「なら…ツインドライブ……first……厳格なる撃退者、(クリティカル)トリガー…効果は全てマックアートに…second……暗黒医術の撃退者……ダメージを回復してパワーは同じくマックアートに!……マスカレードのブースト、マックアートでアタック!パワー26000、クリティカル2!」

 

当たれば…致命的な一撃だ。

 

「………クインテットウォール」

 

男はシールドライザーを使う。

 

シールドライザー…0

 

シールドライザー…0

 

アルティメットライザー・MF…0

 

ライザーガール ケイト…10000

 

ライザークルー……5000

合計シールド…15000…私の攻撃を防ぐには…後5000必要だ。

 

「……インターセプト」

 

「ターンエンドです…」

リアガードのフェニックスライザーが退却される。

相手の手札も残り少ない……が、油断は全くできない…少なくともあの“ネコ執事”が手札にあることがわかっている以上……ね。

 

「……スタンド、ドロー……ミライオーのスキル発動」

 

ミライオーのスキルは…グレード3の不確定なサーチだけど……

 

「……フェニックスライザー・DW(ドリルウイング)(11000)を手札に加え、コール」

 

カービングライザーのいない側へコールされるドリルウイング。

 

「…(クリティカル)トリガーを2枚、ヒールとドローを1枚ずつ戻し、双闘」

アルティメットライザー…MF(メガフレア)DF(デュアルフレア)が今、並び立つ。

 

「カービングライザーの前にアルティメットライザー・DF(9000)をコール、ヴァンガードの後ろにネコ執事(5000)をコール」

 

相手の手札は尽きたが、厄介な陣形が出来上がってしまった。

 

ヴァンガードの“アルティメットライザー”はアタック時にユニットが4体レストしていればクリティカルが増え、ヒット時にはリアガードを1枚スタンドさせることができる……その上ヒットしなかった…ガードした場合はネコ執事を退却させるだけで“スタンド”することができる。

 

リアガードのDFもヴァンガードが双闘したターン中はヴァンガードのアタック時に一度だけスタンドすることができる…パワー+5000のオマケ付きで……だ。

 

……頑張って耐えるしか…無いよね。

 

「DWでマックアートにアタック(11000)」

「……ノーガード」

 

「DFでヴァンガードにアタック(11000)」

 

「……マックアートでガード」

 

正直、アルティメットライザーの2回目の攻撃は守れない……訳では…無いけど、今、アルティメットライザーをスタンドさせてしまうのは得策ではない。

 

「…ネコ執事のブーストしたアルティメットライザーでアタックする、レギオンスキル発動、レストしたユニットは5体…よってクリティカル+1……リアガードのDFのスキル……パワー+5000してスタンド」

そもそもリアガードのアルティメットライザー・DFはカービングライザーのスキルでパワー+2000を得ている……今のスキル発動でDFは単体16000……か。

 

「パワー25000(クリティカル)2でアタック」

 

……今の私の手札は完全ガード1枚、トリガー2枚、ファントムAbyss1枚……いやぁ…守る、守らない、完全ガード、トリガー……どの選択肢をとってもどこかで“賭け”に出なければならない…か。

 

……だったら、やっぱり。

 

「……ノーガードで」

 

私は…こうするよ……まだダメージは2点だからね。

 

……そう決めたはものの、心に不安は残る。

 

相手は双闘でクリティカルトリガーを戻しているからね……

 

隣の二人が勝ってくれることに期待し……ちゃ駄目かな。

 

信頼していないとかじゃない……ただ、勝利って自分の力で手にしないと…意味、無いもんね。

 

 

ああ……モルドレッドのカードが…見たい。

 

モルドレッドは私がヴァンガードを再開しようとした切っ掛けの1つ…今の私のヴァンガードの象徴だった。

今の私のデッキにはモルドレッドもドラグルーラーも入っていない。

 

……私は。

 

「ツインドライブ…」

 

このファイトの勝敗を決めるドライブチェックが始まった。

 

「……アルティメットライザー・MF」

 

……大丈夫。

 

男の手がデッキトップへと伸ばされる。

 

これなら……

 

「…………キャノンライザー」

 

キャノンライザーは……グレード1の……無常の撃退者 マスカレードの互換……つまり……

 

「トリガー無し……」

 

…行けるよ。

 

「ダメージチェック……覇気の撃退者 コーマック」

 

ダメージゾーンに3枚目のコーマックが置かれる……あなたはそんなにそこが好きですか?

 

「second……督戦の撃退者 ドリン…トリガー無し…」

 

「……アルティメットライザーのヒット時スキル…フェニックスライザー・DWをスタンド!…DWでヴァンガードにアタック!(11000)」

 

「厳格なる撃退者でガード」

 

「…っならカービングライザーのブーストで、アルティメットライザー・DF(デュアルフレア)のアタック!22000!!」

 

「ノーガード…ダメージは暗黒の撃退者 マクリール」

 

これで……このターンは……

 

「エンドだ……」

 

今、私の手札にはファントム・ブラスター“Abyss”に完全ガード、ヒールトリガーが1枚ずつ……

 

相手の手札は……カービングライザーとアルティメットライザー・MF……か。

 

ダメージは私が5点……相手は3点……

 

相手のシールドは…カービングライザーとインターセプトのアルティメットライザー・DFで合わせて10000…

「私のターン……ドロー………」

 

……これなら…行ける。

 

「(見えたよ……ファイナルターン)」

 

この2枚で…暗闇に覆われた道を切り開く!!

 

「絶望のイメージにその身を焼かれ尚、世界を愛する奈落の竜!!…今ここに!!ライド・THE・ヴァンガード!!」

 

これが……

 

「撃退者 ファントム・ブラスター“Abyss”!!!」

 

撃退者 ファントム・ブラスター“Abyss”(11000)がヴァンガードとして私の戦場に舞い降りる…いや、彼だけじゃない。

 

「常闇の深淵で見た光…来たれ、シークメイトand双闘!!ブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”!!」

 

私はドロップから(クリティカル)トリガー2枚とダークAbyss、マクリールを山札に戻し、双闘した。

 

そしてもう一枚……

 

「ブラスター・ダーク・撃退者(9000)をコール、スキル発動!CB2!散れ!アルティメットライザー・DF!」

 

アルティメットライザー・DFを退却させる。

 

これで相手が出せるガード値は…5000!

 

「マスカレードのブースト、ブラスター・ダーク・撃退者でヴァンガードにアタック!(16000)」

 

「……ノーガード」

 

男のダメージにフェニックスライザー・DWが置かれる…これで、4点。

 

「マスカレードのブースト…Abyssでヴァンガードにアタック!パワー29000!」

 

「…ノーガード」

 

「ツインドライブ…first…督戦の撃退者 ドリン、second…………厳格なる撃退者!クリティカルトリガー!!効果は……全てヴァンガード!!」

 

クリティカルの乗った一撃が飛ぶ。

 

「……ダメージチェック…一枚目…メテオライザー、(クリティカル)だ…効果はヴァンガードに与える……そして二枚目は…」

 

5点目のダメージは入った……次…は……

 

「……ライザーガール ケイト……ヒールトリガー発動!!ダメージを回復し、パワーはヴァンガードに!」

 

ファントム・ブラスターの一撃をヒールで凌ぎ、パワーも21000まで上昇……した所でもうこの攻撃は止められない。

 

「ファントム・ブラスター“Abyss”のレギオンスキル発動!……CB2、ダークとマスカレード…合わせて3体のユニットを退却する」

これが……Abyssの力。

 

「Abyssは再び立ち上がる!!パワー27000(クリティカル)2……ヴァンガードにアタック!!」

 

「…ノーガード」

 

私のツインドライブはどちらもファントム・ブラスター“Abyss”……

 

相手は最初のダメージで再びヒールトリガーを引くも、三枚連続ヒールとなることは無く、止めのシールドライザーが叩きつけられた。

 

「ありがとうございました…」「…ありがとうございました」

勝利……だ。

 

隣を見ると舞原クンが勝利のピースをしていた。

 

天乃原さんのファイトはまだ続いている。

 

現時点で…2勝……つまりチームシックザールの勝利が確定した。

 

これで…2回戦に……進めるんだ……

 

私はほっと一息ついた。

 

 

ああ……。

 

私はファイト中に考えていたことを思い出す。

 

 

 

私、モルドレッド分が不足…というより…えっと。

 

 

難しい話じゃない……な。

 

単純に…モルドレッドを使いたい。

 

 

 

自分の中で一つの答えが出た。

 

 

 

 

 



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043 そして戦いは続く…

ファイター達は戦う、例えその勝利に意味が無くなっていても……

 

「リアガードの死海の呪術使 ネグロボルトでヴァンガードにアタック!!(11000)」

 

必中の宝石騎士(スティンギング・ジュエルナイト) シェリーでガードよ」

 

「キング・シーホースのブースト!死海の呪術使 ネグロボルト!不死竜 グールドラゴンでアタック!!レギオンスキル発動!!」

 

チームシックザール対チーム隣の健ちゃん、中堅戦。

 

既に先鋒、大将戦でシックザールが勝利、2回戦へ進出できるチームは決定されていた。

 

それでも彼ら彼女らは最後まで全力で戦い続けるのだった。

 

「リアガードのネグロボルトを退却!ドロップゾーンからデスシーカー タナトス(10000)をスペリオルコール!」

 

グランブルー…ドロップゾーンからのスペリオルコールを特色とするクランだ。

 

このデスシーカー タナトスもアタックヒット時ではあるが、ドロップゾーンからユニットをスペリオルコールすることができる。

 

最も……“ダメージが5点の時”には役に立たない。

 

「パワー29000!ヴァンガードにアタック!」

 

「もうダメージに余裕ないのよね、完全ガード!」

 

天乃原チアキは完全ガードの“閃光の宝石騎士 イゾルデ”をガーディアンサークルにコールし、ドロップゾーンにコストとして“導きの宝石騎士 サロメ”を置く。

 

「…ツインドライブ…暗礁のバンシー!トリガー無し!…荒波のバンシー!ゲット!クリティカルトリガー!!効果は全てリアガードのデスシーカー タナトスに!!……サムライスピリットのブースト!クリティカルをのせたデスシーカー タナトスでアタック!!(22000)」

 

熱意の宝石騎士(アーダント・ジュエルナイト) ポリー、専心の宝石騎士(デボーティング・ジュエルナイト) タバサでガードよ」

 

ヒール、ドローの2枚のトリガーでガードする。

 

「……ならサムライスピリットのブースト!腐食竜 コラプトドラゴンでアタック!!(16000)」

 

「ポリーでガード」

 

「…ターンエンドだ」

 

チアキにターンが回る。

 

(ジュリアンもヒカリさんももう終わってるみたいね…私も…そろそろ決めないと)

 

「私のターン……スタンド…ドロー」

 

(互いにダメージは5…クリティカルの乗った攻撃より、連続攻撃の方が……いけるわね)

 

 

「……行くわよ、立ち上がれ!私の分身!!敢然の宝石騎士(フィアレス・ジュエルナイト)…ジュリア(10000)!!」

 

 

メインフェイズを飛ばし、そのままバトルフェイズに入る。

 

「さばるみーのブースト…トレーシーでネグロボルトにアタック!(19000)」「荒波のバンシーでガード!」

 

「なら…もう一枚のトレーシーでネグロボルトにアタック!(12000)」「腐食竜 コラプトドラゴンでインターセプト!!」

 

今、攻撃したトレーシーの後ろにはスタンド状態のシェリーが控えている。

「へロイーズのブースト!ジュリアでヴァンガードにアタック!!」「……」

 

ジュリアの元々のパワーは10000…アタック時のスキルのパワー+3000、さらにFVでパワー5000のへロイーズも自身のスキルによってパワー+3000を得ている。

 

合計パワーは21000…15000シールドでトリガー1枚貫通といった所だろうか。

 

「…暗礁のバンシー……クインテットウォールだ!」

 

CB1というコストによって、クインテットウォールが発動、山札の上から5枚のカードがシールドとして呼び出される。

 

「……来い!」

 

ドクター・ルージュ…10000(シールド値…以下略)

 

デスシーカー タナトス…0

 

ドクター・ルージュ…10000

 

荒波のバンシー…10000

 

腐食竜 コラプトドラゴン…5000

 

シールド値の合計は35000……

 

「……これで完全ガードだ」

 

クインテットウォールで登場したドクター・ルージュは“ヒールトリガー”…彼のヒールトリガーは既にダメージゾーン、ドロップゾーンに1枚ずつ置かれていたため、これで山札のヒールトリガーを使いきったことになる。

 

「……ツインドライブ……宝石騎士 ノーブル・スティンガー……クリティカルね」

 

ここでヴァンガードにトリガーを乗せても…アタックが通ることは無い……が。

 

「パワーはリアガードのシェリーに……クリティカルは“ジュリア”に与えるわ……セカンドチェック…宝石騎士 ノーブル・スティンガー……これも同じく…ね」

 

敢然の宝石騎士(フィアレス・ジュエルナイト) ジュリアのアタックは通ることは無かった……が、ジュリアのクリティカルは3まで上昇していた。

 

「そして!ジュリアの……リミットブレイク!!」

 

チアキはコストとしてCB2を支払う。

 

「ジュリアのクリティカルの数だけ宝石騎士を…スペリオルコール!!!」

 

運任せだが確実に1枚はスペリオルコールできるこのスキルをチアキは好んでいた。

 

導きの宝石騎士(リーディング・ジュエルナイト) サロメ!!必中の宝石騎士(スティンギング・ジュエルナイト) シェリー!!連携の宝石騎士(リンキング・ジュエルナイト) ティルダ!!」

 

チアキの盤面にはスタンド状態のユニットが4体。

 

「これが…ブレイブ・イルミネーションよ」

 

「ブレイブ……イルミネーション……」

 

チアキはトリガーのパワーを乗せていない…コールしたばかりのシェリーに手を伸ばす。

 

その前にはティルダが置かれていた。

 

「シェリーのブースト!ティルダでアタック!!(16000)」

 

「ストームライド・ゴーストシップ!不死竜 グールドラゴンでガード!」

 

「トリガーを乗せたシェリーのブースト…サロメでアタック!!(28000)」

 

「…………」

 

 

彼のダメージゾーンに暗礁のバンシーが置かれる。

 

それは…6点目のダメージであった。

 

「…ありがとうございました」「ありがとうございました」

 

 

 

 

チームシックザール……初戦、全勝。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

「いやぁ…快調っすね」

 

「…そうでもないよ」「そうでもないわね」

 

ファイトを終えた私たちは次のファイトまで待機することになる。

 

この間に補欠のメンバーと入れ換わることもできるのだ。

 

「そろそろヒカリさん、休憩したら?4戦連続でファイトしてるでしょ?」

 

「………うん、そうするよ」

 

私は自分のデッキを見つめる。

 

デッキを改良するなら、このタイミングしかない。

 

でも……今のデッキでも動いてはくれるんだよね。

 

むしろ弄ったら…悪くなるってことも……

 

私が悩んでいる時、天乃原さんはデッキからある5枚のカードを抜いていた。

「な、何してるんすかお嬢!?」

 

 

抜かれていたのは、“探索者 シングセイバー・ドラゴン”と“ブラスター・ブレード・探索者”…現ヴァンガードにおけるトップクラスの性能をもったカード達であった。

 

「何も蟹も無いのよ……どうしようもないんだから」

 

「……一体何があったんすか…?」

 

「……誰だって嫌になるわよ…この白ドラゴンが3枚並んでダメージに落ちるのよ!しかも3戦連続で!!」

 

「……御愁傷様っす…だから毎試合1枚しか入れてないジュリアにライドしてたんすね」

 

 

…探索者 シングセイバー・ドラゴンは山札から自身を呼び出し、ライド、そしてレギオンするユニット。

 

少し工夫してやるだけでVによる3連続攻撃も可能になる、今のロイヤルパラディンのエースカードだ。

 

そんなエースカードもスペリオルライドの対象が山札に居なければその力を引き出すことは出来ない。

 

 

「……けど、ちょっと早計じゃ」

 

「いいのよ、私は元々こっちの方が使いやすいし」

天乃原さんがシングセイバー、ブラスター・ブレードの代わりに数枚の宝石騎士が投入されたデッキを手に取る。

 

「ヒカリさんも、デッキの構築を変更するなら今のうちよ?」

 

「う……うん」

 

私は天乃原さんの言葉を背に、近くのパイプ椅子で待機していた青葉クンを呼びにいった。

 

「お、ヒカリ…交代か?」

 

「うん」

 

「大将の代理か…緊張するな……行ってくる!」

 

走り去る青葉クンを見送ると、私はパイプ椅子に座り、持ってきていた他のシャドウパラディンのカードを広げた。

 

…幽幻の撃退者 モルドレッド・ファントム。

 

私にとって思い入れの深いカードに……なった。

 

だからこそ、適当に使って負けてしまうのは嫌だ。

 

私の中で、ある言葉が甦る。

 

 

 

ーー……好きなユニットが時代遅れになったらどうしますか?

 

 

ーー…どうにかして使います。

 

 

 

それは以前、美空カグヤさんとしたやり取りだ。

 

「どうしたものかなー……」

 

「悩みごとか?ヒカリ」

 

突然、私に話しかけてくる人がいた。

 

「その声…やっぱりユズキ…」

 

「どうやら青葉君と交代したんだな…うちも4人目が大将の座を譲れ譲れとうるさくてね、交代してきた」

 

「4人目……ああ」

 

城戸イヨさん…だっけ、個性的な人だった。

 

「ところで…デッキ構築で悩んでいるのか?」

 

「まぁ……ね」

 

「そうか…3回戦以降はデッキの構築を弄るのは禁止だったな」

 

そう…なぜそのタイミングなんだろう……

 

「確かデッキレシピの提出があるんだよ」

「……へぇ」

 

……初耳…だ。

 

「……で、そのモルドレッド・ファントムを入れるか迷っていると」

 

「うん…私としても思い入れのあるカードだから、ちゃんと使いたいんだけど…構築を急に変えるのは…」

 

「ふむ……まぁモルドレッドの性能なら大丈夫じゃないか…?…………それよりも“思い入れのある”って言うのは良いな、私はあまりそういうカードは無いから」

 

「そうなんだ」

 

前戦った時もショップで会った時もロイヤルパラディンを使っていたり、ロイヤルパラディンの話をしていたから、てっきりロイヤルパラディンが好きなのかと思っていた。

 

「ロイヤルパラディンは強いからよく使っているだけだしな、私が好きなのはユニットとかじゃなくてこのカードゲームだから」

 

「え……このカードゲームに惚れる要素が…?」

 

「ヒカリ……それはちょっと酷い言葉だぞ」

 

「あ…ごめん」

 

 

ユズキはファイトテーブルの方を見つめる。

 

そこではユズキの仲間達がファイトの真っ最中であった。

 

「ま、比較的ルールが簡単だったおかげで私の友達も皆覚えて始めてくれたからな…私、昔から皆と趣味が合わなくてな」

 

初めて皆で楽しめたゲームだから気に入っているのかもな……と、ユズキは続けて言った。

 

カードゲームとの向き合い方は人それぞれ…か。

 

「私も……」

 

「ん?」

 

「私もこのカードゲームを全力で楽しまないと…もったいないよね…」

 

「ははっ……そうだな」

 

楽しむことは力に変わる…きっと楽しみ、ユニットを近くに感じることで新たな道が開く。

 

そして、勝ちたいという気持ちは強くなる。

 

「モチベーション…上げていくよ」

 

私はデッキから数枚のカードを抜く。

 

そしてモルドレッド・ファントムを手に取る。

 

 

「……モルドレッド・ファントム」

 

「あれ…そいつ、どういう立場のユニットだったっけか」

 

「……影の内乱でマジェスティ・ロード・ブラスターに倒されたファントム・ブラスター・ドラゴンの体は朽ち果てたけれどもその魂までは消えることは無かった、元々守護竜であった彼はその聖なる魂を闇に犯されていた間も内に秘めて……」

 

「ああ、うんヒカリ、もういい」

 

「…………」

 

私は気合いを入れるために、ゴスロリまで着て来てしまったというのに、デッキの方に思いが籠って無かった。

 

このままじゃ昔の自分にも、モルドレッドやダークにも合わせる顔が無い。

 

「…………よし」

 

「……いい顔になったじゃないか」

 

ユズキが私を見つめてそう言う。

 

「…うん、ここからは…心身デッキ共に全力だよ」

 

「じゃあ…4回戦で会えることを祈っているよ」

 

「…負けないで」「そっちこそ」

 

 

こうして私たちは別れた、今日、ファイトテーブルの前で会うことを誓って。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

2回戦は無事に通過できたようだ。

 

「…シングは抜くべきじゃ無かったかしら」

 

中堅戦は落としてしまったが、舞原クン、青葉クンの2人が無事に勝利。

 

私たちチームシックザールは3回戦へと進出になった。

デッキレシピの提出を終え、ファイトテーブルに戻る。

 

「じゃあ次は私と交代ね」「ああ」

 

3回戦のメンバーは大将…私、中堅…青葉クン、先鋒…舞原クンとなった。

 

「さーて…次はどんな相手なんすかね」

 

「…チーム名は……夜天の剣…」

 

しばらくして、対戦相手らしき人たちがやって来た。

 

 

「…ゴフゥゥッ…………」

 

……そして吐血した。

 

「おいしっかりしろよミツル」

 

「か……」

 

「ミツルどうした」

 

「可愛い……」

 

「……?」

 

吐血した人と目が合う…何だこの人。

 

吐血した人のチームメイトが吐血した人を引っ張る。

 

「お前どうしたんだよ!」

 

吐血した人は胸の辺りを押さえていた。

 

「あ、あまりに可愛い人で…じ、持病が」

 

「「お前持病ねーだろ!!」」

 

……どうしてこう変な人が集まるのか。

 

「夜天の剣の人たちっすよね?」

 

「あ、ああ…すいませんうちのリーダーが」

 

「えっと……あの……大丈夫ですか」

 

吐血した人が周りの仲間の人を振り払い、こちらに近づく、近……近づきすぎ……近いっ!!

 

「問題ありません」

 

「あ……はい」

 

吐血した人の仲間の人たちはこれを見て、ほっと胸を撫で下ろす。

 

「「よかった、普通だ」」

 

……これでか。

 

「よろしくお願いします、僕は霧谷」

 

「ヒカリさん、やっぱり交代しよっか」

 

「え…じゃあ」

 

「大将…青葉、中堅…私、先鋒…ジュリアンね」

 

「僕の名前は霧…」

 

私は待機用のパイプ椅子へと歩き出す。

 

「俺の名前は青葉ユウト……よろしくな」

 

「僕は霧谷ミツルだから!!」

 

 

 

……だからって……何?

 

私はパイプ椅子に腰を下ろす。

 

霧谷ミツルクン……か、覚えちゃったよ…全く……

 

悪い人じゃなさそう……だけど……

 

私は昔、春風さんに言われた“人は見かけによらない”という言葉を思い出すのであった。

 

 

 

「学校のアレはアレでヒカリを守れていたのか?」

 

「アレって…ああアレね……アレも結構危険よ」

 

「……そうだな」

 

 

VFGP……3回戦が始まる。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

「あの人が見ていると思うと……集中力が…」

 

「なら俺が勝たせてもらう!!煉獄竜 ペタルフレア・ドラコキッドのブースト!煉獄竜騎士 タラーエフで夜空の舞姫にアタック!!(14000)」

 

「生憎、僕はそれほど弱くない!ノーガード!」

 

青葉ユウトは山札に手を伸ばす。

 

「ドライブチェック!……煉獄竜 バスターレイン・ドラゴン!!クリティカルトリガーだ!」

 

クリティカルがタラーエフに、パワーがリアガードのワールウインド・ドラゴンへと与えられる。

 

「ダメージは2点かな」

 

ミツルのダメージゾーンにイリナ、リディアと続けて落ちていくがトリガーは無い。

 

「まだだ!ワールウインド・ドラゴンでアタック!(17000)」

 

「ノーガード…だ」

 

ダメージゾーンにドロートリガーが落ち、ミツルは1枚山札からカードを引く。

 

「これで4点……か」

 

「前のターンの借りはこれで返したぞ」

 

この前のターン…ユウトはミツルに今と同じようにクリティカルを絡めた2発の攻撃…3点のダメージを受けていた。

 

「さて…どうだろうな、僕のターン…スタンドandドロー!!」

 

ミツルが1枚のカードを手に取る。

 

「ここからが…明けない夜の始まりだ!クロスライド!!銀の茨の竜女帝(シルバーソーン・ドラゴンクイーン)ルキエ“Я”(13000)!!」

 

「クロスライド……だと?」

 

確かにソウルにはクロス元である“ルキエ”が存在している。

 

「ペイルムーンにとって…ソウルの操作はお手のもの……と、言いたいがこれは運が良かっただけだ」

 

前のターン…銀の茨の獣使い(シルバーソーン・ビーストテイマー) エミールのスキルでルキエを含めた数枚のカードがソウルに入れられていた。

 

現在、ソウルの中には

 

銀の茨の獣使い(シルバーソーン・ビーストテイマー) アナが2枚。

 

夜空の舞姫、銀の茨の獣使い(シルバーソーン・ビーストテイマー) エミール、銀の茨のお手伝い(シルバーソーン・アシスタント) ゼルマが1枚ずつ。

 

そして銀の茨の竜使い(シルバーソーン・ドラゴンテイマー) ルキエが1枚入っていた。

 

 

「銀の茨 アップライト・ライオン(9000)、銀の茨のお手伝い(シルバーソーン・アシスタント) ゼルマ(7000)をコール!」

 

2体のユニットはそれぞれルキエЯのいない列へとコールされる。

 

「ゼルマのスキル発動!リアガードのゼルマをソウルに入れ、銀の茨の獣使い(シルバーソーン・ビーストテイマー) アナ(7000)をソウルからスペリオルコール!」

 

ゼルマの前にいたもう1枚のゼルマがソウルへと消え、アップライト・ライオンの後ろにソウルからアナが呼び出される。

 

ユニットが目まぐるしくソウルを出入りする様はまさにサーカス……ペイルムーンはソウルからのスペリオルコールを得意とするクランであった。

「な、何だ…?」

 

「そしてアップライト・ライオンはソウルからユニットがスペリオルコールされる度にパワー+3000される」

 

ミツルはつい先程までゼルマがいたリアガードサークルに銀の茨の獣使い(シルバーソーン・ビーストテイマー) マリチカをコールした。

 

「ルキエЯのスキル……ゼルマを呪縛!!」

 

ミツルの盤面に呪縛されたカードが置かれる。

 

「CB1!ソウルからパワー+5000したアナをスペリオルコール!!」

 

さらにアップライト・ライオンにパワーが加算されていく。

「さぁ…バトルフェイズだ!」

ユウトは自身のダメージゾーンを見つめる。

 

ダメージは3点…手札もある。

 

「マリチカでタラーエフにアタック!(9000)」

 

「ワールウインド・ドラゴンでインターセプトだ!」

 

「アナのブーストしたルキエЯのアタック!パワー25000!!」

 

「……ノーガード」

 

守護者を持っていなかったユウトはここで手札を守ることにした。

 

素人目に見ても次のアップライト・ライオンのアタックも高パワー…だからこそ、トリガーによりガードに失敗する可能性のあるこの攻撃は通しておきたい。

 

ダメージトリガーに期待しながら、ミツルのドライブチェックを待つ。

 

「ツインドライブ……first…銀の茨の催眠術使(シルバーソーン・ヒュプノス) リディア」

 

「トリガーじゃない…が、完全ガードか…」

 

「second……銀の茨の操り人形(シルバーソーン・マリオネット) なたーしゃ……ドロートリガーだ、パワーはアップライト・ライオンに与え、1枚ドロー…」

 

ユウトはダメージトリガーを願って、ダメージチェックを行う。

 

ダメージは煉獄竜 メナスレーザー・ドラゴンだった。

 

「次を耐えれば…」「アナのスキル発動」「何…?」

 

ミツルがソウルに手を伸ばす。

 

「CB1…ソウルから銀の茨のお手伝い(シルバーソーン・アシスタント) ゼルマをスペリオルコール」

 

「…っ!?」

 

アナがゼルマに上書きされる。

 

「ゼルマのスキル……マリチカをソウルに入れ、ソウルからマリチカをスペリオルコール」

 

何事も無かったかのようにスタンド状態で現れるマリチカ……

 

さらに恐ろしいのは、今の動きで再びアップライト・ライオンのパワーが上昇してしまったことだ。

 

「マリチカでアタック」

 

(今気づいたが…このマリチカ、アナってユニットと似たスキルを持っているのか…アタックを通したら不味いか……)

 

「……ドラゴニック・ガイアースでガード!」

 

「アナのブースト…アップライト・ライオンでアタック!!パワーは…33000だ!!」

 

(……こっちもアナにブーストされて!)

 

「バスターレイン・ドラゴン!トゥーヴァー!マレイセイでガード!!」

クリティカルトリガー2枚とグレード1のユニットで守りきるユウト。

 

その手札はこのターンの間に半分以上削られていた。

 

「ターンエンド…僕達の戦いはこれから…だろう?」

 

「ああ!その通りだ!!俺のターン!!」

 

 

 

 

ーー竜と竜使いは戦う…そして。

 

 

 

「なるほど…シャドウパラディンっすか」

 

 

撃退者 ファントム・ブラスター“Abyss”…そして複数枚のリアガード。

 

相手の盤面に並んだカードを見て、ジュリアンは呟いた。

 

「ああ…退却をコストにできればあんたに呪縛されることは無い」

 

「……でも、もう遅いっすよ」

 

ジュリアンは手札からカードを抜く。

 

「悪夢の先に狂気あり…叫べ呪縛龍!星輝兵 ガーネットスター・ドラゴンにライド!(11000)そして双闘っす!!」

 

山札からレギオンメイトを探し、ガーネットスターの隣に置かれる。

 

「伴星の星輝兵 フォトン……レギオンスキル発動っす……あんたのリアガードから…タルトゥ、ラキアを呪縛」

 

相手のリアガードが2体呪縛される。

 

「だが、これでもう他にリアガードはいない…これで次のターンAbyssの退却コストは!!」

 

「そんなの…許さないっすよ?」

微笑みながらジュリアンが取り出したのは“星輝兵 コールドデス・ドラゴン”……リアガードのいないサークルを呪縛カードで埋める凶悪なカード…

 

「さぁ……楽しい楽しいファイトの幕開けっすね」

 

 

 

ーー2人の仲間がそれぞれの敵と火花を散らす。

 

 

「レギオンスキル発動!!CB3!手札から3枚ドロップ!コンサートは終わらない!!俺の歌を聞けぇ!!」

 

たった今、攻撃を終えた期待の新星(ライジングスター) トロワとトップアイドル リヴィエールがスタンドする。

 

「……Vスタンドとは…厄介ね」

 

「はっ、それだけじゃあない……リアガードの扇の舞姫 ミナトはグレード3がヴァンガードサークルに現れた時にパワー+10000される」

 

「ええ、このターンあなたは期待の新星(ライジングスター) トロワにライドした……だからこのユニットのパワーは20000…」

 

「違うな!!このターン俺は“双闘”している!そしてレギオンメイトはトップアイドル リヴィエール!!こいつもグレード3だ!!」

 

期待の新星(ライジングスター) トロワはリバイバルレギオン…過去に登場したグレード3のユニットとレギオンするユニットであった。

 

「……なるほどミナトは単体30000パワーってことね」

 

チアキは手札を構える。

 

 

「望むところよ…来なさい!!」

 

 

 

ーー勝利を掴むため、戦いは続く。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

「皆……」

 

3回戦が終わった……私は皆の元へと駆け寄る。

 

「…………ファイトは…」

 

 

「……負けた」「え」

 

「勝ったわよ」「勝ったっす」

 

つまり……

 

 

「2勝…1敗……」

 

「4回戦に進むのは私たち、チームシックザールよ」

 

天乃原さんと舞原クンがピースサインを送る。

 

そうか…勝ったんだ……

 

「良かった……」

 

私は安堵する。

 

「あ、あのえっと…」

するとさっきの吐血した…霧谷ミツルクンが何か話そうとしている事に気がついた。

 

「?」

 

「ひ、ヒカリち……」「さぁ、帰るぞミツル」「俺ら負けちまったしな」

 

私の名前を言いかけた所で仲間の人達にずるずると引きずられ、連れていかれてしまった。

 

「まぁ……もう会うことも無い…かな?」

 

「あら?ちょっとは気になったのかしら?」

 

「それは……どうだろ?」

 

とにかくこれで、私たちは前に進める。

 

「今のところ……」

 

舞原クンが話始める。

 

「僕とヒカリさん、青葉クンとお嬢の戦績が同じくらいっすかね」

 

「俺と…リーダーが同じ?」

 

「………まだまだこれからよ」

 

「うん、まだまだこれからだよ…本番はね」

 

私のデッキを持つ手に自然と力が入る。

 

 

 

もし、ユズキ達が勝ち進んでいれば……次の相手は…

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

「修羅忍竜 マントラコンゴウ…ダラニコンゴウのレギオンスキルはコストが続く限り何度でも発動できる…それ、もう一回!!」

 

「そ、そんな……」

 

ミカンの手札から前のターン、ドライブチェックで手にいれたグレード2のシルバー・ブレイズとチアガール ティアラ……そしてリアガードのメディカル・マネージャーがバインドされる。

 

このターン、相手にバインドされた手札は5枚、ドロップされたのは1枚……この相手の手札を削り、敵に致命傷を与えるのがぬばたまの戦い方である。

 

ミカンに残された手札は2枚…チアガール マリリンとバロン・アマデウス。

 

リアガードはいない。

 

それぞれ完全ガードとクインテットウォールであり、その2枚が残されたことは運がいいように見える。

 

 

 

…が、決してそんなことは無かった。

 

 

 

前のターンに攻撃を仕掛けたミカンのCBはグレイトフル・カタパルトのブレイクライドスキル、エメラルド・ブレイズのレギオンスキルによって既に全て使用されており、CBが必要なクインテットウォールは何の役にも立たない状態であった。

つまり、1回限りの完全ガードという選択肢しか、ミカンの手には残されていない。

 

ミカンのダメージは4点、前のターンにヒールトリガーが発動したことで少し余裕が生まれたと、ミカン自身も思っていた。

 

前のターン終了時に相手の手札は2枚…しかもどちらもグレード3であることが判明していた。

 

だが、結論を言えば前のターンにその2枚……そして盤面に残っていた2枚のリアガードを除去できなかったことが相手に僅かながらの勝機を与えてしまった。

「忍竜 ドレッドマスターのブースト、忍竜 ボイドマスターでアタック!!こちらの方が手札が少ない…よってヒット時に貴女は手札を2枚捨てることになる!」

 

パワー16000のアタック…止めるためには完全ガードを使わなければならず、手札が無くなる。

 

しかし、この攻撃を通してしまえばそのスキルによってやはり手札を全て失ってしまう。

 

「っ!マリリンで完全ガード!!バロン・アマデウスをドロップ!!」

 

「ふっ……ならばマントラコンゴウのレギオンアタック!!パワー33000!!」

 

「うう~……ノーガード……」

 

最早、トリガーが出ないことを祈るしかない。

 

「ドライブチェック…忍竜 ボイドマスター……トリガー無し…………忍妖 マシロモメン…ゲット!スタンドトリガー!!」

 

「…スタンドトリガー…!?」

 

……だがスタンドトリガーならまだ勝機は残っているはずである。

 

ここでミカンがダメージトリガーを引けば、相手のスタンドしたボイドマスターではアタックは通らない。

 

ここでミカンがダメージトリガーを引けば…だ。

 

そう、ダメージトリガーを引けば…

 

トリガーを引けば……

 

引けば…

 

……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん…負けちゃった」

 

「……引けなかったか…」

 

チーム誘惑の果実は2勝1敗で4回戦への進出を決めた。

 

次は…ヒカリ達、チームシックザールとの戦うことになるのである。

 

「じゃあミカンは私とこ・う・た・い・ね」

 

「うん~…」

 

ユズキはメンバーを見回す。

 

「ということは、大将…私、中堅…イヨ、先鋒…ナツミといったところか」

 

「そうね」「そっか」

 

 

ユズキ達はヒカリ達のいるテーブルの方を見つめる。

 

「さて…勝負だ!!ヒカリ!!」

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

VFGPの4回戦が始まる。

 

対戦カードは

 

私vsユズキ…天乃原さんvs城戸イヨさん…

 

そして青葉クンvsナツミさん。

 

 

負けたくない、負けられない。

 

皆で勝ち上がってきたんだ、まだ優勝は遠いんだ…ここで負ける訳にはいかない。

 

デッキのシャッフルを終える。

 

 

「ヒカリ…全力で行かせてもらうぞ」

 

「ユズキ…」

 

昔の私ならここで“なら、あなたの絶望した表情…見せてよ?”って言ってたっけなぁ…

 

……うん、懐かしい…

 

だったら…今は……

 

 

「なら……」

 

「ヒカリ?」

 

 

「なら、あなたの本気の表情……私に見せてよ?」

 

 

ファイトが……始まる。

 

 



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044 龍の咆哮は勝利の道を切り開く

俺は人生に絶望していた…とたまに考えていた。

39歳で金も無い、職も無い、得意だったカードゲームも売り払った。

そんな人生の敗者街道爆走中だった俺は、道で転んだ弾みに気を失ってしまった。

そして目が覚めると……?

「おい!いつまでトイレに入ってんだ!?3回戦始まるぞ!?」

俺は高校生くらいの青年の姿をしていた。

そう、俗に言う“転生”ってやつだ。

俺はカバンにはいったヴァンガードのデッキを手に取る。

なるほど、ここはヴァンガードの世界か…

きっとここから俺の第2の人生が始まるぞ…どっかの小説投稿サイトの転生オリ主のようにキャッキャウフフのハーレムを作るんだ…

俺は仲間らしき奴等(残念ながら男)と共にファイトテーブルへ向かう。

俺の対戦相手はロリータファッションが可愛いロリ少女…このロリ少女、おそらく最初にハーレムに加わる流れだ。

行くぜ俺のデッキ!!むらくも!!

前世とは違う薔薇色の人生をここに!!



「リーブスミラージュ!!完全ガー…」

「無駄だ…グレード1以上のカードでのガードは受け付けない」

 

「くっ…パワーは……」

 

「36000…クリティカル4でヴァンガードの陰陽の忍鬼 セイメイにアタック……だ」

 

「くそっ!変幻の忍鬼 クズノハ!忍獣 キャットローグ!忍獣 キャットデビル!忍妖 ユキヒメたん!忍獣 ホワイトメインのイン……」

 

「グレード1以上ガード不可……だ」

 

男が完全ガードの代わりに出そうとしたカードにはグレード2のクズノハが混ざっていた。

 

残りの手札のほとんどを使って2枚貫通のガードをしようとしていた男はしぶしぶクズノハを手札に戻す。

 

「1枚貫通だ…頼む…トリガー出るな!!」

「残念ダブクリだ、ダメージ6点」

 

「くっそぉぉぉぉぉぉ!!この女装野郎がぁぁ!!」

 

 

泣き叫びながら、その男とその仲間は去っていった。

 

 

(…これで次は4回戦か……)

 

 

 

ふと近くのファイトテーブルを見ると、深見ヒカリらチームシックザールがいた。

 

(あいつらも順調に勝ち上がってきたか…俺たちも負けてられんな…)

 

 

 

そんな金髪の女装少年の前に、次の対戦相手が現れる。

 

「はっはっはっはっはぁぁぁぁっ!!」

 

「……」

 

「俺のジャスティスっに惚れるなよぉぉ“小娘”!!」

 

「…………はぁ……」

 

 

その男の雰囲気、そしてその言葉に思わず溜め息をついてしまう。

 

 

(これはまた…面倒な雰囲気の奴が来たな……)

 

そう思いつつ少年はデッキをシャッフルし始めるのであった。

 

 

 

 

 

そして、VFGP4回戦が始まる。

 

 

 

 

「あなたの本気の表情…私に見せてよ?」

 

「……望むところだ!!」

 

 

「スタンドアップ!ヴァンガード!!先陣の探索者 ファイル!!」

 

「スタンドアップ・THE・ヴァンガード!!ジャッジバウ・撃退者!!」

 

「スタンドアップ!ヴァンガード!!青雲の宝石騎士 ヘロイーズ!!」

 

「メイクアップ!ヴァンガード!!マシニング・リトルビー!!」

 

「スタンドアップ!ヴァンガード!!煉獄竜 ペタルフレア・ドラコキッド!!」

 

「スタンドアップ!ヴァンガード!!古代竜 ベビーザウルス!!」

 

 

その瞬間、参加する全てのヴァンガードファイターが、そのFVを露にする。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

(古代竜……たちかぜってクランか…)

 

ユウトは対戦相手であるナツミのFVを見つめ、考える。

 

(……確か自身のリアガードを退却させてくるんだよな……ってことはかげろうは不利なのか?)

 

たちかぜ…ユウトにはこのクランと戦った経験が不足していた……が、

 

 

(ま…今はそれどころじゃあ無いか……)

 

先攻はユウト…彼はドローしたカードと、自身の手札を見比べた。

 

そこに、グレード1のカードは無かった。

 

要するにライド事故である。

 

「……ターンエンド」

 

為すすべもなくユウトはターンエンドを宣言した。

 

「ライド事故…か?」

 

「……」

 

「悪いけど、それでもアタシは手加減なんてしないよ!!」

 

「ああ…上等だ!」

 

幸い、ユウトは先攻ターン…まだ慌てる段階じゃあないと、自身に言い聞かせていた。

 

 

「アタシのターン!!引くよ!そして古代竜 トライプラズマ(7000)にライド!!」

 

FVの古代竜 ベビーザウルスをV裏にコールすると、彼女はさらに手札からカードを出す。

 

「輸送竜 ブラキオポーター(5000)!古代竜 ティラノブレイズ(7000)をコール!!」

 

登場した3体のユニットはどれもユウトのFVにダメージを与えられるだけのパワーを持っていた。

 

「ティラノブレイズでアタック!(7000)」

 

「…煉獄竜 グラットン・ドラコキッドでガード」

 

ユウトは1回目の攻撃をドロートリガーでガードする。

 

「ベビーのブースト!ヴァンガードのトライプラズマでアタック!(12000)」

「…ノーガード!」

 

ナツミのドライブチェックが行われる。

 

「ブラックキャノン・タイガー…クリティカルだ!」

 

クリティカルがトライプラズマに、パワーがブラキオポーターに乗せられる。

 

一方、ユウトのダメージにはドロートリガーのグラットン・ドラコキッド、グレード2のワールウインド・ドラゴンが落とされる。

(グレード1じゃなくて良かった…か?)

 

「ブラキオポーターでアタック!(10000)」

 

「……ノーガード」

 

守れない訳では無かったが、今後のことを考えユウトは手札を温存することに決めた。

 

「ダメージチェック…!!」

 

ユウトのダメージに煉獄の踊り子 アガフィアが落ちる。

 

「ゲット…ヒールトリガー!!えっと…煉獄竜 グラットン・ドラコキッドをドロップに!!」

 

 

ここでナツミのターンが終わる。

 

ユウトは自身のターンを宣言し、山札からカードをドローする。

 

(……来た!!)

 

 

「待たせたな!ドラゴンモンク ゴジョー(7000)にライドだ!!」

1ターン遅れたものの、無事にライドを決めた。

 

「ペタルフレアをヴァンガードの後ろにコールして、そしてブースト!ゴジョーでアタック!(12000)」

 

「ノーガードだな」

 

「ドライブチェック…タラーエフ…トリガー無しだ」

 

 

ナツミのダメージに完全ガードの古代竜 パラスウォールが落ち、ユウトのターンは呆気なく終わった。

 

 

「アタシのターンだな…スタンドしてドロー!…行くよ!!砲撃竜 キャノンギア(11000)にライド!!」

 

「なっ……グレード2でパワー11000!?」

 

ユウトが驚愕したのはそのパワー。

 

通常、グレード2が持てるパワーは10000までだが、極少数…それを越えるユニット達がいた。

 

もちろん強大な力には代償がある。

 

「キャノンギアは登場時に1体リアガードを退却させなければならない」

 

(リアガードが減るデメリットが……?)

 

「そこで私はこの“輸送竜 ブラキオポーター”を退却させる……スキル発動」

 

「何?」

 

「CB1…山札からグレード2のユニット“空母竜 ブラキオキャリアー”をスペリオルコールする」

 

ナツミは山札から空母竜 ブラキオキャリアー(7000)をブラキオポーターのいたリアガードサークルに置く。

 

「リアガードが…グレードアップした…」

 

「呆けてる暇は与えない!ティラノブレイズでアタック!!(7000)」

 

ユウトは手札から前のターンに温存しておいたカードを取り出す。

 

「煉獄の踊り子 アガフィアでガード!!」

 

これで、もうこのターンはガードできない。

 

今のユウトの手札はグレード2とグレード3のカードがほとんどを占めており、唯一のグレード1…完全ガードもここでは使いたくない。

 

 

「ベビーのブーストしたキャノンギア!!キャノンギアはスキルでさらにパワー+2000!!合計18000でアタック!」

 

「ノーガード!」

 

「ドライブチェック…マグマアーマー、トリガー無し!!」

 

ユウトのダメージに完全ガードの煉獄竜 ランパート・ドラゴンが落ちる。

 

「ブラキオキャリアーでアタック!(7000)」

 

「ノーガードだっ!」

 

これでユウトのダメージは4点…煉獄闘士 マレイセイが虚しく落ちる。

 

「ターンエンドだよ」

 

「…俺のターン……」

 

ユウトは自身のユニット達をスタンドさせる。

 

 

(ダメージは4vs1…ここは少しでも点を入れて…)

 

 

「ドロー…煉獄竜騎士 タラーエフ(9000)にライド!」

 

 

(そして、これ以上点を貰わないためにもリアガードを潰しておきたい!!)

 

 

「煉獄竜 ワールウインド・ドラゴン(9000)を2体!!コールする!」

 

ナツミに対抗するかのように、3体のユニットがユウトの前列に並ぶ。

 

「ペタルフレアのブーストしたタラーエフでヴァンガードにアタック!!(14000)」

 

「どんとこい!ノーガード!!」

 

ユウトはドライブチェックでクリティカルを引き、ナツミのダメージゾーンに古代竜 ティラノブレイズ、古代竜 ジオコンダとユニットが並ぶ。

 

これでダメージは4vs3になった。

 

「ワールウインドでティラノブレイズに」

 

「退却」

 

「もう1体でブラキオキャリアーに」

 

「退却、スキル発動しないでおくよ」

 

「…ターンエンド」

 

2体のリアガードを失ってなお、焦りを見せないナツミの様子にユウトは不安を感じた。

 

(何か…間違えたか……)

 

「ではアタシのターン…スタンド、ドロー……行くぜ!!」

 

ナツミが手札からカードを抜く、おそらくそれが彼女のグレード3……

 

「烈火!!地獄の業火も生温い…目覚めろ!灼熱の炎よりいでし竜!!古代竜 マグマアーマー(11000)!!」

 

真っ赤なカードがユウトの前に置かれる。

 

「そしてコール!!ティラノブレイズ、ティラノバイト(9000)、ディノクラウド(9000)!!」

 

リアガードが再び配置される。

 

「ティラノバイトでヴァンガードにアタック!!(9000)」

 

「…ワールウインドでインターセプト!!」

 

ディノクラウド、ティラノブレイズが置かれている列のワールウインドが退却される。

 

「ベビーのブーストしたマグマアーマーでアタック!!(19000)」

 

「…完全ガードだ」

 

ユウトは手札から煉獄竜 ランパート・ドラゴンを使い、グレード3のブレイクダウン・ドラゴンをコストにした。

 

(ここで負ける…なんて仲間達に申し訳が立たないからな!!)

 

「ならドライブチェック…古代竜 ディノダイル……クリティカルだ、効果は全てディノクラウド…2枚目はナイトアーマー、トリガー無しだな」

 

出て欲しくないタイミングで、トリガーが出てきてしまった。

 

「ティラノブレイズのブースト…ディノクラウドのスキル発動、ティラノバイトを退却してパワー+5000、ティラノバイトのスキル発動、CB1で再びコール」

 

アタックを既に終えた筈のティラノバイトがスタンド状態で帰ってきてしまった。

 

「パワー26000、クリティカル2でアタック!」

 

「…煉獄竜 バスターレイン・ドラゴン2枚でガード」

 

「もう一度ティラノバイトでヴァンガードにアタック!!」

 

「……ここはノーガードだ」

 

 

ユウトのダメージにグラットン・ドラコキッドが落ちドロートリガーが発動するものの、これでダメージは5vs3になってしまった。

 

 

「ターンエンド……どうよ?たちかぜの攻撃は」

 

「……まだ余裕だな」「言うじゃない」

 

 

(こんな所で諦めていたら、リーダーに怒られるだろうが…)

 

ユウトはスタンド、ドローと処理を進める。

 

 

(だから俺は勝つことを諦めない、最後まで立ち続ける!!)

 

 

「ここからだ……ライド!煉獄竜 ブレイクダウン・ドラゴン(11000)!!そしてタラーエフをコール!!」

 

 

煉獄竜 ブレイクダウン・ドラゴン…ユウトが選んだ、新たなるヴァンガード。

 

 

「そしてシークメイト……双闘!!煉獄竜騎士 タラーエフ!!!」

 

ユウトは煉獄竜 ペタルフレア・ドラコキッドをソウルへ入れた後、レギオンスキルを発動させる。

 

「CB3!ディノクラウド、ティラノブレイズを退却!」

 

ナツミの右列のリアガードが全て焼き払われる。

 

さらにリアガードが減ったことでブレイクダウン・ドラゴンの効果が誘発…ダメージゾーンのカードが1枚表に戻った。

 

「今のスキルでタラーエフはパワー+10000を得た!」

「へぇ…」

 

「ブレイクダウンでマグマアーマーにアタック!!」

 

パワー20000の攻撃がマグマアーマーに飛ぶ。

 

「その攻撃…受けた!!」「ドライブチェック!」

 

ユウトの手が山札のカードを捲る。

 

「…ボーテックス・ドラゴニュート、煉獄竜 グラットン・ドラコキッド……ドロートリガー発動!パワーはタラーエフに!!そしてスキル発動!!」

 

レギオン直後、ソウルに入れたペタルフレアのスキルがここに発動する。

 

「インターセプトは使わせない…古代竜 ティラノバイトを退却!!、煉獄竜 ワールウインド・ドラゴンでアタック!!(12000)」

 

ナツミのダメージゾーンにマグマアーマーが落とされる。

 

「ブラックキャノン・タイガーでガード!!」

 

ナツミの手札は3枚…ダメージは4点。

 

(…ここで少しでも削れれば、次のターンを乗り越えることだってできる!!)

 

 

「タラーエフでアタック!!パワー24000!!」

 

「ノーガード!!」

 

5点目のダメージとしてパラスウォールを叩き込むが、ゲームエンドまでは届かなかった。

「…ターンエンド」

 

ダメージは5vs5…

 

互いに手札は厳しい状況だ。

 

(だが、こちらにはインターセプトがある…手札もこっちの方が多い!)

 

「ぬるいね……」「え…?」

 

「あんたの攻撃は温すぎんだよ…アタシの攻撃はもっともっと熱いよ!アタシのターン…シークメイト!!」

 

ユウトが退却させたユニット達が山札に戻っていく。

 

「砕氷!!夜の氷河も遥かに越える…並び立て!絶対零度の冷気よりいでし竜!!古代竜 ナイトアーマー!!」

 

「これが…たちかぜのレギオン……」

 

「今は驚く場面じゃない!!ナイトアーマー(9000)をコール!!ディノダイル(4000)をコール!!」

 

ナツミがコールしたのはもう1体のナイトアーマーと…2枚のクリティカルトリガーだった。

 

「…トリガーをコール…しただと」

 

「2体のディノダイルをソウルへ…CBを2枚表に!」

 

ナツミのCBはこれで全てが表の状態となる。

 

「ヴァンガードにナイトアーマーがアタック…スキル発動!古代竜 ベビーザウルスを退却させ、自身にパワー+5000とヒット時にCBを表にする効果を与える!」

 

たちかぜはスキルをコンボさせるクランだ…発動は終わらない。

 

「ベビーザウルスのスキル発動!CB1でナイトアーマーをスペリオルコール!!ナイトアーマー…アタック!!(14000)」

 

退却でリアガードが減るのではなく、アタッカーを呼び出したナツミはユウトにアタックを仕掛けていく。

 

(ここで負けるかよ!!)

 

「ワールウインドでインターセプト!!」

 

「ならもう一度ナイトアーマー!!スキル発動!ナイトアーマーを退却…スキル付加、パワー+5000…続けて“マグマアーマーのレギオンスキル”発動!!」

 

ナツミはドロップゾーンに置いたナイトアーマーを手に取る。

「CB1…SB1……ナイトアーマーをスペリオルコール」

「……っ!?」

 

これがマグマアーマーの力…絶えず、相手を苦しめる煉獄の猛火。

 

自身の体を酷使して放つ必殺の連続攻撃。

 

「ナイトアーマー、アタック!!(14000)」「タラーエフでインターセプト!!」

 

 

「…ナイトアーマーでアタック!!」「マレイコウでガード!」

 

 

「…ナイトアーマーでアタック!!」「…ワールウインド・ドラゴンでガード!」

 

「…ナイトアーマーでアタック!!」「ガイアースでガードっ!!」

 

 

「マグマアーマー、ナイトアーマー…レギオンアタック!!」

 

「……くっ…グラットン・ドラコキッド、アガフィアでガードだっ!!(1枚貫通)」

 

ユウトの手札が底をつく。

 

もう守ることはできない。

 

「ドライブチェック…ティラノレジェンド、トライプラズマ……トリガーは無いけど…終わりだ」

 

「くそ……」

 

最後のナイトアーマーがユウトに止めをさす。

 

このデッキの主力…煉獄竜 ボーテックス・ドラゴニュートがダメージゾーンに舞う。

 

 

 

 

VFGP4回戦、先鋒戦。

 

勝者、チーム誘惑の果実…土田ナツミ。

 

 

* * * * *

 

 

 

 

「どうやら私の仲間が一勝を決めたようだな」

 

「まだ勝負は決まっていない…先に倒れた者の思いは私達が受け継いでいる……だから、私は絶望しない」

 

 

 

 

「このラブリーな私に倒され、あなたも私の虜になるのよ……ふふっ」

 

「そんなの御免よ…勝って次に進む…私はそう決めているんだから!!」

 

 

ヒカリとチアキは勝利を目指す…ユウトの敗北を無駄にしないために……

 

 

戦いは続く。

 

 



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045 真の奈落

「スタンドアップ・THE・ヴァンガード!!」

 

「スタンドアップ!ヴァンガード!!」

 

ヒカリとユズキ…二人のFVが姿を見せる。

 

 

ユズキのFV…先陣の探索者 ファイル(5000)。

 

「前戦った時と同じ……か」

 

ヒカリのFV…“ジャッジバウ・撃退者(5000)”。

 

「そっちは…色々変わってそうだな」

 

先攻はヒカリ…彼女はゆっくりとドローする。

 

(私のシャドウパラディンもユズキのロイヤルパラディンも、以前戦った時から新しいカードが発売されている……か)

 

「ライド、無常の撃退者 マスカレード(7000)」

 

ヒカリはFVのジャッジバウをマスカレードの後ろにコールすると、ターンエンドを宣言した。

 

(…ロイヤルパラディンは間違いなく今のヴァンガードで最強クラスのクラン…油断はできない…)

 

「では、私のターンかな……ドロー……連節棍の探索者 イスバザード(7000)、誠実の探索者 シンリック(7000)をコールだ」

 

安定の立ち上がりをするユズキ。

 

「シンリックでヴァンガードにアタック!(10000)」

 

ヒカリは今の自身の格好を改めて見つめ直す。

 

(落ち着け…私らしく…だ……そう…私は!!)

 

「我を守れ…」

 

「おお?」

 

「氷結の撃退者!」

 

ヒカリは自身の“勢い”を掴む。

人には誰しも“ファイトの勢い”というものがある。

手の動き、言い回し、思考力…自分なりの“勢い”を見失ってはいいファイトは行えないだろう。

 

ヒカリはそれを実感するのだった。

 

(この感じ…懐かしい……………)

 

「ファイルのブースト、イスバザードでアタック!(12000)」

「ノーガード…」

 

ユズキのドライブチェックで登場したのはグレード2の“弩弓の探索者 ギルダス”…ダメージチェックではグレード1の“撃退者 ダークボンド・トランペッター”と、両者共にトリガーを引くことは無かった。

 

「ターンエンドだ」

「ならば、スタンドandドロー…共に行こう、漆黒の騎士よ…ブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”(9000)にライド!!」

 

ブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”…長い上にまとまりの無い名前を持ったユニットだ。

 

通常のブラスター・ダーク・撃退者がCB2で前列のユニットを退却させるスキルであるのに対して、このAbyssはCB1で後列に置かれやすいグレード1のユニットを退却させることができる。

 

つまり…

 

(2枚揃えば…最強……なんてね)

 

「詭計の撃退者 マナ(8000)をコール…マナのスキルで“鋭峰の撃退者 シャドウランサー(7000)”を山札からスペリオルコール!!さらにスキル発動!!」

 

ヒカリは手札からグレード3…撃退者 ファントム・ブラスター“Abyss”を見せる。

 

「Abyssは奈落へ…そしてモルドレッドが帰還する」

 

ドロップされたファントムブラスターと入れ替わるように山札から幽幻の撃退者 モルドレッド・ファントムが手札に加えられる。

 

「山札から特定のグレード3を呼び出すカードか…なるほどな…」

 

「行くよ…ダーク“Abyss”が剣を抜く…ジャッジバウのブーストを受けアタック!!(14000)」

 

「ラヴィングヒーラーでガード(1枚貫通)!!」

 

ヒカリは山札へと指を伸ばす。

 

「ドライブチェック…暗黒の撃退者 マクリール」

「トリガー無し…ダメージも無しだな?」

「……ええ、ならシャドウランサーのブーストしたマナでヴァンガードにアタック!!(15000)」

「ハロルドブレス・ドラゴンでガード」

 

2回の攻撃は2枚のトリガーによって完全に防がれてしまった。

スキルでスペリオルコールされていたシャドウランサーも山札に戻り、ヒカリのターンはここで終了した。

 

 

「カードゲームっていいよな」

 

「?」

 

 

突然、しみじみと呟いたユズキ。

 

「私のターンだ」

 

しかしヒカリがその事を追求する間もなく、ユズキはスタンド、ドローとゲームを進め始めた。

 

「英気の探索者 マッダン(9000)にライドして、シンリックでヴァンガードにアタック!(10000)」

「マナでインターセプト!!」

 

「ブースト付き!マッダンでアタック!(14000)」

 

「……ノーガード」

 

「ドライブチェック…まぁるがる!!ドロートリガーだ!!」

 

ユズキは1枚引き、ヒカリは1点のダメージを受けた。

ダメージゾーンにはダーク“Abyss”が顔を覗かせていた。

 

ターンはヒカリに移る。

 

ここまでダメージは2vs0…いまだにユズキは無傷の状態であった。

 

だがヒカリは落ち着いていた。

 

今の自分ができる、最善の手を……打つために。

 

(慌てる場面じゃ……ないからね)

 

「スタンドandドロー……参る!世界の優しさと痛みを知る漆黒の騎士よ!我らを導く先導者となれ!!ライド・THE・ヴァンガード!!幽幻の撃退者 モルドレッド・ファントム!!!」

 

モルドレッド・ファントム(11000)…ヒカリは自身の宝とも呼ぶべきカードへとライドする。

 

「私は手札から超克の撃退者 ルケア(9000)を呼ぶ!」

 

「へぇ…」

 

ヒカリは2回戦の後デッキ構築を変更する際、モルドレッドを加えるだけでなく様々なカードを新たにデッキに加えていた。

 

FVのジャッジバウ・撃退者、シャドウランサー…そしてこのルケア……

 

それがヒカリの新たなデッキ、新たな仲間であった。

 

「そして督戦の撃退者 ドリン(7000)をルケアの後ろにコール!!ルケアはスキルでパワー+3000!!」

 

超克の撃退者 ルケアのスキルとは“グレード1以下のリアガードがコールされる度にそのターン中自身にパワー+3000する”というもの。

使いやすく、小回りがきく。

 

「ジャッジバウのブースト、モルドレッドはヴァンガードにアタックする!!」

 

「む……ノーガード」

 

「ドライブチェック…first…モルドレッド…second…ブラスター・ダーク・撃退者……トリガー無し」

 

ユズキのダメージに英気の探索者 マッダンが落ちていく。

 

「ジャッジバウのスキル発動!!」

 

ジャッジバウ・撃退者は『ブーストしたアタックがヒットした時、ブーストしたユニットが“ファントム”を含む名前を持っている場合に発動する』スキルを持っている。

ちなみにヒカリのデッキのグレード3は全て“ファントム”という名前を持っている。

 

「CB1…自身をソウルに……無常の撃退者 マスカレード!!雄弁の撃退者 グロン(4000)を山札からスペリオルコール」

 

マスカレードは空いていた前列に、グロンはモルドレッドの後ろにコールされる。

ジャッジバウ・撃退者のスキルは山札からグレード1以下のユニットを2枚までコールできるというもの、そしてその恩恵を受けるユニットがヒカリのリアガードには存在した。

 

「ルケアにパワー+6000!」

 

これでルケアは単体パワー18000になった。

 

 

「マスカレードでシンリックに!!(7000)」

「ノーガード」

 

「ルケアとドリン!パワー25000でヴァンガードを!」

「ノーガード!」

 

ダメージとして護法の探索者 シロン…完全ガードが落ちる。

 

「ターンエンド…」

 

2vs2…これでようやくダメージが並ぶ、だがしかしヒカリのヴァンガードがグレード3になったことで次のターンからユズキは双闘を使うことができる。

 

 

ここから戦いが激しくなることは明らかだった。

 

 

 

「私のターン……スタンド…ドロー……ふふっ」

 

「??」

 

楽しそうに、実に楽しそうにユズキが笑う。

 

「楽しいよな、こうして向かい合ってカードで戦うのって」

 

「ユズキ…」

 

「知らない奴とも知ってる奴でも…カードを通してより深い所でコミュニケーションが取れるっていう感じが…凄いよな」

 

 

カードゲームとは、勝ち負けを決める勝負事であり、コミュニケーションの方法の一つ。

カードを持つ手、言動、礼儀、その人の性格がよく表れる。

ユズキが感動していたのは、カードゲームのそういった側面だった。

 

 

「…私達が知り合ったのも、ヴァンガードが切っ掛けだったね……」

 

「ああ…そして、今こうして戦っている」

 

 

ユズキの手札から…1枚、カードが抜かれる。

 

「覚えているか?カードショップで初めて会った時のこと……」

 

「うん…ファイトをしたよね…」

 

「そして私は負けた……だからこれは私にとってリベンジマッチなんだ……勝たせて貰うぞ!!!」

 

ユズキから気迫を感じる。

 

純粋に勝利を求める…思いを。

 

「王は来た!!輝ける祝福の鎧…解き放て!!ライド!!光源の探索者 アルフレッド・エクシヴ!!!」

 

光源の探索者 アルフレッド・エクシヴ(11000)…ネオンメサイアに収録された新たなる騎士王。

 

そして、その力は…

 

「まぁるがるをコール!その上から弩弓の探索者 ギルダス(9000)を上書きコール!!」

リアガードのいなかった列にギルダスが置かれる。そして、まぁるがるは退却されドロップゾーンのカードが4枚に……

 

「シークメイト!!」

 

ハロルドブレス、ラヴィングヒーラー、シンリック、まぁるがる……それらのカードが山札に戻っていく。

 

「ブラスター・ブレード・探索者!!双闘!!」

 

アルフレッドとブラスター・ブレード…切っては切れないこの二人がレギオンとしてここに降り立った。

 

「先陣の探索者 ファイルのスキル…ソウルに入れてブラスター・ブレード・探索者(9000)をスペリオルコール!!ギルダスのスキル…CB1でぐりんがる・探索者(6000)をスペリオルコール!!」

 

“双闘時”を条件に誘発する二つのスキルが発動していく。

 

「さらにぐりんがる、奮起の探索者 アレミールをコール!アレミールのスキル!!ブラスター・ブレード・探索者がヴァンガードの時、SB2、他の探索者のユニット1枚につきパワー+1000!!」

 

ユズキの盤面の探索者ユニットはアレミールを除くと6枚…つまりパワー+6000ということになる。

 

ソウルブラストも使うことによって、次のレギオンの準備も万端という訳だ。

 

「そしてエクシヴも他の探索者の枚数分だけパワー+1000され、リアガードが5枚存在するならクリティカルも増える」

 

アルフレッド・エクシヴのパワーは現在26000、☆2まで上昇している。

 

「さて、行くぞ!!ぐりんがるのブーストした、エクシヴでアタック…クリティカル2のパワー32000だ!」

 

「…ノーガード」

 

強力な攻撃…だが、これはおそらくユズキの全力では無い。前回ヒカリが戦った時から“エースカード”は変わっていない筈だ。

 

(そう…まだシングセイバーが控えている…)

 

「ドライブチェック…護法の探索者 シロン……そして……」

 

ヒカリが考えた矢先だった。

そのカードが姿を見せる。

 

「探索者 シングセイバー・ドラゴンだ…トリガー無し」

 

ヒカリはダメージチェックを行う。

 

詭計の撃退者 マナ、そしてドロートリガーの氷結の撃退者……

 

「ぐりんがるのスキル…ブーストしたアタックがヒットした時……縦列にブラスター・ブレード・探索者がいるならスキル発動…シングセイバーを山札の下へ、CBを1枚表にし、1枚引く」

 

(ドライブチェックで引いたシングセイバーを山札に戻したということは、既にシングセイバーが手札にあるということ……?)

 

呆気なく山札に戻されたシングセイバーを見てヒカリは考えていた。

 

(確かにこの方法なら、少なくとも次にレギオンするまで山札に必要なシングセイバーは安全だ…)

 

シングセイバーのスキルは山札から同一カードによるスペリオルライド…山札にシングセイバーが1枚以上存在しなければ使えない故に最大の問題は自身のダメージ落ちとされている。

 

(取り合えず…確実にどこかでシングセイバーが来ると考えて……間違いないかな)

「ぼーっとしてる暇は無いぞ!ぐりんがるのブーストしたブレード・探索者でリアガードのルケアにアタック!!(15000)」

 

「…ノーガード」

 

「なら、アレミールのブースト、ギルダスでモルドレッドにアタック!!(22000)」

 

「撃退者 エアレイド・ドラゴンでガード!」

「ターンエンドだ!!」

 

ヒカリにターンが回る。

このターン、ユズキは双闘を使いこの後も使ってくるだろう。

ここからのユズキの猛攻をどう耐えるかがヒカリにとぅての課題だ。

 

(とは言え…選択肢は一つか……)

 

ヒカリは自身のダメージゾーンと手札を見比べる。

ダメージは今や4点…敗北の足音が少しずつ近づいて来ている。

だがしかし。

 

(4は幸せの数字…だよ!!)

 

「スタンドandドロー……幻の闇纏う漆黒の騎士よ、奈落より生まれし剣で我らを勝利へ導け!ペルソナブレイクライド!幽幻の撃退者 モルドレッド・ファントム!!」

そして、ブレイクライドスキルが発動する。

 

「CB1、モルドレッドにパワー+10000、ブラスター・ダーク・撃退者をパワー+5000の状態でスペリオルコール!!」

 

ダーク撃退者の後列にはドリンが控えている。

ドリンのスキルで消費したCBを回復する。

 

…と、ヒカリの隣から恐ろしい言葉が聞こえてきた。

 

 

 

「ナイトアーマーでアタック!ナイトアーマーでアタック!ナイトアーマーでアタック!ナイトアーマーでアタック!!マグマアーマーでアタック!!」

 

「インターセプト!ガード!ガード!ガード!ガードっ!!」

 

(……何…?)

 

「止めだ…ナイトアーマー!!」

 

「くっそぉぉぉっ!!!」

 

 

 

それは青葉ユウトの悲痛な叫び、そう彼は敗北した。

 

「…どうやら私の仲間が一勝を決めたようだな」

 

「まだ勝負は決まってない…先に倒れた者の思いは私たちが受け継いでいる…だから私は絶望しないし諦めないよ」

 

「ああ、そうだ、私だって油断するつもりは無いさ、最後まで貪欲に勝利を求めてやる」

 

ヒカリとユズキの間で静かに花火が散る。

 

「グロンのブーストからスキル発動、モルドレッドでアタック!!」

 

グロンのスキル…ブーストしたユニットが“ファントム”ならばSB1で10000ブースターに変化するというもの。

これでモルドレッドのパワーは……

「パワー33000!!」

「ノーガードだ!」

 

ユズキのダメージは2点…ここで致命傷を与えることは不可能だ。

「ドライブチェック…暗黒医術の撃退者!ゲット!ヒールトリガー!!」

 

このヒールトリガーは嬉しい、これでヒカリとユズキは同点になる。パワーはダーク撃退者に与えた。

 

「second…ルケア、トリガー無し」

「ダメージチェック…シンリック、こちらもトリガー無し」

 

「マスカレードでリアガードのギルダスにアタック!(10000)」「ノーガード」

 

「ドリンのブースト、ダークでヴァンガードにアタック!!(26000)」「それもノーガード!ダメージチェック…探索者 シングセイバー・ドラゴン……か」

 

ヒカリは心の中でガッツポーズを取る。

 

1体…たった1体だが、シングセイバーをダメージに落とすことができた。

 

「ターンエンド…」

 

それだけでも収穫だ。

 

「私のターンか…スタンド、ドロー…エクシヴのスキル、CB2…マッダンをスペリオルコール!!」

 

リアガードは再び埋まる、この展開力は流石ロイヤルパラディンといったところか。

 

(シャドウパラディンも負けてはいないけどね…)

 

「ぐりんがるのブースト、エクシヴでモルドレッドにアタック!!パワー32000クリティカル2!!」

「そこは暗黒の撃退者 マクリール!!完全ガードだよ!!」

 

ヒカリはコストとしてルケアをドロップする。

 

「ドライブチェック…必殺の探索者 モドロン、クリティカルトリガーだ!!パワー、クリティカル共にマッダンに与える……そしてセカンドチェック……シングセイバーだ、トリガー無し」

 

これで恐らく彼女の手札にはシングセイバーが2枚入っていることになる。

 

「ぐりんがるのブーストしたブレード・探索者でモルドレッドに!!(15000)」「ダークでインターセプト!!」

白と黒の剣士…その剣がぶつかり合った。

 

「シンリックのブーストしたマッダン!モルドレッドへ!!パワーは21000、クリティカルが2!!」

 

「……ノーガード」

 

ヒカリは2点のダメージを受ける、身の安全より次の攻撃を選んだのだ。

ダメージに落ちたのは雄弁の撃退者 グロンとドロートリガーの氷結の撃退者であった。

 

「ターンエンド」

 

ユズキのターンが終わり、ダメージは5vs4。

 

(ユズキの方が有利な状況……か)

「私のターン……スタンドandドロー…幻の闇纏う漆黒の騎士よ、奈落より生まれし剣で“再び”我らを勝利へ導け!!ペルソナブレイクライド!!幽幻の撃退者 モルドレッド・ファントム!!!」

(そろそろその盤面…破壊させて貰うよ!!)

 

「CB1でパワー+10000!、そしてブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”をスペリオルコール!!AbyssのスキルでCB1!!エクシヴの後ろのぐりんがるを退却!!」

 

“Abyss”はマスカレードと同じ列にコールされた。

ヒカリは手札からさらにユニットをコールする。

 

「ブラスター・ダーク・撃退者をコール!!ドリンのスキルでCBを1枚表に!」

 

ここに来て、ようやくヒカリのリアガードサークルが全て埋まった。

 

「さっきと同じ…グロンとモルドレッドでアタック!!(33000)」「完全ガードだ!」

 

ガーディアンサークルに完全ガードの護法の探索者 シロンが置かれる…コストはシングセイバーだ。

「ドライブチェック…first…マクリール…second…撃退者 ファントム・ブラスター“Abyss”!!」

 

トリガーでは無い、トリガーでは無いが。

 

(やっと……来てくれた、私の切り札…)

 

モルドレッドが“ヴァンガード”だとするなら、ヒカリにとって“Abyss”は“ジョーカー”……

使用するタイミングに制約があるが、強力なカード。

それはもちろんユズキも知っている。

 

(そろそろ決めないと不味いか……)

 

「マスカレードとダークAbyssでヴァンガード!(21000)」

 

「ノーガード、ダメージは…まぁるがる、ドロートリガーだ…パワーはエクシヴに与え1枚引く」

 

これでダメージは5vs5。

 

「なら、ドリンのブーストしたダーク・撃退者でヴァンガードに!!(16000)」

 

「マッダンでインターセプト…私のターンだ」

 

流れるように自分のターンに入るユズキ。

そして…恐れていた事が、“彼”が姿を見せる。

奈落竜の前身にして、先代の守護竜……

 

 

「スタンド、ドロー……穢れ無き純白の輝きで世界を照らせ!!ライド…!探索者 シングセイバー・ドラゴン!!!」

 

 

それはヒカリが前回戦った時と全く同じ口上だった。

 

 

「シークメイト…希望に満ち溢れる世界で見つけた、絆で繋がる友よ!ブラスター・ブレード・探索者!“双闘”!!」

 

(あの攻撃に耐えられる…?…いや耐えなきゃ…ならないんだ……)

 

「マッダンをコール……行くぞヒカリ」

 

「……うん」

ユズキはシングセイバーの後ろにブースト役をコールしなかった……つまり彼女の手札の内容も質が良いとは言えないのだろう。

 

「シングセイバーでモルドレッドにアタック!!(22000)」

 

「…暗黒医術の撃退者、厳格なる撃退者でガード!!(2枚貫通)」

 

シングセイバーはスペリオルライドを使って追撃する仕様上、乗せたトリガーを引き継ぐことは出来ない。

ここでガードを破ってくることは無いだろう。

 

「ドライブチェック…護法の探索者 シロン、連節棍の探索者 イスバザード…トリガー無し…だが!!」

 

来る。

 

「レギオンスキル!!CB2、SB3…イスバザード、エクシヴを手札から捨てる!」

 

(私の手札は残り4枚……)

 

「ソウルメイト……レギオン!!」

 

スタンド、レギオン状態のシングセイバーがヒカリの目の前に現れる。

 

(さすが奈落竜様…白くても凛々しい……現実逃避してる場合じゃないか……)

 

「モルドレッドにアタック!!(22000)」

「完全ガード!!」

 

ヒカリは暗黒の撃退者 マクリールを使う……そのコストは……

 

「…撃退者 ファントム・ブラスター“Abyss”をドロップ」

 

切り札は失われた。

 

「…ドライブチェックだ……」

 

運命の…ドライブチェックが始まる。

 

「ファーストチェック……探索者 ハロルドブレス・ドラゴン……クリティカルだ」

 

効果は全てブラスター・ブレード・探索者に与えられた。

 

「セカンドチェック……!!」

 

「…………」

 

「探索者 ハロルドブレス・ドラゴン……同じくクリティカルだ!」

 

効果は全てマッダンに与えられた。

 

(ここに来て……ダブルクリティカル……なんて)

 

「ブラスター・ブレード・探索者!!ぐりんがるのブーストを受けモルドレッドにアタック!!パワー20000、クリティカル2だ!!」

 

「ダーク・撃退者!ダークAbyss!インターセプト!」

 

「決める!!シンリックのブースト、マッダンがスキルを発動する!!」

 

ユズキはコストのCB1を払う。

 

「他の探索者の枚数パワー+1000……行くぞ、パワー26000、クリティカル2でアタック!!」

 

「撃退者 エアレイド・ドラゴン、厳格なる撃退者でガードっ!!」

 

これでユズキのアタックは終わる。

 

「……ターンエンドだ」

 

ダメージは5vs5と互角に見えるが、手札はユズキが5枚あるのに対し……

 

(今のでもう手札は無くなった……ね)

 

0枚…ヒカリは両手に何も持っていなかった。

 

リアガードにしても相手は3列でアタックができる状態であるのに対し、ヒカリはブラスター・ブレードの攻撃で2枚のブラスター・ダークを失っている。

 

(打つ手無し……なのかな)

 

ヒカリは自分の両手を見つめる。

 

共に戦う仲間がいる。

 

ここで戦おうと誓ったライバルがいる。

 

何より、モルドレッドの負ける姿は……

 

(そんなの……私が見たくないよ!!)

 

 

瞬間、ヒカリは幾つかの事を思い出した。

 

 

 

……ベルダンディ……そして“力”…ヒカリの知る者達はヒカリにその力があると、そう言った。

 

 

 

(私にそんな力があるって言うなら……)

 

 

ヒカリの目に…微かに光が宿る。

 

「スタンドand……」

 

 

(あるって言うなら……)

 

 

光は確かに強くなる、その色を変化させながら。

 

 

 

(……使いたいっ!!!)

 

「…ドローっ!!!!」

 

 

 

ヒカリの瞳が一瞬だが、完全に緋色に染まる…

 

 

対戦相手のユズキでさえ確認できない程…一瞬のことだった………それをしっかりと見ていたのは対戦を見ていた舞原ジュリアンのみ。

 

 

「あ……」

 

ヒカリの手に降り立ったのは、切り札……

 

真なる奈落で目覚めた黒き竜。

 

「……見えたよ…私のファイナルターン」

 

「…ふっ…ヒカリの全てをぶつけてこい」

 

ヒカリのたった1枚の手札が、ヒカリを勝利へと導いていく。

 

「真なる奈落で影と影…深淵で見た魂の光が彼らを繋ぎ、強くする!!ブレイクライドレギオン!!」

 

ブレイクライドスキルでパワー+10000、ブラスター・ダーク・撃退者をスペリオルコールし、ブラスター・ブレード・探索者を退却させる。

 

そして…シークメイト……これがブレイクライドレギオン。

 

「撃退者 ファントム・ブラスター“Abyss”、ブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”!!!」

 

ヒカリは後列にいたマスカレードを前へと出す。

 

「マスカレードでマッダンへ」「…ノーガード」

 

そしてユズキのインターセプトはいなくなった。

ユズキの手札は5枚…ヒカリが把握しているのは内4枚…クリティカルトリガー3枚と、完全ガード1枚だ。

 

「ドリンとダーク・撃退者でアタック!!(21000)」

「マッダンとハロルドブレスでガード!!」

 

見えた……ヒカリは確信する、これがファイナルターンだと。

 

(できればクリティカルを乗せたいけど…確か“この力”って1回切りって噂だっけ……)

 

 

「グロンのスキルandブースト!撃退者 ファントム・ブラスター“Abyss”……アタック!!(42000)」

 

「パワー……42000!?」

 

「そう…42000…」

 

 

恐ろしいパワーだ、いや、恐ろしいのはここからか。

 

 

「…完全ガードだ!」

 

護法の探索者 シロン…そしてハロルドブレス。

 

ユズキの手札はこれで1枚。

 

(やっぱりクリティカルが欲しい……けど)

 

「ドライブチェック…first……撃退者 ダークボンド・トランペッター……second…暗黒の撃退者 マクリール」

 

そこまで都合のいい能力は無い。

 

現在のヒカリの力にはしっかりと“1回のみ”の制約が課せられていた。

 

(でも…私は勝つ…勝って次に……進む!)

 

「レギオンスキル!!CB2、マスカレード、グロン、ドリンは下がれ!!ここからは地獄への一本道だ!!」

 

ヒカリは……“Abyss”をスタンドさせる。

 

「影は消して消えず、光の元に在り続ける!!もう一度、撃退者 ファントム・ブラスター“Abyss”でアタック……パワー32000!!」

 

「ははっ…ノーガードだ」

 

ヒカリのドライブチェックからトリガーは出ず、ユズキのダメージチェックからも、トリガーが出ることは無かった。

 

「ゲームエンド…ありがとうユズキ、いい試合だった」

 

「こちらこそ…な、まぁまだチームでの勝ち負けは決まってないようだがな」

 

ヒカリはその言葉に隣を見る。

 

「天乃原さん……」

 

心配そうに見つめるヒカリの前……立ちはだかるマシニング・ウォーシックルの前で……

 

…アシュレイ“Я”が地に伏していた。

 




突然のキャラクター紹介(1)

深見 光

フカミ ヒカリ

7月11日生まれ…45話時点で16歳

身長158㎝ 視力は1.2程度

物語開始時は耳が隠れる程度だった髪も現在は肩に届くまで伸びている。

両親はいわゆる研究者…ヒカリが小学6年生の頃に海外で行方不明になっている。

その後、生まれ育った天台坂を離れ、祖母の住む北宮の町へと引っ越すことになる。

高校生の現在は高校に通う都合で、両親と暮らしていた家に戻り従姉妹の香坂夫婦の助けを借りながら生活している。

使用クランはシャドウパラディン

45話時点の所持デッキは「撃退者」と「ファントム・ブラスター」

中学時代にヴァンガードを始め、引退した後にネット上で“ベルダンディ”と呼ばれることになる。


↓ちなみに筆者のイメージをアナログな落書きにしてみました。

…雑で未完成、下書き状態ですが、よろしければ……どうぞ。


【挿絵表示】




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046 甘い吐息で果実は熟れる

「スタンドアップ!ヴァンガード!!」

 

「メイクアップ!!ヴァンガード!!」

 

チアキとイヨ…二人がFVを公開し、VFGP4回戦…中堅戦が幕を開ける。

 

「……“メイクアップ”?」

 

「気にしなーい、気にしなーい、ふふふっあなたが先攻よね?」

 

「ええ……」

 

どことなくペースを崩されつつ、チアキはドローする。

 

(綺麗…いや、可愛い人だけど……どこか調子狂うわね…)

 

「……閃光の宝石騎士 イゾルデ(6000)にライドよ」

 

「あら…完全ガードかしら…」

 

「問題無いわよ」

 

「強がっちゃって……可愛いわね」

(何なのこの人……)

 

チアキはFVの青雲の宝石騎士 ヘロイーズ(5000)をイゾルデの後ろに置くと、ターンエンドを宣言した。

 

「スタンド……ドロー……マシニング・ブラックソルジャー(7000)にライド…マシニング・リトルビー(5000)は先駆のスキルで後ろに…ね?」

 

イヨはブラックソルジャーでヴァンガードを攻撃する、チアキはそれに対しノーガードで返す…ドライブチェックはグレード2のマシニング・レッドソルジャー、チアキのダメージにはグレード2、連携の宝石騎士 ティルダが落とされる。

 

「私のターン……スタンド、ドロー!友愛の宝石騎士 トレーシー(9000)にライド!連携の宝石騎士 ティルダ(9000)をコール!!」

 

立ち上がりは順調…チアキは無難にファイトを進めていく。

 

「ティルダでアタック!!(9000)」「マシニング・スコルピオでガード♪」

「ヘロイーズでブーストしたトレーシーでアタック!!(14000)」「ノーガード♪」

 

ドライブチェックでトリガーは無し、イヨのダメージはドロートリガーのレイダー・マンティス……彼女の手札が補充される。

 

これでダメージは1vs1になった。

 

「私のターンね……スタンド、ドロー…ライドよ、ラブリーデンシャラス!!マシニング・アーマービートル(9000)!!」

 

「……ラブリーデンシャラス?」

 

「スキル…リトルビーを取り込んで……あなたのティルダちゃんを…緊縛(ボンテージ)

 

「…緊縛(ボンテージ)?」

 

「あはっ…普通のスタンド封じよ…でも」

 

イヨはリアガードにマシニング・レッドソルジャー(9000)をコールする。

 

「女の子を縛ってるなんて…想像したら興奮しちゃうわ///」

 

「…変態っ!?」

 

「ええ!!虫だもの!!」

 

イヨによるレッドソルジャーのアタック、アーマービートルのアタックをチアキは全てノーガードで受けきった。

ダメージはイゾルデとタバサ…タバサはドロートリガーだったため、チアキは手札を増やすことができた。

 

チアキは頭の中で次のターンの動きを組み立てる。

 

(よし…ここからは私のター…)

 

「私、夢があるの」

 

「……はぁ」

 

ターンエンドの宣言もせず、イヨは唐突に語りだす。

 

「私は可愛い」「……」

 

自信満々に言い切るイヨをチアキは冷たい目で見つめる。

 

「でもそれだけじゃあ物足りないの…可愛い私は可愛い女の子に囲まれたい、ハーレムが作りたい」

 

「…………は?」

 

「できれば、触りたい、掴みたい、揉みまくって、それで肌をなm『撃退者 エアレイド・ドラゴンでガード!!』

 

何かに取り憑かれたように語るイヨの言葉は、途中から隣のヒカリの声で掻き消された。

(…何となく…聞かなくて良かったかもしれない)

 

「だから私はアイドルに、人気者になるのよ」

 

「……そう、わかったから早く…」

 

「…なのに!!あいつが!!」「……」

 

まだ続くらしい。

 

「あの葉月ユカリとかいうアイドルが活躍している限り、私が目立てない!!」

 

「いや…十分……」

 

「ファンの可愛い子や後輩の可愛い子と仲良くなって一夜を共に過ごしたい!!」

 

「もうファイトしません!?遅延でジャッジを…」

 

「“痴漢”!?…私だったら相手を傷つけるようなヘタな事はしないわ!!」「話をっ…!」「この大会の表彰式で葉月ユカリの隣に立つ!!そして皆はこの私に注目を」

「話を止めて!ここからは私のターンよっ!!!」

 

強制的に話を終わらせる。

 

(……こんな調子じゃ熱でも出して、ジュリアンに笑われるわね)

 

ユニットをスタンドさせドローを行うのだが、前のターンにスタンド封じ…イヨ風に言うのなら緊縛(ボンテージ)されたティルダはスタンドできず、レストのままである。

 

相手の“スタンド”を封じ、動けなくする独特の戦い方……メガコロニーというクランの持つ最大の特徴である。

 

(リアガード1体くらい……どうということは無いわ!)

 

「煌めく宝石に願いを込めて……ライド!!導きの宝石騎士 サロメ(10000)!!そしてティルダのスキル発動!カウンターブラスト1!(CB1)」

 

チアキはダメージゾーンのカードを1枚裏にする。

 

「山札から宝石騎士 さばるみーをスペリオルコールよ!!」

 

「さばるみー……?」

 

それはパワー7000のグレード1……だが、そのスキルは特別なものだ。

 

「限界は消えた!!オーバーリミッツ!!リミットブレイク……解除よ!!!」

 

このカードがリアガードに存在する限り、『LB4』はダメージゾーンのカードが3枚以下でも有効になる。

 

まさしく“限界を突破する”カードだ。

 

最も全てのクランに配られている訳ではなく、現在このスキルを持っているのはロイヤルパラディンの宝石騎士 さばるみーや、たちかぜの古代竜 ティラノブレイズといった“ブースターパック 煉獄焔舞”に収録されたクランのユニットのみである。

 

とにかくこれで、サロメはダメージ3にしてリミットブレイクを使うことができるのだ。

 

「シェリーをコール…アタックに入るわよ」

 

(一気に突破する!!)

 

「ヘロイーズのスキル、他のリアガードの宝石騎士3枚以上でパワー+3000!そしてサロメのリミットブレイク!!宝石騎士のリアガード4枚以上でパワー+2000、クリティカル+1!!」

 

パワーとクリティカルの上昇…チアキはここでイヨに致命的なダメージを与えたいと思っている。

 

「ヘロイーズとサロメでパワー20000、クリティカル2!!ヴァンガードにアタックよ!!」

 

「痛いのは…嫌ね、マシニング・シカーダでガード、レッドソルジャーでインターセプト(1枚貫通)」

 

(1枚貫通なら……突破できる!!)

 

「ドライブチェック……!!」

 

チアキの思いに応え、カードが捲れる。

 

「宝石騎士 ノーブル・スティンガー!!クリティカルトリガー!!効果は全てサロメに!!!そしてもう1枚……熱意の宝石騎士 ポリー!!ヒールトリガー!!パワーはシェリーに与えてダメージを回復!!」

 

「んっ///痛い…」「ふざけないでもらえるかしら」

 

頬を赤く染めるイヨにチアキは思わずキレそうになった。

イヨのダメージゾーンにマシニング・ローカスト、マシニング・ウォーシックル、マシニング・レッドソルジャーが落ちる。

 

「さばるみーのブーストしたシェリー!!(22000)」

 

「ノーガードよー」

 

新たにダメージに落ちたのはマシニング・ボンビックス……ヒールトリガーだった。

ダメージは回復したもののこれで点数は2vs4でチアキの優勢。

 

(このまま押し込む…)

チアキはターンエンドを宣言する。

 

「私のターンね……まぁもう私たちの勝ちは決まったようなものね」「…何ですって?」

 

イヨは2つ奥の席…ナツミとユウトの方を指差す。

 

「あの子が調子良かったみたいだから…ユズキが負けるとは思えないし、これで2勝ね」

 

「……」

 

うなだれる青葉ユウトの姿が視界に入る。

ファイトの結果は明らかだった。

 

「このラブリーな私に倒され、あなたも私の虜になるのよ…ふふっ」

 

「そんなの御免よ…勝って次に進む…私はそう決めてるんだから!!」

 

(だから……落ち込んでないで…仲間の勝利を信じなさいよ……青葉…ユウト!!!)

 

 

チアキの目に力が入る。

 

(私はヒカリさんが勝ってくれるって信じているから…私は今やれることを精一杯やるだけよ!!)

 

「怖い怖い…スタンド、ドロー……」

そして、イヨはにんまりと笑う。

 

「うふふ……苦しみ悶える姿が見たいの///…マシニング・タランチュラ mkII(11000)にプリティーライド!」

 

虫というよりは最早ロボットな見た目のユニットが登場する。

 

「ソウル…ブラストよ、もう一回ティルダちゃんを緊縛(ボンテージ)……」

 

ティルダが再び立ち上がる力を失う。

 

「そして……シークメイト、双闘!!マシニング・ホーネット mkII!!」

 

(やっぱり時代は……レギオンか…)

 

宝石騎士はなるかみの“抹消者”かげろうの“封竜”らと共に現在、名称付きのレギオンを貰っていないグループの一つであった。

 

(いや…まぁ貰ってる方が少ないか……でも宝石騎士の可愛いエルフのレギオンとか来ないかしら…ってそんなこと考えている場合じゃ…っというか可愛いとか言っていたら“この人”と同じ様に……?)

 

「それは嫌ね」「……よくわからないけど……照れ隠し?」「絶対違うわ」

 

イヨのメインフェイズは続く。

 

「ホーネットmkII(9000)を2体コール…シェリーちゃんと、ヘロイーズちゃんを緊縛(ボンテージ)…ちなみに私のイメージで皆は…」「V字呪縛じゃなくてV字緊縛(ボンテージ)……ね」

 

すっかり独特な言い回しに慣らされたチアキは、改めて自身の盤面を見つめる。

今のままでは次のターン、スタンドしアタックできるのはヴァンガードのサロメのみ。

 

「ブラックソルジャーをコール、ホーネットIIをブーストしてヴァンガードにアタックよ(16000)」

 

「…ノーブル・スティンガーでガード」

 

「レギオンでヴァンガードにアタックよ」

 

「ノーガードね」

 

ドライブチェックは…クリティカルトリガー……そして……

 

「セカンドチェック…マシニング・タランチュラmkIIよ……レギオンスキル発動」「え……」

 

CB1が支払われる。

 

「甘い吐息が心を壊す……サロメちゃんをきつ~く緊縛(ボンテージ)♪」

 

これで次のターン…何もしなければ、アタックできるユニットはいない……

 

そしてチアキに2点のダメージが与えられる…ダメージトリガーは無し……

 

「ホーネットIIでアタック!!(14000)」

 

「ティルダでガード……」

 

チアキは敢えて緊縛(ボンテージ)されたティルダをインターセプトに使わず、手札のティルダをガードに使った。

ティルダのスキルはライドフェイズに発動することが理由だ。

 

イヨのターンからチアキのターンへ…移っていく。

 

ダメージは4vs4…クリティカルの乗った攻撃を受けたものの、チアキにはまだ心の余裕はあった。

 

「私のターン…スタンド、ドロー…」

 

スタンド……と言ったものの今、スタンド状態にできるのはグレード1のさばるみーだけであった。

 

(……大丈夫…無理に手札を減らすことが一番危険よね…だから、ここは“あなた”で行くわ!!)

 

「色褪せた宝石…輝きは消え、思いは虚空に溶けていく……悲壮なる騎士の涙を見よ!ライド!!哀哭の宝石騎士(ブロークンハート・ジュエルナイト) アシュレイ “Я”(11000)!!!」

 

赤く、黒い……黒輪を背負った女騎士が現れる。

 

「ティルダのスキルで、ティルダの後ろにシェリーをスペリオルコール!!そしてアシュレイЯのリミットブレイク!!」

 

コストとしてCB1が使われる。

 

「ヘロイーズを呪縛…ホーネットmkIIを退却して、緊縛(ボンテージ)されたシェリーの上からトレーシーをスペリオルコール!!」

 

そしてチアキは緊縛(ボンテージ)されたティルダを後列のシェリーと入れ換える。

これで3つの列によるアタックがアシュレイЯの力で可能となった。

 

「シェリーでリアガードのホーネットmkIIにアタックよ!!(10000)」「ノーガードね」

 

「アシュレイЯでヴァンガードにアタック!(11000)」

「マシニング・スコルピオでガード(2枚貫通)」

 

アシュレイЯ自身にはパワーの上昇効果もクリティカルの増加のスキルも無いため、攻撃はとても簡単に止められてしまう。

 

「ドライブチェック…閃光の宝石騎士 イゾルデ…さして炎玉の宝石騎士 ラシェル…ゲット!クリティカルトリガー!!効果は全てトレーシーに…さばるみーのブーストしたシェリーでアタック!!(24000☆2)」

 

「……マシニング・レディバグ…クインテットウォールを使うわ」

 

(15000のシールドも出せない…?)

 

クインテットウォールが発動する。

 

マシニング・レディバグ…0シールド

 

レイダー・マンティス…5000シールド

 

マシニング・タランチュラ…5000シールド

 

マシニング・ボンビックス…10000シールド

 

マシニング・ボンビックス…10000シールド

 

……合計シールド値30000だ。

 

アタックを終えた私は呪縛されていたヘロイーズを解呪する…“スタンド状態”で。

これなら相手のスタンド封じ…緊縛(ボンテージ)の脅威もいくらか弱くなる。

 

「ターンエンド…」

 

(……ここでのクインテットウォールは再レギオンのためのもの…って可能性が一番かし)「…っ」

 

突然の目眩がチアキを襲う。

 

「なら私のターンね……スタンド、ドロー…マシニング・タランチュラ mkIIにプリティーライド!ソウルブラストでトレーシーちゃんを緊縛(ボンテージ)して再レギオン!!」

 

山札にクインテットウォールで登場したヒールトリガーや、ソウルブラストで排出されたマシニング・タランチュラmkII、ホーネットmkIIが戻される。

 

「ブラックソルジャーの前にマシニング・タランチュラmkIIをコール!!そしてヴァンガードでヴァンガードにアタック!!(20000)」

 

「ポリー、タバサで2枚貫通!!」

 

イヨのドライブチェックで登場したのはクリティカルトリガーと、ドロートリガー…

その全てが乗せられたタランチュラmkIIの攻撃をチアキはトリガー2枚でガードする。

 

「ターンエンドね」

(リアガードをスキルで展開してくるからかしら…なかなか手札が減らないわね…)

 

「私のターン…スタンド、ドロー……リミットブレイク!緊縛(ボンテージ)されたトレーシーを呪縛!CB1!マシニング・タランチュラmkIIを退却して、ティルダの上から共闘の宝石騎士 ミランダ(9000)をスペリオルコール!!行くわよ!シェリーでブースト、ミランダでヴァンガードにアタック!!(18000)」

 

ミランダはヴァンガードに“アシュレイ”がいるのならば、自身のパワーが上昇し、ヒット時スキルが発動するようになる。

「ノーガード…ダメージはマシニング・シカーダ…スタンドトリガーね、ブラックソルジャーをスタンドしてパワーはヴァンガードに与えるわ」

 

「こちらもミランダのスキル発動よ、アシュレイЯにパワー+3000……ヘロイーズの8000ブーストでアシュレイЯがアタックする!!(22000)」

ここまででイヨのダメージは5点…チアキの手に力が入る……勝利は手の届く所にあるのだ。

 

「レイダー・マンティスとマシニング・スコルピオでガード!!(2枚貫通)」

 

ドライブチェックはさばるみーとドロートリガー…イヨにダメージを与えることはできず、トレーシーの解呪の宣言と共にチアキからターンエンドが告げられる。

チアキとイヨのダメージはそれぞれ4と5…いつ勝負が決まってもおかしくはなかった。

 

チアキは自身の手札を見つめる。

 

(…こっちの手札は向こうの倍はあるわ…これなら)

 

「……う」

 

若干だが、再び目眩を起こすチアキ。

 

(………まさか本当に体調崩すのは…洒落にならな)

「私のターンよ……ふふっ」

 

イヨがスタンド、ドローとファイトを進め、チアキは平衡感覚を失っていくのを感じながら目の前のファイトに集中する。

「そろそろ終局かしら…でーも、これからモットオイシク舐め回してア・ゲ・ル///プリティーライド!!マシニング・ウォーシックル(11000)!!!」

 

新たなグレード3が姿を見せる。

 

(大丈夫…手札は残っているし、相手のリアガードも手札もほとんど…)

 

「スキル発動…CB1…来な!!マシニング・タランチュラ mkII!!ソウルからスペリオルコール!」

 

「……っ!ソウルから……!!」

 

しかし、ソウルからスペリオルコールされたマシニング・タランチュラ mkIIはレスト状態だ。

 

「そして、マシニング・リトルビーをコール!ソウルに入れることによりタランチュラmkIIをスタンド!パワー+3000するわ!!」

 

「これで…21000のラインが…」

 

そう、パワー14000のタランチュラmkIIの後ろにはパワー7000のマシニング・ブラックソルジャーがいる…つまりこの2体でパワー11000のヴァンガードにシールド15000要求を行うことができるのだ。

 

(確実に手札を2枚奪うパワー…こんな所で……)

 

「そしてマシニング・レッドソルジャーをコール!もう逃げられないわ……レッドソルジャーでヴァンガードにアタック!!(12000)」「ノーガードっ!」

 

チアキのダメージゾーンに5枚目のカード…アシュレイЯが落とされる。

 

「可愛がってあげるわ!!ウォーシックルでヴァンガードにアタック!!(11000)」

 

「そんな攻撃…熱意の宝石騎士 ポリーと宝石騎士 さばるみーでガードよ!!(完全ガード)」

 

イヨのドライブチェックが始まる。

 

「くっ……」

 

「いい顔ね…レディバグとスコルピオ、守護者とクリティカルよ」

 

クリティカルもパワーも全てタランチュラmkIIに注がれる。

 

「まだ…」「マシニング・ウォーシックルのスキル発動!!リミットブレイク!!このユニットの攻撃が……“ヒットしなかった時”!!」

 

「…っ!!」

 

イヨは嬉しそうに笑う。

 

性格はアレだが本人は本当に美少女なのが、社会の歪みを表しているのかもしれない…とチアキは思った。

 

「CB2で捕まえちゃうわ…ふふふっ……縛られたアシュレイちゃんは、もう戦う力も抜けちゃうんだから……緊縛(ボンテージ)♪」

 

「……」

 

「動けないアシュレイちゃんにパワー26000クリティカル2…マシニング・タランチュラ mkIIでアタックよ♪」

 

「完全ガード…」

 

チアキはしばらく考えた後に手札から“グレード3”のサロメをドロップする。

 

「あら残念…ターンエンドね」

 

チアキは働かない頭で計算をしていた…今、自分のすべき最善のプレイを求めて。

 

「スタンド…ドロー……」

 

スタンドフェイズ…ただ一人立ち上がらないアシュレイ……

 

チアキはふと隣に目をやった。

 

「天乃原さん……」

 

「リーダー…」

 

(どうやらヒカリさんは勝利できたのね…そんな心配そうに見つめて……)

 

この大会でチアキが抱えているのは自身の夢だけじゃない……チームだから、チーム一人一人の夢をチアキは預かっているのだ。

 

(私は……)

 

そして、その夢をここで終わらせる訳にはいかないのだ。

(私は…リーダーなのよ!!)

 

 

「天の原で舞い踊る…智勇と光をその身に宿せ!!立ち上がれ…私の分身!!ライド!!敢然の宝石騎士(フィアレス・ジュエルナイト) ジュリア(10000)!!!」

 

痛む頭を振り切って、チアキは勝利へと踏み出す。

 

「シェリーのブースト!ミランダでヴァンガードにアタック!!(16000)」

イヨのダメージは5点…つまり彼女はもう1点も受けられない。

 

「マシニング・スコルピオでガード!!」

 

「ヘロイーズのブーストしたジュリアでヴァンガードにアタックよ!!パワー21000!!」

 

「……クインテットウォール!!」

 

マシニング・ボンビックス…10000シールド

 

マシニング・アーマービートル…5000シールド

 

マシニング・ローカスト…5000シールド

レイダー・マンティス…10000シールド

 

マシニング・レディバグ…0シールド

 

…合計シールド値……30000……

 

「完全ガード…よ?」

 

「……ドライブチェック…共闘の宝石騎士 ミランダ、そして導きの宝石騎士 サロメ……ジュリアのリミットブレイク!!」

 

(これが全力…これが……全開!!)

 

「ブレイブイルミネーション!!!」

 

蒼き輝きは騎士を呼び起こす…リアガードに降り立つは黒輪背負いし乙女。

 

「さばるみーとトレーシーでヴァンガードに!!」

 

「……レッドソルジャーでインターセプト、マシニング・ローカストでガード!」

 

「ここで終わりにする!!哀哭の宝石騎士(ブロークンハート・ジュエルナイト) アシュレイ “Я”!!!」

 

「それは…………」

 

 

 

その剣の一撃は……

 

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

チームシックザール、チーム誘惑の果実……

 

その全員が、城戸イヨさんの山札から登場するカードに注目していた。

 

「注目されるのは悪くない……けど」

 

城戸さんは捲ったカードを一人で見つめる。

 

「……無理な物は無理…よ……」

 

彼女がそのカードを見せる。

 

 

 

それは、マシニング・タランチュラ mkII……

 

 

 

6点目の……最後のダメージが…入る。

 

「負け……よ」

 

 

 

 

 

「……つまり」「俺達……」

 

「勝った……わ!」「っしゃぁ!!これで5回戦…準決勝進出っすよ!!!」

 

 

 

喜びがチームを包む中、私はユズキを見つめる。

 

勝者がいるのなら、敗者もいる…それが勝負。

 

 

「負けた…な」「うん、私たちは先に行く…」

 

 

私は…ユズキと握手を交わす。

 

 

「頑張れよ……ヒカリ」

 

 

 

 

 

チームシックザール…VFGP4回戦、突破。

 

 

 

 



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047 蒼海の神姫と青炎の預言者

「ハッハッハッハッハッハッハッ!!“真”究極次元ロボ…グレートダイカイザぁぁぁぁ!!!!これが俺のぉぉブレイクライドレギオンだぁぁぁ!!!俺の手にグレード3が舞い降りる時、お前のガーディアンを破壊するぅぅぅぅ!!!!!!!!!」

 

「ならノーガードだな」

 

 

天地カイトは目を丸くする。

 

 

「な……何だと?クリティカルは…2だぞ」

 

 

「ノーガード……だ」

 

 

 

「……ドライブチェック…ダイカイザー…グレートダイユーシャ」

 

「ダメージチェック…ダブルヒールトリガーだ」

 

「なっ…………」

 

 

 

続々と4回戦が終了していく。

 

 

 

「連続攻撃…行くで!“1”!!蒼嵐水将 スターレスでエーデル・ローゼにアタック!」

 

「退廃のサキュバスで~インターセプト~」

 

スターレスのスキルでスターレスは後列のグレゴリウスと位置を代わる。

 

「“2”!!グレゴリウスでリアガード…囚われの堕天使 サラエルにアタック!!」

 

「それはノーガードやねぇ」

 

「“3”!!タイダル・アサルトでヴァンガードのエーデル・ローゼにアタック!!」

 

「ノーガードやぁ…ダメージはドリーン・ザ・スラスター~」

 

タイダル・アサルトは自身のパワーを下げることで再びスタンドする。

 

「そして“4”!!!先陣のブレイブ・シューターのブーストした蒼嵐波竜 テトラバースト・ドラゴン!!レギオンスキルでCB1…パワーとクリティカルを増加させれんねん!!パワー36000の☆2や!!」

 

「あらあら、悪夢の国のマーチラビットで完全ガードや」

 

ドライブチェックは…ダブルクリィティカル。

 

「これで終わりや!!“5”!!蒼嵐兵 テンペスト・ボーダーのブーストしたタイダル・アサルト!!パワー21000……クリィティカル3!!」

 

「あ~これは防げんわぁ~」

 

 

 

勝負に決着がつき、二人は握手を交わす。

 

 

 

「レイナちゃん前より強ぉなっとんなぁ、驚いたわぁ」

 

「まぁね!…じゃない……まぁねん?…まぁやねん?………ま、まぁ…まぁや?」

 

「無理して関西弁っぽくせんでええんとちゃうん?」

 

「まぁそうなんだけど……って言うか“驚いたわぁ”って言ってたけどそれはこっちのセリフ!!あんなダークイレギュラーズと…それも4回戦で出会うなんて思ってなかった……えっと……やんね?」

 

あんなダークイレギュラーズ……レイナが指すのはそのデッキに入っていた、エーデル・ローゼや囚われの堕天使 サラエルのことを言っていた。

「“あんな”とは失礼やわぁ…まぁ、全然勝てへんけどなぁ……たまには大舞台で活躍させてやらへんと可哀想やろぅ?」

 

レイナ達はデッキを片付ける。

 

試合はレイナ達のチームが勝利…5回戦の準決勝に進むこととなる。

「それにしても今年の大会は華やかやなぁ」

「……そうね」

 

レイナは辺りを見回す…今ここにいる半分の人間が次の準決勝に進むのだ。

 

「黒髪ゴスロリ娘、何か痴女っぽいのに加え、タンクトップの暑苦しい奴…そして舞原ジュリアン」

 

「今年は女の子が多いなぁ…レイナちゃんのチームに、その…痴女さんのとこは全員女子や……それにほら……あそこに何か可愛い金髪の娘が」

彼女がロリータファッションで金髪の……少年を指差して言う。

(……スクルド…)

 

 

その少年はタンクトップの男に絡まれていた。

 

「交換だぁぁぁ!!俺のフルバウ・撃退者と…」「フルバウ・撃退者なんて出てないだろ」

 

ご愁傷さまとしか言いようがない。

 

 

「とにかく頑張りや、応援しとぉから」

 

「…うん、カレン…私、頑張るよ」

 

カレンと呼ばれた女性は手を振りながらゆったりと歩き出す。

「さぁ、行こか…レイナ!!」「うちらの優勝は目の前や!!」

 

「うん……行くで!!」

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

4回戦が終わり、5回戦の組み合わせが発表されようとしていた。

 

 

「しかし…ここまで来たんだね…」

 

私はしみじみと呟く。

思えば私は数ヶ月前まではヴァンガードなど辞めていたのだ。

それが今、公式大会に出て準決勝で戦ってるなんて4月の頃の私に言っても信じてもらえなさそうだ。

 

 

「何落ち着いてるんすか……これからっすよ?」

 

 

舞原クン……そして天乃原さん、青葉クン…こんな仲間がいるなんて……ね。

 

 

「俺ももっと頑張んないとな」

 

青葉クンのことも私は意外に思っている、ヴァンガードを始めたと聞いた時には3ヶ月くらいで飽きるのではと思っていたのに、今もこうして続けているんだ…本当に……未来というのはわからない。

 

「……」

 

皆が思い思いのことを口にする中、天乃原さんだけが苦しそうに俯いていた。

 

「…天乃原さん?」「…ヒカリさん…何かしら?」

 

どう見ても様子がおかしい。

 

「……休んだ方がいいんじゃ…」

 

前の試合が終わってからどこかふらふらしている気がする。

 

「何言ってるのよ、戦いはこれからじゃない……私は全然元気よ」

 

天乃原さんの顔は若干赤い…本当に大丈夫なのだろうか……

 

 

「お嬢……まさか本当に寝不足で体調不良とか…笑えないっすよ」「…うるさいわね」

 

……まだ舞原クンの軽口に言い返せるくらいは元気…なのかな。

 

 

「不安な顔なんか…しちゃ駄目よ?…もう回りは敵だらけなんだから」

 

「敵だらけ……」

 

 

私は周囲を見渡す。

 

 

少し離れたテーブルに、見覚えのある金髪が見えた。

 

(神沢クン…やっぱりここまで来たんだね…)

 

そのまま視線を変えるとちょうど、ウェーブのかかった茶髪の女の子が目に止まった。

 

「天海レイナ…彼女も参加してたんすね…」

 

舞原クンが呟く…どうやら同じ人を見ていた様子だけど……

 

「知り合い…?」

 

「…彼女はね、ヒカリさん」

 

私に説明してくれたのは、天乃原さんだった。

 

「今年度“ヴァンガードクライマックスグランプリ全国大会”の準優勝者なのよ」

 

「全国大会の…準優勝者……」

 

ヴァンガードクライマックスグランプリといえば、毎年春に行われるというヴァンガードの個人戦の大会だ。

 

VFGP…ヴァンガードファイターズグランプリが割りとお祭り要素のある大会とすれば、ヴァンガードクライマックスグランプリ…通称VCGPは真剣勝負…真に最強のファイターを決める大会である。

 

「来年の全国大会に向けての肩慣らしか…それとも本気かしら……」

 

「……たぶん本気っすね…今年の景品“MFS”の試遊はそれほどまでに魅力的ってことっす」

 

神沢クンに、全国2位の女性か……

 

「強いの……?」

 

「強いっすよ、彼女はメガラニカの使い手で今年度はアクアフォースで出場、トランスコアとメイルЯのコンボを使ってたっす……でも本当に“強い”のは彼女自身のヴァンガードの知識っす……相手がどこをつかれたら痛いのかよくわかってるんすよね…」

 

「へぇ……」

 

もうこの大会も準決勝だ…流石に強いファイターが集まる…という訳だ。

 

「…あのさ」

 

ずっと黙っていた青葉クンが口を開いた。

 

「あの人が準優勝なら優勝したのはどんな人だったんだ?」

 

 

 

「そろそろ組み合わせが発表ね…」

 

「……うん」「よっし!やる気も十分!何時でも行けるっすよ!!」

 

これを勝てば…次は決勝だ!!

 

 

 

「……聞いてくれよ…」

 

 

 

 

そして、大会の運営スタッフから、次の試合の組み合わせが発表される。

 

 

 

 

5回戦(準決勝)

 

 

チーム旋迅烈波vsチームゴルディオン

 

チームシックザールvsチームアスタリア

 

 

 

 

 

 

「……チーム…“アスタリア”!?」

 

「その通りですヒカリ様!!」

 

私はよく知ったショップの名前………そして声を聞いた。

 

「は……春風さん!?」

 

「あら……まぁ」「驚きだな」「まったくっす」

 

今まで…影も形も見えなかったのに……

 

「ふっふっふっ…勝負ですよ~ヒカリ様!」

 

私たちの前に現れたのはカードショップアスタリア常連客チーム……私のよく知る相手だった。

 

 

 

「…参加してたんだ」「ええ!」

 

 

私は神沢クンの方を見る…ならおそらく彼らが“チームゴルディオン”…

 

ここで当たらなかったということは、彼らと戦うのは決勝……

 

 

「いい…この試合はジュリアン、私、ヒカリさんで行くわよ」

 

「うん…」

 

「了解っす」

 

「……ああ」

 

 

何にせよ…ここまで来て負ける訳には行かない…

 

 

「勝負だよ…春風さん」

 

「ええ、あなたの本気の表情…見せてもらいます」

「それ私のセリフなのに……」

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

早くも5回戦が始まろうとしていた。

 

 

「今日、こうして向かい合うのは2回目やんな…なぁ“スクルド”さん……」

 

「……」

 

天海レイナ…神沢ラシン……二人のファイターの間に重たい空気が流れる。

再びレイナが口を開く。

 

「悪いけど…ここは勝たせ…」

 

「悪いが、ここは勝たせてもらうぞ」

 

金色の髪の奥…金色の瞳が輝いていた。

 

 

「“この向こうで”戦わなければならない相手がいるのでな」

 

「はっはーん…うちらは眼中に無い…か」

 

 

 

火花散り、風が叫ぶような緊張感が場を支配す…

 

 

「ごめんよ、僕の弟生意気でねー」

 

「かまへんて、うちらは別に…」

 

「ラシン兄はちょっと誰に対しても強気すぎるんですよー」

 

「ほへぇ…姉妹…いや兄妹かぁ…ええねぇ」

 

 

「「お前らもう少し緊張感持て!!」」

 

 

二つのチームのリーダー…その声がハモる。

 

“緊張感を持て”…この戦いを乗り越えた先に決勝戦が待っているのだ……この場にいる誰もが優勝が手に届く範囲にあることを意識していた。

 

運営スタッフの合図が入り、チームゴルディオンvsチーム旋迅烈波……VFGP準決勝の戦いが幕を開ける。

 

 

「スタンドアップ!!ヴァンガード!!」

 

「スタンドアップ・my・ヴァンガード!!」

 

 

ころながる・解放者、先陣のブレイブ・シューター…ラシンとレイナ、二人のFVが睨み合う。

 

「五月雨の解放者 ブルーノにライド!!」

 

「蒼嵐戦姫 クリスタ・エリザベスにライドや!」

 

 

 

 

 

ーー楽しそうですね。

 

 

 

会場の奥…誰にも気づかれず、静かにVFGPを見つめる影があった。

その人間は“仕事”でここに訪れており、試合の観戦も“仕事の一環”であった。

 

「まさか…何もできないなんて…これが…いやでもこんなに安定しているなんてプロキシで回した時は…」

 

「ふふっ、それは僕の運の良さ…かな?」

 

敗北を喫した少女は、今の試合を真剣に考察する。

 

それを神沢コハクが2枚のクリティカルトリガーをひらひらと振りながら見守っていた。

「くっ…暗礁のバンシー!!クインテットウォール…」

 

「そんなんじゃ…この“ヴェラ”の猛攻は止められないから!!」

 

 

神沢マリのリアガードはどれも強大なパワーを供えていた。

 

少女の手札では…押さえきれない。

 

 

「そんな…」

 

 

一人、また一人と旋迅烈波のメンバーは倒されていく。

 

 

「…あんた……なかなかやるようだな…」

 

「何や、突然」

 

既に敗北が決まっていても、レイナの目から炎は消えていなかった。

(ここに来て、デッキとの“つながり”が異様に強くなっている…ただ者ではないな……)

 

「だが、俺の本気もここからだ!!エルドルでガード!!」

 

テトラバースト・ドラゴンの地味だが、堅実な一撃をラシンは完全ガードで受け止める。

 

 

 

ーーどうして…戦っているのに、あんなに楽しそうなのでしょう。

 

ーー他人と…それも敵と一緒に……

 

 

 

「蒼く、青く、輝け!!その火は決して消えず、その炎は竜に宿りて我が道を照らす!!ライド・my・ヴァンガード!!」

 

 

「それが……あんたの本気!!」

 

「ああ!!青き炎の解放者 プロミネンスグレア!!」

 

 

 

 

ーー『良きライバル』……私には縁遠い言葉です…

 

 

 

少年少女、青年、中年、学生、会社員、無職……様々な世代、様々な境遇の人間がヴァンガードというカードゲームに熱中する中、その人間はどこか“冷めて”いるのだった。

 

「テトラバーストに再びライド!そして双闘!!スターレスでアタックだ!!」

 

「…アグロヴァル、インターセプトだ!!…へぇ本気になると変な関西弁が抜けるんだな」

 

「あ……う…うるさい!!」

 

 

 

数えきれない程の人間が叫んでいる。

 

 

「カスミローグのCB1!バイナキュラス・タイガーをスペリオルコール!!その後ろにカローラ・ドラゴンをコールする!!3つのクランの力を見よ!」

 

「かかったな!!フリーズレイのスキル!!ダメージを喰らう度にあんたのリアガードを呪縛する!!」

 

「へへっこれが決闘竜だ!」「テラワロス!!」

 

 

 

 

笑顔…その人間は彼らがどうして笑っているのか、理由は様々な人から嫌というほど聞いた、確かに自分の価値観も広がったようにも思う。

 

しかし、自身がそう思ったことは無い。

 

 

ーーもう一度…私は問う……

 

 

 

 

ーーヴァンガードは本当に楽しいですか?……ヒカリさん。

 

 

 

 

 

一瞬、青く輝いた瞳は…春風ユウキとファイトする深見ヒカリへと向けられていた。

 

 

 

 



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048 天使にありがとう

「スタンドアップ・THE・ヴァンガード!!」

 

 

ジャッジバウ・撃退者に私はライドする。

 

 

相手は…春風ユウキさんとエンジェルフェザーのユニット……

 

負けられない、そう思った私の頭の中で記憶が甦る。

 

私と、春風さんと…青葉クンのお姉さんの……

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

「春風ちゃん見ーっけ!!」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

小学生の女の子が中学生くらいの女の子に抱きつく。

もう一人の女の子はそれを見つめていた。

 

「春風ちゃん、リアクション大きいなー」

 

「え、エンちゃん気付いてたの…?」

 

 

とある公園…二人の中学生と一人の小学生はよく集まって遊んでいた。

 

まぁ……その小学生は私だけどね。

 

 

とにかく集まって、走ったり、隠れたり、修行したりと沢山遊んだものだ。

 

 

「二人ともいつも娘と遊んでくれて…ありがとね」

 

「いえいえ、お構い無く~」

 

「まぁ春風ちゃんはいつも遊ばれてますけどね!」

 

「え、エンちゃん……まぁ事実だけど……」

 

「ヒカリちゃんは私らと同レベルですから!」

 

「……それは…娘があなたレベルってことよね……逆だったら…笑ってる場合じゃ無い……かなと…」

 

「やだなー冗談ですよ!!」

 

「エンちゃん……」

 

……うちの両親も、とても感謝していたと思う。

 

 

「ふっふっふっ…今日はこれだぁ!!」

 

エンちゃんが持っていたのは水鉄砲。

 

「わー!!!!」

 

「エンちゃん……私、体力持たない……」

 

「よーし、ヒカリちゃん!!二人で春風ちゃんをやっつけよう!!」

 

「おー!!!」

 

 

少なくとも三人、多いときは町内中のこども達を巻き込んで遊んでいた。

 

 

「ふふふっ、今日は春風ちゃん旅行でいないから、弟を連れて来たぞ!!」

 

「あ…青葉クンだ」

 

「え…俺、補欠?…ってか春風ちゃんって?」

 

「さあ!友達集めてサッカーだ!!」

 

「いえー!!!」

 

 

色んなことがあった。

 

 

「エンちゃん!エンちゃん!!」

 

「どうしたヒカリちゃん!!」

 

「春風ちゃんが……」

 

 

そこは春風ちゃんの家……あの時私と…エンちゃんはこっそりドッキリで忍び込んだんだっけ…

 

確か春風さんの家族が出掛けている時だった筈だ。

 

 

「部屋の隅っこで本読んで笑ってるの!!」

 

「それは恐いね…」

 

「それでね!その本でね!男の人同士で裸で抱き合ってるの!!」

 

「恐いね、腐ってるんだね…恐ろしいね!!」

 

「やかましいわぁぁぁぁ!!!」

 

 

面白可笑しい日々だった。

 

 

「さぁ竹刀を取れヒカリちゃん!春風ちゃん!!」

 

エンちゃんはプラスチックの剣を私たちの方に放り投げて言った。

 

「うん!!」

 

「やだね!!」

 

「はっはっはっ…敵を前にして武器を取らぬとはな」

 

神速と言うべき速さで、エンちゃんは春風ちゃんへの距離を詰める。

 

「貰った!!」「無駄だからね!!」

 

エンちゃんが振り降ろす竹刀(という名のプラスチックの剣)を春風ちゃんが見事に白刃取りする。

 

「どうだ!!」「どうかな…?」

 

「春風ちゃん後ろががら空き…だよ…!!」

 

私はてくてくと距離を詰める。

 

「しまっーー」

 

 

しかし、そんな時間はいつまでも続く物では無かったのだ。

 

二人が高校に入ったこと…はそれほど大した話では無かったのだが、その後春風さんが天台坂から北宮に引っ越してしまった。

 

やはり、別々の町となると会いづらいものだ。

 

自然と3人が揃う機会は少なくなっていった。

 

 

そして。

 

 

 

ーーミライが行方不明…?ミライだけじゃ無いの!?ワタルさんも一緒に……?

 

ーーとにかくヒカリちゃんのとこにミヨ送るからね!待っててね!!

 

 

ーーヒカリちゃん…お祖母ちゃんの家…行こっか。

 

 

 

両親は消え、私は天台坂の町を去ることになった。

 

 

 

「ヒカリちゃん……」

 

当然、エンちゃんともこれでお別れだ。

 

「………………」

 

「…お別れじゃない……私はいつだってヒカリちゃんの側にいるからね!」

 

「……無理…………だよ」

 

「無理じゃない!!」

 

「お母さんもお父さんもそう言って帰って来なかった…!!!帰って来なかったんだよ!?」

 

そんなことエンちゃんに言っても仕方ないのに、私は叫んでいた。

 

「…いや、無理じゃない」

 

「……」

 

「私はずっとヒカリちゃんの隣に立つ、ヒカリちゃんが私のことを忘れないように…忘れられないように、何処にでもいる」

 

「エンちゃん…?」

 

「私とヒカリちゃんの縁は切れないし、誰にも切らせない」

 

その時のエンちゃんは決意に満ちた表情だった。

 

一つ大人になった…そんな…エンちゃんというより青葉お姉さんっていう感じがした。

 

「愛は隣にあるから…ね?」

 

「隣に……」

 

 

そして私は天台坂から北宮へと引っ越して行ったのだった。

 

一人、見知らぬ土地へ。

 

「………………」

 

その中学校は最悪だった……いや、もしかしたら中学というのは皆こういう物なのかも…知れないけど。

 

「アハハハヒャハハハハハ!!?」

 

常に廊下では狂った様な笑いが響き(後で調べた所、この頃学校では動画投稿サイトの投稿主が増えていたらしい……因果関係は不明だ)、校門では30人以上の学生がトラクターを乗り回しながらタバコを吸っていたり(後で調べた所、流行っていたのは“電子タバコ”の方であった)と…すごく狂っていた。

 

何より教師が働かない、とんでもない所に来てしまったと思ったものだ。

 

勉強の方は、通信教育を使っていたので他の中学生から劣るようなことは無かった…というか、殆んどのことは小学生の頃に春風さんや青葉お姉さんから教わっていた。

 

……それも恐ろしいな。

 

ともかく、私の問題はとにかく精神的に疲弊していくことだった。

 

そんな折に、偶然春風さんと再会し、ファントムブラスターを知る等が重なりカードゲームの…“そっちの道”に足を踏み込むこととなった。

 

「ヒカリちゃん……えっと…元気かな?」

 

「……まぁ……まぁ……かな」

 

 

私の方は相変わらず、暗く…落ち込んだままだったけどね。

 

心の支えになっていたのは、春風さんの笑顔とおばあちゃんがくれたゴスロリ、そしてファントムブラスターだけだった。

 

「仲間だね…今必要なのは」

 

「……へ?」

 

「いやもう……親衛隊かな!?」

 

「…!?……っ何それ…」

 

「これから私はヒカリちゃんのことを様付けするからね!」

 

「ちょっ……」

 

「ヒカリ様!……良い…実に良い…このシチュエーション……萌える、萌えますよ!!」

 

「…何が!?」

 

最終的に私は疲れすぎて、自分でもよくわからない方向性で生きていくことに……

 

「ああん…?じろじろ見てんじゃねーよ!!」

 

「貴様なぞ我が視界に入る価値も無い…去れ」

 

結局私は3年生の春まで、この狂った中学の狂った人の一人になっていた。

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

「……途中から完全に良い記憶じゃ無いな…」

 

「?…どうしました?」

 

(確かに春風さんがいてくれたのは嬉しかったし、心強かった上に色々気づかってくれたのはどれだけお礼を言っても足りないくらい……だけど!!)

 

私は自身のゴスロリを改めて眺める。

 

(このゴスロリが変な意味を持っちゃったのも、私が変な事(自覚有り)を口走るようになった切っ掛けも…全部…春風さんが原因…だよね一応)

 

 

今の自分を否定するつもりは無いし、春風さんのように“腐”の道に落ちることも無かったけど…さ。

 

「やっぱり春風ちゃんその性癖直した方がいいよ!無常の撃退者 マスカレードでアタック!!」

 

「何の話!?…ノーガード!!」

 

 

 

2ターン目、後攻だった私は督戦の撃退者 ドリン(7000)にライドし、リアガードに無常の撃退者 マスカレード(7000)をコールした。

 

春風さんの盤面にはFVの突貫の守護天使 ゲダエル(5000)に介護の守護天使 ナレル(7000)…おそらくデッキはエンジェルフェザー、“守護天使”…

 

天使とは名ばかりの力isパワーな集団だ。

 

「ダメージチェック…投薬の守護天使 アスモデル」

 

マスカレードの攻撃で春風さんに1点のダメージが入る。

 

「続けて!ジャッジバウでブーストしたドリンでアタック!!(12000)」

 

「ノーガード!」

 

ドライブチェックでは氷結の撃退者…ドロートリガーが捲れ、春風さんのダメージにもドロートリガーが落ちる。

 

「ターンエンド…」

 

そう宣言した私の耳に天乃原さんや、舞原クンの声が聞こえる。

 

「プロメチウムでぐりんがるにアタックっす!!」

 

「友愛の宝石騎士 トレーシーでインターセプト!」

 

皆…頑張ってるんだ…私も!

 

 

「私のターンですね…スタンド、ドロー…良い仲間に出会えましたね…天罰の守護天使 ラグエル(9000)にライド!!」

「うん…」

 

不満も感謝もあるけど、今の私があるのは春風さん達のお陰だ。

 

「でも、今の私が在るのは春風さんに…青葉お姉さんが友達だったから……」

 

「そんな照れ臭い!!ナレルをコール!スキルで手札のラグエルをダメージのアスモデルと交換!アスモデル(9000)をコール!!」

 

そして、ヴァンガードによるアタックを通した私は、春風さんの引いたクリティカルによって2点のダメージを受ける…ファントム“Abyss”、シャドウランサーが落とされる。

 

「ナレルのブースト!アスモデルでアタック!(21000)」

 

「……ノーガード」

 

ダメージは暗黒の撃退者 マクリール…完全ガードだ。

 

「アスモデルのスキル!CB1(ランディング・ペガサス)…ダメージのラグエルとリアガードのアスモデルを交換!!ラグエルでアタック!!(12000)」

 

「……暗黒医術の撃退者でガード」

 

ダメージは3vs1。

 

「……私のターン…スタンドandドロー…ブラスター・ダーク・撃退者(9000)にライド、ブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”(9000)をコール…スキル発動」

 

ブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”のあだ名はFV殺し…春風さんのFV…突貫の守護天使 ゲダエルを退却させる。

 

ブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”の後ろにはマスカレード…これで16000ラインの完成だ。

 

「ジャッジバウのブースト!ブラスター・ダーク・撃退者でヴァンガードにアタック!!(14000)」

 

「ノーガードで」

 

「ドライブチェック…ゲット!クリティカルトリガー!!」

 

そこには撃退者 エアレイド・ドラゴンがいた。

 

「効果は……全てAbyssへ」

 

春風さんのダメージに螺旋の守護天使 ヘルエムが落ちるのを見届けてから、私はパワーとクリティカルというプレッシャーを乗せたAbyssでアタックする。

 

「それは…ノー…ガード……ダメージチェック!!ラムエル!そしてラムエル!!ダブルヒールトリガー!」

 

「嘘……」

 

だがしかしヒールトリガーがこの序盤のターンで2枚もダメージに落とせたと考え……てもなぁ。

 

ターン進行は私から春風さんに移る。

 

「天使の愛は貴方のためにある……ライド!!切開の守護天使……マルキダエル(11000)!!」

 

(守護天使の…新しいグレード3!!)

 

私がまだグレード2であるため、春風さんはまだ“双闘”を使うことはできない。

 

「リアガードにサウザンドレイ・ペガサス(7000)をコール!!」

 

新たにV裏に置かれたユニット…サウザンドレイ・ペガサス……このユニットこそエンジェルフェザーの馬鹿力ユニット…ダメージを操作する度に自身のパワーを+2000するのだ。

 

春風さんがヴァンガードによる攻撃を仕掛けてくる。

 

「エアレイド・ドラゴン…氷結の撃退者でガード!!」

 

ドライブチェックはナレルとラグエルでトリガー無しであった。

 

「ナレルのブースト…ラグエルでアタック!!」

 

「ブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”でインターセプトして、氷結の撃退者でガード!!」

 

そして春風さんのターンが終わる。

 

ダメージ……3vs3

 

「私のターンだね…スタンドandドロー…」

 

 

今、私の手札にグレード3は2枚…2種存在する。

 

1枚はファントム・ブラスター“Abyss”

 

そしてもう1枚は私がデッキの構築を変えた時に1枚だけ入れておいた、Abyssでもモルドレッドでも無いカード。

 

ここは……やっぱり。

 

 

「絶望のイメージにその身を焼かれ尚、世界を愛する奈落の竜!!…今ここに!!ライド・THE・ヴァンガード!!」

 

春風さんの前で使うのは初めてだ。

 

「撃退者 ファントム・ブラスター“Abyss”!!!」

 

「やっぱりというか…やはりそれで来ますか」

 

「うん…」

そして私はファントム・ブラスター“Abyss”(11000)のスキルを発動させる。

 

「常闇の深淵で見た光…来たれ!!シークメイトand双闘!!ブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”!!」

 

これが…今の私だ。

 

「なるほど…“深”淵で“見”た“光”…自身の名前をもじっているんですね!!」

 

「か…解説しないで……」

確かに意識してる、意識して言っているけれど!!

 

 

「うー…詭計の撃退者 マナ(8000)をコール!…スキルで雄弁の撃退者 グロン(4000)をスペリオルコール!そしてこの2体でラグエルにアタック!!(12000)」

 

手札、CB、山札のことを考えると今はこのくらいの展開しかできない……

「ノーガード!」

 

ラグエルが退却される……アタック回数はあるんだ…次のターン…マルキダエルのスキルを考えるとリアガードを…

 

ーー自身の名前をもじってるんですね!!

 

改めて言われると色々恥ずかしくなってきたよ!!

 

「ジャッジのブースト、Abyssのアタック!!(27000)」

 

「ノーガード!」

 

CBの数を考えると私はこの後ジャッジバウ、Abyssのどちらかのスキルしか発動できない訳だけど…

 

「ドライブチェック…first…暗黒の撃退者 マクリール……second……厳格なる撃退者!!ゲットクリティカルトリガー!!!」

 

私はその効果を全てAbyssに乗せる。

 

クリティカルが乗った…この事から私の次の行動は決まった。

 

「ダメージチェック…治癒の守護天使 ラムエル…ヒールトリガーなのでダメージを回復…パワーはヴァンガードに…もう1点は聖火の守護天使 サリエル…ノートリガーですね」

 

またヒールトリガーが発動する。

 

「Abyssのレギオンスキル!!CB2!!マナ、グロン、ジャッジバウを退却!!」

 

ジャッジバウを退却させる時に一瞬私の手が止まる…が、私はこの時点でこのゲーム中にジャッジバウのスキルを使う場面は現れないと考えていた。

 

ダメージは3vs4だった。

 

「再び立ち上がったAbyssでアタック!!(27000)」

 

「磐石の守護天使 アニエルで完全ガード!!」

 

私の二回目のツインドライブはモルドレッドとダークボンド……

 

「……ターンエンド」

 

 

私は春風さんを見る。

 

あの頃から変わらない……いや、ちょっと老けた?

 

「ヒカリちゃん?」「すいません」

 

春風さんと青葉お姉さん……年は離れているけど二人共、私を支えてくれた大切な友達だ。

 

これまでも、これからも。

 

 

* * * * *

 

 

 

2年程前

 

「春風さん……このカード…」

 

「うん?ブラスター・ブレード?」

 

「うん……春風さん、オラクルばっかりなのに何でロイパラのカード持ってるのかなって……」

 

「いやいや…これは櫂君とアイチきゅんの…」

 

 

* * * * *

 

 

 

「何か良い回想シーンは無いんですか!?」

 

「え……ええ!?何の話ですかねヒカリ様!?」

 

 

青葉お姉さんと離れてから春風さんは絶対自由度が増している気がする。

 

 

「では、私のターン…!スタンド、ドロー……シークメイト!!」

 

守護天使のレギオンがその姿を見せる。

 

「切開の守護天使 マルキダエル!!投薬の守護天使 アスモデル!!双闘!!!」

 

春風さんはさらにリアガードをコールしていく。

 

「天罰の守護天使 ラグエル、サウザンドレイ・ペガサスと介護の守護天使 ナレルをコール!ナレルのスキルで手札のクリティカルヒット・エンジェルとダメージゾーンのサリエルを交換!!2体のサウザンドレイ・ペガサスにパワー+2000…聖火の守護天使 サリエル(8000)をナレルの上からコール!CB1(ランディング・ペガサス)!!ダメージゾーンにいる治癒の守護天使 ラムエルと山札のマルキダエルを交換!!サウザンドレイに再びパワー+2000し、マルキダエルのレギオンスキルを参照します!!私のターンの永続効果!前列のユニット全てにパワー+4000!!」

 

細かく、目まぐるしくパワーが上がる。

 

リアガードサークルは埋まり、攻撃の準備が整っていた。

 

「行きますよ!!」「……うん!」

 

 

「サウザンドレイのブースト……ヴァンガードにマルキダエル、アスモデルのレギオンアタック!!パワー42000!!」

 

「暗黒の撃退者 マクリールで完全ガード!!コストはモルドレッド!」

 

「ツインドライブ…懲罰の守護天使 シュミハザ!!ゲットクリティカル!効果はラグエルに!そしてセカンドチェック……守護天使 ランディング・ペガサス!ゲットドロー!!1枚引いてパワーはサリエルに!」

今日の春風さんはトリガー運がいい…。

 

「パワー24000!ナレルとサリエルでヴァンガードにアタック!!」

 

「ダークボンド・トランペッターと厳格なる撃退者でガード!!」

 

「パワー32000!!サウザンドレイのブーストしたラグエルでヴァンガードにアタック!!クリティカル2!」

 

「ノーガード!」

 

 

私のダメージにドロートリガーの氷結の撃退者と幽幻の撃退者 モルドレッド・ファントムが落とされる。

これで私と春風さんのダメージは5vs4。

 

ターン進行を春風さんから受け取った私は盤面を見つめる。

 

現在、ヴァンガードとして中央に立つファントム・ブラスター“Abyss”は既に能力を使い果たしており、Vスタンドを使うには別のAbyssに乗り直す必要がある。

 

(でも……ここは…)

 

私は頭の中で“ファイナルターン”を組み上げていく。

今、私の手札にある唯一のグレード3…そして、序盤から展開していったことによって薄くなっている春風さんの手札……

 

「見えたよ……ファイナルターン」

 

それは勝利への道。

「スタンドandドロー…誰よりも世界を愛し者よ…奈落の闇さえ光と変え…今、戦場に舞い戻る!!ライド・THE・ヴァンガード!!」

 

天乃原さんがいつもデッキにジュリアを1枚だけ入れているのと同じ…外せなかった私のユニット。

 

 

「撃退者 ドラグルーラー・ファントム(11000)!!」

 

 

もう春風さんの手札は3枚だけ…こちらも手札は少ない…だからここで決める!

 

 

「マナからダークボンド、そしてCB1で氷結の撃退者までスペリオルコール!!!」

 

1枚のカードから2枚のカードが呼び出される。

 

 

 

「だったん、氷結の撃退者…ありがとう…君たちの思いを刃に乗せて…撃ち抜け!ミラージュストライク!」

 

 

 

CB1と2体の撃退者を退却させることによる強制ダメージと自身のパンプ…Abyssが詰めの局面で有効なユニットだとするのなら、ドラグルーラーは詰めの局面まで無理矢理押し込むユニットだった。

 

「ダメージチェック…磐石の守護天使 アニエル」

 

「……」

 

5点目のダメージが入っただけじゃ無い。

 

あのアニエル…完全ガードの上にあったのは春風さんがドロートリガーで引いたカード…2枚連続で完全ガードが重なっていたとは考えにくい。

 

ファイト開始時に触った感触的には春風さんのデッキは新品の二重スリーブ…カードが固まっている可能性は低い。

 

「マスカレードの後ろにマクリールをコール!!」

 

完全ガードも攻撃のためにコールする。

「行くよ……マナでリアガードのサリエルにアタック!!(8000)」

 

「ノーガードで!」

 

「パワー21000…ドラグルーラー・ファントムでヴァンガードにアタック!!」

 

「ラグエルでインターセプト!!シュミハザとランディング・ペガサスでガード!!(2枚貫通)」

 

私は山札に手を伸ばす。

 

「ドライブチェック…first…督戦の撃退者 ドリン……second…撃退者 エアレイド・ドラゴン!クリティカルトリガー!!」

 

効果は全てマスカレードに…このラインのパワーは21000…春風さんの手札は1枚、エンジェルフェザーでこの攻撃を1枚で防げるカードは…無い!!

 

「この一撃で…奈落へ落ちよ!!行け…マスカレード、マクリール!!」

 

春風さんは笑顔でノーガードを宣言する。

 

その笑顔は初めて会った時と変わらない。

 

そう、変わらない。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

「タンエ~タ~ン♪タンエ~タ~ン♪タ~…?」

 

ランドセルを背負い、小声で歌いながら歩いていた春風さんの服を真っ赤なランドセルを背負った小さな女の子が引っ張っていた。

 

「……どうしたの?」

 

 

「おうち…………わかんない……」

 

その時、私は完全に迷子になっていた。

 

小学校に入って数日…すっかり通学路に慣れてきていた私はつい…調子に乗って“冒険”してしまったのだった。

 

「そいつは大変だ!…お姉ちゃんが一緒に探してあげるよ」

 

 

優しい笑顔で春風さんはそう言った…これが私と春風さんの出会い。

 

 

テッレー,テレレ♪テッレー,テレレ♪

 

「……なんのおと?」

 

「これ?たまごっちぷらすだよ!見てみる?」

 

「……うん」

 

 

その後、たまごっちを見せてもらいながら私たちは歩くのだが……

 

 

「…私も迷った」

 

「…………ううぅ」

 

「な、泣かないで!!もう少しでつくから!!」

 

 

そんな私たちに一人の少女が話しかけてくる。

 

 

「…どうしたの?大丈夫?1組の春風さんだよね」

 

「あ……2組の青葉さん…?」

 

「…ふむ、エンちゃんでいいよ、見たところ迷子の娘と一緒に迷子になっちゃった…かな?」

 

「ま、迷子じゃないよ!!」

 

「よーし、二人とも私が家まで連れていってあげよう……さて、君の名前…聞かせてもらえるかな?」

 

私は突如現れた少女を少し恐れながら…答えた。

 

「ふ……ふかみ…ひかり」

 

「ならヒカリちゃん!春風ちゃん!行こう!!」

 

「ちょっ……あ、青葉さん?どこに…」

 

私たちの前を歩き出した彼女は春風さんの問いに振り返った。

 

「エンちゃん…だよ、二人とも学校まで戻れば帰り道も分かるんじゃないかな?」

 

「あ……」

 

「が、がっこうがどこにあるか…わかるの?」

「もちろん!!ヒカリちゃん!私に任せて!!」

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

「春風さん……ありがとね」

 

「……ヒカリ様?」

 

 

いつも春風さんと青葉お姉さんは私の両隣にいてくれていた。

 

青葉お姉さんは私の手を引いてくれる。

 

そして、春風さんの笑顔は私をいつも安心させてくれた。

 

 

「今までありがとう、これからも…よろしくね」

 

「こちらこそ……ヒカリちゃん」

 

春風さんのダメージゾーンにマルキダエルが落とされる。

 

これで私の勝利……そして…

 

いつの間にか席を離れていた舞原クンは私の隣に立ってピースサインを出していた。

 

後は天乃原さんのファイトが終われば…決勝。

 

そう思った私は、

 

 

 

 

 

 

ゆっくりと床に崩れ落ちる天乃原の姿を

 

 

黙って見ていることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 




突然のキャラ紹介(2)

深見 光 (その2)


運動のセンスはある方で、小学生の頃は青葉ユウトの姉との遊び(修業)のおかげでカードゲーマーらしくリアルファイトにもある程度対応できる(実際、作中でも天地カイトを手刀で気絶させる等のことをしている)。

甘い物が全般的に好きであり、喫茶ふろんてぃあの常連客でもある。

また、ヒカリはまだ気づいていないが神沢ラシン、神沢コハクは中学校の後輩である。



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049 夢を掴むために

戦況は五分五分…シングの連続攻撃を2度喰らってこれなら……まだ……

 

「サロメのスキル……スペリオルコール!!立ち上がれ私の分身……ジュリ…ア……」

 

ガンガン鳴り響く頭、途切れていく意識……

 

私は……天乃原チアキは…倒れた。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

 

「あの……天乃原さんは……」

 

 

「過労だな」

 

 

「やっぱそうっすか…」

 

 

天乃原さんの執事、近藤さんの言葉に舞原クンは納得したかのように呟いた。

 

「今日で3日目の徹夜でしたから…受験生に徹夜は逆に敵だと言うのに……」

 

「あれほど前の夜はしっかり寝ておけって僕も注意したんすけどねぇ……」

 

「……うるさいわね」

 

一時的に意識を失った天乃原さんはしばらく眠った後に目を覚ました。

熱はあるようだが、意識ははっきりしていた。

 

今は頭に冷却シートを貼り、執事の近藤さんに寄っ掛かった状態で私たちと話をしている。

 

「天乃原さん……大丈夫?」

 

「私はね……それより準決勝は?」

 

「僕とヒカリさんで2勝…次は念願の決勝っすよ」

 

そう、天乃原さんが倒れた時点で私たちの決勝進出は決まっていた。

 

舞原クンは遠くを見つめる。

 

「あっちも…終わったみたいっすよ」

 

そこにはチームゴルディオン…神沢クン達の姿があった。

 

「次は……神沢クン達とか……」

 

VFGPで戦うと誓ったけれど、まさか決勝という最高の舞台で戦うことになるとは思ってなかった。

 

 

すると、天乃原さんが口を開いた。

 

「………青葉…ユウト」

 

青葉クンの名前を呼んでいる。

 

「…何だ…リーダー…?」

 

「私はもう駄目っぽいから…さ」

 

冷えピタを貼ったおでこを押さえながら言う。

 

 

「ユウト…あなたに任せるわ」

 

 

「……ああ」

 

 

青葉クンと天乃原さんがハイタッチを交わす。

 

「任された」

 

青葉クンの目には力が入っていた。

 

これで決勝戦は先鋒…舞原クン、中堅…青葉クン、大将…私の3人で挑むことになる。

 

「ちなみに…お嬢と青葉さんの今日の戦績は同じくらいっすよ」

 

「私の代わりなら十分ね……」

 

天乃原さんはしばらく瞳を閉じて考え事をした後、全員を見回す。

 

そして、口を開いた。

 

 

「皆、ここまで戦って…ついに決勝ね」

 

「「「……」」」

 

「私はちょっと…動けないけど、ここでしっかり応援しているから」

 

「お嬢……」

 

「天乃原さん…」

 

「リーダー…」

 

そして天乃原さんは私たちの前に手を伸ばす。

 

 

「舞原ジュリアン」

 

 

名前を呼ばれた舞原クンは何かを察し、手を天乃原さんの上に重ねる。

 

 

「青葉ユウト」

 

 

それに倣って、青葉クンも手を重ねた。

 

 

「…深見ヒカリ」

 

 

私も続く。

 

 

「…本当の戦いはこれから…皆…優勝をこの手に掴むわよ…チームシックザール…ファイトっ!!!」

 

「「「おぉぉぉぉぉっ!!!!」」」

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

VFGPの最終戦……決勝は特設ステージで行われる。

 

先程までトップアイドル葉月ユカリがファイトイベントを行っていた場所だ。

 

私は今までとは別種の緊張に襲われていた。

 

 

「うわ……どうしよ……うわー…」

 

 

垂れ幕の向こうには、大勢の人がいる。

 

ちらりと見えた中には

 

ユズキや、城戸さん、土田さん、日野さん

 

霧谷ミツルクンに天海レイナさん、春風さん

 

この大会に出ていた人は…全員いるようだ。

 

……すごい緊張する。

 

それは青葉クンも同じ様で、ずっと待機スペースでぐるぐる回っている。

 

「皆さん、落ち着いて欲しいっす」

 

「舞原クンこそよく落ち着いてられるね!!」

 

若干怒り気味に言う私。

 

「まぁ……慣れてるっすから」

 

「……へぇ」

 

「そ、そ、そうなのか」

 

 

慣れてる……か、今までもこういった大きな大会の決勝まで来たことがあるってことだよね。

 

 

私は落ち着いて遠くを見る……女の子の服を着た神沢クンが葉月ユカリと何かを打ち合わせしていた。

 

 

それにしても彼のあの姿……あそこまで似合っていると自分が恥ずかしくなってくる…普段着にしてくればよかった…朝の私は何故、気合い入れるためにこの服を選んでしまったのだ。

 

そんな事を考えている内に葉月ユカリがこちらにやって来る。

 

司会進行役なのだが、実際に名前を呼ぶ相手と直に話しておきたいというのが彼女の心情だろう。

 

「えっと先鋒、君が舞原ジュリアン君だね?」

 

「そうっすよ」

 

「次がユウト」

 

「ああ」

 

「そして深見ヒカリちゃん」

 

「……うん」

 

これだけの確認の筈だ…ではさっき、神沢クンは彼女と何を話していたのだ?

 

「…あの金髪で女装の彼は……何て?」

 

葉月ユカリは快く教えてくれた。

 

「自分を呼ぶ時はスクルドと呼んでくれって言ってたよ」

 

「スクルド…」

 

それは彼の中で目指すべき目標、憧れであることは私も知っている。

 

それをこの場所で名乗ろうとするということは、それだけの覚悟があるという証しなのだろう。

 

私も……負けてられない。

 

「……私のことも…ベルダンディって…呼んでもらえるかな……?」

 

「…ヒカリさん……!?」

 

その名前の意味を知る舞原クンが驚いたように声をあげた。

 

「…………いいよ、頑張ってヒカリちゃん」

 

「うん…」

 

葉月ユカリの了承を得る。

 

 

神沢クン……私もあなたの本気に付き合うから。

 

 

不思議だ、私の中の緊張はどこかへ消えてしまった。

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

「「それではこれより、ヴァンガードファイターズグランプリ……決勝戦、チームシックザールvsチームゴルディオンを始めます!!」」

 

 

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「では、順番にファイターをお呼びしましょう!!」

 

葉月ユカリはファイター達の名前を呼び始める。

 

 

 

「チームゴルディオン先鋒!神沢コハク君!」

 

童顔で金髪…その表情は柔らかく、落ち着いていた。

 

 

「チームシックザール先鋒!舞原ジュリアン君!」

 

流れるような長い銀髪をなびかせながら、自信満々といった表情でステージへと進んでいく。

 

「チームゴルディオン中堅!神沢マリさん!」

 

すらりと伸びた綺麗な足、その見た目からは小学生だとは想像がつかない…こちらも金髪だ。

 

 

「チームシックザール中堅!青葉ユウト君!」

 

誰が見ても緊張していると分かる…歩き方がぎこちない天然パーマの高校生。

 

 

「そして、チームゴルディオンの大将!!……スクルド!!」

その名前が呼ばれた瞬間、会場がざわめく…登場した可憐な美少女に再度会場がざわめいた。

 

 

染め上げられた金の髪に純白の衣装…それは正しくスクルドとして語られている姿。

 

 

「迎え撃つのはチームシックザール大将!!……ベルダンディ!!」

 

一度は静まり返った会場に、三度ざわめきが広がる。

 

 

登場したのは黒を基調とした衣裳に身を包んだ黒髪の少女。

 

 

名前を呼ばれた6人はステージ中央に用意されたファイトテーブルの前に立つ。

 

 

「それでは!ファイトの準備をお願いします!!」

 

ファイター達は丁寧にデッキをシャッフルする。

 

互いにデッキを交換し、シャッフル。

 

手札を引き、先攻後攻を決めるジャンケンを終え、手札交換を行う。

 

 

深見ヒカリは自分のデッキを見つめていた。

 

使用しているスリーブには白地に黒の線でヴァンガードサークルが描かれている。

 

昔から丁寧に使ってきたスリーブ。

 

その中には大切な仲間達が構えている。

 

(モルドレッド…あなたに会って…ヴァンガードをもう一度始めて、今日ここにいるんだ)

 

 

「皆さん、準備ができ……たようですので!始めましょう!!」

 

 

(私と神沢クン…どちらの本気が強いのか)

 

 

「「スタンドアップ……」」

 

 

 

(はっきりさせるよ!!)

 

 

 

「「「ヴァンガード!!!!」」」

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

「「スタンドアップ…」」

 

 

「THE!」「my!」

 

 

「「ヴァンガード!!!」」

 

 

私と神沢クンのファイトがついに始まる。

 

 

先攻は私、深見ヒカリからだ。

 

 

「ダークボンド・トランペッターにライド……ジャッジバウを後ろにコールして、鋭峰のシャドウランサーをコールする……スキル発動」

 

私は手札のファントム・ブラスター“Abyss”をドロップし、幽幻の撃退者 モルドレッド・ファントムを手札に加えた。

 

先攻ターンのため私は神沢クンのころながる・解放者にダメージを与えることはできない。

 

 

「なるほど…それがあんたの“撃退者”か」

 

「そっちこそ、“解放者”の力…見せてもらうよ」

 

 

何度か会ってはいたが、互いに本気のデッキを見せるのは初めてだった。

 

 

「面白い…行くぞ!!疾駆の解放者 ヨセフスにライドだ!!!」

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

「「スタンドアップ!ヴァンガード!!」」

 

 

「かすみ草の銃士 ライサ!!」

 

「…煉獄竜 ペタルフレア・ドラコキッド!」

 

 

こちらもチームシックザールが先攻…俺、青葉ユウトは落ち着いていた。

 

両隣にはヒカリとジュリアンがいる…不安なんてなかった。

 

「煉獄闘士 マレイセイにライド…!!俺は戦い抜く、リーダーに託されてるんだからな!!」

 

「思いや誓いがあるのはこちらも同じだから!睡蓮の銃士 ルースにライド!!」

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

「さ~て…元祖スクルドさんはどんなデッキで来るんすかねぇ」

 

「ははは…見せてあげるよ」

 

「「スタンドアップ!ヴァンガード!!」」

 

 

先攻は神沢コハク…僕たちは互いにFVを繰り出したっす。

 

「星輝兵 ブレイブファング…元々ロイパラ使いのコハクさんなら見覚え…が……」

 

 

僕はコハクさんのFVを見て戦慄する。

 

 

“それ”はこのブレイブファングと同じく出たばかりのカードではある。

 

だが、“それ”は“それ”自体を必要とするデッキも含めて発売されたばかりだ。

 

実戦データが圧倒的に少ない上に、ここで出会うこと等想定していなかった。

 

(まだ戦い慣れてるファイターもいなければ、使い慣れてるファイターもいない筈…だからこの大会でわざわざ使ってくるなんて思ってなかったっすよ……)

 

 

「おやおや…どうしたんだい?舞原ジュリアン君」

 

「いや……ちょっと予想外だったっすよ」

 

「そうかい?」

神沢コハクは不気味に微笑み、カードを持ち上げる。

 

 

 

「享受する根絶者…ヰゴール……ふふっ…」

 

 

 

“根絶者”…それは虚無から生まれ、虚無を導く怪物達……

 

神沢コハクの乾いた笑いが僕の耳に残る。

 

 

「デッキとの絆を失った(デリートした)僕には…ぴったりだろう?」

 

 

 

 

VFGP決勝戦……今、開幕。

 

 




もうすぐ第3章もクライマックス…ということで、しばらく更新の頻度が高くなると思います。

よろしくお願いします。


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050 デリート・ユア・ドリーム

神沢コハクが手にしたデッキは“根絶者”…

 

絆を断ち切り、愛を虚無へ帰す導き手。

 

「デッキとの絆を失った(デリートした)僕には…ぴったりだろう?」

 

自分でそう言うと、彼は笑い出す。

 

 

「ふふっ……はははっ…とんだ自虐だ」

 

「わかってて言ってるんすか……」

 

 

僕は呆れてため息をつく…

 

 

「何……元スクルドとして、君をがっかりはさせないよ…舞原ジュリアン君」

 

「……望むところっすね」

 

戦いは……始まる。

 

 

「嘲笑する根絶者 グヰム(7000)にライド!ヰゴールを後列に置いてターンエンド!!」

 

「星輝兵 ボルトライン(7000)にライドっす、後列に下げたブレイブファングのブーストを受けアタック!!(12000)」

 

「ノーガード!!」

 

僕はドライブチェックでヴァイス・ゾルダート…クリティカルトリガーを捲り、神沢コハクのダメージにヱビル、ドロートリガーのヰド…と落としていく。

 

僕の星輝兵と神沢コハクの根絶者…どちらも同じクラン、リンクジョーカーに属している。

 

最も……その見た目は大きく違うっすけどね。

 

「貪り喰う根絶者 ジュヱル(9000)にライド…鳴り響く根絶者 プロヰーグ(9000)をコール」

 

無機質で機械的なユニットが多かった“星輝兵”…今までのリンクジョーカーと異なり、その見た目は骸骨の様…いやそれよりも禍々しく…生々しい物だった。

 

「プロヰーグでアタック(9000)」

 

「ノーガード…」

 

ダメージにはガーネットスター・ドラゴンが落ちる。

 

「ヰゴールとジュヱルでアタック(14000)」

 

「ノーガードっす…」

 

「ドライブチェック……嬉しいねぇ、ドロートリガーだ」

 

そう言って神沢コハクが見せたのは搾取する根絶者 ヰド……

 

僕のダメージゾーンに今度はアストロリーパーが落とされた。

 

「さぁ……君のターンだ」

 

「……何でファイトする気になったんすか?」

 

それは僕がずっと気になっていたことだ。

 

以前、海で出会った時…神沢コハクからは戦う意思という物が無かった。

 

「君がファイトしろって言ったんじゃないか」

 

それは僕が確かに海で彼に言った事だったが……

 

「………それだけとは思えないっすね」

 

「…………『他人のための勝利に意味は無い』…君の持論だっけ?」

 

「…………」

 

「ラシンが自分のために戦うようになったんだ…」

「……へぇ」

 

ずっと兄の強さに拘っていた神沢ラシンが自分のために勝利を求め始めた……か。

 

「戦わない理由が……無くなっちゃってね」

 

「簡単っすね……」

 

「そうでもないよ……ま、ラシンの想い人にヴァンガードを教えてたらやりたくなった…ってのもあるけどね」

 

「何すかそれ」

 

「はははっ……いいじゃないか…見たかった、戦いたかったんだろ?……本気の…“今の”僕と」

 

思わず僕も笑顔になって答える。

 

「もちろん!!!」

 

こうしてカードを握っていると、自分がどれだけこのカードゲームに入れ込んでいるのか、勝利を欲しているのかが分かる。

 

今、隣で戦っている二人も、僕も…勝つためにここにいるだけじゃない……戦いたいからここにいる。

 

「こうして戦うことが、“僕の夢への礎”となるっす!」

 

最強のヴァンガードファイター…神様も膝を尽かせるほどの強運と知能を持った存在に僕はなりたい。

 

だから……

 

「そして僕は勝つ!!伴星の星輝兵 フォトン(9000)にライド!!」

「だったら教えてあげなきゃな……君がどれだけ足掻こうと僕には勝てないということを」

 

「その言葉……是非覚えておいて欲しいっすね…後で後悔するように!!星輝兵 アストロリーパー(9000)をコール!!そしてVにアタック!!(9000)」

 

「ノーガードだ……ダメージはメヰズ…クリティカルトリガー、効果はヴァンガードに」

 

「ヒット時スキル発動っす!!SB1でデッキトップ5枚から、Vと同じユニット……伴星の星輝兵 フォトンを手札に!!」

 

僕は強力なグレード2……フォトンを手にいれる。

 

「ブレイブファングのブーストしたフォトンでヴァンガードにアタック!!(14000)」

 

「ヲルグでガード(完全ガード)」

 

ドライブチェックで極微の星輝兵 マヨロンを手札に加えた僕はターンエンドを口にする。

 

ここまで僕と神沢コハクのダメージは2vs3…こちらが有利と言いたいが、互いにデッキの本領が発揮されるのはこれからだった。

 

「僕のターン……スタンド、ドロー……そろそろ御披露目かな…虚無の化身…根絶者の力を」

 

「………」

 

神沢コハクが妖しく笑う。

 

「穢れし愚者の魂を乗せて、出でよ!!威圧する根絶者 ヲクシズ(11000)!!!」

 

禍々しい姿と、彼らの星ブラントが僕の目の前に現れる。

 

「ヰドをコール…ヲクシズのスキル発動…CB3、ヰドをソウルへ自身にパワー+10000…そして」

 

神沢コハクはその細く綺麗な指で僕のフォトンを指さし、言った。

 

 

「虚空に散れ……“デリート”」

 

フォトンは裏向きにされる。

 

今、僕のヴァンガードは伴星の星輝兵 フォトンという名前を持ったパワー0のユニットになった…スキルも持っていない。

 

最早パワーも能力も失ったヴァンガードは…憐れだ。

 

これがデリート…根絶者だけが持つリンクジョーカーの新たなる力、自身の攻撃を有利にし、ブレイクライドを完全に封じる術。

 

呪縛と同じように自分のターンのエンドフェイズ時に解ける他に、ライドをすることでも解除できる…が、ヲクシズはスキルによって手札を捨てることを要求してくる。

 

「“デリート”時にプロヰーグにパワー+2000…ヰゴールをソウルに入れダメージを1枚表にし、1枚ドロー、そして並列する根絶者 ゲヰール(9000)をコール…星輝兵 アストロリーパーを呪縛……」

 

僕の前列に裏のカードが並ぶ。

 

「絶望の旋律を刻め……ヲクシズでアタック(21000)」

 

「……っ、ノーガードっす」

 

デリートされ、自身のパワーを失うことで相手からのシールドの要求値も跳ね上がる、そしてフリーズレイ・ドラゴンやカスミローグといったユニットが持つ“ガード系”のスキルも使用不可にすることができる。

 

これがデリートの強み…一見ただ妨害をするだけのデリートは極めて攻撃的なスキルだった。

 

「ツインドライブ……ガノヱク……そしてメヰズ、クリティカルゲットだ」

 

クリティカルはVに、パワーはゲヰールに与えられた。

 

「ダメージチェック……コールドデス・ドラゴン…そして……っ!!回想の星輝兵 テルル!ヒールトリガーっす!!」

ダメージがヒールトリガーに癒される……これでダメージは同点……っすけど。

 

「プロヰーグでアタック!!(11000)」

ヒールトリガーが乗ったとはいえ、今のフォトンのパワーは5000……あまりに脆すぎる。

 

「ノーガード……っす、ダメージはヌル・カメレヲン…クリティカルっす、効果は全てヴァンガードに」

 

「ゲヰールでアタック!!(14000)」

 

「コールドデス・ドラゴンでガード!」

 

 

神沢コハクのターンは終わる……だが、このデリートは終わらない。

 

「僕のターンっす!!スタンド、ドロー……」

 

「ヲクシズのスキルで…」

 

「分かってるっすよ!!ライド時に手札をドロップ!…ガーネットスターをドロップゾーンへ!そして!!」

 

僕はデリートされたフォトンの上に新たなヴァンガードを置く。

 

「悪夢の先に狂気あり!叫べ呪縛竜!!ライド…星輝兵 ガーネットスター・ドラゴン(11000)!!」

 

ダメージは僕の方が多いっす……けど!ここで巻き返させて貰うっすよ!!

 

「シークメイト!双闘!!伴星の星輝兵 フォトン!スキル発動!!ゲヰールを呪縛っす!!ついでにリアガードにフォトンをコールしてプロヰーグも呪縛っすよ!」

 

これで神沢コハクはヴァンガード以外でアタック出来なくなった。

 

「ふむぅ……これがリンクジョーカー…か」

 

「あんたも今、使ってるクランっすよ!」

 

「ふっ……そうだったね」

 

神沢コハクのファイト経験は一応、ブレイクライドが登場する前までの物だ……一応…故にその後に登場したリンクジョーカーとのファイト経験は少ない筈。

 

とはいえ、僕も根絶者とは初めてのファイトではあるんすけどね。

 

「呪縛を怖がってちゃ、ファイトは出来ないっす!沈黙の星輝兵 ディラトン(9000)!極微の星輝兵 マヨロン(7000)をコール!!」

 

僕はディラトンのスキルで“切り札”を手札に加える。

 

「ガーネットスター達でアタックっす!!(27000)」

 

「ゲヰールをドロップ…ヱビルで完全ガードだ」

 

アタックは防がれたものの、ヒールトリガーとドロートリガーの二枚をドライブトリガーとして引けたため、僕は少しほっとしたっす。

 

「マヨロンのブーストしたディラトンでヴァンガードにアタック!!(26000)」

 

「ノーガード…だね」

 

ダメージゾーンに速攻する根絶者 ガタリヲが落とされる。

 

これでダメージは逆転した。

 

「ターンエンドっす」

 

「僕のターンか……スタンド、ドロー……」

 

元スクルド…彼を倒すことが出来れば…僕の最強への道がついに始まる。

 

僕の悲願、夢、目標……生きる、理由がそこにはあった。

 

「もしかして安心してるのかい?」

 

「……根絶者はまだまだ勉強不足っすけど…今のヲクシズを見るに……“デリート”の連発は難しいんじゃないっすか?ルルヱルルとかいうのは使いづらそうっすし…」

 

ヲクシズはスキルの発動にかなりのカウンターブラストを要求した…しかもご丁寧に“エスペシャル”だ、根絶者以外では使えないようになっている。

 

「ま、ヲクシズなら今、デリートは出来ないしルルヱルルは不確定要素が強い…が、忘れてないかい?ブースター“ネオンメサイア”のRRRの内の1体を」

 

「…………っ!!、でもそんな…都合よく手札に有るわけが…」

 

「あるんだなぁ……それが」

 

神沢コハクはそのカードを僕の前に出す。

 

 

「ライド……虚空へ消えた魂を喰らう魔獣…並列する根絶者 ゼヰール(11000)」

 

 

デリートを行えるユニットはうろ覚えっすけど3体いた筈っす……

 

ヲクシズは高パワーとライド制限を持つユニット。

 

ルルヱルルは…ドライブチェックとリアガードにグレード3を要求して…

 

ゼヰールは……

 

神沢コハクは略奪する根絶者 ガノヱクをコール、SB2を使い、ドローする。

 

「そして…シークメイト…双闘!!」

 

ゼヰールの隣に並ぶのはゲヰールと呼ばれていたユニット。

 

ジャクスターポーズ・デリーターと呼ばれるユニット達が、ガーネットスターの前に立った。

 

「レギオンスキル……“デリート”」

 

「…………っ!」

 

CB2と手札のカードのドロップによって、僕のヴァンガードは再び……消えた。

 

 

「残念だが…僕を倒すという君の夢は叶わない」

 

 

「……」

 

「デリート・ユア・ドリーム……これが僕が君に用意した“デリート・エンド”だ」

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

「ライサでブーストしたルースでアタック!!(12000)」

 

「ノーガード」

 

青葉ユウトと神沢マリのファイトも始まったばかりだった。

 

「ドライブチェック…胡蝶蘭の銃士 キルスティ」

 

トリガーは無し、俺のダメージにブレイクダウン・ドラゴンが落ちる。

 

「俺のターン…ドロー……煉獄竜 ワールウインド・ドラゴン(9000)にライド…さらにワールウインドとドラゴニック・ガイアース(6000)をコールする」

 

今回はきちんと事故らずにライドできた…俺はひとまず安心した。

 

「ペタルフレアでブーストしてワールウインドでヴァンガードに…パワー14000でアタック!!」

 

俺はヴァンガードによる攻撃を行った。

 

「ノーガードだよ」

 

「ドライブチェック……バスターレイン・ドラゴンだ!!クリティカルトリガー!!クリティカルはヴァンガード、パワーはリアガードのワールウインドに与える!」

 

早速クリティカルトリガーとは幸先いいな。

 

「ダメージチェック…シルヴィアとサウル…トリガー無し」

 

「よっし次だ!ガイアースのスキルでワールウインドにクリティカルを与えアタック!!(17000☆2)」

 

「調子に乗らないでね!エルンストとハンナでガード!!」

俺の攻撃はトリガー2枚に阻まれ、ターンが終わる。

 

「私のターン…スタンド、ドロー…ライド!パンジーの銃士 シルヴィア(7000)!スキルでデッキトップから…シルヴィアをスペリオルコール!さらに…鈴蘭の銃士 レベッカ(7000)をスペリオルコール!レベッカのスキル!CB1…シルヴィアを退却…トップ4枚からリコリスの銃士 サウル(9000)をスッペリオルコール♪」

 

「???」

 

よく分からない内にどんどんリアガードが現れる。

 

「…今のは…?」

 

取り合えず…いつの間にかリアガードが2体増え、ドロップゾーンのカードも増えた。

「ライサでブーストしたシルヴィアでアタック!(12000)」

 

「あ、ノーガード!」

 

「ドライブチェック…牡丹の銃士 トゥーレ、トリガー無し!」

 

ダメージはワールウインド・ドラゴンだった。

 

「レベッカでブーストしたサウルのアタック!!(16000)」

 

「……ノーガード」

 

俺にターンが回り、ダメージは3vs2…ダメージを多く食らってるのは俺の方だった。

 

 

「スタンド、ドロー……目覚めろ!穢れを知らぬ水竜よ!!ライド!ドラゴニック・ウォーターフォウル(10000)!!」

 

 

「ど…ドラゴニック・ウォーターフォウル…!?」

 

若干…呆れたような声だった気がするが……

 

「こいつは俺の大事なユニットだ」

「う…うん……」

 

俺はリアガードを新たにコールすることなく、アタックフェイズに入った。

 

「ウォーターフォウルとペタルフレアでアタック!!ウォーターフォウルのスキル……ブレイクダウン・ドラゴンをドロップしてパワー+10000!合計28000でアタックだ!!」

 

「……クインテットウォール…CB1、おいで…ハンナ!ヴェラ!サウル!ダニエル!スザンナ!!合計30000シールド!2枚貫通でガード!!」

 

2枚貫通……か。

 

「ツインドライブ……煉獄の踊り子 アガフィア…ヒールトリガー!!、ダメージを回復して……」

 

2枚貫通……このトリガーをウォーターフォウルに乗せてもう一枚トリガーを引けば……

 

「…………パワーはワールウインドに、セカンドチェック、煉獄闘士 マレイコウ…トリガー無しだ」

 

ウォーターフォウルに乗せなくて正解だったな。

 

俺は残ったワールウインドとガイアースを前のターンと同じように動かした。

 

「パワー17000クリティカル2でアタックだ!!」

 

「サウルでインターセプト、ダニエルでガード!」

 

「……ターンエンド」

 

このターン……俺はダメージを与えることはできなかった。

 

まぁヒールトリガーを引いたおかげでダメージは互いに2点…これは良かった。

 

 

「まだまだ余裕だって顔してる」

 

「ん……?そうか?」

 

「私、初心者さんには負けないよ」

 

それは聞き捨てならないな…確かに初心者だが、初めてもう4ヶ月にはなるぞ。

 

「……ウォーターフォウルのことか?」

 

何が俺を初心者風にしているのか少し考えて、聞いてみた……これが理由だったら俺は悲しいぞ。

 

「違う違う(ちょっと驚いたけど)…こうシャッフルの仕方とか……カードの持ち方とか……あ、オーラ?」

 

「オーラ……」

 

「隣の二人と比べると……ねぇ」

 

出来れば隣の二人とは比べないで欲しい…そりゃ確かに二人と比べれば俺はまだまだ未熟だが。

 

「ここまでの私のデッキで目が回ってるようじゃ…持たないよ?」

……バレてたか。

 

 

「スタンド、ドロー……ライド!!それは咲き乱れる情熱の花!!リコリスの銃士 ヴェラ(11000)!!」

 

 

ついに両者グレード3…戦いの激化は予想される。

 

 

「シークメイト…吹き荒れろ花の嵐!!ヴェラ、サウル……双闘!!…レギオンスキルで全ての銃士にパワー+3000!!」

 

 

一瞬耳を疑った……何て強力な……

 

「まだまだ!!牡丹の銃士 トゥーレ(9000)をコールするよ!!」

 

 

まただ、俺は直感した。

 

その予想通り、目が回るような連続コールが始まる。

 

「ライサを退却して、アネモネの銃士 スザンナをコール!!SB2でカウンターブラストを表に!」

 

前のターンで使われたコストが回復する。

 

「ドロップゾーンのライサのスキル!CB1で青薔薇の銃士 エルンストをスペリオルコール!ヴェラのスキルでエルンストを退却、サウルをコール!!」

1枚のカードが2枚に、そして3枚に…それがネオネクタールの“繁殖力”

 

「レギオンアタック!!パワー26000!!」

 

「くっ、完全ガードだ!!」

 

俺はゴジョーをコストにランパート・ドラゴンを使用する。

 

「ツインドライブ…ヴェラと…レベッカ、トリガー無しだよ……スザンナのブースト、サウルでアタックでスキル発動!!」

 

神沢マリは何やらドロップゾーンからカードを山札に戻していく。

 

「シャッフルして……1枚ドロー!!パワー20000でアタック!!」

 

「…ノーガード!」

 

前のターンに回復した筈のダメージゾーンに煉獄竜 メナスレーザー・ドラゴンが落とされる。

 

「レベッカでブーストしたトゥーレのアタック!!パワー22000!!」

 

「トリガーが乗ってたら危なかったな…アガフィアでガード!ワールウインドでインターセプト!!」

 

何とか守りきった…この攻撃が何ターンも続くとしたら……恐ろしいな。

 

「ターンエンドだよ」

 

「俺のターン……か」

 

俺はさっき彼女に言われた言葉を思い出す。

 

 

ーー私、初心者さんには負けないよ

 

確かに俺は初心者だ…だが、それを理由に戦いを諦める訳にはいかない。

 

戦いを任せてくれたリーダー、隣で今も戦っているヒカリやジュリアンがいる。

 

そんな仲間達のために俺は…勝利を掴まなきゃならないんだ!!

 

 

「スタンド…ドロー……」

 

ヒカリやジュリアン、リーダー達程の“経験値”は俺には無い。

 

だから、今!強くなっていくんだ!!!

 

 

「目覚めろ!穢れを打ち砕く煉獄竜よ!ライド!煉獄竜 ブレイクダウン・ドラゴン!!!」

 

 

全てを壊し、焼き払う!!

 

 

 

* * * * *

 

 

舞原ジュリアン、青葉ユウト…二人は全力でファイトを繰り広げている。

 

 

そして深見ヒカリは…

 

 

 

「これは……」

 

「これはエクスプロージョンブルー……この攻撃をあんたはグレード0でしかガード出来ない」

 

ヒカリとモルドレッドの前に立つのは、蒼く、青く輝くコスモドラゴン。

 

「これが青き炎…」

 

「ああ……青き炎の解放者 プロミネンス・グレア」

 

 

 

奇しくも……か。

 

 

モルドレッドにドラグルーラー、ファントム・ブラスター“Abyss”

 

パーシヴァルにプロミネンスコアそしてグレア

 

 

ヒカリとラシンのグレード3はそれぞれ同一人物…

 

竜と人…2つの姿を持つユニット達だった。

 

 

「神沢クン…これが……あなたの……」

 

「これが俺の……本気だ」

 

 

二人の“ノルン”そしてかつての守護竜と、その守護竜から力を貰った戦士が……その剣を交える。

 

 

 



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051 聖竜は青き絆の炎を紡ぐ

「ころながるのブーストしたヨセフスでアタック!(12000)」

 

「ノーガード!!」

 

ドライブチェックは誓いの解放者 アグロヴァル。

 

ダメージにはブラスター・ダーク・撃退者が落とされる。

 

私、深見ヒカリと神沢クンとのファイトが始まっていた。

 

舞台はVFGP……その決勝。

 

いつか約束した再戦が…こんな大舞台になるなんてあの時はあまり思っていなかった。

 

「……ブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”(9000)にライド!!シャドウランサーでヴァンガードにアタック!(7000)」

 

「ノーガード…ダメージチェック…解放者 ラッキー・チャーミー…ドロートリガーだ」

 

「ヴァンガードでアタック…(14000)」

 

「そいつもノーガードだ」

 

「ドライブチェック…暗黒医術の撃退者…ヒールトリガーだよ」

 

「奇遇だな、俺もヒールトリガーだ」

 

私たちは互いにダメージを回復する。

 

「ターンエンド」「俺のターン……」

神沢クンがスタンド、ドローと処理を行っていく。

 

「解放者 ローフル・トランペッター(9000)にライド、誓いの解放者 アグロヴァル(9000)をコールしてCB1、解放者 ローフル・トランペッターをスペリオルコール」

 

あまりにもスムーズにこなしていくので分かりにくいが、アグロヴァルのスキルは山札の上の3枚から1枚選んでのスペリオルコールだ…もっとも彼にはスキルを使う前から誰が待っているのか知っていたのだろうが。

 

「ローフルでシャドウランサーにアタック(9000)」

 

「ノーガード…」

 

「アグロヴァルでヴァンガードに(9000)」

 

「…ノーガード…ダメージは氷結の撃退者、ドロートリガーだよ」

 

私はドローし、パワーをヴァンガードに与えた。

 

「ころながる、ローフルでヴァンガードにアタックだ(14000)」

 

「……暗黒医術の撃退者でガード、完全カードだよ」

 

「…ドライブチェックは、青き炎の解放者 プロミネンスコア……ターンエンドだ」

 

静かに、早く、ターンが進んでいく。

 

「私のターン…スタンドandドロー……」

 

私の胸の鼓動は高鳴る…カードショップアスタリアでの敗戦を私は忘れない。

 

私は昔使っていたファントム・ブラスター・ドラゴンのデッキを使い、彼はオラクルシンクタンクの“メイガス”のデッキを使っていた。

 

だけど!…あの時とは私も、デッキも違う!!

 

乗せる……思いでさえも!!!

 

「参る……世界の優しさと痛みを知る漆黒の騎士よ、我らを導く先導者となれ!!ライド・THE・ヴァンガード!!幽幻の撃退者 モルドレッド・ファントム!!」

 

幽幻の撃退者 モルドレッド・ファントム(11000)が私の前に降り立つ。

 

「超克の撃退者 ルケア(9000)をコール…ジャッジバウのブーストしたモルドレッドでアタック!(18000)」

 

モルドレッドの攻撃は真っ直ぐヴァンガードに飛んでいく。

 

「…………ノーガードだ」

 

「ドライブチェック……first、暗黒の撃退者 マクリール……second、雄弁の撃退者 グロン…トリガー無しだね」

 

「ダメージチェック…大願の解放者 エーサス、クリティカルトリガーだ…効果はヴァンガードに」

 

私はジャッジバウのスキルを発動させる…CB1と自身のソウルインによって山札からグロン(4000)と督戦の撃退者 ドリンがコールされた。

 

さらにグレード1以下がコールされる度にリアガードのルケアはパワーが3000ずつ上昇する。

 

「ドリンのブーストしたルケアでヴァンガードにアタック!!パワーは22000!!」

 

「ノーガード…ダメージは霊薬の解放者、ヒールトリガーだ…回復する」

 

「……ターンエンド」

 

6ターンが終わって私と神沢クンのダメージは1vs2…私はそれなりの回数、攻撃をぶつけたつもりだったが神沢クンはここまでで二度ヒールトリガーを発動させているため、ダメージは溜まっていない。

 

いや……ヒールトリガーだけじゃない、ここまでの神沢クンのダメージ全てがトリガーだった…現在の環境ならレギオンがあるため序盤にトリガーを引き過ぎたとしても、山札に戻すことができるためトリガーが不足することは無い。

 

おそらく、このダメージトリガーは意図的なものだ。

 

神沢クンの“力”……“神の羅針盤”だったかは山札の中身を見ることができるというもの。

 

以前神沢クンが言っていた話によるとデッキとの“つながり”が弱ければ場合によって相手のデッキも見ることができるとか。

 

前のファイトでもそれに翻弄された…でも分かる、もう私の山札は神沢クンには見えない…今、私とデッキは一心同体に近い……と思う。

 

だから…負けないよ!!

 

「ふっ……」

 

「……何?」

 

「いや…ここからファイトが面白くなるんだなと思ってな」

 

「……そうだね」

 

神沢クンのターンから“双闘”が使えるようになる。

 

戦いもまた、激しいものになるだろう。

 

「俺のターン…スタンドとドロー……」

 

神沢クンはにやりと笑う。

 

「俺の分身…行くぞ!」

 

神沢クンが1枚のカードを前に出す。

 

「蒼く、青く、輝け!!その火は決して消えず、その炎は竜に宿りて我が道を照らす!!ライド・my・ヴァンガード!!青き炎の解放者 プロミネンスグレア!!」

 

青く…聖なる炎を纏ったコスモドラゴン…青き炎の解放者 プロミネンスグレア(11000)。

 

「…グレア…か」

「五月雨の解放者 ブルーノをコールし、グレアのスキル発動!!CB1、誓いの解放者 アグロヴァルを退却!定めの解放者 アグロヴァル(9000)をコール!!スキルでSB1!青き炎の解放者 プロミネンスコアを手札に!」

 

 

定めの解放者 アグロヴァルのスキルは山札の上の5枚を見て“青き炎”のカードを1枚手札に加えるという不確定な能力…だけど…

 

私は少し溜め息をつく。

 

神沢クンを相手にする以上…この手のスキルが不発することは無い……か。

 

「煌めく極光の中で輝き続ける青き炎よ!!シークメイト!…我らに祝福を与えよ!!双闘!!」

 

プロミネンスグレアの隣にレギオンメイト……定めの解放者 アグロヴァルが並び立つ。

 

「レギオン時、ローフルのスキル発動!疾駆の解放者 ヨセフスをスペリオルコール!ブルーノ、ころながるがそれぞれのスキルでパワー+3000」

 

神沢クンは山札からの不確定なスペリオルコールを軽やかに使う。

 

決して他のファイターには出来ないだろう。

 

神沢クンはさらにヨセフスのスキルでドローを行った。

 

「プロミネンスグレアのレギオンスキルをここに発動する!!CB1とプロミネンスコアのドロップでクリティカル+1!グレード1以上でのガードを制限する!!」

 

 

ヴァンガードにはそれだけでクランの優劣を決めてしまう能力が2つある。

 

1つはVスタンド…私の“Abyss”が持っている。

 

そしてもう1つが“ガード制限”だ。

 

どちらも、有効なタイミングはファイトの終盤だが基本的にどのタイミングで出されても“うっ”と言ってしまうだろう。

 

「これは…」

 

「これはエクスプロージョンブルー…まぁ…今回はほんのジャブみたいなものだがな」

 

確かに…ガード制限とクリティカルは得ているが、パワーは上昇していない…だがそれは今回だけだろう…プロミネンスグレアの後ろにはスペリオルコールの度にパワーが上がるころながるがいる…グレアのスキルとうまく組み合わせれば一撃で相手を倒すことも可能になるだろう。

 

「これが青き炎…」

 

「ああ…青き炎の解放者 プロミネンスグレア」

 

 

ある程度自由の利くスペリオルコール、そしてトリガー……

 

その上でガード制限にクリティカル増加、リアガードのパワーパンプ……

 

「神沢クン……これが…あなたの……」

 

「これが俺の本気だ…」

 

成る程…これだけの攻撃力に展開力、スペリオルコールを使ったトリガー操作をこれだけ美少女(男)が操るなんて最強すぎる。

 

でも最強だからといって、完璧な訳じゃない。

 

「ころながる、プロミネンスグレアでアタック…パワー28000、クリティカル2、G1以上でのガード不可!」

 

「ノーガード!!」

 

つけ込む隙は……ある!

 

「ドライブチェック…ドロートリガー、そして定めのアグロヴァル……」

 

トリガーのパワーはローフルに与えられた。

 

私のダメージにはマクリールとモルドレッドが落とされる。

 

「ヨセフスのブーストした定めの解放者 アグロヴァルでリアガードのルケアにアタックだ(18000)」

「ノーガード…ルケアを退却」

アタック時にVが“青き炎”がいる場合にパワー+2000するスキルを持っているのが“定めの解放者”アグロヴァルだ。

 

ルケアへのアタックには関係ないが、ヴァンガードへのアタックが単体で行えることを考えるとなかなか強い能力だ。

 

「ブルーノのブースト、ローフル・トランペッターでヴァンガードにアタック…パワーは27000だ」

 

この攻撃を受ければ4点……一瞬考えてしまったが、相手のヴァンガードがクリティカル増加スキルを持っている以上3点でも4点でも“プレッシャー”は変わらない。

 

「……ノーガード」

 

ダメージにはクリティカルトリガーの厳格なる撃退者が落とされる。

 

「ターンエンドだ」

 

ダメージは4vs2……私の方が劣勢ではあるけれど、まだまだ巻き返すことはできる。

 

手札も気合いも十分だ。

 

((……わくわくする…))

 

その時、私と神沢クンは同じことを考えていた。

 

(このファイト…は俺の最強への1歩である上に…今の俺の強さを計ることもできる……こんな大きな舞台で俺は…輝けるんだ)

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

2年前、コハク兄さんの元に差出人不明の招待状が届いた。

 

その頃は俺と兄さんはヴァンガードをしていたが、マリはまだ手をつけていなかった。

 

ちなみに身長も昔はマリの方が小さかった。

 

今ではとっくに……な。

 

とにかく俺と兄さん、そしてマリの3人は両親から隠れて、その招待状を開けたんだ。

 

「ヴァンガードの……大会?」

 

「ああ…ラグナレクCSっていうらしい」

 

「しーえす?」

 

「チャンピョンシップの略だよ」

 

その時の俺は兄さん宛に大会の招待状が届いたことを自分のことの様に喜んだ。

 

兄さんの強さは俺が一番知っていたから。

 

招待状には同伴者が認められていたため、俺たち3人は一緒に…もちろん親には内緒で“ラグナレクCS”の送迎バスへと乗り込んだ。

 

兄さんはいつも女物の服ばかり着せられていたため、抜け出すときも怪しまれないようにその格好であった。

 

今思うと、まずその服は止めろよと言っておくべきだったか…いや、その場合は俺が着せられていたか。

 

完全に外の風景が遮断されたバスを当時の…小学生の頃の俺はつまらないなとしか思っていなかった。

 

最終的に目隠しをされた俺たちがたどり着いたのは、想像以上に大きなホールだった。

 

「あの機械は……」

 

「あー…MFSってヤツかな」

 

「えむえふえす?」

 

ラグナレクCSはMFSの試験運転だと説明された。

 

その理由に参加した大部分のファイターが半分納得、半分疑問を抱きつつも大会は始まった。

 

大会の参加者は俺の目から見ても強者揃いだった。

 

ただ…兄さんがその誰よりも強かっただけで。

 

「……アタックです」

 

その時兄さんは相手が皆、自分のことを幼女だと思っていることに気がついており、わざと高い声を出して面白がっていた。

 

確実に原因は着ていた服だった。

 

だがその後、様々なことがあって結局兄さんはヴァンガードを辞めてしまった。

 

 

“ノルン”というのを知ったのはその後のことだ。

 

 

兄さんと同等のファイターなんているわけがない。

 

そんなヤツ俺が倒す…それで兄さんは名実共に最強のヴァンガードファイターになるんだ。

 

 

 

その思いに駆られた俺は…昔から俺が持っていた自分の目標を見失ってしまった。

 

ヴァンガードを始めた頃からずっと…俺は兄さんのような……いや、兄さんよりも強いファイターになりたいと願い、ファイトを積み重ねてきたんだ。

 

 

俺は強くなって、もっとヴァンガードが楽しみたかった。

 

 

 

 

今では心から、そう思う。

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

(今、俺の前にはノルンと呼ばれ、兄さんと同列に語られたファイターが立っている)

 

神沢クンの手に力が入ったのがわかった。

 

(本気の彼女を倒し、俺はもっと強くなる…そしてもっとこのゲームを楽しむんだ)

 

神沢クンの瞳が強く、黄金に輝く…それは彼のヴァンガード…プロミネンスグレアと同じ色だ。

 

「私のターン……スタンドandドロー…」

 

彼の気持ちが分かる気がする。

 

心と心でぶつかり合う…やりがいのある楽しいファイトを求めている。

 

人はライバルがいるから強くなるという。

 

私にとってそれは神沢クン……君なんだね。

 

 

 

ヴァンガードに限った話じゃない…人はいつでも誰かの先導者になり得るんだ。

 

 

私は手札を見つめる…ここからのファイト…長期戦になるかもしれない。

 

今、この瞬間に全てのスキルを使うのは危険すぎると考えた。

 

大丈夫…この後の流れはもう……決まっている。

 

「真なる奈落で影と影…深淵で見た魂の光が彼らを繋ぎ、強くする!!ブレイクライドレギオン!!」

 

ブレイクライドによりブラスター・ダーク・撃退者(9000)がパワー+5000の状態でスペリオルコールされ、ドリンのスキルはブレイクライドのコストを帳消しにした。

 

「撃退者 ファントム・ブラスター“Abyss”!!ブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”!!(11000)」

「Abyss……か」

 

 

「さらにダーク“Abyss”をコール……CB1でころながる・解放者を退却させる…」

 

厄介に感じていたころながるが盤面から消える。

 

「…………」

 

「行くよ…ドリンのブーストしたダーク・撃退者がアグロヴァルにアタック!!(21000)」

 

「…ノーガードだ」

 

このままヴァンガードにアタックしてもノーガードでいなされるだけ…なら今のうちにリアガードを潰し、レギオンで山札に戻すのが追い付かなくする…なんてね。

 

「グロンのスキル、そしてブースト……Abyssのレギオンアタック!!パワー42000!!」

「ノーガード……だ」

 

この後のドライブチェックでクリティカルが出ればスタンドさせる、だけど出なければ…コストの無駄になりそうだ。

 

「ドライブチェック…first…氷結の撃退者、ドロートリガー…パワーはリアガードのダーク“Abyss”……second……暗黒医術の撃退者、ヒールトリガー…パワーはダーク“Abyss”に与え、ダメージは回復します」

 

ダメージには五月雨の解放者 ブルーノが落ちる。

 

本物の神じゃない…全てダメージトリガーにはならないか。

 

「ブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”でローフル・トランペッターにアタックするよ…(19000)」

 

「ノーガード…」

 

「ターンエンドだよ」

 

 

 

これでダメージは同点、相手のリアガードは三体潰した。

 

次は……どう来る?

 

 

 

「Abyss…か」

 

神沢クンが不意に呟いた。

 

「?」

 

「それがあんたの…エースか」

 

「……うん」

 

神沢クンの黄金の瞳が私を見据える。

 

「だが俺のエースは2体いる…スタンドとドロー!!」

 

 

……それって…

 

 

「揺らめく炎にその身を委ね、青き極光、闇退ける!!ライド・my・ヴァンガード!!青き炎の解放者 プロミネンスコア(11000)!!!」

 

「……」

 

神沢クンは解放者 ローフル・トランペッターをコールするとさらに叫んだ。

 

 

「青き炎は消えることなく、闇に覆われた世界を包み込む!!シークメイト!!双闘!!」

 

 

青き炎の解放者 プロミネンスコアの隣に並び立つのは誓いの解放者 アグロヴァル。

 

ブレイクライドを絡めた私のデッキと違い、神沢クンのデッキは双闘を繰り返す最新型のデッキだった。

 

「ローフル・トランペッターのスキルでプロミネンスコアをスペリオルコール!!コアとブルーノはパワー+3000!!コアは更にクリティカル+1!!」

 

昼食をファストフードで済ませよっかと言うくらい軽い勢いでクリティカルが増える。

 

「……そんな簡単にクリティカル増える能力じゃなさそうなのに……」

 

プロミネンスコアの能力はつまるところ、ペルソナスペリオルコールによる誘発だ。

 

デッキの中のたった6枚のカードをスペリオルコールしなければならないのだが。

 

 

「これが俺のペルソナフラムブルー・リンケージだ」

 

 

グレアより誘発条件が厳しく、ガード制限も無い代わりに、コストが無く、パワーも上昇するのが特徴だった。

「さて…プロミネンスコアのレギオンアタック!!パワー23000、クリティカル2だ!!」

 

「マクリールで完全ガード!!コストは氷結の撃退者!!」

 

そして神沢クンは楽しそうに笑い、言い放った。

 

 

「ドライブチェックはダブルクリティカルだ」

 

わざわざそう宣言してからドライブチェックを始める…

 

結果はどちらも希望の解放者 エポナ……クリティカルトリガーだった。

 

完全ガードで無ければ危なかった。

 

低めのパワーに油断してはいけない。

 

これが神沢クンの“力”の恐ろしい部分…2枚貫通のチャンスは決して逃さない。

 

神託…預言……彼の言葉を借りるなら……

 

 

“神の羅針盤”

 

 

「さぁ……行くぞ」

 

彼はパワー28000、クリティカル3という強大な威力の攻撃をぶつけてくる。

 

「いつでもどうぞ…返り討ちにするよ」

 

私はそれを暗黒医術の撃退者、雄弁の撃退者グロン、そしてダーク“Abyss”のインターセプトで止める。

 

「ヨセフスのブースト、プロミネンスコア!!」

 

「ノーガード!!ゲット!ドロートリガー!!」

 

 

ファイトはまだ…始まったばかりだ。

 

 



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052 戦う意味

VFGP…決勝戦。

 

「ターンエンドだ」

 

神沢クンが言う。

 

ターンは再び私の元に来た。

 

 

ダメージは私が4…神沢クンが3……

 

互いに突破口を見つけようと、探り合っていた。

 

 

「スタンドandドロー…」

 

 

ここまで神沢クンは私のヴァンガードによる攻撃を“ノーガード”か“完全ガード”で受けている。

 

これは恐らく私の“力”への対策ということだろう。

 

……ドライブチェックでは使わせてもらえないか。

 

 

「絶望のイメージにその身を焼かれ尚、世界を愛する奈落の竜!!…今ここに!!ライド・THE・ヴァンガード!!撃退者 ファントム・ブラスター“Abyss”!」

 

 

チャンスを探さなければならない。

 

たった一回の能力の……使いどころを。

 

「常闇の深淵で見た光…来たれ!!シークメイトand双闘!!ブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”!!」」

 

 

ここからが…真の奈落の始まりだ!!!

 

「詭計の撃退者 マナ(8000)をコールし、スキルで無常の撃退者 マスカレード(7000)をスペリオルコール」

 

そして私はアタックフェイズに入る。

 

「マスカレードでブーストしたマナでローフル・トランペッターにアタック!」

 

パワーは15000だ…レギオンする度にスペリオルコールなど……放ってはおけない。

 

「エポナでガード」

 

ローフル・トランペッターは守られた。

 

「だったら…グロンのスキル、そしてブースト…Abyssでヴァンガードにアタック!!(32000)」

 

「エルドルで完全ガードだ」

 

神沢クンはコストにドロートリガーをドロップした。

 

やっぱり……完全ガードで来るか…

 

「ドライブチェック…first…厳格なる撃退者!クリティカルトリガー!!効果は全てAbyssに!…second…ブラスター・ダーク・撃退者、トリガー無し…………レギオンスキル発動!グロンとマナ、マスカレードを退却しCB2!」

 

これが私の…今のシャドウパラディンだ。

 

「Abyssは再び立ち上がり!!青き炎を消し去ってくれよう!!アタック!!(27000☆2)」

 

「完全ガードだ!!」

再び私の前に光陣の解放者 エルドルが現れ、アタックの邪魔をする。

 

「ドライブチェック…」

 

二度目のドライブチェックでは詭計の撃退者 マナとヒールトリガーを捲ることができた。

 

ダメージは回復し、パワーはダークに……

 

「ドリンのブーストした、ブラスター・ダーク・撃退者でヴァンガードにアタック!!(21000)」

「…………ノーガード」

 

神沢クンのダメージにプロミネンスグレアが落ちる。

 

例え手札に欲しいカードであっても、守るべき攻撃とそうでない攻撃は見分けなければならない。

 

そう言った意味では、神沢クンの能力は難しいのかもしれなかった。

 

ダメージは逆転して私が3、神沢クンが4…

 

鍔迫り合いは続く。

 

 

「俺のターン…スタンドとドロー……」

 

神沢クンはカウンターブラストに手を伸ばす。

 

「プロミネンスコアのスキル発動、CB1、リアガードのプロミネンスコアを退却して、コアの後ろに五月雨の解放者 ブルーノをコール、そして手札から定めの解放者 アグロヴァルをコールする…」

 

神沢クンはそのままアタックに入ることを宣言した。

 

使えるはずのアグロヴァルのスキルを使わなかったのは…やはりデッキトップにトリガーが……?

 

「27000…ブルーノとプロミネンスコアでヴァンガードにレギオンアタックだ」

 

「…………ノーガード」

 

この攻撃はまだノーガードと言える攻撃だ。

 

彼の使うユニットが皆、クリティカルの増加スキルを持っているのだ…これからノーガードと言える機会は殆ど無いであろう。

 

手札は大事にしたい。

 

「ドライブチェック…ヒールトリガー、青き炎の解放者 パーシヴァルだ」

 

神沢クンが狙っていたのはこのヒールトリガーだったんだ……有効ヒールは確かに逃したくない。

 

これでダメージは再び逆転する。

 

私のダメージには督戦の撃退者 ドリンが落ちた。

 

「ブルーノのブーストしたローフルでリアガードのダークにアタックする(19000)」

 

「ノーガード…ダークは退却」

 

「ヨセフスと定めのアグロヴァルでヴァンガードにアタック…パワーは23000だ」

 

「暗黒医術と氷結の撃退者で…ガード!!」

 

「ターンエンドだ…」

 

私にターンが回る…前のターンでの神沢クンの動きはこの次のターンへの布石だった。

 

恐らく次のターン…神沢クンは強烈な攻撃を仕掛けてくる筈だ。

 

なら私がここで…攻撃の手を緩める訳にはいかない。

 

「スタンドand……行くよ」

 

「……!!」

 

私の瞳が緋色に染まる。

 

私の胸の奥が熱く…高鳴っている。

 

「ドロー!!」

 

私の手にはファントム・ブラスター“Abyss”が握られていた。

 

「そして……ライド!!絶望のイメージにその身を焼かれ尚、いつまでも世界を愛する奈落の竜!…今ここに!!撃退者 ファントム・ブラスター“Abyss”!」

 

私はそのままレギオンを行った。

 

「なるほど…あんた、自分の“力”を物にしたんだな」

 

「……まあね」

 

 

黄金の瞳と、緋色の瞳がぶつかり合う。

 

「ブラスター・ダーク・撃退者をドリンの前にコール…カウンターブラストを1枚表にする…そしてマナをコール!!スキルでダークボンド・トランペッターを…更にスキルでCB1!レスト状態で氷結の撃退者をスペリオルコール!!」

 

盤面は揃った…後は攻撃だ!!

 

「だったんでブーストしたマナでアグロヴァルにアタック!!」

 

「……アグロヴァルは退却する」

 

「氷結の撃退者でブースト…Abyssのレギオンアタックだよ!!(27000)」

 

「…ノーガードだ」

 

「……」

 

恐らくこのノーガードは前のターンの私と同じ、この後の展開を考えてのことだろう。

 

一瞬、ここで私の“力”を使うべきかと思ったが、私の力は1回限りである上に、先程“力”を使っていなければAbyssのスキルは使えていなかった可能性が高い。

 

この“力”の使いどころはまだ私には分からない。

 

「ドライブチェック…first…ブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”……second…撃退者 エアレイド・ドラゴン…クリティカルトリガー!!効果はAbyssに」

 

神沢クンのダメージにローフルとパーシヴァルが落ちる…ダブクリの可能性も無くは無かったけど…

 

私は若干疑わしげに神沢クンを見つめる。

 

「ふっ…もう俺にはあんたのデッキは見れないよ」

 

「……そうなんだ」

 

ならばこのノーガードは神沢クンの賭けだったということか。

 

「そうでなければ…面白くない」

 

「……うん…そうだね!!」

 

 

私はトリガーを載せたAbyssをスタンドさせる。

 

「CB2とマナ、だったん、氷結の退却でAbyssは立ち上がる……エターナル・アビス!!プロミネンスコアを打ち砕け!!パワー27000クリティカル2!!」

 

「光陣の解放者 エルドルで完全ガードだ!!」

 

 

私はドライブチェックで超克の撃退者 ルケアと無常の撃退者 マスカレードを手札に加えた。

 

トリガーは出なかったが…私はダークでプロミネンスコアに追撃を与える。

まずありえないと思うが、この攻撃が通れば私の勝ちだ。

 

「ドリンのブーストしたブラスター・ダーク・撃退者でヴァンガードにアタック!!(16000)」

 

神沢クンは黄金の瞳を輝かせながら言い放つ。

 

「ノーガード、そしてヒールトリガー」

 

あまりにも滑らかな動きで神沢クンは5点のダメージを維持する。

 

「……ターンエンド」

 

私と神沢クンのダメージは4vs5……残念ながら私はカウンターブラストを使いきってしまった。

 

5点目のダメージを受けてやっと1枚…ブラスター・ダーク・撃退者と督戦の撃退者 ドリンのコンボなら更に1枚用意できるが、そう上手くいくかどうか……

 

 

「俺のターン……スタンドとドロー…そして」

 

神沢クンの瞳はさらに輝きを強くする。

 

分かる……何か特別なことをしているから輝いているのでは無い…彼も、デッキも喜んでいるのだ…このファイトを。

 

私の胸も高鳴っている。

 

「蒼く、青く、ひたすら輝け!!その火は決して消えず、その炎は竜に宿りて我らを照らし、その焔は全てを焼き付くす!!!ライド・my・ヴァンガード!!」

 

「青き炎の解放者 プロミネンスグレア!!!」

 

 

 

 

 

青き炎は消えず…奈落を照らそうとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヰゴールをコール…ソウルに入れカウンターブラストを表に、1枚ドロー……さて、ガノヱクでブーストしたゼヰールでアタック…パワー27000だ」

 

「……プロメチウムで完全ガードっす」

 

VFGP先鋒戦……舞原ジュリアンvs神沢コハク。

 

ダメージは3vs4……

 

「ゲット……ヒールトリガーだ」

 

いや3vs3だった。

 

舞原ジュリアン、神沢コハク共にリンクジョーカーを使うファイト…今のところ優勢なのは神沢コハクだろうか。

 

 

 

「ターンエンドだよ」

 

「僕は…この程度じゃびくともしないっすよ?」

 

 

僕はここまでのターンで2度、神沢コハクのデリートを受けてしまった……が、それでへこたれる僕じゃないっすよ。

 

 

「なかなか強がりだね…君」

 

「君も相当っすよ…たぶん」

 

僕は自分のターンを宣言し、スタンド、ドローと処理を進めていく。

 

前の僕のターンで呪縛した神沢コハクのリアガード達は既に解呪されていた。

 

が、今の僕にとっては問題じゃないっす!!

 

 

 

「行くっす……狂気の中に輝く閃光!!勇気と言う名の切り札!!ライド…ブラスター・ジョーカー!!」

 

 

 

僕の手から星輝兵 ブラスター・ジョーカー(11000)が降り立つ。

 

 

「ジョーカー……なるほど切り札ね…」

 

 

「まだまだ…これからっすよ!!力と力は惹かれ合い、新たな力を生み出す!シークメイト、双闘!!」

 

 

ブラスター・ジョーカーの隣には伴星の星輝兵 フォトンが並び立つ。

 

「マヨロンをレスト…ジョーカーにパワー+10000…そしてマヨロンを呪縛!!レギオンスキル!!」

 

僕は更にCBを2枚、SBを2枚というコストを払う。

 

「アブソリュートロック……君のリアガードは全て呪縛されるっす……さらに!!」

 

僕はヴァンガードを…いやレギオンメイトを指差す。

 

「アブソリュートブレイク…メイトはもうメイトでいられない……」

 

 

レギオンを、リアガードを破壊し、ヴァンガードを孤独にするのがブラスター・ジョーカーの力。

 

友に別れを……告げてもらう。

 

「へぇ……」

 

「ディラトンの上からアストロリーパーを、空いたリアガードサークルにマヨロンを、コールっす」

 

神沢コハクはリアガードを失い、僕は攻撃の布陣を整えた……正に形勢逆転っすね。

 

「ブレイブファングでブーストしたブラスター・ジョーカーでアタックっすよ!!パワー35000!!」

 

「ゴヲトとゴヲト、ヲルグ、プロヰーグでガードだよ(完全ガード)」

 

「……っ!?ドライブチェック…アポロネイル・ドラゴン…クリティカルっす…効果は全て右列のアストロリーパーに!!二枚目は…伴星の星輝兵 フォトン…トリガー無しっす……けど!アストロリー…」

 

「ジュヱルでガード」

 

「ならマヨロンでブーストした…」

 

「ノーガード、ダメージは嘲笑する根絶者 グヱム」

 

「……ターンエンド」

 

 

これでダメージは3vs4で僕の有利……

 

だけど、今のターンの攻撃を軽々といなされたことは若干ショックではあったには……あった。

 

「負けない……」

 

「怖い怖い…ヱガヲが足りないよ?舞原ジュリアン君」

 

「……っ」

 

神沢コハクのターンだ……リンクジョーカーはあまり手札の補充が得意では無い…新たなグレード3には乗らない……と思いたい。

 

だけど僕は思い出す、あのヰゴールとかいうFVでこまめにドローをしていた神沢コハクのことを。

 

 

「僕のターン…スタンド、ドロー…」

 

彼は不敵に笑うと手札からカードを見せる。

 

 

「虚空へ消えた魂を喰らう魔獣…並列する根絶者 ゼヰールに……ライドだ」

 

「…………」

 

 

「シークメイト…レギオン……更にスキル発動……」

 

神沢コハクはCB2を払い、手札からガタリヲをドロップし言った。

 

「“デリート”…」

 

 

三回目だ……僕のヴァンガード…ブラスター・ジョーカーはその力を失う。

 

神沢コハクは再びヰゴールをコールし、コスト回復とドローを行うとアタックを仕掛けてきた。

 

「……ノーガード」

 

「ドライブチェック……ヒールトリガー…クリティカルトリガー……」

 

ダメージはこれで5vs3……追い詰められているのは…僕の方だった。

 

「呪縛されたカードを解呪してターンエンドだ」

 

 

アタックしてもアタックしても……宙を掴むような虚無感が僕を襲う。

 

元スクルドの神沢コハクと、新たなる脅威…根絶者。

 

それが僕の敵、越えなければならない壁。

 

「僕のターン…スタンド、ドロー…」

 

「そろそろ負けを認めるかい?」

 

「ま・さ・か……僕は諦めが悪いんすよ……ブラスター・ジョーカーにライドっす」

 

そうだ…僕は諦めなんて言葉は使わない。

 

「シークメイト……双闘っす」

 

 

「…………」

 

 

「僕は……最強になるためにヴァンガードを始めた…僕がヴァンガードを諦める時は僕が最強になった時か、僕が死ぬ時だけっすよ…」

 

 

「一体……何が君を動かす……」

 

神沢コハクが鋭い目でこちらを睨む。

 

 

「僕は全てをこの手に掴む、掴んで叫ぶ、ここにいる、ここに生きているって……誰にも否定させない!!スキル発動!!アブソリュートロック!アブソリュートブレイク!!」

 

僕はマヨロンのスキルを発動させた後、マヨロンを呪縛し、神沢コハクのメイトとリアガードを再び封じた。

 

「ここに…生きている……否定させない?」

 

「ブレイブファングのブーストしたジョーカー…フォトンをソウルに入れクリティカルも増加…パワー35000クリティカル2でヴァンガードにアタックっす!!」

 

「……完全ガードだ」

 

神沢コハクは拒絶する根絶者 ヱビルをヒールトリガーをコストに発動した。

 

「まだまだ!!ドライブチェック…ヴァイス・ゾルダート…クリティカル!!効果はアストロリーパーに!二枚目は……っ、トリガー無しっすけど…アストロリーパー達で続けてヴァンガードにアタック!!パワー21000のクリティカル2っす!!」

 

「ノーガード……ダメージはクリティカルのメヰズ、そしてヲクシズ」

 

「アストロリーパーのスキル発動!!SB1!山札の上から5枚見て、ヴァンガードと同じユニットをサーチ…見つからない……ターンエンドっ!!」

 

 

これでダメージは5vs5…僕と神沢コハク…そろそろどちらが倒れる頃だった。

 

「君は……強いんだな」

 

「……最強のヴァンガードファイターになる男っす…覚えておいてほしいもんすね」

「やはり…君自身の望みが君を強くしているのかな」

 

「それだけじゃないっす……もし負けたら後でお嬢に怒られるっすからね」

 

「はははっ……そうか……」

 

神沢コハクが山札からカードを引く。

 

「だったら……怒られてもらおうかな」

 

「……何を」

 

神沢コハクはヴァンガードをスタンドさせる。

「これが答えさ…ライド、穢れし愚者の魂を乗せて、来い!!威圧する根絶者 ヲクシズ…!!」

 

それは初めに僕達をデリートしたユニットだった。

 

その恐ろしい所は、相手の再ライドに制限をかける点だ…デリートとデリート解除を妨害する完璧なユニットと言っていいのかもしれない。

 

「虚無に消え去れ……“デリート”」

 

 

「……っ!!」

 

4回目のデリートが僕達を襲う。

 

「何度立ち上がろうと……無駄だね」

 

「……」

 

「存分に絶望を喰らうといい!!ヲクシズでブラスター・ジョーカーの成れの果てにアタック!!(21000)」

 

その攻撃に対して僕は……手札を一気に広げた。

 

「テルル、ヴァイス、アストロリーパーでガード、更にリアガードのアストロリーパー2体でインターセプト!!これで…完全ガードっす!!」

 

僕の手札にはグレード1のカードが立った1枚残されるのみとなった。

 

「ドライブチェック……クリティカルトリガーとヲクシズだ……ターンエンド」

 

ダメージは変わらず5vs5…

 

だけど……

 

「僕のターン…スタンド…………」

 

僕はひたすら祈りながらカードを引く…ここでグレード3を引かなければ僕はヴァンガードのデリートを解除できず、パワーは0のままだ。

 

「ドロー…………」

 

「どうだったかな?」

 

僕の手札がグレード1の1枚しか残っていないことを神沢コハクは分かっていた。

 

そしてグレード3にライドするにはヲクシズのスキルによる妨害で、手札を捨てなければならない。

 

神沢コハクのガード値は…インターセプト込みで20000…彼もここまででかなりの手札を消費していた。

 

こちらは前列のリアガードもいない、ヴァンガードもデリートされている上に新たなリアガードの展開もほぼ不可能だ。

 

「…………このままメインフェイズっす」

 

僕は手札に入ったドロートリガーを見つめる。

 

デリートは……解除できなかった。

 

「残念だけど……これで……エンドだ」

 

「…………」

 

僕は何も言い返さず、顔を伏せる。

 

僕の長い銀髪は僕の表情を隠した。

 

「君の勝利への道は根絶された……」

 

 

神沢コハクがうなだれる僕に言い放つ。

 

根絶者……それは全てを無に帰す、虚無の使者。

 

その前に誰もが力を失い、倒れていく。

 

 

 

 

「デリート・エンド……」

 

 

 



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053 輝きの果て

少しずつ空が紅く染まりつつある…そんな時間。

 

VFGP決勝戦が続いていた。

 

「ヒカリさん…」

 

天乃原チアキは倒れそうなふらつく体を無理矢理起こし、その様子を見守っていた。

 

周りにはカードショップアスタリアの春風ユウキや、同級生の黒川ユズキの姿もある。

 

そんな中チアキはおどおどした女の子を見つけた。

 

「……ラシン君…」

 

「あなた…神沢ラシンのお知り合い?」

 

「ひゃあっ!?」

 

栗色の髪の女の子は驚き、チアキの方を見る。

 

「え……あ、あのああ…あなたは?」

「いきなりごめんなさいね、ほら…あそこで神沢ラシン達と戦ってるチームのリーダーが私なの」

 

「あ、そ、そうなんですか…私も…一応ラシン君のチームのチームメイトです……」

 

(あのチームに金髪以外の子がいたのね…)

 

「そうなんだ、私は天乃原チアキ…よろしく」

 

「あ……佐伯カミナです」

 

チアキとカミナはステージの方を見る。

 

どの試合も既に山場に入ったという印象だった。

 

 

「しかし……神沢ラシンは女装似合ってるわよね…怖いわ…あのひらひらした服も…そもそも持ってるのが変よ」

 

「………実はあの服…私のです///」

 

「……え?……えええええ!?…あの野郎、人様の服ひんむいて着てるの!?」

 

「ち、違いますー!か、か、貸しただけで」

 

「いやー…それもどうかと思うわ……」

 

チームシックザールとチームゴルディオンの戦いも終盤に入っていくのだった。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

 

「シークメイト…双闘!!煉獄竜 ブレイクダウン・ドラゴン!!煉獄竜騎士 タラーエフ!!」

 

VFGP決勝……青葉ユウトと神沢マリの戦いも続いていた。

 

「ペタルフレアのスキル発動!ソウルにいれて、ヴァンガードにスキルを与える!!」

 

そのスキルとはアタックがヒットした時に相手のリアガードを1枚退却させるというもの。

 

1ターンの間続く効果であるため、基本的には煉獄皇竜 ドラゴニック・オーバーロード・ザ・グレートのようなVスタンドユニットで使われることが多い。

 

「煉獄闘士 マレイコウ(7000)をコール!!」

 

そしてマレイコウ…彼は自分と同じ列の相手のユニットが退却された時にソウルブラストでカウンターブラストを回復するという効果を持っていた。

 

ちなみにペタルフレアは“双闘時”、マレイコウは“Vが煉獄”であることがスキルの発動に必要だ。

 

ここまでおさらいして、俺は一息ついた。

俺だって勝つさ…リーダーやヒカリ、ジュリアン達みたいに!!

 

拳に力を入れ、俺は宣言する。

 

「ブレイクダウンのレギオンスキル発動!!CB3でサウルとスザンナを退却!!」

 

そして俺はブレイクダウンの追加効果とマレイコウのスキルでカウンターブラストを表にしていく。

 

これで俺は実質CB1、SB1で2体のユニットを凪ぎ払ったことになる。

 

現在、俺と神沢マリのダメージは3vs2…負けてはいるが、まだまだこれからだ!!

 

「ブレイクダウンでヴァンガードにアタック!!パワー23000!!」

 

「ノーガードかな!」

 

俺はドライブチェックを行う…捲れたのはドロートリガーとドラゴニック・ガイアースだった。

 

「ダメージチェック…ハイビスカスの銃士 ハンナ…ヒールトリガーだけど回復は無し、パワーはヴァンガードに!」

 

「ブレイクダウンに付加したスキルを発動!!牡丹の銃士 トゥーレを退却!!」

 

どんどん焼いていく。

 

「ガイアースのブーストした、マレイコウでヴァンガードにアタック!!(18000)」

 

「レベッカでガード!!」

 

「ターンエンドだ」

 

大分焼き払えたか……?

 

ダメージも同点まで追い付いた。

 

見たところネオネクタールはスペリオルコールに特化しているのかもしれないが…全部焼いてしまえばいいのではないだろうか。

 

というか、今の俺に他のことはできない。

 

「いやー……焼かれちゃったねー…」

 

神沢マリのヴァンガードはリコリスの銃士 ヴェラ、今残っているリアガードは後列に鈴蘭の銃士 レベッカというのが1枚だけ。

 

ここから新たにリアガードを増やすには時間がかかるのではないか…いや、そうでなくては困る。

 

「私のターン…スタンド、ドロー……」

 

神沢マリは少し考えているようだ。

 

「うーん…コハク兄の言う通り入れておいて良かったよ……本当に出番があった…」

 

彼女はドロップゾーンの枚数を数えながら呟いた。

 

「…?」

 

「それは誰もが見とれる壮麗なる王の花!ライド!牡丹の銃士 マルティナ(11000)!!!」

 

新しいグレード3…何をする気だ?

 

「吹き荒れろ花の嵐!!大輪の花よ!!マルティナ…トゥーレ……双闘!!」

 

白と紅の可愛らしい女の子が剣を構え、並び立つ。

 

「レギオンスキル!!CB1!ドロップゾーンから銃士のノーマルユニットを5枚山札の下へ!!山札の上から4枚見て2枚……牡丹の銃士 トゥーレと蓮の銃士 リアナ(5000)をスペリオルコール!!」

 

一気に2枚……片方はドロートリガーとは言え、リアガードが復活する。

 

神沢マリはデッキをシャッフルしてから、更にスキルを発動させる。

 

「トゥーレのスキル…リアナを退却して…山札の上4枚から……パンジーの銃士 シルヴィアをスペリオルコール!!」

 

このファイトで既に目にしたパワー7000でグレード2のユニットが再びユウトの前に現れる。

 

「シルヴィアのスキル発動!!……デッキトップから…青薔薇の銃士 エルンストをスペリオルコール!!スキルで自身を山札の下に!CB1!!上から4枚見て…牡丹の銃士 トゥーレをスペリオルコール!!」

 

これでリアガードは前のターンから残っているものを合わせて4枚……しかもスキルの発動を繰り返すことでどんどん質のいいリアガードへと置き換わっていく。

 

「トゥーレのスキル…シルヴィアを退却して……睡蓮の銃士 ルースをスペリオルコール!!」

 

 

……長かった。

 

ずっと感じていたがあのデッキはメインフェイズが長すぎる。

 

その原因は、スペリオルコールした回数だけ、デッキをシャッフルしなくてはならないからだ。

 

あのたった数文字が無ければ、きっと、とても見ていて楽しそうなんだがな……

 

「牡丹の銃士でアタック!!パワー23000!!」

こちらのダメージは3点……なら。

 

「ノーガードだ!」

 

ここで負けるなら、結局勝てないだろ!

 

「ドライブチェック…クリティカル!☆はVに、パワーはトゥーレに…そしてルース!トリガー無し!」

 

俺のダメージゾーンにボーテックス・ドラゴニュートが落ち、そして……

 

「……煉獄の踊り子 アガフィア、ヒールトリガーだ!!ダメージを回復して、パワーはヴァンガードに与える!!」

 

まだ俺の運も捨てたもんじゃないな!!

 

「なら…ルースとトゥーレ…パワー21000でヴァンガードにアタック!」

 

「バスターレイン・ドラゴンでガード!!」

 

「レベッカとトゥーレでヴァンガードに!(16000)」

 

「ガイアースでガード!!」

 

「……ターンエンドだよ」

 

俺にターンが回る。

 

俺も…やられっぱなしじゃあいられない。

 

「俺のターン……スタンド、ドロー…そして」

 

俺はそのカードを手札から抜く。

 

「目覚めろ!穢れを滅する蒼き煉獄竜よ!!ライド!ボーテックス・ドラゴニュート!!」

 

俺がライドしたのは煉獄竜 ボーテックス・ドラゴニュート(11000)…このデッキの主力のグレード3だ。

 

「マレイコウの上から煉獄竜騎士 タラーエフをコール!!そして、シークメイト!双闘!!」

 

煉獄竜 ボーテックス・ドラゴニュートに並び立つのは煉獄竜 ワールウインド・ドラゴン……そしてこれでおわりじゃない。

 

「レギオンスキル!!CB2、ペルソナブラスト!」

 

俺は手札からワールウインドをドロップする。

 

 

「タラーエフの前にいるトゥーレとルースを退却!そしてヴァンガードにトリガー無効の一撃を与えるぞ!」

 

 

「む…ダメージチェック…牡丹の銃士 マルティナだよ…」

 

 

これでダメージは4vs4……

 

 

「今の退却によってボーテックスにパワー+6000、タラーエフにパワー+10000!!」

 

さぁ……行くぞ!

 

「ボーテックスのレギオンアタック!!パワー26000だ!!」

 

「……キルスティでクインテットウォールを起動します!!……ダニエル、エルンスト、サウル、サウル、ハンナ!!!ガード値40000!!完全ガード!」

 

「……ドライブチェック!!ランパート・ドラゴン、ワールウインド……トリガー無しだ…が、ガイアースのスキルでタラーエフにクリティカルを与えアタックする!!パワー19000クリティカル2!!」

 

「クリティカルトリガー…月下美人の銃士 ダニエルでガードだよ!!」

「ターンエンドだ…」

 

 

出来ればもう少し責めて行きたかったが、どうにもこうにも手札が足りない……

 

出来る限りの攻撃はしたつもりだったが……

 

 

「なかなかしぶといねー」

 

「ははっ……当たり前だ、勝ちたいからな」

 

「私もだよ!」

 

「そうか!」

 

 

今までカードゲーマーという人種をバカにするどころか、存在すら知らなかった俺が…カードゲームの大会の決勝戦で戦っている。

 

本当に…不思議なもんだ。

 

こんな不思議な出来事に巡り合わせてくれたリーダーや皆のために、俺も勝ちたいんだ。

 

 

「私のターン……スタンド、ドロー!!」

 

まずは目の前のターンを…乗り越えて行く!!

 

「それは咲き乱れる情熱の花!ライド!リコリスの銃士 ヴェラ!!そして吹き荒れろ花の嵐!!…ヴェラ…サウル…双闘!!」

 

神沢マリは更にリアガードに睡蓮の銃士 ルースをコールしてくる。

 

「花は咲き、嵐は終らない…ヴェラのレギオンスキルで全ての銃士にパワー+3000!!」

 

彼女の手札は殆ど無い…が、俺もこのターンの後に残っているか微妙なってきている。

 

「ヴェラとサウルでレギオンアタック!!(26000)」

 

 

トリガー1枚が勝敗を分ける状況だ。

 

 

「煉獄竜 ランパート・ドラゴンで完全ガード!!」

 

 

コストとしてドロップしたのはドロートリガー。

 

 

「……むぅ!ドライブチェック…蓮の銃士 リアナ!ドロートリガー!!1枚引いて、パワーはルース!!…もう1枚は…アネモネの銃士 スザンナ!!トリガー無しだよ!」

 

俺は冷や汗を流す……この状況でドロートリガーを引かれると…勝てそうにないって感じてしまう。

 

「ルースでヴァンガードにアタック!!(18000)」

 

「タラーエフでインターセプト!ワールウインドでガード!!」

 

これで俺の手札が底をつく。

 

「レベッカのブーストした牡丹の銃士 トゥーレでヴァンガードにアタック!!」

 

「ノーガード!ダメージチェック…煉獄竜 ランパート・ドラゴン……」

 

「ターンエンド!!」

 

俺にターンが回ってくる……だけど今の俺に何ができると言うのか。

 

ダメージは俺と彼女で5vs4。

 

手札が無い、リアガードもガイアースしかいない今の俺に……

 

 

「俺のターン……スタンド…ドロー……っ!!」

 

 

俺は掴んだのかもしれない…勝利の栄光を掴むための最後の挑戦権を。

 

そう手札に来た1枚のカードを見て思った。

 

神沢マリの手札は4枚…インターセプトも残っている…ここから勝てるかは分からない……だけど、諦める理由にはならない!!

 

「行くぞ……レギオンスキル発動!!」

俺はコストを…CB2と、たった今ドローした煉獄竜 ボーテックス・ドラゴニュートをドロップする。

 

「リアガードのトゥーレとルースを焼き払う!!」

 

「……ああっ!」

 

前列にいた2体のユニットが退却される。

 

「そしてトリガー無効の1ダメージ……これが…トリニティクリムゾンフレイム!!!」

 

「ダメージチェック…ハイビスカスの銃士 ハンナ…ヒールトリガーだけど…」

 

俺の方がダメージを受けていたため、そもそも回復はしない上にトリガー無効の影響でヴァンガードにパワーを与えることも許さない。

 

これで互いにダメージは5点!!

 

俺は残されたリアガード…ドラゴニック・ガイアースを前列へと出す。

 

「さぁ……ボーテックスのレギオンアタック…パワーは26000!!ヴァンガードにアタックだ!!」

 

「まだだよ!!胡蝶蘭の銃士 キルスティでクインテットウォール!!」

クインテットウォールが起動し、5枚のカードがガーディアンサークルに置かれる。

 

牡丹の銃士 マルティナ…ガード値0

 

牡丹の銃士 マルティナ…0

 

月下美人の銃士 ダニエル…10000

 

リコリスの銃士 ヴェラ…0

 

月下美人の銃士 ダニエル…10000

 

合計ガード値…20000

 

 

「……追加でスザンナをコール!!これで2枚貫通だよ!!」

「ドライブチェック…っ!!煉獄竜騎士 トゥーヴァー!!クリティカルトリガーだ!!」

 

俺は考える…神沢マリの手札は残り2枚…確実に1枚は先程引いていたドロートリガーの筈だ。

 

俺がこのトリガーをガイアースに乗せたところで、もう1枚トリガーが出なければアタックが通る見込みさえない、いや、それでも防がれるかもしれない。

 

なら…今!、2枚貫通を狙う!!

 

「効果は全てヴァンガードに!!!」

 

「……っ!!」

 

「セカンドチェック…………っ!!」

 

俺は引いたカードを高く掲げる。

 

「煉獄竜 バスターレイン・ドラゴン!!!ゲット!クリティカルトリガー!!!効果は全てヴァンガードのボーテックスだ!!!」

 

 

神沢マリのダメージゾーンにかすみ草の銃士 ライサが落ちる。

 

 

「負けちゃったか……」

 

 

「…………」

 

 

俺はしばらくそのダメージゾーンを見つめた。

 

「……勝った…………のか」

 

「おめでとうだね」

 

「……………………勝ったんだ!!!」

 

 

 

俺は叫びだしそうになるのをこらえ、神沢マリと握手を交わす。

 

 

 

「一番大事な所で冷静になれる…いいファイターになれると思うよ!…惚れちゃうかも」

 

「ははっ……俺なんてまだまだ……」

 

 

 

そこで俺は気づいた…ヒカリと……ジュリアンはどうなった!?

 

 

俺が隣を見ると舞原ジュリアンはガックリとうなだれていた。

 

こちらからでは…その表情は窺えない。

 

 

「どうやら、チームの勝敗はラシン兄に預けられたみたいだね」

 

「神沢ラシン…ヒカリ……」

 

俺が振り返った先で……

 

ヒカリとラシンは一進一退の攻防を繰り広げていた。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

「プロミネンスグレア……か」

 

「ああ」

 

 

私と神沢クンのダメージは4vs5…13ターン目。

 

神沢クンはドロップゾーンからカードを選ぶ。

 

「煌めく極光の中で輝き続ける青き炎よ!我らに祝福を与えよ!!!双闘!!!」

 

再び、青き炎のコスモドラゴンが姿を変えて私の前に立ちはだかる。

 

「凄まじい…何かを感じる……」

 

「……そうだ、本領はここからだ」

 

神沢クンがローフル・トランペッターのスキルを発動させる。

「疾駆の解放者 ヨセフスをスペリオルコール…スキルでSB1…1枚ドローだ」

 

勿論……それだけでは終わらなかった。

 

「グレアのレギオンスキル…CB1、パーシヴァルをドロップしてクリティカルとガード制限を得る…リアガードのブルーノ2体もパワー+3000だ」

 

片方のブルーノはヴァンガードの後ろにいる。

 

恐ろしいことが始まる。

 

「プロミネンスグレアのスキル…CB1でヨセフスを退却……理力の解放者 ゾロンをスペリオルコール……グレアのレギオンスキル発動、CB1、プロミネンスコアをドロップし、クリティカル+1…ブルーノ達に更にパワー+3000」

 

クリティカルとパワーはどんどん上がっていく。

 

「ゾロンのスキル…自身をソウルに入れて…定めの解放者 アグロヴァルをスペリオルコール……グレアのレギオンスキル発動だ、CB1…プロミネンスグレアをドロップし、更にクリティカル増加…ブルーノ達も+3000する」

 

これが神沢クンのデッキの力の……一端。

 

「定めの解放者 アグロヴァルのスキル……SB1で…プロミネンスコアを手札に加える」

 

 

神沢クンが黄金の瞳でこちらを見つめ、私は緋色の瞳で答える。

 

 

「ブルーノのブースト…プロミネンスグレアのアタック!!青き炎は騎士に宿りて奇跡を起こす…これが魂の一撃だ!!パワー36000、クリティカル4!!グレード1以上のカードでガードすることは出来ない!!」

 

 

「36000とか……クリティカル4とか…」

 

 

身の毛もよだつ攻撃だよ……本当に。

 

 

「厳格なる撃退者、撃退者 エアレイド・ドラゴン、撃退者 エアレイド・ドラゴンでガード!ブラスター・ダーク・撃退者でインターセプト!!(2枚貫通)」

 

 

「……ドライブチェック…ころながる・解放者、そしてドロートリガー…パワーはローフルに与える」

 

 

攻撃は終わらない。

 

「ヨセフスのブーストした定めの解放者 アグロヴァルでヴァンガードにアタック!!(18000)」

 

「ブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”と無常の撃退者 マスカレードでガード!!」

 

「五月雨の解放者 ブルーノのブースト、ローフルでヴァンガードにアタックだ!!(30000)」

 

「…ノーガード!ダメージチェック…氷結の撃退者…ドロートリガー!!1枚引くよ…」

 

「ターンエンドだ」

 

私と神沢クン……二人の髪がどこからか吹いた風で揺れる。

 

互いにカウンターブラストは殆ど使いきっている。

 

私も今のままでは、ファントム“Abyss”を使うこともできない。

 

私たちは互いに相手を追い詰めていた。

 

「私のターン……スタンドandドロー…」

 

身を削り、勝負に出る!!

 

「超克の撃退者 ルケアをコール!!そしてエアレイド・ドラゴンとシャドウランサーをコール!ルケアに力を与えよ!」

 

ルケアはスキル…グレード1以下のユニットがコールされる度にパワー+3000……によって自身のパワーを15000まで引き上げていた。

 

そして私はこの時点で、次のターンへの準備を始めていた。

 

それがうまくいくかは分からない、タイミングを間違えたのかもしれない…今できるのは自分とデッキを信じることだけだ。

 

「エアレイド・ドラゴンでブーストしたAbyssでヴァンガードにアタック!!パワー27000!!」

 

「……希望の解放者 エポナ、霊薬の解放者、定めの解放者 アグロヴァルでガードし、定めの解放者アグロヴァルでインターセプトだ…完全ガード…」

 

「ドライブチェック……first…撃退者 エアレイド・ドラゴン、クリティカルトリガー!!効果は全てルケア……second…氷結の撃退者、ドロートリガー!!1枚引いて、パワーをルケアに!!」

 

私は全力をルケアに注いだ。

 

「……これは…」

 

「パワー32000、クリティカル2…ドリンがブーストしたルケアでヴァンガードにアタック!!」

 

「……大願の解放者 エーサス、ころながる・解放者でガード、ローフル・トランペッターでインターセプトだ……」

 

「ターンエンドだよ……」

 

ダメージは変わらず5vs5…だけど、このターンは神沢クンの手札に大きな損害を与えられたと思う。

 

これで次のターン…神沢クンがどうくるか……

 

そう考える一方で、私は今のターンであるカード引けなかったことを悔しく思っていた。

 

次の私のターン……“ファイナルターン”に必要なカードを……

 

「俺のターン…スタンドとドロー……ライドだ…揺らめく炎にその身を委ね、青き極光、闇退ける!!青き炎の解放者 プロミネンスコア!!……青き炎は決して消えることなく、闇に覆われた世界を包み込む!!シーク……my!!メイト!!!」

 

神沢クンの瞳は黄金に輝いている。

 

私はその瞳に“勝ちたい”という強い意思を感じた。

 

 

「プロミネンスコア!!アグロヴァル!!双闘!!」

 

 

神沢クンは後列にいた疾駆の解放者 ヨセフスを前列へと出した。

 

ファイトも終盤…互いにあまり手札は残されていないのだ。

 

「プロミネンスコア…レギオンアタック!!(27000)」

 

「クリティカルトリガー2枚と…ドロートリガーで2枚貫通!!」

 

「ドライブチェック…霊薬の解放者、ヒールトリガーだ…パワーをエーサスに与え、ヒールする」

 

 

私は内心舌打ちをする。

 

この状況で相手のダメージに余裕ができてしまうのは嬉しくない。

 

手札の底が見える今だからこそ、相手にノーガードと軽く言わせてしまうのは辛かった。

 

「セカンドチェック、プロミネンスコアだ……ヨセフスでヴァンガードにアタック!(12000)」

 

「………ルケアでインターセプト」

 

「ターンエンドだ」

 

ダメージは私が5…神沢クンが4……

 

私に残された手札は少ない。

 

神沢クンの黄金の瞳がこちらを見つめている。

 

私は自分の瞳がもう輝いていないことに気がついていた。

 

私の“力”は1回限り……それでも願わざる終えない。

 

私に……もう一度力を貸して…皆……

 

あと少しなんだ…あと少しで……

 

 

「私の……ターン……」

 

私はユニット達をスタンドさせ、山札に手を伸ばす。

急に胸の鼓動が速くなる、熱く、熱く…体の温度が上昇するような感覚もある。

 

そしてそれらの感覚に相反するように、私を引きずり込むような睡魔が襲いかかってくる。

 

その感覚は以前、神沢クンとファイトし、彼の預言が外れた後に起きた物と似ていた。

思えば……あの時も“力”が発動していたってことなのかな……

 

 

ねえ……ドラグルーラー……

 

 

「……なるほど…あんたの最後の意地か?」

 

「最期になるのは君だよ……神沢クン」

 

 

私はドローしたカードを見せる。

 

 

「あなたは私と…このドラグルーラー・ファントムが倒す」

 

「面白い……来い!!」

 

「掴むよ……ファイナルターン!!!」

 

 

黄金の瞳と緋色の瞳は輝き、ぶつかり合う。

 

二つの光はこのファイトの中で、交差し、さらに輝きを強めた。

 

そしてその輝きの果て…私は無理矢理“力”を発動させることができた。

 

その奇跡……無駄にはしない!!

 

 

「誰よりも世界を愛し者よ!!奈落の闇さえ光と変えて…今再び、共に戦おう!!!クロスライド・THE・ヴァンガード!!!」

 

私の緋色の瞳は…恐らく奈落竜の瞳を意味している。

 

……今きっと、私たちは“つながっている”

 

 

「撃退者 ドラグルーラー・ファントム!!」

 

 

ソウルにモルドレッドがいるお蔭でドラグルーラーのパワーは常に13000になる。

 

 

そして私はCB1という残された最後のカウンターブラストを使い、撃退者 エアレイド・ドラゴンと鋭峰の撃退者 シャドウランサーを退却させる。

 

 

「この一撃は全てを撃ち抜く……ドラグルーラーのリミットブレイク!!…ミラージュストライク!!」

 

 

青き炎の解放者 プロミネンスコアをドラグルーラーの強制ダメージが襲う。

 

ダメージに落ちたのは、グレード2の解放者 ローフル・トランペッター……

 

これで神沢クンのダメージは5点。

 

 

 

「…さぁ……終焉だ…」

 

 

 

 

ドラグルーラー・ファントムが、深見ヒカリが…緋色に瞳を輝かせながらそう言った。

 



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054 明日へ続く道

「さぁ……終焉だ……」

 

 

互いにダメージは5点……

 

私は全力をこのターンにぶつける。

 

「雄弁の撃退者 グロンをドラグルーラーの後ろにコール、後列のドリンを前列へ移動!!」

 

 

「……来い」

 

 

「グロンのスキル発動、そしてブースト……ドラグルーラーでヴァンガードにアタック!!カタストロフ・ピアース!!!」

 

 

パワーは33000……貫け!!!

 

 

 

「光陣の解放者 エルドル…完全ガードだ」

 

「……っ」

 

神沢クンは残り少ない手札からプロミネンスコアをドロップする。

 

「まだ…まだだ……ドライブチェック!!」

 

私は山札を捲っていく。

 

「first…暗黒医術の撃退者…ゲット、ヒールトリガー!!パワーをドリンに、ダメージを回復!」

 

「…………」

 

「second……厳格なる撃退者!!ゲット、クリティカルトリガー!!効果は全てドリンに与える!!」

 

ダブルトリガー……だが……

 

「ドリンでヴァンガードにアタック!!(17000☆2)」

 

「……霊薬の解放者でガード」

 

私の攻撃は届かなかった。

 

「……ターンエンド…」

 

「……今の攻撃……グロンをドリンの後ろに置いていれば、俺は防げなかっただろう」

 

 

確かに…今の攻撃にグロンのブーストを与えればパワー21000に届いていた…けど。

 

雄弁の撃退者 グロンは“専用ブースター”…特定のユニットをブーストしなければその真価は発揮できないユニットだ。

 

そしてVには……その特定のユニットがいた。

 

 

「……私は…」

 

「ここからは俺のターンだ……スタンドとドロー…」

 

 

ダメージは私が4、神沢クンが5。

 

神沢クンのターンが始まる。

 

 

「プロミネンスコアのスキル発動、CB1、ヨセフスを退却……理力の解放者 ゾロンをコール…ブルーノ達にパワー+3000……ゾロンのスキル…自身をソウルに入れてスペリオルコール……青き炎の解放者 プロミネンスコア……」

 

後半…神沢クンが積極的に山札に戻していたプロミネンスコアがリアガードに現れる。

 

そして……ヴァンガードのプロミネンスコアにパワーとクリティカルが……付加される。

 

 

「さぁ……リアガードのブルーノ、プロミネンスコアでアタック!!(24000)」

「……厳格なる撃退者と暗黒医術の撃退者でガード」

 

 

「行くぞ…ブルーノのブーストしたヴァンガードのプロミネンスコアでアタックする…パワーは36000…クリティカルは2だ」

 

「……ノーガード」

 

 

クリティカルが2……ダメージ4点の私は1枚ヒールトリガーを引かなければ…そこで……

 

 

「ドライブチェック…アグロヴァル、そして…」

 

神沢クンの指は……未来を掴んでいた。

 

 

「希望の解放者 エポナ…クリティカルトリガーだ、クリティカルはプロミネンスコアに与える」

 

 

私は静かにダメージチェックを行う……

 

 

「1枚…ファントム・ブラスター“Abyss”」

 

 

これで5点、そしてもう1枚……

 

 

「……暗黒医術の撃退者…ヒールトリガー!」

 

私はダメージを回復する…何とか5点で持ちこたえた。

 

後は……もう1枚ヒールトリガーを引くことができればまだ……

 

 

「ダメージチェック…………っ!!」

 

神沢クンの瞳の輝きは収まっていく。

 

私の輝きも消え、残ったのは猛烈な睡魔のみだ。

 

 

「幽幻の撃退者……モルドレッド・ファントム…」

 

 

最後の……6点目のダメージはモルドレッド…

 

 

 

私と神沢クンの二度目の戦いは……私の敗北という形で終焉を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの……これってラシン君達の勝利……」

 

試合を見ていた佐伯カミナが口を開く。

 

「確かに……ヒカリさんは負けてしまったわ」

 

「なら…………」

 

「まだ…終わってないわよ」

 

天乃原チアキはきっぱりと言い切る。

 

その目は自信に満ち溢れていた。

 

「だって…マリちゃんが負けて、ラシン君が勝って、コハクさんも勝っ…」

 

「あの試合はまだ続いているわよ…」

 

「でも……あの銀髪の人…顔を隠して…泣いて……戦意を喪失しているんじゃ……」

 

 

「違うわ……」

 

 

それは信頼……舞原ジュリアンという男を分かっているからこそ断言できる。

 

 

 

「あいつ……ずっと笑ってるのよ」

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

VFGP決勝戦……最後の試合……

 

 

舞原ジュリアンと神沢コハクのダメージは5vs5…

 

手札は互いに極僅かだが、神沢コハクは辛うじて20000ものシールド、インターセプトを残していた。

 

そして僕は……

 

 

「おやおや……戦意喪失かい?」

 

「…………」

 

「だが、ちゃんと戦って貰わないと…パワー0のヴァンガードと脆弱なリアガードで……ね」

 

 

ヴァンガードはデリートされ…手札にそれを打破できるグレード3のユニットは無く、高パワーのリアガードもいない。

 

 

「…………」

 

きっとうつむいた僕の表情は神沢コハクからは見えてはいない。

 

だから分からないのだ。

 

僕が笑いを堪えていることに。

 

 

 

「……ふふっ」

 

「……どうかしたのかな?」

 

「ふふっはははははっ…あははははははっ!!あははははははははははぁ!!!!」

 

 

僕は大きく高笑いをする。

 

 

 

「…これで勝った気になるとか……面白いっすね」

 

「勝った……違うな、僕は負けない」

 

 

確かに状況は絶望的なのかもしれない。

 

僕は結局ヴァンガードにかけられたデリートを解除することはできなかった。

 

だが……

 

 

「切り札…ジョーカーは既にここにいる」

 

「……何を」

 

僕は手札に残された“そのカード”をコールする。

 

 

「コール…極微の星輝兵 マヨロン」

 

 

リアガードに3体のマヨロンが並んだ。

 

今、ジョーカーが目覚める。

 

 

「……これは」

 

「リアガードのマヨロンのスキル発動!!レストすることでヴァンガードの“ブラスター・ジョーカー”にパワー+10000!!」

 

 

デリートされたブラスター・ジョーカーに光が戻っていく。

 

 

「……待ってくれ…マヨロンのスキルは…」

 

神沢コハクがマヨロンのスキルを確認してくる。

 

マヨロンは自身をレストさせることによって“V”に立つ、“レギオン状態”の“ブラスター・ジョーカー”にパワーを与えることができる。

 

 

「……デリートしていても…使えるのか……」

 

「そうっす……デリートで消されてしまうのはヴァンガードのパワーとスキル……名前だけでなく、レギオン状態という情報も残されているんすよ!!」

 

他にも、ツインドライブやクリティカルの数も消されることは無い。

 

「さぁ!!もう1枚のマヨロンでパワー+10000!!更にもう1枚で+10000!!!」

 

 

最早そのパワーはデリート前を越えていた。

 

「何てことだ……」

 

「ブレイブファングのブースト!!轟け!!ブラスター・ジョーカー!!!(35000)」

 

これでは神沢コハクのガード値は足りない…それは僕も知っていた。

 

「ノーガー…」

「ドライブチェック!!…星輝兵 ブラスター・ジョーカー……セカンドチェック!!…星輝兵 アポロネイル・ドラゴン!!!クリティカルトリガー!!」

 

「………くっ」

 

 

「さぁ……クリティカルは2点…受けてもらうっす!」

 

 

神沢コハクのダメージゾーンに並列する根絶者 ゼヰールが落とされる。

 

 

「……降参だ」

 

「ははははっ!!元スクルド…討ち取らせてもらったっすよ!!僕の勝利っす!!」

 

僕は天に高らかと拳を突き上げる。

 

 

そして舞原ジュリアンの高笑いを背に、このチーム戦の終了がアナウンスされる。

 

 

「今……勝負がつきました!!…長きに渡る戦いを制したのは!!チームシックザール!!チームシックザールです!!!」

 

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

どこか遠くで歓声が聞こえる。

 

私はまどろむ意識の中でそう思った。

 

「……さ…!」

 

頭の後ろに何か柔らかいものがある。

 

「………カリ…ん!!」

 

あれ……私はここで何をして……

 

 

「ヒカリさんっ!!!」

 

 

「うぁぁっ!!??」

 

そして私は天乃原さんの膝の上で目を覚ますのであった。

 

ここは……えっと……

 

 

「びっくりしたわよ………ステージで突然倒れるんだもの…」

 

「ステージ……?……………………あ」

 

私は思い出した……ここはVFGPの会場…そして私は先程までステージの上で神沢クンと戦って……それで。

 

 

「……ごめんなさい……私…負けて」

 

「そこを謝る必要は無いわ…むしろ突然倒れた方を気にしてちょうだい」

 

「う……すいません」

 

 

確かに途中から倒れて眠ってしまうとは分かっていたのだから、何かしら合図を出すべきだったか。

 

 

「あの……決勝戦は……」

 

天乃原さんはにっこりと笑う。

 

「勝ったわ……優勝よ」

 

「良かった…………」

 

気がつくと天乃原さんの後ろで青葉クンと舞原クンがVサインを出していた。

 

だけど私としては複雑だ…何せ私だけ負けているのだから。

 

「俺たちはチームとしてはお前達に負けた…だから優勝したことは気にするな」

 

「……神沢クン」

 

振り替えると神沢クンがそこにいた……一応心配していてくれたみたい。

 

どうやらここは決勝戦の前に来た待機スペースのようだ。

 

「俺は…青葉ユウトにも舞原ジュリアンにも、そこのお嬢さんにも負けないし、あんたもコハク兄さんやマリと戦っていたら勝っていただろう……だから……気にするな」

 

それだけ言うと何処かへ行ってしまった。

 

「……神沢クンなりの気遣い……かな?」

 

「…“お嬢さん”って…中学男子が女子高生に言う言葉じゃないわよね」

 

中学男子というのも怪しいけどね……

 

私は今日一日の神沢クンの格好を思い出しながら思った。

 

 

「しかしどうして倒れたんだろうな…?」

 

「……多分“力”を無理矢理2回使ったからだね…」

 

「………慣らしていかないと少しずつ体に負荷が掛かるのかもしれないっすね…2回か……」

 

 

舞原クンは恐らくカードショップアスタリアでのことを思い出しているのだろう。

 

確かにあの時は、いきなり“力”を使ってしまったということになるのだろう。

 

そもそも“力”がどうして生まれるのかも分からないのだ…あまり使わない方がいいのかもしれない。

 

「その辺…神沢クンに聞いておけば良かったな…」

 

 

「とにかく!!これから表彰式なんだから!!皆、行くわよ!!」

 

 

その言葉を聞いて少しずつ優勝したという実感が沸いてくる。

 

私たちはゆっくりと…ステージへと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

「では…VFGP優勝…チームシックザール代表 天乃原チアキさんは前に」

 

「…はい」

 

ステージの上で並ぶ私たちの前を天乃原さんが歩いていく。

 

これからステージの中央で葉月ユカリから表彰状とトロフィーを受けとるのだ。

 

私が初めて会った時から天乃原さんはこの場所を夢見ていた……そして今日、ここに私たちはいる。

 

それは…どんなに嬉しいことだろう。

 

 

私はステージの中央を見つめた。

 

天乃原さんがトロフィーを受けとる。

 

そして、後ろに並ぶ私たちにもメダルが授与される。

 

「ヒカリちゃん…おめでとう」

 

メダル授与の際……葉月ユカリが小声で話しかけてきた。

 

「うん…エンちゃん…」

 

 

葉月(ユカリ)…その本名は青葉(ユカリ)……

 

 

「いい友達ができたみたいで…良かった」

 

「どうだろう……でも、悪くないかな…親衛隊とかよりは」

 

「ふふっ……そうだよね」

 

 

そして私たちチームシックザールはステージの前で写真を撮ってもらった。

 

 

「優勝したチームシックザールには10月1日に行われるヴァンガード大戦略発表会(仮)における“MFS”の試遊に参加していただきます!!」

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

イベントが終わり、私たちは天乃原さんのリムジンまで歩いていた。

 

 

 

「折角だし、今日は私の手料理を振る舞うわ!!」

 

「本当かリーダー…楽しみだ!!」

 

「……それは……どうかと…だって…ねぇ」

 

「お嬢……素直に焼き肉くらいがいいっす…それなら誰も死なないっす」

 

「な……ジュリアン…何でそんなこというのよ!」

 

「お嬢の料理が危険だから言ってるんじゃないっすか!!!」

 

 

 

私はふと…振り返り、夕陽を見つめた。

 

それはまるでモルドレッド・ファントムの瞳のような色をしていた。

 

大会は終わったけれど、それで私の…いや、私たちのヴァンガードファイターとしての道が終わったわけではない。

 

道は続く……明日、明後日、明々後日と…例えヴァンガードの商品展開が終了したとしても。

 

まだまだ私はファイターとしては未熟だ…かつての私も“力”でファイトが安定していただけ……

 

 

 

でもだからこそ、もっと強くなりたいんだ。

 

私の手でモルドレッドを活躍させてあげたい。

 

それができるファイターで在りたい。

 

 

私はこのヴァンガードファイターとしての道を歩き続けるだろう。

 

 

ーーそれこそ……神沢クンへのリベンジをしなければならないしね…。

 

 

ーーずっと……ずっと……

 

 

ーー私は……戦っていくのだ。

 

 

 

 

 

 

そんな少女の影が…夕陽によって長く、長く伸ばされる。

 

それはまるで少女のことを見守っているようだった。

 

 

 




54.4話 宵闇ポイズンパーティー


「……で焼肉…だよね」

「そうよ……ちゃんとした料理を振る舞えないのが残念だけど」


私と天乃原さんは二人で天台坂のスーパーに来ていた。
目的は一つ、天乃原さんの家で焼肉パーティーをするための材料を買うことだ。
VFGPの優勝祝い…決勝戦でただ一人負けてしまった私としては肩身が狭いけどね……

「な~に暗い顔してるの?ここまで勝ち抜けたのはヒカリさんがいたからよ!!」

「う…うん……励ましてくれるのは嬉しい……だけどね、天乃原さん」

私が心底残念に思っているのは、今はVFGPのことでは無い。

「これ……何だか分かるかな」

私は天乃原さんのカゴに入った“これ”を持ち上げる。

「焼肉っていったって、肉だけ食べる物ではないわよね」

「うん」

「だから野菜を…」

「これは野菜ではありません、“バラン”って言って、お弁当の仕切りに使う物です」

そもそもこれ…食品売場に売ってないよね!?

「えっ……と…もしかして食べ物じゃ…」

「……ありません」

世の中には食べられるバランもあるにはあるけど、これは……プラスチック製だ。

「でも…前に家で見たときは本物の葉っぱだったわ!!」

……高級な料亭や寿司屋さんでは本物の植物“ハラン”を使うけど…それも飾りであって食べるものじゃ無いよ……

天乃原チアキという女性は割りと世間を知っていて、割りと世間知らずなお嬢様である。

普段の学校生活や、ヴァンガードファイトでは全くお嬢様らしさは無いのに……どうしてこういう所で漫画みたいな世間知らずっぷりを……

そもそもこの人は知っていても知らなくても、いつも直感で生きている人間だ。

そのことを…私は最近ひしひしと感じるようになっていた。


「とりあえず…食材は私に任せて欲しい……うん」

「そう……」


あからさまに落ち込む……少し可愛そうに見える。


「…天乃原さんは何か食べたい物…ある?」

「……神戸牛」

天乃原さんの奢りでいくら使ってもいいとは言われてるから高いお肉にビビる私では無い…けど。

「残念…さっき見たけど無かったよ…」


私はドリンクのコーナーでカルピスとコーラを手に取った。

「そろそろレジに行こうか…」




* * * * *




「まさか……天乃原家に焼肉部屋があるなんてな」

「この家謎だらけっすよねー」


有名焼肉チェーン店並の雰囲気を持った部屋にチームシックザールの面々はいた。

炭火の香りが食欲をそそる。


「……あれヒカリさんは?」

「そういえばいないっすね…後、肉も無いっすね」

「……探してくるわ」

天乃原さんが立ち上がり近くの部屋を探し始める。

私は……エプロンを着け、キッチンにいた。


「ヒカリさん……?」

「あ、天乃原さん…天乃原さんのお母さんに頼んでキッチン借りてます」

「それはいいけど……一体何を?」

「焼肉も美味しいけど、食後のデザートとか欲しいかな~って…買うの忘れちゃったから……」

幸い、天乃原さんのお母さんの許可を得てキッチンと食材を使わせてもらっている。

「え……作るのかしら?」

「大丈夫…後は冷やすだけだから……今、お肉持ってくよ」

勿論、全ての肉は私が管理させてもらった。
私がいない間に食べまくられても困るから…

私はお肉と今作った簡単なスープを持つと、天乃原さんにドリンクを持ってもらい、キッチンを出る。

「私、皆で焼肉とか初めて…」

「私も…誰かとわいわいやるのって…楽しいわね」


そうして、焼肉パーティーが始まる。

肉の焼ける音、香る炭火、絶えない笑い、笑顔。

なんて美味しく、なんて楽しいのだろうか。


「これ……私が作ったクリームブリュレです…」

冷やして、グラニュー糖乗っけて、バーナーで焼いて…仕上げを終えたクリームブリュレを皆に振る舞う。

自分で作ったものを美味しそうに食べてもらうことはなんとまぁ……嬉しいものだ。

「ヒカリさんって料理上手いんすね!」

「まぁ…昼と夜はほとんど自分で作ってるから……お菓子も好きだし、ただのクリームブリュレだし」

「お嬢にも見習って欲しいっすね」

「何よ…私だって弁当の一つや二つ…」

「へぇ…リーダーも料理が上手いのか」

「「いや……」」

「ヒカリさん!?ジュリアン!?その顔は何よ!!」


あっという間に時間が過ぎていく。


「…………あれ…お嬢はどこっすか?」

「…そういえばいないな」

「…………私、探すよ」


若干、心当たりがあった。

私のクリームブリュレを食べた後、すごくそわそわしていた。

嫌な予感がする。

「天乃原さん!!」

私はキッチンに駆け込んだ、そして見てしまった。

「ひ、ヒカリさん……」

床にへたりこんだ天乃原さんが力無く言った。

キッチンの上にはコバルトブルーのゲル状の物体が、3つ並んでいた。

……闇の眷族?

「えっと…大丈夫?」

私は腰を抜かしていた天乃原さんの手をとる。

「……どうしたの?」

「…私も……クリームブリュレ作ってみたいなって」

私のを食べてそう思ってくれたのは嬉しい…すごく嬉しいけど…

「一言かけてくれれば良かったのに…」

「ごめんなさい…サプライズにしたくて……」

私はキッチンの上のコバルトブルーでゲル状の物体を見つめる。

…………サプライズだよ…これは。


「…これは…何が入って……?」

「そのへんにあった物を…それっぽく混ぜたの」


……ゲル状の物体の一つが少し膨らんだかと思うと紫のガスを出して一気に干からびてしまった。


何ですか…これは…


「天乃原さん……」


私は言葉を失う…そのまま数分の間、思考停止してしまった。

その間、また一つゲル状の物体が膨らみ、ガスを出して干からびていく。


「……私と一緒に作ろう?」

「え、ええ!ありがとう!!」


そして、そのまま最後のゲル状の物体をキッチンの流しに叩き落とすと、私はその物体のことを忘れることにした。


それが何だったのか知るものは誰もいない。


「あのお菓子(?)…私が来なかったら天乃原さん、焼肉部屋に持って来てた?」

「え…ええ、ヒカリさんのクリームブリュレとは見た目は違ったけれど、“あれ”自体は自信があったのよ」

「……ごめんね、流しに落としちゃって」

「いいのよ、私もよく間違って落としちゃうから」


……“あれ”を食べさせる気だったか…しかも3つだったということは自分で食べる気がさらさらなかったということだ。



身震いをこらえた私は、天乃原さんと共に出来上がったクリームブリュレを持って、男子二人が待つ焼肉部屋へと戻るのだった。


「……天乃原さん」

「何かしら」

「今度時間がある時に、一緒に料理をしよう…」

「本当!?嬉しいわ!!…でも受験があるから当分は時間が無いわね……」



それはつまり当分は料理はしないということだ。

その言葉に私は何処かほっとするのだった。


何の解決にもなってないけど……ね。






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第4章 愛は隣に
055 Go!Standup!


VFGP決勝戦から2日……

 

動画配信サイトにて中継されていた“スクルドvsベルダンディ”は大きな話題を生んでいた。

 

特にスクルド…金髪の少女(男)については使用された“解放者”のスペリオルコールの精度、トリガー率から、彼の何かが常人とは違っていることを感じさせた。

 

 

「これで…名実共に“スクルド”は神沢ラシンの称号になった訳っすか……」

 

 

舞原ジュリアンは自室でパソコンを眺めながら呟いた。

 

彼はVFGP後の祝日をヴァンガードの様々なブログを回りながら過ごしていた。

 

 

「……長いっすね…最強までの道は…」

 

彼は勅令の星輝兵 ハルシウムのデッキを指でつつく。

 

「倒したスクルドはもう力を失っていて、今や新しいスクルドが世間の話題になっている…」

 

 

おもむろに立ち上がったジュリアンは机の引き出しを引いて、中の全てのデッキを取り出した。

 

 

 

ビーナストラップЯ…ネオネクタール

 

レオパルドЯ…グレートネイチャー

 

ルキエЯ…ペイルムーン

 

アモンЯ…ダークイレギュラーズ

 

メイルЯ…アクアフォース

 

コキュートスЯ…グランブルー

 

エシックスЯ…ノヴァグラップラー

 

Яダイユーシャ…ディメンジョンポリス

 

オバロЯ…かげろう

 

ボーイングЯ…なるかみ

 

ヒャッキヴォーグЯ…むらくも

 

レミエルЯ…エンジェルフェザー

 

そしてリンクジョーカー……

 

ブラスター・ジョーカー、グレンディオス、ダークゾディアック、ヴェノムダンサー、カオスブレイカー、イマジナリープレーン、フリーズレイ……ハルシウム。

 

その他にも……たくさん。

 

 

 

「レオパルドはヒカリさんと初めて戦った時に使った…ルキエとアモンは青葉さんをぼこぼこにするのに使ったっすね…」

 

ゆっくりと見回していく。

 

「アシュレイЯはお嬢に貸してたっす…オバロЯは最初に神沢ラシンと戦った時に来るのが間に合わなかった…オラクルやスパイクは昔はたくさん使ってたっすね」

 

たちかぜやぬばたま、むらくも、メガコロニー…深見ヒカリのシャドウパラディン…神沢ラシンのゴールドパラディン…所持している人が少ないであろうバミューダ△のマドレデッキ…単クランでデッキが組めないエトランジェ。

 

 

「すぐ極めて終わる筈だったのにずいぶん時間がかかってしまった……っすねぇ…」

 

 

ひとつひとつのデッキに思い入れは無いが、思い出はある。

 

それは積み重なって…確かに舞原ジュリアンの中に残っていた。

 

 

「はぁ……まったく…荷物が重いと……動きにくいっす…本当にね」

 

 

時刻は午前3時57分…彼は自室を出ると長い廊下を歩き始めた。

 

天乃原家は広く、果てしない。

 

長い長い廊下はまるで“自分の歩いている道”の様だと感じていた。

 

 

「眠れないのかしら?…舞原君」

 

「……チズルお母様…」

 

 

同じように廊下を歩いていたのは天乃原チアキの母、天乃原チズル…彼女と舞原ジュリアンは窓の外を眺めながら語り合う。

 

 

 

「この間はあの子が世話になったわね、ありがとう」

 

「いえいえ…こちらこそ、お嬢には世話になってるっすよ」

 

 

 

二人は血は繋がらないものの、一応は姉弟の関係であった。

 

血は違い歳も離れた二人だったが互いのことを信用し、理解している。

 

だが…だからこそ、言葉にして聞かなければならないこともある。

 

 

「……そろそろ行くのよね…」

 

「まぁ…最初からそのつもりでしたし、未練はあるっすけど後悔は無い1年だったっすよ」

 

 

その言葉に迷いは無かった…舞原ジュリアンはずっと昔からこの道を歩いている…そしてその歩みを決して止めない。

 

 

真っ直ぐに…普段の“碧色の瞳”では無く、“純白の瞳”でチズルを見つめるのであった。

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

「…で、だ…俺は数年間片思いしていた娘に……去年から彼氏がいたことを…」

 

青葉クンの周りから負のオーラが出ている。

 

「偶然見つけた知らない同級生のブログで…昨日、知ったんだ……」

 

 

 

「ほう…それは可愛そう言って貰いたいのか?キモいと言って貰いたいのか?」

 

「……ユズキ…青葉クンはこれでも頑張ってたよ、頑張ってたんだよ小学校の頃から…」

 

「いーや、そう言う奴に限って何もしてないな」

 

「ま、青葉さんは残念だった……そういうことっすね…」

 

 

 

ここは1年B組の教室、私の名前は深見ヒカリ…高校1年生だ。

 

 

今は所謂体育大会の真っ最中…出場競技がまだ先な私と青葉クンは、別のクラスで暇そうにしていたユズキと舞原クンを誘って、クラスの応援にも行かずに駄弁っているのだった。

 

 

「ま、この青葉君が残念な奴ってのは取り合えず置いておいてだ、ヒカリは最近ヴァンガードの方はどうなんだ?」

 

「ん…ヴァンガードか……」

 

 

 

あの大会が終わって3日…何もしてないと言えば嘘になる。

 

 

「取り合えず…ゴールドパラディン…“青き炎”のデッキをプロキシ(代理)で作ってみたかな…神沢クンへのリベンジのためにね」

 

 

あの後、私は神沢クンのデッキを思い出し、色々調べながら簡単に作ってみたのだ…プロキシと言ったように実際にファイトで使える代物ではないけれど。

 

 

「それで…回して見たんすか?」

 

「うん…神沢クンの“力”を再現するために山札は表の状態で…」

 

 

それなら神沢ラシンの力と同様、デッキの流れを知ることができる。

 

できる……ん…だけど……

 

 

「あれね……すごい疲れる」

 

「あーやっぱりそうっすか」

 

山札のどこにどんなカードがあるのか…見ることができる…つまり得られる情報が増えるということは、従来のヴァンガードには無かった“選択”が求められるということだ。

 

普通にダメージを通していい場面で…ダメージに落ちるのが手札に加えたいカードだったり…不発すると分かっているヒールトリガーが落ちることが分かってしまう。

 

普段の…普通のヴァンガードには無かった“迷い”がそこに生まれる。

 

「プロミネンスコアのスキルを正確に狙えるのは良いんだけどね…」

 

「…僕もやってみようかな」

 

 

まぁ……練習しても、自分で神沢クンの力を使えるようになる訳では無いけどね。

 

 

「……一つ質問いいか?」

 

ユズキが恐る恐る手をあげる。

 

「………“力”って…何?」

 

「そっか…ユズキは知らないんだ…」

 

 

私と舞原クン、青葉クンはユズキにこれまでのことを説明する。

 

私と神沢クンの“力”とその内容、その源を…

 

デッキとの“つながり”…絆が生む、奇跡の力……神沢ラシンの山札透視や私のドロー能力……そしてまだ見ぬウルドの能力のこと……

 

 

「はぁ……超常現象か」

 

ざっくりと纏めてきた。

 

「あー……うん」

 

「そんなもんだよな」

 

「そうっすね」

 

私たちはユズキに返す言葉が無い。

 

「先週のヴァンガTVでアメリカチャンプのMr.ACEと葉月ユカリの対談でも言ってたけど、カードにおける超能力なんて眉唾物だろう?」

 

「……うん」

 

「あ……僕、それ見逃したっす……」

 

 

超能力…超常現象といっても、私の能力は本当に存在するのか…まだ分からない、確証が掴めない。

 

全て偶然の産物かもしれない…その可能性は捨てきれない物だ。

 

「まぁ…全てただの偶然……かもね」

 

「いやいや、この世に偶然なんて無い…全ては必然だって誰かも言ってたっすよ」

 

舞原クンがどこかの漫画に出ていたセリフを言う。

 

全て必然……か、この力が在る理由…なんだろう、何か意味があって私はこの力を持ったのだろうか…この力の行き着く先は……一体…。

 

「ま、ここで考えても仕方無いだろ」

 

 

青葉クンが雑に話題を切り上げた。

 

確かにこのままでは大宇宙の真理でも考えてしまいそうであったが。

 

「ともかく俺はさ……この5ヶ月…色々ファイトできて良かった…ヴァンガードを楽しめて良かったよ」

 

青葉クンが突然死亡フラグのようなセリフを言い出した。

 

「5ヶ月…ほとんど半年…か……」

 

 

青葉クンがヴァンガードを始めて、そして私がヴァンガードを再開してそれだけの月日が経っていた。

 

 

「何言ってんだ…まだまだこれからだろ?」

 

「そうだな…」

 

「お二人はここまでどんなデッキとファイトしてきたっすか?」

 

舞原クンが聞いてくる。

 

ファイトか…そう言えば青葉クンは最初なるかみを使ってたっけ。

 

「なるかみ…リンクジョーカー……グレートネイチャー…あ、舞原クンの…ね?」

 

「懐かしいっすね…」

 

「俺は…シャドパラ、なるかみ…かげろう、ロイパラ、アクフォにスパブラ…兄貴に色々相手してもらったな…あーあとディメンジョンポリス…」

 

青葉クンの表情が曇る…あの変態ジャスティスのことを思い出しているのだろう。

 

「他にも…エンフェ、オラクル、ロイパラ、かげろう、むらくも、ノヴァにバミュ…ゴルパラ」

 

「ダクイレ、ペイル、メガコロ…ぬばたま、グランブルー、たちかぜ、ネオネク…こんなもんか?」

 

 

それを聞いていたユズキが指で数える。

 

「単クラン構築が出来ないエトランジェは置いておいて…二人合わせて全てのクランとはファイトしているのか……」

 

「二人合わせても意味無いよ……」

 

単クラン構築が出来ても、ぬばたま辺りはなかなか巡り会うことが無い。

地域にもよるだろうが、やはりよく使われているクランとそうでないクランというのはあるだろう。

 

ブースターの収録に偏りがあるからね……

 

 

「……あれ?」

 

舞原クンが少し首を傾げる。

 

 

 

「……お二人は…“ジェネシス”とのファイト経験は?」

 

「……あ」「?」

 

ジェネシス…神聖国家、ユナイテッドサンクチュアリのクランの中では最も新しいクラン…

 

特色は…ソウルチャージから多種多様な動きができる点だったっけ……

 

 

 

「「……ファイトしたこと無い…」」

 

 

 

 

この時の私は知るよしも無かった……

 

もうすぐ私の目の前に、その“ジェネシス”が立ちはだかることになるなんて……

 

そして、新しい戦いが始まるなんて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ちょっとごめん」

 

私の“次回への引き”を台無しにするように青葉クンが立ち上がる。

 

そのまま教室の外に出ていってしまった。

 

 

 

「(何なんだよ委員長…手招きして)」

 

「(ヒ、ヒカリ様…を呼びなさい…次出番だから)」

 

「(……直接言えよ)」

 

「(はっ!?私に死ねと!?彼女を見つめてのたうち回れと!?)」

 

 

「…やってらんねぇ」

 

 

 

青葉クンと委員長の広瀬さんが何かを話している……あ、そっか。

 

「今日って体育大会だっけ…」

 

「忘れてたな」

 

「全くっすね」

 

 

そして私はそろそろ私のエントリーした競技の時間だということに気がついた。

 

「そろそろ行かなきゃ……」

 

立ち上がり、教室の外へ向かう。

 

「じゃ、お開きっすね」「そうだな」

 

学校生活はまだまだうまくはいかないけれど、それでも…もう半年が経った。

 

私は廊下を進む。

 

 

 

「……さて、ひと暴れしますか…」

 

 

 

私は私の道を…進んでいく。

ここから私も…スタンドアップだよ!!

 

 

 

 

 




前回の54話“明日へ続く道”の後書きにて54.5話“宵闇ポイズンパーティー”を追記しました、よければそちらも見ていただけると嬉しいです。


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056 過去への招待状

時刻は午前7時12分……そろそろ時間だ。

 

九月も末…私は学校へ向かうため家を出る。

 

「あれ……これ何だろう…」

 

ポストの中に何かが入っているのに私は気がついた…これは……

 

「……招待状?」

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

その日の放課後、私たち1-Bの生徒は教室に集っていた。

 

「……という訳で、これから学祭の出し物を決めて行きたいと思います!!」

 

学級委員長の広瀬アイさんが宣言する……そう、もうすぐこの高校の学校祭が行われるのだ。

 

クラスで行われるのはステージ発表と教室展示の二つ…それを来週までに決めなければならない。

 

「はい、はい……、満場一致ですね…ではヒカリ様!!」「「ヒカリ様!!」」

 

「!?」

 

……何?…恐いよ…そもそも何故“様”…これじゃまるで親衛隊みたい…いや、まさか……

 

私が少し現実から逃げようとした時、さらに信じられないような言葉が聞こえてきた。

 

「全てお任せします!!必要な物があれば、私たちになんなりとお申し付けください!!」「待って」

 

…新手のいじめ?…なんてこったい…一体どういうこと…何だろう。

 

「えっと……あの……」

 

「あ!ご報告が遅れました!!我々1-B一同、ヒカリ様の親衛隊に無事入隊いたしました!!」

 

「ちょっ……待っ……」

 

「「「では!!」」」

 

「待って!!??」

 

放課後の校舎に私の叫びがこだまする。

 

そして彼ら彼女らは私に全てを押し付けて…帰ってしまった。

 

茫然と立ち尽くす私に青葉クンが声をかける。

 

「この際はっきり言ったらいいんじゃないか?…ウザイって」

 

「……青葉クン」

 

教室に残されたのは私と青葉クンの二人。

 

「ウザイというより……何か恐いよね」

 

「……大問題じゃないか」

 

「……うん」

 

この後三年間ここで過ごすことを考えると…そろそろ改善に向けて自分で動かないとダメかな…

 

「まぁ……今はそれよりも学校祭のことの方が問題だよ……みんな帰っちゃったし…」

 

「……そうだな(教室の外に全員いて、俺に殺気を送ってきてるけどな)」

 

こうして私の…“学校祭”の探索の旅が始まるのであった。

 

 

「……さっき広瀬さんが1-B一同って言ってたけど、まさか青葉クンも親衛隊に……」

 

「入るように見えるか?」

 

「……そだね」

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

時間が経った。

 

はっきり言おう……考えが纏まらないと。

 

 

「何を……すればいいんだろう……」

 

「本当にな…」

 

「困ったもんっすね」

 

「全くだ」

 

私達四人はため息をつく。

 

……四人?

 

私は新たに増えていた二人の存在に気がついた。

 

 

「舞原クンに…ユズキ……どうして…」

 

「ヒカリさんがシークメイトしたんじゃないっすか」

 

「違うぞ舞原君…ソウルメイトレギオンだ」

 

「いや…覚えないし…そもそも二人とも別のクラスだよね…」

 

「「ま、暇だから」」

「そ、そう……」

 

……とはいえ別のクラスの話が聞けるいい機会だ。

 

私は二人にそれぞれのクラスの出し物について尋ねる。

 

「知らないっす」「決まってないな」

 

……どうにもならないよ…

 

 

青葉クンが呟く。

 

「せめて…先輩達が何やってたか聞ければいいんだがな」

 

「……それだ」

 

私は青葉クンのその言葉で気がついた、私たちには天乃原チアキさんという頼れる先輩がいるということを。

 

しかも天乃原さんは生徒会長……確か来週には次の生徒会に引き継ぎだから…そうだ、天乃原さんなら去年の学校祭を取り仕切っていた筈だ!!

 

「天乃原さんと話…舞原クン、天乃原さんどこにいるか分かる?」

 

「あー…お嬢なら今頃塾っすね」

 

「……そっか、受験生だもんね…」

 

……振り出しに戻ってしまったか。

 

他の上級生に話を聞くほど度胸は無いしなぁ……

 

……私の場合、たぶん…喧嘩腰になりかねない…

 

「ほら……青葉君もヒカリと同じクラスなら考えろよ?」

 

「考えてるっての」

 

うーん…どうにもありきたりな物しか浮かばない…というか、お化け屋敷か喫茶店しか浮かばない。

 

それも具体的な形が見えない……ステージ発表なんて尚更だ。

 

「せめて…去年見に来れば良かったんだよね…皆は見に来た?…ここの学校祭」

 

「いや…」

 

「見てないっす」

 

「私も見てないな」

 

期待を裏切らない返事だ…見に行っていたのなら、誰か何か言ってくれそうだもんね……

 

「どこか別の学校の学校祭が見れれば良いんすけどね」

 

別の学校…やっぱり直に見たいよね…直に…「あ」

 

「「「???」」」

 

私は今朝のことを思いだし、鞄に手を伸ばす。

 

今朝、家に届いた招待状…あれは確か……

皆が不思議そうに見つめる中、私は一枚のハガキを取り出した。

 

「……それ、何すか?」

 

「学校祭の招待状……私の通っていた中学校から届いたんだ……」

 

ハガキには私のよく知る校長の名前が書かれていた。

「…そんなの届くのか」

 

「あー…まぁ……ね」

 

青葉クンの疑問に私はお茶を濁す…色々あったんだよ…色々……ね。

 

「しかし…中学校の学校祭なんてあてになるのか?」

 

ユズキの疑問はもっともだろう。

 

「……でも、何かヒントくらいは掴めるんじゃないかな……」

 

やはりネット等で調べるより…実際の空気を肌で体感したかった。

 

……そもそも私が中学に通っていた頃は結局一回も学校祭を開くことが出来なかったのだ。

 

「取りあえず明日…行ってみるよ」

 

「明日……?」

 

青葉クンが首を捻る。

 

「明日って…平日じゃなかったか?」

 

「何を言っているんだ青葉君、明日は開校記念日だろう?」

 

「ああ…なるほどな」

 

 

そう……私もそれを知って驚いた。

 

……ちょうど休みの日と重なるなんて…そもそもそうでもなければ行くことなんて出来なかった訳だけど、これは正に天が私に行けといっているのだろう……なんてね。

 

「じゃあ、明日は天台坂駅に集合だな」

 

「え……来るの?」

 

「「「もちろん!」」」

 

……確かに私一人では心細かったから嬉しいんだけど…

 

「同じクラスだしな」

 

「ヒカリの中学に興味わいたしな」

 

「面白そうっすから」

 

その言葉に私はほっと息をつく。

 

「……ありがとう…これで天乃原さんも来れたらいいんだけど…」

 

「あー…お嬢は明日、センター試験の願書の払い込みに行くそうっすよ」

 

「じゃあ邪魔出来ないな……」

 

私は窓の外を見つめた…すっかり辺りは暗くなっている。

校内にも人の姿は少なく、そろそろ下校した方が良さそうだ。

 

結局今日は何の話も纏まらなかったけど、明日、北宮の中学校に行くことが決まった。

 

再び…私はあの校門をくぐるのだ…あの、以前は荒れ果てていた中学校へ…

 

母校へ……

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

翌日、休日

 

 

いや……休日なのは開校記念日で休みである私たちだけであり、一般の人にとっては平日だ。

 

私と青葉クン、舞原クンにユズキの四人は電車に乗って北宮まで向かっている。

 

「…しかし、ヒカリの話を聞くだけだと相当ヤバい学校なんだな」

 

「昔の話だよ、昔の……だから青葉クンが身構える必要は無い…当時だって私より強い人はいなかったし」

 

確かに以前は“相当ヤバい”学校だったが今ではかなり落ち着いている筈だ。

 

ちょうど一年前くらいからだろう…あそこが普通の中学校に戻ることができたのは。

 

おかげで当時の一年生…今では二年生か…彼らには嫌な物を見せずに済んだ。

 

「とにかく今日は…自分達の学校祭のヒントを掴まないとね……」

 

「私関係ないからなぁ」

 

「僕も関係ないっすからね…別のクラスっすから」

 

「むしろお前ら何で来たんだ…」

 

「ははは……」

 

 

何はともあれ…もうすぐ北宮……か。

 

電車が駅に到着すると、私達は北宮の町を歩き出した。

 

春風さんがいるカードショップアスタリアとは駅を挟んでちょうど反対の方向だ。

 

 

「ここから……ちょっと歩くよ」

 

 

「……ならヴァンガードの話でもするっすか」

 

「「そういえば暫くしてないな」」

 

私は少し考える……

 

 

「話っていってもなぁ…まだ今後の展開も分からないし…」

 

 

「そうだな……青いドラゴンの話なんてどうだ」

 

「なるほど、アクアフォースっすね?」

 

 

「いや違」「最近のアクアフォースといえば、テトラバーストにがっかりしたって話ばっかりっすね」

 

「正に期待が破裂(バースト)だな」

 

 

明らかにウォーターフォウルやボーテックスの話がしたかった青葉クンが落ち込む。

 

 

「そんなアクアフォースといえば個人的にブライクライドユニット…蒼翔竜 トランスコア・ドラゴンが印象的っすね……僕はあれとメイルЯのコンボに苦しめられた物っす…勝ったっすけどね」

 

トランスコアのスキルはヴァンガードのアタック時に手札を一枚捨てることを要求し、捨てなければクリティカルを増やし、ガードを不可にするというものだ。

 

そしてメイルЯは……

 

「メイルЯは四回目のアタックがヒットしなかった時に一枚引いて、相手のユニットを一枚退却……これをこちらが四点や五点の時に使われるとなかなか辛いんすよ」

 

「だが、私にとってはトランスコアはテトラドライブと合わせて使うのが一番強い印象だな、やはりVスタンドは驚異だ」

 

「テトラドライブにトランスコアを使わせることで互いのポテンシャルを最大限に引き出すことが出来るって感じっすかね、そんなテトラドライブとテトラバーストは噛み合わせが悪いっす…バーストは素直にレギオンデッキにした方がいいっすね」

 

「同じテトラなんだがなぁ……」

 

「そうっすねぇ……」

 

 

 

「……何かしんみりしているんだが…」

 

「あはは………」

私たち四人は北宮の町をゆっくり進む。

たった半年前まで通っていた学校だ、そう簡単に場所を忘れたりしない。

 

「それにしても…静かで良いところじゃないか?」

 

ユズキが呟く。

 

「一昨年まではあちこちでバイク事故があったけどね……」

 

「……」

 

本当……駅のこちら側は昔比べて本当に落ち着いたと…心の底から思う。

 

昔はもっと殺気だった町だった。

 

「そろそろ見えてくるよ…」

 

「お、あの学校っすね」

 

白い校舎が見えてくる……校門で校長が待っているのが見えた。

 

私は大きく手を振る…すると向こうも気がついてくれたのか、手を振り返してくれた。

 

 

「これがヒカリの過ごした中学校か」

 

「そう…私はここで3年間を過ごしたんだ…」

 

 

私はその校舎を見上げる。

 

綺麗な…青過ぎる空が私を出迎えてくれていた。

 

 

「校長先生……」

 

「深見さん……」

 

 

私と校長は握手を交わす。

 

 

 

校長は泣きそうになった……思ったのだ。

 

 

 

“北宮中に伝説が舞い戻ったと”

 

 



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057 未来への招待状

私、深見ヒカリと青葉クン、舞原クン、ユズキの四人は私の通っていた中学校にやって来た。

 

 

 

「お待ちしていました、深見さん」

 

 

「そんな…こちらこそ今回は招待して下さりありがとうございます…友達もいっしょなんですが…」

 

 

「いえいえ…深見さんのお友だちなら我々も大歓迎ですよ」

 

 

 

私と校長の会話を眺めていた三人が不思議そうにこちらを見ている。

 

(変な会話っすね…)

 

(校長と卒業生の会話か…?)

 

(…いつものパターンとは少し違うな…親衛隊では無いのか)

 

 

「……」

 

 

三人が何を考えているのは分からないが、私はそれを気にせず学校の中へと足を進めた。

 

 

 

三人と校長も後ろから付いてくる。

 

 

「ん……?」

 

 

校庭に模擬店が並ぶ。

 

 

「何か想像と違うな」

 

 

 

しばらく進んでから初めにそう言ったのはユズキだった。

 

「そうっすか?」

 

 

私と校長以外の三人が辺りを見回す。

 

 

しばらくして、違和感の原因を突き止めたのは青葉クンだった。

 

 

 

「一般開放で食べ物屋もあるのか……」

 

 

 

そう、ここでは今、全国の中学校の文化祭で少なくなっている一般開放かつ飲食物の模擬店が開かれているのだ。

 

 

 

「関係各所のGOサイン…貰えたんですね」

 

「はい…この一年の成果です」

 

 

 

本来ならば昨年、私がここにいた頃に企画したものだったが、まだその時点ではここの悪評は有名であり、周辺住民からの反対も多かったのだ。

 

 

「こうして…実際にこの光景を見る日が来るなんて…ね」

 

この企画の最大の狙いは“この中学校が生まれ変わったことを内外にアピールする”ためだ。

 

これでより地域に密着し、連携のとれる学校となるだろう。

 

 

 

私たち五人は校舎の中に入る…学校の中は活気に満ち溢れていた。

 

 

 

「では、私は仕事がありますので…」

 

「うん…頑張って下さい」

 

 

 

校長は私に学校祭のパンフレットを渡すと、立ち去っていった。

 

 

私はそのパンフレットを見つめる…どこから見て回ろうか……

 

 

「とにかく……行こうか」

「ああ」

 

「そうだな」

 

「そうっすね」

 

 

 

 

私たちは廊下を歩き始めるのであった。

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

「しかし、一般開放なんてして変態とか入ってくるんじゃないか?」

 

 

 

そんなどうしようも無いことを青葉クンは…

 

世の中そんなに変態が溢れてるとは考えたくないけどね……

 

 

「大丈夫…昨年からいる先生方にはある程度格闘術を覚えてもらったから…変な人がいてもすぐ取り押さえられるよ」

 

 

「今さらっすけど、ヒカリさんこの学校で一体何してたんすか?」

 

 

舞原クンの呟きを無視して先に進む……色々あったんだ……色々ね。

 

 

「あ……メイド喫茶だって」

 

 

「…あっちにもあったぞ」

 

 

「…この向こうにもあるね…入ってみようか?」

 

 

「……メイド喫茶多いな」

 

 

 

「素晴らしいことだ」

 

メイドを志す若者が多いと言うのは喜ばしいことだ…とユズキは続けた。

 

前々から感じていたがユズキには変な性癖があるようで、以前女の子のスカートがめくれそうになった時、一瞬だが狩人の目になっていた。

 

 

まぁ……ユズキの性癖はともかく。

 

確かにメイド喫茶が多い…三クラスに一つはメイド喫茶を開いているのだ。

 

 

 

「とにかく一軒…行ってみよう」

 

 

そのためにここまでやって来た…いや、メイドを見に来た訳では無いけど。

 

 

 

私たちはその中の一つの教室…2-1組“メイド喫茶”へと入っていった。

 

 

そして……

 

 

 

「ようこそ♪……いらっ……」

 

「…………」

 

 

 

出迎えてくれたメイドさんと目が合う。

 

 

 

 

「……」

 

 

私は言葉を失う。

 

 

「…………」

 

 

そのメイド…金髪のメイドも言葉を失う。

 

 

 

 

「「「…………」」」

 

 

後ろの三人も言葉を失う。

 

数分が経った。

 

 

 

それは少女ではない少年だった。

 

 

 

どこかで見た金髪の少年がそこにいた。

 

 

 

メイド服を着て、そこにいた。

 

 

 

「か、神沢クン……?」

 

 

「…………何だ」

 

 

場を支配する思い空気の中、口を開いたのはユズキだった。

 

 

 

「男の娘……か……私的には…アリだぞ」

 

「何がだ!?」

 

 

 

 

神沢クンは女装が趣味…?

 

これで他に女装男子がいるのならば“ああ…こういう企画か”ということで済むが、残りの店員(メイド)は全員女子であることを見るにやはり…本気?

 

 

 

「趣味でやってる訳じゃないぞ…」

 

 

そう言った神沢クンの目は真剣だった。

 

 

 

「あ…うん、分かった」

 

 

 

とは言え…驚きはそれだけではない。

 

「神沢クンってここの生徒だったんだね…」

 

 

「…そう言うあんたらはどうしてここに?」

 

 

「あー…私、昨年までここに通ってたんだ…」

 

 

 

その言葉に神沢クンが驚く。

 

 

 

「……先輩だったのか」

 

 

 

 

私たちは神沢クンに案内されて、テーブルに座る。

 

 

ふと教室に貼られているポスターが目に入った。

 

 

 

……“メイドさんと撮影=1回200円”…

 

 

……こんな店でいいんだろうか、色んな意味で。

 

 

「……というか今日はゴスロリじゃないんだな」

 

神沢クンがたわけたことを言い出す。

 

 

「私…そんなにゴスロリ着てるイメージある!?…夏休みに会った時は普段着だったよね!?」

 

 

「そう…だったか?」

 

 

 

あれ…水着だったか…その後お風呂入ってからはホテルの浴衣で…あれ?私服でいた時間少ない……?

 

 

……これでは何も言い返せない…初対面の時もゴスロリだったし、第一印象って大事だね…だけど!

 

 

 

 

「普段は普通に普段着だよ…神沢クンと違って」

 

 

「はっはっはっ…趣味じゃないって言ったろ?」

 

 

 

私と神沢クンの間に火花が散る。

 

 

その様子を他の三人は面白そうに眺めていた。

 

 

 

 

「……で、その先輩は何の用事でここに来たんだ?」

 

 

「あー…ちょっと学祭のヒントを貰いに…ね」

 

 

「パクる気か…」

 

 

神沢クンが呆れたような目でこちらを見てくる。

 

 

 

「いや……“ここ”(メイド喫茶)は無いよ」

 

 

 

私は真顔できっぱりと言い切る。

 

 

別にメイド服はそれなりに恥ずかしいな…とかそう言うことでは無い。

 

 

ここの教室の装飾は恐ろしいほどに凝られている…それこそ一瞬自分が中世のお城にタイムスリップしたかのような錯覚を覚えるほどだ。(この感想が正しいかは分からないけど)

 

 

……最も、それ以上に神沢クンの異様に似合ったメイド服姿の方がインパクトが大きかったんだけどね。

 

 

 

とにかく、こんな素晴らしいものを見せられては真似する気も起きないというものだ。

 

 

 

 

そして私は改めて神沢クンを見つめ直す。

 

 

「……神沢クンってそういうキャラだったっけ」

 

 

「…文句が言いたいのは俺の方だ……」

 

 

 

その時、物陰から一人の少女が飛び出してきた。

 

 

 

「ご、ごめんなさいラシン君……私が無理を言ったせいで……」

 

「カミナさん…いいんだ…もう過ぎたことだ…」

 

 

「げ、現在進行形だよぉ…………」

 

 

 

何かコントのような会話が始まった。

 

 

…………まぁ…ここはもういいか。

 

 

「そろそろ次…行こう…ね?」

 

「そうだな」

 

「うむ」

 

「そうっすね」

 

 

 

すると、席を立った私たちを神沢クンが引き止めた。

 

 

「いやいや……もう少しゆっくりしていってくれ…さぁ…どうぞどうぞ」

 

 

 

引き止め方がやけに強い。

 

 

 

「…何で?」

 

 

「いや……先輩たちが来てからどんどん客が増えているんだ」

 

 

……私は招き猫じゃないよ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

 

……私たちは人混みを掻き分けて進む。

 

 

「……で」

 

 

「何だ先輩」

 

 

「ついてくるんだ…」

 

 

 

 

私たちの側には、普通に制服姿の神沢クンがいた。

 

良かった…男物の制服だ……少し安心した。

 

 

「ま…ちょうどステージは見に行こうと思ってたしな」

 

 

 

 

そう…私たちが次に向かうのは体育館……そこで行われているというステージ発表を見に行くのだ。

 

 

 

 

「ステージで今、何をやっているのか知ってる?神沢クン」

 

「確か今は一年のクラスがジャグリングをやってるらしいぞ、先輩」

ジャグリングか…生で見たことは無いなぁ…

 

 

「しかし大丈夫なんすか?」

 

 

 

舞原クンが疑問を述べる。

 

 

 

「教室とステージを同時にやっても客は来ないんじゃないっすか?」

 

 

「ああ…今日ステージで発表しているのは自由参加のグループだな…クラス単位で行われるのは明日の予定だ」

 

 

明日は……普通に私たちも学校があるから来られない…ね。

 

「まあ今ステージに出ているような奴はやる気があって出てるんだ、それなりに完成度の高い物が見られるだろうさ」

 

 

そんな風に会話をしている内に、体育館の前までたどり着いた。

 

 

 

「ここが体育館か……」

 

 

「じゃあ…開けるよ」

 

 

 

扉を開けると、猛烈な熱気が私たちを包み込んだ。

 

 

 

中に電気はついておらず、三台のスポットライトがステージを照らしている……そこでは一人の少女が見事な歌声を披露していた。

 

 

 

 

「……ジャグリング……」「じゃないっすね」

 

 

「すまない…終わっていたようだ」

 

 

 

 

演目は次のカラオケ大会に移っていたらしく、他のクラスの子から推薦されてステージに登ったらしき女の子が歌っていた。

 

 

 

「へぇ…なかなか良い歌声だな」

 

 

「姉貴が好きそうな声質だ」

 

 

姉貴……エンちゃんこと葉月ユカリ…今をときめくトップアイドルの弟がそう言うのならば素養はあるのだろう……

 

 

エンちゃんなら今呼べば来てくれそうだな…等と思ったが、彼女は“ワールドツアー”の最中で今は海外にいるのであった。

 

 

私は今朝エンちゃんから“ニューヨークに着いた”といった主旨のメールを受け取ったことを思い出した。

 

 

 

 

「でも……あの娘、本当に綺麗な声……」

 

 

 

その少女が歌っていたのは葉月ユカリの代表曲…“愛は隣に”……

 

 

「オリジナルと遜色無いんじゃないっすか?」

 

 

「ううん…違う…でも、だからこそ“葉月ユカリ”とは異なる魅力があるんだ…」

 

 

 

会場にいた他の人達も、その歌に、その声に聞き惚れていたのか歌が終わってもしんと静まり返ったままであった。

 

 

「あの娘……知ってる?」

 

 

私は神沢クンに聞いた。

 

 

「名字だけはな……確か“冥加さん”…一度だけ話をしたことがある」

 

 

 

「冥加…さん……」

 

 

 

私は静まり返った会場で、一人…拍手を打つ。

 

 

 

 

 

……素晴らしい歌声だった。

 

 

 

 

やがて神沢クンや青葉クンも拍手を始め、その波は会場全体へと伝わっていった。

 

 

この会場にいる全ての人間が彼女を誉め称えていた。

 

 

 

彼女の歌は、声は、この場の人間を一つにしたのだ。

 

 

 

「……で、どんな子なの?」

 

 

「そうだな……俺の兄さんみたいな感じ…かな」

 

 

神沢クンのお兄さんというと…神沢コハクさん…

 

 

「…ちょっとSってことっすか?」

 

舞原クンが呟く…それは失礼じゃないかな?

 

 

 

 

 

「誰がちょっとSだって?僕はドSだよ?」

 

 

「「「!?」」」

 

 

 

その言葉に私たちは驚き、振り返った。

 

 

「やあ」

 

 

そこにいたのは神沢コハクさん、その人であった。

 

 

……ここにいるということは中学生……?

 

 

いつだったか聞いてはいたけど……本当に私より年下だったんだ…コハクさんの独特な雰囲気に呑まれていたのかもしれない……あれ?何でコハクさんは私の年齢を……この学校で一度会って……?

 

 

 

私の中で疑問が生まれる中、冥加さんはステージから降りていった。

 

 

 

「それにしても…このまま妹さんも出てくるとか……あるのかな?」

 

 

「「いや、マリは小学生だからここにはいない」」

 

 

神沢兄弟の声がハモる。

 

 

「……小学生だったんだ」

 

 

…………あのスタイルで小学生か…

 

…恐れ入るね。

 

 

 

 

「で、何の話をしていたのかな?」

 

 

 

 

コハクさんが話を戻してくれる。

 

そうだ、冥加さんについてだ。

 

 

「ああ……兄さんと似てるんだよな……」

 

 

 

神沢クンが既に冥加さんのいないステージを見つめている。

 

 

 

 

「神に愛されてるって雰囲気が……さ」

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

「で……だ」

 

 

 

人の少ない喫茶店(模擬店)で私たちは休んでいる。

 

青葉クンが口を開いた。

 

 

「このままだとうちのクラスは“メイド喫茶”と“ステージでヒカリがジャグリングしながら歌う”ってことになるんじゃないか?」

 

 

「何で!?」

 

 

何かな!?その恥ずかしい状態!?

 

 

「いや…今日見たものを纏めると…な」

 

 

「そうだな」

 

 

「そうっすね」

 

 

 

「え……えええー……」

 

結局のところ、私たちの“学校祭で何をするのか決める”という目的は果たされていなかった。

 

「メイド喫茶で良いんじゃないか?」

 

 

神沢クンまで……余計なことを。

 

 

 

「うちのクラスのメンバーも張り切るだろ(無駄に)」

 

「ええ…だって私、接客より闇討ちの方が向いてるし……」

 

 

 

「闇討ちはしなくていいと思うぞ?」

 

 

うん、ユズキ、今のは冗談なんだ。

 

真面目にとられると私が恥ずかしくなるよ……

 

 

 

「でもまぁ皆、悩んだあげくに喫茶店とか無難なところに落ち着くものだよ」

 

 

 

コハクさん……そんなこと言われると考える気が無くなりますから……

 

「…なら……そう言うコハクさんのクラスは何をやってるんですか?」

 

 

 

「え?回転菓子」

 

「「「回転菓子?」」」

 

 

 

何だろうその聞き慣れない単語は。

 

 

 

「それって…お菓子がお寿司見たいに…回ってるんですか?」

 

 

「そうだよ」

 

 

 

「機械とか用意するんすか?」

 

 

「しないよ」

 

 

 

 

……え?……ならどうやって……

 

 

 

 

「人力」

 

「「「人力!?」」」

 

 

 

……それは駄目かな…

 

 

 

「本当はステージの方が問題なんだよな……」

 

 

 

私はお店の人にジュースを頼む。

そして、青葉クンの言葉に同意した。

 

 

 

「……そうだね」

 

 

私がジュースを受けとると何故かプリンもついてきた…どうやら発注をミスして大量に余っているらしい。

 

 

 

「映像を使うのはどうだ?巻き戻し動画とか」

 

 

神沢クンがまともな意見をくれる。

 

 

 

「動画か…」

 

 

 

「いっそのこと劇なんてのはどうだ?ほら、ヴァンガードのアニメのリンクジョーカー編でアイチ君がユニットの劇をやってたみたいにさ」

 

 

「なるほど……いいっすね」

 

 

ユズキが私の知らない話を持ち出す。

 

 

「そんな話があるんだ……でも…うーん…」

 

 

でも…劇…ヴァンガード……劇………

 

 

「何なら私が主役を引き受けてもいい」

 

 

「黒川さん別のクラスだろ……」

 

 

「ひどい!青葉君は私を仲間外れにするのだな!」

 

 

「違うっての!!」

 

 

 

青葉クンとユズキのことは置いておいて、私も考える……劇…か。

 

 

 

 

「劇はいいけど…ヴァンガードものは駄目だね…」

 

 

 

「何でっすか?」

 

 

 

 

 

 

 

「いや…カードゲームって何か……引くもん」

 

 

 

 

 

ついどうしようもないことを言ってしまった。

 

 

「それ……ここで言っちゃうんすか」

 

 

 

むしろ今の私の発言に舞原クンが引いていた。

 

 

 

 

 

「ヴァンガだって言わなきゃいいだろ?先輩」

 

「うんうん、僕も劇が良いと思う」

 

 

神沢兄弟が頷く。

 

 

 

「もう劇でいいだろ」

 

 

「劇だな」

 

えー……あー…うーん……

 

 

 

 

「劇で……いっか」

 

 

 

 

 

こうして何となく、学校祭の出し物が決まった。

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

 

北宮中の文化祭…一日目が終わろうとしていた。

 

私たちは玄関を出る。

 

 

 

「なかなか楽しかったよ、案内してくれてありがと…神沢クン」

 

 

「何……これくらい造作もないさ、先輩」

 

 

 

 

そして私は今度神沢クンに会った時に言おうと思っていたことを言う。

 

 

「今度…ヴァンガードのリベンジはするから」

 

 

「ああ、何時でも来い…」

 

 

 

 

私と神沢クンは拳と拳を合わせた。

 

 

 

「いいね…青春だねぇ」

 

「それもスポ魂系っすね」

 

 

コハクさんと舞原クンが呟いた。

 

 

しっかり聞こえている…悪いね、ラブロマンスな青春じゃなくて。

 

 

 

「ああ…思い出した」

 

「…?」

 

 

神沢クンが不意にそう言った。

 

「前に…冥加さんに言われたんだ……」

 

 

 

 

ーー神沢先輩…機械的に流れていく時間をクロノス…人間が感じている時間をカイロスと言うんですよ。

 

 

 

ーーカイロス時間を大切にしないと…人生、あっという間に終わっちゃいますよ……だから

 

 

 

 

「……ーー輝いた未来を目指してしっかり青春しましょうよ”…って」

 

 

 

「変な娘っすね……」

 

 

 

 

クロノスとカイロスか…私は彼女の意図を理解した。

 

 

 

 

「それって…“今を楽しめよ”ってことだよね…」

 

 

「……“今”?」

 

 

神沢クンが首を傾げる。

 

 

 

「そう…人間が知覚できる時間はカイロス時間…すなわち“今”だけなんだ…冥加さんはどうしてその言葉を?」

 

 

「さぁ…体育祭の時だったな……あの時俺は体育館の隅で鶴を折っていたんだが……」

 

 

 

「どういう状況だよ……そりゃ遠回しにそんなことを言いたくもなるぞ…」

 

 

「私が言うのもあれだけど……もしかして神沢クン…友達少ない?」

 

 

 

 

「……何の話だ」

 

 

 

 

そもそも中学生で何で金髪だから人が寄り付かない…いや、何で金髪が許されているんだ。

 

 

「神沢クンもコハクさんも…よく金髪で怒られませんね」

 

 

 

「「これでも学年トップだから」」

 

 

……そういえば卒業前に学年成績トップの人にはある程度の“自由と権利”が与えられるようにしたんだった……私が。

 

 

「でも……金髪だから人が寄り付かないんじゃ…」

 

 

「う……」

 

 

 

明るい髪色をしていても根がチャラい訳じゃないからな……神沢クン…怖がられる一方じゃないかな。

 

 

「冥加さんは神沢クンに気を使ったんだね…“そんなところで過ごしていると、あっという間に歳を取って死んじゃうぞ”って……」

 

 

「中二っぽくて話しにくそうな風貌っすからね…レベルを合わせて話をしてくれたんすね」

 

 

「おいボッ…とは言いにくいもんな」

 

 

 

 

青葉クン、それは私にもダメージがあるよ…

 

 

 

「あんたら……俺に何の怨みが…」

「ラシン君はボッチじゃありません!!!」

 

 

 

突然やって来た栗色の髪の女の子が、せっかく皆で伏せてきた単語をはっきりと大きな声で叫んだ。

 

 

 

「か、カミナさん……やめ」

「わ、わ、私がいます!!それにラシン君は我がクラスのアイドルなんです!!皆でこっそり愛でてるんです!!」

 

 

 

「ちょっと待ってカミナさん……え?」

 

 

 

 

 

何だろう……こんな感じの空気…私よく知ってる。

 

 

毎週学校で感じてる……

 

 

 

そんなカミナさんとやらを引き金に、周囲にどんどん人が集まってきた。

 

 

そろそろ引き際だろう。

 

 

 

 

「またね…神沢クン、コハクさん」

 

 

周りが煩く、その言葉が届いたかは分からない。

 

 

 

そして。

 

 

 

私たちは北宮中を後にした。

 

 

 

 

駅に向かって歩き出す。

 

 

 

 

「いやー…なかなか楽しかったっすけど…クロノス、カイロス……ねえ」

 

 

「……どうしたの?」

 

 

北宮の町をしばらく歩いたところで、舞原クンが冥加さんの話を思い出していた。

 

 

 

 

「いや……ウルドやベルダンディのように時を司っているなと思っただけっすよ」

 

 

 

「時……ね」

 

 

運命の三女神ノルン……彼女達はそれぞれ時間を司っているんだっけ……

 

 

「私は…ベルダンディ……“今”を司り、能力は自分のドローカードの操作……神沢クンがスクルドで司るのは“未来”……デッキの中を見る力…」

 

 

 

それを聞いた青葉クンが感想を漏らす。

 

「何か合ってるんだな…それぞれ」

 

 

 

「そうだね…コハクさんの力は相手ドローカードの操作…だっけ?」

 

「本人はそう思ってるみたいっすけど、それはたぶん

能力の一端っすね…元スクルドの力の正体は“天運”…自らの未来を切り開く強烈な幸運っすね……」

 

 

 

最も……その能力はほとんど今のコハクさんに残っていない……か。

 

 

 

そして最後のウルドは相手の初期手札の操作……ファイトの始まる前……司るのは“過去”…

 

 

「“力”ねぇ……正直私にはまだまだ眉唾ものだな」

 

ユズキはそう言うと続けた。

 

 

 

「でも、三人や四人も能力者がいるなら……もっといるかも知れないな…そういう奴は」

 

 

「……そうっすね」

 

 

 

能力者……か……こういう話をしていると、ヴァンガードというゲームがどんどん別物になっていく気がしてしまう。

 

 

 

 

「ま、能力のことよりも…これからの商品展開のことの方が俺は知りたいけどな」

 

 

「はは…そうだね……ヴァンガード大戦略発表会……か」

 

私と青葉クン、舞原クンに天乃原さんの四人…チームシックザールはMFSの試遊のためにその会場に呼ばれているのだ。

 

 

 

「今週末……だよね」

 

 

「そうっす…当日はお嬢の家に集合っすよ……いいっすか?」

 

 

「…うん」「問題無いな」

 

 

 

それをユズキは羨ましそうに見ていた。

 

 

「当日はネット上で生放送もあるからな…そこから私も見ているよ」

 

 

 

 

 

その日はもう…目前まで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夕方……神沢ラシンは家に帰ると、ポストにあるハガキが入っていることに気がついた。

 

 

 

「何だ……?」

 

 

 

 

彼はゆっくりとそのハガキを取り出す。

 

 

 

 

 

「…招…待状?……エキジビションマッチ??」

 

 

 

 

 

その日はもう……目前に……

 

 

 

 

 

 

 



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058 女神降臨

三日月グランドスタジアム…その一室。

 

 

「天は我を祝福し、今日という日は全ての始まりとなる……ああ……素晴らしい……」

 

 

 

「社長……例の方をお連れしました」

 

 

 

「よろしい…時は来た……」

 

 

 

 

社長と呼ばれた女性は窓の外を見つめる。

 

 

 

「変革の……始まりよ……」

 

 

女性の計画が……始まる。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

10月1日(祝)……天気は快晴。

 

私、深見ヒカリと青葉クン、舞原クン、天乃原さんの四人は天乃原家の執事、近藤さんの運転するリムジンに乗って“三日月グランドスタジアム”に向かっていた。

 

今年度のヴァンガード…クライマックスGP決勝が行われたというその場所で今日、“ヴァンガード大戦略発表会”が開かれる。

 

私たちはその会場に“MFSの試遊”という形で招待されたのだ。

 

 

「本来は……カードショップを経営してる人とかしか来られないんだよ…ね?」

 

「そうね、後は……三日月の関係者くらいじゃないかしら」

 

リムジンが高速道路を駆け抜ける。

 

「さすがに…緊張するよな」

 

「そうっすね…どういう風にMFSの試遊の機会が来るのか……どこも教えてくれないってのも気になるっすね」

 

期待と不安が膨らむ中、私たちは遠方に見える三日月グランドスタジアムを見つめるのだった。

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

ーーそして、三日月グランドスタジアムへ

 

 

会場に入った私たちは受付の女性に、VFGP優勝時に渡された招待状を見せる。

 

すると、扉の奥から案内係らしき女性がやって来て私たちをスタジアムの中の特設ステージ前まで連れていってくれた。

 

「ここは……」

 

指示されたパイプ椅子に座って周囲を見渡す。

 

スーツを来たおじさんが沢山座っている。

 

特設ステージはスタジアムの中央に位置しているが、その奥のスペースが巨大なカーテンで遮られ、見ることができない。

 

スタジアムの構造からして、その奥には広大なスペースがあるようだけど……?

 

「私たち……どうしたら……」

 

 

とりあえず…発表会が始まるまでここにいた方がいいんだろうけど……

 

 

「なーに…どっしり構えていればいいんすよ……こっちは招待された側なんすから」

 

「ははっそうだな」

 

「えええ……」

 

先行きが分からないのは不安だ…そもそも試遊できるMFSの詳細も知らされてないのだから。

 

 

「一体……どうなるの……?」

 

「まぁ…取って食べられるようなことは無いでしょ」

 

「……当たり前だよ」

 

 

私はポーチの中のデッキケースを確かめる。

 

そして息を抜き、“その時”を待った。

 

 

 

数十分後……突然会場の電気が消えた……

 

そして……スポットライトがステージを照らす。

 

 

 

『それではこれより…株式会社[三日月]による“ヴァンガード大戦略発表会”を始めたいと思います』

 

株式会社…三日月……

 

“ついこの間”ヴァンガードというコンテンツを完全に買収した巨大企業……今までも開発に関わってたんだから、今回のことでヴァンガードが大きく変わることは無いんだろうけど……

 

 

ステージの中央に一人の女性がやってくる。

 

美しい…だけどどこか人間味の欠けた美しさを持った女性だ。

 

 

『皆さま初めまして、社長の“美空”です…この度は…』

 

「「「美空……」」」

 

 

私、青葉クン、舞原クンの三人がその名前を呟いた。

 

 

「美空ツキノ……株式会社[三日月]…そして今、日本を牛耳る“三日月グループ”の新社長ね…」

 

「同じ名字……か」

 

 

同じ名字なんて珍しい物では無い……けど。

今、私の頭の中に浮かんだのは“美空カグヤ”さん…春に出会った美しく、長い黒髪の女性。

 

彼女との問答で私はヴァンガードの楽しさが何かを考えることにしたんだ……

 

あれから、喫茶ふろんてぃあに通っているようだけれど……残念ながらまだ再会出来ていない。

 

ただそれで良いのかもしれない。

 

まだ私ははっきりとした答えが出せずにいる…ヴァンガードの楽しさ、ヴァンガード“だけの”面白さというものが何なのか……

 

 

私が考えを纏めている内に、発表会が進んでいた。

 

 

『秋よりヴァンガードは“ヴァンガードG”として新なスタートを迎えます……つきましては…』

 

その言葉に会場がざわつく。

 

ーーG…ゴッド!?

 

ーー元気のGは……

 

ーー始まりのG!?

 

 

 

……新たなスタート…ついにアニメの主役が交替か…最近はあんまり見てなかったけど。

 

“主役交替”というものは難しい。

 

してもしなくても、失敗につながりやすいからだ。

 

 

何よりもファンが離れる良い機会になってしまうことが問題だろう。

 

かといって最初から前作キャラを出しまくる、途中から前作キャラが主役になる……EDテロップで前作主人公が今の主人公よりも上に表示される……そんなことをしては何の意味も無い……

 

大事なことは新しいキャラ達の魅力を前作からのファンに少しでも見せ、受け入れて貰うことだ。

 

これもバランスが難しく、前作キャラを出して前作ファンが新シリーズを見るきっかけを作ったとしても前作キャラが新キャラを喰ってしまうことが多々ある。

 

そうなると新シリーズが~2だったり~ギャラクシーだったりと続いても前作キャラが出ないのなら見ないなんて事になりかねない。

 

 

 

 

……ま、要約すると“大変だけど頑張って”って感じかな……

 

 

「最近アニメとか見ないからなぁ……大人になったってことかな」

 

「……どうしたヒカリ?」

 

「何でもないよー…」

 

 

元々春風さんの影響だったっけなぁ……

 

 

 

私がそんなことを考えていると、ステージ上方からスクリーンが降りてきて、映像が写し出された。

 

カードゲームアニメらしい、とち狂った髪の主人公とその担当声優が発表される。

 

 

 

ーーなんじゃとて!?

 

ーーあの兄ちゃんか!?

 

ーーいや、レコンギスタだ!?

 

 

「アイチ君がいないならロイパラやゴルパラの強化も打ち止めっすかね?」

 

「いやいや…どうかしらね?」

 

 

『そして、新主人公“新導クロノ”が使うのは新たなクラン……“ギアクロニクル”!!!』

 

 

 

スクリーンに某超ロボット生命体の総司令官風の顔をしたユニットが写し出された。

 

名前は……クロノジェット・ドラゴン…

 

 

「新クランか…面白そうだな」

 

「まーーた新しいクランっすか…いい加減クラン増やすのは止」

 

 

『新トライアルからはパッケージユニット、完全ガードユニットを2枚ずつ収録になります…』

 

 

 

「めぇえええええええ!?まじっすか!?」

 

 

舞原クンが絶叫する、私も驚いてる。

 

 

 

今まではトライアル(笑)や綺麗な箱に入ったシングルカード……のような扱いだった物が、その情報だけでスターター(仮)と言っていい物になるのだ。

 

会場の中からは“何故今まで出来なかった”という声が聞こえるが、やらないよりやった方がいい。

 

これは…すごいな……

 

 

美空社長は周囲の反応を見ながら、口を開いた。

 

 

『他にも今日発表することは残っているのですが……ここで!!我が社の開発した“MFS”をご紹介しましょう!!』

 

 

会場の興奮が冷めないまま、更なる情報が飛び込む。

 

 

「ついに……」

 

「来るっす……」

 

 

係員らしき人が代車に乗せた“それ”を持ってくる。

 

布が被せられ、具体的なことはまだ分からない。

 

 

『お見せしましょう……“MFS”を!!』

 

 

 

布が風に舞い、そのマシンが姿を見せる。

 

 

 

 

「………………え」

 

 

 

 

その時会場にいた全ての人間がこう思っただろう。

 

 

 

 

“しょぼい”と。

 

 

 

 

 

そこに置かれていたのは今流行ってる“カードをスキャンして遊ぶ”よくあるマシンだ。

 

美空社長がマシンの紹介を始める。

 

 

今まで私たちが使っていたカードは使えるらしい。

 

美空社長が熊本県のPRキャラクター“くまもん”のカードをマシンにセットする……マシンの小さな画面にカクカクした3DCGのくまもんが映り、元気に動いていた。

 

どうやら一人でもファイトできるらしい。

 

どうやら全国のファイターと戦えるらしい。

何だろう……この底知れぬガッカリ感は。

 

 

 

周りを見ると…皆同じように微妙な笑顔を浮かべていた。

 

考えていることは同じようだ。

 

 

 

 

 

 

『と、言うわけで余興はここまでです』

 

 

 

……?

 

 

『我が社の開発した新たなMFSはこの程度の物ではありません』

 

 

 

会場にどよめきが起こる……つまり…それは?

 

 

 

『これが我が社のMFSいえ……MFSを超越したシステム…グランド・イメージ・アドバンス・システム……通称……“ギアース”!!!!』

 

 

 

その声と共にスタジアムを仕切っていたカーテンが開かれる。

 

 

 

「これ……は……」

 

 

初めに私たちの目に映ったのは“蒼いパネル”だった…

 

床を埋め尽くす三角形の蒼いパネルが沢山…どうやらプラスチック製じゃない……これは…鉱石?

 

そしてその上に向かうようにして互いに離れて置かれたテーブル…あそこでファイトをするということだろうか……

 

 

 

会場は静まり返っていた……誰もが美空社長の次の言葉を待っている。

 

 

『ヴァンガードGにも登場する“ギアース”というマシンがあり、この名前はそちらから頂きました……さて説明は……実際にファイトを見てもらうのが早いでしょうね』

 

 

……この流れ……まさか……

 

 

『本日招待致しましたVFGP優勝チーム…シックザールと我が社のテストプレイヤーとのギアースを用いたエキジビションマッチを行いたいと思います!!!』

 

 

「……やっぱり」

 

「おいおい…」

 

「そう来たっすか……」

 

「エキジビションマッチね…」

 

 

途中から想定してたけど…今からファイト……か。

 

係員の人がやって来た……でも…対戦相手は?

 

 

 

『では我が社テストプレイヤーをご紹介しましょう…来なさい!!ウルド!!』

 

 

……え…

 

 

「いきなりウルド?…冗談もよして欲しいっすね…」

 

 

会場のどよめきも止まらない…流石にここにいる人は皆“ウルド”や“ノルン”といった存在を知っているのだろう。

 

だけど…まさか本当に?

 

 

『ウルドは最強のファイター……今からそれを証明しましょう…そして、ヴァンガードは“変わる”…その瞬間をお見せしますわ』

 

 

 

会場の奥……つまりスタジアムの反対側から一人……歩いてくる。

 

 

目を引くのはその姿……着物を着ている……冷たい氷の様な水色の着物を。

 

 

月の様な紋様が描かれた着物を着ているのは女性……美しい、長い黒髪を持った女性だった。

 

 

 

 

「そんな……あれは……」

 

 

 

 

そこにいたのは……まさしく……

 

 

 

「「「カグヤ……さん」」」

 

 

 

舞原クンと青葉クンが私にハモる……そう言えば、二人とも一度会っているって…言ってたっけ……

 

 

 

 

『今からチームシックザールの皆さんにはこのギアースを使って一人ずつ彼女とファイトしていただきましょう……誰から負けに来ますか?』

 

 

美空社長の最後の言葉は完全に私たちを挑発している。

 

「どうしよう……相手がカグヤさんなんて…」

 

「私はそのカグヤさんが誰なのか知らないけど…強いの?」

 

「いや…ヴァンガードはしばらくやってないって言ってたよな……春に」

 

「そうっすね……しかし……本当にウルドなんすかね……?ただの企業側の販売戦略的なことっすか??」

 

正直どうすればいいのか分からない。

 

 

 

『あら、チームシックザールはウルドに怯えて戦えないのかしらね……ふふっ』

 

 

 

執拗なまでの挑発が続く……あの社長…何を考えているんだろう……

美空ツキノ……もしかしてカグヤさんのお姉さんだったりするのだろうか……いや、少なくとも無関係では無さそうだ。

 

ここからでは距離があってカグヤさんの表情が見えない。

 

だったら……

 

 

「行こう…とにかくファイトしよう……」

 

 

カードアニメの鉄則に従う…ヴァンガードを通せば何か、…何かが分かるかも知れない。

 

 

 

「そうよ!そのために来たんだから!!」

 

 

 

天乃原さんが言う。

 

そうだ……目的に変わりは無い…変える必要は無い。

 

 

 

「と、なると順番っすね……」

 

 

「……俺が行く」

 

 

青葉クンがデッキを取り出した。

 

 

「青葉クン……?」

 

「正直、この状況はよく分からない…でも俺たちはあのMFS…いやギアースとかいうので遊びに来たんだろ?…深く考える必要は無い………………それに」

「それに……?」

 

 

 

青葉クンがカグヤさんの方を見つめた。

 

 

「彼女が本当に“ウルド”だった時、俺のファイトを見れば皆が対策を講じられるかもしれないからな……俺が駄目でも皆なら…勝てる」

 

 

「青葉クン……」

 

 

「あれだけ挑発してくるってことは全勝する気しか無いってことだ……なら見返してやんないと駄目だろ」

 

 

「…その通りっすね……」

 

 

「ええ…」

 

 

 

「当たって…砕けてくる!!」

 

 

青葉クンがギアースに向かって走り出した。

 

私たちは……それを見守る…それが今私たちがすべきことだ。

 

 

『決まったようね……では一戦目を始めるわ……二人とも、テーブルの中央……ヴァンガードサークルの上にデッキを置きなさい』

 

 

青葉クンとカグヤさんがデッキをテーブルに置く……すると、デッキがテーブルの中に吸い込まれてしまった……これは?

 

『デッキをスキャンします…後はご覧の通り……』

 

 

突然、床に敷かれた蒼いパネル達が輝き始めた。

 

光は天に登る。

そしてテーブルの……本来デッキを置くべき所にデッキが現れた。

 

空へと伸びた光は消えているが、代わりに二人のファイターを立体映像が囲んでいた。

 

『デッキの情報や対戦相手の情報が表示されますわ……二人とも…デッキから手札を引いてみなさい……今回のシャッフルは自分だけで構いません』

 

社長が続ける説明によると、機械によるシャッフルも行えるらしい……けど。

 

「それをしなかったのは……」

 

「ウルドの力を見せつけるため……」

 

 

二人は手札を揃える……

 

 

こちら側からは青葉クンの手札が見えた。

 

「……まさか」

 

全てグレード3……だけどまだ手札交換ができる。

 

青葉クンは手札から4枚のグレード3を山札に戻し、シャッフルする。

 

ちゃんと戻す時、その4枚は離してデッキに戻した…これで次の手札に同じカードが来る確率は下がるだろう。

 

……普通なら。

 

私はカグヤさんの方を見つめた……

 

ここからではその“瞳”はよく見えない…けどカグヤさんの足元のパネルだけが“蒼く”発光していた。

 

何か意味があるのかな…?

 

 

青葉クンが再びドローする……

 

その手札は…

 

 

ドラゴニック・ウォーターフォウル(G3)

 

煉獄竜 ブレイクダウン・ドラゴン(G3)

 

煉獄竜 ブレイクダウン・ドラゴン(G3)

 

煉獄竜 ブレイクダウン・ドラゴン(G3)

 

煉獄竜 ボーテックス・ドラゴニュート(G3)

 

 

俗に言う……手札が最強過ぎる……だ。

 

交換前はボーテックスが3枚だった……これではむしろ悪くなっている気がする……

 

 

 

「こんなの……無理じゃないの……」

 

 

「……青葉クンは言った…見てろって……だからここは、ウルドの力……見せてもらおう……」

 

 

「…………」

 

 

私の力なら恐らくライドはできる……でも実際に目の当たりにすると、あの手札はきついよ…

 

それが起こるのが“ヴァンガード”ではあるのだが、そう滅多に起こるものでは無い。

 

 

「青葉クン……」

 

 

美空社長が微笑みながら宣言する。

 

 

『先行はシックザールから……さぁ…始めましょう…………スタンドアップ!!』

 

 

 

「ヴァンガード!!」「ヴァンガード。」

 

 

二人がファーストヴァンガードにライドする……だけでは無かった。

 

 

中央のパネルが発光し、煉獄竜 ペタルフレア・ドラコキッドと二十日鼠の魔女 コロハが“実際に現れた”のだ。

 

カードイラストを忠実に再現している……すごい。

 

 

ペタルフレアの方は全く動かないが、コロハは会場にいる人間に向かってひらひらと手を振っていた。

 

 

……すごい。

 

 

『二人のファイターの耳元をご覧ください』

 

社長の声で会場の人間は二人の耳にインカムの様な物が取り付けられていることに気がついた。

 

『あの装置はファイトの進行を円滑に進めるためのマイクであるだけでなく、ファイターの脳波を読み取ることでギアースに搭載されたグラフィックを動かすことができるのです………かなり疲れますが』

 

……すごい…これはすごい…でもどうして青葉クンのペタルフレアは動かないのだろうか。

 

青葉クンも首をひねっていた…コツがいるんだろうか……そもそもファイト中にそんな余裕があるのだろうか……?

 

 

『条件が揃えばグラフィック自体の変更も可能です……これがギアース…ヴァンガードに変革をもたらすシステムです』

 

 

ギアース……すごい……

 

「ギアースもすごいっすけど…カグヤさん、ジェネシス使いなんすね……」

 

「ジェネシス……そうか、青葉クンも私もファイト経験の無い……」

 

私たちにできるのは、ファイトを見守ることだけ。

 

 

「いや……でもすごいよ…これ」

 

 

「「ヒカリさん…?」」

 

 

「………………ファイトに集中します」

 

舞原クンと天乃原さんの目が痛かった。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

「ドロー!!ドラゴニック・ガイアースにライド!」

 

 

俺は辛うじてドローできたパワー6000のユニットにライドし、ターンエンドを告げる。

 

想像以上にきつい…今の俺は無力だった。

 

次のライドができるかも分からないのだから。

 

前を見つめると、ガイアースがこちらを見つめていた……いや、仮面を被っているから何処を見ているのかは分からないが…心配してくれているようだ。

 

……すごいなギアース。

 

そうだな……気持ちまで負けていたら話にならない…今は相手の動きに集中だ!!

 

 

「私のターン……ドロー…凍気の神器 スヴェルにライド、コロハはリアへ…アタックします」

 

 

二人の女性ユニットがガイアースに向かって光の球を発射した……俺の目の前にパワーが表示される。

 

<10000>

 

だが、俺の手札では最初からガードは出来ない……おとなしくノーガードを宣言する。

 

「ドライブチェック……ゲット、ヒール……」

 

元々カードには“チップ”が埋め込まれていたようで、ドライブチェックで登場したカードはトリガーゾーンで読み取られている。

 

それだけではイカサマができそうだが、同時に相手の盤面は周囲の立体映像に映されているため、怪しい動きをすれば、すぐにバレることだろう。

 

俺のダメージゾーンにアガフィア…ヒールトリガーが置かれ、このターンは終了した。

 

 

「…俺のターン…ドロー!!」

 

ここでグレード2が引けなければ俺はライド出来ない。

 

そして俺が引いたのは……

 

 

煉獄竜 バスターレイン・ドラゴン

 

 

クリティカルトリガーだった。

 

「……メインフェイズ、いや…アタックフェイズに入る」

 

 

これがグレード1ならまだ……相手は6000のユニットだ、アタッカーを増やせたと喜べただろうが……

 

 

「ペタルフレアのブースト!!ドラゴニック・ガイアースでヴァンガードにアタック!!」

<11000>

 

ガイアースから力を貰ったペタルフレアが敵陣に突っ込んで行く……ユニットの設定を尊重した結果だろう。

 

「ノーガード」

 

 

俺がドライブチェックで引いたのはボーテックス…手札にグレード3が増えてしまった。

 

「ダメージチェック…真昼の神器 ヘメラ」

 

「ターンエンドだ…」

 

 

ギアースによる派手な演出とは裏腹に、ファイトの展開は大人しい物だった…恐ろしいほどに。

 

「スタンドし、ドロー……運命の神器 ノルンにライド……アタック」

 

「…ノーガード」

 

「ドライブチェック……祓いの神器 シャイニー・エンジェル……トリガー無し」

 

「ダメージチェック……煉獄竜 ランパート・ドラゴン…こちらもトリガー無しだ」

 

「ターンエンド」

 

 

インカムからカグヤさんの無機質な声が響く…こんな感情の無いしゃべり方をする人じゃ無いと思っていたんだがな……

 

 

「俺のターンだ、スタンド、ドロー……!!煉獄竜 ワールウインド・ドラゴンにライド!!」

 

奇跡的にドローできたグレード2……Vとしての能力は無いが、今の俺にとっては十分だった。

 

「さぁ…!!アタックだ!!」

 

ペタルフレアのブーストを受けたワールウインドが火球を作り出す…あれを相手に打ち込むのだろう。

 

「……クインテットウォール」

 

「「!?」」

 

 

早い段階のクインテットウォールにざわめきが起こる…ってレギオンデッキなら普通か。

 

さっき見たヘメラというユニットや今Vとして立っているノルンというユニットにも“レギオンマーク”が刻まれている。

 

……だが、次のターンではまだこちらはグレード2…レギオンは……あれ、出来ない……か。

 

心に余裕ができる。

 

俺は黙ってクインテットウォールの結果を見つめるのだった。

 

 

フィールドには凍気の神器 スヴェルが現れていた、彼女こそ、クインテットウォールのユニットだったのだ。

 

スヴェルがくるくると回る…周囲に魔方陣のような物が生まれ始めた。

 

「クインテットウォール…チェック」

 

運命の神器 ノルン …5000

 

鏡の神器 アクリス (醒) …10000

 

祓いの神器 シャイニー・エンジェル …5000

 

慈悲の神器 エイル (治) …10000

 

オレンジの魔女 バレンシア …5000

 

シールド値合計 35000

 

 

……完全ガードか…

 

 

「…更に林檎の魔女 シードルをガーディアンに」

 

「更にガードを増やしただと……?」

 

「シードルのスキル発動……このシールド達は役目を果たしたとき、私の糧となります」

 

俺はとにかくドライブチェックを行った。

 

登場したのは……バスターレイン・ドラゴン…クリティカルトリガーは全くの役に立たなかった。

 

ガードを終えたユニットはドロップゾーンに置かれ……そしてソウルに置かれた!?

 

「これがシードルのスキル……そしてジェネシスにおける“クインテットウォール”の真髄です」

 

だが、ソウルを溜めて何をする気だ……?

 

「……ターンエンド…」

 

 

ここまで、俺のダメージは2点、そしてカグヤさんが1点……まだ試合は動かない…次の俺のターンからなら手札のグレード3を扱うことができる…厳しいことには変わりはないが…希望は残っている。

 

このターンで勝負はまだ…決まらない!!

 

 

 

 

そう思った俺の耳にカグヤさんの声が聞こえてきた。

 

 

 

 

「完全ガードを持っている確率は……低いですね」

 

 

 

 

何故、この段階でそのことを気にするのか。

 

 

何故、そう思ったのか。

 

 

俺の手札で公開されているのはバスターレインとボーテックス…

 

残りの6枚は非公開……

 

 

……そのうちの五枚は…初期手札のグレード3……それは彼女の能力によるものかもしれない。

 

それを彼女自身が理解していたのなら……?

 

 

いや、しているのだろう。

 

だとすると今、俺が隠すことのできるカードはたったの1枚……

 

俺は手札にある“2枚の”バスターレインを見つめた。

 

まだ6ターン目だ…どうしてこんなに不安になる!?

 

 

 

「私のターン…スタンドし、ドロー」

 

 

カグヤさんのターンが始まる。

 

 

瞬間、カグヤさんの瞳が“蒼く”輝いた気がする……

 

話によれば、それは能力を持った人間とカードとのつながりが強まる瞬間らしい。

 

つまり……何かが……来る。

 

カグヤさんはゆっくりとそのカードを掲げる。

 

 

「……解き放たれしは、終焉をもたらす破滅の閃光」

 

 

そして……ライドする。

 

 

 

 

「ライド…陰陽の神器 ネガ・ケイオポジシス」

 

 

 

見たことの無いユニット……炎と冷気の揺らめくその体は凄まじい力を感じさせる。

 

これが…カグヤさんのユニット…か

 

 

美空社長の言葉が聞こえる。

 

『こちらのユニットは今後、PRカードとして配布する予定です』

 

つまり……全くの、未知のユニットという訳だ。

 

 

 

 

「……一体何をするんだ…?」

 

 

「……ソウルブラスト…6」

 

 

その言葉と共にそのスキルが始まった。

 

 

 

「ケイオポジシスにパワー+10000クリティカル+1」

 

「ソウルから排出されたノルンとアクリスのスキル…パワー+15000、バレンシアのスキル…ソウルチャージ2…シードルとアクリス」

 

「コロハをソウルへ…ケイオポジシスにパワー+3000」

 

 

「もう一度ソウルブラスト…パワー+10000クリティカル+1…そして1ダメージ」

 

 

自分からダメージを受けるスキルか……?

 

 

「ケイオポジシスをコール…スキル発動、CB1…ドロップゾーンからノルン2体とアクリスをソウルへ」

 

「シャイニー・エンジェルをコール…同じくドロップゾーンの神器……エイル、シャイニー、スヴェルをソウルへ」

 

「ケイオポジシスのスキル…三度目の発動……パワー+10000クリティカル+1、ノルンとアクリスのスキル、パワー+20000、そしてダメージ」

 

 

俺の前の画面に情報が表示される……

 

このターンのソウルブラスト量…18

 

そしてネガ・ケイオポジシスのパワーは……

 

 

<79000> <☆4>

 

 

「何だよ…このパワーは……」

 

 

「訓練では6ケタまでのパワー上昇が確認されたユニットです……さぁ、ファイトは終わりです」

 

カグヤさんはそう言って…アタックに入る……

 

 

 

「シャイニー・エンジェルのブースト…ネガ・ケイオポジシスでヴァンガードにアタック」

 

 

俺の目の前で“<86000> <☆4>”という表示が点滅する…こんな物…今の俺には…………

 

 

「……ノーガード」

 

ギアースによって映し出されたネガ・ケイオポジシスが巨大なエネルギーの塊を頭上に掲げる。

 

会場はその光で満ちる…全てを消し去らんとばかりに。

 

 

「ドライブチェック……叡智の神器 アンジェリカ……そしてセカンドチェック……クリティカルトリガー…」

 

ダメージは5点……2枚ヒールトリガーを引かねば敗北になってしまう。

 

ワールウインドが凄まじい輝きの攻撃を受け止める中、俺はダメージチェックを行った。

 

「ダメージチェック…ヒールトリガー…」

 

 

ヒールトリガー……だが、ネガ・ケイオポジシスのスキルでカグヤさんの今のダメージは俺より多い…つまり回復できない……

 

「セカンド、マレイコウ……サード、タラーエフ」

 

 

たった一度の攻撃だった……だがそれがこの試合を終焉に導いた。

 

次が6点目。

 

 

「フォース……アガフィア、ヒールトリガーだ」

 

 

これでダメージ回復……だが、まだダメージチェックは続いている。

「フィフス……煉獄竜 ランパート・ドラゴン……」

 

今度こそ、6点目のダメージだった。

 

「俺の……負けか…」

 

 

ワールウインドが地に伏し、光の中へと消えていく。

 

最後にワールウインドが俺の方を振り返った。

 

その瞳には俺を恨むような色は無く…この結末を受け入れたように……穏やかで……

 

 

 

「くっ…ぅ……ワール…ウインドぉぉぉ!!!」

 

 

 

6点目のダメージを受け、ギアースが表示していたグラフィックが……ユニット達が消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

会場は静まり返っている。

 

 

『さぁ…戦いは始まったばかりです……次のファイターは前に出なさい…』

 

社長のアナウンスが流れる。

 

 

 

これが美空カグヤというファイター…

 

これがジェネシス…女神達のクラン…

 

 

 

カグヤさんはおもむろに…数体のユニットをギアーステーブルにセットした。

 

現れたのは…叡智の神器 アンジェリカ…

 

…全知の神器 ミネルヴァ

 

そして智勇の神器 ブリュンヒルデ……

 

 

「お相手しましょう……そして、終わらせます…」

 

 

冷たく言い放つカグヤさんの“蒼い瞳”が私たちを見つめる。

 

アンジェリカやミネルヴァ達と同じ…蒼い瞳…

 

 

「……!!」

 

 

一瞬……カグヤさんの表情が歪んだ。

 

それに気付いたのは……私だけ。

 

私は思わず呟いてしまった。

 

 

「どうして……泣いてるんですか………」

 

 

 

 

 

最後のノルン……ウルド。

 

遂に舞い降りた女神とチームシックザールの戦いが、幕を開けるのだった。

 

 

 

 

 



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059 その名は“超越”

「私が!!仲間の前で!!負けられる訳無いじゃない!!!」

 

 

 

天乃原さんが力一杯に叫ぶ。

 

 

 

チームシックザールvsウルド…第2戦…カグヤさんの相手を名乗り出たのは天乃原さんだった。

 

 

「天の原で舞い踊る!!智勇と光をその身に宿せ!!立ち上がれ私の分身!!ライド!!」

 

 

ここまで天乃原さんはずっとライドを成功させている。

 

ちなみに先行はカグヤさん…相手のVは“英知の守り手 メーティス”……そして天乃原さんは、

 

 

 

「敢然の宝石騎士 ジュリア!!!」

 

 

 

 

蒼い髪…ツインテールの少女が、身の丈程の大剣を構える。

 

 

「続けて!!アシュレイЯを2体!!さばるみーをコール!!」

 

現在天乃原さんのダメージは5点……

 

対してカグヤさんは2点…

 

だがカグヤさんも青葉クンとのファイトと違い、それなりに展開している……

 

突破できない手札では無い……か。

 

 

「アシュレイЯでヴァンガードにアタック!」

 

黒輪を背負った女性騎士が、メーティスに向かって戦場を駆ける。

 

 

「猫の魔女 クミンでガード」

 

アシュレイЯの凶悪な剣をクミンが体で受け止める。

 

クミンは膝をつき消えていくが、メーティスにダメージは無い。

 

「アシュレイЯでヴァンガードにアタック!!」

 

再びアシュレイЯが動く。

後列にさばるみーがいるものの、天乃原さんはブーストをつけなかった。

 

 

 

 

「リーダー…ヴァンガードでの攻撃を最後に…?」

 

「これって……」

 

 

 

「お嬢はVにトリガーを全て降るつもりっすね……ファイト前にトリガーをクリティカル16にしてたっすから……」

 

 

 

「クリティカル…16……」

 

 

ヒールもドローも……スタンドも捨てて、クリティカルに特化したトリガー構築……

 

 

 

「前のファイトでクインテットウォールとシードルのコンボを使ってきたっすから……今回もその可能性は高い…」

 

「そうか…クインテットウォールはガード値が安定しない……トリガーでの突破もあり得るんだ…」

 

「そもそもノーガードかもしれないしな…」

 

 

 

カグヤさんはアシュレイЯの攻撃に対し、再び手札を切った。

 

「戦巫女 サホヒメでガード」

 

 

 

アシュレイЯがおかっぱ頭の女の子を、その周りの鈴ごと切り裂いた……だが攻撃はメーティスに通らない。

 

 

「行くわよ……ヘロイーズのブースト!!お願い…ジュリア!!!」

 

 

ファイトの状況はスタジアム上方の大型モニターから把握することができた。

 

モニターに浮かぶ“<21000>”という表示はこの攻撃のパワーだろう。

 

 

「ノーガード」

 

 

カグヤさんは冷徹に宣言する。

 

 

ノーガード……今、天乃原さんがダブルクリティカルを引いてもダメージは5点止まり……だけど!!

 

 

メーティスを見据えたジュリアが大型の、美しい剣を構える……剣に少しずつ光が集まっていった。

 

 

 

「ツインドライブ…チェック!!……ゲット!クリティカルトリガー!!☆はジュリア、パワーはさばるみーに!!!」

 

天は天乃原さんに味方する…

 

 

「セカンド…ゲット!!クリティカルトリガー!!効果は同じくよ!!受けなさい…この剣を!!!」

 

 

 

 

眩い光がジュリアの剣に宿り、刃を形成していく…さらに巨大になった剣を彼女は思いきり降り下ろした。

 

メーティスは悲鳴をあげる。

 

 

 

 

「ダメージチェック……リモンチーノ…ゲット、クリティカル、フランボワーズ、フランボワーズ……」

 

 

 

一気に5点目まで追い詰める。

 

 

 

…だけど…フランボワーズって…

 

 

 

「苺の魔女 フランボワーズって…さ…」

 

「完全ガードじゃないっすか…全然クインテットウォールじゃないっすよ……」

 

「運がいいな……リーダー……」

 

 

天乃原さんは運がいい……この3点攻撃でダメージトリガーが1枚しか発生しなかったこともそうだ。

 

今、まさに天が味方している。

 

 

 

「行くわよ…ジュリアのリミットブレイク!!ブレイブイルミネーション!!クリティカルの数だけ山札から“宝石騎士”をスペリオルコール!!」

 

 

ジュリアは眩い光を放つ剣を高く掲げた。

 

光は剣から離れ、3人の騎士を導く。

 

「トレーシー!!トレーシー!!シェリー!!」

 

 

 

リアガードにスタンド状態のユニットが登場する。

 

これで、攻撃を続けることができる。

 

 

 

「シェリーのブーストした、友愛の宝石騎士 トレーシーでヴァンガードにアタック!!」

 

 

パワー19000の攻撃が放たれる…

 

 

「吉凶の神器 ロットエンジェルでガード…ロットのスキルでソウルチャージ」

 

 

 

「さばるみーのブースト!!もう1枚のトレーシーでヴァンガードに!!」

 

 

 

「戦巫女 ククリヒメ、蛙の魔女 メリッサでガード」

 

 

パワー29000の攻撃も防がれてしまった。

 

「……ターンエンド」

 

 

 

相手に大ダメージを与えたと言えば響きは良い……だが状況はまだ細い綱の上のようなものだ。

 

互いに手札は少ないとはいえ、基本的には天乃原さんの方が終始押されている。

 

 

「私のターン……スタンドし、ドロー…」

 

カグヤさんの瞳が蒼く輝く……それは最早実質のファイナルターンだ。

 

 

「解き放たれしは太陽がもたらす神霊(ミサキ)の力……ブレイクライド…陽光の女神 ヤタガラス」

 

明らかに…青葉クンとのファイトとデッキが違う。

 

 

「デッキ毎に戦法が大きく変わるのがジェネシスっす……まぁ今の主流の神器も魔女もとにかく殴れって感じのユニットっすけど、登場した頃は独自のクラン性を掴もうと試行錯誤してたっす」

 

 

「例えばどんなユニットがあるんだ?」

 

 

「ユニットを退却させるイワナガヒメ…トリガーが出るまでドライブチェックを行うフォルトナ…ソウルの質を要求するマイスガード………割りと最近のユニットっすけどデッキトップの確認ができるペルセフォネ……本当に多種多様っす」

 

「ヤタガラスは……?」

 

「……見てれば分かると思うっす」

 

 

 

私はギアースに表示されるヤタガラスを見つめる。

 

カードイラストでは黒い翼だが、今、その翼は透き通るような青色に変色していた。

 

 

「ブレイクライドスキル……CB1…ヤタガラスにパワー+10000、ソウルチャージ3」

 

 

更にカグヤさんはサホヒメ、クミンをコール…クミンのスキルでソウルチャージを行った。

 

これで…リアガードが全て埋まる。

 

 

「……サホヒメでリアガードのトレーシーにアタック」

 

「ノーガードよ」

 

「エンジェリック・ワイズマンでヴァンガードにアタック…スキルでソウルブラスト…パワー上昇…更に排出された烏の魔女 カモミールをCB1でスペリオルコール」

 

「……トレーシーでインターセプト」

 

 

「クミンのブーストしたカモミールでヴァンガードにアタック」

 

「…宝石騎士 ノーブル・スティンガーでガード」

 

 

 

怒濤の連続攻撃が天乃原さんを、ジュリアを襲っていた。

 

「これが…ヤタガラスの特性…?」

「……ここからっすよ」

 

 

カグヤさんは遂にヤタガラスへと手を伸ばす。

 

「アメホノアカリのブースト…ヤタガラスでヴァンガードにアタック…アメホノアカリのスキルでソウルチャージ…」

 

ヤタガラスの後ろでアメホノアカリが祈りのポーズをとっていた。

 

「そしてヤタガラスのスキル……ソウルブラスト…9…エンジェリック・ワイズマンとカモミールをスタンド…さらに蛙の魔女 メリッサもスペリオルコール」

 

 

再びユニットが立ち上がる様はノヴァグラップラーやアクアフォースを、ソウルからスペリオルコールする様はペイルムーンを思い起こさせる。

 

 

これがジェネシス(起源)……ということか。

 

 

ヤタガラスがジュリアに向かって羽ばたく。

 

パワーは26000……

 

 

「イゾルデで完全ガード!!」

 

「ツインドライブ…ヤタガラス……そして……クリティカルトリガー…効果は全てカモミールへ」

 

 

ヤタガラスの体当たりはイゾルデのシールドによって防がれる……だが、次の攻撃が迫っていた。

 

「カモミールでアタック」

 

「っ……!!ノーブル・スティンガーでガード!」

 

「クミンのブーストしたエンジェリック・ワイズマン…スキルでパンプ、カモミールをスペリオルコールしアタック」

 

「……イゾルデで完全ガード!!」

 

 

エンジェリック・ワイズマンの放った銃弾もイゾルデは退ける……しかし次なる脅威は背後から迫っていた。

 

「メリッサのブーストしたカモミールでヴァンガードに……アタック」

 

「っぅぅぅ……!!ノーガードよ!!」

 

カモミールの操る、烏の姿をした精霊が、背後から、ジュリアの胸を貫いた。

 

ジュリアの口から…血が流れる。

 

天乃原さんはヒールトリガーを抜いている…だから…これでもう……

 

ダメージにはサロメが落ちる……

 

 

「私の負け……ね…」

 

 

 

消えていくグラフィックの中、天乃原さんが帰って来た……

 

「ごめんなさい……私……」

 

「いや、リーダーは凄かったよ」

 

「そうっすよ!!」

 

「うん……」

 

 

それでも、やはり悔しいのだ……天乃原さんは静かに天井を見上げている。

 

 

『さて…次の方……来てくださいね…負・け・に』

 

相変わらず社長さんの煽りが激しい。

 

 

「……次は僕が」「ううん、私が行くよ」

 

私はステージの方を見つめる。

 

あの社長は確実に、私のことを見ていた。

 

「ご指名……かな…行ってくる」

 

 

「頑張れよ…」

 

「頼んだわ…」

 

 

天乃原さんと青葉クンの声援を受け、私は前に進む。

 

舞原クンはデッキの調整を始めていた……そう、それでいいんだ。

 

私は係りの人からインカムを受けとると、ギアーステーブルにデッキを置いた。

 

 

「カグヤさん……」

 

「…………」

 

 

インカムはオンになっている筈だ。

 

 

「どうして…さっき泣いて……?」

 

「…………」

 

 

デッキが定位置に置かれ、私はそれをシャッフルする。

 

 

「ファイトで…教えてもらうよ……」

 

「…………」

 

 

『先行はシックザール……いえ、ベルダンディさんからどうぞ』

「……あの社長」

 

 

やっぱり、私のことを調べてあったんだ……

 

私は手札交換を行いながら考える。

 

ここまで流れがあの社長の思惑通りなのか…ううん、そんなこと今はどうでもいい…ファイトに集中するだけだよ…私。

 

 

『スタンドアップ……』

 

 

「THE・ヴァンガード!!」

 

「ヴァンガード。」

 

 

 

ジャッジバウ・撃退者と二十日鼠の魔女 コロハが相対する。

 

うーんこのジャッジバウ…実にもふもふ……いや、今はファイトに集中集中。

 

私は自分の手札を見つめる。

 

幽幻の撃退者 モルドレッド・ファントム(G3)

 

幽幻の撃退者 モルドレッド・ファントム(G3)

 

撃退者 ファントム・ブラスター“Abyss”(G3)

 

撃退者 ファントム・ブラスター“Abyss”(G3)

 

撃退者 ファントム・ブラスター“Abyss”(G3)

 

見事に全て奈落竜である、ちょっと壮観だ。

 

だが、辛い状況には間違いが無い。

 

 

私は思いを込めて……“ドロー”する。

 

胸の高鳴りを感じる。

 

「ドロー……!?」

 

 

私は自分の瞳が緋色に染まるのを感じると共に、自身の立つパネルの色もまた、緋色に発光していることに気がついた……

 

……やっぱり、このパネル…“力”に連動できるんだ……

 

感心しつつ私は今、引いたカードにライドする。

 

 

「無常の撃退者 マスカレードにライド!!」

 

 

グレード1の、素顔のマスカレードが場に現れる。

 

もちろんジャッジバウはリアにコールだ。

 

これで私のターンは終了となる。

 

 

「私のターン…ドロー…林檎の魔女 シードルにライド、コロハをリアにコールしてアタック……」

 

「ノーガードだよ」

 

 

ドライブチェックでG3のアンジェリカが登場し、ダメージチェックでは完全ガードのマクリールさんが落とされた。

 

 

 

「ターンエンド」

 

「私のターン…カグヤさん……楽しい?」

 

「…………」

 

 

うーん…泣いていた人に楽しい?等と聞くのは流石に空気が読めていないか……

 

気を取り直して……いや、集中して私はドローする。

 

再び、足元のパネルが緋色に輝く。

 

 

「ドローっ…………」

 

 

無事私の手元にグレード2のユニットがやって来た。

しかし一瞬目眩がした…2度の連続使用はまだ体に負担が掛かっているということだろうか。

 

 

「ライド…ブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”だよ!!……アタック!!」

 

 

カグヤさんはノーガードを宣言し、私はドライブチェックを行う。

 

「ゲット!!クリティカルトリガー!!」

 

 

 

ブラスター・ダークはシードルを2度、切りつける。

 

 

カグヤさんのダメージにはアンジェリカとノルンが落ちていった。

 

 

 

その後もファイトは淡々と続いていく。

 

 

 

私はカグヤさんが辛そうにファイトしている気がしてならなかった。

 

でも、その感情を抑えて……だからあんな…機械見たいに……

 

ヴァンガードが嫌いという可能性もある。

 

だけど、ヴァンガードが嫌いな人に“力”が…“つながり”が生まれるのだろうか?

 

私はまだ…彼女のことを何も知らないのだ。

 

「ノルン……アタック」

 

「ノーガード!!」

 

 

ダメージにブラスター・ダーク・撃退者が落ち、ダメージは2対2……問題はここからだ。

 

 

「……私のターン…スタンドandドロー…」

 

 

さぁ……行こう!!

 

 

「世界の優しさと痛みを知る漆黒の騎士よ、我らを導く先導者となれ!!ライド・THE・ヴァンガード!!幽幻の撃退者 モルドレッド・ファントム!!」

私の前にモルドレッド・ファントムが立っている。

 

その姿は以前実際に見たものと酷似していて……もしかしたら私のイメージがインカムを通してギアースに伝わったのかもしれない。

 

 

私は更にファントム“Abyss”をコールし、態勢を整える。

 

二人の奈落竜が今……並び立つ!!

 

「ファントム“Abyss”でヴァンガードにアタック!」

 

「ロット・エンジェルでガード…スキルでソウルチャージ」

 

……なら私は!!

 

ジャッジバウとモルドレッドをレストし、宣言する。

 

 

「ジャッジバウのブーストしたモルドレッドでヴァンガードにアタック!!」

 

「……ノーガード」

 

 

一瞬の間にモルドレッドがノルンの前に立ち、剣を構える。

 

「ドライブチェック…詭計の撃退者 マナ…second…無常の撃退者 マスカレード……共にトリガー無し!」

 

 

一閃、モルドレッドの剣がノルンを切り裂いた。

 

ダメージにドロートリガーが落ちる……そしてカグヤさんは1枚ドロー…だけどこちらだって…!!

 

 

「ジャッジバウのスキル発動!!ソウルに入れ、CB1!!山札から雄弁の撃退者 グロン!!督戦の撃退者ドリンをスペリオルコール!!」

 

 

新たに二人の青年が戦場に立つ……

 

 

「ターンエンド!!」

 

 

次のターンの布石は打った……後はカグヤさんがどう動くか……

 

 

「私のターン……スタンドし、ドロー…………解き放たれしは我が手に輝く叡智…ライド、叡智の神器 アンジェリカ」

 

 

カグヤさんがライドした所で不思議な表示が出現した。

 

カグヤさんの周りを英語の文字列らしきものがくるくると回っている。

 

 

『ではそろそろ新たな情報を解禁しましょうか』

 

 

社長が突然話始めた…一体何を……?

 

 

『ヴァンガードGから新たに導入される新システムをご覧ください……』

 

 

 

「ジェネレーションゾーン……解放」

 

 

 

カグヤさんが手札からアンジェリカをドロップゾーンに置いた……?

 

 

そしていつの間にか置かれていた銀色のカードをヴァンガードの上から……

 

 

 

 

「解き放て……未来を呼び起こす力…天空より舞い降りし女神……ストライドジェネレーション」

 

 

 

見たことの無い形状のヴァンガードサークルが出現し、アンジェリカを飲み込んでいく。

 

そして……赤い髪の神々しいユニットが姿を顕した。

 

 

 

「その名は天空の女神…ディオネ」

私は…いや、会場の人間全員がそのユニットを凝視していた。

 

そしてそのパワー表示に目を疑った。

 

<26000>

 

ヴァンガードの元々のパワーとしては高すぎる……これは一体……

 

 

 

思えば以前にも似たようなことがあった。

 

夏休み初日…謎の物体とのファイトになった際、あれが使用し、私がジャッジキルした現象によく似ている。

 

 

 

 

「これは……」

 

 

 

『これこそ、新システム“超越(ストライド)”』

 

 

 

「……ストライド」

 

 

社長による説明が始まる……超越とはライドフェイズ内のライドステップ終了時に追加される“ストライドステップ”で手札から合計グレードが3になるように手札をドロップすることで発動する。

 

超越した時、超越ユニット…通称Gユニットは超越前にヴァンガードであったユニットをハーツとして飲み込み、その名前とパワーを受け継ぐ。

 

ディオネのパワーは元々15000…それにアンジェリカのパワー11000が加わって合計26000という訳だ。

 

そして超越状態は自ターンのエンドフェイズには溶け元のハーツユニットの姿に戻る……つまり1ターンだけの能力ということだ。

 

 

 

『これが時代を切り開く新たな力…もうすぐ皆様も手にすることができますわ』

 

 

 

エクストラデッキから1ターンだけ力を借りる…それがストライド……

 

 

 

「……黄昏の神器 ヘスぺリスをコール……」

 

 

何事も無かったようにファイトが再開される。

 

 

「コロハのブースト……ディオネでヴァンガードにアタック」

 

パワー30000……まだダメージは2点…ここはやっぱり……

 

「ノーガードで」

 

 

ディオネは手にしている杖を天空へと掲げる。

 

 

 

「…トリプルドライブチェック」

 

 

「なっ…!?」

 

 

その言葉に驚いた私はカグヤさんの盤面に置かれたディオネをよく見る……確かにツインドライブのアイコンじゃない……Gユニットはトリプルドライブを標準装備しているの!?

 

 

 

「…ドロートリガー…パワーはヘスベリスへ、シードル……ヘメラ……残りはトリガー無しです、行きなさいディオネ…」

 

私や会場の人間の動揺を飲み込むように、ディオネの杖から強大な一撃が落とされる。

 

モルドレッドは膝をつき、ダメージゾーンにはヒールトリガー……だけど回復は無し…パワーがモルドレッドに加算されるだけであった。

 

 

「ディオネのスキル……ソウルブラスト…3」

 

 

ヒット時スキルを持っていたディオネの効果によってカグヤさんは山札から3枚引いた。

 

 

「1枚をドロー……残りをソウルへ」

 

 

ソウルに置かれたのはオレンジの魔女 バレンシアと運命の神器 ノルン……どちらも青葉クンとのファイトで使用されたカードだ。

 

 

 

「ヘスベリスでリアガードにアタック」

 

 

「ノーガード……ファントム“Abyss”は退却」

 

 

「ターンエンド…」

 

 

 

 

 

Gユニットや超越の影響でとても精神的に苦しかったがファイトの状況には余り影響が無かった。

 

 

 

ダメージは共に3vs3…強いて言うなら、カグヤさんに次のターンの前準備をさせてしまったということだろう。

 

 

まだ私の手札には初期手札のグレード3を含め、内容がバレてしまっているであろう手札が多く存在していた。

 

 

 

 

ここで互角ならば間違いなく戦況はこちらの分が悪いということになる。

 

 

 

 

「……私のターン…スタンドandドロー…」

 

 

モルドレッドのブレイクライドはまだ使えない。

 

このターンをどうする…………

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

私の周りを“generation system”という文字列が回り始めたのだ。

 

 

 

これは……さっきカグヤさんに起きていた現象?

 

会場の人達…青葉クンや天乃原さん、舞原クン……それにカグヤさんと美空社長さんも驚いたようにこちらを見つめていた。

 

 

私は所持していたポーチから“光”を感じ、中を確認する………そして……

 

 

 

「そうか……これが………」

 

 

 

 

“generation system”とやらが起動した原因、そしてそれはこの状況を突破しうる切り札。

 

 

 

 

忘れていた…私にはまだ“仲間”がいたことを。

 

 

 

「ジェネレーションゾーン…解放!!!」

 

 

手札からモルドレッドの助けを借りる。

 

 

「「「!?!?」」」

 

 

 

 

私はそのカードを掲げる。

 

 

 

 

「世界を導く救世の光!!それは永久の調和と無限の再生!!ストライド・THE・ヴァンガード!!」

 

モルドレッドの体が光に包まれ、大いなる救世主が目を覚ます。

 

 

 

 

 

「ハーモニクス・メサイア!!!!」

 

 

 

 

 

偶然…本当に偶然手に入れたカードだった。

 

 

御守りの代わりにと持ち歩いていただけだった。

 

 

でも……今、その真の力が目覚めた。

 

 

 

 

 

美しき救世竜が今、戦場に降り立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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060 君への想い

私はそのユニットを見上げる……

 

 

 

それは私が以前、謎の暗闇の中へ落ちた時に私を導いてくれた竜と酷似していた。

 

 

彼…で良いのだろうか。

 

 

彼の体に浮かぶ二つの星は青く輝いている。

 

 

 

「行こう…ハーモニクス・メサイア!!」

 

 

これが私のGユニット……私の新しい力!!

 

 

ダメージは3vs3……ハーモニクス・メサイアはファイトの流れを変えてくれるのか……

 

 

 

「ブラスター・ダーク・撃退者をコール!!ドリンのスキルでダメージを1枚表に…」

 

 

『あ!…ダメージを表にする動作を今期からカウンターチャージ……CCと呼ぶことになりました』

 

 

「ドリンのスキルでカウンターチャージ!!ダークのスキルでヘスぺリスを退却!!」

 

 

ブラスター・ダークが地面に剣を突き刺すと、衝撃波が発生し、ヘスペリスを消し去った。

 

今、ハーモニクス・メサイアは“幽幻の撃退者 モルドレッド・ファントム”の名前を得ている…故に撃退者名称を指定するブラスター・ダーク・撃退者のスキルも発動するのだ。

 

 

「行くよ!!グロンのスキルandブースト!!ハーモニクス・メサイアでヴァンガードにアタック!!」

 

 

フィールドから光の粒子が溢れだす…

 

パワー合計は37000、これはもう受けるしか…

 

 

 

「クインテットウォール……アクリス、エイル、ノルン、ヘスペリス、ヘスペリス……さらにシードルをコール……2枚貫通です」

 

 

そう簡単には通して貰えないか…

 

 

「トリプルドライブチェック……first、ダーク・撃退者“Abyss”…second、暗黒の撃退者 マクリール…third、撃退者 エアレイド・ドラゴン!ゲットクリティカル!効果はダークに与える!!」

トリプルドライブだとしても……出ないものは出ない……かな。

 

 

 

メサイアの放った光の渦を、アンジェリカは“神器”で振り払う。

 

 

私はダークでヴァンガードに攻撃を仕掛ける……結果はノーガード…ダメージはオーダインオウルとヒールトリガーであった。

 

 

 

 

「ターンエンド……」

 

 

 

ストライドは解除され、ハーモニクス・メサイアはモルドレッドの姿へと戻っていった。

 

 

 

ダメージ点数は私が3点、カグヤさんが4点……このターン完全ガードを引けたのは大きいかもしれない。

 

ダメージが4点ということはアンジェリカのブレイクライドが発動するということだ。

 

カグヤさんのデッキ…いやジェネシスはソウルチャージという特性から長期戦は不利……デッキが切れる前に仕掛けてくる筈……

 

 

 

「スタンドし、ドロー…」

 

 

カグヤさんが手札からカードを抜くと、アンジェリカの周りに光の柱が出現していく。

 

光の柱はやがてアンジェリカの姿を覆い尽くし……

 

 

 

 

「解き放たれしは全知がもたらす創世の閃光…」

 

 

 

 

新たな女神が舞い降りる。

 

 

 

 

 

「クロスブレイクライド、全知の神器 ミネルヴァ」

 

 

 

 

 

独特の輝きを放つ蒼い瞳の女神…ミネルヴァ。

 

美しいブロンドヘアー、露出した肌が美しい。

 

間違いなくジェネシスでもトップクラスの性能を持つユニットが私の前に立ちふさがる。

 

「ブレイクライドスキル…ソウルブラスト3…ヘスペリス、ヘスペリス、ノルン……排出されたことによりスキル発動…ミネルヴァにパワー+5000、アタックヒット時に相手のリアガードを2体破壊します」

 

 

ミネルヴァの純白の翼の輝きが増す。

 

 

「2枚ドロー…ミネルヴァにパワー+10000……ヘメラをコールし、スキルでドロップゾーンからノルン2体とアクリスをソウルへ」

 

「コロハをソウルへ、ミネルヴァにパワー+3000」

 

「オーダイン・オウルをコール…スキル発動、ドロップゾーンのアンジェリカをデッキボトムへ…ミネルヴァにパワー+5000」

 

「ミネルヴァをコール…」

 

 

ミネルヴァの槍に深紅のオーラが宿る。

 

見るものを圧倒する何かが、そこにはあった。

 

 

「リアガードのミネルヴァでヴァンガードにアタック」

 

「インターセプトだよ!!ダーク!!」

 

 

 

ミネルヴァの攻撃をダークがその剣でいなす。

 

 

 

「ならばヴァンガードのミネルヴァ…ヴァンガードにアタック……」

 

 

<36000>

 

 

強烈な威力だ……完全ガードなら確実に防ぐことができるだろう……だけど…

 

 

「ノーガード…で行くよ」

 

 

モルドレッド・ファントムは剣を構え直す。

 

ミネルヴァはこちらに向かって移動しつつあった。

 

 

 

「…………ドライブチェック……ゲット、クリティカルトリガー……効果は全てヴァンガードに…」

 

 

 

ミネルヴァの振るう槍が“2度”モルドレッドの体を切り裂いた。

 

モルドレッドは苦悶の表情を浮かべる。

 

 

「……ゲット、スタンドトリガー…ミネルヴァをスタンド……パワーはヴァンガードに」

 

 

私のダメージゾーンにモルドレッドとマナが落ちる…これでダメージは5……もう1点も受けることはできないだろう。

 

 

「ミネルヴァのスキル発動……リアガードのドリン、グロンを退却」

 

 

ミネルヴァが槍から放った光の衝撃波が、リアガードとして構えていたドリン達に直撃する。

 

 

一気にリアガードがいなくなってしまった。

 

 

 

「ミネルヴァのリミットブレイク…CB1、ソウルブラスト3…手札からシャイニー・エンジェル、オーダイン・オウル、ロットエンジェルをドロップ……」

 

 

攻撃を終えて、自陣へと戻っていたミネルヴァが振り返り、こちらを睨む。

 

 

 

「ミネルヴァはスタンド……パワー+5000…排出されたノルンとアクリスのスキルで更に+15000」

 

 

 

先程よりも……更にパワーが上昇している。

 

これは…危険すぎる。

 

 

「リアガードのミネルヴァでヴァンガードに」

 

「マスカレードでガード!!」

 

 

モルドレッドを庇い、マスカレードがミネルヴァの槍によって貫かれる。

 

 

「ヴァンガードのミネルヴァ……アタック」

 

 

私はミネルヴァのパワーを確認する。

 

 

<66000☆2>

 

 

青葉クンでのファイトで見せたパワーよりは劣るが十分凶悪なパワーだ。

 

クインテットウォールでは防ぐことができないといえばその恐ろしさも伝わるだろう。

 

だけど……このためにとっておいたんだ……

 

 

「マクリール…完全ガード!!!」

 

 

 

ファントム“Abyss”をドロップし、マクリールのスキルを発動する。

 

マクリールの屈強な体がとても頼もしい。

 

 

 

「ドライブチェック…フランボワーズ、ミネルヴァ……トリガーはありません………リアガードのオーダイン・オウル、ヘメラでアタック」

 

 

 

「ダーク“Abyss”でガード!!」

 

 

「……ターンエンド」

 

 

 

強力な攻撃を受け、ダメージは5点になった……だけどカグヤさんのダメージも変わらず4点……

 

 

 

私は直前のドライブチェックを思い出す。

 

苺の魔女……フランボワーズ。

 

先程クインテットウォールを使用していたことを考えると、どうやらこのデッキは完ガとクインテットの両方を採用してるってことか……

 

 

どの道、もう私に余裕は無い……ここで決めなければ…こちらがやられてしまう。

 

 

道が見えないのなら、切り開くしかない!!

 

 

「私のターン……スタンドandドロー…そして」

 

 

モルドレッドが私の方を見る。

 

きっと私の瞳は、彼と同じ緋色に染まっているのだろう。

 

 

 

「魅せるよ……ファイナルターン!!!」

 

 

 

 

そして私はそのユニットに思いを託す。

 

 

 

「真なる奈落で影と影…深淵で見た魂の光が彼らを繋ぎ、強くする!!ブレイクライドレギオン!! 」

 

 

 

モルドレッドは奈落竜としての姿に戻っていく。

 

 

「CB1…ヴァンガードにパワー+10000、山札から督戦の撃退者 ドリンをパワー+5000しスペリオルコール!」

 

 

漆黒のオーラが場を包む…唯一つ確認できるのは緋色に輝く瞳のみ。

 

そして闇が晴れた時…そこにいるのは……

 

 

 

 

「撃退者 ファントム・ブラスター“Abyss”!!そしてブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”!!」

 

 

 

ブレイクライドからのシークメイト…これがブレイクライドレギオン……

 

 

 

「カグヤさん……行くよ」

 

「…………」

 

 

 

私は続けてユニットをコールする。

 

 

 

「コール・THE・リアガードだよ!!詭計の撃退者 マナ!!」

 

「スキルでコール!撃退者 ダークボンド・トランペッター!!」

 

「スキルでコール!魁の撃退者 クローダス!!」

 

「スキルでコール!ブラスター・ダーク・撃退者!」

 

 

 

1枚のカードから一気に場を展開していく…ドリンによるCCもあり、“Abyssのスキル”を打つ分のカウンターブラストは残っている。

 

デッキが後押ししてくれる…私の…勝利への道を!

 

今、私と共に戦ってくれるのは2体のヴァンガード…ドリンとダーク…マナとだったん…そして。

 

 

「氷結の撃退者をコール!」

 

 

 

準備は整った……行くよカグヤさん!!

 

 

 

「だったんのブーストしたマナでリアガードのヘメラにアタック!!」

 

「…ノーガード」

 

 

 

マナがヘメラに回し蹴りを浴びせ、後退させる。

 

 

 

「氷結の撃退者のブースト……Abyssでヴァンガードにアタック!!!」

 

ブラスター・ダークが奈落竜の背に乗り、戦場を駆け抜ける。

 

 

パワーは37000……この攻撃をどう防ぐ?

 

 

 

「フランボワーズで完全ガード……ミネルヴァをドロップ」

 

 

そう、それは予測済……まずは1枚…貰ったよ!!

 

 

苺の魔女 フランボワーズはミネルヴァに体を寄せるとその手に持った苺をミネルヴァの口に含ませた。

 

ミネルヴァの周囲を魔力のバリアーが覆う。

 

 

ダーク達は強引にバリアーを破壊しようとするも、びくともしない。

 

 

 

「ドライブチェック…first、厳格なる撃退者!!効果は全てヴァンガードに!!…second、鋭峰の撃退者 シャドウランサー!!」

バリアーを破れなかったダーク達は一旦後退しつつ、ミネルヴァの周りを旋回する。

 

 

 

「Abyssのレギオンスキル発動!!CB2…マナ、だったん、氷結の撃退者!!私に力を貸して!!!」

 

 

だったん達は光の塊となり、私の右手に宿る。

 

そしてその手で…ダーク達に更なる力を与える!!

 

 

 

「魂と魂を繋げ!エターナル・アビス!!!Abyssはスタンド!!そしてアタック!!」

 

 

 

ダーク達が再びミネルヴァに特攻する。

パワーは同じ37000…届けっ……!!

 

 

 

 

 

 

「フランボワーズで完全ガード」

 

 

 

 

 

再び現れたフランボワーズはその苺を自身の口に放りこんだ。

 

新たなバリアーに攻撃が阻まれる。

 

 

「……これでお仕舞いです」

 

「いや…まだ希望はある!ドライブチェック!」

 

 

 

私はトリガーに全てを賭ける、もう“力”は使えない…自身の天運を信じるしかない。

 

 

 

 

「first……撃退者 エアレイド・ドラゴン!!クリティカルトリガー!!効果は全てダーク・撃退者に!」

 

 

 

 

リアガードのブラスター・ダーク・撃退者…その剣が輝きを放つ。

 

 

 

「second………っ!!厳格なる撃退者!!クリティカルトリガー!!効果は同じくっ!!」

 

 

「……!」

 

 

 

 

ブラスター・ダーク・撃退者…そしてドリンに大きな力が宿っていく…。

 

 

最後の……一撃だっ!!

 

 

 

「ドリンのブースト…ブラスター・ダーク・撃退者でヴァンガードにアタック!!!」

 

<31000☆3>

 

 

 

渾身の一撃……戦場を駆けるブラスター・ダークを奈落竜が見守る。

 

 

 

 

 

「ガード」

 

 

 

 

クリア・エンジェルとアクリスの二人(一人と一匹)がダークの刃を身を呈して止める……

 

 

刃は……ミネルヴァに届かなかった。

 

 

クロスライドの硬さ故に、ガード値は普通より少なくて済んでいる。

 

 

 

私はカグヤさんを見る……その手札は後1枚…後1枚だった……だが、私にはもう、その壁を破壊する術が残っていない。

 

手札はこちらの方がある。

 

 

だけど……

 

 

 

「……ターンエンド」

 

 

最大のチャンスで倒しきることが出来なかった。

 

 

 

「ヒカリさん……」

 

 

「……カグヤさん?」

 

 

「ヴァンガードは…楽しいですか?」

 

 

 

 

以前、同じ人から聞いた、同じセリフ……だがこの状況ではまるで籠められられた思いが違う。

 

まさしく勝者が敗者に言うセリフ……

 

 

 

何だけど……

 

 

 

「カグヤさん……」

 

 

「…?」

 

 

「そのセリフは……自分への問いかけ…なの?」

 

 

「……どうしてそのように…」

 

「だって今のカグヤさん…………辛そう」

 

 

 

ファイトの状況の性ではない…今日、ここにいる間ずっとだ…………カグヤさん…あなたは……

 

 

 

「…………私のターンです、スタンドしドロー」

 

 

 

ミネルヴァ達はカグヤさんを守るようにその陣形を変えた……

 

…それが、カグヤさんとジェネシスの“つながり”の形……何となく分かった気がする。

 

 

 

 

 

両想いだけが“つながり”じゃない……片想いも強い想いなら届くんだね……

 

 

ファイターがカードを選ぶんじゃない…カードがファイターを選んだんだ。

 

 

 

「シャイニー・エンジェルをコール…ドロップゾーンのノルン3体をソウルへ……オーダイン・オウルのスキルでミネルヴァ、アンジェリカをデッキボトムに…ミネルヴァにパワー+10000」

 

 

 

ミネルヴァのパワーが上昇する……

 

 

 

「ヴァンガードのミネルヴァでヴァンガードにアタック」

 

 

<23000>

 

 

決意に満ちた表情でミネルヴァは舞う。

 

紅き槍を片手に。

 

 

「クリティカルトリガー2枚……ダークでインターセプト」

 

 

これで完全ガードになる筈だ。

 

 

 

「……ドライブチェック…ゲット、クリティカルトリガー…☆はヴァンガード、パワーはリアガードのミネルヴァに…そして……ゲット、クリティカルトリガー……効果は全てリアガードへ……」

 

 

私のコールしたガーディアンを次々と切り裂いていくミネルヴァ、その槍を止めたのはブラスター・ダーク・撃退者だった。

 

 

「ミネルヴァのリミットブレイク……CB1…ソウルブラスト3……手札を全て捨てます……」

 

 

消え行くブラスター・ダークの剣を紙一重でかわしたミネルヴァは体制を立て直す。

 

 

「ミネルヴァはスタンド…パワー+5000…排出されたノルン達のスキルで更にパワー+15000」

 

 

 

ミネルヴァは全ての力をその槍に集めている様だ。

 

深紅の槍は凄まじい輝きを放っている。

 

 

 

「再びミネルヴァでアタック」

 

<43000☆2>

 

 

 

私は手札を見つめる……私は……

 

 

 

「……厳格なる撃退者3体!!暗黒医術の撃退者でガード!!」

 

 

 

これで2枚貫通…だがもうガードできる手札はほとんど残っていない。

 

 

ミネルヴァは全ての力を乗せた槍を構え、そして。

 

 

 

 

「ドライブチェック…林檎の魔女 シードル……トリガー無し……そして…」

 

 

カグヤさんのデッキの残り枚数はもう1桁台に入ろうとしている。

 

 

「ゲット、クリティカルトリガー……効果は全て、リアガードのミネルヴァへ」

 

 

 

 

ミネルヴァは槍を放ち、ガーディアンはそれを受け止める。

 

その隙に、影が一つ、奈落竜の懐に飛び込んだ。

 

 

 

「……」

 

 

「最後の攻撃です……リアガードのミネルヴァでヴァンガードにアタック」

 

 

 

パワー33000、クリティカル3……私はその攻撃をノーガードする…いや、ノーガードしか出来なかった。

 

 

「……カグヤさん」

 

 

「…………」

 

 

「あなたはヴァンガードが…好きですか」

 

 

「……私は」

 

 

 

奈落竜の懐に飛び込んだミネルヴァはその槍を庇おうとしたダーク“Abyss”もろとも奈落竜の体へ突き刺した。

 

 

「私はヴァンガードが嫌いです」

 

 

 

 

ミネルヴァは後退し、奈落竜の様子を見つめる。

 

 

 

「ダメージチェック……モルドレッド…」

 

 

 

槍の輝きが増し、奈落竜は苦しそうに呻く。

 

 

次が6点目……

 

 

 

「second…暗黒医術の撃退者(ヒールトリガー)…ダメージを回復…」

 

 

 

奈落竜の瞳に一筋の光が宿る。

 

 

自ら槍を引き抜くとそれを投げ捨て、ミネルヴァと相対する。

 

倒れたダークは動かない。

 

 

 

「third……暗黒の撃退者 マクリール……」

 

 

 

だが、6点目のダメージは入ってしまった。

 

 

奈落竜は最後の力で立ち上がったものの、ゆっくりと消滅していった。

 

 

 

 

 

「負けちゃった……か…」

 

 

 

 

拍手の音が聞こえる……それは誰への賛辞か、誰への同情か……

 

 

モルドレッド達の敗北した姿を衆目に晒してしまった…ヴァンガードファイターとしてこれは情けない。

 

 

 

「……カグヤさ……あっ」

 

 

 

カグヤさんに話しかけようと思った時、私のインカムは取り上げられてしまった。

私はカグヤさんに話を聞くためギアースパネルの上を歩き出す。

 

 

 

「戻ってください」

 

 

 

カグヤさんの元へ行こうとした私を係員の人が止める。

 

 

「行かせて…ください……」

 

「戻ってください」

 

 

 

係員の力に負け、私は引き下がるしかなかった。

 

ヴァンガードが嫌いだということは別に構わない、ただ、それでもファイトをしている理由が知りたかった。

 

油断すると涙が頬を伝う様な状態で、何故彼女はファイトを続けているのか……

 

 

 

 

「ヒカリさん…」

 

その声に私は後ろを振り返る。

 

 

「舞原クン……ごめん負けちゃった…」

 

「そうっすねー…がっかりっす」

 

「あはは……」

 

 

舞原クンは銀の髪を揺らしながら歩き出す。

 

 

「…僕は勝つっすよ…誰が相手でも……」

 

「舞原クン……」

 

 

私はその後ろ姿を見送ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

「ヒカリさん!こっちこっち!」

 

 

天乃原さんが呼ぶ。

 

 

 

「皆…ごめん」

 

 

「いいのよ、私たちも負けてるし」

 

「だな…今はジュリアンのファイトに集中だ」

 

 

「……うん」

 

 

私はパイプ椅子に座り、ファイトを眺める体勢を整える。

 

「……?」

 

 

私は天乃原さんがデッキを持っていることに気がついた。

 

「天乃原さん……?そのデッキ…どうしたの?」

 

「ああ……これね……返したのよ」

 

「返す?」

 

 

天乃原さんは舞原クンの方を見つめる。

 

 

 

「あいつに借りっぱなしだったカードを、ね」

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

『チームシックザールも最後の一人……少しは楽しませてくれるのでしょうか?』

 

 

美空社長が煽る。

 

 

「よく煽るっすねー…後でその発言、後悔しないで欲しいっす」

 

 

『ハハハハハハ…面白いことを…先行はウルドが貰うわ』

 

 

「お好きにどうぞっす」

 

 

 

僕は山札からカードを引く……手札の交換も行う…やはりデッキの中はグレード3で溢れていた。

 

 

この場合、最も厄介なことはこの手札が相手にとっては公開状態に等しい上にガード値が0ということ。

 

 

 

それではライドしたとしても敗北は目に見えている。

 

 

 

だったらそのグレード3…有効活用させてもらう。

 

 

 

『スタンドアップ…』

 

 

 

「ヴァンガード!!」

 

「ヴァンガード。」

 

 

 

 

互いのファーストヴァンガードが姿を見せる。

 

 

カグヤさんは…戦巫女 アメホノアカリ

 

そして僕は……

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

 

「星輝兵 ワールドライン・ドラゴン……」

 

 

舞原クンのFV……確かあのユニットは…

 

 

「そう…手札のЯユニットを捨てることで山札の上の5枚を見てリンクジョーカーを1枚ドローできるユニット…しかもグレード3になるまで毎ターン使えるカードよ…」

 

 

天乃原さんの言葉に青葉クンがあることに気づいた。

 

 

「Яユニットということはつまり」

 

「全てグレード3だよ……これが舞原クンの作戦か…」

 

 

私たちはファイトを見つめる。

 

 

 

「……あれ?」

 

 

美空社長がカグヤさんに何かの合図を出している……これは?

 

そうこうしている内にカグヤさんがカードをドローした……そして。

 

 

 

「Gアシストを使用します」

 

 

 

「G……アシスト……?」

 

 

いきなり聞きなれない単語が登場する。

 

『説明しましょう…Gアシストとは、ヴァンガードが次のグレードにライドできない時に使用できる新たなルールなのですわ』

 

 

ライド事故の……回避?

 

 

『まずは手札を公開』

 

 

 

カグヤさんが手札を見せる。

 

 

 

鏡の神器 アクリス(醒)

 

鏡の神器 アクリス(醒)

 

叡智の神器 アンジェリカ(G3)

 

叡智の神器 アンジェリカ(G3)

 

吉凶の神器 ロット・エンジェル(引)

 

運命の神器 ノルン(G2)

 

 

確かに……このままではグレード1にライド出来ないけど……

 

 

 

『公開したら、山札から5枚見て、ライドに必要なグレードのカードを選択します…』

 

 

 

カグヤさんが手札に加えたのは“苺の魔女 フランボワーズ”

 

 

『手札に加えたら、手札のカードと、Gユニットを2枚ずつゲームから除外します』

 

 

「へー…ってGユニットなきゃ使えないじゃない…」

 

 

 

カグヤさんが手札からアンジェリカとロット・エンジェル…Gユニットの天空の女神 ディオネを2枚除外し、ゲームは再開した。

 

 

 

 

「…Gアシストにストライド…これが今後のヴァンガード……なんだね」

 

 

「でも、このタイミングで使ったってことは……ジュリアンのことを甘くみているのかもしれないわね」

 

 

 

 

確かに…どうもわざとG1を手札に入れないようにしていたようだ……

 

どこかで説明する予定だったのだろうが…あのGアシスト…カードを1枚分損している…つまり、できれば使いたくない能力だ。

 

 

 

 

「……舞原クン」

 

 

この状況を活かすも殺すも……彼しだいであった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

2ターン目……

 

 

「さぁ…僕のターンっす!!ドロー…そしてワールドラインのスキル発動!!」

 

 

Gアシストか何か知らないっすけど…僕は僕のやることをやるだけっすよ!!

 

 

僕はエシックスЯをドロップし、ドローする。

 

 

「そして星輝兵 ルイン・マジシャンを手札に加え……ライド!」

 

 

手札のグレード3を処理しつつ、欲しいカードを手に入れる……それがこのデッキの強さ……

 

 

 

 

ファイトは進み、手札のЯを程よく吐いていく。

 

 

 

 

「メイルЯをドロップ!!パラダイスエルクを手札に!!メビウスブレスにライド!エルクをコール!メビウスブレスでアタック!!」

 

「アクリスでガード」

 

 

相手のガードが激しいが、トリガーの乗りも激しく、一進一退の攻防が続く。

 

 

ダメージは2vs2……

 

 

「解き放たれしは我が手に輝く叡智…ライド、叡智の神器 アンジェリカ…アタック」

 

 

「ノーガード…ゲット!ヒール!!」

 

ダメージは動かない……

 

だが、ファイトの流れは僕に向いている。

 

 

 

「僕のターンっす……スタンド、ドロー…ドーントレスЯをドロップして…星輝兵 ルインマジシャンを手札に!!……そして」

 

 

 

僕はそのカードを見つめる。

 

 

僕は今まで、本気でこのカードに頼ることは無いと考えていた…いくらウルドが相手とはいえ、他に手はあると……だけど、残った手札のЯを処理するためには、こいつの力が必要だって…そう感じた。

 

 

……嬉しく感じる…君と共に戦えることが。

 

 

 

直感的に気に入ってしまった君と……

 

今こそ共に行こう、僕の…分身。

 

 

僕はそのカードを高く掲げ、叫ぶ。

 

 

 

 

「真の先に真有り!!真なる狂気で世界を包め!舞い上がれ、僕の分身!!」

 

 

 

 

 

「勅令の星輝兵 ハルシウム!!!」

 

 

 

 

 

 

黒輪の騎士は遂にその姿を見せる……銀の肌のファイターと共に……

 

 

 

 

 

「ノルンの……ウルド……あなたを倒して、僕は!!最強の力への更なる1歩とする!!!」

 

 

 

 

ジュリアンの偽りの碧い瞳の奥……薄く赤みを帯びた本当の瞳が美空カグヤを捉えていた。

 

 

 



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061 変革

それは至って普通の話…

 

 

ジュリアンはハルシウムを見て、純粋に気に入った。

 

 

 

だけど…今まで、ハルシウムを実際に使うことは無かった。

 

 

 

たったそれだけの話……

 

 

 

それだけの……

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

舞原クンは叫ぶ。

 

 

 

「真の先に真有り!!真なる狂気で世界を包め!舞い上がれ、僕の分身!!」

 

 

姿を見せるのは黒輪を背負いし白銀の剣士。

 

 

 

「勅令の星輝兵 ハルシウム!!!」

 

 

 

 

彼の全身に流れる赤いラインが発光する。

 

これが……ハルシウム……

 

 

これにはカグヤさんもどこか驚いているようだ。

 

 

「……なるほど」

 

「何を納得してるんすか?……本番はここからっす!!日食の星輝兵 チャコールをコール!」

 

ハルシウムの後ろに新たなユニットが現れる。

 

 

「チャコールのスキル発動!!リミットブレイク解除!!オーバーリミッツ!!!」

 

 

チャコールの手元にコントロールパネルのような物が浮かぶ。

 

チャコールがそれを操作した瞬間、ハルシウムの黒輪が大きく広がった。

 

 

 

「ハルシウムのオーバーリミッツ!!Яユニットに“ブースト”“インターセプト”“5000シールド”を与えるっすよ!!」

 

 

 

 

 

 

「ど、どういうことだ?」

 

青葉クンの頭にハテナマークが浮かんでいる。

 

「ハルシウムがヴァンガードである限りグレード3であるЯユニットは全てグレード2やグレード1のように扱うことができるのよ」

 

「す、凄いなそれ…」

 

「うん……ヴァンガードでも唯一無二のスキルだよね…」

 

逆を突けば、自身に特別な能力が無いこと…はっきり言ってしまえば殺意が足りないという点に問題があるのかな……

 

 

これまで舞原クンは使用することを渋っていた見たいだけど……あのユニットならこの状況に…カグヤさんの能力に完全に対抗できる……

 

 

「あれが……舞原クンの分身…ハルシウム」

 

 

 

 

舞原クンは新たにリアガードをコールしていく。

 

 

「学園の処罰者 レオパルド“Я”、銀の茨の竜女帝 ルキエ“Я”、哀哭の宝石騎士 アシュレイ“Я”をコール!!!」

 

 

“黒輪”という共通項をもったユニット達が舞原クンの呼び掛けに応じ、現れる。

 

「さて…チャコールのブーストしたハルシウムでアタックっす!!」

 

 

<18000>

 

 

ハルシウムの紅の剣がアンジェリカを襲う。

 

 

 

 

「…ノーガード」

 

 

 

ドライブチェックではクリティカルトリガーとハルシウムが登場する。

 

カグヤさんは2点のダメージを負うも、ヒールトリガーを1枚引くことでそのダメージを軽減した。

 

ダメージは舞原クンが2、カグヤさんが3となった。

 

 

「ルキエЯのブースト!!アシュレイЯでアタックっすよ!!」

 

<27000>

 

「ノーガード」

 

 

アシュレイЯの剣が、アンジェリカの体を貫く。

 

ダメージにノルンが落とされ、ダメージは4点だ。

 

 

 

「こいつで…レオパルドЯのブースト、パラダイスエルクでヴァンガードにアタック!!」

 

<20000>

 

 

「ロット・エンジェルでガード…スキルでソウルチャージ」

 

ソウルに黄昏の神器 ヘスペリスが入るのを確認し、舞原クンはターンエンドを宣言した。

 

 

ダメージは2vs4……舞原クンの優勢だ。

 

 

「私のターン……」

 

 

「カグヤさん…あなたがウルドだったんすね…」

 

 

「……だとしたら…何でしょうか」

 

 

「…倒させてもらうっすよ……僕のためにね!!」

 

 

「……スタンドし、ドロー…」

 

 

 

 

カグヤさんが手札からカードを取り出した……アンジェリカのブレイクライドが…来る!?

 

 

 

 

 

「解き放たれしは叡智が紡ぐ勇気の閃光…クロスブレイクライド」

 

 

輝きの中姿を見せたのは…魔力迸る槍を構えた、桃色の髪の女性。

 

 

 

壮麗な白馬に乗って……戦場に舞い降りる。

 

 

 

 

「智勇の神器 ブリュンヒルデ」

 

 

 

美しき女神…戦神ブリュンヒルデ……

 

 

 

 

「ブリュン…ヒルデっすか…」

 

 

 

 

うーんこの会場の何とも言えない空気……

 

 

 

 

私も、以前舞原クン達とジェネシスの話題になった後、自分なり軽く調べて見た時にその存在を知った。

 

決して弱い能力では無い……けど。

 

 

 

 

双闘環境に突然のアルティメットブレイク。

 

遅いだけでなく、重めのコスト。

 

…に関わらずフィニッシャーになり得ないスキル。

そして消しきれていない謎のレギオンマーク。

 

 

 

 

…様々な要因が重なり、低い評価がついてしまったユニットである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブレイクライドスキル…ソウルブラスト3…パワー+10000、2枚ドロー……排出されたノルン、ヘスペリスのスキルで更にパワー+5000、アタックヒット時にリアガード2体退却させる…を得る」

 

 

ブリュンヒルデの背後に大きな魔方陣が顕れ、回転する。

 

「ヘメラをコール、スキルでノルンとアクリス2体をソウルへ」

 

「ブリュンヒルデ、オーダイン・オウルをコール、オーダインのスキルでドロップゾーンのアンジェリカをデッキボトムへ……ヴァンガードにパワー+5000」

 

カグヤさんの陣が整った。

 

 

 

「ヘメラでパラダイスエルクにアタック」

 

「ノーガードっす」

 

 

真昼の神器 ヘメラの振るった杖がパラダイスエルクを退ける。

 

「アメホノアカリのブースト、ソウルチャージ…そしてブリュンヒルデでヴァンガードにアタック」

 

<33000>

 

アメホノアカリがブリュンヒルデにエールを送る……それに微笑みで返したブリュンヒルデが舞原クンの陣に向かって白馬を駆り、走り出した。

 

 

「プロメチウム……完全ガードっす!!」

 

 

「……ドライブチェック…アンジェリカ……エイル、ゲット、ヒールトリガー…ダメージを回復してパワーはリアガードのブリュンヒルデへ」

 

ブリュンヒルデの振るった槍はプロメチウムによって受け止められる。

 

「オーダインのブースト、ブリュンヒルデでヴァンガードにアタック」

 

<22000>

 

 

「ノーガード!ダメージチェック…ハルシウムっす」

 

 

「ターンエンド…」

 

7ターンが終わり、ダメージは3vs3だった。

 

(流れはまだ僕にある…このままじっくりと倒させて貰うっす!!)

 

 

「僕のターン…スタンド、ドロー!!…空いたリアガードサークルに…ドラゴニック・オーバーロード“The Яe-birth”をコールするっす!!」

 

 

リアガードサークルに偉大なる大君主、オーバーロードが現れる。

 

舞原クンのリアガードにはЯユニットが4体、地味だがどれもグレード3としての大きなパワーを兼ね備えている。

 

このまま持久戦に持ち込んで、じわじわと相手の手札を削っていくつもりだろう。

 

 

「ヴァンガードを切り裂け!!ハルシウム!!」

 

 

「ノーガード」

 

 

「ドライブチェック……メビウスブレス・ドラゴン…セカンドチェック……ゲット!!クリティカルトリガー!!……効果は…」

 

 

舞原クンが考え始めていた。

 

(ここでクリティカルをハルシウムに乗せたら……カグヤさんのダメージは5……アルティメットブレイクの発動圏内なんすよね……)

 

 

「効果は全てオバロに!!」

 

 

オバロが叫び、ハルシウムの剣がブリュンヒルデの鎧に傷をつける。

 

ダメージにはアンジェリカ……4点目だ。

 

 

 

「レオパルドЯのブーストしたオバロЯでヴァンガードにアタック!!」

 

<27000☆2>

 

「エイル、クリア・エンジェルでガード」

 

「だったら……ルキエЯのブースト!アシュレイЯで…リアガードのブリュンヒルデに!!」

 

「…ノーガード」

 

 

舞原クンがターンエンドを宣言する。

 

 

ダメージを与え、手札を削り、リアガードを削った。

 

戦いは膠着しているように見える。

 

そして…カグヤさんのターンが始まった。

 

 

 

「ヘスペリスをコール、上書きでパイナップル・ローをコール…スキルで山札から1枚、ダメージゾーンへ」

 

「っ…!?自爆互換……入ってたんすか…」

 

 

 

カグヤさんのダメージはこれで5点……

 

前のターン…舞原クンがダメージを4点で止めたことは全くの無駄となる。

 

アルティメットブレイクが発動可能になったのだ。

 

 

「シャイニー・エンジェルをコール…ヘスペリス2体とノルンをソウルへ…」

 

 

パイナップル・ローの上からシャイニー・エンジェルがコールされる。

 

これでソウルの質も高まった…そろそろ来るのだろう…ブリュンヒルデのスキルが。

 

 

 

「……っ」

 

 

 

 

「ブリュンヒルデ…アルティメットブレイク」

 

 

 

 

ブリュンヒルデは槍を構え、ハルシウム達の方へと白馬と共に突撃していく。

 

 

 

「CB4…ソウルブラスト6……オーバーロードを」

 

 

 

ブリュンヒルデの槍がオーバーロードを撃ち抜き、排除する。

 

 

 

 

「……チャコールを」

 

 

 

 

そのまま舞原クンの前を駆けるブリュンヒルデはハルシウムの後ろにいたチャコールを薙ぎ払った。

 

 

 

「そしてアシュレイЯを」

 

 

ブリュンヒルデの輝く槍はアシュレイЯの胸を貫く…涙を流しながら消えていくアシュレイЯ。

 

 

 

「3体のユニットを退却…3枚ドロー、そして排出されたノルン、アクリス、ヘスペリスのスキル発動…ブリュンヒルデにパワー+20000…アタックヒット時にリアガードを2体退却させる…を得る」

 

 

 

戦場を駆ける戦乙女はその力を更に上昇させていった。

 

 

 

「アンジェリカ、そして上からヘメラをコール」

 

 

更にソウルチャージを行うカグヤさん…ドロップゾーンからのチャージであるため山札は削れない。

 

 

「オーダインのスキルでドロップゾーンのアンジェリカを山札へ、ブリュンヒルデにパワー+5000」

 

 

 

山札にカードを戻すことで、デッキの減りを抑える…これで多少の持久戦が出来るのだろう。

 

 

 

 

……ブリュンヒルデのアルティメットブレイクによって形成は逆転しようとしていた。

 

 

 

 

「オーダインのブースト…ヘメラでヴァンガードにアタック」

 

「くっ……メビウスブレスでガード!!」

 

 

グレード3にインターセプトのスキルを与えたが、ブリュンヒルデに退却され既に存在しない……

 

 

「アメホノアカリのブースト…ブリュンヒルデでヴァンガードにアタック」

 

 

舞原クンはそのパワーを確認する。

 

<38000>

 

 

「…ノーガードっ!!!」

 

こちらから見える舞原クンの手札…シールド値は充実しているが、肝心の完全ガードが無く、無理にこの攻撃を止めると自身の破滅に繋がり兼ねない。

 

 

「ドライブチェック…」

 

ただ…守らなかった選択が正しい物かは……

 

 

「ゲット…クリティカル……☆はブリュンヒルデ、パワーはヘメラへ………セカンドチェック、ゲット…ヒールトリガー…ダメージを回復し、パワーはヘメラへ」

 

 

 

……分からない。

 

 

「くっ……っ!!」

 

 

ブリュンヒルデの振るう槍をハルシウムが剣で受け止める。

 

ダメージは日蝕の星輝兵 チャコール…そして…

 

 

「……ジェイラーテイル!ドロートリガーっす!」

 

 

 

ハルシウムはブリュンヒルデに押し負け、吹き飛ばされるものの、ドロートリガーのパワーが宿る。

 

しかし、ブリュンヒルデの槍は既に異なる敵へと向けられていた。

 

 

 

「ヒット時スキル……レオパルドЯを退却」

 

 

 

ブリュンヒルデの放り投げた槍がレオパルドЯを串刺しにする……

 

リアガードの消滅を確認したブリュンヒルデは槍を回収し、最後のリアガードにその槍を向けた。

 

「ルキエЯを…退却です」

 

 

ブリュンヒルデの槍は輝きを増し、ルキエЯを貫く……ルキエЯは悲鳴をあげることも出来ず、静かに消えていった。

 

 

 

 

これで舞原クンのダメージは5点、そしてこのターンだけで全てのリアガードを失ってしまっていた。

 

 

そのリアガードを消し去ったのは全てブリュンヒルデ…戦神と呼ばれるユニット。

 

 

 

 

「シャイニー・エンジェルのブースト…ヘメラでヴァンガードにアタック」

 

 

<26000>

 

 

「ヴァイス・ゾルダート2枚でガードっす!!」

 

「ターンエンド」

 

 

パイナップル・ローによって増加していたカグヤさんのダメージが1枚、山札へと帰っていく。

 

これでダメージは舞原クンの5点に対してカグヤさんの3点……完全に逆転していた。

 

このターンは終わったものの……舞原クンは大きくダメージを受けてしまった。

 

 

 

 

「……僕のターン…スタンド、ドロー!!」

 

(まだだ…まだ終わってなるものか!!!)

 

 

「コール…星輝兵“Я”クレイドル!!…そして星輝兵 ルイン・マジシャンをコール!!スキル発動!」

 

舞原クンはドロップゾーンから1枚のカードを選ぶ。

 

「Яは何度でも甦る!!アシュレイЯを手札に!そしてコール!!」

 

ハルシウムの後ろにクレイドルが…その隣にはルインとアシュレイЯが戦いの準備をしていた。

 

 

「虚無を纏いて、世界を切り裂け!!クレイドルのブーストしたハルシウムでヴァンガードにアタック!!」

 

 

クレイドルとハルシウムのコンビネーション攻撃…クレイドルが振るう巨大な槍の中をハルシウムがすり抜け、ブリュンヒルデへと迫る。

 

「…ノーガード」

 

 

「ドライブチェック…ゲット!ドロートリガー!パワーはアシュレイЯに!……………そしてゲット!クリティカルトリガー!クリティカルはハルシウム、パワーはアシュレイЯに与えるっす!!!」

 

クレイドルの攻撃で落馬したブリュンヒルデをハルシウムが襲う。

 

 

 

ダメージは…2点……ヘメラとフランボワーズだ。

 

 

 

ブリュンヒルデは体勢を整え、ハルシウムを振り払うが攻撃は終わっていない。

 

 

「ルイン・マジシャンのブーストしたアシュレイЯ…その剣で立ちはだかる敵を薙ぎ払えっ!!!」

 

<28000>

 

 

 

真っ直ぐ……戦場を駆けるアシュレイЯ。

 

 

 

白馬から降りているブリュンヒルデと真っ向からぶつかる。

 

何度も鍔迫り合いを繰り返し、遂にブリュンヒルデの隙をアシュレイЯが捉えた。

 

無慈悲なる剣が彼女に向かう…その時。

 

 

 

「エイル、クリア・エンジェルでガード」

 

 

その攻撃を身を呈して庇ったのは二人の女神だった。

 

倒れた仲間の思いを背負ったブリュンヒルデはアシュレイЯを退ける。

 

 

「……ターンエンド」

 

 

 

舞原クンのターンが終わる……10ターンが終わりダメージは互いに5点……手札の枚数は舞原クンが5枚、カグヤさんが3枚だ……

 

会場の人間……そしてインターネットを通して数多くの人間がこのファイトを見守っていた。

 

 

このファイト…ギアースの宣伝には打ってつけ過ぎる…全てあの社長の計算通りなのか……

 

 

「ジュリアン……」

 

「舞原クン…」

 

「…………頑張りなさいよ…」

 

 

カグヤさんのターンが始まる…スタンド、ドロー…想像通りの流れだ…………

 

 

……ここまでは。

 

 

 

「……!?」

 

 

 

カグヤさんが1枚のカードを掲げる……まさかここから新たなユニットにライドするというのか……

 

 

「……冗談っすか…?」

 

「冗談は好きですが、冗談ではありませんよ」

 

 

 

この終盤になって姿を見せる…新たなユニット。

 

……それは。

 

 

 

「解き放たれしは勝利をもたらす信念の閃光…」

 

 

 

蒼いオーラがブリュンヒルデを包み、溶かす。

 

 

形を変え…現れたのは女神の名は……

 

 

 

 

「ライド……掟の女神 ユースティティア」

 

 

 

天秤と剣を構える女神 ユースティティア…あれは…

 

 

「…僕がリンクジョーカーを好んでるって情報でもあったんすか?」

 

「ええ、ですがここまで出番はありませんでした」

 

 

 

ユースティティアの最大の特徴は“解呪”を使えることだ。

 

ジェネシスで唯一、真っ向からリンクジョーカーと対峙できるユニットである。

 

 

「ヘメラの上から智勇の神器 ブリュンヒルデをコール……そしてユースティティアのリミットブレイク」

 

 

ユースティティアがその剣を高く掲げる…剣から溢れた光は空へと昇っていった。

 

 

 

 

「ソウルブラスト6……ヘメラとブリュンヒルデ……そしてアメホノアカリにパワー+5000」

 

 

 

天へと昇った光はより強大な力となってリアガード達に降り注ぐ。

 

 

 

「まるで……ソウルセイバーっすね……」

 

 

「…さぁ……お仕舞いにしましょう」

 

 

 

カグヤさんの攻撃が始まる。

 

 

「シャイニー・エンジェルのブースト…ヘメラでヴァンガードにアタック」

 

<21000>

 

「ヴァイス・ゾルダート、ジェイラーテイルでガードっす!」

 

 

攻撃は通らない……ヘメラはハルシウムに近づくことさえ出来なかった。

 

 

「アメホノアカリのソウルチャージ…ブースト、ユースティティアでヴァンガードにアタック」

 

<21000>

 

 

「ヴァイス・ゾルダート、回想の星輝兵 テルルでガード!!2枚貫通っす!!」

 

 

「ドライブチェック……パイナップル・ロー……鏡の神器 アクリス…ゲット、スタンドトリガー…ヘメラをスタンド、ブリュンヒルデにパワー+5000」

 

 

ユースティティアとアメホノアカリは2体のユニットを薙ぎ払うものの、ハルシウムは無傷だった。

 

 

だが、もう…舞原クンには……

 

「ヘメラでアタック」

「ジェイラーテイルでガードっ!!!」

 

「……オーダインのブーストしたブリュンヒルデでヴァンガードにアタック」

 

「…………」

 

 

 

ブリュンヒルデが迫る。

 

 

 

舞原クンも、ハルシウムも動かない。

 

 

「アシュレイЯで…インターセプト」

 

 

 

ブリュンヒルデは白馬から降り、アシュレイЯと切り結ぶ。

 

 

決着に時間は掛からなかった。

 

ブリュンヒルデの槍…神器・戦神の腕槍はアシュレイЯの胸を正確に貫いた。

 

 

 

そしてゆっくりと、ハルシウムに迫る。

 

 

 

「……ノーガード」

 

 

 

舞原クンのダメージゾーンに刻印の星輝兵 プラセオジムが落とされる。

 

 

ハルシウムはブリュンヒルデの攻撃によって、その全機能を停止した。

 

 

「……負け……っすね…っ…」

 

 

 

ダメージゾーンの6枚のカードが舞原クンの敗北を表していた。

 

 

 

 

『エキシビジョンマッチはお楽しみいただけたでしょうか?』

 

 

美空社長のアナウンスがかかる。

 

 

『我がウルドのような強大なファイター…そして我が社のギアースシステムによってヴァンガードは更なる次元に到達するのです!!』

 

 

その放送を見ている人は全国、全世界にいた。

 

 

 

『他社のカードゲームでは到達できない……魅せるカードゲームとして変革を遂げるのです!!!』

 

 

……魅せるカードゲーム……

 

 

 

『今、ここに…来年夏のヴァンガード世界大会の開催を…宣言します!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

アメリカ…某カードショップ。

 

 

今、二人のトップファイターが国境の壁を越えてファイトをしていた。

 

 

一人は北アメリカ大会前年度チャンピョンにして北アメリカのヴァンガードの伝導者…かげろう使い、Mr.ACE

 

もう一人はアジア大会前年度チャンピョン…ハンドルネーム“アスラン”…ゴールドパラディンのエイゼルを愛用している。

 

 

[そう言えばACE、日本のTVに出たんだって?]

 

[ははは…日本のアイドルはアグレッシブだったよ]

 

[僕も1度日本に行って見ようかな…グランドエイゼル・シザーズにライド!!]

 

 

そこに一人の少年が駆け込む。

 

 

[大変だよエース!!]

 

[何だよジョージ…俺は今アスランさんと]

 

[これ!!見て!]

 

 

ジョージと呼ばれた少年が見せるパソコンにはヴァンガード世界大会の情報が載っていた。

 

「おいおいマジかよ!!」

 

 

日本語が堪能なエースは思わず日本語で叫ぶ。

 

 

[今…日本でジュリアンがエキシビションマッチで…負けて…]

 

[ジュリアン…?ジュリアン・マイハラか!?]

 

[ジュリアン・マイハラが負けた…?確かにあいつはよく馬鹿みたいなぽかをするが…あいつがか!?]

 

 

二人は気まぐれで出場したヨーロッパ大会でのことを思い出していた。

 

ジュリアン・マイハラといえば、VCGPヨーロッパ、アジア、極東での優勝経験があり、白銀の魔女と並ぶトップファイターだ。

 

同じテーマのデッキを使い続けることが苦手な様で実力にムラがあるが、優秀なファイターの一人だと二人は考えている。

 

今年、日本で開かれたVCGPでも優勝を納めていた筈だが……

 

[相手は……“ウルド”って名乗ってる!!]

 

[ウルド……][ウルドか……]

 

 

[他にもベルダンディって人がファイトしてた!!]

 

 

 

二人は理解した、ジュリアンが何に挑み、負けたか。

 

 

[きっと次に会う時、あいつはすごく強くなってるだろうよ]

 

[全くだ……しかし世界大会ね……]

 

二人の成人男性の目は子どもの様に輝く。

 

 

[[やるっきゃねえな!!!]]

 

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

アルゼンチン 某所

 

 

一人のヴァンガードファイターがヴァンガード大戦略発表会を眺めていた。

 

その男の名は二岡・カルロス・正広……VCGP南米大会の今年度チャンピョンだった。

 

愛用のカードはサンクチュアリガード…自身のパワーしかあげられない不器用な白龍を気に入っていた。

 

 

[ジュリアン・マイハラ…あの流浪のファイターが負けたか…]

 

 

カルロスは以前ジュリアンと戦った時のことを思い出す……あの時カルロスはゴルパラのペリノアを、ジュリアンはなるかみのヴァーミリオンを使っていた。

 

 

[長い間、いいファイト相手がいなくて退屈していたんだ…エース、アスラン、それに白銀の魔女にジュリアン…そんな奴等と戦えるなら]

 

カルロスはふっと微笑む。

 

 

[…世界大会…面白いじゃないか]

 

 

そう呟くとカルロスは愛する妻の作った料理の匂いにお腹を鳴らすのであった。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

フランス とある喫茶店

 

 

銀髪の女性が携帯を眺めている。

 

 

世界大会の情報が大きく、いまいち伝わっていないがギアースシステムの魅力もまた、様々な場所に伝わっていた。

 

 

[すごい!すごい!!こんなシステムでダーリンとファイトしたいな……]

 

 

その女性の名はゼラフィーネ・ヴェンデル…一部では白銀の魔女として有名なヴァンガードファイターだ。

 

 

[世界大会…ヒカリちゃんも出るのかな?]

 

 

 

ゼラはジュリアンが負けたことを気にしていない、少なくとも彼がハルシウムを使ったことで一つ成長を遂げたことを知っているからだ…一皮向けたというべきか?

 

 

ずっと悶々として悩みが晴れたのだすぐに半年前のように“本調子”に戻るだろう。

 

 

むしろジュリアンの精神面に悪影響を与え兼ねないのは……

 

 

ーー力を手にしてしまった時……だと考えている。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

 

美空ツキノ社長によるギアースシステムと世界大会の開催決定は大きな話題を、一瞬にして呼んだ。

 

 

ギアースシステムによって観覧料をとるファイト…特殊な力を持ったファイターの存在……美空社長は次々と自らの計画を発表していく。

 

 

 

……そんな中…

……私たちチームシックザールは……

 

 

 

 

「………カグヤさんに話…聞きに…行きたい…………けど……」

 

「……解体ショーで解体されるマグロの気分よ…」

 

「リーダー…それ…少し違うだろ…」

 

「少しっすか……?」

 

 

 

 

……完全に疲れていた。

 

負けた悔しさ、利用された悔しさもあるが、本当にくたくただった。

 

ギアースシステムは迫力がある分、見ていて疲れる…映画見たいな物なのだ。

 

「ファイトしている時は大丈夫なんだけど…」

 

「馴れは必要っすよね…」

 

 

少し前に流行っていた3D映画見たいに…いや実際に3Dのホラグラフ何だけど……

 

本当に……疲れている。

 

恐らくモニター越しに見ている人には分からないだろう、独特の緊張感と戦いの生々しさは。

 

特に光量がきつい。

 

 

 

「カグヤさんのことは…気になるけど……今は少し……動けない…」

 

「そうっすね……」

 

「ええ……」

 

「そうだな……」

 

 

 

だが、発表会は既に終わっており、カグヤさんもどこかへ消えてしまった……最後に今後の商品スケジュール、トライアル2種と新ブースターが今月発売するという爆弾情報を投げ込んできたが、それに構う余裕も無い……

 

周りの大人達は少しずつ帰っていった。

 

その内の何人かは私たちにエールを送ってくれたし、ヴァンガードの伝導師として有名なあの人も私たちとファイトの検証をしてくれたり、カードにサインをくれたりした…

 

 

会場に人がいなくなり、私たちもスタジアムを出る。

 

結局、あの後カグヤさんを見つけることは出来なかった……

 

 

 

「……あ」

 

 

私はハーモニクス・メサイアをパイプ椅子の上に置きっぱなしだったことに気がついた。

 

 

 

「……どうしたヒカリ?」

 

「ゴメン……忘れ物……」

 

「じゃあここで待ってるわね」

 

「うん……ありがと……」

 

私は急いでスタジアムに戻る。

 

早くしないと…

 

スタジアムはまだ開放されており、椅子もそのままだった……

 

そして、メサイアも…

 

 

「あ…あった……良かった……」

 

 

私はハーモニクス・メサイアを拾うと、優しく抱き止める。

 

 

「ふぅ……良かった、良かった…」

 

 

 

そして私は気づいた…カグヤさんがギアーステーブルの前に立っていることに。

 

 

……話しかけるチャンス…!!

 

 

私が1歩踏み出す……だがそれと同時に、ギアースシステムが動き出した。

 

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 

 

人のほとんどいない会場で…今、5戦目のエキシビションマッチが始まろうとしているのだった。

 

 



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062 ノルンと呼ばれた三人

ギアースシステムが動き出す。

 

 

「一体…何が……?」

 

 

カグヤさんに話を聞きたかった私は、その様子を黙って見ているしかなかった。

 

 

カグヤさんがデッキをギアーステーブルに置く。

そして向かいのテーブルに対戦相手が現れた。

 

オレンジ色のパーカーを着た、金髪の…少年。

 

「……神沢クン…?」

 

 

神沢クンが私の存在に気づく。

 

 

「先輩か…」

 

「どうして…ここに……?」

 

「呼ばれたのさ…あの人にな」

 

そう言って神沢クンが指差したのは…“カグヤさん”の方では無かった。

 

その指は真っ直ぐ、スタジアムの上方…VIPルームらしき場所でワインを飲む女性に向けられていた。

 

 

「美空…ツキノ…………」

 

「何でも…この人と戦わせたいらしいな」

 

「…………」

 

 

私はカグヤさんを見る。

 

彼女は感情を殺したように黙っていた。

 

 

「神沢クン…この人…カグヤさんは……」

 

「知っている…ウルドだって言うんだろ?…見てたからな」

 

「…………うん」

 

 

二人はFVをセットし、手札を揃える。

 

「……勝算は…?」

 

「そんなこと、戦う前から考えるな…ただ」

 

 

神沢クンの額を汗が一筋…垂れる。

 

 

 

「対策は無い」

 

 

 

神沢クンの手札……手札交換を終えた、その中身が私にも見える。

 

 

青き炎の解放者 プロミネンスコア(G3)

 

青き炎の解放者 プロミネンスコア(G3)

 

青き炎の解放者 プロミネンスグレア(G3)

 

青き炎の解放者 プロミネンスグレア(G3)

 

青き炎の解放者 プロミネンスグレア(G3)

 

 

私はカグヤさんの方を見る…その足元のパネルは青く発光し、能力の発動を示していた。

 

私は残されていたパイプ椅子に座る。

 

このファイトを…見届けるために。

 

 

「……参りましょう」

 

「ああ」

 

 

エキシビションマッチ…第5戦。

 

ウルドvsスクルド……

 

観客は…私と美空ツキノ社長のみ……

 

 

 

「スタンドアップ…ヴァンガード。」

「スタンドアップ・my・ヴァンガード!!」

 

 

 

ギアースシステムが二人のファーストヴァンガードを映し出す。

 

神沢クンは私と戦っていた時から変わらず、ころながる・解放者……

 

カグヤさんは…二十日鼠の魔女…コロハ。

 

先行は…カグヤさんに設定されていた。

 

 

「祓いの神器 シャイニー・エンジェルにライド…コロハをリアへ…そしてターンエンド」

 

「……俺のターン…ドロー…」

 

神沢クンが自分のドローしたカードを見つめる。

 

神沢クンの足元は黄金に発光している…神沢クンの能力は常に発動するタイプ…その輝きは消えない。

 

だけど、神沢クンの能力では……カグヤさんの能力に抗えない。

 

 

「ころながる・解放者でアタックだ」

 

「ノーガード」

 

 

もふもふしたころながるはシャイニー・エンジェルに体当たりを食らわせる。

 

ころながるのパワーは5000…シャイニー・エンジェルは7000……トリガーが無ければアタックは通らない。

 

「ドライブチェック……ドロートリガーだ」

 

 

ころながるのアタックはシャイニー・エンジェルにダメージを与えた。

カグヤさんのダメージゾーンにヒールトリガーである慈悲の神器 エイルが落ちた。

 

そして神沢クンのターンが終わる。

 

 

グレード1にライド出来なかった……そのことが後にどれだけ響くか……

 

「私のターン…ドロー…そしてライド、運命の神器 ノルン……ブーストし、アタック」

 

<13000>

 

「……希望の解放者 エポナ、解放者 ラッキー・チャーミーでガード」

 

 

完全ガードだ…

 

そう言えば、神沢クンにはカグヤさんのデッキの中身は分かるんだろうか……いや…分からないか。

 

カグヤさんはデッキとの強力な“つながり”を持っている…他人にそのつながりを邪魔されることは無いだろう。

 

 

「ドライブチェック…ドロートリガー……ターンエンド」

 

 

黙々とファイトが進む。

 

 

「俺のターン…スタンドとドロー……行くぞ、光陣の解放者 エルドルにライド!!」

 

青き炎を纏った少年がころながるの前に現れる。

 

先程の攻撃を神沢クンがガードをした理由はこれであろう……折角のグレード1…完全ガードであれ見逃すわけにはいかない。

 

 

「ころながるはリアにコール…ブーストしてエルドルでアタック!!」

 

<11000>

 

 

エルドルがその手から青き炎を放つ……放たれた炎はノルンを囲み、焼き付くそうとしていた。

 

カグヤさんが1枚のカードを、ガーディアンにコールする。

 

 

「凍気の神器 スヴェル…クインテットウォール」

 

 

「「…!!」」

 

 

カグヤさんが山札から5枚のカードを…CB1と引き換えにガーディアンにコールする。

 

オレンジの魔女バレンシア(G1)が2体、鏡の神器 アクリス(醒)が2体…吉凶の神器 ロット・エンジェル(引)が1枚……

 

 

「ロット・エンジェルのスキルでソウルチャージ、そして更にシードルをガーディアンとしてコール…」

 

 

シードルはガーディアンに使われたカードを全てソウルへ運ぶカード……この流れ……

 

青葉クンの時と……同じだ。

 

 

「っ…ドライブチェック…クリティカルトリガー…ターンエンドだ」

 

「……私のターン…スタンドしドロー」

 

 

私も神沢クンも察しはついている。

 

次に何が来るのか…………

 

 

「解き放たれしは終焉をもたらす破滅の閃光…」

 

 

炎と冷気が混ざり合い、形を成していく。

 

 

 

「ライド、陰陽の神器 ネガ・ケイオポジシス」

 

 

 

炎と氷を操り…ジェネシスの中でも“最速”でスキルを発動できるグレード3……

 

 

ネガ・ケイオポジシス……

 

 

 

神沢クンのダメージはまだ0…ここからファイナルターンは無いと思うけど……

 

 

 

 

「……ケイオポジシスのスキル、ソウルブラスト6、パワー+10000、☆+1」

 

 

「ノルン、2体のアクリスのスキルで更にパワー+15000、2体のバレンシアのスキルでソウルチャージ4」

 

 

「ケイオポジシスのスキルでソウルブラスト6…パワー+10000、☆+1、ダメージ+1、ノルンのスキルでパワー+5000」

 

 

「ケイオポジシスをコール、CB1、ノルン、アクリス、アクリスをドロップからチャージ」

 

 

「シャイニー・エンジェルをコール、ノルン、スヴェル、スヴェルをドロップからチャージ」

 

 

「コロハをソウルへケイオポジシスにパワー+3000」

 

 

「シャイニー・エンジェルをコール、シャイニー、ヘメラ、エイルをドロップからチャージ」

 

「ケイオポジシスのスキル…ソウルブラスト6、パワー+10000、☆+1」

 

「ノルン2体アクリス2体によってパワー+20000」

 

「ケイオポジシスのスキル、ソウルブラスト6、更にパワー+100000、☆+1、ダメージ+1」

 

 

神沢クンと私はネガ・ケイオポジシスの単体のパワーを見て、愕然とする。

 

 

 

 

<94000☆5>

 

 

 

 

別の……カードゲーム?

 

 

 

「シャイニー・エンジェルのブースト……ネガ・ケイオポジシスでヴァンガードにアタック」

 

 

 

 

<110000☆5>

 

 

 

 

ケイオポジシスはその頭上に巨大なエネルギーの塊を造り出す。

 

その大きさ、輝きは青葉クンを下した時よりも増していた。

 

 

「何この……馬鹿みたいな威力…じ、じゅういちまん……!?」

 

 

「……ノーガード」

 

 

神沢クンが汗を垂らす。

 

 

この攻撃……クリティカルが1枚でも出てしまえばお仕舞いだ。

 

 

 

「…ドライブチェック…慈悲の神器 エイル、ゲット、ヒールトリガー…ダメージを回復、パワーはもう一体のケイオポジシスに」

 

 

この時点では神沢クンにダメージは無い…無慈悲にもカグヤさんのダメージは回復する。

 

 

「セカンドチェック…吉凶の神器 ロット・エンジェル……ゲット、ドロートリガー…」

 

クリティカルは捲れなかった…これなら、まだ神沢クンの敗北は決まらない。

 

 

ネガ・ケイオポジシスがそのエネルギー弾をエルドルへと飛ばす。

 

エルドルに着弾した瞬間、眩むような光が辺りを埋めつくし、私は神沢クンの姿を見失う。

 

 

……光が収まり、私の目が神沢クンを捉えた時、そのダメージゾーンには5枚のカードが置かれていた。

 

1点目から、

 

霊薬の解放者(治)

霊薬の解放者(治)

 

定めの解放者 アグロヴァル

 

解放者 ローフル・トランペッター

 

解放者 ラッキー・チャーミー(引)

 

 

……最初の2枚のヒールトリガーは発動していない。

 

その時点ではカグヤさんの方がダメージが多いからである。

 

「シャイニーのブースト、リアガードのケイオポジシスでヴァンガードにアタック」

 

<28000>

 

「エポナでガード」

 

「ターンエンド」

 

 

これでダメージはカグヤさんが2点……そして神沢クンは5点……

 

更に神沢クンはまだグレード1……

 

 

「神沢クン……」

 

「ふっ……先輩に心配されるなんて俺もまだまだだな」

 

「……格好つけてる場合じゃ無いよね…」

 

「…………」

 

神沢クンのターンが来る。

 

無事、解放者 ローフル・トランペッターにライドしたものの攻撃はガードされた上にソウルチャージされてしまう。

 

 

「私のターン…」

 

 

対するカグヤさんも前ターンの反動か、特にスキルを発動することなく、リアガードをコールすることもなく、アタックに入った。

 

 

「…プロミネンスコアをコストにエルドルで完全ガード!!」

 

ドライブチェックでクリティカルが捲れるものの、神沢クンはどうにか守りきる……そして。

 

 

「俺のターン……スタンドとドロー……」

 

 

 

神沢クンのターンが…始まる。

 

遂に…神沢クンはグレード3にたどり着いた。

 

 

「蒼く、青く、輝け!!」

 

 

神沢クンは叫び、ローフルは青き炎に包まれる。

 

「その火は決して消えず、その炎は竜に宿りて我が道を照らす!!」

 

 

 

青き炎の中から一瞬、青き炎の解放者 パーシヴァルの姿が見えた。

 

 

 

「ライド・my・ヴァンガード!!青き炎の解放者 プロミネンスグレア!!」

 

 

炎は形を変え、聖なる青き竜がここに誕生した。

 

 

「クリティカルを増やせるのは…そちらさんだけじゃない」

 

 

神沢クンはリアガードに解放者 ローフル・トランペッターをコールし、不適に笑った。

 

 

「煌めく極光の中で輝き続ける青き炎よ!!シークメイト!…我らに祝福を与えよ!!双闘!!」

 

定めの解放者 アグロヴァルがプロミネンスグレアと並び立つ。

 

プロミネンスグレアはアグロヴァルのフードを外し、アグロヴァルはその隠された蒼い瞳を露にする。

 

 

神沢クンはローフルのスキルを使い、疾駆の解放者 ヨセフスをスペリオルコールし…そのスキルで1枚ドローした。

 

恐らく…山札の微調整を兼ねているのだろう。

 

 

「グレアのスキル!!CB1と手札のグレアをドロップ…クリティカル+1、そしてグレアの攻撃にグレード1以上のガーディアンは使えなくなる!!」

 

ヴァンガードに置いてVのスタンドと肩を並べる強スキル…ガード制限……神沢クンはそれを発動させた。

 

それだけだとパワーが上がらず貧弱に見えるが、グレアの後ろにはころながる……山札からユニットがコールされる度にパワーが上がるユニットが置かれている。

 

「誓いの解放者 アグロヴァルをコール!CB1で…青き炎の解放者 プロミネンスコアを山札からスペリオルコール!!」

 

 

神沢クンはグレアのスキルを再起動…クリティカルを更に増やす。

 

「グレアのスキル!CB1でコアを退却!理力の解放者 ゾロンをコール!グレアのCB1とコアのドロップで☆+1、ゾロンをソウルに入れ…ゾロンをコール!!」

 

 

神沢クンは2枚目のゾロンのスキルを使わない…

 

ならきっと…神沢クンの欲しいカード…ドライブで引きたいカードがそこにあるのだろう。

 

この時点でころながるのパワーは17000まで上昇している。

 

リアガードもローフルとヨセフス、アグロヴァルとゾロン……と揃っており、攻撃の準備は万端であった。

 

 

「さぁ……ころながるのブーストしたグレアとアグロヴァルで……アタックだ!!」

 

 

<37000☆4、G1以上を手札からガーディアンとしてコール出来ない>

 

「これで…どうだ!?」

 

 

カグヤさんのダメージは2点……この攻撃が通れば神沢クンの勝利は確定したと言っていい。

 

 

神沢クンの合図に応じ、グレアは空を駆ける。

 

その青き炎を棚引かせて。

 

 

「……そうですね…」

 

 

グレアが生み出した炎はアグロヴァルの剣に宿っていく。

 

 

「エイルとエイル、クリア・エンジェルとロット・エンジェルでガード……でしょうか」

 

 

カグヤさんは手札からヒール、クリティカル、ドローのトリガーをガーディアンに選択した。

 

 

これでパワー46000……トリガー2枚貫通……

 

 

「……ドライブチェック…ヒールトリガーだ」

 

神沢クンのダメージが1点、回復する。

 

そして、神沢クンは……

 

 

そのパワーをリアガードのアグロヴァルへと与えた。

 

自身の山札のトップを知ることができる神沢クンが2枚貫通の場面でトリガーをリアに乗せたということは…

 

「…そして光陣の解放者 エルドルだ」

 

 

神沢クンの手にあったのはトリガーでは無く完全ガードだった。

 

 

プロミネンスグレアはガーディアン達を振り払い、アグロヴァルの道を作る。

 

ケイオポジシスに肉薄するアグロヴァルであったが、その剣は片手で止められてしまう。

 

その後の神沢クンの攻撃も…軽くいなされる。

 

ダメージは神沢クンがヒールのお陰で4点……カグヤさんがリアガードのアグロヴァルの攻撃を受けたことで3点……

 

神沢クンのリアガードはゴールドパラディンの展開力によって全て埋まり、カグヤさんはこのターン、リアガードのケイオポジシスを失った。

 

「ターンエンドだ」

 

「私のターン……スタンドしドロー…」

 

そして神沢クンに言い放つ。

 

 

 

「そろそろ…お仕舞いにしましょう」

 

 

 

カグヤさんは口上を述べ始める。

 

 

「解き放たれしは全てを滅する無慈悲なる力…」

 

 

フィールドに木々が生い茂り、空には満天の星が瞬き始める。

 

ネガ・ケイオポジシスの居たところには巨大な泉が出現していた。

 

 

「ライド、宇宙の神器 CEO ユグドラシル」

 

 

 

 

泉から姿を表す、高貴なる女神…その名はユグドラシル。

 

それがそのユニットの名前、それが、ジェネシスを統べるユニットの名前……

 

 

「ガード制限は…こちらにもありますから…シークメイト」

 

 

 

ユグドラシルの隣に…メイトがゆっくりと降り立つ…ここに来て初めて、ジェネシスのレギオンが姿を見せるのだ。

 

 

 

「花は咲き、海は割れ、星が産まれる……ユグドラシル、ノルン……双闘」

 

 

 

フィールドの空気が一変する……清浄だけど…何者の反撃も許さない静かなプレッシャー……

 

神沢クンも感じているようだった。

 

 

「真昼の神器 ヘメラをコール…スキルでドロップゾーンからノルン、ノルン、アクリスをソウルチャージ」

 

真昼の神器 ヘメラがその杖をくるくると回転させることで、ユグドラシルの回りにパワーが集まっていく。

 

ユグドラシルとカグヤさん……二人の蒼い瞳が真っ直ぐ、神沢クンの方へと向けられた。

 

「シャイニー・エンジェルのブースト、ユグドラシル…ノルンでヴァンガードにアタック…スキル発動、ソウルブラスト……6」

 

 

ユグドラシルの両手にエネルギーが溢れ出す。

 

「クリティカル+1、グレード1以上のカードは手札からガードに出せない…更に排出されたノルン2体とアクリスのスキル…ユグドラシルにパワー+15000」

 

ユグドラシルとノルン…二人が放つエネルギーはどんどんと周囲を緑化していく。

 

 

「そして……アタック」

 

 

<45000☆2、G1以上を手札からガーディアンとしてコール出来ない>

 

 

「…………ノーガード」

 

ユグドラシルから強烈な威力の光線が放たれる。

 

それをプロミネンスグレアはただ受け止めることしか出来ない。

 

更に、ドライブチェックによってクリティカルが付加される。

 

アグロヴァルの支えも空しく、グレアはじりじりと後退し、遂にはその光線に飲み込まれてしまった。

 

神沢クンのダメージゾーンにプロミネンスコアと定めの解放者 アグロヴァルが落ち、これで6ダメージ。

 

地に伏したプロミネンスグレアはパーシヴァルの姿になり、ゆっくりと消えていった。

 

 

「負け……か」

 

ギアースシステムが停止していく。

 

もうどこにもユニットの姿は無い。

 

 

「…神沢クン!…カグヤさん!」

 

私はギアースの中を突き進む。

 

 

「いやー…負けた……」

 

 

神沢クンは割りとすがすがしい顔をしていた。

 

 

 

「…………では、私はこれで」

 

「…待ってカグヤさん」

 

 

私は神沢クンとカグヤさんの丁度間に立っていた。

 

 

「一体…どうしてヴァンガードを?」

 

 

その言葉にカグヤさんは黙って…スタジアムのVIPルーム……美空社長の方を見つめる。

 

 

「これが…私が父と母のためにできることですから」

 

「……お母さん…?」

 

 

やはりと言うか…この二人は家族だったのか…えっと、でも……

 

 

「ヴァンガードが……嫌い……なのに?」

 

「ええ…嫌いなのに……です」

 

神沢クンが私の隣に立った。

 

 

「これほどまでに“全ての”ユニットに愛されながら嫌いとは…な」

 

……全て?

 

「関係ありません…逆にあなた方はヴァンガードが楽しいんですか?」

 

 

ずっと俯き加減だったカグヤさんが、こちらの方を向いて聞いた。

 

「「それは」」

 

「私とファイトして…楽しかったとでも言うんですか?」

 

 

 

 

「…………え?」

 

 

その声は震えていた。

 

 

それは……その意味は……

 

 

 

「カグヤさ」「こんな所にいたんすか…」

 

 

突然、場に第4の人間が割り込む。

 

 

「……舞原クン」

 

「ちょっと遅いから来てみれば…これはこれは凄い組合せじゃないっすか…ベルダンディにスクルド(二代目)にウルド……僕の得物が大集合っすね…」

 

その目はいつもより……怖かった。

 

 

「ええ…素晴らしいでしょう…これも神の導き」

 

さらに5人目の人間……美空ツキノ社長がやって来る…もうカグヤさんとしっかり話すことが出来なさそうだ。

 

 

「極めし3人のファイター…ヴェルダンディ、スクルド、ウルド……あの時の雛はここまで大きく育ってくれました……」

 

「あんた…何者っすか…?」

 

 

舞原クンが美空社長を睨む。

 

 

「私こそ…神託によりラグナレクCSへと戦士達を導いた者…ノルンの映像をばらまき、ノルンに“名”を与えた存在…」

 

「な……あんたがっすか…」

 

「私のプライバシーを……全国レベルでばら蒔いた張本人…」

 

 

そう言った私に、カグヤさんが申し訳無さそうに囁く。

 

 

「……世界レベルです」

 

「ぇ…」

 

 

美空社長はその場でくるくると踊り出す…何だこの人。

 

 

「私のウルドを筆頭にノルンは強く、強く育ってくれました…これで私の計画も滞りなく進むというもの」

 

「……そのノルン…全て僕が倒すっすよ?」

 

 

 

私の肌を凍りつくような殺気が襲う……これは舞原クンが……?

 

 

 

「関係ありませんわ、既にノルンの役目は80パーセント終了……“泉の水”は既に注がれたわ」

 

「何?」

 

「……え?」

 

「…………」

 

「一体あんた…何をするつもりなんすか」

 

 

 

美空社長はくすくすと笑う……時々この人がカグヤさんの母親だなんて信じられなくなる……無邪気に微笑むその姿は高校生と偽ってもバレないだろう。

 

 

 

カグヤさんも同じだが、歳が分かりにくい……14歳かもしれないし35歳かもしれない……その雰囲気は歳という概念を感じさせないのだ。

 

 

 

ぽんっ、とカグヤさんが私の肩を叩く。

 

 

「ヒカリさん…私は21です」

 

「あ、はい」

 

 

 

美空社長は両手を広げ、天を仰ぐ。

 

 

「ギアースは時期に、全国、全世界へと普及していくでしょう…全てはそこから始まるのです…ふふ…あははははは…」

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

美空社長のその言葉通り……たったの一週間…新たなトライアルデッキ…覚醒の時空竜、明星の聖剣士…そしてブースター“時空超越”が発売される頃には、ギアースシステムは全国、全世界にある程度普及していた。

 

 

ヴァンガード大戦略発表会……

 

そこで行われたギアースシステムによるエキシビジョンマッチの宣伝効果は凄まじかったのである。

 

この日を境に“カードファイト!!ヴァンガード”というカードゲームは、一般人……非カードゲーマーの間でもその知名度を高めていった。

 

 

ギアースの全国設置に伴い、行われた遊び方説明会では多くのPRカードが配布される。

 

ウルドの切り札…陰陽の神器 ネガ・ケイオポジシス

 

ロイヤルパラディンのレギオンセット…4種2枚ずつ

 

Gユニット…ヒートエレメント マグムを2枚

 

そして希望者にはゴールドパラディンのハイビーストデッキ……

 

見事にクランがばらばらであったが、これらの無料配布は大盤振る舞いであった。

 

 

 

そして……

 

 

 

「行くぜ!メチャバトラー ハジマールのブーストしたメチャバトラー ザザンダーでアタック!!」

 

「だんてがるでガード!!」

 

 

世界のカードゲーム人口は数億人を超え…とは言い難いが、ヴァンガード…そしてギアースシステムは娯楽の一つとして人々の生活の中に溶け込んでいった。

 

 

まぁ…カードゲームに対する印象は大して変わってないから、“最近あのゲームやってる子よく見る”とか“あの立体映像で遊ぶゲームよ、奥様”とかその程度の知名度だけど……

 

 

 

 

 

全ては……美空月乃社長の思惑通りに進んでいくのだった。

 

 

 




次回予告……です。

三日月グランドスタジアムでの戦いから二週間…私はカグヤさんを探していた。

ーー「会ったとして…私は何がしたいんだろ…」


そして、天台坂高校では学校祭が始まる。


ーー「シーン3!!スタート!!」

ーー「私は粗悪品じゃない!!乱暴は止めて!!」


学校祭の中……私はカグヤさんとどう向き合うのか考え続ける。


ーー「だから…私はカードファイトをするよ」




第63話 少女の進む道

11月22日更新予定です……よろしくお願いします。


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063 少女の進む道

朝が来た。

 

私は目を擦り、カーテンの隙間から外の様子を伺う。

 

 

天気は…快晴。

 

少し伸びをして、体をほぐした私は着替えや朝食の準備を始める。

 

私、深見ヒカリがチームシックザールのメンバーと共にカグヤさんとファイトして…もう二週間程経っただろうか。

 

あれから私はカグヤさんを探そうと、喫茶ふろんてぃあに顔を出したのだが…結局再会することは無かった。

 

「会ったとして…私は何がしたいんだろ……」

 

 

まだぼーっとした頭で考える。

 

今の私に何が出来る、何が言えるのかは分からない…だけど、今探さなければ二度と会えない…そんな気になってしまうのだ。

 

私は学校へ行く準備を整える。

 

 

そして携帯を開き、メールを確認……

 

 

「エンちゃんだ…」

 

 

青葉クンのお姉さん…青葉(ユカリ)さん…通称エンちゃんからメールが来ていた……どうやら寝ている間に着信していたらしい。

 

メールの内容は…丁度イギリスに到着したとのことだった。

 

彼女は今、アイドルの仕事で海外を回っている…この間はオーストラリアにも行ったそうだ。

 

私はエンちゃんに応援のメールを返すと、玄関の扉を開ける。

 

 

 

時刻は朝の4時32分……鞄の中には勉強道具は入っていない。

 

 

 

今日は……天台坂高校の学校祭の日なんだ。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

天台坂高校……グラウンド。

 

 

 

そこでは私のクラス…1-Bの人たちが劇の練習を始めていた。

 

ちなみに私は音響係……脚本や配役を青葉クンと広瀬さんに任せた結果だ…2、3日の間二人は学校に残って討論を繰り広げていたことを私は知っている。

 

まぁ…そのお陰で青葉クンもクラスに多少馴染めたと言っている。

 

 

 

 

…私は馴染めて無いけどね。

 

 

題は《ニンジンの国のキャロリーナ》…その名の通りニンジンのキャロリーナ姫が主人公の話だ。

 

悪い業者に誘拐されたキャロリーナが悪質な加工を施されそうになり、何とか自分の畑に帰ろうとする…というストーリー……

 

キャロリーナは委員長の広瀬さん…メガネOFFverが演じてくれる。

 

 

「シーン3!!スタート!!」

 

「私は粗悪品じゃない!!乱暴は止めて!!」

 

オレンジ色のドレスが非常に可愛らしい…広瀬さんによく似合っている。

 

「行くわ…私……畑に待っている人がいるから」

 

「キャロリーナ!!」

 

 

学校祭のスタートまで時間がある…この調子なら本番までに120%の完成度が目指せるだろう。

 

 

 

 

私はぼんやりとキャロリーナの台本を眺める。

 

 

 

 

ーー長い旅を終え、故郷に帰ったキャロリーナが見たのは畑のあった場所に立つ巨大なマンションだった。

 

力無く崩れ落ちたキャロリーナを別の業者の人間が拐っていく……最終的にインスタントカレーへと形を変えたキャロリーナは一人の少年の手に渡る。

 

父親がおらず母親も遅くまで働いているため、幼い少年はいつも一人で食事をしていた。

 

そんな少年がキャロリーナの封を開ける。

 

 

そして……

 

 

 

仕事から帰った母親…少年は既に眠りについている。

 

 

何か食べよう…とキッチンに向かった母親が見たのは少年の作ったインスタントカレー…

 

 

おしごとがんばって……そう書かれた手紙を胸に、母親はカレーを口にするのだ。

 

 

その様子を見たキャロリーナは気づく、こんな姿に変わっても…誰かを暖かな気持ちにすることができるのだと。

 

 

 

母親と共に涙を流すキャロリーナは…ゆっくりと成仏(?)していくのだった。

 

 

 

ーーおしまい。

 

 

 

 

 

相手が喜べば自分も嬉しい…とても簡単な話だが、とても大事な話だ。

 

 

 

 

「嬉しい気持ち…ね」

 

 

 

 

私はそっと台本を閉じた。

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

 

時間は進み…劇の発表の時間が近づいていた。

 

全クラスのステージの発表が終わった時点で一般のお客さんが入場してくる予定になっているため…私のクラスの人も、何人かが体育館を抜けて、教室の準備を進めている。

 

 

 

結局教室ではドーナツを販売することになった。

 

 

 

今、ステージの上に出る予定の人たちにも差し入れとしてドーナツが届けられている。

 

 

「ヒカリ…そっちの準備は?」

 

 

青葉クンが最終確認のために走り回っている。

 

「大丈夫…全部頭に入ってるよ…」

 

「よし……」

 

 

私は青葉クンと共にステージを見上げる。

 

現在は2-Dが《スターボーズ》という劇をステージで発表している。

 

私たちの出番はこの後だ。

 

ちなみに私たちの後は1-Aの《融☆資☆王~デュエルベンチャーズ~》という劇……何とまあイロモノに囲まれてしまったものだ。

 

 

「俺たちのも十分イロモノだけどな」

 

「……まあ…ね」

 

 

ステージからは“私がお前の父だぁっ!!”というセリフが聞こえる…もうストーリーも佳境なのだろう。

 

時々ガシャアッンと嫌な音がするのは、ステージの人たちが振り回すとても長い剣が、天井の照明に当たっているからだ。

 

 

「広瀬さん…」

 

「ふぇっ!?…はいっ!!」

 

 

突然話しかけたため、物凄く驚かれてしまった…

 

 

「それにみんな…頑張って…!」

 

 

 

広瀬さんは固まったまま動かない。

 

「……………」

 

 

「「「委員長!!」」」

 

 

「は、…はい!!この広瀬アイ、ヒカリ様のためなら何百年でもキャロリーナを演じ切って見せます!」

 

 

「様は…止めて欲しいかな……」

 

「…イエス!ユア、マジェスティ!」

 

「やめて」

 

 

「「イエス!!ユア、マジェスティ!!」」

 

「やめて…」

 

 

 

その時だ、閉幕のブザーが会場に鳴り響く…いよいよ出番が来るのだ。

 

青葉クンが呼び掛ける。

 

 

 

「さぁ…成功させるぞ!!」

 

「「「応っ!!」」」

 

 

すっかり青葉クンもクラスの一員だ…みんなの気持ちが一つになる。

 

 

 

そして、輝くステージが…幕を開く。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

「やっ!離して!!私はこれでも高級な…嫌っ!」

 

「はっ…こんな奴でも少しは足しになるか…」

 

 

 

連れ去られるキャロリーナ…暗転し、場面は切り替わる。

 

 

レジに並ぶ少年…手にはインスタントのカレー。

 

キャロリーナの泣き声をバックにナレーションが入る。

 

『キャロリーナは結局…適当に加工され、とっても安いインスタントカレーの一部になってしまったのです』

 

 

私は場面に合わせてBGMを切り替える。

 

切り替えながら……考えていた。

 

 

カグヤさんと…ヴァンガードのことを。

 

 

カグヤさんはヴァンガードが嫌いだと言った。

 

私はヴァンガードが好きだ……でもそれは何で?

 

 

 

私はシャドウパラディンと…奈落竜を知ってヴァンガードを始めた……苦しい過去や劣等感、憎悪に惑わされる彼らに共感し、最後は騎士としての誇りを取り戻した彼らに憧れた。

 

そして、悲しみを一身に背負い…暴走した奈落竜に同調した…………でもそれだけじゃない。

 

 

 

あの頃の私は…空っぽだった。

 

だけど、そんな私を見守ってくれた人たちがいた、戦ってくれる相手がいてくれた。

 

 

だからヴァンガードを始めることも出来たし……

 

好きになった……その思いはまだ私の胸の中に残っている。

 

 

全力で戦う…勝てば嬉しい、負けても悔しさをバネに次のファイトに挑む………奈落竜を活躍させることが、あの頃の私の唯一の生き甲斐になる程に…楽しかった。

 

 

楽しすぎて相手のことを見ていないこともあった。

 

そんな私に挑む人達は皆…本気の目をしていた。

 

 

 

「……ああ…」

 

 

 

カグヤさんの力は“相手が全力を出せないようにする”というものだ。

 

 

爪も牙も削られた獣はただの愛玩動物と成り果てる。

 

そこに本気など存在しない。

 

それでは…全くもって面白くない…

 

 

ましてや、相手はライド事故の中だ……笑顔はおろか人によっては舌打ちをしてくることもあるだろう。

 

現にこの間のファイトでも私たちは苦しみながら戦っていた。

 

ドローカードの操作ができる私でさえ……だ。

 

 

手札の大量のグレード3は…そこにあるだけでファイターの心を蝕んでいく。

 

だったら…私はどうしたらいいのだろう……

 

 

 

 

 

劇はラストシーンを迎えていた。

 

 

 

 

 

「翔大…ありがとう…ありがとう……」

 

 

仕事から帰った母親が、幼い息子の作ったインスタントカレーを涙しながら食べている。

 

 

そして、舞台の端に立っていたキャロリーナにスポットライトが当てられる。

 

 

 

「…ありがとう……か………翔大君…私からもありがとう…」

 

 

キャロリーナの背後からオレンジ色の翼が現れる。

 

羽は一枚一枚ニンジンの形をしていた。

 

 

 

「翔大君の心はお母さんを…そして私を救ってくれた……こんな私でも、誰かの支えになることが出来るって分かったから……」

 

 

 

ステージ奥のスクリーンに“回想シーン”が写し出される。

 

そこには試行錯誤しながら、インスタントのカレーを作る翔大君の姿があった。

 

不器用で…指も切ってしまうけど…諦めない。

 

 

「思いは…届くのね…例えどんな形をしていても、変わらずに……」

 

 

キャロリーナの体が宙に浮く……実は下で男子が持ち上げているだけだが。

 

 

 

「もう、思い残すことは無いわ…」

 

 

ゆっくりと…天へ導かれるニンジンのキャロリーナ。

 

 

エンディングテーマの中、ステージの幕が閉まっていく。

 

 

 

これで…私たちの劇は終わりだ……パチパチと拍手の音が聞こえてくる。

 

 

 

この物語はハッピーエンドなんだろうか…いや、ニンジンとしてはごく普通の人(?)生だろうけど…

 

 

「思いは届く…か…」

 

 

カグヤさんに伝えたい思い…それはヴァンガードの楽しさ…?……でもカグヤさんがヴァンガードを嫌いだと言う原因になっているのは“ファイト”そのものだ。

 

私は……

 

 

 

 

そこでトラブルが起きた。

 

 

 

 

天井の巨大な照明が一台……外れ掛かっているのだ…でも、どうして?

 

 

答えはすぐに分かった……

 

 

前のクラスのステージでライトなセイバー的なものが激突していた……それが原因!?

 

 

とにかくこのままでは、広瀬さん達の真上に落下してしまう。

 

 

…最悪大怪我では済まない。

 

 

「あれ…不味いぞっ!!」

 

青葉クンの声に広瀬さん達が気づいた。

 

だけど…

 

 

「…っ!?」

 

 

照明が…外れた。

 

 

 

「きゃ…」

広瀬さんは動けない。

 

「やば…」

 

青葉クンも動けない。

 

 

…私は……

 

 

 

「…りゃっ!!!」

 

 

力強く“それ”を投げた。

 

 

ガキィッッ‼……ドスォォォン…

 

 

 

「あ、……あれ?」

 

 

頭を抱えて、うずくまっていた広瀬さんが頭上を見上げる。

 

ステージの上に、誰も怪我人はいない。

 

照明は広瀬の隣に落下していた…どうやらギリギリで落下のコースを変えることができたらしい。

 

「…大丈夫だよ…広瀬さん…」

 

「ひ…ヒカリ様?」

 

 

後処理は学祭のスタッフに任せ、私たちはステージから降りていく。

 

「青葉クン…!撤収だよ…!」

 

「あ、お、おう!!」

 

 

私たち1-Bは小道具や、BGM用のCDを回収しつつステージの周りから撤収する…落ち着いている暇は無い。

全てのステージ発表が終われば、次は出店が忙しくなる。

 

 

「ヒカリ…何したんだ?」

 

 

あの時、私の隣にいた青葉クンが聞いてくる。

 

そんな彼に私は…ステージで投げた物を見せる。

 

 

「これ…投げただけ」

 

 

 

「……これは携帯…か?」

 

 

 

もう原型は止めていない、完全にスクラップだ。

 

あの時、咄嗟に投げることができたのはこの携帯だけだった。

 

後悔はしていない。

 

 

「さ、…そろそろお客さんが来るよ」

 

「あ…ああ…」

 

 

準備万端どんとこい…一般客が続々と来場してくるのだった。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

真っ黒なエプロンを着けた私はひたすらドーナツを渡していく。

 

歩きながらも食べることができるドーナツはかなりの好評を得ることができた。

 

 

お陰で列が途切れない。

 

 

私はひたすらドーナツを売る。

 

 

同じクラスの人たちも…皆、一心不乱にドーナツを売り続ける。

 

「イマジナリーシュガー補充!!」「完了!」

 

「外回り!!」「交代しましたっ!!」

 

 

阿吽の呼吸どころじゃない……よね。

 

皆、考える前に体が動いていた。

 

 

 

考える……前に……

 

 

 

私はそこに……答えを見た気がした。

 

好きとか嫌いとか…無駄に考え過ぎていたのかもしれない。

 

 

 

「考えた結果が思考の放棄っていうのも……あれだけど……ふぅ…」

 

「ヒカリ…休んだ方がいいんじゃないか?」

 

青葉クンが声をかけてくる。

 

 

 

 

 

「ううん…私は大丈夫…ただ見つけたんだ…」

 

大事なことを

 

 

「私に今出来ること……それはファイトすることだけなんだ」

 

 

それは、簡単な方法

 

私はずっと…言葉で思いを伝えることしか考えていなかった。

 

 

 

「ひたすらに、ひたすらに…だって私たちはヴァンガードファイターだから…」

 

 

 

彼女はヴァンガードを嫌いだと言っているが、ユニットには愛されていた。

 

そこには理由がある…根っからヴァンガードが嫌いなわけでは無い……はず。

 

言葉が出てこないなら、カードを出せばいい。

 

 

 

「…ファイトをしたら相手のことが分かる、自分のことも伝えられる…それがカードゲームだから……」

 

 

 

随分とカードゲーマー的結論になってしまった…かな…

 

 

 

「だから…私はファイトするよ」

 

 

 

……問題はカグヤさんがファイトを受けてくれるかどうか…いや、それよりも…

 

 

「そうか、まずはドーナツ売ろうな」

 

 

…………はい。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

しばらく教室で働いていた私も、当番を終え他のクラスの出店を見て回ることにした。

 

ちなみに青葉クンはまだシフト…今日はずっと働き続けるらしい。

 

 

今後の方針も“カグヤさんを探してファイトする”と定まった私はてくてくと歩き出す。

しばらく廊下を歩いていると、校庭の方から光の柱が延びて行くのが見えた。

 

 

「あれって…ギアース!?」

 

 

急いで校庭まで走ると、そこにあったのはやはりギアーステーブルとギアースパネルだった。

 

誰かがファイトしているのか、既にユニットが表示されている。

 

「探索者 ライトブレイズ・ドラゴンでアタック!」

 

「ノーガード……おおおぅ拙者のターン!!バトルシスター くっきーたんにライドでげす!!」

 

日本の学校でドラゴンとシスターが戦っている…何て不思議な光景なんだ…

 

よく見ると“探索者”を使っているのは友達のユズキだった…でもどうしてギアースがこんな所にあるんだろう…

 

 

 

「何でも三日月グループが格安で貸し出しを行ってるそうっすよ」

 

「…舞原クン」

 

 

 

私たちはファイトを眺める……戦いはバトルシスターを使っている人の方が劣勢だった。

 

探索者は登場して一年にも満たないデッキテーマだったが…それでも古くからある上に双闘ユニットも登場したバトルシスターよりずっとずっとカードパワーは上回っている。

 

オラクルシンクタンクも先週発売になったブースターで強化された筈だが、彼のデッキには新しいカードは投入されていなかった。

 

 

「終わりだ!!行け!ライトセイバーっ!!」

 

 

「くっきぃーーーたーーーーーん!!!!」

 

 

男の叫びが周囲に響き渡る。

 

 

「ギアースシステム…か、これのお陰でヴァンガードも随分有名になったよね…」

 

 

「僕としては嬉しい限りっすね……その方がずっと都合が良いっすから」

 

 

何となく…その言葉に冷たい何かを感じる。

 

 

私は舞原クンの方を…見ようとした。

 

 

 

「……舞原クン?」

 

 

 

だけど舞原クンはどこにもいなかった。

 

 

 

そして、

 

 

 

 

 

 

 

彼が二度と学校に来ることもなかった。

 

 

 

 

 

 



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064 少年の帰る道

朝が来た。

 

僕はパソコンの電源を落とすと、カーテンの隙間から外を伺う。

 

 

(……うーん、徹夜明けの朝日はやっぱり感慨深いものがあるっすねぇ…)

 

 

僕やチームシックザールの面々がウルドとファイトをしてから二週間程の時間が経っていた。

 

あの日から僕は殆どのデッキを解体した…今手元にあるのはロイヤルパラディンのデッキのみ…もちろんこれから状況に応じて増えていくのだろうが。

 

 

 

 

(ロイヤルパラディン…初心に帰った気分っすね)

 

 

 

僕はヴァンガードを知った頃を思い出す。

 

ドイツに滞在していた時に日本で新しく販売されたカードゲームだと知り、少しの興味から手に取ったのはロイヤルパラディンだった。

 

本格的に興味を持ったのは“ノルン”の存在が明らかになってから……“力”の存在を知ってからであったが、それでもこのカードゲームとは随分と長い付き合いになったものだ。

 

 

僕の部屋にはパソコンが一台と大きな荷物が一つしか無かった……既に荷物はリュックに纏め、入りきらないものは“向こうの拠点”まで郵送済みだ。

 

 

後もう少し…もう少しで僕は日本を出る。

 

 

 

 

学校に行くのも実質今日が最後だ。

 

そして今日は…学校祭の日でもあった。

 

 

 

 

僕は昔からの習慣で、肌の色を誤魔化すための化粧をし…目の色を誤魔化すためのカラコンを付け、日傘を持つと、天乃原家を後にした。

 

 

 

全ては……自分の身を守るための手段だった。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

僕は高校の校門を通る……

 

僕のクラスはステージも、教室も明確にシフトで分けられており、僕は明日の教室展示を手伝うということになっている。

 

 

ーー最も、明日には学校からいなくなっている訳だが。

 

 

酷い?責任放棄?…立つ鳥後を濁さずは日本のことわざでしか無いっすよ。

 

 

 

とにかく僕は一般生徒に混じって、体育館へと向かった。

 

そんな僕の肩を誰かが掴む。

 

 

 

「なーに、こそこそしてんのよ」

 

「っ!!??……て何だお嬢っすか」

 

 

天乃原チアキ…お嬢と僕の二人は体育館の後ろの方に置かれていた椅子に座る。

 

少しステージが遠いが…まぁいいか。

 

「もう行くのよね?」

 

「そうっすね…こっちでの目標は概ね達成したっすから」

 

 

そう…元々今回の訪日の最大の目的はノルンの発見…

 

それがまさか全員とファイトしつつ、ベルダンディと同じチームで戦うことになるとは本気で思っていなかった。

 

成果としてはむしろ200%だ。

 

 

「強さは分かったっす…後は僕がそれを超える…ただそれだけっすよ」

 

「…自信満々ね」

 

 

「そうだお嬢…餞別にこれ、あげるっすよ」

 

「餞別って…私からあなたにあげる物なんじゃないかしら」

 

 

そう言うお嬢に僕は一枚のカードを渡す。

 

 

「これ……」

 

「勅令の星輝兵 ハルシウム…元・僕の分身っす」

 

ファイトには敗北したが、ハルシウムを使えただけでも満足だった……いや、その満足感の性で負けたのかもしれないっすけど。

 

「……どうせならアシュレイЯの方が嬉しいのだけれど」

 

 

「それはちょっと渡せないっすね」

 

 

「ふふっ…冗談よ、ちゃんと自分で揃えるわ……SPでね!!」

 

 

僕とお嬢は笑い合う。

 

こんな時間ももう終わりだ。

 

 

 

「でもジュリアン…この間のファイトから…少し変わった…?ほんの少しだけ…」

 

 

変わった…そう言われるのは初めてだ。

 

 

「うーん?……そうっすかね…ただ……」

 

だが、思い当たる節はあった。

 

 

「ハルシウムへの未練が消えて、目標が出揃った…一気に視界が開けた気分っす」

 

「へぇ……解呪(アンロック)…かしら?」

 

「むしろЯe-birthって感じっすよ」

 

舞原ジュリアン改め舞原ジュリアンThe Яe-birthってそれはちょっと恥ずかしいっすね。

 

「今度はどこ行くのよ」

 

「特には決めて無いっすけど…西廻りでイギリスを目指す予定っす…先ずは近場の韓国っすよ」

 

 

「韓国か……キムチね!」

 

「焼き肉なんかも美味しそうっすね」

 

 

そんな下らない会話をしていると、ヒカリさん達のステージが始まる時間になった。

 

 

「ヒカリさんって出るんすかね?」

 

「さぁ……私も勉強ばかりで会って無いから分からないわ」

 

 

 

ナレーションが流れ始める。

『ニンジンの国のキャロリーナ…ここは不思議な不思議な畑の国……そこには一人のお姫様が幸せに暮らしていました』

 

 

「……ニンジンの国なのか畑の国なのかハッキリして欲しいっすよね」

 

「…うるさいわよ」

 

 

ステージに現れたのは、ニンジン色のドレスの女性…お嬢の話によるとヒカリさんのクラスの委員長さんだそうすっね。

 

きっと彼女がキャロリーナなんすねぇ…

 

 

舞台の上でキャロリーナが楽しそうに踊る。

 

 

しかし…

 

 

『しかし幸せな日々は長くは続きませんでした、キャロリーナが十分に育った頃…王宮に黒服でサングラスの男達がやって来たのです』

 

 

話が急展開を迎える。

 

怪しげな雰囲気の施設へとキャロリーナは拐われてしまった。

 

だけど、幸せな日々が根底にあるのなら、それはとても幸せなことなんすよ……

 

「…ジュリアン」

 

「何すか?」

 

「あなたは…あなたならどんな“力”が欲しい?」

 

“力”というのはもちろんヴァンガードの…だろう。

 

 

「突然っすねぇ…お嬢は欲しいんすか?」

 

 

「……分かんない…でも羨ましいわよ…“力”はデッキとファイターの絆の証見たいなものでしょ?」

 

「デッキとの絆……っすかぁ…そういうのはあんまり羨ましく無いっすけど…」

 

 

 

自分が“力”を…か、考えたことは何度もある…むしろ“力”に近づきたいが為のノルン探しでもあったのだから。

 

 

 

「できれば……ヴァンガードファイト以外でも使えるものがいいっすね」

 

「……意味無いこと言うわね…」

 

 

だが、紛れもなく本音だ……運命をもねじ曲げる力が手に入るのならば、それをカードゲーム以外で活かして行きたいものだ。

 

例えば……はははっ

 

 

 

そんな話をしている内に劇は進みキャロリーナはインスタントのカレーにされてしまった。

 

そして少年が手に入れ、その母親が食べ、涙する。

 

 

 

霊体(?)のキャロリーナはその様子を見て満足気に言った。

 

『思いは…届くのね…例えどんな形をしていても、変わらずに……』

 

 

キャロリーナの体が宙に浮く。

 

 

「もう、思い残すことは無いわ…」

 

 

静かに成仏していくキャロリーナと共にステージの幕が降りた。

 

 

「思い残すことは無い……って終わっちゃったっすね…」

 

「ヒカリさんも結局出て来なかったわね…」

 

 

少しがっかり……っすかね。

 

少しステージの幕の裏が騒がしいが…特に気にすることでも無いだろう。

 

 

「ヒカリさんと言えば……ヒカリさんとユウトには話したの?居なくなること」

 

 

 

 

 

 

「え?何で言うんすか?」

 

 

 

 

お嬢が額に手を当てて俯く……あれ?僕、今変なコト言ったっすか?

 

 

 

 

 

「なーんーでー言わないのよ」

 

 

 

何だ…そう言うことか。

 

 

「いや…辛気臭いのは性に合わないんすよ」

 

 

「あんた…まさか同じクラスの人にも…」

 

 

「言ってな……い……っす」

 

 

 

途中で僕はお嬢の目が怖いくらいに鋭くなっていることに気がついた。

 

「…都市伝説にでもなるつもりなの!?」

 

そうして僕はしばらくの間、お嬢に説教されるのだった。

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

お嬢から解放された僕は校内をふらふらと見て歩いている所だ。

 

だが、教室展示の殆どは食品系……しばらく見ていれば飽きてしまう。

 

 

「なーんか面白いものでも無いんすかね……っと」

 

 

僕はヒカリさん達のクラスの前で立ち止まる。

 

どうやらドーナツに絞った販売を行っているらしい。

 

中に入ると、それなりに繁盛しているのが分かる。

 

 

「…お、ジュリアン?」

 

「こんちわっす青葉さん」

 

 

僕は店内を見回す……どうやらヒカリさんはいないらしい。

 

 

「何か買ってくか?オススメは…」

 

「じゃあ、プレーンシュガーで」

「……分かった」

 

 

そして、ドーナツを買った僕は青葉さんにさよならも言わずに教室を後にした。

ドーナツはコンビニでもよく見かける商品だったが、味は悪くない。

 

 

 

「ま、皆楽しそうで何よりっすよね」

 

 

 

行く宛も無い僕はいつの間にか校庭にたどり着いていた。

 

そこで目にしたのはこの間、僕らが使用したばかりのシステム…

 

 

 

「…ギアースシステム?」

 

 

 

校庭には青いギアースパネルが敷き詰められており、ファイト用のテーブルも設置されていた。

 

 

「何で学校にあるんすか……」

 

「お、舞原君じゃないか」

 

「…そう言うあなたは…黒川さん」

 

周りを見ると、他にも沢山の人間がギアースシステムを見に来ているようだった。

 

「これ…どうしたんすか?」

 

「ああ…ギアースのことか、これはうちのクラスが学祭の間だけ三日月グループから1日1000円でレンタルしたんだよ……どうだい一戦ファイトでも?」

 

「あー…今はいいっす」

 

「そうか、残念だ」

 

 

そう言うと彼女は新たな対戦相手を探し始めた。

 

三日月グループはとにかくギアースの普及に積極的だった。

 

全国のカードショップはおろか、児童会館、公園、市民ホールに学校……ありとあらゆる場所にギアースは配備されている。

 

 

「ヴァンガードの知名度が上がるのは…願ったり叶ったりっすけどね」

 

ヴァンガードが有名になればなるほど、“最強”の地位も大きな意味を持ってくる。

 

僕にとっては……“手間が省けた”ようなもの。

 

 

 

「あの社長が最終的に何をしたいのかはともかく…僕は僕で好きに動くだけっすよねぇ…」

 

 

 

目の前でファイトが始まる。

 

黒川さんと…恐らく2年生である男がギアーステーブルの前に立っていた。

 

黒川さんは自若の探索者 ルキウス…男の方はバトルシスター わっふるをFVにしていた。

 

 

「バトルシスター ばにらにライドでげす!!」

 

 

しばらくファイトを見ていると、ヒカリさんがやって来るのが見えた。

 

僕は先程、お嬢とした話を思い出した。

 

 

 

ーー“力”はデッキとファイターの絆の証……

 

 

 

「…くだらない」

 

 

 

単にカードと絆で結ばれたところで、ご飯が貰え、金が貰える訳では無い。

 

ましてや、社会的地位が変動することも無い。

 

カードと絆等を育む暇があるのならデッキや戦術を組み立てるか……たかがカードゲーマーであっても他にするべきことはあるっすよね。

 

 

ただ…正しかったのは…カードやクランに愛を込めた人達だったのかも知れない。

 

その証拠こそ“力”…非常識な力を手に入れたのは殆どがそういうファイターだった。

 

 

僕が戦いや能力の研究、検証に使った時間は…無駄だったか。

 

 

「結局、この僕は未だにただのカードゲーマー…ははっ笑える話っすよね」

 

 

自嘲気味に独り言を呟くと…ヒカリさんの声が聞こえてきた…どうやらどうしてギアースがここにあるのか気になっているらしい。

 

 

「何でも三日月グループが格安で貸し出しを行ってるそうっすよ」

 

「…舞原クン」

 

 

 

僕たちはファイトを眺める……戦いは黒川さんの方が優勢だ。

 

ギアースの演出によってバトルシスター くっきーが戦場を駆ける。

 

実際のイラストよりも胸が大きく、露出が多いのはファイターの男の妄想の影響だろう。

 

くっきーの斬撃を黒川さんは完全ガードで防いだ。

 

 

 

「ギアースシステム…か、これのお陰でヴァンガードも随分有名になったよね…」

 

「僕としては嬉しい限りっすね……その方がずっと都合が良いっすから」

 

「…え?」

 

 

思わず本音が溢れる…僕は何となくその場に居づらくなり…姿を消した。

 

 

 

「……舞原クン?」

 

 

 

ヒカリさんの声が微かに聞こえる。

 

 

僕は既に学校の外まで出ていた。

 

 

 

もう用は無い…二度とこの学校に来ることは無いだろう。

「ま…ここらが引き際っすかね……」

 

 

 

 

銀髪の青年はゆっくりと…どこかへ歩いていく。

 

自分の選んだ道を進むために。

 

 

 




次回予告……です。



私の前に…彼はもう一度現れる。


ーーそこにいたのは…見慣れた銀髪の青年。


ーー「…今度こそ勝敗をつけよう、舞原クン」


新たな力…超越も交えながら、私たちは一進一退の攻防を続ける。


ーー「僕は君を倒す…君を倒す…倒す!!」



悪魔をも殺す“銀の弾丸”が私を狙う。




第65話 銀の弾丸

11月29日更新予定……よろしくお願いします。



ーーそこには意味不明な言葉が連なっていた。


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065 銀の弾丸

それは突然のことだ。

 

 

 

舞原クンが消えてしまった。

 

 

 

 

二日間の学校祭が終わり、更に二日……舞原クンの姿を見たものはいない。

 

天乃原さんが言うには…旅に出たらしい……けど、納得はいかない。

 

何か一言……あって良かったんじゃないか。

 

 

「全くだな」

 

「うん…」

 

 

青葉クンも残念そうにしている。

 

舞原クンと天乃原さんの二人がいたからこそ私はヴァンガードを続けていく気になれたのだから。

 

せめて何か礼を言わなくては…気が済まない。

 

だから、私は舞原クンを探す……カグヤさんの行方を探しながら。

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

「舞原……あ、銀髪の?」

 

「うん…」

 

 

放課後…私はカードショップアスタリアにいた。

 

理由はもちろん舞原クンとカグヤさんの捜索だ。

 

 

「見てませんね…その…カグヤさんについても」

 

「そう…ごめんね春風さん」

 

中々成果は上がらない…二人とも目立つ容姿をしている筈なのに、目撃情報が出てこないのだ。

 

 

「何かあったら連絡しますよ」

 

「あ、そうだ…私、携帯変えて番号も変わったんだ…教えておくね」

 

学祭の時の一件で完全に粉々になった私の携帯は復旧できなかったため、新たにスマートフォンを購入、新規契約したのだ。

 

「それじゃ…またね」

 

「お気を付けて、こっちでも情報集めて見ますよ!」

 

 

 

 

私はアスタリアを後にする。

 

 

 

ああ…エンちゃんにも新しい連絡先を教えておかなきゃな…

 

というか……青葉クンにも教えてないっけ……

 

そんなことを考えながら、私は次の目的地へ歩き出した。

 

 

すると…遠くから見慣れた金髪の少年が歩いてくる。

 

 

 

 

「……こんな所で何してるんだ?先輩」

 

 

 

「神沢クン…良いところに…」

 

 

 

ちょうど学校帰りらしき神沢クンにここまでの事情を説明する。

 

 

「舞原ジュリアン…へぇ…いなくなったのか」

 

「うん…それで探してるんだけど」

 

 

神沢クンは少しの間、考えると言った。

 

 

「悪いな、美空カグヤについても舞原ジュリアンについても俺は行方を知らない……ただ、舞原ジュリアンは探す必要あるのか?」

 

「…え?」

 

 

「先輩とウルドが以前会ったことがあって、ウルドの事情が聞きたいってのは…まぁ分かる…俺もリベンジはしたいしな」

 

 

「うん…」

 

 

「ただ、舞原ジュリアンは自分の都合で旅に出たって…天乃原チアキ…さんには言ったんだろ?わざわざそれを呼び止める必要があるのか?」

「いや…呼び止めるというか、せめて別れの言葉くらい言わせろよって感じで……ね」

 

私にとっては、舞原クンはチームシックザールへ私を導いてくれた先導者でもあるのだ。

 

黙ってさよならというのは気が引ける。

 

 

「向こうは黙って別れたかったのかも知れないけどな…まぁこちらでも情報は集めてみる」

 

「ありがとう、神沢クン……そうだ、連絡先…教えて…」

 

 

私と神沢クンは携帯の番号を交換すると、別れた。

 

既に空は紅く染まり始めていたが、私は情報収集を続けることにした。

 

カードマニアックスや、カードレインボーといった周辺のカードショップにも聞き込みを行うが良い成果は出ない。

 

 

 

 

「カグヤさんは…お金持ちだから情報操作は容易だし、舞原クンに関してはもう日本にいないかも知れないんだよね…」

 

 

 

電車に揺られながら考える。

 

 

 

そもそも私としては舞原クンに対して果たさなければならないことがあるのだ。

 

 

出来ればもう一度会いたい所だけど…

 

 

私は電車から外の風景を眺める。

 

町のあちこちで、ギアースを使ったファイトが行われていた。

 

ここから見えるだけでも、ダイカイザー、ガルモール、タケミカヅチ…様々なヴァンガードユニットが激闘を繰り広げている。

 

「本当に…普及したなぁ……」

 

 

すっかりギアースシステムは町の風景に溶け込んでいる。

 

ほんの数週間でこれ程までに普及するとは…これも三日月グループの成せる技なのか。

 

 

「……あれ?」

 

 

ぼんやりと電車の外を眺めていた私は見覚えのある影を見つけた。

 

「…………カグヤさん…!?」

 

 

ゆっくりと遠ざかって行くが、カグヤさんだ、カグヤさんが大手ハンバーガーチェーン店 エムドナルドバーガーから出てきたのだ。

 

そういう所…行くんだ……ってそうじゃない。

 

急いで戻りたかったが、電車は急には止まらない。

 

カグヤさんはカグヤさんですぐに黒塗りのリムジンに乗ってどこかへ行ってしまった。

 

「…こういうのを骨折り損……私にあの人を見つけること…出来るのかな…?」

 

 

どっと疲れが出る。

 

 

どうせあのハンバーガーショップに話を聞きに行った所で、せいぜい綺麗な人だった程度の情報しか手に入らないだろう。

 

近い内にまたやって来るとも考えにくい。

 

 

 

「…………はぁ…」

 

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

「綺麗な人でした!ここに来るのは初めてだと思いますよ!そんなことよりポテトは如何ですか!!」

 

「あー…ごめんなさい…」

 

 

 

私はエムドナルドバーガーを後にする。

 

 

やっぱ駄目じゃないか!!!

 

 

泣いても叫んでも会えない人には会えない。

 

辺りもほの暗い…そろそろ家に帰るべきだろう。

 

 

 

私は再び電車に乗り、天台坂の町を目指す。

 

 

 

「はぁ……」

 

今日だけでかなり電車賃を使ってしまった。

 

携帯の代金は後々のためにとってあった貯金を崩したとはいえ、今月は少し散財か…?

 

散財…カードゲーマーの標準装備のスキルかな。

 

 

「…気を付けなきゃ…なぁ……」

私が天台坂の町まで帰って来たときには時刻は7時。

 

11月も近くまで迫っており、すっかり周囲は真っ暗であった。

 

 

私は天台坂駅から商店街を歩いていく。

 

 

暗いとは言えまだ7時…商店街の中はそれなりに人がいた。

 

そんな商店街の脇道を通り、住宅街まで歩く。

 

もうすぐ家に着くかというところで、スマホに着信が入った。

 

「…神沢クンからメール?……前を見ろ?」

 

 

私はスマホから視線を目の前に移す。

 

 

「………あ」

 

 

 

そこにいたのは…見慣れた銀髪の青年。

 

「僕を探してたんすか?」

 

 

「……舞原クン…」

 

「神沢ラシンから…聞いたっすよ……まったく…今日はこの辺りに来る予定無かったんすからね?」

 

 

 

探していた……人間が、そこにいた。

 

 

 

「………舞原クン、私とファイト…しない?」

 

「……それは…願ったり叶ったりっすけど…」

 

 

 

私は舞原クンを連れ、住宅街の空き地に向かう。

 

 

「別に舞原クンがどこに行こうと、関係ないんだけどね…お礼だけは言っとかないとと思って」

 

 

 

「……お、お礼参り?」

 

 

「違うよ!?」

 

 

 

暗くて舞原クンの表情が分からないが若干声が震えている……ちょっと待って、いつから彼の中で私はそんなキャラに……いや、今そんなことはどうでも…いい。

 

「私をチームシックザールへ導いてくれたから」

 

 

「あれは…全部お嬢の差し金っすよ?」

 

「でも…最初から私がベルダンディかもって見当はあった……違う?」

 

 

舞原クンの言葉がしばらく止まる……

 

 

「……バレてたっすか」

 

 

「そうでないと…わざわざ舞原クンが私とファイトした意味が分からなかったからね……と、なると私のことに興味を持ったのは天乃原さんよりも舞原クンってことになる」

 

 

現に天乃原さんは私よりも前にユズキに直談判していた。

 

そう…私の勧誘の時は行動派の天乃原さんよりも先に舞原クンが動いていたのだ。

 

 

「いやいや、お嬢も気になってたみたいっすよ…一年に神格化されてる女子がいるって」

 

 

「私……そんなに有名なの…?」

 

 

私たちは空き地に辿り着く……いや、正確にはもう空き地では無い。

 

その場所にはギアースシステムが置かれていた。

 

 

「それで…何でお礼がファイト何すか?」

「私に勝ちたい……そうだよね」

 

 

「……勝たせてくれるんすか?」

 

「私がそんなファイト……すると思う?」

 

 

 

私はギアースシステムを起動させる。

 

カグヤさんとのファイトで使用した端末と違い、実際に普及されたシステムは“インカム”を必要としていなかった。

 

ギアーステーブル自体にマイクや脳波センサーが内蔵されている。

 

 

住宅街ということもあって、マイクの音量は小さめだが、ファイトに支障は無い。

 

 

 

「さぁ……今度こそ勝敗をつけよう、舞原クン」

 

 

これまで…舞原クンとはたった二回しかファイトをしていない。

 

そしてその二回ともファイトは途中で中断されている。

 

私も…舞原クンもこれでは心残りだ……

 

だからこそ……このファイトを舞原クンへの礼と餞別にさせてもらう。

 

 

 

「は……はは……」

 

 

 

舞原クンが嬉しそうに笑いながらデッキを取り出す。

 

 

 

「いいんすか……僕……勝っちゃうっすよ?」

 

「……それは…どうだろうね」

 

 

 

私たちはデッキをセットし……手札を揃える。

 

ギアースシステムによってランダムに先攻後攻が決められた…私は後攻だ。

 

 

「だけどその心遣い……感謝させてもらうっす!!」

 

 

夜の住宅街で二人のファイターが激突する。

 

 

「スタンドアップ・THE・ヴァンガード!!」

 

「スタンドアップ!ヴァンガード!!」

 

 

ギアースシステムの発光と共に、暗くて見えなかった舞原クンの姿がはっきりと見える。

 

 

「……え?」

 

 

その容姿は普段と違う……いや最大の特徴である銀髪は変わらない。

 

だがその肌は…普段とは比べ物にならない位、真っ白でまるで新雪のようだった。

 

そして瞳……碧色だと思っていたその瞳は淡いピンク色をしている。

 

光の加減なんかじゃない…確かに普段の舞原クンとは肌も瞳も色が違う……

 

 

私がこんなことを言うのは……変だけど……

 

 

…………美しい。

 

 

 

「…………」

 

 

「どうか……したっすか?」

 

 

「舞原クン……その姿……ううん…何でもない」

 

 

……今はこのファイトに全力を注ぐだけだ。

 

 

 

「さぁ……ファイトの始まりっすよ…」

 

「うん…!」

 

 

私のFVは変わらずジャッジバウ・撃退者。

そして舞原クンは……

 

 

「ロイヤルパラディン…FVの名は閃きの騎士 ミーリウスっす」

 

「舞原クンの…ロイヤルパラディン……」

 

 

 

…最新のカードを使っているのかな…注意した方がいい…よね。

 

 

「では、僕のターン…ドロー!そして宝石騎士 さばるみーにライドっす!!」

 

 

先駆のスキルによってミーリウスはヴァンガードの後ろにコールされる…舞原クンはここでターンエンドを宣言した。

 

そして舞原クンがライドした宝石騎士 さばるみー…ロイヤルパラディンのLB解除ユニットが入っているということは、舞原クンのデッキには当然リミットブレイクを持ったカードが入っている…ということか。

 

 

「……私のターン…ドロー……鋭峰の撃退者 シャドウランサーにライド!ジャッジバウは後ろへ!!」

 

 

私の目の前にもシャドウランサーが現れたようだが、夜の町にシャドウパラディンのユニットは保護色になっている……見にくい。

 

 

「シャドウランサー…ジャッジバウのブーストでアタック!!」

 

「ノーガードっす」

 

「ドライブチェック…撃退者 エアレイド・ドラゴン!ゲットクリティカル!!」

 

シャドウランサーの攻撃がさばるみーに当たったようだ。

 

舞原クンのダメージゾーンにシェリーと宝石騎士のクリティカルトリガーが落とされる。

 

私はそれを自身のモニターから確認する。

 

 

「ターンエンドだよ」

 

「なら…僕のターンっすね」

 

 

夜の町に合わせたのか、ギアースの光量が少し上がった……お陰で私のユニット達の姿もよく見える。

 

「ライド!スターライト・ヴァイオリニスト!!」

 

 

…見覚えのないユニット…これも新しいユニットか。

 

 

「スキル発動…CB1、SB1!!」

 

 

茶髪の青年がそのヴァイオリンを奏でる。

 

すると、彼の隣に1体のハイビーストが現れた。

 

 

「スペリオルコール!!宝石騎士 そーどみー!!」

 

 

白虎……だろうか。

 

鎧を纏ったハイビーストは力強く吠える。

 

 

「さらにスキル発動!宝石騎士のエスペシャルカウンターブラスト1っす!!山札から宝石騎士 さばるみーをスペリオルコール!!」

 

「手札の消費無しに……2体ユニットをコールね…」

 

 

「更にナイト・オブ・ツインソードをコール!」

 

 

 

舞原クンが波状攻撃を仕掛けてくる。

 

最初のツインソードを手札のマスカレードでガードし、残りの攻撃を受ける。

 

幸いトリガーは出ず、私のダメージゾーンには2枚の詭計の撃退者 マナが並ぶ。

 

 

「ターンエンド…どうっすか?新しいロイヤルパラディンは」

 

「……なかなか…でも私もやられっぱなしじゃないよ!スタンドandドロー!!ブラスター・ダーク・撃退者にライド!!」

 

漆黒の騎士が天台坂の町に降り立つ。

 

 

「更にブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”コール……スキル発動!CB1でミーリウスを退却!」

 

ダークがその剣で衝撃波を作り、遠くにいるミーリウスまで攻撃を当てる。

 

 

「行くよ……ジャッジバウのブーストしたダーク・撃退者!ヴァンガードにアタック!!」

 

「ノーガード…」

 

 

ドライブトリガーは無し、ダメージトリガーも出なかった。

 

 

「ダークAbyssで……ヴァンガードにアタック!!」

 

「それもノーガードっす」

 

 

 

ダークAbyssの剣はヴァイオリニストを貫く。

 

 

 

「ダメージチェック…熱意の騎士 ポリー…ヒールトリガーっす」

 

 

舞原クンに与えたダメージが回復される…

 

 

「……ターンエンド」

 

ここまでで私のダメージは2点、舞原クンは3点…油断はできない……

 

 

「僕のターン…スタンド、ドロー……」

 

 

スターライト・ヴァイオリニストを突如発生した黒輪が縛り上げていく。

 

やがて真っ黒になったその影から現れたのは…

 

 

 

「悪意の闇が、光を覆う……ライド!!哀哭の宝石騎士 アシュレイ“Я”!!!」

 

 

 

以前天乃原さんも使っていた宝石騎士……アシュレイЯ……

 

 

「さばるみーのスキルでリミットブレイク解除…オーバーリミッツ!!」

 

 

さばるみーが強く高らかに雄叫びをあげる。

 

アシュレイЯも同時にその深紅の剣を掲げた。

 

……アシュレイЯの背中の黒輪がその大きさを増す。

 

 

「そして…アシュレイЯのオーバーリミッツ!!CB1…さばるみーを呪縛!!…深紅の剣の前に消えろ!!ブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”を退却!!」

 

ダークAbyssに距離を詰めたアシュレイЯがその剣を振るう。

 

ダークAbyssもまた、自身の剣でそれに答えるが……

 

アシュレイЯはその剣…ブラスターごとダークを切り払った。

 

「ダーク……」

 

「更にこのスキルによって山札からナイト・オブ・ツインソードの後ろにさばるみーをスペリオルコールする…これがアシュレイЯのジュエルソード・ノワールっすよ!!」

 

自身の盤面を整え、相手の盤面に干渉する……ロイヤルパラディンの展開とブラスター・ブレードの退却を組み合わせたスキル……だよね。

 

「アシュレイЯの後ろに必中の宝石騎士 シェリーをコール……シェリーのブーストしたアシュレイЯでヴァンガードにアタックっす!!」

 

<18000>

 

「っ…ノーガード!!」

 

「ツインドライブ……まぁるがる…ゲット、ドロートリガー!パワーはそーどみーに!…そしてもう一枚……ドロートリガー!!パワーはツインソードへ!」

 

 

アシュレイЯの振るう剣がダークを吹き飛ばす。

 

3点目のダメージ……ファントムAbyssが落とされる。

 

 

「そーどみーでヴァンガードにアタック!」

 

<14000>

 

「……ノーガード」

 

ダメージゾーンに暗黒医術の撃退者が落とされる……ヒールトリガーが発動し、ダメージを回復……ダークにパワーを与えることができた。

 

 

「さばるみーのブースト…ツインソードでヴァンガードに!!」

 

<21000>

 

 

「ノーガード!!」

 

ツインソードと切り結ぶダーク…背後からやって来たさばるみーの攻撃が頬を掠める。

 

ダメージは氷結の撃退者…ドロートリガーだった。

 

 

 

「ターンエンドっす」

 

 

舞原クンの呪縛されていたさばるみーが解呪される。

 

 

「……私のターン」

 

 

これで私のダメージは4点、舞原クンが3点。

 

舞原クンはグレード3のアシュレイЯにライドしている…ということは“あれ”が使えるということだ。

 

 

「スタンドandドロー…参る!世界の優しさと痛みを知る漆黒の騎士よ!我らを導く先導者となれ!!」

 

ダークが瞳を閉じて微笑む…背後からやって来るその騎士に後は任せると言うように。

 

 

「ライド・THE・ヴァンガード!!幽幻の撃退者 モルドレッド・ファントム!!!」

 

モルドレッドの登場と入れ替わるように、今までVとして戦っていたダークが消えていく。

 

だが……それで終わりではない。

 

 

 

「ジェネレーションゾーン……解放!!」

 

私は手札のモルドレッドをコストに…未来への扉を開く。

 

「世界を導く救世の光…それは永久の調和と無限の再生!!ストライド・THE・ヴァンガード!!」

 

 

あえてストライドジェネレーションとは言わずに、そのカードを目覚めさせる。

 

 

モルドレッドに宿った光が……形を変えていった。

 

 

「ハーモニクス・メサイア!!」

 

 

 

パワー27000…ハーツとしてモルドレッドの名前を継いでいる。

 

 

「超越…いいっすね…望むところっすよ……」

 

 

「…手札から督戦の撃退者 ドリン、ブラスター・ダーク・撃退者をコール……ダークのスキルでナイト・オブ・ツインソードを退却!!」

 

 

ダークの剣で、ツインソードは地に伏す。

 

ドリンのスキルと合わせることで消費CBは1だ。

 

私は更にブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”をコールする。

 

 

「ジャッジバウのブースト…ハーモニクス・メサイアでヴァンガードにアタック!!」

 

「完全ガード……っす」

 

そう言って舞原クンが使ったのはホーリーナイト・ガーディアンというカードだった。

 

 

「コストにホーリーナイト・ガーディアン……スキル発動、ドロップゾーンに同名カードがある時……カウンターチャージ1」

 

「カウンターチャージできる……守護者!?」

 

まさか……そんなカードが出ていたなんて……

 

 

舞原クンは自身のダメージゾーンから裏向きになっていた宝石騎士 ノーブル・スティンガーを表にする。

 

「……っ!トリプルドライブチェック!!」

 

 

私は二枚のヒールトリガーとファントム・ブラスター“Abyss”を引くことができた。

 

4点から2点…ダメージが一気に回復する。

 

「ダークAbyssでそーどみーにアタック!!」

 

<9000>

 

「ノーガード…っす」

 

 

そーどみーは退却される。

 

 

「ドリンのブーストした、ブラスター・ダークでヴァンガードにアタック!!」

 

<26000>

 

 

「……ノーガードっす」

 

 

舞原クンのダメージにアシュレイЯが落ち、私はターンエンドを宣言した。

 

ダメージは私が2点であるのに対して舞原クンは4点…私の方が……優勢か。

 

 

「さて……僕のターンっすね……スタンド、ドロー……ジェネレーションゾーン…解放」

 

 

舞原クンが手札からアシュレイЯをドロップする。

 

 

「刃の先に剣あり……その剣で未来をぶち壊せ!!ストライドジェネレーション!!」

 

空に浮かぶ本物の月とは別に……ギアースシステムが夜空に月を浮かべる……

 

その月を背にして、馬を駆る一人の騎士が現れた。

 

 

「朧の聖騎士 ガブレード!!」

 

 

今までヴァンガードとして戦っていたアシュレイЯはガブレードと同じ馬に乗せてもらっていた。

 

武器を収め、ガブレードの背中で大人しくするアシュレイЯは可愛らしい。

 

これが…ロイヤルパラディンのGユニット…

 

 

 

「シェリーのブーストしたガブレードでアタック!」

 

<33000>

 

 

「……ノーガード」

 

 

ダメージに余裕がある……完全ガードが無い今…無理にガードするよりは……

 

「トリプルドライブ!!ドロートリガー!さばるみーに!クリティカルトリガー!☆はV、パワーはさばるみー!クリティカルトリガー!同じく!!」

 

「なっ…」

 

ガブレードの攻撃によってモルドレッドは地面に叩きつけられる。

 

 

そして私のダメージゾーンにはマクリール、ドロートリガー、ダーク・撃退者“Abyss”が叩きつけられて行く。

 

 

「油断は厳禁っすよ……Gユニットならどのユニットでも相手を2点から倒せる可能性はあるんすから」

 

「……ははっ……覚えておくよ」

 

 

私の額に汗が滲む。

 

なるほど……それがGユニットか……

 

 

「ガブレードのスキル発動!!スターライト・ヴァイオリニストをスペリオルコール!!更にスキル発動!ナイト・オブ・ツインソードをスペリオルコール!」

 

一気に前列が揃っていく。

 

「くっ……」

 

「さばるみーのブーストしたヴァイオリニストでヴァンガードにアタック!!」

 

<20000>

 

「ダークでインターセプト!!」

 

ドロートリガーのお蔭で少しはシールドを節約できる……か?

 

「さばるみーのブースト、ツインソードでヴァンガードにアタック!!ツインソードのジェネレーションブレイク発動!!CB1でそーどみーをスペリオルコール、更にそーどみーのスキルでシェリーをスペリオルコールするっす!!」

 

<21000>

 

「暗黒医術の撃退者でガード!!」

 

 

 

「シェリーのブーストしたそーどみーでヴァンガードにアタック!!」

 

 

<16000>

 

 

「ダークでインターセプト!!」

 

……凌ぎきった。

 

 

「残念…仕留め損なったっすね……ターンエンド」

 

「怖いこと…言うね……私のターン!!スタンドandドロー!!」

 

 

舞原クンの攻撃によって私のダメージは一気に5点まで入ってしまった……

 

だけど、まだ…!!

 

 

 

 

「真なる奈落で影と影…深淵で見た魂の光が彼らを繋ぎ、強くする!!ブレイクライドレギオン!! 」

 

 

CB1でヴァンガードにパワー+10000、山札から最後のブラスター・ダーク・撃退者をパワー+5000した状態でスペリオルコールし、ドリンのカウンターチャージによってブレイクライドのコストを相殺する。

 

 

 

 

「撃退者 ファントム・ブラスター“Abyss”そしてブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”!!」

 

 

 

 

私の……エースカードで舞原クンを倒す!!

 

 

「ははっ……もっとだ…もっと来い!!」

 

「言われずとも……撃退者 ダークボンド・トランペッターをコール、スキルで魁の撃退者 クローダスをレストでスペリオルコール!!」

 

 

リアガードサークルが全て埋まる……だったんとクローダスの列はアタックできる程のパワーが無いけど…構わない!!

 

「飛べ……奈落竜よ…その剣で我らに勝利をもたらせ!!ヴァンガードにアタック!!」

 

<37000>

 

ファントム・ブラスター“Abyss”はダーク・撃退者“Abyss”を自身の背中に乗せるとアシュレイЯに向かって真っ直ぐ飛んでいく。

 

 

「ホーリーナイト・ガーディアンで完全ガード…カウンターチャージっす」

 

コストに使われたのはドロートリガー……

 

金髪の女性が現れ、アシュレイЯの回りに防護用の魔方陣を展開していく。

 

「ドライブチェック…first、暗黒の撃退者 マクリール……second、厳格なる撃退者、クリティカルトリガー!!効果は全てAbyssに!!」

 

Abyssの攻撃は展開された魔方陣に阻まれるものの、ここで倒れる奈落竜じゃない。

 

「レギオンスキル発動……CB2、だったん、クローダス、ジャッジバウ!!私に力を!!」

 

 

3体のユニットは光になって、私の右手に集う。

 

 

「Abyssに果ては無い……立ち上がれ!!エターナルアビス!!……もう一度ヴァンガードにアタック!!」

 

 

私の右手から放たれた光は“Abyss”に力を与える…スタンドしたAbyssによる再攻撃……届いて…!

 

 

<37000☆2>

 

「もう一度完全ガード、カウンターチャージ」

 

 

「……っ!ドライブチェック…first、マクリール…second……氷結の撃退者!!ドロートリガー!ドローしてパワーはリアガードのダーク!!そして……ヴァンガードにアタック!!」

 

 

ドリンのブーストを受けたダークを……私はアシュレイЯへと向かわせる。

 

「ノーガード」

 

 

ダークの剣を受け、悲鳴をあげるアシュレイЯ……

 

ダメージゾーンに落ちたカードはヒールトリガー……だがダメージの回復はしない。

 

 

「……ターンエンド…強いね」

 

「どうもっす…でも上から目線っすねぇ」

 

「ふふっ……そうかな?」

 

ダメージは5vs5…

 

手札の枚数も私が8枚……舞原クンは6枚…

 

舞原クンも、ロイヤルパラディンも強い。

 

だけどこのターンで……

 

 

舞原クンは全ての完全ガードを使いきった。

 

攻めるなら……ここしか無い。

 

 

「攻めるなら……ここしか無い……とか思ってそうっすね……」

 

「…………」

 

「なら僕は……その攻め手を吹き飛ばす」

 

 

空き地に強い風が吹き付ける。

 

ギアーステーブルのお蔭かカードが吹き飛ぶことは無かったが、舞原クンの髪は美しく流れた。

 

 

「スタンド、ドロー……そして」

 

 

舞原クンはにやりと笑う。

 

 

「真なる虚無で剣と剣…虚空で見た運命の呪いが彼らを縛り、強くする!!ライド!!」

 

私の口上の……パクり…!?

 

 

 

「…探索者 シングセイバー・ドラゴン!!そしてシークメイト!!ブラスター・ブレード・探索者………双闘!!」

 

 

ギアースシステムの影響か、その姿は私の知るシングセイバー達とは違っていた。

 

灰色の体に濁った瞳…かのファントム・ブラスターよりも危険な香りがする。

 

ブラスター・ブレードも黒輪こそ背負ってはいないものの、瞳も鎧に刻まれるラインも…赤く染まっており、まるでブラスター・ジョーカーだ。

 

 

 

 

だけど私はもう一つのことに気がついた…確かシングセイバーは……

 

 

「今…ソウルにはアシュレイЯしかいない…シングセイバーのスキルは……」

 

 

CB2、SB3…手札から2枚のドロップだった筈……このままなら発動……できない?

 

 

「そんな心配……している場合っすかねぇ……シェリーの上からまぁるがるをコール…ソウルに入れ、そーどみーの後ろのさばるみーにパワー+3000…そしてもう一度同じことを行うっす」

 

強引な手段…だが何の問題もなく、シングセイバーの翼は眩く輝き出す。

 

それはスキルの発動が可能であることを暗に示していた。

 

舞原クンはシングセイバーの後ろにシェリーをコールし、バトルフェイズを宣言する。

 

 

「そーどみーでリアガードのブラスター・ダークにアタック!!」

 

<9000>

 

「ノーガード……」

 

ダーク・撃退者は退却される。

 

 

「シングセイバーで…ファントム・ブラスターにアタック!!」

 

<22000>

 

 

「マクリールで完全ガード!!」

 

コストに氷結の撃退者をドロップする。

シングセイバーに乗り、勢いを乗せたブラスター・ブレードの剣をマクリールが力強く受け止める。

 

「ドライブチェック…必中の宝石騎士 シェリー、そしてアシュレイЯ……シングセイバーのレギオンスキル発動っす……」

 

 

舞原クンはCB2、SB3というコストを払い、手札からシェリーとアシュレイЯをドロップした。

 

 

「山札の中から……スペリオルライド!!探索者 シングセイバー・ドラゴン!!」

 

白銀の竜は白銀の青年の求めに応じ、その力を解放する。

 

「そして…ソウルメイトレギオン!!ソウルのブラスター・ブレード・探索者と共に行け!!シングセイバーで再びヴァンガードにアタック!!」

 

<29000>

 

今度は後列のシェリーもブーストに加わり、強力な攻撃を仕掛けて来る……けど!!

 

 

「もう一度お願い……マクリール!!」

 

 

マクリールの完全ガード……コストは督戦の撃退者 ドリンだ。

 

再び迫り来るシングセイバーとブラスター・ブレードの攻撃をマクリールはしっかりと抑え込む。

 

「……ツインドライブ…探索者 シングセイバー・ドラゴン……そして…宝石騎士 そーどみー……トリガー無しっす…………けど!!これはどうっすか!?さばるみーのブーストしたツインソードでアタック!!ジェネレーションブレイク発動!!CB1で山札からブラスター・ブレード・探索者をスペリオルコール!!」

 

<16000>

 

「厳格なる撃退者でガード!!」

 

私の手からどんどんカードが消えていく

 

 

「これで!!さばるみーのブーストしたブラスター・ブレード・探索者でアタック!!」

 

<16000>

 

 

「…………」

 

 

「僕は君を…君たちを倒すためにヴァンガードを…しているんだっ!!!」

 

 

 

純白の鎧を纏った騎士が、奈落竜に迫る。

 

その背中には一瞬黒輪が浮かぶ……これでは本当にブラスター・ジョーカーだ……

 

 

「僕は君を倒す…君を倒す…倒す!!」

 

 

「…………」

 

 

私は……

 

 

 

 

「…倒すっ!!!」

 

「……ガード」

 

 

ブラスター・ブレードの刃が奈落竜を切り裂こうとした瞬間……その攻撃を庇ったのは撃退者 エアレイド・ドラゴンだった。

 

 

ブラスター・ブレードの剣をしっかりと受け止めて、消滅した。

 

 

「……ターンエンドっすね」

 

「私のターン……」

 

 

このターン…舞原クンが一枚でもトリガーを引いていたのなら危険だった……それこそ…先に“力”を使ってしまわなければならない程に……

 

 

……だけど。

 

 

私は緋色の瞳で舞原クンを見つめる。

 

 

 

「見えたよ……ファイナルターン…」

 

「……っ」

 

 

ダメージは5vs5……

 

現時点で舞原クンの手札はほとんど判明している。

 

シールド値は合計35000前後……シークメイトで舞原クンは完全ガードを山札に戻していないため完全ガードは手札に確実に存在しない。

 

このシールド35000…+10000のインターセプトを突破することはレギオンユニットと今の私のリアガードによる二回の攻撃では例えダブルトリガーが発動したとしても不可能だ。

 

今、私の手札はヒールトリガーと前の私のターンにトリガーでドローした……ブラスター・ダーク・撃退者……そして次のドローカード…の3枚。

 

 

「スタンドand……ドロー」

 

私は“力”を使う……二回の連続使用には慣れないものの…一回のみの使用なら、大分扱えるようになった。

 

私の瞳を見て…舞原クンは叫ぶ。

 

 

「そうだ……それでいい……君の本気を!!僕に見せて見ろ!!それでなければ!!僕が君と戦う意味も理由も無いっ!!!」

 

 

「……そう」

 

 

 

私が引いたカードは撃退者 ファントム・ブラスター“Abyss”……

このユニットはレギオンしたターン中しか再スタンドすることが出来ない……だから再ライドのために“力”を使い……奈落竜を呼んだ。

 

そして、スキルを発動させるためにはリアガード3体を退却させなければならない。

 

今、私の盤面にはリアガード…督戦の撃退者 ドリンが1体……そして手札はファントム・ブラスター以外に2枚……ドリンのスキルによるCCも行えることを含めるとレギオンスキルは滞りなく発動する。

 

 

リアガードのダーク、ドリンの攻撃でパワー16000…最低シールド値は10000……

 

ヴァンガードによるパワー27000の攻撃…最低シールド値は20000……

 

そしてヴァンガードによる二回目の攻撃……最低パワー22000……最低シールド値は15000…

 

合計最低シールド値は45000……これでは足りてしまうように見えるが、ヴァンガードによる二回の攻撃を二回共1枚貫通のガードで切り抜けることが出来ると考えるのなら…更に補足を加えれば、私がトリガーを全く引かなければの話だ。

 

だが、それは無い……私はトリガーを引くからだ。

 

 

 

 

「私にはまだ…後一回力を使う余力が残っている……これが……私の見たファイナルターン……」

 

「僕がヒールトリガーを引きまくるって可能性も……考えて置くべきっすよ…」

 

「それでも……私は勝つ」

 

 

 

……行こう。

 

 

 

「ライド・THE・ヴァンガード……撃退者 ファントム・ブラスター“A……?」

 

 

 

 

突然、私のスマホが鳴り始める……こんな時に…メール……?

 

 

 

 

私は舞原クンに少し待ってもらい、メールの内容を確認する。

 

 

 

「え……?」

 

 

私はメールを何度も見返す。

 

 

 

 

「…………青葉クンが………事故で…?」

 

 

 

 

 

 

そこには意味不明な言葉が連なっていた。

 

 

 

 

 

 

「…………緊急入院?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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066 愛は隣に

それは放課後、ヒカリがジュリアンやカグヤさんを探しに、様々な場所を巡っていた日の事だ。

 

 

 

青葉ユウト…つまり俺は商店街の外れを歩いていた。

 

 

 

もう夕方だったろうか……いや…辺りは真っ暗だった……ちょうど7時くらいの話だ。

 

 

 

突然、俺の携帯に電話がかかって来た。

 

 

相手は姉貴……今はアイドルの仕事というか、ライブというか…そんな理由でイギリスまで出掛けている筈なのに何があったというのだろうか…そう思った。

 

どうやら向こうはまだお昼前らしい……だが、姉貴の話はとても真剣な話だった。

 

 

 

それは本当ならば……直接、ヒカリに聞かせるべき話……

 

 

 

 

ヒカリの携帯が木っ端微塵に壊れて、スマホに変わった際に電話番号が変わったのだが……ヒカリは姉貴にはまだ教えていなかったらしい。

 

……いや待て、俺も教えてもらってない。

 

俺は姉貴との通話を終えると……ヒカリを探しに走った。

 

 

その結果……俺は道行く幼児と正面衝突……いや幼児を足で絡めとりながら盛大に転んでしまった。

 

直ぐにその子に体の具合を訪ねる……このお兄ちゃん何を言ってるんだ…?と言わんばかりのきょとんとした顔でどこも何とも無いことを…教えてもらう。

 

次に現れたのはその子の父親だ……激怒していた、それは激怒するだろう……もしこの子に何かあったら俺が原因だ。

 

 

だから、今の俺にはひたすら土下座することしか出来なかった。

 

自分でもよく分かる……空回りしてるって。

 

 

 

そして止めだ……その子がいつの間にか道路の…車道の方に飛び出していた。

 

 

 

乗用車が迫る……その運転手は運転手で携帯の方に注意が向いているようだった。

 

 

 

俺は……気がついたら道路の真ん中で、その子を持ち上げていた。

 

そして、その子のお父さんに向かって投げる。

 

……何か叫んでいた…あれはその子を投げられたことへの怒りか…それとも俺に対する……

 

 

 

 

 

そこで……俺の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

ーー3日後。

 

 

「……で、体の具合は…大丈夫なの…?」

 

「ああ…何とか後遺症も残らないみたいだ」

 

 

天台坂総合病院…その病室……

 

私の目の前で包帯ぐるぐる巻きの青葉クンが横たわっていた。

 

 

「2ヵ月もすれば完治らしい」

 

「……うん…それは良かった……」

 

 

 

“あの日”舞原クンとのファイトを中断して、病院に行って、見たときの青葉クンはもっと……酷い惨状だった。

 

それが今ではぺらぺら話をしながら学校の課題に取り組むことができるレベルには回復したのだ。

 

ちなみにあの日私にメールをくれたのは春風さんだった。

 

青葉クン➡エンちゃん➡春風さん➡私という流れらしい。

 

 

「……舞原クンも来れば良かったのに」

 

「ジュリアンなら来たぞ」

 

「え!?」

 

 

 

私は“あの日”以来会っていない…結局3回目のファイトも無効試合となってしまったのだ。

 

おそらくもう…旅立ってしまっただろう。

 

「ほら…そこのアタッシュケースを見舞いに持ってきてくれたんだ」

 

「アタッシュケース……?」

 

私は机の上のそのアタッシュケースを手に取り、膝の上で開けてみた。

 

 

「……うわ…かげろうのカードがぎっしり」

 

「ウォーターフォウルの構築に悩んでいるって言ったら、これを使えってさ」

 

 

青葉クンが1枚のカードを持っていた。

 

「それは……?」

 

「封竜 テリークロスだそうだ……これをどうしろとまでは言わなかったんだよな…」

 

自分で考えろ……ということか。

 

よく見るとケースの中のカードにも偏りがある…きっと舞原クンには青葉クンに気づいてほしいことがあるのだろう。

 

 

……それにしても…封竜って…舞原クン………確かに今の青葉クンは“封竜”と同じように包帯でぐるぐる巻きにされてるけどさ……

 

 

 

「見舞いといえばチアキも来たな」

 

「……チアキぃ?」

 

 

正直…そのセリフの方が青葉クンの惨状より衝撃的だよ…?

 

 

「あ……先輩、天乃原先輩のことな」

 

「いや、分かるけど…」

 

「『私はあなたをユウトって呼ぶからあなたも私をチアキって呼びなさい』…だそうだ」

 

「……天乃原さん」

 

 

そのエピソードを淡々と語る青葉クンも少しは何かを勘ぐってもいい気がする。

 

「ああ…後、広瀬さんや土田さん、黒川さんも来てたな…」

「もてもてだなぁ、おい…」

 

 

以前彼のことを“誰にでも好かれる”といったことが懐かしいなぁ…

 

本人は雑なフラグしか立てて無いのに……

 

 

 

「それで……今日の本題は…?」

 

 

 

そもそも青葉クンは私に何かを伝えようとして焦っていたのだ…それが何なのか……まだ青葉クンは話してくれなかった。

 

それを今日、話してくれるというから来てみたものの、始まったのは無自覚なノロケ話……青葉クンが話したかったことはそんなこと…なの?

 

「本題……か……」

 

 

青葉クンが深く息を吸う……一体何の話だと言うのだろう。

 

 

「ヒカリの……」

 

「私の?」

 

 

 

 

「ヒカリの両親……イギリスで見つかったらしい」

 

 

「………………」

………

……

 

 

 

 

……

………

 

「…………………………え?」

 

 

「正確には…もう亡くなっていることが……分かったって」

 

 

 

 

………………、…………?

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

「ユウト…もっと言い方ってあると思わない?」

 

「……姉貴こそ…さっきから何で隠れてんだ…」

 

もう病室にヒカリはいない。

 

 

先程の話の後…ふらふらとどこかへ行ってしまった。

 

「せっかくお見舞いに来てあげたのに…次から次へと女の子ばっかり……どんな生活送ってんの…」

 

「姉貴には関係ないだろ……それに、姉貴は俺の見舞いに来たわけじゃ無いんだろ?」

 

「まぁね……ヒカリちゃんに話があったのに何でユウトのお見舞いしてるかな、私は」

 

 

姉貴は何か小包を抱えていた。

 

おそらく…それはヒカリの両親に関係することなんだろう。

 

 

 

「俺は動けないけど…ヒカリを追いかけないと」

 

 

「大丈夫…私は何時でもヒカリちゃんの側にいるんだから」

 

 

「??」

 

 

「それに……ヒカリちゃんはもうとっくの昔に…乗り越えてるよ」

 

「???」

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

寂しいのか、悲しいのか。

 

私の両親が死んだ……今更そんなことを言われても全く実感が湧かない。

 

 

私は病院の庭にあったベンチに座り込んだ。

 

 

青葉クンから聞いた瞬間……悲しいけど、あまり悲しくならなかった。

 

確か……海外のおっきい山に落ちた隕石の調査中に遭難したって……もう既に葬式まであげているのだ。

 

それからもう……4年も経っているんだ。

 

 

「涙はとっくの昔に……流しきった……か」

 

 

 

私はぼんやりと青い空を見つめる。

 

 

 

「……どうしたらいいんだろう」

 

 

「なら、私が元気をあげるよ…ヒカリちゃん」

 

 

私の前に立ったその人が思いっきり抱きついてくる。

 

 

「え、エンちゃん!?」

 

「はっはっはっ…トップアイドルのハグだよ!!」

 

 

その人は青葉ユカリ……私の大切な友達だ。

 

 

しばらく抱きつかれると……エンちゃんは私の隣に座った。

 

 

「エンちゃんが……調べてくれたの?」

 

 

青葉クンの話通りなら……の話だが。

 

 

「うん……調べたというより…見つけたって感じなんだ……ちょうど立ち寄ったホテルにヒカリちゃんの両親の写真があってね、去年まで近くの病院にいたんだって」

 

「……病院?」

 

 

「そう……意識は無かったらしいの…ずっと寝たきりだったって」

 

 

どこか…不思議だ……絵本の向こうの話を聞いているような……

 

でも……これが現実……

 

 

 

「身元を証明するものも無くて、そのまま病院で亡くなった……」

 

 

「二人は…ずっと一緒だった…?」

 

 

「……最期まで…一緒だったみたい」

 

 

「そっか……なら……良かった……」

 

 

 

この気持ちは……安堵…?

 

私は…安心していた、もしかしたら……もっと辛い状態なんじゃないかって…思ったこともあったから。

 

良かった……ん…だよね?

 

 

 

「………………」

 

 

 

「……ヒカリちゃん…?」

 

 

 

 

「やっぱり…泣けない…かな……寂しいのに、どこか実感が湧かないんだ……」

 

 

 

「……寂しい時は私が歌ってあげるよ…私がいなくても私の声はあなたの隣にある…」

 

 

 

エンちゃんが私の肩に頭を乗せた。

 

耳をすませば……街のどこかで流れるエンちゃんの曲が聞こえてくる。

 

この歌声に…どれだけ励まされたことか。

 

 

「エンちゃん…ううん、青葉お姉さん……ありがとう……もう大丈夫だよ…」

 

「そう?」

時に親友として……時に年長者として、私のことを見守ってくれる……本当にありがとう…

 

「少しは……元気出た?」

 

「…………うん」

 

私が答えると、エンちゃんはどこからか小包を取り出した。

 

 

「…………それは?」

 

「…分からない……でもヒカリちゃんの両親がずっと大切そうに持っていたって…この小包の状態で」

 

 

エンちゃんが開けてごらんと…私に手渡す。

 

綺麗なラッピングがされた箱が中に入っている。

 

 

「…………」

 

私は丁寧に包装を外し、箱の蓋を持ち上げた。

 

 

「………………これ」

 

 

 

中に入っていたのはペンダントだった。

 

星の形…よく見るとヴァンガードのクリティカルのアイコンによく似た形をしている。

 

素材は何だろう……色は透き通るような青で、黒い枠の中に収まっていた。

 

 

「…………綺麗」

 

「着けてみてよ…!」

 

 

エンちゃんに促されるまま……私はペンダントのチェーンに首を通す。

 

「……似合うかな」

 

 

「凄い良いよ!!」

 

 

問題はこの色のペンダントに合う服をあまり持っていないこと…かな。

 

 

「大切に持っていて…ね?」

 

「え…………これを私に?」

 

 

「当然!!だってたぶんヒカリちゃんの両親が、ヒカリちゃんのために用意したものだもん」

 

「私の……ため……」

 

 

 

 

私はペンダントを抱き締める。

 

ここに少しでも……二人の思いが篭っているのかな…

 

 

 

「エンちゃん……本当にありがとう」

 

 

「礼はいいって…そうだ……携帯の番号を…」

 

「あ……そうだね」

 

 

私はスマホを取り出し、エンちゃんと連絡先を交換する。

 

「そう言えば…エンちゃん……ワールドツアーの途中なんじゃあ……」

 

 

「うん、今日中には日本を出る予定だよ」

 

 

「そっか…」

 

エンちゃんは少し寂しそうにする私を見て、声をかけた。

 

 

 

「どう?…私とヴァンガード…しない?」

 

「エンちゃんと…?」

 

 

それは思いがけない提案だ……夏休み前に会った時もファイトしたっけ……

 

 

「最近忙しくて、デッキは新調したけど練習してないんだ…今のライブが終わったらまたヴァンガードの仕事もあるからね…勘を取り戻したいんだ…ね?」

 

 

「…………うん…!」

 

 

私とエンちゃんは互いにベンチの端に移動すると、不安定なベンチの上にデッキとFVを置いた。

 

「思えばカズ兄からヒカリちゃんがヴァンガードやってるって聞いたときは驚いたけど…春風ちゃんに聞いたら、春風ちゃんの影響で始めたんだってねー」

 

「あー…うん、ヴァンガードは好きになったけど、今となっては春風さんからの影響は悪影響だったって断言できるよ」

 

完全に何かに目覚めていたもの…あの頃の私。

 

 

…………今でも尾を引いている……か。

 

「春風ちゃんは変わんないなー…」

 

「うん……」

 

 

ファイトの準備が整う。

 

 

「「スタンドアップ・THE・ヴァンガード!」」

 

ギアースを使わないファイトは……久しぶりだった。

 

「私から行くよ……ラーヴァフロウ・ドラゴン(7000)にライド!!ドラゴンナイト サーデグ(5000)はヴァンガードの後ろへ!ターンエンド!!」

 

 

「…私のターン」

 

 

独特なファイトの空気……だが、最近のファイトで感じていたものと違う。

 

 

勝ちたいという思いがあることには変わりは無い。

 

 

違うのは…ファイトの先にあるものだ。

 

私は今、ファイトをしたいがために…ファイトをしている。

 

戦って思いを伝えるとか…付けられなかった決着をつけるためとか……特に変な理由があるわけじゃ無い。

 

 

だから、真剣に、ヴァンガードを遊べる。

 

自然と…全力が出る。

 

 

 

 

 

「リアガードの煉獄竜 ドラゴニック・ネオフレイム(9000)でリアガードのブラスター・ダーク・撃退者にアタック!!」

 

 

「……ノーガード…ダークは退却」

 

 

「ネオフレイムのスキル!CB1で後列のシャドウランサーを退却♪」

 

 

「……」

「リアガードのサーデグをソウルに!ジャッジバウ・撃退者を退却♪」

 

「……」

 

 

 

……違う、楽しいことには変わらない…でもそれはエンちゃんだからであって、ファイト自体はかなりエグいよ!?

 

こっちも本気で行かないと……あっという間に倒されかねない。

 

 

 

「ライド・THE・ヴァンガード!!撃退者 ファントム・ブラスター“Abyss”(11000)!!シークメイト!!」

 

更にマナ、だったん、クローダスとスペリオルコールし、新たにドリンをコール…クローダスからブラスター・ダーク・撃退者をスペリオルコールする。

 

まだ6ターン目だが、エンちゃんのトリガーの乗りが良く…私のカウンターブラスト…ダメージゾーンには4枚のカードが並んでいる。

 

 

「相変わらず……」

 

「うん?」

 

「強いよ……ね!!」

 

夏に戦った時……まだ双闘を使っていなかった頃も私はエンちゃんに負けていた。

 

 

私の攻撃は次々と止められていく。

 

 

「エターナルアビス発動…スタンド!そしてアタック!」

 

「プロテクトオーブ・ドラゴンで完全ガード♪」

 

 

「ダークなら……」

 

「バルバラでガード♪」

 

 

これで私のターンは終わり……私はずっと気になっていたことを聞いてみた。

 

 

「エンちゃんは…ヴァンガードは好き?」

 

 

「んー好きだよ」

 

 

「……どういう所が?」

 

 

「……そうだね…」

 

 

エンちゃんは私の質問を考えながら、ドラゴニック・オーバーロード “The X”というユニットのシークメイトを発動させた。

 

 

「……イラストが大きい所かな」

 

「……そこ?」

 

「ごちゃごちゃとしたフレームが少ないというかどのカードもイラストがちゃんと存在感出してる所が好きだよ」

 

なるほど……そういう意見もあるか……

 

 

「ヒカリちゃんは?」

 

「私は……カードゲームとしての物語と惑星クレイの物語がちゃんと線引きされている所かな…」

 

「なるほどね……あ、ジ・エンドとレギオンして山札からThe Xを手札に加えるね」

 

いつのまにかレギオンが完成していた。

 

 

「…ジ・エンドが今も私の目の前にいるなんて……」

 

 

ドラゴニック・オーバーロード・ジ・エンドといえば、ファントム・ブラスター・オーバーロードと同じ頃のユニットだ。

 

それが再びヴァンガードサークルに立っている所を見ると……感動する。

 

 

いつか昔の奈落竜もこんな風に復権するのだろうか…いや、無いかな……

 

 

「オーバーロードでアタック!!」

 

「完全ガード!!」

 

 

そもそもダメージは4点……ヴァンガードの攻撃を受けられる状態では無い上に、ジ・エンドのアタックということはアタックヒット時にスタンドするかもしれないのだ……ますますノーガードとは言えない。

 

エンちゃんがドライブチェックを終える。

 

 

「じゃあThe Xのペルソナブラストで残りのリアガードを退却♪」

 

「……」

 

 

その後の攻撃を防ぐものの、少しずつ確実に戦力が削られている。

 

このままじゃあ…退却コストにするリアガードまで焼き払われかねない。

 

……だったら。

 

私の瞳が緋色に輝く。

 

 

…展開する余裕がある内に……ドラグルーラーで点を詰める!!

 

そうして私が山札に手を伸ばそうとした時……

 

 

 

「……え?」

 

「うん?」

 

 

私のペンダントが…その色を変えて行くことに気がついた。

 

 

透き通るような青から…美しい緋色に……

 

 

 

それはまるで…“ギアースシステム”の現象にそっくりだった。

 

 

違うのは……私が“力”を使うことを止めても…その色は元に戻らなかった点……

 

 

「これ……どういう……?」

 

「さぁ……私にも分からないけど…」

 

 

……赤と黒……私の持ってる服に合いそうな色合いに変わって良かった……と思うべきか……?

 

 

 

 

結局、この後も続いたファイトは私の敗北で決着がついた。

 

 

「じゃあ…またね」

 

 

「…うん」

 

 

 

エンちゃんはもう一度青葉クンの病室に寄った後…仕事へと向かった。

 

 

 

私はしばらく、病院の庭で緋色に変わったペンダントを眺めている。

 

 

 

「両親の形見……か」

 

 

まさか…今更そんなものが渡されるとは思っていなかった。

 

 

ペンダントの色が変わったのは……どういう仕掛けか分からない。

 

 

でも……私が昔よりも成長したと…母さんと父さんが喜んでくれたと解釈するのなら……嬉しいかな。

 

 

 

 

 

 

 

いや、無いか……カードゲームしてる時に変色したんだもんね…………

 

 

 

 

何となくがっかりした私のことを夕方の月が優しく照らしていた。

 

 

 

 



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067 ビフレストを越えて

ーー月夜。

 

 

私、深見ヒカリは薄暗い部屋の中で形見のペンダントを眺めていた。

 

 

それは美しい緋色をしていた……奈落竜と同じ…いや、“力”を使った時の私の瞳と同じ色だ。

 

 

 

一体これは何なのだろうか。

 

 

私は知らない。

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

数週間後。

 

 

 

 

「………………………」

 

 

 

舞原クンは海外へ。

 

青葉クンはまだ入院中。

 

天乃原さんは受験勉強。

 

ユズキは…神出鬼没。

 

 

 

すっかり学校で話し相手が居なくなった私は、いつもより“……”の数が多くなっていた。

 

 

 

「………………………」

 

 

 

そう言えば…昨日、言葉発しなかったな…

 

 

放課後、私は真っ直ぐ玄関に向かうと外靴に履き替えた。

 

 

最近は喫茶ふろんてぃあでカグヤさんの情報を集めてから、軽く捜索……というのが日課になっている。

 

 

青葉クンのお見舞いに行ってもいいのだが、大抵先にお見舞いの友達がいる。

 

 

しかも毎回違う人だ…男だったり女だったり。

 

…………あれ……青葉クンってそんなに友達多いの?

 

 

…私、中学の頃スイカ斬り(31話参照)で怪我しても親衛隊しかお見舞いが……あれ…?

 

 

 

 

 

……………………あれ?

 

 

 

 

 

……まぁ…………いいや、人それぞれだ。

 

 

 

 

 

喫茶ふろんてぃあで店長からいつも通りの“いや、来てないな”というセリフを聞いた私は天台坂の駅前へと歩く。

 

駅前はそれなりに大きな家電量販店があり、中のCDコーナーではエンちゃんこと葉月ユカリの新曲“マクロターボ!!”のコーナーが作られていた。

 

おもちゃコーナーではヴァンガードも売られている。

 

新しくネオネクタールとアクアフォースのトライアルデッキ、そして新ブースター 風雅天翔が発売されたばかりだ。

 

来月の頭にはディメンジョンポリスのエクストラブースターも発売するとかしないとか。

 

 

 

「……………………」

 

 

 

こういう物を見ていると月日の流れを感じる。

 

……少しでも楽しいことを考えよう。

……来月の末には待ちに待った……シャドウパラディンのトライアルデッキ(仮)…そして正月は季節外れのFCパック。

 

……楽しみだよ。

 

 

 

心の中で明るい話題を思い出しつつ、私は自宅への道を歩き出した。

 

 

 

「はぁ…………」

 

 

結局今日も収穫無しか……

 

 

 

「……………………はぁ」

 

 

 

流れるように時間が過ぎていく。

 

このまま人生も過ぎていくのだろうか。

 

 

…………一人で死ぬのかな。

 

 

何となく沈んだ気持ちを抱えたまま…私は家まで帰ってきた。

 

「………………?」

 

 

私は家のポストに蒼い封筒が入っていることに気がついた。

 

 

 

その蒼はカグヤさんのファイト中の瞳を思い出させる。

 

封筒の表面にはカグヤさんが着ていた着物にも描かれていたマークがあった……後に発表された情報によるとこのマークは“ジェネシスのクランアイコン”らしい。

 

でも……何でそんな…………まさか……

 

 

私は駆け足で家に上がると、差出人不明の封筒をハサミで開ける。

 

出てきたのは1枚の封筒……

 

 

 

「…………!!」

 

 

 

 

ーー深見ヒカリ様……あなたを当社主催のヴァンガードCS……“ビフレスト”へと招待しますーー

 

ーー三日月グループ代表取締役社長 美空月乃ーー

 

 

 

「次の日曜……朝7時に百花町のバスターミナルに集合……か……」

 

 

 

罠……いや、チャンスだ。

 

まさに降って沸いた話……でも…“ビフレスト”は地上と神々の世界を繋ぐ橋…きっとその先にカグヤさんはいる。

あの社長が何を狙っているか等、関係ない。

 

道が……橋が架かったのだ……渡るしか無いだろう。

 

 

 

「……行こう」

 

 

私は自室に向かいクローゼットを開く。

 

勝負服は……いつでも準備万端だ。

 

当日のコーディネートを考えつつ、私は机の上に置かれたデッキを手に取る。

 

 

 

 

「もう一度カグヤさんと会いたい……だから…力を貸して、皆……!!」

 

 

そんな私の言葉に答えるように、デッキの側に置いてあったペンダントは……ゆっくりと点滅するのだった。

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

 

日曜日。

 

 

私が百花町のバスターミナルまで赴くと、そこにはすっかり見慣れた金髪の少年がいた。

 

 

 

 

「………………あ、神沢クン」

 

「先輩……本当にゴスロリ好きなんだな」

 

 

 

…そういう神沢クンこそ女装……は、してないか。

 

 

朝6時50分……百花町のバスターミナルには3人の人間が立っていた。

 

一人は私……深見ヒカリ。

 

勝負服ということで今日はゴスロリ…今回はペンダントも合わせてみた。

 

 

もう一人は神沢クン…私と同じようにビフレストCSの招待状が届いたらしい。

 

オレンジ色のパーカーを来ている普通の少年姿だ。

 

 

そして最後は……

 

 

「えっと……冥加さん……だよね、深見ヒカリです」

 

「……?……はい……冥加マコトです」

 

 

神沢クンの後輩……つまり私の後輩にも当たる冥加さん……初対面だ。

 

 

「冥加さんも……この封筒で?」

 

「ええ…どういうことか」

 

「冥加さんもヴァンガードやってるのか…」

 

「いえ、やってませんし、デッキも持ってません」

 

「「え?」」

 

 

……ヴァンガードの大会って書いてあるけど…デッキを持っていく気すら無いだと……

 

 

「あと、お二人ともボクより年上なんですから、敬語は止めてください」

「「は、はい」」

 

そんな会話をしているうちに黒塗りの怪しさ満点のバスがやって来た。

 

あの時と……“ラグナレクCS”の時と同じだ。

 

中から黒服の男達が現れ、私たちを呼ぶ。

 

バスの中には既に何人かが乗っていた。

 

私たちも乗り込んでいく。

 

 

その時、冥加さんが呟いた。

 

 

「…ッキ…昔は………った………ね」

 

「……?」

 

 

 

よく……聞こえなかった。

 

聞き返すタイミングも無く、私たちが座席につくとバスはすぐ出発してしまう。

 

真っ暗なバスの中……私のペンダントだけが輝いている。

 

 

それによって私は車内の注目を集めていた。

 

「先輩…それ電源オフに出来ないのか?」

 

「いや……電源とかじゃ無いんだよね……」

 

 

そんな私を見てくる視線の中に、知っている顔を見つけた。

 

「……あ」

 

「か、こ、こんにちわ…」

 

VFGPで青葉クンと戦った……確か、霧谷クン。

 

 

「ふふ…こんにちわ♪」

 

 

そしてユズキのチームメイト…城戸イヨさん。

 

二人ともあまり話したことは無いが、印象には残っていた。

 

 

私は二人の方に身を乗り出す。

 

「……ここにいるってことは…二人も…」

 

 

「あ、ああ……そうだよ」

 

「この…私の魅力を引き立ててくれるような蒼い色の封筒が届いたの」

 

 

……これは一体どういう人選なのだろう。

 

 

 

そんな事を考えている間も、バスは走り続けた。

 

私は頭の中で状況を確認する。

 

 

突如送られた封筒、ほいほい集まるファイター、黒塗りのバス、行き先不明……

 

ここまで気にしていなかったが……これはまるで。

 

 

 

「…………誘拐」

 

 

思わず言葉が出る。

 

 

「…先輩…怖いこと言うなよ」

 

「神沢先輩…この状況下でその可能性を考えない方が無理です」

 

「……いざとなったらヒカリちゃんは僕が…」

 

「この私に見惚れてしまったファンの犯行かしら」

 

 

 

 

……とか言ってたけど、まぁ……特に何事も無く私たちは“会場”まで到着した。

 

 

地下駐車場らしき場所でバスを降りた私たちは黒服の男の案内でその建物を進む。

 

そして建物の奥…扉の向こうにあった景色は、私のよく知るものだった。

 

 

……巨大なホール……ここは……

 

「神沢クン……」

 

「ああ…ここは……」

 

 

 

ここは以前……ラグナレクCSが行われた会場だ。

 

 

 

試作型のMFSは既に無いが、代わりにギアースが設置されている。

 

 

 

既に会場には他の参加者が集まっていた。

 

こちらを見たその中の一人がやって来る。

 

 

「…あんた…スクルドっ!!」

 

「…………あぁ…アクフォの」

 

 

その人は……えっと…天海レイナさん。

 

VFGPで神沢クンと戦っていた人で、前回のVCGPの準優勝者だそうだ。

 

 

 

「ここで会ったが百年目…リベンジ果たすから!」

「……関西弁じゃないのか?」

 

「なっ……っう……今日は大阪チームの天海レイナじゃない!…東京育ちの天海レイナだ!!」

「……知らん」

 

 

 

そんな天海さんが私の存在に気づいた。

 

 

「あなた……ベルダンディの…深見ヒカリさん?」

 

「え……あ…………はい」

 

「本物だ……私、感激だ………良かったら後でファイトして貰えるかな」

 

「わ、私でよければ……」

 

 

こういうフレンドリーな人に……私もなりたい。

 

 

回りを見ると、他の人たちも談笑をしていた。

 

大体……私たちを合わせて20人くらい…?

 

 

『ふふふふふ……』

 

 

突然会場に謎の笑い声が響く。

 

談笑していた人たちも辺りを見回していた。

 

 

この声は……

 

 

「美空……ツキノ社長…」

 

『この約束の地に集いし者達よ……まずは感謝します……私の名は美空ツキノ』

 

 

 

……なんというか、この人の話し方は昔の自分を思い出して嫌なんだよね……

 

 

 

『今日、この私があなた達に望むことはただ一つ……それは覚醒』

 

……?

 

 

『今、この場所には選ばれし種子…運命の歯車に選ばれた素質ある者達と…その“力”を開花させ、天命を制する神子達がいます』

 

 

…………いや、この人は私よりヤバい。

 

 

『戦いなさい…愛しのウルド、スクルド、ヴェルダンディ……そしてそれに続く者達…………神話におけるノルンは数多に存在したと言われています…あなた達もまた……そうであるでしょう』

 

 

ノルン…か……

 

 

『あら…3名程…来てくれなかった子もいたようね……舞原ジュリアン…青葉ユカリ…神沢コハク……』

 

 

 

「……神沢クン」

 

 

神沢コハクさんと言えば、ここにいる神沢クンのお兄さんだ……私は確認するように神沢クンの方を見た。

 

 

「ああ…兄さん宛にも来ていた……兄さんはそれを破り捨てたけどな……」

 

……まぁ、こんなところにほいほいやって来る私たちがどうかしているのだろうけど……

 

美空社長が言葉を続ける。

 

 

『今、ここにいる21人のファイター、21のクランの使い手には3ブロックに分かれてトーナメントしてもらうわ…各ブロックの優勝者とウルドを交えて決勝戦……シンプルでしょう?』

 

トーナメント…つまり一敗した時点で終了ということだ。

 

しかもウルド…カグヤさんと確実に戦うためには決勝まで勝ち抜かなければならない。

 

自然と私の手に力が入る。

 

 

 

「ボク…デッキ無いけど?」

 

そう呟いたのは冥加さん……

 

『ええ、知っているわ…冥加マコトさん』

 

 

冥加さんの呟きに反応する美空社長…こちらの声は聞こえているということか。

 

 

『受け取りなさい…この天からの祝福を…』

 

奥の扉から、黒服の男がやって来て冥加さんに無理やりデッキを握らせる……

 

 

「ボクは……」

 

『質問や意見は優勝したなら聞いてあげるわ』

 

「…………」

 

『そして…優勝者には最高の賞品も用意してある…目指しなさい……この虹の頂点を!!!』

 

 

 

……一体何がしたいのだろう。

 

 

会場の大きなモニターに対戦表が表示された。

 

 

私はAブロック…神沢クンはBか……

 

 

 

「……トーナメントか」

 

 

「…どう思う?神沢クン…」

 

 

「……俺は……ただファイトするだけだ」

 

「だね……私もだよ」

 

 

 

目的はただ一つ……カグヤさんの元へ行くことだけ。

 

なら……戦う。

 

そして……勝つ!!

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

その様子を、美空ツキノは別室から眺めていた。

 

 

 

そしてそこには…美空カグヤもいた。

 

 

「……お母様」

 

「何かしら?」

 

「目的は…何なんですか……これも…あれのためなのですか?」

 

「ええ……だからあなたも準備をなさい…カグヤ」

 

「……はい」

 

 

美空カグヤは部屋を出ていく。

 

 

「ギアースの進化……もうすぐよ…もうすぐ規定値まで届くわ…………あなた……」

 

 

静まり返った部屋に、美空ツキノの言葉が反響するのだった。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

そしてファイトは始まった。

 

 

 

 

(俺はただ…リベンジのために戦うだけだ!!)

 

神沢ラシンはFVを繰り出す。

 

 

「スタンドアップ・my・ヴァンガード!!」

 

 

相手のファイターは反応が無い……いや、ちゃんとFVは出している。

 

バーン、バーン

 

男は薄ら笑いを浮かべながら意味もなくギアーステーブルを叩いていた。

 

 

(……)

 

 

このギアースシステムが流通してから大きく変わったことが2つある。

 

1つは、デッキのシャッフルをテーブルが自動で行ってくれるためネオネクタール等、今までシャッフルが多く効果の処理に時間が掛かっていたクランでもスムーズにファイトを進行できるようになったこと。

 

 

 

 

「ひゃっひゃっ……ひひ……ひひひ…へへぇw」

 

<春待ちの乙女 オズから萌芽の乙女 ディアンにライドしました>

 

 

「うえっうええ…うへへへ……ひょー……www」

 

パシン、パシン、パシン

<ファイターがターンエンドを宣言しました>

 

 

 

もう一つはファイトの進行状況が周りの立体モニターに表示されるため、ちょっとアレな人が相手でもちゃんとファイトを進めることができることだ。

 

 

(だが、あんまり長くは……ファイトしたくないな)

 

 

「俺のターン…ドロー!!疾駆の解放者 ヨセフスにライド!!FV…情火の解放者 グウィードはヨセフスの後ろにコール!!」

 

 

神沢ラシンの新たなFV…情火の解放者 グウィードはヨセフスとハイタッチをしながら後列へと下がっていく。

 

ヒカリ…そしてカグヤとのファイトを経て神沢ラシンのデッキも変化していた。

 

 

「ひゃっ……ひょーっひょーっwwwwww」

 

「さぁ……行くぞ!!!」

 

 

 

 

 

 

別のブロックでも既にファイトは始まっていた。

 

 

 

 

 

「俺様、強い、おまえ、負ける!!最強超越ジェネレーション!!」

 

 

Cブロック……ギアースシステムによって再現された雨雲を切り裂くように真っ赤な竜が表れる。

 

 

「征天覇竜 コンクエスト・ドラゴン!!ドラゴニック・ヴァンキッシャー、スキル!!お前は前列、一体、退却、バインド!!ヒャッハーっ!!イヤッハーーっ!!」

 

 

「無理だね」

 

「ああん?…お前、意味、不明…退却させろ」

 

 

「ギアースを確認しな、もうストライドスキルの発動処理は終わっているから」

 

 

男はギアースを確認する。

<ストライドスキルの効果発動、確認しました>

 

 

「何で?なら、コンクエスト、ペルソナ…」

 

「止めておきな…あんたのそれじゃ私のリアガードは飛ばせない」

 

「何……!?」

 

 

相手の女性……天海レイナは微笑みながら言う。

 

 

「私の前列にいる2体のリアガード……蒼嵐水将 ミロスには“抵抗”というスキルがある……このスキルを持ったユニットはね……相手のカードの効果じゃ選べないんだよ!!」

 

 

「っ!?」

 

 

「さっさとかかってきな……私のアクアフォースが相手するよ!!」

 

 

 

 

 

良くも悪くも…個性的なファイターがここには集まっていた。

 

 

「行っくよー!!私のターン!!ドロー!!」

 

……来る。

 

 

「私の道を…照らして!!ライド!!輝ける未来 エリア!!」

 

 

 

眩い光の中から白衣の天使が現れた。

 

 

「……エリア」

 

 

綺麗な翠の髪……二つのお団子…ミニスカート……

 

エンジェルフェザーのユニット?………だけど私は知らない…少なくとも春風さんは使っていなかったユニットだ。

 

「更にエリアをコール!Vのエリアにパワー+3000、薬剤の弾丸 エルミエルをコールして全てのエリアにパワー+3000!エルミエルを上書きコール!もう一度!!」

 

これは……来るね……

 

相手の女性がリアガードから仕掛けてくる。

 

「光の弾幕 ベスネルのブースト、薬剤の弾丸 エルミエルでモルドレッドにアタック!!」

 

<18000>

 

 

私はノーガードを宣言……エルミエルの攻撃はモルドレッドに直撃した。

 

4点目のダメージが落とされる。

 

 

「エルミエルのスキル…CB1、自身をダメージに置いてダメージから輝ける未来 エリアをスペリオルコールだっよー!!他のエリアにパワー+3000、ダメージゾーンにカードを置いたから、Vの後ろのサウザンドレイ・ペガサスはパワー+2000だ!!」

目まぐるしくパワーが上昇していく。

 

 

「リアガードのエリアでブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”にアタック!!」

 

<10000>

 

 

新しくスペコされたエリアがブラスター・ダークに向かって光のメスを投げつける。

 

私は……これもノーガードした。

 

 

 

「リアガードのエリア!!ベスネルのブーストでモルドレッドにアタック!!」

 

<27000>

 

 

……またリアガードから…?

 

「……ノーガード、ダメージはブラスター・ダーク・撃退者」

 

 

彼女は残ったヴァンガードで最後の攻撃を仕掛けてくる。

 

「サウザンドレイ・ペガサスのブースト、輝ける未来 エリアでモルドレッドにアタック!!」

 

<31000>

 

 

可憐な天使が、何も存在しない空間から光のメスを取りだし…モルドレッドへと突撃してくる。

 

この攻撃は…受けられない。

 

 

「マクリール…完全ガード!!」

 

モルドレッドの上から飛び込んできたマクリールがエリアの光のメスをしっかりと受け止める。

 

エリアは思わず機嫌の悪そうな顔をした。

 

 

「まだ、まだ……タイムオブ・ドライブチェック!」

 

 

エリアとは真逆にまだ終わっていない…という顔をした相手の女性は山札に手を伸ばす。

 

 

「その1!!幸せの鐘 ノキエル!!スタンドトリガー!!リアガードのエリアをスタンド!パワーもエリアに!!」

 

 

大きくパワーを上昇させていたエリアがスタンドする……トリガーも乗って単体パワー24000…これは強力だ。

 

「その2…またまた!幸せの鐘 ノキエル!!スタンドトリガー!!」

 

 

もう一体のエリアもスタンドする……

 

 

この状況を見越して先にリアガードで…?まさかそんなバカな……ダブルスタンドをここで狙って撃つなんてこと……

 

 

私の中で先程の美空社長の言葉が甦る。

 

 

 

ーー運命の歯車に選ばれた素質ある者達ーー

 

 

 

「……そういう」

 

「エリアでヴァンガードのモルドレッドにアタックだよ!!」

 

<15000>

 

 

 

モルドレッドに斬りかかるエリアを、ブラスター・ダークが払い退ける。

 

ガードに使ったのはブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”だ。

 

 

 

「最後!輝ける未来 エリア……やっちゃえ!!」

 

<24000>

 

見知らぬユニット…狙ったかのようなスタンドトリガー……

 

なるほど…第4、第5のノルンを探すための大会…という訳か……癖のあるファイターが集まるわけだ。

だけど……相手がノルンだろうが…カグヤさんと向き合うまで負けるわけにはいかない!!

 

 

「撃退者 エアレイド・ドラゴン、鋭峰の撃退者 シャドウランサーでガード!!」

エリアのメスをシャドウランサーが受け止め、エアレイド・ドラゴンがエリアを吹き飛ばす。

 

 

「ううう…ターンエンドです……」

 

「私の…ターン!!スタンドandドロー!!」

 

 

 

私は手札からファントム・ブラスター“Abyss”をドロップ……モルドレッド・ファントムは光に包まれた。

 

 

 

「世界を導く救世の光…それは永久の調和と無限の再生!!ストライド・THE・ヴァンガード!!」

 

 

現れるのは美しく神秘的な銀色の……竜。

 

 

「ハーモニクス・メサイア!!!」

 

 

私はそのままアタックへと入る。

 

 

 

「だったんのブースト……ハーモニクス・メサイアで行くよ、希望を紡ぐ無限の閃光!!」

 

 

 

ハーモニクス・メサイアの身体全体が黄金に輝く。

 

その両手には膨大なエネルギーが集中していた。

 

 

 

「グロリアス・シンフォニー!!!!」

 

「の、ノーガード!!」

 

私の掛け声と共に、メサイアはエネルギーを解き放つ。

眩い光に周囲が包まれた。

 

 

そして、その後に残されていたのは私が引いた2枚のクリティカルトリガーにブラスター・ダーク・撃退者と相手の6枚になったダメージゾーン……

 

 

私は戦いを終え、ゆっくりと消えていくハーモニクス・メサイアと拳を合わせる。

 

実際触れることができる訳じゃない…でも今ので私の気合いは…ばっちり入った。

 

私はゆっくりと深呼吸をする。

 

 

「……よし」

 

 

対戦相手であったエンジェルフェザーの女性と挨拶を交わし、別れると私は次の対戦相手を待つ。

 

まだ…ビフレストCSは始まったばかりなんだ。

 

 

 

 



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068 ミッドガルドの閃光

突如開催されることになったビフレストCS…私、深見ヒカリはこの大会で美空カグヤさんと会うために参加していた。

 

カグヤさんと会うためにはトーナメントを突破し、決勝ブロックへ進出するしかない。

 

1戦目…エンジェルフェザー…輝ける未来 エリアを使う女性ファイターとの戦いに無事勝利した私は2回戦へと進むのだった。

 

 

 

「……次の相手は…あ」

 

「よろしくお願いしますね……えっと…深見先輩」

 

 

私の前に現れたのは冥加さんだった。

 

 

「ううん…こちらこそよろしく」

 

「……はい」

 

 

私たちはギアースシステムの指示に従いながら、ファイトの準備を始める。

 

 

「そのデッキ…」

 

「何なんでしょうね……全く…」

 

 

冥加さんのデッキはここに来てから渡された物だ…まだ本人も慣れていないだろう。

 

……冥加さんの口振りからすると以前はやってたんだろうけど…何かあったんだろうか。

 

 

ギアースシステムによって先攻後攻が決められる。

 

私は……後攻か。

 

「ルールは…大丈夫?」

 

「……問題無いです」

 

ギアースシステムの光の中……戦いが始まる。

 

 

「スタンドアップ・THE・ヴァンガード!」

 

「スタンドアップ、ヴァンガード」

 

 

 

私のFVはジャッジバウ・撃退者…冥加さんは……

 

 

 

「……タイムピース・ドラコキッド?……ギア…クロニクル…………」

 

「……って言うらしいですね」

 

 

 

可愛らしい…青い竜は新しいクランのユニットだった。

 

能力は……普通に山札の上5枚からグレード3を探す互換か……

 

 

 

 

「では……ボクの先攻…ドロー、スチームファイター メスヘデにライド」

 

 

 

「メスヘ………って……え?」

 

 

 

光と共に現れた金髪の青年はこっちを見て手を振る。

 

それは私が以前出会った青年と瓜二つで……

 

 

 

ーーよっ…ヒカリちゃん!ーー

 

 

……そう聞こえたのは幻聴だろう…いや、そう思いたい。

 

 

「……さっきとモーションが違うんですが…」

「たぶん……私のイメージが影響したんだと思う」

 

「……ターンエンド」

 

 

冥加さんはタイムピース・ドラコキッドをVの後ろに置いてターンエンドを宣言した…次は私のターンか……

 

 

……しかしメスヘデさんはギアクロニクルだったんだ…ということはあの時、天乃原さん達と一緒に居たって言うウルルさんやエルルさんも……?

 

 

これは後で…ギアクロニクルの設定を調べる必要があるかな……

 

私はもやもやと考えながらカードをドローする。

 

 

 

「ライド…撃退者 ダークボンド・トランペッター!ジャッジバウはその後ろに置いてブースト!そしてアタック!!」

<11000>

 

「スチームメイデン ウルルでガード」

 

「おお…」

 

「……?」

 

 

確かに私も少しだけ会ったことのある、あのウルルさんだ。

 

だったんをサポートするようにメスヘデさんに飛びかかるジャッジバウをウルルさんが軽くいなす。

 

ドライブチェックで出てきたのはファントム・ブラスター“Abyss”…アタックはヒットしない、いや…トリガーが出ていてもヒットはしていなかった。

 

「えっと…ターンエンド」

 

「凄いんですね…この…ギアースって」

 

「本当にね…」

 

私と冥加さんは周りを見回す。

 

ユニットだけでなく、フィールド等の背景もきちんと表示されているのがこの機械の凄いところだ。

 

 

「……ボクのターン…ドロー……えっと……レリックマスター・ドラゴンにライド、ブーストしてアタック」

 

<13000>

 

「ノーガード…だよ」

 

「……ドライブチェック…レリックマスター・ドラゴン、トリガー無し」

 

「ダメージチェック…うん、氷結の撃退者…ドロートリガーだから1枚ドロー…あ」

 

 

私がドローしたのは…ずっとピン差ししていたもののここ最近出番が無かったカードだ。

 

 

「…ターンエンドです」

 

「なら私のターンだね」

 

 

ここで私はずっと聞いて見たかったことを聞いてみる。

 

「ヴァンガード…昔やってたの?」

 

「ええ…まぁ……半年くらい」

 

 

半年……か。

 

「でも、こうやってもう一度やってみると…結構面白かったんですね」

 

「……そうかな」

 

私は少し躊躇いがちに答える。

 

楽しさ…というのはやはり具体的に言葉にしにくいものがある。

 

人というのはどこか卑屈で、楽しさや幸せといったものを口に出すと……本当にそうなのかと疑問を感じてしまうんだ。

 

……私だけ…かな。

 

 

 

「スタンドandドロー……ブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”にライド…」

 

「ボク、2年くらい前に北宮って町に引っ越してきたんです」

 

……北宮。

 

 

「…そこの小学校は地元の中学生がよくバイクで突っ込んでくるような場所で…ずっと荒れていた」

 

「………」

 

「その頃、北宮で最初に出来た友達がヴァンガードを教えてくれたんです…」

 

冥加さんは懐かしそうに語る。

 

「……詭計の撃退者 マナをコール……スキルで山札から鋭峰の撃退者 シャドウランサーをスペリオルコール……スキルで手札のファントム“Abyss”をドロップし、山札からモルドレッドをドロー…………その頃は楽しく…なかった?」

 

今の話を聞くだけなら…とても楽しかったと思えるけど……

 

「……その頃から中学生は大人しくなったけど、まだ小学校の中は荒れていて…ちょっと楽しむ余裕が無かったんです」

 

 

「楽しむ…余裕……」

 

 

「今、ボクがこの場所にいる理由はあの社長さんに問い詰めたいですが……こうしてヴァンガードに触れることが出来たのは……良かったのかもしれないです」

 

 

冥加さんのその姿、その言葉はどこか…半年前の自分に重なった。

 

 

ヴァンガードを楽しむ余裕……

 

それはきっと…心の余裕ということだ。

 

 

私は痛々しい発言を繰り返していた当時の自分の姿に悶絶し、追い詰められた。

 

……今ではある程度受け入れて…若干ぶり返しつつあるけど…いや、それもどうかとは思ってるけど……とにかく立ち直ることができた。

 

……もしかしたらカグヤさんにも、自身の能力以外に心を追い詰めている要因があるのかもしれない。

 

 

例えば……あの社長……

 

 

 

「……」

 

「ごめんなさい…うるさかったですよね」

 

「ううん…いい話が聞けたよ……ありがとう」

 

 

さて…やっぱりこの勝負…負ける訳にはいかないね……いい話を聞かせてもらったんだ…いいファイトで返さないと。

 

 

「行くよ…ジャッジバウのブースト、ブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”…アタック!」

 

<14000>

 

「ノーガード……です!」

 

 

私の手は山札へと伸びる。

 

「ドライブチェック…詭計の撃退者 マナ!トリガー無しだよ」

 

一閃。

 

ブラスター・ダークはレリックマスター・ドラゴンを切り伏せる。

 

 

「ダメージチェック……スチールメイデン ウルル…ヒールトリガー…回復はしませんが、パワーはヴァンガードに与えます」

 

「だったら……シャドウランサーのブーストしたマナでアタック!!」

 

<15000>

 

「……ラッキーポット・ドラコキッドでガード!」

 

マナが繰り出した強烈な蹴りを、ラッキーポット・ドラコキッドが体で受け止める。

 

これでこのターンは終わりだ……マナのスキルで呼び出されたシャドウランサーはデッキの中へと帰っていく。

 

 

「ターンエンド…」

 

 

ダメージは1vs1…試合運びは上々…いや、もう少しダメージは与えておきたかったか……

 

 

「ボクのターン…スタンド、ドロー……ニキシーナンバー・ドラゴンにライド!!」

 

 

グレード3……ニキシーナンバー・ドラゴン……どうやらシークメイト能力を持っているらしいけど、まだ私がグレード2であるため、それは使えない。

 

 

「スチームナイト ザングをコール!」

 

 

冥加さんはリアガードを展開してくる。

 

ギアドラゴンにギアロイド…その種族名の通り、体の各所に歯車のような意匠が見てとれる。

 

なかなか格好いいじゃないか。

 

 

「タイムピースのブースト…ニキシーナンバーでヴァンガードにアタック!」

 

<18000>

 

ニキシーのパワー11000…タイムピースのパワー4000…そしてニキシーのスキルでVアタック時、中央列に他のユニットがいることでパワー+3000……

 

「ノーガード…だよ!」

 

「ドライブ…チェック!!」

 

その結果はクリティカルトリガーとグレード3のルインディスポーザル・ドラゴン……

 

ダメージ2点を受けた私はダメージトリガーを発動することも叶わず3点まで喰らってしまった。

 

「トリガーを乗せたザングで…ヴァンガードに!」

 

<14000>

 

「暗黒医術の撃退者でガード…!!」

 

「……ターンエンド、です」

ダメージは3vs1……私は5枚の手札を見つめる。

 

相手のダメージは1点、彼女の手札も大体は把握できてる…これはファイナルターンまでの道が見えたかもしれない。

 

…まだ、その時では無い……けどね。

 

 

「私のターン…スタンドandドロー…世界の優しさと痛みを知る漆黒の騎士よ!我らを導く先導者となれ!!ライド・THE・ヴァンガード!!モルドレッド・ファントム!!」

 

 

舞原クンよりも暗い銀の髪を棚引かせ……幽幻の騎士が戦場に立つ。

 

「そして……ファントム・ブラスター“Abyss”をドロップ…ジェネレーションゾーン開放!!」

 

 

このユニットの力にもそろそろ慣れてきた。

 

 

「救世の光は調和と再生をもたらす!!ストライド・THE・ヴァンガード…ハーモニクス・メサイア!!」

 

 

私は続けてグレード1のマスカレードをコールする…今は余り手札を使いたくない。

 

 

「ジャッジバウでブースト…ハーモニクス・メサイアの…グロリアス・シンフォニー!!」

 

<32000>

 

「……っ完全ガード!!」

 

 

ハーモニクス・メサイアの放つ光の奔流を、機械仕掛けの鳥のようなユニットが受け止める。

 

トリプルドライブは順番に、督戦の撃退者 ドリン、無常の撃退者 マスカレード、氷結の撃退者…ドロートリガーだ。

 

「トリガーのパワーを乗せたマスカレードで…ヴァンガードにアタック!!」

 

<15000>

「ノーガード…ダメージは引っ込み思案のギアレイブン……」

 

 

これでダメージは3vs2…

 

 

「ターンエンドだよ…」

 

「…ボクのターン…スタンド、ドロー…そして…双闘起動!!スチームナイト ザング!!」

 

私の前に並び立ったのはニキシーナンバー・ドラゴンとスチームナイト ザングのレギオンだった。

 

 

「レリックマスター・ドラゴンをコール…CB2でジャッジバウ・撃退者を山札の下に!!」

 

「……!」

 

 

空に出現した魔方陣の中へとジャッジバウが吸い込まれていく。

 

これがギアクロニクルの特性……デッキバウンス…そして…

 

 

「ニキシーナンバー・ドラゴンのスキル!!このターン中、このユニットのヴァンガードへの攻撃であなたはグレード1以上のカードをガードに使えない!」

 

 

…そして、ガード制限。

 

 

冥加さんはレリックマスターの後ろにメスヘデさんをコールすると、アタックに入った。

 

 

 

「タイムピースのブースト…ニキシーナンバー、ザングでヴァンガードにアタック!!」

 

<27000 G1以上を手札からガードに使えない>

 

 

ニキシーナンバー・ドラゴンがその巨大な爪を構え、モルドレッドに突撃する。

 

「ここは……ノーガード」

 

「……ドライブチェック」

 

 

ツインドライブによってクリティカルトリガーとスチームナイト プズル・イリが手札へ加えられる。

 

ダメージは2点……ニキシーナンバーの攻撃も二度、モルドレッドに叩き込まれる。

 

 

「ダメージチェック…ブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”……そして、暗黒の撃退者 マクリール…トリガー無し…だね」

 

 

これで私のダメージは5点だ。

 

 

「メスヘデのブーストしたレリックマスターで…」

「厳格なる撃退者、氷結の撃退者でガード…」

流石に次の点は……あげられない。

 

 

「ターンエンド……です」

 

「うん……なら……」

 

 

ダメージは5vs2……冥加さんのダメージに余裕はある…でも、それもここまでだよ……!!

 

 

「魅せるよ…ファイナルターン!!」

 

「!!」

 

 

私はユニットをスタンドさせ、ドローする。

 

そして……

 

 

「誰よりも世界を愛し者よ!!」

 

 

このユニットは使う度に…自分でもワクワクする。

 

 

 

「奈落の闇さえ光と変えて…今再び、共に戦おう!!!クロスブレイクライド・THE・ヴァンガード!!!」

 

 

 

思えば…ギアースシステムが普及してからこのユニットをギアースで使うのは初めてだった。

 

 

 

 

「撃退者 ドラグルーラー・ファントム!!!」

 

 

 

緋色のマント…漆黒の体……そして蒼く、美しく輝く鎧の宝石。

 

言葉で言い表せない…この感動。

 

 

 

共に戦える喜び……さぁ……行こう。

 

 

 

「ブレイクライドスキル…CB1、パワー+10000…そして山札から撃退者 ダークボンド・トランペッターをスペリオルコール!!」

 

このだったんはパワー+5000されているのだが、今は省略する。

 

 

「だったんのスキル……CB1で山札から魁の撃退者 クローダスをスペリオルコール!!」

 

 

このクローダスはレスト状態でコールされる……が、それも問題ない。

 

「手札から督戦の撃退者 ドリンをコール…クローダスのスキル、CB1と自身のソウルインで山札からブラスター・ダーク・撃退者をスペリオルコール!!……ドリンの前にダークが登場したためCC1!!」

そしてここからが本番だ。

 

「ドラグルーラーのスキル…CB1!だったん、マスカレード……力を貸して!!」

 

 

二人のユニットは光になって私の右手に宿る……まぁドロップゾーンに置くということなんだけどね。

 

 

「ダメージ…受けてもらう!!」

 

「……!!」

 

 

ドラグルーラーがニキシーナンバーに向かって鎖分銅を投げつけた。

 

その鎖はニキシーナンバーの体を貫き、絡めとる。

冥加さんのダメージゾーンにはヒールトリガーであるウルルさんが落ちる……パワーが乗るものの、ヒールはしない。

 

これでダメージは5vs3……

 

 

「直接ダメージ……」

 

「そう、そしてドラグルーラーはパワー+10000…これがドラグルーラーのミラージュストライク……だけどこのスキルはまだ終わらない!!」

 

「!!」

 

私は更に空いたリアガードサークルにマナとマスカレードをコールした。

 

更にマナはスキルで山札からシャドウランサーをコールしてくる。

 

 

 

「マナ、シャドウランサー、CB1でもう一度ミラージュストライク…!!」

 

 

冥加さんの4点目は引っ込み思案のギアレイブン…

 

 

「マスカレード、ダーク、CB1!!更にミラージュストライク!!」

 

 

冥加さんの5点目は…再び引っ込み思案のギアレイブンであった。

 

 

「…ドリンの前にブラスター・ダーク・撃退者をコール……CC1…氷結の撃退者もコール……ダークと氷結、CB1でミラージュストライク…」

 

 

「まさか……6点目……!?」

 

「ううん、ドラグルーラーのスキルではここから追加のダメージは与えられない…パワーがたった10000上昇するだけだよ」

 

 

「…10000」

 

 

ドラグルーラーの放った鎖によってニキシーナンバーは既に身動きが取れなくなっている。

 

準備は整った。

 

 

私は冥加さんのドロップゾーンとダメージゾーンの完全ガード…引っ込み思案のギアレイブンを見つめた。

 

偶然とはいえドラグルーラーのスキルのお陰で冥加さんの手札に完全ガードが無いことを知ることができた。

だから後はパワーを上げるだけだった。

 

 

「ドリンの前に……ブラスター・ダーク・撃退者をコール……CC1」

 

久しぶりに使ったけれど、やはりドラグルーラーは格好いい上に面白く、そして強い。

 

 

「行くよ……ドラグルーラー・ファントムでニキシーナンバー・ドラゴンにアタック!!」

<63000>

 

 

ドラグルーラーがニキシーナンバーに向かって羽ばたく。

 

 

「パワー……63000……」

 

 

それでも今の私……カグヤさんと神沢クンのファイトでカグヤさんが見せた“パワー11万”の存在を知ってしまった私では63000でも少し物足りない気分だ。

 

 

「……ノーガード」

 

「ドライブチェック……first、ファントム・ブラスター“Abyss”…そしてsecond、厳格なる撃退者……クリティカルトリガーだよ」

 

「!!」

 

 

 

ドラグルーラーの剣がニキシーナンバーを刺し貫く。

 

 

冥加さんのダメージにはヒールトリガーのウルルさん……だけどこのダメージは2点。

 

もう1点……ダメージゾーンにニキシーナンバーが落ちることでこのファイトは終焉を迎えたのだった。

 

 

 

「負けた……でも久しぶりに楽しかったかも」

 

「そう言って貰えると……私も嬉しい…かな」

 

 

デッキを片付けた冥加さんと握手する……柔らかい。

 

負けたファイター達が何人か帰っていく中、冥加さんはここに残ると言った。

 

 

「せめてあの社長から一言でも説明して貰わないと…ボクのことをどこで知ったのか……とかね」

 

「はは……全くだよね」

 

 

後ろを向き、会場の隅へと歩いていく冥加さんに私はもう1つ……気になっていたことを問いかけた。

 

 

 

「冥加さんって……歌うの好き…?」

 

 

私が彼女のことを知ったのは…北宮中の学祭…そのカラオケ大会に彼女が出ていたからだ。

 

北宮中の学祭で見せたあの歌声…相等なものだった。

 

 

 

「……葉月ユカリさんのようなアイドルには…憧れてます」

 

 

 

そう言って彼女は歩いていってしまった。

 

…もしかしたら…未来のトップアイドルになるのかもしれない…今度、エンちゃんを紹介したいな…

 

エンちゃんなら……きっと冥加さんのいい模範になるだろう。

不意にギアースシステムが再起動する。

そんなことを考えていた私の前に、次の対戦相手が現れたのだ。

 

休んでいる暇は無いみたい…だね。

 

 

「次は……ミツルクンだね」

 

「よろしく…ヒカリちゃん」

 

 

私の前にいたのは霧谷ミツルクン……VFGPで出会ったペイルムーンを使う青年だ。

 

 

このファイトを勝てば……決勝ブロック…

 

 

「負けないよ……」

 

「こちらこそ…今度こそ君に僕の力を見せるから」

 

 

デッキシャッフル、先攻後攻の決定を終え、私は息を整える。

 

 

「さぁ…」「始めようか」

 

 

 

「スタンドアップ・THE・ヴァンガード!!」

 

「スタンドアップ!ヴァンガード!!」

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

 

「リアガードのテトラバースト・ドラゴンでエーデル・ローゼにアタック!!」

「ノーガード…ああ…うちの負けやね……」

 

 

Cブロック…こちらもちょうど2回戦が終わった所であった。

 

 

 

「レイナちゃん本当に強いんやねぇ」

 

「カレンこそ…相変わらず強運……」

 

 

幼なじみである二人はゆったりと会話する…二人とも今は関西で暮らしているが、生まれも育ちも東京であった。

 

 

「ほな、うちはこれで…」

 

「ああ…またね」

 

 

レイナは旧友の姿を見送る。

 

次は3回戦……デッキをカットしながら対戦相手を待ち始めると、すぐに対戦相手は現れた。

 

そこにいたのは少し過激な服を着た、とても綺麗な女性…

 

 

 

「次に私の虜になるのはあなたのようね」

 

 

(……変人か)

 

 

 

「最高に可愛い美少女の名前…城戸、イヨ……覚えてね♪レイナちゃん♪」

 

そう言ってイヨは手を差し出した。

 

握手だと考え、レイナはその手を握る。

 

 

「捕まえた♪」

 

「?……って…!?」

 

 

レイナはイヨに体を引っ張られる…二人の距離は息がかかる程に近づいていた。

 

イヨはレイナの頬を指先で撫でる……

 

 

 

「可愛い///」

 

「!?!?」

 

 

レイナの体に悪寒が走る。

 

すぐにイヨと距離を離すものの、恐ろしいことにレイナはこれからイヨと二人きりでファイトしなければならなかった。

 

 

 

「よろしくね♪」

 

「…………」

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

 

Bブロック……こちらでは既に3戦目のファイトが始まっていた。

 

「真なる正義に敵は無し、駆けろ…宇宙の戦士!!超宇宙勇機 エクスローグ!!」

 

 

紅のボディの機械でできた戦士。

 

その姿を神沢ラシンは冷静に見つめる。

 

 

(確か…今月のショップ大会の景品か……)

 

 

「これがディメンジョンポリスの新たな力だ!!」

 

「……あんた、そういう奴だったんだな」

 

 

神沢ラシンの前に立っているのは…天地ミチヤ。

 

サバトレや奇声を発する行為を生業とし、様々なショップから出禁をくらっている天地カイトの弟もといカイザーグレーダーである。

 

「ちゃんと話せる人だったんなら…あの男に一つ注意でもして欲しいんだがな……」

 

「兄には恩がある…頭もあがらないのだ」

 

ミチヤはリアガードの次元ロボ ダイバレットをソウルへ送る……CB1というコストも払うことで“超次元ロボ ダイカイザー”をハーツにしたエクスローグにパワー+4000、そしてヒット時に相手のリアガードを退却させるというスキルを与えるのだった。

 

また…エクスローグ自身もアタックヒット時に自身のパワーが37000を越えていれば1ドローと相手のリアガードの退却が行える。

 

 

「普段は私一人で行動するなど考えられないが、今日兄は社員旅行でいないのだ」

 

「……あの男が……会社で働いている…だと?」

 

(これが社会の闇……アレでも働ける場所があると捉えるべきか、アレに仕事を取られている人間がいると考えるべきか……)

 

 

ミチヤはカイザーグレーダーをレストし、エクスローグにパワーを集める。

 

 

「私は常日頃、自宅を警備しているから今日ここに来れた……偽りの正義より解き放たれた私を止めることなど……誰にもできない!!」

 

(自分の兄を偽りの正義呼ばわり…というか自宅警備員…だから頭があがらないのか……結局こいつも…)

 

 

「カイザーグレーダーのブーストしたエクスローグでアタック!!このアタックがヒットした時、君は2体のユニットを退却させなければならない!!バーストエクスソーーーードぉぉぉぉ!!!」

 

<37000>

 

 

膨大な量のエネルギーを放出しながら、エクスローグはその剣を天に掲げた。

 

 

神沢ラシンは自身の場を見つめる。

 

ダメージはまだ2点…Vにはプロミネンスグレア、リアガードには定めのアグロヴァルとグウィード、そしてVの後ろにブルーノ……

 

 

(ここでブルーノを失うのは辛いところか)

 

 

「エルドル……完全ガード」

 

 

エクスローグが降り下ろした剣を難なく青き炎が絡めとる。

 

 

 

「む…トリプルドライブ……」

 

トリプルドライブからはクリティカル2枚と完全ガードであるダイシールドが登場する。

 

 

「リアガードのダイバレットでヴァンガードにアタックだ!」

 

<19000☆2>

 

 

神沢ラシンは山札を見通し、考える。

 

「ここは……剛刃の解放者 アルウィラでガード」

ダイバレットの銃撃をアルウィラはその剣一つで弾き返した。

 

グレアに傷は無い。

 

そのまま神沢ラシンへとターンが移る。

 

「シークメイト…双闘!!プロミネンスグレア、アグロヴァル!!」

 

 

グレアのレギオンを発動させたラシンはグウィードをソウルへ入れ、ゾロンを山札からスペリオルコール…更にゾロンから五月雨の解放者 ブルーノを呼び出した。

 

そしてこれらのスキルで誘発されたグレアのレギオンスキルと元々V裏にいたブルーノのスキルを組み合わせることによって……

 

「ヴァンガードにアタック…ブルーノのブーストしたプロミネンスグレア…パワーは33000、クリティカルは3、グレード1以上のカードはガードに使えない!」

 

<33000☆3 G1以上を手札からガードに使えない>

 

 

「なら私はクリティカルトリガー3枚でそれを迎え撃とう!!」

 

<トリガー2枚貫通>

 

 

プロミネンスグレアの放つ青き炎が、次元ロボ達を打ち砕いていく。

 

問題はヴァンガードであるダイカイザーにこの攻撃が届くかどうか……

 

 

「ツインドライブ……青き炎の解放者 プロミネンスコア……そして…………青き炎の解放者 プロミネンスグレア…アタックはヒットしないが、まだ終わりじゃない!!ブルーノのブーストしたアグロヴァルでダイカイザーにアタック!!」

 

<18000>

「ノーガード!!」

 

 

ミチヤのダメージゾーンに次元ロボ ダイドラゴンが落とされる。

 

これでダメージは2vs5。

 

 

「ターンエンドだ」

(次のターンが……山場になりそうだな)

 

 

ミチヤのヴァンガードサークルにはブレイクライドを有するダイカイザー…もちろんミチヤのダメージはブレイクライドの発動圏内だ。

 

(問題は…何がやってくるか……だな)

 

 

ダイカイザーの与えるスキルはクリティカルとドライブチェックでグレード3を引いた時に相手のガーディアンを1枚破壊するというもの。

 

 

ダイカイザーと相性の良いグレード3はどれも頭のネジが飛んだスキルを持っている。

グレートダイカイザーはトリプルドライブ。

 

真カイザーにブレイクライドレギオンをしたなら☆3の上にドライブチェックでグレード3を引いた時、1枚で2体のガーディアンを破壊できる。

 

次元ロボ以外なら、シンバスターというカードがガード制限を持っている。

 

(一体…誰で……)

 

 

「私によるターン…立ち上がれ勇者達…そしてドロー行くぞ……ブレイクライド!!」

 

ダイカイザーが光に包まれる。

 

光は天に伸び、宇宙からの来訪者を迎え入れる。

 

 

 

「……そいつは…」

 

「その顔……どうやらこいつを知っているらしいな」

 

 

 

神聖な雰囲気を持った銀と青のボディ。

 

自らの体よりも巨大な剣。

 

その……勇者の名前は……

 

 

 

「ゴー……イーグル……か!」

 

 

ディメンジョンポリスのはじめようセットにしか付属していないため、ネット上はともかくカードショップでは見かけることの少ないカード……

 

 

 

「そうだ!彼こそが…大宇宙を駆ける銀翼の勇者……超次元ロボ ゴーイーグル…ここに推参!!!」

 

 

 

銀の勇者がその剣をプロミネンスグレアへと向ける。

 

 

そして、その輝くツインアイは真っ直ぐ神沢ラシンのことを見つめていた。

 

 

 

 

……ファイター達の思い、情熱、イメージは閃光となってギアースシステムへと吸い込まれていく。

 

それはギアースシステムに更なる進化を……もたらそうとしていた。

 

 

 



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069 畏怖されし幻影

 

 

銀翼の勇者は神々しい輝きを放っていた。

 

 

 

「イーグルドライブ…インストール!!!」

 

 

 

ダイカイザーから全てのエネルギーを受け取ったゴーイーグルの背中から光の翼が出現する。

 

 

「この一撃……受けてみろ!!超次元ロボ ゴーイーグル!ファイナルアタック!!」

 

 

<28000☆4 グレード3のカードがドライブチェックで登場した時相手のガーディアンを1枚選び破壊、そのカードの“ヒットされない”を含む全ての効果を無効にする>

 

 

ラシンとミチヤのダメージは2vs5

 

 

(ダイカイザーのブレイクライドスキルで☆+1…ゴーイーグルはパワーが19000以上の時にスキルで☆+2か…だが……)

 

ゴーイーグルは後方に剣を構えると、空高く飛んでいった。

 

銀色の光を残しながら……

 

 

「ノーガード」

 

「……早い決断だな……諦めたというのか?」

 

「誰が諦めるか…この攻撃では俺は倒されない…既に決まっていることだ」

 

「ほう……面白い!!」

 

 

 

ゴーイーグルが天空からその剣を降り下ろす。

 

 

「白夜っ……断罪翔ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

 

虹色の光を帯びた剣は元の長さの何倍にもなっており、この世の全てを切り裂かんばかりの勢いでプロミネンスグレアを襲った。

 

「ドライブチェック……」

 

「超次元ロボ ダイカイザーと超次元ロボ ダイカイザー……だろ」

 

 

ラシンは天地ミチヤがドライブを確認する前に、そう言った。

 

 

「……その通りだ…」

実際に引いたカードを見て、天地ミチヤは驚いたように言う。

 

「俺のダメージは誓いのアグロヴァル、ヨセフス、エルドル……そしてヒールトリガー、聖木の解放者 エルキアだ」

 

 

神沢ラシンはそう言い終わってからダメージチェックを始める……内容はラシンの言った通りのものだ。

 

神沢ラシンのダメージはこれで5点……

 

ヒールトリガーをリアガードのアグロヴァルに与えたことで、ミチヤにはアタックさせる意味があるユニットは無くなった。

 

 

 

「まるで…トリガーが見えてたようだ……」

 

「…俺のターン……行くぞ」

 

 

ラシンは誓いの解放者 アグロヴァルをコールし、そのスキルで疾駆の解放者 ヨセフスをスペリオルコール。

 

グレアのスキルで誓いの解放者 アグロヴァルを退却させると、定めの解放者 アグロヴァルをスペリオルコールした。

 

それによって……グレアのレギオンスキル、ブルーノのスキルが誘発する。

 

パワー、クリティカル、ガード制限……強力なスキルが神沢ラシンを勝利へ導く。

 

 

 

「エクスプロージョンっ…ブルー!!」

 

<33000☆3 G1以上を手札からガードに使えない>

 

 

プロミネンスグレアは天を舞い、青き炎を解き放つ。

それは真っ直ぐ……ゴーイーグルに向かって飛んでいった。

 

天地ミチヤは降参するように手をあげると…一言。

 

「ノーガードだ」

 

 

ゴーイーグルは青き炎に包まれ……やがてツインアイの光が消えた。

 

 

「この勝負……私の負けだ…」

 

「ああ…」

 

ゆっくりとミチヤは溜め息をつき、デッキを片付けていった。

 

神沢ラシンと握手を交わした天地ミチヤは会場の外へと歩き出す。

 

それは戦いを終えた戦士の背中……

 

 

 

「私は…家に戻って寝る……それが自宅警備員としての使命だからな……」

 

「いや…就活…しろよ…………」

 

 

 

 

 

Bブロック勝者……神沢ラシン。

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

 

Cブロック…天海レイナvs城戸イヨ。

 

 

 

 

 

「も~何で展開してくれないかなぁ~ドライブチェック♪」

 

 

レイナの場にはヴァンガードとリアガードが一体ずつ……蒼嵐水将 ミハエル(11000)と蒼嵐候補生 アノス(5000)……

 

アノスは既にスタンド封じを受け…いわゆる亀甲縛りの状態だ。

 

それ以前にコールしたリアガードは全てインターセプトで使っている。

 

今、イヨはヴァンガードからヴァンガードへ攻撃をしてきたが、レイナはそれを完全ガードで防いでいた。

 

 

 

「……」

 

 

「マシニング・スコルピオ…クリティカルトリガーよ、効果はリアガードのマシニング・ホーネット mkⅡに与えるわ」

 

 

城戸イヨの場にはリアガードのマシニング・ホーネット mkⅡにその後ろのマシニング・ブラックソルジャー、FVのマシニング・リトルビー。

 

そして…Vには……

 

 

 

「そしてセカンドチェック……あは♪キちゃった…マシニング・タランチュラ mkⅡ……だからマシニング・タランチュラ mkⅡのレギオンスキル発動♪」

 

 

 

マシニング・タランチュラ mkⅡとマシニング・ホーネット mkⅡが存在していた。

 

 

「CB1……ミハエルくんを…緊縛(ボンテージ)♪」

 

ミハエルの回りを旋回するマシニング・ホーネット mkⅡから紐のようなものが発射され、ミハエルを縛り付けていく。

 

ミハエルは頬を紅く染め、息が荒くなり、完全に動けなくなってしまった。

 

 

「……っ」

 

 

ヴァンガードがスタンド出来ないことは、次のターンはヴァンガードによるアタックが出来ないことを表す。

 

だが、スタンド封じを成功させたイヨはレイナよりもイライラしていた。

 

 

 

「……もう、男はいいの!!女の子を縛りたいの!協力してよレイナちゃん!!」

 

 

「知るか!!」

 

 

「だってさっきの相手はたちかぜだったのよ!?恐竜とか縛ってどうするのよ!?食うの!?」

 

 

「知らないっつーの!!」

 

 

 

イヨは残りのリアガードでレイナにアタックする。

 

それをノーガードしたレイナのダメージゾーンにテトラバースト・ドラゴンと蒼嵐戦姫 クリスタ・エリザベスが落とされる……これでレイナとイヨのダメージは4vs4と並んだ。

 

「それ!!」

 

 

イヨはクリスタ・エリザベスを見て叫ぶ。

 

 

「そういう可愛い娘をください!!」

 

「…私のターン!!」

 

 

レイナの盤面にはミハエルとアノスしかいない……だがそのミハエルもアノスもスタンド封じされているため、レイナにはスタンドフェイズでスタンドさせるカードが無かった。

 

 

レイナはカードをドローしながら盤面を見回す。

 

 

Gゾーンには前のターンに使ったタイダルボアー・ドラゴンが表の状態で置かれていた。

つまり……ジェネレーションブレイクというスキルを持ったユニットが使える状況……ということだ。

 

 

 

「なら……再ライド!!嵐を呼ぶ蒼き風!!蒼嵐水将 ミハエル!!そして…シークメイト!!」

 

新たなブースター…風雅天翔で“蒼嵐”に追加された双闘……それがこの、

 

 

「烈風のごとく、戦士達は戦場を駆ける!!ミハエル、ミロス……双闘!!」

 

 

 

蒼嵐水将 ミハエルと蒼嵐水将ミロス…

 

レイナは更に、ここまで溜め込んだユニットをコールしていく。

 

「左列にタイダル・アサルト(9000)、蒼嵐兵 テンペスト・ボーダー(7000)……右列に旋風のブレイブ・シューター(7000)を2体コールだ」

 

 

一気に4体のユニットが並ぶ。

 

「お、女の子は!?縛っていい女の子は!?」

 

「無い」

 

 

更にレイナは亀甲縛りのアノスをソウルに送る……これでミハエルは四回目のアタック時に更なるスキルを得た。

 

そしてミハエルの後ろに3枚目の旋風のブレイブ・シューターをコールし、アタックに入る。

 

 

 

「“1”…タイダル・アサルトでヴァンガードに空打ちアタック!!」 <9000…ヒットしない>

 

 

タイダルの一撃はマシニング・タランチュラ mkIIに傷をつけることができなかった。

 

だが、タイダルは自身のスキルでスタンド…代わりにパワーが下がるものの、再びアタックをすることが可能になる。

 

 

 

 

「“2”…テンペスト・ボーダーのブーストしたタイダル・アサルトでヴァンガードにアタック!」 <11000>

 

 

「ノーガード…ダメージは……ああん、マシニング・ウォーシックルね……残念」

 

 

 

イヨの受けた5点目のダメージはトリガーでは無かった…ここでトリガーが出てしまうと、レイナの盤面はその力を最大限発揮できなかったため、レイナは心の中で安堵の溜め息をついた。

 

 

アタックを終えたタイダル・アサルトはテンペスト・ボーダーのスキルでV裏のブレイブ・シューターと交代される。

 

このブレイブ・シューターはジェネレーションブレイク1により、3回目の攻撃からコストを払うことでパワーを上げることができる。

 

 

 

「“3”…ブレイブ・シューターのアタック、GB1を発動しソウルブラスト1、パワー+5000!」 <12000>

 

「マシニング・ホーネット mkIIでインターセプト!」

 

 

ブレイブ・シューターの放ったブーメランはホーネットmkIIを破壊するものの、マシニング・タランチュラ mkⅡを捉えることはできなかった。

 

 

だが、アタック回数を稼げただけで充分だ…レイナはそう考えながら次の攻撃を……ミハエルの攻撃を宣言する。

 

なぜなら次は……4回目のアタックだ。

 

 

「“4”!!ミハエル、ミロスのアタック……4回目の攻撃によってアノスのスキル発動……CB1であんたのマシニング・リトルビーを退却し、私は1枚ドロー!!更に4回目の攻撃によってミハエルのスキルが発動する!!パワー+5000!」 <25000>

 

 

「そうね……ならマシニング・スコルピオ2枚でガード、トリガー2枚貫通よ♪」

 

 

ミハエルが2体のスコルピオを、二つの剣で切り払う…その間を縫ってタランチュラmkⅡに接近したミロスはホーネットmkⅡに阻まれた。

 

 

「……ツインドライブ…戦場の歌姫 マリカ、ドロートリガー!!右後列の旋風のブレイブ・シューターにパワーを与え、ドロー!……もう1枚は蒼嵐水将 ミハエルでトリガー無し!」

 

 

結局…タランチュラmkⅡに攻撃できなかったミハエル達は後退する。

 

だがこれは終わりではない、始まりだ。

 

 

「4回目のアタック終了時にミハエルのレギオンスキルが発動する!!ペルソナブラスト!!」

 

 

レイナは手札からメイトである蒼嵐水将 ミロスをドロップした。

 

 

「V裏のタイダル・アサルトと左前列の旋風のブレイブ・シューターを交代!!タイダル・アサルトとテンペスト・ボーダーをスタンド!!」

 

終わらない攻撃……それがアクアフォース。

 

 

「“5”…右前列のブレイブ・シューター……スキルでパワーを上げ、アタック!!」 <12000>

 

「…マシニング・タランチュラでガード」

 

 

「“6”…左列のタイダル、テンペスト・ボーダーでアタック!!」 <11000>

 

「マシニング・ローカストで…ガード!」

 

 

イヨの手札はみるみる内に削られていく。

 

余裕は…無くなっていった。

 

 

「テンペスト・ボーダーのスキルで右前列と右後列を交代!!“7”…スキルを発動したブレイブ・シューターでアタック!!」 <17000>

 

「……っ、マシニング・ボンビックスでガードよ!」

 

「ターンエンド」

 

このターン、イヨは手札5枚と、リアガード2体を失った……

 

ダメージは4vs5……

 

 

 

「私のターン…私はまだ、終わらないわ!!スタンド、ドロー……マシニング・アーマービートル(9000)をコール!!スキル発動!ブラックソルジャーをソウルに入れ、タイダル・アサルトくんを緊縛(ボンテージ)♪」

 

 

縛られたタイダル・アサルトが苦悶の表情を浮かべる。

 

 

「アーマービートルをもう1枚!!最初のアーマービートルを吸収してテンペスト・ボーダーくんを緊縛(ボンテージ)!…タランチュラmkⅡのスキルで前列のブレイブ・シューターくんを緊縛(ボンテージ)よ!!もう1回!その後ろの子も緊縛(ボンテージ)!!」

 

 

計4体…レイナの盤面は完全に動きを…ギミックを封じられた。

 

 

 

「ふふっ……ゾクゾクしちゃう………けど…」

 

 

 

息を荒くする4人は縄から抜け出そうとするが、上手くいかない…縄はどんどん4人をきつく、縛りつけていった。

 

 

 

「…どうして男ばっかりなのよ!!」

 

「……知らないから…」

 

 

 

レイナは溜め息をつく。

 

イヨもまた溜め息をついた。

 

 

 

「もういいわっ!!調教の時間よ!!マシニング・タランチュラmkⅡでレギオンアタック!!」 <20000>

 

「蒼嵐兵 ミサイル・トルーパー、戦場の歌姫 マリカでガード!」

<2枚貫通>

 

 

ドライブチェックで登場したのはドロートリガーとマシニング・ウォーシックル……ダメージが4点の私はこのターンで倒されることが無くなった。

 

 

「アーマービートル…!!」<14000>

 

「ノーガード…ダメージは蒼嵐水将 スターレス」

 

「もうっ……ターンエンド!!」

 

ダメージはレイナ、イヨ共に5点……

ターンはレイナに移る。

 

「そろそろ決める!!私の…ターン!!ミハエルと後ろのブレイブ・シューターをスタンド!そしてドロー!……そしてっ!!」

 

レイナは手札からミハエルをドロップする。

 

「荒れ狂う嵐の先に…目指す未来はそこにある!!ストライドジェネレーション!!!」

 

ミハエルとミロスを大きな嵐が包み込む…それはやがて形を変えて……

 

 

 

「天羅水将……ランブロス!!!」

 

 

現れたのは黒髪のアクアロイド……彼こそアクアフォース…いや今のヴァンガードでもトップクラスの能力を持ったGユニットだ。

残念ながら周りにいるのが縄で縛られ悶える男達であるため、格好いいようには見えない。

 

「更に私はこの2体をコールする」

 

「っ……」

 

 

レイナの数少ない手札から現れたのは……タイダル・アサルトとテンペスト・ボーダー…

 

それぞれ旋風のブレイブ・シューターを上書きしてコールされる。

 

「終わりの……始まりだ!!タイダルでヴァンガードにアタック……“1”!!」

 

 

タイダルのパワーは9000…11000のパワーを持つタランチュラ mkIIに攻撃は届かない。

 

 

「タイダルはスタンドし、テンペストのブーストで再びヴァンガードにアタック……“2”!!」

 

イヨはドロートリガーでこれをガードする。

 

 

「テンペストのスキルでタイダルとV裏のブレイブ・シューターを交代……スキルを発動したブレイブ・シューターでタランチュラmkⅡにアタック…“3”!!」

 

 

イヨは手札からマシニング・レッドソルジャーをガーディアンとしてコールする。

 

 

「そして“4”!!ランブロスのアタック!!Gペルソナブラスト!!」

 

 

レイナはGゾーンから裏向きのランブロスを表にする。

 

 

「前列のタイダル・アサルトと、旋風のブレイブ・シューターをスタンド!!Gゾーンに表のカードが2枚存在するため……スタンドした2体にパワー+10000!!」

 

 

ランブロスのアタックはパワー26000……イヨはこれをクインテットウォールでガードする。

 

その内容は…

 

マシニング・ボンビックス(治) 10000…(ガード値)

 

マシニング・ボンビックス(治) 10000

 

マシニング・ホーネット mkⅡ(G2) 5000

 

マシニング・シカーダ(醒) 10000

 

マシニング・ローカスト(G1) 5000

 

合計ガード値 40000

 

「完全に…ガードよ」

 

 

イヨの手札は残り1枚……

 

 

「トリプルドライブチェック…テトラバースト…ミロス……戦場の歌姫 マリカ!ドロートリガー!!」

 

ドロートリガーのパワーはタイダル・アサルトに与えられた。

 

 

「“5”旋風のブレイブ・シューターでアタック!!」

 

 

ランブロスがガーディアン達を吹き飛ばした隙に、ブレイブ・シューターが敵の懐に飛び込む。

 

 

 

そのパワーは17000…イヨは最後の手札…マシニング・レッドソルジャー…そしてリアガードのグレード2、マシニング・アーマービートルのインターセプトを合わせてこの攻撃を防ぐ。

 

「なら“6”タイダル・アサルトでアタック!!」

 

 

パワー24000…イヨに手札は無い。

 

 

タイダル・アサルトがタランチュラmkⅡに迫る。

 

 

「ノーガードっ…」

 

 

タイダルの攻撃はタランチュラmkⅡに命中…タランチュラmkIIのボディーが砕け散る。

 

「…………」

 

「…ダメージは…!!ヒールトリガー!ダメージを回復してパワーはVに与えるわ!」

 

 

 

機能停止したかに思われたタランチュラmkⅡは再機動し、タイダル・アサルトを吹き飛ばす。

 

 

「まだ……ここからよ!!」

 

 

「ダメージトリガー……乗ったか……だが」

 

 

ダメージトリガー…それもヒール……“今までの”アクアフォースならその力の前に攻撃は止まっていた……

 

 

だが、それは過去の話。

 

ランブロスは…アクアフォースを変えた。

 

 

 

「無駄だ!スタンドしたタイダルでもう一度アタック!!“7”!!」<19000>

 

 

ランブロスのスキルによって、スタンド時にパワーの下がるタイダル・アサルトに単体でアタック出来る力が宿っていた……おまけにトリガー付きだ。

 

 

手札の無いイヨに選択の余地は無い。

 

 

「女の子を縛れず……終わるなんてね……」

 

一度は持ちこたえたイヨのダメージゾーンにマシニング・タランチュラ mkⅡが落とされる。

 

これで6点目……

 

 

 

致命的なダメージを受けたタランチュラmkⅡとホーネットmkⅡは無惨にも……

 

 

 

 

爆散するのだった。

 

 

 

 

Cブロック勝者……天海レイナ。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

「……ブラスター・ダーク・撃退者でヴァンガードにアタック」

 

「………………」

 

「ミツルクン……」

 

「……ノーガード」

 

 

ミツルクンのダメージゾーンにヴィーナス・ルキエが落とされる。

 

これが…6点目だ。

 

 

 

Aブロック勝者……深見ヒカリ。

 

 

「すごく……大味なファイトだったね…」

 

「……こちらこそごめん…結局グレード3に乗れなかった」

 

 

そう…この試合、ミツルクンはライド事故を起こしてしまった。

 

2度のGアシストも成功せず、最終的にドラグルーラーのミラージュストライクによって引導を渡すこととなった。

 

自分の性では無い……とはいえ、相手の事故は気持ちのいいものでは無い。

 

 

……カグヤさんはいつも……何だよね。

 

 

「今度は!次ファイトする時は君に格好いい所を見せるから!」

 

「うん、楽しみにしてるよ」

 

カードゲームで格好がつくかは置いておいて。

 

 

その時、会場にあの社長の声が響き渡った。

 

『どうやら……選ばれし四人が決まったようね…』

 

 

 

私は周囲を見渡す……会場内には4人以上の人間がいる。

 

 

四人の内……一人はカグヤさんだろう…だとすると、後の三人は……

 

……ちょうど、今もギアーステーブルにデッキを置いているのが3人だった。

 

 

 

私と……神沢クンと、天海さんだ。

 

 

『早速…この四人でファイトを……と言いたいのだけれど……実はとっておきのサプライズがあるの……ふふふふ』

 

 

 

妖しい笑い声……私は何となく嫌な予感がした。

 

そして……“それ”は始まった。

 

 

 

キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン

 

 

 

ギアースパネルが、ギアースパネルが……白く、白く……発光を始めた。

 

私のペンダントも同調するように発光する。

 

 

「……これは…何!?」

 

身構えている内に、発光は終わった。

 

 

『さぁ……始まりです……』

 

 

 

ギアースシステムにはもう変わった様子は無い。

 

そう……ギアースシステムには。

 

 

 

「あ……あああ…ああああああああ」

 

 

 

何故かはっきりと聞こえたその声は…冥加さんのものだった。

 

私は冥加さんの方を見る。

 

だが、そこにいたのは冥加さんだけでは無かった。

 

 

「……シャドウ……ブレイズ……」

 

 

 

黄金の鎧の黒龍……シャドウブレイズ・ドラゴン。

 

シャドウパラディン所属のユニットだ。

 

…でも…何故そこにいる?

 

そこにはギアースパネルが置かれているものの、今、ファイトしている人間は誰一人としていない。

 

 

 

なら……あれは……。

 

 

 

シャドウブレイズの体に青黒い炎が宿り始める……それは実際にそこにはいない……映像である筈だ。

 

 

でも、私は…私の唇は……あの炎の勢いが強くなっていくのを…………

 

 

感じ取っていた。

 

 

その瞬間、私は動き出した。

 

 

スカートを抑え、全力で冥加さんの元に走る……シャドウブレイズがその左手にエネルギーを集めている所を見た私は、スカートのことは忘れて冥加さんもろとも思いきり滑り込んだ。

 

冥加さんを巻き込んでスライディングをした私は、シャドウブレイズとの距離を取ることに成功した。

 

刹那、シャドウブレイズ・ドラゴンからエネルギーが放出された…爆風が会場を包む。

 

 

……爆風で私の髪が揺れる。

 

 

「これ……本物……?」

 

「う、うーん……深見先輩……重い」

 

「あ、ごめん……大丈夫…?」

 

 

どうやらスライディングをした後に、冥加さんを押し倒していたようだ。

 

私は急いで冥加さんの上から降りた。

 

 

 

「でも……助かりました」

「ううん…私も結構危険な方法使っちゃったから…怪我が無くて良かった……」

 

 

少しずつ爆風が晴れていく……スライディングの時にスカートが捲れてしまったけれど、まぁどのみち中が見える構造じゃないし……大丈夫かな。

 

先程まで冥加さんがいた所には、ちょっとした焦げ跡が残っている。

爆風は本物だったが、その焦げ跡が本物か確かめる方法は無い。

 

「一体……何が起きて……?」

 

「……!深見先輩!あれ!!」

 

冥加さんが指差す先……シャドウブレイズ・ドラゴンがいた…がそれだけじゃない。

 

それに向かい合うように神沢クンが立っているのだ。

 

 

「神沢クン……!?」

 

神沢クンの手元にはテーブルが浮かんでいる…程なくして神沢クンの前に青き炎を纏った青年が現れる。

 

 

「ファイトで……倒せるの…?」

 

神沢クンの様子を見るに、彼も半信半疑で戦っているようだ。

 

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」

 

 

今度の声は天海さん。

 

私と冥加さんは天海さんの方を見る……そこには亀甲縛りにされた少年が立っていた。

 

 

「「変態?」」

 

「違う!あれは蒼嵐候補生 アノスだ!!でも何で亀甲縛りなんだ!!……ああっそうだよ変態だよ!?」

 

 

亀甲縛りの変態 アノスはじりじりと天海さんに近づいている。

 

どこか涙目だ……きっと誤解を解きたいのだろう。

 

よく見ると会場のあちらこちらで似たような現象が起こり始めていた。

 

「夢のような光景…と言いたいけど、これじゃ悪夢だよ……ね」

 

 

会場全体が軽いパニックに陥っていた。

 

 

 

「とりあえず…冥加さんはここに……私は少し調べてみる」

 

「先輩!?」

 

 

 

一番危険であろうシャドウブレイズ・ドラゴンは神沢クンが押さえ込んでいる。

 

だったら今の内に……

 

会場を走り、見回すと色んなものが実体化していた。

 

チアガール アダレードに押し倒されている男や、大量のマンボウ兵に追いかけられている女性。

 

クレイのユニットがやってきた……訳ではなさそうだ。

 

 

それぞれ“クオリティ”に違いがある。

 

 

まるでイメージを実体化したように……

 

 

 

「……まさか……でも……」

 

「何ぶつぶつ言ってるんだ、先輩」

 

「神沢クン!?」

 

神沢クンはシャドウブレイズ・ドラゴンと戦っていたはず……

 

 

「あれなら6点目までダメージを与えたら消滅したよ」

 

「じゃあ……ここに沢山いるのも…倒せば」

 

「……かもな」

 

 

 

その時、私の体を巨大なビームが貫通した……体は無事だ。

 

 

「!?」

 

 

今度は私の目の前をビームが通過する。

 

前髪が焦げる匂いがした……遠くで小さな爆発音もする。

 

 

「……実体化しているものとそうでないものがあるようだな」

 

 

……怖すぎる。

 

今のところ人を殺す程の威力は無いようだけど……。

 

 

「…一体あの社長は…何でこんな危険なことを……」

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

社長室。

 

 

美空カグヤは美空ツキノを問い詰めていた。

 

「お母様…これはどういうことですか」

 

カグヤはツキノに迫る。

 

 

「カグヤ……これこそ私に必要なこの」

 

「お母様…どういうことですか?」

 

「我が運命を切り開く宿「お母様?」

 

「わた「お母様?」

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

突然、天井から隔壁が降りてくる。

 

 

 

『皆さん……こちらに避難してください…うう』

 

 

 

社長さん……遅い……

 

とにかくファイター達、黒服達は隔壁の向こうへ避難する。

ちゃんと隔壁自体にも扉はついているので、焦る必要はない……私と神沢クンは周囲に気を配りながら隔壁に向かう。

 

 

 

その時だ……私は新たな異変に気がついた。

 

実体化していたユニット達がいないのだ。

 

アダレードも、マンボウ兵も、アノスも……みんないない。

 

異変は……終わった……?

 

 

 

ーー『……カ…リ……』ーー

 

 

心の中から声がする。

不審に思った私は振り返る……そこには一体のバトルライザーが立っていた。

 

だがすぐに…粉々になった……巨大な“尾”によって叩き潰されたからだ。

 

 

 

 

その衝撃で私たちは膝をついてしまった。

 

 

「おい…先輩、あれ……」

 

「…………」

 

 

 

ーー『ヒカ…リ……逃げ……』ーー

 

 

 

心の中の…もう一人の私の声は震えていた。

 

私に至っては……声が出ない。

 

 

神沢クンの指差す方向には“尾”の持ち主がいる…それは今まで実体化していたユニットとは比べ物にならない程のプレッシャーをもった存在……

 

巨大な尾の持ち主は叫ぶ…私たちに聞き取れる言葉で……

 

 

 

 

《ぜぜぜ絶望せよよよよ……》

 

 

 

 

神沢クンは隔壁に向かうため立ち上がる。

 

私は足がすくんで動けない……

 

 

 

 

 

《…わわ我は闇より昏き暗黒くく…》

 

 

 

 

 

神沢クンが私の手をとってくれる…私もよたよたと立ち上がった。

 

隔壁は既に降りきっているため、中にいる人には“あれ”の姿は見えていない。

 

 

 

 

 

《……し死より深きき……》

 

 

 

私たちは隔壁の扉を開ける……この向こうなら安全な筈だ……

 

 

 

 

 

 

《根絶也…》

 

 

 

 

 

 

 

それは光だった。

 

 

光が世界を蝕んでいく。

 

 

 

 

……眩すぎるその光に視界が奪われる瞬間……私のデッキが隔壁の向こうへ飛んでいくのが見えた。

 

 

 

全ての影が無くなった。

 

 

 

 

 

しばらくして…私の目は機能を取り戻した。

私と神沢クンは隔壁の外へ吹き飛ばされたようだ。

 

光が止んだ今……目の前にあるのは溶けた隔壁のみ。

 

 

 

隣にいた神沢クンは呆然としながら呟く。

 

 

 

 

「……隔壁は無事…中の人間は無事だと喜ぶべきか?」

 

「……まぁ…今は自分の心配を……するべきだろうね…」

 

 

 

私たちの背後に……まだ“それ”はいた。

 

 

 

隔壁が壊れることは無かったとはいえ、人の身であれが直撃しては……命がもたない。

 

私と神沢クンは“光”を放った存在を改めて見直す。

 

 

 

《オオオオオオオオオ!!!!!》

 

 

 

 

身の毛もよだつ、その叫び。

 

その“竜”の名は……

 

 

 

 

 

 

「…最上級の恐怖により生まれし畏怖の具現体…ガスト・ブラスター・ドラゴン…」

 

 

 

 

「何でまた……あんなのが出てきてんだよ」

 

 

「……ごめん、たぶん私のイメージだ…」

 

ーー『……だな』ーー

 

 

 

今までのユニットと格が違う……それもそうだ…私はあの竜を実際に見たことがあるのだから……

 

ガスト・ブラスターの瞳は虚空をさまよっている。

 

そこにあるのは純粋な悪意と、膨大な狂気。

 

よく見ると、周りにはアポカリプス・バットもいる……

 

 

 

「どうする…戦うか……?」

 

「……私のデッキ……隔壁の向こう」

 

「………俺もだ…他のデッキもあるにはあるが、下手に使って失敗したら……」

 

「…………危険……だよね……」

 

 

とはいえ隔壁は溶けているため、その中に逃げることはできなくなった。

 

逃げられない、戦えない………そんな私たちをガスト・ブラスターの瞳が…捉える。

 

 

「……先輩、ちょっと試してみないか?」

 

 

ずっと何かを考えていた神沢クンはデッキを取り出して言う……使えと言うのだろうか。

 

 

 

「こんな状況で何を……」

 

馴れないデッキで事故でも起こした日には……文字通りなぶり殺しにされるだけだ。

 

「こんな状況だから……だ……ミスは許されない、だから先輩の力を借りたい」

 

 

「……?」

神沢クンは私に自分の考えを話してきた……確かにそれが可能なら、凄いけど……でも……

 

ドォォォン!!

 

 

ガスト・ブラスターの攻撃が私たちを襲う。

 

神沢クンと一緒に回避したものの、次も避けられるかは分からない。

 

 

「先輩…」

 

「そうだね……やってみるしか……無いか」

 

 

 

私は腹をくくる……そして…ガスト・ブラスター・ドラゴンと対峙するのだった。

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

社長室。

 

 

 

「お母様……これは……」

 

 

カグヤは呆然としながら状況を見つめている。

 

 

未だに怪我人は出ていないものの、あの隔壁は完全に溶けている。

 

あのガスト・ブラスターは“実態”があるということだ。

 

「イメージの実体化実験…実体化されたのは各々のトラウマ、悪夢……と言ったところでしょう……ですがあのガスト・ブラスターは…素晴らしい再現度だわ」

 

 

恍惚の表情で呟くツキノ……カグヤはカメラに映る映像をじっと眺める。

 

 

「……っ!!お母様!!ヒカリさんにラシン君が隔壁の外に取り残されています!!何か起きたらどうするんですか!!…私が助けに……」

 

 

「ヒカリさんに何か……起きたら……私、ミライに呪われるわ…」

 

 

カグヤの言葉に一瞬、ツキノの顔が青ざめる…後先考えずに実験を始めただけで誰かに危害を加える気は毛頭無かったのだ……が……

 

「待ちなさい……この二人……」

 

ツキノは画面の中の二人に注目する。

 

「……え?」

 

カグヤもまたその様子をじっと見つめた。

 

 

 

二人の前にギアーステーブルが一台、出現していた。

 

ガスト・ブラスターに挑むつもりなのか……だが、誰が……?

 

 

「ファイターは二人……デッキは……一つ」

 

 

 

カグヤは今の状況を冷静に見つめる。

 

二人はがっしりと手を繋いでおり、離す気配は無い。

 

 

 

「まさか……」

 

 

画面の向こうの二人が叫ぶ。

 

 

 

『『スタンドアップ・THE・ヴァンガード!!』』

 

二人の手は一枚のカードを表にする。

 

 

『『幼き黒竜 ヴォーティマー!!』』

 

 

 

ヒカリとラシンの瞳はそれぞれ……

 

 

 

右目が緋色に……

 

 

左目は黄金に……染まっていた。

 

 

 

 

 

かつて黒き神馬を纏い戦ったとされる守護竜の伝説が……ここに蘇ろうとしていた。

 

 

 

 



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070 エクストリーム・ファイター

 

『黒馬団』

 

 

解放戦争の時代…つまりゴールドパラディン発足時に存在した7つの団の一つ。

 

ゴールドパラディンとはブラスター・ブレード、ブラスター・ダークの二人を救い、光と影の二つの騎士団を復活させるために誕生した騎士団だ。

 

そしてその中には元シャドウパラディンのメンバーも多数存在していた。

 

 

黒馬団とはつまるところシャドウパラディンのメンバーが集まったゴールドパラディンの部隊なんだ。

 

 

 

……とは言え……

 

 

 

 

「設定がシャドパラでも……私に使えるかは…」

 

ガスト・ブラスターによる攻撃の最中…神沢クンは突拍子も無いことを言い始めた。

 

 

「……先輩の“力”が一番安定性があるんだ…ライド事故を起こさず、確実にあいつを倒すならこの方法が一番だ」

 

 

彼はそう言ってデッキを差し出す……

 

 

「だから使えるか分かんないって……」

 

 

私の“力”はシャドウパラディンのカードとの“つながり”で生まれたもの……いくら黒馬団のデッキだからって“つながり”があるかどうか……

 

そもそも…知ってるカード殆ど無いし。

 

「神沢クンのデッキ何だから、神沢クンが使えばいいんじゃないかな……!?」

 

「俺の“力”はデッキの流れが分かるだけだ!どうにもならない時はどうにもならない!!」

 

《ウオオオオオオオオ!!!》

 

 

ガスト・ブラスターが恐ろしい唸り声をあげる。

 

「……っせめて俺たちの“力”がどっちも使えたら最高なんだが………」

 

「そんな……無茶な……」

 

 

ガスト・ブラスターの尾が私たちのすぐ側を掠める。

 

元々“イメージの産物”であるガスト・ブラスターの攻撃に本物程の威力は無い……が、もし命中したら大怪我ではすまないだろう。

 

「試す価値はあるか……」

 

神沢クンが不穏な言葉を発した。

 

「何を……!?」

 

神沢クンはケースからデッキを取りだし…言う。

 

「俺と先輩の二人でこのデッキを使うんだよ」

 

「な……そんなこと……」

 

 

 

ドォォォン!!

 

 

ガスト・ブラスターの攻撃が私たちを襲う。

 

神沢クンと一緒に回避したものの、次も避けられるかは分からない。

 

 

 

「先輩…」

 

「そうだね……やってみるしか……無いか」

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

今、私と神沢クンはガスト・ブラスター・ドラゴンと対峙している。

 

あの竜もギアースシステムの一部である証拠なのか、こちらがデッキをテーブルに置いた瞬間から無差別な攻撃は終わった。

 

不気味な程の静寂の中…私と神沢クンは二人で一つのデッキを使い、ファイトを始めるのだった。

 

 

 

「……私には“聞こえない”か…」

 

 

神沢クンが手札交換を行うのを見ながら、私はぼんやりと呟いた。

 

 

神沢クンの力は相手と自分のデッキの中の声を聞くというもの……

 

見た目から入るために手を繋いだものの、同じデッキを使う私の耳には“ユニット達の声”が聞こえてはいなかった。

 

神沢クンの力……体感してみたかった……

 

 

 

「……神沢クン……いけそう?」

 

「“俺は”な……先輩の“力”は…使えるのか?」

 

 

 

私の“力”……まだ正式名称は無いけど、回数制限有りで好きなカードをドローできる“力”…

 

私は何となく…ペンダントを見つめた。

 

緋色の光は弱まっている……が、消えてはいない。

 

 

「分かんないけど…いける気がする……」

 

「よし……なら行くぞ」

 

 

私と神沢クンは手を繋ぎ直すと、改めてガスト・ブラスターを見た。

 

ギアースに表示された情報によると、Vがガスト・ブラスター……リアガードに5体のアポカリプス・バット……手札無し、ダメージ無し…ソウルにはガスト・ブラスターが10枚……

 

 

「凄い…こう……ルールを無視してるよね」

 

「何を今さら…」

 

 

同名カード多すぎだよ……

 

「それを言ったら、一つのデッキを二人で使ってる俺たちはどうなる?」

 

「……それも…そうだね……」

 

 

ヴァンガードにはエクストリームデッキという複数のクランを使ったデッキがあるけれど……

 

今の私たちは……言うならば“エクストリームファイター”……と言ったところか。

 

 

 

「とにかくリミットブレイクを打たれたら不味い…慎重に行くぞ」

 

「…うん」

 

 

ガスト・ブラスター・ドラゴンのリミットブレイクはCBとリアガードの退却でソウルの“ブラスター”の数だけパワーとクリティカルを増加させるというもの。

 

今の状態で喰らったら…ひとたまりも無い。

 

 

 

「「ライド!漆黒の先駆け ヴォーティマー!」」

 

若々しい少年が、鎧を纏った青年へと変化する。

 

 

「連係ライドのスキル……発動するよ」

 

連係ライド…FVから順番に特定のユニットにライドしていくことで普通のユニットよりも強力なスキルとパワーを得ることができるシステム…このヴォーティマーはそのシステムを持っていた。

 

 

「山札の上から7枚見て…黒竜の騎士 ヴォーティマーを手札に……そしてターンエ」

 

「まだだ、先輩……俺達はV裏にブラックメイン・ウィッチをコール……それでターンエンドだ」

 

 

私は一瞬、そのコールの意味が分からなかったが、それは次のターンのための前準備であった。

 

私たちがターンエンドを宣言すると、ガスト・ブラスターが禍々しい咆哮をあげる。

 

瞬間、アポカリプス・バットが二匹、ヴォーティマーに襲いかかった。

 

直ぐにダメージ判定が出る。

 

 

「えっ……何、スピード勝負なの!?」

 

「言って無かったか?」

 

「聞いてないよ!?」

 

私がダメージゾーンに黒竜の騎士 ヴォーティマーを置いた頃にはガスト・ブラスターがその尾をヴォーティマーに向かって振るっていた。

 

 

しかも…

 

<疑似ドライブチェック……☆、☆>

 

 

「ドライブチェックまで……?」

 

 

一気にダメージが4点……こちらがドロートリガーを引いたため、最後のアポカリプス・バットの攻撃はヒットしない…

 

それに……“疑似”というだけあってパワーの増加までは行えないようだ。

 

私たちにターンが回る。

 

 

「……凄いドキドキしたんだけど……スタンド」

 

「……ああ……俺もだ……ドロー」

 

「「ライド!黒竜の騎士 ヴォーティマー!!」」

 

 

ヴォーティマーの姿は更に変化する……G0の頃はそれなりのイケメンだったが、今では冴えないお兄さんのようだ。

 

 

「連係ライドスキル発動……ってこのファイト、私の“力”必要ない……よね?」

 

 

グレード3は既に手札にある…つまり事故の心配は無いということだ。

 

「いやいや…何が起こるか分からないのがヴァンガードだ……スキルでブラックメイン・ウィッチを退却、山札の上からグレード1 黒鎖の進撃 カエダンと…」

 

 

カエダンはヴォーティマーの後ろにコールされる、そして山札から出てきたもう一枚は……?

 

 

「伝説の竜よ…出でて太古の力を奮え!!コール!スペクトラル・デューク・ドラゴン!!」

 

 

「…ヴァンガードはグレード2だけど、グレード3のユニットを……!!」

 

「……パワー10000だから、パワー11000のガスト・ブラスターにはアタックできないがな」

 

……とは言え、前列には連係ライドによってパワー10000になったヴォーティマーも存在する。

 

これなら相手のリアガード…パワー4000のアポカリプス・バットが2体攻撃して来たところでヒットされるユニットはいない。

きっと防御も楽になる。

 

 

「さあ……攻撃だ!!」「…うん!!」

 

 

ヴォーティマーが黒馬を走らせる。

 

その様は正に“突貫”。

 

 

「「ドライブチェック…投刃の騎士 メリアグランス…」」

 

 

トリガーは出ない。

 

ガスト・ブラスターにダメージ判定が下される。

 

あと……5点。

 

私たちはリアガードのスペクトラル・デュークでアポカリプス・バットを撃退し、ターンエンドを宣言する。

 

 

<ウオオオォォォォォォォォォォォォォォ……>

 

 

ガスト・ブラスターが禍々しい叫びをあげる。

 

「来るぞ先輩!!!」「っえぇ!!もう!?」

 

 

神沢クンは既に完全ガードである光陣の解放者 エルドルをガーディアンとしてコールしていた。

「えっと…コストは……」

 

「スペクトラル・デューク・ドラゴンだ」

 

「あ……はい……」

 

……これ、私ここにいる意味あるのかな……

 

 

襲いかかるガスト・ブラスターの尾をエルドルの青き炎が絡めとり、食い止めた。

 

 

ガスト・ブラスターの周りのユニット達では今のヴォーティマーに攻撃を加えることはできない。

 

私たちにターンが廻る。

 

 

その時、私はあることに気がついた。

 

 

 

「……あれ、スペクトラル・デュークってグレード3じゃ無かったっけ……手札に他のグレード3は?」

 

 

「無い、さあ…先輩の出番だ、引いてくれ」

 

 

 

…………えっと…えええ……何かなぁ……

 

 

 

「引くのは…スペクトラル?」

 

 

「いや……“断罪竜”だ」

 

 

「…………断罪竜…」

 

 

私の中に曖昧なイメージが浮かんでくる……行けるかな……いや、行けるな……行こう。

 

 

 

「行くよ……来たれ断罪竜……」

 

 

私が手を山札に乗せる。

 

私の両目…神沢クンの両目……そして、私のペンダントが緋色に輝く。

 

「……ドロー!!」

 

「…やっぱ能力には固有名詞をつけた方が格好いいんじゃないか?」

 

「私の見せ場を邪魔しないで貰えるかな……」

 

 

 

ため息をつく私の手にはしっかり“断罪竜”が握られていた。

 

……見えたよ、ファイナルターン。

 

「行くぞ、先輩!ライドだ!!」

「言われなくても!!ライド!!」

 

 

私たちは即興でライド口上を始める……

 

 

「それは…贖罪の始まり……」

「黄金の空を行く漆黒の竜よ!!」

 

「…黒鎖を持って……邪悪を打てっ!!」

 

 

 

暗雲が立ち込め、漆黒の竜が姿を現す。

 

 

「「断罪竜…クロムジェイラー・ドラゴンっ!!」」

 

 

黒馬団のグレード3の主力ユニットは2種…当時は珍しかったヒットの有無に関係無く再スタンドをするスペクトラル・デューク・ドラゴン。

 

そしてこのクロムジェイラー……その能力は…

 

 

「「リミットブレイクっ!!」」

 

私と神沢クンはそれぞれリアガードを手に取ると、ドロップゾーンに置いた。

 

 

「「CB2!スペクトラル・デュークとカエダンを退却!!パワー+10000!!クリティカル+1!!」」

奈落竜…ファントム・ブラスター・ドラゴンのダムドチャージングランスに似たスキルだった。

 

もちろん……

 

 

「「更にカエダン、サイレント・パニッシャーをコール!!CB2、退却!!パワー+10000、クリティカル+1!!」」

 

 

重ね掛けも可能だ。

 

 

 

「えっと……フレイム・オブ・ビクトリーをコールして……ソウルへ、クロムジェイラーにパワー+3000」

 

「そして、投刃の騎士 メリアグランスをコール、SB2でカウンターチャージ2だ……もう一枚行っておくか、メリアグランスを再びコール、同じ効果をもう一度だ」

 

 

クロムジェイラーによって消費されたカウンターブラストが補充されていく。

 

 

「「クロムジェイラーのリミットブレイク!メリアグランス2体を退却し、CB2!…パワー+10000、クリティカル+1!!」」

 

 

クロムジェイラーが持つ鎖が、黄金に輝き始める。

 

現時点でクロムジェイラーのクリティカルは4…ガスト・ブラスターを倒すためにはあともう一押し必要だ。

 

私達は手札から更にユニットをコールする。

 

 

 

「…行くよ……その魂は覚悟の化身!!コール・THE・リアガード!!ブラスター・ダーク・スピリット!!」

 

「行くぞ、青き炎は誓いの標……コール・my・リアガード!!誓いの解放者 アグロヴァル!!」

 

 

「「二人の力を一つに!!リミットブレイク!!」」

 

 

 

ダークの魂とアグロヴァルの青炎が、クロムジェイラーの鎖に宿る。

クロムジェイラーはその鎖をガスト・ブラスター目掛け、解き放った。

 

鎖はまるで意思を持っているかのように、ガスト・ブラスターの周囲を囲んでいく。

 

やがてそれは、巨大なヴァンガードサークルの形を作り上げていた。

 

 

私と神沢クンはクロムジェイラーをレストする。

 

 

「終わり……だよ」「ここで決める…!!」

 

 

クロムジェイラーが大きく唸り声をあげた。

 

 

「「アビサル…」」

 

 

ガスト・ブラスターの周囲の鎖は溢れるように輝きを増していく。

 

そして……

 

 

「「クロムジェイル…バーストぉぉ!!」」

 

 

 

鎖から眩いばかりの光が放たれ、ガスト・ブラスターの姿は消えていく……

 

 

ドライブチェックは…クリティカルが一枚。

 

 

ギアースからはしっかりと、ダメージ判定が下された。

 

 

ガスト・ブラスターのダメージはこれで6点……

 

 

そしてスタジアムに残っているユニットは、誇らしげに天を仰ぐクロムジェイラーだけである。

 

 

 

「勝った…みたいだな」

 

「…………」

 

 

私達はファイトが終了したために消えていくクロムジェイラーを見つめながら、言葉を交わした。

 

一瞬の…信じられないような事態は……既に終息していた。

 

 

「「良かった……」」

 

 

 

私達二人は安堵のため息をつく。

 

後ろでは避難用の隔壁が上がり始めていた。

 

「何とかなったな…先輩」

 

「…………」

 

これで全て解決……

 

 

……いや、違う。

 

 

「……まだ、戦わないといけない…」

 

「……あの社長のことか」

 

 

そうだ……少なくとも、今……この事態についてあの社長に問い詰める必要がある。

 

 

「あの社長……どうしてくれようか…ね」

「先輩…怖いって」

 

 

怖い思いをしたのはこっちだ……ゆっくり話を聞かせて貰わないとね……

 

 

私は彼女を問い詰めるために、歩き出す……会場内のどこかにいるはずだ……

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

私は真っ黒なドアを開き、中にいる人物に言い放つ。

 

「全て……話してもらいます…今回の事……」

 

 

 

美空社長は椅子に座ったまま、振り返った。

 

側にはカグヤさんもいる。

 

 

「ヒカ……ヴェルダンディさんね…この部屋の前には優秀なボディーガード達が沢山控えていた筈…どうやってここまで?」

 

「……あの程度のボディーガード…優秀とは言えませんよ……」

 

 

私の動きを見切れないようなボディーガードなんて…ね。

 

「……な、なかなかやるようね」

 

「お母様、手が震えてますよ」

……そんなに怖がらなくてもいいんじゃないかな。

 

 

「…いや、怖いって」

 

後ろから付いて来ていた神沢クンが呟く……そんなに…?

 

 

「で……結局、今回の大会は……何なんですか?」

 

 

「それは……」

 

社長が口籠る。

 

 

 

「お母様…私にもそろそろ聞かせてください」

 

「社長さん……?」

 

 

社長はずっと俯いたまま……何も言わない。

 

 

 

「……に」

 

「……?」

 

 

「私に……した…ら…」

 

 

この流れは……

 

 

「ヴァンガードで…私に勝利したならばお話ししましょう」

 

「……いいよ」

 

 

私は先程回収した“自分のデッキ”を構える。

 

だが、彼女は更に言葉を継ぎ足した。

 

 

「……先程の戦い方がいいわ……」

 

「な……」「……なるほどな」

 

 

 

隣りにいた神沢クンが反応した。

 

この社長は“ノルン”の名付け親になるほど、この力に興味があるようだし……さっきのファイト方法に興味を持つのも仕方ない……か。

 

 

「せっかくだ…もう一戦やるか……先輩?」

 

「……そうだね」

 

 

 

それが運命ならば……か。

 

 

雑な話の展開で、ファイトが始まろうとしていた。

 

私たちがファイトを行う場所は冥加さん達のいるホールとは別のホール…そこに向かうのはノルンと…その名付け親だけ。

 

……ここでノルンの三人が抜けるってことは、大会の優勝は天海さんってことになるのかな?

 

 

まぁ……いいか、そんなこと今は…

 

「何でもいい……ちゃんと事情を話してくれるのなら……」

 

「……必ず話すわ…それが運命ならば…」

 

「……はぁ」

 

 

正直、私にとってする必要の無いであろうファイトが今……始まる。

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

私と神沢クンが使うのは先程と同じ“ゴールドパラディン”……黒馬団デッキ。

 

私は相手の……社長さんのデッキが気になり、前を見た。

 

「……え?」

 

起動するギアースシステム……私たちの前でデッキをシャッフルしていたのは……

 

 

「……カグヤさん?」

 

美空カグヤその人だった。

 

 

私たちは手札交換まで終わらせる。

 

その手札は……

 

 

断罪竜 クロムジェイラー・ドラゴン

 

断罪竜 クロムジェイラー・ドラゴン

 

断罪竜 クロムジェイラー・ドラゴン

 

スペクトラル・デューク・ドラゴン

 

スペクトラル・デューク・ドラゴン

 

 

 

「……これは…」「…全てグレード3……だな」

 

 

カグヤさんの“力”が完全に発動している…ということは、あのデッキは……

 

 

「……ジェネシスってこと?」

 

「いや、そうとは限らないぞ……」

 

「……え?」

 

 

私と神沢クンが話している間にカグヤさんと社長さんが交代した。

 

つまり、カグヤさんの“力”を借りたのだ。

 

 

「……あれ、ずるくないかな」

 

「……俺たちが言うか??」

 

 

 

……それもそうか。

 

ファイトの準備は整った……とにかく勝って…今日、ここで起きたことの真意を話してもらう。

 

……無理矢理聞き出そうとして警察呼ばれるのも厄介だしね。

 

 

 

「……先輩、今、何か怖いこと考えてないか?」

 

「何のことかな?」

 

 

 

ギアースシステムが先攻後攻を決定する。

 

私たちは…後攻か。

 

 

「さあ……始めましょう」

 

 

社長さんの声が会場に響き渡った。

 

私たちも身構える。

 

 

「「スタンドアップ・THE・ヴァンガード!!」」

 

「スタンドアップ・THE・ヴァンガード!!」

 

ギアースから青白い光が発せられた瞬間、私たちの目の前にファーストヴァンガードが出現する。

私たちのFVは先程のファイトと変わらず、幼き黒竜 ヴォーティマー……

 

 

そして。

 

 

美空社長のFVは……

 

 

「カードナンバー……VZ/015……?」

 

「“くらうでぃあ”……か」

 

 

そこにいたのは猫とも犬とも分からない見た目のハイビースト……ロイヤルパラディンのユニットだった。

 

 

「カグヤさんはロイヤルパラディンとも“つながり”があるって……こと?」

 

「…………」

混乱する私を尻目に、社長さんは自身のターンを宣言する。

 

 

「運命に約束されし私のターン!!ドロー…そして湖の巫女 リアンにライド!!」

 

美しい蒼髪の女性が現れ、くらうでぃあが後ろに下がって行く。

 

 

湖の巫女 リアンは自身をレストし手札を1枚捨てることで、手札に1枚ドローすることができるユニットだ。

 

古くから、ロイヤルパラディンの先攻1ターン目にライドしたいユニットとして活躍している。

 

「リアンのスキル……」

 

 

社長さんがリアンをレストする。

 

ここで相手が捨てるカードによっては、相手のデッキの中身が分かるのだけれど……

 

「私はここで……」

 

 

 

そう言って社長さんが手放したカードは信じられないものだった。

 

 

 

「CEO アマテラスを贄にドローするわ」

 

 

「な……アマテラスっ!?」

 

 

 

CEO アマテラス……それはオラクルシンクタンクのグレード3。

 

ロイヤルパラディンのFV、オラクルシンクタンクのグレード3の二つが同じデッキに入っている……それはこのデッキが“エクストリーム仕様”であることを表していた。

 

 

 

「……待って、ならカグヤさんの“力”は…“つながり”は……!?」

 

「先輩、あの人…ウルドは………きっと“全てのユニット”とつながりを築いている」

 

 

 

神沢クンが離れた場所にいるカグヤさんを見つめながらそう言った。

 

全てのユニットと……つながり……?

 

あまり驚いていない所を見るに神沢クンは前回のファイトの時に気がついていたのかもしれない。

 

 

「だけど……まさかエクストリーム仕様のデッキだなんて……」

 

「……要、注意……すべきだろうな」

 

 

狼狽える私たちに美空社長が言い放つ。

 

 

「ここから始まるのは、鮮血の舞踏会……逃れること叶わぬ幻想の刃によって貴女の意思は打ち砕かれることでしょう」

 

「…無駄だよ、黄金の輝きを纏いし太古の守護竜に幻想の刃は届かない……天を引き裂く槍が貴女を敗北に導く」

 

「面白い…だが私の勝利は既に確約されている、運命という抗うことのできないルールによって……」

 

「運命なんて奈落の黒で塗り替えて見せる…私にはそれが出来るから……」

 

「ふふふ……」

 

「ははは……」

 

 

 

私と社長さんの会話を前には神沢クンが呟く。

 

 

「……この会話…付き合わなきゃ駄目か?」

 

……呆れられている、物凄く呆れられている。

 

だんだん自分でも恥ずかしくなってきた。

 

 

「では、これで私だけの時間は終わり…ですが、本当の舞「私たちのターン!!行くよ神沢クン!!」

 

 

平静を取り戻した私は、山札に手を伸ばす。

 

今、必要なカード…グレード1のカードを引くために、私は“力”を使う。

 

 

「…ドローっ!!」

 

 

 

そして、私は引いたカードを神沢クンに見せる…神沢クンも満足そうに頷いた。

 

「…上出来だ!」「行こう…!!」

 

 

「「ライド!漆黒の先駆け ヴォーティマー!!」」

 

 

 

 

ただ事情を話してもらうだけのために始まったファイト……相手、美空ツキノが使って来たのはエクストリーム仕様のデッキ……

 

対する私も神沢クンと二人で一つのデッキを使うという不思議な状態でファイトすることに。

 

 

互いに聞いていて恥ずかしくなるようなセリフを吐きながら……私たちのファイトは進んでいくのだった。

 

 

 

 



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071 Break your spell

「エクストリームデッキ……」

 

 

私は思わずそう呟いた。

美空ツキノ社長から真意を聞き出すために始まったこのファイト……

 

彼女が使用してきたのは“エクストリーム”……クランを混ぜ合わせたデッキだった。

 

「……俺たちは俺たちのファイトをするしかないだろ……今は」

 

隣で共にファイトをする神沢クンはそう言った。

 

私も……ファイトに意識を集中させる。

 

ちょうど……G1のヴォーティマーに連携ライドしたところだ。

 

「……連携ライドスキル発動…漆黒の先駆け ヴォーティマーは常にパワー8000に……山札の上から7枚を見て……グレード2、黒竜の騎士 ヴォーティマーを手札に加える……」

 

社長が利用してきた“カグヤさんの力”によって私たちの手札はグレード3だらけであった……が、このスキルによって何とか次のターンにグレード2になることはできそうだ。

 

「「……アタック!!」」

 

〈8000〉

 

アタックの対象はヴァンガードである湖の巫女 リアン(7000)……この攻撃…通して貰えるかな……

 

 

「私を守りなさい…ナイト・オブ・フラッシュ」

 

〈完全にガード〉

 

グレード1のヴァンガードによる単体のアタックは簡単に止められてしまった。

 

ドライブチェックは……G1のブラックメイン・ウィッチ……

 

「……ターンエンド」

 

「なら……運命に約束されし宿命のマイターン!!」

 

社長はそう言いながらユニットをスタンドさせ、ドローを行う。

 

……にしても“運命に…(以下略)”は毎回言うのかな……?

 

「ライド…ホイールウインド・ドラゴン(9000)!!」

 

「ホイールウインド……?」

 

「今度はネオネクタールのユニットか……」

 

スキルはジェネレーションブレイク時…Vにアタックヒットでカウンターチャージ2……今は気にする必要無いかな……

 

「その魂を翼に乗せ、審判を下せ……くらうでぃあのブースト……ホイールウインド・ドラゴンでアタック!!」

 

〈13000〉

 

 

「……ノーガード」

 

 

今、手札でガードに使えるユニットはG1のブラックメイン・ウィッチしか存在しない。

 

「運命の歯車よ、回れ!!ドライブチェック!!」

 

 

 

その結果、登場したのはエポナ…“クリティカルトリガー”だ。

 

私たちのダメージにエリクサー・ソムリエとブラスター・ダーク・スピリットが落とされる。

 

これでダメージは2vs0。

 

社長のターンエンド宣言を聞いた私たちは自らのターンを宣言し、スタンド、ドローとファイトを進める。

 

 

「「黒竜の騎士 ヴォーティマーにライド!!」」

 

連携ライドによってパワーは10000……

 

ただしリアガードがいないため、もう一つのスキルである…リアガード1枚を退却させ、デッキトップから2枚のリアガードをスペコする……というものは発動できなかった。

 

 

「先輩、ここは……」

 

「分かってる…ブラックメイン・ウィッチ(6000)をヴォーティマーの後ろにコール……バトルに入るよ」

 

 

私たちはヴォーティマーをホイールウインド・ドラゴンへと走らせる。

 

パワー16000のアタックだ。

 

「その攻撃……甘んじて受けましょう」

 

「……ドライブチェック…光陣の解放者 エルドル」

 

 

トリガーでは無いが、完全ガードだ……社長のダメージゾーンに完全ガードのホーリーナイト・ガーディアンが落とされる。

 

……良い調子……かな?

 

 

「「…ターンエンド」」

 

「ふふ…なら、運命に約束されし(以下略)」

 

 

そして、美空社長はグレード3のユニットにライドする。

 

「光輝の女神が舞い降りる、夢か現かこの世界…未来を探し、運命を見つめる瞳に希望を宿せ!!ライド・THE・ヴァンガード!!CEO アマテラス(10000)!!」

 

 

 

私たちの前に姿を見せるのは…CEO アマテラス。

 

戸倉ミサキのユニットとして、ヴァンガードのアニメ一期ではツクヨミと共に活躍したことで有名だ。

 

 

「スキル発動……ソウルチャージ1……そして私は未来を知る……」

 

 

メインフェイズ開始時にSC1をし、山札の上のカードを見てそのカードをそのままにするか、下に置くかを決めることができる。

 

 

「ちなみに今、あの社長が見てるカードは“マグナム・アサルト”だ」

 

 

相手のデッキを見ることもできる“力”を持った神沢クンが私に情報をくれる。

 

 

「……神沢クンはどこまで見えてるの…?」

 

「……いや、あの社長それなりに“つながり”が強いぞ……後はもう公開されているカードしか分からない」

 

…しかし“マグナム・アサルト”か…確かアクアフォースのユニットだ…一体、あの社長のデッキはどういうコンセプトなんだ……

 

 

「我が片翼をここに…ホイールウインド・ドラゴンをコール」

 

マグナム・アサルトを山札の下に置いた社長はリアガードをコールし……バトルに入る。

 

 

社長の一撃目はくらうでぃあでブーストしたアマテラス……私たちはその攻撃をノーガードで受けた。

 

ドライブチェックは完全ガードとドロートリガー…ダメージは1点…落ちたカードはこちらもドロートリガーであった。

 

トリガーが乗ったヴォーティマーはパワー15000…社長の残りのリアガード…パワー14000になったホイールウインド・ドラゴンの攻撃は届かない……

 

 

こうして…私たちにターンが回る。

 

 

 

「……スタンドandドロー…神沢クン…ここは」

 

「まずは…先輩の“G”から……だろうな」

 

 

“G”とはGユニットのことだ……社長がグレード3になった今、私たちもグレード3にライドすることでGユニットを使うことができる。

今、私たちが使えるGユニットは4枚……私のハーモニクス・メサイアと神沢クンの3枚だ。

 

 

「……あれ、神沢クンのGユニットって?…ゴールドパラディンってまだGユニットは無い……よね?」

「使うときに説明する……まずはライド…だろ?」

 

「……うん」

 

 

私は手札からカードを取り出し、神沢クンと声を重ねる。

 

「「黄金の竜よ…出でて太古の力を振るえ!!ライド!!スペクトラル・デューク・ドラゴン(11000)!!」」

 

 

私たちの前に、太古の守護竜が現れた。

 

さらに連携ライドスキルが発動する。

 

「ブラックメイン・ウィッチを退却だ……そして山札の上からG1 ブラックメイン・ウィッチと……」

 

「ブラスター・ダーク・スピリット(10000)を…スペリオルコール…!スキル発動…」

 

 

私はCB1を消費することで、相手の前列にいたホイールウインド・ドラゴンを退却させる。

 

「でも…これで終わりじゃないだろ?先輩!!」

 

「…うん、ジェネレーションゾーン……解放!!」

 

 

私は手札からもう1枚のスペクトラル・デューク・ドラゴンをドロップゾーンに置いた。

 

私は…Gユニットを呼ぶ。

 

 

 

「世界を導く救世の光…それは永久の調和と無限の再生!!ストライド・THE・ヴァンガード!!」

 

スペクトラル・デュークの真上に……どこか異形な竜が舞い降りる。

 

「ハーモニクス・メサイア!!」

 

 

私たちはリアガードとして更にG1の黒鎖の進撃 カエダンをコールし、アタックしていく。

 

ハーモニクス・メサイアの攻撃は完全ガードによって防がれてしまうが、ダークとカエダンによる攻撃は通すことができ、社長のダメージゾーンにはナイト・オブ・フラッシュが落ちた。

 

このターン、ドライブチェックでヒールトリガーを引くこともでき、ダメージは2vs2となっていた。

 

 

「……ターンエンド」

 

 

美空ツキノ社長のターンが始まる。

 

社長はアマテラスをドロップし、超越する…

 

 

 

「天からの祝福……今ここに!!始まるのは私の時代、私が導く未来!!ストライド・THE・ジェネレーション!!」

 

 

アマテラスが天に向かって手を掲げる……ギアースが写し出す空から一体の竜が降りてきた。

 

「…我が魂を載せて世界を往く万獣の長よ…舞踏会の始まりを告げなさい!!天翔ける瑞獣 麒麟!!」

 

 

あれは確か…オラクルシンクタンクのGユニット…

 

社長はそのままバトルを仕掛けてきた…私は神沢クンの方を見る。

 

 

「通してもいい…いや、通してくれ」

 

「うん……分かった」

 

 

多少なりと相手のデッキが“分かる”神沢クンがそう言うのだ……信じよう。

 

 

「回り出す運命を示せ…トリプルドライブ!!」

 

 

 

登場したのは順番に、“メイデン・オブ・フラワースクリーン”…ドロートリガーである“まぁるがる”…そして“秘められし賢者 ミロン”の3枚……

 

そしてこちらのダメージにはドロートリガーが落とされた。

 

相手は麒麟のスキルで更にドローすることができるが…こちらのダメージは軽微である。

 

「では……ターンエンド」

 

「俺たちのターンだ…先輩、今度は俺のGユニットで行かせてもらう!!」

 

 

神沢クンはスタンドとドローの処理を行うと、手札からクロムジェイラーをドロップした。

 

「己が未来…切り開く!!ストライド・my・ジェネレーション!!」

 

次に登場したユニットは…ゴールドパラディンのユニットでは無かった。

 

「ミラクルエレメント アトモス!!」

 

……そうだよね、ゴールドパラディンのGユニットはまだ出てないもんね……

 

アトモスは“クレイエレメンタル”というクランに属しており、ハーモニクス・メサイア同様全てのクランのユニットとして扱うことができる。

 

「ブラックメイン・ウィッチのブースト…スキルでパワー+10000したアトモスでヴァンガードにアタック!」

 

<41000>

 

 

「その攻撃……完全ガード!!」

 

社長は完全ガードであるホーリーナイト・ガーディアンを使う。

 

「……トリプルドライブ」

 

 

結果、このターンも私たちはヒールトリガーを引き、二度の攻撃を受けた社長にもヒールトリガーが発動。

 

ダメージは2vs3…

 

 

 

「……なかなか…攻め手が……見つからない…」

 

「……先輩、もう少しだ」

 

 

若干の焦りを感じていた私に神沢クンが呟く。

 

彼は真っ直ぐに私たちのデッキを見つめていた。

 

「もうすぐ“山”が来る……」

 

「……なるほどね」

 

 

ならもう少し……頑張って見ますか……

 

幸い手札は豊富…10枚以上ある………まあ、社長さんも同じくらい持ってるけど……ね。

 

「約束されし私のターン…そして、全てが始まる!」

 

 

美空社長はそう言いながら、スタンド、ドロー…とファイトを進める。

 

「ふふふ……」

 

 

社長が手札からカードを出す……まさか、ここから新しいユニットにライド…?いや、それとも超越するの?

 

私が次の展開を予想する間にも、社長はライド口上を告げていく。

 

 

 

「美しき夜、始まる舞踏会……その主は血塗られし刃を持って…空の月をも鮮血に染める!!謳い、舞い、踊り、溺れよ…!!ライド・THE・ヴァンガード!!」

 

 

ギアースシステムによって写し出された空は暗くなり、分厚い雲が多い尽くしていく。

 

そして、雲の合間から…そのユニットは現れた。

 

 

「我が分身、隠密魔竜 カスミローグ!!」

 

 

カスミ…ローグ……

 

アマテラスと入れ替わるようにVに立ったのはパワー11000のむらくものユニットだった。

 

一体ここから……何を……?

 

 

 

「更にメイデン・オブ・フラワースクリーン(9000)と秘められし賢者 ミロン(6000)をコール!!くらうでぃあをソウルに入れ、ミロンにパワー+3000!!」

 

 

フラワースクリーンとミロンはそれぞれ別の列にコールされている。

私たちは成り行きを見つめることしか出来ない。

 

「メイデン・オブ・フラワースクリーンのスキル…ジェネレーションブレイク……ドロップゾーンのホーリーナイト・ガーディアンを山札に戻し……」

 

 

美空社長はリアガードのミロンを指差し、宣言する。

 

「フラワースクリーンに今、“秘められし賢者 ミロン”の名を与える!!」

 

「……ああ、そのためのデッキか」

ギアースシステムによってシャッフルされるデッキを見ながら、神沢クンが呟いた。

 

「……分かったの?」

 

「大体な…強くは無い…エクストリームとしては弱いが……早めに勝負を決めた方がいいかも知れない」

 

「……?」

 

 

社長は次にカスミローグのスキルを発動させる。

 

 

「カスミローグのスキル…CB1……G2以上のリアガードを1枚選び…山札からコールするわ……私が選ぶのは…“秘められし賢者 ミロン”よ」

 

 

私の頭にハテナが浮かぶ。

 

 

「……え?ミロンってG1……」

 

「先輩…見てなかったか?……今、リアガードにはG2の“ミロン”がいるんだ」

 

 

神沢クンがフラワースクリーンを指差す…そうか……そういうことか……

 

山札からV裏にコールされたミロンによって美空社長は更にカードをドローする。

 

 

「もう一度…よ」

 

そう言って美空社長は更にミロンをスペリオルコールし、ドローした。

 

 

「……むらくものカスミローグは起動能力でCBのある限り何回でも同名ユニットをスペリオルコールできる…だが、それはG2以上限定だ…普通なら連発するスキルじゃない……それを…フラワースクリーンを使うことでリアガード全体を増やせるようにしたという訳か……」

 

「……強くは無い……けど面倒な相手…ということだね……」

 

「ああ…相手にはスキルのコストを確保するためのユニットもある……下手するとミロンを毎ターンコールされて、ドローされ続けるぞ」

 

 

カスミローグのスキルで登場したユニットはターン終了時に山札に戻るため、毎ターン同じユニットをコールでき、登場時効果も使い回せるということか……流石むらくも…と言った所かな?

 

 

「それなら……いずれはデッキアウトするんじゃないかな……?」

 

「……相手はエクストリームデッキ…コンクエストやランブロスみたいな殺意剥き出しのGユニットが入ってる可能性がある……長期戦は危険だ」

 

「…そう言えば、マグナム・アサルト入ってたね…」

 

そうこう言っている間に美空社長はホイールウインド・ドラゴンをコールしていた。

 

出来上がった“ライン”は端から順に15000、17000、18000と脆弱だ……

だけど……このターン、社長さんが手札から出したカードは4枚、スキルで山札から登場したカードも4枚…

 

やはり、早々に仕掛けていった方が良さそうだ。

 

 

 

「ミロン…その力をカスミローグに捧げよ!!黄金の竜を幻想の刃で鮮血の舞踏会へ誘え!!」

 

<17000>

 

「「ノーガード!!」」

 

 

次のターンのために…コストは確保しておきたい。

 

 

「定めの扉を開け…ツインドライブ……ファースト、ナイト・オブ・フラッシュ(クリティカル)!!クリティカルはカスミローグに、パワーはホイールウインド…」

 

神沢クンが呟く…

 

「もう一発…来るぞ」「……」

 

 

美空社長がドライブチェックを続ける。

 

「セカンド…まぁるがる(ドロー)!!効果は同じくホイールウインドへ!!」

 

一瞬にして姿を消したカスミローグが、スペクトラル・デュークの背後に出現し…その体を切り刻んでいった。

 

思わず、スペリオル・デュークが膝をつく。

 

 

ダメージチェックは……黒竜の騎士 ヴォーティマーと誓いの解放者 アグロヴァル……か。

 

これでダメージは4vs3になった。

 

 

「ミロンと共に翔けるのは…麗しき花の精霊…行け!!メイデン・オブ・フラ「ブラスター・ダークでインターセプト!!」

 

 

「っ……ならば、ミロン、ホイールウインドよ!!その翼を持ってこの舞踏会を彩れ!!」

 

<28000>

 

ホイールウインド・ドラゴンがスペクトラル・デュークに向かって羽ばたく。

 

 

「エリクサー・ソムリエ2枚で……ガードだ!!」

 

それに二人のエリクサー・ソムリエが飛び乗ることで地面へと叩き落とす。

 

美空社長は二体のミロンを山札の下に戻し、ターンエンドを宣言した。

 

ダメージは私たちが4点、社長が3点……

 

手札は同じくらいの枚数だ。

 

 

「先輩…このターン…デュークで行くぞ」

 

「了解…行くよ、私たちのターン!!スタンドandドロー!!」

 

私たちはリアガードサークルを埋めるように、クロムジェイラー・ドラゴン、G2、G1のヴォーティマーをコールしていった。

 

 

「……ヴォーティマーのブーストしたリアガードのクロムジェイラーでカスミローグにアタック…!!」

 

<18000>

 

「世界樹の巫女 エレインでガード!!」

 

まだ…社長は3点……

 

だけど…全てはここから……

 

「次はヴァンガードのデュークだ!!、ブラックメイン・ウィッチのブーストでアタック!!」

 

<17000>

 

スペクトラル・デューク・ドラゴンは巨大なハルバードを構え、カスミローグへ突進する。

 

「その攻撃……ホーリーナイト・ガーディアンで完全ガード!!」

 

コストとしてリアンがドロップされた。

 

デュークの攻撃をホーリーナイト・ガーディアンが容易く受け止める。

 

 

そして、私はドライブチェックを始めた。

 

 

「ドライブチェック…first…サイレント・パニッシャー!!ゲット…クリティカル!!効果は全てデュークに…!そしてもう1枚もクリティカル!!効果は全てデュークに!!」

 

「……やはり、狙って…来たようね」

 

 

“ダブルクリティカル”

 

デュークのスキルを最大限生かすタイミングが到来する……ずっと…私と神沢クンはこの時を待っていた。

 

「行くよ、神沢クン」

 

「もちろんだ…先輩!」

 

 

「「スペクトラル・デューク・ドラゴンのリミットブレイク!!」」

 

 

コストはCB2と、既にレスト状態であるリアガードのクロムジェイラー、ヴォーティマー、ブラックメイン・ウィッチの退却によって支払われる。

 

 

 

「「もう一度、あの空へ…羽ばたけ!!ゴルド・チャージング・フェザー!!!」」

 

 

 

翼を輝かせ、天へと向かうスペクトラル・デューク…

 

 

私はその姿を見つめながら、美空ツキノ社長へと問いかけた。

 

 

「あなたの目的は……何!?」

 

「…………全ては…私の悲願」

 

「…私利私欲のために、ヴァンガードを利用して…ということ…!?」

 

「ヴァンガードは愛している!!…だけれど、私にはより深く愛しているモノが…存在する!!この愛を昇華させるためには、最早手段を選ぶ時は無い!!!」

 

「その口調で愛を語るか!!」

 

「貴女に何が分かる!?…哀しみと、怒りと、それすら上回る後悔の嵐の何を!!」

 

 

私と社長の口論がどんどんよく分からない方向へ進む中、神沢クンは静かにヴァンガードをレストした。

 

「……再スタンドし、ツインドライブを失ったスペクトラル・デューク・ドラゴンでアタック……パワー21000、クリティカル3だ……」

 

 

 

舞い散る黄金の羽と共に、スペクトラル・デューク・ドラゴンがカスミローグに迫る。

 

それに気づいた社長はすぐさまガードをした。

「ナイト・オブ・フラッシュ、エポナでガード!!」

 

<完全ガード>

 

「……っ、ドライブチェック…剛刃の解放者 アルウィラ…クリティカルトリガーだ…効果は全てリアガードのヴォーティマーに…」

 

 

神沢クンの言葉に続けて、私はリアガードを走らせる。

 

「カエダンのブーストした…ヴォーティマーでカスミローグにアタック!」

 

<21000☆2>

 

 

「……ノーガード」

 

ダメージにホーリーナイト・ガーディアンと、幸運の運び手 エポナが落とされた。

 

社長のダメージは5点…6点までは届かなかった…か。

 

「……先輩、カエダンのスキルを使う」

 

「……分かった」

 

 

神沢クンが私に指示を出す……カエダンのスキルはブーストしたユニットのアタックがヴァンガードにヒットした時に発動するものだ。

 

 

「CB1で…ヴォーティマーを退却、そしてデッキトップからレスト状態でリアガードをスペリオルコール…これは……」

「やっちゃってくれ……先輩」

 

「うん」

 

 

私は神沢クンの意図を理解する。

 

「その魂は覚悟の化身…コール・THE・リアガード、ブラスター・ダーク・スピリット……スキルで更にCB1…退却せよ、フラワースクリーン!!」

 

 

山札から現れたダークによって、フラワースクリーンが退却される……これで次のターン、ミロンをスペコすることは出来ないか…?

 

本当は……ミロンを退却出来ればより確実だったんだけどね……

 

私たちはターンエンドを宣言した。

 

 

ダメージは私たちが4…向こうが5……

 

 

「どうやら…ここまでのようね、舞踏会の終わりも近いのかしら?」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

確かにファイトももうすぐ終盤だろう。

 

私は神沢クンに聞く。

 

「……社長さんの手札…分かる?」

 

神沢クンは大抵の相手なら次に何をドローするのか分かっている筈だ。

つまり……手札も…全て……

 

 

「……まぁるがる(グレード0)が2枚、エポナ(グレード0)マシンガン・グロリア(グレード1)ミロン(グレード1)が1枚ずつ…次のドローはナイト・オブ・フラッシュ(グレード0)だ」

「……超越は出来ない…か、完全ガードも無い…」

 

手札もこちらの方が多く、充実している……

 

 

「どうやら運命に殺されるのは…あなたのようだね」

 

「そうかしら?、この舞踏会の主は私…その私が運命に見放されると?……ふふっそれは無いわ…誰にも私の愛を止めることは出来ない、私の愛の力こそ…この世界の理そのものだということを思い知らせてあげる!」

 

 

「あなたの…愛…?…一体何だと…いうの?」

 

 

「ずっと待っていた…ギアースが秘められし力を解放する日を!!私の愛を形にできる今日という日を!!ヴェルダンディ!スクルド!!……貴女達には私の愛の贄になってもらうわ!!」

 

 

「くっ……愛だ、愛だと…重いよ…その言葉!!」

 

「お、重くなんてないもん!!」

 

 

……もん?

 

突如変化した美空ツキノさんの語尾に私が戸惑っている間に、彼女は今のセリフを言い直した。

 

 

「…っ///……重くなどない!!」

 

 

 

「…………あ、あなたの愛なんてものに押し潰される気は……私には無い…!!」

 

 

「ならば……ここで倒れてもらう!!」

 

 

 

私とツキノ社長はじっ…と神沢クンを見つめる。

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

「……俺にもやれって……言わないよな?」

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

………………

 

 

「運命の歯車を回す時は来た!!絢爛たる未来のため、私の手によって紡がれる、宿命の私のターン!!」

 

 

 

ツキノ社長がスタンド、ドローと続けていく……超越はせずにそのままメインフェイズへと入っていった。

 

ユニットの存在しない列に、マシンガン・グロリア(7000)が…カスミローグの後ろにミロンがコールされる。

 

そしてカスミローグは自身のスキルで、グロリアの前にホイールウインド・ドラゴンをコールする。

 

「私の手で…愛を……形にする!!行け!カスミローグ!!」

 

<17000>

 

 

ミロンのブーストを受けたカスミローグがスペクトラル・デュークに迫る。

 

「サイレント・パニッシャー……2枚で……」

 

「完全にガードだ!!」

 

 

サイレント・パニッシャーがカスミローグの放つクナイを弾き返す。

 

「……ドライブチェック…ファースト……エポナ、ゲットクリティカル!!効果はグロリアの前のホイールウインド!!セカンド…再びクリティカル!!パワーは先程のホイールウインドに、クリティカルはもう1枚のホイールウインドへ!!」

 

 

次にスペクトラル・デュークに仕掛けてきたのは、トリガーのパワーが乗っていないホイールウインド・ドラゴンだ。

 

私たちはこれをブラスター・ダーク・スピリットでインターセプトする。

 

 

「貴女達に…この計画を話す理由など……無いのよ!!グロリアでブーストしたホイールウインドのアタック!!」

 

<26000☆2>

 

 

「「エルドルで完全ガード!!」」

コストとして手札のブラスター・ダーク・スピリットをドロップし、完全ガードを発動させる。

 

 

ホイールウインド・ドラゴンはエルドルの放つ青き炎によって追い払われた。

 

 

「…グロリアのスキル、CB1で1枚ドロー…ブーストしたホイールウインドは山札の下へ……ターンエンド」

 

 

社長のターンが終了した。

 

ダメージは変わらず4vs5……手札の枚数は同じくらいだ。

 

私は美空社長に言い放つ。

 

「……あなたが私たちにその“計画”とやらを話す理由なら……ある」

 

 

「…?」

 

「あなたは……カグヤさんを困らせている!!」

 

「!!」

 

 

「……さっきのガスト・ブラスターとかのことじゃ無いのか」

 

 

神沢クンが呟く、そう…別にさっきのことは割りとどうでもいい……いや、良くは無いか。

 

むしろずっと…三日月グランドスタジアムの一件以来そっちのことの方が気になっているのだ。

同じヴァンガードファイターとして、カグヤさんには楽しくヴァンガードをして欲しいし…何か悩みがあるなら力になりたい。

 

そしてその悩みの内、彼女の能力以外の悩みこそ、明らかにこの人のことだろう。

 

 

…しかし、さっきのシーン…アニメとかなら、カグヤさんも近くにいて“ヒカリさん……”となっていても良い気がするのだけど、幸か不幸か…ファイトが始まった頃には近くにいたカグヤさんはいつの間にか居なくなっていた。

 

 

「この“計画”は……あの子のためにもあるのよ!」

 

 

「その口ぶりだと…カグヤさんにも話してない……かな?」

 

 

「……っ、知った風に……私は負けるまで何も話さないわ!!」

 

 

「その心配は必要無い……!!見えたよ、ファイナルターン!!」

 

私はそう言いながら、山札からカードをドローする。

 

 

「先輩、どうせなら俺もファイナルターンって言いたかったんだが」

 

「ごめん…えっと…スペクトラル・デューク…いけるよね?」

 

カウンターブラストを回復できるメリアグランスも手札にある……再スタンド……いけると思うんだけどね。

今、手札にあるカードをコールすることでパワー16000のラインを3つ作ることが出来る、そこからアタックしていけば……

 

 

一回目(R) 10000要求

 

二回目(V) 15000要求(2枚貫通)及び完全ガード要求

 

↓デュークのスタンド(ツイン→シングルドライブ)

 

三回目(V) 10000~20000要求

 

四回目(R) 10000~15000要求

 

 

…これで社長の手札を飛ばせないかな?

 

 

「……あの社長の手札には完全ガードは無い…だったらもっと楽に決める方法がある」

 

「……本当?」

私の問いかけに答える間もなく、神沢クンは手札からクロムジェイラー・ドラゴンをドロップした。

 

 

 

「己が未来…今こそ切り開け!!ストライド・my・ジェネレーション!!」

 

 

 

その瞬間、私たちの周囲が真っ白になる……これは…吹雪……?

 

吹き荒れる雪の中から…そのユニットは姿を現した。

 

 

 

「スノーエレメント…ブリーザ!!……敢えて俺からも言わせて貰おう……これがファイナルターンだ!!」

 

 

 

 

神沢クンが使用したのは…再びクレイエレメンタルのGユニットであった。

私は神沢クンの指示に従い、ユニットをコールしていく。

 

「えっと…カエダンの前にスペクトラル・デューク(10000)をコールして、反対の列にクリティカルトリガーのアルウィラをコール……そしてV裏にブラックメイン・ウィッチ(6000)をコール……だね」

 

「そしてブラックメイン・ウィッチのスキル発動、アルウィラを退却し、デッキトップからドロートリガーの蒼穹のファルコンナイトをコール……スキルでリアガードのスペクトラル・デュークにパワー+2000だ」

 

 

私たちはもう一度ブラックメイン・ウィッチをコール……ファルコンナイトを退却させてコールしたのは再びファルコンナイトであった。

 

 

「デュークにパワー+2000……これで下準備は完了だ」

 

 

行くぞ、先輩……と神沢クンが私を促す。

 

 

 

「「ファルコンナイトでブーストした、ブラックメイン・ウィッチでリアガードのホイールウインド・ドラゴンにアタック!!」」

<10000>

 

 

「……ノーガード」

 

 

これでインターセプトは無くなった。

 

後は……思いきりカスミローグにアタックしていくだけだ。

 

「「ブラックメイン・ウィッチのブースト…スノーエレメント ブリーザでカスミローグにアタック!!」」

 

神沢クンは更にスキルを発動させる。

 

「CB1とGゾーンの裏のアトモスを表にすることで、スキル発動……Gゾーンの表のカードの数×5000……今回はパワー15000をブリーザに与える!!」

 

<46000>

 

 

この高パワーを見て、美空社長は苦しそうに手札からカードを取り出した。

 

「まぁるがるでガード…カスミローグのリミットブレイク!!」

 

「!?」

 

「…………」

 

 

 

美空社長がCB1というコストを払うと、山札の中からもう1枚のまぁるがるがガーディアンとして登場した。

 

 

これが……カスミローグのリミットブレイク…山札からガードを持ってくる……ガーディアンを分身させることができるんだ……

 

 

「神沢クン……」「大丈夫、問題無い」

 

 

神沢クンは断言する。

 

 

「カスミローグは手札からコールしたガーディアンを分身させることができる……が、今の社長さんの手札で1枚のガード値が大きいカードは“エポナ”と“ナイト・オブ・フラッシュ”のみ……だがこれらのカードの残りは既にドロップゾーンやダメージゾーンの中だ」

 

「……そうなんだ」

 

「そしてもう一つ……社長さんに、このリミットブレイクを使うコストは……残っていない」

 

 

私はツキノ社長のダメージゾーンを見る……その全ては既に裏向きになっていた。

 

そして美空社長は自身の手札から、沢山のカードをガーディアンサークルへとコールした。

 

 

「続けて……幸運の運び手 エポナを2枚、ナイト・オブ・フラッシュを1枚……まぁるがるを1枚……これでガードしましょう」

 

<2枚貫通>

 

 

「「トリプルドライブ……first、光陣の解放者 エルドル……second、漆黒の先駆け ヴォーティマー……third、剛刃の解放者 アルウィラ!!……クリティカルトリガー!!……効果は全て、スペクトラル・デューク・ドラゴンにっ!!」」

 

私たちは最後のリアガード…カエダンとスペクトラル・デューク・ドラゴンを走らせる。

 

トリガーが乗り…パワーは26000…クリティカルは2だ……

 

 

「……ノーガード」

 

 

美空社長が悔しそうに、ダメージチェックを行う……彼女の残り1枚の手札では守りきれなかったということだ。

 

ダメージゾーンにはカスミローグが落とされ、ギアースの上ではスペクトラル・デューク・ドラゴンのハルバードがカスミローグを退けた。

 

 

 

……決着は…ついた。

 

 

 

 

「さあ……全て話して貰おうか……」

 

 

 

「私は……」

 

 

 

その時、ホールの扉が大きな音をたてて開く。

 

 

 

 

「お母様っ!!!」

 

 

 

現れたのはカグヤさん……左手にはコンビニ袋を持っており、その中にはどす黒く、形容しがたい異臭を放つ謎の物体が入っていた。

 

 

「か、カグヤ……それは……」

 

「またこんなものを……少しは練習するか、諦めるかしてください!!」

 

「ま……待って……」

 

「待ちません!!ようやく気づいたんです、文句くらい言わせて貰います!!」

 

私たちはただひたすら茫然と立ち尽くすのみだ。

 

 

 

「そもそも!!いつまで引っ張るんですか!?」

 

「待って!!……ほら、もうすぐ出来る筈だから!」

 

美空社長が指を鳴らす……すると、1度は停止した筈のギアースシステムが動き出し、白く発光する……この感じは“実体化”現象の時と同じだ。

 

美空社長がギアースのコンソールを弄る。

 

 

 

そして…徐々に“それ”は姿を現した。

 

 

 

 

「…………チョコレートケーキ…?」

 

 

 

 

私たちの前に出現したのは、クリーム色のテーブルと、綺麗な丸いお皿……そしてチョコレートケーキ。

 

 

 

「……どう、カグヤ!!」「どう…じゃあ無いですよ!!お母さま!!まさかギアースシステムのブラックボックスを開いた理由がこれですか!?お父様がこれだけはするなと言っていたのを知らないんですか!?」

 

 

「ううぅぅ……だって……だって、もう3年もまともにばなじでないじ……」

 

 

「泣かないでください!!自分から遠ざけてるんでしょう!?」

 

 

正直、何が起こっているのかさっぱり分からない。

 

だからカグヤさんに聞いてみることにした。

 

 

「あの……これって……」

 

「ヒカリさん…すいません……うちの母が重ね重ね……」

「う、うん」

 

目の前では美空社長が泣きじゃくっていた。

 

……どうしたものか。

 

 

「何が何だか……」

 

 

神沢クンに至っては、ずっと天井を見つめている。

 

状況を理解することも面倒になったのだろう。

 

 

「……そうですね、この話はちょうど3年程前に遡ります」

 

……何か、回想が始まった…

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

その日は2月14日…バレンタインでした。

 

うちの両親は結婚して8年目…あ、私は二人が結婚する少し前に養子に……厳密には少し違うんですけど拾ってもらったんです。

 

とにかく、その日に事は起こりました。

 

当時の両親はそれはもう引くくらいラブラブだったんです。

 

ええもう、どん引きって言えるでしょう。

 

2月14日も、“好き♪好き♪大~好き~♪”とか歌いながらチョコレートケーキという名前を辛うじて与えられていたダークマターを生成していたんです。

 

「な…ダークマターじゃないもん!!」

 

 

お母様は黙っていてください。

 

私や私の友達…お父様の職場の方からダークマターと呼ばれていたそれを……それでもお父様は毎年、覚悟を決めて摂取していたんです。

 

 

ですが、この年の“それ”は一味も二味も違っていたんです。

 

最早…食べ物どころか有機物であるかも疑わしいものがそこにはありました。

 

事実、お父様もお母様に問い詰められるまでそれがチョコレートケーキもとい毎年摂取してきたダークマターとも気づかなかったんです。

その日、それを見た父は……使わなくなった家電だと思い、回収業者に連絡を入れてしまいました。

 

 

そして……その回収業者さんが女性だったことが最大の問題だったんです。

 

お母様は“その光景”を見て、激怒しました。

 

お母様にとっては自身の愛が目一杯詰まったチョコレートケーキをお父様がお母様の知らない女性に渡す場面だったのですから。

 

そして謝るしか無かったお父様はお父様で、途中まで自分が捨ててしまった家電はお母様が大事にしているものだったのだと思っていました。

 

 

二人は全く話の噛み合わないまま……離婚してしまいました。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

いつの間にか、私の隣に神沢クンが来ていた。

 

そして、一言。

 

 

「くっ………………………………………だらねぇ…」

 

 

 

私は……カグヤさんに問いかける。

 

 

 

「………………………………………………で?」

 

 

正直、それ以外の言葉は見つからない。

 

 

「……後々自身の過ちを反省したお母様は、お父様の夢であった研究を空回りしながらサポートしていきました…やがてそれはMFSという形になり、ラグナレクCSへと繋がっていくんです」

 

「……空回りしながら?」

 

 

「ええ、お父様が研究に専念できるよう、お父様の会社を乗っ取ったり……気を散らさないよう、お父様が私に会わないように工作したり……」

 

 

……そしてMFSはさらに完成度を高め、ギアースシステムとして世に羽ばたいた……か。

 

「これは先程知ったことなんですが、ギアースシステムの根幹を担う鉱物にはまだ未知の部分があるそうなんです」

 

「それが…イメージの実体化?」

 

「ええ……」

 

 

今日、私たちが遭遇した“あれ”や今、目の前にあるチョコレートケーキのこと……か。

 

 

「私も詳しいことは知らないのですが…今、全世界に普及したギアースと違い、今日のここのギアースは一部のパーツが外されているそうなんです…そもそも、ギアースに用いられている鉱物は4年前に外宇宙からもたらされ、お母様の友人の研究者によって……」

 

「あ…難しい説明はいいかな……それよりも、結局美空ツキノさんは何をしようと……」

 

私の言葉を受け……カグヤさんがツキノさんの方を向く。

 

先程まで泣きじゃくっていたツキノさんは、すっかり落ち着いていた。

 

そんなツキノさんにカグヤさんは話しかけた。

 

 

「手作りチョコレートケーキ……で、もう一度プロポーズ……ですか?」

 

「…愛を…形に///」

 

 

 

私は思わず何も言えなくなる。

 

そして心の中で叫んだ。

 

 

…どうっでもいいよっ!!

 

その勢いのまま、私はツキノさんの前に立っていた。

 

 

 

「…好きって言ったら、また結婚してくれるかな…」

 

「小学生か!?」

※小学生では結婚できません。

 

 

 

最早カグヤさんよりも私の方がキレていた。

 

 

「……ヴェルダンディ恐いわ…」

 

「恐い言うな…!!そもそも手作りチョコレートケーキって……ギアース使ったあれは手作り!?…手作り!?……違うよね、というか、あれもまた一種のダークマターだよね!?」

ツキノさんは泣きそうだ、が知らない。

 

 

「第一、そんな小手先のことばかり考えて…思いを伝えるってこと、忘れてるよね!?そういう人に限って最終的に“思いだけ”伝えられないんだよ!?分かります!?」

 

「……うぅ……分かってますよ……」

 

「分かってるなら、今!直ぐ!!、その人の所に行って“大好きです”ぐらい言ったらどうなんですか!」

 

……何で私こんなにキレてるんだろう……ああ、そうか、やるせないんだ……今日過ごした時間の意味が分からなくて。

 

「で、でも……もし……」

 

「いいから砕けるくらいの勢いで当たってきなさい!!」

 

 

ツキノさんがよろよろと走り出す……私は一巨大企業の社長に何を言ってしまったんだ……

 

ふと、隣を見ると神沢クンが笑いを堪えながらグーサインを出していた……

 

……凄い疲れた……

 

 

 

「本当にご迷惑をお掛けしました……」

 

 

カグヤさんが謝る……いや、たぶん謝るべきなのは私の方だ……

 

 

「私の…方こそ……」

 

「いえ……少し安心できました……これでお父様とお母様も仲直りできると思います」

 

 

 

……いや…私としてはそんなこと…この際言ってしまえば、どうでもいいんだよ…ね……

 

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

そして私は家路についた。

 

 

 

私はこの小説を読んでくれた人もすっかり忘れていたと思うけど……着ていたゴスロリを脱ぐと、代わりの服を着ることも無くベッドにダイブした。

 

 

結局ビフレストCSが開かれた一番の理由は、ギアースシステムのブラックボックスを完全解放するためにファイター達の鮮明な“イメージ”がより多く必要だったから…だそうだ。

 

 

ちなみに決勝に進出した4人の内、ノルンの3人が途中で離脱したため優勝は残りの1人…関西のトップファイター 天海レイナさんに決まった。

 

 

優勝したレイナさんの家にはエクストラブースター“宇宙の咆哮”が四箱、発売日に届くらしい。

 

 

私は天井を見上げる。

 

 

 

 

…そもそも何であんな胡散臭い大会に出たんだっけ…

 

 

 

……そうだ…カグヤさんに会うため……

 

 

 

その瞬間、私は思い出した。

 

 

 

カグヤさんにヴァンガードを楽しんで欲しいと考えていたことに。

 

 

そして、今日カグヤさんと話す機会があったというのに……全く思いを伝えること無く、カグヤさんのお母さんを叱咤激励しただけだったことに……

 

 

 

「……何……やってんだ……私…………はぁ…」

 

そもそもカグヤさんの悩みの一部は解決できたかも知れないが、最も重要な、ヴァンガードに関わる……カグヤさんの“力”に対しての答えは示すことが出来なかった。

 

答え自体は見つかっているのだが……

 

結局は……またカグヤさん探しをしなければならないのだ……

 

 

私は瞳を閉じて、溜め息をつき……眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

そして12月の半ば…私は再びカグヤさんと再開することになる。

 

 

 




1月は更新がいつもよりスローペースになるかもしれませんが、よろしくお願いします。


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072 KNOCK ON YOUR GATE!(上)

 

12月…それは一年の終わり。

ヴァンガードではエクストラブースター“宇宙の咆哮”も発売された。

 

私としては次に迫る“シャドウバラディンのレジェンドデッキ”の発売に期待を膨らませている…公開された商品情報の中に、ネヴァンやマーハの姿を確認した時には思わず涙を流した程に楽しみだ。

 

 

さて……“あの後”の話をしよう。

 

 

美空…元社長は前社長である三日月氏に社長の座を譲り渡した。

 

急な話であったとは言え、社内での混乱は少なかったそうだ。

 

そして“カードファイト‼ヴァンガード”に関する諸々の権利は元々の会社に返された……と、いっても相変わらずカード開発や“ギアース”の普及は三日月社を中心に行われるらしい。

 

まあ……つまりは何も騒ぎは起きなかったのだ。

 

 

美空元社長…いや、ツキノさんの馬鹿みたいな計画は一応、何のトラブルも起こさなかった。

 

……ただ諸々に多大なる迷惑を掛けただけだ。

 

 

 

「……それでも十分トラブルだよね…」

 

「……すいません」

 

 

 

今日は土曜日……時刻は午後の4時12分…

 

今、私がいるのは“喫茶ふろんてぃあ”のテーブル席…

 

 

 

そして目の前には美空カグヤさんが座っている。

 

 

 

ここでこうして会えたのは“偶然”…本当にただの偶然だった。

今日から“喫茶ふろんてぃあ”のメニューに追加される“マーブルグレアシュタインズツイスト”に惹かれた二人の女の子による……ただの偶然なのだ……

 

 

 

「でも……また会えて嬉しいです」

「……ヒカリさん…」

 

「カグヤさん…私とヴァンガード…しませんか…?」

 

 

 

私はそう言いながら、鞄からデッキケース…いや、デッキの入った黒い宝石箱を取り出す。

 

それは……普段私が使っている“撃退者”のデッキでは無かった。

カグヤさんはそれを見て複雑そうな顔をした。

 

 

「私は……ファイトは……」

 

「大丈夫……きっと後悔させません…私はあなたを倒します」

 

「…………」

 

 

カグヤさんのヴァンガードに対する…いや、自身の力に対する嫌悪感の根本には“ファイトで負けたことが無いから”がある。

なら、その前提を覆してあげればいいだけだ。

 

 

 

「そんな……簡単に私に勝てると?」

 

「やって見なくちゃ分からない……ですよ、私がカグヤさんに“答”を見せてあげます」

 

 

 

私のその言葉を聞いたカグヤさんはゆっくりとデッキケースを取り出した。

 

やはり彼女もヴァンガードファイター…ちゃんとデッキは持ち歩いていた。

 

 

「分かりました…“マーブルグレアシュタインズツイスト”が来るまで……お相手します」

 

「…うん……ここであなたの本気の表情…見せてもらうよ」

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

「スタンドアップ!THE!ヴァンガード!!」

 

「スタンドアップ…ヴァンガード」

 

 

 

私たちはファーストヴァンガードを表にする。

 

喫茶ふろんてぃあにはギアースが置かれていないため、アナログな環境でのファイトだ。

 

 

カグヤさんのファーストヴァンガードは祈りの神器 プレイ・エンジェル……安定の“ジェネシス”だ。

 

 

そのスキルはざっと“ヴァンガードが双闘しているのなら、ソウルに入れてよい、入れたのならソウルチャージ3、ヴァンガード1体にパワー+5000”といった所。

 

 

つまりこのデッキは双闘主体…ガード制限とクリティカル増加スキルを持った“宇宙の神器 CEO ユグドラシル”のデッキである可能性が高いという訳だ。

 

そして……私のファーストヴァンガードは……

 

 

 

 

「……フルバウ…ですか」

 

「……はい」

 

 

 

カグヤさんがそう呟いた……そのとおり…私のファーストヴァンガードはフルバウ……そしてデッキは…

 

 

「これは……私の“もうひとつの主力”です…」

 

 

 

フルバウから始まる“連携ライド”ならカグヤさんの力に対する相性も良い。

 

これが私の“ファントム・ブラスター”のデッキ。

 

 

「この奈落竜こそ…あなたの最後の希望です…」

 

「ですが…私の力が働いているのなら、ヒカリさんはグレード1にライドすることは出来ない筈……」

 

「そう……かな?」

 

 

先攻である私は山札に手を伸ばす。

 

確かに“手札にグレード1のカードは無い”…だけど私は信じている。

このデッキなら……きっと……私に味方してくれるって。

 

 

そして私は…“力”を使わないまま…カードをドローした。

 

 

 

「…………」

 

「……ヒカリさん…?」

 

 

 

私は……ドローしたカードを…ヴァンガードサークルに置く。

 

 

 

「ライド・THE・ヴァンガード!!ブラスター・ジャベリン(8000)!!」

 

「!!」

 

 

 

成功した…私はグレード1のカードを引き当てることに成功した。

 

…一応駄目だったらGゾーンに追加した“ヒートエレメント マグム”も使って“Gアシスト”しようとは思っていたけど……良かった。

 

 

そして私はブラスター・ジャベリンの状態を確認する…ソウルに“フルバウ”が存在するため、ジャベリンのパワーは元々の6000から8000に上昇する、そして。

 

 

「連携ライドスキル発動…ソウルのフルバウが主を呼ぶ…来い!ブラスター・ダーク!」

 

 

そして私はスキルを使い、次にライドするためのカードを山札から手札に加えターンエンドを宣言した。

 

 

 

「……私のターン…ドロー……いくらライドに成功していても……あなたの手札は…無に等しい筈です」

 

「……そうかな?」

 

「……オレンジの魔女 バレンシア(7000)にライド…プレイ・エンジェルをV裏に配置し、バトルに入ります」

 

カグヤさんがプレイ・エンジェルとバレンシアをレストする。

 

パワーは12000…パワー8000のブラスター・ジャベリンなら5000ガードで1枚貫通と言ったところか…なら…

 

 

「グリム・リーパーで完全にガード!!」

「!?」

10000ガードで確実に守る!

カグヤさんは私のカードを見て驚いていた。

 

 

「このタイミングで……グレード0のユニット…!?ヒカリさん……まさか……」

 

 

やはり気づかれてしまうか。

 

 

「貴女のデッキ……グレード3が……4枚以下…ということですか……」

 

「……うん」

 

 

カグヤさんの能力に対抗する方法としては最も分かりやすい方法だった。

手札にグレード3が溢れてしまうのなら、減らせばよい…最悪1枚でもカグヤさんの“力”の影響下なら確実に手札に加えることができる。

 

とは言え……私もカグヤさんの“力”の全てを知っている訳ではない。

 

どうやら彼女の“力”は相手の初期手札にグレード3を片寄らせるというものでは無く、とにかく初期手札にグレード1を含ませない……というものだったと確証を得ることができたのはこのファイトの準備をしている時、手札交換まで終えて手札を見たときだった。

 

私の初期手札は

 

 

ファントム・ブラスター・オーバーロード(G3)

 

ファントム・ブラスター・オーバーロード(G3)

 

ファントム・ブラスター・ドラゴン(G3)

 

グリム・リーパー(☆)

 

アビス・ヒーラー(治)

 

 

だった。

 

 

 

 

 

「そんな片寄ったデッキで……私を倒せると?」

 

「ええ……そうです」

 

 

 

私はカグヤさんがドライブチェックでクインテットウォールである“凍気の神器 スヴェル”を捲ったのを見届けると、自分のターンを宣言した。

 

 

「ドロー…そしてライド・THE・ヴァンガード!!ブラスター・ダーク(10000)!!」

 

私は続けてドローしたばかりのカードをコールする。

 

 

「コール・THE・リアガード!!黒の賢者 カロン(8000)!!」

 

 

そして、V裏に置かれたカロンでダークをブーストし、アタックを仕掛ける。

 

パワーは18000だ。

 

 

「……ノーガード」「ドライブチェック…秘薬の魔女 アリアンロッド……トリガー無し」

 

 

 

カグヤさんのダメージゾーンに“豊穣の神器 フレイヤ”が落とされ、このターンは終了する。

 

ダメージは私が0…カグヤさんが1だ。

 

 

 

「私のターン…スタンド、ドロー……ライド、運命の神器 ノルン(9000)」

 

「………」

 

 

 

運命の神器 ノルン……間違いなくこのデッキのエンジンとなっているユニットだ。

 

ソウルからドロップゾーンに置かれた際にヴァンガードのパワーを上げることができる……ガード制限やVスタンドを持つ“神器”のデッキでは一番注意しなくてはならないカードだろう……

 

「……アタック」(14000)

 

「アビス・ヒーラーで完全にガード」

 

 

プレイ・エンジェルとノルンによるV一列のみのアタック……私はそれを再びしっかりとガードした。

 

後々のためにも今、ダメージを受けすぎるのは良くない。

 

……そのための“連携ライド”…そのための高パワーでもあるのだから。

 

「……ドライブチェック…遠見の神器 クリア・エンジェル(クリティカルトリガー)……ターンエンドです」

 

 

このターンもダメージは変わらず0vs1だ。

私は慎重に次の展開を考える。

 

 

「私のターン…スタンドandドロー……」

 

 

第5ターン目……私はグレード3へとライドする…ここでライドすることによって次のターン、カグヤさんの超越や双闘を許してしまうが構わない…私はツインドライブの恩恵を優先した。

 

 

私の頭の中にカグヤさんとの会話が蘇る。

 

 

 

ーーー『…好きなユニットが時代遅れになったらどうしますか』

 

ーーー『…どうにかして使います』

 

 

その答え……ここで見せようじゃないか……

 

 

「呪われし竜よ、出でて我が未知なる道を切り開け!!ライド・THE・ヴァンガード!!」

 

 

 

それは勿論……私の大好きなRRR版のカードだ。

 

 

 

「ファントム・ブラスター・ドラゴン(11000)!!」

 

元々のパワーは10000であるが、連携ライドによって他のグレード3と比べても遜色の無い11000まで上昇する。

 

 

「続けてアリアンロッド(7000)をコール…レストして“ファントム・ブラスター・オーバーロード”をドロップ…山札からドロー…」

 

 

 

私はアリアンロッドのスキルで手札交換を行う。

 

その際にドロップしたのはこのデッキの少ないG3の中の1枚……ファントム・ブラスター・オーバーロード。

 

このカードをドロップしてしまったことで、私はファントム・ブラスター・オーバーロードにライドしたときにそのスキル…“ペルソナブラスト”を撃つことが出来なくなってしまった。

 

 

だが、私は今回このスキルを使う予定は元々無かったのだ。

 

このスキルに必要なコスト“ペルソナブラスト+カウンターブラスト3”はこのデッキには重すぎる…役立てたいのは寧ろもうひとつのスキル…“クロスライド”の方だった。

 

 

「アリアンロッドの前に虚空の騎士 マスカレードをコール(9000)!!カロンのブーストした奈落竜でヴァンガードにアタック!!(19000)」

「スヴェルでクインテットウォール…CB1…」

 

 

カグヤさんはクインテットウォールを使用する。

 

山札からガーディアンサークルに次々とカードが置かれていった。

 

戦巫女 ククリヒメ(☆) …10000

 

運命の神器 ノルン(G2) …5000

 

真昼の神器 ヘメラ(G2) …5000

 

鏡の神器 アクリス(醒) …10000

 

全知の神器 ミネルヴァ(G3) …0

+V 運命の神器ノルン (9000)

合計ガード値 39000…完全ガード。

 

 

「ドライブチェック…first、アビス・フリーザー(ドロー・トリガー)……パワーをマスカレードに与え、ドロー……second、暗黒の盾 マクリール」

 

この攻撃は防がれたが、まだマスカレードが残っている……Vが“ブラスター”であるならアタック時にパワー+3000されるスキルを持っているマスカレードを私はレストした。

 

「虚空の騎士 マスカレードでヴァンガードにアタック…!(17000)」

 

「ノーガード」

 

 

カグヤさんのダメージゾーンに叡智の神器 アンジェリカが落とされ、ダメージは2点となった。

 

 

「…ターンエンドだよ」

 

 

ここまでの流れは上々……問題はここからか。

 

 

「……私のターン、スタンド、ドロー……」

 

第6ターン…ここからカグヤさんの本当の攻撃が始まっていく。

 

「解き放たれしは全てを滅する無慈悲なる力……ライド、宇宙の神器 CEO ユグドラシル(11000)」

 

更にカグヤさんはリアガードに豊穣の神器 フレイヤ(9000)をコールすると……

 

 

「シークメイト、花は咲き、海は割れ、星が産まれる……ユグドラシル、ノルン、双闘…」

 

 

双闘スキルを発動させるのだった……私は山札の中にトリガーや、クインテットウォール等が戻っていくのを確認した。

 

そして、Vが双闘したことによって複数のスキルが発動可能になる。

 

「フレイヤのスキル…CB1…フレイヤにパワー+5000、ソウルチャージ3…」

 

ソウルに送られたユニットは

 

オーダイン・オウル(G1)

 

鏡の神器 アクリス(醒)

 

叡智の神器 アンジェリカ(G3)

 

 

「プレイ・エンジェルをソウルへ…ユグドラシルにパワー+5000、ソウルチャージ3…」

 

ソウルへ送られたのは

 

苺の魔女 フランボワーズ(守)

 

慈悲の神器 エイル(治)

 

豊穣の神器 フレイヤ(G2)

 

…であった。

 

カグヤさんがユグドラシルとノルンをレストする。

 

 

「ユグドラシル、ノルンでアタック…レギオンスキル発動…SB6…」

 

ソウルからドロップへ吐かれたユニット達の能力がここで誘発していく。

 

 

運命の神器 ノルン …Vにパワー+5000

鏡の神器 アクリス …Vにパワー+5000

 

オレンジの魔女 バレンシア …SC2(宇宙の神器 CEO ユグドラシル、運命の神器 ノルン)

 

慈悲の神器 エイル …特に無し

 

豊穣の神器 フレイヤ …特に無し

 

祈りの神器 プレイ・エンジェル …特に無し

 

 

「ユグドラシルはアタック時にパワー+3000……合計パワー…38000☆2…そしてヒカリさんはこのアタックを防ぐ時に、手札からグレード1以上のカードをガードに使うことが出来ません」

 

「…ノーガード」

 

 

……この時のために序盤をガードしてきたんだ…今はその攻撃…受け止める…!!

 

 

「ドライブチェック…遠見の神器 クリア・エンジェル(クリティカルトリガー)…クリティカルはユグドラシルに、パワーはフレイヤに与えます…セカンドチェック…宇宙の神器 CEO ユグドラシルです…トリガー無し」

 

 

私のダメージゾーンに、3点のダメージが叩き込まれる。

 

最初は完全ガードである暗黒の盾 マクリール。

 

次にG1…黒の賢者 カロン。

 

そして……

 

 

「third…アビス・ヒーラー(ヒールトリガー)!ダメージを回復して、パワーは奈落竜に…!!」

 

これでダメージは2vs2だ。

 

 

「……豊穣の神器 フレイヤでヴァンガードにアタック(19000)」

 

「アビス・フリーザーでガード…!!」

 

 

3点目は……まだ貰うわけには行かないんだよね…

 

 

 

「ターンエンドにしましょう…」

 

「私のターン…スタンドandドロー!!」

 

 

ここまで、毎ターン何かしらの攻撃をガードしてきたため、手札はカグヤさんの方が若干多い…6枚くらいかな?

 

だけど、カグヤさんはまだあまりリアガードを展開していない……そこに付け入る隙がある。

 

 

 

「コール・THE・リアガード!!罪を背負う覚悟は彼女の胸に…漆黒の乙女 マーハ(8000)!!」

 

 

 

CB2というコストを払い、私は彼女のスキルによってその後列に黒の賢者 カロンをコールした。

 

これで、私のリアガードサークルは全て埋まったことになる。

 

 

 

 

「カロンのブーストした、ファントム・ブラスター・ドラゴンでヴァンガードにアタック!!(19000)」

 

「……ノーガード」

ドライブチェックで引いたのは、ブラスター・ジャベリンと虚空の騎士 マスカレード……残念ながらトリガーが登場することは無かったものの、一応ダメージは与えたので、良しとしよう。

 

カグヤさんのダメージに落ちたのは、全知の神器

ミネルヴァ……こちらもトリガーでは無かった。

 

 

「カロンのブーストしたマーハでヴァンガードにアタック!!(16000)」

クリア・エンジェル(クリティカルトリガー)でガード…」

「アリアンロッドのブーストしたマスカレードでヴァンガードにアタック!!(19000)」

 

「もう一度…クリア・エンジェルでガード」

 

 

なかなか固い守りのカグヤさん…こちらの攻撃は余り通して貰えず…このままターンエンドだ。

 

ダメージは私が2点…カグヤさんが3点…

 

 

次は8ターン目……カグヤさんのターンだ。

 

 

「私のターン…スタンド、ドロー……真昼の神器 ヘメラをコール…スキルでドロップゾーンから運命の神器 ノルン、鏡の神器 アクリス、鏡の神器 アクリスをソウルへ送ります」

 

 

……ユグドラシルのスキル発動の準備は万端という訳か……

 

 

カグヤさんのアタックが始まる。

 

 

「ヘメラでリアガードのマスカレードにアタック…(9000)」

 

「マーハでインターセプト…!」

 

 

続けてカグヤさんはユグドラシルによるアタックを仕掛けてきた。

 

スキルの発動によってガード制限、クリティカル…ソウルから吐かれたユニットによってパワーが与えられていく。

 

「ユグドラシルとノルンでアタック…パワーは43000…クリティカルは2…グレード1以上は手札からガードすることが出来ません…」

 

 

これを止めるとなると、私のデッキでは最低でもトリガーユニットが4枚も必要になってくる。

 

そんな攻撃を毎ターン放たれては、溜まったもんじゃない。

 

 

「…ノーガード」

 

 

だからギリギリまでノーガードで凌ぐつもりだ。

 

 

「…ドライブチェック…叡智の神器 アンジェリカ……セカンドチェック…オーダイン・オウル……共にトリガー無しです」

 

「ダメージチェック……first、ブラスター・ダーク……second、秘薬の魔女 アリアンロッド…共にトリガー無しだよ」

 

 

 

出来ればダメージトリガーが欲しかったが、それを言っても始まらない。

 

 

 

「フレイヤでリアガードのマスカレードに…アタックです(9000)」

 

「………ノーガード」

 

私はマスカレードを退却させた。

 

 

「ターンエンド」

 

 

このターンで私のダメージは4…カグヤさんは3……とダメージ差が逆転してしまった。

 

手札の損失は少なく済んだが…気は抜けなくなった。

 

「私のターン…スタンドandドロー!!そしてコール・THE・リアガード!!敵陣を切り開く呪われし槍!カースド・ランサー!!」

 

私はカースド・ランサーを元々マーハがいた場所にコールする……このユニットのアタックをヒットさせることが出来たなら、カウンターチャージを行うことができる…カウンターブラストを多く使うシャドウパラディンには重要なコスト回復ユニットだ。

 

続けて私はアリアンロッドをレストし、スキルを発動…手札のブラスター・ジャベリンを捨て、ドローを行った。

 

 

「…カロンのブーストしたファントム・ブラスター・ドラゴンでヴァンガードにアタック!!(19000)」

 

「…ノーガード」

 

 

……これは綱渡りだ。

私は頭の中でそう思った。

 

自分へのダメージを押さえつつ、相手にダメージを与えていく……いつ、どこでクリティカルトリガーが登場するかも分からない中、私たちは一歩一歩距離を詰めていく。

一つのミスが…命取りになる……

 

 

「ドライブチェック…first、アビス・ヒーラー(ヒールトリガー)!!ダメージを回復してパワーはカースド・ランサーに!!second、もう一度アビス・ヒーラー(ヒールトリガー)!!効果も同じくだよ!!」

 

 

ダメージが4点から2点に大きく回復する…嬉しい誤算だ。

 

一方でカグヤさんのダメージゾーンには戦巫女 ククリヒメ(クリティカルトリガー)が落とされ、ユグドラシルにパワーが与えられていた。

 

 

「カロンのブースト……カースド・ランサーでヴァンガードにアタック…!!パワーは27000!!」

 

「……オーダイン・オウル2枚と吉凶の神器 ロット・エンジェル(ドロートリガー)でガード…ロット・エンジェルのスキルでソウルチャージ1…」

 

私はソウルに真昼の神器 ヘメラが吸い込まれるのを確認し、ターンエンドを宣言した。

 

 

 

ダメージは私が2点…カグヤさんが3点。

 

「私のターン…スタンド、ドロー……オーダイン・オウル(6000)をユグドラシルの後ろにコール…スキル発動、ドロップゾーンのユグドラシルをデッキボトムへ…ユグドラシルにパワー+5000」

 

 

オーダイン・オウル…ジェネシスの“神器”デッキをサポートするユニットだ。

 

ターン制限の無い起動能力であるため、コストであるドロップゾーンのグレード3が存在する限り、神器のヴァンガードにパワーを与え続けることができる。

 

またデッキの減りが早く、デッキアウトの危険と常に隣り合わせであるジェネシスにとっては、山札を補充できるこのユニットはとても優れものだと言えるだろう。

 

 

……って何で私はWikiみたいなことを言っているんだろう……

 

 

 

「オーダイン・オウルのブースト…ユグドラシル、ノルンでヴァンガードにアタック(34000)」

 

レギオンスキルを使ってこなかった……ソウルの供給が一時的とはいえ、追い付かなかったのだ。

 

今なら、ガード制限も無い……完全ガードを使うなら今…か…?

 

 

 

「ブラスター・ジャベリンをコストに暗黒の盾 マクリールで完全ガード…!!」

 

「ドライブチェック…真昼の神器 ヘメラ、林檎の魔女 シードル……共にトリガー無し…」

 

 

カグヤさんは残りのリアガードをレストする。

 

 

「豊穣の神器 フレイヤで…リアガードのカースド・ランサーにアタック(9000)」

 

「ノーガード…カースド・ランサーは退却…」

 

「ターンエンドです」

 

 

 

ダメージは引き続き2vs3で私の優勢……手札は私が6枚であるのに対し、カグヤさんが8枚……

 

 

今回のカグヤさんのデッキにはリアガード向きのユニットが少ないのか…リアガードを大きく展開する素振りが無い。

 

 

ここまでに登場したカードを考えても……

 

 

G2 運命の神器 ノルン…ソウルから吐かれた時に“神器”のVのパワーを上昇。

 

G2 真昼の神器 ヘメラ…Rにコール時、ドロップゾーンから“神器”のカードを3枚までソウルに送る。

 

G2 豊穣の神器 フレイヤ…双闘時にコストを払うことでソウルチャージ3と自身のパワー上昇。

 

 

G1 苺の魔女 フランボワーズ…完全ガード。

 

G1 凍気の神器 スヴェル…クインテットウォール。

 

G1 林檎の魔女 シードル…“神器”のガーディアンとして使用することで、自身を含むガードに使用したカードをソウルに送る。

 

G1 オレンジの魔女 バレンシア…ソウルから吐かれた時にソウルチャージ2。

 

G1 オーダイン・オウル…ドロップゾーンのG3をデッキボトムに置き、“神器”のVのパワー上昇。

 

 

……と、リアガードの攻撃性能は高くない。

 

反面、ユグドラシルのスキルを継続的に使用することと、ユグドラシルのスキルを強化することに重点が置かれているように思える。

 

……V特化なら早めにリアガードを削るのも有りか。

 

「私のターン…スタンドandドロー……」

 

まあ、早めにと言っても、もう11ターン目…だけどね。

 

そんなことを考えていると、カグヤさんが私に質問をしてきた。

 

「ヒカリさんは…本気で私に勝てるとおもっているんですか……?」

 

 

 

その口調からは、私を挑発しているような雰囲気は無かった。

それは…カグヤさんの純粋な疑問だった。

 

……確かに…簡単では無いかも知れない。

 

 

カグヤさんの能力による、私のデッキの制約もあるが……それ以前にカグヤさんの“神器”デッキに対し、私の“ブラスター”デッキはパワー不足だ。

 

それもその筈……このブラスターに使われているカードはどれも今から2年以上前に発売されたカードなのだから。

 

 

半年前に強化された“神器”とは悪い意味で年期が違う。

 

 

そもそも、このシャドパラの“ブラスター”は決して強力なデッキではない。

 

今の“撃退者”とは違い、強力な“V”がいないのだ。

 

私の大好きな奈落竜デッキも、結局当時トップクラスの性能を誇ったデッキ…ジエンドやマジェスティ、ツクヨミデッキと比べると見劣りする。

 

 

だけど私には…今も、昔も…変わらない思いがある。

私は空いているリアガードサークルに秘薬の魔女 アリアンロッドとカースド・ランサーをコールしながらカグヤさんに言った。

 

 

 

 

「……このデッキを信じてますから」

 

「………」

 

「だから…今の私達に不可能なんて無いんです」

 

「…!」

 

 

 

カグヤさんの力も、ジェネシスのデッキも強力だ…今、私の前に立ちはだかる“ユグドラシル”も私が油断した一瞬に勝負を決めることができる性能を秘めている。

 

だけど…必ず勝機はある……このゲームには始める前から確定された勝利や敗北なんて存在しないのだから。

 

 

それが…カードファイト‼ヴァンガードという…決して完全では無い…ゲームなんだ。

 

私は2体並んだアリアンロッドの内1枚をレストし、虚空の騎士 マスカレードをドロップすることで、手札交換を行う。

 

 

「私が証明します…カグヤさん……あなたと本気で戦うことができ、あなたを倒すことが出来るファイターがここにいると!!」

 

「ヒカリさん…」

 

 

そして私は、ダメージゾーンのカードを2枚裏向きにして、リアガードのアリアンロッドを2枚、ヴァンガードの後ろに控えていた黒の賢者 カロンを退却させる。

 

私の中のイメージではこれは“命を捧げる”のでは無い……“命を懸けている”んだ……。

 

 

 

「私たちの思い…届けるよ……ダムド・チャージング・ランス!!!」

 

 

 

私はカグヤさんの心の扉を叩き続ける…カグヤさん……ヴァンガードはあなたを独りにするゲームじゃないと……そう、訴えるために……

 

 



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073 KNOCK ON YOUR GATE!(下)

 

“カードファイト‼ヴァンガード”…それは私にとって家族のようなものだった。

 

 

父と母の産み出していくカードは生き生きとしていて、輝いていて……

 

私も“ヴァンガード”も本当の意味では父と母の家族では無かったけれど、だからこそ私はヴァンガードに愛着を持っていた。

 

 

 

(けれど…ヴァンガードが私にくれたのは……私を独りにする“力”だった……)

 

 

ヒカリさんがファントム・ブラスター・ドラゴンをレストし、バトルに入る。

 

 

「行くよ…ファントム・ブラスター・ドラゴン!!」

 

 

パワー21000…クリティカルは2…

 

「……林檎の魔女 シードル、オレンジの魔女 バレンシア、慈悲の神器 エイルでガード…(2枚貫通)」

 

 

更にシードルのスキルによって、今、ガーディアンサークルに置かれているカードはドロップゾーンに置かれた際にソウルへと送られる。

 

私のガーディアンを確認したヒカリさんはドライブチェックを始めた。

 

「first、秘薬の魔女 アリアンロッド……second、漆黒の乙女 マーハ……トリガー無し」

 

 

トリガーは登場しなかった……ヒカリさんは少し考えた後、残りのリアガードであるカースド・ランサーでこちらのリアガード…豊穣の神器 フレイヤにアタックを仕掛けてきた。

 

私はこれをノーガードする。

 

 

 

「まだ届かないか……ターンエンド…」

 

「………」

 

ダメージは私が3点、ヒカリさんが2点…

 

次で12ターン目だというのに、ファイトが終わる雰囲気は無かった。

 

ヒカリさんのダメージコントロールによって、ユグドラシルはその攻撃をいなされていたのだ。

 

 

これが“柔能く剛を制す”ということだろうか。

 

 

(…リアガードの攻撃力が高いヤタガラスの方が良かったのでしょうか…?)

 

 

ヴァンガードファイト中にそんなことを考えるのは初めてであり、新鮮だった。

 

 

だが……

 

 

 

(ヒカリさんのデッキ……リアガードの退却が必要であるPBD(ファントム・ブラスター・ドラゴン)のスキルを連打できるとは思えない…G3の枚数を絞っているのならPBO(ファントム~オーバーロード)のスキルも“超越”も複数回の使用は考えにくい……この程度の攻撃力なら…敵ではありません…)

 

 

 

「ヒカリさん…やはり貴女では私に勝てない…」

 

「…私はそうは思わないよ」

 

 

 

だけど…それが現実なんです。

 

私がそれを…貴女に教える……

 

 

 

「私のター…「お二人さん、お待たせしました」

 

「…?」

 

「…店長!!」

 

 

 

突如、その言葉は投げ掛けられた。

 

その言葉を聞いた私とヒカリさんは一旦手札を置き…声の聞こえた方を向く。

 

 

そこにいたのはこのお店の店長さん…そして店長さんが持ってきたのは……

 

 

「……これが」「……おおお…」

 

 

そこに広がっていたのは言葉では形容できない夢のような光景……

 

 

 

 

「「マーブルグレア…シュタインズツイスト…」」

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

「おおお……」

 

カグヤさんと私は、カードを汚したり、山札やドロップゾーンを崩したりしないように気を付けながら…“それ”と向き合った。

 

“それ”はケーキやプリン、アイスなんて言葉じゃ収まらず……軽々しくパフェ等と呼んでよいのかも分からない……

 

 

つまり…マーブルグレアシュタインズツイスト…だ。

 

 

荒々しさと、優美さを兼ね備えている…何なんだこれは……天国とはこれのことじゃないか…

 

 

 

私はスプーンで“それ”の一部分をすくい上げる。

 

香ばしいカラメルと、純白のスフレはさながら大理石のようだ…そしてその奥には……ぁぁぁ。

 

それを口に入れると、広がるのは蕩けるような甘さと、優しく撫でて貰っているようなほろ苦さ……そして遅れてベリー系の甘酸っぱさが私の心に染み渡っていく、そう…それはまるで春に吹くそよ風のようで……

 

 

「「ふあぁぁぁぁぁぁ……///」」

 

 

よく分からない声が出る、そしてそれがカグヤさんとハモった……

 

 

これは…人がこんなものを作っていいのか!?

 

放心状態の私たちに店長が聞いてくる。

 

「どうだ?この“マーブルグレアシュタインズツイスト”…今までで最高傑作だと思うんだよな」

 

「ヤバいですよ…これ…人類終わりますよ…」

 

「後世に語り継がれるでしょうね…」

 

 

 

 

その後、20分程…私たちは“マーブルグレアシュタインズツイスト”を堪能するのだった。

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

「……では、改めて私のターンです」

 

 

 

しっかりとマーブルグレアシュタインズツイストを食べ終わった私とカグヤさんはファイトを再開する。

 

マーブルグレアシュタインズツイストからエネルギーは貰った…これでまだまだ集中力は続くだろう。

 

 

 

「…ドロー……再び解き放つは無慈悲なる破滅の力…ライド、宇宙の神器 CEO ユグドラシル…」

 

カグヤさんはユグドラシルからユグドラシルへと再ライドをする…

 

 

 

「シークメイト…花は咲き、海は割れ、星が産まれる……ユグドラシル、ノルン…双闘」

 

 

 

シークメイト能力の使用によってドロップゾーンからトリガーユニットが山札へ帰っていった…ジェネシスにとってはトリガー率を高めるだけでなく、他クランよりも早い山札の減りを押さえる手段にもなっている。

 

 

「…真昼の神器 ヘメラ(9000)をコール…ドロップゾーンから鏡の神器 アクリスを2枚、運命の神器 ノルンを1枚ソウルへ」

 

 

ユグドラシルに“エンジン”が積み込まれていく…

 

 

「オーダイン・オウルのブーストでユグドラシル、ノルンがアタック……レギオンスキル発動、ソウルブラスト6」

 

 

スキルによって、私はこの攻撃を手札からグレード1以上のガーディアンを使って防ぐことが出来なくなる。

 

更にクリティカルも増える…それだけでは終わらず、ソウルから吐かれたユニット達もそれぞれのスキルを発動させていく。

 

 

鏡の神器 アクリス…Vにパワー+5000

 

鏡の神器 アクリス…Vにパワー+5000

 

運命の神器 ノルン…Vにパワー+5000

運命の神器 ノルン…Vにパワー+5000

 

オレンジの魔女 バレンシア…SC2(苺の魔女 フランボワーズ、遠見の神器 クリア・エンジェル)

 

宇宙の神器 CEO ユグドラシル…特に無し。

 

 

 

「…合計パワー49000…クリティカルは2……貴女はグレード1以上のカードを手札から出せない…」

 

「……当然ノーガードだよ」

 

 

こちらのダメージは2点…ダブルクリティカルを引かれかければ問題無い。

 

もし引かれたらその時は完全に私の負けだ……私のヒールトリガーは既に4枚全てドロップゾーンの中にあるのだから。

 

 

「ドライブチェック…遠見の神器 クリア・エンジェル(クリティカルトリガー)!クリティカルはユグドラシル、パワーはヘメラに与えます…セカンドチェック…」

 

 

私は息を飲み、静かに待つ。

 

 

「……凍気の神器 スヴェル…トリガー無しです」

 

 

 

私はほっと息を着いた。

 

 

私は…3点分のダメージチェックを始める。

 

 

3点目…カースド・ランサー

 

4点目…虚空の騎士 マスカレード

 

5点目…アビス・フリーザー(ドロートリガー)

 

 

トリガーによってファントム・ブラスター・ドラゴンのパワーは上昇し、カグヤさんの残りのリアガードでは私のVには傷をつけることが出来なくなった。

 

「……ヘメラでリアガードのカースド・ランサーにアタックします(14000)」

 

「ノーガード…カースド・ランサーは退却…」

 

「…ターンエンド」

 

 

 

これでダメージは私が5点、カグヤさんが3点…

 

手札は私が8枚、カグヤさんが5枚…

 

 

 

私は手札を見つめる…恐らくユグドラシルの攻撃は防げて1回…

 

ユグドラシルのスキルは連続して打ち続けるには限界があることが唯一の救いだ。

 

 

「私のターン…スタンドandドロー……」

 

 

 

大丈夫…私はまだ…戦える!!

 

 

 

「行くよ…カグヤさん!!」

 

「……!!」

 

 

 

私はそのカードをファントム・ブラスター・ドラゴンの上に重ねる。

 

 

 

「“夢”それは人の心に眠る光…その暖かなイメージが形を変えて希望無き世界に降り注ぐ時…忘れること叶わぬ日々は、絶望を打ち破る力に変わるだろう!!」

 

 

私の口から溢れる口上は、以前の物から自然と変わっていた。

 

 

「クロスライド・THE・ヴァンガード!!自らの絶望に打ち勝て!!ファントム・ブラスター・オーバーロード(13000)!!!」

 

 

これが私の……奈落竜様…その防御力、当てにしてるよ。

 

 

「奈落竜の後ろに黒の賢者 カロンをコール!……左後列の黒の賢者 カロンを前列へ移動し、その後ろに秘薬の魔女 アリアンロッドをコール!………更に右列に漆黒の乙女 マーハをコール!……スキル発動!CB2で山札の中から黒の賢者 カロンをスペリオルコール!!」

 

 

私は手札から、山札から、ユニットを展開していく。

 

カロン / PBO /マーハ

アリア/カロン/カロン……といった感じだ。

 

 

 

「まずは……アリアンロッドのブースト……カロンでリアガードのヘメラにアタック!!(15000)」

 

「ノーガード…」

 

カグヤさんの少ないリアガードを削っていく。

 

「そして!カロンのブーストしたファントム・ブラスター・オーバーロードでアタック!!パワー21000!」

 

「…ノーガードです」

 

 

私は山札へ手を伸ばす。

 

「ドライブチェック…first、ブラスター・ジャベリン…second、デスフェザー・イーグル(クリティカルトリガー)!!クリティカルはヴァンガード、パワーはマーハに!!」

 

「ダメージチェック…慈悲の神器 エイル(ヒールトリガー)……回復はしませんが、ユグドラシルにパワーを与えます…セカンドチェック…真昼の神器 ヘメラ…トリガー無し」

 

 

これでダメージは5vs5……これでファイトの終わりも見えてくる。

 

 

「カロンのブーストを受けたマーハでアタック!!パワーは21000!!」

 

遠見の神器 クリア・エンジェル(クリティカルトリガー)でガード!」

 

「ターンエンド…!」

 

 

 

13ターンが終わり、ダメージも互いにぎりぎりの所まで入っている……

 

私の手札は7枚、カグヤさんは4枚……果たして…私はどこまで行けるか…

 

 

 

「……カグヤさん…どうですか?…私とのファイトは…」

 

 

私は自然とカグヤさんに話しかけていた。

 

 

「…………」

 

 

「私、ヴァンガードって…どうしようも無いゲームだと思ってます…勝ちも負けも大きく運に左右されて……本当にどうしようも無い……」

 

 

「……私の…ターン…」

 

 

「でも…こんなゲームだからこそ、私は今…カグヤさんと対等に立ち回れている」

 

「……!」

 

「あなたの力は決して、ゲームの勝敗を決定するものでは無い…今、私はあなたと全力で勝負できている」

 

「……スタンド…ドロー……」

 

 

「だから……もう…悲観する必要は無いんです!」

 

「……ストライド!!ジェネレーション!!」

 

 

 

カグヤさんは何かを振り切るように首を振ると、手札からG3 叡知の神器 アンジェリカをドロップゾーンに置いた。

 

 

 

「神秘の星の瞬きが、新たな世界を照らし出す…ミラクルエレメント アトモス(26000)!!」

 

 

更にカグヤさんはオーダイン・オウルのスキルを二度誘発…ユグドラシルとアンジェリカを山札に戻すことでアトモスに10000のパワーを追加した。

 

そして、リアガードに全知の神器 ミネルヴァ(11000)をコールするとアトモスによるアタックを仕掛けてくる…もちろんアトモスのスキルも発動し、パワーをあげてきた。

 

合計パワーは52000といった所か。

 

 

「…だけど!!オーダイン・オウルのスキルはミネルヴァに使うべきだったね!!……だって」

 

 

「……っ!何で私は…こんな…初歩的な!!」

 

 

「マクリールで完全ガードだから!!」

 

 

コストはブラスター・ジャベリンだ。

 

 

カグヤさんはトリプルドライブチェックを行う…1枚目はユグドラシル、2枚目と3枚目は共に戦巫女 ククリヒメ……クリティカルトリガーだった。

 

 

「ミネルヴァで…!!(21000☆3)」

 

デスフェザー・イーグル(クリティカルトリガー)でガード!!」

 

「…固い」

 

 

…因みにオーダインのスキルでミネルヴァにパワー+10000していたとしても、このターンで私がやられることは無かった。

 

 

「……ターンエンドっ!!」

 

「私の……ターン!!スタンドandドロー!!」

 

 

ダメージは継続して5vs5…手札は私が5枚、カグヤさんが6枚…だけど、私は既にリアガードを完全に展開している……ここで手札を使う理由は無い。

 

 

「アリアンロッドのブーストしたカロンでリアガードのミネルヴァにアタック!!(15000)」

 

「……ノーガード!」

 

ミネルヴァが退却される…これで次のターンもオーダイン・オウルが荒ぶるのだろうが…極力リアガードは潰しておきたい。

 

 

「カロンのブーストしたファントム・ブラスター・オーバーロードでユグドラシルにアタック!!(21000)」

 

「…クインテット…ウォール!!」

 

 

 

意を決したようにカグヤさんは手札から凍気の神器 スヴェルをコールする。

 

1枚のカウンターブラストによって5枚のカードがガーディアンサークルに登場する。

 

 

遠見の神器 クリア・エンジェル(☆)…10000

 

慈悲の神器 エイル(治) …10000

 

戦巫女 ククリヒメ(☆) …10000

 

林檎の魔女 シードル(G1) …5000

 

林檎の魔女 シードル(G1) …5000

 

+V 宇宙の神器 CEO ユグドラシル …11000

 

 

合計ガード値…51000

 

 

「……完全ガードです!!」

 

「何で…クインテットウォールを……?前のターンのトリプルドライブで引いたトリガーを使えば済むのに…」

 

 

「もう…クインテットウォールを使うには今しかありませんでしたから」

 

 

私はカグヤさんの山札を見つめる…既にその枚数は1桁に入っていた……確かにこのタイミング以降では使うことが出来ない……

 

……そして実は私の山札も、もうほとんど残っていない…

 

「…ドライブチェック…first、虚空の騎士 マスカレード……second、グリム・リーパー(クリティカルトリガー)!!効果は全てリアガードのマーハに!!」

 

「……っ!」

 

「カロンのブースト…漆黒の乙女 マーハでユグドラシルにアタック!!(21000☆2)」

 

「戦巫女 ククリヒメ、林檎の魔女 シードルでガードです!!」

 

シードルのスキルによって、ククリヒメとシードル自身はユグドラシルのソウルへ消えていった。

 

 

「ターンエンド…」

 

私の手札は7枚、残りの山札も7枚…

 

ダメージは5vs5…あともう少しだ…もう少しでカグヤさんのガードを崩すことができる……延々と続く殴り合いももうすぐ終わるのだ。

 

 

 

「私のターンです…スタンド、ドロー……ふふ」

 

 

「……?」

 

 

「ヒカリさん……私、今…どきどきしてます…これが“ヴァンガードファイト”なんですね……」

 

 

「カグヤさん……」

 

 

 

 

……私も…こんな、デッキアウトぎりぎりの戦いなんて久しぶりで……どきどきしていた。

長らく……撃退者Abyssの…レギオンという強力な力に頼りすぎていたこともあるだろう。

 

 

 

「ヒカリさん…貴女に今、感謝の気持ちと引導を渡します!!」

 

「……!!」

 

 

 

 

カグヤさんが再び“ライド”を行う。

 

 

 

「幾度も解き放つは、無慈悲なる閃光!!ライド!!宇宙の神器 CEO ユグドラシル!!」

 

 

そして、カグヤさんはドロップゾーンからカードを山札へ戻す…戻すカードは運命の神器 ノルン(G2)、遠見の神器 クリア・エンジェル(☆)、戦巫女 ククリヒメ(☆)、慈悲の神器 エイル(治)……

 

 

「シークメイト……花が、海が、星が輝き…二人を祝福する!双闘!ユグドラシル、ノルン!!」

 

カグヤさんはオーダイン・オウルを使い、ミネルヴァを山札に戻す……これでカグヤさんの山札は残り…8枚…

 

カグヤさんがファントム・ブラスター・オーバーロードにアタックを仕掛ける、レギオンスキルも発動、ソウルから吐かれたノルンによって更にパワーを上昇させる…まさに最後の攻撃だ。

 

「パワー39000…クリティカル2…このアタックに対しグレード1以上のカードは手札からガーディアンとしてコール出来ません!!」

 

このファイトで何度目だろうか…今回ばかりはこれを受けてしまうと私も無事ではいられない。

 

「これが…ユグドラシルのスキル、オール・オーバー・ザ・ワールドです!!」

だけど私は……ここで終わる気なんて無い!!

 

「なら!…アビス・ヒーラー(ヒールトリガー)グリム・リーパー(クリティカルトリガー)2枚、アビス・フリーザー(ドロートリガー)でガード!!パワー合計48000!!」

 

 

これで2枚貫通……でも!まだだ!!

 

 

「続けて漆黒の乙女 マーハでインターセプト!!これでパワー53000……完全ガードだよ!!」

 

「くっ……ドライブチェック…遠見の神器 クリア・エンジェル(クリティカルトリガー)!!…セカンドチェック…慈悲の神器 エイル(ヒールトリガー)!!」

 

「……ここでヒールトリガー……!!」

 

 

カグヤさんのダメージが5点から4点に回復する。

 

 

 

「ターンエンドです…ヒカリさん」

 

「なら私のターン…だね」

 

 

ダメージは私が5、カグヤさんが4……

 

……この17ターン目で…決める!!

 

 

「超越のコストにするより、リアガードを埋めることを優先するよ…虚空の騎士 マスカレードをコール!!……アリアンロッドのブーストしたカロンでヴァンガードにアタックだ!!(15000)」

 

「ノーガード!!…ダメージチェック、慈悲の神器 エイル(ヒールトリガー)!!回復はしませんが、パワーをVに!!」

 

 

ユグドラシルのパワーが16000まで上昇する。

 

 

「カロンのブースト、行け!!ファントム・ブラスター・オーバーロード!!(21000)」

 

「クリア・エンジェルとエイルで完全にガードです!ヒカリさん…私、負けたくありません!!」

 

「私もだよ!!…ドライブチェック…first、ブラスター・ダーク…second、暗黒の盾 マクリール!!」

 

 

そして私は、最後に残ったリアガードでアタックを仕掛ける。

 

 

「カロンとマスカレードでアタック!!(20000)」

 

「クリア・エンジェルでガード!!」

 

 

まだ…戦いは終わらない。

 

私はターンエンドを宣言し、状況を見つめる。

 

 

「では私のターン…スタンド、ドロー!!」

 

 

ダメージは5vs5…山札は互いに残り4枚…いや…

 

「叡知の神器 アンジェリカをコール!!…オーダイン・オウルのスキル発動…デッキボトムにドロップゾーンのユグドラシル、アンジェリカを送り、リアガードのアンジェリカにパワー+10000!!」

 

カグヤさんの山札が4枚から6枚に増える……このままでは私の方が先にデッキアウトしてしまう。

 

「オーダインのブーストした、ユグドラシルとノルンでヴァンガードにアタックです!!(29000)」

 

「マクリールで完全ガード!!」

 

 

私は完全ガードのコストにブラスター・ダークを選ぶと、カグヤさんのドライブチェックを見守った。

 

 

「ドライブチェック…戦巫女 ククリヒメ(クリティカルトリガー)!!効果は全てアンジェリカへ!!セカンドチェック…宇宙の神器 CEO ユグドラシル!!…トリガー無し!!」

 

 

トリガーは1枚……か…恐らくこれでカグヤさんのデッキからトリガーは無くなった。

 

 

「私の全てを乗せて…叡知の神器 アンジェリカでファントム・ブラスター・オーバーロードにアタックします!!(26000☆2)」

「流石に通せないよ!!デスフェザー・イーグル(クリティカルトリガー)とカースド・ランサーでガード!!パワー合計28000!!」

 

 

こういう時、“クロスライド”の恩恵を感じる…

 

「…………ターンエンドです」

 

 

…ダメージは5vs5…カグヤさんの手札は4枚…内1枚はガード値の無いCEO ユグドラシル。

 

カグヤさんの守護者は完全ガード:クインテットウォールが2:2の配分だろう…だとすると少なくとも手札に完全ガードは入っていない筈……

 

私はカグヤさんのソウルとドロップゾーンにそれぞれ落とされている“完全ガード”を見ながらそう考えた。

 

 

どうあれこの19ターン目で勝負を決められないのなら、次は無い。

 

 

「魅せるよ…ファイナルターン……スタンドand…」

 

「…………」

 

 

私の山札は残り4枚……私はゆっくりとドローする。

 

「……ドロー……」

 

 

そこにあったのは、“ドロートリガー”……私のデッキに入っている内の最後の1枚…の筈だ。

 

もし、これが残りの3枚に入っていたら等……考えたくもない事態だった。

 

「カグヤさん…行くよ!!」

 

「!!」

 

 

私はカロンとマスカレードをレストする……アタックはユグドラシルに、パワーは20000だ。

 

カグヤさんは手札からトリガーのククリヒメをコールし、この攻撃をガードする。

 

 

続けてカロンと、アリアンロッド……パワー15000の攻撃にカグヤさんは同じくククリヒメでガードした。

 

「これが…最後の攻撃だよ!!カロンのブースト…ファントム・ブラスター・オーバーロードでパワー21000のアタック!!シャドウ・イロージョン!!」

 

 

そして私はカグヤさんを見つめる。

 

カグヤさんは……笑っていた。

 

 

 

「ノーガード……そして、私のデッキにヒールトリガーはありません」

 

 

 

そう言ってカグヤさんは更に手札の2枚を見せる。

 

そこにあったのは、CEO ユグドラシルと…クインテットウォール……

 

 

「……」

 

 

私は無言でドライブチェックを始めた……出る筈は無いのだけれど、もしここで間違ってもドロートリガーなんてものが出てしまえば、そこで私の負けなのだから……

 

 

「first、デスフェザー・イーグル(クリティカルトリガー)…second、カースド・ランサー…」

 

私の山札に綺麗に1枚を残して、トリガーチェックは終わった……そう、カードは残っている。

 

 

「私の……勝ちです」

 

カグヤさんのダメージゾーンに6点目のダメージとして、オレンジの魔女 バレンシアが置かれた。

 

 

 

「……はい、ふふ…私の負け…ですね」

 

 

そう言うカグヤさんの表情はとても穏やかだった。

 

カグヤさんの表情を見て、私も思わず笑みが浮かぶ。

 

 

 

「カグヤさん……“あなたはヴァンガードが好きですか”?」

 

「はい…大好きです…」

 

 

 

それは半年前にカグヤさんから言われた台詞だ……カグヤさんの返事はあの頃の私よりもはっきりしていた。

 

 

「でも……ずっと…こんなファイトが出来ればいいのですが……」

 

 

カグヤさんが悲しそうに呟く。

 

 

「カグヤさん……」

 

 

 

 

 

その時だ、私の中で“何か”が鼓動した。

 

 

 

体温が上がるのを感じる、鼓動も速くなる…これはまるで私の“力”が発動する時のようだ……いや、少し違う……これは……

 

 

「……ヒカリさん?」

 

「…カグヤさん……私……」

 

 

 

私は何故かカグヤさんの方へ手を伸ばした。

 

 

「今なら……カグヤさんの……」

 

「ヒカリさん…!?」

 

 

横に置いてある鞄に付けていたペンダントが、激しく点滅する。

 

この感じ……“あの時”と同じだ……VFGP決勝で初めて…“力”を2回連続で使えるようになった時と…

 

 

「カグヤさんを縛るその“力”…あなたの心の扉を閉ざすその鎖………私が…」

 

 

 

私の指が、見えない何かを掴んだ。

 

 

 

 

「……ドロー………します…」

 

「……え?」

 

 

カグヤさんの辺りから引いた“何か”は不思議な感触だった。

そしてそれは、カグヤさんから離れると共に霧散し、消えていった。

 

何が起きたのかは…分から…な……い。

 

 

 

そして私はゆっくりと眠りについた。

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

 

暗闇の中に私はいた。

 

遠くにはもうひとつ、人影が見える。

 

 

 

ーー『…全く、何をしているんだ…』ーー

 

私はその人を…そのゴスロリの少女を知っている。

 

 

「……久しぶりだね…“私”」

 

 

 

そこで再び私の意識は途切れてしまった……そして、次に目を覚ましたとき…私の頭は何か柔らかいものの上にあった…………

 

 

「………………って、カグヤさん!?」

 

「ヒカリさん…大丈夫ですか?」

 

 

 

私の頭はカグヤさんの膝の上にあり、私はうちわで扇いで貰っていた。

 

気がつくとおでこには冷却シートが貼られている。

 

「私…一体……」

 

 

何となく恥ずかしくなった私はカグヤさんの膝の上から隣の席に移動すると、改めて状況を思い出す。

 

……そうだ、私は…“力”を……

 

「……ヒカリさん?」

 

 

私はカグヤさんにありのままを話す…カグヤさんから“力”が消えた可能性があることを……

 

 

「ヒカリさんは…そんなことまで出来るんですか…」

 

「よく…分からないけど……」

 

気のせいか、ずっと昔にも同じようなことがあった気がする。

 

「確実に言えるのは…あの時、私は確かにカグヤさんから何かをドローしたということと……その何かが私の中に入ったとか…そういうことは無いということ…かな」

 

「私の何か…“力”……」

 

 

カグヤさんは自分の両手をまじまじと見つめた。

 

「試しに途中までファイト……してみます?」

 

「……はい!」

 

 

私とカグヤさんはデッキを整え、最初の手札を引いていく。

 

カグヤさんの瞳は蒼く輝き、“力”が発動しているのが見てとれた。

 

……が。

 

 

「カグヤさん……ほら」「……あ」

 

 

私の手札は……

 

 

ファントム・ブラスター・オーバーロード(G3)

 

虚空の騎士 マスカレード(G2)

 

暗黒の盾 マクリール(G1)

 

ブラスター・ジャベリン(G1)

 

グリム・リーパー(☆)

 

 

「……揃ってる……?」

 

「はい!揃ってます!!」

 

「揃ってる!!」

 

「揃ってます!!」

 

 

 

そしてカグヤさんは私の隣に来ると、思いきり抱きついて来た。

 

 

「凄い!!凄いです!!」

 

「うん!うん!」

 

 

その後数分間、私は抱き締められ続けた……うん、悪くは無い。

 

カグヤさんの“あの力”は消えた…瞳の輝きがあったことから消えたのは“あの力”だけで、つながりはそのままなのだろう……

 

それで良かったのだろうか…“あの力”はとても強力なものだったのに。

 

 

…………いや、良いことなんだ。

 

 

だって……それでゲームを楽しめないのは…勿体ないことなのだから。

 

 

「カグヤさん…」

 

 

「何とお礼を述べたらいいのか…母のことから私のことまで……」

 

「お礼なんて…全部、私の我が儘ですよ……ツキノさんのことだって私がキレただけです……」

 

どちらかというと、ツキノさんのことに関してはあまり触れてほしくは無い。

 

 

 

「それでも……いつかちゃんとお礼をさせてくださいね?……今は」

「?」

 

「店長さん!…私持ちでマーブルグレアシュタインズツイストをヒカリさんにお願いします!!」

 

「か、カグヤさん…悪いです……」

 

 

すると、店長はまるで注文が来ることがわかっていたかのように“すぐ”マーブルグレアシュタインズツイストを運んできた……それも2つ。

 

 

「店長さん?」「店長?」

 

 

 

「今日は特別……綺麗なお嬢さん方に俺からのサービスだ…この追加の2皿の料金はいらないよ」

 

 

 

私とカグヤさんは思わず叫んでしまった。

 

 

 

「「店長…大好きです!!」」

 

 

 

私とカグヤさんは再び、マーブルグレアシュタインズツイストを堪能する……

 

戦いの後の甘味は…最高だよ。

 

 

 

「ヒカリさん…」

 

「うにゅ?」

 

 

カグヤさんの呼び掛けに私は変な声で答えた。

 

 

そして……

 

 

 

「この礼は…必ずします……」

 

カグヤさんは口元にクリームをつけたまま……真剣な表情でそう言った。

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

時は経ち…12月24日。

 

 

私は…カグヤさんに呼ばれて、三日月グランドスタジアムにいた。

 

 

 

 

 



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074 聖夜の奇跡

クリスマス・イブ…12月24日…それは恋人や家族と過ごし、祝う日だ……まあ私には彼ら彼女らが一体何を祝っているのかはわからないが。

どの街も謎のクリスマスムードが漂うし、テレビをつけてもクリスマス一色……しまいにはどんなクリスマスをお過ごしですか等と聞いてくる。

 

誰か……友達や恋人、家族のいない人のことも考えてくれ(血涙)!!

 

 

 

 

…………ってここ数年思ってたのだけれど。

 

 

 

 

私、深見ヒカリは今日、三日月グランドスタジアムへある人に呼ばれていた。

その人とは……

 

 

 

「…ヒカリさん!!」

 

「カグヤさん、こんにちわ」

 

「今日は来てくれてありがとうございます」

 

 

 

 

……カグヤさんだ。

 

 

 

“あの後”、私の家にビフレストCSの時のような招待状が届いたのだ。

 

ー12月24日に三日月グランドスタジアムでお会いできませんか?ー……そこにはそう書かれていた。

 

 

 

「あの…申し訳ありません…クリスマスという日に呼び出してしまい……」

 

「いいんです…特に何の予定も入ってませんでしたから……」

 

 

あった予定と言えば、自分でケーキを作って独りで食べることくらいだ。これ以上は深く聞かないで欲しい。

 

 

「では、こちらに」

 

私はカグヤさんに連れられ、三日月グランドスタジアムへと足を踏み入れる。

入り口には大きなクリスマスツリーが飾られており、今日がクリスマス・イブであることを嫌でも思い出させてくる。

 

そして私たちはスタジアムの内部に入ることなく、人気の無いところに設置されたエレベーターの中へと入った。

 

「ここは…?」

 

「もうすぐ分かりますよ」

 

 

カグヤさんが懐から一枚のカードを取り出す……ヴァンガードのカードでは無く、どうやら三日月グループの社員証のようだ。

 

「社員では無いんですけどね」

「えっと…テストプレイヤー?」

 

「それは辞めさせていただきました……今は社長令嬢の大学生……といった所です」

 

 

カグヤさんはそう言いながら、カードをエレベーターのパネルと壁の隙間に差し込んだ。

 

「えい」

 

その時、エレベーターが動き出した。

 

体が浮くような感覚に襲われる…これは……下に向かっているのか。

エレベーターのパネルには何も表示されていない…何処に向かっているんだ?

 

「カグヤさん……これは」

 

「もうすぐですよ」

「……え?」

 

 

チン♪という小気味良い音と共にエレベーターの扉が開かれる。

 

目の前に伸びるのは真っ白い通路。

 

 

「ここは……?」

 

 

怖いくらいの清潔感がある空間だ。

 

 

先にエレベーターを降りたカグヤさんが私に向かって礼をする。

 

 

「ようこそヒカリさん…三日月グループカードゲーム開発課へ」

 

「…………え?」

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

「ここで……ヴァンガードが…」

 

 

私はカグヤさんに連れられ、様々な部屋を巡った。

 

どうやら……これがカグヤさんの以前言っていた“礼 ”らしい。

 

 

「カグヤさんはよくここに来るんですか?」

 

「今までは…ですね、これから来ることは無いでしょうが」

 

「……そうなの?」

 

「はい…あまり開発中のカードを知りすぎると、VCGPへの参加も認められなくなってしまうので…」

 

「……ってことはカグヤさん、VCGPに出るんだ…」

 

 

 

そして、ほんの少しではあるが、開発中のカードを見せてもらうこともできた。

 

創世竜 アムネスティ・メサイアやオルターエゴ・メサイア、黄金竜 スピアクロス・ドラゴン…………一番知りたかったシャドウパラディンのカードは見ることが出来なかったが、とても有意義な時間を過ごすことができた。

 

 

「メインイベントはこれから…ですよ?」

 

「…?」

 

カグヤさんと私は巨大なホールにたどり着いた……あのグランドスタジアムの下に更に同じような大きさのホールがあるとは驚きだ。

 

よく見るとホール一面に青いパネルが敷き詰められている。

 

 

……三日月製のギアースだ。アニメに登場した物はこれと形状もシステムも違っているらしいが、どちらも同じ名前で呼ばれている。

 

 

「ここにあるギアースはプロトタイプなんですよ」

 

「……へえ」

 

 

私たちはホールの中央へと歩き出す。そして、しばらく進んだところでカグヤさんは立ち止まった。

 

 

 

「それでですね……ヒカリさん…私、力を無くしたわけでは無かったみたいなんです」

 

「…………え?」

 

 

カグヤさんが唐突に語り出す…思い出されるのはこの間のファイト後のことだ。あの時私はカグヤさんから何かを“引き”、その後カグヤさんは“相手の手札を事故らせる”能力を失った……筈だけど…

 

……でも、あの時カグヤさんの瞳は力の発動を示していた……と、すると?

 

 

 

「私の力が…変化したみたいなんです」

 

「…変化?」

 

カグヤさんの後ろで黒服の男達が何かを用意し始めた。

 

 

「はい…“互いの手札事故を防ぐ”能力へ……」

 

「……!!!」

 

「あの後、ここで複数回のファイトを繰り返して、検証した結果です……“全てのファイターの初期手札はデッキ内のグレードごとにランダムで一枚ずつ選ばれる”……また、デッキ内に6種類以上のグレードが存在する場合はグレードの小さい順に一枚ずつ、4種類以下の場合はグレード0のカードが多く手札に加えられるという能力…」

 

「0、1、2、3、4……グレードって6種類以上あったっけ?」

 

「データ上はグレード5とグレード8が存在します」

 

……“互いの手札事故を防ぐ”、ヴァンガードというゲームにおいてこれほど素晴らしい能力もそうないだろう…自慢できるレベルだ。

 

…私や、神沢クンの能力はイカサマみたいな気がしちゃうしね…種も仕掛けも無いとはいえ。

 

 

「母の仮説によると、進化したヒカリさんの力によって私から“力”だけが引き離された後、私の中にあったヴァンガードとの“つながり”が全く新しい“力”を産み出したのではないか……だそうです」

 

「私の……力で……か」

 

実はあの後、私は“力”を1度のファイトで二度使うことが出来なくなった。

 

あの時のことが、“力”の進化だというのであれば、それはきっとその代償なのだろう。

 

 

「この力…何なんだろう」

 

 

デッキとのつながりが生む、人知を越えた力…どうしてこんなものが存在するのか…

 

 

「……(ヒカリさんは私よりも…ユニットとのつながりが強いのかもしれませんね…何故でしょう…)…さてヒカリさん」

 

「?」

 

カグヤさんが突然懐から紙を取りだし、何かを読み上げる。

 

 

「“アブソリュート・ドロー”」

 

「……え?」

 

「母からヒカリさんに……ヒカリさんの力の名前です……クリスマスプレゼントだと言ってました」

 

「いらない…………」

 

「でしょうね」

 

 

神沢クン辺りはドヤ顔で“これが神のラシンバンだ!!”なんて言ったりしてるんだろうけど今更…というか高校生がそんなことを言っているのは痛々しすぎるだろう。

 

いや、でも悪くは……う、違う…違うよ、割りと良い感じとか思ってないからね。

 

 

「というか……その……お母さん、ツキノさんは居ないんですか?」

 

まあ、ここは三日月の本社ビルでも無いのだから居なくても不思議では無いのだけれど。あの性格なら自分から私に力の名前を“授け”たがりそうなのに。

 

 

「母は……いえ、父と母は……」

 

「?」

 

「再…婚前旅行で、イギリスに……」

 

「!?……あ、ああ、そうなんだ……上手くいったんだ……カグヤさんのご両親の仲は…」

 

「ええ…出発の前には“弟と妹どっちが欲しい”かと聞かれました」

 

「うわぁ……」

 

 

 

しばらくの間、沈黙が私たちを襲う。潰れそうだ。…そういえば、事が進めばカグヤさんの苗字も変わるのかな……?

 

 

「とにかくです!」

 

「え!?は、はい…」

 

「私から、精一杯のお礼をさせてください…」

 

「弟か妹が出来ること…の……?」

 

「“力”と両親のことです!!」

 

 

そう言って、カグヤさんは後ろに控えていた黒服の人から黒っぽい、横長の箱を受け取り、私に差し出す。

 

「これを、あなたに」

 

「…………え」

 

その箱には……雀ヶ森レン様とブラスター・ダークが描かれていて……!?

 

 

「か、こ、こ、こ、これ………これっこれって…」

 

「はい、見ての通りです」

 

 

 

私は差し出された物を受けとる。これは……

 

 

 

「これは……これがレジェンドデッキ………『The Dark“Ren Suzugamori”』……!!」

 

 

今、私の目の前に……確か明後日発売で……ここ数ヶ月販売スケジュールが濃密だったためにカードの紹介が終わっておらず、今夜のニヤニヤ生放送で残りのカードを紹介するはずの……レジェンドデッキが……目の前にある。

 

「そしてこれも……です」

 

 

カグヤさんはレジェンドデッキのストレージボックスの上に裏向きでヴァンガードのカードを置いた…1、2、3……4枚のカード…全てGユニットであることが確認できる。

 

 

「あ、あ、あの……カグヤさんこれは……」

 

「ふふ……かぐやでサンタというのも可笑しな響きですが……プレゼントです、ブログに載せたりしたら駄目ですよ?」

 

「え、あ…ほ、しません!大丈夫です!!」

 

 

 

私はストレージボックスをじっと眺める。

 

美しい装飾の施された箱の側面には、新たなる奈落竜が描かれている。

 

 

 

かのファントム・ブラスター・オーバーロードを彷彿させるその姿を見た私の脳裏に様々な記憶がフラッシュバックされる。

 

 

 

ーー…………どうでもいいーー

 

ーーこの竜のカード……綺麗…ーー

 

 

ーーあなたの絶望した表情…見せてよ?ーー

 

 

ーーへえ…?君達みたいなのでも、日本語…理解できたんだ、凄いねーー

 

ーー悪夢に呑まれ、絶望せよ、愚か者どもが…ーー

 

 

ーーあ…ああ…ああああああああ!?…私、恥ずかしい人だ!?ーー

 

ーーこのカード……アルフレッド?…でも何でぐちゃぐちゃに…………まさか…ーー

 

ーー……あぁ……結局私は……駄目だね……ーー

 

 

 

 

「……これ、本当に良いんですか…!?」

 

「ええ、もちろんです」

 

 

 

私はすごく興奮していた。

 

 

 

だから、すぐには気がつかなかった。心の奥で私に呼び掛ける声と、輝き始めたペンダントに……

 

 

ーー『…………』ーー

 

「すごい…どうしよう……」

 

 

「良ければここでファイトしませんか?そのためにギアースのあるここにお呼びしたのですが」

 

 

ーー『…ヵ…リ』ーー

「は、はい、喜んで!!」

 

 

 

ーー『………ヒカリ』ーー

 

「……え?」

 

 

 

キィィィィィィィイイイン!!!

 

私の目の前に光の柱が立ち上る。

 

 

「……何……これ」

 

「……!?」

 

 

 

私は辺り次々と立ち上る光の柱を見つめる。

 

それはギアースシステムから発せられていた。

 

 

 

「……ギアースが勝手に起動した……の?」

 

「どういうことでしょうか……」

 

 

私とカグヤさんが呆然としている間に光の柱は増えていく。同様に私のペンダントも輝きを増していた。

 

 

「とにかく…ヒカリさん、この部屋から出ましょう!」

 

「は、はい…」

 

 

 

ーー『ちょっと……待った』ーー

 

「……え?」

 

 

 

カグヤさんに連れられ、このホールから脱出しようとした最中、頭の中と……背後から声が聞こえてきた。

 

 

ーー『……ヒカリ』ーー

 

私は振り向く。そこには無数の光の柱と…一人の人間の影が見えた。

 

「あなたは……」

 

「ヒカリさん!?」

 

 

私はホールの中央へと、カグヤさんからのプレゼントを持ったまま引き返す。

 

光の柱の向こうからも、一人の人間が現れた。

 

 

 

「やっぱり、あなたは…………」

 

『久しぶり…いや、こうして会うのは初めて…だろうな……“私”』

 

 

 

……そこにいたのは“私”だった。

 

 

 

最も…その身長は今の私よりも低い上に目の前の彼女は“ゴスロリ”を身に纏っている……つまり、二年前の私…何度も夢の中で出会った彼女だ。

 

「一体……どうして……?」

 

『私にもわからない』

 

「え、えええぇぇぇ……」

 

『だが、確かに私はここにいる』

 

彼女は私のほっぺを突っつく…“ビフレストCS”の時のように、私の中の“私”のイメージが実体化したとでも言うのだろうか。

 

全く不思議だ……どういうことなんだろうか。

 

 

 

「え…でもどういう…え?」

 

『ふふ…細かいことは良いじゃないか』

 

「いや……流石にそれで済まないよ」

 

『そう?』

 

 

彼女が首を傾げる。頭のリボンが揺れた。

 

 

 

『私としては…またとない機会と考えている』

 

 

 

そう言って彼女は私の持つレジェンドデッキを見つめた。

 

 

「……ああ……なるほどね……」

 

 

私は何も言わずに、レジェンドデッキを彼女に渡す。

 

彼女もまた、それを何も言わずに受け取った。

 

 

言葉はいらなかった…彼女は紛れもなく私であり、私は彼女………だからこそ。

 

 

 

 

……最高の対戦相手ということだ。

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

「……本当にファイトするんですか?」

 

「当たり前…だよ、こんな機会滅多にない」

 

 

私はデッキをシャッフルしながら、困惑するカグヤさんの問いに答える。ちなみにカグヤさんには今、私の鞄を持ってもらっている。

 

 

「ですが…あれは本当にもう一人ヒカリさんだと言うんですか……?確かに見た目はラグナレクCSで見かけたヒカリさんと酷似していますが……」

 

「うん、間違い無い、間違えようがない……分かるんだ、繋がってるって……」

 

「はぁ……」

 

 

今、目の前にいる私は、中学二年の私…奈落竜を使いこなし、ノルンのベルダンディと呼ばれたファイターその人だ。

一度はヴァンガードを辞めた私がかつて心の奥に閉じ込めていたもう一人の私。

 

 

ーー今の私と実力を図るのに、そして……

 

 

私は彼女の方を見つめる。ぼんやりと安定しない実体をかろうじて保っている彼女は“レジェンドデッキ”を開封していた。

そして、カードを確認しながらスリーブの中へと入れていく。

ーーレジェンドデッキの性能を知るのに、これ以上の相手はいない。

 

 

私は彼女にレジェンドデッキを渡した後、彼女から返された4枚のカードを見つめる。

そのカードはカグヤさんからレジェンドデッキとは別に貰ったカードで、確かに…レジェンドデッキ用では無かった。

 

 

「ですがヒカリさん…レジェンドデッキの内容は把握してませんよね!?」

 

「だから楽しみですよ」

 

「それは……そうですが…」

 

 

 

未判明のカードは二種……奈落竜とブラスター・ダークだ。

今晩には公開される筈のカード…どんなカードか予想するだけで、興奮が収まらない。

 

デッキをシャッフルする私をカグヤさんは黙って見つめる。

 

 

「(…ここのギアースはプロトタイプ……だから正規のギアースで封印されている筈の機能もビフレストCSの時のように発動したということでしょうか……でも、あの時も、今回も…ここまではっきり実体化するなんて聞いたことが無い……何か他に“外的要因”があるとでも言うのでしょうか……)」

 

私はデッキをテーブルに置くと、彼女の方を見つめた。どうやら彼女も準備は終わっているようだ。

ギアースシステムが先攻後攻をランダムに決定する。私が先攻だ。

 

 

「なら……」『始めようか……』

 

“私”たちは手札を構える。

 

 

『「あなたの本気の表情…見せてよ!!」』

 

 

 

「スタンドアップ・THE・ヴァンガード!!」

『スタンドアップ・the・ヴァンガード!!』

 

 

 

私たちの前に、それぞれのFVが姿を現す。

 

私の前に現れたのはジャッジバウ・撃退者。

そして彼女の前に現れたのは……

 

「フルバウ……“ブレイブ”」

 

 

シャドウパラディン…ファントム・ブラスター・ドラゴンを主軸としたデッキでかつて活躍したファーストヴァンガード…“フルバウ”の強化形態。気のせいか以前より鎧の刺々しさが増している。

 

ああ……フルバウ・ブレイブ。

 

前情報で存在もテキストも知っているが、こうして実際にその姿を見ると目頭が熱くなる。

 

 

ーーおお…この子…犬?…あ、犬かーー

 

初見時の感想もすぐに思い出す…出来れば漫画版に登場した“フルバウ・撃退者”も欲しかったが贅沢は言わない。

 

『さあ…行くぞ?』「……うん!」

 

私は軽く流れた涙をぬぐうと、山札に手を伸ばす。

 

 

「私のターン…ドロー!!そして無常の撃退者 マスカレード(7000)にライド!!ジャッジバウを後ろに先駆してターンエンド!!」

 

場を見ると、ヴァンガードであるマスカレードも若干微笑んでいる…私の中の嬉しい気持ちをギアースが読み取ったのだろうか。

 

 

『なら私のターン…ドロー!!そして真黒の賢者 カロン(7000)にライド!!』

 

「カロン!!!」

 

 

私に向かい合うようにして、灰色の髪の少年が現れる。その姿はシャドウパラディンのG1、パワー8000のユニットだった頃の雰囲気を失っていなかった。

 

ーー…綺麗なカード…ーー

 

 

その感想は今も昔も変わらない。以前エンちゃんが言っていたことを思い出す…カードのデザインが好き、ずっと私も、同じことを思っていたんだ。

 

 

『フルバウ・ブレイブは先駆でカロンの後ろにコール…フルバウのブーストしたカロンでヴァンガードにアタック!!(12000)』

「ノーガード!!」

 

『ドライブチェック…力戦の騎士 クローダス、トリガー無しだ』

 

 

…クローダス……なんでここで突然“撃退者”出身の彼なんだろう……確かに私もこの半年間に何度も彼を、いやドリンも合わせて彼らを使って来て、助けられて来たけれど。愛着もあるけれど。

 

マスカレードやルゴスにも会いたかったというのは贅沢だろうか。

 

カロンの魔法による雷撃を受けたマスカレードが膝をつく。ダメージチェックではドラグルーラー・ファントムが落とされた。

 

『ターンエンドだ』

 

「私のターン…スタンドandドロー…ライド!ブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”(9000)!!」

 

 

私はそのままダークによるアタックを仕掛ける。

 

ダークの剣と、カロンの魔術が交錯する。

 

『ダメージチェック…跳躍の騎士 リガンルミナ、クリティカルトリガーだ、効果は全てカロンへ』

 

「じゃあ、ターンエンドだよ」

 

リガンルミナ…彼は新顔かな?…しかし胸の高鳴りが押さえきれない…カグヤさんや神沢クン達とのファイトとはまた別のベクトルで興奮しっぱなしだ。

『ふふ…スタンドandドロー!!そしてライド!!外道の盾 マクリール(8000)!!更に血戦の騎士 ドリン(9000)、力戦の騎士 クローダス(7000)もコール!!』

 

「お、おお、おおおおおおおお!!」

 

『フルバウのブーストしたマクリールでアタック!!(13000)』

 

マクリールがもの凄い勢いでこちらに突撃してくる。

あの勢いでダークを吹き飛ばすつもりだろうか。

 

厳格なる撃退者(クリティカルトリガー)でガード!!(完全)」

 

『ドライブチェック…闇夜の乙女 マーハ!!トリガー無し!!』

 

「マーハだ!!!」

 

マーハさんなんて見せられたら興奮するしか無いじゃないか。

 

 

『ドリンとクローダスでアタック!!(16000)』

「え、えっとノーガード!!」

 

 

ドリンとクローダスが連携攻撃で、ダークの鎧に一撃を与えた。ダメージチェックではシャドウランサーが落とされる。

 

『これで……エンドだ』

 

 

ここまで私のダメージは2点、彼女が1点……先攻が私だったことを考えると、今のところ無難に動けているようだ。……まあ無難だけでは終わらないけど!!

 

 

「行くよ…スタンドandドロー!!そして、世界の優しさと痛みを知る漆黒の騎士よ!我らを導く先導者となれ!!」

 

 

ダークの足元で、ヴァンガードサークルが回転を始める。

 

 

「ライド・THE・ヴァンガード!!幽幻の撃退者 モルドレッド・ファントム(11000)!!」

 

 

 

次の瞬間、ダークが居た場所には、別の騎士が立っていた。伸びた銀髪を無造作に後ろで纏めた、緋色の瞳の騎士。

 

私の大切な騎士……モルドレッド・ファントム。

 

 

『…さあ…その力、この私に見せるといい!!』

 

「勿論!!左列リアガードサークルに督戦の撃退者 ドリン(7000)をコール!!」

 

私のドリンと彼女のドリン……二人が睨み合う。

 

 

「右列に詭計の撃退者 マナ(8000)をコール!!スキルで山札からその後ろに撃退者 ダークボンド・トランペッター(6000)をスペリオルコールだよ!!」

 

勿論、これで終わるスキルでは無い。だったんは愛用のトランペットを鳴らし、更なる仲間を集結させる。

 

 

「だったんのスキルで魁の撃退者 クローダス(5000)を山札からレストでスペリオルコール!!クローダスのスキル発動!スペリオルコール!!ブラスター・ダーク・撃退者(9000)!!!」

 

 

モルドレッドとダークが拳と拳を合わせる…これで私の盤面は整った。

 

カウンターブラストを2枚消費したが、ドリンの前方にダークをコールしたことで、ドリンのスキルが発動し、カウンターチャージを行うことができた。

 

 

「さあ…マナとだったんでリアガードのドリンにアタック!!」

 

 

こちらの盤面の督戦の撃退者 ドリンがぎょっとした顔でこちらを見る、違う、君じゃない。

 

 

『ノーガードだ』

 

 

マナは血戦の騎士 ドリンの腹部に強烈な蹴りをお見舞いする。これでドリンは退却……っと。

 

 

「次行くよ…ジャッジバウのブーストしたモルドレッド・ファントムでアタック!!モルドレッドはVアタック時にパワー+3000!!(18000)」

 

『それも…ノーガード!!』

 

「ならドライブチェック!!first、ファントム・ブラスター“Abyss”…second、ブラスター・ダーク・撃退者!!ダメージは1点!!」

 

 

モルドレッドがマクリールに一撃を加える……マクリールの鎧に傷がつくことは無かったが、マクリール自身は後方へと押し飛ばされた。

 

彼女のダメージゾーンに落ちたのは、これもまた外道の盾 マクリールであった。

 

そして、私の盤面ではジャッジバウが吠える。“ファントム”をブーストしたアタックがヒットしたためにスキルが発動するのだ。

 

「ジャッジバウのスキル発動!!」

 

『……』

 

「自身をソウルに入れ、CB1!!山札から無常の撃退者 マスカレードと督戦の撃退者 ドリンをレストでスペリオルコール!!」

 

 

マスカレードはジャッジバウのいた場所に、ドリンはだったんの上から上書きでコールされる。

 

だったんはドリンとハイタッチを交わし、光となって消えていった。

 

 

「最後!!督戦の撃退者 ドリンのブーストしたブラスター・ダーク・撃退者でアタック!!(16000)」

 

フラトバウ(ヒールトリガー)で…ガード!!」

 

 

新しいシャドウパラディンのヒールトリガーか…攻撃は防がれてしまった。

 

 

「……ターンエンド」『私のターン…』

 

 

 

ダメージは私が2点…彼女も2点。私は既にグレード3にライドしているため、このターン、彼女がグレード3にライドした場合いよいよ“超越”が使えるようになる。

 

シャドウパラディンのGユニット……か。

 

 

 

『スタンドandドロー…そして』

 

「……」

 

 

彼女は1枚のカードを掲げる。

 

 

 

『光を示すため…我ら敢えて闇とならん!!今ここに!!闇より深き真のDarkを!!ライド・the・ヴァンガード!!』

 

 

 

黒き閃光が瞬き、新生した漆黒の剣士が戦場に降り立った……ああ、彼こそが……

 

 

 

『ブラスター・ダーク…“Diablo”(11000)!!』

 

「……ディアブロ…」

 

 

 

今までのブラスター・ダークと違い、漆黒の鎧には金色の装飾が施されている…撃退者時代からの紅いマントは健在だ。

 

 

ーー単純にあいつの剣士としての腕…そして感情の力に兵装の力が追い付かなくなったのだろうなーー

 

ーー次にダークの兵装の再調整…さっきの隊長の言葉が本当なら兵装の調整しだいでダークが出せる力は以前よりも上昇するはずだからねーー

 

 

以前、“実際に訪れた惑星クレイ”で聞いた台詞が甦る……もしかしたら、これがあの後に誕生した新しい“ブラスター”なのかもしれない。

 

 

ブラスター・ダーク“Diablo”がその剣を高く掲げる。その姿は彼を従える彼女の姿と重なって見えた。

 

彼女もまた新たなカードを掲げていたのだ。

 

 

『ジェネレーションゾーン……開放!!』

 

 

彼女はゴスロリのリボンを揺らしながら、もう一枚のダークDiabloをドロップゾーンへと置いた。

 

 

『誇り高き戦士、我が声に答えよ!!ストライド・the・ヴァンガード!!暗黒騎士 グリム・リクルーター(26000)!!』

 

「グリム……」

 

現れたのは鎧を纏うオッドアイの馬に乗り込んだ、巨大な鎌を構えた騎士であった。

 

 

“グリム”という名前で思い出すのは、クリティカルトリガーである“グリム・リーパー”や“厳格なる撃退者(グリム・リベンジャー)”達だが……その姿は彼らと似ても似つかない……

 

……まあリーパーと撃退者も見た目全然違うけどね。

 

 

 

ーーゲット…グリム・リーパー!!ーー

 

ーー…くそっ!!クリティカルさえ引かれなきゃーー

 

ーー勝てたと?…ははっ…世迷い言をーー

 

 

 

更に彼女は前のターンまでドリンがいたリアガードサークルにユニットをコールする。

 

 

『月の光は進軍の狼煙…コール・the・リアガード!!闇夜の乙女 マーハ(9000)!!』

 

 

ーーヒカリ様!このカード良いですよ!!特に太ももが!!ーー

 

ーーCB2…少し重いか……でも…ーー

 

ーー可愛いですよね!!ーー

 

 

 

次々と思い出が甦っていく。

 

そんな中、彼女はフルバウ・ブレイブのスキルを発動、山札の中からブラスター・ダーク“Diablo”を回収していった。

 

 

『進撃せよ!!グリム・リクルーター!!(26000)』

 

「マクリールで完全ガード、コストは氷結の撃退者だよ!!」

 

 

グリム・リクルーターの振るう鎌をマクリールががっちりと受け止める。Gユニットの攻撃は見た目も激しいものだが、マクリールはそれを受けて尚、不適な笑みを浮かべていた。

 

 

『ドライブチェック…first、真黒の賢者 カロン…second、血戦の騎士 ドリン…third、暗黒大魔道士 バイヴ・カー……』

 

「……」

 

 

トリガーは出ない…今のうちに出てくれた方が対応はしやすかったんだけどね……

 

 

『クローダスのブースト、ブラスターがVにいるためパワー+2000…そして闇夜の乙女がアタックする……スキル発動』

 

「………」

 

『ブラスター・ダーク“Diablo”の後ろに……ダークハート・トランペッター(7000)を山札からスペリオルコールだ!!』

「だったん!!」

 

光と共に現れるのは、紫の髪に綺麗な翠の瞳を持った可愛らしい少女。その姿に私は見覚えがあった。

 

 

ーー…ダークボンドじゃないんだねーー

ーーこれから、自分がしたいこと、しなきゃいけないことを見つけるため…今よりも成長するために……まずは名前から変えたんだーー

 

ーー成長……胸とか?ーー

 

ーー違う!…それに…あなたも同じくらいあるじゃない…ーー

 

 

懐かしい会話…あれももう5か月も前の話なんだ。あの時彼女が名乗っていた名前も確か…“ダークハート”だった。

 

 

『スキル発動!!SB1で山札からクローダスをスペリオルコール!!』

 

クローダスが空いていた前列のリアガードサークルに登場した。

 

『マーハのアタック…パワー18000だ!!』

 

「ダークとマナでインターセプト!!」

 

ダークの剣がマーハの剣を退け、マナの蹴りがマーハを吹き飛ばす。これで残ったクローダスはパワー9000であるため、パワー11000のモルドレッドしか前列にいない私に、アタックのヒットする相手はいなくなった。

 

 

『ターンエンドだ』「なら私のターンだね」

 

 

ダメージは未だ2対2…私も攻めて行くよ!!

 

「スタンドandドロー…そして!!」

 

 

前のターンの彼女のように、私も手札からユニットを取り出す。

 

 

「真なる奈落で影と影…深淵で見た魂の光が彼らを繋ぎ、強くする!!ブレイクライドレギオン!!」

 

 

ブレイクライドによって、山札からブラスター・ダーク・撃退者がパワー+5000された状態でスペリオルコールされた。更にその後列にドリンが置かれていたため、ブレイクライドに使用したCBは表に戻った。

 

 

「撃退者…ファントム・ブラスター“Abyss”!!ブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”!!」

 

 

そして“双闘”したため、ヴァンガードのファントム・ブラスター“Abyss”の隣にはブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”が並んでいる。

 

そこに私がもう一枚のブラスター・ダーク・撃退者をコールすることで、前列に3人のブラスター・ダークが並ぶことになる。

 

 

『壮観…だ』 「ふふ…魅せるよ?」

 

 

 

もう一枚のドリンのスキルが発動…ファントム・ブラスター“Abyss”用のコストも揃う。

 

ダーク撃/PBAbyss/ダーク撃

ドリン /マスカレ/ ドリン……という風に盤面は揃った。

 

 

「ドリンのブーストしたダークでヴァンガードのDiabloにアタック!!(16000)」

『ノーガード…ゲット、ヒールトリガー』

 

 

ダークとダークがぶつかり合う…ダメージゾーンにカードが落ちるもヒールトリガー…有効ヒールだった。

パワーはダークDiabloに乗せられた。

 

 

「だったら…マスカレードでブーストしたAbyssのレギオンアタック!!(39000)」

『ノーガードだよ』

 

ファントム・ブラスター“Abyss”の刃をダークが受け流す…ダメージは与えているものの、ダークDiabloの表情には余裕の色が見えた。

 

 

「ドライブチェック…first、撃退者 エアレイド・ドラゴン(クリティカルトリガー)!!効果は全てAbyssへ!!…そしてsecond、撃退者 エアレイド・ドラゴン(クリティカルトリガー)!!!効果は同じくAbyssに与える!!」

 

ダークAbyssの剣が、ダークDiabloの剣を撥ね飛ばした…ダークDiabloに致命的な隙が生まれ、そこをファントム・ブラスターが狙い打つ。

 

ダブルクリティカル…合計3点のダメージがダークDiabloを、そして彼女を襲った。

 

 

『……ダメージチェック』

 

 

彼女のダメージゾーンに落とされたのは、暗黒大魔道士 バイヴ・カーが2枚に、ドロートリガーであるハウルオウルが1枚。これでダメージ5だ。

 

そしてダークDiabloのパワーは21000…なかなか大きい数字だけど……今のAbyssはそれを余裕で上回る!!

 

私はカウンターブラストを2枚…つまり今ある全てを裏返し、レストしているダーク、ドリン、マスカレードを退却させる。

 

 

「畳み掛けていくよ!!魂と魂を繋ぎ、立ち上がれエターナルアビス!!再度Diabloにアタック!!パワー43000だよ!!」

 

 

一度は戦場から離れたダークと奈落竜が再び戦場に、Diabloの真上へと降り立つ…ダークDiabloは未だに剣を落としたままだ。

 

 

『甘いな、その程度か?』

 

「!?」

 

突然、奈落竜が、ファントム・ブラスター“Abyss”が力を失ったように地面へと墜落する。

 

そして、ダークDiabloの隣には際どい服装の幼女が立っていた。どうやら…Abyssの力は幼女の持つドクロのようなものに吸いとられてしまったようだ……

 

 

『完全ガード……髑髏の魔女っ娘 ネヴァン』

 

「あれがネヴァン……ね」

 

 

彼女は完全ガードのコストにドリンをドロップした。

 

しかしネヴァン…私の知ってるネヴァンはもっと大人の容姿をしたものだったが…

 

 

ーー銭湯ならあるけどお風呂なら僕の家のを使っていいよ……この町の銭湯はたまに魔女の人達が変な実験してたりするから…ーー

 

 

以前だったんがそんなことを言っていた…これもまた変な実験の影響なのだろうか。

 

以前のネヴァンはヴァンガード史上最もパワーの低いユニットであったが、今回のネヴァンはグレードが下がったものの、パワーは以前の倍、スキルも完全ガードととてもお堅いようだ。

 

 

とにもかくにも、Abyssのアタックは止められてしまった。

 

 

「ドライブチェック…first、幽幻の撃退者 モルドレッド・ファントム……second、よし、厳格なる撃退者(クリティカルトリガー)!!効果はブラスター・ダーク・撃退者に乗せるよ!!」

『………』

 

Abyss達の援護をするように、ダーク撃退者が戦場を駆ける。対するDiabloは既に剣を取り戻し、これを迎え撃とうとしていた。

 

 

「ドリンのブースト…パワー26000のブラスター・ダーク・撃退者でDiabloにアタック!!」

 

フラトバウ(ヒールトリガー)でガードだ…』

 

 

ダークの剣は、黒犬に邪魔をされ、Diabloまで届くことは無かった…

 

「……ターンエンド」

 

 

 

私のダメージは2点、彼女は5点。

 

手札は私が7枚、彼女が4枚。

 

私の方が優勢……だけど何故か…嫌な予感がする。

 

 

『私のターン……スタンドandドロー……魅せようか、ファイナルターン!!』

 

「……っ!!」

 

 

ファイナルターン宣言……“私”の場合“魅せる”と言った時は“見せる”と言った時と違い、確実に勝負を決められるわけではない……けど。

相当な一撃が来ることは…間違い無い。

 

 

 

『解放せよ…ジェネレーションゾーン!!』

 

 

彼女がブラスター・ダーク“Diablo”をドロップゾーンに置く。

 

 

 

『守護竜の魂は消えずこの胸に!!一度絶望を知った竜は二度と希望の光を失わない!ストライド・the・ヴァンガード!!』

 

 

ゴスロリ姿の彼女の背中から巨大な漆黒の翼が生えた…いや、そう見えたのだ。

 

彼女の後ろにいた“翼”の持ち主は羽ばたき、私の前へと…ダークDiabloの頭上へと姿を現す。

 

 

 

『暗黒竜 ファントム・ブラスター“Diablo”!!』

 

 

 

暗黒竜 ファントム・ブラスター“Diablo”(26000)…その姿はかのファントム・ブラスター・オーバーロードに酷似していた。が、その目はオーバーロード(過負荷)時代とは違い、理性に溢れている。

 

その左手からはオーラが溢れていた。

 

「……ファントム・ブラスター“Diablo”」

 

『ああ、私の……いや“私達”の新しい切り札だ』

 

 

 

ーーヒカリ様!!これ!!ファントム・ブラスター・オーバーロードですって!!ーー

 

ーーオーバーロード…これが私の…新たな翼…切り札ということか……ーー

 

 

 

そして彼女は私のリアガード…ブラスター・ダーク・撃退者を指差す。

 

 

『ブラスター・ダーク“Diablo”のストライドスキル発動……ダークを退却だ』

 

「………」

 

 

ダークDiabloの剣から発せられたエネルギーが、ダーク撃退者の足元で爆発する。

 

これで私のリアガードはドリンだけになった。

 

 

 

『そしてファントム・ブラスター“Diablo”のスキル発動……CB1、Gゾーンの同名カードを表にする…ファントム・ブラスター“Diablo”にパワー+10000、クリティカル+1』

 

ファントム・ブラスター“Diablo”を中心に空間が歪んでいく。そのスキルはまさしく、かのファントム・ブラスター・オーバーロードを彷彿させた。

 

 

 

『まだ終わらないぞ?“Diablo”は更にスキルを得る……』

 

 

「……スキル?」

 

 

『このユニットがアタックした時、私はリアガードを3体退却させる……その場合、相手は自身のリアガードを2体退却させてよい……が、退却させなければこのアタックは手札からガード出来ない』

 

 

「嘘……!?」

 

 

退却させるも何も、今、私のリアガードサークルにはグレード1のドリン一人しかいない。つまりDiabloのクリティカル2のアタックは通すしか無い訳だ。

 

 

「理不尽な……」

 

『ふふ…真黒の賢者 カロン(7000)をコール!!クローダス(7000)のブーストでアタック!!クローダスはスキルでパワー+2000!!(16000)』

 

「くっ…撃退者 エアレイド・ドラゴン(クリティカルトリガー)でガード!」

 

 

カロンから奈落竜目掛けて放たれた電撃を、エアレイド・ドラゴンがその身をもって庇う。

 

奈落竜は地に倒れ伏し動けずにいた。

 

『さて……覚悟はいいか?』

 

Diabloは……蒼く輝く両剣を手の上で回転させる。

 

現在の私のダメージは2点…既にクリティカルが増えているDiabloの攻撃、ダブルクリティカルを引かれたらそこで終わりだ。

 

 

『ダークハート・トランペッターのブースト、ファントム・ブラスター“Diablo”のアタック……スキル発動、カロンとクローダスを退却……カロンはVにブラスターが存在するとき、1枚で2枚分の退却コストになる』

 

「……そんなサポートまで…」

 

 

Diabloは両剣を頭上に掲げる…今まさに全てのパワーがそこに集中していた。

 

Diabloの瞳が、Abyssを捉える。

 

 

 

『パワー43000…ガード不可…クリティカル2……これがDiabloの力…抗うことすら…許さない』

「………っ」

 

 

Diabloの両剣…その蒼く輝く刃がファントム・ブラスター“Abyss”の身体に深々と突き刺さる。

私はその様子を黙って見つめることしか出来なかった。

 

 

「……ごめん」

 

『ドライブチェック…first、撃退者 ウーンテッド・エンジェル(クリティカルトリガー)…パワーはマーハに与え、クリティカルはDiabloに…second、ダークハート・トランペッター……そしてthird』

 

「…………」

 

 

ここまでで既にクリティカルは3……もう一枚クリティカルトリガーが捲れた場合、私には6点ヒールしか生き残る方法が無い。

私の“力”ならそれも可能だけれど…出来れば使いたくない。

『third……ハウルオウル(ドロートリガー)、効果は全てマーハに与え、1枚ドロー』

 

クリティカルは……出なかった。

 

 

「……ダメージチェック…」

 

 

私のダメージゾーンに3枚…撃退者 ファントム・ブラスター“Abyss”と暗黒の撃退者 マクリール、詭計の撃退者 マナが落とされた。

 

これで5点、いずれもトリガー無し。

 

『まだ終わらないぞ……クローダスのブーストした闇夜の乙女 マーハ…スキル発動!!山札からダークハートをコールし、そのスキルで更にクローダスをスペリオルコール!!』

 

「……盤面を…埋めた……」

 

『パワー28000…アタックだ!!』

 

 

マーハが奈落竜へと駆けて行く…この攻撃を受けてしまうと……次は無い。

 

 

「……マクリールで完全ガード!!コストとしてブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”をドロップ!!」

 

奈落竜を庇うように現れたマクリールがマーハの剣を弾き返した。

 

 

『なれば!!ダークハートのブーストしたクローダスで……(16000)』

 

「厳格なる撃退者でガード!!」

 

 

これでもう…彼女のターンは終わりだ。

 

 

『……ターンエンド』

 

「ふふ……ファイナルターン失敗だね…」

 

『む……だが、強烈だったろう?』

 

「はは……確かに……」

 

私は状況を確認する……ダメージは互いに5点。だが手札は私が3枚に対して、彼女が6枚。

 

リアガードに至っては彼女が全てのサークルを埋めているのに対して私はドリンのみ。

 

ここからどう反撃するか……

 

「私のターン……スタンドandドロー……」

 

 

私はドローしたカードを見つめる……それはモルドレッド・ファントムであった。

 

手札にはモルドレッドが2枚、ブラスター・ダーク・撃退者が1枚に撃退者 エアレイド・ドラゴンが1枚。

 

 

これは……

 

 

「……」『……』

 

 

私はしばらく目を閉じて、考えると……答えを出す。

 

 

「魅せるよ……ファイナルターン!!」

 

『…来い、今のお前の全てを受け止める!!』

 

 

私は手札から幽幻の撃退者 モルドレッド・ファントムをドロップゾーンへと置く。

 

「ジェネレーションゾーン…解放!!」

 

 

ファントム・ブラスター“Abyss”の姿がぼやけていき…やがて竜は虹色の光に呑まれる。

 

光の中心ではストライドサークルが出現し、回転を始めていた。

 

 

「絶望の闇より舞い戻りし漆黒の竜は!希望の光を紡ぎ出す!!ストライド・THE・ヴァンガード!!!」

 

 

私は虹色の光の中で一瞬…モルドレッドの姿を見た。

 

 

『これが…お前の……』

 

「ううん…私たちの……もうひとつの切り札」

 

 

ギアースシステムに〈Stride Fusion〉という文字が表示される。

 

 

光は収束し、巨大な竜の姿を為す。

 

美しき銀髪をたなびかせ、その手に純白の剣を携えた漆黒の竜。

 

どれだけ姿が変わっても、その瞳の緋色は変わらない。

 

 

 

「……覚醒の時だよ!!真・撃退者(トゥルー・リベンジャー) ドラグルーラー・レブナント!!!」

 

 

漆黒の竜の……再誕……

 

 

『へえ……レブナント……』

 

「行くよ!!ドリンの前にブラスター・ダーク・撃退者をコール!!スキルで闇夜の乙女 マーハを退却だよ!!」

 

ダークの剣撃がマーハを退かせる。これでインターセプトは無くなった……か。

 

 

「そして撃退者 エアレイド・ドラゴンをコール!!レブナントのスキル発動!!エアレイド・ドラゴンを退却し、山札から…雄弁の撃退者 グロン(4000)をスペリオルコールする!!グロンとレブナントにそれぞれパワー+3000!!」

 

レブナントとグロンはそれぞれ別の列に配置した。

 

「そして……コール・THE・リアガード!!幽幻の撃退者 モルドレッド・ファントム!!」

 

 

モルド /レブナント/ ダーク撃

グロン /_____/ ドリン

 

全ては揃った……後はぶつけるだけだ!!私の思いに答えるようにレブナントが咆哮し、その純白の剣に力を集めていく。

 

 

「レブナントでアタック!!(29000)」

『ネヴァンで完全ガード!!』

 

ブラスター・ダーク“Diablo”の前に巨大な髑髏に乗った幼女…ネヴァンが現れる。

 

ネヴァンによってレブナントの剣に満ちていたエネルギーは吸収されてしまった。

 

 

『コストは暗黒大魔道士 バイヴ・カー…更にネヴァンのスキル発動!1枚ドローし…手札からバイヴ・カーをドロップ!!』

 

「……手札交換までするとは…ね」

 

 

これで手札のガード値が増えたか……?でも、私はまだ諦めない。

 

 

「ドライブチェック…first、撃退者 ファントム・ブラスター“Abyss”……second、撃退者 ダークボンド・トランペッター……third……来たね!暗黒医術の撃退者!!ゲット!ヒールトリガー!!」

 

 

効果は全てモルドレッドに…ダメージも回復する。

 

 

『…………』

 

「ドリンのブーストした…ブラスター・ダーク・撃退者でアタック!!(16000)」

 

『闇夜のマーハ、ハウルオウルでガード!!』

 

 

先程ダークがマーハを退けたように、今度はマーハがダークを打ち負かす。剣術ではダークの方が上だが今のマーハにはハウルオウルの支援攻撃も味方していた。

後方に待機していたドリンもハウルオウルに阻まれ支援に回れなかった。

 

 

『………』

 

 

だが、私は同時に気がついた……今の彼女の手札は2枚…それらは既に公開済み……

 

ウーンテッド・エンジェル(クリティカルトリガー)と…ダークハート・トランペッターだ。

 

それぞれガード値10000と…5000……

 

 

「何で…マーハを…」『その方が…見映えがいい……だろう?』

 

 

私は残るリアガード…モルドレッドとグロンに手を伸ばした。

 

 

「グロンのスキル…“ファントム”をブーストした時にSB2……パワー+6000……」

 

グロンの前に立つ、モルドレッド・ファントムに力が集まっていく。

 

『それが今の“私”の分身か……?』

 

 

その答えは彼女も知っている筈だ…彼女は私自身なのだから。

 

「分身とは違うよ…モルドレッドは私の先導者(ヴァンガード)で…私はモルドレッドの…そしてシャドウパラディンの先導者(ヴァンガード)だ!!」

 

 

“あの日”の記憶は…シャドウパラディンの皆の姿は私の中に残っている。今の私とヴァンガードを…シャドウパラディンを昔以上に結びつけている。

 

このユニット達を使うことを……私は誇らしく思っているんだ。

 

 

 

私はグロンとモルドレッドをレストする。これが最後の攻撃になるよう…祈りながら。

 

 

『そうだな…互いに先導者……か』

 

「今こそ決着の時…モルドレッドでアタック!!パワー29000!!」

 

『ああ…ノーガードだ!!』

 

 

モルドレッドとダーク……シャドウパラディンの団長と副団長がぶつかり合う。

 

ダークの剣はモルドレッドの鎧に、モルドレッドの剣はダークの鎧に細かい傷をつけていく。

 

それを見て、私は“あの日”のことを思い出す。

 

 

 

ーー…またあいつらを我の罪に巻き込む訳には…なーー

 

ーー今の我より…よっぽどダークの方が団長に相応しいかーー

 

 

モルドレッドと別れた直後…背後からそんな声が…今にも消えてしまいそうな弱々しい声が聞こえた。

あの後、モルドレッドが…シャドウパラディンがどうなったのか私は知らない。

 

今、目の前でシャドウパラディンのグレード3としてブラスター・ダークが立っていることがその答えなのかもしれない。

 

 

 

「だけど……私は……信じているよ…」

 

『……』

 

 

ダークとモルドレッドの剣は激しくぶつかり合った。

美しき剣技は途切れることなく続く。

 

『……ダメージチェック…』

 

「……」

 

 

彼女のダメージゾーンにゆっくりとブラスター・ダーク“Diablo”が置かれる。これが…彼女の6点目のダメージである。

 

そしてダークとモルドレッドは…一進一退の攻防を繰り返しながら消えていった。

 

 

『私の……負け…だよ、“ヒカリ”』

 

 

ゴスロリの少女は微笑みながらそう言った。

 

 

「……うん」

 

ファイトは終わった。パチパチと遠くでカグヤさんが拍手をくれる。

 

 

『……これを』

 

彼女…もう一人の私はレジェンドデッキを纏めると、私に手渡す。

 

 

『…私は、かつてヒカリの理想の姿として…いや、それに少し中二なテイストを加えて生まれた…だけど、今のヒカリはもう私よりも強い』

 

「……え?それはファイトが?」

 

『“心”が……ファイトはお互いまだまだだよ』

 

「…そうかもね」

 

 

中学時代の私の姿である彼女は、私を見上げるように見つめながら言葉を続ける。

 

 

『半年前より、私はヒカリに…ヒカリは私に近づいている……今も気を抜くと……ね』

 

「…………」

 

『だからそんな私に、ヒカリに……忘れ物、返さないとな……って』

 

「忘れ物……?」

 

『そう……私が背負っていた痛みの中で…大切な物を……』

 

 

そう言うと、彼女はゆっくりと消えていく…ギアースシステムの光もまた消えていこうとしていた。

 

「待って…!!」

 

『愛は隣に………見回してみなよ…きっとヒカリの隣に居てくれる人は沢山いるから…』

 

 

 

彼女は笑顔のまま、光の粒子に変わっていく。

 

そしてギアースは沈黙し、彼女は消えた。私の手元にはレジェンドデッキが残されている。

 

 

「………何を…」

 

 

私の問いに答える相手はもういない。

 

 

カグヤさんがゆっくりと私に近づいてきた。

 

 

「何だったのでしょうか……」

 

「……わかんない」

 

 

 

だけど、私の胸の中には込み上げてくるような苦しさが生まれていた。

 

痛み…これが彼女からのプレゼント……?

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

「すみません…結局よくわからないことになってしまって」

 

 

カグヤさんが頭を下げる。ここは三日月グランドスタジアムの正面ゲート……つまり私たちが待ち合わせていた場所だ。

 

辺りは既に暗く、ほんの少しであるが雪がちらついていた。

 

「そんな…カグヤさんが謝る必要無いですよ」

 

 

あれはもしかしたら私のせい……かもしれないのだから。

 

「………」

 

私は鞄の中にちゃんとレジェンドデッキと自分のデッキが入っていることを確認する。

 

 

「カグヤさん、今日はありがとうございました」

 

「いえ、こちらこそ…また会いましょう」

 

 

私たちは握手を交わす。きっと、また直ぐに会えるだろう。ヴァンガードを辞めない限り。

 

そうして私たちは別れた。

 

 

 

「…………」

 

 

 

雪の降る夜道を私は歩く。

 

前回ここに来た時は天乃原さんの家の車に乗ってきたのだが、今回は電車だった。三日月グランドスタジアムには直結の駅があるため、交通に不便は無い。

 

 

「…………」

 

 

ふっ…と私の手に、鞄につけていた“ペンダント”が触れる。

 

 

私はそれを……自然と握りしめていた。そして私は理解した。彼女からのプレゼント、私が彼女の中に忘れてきていたものを。

 

このペンダントを貰った時は…感情が激しく動くことは無かったというのに。

 

 

今の私の瞳からは、静かに涙が零れていた。

 

 

ーー……帰ってくるって約束したのに…ーー

 

ーー……どうして……ーー

 

ーー……私の…制服……買いに行くって…ーー

 

 

それは遠い記憶…薄れかけた記憶は少しだけ、その色を取り戻した。それは私が彼女に押し付けていた色。

 

 

ーー……無理…………だよーー

 

 

ーーお母さんもお父さんもそう言って帰って来なかった…!!!帰って来なかったんだよ!?ーー

 

 

 

 

私の心が苦しさを訴える…だけどそれが心地よい。確かに……“大切な痛み”だ。

 

 

「良かった……やっぱ悲しいよ……」

 

 

私は涙を拭わない。

 

 

「…父さん、母さん……大好きだよ…」

 

 

 

私の耳に、あの人の言葉が甦る。

 

 

 

ーー愛は隣にあるから…ね?ーー

 

 

 

「愛は隣に……か、隣だけじゃないよ…自分の中にも、見えないくらい遠いところにも…きっと私を大切に思ってくれる人はいる……その思いは残り続ける」

 

 

 

ふと、私は空を見上げた。

 

探すのは月でも、ベテルギウスやシリウスといった星々でも無い。

 

この広い空の、時間の向こう…何処かにあるはずの惑星クレイ。

 

 

 

シャドウパラディンの皆はどうしているだろうか。

 

 

モルドレッドはあの後どうしたのだろうか。

 

 

ダークは…何を思い、どう行動するのか。

 

 

わからない、だけどきっと彼等の意思は、思いは誰かに届いていることだろう。

 

 

影として、光の行く末を支える……彼等の思い。それはあの星に残り続ける。未来へ…繋がっていく。

 

こうして、私の元に父さんと母さんからのペンダントがやって来たように。

 

「……大丈夫…」

 

 

自然とその言葉が零れる。

 

 

私は…もう大丈夫。私はこの思いを抱えて生きていける。

 

シャドウパラディンの皆もきっと大丈夫。彼らならずっと前に立ち直っている…そして、二度と過ちを繰り返させたりしない。

 

 

 

「だから…………」

 

 

 

私の涙はもう止まった。

 

 

「“今日…これから始まる私の伝説”…なんてね」

 

 

 

そして私は、深見ヒカリは、今までよりももっとずっと、力強く前に進んでいく。

 

 

 

 

この先も、ずっと……。

 

 

 

 

 



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第5章 歪な凶刃
075 少女が選ぶ道の先


今年の5月19日…三日月セントラルホール。

 

まだ私がヴァンガードに、奈落竜に再会していなかった頃の話。

 

この場所で一つの戦いが行われていた。私が今、見ているのはその記録である。

 

 

 

「ふっ…ゲット!!クリティカルトリガーや!!効果は全て蒼嵐水将 スピロスに!!セカンドチェック…クリティカル!!これもスピロスにつぎ込む!!」

「…………」

 

「“2”!!スピロスでヴァンガードにアタック!!クリティカル3のパワー19000!!」

 

「…槍の化身 ターでガード」

 

 

 

ヴァンガードクライマックスグランプリ…通称VCGPの全国大会決勝戦。

 

二人はそれぞれ“アクアフォース”と“かげろう”のデッキを使い、ファイトを繰り広げている。

 

 

「スピロスのスキル…“蒼嵐”のエスペシャルカウンターブラスト1…スピロスはスタンド!」

「………」

 

「“3”蒼嵐水将 ヘルメスのブースト、スタンドしたスピロスでアタック!!パワー26000クリティカル3!!」

 

 

ノーガードを宣言したかげろうのファイターのダメージゾーンにドラゴンダンサー マリア、ドラゴニック・バーンアウトと、ドロートリガーであるガトリングクロー・ドラゴンが落とされる。

 

これでこちらのダメージは5点となった。

 

 

「ダメージトリガーね…でもうちの攻撃はまだ残っとる!!“4”蒼嵐戦姫 クリスタ・エリザベスのブースト…蒼嵐水将 グレゴリウスでアタック!!19000!!」

 

「ゴジョーでガード」

 

「ふぅ…ターンエンドや……」

 

 

 

アクアフォースのデッキを使うのは東京生まれ、東京育ちのエセ関西人、天海レイナ。

そのヴァンガードには蒼翔竜 トランスコア・ドラゴンがいた。

 

 

 

「……僕のターン」「ファイト始まってから偉く静かやな、あんた」

 

 

彼女に相対する、かげろう使いのファイターは……私もよく知っている人物であった。

 

 

「そうっすかね?……スタンド、ドロー……紅蓮の先に深紅あり、我が前に生まれるは全てを焼き尽くす黙示録の炎…!!ライド!!ドラゴニック・オーバーロード!!!」

 

 

銀髪の青年……舞原ジュリアンがそこにいた。

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

時は遡って数時間前。12月31日のお昼。

 

私、深見ヒカリは春風さんの家…つまりカードショップアスタリアの二階に遊びに来ていた。

 

ちなみにカードショップアスタリアは春風さんの母親が経営するお店なのだが、画家でもある彼女はあまりお店の方に姿を見せることは無く、今日も私は春風さんのお母さんに会うことは無かった。

 

 

「春風さんのお母さんって…今、この家にいるんだよね?」

 

「もー何言ってるんですかーいるに決まってますよ」

 

 

 

私の問いかけに、奥の部屋で荷物を整理していた春風さんが答える。

 

「ところで、春風さん…いや春風ちゃんはさっきから何をしているのかな?」

 

「……あー…いや、その…昨日(冬コミ)戦利品(薄い本)がまだ整理できてなくてですね…」

 

「?…手伝おうか?」

 

「いや……絶対にこっちに来ないで下さいね?絶対に来ないで下さいよ?」

 

「あ……はい」

 

 

そう言われてしまっては私も春風さんの部屋から動くわけにはいかない。

私は鞄からデッキと、デッキのパーツを取り出して構築を考えることにした。

 

数分後、春風さんが戻ってくる。

 

 

「あ、それはレジェンドデッキ!!手にいれたんですね!」

 

「まあね」

 

 

私は愛用の白スリーブに入れたデッキを見つめる。カグヤさんから貰ったレジェンドデッキであったが、私は未だにその構築に悩んでいた。

 

「悩む…?って構築済みデッキですよね、それ」

 

「そうじゃなくて、こう、上手く私のデッキに混ぜられないかなって」

 

 

完成度の高いレジェンドデッキ…構築を変更しようとしても、どう変更するのが良いのかよく分からない。

 

 

「いいじゃないですか、撃退者Abyssに適当にファントムDiabloを入れておけば」

 

「えーー、それはちょっと嫌かな…それにしばらくAbyssは使わないでおこうって思ってるし」

 

「……?そうなんですか?」

 

 

確かにAbyssは強力だが、そればかり使っていても面白くない。というか私はモルドレッドの方が好きだから、モルドレッドの方にデッキを寄せたい。

 

それに最近、Abyssにおんぶで抱っこだったからね。もっと別の戦い方を模索したい。

 

「まあ、気分転換に…ね?」

 

 

私は簡単に思いを纏める。

 

 

「そうですか…でも、考えるだけじゃ物足りないですよね?…どうです一戦」

 

「ふふ…お願いするよ」

 

 

 

春風さんと私はデッキを並べ、ファイトを始める。

 

 

「スタンドアップ・THE・ヴァンガード!!」

「スタンドアップ・ヴァンガード!!」

 

序盤の展開は今までと変わらないと思っていたが、春風さんのデッキに比べ、私のデッキは“スピード”が遅くなっていた。

 

 

「アスモデルのスキル発動……!!アスモデルをダメージゾーンへ、そしてダメージゾーンからラグエルをコール……モルドレッド・ファントムにアタック!!」

 

「…氷結の撃退者でガードっ!!私のターン!スタンドandドロー…解放せよ、ジェネレーションゾーン!」

 

 

そしてターンは進み、春風さんの盤面にはリアガードが3枚いた。ダークDiabloに退却される1体、ファントムDiabloに退却させるために2体といったところか。

 

「投薬の守護天使 アスモデルでモルドレッドにアタック!!パワー23000、クリティカル2!!」

 

「ウーンテッド・エンジェル、黒翼のソードブレイカーでガード!!」

 

 

そして私にターンが回る。春風さんのダメージは4点、この勝負は貰った。

 

 

「見えたよ、ファイナルターン!!スタンドandドロー!!」

 

「む…?」

 

私はモルドレッドから、新たなユニットへブレイクライドを行う。

 

 

「それは光を導く漆黒の剣!ブレイクライド・the・ヴァンガード!!ブラスター・ダーク“Diablo”!!」

 

 

そしてここからが大事な所だ。

 

 

「モルドレッドのブレイクライドスキル発動…山札の中からパワー+5000した……ブラスター・ダーク・スピリットをスペリオルコール!!」

 

「あ……それは……」

 

「気づいた所でもう遅いよ!!ダーク・スピリットのスキル発動!!CB1、アスモデルを退却!!ジェネレーションゾーン解放!!ファントムDiabloにストライド!!ダークDiabloのスキルでリアガードのナレルを退却!!」

 

 

これで春風さんのリアガードは1体…私はガードの出来ない春風さんにDiabloで引導を渡すのだった。

 

私たちはその後も数回、ファイトを行った。

 

 

「つまり、ヒカリさんの今のデッキは“モルドレッドからダークDiabloにブレイクライドすることでスキルでダーク・スピリットをコールし、それをファントムDiabloと組み合わせて相手リアガードを4体焼く”デッキなんですね」

 

「長かったね」

 

 

でもまあ、要約するとそれだけのデッキだ。モルドレッドにライドしている時間が長いため、レジェンドデッキに収録されている“ブラスター”のサポートカードは殆ど使えていない。

 

「私がモルドレッドを外す気が無いことは、置いておいて…ブラスター・ダーク“Diablo”のサポートにはどのグレード3がいいんだろう?」

こうして考えているとレジェンドデッキに付属していたV/R兼用のバイヴ・カー(大)はとても優秀な気がしてきた。

 

「いや…でもヒット時系のG3は…」

 

「ファントム・ブラスター・ドラゴンはどうですかね?」

 

 

春風さんが名前を出したのは、かの有名な最初の奈落竜…私も愛用していたカードだ。

 

 

「普通のダークを採用しないことを考えるとパワー10000はちょっと……でも先行から使えるっけ…」

「ファントム・ブラスター・オーバーロードならリアガードのコストが要りませんね」

 

「彼はスキルのコストがグレード3だから駄目だよ」

 

「ならガスト・ブラスター?」

 

「私、苦手なんだよね…あの竜」

 

 

こうして考えると元祖奈落竜、ファントム・ブラスタードラゴンが最も適任何だろうか。

 

 

「でもパワー10000も気になるし、かといって連携組み入れるのも…何か違うんだよね…」

 

「でもパワー10000なら“マデュー”が使えますよ」

 

「??」

 

 

春風さんが突然聞いたことの無いユニットの名前を出してきた。

 

 

「マデュー?」

 

「はい、レインエレメント マデュー……今度発売されるFC2016のGユニット何ですが超越時にハーツのカードのパワーが10000以下であればドロップゾーンのG3のカードを手札に戻すことが出来るんです」

 

「コストを帳消しにしたり、手札交換したりできるんだ……でもそれを採用するならやっぱりDiabloのデッキじゃなくて元祖奈落竜のデッキだよね」

 

もしくは…双闘……結局Abyssか。

 

そもそもDiabloの相方は他にどんな可能性があるんだろう。撃退者のユニットはコストに撃退者を求めることが多いから辛いし…

 

超越と相性の良いユニット……例えば登場時に効果を発動するユニット何て言うのはどうだろう。

 

登場時にソウルブラストでリアガードにパワーを与える偽りの騎士王。

 

 

「……ザ・ダーク・ディクテイター…なんてね」

 

 

私がヴァンガードを辞めていたころに追加されたユニット…とっくの昔に確認済だ。

 

 

「ああ!ブラスティッド卿ですねって……うわ、ヒカリさん怖い顔ですよ!?」

 

 

最近新たに描かれた物語の話を思い出し、確かに私の顔はきつくなっていた。

 

「いやー…あれを受け入れてしまうと、私はあの世でディクテイターさんに顔向け出来ないよ」

 

「いや、私たちの行くであろうあの世にはディクテイターさんいませんけどね」

 

 

そもそもザ・ダーク・ディクテイターは奈落竜の産み出した“騎士王”のコピーなんだよ、それ以外じゃあの格好は変だよ、王の真似して思い上がりも甚だしい愚か者になっちゃうよ。

 

まあね、後から奈落竜にそう思わされたとか、自身の正体を偽ったなんて後付けの設定が出るのかも知れないけれど?

 

「私の中じゃ、結構前にもう設定が固まっているんだよ……影の内乱の終盤、暴走する奈落竜に相対するブラスター・ブレードとブラスター・ダークの元に向かう途中のアルフレッドの前に立ち塞がるんだよ。そしてアルフレッドと一騎討ちになって一進一退の攻防を繰り広げた後にディクテイターは倒れる。そしてだんだん呼吸が弱くなっていく中、アルフレッドに向かって“どうやら我はここまでのようだ…所詮作られし存在…真の王にはなれぬのだな……”って言うんだけど、アルフレッドはその言葉に対して“いや、そなたは既に…真の王であった”って返すんだよ…今までも捕らえたシャドパラの団員からその噂は聞いていた上に、実際に剣を交えたことで何かしら読み取ったんだね。そしてアルフレッドの言葉を聞いたディクテイターは初めての微笑みを見せながらゆっくりと塵となって、聖域の風に溶けていった……ところまで私の中では出来上がってるんだからね!?」

 

 

そこまで言い切った私に春風さんは優しそうな笑顔を向けると、こう言った。

 

 

「ヒカリさん、面倒なオタクに…私と同類になってます」

 

「うっ…そう言われるのは物凄く嫌だ…だけど…ちくしょう」

 

 

もやもやとした思いが胸の中を占める。そもそもヴァンガードユニットの設定に他にも空白はあるんだけどさ。…結局、伝説の七聖獣の鎧って何なんだ…とかね。

 

 

「Diabloの相方を探すんですよね?」

 

「うん、そうだったね…」

 

 

ディクテイターのスキルのコストは、レジェンドデッキのダークハート・トランペッター、更に新たに私が採用を決めた黒翼のソードブレイカーのコストと競合してしまう。ちょっと採用しにくいかな。

 

 

「Diabloのスキルを活かすならこんなユニットはどうですかね」

 

「?」

 

 

春風さんが部屋の棚から何かを取り出す。それは1枚のカード…桃色の髪の女性が描かれたカードだった。

 

 

 

「“呪札の魔女 エーディン”…あの白銀の魔女も使っていたカードです」

 

 

 

「へー…アタックされた時にコストを払うことで相手ユニットを退却する…面白いね。…それで、白銀の魔女って誰?」

 

私がそう聞くと、春風さんは教えてくれた。

 

 

「ヒカリさんがちょうどヴァンガードを辞めたころに活躍した海外のファイターです、VCGPヨーロッパ大会で優勝、準優勝の経験があってVFGPでも一度優勝した美人女性ファイターなんですよ」

 

 

「そうなんだ…あ、っていうかシャドパラ使いの人なんだね」

 

 

「ええ!勝負を決めるターンは、必ず魔女をコールしていたことと、真っ白な肌と純白の髪の毛から“白銀の魔女”って渾名がついた訳です!!」

 

 

真っ白な肌、純白の髪…美人な女性…私もそんな人にあったことがある。

 

 

「へえ……まるでゼラフィーネさんだ」

 

 

 

 

「?…知ってたんですか」

 

 

 

 

「……え?」

 

 

 

しばらくの間、会話が途切れる…どういうこと?

つまり…その“白銀の魔女”がゼラフィーネさん…舞原クンの彼女さんってこと…?

 

私の様子を不審に思った春風さんが確認するように聞いてくる。

 

 

「“ゼラフィーネ・ヴェンデル”…ですよね?」

 

 

「うん…私の知ってるゼラフィーネさんは…ゼラフィーネ・ヴェンデルだよ……前に会ったことがある」

 

 

「本当ですか!?」

 

 

 

 

春風さんが凄く興奮する。そんなに凄い人だったのか、ゼラフィーネさんは。

 

 

 

「確か舞原クンの彼女で…夏に遊びに来てたんだけどね…」

 

「舞原ジュリアンですかーやっぱり付き合ってたんですねーあの二人」

 

 

「………………え?」

 

 

予想外の言葉に私の反応が遅れる。

それは…………どういう意味…いや、どういう情報から導き出された言葉なんだ?

 

 

 

「……“やっぱり”?」

 

 

「え?…だってあの二人はチームメイトじゃないですか」

 

 

「……え?」

 

 

「前々回のVFGPヨーロッパ大会…確かタッグファイトの大会だった筈ですが…優勝したのがあの二人なんですよ」

 

 

初耳だ。全く初めて聞いた情報だよ…?それは。

 

 

 

「舞原クン…そんな凄いファイターだったんだ」

 

「今さらですね……」

 

 

全然知らなかった…天乃原さんもそんなこと言ってなかったし……

 

 

「ヒカリさんは知らなかったようですが…何より前回のVCGP全国大会の優勝者でもあるんですよ?彼は」

 

「ええ!?」

 

 

前回の…今年のVCGP優勝者…つまりあの天海レイナさんを倒し、日本一の称号を手にいれたのが…舞原クン?

 

よくよく考えてみると今年、私たちが参加したVFGPでもチームで最も勝率の高かったのが舞原クンだった。

 

「全国大会決勝の様子…まだネットで配信されてますし……見ます?」「う、うん!」

 

 

 

こうして、私たちはデッキ構築の問題を一端忘れ、VCGP全国大会決勝の動画を見ることにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

 

時間は冒頭のシーンより少し進む。

 

ブレイクライドスキルを持ったドラゴニック・オーバーロードにライドした舞原クンは、ドライブチェックでダブルヒールトリガーを引き当てる。

これでダメージは舞原クンが3点、天海さんが4点だ。

 

 

「エターナルブリンガー・グリフォンのブースト、ベリコウスティ・ドラゴンでヴァンガードにアタック…パワーは26000」

 

 

ダメージトリガーが乗っているトランスコア・ドラゴンへの要求ガード値は15000……

「蒼嵐兵 キッチンセイラーでガード、蒼嵐水将 グレゴリウスでインターセプト……」

 

「ターンエンド」

 

 

舞原クンがターンの終了を宣言した。天海さんのダブルクリティカル、ダブルアタックにはドキドキしたが、舞原クンはここでダブルヒールが発動しなくても次のターンは持ちこたえられる程の手札を持っている。

 

「私のターン…スタンド、そしてドロー」

 

「………」

 

「歪な嵐が偽りの竜を呼ぶ…ブレイクライド!!蒼嵐業竜 メイルストローム “Я”!!」

 

「………」

 

 

そして天海さんは前のターンに失った前列のリアガードをコールし直す。タイダル・アサルトと蒼嵐水将 スピロスだ。

 

 

「……“1”、スピロスとクリスタ・エリザベスでリアガードのベリコウスティにアタック」

「ノーガード」

 

ベリコウスティ・ドラゴンがドロップゾーンへ送られる。

 

 

「“2”、タイダル・アサルトでヴァンガードにアタック」 「………」

 

タイダル・アサルトのパワーは9000…11000のオーバーロードには届かない…が、ヴァンガードにアタックしたことによってタイダル・アサルトのスキルが発動する。

 

 

「スキル発動…タイダルはスタンド、パワーは4000下がる」

 

「……本気になると標準語になるんすね」

 

「…うるさい、“3”…ヘルメスのブーストしたタイダル・アサルトでリアガードのバーサーク・ドラゴンにアタック」

 

「バーサークは退却っす」

 

 

これで3回の攻撃が終了した…残っているのはVによる攻撃のみ。しかしブレイクライドをしたメイルストローム“Я”はとても強力なスキルを持っていた。

 

 

「“4”、蒼嵐業竜 メイルストローム “Я”でヴァンガードにアタック…リミットブレイク発動!!CB1、リアガードでスタンド状態の蒼嵐候補生 マリオスをレストして呪縛!!」

 

 

メイル“Я”の後ろに置かれていたカードが裏向きに置き直される。

 

「……」

 

「メイルストローム“Я”にパワー+5000、クリティカル+1……そしてこのユニットのアタックが“ヒットしなかった時”1枚ドローし、あんたのユニットを1体退却させる!!」

 

「……」

 

クリティカル2の攻撃…今の舞原クンはダメージが3点であるため、これを受けることはクリティカルトリガーが乗る可能性を考えると危険だ。だが、止めてしまうとユニット1体の損失、そして相手のドロー。これはとても辛い。

 

「そして!!トランスコア・ドラゴンのブレイクライドスキル……あんたはこのユニットのアタックされた時、手札を1枚捨てていい…捨てないのならこのユニットにクリティカル+1、そしてあんたは手札からガード出来なくなる」

 

「………」

 

守るにしても、守らないにしても、手札を消費しなければ敗北してしまう。

 

 

「…手札からドラゴニック・オーバーロードを捨てるっす」

 

次はこの攻撃を守るか、受けるかを決めなければならない。この攻撃を守るのなら、舞原クンはリアガードを1体失い、天海さんは手札を増やす……そしてダメージが3点の舞原クンは次のターンのブレイクライドは望めなくなる。だが、この攻撃を受ける場合…天海さんが1枚もクリティカルトリガーを引かないことが条件だ、ここまでのターンで一度ダブクリが発動しているとはいえ、まだ山札には半分以上のトリガーが残っていた。もしクリティカルを引かれた場合、舞原クンはヒールトリガーを引かなければならないが舞原クンは直前にヒールトリガーを2枚引いている…ヒールトリガーが3枚続けて並んでいる可能性は…高くは無いだろう。

 

「……マリアで完全ガード…コストはドラゴンモンク ゴジョー……」

 

「ドライブチェック、翠玉の盾 バスカリス…そして蒼嵐兵 キッチンセイラー…ゲットヒール!ダメージは回復する」

 

「……」

 

 

舞原クンのリアガードからドラゴンモンク ゴジョーが退却され、天海さんはドローする。そしてこのターンは終了した。この時点でダメージは3vs3…ダメージに余裕はあるものの、互いにギリギリの攻防が続く。

 

ファイトの最中、舞原クンは天海さんにこんなことを聞いていた。

 

「こんな、リンクジョーカーがうようよいるような環境で…よくアクアフォースなんて使おうと思ったっすね?」

 

「悪い?…私はアクアフォースが好きなの、だからアクアフォースを使っている間は誰にも負けたくないって思いながら戦える…強くなれるのよ」

 

「好きだから強く…ねえ……眉唾物っすね…あと、すっかり標準語っすね」

 

「…うるさいわね、あんた……あんたには好きなクランやユニットは無いの?今使ってるかげろうとか」

 

「……しいて言うならリンクジョーカー…ハルシウムはまあ…」

 

舞原クンが口ごもる。

 

「…あるんじゃないの」「……そうっすかね?」

 

 

口は動かしながらも、二人の手と、頭と、山札は、激しく回っていた。

 

ターンが進みダメージはいよいよ5vs5まで詰まっていった。両者共にリアガードサークルに空きが見える。

 

 

「確かにこの環境…アクアフォースの天敵、リンクジョーカーがうようよいるわ」

 

「…」

 

「でも、それに対抗できるユニットも……アクアフォースにはいるのよ!!」

天海さんはメイルストローム“Я”から新たなユニットに乗り直す。

 

「天をも呑み込む、蒼の嵐!!ライド!!蒼嵐覇竜 グローリー・メイルストローム!!!」

 

「グロメ……へえ……」

 

 

更に天海さんはヴァンガードの後ろ…ガトリングクロー・ドラゴンに退却させられた蒼嵐候補生 マリオスのいたリアガードサークルに堅実な戦術司令官をコールする。

 

「行くぞ…堅実な戦術司令官のブースト…グローリー・メイルストロームでヴァンガードにアタック、スキル発動!!CB1!!」

 

 

グローリー・メイルストロームのスキルはアクアフォースというクランの中でも珍しく“バトル回数”に影響されずに発動できるというもの。連続攻撃用のリアガードが足りない、呪縛されている…そんな時にも問題なくスキルを使用できるのだ。

 

これは天海さんが先程使用した、蒼翔竜 トランスコア・ドラゴンにも言えることである。

 

「…アルティメットブレイクっ!!グローリー・メイルストロームにパワー+5000、そしてあんたはグレード1以上のカードでガードできない!!」

 

「………」

 

合計パワーは22000…決して高くは無い数字だが、ここまでのファイトで舞原クンは相当な数、手札のトリガーユニットを消費している。

 

 

「ドラゴンダンサー テレーズでガード…ドラゴニック・バーンアウトでインターセプト……1枚貫通」

 

「そう…ならドライブチェック!!」

天海さんの手が山札へと伸ばされる。

 

「ファーストチェック…蒼嵐戦姫 クリスタ・エリザベス……セカンドチェック…蒼嵐護竜 アイスフォール・ドラゴン……トリガー無し」

 

「……」

 

「蒼嵐水将 グレゴリウスでヴァンガードにアタック…パワー12000!!」

 

「エターナルブリンガー・グリフォンでガード!!」

 

これで天海さんのターンが終わる…ダメージは互いに5点。舞原クンはこれで手札が2枚、リアガードもグリフォンとゴジョーが1枚ずつだ。

 

 

「そろそろデッキアウトが見えてきたんじゃない?そっちはもう何回もオーバーロードのブレイクライドやゴジョーのスキルを使ってるんだから……」

 

「そういうそっちこそ、ドロートリガーの連発にメイル“Я”のスキルで山札が薄いじゃないっすか」

二人とも山札は相当削れていた。

 

 

「だからこそ…ここで決めさせてもらうっすよ」

 

「……」

 

「僕のターン…スタンド、ドロー!!」

舞原クンが新たなユニットにライドする。

 

 

「焔の先に焔あり…この世の全てを灰にする、永久の煉獄!!クロスブレイクライド!!ドラゴニック・オーバーロード “The Яe-birth”!!!」

 

「…………っ」

 

 

ブレイクライドスキルにより、オーバーロードにパワーが加算される。

 

 

「そして…手札からドラゴンダンサー マリア、カラミティタワー・ワイバーンをコール!!カラミティタワーのスキル発動…ソウルブラスト2…1枚ドロー!!」

 

 

これで舞原クンの山札は10枚を切った。

 

 

「ドラゴニック・オーバーロードをコール…そして行くっすよ!!The Яe-birthのスキル発動!!CB1!!リアガード5体を呪縛!!」

 

「……」

 

「The Яe-birthにパワー+10000…そしてスキルを与える!!説明は必要っすか?」

 

「構わない…来ていいわ」

 

 

舞原クンがThe Яe-birthをレストする。

 

 

「The Яe-birthでリアガードのグレゴリウスにアタック!!パワー33000!!」

 

「ノーガード…」

 

「ツインドライブ!!…ドラゴニック・ヌーベルバーグ!そしてガトリングクロー・ドラゴン!!ゲット、ドロートリガー!!パワーはThe Яe-birthに与え、1枚ドロー!!」

 

グレゴリウスが退却される、舞原クンの山札は残り6枚。

 

 

「ブレイクライドスキル!!CB1、ヌーベルバーグをドロップ!!そしてThe Яe-birthは立ち上がる!!」

 

「……」

 

「The Яe-birthでヴァンガードにアタック!!パワー38000!!」

 

強大なパワー、そして他のリアガードが存在しないため、トリガーは全てVに振られるというプレッシャーがそこにはあった。

 

「蒼嵐護竜…アイスフォール・ドラゴンでガード…スキル発動、クインテットウォール!!」

 

「……」

 

 

天海さんの山札から5枚のユニットがガーディアンサークルにコールされる。

 

蒼嵐兵 キッチンセイラー…10000(ガード値)

 

蒼嵐業竜 メイルストローム“Я”…0

 

タイダル・アサルト…5000

 

蒼嵐兵 ミサイル・トルーパー…10000

 

蒼翔竜 トランスコア・ドラゴン…0

 

 

合計ガード値…25000。

 

これではメイルストロームのパワーと合わせても36000…守ることができない。

 

 

「……っ、なら追加で蒼嵐戦姫 ドリアをコール!これで1枚貫通!!」

 

「ツインドライブ…ドラゴニック・バーンアウト、オーバーロードThe Яe-birth…トリガー無し」

 

「……」

 

攻撃は終わらない。The Яe-birthのスキルが発動しようとしていた。舞原クンの山札は残り4枚。

 

 

「The Яe-birthのリミットブレイク!!手札からThe Яe-birthとベリコウスティ・ドラゴンをドロップ!The Яe-birthは再び立ち上がる!!」

 

 

そして、Vによる三度目の攻撃…確かこのスキルを櫂トシキはエターナル・フレイム・リバースって呼んでるんだっけか……

 

 

「The Яe-birthでもう一度、グローリー・メイルストロームにアタック!!パワー38000!!」

 

「…スーパーソニック・セイラー、蒼嵐兵 キッチンセイラー、蒼嵐戦姫 クリスタ・エリザベス、堅実な戦術司令官で……ガード、1枚貫通!!」

 

天海さんは手札全てを使い、ガードする。それでも1枚貫通…トリガーを1枚でも引かれればダメージが5点の天海さんは敗北してしまう。

 

 

「ツインドライブチェック……カラミティタワー・ワイバーン……そして」

 

「……」

 

「……槍の化身 ター……クリティカルっす」

 

天海さんのダメージゾーンに蒼嵐水将 スピロスが置かれる。これで6ダメージ……天海さんの敗北だ。

 

「……」「……」

 

 

「「ありがとうございました」」

 

 

そして、握手する二人のシーンが流れ、この動画は終了した。

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

「どうでした?」

 

春風さんが動画の感想を聞いてくる。

 

「……本当に舞原クンだった」

 

「そこですか…」

 

 

それに…これがVCGP、ヴァンガードクライマックスグランプリか。“最強”を目指す舞原クンとしては当然の通過点だったのだろう。

 

舞原クンがかつて通った道…か、彼にとってはまた意味合いは違うんだろうね。私にとってのVCGPとは。

 

 

「ヒカリさんは出場しますか?今年のVCGP」

「…うん…出てみたいかなとは、思うよ。モルドレッド達を活躍させたいって思う」

 

 

それが私の…ヴァンガードをする理由だ。

 

でも私、まだVCGPの細かい流れ、分かってないんだよね。個人戦の大会だってことくらいしか。

 

 

「VCGPに出るにはどうしたらいいの?」

 

「ふふ…じゃあ説明しますね」

 

 

春風さんによる説明が始まる。

 

VCGP…ヴァンガードクライマックスグランプリとは年一回で開催されるヴァンガードの大型公認大会。

それで…

 

 

「VCGPにはそれぞれショップ大会、地区大会、全国大会があります。出場者は皆この全国大会での優勝が目標になる筈です」

 

「全国大会…か」

 

 

この間のVFGPは関東地区でしか開催されておらず、一種のお祭りのようなものだったから、本格的な大会はこっちのVCGPってことかな。

 

 

「この全国大会に進むためには地区大会を、地区大会に進むためにはショップ大会を勝ち抜かなければならないんです」

 

「ショップ大会?」

 

「はい、来年の例を出すなら2月から3月末までの間、全国各地のショップで開かれるVCGP出場権利争奪戦で優勝する必要があります、また、ショップ大会への出場に特別な権利はありません」

 

「つまり、そこから始まるんだね…VCGPは」

 

「そういうことです…ちなみにここ、カードショップアスタリアは2月の最初の週だった筈ですよ」

 

「ん、覚えた」

 

そしてショップ大会で優勝した人達が集まるのが地区大会ということか。

 

「去年まではもう少し早い開催だったんですけどね」

「そうだったの?」

 

「来年は世界大会との調整もあって、遅れてるみたいです…噂によると地区大会が終わるまでには全クランにストライドボーナス持ちのユニットが配られるらしいですよ」

 

クロノジェット・ドラゴンやラナンキュラスの花乙女 アーシャのようなユニットがちゃんと全部のクランに配られるんだ。……ぬばたまにも。

 

「とにかく、4月の札幌大会から6月の名古屋大会までで勝ち抜いた各会場の代表それぞれ7人、そしてアジア大会の代表7人が全国大会に出場できるんです」

 

「各会場それぞれ…7人?」

 

「はい、優勝者1名に各“国家”で最も戦績のよいファイター1名ずつが全国大会に出場できるんです」

 

「なるほどね」

 

「ちなみに優勝者には全国大会でのシードが約束されます」

 

「へえ…シード」

 

「そして全国大会の優勝者と準優勝者が世界大会に進むことができます」

 

 

とにかく、どんどん勝っていけば地区大会、全国大会、そして世界大会と進んでいけるという訳か。

 

 

「出てみよう……かな」

 

「おお…やります?」

「うん、モルドレッドの活躍を皆に見て貰いたいからね」

 

 

負けっぱなしだった神沢クンへのリベンジの機会にもなる…気がするしね。来年の目標だ。かつて舞原クンも通ったという道、私も進ませてもらおうじゃあないか。

 

「まあ、まずはデッキの構築…考えないといけませんけどね」

 

「う………大丈夫だよ」

 

そうして私は再びデッキとのにらめっこを始めた。取り敢えずモルドレッド・ファントムとブラスター・ダーク“Diablo”は入れよう……いや、でも……

 

 

 

 

そんな私を春風さんは優しく見つめる。

 

 

 

「…前と同じくらい明るくなってきたね…ヒカリちゃん」

 

 

「?どうしたの?」

 

「いえいえ…良いことだなって思っただけですよーヒカリ様♪」

 

 

春風さんはそう呟くと、私と一緒にシャドウパラディンのカードを眺め始めるのだった。

 

 

 

今日は12月31日、そして明日は1月1日……新しい一年がもうすぐ…幕を開ける。

 

 



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076 魔女の慟哭 ~ウヴェルトゥール~

雲が少なく、月は丸く丸く輝いている。

 

 

どこかの国、どこかの場所。暗く静まり返った、雪の積もる森の中。月が照らすその先に、一軒の小屋が建っていた。

 

今にも崩れそうな古い小屋。

 

だがその作りは見た目以上にしっかりとしていて、閉ざされた戸は強い風を受けても物音一つ立てない。

 

“表”の世界が瞼を閉じる真夜中…一人の男がこの小屋に向かって歩いていた。

 

茶色のニット帽を深く被った人相の悪い男は、小屋の前に立ち、周りの様子を伺う。

 

 

男は異変を感じていた。

 

 

(何故…誰もいない……?)

 

 

男は数時間前にこの小屋から、町へ買い出しに出ていたのだ。その証拠に男は左手に十数本の缶ビールが入った袋を持っている。

 

男がこの小屋を出た時、小屋の前には二人…見張りの人間が立っていた筈だった。

 

 

(………)

 

 

男は小屋の周りを慎重に調べた後、ゆっくりと小屋の扉を開けた。そしてそっと…足を踏み入れる。

 

(こいつぁ…どうなってやがんだょ…)

 

小屋の中では男の“仲間”達が倒れていた。誰も彼も皆……息はあるものの足や腕に大きな怪我を負っており、気を失っていた。

 

そして全員が手と足を縄で縛られ、口を塞がれているのだった。

 

 

(何が……あった……?)

 

 

古い机の上に無造作に置かれた札束に手がつけられた様子は無い…なら誰が何のためにこんなことを…?

 

しばらく周りを調べた男はこの小屋のもう一つの部屋を覗き見ることにした。

 

中に人の気配がある。男は扉の影から中を覗く。

 

(……人か……っ!?おおお!?)

 

 

 

…そこにはとても美しい女性がいた。銀髪で真っ白な肌は彼女がまるで一切の穢れを知らないかのようだ。

 

そしてその女性は…男の仲間では無かった。

 

 

 

(あの女が…ここを襲ったのか……?)

 

 

 

蝋燭の明かりしか無いその部屋で、彼女はノートのようなものを眺めている。

 

 

(何を……読んでいる……?)

 

 

その時、ノートから1枚のカード……とあるカードゲームのカードが落とされる。男はそれを見つめた。

 

 

ーシャドウブレイズ・ドラゴンー

 

 

そう日本語で書かれたカード…男はそれがどのノートに挟まっていたのかを知っていた。それは今日まで男達と一緒にいた日本人の少年が持っていた日記に挟まっていた物であった。

 

 

もう必要ないと、少年はあのカードと日記を手放していた。

 

 

彼女はそんなノートを読みながら、時折どこか遠くを見つめている。まるでその日記の情景を思い起こすように。……彼女のその姿は絵画のように美しかった。

 

 

(…………)

 

 

その女性の美しさに茫然としてしまった男は、近くにあった空のビールの缶を蹴ってしまう。

 

カラン、カラン…

 

 

[誰…?]

 

 

彼女が異変に気がつく。

 

男は焦りながらも、彼女の顔をはっきり見ることができるかもしれないと内心興奮していた。

 

[へへへ…それはこっちの台詞なんだがなぁ…]

 

[まだ仲間がいたか……]

 

 

彼女の薄い、ピンク色の瞳が男を捉える。

 

[……ここにいた少年は?]

 

[あ?……あいつなら“もういねぇ”よ]

 

[そう……]

 

 

次の瞬間、男の視界が反転する。男は宙を舞っていた。そして、体中に痛みを感じた後……

 

 

 

男は意識を失った。

 

 

 

 

女性は外に出ると月を見上げた……その目元は濡れている。

 

 

 

[本当にどうしようもない……世界……]

 

 

 

 

彼女が先程読んだとある少年の日記には、二人の日本人女性への恨みや妬みの感情が込められていた。

どうやらその少年はその二人を邪魔に思っていたようだった。

 

ーー運命の旋律は私の手によって紡がれる…愚者が関与する余地は無い…大人しく塵と返るがよい!!ーー

 

日記に刻まれていたその女性の台詞…そして感じたのは少年自身の無力感、屈辱。

 

ーーあなたが……皆の邪魔をしているんだっ!!ーー

 

もう一人の女性の台詞…この日記を書いた少年は、このもう一人の女性に全てを台無しにされた…そう思っている。

 

 

醜い心の少年……だが、そんな少年も先程の男の言葉を借りるのならば、“もういない”ようだ。

 

[………]

 

 

 

 

彼女は歩き出す。人の気配の無い…夜中の森へ。

 

 

……その後、何者かの通報を受けた現地の警察が小屋に向かったことにより、“その事件”は明るみになり、中の男達は身柄を拘束されることになる。

 

 

彼らを縛りあげた“彼女”の身元は分からない。

 

 

だが、自然と……

 

人々の間で彼女は『白銀の魔女』と呼ばれるようになったのだった。

 

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

12月28日 イタリア市内

 

 

 

 

銀色の髪の青年が一軒の店を訪れていた。

「ここも久しぶりっすね……」

 

 

青年の名は…舞原ジュリアン。

ジュリアンはその店の中へと入っていった。

 

[ん?誰だ?]

 

 

入店早々、厳つい顔の男がジュリアンを睨む。

 

 

[誰だって…僕の顔を忘れたのか?]

 

[冗談だよ…ジュリアン・シッ…]

[今は“舞原”のままだ!]

 

[そうかい……入んな、頼まれていたものは用意してある]

 

その男のはこの店の店長、そしてここは“カードショップ”であった。

店長が店の奥へと歩いていくと、ジュリアンはショップの中を見舞わす。この店に来たのは大体一年と半年ぶりであったが、内装に変化は見られなかった。

 

 

(強いて挙げるなら…扱ってるカードゲームの数が増えた…いや、この数年で新しいカードゲームが増えすぎなんすよね…)

 

 

MTGをきっかけに全世界規模でカードゲームのブームが巻き起こったのはもう10年近くも前だ。

 

そしてブームはやがて文化になった。

今では未だ現役のMTGを始め、ポケカや遊戯がそのブームを牽引している。

 

 

(ここ数年で発売されたTCGの中でヴァンガードは今、一歩抜きん出た人気を獲得し始めている…全てはギアースのおかげで……)

 

 

ジュリアンはショーケースに並べられたヴァンガードカードを見ながらそう思った。

 

 

 

(今では各社“決闘盤”や“バトルフィールドシステム”、“カードデバイス”の開発に心血を注いでいる…三日月社はギアースの構造を公表しているものの、後に続く企業が無いということは…………まだ何か隠してるんすかね…?)

 

 

 

店のフリーファイトエリアではヴァンガードと同じ会社の別のカードゲームをしている男達がいた。

 

 

 

(そもそもギアースは何故、ヴァンガード専用なんだ……?ヴァイスとかでも同じものを出そうとしないのはどうして……いや、出さないんじゃ無くて出せないんすかね…?)

 

 

そこまで考えた所で、店の奥から店長が戻って来た。その手には大きな段ボール箱を抱えていた。

 

[日本語版宇宙の咆哮が4箱、日本語版レジェンドデッキが2つ、英語版レジェンドデッキが2つ、ビギニングセレクターが6箱、孤高の反逆者が4つ、シンクロンエクストリームも残ってるが?]

 

[じゃあ2つお願いする…アセディアは?]

 

[七大罪 怠惰の魔人アセディアだな…3枚だったよな?]

 

 

ジュリアンがこの店に来た理由は、ここが“日本語版のTCG”も取り扱っているためである。

 

 

 

「店長、そういえば日本語も話せるっすよね」

 

「ソウダ、ドウシタ」

 

[何でもない]

 

[お前……ジュリアン…ふざけるなよ?]

 

 

そう言いながら店長が値段を計算する。

 

 

[あー…っとお代は…] [いつも通りこれで]

 

 

ジュリアンがすっと黒いカードを差し出す。

 

 

[……うちでは使えないと言ったら?]

[その嘘、二度目]

 

[ちっ……覚えてやがったか…]

 

 

代金を支払ったジュリアンが大きな荷物を抱える。

量は多いが持てない程では無い。

 

[大丈夫か?]

 

[ああ…イタリアでの拠点、ここの二つ隣だから]

 

[そうかい…そりゃ便利だな]

 

 

そうしてジュリアンは店を出ようとする。そんなジュリアンに店長は呼び掛けた。

 

 

[イギリスの方では“白銀の魔女”ってのが現れたそうだが、ゼラフィーネ嬢が関係してるとか…無いだろうな?]

 

[さあ……関係無いだろう」

 

[だが、その魔女が関わった事件…“お前たち”の活動にも関係あるだろ!?]

 

「…ふぅん……オ・ルヴォワール、店長」

 

 

 

舞原ジュリアンはショップを出て、石畳の道に出る。一旦荷物を置いたジュリアンはその長く、銀色の髪を服の内側に仕舞うと帽子を深く被った。

 

自身の純白の肌はメイクで隠されている。

 

「やっぱり日本は……楽だったっすねぇ……」

 

 

 

そう呟いたジュリアンは再び荷物を持ち上げると、何とか日傘をさして石畳の道を進み始めた。

 

 

 

 



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077 青葉芽吹く新春

『あけましてぇぃ……おめでとうっ!!』

 

テレビの向こうでお笑い芸人が新年の挨拶をする。

俺はそれをつまんなそうに眺めていた。

 

 

 

そんな…1月1日 0時0分27秒。

 

 

「おいおい…新年早々、福が逃げそうな顔だなユウト」

 

「兄貴…うるさい」

 

 

俺の名前は青葉ユウト、最近ほとんど出番が無かった気がする高校一年生だ。ずっと前に事故で病院に送られていたが、11月の末には退院していたんだぞ?

 

「はぁ……」

 

 

そんな俺は今、悩んでいる。色恋沙汰とかじゃあ無い、色恋沙汰で悩んでみたい気はするがな。

 

俺が悩んでいるのは……そう、デッキの構築だ。

 

 

「お風呂入って早く寝なさい…やることあるんでしょう?」

「だ、そうだぞユウト?」

 

 

母親が居間にいる俺にそう言ってくる。そして兄貴がうるさい。

 

「あー…分かったよ、母さん」

 

「いや、ユウじゃなくてカズの方よ」

 

「あ…俺なのな…」

 

 

こんな…正月でなくても普段見るような掛け合いを繰り広げた後、俺は自分の部屋に戻った。

 

例年、正月はニートの兄貴に両親が説教するところから始まるのだが、今年はそれが無い。

兄貴がカードショップを始めたからだ。まがりなりにもちゃんと兄貴が手に職をつけたのは大きい。明日も正月から店を開くようだ。

 

おかげで俺も正月は静かに過ごせそうだ。

 

 

 

 

……と、思っていたのだが。翌朝。

 

父さんと母さんしかいない筈の食卓にもう一人の人物がいた。

 

 

「それでそれで、昨晩は聞けなかったんだけど…」

 

「うん」

 

「やっぱり○○さんと△△さんって付き合ってるのかしら!?」

 

「お母さん…私パパラッチじゃなくて“アイドル”だからね?○○さんに関しては…同じ芸能界とは言え、私とは庭が違うからなぁ」

 

 

 

例年より騒がしい気がするな。何故だろうな。兄貴はカードショップを開けるために居ないのにな。

 

 

 

「いつだったかテレビの番組でソーラーカーで一筆書き日本一周とかやっていたよな?車の免許いつ取ったんだ?」

 

「やだなお父さん、私18の時には取ってたんだよ」

 

「そうか…あの頃はカズトが3浪に突入して俺も疲れていたからな…」

 

 

 

 

どうしてこんなに賑やかなのかな?

 

 

 

「何そこで突っ立ってるの?ユウトは」

 

「…………姉貴こそ何でここにいるんだよ…」

 

 

 

そこにいたのは俺の姉貴…青葉ユカリであった。例年ならこの時期はニューイヤーライブで家にはいないのだが……?

 

 

「今年は年越しニューイヤーライブは出来なくてね…ほら、ワールドツアーとかやったりクリスマスライブが3日ぶっ続けだったからね」

 

「いや、知らんし」

 

「冷たいねー…私、邪魔?」

 

「いや、そうじゃないけどな?」

 

 

別に姉貴が苦手とかじゃない。ただ家にいられると芸能界に興味津々な父さん母さんが煩いんだ。

 

「ユカリ、□□さんはー!?」

 

「ユカリ、無人島の開拓はー!?」

 

 

仕方ない…自分の部屋でデッキでも組み直すか…

 

 

そうして、俺は自分の部屋に引きこもるのであった。

 

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

 

「さて…どうするか……」

 

 

今、俺の前には沢山のカードが並べられている。ほとんどはジュリアンから貰ったものだ。

ここからどのカードを選び、どんなデッキにするか…全ては俺しだいだ。

 

俺はその中からカードを1枚手に取る。

 

そのカードの名前は“封竜 テリークロス”…かげろうのFVであり、ジュリアンが病院で俺にくれたカードでもある。

 

 

「えーっと…“封竜”をコストにしたカウンターブラストで……自身をソウルに…相手のユニットを退却させて…相手は山札の上から4枚見て、その中からグレード2のユニットをコール?…何がしたいんだ?」

 

 

その時、俺の部屋の扉の向こうから声がする。

 

 

「……“封竜”は相手のグレード2のユニットを操作するテーマなの、インターセプトを封じたり…退却させたりね」

 

「姉貴か……」

 

 

三回のノックの後、扉の向かいの窓から姉貴が入ってくる。他所から見れば完全な不審者だ。

 

 

「お悩みのようだけど…私の力を貸そうか?」

 

「あー…じゃあ…少しだけ」

 

 

この姉がヴァンガードに…いや様々な物事に精通しているのは俺も分かっている。アドバイスとやらが貰えるならそれもいいかもな。

 

 

「俺のデッキ、どうしたらいいと思う」

 

「……もう少し具体的な質問にしてくれないかな」

 

 

姉貴が呆れ顔で俺の方を見る。

そんな姉に俺は黙って今のデッキを見せた。

 

 

「お、ヌーベルバーグのデッキ?」

 

「ウォーターフォウルのデッキだ」

 

「……それはまた…」

 

 

以前までは双闘を絡めたデッキだったが、入院している間に元々の状態…夏頃に使っていた構築に戻してあった。双闘のボーテックスも個人的には気に入っていたけどな。

姉貴はしばらく俺のデッキを見ていた。そして俺の方に向き直ると、こう言った。

 

 

「つまり…ウォーターフォウルの使い道が分からないということ?」

「…そうだよ」

 

 

姉貴はふむ…と顎に手を当て、何かを考え始める。

 

 

「そもそもウォーターフォウルの長所って何だと思う?」

 

「ん?……それは…カウンターブラストもソウルブラストも使わずにパワーを上げることができる点…?」

 

ウォーターフォウルのスキルはアタック時のものが2つある。相手ヴァンガードへのアタックならパワー+3000と、アタック時に手札からグレード3を捨てることでパワー+10000というものだ。

 

 

「だけど…今、同じコストを払うなら……“超越”するよね?」

 

「う……それは……そうなんだよな」

 

それがずっと俺の頭を悩ませているのだ。“超越”するために必要なコストは“手札からグレードの合計が3になるように手札を捨てること”だ。これには様々なパターンがあるが、まず真っ先に捨てるべきは手札で腐りがちなグレード3のカードだろう。

 

ウォーターフォウルのスキルと同コスト……ウォーターフォウルのスキルがパワー+10000であるのに対し、超越することが出来れば最低でもパワー+15000にトリプルドライブ……

 

 

どちらを選ぶか…答えは明白だ。

 

 

「……………く…」

 

「…ただ“超越”が使えるのは相手ヴァンガードがグレード3以上の時のみ…そこに見えるものがあるんじゃない?」

 

「……なるほどな」

 

 

…例えば、俺が先攻の時……俺がグレード3に…ウォーターフォウルにライドした時は相手は恐らくまだグレード2…こちらは超越を使えないから……

 

 

「……だけど、そんな早くからパワーを上げる意味あるのか?ノーガードって言われるオチしか見えな…」

「…ユウトのデッキに入ってる“こいつ”はただの飾りなの?」

 

 

そう言って姉貴は1枚のカードを見せてくる、それは俺のデッキに入っているグレード1のユニットだ。ソウルブラスト1で前列のユニットのクリティカルを増やすという凄いユニット……

「ドラゴニック・ガイアース!!…そうだ、クリティカルを増やすことができるこいつがあれば…早くから点を詰めることができるか……!!」

 

 

しかもこいつは“ノーマルユニット”が相手でないとクリティカルを増やすことは出来ない。ここでもウォーターフォウルに価値が生まれた。

 

……というか、案外俺のデッキはこのままでいいのかもしれない。

 

その旨を姉貴に伝える。

 

 

「いや…改造は必要だと思うよ、常に進化を追い求めてこそデッキや人生に華が咲くんだから」

 

「姉貴は進化し過ぎなんだよ…」

 

 

 

結局、また構築の壁にぶつかる訳だ。

 

「それでも…やっぱ普通にやるとヌーベルで詰める前に負けんだよな」

 

「超越のパワーは凄いから…うーん、だからやっぱりグレード2にライドした時点でそれなりに点を詰めたいよ……ガイアースを使うにはブースト先のユニットも必要……早くから展開していくってのはどう?」

 

「早くから?…G2やG1の頃からってことか?」

 

「そうね……“速攻”と呼ばれる戦法よ」

「速攻……」

 

早くから動く…速攻…テリークロス…退却…速攻。

 

俺の中で、ピン…とその言葉が響く。今ならいい感じのデッキが組めそうだ。

 

 

「姉貴!デッキ作るから、出来たら相手してもらえるか!!」

 

「ふ…いいよ、来なさい!!」

 

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

「スタンドアップ!!ヴァンガード!!」

「スタンドアップ・THE・ヴァンガード!!」

 

 

 

 

俺の新しいデッキ……行くぞ!!

 

 

「じゃあ…私からね、ドロー、そしてドラゴンモンク ゴジョーにライド!!FVのドラゴンナイト サーデグは先駆のスキルで後列に移動!!」

 

「………何で姉貴が先攻なんだよ」

 

 

さっきまで、ウォーターフォウルを先攻で使おうと話していたのに……

 

 

「じゃんけんの結果だから、仕方無いの…それに先攻に強いデッキを作るなら後攻での動きも覚えないとね」

 

「その前に先攻での動きを考えさせてくれよ…」

 

「はいはい、では…ゴジョーのスキル発動♪自身をレストして手札からドラゴニック・オーバーロード・ジ・エンドをドロップ!1枚ドローしてターンエンド!」

 

そして俺のターンか…思えば姉貴とはあんまりファイトしたこと無いな。同じかげろうデッキのようだけど。

そんなことを思いながら俺はドラゴニック・ガイアースにライドし、姉貴にアタックする。

 

姉貴はダメージチェックを行い、俺がターンエンドを宣言した。

 

そして、バーサーク・ドラゴンにライドした姉貴はそのままヴァンガードの列だけでアタック…クリティカルトリガーによって俺は2点を貰うものの、そのまま姉貴のターンは終了した。

姉貴のダメージが1、俺が2……それをこのターンで詰めて見せる!!

 

 

「俺のターン…スタンドしてドロー!!ライド!!マジン・ゾルダート(11000)!!」

 

「へえ……“拘束”持ちのユニット……」

 

 

そう、マジン・ゾルダートはG2でありながらパワー11000…その代償にある条件を満たさなければアタックすることが出来ない。

 

「俺は更にリアガードにマジン・ゾルダートとドラゴニック・ガイアース!!そしてフレイムエッジ・ドラゴンをコールする!!」

 

「……」

 

マジン / マジン / エッジ

ガイア / テリー / ーーー

 

 

「テリークロスのスキル発動!!封竜のエスペシャルカウンターブラスト!!」

 

 

俺はダメージゾーンに置かれた“爆爪の封竜騎士”を裏返す。これで準備完了だ!!

 

 

 

「テリークロスをソウルに送り、姉貴のリアガード……FVのドラゴンナイト サーデグを退却!!」

 

 

 

そして“メインフェイズに相手のリアガードが退却される”ことによってゾルダートの“拘束”は解除される!!

 

「姉貴は更に山札の上から4枚見て……グレード2のカードをスペコだ!」

「ゾルダート…か、どうだろうね…」

 

 

そんなことを言いながら、姉貴が山札の上の4枚を確認する。

 

 

「お、スキル発動だよ」

 

「え?」

 

 

そして姉貴はVの左後ろのリアガードサークルに…ドラゴニック・バーンアウトをコールした。

 

「バーンアウトのスキル…ドロップゾーンのジ・エンドを山札の下に、そしてソウルブラスト1…リアガードのマジン・ゾルダートを退却!!」

 

「なっ……」

 

 

今、コールしたばかりのリアガードが退却された…ジュリアン…テリークロス駄目じゃないか…

「……だったら!!ゾルダートのいたサークルに爆爪の封竜騎士を、そしてヴァンガードの後ろにドラゴニック・ガイアースをコールだ!!」

 

爆 爪 / マジン / エッジ

ガイア / ガイア / ーーー

 

 

爆爪の封竜騎士はG2のユニットにアタックした時にパワー9000になるグレード1…非常時のアタッカーとして入れてあったがちょうど手札に来ていたのだ。

 

 

「……」

 

「ガイアースのスキル、SB1でリアガードの封竜騎士にクリティカル+1!!パワー9000でアタック!!」

 

 

姉貴はノーガードを選択する…こっちにはまだあと2体ユニットが残っている、このターンでガンガン攻めていくぞ!!

 

 

「ダメージチェック…ガトリングクロー・ドラゴン!ゲットドロー♪効果はV!そしてドロー!」

 

 

ガンガン攻めて…

 

 

「セカンドチェック…ガトリングクロー・ドラゴン!ゲットドロー♪効果はV!そしてドロー!」

 

攻めて…いけない!?姉貴のヴァンガード、バーサーク・ドラゴンはトリガーの効果でパワー19000になってしまい俺のリアガード、フレイムエッジ・ドラゴンではもう攻撃が届かない。

 

「だったら…ガイアースのブーストしたゾルダート!!ゾルダートはブーストされた時に更にパワー+5000!!よって合計22000でアタック!!」

 

「槍の化身 ターで完全にガード♪」

 

「ドライブチェック…封竜 アートピケ……ドロートリガーだが、アタックは届かない…1枚ドローしてターンエンドだ」

 

 

ダメージは俺が2点、姉貴が3点……俺のイメージならもう少し追い詰められる筈だったんだが……

 

とはいえ次のターン、ガイアースを使えば姉貴にガードを強要できる点数にはなっている。ならいいか。

 

 

……が、その考えは甘かった。

 

 

 

「コール♪煉獄竜 ドラゴニック・ネオフレイム♪」

 

「……え?」

 

 

姉貴は次のターン、“G3にライド”せずにリアガードを展開、整理し始める。

ラーヴァ/ ーーー / ーーー

ネオフ /バーサーク/ バーン

「コールしたラーヴァフロウ・ドラゴンのスキル…手札のドラゴニック・オーバーロード“The X”を公開して山札からドラゴニック・ブレードマスターを手札に加える!!」

 

そう言って姉貴は手札からガトリングクロー・ドラゴンをドロップする。

 

「……あの…ライドは?」

 

「ライドするだけがヴァンガードじゃないよ」

 

「え、えええ……」

 

 

 

……これで先攻ウォーターフォウルの意義が出てきたと考えればいいのか…

 

 

「じゃあ…ヴァンガードのバーサーク・ドラゴンでユウトの“爆爪の封竜騎士”にアタック!!」

 

「っ!?リアガードに!?ノーガード!!」

 

「ドライブチェックはヒールトリガー!!効果はバーンアウトに与えダメージを回復!!」

「……っ」

 

「ふふ…そしてネオフレイムのスキルでその後ろのガイアースを退却!!」

「っ…!!そういうスキルか!!」

 

 

こうしてリアガードを削られ、ヒールトリガーを引かれた俺は次のターン…ウォーターフォウルとガイアースのコンボを駆使するも姉貴に止めを刺せず……

 

 

ダメージは俺と姉貴で3vs5。

 

第7ターンだ。

 

 

 

「ライド!!ドラゴニック・オーバーロード“The X”!!!」

 

 

恐らく姉貴の今のエースと思われるユニットが登場する…確か双闘でスタンドとか退却とかするんだよな。

 

 

「そして手札からドラゴニック・ブレードマスターをドロップ!!ストライド!!」

 

「……来るか」

 

 

かげろうのGユニットくらい俺でもちゃんと調べている。このタイミングで登場するなら神竜騎士 マフムード…1回目の超越だからルートフレアはまだ使えない。

 

手札に完全ガードが無い今、Gユニットの攻撃は通すしかないな……マフムードはヒット時スキル持ちで厄介だ。

 

 

「覇天皇竜…」

 

「??」

 

「ドラゴニック・オーバーロード“The Ace”!!」

 

「!?!?」

 

 

ちょっと待て…そんなユニットいたか!?俺知らないぞ!?

 

「ふっふっふっ正月明けに発売の“ファイターズコレクション”で収録されるユニットだ!!」

 

「発売してないのかよ!!」

 

 

 

姉貴の話によると、仕事の関係で貰えたらしい。貰えるものなのか?そんな簡単にさ。

 

 

「私だからね」「あー…姉貴だもんな…」

 

 

まあ…これで納得してしまえるんだが……

 

 

「でーも、存在を知らないってのはユウトの怠慢ね、このユニット自体は既に公式から公開されていた筈だもの」

 

「う……」

 

 

それを言われると…ぐうの音も出ない。

 

 

「ジ・エースのスキル!!CB2!Gペルソナ!!」

 

 

姉貴がGゾーンからもう1枚の“The Ace”を表にする…がその後を何も言わない。これは…何だ?

 

「もう一度!!ジ・エースのスキル!!CB2、Gペルソナブラスト!!スキル起動!!」

 

 

Gゾーンの2枚の“The Ace”が表になった所で姉貴が宣言する。

 

 

「ジ・エースはツインドライブとなり、アタック終了時に手札から自由に1枚とオバロを1枚ドロップすることで、パワーを上げてスタンドする!!」

 

「う……確定でスタンドか…」

 

 

確か“The X”の双闘はヒット時にコストを払ってのスタンドだった筈だが……こっちは必ず立ち上がって来るって言うのか……

 

 

「ジ・エースでアタック!!」

 

「ノーガード!!」

 

姉貴がツインドライブで引いたのは、ネオフレイムとプロテクトオーブ・ドラゴン…トリガーが出なかったのは幸いだが、俺のダメージに落ちたのは完全ガードだった。

 

「手札からジ・エンドとネオフレイムをドロップ!ジ・エースをスタンドし、パワー+5000…パワー31000のジ・エースで再びアタック!!」

 

 

「……封竜アートピケ、封竜 ビエラ、フレイムエッジ・ドラゴンでガード…フレイムエッジ・ドラゴンでインターセプト!!1枚貫通!!」

 

 

「ツインドライブ!!ゲットクリティカル!!」

 

 

こうして俺はヒールトリガーを引くこと無く、姉貴に敗北したのだった。

 

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

「駄目か…はぁ……」

 

「そんな落ち込む必要無いって」

 

 

 

姉貴に敗北した俺は改めてデッキを組み直す。

 

 

 

「さっき私は速攻って言ったけど、そもそも速攻は安定してリアガードが増やせるクランじゃないと怪しいしさ」

 

「早く言ってくれよ…」

 

「まぁ身をもって体感できたんじゃない?いくら速攻を実践しても…結局は詰めのユニットがいなければいくらでも反撃されてしまうってこととかね」

 

 

俺はため息をつきながら、デッキの中からマジン・ゾルダートを抜いていく。使うまで気づかなかったのは恥ずかしいが、今の俺のデッキだと複数回の使用が出来なかったのだ。

 

 

「ただ、そのジュリアン君のテリークロスはそういう意味なんじゃない?」

 

「意味?」

 

「そ、早くから動けっていう意味……具体的に言うとGユニットが登場する前にってこと」

 

「でも…テリークロスは使いにくく無いか?スペコされるし」

 

 

早期から退却出来てもスペコされるんじゃあどうにもならない。

 

「テリークロスの役割はFVの除去がメインだから」

 

「うーん…でも……なあ」

 

「悩むねえ…なら」

 

ひたすら悩む俺を見た姉貴が、持っていたデッキケースから何かを取り出す。

 

 

「そんなユウトに私からのプレゼントだ!」

 

それは複数枚のカード。

 

 

「……これは?」

 

「ふふふ…まずはGユニットのレインエレメント マデュー!!ハーツのパワーが10000以下ならドロップゾーンからG3を回収できる優れもの!!」

 

「おお!!」

 

 

パワーが10000でスキルにG3が必要なウォーターフォウルとは相性抜群だな。

 

「そして、ドラゴニック・オーバーロード!!ウォーターフォウルでは使わないCBを使って連続攻撃が可能!しかも何度でも立つ!!」

 

「お、おお」

 

 

意外なユニットの名前に思わず反応が鈍る。かなり昔のカードだけど…どうなんだ?使えるのか?

 

 

「最後にオバロAce!!」「え…良いのか!?」

 

たった今、俺に止めを差したカードを…発売前のカードを俺に!?くれるってのか!?

 

 

「自分で使う分は自分で集めたいからね」

 

「…さ、サンキューな……姉貴」

 

 

俺は姉貴からカードを受けとり、それを見つめる。マデューとオバロが4枚にAceは2枚……これが俺の新しい仲間か。

 

 

「でも……これ、本当に良いのか?…姉貴…」

 

 

 

そう言って俺が姉貴に話しかけると…

 

 

 

「……って……いないし」

 

 

 

既に姉貴の姿は無かった。我が姉ながら自由な人間だ。

昔から自由で…そして人の心を細かく察してくれる彼女は…自慢の姉でもある。

 

突然アイドルを始めることになったこと…アイドルとして売れたことが長男から就職の意欲を奪ってしまったこと…ここ数年で色々なことがあって、姉貴も苦労していただろう。でも彼女は…いつも輝いている。

 

 

「本当に…凄い姉だよな」

 

 

 

そして俺は、改めてデッキの構築を考えるのだった。

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

 

青葉ユカリは食卓に座り、母が用意してくれた蕎麦をすする。

 

 

「あれ、ユカリ…ユウは?」

 

「あー…取り込み中だと思うよ」

 

「蕎麦伸びちゃうのに…」

 

 

ユカリはたった一人の弟のことを考える。なかなか飽きっぽい奴だが、今回のヴァンガードはそれなりに嵌まっているようだ。

 

 

「母さん…ユウトって何かにここまで嵌まったこと…あったっけ?」

 

「そうねぇ……子供の頃だとベイブレードが半年くらい嵌まってたけど、最近じゃあ中学の頃の油絵が三ヶ月で最長ねぇ」

 

「あはは…その頃のユウトはあんまり知らないなぁ」

 

ちょうどその頃、ユカリはアイドル活動を始めた頃であり忙しかったのだ。

 

 

 

「でも今からカードに嵌まるなんて…大丈夫かしら」

 

「大丈夫だって、ユウトはちゃんと分別あるからね」

 

 

鈍感で軽そうな見た目だが、あれで物事を理解し、人の心を細かく察することのできる弟…ユカリはそう考えている。

 

「ふふ……そうね」

 

「でしょ?」

 

 

 

こうして青葉家の正月は過ぎていくのだった。

 

 

 

「ユウ~蕎麦伸びてるわよ~」

 

「伸びる前に教えてくれよ!!母さんっ!!」

 

 

 



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078 果実の夢は終わらない

正月明け…1月5日。

 

天台坂の町のカードショップ…“大樹”には沢山の客が訪れていた。

 

何を隠そう、今日はヴァンガードの特別なブースターパック“ファイターズコレクション”が発売される日だったのだ。

 

 

「ナツミ!そっちはどうだ!レリジャス出たか!?」

 

「いや、ユズっち、これ出ねぇよ!!パーリータイタンもねえよ!!」

 

「あ、エポックメイカーだぁ~」

 

「「それで合計3枚目じゃないか!!」」

 

 

彼女達、チーム“誘惑の果実(ラヴァーズ・メモリー)”の面々も他のヴァンガードファイターと同じように、皆で協力してパックを剥いていた。

 

「待て、二人とも……イヨはどこだ?」

 

「そういや見てないな…」

 

「あ、イヨちゃんならさっき、シングルコーナーでマシニング・デストロイヤーを買ってたよ~」

 

「「あいつ、シングルで済ませやがったな!!」」

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

花の蕾は濡れ滴り、大地からは恵みの水が溢れ出すような美少女がカードショップ“大樹”にはいる。

 

そう、この美少女こそ私“城戸イヨ”だ!!

 

 

「~♪」

 

 

今の私はとても気分がいい、欲しかったヴァンガードのカード“甲殻怪神 マシニング・デストロイヤー”を無事4枚揃えることが出来たからだ。

 

るんるん気分で愛すべきハーレ…ごほん、仲間達の元へ帰る。

 

 

「ふふふ…待たせたわね!!」

 

 

「「ああ?」」「イヨちゃーん♪」

 

 

ん?ユズキとナツミの顔が怖い?どうしたのかしら。

 

 

 

「「何でお前は箱を買ってないんだよ!!」」

 

 

 

あー…そういうこと……

 

私は二人が怒っている理由を理解すると、取り合えず落ち着くよう二人を宥める。

 

 

「えーと…四人で一箱ずつ買って交換しようってことだった?」

 

 

私の言葉を聞いてユズキが呆れたように頷く。

 

 

「そうさ…たちかぜとスパイクは久々の追加だし、ロイパラはGRだし…箱で買うべきだろう?」

 

「えー、そう?」

 

 

でも、絶対シングルで買った方が安いのよ?そもそも私、今回はデストロイヤー4枚とシャギー1枚で良いんだし。そんな私にナツミが食ってかかる。

 

 

「それになイヨりん!!自分で使うカードは自分の手でパックから出したいだろ!!」

 

「あーごめんナツミ、それはわかんない」

 

「なっ……」

 

 

私は唖然としてしまった可愛いナツミを尻目に、3人の集まるテーブルに座った。

 

 

「それで結局…箱買いの結果は?」

 

「んーとね、GRは私がオバロAce、グレンディオス、エポックメイカー…ユズっちはツクヨミ、エイゼル、エポックメイカー…それでナっちゃんがメイルストローム、グレンディオス、エポックメイカーだったよ!」

 

「エポックメイカー祭りじゃないの……」

 

今回のパックの最高レアリティの中でシングル価格の最も低いカードが3人でダブるというのは、中々酷な話だ。

 

 

「それで~RRRだと、パーリータイタンと、ダッドリー・ジェロニモと、マシニング・デストロイヤーが1枚も出てないの」

 

 

ナツミの欲しいパーリータイタン、ミカンの欲しいダッドリー・ジェロニモ、私の使うマシニング・デストロイヤー…そしてユズキの狙っていたレリジャス・ソウルセイバーも出ていないとなると……

 

 

「……全く意味無いじゃない」

 

 

 

四人のテーブルに気まずい空気が流れる。

 

 

 

「…………意味ならあるさ!!」

 

 

ユズキが自信満々に宣言する。…どんな意味があるっていうのよ。

 

 

「か、カードとの出会いは一期一会…だからその出会いを大事に「あーはいはい」

 

「最後まで言わせろ!」

 

 

 

私はユズキ達の開封したカードを見る。

 

大半のカードは私たちの使わないクランのものだ。

 

 

 

「にしても、どうするの?これ…私の武道館ライブでファンに配る?」

 

「いや、お前武道館でライブする予定無いだろ…そうだな…誰かにあげたり、交換の弾にでもするか…その方がカードも幸せだろう」

 

「カードとの出会いを大切にするなら自分で使うのが筋よね」

 

「……」

 

 

エヴニシェンなんかヒカリ欲しがるかもな…等と言いながらユズキはカードをクランごとに分け始めた。一方でナツミとミカンの二人は…。

 

「ユズちゃん、ナっちゃん、私オバロAceとグレンディオスとか売ってくるね~」

 

「おっと、なら私もグレンディオスとかルキエとか売るぞ!!」

 

「いくらになるかな~?」「楽しみだな!!」

 

ユズキは何も言わずに二人を見送る。

 

 

「……ねえユズキ」

 

「何だ……イヨ……」

 

「カードとの出会いは一期一会…だっけ?」

 

「…………」

「だからその出会いを「もういい……言わなくていいから……私だって普段なら売ってるからさ……ただ虚しさを誤魔化したかっただけなのさ……」

 

 

ユズキは遠くを見つめながらそう言った。

 

私はユズキの当てたカードを見つめる。セシリアやプリティーキャット等、縛りがいのありそうな見た目のユニットが多かった。

 

 

……とはいえ、Gユニットはなかなか縛られた姿を見るのが難しいのよね…ハーツが縛られているならGユニットも縛られた状態にはなるけれど、ハーツが縛られているのに“超越”するかは…微妙よね。

 

 

基本、私はメガコロニー以外のカードを見るときは縛れるか、縛ったらエロいかどうかしか考えないのだ。

「ところで…お前はまた変なこと考えてないか?」

 

「年中頭の中が百合の花畑なユズキに言われたくないわね」

 

「さっきから…新年早々、喧嘩上等か……?」

 

「高値で買ってヤるわよ…?」

 

 

そんな風に私たちが火花を散らしていると、カードを売りにいっていたナツミカンが帰ってきた。

 

「パーリータイタン揃った!!やっぱ最後はシングル買いだな!!(掌Я)」

 

「ジェロニモも~安かったよ~」

 

カードゲーマーなんてどうせ、シングルコーナーからは離れられないのよ。

 

 

「……いや、私はもう一箱を買ってでも…」「えー?ほらほら、ユズキも買いに行っちゃいなさいよ」

 

「私は…」「ほらほらほらほら」

「…」「ほらほらほらほらほら」

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

天台坂、商店街。

 

「………ふっ」

 

「結局ユズちゃんもシングルでレリジャス揃えちゃったね?」

 

「……悔しいけどな」

 

 

私、ユズキ、ナツミ、ミカンの四人は商店街をぶらぶらと歩いていた。

 

 

「この後どうすんだー?」

 

「そうだな…」

 

 

ふと私たちの視界に入るのは、喫茶えるしおんの前の行列。この町で最も人気の喫茶店は今日も人でいっぱいだ。

 

 

「えるしおんも混んでるし…今日はここらで解散にするか」

 

「あーそだなー…次いつ集まる?」

 

「明日当たりに~皆で初詣行こうよ~!!」

 

「それは良い考えね…ミカンちゃんの可憐な振り袖姿に期待しちゃうわ」

 

 

こうして、明日四人で初詣に行くことを約束すると私たちはそれぞれの家路についた。

 

私は商店街から天台坂の駅に向かって歩く。隣にはユズキもいた。

 

 

「……イヨ」「……何?」

 

 

会話は続かず、しばらくの間私とユズキは黙って歩き続けた。

 

 

 

「お前の家、こっちじゃ無いよな?」

 

「ええ、違うわよ……でもそれはユズキも同じじゃない?」

 

 

 

私の記憶が正しければユズキの家は県立天台坂高校の近くだった筈、駅とは全くの逆方向だ。

 

 

 

「………」「………」

 

 

恐らく…私たちは同じところに向かっている。

 

 

 

「明日の初詣……楽しみね」

 

「………まあな」

 

 

正月明けで普段より人通りの多い道を私たちは歩き続ける。

 

 

「ミカンちゃんのお母さん、着付師さんだからきっとちゃんとした振り袖姿を見せてくれるわよね」

 

「……振り袖姿……か」

 

「体の体型が分かりにくい格好というのも、妄想が掻き立てられるわ」

 

「変態か」

 

「同じこと考えてる癖に…素直じゃないんだから」

 

「私はイヨ程オープンじゃないんだよ」

 

「認めてるじゃないの…むっつりだって」

 

「……うるさい」

 

 

商店街を抜け、私たちは同じ交差点で同じ方向に曲がった。ほぼ間違いなく、私たちの目的地は同じだろう。

 

天台坂の大型家電量販店が見えてくる。あそこの4階にはゲームセンターがあるのだ。

 

そこにはユズキの嵌まっているゲームがある。そして私もそれをやっている。

 

 

「……何も同じタイミングで行かなくてもいいだろ」

 

「えー?その方が楽しいのに、対戦しない?」

 

「やだよ…イヨにリズムゲームで勝てる気がしない、っていうか所持コーデでも負けてるし」

 

「そりゃあ、私は次元を超越してアイドルなのだからリズムゲームもお手の物よ」

 

「……お前はそれでいいのか?」

 

それでも何も、私の永遠のライバル“葉月ユカリ”なんか農業やって、カードやって、料理作って、無人島開拓して、新種の生物発見してんのよ?

 

最早何の職業よ!?

 

 

「……っていうか、そもそもお前…デビューもしてな「私は存在自体がアイドル…皆が夢見る偶像なのよ!!」

 

 

今に見てなさい…葉月ユカリをテレビの片隅に追いやって見せるわ!!

 

 

「あー…はいはい…あとリラフェアリースカートがあればリラフェアリーコーデ完成するんだけどな」

 

「流されたっ!?」

 

時刻は午後6時…私たちは有名な家電量販店の中に入る。中ではCMでよく聴くテーマソングが流れている。

 

「このテーマソングもいつか歌ってやるわ」

「そう、頑張れ」

 

 

淡白な反応のユズキはいつものことだ。とにかく私たちは揃ってエスカレーターに乗る。

 

「……というか、本当にイヨも来るのか」

「当たり前でしょ、ここまで来て帰るとか考えられないわよ」

 

 

「第一ここの筐体2台あるけど、片方修理中だからな?二人同時に出来ないからな?」「……で?」「いや…だから…」

 

 

「「私が先にやる」わよ」

 

 

正月明けの有名家電量販店は流石に混んでいたが、夕方であるため子供の姿は減りつつあった。

そんな中、今まさに家族と共に帰ろうとしている子供はおもちゃの変身ベルトを着けて嬉しそうにしている。

 

<シグナルコウカン!!トマーレ!!

 

 

「ほら、止まれって言ってるからイヨは止まれ…私が先行する」

「はっ?私のアイドルとしての輝きは止まらないのよ」

 

 

「第一お前がなりたいのは三次元でのアイドルだろ、この場所くらい私に譲れ」

 

「私にとって三次元も二次元も関係ないのよ、トップを目指すことに変わりないわ」

 

 

エスカレーターで4階についた私はユズキとデッドヒートを繰り広げながら目的のゲームの筐体があるコーナーにたどり着く。

 

だが、そこには既に先客がいたのだ。

 

 

「ちっ…“おじさん”が先行しているわね」

「やはりこの時間だと現れるか…まあ、私たちも似たようなものだが」

 

 

私とユズキは仕方なくその周辺をうろうろする。夕方のゲームセンター…やはり6時を過ぎると幼女先輩の姿は少ないが学生の数は多い。

3人から4人のグループがクレーンゲームを囲っていたり、男女カップルが太鼓を叩いていたり、男性カップルがエアホッケーをしていたり、野性動物が格闘ゲームの前で奇声を発したりしている。

 

 

 

「はぁ~こんなに可愛い私がここにいるんだから、声かけてくるスカウトマンとかいないかしら」

 

「お前な…それで変な奴に捕まっても私は知らんからな?」

 

「大丈夫、大体“臭い”で分かるもの」

 

「……ま、お前は昔からそうだったな」

 

 

私とユズキは小学校からの付き合いだ。それ故に互いのことはよく理解している。性癖も……ね?

 

 

「あーあ…ユズキが純粋無垢でノーマルだったら今頃滅茶苦茶愛でてるのに」

 

「何をする気だ…何を……というかそれはこっちの台詞だ」

 

少しボーイッシュな所があって、ナツミ程スポーティじゃない所は凄く良いのに…私と同じ“臭い”がする所が少し気になってしまうのよね。…とは言え、たまに何もかも忘れてこの少女を押し倒してしまいたい衝動には駆られているのだが。

「あーでも…もういっか…ユズキなら信じられるし」

 

「…?」

 

「今度二人きりで旅行でも行く?泊まりで」

 

「だから一体何をする気だよ………」

 

「いいじゃない…たまにはね」

 

「良くないっての、いや、何が“たまには”だよ」

 

 

 

私たちは再び目的の筐体の元へやって来る。

先程までいた“おじさん”はいなくなっていた。

 

これでゆっくりゲームが遊べる。私たちは並んで筐体の前に立ち、お互いを見た。

「じゃあ、どっちからやる?」

 

そうユズキに聞くと彼女はしばらく真剣な顔で考えた後こう言った。

 

 

「…ま…イヨに譲るさ」

 

微笑みながら私にそう言うユズキはとても可愛かった。幼女向けゲームの前で無ければ格好良くもあった。

 

私が何だかんだ言ってユズキと長く付き合っているのは、よく発揮される頼もしさと垣間見える可愛らしさが堪らなく愛しいからだ。

 

「リラフェアリー出たらあげるよ」「…ありがと」

 

そして私は財布から100円を取りだし筐体に投入する。そんな私にユズキが話しかけてくる。

 

ぽつりと一言。

 

 

 

「あのさ……旅行の件なんだが…」

 

「え?」

「旅行の件…考えてもいいからな?」

 

「……ユズキ」

 

 

全く…可愛い奴だな、ユズキは。純粋無垢な娘とイチャコラというのが好きではあるけど、ユズキといきなり濃密なところまでいくのも…今ならアリか。なんて。

 

 

「仕方ないなぁ、一緒にハネムーン行こっか」

 

「待て、二人きりは勘弁してくれ…私が考えると言ったのは旅行という単語だけで、それは二人きりの旅行じゃなくて友達皆で行くのがいいよなっていう話がしたいだけであってだな!?というかハネムーンじゃないだろ!!??」

 

「照れるな、照れるな」

「照れてないっての!!」

 

私は今のユズキやナツミカン達の関係を気に入っている…色々甘い妄想はするが、百合々々にして壊そうなんて本当は微塵も思っていない。それはユズキも同じ考えだと思う。だから互いに直接手を出したことは無い。

 

今はもう少しこのままでいいの…私はもうすぐ天を揺るがすトップアイドルになるから、時間は余り残って無いけれど。もう少しこのままの関係で…ね。

 

 

「あ」

 

 

私は筐体から排出されたカードを見て思わず声をあげる。

 

 

「どうしたんだ?」「ほら…見て!」

 

 

そこにあったのは、ユズキが欲しがっていたカード。

 

 

 

「「リラフェアリースカート!!」」

 

 

花の祝福を受け、天が頭を垂れる二次元三次元を問わずに究極のアイドル。それがこの私“城戸イヨ”…だけど今は一人の…友達と戯れる普通の女子高生。

 

 

「「よっしゃぁぁぁぁぁ!!!」」

 

 

普通の女子高生だから………大声をあげてしまった私たちがその後、店員に注意されてしまったとしても仕方がないのよね。

 

 

 

 



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079 羅針盤が示す未来は

1月7日…正月三ヶ日に比べ、だいぶ人の減った神社の境内を二人の男女が歩いていた。

 

「シン兄!!おみくじ買お!!」

 

「…仕方無いな」

 

 

神沢ラシンとその妹、マリ。

 

父と母は仕事で、長男であるコハクは高校受験の勉強で忙しく正月は初詣に行く時間も無い。

 

そのため、今年は二人で神社までやって来たのだ。

 

 

「適当にお参りして、おみくじ買って帰るか…」

 

「えーそこはしっかりお祈りしてこーよ!!コハク兄大事な受験なんだから!!」

 

「……それもそう……だな」

 

(今年でコハク兄さんは高校生になる。たぶん。元々兄さんは優秀だけど春頃から普段以上に勉強をしていた。VFGPとか…色々あったが兄さんは大丈夫だろうか)

 

 

「……っというか…来年は俺が受験なんだよな…」

 

「シン兄?」

ふっと自分の将来が不安になる。ラシンは思わず空を見上げるのだった。

 

 

「……ら、らら、ら、ラシン君!?」

 

その時、背後からしたその声を聞いてラシンは振り替える。

 

そこにいたのは栗色の髪の少女。

 

「…………カミナさん…!」

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

 

ーーあ、あの…ありがとう…ーー

 

 

そんな言葉が、私…佐伯カミナがラシン君に言えた最初の一言だった。

 

中学の入学式から数日…顔の知らない子達に囲まれるのが怖くて逃げ出してしまった私。

 

半分涙目で走っていた私は階段を踏み外してしまう。

 

そんな私を白馬の王子様の如く受け止めてくれたのがラシン君だった。

 

 

(今…思い出しても恥ずかしい……///)

 

 

 

 

その後もラシン君には色々な場面で助けられてしまった。そんなラシン君に私が出来ることは…一つしかないだろう。

 

 

 

 

そう……可愛い服を着せるということだけだ。

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

「……と、とと、という訳で、こ、この服を着てみてもらいたいな…な、なんて……///」

 

「何がという訳なのかさっぱりだし、もう女装は勘弁してくださいカミナさん……妹もいるし」

 

 

神社でのお参りを終え、俺とマリとカミナさんは北宮の町をぶらぶらと歩いていた。

 

しかし……マリが居なければカミナさんと二人きりだったと恨むか、マリが居なければカミナさんに女装させられていたと感謝すべきか…

 

 

そんなマリをカミナさんが見つめる。

 

 

「………しかしマリちゃん綺麗だね…今度うちにおいでよ、服を仕立ててあげる」

 

羨ましい。でも俺にその言葉がかかる時はきっと女装させられる時だろう。複雑だ。

 

 

「本当!?やった!!そうだシン兄も一緒に行こうよ!!」

 

 

その無邪気な一言は俺にとっては薬にも毒にもなる。

 

 

「え!!??お、俺がかか、か、かか、カミナさんのい、い、家に!?」

 

「ええっマリちゃん!?…ひゃぅぅ…え…えっと…私は別に…な、な、な、何泊でもどうぞっ!?」

 

 

「「え、あ!!えっ…///…えっ!?え、あ、え、えええ!?あ…ああああああああ///!?」」

 

 

道端で奇声をあげる俺達は、完全に不審者である。周りを歩く人間は不審な目でこちらを見ていた。

 

「お、おお、落ち着こうか…」

 

「は、はひぃ……」

 

 

吹き付ける冬の冷たい風が俺たちの火照った頬を冷ましてくれる。

 

 

「………」

 

「………」

 

 

「………」

 

「………」

 

 

「シン兄、佐伯さん…何か話したら?」

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

この状況でもっと的確な助け船は出せないのかとマリに問い詰めたい気分だ。そもそも俺がカミナさんに出来る話題って何だ…?

 

俺とマリ、カミナさんの3人は微妙な距離感を保ちながら小さな公園までやって来る。

 

 

こんなところで何をするんだ……俺は。

 

 

 

 

 

 

そんな時、ある言葉が不意に投げ掛けられる。

 

 

 

 

 

「こんなところで何をしているんですか…神沢先輩」

 

 

その言葉は途方に暮れていた俺の前に颯爽と現れた新たな刺客…冥加マコトによって投げ掛けられたものだった。

 

 

人気の無い正月明けの公園に、3人の中学生と1人の小学生が集う。

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

 

「……で、何でこうなった…」

 

 

 

俺たち3人に冥加さんが加わって数十分。

4人は公園のテーブルを囲い、座っていた。その目の前には大量のカードが広がっている。

 

 

神沢マリの前に山札は1つ。

 

佐伯カミナさんの前に山札が1つ。

 

冥加マコトの前にも…1つ。

 

 

だけど、俺の前には山札が3つ並んでいた。

 

 

「ライド!!牡丹の銃士 トゥーレ!!」

 

「ら、ライドです!ブラスター・ブレード!」

 

「…ライド、スチームメイデン イーシン」

 

 

何で…こんな……

 

 

「…………何でこんなところでヴァンガードやってるんだ…何で俺は“三面打ち”をしているんだ…」

 

 

今、俺は3つのデッキで3人と同時にファイトをしている。手札には1重スリーブのカード、2重スリーブのカード、2重で外側がマット使用のスリーブのカードが混ざっていた。

 

……スリーブがバラバラじゃなければ本当に混ざっていたな……これ。

 

 

 

「そもそも……神沢先輩が話題に困って“そうだヴァンガードやろう”なんて言い出したからですよ…」

 

 

「う…」

 

 

「シン兄が都合よく3つのデッキを持ち歩いてたからだね!!」

 

 

「む…」

 

 

「ら、ラシン君が………“他のファイターの戦いも見てみる?”って言ってくれたから…」

 

 

「…………」

 

 

 

そうか、俺のせいか。

 

 

 

 

 

 

……いやいや…何でだよ。

 

 

 

「……」

 

 

何か他にやれることあるだろう…と数十分前のテンパった俺に言いたいところだが……

 

 

「…トゥーレのアタックはノーガード!!ブラスター・ブレードも同じく!!イーシンのアタックはサイレント・パニッシャーで貫通無し!!」

 

 

さすがに三面打ちは……

 

 

「俺のターン!!スタンドとドロー!!ライド、青き炎の解放者 プロミネンスコア、孤高の解放者 ガンスロッド、ヘキサゴナル・メイガス!!」

 

 

……ふぅ。

 

 

頭の回転が…追い付かない。

 

今のところ…激しいミスはしていない……が。ターンが進んでいくにつれ、相手の挙動も複雑になっていく…俺は何でこんなことを始めたんだ……!?

 

 

「そろそろ決めちゃうよ!!」「マリに負ける俺じゃないさ」

 

「…えっと…行きますね」「大丈夫、分からないことがあったら聞いて下さい」

 

「あながち…ファイト中ならちゃんと佐伯先輩と話せてますね」「うるさいぞ、冥加さん…いや冥加」

 

 

……俺、今相当器用なことをしている気がする。

 

 

「それは咲き乱れる情熱の花!ライド!リコリスの銃士 ヴェラ!!そして吹き荒れろ花の嵐!!…ヴェラ…サウル…双闘!!」

 

「い、行きます!!ライド!アルフレッド・アーリー!!スキルでブラスター・ブレードをソウルからコールします!!」

 

「……ディヴァージェンス・ドラゴンにライド、ルインディスポーザルをドロップして、ボクは時空竜 ロストエイジ・ドラゴンへと超越する」

 

 

頭がパンクしそうだ。

 

 

「シルヴィアをコール!スキルでトゥーレをコール!スキルでシルヴィアを消してリアナをコール!ヴェラのスキルでリアナを消して…」

 

とりあえず、マリの盤面整理は聞き逃してもかまわない。今のマリのデッキは最終的にアウグスト、ミルッカかサウル、ミルッカのラインを目指してくる筈だ。

 

 

 

「えっと…ぶ、ブラスター・ブレードのスキルでラシン君の……す、すてら?」

 

「これ?」「う、うん…えっ…とす、ステラ・メイガスを退却します!!」

 

 

カミナさんのデッキは元々は兄さんのデッキだから、その中身も把握している。お陰で説明に集中できる。

 

だが……

 

 

「……スチームメイデン・イーシンとスチームメイデン・ウルニンをコール」

 

 

ギアクロニクル…これはまだファイト回数が少ないために、対応するのに時間がかかる。

 

 

「荒れ狂う、花の嵐に飲まれてしまえ!!ヴェラ、サウル、ルースでアタック!!パワー36000!!」

 

「行くよ…マロンでブーストしたアルフレッド・アーリーでアタック!!(18000)」

 

「ミストゲイザーのブースト、ロストエイジでアタックする…パワー37000」

 

あのロストエイジ…アタックを通せばこちらのリアガードが“過去に飛ばされる”。そうすると、リアガードのイーシンのスキルが発動しこちらのG0がガードに使えなくなる。だがあのアタックを止めるためには完全ガードが必要だろう。

 

どの道…G1以上でのガードが要求される…か。冥加のデッキからトリガーは聞こえない…なら。

 

 

「全てノーガードだ!!」

 

 

そうして俺はこのターンを乗り切る。マリがリアにクリティカルとパワーを乗せてきた(リア全ラインパワー31000)が難なく乗り切る。

 

ここからが…俺のターン!!

 

 

「我が呼び声に答え、目覚めよ!ストライド!!黄金竜 スカージポイント・ドラゴン!!そして…黄金の竜よ、出でて太古の力を奮え!ブレイクライド!!スペクトラル・デューク・ドラゴン!!更に…その道は示された、勝利の未来はその手の先にある!ブレイクライド!!ペンタゴナル・メイガス!!」

 

…そしてブレイクライドのパワーを乗せたスペクトラルデュークの連続攻撃で冥加を、トリガー操作によるダブルクリティカルとスキルによりクリティカルの増加したペンタゴナルでカミナさんを倒すことができた。

 

……が。

 

 

「……っ、アグロヴァルでアタック!!」

 

「残念!サウルでインターセプト!!」

 

 

この妹……なかなか耐えるようになってきた。ファイトを終えた二人もファイトの成り行きを黙って見守る。

 

 

「ふっふっふっ…私だって兄々達に負けてられないんだよね!!ストライド!!」

 

 

前のターンにある程度整理されていた盤面に新たなユニットが登場する。

 

 

「舞い踊る花びらは祝福の証…世界よ、今、春が来た!!!立春の花乙姫 プリマヴェーラ!!!」

 

「………」

 

 

マリはユニットを更にコールすると、リアガードから攻撃を始めた。最初はアウグスト、ミルッカでパワー18000…俺はクリティカルトリガーでガード。次にもう一度アウグスト、ミルッカの攻撃、ここもガード…俺のダメージは未だに3だ。

 

 

「プリマヴェーラのアタック…スキル発動!!CB3、手札からマルティナをドロップ!!ドロップゾーンからアウグストを1枚、ミルッカを2枚、シルヴィアを1枚、キルスティを1枚山札の上に!!」

 

そしてマリは盤面の2枚…アウグストとミルッカを指して言う。

 

「山札からアウグストを2枚、ミルッカを2枚スペリオルコール!!そして山札をシャッフル!!」

 

山札がシャッフルされることでミルッカはパワー+3000…これで未アタックの21000ラインが2つか。

 

 

「ふっふっふっ…ここからはこの私の時代だぁー!!」

 

 

 

 

……まぁそんな時代当然来ることも無く。

 

クリティカルトリガーが乗らないことが見えた俺はノーガードと1回のガードでこのターンを凌ぎきる。

 

 

 

「プロミネンスコア……双闘!!」

 

して。

 

 

「スキル発動!!」

 

 

して。

 

 

「アタック!!」

 

 

して勝つのだった。

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

ファイトを終え、俺は公園のベンチに座り込む。

 

「つ……疲れた…」

 

そんな俺を嬉しいことに心配してくれたのか、カミナさんがジュースをくれた。

 

少し緊張しながらも俺とカミナさんは同じベンチに、かなり近い距離で座っている。

 

 

テーブルではマリと冥加がまだファイトをしている。

 

 

 

「ラシン君っていつからこのヴァンガードをやってるの?」

 

「いつから…か……もう二年以上前の話になると思う」

 

 

 

思えば俺がヴァンガードを始めた理由は……やっぱり兄さんの影響だった。

 

楽しそうにヴァンガードカードを見せる兄さんが羨ましくて始めたのが……始まりだ。

 

俺はカミナさんにそのことを話す。

 

 

「何かいいね、そういうの…私、一人っ子だからなぁ…」

 

「……ああ」

 

 

 

こういう時に“俺がいる”なんて格好のいい言葉が言えたら……苦労してないんだよ。

 

 

カミナさんは自分のデッキを見つめる。

 

 

今、カミナさんが使っているデッキの“ソウルセイバー・ドラゴン”や“アルフレッド・アーリー”は本当に当時から兄さんが使っていたカード。それを見るとあの頃の兄さんの笑顔を思い出してしまう。

 

そして同時に…痣だらけで家に帰ってきた兄さんと、握り潰された“騎士王 アルフレッド”の姿も…

 

 

「ラシン君?」

 

「…何でもないよ、カミナさん」

 

 

こうしてヴァンガードを通せば、落ち着いて話せるんだけどな…どうにか普段も落ち着いてカミナさんと話せないだろうか…

 

……いや、俺が女装している時はカミナさん、比較的落ち着いているか……いや……でもな……

 

「何呆けてるんですか?神沢先輩」

「呆けてないっての」

 

 

いつの間にかファイトが終わったようで冥加マコトがベンチの前に立っていた。

 

……ちなみにマリはブランコに乗っている。

 

 

そんなマリを見て冥加が呟く。

 

 

「マリさんって凄い…あの年でブランコ乗るのって勇気いりますよね」

 

「あの年で……ねぇ、あいつ小学生だけどな」

「え"!?」

 

 

身長164センチの上にスタイルも雰囲気も小学生とは思えないものがある。体重は他の小学生と大差無いのが不安になる所だ。

 

はっきりいってチビである俺と兄さんは羨ましいと思っているが、あいつはあいつで自分の身長について悩んでいる……

 

 

「きゃっほーーー!!!」

 

 

……と思いたい。

 

 

 

冥加が呆然とした表情でマリのことを見つめる。

 

「小学生……!?」

 

「私も最初にあった時は驚いたよ、凄い綺麗だよね」

 

 

カミナさんの言葉を聞いているのか、いないのか。冥加はさっきから自分の胸元をさすっていた。ストンストンと効果音がしそうだ。

 

 

「今年には冥加の後輩になるんじゃないか?」

 

「……いや、神沢先輩達の後輩でもあるでしょう」

 

我に返ったのか、冷静な口調で冥加は俺に言い返す。

そしてベンチの…カミナさんの隣に座った。

 

 

「そう言えば…今更だけど冥加さんもヴァンガードをやっているんだね」

 

「止めていたんじゃ無かったのか?」

 

 

ビフレストCSで冥加にあった時も彼女はデッキを持っていなかった。今持っているのはあの時貰ったデッキを改造したものに見えるが…今はヴァンガードをやっているということか?

 

 

 

「……まぁ…何となく復帰……ってところですよ」

「復帰?」「……」

 

 

彼女の表情から若干明るい色が消え、その目はどこか遠くを見つめていた。

 

彼女はゆっくりと口を開く。

 

「……この北宮って前はもっと荒れてましたよね」

 

「…そうなの?」

 

彼女の問いかけにカミナさんがハテナマークを浮かべる。俺やカミナさんが今の中学に上がった頃は既に町全体が落ち着いていた…その上、俺の通っていた小学校やカミナさんの通っていたらしい小学校はどちらも今の中学から離れた場所にあったため“当時の惨状”は風の噂でしか知らなかった。

 

 

……もっとも、俺の場合は“兄さん”のことで多少察しはついていた……が、な。

 

 

「ええ…ボクがここに転校したのは小学校5年生の時でした。北宮中央小…今の北宮中のすぐ近くですね」

 

「……」「……」

 

 

「そこで初めて出来た友達が、ボクにヴァンガードを教えてくれた…デッキをくれたんです」

 

「いい友達だね」

 

「…いい友達でした」

 

 

少しずつ空気が沈んでいく中、マリの楽しそうなはしゃぎ声だけが公園に響く。

 

 

「……冥加」

 

「まぁその後色々あってその子は転校して、ボクもヴァンガードを出来るモチベーションじゃなかったんですよ…それだけです」

 

「……冥加さん…」「……その頃のデッキ……今はどうしてるんだ?」

 

 

「……親指立てて、溶鉱炉に沈んで行きましたよ」

 

 

その表情はとてもじゃないが……冗談を言ってる顔では無かった。

 

 

「……何か溜め込んでるなら…聞いてやる、俺はお前の先輩だからな」

 

 

最初はただの嫌みな後輩でしか無かったが、今は同じヴァンガードファイター…ライバルだ。多少でも力になってやりたい。

 

 

「私だって先輩だよ、ラシン君、冥加さん」

 

 

カミナさんが俺と冥加の手を取る…全く貴女は天使だな。もう。

 

 

 

 

 

「……先輩方」

 

 

 

 

話なんて…いくらでも聞いてやる。

 

 

 

 

 

 

「……別に二人きりでイチャついて貰っても構わないんですよ?」

 

「い、イチャ……///」

 

「お前は……」

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

北宮の人気の無い公園に私たちはいた。そして、ボクは神沢先輩達に懐かしい話をしている。

 

もう随分と前の話。その顛末。

 

 

 

それはイジメよりもずっと厄介な支配構造だった。

 

 

ーーシャドウブレイズ・ドラゴンのリミットブレイク……ドラゴニック・ヴァニッシャーとステルス・ファイターを退却……お前は終わりだぁ!!ーー

 

 

カードゲームを使った階級制等と言う馬鹿げた制度が実現していたなんて…今でも信じられない。

 

だけどその制度が根本の原因になってあの子は姿を消した。

 

だからボクはあの子のために戦わなければならないと思ったんだ。あの子から貰ったデッキで。相棒の決闘竜ZANBAKUで。

 

 

1年…あの制度を作り上げたガキを黙らせるのにはそれだけの時間がかかってしまった。

 

あの特徴的な髪色の少年と最後に戦った時のことは鮮明に覚えている。

 

 

ーーもうあなたがいくら金を出そうと暴力を振るおうと…誰もあなたに従うことは無い!!ボクの勝ちだ!!ーー

 

ーーてめぇごときが…俺のシャドウブレイズに攻撃すんじゃねぇ!!!てめぇは…てめぇは何で俺の邪魔をする…俺を脅かす!?答えろよ!!ーー

 

ーーボクがあなたの邪魔…?違う、あなたが……皆の邪魔をしているんだっ!!!ーー

 

 

地面の間隔を失う足、ボクの首を締め付ける腕、ボクの頬を切り裂くシャドウブレイズのカード。

 

 

不意に肌の焼ける匂いがした。

 

 

 

そして……

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

「…で、その後色々あって…黒服の変な人たちが大勢押し掛けて事態は諸々鎮静化、今に至る訳です」

「…お前、絶対に大事な所を話してないだろう…急に話してみろってのも無理があったけどな」

 

「…………神沢先輩達は悪くないですよ」

 

 

後輩の相談に乗るのが先輩として大切だと思ったんだがな。やっぱりこういう役割は俺よりも兄さんの方が上手いようだ。

 

「あの…その……その少年はどうなったの?」

 

「あー…いつの間にか居なくなってました…噂じゃ親が仕事で問題起こして、借金だらけになって海外に逃げたとか」

 

「根も葉も無さそうな噂だな」

 

 

そうして、冥加はベンチから立ち上がると体を伸ばした。思えばここに来てから結構時間が経っていた。

 

 

「つまんない話になっちゃいましたね」

 

「ううん、冥加さんのこと知れて嬉しかったよ?」

 

「俺もカミナさんと同感だ」

 

「………先輩方…」

 

 

冥加は少し照れ臭そうに、笑った。

 

 

特に部活に入っている訳でも無い俺にとっては唯一の後輩、冥加マコト。精々可愛がってやろうじゃないか。

 

 

「ん?」

 

ここで俺はふと…今まで気にしてなかったことが気になった。

 

そもそも俺はいつ、冥加と知り合ったんだ?

 

確か……向こうから話しかけられた……よな…

 

 

 

「なあ」「何ですか?神沢先輩」

 

 

俺はその疑問を直接ぶつけてみた。

 

 

 

「冥加…お前、どうして俺のことを知っていたんだ」

 

「え?むしろ北宮中で神沢ラシン先輩のことを知らない人なんていませんよ?」

 

 

……どういうことだそれは。

 

 

「学年トップで金髪でボッチで低身長童顔の男の娘なんて噂にならない方が可笑しいです」

「いや待て最後の、待て!」

 

「女装したラシン君可愛すぎるからなぁ///」

 

「カミナさん!!」

俺の学校での立ち位置って…今更ながらどうなってるんだ!?

……もし冥加の言ってることが本当ならこれ…修復不可能だろ……

 

 

「……何でお前は俺に話しかけたんだ…?」

 

「体育祭で学校中が盛り上がってるのに、体育館の隅で鶴を折ってるなんて惨め過ぎて見てられませんでしたから(笑)」

 

「なっ……!!??」

 

確かにあの時はそうして暇を潰していたが、惨めと言われる筋合いは無いぞ!!

 

「あの姿は最早老後ですよ…先輩将来のこととか考えてます?来年受験ですよね?」

 

「……う、うるさい…」

数時間前にマリと神社に行った時、同じことを自分でも考えはしたが……人に言われるのは……

 

 

 

「来年受験だとしてお前に心配される覚えは無い」

 

「いやいや、ボク、先輩に話聞いてもらった恩返ししないと」

 

「お前、俺をからかうの絶対楽しんでるだろ」

 

 

俺をからかう時のこのテンション…どこかで感じたことがあると思ったら…こいつ、兄さんと同じテンションで俺をおちょくってくる。

 

 

「ビジョンなくしてなんの青春、なんの人生だ…って金八先生も言ってましたからね?」

 

「お前…そういう格言好きだよな……」

 

 

 

一番最初に話したときも小難しいことを言っていたなと、俺は思い出す。

 

そんな時、何を思ったのかカミナさんが口を開いた。

 

 

「わ、わ、私の将来の夢は…ら、ラシン君のおお、おおよ、め、およめ、め、」

 

「ほら!!佐伯先輩だってこんな微笑ましいドキドキ夢色の将来設計をしてるのに神沢先輩は!!」

 

「お前さりげなくカミナさんバカにしてないか?」

 

「マリはお花屋さんになる!!」

 

「ほーらーーー!!!皆夢で一杯ですよ!!!神沢先輩!!!」

 

「……うるさい」

 

 

 

 

 

まだ中学生の俺たちに将来のことなんて分からない。

 

だけど。

 

少なくとも。

 

 

今、側にいる友人達と…ずっと付き合っていけるなら、それはとても素敵なことなんだろう。

 

 

一人では暗く見えない道も二人、三人と集まることで歩いていける。

 

 

 

 

俺たちは…少しずつ未来へと歩んでいくんだ。

 



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080 可憐で華麗な少女達

吹き付ける雪混じりの風。

 

街全体は白く彩られており、その街を歩く人達もまた、マフラーや手袋を身に付け、とても暖かそうだ。

 

街の地下に広がる歩行空間を抜け、二人の女性が地上に出る。

 

一人は茶髪にウェーブのかかった髪が、もう一人は鈴のついた髪飾りが特徴的だ。

 

 

ここは北海道。札幌市中央区…大通。

 

 

「んー久し振りだなー…北海道も…私たちが暮らしていた時より雪減ってるみたいだ…」

 

「そうやんな~これも地球温暖化の影響かもしれへんねぇ」

 

 

 

天海レイナと千楼寺カレンの二人は…北海道にやって来ていた。

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

雪の薄く積もった道を大勢の人が行き交っている。

 

私とカレンはその人だかりを掻き分けて、先へと進んでいた。

 

 

私の名前は天海レイナ。大阪在住の高校2年生だ。

 

もっとも、小学校低学年までは東京住まいだったし、大阪に来るまでも親の仕事の都合で各地を転々としていたから関西人では無い。

 

関西人という魅力的な響き…体現したいんだけどなかなか難しい。

 

 

「で、その人とはどこで待ち合わせなの?」

 

「確か…あのビルの三階ちゃうかな?」

 

隣にいるほんわか雰囲気の子は千楼寺カレン…小学校の頃からの私の幼馴染みだ。彼女の家も引っ越しが多く、私たちが今の年齢になるまでに4回同じクラスになっている。それもそれぞれ別の県での話といえば驚いてもらえるだろう。

 

さすがにそれほどの数会っていれば印象にも残るし仲良くもなれる。

 

……趣味も似ていたし。

 

 

 

「……あー、このハンバーガーショップの隣か?」

「ちゃうちゃう、更にその隣やない?」

 

 

今、私達は北海道の札幌という街に旅行に来ている。

これには色々理由があるのだが…一番大きな理由はある人物との待ち合わせだった。

 

カレンの友達というその人と、私は、ある物を交換するために待ち合わせている。

 

 

「レイナちゃん!レイナちゃん!見て!!このビル、メイトと、らしんと、げーまーずと、メロンが中にある上に隣にとらまであるやん!!」

 

「うわ…凄いな……カードショップも入ってるのか」

 

 

 

私達は大きなスーツケースを引っ張って、その建物の中に入っていった。

 

狭い入口を、人混みを掻き分け進む。

 

そして、入口直ぐのエレベーターへと乗り込んだ。

 

ブーーーー‼ガシャン‼

 

 

……エレベーターの扉が開いてから、閉まるまでのスピードが異様に早くないか?これ。

 

「怖いなぁ、これ」

 

「ああ、まるで稼働から30年経っているかのようだな」

 

 

私が古びたボタンを押すと、エレベーターは上へと動き出した。待ち合わせはここの三階だ。

 

エレベーターの中で私はカレンに尋ねる。

 

 

「その…今回会う人ってどんな人なんだ?」

 

「んー?いい人やよ?」

 

「いや……そうじゃなくてさ……」

 

 

そうこう言っている間に三階に到着する。勢いよく開いたエレベーターのドアから私たちは勢いよく飛び出す。

 

ブーーーー‼ガシャン‼

 

 

本当に、このエレベーター…閉まるの早い上に殺意を感じるような扉の閉め方をしてくるな……

 

 

「……えっと…確か……アルテアの仮面を被っ…あ、居た」

 

 

黒いコートに銀のマスクを被った不審者もとい、待ち合わせの相手はそこに居た。

恐る恐る話しかける。

 

 

「……あの…sikiさん……ですか?」

 

「!!」

 

 

銀仮面の人は驚いたようにこちらを見ると、私たちのことをしばらく見つめた。

 

 

「…カレン!…と、その友達の…amamiさん?」

 

 

 

思わず耳を疑う程、強く深みのある低音ボイス。

 

恐る恐る私たちにそう聞いてくる女性こそ…間違いなく私たちの待ち合わせ相手のようだ。

 

 

 

 

 

 

「シキちゃん久し振り~」「…は、初めまして」

 

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

私たちがいたビルのはす向かいの100円ショップ。

 

…その隣にあるエムドナルドバーガーに私たちは食事をするためにやって来ていた。

 

 

黒コートの女性も店内では銀の仮面を外している。

 

 

 

「改めて初めまして…アタイは」

 

「灰藤 志姫ちゃん!!超有名なコスプレイヤーさんや!!」

 

シキさんの自己紹介をカレンが奪う。シキさんは困ったような顔を浮かべた。

 

 

「灰藤志姫…カイトーシキ?…カイトシキ……?」

 

「それはヴァンガの櫂くんからとったハンドルネーム、アタイの本名は老月サキ…この近くの大学に通う一介の大学生さ」

 

「因みにシキちゃんのハンドルネームは本名とのアナグラムになってるんよ~」

 

 

 

……Kaito (u) Siki……Oituki Saki…なるほど。

 

 

 

「えっと…初めまして、私は天海レイナ…大阪在住の高校二年生です」

 

 

私はきちんと挨拶を返す。今日はこの人に会いに来たのだ。

「へぇ…Twitterの上だと大阪弁だったのに実際は標準語だ」

 

「……大阪で育った訳では無いので…」

 

 

相手が歳上や目上だと萎縮し過ぎてしてしまうのが私の悪い癖だ。緊張も残っているため言葉遣いも普段よりぎこちなくなってしまう。

 

 

「うちは千楼寺カレン…ってもう二人とも知っとるか~?」

 

私とシキさんの共通の友人。千楼寺カレン。

私と同じ高校二年生で特徴的な言葉遣いをする。確か小学生の頃に嵌まった漫画のキャラクターから影響を受けてしまったんだ。こいつ。

 

 

「じゃあ…早速…」

 

 

 

自己紹介を終え、私はここに来た本題に入る。

 

テーブルの上のポテトやドリンクを端に移し、私は鞄の中から例のブツを取り出した。

 

 

大きな箱が一つと、小さな箱が一つ。

 

中にはそれぞれ未開封のおもちゃが梱包されている。

 

 

 

「DX騎士凰牙と…限定品、アルテアの白いギアコマンダーです」

 

「……おお…」

 

 

私は梱包を解き、中身を確認して貰う。シキさんの瞳はキラキラと輝いていた。

 

 

この二つのおもちゃ。これらは今から十数年前のロボットアニメ“GEAR戦士 電童”の商品である。

私が持ってきた騎士凰牙とは、その“電童”に登場する主役ロボ“電童”のライバルであり番組のもう一つの顔と呼べるロボットであった。

 

番組中盤で味方となり、再び敵に回ったり、最終決戦でコクピットすれすれに敵の攻撃を受けながらも敵を粉砕する……等その活躍は語りきれない。

 

このDX騎士凰牙はそのロボットのおもちゃだ。電池によって体の各部が稼働する上になかなかフィギュアとしての再現度も高く素晴らしい物である。

 

 

そしてもう一つ、私が持ってきたこのホワイトカラーのギアコマンダー。

 

ギアコマンダーとは電童や凰牙を動かすために主人公達が使うデバイスだ。そしておもちゃのこれもDX騎士凰牙や電童のおもちゃと連動する。

 

もちろん普通に販売された訳だが、一般発売された青と黒のギアコマンダーと、この白いギアコマンダーは違う。

 

ライバルキャラであり凰牙のパイロットであるアルテアというキャラクターが使っていたギアコマンダーがこのホワイトカラーなのだが、これは一般発売されていない。

 

私の兄が何かの抽選で当てた限定品だ。

 

今ではほとんど流通していない。

 

「凄い…確かに本物だ」「凄いん?」

 

 

 

これらは仕事のために上京する兄が未開封のまま捨てようとしたのを私が貰ってきたのだ。

 

 

「なら…今度はアタイが天海さんにアレを渡す番ね」

 

 

シキさんが持っていた鞄からDX騎士凰牙と同じくらいの大きさの箱を取り出す。

それは……私が求めていたものだ。

 

 

「武装神姫第12弾 ヴァイオリン型 MMS 紗羅檀(しゃらたん)の未開封品…ご賞味あれ」

 

 

 

武装神姫…いわゆる可動アクションフィギュアのシリーズなんだけども、これに私は嵌まってしまったのだ。

 

体育座りをも可能にする幅広い可動領域。

 

自分では着ないような可愛い服を作り、着せ、写真を撮ることがヴァンガード以外の趣味になっている。

 

……が、私が嵌まった頃はまだバイトもしておらず、大きな金も無かったため、少しずつ発売されていくシリーズを指をくわえて見ているしか無かった。

 

ようやく自分のためのお金を手に入れ、購入しようとした時には武装神姫というブランドは半凍結状態。供給の無くなった神姫達はぐぐーんと値段を上げていったのだ。

 

結局私は辛うじてストラーフmk2という神姫を手に入れたものの、それ以外の欲しい神姫には手が出せなかった。

 

その筆頭がこの神姫、紗羅檀(しゃらたん)だ。

 

 

「おおお…本物だ……新品だ……」

 

 

今の時代、こんな状態の良い紗羅檀(しゃらたん)を手に入れようとしたら3、4万は飛びそうだ。

 

「……これで神姫同士の絡みが撮れる」

 

「アタイと天海さん…これで契約成立かな?」

 

「…うん、ありがとう」

 

 

互いに目的の物を手にした私とシキさんは握手を交わす。これでここまで来た甲斐があったというものだ。

 

 

「ところで前、シキさんのTwitterでこの近くに定価のアーンヴァルmk2 テンペスタが置かれている店があるとか無いとか……?」

 

「お、聞きたいかい?」

 

「それも目的ですから」

 

私とシキさんの話が盛り上がる。その様子をカレンは楽しそうに見つめていた。

 

 

「二人とも仲良くなっとくれて、うちはにこにこや」

 

そう言ってカレンはポテトを頬張る。

 

 

 

「……ところでカレンとシキさんはどこで知り合ったのさ?」

 

「あーそれな~…確か一昨年のヴァンガのオンリーイベントで会ったんよ~」

 

「へぇ…」

 

「あの時は…アタイ、Я櫂くんのコスだったけなぁ」

 

 

シキさんは微笑みながらその時のことを思い出している。

 

 

「確かカレンとはファイトスペースで仲良くなったんだっけ…その前にアタイのところのに写真撮りに来てたんな?」

 

「そうそう~あんまりにも格好良くてな~ついつい沢山話してもうたんや~」

 

そうして仲良くなった……ってことなんだ。

「それにしてもコスプレか…」

 

「お、天海さん興味あるかい?」「レイナちゃんのコスプレ見たいわ~、ういんがるとか」

 

「それ犬じゃん!?」

 

「そこはなんでやねんって返さなあかんよ~」

 

 

話も盛り上がり、私もシキさんと話すことに慣れてきた。そこで色々と聞いてみることにした。

 

 

「シキさんは…さっきファイトスペースでカレンと話したって言いましたけど…もしかしてヴァンガード、カードの方もやってる口ですか」

 

「勿論!…そしてアタイは当然天海さんのことも知ってるよ?前回のVCGP準優勝者さんでしょ」

 

「はは…バレてましたか……」

 

「レイナちゃん有名人やなぁ」

 

 

話を聞くにスターゲートのデッキをよく使うらしい。

 

「スターゲート…リンクジョーカーとか…?」

 

「そうそう、後最近はノヴァも使うかな?カムイ君格好良いしね」

 

ノヴァグラップラーか…アクフォ使いの私としてはリンクを使われるよりマシだな……

 

 

「アタイの相方はよくアクフォ…ってかメガラニカを使ってるから、天海さんと会ったって話したら羨ましがりそうだ」

 

「アクフォ!!」

 

こんなところにアクフォ使い、嬉しくなっちゃうね。けど相方って……?

 

 

「ああ…いつもコスプレ本を出すときの撮影係というかアタイのサークルのリーダーというか…」

 

「シキちゃんの彼氏やね!!」

 

「リア充だ!!」

 

 

リア充大学生…リア充大学生か。いいな。

 

 

「あはは…イケメンじゃないし、変態だけどね…っと?」

 

プルルルルルルル

 

「どうやらその彼氏から電話のようだ、ちょっとごめんね」

 

噂をすればなんとやら、その彼氏さんのお声…聞こえるかもしれない。

 

 

「おー、センどうしたん?」

 

『幼女拾った、やばい』

 

「出頭してきな、じゃあね」

 

会話の時間、およそ10秒…これはメール、というかLINEで済ませればいい話では…?

 

「……っていうか幼女て」

 

「言ったでしょ?変態って…あいつロリショタ大好きなんだよね」

「台詞が完全に危険人物でしたけど……」

 

「まあアタイもロリショタ大好きだから、あんまりあの話掘り下げると連れて帰って来いとか言いかねないからさ」

 

「危険人物じゃないですか……」

 

「二人ともロリの成長に快感を見出だしてるんよね~?」

 

「“幼女の成長こそ至高”さ」

 

「危険人物だ…」

 

 

早くこの話題は切り上げた方が良さそうだ。いやもう遅いか?…とにかく私はカレンに話題を変えるようアイコンタクトを送る。

 

「…!…!」「……?」「……!」「……!!」

 

果たして伝わっただろうか。

 

 

「そう言えばシキちゃん他にも趣味あったなぁ…ほら、あの変な奴」

 

「変て…その言い方は酷いな」

 

 

伝わったようだけど…変な趣味って…もしかしてさっきの話題以上の地雷じゃ…無いよな?

 

 

「ただの宇宙オタクってだけだよ」

 

「宇宙?」

 

これはまた以外な話が始まりそうだ。

 

 

「謎だらけで面白いなって、にわかながらに色々調べたりしてるんだ」

 

「へぇ…あ、そう言えば4年くらい前にイギリスでしたっけ……隕石が落ちましたよね」

 

 

私たちが中一の頃だ。確かどこから飛んできたのか全くわからないとか言ってテレビや学者?が騒いでいた気がする。

 

他にも隕石の調査中に日本人の学者が遭難したとか…

 

 

「そうそう、私、イギリスまで見に行ったんだよ」

 

「え、見れるんですか?」「へぇ、見れるんや?」

 

「見れなかったんだよ…」

 

シキさんは鞄からペンダントを取り出す。

 

「収穫は変な露店商に高値で買わされたこのペンダントだけ、隕石の破片で作ったとか言ってたけど本当かどうか……」

 

 

そのペンダントの模様はどこか…ヴァンガードのクリティカルアイコンを思い出させる風貌をしている。……どこかでこれに似たものを見た気がするけど思い出せない。

 

 

「結局あの隕石はほんまに隕石だったんやろうか?人工衛星かなんかやないの?」

 

「隕石だったみたいだね…アタイもちゃんと確認できた訳じゃないけどさ……8年前にも同じような隕石が落ちたこと、知ってる?」

 

 

 

8年前といえばまだ私たちは小学3年生だ。全然覚えていない。

 

 

「この日本にさ、未知の鉱物を含んだ隕石が落下したんだ……確か富士山の樹海だったかな…何故かあまりニュースにならなかったけど、4年前のイギリスの隕石の調査に日本の調査団が送られたのも8年前の日本の隕石とイギリスの隕石に関連性が見られたからなんだ」

 

 

「8年前の隕石…8年前なんてずっと昔やな……」

 

「…っていうか…未知の鉱物って……?」

 

シキさんは残念そうに首を横に振る。

 

 

 

「アタイにもわからない、全然情報が来ないからな」

 

 

単に何も分かってないのか、それとも何か隠しているのかも…ね、とシキさんは付け加えた。

 

 

「なら宇宙人とかほんまは来とるかもしれんなぁ」

「それは無いんじゃない?」

 

「夢が無いなぁレイナちゃんは…美人の宇宙人とかめっちゃ会いたいやん」

 

「美人かつ幼女なら最高なんだけどな」

 

話がずれ始めている…というかそもそも何の話していたんだっけか。

 

「ともあれ宇宙ってのはわかんないことだらけで妄想し放題ってことだ」

 

「さらっと纏めた上に、色々と台無しにしますねその言葉」

 

「いや、それが宇宙の魅力、そして幼児の魅力だ」

 

「最後の一言が酷いですね…」

 

 

シキさんは今までテーブルに置いていたペンダントを鞄へとしまう。私は未だにそのペンダントをどこで見たのか思い出そうとしていた。

 

 

「そんなことより、皆でカラオケ行かへん?シキちゃんの歌聞きたいわぁ~」

 

「いいな、アタイの“OvertheRainbow”聞かせてやるよ」

 

「あー…あれな?“誰かに伝えたい気持ち~差し伸べた手~”」

 

「そうそう“見上げた空に架かる、虹を抱きしめ想い重ねて~”ってね」

 

 

そんな会話をしながらシキさんとカレンが食べ終わったポテトやドリンクのコップを片付けていく。

そしてシキさんがDX騎士凰牙とギアコマンダーを自分の鞄へとしまうのを見て、私も紗羅檀(しゃらたん)に傷がつかないよう、慎重に鞄へとしまった。

 

……あのペンダント。私はどこかで同じものを見ている。

 

どこだ?学校?家?カードショップ?書店?ドールショップ?

 

……違う、もっと特別な、印象に残る出来事……最近で言うと……ビフレストCS……!?

 

 

「……!?そうか……深見ヒカリさんか……」

 

 

ベルダンディの二つ名を持つ幻のヴァンガードファイターの一人、深見ヒカリさん。

 

私が彼女と初めて会ったあのビフレストCSで同じものを着けていたんだ。

 

 

「カードファイトに役立つパワーストーンみたいなものなのか……?」

 

オタク趣味に走っているが故に最近の女子のトレンドがわからない。

そうこう考えているうちにシキさんとカレンが店を出ていってしまう。

 

 

 

 

「ま、二人とも!!待ってって!!」

 

 

 

私は店を出て、雪の降る道を二人といっしょに歩き出す。

 

 

 

 

「4年前と8年前に落ちた隕石と言えばこんな話もあるんだ…」

 

「?」

 

 

不意にシキさんが話を始める。

 

 

「あれらの隕石の調査に携わった人間の中には三日月グループの研究者もいて…後にヴァンガードを産み出した人間がいた……っていう噂があるのさ」

 

 

 

「え…ヴァンガードって…カードゲームの方の?」

「驚きやんなぁ」

 

 

 

 

「そうだよ、…まあもっとも、その人はもうカード開発からは遠ざかって、今はギアースの開発に携わっている……らしいけどね」

 

 

 

 



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081 渦が逆巻くように変態は踊る

どこかの街、どこかのカードショップ。

 

そこに一人の男が現れた。

 

その男の髪は天へ向かって真っ直ぐ伸び、その足はもう一人の男によって支えられており地に着くことは無かった。

 

男が大海に響き渡るような大声で幼い少年に話しかける。

 

 

「おいっ!!そこな少年よぉぉ!!」

 

「ひっ??」

 

「このウイングエッジ・パンサー4枚とお前のグレートダイアース4枚……この俺がっ!!何と今だけ!!交換してやろうではないかっ!!!!!」

 

 

男は自慢するようにシャドウパラディンのFVを少年に見せつける。

 

「……嫌だ」

 

「お前に拒否権は無いなぁ?」

 

「だって、そんなカードいらないもん!!」

 

「馬鹿者がぁぁぁぉっ!!!この世に価値の無い物など存在しぬわぁぁぁぁぁいいいい!!!こいつを見てみろよぉっ!?ソウルに入れるだけで……パワー+3000だぞ!?3000!?3000!!馬鹿にするのか?だったらファイトするか?お前のカードのパワー全てパワーマイナス3000って条件でファイトするか??しないだろ!?だったらこのカードをお前のグレートダイアース4枚とさっさと交換するんだなぁぁぁ!!」

 

少年は泣き出し、ショップの店員が警察に連絡を入れる。

 

 

「ちぃ…また来る!!」

 

 

男の足下にいる人間が高速で這いずり始める。それに伴い上に乗る男は移動を始める。

 

男は高笑いをあげながらそのショップを去っていくのであった。

 

 

近くの公園で男は次のターゲットを探す。

 

そして男は見つけた、こちらに向かって走ってくる一人の幼女を。

 

 

「おいっ!!!そこの幼j「やっと見つけた…!!」

 

 

その幼女…いや少女は男のことを知っていた。

 

 

「何だ…お前……?」

 

「貴方のような悪い人は!!アタシが懲らしめますよ!!」

 

 

男は唐突にその幼女のことを思い出した。忘れはしない去年の6月。いつものように有給を取りカードショップで良心に満ち溢れたトレードをしていたところ、礼儀をわきまえない男女共にトレードを邪魔されたのだ。男はすっかり忘れていた。この屈辱、今日まで忘れたことはない。今、思い出した。

 

「お前……そうかわざわざ俺のところまでトレードしに来てくれたのだなぁぁぁ!?」

 

その幼女はその6月のショップでトレードし損ねた相手だったのだ。

 

 

「違うよ!!誰かを泣かせる変態さんは、アタシが懲らしめるんです!!」

 

「ほぉぉぉぉぉぉう!?小娘がぁ?この正義の体現者、天地海人を懲らしめるぅ??」

 

「そうですよ!!アタシとヴァンガードファイトしなさい!!勝ったらもうこんなことしないで!?」

 

幼女が雄々しく叫ぶ。なるほど、そんな非道なことを言うかこの小娘。

 

「ならばっ!!俺が勝ったときは!!おとなしくお前のカードを譲って貰うぞぉぉぉぉっ!!」

 

「う……うん」

 

 

 

公園のテーブルに二つのデッキが置かれる。

 

 

幼女と変態の対決が、今、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

ベリベリコールドな風が吹く、冬の街。

 

 

僕は一人、そんな風のように旅をしていた。

 

 

 

 

風にのって、ソーバット…耳障りな声が聞こえてくる。

 

 

「おぅらぁぁぁ!!!マイ・ジャスティス・アルティメット・ハイパーっ…完全ガーーーーーードっ!!!」

 

そして…天使の涙ボイスが……

 

 

「う…まだ、まだだもん…ドライブチェック…」

 

 

僕はその公園の中へと入っていく、一人の天使のような幼女と醜いタンクトップ姿で奇抜な髪型の男がカードファイトをしていた。

正直、この時点で警察を呼んでいい気がする。

 

 

「どうしたぁぁ?そぉぉのぉぉぉ程度かぁぁぁ??」

 

「ルゴスくん、ベリトくん、ダークボンドちゃんを退却!!スペリオルペルソナライド!!撃退者 レイジングフォーム・ドラゴン!!…そしてマスカレードくんのブーストしたマーハちゃんでアタック!!スキル発動だよ!!」

 

 

その可愛らしい天使…少女はレイジングフォームのスキルを使用し、再ライドを行うと“闇夜の乙女 マーハ”のスキルを発動。山札から撃退者 ダークボンド・トランペッターを、そしてそのスキルでドロートリガーである氷結の撃退者をスペリオルコールした。

 

マーハのアタックは相手の男にガードされる。

 

 

「もう一度レイジングフォームくんでアタック!!」

 

「無駄ぁ無駄ぁ、大無駄よぉ!!完っ!全っ!ガーーーーーードォォ!!」

 

「うー…ドライブチェック……」

少女の手にクリティカルトリガーが舞い降りるものの、そのパワーを受け継げるユニットは存在しない。

 

「まだ…まだだよ!!あのお姉さんから貰ったレイジングフォームくんはまだ終わらないんだから!!ダークボンドちゃん、マスカレードくん、氷結くんを退却!!お願い…助けて!!スペリオルペルソナライド!!レイジングフォームくん!!アタック!!」

 

 

「ぶるううううぅぅぅわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!かぁぁんぜぇぇん…がぁぁぁぁぁぁど!!」

 

少女は三回目のドライブチェックを行うもののトリガーは出ない。

 

「う……うう……ター「俺のぉぉぉぉぉぉぉぉファイっナルっターーーーーーーーーーーーーンっ!!」

 

 

男の汚いシャウトが公園中に響く。僕の眼鏡にひびが入りそうだ。

 

僕はそれを黙ってウォッチするしかない。一度始まってしまったファイトに水を差すことはヴァンガードファイターとして恥ずべきことだからだ。

 

……本当なら今すぐにあの少女の視界から、あの男をデリートしたいが。

 

 

「ジェネレェショオンゾーーン!!解放っ!!我が正義を体現せし勇者よぉぉ!!悪逆非道の精神で我が前に立つ者達に裁きを与えよぉ!!!いざ!!ストライドぉぅ…ジェネッレェェェェェーーーーショォォォオオオオオオン!!!!!」

 

 

……Gゾーンの表のカードは現時点でダイアースが4枚のエクスタイガーが2枚で合計6枚…そして汚い男が繰り出したユニットは……

 

 

 

「超宇宙勇機 エクスぅ…ka…ごほん、エクスぅ…タぁぁぁイガぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」

 

「……うぅ」

 

「幼女よぉぉぉ!!この俺の趣味である鯖トレを邪魔する等と言う非道な事はこのエクスタイガーが許さんっ!!」

 

 

男はダイジェット、ダイシュート等のスキルを発動させていく、ハーツに“究極次元ロボ グレートダイカイザー”を持つエクスタイガーは瞬く間にそのパワーを上げていった。

 

更にアタック時、エクスタイガーのスキルによってそのパワーは止まるところをドントノウ。

 

 

「26000+4000+4000+4000+28000イコォォォるぅ!!パワー66000!!クリティカル2ぃぃぃ!!アタァァァっクゥゥゥ!!!!」

 

「……あ、あの、か、かか完全ガードで止まりますか?」

 

「止まるわけないだろ」

 

 

待て、あの男さらっと嘘をついたぞ。幼女相手に嘘をつくなんてなんてクレイジーな男だ。

 

そろそろ黙っていられない。

 

 

僕が駆けつけると、少女は泣きそうな顔でレイジングフォーム・ドラゴンを差し出す。

 

少女のダメージゾーンにはカードが10枚程並んでいた。相手の男はどうやらトリプルクリティカルを出した上にそれをわざわざ全てダメージゾーンに並べさせたのか。なんて醜い男。

 

 

「レイジングフォームぅぅぅ?SPか…ふん、便所紙の代わりくらいにはなるか…」

 

「やめてっ!!」

 

「はっ…価値の無いカードに相応しい末路だ…」

 

「あなた…さっきは価値の無いカードなんて無いって……」

 

「んんーー?聞き違いじゃないかぁ?俺はぁ高ぁぁく売れそうなカードにしか興味は無い……じゃあな」

 

 

「待てっ!!」

 

僕は醜い男の前に立つ。そして睨み付ける。

 

 

「今度は何だぁ?」「…?」

 

 

僕は言い放つ。

 

 

「幼女を泣かす不届き者よ…この僕がお前を許さない……ファイトだ!!」

 

「泣かすぅ?…この小娘は泣いてなぞいないだろう?全ては合意、合法、合格なんだぞ、そこをどけぃ!!」

 

「どかん!!その娘の心の涙が見えないような醜い男よ…そのカード、返してもらう!!」

 

「ちっ…せっかくの勝利の余韻が台無しだ、いいぞ、捻り潰し、ぎったぎったのめためたにしてくれるぅぅぅ!!!!」

 

 

 

僕と男は公園のテーブルを挟んで向かい合う。ファイトテーブルはこのテーブルだ。

 

 

「…あの」「お兄さんに何かようかな?」

 

僕は眼鏡の位置を直しながら、エンジェル…女の子の目線に合わせ、しゃがむ。

 

 

「あの嫌な変態さん、懲らしめてくれる?」

 

「任せておきな!」

 

 

僕は女の子の頭をぽんぽんと撫でると、あのベリベリクレイジーな男に向き合った。

 

ファイトの準備は整っている。

 

 

「近くにギアースがあるのに何故使わない?」

 

「はっ、あのギアースとやら俺のジャスティスを理解していない…何度カードを読み込ませても…俺の使うユニットはどれも黒ずんで表示されるのだっ!!我慢ならん!!」

 

「ああ……」

 

 

やはりこいつはクレイジーだ。

 

 

 

「俺はぁぁぁ正義の体現者…天を裂き、地を産み、海を荒らす、この星そのもの!!!天地カイトだぁぁぁぁぁぁ!!!!これがお前を滅ぼす男の名だ、覚えておけぇ!!!」

 

 

 

そんなつもりは残念だが無い。

 

 

 

「僕は渦ヶ坂セン…この宇宙、全ての幼女のお父さんだ!!」

 

「(このおにーさんも結局変態か…)」

 

 

 

行くぞ…醜く汚い、嫌な男!!

 

 

「スタートっ!!マイっ!!ジャスティスっ!!」

「スタンドアップ!!ヴァンガード!!」

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

「は、はは、はははははははははははは!!!!お前の終わりが見えたぞぉぉぉ!!カイザードでアタック!!ゲットクリティカルぅぅぅ!!!」

 

 

3ターン目、僕はダメージに並ぶ3枚のカードを見つめる。食らいすぎたか。ディメンジョポリス相手にここまで食らってしまうともう後が無い……ヒールを狙いたいが……ディスティニーが僕に味方するかどうか…

 

「タァァァァァァンっ!!エンドぉ「僕のターン」

 

 

僕は男を無視し、ファイトを進める。

 

 

「連携ライド、シャイニースター コーラル…ソウルにフレッシュスター コーラルがいるからパワーは10000だ」

 

 

僕が使うクランはバミューダ△、グランブルー、アクアフォースの3つだ。

 

今回は…バミュのコーラル、マイフェイバリットデッキの一つだ。可愛い。特に幼女から始まるところが。

 

 

「そしてローヌ、ヤルムーク、G2コーラル、G1コーラルをコール」

 

 

2コーラル/2コーラル/ローヌ

ーーーー/1コーラル/ヤルムーク

 

「リアガードのコーラルでアタック!」

 

「んんー?ダイブレイブでガードだ」

 

 

今のところダメージは3vs1。だけど、このターンで確実に2点は入れられる。いや、入れていきたい。

 

 

「コーラルのブースト、コーラルでヴァンガードにアタック!!」

 

「ノーガードだ!!」

 

 

ドライブチェックはシャングリラスター コーラル。トリガーは無しだ。男のダメージゾーンに超次元 ロボダイカイザーが落ちる。

 

 

「コーラルのヒット時スキル発動!!前列と後列のユニットを一枚ずつバウンス!!今回はコーラルとコーラルだ!!そしてヤルムークは自身のスキルでパワー+6000!!」

 

 

「むう」

 

 

「ヤルムークのブーストしたローヌでヴァンガードにアタック!!パワー21000!!」

 

「……ノーガードだ」

 

 

男のダメージゾーンにはクリティカルトリガーが落とされた。

 

 

「Duoのエスペシャルカウンターブラスト!!ヤルムークを手札に戻し、山札からもう1枚ヤルムークを手札に…ターンエンドだ」

 

バミュは手札を攻撃にも防御にも使える。相手リアガードに全く干渉出来ないという弱点はあるが、それなりに強いクランだ。環境クラスにはなれないが…ね。

 

それって弱いってことじゃないかって?そんなこと言ったらどうにもなんないよ。使う側が諦めたら終わりじゃないか。

 

 

「はぁぁぁぁぁ!!!俺のっ!!タァァァァァァン、ライド!!超次元ロボっダイっ!カイっ!ザーぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

……うるさい。

 

男は続けてG2のダイジェット、G1のダイライオンをコールする。

 

 

「ダイシュートのブーストしたダイカイザーぁぁでアタックだぁぁぁぁぁぁパワー23000!!」

 

「…マディラ、メジェルダでガード…2枚貫通だ」

 

「ツインドライブ…ファースト、クリぃぃぃぃぃぃティカルぅぅぅぅ!!全てダイカイザーにぃぃ!!セカンド…ぉお!!クリぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃティカルぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!はぁぁぁぁぁぁっはっはっはっはっはっはぁぁぁぁぁぁ!!!終わりだなぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

ヴァンガードが僕の2枚貫通ガードを無理矢理突破してくる。信じられない。いや、信じたくない。しかもこれで僕はヒールトリガーを引けなければ敗北とまで来た。

 

 

「嘘だろ……?」

 

 

……僕はダメージチェックを始める。ダメージは3点…か。ちなみに今の僕のダメージも3点、あの男も3点。

 

「……ダメージチェック…ファースト、ヒールトリガー…ダメージを回復しパワーはヴァンガードに」

 

 

間一髪の所でヒールトリガーを引くことができた。心臓の鼓動がやばい、なんだこいつ、そもそも前のターンから数えて3連続でクリティカルトリガーを引くなんてなんて恐ろしく醜い男なんだ。クレイジー。

 

これはやはり保険をかけておく必要があるか。

 

 

「……セカンドチェック…アリア、トリガー無し、サードチェック……くっ…オーロラスター コーラルっぐ……ぐ、ぐぐわぁぁぁぁぁ!!??」

 

 

僕は手札を相手に見えないようにテーブルに置くと胸に手を当てて苦しんだフリをする。我ながらクレイジーウェイだ。

 

 

「ほう、余程イメージ力(笑)があるようだな貴様、このファイトで社会的に死に果てるといい!!!」

 

「ぐ、ぐ、ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

僕は奴の足元へ崩れ落ちる。その時に奴の土台を構成している男と目があってしまった。バッドな気分だ。

 

 

 

そして僕は“何事も無かったように立ち上がる”とファイトテーブルに戻る。

 

 

「リアガードでアタック、これで、とどめだぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「…シャイニースターコーラルとマディラでガードする!!」

 

 

ダメージは5点、だが手札に大きな損失は無い。

 

 

「ちぃぃぃぃ!!ターンエンドだ……」

 

「……僕のターン…連携ライド!!オーロラスター コーラル!!」

 

 

僕のヴァンガードを見て男が叫ぶ。

 

 

「いぃぃぃいぃぃぃのぉぉぉぉかぁぁぁぁぁ??お前の大好きな幼女が既に大人だぞぉぉぉ!?!?」

 

「…男、お前は何も分かっていない」

 

 

僕は冷静に手札を見つめながら。その愚かな言葉に返事をする。

 

 

「…幼女、いやロリショタの最も素晴らしい点は発達途上である点だ。ロリショタには無限大の未来が広がっている、それを見守り、育てることこそ至高。故にこのデッキ…コーラルの連携デッキこそ至高。最高のデッキだ……お前は僕を勘違いしている、僕は普通のロリコンじゃあない…僕は!!全ての幼女の!!お父さんなんだよっ!!!そんな僕に的外れな質問をするお前は!!ナンセンスだっ!!」

 

「………」「………」

 

 

何か凄い引かれている気がする。

 

 

「シャングリラスター コーラルで新たな世界の扉を開く……ストライド・オン・ステージ!!レインエレメント マデュー!!」

 

 

マデューのハーツであるオーロラスター コーラルは元々のパワーが10000…これを条件にマデューのスキルが発動する。僕はドロップゾーンからシャングリラスター コーラルを手札に加える。

更にリアガードに2体…G1のフレッシュスター コーラルをコールする。

 

 

「さあ…食らえよ!!変態!!」

 

「はっ!?変態は貴様だろぉぉぉぉぉぉがぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

お前が言うか。

 

マデューの攻撃はノーガード。こちらはクリティカルを1枚引き、男を5点まで追い詰める。(ちなみに残り2枚は守護者)

 

「コーラル、ローヌでアタッ「ダイウルフ、ダイライオンでがぁぁぁぁぁぁどぉぉぉ!!!そして俺のっファァァァァイナァァルっタァァァァァァァぁぁぁぁぁン!!!!」

 

「っ!!」

 

 

 

「ぶるぅぅぅぅぅぅぅぅぅえいくぅぅぅうっ!!!ラぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁイドぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!レギ!!オぉぉぉぉぉぉン!!!!!!!“真”!!究極!!次元!!双闘!!!グレぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇトぉぉぉぉぉぉ!!ダイっ!!カイっ!!!ザぁ(略)」

 

 

 

「うるさい…」「うるさい…」

 

 

 

しかし不味い、これは不味い。

 

 

 

 

「は、はは、ふはははははははははははは!!!残る二つのリアガードサークル!!一つはダイジェットをコールだぁ!!そしてもう一つはぁぁぁ?」

 

「……」

 

「コールぅぅぅ!!…コマンダぁぁぁぁぁぁ!!!ローぉぉぉぉぉぉぉぉぉレルぅぅぅぅぅぅう!!!」

 

「ちくしょう……」

 

 

やはり保険をかけておいて良かった。

 

 

「行くぞぉぉぉ?パワー34000クリティカル3のレギオぉぉぉンアタぁぁぁぁぁぁックぅぅぅう!!!」

 

「……アリアで完全ガード…×3だ!!」

 

 

僕は手札からコーラルを1枚、ヤルムークを2枚ドロップし、完全ガードを一気に3枚発動させる。何としてでもここで止めて、次のターン…アトモスを打ち込めれば…ワンチャン……!?

 

 

「ドラぁぁぁぁぁぁイブぅぅぅぅぅぅう!!チェぇぇぇぇぇックぅ!!!は、はは、ははは、はははははははははははは!!!究極次元ロボぉぉぉぉぉぉ!!!グレーーーーぇぇぇぇぇトぉぉぉぉぉぉダぁぁぁイユーぅぅぅぅぅぅシャぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」

 

 

ドライブチェックでグレード3が登場する。そして、それによってダイカイザーの恐怖のスキルが発動する。

 

 

「ダイカイザーのぶるぅぅぅぇいくライドスキル発動ぅぅぅぅ!!お前の完全ガードを消し炭にするぅぅぅぅ!!!」

 

 

僕はガーディアンサークルのアリアを1枚、ドロップゾーンへ送る。

 

 

 

「そして“真”!!グレートダイカイザーのスキルも発動ぅぅぅ!!!CB1!!お前のもう1枚の完全ガードにも消えて貰うぞぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 

僕のガーディアンサークルから更にもう1枚、アリアが消える。僕のガーディアンサークルのアリアは残り1枚になってしまった。

 

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!セっカぁぁぁぁぁぁンドぉチェーーーーぇぇぇぇぇックぅぅぅぅぅぅう!!!!!ぉぉぉ…おぉぉぉぉぉぉ…おおおおおおお!!真!!究極次元ロボっ!!グぅレーーーーぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇトぉぉ!!!ダぁイ!!カぁイ!!ザーぁぁぁぁぁぁ!!!ゲぇぇぇぇぇットぉぉぉぉぉぉ!!グレーぇぇぇぇぇドぉぉぉ3だぁぁぁぁぁぁ!!!ぶるぅぅぅぅぅぅぅえいくぅ、ラ(略)」

 

 

ダイカイザーのブレイクライドスキルによって、こちらの完全ガードは全て消えてしまった。

 

こちらのダメージは5点、奴のクリティカルは3。

 

終わったな。

 

僕の山札からヒールは出なかった。

 

 

「これが俺のぉぉぉ!!!実ぅぅぅぅぅぅ力ぅぅぅぅぅぅだぁぁぁぁぁぁ!!!!はぁぁぁぁぁぁっ!!はっはっはっはっはぁぁぁぁぁぁ!!!はぁぁぁぁぁぁはっはっはっはっはぁぁぁぁぁぁ!!!実に気持ち良かったぞぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

男は自身の勝利を確認すると、デッキを回収し、高笑いをあげながら公園から出ていった。

 

敗北した僕の後ろでは少女が僕を睨んでいる。

 

 

「……嘘つき、あの変態を懲らしめるって約束してくれたのに…」

 

「ははは…まあファイトには負けちゃったけどね」

 

 

 

面目ない、情けない。だけど、最低限のことはした。僕は彼女に“あのカード”を渡す。

 

 

「これで……許してくれないかな?お嬢さん」

 

「これ……アタシの!!」

 

それはあの男がこの少女から取り上げていたカード“撃退者 レイジングフォーム・ドラゴン”だ。実はファイトの途中でこっそり取り返しておいていた。

 

あの男も自分が奪ったカードが突然消えていれば、多少は面食らうのでは……どうだろうか。

 

 

「……」

 

 

少女はそのSP使用のレイジングフォームを大切そうに抱える。

 

 

「どうかな?」

 

「……ありがとぅ」

 

少女は嬉しそうに微笑む、うん、この笑顔があれば僕は三日三晩何も食べなくても生きていける。

 

 

「お礼にアタシもおにーさんにイイコトしてあげる」

 

「え?」

 

少女は僕の手を取る。

 

 

 

「おにーさん、アタシについてきて!!」

 

 

涙が出そうだ。少女が僕を引っ張っていく。

 

 

「ほら!ついて来て!!」

 

 

 

至福の時とはこういう瞬間のことなのだろうか。日頃の行いが良かったから、神様が僕に幼女を授けてくださったのか。いや、これは僕が関わっていった、僕が拾った幼女だ。

 

僕は拾った。幼女を拾ったんだ。

 

ついつい呼吸が荒くなる。眼鏡も曇る。

僕は彼女の小さな手の温もりを感じながら、空いた方の手で携帯を取り出す。

 

電話をかける。その相手は僕の最大の理解者。

 

プルルルルルル…

 

 

『おー、センどうしたん?』

 

「幼女拾った、やばい」

 

『出頭してきな、じゃあね』

 

 

 

プッ…ツーツーツー……

 

 

 

いや……いやいやいや。ねえ。

そんな…冷めるようなことを言われても…ねえ。

 

…………。

 

 

 

少女は僕を連れていく、その先には交番がある。

 

 

 

 

…………。

 

 

 

少女は僕を連行する。そう、交番に。

 

 

 

…………ん?

 

 

 

少女が僕の方を見て言う。

 

 

 

「おにーさんはアタシを助けてくれた良い人だと思うの、だけどね、時々アタシを見る目がね、怖いの、はぁはぁ言ってるのもね、怖いの」

 

 

「………」

 

「だからね、ここで“かいしん”したらね、一緒に遊んであげる!!またね!!」

 

 

「え?……ちょ……」

 

 

「じゃあね!!」

 

 

 

少女がてけてけと、あっという間に遠くへ行ってしまう。

 

 

あれ…………?

 

 

 

 

 

……僕は渦ヶ坂セン、全てのロリ、ショタのお父さんだ。だけど今はただの屍だ。

 

 

 

 

数十分の間、交番の前で魂が抜けたように立っていた僕。……警官に職質されるのも時間の問題であった。

 

 

 



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082 琥珀は曇り、霧は満

大変遅くなり申し訳無いです…

これからも更新が遅くなることはあるかも知れませんが少なくとも一ヶ月以上放置することはしませんので、これからもお願いします!!

個人回ももうすぐ終了、天乃原さんの話と覇道竜星の話をしながらカグヤさんとゼラフィーネの話をしたならVCGP予選の始まりです!!

落書きですが、最近出番の無いうちの主人公も置いておきます。今までと少し違う気がするのは私が下手だからということにしておいてください。


【挿絵表示】


それではここから本編になります。


僕は曇り空を無心に眺めていた。

 

弟達が初詣に行くと家を出ていって3時間。

 

家の中には僕しかいなかった。

 

 

 

「……疲れたな、そろそろ気晴らしにでも出るべきかな……?」

 

 

しばらく考えた後に僕は荷物をまとめ、戸締まりを確認し、家を出た。家の中には弟達に宛てた手紙も置いておいた。

 

遠くまで出掛けようという訳では無い。

 

ただ少し…気晴らしに……

 

 

僕、神沢コハクは外の世界へと歩みだした。

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

僕の暮らす北宮から電車に乗って、僕は大智という街へ向かった。

 

特にこれといった用事は無いが、様々な施設のあるこの街は気晴らしに都合が良い。

 

 

「しかし久しぶりに外に出ると…わくわくするね」

 

 

なにせーー…冬休みに入ってから今日まで、一歩も外に出ていなかったのだから。

 

僕は現在中学三年生……つまり高校受験が目前に迫っているのだ。勉強漬けの毎日は流石の僕でも堪える。

 

 

大智へと着き、僕は周りを見渡した。

 

 

 

「まずは何処へ向かうかな…」

 

 

 

そうして僕は近くのデパートへと向かった。僕が勉強漬け生活を始めてから発売されたヴァンガード商品といえばレジェンドデッキとファイターズコレクションだが、このデパートでは取り扱っていないだろう。

 

僕はそれを確認し、屋上まで登って空を見上げる。

 

 

家を出る前と変わらず、空は曇っていた。

 

 

 

「もっと綺麗な空が見たかったんだけどねぇ…はぁ」

 

「何でこんなに曇ってんだよ……はぁ…」

 

 

 

ため息が近くにいた少年とハモる。

 

その少年と僕は思わず目を合わせてしまった。

 

 

「…………?」「……あ、あんた!!」

 

 

少年は僕をまじまじと見つめた後に、僕を指差して叫んだ。

 

 

「か、神沢コハク!!」

 

「……誰?」

 

 

その少年は僕の言葉を受けて、名乗り直した。

 

 

「あ…いや…僕は霧谷ミツル…一応ヴァンガードファイターでさ…VFGPにも出てたんだけど……」

 

「なるほど…でも君と僕のチームは多分だけど戦って無いな……つまり初対面という訳だ…さっきのは失礼だとは思わないかい?」

 

「う……ごめん」

 

「分かってくれたのならいいんだ」

 

 

とは言え名乗られた以上こちらも名乗らなければ。僕は彼に向き直り、自己紹介を始める。

 

 

「知っているだろうけど僕の名前は神沢コハク、ノルンが一人神沢ラシンの兄だ」

「ノルン…?」

 

「おや…?まあ知らないのならそれでもいいさ…それで、君はどうしてここに?」

 

「あ…ああ…僕は今中3でもうすぐ受験なんだ…それでずっと勉強してたんだけど疲れちゃって…こうして街を彷徨い歩いているんだ…」

 

「……なら僕も同じかな…プレッシャーを掛けすぎて潰れそうになってたから、ここに来た」

 

 

 

僕達は屋上に設置されたベンチへ腰かけた。僕たちの受験トークはしばらく続く。

 

 

 

「神沢さんはどこの高校に?」

「…公立…天台坂高校かな」

 

「(……僕より全然頭良い所じゃないか…)」

 

「ミツル君は?」

 

「え”!?…あー…か、かか開成高校かなぁ??」

 

「凄いな…」

「ごめんなさい嘘です、北宮豊陽高校です、すいません全然神沢さんより下です」

 

「見栄張らなくても……まだ僕だって受かると決まった訳じゃないんだから……」

 

 

 

空は雲で包まれ、夕暮れの紅い光は僕たちには届かない。灰色の空の下、僕たちは語り合う。

 

 

「へぇ…じゃあ君は所謂2期の頃からヴァンガードを始めたのか」

 

話題はいつのまにかヴァンガードへと移っていた…ヴァンガードのことを誰かと話すのはとても久しぶりで、僕はとても楽しんでいる。

 

 

「いや…正確には獣王爆進ってブースターが安かったから、沢山買って始めることにしたんだ」

 

「ああ…なるほどね」

 

 

ミツル君は鞄からデッキケースを取り出すと、更に一枚のカードを取り出し、見つめた。

 

 

「僕の相棒、ルキエもそこで手に入れたんだ」

 

「ルキエ…か」

 

 

スリーブ越しとはいえ、そのカードはだいぶくたびれて見えた。ずっと使ってきたのだろう。カードゲームのセオリーを学ぶ前から、スリーブに入れることを覚える前から。

 

唐突に僕の記憶がフラッシュバックする。

 

あれは…いつのことだったか…僕がヴァンガードを手にしたのは…そうだ…スタードライブ・ドラゴン…僕は一番最初からヴァンガードと……出会っていた……

 

 

「コハクさんは…どうしてヴァンガードを?」

 

「さん付けは止めてくれ…そうだな、折角だから話そうか…僕とヴァンガードの出会いと、別れと、再会の物語を……ね」

 

 

そしてそれは少年ととある少女の最初の出会いの物語でもある。

 

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

少年は金髪だった。

 

 

勿論、生粋の日本人である少年の金髪は自前の物では無い。

 

所謂……ヅラという奴だ。

 

 

そして少年はフリルの沢山付いたドレスを身に纏っていた。

 

ピンク色の可愛らしい服を着て、金髪ロングのヅラを着けさせられた少年。

 

 

神沢コハクはそんな少年のアルバムを眺めていた。

 

 

アルバムの中の少年は3歳くらいだろうか。後ろでは弟も女装をさせられている。……とはいえ、このくらいの年齢なら余り気にすることは無いだろう。可愛い幼児が可愛らしい服を着ている。ただそれだけだ。

 

そのくらいの年齢なら……だ。

 

 

神沢コハクは今の自分の服装を確認する。金の髪、ピンクのドレス、女性物のティーバック…。

 

神沢コハク11歳、未だに女装を強いられている。

 

 

今でもはっきりと思い出せる9歳の誕生日。両親にはっきりと抗議をいれたあの日。コハクはなし崩し的に約束してしまった。

 

小学校の間は…この格好で過ごすと……。

 

 

基本的には至って普通な両親であったが、何故か息子の服装に関しては異常な性癖を発揮していた。コハクがそのことに、自身の服装が異常だとはっきり認識できたのは小3の頃である。

 

後少しで中学生、自由な服装が出来るまでもう少しの辛抱だった。

 

 

 

コハクは空を見上げ、ため息をつく。

 

 

そんなコハクに、ある日趣味が出来た。

 

 

 

何気無く見ていたテレビ、始まったのは新しいアニメ。画面に現れるのは可愛らしい乙女…いや少年であった。

 

 

その名は先導アイチ…櫂トシキの正妻にしてこのアニメの主人公。

 

 

コハクは衝撃を受けた。アニメ…所謂二次元とはいえこんな可愛らしい男がいていいのかと。最近耳にする深夜アニメとやらならともかく、こんな子供向けホビーアニメでやっていいのかと。

 

 

そんなことを、頬を赤らめるアイチを見ながら考えていた。

 

 

そしてそのアニメ…カードファイトヴァンガードのカードゲームを始めたくなったコハクはヴァンガードの特集が組まれた雑誌を購入、付属されたデッキを手に取ることになる。

 

 

スタードライブ・ドラゴンと共にヴァンガードを始めたコハクはブラスター・ブレード、アルフレッド、ソウルセイバー…とアニメの先導アイチさながらにデッキを強化しながらこのカードゲームにのめり込んでいった。

 

弟や妹とも遊び、やがて大会にも出るようになる。

 

コハクの服装に対する遠慮の無い視線も、ファイトをしている間は気にならなかった。

 

そして、ラグナルクCS。後々に伝説となったこの大会でコハクは“スクルド”と呼ばれるようになった。たまにコハクの瞳はブラスター・ブレードと同じ翠色に輝くようになった。

 

勿論、コハクの周囲でそれを知っているのは弟と妹だけではあった…だが、それで十分だった。自分に自信を持つようになった。大げさに聞こえるかもしれないが、世界が変わって見えた。

 

 

だからコハクは調子に乗っていたのかも…しれない。

 

 

時は進み、中学へと進学したコハク。その姿はごく普通の中学生のものだった。

 

だが、進学した中学が普通では無かった。

 

 

人の悪意で出来た、薄汚い空気を前に、コハクは絶望する。

コハクは悪意に襲われた。

 

 

 

視界は反転し、体が地面に叩きつけられる。今の自分の状態、状況をコハクは考えないようにしていた。

 

目の前でカードが舞う、ヴァンガードのカード、アルフレッドだ。

 

汚ならしい笑い声が響く。

 

カードはその形を歪めていた、カードも、コハクも、醜い悪意の中に沈んでいた。

 

ブラスター・ブレードは、マロンは、トランペッターは、ギャラティンは、イゾルデは、ソウルセイバーは、エポナは、エレインは、リューは、ういんがるは、そしてアルフレッドは、もう、コハクの手には、戻らないのだろう。コハクはそう感じた。

 

次に形を歪められたのは……ブラスター・ブレードだった。

 

カードは、暗闇の向こうに消えていく。

 

 

しかし、

 

「愚者共が…よく我が前で醜い行為が出来たものだ…余程、その命を地獄へと落としたいようだな…」

突然、凛とした少女の声が周囲に響いた。

 

コハクをいたぶっていた男、女達の顔が恐怖に染まっていく。

 

コハクの後ろに誰かがいる。

 

急に冷静になった頭でコハクは思い出していた。この中学に“革命”を起こしている人間がいると。

 

そのおかげで、これでも昔よりこの学校はまともになったと。

 

そしてその人間はこの中学に満ちた悪意を浄化するために、暗闇を晴らす“光”として戦い続けていると…

 

 

「恐怖による支配しか知らないそのような拳ではこの我には届かない、大人しくひれ伏すというなら今後の処遇、多少は…」

「……舐めるなよ小娘がっ!!!」

 

一人の男が殴りかかる。だがその拳は放たれることなく、男は地面にひれ伏した。男の頭の上には少女の脚が乗せられていた。

 

 

「……春風さん、この男は紳士改造コース“怒級”に送る」

 

「了解しました」

 

痛む体に鞭打って、何とかコハクは振り向いた。そこにはゴスロリと制服を組み合わせた不思議なファッションの少女と、明らかに中学生では無い男達、女達が立ちはだかっていた。

 

「や、止めろ!!連れていかないでくれ!!」

「…学校側、保護者側の許可は得ている、思う存分やってくれとな」

 

「う、嘘だぁぁぁっ!?」

 

 

殴りかかった男は黒いスーツを纏った男達に連れ去られていく。

 

 

(悪の軍団…っぽいな)

 

 

少女はコハクを襲っていた残りの男女に向かい言い放つ。

 

「大人しく投降しろ…我も余り血を見たくは無いのでな」

 

 

少女の鋭い眼光を前に彼らは何も出来なかった。

 

彼らも殴りかかった男と同様に何処かへと連れていかれていく。

 

少女はコハクに手を差し伸べた。

 

 

「大丈夫か?…痣が出来ているじゃないか…春風さん!!救急箱をここに!!」

 

「はっ!!」

 

 

コハクは少女の手を取ることなく、ただ目の前に散らばるカードを見つめていた。

 

ほとんどカードは無傷だった。

 

だが、アルフレッドとブラスター・ブレード…その内の1枚ずつが手遅れだった。悔しさと惨めさがコハクの胸の内を占める。

 

 

「アルフレッド…ブラスター・ブレード…」

 

少女も悲しそうにカード達を見つめる。

 

遠くから春風さんと呼ばれた女性がやってくる。

 

 

「酷い……あの、代わりのカード、私が用意…」

 

「そうだね、お願いできるかな春風さ「余計なことはしないでくれ……僕のアルフレッドとブラスター・ブレードはこいつらなんだ……代わりなんて欲しくない」

 

「……そうか、すまない」

 

 

本当はお礼の言葉を言うべきだというのに、それを言おうとすると胸が詰まるような気持ちになる。代わりに出たのは突き放すような悪態だった。

 

どうにもならなくなったコハクは地面に散らばったカードを集めると、その場から逃げるように立ち去ろうとした。

 

 

「待つんだ!!」

 

 

少女の声がコハクを呼び止める。コハクは振り返り、ゴスロリの少女を見た。

 

その瞳は自信と愛に溢れていた。その瞳の光は今のコハクには眩しすぎた。

 

 

「この学校で辛いこと、苦しいことがあれば我に言って欲しい……我は「結構さ…構わないでくれ」

 

 

コハクは極めて平静を装うと、今度こそその場を立ち去る。そうでないと、あの少女に泣きついてしまいそうだったからだ。

 

 

 

その少女がヴァンガードファイターの“ベルダンディ”だったのではないかと気づいたのはそれから一ヶ月程経った後の話だ。

 

あれからコハクの瞳が翠の光を帯びることは無く、デッキを手に取る気持ちにもなれなかった。デッキは棚の上に置かれた。

 

件の少女にちゃんと礼を言わなければならないと思ったものの、あれからゴスロリの少女が現れたという話は聞かなかった。

 

それでも、悪意の固まりのような人間は学校から少しずつ消えていったことから、彼女は人知れず戦っていたのだろう。

 

 

そして一年が経った。弟が同じ中学に入ってきた頃には、北宮中はすっかり落ち着いていた。

 

コハクのデッキは相変わらず自分の部屋の棚の上。

 

そして彼女と再会することも無かった。

その頃から何となく、空を見つめることが多くなってきた。

 

 

「兄さん……?」

 

「…………」

 

 

弟がコハクを心配するような声が聞こえる。

だけど僕は、何も答えない。

 

 

「ベルダンディか…」

 

「………!!」

 

 

弟は何かに気がついたように自分の部屋へと戻っていった。

 

 

そして数日後、弟は自分の髪をかつてのコハクと同じ金色に“染めて”来たのだった。

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

外は少しずつ暗くなり始めていた。僕はミツル君に話を続けている。

 

 

「弟は僕がベルダンディやウルドと呼ばれるファイターと戦えなかったことを気にしていると思ったんだろう…僕の意志を継いで戦うって言い出した。特にそんなことを考えていた訳では無かったけれど、僕は弟にかつて“少女”に見たのと同じ“光”を感じたんだ。だから僕は弟を見届けたいと思った。そして僕も髪を同じ金色に染めたんだ…弟と共にいるために」

 

「……なるほど、それで今に至ると」

 

「いーや…いつのまにか弟やそのライバル達に熱を移されていたらしくてね、結局また自分でヴァンガードのデッキを手に取っちゃったのさ」

僕は自分のポケットからデッキを取り出す。かつてとは全く違うデッキだが、僕はこれでまた戦おうと思ったんだ。

 

ミツル君が僕のデッキを見て、驚きの表情を見せた。

 

 

 

「それ…根絶者かぁ…使ってる人始めて見たな」

「ははは…確かに使用者は少ないね、ロイパラと比べても使いにくいし…」

 

 

 

僕は腕時計を見る、時間的にそろそろ帰って勉強の続きをした方がよさそうだ。

 

それはミツル君も同じだったらしく、彼も半分腰を上げていた。

 

 

「……もう帰らないと…だけどさ」

 

「そうだね、だけど、ファイターは二人、デッキも二つある、このベンチの上ならカードも広げることができる……」

 

 

どうやら僕もミツル君も本当に考えていることは同じようだ。

自然にカードを並べていた。

 

 

「「スタンドアップ!!ヴァンガード!!」」

 

 

 

 

結局、僕はまだ“ベルダンディ”にあの日、助けてくれたお礼を言えていない。向こうも僕があの時の少年だということに気がついていないようだった。

 

最初、ラグナルクCSでは金髪で女装、助けられた時は黒髪で制服。その後は金髪で私服。北宮中の学祭では金髪で制服。これだけ毎回格好が違えば気づいて貰えないのは当然のことかもしれない。

 

いや、もしかしたら気づいていて何も言ってこないのかもしれない。

 

 

結局のところ、僕の方から話さなければならないということだろう。

 

 

 

だけど、すっかり性格のひねくれた今でも僕はまだ、彼女へのお礼の言葉が見つからないでいた。

 

 

 

 

 



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083 残酷ノイローゼ

本当に投稿が遅れてますが……次々回から本格的にこの章の話が動き出しそうです。
折角のゴールデンウィーク…話のストック貯めて、これからスムーズに投稿できるようにしたいと思っているので……頑張ります。


吹き付ける風が嫌でも今が冬だと告げてくる…一月。

 

私、深見ヒカリは暗い気持ちで街を歩いていた。

 

 

「はぁ……」

 

 

思わず溜め息が出てしまう。何故ならば今日は……

 

 

「おはよう、ヒカリ」

 

「ああ……青葉クン、久しぶり……」

 

 

今日は始業式、今日から再び学校が始まるのだ。

最早、休みというエデンは遠き夢の彼方へと消えていってしまった。

 

テンションだだ下がりだ。

 

 

「そんなとぼとぼ歩いていると、置いてっちゃうぞ!」「……どうぞどうぞ」

 

 

 

言葉通り、青葉クンは駆け足で先に行ってしまった。

 

私はそんな彼の背を見送りながら学校へ向かう。

 

 

「……元気だなぁ」

 

 

彼を見送って生まれたのは、そんな面白味の無い感想だった。

 

そして、青葉クンよりも遅れて到着した学校は、休み前から様子が変わった所も無く、これからの日々がこれまでと同様のものとなることを私に予感させる。

 

「ヒカリ様!!お久しぶりです!!」

「「お久しぶりです!!」」

「「「です!!!」」」

 

 

「は……ははは……(やっぱりこの空気はちょっと……ね)」

 

全校集会では相変わらずの校長の長話を聞かされ、その後には普通に授業。

 

昼は自作のお弁当を一人で食べる…全員が何故かこちらを見ており、すごく恥ずかしい。

 

そうしていると、午後の授業が始まる。変わらない日常に戻ってきたことを実感しながら、私は遂に7時限目の終了のベルの音を聴く。

 

 

「……ふぅ」

 

 

世界史の教科書を閉じ、カバンにしまう。日直の口にした終了の挨拶を聞き届けると、私は立ち上がり下校する。

 

 

変わらない日常。変わらない日々。後ろから青葉クンが私を追い越していく。彼に手を振りながら、私は家路に着いた。

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

「……参ったね…これは」

 

 

夜11時…私は冷蔵庫の前で立ち尽くしていた。

 

晩御飯を一人で済ませた私は明日の弁当を準備しようとしたのだが……材料が足りない。晩御飯を作っているときに薄々気づいてはいたが…足りなかった。ちなみに朝御飯にも足りない。

 

幸い今の時間でも開いているスーパーマーケットが近所にあるため、今からでも買いに行けるのだが……

 

 

「……面倒くさい」

 

 

とはいえ、行かなければ食べるものが足りない。私は購入しなければならないもののメモをとる。

 

 

「シューマイ、ヨーグルト……というか卵もないな……後は……」

 

 

メモをとった私は身支度を整え、家を出る。今日は同居人であるミヨ姉達は家に帰ってこないのでしっかりと戸締まりを確認する。

 

そして私は、スーパーマーケットの方へと歩き始めるのだった。

 

 

人通りの少ない夜の商店街を抜け、駅前のスーパーマーケットへ向かう。

 

「…………うん?」

 

 

商店街を過ぎて2,3軒の建物の前を通りすぎた所に私は人影を見た。それは気のせいか私のよく知る人物に酷似していた。

 

 

「……天乃原さん?」

 

私の先輩であり、シックザールというヴァンガードのチームでこの夏、共に戦った女性がそこにいた。

 

 

「あ……ヒカリさん……お久しぶりね」

 

「……どうしたんですかこんなところで…」

 

 

天乃原さんは電柱にもたれるようにして立っている。その瞳は虚空を見つめていた。

 

 

「今週末にあるイベントなぁーんだ…?」

 

「今週末……?」

 

 

まだ学校は始まったばかりで……テストとかもないけど……

 

 

「センター試験よ………?」

 

「………………ああ」

 

それは私にはまだ実感の出来ない言葉だった。

 

天乃原さんはこの世の終わりのような顔をしている。

 

「…………どうにもならないわ、もう…国語も、数学も、英語も、リスニングも、日本史も、化学も、生物も……もう駄目なのよ」

「し、しっかり……」

 

 

私は項垂れる天乃原さんの隣に立ち、彼女を励ます。

 

 

「そんなに落ち込んじゃあ駄目です…それにセンターってマークシートですよね?選択式ですよね?最悪当てずっぽうでもなんとか……」

 

「ならないわよ…9つの中から3つ順番に選ぶ問題とかどうにもならないわよ…数学とかどうにもならないわよ……」

 

「??」

 

「最近は勉強さえ集中できなくなってきちゃったし…もうどうにもならないの…ふふ…」

 

 

自嘲気味に呟く天乃原さんの横顔はとてもやつれて見えた。これが2年後の私か……

「……あきらめないでください…」

「ヒカリさん……」

 

「私も、青葉クンも、きっと舞原クンだってそう言います……天乃原さんの挫けた姿なんて見たくありませんよ…」

 

「……言ってくれるじゃない」

 

 

若干だが天乃原さんの目に生気が戻る。

 

 

「あ、そうだ……ちょっとここで待っていてください……」

「え?」

 

 

私は天乃原さんにそう言うと、本来の目的地であるスーパーマーケットへと走った。

 

 

15分程かかっただろうか…買い物を終えた私が天乃原さんの元へと戻る。

 

 

「あら…お買い物中だったのかしら…私なんかに時間とらせちゃってごめんなさいね……」

 

「いいんですよ、そんなこと……はい、イチゴミルク、飲みませんか?」

私はスーパーの袋からイチゴミルクの缶を取り出し、天乃原さんに手渡す。

 

 

「……ありがとう」

 

「いえいえ…」

 

 

私と天乃原さんは閉められたシャッターにもたれるようにして座る。そしてイチゴミルクを口にした。

 

甘く優しい味が口に広がる。

 

 

「天乃原さんは…どこの大学を目指してるんですか…?」

 

「……百花大の…工学部デザイン学科」

 

「…意外と…思いっきり理系なんですね…」

天乃原さんはイチゴミルクをくっ…と飲み干すと夜空の星達を見上げるように呟く。

 

 

「センター7割は必要なんだけど……なんかもう……無理っぽいわ…」

「気持ちで負けてどうするんですか……」

 

 

よく見ると天乃原さんの髪はぼさぼさ、肌も若干荒れており…その苦労が伺い知れる。

 

 

「……今、どんなに落ち込んでも後2、3ヶ月も経てば嫌でも結果は出るんですよね…?」

 

「そう…もう時間が無いのよ……私には…ね」

 

「だったらその時間…落ち込むよりも他にすることがある……違いますか?」

 

「……ヒカリさん」

 

「そして、また…ヴァンガードしましょう?」

 

「…………そうね」

 

 

天乃原さんが立ち上がる。

 

 

「随分と情けない姿…見せちゃったわね」

 

「……仲間ですから、気にしないでください」

 

「ふふ…そうね……そうだったわね」

 

 

そして人通りの少ない道で天乃原さんは叫んだ。

 

 

 

 

「確率がなんだっ!!勘でセンター9割とってやるわよ!!!こんちくしょうっ!!!」

 

 

 

 

これは私個人の意見だけれど……それは、完全に、これから敗北する者の台詞だった。

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

数日後、俗に言うセンター試験も終わり、学校からは三年生が消えていった。

 

ここからは各々二次試験の対策へと挑むのだろう。

 

私はふと職員室の隣の部屋を見る……そこは先生と生徒が個別に話をするための部屋だった。

 

 

今、そこで一人の三年生が非常に暗い顔つきで座っていた。

 

 

天乃原さんだ。

 

 

結局何がどうだったのか…私は聞いてないけれど、天乃原さんの戦いはむしろここからなのかも知れない。

 

 

 

そんな風に天乃原さんの行く末を案じていた私に声がかけられる。

「お……ヒカリ、久しぶり!」

 

「……ユズキ、久しぶりだね」

 

この学校での数少ない友達の一人である…黒川ユズキが私の目の前に立っていた。

 

「どうしたんだ?」

 

ユズキが首を傾げて私に尋ねる。

 

 

「……ちょっと将来が不安になっただけ」

「ふぅん…まあこの時期だしな」

 

 

ユズキは特にどうと言うことはないとでも言うような返事を返す。彼女の興味はむしろ別にあるようだ。

 

「それよりさ!ヒカリは今日どこかのショップに寄るのか?」

 

 

突然の質問に私は冷静に答える。

 

 

「……“アスタリア”に行くつもりだよ?」

 

「そっか…私はいつも通り“大樹”でいつものメンバーと集まる予定だ」

 

「いいね、そういうの…」

 

 

 

このやり取りの…そして彼女の興味の先に何があるのか…私はそれを知っている。そう……何故なら今日は…

 

 

 

「そう…今日は……ブースター“覇道竜星”の発売日だもんね…」

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

イギリス、とあるカードショップ。

 

 

一人の銀髪の青年が“覇道竜星”の“カートン”を抱えながらシングルカードを購入していた。

 

[アムネスティ・メサイアが6枚とファントム・ブラスター・ドラゴンが6枚…SPのコスモリースが4枚で…SPのクラレっ…えーっと??……[支払いは…こいつで]

 

 

青年は懐からカードを取りだし、会計を済ませる。

 

 

大量のシングルカードをケースにしまった銀髪の青年は店の外へと出た。

 

青年はふと、先程購入したカードを取りだし、太陽に向けて掲げるように見つめた。

 

複数枚あるカードの中で、最も手前に来ていたカードの名前は“創世竜 アムネスティ・メサイア”。

 

青年の唇から日本語が溢れる。

 

 

 

「リンクジョーカーで“救世主”……なーんて変な感じっすよね」

 

 

その呟きは誰の耳に残ることも無く、消えていく。

 

青年の髪の色のように…白く…何も残さない。

 



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084 魔女の決意 ~プレリュード~

冬の空は透き通るように輝いていた。

 

学校帰りの私は木製のお洒落な扉をノックし、訪れた建物の中に入る。

 

 

 

「こんにちわ……」

「ヒカリ様!!いらっしゃい!!」

 

 

ここはカードショップ“アスタリア”。

 

私は“パック”を購入するとテーブルに座り、荷物を足元に置いた。そして懐から小さなハサミを取り出す。

 

真っ白に燃え付き、そして暗い暗いムードを醸し出していた天乃原さんを見た日……つまり今日はヴァンガードのブースターパック“覇道竜星”の発売日でもあったのだ。

 

私は今から、それを開封する。

 

 

 

「ま……今回は15パックだけ試しに…だけどね」

 

「……?シャドウパラディンが収録なのに一箱も開けないのか先輩は」

 

 

 

やる気なさげに一パック目を開封する私の隣には、同じように箱を開封する神沢クンの姿があった。ちなみにそう言う神沢クンは二箱だ。

 

 

「うーん…なんか……ねぇ……シャドパラはシャドパラでも私が使いたいのはファントム・ブラスター達の方だから…ね」

「贅沢な不満だな」

 

 

 

私たちは黙々と開封作業を進める。

 

 

「あ、RRRだ…」

 

「早いな…先輩」

 

 

二パック目を開封した私の手には既にシャドウパラディンのRRRのカードが握られていた。

 

 

それは虚ろな瞳で黒馬を駆る漆黒の竜。既に私はそのユニットの名前も、設定も知っていた。

 

 

 

「……覇道黒竜 オーラガイザー・ドラゴン…ねえ、設定上思いっきりファントム・ブラスター達と対立してるからなぁ……使いたくないなぁ……」

 

 

存在しない未来からやって来たというこのユニット…設定ではクラレットソードとかいう奴に呼び出されたらしくDiablo達に傷を負わせている。

 

…槍を構え馬に跨がる姿は北欧神話に出てくる主神“オーディーン”を思わせる。……私や神沢クン、カグヤさんのあだ名である“ノルン”や“ベルダンディ”といった単語も北欧神話から取られているため少し親近感が湧いてしまい、腹立たしい。

 

 

「使いたくない……なぁ」

 

「だが、初回から使えるGペルソナだろう?良いカードじゃないか…羨ましい」

 

 

神沢クンが心底羨ましそうに私の持つオーラガイザーを見つめる。確かに…このユニットは最初の超越から“ジェネレーションブレイク2”を開放できるように作られている…ブラスター・ダーク“Diablo”のGB2(ブラスターへの超越ならどのグレードのカードでも超越のコストにできる)を活用するなら相性はいいのかもしれない。

 

「でも…ねえ」

 

「……こいつとクラン交換しないか?」

 

彼の手にはオーラガイザーと同じトリプルレアのユニットが握られていた。

 

 

「それはゴールドパラディンのGペルソナ?」

「……ああ、黄金竜 スピアクロス・ドラゴンだそうだ……能力は……空いたリアガードサークルへのスペコ…重いわ遅いわでどうしたものか…現状だとファントム・ブラスター“Diablo”の退却効果へのカウンターくらいにしか使えなさそうだ」

 

「…ピンポイントで私をメタっているのは…一体どうして……!?」

 

「一応、俺と先輩との戦いのために来てくれたのかもな」

 

 

神沢クンとそんな風に軽い会話をしながら、私は更にパックを開けていく。

隣から“せめて上書き出来れば…”という呟きが聞こえるが気にしない。

 

流石に同じ箱から選んだ15パックであるためこれ以上オーラガイザー・ドラゴンが出ることは無いだろう。買い足す予定も無いため私がオーラガイザーを使うことは無さそうだ。

 

 

「とか言って先輩ならSPのオーラガイザーを引き当てるんだろ?」

 

「まさか…それはないよ」

 

「クラレットソードとか?」

 

「勘弁して……」

 

覇道竜 クラレットソード・ドラゴン…歪な紅い凶刃を携えた漆黒の竜…どう考えてもファントム・ブラスター達に対立しているため私のデッキにはあまり入れたくないんだよね……

 

あまりっていうか…絶対入れない。

ふと、隣を見ると神沢クンのパックからリンクジョーカーの“星雲竜 ビッグクランチ・ドラゴン”が登場するのが見えた。

 

 

「リンクジョーカー…といえばコハクさんが使うのかな?」

 

「ああ、というかそもそもこのブースターは兄さんと俺とで金を出して買ったやつなんだ…兄さんはリンクジョーカー全般、俺はコモンとかレアの“解放者”の強化カードが目当てというわけだ……あとスピアクロス」

 

 

神沢クンが既に開封してあった山の中から“混じり合う根絶者 ケヰヲス”を取り出した。もしかするとそれがコハクさんの使うユニットなのかもしれない。

 

 

 

「ま、何よりも自分の使うクランが収録されたら箱は開けるだろ」

 

「…すいませんねぇ箱買いしてなくて…」

 

 

 

私は不貞腐れたように返事を返す。確かに私だって今回の箱に欲しいカードはあるにはあるのだが…シングルで買う気もしなければ箱で買って当たる気もしないのだ。

 

私はちらっ…と後ろのシングルカード売り場を見る。

 

私のお目当てのカードはちゃんとそこに並べられている。……すごく高い。

 

どのくらい高いかというとファントム・ブラスター“Abyss”とブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”を合わせた額よりも……いや、何でもない。ショップごとに価格の差があるとはいえ流石にこれは手が出ない。

 

 

 

そんなことを考える私の気持ちを知ってか知らずか……私の開封したパックからは再びシャドウパラディンのカードが登場した。もちろん件のカードではない。

 

 

 

「魔界城 シュトライテントゥルム……え!?」

 

「どうした先輩?」

 

 

私はカードのテキストを読み上げる。

 

「このユニットがVかRに登場したときコスト(CB1)を払ってよい……払ったら、あなたの山札の上から1枚をダメージゾーンに置き……ターンの終了時、ダメージゾーンから1枚を山札に戻し、その山札をシャッフルする……って」

 

「今更自爆互換とは…ふざけているのか…?」

「……笑うしかないよね」

 

 

 

そもそも自爆互換という言葉を聞くこと事態が久しぶり過ぎる。

 

 

「自爆といえば…私が舞原クンと初めてファイトした時、舞原クンが使ってたなぁ……」

 

「へぇ…何のデッキだったんだ?」

 

 

その質問に私はあの日を思い浮かべる…思えばもう半年以上前の話だ。

 

「確か…グレートネイチャーのレオパルドЯだったよ…」

「グレネイか…そう言えば…舞原ジュリアンは今どうしているんだ?」

 

「さあ…私にはさっぱりだよ……唯一連絡を受けてそうな天乃原さんとも最近全然話せてないからね…」

 

 

そう……あの日、青葉クンが事故にあった日を境に私は舞原クンと会っていない。結局ヴァンガードファイトの勝敗もつかないまま彼は消えてしまった。

 

今も彼はヴァンガードをやっているのか…それさえも私にはわからない。

 

 

「あの男なら突然ひょっこり現れそうだがな」

 

「はは…言えてるかもね」

「……っと…おお!?」

 

突然神沢クンが驚きの声をあげる。

 

「どうしたの?」「いや…これがな、出たんでな」

 

 

神沢クンがゆっくりと1枚のカードをこちらに見せる。

 

 

「これ…は……?」

 

「創世竜 アムネスティ・メサイア……今回の高レアリティ“GR”のカードにしてリンクジョーカーの必須ユニットらしい…兄さんが欲しがってたんだよ」

 

「へぇ…」

 

「感想薄いな……」

 

「まぁ……ね」

 

 

正直シャドウパラディン以外のカードは見せられても困る…かな?

 

私はそんな風に思いながら、次のパックを開封する。そしてどうやら“ツキ”は神沢クンだけでなく私の方にも回っていたらしい。

 

私はそのカードがちらっと見えた瞬間、奇声をあげていた。

 

 

「…う…わ……あああ!!??」

「先輩?」

 

「出た……!!GRの…!!ブレイクライド版のファントム・ブラスター・ドラゴン!!!」

 

 

今回の私の最大の狙いであるカードが意図も簡単に登場してくれた…これほど嬉しいことはない。

 

 

「……たった数パックでGRとか……」

 

 

神沢クンが化け物を見るかのような目で私を見る。

 

「だ、駄目?……というか神沢クンの二箱っていうのも結構少ないと思うんだけど…」「いや……まぁそうだけどな」

 

 

私は改めて新しいファントム・ブラスター・ドラゴンを見つめる。正直言って旧ファントム・ブラスターとは顔がだいぶ違う気もするが、格好良いので気にしない。

迫力あるイラストが私の心を震わせる。

 

そして肝心のスキルもまた強力なガード制限とコスト回復であり、デッキに採用する価値がある。

 

そんなカードが手に入ったことはとても嬉しいのだが…

 

 

「どうしようかな…デッキ練り直さないと…折角纏まってきたのにな…ふふ…」

 

「困ってるようには見えないぞ…」

 

 

買い足すには高額なカードだが、サーチ用のカードは遥か昔から存在するため……何とかなるだろう。

 

 

「えへへ…」

 

「羨ましいもんだ…こっちは“青き炎”に組み込めそうなカードが少なくて困ってると言うのにな」

 

「いや、それはこっちも同じだけどね…」

 

「…俺のデッキ全然強化できないんだよな…オラクルの“メイガス”だってトリガー1枚しかもらえなかったしな…」

 

「神沢クンだけの不満じゃないし…仕方ないんだから落ち着いて落ち着いて…ね?」

 

 

 

あらかたパックの開封を終えた私たちは互いに不要なカードを交換した後、デッキの改造を始めた。

 

 

「お二人とも、開封結果は良好でしたか?」

 

 

そんな時、レジの向こうから春風さんがやってきて私たちにそんな言葉を投げ掛けてきた。

 

 

「最高の結果だったよ?」「…まぁまぁといったところ…だな」

私は最大の狙い、ファントム・ブラスター・ドラゴンが手に入ったため大満足。神沢クンは元々今回のパックへの期待が薄かったようだ。

 

 

 

「来週からいよいよ“VCGP”のショップ予選も始まりますからね…構築を弄るのも良いですが慣らし運転も始めていった方がいいですよ?」

 

「そっか…もう始まるんだ…」

 

VCGP…ヴァンガードクライマックスグランプリ…ヴァンガードの日本一のファイターを決める全国大会…そしてその道は世界大会にも繋がっている……

 

 

「もしかしたら…先輩とショップ大会で戦う可能性もあるんだな…できればVFGPの時のように最後の決勝で戦いたいものだが…」

 

「それを言えばショップで当たらなくても地区大会で戦うことになるんじゃない?東京大会…出るよね?」

 

「いや…俺や兄さん、マリはまず仙台大会に出る予定だ…そこで勝ち抜けば東京大会に出ることは無い」

 

「へぇ……」

 

「まぁ何にせよ…戦う時は全力でいかせてもらうぞ」

 

「望むところ…だよ」

 

 

私と神沢クンは互いに視線を交わす。お互い、間違いなくこの大会で最大のライバルになると思っているからだ。

 

きっと今、全国で私たちのようなやり取りが行われていることだろう。

 

私はそんなことを考えながら、オーラガイザー・ドラゴンを見つめた。

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

ーー天台坂

 

カードショップ“大樹”では今日もカードファイトが行われていた。

 

 

「…ふふ…お楽しみの時間ね、甲殻怪神 マシニング・デストロイヤーのスキル!!“マシニング”のエスペシャルカウンターブラスト1で貴方のボルテージホーン・ドラゴンを緊縛(ボンテージ)!!そして私と志を共にする者…“マシニング”のリアガードが4体以上いるため貴方のヴァンガード…抹消者 ドラゴニック・ディセンダントも緊縛(ボンテージ)よ!次のターンはスタンド出来ないわ!!」

 

「ほう……」

 

 

“マシニング”のデッキを扱う城戸イヨはこの店の店長である青葉カズトとファイトをしていた。

 

その様子を彼女の友達であるユズキやミカン、ナツミ達が見守る。

 

 

「いっけーイヨりん!!店長なんてコテンパンにしてしまえ!!」

 

「ナツミちゃん、コテンパンっておいしそうだね~」

 

大会に向けての腕試しにと、カズトはユズキ達に対戦を持ちかけたのだ。既にスパイク使いのミカンが敗北を喫している。

 

イヨはスタンドを封じたディセンダントにアタックを仕掛けていく、が、その攻撃はどれもカズトによって守られてしまった。

 

「む、む、むぅ…大人しく縛られてればいいのに…」

 

「なら俺のターン…だな?」

 

ユズキはファイトを見守りつつも自身のデッキを調整していた。

 

(……私の分身…か)

 

彼女の手には…ヴァンガードの中でもかなり特殊な能力をもったカードが握られている。

 

 

 

「ははは…これでどうだ?スペリオルライド!!抹消者 スイープコマンド・ドラゴン!!」

 

「あああ…もう、これだからスペライは!!空気を読みなさいよ!!」

 

「そんなんじゃあ大会は勝ち抜けないぞ?」

 

「分かってるわよ!!」

 

 

 

 

 

ーー仙台

 

 

「……愛の嵐 キスリル・リラのスキル発動、2枚ソウルチャージして、ソウルは12枚、そして1枚ドローやんな…次はドリーンのブーストしたスイート・プレデターでアタックや!!」

 

「なら!!グルグウィントのスキルだ!!山札からエアレイド・ライオンでガード!!」

「そんなんできるん…?凄いなぁ…」

 

 

 

ーー北海道

 

 

 

「…忍妖 コナユキ……素晴らしい」

 

「ふぅん…アタイとデートだってのにセンは紙の向こうの幼女に夢中なんだ……ふぅん」

 

「うっ……いや……すいません」

 

「今弾ならアタイはキリング・ドールマスターかな」

 

「別に聞いてな…すいません」

 

 

 

ーー大阪

 

 

 

「っううう……幸せの鐘 ノキエルでガード!!」

 

「無駄!!マグナム・アサルトはスタンドする…もう一度エリアにアタック!!」

 

「むむむ……私の負けです……」

 

ファイトが終わり、天海レイナはカードをケースへと戻していく。

 

(大会予選まで後一週間……か)

 

 

「ふにゅぅ……折角大阪まで修行に来たのに簡単に負けちゃった……」

 

「え……普段はどちらに?」

 

「なごやだよー」

 

 

ーー名古屋

 

 

 

「ちょっと待て!!なんで僕が名古屋の代表みたいになってるんだよ!!」

 

 

慣れないカードショップの中、ギアースシステムの前で霧谷ミツルは絶叫していた。法事で訪れた名古屋の町で、気まぐれに出場したショップ大会で優勝した彼はこれまた偶然居合わせた人物とファイトすることになってしまった。

 

「お前が勝てば店の商品半額だって店長がー」

 

「相手はあの!!ウルドだからな!!頑張れよ!!」

 

周りは完全にミツルを囃し立てている。

 

 

「…既に“三日月”の関係者という訳では無いのですが、少し訪れただけでこんなことになるなんて…ここまで“ウルド”の名が有名になっているとは……やはりメディアに出るときは昔みたいに顔を隠した方が良かったようですね……」

 

「……やるしかない、か」

 

 

ーー博多

 

 

 

「サイキョウオレサマストライド!!真・喧嘩屋 ビックバンナックル・ターボぉ!!!」

 

「……うるせえ」

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

全国各地…北は北海道、南は沖縄まで、ヴァンガードファイター達はVCGPに向け、自分達のファイトに磨きをかけていた。

それは海を越えた地にいるファイター達も同じ。

 

 

翌週に控えたVCGPの予選を前に、ファイター達の熱は高まる一方であった。

 

 

 

ーーイタリア

 

 

…ナポリの空港で深くニット帽を被った銀髪の女性が携帯のメールを確認している。

 

メールの文面は…簡単に言って“そこを動かないでくれ”といったもの。

 

 

彼女はそのメールを保護すると携帯の電源を切り、鞄にしまう。鞄から僅かに見えた透明なデッキケースの中には“覇道黒竜 オーラガイザー・ドラゴン”が納められている。

 

彼女はそのままニューヨーク行きの便の搭乗口へ向かっていった。

 

 

その口から日本語が溢れる。

 

 

 

「私が…やらないと……」

 

 

 

 

 

彼女…ゼラフィーネ・ヴェンデルは、どこか思い詰めた表情をしているのだった。

 

 

 

 



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085 凶兆

三日月本社…社長室。

 

その巨大な窓ガラスを前に二人の女性が会話をしている。

 

一人は先日、全国のショップに設置されたギアースの調査から帰ってきた美空カグヤ。

 

 

「……国内のギアースに異常はありませんでした」

 

もう一人はこの“三日月”の社長である美空ツキノ。

 

「そう…“例の事件”を聞いて少し不安になったのだけれど……後はあの人の報告を待つだけね」

 

 

 

 

社長室の机に置かれたパソコンには、一件のメールが開かれていた。

 

“イギリスにてギアース使用中にファイターが一名失神した”

 

そんな内容のメールが……

 

 

 

美空ツキノは普段の語調を抑え、不安そうな表情で外を見つめている。

 

 

「でも…もしギアースのブラックボックスが解放されているとしたらそれは…」

 

「早計です、お母様」

 

何かを口走りそうになったツキノをカグヤは制止した。その瞳はどこか遠くへ向けられていた。

 

「海外のギアースに関しては輸出前に全て“私が”直接検査していますから…問題は無い筈です」

 

「そうだったわね…運命に選ばれし我が愛娘よ…」

 

カグヤはギアース内に組み込まれた“鉱石”を検査した日々を思い出していた。“鉱石”は4年前と8年前に地球に落下してきた隕石から採掘されたものであり、その内部は特殊な電子回路となっている。

 

今、三日月本社にあるギアース以外はこの鉱石の一部に“杭”を打ち込むことでその“機能”の一部を無理矢理封じ込めている状態だ。

 

特殊な事情によりカグヤはその“鉱石”が何であるかを知っている、が、同時に“その使い方”は知らなかったため…この“鉱石”が人類にとっていわゆるところのオーパーツであることに変わりはなかった。

 

 

「問題は…本当にギアースに問題が無かった場合ですよ…お母様?」

 

「……分かってるわ」

ヴァンガードファイターの失神…元々その人物が持病を抱えていたという可能性が高いが……そうではなかった場合二つの可能性が考えられる。

 

一つはギアースの暴走。公にはしていないが、ギアースには未だ解明できていない部分が存在する。何らかの不具合でその部分が人体に悪影響を及ぼしたか……?

 

だが、通常の運転であればギアースに用いられた鉱石が人体に干渉することはない。それはこの8年間の研究で明確にされている。

 

もう一つは……

 

 

「…選ばれし者の力」

 

「…ヒカリさんはこれまで、ファイト後に何度か倒れています……失神という程ではありませんでしたが」

 

「なら……この失神したファイターは、天に力を授かりし選ばれし者だということかしら」

 

「それは……どうでしょう」

 

カグヤが考える最悪の事態……それは。

 

 

「相手を失神させるような能力をもつファイターが現れた……としたらどうでしょう?」

 

「……リアルファイト?」

 

「むしろヴァンガ魔法ですね」

 

カードファイトが成立しなくなるような能力が存在するとは思えない……が。

 

「これまで明確に能力を発動させている選ばれしファイターは…深見ヒカリさん(アブソリュートドロー)神沢ラシン(神の羅針盤)神沢コハク(ゴッドフォーチュン)あなた(コンサートマスター)の四人……覚醒の疑いがあるのが千楼寺カレン…今後覚醒の可能性があるのは森原エナ、天海レイナ、渦ヶ坂セン、冥加マコトあたりかしらね」

 

 

渦ヶ坂センさんと神沢コハクさん以外はこの間のビフレストCSに参加していたメンバーである。

 

 

「海外勢だと“エース”や“アスラン”と呼ばれる方々に可能性がある……でしたね」

 

北米のヴァンガード伝導者の異名をとるMr.ACE、黄金の獅子を自らの分身と呼ぶアスラン氏。聖域の守護者、二岡カルロス。白銀の魔女、ゼラフィーネ・ヴェンデル。そして銀の弾丸…シックザール。

 

海外には強力なファイターが数多く存在する。その中の誰かが新たに力に覚醒した……?

 

 

「………ヴァンガードにはこんな有名な言葉があります……“ヴァンガードは運ゲー”…」

 

「ええ…そして神託を受けた者達の特別な力…それはどれもその概念を破壊するためのもの……私たちはそのような見解を出していたのだけれど……」

 

 

今、わかることは……その“力”が“危険”ということだけだ。

 

 

「……どの道、今はまだ様子を見ることしかできない……でしょうね」

 

 

 

情報がまだ…少ない。

 

美空ツキノは椅子に座り、パソコンを見つめる。彼女は机に両肘を立て、口元で両手を組む。

 

 

 

 

 

「正体不明の……破滅をもたらす……存在……名をつけるなら…………“ロキ”…かしら」

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

アメリカ最大の都市、ニューヨーク。

 

その外れのカードショップ。特別繁盛しているわけでもないが、その地域のファイター達にとっては定番のファイトスポット。

 

 

男はそこで、立ち尽くしていた。

 

 

足元には男の連れが倒れ、カードが散らばっている。連れの男はぴくりとも動かない。

ショップの中には男を含めた二人の人間がいた……正確に言えば他の客や店員は全員男の連れのように気を失い倒れていた。

 

[……ふふ]

 

[女……あんた何なんだよ……いったい何を……?]

 

 

この惨状を引き起こした“奴は”特徴的な銀髪の上からニット帽を深く被って不適に笑う。

 

そして……デッキを持ち、男の前に向ける。

 

それは…ファイトの申し込みだった。

 

 

* * * * * *

 

 

 

ギアースシステムが静かに稼働する。

 

 

[っ…愛の嵐 キスリル・リラでアタック!!!]

 

 

紫の短髪でスタイルの良い女性が美しい歌声を響かせる。女性…キスリルは歌と同時に相手の生命力を奪おうとしていた。

 

……が、キスリルの前に中性的な顔立ちの男が現れキスリルから魔力を奪う。力を逆に奪われキスリルは苦悶の表情を浮かべ、膝をついた。

 

 

[…こいつ…完全ガードのカルマ・コレクターか…]

 

[……ふふふ]

 

[アモンの眷族 ヘルズ・ネイルで……アタック!!スキルでソウルチャージ!!]

 

 

3枚のカードが山札からソウルへ送られる。その中にはクリティカルトリガー…アモンの眷族 グラオザームが混ざっていた。

 

 

[グラオザームのスキル!!ソウルが6枚以上あるためスキル発動……お前はリアガードを1体退却させる!]

 

 

グラオザームが奴のリアガード、黙殺の騎士 ギーヴァを羽交い締めにして共に消えていく。

 

ヘルズ・ネイルのアタックは奴のヴァンガードである呪札の魔女 エーディンの頬に傷をつける。

 

奴のダメージゾーンに襲撃の騎士 ボルフリーが落とされる。

 

 

[……ターンエンド]

 

[……ターン、スタート]

 

 

奴の手札から1枚のカードが盤面に置かれる、呪札の魔女 エーディンは黒い霧に飲まれ、その姿を消した。

 

代わりに霧の向こうから、別の存在が現れる。

 

それは竜…漆黒の…………竜。

 

 

その手には血のように紅い剣。歪な形をした凶刃。

 

 

[…覇道竜 クラレットソード・ドラゴンか……]

 

次の瞬間、クラレットソードの背後に紫の雷が落ちとされる。奴はジェネレーションゾーンを解放していた。

 

巨大なヴァンガードサークルから、クラレットソードの何倍もある巨体の戦士が現れる。……黒馬に跨がる禍々しい雰囲気をもった竜は、虚ろな瞳で男のことを見つめている。

[未来の先に破滅あり…希望を多い尽くす純黒の絶望…超越…覇道黒竜 オーラガイザー・ドラゴン]

[……]

 

 

 

奴はクラレットソードのスキルで黒翼のソードブレイカーを、更に彗星の魔女 サーバと哀慕の騎士 ブランウェンをコールする。

 

ソードブレイカーとサーバが男のヴァンガード…魔神侯爵 アモン“Я”に襲いかかる。その剣はアモンの体に触れる前にアモンの眷族 クルーエル・ハンドによって防がれる。

 

次に動いたのは…オーラガイザーだった。その隣に控えていたクラレットソードが背後にいる新鋭の騎士 ダヴィドを刺し殺す。その血はオーラガイザーへと流れていく。 オーラガイザーの体が妖しい光に包まれる。

 

奴はオーラガイザーのスキルによってカルマ・コレクターとフラトバウを手札に加え、オーラガイザーはパワーが上昇する。

 

オーラガイザーは巨大な槍を回転させながらアモンЯへと接近する。

 

 

[……ここは受ける]

 

 

オーラガイザーの攻撃がアモンの体を貫いた。ドライブトリガーは出ず、ダメージトリガーも無し。

 

2体のブランウェンによる最後の攻撃を男はアモンの眷族 ヘルズ・トリックで防ぐ。

 

これでターンは男に回る。

 

[この女……何なんだ…?]

 

 

こうしてファイトをしていても、どこか奴も奴のファイトも、掴み所が無かった。

 

男は魔界侯爵 アモンをドロップゾーンに置く。

 

[…行くぞ!忌まわしき者 ジル・ド・レイ!!]

 

忌まわしき者 ジル・ド・レイ……ダークイレギュラーズ最強のGユニットが男の元に現れる。

ジルの回りには光輝くカードが浮いている。その数15枚。それはソウルの枚数を表現していた。

 

男はGゾーンからジル・ド・レイを選び、表にする。これでジル・ド・レイの攻撃力は上昇、クリティカルも増え、ガード制限も得た。

 

更にFVであるアモンの眷族 バーメイド・グレイスをレストすることでジル・ド・レイは途方もない力を手に入れた。

 

ジル・ド・レイの攻撃。

 

とてつもない閃光がクラレットソードを飲み込む。

 

そして男は……

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

クラレットソードの剣は無抵抗なアモンЯの体を指し貫いた。その歪な凶刃は血に濡れている。もっともその血はアモンのものではなく、仲間である筈の哀慕の騎士 ブランウェンのものであった。その後ろでは禁書を読み解く者が楽しそうに微笑んでいる。

 

クラレットソードは乱暴にアモンの体から剣を引き抜く。アモンはЯが解除され、膝から崩れ落ちる…彼が再び立ち上がることはなかった。

 

クラレットソードの瞳は無感情に動かなくなったアモンを見つめていた。

ギアースシステムが終了する。消えていくクラレットソード。

 

 

そして、店内は…静寂に包まれた。

 

 

 

それから、どれだけの時間が経っただろうか。

 

 

男はゆっくりと意識を取り戻す。目の前に奴はいない。周りの人間はまだ気を失っている。

 

まるで今までの出来事は夢だったかのように…奴の痕跡は無かった。

 

 

[……っ!?]

男の頭に痛みが走る。まるで…切り刻まれたかのような痛みが…

脳裏には…聞いたこともない“名前”がフラッシュバックする。

 

 

痛みに耐えながら、動かない体を酷使して、男は店の入り口の方を見た。

 

 

そこには……まだ、銀髪の奴がいた。

 

 

そして男は再び意識を失う。

 

 

 

その様子を、銀髪の女性は……悲しげな瞳で見つめている。ニット帽を脱いだ女性は自身のデッキを…覇道黒竜 オーラガイザー・ドラゴンを見つめる。

 

女性は……ゼラフィーネ・ヴェンデルは呟く。

 

 

 

 

「ジュリアン……どこ……」

 

 

 

 

そして彼女は姿を消した。

 

 



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086 VCGP予選‼戦いの幕開け

 

朝。

 

 

私、深見ヒカリはベッドから起きて、軽く体を伸ばした。

 

時刻は7時30分。昨日ベッドに入ったのが深夜1時だったことを考えると睡眠時間は…6時間程度か。

 

まだ眠気の残る頭でそんなことを考えながら、私は机の上の“デッキ”を見つめる。

 

 

それは今日のために調整してきたシャドウパラディンの…私のデッキ。

 

 

今日は2月1日。

 

今日は……ヴァンガードクライマックスグランプリ…通称VCGPのショップ予選の日であった。

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

 

私は朝ごはんを済ませ、洗濯物を干すと、家を出てカードショップ“アスタリア”を目指した。

 

現在は北宮への電車に揺られているところだ。

 

 

ガタン、ゴトン、という電車の音をBGMに、私は今回のショップ大会についておさらいする。

 

 

VCGPショップ予選…今回私が挑戦する大会はその名の通りこの春に開催されるヴァンガードの全国大会“ヴァンガードクライマックスグランプリ”の地区予選へ出場するための資格を賭けた大会だ。

 

この大会は今回の1回しか行われないわけではなく、2月と3月の公認ショップで一度ずつ行われ、そこで優勝した一名に大会の参加権が与えられる。

 

私の住む関東地区はカードショップも多いので、その分チャンスも多い……というわけだ。

 

私は鞄からデッキを取りだし、見つめる。

 

 

昨日の夜中まで調整を続けた私のデッキ…正直まだまだ練り足りない。私の中で譲れない点と、デッキの強化の為に必要な点が今でも衝突を続けているからだ。

 

今日の大会結果ではまた組み直す必要もあるだろう。

 

 

電車の中に北宮への到着を知らせるアナウンスが響き渡る。私は座っていた席から立ち上がった。

 

 

さて……行きますか。

 

 

私は電車を降り、真っ直ぐ“アスタリア”を目指す。

 

駅前の大型モニターには某チャンネルのニュース番組が流れている。

 

ニュースではニューヨークで起こった集団失神事件の話題が取り上げられていた。

 

原因は未だ不明、意識を取り戻した人たちは皆、うわ言のように誰かの名前を呼んでいるらしい。

 

 

「物騒な世の中……」

 

 

そうしてしばらく歩き続けていると、目的地であるカードショップ“アスタリア”の扉が見えてきた。

 

決戦の時は刻一刻と近づいている。

 

私は呼吸を整え、アスタリアの木の扉をゆっくりと押し開く。

 

 

「「「いらっしゃいませ!!ヒカリ様!!」」」

 

「…………」

 

 

良くも悪くもいつも通りだ。店の中には“いつもの”人たちがたくさん。デパートの化粧品コーナーのような香りがする。

 

店の奥の方では春風さんがこちらに向かい、手を降っていた。どうやらそこで大会の受付をしているらしい。

 

 

そして私はもうひとつ、あることに気がついた。

 

 

“いつもの”人たちの中に、私に対して“普通の”反応をしている人が3人。

 

3人は共通して、髪を金に染めていた。

 

 

「っ……て、神沢クンにコハクさん、そしてマリちゃんか……」

 

3人の中で私の一番近くにいた神沢クンが、私に言葉を返す。

 

 

「さっそく俺達は戦うことになりそうだな」

 

「……そうだね……負けないよ?」

 

 

そんなやりとりを軽くした後、私は春風さんのところへ大会の受け付けに向かう。

 

時刻は12時47分。大会は1時より開始。

 

 

「春風さん、参加者ってどのくらいかな?」

 

「定員は16人なんですが……ちょうどヒカリ様で…あと1、2人ってところですよ」

 

私は店内を見回す。ちょうど客は私も含めて15人程度、どうやらここにいる人たちは皆、既に大会の受付をしている人たちのようだ。

 

ここの大会に使われるのは通常の長机が4つにギアースが1台。ランダムで選ばれた一組がギアースでファイトできるようになっているらしい。

 

 

春風さんが時計を見て、周りを見回す。

 

 

「ではそろそろ大会の受け付けを締め切ります!」

 

 

 

もう後には戻れない……ね。

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

「それではこれより、ヴァンガードクライマックスグランプリ店舗予選の説明を始めます」

 

 

定員オーバーすることも無く、私たちは春風さんの指示に従い、ファイトテーブルに着いていた。

 

今回は普通のテーブル。どうやらギアースはお預けのようだ。

 

 

「今大会は公式のルールに従い、16名によるシングルエリミネーションで行います。」

 

 

シングルエリミネーション。早い話が勝ち抜き戦ということだ。確か地区大会はダブルエリミネーション、全国大会は店舗予選と同様にシングルエリミネーションという形式で行われる筈だ。

「ファイトは最大4回、最後まで勝ち残った方にヴァンガードクライマックスグランプリへの出場権が与えられます」

 

 

私は自分のデッキをシャッフルする。

 

ゲームにおける“運”の比重が大きいヴァンガードにおいて勝ち抜き戦というのは非常にシビアだ。

 

私は……戦い抜けるだろうか。

 

 

そして私は対戦相手である山岸ハルタカさん(親衛隊No.36)と挨拶を交わす。

 

 

 

「ヒカリ様にお相手して頂けるとは…光栄です」

 

「……手加減は許さないよ?」

 

「承知しております」

 

私の周りでも次々とファイトの準備が整っていく。私はマリガンで手札を二枚交換するとスタンドアップの時を待つ。

 

 

「……というか、参加者って親衛隊と神沢クン達だけじゃない」

 

 

今更気づいたことだが全員知っている人間である。

 

 

そんなことを考えているうちに、全員がマリガンまで終えたらしく、春風さんがファイトの始まりの合図を行おうとしていた。

 

 

「では、これより大会を始めます……スタンドアップ!!……ヴァンガード!!」

 

 

「「「スタンドアップ・ヴァンガード!!」」」

 

「スタンドアップ・the・ヴァンガード!!」

 

「スタンドアップ・my・ヴァンガード!!」

 

 

 

ファイトが、始まった。

 

 

私のFVはフルバウ・ブレイブ。相手の山岸さんのFVは……忍獣 イビル・フェレット。

 

 

「……むらくも!そうか、強化されたばかりだ…」

 

「参ります、私のターン!!」

 

 

山岸さんが山札からカードを引く。

 

 

「ライド!!静寂の忍鬼 シジママル(8000)!!」

 

「……バニラ、固いね…」

 

 

FVのフェレットがV裏におかれ山岸さんはターンエンドを宣言した。これで次は私のターンだ。

 

 

「行くよ…ドロー、そして真黒の賢者 カロン(7000)にライドだよ!!」

 

 

かつてはシジママルと同じバニラ(パワー8000)だったカロンも新たな能力を得ると共にそのパワーを減らしていた。単体ではシジママルに届かないが……

 

 

「V裏には先駆のスキルでフルバウ・ブレイブをコールする……ブーストしてアタック!!(12000)」

 

「ノーガード!!」

 

 

私はドライブチェックでクリティカルトリガーを引き当てる。これで山岸さんのダメージは2点となる。

 

 

「1点目…関門の忍鬼 アタカ……2点目、忍妖 オバケランタン…ゲット!ドロートリガー!!」

 

「……ターンエンド」

 

ここまで手札の枚数に差は無い…ここでのクリティカルトリガーが後にどれだけ私を助けてくれるか…

 

私は未だに自分のデッキに自信を持てないでいる、先導者である自分がしっかりしなくては勝てるファイトにも勝てないというのに。

 

 

「私のターン、ドロー…そして私は魔髪の忍鬼 グレンジシ(9000)にライドする!!」

 

そして山岸さんはV裏にいるイビル・フェレットを持ち、宣言した。

 

「イビル・フェレットのスキルは発動!!山札の下に送ることで私は手札からグレード3、看破の忍鬼 ヤスイエ(11000)をスペリオルコールする!!」

 

「っ…グレード3を……コール!?」

 

「V裏に新たに静寂の忍鬼 シジママルを、そしてヤスイエの後ろに忍妖 オボロカート(6000)をコール!!オボロカートのスキルで山札から看破の忍鬼 ヤスイエをスペリオルコール!!」

 

「こんな一気に展開するなんて…」

 

 

山岸さんの場には5体のユニット。これで少なくとも3回は攻撃が来るだろう。

 

 

「参ります…ヤスイエでヴァンガードにアタック!!(11000)」

 

「…ノーガード」

 

 

 

ダメージに力戦の騎士 クローダスが落とされる。

 

これが私の1点目。

 

 

「シジママルのブースト…魔髪の忍鬼 グレンジシでヴァンガードにアタック!!(17000)」

「……それもノーガード」

 

「ドライブチェック……忍獣 キャットデビル!!クリティカルトリガー!!」

 

一番登場してほしくないタイミングで現れたクリティカルトリガー……私のダメージが加速していく。パワーはアタックのしていないヤスイエに、クリティカルは攻撃中のグレンジシへと割り振られた。

 

ダメージに落ちたのはグレード3のブラスター・ダーク“Diablo”と完全ガードである髑髏の魔女っ娘 ネヴァン。

 

これで私のダメージは3点。3回のダメージチェックが行われたもののダメトリは無し。

 

 

「グレンジシのスキル発動!!」

 

「っ!?」

 

 

山岸さんは山札に手を伸ばす。まさか…そこから何を出そうと言うのか……

 

「ヤスイエを上書きして……山札から魔髪の忍鬼 グレンジシをスペリオルコール!!」

 

「そんな…」

 

「グレンジシでヴァンガードにアタック!(9000)」

 

相手はあと攻撃前の1ラインを残している…そのラインのパワーは現在22000…だったら……ここしか……

 

 

「クリティカルトリガーの撃退者 ウーンテッド・エンジェルでガード!!」

 

 

ここしか…守れない。

 

 

「オボロカートのブーストした看破の忍鬼 ヤスイエで更にヴァンガードへアタック!!(22000)」

 

「パワー22000……パワー7000のカロンに対してシールド値20000要求……だよね……」

 

 

4回目の攻撃……私はこれを…受けざるおえない。

 

 

「………………ノーガード、ダメージチェック……血戦の騎士 ドリン……」

 

 

これで私のダメージは…4点。

 

山岸さんはエンドフェイズに入り、グレンジシは山札の下へ、ヤスイエは手札へと戻っていく。

 

 

「ターンエンドです、ヒカリ様」

 

「……私のターン…」

 

 

私のダメージが4点であるのに対して、山岸さんは2点か……手札枚数に差は無い。……ここから山岸さんを追い詰められるか……?いや、やるしかない。

 

「スタンドandドロー…!!行くよ、輝く剣で敵陣を切り開け!ライド!闇夜の乙女 マーハ(9000)!!」

 

 

ダメージが4点だというのにこちらはまだグレード2…なかなか心が折れそうだ。

 

 

「血戦の騎士 ドリン(9000)をコール……そしてドリンでヴァンガードにアタック!!(9000)」

「オボロカートでガード」

 

「フルバウ・ブレイブのブースト…マーハでヴァンガードにアタック!!」

 

 

私のVによる攻撃に対して山岸さんはノーガードを提示する……ドライブチェックの結果は…ノートリガーだ。

 

山岸さんのダメージゾーンに看破の忍鬼 ヤスイエが落とされ、私はドライブチェックで登場したダークハート・トランペッターを手札に加える。

 

ファイトは大きな動きを見せることなく、山岸さんのターンへと移っていった。

私のダメージは4、山岸さんは3

 

 

「私のターン、参ります…スタンド、ドロー……霧に隠れし我が魂、ここに目覚めよ!!ライド!!看破の忍鬼 ヤスイエ(11000)!!」

 

 

山岸さんがライドしたのはむらくもの“ストライダー”であるヤスイエ……ストライドすることにより能力を発動させていくが、まだこちらのヴァンガードはグレード2であるため山岸さんはこのターンにストライドすることはできない……ヤスイエもバニラ同然ではある。

 

…が私のダメージが既に4点であるため、グレード3共通のスキル“ツインドライブ”を受けるだけでも辛い状況であった。

 

「オボロカートを前列へ、その後ろに忍獣 チャコールフォックス(7000)をコール……シジママルのブーストしたヤスイエでヴァンガードのマーハにアタックしましょう!!(19000)」

 

「……ここは……仕方ない……っ!!髑髏の魔女っ娘 ネヴァンで完全ガード!!コストにだったんをドロップするよ!!」

 

 

「ドライブチェック…関門の忍鬼 アタカ、忍獣 チャコールフォックス……トリガー無し……チャコールフォックスのブーストしたオボロカートでマーハにアタック!!(13000)」

 

 

「ドリンでインターセプト!!」

 

「ターンエンドです」

 

 

これで私にターンが回る……ダメージは動かず4vs3…手札は私が3枚、山岸さんが4枚。

 

 

私は手札のカードを見つめる……それは全てグレード3のカードであった。

 

 

 

「山岸さん……」

 

「ヒカリ様…?」

 

「私…負けませんからね!!」

 

「……ええ!!」

 

 

私は山札に手を伸ばす。

 

 

「私のターン…スタンドandドロー!!」

 

 

 

そして……このユニットにライドする。

 

 

 

「……世界の優しさと痛みを知る漆黒の騎士よ、我らを導く先導者となれ!ライド・THE・ヴァンガード!幽幻の撃退者 モルドレッド・ファントム(11000)!!」

 

 

更に私はドロップゾーンへグレード3であるブラスター・ダーク“Diablo”を置いた、それはジェネレーションゾーンの解放を意味する。

 

 

 

「絶望の闇より舞い戻りし漆黒の竜は!希望の光を紡ぎ出す!!ストライド・THE・ヴァンガード!!!」

 

 

 

“ストライドジェネレーション”と言わないのは最早意地だ。

 

 

「覚醒せよ…真・撃退者 ドラグルーラー・レブナント!!!」

 

 

 

私のGユニットが盤面に登場する、これで私の持つ“ジェネレーションブレイク”を持ったユニットのスキルが発動可能となる。

 

まず私はフルバウ・ブレイブをソウルへ送り、CB1というコストを払った……そして私は山札からブラスター・ダーク“Diablo”を手札に加えた。

 

次に私は手札からドロートリガーである氷結の撃退者(5000)をコールした……そして。

 

 

「レブナントのスキル!!氷結の撃退者を退却して山札からジャッジバウ・撃退者(5000)をスペリオルコール!!レブナントとジャッジバウにそれぞれパワー+3000する!!」

 

 

ジャッジバウはレブナントの後ろに配置した……これで強力な一撃を放つことができる。

 

山岸さんの手札は4枚、そのうち判明しているのは3枚。グレード1の関門の忍鬼 アタカと忍獣 チャコールフォックス……これらは普通にガード値5000のカード、そしてクリティカルトリガーでシールド値10000の忍獣 キャットデビル。

 

あと一枚の未判明分に完全ガードがあるかないかは分からない……が。

 

 

「今は…このまま!!ジャッジバウのブーストしたドラグルーラー・レブナントでヴァンガードにアタックするよ!!パワー38000!!」

 

「…………ノーガード」

 

 

私は山岸さんの宣言を聞き、ドライブチェックを始める。

 

 

「first……撃退者 ウーンテッド・エンジェル……クリティカルトリガー!!効果は全てレブナントへ!」

 

 

まずはクリティカルが1枚……山岸さんのダメージは3点であり、あともう1枚私がクリティカルトリガーを引ければ……山岸さんを倒すことができる。

 

 

「second…血戦の騎士 ドリン…ノートリガー」

 

 

「third……氷結の撃退者…ドロートリガー!私はカードを1枚ドローする…よ」

 

 

クリティカルトリガーは出なかった。……がこれで山岸さんのダメージを5点にすることが出来る筈だ。

 

山岸さんのダメージにカードが並べられていく。1枚目は看破の忍鬼 ヤスイエ……二枚目はクリティカルトリガーの忍獣 ムーンエッジ。

 

 

「アタックヒットによりジャッジバウ・撃退者のスキル発動!!ソウルに入れ、CB1……山札から黒翼のソードブレイカーを2体、レストでスペリオルコール!!更に黒翼のソードブレイカーのスキルでSB1、1ドロー!もう一度1ドロー!!……ターンエンド!!」

 

 

私はスキルを一気に発動させるとターンエンドを宣言した。これでこのターンにやりたかったことは一応解決できた。手札も8枚まで増やすことができた。次のターンの動きはある程度選択の余地がある。

 

だから……ファイトの行く末は次の山岸さんの動きしだい…だ。

 

 

「では……私のターン、スタンドとドロー……そして!!いざ参る!!ジェネレーションゾーン解放!!」

 

「!!」

 

 

山岸さんは手札から関門の忍鬼 アタカをドロップし、Gユニットへと超越する。

 

 

「伏魔忍鬼……カガミジシ!!」

 

山岸さんはGユニットの下から見えるヤスイエの名前を指差した。

 

 

「ヤスイエのストライドスキル!!CB1でリアガードのチャコールフォックスを3体に分身!!」

 

 

そう言って山岸さんは山札から2体のチャコールフォックスをリアガードサークルにコールした。だがこれで終わりではなかった…スキルは誘発していく。

 

 

「チャコールフォックスの登場時GBスキル……全てのチャコールフォックスにパワー+2000、もう一体のチャコールのスキルで更に+2000!!カガミジシのスキルでコールしたチャコールフォックスにそれぞれパワー+2000!!後列アタックを許可する!!」

 

 

「……っ」

 

 

ひとつひとつのパワーは少ないが、大量に集まることで大きな力に変わる…といったところか。

 

「シジママルのブースト……カガミジシでヴァンガードにアタック!!(34000)」

 

「ネヴァンで完全ガード!!コストをダークで払い、手札からモルドレッドをドロップ……1枚ドロー!」

 

 

私の防御の用意が整い、山岸さんはドライブチェックを開始する。

 

 

「……忍獣 ムーンエッジ…ゲット!クリティカルトリガー!!効果は全てリアガードのチャコールフォックスへ!!」

 

ここでのクリティカルは正直出て欲しくなかったところだ…出てしまった以上仕方が無いが。

 

 

「セカンドチェック…忍獣 ホワイトヘロン、サードチェック……忍獣 ルーンスター…トリガー無し…」

 

 

今、山岸さんのチェックで登場した忍獣 ホワイトヘロンは完全ガードのユニットだ。トリガーに完全ガード…かなりのガード値が山岸さんの手札に追加されたと言っていいだろう。

 

「チャコールフォックスのブーストしたチャコールフォックスでヴァンガードにアタック!!パワー31000クリティカル2!!」

 

「重い……けど!!こっちはウーンテッド・エンジェル、氷結の撃退者、暗黒医術の撃退者でガード!!」

 

「ならばチャコールフォックスのブーストしたオボロカートで……(17000)」

 

「ノーガード…ダメージは闇夜の乙女 マーハ」

 

 

私のダメージゾーンに5点目のダメージが落とされた。

 

 

「ターンエンドです……このターンでは決められませんでしたが……次は仕留めます」

 

「…………」

 

 

山岸さんは7枚の手札を見せつけるようにして言った。

 

対して私の手札は3枚…手札の枚数はこのターンに入る前と比べて……逆転していた。

 

ダメージは共に5点…ファイトは佳境に差し掛かっている。

 

 

「けど……山岸さんに次のターンは…与えない」

 

 

「……ヒカリ様」

 

 

「魅せるよ……ファイナルターン!!!」

 

 

 

私はユニットをスタンドし、カードをドローする。

そして私は手札から……

 

 

「闇となりて光を示せ!今ここに……闇より深き真のDarkを!!ブレイクライド・the・ヴァンガード!!」

 

 

「ブラスター・ダーク“Diablo”(11000)!!!………そしてブレイクライドスキル!!CB1で山札からダークハート・トランペッターをスペリオルコール!!ダークハートにパワー+5000…更にダークハートのスキルで山札から力戦の騎士 クローダス(7000)をスペリオルコールするよ!!」

 

 

あっという間にパワー21000のラインが出来上がる。

 

…が、当然それだけでは終わらせない。

 

 

 

「手札からモルドレッド・ファントムをドロップ…ジェネレーションゾーン解放!!……聖なる魂が輝きを取り戻す……一度絶望を知った竜は二度と希望の光を失わない!ストライド・the・ヴァンガード!! 暗黒竜 ファントム・ブラスター“Diablo”!!!」

 

 

この力……私に使いこなせるか……まだ不安はある、けど、私は……戦う!!

 

「ダークDiabloのストライドスキル……“ブラスター”への超越により発動!!退却せよ!!チャコールフォックス!!」

 

 

山岸さんがリアガード後列にいたチャコールフォックスをドロップゾーンへ送る。これで山岸さんのリアガードはたったの2体だ。

 

 

「更に私は…闇夜の乙女 マーハをコールする…続けてファントム・ブラスター“Diablo”のスキル発動!CB1にGペルソナブラスト!!パワー+10000、クリティカル+1、スキル付与!!このユニットのアタック時に私がコストを払った時!!あなたはリアガードを2体退却させなければ手札からガード出来ない!!」

 

「……」

 

 

私は口に出すとなかなかややこしいスキルの説明をするとアタックに入る。

ユニットの配置は……

 

マーハ /PBDi / だったん

黒翼 /黒翼 / クローダス……といったところだ。

 

 

「まずは……クローダスのブーストしたダークハート・トランペッターでリアガードのオボロカートにアタック!!(21000)」

 

 

山岸さんはこの攻撃を防がなければ私のヴァンガードによる攻撃をガード出来なくなる。

 

 

「イビルキャット、ルーンエッジでガード」

 

 

山岸さんはすかさずクリティカルトリガー2枚でガードした……これで山岸さんの手札は残り5枚。

 

 

「行くよ……ファントム・ブラスター“Diablo”でアタック……スキル発動、ダークハート、クローダス、ソードブレイカーを退却……そして山岸さんは」

 

「…私はオボロカートとシジママルを退却させる」

 

 

山岸さんにリアガードがいなくなる。この段階で少なくとも次のターン、Vのヤスイエのストライドスキルによるリアガードの分身はタイミング的に出来ない。

 

 

「行くよ?Diabloによる攻撃…パワー36000、クリティカル2!!」

 

 

「……ホワイトヘロンで完全ガード、コストにホワイトメインをドロップする」

 

 

攻撃は簡単に止められてしまう。が、これで山岸さんの手札は残り3枚。

 

 

「ドライブチェック…first、髑髏の魔女っ娘 ネヴァン……second、真黒の賢者 カロン…そしてthird、暗黒医術の撃退者…ゲット!ヒールトリガー!!」

 

 

 

効果は全てリアガードのマーハに与えられた。ダメージも回復する。

 

 

 

「続けて行くよ……マーハとソードブレイカーのアタック…………マーハのスキル発動!!CB1で山札から現れ出でよ、私の…友達!!ダークハート・トランペッター!!そしてダークハートはクローダスを呼ぶ!!」

 

 

私は新たにパワー16000のラインを作り上げ、パワー20000でヴァンガードにアタックする。山岸さんは手札を見てしばらく考え込む。

 

「………………ノーガード」

山岸さんはダメージチェックを始める。これが6点目のダメージ…だ。

 

 

「ダメージチェック…忍獣 ホワイトヘロン……私の負けです、ヒカリ様」

 

 

 

 

なんとか勝てた……かな……

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

山岸さんは対戦表に対戦結果を書き込むと、私の対戦表も持って立ち上がった。

 

 

「ヒカリ様の勝利に……祝福を」

 

「そういうのは……いいから、さ……またファイトしよう?」

 

「私にはもったいない言葉です。」

 

 

山岸さんは私に一礼し、去っていった。

 

周りでもファイトが終わっていく。とりあえず私も1回戦進出できたわけだが……

 

私は今一度デッキ見つめ直す。……今の私はどこまで戦えるだろうか。このデッキは…どれだけ戦っていけるのだろうか。

 

対戦表を回収した春風さんが2回戦の始まりを告げる。次々と組み合わせが発表されていく。……既に参加者は半分の8人…ここから一人になるまで戦い続けるのか。

 

神沢クンやマリさんもテーブルに座っていく。このまま戦いを続けていったら……いずれ対戦することになるだろう。

 

 

「では最後にギアーステーブルへ……ヒカリ様!!」

 

 

最後に私の名前が呼ばれる。どうやら次の私のファイトはギアースで行うらしい。これは…みっともないファイトは出来ないね……

 

 

「そして相手は……」

 

 

春風さんの声が聞こえる。だけど、その名前が呼ばれる前に、私の対戦相手は目の前に立っていた。

 

ギアースの…向こうに。

 

 

 

「……神沢……コハク……さん」

 

 

 

金髪の青年が立っている。神沢ラシンの兄にしてかつて女神と呼ばれたファイターの一人…神沢コハク。

 

 

 

「この場所で……貴女と戦う時が来るなんてね……深見ヒカリさん?」

 

 

彼はどこか儚げな笑顔を見せる。

 

知っている。私はずっと前にこんな表情をした少年に出会っている。それは……

 

 

 

「始めようか……あの大会(ラグナレクCS)の続きを……出来なかったファイトを……」

 

 

 

コハクさんは……デッキをギアースにセットする。

 

彼は瞳を閉じ、何かを懐かしむように言葉を紡いだ。

 

 

「ずっと戦いたかった…いや、違うな……僕はずっと…あなたから逃げていた……あなたの持つ“光”が眩しすぎた」

 

 

「コハク……さん?」

 

 

 

コハクさんは私の瞳を真っ直ぐ見つめる。気のせいかその瞳は一瞬、淡く…非常に淡く、翠の色に染まった。

 

 

 

 

「だけど、それは今日で終わりにする…………僕はあなたを…………倒す」

 

 

 

 

 

神沢コハク…その名こそ、かつてスクルドと呼ばれたファイターのものだった。



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087 追憶

書きたいことが途中で絡まってしまうこと…ありますよね……


VCGPショップ予選アスタリア大会…2回戦。

 

私の前に立ったのは…大人びた雰囲気を持つ少年、神沢コハク。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 

私とコハクさんは互いにデッキのシャッフルを始める。何とも言えない空気の中…ファイト開始の時間は刻一刻と近づいていた。

 

私たちは互いにデッキを交換し、カットし、初期手札を揃える。

 

無言のままアイコンタクトでタイミングを合わせ、じゃんけんをする。

 

コハクさんの勝ち、つまりコハクさんが先攻、私は後攻だ。

 

 

「コハクさんとファイト……か……」

 

「僕としてはいい加減さん付けをやめてほしいんだけどね」

 

「あはは…ごめんね、コハクさんってどこか大人っぽいから……」

 

 

コハクさんが手札を見つめる。無表情だ。

 

言葉に出来ないオーラ、威圧を感じる。

 

コハクさんが呟く。

 

 

「僕は…大人っぽくなんて…なれてないさ」

 

 

神沢コハク…かつて私やカグヤさんと共に“ラグナレクCS”に出場し、幻のファイター“ノルン”の一人と呼ばれている人。

 

ノルンとしての名前は“スクルド”、今では彼の弟である神沢ラシンクンがこの名前を名乗っているが、元々はカグヤさんの母であり、ラグナレクCSの仕掛人である美空ツキノさんがコハクさんへ送った二つ名だった。

 

 

つまりあのカグヤさんと並ぶ強者、そして神沢クンの兄……

 

 

 

「さぁ…深見ヒカリさん…勝負だ……」

 

「…………」

 

 

ギアースシステムが起動し、光を放ち始める。それはまるで粉雪のようで……美しかった。

 

ギアースシステムから離れた通常のテーブルの方で春風さんが合図を出す。

 

「これより、二回戦を始めます!!」

 

 

ファイトが……始まる。

 

 

 

「スタンドアップ・the・ヴァンガード!!」

 

「スタンドアップ……ヴァンガード!!」

 

 

 

私とコハクさん……ギアースシステムによって二人の前にファーストヴァンガードが表示される。

 

私の前に現れた黒犬のFV、フルバウ・ブレイブはコハクさんを静かに威嚇している。

 

コハクさんの前に現れたのは…骸骨にコウモリの羽が付いたような気持ち悪い生き物。名前は…享受する根絶者 ヰゴール。ケタケタと気味の笑い声を出しながらコハクさんの周りを漂っていた。

 

 

コハクさんが使うデッキは根絶者……リンクジョーカーの名称の1つにして特殊能力“デリート”を扱うデッキ。

 

不味いことに…全く戦ったことのないデッキだ。

 

 

 

「根…絶……者」

 

「そう…これがヴァンガードとの絆を根絶してしまった、今の僕のデッキ……さぁ、行くよ…ドロー」

 

 

コハクさんがデッキからカードをドローする。

 

 

 

「ライド…嘲笑する根絶者 アヰーダ(7000)、ヰゴールをV裏にリバイブコールしてターンエンド」

 

コハクさんがライドしたのは、根絶者が共通してもつ骸骨のデザインを持った、リザードマンのようなユニット。アヰーダがコハクさんの前に立つ。

 

ここで私はコハクさんに、ずっと聞きたかったことを聞いてみる。

 

 

「コハクさん…コハクさんはヴァンガードを止めていたって…夏に神沢クンが言ってた…」

 

「そうだね」

 

「だけど…その後、秋……VFGPにコハクさんは出ていた………」

 

 

私の言葉を受けて、コハクさんは少し嬉しそうに微笑む。

 

 

「ラシン達の熱に当てられて、かな…虚無に満ちた今の僕をあいつはこのカードファイト‼ヴァンガードに呼び戻してくれた……こうしてファイトをすると、やっぱりヴァンガードは面白くて…止めていたことを今じゃあ後悔しているくらいさ」

 

 

その思いは…私の中に在るものと同じものだった。

 

 

「コハクさん……そっか…じゃあ行くよ、私のターン…ドロー!そしてライド!!ダークハート・トランペッター(7000)!!」

 

 

どこか壮麗なトランペットの音色と共に、空からダークハート・トランペッター……だったんが現れる。彼女は後列に下がったフルバウの頭を撫でてから、コハクさんのアヰーダと向き合った。

 

 

「そして……真黒の賢者 カロン(7000)をコール!!スキルで手札のモルドレッド・ファントムを公開!!山札からブラスター・ダーク“Diablo”を手札に加え、手札から氷結の撃退者をドロップ!!」

 

 

私は手札を整えながら、コハクさんを攻撃するためにリアガードを展開した。

 

 

「さぁ…カロンでヴァンガードにアタック!!パワー7000!!」

 

 

カロンがアヰーダに向かって電撃を放つ。これに対しコハクさんはノーガード、アヰーダは直立不動の状態で電撃を受けた。ダメージにはスタンドトリガーである多足の根絶者 ヲロロンが落とされ、Vのパワーが上昇していく。

 

「次は…フルバウ・ブレイブのブーストした…だったんでアタック!!(12000)」

 

「ノーガード」

 

私のドライブチェックで登場したのは黒翼のソードブレイカー、トリガー無し。

 

だったんことダークハート・トランペッターはフルバウ・ブレイブの背中に乗るとアヰーダに向かって走る。そしてアヰーダにぎりぎりまで接近しただったんはゼロ距離で魔法のトランペットを吹き鳴らした。

 

トランペットからの音色がアヰーダの邪悪な魂を蝕んでいった。

 

 

「ダメージ…責苛む根絶者 ゴヲト…ゲット、ヒールトリガー…ダメージを回復だ」

 

「…ターンエンドだよ」

 

 

このターン、コハクさんに積極的な攻撃を仕掛けていった私だったが、コハクさんのヒールトリガーによって私の目論みは上手くは行かなかった。

 

よく知らないデッキが相手の場合、先ずは手札を奪って行きたいんだけど……ね。

 

 

「僕のターン…スタンド、ドロー…ライド!!慢心する根絶者 ギヲ(10000)!!更にリアガードにギヲをコール!!」

コハクさんの前にいやらしい笑顔を浮かべたユニットが2体コールされた。能力を持たないグレード2であるギヲはパワー10000…これは攻め難い。

 

 

「リアガードのギヲでヴァンガードにアタック!!(10000)」

 

「黒翼のソードブレイカーでガード!!」

 

「ヰゴールのブーストしたギヲでのアタックはどうかな!!(15000)」

 

「……ノーガード!!」

 

 

ドライブチェックはグレード3であるゼヰールというユニット、私のダメージにはマーハが落とされる。

 

これで私とコハクさんはそれぞれダメージ1点。手札はコハクさんの4枚に対し私が3枚だ。

 

まだ勝負の行方はわからない。

 

「私のターン!!スタンドandドロー!そしてライドだよ!!血戦の騎士 ドリン(9000)!!」

 

 

そして私はそのまま、ドリンとフルバウ・ブレイブの2体のみでコハクさんへとアタックを仕掛ける。コハクさんはノーガードを宣言し、私はドライブチェックに入っていく。

 

 

「……撃退者 ウーンテッド・エンジェル!!ゲット!クリティカルトリガー!!効果は全てヴァンガードへ与えるよ!!」

 

「……へぇ」

 

 

これでコハクさんのダメージゾーンに2枚のカードが追加される。新たに完全ガードである拒絶する根絶者 ヱビルとグレード2の貪り喰う根絶者 ジェヰルが置かれた。

 

これでダメージは私が1点、コハクさんが3点だ。

 

 

「ターンエンドだよ、コハクさん」

 

「…僕のターン…スタンド、ドロー……」

 

 

自身のターンを宣言したコハクさんは、山札からカードをドローするとしばらく手札を見つめた。

 

 

「ヒカリさん……僕は…貴女を倒したい……そう思っている」

 

「…?」

 

どこか神妙な面持ちで、コハクさんはそう言った。

 

そう思うことはゲームである以上、自然なことだと思うけど……?

 

 

 

「僕やヒカリさんは同じノルンとしてずっとヴァンガードにおける伝説の一つとして語られている、それは事実だ……だけどずっと僕は…僕はヒカリさんと同列に語られるような人間じゃないって、そう思っているんだ」

 

「……コハクさん、何を…?」

 

 

コハクさんは中学生とは思えない、悲しそうな表情で手札から1枚のカードを取り出した。

 

 

「今の…いや昔から、僕には貴女の光は眩しすぎるんだ……穢れし愚者の魂を乗せて…光を根絶せよ…ライド!!威圧する根絶者!!ヲクシズ(11000)!!」

 

 

 

コハクさんによって呼び出されたヴァンガード。

 

威圧する根絶者 ヲクシズ。根絶者をよく知らない私でさえ、その姿を見たことはあった。

 

その薄気味悪い姿は、このユニットが根絶者の一員であることを示していた。

 

バトルフィールドの上空には、ギアースシステムによって紅く、妖しく輝く星が迫っている。

 

 

「これが……ヲクシズ……」

 

「ヲクシズのスキル……発動!!」

 

「っ!?」

 

 

コハクさんがダメージゾーンにある全てのカード…3枚のカードを裏向きにし、リアガードにいたギヲをソウルに送る。

 

そしてヲクシズはゆっくりと、私のヴァンガードであるドリンの方へと手を伸ばす。

 

 

「虚空に散るといい……“デリート”」

 

「これは……」

 

 

ヲクシズがドリンの体を掴む。そして苦悶の表情を浮かべたドリンは闇に包まれ、消えてしまった。

 

誰もいなくなったヴァンガードサークル。そこには脆弱な霊体である“私”の姿がギアースによって投影されていた。

 

「これが……デリート……根絶…」

「そうさ…デリートされたヴァンガードは呪縛と同様に裏向きで置かれ、呪縛と同様に次の貴女のエンドフェイズに解除される……それまでこのユニットはスキルとパワーを失う……これがデリートであり…ヲクシズは更にパワー+10000だ」

 

 

そしてコハクさんはFVであったヰゴールをソウルに送り、カウンターチャージ1と1ドローを行うと、V裏にアヰーダを、前列にジェヰルをコールした。

 

 

「……アタック」

 

 

リアガードのジェヰルによる攻撃が“私”のことを襲う。パワーの9000の攻撃はパワー0の今のドリン、もとい私にとってシールド値10000を要求している。

 

「撃退者 ウーンテッド・エンジェルでガード!」

 

ジェヰルは細く伸びた体をしならせながら私に向かって飛んできた。その突進は私に届く前にウーンテッド・エンジェルによって食い止められる。

 

 

「次は…アヰーダのブースト、絶望の旋律を刻め!!威圧する根絶者 ヲクシズでアタック!!(21000)」

 

「……ノーガード」

 

 

ヲクシズの攻撃……伸ばされた両手はギアースによって表示された私の体を掴んだ。

 

 

「ツインドライブ…痙攣する根絶者 ヱディ…ゲット、スタンド!!効果は全てジェヰルに与える」

 

「っ…スタンド…トリガー…!」

 

「そして…進撃する根絶者 メヰズ…ゲット、クリティカル!!クリティカルはヲクシズに与え、パワーはジェヰルに……!!」

 

 

ヲクシズは“私”を地面に強く受け付ける。その映像は私にとって気持ちのいいものでは無かった。

 

そしてダメージチェック…ダメージに落とされたのはブラスター・ダーク“Diablo”と黒翼のソードブレイカー…残念ながらトリガーは出ず、ヴァンガードのパワーは0のままだ。

 

これで私とコハクさんのダメージは並ぶ。

 

 

ヲクシズをブーストしたアヰーダのスキルによってSB1というコストを払ったコハクさんは山札から1枚ドローすると、リアガードに手を伸ばす。

 

「スタンドしたジェヰルで…アタックだ(19000)」

 

「……ノー…ガードだよ、ダメージチェック……幽幻の撃退者 モルドレッド・ファントム……」

 

 

まだグレード2だというのに、私のダメージは既に4点まで追い詰められている。前回のファイト程では無いが状況は悪い。

 

いや……

 

私はダメージゾーンやドロップゾーンを見る。前回のファイトで活躍してくれたドローソースである黒翼のソードブレイカーはもう山札に存在しない。その点を考えると……状況はむしろ前のファイトより悪いのかもしれない。

 

「ターンエンド…僕はせめて、せめてファイトだけでも貴女に勝ちたいんだ……」

 

「ファイトだけ……でも……?」

 

 

コハクさんの言葉に何処か違和感を感じる。それはまるで私とコハクさんが別の何かで戦ったことがあるような…………いや、それ以前に私はコハクさんとどこかで会って…?

 

 

自分の相棒(アルフレッド)一つ守れやしない僕に比べて…貴女は強く気高かった…思わず貴女から逃げてしまうほどに……」

 

アルフレッド…守る……逃げてしまった……僕?

 

私の中で古い記憶が甦る……歪められたカード…アルフレッド…暴行を受ける少年…逃げてしまった…。

 

 

……そうか。あの時の……

 

 

 

私の中で全ての記憶が繋がった。

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

あれはラグナレクCSが終わってから、私がヴァンガードを止めるまでの……間に起きた話、私がちょうど……中学2年の頃の話だ。

 

季節は夏手前。梅雨が明けた頃。

 

私は春風さんや親衛隊の皆に力と知恵を貸して貰い、中学校の綱紀粛正に勤めていた。

 

悪そのものであった前年の3年生が粛清、強制改心の後に無事卒業。上の学年にも私の名前は知れ渡っていた。

 

そうなると、もっとも注意すべきであったのは…この中学が“そういう場所”と勘違いして好き放題しようと考えてしまう可能性のある……新一年生。

 

2年生、3年生が落ち着いて来ている以上、粋がった一年生が幅を利かせるのは想像に容易い。

 

 

そして…私の嫌な想像は現実のものとなった。

 

 

コハク少年が“標的”にされたのは…やはり“カードゲーム”という趣味が原因だろうか。カードゲームというものは時として偏見の対象にされやすい。

 

 

私たちが現場に駆け付けたのは、自分で言うのもあれだが、充分早かった。

 

 

 

ーー愚者共が…よく我が前で醜い行為が出来たものだ…余程、その命を地獄へと落としたいようだな…ーー

 

 

 

だが、遅くもあった。

 

 

 

ーーアルフレッド…ブラスター・ブレード…ーー

 

 

 

少年は大切な物を壊され、私は少年の心を救えなかった。

 

 

ーーこの学校で辛いこと、苦しいことがあれば我に言って欲しい……我はーー

 

ーー結構さ…ーー

 

 

 

私はその後、その少年と会うことは無かった……と思っていた。

 

それがこんな近くにいたとは……ね。

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

 

「君は……あの時の……」

 

 

私は全てを思い出していた。

 

 

「……あの時の貴女は、いや、今の貴女も気高く美しい……」

 

「……///」

 

「僕は貴女を倒して…少しでも貴女に近づきたい…ヴァンガードのデッキを再び手にして、僕は改めてそう思った……僕は弱いんだ、皆が思うほど強くなんてない、だから貴女を倒して僕は…強くなりたいんだ」

 

 

コハク…さんは拳を胸に当て、瞳を閉じる。まるで神に誓っているかのように。

 

 

「……私のターン、スタンドandドロー……」

 

 

私はコハク…さんの言葉を噛み締める。ノルンだとかベルダンディだとか、中学時代とか……過去は私を逃がしてくれないらしい。

 

それは仕方のないことだと、私もわかっている。それにあの過去が無ければ今の私は存在しない。そして私は今の私を…思いの外、気に入っているのだ。

 

だけど何処かで、それは過去に囚われているのは自分だけだと、感じてしまっていた。

 

同じ場所、同じ時間を過ごしていた彼の存在、思いに私は気づきもしなかったのだ。忘れていたのだ。

 

 

私は、彼と、戦わなければならなかった。それが彼の思いに答えるということだ。

 

 

 

「でもね……私も…強くなんて無いんだよ…君ならわかるよね…」

 

「…………」

 

「私も……そして、この人も」

 

 

私はそう言いながら、手札からモルドレッド・ファントムをドロップする。

 

ヲクシズのスキルによってこのターン、私はライドするためには手札を1枚棄てなければならなかった。

 

「私から見たら…コハクさん…いや、コハク…君の方がずっと強いよ……ずっと神沢クンからの期待や尊敬を裏切るまいとしていた君の方が……ずっと神沢クンを見守り続けた君の方がずっと……ね」

 

「……僕が強い…?違う、僕は弱い」

 

「…そうじゃないよ…それだけじゃない筈なんだよ」

 

私は手札からグレード3のユニットにライドする。脆弱な霊体であった私は登場したそのユニットと拳を合わせる。後は……彼に託す。

 

 

「その輝きは深き闇の中に!!今ここに……闇より深き真の“Dark”を!!ライド・the・ヴァンガード!!ブラスター・ダーク“Diablo”(11000)!!」

 

 

ダメージは私が4点に対してコハクが3点。

 

手札はコハクが7枚で私が……3枚。

 

このターンで…ファイトの流れが決まる。

 

私は手札から闇夜の乙女 マーハと力戦の騎士 クローダスをドロップし、ジェネレーションゾーンを解放する。

 

 

 

「超越…来るか」

 

「誇り高き戦士よ、我が呼び声に答えて!!ストライド・the・ヴァンガード!!!暗黒騎士 グリム・リクルーター!!!」

 

 

ブラスター・ダーク“Diablo”が自身の剣を地面に深く突き立てることで空高くにストライドゲートを出現させる。

 

そしてそのゲートよりオッドアイの馬を従え、漆黒の騎士は戦場に降り立った。

 

「フルバウ・ブレイブのスキル……発動!!」

 

 

漆黒の…小さな戦士の遠吠えに答え、私の手札にブラスター・ダーク“Diablo”が加わる。

 

更に私は手札からダークハート・トランペッターをコールする。

 

 

「だったん……お願い、力を貸して」

 

コールされただったんは私に向かって微笑んでくれる。そして彼女はトランペットを吹き鳴らす。その音は私たちの仲間を呼んでくれる。

 

 

「来て…スペリオルコール!!力戦の騎士 クローダス(7000)!!」

 

 

クローダスはリア前列に、だったんはV裏にそれぞれコールされた。

 

クローダスはパワー7000のグレード1のユニットだが、Vに“ブラスター”が存在する場合、そのパワーは9000まで上昇する。

 

「新しいシャドウパラディンの展開力…凄いでしょう?」

 

「確かに…強力だ」

 

 

私はクローダスを使い、リアガードのジェヰルを攻撃する。クローダスの剣はジェヰルの体を粉々にする。

 

 

「………」

 

「轟け…勇気は力に、覚悟は剣となりて敵を貫く…だったんのブーストしたグリム・リクルーターでヲクシズにアタック!!(33000)」

 

「……ノーガードだ」

 

 

漆黒の騎士の剣がヲクシズの体を袈裟斬りにする。ヲクシズはその衝撃で若干後ろへと退くものの、大きなダメージを食らった様子は無い。

 

「まだだ…ドライブチェック…first、髑髏の魔女っ娘 ネヴァン……second、幽幻の撃退者 モルドレッド・ファントム……」

 

トリガーは出ない、私は最後のドライブチェックに望みを託す。トリガー1枚、出るのと出ないのでは話が違う。

 

だけど私は“力”に頼るつもりは無かった。それを使うのは…もっと強くなってからだ。

 

だから私は……自力で引き当てる……

 

 

 

「コハク、私も、君も……皆それぞれ強さも弱さも抱えてる…それが普通なんだ……だから!!」

 

 

私は三回目のドライブチェックを開始する…山札からカードを引いた。

 

 

「だからこそ…お互いに…誰かの先導者になれるんだ!!誰かの支えになれるんだよ!!私も!!君も!!」

 

 

だから…自分を必要以上に卑下しちゃ駄目なんだ。それは……自分を頼ってくれる人たちに失礼だから……

 

 

それは私がこの半年で強く実感したことだ。

 

 

「ヒカリ…さん……」

 

 

 

そんなことを言いながら引いたカードは真黒の賢者 カロン、ノートリガーだ。コハクのダメージにはグレード3のゼヰール……こちらもトリガー無しだ。

トリガーは出なかった、が、グリム・リクルーターの攻撃がヒットしたことで私は山札からグレード1のユニットをコールすることができる。

 

ヲクシズに攻撃を仕掛けていたリクルーターは私の目の前へ戻ってくると口笛を吹いた。

 

その音色に答え、ダークハート・トランペッターが飛んでくる。

 

だったんは先程と同様にクローダスを呼ぶ。これで16000のパワーラインが形成された。

 

 

「行くよ…クローダスのブースト…ダークハート・トランペッターでヲクシズにアタック!!」

 

 

ダークハート達の渾身の一撃がヲクシズを討つ。

 

コハクのダメージゾーンに5点目のダメージが落ちる。ヰドと呼ばれるそのカードはドロートリガーだった。

 

 

「……ターンエンド、だよ」

 

 

Gユニットであるグリム・リクルーターがゆっくりと盤面から消えていった。

 

 

これでダメージは私が4でコハクが5。だけど手札は私の3枚に対してコハクが8枚。

 

状況はかなり厳しいけど、ここを乗りきれば…次のターンに“Diablo”を使うことができる。

 

 

コハクさんが口を開く。

 

「僕は…ずっと貴女に救われっぱなしだ、深見ヒカリさん」

 

「………それは駄目なことじゃないよ、コハクもきっと誰かを救っているんだから…」

 

 

そしてコハクは、楽しそうに、年相応に微笑んだ。

 

 

 

「ヒカリさん…悪いけど、ファイナルターンだ!!」

 

「いいよ…来て!!私はそれを受けきってみせる!」

 

 

コハクはスタンド、ドローと続け、1枚のカードをヴァンガードサークルのヲクシズに重ねた

 

威圧する根絶者 ヲクシズが紫色の光に包まれ、形を変えていく。現れるのは異形の存在。これまでのどの根絶者よりも不気味な存在。

その鋭い爪がダークに向かって繰り出される。ダークがその爪を弾き返すといよいよ、その存在が姿を見せた。

 

 

「世界を混沌へ導くは絶望と悪夢の二重奏……ライド!!混じり合う根絶者 ケヰヲス(11000)!!」

 

 

その生物は二つの首を持っていた、人のような頭と竜のような頭。そしてケヰヲスは竜のような頭の方から緋色の閃光を放った。

 

閃光はダークの体を貫く。

 

 

「ケヰヲスのスキル発動!!根絶者のECB2に加え手札からヱディとゼヰールを捨てる!!……ブラスター・ダーク“Diablo”……“デリート”!!」

 

ダークDiabloが闇の中に消滅する。

 

 

「そして後列にいるクローダスとダークハート・トランペッターを…“呪縛”する!!」

 

 

クローダスとダークハートが黒輪の内側へと閉じ込められる。

 

 

「…そして僕はリアガードに並列する根絶者 ゲヰール(9000)を2体、アヰーダ、ガタリヲ(7000)をコール…ゲヰールのスキルで前列のクローダスとダークハートも……“呪縛”!!!」

 

 

コハクはどんどんリアガードを展開していく。それに伴い、私の盤面はどんどん崩れていった。

 

 

 

「……これが、根絶者……か」

 

 

 

今、私の盤面には右下以外の凡てのサークルに裏向きのカードが置かれていた。

ギアースシステムによって表示される私のユニットは既にヴァンガードをデリートされた“自分自身”しか存在しない。

コハクがリアガードに手を伸ばし、アタックへと入っていく。

 

 

「アヰーダのブースト、ゲヰールでヴァンガードにアタック!!(16000)」

 

「ノーガード……ダメージチェック…氷結の撃退者、ゲット!!ドロートリガー!!1枚引いてパワーはヴァンガードに与えるよ!!」

 

 

これは……もしかすると首の皮1枚繋がったのかもしれない。手札は4枚、コハクには後2列、アタック前のユニットが存在する。

 

……守りきれるか、だが守ったところでリアガードが呪縛されているため、次のターンにファントム・ブラスター“Diablo”を打つことは出来ない。

 

だけど……諦めたくない。ふふ…コハクにお世辞でも気高く美しいとか言われたらね、そんな情けない姿を晒すわけにはいかないよ。

 

 

「アヰーダでブースト、混じり合う根絶者 ケヰヲスでヴァンガードにアタック!!(18000)」

 

「そこは…髑髏の魔女っ娘 ネヴァンでガード!!コストにカロンをドロップ…私を…守って!!!」

 

 

ギアース上の私に迫り来るケヰヲス。その前に颯爽とネヴァンが現れる。彼女は一瞬こちらのほうへウインクすると、ケヰヲスに向けて巨大な骸骨の形をしたエネルギー体を生み出した。

 

エネルギー体はケヰヲスの動きを封じ込める。

 

「ツインドライブ…拒絶する根絶者 ヱビル、そして……」

 

 

その瞬間、私の足元のギアースパネルが淡く、緋色に発光した。

そして…コハクの足元のパネルもまた……淡く…翠色に……

 

 

これは……来る。

 

 

 

「……多足の根絶者 ヲロロン、ゲット!!スタンドトリガー!!」

「……っ!!」

 

アタックを終了し、レスト状態にあった並列する根絶者 ゲヰールが再び立ち上がる。

 

それは私にとって絶望以外の何物でもない。

 

 

「スタンドしたゲヰールで…ヴァンガードへアタック!!(14000)」

 

「……ジャッジバウ・撃退者でガード!!」

 

 

コハクのアタックはあと一回。私の手札はあと1枚。ヴァンガードには5000分のトリガーが乗っている。

 

だけど……

 

 

「ガタリヲのブースト、並列する根絶者 ゲヰールでヴァンガードへ!!(16000)」

 

 

 

要求値は…15000…私の手札じゃあ……守りきれない……か。

 

 

 

「ノーガード……かな」

 

 

 

ギアース上の私と、ゲヰールの影が重なる。私のダメージゾーンには……髑髏の魔女っ娘 ネヴァンが落とされた。

 

 

これで6点目。

 

 

 

つまり……

 

 

「僕が……勝った」

 

 

私の、敗けだ。

 

 

私はどこか清々しい気持ちでコハクのことを見ていた。それはまるで無くしていた物を見つけたような感覚。

 

 

「おめでとう、コハク…君の強さ、私は感じたよ」

 

「ヒカリさん…」

 

コハクは私の顔を一瞬ちらっと見ると明後日の方を見つめて言った。

 

 

「貴女には敵わないな」

 

「?」

 

 

コハクは私に向かって手を差し出した。

 

 

「“ありがとう”」

 

「…こちらこそ、ファイトしてくれてありがとう」

 

 

そうしてコハクと握手を交わした後、敗北した私はファイトテーブルから離れた場所に移動した。

 

 

私の店舗予選は、ここで終わりだ。

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

大会の終わった私は今、この大会の決勝戦を見ていた。

 

 

 

「世界に混沌へ導くは絶望と悪夢の二重奏……ライド!!混じり合う根絶者 ケヰヲス!!」

 

 

決勝に進出したのは、神沢コハク。彼は私を倒した切り札のユニットの上から更に切り札を重ねていく。

 

 

「ケヰヲスのスキルで…“デリート”!!呪縛!!…更にストライド!!混沌に満ちた世界を調和へ導くは救世の意思!!創世竜 アムネスティ・メサイア!!!」

 

 

 

コハクの使う根絶者らとは趣の違うユニットが神聖な光と共にヴァンガードとして現れる。あれこそがリンクジョーカーの切り札……か。

 

コハクは更にゲヰールをコールし、相手のリアガードを呪縛する。

 

そして、アムネスティは攻撃を開始した。アムネスティの光を受けた黒輪は全て破壊される。だが、破壊された数だけアムネスティの光もまた強くなっていた。

 

 

「パワー42000!!クリティカル2!!アムネスティとガタリヲのアタック!!」

 

 

強大すぎる力の奔流。それを“デリート”され、無防備な状態で受け止めるのは……

 

 

「……ノーガード」

 

 

 

神沢ラシン……神沢クンだった。

 

 

 

戦いはここで終了し、この大会の優勝者はコハクに決定した。その様子を神沢クンは、どこか嬉しそうに見つめている。それは私もだった。

 

私は大会を見届けた後、他の人よりも早く、ショップから抜け出した。

 

 

ここで負けてしまった以上、私は次のショップ予選に備えなければならない。あと2ヶ月の間に、何処かのショップ予選で優勝出来なければ…ヴァンガードクライマックスグランプリへ出場することは叶わないのだから。

 

 

私は駆け足で駅へと向かう。

 

 

 

 

 

「早くデッキの調整……しないと…ね」

 

 

 

こんなところで負けてるわけにはいかないのだから。

 

 



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EX1 舞原ジュリアンのレポート(1)~総集編~

前回の投稿から半年以上経ってしまい申し訳ありません……お久しぶりです始めまして。

なかなか現実が忙しく、話を文章にする時間がとれませんでした。

そして、たまにこの話を見返すと思うわけです。

「…うわ…長っ……」 と、



というわけで今回は総集編もとい振り返り回になります。




レポート1

 

 

 

6月…天台坂高校1年の深見ヒカリは友人、青葉ユウトの誘いに乗ってヴァンガードのデッキを手にした。

 

そして同高校の天乃原チアキと僕、舞原ジュリアンと共にヴァンガードチーム“シックザール”を結成しヴァンガードの大型大会“ヴァンガードファイターズグランプリ”通称“VFGP”への挑戦を決意した。

 

 

深見ヒカリはかつてネット上で話題となった3人のファイターのうちの一人……“ヴェルダンディ”を思わせる雰囲気を持っている。

また彼女は青葉ユウトに誘われる前からヴァンガードをプレイしていたことがあるようだ。

 

要観察対象と見なして良いだろう。

 

 

 

レポート2

 

 

 

深見ヒカリが本当に“ヴェルダンディ”なのか…その真偽は定かでは無く、彼女自身はそのように呼ばれているファイターの存在すら知らなかった。

 

だが彼女の前に幻のファイターのうちの一人…“スクルド”を名乗る少年が現れる。

 

スクルドは女性ファイターという噂があるため彼が本物である可能性は極めて低いだろう。

 

だがしかし、深見ヒカリは彼…神沢ラシンとのファイトの中で“力”を発動させた。

 

 

それは“ヴェルダンディ”が“ヴェルダンディ”と呼ばれる由縁となった“力”と全く同じものであった…これで彼女が“ヴェルダンディ”である可能性は高くなった。

 

 

 

レポート3

 

 

7月末…ここで僕はまるで白昼夢のような……奇妙な体験をする。

 

白い霧の中に包まれた僕はいつのまにかカードキャピタルの前に立っていた。

 

そして僕はそこであの先導アイチ、櫂トシキの二人と出会い…ファイトした。

 

その裏では深見ヒカリの消失に虚無の侵攻等、複数の事件が動いていたようだがいずれの事態も半日が経たない内に解決された。

 

 

また、この後深見ヒカリは“クレイの地に立った”と供述しているが……これが真実かどうかは判断できない。

 

 

 

レポート4

 

 

 

VFGP…僕達“シックザール”は決勝戦まで勝ち抜くことが出来た。決勝の相手はスクルドを名乗る少年…いやその後の出来事でスクルドの弟だということが判明した少年……神沢ラシンの率いるチーム“ゴルディオン”であった。

 

 

青葉ユウトは彼の妹“神沢マリ”と

 

僕は彼の兄にして本物のスクルド(スクルドは女装ファイターという変態だった)…“神沢コハク”と

 

そして深見ヒカリは神沢ラシンと戦う。

 

 

青葉ユウトが神沢マリに辛くも勝利し、深見ヒカリはあと一歩のところで神沢ラシンに敗北。チームの勝利は僕の手に委ねられた。

 

神沢コハクの使う“根絶者”は戦闘経験が少なかったことも相まってなかなかの強敵であったが……僕は勝利しチームも優勝を果たした。

 

 

今回の大会で注目すべき選手は

 

 

深見ヒカリ(シャドウパラディン)

 

神沢ラシン(ゴールドパラディン)

 

神沢コハク(リンクジョーカー)

 

天海レイナ(アクアフォース)

 

城戸イヨ(メガコロニー)

 

霧谷ミツル(ペイルムーン)

 

の以上6名……彼らにはファイトの腕とはまた別種の“強さ”があるように感じられる。そう、例えば“力”のような…………

 

 

 

レポート5

 

 

 

VFGPを優勝したチームシックザールは新型MFS“ギアース”の御披露目会に招待される。

 

そこで僕達の前に現れたのは幻のファイター最後の一人“ウルド”と名乗る女性だった。

 

 

ギアースを用いたファイトは全世界へ中継され、僕達はその中で彼女の“力”に完敗した。

 

彼女の力は相手を絶対的な絶望に陥れるもの…ライド事故を起こさせるものだった。

 

それこそ正に僕が欲した絶対的な力であると言えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「………しかしまぁ…お嬢からの手紙によるとウルドもヒカリさんが倒してしまったとか…これもクランへの愛が成せる技……なんすかねぇ…」

 

 

日本から遠く離れたイギリスの地。

 

どことも知れないホテルの一室、舞原ジュリアンは天乃原チアキからの手紙を読んでいた。

 

季節は2月…日付は14日……丁度バレンタインデーの日であり、手紙と共にチョコレートが郵送されてきた。

 

……といっても市販の板チョコレートだったが。

 

 

手紙の前半部分はそのことに対する言い訳だった。

 

 

「ま、お嬢のことだから挑戦するだけはしたんだろうっすけど……」

 

ーーうるさいわねーー

 

 

手紙には僕の思考を読むかのように、そんな言葉が綴られていた。

 

僕は彼女の手紙を読みながら自流の“レポート”に文章を足していく。

 

 

 

レポート6

 

 

深見ヒカリは完全に“力”を覚醒させたといっていいだろう。

 

公にはされなかったギアースの暴走事故を解決し、あのウルドさえも倒してしまった。また神沢ラシンとの“力の共有”等という僕の想像を越えた技まで成し遂げてしまった。

 

迫るVCGPではかなりの強敵として僕の前に立つことになりそうだ。

 

 

 

 

 

「だが、彼女が強くなればなるほど…有名になればなるほど……それに勝利した時のアドバンテージは大きくなる」

 

 

 

ギアースシステムの圧倒的な普及により、ヴァンガードは誰もが一度は目にしたことがあるカードゲームになった。

 

そろそろ“頃合い”だろう。

 

 

 

「と、まあ……その前に解決しなきゃならない問題はありそうっすけどね……」

 

僕は楽しそうに微笑みながら新聞紙を開く……

 

 

そこにはこんな言葉が踊っていた。

 

 

“原因不明の失神”

“絶えない頭痛”

 

“カードショップ”

 

そして

 

 

“白銀の魔女”……

 

 

僕はホテルの窓から見える、美しい月を眺めながら呟いた……

 

 

 

「ゼラ……君は……………」

 

 

月はやがて、雲に隠れ見えなくなった。

 

 

 



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