人身御供はどう生きる? (うどん風スープパスタ)
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オリジナルキャラクターまとめ(ネタバレ注意!)

投稿した話数が50話に達したため、作中に登場したオリジナルキャラクターをまとめてみました。

主人公との関係や登場する場所で大まかに分類しています。

説明文にネタバレとなる部分を含みますのでご注意ください!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巌戸台博物館

 

小野館長

常に角髪(みずら)で巌戸台博物館の館長を勤める男性。

月光館学園の日本史教師である小野の父親。

若者の博物館離れを嘆いている。

 

(はら)(いつき)

巌戸台博物館で働く若い学芸員の男。

 

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Be Blue V

 

オーナー

江戸川の知人で病的に線が細い魔女のような女性。

魔女のように怪しげな服装を好み、呪いや霊の憑いた品物をコレクションする趣味を持つ。

ヒーリングや霊視を得意とする本物の霊能力者で、特殊効果を持つアクセサリーを作れる。

ルーン魔術を影虎に教える師匠でもある。

 

棚倉(たなくら)弥生(やよい)

短めの金髪とロックテイストな服装を好むヤンキー風の女性。

幼い頃から幽霊を見ることができたが、周囲の理解を得られなかった。

見えるものは見えると自分を貫いた結果、周囲から孤立。

一匹狼のヤンキー娘として月光館学園で高校生活を送っていた時にオーナーと出会う。

以降霊に対して理解してくれるオーナーの店でバイトをしながら更生して高校を卒業。

現在は大学生。特技は霊視とちょっとした悪霊祓い。

 

香田(こうだ)花梨(かりん)

Be Blue Vの警備を担当する幽霊の女性。不届き者は祟って倒す。

姿は死亡時のまま中学生らしいが、生きていれば成人している年齢。

霊能力者にも非常に見えにくい個性を持つため、霊感のある人にすら存在を否定されることがある悲しい幽霊。

影虎とはラップ音で最低限の意思疎通ができる。

棚倉弥生が言うには、自分の存在を認める影虎を気に入っている。

 

三田村(みたむら)香奈(かな)

Be Blue Vのアルバイト、最後の一人。58話から登場。

保育士を目指して四年制大学に通っているゆるふわ系女子。

香田の声を聞き、姿をおぼろげに見ることができる位の霊感を持ち、

霊媒体質で霊を無意識に引き寄せてしまう。

Be Blue Vで働き始め、危険な霊は憑かなくなったらしい。

影虎以外は霊を祓える人なので、バイト中は最も安心できる時間。

シフト外でも店に来ることが多い。

 

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家族・友人

 

葉隠(はがくれ)龍斗(りゅうと)

影虎の父。

元暴走族でヤクザに間違えられるほどの強面。

バイクいじりが趣味で、自分のバイクには必ず真っ赤な車体と黒い龍を塗装する。

家族を大切に思っているが手が早く、影虎と殴りあいになることもしばしば。

肉弾戦に限ればペルソナ使いとして物理耐性を持つ影虎と対等に殴り合いができる。

妻の雪美に手を出す男は許さない。

 

葉隠(はがくれ)雪美(ゆきみ)

影虎の母。

影虎を心配しながらも静かに見守る美人。

影虎の祖父にあたる父の教育方針で、茶道などの習い事は一通り身につけている。

 

葉隠(はがくれ)龍也(りゅうや)

影虎の叔父(父の弟)で“鍋島ラーメンはがくれ”の店長、

巌戸台での影虎の保護者代わりを勤め、頻繁に影虎やその友人に何かを奢っている。

おだてに弱い疑いあり。

 

伯父(母方の兄)

葉隠龍斗の働くバイクメーカー、速水モーターの二代目社長。

マッドな開発者の傾向がある。

引退した父の後を継いで社長をやっているが、趣味でバイクの設計をしている。

 

祖父

忙しい仕事の合間に、影虎に空手を教えていた。

 

ジョナサン・ジョーンズ

影虎の父の同僚。アメリカ出身。

バイクという共通の趣味で気が合い家族ぐるみの付き合いをしている。

初対面の相手に対しては、日本語の分からない外国人のふりをして驚かす人。

名前を略すとジョジョになるが、不思議な冒険とは関係ない。

 

ボンズ

ジョナサンの父。職業は元アメリカ軍の大佐、現在はテキサス州で観光業経営。

鍛えて欲しいと頼み込んだ影虎にパルクールを教えた。

 

島田(しまだ)綺羅々(きらら)

影虎のクラスメイト。弓道部所属。

小柄でそこそこ可愛らしく、男子からほどほどに人気のあるぶりっ子系女子。

初対面の天田をショタっ子と呼んだりする。

中等部からの進学組で、友近や岩崎と付き合いが長い。

同じ部の岳羽や運動部つながりで西脇とも面識があるなど、顔が広い。

 

高城(たかぎ)美千代(みちよ)

影虎のクラスメイト。弓道部所属。

中学時代はサッカー部のマネージャーをしていた純朴そうなぽっちゃり系女子。

同じクラスで同じ部活の島田と仲が良く、食べることが好きらしい。

八千代(やちよ)という名前の姉がいる。

 

 

和田(わだ)勝平(かっぺい)

月光館学園中等部の三年生。元サッカー部員。

元サッカー部マネージャーの高城に頭が上がらない。

顧問との馬が合わず退部して以来、夜遊びを始める。

金髪に鼻ピアスの不良スタイルで出歩いていた。

影虎に助けられ、舎弟にしてくれと頼んだ末にパルクール同好会に入る。

言葉尻に“~っす”とつく事が多い。

両親が巌戸台商店街にある定食屋“わかつ”を経営している。

 

新井(あらい)健太郎(けんたろう)

月光館学園中等部の三年生。元サッカー部員。

和田と同じく元サッカー部マネージャーの高城に頭が上がらない。

顧問との馬が合わず退部して以来、夜遊びを始める。

髪を茶髪に染めたチャラいスタイルで出歩いていた。

和田と同じく影虎に助けられ、舎弟にしてくれと頼んだ末にパルクール同好会に入る。

両親が巌戸台商店街にある甘味処“小豆あらい”を経営している。

 

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その他

 

陸上部部長

角刈りで体格のいい三年生男子。

エース級の実力者だが、部費のために影虎を強引に入部させようとしていた。

影虎がパルクール同好会を作った事と、強引な勧誘にたいする桐条の指導で勧誘をやめ、反省した。      

      

宍戸(ししど)

部長とともに影虎の勧誘を行い、主に部長を諌めるために動いていた男子生徒。

部長の強引さを持て余していた陸上部の副部長。

 

海土泊(あまどまり)静流(しずる) 月光館学園高等部三年。

原作開始一年前の生徒会長を務めているブラウンの髪をショートカットにした女子。

明るい性格と生徒会長という役職から交友関係が広く、情報通でしたたかさも持ち合わせている。

 

武田(たけだ)光成(みつなり) 月光館学園高等部三年。

原作開始一年前の副会長を務めている長身で目つきの鋭いメガネ男子。

名前が似ているせいで海土泊(あまどまり)には武将と呼ばれている。

無愛想だが自由奔放な海土泊(あまどまり)の行動に振り回されながらも支える男。

 

 

 

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影虎の情報(178話時点)

 

名前:葉隠(はがくれ)影虎(かげとら)

性別:男

格闘技経験:空手、カポエイラ、剣道、サバット、棒術、軍隊挌闘術。

特技:パルクール。

備考:タロット占いとルーン魔術を勉強中。

   現在ルーン魔術を研究中。

   感情をオーラの色で見分けられる。

   霊が見えるようになった。

   気による治療技術を習得しつつある。

 

 

現在の装備: 旅行中のためアクセサリーとドッペルゲンガーのみ。

武器:“ルーンストーンブレスレット”

頭防具:“ドッペルゲンガー”

体防具:“ドッペルゲンガー”

腕防具:“ドッペルゲンガー”

足防具:“ドッペルゲンガー”

アクセサリー:“イエロートルマリンネックレス(雷威力軽減)”

 

ペルソナ:ドッペルゲンガー

アルカナ:隠者

耐性:物理と火氷風雷に耐性、光と闇は無効。

 

スキル一覧

固有能力:

変形     ペルソナの形状を自在に変化させられる。

       防具や武器として戦闘への利用が可能。

       刃や棘を付けることで打撃攻撃を貫通・斬撃属性に変えられる。

       後述の周辺把握と共に使えば鍵開けもできる。

 

周辺把握   自分を中心に一定距離の地形と形状を知覚できる。

       動きの有無で対象が生物か非生物かを判断できる。

       敵の動きを察知できるため戦闘にも応用できる。

       ドッペルゲンガーの召喚中は常時発動している。

       ただし他の事に集中していると情報を受け取れなくなる場合がある。

       周りの声が聞こえるくらいの余裕を持つことが重要。

 

アナライズ  視覚や聴覚、周辺把握など、影虎自身が得た情報を瞬時記録する。

(メモ帳)  記録した情報を元に計算や翻訳などの処理が高速でできる。

       また視界に情報を映し出すこともできる。便利な能力。

 

       用途の例。

       シャドウの情報閲覧。

       文章の閲覧。

       会話の文字起こし(会話ログ閲覧)

       自分が見た画像、映像の閲覧。

       画像の連続による動画化。

       周辺把握で得た形状確認。

       形状の変化から動きの確認。

       学習補助。

       脳内オーディオプレイヤー。

       音楽再生+歌詞の文字起こしで脳内にカラオケ再現。

       時計機能

       測量機能

 

体内時計   時計がなくても時間が正確に分かる。

 

距離感    知覚した物体の長さや距離が正確に分かる。    

 

分度器    角度が正確に分かる。

       

保護色    体を覆ったドッペルゲンガーを変色させて背景に溶け込む。

       歩行程度の速度なら移動可能。

       速度により、周りの景色とズレが生じる。

 

隠蔽     音や気配などを消し、ペルソナの探知からも見つけられなくする。

       単体で使うと姿は見えるが、保護色と同時に使う事でカバーできる。

       音源になる物をドッペルゲンガーで覆うことで防音も可能。

 

擬態     変形と保護色の合わせ技で、姿を対象に似せる事ができる。

       ただし体のサイズは変えられない。

 

暗視     その名の通り。暗くても問題なく見える。パッシブスキル。

 

望遠     これまた名前通り。注視することで普通は見えない遠くまで見える。

       アクティブスキル。

 

小周天    ゲームにはないオリジナルスキル。

       体内で気を巡らせることにより、精神エネルギー(SP)を回復。

       集中しないと使えないため、戦闘中は使用できない。

       回復量は熟練度による。現時点ではそこそこの回復量。

       気功・小の下位互換スキル。

 

 

物理攻撃スキル(オリジナル):

 

爪攻撃  変形で作った爪で攻撃する。敵に食い込み吸血と吸魔の効率が上がる。 

 

槍貫手  ドッペルゲンガーの変形を応用して槍のように刃をつけて伸ばした貫手。

     射程距離は五メートル。

 

アンカー 敵に食い込ませたまま爪を変形させ、糸のように伸ばす技。

     伸ばした部分で敵の動きを絡め取れるが、細ければ細いだけ強度も落ちる。

 

エルボーブレード 前腕部に沿って肘先を伸ばし刃をつけただけ。武器として使える。

 

気弾   肉体エネルギーを打ち出すことで、離れた敵も攻撃できる。

     物理攻撃スキルの根幹となる技法。

 

 

物理攻撃スキル:

 

ソニックパンチ 高速の打撃か気弾で少しのダメージを与える。威力よりも速さが命。

 

シングルショット 気を弾丸の形状にして放つ。通常の気弾よりも貫通力が高い。

 

スラッシュ ギロチンの刃のような形状の気弾を放つ。なかなかの切断力を持っている。

 

攻撃魔法スキル:

アギ(単体攻撃・火)、ジオ(単体攻撃・雷)、ガル(単体攻撃・風)、ブフ(単体攻撃・氷)、アクア(単体攻撃・水)

 

回復魔法スキル:

ディア(単体小回復)、ポズムディ(解毒)、パトラ(混乱・恐怖・動揺)、チャームディ(単体魅了)、プルトディ(ヤケクソ)

 

補助魔法スキル:

対象が単体のバフ(~カジャ)全種。

対象が単体のデバフ(~ンダ)全種。

 

バッドステータス付与スキル:

対象が単体のバステ全種。

淀んだ吐息(バステ付着率二倍)

吸血(体力吸収)

吸魔(魔力吸収)

フィアーボイス

パニックボイス

バインドボイス

 

特殊魔法スキル:

トラフーリ ゲームでは敵から必ず逃げられる逃走用スキル

      本作では瞬間移動による離脱スキル。一日一回の使用制限つき。

 

その他:

食いしばり 心が折れていなければ一度だけダメージを受けてもギリギリ行動可能な体力を残す。

      もはや根性論に思えるスキル。

 

アドバイス ゲームではクリティカル率を二倍にするスキル。

      本作ではシャドウの急所を大まかに知らせるだけでなく、

      影虎が明確に理解していない事柄に対するヒントを与えるなど、

      その名の通りアドバイスが行われるパッシブスキル。

 

コーチング ゲームでは被クリティカル率を半減させるスキル。

      本作では指導の技術を応用して学習を助け、欠点の改善をしやすくする。

      その名の通りコーチを行うパッシブスキル。

      欠点を改善し隙を減らすため、結果的に被クリティカル率は下がる。

 

ミドルグロウ 勉強や技術の習得速度を向上させ、成長を助ける。効果が高くなった。

 

治癒促進・小 自然治癒力を向上させ、体力回復を促進する。

 

気功・小  気を常に体にめぐらせることで、魔力の回復を促進する。

 

軽身功   運動能力の向上。気の流れを観察することで、体の動きを学びやすくなる。

 

拳の心得  拳の攻撃力上昇。拳を使うことに慣れ、効果的に使うコツを掴んだ証。

 

足の心得  足の攻撃力上昇。足を使うことに慣れ、効果的に使うコツを掴んだ証。

 

拳銃の心得 拳銃の攻撃力上昇。拳銃を使うことに慣れ、効果的に使うコツを掴んだ証。

 

料理の心得 料理の腕前が上がる。

      技術で栄養を効率的に吸収できるように加工し、回復効果を増強する。

 

暗殺の心得 隠密行動・追跡行動・不意打ち・逃走のコツを掴んだ証。

      気配を消しやすくなる。

 

警戒    注意力上昇。先制攻撃、不意打ちを受けにくくなる。

 

照準    命中率上昇。

 

豊穣祈願  レアアイテム取得確率上昇。作物の実りが良くなる。

 

ヤケクソ耐性 ヤケクソの状態異常にかかりにくくなる。

 

恐怖耐性 恐怖の状態異常にかかりにくくなる。

 

動揺耐性 動揺の状態異常にかかりにくくなる。

 

打撃見切り 回避力の向上

 

斬撃見切り 回避力の向上

 

貫通見切り 回避力の向上

 

動揺耐性 動揺が行動に悪影響を与えにくくなる。無効ではない。

 

恐怖耐性 恐怖が行動に悪影響を与えにくくなる。無効ではない。

 

光からの生還 ハマ系の魔法で戦闘不能に陥った場合、低確率で復帰できる。

 

カウンタ 敵の物理攻撃に対して反撃しやすくなる。

 

邪気の左手 シャドウからMAGを奪う。

 

召喚 気・魔力・MAGを元に、シャドウを創造し使役する。能力、形状は調整可能。

   応用で武器を作ることもできる。

 

暴走のいざない シャドウを暴走させ、一時的に大きく戦闘能力を引き上げる。

        多量のMAG(感情エネルギー)を無理やり与え、心のバランスを崩す力。

 

 

 

 

 

 

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影虎の情報(256話時点)

 

名前:葉隠(はがくれ)影虎(かげとら)

性別:男

格闘技経験:空手、カポエイラ、剣道、サバット、棒術、軍隊挌闘術、翻子拳、八極拳、

      劈掛拳、太極拳、形意拳、八卦掌

特技:パルクール。

備考:タロット占いの精度が向上。

   ルーン魔術を勉強&独自研究中。

   霊視能力を習得。

   オーラの色で個人の感情やその場の空気を理解できる。

   気の流れから病巣を発見可能になりつつある。

   気を用いた治療技術を習得しつつある。

   人間からのエネルギー回収計画実行に伴い、芸能活動開始。

   だいぶアイドル化が進んでいる……

 

仲間:天田乾、コロマル

コミュ:神の力によりほぼ封印中。コミュは築かれ始めているが、恩恵なし。

    関係が進展する度に痛みを伴う。

 

影時間の装備 “ミリタリーシリーズ”

武器:“ルーンストーンブレスレット”+“ドッペルゲンガー”+“模造刀”

頭防具:“迷彩柄のヘルメット”+“ドッペルゲンガー”

体防具:“ケプラーシャツ”+“ケプラーベスト”+“トラウマプレート”+“ドッペルゲンガー”

腕防具:“死甲蟲の小手”+“ドッペルゲンガー”

足防具:“ケプラーズボン”+“コンバットブーツ”+“ドッペルゲンガー”

アクセサリー:“イエロートルマリンネックレス(雷威力軽減)”

 

ペルソナ:ドッペルゲンガー

アルカナ:隠者(愚者)アルカナシフトにより、任意で変更可能。

耐性:物理と火氷風雷に耐性、光と闇は無効。

   パラダイムシフトによって任意で変更可能。

 

スキル一覧

固有能力:

変形     ペルソナの形状を自在に変化させられる。

       防具や武器として戦闘への利用が可能。

       刃や棘を付ける事で打撃攻撃を貫通・斬撃属性に変えられる。

       後述の周辺把握と共に使えば鍵開けもできる。

 

周辺把握   自分を中心に一定距離の地形と形状を知覚できる。

       動きの有無で対象が生物か非生物かを判断できる。

       敵の動きを察知できるため戦闘にも応用できる。

       ドッペルゲンガーの召喚中は常時発動している。

       ただし他の事に集中していると情報を受け取れなくなる場合がある。

       周りの声が聞こえるくらいの余裕を持つ事が重要。

 

アナライズ  視覚や聴覚、周辺把握など、影虎自身が得た情報を瞬時記録する。

(メモ帳)  記録した情報を元に計算や翻訳などの処理が高速でできる。

       また視界に情報を映し出す事もできる。便利な能力。

 

       用途の例。

       シャドウの情報閲覧。

       文章の閲覧。

       会話の文字起こし(会話ログ閲覧)

       自分が見た画像、映像の閲覧。

       画像の連続による動画化。

       周辺把握で得た形状確認。

       形状の変化から動きの確認。

       学習補助。

       脳内オーディオプレイヤー。

       音楽再生+歌詞の文字起こしで脳内にカラオケ再現。

       時計機能

       測量機能

 

体内時計   時計がなくても時間が正確に分かる。

 

距離感    知覚した物体の長さや距離が正確に分かる。    

 

分度器    角度が正確に分かる。

       

保護色    体を覆ったドッペルゲンガーを変色させて背景に溶け込む。

       歩行程度の速度なら移動可能。

       速度により、周りの景色とズレが生じる。

 

隠蔽     音や気配などを消し、ペルソナの探知からも見つけられなくする。

       単体で使うと姿は見えるが、保護色と同時に使う事でカバーできる。

       音源になる物をドッペルゲンガーで覆う事で防音も可能。

 

擬態     変形と保護色の合わせ技。姿を対象に似せる事ができる。

       ただし体のサイズは変えられない。

 

暗視     その名の通り。暗くても問題なく見える。パッシブスキル。

 

望遠     これまた名前通り。注視する事で普通は見えない遠くまで見える。

       アクティブスキル。

 

 

物理攻撃スキル(オリジナル):

 

爪攻撃  変形で作った爪で攻撃する。敵に食い込み吸血と吸魔の効率が上がる。 

 

槍貫手  ドッペルゲンガーの変形を応用して槍のように刃をつけて伸ばした貫手。

     射程距離は五メートル。

 

アンカー 敵に食い込ませたまま爪を変形させ、糸のように伸ばす技。

     伸ばした部分で敵の動きを絡め取れるが、細ければ細いだけ強度も落ちる。

 

エルボーブレード 前腕部に沿って肘先を伸ばし刃をつけただけ。武器として使える。

 

気弾   肉体エネルギーを打ち出す事で、離れた敵も攻撃できる。

     物理攻撃スキルの根幹となる技法。

 

 

物理攻撃スキル:

ソニックパンチ 高速の打撃か気弾で少しのダメージを与える。威力よりも速さが命。

シングルショット 気を弾丸の形状にして放つ。通常の気弾よりも貫通力が高い。

スラッシュ ギロチンの刃のような形状の気弾を放つ。なかなかの切断力を持っている。

電光石火  打撃属性の小ダメージを複数回、全体に与える

二連牙   貫通属性で二回ダメージを与える。

 

攻撃魔法スキル:

アギ(単体攻撃・火)、ジオ(単体攻撃・雷)、ガル(単体攻撃・風)、ブフ(単体攻撃・氷)、アクア(単体攻撃・水)

 

回復魔法スキル:

ディア(単体小回復)、ポズムディ(解毒)、パトラ(混乱・恐怖・動揺)、メパトラ(全体混乱・恐怖・動揺)チャームディ(単体魅了)、プルトディ(ヤケクソ)

 

補助魔法スキル:

対象が単体のバフ(~カジャ)全種。

対象が単体のデバフ(~ンダ)全種。

マハタルカジャ

マハスクカジャ

マハタルカジャ

 

バッドステータス付与スキル:

対象が単体のバステ全種。

淀んだ吐息(バステ付着率二倍)

フィアーボイス

パニックボイス

バインドボイス

セクシーダンス

 

特殊魔法スキル:

トラフーリ ゲームでは敵から必ず逃げられる逃走用スキル

      本作では瞬間移動による離脱スキル。一日一回の使用制限つき。

 

吸血    体力吸収

吸魔    魔力吸収

 

その他:

食いしばり 心が折れなければ一度だけダメージを受けてもギリギリ行動可能な体力を残す。

      もはや根性論に思えるスキル。

 

アドバイス ゲームではクリティカル率を二倍にするスキル。

      本作ではシャドウの急所を大まかに知らせるだけでなく、

      影虎が明確に理解していない事柄に対するヒントを与えるなど、

      その名の通りアドバイスが行われるパッシブスキル。

 

コーチング ゲームでは被クリティカル率を半減させるスキル。

      本作では指導の技術を応用して学習を助け、欠点の改善をしやすくする。

      その名の通りコーチを行うパッシブスキル。

      欠点を改善し隙を減らすため、結果的に被クリティカル率は下がる。

 

ミドルグロウ 勉強や技術の習得速度を向上させ、成長を助ける。効果が高くなった。

 

小周天    ゲームにはないスキル。

       体内で気を巡らせる事により、精神エネルギー(SP)を回復。

       集中しないと使えないため、戦闘中は使用できない。

       回復量は熟練度による。現時点ではまぁまぁの回復量。

       気功・小の下位互換スキル。

       気功・小との併用可能。

 

治癒促進・小 自然治癒力を向上させ、体力回復を促進する。

 

気功・小  気を常に体にめぐらせる事で、魔力の回復を促進する。

 

軽身功   運動能力の向上。気の流れを観察する事で、体の動きを学びやすくなる。

 

拳の心得  拳の攻撃力上昇。拳を使う事に慣れ、効果的に使うコツを掴んだ証。

 

足の心得  足の攻撃力上昇。足を使う事に慣れ、効果的に使うコツを掴んだ証。

 

槍の心得  槍の攻撃力上昇。槍を使う事に慣れ、効果的に使うコツを掴んだ証。

 

拳銃の心得 拳銃の攻撃力上昇。拳銃を使う事に慣れ、効果的に使うコツを掴んだ証。

 

料理の心得 料理の腕前が上がる。

      技術で栄養を効率的に吸収できるように加工し、回復効果を増強する。

 

暗殺の心得 隠密行動・追跡行動・不意打ち・逃走のコツを掴んだ証。

      気配を消しやすくなる。

 

演歌の素養 歌詞の意味を深く理解して歌う事で、聞いた者の心を動かす(動揺効果)。

      効果を発揮するためには練習が必要。

 

警戒    注意力上昇。先制攻撃、不意打ちを受けにくくなる。

 

照準    命中率上昇。

 

豊穣祈願  レアアイテム取得確率上昇。作物の実りが良くなる。

 

打撃見切り 回避力の向上

 

斬撃見切り 回避力の向上

 

貫通見切り 回避力の向上

 

ヤケクソ耐性 ヤケクソの状態異常にかかりにくくなる。

 

恐怖耐性 恐怖の状態異常にかかりにくくなる。

 

動揺耐性 動揺の状態異常にかかりにくくなる。

 

魅了耐性 魅了の状態異常にかかりにくくなる。

 

動揺耐性 動揺が行動に悪影響を与えにくくなる。無効ではない。

 

恐怖耐性 恐怖が行動に悪影響を与えにくくなる。無効ではない。

 

光からの生還 ハマ系の魔法で戦闘不能に陥った場合、低確率で復帰できる。

 

ヘビーカウンタ 敵の物理攻撃に対して反撃しやすくなる。

 

魔法円  特定条件化で味方全体に体力小回復の効果を与える。

 

邪気の左手 シャドウからMAGを奪う。

 

アルカナシフト  ペルソナのアルカナを任意で変更できる。

         その際、僅かながら特定の攻撃力や防御力などが変化する。

 

パラダイムシフト 自身の耐性や弱点を任意で変更できる。

 

召喚 気・魔力・MAGを元に、シャドウを創造し使役する。能力、形状は調整可能。

   応用で武器を作る事もできる。

 

暴走のいざない シャドウを暴走させ、一時的に大きく戦闘能力を引き上げる。

        多量のMAG(感情エネルギー)を無理やり与え、心のバランスを崩す力。

 

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5/19 三田村香奈についての情報を更新。
6/25 高城美千代についての情報を更新。
   和田勝平、新井健太郎についての情報を更新。
8/21 海土泊静流、武田光成についての情報を更新。
   和田勝平、新井健太郎についての情報を更新。“その他”から“友人”へ移動。

2017/6/8 影虎の情報とスキル一覧を掲載。
2017/11/14 影虎の情報とスキル一覧を更新。
2018/9/7 影虎の情報とスキル一覧を更新。


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プロローグ

初めまして。うどん風スープパスタです。
読んでばかりの私が思いつきを文字にしてみました。
それだけの理由で書いたので、更新は未定。
エタる可能性が大きいです。
自分で書くのは始めてなので、文章は拙いと思います。
別に構わないという方は続きをどうぞ。


 2008年 4月3日 辰巳ポートアイランド

 

 「はぁ、はぁっ、はぁ、っ!?」

 

 息が、苦しい。道も見通しが悪い……もう二度とあの引越し業者には頼まない! 男子寮と女子寮を間違えたとか言って予定より荷物の到着が遅れるし、荷物もいくつか壊れていたし、適当な仕事して!! おかげで荷解きも遅れるわ、気づいたら真夜中だわ、夜食を買いに出たらこの有様だ!

 

 心の中で悪態をつきながら、青緑色の月が照らす街を疾走する。

 

 後ろから“影時間”にのみ生息する“シャドウ”という怪物が俺を追ってくるからだ。アレに殺されるか食われるかすれば、“影人間”と呼ばれる死人のような状態になってしまう。

 

 「そんなの、ごめんだ!」

 

 走り疲れた足に気合で力を込めて全力で影から遠ざかり、遮蔽物の多い路地に身を隠す。

 

 「……逃げきれた、か?」

 

 走り過ぎて痛む脇腹に手を当てて周りの様子を見ても、追ってきていたシャドウは見当たらない。

 

 「今のうちに、どこか建物の中へ……っ!?」

 

 後ろを振り向こうとした視界の片隅に黒い影が映り込み、反射的に身を隠していた路地から飛び出した直後、俺がいた場所へ鋭い爪が振り下ろされた。路地の壁に5本の傷が刻まれた音を合図に、再び命懸けの逃走劇が始まる。

 

 

 

 走り続けて疲れた体は重く、頭にはこれまでの思い出が次々と浮かんでくる。

 

 あれは、そうだ。元はといえばあの神のせいか……

 

 

 

 

 

 ~回想~

 

 気がつくと俺はどこかの部屋に居た。

 

「………………床?」

 

 意識が朦朧として、かすむ目をこすりながら重い体を起こす。最初は家だと思っていたが、意識がはっきりし始めて気づく。俺が寝ていた場所はカーペットの上だ。

 

 家には絶対に無い高級そうなそれに驚き、周囲を見渡せば西洋の城を思わせる装飾過多な内装と椅子があるだけ。壁はあるけど、扉がない。

 

「何処だよここ……夢?」

 

 立ち上がって何度周囲を見回しても、目に映るのは気後れするほど豪華な内装のみ。出口どころか自分がどうやって中に入ったかも分からなかった。

 

 そのうち夢かと思って頬をつねろうとしたその時。

 

「つまらんな」

 

 突然聞こえたのは退屈そうな声。驚いてその元へ振り向けば、玉座の肘置きに頬杖をついて俺を見ている退屈そうな男が一人。態度がまともなら玉座に相応しい貫禄があっただろう古めかしい立派な服を着ている。

 

「あ、あなたは……?」

「他人に名を聞くならば、自分から名乗るのが礼儀ではないか?」

「っ、失礼しました。私は田中太一と申します。それで、あなたは……」

 

 そう聞いても返事がなく、目の前の男性はじっと俺を見ているだけ。そのまま嫌な沈黙が流れたあと、男性は一度ため息を吐いて、今度は背もたれに体を預けてこう言う。

 

「やはり、つまらん。夢かと思えば顔をつねろうとし、名の聞き方を指摘されれば正す。珍しくない反応だ、もはや見飽きた」

「見飽きた、って……そんな事を言われましても……」

 

 俺が意味の分からない反応に戸惑っていると、男性はそれを気にせず独り言のように呟く。

 

「まぁ、そんなつまらん人間だからこそここに来たのか」

 

 この人、何か知ってるのか!?

 

「すみません、ここは何処でしょうか!? 私は気づいたらここに居て――」

「分かっている。分かっているから黙れ。説明もできん」

「は、はい」

 

 気だるそうな声に有無を言わさぬ威圧感を感じて、俺はつい口を閉じてしまう。なんだよ、この人……

 

「黙ったか、では話すが……貴様は死んだ。これから私が貴様を転生させる。以上だ」

 

 …………それだけか!?

 

「ちょ、ちょっと待ってください! それだけですか!? それに、意味がよく……」

 

 俺が声を出したら、さっきよりは大分マシだけど、また威圧感が……

 

「面倒だな……貴様、地球の日本に生きていて、転生だのなんだのという話は知らんのか?」

「暇潰しに、ネットで時々読む程度なら……」

「ならば理解せよ。貴様の身に起こっている事、これから起こる事はまさにそれだ」

 

 理解せよ、って、出来るか!! 現実に起こるなんて考えてるわけないだろ!! と、言いたいが言えない。抵抗は許さんと言いたげに威圧感が強まった。膝が震えて立っているのも辛い。

 

 本当にネット小説の通りなら、俺は死んでいてこんな訳のわからないまま訳のわからない世界に行くのか? バカバカしいと思えたらいいのに……男の奇妙な存在と威圧感がそれを許してくれない。全てを受け入れるしかないと思ってしまう……

 

 でも、せめて!

 

「せめて! せめて、行く所の事だけでも教えてください!」

 

 この叫びが男の琴線に触れたのか、威圧感が消えた。

 

「あっ」

 

 俺はその場に膝から崩れ落ち、男は何か呟きながら俺を見ている。

 

「ふむ……実につまらん言葉だが声を出せたか……よかろう、少し詳しく話してやろう」

 

 俺は顔を挙げて男の顔を見るが、体が震えて声が出ないし異常な疲れを感じる。

 

 そんな俺の様子に構わず、男は勝手に話し始める。

 

「まず、貴様の死は事故だ。私のように貴様らが神と呼ぶ存在が何かをした訳ではない。貴様の魂には善悪が無く、ここで魂を再利用されるために送られた」

 

 半ば呆然としていたけど、男……神の声は届いた。しかし、再利用? 輪廻転生じゃなくて、リサイクルなのか? それに俺の善悪って何だ?

 

「魂は生前に行った善行と悪行により、善か悪のどちらかに偏る。そして死した時点の魂が善ならば世界の秩序と維持のため、悪ならば世界に刺激を与え発展を促す一因として、天国か地獄で力として使われた後で輪廻の輪に戻る。

 だが、貴様のように善と悪のどちらにも偏っていない魂はどちらにも使えぬ。よって一度異なる危険な世界へ送り、その世界や人々を救わせることで力を得る。貴様を異なる世界に送るのはそのためだ」

 

 なんだそれ。言葉は分かるけど、理解ができない……

 

「理解できなくて構わん。貴様が知る必要もない。次に貴様が聞きたがる世界の事だが……」

「戦争でも、起きているのですか……?」

 

 危ない世界と聞いて、威圧感も無かった事でつい口に出た。それについてまた威圧感が来るかと思えば、今度は違った。

 

「戦争、か」

 

 返ってきたのは短い呟きと失笑。それとも嘲笑か? どちらにしても嫌な嗤い方だ。

 

「愚かな……貴様一人の魂で戦争を止めると? 自分にそんな力があるとでも思っているのか? 貴様がそんな人間ならば、今頃天国か地獄でさぞ重用された事だろう。こんな所に来るわけがない。

 ここに来た者が行くのは人が生み出した物語の世界、全ての結果までの筋道が既に出来ていて、比較的問題を解決しやすい世界だ」

 

 言葉の節々が気になるけど、だったら……

 

 恐る恐る、もう一つ聞いてみる。

 

「原作は何でしょうか?」

「Persona3と人は呼ぶ」

 

 全く知らない話でないのが救い……いや、あの話だと敵と戦いまくる事になるはず……

 

「何をもって誰を救うかが重要なのだ。適当な力は与えるが、戦いたくなければ世界を滅亡から救うのは物語の主人公に丸投げすれば良い」

「……そうなると、何をすればいいのですか?」

 

 俺の質問に、神が質問で返す。

 

「貴様が知る物語の最後はどう締めくくられている?」

「記憶にある限りでは、主人公が敵を封印する代わりに死ぬはずです」

「その通り。貴様はその代わりになる」

 

 ………………はい?

 

「物語の筋道では主人公が魂を使い、肉体が死ぬ。そこで貴様が死に、主人公の魂の代わりとなることで主人公を救う。それだけだ。

 送る前に寿命と魂の動きをある程度こちらで設定しておくので、貴様は時が来るまでただ生きるだけで構わん。後は勝手に“世界を救った英雄”を救う事になる」

 

 神はあっけらかんと言い放つ。

 

 どうだ? これで失敗する事など無かろう? と……

 

 

 

 それから神は人の魂は等価ではなく、普通の人間を何百人救うよりも大勢の命を救った英雄を救う方が割がいいとか言葉は理解できる話の他に、言葉の意味すら理解できない話もしていたが、確実に分かった事は1つ。

 

 目の前の神にとっては、俺やここに来た人間なんてどうでもいい存在なんだ。

 

 相手が神ならそう考えるのも仕方ないかもしれない。でも、納得は出来ない。

 

 次々と浮かぶ家族や友人、恋人はいなかったけれど、可愛いなと思っていた学生時代のクラスメイトや同僚の顔……そして、彼らとの思い出。

 

 主人公が異世界に行く内容の小説を読んで楽しんだことはある。主人公になりたいと考えたこともある。でも、今は行きたいと思えない。世界を救う役目だって、誰でもいいじゃないか。

 

 そう考えたら、神はつまらなそうにこう言った。

 

「どのみち死んでいるのだから、家族や友の話など時間の無駄だ。ここに来た時点で貴様の道は1つ、貴様の意思など関係ない。貴様の言葉を借りるならば……私にとって貴様らはどうでもいい、送り込む魂も誰でもいい、だから貴様でいいのだ」

 

 心を読んだように……いや、神なら読めるのか。

 

「さて、もう面倒だ。最後に1つ貴様に命じる。貴様は時が来るまで死ぬことは許さん。それまではどれほど傷つこうと死にきれず、時が来るまで苦痛に苛まれ続けると心得よ。

 それ以外の事は勝手にするがいい。助けはせんが、縛りもしない」

 

 そこまで聞いて、急に立ちくらみを起こしたように目の前が揺れる。

 

「まっ……!」

 

 声がっ……俺は、納得してない!

 

「大人しくなったと思えばまた反抗するか。待たぬよ。貴様の納得も不要だ」

 

 ふざ、っ!

 

 突然に神の姿が変わる。人の面影すらない何かへと……ほんの一瞬その姿を見た途端に目の前が暗くなり、そこから先は覚えていない。

 

 次に目を覚ました時には赤ん坊になっていた。

 

 

 

 ~~~~~~~~

 

 

 

 この世界に生まれて15年、最初は今生の名前が“葉隠(はがくれ)影虎(かげとら)”に変わっていたせいで戸惑ったっけ……また走馬灯……って縁起が悪い!!

 

 「死んでたまるかぁ! 死にきれないなら余計に死んでたまるかぁ!!」

 

 もう自分が何言ってるかも分からなくなってきたけれど、体の力を振り絞って辰巳ポートアイランド駅前の広場に駆け込む。

 

 だが、ここでシャドウが徐々に距離を詰めてくる。疲労が溜まった足よりシャドウの方が早いらしい。

 

 「くそっ! ……イチかバチか……うぉおおおおお!」

 

 雄叫びをあげて駅と駅前広場を繋ぐ階段の横。昼間なら花屋“ラフレシ屋”がある壁に駆け寄り、思い切り跳躍する。

 

 「ふっ!」

 

 壁を駆け上り、壁の高い位置を蹴って後ろへ飛び、シャドウを飛び越える。

 

 「グギィ!?」

 

 俺を追ってきたシャドウは勢い余って壁へ激突。耳障りな悲鳴を上げて動きが止まり、俺はバック宙の要領で一回転してシャドウの後ろへ着地。そして動きが止まってる間に逃げる。

 

 「見たか! これでも、鍛えてるんだ!」

 

 危険に巻き込まれる可能性があるのは分かっていたから、まともに体を動かせるようになってから色々やってコツコツ鍛えてきた。七年半前、影時間が生まれてからは特に。

 

 なぜなら、ペルソナが全く使えなかったからだ。

 

「今こそ必要な時だろうに」

 

 影時間を体験している以上、適性はあるはずなのに一向に使える気配がない。影時間を知ってるから仲間に入れてください、なんて積極的に原作キャラに関わるつもりも無いし、召喚機が無ければ使えないなら一生使えない事も覚悟した。そうなると頼れるのは己の体のみ。だから今日までがむしゃらに鍛えてきた。

 

 意地でも逃げ切る……

 

 「って、もう来やがった!」

 

 考える余裕もなく、またさっきの路地裏へ逆戻り。距離がじわじわと詰められて、とうとうシャドウの細長い手が迫る。

 

 「っ! 行き止まり!?」

 

 駆け込んだ路地の先は逃げ場のない袋小路になっていた。

 

 これはマズイ、別の道うおっ!?

 

 背後から鋭い爪が振り下ろされた。ギリギリで気づいて避けられたけど、今の回避で俺の体は袋小路へ。唯一の逃げ道はシャドウが立ちふさがっている。

 

 「……やるしかないか」

 

 服装はただのシャツとジーンズだけど、目の前のシャドウはゲームで“臆病のマーヤ”と呼ばれていた、最初に出てくる雑魚のはず。体が横幅2mくらいで、今まで遠くから見た事のある奴よりでかいけど……

 

 「キィイ!」

 

 耳障りな声と共に右の爪が横に振るわれ、俺は後ろに下がって躱す。

 続けざまに左の爪が、俺の頭をぶち抜く勢いで突き出される。

 

 膝を曲げ、体を屈めて重心を後ろへ。突き出された手首を両手で掴んで上へそらす。

 

 「ハァッ!」

 

 後ろに傾かせた体を使って後ろに下がり、全力で掴んだ手首を引く。

 

 「キイッ!?」

 「セイ!」

 

 伸びた手をさらに引っ張られた事で、上手くシャドウが引き倒されてくれた。すかさずシャドウの顔、仮面へ掌底を打ち込む。

 

 「くっ……」

 「ギイイイイッ!?」

 「うぉおおおおお!!!」

 

 仮面は固く、掌に壁を殴ったような衝撃が伝わったが、シャドウの悲鳴で効いているのが分かった。ならば、と左右の手で連打。

 

 「ギイ!」

 「おっ! と……」

 

 流石にシャドウもただ殴られてくれるはずもない。殴られながらも体制を立て直して、俺を振り払うように爪を振るった。

 

 少なくとも、全く抵抗できない事はなさそう……体よりも仮面を殴られる方が嫌みたいだ。

 

 「がっ!?」

 

 そう考えたその時、脇腹に強い衝撃と鈍い痛みを受け、体が浮いて路地の壁に叩きつけられる。

 

 「ゲホッ……嘘、だろ……?」

 

 咳き込みながら体の痛みに耐えて目を開けると、俺が戦っていた臆病のマーヤだけでなく飾り物を付けた女性の生首のシャドウ、“囁きのティアラ”が髪を触手のように揺らめかせて浮かんでいた。

 

 「どっから、湧いて出たんだよ……」

 

 あの生首に髪でぶん殴られたのは分かったけど、ヤバイ。

 脳震盪? 体は痛むし、力が入らない。

 

 「くっ、動け、動けって」

 

 俺がもがいている間にも、二体のシャドウはにじり寄ってくる。

 錯覚かもしれないけど、怯える獲物の姿を楽しむような嗜虐性と、目の前に美味そうな食事が並べられているような興奮を感じる。

 

 ここまでか……

 

 今度の人生も、短かったなぁ……

 

 あの神のせいでこの世界にきた当初は、何もかもが気に入らなかった。

 赤ん坊だったから、よく泣いてよく暴れた。

 そんな俺に、両親はずっと良くしてくれた。

 成長してもそれは変わらず、いつの間にか不満の大半は無くなっていた。

 前世の経験があるから小・中の勉強は楽勝で、変わりものか天才児に勘違いされたけど、学校にはそれなりに友達も居た。

 ……あの神に感謝はしてない、あの神は気に食わない。

 でも、あの神に与えられたこの人生は、幸せだったと思う。

 もうすぐ死ぬのは分かってたんだ。……もう、いいかな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いいのか?』

 

 誰かの声が聞こえた気がする……何が?

 

『本当にこのまま死んで、いいのか?』

 

 ……

 

『死にたいのか?』

 

 そんなわけない。

 寿命まではまだ今年を含めて2年あるんだ。

 時間の許す限り生きていたい。

 死に方だって選びたい。

 こんな道端で化物に食われて死ぬより、ベッドの上で死にたい。

 関わりたくはないけど、俺が身代わりになる主人公とその仲間は一目見ておきたい。

 死にたくない。

 

『なら、生きろ』

 

 体も動かないのにどうやって?

 

『あがけ』

 

 あがけって、そんな適当な……

 

『それ以外に何もできないだろ?』

 

 まぁ、そうだな。

 

『さぁ、どうする? 時間が無いぞ』

 

 声の言う通り、臆病のマーヤが両手と体を広げて俺の体に覆いかぶさろうとしている。

 

 俺は、やっぱり生きていたい!

 

 そう思ったら体に力が少しだけ戻った気がした。

 

 臆病のマーヤが倒れ込んでくる。咄嗟に左腕で体を支え、右手を握った拳を迫るシャドウの仮面に向けて突き出す。

 

 「ギヒィイ!!!」

 

 俺の拳にヘッドバットをかました臆病のマーヤが一際大きい声で叫び、体を仰け反らせた。

 俺は立ち上がらずに横へ転がり、のけぞるシャドウと道の隙間へ飛び込む。

 

 「うっ……!」

 

 上手く隙間を転がり出て立ち上がったのに、逃げる直前で起きた急な立ちくらみに足が止まってしまい、また生首に狙われる。

 

 鞭として振るわれ、風と風を切り裂く音を纏った髪が俺に当たる直前、また頭の中に声が響いた。

 

『我は汝、汝は我』

 「キィ!?」

 「あ、あれ?」

 

 腕を交差させて攻撃を受けたら、直撃したのに痛みが無く、シャドウが始めて俺を警戒するように距離をとる。

 

 気づけばいつの間にか俺は着たおぼえのない黒のロングコートを着て、両手には同じ素材の黒い手袋、右目には泥棒が持っていそうな片眼鏡を付けていた。

 

 これ……ペルソナか!?

 

 疑問と同時に“力”の使い方が頭へ流れ込み、理解した瞬間、何かが体を突き動かした。

 俺は衝動的に2体のシャドウに向き直る。

 

 逃げ続けても追われるだけ。今なら、いける。まずは

 

 「ディア!」

 

 回復魔法を使えば体の痛みが消え、体に力が戻る。けれども、その間に生首から髪の連続攻撃が来た。

 

 「スクカジャ!」

 

 命中・回避能力上昇のスキル。生首の攻撃を把握でき、回復したこともあって体が軽い。自分でも驚くほど体が動いて、攻撃は全て空を切る。

 

 そのまま臆病のマーヤに接近しながら、今度は攻撃力を底上げする。

 

 「タルカジャ!」

 

 体にいっそう力が漲り、臆病のマーヤまであと二歩。

 

 「ラクンダ!」

 

 伸びてくるマーヤの両手をくぐり抜け、防御力を低下させるスキルを使い、渾身の一撃を叩き込む。

 

 「ギィイ! ッ……」

 

 カウンター気味にシャドウの仮面へ拳がめり込み、割れた途端に臆病のマーヤが溶けるように消えた。

 

 あと一体!

 

 「キィッ!? キッキッ!」

 「待て」

 

 臆病のマーヤが倒されたことで逃げ出そうとする生首。でも、髪を掴み取ってやれば逃げられない。そして

 

 「アギ」

 

 俺が生首を睨んで呟くと何もない空間に突然小さな爆発が起こり、生首を炎が飲み込む。

 炎と煙がはれた時、そこには生首の影も形もなく、手元の髪は先端から消えていった。

 

 

 

 

 

 「助かった……」

 

 ペルソナを使い始めてからは軽く倒せたけれど、それまでの疲労がシャドウが消えた安心感と一緒に押し寄せてきて、路地のど真ん中でつい座り込んでしまう。

 

 「これが、俺のペルソナか」

 

 身につけた装備に意識を向けると、それらは実態の無い煙となり、俺の前で人型に変わる。

 黒い短髪に黒い目、シャツとジーンズを着て道端に座り込む、鏡写しの俺の姿。

 

 俺のペルソナ“ドッペルゲンガー”

 

 今は俺の姿をしているけど、本当は特定の姿を持たない。

 その代わりに変身が可能で武器や防具に変身できる。

 

 少し驚いたけどペルソナと合体させた武器もあるんだし、装備品の入手方法を持ち合わせていない俺にとっては都合がいい。

 

 物理と火氷風雷は全て耐性があり、光と闇は無効。

 ゲームでは聞いたことのない能力を複数持っていて、その全てが戦闘より逃げ隠れに向いているため“生き延びるためのペルソナ”という感じがする。

 

 「ペルソナが“ドッペルゲンガー”で、この能力。“もう一人の自分”か……まだ分からない事もあるけど……まず、帰るか」

 

 それから俺はドッペルゲンガーを装備品に戻し、本当の安全を求めて寮へ帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あっ、夜食買ってなかった……」




主人公&オリジナルペルソナ設定

主人公設定
名前:葉隠(はがくれ)影虎(かげとら)
性別:男
容姿:黒い短髪に黒い瞳。体はしっかり鍛えているが、どこにでも居そうな普通の生徒。
性格:転生前は生真面目。転生後も根は真面目だが、転生経験がどう影響したのか、時々微妙にはっちゃけ気味、時々不安定。幼少期から将来に危機感をおぼえ、鍛えていたため運動能力には自信あり。








ペルソナ:ドッペルゲンガー
アルカナ:隠者
耐性:物理と火氷風雷に耐性があり、光と闇は無効。

スキル:
補助とバステのスキルが中心、現在は対象が単体のスキルのみ使用可能。
魔法攻撃スキルは火、氷、風、雷の単体攻撃四つのみ。光と闇の即死系は使用不可。
物理攻撃スキルは一つも無い。
回復も出来るが、やはり現在は効果が単体のスキルのみ。
一日一回だけ“トラフーリ”という逃走用の魔法が使える。
逃走、隠密行動用の能力を複数持つ。

備考:
特定の姿を持たない代わりに変身が可能で装備品にもなる。召喚に召喚機は不要。
防御力と敏捷性は高いが攻撃力に欠ける。
戦闘より逃げ隠れに特化した生き延びるためのペルソナ。
とある秘密が隠されている?


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原作開始前
1話 目覚めの翌日(前)


2008年 4月4日 朝

 

「……だるい」

 

 男子寮の狭いワンルームで起きて第一声がこれ。影時間とペルソナの初使用に空腹まで重なったからか、疲れが全然取れていなくて日課のジョギングに行く気が起きない。とはいえ二度寝する気にもならなかった。

 

「六時……寮の食堂で朝食が出るって聞いたけど、この時間じゃまだ早いか」

 

 仕方なく水を飲んで空腹を紛らわせ、ベッドで横になったまま昨夜の出来事について考えてみる。

 

 

 

 昨日は危なかったけど生きているからよしとして、問題はペルソナだ。

 

 なんでか知らないが召喚機なしで呼び出せた。もう結構長いこと影時間を体験しつづけていたからか、初召喚で気絶もしなかった。けど下手したらあそこで朝を迎えていたかもしれない。

 

 そうなっていた場合、誰かに発見される前に目が覚めなければ警察か病院に運ばれただろう。確か“山岸風花”の適性が発見されたのは検査を受けた病院だったはず。危うく巻き込まれる所だ。気を付けないといけない。

 

 

「……やっぱり、これからはペルソナの訓練をすべきか」

 

 来年、原作が始まればシャドウが活発に動き回るようになるはず。

影時間から逃げられない以上、それまでに今の力を把握して力をつけておかないと危ない。

 

 というのも、昨日なんとなく理解できた限り、俺のペルソナは弱い気がする。

 

 防御力は高そうだけど、攻撃用のスキルがアギ、ブフ、ガル、ジオ。つまり火、氷、風、雷の単体攻撃魔法四つしかなく、物理攻撃のスキルにいたってはひとつもない。代わりにやたらと補助とデバフのスキルが充実している。そしてレベル1状態なのか、複数の相手に影響を及ぼすスキルは持っていない。

 

 早い話が火力不足。このままだと来年を迎えるには心もとないし、原作介入なんてもってのほか。ガンガンいこうぜ! 的な感じでタルタロス攻略をする奴らに混ざって戦える自信はない。

 

 

 

 しかし、幸い俺のペルソナには変わった能力があるらしい。

 

 まず、常時発動されている能力が2つ。

 

 一つは自分を中心に一定距離の地形と動く物を知覚できる“周辺把握”。集中すれば半径100m位の様子が分かり、そうでなくても曲がり角で不意打ちを受けたりはしないと思う。

 

 二つめが劣化アナライズ。アナライズと呼んでいるけど、原作の山岸風花のように敵の情報を分析することはできない。実際に攻撃してみた結果を収集する、ただのメモ帳でも代用できそうな能力。

 

 意識しないと使えない能力には、体を背景に溶け込ませて見えにくくする“保護色”と気配や音を消す“隠蔽”の二つがある。

 

 保護色は体の変化が追いつかない移動速度で動くとモロバレ、隠蔽は姿が見えるが保護色と併用することで弱点を補える。

 

 これらの能力を使った雑魚刈りをして訓練するしかない。これからの伸びしろに期待、といったところか……最悪の場合は主人公とその仲間、“特別課外活動部”へ影時間の適正とペルソナの事を明かして保護してもらう事も最終手段として選択肢に入れておこう。

 

 昨日の件で俺は死をそのまま受け入れられる人間じゃない事が分かった。生きるために逃げて、逃げられなければ戦う。戦って生き延びられないなら、助けを求める。それが当然に思える。

 

 ただ強引にタルタロス攻略に参加するように誘われるだろうから、保護は本当に最終手段だ。生きるために保護されて、どこより危険な場所に放り込まれちゃたまらない。

 

 そうなると巌戸台分寮の場所を探して確認しておくべきだな……その時になって場所が分からなくちゃ困る。ついでに散歩がてらこの辺を歩き回って土地勘を掴むか。

 

 商店街も探して叔父さんに挨拶もしないといけないし……なら父さんからのお土産も持って……

 

 

 

 そんな事をしていたら、時計を見て結構時間が経っていたことに気付く。

 

「そろそろ朝食も出る頃かな?」

 

 身だしなみを軽く整えて部屋から出る。すると向かいの部屋の扉が開いて眠そうな坊主頭の少年が出てきた。俺はその顔に見覚えがあり、固まっていると向こうも俺に気づく。

 

「あ゛~、ん?」

「あ、おはようございます」

「ぁ、はよーっす。えっと、どちらさんで?」

「昨日からこの部屋に来た、今年から高一の葉隠影虎です。よろしく」

「あー、そういや昨日の夕方に荷物運び込まれてたっけ。オレッチは伊織(いおり)順平(じゅんぺい)。俺も今年から高一、伊織でも順平でもどっちでも好きに呼んでいいから、よろしくな!」

「こちらこそ、よろしく……」

 

 目の前の少年は伊織順平と名乗った。野球帽をかぶってないから人違いかと思ったけど、間違いなく原作キャラの1人だった。まさか、この段階で原作キャラに会うなんて……

 

 おまけに順平の人柄と勢いのせいで朝食も一緒に食べることになった。

 

 

 

~男子寮・食堂~

 

 ご飯、納豆、サラダ、お味噌汁に焼き魚。これぞ日本の朝食というメニューがトレーに乗って、長いテーブルの端に向かい合うように座った俺たちの前に置かれている。

 

「いっただっきまーす」

「いただきます」

 

 俺が納豆にだしを入れて混ぜている間に、順平は焼き魚に箸をつけていた。

 

「うん、早起きしたら味違うかな~と思ったけど、いつも通り代わり映えしない味だぁ。いや、うまいけどね」

 

 誰に言い訳をしているんだろう? 順平が味の感想の後に慌てて付け足した言葉を聞いて、俺も焼き魚を食べる。

 

「普通に美味しい。順平はここの食事を食べ慣れてるの?」

「まぁな。俺っち、中二からここ住んでるからさ」

「へー、なら、この辺の事にも詳しい?」

「あったりまえよ! つか、そうか。影虎は昨日来たばかりだもんな……うっし! それなら俺がバッチリこの辺の案内してやるよ!」

「え!?」

 

 グイグイ関わってくるな!? ……でも好意を無下にするのも失礼だしなぁ。普段、友達付きあいをする位はいいか。

 

「……いいのか?」

「モチよモチ、遠慮すんなって。予定なんか何にもなくて暇だしさー、今日休みなのにこんな早く起きたのだって、昨日する事なくて早い時間に寝ちまったからだし」

「だったらお願いしていいかな?」

「任せとけ! なら、とっとと食っちまおうぜ」

 

 俺と順平は朝食を食べ、一度部屋に戻って着替えてから街にくりだした。

 

 ちなみに俺の服は昨日とは違うTシャツとジーンズに、安物のウインドブレーカーを羽織っただけ。身軽だし、気温の変化に対応しやすくて気に入っているスタイルだ。

 

 ファッション的にどうかはあまり気にしていない。ダサいと笑われたら軽くへこむけど。

 

 

 

~月光館学園・校門前~

 

「ここが、月光館学園」

「ここがこれから一番世話になる場所だな。つか、休み中に学校行くなんて変な感じがするぜ……道は分かっただろうし、次行こうぜ」

 

 特にしたい事もないので、学校をあとにする。

 

 

 

~ポロニアンモール~

 

「放課後にどっか行くってなると、だいたいこの辺だな。買い物もここ来ればいろいろ揃うし、カラオケやゲーセン、クラブもある。クラブは行ったことねぇけど……どっか寄ってくか?」

 

 少しだけゲームセンターに寄ってみた。

 

 順平はクレーンゲームが得意らしい。

 

 何かのアニメのストラップを簡単に取っていたのを褒めたら、調子に乗って次々とストラップを取っていた……

 

 アニメキャラストラップを大量に手に入れた!

 

 

 

~辰巳ポートアイランド駅前~

 

「ここが駅、って見りゃわかるか。つか、男子寮来るときに一度は来たことあるよな?」

「ここら一帯は大体分かるよ、うん……」

「? あ、もしかして、間違えて駅の路地裏入っちゃった系? あそこは駅前広場はずれって言って、不良のたまり場でマジやばいから気をつけろよ、マジで」

「そうだな……」

 

 不良にも気をつけよう。

 

 

 

~巌戸台駅前~

 

「ついたぜ、ここが巌戸台だ。すぐ近くの商店街には飯食えるとこいっぱいあっから、外食するならここに来れば困らないぜ。

そういやそろそろ昼飯時だし、何か食ってく? さっきゲーセンで金使っちまったから、高いもんは無理だけど」

「それなら、鍋島ラーメン“はがくれ”はどう?」

「おっ、いいな。それなら十分……って、影虎ってはがくれは知ってたのか? まさか、何かで調べる程のラーメン好き?」

 

 ラーメンは好きだけど

 

「順平、俺の名前は?」

「へ? 影虎だろ? はがく……あっ!? えっ!? まさか!?」

 

 順平は目を丸くして俺を見ている。

 

 リアクション大きいな……まぁ、俺も両親の海外転勤が決まって、何かあった時に相談できる大人が居た方が良いと月光館学園を勧められた時まで俺の苗字との関連に気づかなかった。というかラーメン屋の名前を忘れていて、気づいた時に大騒ぎしたから他人の事は言えない。

 

「ラーメン屋の“はがくれ”は俺の叔父さんの店だよ」

「へー、そうなのか。じゃあ、はがくれのラーメンはよく食べてたのか?」

「いや、実は一度も食べたことない」

「え、そうなの? なんで?」

 

 叔父さんは俺の父さんの弟で、実家から出てここでラーメン屋を経営している。そして俺は両親と実家住まいだった。

 

 俺と叔父さんが会っていたのは叔父さんが実家に帰ってくる年末年始だけで、その時の食事は基本的におせち料理。そうでない時は外食で、叔父さんが実家で食事を作っていた記憶が無い。

 

 そう伝えると順平は納得したようだ。

 

 たわいもない話をしつつ商店街へ向かえば、ゲームにあった通りの光景が広がっていた。他もそうだったけど、要所はまるっきりゲームのまんまだった。

 

 ワイルダック・バーガーとたこ焼き屋・オクトパシーの間にある階段を登って、いい匂いが漂う2階へ足を進める。



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2話 目覚めの翌日(後)

続きです。


 ~鍋島ラーメン“はがくれ”店内~

 

 「らっしゃーせー!」

 

 店に入ると威勢のいい若い男性の声が俺達を出迎えて、カウンター席の端へと案内される。

 

 俺は席についてからカウンターの中に居た男性に声をかけた。

 

 「すみません」

 「はい、何にしましょう!」

 「あ、いえ、注文の前に、店長さんに甥の影虎が来たと伝えていただけますか?」

 「ああ! 店長から聞いています、ちょっと待っていてください。店長!」

 

 その男性店員が立ち去ると、一分も経たないうちに大柄で頭に手ぬぐいを巻いた男性が豪快に笑いかけてきた。

 

 「久しぶりだな、影虎!」

 「お久しぶりです。営業時間中にすみません。今年のお正月は会えませんでしたから、前回から一年以上空きましたね」

 「おう。見ての通りこの店が忙しくてな、嬉しい悲鳴ってやつだ。時間の事は気にすんな。いつでも来いって言っておいたろ? それよりそっちはどうだ?」

 「業者のミスで少し引越し作業と荷解きが遅れましたけど、それ以外の問題はありません。友達も出来ましたし」

 

 俺の視線を追った叔父さんが俺の隣に目を向けると、順平が少し慌てながら自己紹介をした。

 

 「あ、俺、伊織順平って言います。こいつ、じゃなかった。葉隠君の部屋の向かいの部屋に住んでます」

 

 そんな順平にまた叔父さんが笑いかける。

 

 「そうかそうか! ダチができたなら安心だ! 時々妙に固っ苦しいところがあるが、悪い奴じゃねぇ、コイツをよろしくな?」

 「は、ハイっす」

 「おし! お前ら何か食ってけ、今日は俺の奢りだ」

 「マジっすか!?」

 「おうよ」

 

 叔父さんはカウンターから身を乗り出して、声を潜めて言う。

 

 「せっかくだ、ウチの隠しメニュー。“はがくれ丼”食ってみるか?」

 「隠っ……そんなメニューあったんすか?」

 「“隠し”メニューだ。影虎のダチだから教えるが、あんまり広めてくれんなよ? 仕込みに手間がかかるし、何よりつまらんからな。その代わり味は保証するぜ、どうだ?」

 「はい、俺それにします!」

 

 順平のメニューははがくれ丼に決まったようだ。そして俺は

 

 「俺は普通にラーメンをお願いします」

 「なんだ、ノリの悪い奴だな」

 

 叔父さんがそんな事を言ってくるが

 

 「いや、俺、叔父さんのラーメン食ったこと無いから。普段の味を知ってから隠しメニューでしょう。隠しメニューは次回ってことで」

 「それもそうか……わかった、はがくれ丼とはがくれ特製トロ肉醤油ラーメンの大盛りを食わせてやるから待ってろ」

 

 叔父さんはそう言って調理に取り掛かるために去っていく。

 

 「なんか、迫力あるけどスゲェいい人だな、お前の叔父さん」

 「昔から、会うたびに良くしてもらってるよ」

 

 それから俺は奢りと隠しメニューで気を良くした順平と適当に話しながら待ち、やってきたラーメンに舌鼓を打った。

 

 食べ終えるとトロ肉醤油ラーメンで俺の中で何かのパラメーターが上がった! ……かどうかはわからないが、ラーメンはどうして今まで作ってもらわなかったのかと思うくらい美味かった。これは流行るのも当然だわ。

 

 「ごちそうさまでした」

 「ごちそうさまです! マジ美味かったっす」

 

 食後、満腹で苦しい腹をさすりながら叔父さんにお礼を言うと

 

 「気にすんな。毎回奢ってはやれねぇが、また来てくれよ。それから影虎、これ持ってけ」

 

 差し出されたのはラーメンのどんぶり型キーチェーンが付いた鍵。

 

 「この店の合鍵だ。何かあれば電話するか、直接ここに来て開けて入ってこい」

 

 「いいんですか?」

 「俺は仕込みやなんやらで鍵は閉めるが、閉店後も遅くまでこの店に居るからな。家よりここに居る時間の方が長いんだ。仕込み中で電話に気づかねぇ事もあるかもしれねぇから一応持っとけ」

 「……分かりました。大切にお預かりします」

 

 俺はその鍵を受け取って早々に、上着のポケット(ジッパー付き)の中に入れて、ラーメン屋・はがくれからお暇する。

 

 

 

 「次どこ行く? もう大体俺らが行くとこは案内しちまったけど」

 

 階段を下りている最中、順平にそう聞かれる。

 

 「そうだな……」

 

 巌戸台分寮、はダメだな。一人で探すならともかく、怪しまれない理由無しに順平に聞けば後々のリスクが高まる。

 

 「生活に必要な場所は十分教えてもらったし、特に見たい所も思いつかないな」

 「そっか。んじゃ長鳴神社って毎年夏祭りとかやってる神社があるから、腹ごなしにそこまでぶらついて寮に戻ろうぜ。

 そういえば、影虎って何で月高(ウチ)に?」

 「うちの父さんが海外に転勤することになったんだ。それで一緒に海外に行くか、万一の時に頼れるさっきの叔父さんが居るここで寮生活かの二択を迫られて、こっちを選んだだけだよ。幸い成績は問題なかったし」

 「親父さんの都合か……」

 

 ん? なんか順平の様子がおかしいな……そういや順平は父親と上手くいってなかったんだっけか? というか原作キャラは全員家族に何らかの問題やコンプレックスがあったっけ……

 

 一瞬の沈黙が流れたが、順平の質問でまた会話が始まる。

 

 「影虎の親父さんって何してる人?」

 「バイク好きで速水モーターってバイクメーカーに勤めてる」

 「速水モーター……聞いたことないな」

 「一般向けのバイクも作ってるけど、客層はバイクの愛好家の方が多い会社だから仕方ないさ。父さんも元ヤンのバイクオタクだし」

 「え、マジで?」

 「マジで。ちなみに名前は葉隠(はがくれ)龍斗(りゅうと)

 まぁ転勤は来年からだから今年一杯は地元の高校にも行けたけど、高校1年からの方が輪に入りやすいだろうってことで今年から来たんだよ」

 「なるほどなー」

 

 そのままたわいもない話に花を咲かせて歩いていると、見覚えのある建物の前を通りかかる。

 

 「!?」

 

 建物の看板にはこう書かれていた。

 

 私立月光館学園学生寮・巌戸台分寮、と

 

 おいおいおい! 探してないのに見つけたよ! ここが、巌戸台分寮か……

 

 「どうかしたか? 影虎」

 

 知らず知らずのうちに足が止まっていたようで、少し先から順平が戻ってきた。

 

 「いや、この看板がちょっと気になって」

 「看板? 私立月光館学園学生寮・巌戸台分寮。へー、ここも寮なのか。それも俺たちの男子寮と同じ月光館学園の」

 「そうそう、だからこんな所にも寮があったんだなーと思って」

 「そういや俺も知らなかったな」

 

 なんとか順平には怪しまれずにすんだ。と胸を撫で下ろしたところで

 

 「おや? 君たち、ここに何か用か?」

 

 いきなり建物の扉が開き、出てきた“桐条美鶴”に訝しげな声をかけられた。

 

 うわぁ、見たことある顔がまた一人……順平も知ってるのか、めっちゃ慌ててる。それじゃ余計に不審だろ!

 

 「すみません、この寮の方ですか? たまたま通りがかってみたら、この建物と看板が気になったもので」

 「建物と看板?」

 

 俺の言葉に疑問符を浮かべる桐条美鶴。そこに再起動した順平が説明を加えた。

 

 「こいつ昨日こっち来たばかりで、街の案内してたらここを通りかかったんすよ。んで、見たら立派な建物に月光館学園学生寮・巌戸台分寮って書かれてて、ここも寮なんだな~知らなかった~って話になって」

 「……なるほど、そういう事だったか。疑ってすまない。

 ここは古いホテルを改装して作られた寮で、改装時に入れ替えた設備も古いものが多くてな。

 現在は入寮の受付を断り、入寮者は設備の整った新しい寮へ行くようになっているんだ。そのため入学についてのパンフレットや広告媒体にこの寮の事は書かれていない。君たちが知らないのも無理はないだろう」

 「そ、そうなんすか」

 「教えていただいて、ありがとうございます。それでは僕達はこの辺で」

 

 教えてくれた事に礼を言って立ち去ろう。

 

 「待ってくれ」

 

 と思ったら呼び止められた。

 

 「何でしょうか?」

 

 平静を装って返事をすると、桐条美鶴が俺を見た。

 

 「今のやりとりを聞く限り、君は高等部からの新入生だな?」

 「はい、そうです」

 「私は月光館学園高等部2年、桐条美鶴だ。少し早いが、月光館学園へようこそ」

 

 えっ? ようこそ? 

 

 「3年間という短い期間だが、悔いのない学生生活を送って欲しい。君を含めた生徒がより良い学生生活を送ることができるよう、我々生徒会も尽力する所存だ」

 「ご丁寧にありがとうございます。今年高等部1年に入学させていただく葉隠影虎です」

 

 少し戸惑ったけど名乗られたので名乗り返すと、桐条……先輩は笑顔を見せる。

 

 「葉隠影虎、だな。覚えておく。何かあれば生徒会に相談するといい。要望や意見など、学生の声は常に募集している。

 ……呼び止めてすまなかった。私も出かけるところだったので、これで失礼する」

 

 桐条先輩は俺と順平に別れを告げて、そのまま去った。

 

 「な、なんだったんだ? いや、あの有名な桐条先輩って事は知ってるけどよ」

 「とりあえず歓迎された、のかな?」

 

 俺がペルソナ使いとは気づいてない、よな? 気づいてたらもっと何かアプローチがあってもおかしくないし……

 

 でも、今の桐条先輩はイメージよりいい人っぽかった。影時間の適性所有者の勧誘と戦力増強に熱を上げていて多少強引なイメージがあったけど、影時間やシャドウが関わらなければ、普通にいい人なのかもしれない。

 

 よく考えてみれば、学校ではかなり慕われてるんだっけ?

 

 神社に向かう道すがら順平に桐条先輩の事を聞いてみると

 

 「あの桐条グループの総帥の一人娘。去年は一年生なのに生徒会長に推薦されたって噂もあるし、非公式ファンクラブはもう公式じゃね? ってくらい堂々と活動してる奴いるしで、学校一の有名人よ。

 生まれからして天と地の差。月とすっぽん。住む世界が違う月光館学園で一番有名な女子生徒。それがあの桐条先輩だぜ。

 ……つーか、今日会ったなんて絶対に学校で話すんじゃねーぞ。いや、学校じゃなくても話しちゃダメだ。俺とお前の秘密、これ絶対な!」

 「何で?」

 「ファンクラブの奴に知られたらマジで面倒臭い事になるんだよ……たまに、本物のストーカーじゃね? って思っちまう奴とかいるしさ……

 それに今日の先輩、私服だったじゃん? プライベートの先輩に会ったなんて知られたら、熱狂的なファンが押しかけてどんな服装かとか事細かに吐かされっぞ。覚えてないって答えても、独占とか言われて詰め寄られる」

 

 うっわ、本当にめんどくさそう。

 

 「やけに具体的だけど、経験あるのか?」

 「去年のクラスに、桐条先輩と話したって自慢した奴が居たんだよ……」

 「ああ、それで」

 「でもお前はバレたらそれ以上だと思うぜ。名乗って、覚えておくって言われてただろ? アイドルの握手会に毎回行ってる常連の自分が流れ作業で握手して終わり、見覚えのないぽっと出のファンがアイドルに名前覚えられてたらどう思うよ?」

 

 順平の言葉が頭に響き、軽く頭が痛む。

 

 「説明ありがとう。そして、俺は、何で名乗った……」

 「とりあえず黙っときゃなんとかなるって。おかしいのは一部の熱狂的ファンだしさ」

 「万一バレたら?」

 「そん時は……お手上げ侍?」

 

 入学前からちょっと気分が重くなる。

 

 「そんなに心配すんなよ、半分は冗談だって」

 

 半分本当じゃないかと突っ込みたいところだったが、そうこうしているうちに神社に着いてタイミングを逃してしまった。

 

 

 

 ~長鳴神社・境内~

 

 「ここが長鳴神社。それほど大きくない神社だけど、木が多くて夏場も割と涼しいし、たまに散歩するにはいい所だぜ。せっかく来たんだしおみくじでも引いてみねー?」

 

 順平の提案でおみくじを引く事になった。

 

 「まずは俺からな! オラー!!」

 

 順平が必要のない気合を入れておみくじの筒を振る。そして出たのは

 

 「三番、吉。微妙だなぁ。可もなく不可もなく、だとさ。次、影虎な」

 

 筒を受け取り、適度に振る。

 

 「七十二番……大吉!」

 「マジで!? うわ、ホントだ。影虎って運が良いほう?」

 「わからないけど、おみくじで大吉を引いた事なんてほとんど無い気がする」

 「へー、で、なんて書いてある?」

 「健康運、絶好調。金運、臨時収入有り。待ち人、待たずとも来る」

 

 この待ち人って、原作キャラの事じゃないよな? そうだとしたら当たってる。今日だけで順平に桐条先輩……ん?

 

 「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」

 

 また来ちゃった……

 

 遠くから変わった毛色の柴犬、“コロマル”が境内にある砂場を歩いている。

 

 「犬?」

 

 この順平の声を聞きつけたコロマルが俺達に気づき、そのまま逃げ出してしまった。

 

 「あ、逃げた」

 「やべ、脅かしちまったかな?」

 

 コロマルと会話はなかったけど、一日で二人と一匹か。そういえば体調もいつの間にか良くなってるし、このおみくじ、当たっているかもしれない。

 

 それから俺達は寮に帰る。

 

 しかし帰り道で一万円札を拾い、当たりすぎるおみくじに軽い恐怖を抱くことになった。

 

 これで大凶を引いていたらどうなっていた事か……まぁ、今日は大吉なのでよしとする。

 

 体調が良くなったおかげで、今夜からペルソナの訓練を始められそうだ。



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3話 第一種接近遭遇

 2008年 4月5日 朝

 

 「困った……」

 

 日課のランニングの後、シャワーを浴びて帰った部屋のベッドに横たわって昨夜の事を思い出す。

 

 昨夜、俺は影時間に出歩いた。目的はペルソナの能力確認と戦闘訓練なのに、肝心のシャドウが見つからなくちゃ意味が無い。

 

 一昨日の夜は実際に戦ったし、影人間というシャドウの被害者も居る以上、街中にシャドウが出現する事は間違いない。だけど、昨日は影も形も見えなかった。

 

 「思い返してみれば、シャドウを見る事ってあんまり無かったもんな……」

 

 忘れもしない2000年の9月。

 俺は桐条グループの実験失敗による事故が起こった当時からもう影時間を体験していた。

 きっと俺がこの世界に来た時点で適性を持っていたんだと思う。

 

 あの当時の俺はまだ小学生で、いつ家の中にシャドウが押し入ってくるかと毎晩ビクビクしていた。影時間になって、終わるまで眠れずに家の中を徘徊して窓の外をうかがう。そんな事を続けていたけれど、シャドウは月に何度か見れば多い方だった。

 

 元々街中に出るシャドウはイレギュラーと呼ばれ、たまにしか出ないという話だったから地元では仕方ないと思っていたが……ここにはシャドウに襲われた結果の影人間が大量に現れ、シャドウの巣であるタルタロスが近い。それなのにシャドウが居ないとは思えない。

 

 可能性としては

 

 1.俺の捜索能力不足により、発見できていないだけ。

 2.現時点では少なく、原作が近づくにつれて増えていく。

 

 この2つが考えられる。

 

 1つめならまだいいが、2つめの場合だと原作開始に“備える”という目的が達成できるかどうか……

 

 今は戦闘以前にペルソナの能力を確認している段階だからまだいいけど、それが終わってから時間を無駄にするのは避けたい。せめて1日1匹でも見つかれば一年で365回戦闘経験を積め……いや、それでも少ないな。毎日見つかる保証は無く、体調にも気をつけて場合によっては休みも必要になるんだから。

 

 「タルタロスに行けばシャドウは居るだろうけど、な……」

 

 悩む間にも時間は過ぎてゆく。

 

 

 

 ~夜~

 

 悩みながら部屋の荷解きや明後日からの入学の準備を整えているうちに、夜になってしまった。現在、11時59分50秒。

 

 ……あと5秒、4、3、2、1……

 

 時計の秒針が全て真上を指した瞬間。部屋中の電気が消えて部屋のいたるところに血のようなシミが現れ、窓からは青緑色の光が差し込む。

 

 今日も“影時間”が来た。

 

 「毎日毎日、ご苦労さん。さて行くか“ドッペルゲンガー”」

 

 ペルソナを出す、と意識すればあのロングコートと手袋、片眼鏡をいつの間にか着けている。もうこれだけで怪しげな風貌だが、ここからドッペルゲンガーの能力を使ってもうひと工夫。片眼鏡の形状を変化させ、顔全体を覆う仮面へ変える。

 

 「これでよし」

 

 昨日、ドッペルゲンガーが特定の形を持たないなら片眼鏡から別のものに変えられるんじゃないかと思いつき、実際にやってみた。まだあまり複雑な変化は難しく時間がかかるけど、このシャドウのような単純な仮面ならすぐ変えられる。

 

 この仮面があれば万一影時間中に誰かと顔を合わせたとしても俺の顔はバレないし、なにより顔を保護できると安心感がある。おまけにどういう理屈かサイズがぴったりなのに息苦しくなくて、激しく動いてもズレず、汗をかいても蒸れない。

 

 あの片眼鏡は俺のアナライズ(メモ帳)に集められた情報が出力されるモニターの役割を果たしていたけれど、そこは仮面の目が役割を引き継いでいたので問題も無い。仮面と同じ要領で両の拳に小さな突起を付け、保護色と隠蔽を使ったら準備完了だ。

 

 「……ふっ!」

 

 音が立たないように部屋の窓を開けて外に誰もいない事を確認し、窓枠と落下防止の柵に足を掛けて外に飛び出す。

 

 ちなみに俺の部屋は男子寮2階の角部屋。落下の衝撃を膝のバネと前転で殺し、怪我なく着地したそばから走る。目の前には男子寮を囲む柵と、等間隔に植えられた植木の一本。

 

 植木の幹を足場に踏み切って宙に体を躍らせ、柵のてっぺんまで届かせた手で体を支え、体操の鞍馬のように柵を乗り越える。

 

 「っし!」

 

 これで寮から抜け出せたので、影時間の街へ急ぐ。

 

 まぁ、この寮の管理は結構ずさんみたいで、別にこんな事しなくても普通に歩いて出られるんだけどな。順平だって来年夜中に出歩いて見つかるんだし。

 

 さっきの一連の行動はあまり寮内をこの姿でうろつきたくないって理由もあるけど、九割俺の趣味だ。

 

 

 

 パルクールというスポーツを知っているだろうか?

 

 パルクールはフランスで発祥した運動方法で、人間の基本的な動作で精神と肉体を鍛える事を目的とする。細かいことはネットで調べればすぐ出てくるし、動画サイトで検索すればプロのパフォーマンスが山ほど出てくる。

 

 とにかくプロならすごい身体能力を持っていて、高所に登ったり、跳んだり。普通は行けない場所で行動できると考えればいい。

 

 俺が昔、体を鍛える方法として色々と探して目をつけた物の一つがパルクールで、理由は単に体が鍛えられるだけでなく移動、主に逃げる時に役立ちそうだから。

 

 そんな理由で始めたパルクールだったが、練習のために色々な場所を駆け回り、登り、飛び降りるため、練習を行うには場所を選んで練習の許可を取らなければならない。それをせずに街中でやろうものならまず人の迷惑、そして勝手に人の敷地に入ることで不法侵入などの罪に問われる事になってしまう。

 

 そして交渉して許可を取ろうにも、個人だとかなり難しい。変な所から入られる事そのものに嫌悪感で断る人もいれば、パルクールの練習には危険が伴うので、自分の管理している土地や場所で事故を起こされたくないと断る人も居る。

 

 つまり、パルクールの練習場所は限られている。実家に住んでいた時は近所の人の家の壁やら山で駆け回れたけれど、ここに練習を許可してくれる知り合いは居ない。

 

 しかし、影時間なら?

 

 夜中で人通りは少なく、人が居ても“象徴化”して意識が無い。物を壊したりしなければまず誰の迷惑にもならず、罪にも問われない。そんな環境が何処までも続いているとなれば、やるしかないだろう。

 

 「数少ない影時間の利点だなぁ……これ、悪用すれば泥棒もできるんじゃないか?」

 

 やらないけどな。

 

 シャドウ探しの要でもある周辺把握に集中し、建物と建物を隔てる壁の上を走る。この能力は道や足場の選択にも使えるため、スイスイ進んでいく。

 

 

 

 それから10分ほど道なき道を進み、たどり着いた建物の隙間から出ようとした時

 

 「!」

 

 周辺把握能力が近くに動く存在を捉えた。すぐに後退して適当な障害物を探し、ゴミ箱の影に隠れる。

 

 ズルリズルリと嫌な音が聞こえて息をひそめると、さっき俺が出ようとした道をシャドウが這い、こちらに気づかず去っていく。一昨日のよりだいぶ小さいけど、今日のシャドウも“臆病のマーヤ”だ。

 

 どう戦おうか? まずは奇襲に決まってるけど……

 

 「ふぅ……」

 

 走って軽く荒れた息を整えながら考え、そうだ。あのスキルを使ってみるか。

 

 念のために防御力を上げるラクカジャを使い、保護色と隠蔽の効果を確認し、路地から出て早歩きくらいの速度でシャドウを追った。

 

 ……心臓の音がうるさい……シャドウまであと、4m……いける。

 

 「吸血」

 「ギェッ!?」

 

 俺が静かにそう唱えた瞬間、シャドウが苦しみ体から赤い光の線を立ち上らせ、空中で渦巻いた線は俺の体を包み込んで流れ込み、体の疲れがやわらぐ。吸血は低威力ながら相手に攻撃をしつつ自分の体力を回復できる魔法だ。

 

 「ギィ!!」

 

 流石に攻撃すると気づかれるか!

 

 「ネコダマシ!」

 「キィッ!?」

 

 迫り来るシャドウの拳を左に避けて手を叩くと、シャドウがひるんで動きを止めた。その隙に刺付きの拳で連打を加えると、シャドウはたまらず俺に背を向けて離れようとする。

 

 「逃がすか、吸血!」

 

 シャドウの背中を引っ掴んでもう一度吸血を使う。するとシャドウの体からさっきよりも多く赤い線が伸びて、今度はシャドウを掴む俺の手から吸収され、そのままシャドウは消えてしまった。

 

 「倒し、た?」

 

 あれ? なんか、前より弱いというか、あっけない。とりあえず周りにも何もいない。

 

 「ふぅ……」

 

 ……同じ種類でも敵の強さにバラつきがある。そうだよな、攻撃だってターン制じゃなくて隙があれば連続攻撃ができたし、ゲームでスキルを使うとHPかSPが減るが、俺は今のところ体を動かす事も含めて少しずつ疲れが溜まるだけ。吸血の威力一つとっても、最初ととどめで威力が違った。とどめの方が威力はあったし、よく回復できた気がする。

 

 この世界は俺がやっていたゲームや原作がベースの世界だけれど、全てが同じという訳ではない、か。

 

 …………いまさらだけど、吸血に害は無いよな? シャドウの血か何か分からない物で回復って考えてみたら体に悪そうじゃないか? ……今のところは問題なさそうだから、様子見でいいか。どうせもう使ったんだ。

 

 体調に悪影響が出なければ他のスキルよりも使って疲れない感じだし、魔力を吸い取る“吸魔”を使うとどうなるかは試さないと分からないけど、便利そうではある。

 

 シャドウが居て、余裕があったら吸血で回復した方がいいかな……!?

 

 「保護色っ、隠蔽っ」

 

 知覚できる範囲に何かが入ってきた。反応は2つ。路地からまっすぐ俺の方に向かってきている。

 

 シャドウに気づかれたか?

 

 対象がここに来る前に元居た建物の隙間に飛び込み、様子をうかがっていると人の声が聞こえてくる。

 

 「こっちだな! 美鶴!」

 「待て、明彦!」

 

 ミツル、アキヒコ? まさか……

 

 そっと覗いて見れば、路地から飛び出て来た男が一瞬だけ見えた。

 

 「何処だ? シャドウなんか居ないぞ!」

 

 スキルのおかげか、それとも直ぐに首を引っ込めたからか、俺は見つからずに相手を確認できた。

 

 “真田明彦”だ。

 

 月光館学園ボクシング部部長にして、重度のバトルジャンキー。シャドウを見れば真っ先に戦いたがる、俺的に一番会いたくない要注意人物。

 

 どうしてこんな所に!?

 

 冷や汗をかきながら、いつでも逃げられるようにして耳をそばだてると、つい最近聞いた声が近づいてくる。

 

 「待てと言っただろう、明彦。シャドウの反応はついさっき消えた。私のペンテシレアで調べても反応はない」

 

 ペンテシレア、たしか桐条美鶴のペルソナで探査能力があったはず。でも俺に気づいてないのか?

 

 「なんだと!?」

 「なんだも何もない。私がペルソナで見つけた2匹のシャドウはもう居ない。片方に力の揺れを感じた直後にもう片方の反応が消え、残った方は急激に弱っていくように消えた。おそらく、シャドウ同士が戦って相討ちにでもなったんだろう」

 「くそっ! せっかく複数のシャドウが居たというのに、一足遅かったか!」

 「まったく……シャドウが居ないなら私達がここに居る理由もない。帰るぞ、明彦」

 「待て、もう少しこの辺を探しても」

 

 真田明彦は食い下がるが桐条先輩は聞き入れず、2人はここから離れていった。

 

 

 

 「……危なかった……」

 

 二人がドッペルゲンガーを使って把握できる限界距離の外へ出たことが確認出来た途端、どっと疲れが出てくる。

 

 さっきの桐条先輩の口ぶりからするとドッペルゲンガーはペルソナの探査からも隠れられるみたいだけど、そうでなかったら確実に見つかった。

 

 「もう少し気を付ける必要があるか……」

 

 それに気になる事が一つ。桐条先輩はここに“二匹”のシャドウの反応があったと口にした。

 一匹はさっき俺が倒したシャドウだとして、もう一匹は? 状況的に考えると俺以外に該当する物は無いけど、俺は人間だしドッペルゲンガーは間違いなくぺルソナ。

 

 どうして桐条先輩は俺をシャドウだと思ったのか。まさかペンテシレアじゃシャドウとペルソナの区別がつかない訳じゃないよな?

 

 「分からない事だらけだな……こんな時にサポートキャラとかアドバイザーが居てくれたら……ベルベットルームは無いのかよ」

 

 シャドウとも戦えたので今日の訓練はここで切り上げ、俺は無いものねだりをしながら寮へ帰る。




次回タイトル

「ペルソナ」と「シャドウ」


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4話 うまくいかない日もあるさ

前回の後書きで次回、「ペルソナとシャドウ」とタイトルを予告してみたけれど、書いてみたら本題に入らない内に文字数が五千越えてた(゜д゜)


 4月10日(木)

 

 目覚まし時計の音で起床、現在午前5時30分。

 

 ジョギング用のジャージに着替えて、小型冷蔵庫から取り出したスポーツドリンク入りのペットボトルを、腰に巻いたペットボトルホルダーに付けて寮の外へ。軽く準備体操をしてから走る。

 

 呼吸するたびに肺に入ってくる冷たい朝の空気の清々しさに反して、俺の気分は重かった。

 

 なぜかといえば、原作キャラの二人と影時間中にニアミスした5日前以降、一度もシャドウと戦っていないからだ。ペルソナの訓練も隠れるか走りまわり、魔法は物を壊すとまずいので空に撃つだけ。

 

 訓練が実になっている実感がなく、分からないことは分からないまま時間だけが過ぎている。影時間は気を張っているからまだ気にならないけれど、平凡な日常生活を送っているとつい考えてしまう。

 

 7日から始まった学校の授業中は特に気が散る。前世知識があるから普通の授業はどうにかなっているけど、早急に何とかしたい。この学校の試験は妙な問題が出てこないとも限らないし、こうなったら

 

 「行くしかないかな……」

 「どこにだ?」

 「!? っ、宮本!?」

 

 ふと呟いていた言葉に、疑問が投げかけられ、気づけばクラスメイトの“宮本一志”が俺と並走していた。驚いて俺が足を止めると宮本も止まる。

 

 宮本も朝この辺を走ってるそうで入学式の後、クラスの自己紹介で顔を覚えられてからジョギングの途中で見かけると話しかけられるようになったんだけど……

 

 「おはよう!」

 「あ、ああ……おはよう」

 

 全然気づかなかった。変なこと聞かれてないよな?

 

 「何ボーッとしてんだよ、走りながらは危ないぜ!」

 

 む、それは確かに。

 

 「気をつける」

 「そうしろ。で、どこか行くのか?」

 

 何と答えようか……

 

 「いや、大した事じゃないんだけど、地元で買ってたスポーツドリンクの粉を置いてる店が無くて探しに行こうかと……」

 

 口から出たでまかせに、自分で言っててどんな言い訳だと思う。しかし宮本は

 

 「だったら俺がよく行くスポーツ用品店の店を教えてやるよ! そこならなんでも揃うからな!」

 

 全く疑う様子を見せず、俺がお礼を言ったら学校で地図を渡すと言って笑顔で走り去った。

 

 「……走るか」

 

 聞かれてまずい事は聞かれなかったようで、胸を撫で下ろしてジョギングに戻る。

 

 

 

 

 

 ~月光館学園 1年A組 教室~

 

 「おはよ~」

 「うぃーす」

 

 余裕を持って教室に入るとクラスメイトが口々に声をかけて来るので、俺もそれに返事をしながら最前列のど真ん中、教卓の真正面にある自分の席について鞄を下ろす。すると教室の角で話していた順平に友近がやってきた

 

 「おっ、影虎も来たか」

 「今日ともちーのおごりでお前の叔父さんの店行くかって話してたとこなんだ。お前も行く?」

 「ちょっ! 一週間の約束だろ!?」

 「えー? でも去年4日でいいって言ってたじゃんよ」

 

 何の話かわからないので説明を求めると、2人は去年から賭けをしていたらしい。

 

 「順平って去年よく遅刻しててさ、高校入ったら遅刻しねー! とか言ってて、無理だろって話になって」

 「そんで、俺が入学から一週間以内に遅刻しなけりゃ何か奢るって約束だったんだよ。確かに4日でいいとも言った気がするけど」

 

 ハードル低っ!?

 

 「何その賭け、どんだけ遅刻してたんだよ」

 「それ言われちゃうと……なぁ?」

 「いや、でも実際それで一度は遅刻すんじゃないかなーと思うくらいには遅刻してたぜ? 遅刻しなくても、いっつもギリギリに教室来てたし」

 

 くだらない話に花を咲かせていたら、一人の女子が近づいてくる。

 

 「ちょっとゴメンね。葉隠君、これ。ミヤからスポーツ用品店の場所」

 

 そう言って一枚の紙を差し出してきたのは、今朝会った宮本の幼馴染の“西脇結子”。彼女もクラスメイトの一人だ。地図は細かくて分かりやすく、チラッと見ただけで巌戸台商店街のどこらへんにあるかが大体分かった。

 

 「ありがとう、西脇さん。ところで本人は? 分かりやすい地図のお礼言いたいんだけど」

 「ミヤならさっき江古田に呼び出されたから当分戻ってこないよ。今日の体育に向けて気合入れすぎて、廊下走ったのが見つかっちゃってね。

 あと、それ書いたのアタシ。ミヤが書いた地図なんて読めるわけないから」

 「あ、そうなの? ありがとう西脇さん」

 「いいって、別にこれくらい。じゃーね」

 

 西脇さんがそう言って女子の輪に入っていくと、放置されていた順平と友近が今の話に食いつく。

 

 「スポーツ用品店?」

 「お前何かやってんの?」

 「朝にジョギングしてて、時々途中で宮本と会うんだよ。今朝も会って、スポーツドリンクの粉が買いたいって言ったら店の場所教えてくれるって話になって」

 「ジョギングかぁ、健康的だなー」

 「順平、健康的だなーじゃなくて見習ったらどうよ?」

 「なんなら朝起こすから、一緒に走るか?」

 「やってみっかな……自分のペースで」

 

 この様子だと始めそうにない。やっておけば多少は来年の役にたつのに……ウザがられない程度に時々誘ってみるか。

 

 話は宮本と一緒にアフロヘアーが特徴的な担任の数学教師、宮原先生が来るまで続いた。

 

 

 

 

 

 ~6時限目・体育~

 

 今日最後の授業は体育、A組B組の2クラス男女合同で50メートル走と100メートル走のタイムを測定する。教室で着替えて、順平、友近、宮本と一緒にグラウンドに出て行くが……

 

 「よっしゃああぁあ!!!」

 

 グラウンドに出た途端、宮本が気合の雄叫びをあげた。他の生徒の視線がこっちに集まり、その中から西脇さんが走ってくる。

 

 「ちょっとミヤ! 恥ずかしいからやめなって! あと誤解されるよ!?」

 「まだ始まってもいないのに、なんでタイム測定でこんなテンション高いんだよ、こいつ……目の前の光景はたまりませんがねぇ~」

 「うわっ、誤解じゃない人がここに居た……」

 「ああ!? いや、ちょっと西脇サン? 今のは、その~……」

 

 順平は慌てて取り繕おうとするけれど、西脇さんは軽く引いて順平から距離をとっている。

 

 月光館学園ではこのご時世に女子の体操服としてブルマーが採用されていて、グラウンドに出ている女子も、西脇さんもブルマー着用。そんな中で順平の言ったような事が女子に聞かれれば、そうなるのも無理はない。

 

 俺と友近は巻き込まれないようにこっそり避難して、授業が始まるまで時間を潰す。

 

 

 

 

 

 「クラスごとに、男女二列に分かれて並べ!!」

 

 体育教師のゴリマッチョ、もとい青山先生が号令をかけて授業が始まる。といっても今日は走るだけ。準備体操とグラウンドを三周して体を温めたら

 

 「適当に8人ずつ固まってまず50メートルから練習、そのあと交代で3回計れ! 3回のタイムと平均を記入した記録用紙を全員提出した班から自習にしていい! 測定の邪魔にはならないようにしろよ!」

 

 タイムの記録用紙を受け取りながら、ちょっと適当な指示だな……とか考えていると順平に誘われた。

 

 「葉隠、一緒に組まねー?」

 「こっちこそよろしく。他の人は?」

 「今んとこ俺、ともちー、宮本だけ。後の4人は女子入れたいな。男子は男子だけで組めなんて言われてねーし」

 

 周りを見るとほかの班も同じことを考えてか、異性に声をかける生徒をよく見かける。青山先生が止める様子も無い……ってか、先生は女子のブルマ姿を見比べるので忙しいみたいだ。

 

 体育教師ェ……

 

 「女子連れてきたぞ」

 「おっ! 誰、あっ、西脇サン……」

 「どーも」

 

 宮本と一緒に来た西脇さんの視線が順平に突き刺さる。さっきの件と合わせて、さらに順平のイメージダウンになったな、これは。

 

 「おーい!」

 「ああ、ほらともちー来た!」

 

 ……おいおい、ここで来るのかよ。

 

 友近が連れてきた女子は二人

 

 「こいつ、俺の幼馴染の岩崎(いわさき)理緒(りお)

 「B組の岩崎です。よろしく」

 「女っぽくねーけど、一応女だから」

 

 その友近の口ぶりが気に障ったのか、もう一人の女子が口を開く。

 

 「ちょっと、その言い方は失礼じゃない?」

 「え? いーのいーの、本当の事だし。なぁ、理緒?」

 「う、うん。いつもの事だから気にしてないし。大丈夫だよ、岳羽さん」

 「そう? なら、まぁいいけど……私は岩崎さんと同じB組の岳羽ゆかり」

 「あ、A組の葉隠影虎です。よろしくお願いします」

 

 また一人、原作キャラと顔を合わせた。この前のおみくじ当たりすぎ……

 

 「そんなかしこまらなくていいよ」

 「おい今走った女子ー! ケツ振っても足は早くならないぞー! 男が元気になるだけだ! それからそっちは食い込んでるぞ!」

 「……あんな無遠慮なのは困るけど」

 「あの先生と一緒の目で見られたくないなぁ……」

 「……そうだね。なんかゴメン。順平でもあそこまで酷くないし。ってか、あれもうセクハラじゃん」

 

 挨拶の途中で青山先生が馬鹿でかい声で早くも走り始めた女子に声をかけ、それを聞いた岳羽さん、というか女子全員が嫌悪感を抱いたようだ。

 

 「うっわ、キモイ……」

 「サイテー」

 「今のは男の俺からしても無いわー」

 「あれってブルマンでしょ?」

 「何それ?」

 「あんた今年からだっけ? 青山のアダ名。女子のブルマー大好き男で“ブルマン”なの」

 「この学校の体操着がいまだにブルマーだからブルマンがこの学校に居るのか、ブルマンが居るからブルマーなのかって。高等部だけじゃなくて中等部でも聞く話よ」

 「流石にそれはどっちも無いっしょ」

 「そうだけどさぁ……実際セクハラ発言多いし、掃除とか何かにつけてブルマーを着るように言ってくるんだよね。あの先生」

 

 ヒソヒソと青山先生について話す声が聞こえてくる。

 

 そういや他の先生方も生徒のいじめと山岸風花の行方不明を隠蔽する江古田先生に、生徒から集めたお金を使い込んで生徒会の伏見に盗みの疑いをかけた竹ノ塚先生、保険ではなく黒魔術の江戸川先生。

 

 授業やテストの問題も妙なところがあるし……改めて考えると、この学園の教師は全体的に大丈夫なんだろうか?

 

 「む……さっさと走れ! 今は授業中だぞ!」

 

 生徒の声を聞いた青山先生がブルマー鑑賞をやめて声を張り上げ、生徒は班ごとに散っていく。

 

 「おい、俺たちも始めたほうが良くね?」

 「一人足りないけど、いいの?」

 

 男子四人に女子三人、岩崎さんの言うとおり確かに一人足りないが……

 

 「見たところ余ってる人も居ないみたいだな」

 「ブル、じゃなかった。青山センセー! こっち人数足りないっすけどー!」

 

 順平が指示を仰ぐとB組に休んでいる生徒が居るらしく、人数が足りないからこの班は7人でいいそうだ。

 

 その後はスタート地点で合図を出す人に1人、ゴールの確認に2人配置して、2人分ずつ交代でタイムを測った。しかし、俺は一緒に走った宮本に触発されて全力で走った結果、50m5.92秒という記録を叩き出して滅茶苦茶驚かれた。

 

 

 

 

 

 ~放課後~

 

 「終わった~」

 

 もう帰宅する生徒の姿も無くなった昇降口で靴を履き替え、外に

 

 「あっ」

 「あ、体育の時の」

 

 出ようとしたら、岳羽さんと鉢合わせた。

 

 「葉隠君だっけ、今帰り? 私もだけど、ずいぶん遅いね」

 「……ホームルームが終わった瞬間、やけに耳の早い陸上部の先輩が勧誘に来て時間をとられて」

 

 走るのは得意だし訓練もしてるけど、俺の目的は大会に出るためじゃない。だから考えてみますとだけ言ってはぐらかした。運動はタルタロスか影時間で散々やるだろうし、放課後は体を休めたいから陸上部だけでなく他の運動部にも入る気は無い。

 

 「そういうこと。あんだけ早ければそうなるか」

 「岳羽さんはなんで?」

 「私? ……私は、ちょっと職員室寄ってただけ」

 「そうですか。それじゃ」

 「あ、うん」

 

 そう言って別れるつもりが……

 

 「道、同じなんだね」

 「ソウミタイデスネ」

 

 どうも、今の岳羽さんは巌戸台分寮ではなく女子寮で暮らしているらしく、俺と同じ道を使っていた。

 

 一刻も早く離れたいけど、ここで走って逃げれば印象が悪いし、怪しまれるかもしれない。

 

 「……ねぇ」

 「はい?」

 「君、さっきからなんか怪しい」

 

 訂正。もう怪しまれていた。

 

 「何ていうか、初対面にしても妙に壁を感じるんだけど。私、何かした?」

 「別にそういうわけじゃないですけど」

 

 しまった……

 

 

 

 実は、俺は彼女の事を前々から知っている。

 

 彼女と彼女の母親は、桐条グループの事故のスケープゴートにされた父親の事で、世間からの冷たい風に晒されていた。そしてこの世にはネットという便利で怖い道具がある訳で……匿名の掲示板への書き込みには岳羽詠一郎氏への罵詈雑言が飛び交うのは珍しくもなく、酷い時には遺族である彼女とその母、岳羽梨沙子さんの実名が写真付きで晒されていたこともある。

 

 少しでも情報が欲しくて毎日PCにかじりついていた当時小学生の俺も、その胸糞悪い内容を何度か目にした。しかし、小学生の子供には精々情報の一つとして別のファイルに保管し、少しでもマシになるように祈る事しか出来なかった。

 

 同情してるのかと聞かれれば、そうだろう。でも、正直に言えば少なくともいい気はしないはず。俺に被害がなければ多少は力になってもいいかと思うけど、どう関わればいいか分からない。

 

 それが態度に出たみたいだ……

 

 「実は、女の子と話すのに慣れてなくて」

 

 こんなありきたりな言葉しか出てこない。

 

 「西脇さんとは割とフツーに話してなかった?」

 「彼女はクラスメイトで、宮本を挟んで今までも何度か話してたからでしょ、きっと」

 「ふーん、まぁいいや。ちょっと気になったから聞いてみただけだし。あ、私こっちだから」

 

 話しているうちに男子寮と女子寮への道が分かれる所まで来ていた。

 

 「そう。それじゃ、またいつか。クラス違うけど、見かけたら挨拶くらいはさせてもらうから」

 「それはいいけど……やっぱり避けられてる気がする……」

 「ん? 何か言った?」

 「ううん、なんでもない。さよなら」

 

 岳羽さんが足早に去っていき、俺も男子寮に向かう。

 

 “やっぱり避けられてる気がする”……どうせ聴くなら、ラブコメ的な空気で聴きたかった。とぼけたけどバッチリ聞こえた。あれ絶対に“お近づきになりたい”じゃなくて、“理由分かんないからキモイ”って声だったよ。

 

 「これからの人間関係、どうなるんだろう」

 

 先のことを考えてみても、まるっきり予想できない。成り行きに任せるしかないのか……?



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6話 初めてのタルタロス

これ書くためにペルソナ3(PSP)をまたやり始めたらまたハマりました(沙*・ω・)



 帰宅後の宿題と食事の時間以外は体を休めることに専念し、今日も影時間を待って街へ行く。

 

 今日は普段と違う事がいくつかあり、その一つめは俺の服装。

 

 普段はロングコートと手袋に片眼鏡か仮面の形状をさせているドッペルゲンガーだが、今は全身を黒い袴や地下足袋といった和装に包み、仮面は翁と呼ばれる能面をモチーフにした物に変え、頭に藍染の頬被を被る忍者コスプレと言われそうな姿。

 

 先日俺が知っている限りでは初めて装備品らしい物が“時価ネットたなか”で売り出され、衝動買いした“藍染の頬被”。買ってみたはいいが普段の服装にそのまま被って鏡を見て思った。これは無い、と。

 

 俺はファッションをあまり気にしないけど、ロングコートに片眼鏡と頬被の組み合わせの珍妙さは表現しがたく、あえて言えば泥棒の和洋折衷。流石にあれで出歩くのはためらわれた。

 

 頬被がただの布切れなら被らずにいつも通りの格好でいいのに、どうしてかあの頬被を被っていると身が軽くなった気がする。だから服装を変更することでなるべく統一感のある格好にして解決した。これならあの和洋折衷スタイルよりは恥ずかしくない。

 

 二つめの違いは目的地。

 

 普段は街中を駆け回ってシャドウを探すけど、今日の俺はある場所を目指している。それは当然

 

 「遠目には何度も見てるけど、近くで見るとまたデカイ」

 

 目の前には月光館学園が変貌した姿。影時間にそびえ立つ、どうして崩れないのか不思議なくらい歪な塔。“タルタロス”

 

 「とうとう来ちゃったな……」

 

 シャドウの巣であるタルタロス。危険は大きいが間違いなくシャドウと戦える、と5日間一度も戦えなかった焦りが俺を突き動かした。

 

 焦りで行動するのは良くないと頭ではわかっているはず、なのに“タルタロスに行く”という考えが常に浮かんで、今日は体も動いていた。

 

 ここまで来てやめる気にもならず、周りの様子を確認しながら誘われるように中へ入る。

 

 

 

 

 

 ~タルタロス・1F エントランス~

 

 「おお……」

 

 豪華で不思議、俺の貧弱な語彙ではそうとしか言えない内装が広がっていた。見れば見るほど立派だが……なんか気に入らない。

 

 どことなく俺をこの世界に放り込んだ神の居た部屋に雰囲気が似てる気がするからか……特にあの階段を上った先の青く輝く扉が奥に続いてるみたいだけど、それがまた見下ろされている感じで……って、俺はなに建物に腹を立ててるんだ。

 

 気を取り直して左右を見渡す。

 

 「ベルベットルームの入口は無いし、シャドウも居ない……転送装置は動くのかな……!?」

 

 電源が見当たらず、何気なく装置に触れた瞬間、装置に光が灯る。どうやら触れただけで起動したらしい。咄嗟に“トラフーリ”をいつでも使えるように身構えたが、転送はされなかった。

 

 「びっ、くりした、そういやゲームでも最初は使えなかったっけ……使えるのは行き先の装置を起動させてからか」

 

 体の力を抜いて装置から離れると、次は階段に近い台の上に置かれた時計が目に付く。

 

 時計の機能を思い出して近づいてみると、時計の台座には金額のメーターとお金の投入口、そして“全回復”と書かれたボタンがあった。目をこすって何度見返してもそれは変わらない。

 

 「自販機か! しかも全快一回五千円とか高いのか安いのか分からねぇ! それに、入れた金はどうなるんだよ……」

 

 シャドウが回収に来るのか? ……なんか、シャドウがこっそりここからお金を回収して、得たお金を宝箱につめて、せっせとタルタロスに配置してる光景が脳内に浮かんできた。

 

 「……当然だろうけどセーブ機能は見当たらないし、これはほっとこう」

 

 階段を登り、タルタロスの奥へ進む。

 

 

 

 

 

 ~2F 世俗の庭・テペル~

 

 扉をくぐって少し進むと、血の痕がいたるところに付いた廊下に出た。ふと気になって後ろを振り向けば、入ってきた扉が消えて袋小路になっている。

 

 「出たければ転送装置か非常口を見つける必要があるわけね……トラフーリは緊急離脱用だな」

 

 ゲームでは戦闘から確実に逃げる効果を持つ魔法、トラフーリ。これは具体的にどういう効果で確実に逃げられるのかと思って試してみれば、効果は瞬間移動。タルタロス外での実験では遠出しても使えばあっという間に寮まで帰れる便利な魔法だったけど、一日一回という使用制限もあった。

 

 タルタロス内から外に出られるかはまだ確認してないし、まずは帰り道の確保と余裕があれば訓練、そして実験がてらトラフーリで帰る。状況次第だが、明日からはトラフーリを使ったらその日はタルタロスでの訓練は打ち切った方が無難かな。

 

 

 

 

 ここで思考を打ち切って、周辺把握を全開にして慎重に廊下を進む。すると道の先がT字路になっていて、右の道の先にシャドウを感知。それも三匹。ここ数日探し回ったのはなんだったんだ。

 

 脱出装置を見つけるまでは戦闘は避けたいので、左を選んだが……そう甘くはなかった。

 

 「シャドウの巣だけあるな……右行っときゃよかった」

 

 進んだ先には臆病のマーヤが三匹に仮面が赤いマーヤが2匹居て、右の道に戻ってみたら三匹が倍の六匹に増えていた。保護色と隠蔽で気づかれてないけど、不良のようにたむろって通路を塞いでいるから隙間が狭く、すり抜けるのは難しそうだ。

 

 ……五匹相手は初めてだけど、この階のシャドウなら素人でもそこそこ戦えるはずだよな? 原作が始まればサポート付きとは言え、いきなり順平や岳羽さんを含めた新人三人だけでここに放り込まれるんだし。……慎重にやってみよう。

 

 数の少ない左の道。輪になった五匹のマーヤへそっと近づき、こちらに一番近い所で背を向けた赤仮面のマーヤにスキルを使う。

 

 「澱んだ吐息」

 

 対象となったシャドウが震え、俺は後ろに飛びさがりながら

 

 「アギ!」

 

 奥に居た臆病のマーヤ二匹の間を狙って爆発を起こす。

 

 「ギヒィ!!?」

 「ゲキッ!?」

 

 一撃に複数を巻き込んだが、威力が下がったようでどちらも倒せていない。しかし、二匹は軽くもない傷を負ってひるんでいる。残り三匹がこちらに気づいて向かってくるが、ここで

 

 「マリンカリン!」

 

 俺の体から放たれたピンク色の何かが、さっき背を向けていた赤仮面を包む。

 

 「キ……キィイッ!」

 「ギッ!?」

 

 マリンカリンを食らった赤仮面が動きを止め、その直後に横を通り抜けようとしたもう一匹の赤仮面をぶん殴った。殴られた方は仲間に攻撃されるなんて思ってなかったようで、モロに食らってシャドウ同士で戦い始める。

 

 よし! マリンカリンは敵単体を“悩殺”の状態異常にする魔法。事前に状態異常になりやすくした甲斐があったか、上手く同士討ちしてくれた!

 

 状態異常系スキルは敵が居ないと効果を確かめられなかったから、ぶっちゃけちょっと不安だったんだけど……

 

 「ギッ!」

 「おっと、デビルタッチ!」

 

 まだ無傷の一匹が左手を伸ばしてきた。“恐怖”の状態異常にするデビルタッチを使った左手による回し受けでさばく。様子に変化が無かったので効かなかったのかと思いつつ、隙のできた横っ腹をタコ殴りにして倒す。

 

 残り四匹、っ!

 

 「冷たっ!?」

 

 何か光ったように見えてその場から飛び退いたら足が急に冷えた。よく見てみればさっきまで俺のいた床が一部こおりつき、その先では俺がアギをぶちかました臆病のマーヤがこっちを見ている。

 

 「ブフか!」

 

 ドッペルゲンガーの耐性のおかげか、冷たさを一瞬感じただけでダメージはない。けど、やってくれたな!

 

 「ア……」

 「ギィイ!! イッ!?」

 「えっ?」

 

 弱点の火を臆病のマーヤに打ち込もうとしたら、悩殺状態の赤仮面マーヤが先にアギを打って、それまで戦ってたもう一匹の攻撃を受けて消えた。

 

 思わぬ展開だが、これで残りは二種類のマーヤが一匹ずつ。さっきの一発で弱ってた臆病のマーヤをアギで倒して、残り一体にする。

 

 「アギ!」

 「キヒヒッ」

 

 一体一になり、真っ向から迫る赤仮面にも一発アギを打ち込むが、効いてるように見えない。と思ったら、視界に“残酷のマーヤ”の名前と“火耐性”の情報が出てきた。

 

 さっきまで同士討ちしてたのに今頃かよ。自分で攻撃した結果だけが更新されるのか。

 

 「火が効きにくいなら、ブフ!」

 「ギ、ギギ……」

 

 氷の破片に襲われたマーヤの動きが鈍る。そして

 

 「吸血」

 

 シャドウの仮面をぶん殴って吸血。迸る赤い線の中、最後の残酷のマーヤが倒れる。

 

 そして全てのシャドウが消えた時、俺は今までにない手応えを感じていた。

 

 

 

 

 

 「複数でもなんとかなるな」

 

 注意は必要だけどこれからはタルタロスを中心に訓練する事にしよう。そう決めて転送装置を探すために歩き出すと、今度は正面からこちらに向かってくるシャドウを感知する。

 

 ここは敵の強さよりもペース配分や持久力の方が問題か……一匹だけだし、保護色と隠蔽でやり過ごそう。

 

 「……え?」

 

 廊下の端で隠れていると、金色の手袋のようなシャドウが見えてきた。あれは分かる。レアシャドウの“宝物の手”だ。ゲーム通りなら倒すと金貨を落とす奴、だけど

 

 「…………」

 「…………」

 

 何で急に立ち止まって、こっちを見るんだよ。

 

 俺が視線を避けるように動くと

 

 「!」

 「あっ!?」

 

 宝物の手の視線が俺を追い、一目散に来た道を逃げてしまう。

 

 「えぇ~……バレてるじゃん、俺」

 

 いや、今までのシャドウには気づかれなかったし、あのレアシャドウが特別に鋭いか、強い奴だと隠れきれないのかもしれない。

 

 「こっちも要訓練か。まぁ、今のうちに分かってよかった」

 

 口ではそう言いつつも、俺は自分の一番の武器があっさり敗れた事に多少の落胆を覚える。いつか奇襲して捕まえてやろう。

 

 

 

 

 

 ~タルタロス・エントランス~

 

 今日は様子見のため、俺は脱出装置を見つけてすぐエントランスに戻ってきた。中に入って一時間も経っていないが

 

 「短時間で結構疲れたな……今日はこれくらいにしとくか。」

 

 脱出装置を見つけるまでに何度もシャドウを倒したし、見つけた脱出装置前でトラフーリの実験にも手間取ったしなぁ……

 

 トラフーリは寮の部屋とか、外のいろんな所に飛ぼうとして失敗を連発。何度目かでエントランスを選んでようやく成功した。トラフーリではエントランスに戻れるけど、直接タルタロス外には出られない。それが分かっただけでも十分だ。

 

 

 

 

 

 

 「はぁ、はぁ、はぁ、ふぅ……」

 

 走って一気に寮へ帰るつもりが、途中で息切れして脚を止めてしまう。タルタロス探索の負担は実際に体験すると結構辛い。この妙な疲れがよく効くトレーニングの代わりになれば、一般人が一年でバリバリ戦えるようになるのか、っ……!?

 

 息を整えていたら、急に体から力が抜けてふらついてしまう。

 

 「キャハハハ! なにそれ、マジウケるんですけどー」

 「!」

 

 ここで突然聞こえた声の方に振り向けば、街灯や信号の光に照らされた道をガラの悪い男女が歩いてくる。影時間が終わった……なら人がいるのはおかしくない、けど。

 

 「マジだって。俺が一発、あん? んだよ、あの変なの……」

 「どしたの?

 「あれあれ」

 「何ー? うわっ、ホントに何アレ、コスプレ?」

 

 2人が話しているのは俺のことだろう。なにせ、俺はどうしてか

 

 ドッペルゲンガーを身に纏ったままだった。

 

 ペルソナは影時間じゃなくても出せるのか? 出せてるけど、出せるものなのか? 疑問と事実確認が頭の中を堂々巡り。仮面や手袋に包まれた腕を触りまくっていると

 

 「おい、テメェ。なんだその格好」

 

 ガラの悪い男女が絡んできたけど、構ってる暇がない。精神的にも、肉体的にも。

 

 「なに息荒くしてんだよ」

 「夜中にそんなカッコで街歩いてんだし、見られて興奮でもしちゃったの? やだキモーイ!」

 

 こいつら、うるさいな……周りが静かな分余計にうるさく感じる。

 

 「ター君、そいつター君にブルってんじゃない?」

 「ビビリかよ。んじゃ丁度いいや。俺今金欠でよー、ちっと金貸してくんね?」

 

 男が右のポケットから小さなナイフを取り出してチラつかせる。いきなりナイフ出して躊躇なくカツアゲ、いや、もう強盗だろ。こいつら順平から聞いた不良か? 裏路地にも入ってないのに……面倒だし逃げよう。

 

 「逃がしゃしねぇよ」

 

 相当場数を踏んでるらしく、男は俺にナイフを突きつけようとするが、シャドウより遅い。

 

 「! あがっ!?」

 

 左手の手刀で男の右手首を打って、ナイフを払うと同時に右手であご先に一撃。さらにナイフを払った左手を引き戻し、鼻面に掌底を入れて今度こそ逃げる。

 

 「ター君!? キャッ!」

 「やりやがっ、テメェ逃げ、んな!?」

 

 驚く女の横を駆け抜けて角を曲がる。チラッと鼻血を流して倒れこんだまま怒鳴る男の姿が見えたけど、正当防衛だから気にしない。それより、早く帰……る前に適当な所でペルソナ消さないと。男子寮の監視カメラに撮られると困る。

 

 道の途中からは走る気力も失い、やけに休息を求める体を引きずりながらに帰る。無事に部屋に帰り着いた後は何も考えられず、倒れるようにベッドに入る。

 

 「タルタロスの本当のヤバさは、シャドウじゃないかも……時計使ってみれば良かったかなぁ……」

 

 呆然と呟いたこの言葉を最後に、何も見えなくなった……

 




影時間以外でペルソナが使えたのは独自設定。

どこかで(本かゲームか曖昧)チドリの暴走が影時間じゃない時間帯に起こっていた気がして、影時間以外に出せない事はないんじゃないかと前から思っていたので話に入れてみました。

今後の役に立つかは分かりません。


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7話 さらなる理解へ(前)

 4月11日(金)

 

 ~朝・教室~

 

 机に突っ伏していると、誰かが始業ギリギリに駆け込んできた。

 

 「セーフ! そしておっはよーう、って、影虎!?」

 「うぅ……順平、遅刻ギリギリだな」

 「いや、んな事よりお前大丈夫かよ? 一目で体調悪いのが分かるんだけど」

 「ちょっと疲れが出たみたい……でも大丈夫だから」

 

 理由は言わずもがな、昨日のタルタロスだ。朝から気だるくて頭が痛い。

 

 「あんま無理すんなよ? ダメだと思ったら保健室にーって、それが一番ダメか……」

 「ハハハ……ハ?」

 「起立!」

 

 順平の言葉に苦笑いを返すと、教室に先生が入って来ていた。しかしその先生はいつものアフロではなく、白衣と髭面……

 

 「ヒヒヒ……おはようございます皆さん」

 「江戸川先生? 宮原先生は?」

 「宮原先生はお休みです。先ほど職員室で体調が悪そうでしたから、薬を飲んでいただきました……残念ながら市販品ですけどね。少々熱が高いので、大事をとってお休みということで、今日は私が授業をしますよ」

 

 クラスメイトにそう答えた江戸川先生が不気味な笑顔を浮かべて教卓、つまり俺の前に立った、とたんに声をかけられた。

 

 「おやぁ? 君、お名前は?」

 「葉隠、影虎です」

 「葉隠君……ずいぶん体調が悪そうですねぇ……」

 

 江戸川先生が獲物を見る目で俺を見て、教室の空気が張り詰める。

 

 「これはいけませんね、薬を飲ませなくては」

 「いえ、ちょっと疲れてるだけですから」

 「その“ちょっと”の油断が病気を大病にしかねません」

 「でも、ここ教室ですし」

 「ご心配なく。ここに丁度よく、先ほど宮原先生のために調合した薬が」

 

 白衣のポケットから口に栓をされ、ドドメ色の液体が入った試験管が出てきた。まさか常備してるのか……?

 

 「先生用だと効果違うんじゃ……」

 「成分的には栄養剤にちょっと手を加えただけですから、問題ありません」

 

 抵抗むなしく、栓を抜いた試験管を押し付けられてしまった……どうしようか……

 

「さぁ、遠慮なく。私の薬は効きますよ……? さぁ……飲むんだ!」

「影虎、やめとけ、絶対やめとけって」

「飲んだら何が起こるかわかんねーぞっ」

 

 江戸川先生が飲むように急かし、友近と順平が小声で止めてくる。

 

 飲めば勇気上昇? 回復or死? そんな言葉が頭を巡りっている間に、俺は……ふらっ、と試験管に口をつけていた。

 

『あぁっ!?』

 

 教室中から息を呑む声が上がる。だがもう中身は喉に流し込んでしまった。

 

「どうですかぁ? 影虎君」

「大丈夫なのかよ!? おいっ!」

 

 江戸川先生と順平。対照的な反応の二人にそう聞かれる。そうだな……

 

「……妙にフルーティーで美味しいのが逆に気持ち悪いです」

『美味しいの!?』

「飲みやすいように作りましたからね……それに、皆さんが思っているより世界には美味しいどっ、薬はあるのですよ。甘いものとかね」

 

 今毒って言いかけなかったか!?

 

「今絶対毒って言いかけたぞ!?」

「吐け! 今すぐ吐け影虎!!」

 

 みんな俺と同じ事を考えたようで、クラス中が騒然となるが江戸川先生は気にしない。

 

「効き目の方はどうですか? 影虎君」

 

 江戸川先生、俺の呼び方が苗字から名前になって……あれ?

 

「…………」

「な、なんだよ影虎……何突然体動かしてんの……」

「薬のせいでおかしくなったのか……?」

「順平も友近も違う……体のだるさが消えて、頭もすっきりしてきた」

『ええっ!?』

「良くなったという事は……成功のようですねぇ、ヒッヒッヒ……」

 

 成功って、さっきまでの良く効く発言は何だったんだよ! やっぱ俺実験台かよ!? スッキリした頭で考えたら、何であの薬を飲んだか自分でもわからねぇ……学校休むべきだったかなぁ……

 

「この薬、いったい何なんですか?」

「さっきも話した通り、成分的には市販の栄養剤とそれほど変わりません。購買で売ってるでしょ? ツカレトール。そこに私が一手間加えて効果を高めたツカレトール……XYZにしましょう。あの薬はツカレトールXYZです」

「完全に今考えたでしょう……」

 

 しかもその名前は

 

「呪術や魔法において名前とはとても大きな意味を持ちますが……今回はわりと適当ですね。しかし、意味はありますよ? XYZという名前のカクテルがあるのですが、その名前にはこれ以上は無いという意味を込めて名づけられたという説があります。良くも悪くも、ね。ヒッヒッヒ……」

 

 どっかで聞いたような話だな、ぁ?

 

「私の薬はツカレ、よりも効果が、これ以上の……」

「おい……様子おかし……」

「虎君……」

 

 先生の話やクラス中からかけられる声がうまく聞き取れない。急に眠気も……

 

「おや? ……君? そう、ば睡眠薬も入れ……ゆっく、休みなさい。先生、君の居眠りを見逃しますから」

 

 最後の一言がしっかりと聞こえたと思えば、俺はまた机に突っ伏してしまう。俺、ここのところこんなのばっかり……

 

 

 

 

 

「はっ!?」

「影虎君が起きた!」

「……? 西脇さんと、宮本?」

 

 気づいたら二人が俺を覗き込んでいた。

 

「気分はどうなんだ!?」

「気分? 悪い夢を見ていた気がする……変な薬を飲まされて、意識を失う夢を」

「いや、それ夢じゃなくて現実だから。ちなみに今は六時間目が終わったとこ」

「はぁ!? え、本当に!?」

「嘘なんかつかねーよ。お前、休み時間に陸上部の先輩が何度も勧誘に来てもぜんぜん起きなくて、死んでるのかと思ったぜ」

「アタシら何度も息を確認したよ」

 

 マジかよ……

 

「授業中ずっと寝てて、先生なんも言わなかったか? 特に今日は江古田先生の授業があったはずだけど」

「俺らが事情を話したら見逃してくれたぜ。江古田もな」

「江戸川先生の薬を飲んだって聞いたら、コロッと態度変えてた。話聞いて顔色悪くしてたし、被害にあった事あるのかもね。それよりホント大丈夫?」

 

 聞かれてもう一度体を確かめるけど、悪いどころか絶好調だ。そう伝えると宮本には無事でよかったな! と背中を叩かれ、西脇さんには心底不安そうな目で今日はもう帰って安静にしろと念を押された。

 

 さらに、その後他のクラスメイトやトイレに行っていた順平や友近にも心配されたが、その時なぜか順平から江戸川先生の名刺を貰った。

 

「何これ?」

「“何かあったらいつでも連絡してください”だってさ。気に入られたな、影虎。……実験台として」

 

 心底いらない、この名刺。

 

 

 

 

 

 

 ~自室~

 

「どうすっかなぁ」

 

 一日寝て帰って来たはいいけど、これからの予定がない。宿題は帰ってすぐ終わらせたし、朝の状態で今日はタルタロスに行かないつもりだったからだ。

 

「そうだ、経緯はともかく体は良くなったんだから、ドッペルゲンガー出してみるか」

 

 ペルソナは影時間でなくても出せるのか、実験してみよう。

 

 という訳で、まず戸締りと窓のカーテンがしっかり閉まっているのを確認し、ベッドに腰掛けて集中する。

 

「“ドッペルゲンガー”」

 

 薄い煙が周りにまとわり付き、いつも通りの服装に変わる。

 

 少し時間が必要だけど、ペルソナの召喚は影時間でなくてもできるな。ただ……影時間で呼び出す時より格段に疲れる。影時間にはペルソナの召還を助ける効果があるんだろうか?

 

 状態の維持も特に問題なさそう……いや、微妙に負担があるか? それでも意識しなければ気づかない程度だ。短時間なら大丈夫だろう。出し入れが疲れるんだな。

 

 スキルや能力の使用……服と装備の形状変化は、いつもより時間がかかるけど可能。

 周辺把握……普段通り使用可能。

 アナライズ……既知のシャドウ情報の閲覧はできる。

 保護色と隠蔽……使えるけど、普段の倍くらい疲れる。

 攻撃はここじゃ無理だから、つぎは回復を……? うっ! あ……

 

 軽く、本当に軽くディアを使おうとしただけで全身の力を持っていかれた。慌ててペルソナを消して事無きを得るが、また今朝のだるさに襲われてベッドに横になる。

 

「なるほど、これは……」

 

 なんとなく理解した。

 

 ペルソナには使えるスキルの中でも得手不得手があり、得意なスキル使用は体力の消耗が小さく、逆に不得意なスキルは消耗も大きくなる。

 

 俺のペルソナが得意なのはしっかり試した五つに補助とデバフ系。回復は使えてもイマイチだったんだろう。使った瞬間合わないというか、違和感があった。負担が大きいだけに違和感が顕著に出たのかもしれない。

 

「数値が無くて、体感だけだと限界が掴みづらいな。これ、攻撃スキル使ってたらどうなってたか……」

 

 きっとぶっ倒れただろう。実験はもっと慎重にやらないと危ないな……

 

 俺は自分の迂闊さを反省しながら、ベッドで休むことにする。

 

 

 

 

 

 しばらくすると、突然部屋のドアがノックされる。

 

「影虎ー?」

「おー! 今出る!」

 

 ベッドから跳ね起きてドアを開けると、私服の順平が立っていた。

 

「おっ、影虎。もう時間だし、まだ食ってなかったら一緒に夕飯……お前どうしたんだよ、また顔色悪いぞ?」

 

 顔色はそうかもしれない。それにしても夕食の時間か、結構時間経ってたんだな……何か食べたい。

 

「体調はちょっと、今朝のがぶり返した」

「それ、あの妙な薬の副作用が今頃出たんじゃねーよな……?」

「違うと思う」

 

 今回は自業自得だからな。

 

「それに食欲はあるから、多分大丈夫だって。で、食事だっけ?」

「それならいいけどよ……そうだ、誘っといてなんだけど、お前部屋で寝てろよ。食事は俺が戻るときに持ってきてやるから。この寮で出る食事は原則食堂で食うことになってっけど、病気の時は部屋で食っていいことになってるからさ。

 菓子やカップめんなんかはいつでも部屋で食えるけど、体調悪いならちゃんとしたメシ食わねーとな?」

 

 飯は食いたいけど、食堂まで行くのはちょっとつらい。順平の申し出はありがたかったので、心配してくれたことに礼を言ってお願いした。

 

 

 

 順平と別れてまた部屋で休むが、何もしていないと食事が待ち遠しい。今日の献立は何だろう? 考えていると空腹感が強くなり、少し腹が痛む。

 

 この空腹感、きっとペルソナ使用の副作用も原因だ。ゲームじゃ自販機の飲み物とか、ありきたりなパンにも多少の回復効果があった。食事が回復に関係するなら、無理なペルソナの使い方をした影響が空腹として現れてもおかしくないと思う。

 

 そうだ、今度からタルタロスへ行く時は、荷物にならない程度に食料を持ち込もう。

 部屋にも常備して、いっそこれからの放課後は回復効果の高い食品探しに使うのもいいな。

 

 いや、食事という行為そのものに意味があって、内容で効果が左右されるなら自分で作ってみるのもいいかもしれない。料理経験は実家で母親の手伝をしていただけ。決して得意とは言えないけど、機会を見つけてやってみよう。

 

 

 

 今後の方針を考えながら待つこと20分。また部屋のドアがノックされた。

 

「おまたせー、夕飯もって来たぜ。食欲あるみたいだから普通の食事持ってきたけど、食べられるか? 寮母のおばちゃんにお粥にしてもいいっていってたから、駄目そうなら変えてもらえるぜ」

 

 順平は白米と水差しに野菜炒めと酢豚が乗ったトレーを見せてそう言うが、俺はそれを見て余計に目の前の食事を食べたくなった。

 

「ありがとう、順平。食べられるよ」

「気にすんなって。食い終わったら部屋のドアの横に出しておけば勝手に回収されっから。んじゃ、体には気をつけろよ」

 

 向かいの部屋に入っていく順平を見送り、俺は部屋で夕飯を食べる。

 勉強机にトレーを乗せて、まず酢豚を一口。

 

 美味しい。

 

 口の中に肉の旨みが広がり、米や野菜炒めにも箸をつける。

 もう一口、もう一口、と一心不乱に食べ進め、気づけば目の前の皿には米粒一つ残っていなかった。

 

 ……俺、皿を舐めたのか?

 

 あまりの皿の綺麗さに自分で驚いたが、とりあえず食べ終わった。順平に言われた通りに食器を外に出して、今日はもう寝てしまおう。




放課後・夜の行動に料理研究(食べ歩きや市販の食品探しを含む)が追加されました。
葉隠影虎の料理の腕前は、簡単な料理なら、普通に美味しく作れる程度です。


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8話 さらなる理解へ(後)

 ~???~

 

 ん……

 体が浮かぶ、そして落ちる……目を開けると、もう見慣れた影時間の町並みが流れていた。俺は忍者装束で、なぜか左手に中身の詰まったコンビ二袋を持って街中を突っ走っている……けど、そんなことをした記憶は無い。それどころか全身の感覚も無く、体を自由に動かせず、体が勝手に街を走っている状態。

 

 感覚と一緒にだるさも無いけど……あぁ、これ夢か。影時間を夢にまで見るようになったか……

 

 夢の中の俺は人目が無いのをいい事に車道のど真ん中でタルカジャを使い、自転車でかっ飛ばすようなスピードで走っている。あれ、攻撃力上昇の副作用か力がみなぎるんだよな。

 

 そんな事を考えていたら、到着したのはタルタロス。ちょっとは周りに注意しろとツッコミたくなるほどズカズカと中に入り、エントランスの時計前でビニール袋の中身を広げる。

 

 えーっと……2リットルのペットボトル入りジュースが二本と潰れかけの弁当二つ。しかも弁当は “食えるもんなら食ってみろ!”が売り文句の“鬼盛りギガカロリー弁当”。大きさが普通のコンビニ弁当の三倍で、中身は米と鳥のからあげ五個、ミニハンバーグ四つの上に目玉焼きが二枚乗って、余った隙間にポテトサラダとキャベツが詰め込まれている。

 

 初めてコンビ二以外で見たよ、この弁当。最近コンビニに並び始めて、誰が買うの? と学校でも話題になるくらいなのに……とか言ってる間に座って食べ始めた。

 

 自由すぎるだろ、夢の俺。

 

 まるで何日も食べていなかったような勢いで食べ進め、弁当とジュースがすべて腹に収まると、そのまま立ち上がってタルタロスの奥へ……おい、後片付けくらいして行けよ!

 

 エントランスの床に散乱したごみを放置しようとした夢の俺にツッコミを入れたら、思い出したようにゴミをまとめてエントランスの隅に投げ捨てた。

 

 まぁ、散乱させたままよりはいいか……

 

 

 

 ~タルタロス・1F~

 

 何だ、これ。

 

「カァアッァアァア゛!!」

「ギィ!?」

「グヒィ!」

 

 目の前から二匹のシャドウが消えた。これでもう何匹目だろう? 夢の俺がここに来て始めたのはシャドウの虐殺……あれは周辺把握に反応があった時からだ。

 

 俺なら保護色と隠蔽を使って忍び寄る所を、夢の俺は突撃した。姿を隠そうとせずにただ突っ込んだだけ。もちろん敵には見つかった。だけど夢の俺は出会いがしらに飛びかかり、馬乗りになってタコ殴り。奇声を上げて威嚇して、敵の攻撃に平気で突っ込む。おまけに手袋の側面を刃に変えて手刀で切りつけたり、メッタ刺しにもする正気を疑う戦いぶり。相手がシャドウじゃなければ今頃ここには惨状が広がっていたはずだ。

 

 姿も戦っているうちに両手の指から獣のような鋭い爪が伸び、地下足袋のつま先は地面をしっかり掴める爪へ変わった。

 

 そしてこいつはそれを利用してやたらと吸いまくる。何を吸うかといえば……また臆病のマーヤがいたか。

 

「アア!!」

 

 新たな獲物へ、すれ違いざまに左のカギ爪を引っ掛ける。

 

「ゲゲッ!?」

 

 胴体が切り裂かれて苦悶の叫びを上げるシャドウを尻目に、胴体へ食い込ませたカギ爪を支点に方向転換。マーヤの背後に張り付いて、右のカギ爪をマーヤの右腕に引っ掛けて引く。すると軽い手ごたえを残して、マーヤの右手が落ちて消えた。

 

 続けて苦しむ相手に右のカギ爪も突き刺すと、赤と青の光が俺の体に流れ込んでシャドウが消える。光はいわずもがな、吸魔と吸血のスキルによるもの。この二つのスキルの使用頻度がやたらと高いのだ。

 

 ……この戦い方を見ていると俺がずっと弱点だと思っていた“攻撃力の低さ”は、本当に弱点だったのか? と思ってしまう。

 

 俺の攻撃力は低く、敵を倒すために何度も攻撃を必要とする場合が多い。それは紛れも無い事実だけど、逆に言えばそれは相手の体力を削りながらも敵の力を吸い取る余地が残っていると言う事。そして夢の俺は毎回、相手を傷つけてから力を吸い殺している。

 

 だから無茶を続けているはずなのに一向に体力の限界がこない。敵の攻撃を何度か食らったにもかかわらず無傷。耐性のおかげかダメージは少なく、すぐに吸血で回復してしまう。

 

 戦って、傷ついて、回復して、また戦う。それを繰り返す様はまるで獲物を狩る空腹の猛獣。今までの俺の慎重な行動がただのビビリに思えてしかたが無い……いや、実際そうだろう。がむしゃらに、自分なりに色々やって鍛えてきたつもりだけど、“本当に命がけの実戦”なんて無かった。ドッペルゲンガーを使えるようになったあの日までは……

 

『ビビルナヨ』

 

 !? この声はあの時の、でも何かが違う……変なノイズが入ったみたいだ…… 

 

『力をツケる方法がある』

 

 そう。だから、俺はタルタロスに来た。

 

『なのにやってる事は逃げ隠れがほとんどダ』

 

 ………………そうだな。俺がここに来た目的は、万が一に備えての“経験値稼ぎ”の一言に尽きる。なのに隠れてまず逃げ道を確保し、敵の数が多いと逃げられる時は逃げていた。

 

 間違っていたとは思わないけど、この世界はゲームじゃなくて現実だから慎重に、そう理由をつけて過剰に危険を遠ざけていた。本当はタルタロスの二階なら十分に戦える力があると自分に言い聞かせていたのに、真っ向から戦おうとはしていない。

 

『能力を把握しようとしたのは、ただ自分が安心したいから。そのくせ不安を消せずに能力を過小評価して、追い詰められるか有利でないと戦おうとしない』

 

 耳が痛いなぁ……しかもノイズが消えてよりはっきり聞こえてくる……

 

『時間は有限』

 

 原作に徹頭徹尾関わらない限り、いつ何が起こるか分からない。開始まではどう過ごそうと一年。

 

「『無駄にできる時間は無い』」

 

 俺と聞こえてきた声が重なった瞬間、今まで無かった体の感覚が戻ってきた……これまでより深いペルソナへの理解と共に。

 

「そういう事かよ……」

 

 敵の居ないタルタロスの十字路に、俺の声だけが響いた。そして俺は、動かせるようになった体で

 

「シッ!」

「ビゲッ!?」

 

 シャドウを淡々と狩る作業を再開する。あの動きと戦い方を忘れないように。

 

 

 

 

 

 

「ふぅー」

 

 体力は有り余っているが、影時間が終わる前には部屋に帰りたい。というわけで今までに無い濃密な時間を終わらせた俺は、ゴミ袋片手に爪の無いの忍者装束で大通りを歩きながら今日のことを再確認する。

 

 まず、俺が夢だと思っていたのはペルソナが暴走する一歩手前の現象で、ペルソナに操られていたようだ。

 

 それを理解した瞬間こそ頭を抱えたが、ペルソナシリーズにおけるペルソナについての設定を思い出したら、少し納得できてしまった。

 

 ペルソナとは何か? それはもう一人の自分であり、シャドウと表裏一体の存在。理性でシャドウを制御したものがペルソナ。そんな設定だったはず。

 

 ここで俺がドッペルゲンガーを始めて召喚した時の事を思い出すと、俺は生への執着でペルソナを使えるようになった。しかし、生への執着心は理性なのか? と考えるとそうでもない。

 

 ドッペルゲンガーは俺の生きるためにあがいた結果生まれたペルソナ。だけど、元となったのは生物が持つ本能でもある。つまり

 

「俺のドッペルゲンガーは“シャドウとの境目に近いペルソナ”。少なくとも目的のために自分で戦うことを選んだ原作キャラのペルソナとは根幹が違う。桐条先輩が俺のことをシャドウと間違えたのもそのせいか……ハハッ」

 

 こんがらがった情報が次々と繋がった。シャドウは象徴化した適性を持たない人間を影時間に落として襲う。その結果が影人間で、原作ではシャドウにおびき寄せられた生徒も居たはずだ。

 

 僅かな爽快感と一緒に、どうしてこんな事が分からなかったのかと笑いがこみ上げてくる。

 

「生き延びるために生まれたペルソナが生き残るための行動を邪魔されて、押し込められた状態で何かの拍子に……あぁ、昼間の召喚とスキル使用がきっかけでタガが外れたとしたら暴れもするか。暴走で殺されなかっただけ運がいい。けど……」

 

 周辺把握の端に反応があった。このまま何事も無く部屋には帰れないらしい。

 

 

 

 周辺把握は物体の表面を読み取って形状や高さを把握し、動きの有無で生物か非生物かを判断する。だから分かる。この大きさと形は“人間”。しかも反応は3つあり、背後と左右の斜め前の三方向から俺を取り囲んで輪を縮めてくる。

 

 偶然にとは思えない位置取りからすれば探知能力を持つ奴が居るだろう。現時点で影時間に動ける三人組と言えば特別課外活動部の三年生(荒垣を含む)か、敵として現れるストレガのどちらか。とか考えてるうちに、姿を見せない位置で止まった。どうせ捕捉されてるならこっちから声かけてやるか? そうだ、最近やってないが……

 

「用があるなら出てきなさい」

 

 保護色と隠蔽を解き、後ろを振り向きながら発したのはそれほど大きくない作った声。しかし他に音を出すものが無い影時間には良く響いて隠れていた3人は反応を示した。まず姿を見せたのは俺の背後から忍び寄り、今は正面に立つロン毛と半裸の男。こっちかよ……

 

「おや、これは驚きましたね」

「てっきりシャドウやとおもっとったわ。なぁ、チドリ」

「……反応はシャドウ。あなたは喋れるシャドウなの?」

 

 後ろから残りの二人も姿を見せる。ストレガはどうなるか……とりあえずは対話を試みよう。

 

「申し訳ないが……私は人間だよ、お嬢さん」

「なんやそのキモイ声と喋りは」

「よく通る声が服装に、実にそぐいませんね」

 

 うるせーよ! 地声出したら何処でバレるか分からないから怖いんだよ! 俺だって別にやりたくてやってるんじゃない! ……とりあえず地声がばれなきゃそれでいいと割り切ろう。

 

 ちなみに作った声は一部の知識人に“イケボ”と言われる声で、中一の時に学校でものまねブームが起こり、周りに付き合って練習した成果だ。早口になるとボロが出るし、歌ったりはできない。顔も普通なので別にモテたりはしなかったけど……人生何が役に立つかわからんな……

 

「おっと失礼、私はタカヤ」

「……復讐屋、か?」

 

 少しでも精神的に優位に立てないかとこちらの知識をちょっと出してみたら、ストレガの3人は興味、警戒、無関心とそれぞれの目で俺を見る。

 

「お前、それどこで知ったんや」

「確証は無かった。しかし、復讐代行サイトの存在と実績は知っていたのでね。どうやって復讐を実行しているのかと思っていた所でこの時間を知った。そこで私同様にこの時間で動く人間が居た。だから思いつきを口にしただけさ」

「……っち。胡散臭いわ」

「それよりも、どうして私の後をつけていたんだ? 復讐の仕事か?」

「あぁ、そういや出とったなぁ……女の前で恥かかされたて、どこぞの不良から忍者を殺せとかいうアホな依頼が。相手の素性も分からんで復讐なんぞできんと弾いた依頼やけど……服装からしてお前か?」

 

 女の前で恥じかかされた不良? ……あ、ああ! よく覚えてないけど、この前やった記憶がうっすらとある。というか、本当に依頼が出てたのかよ!?

 

「その様子やと当たりみたいやな? どうするタカヤ」

 

 雰囲気が剣呑になる中、タカヤが口を開いた。

 

「ふむ……依頼は一度断った物。我々が復讐代行業を営んでいることが知られても困りはしませんし、別に良いのでは? この時間に適応できる選ばれた者同士、むやみに争う必要も無いでしょう。敵でなければ、ね?」

「……タカヤがそう言うんやったら、それでええわ。お前はどうなんや?」

「敵対の意思はない。襲われれば抵抗するが」

「さよか」

 

 それを最後に、ジンと呼ばれたメガネ男は黙り込み、代わりにタカヤが話しかけてきた。とりあえず一番まずい展開は避けられたか?

 

「それで、なぜ我々が貴方をつけていたか、でしたね?」

「……ああ」

「今日は“滅びの搭”が騒がしいとチドリ、そちらの少女が話したので様子を見ていたのです。貴方が出てから搭の騒ぎも収まったようですし、貴方もペルソナを使えますね?」

「……この時間帯に呼び出せるモノの事なら、そうだ」

「なるほど、貴方は天然ですか……貴方のペルソナの能力に関わるのでしょう。チドリが位置の把握に難儀していたので、興味本位で近づいたのです」

「そうか。ならもう用は無いな?」

「そのつもりでしたが……ジン、薬を一つ出してください」

 

 タカヤの言葉に従ったジンが、手持ちのアタッシュケースから小さなプラスチック容器に入った薬を取り出して投げ渡す。まさか“制御剤”か!?

 

「それは?」

「ペルソナの暴走を抑えるための薬で、制御剤と呼ばれる物です」

 

 やっぱり。

 

「それをどうする?」

「貴方に差し上げます」

「なに?」

 

 驚いていたら、タカヤからラベルも付いてない容器を投げ渡された。

 

「貴方の口ぶりからして、つい最近ペルソナに目覚めたのでしょう? ペルソナは暴走する可能性があり、それは暴走を抑えるための薬なのです」

「副作用は?」

「寿命を大幅に削りますが、暴走したペルソナに殺されるよりはマシでしょう。まぁ、今飲めとは言いませんし、暴走しても飲まないと言うならそれで構いません。ご自由にどうぞ」

「金は?」

「今回は要りません。追加で欲しいと言うならお金を頂きますが……詳しい話は機会があれば。町にいる我々を探していただくか、復讐サイトを使えば連絡は取れるでしょう」

 

 タカヤは話は終わりだと言うように元来た道へ振り返り、チドリとジンが俺の横を通って付いていく。そこでジンが俺を見て一言。

 

「飲むか飲まんかはお前しだいやけどな、暴走を舐めとったらあっさり死んでまうで」

「心には留めておくが今は飲まない。今後も必要が無いことを祈る。すでに余命二年の身なのでね」

 

 悪戯に寿命を縮める薬なんて飲んでたまるか。という意味を込めて言ってやったら、三人は俺を一瞥して去っていく。それから俺は勘繰って薬の容器に発信機や盗聴器が入っていないことを確認し、寮へ帰る。

 

 変なキャラで平静を装って、結果的には穏便に事が済んだけど、めっちゃ疲れた……精神的に……




制御剤を手に入れた!
さらに放課後と影時間の行動にストレガを探す&ストレガとの交流が追加されました。

影虎のシャドウは暴走時、とても欲望に忠実な模様。


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9話 部活動

 4月12日(土)

 

 ~朝~

 

「っしゃ!」

「ちくしょう負けたっ!」

 

 ランニングをしていたら宮本と会って体を心配されたので、大丈夫だと証明するために近くの公園で短距離勝負を吹っかけてみた。しかし、昨日の大量吸血のせいか今朝はやけに体が軽くて、結構楽に勝ってしまう。宮本は負けた事でよけいやる気になっているけど、俺としてはちょっとズルした気分。

 

 体はもういいと理解してもらったところで、適当なベンチに座って足を軽くマッサージしていると、隣でスポーツドリンクを飲んでいた宮本が思い出したようにこう言ってくる。

 

「そうだ影虎、陸上部どうする? お前なら絶対良い成績残せるだろうし、先輩は練習すれば大会優勝も夢じゃないってよ!」

「あー、その話か……」

「おう。昨日はなんだかんだで話せなかったから、伝えてくれって先輩がな」

 

 もしかして、先輩からせっつかれてるのか? だとしたら悪いけど

 

「やっぱり陸上部に入るつもりは無いな」

「そっか、残念だけどしかたねぇか。先輩にそう伝えとく」

「迷惑掛けて悪い」

「気にすることねーよ。中学の時から付き合いのある先輩が話のついでに言ってきただけだから。むしろこっちが、特に部長が迷惑を掛けたんじゃないかって先輩言ってたぜ」

「部長?」

 

 そういえば一昨日の放課後に押しかけてきた先輩の中に、ちょっと強引な人が居たなぁ……

 

「その人、背が高くて体格もいい、角刈りの上下関係に厳しそうな人?」

 

 俺がそう聞くと、竹を割ったような性格の宮本が珍しく苦笑する。

 

「三年生で陸上部じゃエースでもあるけど、まぁ、ちょっとそういうとこがあるとは聞くな」

「そ、そう……」

 

 初めて見たぞこんな宮本。あの人が部長だと聞いたら、余計に入る気が無くなった。

 

 だってその人、俺が陸上部に入ること前提で話を持ちかけてきて、お前足速いだろ? 下級生だろ? 俺上級生。お前上級生の俺に従って陸上部入れ。先輩命令な。って雰囲気を言葉の節々に感じさせていたんだから。一緒に来ていた他の先輩が執り成してくれたけど、あの人のおかげで帰りが遅くなった。

 

「まぁ、なんだ。結局影虎のやる気だしな」

 

 そんな宮本の言葉でこの話は終わり、陸上関係の話を聞きながら一緒に走って寮へ帰る。ついでに俺からもランニングや練習後のマッサージの効果などを話してみたけど、どうも宮本のトレーニングはほぼ完全なる根性論。そりゃ膝も壊すだろうな……一度西脇さんにも話しておこう。

 

 

 

 

 

 

 ~学生寮~

 

「何だこれ」

 

 

 共用のシャワーで汗を流して部屋に戻ると、部屋の前に俺宛の大きな荷物が置かれていた。両手でどうにか抱えられるくらいで、しかも重い……なんとか部屋に入れて開けてみると、中にはみっちり食料が詰まっている。どうやら両親からの仕送りみたいだ。

 

「米、食パン、缶詰、菓子。ありがたいけど多すぎるよ」

 

 他には両親と父さんの同僚でありバイク仲間のジョナサン(アメリカ人)から、近況報告と体に気をつけろとの手紙が三通。

 

「母さんは来年の転勤に向けて引越し準備、父さんは仕事の引継ぎで忙しそう。なのにバイクいじりは続けてるのか。ブレないなぁ……」

 

 父さんのバイク好きはもう病気だから仕方ない。そして同僚のジョナサンもかなりのバイク好きで、時間が合うと一緒に実家のガレージでバイクをいじる。二人そろうと夜中まで話し合ったり作業することもあるので、家に泊まったり一緒に食事をすることも頻繁にあった。

 

「まだ一ヶ月も経ってないのに、懐かしいなぁ……」

 

こうして俺は手紙を読みつつ思い出に浸る。

 

「さて、朝食に……!!」

 

 区切りをつけて立ち上がり、なにげなく見た部屋の置き時計を見て気づいた。

 

「朝食の時間もう終わって!? いや、急がないと遅刻する!」

 

 仕送りの食パンと缶詰のお世話になり、急いで着替えて学校へ向かう。予期せず慌しい朝になってしまった。

 

 

 

 

 

 ~放課後~

 

 いい加減にしてもらえないだろうか……

 

「入部はお断りさせていただきます」

「だから何で断るんだよ! 今ならエース待遇だぞ!?」

 

 今朝は始業ギリギリで順平と友近にからかわれたけど、ホームルームにも間に合い、ごく普通の半日授業を受けた。そしてさぁ帰ろう! と思ったところで、また陸上部の先輩が教室にやってきた。

 

 今朝も宮本に断ったけど、直接断りを入れていなかったので改めて断りを入れさせてもらった。しかし勧誘に着た部長さんが何度話しても納得してくれない。もう一人の先輩は納得してくれてるんだけど……もう何度このやり取り繰りを返しただろう?

 

 この人、悪質なクレーマーなみにしつこい。怒鳴り声を聞きつけて遠巻きに生徒が集まってるし、本当に迷惑……どうせ来るなら教師に来て欲しい。

 

「待遇の問題ではなく」

「じゃあ何が気に入らないんだ!」

 

 せめて最後まで聞けよ!

 

「何度もお答えした通り」

「部長、もうやめましょう! ホントに迷惑ですって!」

 

 部長さんの後ろでもがく宮本と捕まえる三人に感謝して部長の相手をしていたら、間を執り成そうとしていた先輩が部長の怒鳴り声よりも大きな声を出した。

 

「宍戸……わかったよ。……申し込み期間まではまだ時間がある。もう一度考えとけ」

 

 舌の根も乾かないうちからそれかよ。いったい何がわかったんだか……

 

「何度も誘っていただいてありがとうございます」

 

 教室を出て行く部長にそう言うと部長はチラッと俺の顔を見た後、平謝りするもう一人の先輩と一緒に立ち去り、緊張感に包まれた教室の空気が緩む。そして集まっていた野次馬が散り始め、騒ぎを見ていたらしい友近と順平が寄ってくる。

 

「おつかれー。影虎も大変だな。あの様子だと陸上部の部長、また来るんじゃね?」

「ともちーの言うとおり、諦めたようには見えなかったな」

「本当にな……何か考えないと」

 

 ある意味、戦うか逃げるで解決できるタルタロスより厄介だ。とりあえず今ある選択肢は“諦めて入部”か“徹底的に入部拒否”で、もちろん俺が選ぶのは入部拒否。あの勧誘で余計に入りたくなくなったし、これは確定。となると問題はどうやって諦めさせるか。

 

 荷物をまとめながら二人に相談してみると。

 

 

「普通あんだけ断られたら諦めると思うけどなぁ……」

「いやいや、それが諦めねーからこんな事になってんだろ。どっか適当な運動部に入ったらどうよ? 運動部二つの掛け持ちは出来なかったはずだし、あれだけ足速いならお前も何かやってんだろ?」

「俺がやってるパルクールは陸上競技とまったく違う物だよ。部活にもない」

「だったら、作っちまえばいいんじゃねーの?」

「作る? 部活を?」

「そうそう。同好会なら一人でも作れるって前に聞いた気がするからさ」

 

 部活を作る。そういえば山岸風花も一人で料理部だか何かを作って活動していたし、一人でも部の発足が可能なら今後何かと理由付けや隠れ蓑に便利かもしれない。例えば学校に残る場合とか……活動内容にパルクールのイメージトレーニングとして校外での活動を盛り込めば、タルタロスに持ち込む食料選びの時間もとれるかな?

 

 ずっと将棋部だったから校外活動は可能かどうか分からないけど……まぁ、無理でもサボればいいか。

 

「順平、その案いいかもしれない。どうすれば部を作れる?」

「えっ、まさか本気にした!? う~ん……オレッチも詳しくねーけど、部活関係は生徒会が色々やってたはずだし、生徒会室に行けばわかるんじゃね? そういや……お前、この前桐条先輩に何かあったら相談にこいって言われてたじゃん。この機会に行ってみたらどうよ?」

「ん……」

 

 生徒会……今後二年間の生活に関わる事だし、話を聞くくらいなら問題ないだろ。

 

「分かった、じゃあ早速行ってみるよ」

 

 部の発足について聞くことに決めた俺は、二人と別れて教室から生徒会室のある二階へ向かう。

 

 

 

 

 

 ~生徒会室前~

 

「ここか」

 

 ペルソナ使いとして、一生徒として、いろいろな意味で緊張しながら扉をノックする。

 

「……どうぞ」

 

 この声は

 

「失礼します」

 

 声に従って生徒会室の扉を開けると、長い机を四角く並べた会議室のような部屋の隅にただ一人、声の主がパイプ椅子に座ってこちらを見ていた。

 

「おや、君は確か……葉隠君」

「こんにちは。本当に覚えていてくださったんですね、桐条先輩」

「人の名前を覚えることには慣れているのでね。それに君の噂も何度か耳にした。ところで今日は何か相談か?」

「相談したい事があったのですが、他の方は?」

 

 桐条先輩の席の手元には数枚の書類があり、作業中だったことが分かる。だから他の人にと思ったけど、生徒会室には桐条先輩しか居ない。

 

「私は暇が出来たので少し作業を進めに来たが、生徒会の活動日は毎週月・水・金。土曜日は本来誰も来ないんだ」

「そうなんですか。でしたら日を改めた方が」

「気にすることはない。これは今やる必要のない仕事だ、話を聞こう」

 

 そう良いながら書類を片付けてしまう桐条先輩。忙しいだろうに、それに今日は活動日じゃないと言っていたのにこうしてきっちり対応しようとしてくれる。だから生徒も頼りにするのだろうか?

 

「今日は新しい部を発足するために必要な書類や手続きについて聞きたいんです。部活動は生徒会の管轄だと聞いて」

 

 書類をクリアケースにしまった桐条先輩に椅子を勧められたので、席について創部の話を切り出す。すると桐条先輩はこんな事を言ってきた。

 

「確かに部活動の申請は生徒会が受け付けているが、君は陸上部に入るのではないのか?」

「そのつもりはありませんが、どこでそんな話を?」

「先日今年の部活運営費の割り当てについて、各部から部長を集めて会議をしたんだ。月光館学園の部活動運営費は基本的に部員の人数から算出した規定額を基準とし、部の実績や実績を残す見込みを考慮して増減される。

 そこで各部の部長は会議で部の実績や見込みがあることをアピールするわけだが、陸上部の部長は50メートル走で6秒を切る新人、つまり君が入るから大会で優秀な結果を残せる見込みがある。だから遠征費のために部費を上げるようにと主張していた。……どうやら、事実ではないようだな」

 

 頭が痛い。勧誘がしつこいと思ったら、勝手に人を部費集めのだしに使ってたのかよ。

 頭にきたから今までの経緯も合わせて桐条先輩にぶちまける事にしよう。

 

「…………では陸上部の部長は君に無断で入部を見込み、そのつもりのない君に入部の強要を繰り返していたと」

「理由は知りませんが、何度断っても勧誘されたのは事実です。今日もさっきまで大声で勧誘されましたし、目撃者も大勢居るはずです」

「分かった、その件はこちらでも調査させてもらう。それから部の発足についてだが、こちらは陸上部の勧誘を断るだけが目的ならば、あまり薦められない。手続きは単純だが面倒だぞ」

 

 陸上部の件を抜いても部は発足させておきたい。

 

「具体的にはどのように? 人数が必要ですか?」

「部活動なら最低五名。同好会という形であれば一人でも構わないが、顧問をしてくれる先生を見つけることが難しいんだ」

 

 簡単な説明を受けてみると、必要な手順はまず書類に部長(俺)の名前と活動内容を書き、顧問を受け持ってくれる先生を見つけて承諾のサインを貰い生徒会に提出するだけ。最後に学校から簡単な書類審査と承認を得れば部活として活動できる。

 

 簡単に聞こえるが現在は手の空いている先生がいないらしく、負担を覚悟で顧問を掛け持ちしてくれる先生を見つけなければならない。名前と活動内容だけ記入して提出後に職員会議で決めてもらう事も出来るらしいけど、その場合たらい回しにされた末に顧問が見つからず却下となるケースが多い。

 

 こっちもこっちで大変そうだ。直談判して引き受けてくれそうな先生ね…………あ、一人居るかも……俺は携帯を取り出して、一応登録していた番号を確認する。

 

「一人心当たりが居るので、電話で聞いてからでもいいですか? すぐ済みますから」

「もちろんだとも。しかし、携帯の番号を交換するほど親しくなった先生が居るのか?」

「あれを親しくなったと言っていいのか分かりませんが……」

 

 俺は一度生徒会室を出て電話をかける。実際にかける事なんて無いと思ってたけど……

 

 数回のコールの後、先生が電話に出た。

 

「はい、江戸川です。どちらさまですか?」

「江戸川先生お疲れ様です。一年A組の葉隠影虎です。覚えてらっしゃいますか?」

「影虎君! 覚えていますとも! いやぁ、本当にかけてくれたんですねぇ……で、どうしました? また体調不良ですか?」

「いえ、今日は健康です」

「なんだ、そうですか……」

 

 健康と聞いて露骨にがっかりした声を出す先生に、説明を行う。

 

「なるほど、ちょっと怪我の危険のある部活の顧問ですか。別に構いませんよ」

「本当ですか!?」

「ええ、私は今は部活の顧問をやっていないので」

「先生は誰も手が開いていないと聞いたんですが?」

「養護教論が顧問をしても問題はありませんが、みなさんそれを知らないのか、職員会議でも部活の話は回ってこないんですよ。養護教論が顧問になるのは比較的珍しいのでしょうね……とにかく、話を受けてもいいですが……その代わり病気になったら?」

「…………先生に昨日の薬をいただきます」

 

 背に腹は代えられないし、日頃の生活とタルタロスの吸血で体調を維持すればなんとかなる。気がする。

 

「いいでしょう。では……どうしたらいいんですかね?」

「これから生徒会室で書類を貰って記入しますから、後ほどサインを頂きに保健室に行きます」

「それなら私が今から生徒会室に行きますよ。では後ほど……ヒッヒッヒ」

 

 切れた電話をポケットに入れ、生徒会室に戻る。

 

「桐条先輩、書類をお願いします」

「早かったな、先方には了承を得られたのか?」

「はい。お願いしたのは」

「私ですよ……ヒッヒッヒ」

「「なっ!?」」

 

 気づいたら、俺の背後に江戸川先生が立っていた。何を言ってるのか分からないと思うが……じゃない! いつの間に来た!? さっきまで居なかったよな!?

 

「は、早いですね、江戸川先生」

「たまたま、二階に居たので……」

「そうですか……」

 

 相変わらず不気味な先生だ……とりあえず手続きをしてしまおう。

 

「桐条先輩、書類をいただけますか?」

「あ、ああ」

 

 動揺を隠せていない桐条先輩が近くの棚から一枚の紙を取り出して、ペンと一緒に渡してくれた。江戸川先生は顧問の記入欄に必要事項を記入してすぐに生徒会室を出て行き、俺は音の消えた生徒会室で黙々と必要事項を記入する。

 

 部活動/同好会名称 ここはパルクール同好会。

 文化部/運動部 いずれかに丸で運動部、と……

 部長 一年A組 葉隠影虎

 部員 空欄

 部室 ……部室?

 

「桐条先輩、ここはどう記入すれば?」

「そこは家庭科室など、必要な設備があれば記入してくれ。希望する教室でもいい。希望が重なった場合は人数の多い部活動が教室使用の優先権を持つが、この学園は広いので設備が必要ない活動ならどこかの空き教室が提供されるだろう。活動場所も同様だ」

「わかりました」

 

 活動の目的はパルクールの練習場所の確保、場所は未定だけど走る、登る、飛ぶが出来る起伏に富んだ場所が望ましい。内容は体力づくりとしておこう。あとは校外でのイメージトレーニング。許可を取る必要と迷惑になる可能性があるので、校外で練習はしないことにして……活動内容が承認されるかどうかが怪しいけど……

 

「書けました」

「そうか。…………不備は無い。たしかに預かった」

「手続きをよろしくお願いします。それでは失礼します。お時間ありがとうございました」

「うむ……」

 

 それから俺はすみやかに生徒会室を後にしたが……部屋を出る直前に桐条先輩が「すまない」と呟いた気がした。あれは何だったんだろう……

 

 

 

 俺は知らなかった。

 学校のネット掲示板で“陸上部の強引な勧誘で精神的に追い詰められた生徒が新しい部を作る”と噂になる事を。

 そして“悪魔に魂を売ってしまった男子生徒”と呼ばれるようになるになる事を。

 来週の月曜日。話を聞いた陸上部の部長と副部長が、朝から土下座で謝りに来る事を。

 俺はこの時、まだ知らなかった……




月光館学園の部活について書いてみたけど、なんか変な感じになってしまった。
個人的に月光館学園の新部活創設はわりと簡単なイメージがあります。


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10話 たまにはのんびり

 4月13日(日)

 

 ~昼~

 

「結構集まったな」

 

 朝の内に宿題ややるべき事を済ませ、ふと外を見たら部屋に居るのがもったいない天気。散歩がてらポートアイランドから巌戸台までのんびりと既存の回復アイテム(飲み物)集めをする事にしたが、用意したボストンバッグが飲み物で一杯になってきた。

 

 この自販機で最後にするか。

 

「胡椒博士、マンタ、純粋ハチミツ。他に新しい物は……無いな」

 

 これまでに買えたのは今の三種類に加えて四谷さいだぁ、剛健美茶、モロナミンG、ミニマムコーヒー、255茶……大半はどこの自販機でも取り扱っている物だけど、たまにかわり種もあるのでよく見てみると結構面白い。

 

 ただ、財布が軽くなった。銀行に行けば貯金はおろせるけど、バイトでもやってみようか? 叔父さんの所とかで働ければ……そんな事を考えていたら、たこ焼きの良い香りが鼻をくすぐる。……ちょっと休憩して行こう。

 

「一パックお願いします。これお代」

「420円丁度ね、まいどあり!」

 

 たこ焼き屋オクトパシーの前にある座席に座り、買った“謎のたこ焼き”を一口。美味い! でも中身はタコじゃない。タコっぽいんだけど、舌触りに吸盤の存在がまったく感じられない。これ一体なんだろう?

 

 ……連日の吸血や江戸川先生の薬で変な度胸がついたのか、美味しければいいやと思えるようになってきたな……慣れって怖い。

 

 ボストンバッグから剛健美茶を一本取り出して、たこ焼きと一緒にのんびり味わう。

 

「はぁ……平和だな……」

 

 最近は色々あったし、こんなにゆっくりできる日は久しぶりな気がする。たまにはこうして癒される日もないと……ん?

 

「どこに落としたんだろう……」

 

 儚げで気弱そうな少女が、困った顔で地面を見ながら俺の前をうろうろし始めた。……うん、どう見ても山岸風花だ。日曜の学校外なのにまた原作キャラかよ! とも思うが、目の前でうろうろされると物凄く気になるな……今更原作キャラに関わるのを避けても遅い気がするし、ちょっと声かけてみるか。影時間に関わらなきゃいいんだ。

 

 最後のたこ焼きを口に入れて席を立ち、こっちに背を向けて商店街の路地を覗きこむ山岸さんに近づく。

 

「どうしました?」

「ひゃいっ!?」

「すみません。何か困ってたみたいだから声をかけたんですが……」

「あ……こっちこそすみません、驚いてしまって。ちょっと探し物をしていたんです。このへんでこのくらいの封筒を見ませんでしたか?」

 

 山岸さんが手で示した大きさだと、そんなに大きくなさそうだ。しかし

 

「見てません」

「そうですか……」

「大事な手紙か何かですか?」

「そういう訳じゃなくて……ええと……その……」

 

 ああ、なんかテンパり始めた。

 

「あの、とりあえず落ち着いて。一旦座りません?」

「あ、はい……」

 

 さっきまで座っていたオクトパシー前の席を指し示して歩き出すと、山岸さんはまだテンパって居るのか素直に俺についてきて座り、恥ずかしいのかうつむいている。ってか、これ他人から見たらナンパじゃないか? こころなしかオクトパシーの店員がニヤついた目で見ている気がする……

 

「……たこ焼きもう一パックお願いします」

「まいどっ! 二個おまけしとくよ」

 

 席代の代わりに買ってみたら案の定、おまけが付いて楊枝が二本。あれか、分けて一緒に食えと。どんどんナンパに近づいているが、細かい事には目をつぶって山岸さんの隣に座る。

 

「はい、これ食べて落ち着いて」

「えっ!? そんな悪いですよ!」

「いいからいいから。もう買っちゃったし、さっき一パック買って食べたから一人じゃ食べきれないから。あと飲み物何がいい? 缶ジュースだけど自販機で売ってる物は大体あるから好きなの選んで」

「あっ、本当にいっぱいある……何でこんなに?」

 

 気にするのそこかよ! いやまぁ、気になるか……変な警戒されるよりいいし、このまま押し切ろう。

 

 ボストンバッグの中から缶ジュースを一種類ずつ取り出して並べ、どれが良い? ともう一度聞くと

 

「じゃあ、これを頂きますね……」

 

 断りきれずに剛健美茶のペットボトルに手を伸ばした。さすが序盤は気弱設定の山岸風花。

 たこ焼きを一つとお茶を一口飲んでようやく落ち着いてきたらしい。

 

 ……関係ないし言わないけど、知らない人から貰った飲食物を口にするのは危ないぞ。たこ焼きは目の前で買ったばかりだから別としても、海外だと飲み物に薬を入れて行う犯罪の話もよく聞くんだから。

 

「それで、落し物の話ですけど」

「はい。えっと……落としたのは銀行の封筒なんです。引き出したばかりの生活費が入ってて」

「何処の銀行ですか? あと、差し支えなければどれだけ入っていたかも」

「桐条銀行で、封筒の中身は十、五万円……」

「それは、多いな……」

「私毎月を大体前半と後半に分けて、月二回くらいしか引き出さなくて。だから一回の額が多めで……でも普段はそこまで多くないんです、今月はちょっと買い換えたいパソコンの部品があったから多めにおろしたらこんな事に」

「別に責めてる訳じゃ……たこ焼きもう一つどうぞ」

「いただきます……」

 

 たこ焼きを俺が薦めるままに口にしてクールダウンする山岸さん。しかし十五万円か。昔の俺の初任給が十八万に届かなくて……大人にとってもデカイんだから、学生の身じゃ余計にデカイ額だよな。……よし。

 

「交番には行きました?」

「もちろんです、でも落とし物は届いてないって……だから今日通った場所をもう一度歩いて探してて」

「だったら、これ食べ終わったら探しましょう。手伝いますから」

「手分けして、って、そんな、悪いですよ! 私一人で探しますから!」

 

 さっきも聞いたなぁ、その言葉。

 

「そうは言っても心当たりが無さそうだし、探すの大変でしょう」

「それは……でも……」

「十五万なんて大金、ちゃんと探して早く見つけた方がいい。元々暇だったから遠慮はいらないよ。同じ学校のよしみで手伝わせて欲しい」

「えっ? 同じ学校の方なんですか?」

 

 あっ、そういや自己紹介もしてなかった。

 

 たこ焼きを一つ頬張り、何と言おうか、熱っ!?

 

「あっ、あつっ!?」

「大丈夫ですか!?」

「あふっ、うん。大、丈夫。……え~と、月光館学園高等部の一年だよね? 名前は知らないけど、何度か見かけた覚えがある。俺は一年A組の葉隠影虎です」

 

 とはいえ証明できる物が何もない……と思っていたら。

 

「貴方があの……私はD組の山岸風花です」

「あの、って。俺の事を知ってるの?」

「えっと、新しく部活を作ろうとしてる人ですよね? 顧問が江戸川先生ってことで、学校の掲示板で話題になってたから」

 

 たこ焼き片手に話を聞いたらどこかから漏れた昨日の話が掲示板に広がっているらしく、昨夜から陸上部の執拗な勧誘、それに追い詰められた生徒()、江戸川先生が顧問になる部活。このどれかの話題が常に賑わう“葉隠影虎君のご冥福を祈るスレ”が立てられていたそうだ。

 

「人を勝手に殺して祈るなと言いたい」

「すみません……」

 

 ふと呟いた言葉で山岸さんがばつが悪そうに謝りはじめたので、不審者じゃないと分かって貰えたならいい、と言ってこの話をやめる事にする。

 

 

 

 それからは最終的に折れてくれた山岸さんと巌戸台を歩き回った。

 まずお金を引き出した銀行から駅前のカフェに行き、商店街の本屋やパソコン関係のジャンクパーツ屋、文房具屋、小物屋など……結構歩き回ったのに封筒は見つからず、とうとう封筒がない事に気づいたという巌戸台駅に着いてしまう。

 

「もう一度……」

 

 銀行まで戻ってみようかと言おうとしたら、山岸は首を振る。

 

 もう日が落ちて薄暗いからここまででいい、か……まだ遠慮があるんだと思うけど、確かにもう街灯が点いている時間帯だ。山岸さんは夜遊び歩くタイプでもないし、暗い夜道は危ないか。この前みたいな不良がいても困る。

 

「残念だけど帰りますか……」

 

 後ろ髪を引かれるけれど、俺は山岸さんと一緒に電車に乗り、女子寮の近くで別れて男子寮へ帰ることにした。




山岸風花登場。ちょっと言動に伏見千尋が混ざった気がする。

バイト先の選択肢に”ラーメン屋はがくれ”が加わりました。


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11話 戦わない影時間

 ~影時間~

 

 早く、早く、さらに早く。夜の街をひた走る。

 

「着いた……」

 

 到着したのはタルタロスではなく巌戸台駅。一度は寮に帰ったけれど、やっぱり封筒の行方が気にかかり、今度は周辺把握を全力で使って探してみる事にする。でもその前に……

 

「んぐっ、んぐっ……はぁ……」

 

 寮から持って来た缶ジュース、“純粋ハチミツ”を開けて乾いた喉に流し込む。

 

 味は……うん、ハチミツ味。果物とかそういう香料の入っていない純粋なハチミツ味。トロッとした感触はないのでハチミツ入りの水みたいな感じでゴクゴク飲める。回復効果はシャドウから吸う時のような実感が無いのでよく分からないけど、喉は潤う。要はただの美味しいジュースだ。

 

 まぁ、何処でも買えるジュースに高い効果があるわけないか。影時間が何らかの影響を及ぼして回復アイテムに変わるとか、そんな事もないみたいだし。

 

「さて……え~っと、お札一枚が大体0.01cmで十五万なら0.15cm。封筒の厚みを入れても0.2cmは越えない。いくらか崩していたとしても数枚だろうし……0.15から0.3cmくらいの厚みの封筒を探す、と」

 

 封筒の予想される厚みをできる限り明確にイメージしながら周辺把握の範囲を広げ、頭に流れ込む周囲の物体の形状に集中。……物体の表面を辿るように意識を向ければ小さな隙間の中も探れるな……おっ。自販機の下に封筒らしき物がある!

 

 すぐ駆け寄って手を伸ばし、中身の入った封筒を引っ張り出す。

 

「よっ……なんだ、十枚つづりの宝くじかよ」

 

 なんて紛らわしい。しかし自販機の下には宝くじだけじゃなくて小銭がたくさん落ちているようだ。手の届く範囲を掻き出してみたら十円、十円、五十円、十円、百円。あ、五百円も……こんなに出てきた。

 

「ネコババすれば結構たまるんじゃないか……?」

 

 そんな事を思いついた自分のセコさに苦笑いしつつ、見つけた小銭はちゃんと拾ってから、山岸さんと歩いた商店街へ向かう。

 

 叔父さんの所でバイトさせてもらうかな……

 

 

 

 ~巌戸台商店街~

 

 五円、一円、ビンの蓋。いかがわしいチラシに誰かの携帯……いろんな物が落ちている。普段気にしてないだけかもしれないけど、周辺把握で見つかる落とし物の多さに驚きだ。

 

 慣れて精度が上がったのか、徐々に物体の大きさや凹凸から物体の判別が出来るようになってきたな……特に小銭は数字が読み取れるから完璧に分かる。しかし肝心の封筒が中々見つからない。落としたんじゃなくて、盗まれたんじゃないだろうか?

 

 そう諦めかけた時、感知できる範囲に人が入ってきた。人数は二人、ストレガのタカヤとチドリだ。ゴスロリ服と上半身に服を着てないロン毛だと表面が特徴的で分かりやすいな。

 

 どうも向こうも俺に気づいているようで、まっすぐこっちに歩いてくる。軽く警戒しながら声を整え、奴らが来る方に目を向けて待つ。すると一分もしないうちに商店街の脇道から二人が出てきた。

 

「こんばんは」

 

 ……声をかけたはいいが、何かがしっくりこない。

 

「やっぱりあなただった……」

「こんばんは、意外と早く会いましたね?」

「こちらもここで会うとは思わなかった。今日は一人居ないな?」

「ジンなら仕事」

「復讐代行か」

「最近は依頼が増えてそれなりに忙しいのです。あなたは何故ここに?」

 

 そう聞いたタカヤはちらりと遠くに見えるタルタロスを見る。今日は行かないのかと言う事か。

 

「探し物をしていた」

「探し物?」

「金を落とした」

「なるほど。世の中、唯生きるだけでもお金は必要ですからね」

 

 俺がチドリへ落とした物が何かを答えると、タカヤはそう言ってから少し考え、口を開いた。

 

「もしよければ仕事を紹介しますよ?」

「何?」

 

 何か勘違いされてる?

 

「復讐代行の仕事か?」

「それがいいと言うのでしたら明日からでも復讐代行を頼みますが、他にも仕事はありますよ。我々は常に人手不足なので」

「普段はジンしか働かないから」

 

 それは人手不足じゃないだろ。大変だな、あのメガネ……しかし

 

「遠慮しておこう、生活には困っていない」

「そうですか、少し残念です。気が変わったらいつでもどうぞ。貴方は復讐代行に向いていると思いますから」

 

 俺が?

 

「何を根拠に」

「貴方があまりにもシャドウらしいので。この時間に選ばれなかった者に資格を与えるのも容易いでしょう」

「……棺桶を人に戻すという意味なら、やり方すら知らん」

「棺桶に自身のペルソナの力を注げばいいのですよ。ペルソナは我々が選ばれた者である証。その力の一端を注げば、資格無き者も一時的にこの時間で生きる資格を得ます。やり方は言葉で伝えられるような物ではないので、やる気があれば自分で感覚を掴んでください」

「そんな事を教えていいのか?」

「別に……秘密じゃない」

 

 マジで? かなり重要な情報だと思うけど、ストレガにとってはどうでもいいのか。そういえばこいつらは過去も未来もどうでも良いと思って生きてるんだっけ?

 

 うろ覚えの設定を記憶から引き出しても疑ってしまう。すると、それを察したタカヤが俺に聞いてきた。

 

「納得いかないのでしたら、対価として一つ聞かせていただけますか?」

「何だ?」

「貴方はあの日、何故滅びの搭に居たのですか?」

 

 どう答えるか一瞬迷うが、嘘もついてもすぐ分かるだろう。

 

「ペルソナの訓練をしていた。先日、シャドウに襲われた時に呼び出せるようになったばかりだからな」

「ほう……それは今後も続けるのですか?」

「そのつもりだ」

「何故です?」

「身を守るために」

「……滅びの搭から出てくるシャドウは少なく、どれも弱いものばかりです。搭のシャドウを騒がせる程度の力があるなら十分では? そもそも身を守るために危険に飛び込んでは本末転倒でしょう」

「……今は問題ないが、いつかさらに強いシャドウが現れるかもしれない。分からないからこそ、備えるんだ」

 

 そう言うと、タカヤはまた黙り込み、次に発された言葉に心臓が跳ねる。

 

「分からないからこそ備える……分からないと言うわりに、強いシャドウが現れる確信を持っているように聞こえますね」

「そうか」

 

 無言や慌てた否定は肯定のようなものだと自分に言い聞かせるが、心臓がうるさい。

 

「しかし、なるほど……」

「なにかあの搭に入ると不都合があるのか?」

「いえ、単なる興味です。おかげで初めて会った時から抱いていた違和感が何か分かりました。貴方は我々と同じく“死を受け入れた者”。しかし貴方は我々と違い、死を受け入れてなお生きようとしているのですね。

 ……搭については、戦い続ける事が貴方の“今”の生き方であるなら、止めませんよ」

 

 

 死を受け入れた云々は疑問が残るが……それより搭に入ってシャドウと戦う事は敵対理由にならないんだな。

 

 それから一人納得したタカヤは俺に「抵抗をやめるのも一つの生き方、死は誰がどんな生き方をしても平等に訪れる、違いは早いか遅いかだけ」と言い残し、チドリを伴って去って行った。

 

「ふぅ……」

 

 ストレガにタルタロスでの訓練を妨害する気がないと分かったのは大きい。影時間に人を落とす方法も知っておいて損はないが、だいぶ時間を取られた。……探索を再開しよう。影時間中に封筒を見つけられないと、いろいろな意味で面倒になる。

 

 

 

 

 

 ……ん? これは……

 

 探索を再開して十分ほど経った頃、封筒らしき物が感知できた。

 

「この中……だな、間違いなく」

 

 反応は商店街の隅に掘られた排水溝の中から。深くて暗いので肉眼では封筒を確認できない。格子状の蓋で塞がれているが、薄い封筒なら入りそうな隙間がある。

 

 問題は手が入らない事。そして入ったとしても届かない事。

 

「困ったな……ドッペルゲンガーで取れるか?」

 

 右手の五指から紐のようにドッペルゲンガーを伸ばして送り込んでみるが……

 

「あー、落とした」

 

 ドッペルゲンガーの細かい遠隔操作が思ったより難しく、そちらに集中しすぎると周辺把握の精度が落ちて目標の位置を見失ってしまい、周辺把握に集中しすぎると操作を誤る。

 

「伸ばすだけなら簡単なのに」

 

 クレーンゲームのような作業で封筒を取り落とすこと数十回。

 

「場所を確認、近づけて支えて……そっと引き上げ。いいぞ、きてるきてるそのまま、っ!」

 

 伸ばして封筒に巻きつけた五本の紐の動きが狂い、緩んだ拍子に縦穴の半ばまで持ち上がっていた封筒が下に落ちかける。

 

「っと! セーフ」

 

 反射的に一本を下に伸ばして支える事に成功。もう一度しっかりと封筒に紐を巻きつけ、今度こそ引き上げに成功。

 

「っしゃあ!」

 

 左手で掴み取ったのは桐条銀行と書かれた封筒。期待に胸を膨らませて中を確認すると、一万円札がきっちり十五枚。間違いない!

 

「見つけた~! っ、くさっ」

 

 喜びの直後、鼻についた匂いでテンションが一気に平常に戻った。

 

 いや、まぁ、落ちてた場所が排水溝だもんなぁ。雨とか水撒きで流されないうちに見つかっただけいいか。

 

「……もう帰ろう。トラフーリ!」

 

 探し物が見つかった以上ここに居る理由も無いのでスキルを使用。

 

 しかし戦闘以外にペルソナを役立てるのもいいものだ。戦うのとは違った達成感がある。

 

 そんな事を考えているうちに、俺は自分の部屋へと戻っていた。

 

 このスキルを使うたびに思う、一日一回しか使えないのが惜しい……使ってるうちに回数増えたりしないかな?




バイトの選択肢に、“危ない仕事”が加わってしまいました。


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12話 一週間の始まりは……

 4月14日(月)

 

 

 一週間の内、学校や仕事が始まる日。

 今日を憂鬱だと考える生徒はきっと少なくない。

 そんな月曜日の授業ももう半分は終わった。

 

 昼食を済ませた俺は、昨日拾ったお金を山岸さんへ返すためD組に来ている。本当は朝に返したかったが、今朝は陸上部の部長が手のひらを返したように勧誘の件を謝ってきたので、応対してたら時間がなくなってしまった。

 

 どうも桐条先輩の方から厳重注意をされて、俺が同好会を作ろうとしている事を知ったらしいが……江戸川先生に顧問を頼むほど追い詰めてしまったって何かね?

 

 強引な勧誘についても謝られたけれど、それより江戸川先生の方を申し訳無さそうに謝っていた。それはもう、この先が不安になるくらいに……

 

 まあ、もう済んだ事だ。陸上部ももう勧誘に来ないと言ってくれたし、今は山岸さんに……どこだろう? 窓から教室内を覗いてみても、山岸さんの姿を見つけられない。

 

「すみません、ちょっといいですか?」

「え? 何の用?」

「A組の葉隠といいますが、山岸さんは居ますか?」

「山岸? 見てないなぁ……」

「あっ、山岸さん帰ってきたよ。山岸さん!」

 

 扉から一番近くに居た男子生徒に聞いたら、横から別の女子生徒が教えてくれた。おかげで山岸さんが俺に気づいて小走りで近づいてくる。

 

「木村さんに、葉隠君? どうしたの?」

「この人が用事だって」

「こんにちは、山岸さん。突然来てごめん。昨日の落し物を見つけたから返しに来たんだ」

 

 ブレザーの内胸ポケットから、口を密閉できるポリ袋へ二重に入れた封筒を取り出すと、山岸さんは目を見開いて俺と封筒を交互に見回す。

 

「見つかったの!?」

「商店街のドブに落ちてた。湿って汚れてるけど、幸い中身が判別できるから銀行に持っていけば新札と替えてもらえるよ」

 

 そう伝えると山岸さんは笑顔でお礼を言ってくれたが、すぐにまた何かに困り始める。

 

「なにかお礼しないと……。こういう時は一割かな?」

「いらない」

 

 速攻で断った。別に礼金目当てで探した訳じゃないし、教室でお金、それも高額のやり取りするのはどうも……何よりその汚れた封筒から一割出されても困るって。

 

「でも! 見つけてくれたって事は、あの後で捜しに戻ってくれたって事だから何かしたいんです!」

「……じゃあ今度缶ジュースを奢ってもらうって事で」

 

 山岸さんはお礼をすると引かないので妥協案を出し、今日も勢いで納得させて気が変わらないうちにD組を出る。

 

 あまり高い物を女の子に奢らせるのも悪いし、変な気づかいで手料理を貰うのは避けたい。ほぼ初対面の相手にわざわざ手料理作る女子なんて居ないと思うけど、万が一あったら……まだ食べる勇気は無い。失礼だけど、美味しくもないだろうし。

 

 でもD組での様子を見た限り、まだ山岸さんへのいじめは始まっていないみたいだ。山岸さんの名前を出しても周りからの忌避感や変な関心は向けられなかったと思う。

 

 いじめなんて無いに越した事はないけど、来年には始まるんだよな? ……気分悪いけど、始まる正確な日や原因が記憶に無いし、始まってからじゃいじめを辞めさせるのは難しいだろう。それに下手に防いで山岸さんの特別課外活動部への入部フラグをもしもぶち折ったら、きっと特別課外活動部は詰む。

 

 ナビゲーション無しでのタルタロス攻略とか無理だろ。最終決戦どころか、恋愛とか皇帝の大型シャドウにも勝てるかどうか怪しいぞ。

 

 どうにか辞めさせたとしても、いじめ問題とは関係なく勧誘がくれば……原作では体が弱いってことで勧誘する前に諦められたか? いや、それもいじめを苦にして休みがちになったのが原因だから…………ややこしい!

 

 成り行きとはいえ山岸さんとは顔見知りになったんだ、これから時々様子を見ておくしかないか……

 

 

 

 

 

 

 問題を先延ばしにした俺が教室に戻ると、にやついて物凄く気持ち悪い目をした友近と順平が待ち構えていた。

 

「……何?」

「いやいや、影虎も隅に置けないなぁ。俺ら見たぜ、D組の女の子を呼び出して話してたとこ」

「儚げで可愛かったじゃん? 影虎って、ああいう子が好み?」

 

 うっわ、面倒くさっ!

 

「見てたのかよ……」

「そりゃもう、葉隠君、って名前呼ばれたとこをばっちりと」

「邪魔しちゃ悪いと思って、声かけずに順平とすぐ教室戻ったけどな」

 

 じゃあ会った所でその後を見てないのか。

 へんな誤解をされても困るので、二人に事情を話して特別な関係ではない事を説明する。

 

「じゃあさ、影虎の好みってどんな女子なんだ?」

「また唐突だなぁ。そういう友近はどうなんだ?」

「俺? 俺はやっぱりお姉さん系だな。 同年代も悪くは無いけど、やっぱガキっぽいっつーか……」

 

 適当に聞き返したらなんか語り始めた……年上好きは知ってるよ。

 

「じゃー次は順平」

「俺!? ん~、俺は特にねーけど……後輩の女子に先輩、って呼ばれてみたいってのはあるかな」

「順平は年下か~、なら影虎、お前は? 年上、年下、どっちだ?」

 

 ばかばかしい話だけど、とりあえず考えて答える。

 

「その二択だと…………年上かな?」

「おっ! わかってるな影虎! で、どの位まで?」

 

 声を潜めて先生くらいと答えると、友近がうれしそうだ。

 俺の場合は年上好きというより、この世界に来る前の年に近いからなんだけどな。

 今の同年代の女子、例えば山岸さんや岳羽さんも可愛いとは思う。

 付き合おうとはいろいろな意味で今は考えられないけど。

 

 そんな話に付き合っていたら、後ろからあきれた様な声で呼ばれる。

 

「ちょっと葉隠君、バカ話してるとこ悪いけど、お客さん来てるよ」

「お客? 誰……」

 

 振り向いて声の主である西脇さんを見ると、手で扉のほうを指していた。そのまま視線を扉に移せば……

 

「失礼する」

 

 俺の顔を見て、ざわつく教室に一声かけて颯爽と入ってくる桐条先輩が見えた。

 

「おはようございます、桐条先輩」

「おはよう、葉隠君。歓談中にすまない。五時限目も近いので早速話に入らせてもらうが、君のパルクール同好会の申請が週末中に通った」

「えっ!? もう通ったんですか!? 活動内容に反対とかは……」

「活動内容には、無かったな」

 

 活動内容には、ってどういう意味か聞こうとしたら、先に桐条先輩に放課後の予定を聞かれてしまう。

 

「特に用事はありません」

「そうか、なら今日の放課後に生徒会室に来て欲しい。パルクール同好会に割り当てられた部室と練習場所まで一度案内する。少々離れた場所に決まったのでね」

「わかりました、放課後に伺います」

 

 そう答えると図ったように予鈴が鳴り、桐条先輩は満足そうに頷いて俺に一声かけ、来た時と同じように颯爽と教室を出て行った。……っと、五時間目の用意をしないと。

 

 

 

 

 

 

 

 ~放課後~

 

「待たせたな」

「お忙しいところをありがとうございます」

 

 約束通りに生徒会室を訪ね、書類を片付けた先輩と合流した。

 早速部室に案内されるが

 

「桐条先輩だ!」

「ああ、きょうもふつくしい……」

 

 ただ廊下を歩くだけで桐条先輩は視線を集めまくる。ついでに先輩について歩く俺にも視線が向けられる。先輩はこの視線が当たり前のように気にする様子が全く無いけど、俺はちょっと勘弁して欲しい。

 

「葉隠君、部室や活動について歩きながら説明をしたいのだが、いいか?」

「はい、お願いします」

「ではまず活動内容は君が書類に記入した内容で構わないが、校外活動を行う前には顧問の江戸川先生に連絡を入れる事」

「それは当然ですね、活動予定や活動報告書などは提出しますか?」

「報告書は顧問の先生に週に一度の提出が義務となっているが、予定は不要だ。人数の少ない同好会では部員の都合で予定が変わる事もあるからな。代わりに一週間の活動回数と活動日を決めてくれ」

「週に何回位がいいのでしょうか?」

「顧問の先生と相談の上で決めてもらう事になるが、大抵の部は二回か三回だ」

 

 こうして説明を受けながら歩いていると校門前の下駄箱に着き、先輩から靴を履き替えるようにと言われる。とりあえずは指示に従って靴を履き替えるが、外に出るのか? 再度合流した先輩に聞いてみると、先輩は困り顔で教えてくれた。

 

「君に割り当てられた部室というのは、“月見の搭”が稼動していた頃に倉庫や職員の休憩所として使われていた建物なんだ」

「月見の搭、って天文台ですよね?」

「その通りだ。実は部活動の設立が認められた後、部室の割り振りに江戸川先生が幾つかの注文をつけ加えてな……何を考えて希望を出したかは分からないが、その休憩所が君と江戸川先生の希望に合致したため、割り当てられたというわけさ」

 

 江戸川先生の希望なんて、不安しか感じない。というか部室の割り振りに先生の希望って入れられるのか? まぁ、俺の希望を聞き入れてくれてるんだから、おかしくもないか。そう考えながらも、どこか引っかかりを感じたので聞いて見ると、桐条先輩の眉間の皺が深くなる。

 

「私にも分からない。君から預かった書類を職員室に提出し、結果が返ってきた時には休憩所が部室として割り当てられる事が決定していたんだ。

 天文台と共に使われなくなった建物とはいえ、部室として割り当てると聞いたときには私も驚いた。校舎内に空き教室もある筈だが……」

「江戸川先生が何かしたんでしょうか?」

「……そうかもしれないな。江戸川先生には謎が多い」

「否定しないんですね……」

 

 話せば話すほど江戸川先生の謎が深まり、これからの部活動に一抹どころじゃない不安を抱えながら歩くと、だんだんと高等部の校舎から中等部の校舎に近い林の中へ、細い道を分け入る。

 

 それから数分で林の中にひっそりと建てられた一軒の平屋が見えた。建物はシンプルだけど部室というには大きい。材質はたぶんコンクリート。所々に塗装が剥がれた部分や汚れが目に付くけれど、ヒビや傷はぱっと見た限り見当たらない。

 

「こんなに立派なところを使っていいんですか?」

「経緯はともかく、正式な手続きで割り当てられた部室だ。古い建物だが使用に問題が無い事は確認してある。遠慮なく使うといい。今鍵を」

 

 先輩がポケットから鍵を取り出そうとしたその時。平屋の扉から音が鳴る。

 

「鍵が開いた?」

 

 俺が呟いた言葉に答えるように、錆びた蝶番がやかましい音を立てる。静かな林で、古い建物の扉が、音を立ててゆっくり開く。まるでホラーゲームにありがちで不気味なシチュエーションに、俺と先輩の目は扉へ集中する。

 

 そして、大きく開いた扉の先には

 

「ヒッヒッヒ……ようやく来ましたね、影虎君……ヒッヒッヒ」

 

 普段通り、いや、普段の三割り増しで不気味に笑う江戸川先生が立っていた。

 




次回、部活動初日。


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13話 部活動初日

 俺と桐条先輩がいきなり出てきた江戸川先生への驚きから立ち直ったのは、ほぼ同時だった。

 

「江戸川先生……」

「来ていらしたのですか」

「お二人とも、私はパルクール同好会の顧問ですよぉ? 居るに決まっているじゃありませんか。立ち話もなんですし、中へどうぞ。影虎君に設備の説明もしなくちゃいけませんしねぇ……ヒッヒッヒ」

 

 一度先輩と顔を見合わせ、自然と覚悟を決めて建物内に足を踏み入れる。

 内装は見た感じ普通だ。土間と言えばいいのか? タイルは敷かれているけど、扉を開けたら玄関は無く、いきなり物が何一つない部屋が広がっている。

 

「流石に初日から様変わりはしていないか」

「桐条君の言う通りまだ何も置いていませんが、いずれはなにかを置きたいですねぇ。このままでは殺風景過ぎます。そう思いませんか? 影虎君」

「それは同意しますけど、ここには、って事はどこかに何か持ち込んだんですか?」

 

 そう聞くと、江戸川先生の笑みがいっそう深まる。

 

「ヒッヒッヒ、つい先ほど実験器具一式を空き部屋に運び込んだところなんですよ。保健室には置ききれなかった器具も色々と。ここはまわりを気にせず器具を置けていいですねぇ。保健室ではベッドや薬棚を常に使えるようにしておかないといけないので、どうしても置ける物が限られていたんですよぉ……影虎君の話を受けて、本当に良かった。ヒッヒッヒ」

「江戸川先生、まさかご自分の実験室欲しさに顧問や部室の件を?」

「私は影虎君により良い環境をと思って口を挟んだだけ、それが偶然私にもいい結果を産んだだけですよぉ、ヒッ、ヒヒヒヒ……」

 

 江戸川先生は入り口と対面にある扉を開き、なんとなく機嫌よさそうに、先へ続く廊下を歩いている。けど、桐条先輩がめっちゃ睨んでますよ……暖簾に腕押しってこういう事を言うのか。

 

「先輩、ここで立ち止まっていても」

「そうだな……中も確認しておくべきか……」

 

 先輩を巻き込んで江戸川先生の後を追うと、廊下は建物を二分するように伸びていた。突き当たりまでには右側に五つ、左に一つドアが付いていて、江戸川先生は左の大きなドアを開けて中へ入っていく。

 

 不安を感じつつ俺も中へ入って見れば、そこは完全にナニカの実験室だった。右側の五部屋分をぶち抜いた部屋にビーカーや試験管はもちろん、よく分からない機材がところせましと置かれている。

 

 所々にミイラのような動物の手やホルマリン漬けの標本が置かれていたり、光を通さない分厚いカーテンに魔法陣のような図形が描かれているのが江戸川先生らしい……

 

「先輩、この部屋は元からこんな内装じゃ、ないですよね?」

「当たり前だ。この部屋は資料庫のはずだが……見る影も無いな」

「ここは保健室の代わりに使えるように色々とそろえましたからね……大抵の怪我には対応できますよ、影虎君」

「ありがとうございます」

 

 本当ならありがたいけど、怪しくてどうしても猜疑心が拭い去れない。

 

「では次に……着替えには向かいの個室を適当に使ってください。私はこの一部屋で十分なので、そっちは私物を置いても結構ですよ。それから廊下の突き当たりに三つ扉がありますが、右がトイレで左が給湯室、真ん中がシャワールームです」

「給湯室には大型のキッチンや冷蔵庫が設置されているが、それも使いたければ使っていいことになっている。ただし、火の用心と後片付けまでしっかりとやるように」

「聞けば聞くほど優遇されすぎな気がしますね……」

「ヒッヒッヒ、いいんですよ影虎君。もらえる物はもらっておけば。学校側が許可を出したんですから、ね? ヒヒヒヒ……」

 

 江戸川先生の胡散臭い言葉を聞いて、桐条先輩の方を見ると

 

「……許可が出ていることは確かだ」

 

 腑に落ちていないように渋々同意した桐条先輩はそのあと、もう案内役はいらないだろうと言って生徒会室へ帰っていった。最後に怪我など、諸々に気をつけるようにとの言葉を残して……

 

 部室に残された俺と江戸川先生は部活動の活動日について話し合い……あれは話し合いじゃないか。

 

「江戸川先生、部の活動日を決めないといけないんですけど」

「日曜以外、全部にしましょう。そうすればここをいつでも使えますからね」

「他の部は週二回か三回だそうですが」

「それ以上活動しちゃいけない決まりなんてありませんよ。運動部だと朝練などで結局ほぼ毎日活動してますから。ここでの練習を週三、校外へ週二を基本に、その日の気分で調整すればいいですよ。ヒッヒッヒ」

「それでは、そういうことで……」

 

 たった三回のやり取りで終わったからな。江戸川先生も適当というか、やっぱり江戸川先生の要望はあの実験室が目的だったんだろう。そうとしか思えない。

 

 話がまとまると江戸川先生は早々に部屋にこもってしまったので、俺は先生を放っておいて建物の周りを軽く走りながら見て回ることにした。

 

 だがその前に、まずは運動服に着替えようとトイレや給湯室に最も近い右奥の部屋に入ってみる。

 

「これは、またどうしていいか」

 

 そこはロッカールームなどではなく、入口を除いて畳敷きの六畳一間。部屋の端には床の間があって普通にくつろげそうな和室……うちの部はいつから茶道部になったんだろう……もういいや。部屋広くてラッキー! これだけでよし。

 

 想像していた部室との違いについては思考を放棄し、着替えた俺は軽い準備運動の後で外へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~一時間後~

 

 林の細道を歩いて部室に戻ると、そのままシャワーに直行。今日できたのは部室と練習環境の確認、あとは軽く流す程度に走ったくらい。だけど、大満足。

 

 林の中はほどよい起伏に富んでいて、林を出ればランニングに丁度いい道路があった。途中には階段やポールなんかの障害物もそこそこあるし、何より林に入る人がいないので思い切り走れるのがいい。妙な事は多いけど、これ以上を望むのは贅沢だし、こうなると江戸川先生に感謝の気持ちが湧いてくる。

 

「ふ~……さっぱりした。今日はこれで上がりにするかな」

 

 強めの水圧で汗を流し、制服を着直した俺は江戸川先生に一言伝えに行く。

 

「江戸川先生、今よろしいでしょうか?」

「はいはい、中へどうぞ。鍵は閉めていませんから」

 

 例の部屋の扉の外から声をかけると、ちょっと大きな声で答えが返ってきた。あんまり入りたくはないが……我慢して入ってみると、江戸川先生が黒いビンからビーカーへ黒い粉末を移し入れている。

 

「どうしました? さっそく怪我ですか?」

「いえ、部室と練習環境は確認できたので、今日はこれで上がろうかと」

「おや。……言われてみれば、もうすぐ他の部活も終わる時間ですねぇ。わかりました。……せっかくですし、コーヒーでも飲みませんか? 丁度淹れようとしていたんですよ」

 

 江戸川先生が部屋に置かれた時計を見てから黒いビンを軽く持ち上げて聞く。あれ、コーヒーだったのか……江戸川先生には今後もお世話になることだし、コーヒーなら。

 

「では、一杯だけ」

「ちょっと待っていてくださいね、ヒッヒッヒ……」

 

 その笑い声がないだけで不安がグッと減ると思うんだけどなぁ……

 

 先生がコーヒーを入れるあいだ、俺は特にすることもなく、用意された椅子に座って怪しげな部屋を眺める。いったいどこでこういう物を買い揃えるんだろうか? やっぱりネット? それとも専門店があるのか?

 

「……影虎君、そういった物に興味がありますか?」

「っ!?」

 

 気づけば江戸川先生がビーカーに入ったコーヒーを持って、目の前まで来ていた。

 

「ええ、と、ネットサーフィンが趣味で、たまにオカルトサイトを覗いたりする程度です」

 

 目的は桐条グループの事件以来、時々上がっている影人間の話だけど……

 

「そうですか。おっと、コーヒーをどうぞ。砂糖とミルクはご自由に」

「あ、ありがとうございます。ブラックで飲みます」

 

 匂いと見た目を確認してから一口飲んで心を落ち着ける。

 特におかしな所のない、普通に美味しいコーヒーだ。

 

「しかし、あれですねぇ。影虎君がこちらにも興味があるなら、それらの話をするのも良いかも知れませんねぇ、ヒヒッ。時間はありますし、何の話が良いでしょうか……」

 

 あれ? いつの間にか講義を受ける流れになってないか?

 

「影虎君、何か聞きたい事はありますか?」

「聞きたい事」

 

 そう聞かれてもなぁ……

 

 しかし、考えて見たら一つだけ思い当たる事があった。

 

「江戸川先生、“ドッペルゲンガー”について何かご存知ですか?」

 

 聞きたいのはもちろん俺のペルソナではなく、都市伝説や心霊現象の方のドッペルゲンガーの事。一応俺も調べてはみたが、江戸川先生なら何か俺が知らない話を知っているかもしれない。まぁ、聞いてどうするわけではないけれど、知っておいて損はないだろう。

 

「神話や黒魔術ではなくドッペルゲンガーですか。そうですねぇ……まず、ドッペルゲンガーとは自分と同じ姿の人を見る、または本人がその時居ない場所で他人に目撃される現象です。ここまではいいですね?」

「はい」

「では続けます。それは古くから世界各地で見られる現象であり、それだけに様々な呼び名があります。例えば江戸時代の日本では“影の病”、中国では“離魂病”などとよばれていました。

 原因は不明で、超常現象や心霊現象ではなく他人の空似や幻覚症状を伴う重度の精神疾患との見方もあります。しかし精神疾患の場合は他者から目撃される説明が不可能であるため、私としては幽体離脱のような現象という説を推します」

「幽体離脱ですか?」

「全てを細かく話すには時間が足りないので割愛しますが、人は現世で生きる肉体と魂、そしてその間に幽体があり、幽体離脱は生きた人の肉体から魂と幽体が抜け出してしまう心霊現象とされています。ドッペルゲンガーはこの抜け出した魂と幽体を目撃してしまうわけですね。まさに中国、離魂病の名の通り! 魂が、離れるのです」

「魂が……」

 

 ペルソナに関係あるのだろうか?

 

「中国の道教では魂は精神を支える“魂”と肉体を支える“魄”の二つに分かれるとされていますし、古代エジプトではなんと五つの部分から成り立っていると考えられていた事から、分かれることがありえないとは言えないでしょう。

 他にも世界には似たような話がたくさんあります。例えばインドの仏教の経典には自身の心の内を見つめる修行を積んだ成果として、意識や心から肉体を作り出すという話もあるのです」

 

 それはペルソナに近い気がするな。ん? 外からチャイムの音が聞こえてきた。

 

 

「おや、時間が来てしまったようですね……今日はここまで、続きが聞きたければまた機会はあるでしょう。私は器具の片づけをしますから、影虎君は帰りなさい。完全下校時刻になりますからね」

「わかりました。コーヒーとお話、ありがとうございました」

「いえいえ」

 

 俺は席から立ち上がり、外へ足を向ける。

 

「ちょっと待ってください」

 

 しかし、出ようとしたら扉の傍で江戸川先生に呼び止められた。

 

「何でしょうか?」

「言い忘れていました。有名なので知っているとはおもいますが、ドッペルゲンガーは“本人が見ると死ぬ”とよく言われます。見てすぐ、数日後、一年後、と期間は決まっていませんが……もしも影虎君が見てしまった場合は……お気をつけて」

「……ご忠告、ありがとうございます」

 

 この言葉を最後に、俺の部活動初日は終わった。しかし……今のは心配してくれたんだろうか?

 



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14話 ある満月の近い日

原作開始が2009年、その一年前の2008年4月の満月は20日でした。


 4月19日(土)

 

 放課後 鍋島ラーメン「はがくれ」

 

「ご馳走様でした」

「すげぇ美味かったです!」

「あざーっす!」

「また来いよ!!」

 

 友近、順平の二人と店を出る。

 

 今日は友近のはがくれ行かねー? の一言を発端に、話を聞きつけた順平を加えた三人で食べに来ていた。順平は前回俺と来た時のはがくれ丼にハマったらしく、俺も前回食べなかったはがくれ丼を注文。しかし、意外にも友近ははがくれ丼未経験者で、注文の時にそれは何だと食いつかれたため、最終的に全員はがくれ丼を食べた。

 

 初めて食べたはがくれ丼は、米に乗せられた厚切りチャーシューの味付けが濃い目。だけど濃すぎず、タレの絡んだ米が進む。丼一杯に盛られた米と具を食べきるまで箸が止まらない美味さがそこにはあった。

 

「美味かった~、ただ、ちょっと腹が重いな」

「影虎のダチだからって、大盛りにしてくれたもんな。でも美味いからペロッといけて凄いわあの丼。影虎の友達になってよかった!」

「お~い、その言い方だとあんまり気分よくないぞ」

 

 友近と軽口を叩いていると、サイドメニューの餃子まで頼んで苦しんでいた順平が話しに加わってきた。

 

「てかさ、今日も影虎の叔父さんに奢られたけどいいのか? 影虎と行くと毎回奢られてんだけど」

「ん~……叔父さんがいいって言ったんだから、いいんじゃないか? 今日の奢りは友近が原因だし」

 

 叔父さんが言うには丼用のチャーシューはラーメン用とは違って仕込みの段階で味付けを変えているらしく、はがくれによく来る友近がそれに気づいた。そしてその話を聞きつけて気を良くした叔父さんは、今日も三人分の代金を奢ってくれた。

 

「それに、毎回と言ってもまだ二回しか来てないだろ? ……いつでも奢ってくれそうな気のいい人ではあるけれど、叔父さんも困るほどは奢らないよ、きっと」

「そっか。んじゃま、感謝で……あれ? 影虎携帯鳴ってね?」

「え? あ、ホントだ」

 

 言われて取り出した携帯の画面には“父さん”と表示されている。

 

「ちょっとごめん。……もしもし父さん? 急にどうしたの?」

『おう影虎、お前に話したい事があってな。時間が空いたから電話したんだが……外か?』

「友達と叔父さんの店で食事してきて、今から寮に帰るとこ」

『そうか、ダチと一緒なら後にかけなおすか? 多分夜遅い時間になるけど、お前は寝ないだろ?』

「たしかに寝るのは遅いほうだけど……」

 

 二人を見るとあっちはあっちで何か話してるし、大丈夫だろ。

 

『だよな。小坊の頃から夜更かしばっかしてたお前のことだ。高校生にもなって、夜は十二時越えてからだろ?』

「何が基準か知らないけど、俺は一応七時くらいから夜だと思ってるよ。父さんみたくバイクで駆け回ったりはしないし。で、何の用? 大丈夫だから話は今でお願い。あと忙しいならちゃんと寝ろ」

『わかった。じゃあ早速だが、お前、夏休みの予定あるか?』

「夏ぅ? また気の早い……入学して一月経ってないのに、あるわけないでしょ」

『だったら夏休みはアメリカに行かないか?』

「アメリカ? 急に何で?」

『お前、ジョナサンの親父さんを覚えてるか?』

「ボンズさん? もちろん」

 

 俺がパルクールを始めるきっかけになった人なんだから忘れるわけが無い。元軍人だと聞いた直後に、俺が鍛えてくれと頼んだときの困り顔は今でもはっきり思い出せる。

 

『一ヶ月ちょいでかなり懐いてたもんなぁ、お前。で、そのボンズさんがな? テキサスで店を構えて、ハンググライダーのインストラクターを始めたんだと。だからジョナサンが影虎も一度遊びに行かないか? だとよ。ボンズさんも時間があればぜひ来いと言ってくれたらしい』

 

 どうしよう? 予定は空けられるけど、来年への備えもある。

 

『今から予定を詰めれば俺も少しは休みを取れそうでな。いっちょ家族旅行と行かねぇか? ……俺と雪美は来年から海外だろ? そうなると会える機会もぐっと減る。だから、今のうちにどうだ?』

 

 …………会える機会、か……

 

『影虎? おい、影虎! ……何かあったのか?』

「いや、なんでもない。外の音で聞こえにくかっただけ」

『そうか。まぁ何かあったらすぐ連絡しろよ。今年はまだ俺らも日本に居るんだ、会おうと思えば会える。こまめに会えるならその方が雪美も喜ぶしな』

「うん、分かってる。それから旅行は夏の予定空けとくから、詳しい話はまた今度で。そっちの状況に見通しが着いたら合わせるから」

『ならこっちである程度話進めるけどよ、そっちもダチとの用事ができたら言えよ?』

「それも分かってるよ。で、話はそれだけ?」

『もう一つある。お前、今年免許取る気あるか?』

「バイク? ん~……取れる年になるし、無いよりあった方がいいとは思うけど」

『ならよかった、普通二輪免許取っとけ。バイクはこっちで用意するから』

「は!? 用意するって、くれるって事? 高いでしょバイクなんて」

『金の事なら気にすんな。引越しの準備で入学祝いもしてなかったろ? 親戚一同とジョナサンひっくるめての入学祝いだ。……ぶっちゃけバラバラに違う物贈るより、まとめてバイク一台の方がこっちも楽だしな。その代わり免許取る金は自分で出せよ。一発でいけば一万もかからないからな』

「無茶言うな。一万かからないって、それ受験料だけの一発試験だろ? あの教習所通わないでいきなり試験受けるやつ。他の免許を持ってる人ならともかく、俺がいきなり合格できるわけ無いって」

『お前は俺の息子だろ? いけるって』

「無理だって……父さんのおかげで学科は何とかなると思うけど、運転経験が無いんだから実技で落ちるよ」

『あんま大声じゃ言えねぇが、俺がお前くらいの頃には経験あったぞ』

「俺はそのてのヤンチャしてないから。まぁ、それでも教習料金だけなら貯金で足りるだろうから免許は取るよ。せっかくだし、興味はあるし」

『おう、そうしろ。風を切って走るのは気持ちがいいぞ。女ができたら後ろに乗せて出かけてもいい。俺も雪美と』

「父さん、こっち駅に着いた。これから電車乗るから、悪いけどもう切るよ。母さんによろしく」

『お? おう、またな』

 

 俺はそう言って電話を切った。仲が良いのは結構だけど、両親のノロケ話を聞かされても反応に困る。

 

「ふぅ……」

「影虎~、電話終わった?」

「ああ、うん、父さんからだった」

「へー、親父さんから? 何て?」

「夏休みに旅行に行こうって話と、入学祝いにバイクやるから免許取れって話だった」

「バイク!? マジで!? 影虎の親父さんってバイク買ってくれんの!? い~な~、俺の親父だったら危ないとか高いとか言って、絶対買ってくれねぇよ……俺もバイクがあれば、もしかしたら大人のお姉さんと……」

「うちの父さんはバイク好きだからな……あと、妄想が口からだだ漏れになってるぞ、友近。さっさと切符買って乗ろう」

 

 すれ違う女性が友近をちょっと痛い目で見ている……

 

「そういや影虎の親父さんって、元ヤンのバイクオタクなんだっけ? それで仕事もどっかのバイクメーカーに勤めてるって」

「そうそう、前話したの順平覚えてたんだ。ちなみに母さんは父さんの働いているバイクメーカーの社長令嬢で伯父さん……母さんの兄さんが現社長だから、多分会社で作っているバイクのどれかが来ると思う」

「えっ!? お前社長の甥なの!?」

「それオレッチも聞いてねーんだけど!?」

「そりゃ今初めて言ったからな。というか二人とも社長の甥って聞いて、物凄い金持ちを想像してないか? 言っとくけど、今時の中小企業はどこも厳しいんだからうちは特別金持ちじゃないぞ。会社はコアなファンが一定数いるから余裕があるけど、社長の伯父さんも別に豪華な生活はしてない」

「へー、そうなのか。社長ってなんかこう、凄いっつーか特別な響きがあるんだけどなー」

「実際はそうでもないって。伯父さんから聞いた話だけど、社長になる、つまり起業は一円持っていればできるらしい。起業の手続きを専門の代行業者に頼んだり、実際に経営して稼ごうと思えば相応の資金が必要になるけどな」

「マジか……なんか一気に社長が身近になった気がするなぁ」

 

 順平がへらへらと笑い出した、自分が社長になっている姿を想像したんだろうか?

 

「社長が身近にってなんだよ、気がしてるだけだって。桐条先輩を身近に感じられるか?」

「あー……無理だわ。ともちーの言葉で正気に戻れたぜ……」

「桐条先輩と桐条財閥は別格だからな……ところで、そっちは電話してる間、何話してたんだ?」

「俺らは、はがくれ丼美味かったから、宮本は残念だったなって話」

 

 そういや誘ったけど練習があるって断られたんだっけ。

 

「自主練する奴の集まりだけど一年だから強制参加ってもうそれ自主練じゃなくね? ってともちーと話してた。そういや、影虎んとこはそういうのは?」

「俺も聞きたい。影虎のとこはそれ以前に江戸川先生が気になるけど、実際どうよ?」

「うちは同好会員が俺一人だから上下関係や強制は無い。江戸川先生は部室に作った研究室に入りびたりだし、気楽だよ」

「部室に実験室作る時点で普通じゃなくね?」

「……多少の事は目をつぶる事にした。けど部活中に自分の身に危険が迫った事は無いね」

「「その多少の事が気になるんだっての!?」」

「多少の事だって。実験室から頻繁に爆発音とか、ナニカを捕まえようとしているような声が聞こえるなんて……些細な事だよ」

「些細じゃねぇ!」

「些細だよ。被害が無いから些細だよ」

 

 そう、些細な事だ。明日は満月だからサバトとその準備と片付けがあるとかで、今日、明日、明後日の部活が休みになったのも些細な事だ。誘われたけど、断れた。被害が無ければ些細な事だ。わざと藪をつついて蛇を出さなくていい。

 

「しっかりしろ影虎!」

「だめだ、完全に現実から目をそむけてる」

「失礼な。江戸川先生の事を割り切れば気楽で快適ないい部活なんだよ……」

 

 それから二人は少し考えた後で話を変え、それ以降は部活の話に触れなかった。その代わり、俺達は寮に帰るまでたわいも無い話に花を咲かせた。

 

 

 

 

 

 同日深夜 

 

 ~影時間・タルタロス4F~

 

 影時間を迎えてはや三十分、俺はもう通いなれたタルタロスの中を歩いていた。しかし、今日は様子がおかしい。いつもはすぐに見つかるシャドウが、今日はほとんど見当たらない。

 

 満月が近いという事で完全装備(忍者スタイル)に身を包み、タルタロスから出られなくなっても生き延びられるだけの薬や食料を揃えた俺は、気合十分にタルタロスへ踏み込んだ。なのに、入って見れば拍子抜け。シャドウがほとんど見付からないまま4Fまで来てしまった。

 

 昨日まではどんどん増えていた気がしたのに……しかも、今日みつけたシャドウはたった一種類。金色のレアシャドウ“宝物の手”のみ。それも逃げるし消えるから、今日は一度もまともに戦えていない。

 

 ゲームで言うところのハプニングフロアだと思うが、この世界では搭全体かいくらかの階に纏めて同じことが起こるのか? それとも俺が運悪く四連続で同じハプニングフロアに当たったのか? とか考えていたら、また宝物の手が周辺把握の探索範囲に引っかかった。

 

 今度こそ、と息を潜めて待ち構え、相手が角から姿を見せた瞬間に襲いかかる。

 

「ジオ!」

「クヒィ!? ッ!」

 

 手から迸った電撃は当たるが、続く拳は機敏な動きで避けられてしまう。できれば感電して欲しかった。だが、目の前の金色のシャドウは逃げずに俺をじっと見ている。まだチャンスはある。

 

「タルンダ、スクカジャ、タルカジャ」

 

 ブツブツと呟きながらスキルを使用。少しずつ蓄積する疲労に構わず全力で相手の能力を低下させ、俺自身は向上した身体機能にものを言わせてシャドウに急接近。身をよじって攻撃を避けようとするシャドウの仮面、胴体、側面、背面。部位にこだわらず、とにかく殴りつけた。

 

 しかし攻撃の命中率は五割程度。しかも当たった攻撃もあまり効いているようには見えず、不思議と仮面で変わらないはずの表情が嘲笑っているように見えてくる。

 

「! ちっ!」

 

 その後も攻撃を続けるがシャドウは一瞬の隙を見て逃走。追いかけても追いつく前に煙のように消えてしまった。

 

「あっ! また、お~ぁ……逃げられた……」

 

 これで七回目……レアシャドウのみの階は最初こそ嬉しかったけど、何度も取り逃した俺には疲れしか残っていない。

 

「お、転送装置……一度帰るか」

 

 エントランスで食事にしよう。

 

 

 

 

 

 ~エントランス~

 

「いただきます」

 

 仮面を目元だけ覆う形に変えて、のり弁当をかきこむ。シンプルだけど、安くて素直に美味い。

 

 それにしても、あの手はどうすれば倒せるんだろう? 攻撃が効いていないのは単純に俺がまだ弱いんだと思うけど、こちらを察知されるのは何故か。逃げられても捕まえる方法でもあれば……あ、あるかも。

 

 思いつきで手元のドッペルゲンガーを一部変形させる。形状はロープ。先の方を輪にして頭上で振りまわし、時計目掛けて投げるとまさに投げ縄! これで逃げるシャドウもカウボーイよろしくがっちり捕獲! って、外れた。

 

 山岸さんのお金を拾い上げた時のように遠隔操作を試しても、ちょっと軌道が変わるだけ。練習しなきゃ使えそうにない。そう上手くはいかないか……やっぱ相手の能力を探る方が先か。じゃないといつまでも見つかって逃げられるんじゃ困る。

 

 考えながら箸を勧めていると、もう少しで食べ終わる頃に突然疑問が浮かぶ。

 

 ……ん? 宝物の手が探査能力を持っているとして、何で俺から逃げるんだろう? 俺が知る限りの探知能力を持つペルソナ使いは桐条先輩、チドリ、山岸さん、そして他ならぬ俺の四人。その中で山岸さんはまだペルソナ未覚醒だけど、桐条先輩とチドリに俺はシャドウと間違えられた。

 

 タルタロスでは違う種類のシャドウが同じ場所に居るのは珍しくない。となると、宝物の手は俺がシャドウじゃないと分かっていた? それともシャドウと認識した上で逃げた?

 

 ………………もう一度入って、試してみよう。まだ見つかると良いけど……

 




最近お気に入りが増えてビックリ。
その日の気分で書いてるから投稿遅いのに、ありがとうございます。


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15話 禍福は糾える縄の如し

 ~影時間・タルタロス2F~

 

 エントランスから二階に入りなおしたら中の様子が変わる、と言う事はなかった。

 眼前には相変わらずシャドウのいない寂しい通路がのびている。

 日をまたぐと普通に道は変わるし、おそらく中のマップが変わるのは影時間の終わりか始まりの、あのガチャガチャした変形の時なんだろう。

 

 レアシャドウを探し回って五分、周辺把握が小さな階段の付いた台のある部屋とレアシャドウの存在を捉える。もう何度も感じたこの形を間違えるわけがない。早速疑問を確かめるとしよう。

 

 俺は普段使っている隠蔽と保護色を使わず、隠れることなく部屋に入って部屋の真ん中に居るレアシャドウへ近づく。いったいどんな反応をするか……と思って観察すると、レアシャドウはこちらを振り向き、体をブラブラ揺らしながら俺から距離をとる。

 

「……」

 

 しかし、いままでのように走って逃げはしない。部屋の隅から遠巻きに様子をうかがっている感じだ。とりあえず俺も様子を見ながら直進。周辺把握で警戒はするが、体はレアシャドウを無視して壁際に寄ってみる。

 

「!」

 

 するとレアシャドウは部屋の入口から離れる俺をチラッと見てから廊下へ走り去った。俺も急いで廊下に飛び出すと、走り去るレアシャドウの姿がだんだん遠ざかっていく。しかしいつものように突然消える事はない。

 

 ……かなり微妙な反応だが、すぐに逃げないところを見ると“レアシャドウも俺をシャドウだと思っていた”ということでいいのだろうか? まるで不審者を見たような動きだったし。

 

 時間をかけてシャドウじゃない事を確認していた可能性もあるが、レアシャドウって元々他の種類のシャドウと一緒に居ないんだよな……他の種類のシャドウが嫌いなのか?

 

 よし、今度はそれを確かめられないか試してみよう。今だってドッペルゲンガーを忍者装束と翁面に変えているんだから、宝物の手に似せることだって出来るは……!?

 

「早っ!?」

 

 ドッペルゲンガーの形を変えようとしたら、驚くほどのスピードで形が変わった。

 擬音で現すと普段の服装やさっきの投げ縄への変形はジワジワッなのに、今回はシュバッ! 早い分には困らないけど、何でだろう? しかも色まで全身金ピカに変わってる。

 

 周辺把握で確かめてもサイズが多少大きいくらいで、形状はいままで周辺把握で何度も確認した宝物の手と相違ない。って、まさかそれで? 形状をしっかり把握していると変形も早くなるんじゃないか? 

 

 まぁ、これは後々検証するとして……とりあえずこれで見た目は予想以上にうまくいっただろう。

 

 

 

 それからレアシャドウの姿で探し回る事さらに五分。俺は正面から歩いてくるレアシャドウを見付けた。探していると一秒一秒が長く感じるが、これでハッキリする。あわよくば倒せるともっといい。

 

 そんな考えを隠し、俺は廊下を歩く。レアシャドウもこちらに歩いてきているので、このままいけばすれ違うことになるが……

 

「………………」

「………………」

 

 互いに無言のまま、一歩、また一歩と距離が縮まる。

 

「…………?」

「! …………」

 

 もう少しで飛び掛れば手が届きそうな距離に達すると言うところでチラリとシャドウが俺を見たが、落ち着いてスルーを心がけると…………

 

 レアシャドウも俺をスルーした。すれ違っても逃げずに同じペースで歩いている。

 

 よっしゃ! チャンス!! 

 

 完全に騙されたらしく、こちらに背を向けて無警戒なシャドウへ飛び掛る。すると俺の拳はシャドウの頭部を強く殴打、できなかった。

 

「なっ!?」

 

 確実に当たると思った次の瞬間、シャドウは急に頭をそらして背後からの拳を回避。そのまま前傾姿勢で逃げてしまう。

 

「嘘だろ……何で避けられんだ? 今回は声も出してないのに。いや、それが宝物の手の探査能力?」

 

 考えてみれば、探査能力なら視界に頼らなくてもいい。俺の周辺把握も目で見る必要は無いし、能力の範囲内であれば動きも分かる。……そう考えると周辺把握は戦闘にも応用できそうな気がしてきた。

 

 動きが分かれば不意打ちにも普段の回避行動にも役に、って、まさかレアシャドウの能力も周辺把握か?

 

 ……レアシャドウが周辺把握を使えたとする。

 回避行動への応用は出来るとして、何故俺の隠蔽や保護色がばれたのか?

 

 周辺把握は物体の表面の形状や動きで情報を集める。

 そして隠蔽や保護色は自分の存在を隠す事が出来るが、体が消えるわけではない。

 隠蔽で誤魔化しきれずに、体の表面を読み取られたら?

 少なくとも、見えない何かが居ることは分かる。

 しかもそれが動いたりしたら

 

「……そんな怪しいのがいたら俺も警戒するわ」

 

 隠蔽でごまかせても足が着いてる場所とか、一部だけポッカリ読めない場所ができていたらそれはそれで怪しいしな。

 

 周辺把握なら、問題になるのは範囲だ。

 仮にレアシャドウが広範囲を把握できるとしたら、俺と出会う前に逃げるだろう。

 今回は姿を変えてるから上手く騙せたかもしれないが、前は違う。俺の肉眼で見えるくらいまで近づく必要が無い。

 となると、レアシャドウの周犯把握で探査できる距離は狭い。こんな所か。

 予想でしかないけど前にジオで奇襲をしかけたときは成功したし、もう一度探して試してみよう。違ったら又考え直せばいいんだし。

 

 

 一つの疑問が解決すると、次の疑問と新たな予想が生まれる。

 調子よくパズルが解けていくような感覚で気分がよく、軽快な足取りでレアシャドウを探しに向かう。しかし、それから急にレアシャドウは見つからなくなってしまう。

 

 二十分近く探し続け、もう襲いつくしたのかもしれない。帰ろうか……と思った矢先に周辺把握が転移装置を見つける。帰ろうと思ってすぐ見つかるなんてタイミングがいいな。そろそろ影時間の終わりも気になるし、残念だけどもう帰るか……

 

 

 

「?」

 

 転移装置は長い廊下の途中に置かれていたが、装置に近づくと周辺把握の限界ギリギリに何かがひっかかる。しかし、全体までは読み取れない。そちらに目を向けてみるけれど、まっすぐ伸びている廊下は薄暗くてよく見えない。

 

 それが気になり、仕方なく確認のために近寄ってみると……

 

「まさか……!」

 

 歩みに伴って明らかになる物体の正体が分かり、鼓動と歩みが早くなる。

 横道を無視。俺は一直線に突きすすみ、突き当たりの袋小路へ駆け込んだ。

 

 そこに居たのはシャドウじゃない。

 宝箱などの物でもない。

 そこに居たのは一人の“人間”

 サラリーマンらしきスーツ姿の男性が倒れていた。

 

「大丈夫ですかっ!? 聞こえますか!?」

「う、ううっ」

 

 駆け寄って肩を叩きながら声をかけると、男性は苦しそうにうめく。

 息はある! 脈もある。意識も弱いが、ある。迷い込んだ人がこの時期から居たなんて……とにかく急いで外へ!

 

 倒れている人は不用意に動かすべきではない。けれど、この場に居るほうがもっとまずい。

 

「タルカジャ! スクカジャ!」

 

 補助魔法で力と素早さを上げた体で男性を担ぎ上げ、一目散に転移装置へと向かうが……悪い事は重なるものだ。

 

 ジャ…… ジャラ……

 

 薄暗い廊下に音が響く。

 その音は小さいのにはっきりと耳に届き、間違いなくこちらに近づいてくる。

 

 ジャラッ…… ジャラリ…… ジャラッ……

 

 そして、来るときの横道に差し掛かった俺は見た。

 横道の先の角から現れる幽鬼の姿を。

 ぼろきれのような服に鎖をまとい、銃身の長い拳銃を二丁構えたシャドウ。

 一目で分かる“死”の塊。

 

 “刈り取る者”が現れた。




葉隠影虎は成長のためのヒントを掴んだ!
しかし強敵と遭遇してしまった!


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16話 二度あることは三度ある

 ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ

 

 ヤバイ!!!!!!

 

 目に付いた瞬間脳内はその一言で埋め尽くされ、足が勝手に転移装置へ駆け出していた。

 あれはヤバイ! 何がヤバイかって何もかもがヤバイ! 今の俺じゃ絶対に勝てない!

 

 全速で逃げるが鎖の音が背後に、間違いなく追って来ている。周辺把握の感知距離は100メートルほど。連日の使用で距離は伸びてきているが、それでも200メートルは無いはずなのに転送装置にたどり着かない。短いはずの距離が遠い。足の震えか背中の男が重いのか、いっそ男を捨ててしまおうかとの考えが頭をよぎる。

 

 そんなときに思い出す。こんな時こそ、トラフーリを使うべきであると。

 それに気づくまでは僅かな時間でも、十分に対応を遅らせてしまった。

 

「!? がっ!?」

 

 慌ててトラフーリを使う直前、“刈り取る者”が俺へ銃身を向けた事に気づいて全力で斜め前に跳び退く。するとその直後俺の居た場所が爆ぜ、同時に発生した熱風に煽られて転倒。いや、吹き飛ばされた。

 

「くそっ!」

 

 今のは? 熱、火、アギ系の何か、でも俺のアギの比じゃない。いくらなんでもあんなのが直撃したら即死だ!

 

 混乱しかけた頭と体を無理やり起こすと、背負っていた男性の重みが無い。何処に……と思えば俺の少し先まで吹き飛ばされている。駆け寄った勢いで腕を掴み、改めてトラフーリを試みるが……

 

「っ!?」

 

 刈り取る者の持つもう一丁の銃口から、怪しい光を放つ球体が打ち出された。

 

 これが、漫画でよく言う時間が間延びする感覚……なのか?

 光の玉はやけにゆっくり向かってくるし、刈り取る者の一挙手一投足が完全に把握できる。そして自分の体も同じく動きが緩やかだ……

 だから分かる。トラフーリが間に合わ……

 

「うぉおおおおおお!!!!!!」

 

 ないからといって諦めるなと自分に喝を入れ、全力で男性の腕を引く。

 

 もう一度! 俺はまだ死んでない!! あれを避ければその隙にチャンスがある!!

 

 しかし意識を失った成人男性は重く、タルカジャをかけても腕の力だけで引き上げるのは容易ではなかった。運びにくい、だけど背負い直す時間は無い。

 

「ガルゥウウウウウ!!!!」

 

 俺は全力で男性を抱え込み、渾身のガルを放つ。

 足元から吹き上がる攻撃に使えるほど強い突風による風圧と気持ちの悪い浮遊感に包まれ、追い討ちの衝撃波が体を吹き飛ばした。

 

「が、っは……」

 

 体を貫くような痛みと廊下をバウンドした事で、肺の中の空気が押し出される。

 

 きつい、だけど生き……!

 

 また刈り取る者の攻撃で吹き飛ばされたんだろう、気がつけば眼前に、文字通り目と鼻の先に転移装置があった。

 

「う、らぁああああああ!!!!!!!」

 

 痛む体に鞭打って、がむしゃらに力を振り絞り、抱えた男性ごと転移装置へ飛び込む。すると刈り取る者の行動が変化した。

 

「オオオオッ!!」

 

 突然の咆哮。

 転移装置に飛び込む俺達目掛け、両手の二丁拳銃を突き出す。

 銃口にはまたあの光が今度は二つ。早く起動しろ!

 

「!!!!!」

 

 自分で理解できない声を上げながら転移装置を叩く。

 そして刈り取る者が光の玉を撃ち出した瞬間爆音が廊下に響き、光が俺と男性を包み込んだ。

 

 間にあわなかっ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………生き、てる?

 

 来ると思った衝撃や痛みがいつまでも来ず、そっと頭を庇う腕をどけて周りを見ると、俺達はエントランスの転移装置の上にいた。隣には気を失った男性も居る。ということは

 

「っはぁ、はっ、うっしゃあ! 逃げられ」

 

 助かった……!?

 

 状況を理解して安心した途端、急に体が痛んで震えが止まらなくなる。

 

「うっ!」

 

 腹の底から胃液がこみ上げてきた。喉に熱く焼けるような不快感を感じる。

 酷い吐き気に襲われて体を動かせば、今度は体重のかかった手足を中心に全身から激痛。

 

「ごほっ、けほっ、くそっ」

 

 逃げられたけど、酷くやられた。手足は動くし、骨は折れてない。だけどヒビくらいは入っているかもな……動くのがつらい。とりあえずディア、は無理か。いつの間にかドッペルゲンガーは消えている。もう一度……出せない。回復アイテムは……無い。ついでにまとめておいたゴミもない。

 

「逃げるときに落としたか……いや、たしかここに」

 

 手の痛みを堪えてズボンのポケットをまさぐると、折りたたんだ一万円札が出てくる。

 

 よし! 荷物と別にお金を入れておいて良かった、これで回復時計が使える。値段は一回五千円だった、俺の次にあの人も回復させよう。

 

 しかし、体を引きずって時計にすがりつくと値段のメーターには

 

 “全回復、一回七千円”

 

 ………………

 

「値上げ!? っ!」

 

 痛っ、傷に響く……こんな時に値上げかよ!

 

 足元を見られている気がするが、払える額だ。

 一万円を時計の台座に突っ込んで“全回復”のボタンを押す。

 すると転移装置とはまた違った柔らかい光が俺の体を包んでいく。

 

「……治ったのか?」

 

 ぬるま湯に浸かるような暖かさが数秒。どんどん体の痛みや疲れが和らいで、光が消えるとさっきまで疲労困憊だった事が嘘みたいだ。……マジでどんな仕組みなのか分からない。絶好調ではないけれど、試してみるとドッペルゲンガーの召喚に成功する。

 

 これならあの人はディアで回復できるな。早速、いや、その前にここから出るか。万が一、今刈り取る者がここに来たら、きっと今度は逃げ切れない。

 

 

 ……痛みが消えて冷静になると、あの刈り取る者は遊んでいた(・・・・・)ように思える。それでも逃がすつもりは無かったんだろう、逃げられそうになって咆哮をあげた後は動きが段違いだった。もしあいつが最初から本気で殺しに来ていたら……きっと俺はあそこで死んでいたと思う。

 

 今ここに居られるのも頭をよぎった思い付きに縋りつき、考える間もなく実行した破れかぶれの悪あがきが功をそうしただけ。助かる保障なんて無い。もちろんここに来る以上、命の危険があるのは分かっている。それでも必要と踏んで、できるだけの安全策を講じていたつもりだ。

 

 しかし……始めは慎重になりすぎ、今度は油断。そのバランスが分からない……間違ってもそれを諌めてくれる仲間も、相談できる相手も俺にはいない。これからどうすべきか……と気にしつつ男性を担いでエントランスから外に出た。

 

「うぉっ!?」

 

 その瞬間、担いだ男性の感触と大きさが一変してバランスを崩しかける。

 何とか堪えて体制を立て直してみると、なんと今まで人の形をしていた男性が紅く不気味な棺桶に変わっている。

 

 “象徴化”!? このタイミング、タルタロスを出たからか?

 

 タルタロスから少し離れたあたりで適当な路地に入り、棺桶を地面に寝かせるようにそっと下ろすが、この状態でディアを使っても効果は出るのだろうか?

 

 ……全然効く気がしない。こうなったら前にタカヤが言っていた人を影時間に落とす方法を試そう。ペルソナの力を注げばいい、と言っていたけど……

 

 ここ最近毎日シャドウから体力や魔力を吸い続けた感覚を思い出して、それを普段なんとなく使ってる魔法を使う感じで逆向きに……そうすれば“吸う”の逆で“送り込む”事が

 

 あ、できるわこれ。

 

 自分でやって驚くくらい簡単に力が抜け、棺桶に置いた手を通じて注がれている。

 難しいとか言っといて、全然簡単じゃないか。それともこれだけじゃダメなのか、と考えていたら、何事も無く象徴化が解けて棺桶が人に戻った。

 まぁ、できたならいいか。

 

 で……息はあるけど、まだ意識は無い。外から見える範囲の怪我は、体中に打撲か骨折による腫れ、足に火傷少々、それと右肩、これ脱臼してる? ……この人気絶していて良かったな。意識があったら激痛でのたうちまわりそうだ。いや、痛みで気絶したのか? とにかくどれだけ治せるか……

 

「ディア」

 

 患部に添えた手から何かが抜けるのを感じる。同時に内出血の跡が薄れた気がする。

 一目瞭然と言うほどの効果は見えないけれど、このまま繰り返せば少しは治せそうだ。

 自分の体力に気をつけつつ、ディアを連発して治療していく。

 

 

 だが、ここで俺は大きなミスを犯した。

 治療に集中するあまり、まわりへの注意が薄くなっていた。

 だから、俺は気づかなかった。

 

「ディア……」

「ポリデュークス!!」

「!?」

 

 まだ影時間。聞こえるはずの無い人の声に驚いて目を向けると、路地の先から見間違えるはずも無い。桐条先輩と真田明彦が駆けつけて来ていた。俺と彼らの距離はまだ遠い。大声で叫ばれなければもっと気づくのが遅れただろう。

 

 それでも十分に遅かった。真田は頭に拳銃を付きつけ引き金を引いて、青い光と共に一体のペルソナが現れている。それはゲームでは自分でも使ったことがある。“ポリデュークス”

 

「!!」

 

 突然現れたポリデュークスが眼前に迫り、杭のような右腕を突き出してくる。

 初動の遅れは致命的。横から胸を殴られた俺は、ボールのように軽々と弾き飛ばされた。

 

「カッ、ハッ……グッ……」

 

 

 息ができない。声も出ない。目の前がかすむ。呼吸をするたび胸が強く痛む。そんな状態でも今日は三度目、おまけに刈り取る者ほどの恐怖は感じない。地面を転げる勢いに逆らわず、逆に利用して素早く立ち上がる。

 

「美鶴! 被害者を!」

「任せろ!!」

「……! シャドウめ!」

 

 前半聞き取れなかったが、シャドウと間違われているのは分かる。

 

「ま、ゴフッ、ヒュー……!」

「貴様はここで倒す!!」

 

 問答無用かよこの脳筋バトルジャンキー野郎!!

 

 今度は自分の手で殴りかかってきた。右ストレートを右に避ける。左フック、腰を落とす。ジャブを受けながら後退。そのまま跳んでボディーを避ける。

 

「ほう、意外とやるじゃないか! なら、これで!」

 

 周辺把握の補助を受けて、かろうじて避け続ける俺へ続けざまに拳のコンビネーションを繰り出す真田明彦。その顔はどこか面白そうで……

 

 

 ――――――――――――プチッ――――――――――

 

 

 その顔を見た瞬間、俺の中で何かが切れた音が聞こえた。




命からがら逃げ延びて、今度は原作キャラと遭遇。
次回、別視点。


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17話 誤解から始まる戦い

今回は桐条美鶴の視点


 “イレギュラー”

 

 種類を問わず、巣であるタルタロスの外に出て人を襲うシャドウの総称。

 出現頻度は低いものの、街中に現れるという点から通常のシャドウよりも危険度は高いとされる。しかしながら広大な街中から数匹、それも数日から数週間に一度不定期に現れるイレギュラーの発見は困難で、遭遇する事はさらに少ない。それでも長く影時間に関わっている私は何度も遭遇したことがある。

 

 しかし、今日のイレギュラーはこれまでと一風変わっていた。

 

「……ンナアァ゛ア゛ッ!? ガァッ、ゲッハ」

 

 被害者の命に別状がない事を確認したところでイレギュラーが吼えた。ダメージを受けたからか、相対していた明彦へ荒々しく腕を振り回す様子は明確な怒りを伝えてくる。

 

「くっ!?」

 

 イレギュラーの拳が明彦の胴体を捉え、明彦がイレギュラーから距離をとる。

 

「明彦!」

「ガードした! それより見てみろ!」

「なっ!? 変身、だと?」

 

 イレギュラーは明彦を睨みつけ、体のいたる所を蠢かせたかと思えば瞬く間に風貌が変化していく。一回り大きくなった体格には筋肉のような盛り上がりが顕著に見られ、両の手足から伸びた爪はアスファルトを傷つけ、全体的な印象が“人型”から“二足歩行する獣”へ近づいていた。

 

 イレギュラーもシャドウであり、シャドウの姿は種類によって千差万別。人型のシャドウも知識にはあるが、この個体はそのどれとも違う。つまり弱点や戦い方などの事前情報が無い未知のシャドウ……姿といい能力といい、どこまでもイレギュラーな奴だ。

 

「ペンテシレア!」

 

 ペンテシレアを呼び出して携帯型の補助装置を起動。イレギュラーの分析を試みる。

 

「明彦、時間を稼いでくれ。何をしてくるか分からない。気を引き締めろ」

「分かってるさ」

 

 相手の変化には明彦も警戒を見せているが、同時にそれが楽しみだとでも言いたげだ。明彦の悪癖が出てきている。向上心があるのはいいが……っ!

 

「来るぞ!」

「シャアッ!」

「ちっ! ……ハァッ!」

 

 速い!

 

 前傾姿勢から向かってくるタイミングは掴めたが、その後の急加速が尋常ではない。凌いだものの瞬時に明彦との距離が消え、影時間の路地に響く断続的に互いを殴打する音が殴り合いの激しさを物語る。

 

 明彦は鍛えたボクシングの技術で対峙しているが、対するイレギュラーはなんとも表現しがたい。格闘技で戦っているようにも見えるが、距離の詰め方や動きがやはり獣じみている。

 

「シィッ!」

 

 飛びかかるイレギュラーを明彦が左に避け、開いた側面の隙を付いて殴りかかれば、イレギュラーは反転。攻撃を避けながら大きく振られたイレギュラーの右裏拳が明彦の目前を通過し、明彦がイレギュラーの懐に潜り込もうとする。しかし、それは下から掬うように振り上げられた左手の爪が阻む。

 

「ちっ!」

 

 血の玉が浮かぶ頬を拭い、明彦はガードを固める。両者共に牽制(けんせい)の打撃はあたるが、相手を倒す決定打が無いまま。今は互角だが、このままではダメだ!

 

「明彦離れろ! もっと距離を取れ!」

「そうさせてはくれないらしいっ! こいつインファイターだ!」

「嬉しそうに言っている場合か!? お前は今、苦戦しているんだろう!」

 

 明彦が強いのは分かっている。そして信頼もしている。通常のシャドウは一人で倒し、ボクシングにしても相手に困るほど。決して弱いわけではないが、それは本来の戦い方ができていればの話だ。

 

 明彦は足を使い相手と距離を取って戦う“アウトボクサー”。ヒット&アウェイなど相手の間合いの外から踏み込んで攻撃し、反撃される前に引くスタイルを基本として拳を用いた戦闘の合間に召喚器を使いペルソナを呼び出す。

 

 しかし今はイレギュラーに詰め寄られ、離れようにも離れられない。明彦のフットワークがイレギュラーの速度で潰されているため、常に至近距離での殴り合いを強いられている。あの状態ではペルソナを召喚する暇がない。

 

 私が援護をすべきところだが、今は被害者のそばを離れられない。魔法では援護しようにもイレギュラーと明彦の距離が近すぎる。今撃てばイレギュラーだけでなく至近距離で戦い続ける明彦も巻き込んでしまう。

 

 おまけに私のペルソナは本来戦闘向き。他に役目をはたせる者がいないためサポートに回っているが、お世辞にも分析能力が高いとは言えない私に力を割く余裕はない。戦闘への参加は分析の中断を意味する。

 

 今の私に出来る事は考察と多少の助言がせいぜい……せめてもう一人、この場に荒垣が居てくれれば……違う。今すべきは少しでも早く分析を済ませる事。そうすれば効果的な対応を考える事も、私が参戦する事もできる。

 

 もどかしさと無意味な考えを振り払い、イレギュラーの観察に集中して僅かながら時間の短縮を図る。

 

「……もう少し耐えてくれ!」

「応! こっちも、目が慣れてきたところ、だっ!」

「シィイッ!」

 

 明彦が戦いのペースを掴み始めたようだ。攻撃直後の隙を突いて左と右、ワンツーを打つと、左がイレギュラーの仮面に当たった。しかし右は防がれ、イレギュラーはさらに距離を詰める。

 

 これまでの行動を見る限り、イレギュラーは攻撃を受けても絶対に退こうとしないな。明彦が攻めればイレギュラーは攻め返し、明彦が下がればイレギュラーは距離を詰めて攻める。明彦に執着しているのか? それにしても、一度くらい距離をおいて魔法を撃ってきてもいいはずだ。

 

 確認の取れているシャドウの中で最弱と言われる臆病のマーヤでも氷の攻撃魔法を使う。イレギュラーは魔法が使えないのか、それとも使わないのか? 使わないとしたら何故使わない?

 

 思考と分析を続けていると、戦況に変化が訪れる。

 

「どうした! 動きが悪くなったぞ!」

「…………」

「……ふっ!」

「!」

 

 イレギュラーの手数がだんだんと減り、明彦がイレギュラーを押し返し始めていた。さらに若干鈍くなった動きを好機と見た明彦が渾身の一撃をイレギュラーに見舞う。すると交差させた腕で一瞬だけイレギュラーの動きが止まり、生まれた隙に明彦が距離を取る。だが、やはりイレギュラーはそれを許そうとしない。

 

「! ガアァッ!!」

 

 明彦に食らいつきそうな勢いで駆けたイレギュラーの攻撃が、召喚器に伸びた明彦の腕に当たり、乾いた音が響き渡る。

 

「ちっ!? もう少し弱らせないとダメか……」

 

 今の動き……偶然か? たまたま攻撃がそちらを向いたか、見間違いか……私の目が正しければ、イレギュラーは初めから召喚器に伸ばされた手(・・・・・・・・・・)を狙ったように見えた。

 

 気になる。これまで見たシャドウはいずれも本能のままに行動しているような個体ばかり。狙ったとしたらそれは何故か。それはペルソナを召喚させないため。意味があるとすれば他には考えられない。

 

 ……明彦の先制攻撃で一度、私がペンテシレアを召喚して一度。イレギュラーは二度、召喚器によるペルソナ召喚を目にしている。まさか、この短時間で学習したのか?

 

 “学習”

 

 それは既知のシャドウには無い行動。そして目の前のシャドウが相手の行動とその意味を理解する理解力、対策を考える思考力と判断力、行動に反映させる実行力を持っている可能性の示唆。その結論に至った私は、背筋に冷たいものを感じる。

 

「ォオオッ!」

 

 明彦の攻撃をしのぎ続けるイレギュラーが吼え、右拳を大きく振り上げる姿はまるで追い詰められて自棄になって殴りかかろうとするように動く。隙が大きく格好の餌食だと目を輝かせた明彦が前に出ていく。

 

 その時、私はペンテシレアを通して魔法の予兆を感知した。

 がむしゃらに見える動きの裏で、イレギュラーは虎視眈々と魔法を使おうとしている!

 

「罠だっ!!」

 

 私が反射的に叫んだ次の瞬間、イレギュラーから凍えるほどに冷たい風が吹きぬけた。

 

「ぐあっ!?」

「ペンテシレア!!」

 

 凍えそうな冷気が漂う中で、急ぎ回復魔法を明彦に。分析も中断。

 

「ッ!」

 

 何よりもまず明彦の無事を確保すべくイレギュラーに突撃すると、イレギュラーは明彦の腰のホルスターから召喚器を素早く弾き飛ばし、背筋を大きくそらす事で私のレイピアを避けた。さらには上体をひねり側転や後方への宙返りを数度交えて瞬時に距離をあける。

 

 私は追撃に備えてレイピアを構える。

 だが、次のイレギュラーの行動はまたしても私の予想から外れた。

 明彦と戦っていたように襲い掛かってくると思えば、イレギュラーは急に背を向け一目散に走りだす……

 

「なっ!? 逃げる気か!?」

 

 明彦が走り去るイレギュラーへ怒鳴りかけるが、イレギュラーは既に路地を曲がったところだ。

 

「………………どうやら、もうこの近辺には居ないようだ」

 

 この状況では追うに追えず、ペンテシレアで索敵するが反応がない。捉えられないのは本当に走り去ったのか、それとも……何はともあれ体勢を立て直す事が先決か。

 

「明彦、大丈夫か?」

 

 逃げるイレギュラーに怒鳴る余裕はあったようだが、明彦は回避が間に合わずに右足から腰までがところどころ凍りついている。使われたのは臆病のマーヤやペンテシレアも使うブフと見て間違いない。

 

「ああ……ただ冷たいだけだ」

「……待っていろ、救助を呼ぶ。被害者も病院に搬送しなければならないからな」

 

 苦痛を隠す明彦の反論を封じ、通信機で寮に連絡を入れると一度のコールで繋がる。

 

『こちら幾月。桐条君かい?』

「お疲れ様です、理事長。早速ですが、救急車を二台、手配していただけますか?」

『二台……!? 分かった、すぐにもう一台手配する。場所は最後の連絡で言っていた路地裏でいいのかい? それと傷の具合は? 怪我人が二人で君が連絡してきたという事は、怪我人は被害者と真田君か』

「場所は件の路地裏。いまのところ、二人とも命に別状はありません。しかし被害者は多数の傷を負っています。明彦は攻撃魔法のブフを受け、足が強く痛むようです」

『了解。経緯はまた後で聞くとして、今は安全なのかい?』

「はい、交戦していたイレギュラーは逃走した模様」

『分かった。真田君には無理に足を動かさず、できるだけ患部を温めておくように伝えてくれ。せめてそれ以上冷やさないように。凍傷になっている可能性がある。救助が行くまで注意を怠らないようにしてくれ』

 

 その言葉を最後に、通信が切断された。

 

「美鶴、幾月さんはなんと?」

「この場で待機だ。明彦は足をなるべく動かさず、それ以上冷やすなと。」

「そうか……」

 

 被害者から近い路地に体を預けた明彦が言葉に悔しさと怒りを滲ませ、睨みつけた右足に上着を巻く。

 

「……悔しそうだな」

「当たり前だっ! 一般人をボロ雑巾のように痛めつける奴にやられたんだ、悔しいに決まってる」

 

 そう言いながらも明彦の目はイレギュラーを探すようにあたりを見回している。

 

「今日の結果は、油断も一因だと思うが」

「っ!」

 

 私の言葉に明彦は言葉につまる。自覚はあるようだ。ならこれで少しは悪癖が治るといいが……

 

「……そういう美鶴も、悔しいのは同じじゃないのか? 役に立てなかったとでも考えているんだろう」

「……まぁな。サポート役としての力不足を痛感した。戦闘と分析を同時にできれば理想だが、せめて初めから私も戦闘に加わっていれば結果は違ったのかもしれない」

「分析をしようとした判断が間違いだった、という訳でもないだろう。その慎重さに助けられる事もあった」

「なら、もう少し私の言葉を聞いて欲しいものだな」

「うっ! それは……」

 

 明彦はまた言葉に詰まった。

 しかし明彦が言いたい事は、私が明彦に言いたい事と同じなのだと分かる。

 

「明彦。今日我々はイレギュラーを取り逃した。しかしそれは今後また合間見える可能性がある、という事だと私は思う。幸いにも、何故か突然イレギュラーが逃走した事で我々は生きている」

「リベンジマッチに備えろと言うんだろう? こっちもそのつもりだ。次に会った時には、必ず倒す!!」

 

 拳を握り締めて意気込む明彦と二人。

 私達は更なる力をつけると心に決めて、今は救助を待つ。




 おまけ

 噂のイレギュラーこと、影虎のその後

 二人の視界から逃げた後、俺はトラフーリで部屋に戻った。そして、今はベッドの上で悶えている。

 脳筋でも流石は全中ボクシング王者、ギリギリの戦いだった……打ち込みの対応でスキル使う余裕が無くなるとか、あれが原作キャラの力か。でも、俺も負けてはいなかった。戦っている最中に掴みかけた事もあるし、なにより

「なんとか、最後に一泡吹かせてやれた……はず。けど痛てぇ……」

 戦闘中は感じなかった痛みがぶり返した事もあるが、そっちはたいした事じゃない。ドッペルゲンガーの物理耐性のおかげで治療が必要そうな怪我は無かった。問題はペルソナを暴走させた時のように戦い、それを見られた事。

「あれは、黒歴史かも……」

 日頃のタルタロスでの戦い方が自然に出たんだ。戦闘中に理性を完全に失ったわけじゃなくて、自覚はあったが怒りと高揚感で気にならなかった。それが冷静になってみると……きっと脳内麻薬とかそんな感じのが出ていたんだ。

「せめて奇声を上げていなければ、まだよかったのに……いや、まともに喋れる状態だったら人間ってバレるか……」

 あの場で戦った事は後悔してないけど、もうちょっとやり方はあったと思わないでもない……まぁ、やってしまった事は仕方ないし、正当防衛だし、今日はもう寝よう……

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

今日の戦果
影虎VS真田&桐条
影虎の被害:打撲と胸部の痛み。
真田の被害:右足の凍傷1度、場所により2度
      表皮から真皮までの凍傷で比較的軽度なため切断は不要。

判定で勝者は影虎?

影虎は達成感と実戦経験を得て、何かを掴んだ。
影虎の中で、特別課外活動部に入るという選択肢が遠のいた。
特別課外活動部は新たな仲間を得る機会を知らずに逃してしまった。
しかし真田と桐条のやる気が上がった?

戦闘描写と他者の視点ってムズいのが分かった……


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18話 手伝い

 4月21日(月)放課後

 

 ~アクセサリーショップ・Be blue V 店内~

 

 俺はどうしてここに居るんだろうか……

 

 事の始まりは昼休みが終わる直前、俺の携帯から聞こえたツィゴイネルワイゼン。

 着信は江戸川先生からで、用件は暇があったら買い物の手伝いをして欲しいらしい。

 一昨日の連戦で体を酷使した俺は、今日まで休むと決めて予定を入れていなかった。

 そして授業が始まりそうなタイミングだったので、深く考えずに手伝いを承諾した。

 

 約束の放課後。

 江戸川先生が車を出すと言っていたので、待ち合わせ場所の教員専用駐車場まで向かうと驚いた。教員用駐車場の存在を初めて知ったとかそういう事ではなく、江戸川先生の車がイメージに合わない真っ赤なスポーツカーだったことに。しかも、車はおそらく誰もが知っている超有名ブランドの高級車だった事にだ。しかも内装は一般的。

 

「よく来てくれました、影虎君」

「はい……」

「おや? どうかしましたか?」

「江戸川先生、いい車に乗ってらっしゃるんですね。予想していた車とちょっとイメージが違って」

「人は目に見える物で多くを判断します。持ち物や身につける物は安っぽかったり奇抜な物よりも、ある程度ちゃんとした物の方が何かと波風が立たなくて便利ですから。江古田先生とかは社会人としてそのあたりにも厳しいですしねぇ」

「それにしたって、高いでしょうこの車。下世話な話ですけど……」

「この学校のお給料はいいですし、必要なら収入は他にも……まぁ、どうにかなるものです。特にこだわりがあってこの車を使っている訳ではないので、影虎君は遠慮せず乗ってください」

 

 先生がそう言って助手席の扉を開け、まず感じたのはお香のような謎の匂い。ここで江戸川先生の車という事をなんとなく実感した。そして同時にこう思った。

 

 ……車よりも、普段の行動とかもっと他に取り繕うべき所があるだろう!?

 

「シートベルトをしたら出発しますよ」

「よっ、と……シートベルトOKです。ところで今日は何を買いに行くんですか?」

「ヒッヒッヒ、それはですねぇ……おっと」

 

 車を出そうとした先生が近づく他の車に気づいて止まり、先を譲ってから再発進。そのタイミングで出てきた言葉が……

 

「昨日のサバトで使っていた物が色々と壊れてしまいまして、また買い揃えなければいけないのです。少々量が多くなるはずなので、きっと車に運ぶのも一苦労……手伝ってくれて助かります、影虎君」

「そういう買い物だったんですか!? てかどうしてそんな事になるんですか!?」

「ちょっと失敗しまして……まぁ、些細な事です。この機会に影虎君も色々見てみるといいでしょう。部活動初日に興味がありそうでしたしね……ヒッヒヒヒ」

 

 あの時二つ返事で了解したのをちょっと後悔した。

 

 そして連れてこられたのがポロニアンモールのBe blue V。ここのオーナーが江戸川先生の知人だそうで、従業員以外立ち入り禁止になっている店の奥のさらに奥。オーナーのプライベートな部屋へ通された後はもう、江戸川先生の同類だなぁ……としか言えない。

 

 強いて違いを挙げるとしたら、江戸川先生の部屋がミイラとか動物系の物が多いのに対して、ここは宝石やパワーストーンが多い。ずっと体調を良くするヒーリングの店だと思っていたけど、ゲームだと能力が向上するアクセサリーを売っている店でもあるんだっけ? どっちにしろ、なんとなく納得……

 

 あとは部屋の隅に積み重なる古くて統一性のない品物の数々が気になる。他は整然と棚に並べて飾られたられた宝石や置物なので綺麗に見えるが、そこだけまるで物置の中身を引っ張り出してきたみたいだ。

 

 そんな風に部屋の物を眺めていたら、相談をしてくるからと席を外したオーナーさんと江戸川先生が戻って来た。

 

 オーナーはジーンズと黒のタートルネックを来て、ショールを羽織った線の細すぎる中年女性。魔女っぽいというか、病んでそうな雰囲気なので、言っては悪いがちょっと不気味……

 

「先生、お話は終わりましたか?」

「ええ、ほったらかしにしてすみませんねぇ。でも、今日は良い買い物ができましたよ」

「こちらこそ、良い商談ができました……例のものをお忘れなく……フフフ……」

「もちろんですとも……ヒヒッ」

 

 なんか、お二人ともすげぇ怪しい笑みを浮かべてらっしゃる……と思っていたらオーナーがこっちを見た。

 

「それにしても、江戸川さんが人を連れてくるなんて……葉隠くんは生徒さんなのよね?」

「はい、江戸川先生に部活の顧問をしてもらっています」

「聞けばこちら側の事(オカルト)に興味があるとか」

「時々ネットでそういうサイトにアクセスするくらいには」

「そう……パワーストーンに興味は?」

「割とありますね」

 

 この店のアクセサリーに能力向上の効果があるなら、その秘密がパワーストーンだとしたら、そう考えたら興味も出てくる。

 

「あら、そういう事ならお近づきのしるしに何か一つプレゼントしましょう。何が良いかしら……」

「いえ、そんな」

「遠慮は要らないわ。その代わり、どうぞBe blue Vをご贔屓に」

 

 そう言われるとこれ以上断るのも失礼な気がしたため、結局アクセサリーを貰う事になってしまった。しかしこの店に来てからこの応接室に直行したので、どんなアクセサリーがあるのか分からない。

 

 困ってあたりを見回すと、部屋の隅が目についた。

 

「……そっちの山は商品じゃないわ。それはこっちのコレクションを集める過程で集まった余計な物、ただのゴミだから」

「コレクション?」

 

 オーナーが見ているのは棚の中。確かに宝石類に混ざって古い物がいくつも並べられているけど、違いがよく分からない。

 

「そういえば影虎君には教えてませんでしたねぇ……彼女はいわゆる“いわくつき”の品を集めるのが趣味なんです。綺麗に見えても、迂闊に触っちゃいけませんよ」

「人づてで買うと、ちゃんと憑いている(・・・・・)物は少ないのよね……売り手が思い込んでいるだけなんて事がざらにあるから、ただ古いだけの物がこんなに集まっちゃって……」

 

 憑いている、ってそういう事だよな?

 ……ペルソナとかシャドウも居るし、存在を否定できないだけに怖いな!?

 つか江戸川先生の注意が遅い! でも、逆にそれならこの山の物は安全?

 

 そう思ってこの中から選べないかと聞いてみると、むしろ持って行ってくれた方が助かると言われ、江戸川先生が購入した物の用意ができるまで目を通した末に、部室に似合いそうな古い茶道具一式をいただく事にする。

 

 それからオーナーの用意したズッシリと重い箱を三箱、近くの駐車場に停めた先生の車まで積み込んで戻ると、さらにオーナーは茶器が店の商品じゃないという理由で、店頭の商品から“ラックバンド”をくれた。あなたにはこれがいいと思うわ、と一言添えて。

 

 ゲームでは運を上げるアクセサリーだったけど、何に関わるステータスだっけ?

 まぁ、とりあえずはお礼だな。

 

「ありがとうございます、こんなにいただいちゃって」

「フフフ……今度はお客様として来るのを期待しているわ」

 

 また怪しげに笑うオーナーに見送られ、俺は茶道具を抱えて江戸川先生とBe blue Vを出る。

 

 オーナーは江戸川先生の同類らしいけど、結構まともな人だったな……

 最終的にそう感じた俺は、江戸川先生に毒されてきているのだろうか?




影虎はBe blue Vの裏側を知った!
影虎はラックバンドを手に入れた!
Be blue Vでアクセサリーを購入できるようになった!

運のステータスは確立に左右される物事に関わります。
例:バステの付着率、クリティカル発生率など

普通の店のアクセサリーに何で効果があるんだろう? って考えていたら書いていた。
せっかく書いたので投稿しました。


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19話 思いもよらない事故

 学校前

 

「買い込んじゃいましたね、色々と」

「できればもう少し買っておきたかったんですけどねぇ……そうすればしばらくは部室にこもれるんですが」

「いやいや、十分でしょう。冷蔵庫の容量もあるんですし」

「大型ですからもう少し入ると思いますよ?」

「食材の鮮度が落ちる前に使い切れませんって。江戸川先生、料理しないって言ってたじゃないですか。それに中身を詰めすぎると電気代にも悪いですよ」

「私も作れないことはないんですけどねぇ……普通の料理はどうも手を抜きがちで。体に良くないと知りつつ、ついついレトルトやカップ麺に手が伸びてしまうんですよねぇ……」

 

 右手には食品の入った買い物袋。左手には貰い物の茶道具が入った、これまた貰い物の丈夫なカバン。荷物を抱えて江戸川先生と学校の前を歩く。

 

 Be blue Vからの帰りに抹茶を買いにスーパーに立ち寄ったら、ついつい余計な買い物もしてしまった。おかげで荷物が大分増えた。一度では部室に運べないので、まずは茶道具と食品だけを運んでいる。

 

「おや?」

 

 話していた江戸川先生が前を見て呟く。何かあるのかとそっちを見てみれば、誰かがむこうから走ってくる。ジャージを着ているので運動部の活動かと思ったが、どうも様子がおかしい。全力疾走でやけに急いでるというか、慌てているというか……ってか、よく見たら宮本だ。

 

「宮本!! どうした!?」

「ハァ、ハァ、影虎……に江戸川先生ッ!? っ、この際だ! 先生来てくれ!」

「ちょっ、いきなりなんだ?」

「なにかありましたか?」

「急患! 部活でランニングしてたら小等部の生徒が倒れてた! とにかく早く!!」

 

 宮本が息をきらせながら伝えた内容に、俺と先生は顔を見合わせて動き出す。

 

「影虎君、失礼します」

「先生、荷物は持ちますから先に!」

「任せました」

「早く頼んます!」

「今行き、ちょっ!?」

 

 荷物を受け取った直後、江戸川先生は宮本に腕を引かれて走り出し、俺も二人分の荷物を抱えて後を追う。

 

 月光館学園は小等部、中等部、高等部に分かれていて、高等部を中心に横並びで建っている。小等部の校門前を駆け抜けたから……このまま行くと高等部や中等部、あとは俺達の部室の方だけど、何でこっちに小等部の生徒が?

 

 気になりながらも足を動かすと、部室のある林からほど近い道に集まる人だかりが見えてきた。皆ジャージで円の中央を見ている、きっとあそこに怪我人がいるんだろう。

 

「おーい! どいてくれ!! 保険医連れてきた!!!」

「はぁ、はぁ……」

 

 宮本が大声で叫ぶと何人かが気づいて道を開けた。

 一部の生徒は先生を見て顔をしかめて少し余計に距離を取っていたが、それよりも怪我人と思われる生徒の傍らに見覚えのある女子生徒が膝をつき、頭や頸部に湿ったハンカチを当てて介抱していた。

 

「山岸さん!」

「え? 葉隠君! それに……」

「交代します。ちょっと見せてください。それからこの子が倒れた時の状況、分かればできるだけ詳しく聞かせてください」

 

 先生が倒れた男子生徒の脈拍や外傷を観察しながら聞くと、まず発言したのは周りを囲んでいた生徒の一人で、前に俺を勧誘に来ていた陸上部の先輩だった。

 

「友達に突き飛ばされたみたいです。俺らはこの道でランニングしてて、そいつを見つける前に小等部の生徒三人とすれ違ったんすけど、そんなことを言いながら逃げて行きました」

 

 さらに周りから出てきた同じ目撃証言や捕捉をまとめると、その生徒達はわざとではないが被害者を突き飛ばしてしまった。その結果、被害者は倒れて意識不明。突き飛ばした三人の小学生は顔面蒼白で、責任を互いに責任を押し付けるような言い合いをしながら走り去った。そして気になりつつもランニングを続けたら、倒れた被害者とそれを介抱しようとする山岸さんを見つけたんだと。

 

「……おそらく脳震盪でしょう」

 

 その言葉に周りからは安心したような雰囲気が流れる。けど、実はそうでもない。

 

「先に見つけたのは貴女ですか」

「は、はい! この子が突き飛ばされる所に偶然居合わせて、突き飛ばしちゃった子達はふざけながら競争して、ちゃんと前を見てなかったみたいで……倒れたまま動かないこの子を見てパニックになってたみたいです」

「なるほど、倒れてからどれくらいかは分かりますか?」

「それははい! 五分三十秒です!」

「救急車、誰か呼びました?」

 

 脳震盪で失神して五分以上。そう聞いて俺は口を出していた。

 

「救急車? いや、俺は……お前は?」

「俺!? してねぇよ、携帯置いてきたもん」

「部活中だし、ジャージだしなぁ……」

「だから俺が走ったんだって」

「つーか、脳震盪なら救急車とかいらなくね?」

 

 そんな会話が方々でされ、結局は誰も救急車を呼んでいないという。

 

「先生」

「私も学校のほうに連絡しますから、救急車は影虎君お願いします」

 

 俺は即座に荷物を腕にかけ、開いた片手で携帯を取り出し、救急車を呼ぶ。

 

 

 

 

 

「……そうです小学生男子一人。月光館学園高等部の校門を目印に、左に入った所です。はい、養護教論の診断では脳震盪。失神から五、いえもう六分です。はい、頭を動かさないように……はい……はい、よろしくお願いします」

 

 連絡が終わり電話を切る。江戸川先生はまだどこかに電話で状況を説明しているようだ。

 

「ええ、ですからすぐ小等部の養護教論を。それから担任にも一報を。クラスは4-A。名前は“天田(あまた) (けん)”君です。」

 

 天田、乾?

 

 聞き覚えのある名前に、つい被害者を見た。

 そして今になって気がついた。目の前で倒れているのは、原作キャラの中で唯一小学生の天田(あまた)(けん)。ゲームキャラよりももっと幼い顔つきと、転んだときに付いたであろう顔の擦り傷。他にも手や足に絆創膏が張られているが、言われてみると確かに天田だった。視界に飛び込んできたランドセルにも、しっかりと名前が書かれている。……何故? どうして今ここに居るんだ?

 

「……い……おい……影虎!!」

「っ!? 何だ、宮本? った、耳元で叫ぶなよ……」

「いくら呼んでもきづかないからだろ。っつーかどうしたんだよ、急に深刻そうな顔して黙り込んで。そんなに心配か?」

「……ああ、まぁな」

 

 本音を押し込み、とりあえず話をあわせておく。

 

「脳震盪ってのは漫画、特に格闘技系の漫画じゃよく“たいした事ない”なんて言うけど、本当は全然そんな事無いんだよ」

「そうなのか?」

「脳震盪は頭部に衝撃を受けたことで脳が揺れて起こる意識障害のことだけど、これは症状のレベルが軽度、中度、重度の三段階に分かれている。格闘技の試合なんかである、体を動かせないけど意識はあるのは軽度。気絶して二分以内に目を覚ますのが中度、二分以上は重度。現段階でこの子は六分以上の気絶だから、重度の脳震盪になる。

 軽度なら安静にしていればまず危険は無いと言われているけど、それでも一日は様子を見たほうがいい。これは脳震盪が頭に衝撃を受け、脳が揺れて起こるため脳がダメージを受けているから。今は大丈夫でも後々症状が出てくる事もある」

「マジかよ……」

「脳震盪は、本当はよく聞くほど軽いものじゃない。俺もパルクールを始めてから知った」

「影虎君の言うとおりです」

 

 連絡が終わった先生が話に混ざってくる。

 

「もう少し詳しく説明しますと脳震盪の症状はめまいやふらつき、その他の短期症状だけでなく、数日から数週間にわたって続く長期症状もあります。重度になれば注意力の欠如や頭痛が数ヶ月続くケースも。

 加えて脳が受けたダメージから回復する前に再び脳震盪を起こした場合はダメージが重なり、脳はさらに大きなダメージを受けます。これは“セカンド・インパクト・シンドローム”と呼ばれますが、その致死率はなんと50%かそれ以上。非常に危険なのです。だからこそ脳震盪を起こした時は頭を揺らさず安静にし、意識が無い場合はもちろん、意識があっても病院で検査を受けるのが無難なわけです。取り返しのつかない事になる前にね。

 見たところ君達は陸上部。格闘技やラグビーとは違ってプレイヤー同士の直接的な接触がある競技はないでしょう。けれど、運動部であれば何かの拍子に、とも考えられます。もちろん日常生活でも……この機会によく憶えておいてくださいね。ヒッヒッヒ……」

「ウ、ウッス」

「江戸川が……」

「まともな保険医らしい事を言っている、だと……?」

「ですが……脈拍や瞳孔にも異常は無いので、差し迫った状況ではありません。そこまでの心配はいらないでしょう、影虎君」

 

 一部関係のないところで驚愕する陸上部の生徒をよそに先生がそう言い、俺達は手持ち無沙汰でただ天田少年の無事を祈る。すると数分後、集まった人だかりが不意にざわめいた。

 

「怪我人はここかっ!」

 

 鶴の一声でまた人ごみがいっせいに割れる。そのさきに居たのはやはりといえばいいのか、桐条先輩。だが、今日はなにやら普段の余裕が感じられず張り詰めている気がする。

 

「江戸川先生、怪我人の容態は?」

「今は気を失っていますが、安定していますよ。それにしても桐条君はなぜここに? ひょっとして、この子とお知り合いでしたか?」

「いえ、たまたま職員室で先生と鳥海先生の話が聞こえたので。野次馬の整理にでも力になれないかと」

「責任感が強いんでしょうかねぇ……おやぁ?」

「失礼します、どいてください!」

「江戸川先生、天田君は」

「おや、菊池先生に光井先生。桐条君にも言いましたが、気絶していますが、脈拍は正常。顔色もいいですし、安定していますよ」

「そうですか、良かった……」

「ありがとうございます」

 

 今度来たのは小等部の先生か、と思えば遠くから救急車のサイレンが聞こえてくる。

 

「……早くないか?」

「緊急時に備え、月光館学園の近くには消防署と迅速な対応のマニュアルが存在する。通報からの時間を考えれば、特別はやくはない。それよりも道を開けてくれ、他の者も道の端によれ!」

 

 流石は桐条。緊急時への備えも万全のようだ。というかこの学校、昔は秘密の実験場でもあったんだ。そりゃ備えもあるだろう。

 

 桐条先輩の指示に対して全体が即座に従い、救急車の通り道が開く。

 じきにやってきた救急車が止まり、天田少年は救急隊員に運ばれ、二人の先生と病院へ搬送される。俺は救急車が見えなくなるまで、その様子を道の端で眺めていた。

 

 天田乾……についてはひとまずこれでよし。しばらくは注意が必要だろうけど、体に障害が残ったりはしないはずだ。なぜならこの世界は、良くも悪くも原作に向かって進んでいる。そして彼は将来特別課外活動部の一員となる人物。この件で重篤な後遺症が残るようなら、危険なタルタロス攻略のメンバーに入っているとは思えない。ただでさえ彼はメンバーの中で一番幼く、体もできていないんだから。

 

「なるほど、運ばれた天田君を最初に見つけたのはそこの女子生徒か……ありがとう。………ちょっといいだろうか? 私は二年の桐条美鶴。すまないが、名前を教えてもらえるか?」

「は、はい! 山岸風花です!」

「そんなに身構えなくていい。少し時間を貰えないだろうか? 怪我人を発見した時の状況を詳しく聞きたいんだ。差し支えなければ江戸川先生もお時間をいただけませんか」

 

 周りの生徒から状況を聞きだし、最初に介抱していた山岸さんを呼び止めた桐条先輩。江戸川先生からもより詳細な状況を聞きだそうとしているところを見ると、俺としてはやはり天田君が関わっているから気にかけているようにしか見えない。

 

 特別課外活動部の三年生三人は、原作開始前に荒垣の起こした暴走により、天田君から母親を奪った。当然故意ではないが、それは三人それぞれが後悔と罪の意識にさいなまれていた……そんな関係者以外が知るはずのない事情を知っているからそう思うのだろうけど、たぶん間違ってない。今の桐条先輩は話を耳にして体が動いたというか、今までと比べて衝動的でガードが甘そう。今なら何か情報を聞き出せるかもしれない。

 

 ……天田君のことを気にするのは向こうの勝手だし、事情を加味すれば気になるのも仕方ないと思う。しかし、気がかりなのは桐条先輩と山岸さん、原作キャラの二人がここで顔を合わせた事。

 

 原作前のことはほとんど手探り状態だけど、この二人の出会いは山岸さんの加入の時だったはず。それまでは山岸さんの事情も知らず、真田(脳筋)は順平にD組の名簿を入院中の自分に届けさせ、山岸さんのほうもタルタロスで救出された時が初対面だった。

 

 現時点でかなりの有名人である桐条先輩と真田(脳筋)。彼らと原作開始以前に接点があるとしたら、山岸さんの記憶に残っていないというのは考えにくい。描写が無かっただけか、それとも……

 

「影虎君」

「先生?」

 

 考え事に集中しすぎた。もうまわりに陸上部の姿は一つもなく、江戸川先生、桐条先輩、そして山岸さんの三人しかいない。

 

「あれ、いつのまに……?」

「搬送された彼が心配ですか? 自分の手の心配もしたほうがいいですよ?」

「手?」

「あの、葉隠君……手の色がすごい事になってるよ?」

「血が止まりかけているのではないか?」

 

 三人の指摘を受けて目を向けると、腕の血色が悪い。大量の荷物を入れた袋が、肘に引っかかったまま腕の血管を圧迫している。

 

「おうっ!?」

「気づかないほど怪我人を心配するその気持ちは良いですが、心配のしすぎはよくありませんよ。さぁ、荷物をこちらに。腕の血流を戻してください」

「私も持とう」

「わ、私も」

 

 そう言って手を伸ばしてくる三人。まず先生に右手の荷物を渡したが、二人にも? 

 

「あはは……本当に聞こえてなかったんだね」

「話は部室で、と言う事になったんですよ。ヒヒッ……」

「遠慮はいらないさ。早く荷物を」

「血管の過度な圧迫が続くと血栓ができる原因になりかねないから、ね?」

「詳しいな、山岸さん」

「私の家は代々お医者さんの家系だから」

 

 そういえばそういう設定もあったような気が。

 

「じゃあ、すみませんが頼みます。でも一つくらいは……」

「はいはい、影虎君はこっちですよ」

「? 鍵?」

 

 先生が俺の荷物を素早く取って二人に渡し、代わりに鍵を握らせた。

 

「部室の鍵です。影虎君は一足先に行って部室のドアを開けてください。そして……」

 

 そこから急に声が小さく早口になり、先生は後ろの二人の耳をぬすんで伝えてくる。

 

 何?

 

「昨日のサバトに使った魔法円が部室に入ってすぐの床に敷きっぱなしなんです。場所の移動が決まってから思い出しました。桐条君に見られるとうるさそうなので、足の速い君は先回りして片付けてくれませんか。丸めて私の部屋に放り込むだけで十分ですから」

 

 そういう事ですか……まぁ、買い物にも付き合ったし、乗りかかった舟だ。控えめに頷いて了解の意思を表す。

 

「じゃあ先行ってお茶の用意をしておきますね」

「あっ、「お構いなく」」

「荷物を持ってもらうお礼も兼ねてですから。それじゃ!」

 

 条件反射か言葉がかぶった二人を残して駆け出す。

 腕が少々動かしにくいが足は軽快。助走をつければ勢いにのれる。

 一気に林へ駆け込んだ俺は、疑問を頭の片隅に追いやり、部室への最短ルートを突っ走った。




影虎は天田乾の姿を確認した!
山岸風花と桐条美鶴が遭遇した!
影虎が内心で頭を抱えた。


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20話 事情の把握

「ふぅ……」

 

 江戸川先生の要望通りに部室に敷いてあった怪しい物を無事に隠した後、手の空いた俺が先生の車から部室へ荷物を運搬していると、最後の荷物を部室の入口に運び込んだところで先生と鉢合わせた。

 

「おや、もう終わってしまいましたか?」

「江戸川先生、これで最後です」

「すみませんねぇ、結局一人で全部運ばせてしまって」

「別にいいですよ。説明の場にいても俺じゃなきゃ話せない事はないですから。それより、説明は終わりました?」

「ええ、たった今ね。しかし桐条君は君にも話を聞きたいらしく、まだ部屋にいますよ」

「俺にも? 俺は電話を掛けただけで、特別な事は何もしてないと思いますけど……」

 

 まさか、一昨日の影時間に戦ったのが俺だとばれた?

 

「ちなみに山岸さんは?」

「彼女もまだ居ますよ。桐条君と一緒に」

 

 まだ一般人の山岸さんと一緒なら、影時間の話題はないか。

 

「とりあえず、行ってみます」

「それがいいでしょう。私も荷物の整理をします」

「じゃあこれを」

 

 荷物を先生に預け、二人がいる俺の部屋へ……

 

 ……この一言だけだと両手に花に聞こえるな。

 

「失礼します、葉隠です」

「入っていい、と私が言うのもおかしいか」

「じゃあ、どうぞー?」

 

 ノックをしたら二人が困りながら許可を出したので部屋に入る。

 二人は俺がここを使い始めてから用意した、折り畳み式のちゃぶ台を前に座っていた。

 

「お疲れ様です、何かお待たせしたようで」

「こちらこそ私のわがままに付き合わせてすまない」

「江戸川先生から少し聞きました。俺は二人から聞けた以上のことは話せないと思いますけど、それでいいですか?」

「君個人に聞きたい事があったのだが……君から先に話すといい」

「いえ、桐条先輩からどうぞ」

「今日はもう生徒会の仕事も無いんだ、だから君が先に」

 

 山岸さんは最初と比べてだいぶ緊張がほぐれているようだがまだ遠慮が見られ、ゆずりあいが始まった。このままだと時間だけが過ぎそうだ。

 

「山岸さんも俺に何か用なのか?」

 

 俺が話のきっかけを作ると、山岸さんは先輩に軽く頭を下げて口を開く。

 

「えっと、私はこの間のお礼について、相談しようと思ってたの」

「お礼?」

「……もしかして、忘れてるの、かな? この前私が落としたお金を見つけてくれたでしょう?」

「あー……そういやそんな事もあったね」

 

 すっかり忘れてたわ……

 

「それで葉隠君はお礼に缶ジュースを奢って欲しいって言ってたけど、どんなジュースがいいのか聞いてなかったのにあの後気づいたの。探してもタイミングが悪かったのか今日まで会えなくて」

「ああ、それで……待って、探して?」

 

 その一言がやけに頭に引っかかり、繰り返せば山岸さんは何事もないように答える。

 

「うん。近頃忙しくて、お礼が大分遅れちゃったから、はやく聞かないとと思って。でもタイミングが悪かったのかな? 会えなくて、今日は葉隠君の部活の部室を捜し歩いてたの。まさかこんな所にあるって知らなかったから、校内を何週もしちゃった。それで職員室で聞いてここにくる途中であの子の事故を見ちゃって」

「ほー……そりゃ手間をかけさせたなぁ。山岸さんにも部活や都合もあっただろうし」

「大丈夫。私は写真部に入ったけど活動日は火・水・木だから、月曜日の今日は部活がないの。他に用事も無かったから」

「そうなんだ……」

 

 手が汗ばんで、一瞬気が遠くなりそうな気がした。

 

 部活がなくて、用事もない。だったら山岸さんは俺を探すためだけに今まで学校に残り、あの時あの場に出くわした事になる。つまり、彼女は俺が居たから(・・・・・・)あの場に居て、そして桐条先輩と顔を合わせたんじゃないか?

 

「クラスの誰かに、伝言を残せば良かったんじゃ……」

「私もそう思ったんだけど、木村さんに止められて」

「木村さん?」

「葉隠君がD組に来たとき、私を呼んだ女の子なんだけど」

「……思い出した。でもなんで?」

「ジュースとかお金とか、女子が男子にあげるのを大っぴらにやると良くないって言われたの。男子としての沽券に関わるかもしれないし、もし葉隠君が女子に貢がせてるなんて変な噂が立つと迷惑がかかるって。だから絶対、直接会って二人で話した方がいいって」

「なるほど……」

 

 そのアドバイス、最後の絶対から先に年頃の女子のおせっかいが見え隠れするんだが。

 

 うろおぼえの女子に対する理不尽な憤りを抑え、味の好みを搾り出した俺は、そう思わずにはいられなかった。

 

「飲み物はたいてい何でも飲むけど、甘いのや普通のお茶が好みかな」

「分かった。じゃあ今度からそういうのを選んで持ってくるね」

「あ、いやそんな気にしなくても」

「ダメ。葉隠君が見つけてくれなかったら生活費が丸々無くなっていたんだもの。缶ジュースなら負担にもならないし、そのくらいのお礼はちゃんとしなくちゃ。この前は押し切られたけど、今回は譲りませんっ!」

「葉隠君、人の礼と好意は素直に受け取っておくものだ」

「分かりました」

 

 山岸さんは二度無理やり押し切られたせいか、決意を固めてきたようだ。おまけに桐条先輩の後押しまであって、俺はその言葉をただ受け入れていた。

 

「私の話はこれでおしまいなので、次は桐条先輩の番。あ、私は席を外したほうが」

「私は別に構わないが」

「先輩が構わないならいいんじゃないか?」

 

 立ち上がりかけた山岸さんが腰をおろすのを見つつ、考えるのは後だと気持ちを切り替える。するとこれまでよりも幾分か真剣な表情で先輩が話を切り出した。

 

「私が君に聞きたいのは一つ。今日運ばれた天田少年の事だ。君は、彼の知り合いなのか?」

 

 ……やっぱり影時間の話題ではない。けど、どうしてこんな質問を? とりあえずここは知らないと答えるか。

 

「違います」

「そうだろうか? それにしては、あの場での君の様子は私の目に少々おかしく見えた。見ず知らずの相手にしては心配しすぎているような気がしたんだ。それが君の性格だと言われればそれまでだが」

「あぁ……知り合いとは言えませんが、全く知らない相手でもないです」

 

 先輩の目がより真剣さを増した。

 

「部活で最近このあたりを走り回っていますが、何度か見かけたことがあるんです。その時はいつも一人で、暗い顔をしていたようなので気にはなっていました。ただそれだけなので知り合いとは言えません。向こうもこっちの事は知らないでしょう」

 

 俺が部活で走っている事や、天田と面識がないのは事実。ばれにくい嘘をつくコツは、嘘の中に事実を混ぜる事だ。どこかで聞いたそんな話を参考にして言えば、先輩はそうか、と微かに落胆の色を見せた。

 

「桐条先輩は彼とお知り合いでしたか?」

「君と同じで私が一方的に知っているだけだ。おそらく君も知っているだろうが、私はこの学校を経営している桐条グループの総帥の娘だ。一学生という立場をとっているが、色々と聞こえてくることも多い。」

 

 探りを入れたら核心は隠しているが、肯定された。さらに

 

「葉隠君。君に一つ、勝手な頼みをさせてくれないか?」

「内容によります」

「もしこの先君が彼と関わる事があれば、できるだけ良くしてやってくれ」

「具体的に言うとどのような?」

「……挨拶をするだけでも、何か聞かれれば答えるだけでもいい。私もどうすべきかわからない、というのが本音だ」

「あの……何か事情があるんですか?」

 

 黙ってお茶を飲みながら聞いていた山岸さんが質問すると、先輩は俺達二人を交互に見てから他言無用だと念を押し、意を決して話し始めた。

 

 その内容は天田乾の現状。率直に言うと、天田はクラスから孤立しているらしい。原因は去年の10月4日に起こった事故で、母親を失った事。いまは事故からまだ一年も経っておらず、天田は悲しみから抜け出す事ができていない。

 

 クラスメイトも当初は同情的で気を使っていたが、最近は暗いままの天田と関わる事を避けるようになってきていて、天田を気に入らない根暗と言って憚らない生徒もでてきている。まだいじめの事実は確認できていないが、このまま改善されなければ時間の問題だろう。

 

 さらに悪い事に月光館学園は全寮制の学校のため、天田も他の生徒も寮で生活をしている。当然普通の学校よりも顔を付き合わせる時間が長く、寮は心や体を休められる場所にならない。実際近頃の天田は学校の休み時間や放課後は自習でクラスメイトとのかかわりを避け、下校時刻が近づくと学校の傍や町を徘徊して時間を潰し、夜は食事やトイレ以外では部屋から出ないという。

 

「天田少年は母親を失って以来、彼なりに悲しみに耐えているが、少々無理に大人を演じる言動が目立つ。他の子には強がりや生意気にも聞こえるのだろう。

 不満を漏らしている生徒も以前は天田を元気付けようとしていた生徒だ、天田を部屋から連れ出そうとして酷く反発されたと報告がきている。咎めるのも酷だとは思うが、彼自身にも落ち度はある」

 

 嘘から出たまことというべきか、天田の徘徊で俺の嘘が通用したのかもしれないが……これだといじめが始まれば状況の悪化が加速することは想像に難くないな。

 

「あの子がいじめに、ですか……そういえばどこかでいじめが起こるのは社会的に見れば自然な事だとか聞いた気がするなぁ……」

「それはおそらく社会学だな。いじめは社会という枠組みの中から異質なものを排除するための行為の一つだ。排除という行為はその社会を維持するための一つの方法であり、人間だけでなく動物の群れの中でもいじめは起こる。ただし我々の人間社会では排除行為は法やルール、何かしらの規範にのっとって正当に行われなければならず、いじめは私的で不当な排除行為にあたる」

 

 なんの気なしに呟いた言葉に、桐条先輩が付け加えた説明で記憶の底からさらに思い浮かんでくるものがある。

 

「なんか、思い出してきた……いじめには相手の肉体や精神に苦痛を与え、快楽を得る事を目的とする場合もあるとか……いじめに関わるのはいじめを受ける者といじめを行う者、傍観者は存在しない、とか」

「? 見て見ぬふりをする人はいると思うよ?」

「傍観者は手を出さずに見ているだけ。被害者を直接傷つける事は無いけれど、加害者を止めもしない。それは“いじめを黙認する空気”をその場に作り、加害者の行動を助長する。結果、余計に被害者を傷つける加害者……だったはず。……ごめん、俺もあまり詳しくないから」

 

 大学の単位目的で社会学を取っていた、それすら今思い出したのに詳しく聞かれても困る。

 

「しかしまぁ、加害者より被害者の助けになる方に回りたい。というわけで、そのお願いは引き受けます」

「本当か!?」

「いじめや問題を何とかしてくれって頼みなら断りますけど、もし機会があったら仲良くしてやってくれ、くらいなら」

「それでいい。私も事情を聞いて気にかけていたが、直接かかわる機会がなくてな……ありがとう」

 

 桐条先輩はやけに安心したような表情を見せている。

 最後まで本当の事情は話さなかったけれど、やはりこの人も罪の意識はあったんだろう。

 本当の事情は話せる事でもないし、そりゃ小等部の一般生徒の天田と高等部の桐条先輩じゃ機会もないよな……あ、二人とももうお茶がないな。

 

 二人の前に置かれた湯飲みのお茶がほぼ空になっているのに気づき、傍にあった急須に手を伸ばす。しかし持ってみると中身が入っていないようだ。

 

 ちょうどいい、ここらで一旦考えをまとめよう。

 

「すみません、お茶がなくなったのでいれてきます」

 

 俺はそう言って部屋を出た。

 おかまいなく。そう言っていた二人に時間があるならゆっくりして行けと言い残して。

 山岸さんはさっきも言っていたように今日は用事がなく、桐条先輩も生徒会の仕事は終わったそうだ。桐条先輩は天田のために無理に終わらせたのかもしれないが、とにかく二人は暇があるらしく、まだ部屋にいる。

 

 しかし、部屋をでてから気づいた。

 

 ……当たり障りの無い対応なんてせず、どっちの話も一段落したんだから、帰らせてからゆっくり考えればよかったんじゃないの? と。

 

 どうやら、俺はまだ冷静ではないようだ。単に頭の回転が悪いわけではないと信じたい。




影虎は意図せず原作を一部改変した事に気づいた!
かげとらは こんらん している!



余談ですが、いじめなどが多人数に目撃されていると目撃者の間に“傍観者効果”というものが働くそうです。

傍観者効果とは、他にも人が見ているから自分が助けなくても誰かが助けるだろう、手や口をだして批判や被害を受けたくない、傍観者でいれば責任も分散される、などと考えて行動を起こさない人の心理で、傍観している人の数が多ければ多いほど効果が高くなるとか。そしてさらに状況を悪化させるとか、怖いですね。

でもこの傍観者効果について知っている人はそういう場面に遭遇した時、傍観者ではなく人を助けたりいじめを止める側に回る傾向があるそうです。

ということでなんとなく書いてみた。


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21話 小さな転機

 考えてみれば当然のことだった。

 この世界はペルソナ3の世界であり、それと同時に今の俺の現実である。

 原作キャラの経歴はゲームの設定と変わらない。

 だが、彼らはゲームキャラではなく一人の人間だ。

 彼らを取り巻く人間関係や個人の感情、事情が存在する。

 

 その中で葉隠影虎という人間は何者か?

 原作には登場することのない一人の人間だ。

 それが原作にかかわればどうなるか?

 影響の大小は別として、その時点で原作から乖離するに決まっている。

 原作を原作のまま進めたければ、何事にもかかわらないという選択肢しかなかったんだ。

 

 親父達と来年海外に渡る事に決めていれば、きっと俺はここに居なかった。

 地元の高校で未来に目をつぶり、全てを無視して終わりを待つ。

 そうすれば、行き着く先は完全な“原作”だったんだろう。

 

 しかし、俺はもうここに来てしまった。

 原作キャラとのかかわりも作ってしまった。

 これ以上のかかわりを持たなければ、これ以降は変わらないかもしれない。

 しかし、保障も確証もない。もう手遅れなのかもしれない。

 それに俺は、何もせず時を待とうという気にはなれない。

 だったら、どうするか?

 原作は参考程度に、覚悟を決めて不測の事態に備えるしかない。

 結局、やる事は変わらな

 

「悩み事ですかぁ?」

「わっ!?」

 

 給湯室で湯を沸かす俺の眼前に、突如江戸川先生の顔が割り込んできた。

 いきなりはなしでしょう……しかも近い。

 

「また上の空、今日の影虎君は様子がおかしいですねぇ……いえ、おかしくなったのはさっきの事件から。もしや荷物運びの疲れで体調が悪く……これはいけない、早速薬を飲んでもらい」

「待った! 体調は別に悪くないです!」

「……そのようですねぇ。分かっていましたけど」

「分かってたんですか……」

「私は保険医ですよ? 当然です。それで体調が悪くなければ悩み事かと思いましてねぇ、ヒヒヒ。こんなものを持ってきました」

 

 江戸川先生が白衣のポケットから取り出したのは、紫色の布に包まれた長方形の何か。受け取った手触りからして布の材質は絹のようだ。

 

「開けても?」

「もちろんです」

 

 おそるおそる包みを開く。

 

「……タロットカード?」

「ええ、悩み事がある時は、タロットでのリーディングが役に立ちますよ」

 

 そこで先生に相談しなさい、ではなくタロットが出てくるのが江戸川先生らしい……

 

「ところでタロットの使い方は知っていますか?」

「はい、一通りは」

「流石は影虎君、話が早いですねぇ」

 

 ペルソナとタロットは切っても切れないので予習済みだ。何が流石なのかは知らないが。

 

「そのタロットは差し上げますから、好きに使ってください」

「え、いいんですか? これ結構古そうなのに綺麗ですけど」

「古くはありますが、特別なものじゃありません。綺麗なのは使ってないからです。私には普段使いの物があるので、戸棚で埃をかぶり続けるより影虎君が使ったほうが良いでしょう。今日の手伝いのお駄賃と言う事で」

「そういうことなら、いただきます」

「ええ、どうぞ遠慮なく。タロットとは自身の内面に問いかけ、運命を探るための道具。そして運命とはその人の未来や様々な出来事とのめぐり合わせです。これらは常に不確かで、事前に知ることは困難ですが……タロットを上手く使えばより良い人生を探り、歩むための指標になるでしょう。

 例え悪い結果が出たとして、それを踏まえてどうするか。生まれながらに定められ、人の手では変えようのない宿命と言うものもありますが、未来は定まっていません。ゆえに、今の行動や考え方によっては変える事もできるのです。

 悩みの早い解決を願っていますよ」

「はい……」

 

 そのまま立ち去ろうとした江戸川先生が、給湯室の出入り口で振り返った。

 

「忘れるところでした。影虎君、今日は帰る前に一度私の部屋に寄ってください。せっかくですからこの機会にタロットなどの本を数冊差し上げます。

 実はオーナーの所で買った物を置くために整理していたら、いくらか本棚に収まらない本が出てきましてね……ただ処分してはもったいないので、そっちも貰ってください。それでは」

 

 先生はそう言い残して今度こそ立ち去った。何か変な物を押し付けられそうだが、俺はそんな事よりも頭に残った先生の言葉が気にかかる。

 

 運命や未来は不確定、だから変えられる。

 

 変わる、ではなく、“変えられる”

 

 言われてみれば、今回俺は知らずに原作を変えたのかもしれない。

 しかし、言い換えれば俺が自分の意思で変えられる事もある、という事じゃないか。

 それなら、原作を変えて俺が生き残る道も確実性はないが、可能性はあるだろう。

 

 ………………決めた。今日からはその可能性も探るとしよう。セーブもロードもない一発勝負。どのみち、もう後戻りはできないんだから。

 

 決意したその時、給湯室に火にかけたやかんの音が鳴り響き、沸いたお湯でお茶の用意を始める。しかし頭の中は依然としてどう原作に介入するかが大半を占めていて、お茶の用意が終わる頃には手始めに一つ行動を起こす事に決めた。

 

 

 用意したお茶をお盆にのせ、一緒にタロットカードの包みものせて部屋へ戻る。

 

「お待たせしました~」

「あっ、葉隠君」

「はいどうぞ、お茶です」

「ありがとう」

「いただこう」

「すみませんね、ほっといちゃって」

「かまわないさ、私は彼女から有意義な話が聞けた」

「話? 何の話ですか?」

「学校で聞く噂話だ。私の耳には報告として入ってくる事が多いからな。逆に噂話などはほとんど入ってこない」

「今話そうとしていたのは、二年生の真田先輩の話なの」

 

 あの脳筋の話?

 

「真田先輩ってボクシング部の? この学園に来て日が浅いけど、名前はよく聞く」

「真田先輩は有名だからね。ちょっとしたことでも話題にのぼるね。例えば昨日は病院で真田先輩を見かけたって人が居て、今日は怪我で学校を休んでるって。あとは次の公式戦に出られないって噂もあるけど、これは欠場がほぼ確定みたい……」

「もうそこまで詳しい話が流れているのか?」

「真田先輩は公式戦無敗で注目を集めてますから、学園の掲示板には頻繁に情報が上がります。今はまだ不確定情報として大騒ぎしないように自粛している状態ですけど、やっぱり?」

「ああ、次回の公式戦は休場することが決定したそうだ」

「ロードワーク中に変質者に襲われて液体窒素をかけられたって聞いてますが、本当なんですか?」

「待った、何その話、どんな状況だよ」

 

 山岸さんの質問に思わず突っ込んでしまった。

 桐条先輩も目を丸くしているが、山岸さんにふざけている様子は無い。

 

「噂だと真田先輩の怪我って凍傷らしいの。あと病院で先輩を見かけたって言ってる人が、次に会ったら必ず倒す、とか呟いているのを聞いたって話もあって。……本気かどうか分からないけど、一部では先輩に怪我をさせて出場できなくさせる相手選手の陰謀論を唱える人が居たり、犯人を探し出そうって声もあるの」

「うわぁ……」

 

 すごい話になってるなぁ。犯人探しをしようって人が居ても、影時間には象徴化してるだろう。俺は高みの見物でいいが、桐条先輩が頭を抑えてしまう。

 

「明彦め、不特定多数の人目がある場で不用意な発言を……山岸君、その件はまだ伏せていて欲しい。明日にでも正式な発表がある」

 

 すぐに山岸さんが了解を示すとそこで話が終わり、沈黙が流れる。

 

 よし、ここで話を……

 

「そうだ二人とも、まだお時間あります?」

「ああ、さっきも言った通り今日の仕事は終わっているからな」

「私も、もう寮に帰るだけ」

「そうですか、なら占いでもしてみませんか?」

 

 俺はタロットカードの包みを机に押し出す。

 

「占い?」

「実はさっき江戸川先生からタロットカードを貰いまして、相手を知る機会にもなるかと」

「……何故パルクール同好会でタロットなのかは疑問があるが、そうだな、たまにはそういうものを試すのもいいだろう」

「さ、賛成!」

 

 江戸川先生の事を考えたのか、桐条先輩の顔はピクリと動いたが、特に反対されることは無かった。山岸さんは沈黙より話題が合ったほうがいいと思ったのか即賛成。もしかすると桐条先輩は山岸さんの気まずさを酌んだかもしれない。

 

 とにかくこれで占いをする、と言う話に持っていけた。問題はここからだ……

 

「それで? タロットカードでの占いはどうやる?」

「私もタロットカードは知ってるけど、占い方はしらないよ」

「その辺は大丈夫です。前に江戸川先生から教わったので、俺が二人を占います。どっちから先にやりますか?」

 

 そう言うと二人はおたがいに譲りあい、最終的にじゃんけんで山岸さんが先に占う事に決まる。しかし……桐条先輩がじゃんけんとは珍しい物を見たな。本人もめったにやらないんだろう、手の動きがたどたどしかった。

 

「では山岸さん、このカードを好きなだけ混ぜてから一つの山にしてください。今回はとりあえず金運や恋愛運などではなく、総合的に見たその人の運命や状況を占います」

「はい……これでいい?」

「次はその山を好きなところで三つに分け、好きな順番で一つの山に戻してください」

「……できました」

「次はその山を縦にして、どちらが上になるかを決めてください。タロットカードには書いてある絵柄や文字が普通に読める正位置と逆さまの逆位置があり、正位置と逆位置ではカードの意味が変わるので、間違えないようにここではっきり決めておくんです。

 専門の占い師だとどっちが正位置とか決めてる人も居るみたいですが、俺はそういうの無いんで」

「じゃあ、こっちが上で」

「了解。俺が見やすいように、俺から見て上になるよう置きますね」

 

 俺はカードの山を受け取り、敷物代わりに敷いた紫色の布の上で滑らせるようにカードを広げる。……ちょっと歪んだしカードの間隔がバラバラだけど、まぁよしとする。

 

「この中から七枚のカードを選んでください」

 

 山岸さんがゆっくりとカードを選び、俺はそれを選ばれた順に並べていく。

 

 まず一枚目から三枚目を上、右下、左下と三角形に配置。続いて四枚目から六枚目を下、左上、右上と逆三角形に配置。最後にその中心に一枚配置してヘキサグラム・スプレッドと呼ばれる配置の完成。

 

 タロットカードの並べ方はスプレッドと呼ばれ、占う内容や目的に合わせて沢山あるスプレッドを使い分ける。そして配置するカードの位置にそれぞれ意味があるが、今回のヘキサグラム・スプレッドでは一枚目が過去、二枚目が現在、三枚目が未来。そして四枚目が環境や周囲の人々、五枚目が無意識の望み、六枚目がとるべき方法や避けるべき事柄。最後に七枚目が総合的な結果や問題の核心を表す。

 

 そして山岸さんのカードは……

 

 一枚目、魔術師の逆位置

 二枚目、隠者の逆位置

 三枚目、搭の正位置

 四枚目、剛毅の正位置

 五枚目、愚者の正位置

 六枚目、月の正位置

 七枚目、女教皇の逆位置

 

「なるほど……」

「えっと、どうなのかな?」

「全体的に見て、悪い」

「はうっ!?」

「ふむ、どう悪いのかを説明してもらえるか?」

 

 言われなくともそのつもりなので、一つ一つ説明していく。

 

「まず一枚目と二枚目、これは過去と現在を表すカードです。正位置ならば魔術師は変化や好奇心、隠者は解明などの意味を持つ良いカードなのですが、この二枚は逆位置。そうなると魔術師は優柔不断ですとか、保守的な意味合いになります。

 隠者の逆位置にも内向的な意味合いがあるので、おそらく山岸さんは過去から現在に至るまで、内気であまり積極的になれないところがあるのではないでしょうか? ……そしてそれに自分でも嫌気がさし始めている」

「……当たってると、思います。どうして?」

「隠者の逆位置にそういう意味もあるのと、五枚目のカード。ここはその人の望みを表す位置で、そこに転機や新しい始まりといった意味がある愚者の正位置があったので。

 他には……そうだな、四枚目に出た剛毅の正位置。この場所は環境や周囲の人々を表し、カードに書かれている文字はストレングス、つまりは“力”。危険に立ち向かったり、強い意志や潜在能力といった意味がある。

 環境や人間関係を表す場所である点を考えると、力関係のある人とのかかわり、あるいは支配。……親御さんが厳しいか、望まない進路を押し付けられている、って感じかな?」

「すごい、当たってる!」

 

 当たり前だ、俺は原作を知ってるんだから。

 

 タロットカードの解釈は一枚につき一つではない。いろいろな解釈があり、他のカードとの組み合わせで内容を解釈するのが本来の占い、リーディングになる。

 

 しかしいま俺がやっている事はその逆。出たカードの複数ある解釈から、俺が知っている過去や未来へ繋がりそうな意味合いを選んで抜き出して伝え、さも占いで当てたかのように見せているだけ。使用するカードも解釈の幅を広げるため、詳細な意味のある小アルカナのカードは初めから抜いて大アルカナしか使っていない。インチキのようなものだ。

 

「あとは三枚目の搭、六枚目の月、七枚目の女教皇の逆位置ですが、どれもあまり良くない意味になります。搭があるのは未来を表す場所、未来になんらかの問題が起こると考えられる。月がある場所はすべき事、避けるべき事を表しています。カードの意味が曖昧なので内容も曖昧ですが……不安定だったり、臆病になったり、悪意を向けられたりするかもしれません。他人をそうするのが良いとは思えないので、これは避けるべき事と解釈します。

 七枚目の女教皇の逆位置は不安や耐える……山岸さんの占い結果を総合すると、未来に問題が起こる可能性あり、忍耐が重要。特に人間関係に注意です」

 

 そういうと山岸さんは心なしか落ち込んだようだ。

 

「まぁ、あまり気にし過ぎないように。未来に問題が起こるとして、それは明日かもしれないし来年かもしれない。でも、これから先の未来がずっとそうではないと思う。五枚目の道化師が表した通り、自由や転機を望んで実現するかもしれないし、四枚目の剛毅が示しているのは未来に意志の強い人や隠された力を持つ人に囲まれると言う内容かもしれない。

 タロットカードの解釈は色々あるから俺の占いが間違っている可能性もある。というかそっちの可能性のほうが高いだろうし、本当になにか問題が起こって耐えなければならない事になっても、それは一人で黙って耐えないといけないわけじゃない」

「そうだな。悩みがあれば周囲の友人や家族に相談しても良い。生徒会も相談は受け付けている。何かあれば、君も相談に来るといい」

 

 桐条先輩から山岸さんにそう声がかけられる。そしてそれを聞いた俺は、心の中で手ごたえを感じていた。

 

 よし! 無事にその言葉を引き出せた、これでひとまずは目的達成だ。

 

 占いの結果という不確定かつ曖昧な情報だが、それをたたき台として山岸さんが人間関係で問題を抱えた場合を考えさせ、その流れで桐条先輩から相談にのるという言葉を引き出せた。

 

 これで実際に山岸さんへのいじめが起こればどうなるか?

 素直に彼女が相談して勝手に解決するかもしれない。

 そうでなければ、俺が今日のことを持ち出して先輩に相談する事もできる。

 原作を知っていても、おれ自身が持つ学校や生徒への影響力は皆無と言っていい。

 そんな俺が一人でいじめ問題のために動いたところで、できる事は少ないはず。

 しかし、それが桐条先輩なら話が変わる。先輩が動けば周囲も無視はできない。

 また、先輩もいじめという問題に対して無視をするとは考えにくい。

 上手くことが運べるかは不安だったが、言質をとれた。

 これは山岸さんへのいじめに対して、大きな切り札となりえるだろう。

 

 特別課外活動部へ影響は気がかりだけど、あとは状況しだいだ。救出イベントが潰れても別の方法で仲間になるかもしれないし、必要なら俺が彼女を影時間に放り込めばいい。

 

 もし原作より早く山岸さんを仲間になったとしても、桐条先輩は警戒心が強い。タルタロスに踏み込むには戦力不足と考えているはず。

 

 ……未来がどうなるかなんて分からない。しかし、俺は俺なりに道を探ると決めた。

 だから、これはそのための第一歩だ。

 

 自分の意思を再確認しながら、並べたタロットを一度片付ける。

 最後に手元に残ったカードは隠者。

 ドッペルゲンガーのアルカナであり、正位置の意味は思慮、質問、結論、内面や真理の探求。

 

 思わぬ結果に悩む事もあるだろうけど、それでも前に進もう。

 

 俺は隠者をカードの山に戻した。

 今度は桐条先輩にインチキ占いをしかけるために。




葉隠影虎は原作へ介入する覚悟を固めた!
影虎は少しだけ積極的に動くようになった!
真田明彦の無敗記録がストップした!


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22話 新たな出会い

最近妄想が爆発している……



 ~影時間・辰巳ポートアイランド駅前~

 

 買い物や事故、インチキ占いと濃密だった放課後も終わり、いまは影時間。

 象徴化して棺桶になった人々が立ち並ぶ駅前を悠々と歩く。

 軽く体を動かしたくなったのでこうして出歩いてみたが、今日も影時間の街は静かで不気味な月に見守られ、タルタロスもいつも通り天高くそびえ立っている。

 しかし今日の俺の視界はいつもと違って明るかった。

 

 これは別に気分がいいとかそういう問題ではなく、実際に明るく見える。

 なぜかといえば一昨日の刈り取る者や脳筋との連戦の後、ドッペルゲンガーが新しく“暗視”という暗いところでも視界が良くなるパッシブスキルを習得したからだ。ついでに意識を向けると遠くが良く見える“望遠”というアクティブスキルや“食いしばり”と言うスキルも同時に得ている。

 

 しかし本音を言うと全部微妙。暗視は便利だけどこれまでそれほど困っていたわけじゃないし、どうせなら刈り取る者と出会う前に欲しかった。望遠は双眼鏡があればいらない気がする。

 

 それから食いしばりはゲームだと力尽きた時に一度だけHP1で復活するスキルだったが、ここではダメージを受けたとき、心が折れていなければ一度だけギリギリ行動可能な力を残す。ダメージが致死量の場合だけ発動するのか? そうでないと本当に意味がないけど、まさか試してみるわけにもいかない。……ってか、これもうただの根性論じゃねぇの? “すごい根性”とでも改名してやろうか。

 

 ……まぁ、偏っている気がするが、成長を自覚できるのは嬉しくも思う。

 最近の影時間での戦いで力はつき始めたし、脳筋との戦いの中にも発見があった。

 だから今日もタルタロスに寄っていこうかと考えたが、今日は探索の用意はしていない。

 軽い誘惑をふりはらい、タルタロスが見えない路地裏に入る。

 普段は不良のたまり場らしいが、影時間なら気にする必要がない。

 いまここで動いているのは俺だけだから。

 

 

 

 ……と思ったら、他にも動く奴が居た。

 まだ周辺把握が届かない距離にチラリと見えた影を、暗視で明るい視界が捉える。

 目を凝らせば対象が拡大され、薄暗いはずの路地も明るく、タカヤとジンの姿がくっきりと映る。

 

 今日はチドリが居ないな。……せっかくだ、声をかけてみるか。

 

 堂々と近寄ると、声をかける前に二人がこちらをふり向いた。

 しかし声はかけてこない。

 

「奇遇だな」

「おや?」

「……なんや、アンタかいな」

 

 声をかけて、さらに近づいてからようやく二人は俺の姿を認識したようだ。

 路地裏は月の光もあまり入らない。肉眼の二人には見えていなかったのか。

 

「お久しぶりです。今日は滅びの搭には行かないのですか?」

「一昨日、少しばかり危ない目にあってな。怪我は無いが休みを取る事にした。戦い詰めだったしな。明日からはまた搭に入るつもりだ。俺は散歩だが、そっちは何故ここに?」

「ワイらは仕事や」

「仕事?」

 

 まわりに復讐代行の仕事が行われた様子は無い。あっても困るし、あったら近づかないと思うが……二人はここに居たよな? 影時間で犯行を行うには待ち伏せも出来ないだろう。チドリと待ち合わせでもしているのか?

 

 そう考えたその時

 

「!」

 

 俺が通ってきた道とは逆、タカヤとジンの向こう側に人影が見えた。

 通りを一つ挟んだ先にある路地……まだ距離はあるが、こちらに歩いてきているのは……荒垣真次郎!?

 

「どうしました?」

 

 タカヤには荒垣の姿が見えていないようで、一度視線を向けてなお俺に聞いてくる。

 落ち着け、俺が荒垣を知っていることを悟られてはならない。

 

「向こうに人が居る。動いているぞ」

「ああ、彼ですか」

「知っているのか? 確かに男だ」

「今日の私たちの仕事は彼との取引なので」

「……前に貰った薬か」

「察しがいいですね」

「この時間を動けるなら、そういう事だろう」

 

 やりとりの合間にも荒垣がこちらに近づいてくる。取引と聞くと人目につかない場所で行われるヤバイ薬を思い浮かべ……実際に間違ってはいないが、それならこの場に部外者が居るのはまずいのではないか? それを理由に立ち去るべきかと思ったが、時既に遅し。

 

「っ!?」

「くっ!?」

 

 近づいてきた荒垣が目を凝らし、俺を見た瞬間体を硬直させて戦闘態勢を取る。

 俺もそれに自分で驚くほど素早く反応し、身構えた。

 

「ちょっと待ちぃ!」

 

 だが、ここで二人が口をはさんだ。

 

「間違えんのも無理ないが、そいつはシャドウとちゃうで。こんなんでも一応人間や」

「それも、貴方と同じペルソナの自然覚醒者です。薬の存在も知っていますよ」

 

 その一言で荒垣は戸惑いながら俺を見ている。

 警戒はしているが、敵意はないようだ。

 少なくとも一昨日の脳筋よりは冷静だろう。なら

 

「驚かせてすまない。私はこのなりでもれっきとした人間だ。先日人に襲われたため過剰反応をしてしまったが、そちらが攻撃してこなければ、こちらが攻撃する理由はない。ここに居るのも散歩をしていて、たまたま知っている顔に声をかけただけだ、邪魔であれば立ち去ろう」

 

 構えを解き、敵意を否定する言葉に一部理由か牽制とも取れる言葉を混ぜる。それを聞いた荒垣はしばし逡巡していたが、ストレガに一度目線を送ると体から力を抜いた。

 

「………………………………そうか。いきなり悪かったな」

 

 驚いた事に謝罪まで、荒垣への好感度が少し上がった。

 これからは荒垣先輩と呼ぼう、心の中で。

 

「いや、自分の姿が紛らわしいのは理解している。しかし安全のためには必要なんだ」

「その口ぶりだとシャドウについては知ってるみてぇだな」

「知っているとも。実際に襲われたからね。ちなみにこの服がその時目覚めた私のペルソナだ」

「服がペルソナだぁ?」

「正しくは能力を利用して服の代わりをさせているのだが……これが中々に防護服としての性能に優れていてね。今では用心のために影時間中は常にこの姿ですごしている」

「常に? まさか影時間の間ずっと出しっぱなしなのか?」

「その通りだが、何かおかしいかね?」

「おかしくはねぇが……いや、おかしいっちゃおかしいか」

「……すまない、まだ私もペルソナに目覚めてそう長くない。何か変なら言っていただけるとありがたいのだが。いや、その前にそちらの用事を済ませるべきか?」

 

 そう言ってストレガの二人に目を向けると、なぜか彼らは話に加わらずに黙り込んでいて、話を振ってから動き始めた。

 

「それもそうですね。ジン」

「ほれ、今月の分や」

「すまねぇな、支払いはいつもの方法で払う」

「ええ、頼みますよ……ということで、続きを話しましょうか」

「早いな……」

「アホか。この手の取引にチンタラ時間かけるわけないやろ」

 

 ジンに言われてそれもそうかと思いなおす。

 

「なら……いや、その前にお前、名前は?」

「名前?」

「そういえば、私達も聞いていませんでしたね」

「アンタやお前で事足りたしなぁ……」

「そうだったな……田中。一応、本名だ」

 

 その前に“前世の”と付くが、いまの本名を教えるのはリスクが高い。

 

「そうか、俺は荒垣だ。……俺が言いたかったのは、ペルソナをよく出しつづけていられるなって話だ。ペルソナを使えば体力を消耗する、普段から出しっぱなしじゃ普通は体がもたねぇぞ」

「本当か? 私は出し続けるだけでは疲労を感じない。むしろ出し入れを頻繁に行うほうが疲れる。エアコンのオンオフを頻繁にやると普通よりも電気を食うのと同じだと思っていたが」

「ペルソナを家電と一緒にすんじゃねぇよ!?」

「ペルソナにはそれぞれ向き不向きや特徴がありますが、影時間中常に出し続けられるペルソナというのは初めて聞きました。持久型とでも言うべきか……貴方と会うのはこれが三回目ですが、毎回その姿なのは顔を隠すためにわざわざ呼び出しているのだと思っていましたよ」

「ただの無知と安全への配慮だ」

「チッ……お前ら、知り合いならこういう事くらい教えとけよ」

「ワイらはただ道端で見かけて、いくらか話しただけや。そこまでの関係やあらへんし、義理も無いわ」

「それに、使っていれば嫌でも分かると思っていたのですがね」

「……ペルソナの能力を使うと疲れはするが」

「当たり前だ、それすら無かったら化け物だぞ……それはそうと、田中」

 

 何だ?

 

「お前の聞きてぇ事に答えたんだ、一つこっちにも聞かせてくれ。お前、最初に“先日人に襲われた”って言ったよな? ありゃどういうこった」

「その事か」

 

 別に話せないことではないので、事情を説明することにした。

 

 

 

「……というわけだ」

「滅びの搭で人助けをして刈り取る者に出会うだけでも不運ですが、必死に生き延びた所を襲われるとは。報われませんね」

「五体満足で生きとっただけで儲けモンやと思うけどな、その状況」

 

 話を聞いたジンと荒垣先輩は呆れ、タカヤは一人面白がるように笑っている。

 

「ったく……田中、迷惑をかけたな」

「……あの二人は荒垣の仲間か?」

「仲間じゃねぇ」

 

 自分から関係を匂わせるような発言をしたので聞いてみたが、仲間という言葉を荒垣先輩は反射的に否定した。

 

「……だが顔見知りではある。お前に危害を加えないよう話を通すくらいならできるが」

「やめてくれ。私も男のほうに怪我を負わせたはずだ、いま言われても友好的な関係は築けないだろう。何より私が彼らを信用できない。」

「そうか…………なら、おれはもう行く。せいぜい気をつけな、それからここでの事は」

「分かっている、口外はしない」

 

 仲間と言ったのが悪かったのか、荒垣は居心地悪そうにした後、これ以上話すことは無いと言わんばかりの雰囲気で立ち去った。

 

「……悪い事を言ってしまったか」

「気にする事あらへん。あいつはいつも用が済んだらとっとと消えよる」

「彼も貴方の話に出てきたペルソナ使いと因縁があるようですが、そこは彼らの事情です」

「……君たちもそのペルソナ使いを知っているのか?」

「人目をはばからずにこの時間を歩いとる奴らや、見かける機会なんていくらでもあるわ。アイツと話のペルソナ使いが前は行動を共にしてたっちゅー事も知っとるし、こんなとこで取引しとるのもなるべく姿を見られたないからや」

「あなたもあのぺルソナ使いたちとのかかわり方には注意すべきですよ。我々も目に付いた時、密かに観察する以上のことはしません。先ほどの彼もあの二人と疎遠になり、薬が必要だと言うから取引をしているだけです」

「……注意すべき、そう言わせるだけの何かが彼らにはあるのか」

「そう受け取っていただいて結構です」

 

 タカヤは詳しいことを話す気は無いようだ……

 

「……忠告、痛み入る」

「こちらこそ。今日は貴方と彼の会話で彼が仲間と本当に……少なくとも敵と認識した相手の情報を速やかに共有していない、あるいはできない程度には疎遠になっていると知れました。彼の言葉に嘘はないと思っていましたが、いささか懸念もあったのでね」

 

 こいつ、しれっと情報収集してやがる……まぁ、当然か。

 それにしてもストレガは特別課外活動部を知っていながら放置しているとはね……

 彼らの考え方は過去も未来も考えず今を生きる。だったはずだけど、だからって加害者側と仲良くできるわけじゃないよな。知識として経緯を知っていただけの俺に彼らの気持ちは分からないが、少なくとも俺なら仲良くはできない。距離をおくくらいは当然だろう。

 

 特に言えることもない俺がそうかと相槌を打つと二人も荒垣先輩と同じようにもう用はないと立ち去る。その見送った俺はこれ以上散歩を続ける気をそがれ、自然と人の居ない路地から自分の寮へと足を向けていた。




影虎は荒垣真次郎と遭遇した!
影虎は田中という偽名(前世の本名)を使った!


ゲームでストレガが荒垣に特別課外活動部について聞くシーン。
あれってストレガが前から荒垣の経歴を知ってるって事じゃない?
目的は知らなかったとしても、特別課外活動部のペルソナ使いの存在は知ってるよね。
チドリって高性能の探査能力を持つペルソナ使いが味方に居る。
恋愛の巨大シャドウ討伐後の帰り方もめっちゃ普通……

この展開に行き着いた。


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23話 特別課外活動部の一幕

4月21日

 

影時間・月光館学園巌戸台分寮

 

「美鶴、分かった……もう嫌と言うほど理解した……」

「本当に分かっているのか? 今回は不審者として処理ができそうだが、シャドウの存在が公になれば」

「まぁまぁ桐条君、真田君も反省しているようだからこれくらいにしておこう。もう夜遅いどころか影時間まで終わりそうだ」

「……理事長がそうおっしゃるなら。……明彦、もう一度だけ言っておくが、今後は迂闊な発言は慎め。お前も有名人としてもてはやされ、注目を集める人間なんだ。お前自身の意思にかかわらずな」

「骨身にしみた……」

 

長時間の説教による疲れから、ラウンジのソファーに深くもたれかかる真田。

それを見た桐条は不満そうな顔を隠そうとしない。

 

「本当に、はぁ……」

「ははは、こうなると真田君も形無しだねぇ。それと桐条君」

「はい、何でしょうか? 理事長」

「君が申請した新型補助装置の開発依頼、あれが通ったよ。来週から研究が始まるそうだ」

「本当ですか。それはよかった」

「ただ、まだ補助装置は現状使用しているものが最高性能だ。それ以上となると完成が何時になるかは分からない。気長に待っていてくれ。あとは昼に頼まれたシャドウや影時間についてのデータは作戦室のコンピューターに入れておいたよ」

「ありがとうございます」

「しかし驚いたよ、急に資料が欲しいだなんて。やはり桐条君も先日のイレギュラーの事で?」

「それもありますね。一つはイレギュラーの件があったため、一つは私は今後のサポートに備えるため。それから……」

「? 他にも何か理由が?」

 

言葉を切った桐条に、月光館学園の理事長と特別課外活動の顧問を務める幾月修司が先を促す。すると桐条はためらいがちに口を開いた。

 

「もう一つ。今日たまたま聞いた占いが気になり……」

「占いだと!? 美鶴、熱でもあるのかっ!?」

「……待て明彦、確かに占いを論理的な理由とは言えない。だが、世間には占いを行動の理由とする者も多く居ると聞く。なのに何故、私は体調不良を疑われねばならないんだ? そして叫ぶほどにおかしいか?」

「お、おかしいとは言ってないだろう! ただ珍しかっただけだ!」

「僕もちょっと驚いたけど、お年頃の女の子としては普通じゃないかな?」

「理事長、棒読みで言葉に感情が微塵も感じられませんが……私も別に占いを全面的に信用しているわけではありません。あくまで先に述べた二つの理由に加え、少し心当たりのある占いをされたため気になった、と言うだけのことです」

「普段の様子を考えると占いをしたこと自体が驚きなんだが……」

「っ、オホンッ! で、どんな内容だったんだい?」

 

真田の言葉に眉を寄せた桐条に問うことで、幾月が無理やり話を変えた。

桐条は占うまでの経緯を話し、続いて占いそのものについて話す。

 

まず内容はタロット占いであること。

引いた七枚のカードは一枚目から順に

搭      意味:苦境

戦車の逆位置 意味:困難・障害・悪戦苦闘・現状維持

運命     意味:良い方向への進展  物事の好転期 決断する時

皇帝の逆位置 意味:論争あり  自己中心的  未熟  精神的な弱さ  不安定

節制     意味:意識の移り変わり  成長  時の流れを見直す  自制心  忍耐

刑死者    意味:試練に耐える  難問題に出会う  復活  変転の時  極限の選択

審判の逆位置 意味:見当違い  不本意な選択 拘束  知識不足  間違った方向

 

であること。

そして総じて出た結果が

 

「私は過去から現在に至るまで乗り越えることが困難な苦境に立っている。

 未来にはそれが改善するが、周囲では論争が尽きない。

 見当違いや知識不足で間違った方向に進んでしまう。

 私が望むのは成長であり、そのために自制と我慢を自らに強いている。

 ……望みの項目で時の流れを見直す、という意味を伝えられた時はドキリとさせられたが、基本は誰にでも当てはまりそうな内容だ。しかし、最後の結果が見当違いや知識不足ならば、この機会に情報を見直してみるかと思い立った。それだけだ。根拠のある理由ではないが、悪い事でもないだろう」

「確かにそうだね。知識はあればあるほどいい。裏のない素直な理由だね、占いだけに。んふふふふふっ」

「明彦もどうだ? その足では満足にトレーニングもできまい」

「この足でもできるトレーニングはあるさ。それより美鶴、その病院に運ばれた小学生は」

「あれっ? 二人とも無反応かい?」

「ああ、あの時の少年だ……」

 

親父ギャグを完全にスルーされた幾月が気づかれなかったギャグの説明を始めかけ、スルーして始まった二人の会話の内容に気づいて口を噤む。すると部屋の様子が一変した。

 

「影時間が終わったな……それで容態は?」

「怪我は元々それほど大きくはなく、検査では脳に異常も見られなかった。当分は安静が必要だが、体は問題ない」

「体は……」

「気になるなら、会ってみるか?」

「馬鹿を言うな。母親を奪った加害者の俺達が、どんな顔で出て行けると言うんだ」

「だろうな。荒垣もあの事件でここから出て行ってしまった。戻ってきてほしいが……なりふり構わなければ謝罪はできると言うのに、動かない私達には強くも言えないな」

 

桐条が後悔や苦悩が混ざった次長の言葉を吐いたことで場が沈黙する。

それを切り裂いたのは一本の電話だった。

音源の無い深夜の静かなラウンジに、携帯電話の着信音が鳴り響く。

 

「一体誰だ? こんな時間に……シンジ!?」

 

自分の携帯電話の表示を見た真田はすぐさま応答した。

 

 

「シンジ!」

『……うっせぇよ……電話でどなるな』

「そんなことよりどうした? 何かあったのか?」

『チッ、何かあったのはテメェの方だろうが。お前が怪我をしたって話を小耳に挟んだぞ』

「耳が早いな」

『んなことが聞きたいんじゃねぇ。大丈夫なのか?』

「足をやられたが問題なく治るそうだ。次の試合には間に合わないが、その分はこれをやったシャドウに……っと、そうだシンジ!」

『んだよ、うるせぇな……』

「俺に怪我を負わせたイレギュラーがまだ街中にいるかもしれん、気をつけろ。なんならここに……」

『もどらねぇ、っつってんだろ。アキ……注意はしておく。それから近くに桐条は居るか?』

「居るぞ、ちょっと待て。美鶴、お前にだ」

「……久しぶりだな、荒垣」

『ああ。面倒だから用件だけ言う。アキの奴をよく見といてくれ、ちゃんと相手をみて喧嘩を売るようにな。あとは……お前もアキも、あまり無茶すんなよ』

「先の二つはお前が戻ってくれば解決するが、難しいのだろうな」

『……勝手に抜けて悪いとは思ってる』

「いいんだ。気持ちは分からなくもない。しかし、もしいつか戻る気になったら、いつでも戻ってきていい。私たちは歓迎する」

『……じゃあな』

「待ってくれ」

『……何だ?』

「……明彦から聞いたとは思うが、今街には明彦に怪我を負わせたイレギュラーがいる可能性がある。十分に気をつけろ。それから、もし見かけた場合は連絡して欲しい」

『……分かった、シャドウを見たら(・・・・・・・・)連絡する』

「頼んだ」

 

その一言を最後に電話が切られ、ラウンジの三人は相変わらずだと軽く笑ってその場は解散となる。




真田明彦は桐条美鶴の説教を受けた!
幾月修司は親父ギャグを言った!
しかしスルーされてしまった!
美鶴は自身の強化に向けて動き始めている……
荒垣真次郎は特別課外活動部の二人に忠告をした!
ただし核心は隠した!

前話に続く妄想の産物。
短くてすいません。


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24話 慌しい昼休み

ちょっと他のキャラを出そうと思ったら、意外と長くなった。


 4月22日(火)

 

 昼休み

 

「はい、今日はここまでー」

「起立、礼」

 

 昼休み前の授業が終わり、号令がかる。

 俺はそれに従いながら、使っていた教科書やノートを閉じて、そのまま教室の外へ。

 横には同じ事を考えているであろう順平、友近、宮本、そして他の男子クラスメイトたち。

 そして廊下に出た俺達は、出た者から順に駆け出した。一階にある購買部へと。

 

「うぉおおおおおっ!!!」

「今日こそはぁ!」

「カツサンドォォォ!!」

 

 月光館学園には学食がない。小等部や中等部の生徒は給食があるらしいが、高等部では昼食は各自で弁当用意するか、購入した物を持ってくるか、購買で買うかだ。

 

 他のクラスからも続々と出てきた生徒も加わり、誰もが真剣な表情で走っているが徐々に差が開いていく。宮本をはじめとした運動部の生徒が多い先頭集団が他を突き放し、少し後ろに順平がいる中間集団。その後ろに位置する後方集団は密集しすぎて思うように動けず遅れている。

 

 当たり前だが、購買部に先に着いた生徒はそれだけ自分の好きなものを選べる。現時点で後方集団に巻き込まれた友近が望みの商品を買える可能性は低いだろう。

 

 ちなみに俺は、人と人のあいだをすり抜けていたら先頭集団のさらに先頭にいた。

 コースは直線の廊下から一階へと下りる階段へとさしかかる。

 宮本や他の生徒は普通に階段へと突入しようとしているが、俺は階段の手すりに左手を置いて、軽く飛び越える。

 

「はぁっ!?」

「飛び降りた!?」

「ここ四階だぞ!?」

 

 突然自分たちとは違う行動を取った俺に、後ろから声が聞こえてきたがこれでいい。この階段はビルなどの階段でよく見る一階と二階の間に踊り場があるタイプの階段。丸くはないが螺旋階段と言ってもよく、踊り場で繋がる二つの階段のあいだに狭い吹き抜けができている。

 

 俺はそこに足から飛び込み、乗り越えた手すりにぶら下がって一時停止。

 下の階段の手すりを確認して飛び移り、同じようにぶらさがる。

 そしてまた次の手すりに飛び移る事を繰り返して一気に、安全に一階まで降りた。

 

 ……吹き抜けから飛び降りるのが安全かと聞かれると返答に困るけど、俺としてはあんな人と勢いに混ざるほうが怖いし、落下より階段で将棋倒しになる危険の方が大きいと思う。

 

 なにはともあれ、これで後続を引き離した俺は余裕を持って購買へ到着。

 

「おばちゃん、これお願い!」

「はいよ、三千円丁度ね。まいどあり」

「こっちもお願いします!」

「はい、あなたはおつり七百円ね」

 

 数人の先客が居たけれど、商品はまだあるので焦る必要は無い。

 しかし買い物が終わるまで気は抜かず、動きは素早く。

 この人たちは早く授業か終わったのか? それとも授業をサボったのか?

 そんな事を少し気にしながら目当ての商品に手を伸ばす。

 

 “特濃マヨサンド”

 

 ここの購買のパンは数が少ないが、種類はゲームに出てきた選択肢より豊富にある。そして火曜日には百食限定で販売される、競争率の高さから幻と呼ばれ、多くのファンがこぞって買い求める特別なサンドイッチがある……という話を順平から聞いて、興味が出たので買いに来たのだ。

 

 一パック五百円、購入制限付き? 一人三パックまでか。ならとりあえず三パック。後は頼まれた菓子パンに飲み物……あ、少し余分に買っていこう。

 

「これお願いします」

「はいよっ、四千二百円ね。それから袋も持っていきな」

「ありがとうございます」

 

 支払いを済ませつつ購買のおばちゃんに礼をいい、貰った袋に商品を入れて教室へ戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 教室

 

「ただいまー」

 

 教室に入り、一箇所に固まって話す五人組に声をかける。

 

「おつかれー」

「おかえり!」

「うわー、大荷物だ」

「いっぱい買ってきたね」

「ちょっと買いすぎじゃない?」

 

 口々に言葉をかけてきたのは、西脇さんとクラスメイトの女子二人に、B組の岩崎さんと岳羽さんを入れた五人。彼女たちは全員月光館学園の中等部から高等部に進学した生徒で、特に西脇さんと岩崎さんは運動部つながりで親しかったらしく、昼食を一緒に食べる事にしたそうだ。

 

 そしてそれを聞きつけた順平がたまには女の子と食事がしたい! と言い出し、混ぜてもらう代わりに……とか言いながら自分からパシリになった。本人はいいとこ見せようとしたみたいだけど、効果はおそらくない。

 

 ただ、さすがに五人分を一人で買ってこさせるのはかわいそうという意見が出て、それが通るくらいには好かれているらしい。その結果俺と宮本が巻き込まれたが。

 

「はいこれ、西脇さんはコロッケパンとチョココロネ」

「ありがと、いまお金出すね」

「はいはい、で高城さんは……チキンサンドとミックスサンドと三色コロネ。あと岩崎さんにカツサンド」

「ありがとう!」

「私にも? 私は友近に頼んだはず」

「友近はだいぶ最初の方で脱落してたから。カツサンドの確保は無理だと思って買ってきた。食べ足りなくならないように他にも買ってきたから、あと適当に持ってって」

「そうなんだ……友近、怪我とかしてないかな……」

「おー! 気がきく男子っ!」

「こんなにたくさん、葉隠君に頼んでよかったー」

 

 さらっと友近を心配したのは岩崎さん。俺に気がきくと言ったのはクラスメイトの島田(しまだ)綺羅々(きらら)。頼んでよかったと言ったのは、同じくクラスメイトの高城(たかぎ)美千代(みちよ)

 

 島田さんは若干ギャルっぽいが、山岸さんのイベントに出てくるようなギャルではなく、一言で言うとぶりっ子系。小柄なのでまぁまぁ可愛く、ほどほどに人気があるらしい。

 

 対する高城さんは純朴そうなぽっちゃり系。間違ってもペルソナ4に出てくる“大谷”のような、ちょっとかじった程度でバッチリ印象に残る外見や性格ではない。

 

「はい、葉隠君」

「ども」

「あとこれもね」

 

 俺は女子から頼まれた分のお金を受け取り、そのあと差し出された缶のお茶を岳羽さんから受け取ってその分のお金を払う。

 

 男子が食べ物を買い、その間に女子が飲み物と場所を用意する。そういう約束なのだ。

 

「ありがとう」

「うん…………それにしても順平たち遅いね。何やってんだろ? 女子のパンは俺が買ってきてやるよ! とか言ってたのに」

「伊織君たちが遅いっていうよりー、葉隠君が早すぎるって思うなー」

「帰りに階段ですれちがったから、今頃は奮闘中じゃないかな? 宮本は俺と入れ違いだったから多分すぐ帰ってくると思うけど」

「そっか……どうする? もう食べちゃう? それとも他の男三人待つ?」

「待ってようよ、せっかく買いに行ってくれてるんだから」

「きっと下心があるんだろうけどね」

 

 岩崎さんと西脇さんの意見に誰も反対は無く、待つ事になったが女五人の中に男が一人のこの状況……正直ちょっとつらい……

 

 そのまま待つこと八分弱、ようやく三人が一緒に戻ってきた。

 

「おま、マジで何やってんだよ……」

「だってさ……」

「疲れた……」

 

 あいつら、どうしたんだ?

 

 順平は呆れ、友近は気まずそうに、そして宮本がやけに疲れている。

 

「や、やぁお嬢さんたちー」

「え、なに順平急に、気持ち悪いんだけど」

 

 意を決した順平の一言は、岳羽さんにバッサリ切り捨てられた。

 しかし様子がおかしいのは事実……何事かと様子を見ていると、順平は岳羽さんにかにパンを差し出した。

 

「すんません。注文のパン、買えなかったっす……」

 

 同時に友近も岩崎さんにタマゴサンドを差し出す。二人は他に何も持っていないところを見ると、自分のパンの確保にも失敗したようだ。

 

「やっぱりね、そんなことだろうと思った」

「仕方ないよ、それに私はこれも好きだし」

 

 岳羽さんと岩崎さんは二人を責める気はないようで、そんな二人に順平と友近はほっとしているが、何か隠してないか? 順平がさっき何か言ってたし……あれ? そういや宮本は?

 

 そう思って探すと、宮本は島田さんにビニール袋を渡していた。

 西脇さんと高城さんの分が俺、岳羽さんの分が順平、岩崎さんの分が友近という分担になっていたので、行動は別におかしくないがあの袋、なんか潰れてないか?

 

「うわぁ、ぐちゃぐちゃだぁ」

「すまねぇ……」

「やっぱり。ミヤ、あんたまた熱くなったでしょ。この前も勝つ事に集中してパン潰してたし」

 

 ああ、それで西脇さんは俺に頼んだのか

 

「ちがっ、今日は違うって!」

「じゃなんでよ」

「……教室戻ろうとしたら、順平と友近に協力を頼まれた」

 

 どうも宮本はやってきた人の中に再突入したらしく、新しいパンは確保したけれど、代わりに袋が人の波に押しつぶされたんだと。

 

 しかし、話を聞いた島田がある事に気づく。

 

「あれ~? 友近君たち、パン買えたの?」

 

 その一言で順平と友近が固まる。そしてそれを見た岳羽さんの目が訝しげに二人を見る。

 

「どういうこと?」

「あーいやえっと、そのね」

「ほら、買えたパンってそれそれ、いま渡したやつ」

 

 慌てて弁解する声はしどろもどろで、まったく信憑性が無い。

 

「いや、他にも買ってただろ。メロンパンとか」

「ちょっ!」

「それ言うなって!」

 

 しかも宮本から空気を読まない一言が……これによりさらに岳羽さんの目が厳しくなり、もうごまかせないと観念した二人が白状した。

 

 それを聞いたところ、岳羽さんと岩崎さんの分のパンの確保には成功していたらしい。

 ただその時に自分たちのパンを買い忘れた事に気づいて、買ったパンを友近に預けて順平と宮本が人ごみに再突入。そしてパンを買っている最中に事件は起こった。

 

「いや~、下駄箱の近くで待ってたらさ、叶先生が来たんだよ。そんで困ってたみたいだから声かけたら、人が多くてパンが買えないって言うから……」

「もう分かった。それでパンを先生にあげてしまったと」

「まぁ、ほら、叶先生だぜ? 美人の先生が困ってたら、力になりたいじゃん? それに理緒もそんなに食べるほうじゃないし。なー?」

「え? うん、私はこれでも十分だと思うけど……」

 

 どうにも軽い友近に、機嫌の悪そうな岳羽さんが口を開こうとする。

 しかし、それより早く俺が動いていた。

 腰を落として友近の右半身にタックル、素早く左腕を股下から右足に絡める。

 右腕も同様に首を取り、肩に担ぐように体全体を持ち上げ

 

「影、うぇっ!?」

「ふんっ!」

「あ、あたたたたっ! ぁぁああ……」

「……え、なにこれ?」

「アルゼンチン・バックブリーカー……ってか影虎急にどうした!?」

「いや、なんとなくムカついた」

 

 首と足に力を加えると、友近が悶える。

 

 この野郎、岩崎さんをないがしろにしやがって。

 岩崎さんは帰りの遅いお前を怪我が無いか心配しながら待ってたんだぞ?

 この、傍で見てるとちょっとムカつくくらいのリア充め。

 俺なんか浮いた話は一つも無いのに!

 

「ギブ、ギブっ!」

「葉隠君、もういいから!」

「ん、分かった」

「ぶっはぁ……助かったぜ、理緒……」

 

 岩崎さんに止められたので、しぶしぶ友近を近くの机にそっと下ろす。

 うめく友近に岩崎さんが寄り添うが、手加減はしたので大丈夫だろう。

 しかし、これもまたムカつくなぁ……

 

 と、考えていたら島田さんがちょこちょことやってきた。

 

「葉隠君、もしかして気づいちゃった感じ?」

「友近と岩崎さん? 岩崎さんはけなげですねぇ……」

「やっぱり葉隠君にもそう見えたか~」

「島田さんは知ってたのか?」

「私は中等部の三年間ずっと二人と同じクラスだったからね~、そうなんじゃないかな~とは思ってた。理緒ちゃんは自覚してないみたいだけど、行動が友近君に甘すぎるんだもん。……それにしても友近君は相変わらずデリカシーないなぁ」

「……中等部でもこんな感じで?」

「甘酸っぱかったよぉ~。そしてイライラヤキモキさせられたよぉ~……」

「友近に?」

「それがほとんどだけど、気持ちを否定しまくりの岩崎さんにもちょっとあるかなぁ?」

「何の話?」

 

 小声で話していた俺たちに、事情をしらない順平や岳羽さんが聞いてくるが、二人の世界を作っている気がする友近と岩崎さんを放置して説明すると、友近が復活する頃には

 

「あ~……いきなりどうしたんだよ影虎~」

「「「「「「「今回は友近が悪い」」」」」」」

「何故!?」

 

 二人を除いた俺たちの意思は一つになっていた。




今回は日常の話。
全コミュを見たくて女主人公で運動部コミュ(岩崎)をMaxにしてから、友近は一度爆発しろと思っていました。
という訳で軽く仕置きをさせてみた。後悔はしていない。


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25話 誤算

「ってことで、友近君が食べるのは自分が買ってきたタマゴサンドだけ」

「葉隠君が買ってきたパンに手を出したらダメだからね」

「えー。島田さん、一つくらい……いえ、なんでもないです」

「よろしい。これは友近君への罰なのです。何が悪かったかは……自分で気づかないとダメー」

「あのー、オレッチは……?」

「んー? 伊織くんかー……今回は悪くないみたいだしいいかな? 買ってきた葉隠君がいいって言えば」

「別にいいよ。俺が食べる分は確保させてもらうけど」

「サンキュー!」

 

 岩崎さんを除いた女子のお裁きを受けた友近がうなだれ、許された順平が対照的に喜ぶ中、携帯にメールが届いた。送り主は江戸川先生。

 

 また手伝いを頼まれるのか? と予想しながら確認すると、内容は大きく外れていた。

 

 ……あの約束、フラグだったかなぁ……

 

 メールには昨日の事故で搬送された少年が、助けてくれたお礼をしたいと言っていて、今日の放課後パルクール同好会の部室に先生同伴で来るので、時間があればその場に来てほしいと書かれている。

 

 ……まぁ、行こうか。理由をつけて避けることもできそうだけど、顔を繋いでおく良い機会だ。

 

 前向きに考えて携帯を閉じる。すると順平が話しかけてきた。

 

「影虎はどれ食べんの?」

「ん、俺は……」

 

 パンの詰まった袋から特濃マヨサンドのパックを三つ、コロッケパンとあんパンを一つずつ取り出して残りをよせた机の真ん中に置く。

 

「結構食うな、お前」

「運動してるからな」

 

 特に最近はタルタロスやペルソナのせいか、食事の量が増えてきている気がする。って、そういや天田少年が来るのって何時なんだろうか? なにか用意しておくべきか?

 

 メールを再確認するが、放課後としか書かれていない。

 

「何かあったの?」

「! いや、なんでもないよ岳羽さん」

「? そう?」

「そうそう、ちょっと江戸川先生から連絡が来ただけだから」

「えっ、あの先生から? って、そういえばキミって江戸川先生と新しい部を作ったんだっけ。呼び出し?」

「いや。昨日の部活中に事故に遭遇して、助けた子がお礼を言いに部室に来るって連絡」

「それって昨日ランニング中に見かけたって事故の?」

「おっ! あいつ無事だったのか?」

「何それ? 西脇さんと宮本も知ってんの?」

「私は直接見たわけじゃないんだけど、陸上部の男子が話してたの。小等部の生徒が倒れてたって」

「その子、大丈夫だったの?」

「お礼に来るって言ってるから大丈夫だと思う」

「そっかぁ、良かったね。ところでさ……江戸川先生との部活って実際どうなの?」

「っ! 高城さん、それ聞いちゃダメ!」

「……何かまずいの?」

「友近、そんな言い方だと変な誤解を生むだろ? 些細な事に目をつぶれば特に問題ないさ」

「普通の部活は目をつぶらなきゃならない事なんて無いっての!」

 

 友近の言葉を聞き流し、特濃マヨサンドを一つ開けて一口。

 

 ……

 

 …………

 

「なぁ、これ誰か食べないか? できれば何かと交換で」

「それ特濃マヨサンド!? 食べたい! 食べないの!?」

「う、うん……高城さんはこれ好きなの?」

「前に姉さんから貰って、高等部に来たら食べたいと思ってたのよ!」

「高城さんのお姉さんって、弓道部の八千代先輩だよね?」

「そうそう。姉さんにまた買ってきてって頼んでも、たまたま手に入っただけだから無理だって言われちゃうし、私は足遅いからいつも買えなくて」

「なら、どうぞ」

 

 俺は手元の開いてないパックを二つとも高城さんの前に差し出す。

 

「ありがとう! じゃあこれ、チキンサンドとミックスサンド。まだ手をつけてないから」

「なんかすげー喜んでるな。美味いのか?」

「食べてみるか? たぶん好きな人は好きだと思う。俺はここまで濃厚なマヨネーズは求めてないけど、まずくはない」

 

 要は好みの問題だ。人気商品、だから口に合うとは限らない。

 一パックに三つ入りで、俺が口をつけた以外にも開けたサンドイッチは二つ残っている。それを皆の前に出すと、高城さんと友近以外が少しずつ分けて試食を始めた。

 

「あっ、美味しい」

「うめぇ! 来週はこれ買う!」

「たまに食べる分には良いかな」

「俺は好きだけど影虎の言いたいことも分かる。何個もとなるとマヨラー向けだな」

「なんだろう、具材の味が全部マヨネーズの引き立て役になってる感じ?」

「私はパス。カロリー高いよぉ」

 

 岩崎さん、宮本、西脇さん、順平、岳羽さん、島田さん、と口々に感想を言いあう。それがまた新たな話題のきっかけになり、どんどん話が広がっていく。女三人で(かしま)しいと言うが、五人とお調子者(順平)がいると話が途切れない。

 

 それはパンを食べ終わっても続き、時間の流れも止まることがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休みが終わり、授業が終わり、ホームルームも終わってとうとう放課後。いつ天田少年が来るか分からないので真っ直ぐに部室へ向かうと、校門の前で山岸さんと遭遇した。

 

「山岸さん」

「あっ、葉隠君。丁度良かった。昨日の子がお礼に来るって聞いたんだけど、これから部室に行くの?」

「耳が早いな」

「ホームルームで担任の先生から言われたの。都合がよければ行ってあげなさいって」

「なるほど、じゃあ山岸さんも部室に?」

「うん。お邪魔じゃなければ」

「なら行きますか。邪魔なんてとんでもない」

 

 俺は山岸さんと部室に向かう。

 

「そういえば、山岸さんって部活は? 写真部って言ってたけど、今日活動日じゃなかった?」

「私? 私はほら」

 

 山岸さんがカバンから古めのカメラを取り出して見せてくる。

 

「今日は校外の風景を撮ってくるって言って抜け出してきちゃった」

「いいの?」

「帰りに葉隠君の部室のまわりをちゃんと撮っておけば大丈夫。コンクールが無いと校内を歩き回って撮影して、たまに現像した写真について意見交換するだけって先輩に言われてるから」

「そうなのか」

 

 適当な話で間を持たせながら歩いていると、部室とその前に立つ人影が目に付く。

 

「おや、来ましたね。お二人揃って」

「江戸川先生、昨日の子は」

「もう来ていますよ。小等部は高等部より授業が早く終わったそうで。問題がなければこのまま会えますか? 少年はともかく、先生の方が少々緊張しているようですので……」

 

 先生が? まぁ、聞くより見たほうが早いか。

 

 山岸さんも問題ないようなので江戸川先生についていくと、今日は江戸川先生の研究室で話をするようだ。

 

 ……もうこの時点で分かった。先生の緊張は絶対部屋の内装が原因だ。

 

「失礼します。……やっぱり」

「……!!」

 

 扉を開けると室内は初日の三割り増しで混沌としていた。たぶん昨日の片付けが終わってないんだろう。ホルマリン漬けの標本やオカルト本がいたるところに、見える場所に乱雑に置かれていて、それがまた不気味さを際立たせる。このままお化け屋敷の一部にできそうな状態だ。

 

 部屋の中心部には物を適当にどかした机の前に座る天田少年と女性教師の姿があるが、小等部の先生は落ち着かない様子周りの標本を見回し、顔色が良くない。きっとこういうのが苦手なんだろう。

 

 後ろから部屋を覗き込んだ山岸さんも息を呑んでいるが、この部屋の主はそんな事を気にしない。

 

「お待たせしました。彼らが例の生徒です」

「……お二人が僕を助けてくださったんですね?」

「俺は高等部一年の葉隠影虎。俺は救急車を呼んだだけで、先に助けたのはここにいる山岸さんだけどね」

「いえ、そんな……私は葉隠君と同じで高等部一年の山岸風花。君は天田君、だよね? 怪我は大丈夫?」

「はい、天田乾です。この度は気を失っているところを助けていただいてありがとうございました」

 

 天田少年はこの内装が平気なようで、付き添いの先生より先に会話に加わった。

 その言葉遣いは年の割にしっかりしているようだけど、昨日の話を聞いた俺には作り物のように感じてしまう。

 

「傷は問題ないそうです。元々ただの擦り傷でしたし、検査では脳にも異常は無いそうです。でも当分は激しい運動はしちゃいけないって。ですよね? 菊池先生」

「そうね、最低一週間は見学よ。そのくらいで済んでよかったわ。……江戸川先生に聞きました。山岸さんが迅速に処置をして、葉隠君が通報してくれたんですってね。貴方たちが居てくれなかったら、もっと酷い事になっていたかもしれない……本当にありがとう」

 

 菊池先生はそう言って深々と頭を下げた。こう改めて丁寧に言われると気恥ずかしくなってくる。それは山岸さんも同じだったようで、先生が顔を上げても無言の時が過ぎていく。

 

 だが、その時間は悲鳴と共に終わる。

 

「ひぃっ!?」

「……ああ、こういう物(標本)は苦手ですか?」

「ごめんなさいね……うぅ、目が合った……」

「あの、聞いてもいいですか?」

 

 江戸川先生の私物に怯える先生を横目に、おずおずと天田少年が口を開いた。

 

「何? 答えられることなら答えるけど」

「ここは部室だって聞いたんですけど、どんな活動をしているんですか?」

 

 部屋を見回しながら聞いてきた天田少年の表情は、心なしかさっきまでよりやわらかい。これは興味本位の質問なのか?

 

「うちはパルクール同好会。パルクールっていうスポーツで体を鍛える部活さ」

「鍛える? じゃあこの部屋は?」

「ここは顧問である私の部屋、そして保健室ですよぉ?」

「保健室!?」

「……江戸川先生の私物が多いけどそういうことになってるし、実際そういう設備もある。ですよね?」

「勿論ですとも。手術が必要でない怪我なら、何にでも対応して見せますよ。ヒッヒッヒ」

「だそうだ、他に何か質問は?」

「……そのパルクールってどんなスポーツなんですか? あと、パルクールをやったら強くなれますか?」

 

 ん? この質問、上手くやれば……

 

「パルクールは簡単に言うと走ったり跳んだり登ったりして、目的地へより早く安全に向かうスポーツさ。よくアクロバットを加えたフリーランニングと間違われるけど、パルクールは純粋に移動の速さを求めるスポーツって感じかな?

 それから強くなれるかって質問だけど……なれる。そう断言するよ」

「本当ですか? 絶対に?」

 

 俺は無言で頷き、言葉を続ける。

 

「天田君がどんな結果が出れば強くなったと言えるのかは分からないけど、元々パルクールはどんな場所でも自由自在に移動するための訓練を通して肉体と精神を無理なく鍛えることが目的なんだ。だからパルクールをやれば筋肉や体力をつけて“体を強くする”ことはできる。

 もし天田君の望む強さが“腕相撲やスポーツで勝てる強さ”だとしても、パルクールで身につけた体力や筋力があれば有利になる。

 それから格闘技(・・・)でも基本は体作りから。パルクールにはいろんな強さの基礎を身に付けられる、そういうスポーツだよ」

 

 天田少年は母親を殺した相手への復讐のため、強さを求めていた。だから強くなれるの一言で注意を引き、話をするきっかけになれば……

 

「だったら、僕を入部させてもらえませんか!?」

 

 …………は?

 

「パルクール同好会に?」

「ダメですか……?」

「いや、ダメと言うか、小等部の生徒が高等部の部活に入れるの?」

「部の顧問と部長さんの許可を貰えれば入れます!」

 

 勢いのある天田少年の発言の真偽を二人の先生に尋ねると

 

「可能よ。人数の少ないマイナーな部活の部員確保、何らかの理由で顧問が居なくなった部活の救済措置、上級生と下級生の活発な交流の促進などいろいろ理由はあるけれど、月光館学園では小等部・中等部・高等部、合同で部活動を行う事を認める制度があるの」

「もっとも運動部だと年齢差や体の成長具合における指導内容の調整が必要になるので、長期休暇中に教師が交代で休みを取ったり、交流戦などの合同練習などの機会に一時的に使われるくらいですが……天田君の言った通り顧問である私と、部長である影虎君の許可があれば、練習に参加させることはできます」

「お願いします! 僕、強くなりたいんです!」

 

 深く頭を下げる天田少年。

 

 ……どうやら俺は、彼の興味を引きすぎたらしい。




影虎は天田と遭遇した!
天田は部活に入りたそうにしている。


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26話 決断

「大変だったね。はい、今日の分のお茶」

「ああ、ありがとう」

 

 山岸さんが買ってきていた缶のお茶を受け取って、喉に流し込む。

 

「ふぅ……」

 

 天田はあれから何度も真剣に頭を下げていたが、とりあえず保留にさせてもらった。

 検討して後日また連絡すると伝えたときは落胆していたが、諦めてはいないようだ。

 

「江戸川先生はどう思われますか?」

「ヒヒッ、私は別にどちらでも構いませんよ? 一人も二人も同じ事ですし、部屋だって余裕がありますからねぇ……しかし私は怪我の治療はできてもパルクールの技術を教える事はできません。そうなると指導するのも負担が増えるのも影虎君です。ですから君が決めてください。

 はっきり無理だと断るか、新たな挑戦に飛び込むか。あるいは悩むのも大いに結構。決断も挑戦も悩みも、全ては君という一人の人間、そして魂の成長に繋がるのです……ヒッヒッヒ」

 

 全ては俺しだい……一つずつ考えてみるか。

 

 まず天田を受け入れた場合のメリットは何か?

 部活の先輩後輩という関係が交流を持つ理由になる。

 関係が来年まで続けば、特別課外活動の動向を知る機会が増えるかもしれない

 天田にとっても原作開始前に体を鍛えておく事はプラスになるはず。

 それにこの部に入ればいじめから一時的に身を守る場所を作ってやれる。

 何より俺の手と目が届きやすくなる。

 

 ではデメリットは?

 まず天田の練習に時間を割くことになり、俺の自由な練習時間が減る。

 天田と多く交流を持つ事により、将来の不確定要素が増す可能性。

 そして、おそらく天田を気にする桐条先輩の目も増そうだ。

 

 すぐに思いつくのはこのくらいか、数ではメリットの方が多いな。練習時間が全部潰れることはないだろうし、それは問題ない。不確定要素は今更だ。

 

 問題は桐条先輩の目が増える可能性だが……昨日の話では桐条の力を使って調べているわけではなく、個人的に気にしている程度に聞こえた。こまめに報告を上げて一定の信頼を勝ち取ればなんとかなるか。俺に適性があることを知られなければ、影時間の事を向こうから話しにくるとは考えにくいし……

 

 そこまで考えて、俺の気持ちは固まる。

 

「天田君に、入部の許可を出します。ただし練習参加は脳震盪の経過観察期間が終わってから、それまではおとなしく養生する事を条件に」

「わかりました、では私も顧問として許可を出す事にしましょう。葉隠君は彼の入部までにどんな事を教えるか、考えておいてください」

「わかりました。そういうことでお願いします。……ちょっと失礼します」

 

 話が一段落すると、俺はことわりを入れて先生の部室を出て携帯を取り出した。

 そして登録してある連絡先から桐条美鶴と書かれたメールアドレスを選択してメッセージを送る。

 

 昨日の話の後で天田の事で何かあったらと連絡先を渡されたのだが、まさかこんなに早く使う事になるとは……っと、もうかかってきた。

 

「はい、葉隠です。桐条先輩ですか?」

「そうだ。早速だが先ほどのメールの件、もうあの子と接触したというのは本当か?」

「ええ、昨日助けられたお礼がしたかったそうです。裏で手が回されたんじゃないかと勘ぐってしまうくらいに早く話す機会が訪れました」

「なるほど。私も昨日の頼みで無理をさせたのではないかと思ったよ。……それで彼の様子は?」

「お礼の最中は笑顔でしたが、作り笑顔に見えました。ただその後でちょっとうちの部活について話したんですが、体を鍛える事に随分興味があるようです。うちの部に入部させてくれと頼まれました」

「そうか……その報告は前にも受けたことがある。彼は君の部に限らず中等部や高等部にある格闘技系の部活動のほとんどに練習参加を頼み込んでいたんだ。いじめ対策のつもりだと考えられたが、年齢差や体格差で指導が難しくなるので何処の部も受け入れず、それ以来話を聞かなかったので諦めたと思っていた」

「桐条先輩、その件なんですが……天田君、うちの部で受け入れます。顧問の許可も取り付けてあります」

「何? 彼によくしてやってくれと頼んだのは私だが、そこまでする必要は」

「うちの部は俺一人なので他に迷惑はかかりませんし、先輩に言われる前から彼の様子が気になっていたので。それに仲間が居るほうが楽しいかもしれませんし、彼の気分転換にもなるかと思います」

「……たしかに彼は初等部の寮母からも同じ事を言われているな」

「自発的に外に出るいいきっかけになるかと思います。ただ彼の問題はデリケートなので自分はそばで様子を見つつ、先輩にもこまめに相談させていただきたいのですが」

「…………わかった、彼のことは君に任せる。私でよければいつでも相談に乗ろう」

「ありがとうございます。それで聞きたいのですが、手続きはどうすればいいんでしょうか?」

「書類を江戸川先生に預けておく。それに先生と君がサインをして、先生にしかるべきところへ提出してもらってくれ。あとはこちらで彼から参加の意思を確認して手続きを済ませる。いつから参加させる?」

「分かりました。彼の練習参加は脳震盪の経過観察期間が終わってからでお願いします」

「分かった。そのように取り計らう」

「ありがとうございます」

「こちらこそ礼を言う。無理を言ってすまない」

「いえ……それではまた何かあったら連絡します」

 

 先輩からの返事を聞いて、俺は電話を切る。

 これでよし。頼まれただけの仕事はこなした。

 迅速な報告・連絡・相談はそれだけ面倒ごとを減らす。俺はそう信じている。

 

「ただいま戻りましたー……ぁ? 二人とも何してるんですか?」

 

 江戸川先生の部屋に戻ると、先生と山岸さんが何かを話している。

 

「影虎君、新入部員がもう一人追加ですよ」

 

 新入部員が、もう一人?

 

「あのね? ……私も入部する事にしたの」

 

 山岸さんまで!?

 

「急にどうして?」

「……昨日桐条先輩からの話を聞いて、今日あの子と会って……寂しそうって思ったからかな? 葉隠君があの子のために何かしようとしてるのを見たら、私も力になれないかな……って思ったの」

 

 こんな所で連鎖反応起こすのか……山岸さんって気弱だけど、同時にいじめを行った犯人を許すくらいの優しさも持ってたはずだしなぁ……そう考えると自然なのか?

 

「ダメ?」

 

 山岸さんはこんな理由じゃ断られると思っているのか、背筋は猫背に、顔はうつむきがちにこちらの様子を窺っている。これを一言で表現するなら“上目遣い”。

 

 わざとだったらあざといが……もういいや。こうなったらまとめて入部させてしまおう!

 来年の山岸さんの安全地帯を今から作っておくと思えばいい。

 毒を食らわば皿までって言葉もあるんだ。

 決して考えるのが面倒になったわけじゃなければ、上目遣いに負けたわけでもない。

 ゲームでは伏見千尋と並ぶ好みの女性キャラ第一位だったし、かわいいなとは思ったけど。

 

「入部は歓迎するけど、運動は得意?」

「正直に言うと運動苦手なの。だからマネージャーとして入部しようかな? って先生と話してたの」

「マネージャーは計測したタイムなどのデータ管理、活動報告書の作成が主な仕事になりますね」

「私、パソコンとか得意だからそれならできます」

 

 それは俺としても助かる。

 

「では山岸さん、影虎君の同意も得たのでこれを持って帰ってください。入部届です。記入して私に提出すれば、はれて貴女もこの部の部員です。しかし急に人数が増えますねぇ。これは忙しくなりそうです」

「天田君の部屋と山岸さんの部屋の用意もしないとダメですね。今日からとりかかりますか?」

「応接室を含めて三部屋にしましょう。私の部屋は来客を迎えるには向きませんし、部室といえど各個人の部屋に勝手に入るのもどうかと思いますからね」

「え? えっ? 部屋って何の話?」

「貴女の部屋の話です。例えば着替え。影虎君と一緒にするわけにいかないでしょう? だから空き部屋を整備して更衣室にするんですよ」

「昨日桐条先輩と話した時に案内した部屋、あそこが俺の部屋。普段はあそこで着替えや休憩をとってる。部員が少ないから山岸さんと天田君を入れても一人に一部屋個室が与えられる状態なんだよ。泊まり込みは禁止だけど、私物とか置いておくのは構わないから」

「あの部屋だけが部室じゃなかったんだ……いいの、かな?」

「ヒヒッ……いいんですよ。学校側がこの建物丸ごとパルクール同好会の部室と認めているのですから」

「まぁ、あまり気にしない方がいいよ。便利だし広くてラッキー、で済ませれば。俺もそうしてる」

「じゃ、じゃあ……そうする。近いうちにPCの材料買ってきて組み立てるね」

「納得早っ!?」

「へうっ!?」

 

 この子、意外と順応力高いのかもしれない……

 

「というか、PC自作するの?」

「う、うん。マネージャーの仕事にあれば便利だと思うけど、私物のPCを学校に置いておくのはちょっと……」

「それは仕方ない。でも値段はいくらくらいになる? うちの部は正式には同好会だから部費が出ないんだよ」

「安いパーツを選べばちゃんと使えて二万円まで抑えられると思う」

「二万円か………………本気でバイト探すか」

「?」

「いや、実は他にも用意したい物があるんだ。練習中に使う天田君用のプロテクター一式とか」

 

 パルクールの練習は高い所から飛び降りたり逆に登ったりと危険がつきものだ。特に初心者は技に失敗しやすく、怪我の危険が大きい。だから怪我から身を守るプロテクターが必須。最低でもヘルメットや両方の肘と膝を守るプロテクターに足に合わせた運動靴が必要になる。

 

 しかし天田少年は現在遠縁の親戚の援助を受けて暮らしているので、防具にかかるお金を気にしてパルクールを辞めると言い出すかもしれない。今の大人ぶった天田少年なら十分ありえる気がする。

 

 でも中古は前に壊れ物を掴まされたことがあるし、ケチると怪我の元。怪我をしてパルクールが怖くなる、ってこともありえるので初心者には体に合うちゃんとした防具を使わせるべき。それに今後はスポーツドリンクの消費も増えるだろう。

 

「パルクールで必要なものって色々あるから。それに俺、丁度バイクの免許取ろうとも思ってたし。講習や試験料だけじゃなくてガソリン代や整備費もかかるから」

「おやおや……影虎君、バイト先のあてはあるのですか?」

「叔父がラーメン屋を経営しているので、聞いてみるつもりです。そこ以外ならネットやバイト情報誌で探そうかと」

「ヒヒヒ……でしたら割の良いお仕事を紹介しましょうか?」

 

 江戸川先生の紹介する割の良い仕事……なんか嫌な予感がする……

 

「あの、私も部員になるので少しくらいなら……」

「とりあえず、それは叔父に聞いてからで。山岸さんは……また今度話そう」

「でも」

「まぁまぁ山岸さん。男子にもいろいろと思うところがあるのですよ」

 

 部員が部のためにお金を出し合うのはおかしくないかもしれないけど、なんとなく女子や子供にお金を出させるのは忌避感があるんだよなぁ……前時代的かもしれないが、たぶん親父の影響だ。何とかバイトを見つけて出費をまかなえるようにしたい。

 

 俺はそう心に決めて、理解できない様子の山岸さんの説得にとりかかった。




影虎は天田を仲間にする事にした!
なぜか山岸まで仲間になった!
影虎はバイト探しを本格的に始めるようだ……


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27話 一進一退

おかしい……
妄想が止まらない……


 夜・自室

 

「はがくれ」営業時間が終わった事を確認し、叔父さんの携帯に電話をかけると数回のコールで叔父さんが出た。

 

「叔父さんこんばんは、影虎です。いまお時間よろしいですか?」

「おう、なにかあったのか?」

「実は今バイトを探してまして、叔父さんのお店に人を雇う予定はありませんか?」

「バイトか……しばらく前に雇ったから今のところ人手は足りてるな。当分新しく雇う予定はねぇが、なんでまた急にバイトなんか探し始めたんだ?」

 

 そう聞かれたので、俺は事情を話した。

 

「ほー……バイクの話は俺も聞いたが、お前の学校そんなガキが居るのか。そんでお前がプロテクターだのなんだのを用意したいと……なんつーか、やっぱお前兄貴の息子だよなぁ」

「叔父さん?」

「いやな、兄貴も族やってた頃はよく後輩を気にかけててよ。金に困った舎弟のためにバイトやってた事あるんだわ。そんで気前よくメシ奢ったりしてなぁ。そういうとこが似てると思ったのさ」

「そうなんですか? 初耳です」

「まぁ兄貴はお前みたいに裏で動くような真似より、気になる奴を正面から腕力で引っ張りまわすのが基本だったしな…………で、どうする? うちの店以外にあてはあんのか?」

「ネットで調べて地道に探します」

「そうか、まぁ頑張れ。またいつか人手が要りそうなら声をかけてやるが、無理はすんなよ。あと今度その後輩含めた部活の奴らで店にこいや、そんときは味玉とチャーシューおまけしてやるからよ」

「はい、ありがとうございます。その時はぜひ」

 

 俺は叔父さんに礼を言うと、数秒で電話が切れる。

 

 バイト先の候補が一つ減ったが、予想の範囲内ではある。

 俺はPCを立ち上げて影時間が来るまでバイト情報のサイトを閲覧した。

 

 

 

 

 ~影時間・タルタロス5F~

 

 今日からタルタロスで訓練を再開。

 たった二日空いただけで久しぶりに感じたが、ここまでの道のりは快調そのもの。休みを入れて動きが鈍ってないかと心配したが、むしろ好調。前から一匹一匹のシャドウは弱かったが、今日はいままで以上に弱く感じた。

 

 周辺把握で敵の動きを把握するコツを掴んだからか、とにかく回避が楽。ここまでの階層には俺以上の機動力を持ったシャドウは宝物の手くらいしか出てこないので、物理攻撃は完全に避け放題だった。あの脳筋のおかげと思うとちょっと癪だが、周辺把握の使い方のコツが掴めたことには感謝しないでもない。

 

 吸血と吸魔で疲労もなく、あっという間に上階に続く階段も見つかり、俺は未知の領域へ踏み込んだ。

 

 五階は番人シャドウであるヴィーナスイーグルがいるはずだが、周りには柱が等間隔に立っているだけでシャドウの姿は見えない。踏み込んでいきなり襲われることは無いようだ。

 

 しかし、部屋には一本だけ奥へと続く通路がある。柱の影に隠れてこっそり通路をのぞくと、天井付近を飛び回るヴィーナスイーグルの姿が確認できる。その数は五羽。

 

 予定より増えているが、まずは各種耐性の確認から始めよう。

 

 隠蔽と保護色の効果が出ている事を確認し、柱の影からそっと出る。相手はこちらに気づいていないようで、優雅な旋回を見せている。……相手が飛んでいると接近戦は難しい。火から初めて氷、雷、風と攻撃魔法を撃ってみるか。

 

 通路に入り接近したら、敵の一羽に狙いを定めて集中……俺は想像した。敵の一羽が進む先で発生する爆炎を。そして心の中でアギと唱えると、いつもの体から力かが抜ける感覚を覚えた直後、狙った場所に咲いた炎の花が一羽を飲み込んだ。

 

「ギィッ!? ギャギャギャッ!」

「「「「ギィッギィッギィッ!!!」」」」

「火は吸収か」

 

 アナライズにより視界の端に結果が表示された。どうやら火は効かないらしく、攻撃を受けた一羽もダメージを負った様子は無い。

 

 先ほどの悲鳴は不意打ちに驚いただけか。しかもいまので俺の存在もばれた。五羽は警戒してより高い場所を飛んでいるが、全部の目がこちらを向いている。

 

「ケェー!!」

「!」

 

 一羽の……紛らわしい! っと、“敵A”が俺の左を通過。動きがだいぶ速いが、まだ避けられる速度だ。しかし残りの敵B~Eが頭上で旋回して縦横無尽に、続けざまに飛び込んでくる。

 

 脳筋との戦いを思い出せ……周辺把握で敵の動きを把握。Aは上へ戻り勢いをつけている。

 Bは正面から、Cは真上、DとEは右と後ろ!

 

 俺は右斜め前へ大きく踏み出すと四羽の軌道修正は間に合わず、四つのくちばしが空を切った。

 

「対応、できる!」

「ギッ!?」

 

 もう一度飛び込んできた敵Aを避けると同時に鈎爪を突きたててやる。

 

 おっと弱点発見! 貫通か!

 

「ギギギギギギッ、キィィ……」

「キィ!?」

 

 鈎爪に刺さってもがく敵Aに吸血と吸魔を使い、他からの攻撃を避けつつもう片方の鈎爪でメッタ刺しにすると敵Aが消滅。それを見た他の四羽が慌てたように高く飛び上がった。

 

 だが攻撃はしてこない……特にスキルを使った覚えはないが、状態異常:混乱、動揺、恐怖のどれかに罹っていそうだ。攻撃してこないなら一つこの前戦って思いついた技を実験させてもらおう。

 

 右拳を開いて貫手の型に。

 手の部分を変形させて刃に。

 弓のように腕を引き、突き出すと同時に腕のドッペルゲンガーを伸ばす(・・・)

 

「キキッ!?」

 

 ドッペルゲンガーは元来特定の形状を持たないペルソナ。普段は服の形を取らせているけど、ロープに変形させた時のように伸ばそうと思えば伸ばせる。直線的に伸ばすだけなら操作もさほど難しくない。

 

 そう考えて放った槍のような貫手は空中で羽ばたく敵Bへ向かって五メートルほど伸びたものの、避けられた。

 

「外……したけど発射は成功!」

「「「「ギィ!」」」」

 

 今の一撃で警戒し直したヴィーナスイーグルが揃ってガルを撃ってくる。

 的を絞らせないように素早く前後左右に動いたが、一発被弾したようだ。

 しかし、それは攻撃とは思えないほど弱い風圧だった。

 

 あまりの弱さに少し驚いたが、これはチャンス!

 

 俺は攻撃の手を早めた。攻撃を避けながら、敵が近づいてくれば爪、遠くに居る敵には槍貫手でジワジワと攻める。

 

 

 

 そして五分後……

 

 スピードと空中での機動力に多少翻弄されたものの、危なげなくヴィーナスイーグルの殲滅が完了……ヴィーナスイーグルからあまり吸血できず、まだ慣れない槍貫手を連発して疲れたけど、最後はもう逃げまどうヴィーナスイーグルを狙って撃ち落とすだけの作業だった。

 

 ゲームで例えるなら適性レベルを大幅に超えたせいで敵の攻撃で一しか食らわなくなった感じ……よく考えたら俺はこれまで毎日のように四階までのシャドウを大量に殺戮していた。この世界にレベルの概念があるのかは分からないが、そろそろもう少し上に行くべきということだろう。

 

 今日は疲れたから帰るとして、明日からは六階に登ろう。

 ……そういえばヴィーナスイーグル倒しちゃったけど、来年までに復活するのかな?

 明日もし復活してたらまた戦おう。攻撃の精度を上げるために。

 俺のペルソナ物理攻撃スキル全然覚えないし、変形能力の応用技も増やしたいな……

 

 俺はそんな事を考えながら、五階の奥にある転移装置を起動した。




影虎は「はがくれ」でバイトができない!
影虎はネットでバイト先を探している……
見つからないと、残る候補はストレガの「危ない仕事」か江戸川先生の「怪しい仕事」

影虎はタルタロス五階の番人を倒した!
影虎は新技、槍貫手を編み出した!

槍貫手:ドッペルゲンガーの変形能力を応用して槍のような刃をつけて伸ばした貫手。
    貫通、斬撃属性、射程距離五メートル。



考えてみたら影虎のドッペルゲンガーって超人系悪魔の実の能力を一部再現できそう。
ゴムゴムの実(打撃)とかスパスパの実(斬撃)とかトゲトゲの実(貫通)とか……


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28話 珍しいアルバイト

 4月25日(金)放課後 

 

 ~給湯室~

 

 以前Be blue Vのオーナーから貰った茶道具の手入れをしていたら、ため息が漏れた。

 

「バイト見つからねぇな……」

 

 天田少年に入部の許可を出すと決まって早三日。天田が練習に参加する日が着実に近づいている。

 影時間のタルタロス探索は敵が強くなっても戦える、デバフもよく効く好調続きだが、バイトのほうがさっぱりだ。たった三日ともいえるが、それでも何件かはみつかり即日面接にもこぎつける事ができているのに、結果が全敗なのだ。

 

 雇ってもいいと言われた所も二つあったが……高校生可で募集しておきながら実際に高校生に来られても困ると文句言われたり、明らかなブラック臭がただようところは流石になぁ……社会に出たら理不尽があるのも分かるけど、今回はご縁が無かったと言う事でやんわり断った。

 

「失礼する! 誰かおられるか?」

 

 聞こえたのは桐条先輩の声。

 洗い物を中断して給湯室を出ると、先輩が部室の入口に立っていた。

 

「桐条先輩、どうされました?」

「江戸川先生はいるか?」

「すみません、今先生は山岸さんと一緒に部で使う物の手配に出てるんですよ」

 

 今頃はBe blue Vで例のゴミの中から使えそうな家具を貰ったり、PCのジャンクパーツ屋をまわってるはずだ。言わないけど。

 

「そういえば彼女も入部したんだったな……居ないのなら仕方が無い。これを江戸川先生に」

 

 差し出されたのは茶色のファイル。

 

「部活動の顧問用の提出書類だ。必要事項を記入して今週中に提出するよう伝えて欲しい」

「わかりました。わざわざ届けてくださってありがとうございます」

「君にも一つ伝えておきたいことがあったからな」

「天田君のことですか」

「そうだ。彼も今日パルクール同好会の練習に参加する手続きをすませたと連絡が入った。来週の水曜日から参加する事になるだろう」

「分かりました、用意をしておきます」

「よろしく頼む。では私はこれで……っ!」

 

 用を済ませた先輩が帰ろうとしたその時、先輩の体がふらついた。

 倒れる直前、とっさに動いた俺の手が足をもつれさせた先輩を支える。

 

「大丈夫ですか!?」

「……大丈夫だ、すまない」

 

 先輩は目頭を指で揉みながら自分の足で立つが、信用できない。体を支えて気づいたが、今日の先輩はメイクをしている。女子だからと言われればそれまでだが、倒れかけたところを見ると体調不良による顔色の悪さを隠しているようにしか見えなかった。

 

「先輩、少し休んで行ってください。お茶を出しますから」

「大丈夫だ、私は生徒会室に」

「……そんなに忙しいんですか? 生徒会って」

 

 俺がそう言うと先輩は一度口を噤み、躊躇いがちに口を開いた。

 

「そうだな……少し休ませてもらおうか」

 

 俺はそのまま先輩を部屋へ案内した。

 

 

 

 

 

 

「結構なお手前で」

 

 俺が点てた薄茶を、素人目から見ても見事な所作で飲んだ先輩が一言。

 普通の緑茶がきれていたので、目に付いた抹茶を点てたけど……

 

「……先輩、これで休めてますか? 出した俺が言うのもなんですけど」

「十分だ。 君は茶道を習っていたのか? 茶を点てる姿がなかなか堂に入っていた」

「小学生の頃に母から習ったんです。俺は昔から外を走り回ったり、体を鍛えたり。そんな事ばっかりしてたんで、こういうことも少しはやりなさい、と。

 実際にお茶を点てるのは久しぶりなので、少し心配でしたけど」

「いい味だった。おかげで少し楽になった」

「……生徒会のお仕事、大変なんですね」

「それは違う。楽ではないが、私一人で生徒会の仕事を回しているわけでもない。生徒会長以下、生徒会のメンバーが手分けをして仕事に当たっている。……実は最近、夜に調べ物をしていてな、それで疲れがたまっていたんだ」

「体には気をつけてください……ところで調べ物って何を? そんな倒れかけるまで。あ、話せない事なら聞きませんが」

「構わないさ、明彦を襲った変質者のことだ」

「あ~……そういえば連絡ありましたね、変質者に注意とか、見かけたら通報とか……」

 

 いきなりは心臓に悪い! けど、若干慣れてきた気がする……

 変質者()のことを調べてるとなると、影時間に街中パトロール? それかこの前の占いで知識不足と言ったし、影時間やシャドウについて調べてるのか? あんな事の後だし、脳筋が治療中なら勉強かな?

 

「何か分かりました?」

「向こうも警戒しているのか目撃証言一つない。第二の被害者が出なくて良かったと思う反面、野放しになっていれば懸念が残る。類似する事件が無いかを少し調べているところだ」

「そうですか」

 

 あくまでも“人”の話をしているように聞こえるが、俺は事情を知っているのでおおよそ見当がつく。きっと過去のデータでも探してるんだろうな……

 

「ところで……君はバイクの免許を取るのか?」

「えっ? 何で知ってるんですか?」

「あれが目に付いた」

 

 先輩が指差す先は床脇(とこわき)。その名の通り床の間の横にあり、備え付けられている棚の上には一冊の本。

 

 “免許習得虎の巻~バイク編~”

 

 昨日バイト情報誌と一緒に買った参考書が置きっぱなしになっていた。

 

「なるほど……両親と親戚一同が入学祝いにバイクを贈ってくれると言うので、取る事にしたんです。桐条先輩はバイクに興味は?」

「乗る機会は少ないが、趣味で一台所有している」

「そうなんですか」

「意外、と言わないんだな?」

 

 知ってますから。

 

「趣味は人それぞれ、先輩がバイク好きでもいいじゃないですか」

「周りからは危ないからよせとよく言われるがな」

「桐条先輩の立場だとそうかもしれませんね。俺は母方の伯父がバイク会社を経営して、父がそこで働いています。他にもバイク好きな人がまわりに多かったので変には思いませんけど」

「ほう、君の家はバイクを……」

「ちょっと失礼」

 

 立ち上がって棚から数冊の本を取り出し、目的の一冊を探す。

 

「どこに……あった。どうぞ」

「バイクのカタログか?」

「伯父の会社で作っているバイクのカタログです」

「速水モーターか。……水陸両用?」

「それは伯父が設計にかかわったバイクですね」

 

 伯父は社長だが趣味で設計も行う。しかし彼はバイク好きであると同時にかなりのロボットオタクで、やたらと水陸両用や変形のための機構をバイクに搭載したがる人だ。設計した中にはこうしてカタログに載せられないまま消えていった実験的なバイクも多いと聞く。

 

 そんな話をしながら持ち込んだ私物のカタログを先輩に見せていると、先輩はより興味を示したようだ。

 

「よかったらそれ、持って行ってください。これも一緒に」

 

 俺は持っていた残りの本を先輩の前に置く。俺が持ち込んでいたバイク関連の雑誌だ。

 それを見た先輩は興味を持つも、手が出ない。

 

「これを私がか?」

「先輩の立場だと買いづらかったりしません?」

「確かにそうだが……」

「雑誌なんて読み返してもせいぜい十回くらいで捨ててしまいますから。どうぞ息抜きにでも」

 

 熱心なのはいいけれど、流石に倒れかけるまで根をつめるのはやめた方がいい。部活のことではなにかと世話になってるし……そういう意味を込めて本を押し出すと、先輩は薄く笑って本を受け取った。

 

「ありがたく頂こう。寮に帰って楽しませてもらうよ。バイクの雑誌なんて久しぶりに……? バイ()情報?」

「あっ、先輩それだけ返してください、必要なんで」

 

 表紙を眺めた先輩がバイク雑誌に混ざるバイト情報誌を見付けた。

 言われて気づき慌てて回収すると、バイクの話しになった時と同じような質問をされた。

 

「アルバイトを探しているのか?」

「免許を取るためのお金とか、バイクの整備費用とかをためようと思いまして」

「なるほどな。もう見つかったのか?」

「まだですね。競争率が高いみたいで」

「そうか……腕力に自信はあるか?」

「? それなりにあります。(友近)を一人担ぎ上げるくらいなら」

「それなら一日限りだが、一つだけ心当たりがある」

「……それは何処で?」

「先方は辰巳博物館。桐条グループが出資する代わりに、課外活動などで生徒の学習に協力していただいている。そこに明日、遺跡から出土した土器の破片が大量に運び込まれるそうだ。その搬入の手伝いと土器の修復が仕事になる」

「土器の搬入と修復……それって素人がやっていいんですか?」

「作業はもちろん専門家の慣習の下で行うが、遺跡の発掘や出土品の修復を行うアルバイトは稀に存在するらしい。

 今回は先方がそういった仕事に興味のある学生の経験になればという意図もあるらしく、高校生も受け入れている。私も先日会食で館長にお会いした際に誘われたんだが、時給千円で昼食付きでも人が集まらないと嘆いていた」

「時給千円で昼食付き」

 

 情報誌に載ってるバイトで時給が低いものは六百から七百円……そう考えると結構条件いいな。ストレガと江戸川先生の紹介と違って、内容もハッキリしているし何より安全そう。

 他に候補も無いし、一日だけならやってみるか。

 

「先輩、先方の連絡先を教えていただけますか? 興味がでてきました」

 

 先輩に博物館の電話番号を聞いた俺は、そのあともう十分休んだからと言う先輩を見送り、貰った番号に電話をかけた。




遺跡発掘や出土品の復元のアルバイトって本当にあるらしいです。
どんなアルバイトがあるかと探してて見つけました。
調べてみると、土器の復元体験が出来る場所まであるらしい。

遺跡とか土器は素人が入る隙間の無いプロの領域だと思っていた私には驚きでした。
そして、へ~面白いな~と思ったらこの話を書いていた。


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29話 辰巳博物館(前編)

 4月26日(土)

 

 辰巳博物館

 

 古いコンサートホールを改装してオープンした比較的歴史の浅い博物館だが、季節を通して古代、中世、近代と様々な時代についてこれまた様々な展示をしている。館内の展示物には経営不振に陥った複数の博物館から寄贈されてきたものが多く、展示物の種類や品数が非常に豊富。アクセスは辰巳ポートアイランド駅からバスで十分……

 

「次はー辰巳博物館前ー、辰巳博物館前ー」

 

 調べた通りのバスに揺られる事十分間、ペルソナの世界でもさすがは日本だ。定刻通りに到着し、バスを降りて待ち合わせの相手を探す。昨日バイトについて問い合わせたら、担当者から朝の七時半に博物館前で迎えると言われたから鞄一つ持って来たんだが……あの人かな?

 

 以前の名残か、華美で大きな入口が付いている以外は四階建てのビルとあまり違いは見られない。そんな博物館の前に立つ若い男性に声をかける。

 

「すみません、貴方が原さんでしょうか?」

「そうだけど、君は葉隠君かな?」

「はい、葉隠影虎です。おはようございます、今日はよろしくお願いします!」

「僕は学芸員としてこの博物館で働いている(はら)(いつき)。今日は君の仕事の補佐を担当します。分からないことがあったらなんでも聞いてくれ。でもその前に……まずは書類を幾つか書いて欲しい。アルバイトとして雇うわけだからね」

「分かりました」

「それでは付いてきてくれ」

 

 博物館に入り、関係者以外立ち入り禁止のロープを超えて原さんに付いて行くと、応接室と書かれた部屋には先客が居た。そして先客の姿を見た俺は反応に困る。

 

「君が葉隠君か! よく来てくれたね! いやぁ、君みたいな若い子が名乗りを上げてくれて本当に良かった! 歓迎するよ! 私はここで館長をしている小野だ!」

「あ、ありがとうございます……小野館長」

 

 先客は年老いて皺の多い顔を緩ませ、おもったより強い力で俺の背中を叩きながら喜んでいる人の良さそうな普通のお爺さんだ。

 

 髪型が角髪(みずら)でなければ。

 

 染めたであろう黒髪を有名な古代日本男性の髪型に結い、服装まで髪形に合わせてある。第一印象は完全にコスプレである。しかしこの服装に小野という苗字。まさかこの人……

 

「最近の若い子は皆、映画やゲームセンターに行ってしまう。若者の博物館離れが進むのは実に」

「あの、すみません」

「おお、なんだね?」

「付かぬ事をうかがいますが、月光館学園で教鞭をとっている小野先生をご存知ではありませんか?」

「勿論だとも! それは私の息子だよ!」

「やっぱり……」

 

 疑問が確定事項に変わった。

 

「息子が働いているからもっと歴史に興味を持つ子が多く来ると思えば、アルバイトの応募者は君を含めてたったの一人とは嘆かわしいっ!」

 

 俺を含めて一人、ってそれ俺だけってことじゃん!?

 

「館長、こちらにおられましたか。書類に判をお願いします」

「む、そうか……私は行かなくては。原君、彼をよろしく頼む。葉隠君、君は仕事に精を出すだけでなく、よければ博物館も楽しんでいってくれたまえ。ではな!」

 

 小野館長は女性職員に呼ばれると、渋々といった表情で部屋を出て行った。

 

「嵐のような人でしたね……」

「見た目にも驚いただろうけど、悪い人じゃないから。それからこれが書類ね」

 

 俺は小野館長の勢いに押されたが、原さんの説明に従って書類を書いていく。

 

 

 

 

 

 午前 時刻は八時半。

 

 書類を書いたら今日一緒に働く学芸員の方々に挨拶を済ませ、仕事の手順や土器の搬入場所を教わりながら待つこと三十分。問題の土器が届いたということで仕事が始まった。

 

 原さんを含めた五人の学芸員についていくと、博物館の裏手にある搬入用の駐車場に到着。すでに四台のバンが停まっていて、運転手が見知らぬ職員と話している。そこに原さんが一度加わってすぐに戻ってきた。

 

「皆、作業にとりかかろう。車の後ろから順に運び出してくれ」

「「「「「はい!」」」」」

 

 速やかに動く学芸員の皆さんに一歩遅れて俺が続く。

 車のトランクが開かれると、車内にはプラスチック製のケースが大量に積み込まれていた。

 

「はい、葉隠君はまずこれ持ってって。梱包材があるけど、落とさないように気をつけて」

「はい!」

 

 受け取ったケースの中身はビニール製の何かでケースから落ちないように保護されている。

 そのせいでよく見えないが、中身はかなり細かい土器の破片のようだ。

 

 俺はケースを丁寧に運び、事前に教わった部屋に運び込む作業を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 午前 十一時半。

 

 全てのケースの搬入が無事に終わり、土器修復の準備が行われている。

 

 ケースを搬入された部屋はホールのような広い部屋で、学芸員さんの指示に従いケースの整理をしたり、床にビニールシートを敷いている。修復作業はこの上で行うそうだ。

 

 敷いたビニールシートの一角には土器の破片が入ったケースが一つ。その横に破片の仮止め用テープや印をつけるためのチョークなど修復作業に必要な道具が次々置かれていくが、ここで気になるものを見付けた。

 

「原さん、質問があります」

「なんだい?」

 

 効いたのは置かれた道具の一つについて。

 

「これって市販の接着剤ですよね? これでくっつけるんですか?」

「そうだよ。土器の修復では完全に近い状態に戻すだけでなく、必要な時に元の破片の状態に破片を損壊させることなく戻せることが重要なんだ。その点この接着剤は成分にアセトンと言う物質が入っていて、後で簡単に取り除けるからね。市販品でもいいんだ」

「そういう理由でなんですね……」

「ただまぁ、今日は使うかどうか分からないけどね」

「? それはどうして?」

「土器を接着し始めるのは、基本的にその土器の破片が全部集まってからなんだよ」

 

 そう言いながら原さんはケースのビニールを開け、破片を三つ取り出した。

 

「そのためにはまずこんな状態の破片からパズルのように合う破片を探して、テープやペンで仮止めをしながら一つ一つ確かめていくんだ。だけどこの破片は長く地面に埋まっていた物だからパズルのようにぴったり合うとは限らないし、発掘されずに破片そのものが欠けている場合もある。

 そういう時は無い破片を補填して組み立てることもあるけれど、それは出土した破片全部から必ず合う破片がないかを探してから。それが終わって初めて本格的に接着剤で接着するんだ」

「……大変な作業ですね」

 

 今日運んだケースに詰まった大量の破片全部を調べるとなると、まず今日一日では終わらないな。

 

「今日一日でそこまで作業が進むことは難しいんですね」

「大きい破片ばかりですぐ組み立てられる土器があればチャンスはあるけど、今日の出土品は工事中に出土したそうだから小さい破片が多そうだ」

 

 工事中に出土品が見つかると工事を行う側にとっては発掘作業で工期が遅れるなどの問題で非常に迷惑らしく、出土品は無いものとして工事が続けられることもあるそうだ。今日の破片は工事会社が協力的だったか、迷惑をかけた末にここまで運ばれてきたのだろう。

 

「んー……ちょっと早いけどそろそろいい時間だね。皆ー! 今やってる作業が終わったら昼食にしよう!」

 

 原さんの号令もかかった、発掘の経緯は気にしないでおこう。

 

 

 

 

 十二時十分

 

 用意された幕の内弁当に舌鼓を打った俺は、一時までの食休みに博物館内を歩いていた。

 どうやらこの博物館は一階から四階まで上に登るごとに展示物の年代が新しくなっているようで、今いる一階の部屋にはアンモナイトなどの化石がガラスケースの中に並べられている。付随されている説明書きも分かりやすく、こういうのを見るのもたまには良いかもしれない。

 

 しかしその展示物を見るお客は少なかった。あまり繁盛してないのかな……とか失礼な事を考えつつ歩いていると、見間違えようのない人が前から歩いてきた。

 

「葉隠君じゃないか、こんなところでどうしたんだい?」

「小野館長。食休みに時間をいただけたので、館内を見せていただいていました。化石や石器、色々珍しいものが多くて面白いですね」

「そうかそうか、そう言ってくれるか。近頃の若者には退屈なのかと思っていたが……そういえば、仕事のほうはどこまで進んだのかね?」

「土器の搬入と修復の準備が終わりました。一時からは修復のお手伝いをさせていただく事になっています」

「うむ、順調のようだね。ときに、一時までは館内をまわるのかね?」

「そのつもりです」

「なら時間まで私が館内を案内してあげよう!」

「!? 館長直々にですか? それは」

「次代を担う若人が歴史に興味を示したんだ。遠慮する必要は無いよ、私も館内を見てまわるのが日課なんだから」

 

 笑顔から小野館長の喜びと善意が伝わってくる……どうやらもう逃げられないようだ。

 

 俺は小野館長に館内を案内していただくことになった。

 

「ではまず……」

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 ……………………

 

 …………………………

 

 

「おや、もうこんなに時間が経ってしまったか」

 

 はっ!? 意識が飛んだ!? いつから!?

 

 たしか、最初の方は面白かった気がするけど……そうだ、邪馬台国と卑弥呼の話になってから館長の語りに熱が入ってきたんだ。月光館学園の小野先生が伊達家のストーカーなら、小野館長は卑弥呼のストーカーってくらいに。

 

 それで、ってもう時間!? 館長の視線を追って室内にかけられた時計に目を向けると、時刻は十二時五十二分。

 

「時がたつのは早い……君ももう行った方がいいな」

「館長、案内ありがとうございました。おかげで有意義な時間になりました」

「そうかね、楽しめていたのなら私も嬉しいよ」

「本当にありがとうございました」

「土器の修復は破片を良く見て、根気良くやるのが肝要だ。頑張りなさい」

 

 社交辞令を口にして立ち去る俺を、館長はその一言と満面の笑顔で見送ってくれた。

 

 俺は時間に遅れないよう作業部屋への道を急ぐが、その間に館長の言葉が頭をよぎる。

 

 修復は破片を良く見て……もしかして……間に合うか?

 

 俺は思いつきに従い、近くにあったトイレへ駆け込んだ。




小野館長はオリジナルキャラです。
原作には出てきませんのでご注意ください。


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30話 辰巳博物館(後編)

「すみません、遅れました!」

「時間丁度だから大丈夫だよ。それと、お疲れ様」

 

 作業部屋に戻った俺に、原さんはそう言ってくれた。

 さらに他の学芸員の皆さんも何故か優しい目で俺を見ている。

 

「君、さっき館長に捕まってたでしょう。邪馬台国のブースのところで」

「私たち、さっき君と館長を見かけたのよ」

「館長って良い人だけど、特定の話になると長いんだよなぁ……」

「しかも同じ話を何度も繰り返すから疲れるしな……」

「僕たちは皆最低一度は館長の話を聞いているからね。熱が入った館長は引き止められることもあるし、そういう事情なら多少遅刻しても怒るつもりはなかったよ」

 

 優しいな……いや、これは被害者同士の共感か?

 とりあえず、ギリギリに来たけど問題ないようだ。

 

「さぁ、作業を始めよう。葉隠君はこっち、僕の隣に座って」

「はい」

 

 床に敷いたシートの前に座る原さん隣に座り、渡された手袋をはめて午後の仕事が始まった。

 

「まずは土器の破片を適当にシートに並べて、よく見えるようにする。大抵はここに来る前に汚れが落とされてるけど、もしゴミが付いていたら手元の刷毛(ハケ)で傷つかないようにそっと表面を掃いて落としてね。まずはそこまでやろう」

 

 指示に従い、一つ一つ丁寧に破片をシートの上に並べていく。

 

「そういえば葉隠君、眼鏡かけたんだね」

「細かい作業をするときは、たまに」

 

 嘘だ。俺の視力は両目ともに2.0、眼鏡をかけたことはない。

 なら原さんは何でそんな事を言ったのか?

 それは、俺の顔に黒縁眼鏡に変形させたドッペルゲンガーがかっているからだ。

 

 “土器の修復は破片をよく見て”

 

 館長のアドバイスを聞いたら周辺把握が役に立つかも、と思ったので試しにトイレの個室で装着してきた。ペルソナを昼間に召喚できるのも、周辺把握が使えるのも確認済みだったしな。攻撃や回復のスキルさえ使わなければ倒れることも無い。

 

 道中の展示室で監視カメラの位置や向きを知覚できた事で周辺把握の効果は再確認してあるし、今もこの部屋に監視カメラなどが無い事は分かる。桐条グループにばれる事もないだろう。

 

 桐条系列の病院でペルソナ使いの適性が調べられる事は知っているが、いくらなんでも桐条グループ傘下の企業全てでそれができるとは思えない。グループの手があまり入っていない企業だってあるだろうし、調べるには何か検査的な物が必要だと俺は考えている。

 

 もし特定の検査を必要とせず、ただそこにいるだけで測定できる道具があるなら適性を持つ人がもっと見つかっていてもおかしくない。そうだとしたら、少なくとも俺の適性はとっくに見つかっているはずだ。

 

 なにせ桐条グループは病院に行った山岸さんから適性を見つけた。それが気まぐれに検査してみた時に偶然適性を持った人が来ていて発見されるなんて、実現する可能性がどれほど低いか。常時その検査をして人を探し続けていると言われた方が自然に思える。

 

 そんな連中の手に検査不要で適性を見つける方法があれば使わない理由が無い。病院だけじゃなく街中でも、手が届きやすい俺達の学生寮でも確認されているはずだ。

 

 向こうが俺を知っていながら放置している可能性も無いことはないけど、ぶっちゃけどこにメリットがあるかわからない。黒幕の幾月だって最終的に全部の大型シャドウを倒させるのが目的なんだから、可能性があれば取り込んでおきたいだろう。

 

 結局何が言いたいかというと……こっそりならペルソナ使っても良いんじゃない? って事だ。

 

 せっかく役立てられそうな力があるんだし、戦闘だけじゃなく以前山岸さんの落としたお金を拾ったときのような使い方もあっていいと思う。

 

 まぁ俺のドッペルゲンガーみたいな変わり種じゃないと大っぴらに使えないのかもしれないけど……

 

「よし……葉隠君、そろそろ次の作業に進もうか」

「はい」

 

 原さんの声がかかったのは、目の前のシートに青灰色の破片がある程度広く並べられた頃だった。

 

「ここからいよいよ本番、接合という作業に入る。適当な破片を手にとって色、形を参考に繋がる破片を探していくんだ。破片を見てもらうと、小さな文字が見えると思う。それはここに来る前に書き込まれた破片のデータだから、それも参考にしてね。地道な作業になるけど、頑張ろう」

「わかりました。ところで、この破片はなんという土器なんですか?」

「ほとんど須恵器(すえき)だね」

須恵器(すえき)……すみません、詳しくお願いします」

須恵器(すえき)っていうのは古墳時代から平安時代までの間生産されていた土器で、朝鮮半島が起源とされる土器だね。

 有名な縄文土器などが粘土を積み上げて作る輪積みという技法で作られているのに対し、須恵器(すえき)はろくろを使って作られる。また、それまでの土器が釜を使わない野焼きで作られていたのに対して、須恵器(すえき)は釜を使って高温で焼き上げられている。それによってこの特徴的な色と硬さがでるんだ。

 野焼きの土器は酸素が土器の鉄分が結合して赤みがでるし、焼くときの温度が低くて脆いんだね」

「なるほど。なら、この色が違う破片は別の土器ですか?」

「それは土師器(はじき)かな? 須恵器(すえき)と同時期に作られていた素焼きの土器だよ。土器として有名な埴輪(はにわ)の仲間だね……これはおそらく器とか生活に使う実用品だろう。こういうのは破片が多いと難しいよ、形状が似通っている同種の土器の破片が複数……今回はまず確実に混ざってるからね。これが火焔土器だったらもう少し簡単だと思うけど……」

 

 また新しい土器の名前が出てきた。けど、これはどこかで聞いた気がする。

 

「火焔……もしかして教科書に載ってる土器ですか?」

「そうそう。国宝になってる物もあるからね。火焔土器は縄文時代の中期に突然生まれて消えた謎の多い土器で……煮炊きに使われていたと考えられているんだけど、装飾が多くて接合の手がかりは多いんだ。形もだいたい決まってるし」

「なるほど……とりあえず土師器(はじき)の破片だけ集めてもいいですか?」

「いいよ、君には土師器(はじき)の修復をお願いしよう」

「ありがとうございます」

 

 作業に集中しはじめたのか心なし口数が減ってきた原さんに許可をとり、俺は赤褐色の破片だけを近くに集めて並べて破片に集中。すると周辺把握は視覚よりも多くの情報を俺に伝えてくる。

 

 ……むしろ多すぎ? 目の前にある全部の破片の形状がまとめて頭に入ってくるけど、普段タルタロスで使うよりもゴチャっとしている印象だ。

 

 だったら絞ってみるか。

 

 逆さまにした二等辺三角形に近い形で大き目の破片を左手に持ち、その断面に合いそうな真っ直ぐに割れた破片を探すと候補が四つ見つかった。

 

 破片の上は器のふちの様に丸くなっている。割れていない。同じくそういう部分を持つ破片を探すと、候補が一つに絞られる。合わせてみると……

 

「原さん、これで合ってますか?」

「ん? おっ、幸先がいいじゃないか。合ってると思うよ」

 

 よし成功!

 

「合う破片を見つけたらテープで仮止めをして、チョークで印を書いてつなぎ目を分かるようにしてから次の破片を探すんだ。この調子でよろしく頼むね」

「はい!」

 

 言われた通りに処理をして次の破片を探す。今見つけた破片は元の破片と上をそろえて右側に着いた。その結果右上から左下に向かう真っ直ぐな割れ目と、いびつな弧を描いた割れ目が合わさった破片の右下に生まれる。

 

 そしてそこに合いそうな破片を探すと、さっきの候補の中に該当する破片があった。

 

 弧の部分は無いけどふちが合ってるし、これだよな? さっきと同じようにテープでつけて、印を描く。それを繰り返す。

 

 ……続けるとだんだん理解できてくる。

 まず、始めは周辺把握で全体の破片の形状が分かっている状態。

 その中から一つの断面の情報を探すと、該当しそうな形状を持つ破片が瞬時に分かる。

 分かる、というよりも該当しない破片がふるい落とされていくようだ。

 残った破片とその位置は分かるので、該当する破片はすぐ手にとれる。

 正しい破片が組み合わさると、新しい断面が生まれるか情報が増える。

 そこに該当する破片を探し、また同じように正しい破片が見つかる。

 

 欠けや該当する破片が無い時は、諦めて別の断面を探せばいい。

 一点が見つからなくても他の断面に合う破片を見つけていけばだんだんと形になる。

 それがさらなる情報になり、欠けている部分を埋める破片が見つかる。

 最初は見つけた破片を手にとってから合わせて確認していたのに、もう手に取るより先に判別できるようになってきた。

 動き出した手は止まらない。

 

「原さん」

「何か分からない所でもぉ……」

 

 声をかけられこちらを向いた原さんの目が見開かれる。

 視線の先には俺の手元と、テープで繋げられた土器の破片の塊。

 所々に欠けはあるがどれも小さく、立派な器の形を成している。

 

「……一つ完成してしまいました」

 

 所要時間は約十五分。

 テープや印で余分に時間がかかったが、それがなければもっと早くできた。

 もう少し慣れれば、破片をあわせて確かめる工程も要らなくなりそう。

 ……とても口には出せない。やった自分でも驚きの結果が出てしまった。




影虎は修復作業にドッペルゲンガーを使った!
ドッペルゲンガーは役に立ちすぎた!


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31話 バイト後の夜

 影時間 タルタロス2F

 

 疲れたー……

 

 博物館でのアルバイトを終えて帰宅した俺は、今日もタルタロスへ来ていた。

 

 あの後原さんだけでなくほかの学芸員の人たちにも驚かれ、パズルは得意だとか、空間認識能力が高いってよく言われます、とか言ってなんとか場をしのいだ。

 

 そのあとはもう五人そろって俺を口で天才と呼んで実際はビックリ人間扱い。絶対面白がってか仕事を押し付けにきていた。おまけにそこへ小野館長まで来たため騒ぎが大きくなり、明日も働くことになった。

 

 でもそれはバイトとしてちゃんと役に立てた証拠だろう。普通は土器一つを接合して完成させるにはもっと時間がかかると皆さん言っていたし、お給料には色が付いて一万五千円とおまけに博物館の回数券まで貰ってしまった。

 

 時給千円で仕事が朝の八時半から午後七時半までの十一時間。昼休み込みだから一万円に届かないと思っていたのでだいぶ予想を超えたけど、いい結果で終わってよかった。

 

 体の疲れもこのくらいなら戦えるし、シャドウから吸血していればすぐに調子は取り戻せる。……だいぶ感覚がずれてきた気がするな。これじゃシャドウが栄養ドリンクみたいじゃないか。

 

 そんな事を考えているうちに、今日最初のシャドウを発見。臆病のマーヤが一匹だけだ。

 廊下を駆け足で近づけば、シャドウがこちらに気づいて逃げ始めた。

 

「逃がさない!」

「ギャウッ!?」

 

 足を速めて飛びかかり、右の鈎爪を背中に突きたてるがシャドウは逃げるために暴れ始めた。

 しがみつき続けるのも疲れるので、先端以外の形状を細い紐のように変えてシャドウから飛び降りる。

 シャドウは振り払えたと思ったのか一目散に逃げ出すが、爪はまだ釣り針のように刺さっているので……

 

「吸血、吸魔」

 

 伸ばした紐状のドッペルゲンガーを通して力が流れ込んでくる。

 それでもシャドウは逃げ続けたが、俺がドッペルゲンガーを伸ばせる限界距離。

 およそ二十メートル進んだ所で紐が伸びきり、ようやく気づいて背中に手を伸ばす。

 だが時既に遅く、その手が届く前にシャドウは力尽きて消滅した。

 槍貫手に続いて考えた爪と紐の組み合わせはこういう事ができるので便利だ。

 

 ……まぁ、あそこまで気づかない奴も珍しいが……攻撃受けた! もっと逃げなきゃ! とか考えてたのかな……?

 

 ちなみに普通は直後かすこし逃げて気づくので追撃したり、紐の余りでがんじがらめにして動きを封じたりする。これさえあれば宝物の手でも逃がさず捕まえられる気がしている。

 

「それにしても、最近逃げるシャドウが増えたな……」

 

 五階を越えたあの日から、四階以下のほとんどのシャドウが俺を見ると逃げ出すようになった。やっぱり力の差が大きすぎるんだろう。ゲームで強くなりすぎて雑魚が逃げるのと全く同じ光景だ。それがなんで五階を越えていきなりなのか……兆候とかあったかな? 普段目に付いた奴に片っ端から、逃げようが逃げまいが関係なく襲い掛かってるから分からない。

 

 でもまぁ、考えてみたらそれって俺らしい(・・・・)気がする。俺はペルソナに限らず、レベルのあるゲームはレベルを上げまくるタイプだ。ペルソナ3では暇があればタルタロスで雑魚狩りをしたし、二週目からは深層モナドで原作キャラのパワーレベリングをしていた。

 

 友達に手ごたえ無くして楽しいの? と聞かれたこともあるが、俺はギリギリの戦いよりもレベルアップの瞬間やスムーズに進めてストーリーを楽しむ方が好きだったからな。

 

 ボスに挑むときもその前で雑魚が逃げ回り戦っても武器の一撃で倒せる、回復アイテムの出番がなくなるほど強くなってからボスに挑んでいた。おまけにレアなアイテムは温存しておこうと考えがちなので、レベリングと合わせるといつか強敵が出たら使おうとしたアイテムを使わずにゲームクリアするなんていつもの事だ。

 

 この前五階で回復アイテムの宝玉輪(全体全回復)を一つ見つけたけど、それもまだもったいなくて使う気にならない。ちょっとした疲れならやっぱり安全な下で吸えばいいと思ってしまう。

 

 おっ。歩いていたら小部屋がみつかった。しかも部屋の真ん中には宝箱がある。

 

 でも今まで何度か宝箱見たけど、お金しか出てこないんだよなぁ……しかも弁当と飲み物買ったらなくなってしまう額だけなので儲からない。ここで稼げたら一石二鳥なのに……

 

 あまり期待せずに宝箱を開けてみると、中には五百円玉が一枚。

 やっぱりお金だったが、今までで一番高額だ。ちょっとラッキー、で……

 

「気づいてるっての!」

「ギシュッ!?」

 

 背後を振り向きながら後ろに下がり、忍び寄ってきた残酷のマーヤの攻撃を避けながら、相手の仮面にジオをおみまいする。するとシャドウは体をピクピクと痙攣させる。感電か、どうやら動けないようだ。

 

 爪を突き立て吸うが、シャドウはそのまま消えるまで動くことは無かった。

 

 ……それにしても最近、敵が状態異常を起こす確率が上がっている気がする。

 この前貰ったラックバンドのおかげだろうか?

 

「ちょっと試してみるか」

 

 数少ない荷物の中に毒消しの効果があるディスポイズンがある事を確認。

 ラックバンドを外してポイズマを使った時と、ラックバンドを付けてポイズマを使った時。

 それを実際に複数回使って比べてみよう。

 

 それから俺はシャドウを探し、力を吸い取る傍らでポイズマを使いまくった。

 今日は吸血で体調を整えたら上に登るという予定を忘れて。

 

 

 

 

 

 

「やっぱりラックバンドを着けていた方が成功率高いか……」

 

 とりあえず二つの場合を二十回ずつ試してみたが、外した状態での成功が七回に対して、着けた状態では九回の成功を収めた。もう少しデータを集めてみるか……!

 

 そう考えて戦いながら四階まで登った時、突然頭に新たな情報が流れ込んできた。

 

「……ポズムディ?」

 

 頭に流れ込んできたのは毒状態を治療するための回復魔法スキル。それが今使えるようになったようだ。

 前から思ってたけど、どうしてペルソナって頭の中に使い方が流れ込んでくるのか……それは今度ストレガにでも聞くとして……

 

「毒にするポイズマを使い続けたら、毒を治療するポズムディを覚えた? 偶然か? 特定の状態異常を使い続けたら治療の魔法が覚えられるのか? 今までどれくらい使ったっけ……今日だけじゃないし……タルカジャとかどうなんだろう、かなり使ってるけど……」

 

 俺はその検証のため、さらなる実験を続ける事を決めた。

 また、実験に伴い今日の探索時間が完全に潰れた。

 それに気づいたのは、今日の影時間が終わりそうだから帰ろうと考えた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 4月27日(日)

 

 午前零時十二分

 

 ~男子寮廊下~

 

 ちょっとばかり集中しすぎたタルタロスから無事帰宅し、寝よう……と思ったら眠気が皆無。なかなか寝付けないうちにちょっとトイレへ行きたくなった。

 

 共同トイレに向かっていると、前から順平がやってきた。

 

「あれ? 影虎じゃん」

「順平こそ、まだ起きてたのか」

「まーなー……ちっと面倒な事になっちまってさ……」

「面倒な事?」

「それがさー、聞いてくれよー。俺、明日死ぬかもしんない……」

「んな大げさな、何があったんだよ。聞くから」

「おう……ほら、俺らこの前女子と食事したじゃん? あの時ともちーと岩崎さんの関係、進展させようって話になっちゃったみたいなんだよ。岩崎さん以外の女子の間で」

「そりゃまたおせっかいだな……」

「だろ? でもそれで明日っつーかもう今日だけど、二人にデートさせようって話にもうなってんだよ」

「行動早いな。……で? それでなんで順平が死ぬんだ?」

「……影虎、お前、あの二人だけでデート上手くいくと思うか? それどころか、デートが始まると思うか?」

 

 少し考えてみる……

 

「……考えられなかった」

「だろ!? 俺もさー、最初は何とかなると思ったんだよ。でもさー、島田さんから中等部の二人の様子聞いたらさー……ないわーって思っちまったんだよ。主にともちーに。あそこで同意しなかったらまだ逃げられたのに……」

「つまり順平も付いていくのか、二人のデートに」

「行くのは俺だけじゃなくてあの時のメンバーから高城さんと影虎抜いた全員。高城さんは用事あるらしくて、影虎はバイト行ってたから。夜にいきなり言われても迷惑だろうって。俺には迷惑じゃないんですかねぇ!?」

「声落とせって、夜中なんだから……」

「……影虎、女子に電話番号知られてなくてよかったな。俺きっと明日ともちーのフォローと女子からのプレッシャーで死ぬわ。だって一緒に島田さんの話聞いてたゆかりっちマジキレてたもん。笑ってたけどすっげートゲトゲしいこと言ってたし。ゆかりっちがトゲトゲしいのはいつもの事だけど、恋愛話には特にそうだけど……あっ、これ本人に言うなよ?」

「分かってるから、続きを」

「お、おう……つかどこまで話したっけ……まぁ、最終的に二人には本音を隠して皆で遊びに連れ出すことになったわけよ」

「なるほど、で、どこに行くんだ?」

「午前中は映画。丁度新作のファンタジー映画公開されっから、それなら男子も女子も楽しめるってことなんだけど……問題は午後なんだよ……」

「何かまずいのか?」

「……俺、午後のプランを任されちった。買い物とか無理に女子に合わせなくていいって言われたけど、少しは女子の事も考えないと……変なプラン出したら……今から怖いぜ……」

「なるほどなぁ……センス無いって言われるのは嫌だろう。でもそこまでか? 誘ってきた方が丸投げしたようなものだし、理不尽……順平、何で目をそらした?」

「いや~……実は恋愛マスターのオレッチがドーンとコーディネートしてやるよ! って、見栄張っちゃって……」

「なんでそんな事を」

「場の雰囲気おかしかったからさ、ジョークのつもりだったんだよ……ただ、空気を読み違えたみたいで……ゆかりっちだけじゃなくて他の女子からも冷めた目で見られて、じゃあ任せるって事に」

 

 女子は丸投げしすぎだと思うけど、順平も自分で墓穴掘っている。

 こいつ、いつか見栄で身を滅ぼすんじゃ……そういえば将来チドリに特別課外活動部のリーダーって嘘ついて捕まるんだった。納得。

 

「……助けてくれ影虎!」

「無理だよ、俺明日もバイトだし。助けるって言っても、どうしろと?」

「せめて、なんかないか? いいデートスポットとかさぁ。できれば面白くて金のかからないとこ」

「贅沢言うなっ……」

 

 と思ったけど、一つ思いついた。

 

「博物館はどうだ? 辰巳博物館」

「博物館。あー、そういや中学の頃行ったな。あそこか……バッティングセンターよりよさそうだな」

「それ野球や運動に興味ない人だと喜ばれない選択だと思うぞ……」

 

 楽しませられる自身があるならともかく、俺なら女子に暇させる光景しか想像できない。

 

「博物館か……影虎、辰巳博物館って入館料いくらか知ってる?」

「それならバイト代のおまけに貰った回数券があるから、人数分渡すよ」

「マジで!? ありがたいけど、何でバイト代のおまけにソレ?」

「バイト先が辰巳博物館だから」

「あ、なるほど」

 

 それから俺は元々の用事を済ませて部屋に戻り、順平に回数券を渡した。

 回数券を受け取った順平は心底ほっとした笑顔で礼を言い、軽やかに自分の部屋に帰っていった。

 

 さて、話してたらほどよく眠くなってきた。寝るか……




本日の収入

バイト代 一万五千円 + 回数券二十枚綴り。


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32話 対話

「葉隠君、お弁当が届いたから昼にしよう」

「ありがとうございます」

 

 今日もペルソナを使って土器の修復作業に勤しんでいた。

 

「今日はから揚げ弁当ですか。楽しみです。……一つ? 原さん、皆さんの分は?」

「僕たちまだ別の仕事があってさ、そっちを済ませてから食べるから先に食べといてよ。あと食べ終わったらこの部屋に居てもいいし、また外に出てもいいから」

「わかりました。それじゃお先にいただきます」

 

 昼は一人か……

 

 出て行く学芸員の皆さんを見送り、土器の破片から離れた部屋の隅に用意された休憩スペースで弁当を開ける。

 

 部屋の中には組み立てられた土器、大方は組み立てられたが抜け落ちた部分がある土器、まだ組み立てられていない破片に分けられた置き場が三つ。その中心であり部屋の中心に俺たちが作業を行うシートが敷かれている。

 

 今日は朝から原さんが破片を並べる役割を担当してくれて、俺は組み立て作業に集中することができた。他にも組み立てた土器に破片同士を繋ぐ印をつけて置き場に移動させデータをとる担当、完成した土器を別室に運んで接着する担当、と俺の組み立て速度を最大限に活用できるように一緒に働いていた学芸員さんの仕事が割り振られていたので、非常に効率的に作業が進んだ。

 

 まだシートの上やケースの中に破片は沢山あるが、このペースで作業が進めば今日中に全て組み立てられるだろう。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

「ごちそうさまでした。……さて、どうしようか」

 

 一人で黙々と食べたせいか、十分もかからず弁当を食べ終わってしまった。

 作業に戻ることもできるが……休憩時間だし本でも読むか。遅刻しないよう携帯でアラームかけて……よし。たしか裏の方に休憩できる場所があったはず。

 

 鞄を持って昨日出歩いた時の記憶を頼りに外へ出る。

 

 そしてそのまま歩いていると、すれ違うお客様の中に意外な顔を見つけた。

 

「あれ……ひょっとして天田君?」

「えっ? たしかに僕は天田ですけど……どちらさまですか?」

 

 忘れられてる? 会ったのが二回、うち一回は気絶してたから仕方ないか。

 

「ほら、この前うちの部室までお礼に来てくれただろ? その時に会った葉」

「あっ! 葉隠先輩!?」

「そうそう、思い出してくれた?」

「すみません、眼鏡かけてたから気づかなくって」

 

 ……そういや俺、今眼鏡(ドッペルゲンガー)かけてるんだった。

 

「先輩、どうしてここに……じゃなくて! 入部の許可をありがとうございました!」

「こっちも部員が増えて嬉しいよ。でも、とりあえず声を」

「あっ、すみません」

「大丈夫……よかったら、場所移して話す? どこかに休憩所があったはずだ、外で、公園みたいな」

「そうですね。東側ですから、ここから近いですし」

「天田君、場所知ってるの?」

「はい。僕、ここによく来るんで」

「そうか。なら案内頼めるかな?」

「わかりました、こっちです」

 

 迷うことなく歩く天田君についていくと一階の東に位置する廊下に外へ繋がる扉があり、そこを出ると生垣や木が植えられた小さな公園のような広場になっていた。ベンチやテーブル、飲み物やスナックの自動販売機もあり、人はいないが休憩所であることは間違いない。扉にも休憩所と書かかれた紙が貼られていて、その裏が休憩所を使用した人に当てたであろう、飲食物館内持ち込み禁止の張り紙になっていた。

 

 

 

 

「そこ座ろうか。飲み物いる?」

「いえ、いいです」

「そうか……」

「はい……」

 

 ……気まずい……場所変えてどうするか考えてなかった……

 

「あー、そういえば、あれから会ってなかったけど体調はどう?」

「平気です。頭を打って気絶して、目が覚めたときは頭痛がしたんですけど、もう全然」

「それはよかった。なら来週からの部活にも参加できそうだな」

「はい、僕頑張ります! ……ところで、先輩はどうしてここに?」

「俺は昨日からアルバイトをね」

「アルバイト? 何かほしいものでも?」

「バイクの整備やガソリン代のためにね」

「アルバイトにバイク……なんか、大人っぽいですね!」

「そうか? まだお金を貯めようとしてるだけで、免許も取ってないんだが」

「それでもですよ! いいなぁ、アルバイトにバイク」

 

 天田少年は目を輝かせている。

 

「天田君はバイトしたいのか?」

「できるならしたいです。けど小学生じゃ何処も雇ってくれませんよ」

「そもそも雇ったら違法だからね」

「そうなんです、せめて中学生にならないと」

「年齢ばかりは努力でどうこうなる問題じゃないしな……」

「…………」

「? どうかした?」

「……先輩って、笑わないんですね」

「……え? 何? 俺、顔怖い? まさか親父の遺伝子が……」

「遺伝子? あっ、や、違うんです! 笑わないってそういう意味じゃなくて、バカにしないというか、流さないというか……」

「?」

「僕……バイトしたくって、前に何度も聞いたんです。いろんな人に。そしたら皆小学生じゃ無理だとか、子供がそんな事考えなくていいの! 子供は勉強してなさい! とか……それが正しいんでしょうけど、まともに取り合ってもらえなくて。

 部活だってそうでした。強くなりたくて中等部や高等部の部活に参加させてもらえないかとお願いに行っても、返事はいつも決まって絶対練習についてこれない、子供は邪魔だって。どこに行っても子供、子供、子供。子供だからダメって、小学生ってだけでろくに話も聞かずに拒否されました。

 理由を聞かれて強くなりたい、って答えると子供の考えそうな事だって笑われたり……強くなりたくて何が悪いんでしょうね? 強くなりたいのがダメ、じゃあ何ならいいんでしょうか? なんであの人たちは運動部で格闘技をやってるんでしょうか? 大会とかオリンピックに出たいなら、別の競技でもいいじゃないですか。

 ……一度、あんまり馬鹿にされたんでできるだけ丁寧に聞いてみたら、その部の人たち何も言えなくなって、生意気だとかどなり始めました」

 

 溜め込んでるなぁ……でもまぁ、分からないでもない。

 最後のはちょっとどうかと思うが、聞いた限り天田少年への対応は一般的だ。

 子供には無理、子供が考えることじゃない、勉強してなさい。

 どれも一般的に言われることで、いろいろな場面で親が子供に対して使う。

 

 天田少年もそれを正しいとは思っている、だけど納得ができないんだ。

 元々理屈っぽいのか、母親の件でそうなったのかは知らないけれど……その言葉は納得できずに心にも響かなかったんだろう。そうなったら、ただ頭ごなしに子供ってことを理由に頭を押さえつけられてる気にもなるか。

 

「だから先輩が強くなれるって断言したときは驚きました。どうせまた笑われるんだろうな、って思ってたから。入部させて欲しいってお願いした後も、ホントは諦めてました」

「……迷惑だったか?」

「そんな事ないですよ! 僕、嬉しかったです! でも……なんでですか? 何で先輩は許可してくれたんですか?」

 

 なんで? か。

 

「前に少し話したと思うけど、うちの部でやるパルクールってスポーツは走ったり飛んだりというより早く移動するための方法を学ぶ中で、体と精神を鍛える事を目的としている。そして無理は禁物。

 だから天田君が強くなりたいというのはパルクールの目的に沿っていると思う。それに大人でも子供でも関係ないから、個人によって練習内容が違うのも当たり前だ。

 多くの部員を抱える部活ではどうしてもノルマを設定してそれをこなす練習になりがちになるけど、うちは俺ともう一人しか部員がいない。

 ……山岸さんは覚えてる? 天田君を助けた女の子。あの山岸さんが丁度あの日に入ったところで、部員は天田君を含めて三人になった。しかも山岸さんはマネージャーだから、パルクールをやるのは俺と天田君だけ。つまり練習の調整がしやすい。これが天田君を部活に参加させても問題ないと考えた理由。

 そして実際に参加させようと思った理由は……あー……天田君はさ、スポーツや格闘技では体格差が有利不利に繋がることはちゃんと理解してるよね?」

「はい……」

「でも、それを説明されたからって辞めようとは思わないんだろ? 天田君はそれを分かった上でそれでもやりたい。差があるからこそ、差を埋めるために強くなりたい。だから体格差や年齢を持ち出されても納得できないし、的外れに聞こえてしまう……違うか?」

「えっ、なんでそんな……」

「なんとなく。……俺も似たようなものだったから」

「先輩も?」

 

 図星を指されて驚いたのか、天田少年は目を見開いて口まで半開きになっている。

 

 しかしまぁ……本当に、天田少年は経緯は違えど似てるんだよな……小学生の頃、まだがむしゃらに戦う手段を捜していた頃の俺に。自分で言って気づいたよ。

 

「先輩、先輩はどうしてパルクールを始めたんですか?」

「強くなるため」

「! 僕と同じ……?」

「強くなれるならパルクールじゃなくてもよかった、強くなれれば別に何だって構わなかった。実際に色々な格闘技の道場やジムに入ったこともあるし、パルクールだって昔縁があって知り合った米軍の元大佐に鍛えてくれ! ってわがままを言って困らせて、何度も体ができてない子供には無理だ体を壊すって言われても頼み込んだ末に、軍隊格闘の変わりに教えてもらったんだ」

「先輩は、何で、強くなろうとしたんですか?」

「……それはな……」

「それは?」

 

 俺の一言一言に天田少年は衝撃を受けているようだ。

 驚きすぎて戸惑い始め、息を呑んでから恐る恐る聞かれる。

 それに俺はこう答えた。

 

「俺が強くなろうとしたのは…………“化け物と戦うため”だよ」

 

 その瞬間、天田少年は表情を失う。

 だが同時に困惑、動揺、悲しみ、そして喜び。

 彼の目には様々な感情の色が揺れていた。




影虎は意味深な発言をした。
天田は動揺している……



今回は突然シリアス? な展開に。次回まで継続します。
鬱な展開にはしたくない。少し時間がかかるかも。


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33話 理解される事

前回、あとがきに遅くなるかもとか書いたのに意外と早く次が書けた。
投稿します。



「それ、どういう事ですか?」

 

 天田少年は平坦で感情のこもらない声でそう聞いた。

 

「笑われそうな話だけどね」

 

 少なくとも目の前の少年には笑われはしないと確信しているが、そう前置きして話を始める。それは俺がまだ幼い頃の話。

 

「始めて化け物を見た正確な日付は覚えていない。でも、あれは俺が幼稚園の時。あの日俺は夢を見たんだ」

「夢……?」

「そう。人の居ない町に一人ぼっちで放り出されて、黒い化け物に襲われる夢」

「夢、ですか……」

 

 期待していた話と違うと思ったんだろう。天田少年は露骨に肩を落としているが、これで全部じゃない。

 

「最初はただの夢だと思ったけど、俺はその日からその夢を頻繁に見るようになって、一週間に二日か三日は必ず見ていた。それが二年間続いた」

「そんなに……?」

「そうさ。両親にも親戚にも心配かけたよ……勧められて心療内科に通院していたこともある。結局原因は不明だったけどね」

 

 あれは俺が転生とシャドウへの恐怖を処理しきれず、夢と言う形で見るようになったんだと思う。原因こそ伝えられなかったが、病院の先生もどこかで悪夢を見るような怖いものや強いショックを受けたんじゃないかと言っていた。

 

「夢の中の俺はいつも一人で逃げ回ってた。でもどんどん化け物の数が増えていって、最後は必ず殺されるんだ」

「それが二年ですか……きつそうですね……」

「まぁな」

 

 あれは周りの助けと曲がりなりにも大人の精神があったから耐えられたんだと思う。それに訓練をするため、それで不安が和らぐならと、道場へ通うために必要な両親の許可と援助をとりつけることもできた。

 

「それからいてもたってもいられなくて体を鍛え始めたんだ。そっちに集中しすぎて小三までは友達なんていなかったけどな」

「先輩も?」

「も、って……天田君も友達いないのか」

「そ、そんな事! ……あります……」

「やっぱり天田君もクラス中から恐れられて」

「ないですよ!? ただ暗い奴って思われてるだけです! ていうか……先輩何したんですか?」

「いや……俺も学校では天田君と同じようなもんだったけど、あの頃はせめてちゃんとした指導者がいるところにって、爺さんに空手を勧められて近所の道場に入ってたんだよ。

 練習は真剣に取り組んだからか、俺が一年生の時には三年生を相手にしても勝てるようになって……でもそれが気に入らないって奴も居てさ、稽古を理由に挑んでくる奴を返り討ちにしてたらいつの間にか敵が増えてたんだよ。道場では歳と体格が大きく離れた相手とは組まされなかったから無敗だった。

 おまけにその道場の師範が空手家精神とかそういうのにうるさい人でさ、もっと力が欲しかった俺とは反りが合わなくてよく説教されてたんだ。それを見て向こうではあいつは先生にいつも怒られてる、怒られるのはあいつが悪いからだ、悪い事をしている奴を懲らしめてやる! って、小学生の正義感が暴走してたみたいでね……

 元々仲のいい友達がいなくて、学校には同じ道場に通ってる奴も居たからそこからクラスまで変な話が広まって、後は自然と怖がられたというわけ。あとは学校で取り囲まれたときに返り討ちにしたり、勝てないと分かって連れてこられた六年生三人泣かせたのが致命的だったな」

「ほんと何やってんですか先輩……それに一年生が六年生三人泣かせるって、どうやったんですか?」

「別に楽勝だったわけじゃないぞ。何度殴り倒されても起き上がって向かって行って、金的狙ったり必死だった。それにあの時は三人全員を倒したわけじゃない。一人を金的で蹲らせて顔面殴ったら鼻血が出て、それを見た他の二人まで急に腰が引けて戦ってるうちに泣いて逃げ出したんだよ」

 

 大人の精神力と根性に物を言わせてなんとかの粘り勝ちだったんだ。

 今思えばちょっと大人気ない気もするけど、当時は本当に必死だった。

 体は一年生だったから六年生のパンチも普通に痛かったし。

 

「先輩のご両親には何も言われなかったんですか?」

「うちの父さんは元ヤンだから喧嘩上等、囲まれるなんてよくある事だって。母さんは心配してたけど、基本的に子供の喧嘩に口は出さない方針だった。

 でも二人ともちゃんと起こった事は把握していて相手の親が出てきたら守ってくれたし、六年生を泣かせた時は大慌てで病院に連れて行かれて、流石に度が過ぎると言いに行ってくれたよ。学校と取り囲んだ生徒の親と道場、関係するところ全部に。

 それでその問題は終わり、というかお互いに距離を取ってかかわらない関係に収まった。絡まれる以外で付き合いがあった訳じゃないし、唯一の機会になる道場は破門になったから」

「空手、辞めちゃったんですか?」

「いや、空手は続けた。最初に空手を勧めた爺さんが指導力の無い師範の元に俺を送り出してしまったって責任を感じていて、段位も持っていたから仕事の暇を見て教えてくれる事になったから。だから違いは自主練習が増えたくらいだったな。破門って言われた時もそういうのって本当にあるんだーくらいしか思わなかったし。道場に執着もなかった。それで三年の時にパルクールを知って……

 って、話がずれてるな……まぁ、とにかく俺が化け物を見たのは夢の中。でも俺はいつかあの化け物が襲ってくるんじゃないかと本気で思った。それだけで周りが見えなくなって、人の恨みにも行き着くところまで気づかず、最後には今話したみたいなバカな事をするくらいに……おかしいだろ?」

「……」

 

 俺がそう言うと天田少年は顔をうつむかせ、しばらくするとゆっくり首を振る。

 

「笑いません。……先輩。もし僕が、僕も化け物を見たことがあるって言ったらどうしますか?」

「笑わない」

 

 俺は断言した。笑うわけが無い。俺はもう本物の化け物も見ているのだから。

 

 口には出さずに天田少年を見つめる。

 ただそれだけだったが、天田少年は涙を流しながらゆっくりと話し始めた。

 母親と死別したこと。

 ある日の夜、母と歩いていると町の様子が変わったこと。

 そこで化け物に遭遇したこと。

 自分の目の前で母親が化け物に殺されたこと。

 町が元に戻ったこと。

 そして母親の死因は事故死になり、化け物に殺されたと訴える彼の言葉を誰一人聞き入れなかったこと。

 

「ごめんなさい、急に泣いたりして」

「少しでも気が楽になるなら、俺のことは気にしなくていい」

「ありがとうございます……」

「いや……俺は家族を亡くした経験が……取り残された経験がない。だからかける言葉が見つからないんだ。大抵の励ましの言葉はもう聞いただろ?」

「はい。事件の後から、お母さんのお葬式が終わってからもずっと。今でもお母さんを知ってる人に会うと言われます」

「それ以上のことは俺には言えない。だから泣きたければ泣けばいいさ。代わりに……もし天田君がやりたいなら、パルクールだけじゃなくて格闘技の技も教えるよ」

「本当ですか!?」

「パルクールで体を作るのが第一だけど、その合間に基本くらいは教えられると思うから」

「ありがとうございます葉隠先輩!」

「いやいや、人に教えた経験は無いから下手かもしれないぞ?」

「それでもです!」

「そうか。なら同じ理由で強くなろうとした者同士、仲良くやって行こう」

「はい!」

 

 目元を袖で拭って、俺が差し出す手を即座に握った天田少年の目元には、以前部室で見たものとは違う心からの笑顔が浮かんでいた。

 

 

 

 そこで周辺把握に休憩所のドアが開き、背を向けていても人が七人入ってきたのが分かる。

 休憩所なので人も来るだろうと思っていると

 

「あれっ、葉隠君?」

「え? あっ、岳羽さん」

 

 呼ばれてみるとそこには私服の岳羽さんが、その後ろには順平たちがぞろぞろと歩いていた。そういや来るって言ってたな。

 

「おーす影虎」

「こんにちは」

「葉隠君、奇遇だねぇ」

「何でこんなとこに?」

 

 今日の中心人物である友近と岩崎さんに、フリルの多い服を来た島田さんや動きやすそうな服装の西脇さん、と次々と声をかけてくる。

 

「どうも皆さんおそろいで。順平から話は聞いたけど、博物館は楽しめてる? あと西脇さんの質問に答えると、俺がここに居るのはバイトしてるから。今は休憩中だけどな」

「なるほどぉー? ところでさー、葉隠君。そちらのショタっ子はどちらさま?」

「ショタっ子て……」

 

 変な聞き方をする島田さんに苦笑いをしつつ天田君に視線を向けると、ショタの意味が分からないようで首を捻っていた。しかし自分の事を聞かれているとは理解できたようで、前に出て自己紹介を始めた。

 

「初めまして。僕は月光館学園小等部四年の天田乾です。葉隠先輩には部活動のことでお世話になっています」

「おぉ~、これはしっかりしたいいショタっ子だ」

「島田さん、ショタっ子はどうかと……でもホントしっかりしてるね。私は岳羽ゆかり。クラスは違うけど、葉隠君の友、知り合いかな?」

 

 友達と迷わず言えるほど親しくもないけど、言い直さなくてもよくない? 

 さっき話した内容のせいか、天田少年が一瞬俺に向けた視線がまだ友達居ないんですか? と聞いていたような気がする。

 

 そんな俺を放って順平たちの自己紹介が続いたが、それが終わると西脇さんが目を細めてこう言った。

 

「……ねぇ天田君。なんか目、赤くない?」

「そ、それは……」

「なにかあったの?」

 

 天田少年への視線がこちらへ向いた。

 え? 俺が泣かせたと思われてる? いや、泣かせたは泣かせたけど……と思っていると、西脇さんは俺の心情を察したのか自分の言葉を訂正した。

 

「ごめん、言い方間違えた。別に葉隠君が天田君をいじめて泣かせたとかは思ってないよ。さっき声かける前に見たときは笑顔だったし」

「あぁ、そうか……でもなぁ……」

 

 話してもいいかと視線を送ると、天田少年は頷いて前に出る。

 

「葉隠先輩は悪くないです。僕が勝手に、その、泣いちゃったんで」

「? 腹でも痛かったのか?」

「ちょっと思い出しちゃったから、ですかね……この博物館、母さんとの思い出の場所なんです。去年事故で死んじゃったけど」

 

 その一言で順平たちの天田を見る視線が沈痛なものに変わり、踏み込んだ質問をした宮本が気まずそうに謝る。

 

 しかし、天田少年がここに居たのはそういうことか。でも……

 

「天田君、ちょっと……」

「はい、なんですか?」

 

 ちょっと離れた場所に呼び出して聞く。

 

「言ってよかったの?」

「いいんです、事実ですから。それに正直に今までの話をして理解されると思いますか?」

「そりゃそうだけどさ……」

 

 俺のも成り行きで話したけど、本来なら原作キャラにだって話すつもりのなかった話だし……

 

「……母さんの事は、まだ悲しいです。小さなことで思い出したりします。けど、今日はちょっとだけ平気な気がするんです。真面目に僕の話を聞いてくれる人が居たって、分かったから」

 

 ……そうか。

 

 どうやら少しは天田少年の支えになれたようだ。

 

「先輩は変な人ですけどね」

「って誰が変な人かっ! 話を真面目に聞いて信じてるのに……」

「だからですよ。先輩と他の大人の意見、どっちが普通かくらいちゃんと分かってますから。だから……だから、ありがとうございます」

「……はぁ……分かった。もう何も言わない。……戻ろうか、向こうで不安そうな顔してる連中のところに」

「はいっ!」

 

 吹っ切れたとまではいえないが、一歩前進と言ったところか。

 

 それからみんなの居る場所に戻ったところ、携帯のアラームが鳴り響いて休憩時間の終わりを告げた。仕事に行かなければならず、俺はここで別れることになったが……

 

「皆さん、もう館内を見て回りましたか?」

「一階だけね、それだけで男子が疲れたっていうから」

「広くて色々あったけど、オレッチ普段こういうとここねーからよく分かんなかったりして……」

「伊織君、自分で連れてきといてそれってどうなのかなぁ? 下調べが足りないと、女の子とデートする事になったらがっかりされるよぉ? マイナス五十点です」

「島田さんは順平に期待しすぎ、どうせ葉隠君からアドバイス貰ったからここに連れてきたんでしょ?」

「返す言葉もありません……」

「まぁ期待してなかったし、あの時は私たちも悪かったし、責めてないけどね」

「? よく分かりませんけど、もしよかったら僕が博物館を案内しましょうか? 僕、年に何度もここに来てるから、常設の展示なら説明もできると思いますよ」

「おっ、マジで?」

「ハハッ、順平の案内よりは楽しめそうだな」

「体を動かせる場所ってないか?」

「ともちーひどい! 宮本は博物館で無茶言うなよ! 天田っちが困るだろ!?」

「体を動かせる展示なら槍投げ体験のコーナーがありますよ。ゴムでできた石器の槍の模造品をアトラトルっていう投槍器を使って的に投げるんです」

「あんのかよ!?」

 

 ……問題はなさそうだ。

 

 俺はそう判断し、憂いなく仕事に戻った。




影虎は過去を話したが核心は隠した!
天田は少しだけ心の支えを得た!
天田が伊織順平とであった!
天田が岳羽ゆかりとであった!


次回の投稿は早く書けるかもしれないし、遅くなるかもしれない。


投稿後に書き忘れていた事が見つかったので編集し、
天田に話した夢の話が、戦い方を学ぶことを両親に認めさせる一因であった事を書き加えました。
編集前に読んだ方は違和感があるかもしれません。すみませんでした。

小学生が道場に通うには親の許可や月謝の支払いや必要ですからね。
どこかで親になにかしら伝えておかなければならなかった。
そういうことがあったはずだと思っています。


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34話 天田の入部前日(前編)

4月29日(火)

 

 ~部室~

 

「…………」

 

 ……どうしてこうなった……

 

 天田少年の入部が明日に迫った今日。

 俺は人生最大の窮地に陥っている、かもしれない。

 体からは嫌な汗がとめどなく出ている。

 できることなら数時間前まで時間をさかのぼりたい……

 

 俺は目の前の現実から目をそらすように、まだ平和な時間を思い出す。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 放課後

 

 俺が部室へ向かっていたところ、校舎の近くで天田少年を見かけた。

 

「天田君!」

「あっ、葉隠先輩。これから部活ですか?」

「そうそう、天田君も明日から来るんだよね?」

「はい! よろしくお願いします!」

「こちらこそよろしく。ところで高等部の校舎近くで何を?」

「え、っと……することなくて適当に歩いてたらここに」

 

 ああ、桐条先輩が言ってたやつか。

 

「ってことは、今は暇? この後、予定は?」

「暇です。予定もありません」

「そっか…………ならちょっと巌戸台商店街まで付き合える?」

「? 寮の門限までならいいですけど……! 練習ですか!?」

「いやいや、解禁は明日から。だけどそのための準備は今日中にできるだろ?」

「準備?」

 

 俺は天田少年にパルクールの練習に伴う怪我の危険と防具の必要性を説明した。

 

「というわけ。練習で使う防具なんかはやっぱり体に合うものじゃないといけないから、天田君と一緒に用意した方がいいと思ってね。本当は明日部活の一環として連れて行くつもりだったんだけど、今日行ければ明日はすぐ練習に入れるだろ?」

「たしかに、でもお金……」

「お金の事なら心配無用。練習に使う防具は部の備品、備品は部費で買うから」

「いいんですか? 僕としてはありがたいですけど、僕のサイズに合わせたら他の人は使えないんじゃ……」

「天田君も部員になるんだから当然だ。なるべく調節の利くやつにするし……ただ部費はあまり潤沢じゃないから、買った防具は大事に使ってくれよ?」

「……分かりました! お言葉に甘えます!」

「よし! なら早速行こうか」

 

 こんな感じで俺は江戸川先生と山岸さんに買い物に行くと連絡し、巌戸台商店街へ向かった。

 ……ここで電話連絡でなく、部室に顔を出していれば悲劇は起こらなかったかもしれない。

 

 

 

 ~巌戸台商店街~

 

「で、パルクールを行う際の注意点だけど……まずはこんな風に人の多いところでやらないこと。他人に迷惑をかけやすいし、下手すると巻き込んで怪我をさせるかもしれないからね」

 

 道すがら天田少年にパルクールの歴史や注意点を説明しつつ、以前宮本と西脇さんから教わったスポーツ洋品店へ向かい、店ではスノーボードなどでも使われる尻パッド入りプロテクター(子供サイズ)を始めとする防具を購入した。

 

 ついでにラーメン屋「はがくれ」に連れて行き、かるく食事をすると同時に叔父さんに天田少年を紹介もした。

 

「はふ、はふっ」

「どうだ、美味いか?」

「はい! 美味しいです!」

「そうか! そら、味玉おまけだ」

「っと、ありがとうございます。……葉隠先輩、先輩の叔父さんってすごいですね。体格も大きいし、豪快だけど優しい大人の男って感じで」

「自慢の叔父さんだよ」

「うははははっ! ほめんじゃねぇよ! オラッ、チャーシューもおまけだ」

 

 もしかすると叔父さんは気前が良いだけでなく、おだてにも弱いのかもしれない

 

 ……

 

「ごちそうさまでした!」

「また来いよ! あと影虎はちゃんと坊主の面倒見ろよ!」

「分かってます、ありがとうございました!」

 

 食事を終えて、店を後にした俺達はのんびりと商店街を駅に向かって歩く。

 

「先輩、ご馳走様でした」

「口に合った?」

「とっても。それに外食なんて久しぶりだったから、さらに美味しかったです」

「普段は外で食べないのか?」

「小学生一人じゃちゃんとしたお店には入りづらくって……ワイルダックバーガーとかなら行けますけど、あんまりそういう所ばっかり行ってると、寮で食事指導されるんです。健全な成長のためにって。それに小等部は原則朝昼晩、寮の食堂で食事をするのが決まりですから」

「そうなのか? なら今日のは違反?」

「大丈夫です。買い食いとかおやつは禁止されてませんから。ただそれで寮の食事を何度も抜いたりすると指導室に呼ばれますね。でも僕は普段ちゃんと寮の食堂で食べてるので平気ですよ」

「そうか、安心した」

「はい、だからまた誘ってください」

「ああ、また奢ってやるさ」

「あっ、僕そんなつもりじゃ」

「いいっていいって。そういうのは年上が奢ったり多めに払ったりするものだろ? 小学生にご飯を奢る高校生、これが逆の場合を考えてみなよ」

「小学生にご飯を奢ってもらう高校生……かっこ悪いですね」

「かっこ悪いどころじゃないって。普通に白い目で見られるぞ、俺が。だからまぁ、その時は奢られていてくれ。先輩の顔を潰さないのも大人の対応だ」

 

 まぁ潰れるときは潰れるものだけどな。

 

「あ、そうだ。先輩知ってますか? 僕や先輩が住んでる寮の食堂のご飯と月光館学園の給食って、作ってる人は同じらしいですよ」

「そうなのか? 知らなかった」

「だから学校でも寮でも出てくる味付けが同じで、長く学園にいる生徒は飽きて高等部から外食が多くなるそうです」

「へー。言われてみれば給食ってメニューは多いけど、味付けなんて早々変わらないもんなぁ」

「新メニューとかも増えませんしね」

「真面目に食堂で食べ続けたら、他所の学校と比べて食べる機会は三倍。それを何年も食べ続けたら飽きるだろう」

 

 そんな無駄話をしながら、俺たちはモノレールに乗って辰巳ポートアイランドへと戻る。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 ~辰巳ポートアイランド駅前~

 

「つきましたね、先輩。これからどうします?」

「そうだな……天田君の寮、門限五時半だよね?」

「そうです」

「ならもう帰ったほうがよくないか? ほら」

 

 駅前にあった時計を指差す。時間は五時五分前。

 時間にきづいた天田君は帰ることに同意し、俺たちは二人で小等部の寮まで歩いた。

 その途中で今日買った防具は持ち帰って良いのかと聞かれた時、一応部費で買ったということにした手前、まだ正式には部員でない天田少年に預けるのも変な話かと思ってしまい、一度預かって明日の部活動で渡すという話になった。

 

「じゃあ俺はここまでで」

「はい、先輩今日もありがとうございました。防具の事よろしくお願いします。それから先輩、この間から思っていたんですけど、僕のことは呼び捨てでいいですよ。年上ですし、部活でも先輩後輩になるんですから」

「ん、そうか? なら……天田、また明日。明日部室に来るのを待ってるよ」

「はい! さようなら!」

 

 こうして俺は天田と別れ、暇があったので一度防具を部室に置きにいくことにしたのだが…………来なきゃよかったと今は心底後悔している。いや、それは問題を先延ばしにしているだけか……

 

「……君、葉隠君。どうしたの?」

 

 ああ、もう現実逃避もできないようだ。

 

「いや……女の子の手料理とか初めてでキンチョウシテルンダヨー」

「そっ、そんな言い方……べつに大した物じゃないよ。ちょっと焦がしちゃったし……」

 

 目の前の山岸さんが顔をうっすらと赤くしているが、俺の顔は青白くなっていないだろうか? 山岸さんが気づかないくらいは普通の顔色なんだろうな……はぁ……

 

 目の前には山岸さんがシチューと呼ぶ灰色の液体が入った皿がある。

 その中身は俺がいくら見つめても減る事はない。

 

 どうも山岸さんは俺が天田少年と買い物に行く事を連絡した直後、自分も何かしてあげたいと明日に備えて冷蔵庫に残っていた使いかけの食材で歓迎の料理を作ってみたという。シチューを選択したのは一晩寝かせたら美味しくなるから。

 

 ……まず一つ言いたい。寝かせて美味くなるのはカレーだろう。

 シチューでも美味しくなるかもしれないが、一般的にまず思い浮かぶのはカレーだ。

 ついでにあれは一晩時間をかけなくても、一度冷ますだけで同じ効果が得られるそうだ。

 ……そんな事は今どうでもいい。

 問題は山岸さんが部室に顔を出した俺に、できたシチューの試食を頼んできた事。

 ……俺には笑顔の山岸さんをみて、即座にいらないと跳ねのける“勇気”がなかった。

 その後の空気が悪くならないよう、断り方を考えているうちに用意が整っていた。

 

 マジであの時部室に行くべきだった。そうすれば未然に防げたのに。

 

「でも早く食べないと冷めちゃうから、ね? 材料も元々は葉隠君のだから、遠慮しないで」

 

 ……前に買った食材の残り、早いとこ使い切っておけば良かった。

 そうすればこんな事には……と後悔ばかりが脳裏に浮かぶが

 

「いただきます」

 

 原作主人公は何度食べても死にはしなかった。

 だから俺も死にはしないだろう。

 このままでは無駄な時間だけが過ぎる。

 今もおいしそうには見えないが、冷めればまずくなる。

 そう自分に言い聞かせ、俺はスプーンで灰色の液体をすくう。

 

 ……具が見当たらない。全ての具が形をなくすほど煮込んだのだろうか?

 

 何処を食べても同じだと判断し、スプーンを恐る恐る口に含ん

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 ……………………

 

 …………………………

 

 死はふいに来る狩人にあらず

 

 元より誰もが知る…

 

 生なるは、死出の旅…

 

 なれば生きるとは、望みて赴くこと。

 

 それを成してのみ、死してなお残る。

 

 見送る者の手に“物語”が残る。

 

 けれども今、客人の命は…………

 

「ファーーーーーーーー!!!!!!!」

「えっ!? 葉隠君!? どうしたの葉隠君!? どうして痙攣してるの!? ……先生! 江戸川先生!!」

 

 口に入れた瞬間意識が飛びかけ、客人になった覚えもないのに脳裏にゲームオーバーの詩が流れた。

 奇声を上げて意識を取り戻したが、体が上手く動かない……

 近くで聞こえていた山岸さんの声が遠ざかっていく。

 目がかすんで良く見えないが、俺は倒れているようだ……

 何なんだこれは……このままじゃヤバイ、さっきのシチューに毒でも入って……!

 

「ドッペル、ゲン、ガー」

 

 気を抜いたら落ちそうな意識を気合で繋ぎとめ、眼鏡型のドッペルゲンガーを召喚。

 

「ポ、ズムディッ!」

 

 気づけば俺は、一か八かペルソナの力で毒の治療を試みていた。

 そしてスキルを発動した次の瞬間……苦しかった体が楽になった気がしたと同時に、俺の目の前が暗くなった。




 影虎はめのまえがまっくらになった!
 解毒魔法の習得は毒物摂取のフラグだった!


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35話 天田の入部前日(中編)

「……たら……」

「…………です」

「……貴女には……あります」

「まさか……こんな……」

「……教えますよ……」

「でも……………………」

「……大丈夫…………状態は安定……」

 

 誰かの声が聞こえてくる……

 

「おや、気がつきましたか影虎君」

「葉隠君……体は? 気分はどう?」

「すごくねむい、な。でも苦しくはない」

「影虎君、私は今何本指を出していますか?」

「三本」

「腹痛などは?」

「ありません」

 

 指の先には特徴的な内装……ここは江戸川先生の部屋か。

 部屋の隅に置かれたベッドに寝かされているようだ。

 山岸さんが不安そうに足元に立ち、枕元に立つ江戸川先生の問診がつづく……

 

「もう少し休んでいた方がいいですが、もう大丈夫でしょう」

「よかったぁ……」

「一体何が? 料理を食べて意識を失ったのは分かるけど」

「ごめんなさい!」

「あ、いや、責めてるんじゃなくて……あの後どうなった?」

「山岸君が大慌てで私を呼び、私が君をここに運び込みました。私が到着したときは既に状態は安定していましたが、痙攣をしていたというのでとりあえずここに」

 

 ……そうか、覚えてないけど。

 

「葉隠君、本当にごめんね。私、間違えて入れちゃいけない物を入れちゃったみたいで……」

「入れちゃいけない……?」

「うん……材料を洗うときに洗剤を使ったり、にんじんと間違えて江戸川先生の薬の材料を入れちゃったり……」

「……無事だったから、いいよ……次は頑張って。なんなら基本くらいは俺が教えられると思うから」

 

 突っ込みどころが多くて、突っ込む気力を失った……

 でも放置するとそれはそれで危険そうだ。

 とりあえず目の届かないところで作らないでほしい。

 

「影虎君の言う通りです。失敗は成功の母、間違えたらやり直せばいいのです。それに先ほども言いましたが、私はあなたに才能があると思いますよ」

「才能なんて……」

「いえいえ、間違いありません……まさかアレを使ってあのような反応を引き起こすとは……ヒヒッ。才能の塊ですねぇ。よければ私も薬膳(・・)料理の作り方をお教えしますよ」

 

 山岸さんには途中が聞こえなかったようだが、先生が言ってるのは絶対に料理の才能じゃない!

 

「先生、山岸さん……」

「なあに?」

「料理は……俺が……」

「なるほど。確かに私が常に教えることはできませんね。交代で教える事にしましょうか」

 

 そうじゃない、っ!

 

 一段と強い眠気の波が俺を襲う。

 

「葉隠君!?」

「落ち着いてください山岸君。摂取量が元々少なかったのか、発見から処置までが早かったおかげか、彼の体に異常は見られません。強いて言えば随分と体力を消耗している様子……完全下校時刻ギリギリまで、このまま休ませてあげましょう」

 

 そんな二人の話を聞きながら、俺の意識は遠ざかっていった。

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

「………………ハッ!?」

 

 ベッドから跳ね起きてから目が覚めた。

 何か、悪い夢を見ていた気分だ……と思ったが、すぐにあれは現実だと理解する。

 

「お目覚めのようですね。体調はどうですか?」

「江戸川先生……体はだるいですが、気分は悪くありません」

「どれどれちょっと目を拝見、脈と血圧も測っておきましょう」

 

 また江戸川先生の検査が始まった。

 

「そういえば……先生、俺はどれくらい寝てました? あと山岸さんは?」

「山岸さんなら寮に帰しました。つい先ほど七時を過ぎましたからねぇ。他の運動部もぼちぼち練習を終えて帰る時間です」

 

 結構寝たなと考えながら血圧計を用意する先生を眺めていると、先生があさっていた棚の中には他にも医療器具のような物が見える。

 

「……すごい器具ですね。病院みたいだ」

「ヒヒヒ。その通り、器具はどれも本物の病院で使われている物と同じです。ガーゼなどは保健室から持ってきていますが、私の私物もありますね」

「へぇ、そういうのは個人で買える物なんですか?」

「物によりますが、困らない程度に揃えられます。私、昔はとある大学病院で内科医をしていましたし、独立して開業を考えていた時期もありますから。そのあたりのツテもあります」

「先生、医師免許持ってたんですか!?」

「ヒヒヒ……勤務医でしたからね、当然です。しかし養護教論になるために必要な免許は“養護教論免許”。私のように医師免許も併せ持つ例は珍しいでしょうねぇ……ちなみに医師免許だけでなく、スポーツドクターの資格も持っています。伊達に歳を重ねていませんよ。ヒッヒッヒ」

 

 衝撃的な事実が今明かされた気がする……江戸川先生、なにげにハイスペックだった。

 

「驚きましたか?」

「とても……どうして養護教論に?」

「勤務医という仕事は、とても忙しいのですよ。趣味の研究もできず体を壊してしまうくらいに。どこの職場でも同じでしょうが、人間関係も複雑ですしね……ヒヒッ。腕を出してください」

 

 言われた通りに右腕を出して先生に血圧を測られていると、だんだん先生の表情が難しい顔になっていく。

 

「何かありましたか?」

「逆です。私が山岸君に呼ばれて気絶した君を見つけたときからそうなのですが、意識レベル以外のバイタルサインは安定していますし、どこにも異常は見られませんでした。君の体はいたって健康体のようです。

 しかし君が気を失っていたのは事実。それも呼びかけても手足を刺激しても反応がなかった……何か突然意識を失うような持病は持っていませんか? 些細な事でも異常を感じていたら教えてください」

「ありません。体がだるいくらいです」

 

 体に異常がないのは、きっとポズムディが効いたからだ。

 体のだるさもペルソナを使った時の疲労感だし……

 

「体のだるさ……ちょっと手足とおなかを触りますね」

 

 先生が何かを確認している。

 

「……やはり。筋肉や内臓にそれほど疲労はみられませんねぇ……もしや……」

「先生?」

「影虎君。少々時間を貰えますか?」

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 夜 ポロニアンモール近くの駐車場

 

「さぁ、行きましょう」

 

 時間をくれと言ってきた先生に連れられ、ここまでやってきた。

 先生は俺があのまま帰っても問題ないと判断したものの、気がかりな点があったらしい。

 言わずもがな、先生にとっては原因不明の昏倒と倦怠感。

 俺としては原因も分かっているし、倦怠感も耐えられる程度だ。

 しかし時間はもう下校時刻になっていた事もあり、車で送ってもらえることになった。

 そしてその途中寄り道をしていく事になり、到着したのは以前にも来たアクセサリーショップ、Be Blue V。

 なんでもあの魔女っぽいオーナーはスピリチュアル・ヒーリング(心霊治療)の心得があるそうで、彼女なら俺の症状を改善できるかもしれないとのこと。

 ゲームではヒーリングショップで体調を改善させるお店だったし、可能性はありそうだ。

 

「いらっしゃいませー」

「こちらのオーナーにお会いしたいのですが。江戸川でアポイントをとってあります」

「こちらへどうぞー」

 

 店内にまばらにいる女性客から奇異の視線が送られてくるが、先生は意に介さずカウンターに立っていた一人の若い女性店員に用件を伝えると速やかに奥へ通され、ほどなくしてオーナーさんがやってきた。ごく普通の挨拶を交わすと、オーナーが話を切り出す。

 

「挨拶も済んだことですし……葉隠君、私の隣に座って背を向けてもらえるかしら?」

 

 言われた通りにすると、オーナーは俺の背中に手をあててくる。

 

 ノコノコついてきたはいいが、どうなるんだろうか? 無言の時間が続いている……

 

「そんなに緊張しなくていいわ。まずはおしゃべりでもして気を楽にしましょうか」

「はい……」

 

 戸惑いもつかの間、一つ話題を見つけた。

 

「そういえば先日はありがとうございました。いただいたラックバンド、とても良い物でした」

「あら、そう言ってもらえると嬉しいわ」

「あれと似たような物は他にもあるんですか? それか、もっと効果の高いものですとか」

「ええ、あるわ。似たような物も、効果の高いものも、ね……ウフフ……今もってくるわ」

 

 オーナーは笑みを深めて頷くと止めるまもなく部屋を出て、四個のアクセサリーを持って戻ってきた。

 

 次々と目の前に並べられるそれらは全て、俺が貰ったラックバンドと同じくパワーストーンを繋げて作られたブレスレットで、どれもアクセサリーを構成する石のどれかにルーンという北欧で使われていた文字が一文字ずつ彫りこまれている。

 

「商品名は左からパワーバンド、マジックバンド、ガードバンド、スピードバンド。健康、勉学、交通安全、仕事のお守りをかねたアクセサリーよ。そして……」

 

 最後に取り出されたのはラックバンドと似ているが、文字が一つ増えている。

 

「貴方にあげたラックバンドと同じ幸運のお守り。だけどより強い力を持つメガラックバンドよ」

「……手に取ってみても?」

「ええ、どうぞ」

 

 左から全てのアクセサリーのルーン文字に目を通す。

 

 ウル、アンスール、エオロー、ラド……メガラックバンドはギューフとウル……力強さを表すウルが増えてるな……」

「あら……フフフッ、貴方ルーンが読めるのね」

「! 口に出ていましたか?」

「ええ。それより、読めるのね?」

「……以前、江戸川先生からルーン魔術入門と言う本を頂きまして」

「おや、あの本をちゃんと読んでくれていたんですねぇ」

 

 それは俺が山岸さんと桐条先輩にインチキ占いをした後で、タロットの本と一緒に頂いた中の一冊だ。始めはそれほど読むつもりはなかったが、一度中身を軽く覗いた時に見たルーン文字がタルタロスで効果のあるラックバンドに掘り込まれていたのに気づいてからは割とマジで読んでいる。本当に入門書のようで非常に分かりやすいので、読むのをやめる気にならなかったというのもあり、ちょくちょく読んでいる。前に博物館で読もうとしたのもその本。

 

 その甲斐あってか、ルーン文字とその意味くらいは分かるのだ。

 

「どれくらい知識があるのか、教えてもらってもいいかしら?」

 

 他人に魔術の話をするのは若干抵抗があるが、既にオーナーと江戸川先生は不気味な笑顔で聞く態勢に入っている。

 

 こうなったら仕方ないと、俺は覚悟を決めて答えた。

 

 本に書かれていた“ルーン魔術”を説明するには、まず“ルーン”と言うものが何かを説明しなくてはならない。

 

 ルーンとは古代、北欧のゲルマン人が用いた古い文字であり、日常から儀式まで様々な場面で使われていたとされているアルファベットのようなもの。地域や年代によって多少増減することもあるが、基本は全部で二十四文字。アルファベットが文字の初めであるa、bの読みからアルファベットと名づけられたように、ルーン文字のアルファベットはフサルクと呼ばれる。

 

 ルーンには一文字ずつにタロットと同じように意味が複数あり、それが占いやルーン魔術に使われる。

 

 占い方はタロットとほぼ同じ。正位置や逆位置といった概念が無く意味の読み取りは難しくなると言われているが、近年はタロットと同様に正逆を取り入れる事も珍しくなく、占いにおいての差異はほとんど無いようだ。

 

 次にルーン魔術だが、俺の印象としては“げんかつぎ”や“おまじない”のような内容である。本に載っていた使い方も非常に単純で、やろうと思えばいつでも実行できるだろう。

 

 具体的な方法は全部で四つ。

 

 一つめは、自分の願いやそれに関係するルーンを選び、何かに書き記す方法。

 これが一番簡単な方法で、他の三つも何かに書くという点は変わらない。

 

 二つめは、ルーンを用いて当時の言葉で願いを書き表す方法。

 これは当時の言語が完全に解読されていないためほぼ不可能。

 幾つかは判明している単語を除くと実行できない。

 

 そこで出てくるのが三つめ、ルーン文字にアルファベットを対応させて英語で書く方法。

 英語で書くと言ったが、実際は文字を対応させられるなら何語でも可。

 とにかくルーン文字を使って、意味が分かるように書ければいい。

 個人的に英語が一番やりやすそうだと感じた。

 

 さらに四つめは、複数のルーンを組み合わせオリジナルのルーンを作ってしまう方法。

 これはバインドルーンと呼ばれ、文字を組み合わせることでその意味も組み合わせる。

 そうやって望みの意味を表すルーンを自分で(・・・)作る。もはや何でもありだ。

 ルーン魔術はとにかく単純かつ自由度が高い。

 

 そしてそのどれかを実行したら、あとは書いたルーン文字を持って祈る事によりパワーを注入して持ち歩くだけ。ゲルマン人は木片や石にルーンを刻んでお守りとして持ち歩いたそうな。

 

「……こんなところです」

 

 俺が話し終わると、二人は何度も頷いている。

 その顔はとても満足そうで……というか話しているうちにどんどん機嫌が良くなっていた。

 やっぱ江戸川先生とその仲間だ、静かに笑みを深める喜び方がよく似ている。

 

「フフフ……基本はちゃんと理解できているのね。流石は江戸川さんが連れてきた子だわ」

「いえいえ、私は本というきっかけを与えただけですよ。ヒッヒッヒ」

 

 二人の話は、完全に俺がそっち側に踏み込んでるように聞こえ…………客観的に見たら踏み込んでるじゃないか……

 

 自分の行動を省みて衝撃を受ける俺をよそに大人二人は笑っている。

 

 だが、ここでオーナーから衝撃の言葉が飛び出した。

 

「葉隠君、もしかして貴方……

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔術を使おうとしなかったかしら?」

 




影虎は生き延びた!
しかし江戸川が山岸風花に何かを教えようとしている……
影虎はルーン魔術の基礎知識を得ていた!
作者が描写し忘れて唐突だ!




次回、天田の入部前日(後編)


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36話 天田の入部前日(後編)

「なんの事でしょうか?」

 

 とっさにとぼけてしまったが、白々しい……つーか何でそんな質問を突然!? 使ったよ! ドンピシャだよ!?

 

「話したくなければ無理に聞き出そうとは思わないけれど、私たちはそうだと考えて話しをさせてもらうわ。まず、魔術の取り扱いには気をつけなきゃダメよ。視てみたら貴方、力を使いすぎて魂の輝きまで弱っているの」

「まさかとは思いましたが……」

「先生、どういうことですか?」

「ヒヒヒ。視点を変えてみたのです。君の症状について、肉体的に問題が見つからないならば原因は霊的な方面にあるのではないかと。しかし私は肉体的な診察と治療はできますが、霊的な処置はできません。そこでスピリチュアル・ヒーリングの心得があるオーナーにご協力いただいたのです。

 魔術と言う物は扱いを間違えば術者の身の破滅をも招いてしまうもの。使用には十分な注意が必要なのです。……と言っても、本を渡した私が言える事ではありませんね。まさか一足飛びに使えてしまうとは……もう少し慎重になるべきでした」

「でも不思議ねぇ……本を読んだだけの初心者が自滅するまで力を使えるなんて。普通はマスターの下で修行を続けてようやく実感できる効果を出せるようになる。本を読んだ程度では試しても効果が出ずに、やっぱり魔法なんてなかった、と諦めるのが関の山なのに……」

「………………」

 

 なんだこの状況……どこまでバレてるの? そもそも魂の輝きって何よ? つかこの人たち本物のそういう能力者とかそういう人なの? 非日常に両足突っ込んでる俺に否定する権利はないけどマジか……どうする、というか、この二人はどこまで知っているんだろう? ペルソナについては知っているんだろうか? 江戸川先生が桐条グループの元研究員だったりしないよな? 桐条先輩からは得体の知れない人扱いされていたけど……

 

「……俺にそんな力があると思いますか?」

「あると思うわ」

 

 躊躇いなく答えたのはオーナーだった。

 

「どうして? 先ほど言っていた魂の輝きというやつですか?」

「それもあるけれど、貴方からは初めて会ったときから他の人とは違う感じがしていたのよ。それに、さっきアクセサリーを見せる前、貴方はこう言ったでしょう?“前貰ったアクセサリーに似たものか、それより効果の高い物がないか?”って」

「ええ、言いました」

「このお店に置いてあるアクセサリーは、ほとんどが他所から仕入れたもの。だけど、貴方に見せたアクセサリーは全部私が石を選び、磨き、ルーンを刻み、力を込めながら作った物なの。……あの時の私は、貴方にはラックバンドがいいと感じたからラックバンドをあげた……でもあの時私、ラックバンドに力があるなんて教えたかしら?」

「っ!」

「似たものと言うのはデザインの話にも取れるけれど、効果の高いものという要求は効果を知り、その原因がラックバンドにあると分かっていなければ出てこないと思うの。

 私はラックバンドを手にした貴方に何が起こったのか、貴方が何をできるのかは知らない。だけど、無自覚に私が込めた力を感じ取れるのではないかと思っているわ。……深読みのしすぎだと言われればそれまでだけどね」

「優れた霊感か……陳腐な言い方になりますが、才能ですねぇ。特に誰から何も教わらなくとも霊を見てしまう、存在や力を感じ取ってしまう人はいるものです。特に幼少期に何かが見えるという話は多いですね」

 

 ラックバンドの効果を知っていたのは原作知識とタルタロスでの検証の結果。

 だが、何も聞かずにそれを言葉にしたのは失言だった。

 しかし、どうやらこの二人は俺に霊感があると思っているらしい。

 ペルソナでないのなら、ここはそのまま話に乗っておこう……

 

「……実を言うと、昔から変なものを見ることがたまにありました」

「なるほどなるほど。では影虎君には元々素養があったという事で……一つお話が」

 

 次に何と言われるのか。

 もう予想ができず、ただ息をのむ……

 

「影虎君は以前、アルバイトを探していましたね?」

「は? っ、はい」

「今も探し続けていますか?」

「はい。先日短期のアルバイトをしましたが、もう二日間だけの仕事だったので。新しいバイト先は見つかっていません」

「でしたら、このお店で働くというのはいかがでしょう?」

 

 どういうこと?

 どうにか追求を乗り切ろうと思ったら、いつの間にかバイトを進められていた。

 しかも経営者じゃない江戸川先生に。

 

「すみません、話のつながりがよく分からないのですが」

「以前、私が君にアルバイト先を紹介しようとした事を覚えていますか? それがこのお店なのです」

「うちで働いている子は女性ばかりで、力仕事が大変なの。それで江戸川さんには前々から学生でもいい子がいたら紹介してもらえないかと話していたのよ。あの日、貴方を置いて商談をしていた時にも少しね。

 貴方は真面目そうだし、力もありそう。貴方にその気があれば、ぜひ働いてほしいわね。お給料もちゃんと払うし、もしも貴方がルーン魔術の習得を望むのなら勉強の助けにもなれるわ」

「! それはこのアクセサリーを作れるようになる、と?」

「どれほど時間がかかるかは貴方しだい。だけど勉強を続けていれば可能だと思うわ」

「私もそれがいいと考えます。何事にも先人はあらまほし。難解な魔術の習得となればなおの事。マスターとなる師匠、親方がいなければ習得はまず不可能です。また、先ほども話したように、扱いを間違えば修行者自身が破滅に向かってしまいます。その破滅を避けるためにも、魔術の習得を望むのならばマスターの存在は絶対に必要なのです。

 君に本を渡したのは私ですが、残念ながら私の専門はカバラ。ルーン魔術についての造詣は深くありません。ですからルーン魔術の勉強を続けるというのであれば、オーナーに師事する事を強くおすすめします」

 

 おかしな話になった。

 しかし、給金だけでなく特殊なアクセサリーを自作できる知識は非常に魅力的だ。

 ペルソナ以上によくわからない人たちだが……

 

「……是非、こちらからもお願いしたいです。アルバイトは週何日ほどでしょうか?」

「フフッ、興味をもってくれたようね」

 

 俺は無言で頷いた。

 

「そうね……平日に二日か三日、それと毎週土曜日には来てほしいわ。他所から仕入れたアクセサリーの搬入に、一週間の締めくくりの掃除や片付けをするのが土曜日だから。日曜日は定休日よ」

 

 それなら無理はなさそうだ。俺のパルクール同好会の活動日が日曜以外、山岸さんの文化部が火・水・木。天田少年にも休みが必要だし、山岸さんの文化部の日に入れれば放っておかずにすむだろう。でも一度話し合ったほうがいいな。

 

「すみませんが、少々時間をいただけますか? 日数は問題ないと思いますが、部活の部長をしているので、部員と部のほうをどうするか相談したいので」

「もちろんいいわよ。こちらもシフトの調整が必要だから今日明日からとは行かないし……そうねぇ、来週までに一度、履歴書を書いて来てくれるかしら? その時に聞いてシフトを入れましょう」

「分かりました。よろしくお願いします!」

 

 紆余曲折があったが、俺は新しいアルバイト先の内定を得た。

 そして話がまとまると、忘れかけていたヒーリングの話になる。

 

「これで良いのですか?」

「ええ、そのまま体をリラックスさせておいて」

 

 施術のためにソファーに寝かされ、祈りをささげた後に俺の体へ手をかざすオーナー。

 するとペルソナを召喚していないのに、徐々にではあるが普段の吸血で力が流れ込んでくるような、満たされるような感覚を覚える。これなら本当に治るだろう。しかし、吸血とは何かが違うような……

 

「あら? もしかして私が今流している力も感じ取れているの?」

「はい」

「そう……スピリット・ヒーリングは始めてかしら?」

「スピリット? スピリチュアルではなく? どちらにしろ初めてですが」

 

 治療を受けつつ話を聞くとスピリチュアル・ヒーリングは治療動作が同じでも使うエネルギーによって三種類に分類されるそうだ。

 

 一つめは霊界の霊が作り出すスピリット・エネルギーを用いたスピリット・ヒーリング。

 二つめは人間の霊体が持つサイキック・エネルギーを用いたサイキック・ヒーリング。

 三つめは人間の肉体が持つマグネティック・エネルギーを用いたマグネティック・ヒーリング。

 

 人間は霊・精神・霊体・肉体で構成されており、霊的純度(エネルギーの質)が一つめのスピリット・エネルギーに近づく(純度が高くなる)ほど治療の効果が高いらしい。つまり今俺が受けているのは最も効果が高い治療になる。

 

「エネルギーの違いは効果の違いだけでなく、施術者がはたらきかけて治療できる領域を決めるわ。マグネティック・エネルギーなら肉体だけ、サイキック・エネルギーなら肉体と霊体。スピリット・エネルギーなら霊から肉体までと、より広い範囲を癒せるわ。

 ただしサイキック・エネルギーとマグネティック・エネルギーは人の肉体の中で作られるエネルギーであり、その人自身にも必要なエネルギー。治療のためだからといって人に与えすぎてしまうと、今度は施術者の方が倒れてしまうの。貴方の場合は魔術の失敗の結果だと思うけど、症状はこのケースに近いわね」

 

 理屈に心当たりがありすぎる……ここで学ぶのは正解だと思えてきた。

 

「? オーナーは平気なんですか?」

「スピリット・ヒーリングで治療に使うエネルギーは外の霊から受け取っているの。私は霊からいただいたエネルギーを治療に使えるように転換し、貴方に渡す中継役にすぎない。無限にとはいかないけれど、サイキック・ヒーリングほどの負担はかからないわ」

「そうなんですか……」

「ええ。自分の健康維持に必要なエネルギーを確保した上で、余りを使って施術するのがサイキック・ヒーリングとマグネティック・ヒーリングの鉄則よ。そうして霊からの力を受けて扱えるようになるまで修練を重ねてスピリット・ヒーリングを覚えるの。

 貴方も気をつけなさい、自分の体調を崩すほど力を使っては絶対にダメ。エネルギーの確保を忘れれば、やがて破綻し破滅を招くわ」

 

 そこまで言うと、オーナーはかざしていた手を下ろした。

 そこで気づけば、体のだるさが嘘のように消えている!

 

「調子は戻ったようね」

「オーナーのおかげです。ありがとうございます!」

 

 ペルソナを使わずにこんな事を実現したオーナーにわずかに尊敬を抱き、礼を言うとオーナーは笑っていた。

 

「あっ、この治療のお代は……」

「今日はいらないわ。ヒーリングで商売はしていないから、今いくらかと聞かれても困るし……どのみち働き始めてからしばらくの研修期間はお給料をちょっと少なめにさせてもらうから」

「分かりました、気合を入れて働かせていただきます」

「期待しているわ」

「ヒッヒッヒ。体調は回復し、アルバイト先と人手が見つかり、いやぁいい結果で終わって良かったですねぇ」

 

 こうして俺の体調は改善されたが、もう夜の八時を過ぎていたためお暇する事になった。

 しかし、いざ店を出ようとしたところで店舗まで来ていたオーナーに呼び止められる。

 

「葉隠君、ちょっと待っていて頂戴」

「? はい、わかりました」

「影虎君、私は先に外へ出ていますね」

 

 オーナーは急ぎ足で奥へ戻っていき、江戸川先生は店内に数人いるお客様の目が気になったのか出て行った。

 

「…………あ、どうも」

「どうもー」

 

 待つ間、店内を見ていたら女性の店員さんと目が合った。

 なんとなく気まずいが、ここで働くなら挨拶しておくべきか?

 と思ったら店員さんは他のお客に呼ばれてお会計に行き、オーナーも戻ってきた。

 

「お待たせしたわね」

「いえ、そんな事ありません」

「フフッ……葉隠君、これを持っていなさい」

 

 俺の右手をとって、手の平に乗せられたのはピンク色の小さな石だった。

 表面は解けた氷のような光沢と凹凸があり、すべすべして冷たい。

 

「これは?」

「アイスクリスタル。主にインドの北部で産出されるパワーストーンでヒーリング効果があるの。それから瞑想や超意識との同調を助ける働きもあるわ。アクセサリー作りの過程で出た破片だけど、気休めのお守りにはなると思うから。

 パワーがなくなってきたと感じたら月光浴をさせたり、水晶か塩の中に埋めて浄化して頂戴。水と日光は変色の可能性があるからおすすめしないわ」

「ありがとうございます、こんな物まで」

「フフフ、うちで働くなら次は元気な状態で来てくれないと困るからね。アフターサービス……あら?」

「? 何かあったんですかね?」

 

 言葉を途中で止めたオーナーは、外を気にしているようだ。

 そちらに注意を向けると、どうも店の前が騒がしい。

 

 二人で店の入口に近づいてみれば、そこでは……

 

「あなた、職業は?」

「月光館学園の養護教論です」

「ここで何をやっている」

「人を待っているんですよ、うちの生徒を」

「生徒と? 教師が生徒とアクセサリーショップに?」

 

 江戸川先生が職務質問を受けていた。それも原作にも出てくる黒澤巡査に。

 

「って何やってんですか江戸川先生!」

「むっ? 君が、この人の生徒か? 一体何故こんな時間に」

 

 それから俺と江戸川先生は黒澤巡査の職務質問を受け、精神的な疲労が溜まっていた俺に、先生がリラクゼーションの得意な知り合いを紹介してくれたという事で納得させて事無きを得られた。

 

「ようやく解放されましたねぇ」

「せっかく癒されたのに、また疲れた気がします」

「今日の職質はまだ短いほうです、お二人のおかげで早めに話が終わりました」

「いつも受けてるんですか……?」

「ウフフ……困りますねぇ」

「ええ。それでは、また職質を受けないうちに帰るとしましょうか?」

「そうしましょう。オーナー、今日は本当にありがとうございました」

「ええ、次に来るときを待っているわ」

 

 絞まらない最後ではあるが、こうして俺達は帰路につき、今日の一日が終わった。




影虎は誤解された!
しかしアルバイト先と成長への手がかりを手に入れた!


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37話 天田の部活動初日(前編)

 4月30日(水) 放課後

 

 ~部室~

 

「改めまして、天田乾です! 葉隠先輩、山岸先輩、江戸川先生。今日からよろしくお願いします!」

 

 とうとうこの日がやってきた。授業が終わったら急いで部室へ。

 同じ事を考えていた山岸さんと江戸川先生の二人と図らずも合流して部室に来ると、もう既に天田が来て待っていた。

 待たせたかと聞けばそうでもないと答えたが、小等部の授業は何時に終わるのかと聞けば三時半くらいに終わると答える天田。しかし高等部は三時四十五分までかかり、今はもう四時に近い。

 

「待ってないとか言っといて、約三十分待ってるじゃないか」

「それは、その……」

「待ち時間はまだいいとしても、これじゃ雨の日とか困らないかな?」

「ヒヒヒ、何か考えておきましょう。まずは中へ」

「それもそうですね」

 

 俺たちは元気な挨拶をした天田少年を迎え入れ、まずは部室を案内する。

 と言っても紹介する場所なんてほんの少ししかないが。

 

「ここが天田君が使う部屋ね」

「すごいですね……高等部の部活って一人一人に個室が用意されてるんだ」

「あ、天田君、それは違うの。この部が特別って言うか、隔離されてるって言うか」

「隔離?」

「他所じゃまず無いと思うけど、うちは部員が少なすぎて部屋が余っているから有効活用しているだけさー。着替えて早速練習に入ろう。

 小等部の寮の門限は五時半だろ? 考えてみたら一日二時間くらいしか練習時間ないぞ」

「そうでした! 早速着替えます!」

「昨日買った防具は部屋に置いてあるけど、まだ着けなくていいからなー」

 

 部室の異常性はうやむやにして、俺は天田に準備をするよう促した。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

「よーし、着替え終わったな?」

 

 部室の前に、半袖半ズボンの体操服に着替えた天田と、ジャージを着ている山岸さんが並んでいる。

 

「今日の練習メニューはまず準備体操と柔軟の後でランニング。それから防具をつけて軽くパルクールの基本技をやってみよう」

「はいっ!」

「ランニングまでは私もやるね」

「俺も初めは様子を見ながらやるから」

 

 こうして練習がはじまると……

 

「うん、しょっ!」

「いたたたたたっ!」

「あっ、ごめんね」

「山岸さん、背中に力をかけるのはもっとゆっくりでいい。それから天田、無理はしなくていいけど柔軟はしっかりやらないと怪我のリスクが高くなるからな。多少は我慢だ」

「はいっ、ていうか……先輩、体柔らかいですね」

「お腹までぴったり地面についてる……」

「まぁ、パルクールやって長いからね。格闘技でも柔軟性とか大事だし」

「! 山岸先輩、もう一度お願いします!」

「わかった。いくよ?」

「~~~~~~~!」

 

 寮では部屋にこもりがちだったからか、天田の体がちょっと固めなことや

 

「1、2! 1、2!」

「1、2! 1、2!」

「1……2……」

 

 山岸さんは日々歩き回っていた天田よりも体力が無いことが分かってきた。

 

「よーし、休憩!」

 

 俺が宣言すると、二人は足を止めて乱れた呼吸を整えようとする。

 そこに担いでいた荷物の中から、二人分のスポーツドリンクが入ったボトルを差し出す。

 

「はい、二人とも水分補給はしっかりな。あと、息を整えるときはいきなり足を止めるんじゃなくて歩きながらのほうがいい。向こうの木陰まで歩こう」

「あれっ? あんた葉隠?」

 

 二人のほうに向いていると、聞きなれない声で名前を呼ばれた。誰かと思って振り返れば……

 

「! 鳥海先生、ですよね? 現国の」

「あら? アンタ私のこと知ってんの? アタシ一年の授業受け持ってないのに」

「ええ、まぁ、美人教師で有名って騒いでる奴がクラスに居るんで」

「えっ、ちょっとそれマジ? 美人で喜んでいいんだか、面倒の元で悪いんだか」

「ははは……」

 

 鳥海先生は来年、原作主人公の担任教師になるはずだけど、何やってるんだろう?

 男子生徒を数人つれているが、全員疲れて……というか

 

「順平?」

「順平さん」

「おぅ、影虎か……それに天田っちじゃん……?」

「どうしたんだよ? その様子」

「学習資料の整理をしたから、当分使わないものを専用の倉庫に移す事になってね。その手伝いを頼んだらこうなったの。まったく、だらしないんだから」

「違うでしょ! 鳥海センセー人使いが荒いからでしょ!? 暇してた俺に困ったなー、困ったなーって聞こえるように何度も声かけてきて! 最後は嫌がる俺たちに無理やりっ!」

 

 わざとらしく身を捩ってみせる順平。だが先生は

 

「キモッ!」

「ひっでえ!?」

「いや、俺から見ても気持ち悪かった」

「影虎まで!?」

「男がそんな仕草したら当然でしょうが。そういうのはアタシみたいなか弱い女性が」

「か弱い?」

「鳥海先生ってか弱いか?」

「ないだろ、普通に考えて」

「ちょっとそこ! 何でそこに疑問を挟むのよ? アタシだって女よ!? か弱いわよ! 一人であんな量の荷物運べないくらい! 江古田の分まで押し付けられなきゃ自分で運び込んでたわよ! なによあいつ、若いんだから運べるでしょうって、断れないじゃない! 断ったら若くないって言うようなもんだし……」

「やっべ、聞こえてた……」

「せ、先生! 仕事はもう終わったしょ? 俺らもう帰りますんで!」

「失礼しまーす!」

 

 順平と鳥海先生の会話を疲れた目と体で眺めていた順平以外の男子生徒が失言をし、機敏な動きで逃げていった。

 

「まったく! アタシだって好きでこんなんなったんじゃねーっての! ……はぁ……あー、伊織?」

「はい? なんざんしょ?」

「アンタももう帰っていーわよ。あいつらが言ったようにアンタの仕事はもうないしね。あたしももう行くけど……そうだ、葉隠君」

「俺ですか?」

「アンタ教員の間じゃ有名だから、不祥事とか起こすと面倒よ。気をつけなさい」

「えっ、何か悪い噂が?」

「悪い噂、ではないと思う。けどどうなのかしら…………強く生きて」

「励まされた!?」

「んじゃアタシ行くから」

 

 鳥海先生は言うだけ言って立ち去った。

 

「……なんなんださっきの励ましの言葉」

「影虎が有名なのは今に始まったことじゃねーけどな」

「そうなのか!?」

「葉隠君って江戸川先生との事で学内ネット掲示板の話題になってるから。今年最初の江戸川先生の被害者で、運動部の有望そうな新入生名簿にも名前が載ってたし、部活動の設立とか、桐条先輩と話したとか。掲示板見ると結構名前が出てるんだよね」

「あっ、運動部のページなら僕も見ました。先輩って50m走で6秒切れるんですよね? 掲示板とか見ないんですか?」

「ニュースみたいな外からの情報収集はするけど、学内の掲示板はみてないな……」

 

 一度か二度話題になっただけじゃ済まなかったのか……だったら今度チェックしてみるか。自分の話とかあまり見たくない気もするけど。

 

「影虎ー、フツーに話してたけどその二人って?」

「ん? ああ、うちの部の新入部員。天田は知ってると思うけど、山岸さんは初対面だよな? こちらマネージャーの山岸さん。山岸さん、こっちはクラスメイトの」

「伊織順平! 山岸さんよろしくぅ!」

「は、はい! よろしくお願いしますっ!」

「うんうん、よろしくよろしく……で、影虎ちょっと」

 

 面倒くさそうな匂いがプンプンする手招きで呼ばれ、二人から離れると順平が思い切り肩を組んでくる。

 

「影虎、あの子前にお前が呼び出してた子じゃんかよ。会ってみたら声ちっさくて可愛らしい子じゃんか。マネージャーに引き込むなんてどうやったんだよ?」

「そのニヤけた笑いをやめてくれ。山岸さんはそんな関係じゃない」

 

 山岸さんの入部は俺としても想定外だったんだ。

 

「……順平、天田の事情は聞いてるな?」

「はっ? 聞いてるけど、何で急にその話?」

「山岸さんが入部した理由はそれなんだよ。たまたま事情を知って、天田君が入部するなら自分も入部して力になってあげたいって」

「あー……そういうこと?」

「そういうことだ。だからあまり邪推しないでやってくれ。俺だけならまだいいが、下手な噂が立つと山岸さんの負担になるかもしれない」

「……わかった。カワイイ女の子の迷惑になりたくねーしな。ただ、手を出したらちゃんと言えよ?」

「なんで!?」

「そういうことになったらなったで知りてーし。散々からかってやるこのラッキーボーイめ!」

 

 なんて嫌な事を……と思っていたら順平は待たせている二人のほうに歩いていく。もう内緒話は終わりのようだ。

 

「おーっす。待たせてごめんなー」

「いえ、べつに。お話終わった?」

「丁度休憩でしたから」

「そっか、バッチリ話は終わったぜ。それより、これから三人はどうすんの?」

 

 聞いた順平が二人を見て、二人が俺を見る。

 

「そうだな……天田の門限もあるし、パルクールの技の実演と練習に入るか」

「本当ですか!」

「あ、オレッチ暇だし、ちょっと練習見ていいか?」

「別に構わないぞ?」

 

 こうして俺は三人を連れ、目をつけておいた基本技の説明がしやすそうな場所へ向かった。

 

 

 

 

 ~月光館学園 高等部校舎裏~

 

「綺麗……」

「へー、こんなとこあったんだ」

「ここで練習するんですね?」

 

 高等部校舎の外を回り、三人を高等部の校舎裏まで連れてきた。

 校舎裏というと暗くて人目につかず、いじめやカツアゲに使われていそうなイメージがあるがここは裏門の外。

 

 この学園は埋め立てて作られた人工島の上に建っていて、さらに各校舎は海を背にしている。そのため遮蔽物の少ないここは日光がよく当たり、海から爽やかな潮風が吹き抜けている。風力発電のために立ち並ぶ風車や、光を受けて輝く海の光景も綺麗だ。

 

 もう少し進むと景色を楽しむために作られた高台があり、そこに蛇行した階段や壁がある。何より高台の意味がないとも思うが、人がいないので練習がしやすいランニング中に見つけた穴場だ。

 

「最初は軽く説明しながら実演するから、まず天田はそこに座って防具を着けながら見ていてくれ」

 

 俺が高台の階段を指してそう言うと、天田を中心に三人が階段に座る。

 

「まず、パルクールの基本となる動きは全部で五つ。ヴォルト、バランス、ランディング、プレシジョン、クライムアップ。基本だから理解できないほど難しい事はないし、もうこの時点でどんなものか大体想像もつくだろう。だけどとりあえず一つずつ見せる。

 まずはヴォルト。これは簡単に言うと物を乗り越える技だ。こんなふうに」

 

 階段の前に設置された、公園にもあるような車止めの上に両手をついてジャンプ。両足で飛び越えて反対側へ着地。

 

「今のはトゥーハンド・ヴォルトって言う技だけど、技の名前は正直あまり気にしなくていいと思う。ヴォルトは基本だけに技の数とか凄く多いから。たとえば……こんな感じで加速をつけて片手だけついて飛び越えるとレイジー・ヴォルトって技になったり。小さな差でも名前が違うから、練習しながらおいおい覚えていけばいい」

 

 ここまではいいかと天田を見れば、いい返事をして肘当てをつけている。

 

「なら次はバランス。これは分かると思うけど」

 

 俺は細い車止めの上に飛び乗る。

 

「こういう細い場所の上でもバランスをとる事。平均台と似たような物と考えてほしい。ただパルクールではこんな風に丸かったり、細かったりしてもバランスをとれるように練習する」

「それ簡単に見えて難しくね?」

「難しいけどしっかりバランス感覚を養っておかないと難しい技はできないし、なにより危険が増す。でもこれを鍛えると綱渡りだってできる」

「影虎は綱渡りできんの?」

「綱渡りだけじゃなく、大きくて頑丈な玉があれば玉乗りもできる」

「マジで!?」

「実家の近くに近所にサーカスで働いてる人がいて、中学のときに一日だけ体験させてもらったことがあるからな。綱渡りも最初からあんな高いところでやるんじゃなく、この車止めくらいの高さに張った綱に乗ってバランスをとる練習するんだそうだ。で、それで動きを身に付けたら高いところで練習する。

 下での練習の結果を高さの恐怖心に打ち勝って全て出し切れれば綱渡りはできるらしいよ。俺は低い所の練習だけやらせてもらったけど、綱の弛みに気をつければそんなに難しくもなかった。パルクールでバランス感覚を養っていたからか、五回か六回で成功したし。って、こんな話どうでもいい。次はランディング」

 

 車止めからやや前傾姿勢で飛び降りる。

 

「こんな感じで膝や手足で衝撃を逃がし、高いところからでも安全に着地する練習。パルクールでは普通の陸上競技より高い所から飛び降りることが多いからとても重要になる」

「葉隠君。動画サイトで見たんだけど、飛び降りて前に転がるのもランディングなの?」

「それはロール。ランディングだけで衝撃を逃がしきれない場合に使う技だから、まだそこまではやらない。今回は割愛ってことで、まずはこの高さでヴォルト、バランス、ランディングの三つを鍛えようと思ってる」

 

 山岸さんは自主的に勉強しようとしたみたいだけど、それが必要になる高さでの練習は当分先になるな。

 

 この後も俺は続けて狙った場所へ正確に着地するプレシジョンと、壁などを登るクライムアップを説明。そして練習の注意点と防具の装着確認の後、天田の門限まで実際の練習を行うのだった。




天田が正式に部員になった!
影虎はパルクールの基本を指導した!


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38話 天田の部活動初日(後編)

 午後六時四十分

 

 ~部室~

 

 天田が門限で帰ることになると、練習を見ていた順平も帰った。

 それから俺と山岸さんは部室で江戸川先生を呼び、部内で会議を行っていた。

 内容はもちろん今後の活動について。

 天田の門限の事だけでなく、俺のバイトのことも早めに話す必要があったからだ。

 

「では五時までは天田のための練習中心に、その後七時までは俺の自由に練習ってことで」

「天田君の門限は変えられない以上、それしかありませんねぇ」

「天田には先に来たら準備運動などを一人でやっておいてもらって、少しでも時間を有効に使わないと。俺もシフトによりますが、毎週土曜と平日に数日はバイトに行く事になりますから」

「葉隠君のアルバイトの日は部活お休み?」

「本決まりはオーナーと相談してからだけど、天田の休みにちょうどいいかと思う」

「私も賛成ですねぇ。彼はまだ体が未成熟。無理をさせてはいけません。まぁ影虎君がバイトの日でも私はここに居ますし、彼が来たらランニングと健康チェックをするようにします。それで問題がなければ徐々に練習量を増やしましょう。

 今度部室の合鍵を作って皆さんに配れば、天田君が外でまちぼうける事もないでしょうしね」

「あの、やっぱりそれダメなんじゃ……」

「ヒッヒッヒ、黙っておけば平気ですよ。ラベルを貼ったりしていない限り、鍵を一目見てどこの鍵かが分かる人なんてまず居ませんから。もし何かの拍子にどこの鍵かと聞かれれば、実家の鍵とでも言っておけばいいのです。一応人目には気をつけてくださいね」

「え、ええ~……」

「あと、バイトのシフトなんだけど」

 

 山岸さんを戸惑わせながらも会議は続く。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 その後

 

 会議が終わると山岸さんは活動報告書を書き、江戸川先生経由で手に入れた天田の小等部の体力テスト結果と今回の会議の決定事項をパソコンに打ち込んで先に帰った。

 

 俺も軽く自分の練習もして、桐条先輩への報告メールとBe Blue Vに提出する履歴書を書いた後で帰ろうと江戸川先生に挨拶をしようとすると

 

「江戸川先生、今よろしいでしょうか?」

「手が離せませ、っ! 扉を開けないで! そこからどうぞ!」

「えーと、それじゃ……今日はお先に失礼します! Be Blue Vに寄って帰るので、今日も部室の戸締りをよろしくお願いします!」

「分かりました! 気をつけて! さぁ、暴れないでくだっ!?」

「江戸川先生もお気をつけて! ……いったい部屋の中では何が行われているのか……ま、いいか」

 

 ビーカーか何かが割れる音が聞こえてくるが、よくある事なので特に気にせず部室を後にした。

 

 明日の練習には格闘技も加えてみようか? いや、予定通り体力作りからか? でも同じ練習ばかりじゃ飽きもくるだろうし、勝手に難しい事をやられると危ない。その辺はきっちり指導しなければならないが、早めの反抗期と言うものもある。あまり言いすぎるのも逆効果ではないか? あの日、俺は運よく天田からは大きな好感を得た。天田も素直だと思うが、今後反発しないという保障はない。

 

 せめて死ぬ前に人を育てた経験があればもう少し匙加減もわかっただろうけど、子供どころか恋人もいなかったし、会社では新米からようやく脱したくらいだったからな。……天田と上手くやっていきつつできるだけ鍛えるには……天田にとって適度な壁になってやるとか? なんにしても探っていくしかないか。やっぱり後輩ができると考える事も増える……あ、帰りにコンビ二にも寄らないと。

 

 

 

 

 

 ~自室~

 

 影時間

 

 Be Blue Vに履歴書を提出し、シフトは火・水・木のいずれかが都合が良いとオーナーに伝え、連絡先を渡して帰宅。これでバイトの件はひとまず向こうからの連絡を待つ。あとは寮に帰って食事をしたり、学生である以上避けられない宿題を片付けたりと色々していたら影時間を迎えた。

 

「さて……」

 

 ドッペルゲンガーを呼び出し、帰り道のコンビ二で買った数個の南京錠を手に取った。

 旅行バックなどに付ける小さな物だが、鍵としての機能はしっかりとしている。

 会議で江戸川先生が合鍵を配ると言い始めたとき、ふと思いついた。

 

 ドッペルゲンガーを変形させて合鍵にできないか? と。

 

 南京錠を一つつまみあげ、鍵穴を覗く。

 周辺把握を使い、鍵穴内部の構造を確認……

 購入時に当然ついてくる本来の鍵を参考に、指先に鍵の形を作り、差し込んでみる。

 

「こんな感じか……? いや、成型が甘いか……」

 

 途中で引っかかってしまった。

 周辺把握で鍵の形状を見直し、その場で形状を修正する。

 

 太さや長さを合わせていくと徐々に奥まで届くようになり、内部の金具が引っかかる。

 それをゆっくりと回していくと……

 

 カチリ、と小さな音を立てて本当に鍵が開いてしまった。

 

 そこでもう一つ。また新しい南京錠をつまみあげ、今度は正しい鍵を見ずに開けてみる。

 とりあえずさっきの鍵で奥まで届かせ、内部の金具に引っかかるように作ればいいと分かった。構造も意外と単純だ。

 

 先ほどの経験を参考に、内部構造を把握してドッペルゲンガーの形状を合わせていく。

 すると最初の鍵よりは時間がかかったが、二分もかからずに開錠に成功してしまう。

 

「……やってみたはいいが、これ不味くないか?」

 

 ドッペルゲンガーの隠蔽で気配とか足音を隠し、保護色で姿を隠す。

 周辺把握があれば近づく人の動きや監視カメラの位置と方向はたぶん分かる。

 変形能力で全身包めば毛髪や指紋は残さないだろうし、靴跡は自由に偽装可能。

 そこにこの開錠能力が加わったら……もう空き巣とか楽にできそう、としか考えられない。

 

「いやいや、まさかそんなに上手くはいかないだろ。最近は鍵も進化してるんだし」

 

 自分で自分の考えを否定してみるも、考えは消えず。

 

「ちょっと外で試してみるか……鍵開けるだけ、開いたら閉める。それなら問題ない。能力の確認も必要だし……」

 

 ……俺は誰に言い訳をしているんだろう?

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 ~駅前広場はずれ~

 

「こんな所でなにやってるのよ」

「……自分の能力を確認していただけだ」

 

 大通りでは落ち着かず、人目につかない場所の鍵で実験をしていたらストレガが現れた。

 周辺把握で気づいたため決定的瞬間は見られていないが、どうも気まずい。

 

「なんや、嫌そうやな? 人に見られたない事なら滅びの搭でやったらええんちゃうか?」

「それはできない。街中でなければ」

「それは興味深いですね。どのような能力なのですか?」

「…………知りたいのか?」

「先日貴方のペルソナが持久型と聞いてから、少々興味がでてきまして」

「私も。……貴方のペルソナは変」

 

 あまりこちらの情報は渡したくない。しかし……

 

「ペルソナについて話を聞かせてもらえるのなら、こちらも多少は話してもいいが?」

「ほう、情報交換ですか」

「私はペルソナの知識が乏しいのでな」

 

 注意は必要だが、ストレガとは敵対していない。

 つまり俺が今接触できる貴重な情報源でもある。

 

「……タカヤ、どないする? 今日の影時間が終わるまで、あんま時間無いで」

「……いいでしょう。私には彼のペルソナが今までに見たどのペルソナともなにかが違う、異質な存在に感じられます。情報料としては金銭で支払われるよりも面白い」

「話に乗る気がある、ということでいいのか?」

「貴方が何を聞きたいのか、どんな情報を教えていただけるかによって、何処まで教えるかを考えます」

「ならば交互に話題を出すとするか。そのうちに情報の価値を判断してくれ。どちらかが納得できなければ話は終わりとしよう」

「それでいいでしょう。ジン、あなたは」

「わかっとる。俺は今日の仕事を片付けとくわ。チドリ」

「私はここに残る」

「……さよか。まぁええわ」

 

 仕事前だったんだな……

 

 ジンは一人、影時間の町に消えていった。

 あっちも気にはなるが、今は目の前に集中しなければ。

 

「まず私から話そう……私が今日試していたのは、鍵開けの能力だ」

「鍵開け。なるほど、それで滅びの搭では試せなかったのですね?」

「そうだ。あそこには鍵のついた物がない。時々見つかる箱に鍵がかかっている物があるかもしれないが、私は見たことがない。街中の方が手早く、多種類の鍵を試せると思った。

 電子式の鍵は装置自体が動かず開錠できない。しかしアナログな鍵であれば、今のところ開けられなかった鍵はないな」

 

 一番楽だったのは自転車とかに着けるダイヤル式のチェーンロック。あれは中にある円盤の一部が欠けていて、欠けが指定の場所へ一直線になるようダイヤルを回せば開いた。そうでなくても鍵穴に差し込んでみて、内部で動く金具の場所と意味が分かれば、多少手間取っても開けることはできる。

 

 傍にあった自動販売機の前に立ち、商品補充用の鍵穴に手の平を押し付けて実際に鍵を開けて見せる。そしてほんの十秒程度で自動販売機は大きく開き、内部があらわになった。

 

「何か飲むかね? 話すのなら飲み物の一つもあった方がいいだろう。一本ずつ奢ろう」

 

 言いながらお金が入っている場所に見当をつけて鍵を開け、回復時計用の千円札を一枚入れる。

 

「我々以外の誰も見ていないというのに、律儀な方ですね。南船橋人工水をお願いします」

「ミニマムコーヒーのホット」

「……ここか」

 

 俺は二人の希望した飲み物と自分の255茶、あとは千円から三本分の代金を引いた六百四十円を自販機から取り出して全ての鍵を閉めて飲み物を二人に渡す。

 

「ほら」

「……いただきます」

「見事なお手並みでした。影時間は私たちのように適性を持たないものは活動を停止します。電子式の鍵はそちらが動かなかったのでしょう。しかし鍵開けとはまた変わった能力だ。あくまでペルソナの能力としては、ですがね。

 では次は私が答える番。何が聞きたいのでしょうか?」

 

 飲み物を開けて考えてみる。

 

「色々あるが……まずどうして俺はペルソナを使えるのかだ。俺は初めて召喚したときや新しい能力を覚えた時、必ず頭の中に声や情報が響いて使い方が分かった。あれは何なんだ?」

「ふむ……何故ペルソナが使えるのかという根本的な問題には、貴方が高い適性を持っているからとしか言えません。声については貴方の声、と言う表現が正しいでしょう」

「私の声?」

「ペルソナは我々の心の内より現れる物、と言われています。すなわちペルソナとは貴方の心が形を成した存在。……貴方は初めから自身のペルソナの全てを知っているのです、自覚する事が困難なだけでね。貴方は自身の全てを完全に理解できていると言えますか?」

「……言えないな。迷うことや分からないことも多い。……つまり声は知っている事を自覚させただけなのか」

「そういう事です。もしくは何かのきっかけで貴方が理解できるようになった、とも言えます」

 

 ということは、自分について理解を深めればもっと色々分かるのだろうか?

 

「では私から次の質問です。貴方はどうやってペルソナでその身を包んでいるのですか?」

「……これもペルソナの能力だ。私のペルソナは形状を自在に変化させる事ができる」

「形状を? なるほど、それで貴方はペルソナを服にして着込んでいるという事ですか。先日の話からすると防護服としての効果を期待しているようですが……効果はあるのでしょうか?」

「どういう事だ?」

「ペルソナやシャドウは様々な魔法を使い、またそれに対する弱点や耐性があることは?」

「知っている」

「その弱点と耐性はペルソナ特有のものであり、普通の人間にはありません。火に焼かれたり氷漬けにされたりしても平気な人間なんて、普通は居ませんよね?」

「ああ……」

「ですが、ペルソナ使いは別なのです。ペルソナはペルソナ使いの内側より生まれたもの。目覚めた時点で外から内に働きかけると同様に、内から外へ……」

「待ってくれ。まさか、こうして着なくても魔法攻撃からは守られるのか?」

「そうよ。そうやって着込んでいるのは貴方しかいないわ」

 

 黙ってコーヒーを飲みながら聞いていたチドリが発した一言が、俺の心を容赦なく抉る。

 

 言われてみれば、他のペルソナ使いは皆呼び出したペルソナに戦わせてるよな……

 

「ペルソナを呼び出していなくても変わりません、これは体質が変わったと考えればいい。それに貴方は我々と同じく選ばれた人間なのですから。目覚めてしまった以上、もう戻すことは不可能です」

「自分の考え違いに頭が痛むが……懸念が減ったとでも思っておくよ。これはこれで便利なのでね。このように」

 

 右手を上げて手元を丸い盾に変えてみせる。

 

「変形能力はそういう使い方をするのですか」

「それなりに頑丈な服だ。……次の質問だが、私は搭で戦い続けていくらか新しい魔法を身に付けた。これは一体何なんだ? 初めから知っていた事なのか? また、覚えられる能力に限界はあるのか?」

「そうですね……魔法や技などはスキルとも呼ばれ、元々覚えている物もありますが、ほとんどはペルソナと貴方自身の成長によって身に付けていくものです。覚えるスキルは各個人に向き不向きがありますが、基本は長く使ううちにより上位のスキルや新しいスキルが身につきます。

 強力なスキルであれば習得も困難になるとは思いますが、限界は個人差ではないでしょうか? 今以上の成長を諦めたとき。それが貴方の限界かと」

「……スポ根漫画か?」

「精神の成長という意味では間違っていないのでは?」

 

 そういうものか……

 

「しかし、何事にも例外はあります。スポーツにおけるドーピングのように、この世にはスキルカードというペルソナに新たなスキルを与える道具が存在します。それを使えば労せず新しいスキルをペルソナに覚えさせることができますね」

「! それはどんなスキルが? どうすれば手に入る?」

「その前に、今度は私から……」

「待って。そろそろ時間」

 

 タカヤの言葉をチドリが遮る。

 

「おや? もうそんな時間でしたか」

「……影時間が終わるならば、話はここまでか」

「このあたりの連中は喧しい。面倒ごとを避けるには、そうすべきでしょうね。今日は中々楽しい時間をすごせました」

「こちらも、有意義な話を聞かせてもらった」

 

 いい所だが、この辺りの不良に見つかると本当に面倒なので話は終了。実際俺は一度復讐依頼を出されかけていた。

 

 それに、大きな情報には対価も増える。

 あまりがっつくとタカヤに足元を見られかねない。

 ……敵対してないってだけで、信用はできてないんだろうな。俺は。

 まぁ、今日はペルソナの情報とスキルカードの存在が知れただけでよしとしよう。

 

「またいずれ、機会があればお会いしましょう」

「ああ、またいつか」

 

 

 タカヤとチドリは軽い挨拶で広場から立ち去り、俺は適当な路地からトラフーリで寮に帰った。




影虎は変形と周辺把握の応用で鍵開けを覚えた!
影虎はストレガと遭遇した!
影虎はペルソナの情報を得た!
影虎はスキルカードの存在を知った!



どうも皆さん、うどん風スープパスタです。
私がこの話を今年の四月に書き始めて、なんだかんだで今日まで続きました。
大勢の方に読んでいただいたり、感想をいただいたり。
ありがとうございます。皆さんが楽しめていたら幸いです。
年内の投稿はおそらくこれが最後になりますが、来年もよろしくお願いします。


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39話 休日のすごし方

読者の皆様、新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い申し上げます。


 5月4日(日)正午

 

 ~部室前~

 

「あと一分! もう少しテンポ良く、ガードが下がってる!」

「はい!」

 

 俺と天田は部室の前で向かい合い、一定のテンポで左右に独特のステップを踏んでいる。

 明日は祝日(こどもの日)で休みだし、影時間以外の予定が無かったためやる気に満ちていた天田に付き合うことにした。

 

「……よし休憩!」

「ふぅっ、腰を落として動くのって結構疲れますね」

「今の“ジンガ”はカポエイラの基礎だからな。右に行くときは左足を右足の後ろへやって、左手を顔の前でガード。左に行くならその逆。これがしっかり身につくまで反復練習あるのみ。

 カポエイラは蹴りが中心で不安定な体制になりやすい、だから体幹部の強化やバランス感覚を養うにはピッタリだ。これからも続けていくぞ」

「はいっ! ところでこれって先輩は何処で習ったんですか?」

「実家の近所でパルクールの練習してた公園にな、カポエイラの団体が週二で練習に来てたんだよ。練習中は楽器ジャカジャカ鳴らして歌うから凄く目立ってた。向こうも俺の練習に気づいていて、何度も遭遇したら自然に顔見知りになって、いつの間にか練習にも参加させてもらってた」

「へー、他は何かありますか? 格闘技で」

「そうだな……まず前に話した空手。サバットってフランスの格闘技のジムに通った時期もあるけど、そのジムは入門して一年くらいで潰れた。あと中学三年間は授業で剣道やってたし、爺さんが教えてくれてたのが沖縄空手だった関係で棒術も少し。あとはまぁ、ネットで動画見て調べたり映画見て真似てみたりが多少な」

 

 期間を比べると 空手>>>カポエイラ>剣道>サバット=棒 になる。

 ゲームの天田の武器は槍だったし、武器を教えるなら棒がいいのかもしれない。

 ただ問題は、棒を習っていたのが本当に短い期間だったこと。

 

 爺さんは社長としての仕事で忙しかったから基本は型を教わって自主練習し、帰ってきたら見てもらう感じで教わっていた。つまり目を離している時間が多くなってしまうので、自分が見れない間に棒という武器を振り回させるのはどうかと小学生の内は棒を教えてもらえなかった。

 

 中学に入ってようやく人に振るうな、責任を持てと言いつけられて許されたが、その後爺さんが俺に指導できなくなったので型を少ししか知らない。というか棒はその型すらも怪しい。はっきり言って棒は指導できるほどの腕が俺には無い。

 

 タルタロスで鍛え直すか……そういや足技もタルタロスでは全然使ってないな。走って飛び掛って吸ってを繰り返すなら小回りの利く拳の方が便利だし……今日は一階から足技だけで戦ってみようか。変形との合わせ方は……サバットならつま先を尖らせた靴に刃物がいいだろう。

 

「先輩? どうしたんですか?」

「ああ、なんでもない。時間もいいころだし昼にしないか?」

「いいですね。僕も運動したらお腹すいてきました。どこか行きますか?」

「あ~……着替えてからだと面倒だな。中の冷蔵庫見てみようか」

 

 江戸川先生から配布された合鍵で部室へ入る。

 

 本来日曜日は活動日じゃないし、普通は学校が開いてないから生徒は部室に入れない。

 しかしそれは各校舎の校門が閉まっているからで、校門の前までは誰でもいつでも入れる。

 たとえば俺が寮に入った翌日、順平と案内されて校門前まで来たときのように。

 

 そして俺たちの部室は学校側でどんなやり取りがあったのか、校外にある。

 だから鍵さえあればいつでも入れるんだ。……気づいたのは昨日だけどな。

 ドッペルゲンガーで周辺把握を使っていれば人目にもすぐ気づける。

 ここで俺たち以外の人なんて見たこと無いけど。

 

「ほとんど、何も無いな……天田、そっち何かある?」

「インスタントとかレトルトは無いです。江戸川先生が全部食べちゃったんでしょうか?」

「たぶんなー」

「あっ、お米はありますよ!」

「米だけじゃなぁ……」

 

 あるのは卵、ハムのパックが二つにジャガイモが五個、あとパンに乗せて焼くチーズ……調味料は結構揃っているし、オムレツくらいなら作れるか。

 

「オムレツなら作れそうだけど、どう?」

「先輩料理できるんですか?」

「……とりあえず食べられはする」

 

 聞いてみると、天田はそれでいいそうだ。というわけで調理開始。

 

 まずは手を洗ってまな板と包丁を用意。

 皮を剥いて千切りにしたジャガイモを水にさらしておく。

 同じようにハムも千切りに。

 全部切り終えたらフライパンを用意して、切った材料を少量の油と塩コショウで炒める。

 ……あまり手馴れていない俺の調理でも、ハムが焼けていくいい香りが出てきた。

 

「あ、そうだ天田、お米炊ける? できたら頼んでいい?」

「分かりました!」

 

 いい返事をして手を洗う天田を横目に、冷蔵庫から卵を取り出す。

 そして器に卵、牛乳、適当にちぎったチーズを入れて混ぜておく。

 炒めていたジャガイモとハムに火が通ったら、半量を別の器に移してフライパンに混ぜたものを投入。

 ジュワッと鳴る卵が固まらないうちに菜箸で具を散らせ、蓋をしてちょっと待つ。

 

「あれ? こう、ぐるぐるっとやったりひっくり返さないんですか?」

「あー、あれな。俺それで綺麗に作れるほど料理に慣れてないから。今日のはスパニッシュオムレツだ」

 

 スパニッシュオムレツは具を卵とじにする感覚で簡単に作れる。

 これなら俺でもまず失敗はない。

 本来のスパニッシュオムレツはもっと具をぎっしり入れてボリュームがあるんだが、今日のところは米でカバーしてもらおう。

 

 慣れないなりに作業は順調だった。

 

 ……だが、俺と天田の分を焼いたところでちょっとした問題が発生。

 

「タイミング間違えたな」

「お米、もうちょっと早く炊き始めるべきでしたね」

 

 米を炊き始めるのが遅く、オムレツだけ先に焼きあがってしまった。

 今オムレツを食べ始めると、後から白米だけを食べることになってしまう。

 

「待つしかないな……」

「ですね……先輩水飲みます?」

「いや、今はいいよ。ありがとう」

 

 天田は一人でコップを手に取り、俺はポケットから携帯を取り出す。

 

 暇つぶしに掲示板でも見てみるか。たしか山岸さんから教わった月光館学園の掲示板のアドレスが……見つけた。

 

 “月高生交流掲示板”

 

 画像も何も無いシンプルなページについたタイトルの下に、様々な項目が羅列されている。

 一応新しいスレのピックアップや分類はされているが、特に見たい事はない。

 

 見つけた検索機能で俺の名前を検索してみると……

 

 “該当するスレッドは、以下の57件です”

 

 微妙だな!?

 

 俺個人のであれば多いけれど、どうも話に少し出たらそのスレも表示されているようだ。例えばトップにあったのは陸上部の有望選手スレ。俺の名前が挙がり、投稿者がそいつは陸上部じゃないと突っ込まれる。その部分にしか名前が出ていない。

 

 適当なスレッドを流し読みしてみると、俺の名前が頻出するのは江戸川先生と桐条先輩関連のスレッドだ。

 

 江戸川先生のスレッドでは悪魔に魂を売った生徒、生贄、人生オワタ? と被害者的な見方をされていて、桐条先輩のスレッドでは最近先輩から呼び出された事が話題になっていたようだ。何アイツ、美鶴様に呼び出されるなんてマジ羨ましい。そんな言葉が飛び交っている。

 

 まぁ、そこは最終的に俺の部活設立の経緯と会わせて仕事を全うする先輩カッコイイ! 新入生に気を配る先輩優しい! と桐条先輩を賞賛する方向で収まっているようだけど……個人的に連絡取り合ってると知れたら間違いなくこのスレは炎上するだろう。桐条先輩への大勢からの人気と、一部の心酔を画面から感じる……うん、絶対に秘密にしておこう!

 

 心に決めたその時だった、噂もしてないのに桐条先輩から着信が入る。

 

「ちょっと電話が来たから外出てくるな」

 

 内容的に天田の前では話せないので、俺はそう言い残して部室から出た。

 

「はい、葉隠です。出るのが遅れてすみません、桐条先輩」

『こちらこそ突然すまない。息が乱れているようだが、何かあったのか?』

「日曜で部活は休みですが、個人的に天田と練習をしていたので。休憩と言って離れました。で……用件は天田についてですか? 報告に何か不備でも……」

『今日は別件だ。君は良くやってくれている。だが、それが君にとって大きな負担になっていないか?』

「? 確かに天田の練習内容はこれでいいのかと悩んだりもしますが、本人が素直ですからそれほどでもないです。けど、どうして突然?」

『先ほど会った知人から、先週の水曜に君と江戸川先生がポロニアンモールで警官に職務質問をされていたと耳にした。間違いないな?』

「え、ええ、確かにそうですが」

『その時に君はそこに居た理由に精神的な疲労が溜まっていて、リラクゼーションの心得がある知人を紹介してもらった帰りだと答えたそうじゃないか』

「随分詳しく伝わってますね……」

 

 たぶん黒澤巡査から聞いたんだろう。

 

「たしかにそう答えましたけど、天田や先輩のことがあったからじゃないです。引越しや新しい環境だとか、色々あってちょっと疲れただけです。それに話に出た方も紹介していただきましたし、もう平気ですよ」

『江戸川先生の知人と言うことに不安を覚えるのだが……大丈夫だと言うなら信じよう。しかし無理はするな』

「お気遣いありがとうございます。今日はそれで電話を?」

『それもあるが、まだ君に聞きたいことがある。私は以前、君に君の伯父上が経営する会社のバイクカタログを貰っただろう? それを読んでいて購入を検討しているんだ』

「はい……?」

 

 バイクを?

 

「それはバイクを買い換える、ということで良いんでしょうか?」

『まだ決めたわけではないが、購入するならできるだけ多くの物が積めるバイクが欲しい。カタログにはそういうバイクも乗っていただろう?』

「あったと思いますけど、あれは出前とかバイク便向けの業務用バイクだったはずで……もしかして、オーダーメイドですか?」

『そうだ、カタログに請け負っていると書かれていたのを見てな』

「日常生活で使うならカタログのバイクで十分だと思いますが……キャンプにでも行くんですか?」

『そのようなものだ。多く積めたほうが便利だからな』

 

 先輩のバイクは影時間用に改造されて通信機材が積み込まれているはず。そういう改造をして、シャドウに対抗するために必要な装備としてバイクの所有を認めさせているって設定があった。となると積み込まれるのは十中八九通信機材になる。

 

 従来の物ではダメになったとしたら、俺のせいか? 以前転びかけたのも夜中に俺の事を調べていたっぽいし、戦力や装備の強化一新を図っているのかもしれない。

 

「今現在使っているバイクは?」

『そちらのバイクを購入する場合は手放すことになるだろう。今のバイクを用意した桐条グループの自動車・バイクを取り扱う部署で処分されるな』

 

 ? おかしくないか?

 

「同じ会社でなくていいんですか? そちらに話せば相談も」

『そこが問題だ。カタログを貰った日にも少し話した気がするが、私がバイクに乗る事は周囲に快く思われていない。今のバイクも周囲の反対を押し切って所有している』

「……相談できないんですか」

『向こうは明言していないが、上から指示を受けているらしくてな。改造や交換はいつも検討しますの一言で時間を取られ、挙句の果てに許可が下りないこともある。すぐに対応されるのは大がかりな整備と修理くらいさ』

「俺にかけてくるってことは、直接会社のほうにも依頼を出せないと?」

『直接連絡を取るとすぐに本家に知られてしまう。私が持つ携帯やその他の通信機器の通信記録は、全て本家がチェックしているからな』

 

 はぁっ!?

 

「ならこの電話や今までの話もですか?」

『通信記録はチェックされているが、会話内容まではチェックされていない。そこまでプライバシーを侵せば問題だからな。その分定期的に報告書を書くことが義務付けられているが、そちらは私のほうでごまかせる』

 

 いや、通信記録のチェックだけでもプライバシーの侵害じゃないかと思いますが?

 普通そこまでする? 同意があればいいのか、それとも家柄を考えたら当然なのか? 先輩の家のことだし、俺には何も言えないけどさ……

 

『しかし連絡に毎度公衆電話を使うのは不便かつ、先方からの連絡が受けられない』

「連絡先を教えても使えないんじゃ意味ないですよね……名乗って連絡されたらアウトなんですから」

『そうなんだ。私もこういう時は面倒を感じずにはいられない』

「でしょうね……ところで先輩、失礼かと思いますが、一つだけ聞かせていただきたい。俺から伯父の会社に先輩の要望を伝えることはできますが、その場合桐条から伯父の会社に報復はありませんよね?」

 

 これは何かあったら俺個人では済まないかもしれない。

 伯父と父親の働く会社だし、他の社員の方々とも面識がある。

 それが桐条グループに睨まれるのは万が一にも勘弁だ。

 何と言っても企業規模と営業力に歴然の差がある。

 桐条先輩はまだいいが、桐条グループ(・・・・・・)は信用できない。

 

『それについては心配ない。お父様に話を通してある』

「桐条グループの総帥に?」

『そうだ。他社に話を持ちかける事は既に許していただいている。いくら上からの指示とはいえ、対応の悪い店から客が離れ、他店に客が向かうのは道理だろう?

 私の言葉ならばともかく、桐条のトップであるお父様の言葉を彼らは無視できない。最悪でも話が白紙に戻るだけ、それ以上の迷惑はかけないよう取り計らうと確約をいただいた』

「……それなら初めから総帥にバイクの開発をするよう指示を出していただけばいいのでは?」

『お父様はこの件については中立を貫いている。一定の理解はいただいているが、反対したい気持ちもあるそうだ。お父様なりの親心なのだろう』

「あぁ……反対されると問答無用で取り上げられそうですね。なにせ桐条のトップですから」

『だろうな。お父様が賛成と反対のどちらかを表明すれば、それはもはや決定事項だ。賛成なら周囲の者は口を噤み、少なくとも大きな顔はできない。だが反対であれば間違いなく反対する者は勢いづき、挽回はほぼ不可能だ。

 中立のままで居ていただけるのがありがたい。まだ私の努力で手が出せるからな』

 

 本当に面倒な家だこと、俺なら絶対嫌だそんな生活。

 

「……お話は分かりました、伯父と父に連絡を取ります。おそらくすぐ返事は来ますから、連絡が来たらまたメールします」

『ありがとう。だが急がなくていい』

「分かりました。それでは失礼します」

 

 話が終わった事を確認すると、先輩の方から電話が切られた。

 

 ……今回の事で父さんたちの顧客が増えるかもしれない。

 受ける受けないは会社の判断、俺が口を出すことでも出せることでもない。

 あっちはこの話を聞いたらまず断らないと思うけど……!

 あぶねー、今ろくでもないフラグ立てそうになった……

 

 不穏な事態にならないように願う言葉を慌てて飲み込む。

 するとここで部室から天田が出てきた。

 

「先輩、なにしてるんですか? 電話終わってるのに。ご飯炊けましたし、オムレツ冷めちゃってますよ」

「おっ、そうだった。今行く!」

 

 俺は気持ちを切り替えて、食事に向かうことにした。




影虎の格闘技経験が明らかになった!
影虎は天田にカポエイラを教えてみた!
桐条はバイクの購入を検討している……どうやら家は窮屈なようだ。






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40話 予定が一気に

 夜八時

 

 ~自室~

 

 数学の宿題をしていると電話がかかってきた。

 

「はいもしもし、父さん?」

『おう影虎、義兄さんから聞いたぞ。あの桐条グループのお嬢様から仕事とってきたそうじゃねぇか』

「たまたまね。で、どうなった?」

『もう引き受ける方向で進めてるよ。でな、要望の細部を詰めてぇから今度そっち行くわ』

「はっ!?」

『だからそっち行くって言ってんだよ。俺とジョナサンと雪美で。電話じゃまずいんだろ?』

「そうだけど仕事は?」

『これも仕事だっつの。引継ぎも一区切りついたところだったし、雪美もお前の様子を見てぇって言ってんだ。義兄さんも後押ししてる。桐条のお嬢様をないがしろにして得はねぇからな。だから影虎はお嬢さんに面会できるか聞いといてくれ。スケジュールはそっちに合わせる』

 

 そこまで桐条への対応が重要と判断されたのか。

 

「分かった、そう伝えるよ。こっちに来てくれれば直接合えなくても俺の携帯なら連絡は取れるし」

『頼んだぞ。……しかし、あれだな。まさかお前が桐条のお嬢様と親しくなるなんてなぁ』

「親しいっつーか、部活のことなんかで世話になってかかわる事が多かっただけだよ」

『違う違う、そういうこと言ってんじゃねぇよ。お前、なんでか昔から桐条グループが嫌いだったろ? 銀行口座も買う物も、極力桐条関係の物を避けてたしな』

「言われてみれば、そんなこともあったね……でも父さん、その話は桐条先輩には」

『馬鹿野郎、わざわざ取引相手の気分を害しそうな話なんかするわけねぇだろ。念を押されなくても話さねぇよ』

「そりゃそうか」

『それに桐条よりも学校だ。そっちで楽しくやれてっか?』

「そこそこね、最近部活に後輩も入ったし」

『そうか。ならいいじゃねぇか。頑張れよ』

「分かってる。先輩から返事が来たらまた連絡するよ」

 

 何度か言葉を交わして電話が切れた。

 俺はすぐ桐条先輩へメールを送る。

 しかし送った直後にまた着信。

 また先輩かと思って画面を見ると、表示されているのは知らない番号だ。

 

 誰だろう……?

 

『夜分遅く失礼します。そちらは葉隠さんの携帯でよろしいでしょうか?』

 

 聞こえてきたのはBe Blue Vのオーナーの声だった

 

「はい、こちら葉隠です。オーナーさんですか?」

『ええ、こんな時間にごめんなさい』

「いえいえ、俺はいつも夜遅くまで起きてますから。オーナーから連絡という事は、アルバイトのお話ですか?」

『ええ、そうなの。急な話なのだけれど、できれば明後日と明々後日の午後に来てもらえないかしら?』

6日(火曜日)7日(水曜日)ですね。予定はありません。お世話になります」

『本当? 入る予定の子が一人、急に都合が悪くなって困っていたから助かるわ。では明後日から、お願いするわね』

「そのままお店に向かえばよかったですよね?」

『ええ、昨日話した通り必要な物は用意があるし、細かい仕事内容は当日教えるわ』

「承知しました」

 

 ここでアルバイトの話は済んだが、電話が切れる前にふと先日のストレガの話を思いだした。

 

「オーナー」

『何かしら?』

「つかぬ事を伺いますが、“自分で理解できていない自分”を理解する方法はご存知ですか?」

『あら、そちらの話? フフフ……熱心ね。あるわよ』

「! どんな方法が?」

『そうね……まず人には顕在意識と潜在意識というものがあるわ。顕在意識は人が普段自覚できている意識の事。潜在意識は反対に自覚できていない意識の事、これは無意識とも呼ばれていて、貴方が知りたいのもこれよ。

 潜在意識は無意識の領域、だけれどそれは顕在意識よりも多くの情報が集まっているの。例えば何かが飛んできたときに、貴方はその時に飛んできたものが何か、速さは、どう避けたらいいかと考えてから避けるのかしら?』

「特に考えずに避けますね、考える間に当たりそうです」

『そう。それらの情報を一瞬で処理して、行動に移すことができる無意識。私たちのように魔術を習得しようとする人は、大抵この潜在意識やその先にある超意識を求め、自らの意識をより高次な物にするため研鑽を積むの。そのための方法として代表的な物は……瞑想ね』

「瞑想」

『瞑想は静かに心を落ち着けて、呼吸を楽にして行うけれど、ここで注意が一つ。瞑想は心を“無”にするとよく言われるけど、それはダメよ。“無”とは何も無いこと、自分が自分であるための支えまで無くなってしまう……トランス状態でコントロールを失えば心身虚脱、魔法であれば暴走の原因になるわ。

 だから瞑想を行うならば、まず自分の行動ややるべき事を振り返って心の内を見直したり、何かの目的について集中する。あるいは何かの象徴を用意するといいわ。そうして自分の心の内を探り、気づいていない自分自身や、やるべき事を見つけだしていくの。

 それから、瞑想をするなら先日あげたアイスクリスタルを持っておきなさい。あれは瞑想の助けになるから』

「……分かりました、試してみます」

『気をつけてね。良い結果に繋がる事を祈るわ』

「ありがとうございました、明後日からもよろしくお願いします」

 

 それを最後に、オーナーとの電話が終わった。

 

 早速やってみよう。瞑想のために用意するのは象徴とアイスクリスタル。

 アイスクリスタルは貰ったのがあるけど、象徴……やっぱドッペルゲンガーかな?

 

 アイスクリスタルを手に持って、ベッドに腰掛け、眼鏡型のドッペルゲンガーをかける。

 そしてまずは目的に集中、か……生き延びたい? いや、まずは目先の事から。

 

 自分にできることが知りたい。とりあえずこれだけを考えてみる。

 

 …… ………… ………………

 

 …………

 

 ………………

 

 三十分後

 

 何もなかった。

 何かが流れ込んでくることも無ければ、暴走した時のような声も聞こえない。

 これではダメなのかと思えてくるが、まだたったの三十分。諦めるには早いと自分に喝を入れ、今度は今日の一日を心の中で見直してみる。

 

 …… ………… ………………

 

 …………

 

 ………………

 

 さらに三十分後

 

 順平たちが先に夕食を食べ終わってたから、今日は珍しく一人で食べた。

 一人で食べるのは久しぶりな気がする。

 こっちに来てからは基本、友近や順平と誰かと一緒だったからだ。

 ここの食堂で一人。新鮮だったけど、若干わびしくてさっさと食べて部屋に戻った。

 それで数学の宿題を始めて、因数分解なんかを解いていた。

 中学の復習みたいなものだったし、一度死ぬ前に習ったことのある内容だから楽勝で解いていたら途中で電話が……

 それから……

 

 宿題が途中だ。片付けないといけない。

 

 瞑想の結果、ここに行き着いた。

 

「確かにやるべき事と言えるけれども……」

 

 望んだ結果とは違ったことに落胆はあるが、体はすんなり机の前へ向かう。

 そしてペンを手に取り開いたままの問題集へと目を向けて、俺は言葉を失った。

 

 “答えが見える”

 

 問題集の数式を見ると、その解答が視界に表示された。

 式を見れば正しい答えであることが分かる。

 別の問題に目を向けるとまた別の式が現れ、それもまた正しい解答だった。

 

「これって……」

 

 アナライズ(メモ帳)でシャドウの情報を閲覧するときと同じ感覚。

 間違いなくドッペルゲンガーの力だと分かる。

 

「……もしかして」

 

 1+1=

 

 ふと考えた途端、小学一年生で習うような非常に簡単な数式が表示された。

 思いつきを試そうと、問題集の余白に書こうとした数式だ。

 しかし難易度はどうでもいい。問題は次の瞬間に起こる。

 

 1+1=2

 

 視界の端に映る数式に解答が表示された。

 

「マジか」

 

 俺は一度攻撃して情報を記録する自分のアナライズをメモ帳と呼んでいた。

 だけど、俺のアナライズには本当にメモ帳みたいな機能があったらしい。

 しかも計算機能付き。

 

 ……とりあえず宿題片付けるか。

 

 驚きつつも表示される答えが間違っていない事を確かめながら書き写していくと、数式が頭にすんなり入っていくような感覚を覚えて十分程度で残りの宿題終わった。

 

 そこからは実験の始まり。

 まずPCをネットに繋いで小中高の数学の問題をピックアップ。

 それぞれ問題が解けるかをチェック……問題なく解けた。

 続けて公開されている大学の過去問で試すと、これも正解。

 調子に乗って有名な数学の難問、フェルマーの最終定理に挑戦して初めて失敗。

 なぜかと考えたら自然に答えに気づく。

 

 俺が(・・)解けるかどうかだ。

 

 改めて見れば小中高の問題や大学の過去問も、昔大学入試のために勉強した内容を使えば解ける問題だ。ドッペルゲンガーがなくても解ける。

 対してフェルマーの最終定理は名前と難問だという事は知っていても解き方なんて知らない。

 実際にやろうとしても解けない。

 試しに他の数学の難問を探して見てみると、やっぱり解答は表示されなかった。

 

「これって、瞑想の成果か……?」

 

 たまたま条件が揃っただけの偶然? でも大学の受験勉強とかうろ覚えになりかけていたけど、一度は勉強した内容だし……まさか潜在意識から引っ張り出してきたとか?

 

 明確な返事は無かったが、とりあえずそういう事にしておこう。

 元からあった機能に気づかなかっただけだとしても、今気づいたのは事実。

 効果があったと考えればモチベーションが上がるってもんだ。

 

 さて、そうと決まればもう一度瞑想を……

 

 と思ったらまた電話……じゃなかったメールだ。桐条先輩から。

 なになに? …………なるほど。

 

 挨拶やら礼は程々にすっ飛ばして重要なところを読むと、今週なら火曜・木曜、来週なら月曜と都合のつけられる日が書いてある。

 

 ならこれを父さんに伝えて、と……

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 やっと終わった……

 

 あれから父さんも桐条先輩も携帯の前で連絡待ちをしていたのかと言うくらい速い返事が来ていた。それを中継し続けると時間はどんどん過ぎていき、父さんと先輩の面会は今度の木曜にと話が纏まるまで止まらなかった。

 

 親父が来るのも木曜日だから5月8日か。

 バイトもあるし携帯とドッペルゲンガーにメモっておこう。

 

 5月6日(火)

 アルバイト初日

 

 5月7日(水)

 アルバイト二日目

 

 5月8日(木)

 両親とジョナサンが先輩と面会……5月8日?

 

 何かが引っかかる。何だろう……?

 

 それから俺は、何かを忘れている気がしてモヤッとしたまま影時間を迎えることになった。




影虎は瞑想を始めた!
しかし効果は定かではない……
新しいスキルを覚えることはなかった!
しかしアナライズの機能が拡張された!


今回の成長
アナライズの機能拡張
+文章記録(メモ帳)
+計算機能(自力でも解ける問題のみ解ける)




40話ということで、一度成長した主人公の能力を整理した物を掲載したいと思います。


主人公設定
名前:葉隠(はがくれ)影虎(かげとら)
性別:男
格闘技経験:空手、カポエイラ、剣道、サバット、棒術。
特技:パルクール。
備考:タロット占いとルーン魔術を勉強中。
行動方針:いのちをだいじに。一番大きな目的は生き残る事。
     そのためにできる事を日々模索中。複数の格闘技に興味を示していた。
     手段にそれほどこだわりは無いが、できるだけ身奇麗なまま生きていきたい。
     すでに原作キャラの行動を変えたことで、原作介入を覚悟。
     必要性や好機があれば、こっそり動こうとする。
     影時間の特別課外活動部メンバーとは接触を避ける。
     しかし日中はばれない程度に交流がある。
     ストレガとは敵対せず、距離を取って付き合いを続けている。

ペルソナ:ドッペルゲンガー
アルカナ:隠者
耐性:物理と火氷風雷に耐性があり、光と闇は無効。

ペルソナのスキル一覧
固有能力:
変形     ペルソナの形状を自在に変化させられる。
       防具や武器として戦闘への利用が可能。
       刃や棘を付けることで打撃攻撃を貫通・斬撃属性に変えられる。
       後述の周辺把握と共に使えば鍵開けもできる。

周辺把握   自分を中心に一定距離の地形と形状を知覚できる。
       動きの有無で対象が生物か非生物かを判断できる。
       敵の動きを察知できるため戦闘にも応用できる。
       ドッペルゲンガーの召喚中は常時発動している。
       ただし他の事に集中していると情報を受け取れなくなる場合がある。
       周りの声が聞こえるくらいの余裕を持つことが重要。

弱アナライズ 敵を攻撃すると、その属性の攻撃に耐性や弱点を持っているかが分かる。
(メモ帳)  たしかめた結果を記録しておき、情報を集めていく。
       文章記録(メモ)機能と計算機能が追加された。
       
保護色    体を覆ったドッペルゲンガーを変色させて背景に溶け込む。
       歩行程度の速度なら移動可能。
       速度により、周りの景色とズレが生じてくる。

隠蔽     音や気配などを消し、ペルソナの探知からも見つけられなくする。
       単体で使うと姿は見えるが、保護色と同時に使う事でカバーできる。

擬態     変形と保護色の合わせ技で、姿を対象に似せる事ができる。
       ただし体のサイズは変えられない。

暗視     その名の通り。暗くてもよく見える。パッシブスキル。

望遠     これまた名前通り。注視することで普通は見えない遠くまで見える。
       アクティブスキル。

物理攻撃スキル(オリジナル):
爪攻撃  変形で作った爪で攻撃する。敵に食い込み吸血と吸魔の効率が上がる。 
槍貫手  ドッペルゲンガーの変形を応用して槍のように刃をつけて伸ばした貫手。
     射程距離は五メートル。
アンカー 敵に食い込ませたまま爪を変形させ、糸のように伸ばす技。
     伸ばした部分で敵の動きを絡め取れるが、細ければ細いだけ強度も落ちる。

攻撃魔法スキル:
アギ(単体攻撃・火)、ジオ(単体攻撃・雷)、ガル(単体攻撃・風)、ブフ(単体攻撃・氷)

回復魔法スキル:
ディア(単体小回復)、ポズムディ(単体解毒)

補助魔法スキル:
対象が単体のバフ(~カジャ)全種。
対象が単体のデバフ(~ンダ)全種。

バッドステータス付与スキル:
対象が単体のバステ全種。
淀んだ吐息(バステ付着率二倍)
吸血(体力吸収)
吸魔(魔力吸収)

特殊魔法スキル:
トラフーリ ゲームでは敵から必ず逃げられる逃走用スキル
      本作では瞬間移動による離脱スキル。一日一回の使用制限つき。

その他:
食いしばり 心が折れていなければ一度だけダメージを受けてもギリギリ行動可能な体力を残す。
      もはや根性論に思えるスキル。


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41話 向き不向き

 影時間

 

 ~タルタロス・2F~

 

 結局5月8日に何があるのか分からないままタルタロスに来てしまった。

 気分を切り替えて探索に入ると、さっそく臆病のマーヤを発見。

 

 今日は練習のために足技とバッドステータス系魔法以外を極力使わないと決めたが、どうなるか……というか、思い返せば最近はこう純粋な格闘技で戦ってなかったな。ドッペルゲンガーが暴走した日の戦い方を真似て、ペルソナの力をより有効に使う戦い方を覚えてからは実験と検証を繰り返して戦ってきたし。

 

 ……それはそれでいいけれど、その反面格闘技は体で覚えた感覚、つまり慣れで戦っていた気がする。敵は倒せていたけれど、どこかに違和感があったのかもしれない。エントランスで軽く動いてみた限りでは、カポエイラは元々アクロバティックで動きも激しく、防御は受けよりも回避が中心。空手よりもドッペルゲンガーの戦い方に近いところがあるように思えた。

 

 考えながら、敵に気づかれないうちに走って接近。隠蔽を使って音も無く背後から忍び寄り、がら空きの背中にシャッセ(サバットの直線的な蹴り)を叩き込む。

 

「ギヒッ!?」

 

 不意を打たれてシャドウがこちらを振り向くが、それに合わせてアウー(カポエイラの側転)で背後を取り続け、着地の足を軸に勢いを殺さず。その場で体を素早くひねり、遠心力を加えたアルマーダ(内から外への回し蹴り)を加え、さらに逆の足で振り向かれる前にサバットのつま先蹴りを入れる。

 

「ギィィ……!」

 

 刃に変えたつま先が容赦なくシャドウの体を刺し貫き、連続攻撃で弱りながらも強引に振り向いたシャドウの眼前で手を叩く。

 

「キッ!?」

 

 ネコダマシに驚いたシャドウが動揺した隙に蹴りをもう一発。苦痛で反射的に振り回されたシャドウの腕が斜めになぎ払われるが、俺は直前で前に大きく踏み込んだ。後ろに手が付くほど上体を倒しながら後ろ回し蹴りを繰り出せば、シャドウの腕が頭上を通り抜け、吸い込まれるように俺の蹴りだけが相手に当たる。

 

「グキュゥ……」

 

 仮面に蹴りをクリーンヒットさせられたシャドウは動きを止め、か細い声を残してタルタロスの闇に消えていく。

 

「いけるな」

 

 といってもまだ二階で一匹倒しただけだが、足技とバステだけでも戦える。

 最後のメイアルーアコンパッソ(コンパスのような回し蹴り)もうまく決まった。

 それどころか、戦った感覚がやはり普段と違う。何と言うか、しっくりくる。

 

 爺さんも空手の真髄は型にある。空手に先手なし。とよく言っていたしな……

 とにかく今日はこのまま戦い続けて様子を見よう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~タルタロス・8F~

 

「せぁっ!」

「ギャッ!?」

「ヒッ!?」

「……ふぅ」

 

 敵は法衣を着た僧侶が二人、杖で縫いつけられたようなトランスツインズ。

 その足を払い転ばせた後に刃の付いた蹴りを突き刺し、吸血と吸魔。

 消えて行くのを見届けて一息入れる。

 

 調子良く登ってきたらもう8Fか。ここまで戦ってみたが、今日はいつもより自然に動けた感じだ。

 

 カポエイラの回転や側転を加えた軽快な動きがかみ合って、攻撃、回避、移動がよりスムーズになる。また基本動作であるジンガはリズミカルで、攻撃の合間にバステを使うタイミングが計りやすい。特にガードに出した腕を入れ替える時にはネコダマシがスムーズに入れられる。

 

 考えてみれば空手の試合で走り回ったり飛び跳ねる事はあまりないよな。そういう身軽さを活かした戦い方をするならば、向いていたのはカポエイラなのかもしれない。

 

「おっ!? あ~……こんな所に落とし穴が」

 

 飲み物を飲もうと取り出して開けたら、中身が思い切り噴出した。

 どうして俺は今日もってくる飲み物に四谷サイダー(炭酸飲料)を選んだのだろうか?

 ゲームでも飲み物はアイテムとして使えたが、あっちでもこういう事が起こったのかな……いや、それ以前にどうやって持ち込んだのかが分からない。

 

 俺のプレイだと最終決戦じゃ持ち込むアイテム量が凄い事になっていた。拾ったり買ったりした物を全部持っていたからだけど、画面上では武器以外丸腰にしか見えないんだよな。俺もドッペルゲンガーの中に動きの邪魔にならないよう埋め込んで固定しているから、はためからは丸腰に見えるけど。

 

「ん?」

 

 周辺把握に一瞬だけ反応があり、すぐに消えた。

 感知範囲に引っかかっただけだろうけど、なにか気になる。

 

 俺は中身の減ったサイダーを適当に飲み下し、曲がり角の先を覗き込んだ。

 そして望遠と暗視が捉えたものは

 

「カブトムシ?」

 

 違う……たしかあれは死甲蟲、テベルに生息する強敵シャドウだ。

 死甲蟲は巨体を支える足を動かしてT字路の先に消えていくが、強敵シャドウを見るのは初めてだ。

 

 一度戦ってみよう。それで今日は最後にしよう。

 

 こっそりと死甲蟲の後を追うと、やはり重そうな体で廊下をのっそりと歩いている。

 弱点は魔法で……雷だったか?

 俺は近づきながらジオを放つ。

 

「! ミスった!」

 

 雷光が瞬いて死甲蟲に当たった瞬間、自分の記憶違いを理解する。

 アナライズの結果は、雷が弱点ではなく耐性(・・)

 つまり効果はほとんどなく、こちらの存在を教えただけだった。

 

「っ!」

 

 死甲蟲が羽を広げ宙へ舞い上がる。

 攻撃ではないが、羽ばたきで生まれた風に体を押された。

 それを見越すように死甲蟲が翻り、俺の頭上を取るとピタリと羽ばたきを止めた。

 

「!」

 

 前方に跳び、地面についたてで跳ねてさらに距離を取る。

 少しでも遅れたら踏み潰される所だった……

 

「っ! また……」

 

 はばたきによる強風。

 死甲蟲が今度は軽く体を浮かせ、正面から突進してくる。

 横……下!

 

 死甲蟲は俺が横に避ける動きに合わせて軌道を変えた。

 風を切る音が近づく中、身を地面に倒れこむくらい低く沈め突進を回避。

 死甲蟲が通り抜けると、俺に抉られた廊下の壁の破片が降り注ぐ。

 破片による痛みはないが、あの突進の威力を物語っている。

 おまけにあの風が邪魔だ。下手に動くと体制が崩されてしまう。

 逃げ遅れて直撃を食らうのは勘弁だ。

 

 ……弱点が魔法で闇と光じゃないのは覚えている。ならあと三種類。早いところ弱点を見つけて、体力を削りきるしかないか……

 

「フゥー……」

 

 呼吸を整え、スキルで攻撃、防御、回避を全て上げ、空手の三戦立ちで体を安定させる。

 同時に死甲蟲の羽音と風を感じ、また突進が来た。二度も下を抜かせない気だろう。今度は廊下の端から加速をつけて、地面すれすれを飛んでいる。

 

 下は無理。横は追われる。であれば強引に道をこじ開けるしかない。

 

「フゥー……」

 

 落ち着いて敵の動きを把握し、廊下の中心で腕が届く距離まで引きつける。

 

 ……1、……2、……今!!!

 

 胸元に迫る死甲蟲の角。

 その先が当たる直前に、中段受けで右腕を横から当てた。

 同時に左手は右肘に添え、受け手を支えて力をかけ、両腕の力で攻撃を右へとそらして角先を避ける。

 角を避ければ今度は胴体が迫るが、すでに死甲蟲の体制は右へと傾いていた。

 左へ避けると軌道の修正が間に合わずに俺の横を通り抜け、無防備な背中を晒す。

 

「アギ!」

 

 その背中を爆炎で焼く。

 だが火は弱点ではなかった。

 

 他に手段が無いのだろう。

 愚直に突進してくる死甲蟲を今度は左に受け流して背中を取る。

 

「ブフ!」

 

 これも弱点ではない。

 しかし耐性も無く、ダメージは確実に与えられている。

 もう一度だ。

 

 衝撃による腕の痺れを堪えて構え、今一度受け流す。

 そして最後のガルで勝負は決まった。

 

「!?!!?」

 

 魔法の風が襲い掛かると、それまで何事も無く飛んでいた死甲蟲が風に煽られ角から墜落し、腹を上に向けた状態でもがいている。ダウンだ。

 

「シャア!!!」

 

 動けないうちに飛びかかり、死甲蟲が起き上がろうとする度にガルを使ってダウンさせる。

 他に敵はいない。ここからは残された体力と魔力の全てを吸い尽くすだけだ。

 

 そして一方的な攻撃を受け続け、やがて力を失った死甲蟲は再び立ち上がることなく、煙のように姿を消した。

 

「流石強敵シャドウの名の通り、普通のシャドウより強かった……」

 

 でも代わりに何か掴めた気がする。

 今日のことを忘れないよう今後は、攻めはカポエイラ、守りは空手と状況に合わせて使い分けていこう。

 

「……なんだこれ」

 

 戦いを振り返っていたら、消えた死甲蟲の居たあたりになにか落ちている。拾い上げてみると反り返ったサーフボードのような板で、大きさは俺の首辺りまで。その下には全体が黒く、細くて白い線の入った丸い石が落ちていた。

 

 板はあの死甲蟲の外殻か? ゲームでは持ってこいって依頼もあったけど、俺には残されても仕方ないのに…………いや、もしかしたら使えるかもしれない。

 

 頭の中に一つ使い道が思い浮かんだ。とりあえず持って帰ろう。

 

 それからこの石は宝石なのか? でもテベルで宝石を落とす敵なんて居なかったはず。ゲームとの差異か回復アイテムかな?

 

「今度オーナーに見てもらうか」

 

 宝石だといいな。換金は上手くやらないと怪しまれそうだが、ストレガとの取引に使ってもいい。宝石じゃないなら地返しの玉であって欲しい。

 

 俺は早くも落ちていた石の皮算用をしながら外殻を抱え、探し出した転移装置とトラフーリで寮へ帰った。




影虎は自分に合った戦い方を模索している!
影虎は死甲蟲を倒した!
外殻と黒い石を手に入れた!



ちなみにスキルは全部、叫ばなくても念じるだけで使えると考えています。
原作キャラはペルソナ! とか、ペルソナの名前を叫んで魔法を使っているので。
きっと気合の問題でしょう。
影虎、特に最初のほうは知らずに不意打ちの時にも叫んでましたが(笑)
今もネコダマシで手を叩いたりしますが、それはきっと気分的なものですね。
相手をヤケクソにするバリゾーゴンを使う時には罵声を浴びせかけるのか……やったら無駄に疲れそうです。


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42話 休日のすごし方、その二

 5月5日 こどもの日 朝

 

 ~男子寮・食堂~

 

「うーっす影虎~……飯食い終わってんのか」

「おはよう順平、たった今な。寝不足? 目の下にクマができてるけど」

「昨日隣の部屋で集会やっててうるさくてさー。文句も言いに行くのもコエーし、終わるの待ってたら夜中の四時まで話し合ってんの……せっかくの祝日だけど、食ったらもう少し寝るかも……」

「四時まで? そりゃ災難だな。怖いって不良?」

「いーや、そんなんじゃねーよ。ほら、あっち見てみ?」

 

 言われた方向を見てみると、食堂の一角に陣取って話し合いをしている男子が二十人くらい居た。その中には不良っぽい生徒もいるにはいるが、大半が普通の生徒に見える。

 

「何あの集団」

「桐条先輩のファンクラブの一部」

「桐条先輩の?」

「なんか桐条先輩の誕生日が近いんだってさ。それでプレゼントを贈りたいけど、桐条先輩だから下手なものは贈れないからブランド品買うために金を出しあってるんだとよ」

「へー、そこまでするんだ……って、誕生日? いつ?」

「5月8日、今度の木曜日だってよ。隣の集会で話してた」

「5月8日……!!」

 

 昨日の気がかりはそれか!

 どうしよう。俺も昼は世話になってるし、木曜は父さんを寮まで案内することになってる。どうせ会うならなにか持って行った方がいいよな……

 

「影虎? どうした?」

「俺も世話になったし、何か贈ろうかと」

「ふーん……あの集団に混ざる?」

「いや、俺は自分で探すよ」

 

 桐条先輩はブランド品なんて見飽きているだろう。それにそういう物は好みもあるし、桐条先輩へのプレゼントと言ったら日本人形か遮光器土偶と決まっている。

 

 問題は今から手に入るかだ。

 

「……俺ちょっと出かける」

「いってらー」

 

 寝ぼけ眼で気の無い返事をする順平と別れ、部屋に戻ってネットで検索をかけてみる。

 

 この近くで遮光器土偶を取り扱っている店は該当なし。

 ポロニアンモールの骨董屋もまだ開いてない。

 

 日本人形ならどうかと思ったが、こっちは高級店しかない。

 値段はピンキリ、でもその店のは最低十万円。流石に手を出すのを躊躇ってしまう。

 

 ……足で調べるしかないか。

 俺は散歩がてら心当たりを当たってみることにした。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 心当たりその一

 

 ~辰巳博物館~

 

 たしかお土産コーナーにレプリカがあったような気がして来てみたが……無い。

 目を皿のようにして探しても、やっぱり無い。あるのは埴輪ばっかりだ。

 

「おや、葉隠君じゃないか」

「小野館長」

 

 お土産コーナーを見ていたら、後ろに相変わらず目立つ服装と角髪の小野館長が立っていた。

 

「今日はどうしたのかね? やけに真剣に見ていたようだが」

「実は……」

 

 俺が事情を説明すると、小野館長は急に元気になる。

 

「ほう! 誕生日のプレゼントに遮光器土偶を? 縄文時代に作られたあの土偶を選ぶとは、なかなか分かっているな!」

 

 何がだろうか?

 

「流石に本物は無理ですから、レプリカは無いかと」

「本物は保護のための法律があるからな。しかし残念ながら今ここに遮光器土偶のレプリカはない……だが! よく分かっている君のためだ。私もツテを使って協力しようじゃないか」

「! 本当ですか?」

「レプリカなら手に入れるのは簡単だよ。ただし、期日に間に合うかは約束できないね……ところで縄文時代の事なのだが……」

 

 プレゼントの用意に協力してくれるという言葉に釣られた俺はつい話を聞き始めてしまい、解放される三時間もの長話を聞き続けるはめになった……

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 心当たりその二

 

 ~アクセサリーショップ Be Blue V~

 

「あら、葉隠君じゃない」

「こんにちは、オーナー。今日はお店に出てらっしゃったんですね」

「ええ、昨日シフトの子が来られなくなったって話したでしょう? その分、私がお店に出ているのよ。でも私が表に出ると人が来ないのよねぇ……せっかくおめかしまでしたのに」

 

 そう言うオーナーは、着ている薄い生地で作られた漆黒のローブで顔が見えにくい。

 見えるのはローブの中から伸びる、触れたら折れそうなくらい細い指先と着けている指輪。

 それから爪に塗られた鮮やかかつ毒々しい紅のマニキュアが目を引く。

 非常に怪しげな魔女スタイル。

 

 まず間違いなくそのおめかしが原因です!

 

「それで今日はどうしたのかしら?」

「実は……」

 

 ここでも事情を説明すると、オーナーは考えこんでしまう。

 

「プレゼント用の日本人形を探してる、ねぇ……」

「はい、オーナーのところには古いものが沢山ありましたから。もしかしたらと思って」

「あるけれど、おすすめできないわ。人形は人の念がこもりやすいのよ……今あるのは夜に髪が伸びて持ち主の体調を損なわせる人形だけなの」

「……オーナーのコレクションだけでしたか」

「そうなのよ。贈る相手が対処できるならまだ譲ることも考えたけど、一般人なんでしょう? やめたほうが無難ね」

 

 俺も呪いの人形は贈りたくない。

 幸い期日までは多少時間がある。ギリギリまで探すか……

 でもダメだったら新しいプレゼントを探す暇なんて無いだろうし……

 

 それから俺は店内を見て回り、勧められたアクセサリーから良さそうな物を一つ選んで購入することにした。

 期日ギリギリまで探して、二つとも手に入らなければそれを渡そう。

 

「3200円ね」

「5000円でおつりお願いします」

「はい、おつりと……ちょっと待っていて」

 

 オーナーが今日も奥へ走り、持って来たのは一冊の分厚いファイル。

 表面には“パワーストーン一覧”と書かれたシールが貼られている。

 

「これは?」

「参考書よ。新人のアルバイトさんには必ず渡しているの。ここで働いているとお客様から石についての質問を受けることもあるから」

 

 なるほど、勉強用か。

 アルバイトでも、仕事をするのであれば覚えなければならないことはあるだろう。

 

「細かいことは仕事をしながら覚えていけばいいけど、暇があったら目を通しておいて。フフッ……明日までに全部覚えてこい、なんて無茶は言わないから」

「承知しました。それじゃまた明日」

 

 俺は買ったアクセサリーとマニュアルを受け取って店を後にした。

 

 

 

 ……腹が空いてきたな。昼も過ぎてるし、どこかで何か食べようか……

 

「あっ、葉隠君だ」

 

 突然名前を呼ばれた。それも上の方から。

 誰かと思えば、西脇さんが路地の横にある階段を登っていた。

 そのまわりには宮本、順平、友近、岳羽さんと岩崎もいる。

 

「何やってんの?」

「部屋で寝てたら遊び収めじゃー! って友近に襲撃されてさ。男三人ゲーセン行ったら、女子三人が喫茶店に居てバッタリ。そんでせっかくだし一緒に遊ぼうぜ! ってことで、カラオケにきましたー」

「そういやそこにカラオケがあったっけ。たしかマンドラゴラって」

「そうそう! で、影虎は?」

「ちょっと買い物、って、順平は知ってるだろ?」

「へへっ、そーでした。せっかくだし影虎も一緒にカラオケいかねー? 女子もいいよな?」

 

 順平が女性陣に聞くと、三人ともいいと答えている。

 しかしカラオケか……

 

「昼食べてないんだけど、その店何か食べられるか?」

「それなら食べ放題があるぞ!」

「マンドラゴラが二時間歌い放題、食べ放題、飲み放題のサービス始めたんだって」

「俺らも昼はここで食うことにしてたし、影虎も来いよ」

「……誘ってもらったことだし、一緒させてもらおうか」

 

 宮本、岳羽、友近の誘いもあって、俺はカラオケに行くことにした。

 こんな事でもないとカラオケに行かないからな。

 

 

 

 

 

 

 

 ~カラオケ・マンドラゴラ店内~

 

 七人入る部屋が開いていないからと、パーティー用のちょっと広い部屋へと通された。

 

「っしゃー歌うぜっ!」

「歌い収めだぜ!」

 

 調子の良い順平友近がさっさと荷物を置いてテキパキと機械やマイクのセッティングをしているのをよそに、俺と宮本は食事のメニュー、女性陣はカラオケの曲本をまわし読む。

 

 それにしても

 

「なぁ宮本、さっきから友近が言ってる歌い収めって何?」

「再来週は中間試験だろ? 今日ガッツリ遊んで、後は試験終わるまで遊ばないんだとさ」

「試験が近づくたびにそれ言ってるよね、友近君」

「でもちょっと息抜きって遊んでるとこ目撃されてるよね。そんでもっとギリギリになると岩崎さんに泣きつくんだよね」

「で、でも、集中した後の爆発力は凄いんだよ?」

 

 なんというダメパターン。そして岩崎さんのフォローが素早い。

 

「よーっし! 準備完了! ってわけで影虎、トップバッターな!」

「俺が!?」

「なんか食うことに集中しそうだし、まずなんか歌っとけって。何歌うか興味あるし」

「そういわれても……」

「はいこれ、曲の本」

「ありがとう、岳羽さん」

 

 隣に座る岳羽さんから本を受け取るが、どうも距離感が掴めずに会話がとぎれてしまう。

 

「……葉隠君って普段カラオケとか行くの?」

「最後に行ったのが中学卒業のパーティーで、その前は年単位で間が開いてる。でも歌うのは嫌いじゃないから」

 

 むしろ好きだった。一度死ぬ前は一人カラオケを趣味にしていたくらいだ。

 

 ただこの世界のカラオケには、俺が死ぬ前に好きだった曲が入っていない。

 というか音楽に限らず創作物全般が似たものに代わっている。

 例えば日曜日の朝には仮面ライダーの代わりにフェザーマンが流れるといった具合に。

 

 違う物でも面白い物は面白いし、音楽も名曲はある。しかし、慣れ親しんだ曲がない。

 原作への備えもあったし、楽しいけれどその点がどうにも寂しくて足が遠のいていた。

 

「決めた」

「何番? 私、入れるよ」

「903、844、34」

「903、844……オッケー」

 

 岳羽さんが機械に番号を入力すると、部屋に軽快なイントロが流れる。

 

「おっ、これあれだろ? 人気ドラマの主題歌」

「去年の年末の歌合戦にも流れたよね。これなら私も知ってる」

「さー、めったにカラオケに行かない影虎の実力はっ!?」

 

 流行にうとそうな宮本と岩崎さんに続き、順平がいつものノリで盛り上げようとしている。

 そして俺は歌い始めた。

 

「あれ? 結構上手くない?」

「あんま来ないとか言ってる割に歌い慣れてる感があるんだけど……てか声量あるね」

「葉隠君、私と同じで歌えない人だと思ってたのに……」

「なんつーか、素人参加の歌番組に出られそうな感じだな」

「最初に出たら盛り上がらせて、後になるともっと上手い人がどんどん出てきて影が薄くなるくらいの上手さだな」

「あー、分かる」

 

 慣れは引き継いだ経験があるし、肺活量や声量は昔より鍛えている今の方が間違いなく多い。ストレガと話すときのような作った声でなければそこそこ歌える。つーか男三人の褒め方微妙!

 

 俺は横からの声を忘れるために、歌う事に集中することにした。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

「ヒューヒュー西脇サーン!」

「ま、こんなもんかな」

 

 持ち歌の流行曲を歌い上げた西脇さんは珍しくすまし顔だ。

 

「で、次は誰?」

「誰も入れてないね。もう歌う人いない?」

「俺、食いすぎて苦しい……」

「俺もだ……」

「大丈夫?」

「心配しなくていいって岩崎さん。ミヤも友近も、食べ比べなんてするからそーなんの。限界くらい考えなよ」

「オレッチ的には二人と同じかそれ以上食べてケロッとしてる影虎に驚きだけどな。つーかお前そんな腹ペコキャラなの?」

「いや、そんなことは無いはずなんだけど……」

 

 久しぶりのカラオケはなかなか楽しく、注文した食事は期待していたよりも美味しかった。

 歌って少し減った腹に食べ放題はありがたい。

 

 しかし今日俺が食べたのはピザ(小)二枚、チャーハン一皿、ベーコンとほうれん草のサラダにフライドポテト二皿、デザートにフレンチトースト……平均よりは食べる方だと思っていたけど、こんなに食えたかな? 

 

「てか時間そろそろじゃない?」

「うえっ!? マジ!?」

 

 本当だ、もうあと三分しかない。

 

「連絡無かったのに、手違いかな? ……どうする? 延長する?」

 

 西脇さんがそう聞くと、ダウンした二人の事もあり、今日はもう店を出ることに決まった。

 

 しかし店を出たところで順平が爆弾を落としてくれた。

 

「そういや影虎、桐条先輩へのプレゼント買ったんだよな?」

 

 その一言で他の五人の目が俺に集まる。

 

「あれ、お前桐条先輩にプレゼントすんの? お前俺と同じで年上、あ、先輩も年上っちゃ年上か……」

「桐条先輩って美人だからねー」

 

 友近と西脇さんがほどほどに話に加わり、宮本と岩崎さんはあまり興味なさげだが……

 

「…………」

 

 見てしまった。

 岳羽さんが微妙に機嫌悪そうな目をしている。

 いや、他の五人は気づいた様子が無いし、俺がそう思いこんでいるだけなのか?

 

「ファンってわけじゃないけど、先輩には部活の事でお世話になってるからな。礼儀として一応ちょっとした物を」

「ふーん……何買ったの? Be Blue Vの袋持ってるって事はアクセ?」

「まだ目的の物は手に入ってないんだけど、とりあえずブレスレットを一つ買っておいた」

 

 岳羽さんに不機嫌なのか興味が無いのか分かりづらい淡白な声で聞かれ、俺は袋の中から買ったブレスレットを取り出して見せた。

 

「……けっこうセンスいいじゃん」

 

 オーナーの薦めがあったからな。

 

「その袋、他に何か入ってないか? そっちは?」

「宝石の本だよ。実は俺、明日からBe Blue Vでバイトすることになってるんだ。だからお客さんに何か聞かれた場合に応えられるようにするための、予習用」

「あれ? 葉隠君ってたしか博物館でアルバイトしてたよね?」

「あそこは二日間だけの短期バイトだったから」

 

 幸いそれた話に乗ることで、上手く話題を変えることに成功。

 少しドキリとする事もあったが、俺はおおむね平和な時間をすごせていた。



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43話 アナライズの真価(前編)

今回からアナライズがアップを始めます。
タグにチートをつけるか検討中。


 夜

 

 ~自室~

 

 やるべき事を全て終わらせた後、俺は今日も瞑想をしてからパワーストーン一覧の内容をドッペルゲンガーに記録・復習していた。

 

 オーナーはゆっくりでいいと言ってくれたが、これはあのお店で働かせていただく以上必要な知識。働き始めたらいつお客様に説明を求められるか分からないんだから、早めに応えられるようにしておくべきだ。

 

 しかし一日で大型のファイル一冊分を暗記するのは無理。というわけでドッペルゲンガーに内容を取り込んでいつでも見られる状態にしておく事にした。そうすれば空いた時間にどこでも勉強できると考えた……だけど、ファイルの半分ほどまで取り込んでおかしなことに気づく。

 

 ……妙にすんなり内容が頭に入ってくる。

 

 手元の本に載っているのは全部石の情報だ。名前も、産地も、色も、効果も、重複する説明が沢山ある。普通なら頭の中でこんがらがりそうな情報の山を、一度読んだだけ(・・・・・・・)で覚えてしまっている。

 

 世間には瞬間的に何でも記憶してしまう天才がいたり、記憶力を良くする方法があったりするらしいが、俺は天才じゃないし記憶法も勉強した事がない。ただ死ぬ前の記憶を持っているだけの凡人だ。この状況は明らかにおかしい。

 

 登録した情報を思い出そうとすると、即座に視界に表示される。そのせいで覚えた気になっているのかと思い、一度ドッペルゲンガーを消してみてもやっぱり覚えている。その場合思い出すのに少し時間がかかるが、ちょっと見ただけなら十分すぎるほどだ。

 

 なにせ情報の取り込みは取り込むページを見たほんの一瞬で完了する。俺はそこで取り込まれた文章にミスがないかを見比べただけなんだから。

 

「これはドッペルゲンガーに情報をメモしたからとしか考えられない……タカヤ曰く“ペルソナは心が形を成した存在で、俺は初めからドッペルゲンガーの全てを知っている”……だからか?」

 

 俺の心であるドッペルゲンガーに情報を取り込む、それは俺自身に情報を取り込むことと同義なのかもしれない。それが通常より効率的に内容を記憶する一因になっている……?

 

 ……理屈はともかく、これって凄くないか? 暗記科目とか超楽になるぞ。

 

 少し頭が疲れた感覚はあるが、普通に覚えるまで勉強する疲労と比べたら微々たる物。

 呼び出していないとちょっとばかり思い出しにくいけど、そんなの些細な問題だ。

 一から独力で覚えるより労力が減るなら、その分反復して思い出せるようにすればいい。

 例えるなら、外付け記憶装置だと思っていたものが、実は睡眠学習装置だった感じだ。

 寝てないしそんな都合のいい物が現実にあるかは知らないが。

 

 ズルイ? いやいや、これもある意味自分の力である。効率がいいだけで、学習する必要はある。試験本番に使うとカンニングしてる気分になりそうだが、なら試験で使わなければいいだろう。元々テストには困ってないし、両親もそんなにうるさくないんだから。今は問題視されない程度の点数が取れれば十分。余った時間は他にすべきことが山ほどある。

 

 そう考えた俺は、パワーストーン一覧の復習を再開した。

 これが終わったら英和辞典でも暗記を試してみよう。

 英語の授業の助けにもなるし、夏休みの旅行でも役立つ。

 

 ……そういえば、天田は今年の夏休みはどうするんだろう?

 原作では巌戸台分寮に入ったけど、それは来年だ。

 ……今度聞いてみるか。

 

 ちなみにこの作業で、昨日タルタロスで拾った石がオニキスである事が判明。

 オニキスは元々縞模様のあるアゲート(めのう)を指す言葉だったらしいが、現在では黒い色のアゲート(めのう)を指す。

 

 俺の持っているオニキスは白い縞模様のある天然物のようだが、ファイルを読み進めるとこの石、それほど高価ではないらしい。しかしテベルで宝石が出たのは朗報だ。この先進んでいけばお金の心配はしなくてよくなるかもしれない。

 

 ……一度Be Blue Vのオーナーに見てもらおうか。

 江戸川先生と何か怪しげな取引をしているようだし、あの人なら職業的にも適任だろう。

 

 俺は体調を気にしつつも、次々と情報を取り込んで夜を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 5月6日

 

 午後

 

 ~教室~

 

「ハーイ皆さん、ここまではOKですね? 消しますよ」

 

 英語の授業中、寺内先生が板書(ばんしょ)を消して一言。

 

「いまの所はザ・ウィークアフターネクスト(再来週)のテストにでますから、ちゃんと覚えておいてください」

「ゲーッ!」

「センセー! なんで消し終わってから言うんっすか!?」

「ミスター伊織、私はちゃんと、消す前にアスクしましたよ? ちゃんと授業を受けていればノープロブレムなはずですが……では誰かに教えてもらいましょうか……ミスター友近」

「はい!?」

「相手からのお誘いを断る英語の慣用句は?」

「え、っと…………影虎、たの」

「ストーップ! こっそりお友達へのSOSはいけません。ミスター友近もミスター伊織も、ちゃんと勉強してくださいね」

「「うっす……」」

 

 頭を垂れる二人を見た先生は、次に俺に目を向けた。

 

「それではSOSを受けたミスター葉隠、アンサーを答えられますか?」

 

 答えを答えられるか……まぁ、おかしくは、ないかな?

 “運命という名のフォーチュン”って迷言(めいげん)よりは。

 

「Can I take a rain check?」

「ザッツライト!」

 

 正しい答えを返せた。

 後ろのほうから葉隠君はちゃんと授業を受けてるんだね、なんて言葉が聞こえてくる。

 俺の評判か何かが上がった! かもしれない。

 

 というか、数学以外でも答えが表示されるのかの実験を兼ねてドッペルゲンガーで板書全てを記録しているから楽勝である。耳で聞いたこともメモ機能で文章に起こせば記録できたし。

 

「私がダーリンに始めてデートに誘われたとき、私には運悪くどうしても外せない用事があったのです。私はやむなくこの言葉を使いました……もう二度と誘ってもらえないのでは? と不安を胸に抱えながら……でもダーリンはとっても優しくて」

 

 何が琴線に触れたのか、寺内先生は授業を脱線。これはわざわざ記録する必要ないな。

 代わりに英語の教科書と辞書の内容を記録していく。

 

 ちなみにドッペルゲンガーは英語にも効果あり。

 英熟語と英単語(現在・過去・未来形などの変化も含む)と文法。二種類の記録をそろえて組み合わせることで可能にしているようだ。

 

 話が終わるまでと考えていたが、その話はチャイムがなるまで続いた……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 放課後

 

 ~Be Blue V~

 

「葉隠君。貴方、何を持っているのかしら?」

 

 授業が終わり、俺は真っ直ぐにBe Blue Vにやってきた。

 アルバイト初日。最初が肝心だ! と意気込んで店に入ったところ、カウンターに立っていたオーナーに俺を見るなりこう言われ、出鼻を挫かれた。

 

 オーナーは今までに見たことの無い真剣な目つきで俺の鞄を凝視している。

 ドッペルゲンガーの眼鏡をかけているが、隠蔽の効果か気づいていない。

 それとも気づいているが眼鏡よりも鞄の中身の方が重要なのか?

 ペルソナを霊能力と認識されているならばれたほうが今後楽かと思ったが……とりあえず鞄の中身を出そう。

 

「これの事ですか?」

 

 取り出したのはタルタロスで拾ったオニキス。

 

「それよ! ちょっと見せてもらっても良いかしら……?」

「はい。価値が分からなくて。元々オーナーに見てもらうつもりで持ってきていたので」

 

 オニキスを差し出すと、オーナーは手にとってじっくりと眺め始めた。

 

「何か、凄いものなんですか? 昨日いただいた本でオニキスだとは分かったんですが」

「そうね、これは確かにオニキス……だけどなにか力を宿しているの。値段をつけるとしたら……私ならこれ一つで二万円は払ってもいいわ」

「二万!? ……ネットでは一粒二、三百円と見ましたが?」

「石としての価値はそれよりもう少し高いくらいだけど、この中に込められた力……長い間浄化されたか、それ相応の環境に置かれていたんだと思うわ。これでアクセサリーを作ったら、どれだけの物ができるのかしら、フフフ……」

 

 浄化とは人のマイナスの念を取り込んでしまい、力の弱まったパワーストーンを元通りに復活させる事で、その方法には水晶のクラスタと一緒に置いておく、セージを燃やした煙をくぐらせる、日光や月光に当てる、流水で洗うなどがある。

 

 浄化方法はそれぞれの石により適する方法と適さない方法があり、適さない方法を使うと石が変色したりするので注意が必要と貰ったファイルには書かれていた。

 

 オニキスに適した浄化方法は水晶、セージ、月光で……ニュクスって月なんだよな? そしてタルタロスはニュクスを導く目印だったはず。そんな所にいるシャドウが持ってた石だからだろうな。

 

 考えてみればゲームではオニキス一つをペルソナの能力を上げるカードと交換できたし、ただの石だと釣り合いがとれないか。

 

「葉隠君、これを何処で手に入れたの?」

「先週巌戸台のフリーマーケットで衝動買いしました」

「あら、そう……フフッ。これはお返しするわね。随分強い力があるようだから、アクセサリーにしなくても持っているだけで良いと思うわ。もしいらないのであれば私が買い取らせてほしいのだけど……」

 

 オニキスの名前の由来はギリシャ語の“爪”を意味する言葉“オニュクス”だそうで、効果は忍耐力を強めたり誘惑に打ち勝ったり、意思を強めて成功へ導く象徴だとファイルのページに書かれていた。

 

「申し訳ありませんが、これは持っておきたいので」

「あら残念。だったら……もし、またいつか同じようなものを手に入れたら、いつでも持ってきて頂戴な。私は出所なんて気にしないから、力の値段も加味して買い取るわ……フフッ、フフフフ……」

 

 真っ当な代物じゃない事は悟られてるな……

 まぁ、それでも気にした様子がないのは予想通りでよかった。

 と思ったら、店の奥から声が聞こえた。

 

「休憩終わりっす。オーナー、店番代わります」

「?」

 

 きっとアルバイトの人だろう、美形でヤンキー風の女性が出てきた。

 短めの金髪にロックテイストなTシャツとジーンズ、アクセサリーを合わせていて、声はちょっとハスキーボイス。よく見れば、初めて来た日に見た気がする。

 

「あら、丁度良かったわ。葉隠君、この子は棚倉(たなくら)弥生(やよい)ちゃん。うちで働いてくれているアルバイトの一人よ。弥生ちゃん、この子は葉隠君。昨日話したアルバイトの子よ」

「そいつが? へぇ、アタシは棚倉(たなくら)弥生(やよい)、よろしくな。ビシバシこき使ってやるから、覚悟しとけよ」

「葉隠影虎です。こちらこそ、よろしくお願いします」

「あらあら、さっそく舎弟にするの?」

「ちょっ、オーナーやめてくださいよ。アタシはもうヤンキーじゃないっすから。つかヤンキーだった頃も舎弟はいなかった……じゃなくて! いきなりそんな話してビビッられたらどうすんですか」

「あ、棚倉さんそれは大丈夫です。うちの父が元暴走族で、慣れてますから」

「え、マジ? よかった~。いきなりビビられたら指導がやりづらくなってしょうがないからな」

「ふふっ、良かったわね弥生ちゃん。それから葉隠君、貴方に仕事を教えるのは弥生ちゃんに任せることにしているから、仲良くね」

「はい、承知しました」

「てかオーナー、分かっててからかったっしょ……いっつもこうなんだから」

「だって、昔から反応が良くて面白いんだもの」

 

 そう言って悪びれもせずに笑うオーナーと、諦めたように、でも嫌味なく大げさに肩を落としてみせる棚倉さん。

 

「仲が良いんですね」

「あ? まぁな、アタシもここで働いて長いし」

「もう四年になるわねぇ……あの頃の弥生ちゃんはもっと突っ張っていて」

「あーもう! やめてくださいって! そうだ葉隠、さっさと準備してこい。仕事教えっから。なんたって明日はお前が頼りなんだからな」

「俺が頼り?」

 

 何の話だろう? そう思って聞いてみれば、かえって来た言葉は耳を疑う内容だった。

 

「聞いてないのか? 明日は葉隠しかまともに店番できる奴いねーんだよ」

「そうなんですか!?」

「ごめんなさい、伝え忘れてたわね……うちのお店、葉隠君を入れて四人しかアルバイトの子がいないのよ。そこから連絡した通り一人お休みで、もう一人は弥生ちゃんなんだけど……」

「アタシは明日大学でどうしても抜けられないんだ。ついでにもう一人は事情があって店番ができない。つーわけで、明日店に立てるのはオーナーと葉隠だけなのさ」

「昨日も話したけど、私がお店に立つとお客さんが減っちゃうから……よろしくね?」

「……最善を尽くします」

 

 ちょっと不安を覚えたが、仕事なのだからやるしかない。ところで

 

「もう一人の方はどんな方なんですか? 店番ができないと話していた方ですが」

香田(こうだ)花梨(かりん)ちゃん。女の子でね、髪が長くて可愛らしいお嬢様なの。姿が見えたら(・・・・・・)、最初はきっと驚くわよ」

「そんなに美人なんですか? 近いうちに会うとなると考えるとちょっと緊張しますね」

「いや、そういう意味じゃ……」

 

 軽く話に乗ってみると、棚倉さんが歯切れ悪く何かを言おうとする。

 しかし、その言葉はオーナーの怪しい笑い声に遮られた。

 

「ウフッ、ウフフフフ……」

「オーナー?」

「葉隠君、花梨ちゃんはずっと、ここにいる(・・・・・)わよ?」

「えっ?」

 

 オーナーはそういいながら、自分の横で手を動かして人の形に動かしている。

 あたかもそこに、見えない誰かが居ると教えるように……

 というか、棚倉さんのそういう意味じゃないって、誰かそこに居る事の肯定?

 ……からかわれているのでなければ、もう幽霊としか思えないんだが……

 

「あの、もしかして店番ができない事情って……」

「一般のお客様には見えないし、声も聞こえないんだもの」

「アタシやオーナーに見えても、客に見えないんじゃ店番はできねーだろ?」

 

 あー、なるほどー。というか棚倉さんもさりげなく見えてる方なんですね。分かりました。

 

 先輩の一人がまさかの幽霊という発言に軽く頭が痛んだ俺は

 

「今まで気づかず申し訳ありませんでした。葉隠影虎です、どうぞよろしくお願いします」

 

 いまだ人の姿の見えない虚空に向けて、大きく頭を下げていた。

 

「!?」

 

 すると、それに反応したように店の照明がついたり消えたり。

 風もないのに観葉植物や張り紙が揺れ、どこからかラップ音が鳴り始めた。

 

 何これ!? 完全な心霊現象!?

 

 そう思った次の瞬間、オーナーが笑う。

 

「あらあら、ウフフ。葉隠君が気に入ったのね。でも花梨ちゃん、お客様は居ないけど営業時間中だから、ね?」

 

 すると、突然起こった心霊現象がピタリと止まる。

 

「今の、気に入られたんですか……?」

「ええ、とっても嬉しそうよ。フフフ」

 

 紹介された先輩が幽霊だったときの対処法。

 そんなの俺が読んだどの社会人マナー本にも載ってなかった。

 しかし、とっさの行動が良い印象を与える事に成功したらしい。

 俺には全く分からないが……

 

 つーか、この先どうなるんだ?




影虎は情報を蓄えている!
影虎はバイトの先輩である棚倉弥生と出会った!
影虎はバイトの先輩である香田花梨と出会った!
しかし香田花梨は幽霊だった!
影虎に姿は見えていないが、花梨は喜んでいるらしい?
影虎はちょっと混乱している!

アナライズの機能が拡張された!
+瞬間記録機能
+学習補助機能

ちなみにオニキスの由来であるギリシャ語の“オニュクス”という単語から頭のOを取ると“ニュクス”になり、これまたギリシャ語で“夜”“日没”を意味する単語になるそうです。


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44話 アナライズの真価(中編)

 バイトの先輩と衝撃的なファーストコンタクトの後、俺は驚きを押し殺してオーナーに言われるまま店の奥で用意を整えた。といってもワイシャツを用意された淡い青色のシャツに着替えて髪を整え、メンズアクセサリーの指輪をはめただけだが。

 

 聞けばBe Blue Vでは勤務中は私服でもかまわないそうだ。

 さすがに学校の制服はどうかと用意していただいたようだが。

 

「それならそうと言ってもらえれば自前のシャツを……」

「人の服やアクセサリーを見繕うのは私の趣味なのよ。強制じゃないけど、任せてくれるとうれしいわ」

「あ、そうでしたか」

「昔はそうでもなかったんだけど、無頓着な弥生ちゃんに店長権限で押し付けてるうちに楽しくなってきちゃって……ウフフッ」

「棚倉さんに?」

「ええ……弥生ちゃんはね、昔から花梨ちゃんと同じ存在が見えていた子なの。それで学校では孤立してたから、あまり気にしてなかったのね。でも元はいいからもったいなくて。

 ……それにしても葉隠君、貴方意外と鍛えられた体をしていたわね……服の上からは分からなかったけど、筋肉が引き締まっていて……シンプルな清潔感を全面に押し出してみたけれど、これならもう少し腕や筋肉を出す服を用意すべきだったかしら?」

「露出はほどほどにお願いしますね」

 

 オーナーは本当に人の服を選ぶのが好きなようだ。

 俺もあまり詳しくはないので、ありがたくはある。

 

「それではオーナー着替えも終わったことですし」

「あら、それもそうね。それじゃ後のことは弥生ちゃんに聞いてちょうだいね。頑張って」

 

 オーナーから言葉をいただき、店に出る。さぁ行くぞ!

 

「……フツーだな」

「棚倉さん、第一声がそれですか?」

 

 気合を入れた俺を出迎えたのは、棚倉さんの気の抜けた一言だった。

 

「すまん、それ以外に感想が出てこなかった。パッとしないけど清潔感はあるし、顔のバランスは整ってる方じゃねーの?」

 

 うわぁ、超お世辞くさく聞こえる。

 

「まぁ特に悩みもないので、顔の話は別にいいんですが」

「そうか。だったら人のいない今のうちにまずレジ打ち教えっから。その後在庫の場所と店頭での補充の手順とか、とりあえず明日を乗り切るために最低限必要なこと優先で叩き込むぞ。わかんない事あったらすぐ聞けよ」

「はい! よろしくお願いします!」

 

 こうして新人研修が始まった。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 二時間後

 

 レジの説明をドッペルゲンガーで記憶し、一度の説明で教えられた操作は間違うことなく行えるようになった。商品の在庫の場所と補充手順の説明を受け、これまた説明された内容は記憶した。

 

 俺の仕事は基本カウンターの中でレジに待機し、支払いをするお客に対応すること。ショーケースの中身を手にとりたいと言われたら取り出して見せること。そして売れたら、できるだけこまめに棚の下部から売れたアクセサリーを補充することだ。

 

 補充はショーケースや棚に空きが目立たないうちにできればベストだが、お客をレジで待たせたり商品を見る邪魔になったりしないように注意して行う。

 

「ありがとうございました」

 

 教えられたことを記憶し、棚倉さんの監視の下でお客様を相手に反復して実践してみた。

 レジでの作業を終えたら、他にお客様もいないので今のうちに在庫を補充しておく。

 

 そしてカウンターに戻ると、棚倉さんが満足そうにしている。

 

「けっこう手際いいじゃんか。どっか別の店でバイトしてたのか?」

「いえ、こういうお店は初めてです」

「そうか? そのわりに動きが慣れてるっつーか、手順を思い出すために止まったりもしねぇんだな。在庫の発注はオーナーがやるし、値札付けも大体終わってるし、聞かれやすい質問の答え方も説明したよな? オーナーも裏に居るなら……これなら明日一日くらいは何とかなるか。覚えが早くて助かるよ、花梨も褒めてるぜ」

「香田さんがですか? ……申し訳ありませんが、どこに?」

 

 褒められていると言われても、声も姿も見えないのでどうも……アナライズで見つけられないか? と、思ったけど反応なし。

 

「店の入り口に立ってる」

「あっちですね。ありがとうございます、香田さん」

「今はお前に向けて手を振ってる」

 

 とりあえず手を振り返してみる。

 

「……お前、それ一人でやってるとこ他人に見られたら変なやつに見られるから気をつけろよ」

「あっ、はい。分かりました、気をつけます」

「……まぁ、花梨の事を真面目に受け止めてくれるのはいいんだけどな」

「いろいろ経験したことで一概に否定もできないって感じで……実はまだ幽霊って半信半疑なんですが」

「それでも居るように振舞ってくれるだけでいいよ。……店長が言うには、幽霊にも人に見えやすい奴や見えにくい奴って個性があるらしくてさ、花梨は特に見えにくいんだってさ。香奈、もう一人のバイトの事だけど、その子は輪郭しか見えてない。

 普通のバイトは霊感があるって自称する奴でも信じないか怖がって拒絶すっから。花梨や花梨と普通に接するアタシらを気味悪がって長続きしねーし」

「それでアルバイトがたった三人なんですか」

「そういうこと。だから今度の新人はこっち側(・・・・)の人間だって聞いてたけど心配でさ。どんな奴かと思ってたけど葉隠で良かったよ。仕事の覚えも早いみてーだしな」

 

 ペルソナで一発記憶してますから。

 というか、俺ってもう完全にオカルト関係の側に認定されてるんだな。

 ルーン魔術を自発的に学び始めたからもう否定できないけど。

 

「棚倉先輩もやっぱりオカルト的な知識か技術を?」

「アタシは小さいころから幽霊が見えてさ、周りから変な目で見られて不良やってたんだ。そんな時にオーナーと会って世話になったからな。ちょっとした悪霊なら祓える。

 花梨ともう一人も、ここで働き始めた理由は似たようなもんさ。見た目と雰囲気が怪しさバリバリだけど、いい人なんだよあの人」

 

 ここは一種の駆け込み寺なのかもしれない、と思ったときに疑問が。

 

「そういえば香田さんのお仕事って?」

「そっか、それ教え忘れてた。花梨は店の警備担当。店の品物盗もうとした奴は祟るから、人が倒れたら急病人ってことで奥に運ぶように。あとはオーナーが適当な理由つけて通報か解放するから」

「自分の能力を活かして働いているんですね」

 

 なんかもう慣れてきた。

 

「おっと、いらっしゃいませ!」

 

 男性のお客様が入ってきて一直線に一つの棚に向かい、棚の前で急にうろたえる。

 

「葉隠、レジ頼むな。……いらっしゃいませー、何かお探しですか?」

 

 棚倉さんが男性客に近寄りながら声をかけると、男性客が口を開いた。

 

「あの、ぼ、僕彼女とさっきこのお店に来たんです。その時はよってみただけなんですけど、この指輪を人差し指にはめてじっと見てたからデートの記念に買ってあげたくなって。……だからまた来たんですけど、サイズが分からないことに気づいて……どうにかなりませんか?」

「それでしたら大体の大きさのリングを買っていただいて、サイズが合わなければ後日交換できますが……」

「それはちょっと、ピッタリのサイズのが欲しいんです、サプライズで贈ったら合わないって、なんかかっこ悪いでしょう?」

「サイズ違いは良くあることなので、そんなことはありませんよ」

 

 棚倉さんがそう話すも、男性はぴったり合うサイズが欲しいと言って聞かない。

 話し方からして気弱そうな男性だが、デートで神経質になっているようだ。

 しかも抜け出してきたらしく、早く戻らないといけないと焦っている。

 

 しかしここに居ない人の指のサイズは……

 

 何かの助けになるかとアナライズの記録をあさってみる。

 見ていた、ってことは、あの棚の前に居たんだよな?

 ……おっ、見つけた。レジ打ちを教わってた時に来ていたようだ。

 あの男性と赤いワンピースを着た女性の姿が棚の前に居る映像が視界に映っている。

 静止画も連続して見ると動画になるので、まるでパラパラ漫画かビデオを巻き戻したり早送りしている感じがする。

 しかし映像だけじゃサイズはわからないな……と思ったら、その女性の指の形が分かった。

 周辺把握! 常時発動してるスキルだから情報が一緒に記録されていたのか?

 理由はともかく、これならいける。

 

 カウンターの中からリングサイズゲージを取り出す。

 これはサイズの違う輪の束で、指を入れることで指輪のサイズを測れる。

 指輪のサイズは聞かれやすい質問だからと教えてもらったが、この輪と周辺把握の情報を合わせれば……これか。人差し指なら十一号。

 

 ……よし!

 

「お話中すみません、その彼女さんは赤いワンピースを着たお客様ですか?」

「葉隠?」

「えっ、あ、はい、そうですけど、どうして?」

「先ほどご来店いただいた時の事を思い出しました。確証はありませんが、おそらくこのサイズだと思います」

 

 俺は話に加わり、そっと十一号の指輪を手に取る。

 

「本当ですか? どうしてこれだと?」

「その指輪を付けて、棚に戻したところを思い出しました。それからこの棚の商品はそれ以降売れていませんし、商品の補充もしていませんから。間違いないと断言はできませんが、置かれた場所にあったこの指輪が合う可能性が高いと思います。間違っていた場合は交換でいかがでしょう」

 

 そう伝えると男性は悩むそぶりを見せた。

 

「……他に手がかりもないし……元はといえば僕が悪いし……間違ってたら交換できるって言うし………………それを買います」

「よろしいですか?」

「できるだけ早く彼女のところに戻らないと……ああ! お願いします! 早くお会計!」

「! はい、ただいま!」

 

 彼女を待たせていることを思い出した男性の剣幕に押されてカウンターへ飛び込み、手早くレジを打つ。

 

「八」

「八千円ね!」

 

 金額を言うより先にレジの表示を見た男性が叫んでお金を置き、袋に入れた商品を差し出すとひったくるように受け取って店を出て行った。

 

「ありがとうございましたー……」

「またのお越しをお待ちしてますーって、ありゃ聞こえてねーな」

「すごい勢いでしたね」

「記念とか言ってたし、きっと初デートなんだろうな。完全にテンパってる。つーか葉隠、お前よく覚えてたな?」

「たまたま目に付いていたのを思い出したんですよ。記憶力には自信があるほうですし、今日は初仕事でお客様に過敏になっていたんでしょうか?」

「なんにしても助かった。客の前じゃ口が裂けてもいえないけど、あの客みたいにサイズが分からないけどピッタリ合うサイズが欲しいってのはマジ困る。

 サイズ直しや交換で納得してくれるなら何の問題もないんだけどさ、なんの情報もなしに断固として合うサイズが欲しいって粘られてもな……」

「お客様の指のサイズを店員が把握してるわけないですよね。常連のお客様ならまだしも」

「でもお客様だから納得してくれるまで説明しないといけねーし。こればっかりは我慢だな」

 

 お客のいない店のカウンターで、和やかに話しつつ時間が過ぎていく。

 棚倉さんは元ヤン、香田さんは幽霊だけど、職場の雰囲気は悪くない。

 特に棚倉さんは常識もありそうで話しやすい。

 失礼だけど、ちょっと男らしく感じるのも理由かもしれない。

 

「葉隠は高校生だったよな? 来たとき月高の制服着てたし」

「はい、今年から月光館学園の高等部一年になりました」

「江古田ってまだ教師やってるか?」

「居ますけど、棚倉さん江古田先生を知ってるんですか?」

「知ってるもなにも、アタシ元月高の生徒だし」

「そうだったんですか?」

「一昨年卒業して今大学生。月高にいた頃は一年から三年までずっと担任が江古田でさぁ、ウザくてたまんなかったよ。アタシみたいなのは目の仇にされてたし。そうでない生徒からも嫌われてたけどな」

「今でも江古田先生は嫌われてますよ、イヤミ田なんてあだ名つけられて」

「変わってねーな、アタシもそう呼んでたよ。ほかにもえこひいきのエコ田とか、自分勝手なエゴ田とか、色々呼ばれてたぜ。成績がよくて外面のいい奴ばっか贔屓して、自分の評価を上げようとしてたからなぁ……今もそんなやり方続けてんの?」

 

 それは初耳だ。

 

「初耳ですね、入学したばかりでクラスも違いますから。でもいじめを見て見ぬ振りしたり、不登校の生徒を病欠にしたりするとは何処かのうわさで聞いた気がします」

「ああ、あいつ嫌味言って煽るくせにビビリだからな。ちょっと強くでるといっつも、そんな言い方しなくたっていいじゃないか、って言って黙り込んでたし……そうだ葉隠、ちょっと耳かせ」

「? 何ですか?」

「あいつの弱みをいくつか教えてやるよ。アタシにゃもう使いどころがねーしさ」

 

 ! 江古田先生の弱み!?

 

「おっ、目の色変わったな。なんかあいつに言われたのか?」

「いえ、俺じゃなくて友人がちょっと……」

「ダチのためか。ならどうしても我慢ならなくなったら使え。いいか? まず軽いのからいくぞ?」

 

 山岸さんの問題解決の手札になるかもしれない情報。

 一言一句聞き逃さないように傾聴し、ドッペルゲンガーでも記録の用意をする。

 

「……江古田はヅラだ」

「ぶふっ!?」

 

 一度ためてからの発言に、思わず噴出してしまった。

 いやこれ卑怯だって! 重要そうな雰囲気からヅラって!

 しかもドッペルゲンガーで記録してたせいで、“江古田はヅラだ”の一言が視界に飛び込んでくるんだもの……聴覚と視覚のダブルパンチをくらった……

 

「失礼しました、ていうか、えっ? 江古田先生ってカツラなんですか?」

「マジだよ。今は植毛かもしんねーけど、あたしが卒業するときは見事なツルッパゲだったぜ。卒業式の体育館裏で焦ってたんだよ、接着剤がどうだの、せっかく特注したのにとかぶつくさ言いながら。

 アタシは卒業式の日に遅刻してさ、この目でしっかり見てこの耳で聞いたんだ。そのせいで式の最中、壇上に立ったあいつを見るたび笑いがこみ上げてきて……大変だったんだからな? 式が終わっても呼び出されて卒業式に遅刻したあげく笑うとは何事か! とか原因(江古田本人)に嫌味言われたんだぞ? 教室に呼び出されて」

「そ、それ……その最中は?」

「当然笑ったさ! 式の途中でもないから声上げて思いっきり笑ったら顔真っ赤にして怒ってよ、先生のヅラが取れた姿が笑えたって言ったら一気に血の気が引いて黙り込んで、最後にお前はもううちの生徒じゃないんだから早く帰れ! って怒鳴って教室でてった」

「……!!!」

 

 腹が、痛い、なにそれ……

 

「でもその反応ってことは」

「あの時ヅラだったのは間違いねーよ。あのときの顔は今思い出しても笑える。で、次の弱みは……」

 

 そう言いかけたところで店の扉が開いた。

 

「いらっしゃいませ! っ!?」

 

 反射的に言葉は出たが、その相手は先ほど店に来た男性だった。

 今度は赤いワンピースの彼女も連れて……

 

「あっ、さっきはどうも」

「ご来店ありがとうございます。あの、もしやサイズが違っていましたか……?」

「違います違います! サイズはピッタリでした! 本当に!」

 

 間違えたかと思ったが、そうではないようだ。よかった……でも、だとするとどうして?

 そう考えていたら、彼女が一言。

 

「すみません。この人が買った指輪と同じデザインで、この人の指のサイズの物が欲しいんですけど、ありますか?」

「彼女、僕と一緒の指輪をつけたいと思ってくれてたそうなんですよ~。だからサイズはピッタリだけど、一つじゃ意味がないっていわれちゃって~」

 

 デレッデレだな、おい。

 

 口には出さないけど、この舞い上がりっぷりだとたぶん言っても気を悪くしなさそうだ。

 

「かしこまりました。サイズのほうは……」

「あ~ごめんなさい、僕のも分からないです~」

「では、こちらの道具で指輪をはめる指のサイズを測らせていただけますか?」

 

 デレッデレの男の人差し指のサイズを測り、該当する指輪をドッペルゲンガーで探して速やかに引き渡すと。男はデレデレのまま会計をすませ、女性と腕を組んで店を出て行った。

 

「さっきは無茶なこと言ってすみませんでした……でもあの時教えてもらえて助かりました! またアクセサリー買うときはここに来ます!」

 

 最後にこんな言葉を残して。

 

「またのお越しをお待ちしています!」

 

 色々変なところはあるが、Be Blue Vでのバイトは幸先のいい滑り出しだと、俺はひそかに感じていた。




棚倉弥生は月光館学園の生徒だった!
江古田の弱みを一つ握った!
アルバイト代3500円を手に入れた!

桐条美鶴の誕生日が近づいている……
しかし遮光器土偶は手に入っていない。

アナライズの機能が拡張された!
+連続する画像の動画化
+周辺把握から得た形状の記録





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45話 アナライズの真価(後編)

 5月7日 放課後

 

「ありがとうございました!」

 

 クラスメイトが試験に向けて焦り始めている中、俺は今日もドッペルゲンガー眼鏡をかけてバイトに励む。

 昨日棚倉先輩に言われた通り、今日は本当に一人で店番だった。

 ……正しくは香田さんもいるらしいが、俺にも客にも見えないので一人という印象が強い。

 しかしこの店は一度に大勢のお客様が来ることが少ないようで、今のところ十分に店を回すことができている。

 一度に来店するのは多くとも二組か三組、それにこういう店に慣れてる女性客が多くて助かってはいるけれど、商売としていいのか悪いのか分からない。

 

 しかし人が途切れるととたんに暇になるな。昨日は棚倉先輩がいたからなんともなかったけど……香田さんとなんとかコンタクトを取れないかな? 同じ職場で働いてるんだし。

 

 そう考えてアナライズと周辺把握で周りを探ってみるも、反応は皆無。

 こっちからは何もできない、なら向こうに協力してもらえば?

 香田さんはラップ音を鳴らせたよな?

 

「香田さん、いらっしゃいますか? いらっしゃったらラップ音一回で返事をしてもらえませんか?」

 

 そう言ってみると、しばらく間を空けてパキッ、という軽い音が響いた。

 

「いらっしゃるんですね?」

 

 またラップ音が、今度はすぐに一回。

 

「お客さんがいないので話しかけてみようと思ったんですけど、残念ながら俺には香田さんのことが分からないので。Yesならラップ音一回、Noなら二回で返事をしてくれると助かります」

 

 そう言うと、今度は二回。

 

「……嫌でしたか?」

 

 慌てたようにすばやく二回、それが短い間を空けて何度も続く。

 

「……もしかして、Yesを何度も伝えようとしたんですか?」

 

 一回。どうやら正解のようだ。

 

「では、お客さんが来るまで話しかけてもいいですか?」

 

 その言葉にも肯定。

 

 そのまま俺からの質問に香田さんが答える形でコミュニケーションが成立し、色々とわかったことがある。

 

 まず香田さんの姿は亡くなった当時、中学生のままらしい。

 ただし亡くなってからだいぶ時間が経っているので、生きていたら成人はしているそうだ。具体的な年齢は聞いていない。

 今までのバイトとこのように会話をしたことがあるのかと聞けば、答えはNo。

 オーナーや今もいるバイトの二人は声が届くので必要なく、他はラップ音を鳴らすと怖がられていたということで、こんな形で会話をしたのは初めてだと。

 どうしても何かを伝えたいときには、オーナーかバイトの二人に通訳を頼むそうだ。

 

 たとえば姿だけでも高校生? No。大学生? No。なら小学生? No。中学生? Yes。

 とこのように質問を少しずつ変えながら正しい答えを探る必要があるので時間はかかるが

 

「偶然こうして会話ができるだけの物音が鳴るとは考えにくいですし、話した感じ悪霊でもなさそうなんですけどね……あ、これじゃ答えられないか……香田さんは悪霊ですか?」

 

 否定が返ってきた。

 それと同時に周辺把握が店の扉の前に立った人影を捉えて口をつぐみ、お客様を迎える。

 

「いらっしゃいませ」

 

 人がいる間は話せないが、何とかやっていけそうだ。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 現在時刻、午後八時。そしてBe Blue Vの閉店時間でもある。

 お客様も店内にいないので、扉の外にかけられたOPENの札をCLOSEに替えて店内を軽く掃除。それが終わったと報告に向かうと、声をかける前にオーナーがプライベートなスペースから出てきた。

 

「お店を閉めてくれたのね? 花梨ちゃんから聞いたわ」

 

 すでに香田さんが報告していたらしい。

 

「素早くて助かりますけど、姿が見えないと分からないのが困りますね」

「一緒にいればひょっこり見えるようになるかもしれないわよ。私としても仕事をちゃんとしてくれて、花梨ちゃんとも仲良くできる子は雇っていたいから……ウフフ」

 

 二人してそんな話をしていたが、突然オーナーは思い出したように俺を見た。

 

「葉隠君、今日はまだ時間あるかしら?」

「はい、ありますよ」

「だったら……ルーン魔術、教えましょうか?」

 

 ルーン魔術!

 

「いいんですか!?」

「そういう約束だったじゃない。昨日は結局お仕事だけで終わってしまったし……貴方がよければだけど」

 

 働きながら学ぶとは話していたけど、詳しいことはもっと仕事を覚えてからだと思っていた。下働きをある程度してから修行とか、そんな感じで。

 

 そう言うとオーナーはまた怪しげに笑い、俺を店の一角に連れて行く。そこにはまた物が山のように積まれていたのでゴミかと思えば、その影には小さく使い込まれた机と機械が置いてある。

 

「ここは?」

「私の工房よ。狭いけどアクセサリーに仕立てるには十分な設備があるわ。まず道具から説明するけど、必要なのはこれら……右からルーター、ダイヤモンドカッター、ダイヤモンドビット、研磨剤、ゴーグル、防塵マスク、作業用エプロンよ」

 

 慣れた手つきで次々と机の上に道具が並べられ、使い方が説明される。

 

 ルーターは先端につけた小さなダイヤモンドカッターやダイヤモンドビットを回転させるための道具。これを使って石を加工するそうだ。小物を作るためとあって片手で持てるサイズ。先が細くなっているダイヤモンドルーターを装着すると、ハンダごてと間違えそうだ。

 

「ルーン魔術は元来木片や石にルーン文字を彫りこんで使用されていた魔術。だからこういった作業も覚えて頂戴。まずは一度やって見せるから、これをつけて私の後ろで見ていて」

 

 手渡されたのはゴーグルと防塵マスク。

 

「破片が飛んだりするから作業中は必ずつけるようにね。できれば予備も用意しておくといいわ」

 

 オーナーはそう言うと別のゴーグル、マスク、作業用エプロンをつけて机の前に置かれた椅子に座り、机の引き出しから二センチほどの水晶を取り出す。そしてルーターの電源を入れると先端に取り付けられたダイヤモンドビットが回転を始め、オーナーはそれを水晶に押し当てて傷をつけ、あっと言う間に水晶の表面に野生の牛という意味から力強さなどを表すルーン文字、“ウル”が掘り込まれていた。

 

「ルーンを彫ったらパワーを込めるのだけれど……この時に重要なのはあなた自身の集中力と実感よ」

「実感?」

「やり方は人によっていろいろあるから、あなたがよりパワーを込められていると実感できるやり方でパワーを込めるの。私はこう石の加工に手をかけて段階を踏んでいく……そのほうがつながりが深くなる気がするから。

 葉隠君もこの方法で始めて、少しずつ自分のスタイルを探して欲しいのだけど……とりあえず今日はルーンを刻むまでを実際にやってみましょうか。まずこれができないと正しいルーン魔術は使えないわ。リラックスして、さぁここへ……」

 

 席を譲られ、今度は俺が椅子に座る。

 

「練習用の石は用意しておいたからこれを使って。全部ただの石だからいくら失敗しても構わないわ。まずはとにかく道具に慣れて。刻むルーンは好きなルーンでいいけれど、正しく刻めるようにね」

 

 足元にふぞろいでいかにもどこかから拾ってきたような石が沢山入った箱が置かれ、その中から一つを手に取り練習を始める。

 

「…………」

 

 オーナーは簡単にやっていたが、実際にやってみると結構難しい。

 ルーターの回転で石に傷をつけるが、その回転と反動で先がぶれてルーンが歪む。

 固定しようとすると、たまに行き過ぎる。

 

「あっ!?」

 

 石が割れてしまった……

 

「深く彫りすぎね。もっと浅く、ルーンが見えればいいわ。はい、次の石」

 

 手渡された大きめの石を使って、再挑戦。しかしやっぱりオーナーのようには行かない……! そうだ、オーナーの動きをもっと正確に真似てみよう。

 

 アナライズで記録していた先ほどのオーナーの映像を、そのときの周辺把握の情報と共に引き出す。

 その情報を元に、戦闘時に使う敵の動きの把握する要領でオーナーの体の動きを把握。

 自分自身の動きをそれに近づける。

 

 もっと脇を締めて、石を左手で固定して……手首だけでなく腕全体で……

 

 ………………! さっきよりはスムーズに彫れていたが、気を抜いてしまいミスをした。

 

「……道具の使い方は今の調子で。完成を思いうかべて、そこに刻まれたルーンをなぞるように」

 

 完成品をなぞるように……なら、アナライズのメモ機能にルーン文字の“ウル”を表示。それを石の中心と重なるようにして……

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

「できた!」

 

 十個以上の石を使い潰してようやく納得のいくルーンが彫れた。

 オーナーの作品と比べるとまだ雑な部分が目立つが、とりあえず読めるルーンだ。

 

「お疲れ様。飲み込みが早いわね……初日からここまで形になるとは思わなかったわ。他の文字も、何度やってもこれくらいのできで作れるように練習しなさい。といっても、この調子ならすぐ身につけてしまうかもしれないけれど……でも今日はここまでね。もう九時も過ぎているから、流石に帰らないとね」

 

 そう聞いて時計を見ると、現在九時十二分。

 一時間も練習をしていたようだ。

 その間、オーナーはずっと後ろで見ていたのか?

 

「時々離れたわよ? 随分と集中していたのね……だけど根をつめ過ぎてはだめ。だから今日はここまでにしましょう。その代わり、今日は貴方に課題を出すわ」

 

 課題?

 

「どんな課題ですか?」

「今作ったその石を持ち帰って、次にくる日までパワーを込めてくること。貴方がやりやすい、パワーが込められると思う方法でいいわ。自分なりに試して私に見せてちょうだい」

 

 いきなりパワーを込めて来いといわれても、と思ったが、オーナーはそれを察してか口を開く。

 

「これはなんとなく予感がするのだけれど……貴方はできてしまいそうな気がするのよ。ただし無理はしないこと。ゆっくりとパワーを注ぐことを意識して、体調が悪くなったらすぐやめること。この前みたいにならないように、これだけは守りなさい」

 

 注意は受けたが、課題を撤回するつもりはないようだ。

 

「分かりました、自分なりにやってみます。次は土曜日ですか?」

「そのことなんだけれど、月光館学園は中間試験の時期じゃなかったかしら? 勉強は大丈夫なの?」

「試験は再来週ですが、そちらは今のところ何の問題もありません」

「あら、自信があるのね? だったら土曜日、お願いするわね」

 

 課題と次回の予定が決まり、アルバイトの二日目が終わった。

 

 

 

 

 

 お店を出ると、外はもう暗い。

 

 ちょっと急ぐか……しかし便利で使いまくったからか、ここ数日でアナライズの新しい機能が判明したな……

 

 一度整理してみるとアナライズで記録できるのは

 

 自分が攻撃したシャドウの情報

 自分が読んだ文章

 自分が聞いた言葉

 自分が見た画像

 記録した画像の連続で動画

 周辺把握で得た形状

 形状の変化から動き

 

 これらの情報を元に計算や英語の問題への解答を出し、他人の動きを真似やすくする。

 一部ドッペルゲンガー限定の情報もあるが、数学の知識は覚醒以前に得ていた知識が元になっている。

 

 やっぱりアナライズの本質は俺の記憶や体験を自在に引き出す力なのか?

 

「! だとしたら前世の記憶は……」

 

 考えをうっかり口に出した事に気づき、口をつぐむ。

 道を歩く通行人に聞かれた気配が無いことを確認して胸をなでおろす。

 聞かれたところで変人か中二病と思われるだけだろうが……

 

 しかし、もしアナライズが俺の記憶や体験を情報として取得して出力できるとしたら……

 

 俺は適当な自販機の前で立ち止まり、アナライズで情報を探る。

 

 目的は…………前世の記憶(・・・・・)

 

 完全な(・・・)原作知識!

 

 

 

 

 

 

 

 無意識に強く閉じていた目を開けるとそこには、数々の情報が……映し出されなかった。

 

「だめか……」

 

 自分の肩が落ちたのを感じる。

 原作が変わり始めている今では、それほど意味があるものではない。

 そう考えて、俺はまた歩き始めた。

 

 しかし、思考はまだ死ぬ前の事に囚われていた。

 一度思い出そうとしたら、急に懐かしくなってしまう。

 死ぬ前の友達の顔に、幼いころ一緒に遊んだ公園。

 好きだったゲームに、一人で歌いまくった行きつけのカラオケ店。

 

 友達、遊び、ゲーム、カラオケ。連想ゲームのように思い出が次々頭に浮かんでくる。

 

「そういや……落ち込んだときもカラオケ行ったりCD聞いたりしたっけな……」

 

 軽快な曲やノリのいい曲を聴いていると気が楽になったりしていた。

 こういう時に聞いていたのは……

 

 そう考えたその時、急に音楽が聞こえる。

 通行人のしゃべり声や、横を通る車の騒音に負けない音量で耳に届く。

 しかし突然始まったにもかかわらず、通行人には誰も反応を示さない。

 まるで誰にも聞こえていないように。

 

 何よりおかしいのは、その曲に聞き覚えがあったこと。

 その曲はこの世界では聞けない曲。この世界にはあるはずのない曲。

 そして、俺が死ぬ前によく聞いていた曲。

 

「……Are…………You……Ok?」

 

 曲名を呟いたとたん、目の前に録音や再生など、オーディオ機器のようなマークが視界の端に現れた。

 現在は再生中。止めようと考えると一時停止のマークに変わって音が止み、ふと笑みが零れる。

 

「なんだこれ、役に立たないな」

 

 どうやらアナライズが俺の記憶から思い出の曲を引き出したようだ。

 

 ……どうして原作知識が引き出せなくて、曲は引き出せたのかは分からない。

 自力でも簡単に思い出せたからか? それとも単なる力不足か? 答えは出ない。

 しかし、気づけばさっきまでの落胆が心から消えていた。

 

 ……今日のところはこれでよしとしておこう。記憶を引き出せる可能性は残った。

 

 俺はそんな理由をつけて曲を再生、寮へと向けた足を進める。

 

 その足取りは非常に軽かった。




影虎は香田花梨とコミュニケーションをとった!
すでに順応し始めている!
影虎はルーン魔術の課題を得た!
アルバイト代3500円を手に入れた!
影虎の次回のバイトが決まった!
アナライズの機能が拡張された!
+動体の形状記録
+脳内オーディオプレイヤー

アナライズの真価は“記憶の引き出し”だった!
影虎の急性ワールドシック(ホームシックの異世界バージョン)が治った!

ルーン文字解説 “ウル”
野生の牛を意味するルーン。
転じて力強さや本能、荒々しい生命力や情熱などを象徴する。
アルファベットのUを逆さまにして角ばらせ、左角を少し高めに上げた形をしている。
アルファベットと対応させてもU。

今回影虎の脳内に流れたのは槇原敬之さんの Are You Ok? です。
私が好きな曲で、この話を書いているときに聞いていました。
聴いたことがないという方は、ぜひ一度どこかで聴いてみてください。


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46話 両親来る

 5月8日(木) 昼休み

 

 ~教室~

 

 順平と友近が昼食を買いに行って今は一人。

 ドッペルゲンガーで音楽を聴きながら待っていると

 

「♪」

「あれ、どったの影虎? なーんか機嫌良さそうじゃん」

「ん? おかえり順平、友近。分かるか?」

 

 二人が戻ってきたのに気づき、音楽を止める。

 

「そりゃ鼻歌なんか歌ってたら分かるって。つかなんの曲?」

「“天体観測”って曲」

「天体観測? ……聞かないな」

「あぁ、俺もどこで聞いたかわからないからな。でも耳に残ることってあるだろ?」

「あー、あるある。コンビニとかスーパーのCMとかな」

「妙に残って頭の中で流れ続けるんだよな。授業中とか。んで? 機嫌いいのは」

 

 二人が買ってきた昼食のビニール包みを開けながら聞いてくる。

 

「んー……最近調子がいいからかな。バイトが決まって二日働いたけどよさそうな職場だし、勉強も困ったりしてないし」

 

 おまけに今朝目覚ましに使った携帯を見ると、先日相談した小野館長から遮光器土偶のレプリカが手に入ったというメールが入っていて、放課後に受け取れるよう用意をしてくれている。一時はどうなる事かと思ったが、今は影時間も日常生活も万事順調といえる。

 

「くぁーっ! もうすぐ試験だってのに、楽勝かよっ!」

「俺たちは猛勉強してるってのにっ、その余裕の顔が憎いっ!」

「そんなこと言われてもな……勉強会でもするか?」

「勉強会~? ……いいかもな……どうする? 順平」

「まー、一人でやるよりはかどるんじゃね? わかんないとこあったら余裕の影虎に聞けるし」

「だよな! よし! 宮本も誘って勉強会やろーぜ! 影虎は先生役で!」

 

 なにげなく口から出しただけなのに、本当にやることになっていく。

 ……別にいいか、復習がてらアナライズの恩恵を二人にも分けよう。

 

「? ……もう着いたのか」

「んぐっ、……どうした?」

「今日仕事の都合で両親がこっちに来るって話になってたんだけど、もう着いたらしい。巌戸台にホテル取ったってメールが届いた」

「へー、両親ってことは親父さんだけじゃなくてお袋さんも?」

「一緒に来てるよ」

「影虎のかーちゃんってどんな人?」

「母さんは……」

 

 母さんの姿を思い浮かべて、まず出てくるのは長い髪と白い肌。

 目元に泣き黒子があり、スタイルはスレンダーなタイプ。

 性格は穏やかで女性らしく、息子の贔屓目を抜いても、母さんは美人だと断言できる。

 強面の父さんと並ぶとまさに美女と野獣。

 

 そう説明すると順平が驚きの声を上げる。

 

「マジで!? のわりに影虎は……」

強面()の親父と美()の母さんから生まれたら普通(+-0)になったんだよ。それに俺は爺さん似だし」

「残念だったな。ところでその美人母さん、ちらっとでも会えないか?」

 

 ……こっちの友達紹介しといたほうが母さん安心するかもな……

 

「父さんが仕事先に行く間、母さんは暇になるから会わせることはできるけど……友近、うちの父さんは手が早いから気をつけろよ。その場合、俺は止めないからな。父さんを」

「いくらなんでも人妻は口説かねぇよ!? お前俺のことどう思っちゃってんの!? たださ、俺はそんなに綺麗な大人の女性なら? ちょーっと見てみたいっつーか?」

「ともちー、その言い回しが先生のこと話してるときと完全に同じなんですけどー?」

「不安だ……」

 

 

 ……

 

 …………

 

 …………………

 

 放課後

 

 ~モノレール内~

 

「ふっふふ~」

「……マジでつれて来てよかったのかよ? こいつ……」

 

 昼休みの話について両親に確認をとったところ、両親ともにぜひ連れて来いという意見だったので友達をつれて来たが……モノレールの窓を鏡代わりに髪を整える友近に、順平が不安を口にする。俺も同意見だ。だから山岸さんにも声をかけた。

 

「葉隠君、大丈夫?」

「なんか、自分の母親にあんな反応しているクラスメイトを見てるとなんか複雑」

「あはは……」

「……俺がいない間は見張りを頼むぞ、順平、山岸さん。特に山岸さんは巻き込んで悪いけど、こんなときに声をかけられる女子が山岸さんしかいなくて」

「写真部は定期の集まり以外はいつでも抜けられるから、気にしないで」

 

 この二人がいれば、まぁ多少安心はできる。

 

 天田にも声をかけようと思ったが、残念ながら門限があるのであまり遅くまでは連れまわせない。会わせるとしても明日だな。

 

 ……母親を亡くした天田に母さんを紹介するにはためらいもあるけど、一緒にやっていく以上話題を避けるのもどうかと思うし、いい機会としよう。

 

「次はー、巌戸台ー、巌戸台ー」

「っし! 行こうぜ!」

 

 やたらと元気な友近を先頭に、モノレールを降りた。

 

 

 

 

 ~巌戸台駅前~

 

「さーて、美人のお母様はと、駅前で待ち合わせなんだよな? 影虎」

「そうだよ。というか落ち着けって……あ、いた」

 

 友近の方を見ると、その先にあった電話ボックスの陰に見覚えのある二人を見つけた。

 その片方、高身長でスーツを着込んだ男が俺に気づいたようで、大きく手を振る。

 このあたりでは外国人の男が珍しいのか、人目が集まる。

 

「ヘイ! タイガー!」

「へっ? あの人こっちに手を振ってるけど……」

「外人さん?」

「影虎ってハーフだったのか?」

「違う。あれは父さんの同僚のジョナサンだよ。隣に居るのが母さん」

 

 派手に手を振るジョナサンの横で、控えめに手を振る母さんにみんなの目が向く。

 

「うわっ、マジ美人……ちょっと緊張してきた!」

「確かに美人だわ。和風美人の大学生、ってかんじで……つか若くね?」

「立ち方綺麗ー、モデルさんみたいな人だね」

「とにかく行くぞ」

 

 三人を引き連れて二人に近づくと、俺はまずジョナサンからのハグで迎えられた。

 

「It's great time to see you!  Are these your friend? Hello!」

「は、ハロー! マイネイムイズジュンペー……えーっと……」

「な、ナイスチューミーチュー?」

 

 出会いがしらに流暢(りゅうちょう)な英語で話しかけられて慌てる順平たちだが

 

「ジョナサンは日本語ペラペラだから、日本語でいいぞ」

「え、そうなの?」

「オー、タイガー……ネタバレ早すぎますよー」

「相変わらず、初対面の相手に日本語のわからない外国人のフリしてんだな……」

「軽いジョークでーす。外国人なだけで身構える人いるしー? わかった時に少しは緊張も解れるデショ?」

 

 その前に一気に緊張すると思うが。

 

 オーバーリアクションでカタコトの日本語をしゃべる、絵に書いたようなアメリカ人を演じるジョナサンにあきれていると、母さんがスッと前へ出た。

 

「皆さん初めまして、いつもうちの虎ちゃんがお世話になってます」

「母さん、人前で虎ちゃんは……」

「は、はい! 俺、友近健二って言います! 葉隠君の友達やらせてもらってます!」

「なに、影虎家では虎ちゃんって呼ばれてんの? あっ、俺伊織順平っす! 影虎の部屋の向かいに住んでます!」

「山岸風花です。葉隠君とは部活仲間で、えっと……お世話どころかご迷惑をおかけしてます」

「虎ちゃんの母の、葉隠雪美です。こっちが」

「ジョナサン・ジョーンズでーす。よろしく、お願いしまーす。それにしても、タイガーが友達といっしょに居るのは珍しいね」

「本当ねぇ」

「ちょっと待ったジョナサン、母さん。それじゃ俺が友達いないみたいじゃないか……」

「タイガーに友達いないとは言ってないよ?」

「でも虎ちゃんのお友達と会う事ってほとんど無いじゃない。学校の話は聞くけど虎ちゃんは家にお友達呼んだり、お友達の家に行ったりはめったにしないし、いつも体を鍛えるか部屋にこもるかの両極端で……」

「いや、まぁ、その傾向はあるけれども。というか父さんは?」

 

 このまま話していると埒が明かない。

 話を変えると、ジョナサンは苦笑い。母さんは苦笑いしつつも嬉しそう。

 

「さっきリューとトイレットに行ったんだけど、そのあいだに雪美さんにちょーっと声をかけたバッドボーイズがいてねー」

「約束があるからって断ってもなかなか聞いてもらえなくって。そこに龍斗さんが来て」

「もういい、わかった。連れてったか連れてかれたな?」

「正解」

「おいおい……ともちーに会わせる前からこれかよ……ともちー大丈夫か?」

「ま、まぁ大丈夫だって」

「それよりバットボーイ“ズ”ってことは相手は複数なんですよね!? 大丈夫なんですか!?」

「「「大丈夫」」」

 

 俺たち三人がそう言うと、慌てていた山岸さんが目を丸くする。

 

「ちょっと困らされただけだから、ちょっとお話するだけよ」

「暴力沙汰にはならないよ」

「なったとしても問題ないと思うけど。っと、ほら、噂をしたら戻ってきた」

 

 近づいてくる父さんの姿を見つけてそう言うと、三人がそっちを向いて固まる。

 

 角刈りでサングラスをかけたスーツ姿の強面男が、明らかに不機嫌そうにポケットに手を入れえて歩いてきていた。進路上にいた通行人がそそくさと道を空けている。

 

「影虎? お前の親父さんの仕事って……」

「バイク会社勤務だよ。言っとくがまっとうな会社だぞ? ヤクザにしか見えないけど」

「おう影虎! 元気でやってるみてぇだな?」

 

 不機嫌そうに歩いていた父さんが俺に気づいて声を張り上げ、足を速めて母さんの隣に立つ。

 

「ぼちぼちね。部活やったりバイトしたり、なかなか充実してるよ」

「そいつらがお前のダチか?」

 

 父さんがサングラスを取って目を向けると、三人は緊張が解けないまま挨拶をした。

 父さんはそれに挨拶を返しつつ、三人をじっと見ている。

 特に山岸さんが気になるのか、鋭い目を向けているが、向けられた本人は目が泳いでいる。

 

「父さん、そのくらいに」

「龍斗さん、女の子をそんな風に見るなんて不躾よ」

「リューの目は怖いんだから、じっくり見るはだめでーす」

「ああ、悪いな、嬢ちゃん」

「いえ……」

「それにしても影虎」

「え? っ!」

 

 腹に軽めのパンチが入る。

 

「まさか女連れで来るとは思わなかったぞ。やるじゃねぇかよ。オイ」

「同級生か!」

 

 しばらく会わなくても変わっていないこの軽いノリ。

 言うときは言うが、父さんは基本こんな感じだ。

 

「山岸さんとはただの友達だっ」

「ぐふっ!?」

「あっ、大丈夫?」

 

 やり返したら加減を間違えた。

 自分で思ったより力が入っていたようで、親父が大きく体を折る。

 気づいて声をかけるが、親父は俺が伸ばした手を掴み

 

「加減しやがれ!」

「うっ!」

 

 今度は強めで反撃が来た。

 腹に拳が突き刺さり、鈍い痛みを感じる。

 ドッペルゲンガーに目覚めたことで打撃耐性があるため、それほどダメージはない。

 といってもタルタロス2Fのシャドウの物理攻撃よりは痛いんだが……

 

「しばらく会わないうちにまた強くなってるみたいだな。やっぱまだ鍛えてるのか」

「続けてるよ」

「そうか……加減はちゃんと見極めろよ。ダチに怪我でもさせたら後悔すんのはお前だぞ」

 

 反論の余地が無い。

 素直に謝ってふと友達三人をみると、突然の拳の応酬に驚き、ジョナサンと母さんにいつもの事だと説明されている。

 

 実家ではよくあった事だけど、初対面の三人にとっては衝撃的な顔合わせになったようだ。




影虎は両親と合流した!
順平・友近・山岸が影虎の両親と出会った!


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47話 案内

 ~巌戸台博物館前・バス停~

 

 母さんを山岸さんたちに任せた俺は、父さんとジョナサンを連れて巌戸台博物館で遮光器土偶を受け取りにきた。

 

 余裕を持って出てきていたので寄り道の時間は十分にあり、小野館長が用意をしていてくれたので受け取りもスムーズにできた。

 

 そのあとバスに乗り込んで適当な席に座ったが、後ろの席から妙な視線を感じる。

 

「父さん、ジョナサン、なにその目」

「何ってお前」

「タイガー、その桐箱の中身、女の子へのプレゼントとしてどうなの?」

「……一般的な女性へのプレゼントと考えたら無いと思う。でも俺が事前に調べた限りではこれがいいんだ」

「ほー? 大金持ちの感覚はわからねぇもんだな」

 

 探して手に入れた俺が言うのもなんだが、確かになぜ遮光器土偶を喜ぶのかがわからない。

 俺が貰ったらたぶん邪魔な置物以上にはならないと思う。

 ……なんか不安になってきた。

 ほかにも大勢の人が先輩にプレゼントをあげてるけど、土偶を贈るなんて俺だけだろう。

 

「そうだ、二人とも」

「どうした?」

「何?」

「悪いけどバスを降りたらこの箱、どっちかが持っていてくれない?」

「いいけどwhy(なぜ)?」

「これから会う桐条グループのお嬢様は学校の人気者。その誕生日ってことで同じようにプレゼントを渡したがる生徒が大勢いるんだ」

 

 今日の昼休みなんか生徒会室に生徒が我先にと詰め掛けたらしい。そのおかげで購買に行く生徒が減ってカツサンドが買えたと順平と友近は喜んでいた。しかしそこまでしてもまだ渡せなかった生徒が寮の近くで待ち構える相談をしているのを耳にしてしまった。

 

 そんなところに俺がプレゼントを持って寮の中まで入るところを見られたらどうなる?

 相談をしていた生徒の話によれば、彼らは寮の中までは入れない。

 掲示板の話題になって、妬みの的になること必至だ。それは避けたい。

 

 前に覗いた掲示板の書き込みのいくつかはマジで危なそうな雰囲気を感じたからな……

 気味が悪いし、話題になってこちらのメリットになることは何もない。

 だから父さんたちにプレゼントを持ってもらい、俺は二人をここに案内しただけを装いたい。

 プレゼントを渡したら俺は先に寮を出るつもりだし。

 

「人気者には会うのも面倒だな」

 

 父さんが苦笑いしているが、理解してくれたようだ。

 ジョナサンも両手の平を上に向け、肩の高さまで上げて首を振っている。

 

 まぁ、プレゼントを渡すだけなら父さんたちから渡してもらえば済むことだけど、今日はやりたいことがあるので同行しなければならない。

 

 つーか、それが無ければ二人だけで行ってもらえばよかったんだけどな。

 いい大人なんだから案内が無いと行けないなんてことはないだろうし。

 

「ところでよ、影虎」

「何? 父さん」

「お前、最近わけありの小坊を面倒みてると聞いたが」

「え、どこで聞いたのさ?」

「龍也からだ」

「ああ、叔父さんから……部の後輩だけど、それがどうかした?」

「どうかするってことはねぇが、どうなんだ? そいつ親を亡くして、若いのに大変だろ色々と」

「表面上は元気にやってる。部活の練習は熱心だし、無理をしないか不安になるくらいだ。親戚の援助を受けてるらしいけど、そっちはどうだか……」

 

 夏休みに行き場がないくらいだし、親しくはなさそうだ。

 

「今回のことをきっかけに、家族のことも少し聞いてみるつもり」

「そうか……まぁ、無理すんなよ」

「それ叔父さんにも言われたよ。っと、そうだその事で相談があったんだ。夏休みにアメリカに行くって話、あれに天田、その子を連れて行ってもいい?」

「ん? 俺と雪美はいいけどよ」

 

 父さんの視線がジョナサンへ向く。

 その意図を察したジョナサンは

 

「No problem! ダディがすごく大きな家を買ったらしいから、その子だけじゃなく今日会った子全員連れてきてもいいよ」

「だそうだ。もう本人には話したのか?」

「まだ。先に父さんの方に聞かないと本人にも保護者にも説明に困ると思ったから」

「なら話が決まったら早めに連絡入れろ。それからバイトしてるって言ったけどよ」

 

 バスに揺られて、こちらの生活についての話が続く。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 ~巌戸台分寮付近~

 

 最寄りのバス停から寮の近くまで歩いてきたが、予想通り巌戸台分寮へ続く道には所々に月光館学園の生徒がいた。堂々と道端に立って待つ生徒もいれば、横道などに隠れて待つ生徒もいる。なぜか電柱に登ったり他人の家の塀の中に身を隠したりしている生徒もいるけど、俺の目は誤魔化せない。

 

 ……正しくは足に着けたアンクレット、もといドッペルゲンガー(隠蔽中)による周辺把握の恩恵だ。

 

 ズボンを履いてる男子は花束を持ってる生徒が多い。プレゼントの他にも花束を持ってきてる生徒もいるから、全部集めたらお店の開店とかに送られる花輪みたいになりそうだ。

 

 女子は袋。中身は形からしてお菓子や服。手作りか? ……? なにこれ、像? 土偶、じゃないか。モデルは桐条先輩。髪型とかピンヒールとか、特徴があるからわかったけど、わざわざ作ったの? それからこっちは……気にするんじゃなかった。これ下着だ。しかも細くて面積も少ないきわどいやつ。

 

 少々罪悪感に苛まれるが、同時に高校生であんなの履く人いるのか? と思う。

 すると以前土器の修復をしたときと同じように、ドッペルゲンガーが反応して同じデザインの下着がある場所を探し出し、まさかの贈ろうとしている本人が着けていることが判明。

 

 ……今度は罪悪感よりも薄ら寒いものを感じる。

 便利すぎるのも困りものだ。ただ制御しきれていないだけかもしれないが、知りたくもないことを知ってしまった。

 スカートで女子生徒だと判断していたが、内部の情報にあってはならない物が……いや、広い世界にはいろんな趣味の人がいる。それだけさ。

 

「ここです」

 

 周囲に隠れる生徒たちのプレゼントを知りながら歩みを進めていたら目的地に着いた。

 周辺把握が周囲に隠れる生徒たちの動きを伝えてくるが、それが無くてもわかるほど強い視線。それどころかあいつはなんだ? と小声で話す生徒の声も聞こえてくる。もはや隠れられていない。父さんたちも気づいている。

 

「サンキューベリマッチ! 案内ありがとうございマース!」

「取り次ぎも頼んでいいか?」

 

 ジョナサンが案内の部分を強調し、父さんが長居は無用と扉に手をかけ、俺たちは寮の中へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 ~巌戸台分寮・ロビー~

 

 とても学生寮とは思えないシックな内装のロビーで桐条先輩が待っていた。先輩はどうやらソファーでカタログを読んでいたようだ。机にはうちの会社のカタログとティーカップ。

 立ち上がって近くに来た先輩に父とジョナサンを紹介すると、挨拶が交わされる。

 桐条先輩はさすが場慣れしていて父さんの強面にもひるむ事なく堂々と、父さんとジョナサンは俺からしてみれば珍しくちゃんとした社会人をしていたが、俺はそれよりもこっそりドッペルゲンガーを使っていた。

 

 三人の動向に注意を払いつつ、周辺把握。

 岩戸台分寮の内部構造を把握。

 一階から四階、屋上含めて把握範囲内。

 建物内のすべての部屋、通路、窓の位置を記録。

 加えて取り付けられている鍵の構造を記録。

 情報の閲覧は後回し、とにかく記録に努める。

 

 今日ここで俺がやりたかったこと、それは巌戸台分寮の情報を手に入れること。

 この情報が記録できればいつか役に立つかもしれないが、そのためにわざわざ岩戸台分寮の周囲をうろつくような真似は避けたい。

 そんな俺にとって今回の案内は渡りに船だった。

 建物内に入る理由ができて、しかも発端は桐条先輩からの要請だから疑われずにすむ。

 先輩の様子にも疑われている様子はないし、警報なども鳴っていない。

 

「こちらへどうぞ」

 

 一通りの挨拶を終えた先輩が、俺たちをロビーのテーブルに案内して着席を促す。

 俺は後をついていき、父さんと並んで着席する。すると先輩はまず俺に言葉をかけた。

 

「葉隠君。今日は、いや、今日()だな。世話になった。ところで外に……なんと言えばいいか」

「先輩のファンなら見ましたよ」

「やはり今年も居るのか……」

「人気者は大変ですね。毎年こうなんですか?」

「私が中等部に入った頃からはそうだな。以前は寮の中まで強引に押し入る生徒もいた。その際流石に度が過ぎると厳しく注意をしたのでだいぶ収まったが、今度は君も見た通り、街中や寮の前で待ち構えるようになってしまった」

 

 だからか……ロビーには大きな窓がいくつもあるのに、どこもしっかりとカーテンが閉められているのは。

 

「誰かが好ましく思ってくれているのは嬉しくもあるが、稀に生徒同士で(いさか)いを起こすこともあるので困るときもある。君はそういった生徒に絡まれなかったか?」

「道案内を装って来たので、何も」

「そうか。それはよかった。事前に伝えておけばよかったのだが、私自身今日が誕生日であることを失念していてな」

 

 学生が自分の誕生日忘れるって、どんだけ忙しいんだこの人。でもちょうどいい。

 

「桐条先輩。遅ればせながら、誕生日おめでとうございます。つきましては……」

 

 父さんに目を向けると、ひとつ頷いて預けていた箱を渡してくれた。

 

「これは誕生日のプレゼント、でいいのか?」

「部活のことではお世話になりましたから、そのお礼も兼ねて。受け取っていただけますか?」

 

 そう言って差し出すと、先輩は困ったように笑いながら箱を受け取る。

 

「助けられているのは私ばかりだが」

「息子が、この日のために手配したものです。どうぞ受け取ってやってください」

「では、ありがたく。……開けてみても?」

 

 先輩の趣味にあえばいいんですがと言葉を添えれば、先輩は丁寧に桐箱に掛けられた紐を解き、蓋が取られるとその目を大きく開いて一言。

 

「! ブリリアント!!」

 

 その言葉に父さんとジョナサンの目が、桐条先輩とは違う意味で大きく開かれる。

 

 この二人、絶対に困らせるだけだと思ってたな? さりげなく息子が、って自分たちは関係ないといわれた気もするし……まぁ、俺も桐条先輩のブリリアントが出てほっとしてるけど。

 

「……驚いたな。どうしてこれを選ぼうと思った? 率直に言わせて貰えば、これは一般的な女性への贈り物として適当とは言えないだろう。他の生徒からの贈り物にもこのような物は無かった。だから生徒間で情報のやり取りをして選んだとも思えない。まるで私の好みを理解していたかのような、絶妙な選択だ」

 

 まさにその通りだけど、素直に言うわけにもいかない。

 

「なんとなく、ですね。桐条先輩が好きそうだと思いまして。あとはまぁ……占いで」

「占い? ……ふふっ、そうか、占いか。そういえば君は以前にも占いをしていたな。本当なら君は占い師になるべきだと思うぞ」

 

 どうやら、桐条先輩にとても喜んでもらえたようだ。

 

 ……プレゼントは渡したし、情報もあらかた記録できたか。

 

「ありがとう。……久々に、心に響く贈り物だ」

「気に入ってもらえてよかったです。……それじゃ俺はこのへんで」

「ん? なんだ、君は帰るのか?」

「俺の役目はここまでの案内。バイクの話は父とジョナサンの仕事ですし、何よりあんまり長居すると外の人たちが、ね……」

「そうか、君は道案内を装っていたんだったな。あまり長引くと外の者にとやかく言われるかもしれないな」

「はい、そういうわけで失礼します」

「すまないな。面倒をかけて」

 

 俺は先輩にそう言い、父さんとジョナサンにも終わったら連絡するように一声かけて寮を出た。




影虎は遮光器土偶を期限ギリギリで手に入れた!
影虎は遮光器土偶をプレゼントした!
桐条美鶴は喜んでいる!
影虎は巌戸台分寮の情報を盗みだした!


お正月に書いたストックが切れた!
次回までちょっと日があきます。


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48話 親心ゆえに

 まさかこんなに上手くいくとは。

 

 寮から離れて記録した情報を確認すると、予想以上の成果が出ていた。驚いたことにあの寮、俺の予想よりセキュリティーがザルのようだ。

 

 もっと最新のセキュリティー設備でガチガチに固められているのかと思えば、元が古いホテルに手を入れた建物だけに扉や窓の鍵という鍵がアナログ。これならドッペルゲンガーを使って開錠できる。鍵の構造や通路も別途で記録してあるため、侵入は容易だろう。

 

 警報関係がどうなのかは疑問が残るが、通路の記録とあわせて住人の部屋の位置も掴めた。ガラッガラの部屋が沢山ある中に、大きな家具があったりサンドバッグが吊るされていたりするからどこが誰の部屋かが丸わかり。さらには四階の作戦室と思われる大部屋のそばに倉庫のような部屋がある。

 

 その部屋の内部には本や書類らしき物が多く、俺の間違いでなければ幾月の部屋か隠し部屋だ。幾月の死後は改竄(かいざん)されていない岳羽総一郎氏のメッセージが見つかるはずの。

 

 うまくやればあのメッセージを手に入れられるかもしれないが、問題は建物内部に取り付けられた監視カメラの数々。周辺把握で位置が掴めただけでも外より内側に向けて取り付けられているカメラが多い。小さくてはっきりと断言できないが疑わしい場所もあり、そういった場所も合わせるとかなりの数だ。

 

 ……こうも多いとまるで外敵よりも中の人間を見張るために作られたような気がしてくる。

 あながち間違いでもないだろう。幾月にとってはそのほうが都合がいいはずだ。

 

 しかしいくら外向きの警備がザルでも、何度入り込んでも問題ないとは思えない。

 入るとしたらチャンスは一度か二度だが、かなりの成果ではないだろうか?

 

 

 

 ……そういえば母さんはどうしてるかな?

 

 気分よく町を歩いていただけで別に目的もない。順平に電話かけてみるか……

 

「……………………あ、もしもし?」

『影虎? どしたん?』

 

 電話口から聞こえる順平の声。

 

「こっちの用がとりあえず終わったんで、そっちどうしてるかと思ってな」

『そっか。なら母ちゃんに電話かわるか?』

「そうしてもらえる?」

『じゃちょっと待って。雪美さーん………………もしもし虎ちゃん? どうしたの?』

「いや、父さんたち送って手が開いたから。そっちどうしてるかと思って。……というかどこにいるの?」

『虎ちゃんの学校』

「学校!?」

『行きたいところを聞かれたから、虎ちゃんの学校を案内してもらったの。それで部室を見せてもらって、江戸川先生や担任の先生にご挨拶をさせていただいたわ。

 今は虎ちゃんのお友達の女の子たちと会って、部室でお話をすることになったの。

 山岸さんも入れてみんな可愛い子ばかりね、虎ちゃん?』

 

 女の子って誰だ? 女友達となると山岸さんに……ああ、西脇さん、島田さん、高城さんあたりか。他に親しい女子生徒に心当たりないし。しかし学校にいるのか……待てよ?

 

「それには同意するけどそれよりも、部室に行ったなら小学生がいなかった?」

『天田君ね? ちょっとだけお話したわ。もう寮の門限だから帰ったけど』

「あ、そう……」

『あの子、やっぱり虎ちゃんが面倒みてる子?』

「母さんも聞いたのか。うん、夏休みに暇ならアメリカ旅行に誘おうかと思ってたから。まだ誘ってないけど……今日何か言ってた?」

『普通に挨拶をしたくらいだけど、そうねぇ……少し寂しそうだったみたいね』

 

 もう遭遇したとは間が悪い。明日にでも話をしておこう。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三人称視点

 

 ~応接室~

 

「はーい、わかったわ。また後でね、虎ちゃん」

 

 パルクール同好会の部室内、空き部屋を片付けて作られた応接室で電話を切った影虎の母、雪美が携帯電話を順平へと返す。

 

「ありがとね、順平君」

「いえいえ~、ところで影虎はなんて?」

「虎ちゃんもこっちに来るんですって」

「おやおや、そうですか……では、彼が来る前に話しにくいことは話しておいた方がよさそうですねぇ」

「先生、今日はお時間をありがとうございます。それから岳羽さんたちも、呼び止めちゃってごめんなさいね」

「いえ……別に。試験前で部活が早く終わったんで、問題ないですから」

 

 この場には現在、雪美と駅で出会った三人と江戸川だけでなく岳羽、高城、島田の女子三人の姿があった。所属している弓道部がテスト期間前で早めに終わり、帰りがけに挨拶回りをしていた雪美と遭遇し、話がしたいと呼び止められたのだ。

 

 この場に集まったものの、山岸以外は江戸川を警戒していることもあり少々落ち着かない様子を見せている。

 

「それで、聞きたいことがあると仰っていましたが」

「はい。うちの息子はこちらで上手くやれていますでしょうか? 本人との連絡では大丈夫だと聞いていますけれど、あの子はいつもそう答えるもので……」

 

 江戸川の言葉をきっかけとして頬に手を当て、困ったように話す雪美。

 それを見た周囲は納得し頷く者と色気を感じる者の二つに分かれた。

 

「そうですねぇ。私が見ている限り影虎君は物事に積極的に取り組み、後輩の面倒を率先して見る良い生徒です。受験や成績にあまり関係のない私の話もよく聞いてくれますし、以前は高い身体能力に目をつけた運動部から強引な勧誘を受けていたようですが解決しています。 今ではアルバイトも始めるなど自活力もあるようで、これといった問題はありませんね……クラスメイトとしてはいかがですか? 皆さん」

「運動神経のこととかでちょっち騒がれましたけど、それ以外はフツーじゃないっすかね?」

「クラスじゃ目立たないけど、あいつが嫌いとかそういう声はあんま聞かないよな? せいぜい桐条先輩とか運動神経絡みの軽い妬みの声を聞くくらいで」

「だなぁ。女子からするとどうよ? モテるとかは? 高城さん」

「私!? ん~、モテるかって聞かれても……」

「そういう話なら皆様子見じゃない?」

「だよねぇ。葉隠君って今年から月高に来たでしょ~? だから性格とか特技とか情報少ないし。……まぁルックスは普通だけど逆に言えば取り立てて悪いところもないってことだし、運動はできるでしょ? 勉強は……どうなんだろ?」

「虎ちゃんは成績良かったわ。体調不良やケアレスミスをした時以外、小中九年間のテストで九十点を下回ることなかったから」

「じゃ勉強はできると。兄弟は?」

「一人っ子よ」

「長男で親戚が会社経営、実家は持ち家ですか?」

「そうね、少しローンは残っているけど」

「お姑さんになるお母さんが美人で優しそうな雪美さんで、お父さんは厳しい人?」

「虎ちゃんには厳しく言うかもしれないけど、結婚相手にはどうかしら?」

「…………あれ? これで将来の勤め先と収入が良かったら葉隠君ってけっこう優良物件?」

 

 その時、島田のあけすけな分析を聞いた順平と友近は若干打ちひしがれていた。

 

「順平、俺今すっごい生々しい話を聞いた気がする……」

「おう……あんま女子の口から聞きたくない話だったな……」

「二人とも夢見すぎ~、女の子はそういうとこシビアなんだよ?」

「ちょっとぐらい夢見たっていいじゃん! つーか、島田さん的には影虎はアリなの」

「私はないね」

「優良物件とか言いながら、ナシなのかよっ!?」

 

 島田からの答えに順平が突っ込むと、島田は首を振って呆れを表す。

 

「やれやれ、女心が分かってないな~。女の子は確かに収入や顔もしっかりチェックするけど、それだけで決める訳じゃないんだよ?」

「ルックスやお金しか見ない女子もいるけど、それは男もでしょ。ようは個人の問題ってこと」

 

 岳羽の言葉に、順平は首を捻る。

 

「んじゃー島田さんは影虎のどこがダメなんだ?」

「ん~……なんていうか、葉隠君ってぴりぴりしてない?」

「人間なんだし、そういう気分のときもあるんじゃねーの?」

「そうじゃなくて。いつも、切羽つまってる感じ? 友達ならいいけど、彼氏にするならもう少し安心感が欲しいよ」

「そうかぁ?」

 

 男子二人のみならず女子である高城も首を傾げたが、ここで同意する者が二人いた。

 

「それ、なんとなく分かるかも」

「ときどき、あれっ? ってなるよね」

「岳羽さんと、山岸さんもわかる?」

「私、なんか葉隠君に避けられてるっぽいんだよね。壁を感じるっていうか……前聞いたら女の子に慣れてないとか言ってたけど」

「私は天田君が帰った後、葉隠君の個人練習を見てちょっとそんな時があった気がして……雪美さん?」

 

 話を聞いた雪美は表情を険しくしていた事に気づき、笑顔を見せて問いかける。

 

「その話、ちょっと詳しく聞かせてもらえないかしら?」

「詳しく、と言われてもそんな気がするとしか……」

「虎ちゃんが体調を崩したり、夜うなされたりしていないか、知らない?」

「体調不良なら何度かありますね。私と初めて会った日も体調が悪そうでした。それで薬を飲ませたのがきっかけでしたね、ヒッヒッヒ」

「そういやあの日、薬のおかげで一度治って夜にまたぶり返してましたよ? それで俺が部屋に夕食はこんで……引越しの疲れが出たとかで翌日には治ってましたけど」

「お母様、何か心当たりでも?」

「月光館学園に来ることを決めたのは息子本人ですが、もしかすると無理をしているのではないかと……」

 

 雪美はうつむきがちに語りはじめた。自分たちが来年に海外転勤を控えていること、共に海外に行くかそれとも親戚のいるこの町に来るかを選択させたことを。

 

「あの子、月光館学園に進学すると決めるまでに相当悩んでいたみたいなんです」

「それはほら、親元を離れるとか嫌だったんじゃないですか? 私も実家が遠くて、お姉ちゃんがいたけどそれでもちょっと心細かったりしたし……」

 

 高城がそう意見を言うが、雪美は首を横に振った。

 

「それは違うと思うわ。あの子は昔から手のかからない子で何でも自分でできていたから。頼られることも少なくて、寂しかったりもするくらいよ」

「ふむ、実家のそばの高校に通いたかったという事は?」

「いえ、それは特に。私たちが話をする前後にも、行きたい高校の話は特に聞いていません。成績は良かったのに地元の名門校には興味を示さず、スポーツの強い学校に行きたいのかと思えばそうでもなく。

 夫は“頭の分だけ俺よりいいから好きにさせてやれ”だなんて言っていますけど、私は心配で……そろそろ将来のことを考えてもいい頃なのに、あの子ったら毎日体を鍛えてばかり。

 それからこれはもう十年以上昔の話になりますが、あの子はこの町を怖がっていたようなんです」

「怖がっていた、と言いますと?」

「まだ幼稚園の頃の話ですが、あの子はある日突然、夜にうなされ始めたんです。それが連日、あまりに長く続くもので病院に連れて行っても原因はわからなくて……ただ診察をしてくださった先生は何か怖いものを見たショックが原因ではないかと仰っていたので、私と夫はその原因を探しました」

「? それでこの町が?」

 

 江戸川に向け、雪美はわからないと首を振る。

 

「……あの子はいつの間にか教えてもいないパソコンを使えるようになっていたので、何かおかしなサイトを見たのではないかという話になり履歴を調べたんです。でもおかしなサイトは一つもありませんでした。

 ただ履歴の中に巌戸台や月光館学園に関するページが履歴に残っていて、虎ちゃんが調べたことは間違いありません。でも当時は私たち家族にとってまったく関係のない土地だったので、無関係だとしか思えず。しかし他に原因となりそうなものも見つからず……

 虎ちゃんが体を鍛え始めたのもその頃からなんです。うなされている時には毎日同じ夢を見て、夢の最後には死んでしまうと」

「死ぬって、んな物騒な……」

 

 暗い雰囲気を払い飛ばそうと友近が出した声は、周りの困惑した雰囲気に呑まれ小さくなって消える。友近自身、周りと同じく予想だにしない話の展開に困惑していたのだ。

 

 そんな中で目を輝かせているのは一人だけ。

 

「ヒッヒッヒ、なるほどなるほど」

「江戸川先生? どうなさったんですか?」

「いえいえ、もしかすると影虎君が見ていたものは“予知夢”ではないかと思いましてね。ヒヒッ」

「うわ~……」

「始まった……」

「予知夢と言うものは本人が知りえない未来の情報を、夢を通じて知覚する現象です。これを行うための訓練もありますが、幼少期に見てしまうこともままありますね。予知夢に限らずこういった能力を幼少期に持っている人の話はよく聞きますが、その大半は成長に伴い能力を失います。ですが、まれに失わないまま大人に」

「はいストーップ!!!」

「なんですか伊織君」

「いきなり何言ってるんすか!」

「予知夢についてのお話を少々、真面目な話です」

「そーゆーことじゃねーって! いきなりそんな話されても雪美さん困らせるだけですって! 真面目かどうかは関係ないっつーか、マジに予知夢だったらそれはそれで縁起悪いわっ!!」

 

 あっけらかんと答える江戸川に騒ぎ立てる順平。話の場が騒がしくなる中、雪美の表情はよりいっそう曇っていた。




影虎は巌戸台分寮への侵入が可能になった!
原作キャラ、山岸風花・伊織順平・岳羽ゆかりの三名に影虎の情報が漏れた!!


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49話 真夜中の呼び出し

2/21/2016
サブタイトルを“真夜中の大暴れ”から“真夜中の呼び出し”に変更しました。


 5月8日(木) 影時間

 

 ~タルタロス・10F~

 

「はぁ……」

 

 シャドウのいなくなった階層で、持ち込んだお茶を飲み干した俺の口からため息が漏れる。

 

 10Fの番人シャドウはダンシングハンド。大きな手袋のシャドウが三匹いた。

 しかしこのシャドウ、魔法には強いが打撃が弱点だったので奇襲をかけて一匹蹴ったらダウン。

 それに驚いている他の二匹にも拳と蹴りを入れたら、そっちもダウン。

 これ幸いにと鉤爪を刺して、紐状のドッペルゲンガーで三匹を繋いで近くに集め、後はダウンから回復しそうな奴を優先して満遍なく打撃と吸血していたら勝っていた。

 反撃一つない勝利。あまりに一方的でちょっと心が痛んだ。

 

 しかしため息の原因のはそこではない。俺の行動の一部が順平たちに知られた事だ。母さんが俺を心配して様子を聞いたときに話したらしいが、その場には順平と山岸さんだけでなく岳羽さんまでいたらしい。

 

 この件で俺と彼女の関係はどうなるか……今でも敬遠しがちで良好な関係とはいいがたいし、より顕著になるか? それとも積極的に探りにくるか……下手に疑いを持たれると、どう動かれるか。

 

 おまけに順平たちとの勉強会の話もしていたようで、俺が到着したときには勉強会に女子も参加することが決まっていて、大人数になったことで江戸川先生から部室の使用が許可されていた。山岸さんも勉強会に参加するとの事で、明日がどうなるかもうわからない。

 

 それにもう一つ気になるのが天田の様子。あっちは電話しても繋がらなかった。問題が山積みだ……

 

 

 

 情報が少ないからか、いくら考えてもこれからの方針が決まらない。

 

 気分を変えようと1Fから10Fまでのシャドウを狩りまくりながら駆け上がってみたが、これで三週目。このままただ戦い続けても気分は変わりそうにない……実験にするか。

 シャドウから吸いまくったので体力は有り余っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~タルタロス・2F~

 

 場所を移して実験開始。取り出したるはルーンが刻まれた石。オーナーからの課題のため、影時間やタルタロスには持ち込んでいる。ここで拾ったオニキスにはパワーが込められていたので、なんとなく込めやすそうだから。

 

 では……今日は思いつくことを試そう。有効かどうかの判断は感覚で。

 

 その一、“手に持って祈る”

 

 パワー込めろパワー込めろパワー込めろパワー込めろパワー込めろパワー込めろパワー込めろパワー込めろパワー込めろパワー込めろパワー込めろパワー込めろパワー込めろパワー込めろパワー込めろパワー込めろパワー込めろパワー込めろパワー込めろ……

 

 どうもピンとこない……

 

 その二、“魔法陣を用意して使う”

 魔法陣はドッペルゲンガーで代用。手のひらの上にコンパクトケースのように平らで丸い台を作り、円周から線を刻んで六角星を描く。その中心に石を置くと、まぁそれっぽい。

 

 その三、“呪文”

 …………………………パワーを込める呪文を思い浮かばないのでパス。

 

 その四、“それっぽい音楽”

 

 ドッペルゲンガーで流せるかな? それっぽいのがあれば、あったけど……

 タイトルが“旧支配者のキャロル”

 これは、この曲でやったらなんかおかしなナニカが込められそうだ。パス。

 

 他には……俺なりのやり方でいいってことは他と違ってもいい。

 じゃあ俺がほかと違うのは……まずペルソナ使いであること。そういえばペルソナも魔法を使うよな? ルーン魔術とは違うけど。

 

 いやまてよ? 前にポズムディ(解毒魔法)を使って倒れた時はオーナーから力を注ぎ込まれて回復した。これって魔法の使い方は別でも使う力は同じ? だったら前に人を影時間に落とした要領で込めれば……

 

 台に乗せた石に向けてもう一度、今度は祈らずペルソナの力を送り込むつもりでやってみる。すると

 

「!?」

 

 体に力が漲ってきた!

 タルカジャを使った時の感覚を、だがタルカジャよりも強く感じる!

 

「あ、あれっ?」

 

 しかし、注ぐのを止めたらすぐにその感覚は収まってしまった。

 これは注いでいる間のみ有効なのか?

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 その後何度もパワーを注いで実戦でも使ってみた結果、以下の事がわかった。

 

 ルーン魔術の使用にはたぶん成功した。

 純粋な物理攻撃では一匹倒すのに五回は攻撃しなくてはならないシャドウを、“ウル”のルーン魔術を使うと一撃で倒せる。

 この事から“ウル”の効果はタルカジャと同じ。

 しかし攻撃力は五倍かそれ以上になり、タルカジャより強力な攻撃力上昇効果がある。

 ただし体感で魔力の消費も五倍かそれ以上、タルカジャより疲れやすい。

 おまけにタルカジャの効果が十分以上続くのに対して、“ウル”はほんの数秒間しか持たない。

 

 ウルのルーン魔術はここぞという時の一撃には使えそうだが、普段は燃費が悪すぎる……オーナーの作ったアクセサリーは長期間効果があるのに、なんでこうなるんだろう?

 まぁとりあえず成功したのはいいけど。ってか、いまだに雑魚シャドウ倒すのに五回も攻撃しなきゃならない俺って貧弱すぎ……?

 

 そんな疑問を抱きつつ、俺は実験を終わりにしてタルタロスを出た。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 5月9日(金) 深夜0時12分

 

 ~路上~

 

 人通りの無い道を一人さびしく歩く。実験終わった直後に気づいて出てみたら、寮に着く前に影時間が終わってしまった。普段は寮に帰り着くころに影時間が終わるが、今日はタルタロスに長居しすぎたな……ん?

 

 ポケットから携帯電話の音が鳴り響く。

 

「もしもし? ああ、父さん……え、今から? まぁいいけど……うん。じゃそういう事で」

 

 誰かと思えば父さんに呼び出された。

 

 もう寮の近くに居ると言うので急いで指定された場所へ向かうと、暗い道の街頭の下に見慣れないバイクを止めて缶コーヒーを飲む父が立っている。

 

「お待たせ。そのバイク、クルーザー? 新しく買ったの?」

「ジョナサン経由でパーツが手に入ったから組み上げたんだよ」

「なるほど、塗装までバッチリ入れて」

 

 そのバイクは親父が好む赤を車体を塗られ、一部に黒い龍の絵柄が入っている。

 

「父さんのバイクはいつもこれだな。おかげでわかりやすいけど」

「俺が現役だったころの名残だからな。流石にあの当時やってたような改造はもうできねぇや」

「鬼ハンとか? あれ扱いづらくないの?」

「そこはお前、慣れだ。慣れちまえば気にもならねぇ。それよかほれ」

 

 父さんの手元から、投げられたヘルメットが放物線を描いて飛んでくる。

 

「ケツに乗れ、ほとんど話もできなかったろう」

 

 俺は何も言うことなくヘルメットをかぶり、バイクの後ろに跨った。実家じゃよく乗せてもらっていたので慣れたものだ。

 

 バイクのエンジンがかかり、ゆっくりと走り出す。

 

「影虎、バイクの免許どうなった?」

「本買って学科試験は大丈夫なことを確認した。再来週が月光館学園の中間試験だから、その後で教習所通うつもり。そういえば貰えるバイクって……」

「そっちはもうだいぶ形になってるぜ。外見はカワサキのニンジャ250Rに近い。義兄さんが設計した新型でな、走行性能に重点を置いてる。完成まではもう少しかかるが、ターボエンジン付きでパワーがあるぞ」

「いきなりそんなパワーのあるバイクで大丈夫なの?」

「心配すんな、ターボも所詮はただのエンジン。気をつけて慣れていけばいい。それにターボエンジンは義兄さんの趣味で、ハンドルに付けたスイッチを押さねーと使えないようになってる。普段は普通のエンジンと同じだ。

 あとターボくらいで文句言ってると代わりに妙な機能付けられっぞ。一度緊急用の自爆装置が候補に挙がってたからな」

「どこで使えと!?」

 

 自爆装置とかいらねーよ!? そもそも開発してあるのかよ!?

 

「俺らも流石に止めたわ。義父さんの雷も落ちた」

「なら、一安心か……ところで話変わるけど、爺さんの具合はどうなの?」

「元気だよ。最近はお前のバイクの事を理由にベッドから出て会社に顔出すことが増えた。義父さんもお前のこと気にかけてるぜ? 風邪ひいてないか、ちゃんと学生生活を楽しめてるかってよく聞かれるよ」

「今度手紙でも書いて送ることにするよ」

 

 具体的な目的なく喋りながら、俺と父は街中を走る。

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 

 ~ポートアイランド駅前はずれ~

 

「……で、なんで俺たちはこんな所に?」

 

 俺は話をするためのツーリングだと思っていたが、駅前でバイクを止めた父さんに連れられてきた。面倒ごとの匂いしかしねぇ。近づいた瞬間ドッペルゲンガー召喚したよ。

 

「父さん、このあたりは治安悪いよ」

「んなこたぁ言われなくたって分かってるよ」

 

 もう何人かがらの悪そうな人とすれ違ったからな。

 ……でも一番悪そうなのはうちの父だったが。

 父さんを一目見た不良が目線をそらして通り過ぎるので、俺たちはまだ絡まれていない。

 早いところ

 

「お前らちょっと待てや」

 

 絡まれた。面倒事になる前に出て行きたかったのに……

 

 警戒して振り向くと相手は五人組。先頭に立つ金髪に鼻ピアスをした男が声をかけてきたようだが

 

「お前ら誰に断ってこ、の……」

 

 同時に振り返った父を見て、男の勢いがなくなっていく。

 

「ちょっと、あの後ろの人マズくない?」

「あれ絶対ヤクザだって」

「あたしら関係ないし……逃げようよ」

「ちょ、ちょっと待てよ」

 

 後ろの三人はガングロギャル、それを引き止める男二人。

 もうグダグダだけど、こいつらはこの前のカツアゲナイフ男ほどやばくは無さそうだ。

 

 そんなことを考えていたら、父さんがおもむろに相手へ近づく。

 

「ヒッ!?」

「な、んだぁ!?」

「お、おう!」

 

 女たちはあとずさり。虚勢を張った男二人に、父さんは……どうしようもなく厳つい笑顔を見せた。

 

「悪いな。俺らが他所者だってのは百も承知だが、どうしても後ろの奴と人のいねぇ所で話がしてぇんだ。この辺を荒らすような真似をするつもりはねぇ。ちっとばかり場所貸してくれねぇか」

 

 そう言ってポケットから取り出した何かを、笑顔を見て逆に怯える金髪男に突き出す父。

 男は突き出された物を見て動揺し、目の色を変える。

 

「万札?」

「少ないが、美味い物でも食ってくれや」

「ま、まぁ、そういう事なら……」

 

 引っ込みがつかなくなりかけた男二人は、ここを落とし所にしたようだ。

 そこにやり取りを後ろで見ていた女の一人が口を開く。

 

「……ねぇ、アンタらこのまま進むとアタシらみたいなのが溜ってる広場になるよ」

「夏紀!?」

「話は通じそうだし、金貰ったんだからさ……

 そこ行ったらコイツらみたいに絡んできそうな奴大勢いるし、人のいない場所に行きたきゃ別の道行きなよ」

「そ、そういう事ならいい場所があるぜ」

「なんなら案内してやるよ」

 

 態度を変えた男二人が、負けじと前に出るが後ろでは

 

「はぁ? 何でそこまでしなきゃなんないの? もうどっか行こうよ」

「大口たたいてた割に情けないし……どうする?」

「なにか奢らせとけばいいんじゃない?」

 

 ガングロギャルはもう男二人を見限っている……ん?

 もしかしてあの中にいるのって……

 

「森山?」

「はぁ? ……なんであんたアタシの名前知ってんの?」

「まさかと思えば本人か……」

「影虎、その女知り合いか?」

「学校の同学年にいる生徒だよ、遊んでるって噂の。前に何度か見かけたことがある」

「何? アンタも月高の生徒なの? アタシとタメってことは一年、もしかしてアンタあの江戸川を部活の顧問にした葉隠影虎?」

 

 げっ、こいつも知ってるのかよ。

 

「噂じゃ優等生っぽかったのに、こういうとこ来る奴だったんだね」

「つれて来られたんだよ、ほとんどむりやり」

「……アンタ何やったの?」

「何もしてねぇよ! こっちが聞きたい!」

「まぁ、話は話せる場所に着いてからにしようぜ。案内してくれんだろ?」

 

 何を考えているのか分からない父の言葉で男二人が案内を始め、俺と父さん、森山たちもそれについて行く。

 

 何度か曲がり角を曲がった先にあったのは、バスケットボールのコートよりわずかに小さい広場だった。大きな金属製のゴミ入れが立ち並び、まわりの壁は落書きだらけの荒れ放題で人はいない。いるのは野良猫とカラスだけだ。

 

「ここか?」

「ああ。ここは誰も仕切ってねぇし、臭いから人も来ないぜ」

「たまに喧嘩する奴らが使うくらいさ」

「そりゃぁいい! お(あつら)え向けだ!」

「……なぁ、そろそろ何で俺を連れてきたか教えてくれないか? 父さん」

 

 そう言うと後ろで親父とかヤクザの息子とか聞こえてきて鬱陶しい……

 

「まぁ、そう慌てんな。まず先に礼を言うぜ、つれて来てくれてありがとよ」

「ん、あ、おう。このくらいならな………………もう用が無いなら、俺らは行くぜ」

 

 不良五人はこちらを気にしてはいたが、男も女もそろって広場から出て行く。

 そして完全に姿が見えなくなると、父さんは広場の中心に立って俺を手招きした。

 

「さて、お前をここにつれてきた理由だけどな……人目につかずに話がしたかったからだ」

「なら他にも場所はあったんじゃないの?」

「ただ人目につかないだけなら、なっ!」

「!?」

 

 近づいた俺に、父さんは突然殴りかかってきた。

 とっさに反応して避けることはできたが、拳の振りで生まれた風が頬を撫でる。

 

「……初めからこのつもりで?」

「そういうこった。殴り合いをやってりゃ近所の誰かが気づいて通報するかもしれねぇ。だからもし見つかっても通報されにくい場所に連れてきたのさ」

「にしても何で急に?」

 

 父さんの手が早いのは知ってる。

 文句があれば言葉でも拳でも何でもいいから意思表示しろ。

 そう言われて、殴りあったことは何度もある。

 だけど、ここまで手の込んだことをされるのは初めてだ。

 

「なぁ影虎……お前を初めてバイクに乗せてツーリングした日のこと、覚えてるか?」

「? いや、結構昔だからはっきりとは……」

「お前が真夜中まで眠らなくなってからだ」

「!?」

「お前は昔から大人しかった。雪美に似たのか頭の出来が俺とは違って手もかからねぇ。そんな息子が突然泣き出して何かに怯えるようになった。その気晴らしになればと思って俺が強引に乗せたんだよ。

 まぁ、覚えてなくても仕方ないな。お前もガキだったし、最初は回りを見る余裕もなかっただろ。そのくらいあの時のお前は怯えてた。

 で、聞けばお前こっちに来て何度か体調崩してるそうじゃねぇか。俺はそんな話聞いてねぇぞ、何で話さなかった?」

「連絡するときには治っていたから」

「そうかよ!」

 

 殴りかかってくる拳を右に避けて距離をとる。

 

「あの時と同じだな。お前に話す気がねぇならこっちから聞かせてもらうぞ」

 

 その一言で俺は思い出した。

 

「そういえば、悪夢の話をした時もこんな感じで聞かれたっけか」

「ガキだった分、相当手加減したけどな。今はその必要もないだろ」

 

 ……話し合いで済ます、ってのはもう無理か。話せないことが多すぎる。

 心配してくれているのはわかるけど、父さんたちは影時間の事に対して無力だ。

 ドッペルゲンガーを使えるようになった今なら、理解させられるかもしれない。

 父さんと母さんなら、もしかしたら信じてくれるかもしれないが、知ったところで適性が無いから影時間を知覚することすらできない。俺が落としても翌朝には忘れてしまうんだ。

 

 空手の構えを取る。

 それだけで十分に抵抗の意思は伝わった。

 

 視線が交錯して一拍の後、月明かりの下で親子喧嘩が始まる。




影虎はルーン魔術の使用に成功した!
しかし問題点が山積みだった!
影虎は父親に呼び出された!
親子喧嘩をする事になった!
父心が暴走中!
……どうしてこうなった?


次回もだいたい同じくらいの間隔で投稿すると思います。


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50話 真夜中の泥仕合

「らぁっ!」

 

 眼前に拳が迫る。避けるとその後ろから、さらに避ければまたさらに後ろから。左右の拳が続けざまに飛んでくる。父さんの拳は大振りのテレフォンパンチ。

 

「……!」

「オラオラオラオラ! どうした!!」

 

 にもかかわらずやたらと回転が速い! しかも威力があるんだろう、空気を切る音が耳につく。

 

 ……だが、見える(・・・)

 

「チッ!?」

 

 一瞬の隙を突いて放った蹴りが父さんの顔を襲う。

 避けられはしたが、今日までの実戦経験が活きていた。

 父さんの手数は多いし速いが、集中していれば避けられる。

 

 回避を確実に、その中で隙を見て、蹴る!

 

「っ! ちょこまかと動きやがって」

 

 もう一度顔を狙ったつま先蹴り、今度は避けずに腕で防がれた。イラついたような口ぶりで変わらない威力と速さの攻撃を続けてくる。

 

「……」

 

 しかし、それを何度か繰り返すと父さんは急に手が止まる。

 すぐさま俺は空いていた脇腹に狙いを定めて蹴ると、蹴りは防がれず綺麗に叩き込まれた。

 

 だが

 

「なっ!?」

「オラァ!」

 

 脇腹を蹴った右足を左腕で抱え込まれた。

 それを理解したと同時に父さんの右手が俺の胸倉を掴む。

 

「っ~!?」

 

 次の瞬間、引き寄せられた頭に鈍い痛みが響く。

 頭突き……!

 

 俺も父さんの胸倉を掴み突っ張ることで次の頭突きを防ぎ、今度は空いている右手で思い切りあごを殴りつけてやる。

 

 すると父さんは表情を歪めてながら片足を蹴り上げた。

 俺は右手を金的狙いの足に叩きつけて押さえ、そのまま足をとる。

 

「っ……邪魔だなこの足っ!」

「そう思うなら、放せばいいだろ!」

「金的狙ってるとわかってて放すかっ! そっちこそ放せば!?」

 

 お互いに片足を取られ、相手を制すために手も出せない状態はやがて転ぶまで続き、立ち上がる際にようやく距離が開く。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

「シャァッ!」

 

 交互に痛みを与えて、もう何度目か分からない攻撃。

 肉を叩く音と、俺たちの呼吸だけが月明かりに照らされた広場に響き続ける。

 音は外で鳴っているのか頭に響いているのかが曖昧になってきた。

 

 初めより遅く殴りかかってくる拳を回避し、外に踏み出した左足を軸に蹴り。

 

「おうっ!? ラァ!」

「うっ! くっ……」

 

 腹を蹴ったが、その足を捕まれてこっちも腹を蹴り返された。

 腹の底から不快感が迫りあがる。

 強い……というか番人シャドウでもここまで苦戦しなかったぞ。

 

 俺の攻撃は当たるが、父さんは一向に倒れない。

 逆に攻撃をあえて受け、俺の手足を攻撃直後に掴み取って確実に攻撃を当ててくる。

 普通の攻撃は避けられるけれど、掴まれては動きが制限されてしまう。

 強制的に我慢比べをさせられている状態だ。

 

 しかも父さんの攻撃は一発一発が重い。

 意識も足もまだしっかりしているが、打撃耐性があっても痛いし何度も食らえば苦しい。

 

「ごほっ……ふぅ……なかなかやるじゃねぇか」

「父さんこそ……」

「昔は族の頭張ってたんだ。この位、できて当たり前よ」

 

 泥臭くお互いを痛めつけ父さんも足元がふらつくが、すぐに立ち直り余裕そうな言葉を吐く。

 効いていないはずはないが……まだ足りないのか。

 でもここまでやって、いまさら引くつもりはない。

 呼吸を整え、足を踏みしめる。

 次の一撃をより強く、より速く放つために。

 

「へっ、そろそろ焦れてきたか?」

 

 父さんの言葉は無視。

 考えるべきは戦うことと次の一撃だけでいい。

 

「だんまりか、ならこっちから行くぜ!」

「!」

 

 先に動いた?

 

 最初と同じかそれ以上に激しく襲い掛かってくる二つの拳を避ける。

 当たらないからやめたんじゃなかったのか?

 ……父さんの思考回路は時々理解不能。それよりも集中。

 避け続けていると背後に路地の壁が近づいている。その横には金属製の大きなゴミ入れ。

 追い込まれないよう思い切り、横っ飛びの側転で強引にその場を抜ける。

 

 ? 小さく舌打ちが聞こえた気が……っ!

 

 休む間を与えない追撃の手が伸びてくるが、その勢いが若干衰えている!

 回避に徹する俺と攻撃に徹する父さん。

 これまでに蓄積したダメージや疲労とあわせて、ようやく明らかな疲れが見えてきたか?

 

 ならばチャンスも近いはず。

 はやる気持ちを抑え、疲れた体に気合を入れる。

 

 ……

 

 そして、時は来た。

 

「ハァッ、ッ!」

 

 息を荒げていても手を緩めようとしなかった父さんの手が、意思に反して止まる。

 

 気づけば俺は懐に飛び込んでいた。

 一瞬後れて放たれる右の拳を、顔を傾けて避け、引き絞った貫手を鳩尾へ突き出す。

 指先は狙い通り鳩尾を捉えた。

 シャドウ相手に使う槍貫手のように伸ばすことができない分、踏み込む足の力を胴体へ、そして腕から指先へと伝達し、体ごとぶつかる様に押し込む。

 深々と手が肉に食い込んだ感触を確かに感じ……

 

 ()()()()()()

 

 

 

 

 

「!?! あ、っつう……」

 

 何が、起きた?

 

 気づけば俺が倒れている。

 唯一分かるのは視界がぶれた直後、頭に強い衝撃を受けた事。一瞬景色が回って目の前が暗くなった気がした。投げ技……? 父さんはどうなった?

 

「……! ……!!」

 

 すぐに見つかった。

 隣で腹を抱えてうずくまり、悶絶しながら胃の内容物を吐いている姿は、景色が揺らいでいても分かる。

 

 貫手の手ごたえは確かにあった。

 そもそも貫手というものは伸ばした指の先で打つ打撃。

 指先の鍛錬を行わずに使えば怪我の元にしかならないが、普通の拳よりも相手に接する面積が小さいだけに威力も大きい。

 そのため通常の試合での使用は禁止され、最近では初心者に教える型から貫手で行う部分を意図的に拳に変更して教える道場もあるくらい危険な技だ。

 それを急所である鳩尾に叩き込まれればあの状態も当然だろう。

 というかあれが効いてなかったら呆れるか困る。

 

「ぅっ」

 

 浮遊感のある足に力を込めて目の前のゴミ箱を支えに立ち上がると、ほぼ同時に父さんも鳩尾をさすり猫背になりながら立ち上がり、目が合う。

 

「まだ、立つかよ」

「その言葉、そっくりそのまま返すよ」

 

 自分も立ち上がっておいて何を言うか。

 

 苦戦も一周回って笑いがこみ上げてきた。体の痛みもいつの間にか消えている。声を漏らすと父さんが凶悪な笑顔で笑う。

 

 ……こうなったらとことんやってやる。根競べの再開……

 

「ちょっと!」

 

 ……が、突然割り込んできた女の声に遮られる。

 

 取り込み中に誰かと思えば

 

「森山か……?」

 

 声の主が、ここへ通じる路地で息をきらせていた。




影虎は魔法を使わず父親と殴りあった!
脳内麻薬が出ている!
路地裏から森山が飛び出してきた!

投稿した話が五十話に届いたので、これを機に今まで登場したオリジナルキャラクターについて軽くをまとめたものを掲載することにしました。
どんなキャラか分からなくなった時にでもご利用ください。
原作キャラはまた別に用意する予定です。


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51話 真夜中の大暴れ

 森山の様子がおかしい。

 

「案内の女か、どっか行ってろ!」

「待って! 助けて!」

 

 彼女は必死な声で助けてと叫ぶ。それを聞いて父さんも彼女の様子に気づいた。

 

「……何があった」

「ミキとレイコが捕まったんだよ! この辺で幅きかせてる不良グループに!」

 

 たぶんあの時一緒に居た女二人、それが捕まった。どう聞いても穏やかじゃない。間違いなく面倒事だ。

 

「ちょっと離れて戻ったら絡まれてて! 男二人が抵抗してたけど囲まれてて! それでアタシに戻ってくんなってメールが!」

「普段こういう時はどうしてんだ? 騒ぎが起きたら収めに来る奴の一人や二人いるだろ」

「いるけどいないんだよ今日に限って! 普段しゃしゃり出てくる奴は相手が多いってビビッて逃げたし、集団相手でも首突っ込む奴は体調が悪かったらしくて、どっか行って見つからないし……もうアンタらくらいしかいないんだよ……」

 

 藁にも縋る気持ちなのは分かった。

 しかし俺は同時に自分の中の小さな鬱憤が膨れ上がるのを感じる……

 

 俺はお前らと困った時に助け合うほど親しくないだろう。

 なんといっても今日、さっき数分案内された時が初対面だ。

 

「どいつも、こいつも……次から次に面倒事ばかり持ってきやがって!!!!!!!」

「ひっ!?」

 

 我慢できずに怒鳴ると、森山に引かれた。

 別にお前だけに言ったわけじゃない、いや、誰かに言おうとして言ったわけじゃないが。

 というか怒るとしてももう誰に怒ればいいのか……もういいや。

 

「親父! 一時休戦な!」

「ぁあ゛ん!? お前助けに行く気か?」

「えっ?」

「聞いた以上無視も気分悪いだろ。無視したらそいつらがろくな事にならないのが目に見えるし、後味悪すぎるっつーの……ったく何で余計な面倒事ばっかり集まってくるんだよ」

「大変だな」

面倒事の一因(親父)が言うな!! いきなりこんなとこつれて来られてボコられた後に厄介ごと持ち込まれる気持ちになってみろや!!

 うっ……」

 

 気持ち悪っ……急に頭に血が上ったからか。

 

「ね、ねぇ、アンタ、大丈夫なの?」

「ああ゛? ……だめだ、返事が親父みたいになってる」

「親に向かってなんて言い草だ、ったく……おい、場所はどこだ?」

「! 来てくれんの!? こっち! ついてきて!」

 

 誰だか知らないが、さっさと片付けてやる……

 

「……溜め込むからそうなんだよ、ったくよ……おら行くぞ影虎!」

「言われなくても!」

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 …………

 

 

 

 ………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 辰巳ポートアイランドの一角にある駅前広場はずれは、溜り場として多くの不良が集まる場所。そこに繋がる暗い狭い路地のひとつで、二組の男女が九人の男に囲まれている。さらに輪の中では二人の男が痛めつけられていた。

 

「オラッ! 立てよオラッ!」

「ぅ……」

「やめ、て、くれ……もう」

「まだ喋る余裕があるみたいだな?」

「ぐふっ!?」

 

 路地の前後に三人ずつ。武装した男たちに道を塞がれ、残る三人に暴行を受けた彼らはまともに立つことすらできていない。血と脂汗を滴らせながら、路地の中央でうずくまっている。

 

 そして俺はその様子を夜の暗闇に紛れ、路地の()から見ていた。

 

 ドッペルゲンガーの暗視と望遠効果が働いたために相手より先に状況が分かり、ただ飛び込むのは不味いという話になったからだ。戦うにしろ穏便に済ませるにしろ、助けたい奴が敵の中じゃ都合が悪い。

 

 しかし頭で理解できても、これは見ていて気分が悪い。親父は何してんだ? 一人で突っ込むなとか言っといて……窓枠にぶら下がるのも楽じゃないんだが……

 

 いつでも飛び込める用意を整えて待っているのに合図がこない。

 

「ハァ……なぁ、そろそろ終わりにしねぇ?」

 

 暴行を加えていたうちの一人が、飽きたとばかりに提案した。

 

「こんなガキ共ボコるよりさぁ、そろそろお楽しみの時間にしようぜ?」

「「ひっ!?」」

 

 軽薄な笑い声が路地に広がり、下品な視線が肩を抱き合い壁際で怯える二人の女子に集まる。

 

 ……こいつらクソだな。

 

「待てよ、まだ終わってねぇだろ」

 

 ? 一人だけ反対する奴がいる。まだ痛めつける気か? もう十分だろ……

 

「まだやんのかよ? こいつらもう何もできないぜ?」

「当たり前だろ、こいつら俺らに逆らったんだぜ? 素直に女を差し出せば見逃してやるっつったのによ。俺らを舐めてんだろ」

「弱いくせに女の前でカッコつけようとしたのにはムカついたけどさぁ、もうよくね? つかもうめんどいわ。あとはその女共に責任取らせればいいんじゃね? こいつらが俺らの気分悪くした分もさ」

「おっ! いいねー、ナイスアイデア!」

「ざけんな! 徹底的にやんだよ!!」

 

 男は仲間の提案を一蹴する。随分と機嫌が悪いみたいだ。

 それにしても以前絡んできたカツアゲナイフ男といい、こいつらといい、本当にこの辺のヤンキーは危ないな……順平が“マジで漫画みたいに荒れてんだって!”とか言ってた気がするが、本当にその通りだ。

 

「あ~あ、マジ怒りじゃん」

「やめとけよ、シュウのやつ最近機嫌悪いから。好きにさせてやれって」

「つか何であんな気ぃ立ってんの?」

「あれ、お前聞いてねーの? 最近隣に引っ越してきた説教ババアがウザイんだってよ」

「そんな理由かよ、あいつらも災難だなぁ」

「お前らうっせえぞ! おら立てよ!」

「「きゃっ!?」」

 

 仲間の話が気に障った男は、怒りを目の前の怪我人にぶつけるつもりだろう。

 今まで痛めつけていた男を一人、胸倉を掴んで無理矢理立たせて路地の壁に叩き付けた。真横に居た女二人の悲鳴があがり、シュウと呼ばれた男の拳が振り上げられる。

 

 もう待てない! ……と飛び込もうとしたその時。

 

「うっ!?」

「ぇ……?」

 

 不良の輪に投げ込まれたジュースの缶が、胸倉を掴む手を打った。

 驚きか苦悶の声が上がり、手が離れ、立たされていた男が崩れ落ちる。

 缶がガラガラと耳ざわりな音を立てる中、俺の目は近づいてくる親父の姿を捉えた。

 

 ……遅いぞ、まったく……

 

「ってえな誰だ!?」

 

 痛む腕をかばう不良(シュウ)が缶の飛んできた路地へ向かって怒鳴り、周りを囲む仲間も同様に、警戒心をむき出しにして路地を睨む。

 

 今だ。

 

 俺は体を支えていた手を放し、注意のそれた囲いの中心へ落下。

 

「っ!」

 

 地面を転げることで衝撃を逃がして起き上がるが、目と鼻の先にいる不良はこちらを見ていない。

 

「空気をー」

「あがっ!?」

「読まずにー」

「だれがっ!?」

「失礼致しますっ!」

「あうふっ!? ……! ……!!」

 

 奇襲成功。適当な声を上げながら速やかに近い相手から三人叩いたが、自分に何が起こったかもよく理解できていないみたいだ。

 

「!? てめぇ誰だ!?」

「何しやがった!?」

「つかどっから出てきやがった!?」

「ってぇ……お前ら何やってんだ! ちゃんと見張ってろよ!」

「俺らは通してねぇ!」

「こっちも通してねぇよ!」

「じゃどっから来たんだよ!」

「そいつ、今上から降ってこなかったか……?」

「んなことできるか! やったとしても音で気づくだろ!」

「お、俺にはそう見えたんだよ!?」

 

 自分たちが道を塞いで入れないはずの場所に忽然と現れた俺。

 地面には転倒させられた三人の仲間。

 二人は顔や腹を押さえながらも立ち上がるが、一人は股間を容赦なく蹴ったせいで顔に脂汗を浮かべ立ち上がる気配がない。

 

 どうも隠蔽能力が着地の音まで隠していたらしく、いまや不良の目は俺に釘付け。

 表情から動揺しているのがよく分かる……けど俺ばかり見て、どっちが通したなんて言い合いをしていていいのか?

 

「しゃぁああ!!!」

 

 気合の掛け声とともに路地から親父が飛び込んできた。

 路地を塞いでいた不良をなぎ倒し、後に続く森山を連れて駆け抜ける。

 

「ミキ! レイコ!」

「「夏樹!?」」

「大丈夫だった!? 怪我してない!?」

「うちらは何も……でもあいつらが……」

「それより何できたの!? くんなって言ったっしょ!」

「そんなこと言われてほっとける訳ないじゃん! 必死に助っ人探したんだからね!?」

「助っ人ってこの二人……」

「待ちくたびれたよ、親父」

「そいつは後ろの馬鹿女に言え。そいつが一緒に飛び込むって聞かなかったんだよ」

「お前のせいかよ森山ァ!」

「し、仕方ないじゃん! 頼んどいて一人で逃げるわけにいかないし!」

「お前変なとこ律儀だな!?」

「訳わかんないキレ方しないでよ!?」

 

 俺と森山の言い合いを呆然と見上げる女二人、そこで声がかかる。

 

「……はっ、そういう事かよ。お前らそっちの女共のお友達、ってわけだ……舐めてんじゃねぇぞこの野郎! テメェら俺らが誰なのか分かってんのか!? ああ?」

「いや、知らねぇ」

「俺らここ来たの初めてだしな」

 

 声を張り上げて凄んだのは、最後まで暴行を続けていた不良のシュウ。しかし俺たちはまったく気にすることなく受け流した。

 

「さてと……いきなり割り込んですまねぇが、ここまでにしてもらえねぇか? こいつらもうろくに動けそうにねぇ、こんだけやれば十分だろ」

 

 傷だらけの男二人を横目に見て、睨みをきかせる親父。

 その顔には目の前の不良たちの所業が気に入らないと、ありありと書かれていた。

 

「っ!」

「……おい、シュウ……」

「ビビんな馬鹿野郎!! 相手はたった二人、しかもよく見りゃどっちもボロボロじゃねぇか! まとめてやっちまえばいい!」

「穏便に済ます気はなさそうだな……なぁ父さん、族とかヤンキーって全員こうなのか?」

「その言い方はお前、偏見ってもんだ。族にもいろんな奴がいる。あと俺らとこいつらを一緒にすんじゃねぇよ。俺らはバイクかっ飛ばすし喧嘩もしたが女に手を上げたことは一度もねぇ。女を無理矢理どうこうしようとする奴はただの屑だ」

 

 八人の不良たちは怒りで動揺から覚め殺気立ち始めた。

 それぞれが手に持った武器を握りなおし、威圧的な態度で輪を狭め

 

「屑とは言ってくれんじゃねぇか……」

「お前らさぁ、数も数えられないの?」

「てめぇら生きて帰れると思うなよ!?」

「ぶっ殺す、ぜってぇぶっ殺す」

「やっちまえ!」

 

 こうして二対八の喧嘩が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「親父は右任せる!」

「応! 女の方に通すなよ!」

 

 相手はそれぞれ四人ずつ。俺の相手は近いほうから鉄パイプ、メリケンサック、特殊警棒、バット……あ、あとポケットに折りたたみナイフもあるか。

 

 不思議だ。相手の動きがいつもよりよく分かる。

 親父と殴り合っていたままの怒りや高揚感は残っているのに、普段より冷静に頭が働いているかもしれない。

 何よりも体の痛みが完全に消え、手足が軽く、今ならいつまででも戦えそうなくらい気分がいい!

 

 ふらりと一歩前へ出て上段への回し蹴り。

 体の横を鉄パイプがブン! と音を立てて通り抜け、回し蹴りが不良の横顔を打つ。

 

 斜めに踏み込み、正拳突き。

 今度はメリケンサックをはめた拳が顔の横を通り抜け、俺の拳ががら空きの腹へ突き立つ。

 流れるように顎にも一撃。

 

 横から襲い掛かる特殊警棒。大丈夫、壁にぶつかるほど横に跳べば当たらない。

 そのまま壁を蹴って三角蹴りを食らわせ、ふらついた相手を転がす。

 

 考えた時にはもう体が動いている。まるでドッペルゲンガーを暴走させた時のようだけど、体を動かしているのは紛れもなく自分自身だ。

 

「なぁっ!?」

「……こないのか?」

「う、うおぉ!!!!」

 

 バットを持つ男は先にあしらわれた三人を見てたじろぎ、何気なく呟いた言葉で向かってきた。単調な振り下ろしを半身で避けて足を掛け、下がった頭に手刀を落とす。

 

「うらぁ!! どうしたぁ!? こんなもんかテメェらは!?」

 

 親父は……さすがと言うか、場慣れしてるな。きっと不良の誰かから奪ったんだろう。腕に巻いた鎖を籠手代わりに使って武器を受け止め、襲い掛かる不良を何度も殴り倒している。欠片ほども苦戦をしていない。

 

「よう、随分と調子が良さそうじゃねぇか影虎」

「自分でも驚くくらい快調だよ……実力的にも心情的にも、親父よりこいつらの方がよっぽど戦いやすい。好き好んで父親を殴るほどの親不孝者になったつもりは無いからね」

 

 刈り取る者より怖くない。親父よりも遅いし弱い。

 数は多いが、タルタロスの雑魚シャドウよりは少ない。

 はっきり言って、こいつらじゃ相手にならない。

 こうして軽口が飛び出る余裕まである。

 

「俺も息子を趣味で殴るような糞親父になった覚えはねぇな。……最初ッからその面してやがれ!」

 

 向かってくる不良をかすり傷一つ負わず会話を挟んで対処していると、不良の余裕が消えていた。

 

 八人全員が軽くあしらわれ、一通り殴られれば警戒もするだろう。

 仲間がやられ、自分の番が来る。それを三度、四度と繰り返せば表情に諦めの色が浮かぶ。

 さらに続けると立ち上がるのをやめて傍観する奴が増え。

 

 やがて誰も攻め込まなくなった。

 

「なんだこいつら……」

「クソ強えぇ……」

「そろそろいいか? 俺とコイツは後ろの女と男に手を出さないでくれるならそれでいい。……だからもう終わりにしねぇか? このまま続けたってそっちに得なんか無いだろ。ここらで手打ちにしようや。なぁ?」

 

 相手の心が折れたところで親父が改めて全体を見回し、話を切り出す。

 すると少し迷う素振りを見せたが、シュウと呼ばれていた男が口を開いた。

 

 

「……そいつらにはもう手をださねぇ。それでいいんだな?」

「俺たちを誰かに襲わせる、なんてのもナシだぞ?」

「分かってるよ! お前らにもかかわらねぇ、人に襲わせたりもしねぇ、それでいいんだろ!?」

 

 ストレガの件があったので俺が口を挟むと、自棄になって返事をされた。

 親父のほうを見ると、黙って一度だけうなずく。これで一件落着ということだろう。

 

「それでいい」

 

 俺の言葉を聞いた不良共は、それぞれ肩を貸しあうなどして、一人残らず足早に立ち去った。

 

「なんとかなったな……おい、大丈夫か?」

 

 壁に寄りかかっていた金髪鼻ピアス男ともう一人、茶髪でチャラそうな男に声をかける。

 すると二人は手を上げたり頷いたりして答えを示した。意識はしっかりしているようだ。

 

「あ、あざっす」

「助かったっす、マジで……」

「無理して喋らなくていい、そのまま休んでろ」

「よく耐えたな。影虎、ここらの薬屋で近いのはどこだ?」

「この時間じゃどこも閉まってるよ。病院は?」

 

 たとえ病気に罹っても行く気がなかったので調べてもいないが、大きな道に出てタクシーを拾えばなんとかなるだろう。

 

「病院はダメだ。こう喧嘩の傷だと明らかに分かると警察に連絡されちまう。それにこいつらどう見たって未成年だ、補導されちまうだろ」

「……俺らなら、平気っす。怪我とか慣れてるんで……」

「ちょっと休んだら、自分らで帰れます……」

「そうか……なら俺らは退散する。もう俺らはいらないだろ」

「え、うん……こいつら連れてくくらいならアタシらだけでも何とかなるし……」

「よし影虎、もう遅いし帰るぞ!」

「は!? ちょっ! 連れてきておいてそれか!?」

 

 唐突な一言と共に、親父はもう大通りへ歩き始めていた。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 結局親父は何がしたかったのか、いまいち分からないままバイクに乗って寮の近くまで戻ってきた。

 

「うし、じゃあ元気でやれ……なに不景気な面してんだよ」

「不景気な面にもなるっての。まだ何か企んでるかと思えば、本当にまっすぐ戻ってくるし」

「あぁ。最初は色々言ったがな、もういい。俺も若い頃は親に隠れて色々やったもんだ。無理に聞き出す気はねぇ」

 

 耳を疑った。そして理解できると呆れてしまう。

 

「軽ーく言うなよ、それじゃ今日の喧嘩なんだったって話になるだろ」

「ちょっと殴られて吐くくらいの秘密と半端な覚悟なら、とっとと吐いちまった方がいいと思ったからな。お前が本気なら、ちょっとした悪さでも見逃してやる。

 俺がお前くらいの頃は毎日馬鹿やってたが、今のお前もまだそれが小言で許される歳なんだ。お前がやりたいと思うようにすればいい。今日はスカッとしたろ?」

 

 まぁ……終わってみれば確かにそう言う部分があるのは否定しないが……釈然としない。

 

「あいつら助けたみたいに、たまには気軽に気分で動いてみろ。気持ちと体が別方向向いてるようじゃ余計に疲れちまう。

 俺は絡まれたダチを助けてたらいつの間にか族の頭になってたが、やりたいようにやった結果だ。周りから色々と言われても後悔したことは一度もねぇ。お前もどうせやるなら悔いなくやれ」

 

 言いたいことはなんとなくわかってきた。

 要は、やっぱり心配してくれていたんだろう。けど

 

「そういう事が言いたいなら口で言えっての」

「お前は理屈っぽいんだよ、口で言っても変わらねぇだろ」

「はぁ……善処する」

「政治家かテメーは。ったくよ……忘れるとこだった、ちょっと待て……ほれ」

 

 親父が急にバイクの収納スペースから物を引っ張り出して投げた。

 受け取ってみると丈夫そうな布の塊、じゃない、服だ。

 

「お前が何をやりてぇのか俺にはわからねぇ。だからこれしか言えねぇ。それ着て頑張れ。何かあったら連絡しろ。じゃあな」

「親父、いや、父さんもね。母さんにもよろしく言っといて」

「自分でこまめに連絡入れろ!」

「え!? そこは了承するところじゃ……ああ」

 

 親父はそういい残して夜の街に消える。

 

「徹頭徹尾、唐突に引っ掻き回して行ったな……破天荒というかなんと言うか……帰るか」

 

 親父の走り去った道に背を向けて、俺は歩き出す。

 俺は結局親父に影時間の事は話さなかった。自分でもしっかり理解できていない。

 でも“気持ちで動け、やりたいことをやれ”……未来は分からないが、親父の言葉は心に留めておくことにしよう。

 

 貰った言葉をかみ締めて、貰った服を小脇に抱え、俺は寮へと帰る。

 ちなみにこの後明るい部屋で貰った服を見たところ、服はいわゆる“特攻服”だった。




森山のダメ押し!
影虎はヤケクソになった!
不良グループに喧嘩を売った!
大暴れ(一方的に)してストレスを発散した!
ヤケクソが治った!
父親の言葉は今後どんな影響を及ぼすか……
影虎は特攻服を手に入れた!


間隔が開いてすみません。
最初に書いたのがいまいちピンとこなかったので、何度か書き直してました。
次回からまた日常とかタルタロスの話に戻ります。

おまけ
作業中にふと考えました。
影虎のパラメーターは今のところ
学力5 かなりの秀才(ドッペルゲンガーの能力込み)
魅力2 磨けば光る(まだ磨いてない)
勇気2 ないこともない と 3 ここぞでは違う の間。

こんな感じだと思います。


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52話 千客万来の勉強会 その一

 5月9日(金) 朝

 

 ~教室~

 

 俺も学生である以上、平日は学校に通わなくてはならない。よって今日も通学したが、普段とまわりの様子が違った。通学中に俺の顔を見た生徒は遠巻きに俺の様子をうかがい、教室に入るとクラスメイトが集まってくる。

 

「葉隠どうしたその傷!」

「ほっぺたのとこ、痣になってるよ」

「痛そう……」

 

 あまり頻繁に話すクラスメイトではないが、傷が気になるだけでなく心配もしてくれているようだ。

 

「喧嘩か?」

「うちの父さんとちょっとね」

「え、お父さんと?」

「昨日実家からこっちに来てたんだけど、元ヤンで“拳で語り合う”なんて漫画みたいなことを本気でやる人なんだよ」

「そりゃまたぶっ飛んだ親父さんだな……」

「大丈夫なの?」

「問題ない問題ない。痣があるだけで、触らなければ痛みも無いから」

「ハーイ皆席について」

 

 説明をしているとホームルームの時間になったようで、アフロの宮野先生がやってきた。

 俺と目が合うと、思い出したように声をかけてくる。

 

「あ、葉隠君ちょっといい?」

「はい、なんですか?」

「今朝、君のお母さんから連絡があってね。昨日お父さんと親子喧嘩をしたそうじゃないか。江戸川先生が怪我のことで呼んでいたから、君は今すぐ保健室に行きなさい」

「保健室ですか? 体調におかしな点はないと思いますが……」

「う~ん……念のためにって江戸川先生がね……何でも君、一度アスファルトの上に頭から落ちたそうじゃない?」

 

 ? ……ああ! 貫手の時に食らった投げ技か!

 

「それ聞いちゃうとボクも強くは言えなくてねぇ……」

「なるほど、分かりました。行ってきます」

 

 こうして俺は保健室に向かい、江戸川先生の診察を受けることから一日が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 ~そして放課後~

 

「影虎行こうぜー」

「おー……」

「機嫌直せよ影虎ー、おまちかねの女子と一緒の勉強会なんだぜ?」

「ほらほら、もうちょっと愛想よくしとけって」

 

 宮本、順平、友近に言われて席を立つ。

 

 授業ごとに先生が変わるため、今日は毎回先生に顔の傷について聞かれて面倒くさかった。

 ……それだけならまだいいが、最後の授業は古文。その担当教師の江古田はもうグチグチと傷と親子喧嘩について煩く、口から垂れる内容も不愉快でもうね……

 

「あっ!?」

「ん? どうした順平?」

「悪い影虎、先行っといてくんねー? 俺たち後から行くから」

「え、俺も?」

「俺もか?」

「ともちー、宮本、俺らさ……呼び出しくらってるじゃん朝遅刻して」

「……あ~」

「……あったな」

「そういえば三人、遅刻してたっけ。どうした?」

「いや~俺たち昨日、一日早く勉強会したんだよ、男三人で」

「なーんかお前が余裕っぽいからさ、俺たちもちっとは勉強しとこうって話になってな」

「ただ慣れない事したらそのまま寝ちまってよ……」

「それで三人そろって寝坊、ってわけか」

「ははは……運悪く体育の青山に捕まっちまってさー。ま、あの感じだとちょっとした小言で済むから、すぐ行けるさ」

「さっすが順平! 中学時代の遅刻経験じゃ誰にも負けないな!」

「だーっ! それ言うなっつの!」

「ま、そういう事だから先行っといてくれ。すっぽかすと余計に面倒になるから行ってくるわ」

 

 そういえば青山先生は生活指導の担当だったか……生活指導の担当って体育教師が多い気がするのはなんでだろう?

 

 くだらないことを考えながら三人と別れ、一人で部室へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 ~部室前~

 

「おっ、天田!」

「あ、葉隠先輩。こんにちは」

 

 ジャージで準備運動をする天田と遭遇。そういえば今日の勉強会について話してなかった。

 

「天田、今日の練習なんだけど……」

「先輩たち、勉強会するんですよね」

「え、知ってるのか?」

 

 昨夜はその連絡を口実に様子を探ろうとして失敗したんだけど……何で知ってるんだろう?

 

「山岸先輩から聞いたんです」

「ああ、山岸さんから。よかった、電話が繋がらなかったからどうしようかと。練習は型とかランニングとかやって、質問があったら遠慮なく声かけてくれて構わないから」

「わかりました! ……ところで先輩、その顔」

「これは昨日父さんにぶん殴られてな」

「先輩のお父さんに? 親子喧嘩、ってやつですか」

「まぁな。悪い人じゃないんだけど、喧嘩っぱやくて困る」

「へぇ……お父さんと喧嘩ってどんな感じなんですか?」

 

 天田は興味津々と言った様子で聞いてくる。特に気に病んでいるようには見えない。

 

「? もしかして、家族の話は僕が気にするとか思いました?」

「……多少な、昨日電話が通じなかったから不安だった。うちの母さんに会ったと聞いた後だったし」

「平気ですって、学校で授業参観とか普通にありますから」

 

 そう言いながらも、天田の表情はさっきまでより少しだけ寂しそうだ。

 

「えっと……寂しくない、って言うと嘘になっちゃいますけど……なかなか忘れられなくて」

「それはそうだろ。普通は家族を失ってなんとも思わないわけがない」

 

 俺は前世も今も、幸いにして家族が先に亡くなり遺された経験が無い。むしろ俺の方が先に逝った親不孝者だ。遺された方の気持ちを軽々しく分かるとは言えないが、悲しんで、苦しんで、そうであって何が悪いのか。

 精神的にはいい年した俺だって、こっちで自我を持ってから数年は死ぬほど悲しんだ。

 それをまだ小学生の天田が、周りに理解者もいない環境で一人になってから一年も経っていないんだろ? 何もおかしくない……

 

 ……? 何か引っかかる……

 

「先輩?」

 

 いや、天田が悲しむことはおかしな事じゃない。

 

「俺も上手くは言えないけど、天田はただ悲しんでるだけじゃない。悲しんでも乗り越えようとしてる。化け物を倒すために今日だって体を鍛えてる。何もしてないわけじゃないだろ。

 というか、乗り越えるために忘れる(・・・)のは違うと思うぞ」

「え……どうしてですか?」

「……前にさ、俺の爺さんの話したの覚えてるか?」

「先輩が中学生になるまで空手を教えてくれた人ですよね」

「そうそう、その爺さんなんだけどさ、脳梗塞で一度倒れてるんだ。それをきっかけに爺さんは会社を伯父さんに譲ったんだけど、その後の通院で認知症の初期症状が出てるかもしれないって言われた。

 今は元気に生活をしているけれど、もしこのまま症状が進めば家族のことも分からなくなってしまうかもしれない。それで忘れられたとしたら……俺は悲しい」

 

 俺は家族や友達を遺して死んできた。彼らに悲しみ続けてほしくは無い。

 けれど忘れられて居なかった者にされてしまうとしたら、俺は悲しい。

 

「忘れるってことができたら、その先一生思い出されないかもしれない。だからもし俺が死んだ後に家族や友達、もちろん天田にも忘れられたらやっぱり悲しい。

 だから天田が乗り越えるために何をするのも自由だけど、母さんを居なかった事にするのはやめてあげないか? ……少なくとも、忘れるのが難しいと思ううちは」

 

 ……俺は何を言っているんだろうか?

 

「……………………………………そう、ですね。僕も母さんの事、できれば忘れたくはないです。でも、それだと僕はどうすればいいんでしょうか……?」

「そうだなぁ……時間をかけて、やるだけやって、納得するとか?」

「具体的には?」

「……分からない」

 

 そう言った途端、天田は呆れたように肩を落とす。

 

「今ので急に頼りなくなっちゃいましたよ、先輩」

「仕方ないだろ! 人の生き死にに関して偉そうに語れるほど悟ってないわ! 俺だって日々迷いながら何とか色々やってんだって」

「まぁ、僕もまた考えてみます。だから……何かあったら相談させて貰っていいですか?」

「! もちろんだ」

 

 少しは天田の力になれたようだ。

 

 それから俺は天田に親父の話をしたり、夏休みのアメリカ旅行の件を話しながら皆を待つ。




天田とのコミュが3に上がった? (出会いで1、博物館と入部で2、今回で3)
天田とまた少し親しくなった!

影虎はワイルド能力者ではないのでペルソナに影響はありません。




いつも長くなってしまうので、今回は試験的にまとめる事を意識して書いてみました。


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53話 千客万来の勉強会 その二

「はぁ、はぁ……どうですか!?」

「ん~、うん、直ってる。この感じで続けて」

「わかりました!」

 

 勉強会の参加者を待つ間、ちょっと天田のパルクール指導。

 途中ふと天田の走り方が気になったので、シャトルランをやらせてその様子をドッペルゲンガーで記録。スローで見直すと手の振りと足のタイミングがずれていることが判明した。そこで一度手の振りと足の回転をゆっくりと確認してから走らせると、だんだん良くなってきている。

 

 よし、もっと! と思ったところで待ち人が来た。

 

「おーい影虎!」

「葉隠君、遅くなってゴメンね!」

「おっ! 走ってるのか!? なら俺も」

「ミヤ! 今日はアタシら勉強しに来たんでしょうが!」

「宮本はいつもそれだな」

「ショタ君も一緒だ! やほ~!」

「いきなりショタ君はどうなのよ……」

「この前も思ったけど、島田さんってやっぱりそういう趣味の人?」

「そういう趣味ってどういう意味?」

 

 順平、山岸さん、宮本、西脇さん、友近、島田さん、高城さん、岳羽さんに岩崎さん。

 全部で九人もの集団になるとさすがに遠くからでも目に付く。

 

「いらっしゃい、女子も一緒に来たのか」

「校門前でたまたま会ってな」

「つーか、先行って用意しといてって言ったのになにやってんの」

「いやー、西脇さん。オレッチたちにもやむにやまれぬ事情ってのがね?」

「先生からの呼び出しが?」

「で、でも、先生に呼ばれたら行かなきゃいけないよね……ね?」

「山岸さん、こいつらには優しくする必要ないよ。遅刻だって一度や二度ならまだしも常習犯だし、将来社会に出て苦労する前にしっかり反省させとかないと」

 

 西脇さんの言葉に一瞬、オカンか! と突っ込みが頭をよぎった。

 言ってる事は間違ってないけど、なぜか母親の言葉に聞こえる……

 

「まぁ、とにかく中に入ろう。机とか椅子は江戸川先生と天田が用意してくれたみたいだし」

 

 部室の扉を開けると、長机とパイプ椅子が四角く並べられている。

 前に先生がサバトをしていた部屋が、今日は会議室のようだ。

 

「ささ、どうぞどうぞ」

「お邪魔しまーす!」

 

 ここでぞろぞろと入って行く皆を見た天田が呟いた。

 

「うわぁ……試験対策の勉強会とか、なんか大人っぽいですね」

「そうか?」

 

 別に大人でもないし、試験がヤバそうだから集まってるのが数人いるんだけど……

 

「よかったら参加するか? ……というか小等部に定期試験ってあるのか?」

「ある程度授業で教科書の内容が進んだら、確認のテストをするくらいですね。定期試験とかはまだないです。でも来週は算数のテストがあります」

「なら丁度いいじゃないか。皆! 天田も来週算数のテストらしいから、一緒に勉強していいか?」

「おー、こいこい! 俺たち高校生のお兄様がガッツリ教えてやるぜ! な、順平」

「任せとけ! オレッチにかかれば小学生の算数くらい楽勝よ!」

「胸張って言ってもぜんぜんカッコ良くないから。てか言ってて悲しくない?」

「ゆ、ゆかりっち、冷めた視線は止めてほしいな~なーんて……」

「アンタたちはまず自分の試験勉強が先でしょ。あ、天田君の参加、私はOK。真面目そうだし、邪魔とかもしないでしょ」

「私もウェルカムだよ! はい、私の隣の席に「じゃあ宮本君の隣に座ったらいいよ」岩崎さん!? なんで!?」

「だって天田くんがいると島田さん集中できなさそうだから」

「え……」

「そ、そんなことないよ! むしろ勉強中の癒しに是非! 時々かわいがるだけだから!」

「はーい、ちょっと落ち着こうね」

 

 ちょっと反応に困る言動を始めた島田さんを、高城さんが止めに入る。

 

「……邪魔じゃありません?」

「いや、あれはむしろ好かれてるだろう」

「な、ならいいんですけど……じゃあ僕、部屋で着替えて教科書もってきますね」

 

 微妙に顔を赤らめて奥へ行く天田を見送り、俺たちは勉強を始めた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「体言は名詞で、用言はなんだっけ?」

「体言がそれだけで意味が通じる“自立語”の内、文章の主語として使える“名詞”に対し、用言は述語になる“動詞・形容詞・形容動詞”だ」

「He has just written the report.ってどう訳せばいいんだ?」

「主語+has(have)+過去分詞の場合は現在完了。~してしまった、もしくは~したところだって意味になる。Justが入ってるし、この場合は“彼は丁度レポートを書いたところだ”になるな」

「やべぇ……因数分解とか忘れてるぜ……影虎、頼む」

「因数分解の解き方はまず共通する因数を見つけ出すこと。たとえば……」

 

 最初こそ騒々しかったが、始まってしまえばそれなりに静かに勉強が進む。

 各々苦手科目を勉強して、分からない部分を教えあう形だ。質問をするのは大半が男子三人。

 俺は黙々と古文の教科書を記録して文法の知識を記録、その知識に対応させて例文を読み解く作業を続けている。

 筆記用具を使っていないからか、質問に答える頻度は俺が一番多い。

 高校に入って初めての定期試験だからか、内容は中学の復習問題が大きな割合を占めている。

 

「だはー! つっかれたー!」

「失礼する」

「うぇっ!?」

 

 するとここで友近の声が上がり、同時に開いた部室の扉から覗く人影に視線が集まる。

 

「むっ、今日はやけに賑やかだな」

「桐条先輩! 試験に向けて勉強会を開いていたんですが……今日はどうしたんですか?」

「葉隠、丁度良かった。昨日君が、君の父君と喧嘩をしたと職員室で耳にしてな。様子を見に来たんだ。怪我をしたと聞いたが、元気そうだな」

「はい、江戸川先生の治療も受けましたし、バッチリです」

「そうか……ところで、その怪我は本当に父君との喧嘩で付いた怪我か?」

「? はい、そうですけど」

「葉隠、これは私が知人(・・)に聞いた話だが、なんでも君たちは駅前広場はずれで、九人の不良を相手に大立ち回りをしたそうじゃないか。父君と話して薄々感じてはいたが、型破りな方だな」

「駅前広場はずれって、影虎行ったのかよ!?」

「あそこマジヤバイとこだよ!?」

 

 どよめき、割り込んできた友近と島田さんの勢いに面食らう。

 

「あー……それも事実です。最初は父に喧嘩のために連れて行かれて、先輩が聞いたのはその後ですね……」

「……フッ、そう気まずそうな顔をするな。今日は咎めに来たんじゃない。知人からは絡まれた女子生徒を助けるために戦ったという理由も聞いている。君たちがいなければ彼女たちは手籠(てごめ)にされていただろう。それに被害者は月光館学園の生徒であることが確認されている。喧嘩をしたと同時に、君が我が校の生徒を救ったのもまた事実だ。

 その勇気と行動力は素直に賞賛する。私はただ本当に大丈夫か聞きたいんだ。相手は武器を持っていたそうだしな」

 

 結構詳細な事まで掴まれているようだけど……

 

「本当に大丈夫なんです。これ本当に全部父にやられた怪我で、不良の方は無傷で勝ちましたから」

「先輩、武器持った相手複数に無傷で勝てるんですか!?」

 

 天田から羨望の視線を感じる……

 

 事実だったので肯定すると、一同の目が揃って俺を凝視してきた。

 

「……嘘ではなさそうだが、だからといってあまり無茶をするなよ?」

 

 釘を刺された俺はすぐに返事ができず、桐条先輩の表情に若干の険がさす。

 

「どうした?」

「いえ……昨日助けに入ったのは父との喧嘩の直後で自棄になっていたので。喧嘩を売る気はないんですが、同じような状況になったら無茶をしないとは言い切れず……」

「……仕方の無い奴だ。君は思っていたより聞き分けが悪い人間なのだな。それに世渡りも下手そうだ」

「そうですか?」

「私がこういう事を言えば、大抵の生徒はすぐに態度を改める」

 

 それは桐条先輩が言うからだろう。

 

「もっとも口先だけで改めると言って場を流し、同じ事を繰り返されるよりは数段良いが……ほどほどにな。あまり度が過ぎるようなら、“処刑”しなくてはならない」

『処刑!?』

「処刑ってなに!?」

「ハハハ、わっからないなー。オレッチバカダモン」

「というか、桐条先輩のお家って……」

「山岸さんそれ以上言うな、洒落にならねぇ」

「ていうか、葉隠君黙り込んでなに考えてんの?」

「……先輩」

「なんだ?」

「今思ったんですけど、過程をすっ飛ばしすぎじゃないですか? せめて“処刑”の前に“裁判”は入れましょうよ。まず量刑をしないと。日本は法治国家ですしいきなり処刑(死刑?)はないでしょう」

『突っ込みどころが違う!!』

「む……一理ある」

「納得してる!?」

「なんなんだこの会話……」

「つーか影虎、お前いつの間に桐条先輩とそんな親しげに話すようになってんの?」

「……部活の事でお世話になったから。あと、仕事疲れと睡眠不足で倒れかけた所を見て部室で休ませたり」

 

 一瞬だけ先輩が天田に目を向け、逸らす。

 

「あれ? そういや桐条先輩って、影虎の親父さんのこと知ってるんすか? さっき型破りとか言ってたっすけど」

「……」

 

 どう答えるかと視線を向けたら、先輩は素直に答えた。

 俺の父にバイクを注文したことを。

 

「それじゃ、葉隠君のお父さんの相手先って桐条先輩だったんだ……」

「父上から許可はいただいているのだが、教育係など家の者がうるさくてな。彼の力を借りたんだ」

「ま、そういうことだな。でも話してよかったんですか?」

「変な勘繰りをされるよりはいいさ。妙な噂が立てばそちらにも迷惑だろう。それに昨日で話は纏めた。発注が済んだ以上妨害もできまい。これが桐条グループ傘下の企業ならまだしも、グループ外の会社に損害を与えかねない手段は労力とリスクが大きすぎる。そこまでするほどの案件ではない、家の者もそう考えるだろう」

「ならいいですが」

 

 そこまで話すと、桐条先輩は帰るそうだ。

 お茶を出そうかと思ったが、丁重に断られた。

 用が済んだだけでなく、天田の前にはやはり居づらいのかもしれない。

 

「勉強の邪魔をしたな。では失礼する」

 

 桐条先輩はそう言い残して、颯爽と帰って行った。

 よくあんなハイヒールでこんな林の中を歩けるな……

 

 まぁ、それはいいとして

 

「勉強再開……の前に休憩入れるか?」

『賛成~……』

 

 提案は元々ダレかけていた友近や順平だけでなく、突然の桐条先輩で集中力の途切れた他の面子にも受け入れられた。




影虎は指導にドッペルゲンガーを応用した!
天田のフォームが改善した!
質問へ即座に返事ができた!
影虎の指導力が上がった!


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54話 千客万来の勉強会 その三

普段より遅れてすみません。
今回は若干暗めになってしまいました。
苦手な方はご注意ください。


 ダレたみんなと休憩にすることが決まった。

 

「じゃー……買出しだーれだっ!」

 

 するといきなり島田さんが、カバンから小さな箱を取り出す。四角くて上に手がなんとか入るくらいの穴が開いた、くじ引きに使うような箱。

 

「え、それ使うのか? お茶くらいなら部室にもあるけど……というか用意してたのか? わざわざ?」

「こー言う時はお菓子とかも用意してワイワイやるもんっしょ?」

 

 さも当たり前のように島田さんは言い放つ。

 

 分からなくもないけど、と考えている間にも彼女は用意を整えてしまった。

 

「はい、天田君以外みんな引いて引いてー。中に二枚だけ、印の付いた紙を引いた人が買出し担当ねー」

「おっしゃあ!」

「はい次、早く早く!」

 

 ノリのいい順平が躊躇なく手を突っ込み一枚取ると、島田さんがちょこまかと小さな体を駆け巡らせて皆にくじを引かせていく。

 

 だがこの時、俺はこのくじ引きが始まってからおかしさに気づく。

 

 明らかにくじの配置が偏っている。二つ折りで入っている紙の数は天田を除いた人数分だが、そのうち二枚だけが箱の隅。そして残りは二枚と対角にある角に追いやられていた。そして順平たちは必ず二枚を避けている。外からは一見島田さんが急かしているように見えるが、全員がくじの位置を知っているかのように多いほうへ真っ先に手を伸ばす。これがおかしい。

 

 中身が一枚二枚と減っていき、残りが二枚になったところで俺の番になった。とりあえず引いてみるが、手に入ったのは例の二枚の片方。開けてみると、中には当たりと書かれていた。

 

 これが当たりだとするともう一人、最後に引く人は……!?

 

「え、私が当たり?」

 

 岳羽さんだった……

 

 

 

 

 

 

「行ってらっしゃい、先輩」

「おう……」

「お願いねー!」

 

 気を利かせた天田から荷物入れとして、ランニング中に使っているウエストポーチを渡されるがままに受け取る。楽しそうな笑顔の島田さんに見送られて買出しに行くが……隣にはもちろん岳羽さん。無言が正直気まずい。

 

 しばらく林の中を歩くと、岳羽さんは意を決したように話しかけてきた。

 

「ねぇ、ちょっといい?」

「ん……何?」

「さっき出がけに聞いたんだけどさ……あのクジ、私たち二人になるように仕向けたんだって。前に私が君と距離感がある、って言っちゃったから」

 

 やっぱりか……引く順番は箱を顔の前に突き出された順。ランダムに見えて、箱を持っていた島田さんの一存で決められた。それで最後に残った俺と岳羽さんが当たった時点でそうじゃないかと思った。気づくのが遅かったけど。

 

「勝手になにやってんだーって感じだけど……時間かかってもうるさく言われないだろうし、せっかくだからちょっと話さない?」

「……分かった。でもまずは買い物だけ先に済ませよう」

「そうだね、そのほうがゆっくり話せそうだし」

 

 十中八九、話しづらい話になる。俺は確信に近い予感を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~月光館学園 高等部校舎裏~

 

 買い物の後、話をするため岳羽さんを校舎裏の高台へつれて来た。目視できる範囲に人の姿は無く、周辺把握により尾行や隠れた人が居ないことは確認してある。

 

 手すりのそばで良い景色を見ると、これがデートなら……と現実逃避をしそうになるほど今この場所は重苦しい雰囲気が漂っていた。

 

「ここなら話すにはちょうどいいと思う」

「だね。……じゃあ早速だけどさ、葉隠君って私のこと避けてるよね? 入学したばっかりの時に一度話して、あの時は女の子に慣れてないとか言ってたけど……やっぱり違うと思うんだ。

 私、昨日君のお母さんと話す機会があってさ。ちょっと話聞いて気になったんだけど……葉隠君って前から私のこと知ってた? もしかしてそれが私を避けてる理由?」

 

 自分でも考えがまとまっていないようなたどたどしい問いかけだが、その目は真剣だ。

 もはや誤魔化せそうにない。

 

「……そうだ」

「! 否定、しないんだ……」

 

 岳羽さんの声が弱弱しく、どことなく悲しそうになる。

 

 ……ゲームでの言動からして強気に問い詰められるかと思っていたのに、予想が外れた。どうしたんだ?

 

「じゃあ、君はお父さんを恨んでるの?」

 

 ……………………? 恨む? えっ?

 

「待った、その質問は俺が岳羽詠一郎氏を恨んでいるか? って聞いてるのか?」

「っ! それしかないでしょ!? 君、さっき私の事を知ってたって言ったじゃない! それで私を避けるって、お父さんがあの事故を起こしたからじゃないの!? それで誰か家族とか友達が亡くなったり……違う!?」

 

 ! 分かった! 岳羽さんは根本的に勘違いをしている!

 

「それは違う! 俺は岳羽さんの事も岳羽詠一郎氏の事も知っていた。けど俺が岳羽さんを避けていたのは恨んでいたからじゃない。そもそも俺はあの事件で家族や友達を失ったりしていない、だから恨む理由はない。むしろ俺は岳羽詠一郎氏を被害者だと思っている」

「え……」

 

 断言したのが効いたらしく、頭に血が上りかけた岳羽さんが落ち着いた。

 ……とは言えないようだ。

 

「え? ちょっと待って、それってどういう事? 葉隠君、お父さんを恨んでないの?」

「そう言った。理由が無い」

「理由が無いって、でもそうだよね……全然関係の無い土地だって……? え、でも予知夢とかありえないし」

 

 彼女の中の前提条件が崩れたためか、呟きとして漏れ聞こえる言葉から困惑がありありと伝わってくる。

 

「それにお父さんの事を被害者って、っ! 葉隠君、どういう事!?」

「……とりあえず、一旦ちゃんと落ち着こうか……」

 

 さっき買った荷物の中からお茶を二人分取り出して一つ手渡す。岳羽さんはそれを素直に受け取り一瞬ためらうが、喉が渇いていたようで勢いよく飲み始めた。

 

「落ち着いた?」

「一応……勝手に興奮してごめん」

「岳羽さんにとってはそれだけ重要なことだろうし、気にしてない。それで何から話そうか?」

「だったら、まず何で私やお父さんの事を知ってるの? 念のため言っとくけど、お父さんの名前まで出たんだから、今更知らないとか言っても聞かないからね」

「そう釘を刺さなくても話せることは話すことにするよ……まず岳羽さんと岳羽詠一郎氏についての情報源は主にネット掲示板から。俺はあの当時からネットサーフィンが趣味で、事件当時は何かと取り立てられていたから世間一般に流れた事件のことは大抵把握してるつもりだ」

「なら、お父さんが被害者ってどういう事? ……世間じゃお父さんは事件を起こした加害者だけど?」

 

 確かにそういう報道が行われたし、世間の見方もそうだった。しかし俺はそう思わない。

 

「事件を起こしたのは岳羽詠一郎という個人じゃない、岳羽詠一郎氏が所属していた“桐条エルゴノミクス研究所”だ。当時のお父さんの地位は主任研究員。事件の元となる研究と実験に携わっていたという意味では加害者だけど、それは一人でやっていた訳じゃない。

 部下や上司になるほかの研究員に研究員を統率する立場の人間が大勢居たはずだろ? 彼一人だけが責め立てられるのはおかしい。責められるのであれば本来もっと上の立場の人間を含めて責められるはずだ」

「でも……」

 

 声にはならなかったが、岳羽さんが何を言いたいのかはよく分かった。

 

「実際はほとんど岳羽詠一郎氏の独断で実験が行われたことになっている。……そのせいで岳羽さんが不快な思いをしていたのも、情報として知っている」

 

 でもあの時の事故は大勢の人の命を奪い、多くの建物を破壊した。その中の一つに辰巳ポートアイランドの名所であるムーンライトブリッジも含まれているが、それはこの人工島への交通や流通の面でも大きな役割を担っていて、建造には億単位の金がかかっている。

 どう見ても研究員の独断だったで済まされるような事故じゃない。もっともどんな被害でも企業の不祥事でそんな発言をすれば大バッシングだろうし、実際に桐条グループへの批判もあった。

 

 ところが被害に対する現実的な問題は桐条グループの膨大な資産を使った賠償と復興への協力で、被害者の遺族が抱く感情は実験の首謀者として発表された岳羽詠一郎氏へ向けることで事態は急速に収束へと向かう。

 

 テレビや雑誌で連日のように首謀者として報道され、岳羽詠一郎氏が諸悪の根源だというのが一般的な認識になった。本人を含めた実験関係者はすべて事故で死亡したことになっていたため、異を唱える者はいない。死人に口無しとはまさにこの事だ。

 

「俺には岳羽さんのお父さんがスケープゴートとして散々利用されたようにしか思えない。少なくとも亡くなった後は完全な被害者だ。生前は実験で何があったとしても、それは彼一人の罪じゃない。そう俺は考えている」

 

 原作を知っている分の贔屓目があるかもしれないけれど、この気持ちに嘘偽りはない。

 

 断言すると、岳羽さんはしばらく考えた後に胸を撫で下ろした。

 

「そっか……うん、ありがとう。それからごめん。昔からお父さんの事を悪く言う人ばかりだったから、こう、決め付けてたっていうか、なんていうか……」

「仕方ないさ、環境がそうだったんだ」

「それで済ますと微妙に私が納得いかないんだけど……? ねぇ葉隠君、もう一つ聞いていい?」

「何?」

「元々の質問。私のお父さんの事が理由じゃないなら、なんで私のこと避けてたわけ?」

「……それはなぁ……」

 

 一瞬これで終わりだと思い、気を抜いたせいで言葉が出なかった。するとそれを見た岳羽さんが一言。

 

「…………あのさ、それってまさか予知夢とかいう話になる? 昨日君のお母さんとそんな話になったんだけど」

「Exactly」

「……なんで英語?」

 

 他にもすっごい何か言いたそう。というか、岳羽さんは信じてないな!? 当然と言えば当然だろうけど……よくこれで来年特別課外活動部に参加するよな……

 

「なんか失礼なこと考えてない? 江戸川先生じゃあるまいし、予知夢とかいきなり言われても信じられないっつーの!」

「信じてもらわなくていいけど……対応に困った。ネットとかでだいぶ前から岳羽さんのことを知っていたし、見ず知らずの人が自分の情報を知ってるなんて気持ち悪いだろ?」

「それは確かにね」

「それを気にしていたらついつい、って感じだ」

 

 そう答えると、岳羽さんはもう気にしなくていいと言う。

 聞けば以前にもネット経由で自分と父の事を他人に知られることはあったらしい。

 

「まわりに言いふらしたり、それで私に何か要求していたら軽蔑したけどね」

 

 本気なのか冗談なのか、岳羽さんは呆れたように話す。

 

 原作知識を含めるとこれまで転々としてきた住所や通っていた学校、本人と家族の写真や家庭内の問題まで、間違いなくストーカーレベルで知っているんだけど……わざわざ言う必要もないな。これで納得してもらおう。

 

 本当は、事件が起こる前から事件が起こると知ってたこともあるけど……

 

「? 葉隠君?」

 

 そもそもあの事故があったから岳羽詠一郎氏は亡くなり、岳羽さんの家族は苦境を味わった。それがなければ彼女たちはまだ幸せに暮らしていたかもしれない。

 

 もしもの話を考えても仕方が無いとはよく聞くけれど、ついつい考えてしまう。

 

 もしも事故がなかったらどうか?

 実験が行われて事故が起こらない、つまり岳羽詠一郎氏が実験を止めなかった場合。

 これは実験が成功して今以上に酷い状況になっただろう、成功イコール世界の破滅だったはず。

 だからこそ彼は命がけで実験を止めた。

 

 だったら、実験そのものが行われなかったら?

 原因が無いのだから、事故も破滅もなかったはずだ。

 俺はそれを知っていたが、止める術を持たなかった。

 

 ……本当にそうだろうか?

 当時小学生の俺でも、何かできることはあったんじゃないか?

 ネット掲示板で実験の情報を拡散し危険性を訴えることは不可能ではなかった。

 研究所や岳羽氏に手紙を送り、忠告することも不可能ではなかった。

 ただ、どちらも何も知らない相手には子供の戯言にしか聞こえず、対応されるか分からない。

 事情を知る相手には極秘の研究が外部に漏れていることに危機感を与え、総力を挙げて情報源()を探されるだろう。

 見つかれば非合法な手段を使ってでも身柄を拘束されかねない。

 桐条はそれができる組織で、当時の計画を率いていたのは桐条鴻悦(狂人)だ。

 あまりにも不確実かつリスクが高すぎる。

 

 ……そう考えて、当時の俺は結局何もしなかった。

 

「葉隠……君」

 

 その結果が原作通りの事故だ。

 もしあの時に行動していれば何か変わったのだろうか?

 リスクが高い、命の保障もできない、それでも行動していたら誰かが実験を止めてくれたんじゃないか?

 

 当時は毎日のように悩み、それでも結論の出なかった考えが、頭に浮かんだまま消えてくれない。

 

 臆病なんだ。

 危険と知って、他人のために危険に飛び込み、僅かな可能性に賭けて勝利をつかむ。

 テレビや映画ではよく見かけるまさにヒーローのような行動。

 憧れることはあっても、俺は実行できず保身に走った。

 あの時がむしゃらに、後先考えずに動けていれば、亡くなった人も助けられたんじゃないか?

 

 一度考え始めてしまうと、無意味と分かっている同じ問いかけが何度も頭の中を駆け巡る。

 

 “死”

 

 ペルソナに目覚めた時、タルタロスで刈り取る者に遭遇した時。

 今年になって二回死に掛けた恐怖まで(よみがえ)る。

 その時、強い力で肩を掴まれた。

 

「ちょっと葉隠君!?」

「岳羽さん?」

「やっと気づいた、大丈夫? それから汗……」

 

 言われて気づくと、俺は汗だくで高台の手すりによりかかっていた。何気なく額に当てた手には玉のような脂汗が付着する。気分も優れない。

 

「大丈夫」

「んな訳ないでしょそんな真っ青な顔色で! 本当にヤバそうだよ、ちょっと……どこか連れてくにも……そうだ、いま順平たち呼ぶから!」

「その必要はありませんよ」

「!?」

 

 岳羽さんが編みぐるみのストラップが付いた携帯電話を取り出すが、突然誰も居ないはずの高台で声がかかる。

 

「体調不良は私に任せていただきます。ヒッヒッヒ……」

 

 思考にとらわれ周辺把握が機能していないことに今更ながら気づいてみれば、大きめのカバンを肩からかけた江戸川先生が立っていた。




影虎は罠に嵌まった!
岳羽ゆかりと買出しをした!
強制的に話をして和解をした!
しかし自分の心の闇を垣間見てしまった!
江戸川が現れた!



江戸川先生がなぜ登場したのかはまた次回。
本当はこの回でそこまで行きたかったんですが、予定より長くなってしまいました。
あと岳羽ゆかりの書き方が難しくていつもより遅れたので投稿。
気を抜くとなぜか遠慮が無くて気の強い、ものすごく嫌な奴になってしまいます。


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55話 千客万来の勉強会 その四

 岳羽さんはいつ来たのか分からない江戸川先生と俺を見てうろたえた。

 

「影虎君、一度ゆっくりと腰を下ろしましょう。首元も緩めて、楽な体制で」

 

 指示に従い腰を下ろす。その時になって自分の手足が細かく震えていることに気づく。

 先生はそんな俺や岳羽さんに構わず俺の診察を行った。

 

「……この薬がいいでしょう」

 

 カバンから取り出されたのはやけに鮮やかなオレンジ色の液体が半分まで詰まった試験管。最悪の場合はポズムディで解毒しようと決め、俺は薬を受け取って飲む。

 

 途端にごく軽いめまいが襲ってくる。頭が若干ボーっとするが、代わりに先ほどまで頭の中を駆け巡っていた思考も鈍り、震えていた手足も鎮まってきた。

 

「ためらいなく飲んだけど君、大丈夫なの? それ……」

「……大丈夫だと思う。なんかフワフワして、気分が良くなってきた」

「やっぱ不安なんだけど……てか、どうして先生がここに居るんですか?」

「万一の場合には止めに入るため、薬も用意して君たちの様子を伺っていたのです。感情とは往々にして、意図せずに容易く理性のコントロールを外れてしまうものですからね……」

「? 何で、先生が……? どこまで知って……」

「ヒッヒッヒ……私は何でも知っています、と言いたい所ですが……ほとんど何も知りません。ここにいるのは山岸さんに頼まれたからです」

「えっ、あの子が?」

 

 岳羽さんが驚きを示すと、先生はニヤリと笑って説明する。

 

「彼女は昨夜、お友達から君たちを二人にして話し合わせる計画の協力を頼まれ了承しました。しかし後になって影虎君のお母様との会話で気になる事があったらしく、彼女は過去にこの街で起こった爆発事故について調べ、岳羽さんのお父上にたどり着いた……先ほど岳羽さん自身が話していた通りの事を彼女も考えたのです。

 二人きりにするのはまずいのではと考えたものの、既にお友達には協力すると答えてしまった。前言を撤回してお友達にもやめさせようと考えますが、今度はその方法に困ります。撤回させるために理由を話せば、それは岳羽さんのお父上のことを、理由がどうであれ吹聴せざるをえない。

 もっと親しく信頼できる間柄であれば結果はまた違ったのかもしれませんが……彼女と他とは面識が少なく、困り果てた彼女は私に連絡をしてきました。そして彼女がお友達に協力して君たちを送り出した後、私が君たちを見守るということに決まったのです。

 私は普段あんまり生徒から頼られることが無いのでねぇ……結構頑張りましたよ?」

「じゃあ、最初からついてきたんですか……?」

 

 ここに来た時点では確かに居なかったはず。周辺把握で確認もした。尾行は無かったし、誰にもここに来るとは教えていないのに。

 

「その通りですねぇ、ヒッヒッヒ」

 

 どうして? と聞く前に怪しく笑った先生は俺のウエストポーチに手を伸ばし、中から小さく四角いブラスチックを摘み出す。俺はあんな物入れた覚えがない。

 

「GPS発信機、山岸さんの私物だそうです。おかげで君たちを見失わずに追えました。他にもオーディオ機器の部品で改造したおもちゃの集音機も貸してくれましてねぇ、百五十メートルくらい離れた位置からでしょうか? それだけ離れていても君たちの話はクリアに聞こえましたよ。

 機械いじりが趣味だと話していましたが、成果物をこうして見ると凄いですねぇ彼女」

「…………」

 

 きっと俺の表情は唖然としているだろう。

 

 確かに山岸さんはゲームじゃ市販品よりクリアな音質の音楽が聞けるイヤホンを作っていたし、機械に強いのは知っている。けどそんな物まで作れたなんて知らなかった……百五十メートルなら周辺把握も範囲外だ。

 

「……天田も協力していますか?」

 

 ウエストポーチは部室に置いてあった。GPSを入れるだけなら山岸さん一人でできるが、俺は天田に渡されなければポケットに財布だけ突っ込んで買い物に出ただろう。あの時山岸さんが何か吹き込んだようにも見えなかった。

 

「ええ。君から何か聞いていないかと思い、昨夜私が電話しました。君は事故の件について何も話していなかったようですが……その際に自分にも手伝わせて欲しいと言われまして。今は山岸さんと一緒に、お友達が君たちを追ったり探したりしないように引き止めているはずです。あまり他人に聞かれたい話では無いでしょう?」

「……それにしたって、発信機とか……」

 

 先生たちの行動と配慮に納得できる部分もあるが、岳羽さんには不満もあるようだ。

 先生は首筋を掻いて話を続ける。

 

「他の手段を用意する時間が少なかったですし、多少のぶつかり合いが良い結果をもたらす事もありますからねぇ……それに複雑な問題に無知な他人が下手に間に入ると逆にややこしくしかねません。

 なにより……私が多少の問題行動を気にするとお考えで?」

「開き直った!? というか先生、人からそう見られてる自覚はあったんですね……」

「何を言いますか岳羽さん。魔術の道を歩む者にとって自己を見つめることは重要でしょう?」

「いや、そんなこと言われても……はぁ、もういいです……」

 

 あ、つっこみを放棄した。

 けど江戸川先生って意外と常識は知っているんだよな。

 知っているだけだけど。

 

「岳羽さんに納得していただいたところで、影虎君」

「?」

 

 納得したというより諦めたんだと思うが……何だろう? 先生の表情は変わらないが、微妙に普段より真剣な気がする。

 

「つい先日菊池先生にお会いして話をしたのですが……おや、覚えていませんか? 天田君の担任の先生ですよ。彼女が君にお礼をと言っていました。聞けば天田君が以前より明るくなってきているそうで、君が天田君を部に参加させてくれたおかげだと言っていました」

 

 それはよかった。しかしなぜ今その話?

 

「天田君本人も私が見る限りパルクール同好会で楽しそうにやっています。山岸さんも日々の活動日誌やデータ収集など目立たない仕事を楽しんでいる節があります。君があの日決断し、色々と彼のことを考えて動いたことが牛歩の如くゆっくりとでも、確実に実を結んでいるのでしょう。

 ……しかし人のために何かをしたいと考えるのは君だけではありません」

 

 ……

 

「君も今日のことに不満があるかもしれませんが、あまりあの二人を怒らないであげてくれませんか? 少なくとも彼らなりに君の事を考えていた事だけは理解してあげて下さい」

 

 …………まただ。

 

 昨日は父さん、今朝はクラスメイト、そして今は山岸さんに天田、それと江戸川先生。

 今回岳羽さんと二人きりにしたのは順平たちの心遣い。

 岳羽さんには体調を崩して気遣われた。

 母さんやジョナサンは直接何も言ってこなかったけど、なぜかここ数日人に心配されることが続いている……

 

「……怒る気はないです、ただ驚いただけで」

「ヒヒヒ、それは良かった。では歩けそうなら部室へ戻りましょう、休むにしても暖かい部屋かベッドの方が良いでしょう」

 

 江戸川先生の提案で部室へ戻ることになった。

 

 心配されている……心配してくれている人がいる……それは幸せなことだろう。

 

 ただ……俺はその思いに何かを返せているだろうか?

 

 鈍った思考に負の感情は無く、曖昧な疑問だけが残った……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~部室~

 

「ただいま」

「おっ! 帰ってきたぞ!」

「お疲れっ!」

「遅かったね~!」

 

 扉を開けると宮本が真っ先に声を上げて室内の目が集まり、西脇さんと島田さんが迎え入れる。

 

「はい皆さん、飲み物をどうぞ。それから椅子を一つ空けてください」

「江戸川!?」

 

 その間にも俺に続いて江戸川先生と岳羽さんが入ってきた。

 

「友近っ、先生だよ! すみません友近が」

「私は別に気にしませんが、気をつけたほうがいいですねぇ。特に江古田先生の前では。ヒヒッ」

「き、気をつけます……」

「あーっと、椅子はこれでいいっすか?」

 

 順平が持ってきたのは勉強会で使っていたパイプ椅子。

 

「結構です、影虎君を座らせて休ませてあげてください。私は奥に居ます。影虎君、体調が悪化するようなら呼んでください」

 

 先生はそう言い残して持っていた飲み物の袋を机に置き、奥へと姿を消す。

 

「先輩、何かあったんですか?」

「……」

 

 間髪いれずに飛んできた天田の質問と不安そうな山岸さんの視線に、どう答えるか悩んでいると岳羽さんが口を開いた。

 

「ちょっと、ね」

「え、まさかゆかりっちが殴り合いとか……」

「するわけないでしょ!? 私のことどう見てんの!? って……私が原因なのは間違いない、かも?」

「気にすることないって」

 

 口を挟んだ順平の物言いに怒る岳羽さんだったが、その怒りは途中で失速していく。

 

「ホントに何があったの? 真面目な話」

「えーっと、私が知らずにトラウマ抉っちゃったみたいでさ……」

「マジ?」

「大丈夫なの? 葉隠君」

「ちょっと気分が悪くなっただけだよ」

 

 高城さんにそう答えると、若干ホッとしたような雰囲気になる。

 

「それよりありがとう、岳羽さんと話す機会を作ってくれて」

「おっ! てことは」

「何も無いから。普通に話してちょっと誤解を解いた感じ?」

「おかげでこれまでよりは普通に話せるよ」

「っしゃ! 作戦成功だな。とりあえず無事に終わってよかった、マジで」

「遅かったから何かあったかと思ったよ」

「まぁ実際少しはあったけど、ちゃんとお菓子も……? ひょっとして何か食べてた?」

 

 今になって気づいたが、机の上には片付けられた勉強道具の他に使用済みの皿とスプーンがある。

 

「さっきまでプリン食べてました」

「そうだ、葉隠君と岳羽さんの分もちゃんとあるよ! 今持ってくるから食べて!」

 

 そう言って山岸さんが奥へと駆け出す。

 嬉しそうで止める間もなく行ってしまったが……

 

「? 誰か買ってきたの?」

 

 プリンなんて部室には無かったはず。答えた天田に聞いてみると、やっぱり首を横に振っての否定が返ってきた。だったらどうして? と首をひねる俺に、ニヤついた順平が話す。

 

「それがさぁ、山岸さんが作ってくれたんだよ。もうマジ美味いやつ」

「!?」

 

 驚きで言葉が出なかった。山岸さんが作った? しかも食って美味い?

 薬のせいか、簡単な言葉のはずなのに理解が追いつかない。

 

「今日ここで勉強会するって聞いてから、材料用意したんだってさ。そんな気を使わなくていいのに、マメな子だよねー」

「見た目はちょっと地味だけど、味は超美味しかったよ~、お店で売っててもおかしくないくらい!」

「見た目は普通じゃない? あれくらいが手作りっぽくて良いとおもうけど」

「綺羅々はあれよ、生クリームとかサクランボが乗ってるパフェみたいなやつがいいんでしょ?」

「そうそう! それ最高! 味は最高なんだから後は見た目だよ~!」

 

 なん……だと……

 

 山岸さんの作ったプリンが女子に絶賛されている!?

 男子もあれは美味かったと同意している。

 失礼だけど信じられない……

 

「おまたせー」

 

 あっという間に山岸さんが戻ってきた。両手にはカラメルソースとカスタードのシンプルなプリンが乗っている皿を持って。その皿を俺と岳羽さんが座る席の前に置いた山岸さんは、笑顔でどうぞと進めてくる。

 

「ホントに美味しそうじゃない。せっかくだし、いただくね」

 

 俺はまずプリンを観察して目に見える異常が無いことを確認してしまったが、何も知らない岳羽さんはためらいなくスプーンを手に取り、一匙分を口に入れた。

 

「んー! 美味しい!! なにこれ凄く美味しい!」

 

 満面の笑顔を浮かべる岳羽さんを見て、山岸さんの表情も明るくなる。

 しかし続いてまだ食べていない俺を見ると、その笑顔を曇らせてしまう。

 

「葉隠君……今回は大丈夫だと思うから!」

 

 両手を握って拳を作り、強い期待の視線を向けてくる山岸。

 

 ……食べないという選択肢はなさそうだ……

 

 まぁ皆絶賛してるし、先に食べた順平たちに何もないようだし大丈夫だろう。

 

 意を決してプリンを一匙口へと運ぶ。

 

「!!」

 

 バニラエッセンス? 

 口に入れた瞬間、柔らかさの中に程よい弾力を感じさせるカスタードプリンが口の中でとろけ、甘い香りと味がたちどころに口中に広がる! さらに上からかけられたカラメルソースの甘苦い風味が混ざり、プリンの甘さに焦がされた砂糖の香ばしさを足している!!

 

「美味い!!」

「本当!? よかったー……」

 

 お世辞は一切無い、本当に奇跡的な美味しさだ。

 プリンを口へ運ぶ手が止まらない!

 

「おーおー、影虎も山岸さん特製プリンの(とりこ)かぁ?」

「んー、これは、なかなか……島田さんが店で売っててもおかしくないっていってたけど、納得だ」

 

 さっきまでの警戒が嘘のように出てくる感想。

 言いながら手のひら返しが酷いなと感じ、若干の罪悪感とともに心の中で山岸さんに謝罪する。

 

 そんな中、宮本にこう聞かれた。

 

「なぁ影虎、さっきの何だ?」

「さっき?」

「ほら、山岸さんが言ってた今回は大丈夫ってやつ」

「あっ、それはね。前に一度葉隠君に料理の味見をしてもらって、失敗しちゃってたの」

「へー、葉隠君は何度も女の子の手料理を食べてるわけだ」

「そう聞くとなんかうらやましーなー……チクショー!!」

 

 からかうような西脇さんの一言に、冗談なのか分からない順平の言葉。

 ……だが順平、前回のアレはうらやましがれるような物じゃない。

 ポズムディが無ければどうなっていたことか……

 

「俺もさー、料理上手な彼女とか欲しいぜー」

「順平さんはそういうガツガツしたところがダメなんじゃないですか? クラスの女子がそんなこと言ってましたよ?」

「クラスの女子って……おいおい、小四だろ? もうそんな話してんのかよ」

「女子パネェな……」

「あんなに美味しいプリンを作れるのに、失敗するの?」

「そんな! 失敗することの方が多いくらいだよ」

 

 男子はモテない男のボヤキに天田が突っ込み、女子は山岸さんを中心に料理の話を始めた。山岸さんは特に接点のなさそうな岩崎さんとも打ち解けている様子で楽しそうだ。

 

 和気藹々とした雰囲気に幸せを感じていると、プリンはほとんど食べ終えた。

 もう最後の一匙。その一匙を口に運んだところで、

 

 

 

 

 

 

 

 不意に言葉の爆弾が落とされる。

 

「嘘でしょ。料理でも何でも、上手な人ってそう言うじゃん」

「嘘じゃないよ! 今回はほとんど材料を混ぜるだけだったし、ちゃんと習ったから……」

「習ったって誰に~? どこかの料理教室? こんなの作れるなら私も習いた~い」

「それなら一緒に習う? 話せばいいって言ってくれるんじゃないかな。江戸川先生(・・・・・)

 

 瞬間、部室内の空気が凍った。誰も彼もが発言した山岸さんに注目している。

 そして変化した雰囲気を感じた山岸さんがうろたえ始めた。

 

「えっ? 私、何か変な事言った?」

「変な事、っていうか……山岸さんにプリンの作り方を教えたのって江戸川先生なの?」

「う、うん。葉隠君が失敗したシチューを食べて失神しちゃった後に、才能があるって励ましてくれて、それで教わることになったの。

 今回のプリンが初めて教わった物なんだけど、材料を混ぜるだけでこんなに美味しいプリンが三分でできちゃうって凄いよね」

 

 妙な空気を振り払おうとしたのか明るくそう告げられるが、不安しか感じない。

 だいたい三分でできるプリンって何? 普通もっと時間かかるよな?

 

 不安を覚えつつ口に含んだスプーンをそっと皿に戻そうとした、その時。

 手から感覚が鈍り、スプーンが滑り落ちる。

 

「ひっ!?」

 

 床とスプーンがぶつかり合い、室内に響く金属の耳ざわりな音。

 注目が集まる中で反射的に拾い上げようと手を伸ばし、スプーンの上を通り越す。

 突如膝カックンを食らったように足から力が抜け、俺は床に倒れこんだ。

 

「「「「「葉隠君!?」」」」」

「「「影虎!?」」」

「先輩!?」

 

 皆が同時に俺を呼ぶ。それに対して大丈夫だと返したが、ここで体に違和感を覚える。

 

「先輩? どうしたんですか?」

「いや……なんか……立てない……」

 

 意識はあるが、四肢の感覚が無くて力も入らない。そう答えると数秒おいて室内は平和な空間から一転、大騒ぎになってしまった。

 

 ……周りが慌てているのを見て逆に冷静になる事って本当にあるんだなぁ……




影虎は江戸川から事情を聞いた!
山岸と天田の思いやりを知った!
影虎の中で何かが変わるか……?

影虎は部室で江戸川直伝、山岸作のプリンを食べた!
影虎だけに(・・・・・)影響が出た!
理由は勘のいい人なら気づきそうだ!


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56話 勉強会中止

「これはドクササコ(毒キノコ)のような珍しい症例ですねぇ……しかしあれに即効性はありませんし、熱感や痛み、手足の腫れもない……ヒヒッ」

 

 騒ぎを聞きつけた先生の指示の下、俺は順平たちの手により保健室兼実験室へとかつぎ込まれた。

 

 ベッドの上に横たわる俺。

 ベッドの横にはパルクール同好会の顧問とメンバー。

 その後ろで遠巻きに見守る男子たちと、部屋に入らず扉の外から様子をうかがう女子たち。

 そのすべての目が俺に集まっている。

 

「皆さんは外へ。そんなに見られていては彼もゆっくり休めませんよ」

「影虎、本当に大丈夫なんすか?」

「ええ、彼の治療は私が責任を持って行いますからねぇ」

「超不安……」

「影虎、いいのか?」

 

 宮本に聞かれたので頷いて承諾の意思を伝える。

 

 俺が感じる症状は四肢が痺れて力が入らずに動けないだけ。不思議なことに他には何もおかしな所はなく、意識もはっきりしている。嫌だと言って病院に連れて行かれてもそれはそれで困る。

 

「そっか、じゃー……どうするよ?」

「勉強会再開、って気分でもないな……今日はここまでにしねー?」

 

 友近が女子にも声をかけると女子も勉強する気が削がれていたようで、それぞれの口から賛成意見が出た。

 

「んじゃ影虎、また寮でな!」

「ちゃんと帰ってこいよ! ……マジで!」

「また明日ねー!」

 

 口々に別れを告げるみんなに返事を返すと、暗い表情の天田と山岸さんだけが残る。

 

「さぁ、君たちも」

「……江戸川先生、僕もプリンは食べたのにどうして先輩だけ?」

「プリンに使った薬液単体にこのような副作用はありません。彼には私が一つ薬を飲ませていましたから、飲み合わせが悪かったんですね。

 それにしてもこんなに特異な症状が出るとは……以前同じ成分の薬を生徒に飲ませた時は、嘔吐と食欲不振だけだったのですがね……ヒヒッ」

「平気だよ、少し休めばじきに治るさ」

 

 不安そうな二人にそう声をかけると、二人は表情を変えずに顔を俺に向ける。

 

「……あまり信用できません」

「葉隠君って、自分の事だといつも大丈夫、平気、って言ってる気がするもんね」

「ヒッヒッヒ……君は人のために何かしても、自分の事で人に頼るところをあまり見ません。カルマですねぇ。おっと、カルマとはサンスクリット語で“行為”を意味する言葉ですよ? 人が何かをした結果として何かが起こる。つまりは因果関係。

 普段他人を頼らない人が、何かあったときに無理をしているように見られる……これもカルマです」

「……」

 

 今日まで色々とできる事をやってきたつもりだが、確かに二人に頼ることは少なかった。校舎裏で話も聞いた。かといって薬の問題じゃ二人には手が出せないだろう。……なんて言えるわけもない。

 

 言葉が出ずにいると、山岸さんの表情がわかりやすく天田への賛同から気まずげな困惑へ移り変わっていく。絶対に、言っちゃったけどここからどうしよう? とか考えている。

 

 人を叱ったり責めたり、彼女はそんな行為に慣れてなさそうだしな……

 

「あの……私はお料理の味見とかで迷惑かけたし、天田君は葉隠君にお世話になってるって気持ちがあって……話したくない事や話せない事があるかもしれない、そういうのは無理に聞いたりしないし、私は頼りないかもしれない、けど……私たちもできるだけ葉隠君の力になりたいの。だから、えっと……」

「辛ければ辛いって言ってくださいよ。自力で動けもしないのに平気とか言われても説得力ないです」

 

 生意気な口調で、しかし暗い表情で山岸さんの言葉を引き継いだ天田。

 

 二人の心配がダイレクトに伝わってくる……

 

「……………………体については本当に心配要らない。手足以外に異常はないし、治す心当たりもあるから。……でもごめん」

 

 少し考えて俺はあることを決めた。すると自然に言葉が出てくる。

 

「今日の岳羽さんの事も聞いた。正直、二人がそんなに考えてくれているとは知らなかった。……心配をかけてすまない。今日のことだけでなく、二人にはいつも助けられていると思ってる」

 

 山岸さんは普段俺に変わって生徒会に提出する活動報告書の作成やデータ管理をしてくれる。天田は授業が高等部より先に終わるため、先に部室に来て自発的に部室の掃除や練習の準備を整えてくれていることが多い。

 

 しかし考えてみると、部活動の事以外はあまり話していなかった。

 部活では頼りにしているとも伝えたことがない。

 

「だから、というのもおかしいけれど……一つお願いしてもいいか? 二人にも、江戸川先生にも」

 

 その後、俺の頼みを先生はいつもの笑いとともに。山岸さんと天田は疑問に思いながらも協力してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、うちに来たと?」

 

 ~アクセサリーショップ Be Blue V~

 

「突然の事で申し訳ないです」

「それは別にいいのだけれど……こんな風に訪れる人は初めてよ。なんだか面白いことになってるわね」

 

 現在、俺はソファーの横に置かれた台車に積まれたダンボール箱の中からオーナーと会話をしている。捨て猫のような姿で情けないが、手足が動かないのでは仕方ない。

 

 “どうにかして俺をBe Blue Vまで運んでほしい”

 

 俺の頼みで山岸さんが学校の資料室から調達してきた台車に乗り、天田が部室で探し出したダンボールに身を隠して、江戸川先生に運び込んでもらったおかげでここまで人目を避けて無事にたどり着けた。

 

「事情は江戸川さんから電話で聞いたわ。薬で手足が動かないそうだけど……私で力になれるのかしら?

 私のヒーリングは相手の肉体的、精神的にエネルギーを充実させることで疲労を取り除き自然治癒能力を後押しするものだから……薬が原因の問題なら江戸川さんの方が適任だと思うわよ?」

「ヒヒヒ、何か考えがあるのですね? 影虎君。山岸さんと天田君を連れてこなかったところで大体予想はつきますが……」

 

 天田の門限も近かったので、二人には学校を脱出するまでの手助けをしてもらった。

 今日ここで話す内容も聞かれたくない。

 しかしこの二人には話そう。再度決意を固めて口にする。

 

「問題の解決に、魔術を使おうと思います」

 

 元々誰かに秘密を打ち明けてしまいたいという気持ちはそれなりにあった。

 しかし下手に話しても気分が一時的に楽になるだけで終わってしまう。

 下手をすれば後々自分の首を絞めることにもなりかねない。

 だから話さない、話せない。

 

 そうしたこれまでの考えが今日の件で少しだけ改まった。

 親父も好きにしろと言っていたしな……こういう気分を腹が決まったというのだろうか?

 

「あらまぁ、貴方からそう言い出すなんて……私たちは信用してもらえたのかしら?」

「信用してなかったわけではないのですが……」

「安心なさい、魔術に秘密はつきものです。魔術を修めんとする者に秘密主義者は珍しくもありませんからねぇ」

 

 江戸川先生はニヤニヤと、オーナーは優しげな笑顔で俺を見ていた。

 

「それで? 私は何をすればいいのかしら」

「解毒の魔術を使いますから、その後にヒーリングをお願いします。一回でエネルギーを使い切ってしまうので」

「そういうことなら力になれるわね……でも解毒のルーン魔術なんてあの本にあったかしら……?」

「影虎君、その魔術はルーン魔術ですか? それとも誰かから学んだ他の?」

「いえ……実は先日から突然使えるようになったんです。自分でも詳しいことは分かりませんが、とりあえず一つ見ていただけますか?」

 

 確認を取って一呼吸。そして俺は……ドッペルゲンガーを召喚した。

 普段の服や眼鏡形態ではなく、黒い霧の塊が忽然と現れる。

 

 だがそれに対する反応が返ってこない。

 動きにくい体を捩って二人を見ると、どちらもドッペルゲンガーをみて驚愕しているようだ。

 ひとまずドッペルゲンガーはペルソナに目覚めた日のように、俺の姿で隣に立たせておく。

 

「これが突然使えるようになった魔術の一つで、俺はドッペルゲンガーと呼んでいます」

「……ドッペルゲンガーといえば、君が部活動初日に聞いてきましたねぇ。そのときにはもう既に?」

「使えるようになったのは四月の三日か四日です。俺が男子寮に入ってすぐでした」

「いろいろと聞きたいことはあるけれど……まずは治療を済ませましょうか」

 

 俺はソファーへ運ばれる。

 江戸川先生が抱えようとした時に、ドッペルゲンガーに手伝わせようとするとその通りに動いた。なんだかんだで初めて普通にペルソナ使いのように使った気がするが、それは置いておく。

 

「始めます」

 

 オーナーに一声かけてポズムディと念じると、やはり急速に体から力が抜けていく。

 しかし脱力感に反比例して手足の感覚が戻ってくる。

 そしてだんだんと意識が薄れ……消える直前でオーナーから力が流れ込んできた。

 

「……もういいかしら?」

「大丈夫だと思います」

 

 俺はいつものように気絶せず、ちゃんと意識を保っていた。

 手足も実際に動かしてみたが、違和感もない。

 ここにきた目的の一つは達成できたとみていいだろう。

 さて、問題はここからだ……

 

 二人は無言で何かを考えている。しかし幸い表情に否定的な色はない。オーナーは純粋に観察するような目で、江戸川先生は強い興味の目でドッペルゲンガーを見ている。

 

 この二人が考えをまとめたら、俺も話をしなければならない。

 しかし話したことで聞けるようになること、頼めることもある。

 

 思索にふける二人を見ながら、俺はもう一歩踏み込むために話す内容を確認することにした。




影虎だけが倒れた原因は“薬の飲み合わせ”だった!
影虎は多くの人たちからの思いやりを知った!
影虎は考え方を少しだけ変え、協力を要請した!
影虎はドッペルゲンガーの存在を明かした!



いま考えると、影虎だけ倒れた原因が普通すぎて逆に分かりづらかった気がする。


今回文字数少なめ。
書いてるうちに影虎は周囲に恵まれてるな……特に家族。
影虎のことを考えてくれる家族が居なかったらどうなってたんだろ……
という感じで考え始めたら気がそれて、途中で別の話を書いていました。

人身御供はどう生きる? のIFではなく、主人公も世界も能力も完全に別物。
共通点は送り込んだ神と危険な世界に送られる点だけになっています。
殴り書きですがせっかく書いたので投稿してみました。
私の投稿小説リストから閲覧できますので、もしお時間があればそちらもどうぞ。


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57話 協力要請

 手足を確認する衣擦れの音が大きく聞こえるほど静かな時間がどれくらい流れたのか、やがてオーナーが口を開いた。

 

「ねぇ葉隠君、あなたは自分の力について、深く理解しているわけではないのよね?」

「その通りです。」

「ならまず幾つか言っておきたいのだけれど、たった今あなたが使った力は、“魔術”じゃないわ」

 

 ? 魔術じゃない? どういう事だ?

 

「魔術というのは技術。ただ扱うモノが科学的な力でないだけで、科学と大きな差はないの。人や自然に満ちる力について知識を蓄え、それらを操る技術を学び、研鑽し、連綿と受け継がれた“技術”の集大成……それが“魔術”。

 でも貴方が使った力はもっと原始的で理屈や技術の欠片もない力、だけど技術では不可能なはずの結果を実現してしまう、根源的ともいえる力……自然や魔術の法則を超えた、いわゆる“奇跡”と呼べるものだと思うわ」

 

 話がおかしな方向に大きくなった……

 

「貴方がドッペルゲンガーと呼ぶ存在は“奇跡”を行使できるようになった一因ね」

「俺も関係があるとは思っていますが、オーナーはどうして?」

「私はそれを“幽体離脱”に近い状態だと思うの……魂は肉体に残したまま、あなたの肉体と精神のエネルギーで構成されているようね。強いエネルギーの塊を感じるわ……

 はっきり言って、本来なら非常に不安定で危険な状態になるはずなのだけど……」

 

 オーナーは言いよどみ、俺とドッペルゲンガーを交互に見て改めて口を開いた。

 

「なんだかおかしな事になっているわ」

「それはどういう事でしょうか……?」

「普通の幽体離脱だと肉体と抜け出た魂(幽体)がへその緒のような一本の糸で繋がっているのだけど、貴方たちの間には無数にあるのよ……まるで魂と肉体を糸で縫いつけたみたい。とても安定していて、手先や足先までビッシリと繋がっているわ。

 ……この糸が切れると幽体離脱した人は死ぬと言われているけれど、貴方は数本切れた位じゃなんともなさそう」

 

 オーナーが言うには幽体と肉体が深く繋がりすぎているという。そのために特異な作用があり、“奇跡”を行使できるようになったのかもしれないとの話だ。

 

「でも、それは決して良いことばかりではないと私は思うの。こういう霊的な繋がりを利用した呪いに“牛の刻参り”というものがあるのだけれど、聞いたことないかしら?」

「藁人形で有名なやつですよね」

 

 詳しくは知らないが、それだけの知識でもよかったようだ。

 

「あれは道具を用意して正しい作法に則って行うことで、対象と縁を繋げた藁人形を介して呪いを送るのよ。逆に言えば道具と作法が揃わないと効果が無いのだけれど……貴方の場合は常に深く繋がっているから……こちら(ドッペルゲンガー)に何かあれば、葉隠君本人にも悪影響がでてしまうかもしれないわねぇ……」

 

 霊視をして予想しただけで確証はないけど……と自信なさげに忠告されるが、俺には心当たりがある。俺は服にするから攻撃がペルソナに当たるのは自分に当たるのと同義。体に傷が付かないだけ良いと考えていたが、まさにオーナーが言った通りだ。ペルソナは攻撃を受けると召喚者にダメージがフィードバックする。

 

 それを見ただけで予測したオーナーに驚きを隠せずにいると、まだ沈黙していた江戸川先生が聞く。

 

「いやはや、影虎君は予想を遥かに超えてきましたねぇ……私には二つ聞かせてください。このさい経緯は置いておいて、貴方は得た力を今後どう使うつもりですか?」

「生き延びるために使います」

 

 考える必要もなく、口から自然に答えが出た。

 その早さにか? それとも内容にか? 先生は数秒間動きを止める。

 

「…………聞きたい事が増えました。それはどういう意味でしょうか? 生き延びたい、その言い方ではまるで」

「……ただ学生としての生活だけを送れば、俺は卒業する前に死にます。江戸川先生は母から聞きましたよね」

 

 ここで質問は一時中断。オーナーは知らなかったため、先生から確認を兼ねた説明が行われる。しかし流石はオーナー、驚くほどに理解が早かった。

 

「予知夢、そう……貴方は自分の“死”を見ていたのね」

「して影虎君。その予知、ずばり精度は?」

「少なくとも今日までに見た予知は全て的中しています」

 

 腹を決めたからだろうか? 淡々と言葉が出る。

 

「そして死亡原因ですが……八年前の九月にこちらで起こった爆発事故、それと同じ事が再び起こされようとしています」

「「!!」」

 

 俺の言葉に、二人は目の色を変える。

 

「そういう事でしたか。影虎君のトラウマに岳羽さんとの話、そしてこのドッペルゲンガー、すべて繋がった気がしますねぇ」

「岳羽さんというのが誰かは知らないけれど、桐条グループが関わっているのね」

 

 時間をかけて説明をしていくつもりだったのに、一足飛びに理解されてしまい驚きを隠せない。

 

「その通りです。でも何故……」

「何故も何も、当時桐条グループの総帥の座に座っていた桐条鴻悦という男が、魔術に強い興味を持っていたという話は有名ですからねぇ」

 

 江戸川先生は当たり前の事を言うようにあっさりと話す。しかし俺はそんな事は知らなかった。

 

「有名といっても私たちみたいな人々の間での話よ。事件当時はインターネットのサイトでも頻繁に名前が上がっていたわ……一般の人が容易に見られるようなサイトではないけれど」

「総帥が魔術に傾倒しているというのは、桐条グループにとって醜聞だったのかもしれません。それとも彼の思想が原因でしょうか? 一般の人が聞けるような場所ではまったく噂されませんねぇ」

「その思想と言うのは“終末思想”ですよね?」

「あら、それは知っていたのね。思想は個人の自由だけれど……彼はその思想に取りつかれて日に日に言動が怪しくなっていたらしいわ。あとは、そうね……聖書から“ヨハネ黙示録”を度々引用していたとか」

「彼は財力に任せて他者を押しのけるように書物や物品を買いあさり、自ら破滅に向かっていた……だから我々の間では悪い意味で有名なのです。事件当時は様々な憶測が飛び交ったものです

 しかしあの事件が再び起こるとなると……むむむ……」

「原因は何か分かるかしら?」

「このドッペルゲンガーと同じ“力”に関する実験です」

 

 俺はペルソナと当時桐条エルゴノミクス研究所で行われていた実験について、知りえる事を説明した。その結果、二人は静かに憤慨する事になる。

 

「ペルソナに召喚器ですって? そんな、機械の力で魂を無理に体から弾き出すような真似を……できたとしても、そんな事をしたらコントロール(自我)を失って当たり前じゃない……そもそも力の扱い方を身につけていないのだから……」

「桐条鴻悦は大金をはたいて買い集めた書物の意味を、ついぞ知ることはなかったのでしょうねぇ……それにしてもあの事故にそんな真相があったとは……」

「問題はその実験に関わった研究者がまだ生きていて、実験を完成させようとしている事です」

「対策はあるのかしら?」

「実験が完成しないように妨害するなど、色々と考えていますが……その時が来るまでは動くに動けない状態です。下手に動くと予知した情報が無意味になりかねません」

「なるほど……では私から最後の質問と提案をしましょうか」

 

 江戸川先生はそこで言葉を一度切る。

 勿体をつけられ、俺が質問と提案が気になった頃。

 

「……影虎君、君は私たちに何を望みますか? 証拠(ぺルソナ)を目の前に出されていることですし、私は君の言葉を全面的に信じます。実験を完成させられれば私にとっても人事ではありません。だから力も貸しましょう。

 ですが予知という情報の優位性を保つためには、我々が勝手に動くわけにも行きません。できる限り吟味に吟味を重ねて行動に移すべきでしょう。君もこれまでそうやって来たはずです……今まで一人でよく耐えました」

 

 その言葉を聴いた途端、目元に熱を感じた。

 

「だから……『求めよ、さらば与えられん』……君が必要だと考え、欲するものがあれば相談なさい。私はそれに、私に可能な範囲で応えましょう」

「それなら私も協力するつもりだから、忘れないで頂戴ね?」

 

 俺はその言葉に明確な答えを返す事ができず、ただただ机を涙で濡らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着いたかしら?」

「はい、すみません」

「いえいえ。それで? 何か私たちに協力できる事はありますか? まぁ、私が教えられる事は知識くらいです。……今だから言いますが私、魔術は使えないも同然なのでオーナーのような力は期待しないでください」

「えっ、そうだったんですか?」

「私はまだこの世界に入って日が浅いのです。知識だけは蓄えられましたが、技術の方は修行中なのですよ……ヒヒッ……」

 

 変な薬を作っているから、使えるのかと思い始めていた……でも、俺がまず江戸川先生に求めたいのは魔術ではない。

 

「江戸川先生には、怪我や病気などの緊急時に治療をお願いします。俺は桐条系列の病院にかかる事ができません」

「そういえば言っていましたねぇ、ペルソナ能力の素養を勝手に調べられてしまうと。……いいでしょう! 私が君の主治医になりましょう」

「ありがとうございます。部を作った時にも話したので、代わりと言ってはなんですが、意識とオーナーの協力があれば毒物や薬の副作用も無効化できそうなので……」

「ほう……なお良いですねぇ……分かりました、君の健康は私の全身全霊をもってサポートすると改めて誓いましょう。安心なさい、これでも私は患者の命には(・・・)別状がないよう心がけて薬を作っていますから」

 

 なんとも頼もしく、そして同時に不安を感じる返事を頂いた。だけど先生の薬は意外と、ちゃんと効く。いらない副作用が高確率でついてくるけど、ポズムディで治せるなら安心だ。 

 

「江戸川さんは治療、なら私はやっぱり魔術の指導になるのかしら?」

「お願いします。それからこの前のオニキス、あれもペルソナに関係する物なので、今後手に入り次第買い取りをお願いすると思います」

「フフッ、それは私にも利があるわね。楽しみに待っているわ」

「あとはペルソナの力に関しても手探り状態だったので、何でもアドバイスをいただけると助かります」

「アドバイスねぇ……ペルソナの力は魔術と同じエネルギーを使っていたから、魔術でエネルギーの扱いを覚えればペルソナの力も気を失わずに使えるかもしれないわね。試しに基礎を積み重ねるといいわ。ペルソナに役立たなくても魔術には役立つから」

「瞑想ですか」

 

 アナライズの真価に気づいた日にも試したが、いまいちコツが掴めない。

 それを相談すると、オーナーはこんな提案をしてきた。

 

「だったら葉隠君、お店で占いをやらない? 江戸川さんから前にタロットカードをあげたって聞いたわ。それを使って、サービスの一環としてここで占いをすればいいのよ」

「占いが訓練になるんですか?」

「タロット占いも自身や他人の内面に問題や解決策、本当の姿と様々な事柄を探っていくでしょう? 真剣にやれば瞑想と同じよ。特別な事は考えなくていい、真摯に占う相手と目的の事を考えて答えを出せばいいの。カードという手がかりがあるから、そちらの方がやりやすいと言う人もいるわね」

 

 占い……そういえばゲームセンターの占いでペルソナの魔力が上がったっけ? ……あれ? 本当に訓練になるのか!?

 

「分かりました、やらせてください」

「それなら明日から始めましょう。詳細は後で詰めておくから、明日はタロットカードだけは持参してね。小さくなるけど看板も用意して……あ、値段は一回五百円からでいいかしら?」

「お金取るんですか!? 占い師未経験ですよ、俺」

「ウフフフ……心配ないわよ、町の占い師は結構アルバイトの人が多いから。それも未経験者OKの求人で雇われた人だったりね。値段もそれを考慮して相場よりだいぶ安いわ、初めは占い師見習いとして始めなさい。

 ただし人からお金を貰うのだから適当ではダメよ。仕事として、責任を持って占いなさいな。場所代として少しは貰うけれど、占いのお代はお給料に加えるから頑張ってちょうだい。そうすればお金も稼げて精神のエネルギーを操る基礎訓練もできる。一石二鳥じゃない」

 

 オーナーはどんどんと俺が占いをする方向に進めていく。

 俺の経験なんて山岸さんと桐条先輩にインチキ占いをやった程度なんだが……

 戸惑っていると、江戸川先生の追い討ちが加わった。

 

「ヒヒヒ……影虎君、もう逃げ道はなさそうですねぇ。ついでに肉体のエネルギーを操る訓練に、気功をやってみませんか? 気功でしたら辛うじて私が教えられますが。健康のためにも良いですしねぇ」

 

 そして俺は

 

「………………やります! 未来のために! ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」

 

 二人の暖かい視線を受けながら、全てをやる事に決めたのだった。




影虎は多くの事を二人に話した!
しかし神と転生の話、未来の出来事については話さなかった!
影虎は二人の協力を取り付けた!
影虎は支援者を見つけた!
江戸川が影虎の主治医になった!
江戸川の薬を飲む機会が増えた!
影虎は心おきなく宝石を売れるようになった!
影虎はアルバイトで占い師を兼業する事になった!
影虎は気功を学ぶ事になった!


江戸川先生とオーナーは、特別課外活動部で言うと物語前半の幾月。
名探偵コナンで例えると博士のポジションです。
影時間やタルタロスでの実働要員ではありません。


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58話 見違えるほど明るい日

 5月10日(土) 朝

 

 今日は随分と早くから目が覚めた。早起きは三文の徳とは言うが、流石に四時は早すぎる。

 

 心身ともに重荷が減ったようで絶好調だが、オーナーの治療が効きすぎたのかもしれない。早く目が覚めただけでなく、もう日課のランニングを五割増しの距離で済ませてきたのにまだ体に力が漲っている。気分も最高だ。

 

 もう一度眠る気には、ならない。

 

「今のうちに……」

 

 ベッドに目を向けてふと思い出したことがあり、PCをネットに繋いだ。

 

「なんだかんだでずっと手をつけてなかったからな……おっ、あった!」

 

 画面には大きく田舎の風景と、“稲葉中央通り商店街”の文字が表示されている。

 

 この商店街がある八十稲葉市は来年始まる原作、ペルソナ3の続編であるペルソナ4の舞台だ。4はここに親の都合で預けられた主人公が訪れて問題を解決するが、それはどうでもいいので置いておく。

 

 重要なのはその主人公たちがこの商店街でシャドウと戦うための用意を整える事。ひいては彼らが使う装備品を取り扱う“金属細工 だいだら(ぼっち)”という店がある事だ。

 

 そこはアート(芸術品)と銘打って堂々と武器や防具を作って販売していて、店主は主人公が持ち込むシャドウを倒して得た素材に目をつけ、素材を受け取って装備を作る店だった。

 

 部活やバイトでほったらかしになっていたが、俺は以前“死甲蟲”が残したシャドウの甲殻をベッドの下に隠している。今はドッペルゲンガーで十分だが、今後のために素材の加工を頼めるかを確かめたい。

 

「……おっ、アドレス発見。アートの注文受け付けます、作品、値段は応相談か」

 

 内容はそうだな……ランニング中に拾った事にするか。心を引かれる板を手に入れた。できれば防、直接的な表現は避けるべきか? ……身につけられるアートにしていただきたい、できるか? 要点はこんなものか。あとはビジネスメールとして書き直して…………よし!

 

 防具の作成について、相談内容をだいだら.へ送信した。後は連絡を待とう。

 

 俺はなにげなくベッドの下を覗き込む。すると甲殻を確認すると同時にストレガから受け取った“制御剤”も目に入る。

 

 ……もっと別の所に隠したいけど寮の部屋じゃ他に隠せる所がないんだよなぁ……江戸川先生かオーナーに相談して預かって貰おうか? あの二人の周囲なら怪しい物が溢れてるし、薬は江戸川先生の部屋なら一つくらい増えても……

 

 そういえば制御剤ってどんな薬なんだろうか? ペルソナの力を抑えるための薬で、副作用が強いこと以外何も知らないが……薬を自作するくらいだし、江戸川先生に見せたら何か分かるか? 

 

 俺はとりあえず相談してみることにした。

 

 食堂が開くまでは……タロット占いの方法を復習しておこう。今日から必要になる。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 ~保健室~

 

「失礼します」

「おやぁ? こんな時間から誰かと思えば、影虎君でしたか。何か体調に変化でも?」

「いえ、体は快調です。ひとつ相談したいことが」

「ふむ……ではこちらへ。扉は閉めてください」

 

 保健室の奥、カーテンで仕切られた扉へ案内された。中は部室ほどではないが機材が多く、怪しい雰囲気を放っている。

 

「保健室の備品倉庫なんですが、保険委員も立ち入りませんし、今までここでどんな実験をしても学校側から苦情が来たことはありません。だから邪魔も入りません。盗聴器やカメラの類もないと思いますが……それは一度山岸さんに調べて貰った方がいいかもしれませんねぇ」

 

 だったら……

 

 俺は具体的な名称は口に出さず、“海外のサプリメント”を手に入れたとして制御剤の事を相談した。昨日の話があったので、江戸川先生は本当の薬について察してくれた。

 

「私には皆目見当がつきませんが……サンプルとなる薬が手元にあれば、成分や効用を調べることはできます。してそのサプリメント(制御剤)は?」

学業に関係のない物な(桐条の膝元に持ち込みたくない)ので、まず相談だけと思って、まだ寮に」

「そうですか、まぁそうでしょうね。……では近いうちに部室に(・・・)持ってきてください。分析には少し時間がかかるので、早い方がいいですね」

「分かりました」

 

 残念ながら先生は職員会議があるそうで、それ以上の話はできなかった。最後に

 

「プロテインや必要な栄養素を配合した栄養剤を用意しておくので、帰る前に保健室に顔を出してください。より効果的なトレーニングができますよ……ヒッヒッヒ」

 

 そう言われて俺は保健室を出た。

 

 

 ~教室~

 

 江戸川先生との話も数分で終わったおかげで、今日は俺が一番乗りのようだ。教室には誰もいないし、窓の外から見える校門も朝練をする運動部と思わしき生徒が数人門をくぐっている程度。

 

 ……暇だ。何もすることがない。机に突っ伏しても眠くない……試験前だし勉強しておくか。……なんだか今日は、いつもより集中できそうな気がする!

 

 メガネ形態のドッペルゲンガーをカバンの中で召喚。

 かけながらカバンをあさって教科書を机に積み上げ、内容を記憶。

 

 一度記憶した内容でも何度も読み込み直す。

 二度目以降の教科書は例題への解答に行き着くまでの解法に重点を置き、理解に努める。

 問題集がある科目は問題集を参照、回答する。

 ただし実際に記入するのではなく、メモ機能を使用して視界に映る解答欄に自分の回答を表示させる。

 これにより記入にかかる時間を排除、その分多くの問題を解いていく。

 “手を使って書く”という行為は勉強内容を記憶するにあたり効果的だが、記憶力はドッペルゲンガーの効果でカバーできる。

 さらに同じ問題でも、何度も繰り返して解くことで解法を刻み付けていく。

 何度も何度も……繰り返し繰り返し……問題集へ記入していないので、消す手間もない。

 そして空いた時間でさらに繰り返す。

 

 飽きてきたら科目を変えて気分も変える。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

「ふぅ……」

 

 持っている教科書を三周し、問題集の試験範囲を五周した所で集中力が途切れた。

 

 音楽でも聴きながらやろう……

 

 なんとなく見上げた窓から覗く、清清しい青空を見上げながら適当な曲を探す。

 

 明るい曲がいいな……ダメ、騒がしいのは気分に合わない。

 明るくて、静かな曲……これがいいか。明るい曲と言うより聴くと明るくなれる曲だけど。

 

 “Daniel Powter(ダニエル・パウター)の「Bad day」”

 

 仕事が上手くいかなかった日によく聞いた懐かしいピアノの音が脳内に、鮮明に流れ始めた。歌詞が気になり、視界に英語の文字列と訳文を付けてみる。メモ機能と勉強用に収集した英語関係知識を合わせたら、まるでカラオケのようだ。

 

 邪魔だからやっぱり字幕は消そう。

 

 音楽を聴きながらまた勉強を繰り返し、有意義な時間をすごした。

 

 そのうち続々とやってきたクラスメイトからは「早いな」とか「こんな時間から予習か」と呆れ混じりに驚かれた。昨日の勉強会に出席したメンバーだけは、俺が本当に回復した事に驚いていたが……

 

 特に様子を見に来た山岸さんは

 

「……体調不良ってアクセサリーショップで治るんだ……」

 

 と言っていたが、普通は治らない。

 だからそんな自分の常識を疑うような顔をしないでほしい。

 

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 

 

 放課後

 

 ~アクセサリーショップ Be Blue V~

 

「こんな感じでしたよ」

「うふふ……一般的には体調が悪ければ病院よね」

 

 退屈な……と言っては先生に悪いけれど、事実退屈な授業を終えてアルバイトにやってきた。今日もオーナーから手渡された服に着替える。前回のシャツと指輪に加えて、細めのパンツ(ズボン)が用意されていた。

 

 衝立(ついたて)で試着室のように仕切られた一角で着替えながら、世間話に花を咲かせる。

 

「ところで、江戸川さんの薬は飲んできたの?」

「はい、今日は特に何の影響もないみたいです」

「そう? 体調に変化があったらすぐに言いなさいね。……江戸川さん、貴方がこれからうちで働く日は下校前に薬を飲ませると張り切っていたから。何かあれば車で送ってくれるそうよ」

 

 問題あったら治してから働くんですね、分かります。

 

「着替え終わりました、どうですか?」

「いい感じね。シルエットもすっきりしていてるし、清潔感もあるわ。服装はこれでいいでしょう、じゃあ……宿題はやってきたかしら?」

 

 俺は学校のカバンから例のルーンを刻んだ石を取り出す。

 

「もちろんです。次のバイトまでにパワーを込める事、でしたよね?」

「やってみて何か感じた?」

「パワーを込めると力が漲りました。けど一瞬で消えるんです。パワーを込めている間だけ、力が強くなる感じです」

「そう……ちょっと見せて貰うわね」

 

 そう言うとオーナーは石を受け取り、両手で包み込んで目を瞑る。

 

「……なるほど……だいたい六十点ってところね」

 

 微妙な評価だ。

 

「成功はしているわよ。それで五十点。だけど今この石から感じるパワーはとても微弱だから四十点減点で、百点満点中六十点。

 あとはどれだけ上手に込められるかが問題なの。どれだけパワーを使っても、上手く込められないと無駄が出てしまうから……一瞬で効果が消えると感じたのはそのせいね。

 パワーを込めるときに重要なのは強い力や勢いではないの、もっと土に水が染み込むように、馴染ませないといけないわ。……もっとも、パワーを込める感覚が掴めても、実際に込めるのはルーン魔術の習得における難所だから落ち込む必要はないわよ。曲りなりにも成功しただけで十分」

「……オーナー、その話は聞いていませんが」

「フフッ、難しいと知っていたら気になるでしょう? 何事も気の持ちようは重要よ。特に魔術の場合はね……

 できなくて当然、できたら儲け物。とにかく難所を越えたのだから、後は本来やるべき基礎訓練と反復練習で腕を磨きなさい。基礎が身に付けばもう少し上手くできるようになるわよ。

 ルーンの意味をよく理解して、ルーン文字を石に刻む技術を磨いておくと、二文字以上へ進むのが楽になるから。焦らずそちらにも目を向けてね」

 

 そして話の内容は今日の仕事に変わる。

 

「今日は早めにお店を閉めて、お掃除と在庫整理があるわ。細かいことはその時に……」

「お疲れ様でーす」

「あら、ちょうどよかった」

 

 表から一人、ワンピースにカーディガンを羽織った女性が入ってきた。

 オーナーが声をかける。

 

「香奈ちゃん、ちょっといいかしら」

「オーナー。なんでしょう?」

「この子なんだけど」

「初めまして、葉隠影虎と申します」

「あっ! もしかして先日は私の変わりにシフトに入ってくれて、花梨ちゃんとも上手くやっていけそうな新人さん? 弥生ちゃんから聞きました。私は三田村(みたむら)香奈(かな)、保育士を目指して大学に通っています」

「よろしくお願いします、三田村先輩」

「こちらこそよろしくお願いします。それと、私のそばに居るとたまに変な事が起きますけど、気にしないでください」

「香奈ちゃんは強い霊媒体質でね、無意識に色々な霊を集めちゃうのよ」

「オーナーに相談して以来、危険な霊は憑かなくなったので安心です。ここで働いてると誰かが払ってくれますし、本当に感謝です」

「ウフフ、こちらも助かってるわ」

 

 この人が棚倉さんの話していた最後の一人か。三田村さんは二十代前半、清楚系でフワッとした感じのお姉さんだ。友近の好みかもしれない。

 

「あら……?」

 

 どうしたんだろう? 三田村さんが俺の顔を覗き込んでくる。

 

「……ほっぺた、痣になってますよ?」

「ああ。一昨日父親と喧嘩をしまして……目立ちますか?」

 

 今朝鏡で見たときはもうかなり薄れていたけど。

 

「んー、よく見ればですね……商品の照明とかでじっくり見れば……ちょっとこっちへ」

 

 俺を適当な椅子に座らせて、本人は自分の手提げカバンの中をあさり始めた。そして取り出されたのは……化粧品? それぞれ微妙に色が違う小さなブロックが詰まった箱と、筆が出てきた。 何故?

 

「動かないでくださいね? ほんの少しファンデーションを塗れば隠せますから」

 

 へー、化粧品ってそんな使い方もするんだ…… いや、俺が化粧するの? 

 

「いまどき男性でもお化粧はしますから、変じゃないですよ。人前に出るならやっておいた方がいいです」

 

 先輩からのアドバイスです。と言って着々と用意を進める三田村さん。化粧と言われると抵抗があるが……先輩だし、善意だし、邪険にするなんてもってのほか。化粧に関して知識がないので、論理的な反論もできない。

 

 困っていると、オーナーが口を開く。

 

「……葉隠君、貴方大丈夫なの?」

「平気ですよ、もう痛みもないので」

「痣のことじゃないわ。それは私も気にならなかったもの。そうじゃなくて……花梨ちゃんが貴方のことを全力で祟っているけど、平気なの?」

「!? なんともないですけど……俺、香田さんに何かしました? ……いたのに気づかなかったから?」

「いいえ、お父さんとの話を聞いて、喧嘩なんてだめって注意してるわ」

 

 え、そんな理由で?

 

「最初は軽くだったけど、貴方がぜんぜん気づかないからどんどん祟って全力になっちゃってるのよ。……それでも効いてないみたいね」

「……たぶんそれ、俺のアレが原因です」

 

 ドッペルゲンガーは光と闇が無効だから、祟りが闇の魔法だったら無効化される。他に心当たりがない。呪いの防ぎ方とか習ってないもの。

 

「あら、そんな事もできたのね」

「ええ、まぁ……香田さん、すみません、なるべく無いようにします。でも親父は元ヤンで喧嘩がコミュニケーションみたいなところがあるので」

「許してあげたら? 葉隠君は男の子だもの、喧嘩もするわよ。…………コミュニケーションも人それぞれよ…………花梨ちゃんだって……わかってくれたわ」

「ありがとうございます」

 

 今の短時間でどんな会話が繰り広げられたのかほとんど分からないが、何とかなったようだ。

 

「動かないでー」

 

 ……向こうの様子を見ているうちに、化粧の筆が頬をなでた。

 サラサラと肌の上を滑る筆、その後に化粧品が残っている感触。

 あまり、体感したことのない感触だ。気持ち良くはない……

 女性は毎日こんな事しているのか……大変だな……

 

「はい、いいですよー」

 

 ん、もういいのか。指でぐりぐりと痣のあたりを押されたと思ったら、それで終わったみたいだ。言葉通りあっという間だったな。

 

「どう?」

「あ、本当だ。これだとぜんぜん分かりませんね」

 

 三田村さんがコンパクトの鏡を見せてくれたが、じっと見てもわからない。

 

「葉隠君の肌色に近いファンデがあったから楽だったよ」

「凄いなぁ……」

 

 知識がないため、俺にはそれくらいしか言えなかった。

 しかし三田村さんは素直に嬉しそうに笑う。

 

「はいはい二人共、いいかしら?」

 

 オーナーが軽く手を叩いて注意を引く。

 

「二人には今日、一緒に仕事をしてもらうわ。そこで香奈ちゃん、葉隠君には前回基本的な仕事は教えてあるから、補助をお願い。葉隠君、占い時間のとり方は香奈ちゃんに教えて貰ってね。

 あと……はい、仕事中はこれとこれをカウンターの隅に置いておきなさい」

 

 差し出されたのは木製の縁取りが付いた卓上カレンダーのようなボードに、メモ帳と上に穴の開いた箱。

 ボードには

 

 タロット占い

 一回五百円

 担当者:占い師見習い 葉隠影虎

 

 と簡潔に書かれた紙が貼ってある。

 

「看板ですね。こっちの箱は」

「占いの後、お客様の都合がよければ匿名で感想を書いて貰うこと。後でお客様の声を読んで、自分を見つめ直すのも良い勉強になるわ」

 

 修行内容に少なくないプレッシャーを感じる。

 

 しかし、やるしかない!

 

 俺は自前のタロットをオーナーからの道具に乗せた。

 そしてすべてを受け取ると、ひとまとめになった道具を前に気合を入れなおす。

 

「ありがとうございます、オーナー」

「フフ……頑張りなさい」

 

 静かに笑うオーナーを背に表へ出る。

 数日前と変わらない店内が、今日は以前より輝いて見えた。



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59話 新たな課題

「Justiceってなに?」

「剣とか持ってるし暴力的って事じゃないのぉ?」

「はぁ? ウチめっちゃ女らしいし」

「ないない、で、どうなのよオニーサン?」

「このカードは正義、意味は公正、平等、そして誠実さ……そして描かれた剣と天秤は決断、判決を表しています。

 この事から貴女は感情に左右されず、平等に目の前の出来事を判断して決断することのできる人、ではないでしょうか。

 人間関係は塔のカード……決断力が災いして問題を抱え込みがちかもしれません」

「うそ~、こいつメッチャキレるし、誠実さとか似合わねー」

「当たってない? 男見るときこいつマジそんなだし」

「あ、そっか、それはそうだわ、当たってんじゃん」

「ちょっと何それ~! も~……ま、いいや。ありがとね~」

「もうよろしいですか? まだ時間はありますが」

「あー、ウチらこれから合コンだからさ、そろそろ行くわ」

「畏まりました、またのお越しをお待ちしています」

「気が向いたらねー」

 

 ギャル系のお客様を見送ると、奥から棚倉さんが出てきた。

 

「二人とも、そろそろ店じまいだ。それから葉隠はオーナーが呼んでる、行ってこい」

「わかりました。失礼します」

 

 なんだろう?

 

「オーナー」

「お疲れ様。今日はどうだったかしら?」

「想像以上に疲れた気がします。実際に占ったお客様は十人にも達していないんですが……」

「それでいいわ。じきに結果がついてくるでしょう」

 

 そう信じたい。実際にやってみると結果を読み取って店の仕事もこなすことで精一杯で、訓練をしているような実感はなかった。

 

「ところでこれからなんだけど……お店の片付けは他の子たちに任せて、貴方には私と在庫整理と搬入を手伝って欲しいの」

「任せてください、体力には自信がありますから。その在庫はどこに?」

「地下にある倉庫よ。業者の人が搬入してくれているから、後は持ってくるだけなんだけど……本当に置いてあるだけなの。だから週に一度は掃除も兼ねているわ。早速いいかしら?」

「はい! オーナーがよければすぐにでも行けます!」

「じゃあ行きましょうか……フフフ……」

 

 このとき俺は、もう少し慎重になるべきだったと後に痛感した。

 

「ここよ」

 

 案内された倉庫に入り、最初に感じたのは寒気だった。

 まるで氷を背中に突っ込まれたような寒さが体を貫く。

 地下だから冷えるのかという考えは早々に消え去った。

 

 倉庫は真ん中を境に分類されている。

 左にはダンボールが整然と積み重なり、右は蚤の市のように雑多な品物が乱雑に並ぶ……ダンボールの記載によると在庫や備品は左。となると右は……

 

「これまさか全部オーナーの……」

「ええ、私の趣味で買い集めた品なの。例えばこの桐箪笥(たんす)はひとりでに倒れて、多くの所有者を怪我させてきた呪いの桐箪笥(たんす)

 こっちは形代(かたしろ)といって、子供に降りかかる災いを移し代わらせる雛人形のルーツと言われているわ。本来は川や海に流して供養するのだけれど、作法を知らない人が使ったのかしらね……受け取った災いもそのままに、いま形代(かたしろ)としてここにあるわ」

 

 オーナーは嬉々として品物の説明を始めてしまった。

 ここからは後姿しか見えないが、薄暗い倉庫の中で輝いている……!

 

「っ!?」

 

 何かが右から倒れこんでくる。

 反射的に回避する際に人影が見え、倒れた物を警戒してにらみつけると……抱き枕だった。

 カバーに美少女のアニメキャラが描かれた萌えグッズ的な……

 

「こんな物まであるんですか」

「あら、それは……」

「!?」

 

 何だろう、この不快感……近づいてくるオーナーに恐怖を感じる。

 刈り取る者と比べたらささいな恐怖だが、ここに居たくない。ついつい視線を背けてしまうと、外に通じる扉が目についた。するとそちらからも恐怖を感じる。

 

 ……外にも出たくない! 原因、は分からなくもないが、どうすれば!?

 

「葉隠君、ちょっとそのまま……退(しりぞ)きなさい!」

 

 オーナーが強い言葉を発した途端に、それまでの恐怖が嘘の様に収まった。

 

「いまのは」

「その枕は自分の趣味をバカにされて人が怖くなった男の子の物でね……引きこもりになってそのまま病気で亡くなったんだけど、霊がその枕に憑いてるのよ。同じ年頃の貴方にちょっかいかけていたわ」

 

 ……目の前にある全部が同じような品物……

 

 そう考えると気が重くなった……

 

「貴方、花梨ちゃんの祟りは防げるのに、こういうのは防げないのね。意外だわ」

「ペルソナの能力では即死系の魔法を無効化するはずなんですが」

「直接危害を加える呪いを打ち消すのかしら? 精神を惑わす術は効いてしまうとか……とにかく気をしっかりと持つことを忘れないで。こういう霊に対抗するには、まず心から負けるか! 出て行け! と抵抗の意思を強く持つこと。付け入る隙を与えないことよ。大半の霊はそれだけで逃げていくから」

 

 意思を強く持って掃除を行う。

 言葉にするととても珍しいルールがここにはあるようだ……

 しかし、これも仕事。俺はシャドウとも戦っている。刈り取る者ほどでもない!

 ……乗り切ってみせる!!

 

 俺はこれも訓練の一環と考え、自分を奮い立たせて掃除に着手した。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 影時間 

 

 ~タルタロス・13F~

 

「ギヒィイイ!!」

 

 断末魔を上げるシャドウから力を吸い尽くす。

 

 今日はやけにシャドウの数が多く、ようやく一息つけた。

 八日が満月だったからハプニングフロアかな? おかげでだいぶ回復できた。

 オーナーとの倉庫掃除で削られた精神力が充実していく……

 というか、タルタロス探索より精神が疲弊する倉庫ってなんだあの魔窟。

 

 肉体的な害は無かったけど、恐怖、混乱、動揺、体が急に重くなる等、あの倉庫はバステとデバフの嵐。毒物をポズムディで解毒できるのだから、体の重さは補助魔法のデクンダ、恐怖、混乱、動揺は状態異常回復魔法のパトラで消せるだろう。しかし俺はどちらも習得していないため、耐えるしかなかった。使えたとしても使いすぎで絶対倒れるだろうけど。

 

「それにしても、だいぶ安定してきたなぁ」

 

 この辺のシャドウは種類によって弱点があり、そこを突けば大きな隙ができる。

 その隙に連続攻撃して復活する前に弱点の攻撃を叩き込むハメ技が可能だ。

 だからアナライズで弱点を把握して時間をかければ、攻撃力が低くともまず窮地には陥らない。

 

 安全は望むところだけれど、刈り取る者とか弱点が無いシャドウもいる。

 あまり慣れすぎるとそういうのに当たった時苦労しそうだ。

 

 

 と思っていたら

 

「フラグ立てたかなぁ……」

 

 ~タルタロス・14F~

 

 一つ階段を上ると、通路の様子が変わる

 高い天井を支える柱に、見通しのいい大部屋。

 5Fのヴィーナスイーグル、10Fのダンシングハンドと同じ門番シャドウの間だ。

 

 五、十と来たから次は十五だと思っていたけど、ここのシャドウは覚えている。

 名前はバスタードライブ。戦車のアルカナを持つだけあって体力がこれまでのシャドウより飛びぬけて多い。

 しかも物理攻撃が一切効かず、弱点も無いため魔法攻撃で削るしかない。

 ゲームでも前二つの番人シャドウよりはるかに長い時間がかかったのを覚えている。

 

「だからって戦わないわけにもいかないよな」

 

 俺の目的は塔を上ることじゃない。力をつける事だ。

 挑戦を決めた俺は転移装置を起動させ、隠蔽と保護色の隠密行動コンボを使用。

 姿を隠して一本道の通路を進むと、バスタードライブの姿を捉えた。

 

 車輪に人の足を三本ずつ着けた奇抜な下半身で、腕代わりに騎士が持つ馬上槍のような突起を生やし、俺の何倍もある巨体で廊下に立ちふさがるその姿は、まさに敵を阻むためにそこに居るようだ。これまで見たどのシャドウよりも風格がある。

 

 それでも、最初の一撃は俺が貰う。

 

「アギ!」 

 

 炎がバスタードライブの顔面で爆ぜる。

 

「ゴロロロ……」

 

 しかし奴は体の駆動音を響かせながら、俺を認識して悠然と車輪を回し始めた。

 

 来た!

 

 から回る車輪が地面を掴み、急加速した巨体が迫り来る。

 ブフとジオを試すも、嫌がる様子もない。

 そして奴はあと少しという所で左の車輪を止めた。

 勢いはそのまま地面をすべり、ドリフトをかましながら、奴の突起が頭に迫る。

 後退して突起を避けた。

 空振った奴の腰は回り、背中が空く。

 

「チッ!」

 

 そう考えた矢先に、もう一度振るわれた突起が頭上を通る。

 どうやら奴の胴体は360度回転するみたいだ。

 空振りの勢いを持って逆の突起が襲ってきた。

 

「ガル!」

 

 バスタードライブは突風にも揺らがない。

 車輪で迫り、腰の回転で突起を左右になぎ払う。

 頭、足、胴、こいつ、腰で角度の調整もできるらしいな……

 

「ラクカジャ! ……ジオ!」

 

 物理攻撃が効かない相手に接近する意味は無い。

 威力の高そうな攻撃を回避力の上昇と周辺把握で確実に回避し、魔法攻撃を打ち込む。

 

「ゴロロ……!」

 

 一際大きな駆動音を鳴らした奴の動きが変わる。

 

「ッ!」

 

 突起を振るうことなく急加速したバスタードライブが宙を舞う……違う。車輪についた“足”で跳んだのか!

 

 上から降る巨体を寸前で回避。

 しかし着地で生まれた轟音と共にバスタードライブは体を折り曲げ、突起を振り上げる。床を削りながら迫るそれは避けられたものの、床の破片が体を殴り、舞い上がった土煙に包まれてしまう。

 

「ガル!」

 

 攻撃と同時に煙を晴らす。

 すると奴は俺に足を伸ばした。踏みつけるつもりのようだ。

 後退して範囲から逃れるが、続けざまに放たれた光を避けきれずに左腕を打たれた。

 

「やっぱり段違いか……」

 

 かすかに焦げ臭い、静電気のような痺れ……ジオだ。威力は低いが、確実に俺の方が消耗している。

 そして攻撃を避けるたびに、どんどん上ってきた広間付近へ押し戻されていく。

 

「……ポイズマ! マリンカリン! ……ダメか」

 

 緑とピンクの光が奴の体を包み込む。奴に異常は、見られない。

 魔法はすべて当たっているが、明らかに攻撃力が足りなかった。

 なら毒や魅了といったバッドステータス系はどうか? と試したが、効いていないらしい。

 倒すにはもっと攻撃力か、回避し続けて倒しきるまで少しずつ攻撃も行う持久力のどちらかが必要だな。

 

 そう感じた俺はできるだけ奴から距離をとり……

 

「ゴ……!」

 

 二度目の跳躍攻撃の直後を狙い、巻き上がる土煙の中で隠密コンボを発動。

 煙に紛れてその場を離れることにした。

 

 勝てない相手なら撤退あるのみ。

 逃げる余裕すらなければまだしも、回避は十分に通用する相手だ。

 少々悔しいが、無理に限界まで戦って試す必要はない。

 

 いずれは倒す。

 

 胴を回転させて土煙の中で姿を消した俺を探しているバスタードライブを睨みながら、俺はそう誓って転移装置に飛び込んだ。




影虎はアルバイトと占いをした!
占いによる効果は実感できなかった!
影虎は倉庫の掃除をした!
影虎の精神力が削られた!
影虎はバスタードライブと戦い、撤退した!
バスタードライブを単独で倒すには、もっと力をつける必要があるようだ……





バスタードライブは物理・光・闇無効(打撃は反射)で、弱点なし。
マハジオ(全体雷魔法)、タルカジャ(攻撃力上昇魔法)、
アサルトダイブという攻撃スキルも持っています。

バスタードライブは体力が多く防御力も高い。
影虎は最大のダメージソースである物理攻撃が封じられ、魔法は威力不足。
それを補えるような、強力な魔法を使える仲間もいない。
影虎にとってかなり相性の悪い敵だと思います。

ちなみに私がペルソナ3をプレイして始めて死んだのもバスタードライブ戦です。


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60話 一歩ずつ進もう

 5月11日(日)

 

 ~部室~

 

「失礼します、江戸川先生」

「ヒヒヒ……待っていましたよ」

 

 日曜日の朝。授業は無く部活も本来休みだが、今日は江戸川先生に呼び出された。

 話したいことがあるらしい。俺も用があったからいいけど、なんだろう? 

 

「とりあえず入ってください」

 

 江戸川先生の部屋へと通された。

 相変わらずの不気味な部屋だが、江戸川先生はその奥に入って手招きをしている。

 なんだろう?

 

 近づいて見ると、江戸川先生はおもむろに床の一部を捲り上げた。

 見ると人が二人ほど入れそうな幅の床下収納がある。

 これがどうしたのかと思っていると、先生は笑顔で収納の底を押す。

 

「! これって!」

「ヒッヒッヒ、どうですか? 驚いたでしょう」

 

 なんと、底が抜けるように開いた! その先には金属製のはしごが着いている。

 下に降りられるようだ……ドッペルゲンガーを呼び出してみれば、先は広めの部屋。

 

「ついてきてください。降りるときに気をつけて、あと蓋は閉めるように」

 

 従って先に下りる先生を追って、頑丈そうな扉のついた部屋に案内された。

 地下は上とほぼ同じ間取りのようだ。

 唯一玄関に当たる場所が四部屋に区切られているのが違いらしい違い。

 室内は以前に何かが置かれていたであろう壁の汚れ以外は何も無い。

 ……先生の部屋とは違う意味で不気味だ。

 

「ここは、いつから?」

「私が荷物を運び込んだ翌日に見つけていました。鍵が壊れかけていたらしくてですねぇ……大きな音が鳴って、開けてみたらビックリ! 地下への通路があるじゃありませんか。使える部屋が増えた喜び半分、保管していた貴重品が壊れて悲しみ半分でした。

 何のためにこんな部屋があるのかは謎でしたが、一昨日の君の話で見当がつきましたよ」

「……ここは桐条グループの?」

「それしか考えられませんねぇ。ここがかつての実験場で、タルタロスと呼ばれる塔になるのでしょう? 影時間という時間帯には。

 実験を行っていた組織であり、ここを管理する月光館学園の経営母体である桐条グループ以外に考えられません。それにこの地下室の扉と壁。各部屋が防護シェルターのようです。研究施設か、研究員の緊急避難所といった所でしょう。

 あるいは上に置いておけない機密の資料でも隠していたのか、とも考えましたが……想像の域を出ません。分かるのはここがきれいさっぱり片付けられて、完全に放棄されている事だけ……しかしこういう話をするには使えると思いませんか?」

 

 確かに。まだ天田と山岸さんに事情を話すつもりはないし……

 

「では今後、密談はここで」

「そうしましょう。例の薬は?」

「持ってきました」

 

 俺はポケットから出した制御剤の容器を先生に渡す。

 

「しばらく預からせてもらいます。中間試験が終わる頃には、この薬にどんな成分が含まれているか、効果と併せて説明できるでしょう。未知の成分でないことを祈っていてください。

 ……で、他に何かありました?」

 

 俺はバスタードライブのことを話した。

 

「そんな怪物がいるのですか……無事でなによりです。これからどうするつもりですか?」

 

 その質問に、俺はこう答える。

 

「とりあえずは薬を先生に預けたように、できることから片付けていくつもりです。他は考えながら地道に、ですね」

 

 練習量を増やす、タルタロスでシャドウをもっと倒すというのも考えた。

 数日前の俺ならもう練習を始めていたと思う。

 しかし少しだけ余裕ができたからだろう。今はそこまで焦りはなかった。

 

 考えるとやるべき事は他にも色々あるんだよな……

 

 個人的にはまずバイクの免許だろ?

 ついついシャドウの方にかかりきりで教習所にも行ってない。

 昨日の占いの感想も、まだちゃんと目を通せていない。

 大丈夫だろうけど、学校の試験もある。

 月曜に勉強会開催って知らせがまた順平から来たし、だいだら.の件も進展した。

 今朝甲殻は速達で送ったから、向こうに着くのは明日か明後日……あとは物を見た相手との交渉しだいか。いくらかかるかなぁ……

 天田にも色々教えないといけないし、山岸さんも料理の練習に付き合うって言ったきりだ。

 ……山岸さんは優先度が高いな、危険度も高いからほっとくと何作るか分からない。

 おまけに山岸さんの料理を変な方向に強化しうる先生がいる。

 

「……大丈夫そうですね」

「?」

「私はその影時間という時間帯を感じられません。だから君が窮地に陥っても助けられませんし、無理をするのを止めることもできませんからねぇ。もっとも、影時間に活動できたところで怪物相手に私ができる事はなさそうですが。ヒッヒッヒ……あまり無茶な事をしようとは考えていないようでよかった。

そんな君に一つ提案です。余裕があれば今度、マラソンや格闘技の大会に出てみませんか?」

「大会?」

 

 想像もしていなかった質問に、なぜかと聞くと

 

「どんな経緯と思惑で造られたにせよ、この部室は私たちにとって有用です。だからここを今後も心置きなく使い続けるためには、実績を作っておくべきですよ。私やオーナーもできるだけ協力をするつもりですが、桐条グループとは違い“資金力”に限界があるのでねぇ……ここを自由に使えるというのは大きいでしょう。

 それに表向きの部の実績として隠れ蓑にするほうが重要ですが、家電製品などを賞品としている大会で勝てればそれを売って活動資金に充てられます。

 影虎君は体育で随分いい記録を残しているようですし、部活中の記録もなかなか……我々が(・・・)本気でやればいいところまでいけると思いますよ」

 

 先生の説明には納得できる。

 大会出場を目標にする生徒とそれを応援する先生のように見せて学校向けの実績を作る。

 そしてこの秘密基地のような部室を取り上げられないようにしたい。

 部活動では先生のバックアップを受けつつ、あわよくば大会で多少の資金を得る。

 

 でも一つ懸念がある。

 

「ドーピング検査はどうなりますか? ペルソナが何か引っかかったり」

「そう言うだろうと思って真田君の大会記録を調べてみました。彼は多くの大会に出場経験があり、検査を何度も受けていますが引っかかった記録はありません」

「ペルソナ使いとして発覚するかどうかは?」

「可能性は低いですね。私は学校の検診で毎年尿検査をやっていますが、去年の真田君の結果におかしなところはありませんでした。通常学校や大会で使用される市販の検査キットでは発覚しないでしょう。

 それにドーピング検査は選手の尿を採取して行うのが主流ですが、病院の尿検査は特定の病気が疑われる患者が対象です。影虎君の知る情報では風邪気味で病院にかかるだけでペルソナ使いか否かを気づかずに調べられるのでしょう? なら検査方法はもっと簡便で違和感なく万人に受けさせられる方法の可能性が高い。ペルソナ使いの素質を持つ人材が希少ならば、より多くの人間を調べる必要がありますからね……」

 

 先生はインフルエンザの検診を例に挙げた。

 たしかに鼻に綿棒をつっこんで検体を取るアレに似た方法なら、簡単かつ念のためにと風邪で来院した軽症患者にも薦めて気づかれずに検査ができる。

 

「なにはともあれ一度君の尿、血液、ドーピングなどの検査をやってみましょう。それで判断材料も増えますし、ここでこうして推測を続けるよりは建設的でしょう。ダメならその時はその時です。

 我々の立場や強みを最大限に活かせるのは大会だと思いますが、我々の評判を上げられれば何でもいいのです。清掃活動や人助けでもなんでもね……ヒッヒッヒ、困った人の噂なんかも集めておきますから、暇があったら気にかけてください。

 ……まぁ、とりあえず今は試験ですか。あまり悪い結果を残してしまうと部活に制限がつくので、ほどほどの点は取ってください。勉強会を開くならいくらでも上を使っていいです。最後にこれを君に」

 

 折りたたまれた一枚のコピー用紙を渡された。

 

「……もしかして気功の?」

「その通りです。気、つまり肉体エネルギーについて基礎的な知識をまとめておきました。私にも仕事があるので、とりあえずその内容を頭に入れておいてください」

 

 知識はこれを参考書に自習、直接指導できる時間は全部実践に使うのが先生の指導方針だと言い渡された。

 

「よろしくお願いします」

 

 江戸川先生に協力を頼んで良かった。

 安心して検査が受けられるだけでも、俺としてはとても助かる。

 俺はためらうことなく頭を下げ、先生の部屋で採血を受けて尿検査の道具を受け取って帰宅した。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 ~男子寮・自室~

 

「……やっぱりなぁ」

 

 帰宅後、昨日倉庫のあれこれで読んでいなかったお客様からの感想に目を通した。

 その結果は色々だ。

 

 もらえた感想は七人分。全体的にまぁまぁ当たってるかもしれない。そんな気がする。という感じの感想で、一枚だけぜんぜん当たらないとこき下ろされている。しかしすべてに共通して手つきが拙く見えるという意見があった。

 

「慣れていないのは事実だけど、仕事としてできるレベルではないって事だよな……」

 

 カードの意味や並べ方は記憶しているし、真剣に解釈しようとした。

 けれど、それと手つきは別問題だ。今はまだ見習いだからと概ね好意的に見られているようだけど、このままでいいことは無い。

 

 練習しようとカードに手を伸ばす。

 

「おっと」

 

 電話だ。……山岸さんから? どうしたんだろう? 

 

「はいもしもし、山岸さん?」

『あ、葉隠君? 月曜日からの部活のことでちょっと』

 

 部活の活動予定? どこも試験前で休みのはずだけど。

 

『うん。高等部はそうなんだけど、小等部はまだ期末とかないから活動できるの。それで天田君に練習してもいいですか? って聞かれたんだけど、その辺把握してなくて……』

「なるほど……天田が禁止されて無いならいいと思う。どのみち俺たちも部室で勉強会やるんだし、部室は使えるよ。これは江戸川先生に確認済み」

『分かった、天田君にはそう伝えておくね。……ところで葉隠君、もしかして寮の部屋?』

「そうだけど」

 

 何でわかったんだ?

 

『そっちが随分静かだったから外じゃないだろうし、もしかしてと思って。女子寮もね、休みなのにすごく静かなの。試験前だから皆勉強してるみたい。葉隠君も?』

「いや、俺はぜんぜん関係ないことしていたよ」

 

 俺はバイトと占いの話を山岸さんに話した。

 

『葉隠君、そんなアルバイトしてたんだ。アクセサリーショップで占いって珍しいね、デパートとか路上では見たことあるけど』

「おまけに昨日が初日だからね、お客様からの感想で拙いって全員から指摘されていたよ」

 

 そう言うと、山岸さんは何かを思いついたように声を上げた。

 

『それならマジックショーとか見てみたら?』

「マジックショー?」

『テレビとかで見るマジックって、なんか不思議な雰囲気があるでしょ? だから占いでもそれっぽい雰囲気が出るんじゃ……』

「……………………」

『あ、でも占いとマジックは違うよね……』

「いいかもしれない」

『えっ!?』

 

 マジックと占いは確かに違うが、雰囲気やカードの扱い方は参考にできるかもしれない。

 

「マジックを参考にしたい。けど、どこに行けば見られるかは知ってる?」

『えーっと……見るだけなら動画サイトでいくらでも見られるけど……』

「いや、できれば直に見たい」

 

 目の前で見ればドッペルゲンガーで記憶してより詳細に参考にできる。

 

『それならちょっと待って…………』

 

 それっきり山岸さんが無言になった。

 

『葉隠君』

「はい」

『見つけたよ。巌戸台商店街にある“浮雲”っていうお店で、希望者には五百円で実演してるらしいよ。ネットのお店紹介によると店長さんがプロのマジシャンみたい』

 

 わざわざ調べてくれたのか!?

 

『定休日が月曜日で日曜日は午後五時閉店だから、今からでも行けば間に合うとおもうけど……』

「早速行ってみるよ」

 

 俺は山岸さんに礼を言って、また出かける準備を始める。

 

 お客様の満足度を高めるのも、きっと訓練の内だ。




影虎は秘密の地下室の存在を知った!
江戸川先生に制御剤を預けた!
江戸川先生と情報交換をした!
検査道具と気の知識(プリント)を手に入れた!

江戸川先生から依頼が出た!
依頼No.1 実績をつくっておこう 
達成条件:大会に出て記録を残す
達成報酬:部室の占有権を維持しやすくなる
達成期日:無期限

60話となり影虎の交友範囲も広がってきたので、“依頼”を導入しました。
影虎はベルベットルームで依頼を受けられない代わりに、街中や学校で依頼が発生します。
依頼はやらなくてもいい事ですが、達成するとアイテムやお金を入手できたり、何かいい事があったりします。


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61話 昼下がりの商店街

 ~巌戸台商店街~

 

「ここでいいんだよな……」

 

 山岸さんに教えて貰った浮雲という店は、左右の店舗の隙間に無理やり収まったような細い建物だった。縦長で窮屈な扉から入るとカウンターまで一直線。その左右や壁におもちゃやマジック用品がズラリと並ぶ、外観相応に狭い店内だ。

 

 ドッペルゲンガーメガネを装着。

 

「いらっしゃい。高校生くらいか……パーティに、文化祭の出し物に、色々そろってるよ」

 

 カウンターから朗らかに話しかけてくる中年男性に、手品を見せて欲しいと伝える。

 

「えっ? 買いに来たんじゃなくて、マジックを見に来たのかい? ああいや、悪くは無いんだけどね」

 

 マジックは商品の実演販売のような物で、マジックを見ることが目的の客は珍しいそうだ。

 普段はどんな状況でマジックをやりたいかを聞いて、薦めるマジックを十分五百円でやっているらしい。

 

 俺はカードマジックをお願いした。

 

「それじゃ手始めに……この中から一枚引いてくれるかい? 僕に見えないように」

 

 流れるように、カウンターにアーチを描いたカードを一枚引く。

 引いたカードはクローバーの3だ。

 確認が終わるとカードを山の中に戻すよう指示される。

 

「はい、これで君の引いたカードがどれか分からない。でもこの中にはあるよね?」

 

 広げて見せられたカードの中に、いち早くドッペルゲンガーがクローバーの3を見つけ出した。

 

「あります」

「では」

 

 男性はカードを何度も二つの山に分け、交差させて一つに戻す。

 所作の一つ一つが堂に入っている……これはできるとカッコよさそうだ!

 そうしてできた山の柄が見える方を俺に向け、人差し指を上に添えて……!

 

「あっ!」

 

 持ち上げられた指を追うように、選んだカードが上がる。

 これ、カードの影から小指で持ち上げてるだけだ。

 

 肉眼では不思議な持ち上がり方をしているように見えるタネを、周辺把握が暴露していた……しかしどうやったんだろう? それはわからない。

 

「さてこのマジック。タネは意外と単純なんだ」

 

 ここのマジックは商品を売るための物、種明かしとレクチャーも代金の内というので遠慮なく教えてもらおう。

 

 男性がまたさっきと同じようにカードを操る。

 

「君がカードを確認している隙に、さりげなく手元にある一番下のカードを見て覚えたんだ。そうするとほら、君が引いて戻させたカードが覚えたカードの隣に来る。左右を間違えなければ“この中にありますね?”と聞きながら広げたときにカードを確認できるのさ。

 そのカードが一番上になるようカードを二つに分けて合わせる事で、カードを全体の一番上に持ってくる。あとは何度か同じようにカードを混ぜるふりをする。この時肝心の一番上のカードを変えなければ、最後まで目的のカードの位置を把握しておけるんだ」

 

 二つの山を交差させる時、引かれたカードを上にかぶせないように気をつけるだけでいい。

 最後に小指で持ち上げる……と、これだけ。演技を交えてお客にばれない様に行うだけでいい。説明されると非常に簡単な理屈だ。

 

「カードマジックをやるときにまず気をつけるのは持ち方。こう、カードに手のひらや指を添えて安定させるんだ」

「こうですか」

「そうそう、で次にめくるときは……」

 

 こうして俺はカードマジックの基礎を学んだ。

 

 ……なおカードの持ち方、捲り方、混ぜ方。広げるための“スプレッド”や、持ち上げた手からカードをはじき落とす“ドリブル”等々、基本的技法の説明と指導を受けた時間は四十分を超え、おまけにいくつかコインや小道具を使うマジックを見せて貰った後でトランプマジック用の敷物を購入。代金として計三千円を支払った。

 

「君はなかなか筋がいいよ、やる気があればまたおいで」

 

 俺はリップサービスに挨拶を返しながら店を後にした。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~巌戸台商店街~

 

 すぐに帰らず商店街をぶらついてみる。

 

「アーモンドクッキーセット、これにバターと卵白を加えてレシピ通りに作ると、簡単にできます……? 卵とバター別売りなのに、セットって言えるのか……でも山岸さんには良さそうだ」

「ボクシング用品応援セール期間。天田にミットでも……体ができてから、でもいまなら安いし……もう少し考えるか」

「ここ何の店だ……? 野菜と機械の部品が一緒に置いてある店なんて始めて見た……おっ! これルーターじゃん。……研磨剤もある! 工具屋か?」

 

 商店街はなにかと誘惑が多い。

 予定に無かったクッキーの材料と、ルーンを刻む道具一式を衝動買いしてしまった。

 バイト代が飛んだけど、どちらも使えそうなので後悔はしていない。

 

「ああっ!」

「おっと」

 

 目の前でお婆さんが躓いた。

 落ちた袋からジャガイモが散乱して足元に転がってくる。

 

「大丈夫ですか? 手伝います」

「あらあら、ありがとうね」

 

 急いで拾い集めよう。

 考えるとかけっ放しだったドッペルゲンガーの周辺把握により、散乱したジャガイモの位置が示された。別になくても見ればわかるが、近いものから拾い集めていく。

 

「はい、お婆さん」

「ありがとう。あら……一つ足りないわねぇ」

「それならもう一つ向こうに……」

 

 道路の真ん中にもう一つ転がっている。そう周辺把握をが示した方を向くと、その先から走ってくるバイクが見えた。

 

 こんな商店街の中を走るにしてはスピード出しすぎじゃないか? ぐんぐん近づいてくる。人通りは多くないけど、危ないな……

 

「お婆さん、ちょっと隅に寄りましょう」

「あらまぁ」

「うわっ!?」

「!?」

「だっ! あっ! あ!」

 

 まずい!

 

 進路上に落ちていたジャガイモに気づかず、踏みつけたバイクが跳ね上がった。

 コントロールを失った車体が流れてくる!

 

「ちっ!!」

「ああっ!?」

 

 考えるより先に体が動き、体ごとぶつかるようにお婆さんを抱えて跳躍。

 迫り来る車体からお婆さんをかばうが、運転手がさらにハンドルを切る。

 

「っ!」

 

 片足で強引に軌道修正。おばあさんを引き寄せると温い風が肩をかすめた。

 

「キャーッ!?」

「おい大丈夫か!」

「あ、あら、何が起こったの……?」

「……とりあえず助かったみたいです」

「助かった?」

 

 突然のことにお婆さんは目を丸くしている。

 理解が追いついていないようだ。

 

「あっ! こら待ちなさい!」

 

 通行人の男性の叫び声を聞いて振り向くと、体勢を立て直して走り去るバイク。

 

 逃げる気か! 

 

「あ、ああ……」

「!」

 

 腕の中で事態を把握したお婆さんの顔が、蒼白になっている。

 

 ……車種とナンバーに服装は記録したからな。

 

 転がったジャガイモも一因だが、危険運転とその後の態度に覚えた憤りを抑え込んで、お婆さんに声をかける。

 

「お婆さん、お怪我は?」

「ええ、私は大丈夫……それよりあなたは? 大丈夫なの!?」

「俺もなんとか避けたので」

「よかった、本当に良かった……」

 

 おばあさんは自分の足でしっかりと立って見せ、すぐに俺の心配をしてくる。

 あれ? このお婆さん……

 

「大丈夫ですか光子さん!」

「あらあらゲンさん、私はこの通り、ぴんぴんしているわ」

 

 通行人の男性と話すおばあさんをよく見ると、やっぱり古本屋“本の虫”のお婆さんじゃないか! 今の今まで気づかなかった……

 おばあさんだいぶ落ち着いたようだけど、まだ手足が若干震えている。

 視線をそらすと、さっき拾い集めた荷物がまた散乱しているのが目に入った。

 

「それじゃ私は連絡があるからこれで、光子さんも気をつけてくださいね、近頃は危ないから」

「…………お婆さん。これ……」

 

 立ち去る男性を見届けて、無事な荷物を拾い集めて差し出す。

 

「ありがとうね」

 

 受け取った荷物を抱えてうつむく光子婆さん。

 この人は交通事故で息子さんを亡くしているはず。

 何か思うところがあるのだろう。

 

「……お婆さん」

「……?」

「どこかで休みましょう。お家は近いですか?」

「ええ、すぐそこだけど……」

「だったら送りますよ、荷物、持たせてください」

「まぁ……本当にありがとう」

 

 元気の無いお婆さんと商店街を歩く。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 ~古本屋・本の虫~

 

「おおっ!? 婆さんどうしたんじゃ!? そんな若い子連れて帰ってくるなんて!」

「さっき、そこで助けて貰ったんですよ」

「助ける?」

 

 荷物をお店に置く間、お婆さんからお爺さんに簡単な説明が行われると、お爺さんの態度が豹変する。

 

「なんとっ! 婆さんの命の恩人かい!? それも交通事故!? むむむ……婆さんまで失った日には、ワシは……本当に、ありがとよぅ。あー……」

「申し送れました、葉隠です、葉隠影虎」

「虎ちゃんじゃな! お礼にいい物をあげよう」

「いえ、そんな」

「そう遠慮せずに、持っていきなさい」

 

 お爺さんはそう言って持ってきた大量の菓子パンを、俺のマジック道具が入ったビニール袋にガンガン詰めていく。パンが潰れてしまっているのにお構いなしだ。

 

「ありがとうございます。それじゃ俺はこれで」

「もう帰ってしまうのかい? また、よかったら顔を出しておくれ」

 

 古本屋の老夫婦に見送られ、パンパンになった袋を抱えて寮へ帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~男子寮・自室前~

 

「順平いるかー?」

「ちょっと待った! いまい、うおわっ!?」

 

 ……何やってんだろう? 

 

「てて……おっす、何か用か?」

「これなんだけど」

 

 扉を開けた順平に、古本屋で貰ったパンを見せる。

 

「どうしたんだ? この大量のパン」

「もらい物なんだけど、食べ切れそうになくて。よかったらいくつか貰ってくれないか?」

「ふーん、じゃ遠慮なく。そだ、影虎ポテチとか食う? 俺昨日くじ引きやったら箱で当てちってさー、しかもマイナーな味のやつ。よかったら変わりに持ってってくんねー?」

「じゃあ交換しようか」

「おっし! じゃ入れよ、幾つか種類あるから、選んでいいぜ」

 

 こうして順平の部屋に招待されたが……呆れるほどに部屋が汚い……

 

「なんか、凄いな……」

「まぁ男子ならだいたいこんなもんじゃね?」

 

 それにしても……

 

「順平、掃除はした方がいいぞ。でないと女子に見られて恥をかく」

「残念ながらオレッチには部屋を見せる女子なんていないんだよチクショウ!」

「いや、あると思うぞ、来年くらいに……」

 

 巌戸台分寮の監視カメラに映るんだよ、桐条先輩が泥棒と間違えて黒澤巡査を呼ぶ映像が。

 

「来年?」

「あ、いや、なんというかそんな気がしてな」

「それってあれか? 予知ってやつ? だったら俺に来年、部屋に来るくらい仲いい女の子が? そうだといいなぁ……へへっ」

 

 順平は勝手に妄想して気をよくしたようだ。表情がだらしない。

 

 ……お調子者でよかった。

 

「ほら影虎、こん中から好きなの選べよ。何なら箱ごともってってもいいぜ」

「じゃこっちも好きなの選んで」

 

 ポテチの箱とパンの袋を交換して、中を改める。

 

「……なぁ順平、これってどこで売ってんの?」

「しらねー。なんか変わったのばっかだろ」

「変わってるというか、ポテトチップにする味じゃないと思う」

 

 箱の中にあるラインナップはラーメン味、みかん味、りんご味、もも味、うに味。

 変り種ばかりだ。少なくともいそこらの店で売っている味が一つもない。

 

「……まだ無難そうなラーメン味を貰っていくよ」

「そっか、やっぱフルーツ系は手が出ねーか。オレッチもなんだよ……罰ゲーム用にすっか。あ、俺はコロッケパンと焼きソバパン貰ったぜ」

「二つでいいのか?」

「夕飯もあるしこんくらいだろ」

「それもそうか。じゃあまた夕飯のときに」

 

 順平の部屋を出た。




影虎はカードの扱い方を学んだ!
影虎は衝動買いをした!
クッキー作りができるようになった!
ルーン文字をバイト先でなくても彫れる様になった!
古本屋の老夫婦と知り合った!
大量のパンを手に入れた!


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62話 千客万来の勉強会 その五

 翌日 5月12日(月)

 

 放課後

 

 ~部室~

 

「山岸さん、材料をレシピ通りに計ってもらえる?」

「うん、わかった」

 

 今日も皆で集まり勉強会を行う予定だが、始まる前に山岸さんとクッキーを作る。

 昨日買ったクッキーセットのレシピは簡単ですぐできそうだし、上手くできれば休憩中に食べられる。

 

「材料は冷蔵庫?」

「それとそっちの棚に今朝入れておいたはずだけど……」

「あっ、これだね」

 

 計量する山岸さんをドッペルゲンガーで監視しながら、オーブンを予熱して道具を用意する。いまのところ妙な物を混入させるような動きは無い。

 

「卵とお砂糖、薄力粉、溶かしたバターにアーモンド……そうだ、バターを溶かしておかないと」

 

 それを聞いてそうだったと思ったら、山岸さんは行動に移っていた。バターの塊を鍋に入れて、コンロに……って

 

「ちょっと待った、火強すぎない?」

「えっ、そうかな? このほうが早いかと思ったんだけど」

「焦げると思う。もっと弱火か湯煎か……それよりまずバターも量らないと」

 

 ……

 

「クッキーってこの色なのかな?」

「この色?」

「ほら、お店で売ってるクッキーって、種類や色がたくさんあるじゃない?」

「確かに。カラフルなのとかもあるけど……」

「生地に色を混ぜたらそうなるのかな?」

「それか焼いてから着色料とか……ちょっと待った、その手に持ってるタバスコを置こうか」

「色を足したほうが見栄えが良くない? 食紅の代わりに」

「色と一緒に味も足されるよ!?」

 

 ……

 

 なんとか柔らかくした適量のバターと材料を混ぜ、レシピ通りの生地を作れた。

 山岸さんは材料の計量はしっかり出来るようだけど、ちょくちょく独自のアレンジを加えようとする癖があるみたいだから油断できない。

 

 気を抜けたのは、トレーに移した生地をオーブンに入れてする事が無くなってからだった。

 

「先輩!」

 

 と思ったら天田が慌てたように飛び込んできた。

 

「どうした?」

「先輩達が集まったんですけど、一緒にあの桐条先輩も来てるんです」

「桐条先輩が?」

「それに桐条先輩と一緒に不良みたいな人が二人来て先輩に会いたいって言ってます」

「なんだって……? それ男か?」

「そうです」

 

 桐条先輩と一緒にいる男二人となると荒垣先輩と真田しか思い浮かばない。

 けど何の用だ? 俺と日中の関わりは無いはず。

 

「で、その二人は?」

「たぶんまだ部室の外に。なんか高城さんの知り合いだったみたいで、言い合いを始めちゃって……」

 

 高城さんが!? 穏やかで言い合いをするような人じゃないと思うが……それにあの二人と知り合いなのか? 耳を澄ますと確かに高城さんの声が聞こえてくる……とりあえず行くか。

 

 意を決して外へ出ると、そこでは確かに高城さんが声を荒げていた。

 ……思い浮かべた二人とは違う不良男子二人を相手に。

 

「二人とも、そんな格好でなにやってんの! サッカー部は!?」

 

 喧嘩ではなく、高城さんが男二人を問い詰めている感じだ。男二人はその剣幕にたじろいでいてる。だからか? 連れてきた桐条先輩も、順平たちも。誰も止めに入らず困ったように様子を見ている。

 

 手は出されなさそうだけど……

 

「おーい、何の騒ぎ?」

「ちょっと黙っ、あ」

「「! 兄貴!!」」

「はっ?」

 

 誰こいつら、マジで。

 痣のある顔を見せ付けてくるが、兄貴とか呼ぶ奴に心当たりはない。

 

「俺らっすよ!」

「と言われても……!」

 

 この金髪、鼻ピアスはしてないけど……それにこのチャラそうな茶髪!

 

「思い出した! 路地裏でボコボコにされてた二人か!」

「ちょっ、そんな身も蓋もない……」

「事実っすけど……和田(わだ)勝平(かっぺい)っす」

「同じく新井(あらい)健太郎(けんたろう)です!」

「「あの時はマジ助かりました!! ぜひお礼をさせてください!」」

「お、おう……桐条先輩?」

 

 説明を求めます。色々と。

 

「アポイントもなくすまない。君に礼がしたいと言ってきたんだが、こちらとしても突然だったものでな……」

 

 そう前置きして説明された内容はこうだった。

 まずこの二人は礼が言いたくて俺の事を探していた。だがどこの誰だか分からない。

 そこであの時ナンパした森山が俺のことを知っていたのを思い出し、彼女を探した。

 聞き込みをしていたため、桐条先輩の知人(荒垣先輩)も話を聞きつけた。

 お前らみたいなのが押しかけたら迷惑だと言われたが、それでも! 

 という事で荒垣先輩が桐条先輩に相談、もとい急に押しかけてきて丸投げされたそうだ。

 

「二人がこの風貌だからな。校舎内よりここに案内した方が注目を集めずに済むと判断した」

「お気遣いありがとうございます」

「なに、君には色々と世話になっているからな……今日も迷惑を掛けていると思っているが」

 

 でも教室に特攻されるよりは断然いい。

 というか、何でこいつら月光館学園の制服着てるんだ?

 それに高城さんとはどういう関係?

 と疑問に思っていると、視線で察した高城さんが疲れたように口を開いた。

 

「私、去年まで中等部でサッカー部のマネージャーでね……この子たちはサッカー部員で一年下の後輩なの」

「「うっす!」」

 

 なるほどなー、この二人も月光館学園の生徒だったのか。って……

 

「一つ下ってことは、まだ中三なのか!?」

「「うっす……」」

「本当だよ! 中学生が、っていうか中学生でなくても夜中に駅前の路地裏に行くなんてどういうこと!? 柳先生が口すっぱくしてあそこは危ないから近づくなって言ってたの、忘れたわけじゃないよね!? 髪も丸刈りだったのがこんなんなって、どうしちゃったのよ!? まるで昔と正反対じゃない!」

 

 興奮して普段は聞かない勢いで吐き出される言葉に、男二人は申し訳なさそうに彼女の視線を避ける。

 

「……とりあえず、全員中に入れ。座って話そう」

 

 俺を含めて皆、沈黙したまま部室へと入っていく。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 ~部室内・自室~

 

 興奮していた高城さんは山岸さんや桐条先輩に任せ、俺は和田と新井を占有している部屋に連れてきた。

 

「まずお礼をさせてほしいって聞いたけど、特に気にすることは」

「そんなこと言わずに!」

「親も礼がしたいって言ってるんすよ!」

「だからうちで飯食ってください! 俺んち巌戸台商店街にある“わかつ”って飯屋なんです! それなりにうめぇっすから!」

「俺の家は“小豆あらい”って甘味屋です! デザートなら任してください!」

「……え? “わかつ”と“小豆あらい”の息子なの?」

「知ってますか?」

「一応。俺今年からこっち来たからまだ行った事ないけど」

「「だったらこの機会に是非!」」

 

 一度は行ってみたかったし、いい機会だから申し出は受けることにする。

 だからさっさと高城さんとの話に移りたい。

 このままじゃ終わりが見えないし、無視して勉強会を始める気にもならない。

 たぶん他の皆も同じだろう。

 

「それほど付き合い長くもないけど、あんな高城さん初めて見たよ」

「そう言われてもなぁ……」

「何から話したらいいのか……」

「……じゃあ、二人はサッカー部なのか?」

「今は違います」

 

 俺の質問には新井が答えた。

 

「今は、ってことは辞めたのか」

「はい……柳先生、去年までサッカー部の顧問やってた爺ちゃん先生なんですけど、その人が定年で退職して、新しく来たセンコーと馬が合わなかったっす」

「合わない。どんな風に?」

「えこひいきがヒデーすよ。自分の科目の成績がいい奴とか、自分の言うことを聞く奴だけ試合に出したり、気に入らない奴にだけ雑用を回したり……あ、言うこと聞かないってのは指示に従わないって意味じゃないっすよ!」

「柳先生が顧問だった頃は皆一生懸命練習して、純粋にサッカー楽しんで、そんな感じでやってました。けど今のセンコーは……林って言うんですけど、しょっちゅう内申書の話題とか出しやがるんですよ。それで元からいた部員のほとんどが林の顔色を伺うようになっちまって……新入部員もサッカーに興味があるのかわかんねぇ。でも林はそういう奴ばっかり優遇します」

「そうそう、練習に身が入ってないんすよ。そんで昔みたいに気合入れて練習したくて呼びかけたら、俺らの方が浮き始めて喧嘩になったりもして……」

「最後には“チームワークを乱すな”なんて注意される始末でなんつーか……急にアホらしくなっちまって、そのまま退部ってことに」

 

 先生の性格や目的は不明だけど、とにかく活動方針の変化について行けなかった、って事か。

 

「それでその格好をするようになったのは? 高城さん的にショックだったみたいだけど」

「美千代先輩にはしばらく会ってなかったっすからね……最後に会ったのっていつだっけか?」

「わかんねぇ、けど俺らが退部する前だろ。辞めてからは連絡も取り辛くなったし」

「だな。柳先生はこういう服装許さない人だったんで、美千代先輩は丸刈りの格好しか見たことないはずっす」

「丸刈りの後輩がちょっと見ない間にそうなってたら誰でもおどろくわなぁ……」

「返す言葉がないっす」

「俺らも自分がこんな格好するなんて、前は考えもしなかったんで」

「じゃなんでそんな格好を?」

「勢いでサッカー部を退部したんですけど、いざやめると他にやる事なくなって……」

「町プラプラしてて、なんとなく」

「話の途中ですまない。葉隠、ちょっといいか」

「ん、二人ともちょっとここで待っててくれ」

「「うっす!」」

 

 こいつら意外と素直だな……

 

 二人を置いて桐条先輩から廊下で話を聞くと、高城さんが落ち着いたそうだ。

 実際に勉強会の会場に顔を出してみれば、普段通りに近い高城さんの姿がある。

 

「葉隠君、それに皆もごめんね。変な話にしちゃって、勉強会も」

「気にしなくていいって!」

「そうそう、俺的には勉強しない口実ができたっつーか?」

「順平……」

「順平さん……」

「のわーっ!? ゆかりっちと天田の目がキビシー! 軽いトークで励ましてんだからそんな目で見るなよ!?」

「えっ、冗談だったの?」

「岩崎さん!?」

「普段の行いが行いだもんねー」

「仕方ない仕方ない」

 

 くだらないやり取りを前に、高城の顔に笑顔が浮かぶ。

 こういう時に順平は強い。タイミングにより当たり外れはあるけれど。

 

「あの二人何か言ってた? 私一方的に色々言っちゃったけど……」

「高城さんに対しては特に。しいて言えば申し訳なさそうだった」

 

 俺は和田と新井から聞いたことを話した。

 

「……そうなんだ。納得した」

「今ので?」

「うん。顧問の先生と方針が変わったのは知ってたし、あの二人はサッカー部の中でも一二を争う馬鹿だったから。サッカー部がそんな事になってるとは知らなかったけどね。相手に取り入るとか、器用な真似はあの二人には無理無理。

 ……でもその林先生、私が聞いてた話とはだいぶ違う。教育熱心ないい先生って聞いてたんだけど、あの二人が嘘ついてるとも思いたくないし……」

 

 俺もあの二人はただ素直に不平不満を話していたように見えた。

 あれが嘘なら高城さんの話す二人の人物像とは似ても似つかない。

 桐条先輩何か知らないかな?

 

「……葉隠、そんな目で私を見られても困る。出資者の娘でも職員の雇用や面接をしている訳ではないんだ。私が中等部に在学中だった頃からいる教員なら面識もあるが、その林という教員はおそらく新任教師だ。記憶に無い」

「ですよね……あれ? そういえば山岸さんは? 見当たらないけど」

「彼女なら先ほど奥へ行ったが」

「私がどうかしたの?」

「おっと」

 

 噂をしたら本人がやってきた。

 

「いや、見当たらなかったからどこ行ったのかと」

「ごめんね、ちょっと気になった事があったから調べてたの」

「調べ物とはそれか? 山岸」

 

 先輩の目が手に持つ紙に目を向くと、山岸さんは頷く。

 

「高城さんがあの二人の格好じゃきっと部活に行ってないって言ってたから、掲示板でサッカー部の事を調べてみたの。何か手がかりがあるんじゃないかと思って……あれっ……? 皆?」

『ナイス!』

「ブリリアント!」

「えっ? ええっ?」

 

 絶妙なタイミングで情報を持ってきた彼女に賞賛が集まった。

 本人は戸惑っているが、本当にいいタイミングだ!

 

「部活の顧問についての情報はある? 今その話してたんだ」

「えっと……前の顧問が柳先生、今の顧問が林先生っていって指導方針と部活についての考え方がかなり違うみたい。柳先生は理想主義で、林先生は現実主義なのかな?」

 

 山岸さんが言うには、柳先生は部活と学業“どちらも真剣に”取り組むよう指導していた。

 そして林先生は“学業を優先するように”と指導しているのが大きな違いだと言う。

 

「プロのスポーツ選手になるのって、とっても厳しいって聞くよね?」

「そりゃーそうだろ。オレッチ野球やってたけど、プロになるなんて考えられねーよ」

「うん……だから部活よりも勉強をしたほうが将来のためになるって考えてるみたい。サッカー部ってあんまり試合に勝ててないからなおさら……部活は所詮“遊び”だって」

「何それ!」

「ひうっ!? 岩崎さん?」

「確かにプロになるのは難しいけど、真剣にやってる人だっているんだよ? そんな言い方って」

「ストップ理緒! それ言ってんの山岸さんじゃないから!」

「ちょっと落ち着いて」

「あ、うん、ごめん、つい……」

「まー俺も陸上部をそう言われたらちょっとカチンとくるな」

「言ってる事は分かるけど頭にくるって内容の書き込みも結構あって……でも新任教師でまだ初々しいとか慣れてなさそうって書き込みもあるの。もしかしたら林先生の言い方が悪くて誤解されてるのかも。

 成績の悪い生徒は部活を禁止したり勉強を優先させてるけど、何位とかじゃなくて小テストの結果が悪かった時とからしいし、部活の参加が強制じゃなくて勉強に余裕があればになってるね。上下関係が緩くて自由にやれるみたいだし、質問には丁寧に答えてくれる先生だって良い評価もちゃんとあるよ」

 

 それを聞き終えると高城さんは静かに口にした。

 

「二人にこの話、聞かせてみていいかな?」

 

 その祈るような言葉に俺は二人を呼び、高城さんが聞かせた。

 

「こうして時間使って考えてくれる先輩らには悪いっすけど」

「俺らあの部に戻るつもりありませんから」

「おいおい、もしかしたら誤解かも知れないぜ?」

「かもしんねぇっすけど! それでも林がサッカー部を“遊び”だって見下してんのは変わらねぇっすよ! 柳先生のやり方にもケチ付けやがって」

「それに今更戻っても……あそこじゃもう、前みたいに真剣に練習やったら煙たがられるだけですよ」

「なら君たちはこれからどうする気だ? 君たちにも色々と思うところはあるだろう。しかしこのままで良いとは私は思わない。そして知ってしまった以上、このまま君たちの夜遊びを看過するつもりもない」

「それは……俺たちもこのままでいいとは思ってない!」

「だから俺ら、どうするかは考えたっす!」

 

 有無を言わさぬ桐条先輩に、二人は気を飲まれながらも言葉を返した。

 

 次に何を言うかと自然に注目が二人へと集まるが……当の二人は俺へ視線を向ける。

 

「………………え、俺?」

「サッカー部には戻らねぇ。でもこのままグダグダやってても、何にもならねぇ。だから俺ら決めたっす」

「あの時俺たちを助けてくれた兄貴について行こうと!」

「「俺たちを舎弟にしてください!!」」

 

「……ちょっと何言ってるか分からないですね……」

 

「お願いします! 俺ら、兄貴についていけば何かが見える気がするんです!」

「格好だけで粋がってた半端な俺らからは卒業したいんです! お願いします!」

 

 引き下がらない二人に、俺も回りも沈黙する。

 

 桐条先輩……

 

「……? これはどういう事だ? 話のつながりがよく……なにか聞き逃したか? いや……」

 

 混乱してらっしゃる。俺もよく分からないんで、説明を求める目をやめてください。

 

 高城さん……

 

「ごめん。本当にごめん。行動力だけはある馬鹿で本当にごめん」

 

 こっちは二人にあきれつつ平謝りか。謝らなくていいから止めてくれ。

 

 皆……

 

「ぷっ……くくくっ」

「初めて見たよこんなシーン」

「今時の不良も舎弟っているのか?」

「さぁ」

「何でそうなんの……?」

「……?」

「葉隠君はどうするんだろ~?」

「私たちには口出しできなそうな話になったね」

「えっと……」

「頑張ってください」

 

 どいつもこいつも他人事かっ!

 

 とりあえずこれだけは言っておこう。

 

「舎弟はいらない!!!!」




影虎は山岸とクッキーを作った!
無事にオーブンに入れることができた!
部室に来客があった!
和田勝平、新井健太郎の二人と知り合った!
和田勝平、新井健太郎の二人から依頼が出た!

依頼No.3 お礼をさせて! 『受注しました』
達成条件:“わかつ”と“小豆あらい”で二人の親に会う。
達成報酬:“わかつ”と“小豆あらい”でタダ飯食べほうだい。
達成期限:近日中

依頼No.4 舎弟にしてください! 『拒否しました』
達成条件:和田(わだ)勝平(かっぺい)新井(あらい)健太郎(けんたろう)を舎弟にする。
達成報酬:???
達成期限:近日中


依頼についての追記事項
影虎の受ける依頼はゲームと違い現実なので、
一度受けてから破棄した場合、もしくは依頼を達成できなかった場合、
マイナスになる出来事が発生する可能性もあります。

依頼内容によりけりですが、
仕事で納期に遅れたり、一度やると言ったことを放り出す感じです。


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63話 勉強会の後

「ヒッヒッヒ……皆さん、そろそろ完全下校時刻ですよ。今日のところはこのあたりにしませんか?」

 

 勉強をしていた俺たちに、江戸川先生が教えてくれた。

 

「ぶっはー……やっと終わりっすか……」

「こんな勉強すんのマジ久しぶり……」

「お前たち、これまでサボっていた分を取り戻すにはまだまだ足りないぞ。明日からも続けるからな」

「「ヒエ~!」」

 

 和田と新井の嘆きが響く。

 舎弟の話は断ったが、代わりに二人は勉強会の仲間入りをしている。

 

「やる事ないなら勉強しろ」

 

 断る途中で俺がそう言ったことをきっかけに、高城が賛同して二人が元々成績がいい方ではないことをまた暴露。それを聞いた桐条先輩が中等部も高等部と同じ日程で中間試験がある、勉強はしているのかと聞いたのだが、二人の返事は予想通り。

 

 舎弟云々はさておいて勉強すべきという話になり、あれよあれよという間に本来の目的であった勉強会が開かれた。……和田、新井、そして桐条先輩(・・・・)の三人を加えて。

 

 桐条先輩は俺たちの勉強会に二人を入れると俺たちの負担になると考え、自分が補助をすればいいという結論に至ったようだ。忙しいんじゃないかとか色々聞いてみたが、大丈夫らしい……けど黙々と勉強する岳羽さんがちょっと怖い。ここに居られると不都合があるなんて思われたくないが、断固として断るべきだったか?

 

「なんだ、疲れたのか? 葉隠」

「……桐条先輩と一緒に勉強会をしているこの状況がなんだか信じられなくて」

「そう言われてみれば、私も授業以外で誰かと集まって勉強をするのは初めてだな」

「え~、そうなんですか? 真田先輩とかは仲いいって聞きますよ?」

「明彦とそういう時間を取ったことは無いな。私は生徒会の仕事の合間にやっているし、あいつはそんな時間があればボクシングに使いたがる。やるべき事はやっているから、特に気にしたことも無かった」

 

 島田さんの質問に、先輩は苦笑して何事もないように答えた。

 会話もあるし、岳羽さん以外はわりと先輩を受け入れている。

 江戸川先生も部室に来て、先輩が一緒に勉強していることには驚いた様子だった。

 しかし反対するつもりはないようだ。

 

「んー……っ! ふぅ。終わりならぼちぼち片付け始めない?」

「そだなー」

 

 伸びをした岳羽さんをきっかけに、皆が帰り支度をする。

 岳羽さんの手際が一番いい……

 

「岳羽さん、ちょっと手伝ってくれる?」

「え? いいけど……」

「あっ、洗い物? だったら私が!」

「山岸さんはここをちょっと片付けておいて貰えると助かる。消しゴムのカスとか落ちてるからさ」

「あ、うん、わかった」

「皆、何か捨てる物があれば預かるよー」

「影虎ー、これ頼む」

 

 アーモンドクッキーを乗せていた皿を集めて持ち、ゴミを集めて給湯室へ。

 

「ゴミはその中に捨てといて」

「はいはい。こんな風になってたんだね。給湯室ってもっと狭いと思ってた。ってかこの部室ってさ……全体的に部室って感じじゃないよね?」

「ここって元々は展望台職員の宿直室だったらしいから」

「へー……それで? 私に何か用?」

 

 皿を洗う俺の背中に、若干不機嫌そうな声がかかる。

 

「用ってほどでもないけど、大丈夫かと気になって」

「桐条先輩の事だよね? ……よく分かんない。どうしたらいいのか。どう対応すればいいのかぜんぜん……葉隠君は?」

「……少なくとも、当時のこと(爆発事故)に先輩は関わっていない。俺たちと一つしか違わない先輩が、企業の実験に関われるとは思えない。だから、それについての忌避感はない」

「…………そっか、そうだよね。あの先輩がお父さんに何かしたわけじゃないんだよね」

 

 それは自分に言い聞かせるような言葉だった。

 

「……無理はしなくていいと思う。なんだったら」

「ストップ。……先輩の事は割り切れないけど、私、逃げるのも嫌だから。勉強会やめるとかナシね、絶対」

 

 断固とした意志を感じる……

 

「大丈夫、君みたいに喧嘩とかしないから。しばらく様子をみるだけ」

「俺はそんなに喧嘩ばかりしてるつもりは無いんだけど……まぁ、分かった」

 

 少し口を挟むことしかできないのが悔しいが、これは岳羽さんの問題だ。

 良い方に心の整理が付くように祈り、俺はこの件を成り行きに任せることにした。

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 

 

 ~巌戸台商店街~

 

 和田と新井が俺を先導する。

 

「ささ、兄貴こっちっすよ!」

「一名様ご案内~」

「恥ずかしいから騒ぐなって!」

 

 礼がしたいという二人に誘われ、“わかつ”に入った。

 美味しそうな料理の香りと喧騒で夕飯時の賑いがよく分かる。

 

「いらっしゃい! なんだ勝平と健ちゃんかい、もう一人は見ない顔だね」

「初めまして」

「母ちゃん! この人がこの前俺らを助けてくれた人だぜ!」

「この前……あんたが顔腫らした喧嘩の? その節はうちの馬鹿息子がお世話になって……」

 

 和田の母らしき中年女性は俺の顔を凝視している。

 

「あの……」

「悪いね。話を聞いて、もっと強面の人がくると思ってたもんだから。真面目そうな顔してるじゃないの。なんにせよ、うちの子たちを助けてくれてありがとう」

「それよりまず先輩を席に案内しろって母ちゃん」

「話の腰を折るんじゃないよ、ったく!」

「ってぇ!」

「連れてくるなら連れてくるで、先に連絡したらどうなんだい。そしたら用意もできたってのに」

 

 深々と頭を下げた女将さんが和田に軽く拳骨を落とし、俺たちは四人がけの席へと案内された。

 

「はい兄貴。水とお品書きです」

「その兄貴っての辞めてくれないか……? 舎弟の件は断ったろ」

「兄貴、うちの店のカツは美味いっすよ。好きなだけ食っていってください」

 

 もう聞いちゃいないな、これ。

 

「なに偉そうな事言ってんだいこの馬鹿息子は。金払うのはアンタじゃないだろ? ったく……でも息子の言う通りさ、今日は遠慮なく食べていいからね。アンタがいなかったら本当に危なかったって聞いてる。息子を無事に帰らせてくれて、本当に感謝してるんだから」

 

 そう言った女将さんの表情はとても優しそうだ。

 俺の母とは違うタイプだけど、いいお母さんなんだと思う。

 

「さぁ、どんどん食べたい物を選んで。勝平は魚、健ちゃんはいつも通りとんかつでいいのかい?」

「俺今日はステーキ定食大盛りで!」

「母ちゃん俺も魚じゃなくてとんかつ大盛りで!」

「あんたは肉ばっかじゃなくて魚も食べな!」

「そんな事言わずにさぁ、今日めちゃくちゃ勉強して腹減ってんだよ」

「勉強だって? アンタが?」

 

 急に訝しげな表情になった。普段の和田の勉強量がおおよそ推察できる。

 しかし今日は確かに勉強はしていた。それは伝えてあげよう。

 

「……本当なのかい? この二人が勉強を」

「どんだけ疑うんだよ! ちゃんと勉強したっての!」

「きつかった……」

「成り行きでそういう事になりまして、今日はここに来る前まで勉強してたんですよ。しっかりと」

「教えてくれたのかい? この子たちに」

「俺と他数名の生徒が教えました。あと明日以降も俺たちの勉強会に参加する事になっています」

 

 そう言うと女将さんは満面の笑顔。

 首に縄をつけてもいいから、みっちり叩き込んでおくれ!

 勉強を成績が上がったらまたお礼をするからさ!

 とのお言葉を頂く。

 

 注文を取って仕事に戻る女将さんは、見るからに上機嫌になっていた。

 表情がコロコロ変わる竹を割ったような性格の人だ。

 

「DHA盛りだくさん定食、おまちどうさん!」

「ありがとうございます」

 

 わかつといえば、学力の上がるこのメニュー。

 

 実物が目の前にあることにちょっと感動。

 内容はご飯と味噌汁、小鉢二品と魚の照り焼き。

 香ばしい香りが食欲をそそる!

 

「あれ、二人の分は」

「とんかつ揚げたりステーキ焼いたりしてるからもう少しかかるね」

「兄貴、先食べててください」

「俺らのもすぐ来ますけど、待ってたら冷めますから」

「じゃあ、お言葉に甘えて遠慮なく。いただきます!」

 

 最初に味噌汁を一口。

 具はワカメに豆腐と油揚げ、つみれも入っていた。

 合わせ味噌と出汁の風味が鼻を駆け抜ける。

 美味しい。なんだかほっとする味だ。

 

 続いてご飯、小鉢のほうれん草の胡麻和えときて照り焼き。

 箸を入れると表面はパリッと、中はふんわりと柔らかい。

 口に含むとタレと絡んだ身がほぐれてうまみが広がっていく。

 

「どうだい? 味の方は」

「美味しいです!」

「そうかい! よかったよ、勝平と健ちゃんの分も今持って来るからね」

 

 満足そうに笑って立ち去る女将さん。

 

「気に入ってもらえたっすか? 兄貴」

「気に入った気に入った、本当に美味いよ」

「はいよっ、とんかつ定食とステーキ定食の大盛り」

 

 出てくるまでが早いな……

 

 きつね色に揚がったとんかつと、鉄板の上でジリジリと音を立てるステーキ。

 食欲が掻き立てられる料理が次々運ばれてくる。

 

「これも美味しいけど、そっちも美味そうだな」

「ステーキはボリュームがあって美味いですよ」

「カツはうちの店に名前が入ってる看板メニューっすからね、当然っすよ!」

「それ食べ終わってまだ食べれるならこっちも食べてみな、味は保障するよ」

 

 この味なら食べられそうな気がする。

 

「君たち、ちょっといいかな?」

「?」

 

 定食に舌鼓を打っていたら、誰か来た。

 

「あ、商店会長」

「ゲンさんじゃないっすか」

「挨拶が先だろっ! すみませんねぇ」

「いやいや、こちらこそ食事中にすまないね。ちょっとそこの彼と話がしたくて」

「俺と?」

「君、この前この商店街でお婆さんを助けていた子じゃないか?」

 

 思い出した! この人、俺がこの前バイクから光子お婆さんを助けた後に光子お婆さんと話していた人だ。

 

「あの時の」

「やっぱり君か! 食事をしながらでいいから、話をさせてもらえないか?」

 

 構わないと答えると、男性は空いていた隣の席に座って女将さんに注文をしてから話し始めた。

 

 なになに……

 最近、近所の道で道路工事が行われている影響で商店街を通り抜けるバイクが増えている。

 前から注意喚起をしていたが、とうとうこの前の事が起こってしまった。

 あの後の対処は警察に相談している。しかしあの時のバイクはまだ捕まっていない、と。

 

「恥ずかしながら、通報した私が特徴やナンバーを答えられなくてね。警察にもそれじゃ捜しようがないと言われてしまった。だから、何でもいいから覚えている事があれば教えて欲しい」

 

 それならば、と俺はあの時記憶したメットの色、服の色、バイクの車種、ナンバーなど、覚えている限りの情報を伝えた。男性はいささか驚きながらも急いでメモを取っている。

 

「ありがとう、これであのバイクの持ち主も見つかるだろう」

「お役に立てたなら良かったです」

 

 商店街でスピードを出して事故を起こしかけるような危険運転はなくなってほしい。

 バイクに対する世間のイメージはお世辞にも良いとは言えないのだから。

 

「あれ? 俺の飯は?」

 

 気づけば一口分の米しか残っていない。

 

「先輩、今食ってたじゃないっすか」

「話聞いてる間もどんどん食ってましたよ」

「マジで? よく覚えてないんだけど……食べたのに食べたのを忘れたとか、ボケのようでなんか嫌だな……」

「まぁまぁ、食べれるならお代わり頼みましょうよ」

「あぁ……じゃあ、とんかつ定食で」

「母ちゃん! とんかつ定食大盛り」

「もう食べたのかい? 良い食いっぷりだね、ちょっと待ってな!」

 

 運ばれてきたとんかつ定食の大盛りをいただく。

 

 サクッとした衣に包まれた厚切り肉が香ばしくてジューシーで……美味い!

 DHA盛りだくさん定食を食べたのに、どんどん腹に入っていく!

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

「ごちそうさまでした」

「二つ目なのに早っ!?」

「俺らまだ食い終わってねぇっすよ!?」

 

 そんなに急いだつもりはないが、二人より早く食べ終わってしまった。

 今回は食べたことをちゃんと覚えているけど、まだ食べられそうだ。

 

「次は何食います? ってか、食えますか?」

「あー……じゃあ新井と同じステーキ定食で」

「了解っす! 母ちゃん、ステーキ定食追加!」

 

 ……やっぱり、おかしくないか?

 

 タルタロスに通い始めて以来、食べる量が増えていると時々感じていたけど、これはもう気のせいではない。俺は定食を一度に三つも食べる大食漢ではなかった。しっかり食べられるのは健康なんだと思っていたが……明日、江戸川先生に話してみることにしよう。

 

 この後俺は注文したステーキ定食を完食し、デザートでも……と新井に薦められるまま“小豆あらい”で餡蜜(あんみつ)を五杯食べた。

 

 今日のタルタロスは少しハードにやろう……




和田勝平、新井健太郎、桐条美鶴の三人が勉強会に参加した!
岳羽は様子を見ている!
影虎は“わかつ”と“小豆あらい”に行った!
自分の食事量が増えていることを再認識した!
影虎は江戸川に相談するようだ……


和田勝平、新井健太郎の二人からの依頼を達成した!
依頼No.3 お礼をさせて! 『達成済』
達成条件:“わかつ”と“小豆あらい”で二人の親に会う。
達成報酬:“わかつ”と“小豆あらい”でタダ飯食べほうだい。
達成期限:近日中

“わかつ”の女将さんから依頼が出た!
依頼No.5 勉強を教えよう
達成条件:和田(わだ)勝平(かっぺい)新井(あらい)健太郎(けんたろう)に勉強を教える。
達成報酬:“わかつ”と“小豆あらい”でタダ飯食べほうだい。 + 『???』
達成期限:中間試験日まで


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64話 気功

 5月12日(月)

 

 影時間

 

 最近、気功(知識習得)、占い、ルーン魔術と色々なメンタル(精神)面のトレーニングが増えたが、フィジカル(肉体)面を鍛えるトレーニングも忘れてはならない。

 

 食事で摂取したカロリーの消費もかねて、地力を上げるためまず転移装置で10Fへ。

 14Fまで敵を倒しながら上り、バスタードライブには挑まず転移装置で移動。

 ヴィーナスイーグルやダンシングハンドとの戦闘訓練を挟む。

 それが終わると転移装置で10Fへ戻ってまた上る。

 

 その最中は、以前天田にやったようにフォームチェックも行う。

 ドッペルゲンガーを利用して、自分の動きを確認しながら。

 吸血と吸魔による回復は控えめに。

 一秒でも長く動き続けられるよう、ほぼ素の持久力で。

 影時間が終わるまで、安全と限界の境目までを伸ばすため、疲労と回復を繰り返す。

 

 こうして普段より少しだけ負荷のかかるマラソンを行った。

 

 おまけに宝箱から現金三百円、倒したヴィーナスイーグルが落とした仮面を二枚手に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日

 

 5月13日(火)

 

 ~昼休み~

 

「聞いたか? 体育の青山と古文の江古田、入院したらしいぜ」

 

 男四人で昼食を食べていると、友近からそんな話が出た。

 

「マジ? なんで?」

「二人で牡蠣食ってあたったとかなんとか」

「こんな時期に?」

 

 英語ではRの付かない月(5,6,7,8月)に食べてはいけないとも言うし、ただでさえ暖かくなってきて腐りやすいのに。

 

「真牡蠣なら冬だけど、岩牡蠣は今頃が旬だぞ。岩牡蠣は毒素も少ないっていうし、真牡蠣と産卵時期がずれてるから年中どっちかの牡蠣は食える」

 

 宮本から訂正が入った。

 

「詳しいな」

「美味いしパワーになるからな!」

「やっぱ宮本はそれかよ」

 

 すぐに話が運動に関連する宮本に呆れた様子の順平だったが、ふと思いついたように呟く。

 

「今日の午後って体育と古文だよな? 授業どうすんだ?」

 

 その答えは三十分後に明らかになるのだった。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 五時間目 体育

 

「自習って言われてもなぁ……」

 

 江戸川先生の魔術の授業かと思っていたが、同時に二人の先生が休んだことで手が回らなくなったらしい。

 

「グラウンドにほっぽり出されて何やれってんだよ」

「暑っちー……まだ五月なのに……」

「部屋入りてぇ、つか入れないのか?」

「体育だから、グラウンドで(・・・・・・)自習だからダメなんだってさ」

「どうせ自習なら何でもいいだろ。勉強させろよ試験前なんだから」

「これなら暑くないだけ江戸川の方が良かったかもな」

 

 グラウンドに集まる生徒は口々に不満を訴えながら日陰を争っている。

 確かに今日は日差しが強いな……

 

「お前なにやってんだよ!」

 

 不満とは違って笑うような声が一つ。

 俺を含めた生徒の目がそちらに集まる。

 

「なに脱いでんだよ!」

「だって暑いじゃん」

 

 日陰に入れなかったB組の生徒が上半身裸になっていた。

 それを皮切りに、ためらいつつも上半身裸になる生徒が増えていく。

 

「津田、ガリガリだな」

「そういう富田は太りすぎだって!」

 

 やがてする事がなくなったからか、彼らは知り合いの男子同士で体を評価しあい始めた。

 気温より目の前の光景の方がよっぽど暑苦しい……

 

「影虎!」

「宮本?」

「ちょっとこっち来てくれ!」

「お前が頼りなんだ!」

「え?」

「いいから来てくれよ!」

 

 上半身裸の体育会系クラスメイトに呼ばれて連れて行かれた先には、これまた上半身裸の見てわかる体育会系男子たち。皆そろって体格がいい。

 

「こいつがA組の秘密兵器だ!」

 

 秘密兵器って何? 宮本に説明を求める。

 

「脱いで話してたら誰が一番体格がいいかって話になってさ、その流れでいつの間にかA組とB組の対抗戦になってきたんだ」

「それで、B組の代表が彼か」

 

 他より頭一つ抜けている身長と体格で、前から授業ではよく目についていた男子生徒が仁王立ちして俺を見ているのですぐ分かった。

 

「このままじゃB組に負けちまう!」

「頼む! 脱いでくれ!」

「お前ならきっと勝てる!」

 

 A組男子から勝手に期待をかけられている……

 

「誰を連れてきたって大田原以上に体格がいい奴はいないぜA組!」

「柔道部で一二を争う巨体舐めんな!」

「てかあいつ、そんなデカくないじゃん」

「でも腕とか見ると、結構ちゃんと鍛えてるんじゃないか?」

「だとしても大田原には勝てねぇよ。それに……筋肉より勉強机のほうが似合ってない?」

 

 B組男子から煽られている……が、煽りよりその後ろで話される内容の方がちょっとムカつく。

 

 そこまで言うなら脱いでやろうじゃないか!

 

 体操着の裾に手をかけて、一気に脱ぐ!

 

『うわっ……』

 

 ……脱いだら一斉にひかれた……B組だけじゃなくA組まで……

 

「なんで!? 連れてきたのそっちだろ!? 着替えの時とか何度も見てるよな!?」

「すまん! 日光の下で見るとなんか違う感じが」

「特に腹と背中が、何に使うんだよその筋肉」

「ちょっと鍛えすぎっつーか、ボディビルダー目指してんの? って感じ? 」

「すげぇとは思うけどさぁ……よく考えたら暑苦しいっていうか」

「というか俺たちなにやってんだ……?」

 

 このタイミングで冷めるのかよ!?

 

「それよりさ、前からそんなだったっけ?」

「あ、それ俺も思った。なんか前より腹筋とかキレ(割れ)てる気がする」

 

 A組の生徒がほとんどそう言ってくる。

 

「そんなにか?」

「間違いねぇって」

 

 言われてみれば、全体的にちょっと引き締まった気もする。

 おそらくタルタロス効果だろう。それ以外の急激な成長要因は思いつかない。

 周りの反応に若干のショックを受けたが、トレーニングの効果を知れたのは収穫だ。

 

「で、勝敗は?」

 

 その後、いい体格の審査基準が曖昧だったため

 

「みんな引かせるくらいだし、葉隠でいいよな?」

「大田原だろ、体の大きい方がスポーツでは有利だ」

「有利かどうかは関係ないだろ。身長より筋肉で比べた方が平等じゃないか?」

 

 A組とB組で判定が割れ、授業終了まで決着がつかず引き分け。

 その場の勢いで始めたことだもんな……最後のほうはもうグダグダだった。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 六時間目

 

「はい皆さん席についてください。聞いているとは思いますが、江古田先生が入院されたためこの時間は私が授業を行います」

「センセー、江古田先生の容態ってどうなんですかー?」

「お酒を飲んでいて発見が少々遅れた、とは聞いています。まぁ命に別状はないそうなので、数日の入院で済むでしょう。どのみち中間試験は先生の容態にかかわらず、予定通り行われますよ。ヒヒヒ……」

 

 わかりきった事だが、皆うやむやにならないかと淡い期待を持っていたんだろう。クラスの空気がちょっと落ち込む。

 

「それでは授業を始めます……と言いたいところですが、今日はあまりに急すぎて何の用意もしていません。なので本日は道具がいらず、知っておくと役に立つ“気功”について教えましょう。興味が無いという方はテスト前ですし、好きな科目を自習していてもかまいません。ただし静かに、教室の外には出ないように」

「!」

 

 気功!? まさか教室で!? 

 

「気功?」

「あれだろ? ハァ~! ってやつ」

「マジでそんなのやるのかよ」

 

 クラス中から呆れたような声が上がる。

 

「では始めましょう。まず“気功”とは中国の道教に基づく“気”の運用法、または“功”と言う文字の意味合いにある、気を運用するための訓練。そして“気”とは流動的で目には見えないエネルギーの事。

 皆さんも一度は耳にしていると思われる気功治療は、肉体のエネルギーを操って肉体に作用させることで病気を治そうとしているわけです。これを他者に行うには相応の訓練が必要ですが、その過程にある訓練でも自分の体にいい影響を与える事はできるのです。

 ヒヒヒ……勉強疲れや体調不良、試験前の皆さんには最適でしょう」

 

 それは免疫力を高めたり、自然治癒力を増強したり。あるいは心身のストレスの緩和等々。

 

「生きている人の体内には、意識せずとも“経絡”を通じて全身に気が巡っています。そして体に悪い部分があれば気の巡りが悪くなる……この流れを意図的に整えることで悪い症状を緩和することができるのです。ちなみに気をよく巡らせるためにはマッサージなども有効ですよ」

「マッサージ? それで巡るのは血なんじゃ……」

「いい所に気がつきましたね、田口さん。マッサージを行うと血もよく巡ります。なぜかと言うと、先ほど使った“経絡”を流れるのは“気”だけではありません。“気血”という言葉もあり、経絡とは血や水分を含めた必要な物が体の中を流れる経路を指す言葉なんですね」

 

 クラスメイトの呟きを拾い、自分のペースで突き進む江戸川先生。

 

「人の体にある経絡でまず知っていただきたいのは、正中線を通り体の前面を流れる“任脈(にんみゃく)”と、背面を流れる“督脈(とくみゃく)”があることです。この二つを通って体に気が流れていることをイメージして欲しいのですが、ここで注意です。

 気の流れ方には任脈を下り督脈を上る巡り方と、逆に督脈を下り任脈を上る巡り方があり、個人によってどちらかは違います。気を意図的にめぐらせる場合は自分の体の流れを知り、流れに従うことが重要になります。正しい方向で行わなければ逆効果ですからね……」

 

 最初こそ驚いたけど、学びたかったことが学べる!

 

「いきなり気を正しく巡らせるのは無理ですから、まずは体内の気を感じてみましょうか? ……もし過去に気功などエネルギーを用いた治療を受けた経験のある方がいたら、そのときの感覚を思い出しながらやってみるといいかもしれませんよ? ヒッヒッヒ……」

 

 オーナーの治療や吸血でエネルギーを吸い上げる時の感覚を探してみると、なんとなく分かる気がする……

 

 授業に(かこつ)けて実技を交えた気功の指導を受けた!

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 授業後

 

「影虎君、ちょっと」

 

 教室から出て行く江戸川先生を呼び止めようとしたら、先にあちらから呼ばれた。

 

「今日も君たちは勉強会ですよね? だったらその前に少し部活の事でお話(・・)があります」

 

 不自然に強調されたお話(・・)。江戸川先生が言うとなぜか自然な気もするが、秘密の話だろう。

 

「俺からも部のことで話があったんです」

「そうですか、では勉強会の前に来てください」

 

 どこへ、とは聞かずとも分かる。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 ~部室・地下~

 

「お待たせしました」

「ヒッヒッヒ、ホームルームお疲れ様です。早速ですが、一昨日の血液と昨日の尿検査。結果が出ました。そのことで少しお話が」

「何か異常が?」

 

 先生の雰囲気がいつもと微妙に違う気がする。

 それに地下室には一昨日は無かった体重計や身長計が置かれていた。

 

「血液検査で、しかも極めて珍しい結果がね。ちょっと今の身長と体重を測らせて下さい。話は測りながらでもできますから」

 

 言われるがまま、体重と身長を測る。

 

「血液検査で明らかになった異常は二種類……一つは君の体内にある免疫グロブリン、病気などに対する抗体の事です。その一種である“免疫グロブリンD”……これは人の体が持つ抗体の一種で、通常は一%程度しか存在しません。しかし君の血液からはそれ以上に検出された……抗体を作るB細胞が活性化しているようです。

 風邪気味だったりアレルギーがあったりは? ない? 健康に越したことはありませんね……それが一つめです。身長170.7cm、体重64.5kgと。次はこれを持って下さい。腕をまっすぐにして」

 

 今度は体脂肪計か。

 

「やはり……体脂肪率、10.1%」

 

 体脂肪率がどうかしたのだろうか? 

 

「……もう一つの異常は、血液中に含まれる“ミオスタチン”という物質が非常に少ないことです。これは筋肉の成長を抑制する効果を持つたんぱく質で、運動不足だと増え、逆に運動強度の高いトレーニングをしていると下がる傾向があるのですが……君の場合は少ないどころではなく、ほぼゼロでした」

「……筋肉が付きやすくなりそうですね」

 

 もしかして、体育で皆が言ってたのも……

 それを話すと先生は手元に取り出したメモ用紙に何かを書き始めた。

 

「確かに筋肉はつきやすくなりますが、良い事ばかりではないのです」

 

 続く説明によると“ミオスタチン関連筋肉肥大”という病気があるらしい。

 これは遺伝変異により元々ミオスタチンが体内に生成されない体質。

 またはミオスタチンを筋細胞が受容しない症状の事。

 これにより患者は筋肉が異常成長し、常人の1.5倍から2倍の筋肉を持つといわれている。

 先生は血液検査で出た血中ミオスタチン濃度から俺の体調を推測したと話した。

 まだ断言はできないが、先生の知識にある中で検査結果と俺の話に一番当てはまるのがこの病気だと。

 

「筋肉の成長を抑制する物質が体内に無いため、患者の筋肉は成長し続けます。だから摂取したカロリーや栄養が意図せず筋肉の肥大に費やされてしまう。そのため患者は体脂肪が増えず太りませんが、代わりに必要な体脂肪もつかなくなります。

 一応聞きますが、これまでに病院でミオスタチン関連筋肉肥大と診断された事はありませんね?」

「病名すら初耳です」

「でしょうねぇ……これは世界に約百人という非常に珍しい症例ですし、そもそも患者は乳幼児のころから筋肉の成長が顕著ですから、生まれつきならすでに発覚しているはず。後天的に症状が出た例を私は知りません。類似した違う病気の可能性も捨て切れませんが……タイミングを考慮すると、適性の有無を判断する要因の一つであると考えていいと思います。

 クラスメイトの話もこの症状がでているからでしょう。これを見てください。測った数値から君の筋力量などをざっと算出してみました」

 

 メモ用紙が目の前に突き出される。

 まずたった今測ったばかりの数値。

 

 身長:170.7cm

 体重:64.5kg

 体脂肪率:10.1%

 

 その下に身長と体重から割り出された様々な数値が書き込まれている。

 

 適正体重:64.1kg

 BMI:22.14 = 普通体重

 

 体脂肪量(体重×体脂肪率):6.45kg

 除脂肪体重(体重-体脂肪量):58.05kg

 筋肉量(除脂肪体重÷2):29.025kg

 筋肉率(筋肉量÷体重):45%

 

「二十代男性の平均筋肉率が44%。平均筋肉量はBMIが24.9以下なら22.0kg。25.0以上なら24.0kgが標準です。比べてみると現時点の影虎君の筋肉量は成人男性の平均値を上回っている。これで脂肪が少なければ筋肉が浮き出て見えるのも当然です」

 

 しかし体脂肪率が落ちるのも問題なのだそうだ。

 

「メディアではメタボリックが毎日のように取り上げられて、体脂肪率は低いほうがいいと思いがちでしょう? しかし体脂肪は体の保温やエネルギーを貯めておくなど、良い働きもあるのです。

 ですから体脂肪が少なすぎる(・・・・・)状態ではその効果も発揮できなくなり、結果的に免疫力の低下や風邪をひきやすくなるなどの悪い諸症状を引き起こしてしまう……目安としては男性なら大体体脂肪率が10%を切るとリスクが高まるといわれています。

 君の体脂肪率は10.1%、数値上はもうボーダーラインギリギリ。さらに先ほど伝えた君の血中ミオスタチン濃度で何もせずにいれば今後も減っていく事が予想されます」

 

 ではどうすればいいのか? やはり太る?

 

「そうですね。さしあたっては食事量を増やしてください。朝昼晩におやつ、タルタロスに行くなら夜食を取るのもいいでしょう。実際にミオスタチン関連筋肉肥大の患者は、一日に何度も山盛りの食事を食べるといいます。そうしなければエネルギーが不足するので、驚くほどの量が食べられるそうですよ」

 

 どんどん心当たりが増えていく……

 

 俺はここ最近の食事量について話した。

 それと昨日の食事でおかしいと感じた事も。

 

「ヒッヒッヒ……聞く手間が省けましたね。食事は多少高カロリーな物を中心に食べて、不足するエネルギーを補給することです。それから不足しがちな栄養を補えるように、特製のサプリメントを上に用意しておきました。後で渡しますから食事とそれでしばらく様子を見ましょう」

「分かりました、訓練内容で気をつけることは」

「怪我くらいですね。これまでと同じように続けて結構です。ミオスタチン濃度が変わらなくても、体脂肪率が維持できるのであれば大丈夫でしょう。元々症状が軽ければ不自由ない生活を送れるという話ですし、気にしすぎも体に毒ですよ……ヒヒッ。ただし何度も言いますが健康管理には気をつけて、少しでも体調に疑問を感じたら私に連絡をしてください。

 ああ、それからトレーニング前には炭水化物や糖を摂取すると効果的ですよ。運動をすると体がエネルギーを得るために糖、脂肪、筋肉(蛋白)の順に分解してしまうのです。脂肪の方が先に分解されるはずですが、君は体脂肪が少ない状態なのですからね……ヒッヒッヒ」

 

 俺の体がそんな事になっていたとは思わなかった。

 改めて江戸川先生の存在にありがたみを感じつつ、いくらか打ち合わせをして話を終えた俺は先生と上へ戻り、緑色の粉が詰まった袋を受け取った。




影虎はタルタロスマラソンを決行した!
三百円と女帝の仮面を二枚手に入れた!
クラスメイトから見て、影虎の筋肉が急成長している!
影虎は気功の授業を受けた!
江戸川に呼び出された!
影虎は自分の体の変化と対策を知った!
江戸川特製栄養剤を手に入れた!

江戸川特性栄養剤
主原料:ミドリムシ粉末(抹茶風味)、プロテイン
その他:アミノ酸、カルシウム、鉄分、ビタミンC、ビタミンB12 等々
用法:水または牛乳に、記載された量を溶かして飲む


ミオスタチン関連筋肉肥大は実在する症状です。
影虎にはそれと近くて疑わしい症状が出ている模様。

一般市民が突然戦闘に参加して順応できる原作キャラの成長力を考えると
ペルソナ使いは肉体的に強化されやすいんじゃないかと私は考えています。
雑魚ならまだしも、センスだけで大型シャドウに対抗とかできる気がしません。
私なら仮にセンスがあっても、速攻スタミナ切れする自身があります。

あと肉彦とまで呼ばれる真田の食生活が気になります。
牛丼+プロテインばかりの食生活でボクサーなんですよね、彼。



備考
影虎の体脂肪率十パーセントという数値がどれくらいか想像しにくい方へ。
有名人ではテレビドラマ・『特命係長只野仁』で只野仁役を演じておられる
高橋克典さんが体脂肪率十パーセントだそうです。


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65話 千客万来の勉強会 その六

 ~部室~

 

 江戸川先生の部屋から出ると、もうみんな集まっていた。

 

「おっ、影虎。遅いと思ったら奥にいたのかよ」

「悪い。ちょっと先生と話しててな」

「ヒッヒッヒ、ちょっと熱が入りすぎましたねぇ」

 

 先生の言葉で全員の目が何を話していたんだと問いかけてくる。

 

「ちょっと部活で今度何かの大会に出ようかって話をしてたんだよ」

 

 江戸川先生の検査結果からペルソナの適性診断は血液検査が疑わしく、スポーツ大会で通常使用される尿検査には異常がなかったことで、晴れて俺たちは大会参加を前向きに検討することになった。

 

「大会だと? 山岸」

「えっ? 私もそんな話聞いてませんけど……?」

「発端は世間話だったんですが、昨日暇ができて調べてみたらマラソン大会や格闘技の大会など、一般参加できる大会が結構色々あるんですねぇ」

「さっき教えてもらって話してたら意外と盛り上がってさ。何に出るかすら決まってないけど、運動部だし一度なにかに参加してみようかって話をしてた。やるとしたら何の大会に出るか、とかな。天田と山岸さんはどう思う?」

「いいんじゃないですか? 練習の目標になりそうですし」

「私もいいと思うな」

 

 天田も参加したければしていいし、準備のために山岸さんと天田にも協力を頼むこともあるかも、と話して空いていた席に着く。

 

「真面目に部活に励んでいるのだな……」

 

 桐条先輩の言葉は“意外だ”と思っているのを隠しきれていない。さらに控えめに頷く皆を見る限り、先輩の言葉はこの場にいる部員以外の総意だったようだ。

 

「まぁ、部を作った経緯はともかく、ちょっとやってみようかってくらいの心境の変化があったんですよ。ところで何やってたんだ? まだ勉強は始めてないみたいだけど……」

「コレだよ、コレ」

「天田がテストだったんだってさ」

 

 話を変えるために聞いてみると、友近が一枚のテスト用紙を見せてくる。

 

「算数か。おっ!」

 

 ひっくり返した裏面には、大きな花丸が書かれていた。

 

「百点じゃないか!」

「はい! 先輩たちに教えてもらったから、楽勝でした!」

 

 笑顔で答える天田に拍手を送る。

 すると天田は照れ始めた。

 

「そ、それじゃ僕、走ってきますね。テストだけじゃなくて練習もしないと」

「扉開けとくから、質問があったらいつでも来ていいからな」

 

 俺が言うと、天田は頷いて入り口から走り去る。

 それを見送った俺たちは、今日の勉強会を始めた。

 

 ……

 

「先輩、この問題なんすけど……」

「水に溶かした時に電離し、電気が流れる物体を何というか。これは“電解質”だな。用語だから暗記あるのみだ」

「先輩、俺もその辺で一つ、これです」

「硫酸と水酸化バリウムの科学反応式を書け、か。これはまず硫酸の化学式と水酸化バリウムの化学式が問題に書かれてるから、これを元にして」

 

 ……

 

「あの……岳羽さん、この言葉なんだけど……」

「……ごめん、私もちょっと曖昧だわ。……ねぇ、(すべか)らく、の意味って“皆”とか“全部”でいいんだっけ?」

(すべか)らく、の意味は“当然”だな。“全て”と音の響きが似てるから間違いやすいのかも」

「あ、そっか。先生に聞いた気がする。ありがとね」

「“当然”かぁ……ありがとう葉隠君」

 

 ……

 

「伊織、君も中々に危ないな」

「へへへ、サーセン……」

「あまり笑い事ではないぞ。月光館学園はエスカレーター式だが、それも高等部までだと言うことを忘れるな。今のうちから勉強する癖をつけておけ」

 

 順平は桐条先輩に目をつけられたようだ。

 

 そっとしておこう。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

「ふぃ~……」

 

 誰かの気の抜けた声が聞こえる。

 

「そろそろ一度休憩にするか?」

「賛成ー」

「集中力切れてきたしね」

「それならこれを食べるといい」

 

 桐条先輩が鞄から高級そうな和菓子の箱を取り出した。

 

「えっ、それ京都の有名なお店のやつじゃないですか!」

「? 菓子や飲み物を持ち寄ると聞いたから持ってきたんだが、何かまずいか?」

「それって超お高いやつじゃ……」

「味を考えればそうでもない。それにこれはこの前頂いた物だ、値段は気にせずとも……それとも貰い物を持ってきたのがまずかったのか……?」

「先輩がいいならいいですよ……それ美味しいから嬉しいのは確かですし」

「高級和菓子かぁ、さすが先輩」

「どんな味なのかな?」

「というかさ、桐条先輩って意外と天然?」

 

 岳羽さんの言葉の意味を理解していない先輩を見て、友近、岩崎、島田からそんな声が聞こえた。

 

「あ、じゃあ私、お皿に乗せてきますね」

「あっ、なら私も手伝う!」

 

 山岸さんと岳羽さんが奥へ行き、ふと沈黙が流れる

 

「エイッ! エイッ!」

 

 静まった室内に聞こえてくる声。

 

 天田が表で正拳突きの練習を行っている。

 

 ……少し腰のひねりが足りないようだ。少し指摘しておこう。

 

「天田、腕だけ出てるぞ。それに突いた後の引き戻しが遅い、腰を使ってテンポよく……こう!」

「はい!」

 

 天田の傍に行き手本を見せると、後ろから先輩の声がかかる。

 

「格闘技も教えているのか」

「体幹部を鍛えるのに良いので、空手とカポエイラを」

「ほう……」

 

 態度はそっけなく気になった事を聞いただけのように見えるが、天田の事だから気になるんだろう。

 

「兄貴! それが兄貴のやってる格闘技っすか?」

「カポエイラってどっかで聞いた気がしてます!」

「お前ら急に元気になったな」

 

 特に何も言わずにいると、休憩になって騒がしさを取り戻した二人がやってきた。

 この二人、重点的に問題を出されて今の今まで死にそうだったのに……まぁ休憩中だからいいけど。

 

 お菓子が用意できるまでのつなぎにカポエイラの概要とジンガ(基本動作)、蹴り技の種類などを天田と俺の実演つきで説明した。

 

「せっかくだし、天田。ちょっと組手やってみるか。基本動作にも慣れてきたみたいだし、避ける練習になるから」

 

 ずっと型と基本の繰り返しだったから、天田のモチベーションにもなるだろう。

 

「まずカポエイラで組手にあたるものを“ジョーゴ”と言うんだけど、他の格闘技と違って攻撃を相手に極力当てない(・・・・)事。相手に技を繰り出して、相手がそれを避ける。相手が繰り出した技を自分が避けて、また相手を蹴る。それを繰り返すんだ。

 当たりそうな時は技を中止して避けたり、軌道を変えて当てない。いつでもすばやく防御や回避に移れるようにするんだ。そのためには常に自分の動きとスピードをしっかり把握して体を安定させ、コントロールができていないといけない。だから相手に当てない人ほど上手いってことになる」

 

 一般に拳より足の方が強いと言われるが、カポエイラの蹴りも当たれば威力は本物だ。

 練習中に蹴りに当たれば当然痛むし、打ち所によって一撃で失神することもある。

 

「といっても最初からは難しいと思うから、今日は教えたカポエイラの蹴り方をできるだけ丁寧に出すことと、俺がゆっくり出す蹴りを丁寧に避けてくれ」

「わかりました!」

 

 目にやる気を漲らせた天田を前に、制服の上は脱いでおく。

 

「よし、行くぞ!」

 

 まずは右足をゆるやかに、頭めがけた普通の蹴り“マルテーロ”。

 

「しょっ、と」

 

 天田は身を屈め蹴りの進行方向に上体を傾けて俺の脚を避ける“エスキーヴァ”

 頭の上を足が通り過ぎると、身を起こして回し蹴りの“アルマーダ”が繰り出される。

 高めを狙っているが、背丈の問題で軌道は俺の臍から胸の間。俺はそれを“ホレー”。

 体を折り曲げ、回転しながら蹴りの下を潜り抜けた。

 

「あっ!」

 

 蹴りを放った直後の天田は俺に背を向けたまま。俺はすばやく、固まった天田の頭の上に蹴りを通す。

 

「まだ行くぞ」

 

 振り向いた天田に宣言してから、左足で“ベンサオン”。ゆっくりと押し出すように蹴る。

 天田はしゃがんで避ける“ココリーニャ”からの“ホレー”。

 起き上がったら空手の横蹴りに近い“シャーパ”。

 

 ぎこちないけど、基本の動きはなんとなく身についてきている。

 

 しかししばらく続けると……

 

「はぁ……はぁ……」

「よし、ここまで」

 

 天田はその場でへたり込んだ。

 

「大丈夫か?」

「目が回ってるだけです……」

「最後の方がちょっと荒くなってたからな。そのままでいいからちょっと見て」

 

 最後のほうの天田の回転や蹴り方を真似る。

 

「蹴る時に頭と視線が大回りしすぎ。もっとこうしっかり踏み込んで、体を蹴るために体をひねる。この時点ではまだ顔を相手に向けたまま! そして蹴る時、ここで一気に体を回して相手を見る。目を離すのは一瞬だけ。

 そうでないと目線があちこち行って目が回りやすいし、敵を見失いやすい。何より狙いが不正確になる。最初の方はできてたから、一つ一つ確実にな」

「はい!」

「それじゃ休憩、山岸さんたちがお菓子用意してるから」

 

 ……あれ? そういえばまだ用意できてないのかな?

 

「兄貴、カッケーっす!」

「俺らにも教えてください!」

「いや、お前らはまず勉強だろ」

「そう言わずに」

「頼みます! 兄貴! 先輩!」

「先輩?」

「……えっ、僕の事ですか!?」

「そりゃ俺らより先に習ってんだから先輩っしょ」

「だよなぁ」

 

 和田と新井が、勝手に天田を先輩と呼び始めた。

 ……年下だからと(ないがし)ろにしない点は評価しよう。

 

「あの~……」

「何やってんの? お菓子用意できたよ」

「あ、二人とも、そうか! よし、休憩!」

「ちょっ、兄貴!」

「待ってくださいよ!」

「僕も置いてかないでください!」

 

 俺たちは桐条先輩の和菓子に舌鼓を打った。

 値段は気にしないほうがよさそうだ。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 そして下校時刻。

 

「おーし、今日の勉強終わったー!」

「疲れたー」

 

 恒例になってきた気の抜けた声で雰囲気が緩み、皆で片づけをはじめる。

 

「……そうだ、葉隠。ちょっといいか?」

「何ですか?」

「君に会長から伝言があったのを忘れていた」

「……会長?」

海土泊(あまどまり)会長だ。毎週朝礼で見ているだろう」

 

 ……! そうか! 桐条先輩が生徒会長になるのは来年(・・)だった!

 

 うっかりしていた。今の会長は海土泊(あまどまり)さんという三年生の女子生徒だ。

 珍しい苗字なので記憶には残っているが、会長と言われると桐条先輩のイメージが強い。

 

「……知っていますが、伝言? 直接会った事も無いんですけど……」

「私も詳しくは聞いていないが、美術部のデッサン用石膏像が不慮の事故により使えなくなっているそうだ。そして今日君がずいぶん体を鍛えていると耳に挟んだらしく、代わりに絵のモデルをやってもらいたいと言っていた。詳しい事は本人に聞いてくれ」

 

 石膏像の代わりに絵のモデル? 肌を見られるのは気にするほどでもないけど、絵に描かれると考えると若干恥ずかしい。でもそれと同じくらい、桐条先輩をつかいっぱしりにできる先輩が気になる。

 

「わかりました、いつごろ伺えば?」

「中間試験が終わってからで構わない。美術部も生徒会も今は試験前で休みだからな。試験後であれば、生徒会の活動日に生徒会室へ来ればまず会える。時間がある時に顔を出してくれ」

 

 そう伝えられると同じくして掃除も終わり、今日は解散となった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス~

 

 帰り道で男連中の驚きのまなざしを受けつつ買い込んだ大盛り弁当を背に、本日もタルタロスマラソンを行った。

 今日はより早くシャドウを倒すことにも挑戦。

 一撃の威力が低いのだから、的確に急所を狙うべきだ。

 しかし……シャドウの急所ってどこだろう?

 ほとんどのシャドウは明らかに体の構造が人間と違って見当がつかない。

 仮面を執拗に狙うと嫌がるそぶりを見せるが、必ずしも弱点というわけではないようだ。

 観察して急所を探り続ければいつかわかるだろうか? 今後も続ける事にしよう。




影虎は大会出場の意思を表明した!
天田が算数のテストで百点を取った!
勉強会を行った!
天田に指導をした!
天田は真面目に基礎を身に着けてきているようだ……
影虎は和田と新井の評価を少し上げた!
影虎はタルタロスマラソンを決行した!
影虎はシャドウの急所を探している……



桐条美鶴から依頼が出た!
依頼No.6 会長に会ってくれ 『受注しました』
達成条件:中間試験後に月光館学園の生徒会長と話す。
達成報酬:新たな依頼人
達成期限:中間試験後、常識的な範囲で。可能な限り早く行くのが良い



~影虎が引き受けている依頼一覧~

依頼No.5 勉強を教えよう 依頼人:“わかつ”の女将(和田の母)
達成条件:和田(わだ)勝平(かっぺい)
     新井(あらい)健太郎(けんたろう)の二名に勉強を教える。
達成報酬:“わかつ”と“小豆あらい”でタダ飯食べほうだい。 + 『???』
達成期限:中間試験日まで


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66話 モチベーション

 5月14日(水)

 

 放課後

 

「お疲れ様でした」

 

 今日はBe Blue Vでアルバイト。

 手品を学んだおかげでタロットが扱いやすく、手つきがつたないとの感想が減った。

 もちろんレジ打ち、在庫補充、閉店作業と仕事もこなしている。

 

「今日もお疲れ様。ところで例の物だけど……」

「いくらになりましたか?」

「あの仮面、調べてみたら銀製だったわ。売値は一つ二千円だったから、パワーの分を含めて二千五百円で買い取りたいのだけれどいいかしら?」

「お願いします」

 

 最近食費が余計にかかるようになったから、稼げる所で稼いでおかないと。

 

「じゃあこれ、仮面の代金と今日のアルバイト代ね」

「ありがとうございます、また何か見つけたらよろしくお願いします」

「こちらこそまたよろしくね、宝石を期待しているわ」

「やっぱり宝石がいいですか」

「そうねぇ……今日の仮面にも興味をそそられたけど、私の個人的なコレクション以上にはならないわね。宝石なら加工して魔術にも売り物にも使えるから、いくらあってもいいわ」

「宝石はあれっきり一つもないんですよね……今度フェオのルーンを刻んだ石をタルタロスに持って行ってみましょうか?」

「たしかにフェオは財産を表すルーンだけど、どうかしら? 元々フェオは家畜の角を模したルーン、それが財産を意味するのは古代において家畜が財産の象徴だったから。そしてフェオが意味する財産とは、家畜のようにコツコツと堅実に積み重ねたような財産が主な意味合いになるの。

 貴方が宝石を探して動き回る行動がそれに当たると考えれば効果はあるかもしれないわ。でも、宝石を拾ってお金に変えようというのはコツコツと、ではないわね。だから確実とは言えないわ。

 私はあの宝石が手に入ればなんでもいいのだけれど……まだ二文字以上を組み合わせるのは控えたほうが良さそうね」

「とにかく一度フェオを試してみましょうか。今日、練習させて貰っても?」

「ええ、いいわよ」

 

 オーナーに“女帝の仮面”を二枚売り、ルーンを彫る練習をした。

 

 仮面の代金五千円と、バイト代四千五百円。

 合計九千五百円とフェオを刻んだ石を手に入れた!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 深夜

 

 ~自室~

 

 今日は勉強会に参加しなかったので自主勉強をしていたが、集中力が切れてしまった。

 まだ影時間まで時間はあるが……そうだ、問題集でも作ってみるか。

 

 和田は暗記系が苦手だったな。

 英単語、歴史の年号などなど……ちょっと多い。

 ドッペルゲンガーを使って記憶を探り、話に聞いた限りの中等部の試験範囲を確認。

 和田が使っていた教科書の内容も思い出しながら範囲を絞る。

 間違えたり質問された問題は全部ピックアップしよう。

 

 新井は化学式を特に苦手としていた。

 ピックアップした問題に加えて、別の例も用意してみるか……

 

 順平は……

 友近は……

 宮本は……

 

 勉強会の途中で耳に入った言葉もできる限りログとして引き出し、整理する。

 引き出した内容は相変わらず直接頭に流れ込むようで、理解も処理も驚くほど早い。

 そこからピックアップした問題を個別に分けてまとめておくのが良さそうだ。

 さらに傾向を見て、似た問題を加える形で進めてみよう。

 

 ここで気づく。

 

 ドッペルゲンガーの処理能力って、あくまで脳内の情報処理能力なんだな……

 

 データ入力の早さは俺のタイピング速度に依存しているので、書く内容が確定している分進みがよく感じる程度の誤差しかなかった。脳内の処理が高速で進んだだけに、作業が一気に遅くなったように感じてしまう……

 

 俺は江戸川先生特性の栄養剤を片手に、影時間までの間、問題を考えてパソコンに入力する作業に時間を費やした。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス~

 

 作ったばかりの石を使いながらのタルタロスマラソンを決行。

 ルーン魔術を使いながらのマラソンは、使う力を控えても負荷が大きくなる。

 しかし魔術の効果があったのか、今日は拾えた額が千円を越えた。

 これからも継続して検証する価値がありそうだ。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 5月15日(木)

 

 放課後

 

 ~部室~

 

 勉強会のため、部室に顔を出すなり山岸さんに呼ばれる。

 

「江戸川先生がこれに必要事項を記入して提出してくださいって。これがないと出られる大会が限られるみたい」

「了解。あとこの中のデータを印刷してもらっていい? 勉強会用の問題が入ってるから」

 

 スポーツの協会へ送る登録用紙とデータの入ったUSBメモリを交換し、俺が必要事項を記入していくうちにメンバーが集まってくる。

 

「すんません!」

「遅れましたか!?」

「今日もちゃんと来たね」

「間にあってるよ」

 

 最後に駆け込んできた中学生二人を入れて、スタートだ。

 

「さっ、今日も頑張りますかー」

「友近、前みたいに寝ちゃダメだよ」

「寝ねーよ。つかこの状況で寝れねーよ。てか前っていつの話してんだよ。もうさっさと始めるぞ」

「なら今日どこやる?」

「そうだなー……」

 

 友近と岩崎さんが、今日勉強する内容を考えている。いいタイミングだ。

 

「二人とも、やる事決まってないならこれ、どう?」

「問題集?」

「どこのやつ?」

「友近と岩崎さんが昨日までに間違えたり聞いたりしていた問題を覚えてる限りまとめてある」

「……わざわざ作ったの?」

 

 紙と俺を交互に見る岩崎さん。気づけば他からも視線を受けていた。

 

「勉強中に集中力が切れたから、ちょっとな。何もしないよりはいいかと思って。皆の分もあるぞ、確認がてらやってみたら?」

「私のも? ありがと。確かに見覚えある、この問題」

「……俺、こんなのやったか?」

「ミヤ、アンタそれやっときなよ。たぶん忘れてるから」

「あれ~? この問題葉隠君に聞いたっけ……?」

「聞いてるのを見てた問題と、それと似た問題もいくつか混ぜてみた」

「おーい影虎ー、オレッチの紙多くねぇ?」

「兄貴、俺たちのもっすよ」

「他の人と比べて明らかに多くないっすか?」

「それ間違いじゃない。作ってみたら全体の六割近くを三人で占めていたから」

「マジか……」

「マジなんだ。ちなみに一番少ないのは桐条先輩な」

「私か?」

「そりゃそうですよ。先輩教えてばかりで一度も聞いてないでしょう」

「学業に支障はでていないからな。それに一番の年長が聞いているようでは情けなかろう」

 

 それもそうか。

 

「それに君も同じだろう」

「そういや影虎が誰かに何か聞いてるとこは見てないな。なぁ? 順平」

「……トモチー、イマ、オレッチ、ベンキョウチュウ……」

「伊織先輩、現実から目をそらそうとしてるっすね。その気持ち、分かるっす」

「問題の厚みが俺らの頭の悪さを表してるように見える……」

「お前らそこまでヤバかったのか?」

「頑張れば……い、今がダメ(・・・・)でもこの先があるよ!」

「「「グハッ!?」」」

「……風花、それトドメになってる」

 

 三人そろって机に突っ伏した和田、新井、順平はピクリとも動かない。

 

 無自覚な山岸さんの……あれっ? 岳羽さん、いま山岸さんのこと風花(・・)って呼んだ?

 

「はっ!」

 

 と思ったら順平が目を輝かせて俺と先輩を見る。

 

「影虎君、桐条先輩」

「なんだよ……」

「伊織、露骨に何か企んでいるな?」

「勉強の秘訣とか一つ教えてもらえませんか? こう、成績がグッと上がる方法とか」

「そんなものは無い。日々の勉強あるのみだ」

「いや、ほら、先輩の言う日々の勉強の中に秘密があったり?」

「そういう話なら私も聞きたーい! 桐条先輩って中等部からいつも学年一位だったし、葉隠君も成績よさそーだし、何か凄い勉強方法がありそう」

 

 藁をも掴むような順平に、興味本位の島田さんが乗っかってきた。

 

「そう言われても、普通にちゃんと授業を聞いて、宿題が出たらちゃんとやる。あとは予習復習くらいだけど……」

 

 俺は人生一回分の下駄を履いているので、ペルソナに目覚める前からその程度だった。

 

「私も同じようなものだ。幼少期には家庭教師がついていたが、それでも特別な勉強法などなかった。強いて言うなら、やはり継続して学び続けることだろう」

「やっぱそうか……ああ、二人が眩しすぎる」

 

 順平が大げさにのけぞってうなだれる。こんな時でもコミカルな奴だ。

 まぁ俺も下駄の一回分は人並みに塾だなんだと勉強に時間を費やしたから、期待する気持ちは分かるけどな。

 

 

 

 勉強はつまらない、退屈だ、難しい、嫌だ。

 そう感じてしまうのは“問題が解けないから。あるいは理解すらできないから”だ。

 日本では子供なら誰でも“義務教育”を受ける。子供が勉強するのは当然とされている。

 だから勉強ができれば褒められるし、できなければ何故かと責められる。

 

 ここに問題が一つあるとして、それを二人の子供に解かせたとしよう。

 子供Aは簡単に問題を解いた。子供Bは解けずに悩み続けている。

 この二人のうち、より問題に対する苦痛が大きいのはどちらだろうか?

 

 俺はBだと思う。

 簡単に解いたAと違い、Bは行き詰まって頭を抱えている。

 そのためにAより多くの時間と労力を使った。それでいて結果はついてこない。

 ここに親がいたらBは叱られるかもしれない。

 Aが同じ学校など近い距離にいれば、比較して劣等感を覚えるかもしれない。

 それを楽しめるような性格でなければ苦痛ばかりに感じるだろう。

 

 それに対してAは簡単に問題を解いた。

 結果を出して、自由に使える時間を相対的に多く得る。

 たとえAが勉強嫌いでも、Bより苦痛は短時間で済む。

 いい結果を残して親に怒られることはまず無い。

 Bとの比較で勉強に関して劣等感を覚えるとも考えにくい。

 

 もちろんBも勉強すれば、できることが増えて楽になるだろう。

 でも、そうなるまではこの差がある。

 それが積み重なって、勉強が嫌になる。

 

 逆に言えば、授業が理解できて問題が解ければさほど辛くも無い。

 実際にAとBの両方を体験したからそう言える。

 

 俺は一度目の人生じゃどこにでもいる一人の男でしかなくて、上を見れば常にいくらでも俺より凄い奴がいた。大学に入って就職できるように勉強はしたが、勉強好きではないと断言できる。

 

 そんな俺がコロッと死んで、転生させられ二度目の人生。

 今も勉強が好きとは思わない。

 小中学生の勉強はだいぶ退屈だった。

 できて当前の内容で褒められるのは気恥ずかしさもある。

 でも以前のように勉強が嫌とは考えることは無くなった。

 

 アナライズの力に気づいてからは、少し楽しいかもしれない。

 教科書の内容がスラスラと頭に入るのは、一回目には味わえなかった感覚だ。

 

 …………和田と新井にもそんな感覚を体験させられないだろうか? 

 それができれば、俺たちがやらせている(・・・・・・)だけの今より良い……

 

 プリントを始める皆を見ていた俺は、手元にあった中等部の教科書に手を伸ばした。

 

 ……試験範囲全部をやるには時間が足りない……でも重要な場所に的を絞れば多少点を稼げるかもしれないな。中等部の過去問、誰か持ってないか後で聞いてみよう。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 影時間

 

 ~巌戸台~

 

 嫌気のささない勉強をと考えたものの、そのための具体案が浮かばないまま勉強会は終わり。おまけに問題作りに時間を使い、タルタロスに行く準備もせずに影時間を迎えたので、今日は気分転換に使うことにした。

 

 巨大な月の光を浴びて、輝く道を気の向くままに走る。登る。飛ぶ。

 そして疲れたら適当に休む。

 

「プハッ! はぁ~」

 

 公園のベンチに座り、流し込んだ南船橋人工水。

 美味しいけど、これは天然水でもなんでもなく、ただの水道水だ。

 これが他の飲み物と同じ一本百二十円で売られている。

 ……本当に水道水だったら、メーカーは大儲けだろうなぁ。

 

 原価が気になる水を飲みきり、空いたボトルを路地裏のゴミ箱へ。

 

「……バイク?」

 

 ゴミ箱に近づいた拍子に奇妙なバイクを発見。

 公園の整備用品か? そんな品々が置かれている倉庫の横にある……

 と周辺把握で情報が入るが、形がおかしい。

 

 近寄って、バイクを覆い隠すような汚いビニールシートを外して合点がいった。問題のバイクは車体を覆うカバーが付いた“フルカウル”というタイプだが、フロントにヒビが入って車体は傷だらけ。ミラーは右が折れてナンバーもない。事故車のようだ。

 

「酷いのは外見だけみたいだな……」

 

 内部はそれほど酷くなさそうだ。フレームに歪みもなさそうだし、修理の途中なのかもしれない。でも、それにしては人が手を入れた形跡が無いな……タイヤなんか蜘蛛の巣が張っているし……そもそも公園に置いておくのもおかしいか。ガソリンは? ……腐った(変質した)ような臭いはしない。

 

 その他も簡単にチェックした限り、まだこのバイクは動かせそうだ。

 

 「…………動かせる?」

 

 影時間に普通の機械は使えない。人も象徴化する。

 けど人は影時間に落とせる。だったら同じように機械も影時間に落とせるのでは?

 女教皇と隠者の大型シャドウはモノレールや電線を乗っ取る。

 という事は不可能じゃない?

 

 

 

 興味本位でドッペルゲンガーを鍵穴に突っ込み、エネルギーを注ぎ込んで……回す。

 

「!!」

 

 鳴り響く音! 成功した!? てかうるさい!

 

 いったんエンジンを停止。影時間に動ける人間がいたら気づかれてしまう。

 しかしやってみると意外とできるもんだな……

前にチドリが俺をシャドウみたいだと言ってたけど、こういう事なのかな?

 

 なんにしても影時間に機械が使えれば一つ手札が増える。

 これなら桐条先輩のように影時間をバイクで走ることもできそうだ!

 音は大きいが、“隠蔽”を使えばどうにかなる。

 

 こうドッペルゲンガーで包み込んで……あ、これじゃタイヤで踏みそうだ。長さを考えて巻き込まれないように、よし。中に排気が回らないように腰は密閉するとして、スカートみたいだけどいいか。……いや、上半分が忍者姿だとスカートに違和感がある。若干キモい。服装に特徴を無くせばいいか。シーツ巻きつけたみたいだけど……どうせなら仮面もちょっと変えよう。さしあたり女帝の仮面のデザインを使って、と。

 

 女性的な形になってきたなぁ……ま、いいか。

 

 その後、ドッペルゲンガーで包み込むとバイクの音も消せることを確認。

 軽く公園内で動かしてみると、親父に付き合っていたおかげだ。

 事故らない程度には乗り回すことができ、感覚を掴んでからバイクを返した。

 

 誰か知らない持ち主さん、勝手に使ってすみません。

 

 興奮が冷めて最後に少々罪悪感を覚えたが、結果的に良い気分転換になった。

 

 勉強のことも、もう一度考えてみよう。

 

 取り戻したやる気が失われないうちに、俺はトラフーリで寮へと帰った。




影虎は石にフェオのルーンを刻んだ!
勉強会を行った!
影虎は和田と新井の指導にやる気を出しているようだ……
岳羽と山岸の距離が知らない内に縮まっている?
影虎はバイクの運転練習を行った!


ルーン文字講座

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  フェオ

意味:お金・財産・家畜
右斜め上に伸びる線は家畜の角を表している。家畜=財産
効果:金運アップ






~影虎が引き受けている依頼一覧~

依頼No.5 勉強を教えよう 依頼人:“わかつ”の女将(和田の母)
達成条件:和田(わだ)勝平(かっぺい)新井(あらい)健太郎(けんたろう)の二名に勉強を教える。
達成報酬:“わかつ”と“小豆あらい”でタダ飯食べほうだい。 + 『???』
達成期限:中間試験日まで

依頼No.6 会長に会ってくれ 依頼人:桐条美鶴
達成条件:中間試験後に月光館学園の生徒会長と話す。
達成報酬:新たな依頼人
達成期限:中間試験後、可能な限り早く。


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67話 千客万来の勉強会 その七

 5月16日(金)

 

 ~部室~

 

「……」

「あれ? 葉隠君、疲れ気味?」

「ちょっと昨日夜遅くてな……あ、今日もこれお願い」

「また問題? 分かったけど、あまり無理しちゃダメだよ?」

「気をつけるよ」

 

 昨夜はあれから調子が良くて、つい遅くまで作業をしてしまった。

 体に疲れが残っているのを感じる……

 

 顔を洗って、勉強会に参加する。

 

「今日も問題、作ってきたぞー」

「「あざーす」」

 

 今日のは皆が昨日の問題でまた間違えた問題をベースに作ってある。

 さらに

 

「あれ? 兄貴、こっちの紙なんすか?」

「答え? じゃないな……」

「それは問題の“解き方”だ。新井のを例に出して説明するとだな……」

 

 まず昨日、新井に出した問題の回答を見ると化学式と反応式の間違いが頻出していて、一度間違えた問題をもう一度間違えている所もあった。だから二度間違った問題を新井の“苦手分野”として、基本知識と解き方をまとめた資料を作成した。

 

「新井の答えを見てたらな、なんかこう、それっぽい事を書いてるけど間違ってるんだよ。たとえば鉄(Fe)と硫黄(S)からなる“硫化鉄”の化学式を求める場合は?」

「硫化鉄は……SFeですか?」

「化学式NaClは、なんと言う物質?」

「Na、ナトリウム……Clはカ、ル? ……! ナトリウムカルシウムです!」

「うん、どっちも間違い」

 

 ひらめいた! みたいな感じで自信を持って言い切ったけど、違う。

 

 まず硫化鉄の化学式は“FeS”。

 新井のSFeという答えは硫化鉄を構成する物質を書いているが、書き方のルールに従っていない。

 

「化学式はまず原則として“陽イオン”になりやすい物から先に書いていく。“陽イオン”が何かは……わかってないようだからまた後で説明するとして、その陽イオンになりやすいのが“金属”だから金属から先に書き始める。よってFeSが正しい答えになる。

 サッカーでもルールに従わなきゃ退場だろ? 同じようにテストでは間違いになるわけだ」

「なるほど……」

「ちなみに一つの化学式に金属元素が二つ以上ある場合は元素記号のアルファベット順。

 金属の次に書く非金属元素の順番と一緒に資料にあるから後で確認するように。

 それから次のNaClだけど、これはNa、ナトリウムとCl、塩素(・・)の化合物。Clはカルシウムじゃなくて塩素。それを日本語に直すときは後ろの物質から読んで行くとわかりやすい。

 じゃここでもう一問、塩素の化合物をなんというか?」

「塩化物?」

「正解!」

「っしゃ!」

「その塩化物は塩化○○と呼ばれるが、このNaClもそう」

「後ろから読んだら次はNaだから、塩化ナトリウムですね?」

「はい正解!」

「うっし!」

「同じように酸素の化合物であれば酸化物。硫黄であれば硫化物」

「! 硫黄、S、だから硫化鉄もFeS!」

「また正解!」

「おおお……なんか、今ならやれそうな気がしてきました!」

 

 単純か! 昨日も同じこと教えたはずなんだけど……

 

「とにかくそういう風にルールや基本となる元素記号の種類と名称をまとめたのがその資料。あと問題も簡単な方から応用に並べ直したから、それを見ながらやれば解ける。はず……」

「ちょ、そこは言い切れよ」

「仕方ないだろ、人にこんなの作るの初めてなんだから」

 

 だから、俺はアナライズの処理を真似ることにした。

 アナライズで英語や数学の処理をする場合はまず英単語や数字など元となる情報の習得から始まり、次に英文法や計算式といった情報の使い方(・・・)の情報を習得して、二つを組み合わせて適用することで翻訳文や計算式を作り、答えを出す。

 

 それを瞬時に行えるのがアナライズの特徴であり利点。

 和田と新井にそれを真似しろというのは無理な話だ。

 俺もペルソナに目覚める前ならできないと言ったと思う。

 でも元々俺はアナライズをメモ帳と呼んでいた。

 そこから記憶を資料で代用すればいいと思いつく。

 

 必要事項の記憶は後回し。まずは単純な問題からやらせることで一問にかかる時間を減らし、解ける感覚を与えて苦手意識の払拭を図る。そして教え方を必要な情報をまず理解させてから問題を解かせるのではなく、何度も問題を解くうちに理解させていく方針に変えた。

 

 最初は資料を見ながらでもいい。短い時間をできるだけ有効活用し、同じような問題でインプット(情報収集)アウトプット(回答)を数多くこなす内に暗記物を身につけさせる。中学の範囲、特に社会なんかは暗記で点数を稼げる部分が多いし、問題を解くことに慣れていけば処理速度も向上するはずだ。

 

 資料にはおまけとして試験範囲の英単語を使ったクロスワードパズルや、昔の記憶から引き出した語呂合わせで憶えやすい“お勉強ラップ”を息抜き用に載せてみた。

 

「とにかく、問題を解く事優先。あとはやってるうちに憶えていけばいい。単純だけど、問題や資料は昨日の時点でできる限りクオリティの高い物に仕上げたつもりだから」

 

 アナライズと元社会人の資料作成スキルをフル活用してな!

 

 と心で叫び胸を張ってみる。おかげで寝不足だ……

 

「うっわ、俺のもマジ細けぇ」

「一晩でこれ作ったの? しかも全員分」

「なるほど、よくまとめられた資料だ。一部理事長が好みそうな部分もあるが……これを作るのは大変だったろう。少し疲れているように見えるぞ。体には気をつけるようにな。……昨日言っていた物はどうする? 今渡せばいいのか?」

「中等部の過去問ですか? お借りします」

「高等部のも一年のだけだがあるぞ」

「ありがとうございます!」

「私も持ってきたよ。お姉ちゃんのも借りて二年分」

 

 先輩と高城さんから過去問の入ったファイルを受け取る。

 

「高城さんのお姉さんって、三年生?」

「そうだよ」

「だとすると桐条先輩のも合わせて三年分、違う年の過去門が集まったことになるな!」

「影虎、なんかスゲェ嬉しそうだな……そんなに役に立つのか?」

「当たり前だろ? 学校の中間や期末試験問題は学習指導要領に沿って、その時点までの授業で教えた範囲から出題される。学校の方針や先生の性格で問題に多少変化をつけられるかもしれないけど、重要な点は先生の意思では変えられない。

 だから過去問も出題範囲はほぼ同じだろうし、学校も先生も同じなら問題も似通ってくるから、やるだけでも事前に予習ができる。それに三年分もあれば比較してある程度出題傾向も掴めるんだから」

「そうなのか……」

 

 そうなのだ。テスト前には宝の山なんだよこれは!

 

 どんなに勉強しても、その内容がテストに出なければ意味が無い。

 どこを出されても完璧に答えられるようにすれば良いけど、それは理想。

 実際に実行するのは簡単じゃない。だから試験範囲が重要になる。

 

 しかし、それでも多すぎて範囲を絞り込む場合。

 ヤマを張って勉強したのに、肝心のヤマが外れては目も当てられない。

 でも過去問があれば、少しでも確実に当たる確率を上げられる。

 まさに今の和田や新井にはもってこいのアイテムだ。

 

「……ねぇ順平。今日の葉隠君、様子が違わない?」

「俺も思った、ちょっち暴走気味な気が……」

「徹夜の勢いでハイテンションになってるんじゃないかな~? どう思う? 山ちゃん」

「や、山ちゃん? 島田さん、それ私のことだよね? ……でも確かにこんな問題集作ってたら、睡眠時間短くなるよね……」

「てかさ、あれちゃんと読めてんの? 過去問ペラペラ捲ってるだけにしか見えないんだけど」

「速読だろう。訓練を積めば意外とできるぞ? 私も幼い頃に訓練を受けた。興味があるなら友近、君もやってみてはどうだ?」

「俺が、あれを?」

 

 

 そんな視線を気にとめず、俺は過去問のチェックを行った。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~影時間~

 

 今日はちゃんと休め、と皆からも言われたのでタルタロス探索を控える。

 代わりにその時間を過去問のデータを元にした対策問題集と予想試験問題の作成に当てて、影時間が終わってすぐに就寝。

 ネットは使えなかったが手元のPCだけなら動かせた。

 適性のない人の一瞬で仕事が進むと考えると、実に得をした気分で眠る。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 5月17日(土)

 

 朝になると、“だいだら.”からメールが届いていた。

 送った甲殻が無事届いている事と連絡が遅れた事の謝罪から始まり、アート(装備品)がもう少しで完成すると書かれている。どうやら素材に興味を持って、性質を調べた後すぐに作業に入ったようだ。今日になって連絡をしていないのに気づき、早朝からメールを送ったと。

 

 俺は装備ができればいいので、その旨と料金の問い合わせだけ丁寧に書いてメールを返す。

 

 さて、体調は回復した。今日も気合を入れてアルバイトに行こう!

 

 昨夜作った問題のデータを順平に預けてから、寮を出た。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス~

 

「ッシャアアアアアア!!!」

 

 あの鏡……オーナーのコレクションじゃなかったら今すぐ叩き割ってやるのに!

 俺の中にある憤りを、恥ずかしさを、全て吐き出すように。

 バイト中に作った黒歴史を忘れるように……人のいないこの場所で暴れまくる。

 

 シャドウの仮面を“ナルシストの鏡”と名づけた憎き鏡に見立て、俺は気が済むまで渾身の一撃を叩き込み続けた。

 

 訓練? 知ったことか!!

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 

 

 

 

 5月18日(日)

 

 ~巌戸台図書館~

 

 休日のため、図書館に集まって勉強会を開くことになった。

 部室の鍵を持っているのは秘密なので、使えないのだ。

 

 しかしとうとう明日から試験週間。

 場所もあって、皆普段より言葉少なに勉強に励んでいる。

 俺も自分で作った予想問題を何度も解く。

 

 今日まで繰り返した勉強は確実に実になっているだろう。

 ざっと考えても全教科の教科書記憶。学校指定の問題集を何回も行った。

 皆に作った問題は確認のためにすべて一度は解いている。

 おかげで試験範囲は基礎も応用もガッチリ固まった。

 

「よし、っと」

「終わったか? 西脇さん」

「終わったよ」

「じゃ次これな」

「了解、って音楽かー……」

「うえっ、そんなのもあったっけ? やっべ、すっかり忘れてた」

「これも要点はまとめてあるから。それと先生の趣味なのか“(たき) 廉太郎(れんたろう)”に関する問題が毎年いくつか入ってるから、そこを抑えればなんとかなるだろ。それよりもう終了時間が近いぞ」

「よっしゃ、オレッチのラストスパートみせてやんよ」

 

 そんな順平を横目に、西脇さんの数学の過去問の採点を行う。

 

 アナライズで計算した答えと比べ、正答の場合は解答欄に○、誤答の場合は×を表示。

 誤答の場合はどこでミスをしているかが分かれば書き込んでおく。

 

「はい西脇さん、八十八点」

「ん、こんなもんかな……」

「ただここなんだけど、この間違いって式はあってる。でもこの部分でさ……」

「どれ? ……うわ、これマジ? 割り算が先って、小学生レベルの間違いじゃん」

「たぶん。それ以外にこの答えになる計算が見つからなかったからケアレスミスだと思う。これがなかったら九十点台に乗ってたよ」

「悔しーなぁ……」

「葉隠君、こっちも次をお願い」

「了解」

 

 淡々と、黙々と、勉強会は最後の詰めに入っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後

 

「……終わりました」

「俺もっす」

 

 和田と新井が社会の過去問を解き終えた。

 結果は……

 

「新井が六十九点、和田が……七十八点」

「「うっし!」」

 

 思ったより点が取れている!

 

 説明されて理解するより、実際にやる。習うより慣れろ的な勉強が性に合っていたのかもしれない。実際これまではほぼ一夜漬けでしのいでいたらしいし、サッカーに打ち込んでいたからか忍耐力はあるようだった。問題を数多くやらせるようになってからは集中力も続いて、与えた問題は全部やってきたし……赤点は回避できそうだ。

 

「満足のいく結果が出たようだな?」

「短い時間にしては上がったと思います。二人ともおつかれ」

「うっす、先輩らのおかげっす。俺らだけじゃどうしようもなかったっすよ」

「俺ら、先輩らがいなかったら勉強投げ出してたかもな……先輩方」

「「今日までアドバイスありがとうございました!」」

「ここ図書館だから声落とせって……!?」

 

 自覚すらしていなかった霧が晴れたような、目が覚めるような感覚。

 そして唐突に、ペルソナの情報が頭に流れ込んできた……

 

「兄貴?」

「葉隠? どうかしたのか?」

「! すみません。一瞬なんか目に入ったみたいで」

 

 とにかく考えるのは後だ。

 

「そうか。ならいいが、今日はこれからどうする? これで皆一通り終わったようだが続けるか?」

 

 ? まだ昼を少し過ぎたくらいなのに?

 

「中間試験は明日の朝からだぞ? 根を詰めて当日に力が出せなくては意味が無い。今日は遅くまでやるより、早めに帰って明日に備えるのも一つの手だと思うが、どうだ?」

 

 それもそうか。

 

「皆はどう?」

 

 全員から決を取り、今日の勉強会は昼までで終わった。

 

 

 

 

 

「あっついねー……」

「地球温暖化の影響とかか? これで夏本番とかどうなんだろうな?」

「でもまだ風があるだけすごしやすくないですか?」

「蒸し風呂みたいな部屋よりよっぽど天国っすよ」

 

 図書館を出たとたん、俺達は蒸し暑い外気に包まれた。

 日光に炙られた道を談笑しながら歩き続ける。

 

 すると見覚えのある道に着く。

 

「順平。この道って長鳴神社に繋がってる道じゃないか? ほら、初日に案内してもらった」

「そうそう、憶えてたのか。いやー、案内した甲斐がありますなぁ」

「そういえば長鳴神社って、学業の神様を祭ってるんだっけ?」

「風花、それほんと? だったら通り道だし、ちょっと寄ってかない?」

 

 岳羽さんの提案で、お参りに行くことになった。

 

 

 

 

 ~長鳴神社・境内~

 

 日曜日なので“太陽”と“刑死者”の二人がいるかと思ったが、境内には誰もいなかった。

 

「なにしてんの? お参りするよ」

「あれ……ねぇ友近、神社ってどうお参りすればいいんだっけ?」

「理緒しらねーの? 手を合わせればいいんじゃん?」

「そうじゃなくて、回数とか。もっと作法無かったっけ?」

「……宮本」

「俺か? ……全力で祈る? こう腹から声だして」

「声は絶対に違う! そんな騒がしいお参りする奴見たことねーよ!」

「何をやってるんだ君たちは……神社での作法はまず手水屋(ちょうずや)で手と口を清める事からだ」

 

 先輩が先頭に立って全員を引き連れていく。

 

「まず柄杓(ひしゃく)を右手で持ち、左手を洗い清める。次に柄杓(ひしゃく)を左手に持ち替え、同じように右手を洗い清める。そうしたらまた右手に持ち替え、今度は口を清めるんだ。口をすすぐときは柄杓(ひしゃく)に直接口をつけず、左手に移した水を口に含み、吐き出すときは口元を手で隠し静かに。……後はもう一度左手と使った柄杓を残った水で清める」

 

 先輩の指導の下、皆で作法に乗っ取り参拝を行った。

 

 

「私中吉ー。学業、ほどほどに良しだって」

「私小吉。努力すれば良し。なんか当たり前な気がするー」

 

 参拝を終えると皆でくじを引くことになったが……

 ここのおみくじ、良く当たったんだよな……

 

 前回引いたおみくじの当たり具合が異常なのを思い出してしまい、皆より一歩引いてしまう。

 

「あれ? 岳羽さんどうしたの?」

 

 一人、皆から離れて何かを探すようにあたりを見回している。

 

「んー……せっかくだから学業成就のお守り買おうかと思ったんだけど、売ってるとこ見つかんないんだよね」

「そういえば……」

 

 そういう場所は見当たらない。

 

「ゆかりちゃん。売店だったらここには無いよ」

「風花。そうなの?」

「うん。ここの神主さんが亡くなってからずっと」

「そうなんだ、じゃ仕方ないか」

 

 やってきた山岸さんの言葉であきらめる岳羽さん。

 そういえばいつの間にこの二人、名前で呼びあうようになったんだろう?

 聞いてみよう。

 

「私とゆかりちゃん?」

「前は苗字で呼んでたと思って」

「あぁ、それはほら、最初の勉強会で君とその、あったじゃない? あの時の話の内容ってか、そこまでの事情っての? ……風花も知ってるわけじゃん。それで気を使ってくれたみたいだからね」

「桐条先輩からお菓子をもらった日にね、ちょっと話して仲良くなったの」

 

 そうだったのか。

 まぁ、仲が良いなら良かった。

 

「おーい影虎!! お前で最後だぞ!!」

「今行くよ……」

 

 俺の番か……頼むから妙なのは出てくれるなよ!

 祈って引いた結果は……

 

「……吉だ」

 

 普通だが、内容は……

 

 待ち人 …… 縁多し。

 失せ物 …… 探せば見つかる。

 健康  …… 良く食べ、養生すべし。

 金運  …… ほどほどに良し。

 勉強  …… 案ずることはない。

 仕事  …… ひたむきに取り組むべし。

 勝負事 …… 粘り強く取り組めば勝つ。

 願い事 …… 閃きに従うと吉。

 

 待ち人・失せ物・金運はタルタロス系。

 健康と勉強はドンピシャすぎる。

 仕事と勝負事は無難なことに見えるけど、こうなると勘ぐってしまう……

 そして願い事は、さっき身に着けたペルソナのスキルか?

 

 まずタルタロスで戦わずにスキルを習得した事に驚いたが……

 手に入れたスキルは“アドバイス”。

 ゲームではクリティカルを二倍の確率で出せるようになるスキルだった。

 効果がそのままなら確実に役に立つが……やっぱりこのおみくじ、当たりすぎて怖い。

 

「んじゃ一番良かったのは先輩か。おめでとうございます!」

「ふふっ、ありがとう伊織。だが、おみくじで一番というのもな……」

「ははっ、ま、そうなりますよね」

 

 そう順平が笑うと、不意に沈黙が流れ、

 

 グゥ~……

 

 と、自分の腹が出した音が耳に届く。

 

「……腹の音?」

 

 静まり返ったタイミングで鳴った音を聞いたのは俺だけではなかったようだ。

 音の元を探すように視線がこちらの方に向く。

 

「……ごめん、俺だ。なんか腹減ってきて」

「今の影虎か? 超良いタイミングで鳴ったな」

「でももう昼過ぎてるしな」

「私もお腹減ってるかも~」

「頭使ったからねー」

「んじゃ俺んちどうっすか?」

「おっ、そういや和田って“わかつ”の息子なんだよな?」

「そうっすよ宮本先輩」

 

 話の内容が食事に変わるが、ここで今度は桐条先輩が輪から一歩引く。

 

「どうしました? 桐条先輩」

「どうした、ということはないが……君たちはこれから食事に行くのか?」

「そんな流れになってますけど……ああ」

 

 そういえばこの人、普通の飲食店に入ったこと無い人だったな。

 ゲームの女帝コミュイベントでは、飲食店が多かったし。

 

「もしかして、これから何か用事がありますか? それかお腹が空いてないとか」

「予定は入れていない。昼も食べていないから食事にはいいと思う」

「だったら一緒に行きませんか? わかつと小豆あらいは美味しかったですから、味は保障しますよ」

「そうでなくてだな……その、私が行ってもいいのだろうか?」

「何をいまさら遠慮してるんですか、勉強会には参加してたのに。ここで追い返すわけ無いでしょう。……な?」

 

 ここで皆に水を向けると

 

「そりゃ勿論!」

「大歓迎ですって! なぁ」

「先輩にも勉強教わったしな」

「こんなチャンス滅多にないしね!」

「賛成!」

「先輩が嫌なら無理強いはしませんけど……」

 

 脊髄反射のような速さで答えた順平に続き、友近、宮本、島田、西脇、そして岳羽さんまでもが同意してくれた。他の面々も笑顔で受け入れる意思を示している。

 

「……ふっ。では一緒させてもらうとしよう」

「あっ、何か別のものがよければお店探しますよ?」

「大丈夫だ、店選びは君たちに任せる。……ところで今からこの人数が入れる店はあるのか?」

「あ、そうっすね! うちに連絡入れてみるっす!」

 

 和田が思い出したように携帯を取り出して連絡を始めた。

 

「そうそう、今日も兄貴たち。今日は兄貴以外にもいるけどさ……人数? 十三人。……そこ何とかしてくれよ。俺らが世話になったつーか、そもそも先輩らの勉強会に俺らが混ぜてもらってたんだって。……わかった、ちょっと聞いてみるわ」

「ダメだったか」

「すんません、なんかどっかの大学の団体が来てたみたいで。それが帰れば空くって言ってますけど。別のとこ探しますか?」

「いきなり十三人で入れるとこって、ワイルダックバーガーとかファーストフードくらいしかなくない?」

「流石に先輩連れてくにはな……」

「俺ももっとガッツリ食いてぇ」

 

 桐条先輩はファーストフードでも喜ぶと思うが……俺も宮本の意見に賛成だ。

 

 そうだ。

 

「ラーメンはどう? 叔父さんと連絡とってみるから」

「ラーメンいいっすね!」

「先輩の叔父さんってラーメン屋なんすか」

「言ってなかったか? 叔父さんのラーメン屋って“はがくれ”だぞ?」

「はがくれってマジすか!?」

「俺らんとこと同じ建物じゃないっすか!」

「てっきり言ったと思ってた」

 

 驚く二人をなだめ、叔父さんに連絡を取る。

 そして全員でも座れると返事をもらった俺たちは、ほどほどに騒ぎながら巌戸台商店街へと足を向けた。




影虎はペルソナを使って勉強を教えた!
和田と新井に効果が出ていた!
試験前日、勉強会が終わった!
影虎は新しいスキル“アドバイス”を習得した!!




~影虎が引き受けている依頼一覧~

依頼No.5 勉強を教えよう 依頼人:“わかつ”の女将(和田の母)
達成条件:和田(わだ)勝平(かっぺい)新井(あらい)健太郎(けんたろう)の二名に勉強を教える。
達成報酬:“わかつ”と“小豆あらい”でタダ飯食べほうだい。 + 『スキル(アドバイス)習得』
達成期限:中間試験日まで

依頼No.6 会長に会ってくれ 依頼人:桐条美鶴
達成条件:中間試験後に月光館学園の生徒会長と話す。
達成報酬:新たな依頼人
達成期限:中間試験後、可能な限り早く。


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68話 アドバイス

 5月19日(月) 試験初日

 

 ~教室~

 

「時間だ! 教科書、ノートはさっさとしまえ! いまさら悪あがきをしたって遅いぞ!」

 

 いよいよこの時がやってきた。中間試験の始まりだ。

 ドッペルゲンガーのメガネはないが、慌てることは何も無い。

 体調は絶好調、事前準備は万全。そして自信が胸にある。

 

「よし、用紙は行き渡ったな? 開始まで後一分………………三十秒………………五、四、三、二、一、始め!!」

 

 体育の青山先生監督の下、テストに取り組んだ。

 

 かなり手ごたえを感じる!!

 

 ……

 

 5月20日(火) 二日目

 

 “英語”

 

 問題:誘いを断るときに使う英語の慣用句は? 以下の選択肢から選びなさい。

 回答:Can I take a rain check? 

 

 ……

 

 5月21日(水) 三日目

 

 “音楽”

 

 問題:“荒城の月”で有名な瀧 廉太郎氏が最後に作曲した曲は? 

 回答:(うらみ)

 

 ……

 

 5月22日(木) 四日目

 

 “現代文”

 

 問題:“すべからく”とはどういう意味か?

 回答:当然

 

 ……

 

 5月23日(金) 五日目

 

 “化学”

 

 問題:メタン、エタン、プロパン、エチレン、プロピレン、アセチレン。

     以上六つの物質の化学式に共通する元素を二つ答えなさい。

 回答:炭素、水素

 

 ……

 

 5月24日(土)

 

 “数学”

 

 どれも簡単すぎる。走り出したペンは止まらない!

 

 ……

 

「終了~。後ろから答案を集めて、ほらそこペンを置く!」

 

 中間試験が終わった。

 試験勉強には長い時間をかけた気がするのに、終わってしまうのは一瞬だったな……

 

「影虎、なんか食って帰ろうぜ!」

 

 開放感に満ちた順平の誘いに乗り、下校途中に買い食いをすることにした。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~アクセサリーショップ Be Blue V~

 

「お疲れ様です!」

「お疲れ様、葉隠君。試験は終わったのよね? どうだった?」

「オーナーが試験期間中はシフトを入れないでくれたおかげで、余裕を持てました。ばっちりです」

 

 和田と新井からも大丈夫そうだとメールが来たし、心配事はなにもない。

 

「自信があるようでなによりだわ。学生さんなんだから勉強もしっかりしないとね。でも大丈夫? 江戸川さんからずっとお友達と勉強会をしていたと聞いているけど……それも夜遅くまでお友達のために問題を作っていたとか。今日まで休んでくれてもよかったのよ?」

「そこまで聞いてたんですか? 大丈夫ですよ。ここの仕事は自分のためになりますし、実を言うと……例の能力でだいぶ楽してますから」

「あら? ……あれってそんな風にも使えるの? 話を聞いて戦うばかりだと思っていたのだけれど」

「戦うための能力が応用できた感じですね。敵の弱点を記録したり分析する能力なんですが、同じ要領で勉強内容の理解に役立てられました」

 

 でもだいぶ成長してるのに、工夫して編み出した技を除いては、いまだに戦闘用のスキルが初期状態から一つも変わらないんだよな……

 

 小声で短く説明をすると、オーナーは数回頷く。

 

「それじゃこれ、今日の服だから」

 

 声を元の大きさに戻し、渡された仕事着に着替えて戻る。

 

 すると丁度、同じシフトの三田村さんがやってきた。

 

「お疲れ様です! ふぅ、間に合った……」

「お疲れ様。随分と大荷物ねぇ」

「お疲れ様です、三田村さん。どうしたんですか? そんなに重そうな荷物を抱えて」

「あはは……実は近々教育実習があるんですよ」

「そういえば三田村さんは保育士さんを目指しているんでしたっけ?」

「そうなの。その準備で読み聞かせ用の本を探しに図書館へ行ったんだけど、良いのが見つからなくて。迷ってるうちに時間がきちゃって」

 

 そして目線は手持ちのカバンに移る。

 

「もしかして候補の本を全部借りてきたんですか?」

「全部じゃないけど……そんな感じで、一度に借りれる限界まで」

 

 恥ずかしそうな三田村さんがカバンの口を開けて、こちらに中を見せてくれる。控えめに覗き込んでみると、“ももたろう”や“さるかに合戦”等々、童話が詰め込まれていた。中には辞書のような童話集まである。これじゃ女性には重いだろう。

 

「いたって普通の童話じゃない、なにがダメなの?」

「オーナーが言うように普通の童話だからですよ。有名な童話はほとんど子供たちも知ってますから、読み聞かせで退屈させちゃって大変だそうです。先輩の話では。あと内容が難し過ぎるのとか、昔は良くても今は差別的とされて教育現場では不適切になるお話もあるから色々と気をつけないといけないんです」

「そう。読み聞かせも大変なのねぇ……」

「でも、子供たちのためですから。それじゃ私も用意してきますね」

 

 三田村さんは笑顔で言い切り、歩いていく。

 

「それじゃ俺も」

「ちょっと待って、葉隠君。今日はそろそろ暑くなってきたと思うから、腕をこう、袖口のボタンを全部はずして…………………………こう。腕まくりをする時はこうするといいわ。だらしなく見えないから。それじゃ今日もよろしくね」

 

 オーナーから見栄えの良い腕まくりの仕方を教わった。

 きっちりとしていて、仕事の邪魔にもならなそうだ。

 仕事道具を抱えて店に出る。

 

「お疲れ様です、交代します」

「葉隠か、香奈は?」

「三田村さんももう来られますよ」

「そっか、じゃ香奈が来たらアタシ上がるよ。そういやさ」

 

 棚倉さんと会話をしながら占いセットをカウンターに並べていくと、二人組の女性客が来る。

 

「でさー、あっ、占い師の子だ」

 

 俺か。……あの人初日に占った人の一人だったな。

 アナライズにより前回の記憶が蘇った。

 

「いらっしゃいませ。先日はどうも」

「占い師? 君占いやってるの?」

「はい。と言ってもまだ見習いですが」

 

 手で看板を示すと、初見のお客様は興味を持ったようで

 

「へぇ……安いね」

「見習いなもので」

「ふーん……ちょっと占ってくれる?」

 

 彼女は今日初のお客様になってくれた。

 

「ありがとうございます。それでは何を占いましょうか?」

「引っ越しを考えてるんだけど、なかなか良いとこ見つからなくって迷ってるんだ」

「わかりました。では“ケルト十字”というスプレッドで占わせていただきます。これは一つの問題を深く分析するのに適した並べ方ですから、これで解決の手がかりを探っていきましょう」

 

 カードを切り、お客様にカードを三つに分けて好きな順番で一つに戻してもらう。

 できた山の上から一枚ずつ取り中心へ二枚、その上下左右に一枚ずつカードを配置。

 最後にこの時点でできている十字の右側に、俺の手元からお客様の方へ四枚縦に並べる。

 これでスプレッドの完成。

 

「このスプレッドは一枚目から順に

 現在の状況や悩み。

 現在直面している障害。

 目標や理想。

 障害の原因。

 近い過去。

 近い未来。

 無意識に抑圧している事。

 周囲の状況。

 願望やそれに伴う気分。

 結果。 

 と、これら十の物事を示します」

 

 前置きをしてカードをめくる。

 

「一枚目は“運命の逆位置”。正位置であればチャンスや幸運と言った意味がありますが、逆位置なので不運……あなたの悩み事と今の状況は、あなたが原因で起こった事ではないようです」

「……」

 

 黙って耳を傾ける女性。

 

「続いて二枚目は“恋愛の逆位置”……恋愛は文字通りの意味もありますが、それには人と人の繋がりが不可欠。ここから現在の障害は人間関係。ご近所とのトラブルでしょうか?」

「……そんなもんだね。トラブルまではいかないけど」

「では三枚目。目標や理想を示すのは“隠者”のカード。これは二枚目の恋愛と合わせて、煩わしい人間関係や喧騒から離れて静かに暮らしたい。あるいは自分だけの場所がほしい、と言った意味ではないかと考えます。

 続いて障害の原因は、“魔術師の正位置”……人間関係の問題ですので、人が原因と考えられますが……魔術師で人をあらわす時は知識人であったり、知識や技術を高め、探求するような性質の人と言われます。そういった物事に力を注ぐ、向上心のある若々しいエネルギーの持ち主でしょうか?」

「さぁ……隣に引っ越してきた人なんだけど、直接会った事はないんだよね」

 

 直接会わないで被害を受けている?

 ……となると問題はゴミや騒音、その他間接的に与える物かもしれない。

 

「では近い過去、これは“月”。曖昧な状況を示すカードで、先ほどおっしゃられたように迷いが生じている事でしょう。

 その次は、“審判”。決断や転機の意味があるカードですが……このカードは正位置の場合、改善という意味もありますから、近い将来はよい方向に向かうと思われます」

「本当?」

「カードを読み取った限りは。ですがまだ続きがあります。次のカードは……“戦車の逆位置”?」

 

 これは何を表しているんだろう? 

 戦車は攻撃や勝利などが思い浮かぶけど問題は転居だ、どう繋がる?

 戦車…………乗り物……移動? 逆位置で、停滞?

 

「……ひょっとして、本当は引越しをしたくないと思っていませんか?」

「んー……たぶんある。今の家、結構長く住んでるから愛着あるし、住みやすいから」

 

 それなら転居よりも問題の解決を図ったほうがいいんじゃないか? 

 

 続く八枚目を見ると“刑死者”が出た。ここは周囲の状況を示す位置だから……

 

「どうやら問題に対して、現在あなたはこの絵柄のように孤立無縁の状態にあるようですが……誰かに相談したりは?」

「してないね。そこに住んで長いし、私が引っ越してもいいかな? って思っちゃって」

「なるほど」

 

 今の場所に住み続けたいのか、新しいところに住みたいのか。

 やっぱりご近所トラブルよりも、転居に対する迷い。

 気持ちが定まっていない事が悩みの本質のようだ。

 

 その推察を肯定するように、願望とそれに伴う気持ちを示す九枚目のカードは愚者。

 自由や可能性、そして無鉄砲さなども表すカードだった。

 

「どうやらトラブルで精神的に追い詰められて、といった深刻な状況ではなさそうですが、どうでしょう」

「うん、そこまでじゃないね」

「でしたら、まずトラブルの解決を図ってみるのはいかがでしょうか?」

「ん~……何度も隣の家に行ったんだけどさ、いつも留守か居留守を使われてるから」

「……お住まいは賃貸ですか?」

「そうだけど?」

 

 だったら管理人か管理会社に相談するのはどうだろう?

 七枚目では“引っ越したくない”という気持ちを抑圧していると出ている。

 だったら引っ越さなくても良い方法を探してみるのが良いと思う。

 問題解決に成功すれば、隠者が示す理想を叶えることも可能だ。

 

 それに相手と直接顔を合わせたことが無いという話でしたが、一枚目の運命のカード。

 運命はカードを簡単にひっくり返せるように、良い事の後に悪い事とコロコロ変わる。

 だから審判と同じで改善という解釈もあり、まだ“改善の余地がある”と言える。

 

「まだ引越し先も見つかっていない状態の様ですし、引っ越すにしてもできる事をやってからの方が納得もできると思います」

 

 そう提案すると、お客様はわずかに表情を緩めた。

 

「確かに、ちょっと急ぎすぎてたかも。納得できるように、やってみるよ」

「お力になれましたか?」

「帰ってやること決まったし、十分だよ」

「それならよかった。……あ、すみません。まだ最後のカードが……」

 

 纏めたような雰囲気になってしまったが、まだ一枚だけカードが残っている。

 めくって見ると、それは“節制の正位置”。

 

「これは良いカードですよ」

「そうなの?」

「節制は適度に慎むこと。正位置では物事のバランスが取れている状態です。人付き合いでは物事を上手に判断したり、寛容であれたり。自分と他人の関係でバランスが取れるという意味で、“通じ合う心”を表すとも言われます。

 審判のカードが示した近い将来は“和解してよい方向に進む”と言うことかもしれません」

 

 そして俺は、本日最初の占いを締めくくった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 閉店後

 

「……………………」

「おーい、葉隠君ー?」

「だめだ、もう死んでる」

「勝手に……殺さないでください……棚倉さん」

 

 倉庫掃除で疲れただけだから……座って休めばすぐ元に戻る。

 そう言葉を搾り出すと、棚倉さんと三田村さんは俺に労いの言葉をかけて帰っていく。

 残ったのはオーナーと俺、香田さんは店の方にいるらしい。

 

「今日はずいぶんお疲れね、何に引っかかったの?」

「体が重くなるやつです……」

「どれかしら? ……もしかして全部?」

「わかりません……ほとんど金縛り状態で」

 

 タルカジャとスクカジャを使って何とか掃除だけはすませたけど、今日はやばかった……

 

「今日、どうでしたか?」

「占いの評判? いい感じよ。今日いただいた十八人分の感想を読んだ限りは、不満を持った人はいないみたいだし……リーディングにかける時間が減って、快適に占ってもらえたって意見もあるわ」

 

 ああ、それたぶん初日に来た人だ。

 彼女なら一度占ってるから今回と比べられる。

 前回を覚えていれば一目瞭然なはず。

 

 それだけ俺が上達した、と言いたいが…

 一番の要因は新しく身に着けた“アドバイス”の効果だろう。

 

 習得から数日経って判明したアドバイスの効果は、その名の通りアドバイスを与える能力。たとえば戦う時はシャドウの急所がなんとなく分かるというか、気づかなかった事(・・・・・・・・)気づけるように(・・・・・・・)なっていた。

 

 知りたくない事、受け入れがたい事も容赦なく気づかせるみたいでたまに傷つくけど、ためにはなる。

 

「葉隠君、その能力……もしかして高次の意識に繋がっているんじゃないの?」

「自分で自覚できない領域の……?」

「ええ、以前話したでしょう? 人の意識には顕在意識、潜在意識、超意識の三つがあるって」

 

 潜在意識、超意識……

 それは自覚できていないだけで、多くの情報を持っている。

 反射的な回避など、無意識下で高速処理が行われている。

 言われてみれば、まさにアナライズだ……

 そこから記憶を引き出していたのか。

 

「となるとアドバイスは」

「貴方が明確に理解できていない知識を高次の意識と繋がる事で、ヒントを与えているんじゃないかしら? その能力も使っている時、瞑想するように内面を見つめていそうよ。……本当に、ペルソナって常識の枠に当てはまらないのね……」

 

 そんな事を言ってるオーナーも、十分一般常識の枠にははまってないと言いたくなったが、我慢する。

 

「でもあれね。高次の意識と繋がれる能力を持っているなら、貴方の肩書きから見習いが外れる日もそう遠くないかもしれないわね」

「……いまさらですけど、能力を占いに使ってもいいんでしょうか?」

 

 アドバイスはパッシブ(常時発動)スキル。

 便利に使ってるけど、止めようと思うと肝心の止め方が分からない……

 

「あら、魔術を修めようとする者が高次の意識を求めて扱うのは必然よ。前にも言ったでしょ」

 

 オーナーはあっさりとそう言い放つ。

 訓練の妨げにはならないようで一安心だ。

 

 こうして俺は話をしながら体を休め、ある程度回復するのを待って寮へと帰った。




中間試験が終わった!
影虎はアルバイトをした!
魅力が1上がった?
バイト代を手に入れた!
疲労になった!

依頼No.5 勉強を教えよう 『達成』
依頼人:“わかつ”の女将(和田の母)
達成条件:和田(わだ)勝平(かっぺい)新井(あらい)健太郎(けんたろう)の二名に勉強を教える。
達成報酬:“わかつ”と“小豆あらい”でタダ飯食べほうだい。 + 『スキル(アドバイス)習得』
達成期限:中間試験日まで



~影虎が引き受けている依頼一覧~

依頼No.6 会長に会ってくれ 依頼人:桐条美鶴
達成条件:中間試験後に月光館学園の生徒会長と話す。
達成報酬:新たな依頼人
達成期限:中間試験後、可能な限り早く。


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69話 邂逅

「これでよし」

 

 アルバイトからの帰宅後。

 会長からの呼び出しの件で来週月曜日、生徒会室に顔を出そうと考えている。

 という内容のメールを桐条先輩に送信してからルーンを刻む練習にうつる。

 

 Be Blue Vから持ち帰った石と工作道具を用意して、石にルーンを掘り込んでいく……

 

 道具と石を持つ手元をドッペルゲンガーで覆えば防音できて掃除も手間がかからず、アドバイスの恩恵が十全に受けられた。

 

 初めはオーナーのように縦横無尽にルーンを掘る真似をしていたが、今では上から下へまっすぐに線を彫ることだけに絞っている。

 

 ルーン文字の形状は“楔形文字”のような直線を組み合わせたものなので、縦線一本でも書きたい文字に合わせて石を回せば(・・・・・)書けることに気づいたからだ。上下左右斜め合わせて八方向の動きを駆使するオーナーのやり方より、素人の俺には一つに絞るこの方がやりやすかった。

 

「……こんなもんか」

 

 そう確信して作ったのは平仮名の“く”と同じ形状の“カノ”が刻まれた石。

 これはたいまつの火を象徴するルーンであり、そこから“道標”や“ひらめき”。

 “物事の始まり”や“発展”、“進歩”、それらに必要な“知性”。

 あるいは単純に“火”など様々な意味を持つ。

 

 これを使ってドッペルゲンガーやアドバイスを強化できないだろうか?

 と考えて彫ってみたものの……

 

「今は無理だな……」

 

 体調を考えるとルーン魔術の発動に割くエネルギーはない。

 タルタロスで回復するか、明日に回さないと辛そうだ。

 

 道具とごみを片付けて、ベッドの上で座禅を組む。

 魔術の代わりに江戸川先生から学んだ気功の練習を行うことにしよう。

 

 

 

 ……まずは呼吸を整え、体から無駄な力を抜く。

 そして自分の体内にあるエネルギーを探す……やっぱりアドバイスの効果があるようだ。

 授業を受けたときと同じく、ぼんやりとエネルギーを感じる。

 さらに集中すると、感覚がより明確になっていく……

 この大きな流れが先生の言っていた任脈(にんみゃく)督脈(とくみゃく)だろう。

 体内のエネルギーが前面(任脈)を下り、背面(督脈)を上って巡るのを観察できる。

 

 でも……なんだか弱弱しくて、所々で流れが滞っている。

 疲れているからか?

 だったら、とエネルギーの操作を試みる。

 いつもの吸ったり出したりする感覚で、慎重に。

 今流れているエネルギーの流れを後押しするように……

 消費するのではなく、流れだけを整えていく……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 だんだんと流れは整ってきた。

 気だるさも多少だが改善している気がする(・・・・)

 その代わり、流れに沿って下腹部のある部分が元気になってきた。

 そういう事が起こるとは聞いていたが……

 もう一度呼吸で落ち着かせ、鎮めるんだったな……

 

 時々休憩を挟みながら、始めて一時間ほどが経った時。

 

「っ!? 今度は“小周天”……“小周天”?」

 

 あの新しい情報が流れ込む感覚に襲われた。

 どうやら“小周天”というスキルを手に入れたようだけど、聞いたことがない。

 覚えるならSPを毎ターン自動回復する“気功”だと思ったが……ああ、なるほど。

 

「“小周天”はアクティブ(任意発動)スキルなのか」

 

 きっと俺はまだまだ未熟ということなんだろう。ドッぺルゲンガーとアドバイスのサポートで気功を多少使えても、熟練したわけではない。息をするように自然に使える境地には至っていない。だから自動の“気功”ではなく、任意の“小周天”か。

 

「回復効果は少なそうだ……けど慣れれば上がるかも……戦闘中には使えなさそうだけど、役には立つよな? きっと」

 

 そのまま小周天を行い、今日はエネルギーの把握に努めた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 5月26日 (月)

 

 昼休み

 

 教室に勉強会を開いたメンバーが打ち合わせることなく集まっている。

 

「試験結果、張り出されたってよ!」

「見に行くか」

「行きたくなーい」

 

 クラスメイトたちがゾロゾロと一階へ向かう。

 

「俺たちも行こうぜ」

「おちつかねー……」

 

 緊張した面持ちの皆と、掲示板に張り出される試験結果を見に行く。

 

「すごい人だね」

「これじゃ見に行けないね」

「てか、なんでここ(正面玄関)に全学年分張り出すんだろ? 各階に学年で分かれてるんだからさ、別にしてくれたってよくない?」

「ゆかりっちに賛成ー、そーしてくれりゃ人だかりもましな気がすんのにな」

「これ、昼休みが終わるまでに前まで行けっか?」

「帰りに確認したほうが楽な気がしてきたね」

「でも戻るにも後ろが……あっ、ごめんなさっ、えっ」

「山岸さん、こっち」

 

 人ごみに挟まれて戸惑う山岸さんを連れ、売店の隅に一時避難させたが……

 

「時間かかりそうだな……」

「ほんとだねー……あっ」

 

 俺の呟きに答えた山岸さんが、何かに気づいたように声をあげた。

 

「葉隠君は、もういいかも」

「え?」

「ほら、あそこ。一年生のとこ、人が流れたから」

 

 指し示された方を見ると、結果が張り出された掲示板。

 その前に群がる人の頭の上に、俺の名前があった。

 

 “一学年一位 一年A組 葉隠影虎 総合得点:1300点”

 

「なるほどなー」

 

 ちなみに月光館学園の中間試験は十三科目、一科目は百点満点。

 前々からそうだと思っていたが、やはりアナライズの効果は絶大だった。

 

「ちょっと何あれ」

「全教科満点とかマジかよ」

「葉隠って誰だよ」

「あいつだろ? 江戸川先生を顧問にして部を作った奴」

「頭良いんだな……」

「そういやお前、一位とるとか言ってなかったっけ? 負けたな」

「うっさいな! 調子が悪かったんだって……」

「お前調子よかったら全教科百点とれんのかよ」

「うっ……」

 

 掲示板付近にいる一年生だろうか? 俺の噂話がされている。

 おおむね成績が良い、と評判が上がっているようだ。

 ただ、若干の嫉妬の声も聞こえてくる。

 

 結果を確認できたので、俺個人としてはもうここに留まる必要はない。

 

「悪い、なんか居心地が悪いから先戻るわ」

「オッケー」

「成績良くても大変だね」

 

 俺は一足先に教室へ戻る事にした。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

「起立。気をつけ。礼」

「はいお疲れ様。皆テストの復習も忘れないようにね。それから葉隠君、君はちょっと残りなさい」

 

 ホームルームが終わると、担任のアフロ、じゃなくて宮原先生に呼び止められた。

 

「先生、何か御用ですか?」

「用というか連絡事項ね。荷物をまとめたら帰る前に生徒会室によりなさい。絶対だよ? それからちょっと遅れたけど、今回の中間試験おめでとう。学年一位の生徒がうちのクラスから出て、僕もうれしいよ」

「ありがとうございます」

「これからもこの調子でね。その『宮原先生、宮原先生、至急職員室までお戻りください』あ、あれ? なんだろ……とりあえず用はこれだけだから、僕はこれで。忘れずに生徒会室に行くんだよ!」

 

 先生は急いで去っていった。

 生徒会室には元々行くつもりだったけど、何かあるのか?

 点が良すぎてカンニングを疑われたとか……ないな。

 たとえそうなら、行きなさいと言われるだけじゃなくて連れて行かれるだろう。

 行く場所も生徒会室じゃなくて生徒指導室のはず。

 先生の態度も悪いことが待っている様子じゃなかった。

 

 とりあえず行ってみればわかるだろう。

 

 

 

 ~生徒会室~

 

「入っていいぞ」

「失礼します、っ!?」

 

 軽い気持ちで生徒会室の扉を叩き、招き入れられた瞬間、思わず息を呑む。

 

 室内に居た人数は四人。

 一人はお馴染みの桐条先輩。

 一人はブラウンの髪をショートカットにした女子。

 朝礼で見かける三年の海土泊(あまどまり)会長。

 一人は書類片手に会長と何かを話していただろう、長身で目つきの鋭いメガネ男子。

 たしか副会長だったはず。

 

 この三人はいい。

 でもどうして……

 

「やぁ、君が葉隠君だね?」

 

 笑顔で声をかけてくる()

 この笑顔の裏に何を隠しているのかは読めない。

 俺がもっとも警戒しなければならない相手であり、黒幕。

 現状最も警戒すべき、理事長(幾月)がそこに立っていた。

 

 

 

 

 

 

「どうかしたのかい?」

 

 落ち着け……

 

 腹をくくり、生徒会室へ足を踏み入れる。

 

「初めまして。葉隠影虎と申します。失礼ですが、もしかして理事長の……」

「おや、僕を知っているのか。その通り、幾月(いくつき)修司(しゅうじ)だ」

「間違っていなくて良かった」

 

 学校のホームページで顔と名前を見たことがある、と嘘よりの緊張の理由を作っておく。

 

「そんなに驚くなんて、宮原先生から聞かなかったのかい?」

「先生が話の途中で放送に呼ばれてしまったので、生徒会室に行くようにとしか」

「そうかい。僕がここに来たのは、君にこれを渡すためさ」

 

 幾月は生徒会室の机に置かれていた封筒を手に取り、俺に差し出してきた。

 

「これは?」

「奨学金さ、君は今回の中間テストで総合一位を取っただろう?」

「月光館学園には定期テスト上位者の順位に応じて、授業料の減免や奨学金の給付を行う制度がある。学年一位の場合はテスト前までの授業料を全額免除。加えてその奨学金だ、返済義務は無い。表情を見れば予想はつくが、知らなかったのか?」

「奨学金よりも確実に入学することに集中していたので」

 

 結果的にアナライズで一位を取ったけど、成績とお金よりトレーニングに重点を置くつもりだったから、そもそも成績は二の次。順平じゃないが入学前は最悪赤点ギリギリでもいいくらいに考えていた。そんな俺が奨学金とはね……

 

「一位になったご褒美だよ、参考書代にでも使うといい。学園としても優秀な成績を残す生徒には継続していい成績を残してほしい。勉強に励んでほしい、その方が学園の利にもなる。そんな思惑も入った奨学金さ。受け取ったからと学園から何かを要求されることも無いし、なにより君が勝ち取ったのだから、遠慮する必要はないよ。これからも頑張ってくれたまえ」

「そういうことなら。次回も自分なりに努力させていただきます。今回、二位の人とは僅差でしたから」

 

 チラッと見えた二位の総合点は1280点台だった。

 奨学金。リスク無しでお金を貰えるなら貰わない手はない。

 

 だがここで、幾月が思わぬ行動を起こす。

 

「僅差? きんさ……奨学金さ(・・・)? ぷっ、ぷははははっ!」

 

 ……笑い、始めた?

 

「理事長……」

「いやいや葉隠君、君もやるねぇ」

 

 何を? ダジャレ?

 

「今のは偶然……」

「そんな謙遜をしなくてもいいよ。君たちの勉強会で使ったプリントを桐条君に見せてもらったんだけどね、あれの“お勉強ラップ”も素晴らしかった! あれは君が書いたんだろう?」

「あれを、見たんですか」

「見せてもらったとも! あの短い中に詰め込まれた笑いと知識。言葉の芸術といってもいいね」

 

 一人で喋りまくる幾月。

 どうやら奨学金の受け渡しだけでなく、ダジャレの件で態々やってきたようだ。

 暇人か! そんなのでノコノコ俺の前に出てくるな! 気を揉んで損した……

 

「ところで相談なんだが、あの“お勉強ラップ”を学校で流してみないかね? うん、生徒の勉強の助けになるだろうし、これで同士が増えるかも」

「理事長、お戯れはそこまでに」

「いやいや桐条君、冗談ではなく本気だよ」

「本気で言っていたのですか……」

 

 先輩に心の底から同意する。

 それにしてもこの脱力感、警戒しているのが馬鹿らしくなりそうだ。

 だからこそこの男は危険。気を引き締めなければ……

 

「申し訳ありませんが、あれはどこかで聞いて覚えていた物を書き留めた物です。だからどこかに権利者がいると思いますよ」

「おや、そうなのかい? それは……よし、調べてみよう。権利者を探して許可を取れば流せるね」

「理事長、いったい貴方のどこにそんな熱意が……」

「それじゃ用も済んだし僕はこれで。それじゃ葉隠君、次回も頑張ってくれたまえ」

 

 幾月は桐条先輩の話もきかず、生徒会室を出て行った。

 

 これだけ? 本当にダジャレのためにわざわざ?

 狂った奴の思考は考えても理解できそうにないな……

 

 本気かどうか読めなかったが、曲はほっとけば諦めるよな?

 本気で権利者を探したとしても、あれは俺が生きていた世界の曲だ。

 試験にも出た瀧廉太郎など、歴史に名を残す作曲家や名曲は共通しているけど、

 あの曲の権利者は見つかりっこない。

 

「次は私の話かな? 葉隠君」

 

 そうだ、本来はこっちが目的だった。

 

「はい。改めまして、一年A組の葉隠影虎です」

「知ってるとは思うけど、私は生徒会長の海土泊(あまどまり)静流(しずる)。三年生。ついでにこっちは武将ね」

「ついでとはなんだ……紹介するならまともに紹介しろ。副会長の武田(たけだ)光成(みつなり)だ。戦国武将に名前が似ているせいで清流(しずる)には武将と呼ばれている。清流(しずる)と同じく三年。こいつは甘やかすと際限なく甘えてくる。耐えられなければ遠慮せず突き放していい」

 

 訂正すると会長の隣にいた武田先輩は、さっさと資料と書かれたファイルが積み重ねられた席に座り、作業を始めてしまう。

 

「無愛想な奴でごめんね。葉隠君の噂は聞いてるよ、色々と(・・・)。よろしくねっ」

 

 普段朝礼で見ていた時は淡々としているイメージだったけど、割と気さくそうだ。

 しかし色々な噂とは何だろう? 足が速いとか江戸川先生関係か?

 

「あれ? 知らない? 君それ以外でも色々有名だよ?」

「すみません、噂話とか疎くて……」

「……清流(しずる)の耳が早すぎるだけだ」

 

 ぼそりと呟かれた武田先輩の一言に会長は笑う。

 

「耳が早いってほどでもないよ。ただ月光館学園に通って十二年目だしさ、こういう役職についてると顔も広くなるしね。“噂”が色々と入ってくるんだよ。いい噂も、悪い噂もね。

 たとえば君学校では優等生してるけど、裏では不良で家がヤクザだとか」

「そんな噂が広まっているんですか?」

 

 一部根も葉もない噂が広がっているなら、まずい。

 

「これはそんなに広まってないけど、君、最近中等部の不良っぽい生徒と交流があるよね? 中等部のサッカー部を退部した……和田君と新井君だっけ? その二人と一緒に歩いてるのは比較的多く目撃されてる。それと君のお父さん、外見がすごく怖いでしょ? そこから事実が捻じ曲がったんだと思う。

 あ、言っとくけど美鶴の話を聞いてるから、私は問題ないと思ってるよ。本当に不良でヤクザとか思ってたら頼み事とかしないし。たださ……」

「そう思わない人も居る、って事ですよね」

「そう言う事」

 

 まいったな……部室維持のために実績を作ろうと話していたばかりなのに。

 

「あのさ、よかったら手伝おうか?」

「手伝う、とは?」

「さっき言った通り私は顔が広いし、自分で言うのもなんだけど信用がある。お父さんがヤクザって誤情報なら正せると思うし、中等部の二人は勉強を見ていただけって話も流せるよ」

「本当ですか? そうしていただけると助かりますが……」

「いいのいいの。話した感じ本当に悪い子じゃなさそうだし、君もうちの生徒なんだから、困ったときはお互い様さ。それにさ、ほら……」

「……ああ、絵のモデルの件ですか。わかりました、俺でよければ引き受けさせていただきます」

 

 この人、意図的に逃げ道を塞いだのなら、だいぶしたたかな人のようだ。

 

 その後、俺は依頼の詳細を聞き、

 

 書く絵はデッサンのコンクールへの応募用。

 締め切りは来週火曜。

 一枚につき二時間あれば十分に描ける。

 提出作品を選ぶために何枚か書く。

 

 ということで期間は明日から一週間。

 バイトのない日は天田の練習が終わった後、美術室にてモデルをやる事が決定した。




影虎のルーンを彫る腕が上がった!
カノを刻んだ石を手に入れた!
影虎の気の扱いが上達した!
“小周天”を習得した!
テスト結果が張り出された!
影虎は学年一位になった!
幾月修司と遭遇した!
奨学金を手に入れた!
ダジャレ仲間と認定された!
生徒会長の海土泊(あまどまり)静流(しずる)、副会長の武田(たけだ)光成(みつなり)と出会った!

依頼No.6 会長に会ってくれ 『達成』
依頼人:桐条美鶴
達成条件:中間試験後に月光館学園の生徒会長と話す。
達成報酬:新たな依頼人
達成期限:中間試験後、可能な限り早く。

海土泊(あまどまり)清流(しずる)から依頼が出た!
依頼No.7 モデルになって 『受注しました』
達成条件:生徒会長の絵のモデルになり、絵を完成させる。
達成報酬:評判の悪化の阻止
達成期限:6月3日(火)


影虎に与えられた奨学金は、
ゲームで成績上位の際に主人公が受け取れる桐条先輩のご褒美に相当します。
ちなみにこういった返済不要の“給付型奨学金”を現実で実際に導入している学校は
意外とたくさんあるようです。


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70話 新商品

 ~部室~

 

「「お疲れ様です! 兄貴」」

「きてたのか」

 

 部室では和田と新井がパルクール同好会の面々と話をしていた。

 

「葉隠君。この二人、正式に入部したいって言ってるんだけど、どうする?」

「天田君の時と同様に、君が決めてください」

 

 江戸川先生はまた丸投げする気のようだ。

 

「そうだな……」

 

 ついさっき悪い噂の一つを知ったが、和田と新井は悪い奴らではない。

 

「一応聞くけど、サッカー部に戻るつもりは?」

「ないっす!」

「ありません!」

「そうか……山岸さんと天田は? この二人についてなにか」

「私は良いと思う。最初はびっくりしたけど、二人とも普通の人だったし」

「僕も良いと思います。というか、この二人放り出したらどうなるのかが心配です」

「あざっす姉御!」

「あ、姉御?」

「……反論できないのがつれぇ……」

「そうか。分かった、入部を許可します」

「「マジっすか! あざ」」

「ただし! その格好を元に戻してくることが条件だ」

 

 俺は生徒会長から聞いた話を皆にも話した。

 

「おやおや、そんな話になっていましたか? 山岸さん」

「学校の掲示板には上がってない噂だと思います……上がってたら、気づくはずです」

「でも、不思議じゃありませんね」

「面目ないっす」

「つか、それでも入れてもらえるんすか」

「なんだかんだで一度は面倒みたんだし、今さら放り出すのもどうかとは……ちょっとは思うからな……」

「ヒヒヒ、この際、不良生徒を更生させたとでも言ってみたらどうですか?」

「あっ、それ良いっすね! 兄貴! 誰かに聞かれたらそう言ってください!」

「俺らも服装とか元に戻しますから!」

 

 なら会長に頼めばそういう方向の噂を流してもらえるかな? 明日聞いてみよう。

 

 その後、和田と新井は服装を改めるために帰宅。

 俺と天田と山岸さんは、久しぶりにまとまった時間を部活動に費やした。

 もちろん、天田への指導はドッペルゲンガーのサポートつき。

 天田のランニングフォームが良くなってきている。

 少なくとも初日より体力は付いているようだ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 部活動終了後

 

 ~部室地下~

 

 江戸川先生と秘密の地下室で密談することになった。

 なにやら先生から報告があるらしい。

 

「ふむ……体脂肪が前回より0.1減って、現在10%ジャストです。減ってはいますが、悪くない結果かと。筋力量も体重も、前回とほぼ変わらない数値です。とりあえず問題はありません。今後も継続して様子を見ていきましょう。

 ……本題に入ります。例の制御剤、調べましたよ」

 

 先生の表情に険しさが増す。

 

「どうでしたか?」

「まずあの薬は大半が既存薬品、薬物に使われている成分で構成され、一部未知の成分が含まれていました。その既存の成分から分析できた事ですが、あの薬は聞いていた通り酷い薬ですねぇ……細かい成分の話をすると長くなるので省きますが、あの薬はおそらく麻酔のような用途を目的としています。

 興奮状態なら鎮静剤、うつ状態なら抗うつ剤……実際にはそう簡単な事ではありませんが、イメージとしてはそんな具合に精神を刺激する薬物を用いることで心を麻痺させる。興奮や恐怖といった感情の揺らぎを薬で抑える事で、心を強制的に中立に立たせ理性で行動できるようにする。あれはそういう薬でしょう」

「制御剤はペルソナではなく、自力で抑えきれない“感情”を抑制していると?」

「判明した成分はそういうものでした……葉隠君、君はあの薬を飲んでいませんね?」

「勿論です」

「それが正解です。あんな薬を飲んではいけません。あの薬の副作用は麻薬と同等かそれ以上だと考えてください。脳や神経に異常をきたし、使い続ければ確実に内臓機能や生理機能にも悪影響を及ぼします。

 あの薬からは……効果のために使用者の体にかかる負担を度外視している印象を受けました。重症患者の治療には一般的に使われている成分もありましたが、常識では考えられない量が含まれていたりね……私とは別の方向で常軌を逸していますよ、あの薬を作った人は」

「……数人あの薬を使っている人間を知っています。解毒剤のような物は作れませんか?」

「難しいですね……薬の製作者、あるいはそれに近い制御剤の知識を持つ人物の助けでもあれば別ですが」

 

 ストレガに幾月、荒垣先輩。

 知識を持ってそうな人物には心当たりがあるが、どれも危険すぎる。

 

「焦りは禁物です。今日のところはここまでにしましょう。制御剤の危険性を確認できただけでも収穫です。今回の事で君の話の信憑性は増しましたよ? ヒッヒッヒ……あんな薬を虚言のために用意するなんて、労力の無駄以外のなにものでもない。だいたい普通の高校生に用意できる代物じゃありませんからね。

 それと、言い忘れていましたが中間試験お疲れ様です。そしておめでとうございます。学年一位だったようですねぇ? 奨学金はもう貰いましたか? 高校生には大金で驚いたでしょう」

「貰いましたけど、まだ中身は数えてないんですが……多いんですか?」

「おや、そうでしたか。学年一位の奨学金は十五万円ですよ」

「十五万!? 桁一つ間違えてませんか!?」

「それが間違いじゃないんですよ……驚きでしょう? 私立で桐条グループの支援がありますから、お金があるんです。学校としては有望な生徒にはさらに、そうでない生徒にもやる気を出して欲しいんでしょうねぇ」

 

 予想以上の高額だ。それなら今後の試験も狙っていくしかない。

 

「おや? 自信があるようですね」

 

 どうやらアナライズについて聞いていないようなので、説明をすると。

 

「ヒヒヒヒ! それはそれは、実に便利ですねぇ。年間で六十万円も夢ではない……テスト中の使用は控えたと言いましたが、使えばよかったのでは?」

「……オーナーにも聞きましたけど、推奨して良いんですか? 一応先生なのに」

「その場しのぎのカンニングと違って、ちゃんと頭に入るのでしょう? 過程はどうあれ、ちゃんと身になるなら教師としても言うことはありませんねぇ。ヒヒッ」

「理解が得られて良かったです、本当に」

 

 他の先生じゃこうは行かないな。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス12階~

 

「ギャアア!!?」

 

 シャドウの悲鳴が轟く。

 今日はいつもよりシャドウの数が多い気がする。

 

 次は臆病のマーヤが一匹、残酷のマーヤが二匹……

 

「シャアッ!」

 

 先制攻撃にマリンカリン。

 魅了された残酷のマーヤが引き起こす混乱に乗じて、臆病のマーヤを一匹しとめる。

 

「「ギィッ!」」

 

 立ち直りが思いのほか早かったな……

 残り二匹の爪を確実に避けて片方を蹴ると、そいつは苦しんで動きを止めた。

 もう一匹が背後から狙ってくるが、その動きは筒抜け。

 

「シッ!」

 

 迫り来る相手の動きに合わせ、槍貫手の要領で伸ばし(・・・)た肘打ちを腹に突き立て、もう片方の手で肩越しに槍貫手。変形能力を利用した二連撃で背後のマーヤが消える。残るはダウンしている一匹のみ。

 

「フゥッ!!」

 

 伸ばしたままの肘部分を刃に変えて踏み込み、前方への肘打ち。

 シャドウの体を刃が襲い、動けずにいたシャドウは消え去った。

 

「……悪くない」

 

 アナライズとアドバイスのコンボが凄まじい。

 踏み込みの甘さ。

 重心移動のタイミング。

 自分の能力で十全に使いきれていない点。

 そんなこれまで気づけなかった事が、戦闘経験を積むたび明らかになる。

 

 踏み込みや重心移動は癖もあって、一朝一夕での改善は難しい。

 しかし変形能力の応用など、すぐに実行できる事もある。

 

 それは格闘に限らず、魔法も奥が深い。

 

 ペルソナは以前オーナーに暴露した時聞いた通り、エネルギーの塊だ。

 小周天を使って二種類のエネルギーを感じ、初めて実感できた。

 おそらくこれが肉体と精神のエネルギー。

 そう理解した上で魔法を使ってみると、ペルソナの魔法に使われるのは片方だけ。

 それはゲームで言う“SP”であり“精神エネルギー”だと考えている。

 “HP”または“肉体エネルギー”は、今のところ攻撃を受けると失われる。

 変形の時にもアドバイスが無かったら気づかない位、ほんの少しだけ消費していた。

 物理攻撃スキルがいつか手に入ったら、使う時には消費するんだろうな……

 

 ほかにもまだまだ発見や改善点は多い。

 

 理解力が上がったのは良いけど、正直なところ急激に気づきすぎて対処が間に合わないんだよなぁ……後でアナライズで問題の箇所と優先順位を整理しないと。

 

「おっ! 死甲蟲!」

 

 でも、とりあえず今は行動しかないよな?

 と言うわけで……久々に宝石落とせ!

 

 俺は再びシャドウの群れに飛び込んだ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~エントランス~

 

「っ!? ……君たちか」

「随分な言い草やな」

 

 転送装置でエントランスに戻った瞬間、周辺把握が反応したから驚いた……

 ストレガの三人が2Fへの入り口前に立っていた。

 

「どうしてそこに? 君たちも上るのか?」

「ちゃうわ。ワイらは避難しただけや」

「仕事をしていたら貴方の戦った二人組が近づいてきましてね……接触を避けるためここに入ったのです。どうやら彼らのお目当ては貴方のようですよ? 特に男は“(おきな)”はどこだと躍起になっていますね。女も今日は影時間でも動かせるバイクを持ち出してきているようですし」

「……待ち構えているのか?」

「違う。けどこのあたりをウロウロしてるのよ……」

「ここは安全なのか?」

「あの二人は塔の中には入ってきませんよ。女の方が塔に入るのは危険だと、頑なに主張しています。そして男は女に逆らえない様子。……入ろうとした場合は、奥に進むしかないでしょうね。チドリ」

「大丈夫。近づけば、わかる」

 

 ペルソナを出しているようには見えないが、それでもある程度は分かるのか……

 

「ところで、こんな所で会ったのも何かの縁。少し話しませんか? 貴方に見せたい物があるのです」

 

 話すのは構わないが……なんだろう? タカヤがジンから何かを受け取った。

 形からすると数枚のカードらしい……!

 

「まさか……」

「もうお分かりのようですが、一応言っておきましょう。これは“スキルカード”です。前回貴方とお会いした時、興味を持っていたようなので用意しました」

「……興味はあるが、ただではないだろう」

「勿論、欲しいと言うのであれば対価はいただきます。貴方がいらないと言うならそれまでの話ですよ」

「そのスキルカードでどんなスキルが覚えられるか、値段はいくらか、それが分からないうちは何とも言えんな」

「まぁそうでしょうね」

 

 タカヤは当たり前のように情報を開示し始めた。

 それによれば、彼らが持つカードは四枚。

 スキルはそれぞれ

 

 アギ  十万円

 ディア 十万円

 ローグロウ 二十万円

 治癒促進・小 五十万円

 

「……相場は知らんが、高くないかね?」

「貴重な道具、それも使い捨てですからね」

「文句があるなら買わんでええで」

 

 足元を見られているな……

 しかしこれは苦しい。今日貰った奨学金で上二つは買える。

 けどアギとディアは既に使える魔法だ。

 買うとしたらローグロウか治癒促進。

 治癒促進はぜひとも欲しいが……高すぎる。しかも効果は小。

 ローグロウなら貯金と奨学金を合わせて手が届かないこともない。

 

「治癒促進は名前で大体分かるが……そのローグロウとはどんな効果がある?」

「戦闘によるペルソナの強化が早くなるスキルです」

「グロウは成長(Grow)か。前にローが付いているが、もっと効果の高いものもあるんじゃないか? ローに対してハイグロウとか」

「あるで、“ハイグロウ”。ハイとローの間に“ミドルグロウ”っちゅうのもな。言っとくが、効果が低いからって値切りは聞かんで。スキルカードは銃器なんかより仕入れが難しいんやからな」

「ただの確認さ」

 

 チッ、釘を刺された。

 

「タカヤ、今なら……」

「おや、意外と早かったですね。話の途中ですが……仕方ありません、チャンスがあるうちに帰るとしましょう」

 

 もう帰るのか?

 

「お名前は田中さんでしたね? スキルカードの件を今すぐに決めろとは言いません。この場に持ち合わせもないでしょうし、しばらく考えてからで結構。消費税はいりませんので、代金を用意できたら復讐サイトに場所と日程を送ってください。我々の誰かが向かいます」

「……巌戸台にある“まんがの星”っちゅう漫画喫茶知っとるか? 知らんなら探し。本人確認が杜撰な便利な店や。顔隠しとったらまず足はつかん」

 

 ストレガは言いたい事を言い残してエントランスを出て行く……

 

 …………………………悩みが増えた……………………




和田と新井が入部する事になった!
制御剤の情報が入った!
タルタロスで戦闘訓練をした!
改善点が多すぎる!
ストレガと遭遇した!
スキルカードを購入できるようになった!

収入が増えてくると、新しく手を出しづらい高額商品が出てくる。
ゲームの買い物ってだいたいこんな感じですよね。






七十話に達したので、現時点の影虎の情報をまとめます。

主人公設定
名前:葉隠(はがくれ)影虎(かげとら)
性別:男
格闘技経験:空手、カポエイラ、剣道、サバット、棒術。
特技:パルクール。
備考:タロット占いとルーン魔術を勉強中。
   現在ウル、フェオ、カノを刻んだ石を所有。

行動方針:いのちをだいじに。一番大きな目的は生き残る事。
     江戸川先生やオーナーに事情を話し、協力を得られるようになった。
     影時間の特別課外活動部メンバーとは接触を避ける。
     日中はばれない程度に交流を持ち続ける。
     ストレガとも敵対はせず、距離を取って付き合いを続けている。

ペルソナ:ドッペルゲンガー
アルカナ:隠者
耐性:物理と火氷風雷に耐性、光と闇は無効。

スキル一覧
固有能力:
変形     ペルソナの形状を自在に変化させられる。
       防具や武器として戦闘への利用が可能。
       刃や棘を付けることで打撃攻撃を貫通・斬撃属性に変えられる。
       後述の周辺把握と共に使えば鍵開けもできる。

周辺把握   自分を中心に一定距離の地形と形状を知覚できる。
       動きの有無で対象が生物か非生物かを判断できる。
       敵の動きを察知できるため戦闘にも応用できる。
       ドッペルゲンガーの召喚中は常時発動している。
       ただし他の事に集中していると情報を受け取れなくなる場合がある。
       周りの声が聞こえるくらいの余裕を持つことが重要。

アナライズ  視覚や聴覚、周辺把握など、影虎自身が得た情報を瞬時記録する。
(メモ帳)  記録した情報を元に計算や翻訳などの処理が高速でできる。
       また視界に情報を映し出すこともできる。便利な能力。

       用途の例。
       シャドウの情報閲覧。
       文章の閲覧。
       会話の文字起こし(会話ログ閲覧)
       自分が見た画像、映像の閲覧。
       画像の連続による動画化。
       周辺把握で得た形状確認。
       形状の変化から動きの確認。
       学習補助。
       脳内オーディオプレイヤー。
       音楽再生+歌詞の文字起こしで脳内にカラオケ再現。

       
保護色    体を覆ったドッペルゲンガーを変色させて背景に溶け込む。
       歩行程度の速度なら移動可能。
       速度により、周りの景色とズレが生じてくる。

隠蔽     音や気配などを消し、ペルソナの探知からも見つけられなくする。
       単体で使うと姿は見えるが、保護色と同時に使う事でカバーできる。
       音源になる物をドッペルゲンガーで覆うことで防音もできる。

擬態     変形と保護色の合わせ技で、姿を対象に似せる事ができる。
       ただし体のサイズは変えられない。

暗視     その名の通り。暗くてもよく見える。パッシブスキル。

望遠     これまた名前通り。注視することで普通は見えない遠くまで見える。
       アクティブスキル。

小周天    ゲームにはないオリジナルスキル。
       体内にエネルギーを巡らせることで、精神エネルギー(SP)を回復。
       集中しないと使えないため、戦闘中は使用できない。
       回復量は熟練度による。現時点では微々たる量。
       気功・小の下位互換スキル。

物理攻撃スキル(オリジナル):
爪攻撃  変形で作った爪で攻撃する。敵に食い込み吸血と吸魔の効率が上がる。 
槍貫手  ドッペルゲンガーの変形を応用して槍のように刃をつけて伸ばした貫手。
     射程距離は五メートル。
アンカー 敵に食い込ませたまま爪を変形させ、糸のように伸ばす技。
     伸ばした部分で敵の動きを絡め取れるが、細ければ細いだけ強度も落ちる。

エルボーブレード 前腕部に沿って肘先を伸ばし刃をつけただけ。武器として使える。

攻撃魔法スキル:
アギ(単体攻撃・火)、ジオ(単体攻撃・雷)、ガル(単体攻撃・風)、ブフ(単体攻撃・氷)

回復魔法スキル:
ディア(単体小回復)、ポズムディ(単体解毒)

補助魔法スキル:
対象が単体のバフ(~カジャ)全種。
対象が単体のデバフ(~ンダ)全種。

バッドステータス付与スキル:
対象が単体のバステ全種。
淀んだ吐息(バステ付着率二倍)
吸血(体力吸収)
吸魔(魔力吸収)

特殊魔法スキル:
トラフーリ ゲームでは敵から必ず逃げられる逃走用スキル
      本作では瞬間移動による離脱スキル。一日一回の使用制限つき。

その他:
食いしばり 心が折れていなければ一度だけダメージを受けてもギリギリ行動可能な体力を残す。
      もはや根性論に思えるスキル。

アドバイス ゲームではクリティカル率を二倍にするスキル。
      本作ではシャドウの急所を大まかに知らせるだけでなく、
      影虎が明確に理解していない事柄に対するヒントを与えるなど、
      その名の通りアドバイスが行われるパッシブスキル。


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71話 模索する日々

 5月27日(火)

 

 放課後

 

 ~美術室~

 

「失礼します」

「葉隠君! 待っていたよ、さぁこっちへ」

 

 昨日の約束通り、海土泊(あまどまり)会長の絵のモデルになりにきたが……

 

「……会長だけなんですか?」

 

 美術室には彼女一人しかいない。

 

「あはは……実はうちの部、私以外幽霊部員なんだよ。私を入れて七人だから一応“部”の体裁は整ってるけど、皆部活より勉強優先。何もやってないと内申に響くかもって理由で籍を置いてるだけさ。上半身脱いで、そっちの椅子に座って」

 

 一人分の画材の正面に、俺用に用意されたと思われる椅子がある。

 荷物を適当な所に置いて、言われるがまま席に座った。

 

「話には聞いていたけど、かなり鍛えてるね。これは描きがいがあるよ!」

「ガッカリされなくて一安心です」

「ガッカリなんてとんでもないよ、創作意欲が沸いてくる」

 

 微妙な気分だ。返答に困る。

 

「よーし! やるよ!」

「ポーズはどうしますか?」

「一枚目は普通に座ってるだけでいいよ。楽な体勢で動かないで。でも口くらいは動かしても良いから、何か質問があったら遠慮無く聞いていいからね」

 

 静寂の中、画材の擦れる音がだけが鳴り響く時間が始まった。

 

 ……

 

「葉隠君、ありがとねー、ほんとにモデルを引き受けてくれて」

 

 十分くらい経っただろうか?

 特に質問も見つからずに黙っていると、会長の方から話しかけてきた。

 

「おたがい様ですよ」

「そういえば聞いたよ、例の和田君と新井君。正式に君の部に入ったんだってね? しかも頭を丸刈りにしてきたんだって?」

「耳が早いですね。昨日入部したいなら格好を何とかして来いって言ったんですけど、今日いきなり丸刈りになって来たからちょっとビックリしました。元々サッカー部ではあれ(丸刈り)だったそうですが」

「部員にやる気があるのは羨ましいなぁ」

「まぁ……その分部活ならうち(同好会)と違って部費が出るじゃないですか」

 

 うちは規定の人数に達してないから部費が出ない。

 和田と新井が入った事で五人になったが、二人と天田は中学生と小学生。

 厳密には天田たちは同好会と合同で練習をしているだけ。

 書類上は小等部と中等部のパルクール同好会のメンバーという扱いになっている。

 だから部費が欲しければ、高等部の生徒が五人以上必要だそうだ。

 

 この事実を隠して天田に防具を部費で買った事にしていたが、和田と新井が入った事で一度天田にばれかけ、ごまかすために和田と新井の防具も一部負担する事になってしまった……自業自得と言われればそれまでだけど、ちょっと痛い。

 

 もう部費が尽きると言っておいたからこれ以上は無いと思うけど……

 

「それがそうでもないんだなー……少人数の部活に割り当てられる部費なんてほんのちょっとさ。しかも実質的に活動してるのが私一人だからその“ちょっと”も貰えなくなりそうなんだな、これが。他の石膏像の使用も禁止されちゃったし、どうしようかと思ったよ」

 

 画材で隠れて表情は見えない。

 笑っているけど、会長の声はどこか寂しそうだ。

 

「一度引き受けた以上は最後まで協力させてもらいます。その分、こっちの方もよろしくお願いしますね」

「任せてよ。彼らが更生したのも十分に広めておくからさ」

「お願いします。……そうだ、もう一つ相談なんですけど」

「んー……何ー?」

「他に俺や部活についての噂があったら、教えてもらえませんか?」

 

 山岸さんは機械に強く、ネットや掲示板の情報はすばやく集められる。

 しかしその反面、ネットに上らない人と人の間の噂には疎い事が昨日発覚した。

 こう言うと悪いけど、彼女は原作じゃボッチになってた人だから納得といえば納得。

 俺も人の事は言えないくらい交友範囲は限られてるけど……

 まぁそう言うわけで情報があれば知っておきたい。 

 

「色々あるよ。足が速いとか江戸川先生との部活はもちろんだし……君、すごくよく食べるんだって? 後輩くんたちと“わかつ”で定食を三つも食べてたとか……寮の食事は毎食大盛りでおかわりもするって聞いた。あとは……そうだ、ポロニアンモールのBe Blue Vでバイトしてる事とか? 占い師もやってるんだよね」

 

 結構プライベートな事まで知られてるな。 

 少なくともいま会長が言った事は全部事実だ。

 

「試験で学年一位になるくらいだから両立はできているだろうけど、アルバイトは大変じゃない?」

「オーナーを始めお店の人が皆良い人なので、何とか。お給料もいいですよ。貰った給料はほとんど食費に消えてますけど、俺が好きなだけ食べて少し余るくらいですから」

「そんなに食べてよく太らないね」

「運動してますから。でも江戸川先生が言うには、健康のためにもう少し脂肪をつけた方が良いらしくて。おかげで貯金が増えません」

「贅沢な悩みだね。それに給料を食い潰すだけ食べても太らない運動量ってどれだけなんだい? 乙女として気になるんだけど」

 

 言われてみると、一日のタルタロスで走る距離ってどのくらいだろう?

 しまった、具体的には答えられそうにない。

 

「まず毎朝のランニングはかかさず行いますね。その他は部活で走ったり登ったりと、あと夜にも空手をやったり走ります。消費カロリーとかは計算した事ないので分かりません。……そういう会長は? 運動とかアルバイトとか」

「運動はほどほどかな……でも生徒会やってると構内を歩き回ることはよくあるよ。あとアルバイトもしてる」

「へぇ、どこで働いてるんですか? 差し支えなければ」

「寮の部屋でできるデータ入力をやってるよ。生徒会の仕事もあるし、私も受験を控えてるからね。どっかのお店で働くのも良いけど、ちょっと負担になりそうでさ」

 

 そういう働き方は実際どうなんだろう? 稼げるんだろうか?

 

「興味ある? だったらあとで私の使ってるサイトを教えてあげるから、一度見てみなよ。登録は無料だからさ」

 

 教えてもらえるなら一度そういう仕事も探してみるか。

 影時間の前とか空き時間はあるし。

 

 そんな会話をはさみながら、作業は続く。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 夜

 

 ~自室~

 

「影虎ー?」

 

 順平?

 

「今開ける! ……どうした? こんな時間に」

「お前に荷物だってよ、そこで預かってきた」

「荷物、ああ!」

 

 だいだら(ぼっち)からの荷物だ!

 

「だいだら? どっかの店からみたいだけど、なんか頼んだのか? エロ本?」

「なんでまずエロ本が出てくるんだ……新しいプロテクターだよ。ほら、前に天田が付けてたみたいな」

「あー、なるほどな。んじゃ、確かに渡したぜ」

「ありがとな」

 

 部屋に入って、扉と鍵をしっかりと閉める。

 

「さーて、(死甲蟲)の甲殻はどんな防具になったんだ?」

 

 期待を胸に、箱を開けると表面に光沢のある茶色い塊が五つ、さらに手紙が入っていた。

 何々、小手(こて)(すね)当て、それに額金(ひたいがね)か。

 

 豪快かつ達筆な文字で書かれた手紙によると……この四つは素材として送った甲殻を短冊状に切り分け、金具と三本の革ベルトで繋げて簡単にサイズを調整できるようにしてあり、手足と額に巻きつけるように装着することで各部位を守れる。

 

 素材自体が高い硬度と柔軟性を併せ持っていたため、防具に加工する際は切断と表面を磨き上げる以外ほとんど手を加えていないそうで、請求書に書かれた金額は二千円という格安だった。

 

 額金にだけ精巧な鳥の彫刻が入っているのは職人としてやりたかった事だからサービスで、手紙の最後はまた素材が手に入ったら依頼してくれという文章で締めくくられている。

 

 シャドウの素材は上手く先方の興味を引けたようだ。

 

「良い感じだ」

 

 早速手足に付けてみたが、体に吸い付くようなのに窮屈さを感じない。そして軽い(・・)

 ドッペルゲンガーと合わせて防具が二重になるけど、これなら動きの邪魔になる事も無さそうだ。

 

「試したいけどまだ時間はあるし……そうだ」

 

 電源を入れたPCが目に入り、会長から教わったネットの仕事を見ようとしていた事を思い出す。

 

「登録完了! で仕事は、たくさんあるな……」

 

 このサイトで紹介される仕事は多種多様。

 単純で特別なスキルはいらない軽作業から、専門職の求人まで。

 給料体系は歩合制が多いが、固定給のある仕事もそれなりに……おっ。

 

 仕事を流し見ていくと“翻訳”というカテゴリーに目が留まる。

 

 英文ならドッペルゲンガーで翻訳できる。

 と言う事は日本語のデータ入力と作業はあまり代わらないんじゃないか?

 ……一つやってみるか。

 

 数ある翻訳の仕事の中から、英語を日本語に翻訳する仕事のみをピックアップ。

 そこからさらに未経験で無資格可能な仕事に絞りこみ、一つを選んだ。

 

 日本語の記事執筆。

 内容は英語の原文を元に、指定のフォーマットで日本語の記事を作成する事。

 一件につき二百文字以上。報酬は最高で五千円。

 未経験、無資格でも良い代わりに研修を兼ねた採用試験あり。

 試験内容は試験のために用意された記事を実際の作業と同じ手順で翻訳する。

 そこでのやり取りを見て判断が下される、か。

 

 これがいいな。割と有名な会社だし、試験ありの仕事なら、合格したら良し。

 もし俺の翻訳能力が実務に不十分な場合は、先方が判断して不合格にしてくれるだろう。

 

 試験申し込みのメールを送信し、気功の練習をしながら影時間を待つ。




影虎はモデルをした!
美術部の現状を知った!
自室でできるアルバイト情報を得た!
だいだら(ぼっち)から防具が送られてきた!
腕防具“甲蟲の小手”、足防具“甲蟲の脛当て”、頭防具“甲蟲の額金”を手に入れた!
影虎は新しいバイトに応募した!


装備について
ゲームでは武器、体防具、足防具、アクセサリーの四種類ですが。
本作では現実で装着できる物であれば、四種類以上の装着ができると考えています。
例:足防具の脛当てを付けている状態でも、靴や膝パッドなら装着可能。

常識的な範囲で防具の重ね着も可能。
例:ドッペルゲンガーや頑丈な服の上に防具を装着する。など  
ただしアクセサリーには制限がかかる予定です。

現在の装備    内側     →     外側
頭防具:“ドッペルゲンガー”“藍色の頬被り”“甲蟲の額金”
体防具:“ドッペルゲンガー”
腕防具:“ドッペルゲンガー”“甲蟲の小手”
足防具:“ドッペルゲンガー”“甲蟲の脛当て”
アクセサリー:“ラックバンド”


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72話 手の貸し方

 5月28日(水)

 

 放課後

 

 ~部室~

 

「今日の分です」

「いただきます。………………うっ!」

 

 バイト前の恒例になりつつある江戸川先生の実験。

 相変わらず謎な薬を飲み干した直後、今日はハズレだと分かる。

 

「ちょっと、すいません」

 

 こみ上げる吐き気に耐え切れず、流しで胃の中身をぶちまける。

 

「おや……吐き気の原因は味ですか? 他に症状は?」

「味だけじゃ、無いです……急激にめまいが……意識は……辛いですが、ありますし、体も動きます……」

「この配合ではダメでしたか。分かりました、もういいですよ」

 

 早速ポズムディで解毒を行い、薬の代わりに力の使いすぎで動けなくなった。

 意識を失ってないだけ進歩かな……

 

「さぁ葉隠君、箱の中に入れますよ。ちょっと我慢してくださいね」

 

 ……小周天、やっとこう。

 

 

 

 

 ~アクセサリーショップ・Be Blue V~

 

「あら、今日はこの状態なのね」

「ここ最近は調子が良かったんですがねぇ……失敗してしまいました」

「お手数おかけします……」

「はいはい、ちゃちゃっと治療しちゃいましょう」

 

 治療のためにソファーへと移り、治療が始まった。

 オーナーから流れ込むエネルギーが体中を駆け巡るのを強く感じる……

 

「……以前より症状が軽いみたいね。これならすぐ治るわ」

「俺も成長してますからね……」

 

 治療を受けながら、最近の状況についての報告や情報交換も行う。

 

「ペルソナのスキルにある“気功”なんですが、肉体エネルギーを操って精神エネルギーを回復させるんですよ。なんででしょう?」

「ウフフフ……肉体と精神には密接な関係があるのよ。“病は気から”“健全なる精神は健全なる肉体に宿る”どちらも聞いた事があるでしょう? それは二つが互いに影響しあっているからなの。

 体が健康でも心を病んでいる状態が続くと、体にも病を招いてしまう。逆に体の調子を整える事で心を健康に保つこともできる。肉体を整えて疲労からの負担や苦痛が減れば、不要な苦しみから解放された心は楽を得る。すると活力も取り戻すことができるのよ」

 

 オーナーが施術してくれているこのヒーリング治療も理屈は同じだそうだ。対象に不足しているエネルギーを補充したり、対になるエネルギーを正常に巡らせたりする事で疲労を取り除き、体の働きを正常に戻すのだと。

 

「そろそろいいかしら?」

「本当だ、これなら十分働けそうです」

 

 体調が回復したなら仕事に行かないと……

 そして仕事に行くため席を立とうとしたその時。

 

「ちょっと待ってください、最後にもう一つ」

「? 江戸川先生?」

「先ほど君は“気功”という精神エネルギーを回復する能力があると言いましたが、肉体エネルギーを回復する能力はないのですか? 怪我や病気を治す能力でもいいのですが」

「肉体エネルギーを回復する能力なら“治癒促進”、怪我なら回復魔法がありますけど……」

「習得方法は分かりますか?」

 

 少し考えてみるが、分からない。

 

「残念ながら習得方法はちょっと。でも特定の能力を付け加えるための道具があります。制御剤と同じ入手経路ですが、治癒促進と回復魔法が一種類ありました。けど高くて……」

「おいくらですか?」

「治癒促進が五十万円、回復魔法が十万円でした。そもそもそのスキルカードという道具が希少らしく、そいつらが持っているのも四枚だけ。さらに先の二枚以外も十万と二十万が一枚ずつで」

「ふむ……」

 

 と話していると、足音から誰かが近づいてくるのを感じた。

 オーナーたちとの話を止める。

 

「オーナー、少々よろしいでしょうか」

「あら弥生ちゃん? いいわよ」

「すみませ、あっ」

 

 許可を受けて応接室の扉を開いた棚倉さんは、俺の顔を見て声を上げた。

 

「葉隠、お前もう来てたのか」

「どうかしましたか?」

「来てたならいい。もうすぐシフトの時間になっても姿が見えないから遅刻かと思ってさ。オーナーに連絡きてないか聞きにきただけだから」

「あっ、すみません」

 

 そういえば今日は箱詰めでここまで来たから挨拶してなかった。

 

「すぐ準備します。それじゃお二人とも、俺は仕事に」

「ええ、お願いするわね」

「頑張ってくださいね、ヒッヒッヒ」

 

 仕事に向かうため、応接室を後にした。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 閉店後

 

「よし、こんなもんだろ」

「やっぱり一人増えると楽だよね」

「つーか、葉隠の手際が妙に良くなってる気がすんだけど……気のせいか?」

「仕事に慣れたからですよ」

 

 掃除一つとってもアドバイスが汚れの残ってる場所とか伝えてくるからな。

 

「ま、早く終わるならなんでもいいか。それよりさ、時間あったらこれから食事に行かないか?」

「いいですね、夕飯まだですし」

「だろ? 葉隠の歓迎会とかやってなかったしさ」

「言われてみれば、やってないね」

「アタシもすっかり忘れてた。うちの店で長続きする奴って少ないけど、葉隠は続きそうだしな」

 

 ここで室内の電灯が突然点滅し始めた。

 香田さんが何かを伝えたがっているようだ。

 

「花梨も賛成だってさ」

 

 仕事仲間との交流も仕事の内。社会人として先輩からの誘いは断れない!

 ……なんて理由が必要なほどこの二人は嫌な相手じゃないので、二つ返事で参加を決めた。

 職場の先輩が良い人、もしくは馬が合う人であれば、それは間違いなく幸運である。

 

「あら、なんだか楽しそうな話をしてるわね」

 

 話していたらオーナーが表に出てきた。

 

「ちょうど良かった、オーナーも一緒にどうですか?」

「いいわねぇ。でもせっかく歓迎会をするならちゃんとしたお店予約してからのほうがいいんじゃないかしら?」

「それもそうですね。歓迎会なのにそこらのお店で適当に、という訳にも……」

「そんなに気にしなくても」

「オーナーも三田村さんも、そんなに気にしなくても……あれ? もしかして香田さんも?」

 

 電灯の点滅が激しさを増した。

 

「歓迎会は明日に日を改めて、ということでどうかしら? お店の事もあるけれど、葉隠君にはこれからちょっと頼みたいことがあるから」

「頼みごと? なんでしょうか」

「ちょっと長くなりそうだから、ちょっと奥に来て欲しいのだけれど……」

「分かりました。すみませんお二人とも」

「別にいいよ。そう言う事なら。でもオーナー、あんまり無茶ぶりしないでやってくださいよ」

「心得ているわ」

「ならいいけど。じゃアタシは帰るな」

「私も。良いお店期待してますよ、オーナー」

「それじゃ私たちも」

 

 帰宅する二人と別れ、俺はオーナーとまた応接室へ。

 もう江戸川先生の姿はないが、代わりに分厚い封筒が机に乗っていた。

 

「葉隠君にはおつかいを頼みたいの」

 

 と言ってオーナーはその封筒を渡してくるが……

 

「おつかいってことは、これお金ですか!? この札束でも入ってそうな封筒……」

「七十万円入っているわ」

「そんな大金ポンと預けないでくださいよ!」

 

 本当にちょっとしたお使いを頼むような口調で軽く渡された金額に驚きを隠せない。

 

「しょうがないじゃない、これは貴方にしか頼めないんだから」

「俺にしか?」

 

 そう聞いて、おつかいの品物が思い当たる。

 

「スキルカード?」

「ええ。そのお金で十万円のカードを私と江戸川さんに二枚、買ってきてちょうだいな。他人に能力を与える道具……とっても興味深いわ」

「……残りの五十万は」

「“治癒促進”を買って貴方が使いなさい」

「おつかいのお駄賃には多すぎますよ……」

「その道具は売り物なんでしょう? いつまでもある、なんて考えていたら買い逃すかもしれないわ。お金で手に入るうちに手に入れておきなさい」

 

 返そうと前に出た手を押し返し、封筒を押し付けてくるオーナー。

 

「貴方からお金の頼みはしにくいのは分かるわ。私たちにも、桐条グループほどの資金力はないけれど……それでも五十万円くらいならこうして用意できる財力はあるの。だから遠慮せず、今は一刻も早くその“治癒促進”を確保なさい。

 生きていれば、お金は働いてゆっくり返してくれればいいんだから」

「……ありがとうございます。今年中にお返しします」

 

 時間の制約がなければ、バイト代に奨学金を加えて十分に返済は可能。

 厚意に絆されそう考えた俺は感謝をしつつお金を借りておく事に決め、その足で巌戸台へと向かった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 ~巌戸台商店街~

 

 ストレガと連絡をとるために“まんがの星”の近くまでやってきたが、困ったことに制服なので顔を隠す物がない。ドッペルゲンガーで影時間スタイルになるには怪しすぎるし、帽子じゃ不安が残る。

 

 どうしたもんか……おっと。

 

 足取りの怪しいサラリーマンが近づいてきた。

 

「フン、こんな時間までほっつき歩いているのか最近の子供は。ああ嘆かわしい、私が子供だった頃はまっすぐに家に帰って勉強に励んだものだというのに、まったく近頃の若いもんは夜遅くまでフラフラと、用もないのに見苦しい……」

 

 とフラフラしていて見苦しい中年男性は言っている。

 

 酒は飲んでも飲まれるな。人のふり見て我がふり直せと言うわけじゃないけど、はたから見ると酒を飲んでもああはなりたく……なりたく……!

 

 閃きをもたらした酔っ払いを観察。

 ドッペルゲンガーの能力をフル活用し、姿と形の情報を記録。

 そして商店街から離れて人気のない場所を探す。

 

 ……このあたりでいいか。

 

 商店街から道を一つ離れ、監視カメラのない建物の影で忘れていた“擬態”能力を発動。

 

 そう念じた次の瞬間。俺の姿は先ほどの酔っ払いサラリーマンへ変わる。

 

「ん……よし!」

 

 突き出た腹、ヨレヨレのスーツ、皺の入った皮膚、完全に合致している。

 カーブミラーで見ても皮膚や服の色は普通。

 カバンも学生カバンからくたびれた革のカバンになっている。

 表面をドッペルゲンガーが覆ってそう見せているだけだけど……これなら問題ないだろう。

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 ~自室~

 

 “まんがの星”でストレガへの連絡を済ませ、帰宅してすぐにメールをチェック。

 すると昨日応募していた翻訳の試験に関するメールが届いている。

 金銭問題がひとまず解決したことで、ちょっと言葉にできない気分になった。

 

 ……でも結局は借金だしな、一丁やりますか。

 

 なになに……試験は研修を兼ねた英文記事二つの翻訳、ここまでは応募の時にも見た内容。

 試験問題は添付ファイルか。とりあえず全部ダウンロード。

 後は翻訳すればいいんだろうけど、まず全部アナライズで読み込もう。

 

 全部のファイルを開き、片っ端から内容に目を通すとだいたい理解できた。

 あとは原文全体を翻訳して、指定のフォーマットに反映させる。

 タイトルは……“脱走犬がまさかの大冒険”と“あの有名女優に第一子が誕生!”。

 

 ……ほんの一分足らずですべての翻訳が終わってしまった。

 

 これを文字に起こすだけだと、本当に日本語のデータ入力と変わりがなさそうだ。

 この作業は数分では無理だが、しっかりとした完成品が頭にあるので、手は止まらない。

 そう長い記事じゃなかった事もあり、あっけなくすべての入力が完了。

 あとは念のために脳内の完成品と目の前の入力内容を照らし合わせて誤字脱字を精査。

 

 あ、ここ句点忘れてる。

 こういうのはアナライズで視界に注記させるか。

 こう、視界に赤いマークで修正が入るように……やってみるといくつかあるな。

 修正修正。これでよし。

 

 あとは完成したファイルを添付したメールを先方に送り、試験終了。

 二つの記事を翻訳するための所要時間は、二十分にも満たなかった。




影虎は江戸川先生の薬を飲んだ!
気分が悪くなった!
オーナーの治療を受け、情報交換をした!
なんとスキルカードの購入資金を貸してもらえた!
影虎は五十万円の借金(無利子)を背負った!
オッサンに擬態して注文を済ませた!
翻訳の仕事の採用試験を受けた!


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73話 取引

 5月29日(木)

 

 夜

 

「皆忘れ物はないわね?」

 

 Be Blue Vでのバイトを終え、昨日話した通り歓迎会をしてくれるという皆さんと店を出る。

 

「さぁ、行きましょう。お店はすぐそこだから」

 

 戸締りを済ませたオーナーが指し示すのは、本当に目と鼻の先にある“シャガール”

 魅力の上がるフェロモンコーヒーでおなじみの喫茶店だった。

 

「Closeの札がかかってますよ?」

「大丈夫よ。ちゃんとお願いしてあるから」

 

 そう言いながらすでに半分店に踏み込んでいるオーナーと、後に続く先輩店員三名。

 約一名姿が見えないけどついて来ているはず……

 

「いらっしゃいませ」

 

 オシャレな店内から渋い声で出迎えられた。

 声の主は少なくとも五十は超えている男性だ。

 

「葉隠君だね? 私はこの店でマスターをしている者だ。マスターと呼んでくれたまえ」

 

 柔和な笑顔と共に伸ばされた手に握手をして、こちらも自己紹介を行う。

 だが、それが終わるとマスターは顎に手をあてて俺を観察するように見始めた。

 

「どうかしましたか?」

「……おっと失礼。ちょっと気になったものでね……君はなんだろう? 他の人とは何かが違うようだ。魔術師としてのカンがそう言っている」

「……魔術師?」

 

 この人も魔術師なのか?

 

「ん? まさか一般人だったかね? オーナーの店で占い師までやっているから当然知っていると思っていたが」

「魔術については知っています。ただマスターが魔術師とは聞いてなくて」

「そういえば私は言ってなかったかも……皆は教えてなかったの?」

 

 オーナーの質問に三田村さんと棚倉さんが首を振る。

 というか二人も知ってたのか。

 

「私は霊媒体質ですし、弥生ちゃんは霊を祓えますし、花梨ちゃんは幽霊そのものですから。いまさら誰が魔術師かなんて気にしませんでしたね」

「オーナーの知り合いだし、同じモールの中で働いてるからな。長く働いていれば、紹介されなくてもいつかは顔を合わせただろ。お前も店じまいの後に残ってなんかやってるしさ。そういう奴ばっかりうちの店に集まってんだよ」

「君の所は霊能力や魔術を知る人間ばかりで経営されているからね。アルバイトでもそういう人間でないと長続きしないんだろう。さて、そろそろ席に案内しよう」

 

 話をまとめたマスターが、表からは見えにくい位置の席へ案内してくれた。

 そこには俺たちの分だけテーブルと席が用意され、まずは軽食とコーヒーが運ばれてくる。

 

「これ、もしかしてあのフェロモンコーヒーですか?」

「その通り。当店自慢のフェロモンコーヒー、楽しんでくれると嬉しいね」

 

 ちょっと感動しつつ、一口。

 砂糖やミルクを入れずに飲んだのに、苦味が少なくまろやかだ。

 そして鼻を抜ける香ばしさが普通のコーヒーよりも強く感じる。

 

「美味しい」

 

 本当に美味しいコーヒーだ。

 しかし、魅力が上がったような気分はしない。

 

「フフッ。君はうちのコーヒーにどんな噂を聞いていたんだい?」

「魅力が上がると」

「ほぅ……実感はできなかったようだね」

 

 そうだと答えると、マスターは当然だと言った。

 

「これは飲んだ者に少々他人の視線を集め、他人の視線に気づきやすくする。そういった効果を美味しいコーヒーに付け加えているだけなんだ。人前に出る前に身だしなみを確かめるような些細な改善を、人目を意識させることで促す。

 変化を感じるのは些細な事から改善し、努力し、自分を磨ける人。変化を起こすのも本人の努力や意識。コーヒーはそのきっかけを与えるだけにすぎないんだ。だから決して飲むだけで異性にもてる飲み物じゃないし、劇的な変化を感じるはずもない。しかしそれでも人を幸せにする手伝いができる。魔術にはこういう使い方もあるのだよ」

 

 魔術の道を探求する若者に、お節介な種明かしだとマスターは笑い、料理を用意するといってバックヤードに入っていく。

 

 その後は歓迎会らしく料理とコーヒーを味わいながら質問を受けたり、逆にこちらから話を聞いたりして時間を過ごした。

 

 職場の先輩との距離が少し縮まった気がする。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~駅前広場はずれ~

 

 雀荘の前で座禅を組んで待つこと数十分。

 

 来たか……

 

 立ち上がって人の存在を感知した路地へと体を向ける。

 暗視と望遠で確認するが、間違いない。タカヤだ。

 俺は向こうからも見えやすい位置に歩み出る。

 

「お待たせしましたか?」

「こちらが呼びつけたんだ、気にしないでくれ。それより今日は君一人か?」

「ジンとチドリは別の仕事ですよ」

「忙しい時に頼んでしまったか?」

「どうでしょう? 私は気分しだいで参加を決めますから、気にする必要はありませんよ」

「それでいいのか……?」

 

 と思ったが、積極的に働かれるよりはいいのかもしれない。

 

「誰かを殺してくれ、懲らしめてくれ、何かができないようにしてくれ。どれもこれも新鮮味に欠けているのでね。……それはさておき、依頼をしていただきありがとうございます。まさか提示した四枚を全て注文されるとは。

 以前お金に困っていた記憶がありますが、用意はできていますか?」

 

 オーナーから受け取った七十万に、奨学金の残りと俺の貯金を加えた封筒を手渡す。

 

「失礼します……………………確かに。ではこちらを」

 

 金を確認したタカヤが封筒をこちらによこす。中身は先日も見た茶色い四枚のカードだ。

 

「……使い方は?それに何も書かれていないが、判別はどうする」

「カードに触れてください。ペルソナ使いであれば自然とそれが何のカードかは理解できます。新しいスキルを得る時と同じですよ。受け入れる意思があればスキルを習得し、無ければ確認だけです」

 

 ためしに一枚触れてみると、ローグロウのスキルが“そこにある”と感じる。

 少し手を伸ばせば手に入ると確信できた。

 他のカードも間違いなく注文の品だ。

 

「確認した」

「取引成立ですね」

 

 そう口にしたタカヤはそれ以上何も言わず、帰ろうともしない。

 荒垣先輩とのように、取引の後はすぐ帰ると思っていたが

 

「何か用があるのか?」

「用というほどでもありませんが、少々聞きたい事が……貴方は何者ですか?」

 

 意味がわからない。

 

「ペルソナ使いじゃないのかね?」

「貴方は不思議な人だ。思えば初めて会った時から……ペルソナに目覚めたばかりだと話しながらも、貴方は影時間に馴染んでいた。今と変わらず、我々のように自由にこの時間を生きている。

 そして怪しい人間である我々と交流を持ち続け、当たり前のように言葉と取引を交わす。貴方は最初からそうだった。我々を復讐屋と看破したように、まるでこちらの事が見透かされているように感じる時があるのです」

 

 変なところに目をつけてきたな……

 

「付き合いや取引は生きるために割り切っているだけさ。独自に調べるか、君たちの話から推察した事しか知らんよ。見透かすというほどではない」

「ほう……その推察、よければ聞かせてもらえませんか? もし正解なら、認めましょう」

 

 だいぶ突っ込んでくるな……無理にごまかすより一歩踏み込んでやる方がいいか。

 

「そうだな……この影時間という時間帯、ペルソナという能力、そして君たち。その全ては桐条グループと深い関係がある。違うか?」

 

 タカヤの目に光が宿る。

 

「聞かせていただきましょう」

「君たちはこの前、私も戦った二人から身を隠していただろう? あの二人組の内、男は高校生ボクシング界で有名な“真田明彦”。そして女はあの桐条グループの令嬢“桐条美鶴”。少し調べたら簡単に素性が分かったよ」

「表の世界では有名人ですからね」

「二人はペルソナを使う時、常に拳銃の形をした道具を使っていた。桐条は影時間でも動く機械を所持していたのも確認している。そんな装備をどこで手に入れたのか? 装備を用意するには影時間についての知識を要するだろう。そして私は君たちが知識を持っている事を知っている。だが……君たちは彼らとの関係を避けている。力を貸すとは思えない。よって彼らに手を貸す、知識を持った何者かがいるのは確実だ」

「……では我々と桐条グループの関係は?」

「あの二人を避けているくらいだ、まず単純に不都合があるだろう。それに私は君たちから、彼らには気をつけろと忠告されている。だからまず敵対関係かそれに近い関係はあると考えた。

 そしてあの二人の後ろにいる有識者だが、それはどうやって影時間やペルソナの知識を得たか……実践の中でか、理論によってかはわからないが、知識を得るために相応の研究が行われたはずだ。そのために必要な道具、人材、それらを集めるための資金……それらを併せ持ち、新たな技術を生み出すことが可能な組織力。最も有力と考えたのが桐条グループだったというわけだ」

「国家機関とは考えないのですか? 法に照らし合わせれば、私たちの行動は犯罪者、そう考えるのが自然ではありませんか?」

「……私が知る中で組織と言えるのは君たちと彼らだけだ。そして彼らの言動から繋がりがある可能性が高いと判断した。それに適性を持てる人間は本当に少ないんだろう? 私は影時間に君たちが知っている人間以外を見たことがない。警官もな。私のような無所属の個人ならともかく、いくつもの組織が乱立して縄張り争いをしているとは考えにくい」

 

 一息入れて、しゃべり続けた喉を休めて黙り込むタカヤを見る。

 

「だから私は考え方を変えた。君たちと桐条グループ、知識の出所は同じなのではないか? とね。君たちが持つ制御剤一つとっても薬の研究には動物実験や被験者が付き物だ。そしてペルソナは強力な武器になる。

 研究が秘密裏に行われていたとしら? それが非合法に行われていたら? 被験者の人権を無視するような非道な実験だったら? ……このあたりは空想に近い。しかしそう考えると繋がるのだよ。二人の装備も、君たちの知識や対応も、全てが」

「クッ、クククク……素晴らしい想像力です」

 

 タカヤは怪しく笑い始めた。

 

「貴方の想像の通り、我々は桐条グループによって行われた実験の被験者でした。実験の目的は適性の無い者に適性を与え、人工的にペルソナ使いを生み出すこと。もっとも我々は貴方やあの二人のような天然物と違い、制御剤がなければペルソナに殺される“失敗作”ですが」

「……そんな事を話していいのかね?」

 

 原作キャラにとっては、最後の決戦で判明する事実のはずだが?

 

「構いませんよ、我々にとってはただの事実。それにしても……やはり貴方は一般人にしては事情を知り過ぎているように思います。しかし……貴方は常識とも言える事すら知らず我々から話を聞いていた。あれが嘘とも思えない。関係者にしては無知……私には貴方が分かりません。だからこそ面白い」

 

 タカヤは満足気に踵を返す。

 

「今日のところはこれで失礼します。話に付き合っていただいたお礼に、またスキルカードを仕入れてみましょう。それから貴方の買った“ローグロウ”。使い方には十分気をつけなさい。

 私と同じく人工ペルソナ使いの被験者になった者の中には、グロウと付くスキルを持つ者が何人かいました。しかし彼らは皆、命を落としています。自身の成長を過信してね……貴方が死んでも我々は責任を持ちませんよ」

「……忠告、感謝する」

「それも話のお礼ということで。それでは」

 

 それ以降タカヤは一言も語らず、振り返りもせず立ち去った。




影虎は歓迎会に出た!
シャガールのマスターと知り合った!
職場の先輩と仲良くなった!
影虎はタカヤと取引をした!
スキルカードを四枚手に入れた!
タカヤは影虎を観察しているようだ……


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74話 適性

 5月30日(金)

 

 ~校舎裏~

 

「ラスト!」

「「うっす!」」

「はい!」

 

 練習の締めに高い階段を頂上まで駆け上る。

 俺に続いて和田と新井がほぼ同着。

 

「お疲れ様、大丈夫?」

「あざっす! 大丈夫っす! なぁ?」

「おう! ……すっかり体鈍っててキツイはキツイけどな」

 

 山岸さんがドリンクを手渡す様子を見つつ、最後に少し遅れた天田を迎える。

 

「お疲れさん」

「っ、先輩……」

 

 天田の息は荒い。

 最後にはなったが俺たちとは歩幅が違う。

 諦めず練習に付いてきただけでも十分だ。

 何も恥じることはないと思うが……どうも天田の様子がおかしい。

 今だけでなく、今日は最初から集中力が乱れていた気がする。

 

 

 

 

 ~部室~

 

 

 

「天田」

 

 天田は門限、俺は会長との約束があるため今日の練習はこれで終了。

 しかし天田の様子が気になったので、帰る用意を整えた天田を呼び止めた。

 

「先輩?」

「……なにかあったか?」

 

 天田は少し驚いたように俺を見てから、歯切れの悪い小さな声で言う。

 

「……笑わないでくれますか?」

 

 当然だと答えると、次は人のいない所で話したいと……

 

 そんなに人に聞かれたくない事なのか?

 クラスで上手く言ってないと聞いているから、いじめか?

 と考えながら俺の部室へ招き入れる。

 

 しかしその直後に聞かされたのは、俺の想像の斜め上を行く話だった。

 

「芸能事務所にスカウトされた!?」

「声が大きいです先輩!」

「あ、すまん……いやしかし、笑いはしないが予想もしてなくて……」

「予想してなかったのは僕もですよ……」

 

 なんでも天田は昨日、帰り道で走っていたらスカウトマンに声をかけられたそうだ。

 しかもそのスカウトマンの所属事務所は野生的なウサギがトレードマーク、イケメン男性アイドルで有名なBunny's(バニーズ)だと言うから驚きだ。

 

 でも改めて考えてみると、天田って将来驚きの成長をするんだよな……

 ペルソナ3の続編のペルソナ4のスピンオフとして出た格闘ゲーム。

 ペルソナ4 ジ・アルティメット イン マヨナカアリーナには成長した天田が出てくる。

 初めて広告を見た時は原形留めてなくない? とか、若干岳羽さんに似てる気が……とか。

 その急成長振りに驚愕した。でもイケメンではあったと思う。

 それを考えるとある意味妥当なのかも……

 

「天田としてはやってみたいのか? 悩むくらいだし」

「……芸能界なら、子役とか未成年でも働けるって言われたのが気になってて……」

「そうか、働きたいって言ってたもんなぁ……天田の保護者は? 十五歳以下だから承諾書が必要になるだろうけど。というかそもそも天田の保護者ってどんな人?」

 

 その質問に、天田は表情を曇らせる。

 

「……お金持ちみたいです。それ以上はよく、知りません。一度しか会ったことないから」

「一度? それだけか?」

「はい。お母さんが死んじゃった直後に、一度。直接会ったのはその時だけで、それ以降は電話がたまに」

「たまにってどのくらいだ? 週に何回とか、頻度は?」

「さぁ……」

「さぁってお前」

「向こうも忙しい人みたいだから、しょうがないですよ。僕の生活とかは学校から聞いてるみたいですし、学費とか生活費はちゃんと払ってくれてます」

 

 薄笑いとともに擁護の言葉が搾り出される。その言葉は聞いていて痛々しい。

 どう考えても“お金だけ渡して放置”に変換されてしまう。

 ちょっと、予想していた以上に危うい雰囲気が漂ってきている……

 

「それに、許可は多分くれると思います。理解のある人ですから。先輩と夏休みにアメリカへ行く話も、お友達と楽しんでらっしゃいって言ってくれましたし」

「……そりゃ良かった……なら、とりあえずそっちは置いておこう。それじゃ働く以外でアイドルに興味は? 俺も芸能界に詳しくはないけど、スカウトされたからってすぐ稼げるわけじゃないと思うぞ」

「決めるのは一度見学にきて、練習を見てからでもいいって言われました。その……保護者の人と、って。でも忙しいから無理ですね……」

「……だったらこの話、江戸川先生と山岸さんにも話さないか?」

 

 顧問になってもらってから、江戸川先生のイメージは大きく変わった。

 相変わらず怪しいのは事実だけど、先生なら話は真剣に聞いてくれる。

 先生なら保護者の代理として見学に付き合ってくれるかもしれない。

 

 山岸さんはパソコンやネットに詳しく、そちらから情報を集めてもらえる。

 就職するために就職先の情報を集めることは何も悪くない。

 むしろ当然の事としてやるべきである。

 

 と説明して天田の了承を取り付けた俺は二人に話をしに行き、その後美術室への全力疾走を余儀なくされた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 ~夜~

 

「送信、っと……」

 

 内容は問題ないが、いくつか表現が硬く感じる部分がある。

 そこをもっと軽めの表現にしてみてほしいとの修正指示を受けた翻訳の他、いくつかのメールを送った直後に電話がかかってきた。

 

「もしもし」

『虎ちゃん』

「母さんか、どうしたの?」

『今日虎ちゃんの学校から授業料の事で連絡があってね? 頑張ってるみたいじゃない、聞いたわよ、中間試験の事』

「ああ……で?」

『で、って……龍斗さんも虎ちゃんもほんとにもう』

 

 父さんもきっと“すげぇな”とかそんな一言で流したんだろうな。

 

『一部免除された授業料の話を龍斗さんにしたらお金が浮いたって。これから特上のお寿司を食べに行く事になったんだけど、虎ちゃんの口座にもお金を振り込んでおいたから、それでおいしい物でも食べて』

「了解。そうだ母さん、天田の事なんだけど……ほら、こっち来た時に見かけたって言ってた」

 

 ついでに天田のアメリカ旅行参加についても知らせておく。

 

『分かったわ、龍斗さんにも伝えとくから』

「あとジョナサンにもお願い」

『パスポートの用意はできているの?』

「その辺も大丈夫そう。夏休みまでには時間もあるし」

『そちらの連絡先、聞けそうな時に聞いて教えてね』

「分かってる。タイミングを見て聞いておくよ」

『それから龍斗さんがバイクの免許はもう取れたかって』

「ごめん、勉強で忙しくてまだ」

『バイクは来月中に完成するそうだから、早くしなさい。下手に時間を与えると変な機能を付けられちゃう』

「……伯父さんを抑えといて。試験終わったしこっちも本腰入れる」

『それじゃ、頑張って。体には気をつけてね』

「うん、それじゃ。……ふー……!」

 

 電話を切ると、立て続けにもう一度かかってきた。

 今度は桐条先輩だ。

 

「もしもし、桐条先輩?」

『葉隠、メールを読ませてもらった。今日の報告にも驚いたが、そちらからも話があるというのも珍しいな。何だ?』

「天田の今の保護者について、先輩は何か知りませんか?」

『何か、とは?』

「何でもいいんです。メールにも書いた通り、今日天田から保護者の事を少し聞きました。ただその時の様子がおかしかったんです」

『…………桐条グループの傘下企業の一つを経営していたはずだが、すまない。それ以上は私も知らない』

「先輩も?」

『扶養は十分可能。生活に不自由もさせていないと聞いていたからな。それ以上家庭について調査はしていない』

「……誰から話を聞いたんですか?」

『? 理事長(・・・)だ。事件当時は天田の事を心配してよく話に出ていてな』

 

 幾月修司……あいつが暗躍しているのか? 

 

『それがどうかしたか?』

「いえ……ただそれは“保護者に財力がある”ってだけの話じゃありませんか? うちの学校は全寮制だから、保護者がお金さえ払っていれば食事や生活の世話はされます。でも天田が保護者と直接会ったのは母親が亡くなった直後に一度だけ。現在は電話でのやりとりだけで、それも月に一度か二度。ない時もあるそうですよ」

『なんだと!?』

「扶養に問題はない、生活に不自由もさせていない。どっちも間違いではない(・・・・・・・)ですね」

 

 さらにいつも忙しいからと言われ、天田は保護者の家に行った事がない。

 保護者がどう考えているのかはともかく、天田は自分を厄介者だと感じているようだ。

 それが“働きたい”“自立したい”と考える一因になっているように感じた。

 

「天田は保護者の人は忙しいから仕方ないって、“わがままを言わない良い子”を絵に描いたような事を言ってましたけど……なんとなく嫌な予感がして本心かどうか深く聞くのは避けました。とりあえず来週江戸川先生と見学に付き添います。先方から付き添いが代理でも良いと確認がとれればの話ですが、そうなったらまた報告しますから」

『頼んだ。天田の保護者についてはこちらで調査してみよう。君は天田のことだけを考えてやってくれ』

「言われなくてもそのつもりです。俺は調査とかできないんで」

 

 そう言うとすぐに調査を始めるつもりらしく、先輩は俺に一言断りを入れて電話を切った。

 

 静まり返った部屋の中、やり取りから得られた情報を反芻する。

 

 桐条先輩は天田の保護者について知らなかった。

 詳しい話を聞いた後の態度からして、おそらく嘘ではない。

 そして問題がないと彼女に聞かせていたのは幾月だ。

 今回の事で少しでも幾月への信頼が揺らげば俺にとっては都合が良くなる。

 しかしこれは意図して行われた事か? それともただのミスか?

 ペルソナの暴走による一般人の死……情報力と事件の重要性を考えるとミスとは思えない。

 

 ……!

 

「まさか……」

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 影時間

 

 ~私立月光館学園小等部男子寮前~

 

 影時間の暗がりに紛れ、能力で姿を完全に隠して建物に進入する。

 

 こっちの方が大きいが、構造は高等部の男子寮と同じ。

 鍵はアナログ……そっと指を鍵穴に押し当て、周囲を警戒しながら鍵を開ける。

 警報の類は鳴らない。影時間に対応できる防犯システムは無さそうだ。

 周囲を警戒しつつ、天田の部屋を探す。

 

 ……どうしてもっと早くに気づかなかったんだろう。

 影時間は適性の無い人間には気づかれない。

 影時間に落ちたとしても、適性がなければ起こった事を忘れてしまう。

 だけど天田は以前、博物館で会った俺に“母親が怪物に殺された”と話した。

 つまりあいつは影時間にあった事をおぼえている(・・・・・)

 それはすなわち適性がある、という事だ。

 

 俺は原作を知っていたからそれは当然知っている。

 しかしあいつは事件当時、怪物について周囲の人間に話している。

 大多数の人間は信じなくても、真実を知る人間なら話は変わる。

 天田には適性があると天田自身が吹聴したようなものだ。

 当然、幾月も気づいているはず。つまり天田に監視が付いている可能性もある。

 

 ……! 天田乾、ここだ!

 

 周辺把握に集中。内部の様子を伺うと象徴化した棺桶が一つ。

 ……象徴化しているという事は、まだ完全に目覚めていないのか……

 でも覚醒は時間の問題。

 

 特別課外活動部へ、入部の時期を考えると来年の夏前……

 本格的に目覚めたらどうするか、考えておかないとな……でもまずは……

 

 勝手に悪いが、監視カメラや盗聴器を探させてもらった。




影虎は部活動を行った!
天田から相談を受けた!
影虎はガサ入れをした!


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75話 アイテム

 5月31日(土)

 

 放課後

 

 ~Be Blue V~

 

「お疲れ様です」

「お疲れ様。まだ時間あるからゆっくりでいいよ」

 

 お店に出ていた三田村さんからそう言われ、奥で用意を整える。

 今日は赤い無地のYシャツだ。

 

 そして着替えて、服を用意してくれたオーナーにスキルカードの話をする。

 

「オーナー、例の物が手に入りました」

「まぁ! もう手に入ったの?」

「こちらです」

 

 封筒に入った約束のスキルカード二枚をオーナーに渡す。

 

「一枚は回復魔法、もう一枚は爆発による攻撃魔法です。どちらかは付箋を見てください」

「ありがとう。何か加工がしてあるみたいだけど、材料は羊皮紙みたいね……治癒促進は手に入ったかしら?」

「買えました、ただまだ使っていません」

 

 オーナーにスキルカードは神社で複製できる可能性があることを伝えた。

 まだ確かめていない。しかし実験用にローグロウも買ってある。

 もしできたなら、余分に治癒促進を確保するつもりだ。

 いずれ使える時が必ずくる。

 

 そんな俺にオーナーは、

 

「これ以外は貴方の物、好きに使うといいわ。でも後悔のない様にね」

 

 さらに複製できる可能性があるなら、その方法を考えてみる。

 そう興奮したように言い残し、オーナーは地下の倉庫へ繋がる廊下に歩いて行った。

 

「さて、今日も頑張りますか」

 

 気合を入れて、仕事に励んだ。

 

「占いお願いします」

「私もいいですか?」

 

 占いのお客様がだいぶ増えてきた。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 夜

 

 ~長鳴神社~

 

 だいぶ遅くなった……

 夜中の神社は明かりがなく真っ暗だ。

 もっとも俺は暗視能力のお陰で困らないが。

 

 くだらない事を考えているうちに、目的地へ到着。お稲荷様を祭っている(やしろ)にコンビニで買った稲荷寿司を供えて、ローグロウのスキルカードを一緒に置く。

 

「このカードを増やしていただけませんか? お願いします」

 

 深々と頭を下げて拝み、その場を後にする。

 これで五日だったかな? 

 成功するかも分からないけど、やってみるしかない。

 

「ワン! ワンワン!!」

「!」

 

 犬の声がした方を見ると、コロマルが駆けてきていた。

 

「ガルルルルル……」

「あー……ここの神社の番犬だよね? 俺はただ参拝に来ただけなんだ」

「グル……」

「仕事があってこんな時間になったけどね」

 

 コロマルは人間の言葉を理解している節があった。

 落ち着いて説明をしてみると、徐々にうなり声が小さくなっていく。

 

「なんなら調べてもらってもかまわないよ。賽銭泥棒とか、やましい事は何もしてないからね」

「…………ワフッ」

 

 どうしたんだろう? コロマルはうなるのをやめ、急に来た道をかけ戻っていく。

 疑いは晴れたと考えていいのだろうか? 戻ってくる気配は無い……帰ろう。

 

 腹減った……

 巌戸台まで来たんだし、わかつで食べていこう。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス~

 

 今日は攻撃魔法に重点を置いたトレーニングを行う。

 足でシャドウの攻撃をかわし、敵の弱点となる魔法を的確に選択して放つ。

 その際魔力(SP)の流れに注意し、魔力(SP)のみを使って放つことを心がける。

 何も考えずに魔法を使うと、魔力(SP)と一緒に微量の体力(HP)を放出している時があったのだ。

 無駄以外の何者でもない。

 魔法も魔力の流れが滞る部分があり、そこを勢いで突破しているような感覚に気付いた。

 流れをスムーズになれば勢いをつける力がいらず、消費量を抑えられるかもしれない。

 

 タルタロスマラソンを行いながら、きつくても一発ずつ正確に、丁寧に。

 

 “まだいける! まだいける! あとちょっと! 諦めんなよ!!”

 

 そんな事は言ってないが、それくらい遠慮なく自覚を促すアドバイスに従い、自分が限界と感じるさらに一歩先、本当に安全かつ限界の一歩手前で行う地道な反復練習。

 

「忘れてた」

 

 魔法といえばこの前カノのルーンを刻んだ石の実験がまだだった。

 持ってきている石の中から目当ての石を取り出し、魔力を流し込む。

 アナライズやアドバイスがさらに強化できないか……と期待していると

 

「熱っ!?」

 

 石から噴出した炎で手が包まれ、反射的に石を放り投げる。

 

「“ひらめき”とか“道しるべ”とか象徴的な事じゃなくて……ストレートに“火”が出るのかよ……」

 

 ドッペルゲンガーが間にあったから火傷は免れた。

 でも普通に石を握っていた手が熱い。

 シャドウが撃ってくるアギと同じくらいの熱さだ。

 当初の目的からすると失敗だけど、攻撃に使えるかもしれない

 

 ……たしか攻撃魔法や回復魔法と同じ効果を出す”ジェム”ってアイテムがあった。

 上手くやればこれでジェムを作れる(・・・)んじゃないだろうか?

 今も火を噴き続ける石を見るていると、期待は持てそうだ。

 

 作るとしたら火だけでなく氷や雷に関係するルーンもある。

 それも今度実験しよう。

 

 あと見本として本物のジェムが欲しいな。あれはどこで手に入るんだったっけ?

 骨董品屋はおぼえているけど、あれはまだ店が無いし、交換する宝石もない。

 タルタロスなら宝箱。階数が関係するのか……

 いや、最初の方から何かのジェムが手に入ったのをおぼえている。

 少なくともバスタードライブより前には何かがあったはず。

 ……そういえば10Fの門番シャドウ(ダンシングハンド)はまだ何も落としてない。

 門番シャドウを倒すとゲームでは換金アイテムか何かが手に入ったし、実際5Fの門番シャドウ(ヴィーナスイーグル)からは銀の仮面が手に入った。

 

 他に心当たりもないし、確かめてみよう。

 

 そう決めた俺は転送装置へと駆け出した。

 

しかし、残念ながら今日はダンシングハンドがいなかった。

 しばらく通い続けてみよう。




影虎は夜の神社でカードの複製を試みた!
コロマルから不審者扱いされた!
影虎はジェムの作成ができないかと考えている……


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76話 不穏な影

 ~巌戸台分寮~

 

 影虎がタルタロスで奔走している頃。

 

 品の良い照明器具に照らされたラウンジに、浮かない顔の桐条美鶴、真田明彦、幾月修司が集まっていた。それぞれ手には桐条が家の力で無理を通して用意させた“天田乾の保護者”についての調査資料を持ち、後悔や怒りなど負の感情による重苦しい雰囲気を放っている。

 

「……二人とも、今日のところは部屋に戻って休みなさい」

「理事長……」

「幾月さん!」

「君たちの気持ちはよく分かる。だけどこうしていても何も始まらないだろう?」

「……」

「……そうですね。……美鶴」

「ああ……」

 

 気落ちしているように聞こえる幾月の言葉で、桐条と真田は渋々と部屋へ戻る。

 二人に追従し、それぞれ自室へ入る様子を見届けた幾月はさらに階段を上った。

 そして四階の作戦室へ入ると、彼は途端に表情を落胆から冷酷な無表情へと変貌させる。

 

「邪魔が入ってしまったね……」

 

 机に天田の保護者だけでなく、いくつかの束になった資料を投げ出し、その内の一つだけを手に取る幾月。その資料にはある生徒の名前が調査対象(・・・・)として書かれている。

 

(葉隠影虎。家庭環境はいたって普通。親族が会社を経営。父親がかつて暴走族の頭として名を馳せた事以外の特筆事項なし……成績が良くて身体能力が高いのは立派だ。しかし本当にただの一般家庭の少年じゃないか)

 

 この資料は以前影虎が桐条美鶴のバイク購入に力を貸したことで、桐条本家が桐条美鶴の安全確保のために素性の調査を行い作成された物であり、今回の件とは関係がない。幾月も桐条グループの関係者として、特別課外活動部の顧問として、彼女を守る大人の一人としての立場もあり、流れてきた情報を受け取ったに過ぎなかった。

 

 資料の内容から読み取れる限り普通の少年を相手に政治的意図を疑う桐条本家の過保護ぶりに、そして本当に(・・・)美鶴を利用して目的を果たそうとしている自分自身にそのような資料が送られてくる事に、幾月は苦笑する。

 

(幼い頃から体を鍛えることに並々ならぬ関心があったと見られ、小学、中学時代は交友範囲も狭く、人付き合いには消極的。諍いを起こす事もあった。しかし精神的な成長が早く、クラスメイトの世話を焼くような行動が度々見られる。……有体に言えばお人よし(・・・・)の傾向がありそうだね。いい迷惑だ)

 

 ここで幾月は資料から目を離し、もう一つの資料を手繰り寄せる。

 

(天田乾。彼はまだ未覚醒だが、影時間の出来事をおぼえている。事件後の検査によれば適性はあの時点で荒垣君より若干上。ペルソナに自然覚醒する可能性が高く、暴走の可能性は低いラインだった……彼は特別課外活動部の貴重な戦力になりえる。できれば覚醒までこのままでいて欲しかった)

 

 これまで天田を取り巻いていた環境は、自分にとって好都合だと幾月は考えていた。

 孤立無援の環境で天田が憎悪を持ち続けていれば、勧誘もコントロールも容易だと。

 時が来れば自分のために、貪欲に力を求めて存分に力を振るうだろうと。

 だからこそ、幾月は天田の実情を知りつつ他の者には隠していた。

 ただ改善を試みることもなく、燻る火種を放置していた。

 そしてその予想は正しく、天田は力を求め、周囲の人間には心を閉ざしていた。

 

 その状況が、影虎が天田を受け入れた事で変わり始めている。

 

(桐条君も事実を知った以上は目を光らせる。総帥の耳にも入りかねん。……下手な工作はすまい)

 

 幾月が方針転換を決定したその時、投げ出した資料の一つに目が留まる。それはこの件に関して何の関係もない。ただ彼の表の顔である理事会で使われた資料の一つ。

 

「……念のため、葉隠君には少し忙しく(・・・)なってもらいたいね……」

 

 一言呟いた幾月は影虎と理事会の資料を前に、まるで玩具を見つけた子供のような笑顔をしていた。




桐条美鶴と真田明彦は天田の保護者について知ってしまった!
ひどく落ち込んでいる!
おや……? 幾月の様子が……



注意!
天田の親戚については、私の個人的なイメージです。
経済的な支援をしている以外の情報が見つからず、
暖かく天田を受け入れてるイメージが無かったためこうなりました。
もし良い人だったらごめんなさい。


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77話 イベント

 6月1日(日)

 

 午前

 

 しとしとと雨が振る窓の外を見ていると、なんとなく落ち着く。

 

「もう梅雨ですね」

「梅雨入りは一昨日だったんだって。嫌だねー……」

「湿気が多いですからね」

「違う違う。じめじめするのもそうだけどさー、運動部からの訴えで仕事が増えるんだよ……雨で練習場所が使えない! って」

「体育館とかは?」

「普段から剣道部が使ってるし、全運動部となるとさすがに限度があるからねー……君のとこも他人事じゃないんじゃない?」

「うちは“同好会”ですけど、正式な“部”を差し置いて場所を貸してもらえたりは?」

「まず無いね、部が優先」

「なら何か考えないとですね」

「練習メニューを変えるとか……たまに自腹で練習場所を借りる部がいるよ。近くに辰巳スポーツ文化会館、って場所貸してくれるとこあるから。あ、寒くない? なんなら暖房入れるけど」

「平気です、ありがとうございます」

「おっけー。じゃあ一気に書き上げちゃうね!」

 

 今日も会長の絵のモデルを務める。

 

「そういえば会長」

「なにー?」

「会長から教えていただいたサイト、登録しましたよ」

「あ、ほんと? 何かやってみた?」

「翻訳の仕事の採用試験を受けて、昨日合格をもらえました」

「おー! おめでとう! 英語得意なの?」

「それなりに」

「へー」

 

 雑談と沈黙が交互に流れ……

 

「大丈夫?」

「はい」

 

 だんだん話題がなくなり、沈黙の割合が増えてきた。

 超絶便利なアドバイスも、女子を楽しませる小粋なトークには対応していないらしい。

 

「……葉隠君、君って何が好き? それか興味ある?」

 

 とうとうストレートに聞かれた……

 

「最近はバイクの免許を取りたいな、と」

「バイクかー、バイクはそんなに面白い話知らないや……不法投棄バイクの話とかしても面白くないよね?」

 

 不法投棄?

 

「それって所有者がいないって事ですよね?」

「そりゃ不法投棄なんだからそうでしょ。たぶん。公園の中にひっそりと置かれてるらしいよ」

「公園……それってもしかして巌戸台の?」

 

 俺が一度乗り回したやつか?

 

「そうそう! 知ってるの? んじゃ本当に何もないや」

「あれって誰か撤去しないんですか?」

「そう思うでしょ? それがどうしてか、されないんだって。傷だらけでずっとそこに置かれたまま。でもそれが最近さ、綺麗になったらしいの」

「綺麗に?」

「ボロボロなのは変わらないけど、カバーに積み重なった葉っぱや汚れが払い落とされてたり、バイクの周りに足跡やタイヤ痕がたくさんあったから、動いたのは間違いないみたい。とうとう持ち主が現れたか! と思いきや、公園の防犯カメラには誰も映ってなかったんだって……夜な夜な現れる持ち主の幽霊って噂だよ……」

「へぇー……」

 

 それ俺だ!!

 

 あのバイクなら多少手入れしたし、影時間なら普通のカメラには映らない。

 知らず知らずに変な怪談を生んでいたなんて……

 

「ま、どっかで話が誇張されてるんだろうけど。でも公園に置かれっぱなしのバイクは実在するし、どこまでが本当なんだろうね?」

 

 俺は彼女の質問に、当たり障りの無い言葉を返した。

 

 しかしあのバイク不法投棄だったのか……

 持ち主がいないならまた運転練習に使わせて貰ってもいいかな……?

 ジェムが手に入ったら、しばらく影時間にバイクの練習をしよう。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 6月2日(月)

 

 朝

 

「それでは、私の話はこれで終わります」

 

 長い長い校長の話が終わった……

 

「教頭先生、お願いします」

「えー私からは連絡事項を伝えます。まず一つめは次の日曜、6月7日に急遽“体力測定大会”を開催することが決定しました」

 

 体力測定大会? なんか変な大会だな。

 

 そう感じたのは俺だけじゃなかったようで、生徒全体がざわめく。

 

「静かにせんか! 高校生にもなって、静かに話も聞けんのかね君たちは」

 

 待ち構えていたかのように、江古田からの嫌味が飛ぶ。

 注意はわかるが、一言多いんだよな……

 

「えー事の発端は以前、学校に○○テレビから電話が入った事であります」

 

 静まるのを待って、教頭から説明が行われた。

 

 現在○○テレビでは(2008)年8月に行われる夏季オリンピックによる世間のスポーツブームに乗り、“プロフェッショナルコーチング”という素人の高校生にプロのコーチや選手が指導をしたら、短期間でどれだけ上達するのかを検証する番組を企画している。また、同時に指導を受ける素人や撮影に協力する学校を日本各地から募集しているそうで、月光館学園にも話が来た。

 

 しかし素人と言っても基礎体力すらないような人では困るんだろう。教頭は言葉を選んでいるが、おたくに身体能力の高い生徒いませんか? とか、紹介してもらえませんか? と番組スタッフに聞かれたんだろう。それで何を考えたのか、学校側は大会を開くことに決めた、と……

 

「えーこの大会は参加自由ですが、参加者には漏れなく今年度、授業時間を使って行う予定となっている体力測定を免除します。他にも……えー」

「葉隠、お前どうする?」

「どうするって言われてもな……急すぎて」

「そうか? 俺参加してみようかと思ってんだけど。もしかすると矢沢選手に会えるかも」

 

 後ろのクラスメイトは乗り気なようだ。たしかテニス部だっけ? ただ、番組に出られるとしても種目は選べないらしいけど……

 

 でも選ばれれば学校に選手やコーチが指導に来てくれるという話で、誰かの出演が決まれば生徒全員が有名選手を間近で見られる可能性がある。時間が空けば多少の交流もしてくれるという話で、生徒たちの期待は徐々に高まっていく。

 

 そして朝礼が終わっても、その熱が冷める事はなかった。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~部室~

 

「イテテテ!!」

「新井君もう少しゆっくり、伸ばす方向も注意してください。山岸さんはもう少し手の間を広めに、足の広い範囲に手を動かせるように持つとやりやすいですよ」

「はいっ!」

 

 昨日に引き続いて雨のため、今日の部活は室内で筋トレの後、江戸川先生からのマッサージ講座になった。和田と新井、天田と山岸さん、そして俺と先生がペアになって練習を行っているが、流石治療の専門家。俺が普段やっていたものよりも丁寧なスポーツマッサージだった。

 

 おまけに山岸さんがマネージャーとして、特にやる気になっている。

 

「ヒヒヒ……体のケアにマッサージは有効ですが、やり方を間違えると悪影響を及ぼしてしまいます。丁寧に、丁寧に。それと覚えておいて欲しいのが、マッサージをしてはいけない場合もある事です。練習後に疲労回復のマッサージは推奨しますが、怪我や病気のときなどは安易にやらず、私に報告してくださいね」

「失礼する」

「おやぁ?」

「桐条先輩!」

「「お疲れ様です!」」

「お疲れ様です、どうしたんですか?」

「生徒会の仕事でな、今朝の朝礼で聞いただろう、体力測定大会の事で話があるんだ」

「大会の事……」

 

 それで雨の中わざわざ林の中まで。

 

「僕、お茶入れてきますね」

「頼んだ」

「はいっ!」

 

 仕事を任された天田は、少し笑ってキッチンへ向かう。

 

「先輩はこちらへどうぞ」

 

 

 

 ~自室~

 

「それで、お話とは?」

「そんなに肩肘を張る内容じゃないさ、ただ大会に参加しないか? という勧誘だな。先生方から身体能力の高そうな生徒にできるだけ声をかける様に言われているんだ。……なんだ、気が進まないのか?」

「気が進まないというか……今週日曜はバイクの教習受けようかと考えてたんで。それに、どうして急にそんな話になったのかが気になって」

 

 開催するにしても急すぎる気がする。それにテレビ出演に興味もないし。

 

「実は今回の話はだいぶ前からあったんだ。元々は明彦を学園の代表として推薦する予定だった。明彦からも話は聞いていた」

「真田先輩ですか、二年の……有名ですもんね」

「本人はボクシングでも格闘技でもない種目には興味がないとその場で断ったそうだがな」

「……なるほど、それで真田先輩の代わり(・・・)が必要だと」

「学校の知名度向上とイメージアップを図り、来年以降の生徒数増加の一助としたいのだろう。そのために良い結果を残せる生徒を推薦したい。良い結果を残せるなら誰でもいい(・・・・・)。明彦にこだわる必要がない、と言うのが経営陣の本音だろうな。

 だが、君たちにもメリットはある」

 

 先輩の声色が変わった。

 ちょっと気に食わなかったのが表情に出たか?

 

「朝礼で言ってましたね、プロ指導を受けたり選手に会えるとか」

「それもあるが、辰巳スポーツ文化会館を知っているか?」

「スポーツ用のスペースをレンタルできる施設ですよね」

「そうだ。今回は月光館学園の生徒が出演者になった場合を想定して、そこの体育館をひとつ確保することになっている。そして成績上位者が所属する部は、そこを練習場所として使用する許可が出る。これは確定事項だ」

 

 ……驚くよりも、呆れる。

 

「どんだけ金かかるんですか……」

「今回の企画にそれだけ投資する価値を見出したのだろう。しかしこれから雨が多くなる季節、天候に関係なく練習できる場所があればいいと思わないか?」

 

 それは確かにそうだ、特にうちは学校の施設に優先権がない。

 

「もっとも、そのためには上位に入るのが最低条件だ。そういう特典もあると頭の片隅に置いて、その気になったら参加してくれ」

 

 桐条先輩はそう言って、お茶を飲み終えるとすぐに帰っていった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 皆を帰した後で、大会について江戸川先生と相談する。

 

「先生、どう思います? 何かの大会で実績を作ろうとは話してましたけど」

「そうですねぇ……確かに急な話ですが、悪い話でもないですねぇ。上位を狙って練習場所を確保できれば良し。良い成績を残せれば部室維持の一助にもなるでしょう。

ペルソナ関係で何かないかとは私も考えてみましたが、これといって気になる点もありませんし、そもそも何か企んでいるにしてはやり方が中途半端じゃありませんか?」

「たしかに大会にかこつけて実験か何かをする気なら、不参加と言う逃げ道は残さないはず……桐条先輩も本当に声をかけただけみたいでしたし……それに梅雨の間の練習場所は正直、魅力的です。他の部は」

「運動部は部員全員参加をさせる所がほとんどのようです。文化部は分かりませんが」

「一応運動部としては、参加しないと逆に目立ちそうですね」

「印象も良くはないでしょう」

「…………決めました。出ましょう!」

 

 メリットとデメリットの両方を上げ俺は参加を決めた。

 

「分かりました。パルクール同好会として出場登録をしておきます。それから大会と同じく、イメージアップのために人助けをする、という話を覚えていますか? そちらの情報がいくらか集まってきました。後でまとめた紙を渡しますから、気が向いたら助けてあげてください。

 あとは最後にもう一つ。天田君を勧誘した事務所と連絡を取りまして、今週の金曜に見学の予定が入りました。見学までなら代理でもいいとのことで、見学は三人と言っておきました。だから君も行けますが、どうします?」

「行きます」

「即決ですねぇ……ではそのつもりで、金曜の部活は休みにしましょう。後のことはやっておきますから、君は美術室へ」

「よろしくお願いします」




使えるバイクが不法投棄されている事を知った!
体力測定大会の開催が発表された!
江戸川はスポーツマッサージを教えた!
影虎は大会に参加するようだ……




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78話 ステップアップ

 6月3日(火)

 

 朝

 

 ~教室~

 

「おはよー」

 

 登校すると、なにやら男子が一箇所に集まっていた。

 

「おっ、葉隠」

「おはよう、何の話?」

「アニメの道具とか能力が一つ手に入るとしたら何が欲しい? って話」

「昨日駅前で映画館のチラシ貰ったんだよ、ほらこれ」

「夏休みになつかしのアニメ映画特集するんだってさ」

「俺は四次元ポシェット(・・・・・)がいいな、荷物運びが楽そうで」

「おいおい、それだけじゃもったいなくね? 猫型エイリアン(・・・・・)の秘密道具が全部入ってるなら俺もそれがいいけどさ」

「ばっか、欲をかくとろくな事ないんだって」

 

 四次元ポシェットとは、俺から見て有名な某青狸のパチ物みたいなアニメに出てくる道具である。

 

「葉隠は何がいい?」

「俺? 俺は………………………………“十二の試練”」

「何それ? 知ってるか?」

「僕も聞いたこと無いよ……それ道具? 能力?」

 

 これが欲しいと心から思った能力を言ってみたけど、やっぱり皆は知らなかった。

 あの有名作品がマイナー扱いとは寂しい。

 

 簡単に説明すると、十二の試練はFate/stay nightという作品に登場するバーサーカー(ヘラクレス)の宝具(切り札)で、半端な攻撃は無効化し、十一回は死んでも生き返る。そして死因になった攻撃に耐性を得る能力である。

 

「耐性を得る? つまり一度受けた攻撃は効かなくなるの?」

「おまけにその能力を使うのは、作中ではラスボスみたいなかなり強いキャラ」

「なにその無理ゲー」

「ラスボスが回復とか反則だろ……」

「つか影虎はその能力で何したいわけよ?」

「え? 普通に寿命まで死にたくないだけだけど」

「当たり前みたいに言ってるけど、目的に対して過剰じゃね?」

「それもそうか……」

 

 死の危険がある所にほぼ毎日行ってるから。

 とは言えなかった。

 

 もうペルソナを手に入れてるけど、“十二の試練”は手に入るなら切実に欲しい。

 蘇生アイテムは見つからないし、あったとしても共闘して使ってくれる仲間が居ない。

 だからマジで。あわよくば一つ分の命で主人公の身代わりを果たして生き延びたい。

 なんなら十一持って行かれてもいい。一が残るなら。

 

 本気でそう考えるが、それで力が目覚めるわけは……なかった。

 

「ははっ、変な奴だな」

「僕も知らないアニメを知ってるなんて……」

 

 しかしクラスメイト男子たちとの仲が深まった気がする。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 放課後

 

「今日までありがとう、おかげで満足できる作品が描けたよ」

「こちらこそ、噂の件ではお世話になりました」

 

 今日がモデルの最終日。

 会長は作品を用意でき、俺に対する悪い噂も広がっていない。

 最後と言うことでちょっと長めにモデルをしたけど、納得の結果で終われて良かった。

 

「遅くまで付き合ってもらって悪かったね」

「いいですよ、今日は何も用事ありませんから」

 

 朝はランニングと気功。昼は部活として空手などの基礎トレーニング。夜は宿題や翻訳にルーン魔術。そして影時間に実践(格闘技+魔法)。影時間が終わったら、最後に小周天をして寝る。

 

 最近増えてきた訓練内容を整理したら、夜はだいぶ時間が取れるようになった。

 翻訳と宿題がアナライズのおかげでほとんど時間を必要としないというのもあるけど、このくらいは気にするほどでもない。

 

「そう言ってくれると助かるよ。また何かあったら君に頼もうかな?」

「その時手が空いていたら、是非。また噂も聞かせてもらいたいですからね」

「そのくらいならお安い御用さ。それじゃ気をつけて帰ってね」

 

 会長と和やかに別れ、帰宅することにした。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス 2F~

 

「っ」

 

 今日は入った途端、いつもと違う雰囲気を感じる。

 そういえば今日は新月だ。

 

「……ハプニングフロアか」

 

 しばらく歩いてもシャドウが見つからず、そのまま階段に着いてしまう。

 

 

 ~タルタロス 3F~

 

 ここももぬけの殻か……

 攻撃用ルーン魔術の実験をしたいが、シャドウがいないと威力や効果が確かめられない。

 

 そのままシャドウを探して一階、もう一階と階段を上り続け、8Fでようやくシャドウに出会えた。

 

 でも

 

「「「「「「「ギィイイ!!!!」」」」」」」

「極端すぎないか!?」

 

 シャドウ、シャドウ、シャドウ。

 右を向いても左を向いてもシャドウばかり。

 7階までのシャドウを全部ここに集めたと言われたら納得しそうな数がそこらじゅうで蠢いている。

 

「マリンカリン!」

「ヒキャッ!?」

 

 囁くティアラの攻撃をかわしながら、マリンカリンを連発。

 シャドウ同士の仲間割れに乗じてその場を離れる。

 

「せめて後ろから狙われない場所……って!」

 

 シャドウが大群になって追いかけてきた。

 魔法がそこらに着弾する音や、流れ弾で傷つくシャドウの悲鳴も断続的に響いてくる。

 

「これでも……食らえ!」

 

 取り出したるは“カノ”を刻んだ石。

 先日俺の手を言葉通りの意味で焼いたあの石に、先日の何倍も魔力を込めて後ろに放り投げる。

 

「「「「ピギィイイ!?!?!」」」」

「……思ったより上手くいった」

 

 アギのように爆発はしないが、火を噴き出す石に驚いたマーヤが勢いのまま転がり、後続のシャドウたちと追突事故を起こした上、石を下敷きにしたシャドウは火炙りになって消えていく。

 

「だったら」

 

 新しく用意しておいた石にも、魔力を込める。

 

 まずは、“ソーン”

 形がトゲのようで、意味もトゲや茨、あるいは障害。

 または雷神である“トール”を表すとされているルーン。

 

「「ギッ!?」」

 

 投げると後方から光と破裂音が聞こえる。

 威力は低いけど、雷が出たようだ。

 

 続いて “ラグ”

 水をあらわすルーン。

 直感や感性、そして流れ移ろうものを象徴するルーン。

 ……今度は水音が聞こえた。けど攻撃としては意味が無かったみたいだ。

 

 なら……“ハガル”

 雹や嵐といった天災、それに関連する問題を表すルーン。

 

「「「「「ギァア!!?!?!」」」」」

「っ!?」

 

 !? シャドウが一気に吹っ飛んだ!?

 今のでだいぶ……最後におまけだ!!

 

 最後の“イス”

 氷や停止を表すルーン。

 

「ギシャッ!?」

「っち!」

 

 床が凍って追突事故が再発。

 滑ったシャドウが転がってきたが、振り向くと数は減って生き残りもボロボロだ。

 ……これなら十分やれる!

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 

 なんとか乗り切れた……

 

「ルーン魔術の用意が無かったら、流石に逃げるしかなかった……俺もまだまだか」

 

 まぁ……“カノ”はアギ()系、“イス”はブフ()系、“ハガル”はガル()系、“ソーン”はジオ()系の攻撃に使えることが分かったし、結果オーライでいいか。

 

 でもジェムってあんな手榴弾みたいな道具なんだろうか?

 どっちかと言うと手榴弾とか、投擲武器なんだけど……

 あと水を出した“ラグ”はどうしよう?

 水の攻撃魔法なんて無かったし、この事もオーナーに相談するか。

 

 だったら気を取り直して本物のジェム(サンプル)を手に入れないと。

 今日はダンシングハンド、いるかな……?  

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 

 6月4日(水)

 

 夜

 

 バイトの後。残ってオーナーに事情を説明し、相談する。

 

「……と言うわけでして。その後これを手に入れました」

「かつてルーンを使っていたとされるアイルランドの戦士は、各々の武器や防具にルーンを刻んでいたというわ。だからルーン魔術を戦いに使うのは別におかしな事ではないけど……このイエロートルマリンが貴方の作りたい“ジェム”なの? 確かに力を感じるけど、前のオニキスよりだいぶ……」

「実は手に入れたまでは良かったんですけど、観察していたらうっかり暴発させてしまって……」

「あら、じゃあこれは使用済みの石なのね。それでも残っているなら……フフフ」

「最初は俺が特に集中しなくても気づけるくらいエネルギーを持っていました。周りに雷が落ちると同時に消えましたが……まず間違いなく雷の魔法を使える“マハジオジェム”です」

「使用済みは残念だけど、色は綺麗だし粒の大きさも……値をつけるなら石だけで二万円は越えるわね。だから三万円で買い取らせてもらえないかしら?」

「是非、借金から差し引いてください」

 

 そう言うとオーナーは嬉しそうに使用済みのジェムを片付けて戻ってくる。

 

「魔術の話だけど……ルーンで火や電気を出せたのよね? だったら貴方が考えているように、ルーン魔術でジェムと同等の効果を引き起こす事は可能だと思うわ」

「本当ですか!」

「ええ。でも私はルーン魔術を他人への攻撃に使った事がないから……一度見せてもらえないかしら」

 

 そう言われたので説明用に持ってきた石から安全そうな“ラグ”を選び、机の上でパワーを込める。

 

「ん……?」

「まぁ……」

 

 石から染み出した水滴がテーブルを濡らす。

 しかし水量が少ない。水は出たけど雑巾を絞った程度だ。

 タルタロスではもっとバケツをひっくり返したような音だったのに。

 

「タルタロスより出力が低いです……込めた力は同じくらいなのに」

 

 逃げる途中で力が入っていたのかと思い、魔力を増やしてみるがあまり変わらない。

 ペルソナの召喚と同じように、影時間には力を遣いやすくする効果があるんだろうか?

 

「十分よ。出せるかどうかが重要なの」

 

 そう言ったきり押し黙るオーナー。

 何か考えているようなので、黙って次の言葉を待つ。

 

「……次のステップに進む良い機会かしらね……ちょっと来て」

 

 言われるがまま店の作業場へ移動。

 オーナーは速やかにルーンを彫る用意を整えた。

 

「見ていてちょうだい」

 

 慣れた手つきで“ウル”のルーンを彫るオーナー。

 以前手本として見せてもらった時も思ったが、迷いが無くて速い。

 ただ、一点だけ前とは違った。

 

「二文字目……?」

 

 “ウル”に続いてさっきも使った“ラグ”が掘り込まれる。

 

「ルーン文字の組み合わせ(・・・・・)よ。これまでは基本の一文字で慣れて貰っていたけど、複数のルーンの組み合わせができればルーン魔術の幅はぐっと広がるわ。知識としては知っているでしょう?」

 

 確かに最初に貰った本には、今まで使っていた願いに相応しい一文字を使う方法以外にも、ルーンを英語に対応させて願いを記述する方法や、複数のルーンを組み合わせて新しいルーンを作る“バインドルーン”があると書かれていた。

 

 例えば目の前のこれは小文字のnやmに近いデザインで、“ウル”と“ラグ”が一つになったバインドルーンになる。

 

「バインドルーンは複数のルーンとその意味を組み合わせ、望みに適した力を得る方法……試しにウルとラグを組み合わせてみたわ。意味を読み取れるかしら?」

力強い(ウル)水流(ラグ)でしょうか?」

「フフッ、正解よ。力を全体に、均一に込める事を意識しながら使ってみたらどうなるかしら? この上でやってみて」

 

 石とビニールをかけたゴミ箱を渡され、言われた通りに魔力を込めた。

 

 ………………!! 

 

「なっ!?」

 

 蛇口を捻ったように水が染み出してきた!?

 

「ちょっ、これどうやって止めれば」

「しばらくすれば勝手に止まるわよ。石は中に入れておいて。それよりも、ルーン魔術はこんな風に組み合わせで効果を変えられるのを分かってもらえたかしら?」

 

 俺はただただ頷いた。

 使った魔力はさっきより多いが、二回分よりは少なく感じる。

 効果はこうして違いをハッキリと見せられては疑いようがない。

 

「バインドルーンを使えば貴方の言うジェムと同じ効果もきっと得られるでしょう。ただしそのためには目的に合ったルーンを作る必要があるけれど……私はこんな使い方をする必要が無かったから考えた事もないし、魔術修行の一環として葉隠君自身が作りなさい。

 でもあまり難しく考える必要はないわ。五種類のルーン文字で火、氷、水、風、電気が出せるのは自分で確認したんでしょう? それと同じ。それに……体調はどうかしら? ペルソナの魔法を使った後のように気分は悪くなってなさそうだけど」

「っ! 言われてみれば、いつものように動けなくはなってません……」

 

 俺の答えに、オーナーは満足そうな笑顔を見せる。

 

「ちゃんとエネルギーを、体調を崩すほど使ってしまわないように制御できている証拠ね。それでいていま見た通り、効果を得ることもできているわ」

 

 半分水で満たされたゴミ箱を揺らしながらオーナーは続ける。

 

「まだアクセサリーのような持続力が必要な物を作るのは難しそうだけど……それでも以前より確実に上達しているわ。ルーンの意味を考えて組み合わせるのは良い勉強になるでしょう。そうしてさらに理解を深めていきなさい。もちろん、質問があれば聞いていいし、相談にも乗るわよ」

「ありがとうございます。早速考えてみます」

 

 オーナーのアドバイスと励ましを受け、さらに希望が見えてきた!




影虎はクラスメイト男子と交流した!
影虎はルーン魔術の実験をした!
火、氷、水、風、雷を使えるルーンを見つけた!
影虎はオーナーから“バインドルーン”を使う許可を得た!
影虎の借金が四十七万円になった!(宝石を売ってマイナス三万円)





ちなみにルーン魔術を使うアニメや漫画のキャラといえば、
Fate/stay nightに登場するランサーことクー・フーリン。
Fate/Grand Orderではキャスターとして、PVで一瞬だけルーンを使う動画があります。
影虎のように何かに刻まず、空中にルーン出してますけどね(英霊だから?)。

ゼロの使い魔に登場する魔法使いが使うのもルーン魔術かもしれません。
こちらは杖を持って呪文を口で唱えてますが、呪文がルーンの読みそのものです。


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79話 見学

 6月5日(木)

 

 夜

 

 ~長鳴神社~

 

 前回来た日から五日が経過し、スキルカードが複製できるかどうかを確認すべきる日がやってきた。

 

 さて……、どうだろう?

 前回カードと稲荷寿司を備えた社に足を踏み入れる。

 

「あっ、た……?」

 

 元のスキルカードはそのまま。供えていたはずの稲荷寿司はなくなり、代わりにお(ふだ)のような白い紙が置かれている。

 

 元のカードとはずいぶん違うが、触れた瞬間込められたスキルが分かった。手元に新しい“力”がある。もう一歩力に近づこうとすれば、意思を察したように力が流れ込む。

 

「!!」

 

 ローグロウを習得した! 複製は成功だ!

 

 使用済みも含めて二枚のカードを回収し、感謝の稲荷寿司を社に捧げる。

 

「こちらはお礼です。お願いを聞いてくださり、ありがとうございました。

 ……立て続けになりますが、こちらのカードも複製していただけませんでしょうか?」

 

 治癒促進のカードを取り出してみるも、誰からも返事は無い。

 治癒促進は高いし大切なカードだ。ここに置いていくのは正直、少々ためらわれる。

 しかしローグロウでの実験は成功した。ここは信じてみよう。

 

「また、必ずお供え物を用意させていただきます。……どうぞよろしくお願いします」

 

 木々を揺らす不思議な風を感じて、俺は社を後にした。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

「ワフッ! ワフッ!!」

「この鳴き声は……」

 

 帰ろうとした矢先に、またコロマルが走ってくる。

 

「ワフッ、ワフゥ……」

 

 なんだ、またお前かとでも言っているような気がする……?

 

「コロマル、これどうしたんだ?」

 

 今日のコロマルは首にリードが付いている。誰が付けたんだろう?

 と考えていると

 

「コロマルー! おーい! はぁ、待って、くれ……はぁ」

 

 神社の階段を息を切らせながら登ってくる中年の男性がいた。

 

「ふぅ、はぁ……おや? こんな時間に参拝かな?」

「こんばんは。バイト帰りでして」

「そう、っと! こら、コロマル、やめなさい」

 

 コロマルは男性に飛びついて甘えている。

 

「……この子、この神社のコロマルですよね? 野良だと聞いたんですが、よく懐いてますね」

「ワフゥ?」

「世間からはそう見られているのか……すまないな、コロ。満足に面倒を見てやれなくて」

「ワン!」

「?」

 

 かがんで背中を撫でつける男性の顔を、気にするなと言いたげに舐めるコロマル。

 

「私は(さかき)源蔵(げんぞう)、死んだ父がここで神主をやっていてね。掃除やコロマルの世話に来ている、一応は飼い主さ」

「ワフッ、ハッハッハッ」

 

 神主さんの息子さんだったのか。

 

「葉隠影虎といいます。失礼しました」

「ワウ」

「謝られるほどの事じゃないさ。それよりもう夜もだいぶ遅い時間だよ」

 

 男性にたしなめられ、改めて帰ることにする。

 

「気をつけて帰りなさい」

「ワンッ!」

 

 一人と一匹に見送られ、俺は軽く頭を下げて階段を下りた。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 ~自室~

 

 帰ってすぐに宿題と夕食を済ませ、影時間までは時間がまだある。

 

「今日は翻訳にするか」

 

 PCを立ち上げ、採用された翻訳会社の出している今俺が受けられる仕事を探す。

 

 この会社は多数の言語を翻訳する仕事を出しているけど、俺は英語だけなので英語で検索。

 仕事は一つ千円から五千円とまちまち。

 政治、経済、論文に関する記事など、高額な仕事ほど長文や専門用語が頻出しそうだ。

 長文や専門用語も辞書を読み込めば大丈夫だろうけど、合格してからの初仕事だし手堅くいこう。

 

 報酬の低い中から記事を四つ。合計報酬四千五百円。期日は三日後……

 条件を一通り確認したら手続きを行い、受け取ったアドレスとパスで必要なデータをダウンロードすれば準備完了。あとは試験でやったように読み込みと処理をして文字に起こすだけ。今日中に全部終わるだろ。

 

 焦る必要もないので、ドッペルゲンガーで脳内に作業用BGMを流してのんびりと仕事にとりくんだ。

 

 

 

 

 本日の翻訳業務

 所要時間:一時間以内に終了

 状態:会社の確認待ち

 報酬(見込み):四千五百円  

 

 時給として考えると、めちゃめちゃ割が良いな。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 6月6日(金)

 

 放課後

 

「あっ先輩お疲れ様です」

「影虎君も来ましたか、早速行けますね?」

 

 さらに待ち合わせた二人と江戸川先生の車で走ること一時間。

 俺たちは高層ビル街を訪れている。

 先日の天田の事務所見学の機会が意外と早くきた。

 

「ここですよね?」

「間違いありませんねぇ、ヒヒヒ」

「大きいですね……」

 

 バニーズ事務所は男性アイドル専門の事務所としては業界最大手。数多くの男性アイドルを輩出し、次代のアイドルとなる練習生を千人規模で抱え、その活動拠点となる支部を日本各地に持っている大企業。目の前の高層ビルもその一つで、ジムや練習用のスタジオなど必要な設備が全部そろっている。

 

 ここのスカウトを受けられるのは、アイドル志望の人にとっては最高のステータスになるだろう。ただし芸能界には黒い噂もある。素人なりに見極めるため、ドッペルゲンガー眼鏡を着用して徹底的に見学内容を記録することに勤めよう。

 

 気合を入れ、受付で用件を伝えると

 

「いや~! よく来てくれたね天田君!」

「こんにちは、今日はよろしくお願いします」

「よろしく。それで貴方がたが」

「付き添いをさせていただきます。江戸川です、そして彼は葉隠君」

「よろしくおねがいします」

 

 やってきたのはスーツ姿の男性。彼が天田をスカウトした木島(きじま)礼二(れいじ)。山岸さんに調べてもらったら本業はアイドルグループのプロデューサーで、俺も名前を知ってる有名グループをいくつかプロデュースしていた。その筋では注目を集めている人物だそうだ。

 

 年齢は三十台後半のはずだけど若さを感じる。

 清潔感があって、人に好かれそうな笑顔で話す。

 なのに……第一印象はやや胡散臭い。

 職業柄なのかもしれないが、値踏みをするような視線を送られた。

 アドバイスが無ければ気づけたかも怪しい、そんな本当にささいな事だけど……

 

「ではレッスンや仕事の流れを、施設案内を通して説明させていただきます。今の時間はダンスの練習をやっていますので、まずこちらへどうぞ」

 

 まず案内されたのはダンススタジオ。扉を開けた時点で音楽と熱気が溢れた。

 

 入ると五十人ほどの男子が鏡張りの壁に向かって練習に励んでいる。年齢はバラバラ。

 全体的に小学校高学年から中学生くらいが多そうで、共通点といえば男である事。

 そしてどいつもこいつも顔が良いというか華やかさがある。

 

「っ! 木島プロデューサー……」

「えっ!?」

「ほら集中切らさない!」

「そこの二人! ダンスを止めるな!!」

「「は、はい!」」

 

 俺たちが入った事に気づいた男子二人に、先生がたの檄が飛ぶ。

 生徒の前後、男女二人の先生で指導しているみたいだ。

 

「こちらへどうぞ」

「ありがとうございます。失礼します」

 

 邪魔にならないよう壁際によると、先客がいて見学用のイスを出してくれた。

 帽子とマスクが気になったが、プロデューサーの説明に集中。

 

 指導、実践、指導、実践。全体を通して、時に一部を抜き出して重点的に。

 レッスンはその繰り返しで課題のダンスを完成させていくようだ。

 

「よし……休憩!!」

『ありがとうございました!!』

 

 俺たちが来た時点でレッスンは後半に入っていたようだ。

 

「今がちょうど入れ替えの時間になります。別のレッスンに行く子、次もダンスの子は休憩、レッスンのない子は帰るか各自で自主トレをします」

 

 プロデューサーの言葉通り生徒は散っていく。

 しかし数人の生徒は他と違い、こちらへとやってきた。

 

「おはようございます! 木島プロデューサー!」

「ああ、おはよう」

「俺たちのダンス、どうでしたか?」

「前よりだいぶ上達したね。ただ今は……」

「こらっ! お前たち何をやってる!」

 

 木島プロデューサーへのアピールが目的か。

 しかし見学者(俺たち)への対応中という事もあり、彼らはすっ飛んできた男の先生に連れて行かれてしまう。

 

「失礼しました」

 

 謝罪する女の先生に、江戸川先生が口を開く。

 

「いえいえ、お気になさらず。それにしても、生徒さんが沢山いらっしゃいますねぇ」

「現在新しいアイドルグループの立ち上げを検討していまして、彼らはその候補になります。木村君、この子は見学の天田君だ」

「プロデューサーがスカウトした子ですね。こんにちは、天田君」

「こんにちは!」

 

 緊張気味に頭を下げる天田。

 俺からすると微笑ましい姿だが……

 

「チッ」

「また新入りかよ」

「倍率上がるじゃんかよ……」

 

 否定的なつぶやきが俺の耳に届く。

 口に出したのは小数だが、その他も確実に歓迎ムードではない。

 生徒たちからするとライバルが増えるのは分かるが……

 こんなにギスギスするのが芸能事務所では当たり前なのか?

 

「そんなに緊張しないで。よかったら君も少しやってみる?」

「ああ、それはいいね! やってみないか?」

 

 生徒の休憩時間に少しならできると、天田が先生とプロデューサーに誘われ……

 

「君もどう?」

 

 俺まで誘われた。

 

「いいんじゃないかな? 良かったら記念にやってみるといいよ」

 

 プロデューサーも朗らかに薦めてきた……

 

「それじゃあ、記念に」

「二人とも、上着は私が持ちましょう」

 

 制服の上着を脱いで江戸川先生に預ける。

 

「じゃ、まずは基本ね。準備運動ー、腰を前、後、左、右。やわらかーく動かして、ぐるっと回すー」

 

 まずは簡単な動きから。

 

「じゃあ簡単なステップを教えるよ。右足からー1・2・3・4」

「1・2・3・4」

「1・2・3・4」

 

 天田と一緒に先生の動きを確実に真似続ける

 

「……うん! 二人ともかなり動けるね。ならもう少し難しいの行くよ。まずは見ていて」

 

 今度はこれまでと比べてテンポが速く、動きも複雑だ。

 だけど、俺にはドッペルゲンガーの記憶力がある。

 動きさえきちんと把握できれば、真似ることはできる!!

 

「うわっ!」

「天田!?」

 

 俺は何とか踊りきれたが、天田は最後のターンでバランスを崩してしまった。

 

「アイテテテ……」

「大丈夫か?」

「はい、ちょっと滑っただけです」

「それじゃ動きを分けてやってみよう」

 

 ダンスレッスンがしばらく続いた……




スキルカードの複製に成功した!
影虎はローグロウを習得した!
神主の息子と出会った!
天田とアイドル事務所を見学した!


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80話 大会前日

 ~鍋島ラーメン・はがくれ~

 

「おまちどう! さあ食いな。こいつもおまけだ」

「いただきます」

「これはこれは、美味しそうですねぇ。いただきます」

 

 見学の後、天田は外出届を提出しておいたとの事で、先生の奢りでラーメンを食べにきた。

 俺たちの前にラーメンと餃子のセットが並ぶ。

 

「叔父さんまたおまけして」

「いいんだよ、この程度なら屁でもねぇ。それにこの前は大勢で来てもらったからな。あの金持ちのお嬢ちゃんには、ちっとばかり驚かされたが。料理長だなんて初めて呼ばれたぜ」

 

 勉強会の後に皆で来た時か。

 初ラーメン屋でゲーム通りの言動をしてくれたからな。

 あれは見ていて面白かった。

 

「今日は部活の後輩と顧問、お前はなんだかんだで客連れてくるから助かるぜ。で? 今日は何かあったのか? そっちのは浮かない顔してるしよ」

「なんと説明すればいいやら……天田の将来に関する事で少し」

 

 スカウトの話を言っていいものか、ちょっと悩んで詳細はぼかす。

 しかし天田は誰が見てもわかるくらいに落ち込んでいるため、何かあったことは隠し切れなかった。

 

 残念ながら今日の見学は天田を奮い立たせるような内容ではなく、俺と江戸川先生も見学後に反対意見を出したからだ。

 

 江戸川先生の反対理由は練習生へのケア不足。故障寸前のオーバーワーク気味な練習生が何人も目に付いたとの話で、設備は整っていても目が届いていないのではないか? という事を遠まわしに聞いていた。

 

 俺はあのプロデューサーが信用できないので反対。

 

 あの人最初は俺に興味はなさげだったのに、見学が進むに連れて俺にもアイドルにならないかと話を持ちかけてきた。と同時に彼は売れる人間なら誰でもいいんだと感じた。だからだろう、意外と踊れるところを見せた頃から視線を強く感じるようになったのは。

 

 そう思い返してさらに納得。デビューまで毎月支払うレッスン料も有名事務所の専属とかで、山岸さんの調べてくれた相場より高かった。

 

 ただ指導をしている先生方からは特に悪い印象は無かったし、ボーカルレッスン場にいた生徒にはあのギスギスした雰囲気がなく、こちらが見学に来たと知ると気合を入れたり、体験するならこっちにおいでと手招きをしてくれる人もいた。

 

 事務所の全てが悪い印象ではなかったし、向こうは仕事なんだから利益を求めるのは別にいい。でも、今回は天田を後押しする気が無くなった。

 

「……坊主が何で悩んでんのか知らんがな。その年で将来にそこまで悩む必要はねぇぞ」

 

 叔父さんが天田を諭すように語り掛ける。

 

「もちろん将来を真剣に考える(・・・)のはいい事だ。けどな、将来を決める(・・・)には間違いなく早すぎるぜ」

「ヒッヒッヒ……私もそう思いますね。仕事をするなら、嫌でもやらなければならないことはあります。最初は嫌々でも、やってるうちにやりがいを得ることもあります。……ですが、天田君は妥協(・・)をしてまで仕事を求めなければならない時期ではありません。もっとお金は関係なく、自分からやりたい事をやるべきでしょう。何もやりたい事がないのなら、探せばいいのです」

「二人も言ってるけど、焦る必要はないさ。それに“自立する”ってのは“良い会社に就職する”とか“有名になって大金を稼ぐ”って事じゃないだろ? フリーターで、安い給料で、生活が苦しかったとしても、一生懸命働いて自分の稼ぎで生きていければ、それは立派に“自立している”と言えるんじゃないか?」

「それは……」

 

 頭では理解できても、腑には落ちないらしい。

 

「……ヒヒヒ。とりあえず今は考えるのをやめて、ラーメンを味わいませんか?」

「! そうでした」

 

 先生に言われて食事が進んでいないことに気づいたようで、天田は手を動かす。

 

 そして食べ終わると時間も時間なので、それ以上寄り道はせず寮へと帰る。

 

 

 

 ~自室~

 

 今日はあまり力になってやれなかった……

 って、俺まで落ち込んでも意味がない。

 気晴らしと練習をかねて、今日の影時間はあの不法投棄バイクで走るか!

 それまでは……あ、翻訳どうなっただろう? 

 ……オーケー出てる。よし! 四千五百円ゲット! 

 

 影時間まで、仕事に打ち込むことで気分を変えた。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 6月6日(土)

 

 放課後

 

 ~Be Blue V~

 

「え、雑誌の取材が来てるんですか?」

 

 出勤したら、棚倉さんからそんな話をされた。

 

「アクセサリーとか、取り扱うショップの特集で取材させてくれないかって。昨日出版社の方から連絡があったからオーケーしたんだとさ。オーナーが奥で話すだけだから、アタシらは気にしなくて良いって」

「葉隠君の今日の服は受け取ってるよ」

「ありがとうございます、それじゃ早速着替えてきますね」

 

 三田村さんから紙袋を受け取り、着替えて仕事に取りかかる。

 

 そして一時間ほど経ったころ、奥からオーナーが記者らしき二人組を連れて出てきた。

 

「皆、ちょっと店内の写真を撮るそうよ」

「すみません、お邪魔します」

 

 二人組みのうち、カメラを持った女性が会釈をして店内をうろつき始めた。

 

「オーナー、アタシたちはどうすれば?」

「そうねぇ……」

「もしよろしければ皆さま、そのままでお願いします。店員さんが働いている写真も欲しいので」

「だそうよ。写真がだめなら奥に行っていてもいいわ」

 

 俺は端っこに写るくらいならべつにいいけど……

 

 

「香田さんはどうなんだろう……?」

「パキッ!」

「っ!」

 

 今の、香田さんの返事だよな?

 一回、Yes、写る気なのか。……心霊写真?

 

「あの……」

「?」

 

 何だろう? 取材に来たもう一人の、やけに背の高い男性が話しかけてきた。

 

「こちらで占いをしている葉隠さんですよね?」

「はい、そうですが……」

 

 俺が答えると、男性はやっぱり、と笑って懐に手を入れる。

 

「私、こういう者です」

「ご丁寧にありがとうございます」

 

 差し出されたシンプルな名刺には“週刊ファニー” 編集部……聞いた事ないな……

 記者 (とどろき)(たける)と書かれている。 

 字面は怖いけど、本人は背が高いだけで穏やかそうな人だ。

 

「先日はお世話になりました」

「えっ? ……どこかでお会いしましたか?」

「すみません。説明不足でした。私が直接お会いした訳ではなく……以前引越しについて相談された女性をおぼえていませんか?」

 

 引越しの相談ならたぶんあの女性だ。ちょうど二週間前の。

 

「あの方のお知り合いですか?」

「……引越しを考えさせた張本人です」

「えっ!? じゃあ彼女のお隣の?」

「はい……私は今は雑誌記者ですが、漫画家を目指しています。仕事から帰ると音楽を聴きながら漫画を描くのが日課で。ヘッドフォンで配慮していたつもりだったんですが、音漏れが届いていたそうで」

 

 すごく申し訳なさそうに頭を掻きながら話す彼だが……

 

「その話を知っているという事は……」

「管理会社の方から連絡をいただいて、すぐに謝りに行きました! 事情も話してお許しをいただきました。その時にここで占いをしてもらったからだと聞いて。本当にありがとうございました! そのお礼を言いたかったんです」

「問題が解決したのなら、なによりです」

 

 俺の占いがお客様の力になったのは嬉しい。

 けど、なんでこの人がこんなに感謝して……と思ったが、原因はその後すぐに判明した。

 

「恋愛運は占えますか? 最近ちょっと気になる女性ができまして……」

 

 その女性が誰かはこの場にいた全員が気づいただろう。

 それにもう、ちょっと気になる段階は過ぎているようだ。

 

 占った後、プレゼントはぜひBe Blue Vでと念を押しておいた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 閉店後

 

 気合を入れて倉庫へ向かう。しかし今日はオーナーだけでなく、棚倉さんも一緒だ。

 

「棚倉さんと一緒にやるのは初めてですね」

「葉隠が来る前はアタシが倉庫掃除の担当だったけどな」

「そうなんですか?」

「だって香奈は体質的に入るとヤバイし、花梨は入れるけど掃除できないだろ? 手伝えるのがアタシしかいなかったんだよ。アタシも倉庫はあまり行きたくない……だから葉隠がきてから楽になったよ。マジで。お前よく毎週入れるな」

「葉隠君は仕事熱心で助かるわ。ウフフ……おかげで掃除の手間を考えずに買えちゃうもの」

「……なんか嫌な予感……」

「オーナー、ヤバイ呪いの品物仕入れたんじゃないですよね? 前みたいに」

「大丈夫よ、今日運び出すのは普通の品物(ハズレ)だったから」

「ならいいですけど……葉隠、お前、本当に危ないと思ったら逃げろよ。倉庫の中の物に関しては仕事放棄とか言わないからさ」

「はは……」

 

 あまり笑えない話をしながら倉庫に入り、指示を受けながら作業する。

 

「今日は本が多いですね、それに竹馬? 何でこんな物が……」

「それで子供が何人も怪我したそうよ。何も憑いてないから、大方その子供たちが変な遊び方をしたんでしょう。本も同じ人が持ち込んだ物で、古い棚から崩れ落ちてきたんですって。次、これね」

「電子ピアノ? こんな物まで」

「勝手に鳴るって聴いてたんだけど、実際見てみたらただ自動演奏機能がついてるだけだったのよ」

「つーかオーナー、これ絶対あの店の不良在庫押し付けられてますって! 誰か別の、曰く付きか見分けられる人を代理人にしましょうよ。オーナーならそういう人、大勢知ってるでしょ」

「知ってるけど……私の知り合いはほとんど私と同じ趣味だからダメよ。それから弥生ちゃん、憑かれかけてるわよ」

「っ! 臨! 兵! 闘! 者! 皆! 陣! 裂! 在! 前!」

 

 指摘を受けた棚倉さんは九字を切ることで平静を取り戻す。

 俺一人でも混沌としていたけど、二人だとこれまで以上に混沌としてるなぁ……

 なんだかムカついてきたのに、妙に気分がいいし……!!!

 

「……ヤバッ!?」

 

 即座に気合を入れ、自分の足に力を込める。

 しっかりと立って体を安定させて一呼吸。

 違和感を無視し、体内の気の流れに集中し、自分自身の正しい状態を確認。

 外から何をされようと関係ない。ただ自分自身を見失わないよう心がける。

 

 だんだん気分が落ち着いてきた……これで一安心。っ!

 

 この感覚……パトラ、チャームディ、プルトディ。

 状態異常回復系の魔法を一気に習得したみたいだ。

 タルタロスじゃなくてここで身につくのか……まぁ薄々そんな気もしていたけど。

 状態異常に罹る機会はタルタロスよりよっぽど多いし。

 

「葉隠大丈夫か!?」

「! はい! なんとか」

 

 いけない、今は仕事中だ。ペルソナの事は後にしないと。

 

「ゴメン! アタシが追っ払ったのがそっち行った」

「……早く仕事を終わらせましょう!」

 

 それが一番安全だ。

 

「そうだ二人とも、この中に欲しい物はないかしら? あったらどんどん持って帰って良いからね」

「ならあの竹馬を貰っていいですか?」

 

 天田の訓練用に良いかもしれない。

 金属でコーティングされてる分、少なくともデッキブラシよりは頑丈だろうし。

 

「……葉隠、お前思ったより余裕あるな」

「毎週ここの掃除をやってたら慣れてきました」

 

 ここでの仕事は意識を強く持つ必要がある。けれど、ずっと張り詰めているとだんだん抵抗できなくなって、最後までもたない。異常を感じた時にだけ気合を入れる方がむしろ安全な事が分かってきた。

 

「ウフフフ、正解よ。手を出されないうちは気にしないのが良いわ。下手に身構えるのは、ケンカ腰で相手を挑発しているようなものだもの」

「頼りにしてるぜ、ほら次頼む」

「はい!」

 

 荷物運びが終わるまで、世間話と目に見えない相手との戦いが続いた……




状態異常の回復魔法が揃った!
次回、大会開催!


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81話 昨日の敵は今日の友

 6月7日(日)

 

 朝

 

 ~月光館学園 講堂~

 

「……本日は梅雨時でありながら、晴れやかな空に夏場の如し日差しが見込まれます。えー皆さんには、この強い日差しに負けず、是非、己の力のすべてを出し切ってもらいたい。

 また、今日の大会は体力測定の結果を競うものではありますが、えー皆さんにはこの機会に他学年の生徒との交流も深めてもらいたいと、教員一同……」

 

 校長先生の開会の挨拶が行われ、体力測定大会が始まった。

 

「これで開会式を終わります。参加者の皆さんは速やかに班員と合流し、測定を開始してください。合流場所が分からない生徒はここに残って聞いてください」

 

 壇上に登った教頭先生の言葉で、体操着の生徒たちがゾロゾロと退場していく。

 俺も流れに乗って講堂を後にした。

 

 今日の大会は生徒の体力測定をして終わりでは寂しいと誰からか意見があったそうで、各学年二人ずつを一つに集めた班ごとに計測をする。

 

 俺の待ち合わせ場所は体育館の七十二番…………あそこか。

 

 体育館には大勢の生徒がつめかけていた。大半のスペースは測定用に確保されているが、それを取り囲むように壁際やその上にあるギャラリー(通路だけの二階)は生徒の合流地点に使われている。

 

 自分の行くべき場所を確認して向かうと、先に男子が二人きている。

 あれ? あの後ろ姿、どこかで見たような気が……

 

「すみません、七十二番ってここですか?」

「お? そうだぜっ!?」

「あっ!?」

 

 振り返ったその二人は、以前俺を強引に入部させようとしていた陸上部の部長と、それを止めようとしていた副部長だった。

 

「うちの班の一年、一人は君なのか」

「ごぶさたしてます。今日はよろしくお願いします」

「おう……」

 

 なんとなく気まずい沈黙が降りる。

 

「……あの時は悪かった」

 

 沈黙に耐え切れなくなった部長が謝罪の言葉を口にするが、俺はもう気にしていない。

 

「もう過ぎた事ですよ」

 

 まず天田や山岸さん、それに桐条先輩に怪しまれず近づけるようになった。

 部室という自由に使える場所が手に入り、江戸川先生をはじめとする味方も得られた。

 きっかけは良くなかったとしても、あの時の事がなかったらと考えると……

 

「今となっては感謝します。色々あったけど、思った以上に楽しくやれているので」

 

 本心からそう言うと伝わったらしく、二人は表情を緩めてくれた。

 

「なら、仕切り直しだ。俺は三年の黒岩(くろいわ)(しげる)。今日はよろしくな」

「同じく三年の宍戸(ししど)洋介(ようすけ)。仲良くやろうね」

「こちらこそよろしくお願いします。葉隠影虎です」

 

 まだ多少ぎこちないけど、二人とのわだかまりは解消できそうだ。

 

「しかし残りの三人はまだかよ洋介」

「そう言われても誰だか知らないからね……待つしかないでしょ」

「そもそもどうやって分けられたんですかね?」

「部活の名簿から各学年で二人ずつ名前を書き写した紙を作って、集めたら後はくじ引きでだってさ。端数が出たら別の部の端数と合わせて適当に、って顧問の竹ノ内先生が言ってた」

「つか俺らがやらされたんだよ、陸上部の分は部長副部長のお前らに任すって」

「あー……竹ノ塚先生は時々ずぼら、とかどこかで聞いた気が」

「否定できないね」

 

 宍戸先輩は苦笑いだ。

 

「でもそういうことならもう一人の一年は分かったかもしれません」

「本当か?」

「山岸っていううちのマネージャーなんですけど、うちは俺と彼女しか高等部の生徒がいないんで。あ、女子は別ですか?」

「いや、特にそういう話は聞いてないけど」

「ただの計測だからな、男女分ける必要もねーだろ。ほら、向こうの班も男女混合だし」

 

 ならたぶん山岸さんだな。

 

「……あ、いた!」

 

 人の多い入り口付近に目を向けてみると、人ごみに流されないよう耐えながら何かを探している山岸さんを見つけた。ギャラリーから大きく身を乗り出して手を振り、七十二番の番号をアピールすると気づいたみたいだ。こちらを見て小さく手を振り、人ごみに突入。

 

「おつかれー」

「お待たせ葉隠君……あっ、遅くなってしまってすみません!」

「いいっていいって、気にしなくて。ね、茂」

「おう、まだ来てねー奴が二人も居るしな」

 

 初対面の先輩に気づいた山岸さんは頭を下げるが、二人は気にしていないと軽く受け流す。

 

「おいおい葉隠、お前のとこあんなマネージャーいたのかよ」

「たまたま縁があって……というか、陸上部にもマネージャーはいるでしょ」

「西脇? そういやお前と同じクラスだったな。あいつは……マネージャーっつーより宮本の母親みたいな感じだからなぁ。女子、って感じがいまいち……」

 

 ……本人に聞かれたら絶対に怒られるけど、納得してしまった。

 

「なんだ、肩を組んで意外と仲良くやっているじゃないか」

「? ……げっ!?」

 

 後ろから唐突にかけられた声。姿は先に振り向いて変な声を上げる黒岩先輩の影に隠れているが、聞きなれた声だ。

 

「桐条先輩。先輩も体育館集合ですか? っ!?」

 

 言いながら移動すると普段はまず見る事のない、ブルマの桐条先輩がいた。

 大人びた美人だけに若干のコスプレ感を漂わせているが、体のラインがしっかりと浮き出ていて男なら、いや男女問わず、ブルマ好きでなくても眼福だろう。

 

「どうやら俺たちが最後みたいだな」

 

 ……後ろに真田明彦(脳筋)を引き連れてさえいなければ。

 

「桐条先輩! それに、真田先輩ですよね? お二人もこの班なんですか?」

「ああ、遅れてすまない。そして今日はよろしく頼む、山岸」

 

 同じように俺や二人の先輩にも挨拶を済ませる桐条先輩。そして

 

「お前が葉隠か。俺は二年の真田、ボクシング部に所属している」

「存じ上げています。公式戦では無敗だとか」

「ハハッ、それはこの前で終わったがな」

 

 言葉と表情は笑っているが、目は笑っていない。

 

「もっと気軽に話してくれ。あまりかしこまられると息が詰まる。それに、葉隠には一度会ってみたかったんだ。なかなか強いと聞いていているぞ。どうだ? 一試合」

「そこまでだ、明彦」

 

 会ってみたかった、と言われた事に疑問を挟む間もなく、桐条先輩が理由を口にした真田を止めた。

 

「すまない葉隠。驚かせただろう」

「まぁ、多少は」

「怪我で公式戦を欠場した件がだいぶ堪えたようでな……元々ボクシングに熱心な男なんだが、最近は少々度が過ぎていて困る」

「先輩の方でなんとか」

「申し訳ないが、私もその都度諌めるしかないのが現状だ」

 

 これも荒垣先輩の抜けた弊害か……鬱陶しい。

 

「六人揃ったんだし、計測行こうぜ」

「そうだね。話は歩きながらで」

 

 三年の二人の呼びかけで俺たちは下へと向かった。

 決められた順路の入り口で記録用紙を受け取り、順番待ちの列に加わる。

 

「しかし驚いた」

「俺もビックリしてますよ、先輩たちと同じ班になるなんて」

 

 本当に、どんな確率だ?

 二年だけでも生徒数は百人を軽く超えている。

 その全員が参加してないとしても、偶然同じ班になる確率は相当低いはず。

 おまけに片方だけでなく、この二人が揃って。

 普段はこちらからも先輩に歩み寄っているけど今回は……偶然にしてはできすぎている。

 

「それもあるが、君は参加しないかと思っていた。先日は気分を害したように見えたからな」

「……そんなに顔に出てました?」

「ふふっ、あんなに感情を出したのは初めてじゃないか?」

「あれはなんと言いますか……」

「取り繕う必要はないさ、あの言い方では妥協の末に君や他の生徒を選ぶと思われても仕方がなかった」

 

 どっちかと言うと代役そのものよりも、“真田(脳筋)が断わったから”話が来た事の方が気に入らないんだが……言うとややこしくなるだけだしな……

 

「それに黒岩先輩と肩を組んでいた事もだ。以前の事でわだかまりがないかと気にしていたんだが……杞憂だったようだな」

「ちゃんと和解したんだよ」

「そのようですね、黒岩先輩。もう何も言う必要はなさそうだ」

「おう……」

「茂、腰が引けてるよ。僕もだけどさ……」

「まさか……二人は美鶴の“処刑”を!?」

「一歩手前まで行っただけだよ、一歩手前、なんだけどね……」

「もうあんなのは御免だぜ……」

「皆さん、次、私たちの番ですよ」

 

 先頭に立つ山岸さんが知らせてくれた。

 

 第一の種目は“握力”。

 握力計が一つの机に三つ置かれている。

 

「はーい、二人一組でちゃっちゃと測る。一回きりだから全力でやんなさい。もう一回、は無いからね!」

「だとよ、どう分ける?」

「他学年との交流と銘打っているんだし、バラバラに組んだらどうかな?」

「宍戸先輩の意見に賛成だ」

「俺は誰でもいいが……」

「俺も宍戸先輩に一票です」

「葉隠君と同じで」

「私、宍戸先輩、葉隠、山岸。過半数の賛成が出たが……」

「んじゃ俺はせっかくだし葉隠、組むか?」

「よろしくお願いします、黒岩先輩」

「それでは私たちは女同士で組まないか?」

「わ、私でいいんですか?」

「なら俺は」

「僕だね」

 

 担当の鳥海先生から事務的な注意を受けて、俺と黒岩先輩。山岸さんと桐条先輩。宍戸先輩と真田(脳筋)のペアに分かれたところで順番になる。

 

「葉隠、先行ってくれ」

「じゃお先に失礼します」

 

 手に取った握力計の持ち手を確認して、手を下げた状態から思い切り握りこむ。

 

「~~~! ふぅ……」

「んー68㎏だ、結構あるな」

「ありがとうございま」

「真田君、80㎏!?」

 

 何っ!?

 

「まぁ、こんなものか」

 

 余裕な面がなんかイラつく……次だ次。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 

 第二種目“上体起こし”

 

サーティーセカンズ(三十秒)の間に何回できるかがレコード(記録)になります。それではアーユーレディー? ゴー!!」

「っ!」

 

 一! 二! 三! 四! 五! 六! 七!

 

「なっ!? 負けるかっ!」

 

 最初から飛ばして回数を稼ぐ!!!

 

「……スリー、ツー、ワン。フィニッシュ!!」

「葉隠、四十九回!」

「真田君も四十九回だよ!」

 

 同じか……

 

「やるじゃないか、葉隠」

 

 次!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 

 第三種目“長座体前屈”

 

「………………」

「………………」

 

 静かに息を吐きながら、股関節から曲げるイメージで測定用器具をゆっくりと押し出す。

 

「真田君、79cm」

「葉隠……85cm」

「なんだと!? ……次は負けん!」

 

 隣の脳筋が何か言ってるなぁ。

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 第四種目“反復横とび”

 

「二十秒間で二回計測するからね、記入係はちゃんと回数を数えてね。ところで個人の反復横とびの回数を距離と速度から計算する式なんだけど」

「宮原先生ー、脱線しないで開始の合図をお願いしまーす!」

「……しかたないね。用意、スタート」

「! チッ!」

 

 初動が遅れた!

 

 宮原先生の気のない合図で計測した一回目は……

 

「葉隠、70回!」

「真田君、71回!」

 

 次は遅れない……

 

 交代して黒岩先輩たちの回数を測り、再度交代。

 集中して二回目に挑む。

 

 そして

 

「五秒前―、四、三、二、一。終了!」

「葉隠、73回!」

「真田君、72回!」

「っし!!」

「くっ! だがまだイーブンだ!」

 

 これで体育館での測定は終了。

 あとは校庭で行われる種目になるが……

 

「美鶴、次の種目は何だ?」

「昼休みだ」

「休みか! なら次こそ……休み?」

 

 言われてみれば……そうか。

 

「午前と午後に四種目ずつ、体育館と校庭の交代で測定すると開会式で説明があっただろう。……まったく、お前たちは何を張り合っているんだ」

「あはは、葉隠君がそんなになるのって、珍しいね」

「……俺もか?」

「どっからどう見てもそうだろうよ」

「口数も明らかに減ってるしね」

 

 ……脳筋(真田)が絡むと、自分が思っている以上に冷静さを欠いているようだ。

 一度どこかで落ち着きたい。

 

「皆、昼食はどうする?」

「俺と洋介は弁当を買って済ませるって話になってるんだ」

「あっ、私もです。校門前にお弁当屋さんが来るって聞いたから」

「そこに牛丼はあるか?」

「えっ? 牛丼はわかりません……」

「なければないでいい。美鶴はいつも通り家から用意されているんだろう?」

「いや、今日は用意を頼んでいない。私も校門前で弁当を買うつもりだ」

「……桐条さんもお弁当を買ったりするんだ」

「意外だな……」

「そういえば最近急に興味を持ち始めたな。この前も俺に牛丼の持ち帰りを頼んできたり」

「興味は前々からあったさ。ラーメンは食べてみると美味しかった。……牛丼という料理は残念ながら口に合わなかったが……私はただ興味を実行に移しただけだ」

 

 私的な事で注目を集めたのが恥ずかしいのか、桐条先輩は顔を赤らめている。

 ここでひとつ提案する。

 

「それなら混みそうですし、俺が全員分買ってきますよ」

「それは君に悪くないか?」

「誰かがまとめて人数分の買い物に行くなんてよくある事ですって。人ごみで一人ずつ買ってたら再集合するまでに時間もかかりますし、俺はこういうの得意ですから任せてください。その分先輩たちには座る場所とか飲み物の確保とか、お願いします」

「んじゃ飯は葉隠に任すか。飲み物は俺たちが買うとして……場所はどうするよ?」

「なるべく人の少ない所がいいな。人目が鬱陶しくてたまらん」

「だったらいい場所がありますよ! 葉隠君、練習に使ってるあそこ、いいよね? 景色もいいし」

「あそこか。いいんじゃないかな」

 

 先輩たちは別にどこでもいいようで、俺たちが勧めるならそこでいいと話がまとまった。

 

「それでは一足お先に、行ってきます!」

 

 注文を受けた俺は、速やかにその場を後にした。

 人の隙間を縫って、最短距離で一刻も早く離れていく。

 そして校門前にたどり着いた所で、ようやく一息つくことができた。

 

 ……やっぱりあの脳筋は好きになれない。

 襲われたからとかじゃなく、もっと根本的に。

 もちろんあの件は多少ムカつくが、まぎらわしい格好をしていた自覚はある。

 

 俺が本当に気に食わないのは脳筋の行動だ。

 強くなろうとして、自分を鍛えて、相手を求めては挑みかかる。

 そのために、命の危険がある場所に飛び込もうとする。

 

 これ、やってる事はまるっきり俺と同じなんだよな……

 

 なのに、あいつは死なない。

 原作に沿って進めば、あいつの生存は確定している。

 俺はこのままなら死亡が確定しているのに。

 

 俺は死にたくないから危険を冒す。

 あいつは好きで自分を危険に晒す。

 違いといえばこれくらいだろう。

 大きな違いだ。

 

 なんであいつは、同じようなことをしているのに違う?

 

 ……本人にしてみれば意味の分からない、理不尽な言いがかり。

 ただの嫉みだとは理解している。本人に言っても意味がないって事も。

 だから言いはしない。嫉むのも、考えるのも無駄。かかわらなければいい。

 

 ……そうやって気持ちに整理をつけていたつもりだったんだけどなぁ……

 顔を合わせただけであっさり自覚した。

 

 自分に似ている。だからこそ、余計に脳筋(真田)が気に入らない。




昨日の敵(黒岩)が今日の友になった!
影虎は真田と遭遇した!
影虎は真田に張り合いになった!


ペルソナ5をやっていて、後半が仕上がらなかった!
ごめんなさい。


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82話 理事長の思惑

 6月7日 夜

 

 ~巌戸台分寮 ロビー~

 

「やあ、桐条君」

「理事長。お疲れ様です」

「君こそお疲れ様。どうだった? 体力測定大会は」

「なかなか大変でしたよ、明彦のお守りが」

「あっはっは! でも、彼に良いライバルができたんだろう?」

「明彦が一方的にそう見ているだけですが、耳がお早い」

「理事長たるもの、常に学園のことに気を配っているのさ。……まぁ、これに関してはさっき外で本人に会って聞いたんだけど。でもずいぶんと良い記録を残したそうじゃないか。真田君と、葉隠君(・・・)

 記録の集計をした教員から僕たち理事会まで、テレビ出演の最有力候補として名前が挙がってきたよ。事実、おそらく出演は葉隠君になるだろう」

「明彦は一度断ったからだとしても、他によい成績を残した生徒は大勢いたと思いますが。それを抑えて?」

「学校の代表として出演するわけだからね。いくら優れた身体能力を持っていても素行の悪い生徒には任せられないだろう? それに学校として重視すべきは生徒の成績だ。テレビ出演は生徒から少なからず時間を奪い、負担をかけるだろうから勉強に余裕のある生徒が望ましい。その点彼は中間試験で全教科満点の学年一位という素晴らしい結果を残している。

 体力測定は要素のひとつに過ぎないということだね。素行も少し噂を聞くけど良い噂もあるし……桐条君から見て、彼はどうだい? 今日の様子とか……真田君に敵意を持っていた、という話も耳にしたのだけれど」

 

 桐条はそれを聞いて苦笑を漏らした。

 

「彼は明彦の食べ方が気に入らないそうで」

「食べ……なんだって?」

 

 何の関係があるのかと、幾月は自分の耳を疑う。

 

「彼の親戚がラーメン屋を経営している事はご存知ですか?」

「知っているけど……それが関係あるのかい?」

「明彦はその近辺の飲食店をよく利用していて、彼の親戚の店も例外ではありません。そこから“店の料理にプロテインをかけて食べる男がいる”それが“真田明彦”だと聞き、せっかく作ったラーメンの味を悪くするのが許せないと、以前から良い印象を持っていなかったそうです」

「それは荒垣君もよく言っていたのを憶えているよ。でもまさかそんな事で?」

「葉隠も他人の、それも店に来る客の事に口出しをしていいものかと黙っていたと、私が昼食時に直接聞いたら答えました。

 午後も午前よりは落ち着いた様子でしたが、また張り合いになっています。その後の彼が行動を恥じる様子も見てとれたので、本人は無意識のようです。反りが合わないのかもしれません」

「ふぅん……まぁ君たちは多感な時期だからね、そういう相手の一人や二人はいるか。それに真田君は楽しんでいたみたいだし」

「だから余計に……ですが普段はそれほど問題のある生徒ではありませんし、少なくとも私は彼を好ましいと感じます」

「おや? 桐条君にも春が来たのかな?」

 

 からかうような幾月の言葉に、桐条は優しげに、少しだけ悲しげに微笑む。

 

「ご冗談を、私には許婚がいます。色恋ではなく友人という意味ですよ」

「ははは、ごめんごめん。君がそんなことを言うのは珍しいから、ついね」

「まったく」

「詳しく聞いていいかな?」

「……明彦や荒垣に近いのでしょうか? 彼は私を慕ってくれる生徒のように過度な期待や崇拝をしない。しかし必要以上になれなれしく、友人以上の関係になろうと踏み込んでくることもない。この距離感が私には心地良いのではないかと。

 それに、彼とは話していても楽で、彼が持ってくる物にははずれがありません。例えば今日の昼食の海苔弁当は非常にシンプルでしたが、海苔とお米、間に挟まれた鰹節の味がしっかりと出ていて美味しかったですね」

「……彼、君にのり弁を食べさせたのかい?」

「恥ずかしながら、いざ選ぶ段階で迷ってしまい、彼に任せました」

「それでのり弁を選択する勇気がすごいね……美味しいけど。桐条君にとっては“普通”が“特別”ということか」

「彼もそのあたりの事を理解して、私に合わせているような節がありますね。まだ知り合って間もないというのに」

「ふむ。彼はお節介焼きみたいだし、人のことを察する能力に長けているのかもしれないね。……ありがとう。僕はそろそろ行くとするよ。上で機材のチェックをしているから、何かあったら声をかけてくれたまえ」

 

 

 

 そう言って桐条と別れた幾月は作戦室へ入り、鍵をかけた。

 

 

 

「クッ、ククク……いやはや、なんとも予想外の行動をしてくれるね」

 

 学校から、そして直接真田や桐条から話を聞いた幾月は、目論見の成功を確信する。

 

 幾月は今日の大会で桐条と真田が影虎と同じ班になるよう、少しだけ手を加えた。

 先日の怪我でより力を求めている真田と、喧嘩に強いという噂のある影虎。

 二人が面識を持てば、真田がどう動くかはたやすく想像できた。

 大会を利用して面識を持たせれば、あとは勝手に真田から影虎に近づくと幾月は踏む。

 その結果、影虎を通じて真田や桐条と天田が親しくなればそれはそれで都合が良い。

 影虎と天田がこれ以上親しくなる邪魔になっても、幾月には(・・・・)問題がない。

 何も起こらずとも困りはしない。元より保険として手を打ったに過ぎないから。

 

(しかし彼が真田君と対等に競えるだけの身体能力を持っていたとは……)

 

 幾月にとって誤算だったのは、影虎の身体能力の高さ。

 機材の整備のために持ち込んだ荷物から一枚の紙を取り出す幾月。

 

(成績は真田君とほぼ互角。握力やハンドボール投げといった腕力は真田君、脚力にかかわる種目は葉隠君の方が優れている。元々候補者だった真田君と競い合えているのだから、学園代表として十分に通用するね。他の理事も、彼の体力と身体能力には文句をつけなかった。

 ここまでは期待してなかったんだけど……こんなに良い素材ならもっと早く、できれば実験体として会いたかったよ)

 

 幾月の口元が緩んだ。

 

(わざわざ落とすのも不自然だ、ここは素直に応援してあげるとしよ……!!)

 

 幾月は唐突に呟く。

 

「テレビで彼を見て、オー()ディエン()()……プハハハハハ!!!!

 ん~観客のオーディエンスと日本語の応援するをかけたけど、ちょっと苦しいかな? いや、でもこれはなかなか。せっかくだし一度葉隠君に聞いてもらって……」

 

 それ以降、しばらく作戦室では寒いダジャレが生まれ続けた。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 同時刻

 

 ~男子寮・自室~

 

「ッ! ……何だ?」

 

 急な寒気に作業の手を止める影虎。

 

「……気のせいか。しかしやっぱりこれ貧乏くさいなぁ……」

 

 影虎の手にはルーンを刻んだ石に穴を開け、紐で纏めたネックレスがある。

 しかしそれはただの石と、引越しで余っていた荷造り用の紐で作られていた。

 ルーンを除けばまるで幼稚園児の工作。おままごとの小道具並みの代物だ。

 アクセサリーとしては絶対に値段はつかないだろう。もちろん無価値という意味で。

 

「ま、試作品だしな。これにて“ルーンストーンネックレス”、完成!」

 

 安直な名をつけられた粗末なネックレスには石が六つ。等間隔に作られた結び目で固定されている。ルーンはそれぞれ

 

 “ウル”

 “エオロー”

 “エオー”

 “ウル”と“オセル”のバインドルーン(組み合わせ)

 “エオロー”と“オセル”のバインドルーン(組み合わせ)

 “エオー”と“オセル”のバインドルーン(組み合わせ)

 

 “ウル”は影虎が以前、攻撃力を一瞬だけ五倍程度に強化することに成功したルーン。

 同じく“エオロー”は群れで生きる“鹿”を意味するルーンで、“友情”や“守り”の象徴。

 “エオー”も“馬”を意味し、そのまま“移動”や“速さ”の象徴になる。

 

 これらに“継承”や“継続”といった意味のある“オセル”を組み合わせ、効果時間の延長を狙った石を影虎はネックレスの部品とした。

 

「よし、手が空くだけでもだいぶ違う」

 

 取り回しに満足した影虎は、他にも実験用の石を用意する。

 反省と自己嫌悪で落ち込む気分を振り払うように……



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83話 巻き込まれた山岸風花

 6月8日(月)

 

 放課後

 

 ~部室~

 

「こんにちはー」

「「こんちゃーっす」」

「天田、それに和田と新井か……」

「葉隠先輩、何でそんな()で寝てるんですか?」

「ストレッチ中に床の冷たさが気持ち良くてさ」

「顔色は悪くないっすけど」

「兄貴、疲れてません?」

「ちょっとな……今朝、朝礼で大会の結果が発表されてから大騒ぎで」

「そっか、高等部は大会だったんですよね。どうでした?」

「無事、練習場所は勝ち取ったよ。練習場所はまだ用意できてないって話だけど」

 

 今日の朝礼を使って大会の結果が発表された。

 俺も上位入賞者の一人として壇上に上らされたが、問題はその後。

 

 授業を担当する先生が毎回俺に声をかけ、ついでに問題を解かされる。

 特に体育担当の青山先生には生徒の前でお手本として何度も走らされた上に、自分が有名体育大学出身であることを明かされ、自慢話を長々と聞かされた。

 

「休み時間は人に囲まれ、ここへきたら間髪入れずに江戸川先生の薬を飲んで……よっ」

「それトドメなんじゃ……」

「体、大丈夫っすか? 無理に起きなくていいっすよ」

「大丈夫、今日の薬はかなり良い意味で効いてるから。ただの気分的な問題。それよりほら、着替えて。今日は室内で柔軟と筋トレ、あと空手の型の復習」

「「うっす!」」

「はい!」

 

 気合十分な三人が着替え、山岸さんも合流すると練習が始まった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 一通りの練習メニューがこなされ、天田の帰宅時間が近づいてきた。

 

「よし、最後に一人ずつ三戦(さんちん)。天田から」

 

「「うっす!」」

「はい!」

 

 掛け声に従って拳を握り、呼吸と共に“三戦立ち”を行う天田。

 膝を落として内股を締め、両方の拳を天井へ向けた状態で止まっている。

 俺はその後ろに回り肩や腕、足腰を加減して叩く。

 

「っ! あっ!?」

「っと。腕だけに集中しないように。もう少し膝を落として、筋肉の伸縮を意識して体をしっかり安定させる。そうすれば今のは転ばず耐えられた威力だ。もう一度」

「はい!」

 

 同じ事を和田と新井にも行い、最後に俺の番。

 

「オラァ!」

「セイッ!」

「エイッ!」

「ふぅ~……」

 

 三人がかりの攻撃を受けながら型を行い、終了。

 

「それじゃ僕、お先に失礼します」

「俺らも店に顔出さないといけないんで」

「お疲れ様っした! 兄貴! 姉御!」

「気をつけてね」

「また明日な!」

 

 騒がしく三人が帰り、残ったのは山岸さんと俺。

 俺たちも準備をして帰ろうかと思っていたら、山岸さんから呼び止められる。

 

「葉隠君、ちょっといい?」

「もちろん、何かあった?」

「部活の事じゃないんだけど、学校のサイトで気になることがあって」

「どんなふうに?」

「まず、昨日葉隠君の話題限定の雑談スレッドが立ったの」

「はっ?」

「書き込まれてる内容は噂話や人柄とかが八割。残りは今度の大会と番組について、葉隠君応援派と否定派が言い合いをしてるみたい。その……一年なのに生意気とか、学校の代表には二年生か三年生が相応しいとか……辞退させて真田先輩を代表に、とか……」

 

 上級生に目をつけられた?

 

「嫌な思いをさせるけど、ちょっと不安な言動をしてる人が何人かいたから気をつけてほしくて、その……ごめんなさい」

「いやいや! 怒ってないから。事前に教えてもらえると助かる。本当に。山岸さんの注意がなかったら、問題が起こるまで気づかなかったかもしれない」

 

 確かに気分の良い内容ではないけど、山岸さんは心配して教えてくれた。

 とにかく先生にも報告して、身の回りには気をつけておこう。

 

「……あー、そういえば江戸川先生戻ってこないな」

「あれっ? 今日、江戸川先生来てたの?」

「俺に薬を飲ませて、どこか行ったきりなんだ……」

 

 と噂をしたら影がさした。

 

「おや、お二人だけですか?」

「江戸川先生!?」

「いやはや探し物をしていたら傘を飛ばされてしまいまして。ヒヒヒ」

「タオル、タオル……はいっ!」

 

 濡れ鼠になった江戸川先生が部室に入ってきた。

 山岸さんが慌ててタオルを手渡す。

 

「ありがとうございます」

「大丈夫ですか?」

「着替えれば平気ですよ。これのおかげで頭は濡らさずに済みましたから」

 

 先生が持っていたのは濡れてふやけた地図帳。本当に頭だけは守れるサイズしかない。

 

「……ところで影虎君、古くて黒いバイオリンケースを見ていませんか?」

「バイオリンケース? 見ていませんが……」

 

 アナライズを使っても今日は該当しない。

 

「山岸さんは?」

「私も見てない。大事な物ですか?」

「それがオーナーからの頼みなんです。コレクションの一つが倉庫から消えたそうで」

「えっ? もしかしてBe Blue Vの?」

 

 山岸さんも入部当初に面識があるので知っていたんだろう。明らかに顔が引きつった。

 おそらく俺の顔もだろう。あの倉庫の中の物だ、どんな性質があるかはよく知っている。

 

「いつ、どうして?」

「オーナーは今日の午後に備品を取りに行って、気づいたといっていましたねぇ……。聞いた話では元々そういういわくつきで、かなり気難しい品のようです。だから私もこの雨の中探していたんですよ。とりあえず学校の敷地内にはないようで一安心ですが」

「確実ですか? あの倉庫の中を知ってる身としてはかなり不安なんですが……」

「ヒッヒッヒ、ご安心を。目には目を、オカルトにはオカルトを、です。ちゃんとダウジングで調べましたからねぇ。これ、私が使える唯一の魔術なんです」

 

 先生は白衣のポケットから水晶の振り子を取り出して胸を張る。

 

 なるほど。前に先生は魔術を“使えないも同然”と言っていた。

 “使えない”と言わなかったのは、これができるからか。

 

「あの~、そんなに危ない物なんですか?」

 

 あ、山岸さんが話についてこれてない。

 

「取り扱いを間違えると危険ですよ。爆薬や刃物のように取り締まられることはありませんがね。ヒヒッ」

「霊の存在や真偽は置いておいて、とりあえずオーナーの倉庫に入ると不思議な事が起きるのは事実かな」

「えっと……私に手伝えること、ありますか……?」

「ありがたい言葉ですが、手がかりがなくてはねぇ……」

 

 理解できないなりに手伝いを申し出てくる山岸さんだったが、先生が申し訳なさそうにお手上げだと両腕を上げる。

 

 ペルソナ(ルキア)が使えたら誰より頼りになりそうだけど……あっ。

 

「江戸川先生、ダウジングって俺たちにもできませんか?」

「そうですねぇ……君なら案外簡単にできるかもしれませんが……」

 

 先生は山岸さんに一度目を向けてまた俺を見る。

 

(彼女にもですか?)

(たぶん大丈夫)

 

 そんな感じのアイコンタクトが成立したようだ。

 

「興味を持ってもらえたようですし、物は試しにやってみるのもいいかもしれませんねぇ。ヒッヒッヒ……では」

「えっ? ……えっ!?」

 

 とまどう山岸さんを尻目に、先生が授業モードに入った。

 

「まずダウジングは“ナチュラル・マジック”。日本語では“自然魔術”と言って、文字通り、“自然から授かる魔術”の一種です。この魔術の中で一番良く知られるのは“薬草”とか“ハーブ”ですかねぇ? 季節を知るという“暦”のような行為も、この自然魔術の領域でした。ダウジングは水脈探しのために発展した自然魔術ですね。

 この“自然魔術”には基本的な思想があります。それは人間も自然の一部だという事を認め、その上で自然の力を享受すること。つまり、人間というミクロな存在を、マクロな宇宙の縮図だと考えることです。

 この思想は“四大”と呼ばれる構成元素の考え方を背景としています。同じエレメントでできた物なら、そこに現れる作用は同じである。いにしえの魔術師たちは、そう考え自然観察と研究を重ねたのです。

 ……と、説明はここまで。どの道、詳しく話すには時間が足りませんからね。山岸さん、これをこう持ってください」

「は、はい」

 

 山岸さんが先生の振り子を受け取り、鎖の端を指でつまんで水晶をぶらりと吊り下げる。

 

「難しく考える必要はありません。自然魔術では大地の女神を賛美する内容を含む祈りの呪文も使われますが、ダウジングには不要です。体から無駄な力を抜いて、リラックスです。

 どうせこのままでは手がかりがないのです。私や影虎君にも良いアイデアはありません。だからできなくたって誰も怒りません。遊びだと思って、気軽にやりましょう。まずは自分の手で少し縦や横、円を描くように動かしてイメージを掴みましょう。その次は手を動かさず、振り子にこう動いてくださいとお願いしてみましょう。声に出しても出さなくても結構です」

「はい……」

 

 山岸さん、戸惑ってたわりにすごいスムーズに受け入れ……いや、流されるままに動いてるだけか? 振り子は緩やかに動いている。

 

「……では、ダウジングのルールを決めましょう。これは結果を分かりやすくするためです。例えば振り子が縦に振れたらYes。横に振れたらNo。という具合にね。今回は……振り子が大きく振れたらそこに目標物がある、という事にしましょうか」

「はい……」

「探したい物のことをできるだけ鮮明に思い浮かべられるといいのですが……」

「それならちょっと待ってください。思い出せるかもしれません」

 

 アナライズを使って画像を探す。

 倉庫にあったなら掃除のときに見ているはず……あった。これだろう?

 

「長方形に取っ手がついた形で、全面黒の革張り。古くて傷だらけ。角は削れて皮が剥げかけてる。取っ手のところにメーカーのロゴが……」

 

 できるだけ正確に情報を伝える。

 

「いいでしょう。それでは山岸さん。リラックスして、この上で振り子を持つ手を動かしてください」

「……」

 

 先生が地図帳から辰巳ポートアイランド、ポロニアンモール、巌戸台までが乗っているページを開き、山岸さんは静かに祈るように振り子をかざした。

 

 振り子に注目が集まる。

 

「……」

「……」

「……」

 

 先生の手による先導に従い、地図帳の端から端を往復しながら上から下へゆっくりと。

 振り子はその動きの影響で弱弱しく動いている。

 

「…………えっ!?」

「おや」

 

 振り子がポートアイランドのある区画で触れ幅が大きくなる。

 そこから遠ざかると振れ幅は元に戻り、近づけばまた大きくなる。

 

「なんで? 私、なにもしてないのに……」

「ご心配なく。人には意図して動かせず、無意識が動かす“不随意筋”という筋肉があります。ダウジングではこの無意識、つまりは“潜在意識”に働きかけているのです。この調子でもう一度お願いできますか?」

 

 先生がもっと縮尺が小さく詳細な地図を用意してもう一度行うと、また山岸さんの持つ振り子が揺れる場所が見つかった。

 

 しかし……

 

「……ここ、なのかな?」

「振り子に従うと、そのようですねぇ……」

「おいおい……」

 

 振り子は、高等部の男子寮を示していた。

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 

 夜

 

 ~アクセサリーショップ Be Blue V~

 

「へぇ、あの子が見つけたの」

「私も驚きましたねぇ」

 

 これまでのことを話す二人の間には、探していたバイオリンケースがある。

 山岸さんのダウジングは正しく、このケースは男子寮で無事に発見された。

 その後で山岸さんをべた褒していた江戸川先生と俺は彼女を寮へ帰し、回収したケースを届けに来たが……

 

「葉隠君は、彼女に才能があると知っていたんですね」

「言い忘れてましたけど、彼女は将来ペルソナ使いになる人です。それも探索能力に特化した能力なので、もしかしたらと思って……ちなみに天田も戦闘系のペルソナ使いになるはずです」

「真田君と桐条君のことは聞いていましたが、うちの二人もだったとは」

「二人とも覚醒は来年の予定です」

 

 ついでに原作主人公と順平、岳羽さん、荒垣先輩、アイギス、コロマルについても教えておく。

 

「詳細不明の転校生と桐条のロボットを除けば、うちの生徒ばかりではありませんか」

「そうなんです。……でも今はそれより、俺はそのケースが気になるんですが」

 

 このケース、よりにもよって俺の部屋の前で(・・・・・・・)見つかった。

 扉に立てかけられて、さも届け物のように。

 今まさに迫る危機というか、嫌な予感しかしない。

 

「そんなに心配しなくても平気よ。捨てても捨てても戻ってくる物の話を聞いたことはないかしら? これはそういう品だから。正しくは中身のバイオリンが、なんだけどね」

「危険はないと? それだけじゃない気がするんですが」

「あら、分かったの? 霊感も磨かれてるのね」

「なんとなく。……じゃないですよ!? 絶対あるでしょう何か!」

「まぁまぁ葉隠君。オーナーのことですから危険はないのは本当ですよ。ですよねぇ?」

「ええ、これが勝手に貴方の所へ行ったのなら平気よ。これは持ち主を選ぶの。対抗する力も無く、認められもしない人が持つと……ちょっと大変なことになるけれど、認められたなら何もしないわ」

 

 まったく安心できない!

 

「葉隠君、一つ相談なんだけど、これを預かってもらえないかしら?」

「この流れで!?」

「このバイオリン、女性は例外なく相性が悪いのよ。もちろん私も。だから今までは魔術で抑えてたんだけど……逃げられちゃったじゃない?」

「まぁ、確かに」

「そうなると、今返してもらってもまた逃げて貴方の所へ行く可能性があるわ」

 

 あれ? これ実質的に断れないっつーか、断っても意味がないって事じゃない?

 

「最初から貴方に預けるのが一番安全で大人しくすると思うのよ。もちろん何かあるようならすぐに対処するし、報酬も払わせてもらうから。お願いできないかしら……」

 

 珍しくオーナーは困り顔だ……

 

 この後、結局俺は説得され、バイオリンケースを持ち帰ることにした。

 ただし報酬は一ヶ月につき一万円と、がっつりいただく。

 借金返済するまで手元には入らないけど。




影虎の上位入賞が公表された!
大勢の生徒の興味を引いた!
一部の生徒の人気を得た!
一部の生徒の不興を買った!
山岸は影虎に巻き込まれた!
山岸がダウジングを知り、成功させた!
影虎は呪いのバイオリンを預かることになった!





ダウジングは授業を初めて見た時から、山岸にやらせてみたかった。

私はダウジング用の振り子を持っていますが、使ってみると以外に面白いですよ。
失くし物探しはあまり当たりませんが、何かに迷ったとき。
例えば自分はAがやりたいのか? Bがやりたいのか?
ルールを決めて振り子を使うと大体やりたい方に設定した動きをします。
明確に分かっている事で試すとわかりやすいです。
手を動かしているつもりはないのに、正しい方向に動きます。

高い道具を買う必要はありません。
振り子になれば裁縫糸と五円玉でもいいんじゃないかと思うくらいなので
お暇があれば、皆さんも遊びのつもりで一度やってみてはいかがでしょうか?


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84話 学校の闇

 6月9日(火)

 

 昼休み

 

 ~教室~

 

 説教、部活関係の呼び出し、先約等々。今日は皆忙しいようで、一人寂しく昼食を取ることになった。

 

 …………………………暇だな……そうだ。

 

 ドッペルゲンガーで先日作ったルーンの実験結果をまとめよう。

 

 

 ルーン魔術研究記録1

 

 実験日:6月7日、6月8日の影時間

 

 1.攻撃魔術

 敵へ向けて撃ち出す方法を模索するため、威力の低い“ラグ()”を使用。

 移動に関係のある“ラド(車輪)”や“エオー()”を組み合わせる。

 実験ではどちらも水を撃ち出す事に成功したが、“エオー”では狙いが定まらない。

 車輪と馬。二つのルーンには同じ移動でも受動的か能動的か、ニュアンスに違いがある。

 攻撃魔術には意思に従う、受動的な“ラド(車輪)”を使うのが良さそうだ。

 

 

 2.防御魔術

 ルーン魔術の応用力を活かし、シャドウの攻撃を防ぐ事はできないかと考える。

 とりあえず思いつくまま氷で障害物を作ろうとした。

 “エオロー(防御)”と“イス()”を使うと、石を持つ腕が(・・)肩まで凍りついた(・・・・・)

 ダメージは無し。氷でシャドウの攻撃は防げたが、一時的に腕が使えなくなる。

 氷結の状態異常? 改善の必要性あり。

 

 備考:氷結や感電の状態異常を敵に与えられれば、使えるかもしれない。

 

 

 3.ネックレスの身体能力向上系魔術

 エオーに回避力、エオローに防御力を向上させる効果を確認。

 ウルと同じくスクカジャ、ラクカジャより強力で効果も一瞬。

 オセルによる有効時間の延長に成功。

 ウル、エオロー、エオー。どれも効果は変わらず、有効時間は体感で三分程度。

 単体での使用よりもはるかに使いやすい。ネックレスも機能性は十分。

 ただし使用中は今の雑魚シャドウだと効果無双状態になりやすく、あまり訓練にならない。

 

 備考:時計の秒針を一分間記録すれば時間の計測に使えるかもしれない。

 

 ……これは今すぐ試せるな。

 

 教室の時計を見て、秒針の動きを記録。

 ……脳内再生で六十秒のカウントは可能。

 六十秒は一分。六十分は一時間。二十四時間で一日。

 脳内処理で繰り返せば時間はわかる。っ!!

 

 またあの感覚……こんなんで新しいスキル習得できるのかよ。

 しかも“体内時計”ってそのまんまじゃないか。

 

 …………

 

 筆箱から定規を取り出し、目盛りと長さを記録。

 ……あ、やっぱり。“距離感”を習得した。

 周辺把握から得られる情報の精度が上がったみたいだ。

 

 便利だろうけどさ……なんで俺の能力ってこんなショボく見えるんだろう。

 

 最後の一口を飲み込むと、ため息がこぼれた。

 

 食べ始めてから八分五十二秒。

 まだ昼休みは長いけど……そうだ、山岸さんの所へ行かないと。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 ~一年D組~

 

「すみません」

「あっ、葉隠君! 山岸さんに用かな?」

「あ、はい」

「はいはいちょっと待ってね~、山岸さ~ん!」

 

 木村とかいったっけ、この女子……

 

 俺が教室に入った瞬間によってきて、答えたら答えたで即行山岸さんに声をかけた。

 というか、待っててと言いつつ俺の手を掴んで山岸さんの席に連れて行く。

 山岸さんは一人で食事中だったようで、驚いたように顔を上げる。

 おまけに声がでかくて、教室中から人目が集まってないか……?

 

「食事中にごめん」

「ううん、べつにいいよ。どうしたの?」

「昨日のことで、オーナーからお礼にって」

 

 俺は預かっていた物を取り出す。

 

「携帯ストラップ? 綺麗な石……でもこの形」

「それはタイガーアイって石で、形は……まぁ、想像通りだろうね」

 

 そのストラップは装飾のある鎖が長めで、先端についた石は縦に長いダイヤのような形状をしている。ダウジングにも使えるというか、ダウジング用の振り子をストラップにしたような一品だ。

 

「ちなみに俺も貰った」

 

 自分の携帯を取り出して見せると、なぜか山岸さんより先に背後から声が出た。

 

「アクセサリーのプレゼント? しかもおそろい! それにタイガーアイ……葉隠君の名前は影虎……!! これはタイガー(虎=自分)アイ()を受け取って……つまり告白ッ!?」

「んな訳あるかっ!」

 

 あんまりな想像の飛躍に言葉が口をついてでた。

 

「違うの?」

「何だその、えっ? 私間違ってる? みたいな顔。理事長のダジャレと同等かそれ以下に寒かったよ。告白だったら絶対フラれるわ」

「すっごい低評価されてる……」

 

 わざとらしく落ち込んだ様子を見せる木村。

 

「まー、たしかに本気であんなの言う奴いたらキショいよね。スベリまくりだって」

「他人をそんなレッテルを貼られるキャラにしようとしないでほしい……」

「ごめんね~、冗談だよちょっとスクープか!? って気になっただけ。ほら、私新聞部じゃない?」

 

 知らねーよ!?

 

「というか、この学校に新聞部ってあったんだ?」

「えー? 新聞部が無かったら、誰が毎週掲示板の校内新聞作ってると思ってるのよ」

 

 そもそも校内新聞自体をあまり注視してなかった、とは言わないでおこう。

 

「あはは、木村さんっていつも面白い話を探してるよね」

「二人の所ほどじゃないけど、うちも部としては弱小だからさ。話題探しは部員の義務、個人的にもいい記事を書きたいんだよね。誰にも見られない記事なんて、記者としては書いてて悲しいし。読者が読んで面白いか役に立たないと意味ないっしょ? でもそのためにはネタがねー……って事で二人とも、取材させてくれない? お願いします」

 

 彼女はいきなり両手を合わせ、頭を下げてきた。

 

「私も? 葉隠君だけじゃなくて?」

「メインは葉隠君で、できれば山岸さんにもマネージャーとして少しコメント貰いたい」

「……どうする? 葉隠君に任せるよ」

「お願いっ! 今が旬の葉隠君に取材したいの! それにほら、代表に選ばれたら取材とか受けなきゃいけないじゃない? その練習としてさ、ね?」

「まぁ昼休みが終わるまで、あと山岸さんは食べながらでよくて、変な質問でなければ」

「ほんとに!? ありがとう! あ、じゃあどっか座る? 適当にここらの」

「俺は立ったままでいいよ」

 

 この人、押しが強いな……

 でも山岸さんに教えて貰ったように、ネット掲示板では騒がれていた。

 主に大会と試験の結果で。旬ってのはそういうことだろう。

 

 そう考えているうちに、懐から手帳を取り出した木村さんが一言。

 

「じゃあまずは……二人はお付き合いしていますか」

「えふっ!?」

「しょっぱなから……」

「いやいや! こんなん基本っしょ!? 山岸さん反応しすぎ! 葉隠君は視線冷たすぎ!」

「とりあえずそういう事実はない。記事にするなら誤解を生む事の無いように頼みます」

「了解っ! ……でもさ、お互いを見ていいな~と思ったりしない? 山岸さんは小動物系だし、葉隠君は学年トップの成績で真田先輩と互角の運動能力でしょ? 葉隠君からどうぞ」

 

 もう断りたくなってきた……

 

「……部活動で測定したデータ管理。報告書作成。情報収集。活動を裏から支えてくれる頼りになるマネージャーです。山岸さんは可愛らしいと思うし、性格も良い。だけど恋愛感情を持てるほど俺に余裕が無い。以上」

「悪くは思っていない、と……」

「変なことを吹き込まずに、そっとしておいてほしい」

「なんのことかなー……山岸さんは!」

「わ、私も特には……もちろん嫌いじゃないよ! 体力も成績も凄いと思うし、部活ではすすんで後輩のお世話をしたり。優しいし立派だと思う。けど、異性として聞かれると……」

 

 空気が重苦しい……

 

「この雰囲気がなかったら、甘酸っぱい話にも聞こえそうなのに……」

「雰囲気を作った張本人が言うな」

「プレゼントとか渡してるし、気になるじゃない」

「これはただの預かり物」

「今朝の江戸川先生と同じ用だよ」

「……そうなんだ。強く生きてね……」

 

 山岸さんがそう言うと、木村は目をそらす。

 

「今朝、来たの?」

「ダウジングのやり方と、暇があったら落し物探しを頼みたいって……」

 

 制服のポケットから取り出されたのは、以前俺も気功についての知識を貰ったのと同じ紙だ。おまけに先生が用意していた依頼もいくつか書かれている。

 

「これ、どうしたらいいんだろう……」

「……やってみるといいんじゃないかな? 実際昨日は見つかったんだし、先生と円滑な関係を作っておくためにも理解する努力は必要かも」

 

 というのは建前で、本当は来年に備えてほしい。

 残念ながら山岸さんには、天田と違って俺が薦められる事はこれしか思いつかない。

 

「ダメ元でやってみて、役に立ったら儲けもの、くらいでいいんじゃない? 俺もこれ貰った以上はやるし」

「そっか……うん、わかった」

 

 消極的だが、少しはやる気を出してくれたようだ。

 ……今日の部活は実際に外に出てのフィールドワークにしようかな。

 

「そろそろ次の質問いい?」

「どうぞ」

「じゃあさ……真田先輩が葉隠君に興味を持ってたり、喧嘩が強いって噂を聞くんだけど、ずばり格闘技経験は? 喧嘩とかよくするの?」

「空手を爺さんに習ってたり、色々。喧嘩は……したくはないけど、襲われたら自衛しようとはするし……泣き寝入りをする性格でもないと思う」

「葉隠君が真田先輩を嫌ってるのはマジな話?」

「……真田先輩本人にも言ったけど、食事のしかたが気に入らないだけ。叔父さんの店のラーメンにプロテインぶち込んで食べるんだよ、あの人。木村さん、女子ならこう考えてみ? 自分が丹精込めて作った料理に、彼氏が辛いものが好きだとか言って大量の唐辛子か何かぶっ掛けて味滅茶苦茶にされたらどう思うよ? うちは店で金払ってもらってる立場だけどさ、ちょっとね。それ以上は何もないよ」

「あー、そう例えられるとキレるのも分かる気がする……てか地雷踏んだ? えーと、じゃあ」

「おい!」

 怒鳴り声と一緒に左肩を掴まれる。

 ほぼ同時に、肩を掴む誰かが拳を握りこんだ。

 振り向いて、肩を掴む腕を払う。

 

「キャッ!?」

「チッ!」

「……いきなり何? あと誰?」

 

 殴りかかってきた拳を受け止めた状態でようやく相手の顔が見えた。

 面識の無い男子生徒だ。横を刈り込んだトサカのような頭が目立つ。

 

「テメェ調子乗んなよ」

「青木!」

 

 静まりかえる教室で、我に返った木村が叫ぶ。

 

「知り合い?」

「クラスメイトなんだけど……ねぇ、邪魔なんだけど」

 

 木村の態度が目に見えて冷たい。でもそんな事は気に留めないようだ。

 

「さっきから黙って聴いてりゃさぁ、お前みたいなガリ勉野郎がなに真田先輩舐めてんの? 少しは運動できるみたいだけどさぁ、だから自分は強いとか思ってるわけ? 体力測定の結果が近かったからって、対等だとか考えてんじゃねぇよ」

「また青木かよ、うるせーな……」

「ガリ勉野郎って、どっちかって言うと自分の事だろ」

「だよねー」

「去年までスポーツなんて何一つやってなかったくせにな」

「彼、ボクシング部に入って変わったよね。よくない方に」

 

 ……生徒の声を聴く限り、こいつは高校デビューに失敗した奴みたいだ。

 ボクシング部に所属している一年らしいけど、好意的な声が一つも無い。

 

 そして本人の言葉を聞くと、明らかな脳筋(真田)信者である事が分かる。

 そういう生徒がいるのは聴いていたけど……

 脳筋(真田)は強い。脳筋(真田)はもっと圧倒的だ。脳筋(真田)は、脳筋(真田)は、脳筋(真田)は……実際に話してみると、ちょっと気持ちが悪い。

 

 しかも試験で学年一位だから俺は文化系。文化部より運動部所属の方が上。よって俺より自分(青木)の方が上。そんな偏見まみれの論理展開で下に見て、上からものを言ってくる。自分が上、俺は従うのが当然みたいに。

 

 “スクールカースト”か。

 

 周りの様子からして、こいつもそんなに上じゃなさそうだけど……

 

「おい、聴いてるのかっ!?」

 

 俺が脳筋(真田)に近い記録を残したのも、脳筋(真田)に対する否定的な意見を出しているのも、彼にとっては気に入らないんだろう。だけど

 

「このっ!」

「山岸さん弁当持って避難!」

 

 ジャブを払い落とす。

 払い落とされた事が気に入らないようで、さらに拳が飛んできた。

 避けて距離をとる。

 

「ちょっとさ、落ち着いて話を……」

「はっ! なんだよ? ビビってんの?」

「そうじゃなくてさ、喧嘩とかすると面倒なんだよ」

 

 良い悪い、ビビるビビらないの話じゃなくて、本当に都合が悪いんだよ。

 こんな教室で殴りあったらすぐ先生だって飛んでくるだろうし、評判も悪くなりそうだ。喧嘩なんて、おおっぴらにやって良い事はない。それはあっちも同じだと思うんだけど……

 

「練習に付き合ってくれてもいいだろ? 泣き寝入りはしないんじゃなかったのか? それともやっぱり口だけか? 来いよオラ!」

 

 ボクシング部って手の早い奴しかいないの? 

 どいつもこいつも、とても腹立たしい……

 

 それにこのクラスは誰も止めに入ってこない。山岸さんは弁当で両手を塞がれてオタオタしてるけど、他は興味が無いのか、面白がっているのか。それとも怖いからかかわり合いになりたくないのか、教室から出て行ったり遠巻きにこちらを見ている。

 

 イジメを黙認する環境と考えれば当然なのか?

 

 しかしこれだけの人前で、ここまで言われた以上、黙って引き下がるのも良くない。

 個人的にも、部としても、好き放題できる相手として見られるのは避けるべき。

 

練習(・・)、申し込んできたのはそっちだろ。このまま帰ってくれた方がいいけど」

「……ならこっちから行ってやるよ!」

 

 さっきと変わらない左ジャブ。

 右手をジャブに合流させて左へ逸らす、と同時に後ろへ引いた左の拳を突き出す。

 

 相手の突きを払う、あるいはそのまま掴んで腕を制し、逆の手で突く。

 空手の型、壱百零八手(スーパーリンペイ)に含まれる動き。

 

「うっ!?」

「ガードががら空き」

 

 腕が伸びきった状態で止められた相手の鼻先で、左の拳を止める。

 3.4cmの距離まで拳が迫った青木は、遅れて後ろへ飛びのいた。

 

 ……“周辺把握”により、自分と相手の腕の長さ(リーチ)は把握できている。関節の稼動領域、体勢による誤差も把握完了。でも“距離感”によって得られる情報が予想以上に明確になったのを感じる。

 

「このっ!」

 

 ジャブを打ちながら踏み込んだ位置はリーチぎりぎり。

 顔面への右ストレートは上体を反らすだけで13.8cm届かない。

 

 もう一度放たれたジャブに対し、もう一度同じ一撃。

 今度はさっきより近く、1cmジャストで止める。

 

「~! 何のつもりだよ!」

練習(・・)で当てるわけ無いだろ」

 

 幸いなことに、こいつは強くない。

 同じボクシング部でも真田やシャドウ以下なのはもちろん、駅前の不良よりもはるかに動きが悪い。

 ボクシング部に所属して多少打ち方を知っているだけ。ほぼ素人だ。

 

 さらに殴りかかってくる青木に対して、寸止めで相手を続ける。

 “殴ったら負け”と、世間ではよく言われる。だから、()()()()()()

 

 ……ストレートを打つ前は大振りになる癖があるな。

 大きく後ろに腕を引くから牽制のジャブから約二秒も遅れているし、わかりやすい。

 ストレートに“揚げ受け”を合わせ、拳を上へそらしたら開いた腹に手を軽く添える。

 

「強いパンチを打つ事に集中しすぎ。下への注意が足りないし、さっきも言ったけどガードがあまい」

「!」

 

 フックに対して手刀受けで止め、ガードさせずに手を(あご)へやる。

 崩れたフォームからの、がむしゃらな突きをさばいて横っ面に肘。

 動きの一つ一つを型の分解、用法を実践で確認するよう丁寧に。

 攻撃は絶対に当てず、それでいてより体への距離が近くなるように。

 防御は確実に、無駄な動きをそぎ落とし、最小限に。

 指摘は分かりやすく、丁寧に、簡潔に。可能な限り微に入り細を穿つ。

 

「攻撃が大振り。テンポが悪くてコンビネーションが雑。これじゃ単発と変わらない。それに今度はガードが極端に上がりすぎ、顔ばかりじゃ無駄に視界をふさぐし、手も出しにくくなる。それでいて下は相変わらず」

「く、ううっ……オラーーー!!」

 

 タックルかと思うほど前のめりで繰り出されるストレート。

 右手で受け流して左でわき腹、動きの中で引かれた右を目の前へリズム良く突き出す。

 

 一方的な寸止めを受け続けた青木は、ここで糸が切れたようにしりもちをついた。

 その息は荒い。

 

 ……開始から二分十五秒。ボクシングの一ラウンドも体力が続かないらしい。

 

「はぁっ! はぁ、っ……」

「頭に血が上りすぎ。それと何より体力不足」

「あーあ。だからやめときなって言ったじゃん。葉隠君はお疲れ様。悪いのそいつだけど、そろそろやめにしてやってくんない?」

 

 本人がやめるなら、もういいけど……

 

「ざけんな! 憶えてろよ……お前ら絶対に許さないからなぐっ!?」

 

 捨て台詞を吐いて教室の外に走り去ろうとする青木。

 その襟に、俺は指を引っ掛けた。

 

 ……いま、絶対に、聞き逃してはいけない一言があった気がする。

 やめる前にちょっとお話が必要かもしれない。

 

「ちょっと待て。今、お前()って言った?」

「離っ」

「お前()って言ったよな?」

「は、離せよ!」

「ちょっと落ち着けよ……なぁ? ア゛ン?」

「ヒッ!?」

 

 抵抗するので声を荒げたら、とても低く冷たい声が出ていた。

 親父のようで、ある意味しっくりくる。

 青木は目に見えて体をすくませ、表情を固めたまま動かなくなった。

 

「とりあえず、座ろうか。……座れ」

「ハイ……」

 

 青木の介助をして適当な椅子に座らせる。

 

「で……今、お前()って言ったよな」

「いや、それは言葉のあや」

「言ったよな?」

「……言いました」

「お前()()は誰の事?」

「それは……」

 

 言葉より先に、視線が山岸さんの方へ向く。

 

「俺のことが気に入らないなら、俺を狙え。まわりに手を出すなよ。いいな? ……返事は!」

「はっ、ハイ!」

「……もし山岸さんやうちの後輩に何かあれば……」

「何かあれば……」

「……幸いうちの親は、謹慎や退学処分に寛容なんだよ」

「……………………」

「……引き止めて悪かった。どこか行くなら、行っていいよ」

「はい……失礼しました……」

 

 鯉のように口を開け閉めしていた青木は、聞き取りにくい言葉を残して教室を出て行った。

 さらに後ろを振り向けば、お通夜のように黙り込む生徒の姿が見える。

 例外はまだオタオタしている山岸さんと、その隣の木村くらい。

 

 あいつの言葉を聴いた瞬間、実行させてはならないと直感した。

 けど正直やり方を間違えた、というほどでもない……急ぎすぎた? そんな感じだ。

 なんだか最近、俺は着実に親父と同じ道を歩んでいるような……

 

 ……根回しをしよう、落ち込むより先に。




影虎は実験結果をまとめた!
“体内時計”を習得した!
“距離感”を習得した!
上記のスキル習得により、アナライズの機能が拡張された!
+時計機能(視界にアナログ、デジタルの時間表示も可能)
+測量機能(対象の長さを正確に測れる)
月光館学園には、スクールカーストがあるようだ……




スクールカーストとは
ヒンドゥー教の身分制度(カースト)になぞらえた学校内の生徒の身分制度のこと。
本来は平等であるはずが恋愛経験や性行為の経験の有無。容姿の美醜。
部活動や趣味により上下が区別され、下に落ちないよう足の引っ張り合いを行う生徒も現れる。
中高生に多く、いじめを誘発しやすい。
月光館学園にもきっとある。

ちなみに“カースト”はヒンドゥー教の身分制度を指す英語(・・)
ヒンドゥー教の人はあまり使わないそうです。


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85話 燃料投下

 夜

 

 ~自室~

 

『うはははは!! んで? その後どうなったんだよ』

「生徒会室と顧問の先生のとこ行って、事情説明と注意喚起。素行が悪いと練習場もパーになりねない、と軽く注意と小言を貰ったけど、気にかけといてくれるってさ」

『しっかり頭の自覚がでてきたみたいじゃねへが。それでいーんだよ。ついてくる奴を守るんだら……だ!』

「最後何て言った?」

『あ? なんだって?』

「最後! 何て言った!? 飲みすぎで呂律が回ってないんだよ!」

『お~、お前も飲んでたの? いかんぞ、高校生が酒なんて』

「飲んでるのも呂律が回ってないのも、俺じゃなくて父さんだろ!」

『なはははは、そうか。うはははは!』

 

 こりゃだいぶ飲んでるな……ったく。

 

「母さんいないの?」

『雪美はもう寝ちまったからお前に電話かけへんだろ。暇』

「じゃ寝ろよ!? もう十一時すぎてるぞ。こんな時間にいきなりかけてきて」

『いーじゃねーか、どうせ起きてんだろ? つーか、おめーもそんな怒鳴るなっつの。近所迷惑らろ』

「それは心配いらないよ」

 

 ドッペルゲンガーで防音対策は万全だから。

 

「で? さっきなんて言ったの?」

『さっき……何話してたっけか……』

「俺が昼休みに絡まれた話」

『……』

「高校デビューでボクシング部に入って、急に威勢が良くなった奴に絡まれたんだって」

『ああ、不良のたまり場なんだっけ? そのボクシング部』

「部員の一部(・・)な。その絡んできた奴がつるんでる不良グループがあるらしい」

『やばいのか?』

「聞いた感じはそうでもなさそう。なんというか、“虎の威を借る狐”って感じ」

 

 ボクシング部の有名人は? と聞くと、脳筋(真田)の名前ばかりが挙げられる。

 俺は入学以来、ボクシング部の事で他の生徒の名前を聞いたことが無い。

 それには他の部員に目立つ実績が無いことも原因だと、今日聞かされた。

 

 ボクシング部は脳筋(真田)の人気で、人数は多い。

 しかし脳筋(真田)以外は予選落ち、一回戦敗退がザラだそうだ。

 つまり、ボクシング部は完全に脳筋(真田)のワンマンチーム。

 おまけに当の脳筋(真田)は自分の練習が第一。

 エースだから。さらに実績を重ねてもらうために。自分が邪魔になってはいけない。

 そんな考えの下、周囲もそれを認めているとかなんとか。

 

 で、脳筋(真田)が興味を持っていないのを良いことに、脳筋(真田)が“所属しているだけ”の“ボクシング部”を盾に威張っている連中がいるらしい。

 

「だいたいうちの学校は有名進学校(・・・・・)に含まれるから、そもそも不良の基準が低い……と言うのも変だけど、父さんに連れていかれた駅前広場はずれ。あのへんのとは別物なんだと」

『ほー? ならこの先、また絡まれるな』

「間違いないの?」

『そりゃお前、その真田って名前とボクシング部はそいつらにとっちゃー、相手をビビらす一番の武器なんだろ? 看板が貶められるのは面白くないだろうし? 自分の腕に自信がねぇんなら、何とかして止めようともするらろ。

 時と場合によっちゃー、ただ強い相手より姑息な小物の方が面倒だぜぇ? 俺も現役時代は真っ向からこない奴に苦労した』

「父さんが言うと洒落にならないな」

『だったら一つ、良い解決方法、教えてやろうか?』

「あるの?」

『おう! 俺が編み出した、そういう奴相手の必勝法! 良く聴けよ……なぁに簡単ら。ボクシング部に殴りこんで向こうの頭を潰してくりゃいい』

「何て単純明快! それなら簡単に、ってアホか!! 共倒れになるだろ!」

『うはははは! まずは普通に先公(先生)に相談すんのが無難じゃねーの? 潰すかどうかは、それからお前の好きなタイミングで決めりゃいい。

 でもよ、そういう姑息な手を使う奴は……だいたい正面きってぶつかると弱いんだよ。弱いからそういう手に逃げないと勝てねぇような連中がほとんどだ。そうならないよう手は打ってくるだろうが、お前の土俵に引きずり込めばお前のが有利なんじゃねぇの……? 

 お前もだいぶ強くなってたしな。ま、なんにせよ……負けんなよ。頭ってのはな……後ろからついて来てくれる奴がいるとな……負けないんじゃねぇんだよ……負けられねぇんだよ……俺は……』

「父さん? 父さん!?」

 

 急に親父の声が小さく、聞こえなくなった。

 まさかアル中で倒れたり

 

『……キモ……ワリィ……吐きそうぇっ……』

「トイレへ行け!!!!!」

 

 それ以降の返事は無く、やがて電話も切れる。

 

「何やってんだか……」

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 今日は不法投棄バイクを借りての運転練習。

 教本をアナライズで完全に記憶し、実際に動かしてみる。

 アドバイスを受けて問題点の発見と修正を繰り返すと、実技にもかなり自信がついてきた。

 

 ……教習所には行ってないけど、今度の金曜に試験を受けてみよう。

 

 合格できればよし。不合格でも試験の雰囲気を感じることはできる。

 

 そのために、さらにバイクを走らせる。

 見晴らしの良い海辺の道は影時間でも気持ち良い。

 そのまましばらく楽しんでいると、帰るころにはかなりリフレッシュできた気がする。

 

 影時間が終わりきる前にバイクを戻し、寮に帰って良い気分のまま眠りについた。

 

「………………」

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 ~???~

 

 ?

 

 何も見えない……

 

 不意に訪れた寝苦しさに目を開けると、世界は暗い闇に包まれている。

 

 まだ夜中……?

 

 枕元に手を伸ばす。

 だが、そこに置いてあるはずの携帯がない。

 いや、枕もない。かけ布団もない。寝ていたはずのベッドも無い。

 しかし体を縛る物も存在しない……壁や天井も、空も地面もない。

 あるのは暗闇と音だけ。

 

「音……?」

 

 声に出してようやく確かに認識できた。

 耳を澄ますと、かすかに後ろから何かの音が聞こえてくる。

 とても小さく穏やかなのに、頭に響くような音。

 なぜか体が動かない。

 しかし不安にならない。

 音を聴いていると、ただ鳴っているだけでなく、何かの曲だとすぐに気づけた。

 しかし聞きおぼえのない曲だ……

 何の曲かを考えようとすると、唐突に曲が止まってしまう。

 

『……モウ……ヒケナイ……』

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

「!?」

 

 次の瞬間、俺はベッドの上にいた。

 

「……夢?」

 

 体は汗だく、頭は重い。

 しかし……記憶がしっかりと残っている。

 最後に聞こえた女性のような声……とても夢とは思えない。

 

 と考えて、一つの心当たりを見つけた。

 

「まさか……」

 

 ベッドの下を見てみると、タルタロス用品と隣り合わせて置かれたバイオリンケース。

 位置的にはちょうど俺の枕の下。寝ていたらちょうど後ろにある位置だ。

 思い出してみれば、あの音はバイオリンのような気がする……

 

 心を落ち着け、ベッドの下からバイオリンケースを引き出す。

 

「ふぅ……」

 

 深呼吸を一つして、ペルソナを召喚。

 体ごと包み込んだケースを、そっと開いた。

 

 中身はバイオリンと弓が一組。それから楽譜が数枚。

 ……特におかしな点はないな。

 気分も少し疲れたくらいで、それほど悪くない。

 

「もうひけない、弾けないってこと、だよな……弾けない、弾きたい……? バイオリンだから弾かれたい?」

 

 Tokiko(トキコ) Kamiyasiki(カミヤシキ)

 

 楽譜に残るこの名前、おそらく元の持ち主の名前。

 オーナーは持ち主を選ぶバイオリンだと言っていた。

 持ち主とは、そういう事なんだろうか……

 

 バイオリンと弓を手にとって、なんとなく構えてみる。

 触った事すらこれが初めてだ。まともに弾けるとは思っていない。

 形だけのつもりで弓を弦に触れさせる。

 

「ギリッ!」

「あ……」

 

 弦と弓が軽く触れた途端、嫌な音をたてて弦が切れた。

 

「これ、どうすりゃいいんだ……」

 

 対処法をネットで調べなければならなくなった……

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 6月10日(水)

 

 朝

 

 ~教室~

 

  “疲労”になった……というか結局あれ以来眠れなかった。

 

「おはよう……」

「葉隠君!」

「もう、やっと来た!」

「あれ? 山岸さん」

 

 ……寝不足が酷いみたいだ。

 クラスメイトの中に、山岸さんと岳羽さんの姿が見える。

 それとも俺がクラスを間違えたか……

 

「なに出てこうとしてんの! ほら、こっちくる」

「何が……」

「昨日の事で掲示板が大騒ぎなの」

「ああ、俺に対して批判的な意見がでたのか」

 

 覚悟はしていたが、早かったな。

 

「それが違うの。どちらかというと人気、みたい?」

「……は? 人気? 何で?」

「相手が青木だったからな」

 

 答えてくれたのは、集団の中にいた男子。石見(いしみ)だ。

 

「青木ってさ、近頃評判がすげぇ悪いんだよ。クラスだけじゃなくてボクシング部でも」

「不良グループに入ったって話?」

「知ってたのか。それで気が大きくなったみたいでさ、暴言吐いたり、誰かに絡んだり、そういう事をクラスの内外構わずやってたから、スカッとした! って奴が多いんだろうな」

「アタシ、俺と付き合えって言われたことある」

「ぼ、僕は目つきが気に入らないって怒鳴られた」

 

 クラスメイトからぼそぼそと声が上がる。

 

「葉隠君のも青木から絡んだんでしょ?」

「だから青木の自業自得? その後も葉隠君は一発も殴ってないんだし」

「喧嘩は悪い事でも、情状酌量の余地はあると思うよ」

「つーか、ぶっちゃけ皆そこまで気にしてねーだろ。自分に被害が無いならさ」

 

 島田さん、高城さん、西脇さん、それに順平。

 

「……なぁ、皆、やけに詳しく知ってないか?」

「……実はね、皆が言うとおり青木君の事は高評価なんだけど、あの時動画を、たぶん携帯で撮ってた人がいたみたいで、掲示板に動画がアップされてて……」

 

 流石に目が覚めてきた。

 言い辛そうな山岸さんに、続きをお願いする。

 

「最初は青木君への不満を書くスレッドに載せられて、葉隠君専門のスレッドに拡散されて……昨日話した“議論”に参加する人が増えて、その……」

「早い話が水面下で大騒ぎってわけ。応援も否定も同じくらいね。ホント、なにやってんの? てか、どうすんの?」

「俺の方が聞きたい……山岸さん、そっちに被害は?」

「私のほうには何もないよ。昨日の葉隠君の言葉が効いてるのかも、掲示板でも青木君の発言と一緒に批判されてたから。天田君や中等部の二人、それに江戸川先生の無事も昨日の夜と今朝の二回、確認してるよ」

「葉隠君だけ連絡がとれない! って、風花心配してたんだからね!」

 

 岳羽さんがそう怒鳴る。

 

「それは悪かった、けど……」

「けど何?」

 

 携帯をとりだして着信履歴を見てみるが……

 

「……俺、連絡もらってないみたいなんだけど」

「えっ? でも私ちゃんと……あれっ? 履歴がない……」

「間違い電話してたってこと?」

「ううん、葉隠君にかけた履歴だけが残ってないの。その後にかけた順平君の番号は残ってるのに……」

「順平にもかけたの?」

「あ、いや……」

「繋がらなかったから、念のため様子を見てくれるように頼んだの。部屋にいなかったみたいだけど」

「? 何時ぐらい? 昨日は、というか俺はバイトが無い日なら基本的に寮の部屋にいるけど」

 

 夜の外出といえば、影時間くらいだけど……まさかその時じゃないだろう。

 順平の覚醒はまだ先のはずだし、覚醒直後は混乱してそれどころじゃない。

 

「順平、何か隠してない?」

「や、やだなーゆかりっち。そんなこと」

「明らかに怪しい。嘘ついたの?」

 

 順平はこちらを見るが、何を考えての視線なんだ?

 全く分からない。

 

「葉隠君は知らないみたいだね。順平君は絶対に何か隠してるけど」

「島田さん……それは」

「本当に来てたのか? 順平」

「だーっ! もう! 何でお前までそっちなんだよ! このリア充!」

「リア充って、いったい何の話をしてるんだ?」

「……お前、昨日の夜に彼女連れ込んでただろ。つーかお前が今日そんなに眠そうなのってまさか、そういう事じゃないよな!?」

 

 その一言で教室中がざわめく。

 彼女なんて二度の人生合わせて三十年以上いないのに!

 

「ちょっと待った! 俺はずっと一人だった、何かの間違いだ」

「とぼけんなって。俺はお前の彼女に追い返されたんだぜ? “帰ってください”って扉越しにちっさい声で囁き続けてさ……こっちが何言ってもぜんぜん聞いてくれねーの。つーかコエーよお前の彼女。お前はのんきに楽器弾いてたみたいだしさ……」

「待った! ……楽器?」

「弾いてただろ? 何か。女の声、それも年上っぽくて、小さかったけどはっきり聞こえたし、ドアのそばで彼女が弾いてたんじゃないと思ってさ。だったら後はお前しかいないだろ。バイオリンとかそれ系の音、ちゃんとこの耳で聞いてたんだぜ!」

 

 それを聞いて、俺は原因を理解した。

 山岸さんの顔も青ざめているので、彼女も理解したんだろう。

 

「葉隠君、その、あのバイオリンは今、どこに……?」

「俺の部屋……今考えたら携帯から凄い近くに置いてた。ベッドの下と上の距離。あと、今日、夢にそれっぽいのが……」

「あっ、そうなんだ……それで」

「ねぇ、二人で分かり合ってないで、説明してくれない?」

 

 要求されたので、バイオリンの件を説明する。

 

『……………………』

「呪いのバイオリン」

「しかも江戸川の知り合いから預かった」

「ま、まっさかー……」

「でも待てよ? 葉隠の話が嘘で、本当は彼女がいたとして、部屋に連れ込めるか?」

「こっそり連れ込んだんじゃないの?」

「じゃお前、女子寮にこっそり男子連れ込めるか? 誰にも気づかれずに」

「女子寮が男子禁制なのと同じで、男子寮も女子禁制。誰にもばれずに連れ込まないと、今の葉隠の状況なら即行話が広まってるよな?」

「高等部の寮、管理ゆるくて結構皆夜遊びとか出歩いてるしな。夜でも人はけっこういるよ」

「あと順平、その彼女の声って歳どのくらい?」

「あー……いま思い出したくねーけど、結構上。二十歳はこえてそうだった。下手したら二十五?」

「……無理じゃね?」

「そのくらいの歳の女の人が夜中の男子寮を歩いてたら、不審者だよね」

「寮母さんも夜は帰るし、絶対に目立つのは確かだな」

「てことは……」

『♪』

『キャアッ!』

『わぁ゛ー!!』

 

 クラス中の人目が俺に向いた、ちょうどその時。

 

『生徒の呼び出しを行います。一年A組、葉隠影虎君。一年D組、山岸風花さん。ただちに職員室まで来てください。繰り返します。一年A組……』

「なんだ、ただの放送じゃない……」

「脅かすなよ!」

「とりあえず俺、呼ばれたみたいだから行ってくるわ。山岸さん」

「う、うん」

 

 集まったクラスメイトに声をかけ、俺は山岸さんを連れて職員室へ。

 

「……え? 待った! 俺どうすりゃいいの!? 影虎!? 俺、モロに声聴いちゃったんですけど!? おーい!!」

 

 順平の声がむなしく響く。

 ちなみにこの話になってから、岳羽さんは終始無言だった。




影虎は心霊現象を体験した!
疲労になった……
影虎への注目がさらに集まっていた!

真田の性格とボクシング部についての勝手な考察。
バトルジャンキーがシャドウや外部に対戦相手を求める一因として、
ボクシング部には骨のある相手がいないんだと思っています。


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86話 呼び出し

「何の用かわかる?」

 

 廊下を歩いていると、山岸さんが不安そうに話しかけてきた。

 

「昨日の事だろうな」

「やっぱり、それしかないよね」

「打ち合わせ通りにやるしかないけど……ただ、山岸さんまで呼ばれたのが気になる」

 

 あの時のことで怒られるとしたら、俺と青木だろう。山岸さんはただ慌てていただけ……それで連帯責任?

 

「大丈夫?」

「ああ……ごめん、山岸さんを巻き込んだかもしれない」

「え? あっ、昨日の事? それなら別に、あの時の事は今考えても逃がしてくれなかったと思うから。最後のはちょっと怖かったけど、私たちのために言ってくれたのは分かってるから。私が言ってるのは、その……バイオリン」

「そっちか。とりあえずは……問題……今日バイトだから相談してくるわ」

「やっぱり何かあったの?」

「今日、夢に出てさ。……そうだ。山岸さん、バイオリン弾けない?」

「バイオリンはちょっと。なんで?」

「あのバイオリン、弾いてみようかと思って」

「ええっ!?」

「なんかさ、夢で聞こえた音と声、悲しそうだったんだよ。“もう弾けない”って」

「ええっ、それはやめた方がいいんじゃないかなぁ……」

「ん? 山岸さんってこういう話は苦手な人? なんか、昨日からやけに信じてくれるように感じるけど」

「……私が一度、オーナーさんのお店に行ったのは知ってるよね? その時、ちょっと。置いてあったコレクションが綺麗で、気づいたら手が伸びてて……」

「そこまででいい、もう分かった」

 

 山岸さんはすでに被害者だったみたいだ。

 気まずい沈黙が流れる。

 

「……管弦楽部」

「えっ?」

「もしどうしても弾きたいなら、管弦楽部にいってみたら? あそこならバイオリンはあるし、きっと弾き方を知ってる人もいると思う」

「そうか! その手があった!」

 

 もうひとつの文化部、すっかり忘れていた。

 

「昼休みに行ってみるよ。ありがとう」

「役に立てたかな?」

「もちろん。というか山岸さんは普段から情報とか機械関連に強いだろ」

 

 俺もネットとパソコンはよく使うけど、それは日常生活や仕事で困らないレベルの話だ。

 調べたいことは調べられるが、ハッキングとか専門的な情報処理能力、その他諸々の手際は山岸さんに勝てない。

 もちろんその分、格闘技では負けないだろう。

 

「ただ得意不得意が違うだけだよ。山岸さんは十分力になってくれてる。それに昨日はほら。なんだかんだでダウジングも凄かったじゃない」

 

 無自覚でも才能は確かなようで、彼女は部活で高等部の散策中に大量の落し物を見つけている。その数は偶然で片付けるには多すぎて、山岸さん本人がとまどうほどだった。

 

「あれって葉隠君たちの悪戯じゃないよね?」

「一つや二つならともかく、あれだけの数は手間がかかりすぎる。だいたい場所選んだのは全部山岸さんなんだから、先回りは無理だって。特にあの伊藤博文は用意できないよ」

「お財布の中にあった旧千円札? ……それもそっか。窓枠の外の出っ張りとか、建物の隙間の高いとことか、葉隠君にしか取れない所にあったのが結構あったから、つい。でも、だったらどうして……」

「難しく考えなくていいさ、別に。当たるんだから便利くらいに思っておけば。それに、そんな所だから山岸さんが来るまで見つからなかったんだろうし。おっ」

 

 話しているうちに、職員室が見えた。

 

 

 

 

 

 ~職員室~

 

「「失礼します」」

「二人とも! こちらです!」

 

 職員室に入ると、江戸川先生が手を上げた。

 その横には江古田が立っているが……二人の間に険悪な雰囲気を感じる。

 

「お呼びですか?」

「ええ。どうも昨日葉隠君が(・・・・)絡まれた件で江古田先生からお話があるそうなんですが、少々おかしな話になっていましてねぇ」

 

 江戸川先生も雰囲気がいつもと違う。

 普段の怪しい笑い声を少しも出さない。

 真剣な時に近いが……

 

「江戸川先生、そろそろよろしいですかね? 一時間目もありますから、早く話を済ませてしまいたいんですが」

「かまいませんが、同席させていただきますよ」

「……まぁ、いいでしょう。オホン! お前たち、呼ばれる心当たりはあるな?」

 

 ここでとぼけても印象を悪くするだけ。素直に心当たりはあると答える。

 

「素直でよろしい。ではなにか言うことは?」

「? どういう意味でしょうか?」

「何か言うべきことは無いのかと聞いているんだ。君は昨日、昼休みにD組の教室で、青木を一方的に(・・・・)殴り続けた(・・・・・)と聞いているがね。それも事の発端は君と山岸が三年の真田を口汚く罵っていた(・・・・・・・・)からだとか」

「ええっ!?」

「待ってください」

「そこがおかしいんですよねぇ」

 

 何を言ってるのか、このヅラ教師は。

 一見分からないけど、周辺把握だと髪と頭のあいだに層がある。

 棚倉さんに教わった通りだ。特殊メイクみたいなヅラしやがって。

 

「何がおかしいんだね? 君は今、心当たりがあると言ったばかりじゃないか」

 

 心当たり()あると言ったが、その内容が若干違う。

 気分は悪いが真田(脳筋)と直接かかわっていないからか、いらだちも少ない。

 冷静に相違点を伝えていると、江戸川先生も援護に入ってくれる。

 

「そうなんですよ。私が聞いた話と違うんですよ、状況がねぇ」

「それはこの二人からでしょう? ……自分の顧問には聞こえの良い内容にして話したんじゃないのかね?」

「違います!」

「や、山岸。そう叫ぶんじゃない。口ではなんとでも言えるよ」

「そう仰いますがね、江古田先生? 先生の主張も誰かからの(・・・・・)訴えがあったと言っていたではありませんか。それこそ口でなんとでも言えるのでは?」

「しかし私に訴えてきた生徒は複数。名前は伏せますが、彼らとは違って全員、当事者でもない生徒です。それにこの件はもう生徒間に広まっているそうですし、青木に人望や(かば)ってくれるような仲間は……ウェッホン! 失礼。

 えー、青木は……そうだ、お前たちは殴っていないと主張しているが、青木は今日 “怪我で病院へ行くから” 学校を休むと連絡が来た。怪我をさせたのはお前じゃないのか? 葉隠」

「ちが」

「違います!」

 

 江古田の言葉で山岸さんは俺以上の声を張り上げ、急に取り出した携帯をいじり始めた。

 

 ……ああ、なるほど。

 

「山岸、人と話しているときに携帯は」

「待ってください! いま、証拠が……これです!」

 

 眉をしかめる江古田に突きつけられた携帯。

 山岸さんの携帯は、動画が見られる最新型のようだ。

 彼女が指を機敏に動かすと、画面は見えないが音声が流れる。

 間違いなく、あの時の映像だろう。

 

「これが証拠です! 皆が知ってる原因でもあります! これを見てもらえば、葉隠君が青木君に攻撃を当ててない事が分かります!」

「わかった、見る、見るから。な?」

 

 渋々といった感じで山岸さんの隣に立つ江古田。

 その反対側に、自分もと江戸川先生が並ぶ。

 そんな三人を、俺は正面からただただ見てる。

 

 そして四分三十八秒後。

 

「これは、ほら、合成とか修正というやつじゃないのかね?」

「そんなことしてません!」

「し、しかしだね。私は機械に疎くて、違いがどうも」

 

 様子が変だ。……もしかして。

 

「江古田先生。山岸さんがこういう証拠を出してくれました。“殴っていない”という点は認めていただけますよね?」

「だから私には動画の判別が」

「それとも。……認めては都合の悪い事でも?」

「なっ……そんなこと、あるわけないだろう? ただ判断は慎重にすべきという話であって」

「ところで江戸川先生。江古田先生の主張(・・・・・・・・)では、俺が青木を殴って病院送りにした事になるんですが。その場合、処分ってどのくらいになります?」

「……なるほど。どの程度の傷かにもよりますが、やった方は停学処分も十分考えられますねぇ。処分がないとしても指導室でお説教か反省文くらいは覚悟すべきです。どちらにしても、今のように、授業が始まる前に、ちょっと話す程度で済ませる甘い話では無いでしょう。

 ……江古田先生、最初から分かっていらしたのでは?」

「私は生徒の噂を聞いたから、話を聞きたかったんだよ。まだ確定していたわけではなくて、処分という段階でもないから……」

 

 江古田は椅子を引き出して座り、日和見(ひよりみ)な事を言い始めた。

 さっきまでの態度が嘘だったようだ。

 さらに追求する。

 

「そのわりに随分と俺が悪いと決めてかかっていましたが」

「気のせいではないかね?」

「江戸川先生。俺、実は記憶力には自身があるんです。ここにきてからの話を一言一句漏らさず再現できますが」

「君は勉強では学年一位ですからねぇ。朝飯前でしょうけど、そんな事をしなくても、もう聞いている先生は大勢いますよ。……それとも生徒会の子も集めて聞いてもらいますか? 生徒の感じ方を知るには、その方がいいかもしれませんねぇ、ヒヒヒ」

「ま、待ちなさい! そこまでしなくていいんじゃないか? 話を大きくしてもいいことはないだろう。江戸川先生も」

「江古田先生の話が“本当に”事実だとしたら、職員会議に上るのが当然なくらいだと思いますがねぇ」

「あ、先生。ちょうどいい所に来てくれた人が」

 

 職員室に入るなり、後ろからこちらに近づいてくる生徒が二人。

 付き合いがある程度の期間あったからか、体型と服装で分かってしまった。

 

「桐条先輩、海土泊(あまどまり)会長」

「葉隠君、君って後ろに目でもついてるのかい?」

「いま明らかに振り向く前から名前を呼び始めていたが……」

「入るときの声が聞こえたんですよ」

 

 二人は驚いているが、どうでもいいことは適当に流しておく。

 

「………………」

「おや」

「桐条先輩と会長? どうして」

「君は山岸君だったね? 私たちも葉隠君の動画を見たのさ」

「少し話をしたくて教室へ行ったんだが、職員室に呼ばれたというのでこちらに来たんだ」

「ヒッヒッヒ……ちょうどその話をしていた所なんですよ。どうぞ加わってください」

「よろしいでしょうか? 江古田先生」

「あー、そろそろ一時間目の用意をするから」

「手短に、話しましょうね。ヒヒヒ」

 

 江戸川先生が逃げ道を塞いだせいで、江古田は視線を泳がせる。

 そこでもう一押し。

 

「お二人とも、動画を見た感想はどうでしたか?」

「昨日君たちから聞いた話と相違ない内容だと思ったけど」

「どうかしたのか?」

「それがですねぇ……事実を歪めて江古田先生に訴えた生徒が複数いるようなんです」

「私たちが真田先輩を罵って。止めに入った青木君を葉隠君が病院にいかないといけない怪我を負わせたって」

「や、山岸。それはあくまで訴えであってね」

「ほう……そういう訴えがあったとは初耳だ」

「私も。動画を見れば違いは分かるし、いたずら? にしてもちょっと悪質だね」

 

 二人が俺たちの味方につく発言をすると、江古田は椅子に深く座ったまま動かなくなった。

 必死に打開策でも考えているんだろう。

 

(先生、追い込みはこのくらいにしますか)

(自棄になられても面倒ですしね)

 

「まぁ、そういうわけで事実確認(・・・・)をしていたんですよ」

それだけ(・・・・)ですよねぇ? 江古田先生」

「あ、ああ! そうだとも! 判断は慎重にすべきだからね」

 

 差し伸べた救いの手に、江古田は飛びついてきた。生徒会の二人からは訝しげな視線を、山岸さんからは不信感に満ちた目を向けられているが、本人は安堵からか、さらに口を滑らせた。

 

「しかし現に青木が怪我をしたと言って休んでいる。……葉隠、青木に謝らんか?」

「させていない怪我について、謝る気はありません」

「頭を下げたくない気持ちはあるかもしれんが、この件はもう広まっている。それに葉隠は多くの生徒から反感も買ったんだろう。……なぁに、君が謝れば(・・・・・)まだ角を立てずに騒ぎは収められる」

「……それが貴方の狙いでしたか、江古田先生」

「狙いって、なにを急に」

 

 江戸川先生も俺と同じ事を考えたようだ。

 

 そもそも江古田は女子生徒(山岸さん)の失踪事件を隠蔽するほどの“事なかれ主義”。

 原作では山岸さんの事件の詳細が発覚した際に、桐条先輩から下衆(ゲス)め!

 と一喝されて処分を受ける。生徒よりも、自分の保身が第一な男だ。

 

 きっと今回もそういうことなんだろう。江古田にとって重要なのは、青木の怪我でも真田(脳筋)への罵倒でも、そして俺が殴ったという訴えの真偽でもない。

 

 ただ今回の件は生徒に広まっている。そして原因はボクシング部の人間で、間接的にだが真田も関わっている。このまま騒ぎが大きくなると不都合があるんだろう。

 

 ここでどうして江古田が出てくるのかがいまいち分からないけど……

 江古田はおそらく、最初から俺たちに処分を下すつもりはなかった。

 ただ俺に(・・)謝らせるのが目的だ。

 騒ぐ不特定多数の生徒よりも俺たち二人の方が説得しやすいし、俺が非を認めたとなれば、勝手に騒ぐ生徒の意見も否定派が勢いづくだろう。

 

 対等の勢力が二つあるから騒ぎも大きくなる。

 どちらかを多数派にすれば、比較的に騒ぎは小さく、収めやすくなる。

 そんなところだろうか? というか、それ以外の理由が思いつかない。

 最初の高圧的な態度は、後で温情をかけるように妥協を引き出すため?

 江古田の言動からして何か(・・)があるのは間違いなさそうなんだけど……

 

「狙いが何が、とは言わないでおきますが……動画という証拠があるのです。言いがかりをつけるのはやめて頂きましょう。当然、非がない出来事についての謝罪の強要もです」

「なっ! そ、江戸川先生、その言い方では……私はただ話を」

「何か間違いでも? 言っておきますが、葉隠君が青木君と“練習”を教室でした事についての注意であれば、私は止めませんでしたよ。周囲に危険が及ぶ可能性もありましたからね。本人も覚悟はしています。そもそも昨日のうちに自首をして注意は受けていますが……

 それにその場合は青木君からも一言あってしかるべき。謝らせるなら一方的にではなく、お互い(・・・)に。それが最低ラインですよ。部員の監督責任という意味では私と貴方(・・)が、ですね」

「言い方……そんな言い方……しなくったってさぁ……」

 

 江戸川先生は正面からそう言いきる。

 対して椅子の背に体を預けた江古田は、肘置きに置いていた右手で額を揉む。

 心が折れたようだ。

 

 そしてそんな様子を見つめる視線が多数。

 桐条先輩と海土泊(あまどまり)先輩、それに山岸さんだけではない。

 職員室にいた他の先生方も驚きか、奇異の目で江戸川先生を見ていた。

 

 きっとこんな頼りになる先生の姿は珍しいんだろう。

 俺も珍しく感じていると……

 

『~♪~♪~♪~♪』

「あっ、予鈴……」

「おお! もう時間だ、行かなければ。ほら、君たちももういいから行きなさい」

 

 と言いながら江古田は荷物を持ち、逃げるように立ち去ってしまった……

 

「ヒヒ。とりあえず、もう授業が始まるのは確かです。皆さんは教室へ。桐条君と海土泊(あまどまり)君の用事はまた後でということで」

「そうですね……昼休みに生徒会室でいかがでしょう?」

 

 俺はそれでかまわない。

 山岸さんもそれでいいようだ。

 

「では昼休みに」

 

 先生が言うと、それぞれの教室を目指す。

 ……最後は皆、頼りになる江戸川先生の勢いにのまれていた。




江古田はダメ教師。
でも学校からするとすすんで問題を処理するありがたい存在かもしれません。
山岸の件も教師として、人としてどうかとは思いますが、世間に公表されてもきっと困る。
学校も、特別課外活動部も、事情と解決までの経緯を説明不可能という意味で。


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87話 決断

 昼休み

 

 ~生徒会室~

 

「来てくれてありがとう。江戸川先生もありがとうございます」

「お礼を言うのはこちらの方です。迷惑をかけて申し訳ない。それから、ありがとうございます」

 

 山岸さんを連れて約束通りに来てみれば、気を使ってくれたらしく先輩二人と江戸川先生しかいなかった。

 

「これも生徒会の仕事の内だ。それに学校の事情もある。昼食を食べながらでいいから、話をしたい。内容は言わずとも分かっているだろうが、君たちと青木の件にかかわっている」

「私たち、どうなるんでしょう……?」

「ん~、別に廃部とかいう話はまったくないんだけどさ。ちょっとタイミングが悪かったんだよね。桐条君、説明を頼む」

「不必要に重々しく言わないでください、会長」

 

 それから先輩から説明された内容をまとめると……

 

 そもそもの原因は先日行われた体力測定大会で注目を集めたこと。

 大会は脳筋(真田)が推薦を断ったから代わりを選ぶためのもの。

 俺と脳筋(真田)は、八種目総合で互角の成績。

 脳筋(真田)はやっぱり辞退するつもりで、必然的に互角の俺が現在のテレビ出演最有力候補になっている。

 

「初めて聞きました」

「だろうね」

「まだ内々の話だが、来週の月曜にはテレビ局の人間が打ち合わせのために来校することになっている。そこで君を含めた候補者には説明を受けてもらうことになるだろう。出演するのは一人だが、万が一代表に怪我などかあった場合のためにな。

 そのあとで学校の推薦とテレビ局の意向をすり合わせ、誰が出るかの最終決定が行われる。もっとも、学校の推薦がそのまま通るとは思うが……そこで今の君が問題になる」

 

 これまでの細々したイメージアップ活動と青木の件がきっかけになり、俺を応援してくれる生徒は増えた。しかし一緒に悪感情を持つ生徒も増えてしまった。朝の嘘報告もその結果とみて間違いない。

 

「個人的に葉隠君のやった事は間違ってないと思うよ。でも学校代表としては問題を起こさず、いい評判ばかりのほうが都合が良い」

「候補から外されるだけなら別に構いませんが、その場合練習場所はやっぱり?」

「おそらく諦めてもらうことになる。あれはテレビ出演する生徒が万全の備えをするために用意される。君が候補であればともかく、出演の可能性がない者に権利は与えられないだろう」

 

 日曜日の我慢も水の泡になりかねない状況、か……

 

「まぁこれはあくまで可能性のお話。具体的に君をどうこうしようという話はまだありません。そうなる前に手を打とう、ということですねぇ」

「江戸川先生の仰るとおり。今朝の件を含め、問題解決の道を探るために君たちを呼んだんだ」

「具体案はないけど、できるだけ葉隠君がみんなに認められるような方向で考えたいね。あとできるだけ早く」

「……少なくとも嘘で貶めるような嫌がらせはなくなって欲しいです」

「山岸さんに同意です。江古田先生も嘘の情報提供者については断固として口を割りませんでしたし……」

 

 やっぱりボクシング部の一部だろうか?

 確認したら、江古田先生が顧問だった。

 

「その可能性が高いと思いますが、証拠はありませんね。……江古田先生には釘を刺したので大丈夫とは思いますが」

「今朝の江戸川先生はすごかったね? 美鶴」

「フフッ、私も意外でした。まさか先生があんな事を言うなんて」

「おやおや、酷いですねぇ。私は教師として生徒の事はちゃんと考えているつもりですよ」

「そうですよ! たしかに先生はちょっと変わってますけど……」

「フォローが中途半端ですねぇ」

「ああっ、ごめんなさい」

「ヒヒッ、冗談です。ところで青木君が今日来ていないのは本当ですか?」

「はい。怪我でお休みだそうです」

「その事なら私も確認をとった。仮病ではないらしいが、傷は人の手によるものの可能性が高いそうだ。本人は夜遊びに出ようとして、暗い階段で足を踏み外したと言っている」

 

 嘘くさい。

 

「そのあたりの詳細は青木の証言を待とう。たとえ何かを隠す口実だったとしても、体調が快復すれば夜遊びの追求が行われる」

「だね。ちょっと話がずれちゃったから戻すけど、何かイメージアップの案はない?」

 

 室内に沈黙が流れる。

 イメージアップ戦略はこれまでも考えて、一発ドカンとはいかないから地道にという話になっていた。ここでまた大逆転の策なんてそう簡単には……

 

「親父の言う通りになったな……」

「君の父上がなにか?」

 

 俺の愚痴を桐条先輩が拾った。

 

「昨日酔っ払って電話してきまして、青木との事を話したんです。そしたら自分の暴走族時代の話を始めて、弱くても姑息な手を使うやつの方が厄介だって言ってました」

「なるほど、確かにその通りになっているな」

「解決のためには、ボクシング部に乗り込んで、そういう奴らの(ボス)を潰せば楽だとか言ってましたよ」

 

 そんな方法じゃ評判を落とすだろう。

 

「……それ、良いアイデアかも」

 

 まさかの賛同者がいた。

 

「殴りこみがですか? 会長」

「暴力はダメなんじゃないでしょうか? 青木君の時はどうにかなったけど、何度もはイメージが悪いと思います」

「暴力ならね。でもさ、逆に言えば()()()()()()()()どうかな?」

 

 どういう事だ?

 

「まず不満を抱いているのはどんな人だと思う? 山岸さん」

「えっと……真田先輩のファン、それにボクシング部、とくに青木君と付き合いのあるグループの人、だと思います。掲示板でもその話題が中心で」

「その通りだね。ボクシング部の一部は別として、反対派の生徒は葉隠君と真田君を比べてるみたい。そして葉隠君を下に見ている。真田君の強さと知名度は折り紙つきだからね。でも、葉隠君もけっこう強いでしょ? だったらさ、そこはこっちもアピールしてみない?」

「ですが、殴りこみは印象が悪くないですか?」

「そこは私たち生徒会から“直接対決”を提案する。テレビ出演者の枠は一人。有力候補が二人。しかも生徒間で論争があるのはもう周知の事実。互角だった体力測定大会の延長戦って事でどうだろう?」

 

 生徒会からの提案を飲んで試合をするという形であれば……確かに暴力ではないか。

 でもそんなに上手くいくのだろうか?

 

「ただしこれはあくまで実力を見せ付ける機会を作れるだけ。やってみてどうなるかは葉隠君の頑張りしだい。結果までは保障できない。でも真田君の性格なら、乗ってくると思うんだ。学校側も余計な争いは避けたいだろうし…だから君が望むなら、実現させる自信がある。どうかな? 決定権は君に(・・)あるよ」

 

 またこの人はこういう言い方を……

 

 試合を持ちかければ、真田は必ず乗ると俺も思う。

 そして実行の決定権は()に与える。

 それはつまり、やらないと決定するのも俺という事だ。

 けれどやらないと決めると、脳筋から逃げるようにも思える。

 

 かかわりたくないとは今も思っている。

 試合もしたいとは思わない。

 けど、ぶん殴りたい気持ちはないでもない。

 何より、断ってもほかに提示できる案はない。

 

海土泊(あまどまり)会長。分かってて言ってるでしょう」

「正攻法で話し合いとかじゃ泥沼化しそうだし、分が悪くない? 個人的にも興味あるし。っていうか葉隠君、やっぱり真田君をかなり意識してるよね。この際さ、本人に遠慮なく叩きつけてみたら? こう、ぶつかり合って相手を認め合う的な」

「どこの少年漫画ですか」

「やる気、ないかな?」

「……仲良くなれるとは思えませんが」

「問題解決だけならそこまでしなくてもいいよ。真田君に認めさせて言質をとれば、ファンの態度は軟化するよ。力を借りるんじゃなくて、利用する気でさ」

「……」

「はぁ……これは決定のようだな」

「あはは、今朝はけっこう冷静だったのに」

「葉隠も案外血の気が多いのかもしれんな。これでは明彦が二人になったようだ。山岸、君の力を貸してくれ。私一人ではいざという時にも止められそうにない」

「ヒッヒッヒ、私もできるだけの事はしますよ」

 

 近いうちに試合を行うことが決定し、そこからは具体的な内容を詰めた。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 夜

 

 ~自室~

 

 帰宅後、そのままベッドへ倒れこむ。

 

「あー……今日は疲れた……」

 

 朝、昼、晩と忙しかったけど、何より今朝の寝不足がたたったな……

 バイト帰りに神社で“治癒促進・小”のスキルカードの複製に成功。

 即行で一枚使ってスキルを習得できたが、回復している気がしない。

 

 のろのろ服を着替えたものの、何もする気が起きずにまたベッドへ。

 

 ……弦は交換しないとな……。

 

 ベッド下からバイオリン、カバンから買ってきた交換用の弦を用意して張り替える。

 バイオリンの基本は相談の後、運よく桐条先輩から習うことができた。

 といっても弦の張替えと基本姿勢、それから音の出し方だけだ。

 

「……よし」

 

 張替えの次はチューニング。

 バイオリンの四本の弦はそれぞれE線、A線、D線、G線と呼ばれる。

 これを一本ずつ、出る音がミ、ラ、レ、ソになるように調整する作業だ。

 ドッペルゲンガーに包まれた状態で、記憶した先輩のお手本を頼りに行う。

 

 不安要素は俺の腕。先輩の動きを真似して音は出せるが……お手本と比べて硬い。

 先輩が言うには上出来らしいけど。

 

 ちなみに音のサンプルが足りないのか、音に関係する便利なスキルは身につかなかった。

 どうでもいい時に手に入るくせに、スキルがほしい時には手に入らない謎。

 

 ……このくらいか?

 

 アドバイスも使い、それっぽい音がでるようになったバイオリンで練習を行う。

 バイトでオーナーに相談したところ、やっぱり少しでも弾いてあげるのが一番安全らしい。

 自分で気づいた事を成長したわねと褒められた後、実に良い笑顔で応援された。

 ただ、それだけだった。

 お(ふだ)とかそういった物は必要ないらしい……

 

「トキコさんと呼ばせてもらいます。これから時々弾くので、連絡の邪魔はしないでくださいね。本当に困るので」

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 

「……」

 

 しばらくただ音を綺麗に出す練習を続け、ダウン。

 もう今日はベッドに沈もう。

 

 バイオリン(トキコさん)を片付けてベッドに入る。

 

 ……横になっても考えるくらいならできるよな……

 

 

 

 ルーン魔術研究記録2

 

 考察日:6月10日の夜

 

 体調不良のため、ルーン魔術の考察のみを記録する。

 

 1.攻撃魔術

 前回は“ラド(車輪)”を使用して魔術を打ち出すことに成功。

 次回は各属性のルーンと組み合わせ、実際に使えることを確認する。

 また、前回の実験に使用したラグ()は威力不足。

 ウルを加えて威力を上げられるかを確かめたい。 

 

 

 2.防御魔術

 前回は自分に氷結の状態異常を与える結果となった。

 攻撃魔術と同様に、ラドを組み合わせて検証。

 

 

 3.デバフ(敵の弱体化系魔術)

 ネックレスに使用した身体能力向上系の魔術と同じく、ウル、エオー、エオローを使用。

 これに欠乏を意味するニイドのルーンを組み合わせてみる。

 さらにこれだけでは前回の防御魔術と同じく、自分自身に悪影響を及ぼす可能性あり。

 ラド(車輪)を組み合わせたパターンも用意し、慎重に検証すべき。

 

 

 4.魔法攻撃、魔法防御能力向上

 対バスタードライブ用。

 身体能力向上と同じ要領でアンスール()ぺオース(秘密)あたりを使用。

 神秘 = 魔法と考えてみた。

 

 それから………………




影虎は相談した!
真田と試合をすることになった!


スクールカーストの特徴
学校内の立場は上位の生徒の発言などで変動する。
上位の生徒に気に入られれば、上がる。
嫌われれば、下がる。
話し合いなんかでは変わらないのが実情。

真田に実力を認めさせる = カースト上昇の早道

試合の勝敗とカーストの変動はサイコロで決定します。


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88話 短い準備期間

 6月11日(木)

 

 朝

 

 トキコさんに邪魔されることなくぐっすり眠れたからか、気分が良い。

 

「おはよう!」

「葉隠!」

「真田先輩と試合するってホントなの!?」

 

 教室に入るなり、取り囲まれた。

 しかもちゃっかり木村さんが混ざっている。

 早速昨日の話が広まっているようだ。

 

「本当だよ。昼休みに呼び出されたろ? その時に」

 

 話しても良いことは素直に話す。

 すると、クラス中から心配されている。

 

「大会の延長戦つってもさ……」

「いくらなんでも不利じゃない?」

「日程とかルールはどうなってんの?」

「そのへんはまだ」

「葉隠」

 

 呼びかけられて振り向くと副会長がいた。

 

「武田先輩。どうされました?」

「生徒会からの通達だ」

 

 プリントを渡された。

 一声かけて目を通すと、試合についてまとめられている。

 

「試合は日曜日の昼十二時、場所はボクシング部の部室」

「月曜に説明だからな、その前に済ませたい。試合中はトランクスとグローブの二点を着用だ。ボクシング部からのレンタルもできるが、自前で用意したほうがいい」

「試合は特別ルールで執り行う、となっていますが」

「葉隠は空手家と聞いている。ボクシングのルールでは蹴り技が使えないだろう。どちらも全力を出せるように。……という建前で、清流(しずる)の本音はボクシング部の不正防止だな。話を持ちかけた時にルールをボクシング限定に、レフェリーもボクシング部の生徒で用意しようと提案したそうだ」

「ああ……だからレフェリーも当日発表なんて書いてあるんですね」

「試合は公平に行われるよう最大限に配慮する。部外者の観戦は原則不可だが、新聞部と写真部には協力を依頼した。当日はカメラが立会って試合の一部始終を記録し、掲示板にも乗せることになっている。結果が知りたい者は日曜の夜に動画を見ればいい」

 

 問題と同じように結果も広めるわけか。

 

「何か問題は?」

「ありません」

 

 事前に打ち合わせて、困るような事は先に伝えてある。

 

「そうか、では当日までトレーニングするなり休むなり、有意義にすごしてくれ」

 

 副会長は用が済むと瞬く間に立ち去っていた。

 忙しいんだろうけど、お礼を言う暇すらなかった……

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 夜

 

 ~アクセサリーショップ Be Blue V~

 

「オーナーから聞いたんだけど、江古田に目をつけられたのか?」

 

 接客に暇ができたと思ったら棚倉さんに聞かれたので、暇つぶしの話題にさせてもらう。

 すると彼女は大きくため息を吐いた。

 

「相変わらずなんだな、あのハゲ親父」

「やっぱり昔からなんですか?」

「何一つ変わってねぇ。身分制度みたいなのはあった。ってか江古田が利用してたし」

「利用?」

「ほら、下の奴は上の機嫌をうかがうし、上の奴は下に色々とできる空気になるだろ? 江古田はさ、その上の奴ばっか贔屓するんだよ。上の奴も贔屓されてりゃ動きやすいから、そのうち江古田の言うことは聞くようになる。江古田はそいつらを利用して下にも言うことを聞かせる。それがあいつのやり方だったよ。

 いっつも下の奴は窮屈そうでさ……ま、そんな雰囲気だから学級崩壊とか授業妨害はなかったし、クラスの平均点も高かったけどね。学校からしたら(・・・・・・・)いい教師なんじゃないの?」

「江古田って人格以外に問題はないのか……」

「そこ一番問題あっちゃダメなとこじゃないか? まぁ、頑張れよ。葉隠も上に行ったらあいつの方から贔屓しにくるさ」

 

 棚倉先輩の励ましを受け、ついでに江古田の弱みも聞けた。

 ヅラより重くて使いづらいネタだったけど……

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 6月12日(金)

 

 放課後

 

 ~部室~

 

「さて今日は天気が微妙だから……」

「「兄貴!」」

「どうした?」

「どうした? じゃねぇっすよ!」

「なに普通に部活やろうとしてんですか!」

「先輩、明後日ボクシング部の真田さんと試合やるって聞きましたよ。その対策とか……僕らにかまってる時間あるんですか?」

 

 天田も加わり真田対策をしろと言ってくるが、率直に言って対策をするには短すぎる。

 真田(脳筋)は気に入らないが、公式戦無敗記録を持っていた強さは本物。

 曲がりなりにも一度戦って、それは知っている。

 付け焼刃で新しいことをやって倒せるほど甘くはないだろう。

 

「基礎を固めて体調管理に努める。それなら部活も両立できるだろ」

「でも……先輩は僕たちの練習場所のために頑張ってくれてるのに」

 

 なんだか天田の歯切れが悪い。

 そういえば天田も脳筋のファンだっけ? 

 

「兄貴、俺らにもなんかできる事、ないすか?」

「俺らも役に立ちたいっすよ」

 

 しかし三人の想いは伝わった。

 

「なら、今日は実践中心の練習にするか!」

「「うっす!」」

「はい!」

 

 準備運動とランニング、そして“カキエ”。

 

 二人一組で相手と手首を合わせて交互に押し合い、相手の動きを理解し、そこから崩しにかかる感覚を養う練習。それを初めは足を動かさず、次に移動しながら、片手から両手に変えて、バリエーションを増やして続けた最後に組手。

 

 天田、和田、新井が交代で、絶えず戦うことで、みっちりと動きの復習を行う事ができた!

 

「じゃあ最後に今日も三戦(さんちん)、それから……今日から俺にはこれで頼む」

 

 持ち出したのは、足場を外した竹馬。

 オーナーから貰ってきた。

 

「兄貴、本当に大丈夫ですか?」

「中は空洞でも外は金属っすよね。これ」

「大丈夫だ。やってくれ」

「マジか……やっぱパネェ……」

 

 というか、打撃耐性のせいか素手だと軽く感じてしまうから……

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 夜

 

 ~男子寮~

 

「あれ? 何か用?」

 

 帰ってきたら、クラスメイトの石見が部屋の前でウロウロしている。

 

「お、遅かったな。今帰り?」

「バイクの免許取ろうと思って、今日は学科試験受けてきた。あとグローブとか買ってたらこんな時間になっちゃってさ」

「そうか……これ!」

 

 石見はためらいがちに目を伏せたかと思うと、プラスチックケースに入ったディスクを突きつけてきた。

 

「なにこれ?」

「DVD。中身は真田先輩の試合、デビュー戦から不戦敗になるまで全部そろってる。真田先輩と試合するんだろ? 真田先輩、部室でネットに上がった動画見て、ずっとお前の研究してた。真田先輩だけ知ってるんじゃフェアじゃないだろ。部の記録からコピーしたやつだから、変な編集してある掲示板の動画よりシンプルで見やすいと思う」

「……ありがたいけどさ、これ手に入れられるって、お前もボクシング部員なんじゃないの? 敵に塩を送るような真似して大丈夫なのか?」

「映像は部員なら誰でも参考にコピーしていい事になってるから問題ない。手元にあったし……葉隠に渡すのは、まぁ、ちょっと悩んだけどさ。あ、なんだったら少し体動かすか? 俺じゃ真田先輩の代わりにはならねーけど、青木よりはいいパンチ打てるぜ? ボクサー相手の練習にどうよ?」

 

 自分でもまずいとは思っているのか、石見はやけに饒舌だ。

 そして親切だ。何でそんなに親切にするのか、と聞くと

 

「俺も真田先輩の試合見てボクシング始めた口だからな。やっぱ真田先輩にはフェアに戦ってほしいし、たぶん真田先輩もそれを望む。青木と違って正々堂々、試合には誰よりも真剣で真面目な人だから。

 それに、葉隠がこれ使って良い勝負できるなら、真田先輩にとってもいい事だと思う。

 欲を言えば俺が相手になってやる! って言いたいんだけどさぁ……俺を含めてうちの部じゃ先輩をまともに相手できる奴はいないし。青木を完封した奴への期待ってとこだな。つーかさ、いくら青木が弱くても攻撃完封したうえ全部寸止めで反撃とか何だよあれ。どんな練習したらできるんだよ。それにさー……」

「……とりあえず中で話すか? な?」

 

 俺への不満や議論で部の雰囲気が悪く、石見はだいぶストレスが溜まっていたらしい。

 さすがに十二時は超えなかったが、深夜まで真田(脳筋)のDVDを見ながら管を巻いていた。

 

 おかげで新しい収穫もある。

 一つはもちろん真田(脳筋)の映像。

 アナライズを駆使することで、得意な攻撃パターンといくつかの癖らしき動きを見つけた。

 

 二つめに石見のようなまともな部員もボクシング部にいたという事実。

 

 そして三つ、愚痴を聞いた限り、どうやら試合まで不良グループの妨害はなさそうだ。

 先輩方が手を打ってくれたようで、手が出せないと裏でぼやいているらしい。

 俺を嵌めようとしたのはやっぱりその連中だろう。

 

 おまけに聞いてみると、不良グループのリーダーはまさかのボクシング部“部長”。

 さらに以前、入部を頼みに行った天田を手酷く追い返して笑い話にしていたという。

 ソースは自慢げに話していた本人とのこと。

 

 棚倉さんも言っていた江古田のやり方なのかもしれないが……

 とりあえず負けられない理由が増えた。

 というか、潰すか? 物理的に。

 

 石見とかまともな生徒がいると知らなかったら、部活ごと社会的に潰そうかと思った。

 

 名門校の有名で将来有望な選手がいる部活の不祥事とか、マスコミのなかでもマスゴミ(・・)と称される出版社、あるいは記者にタレこめば適当に騒ぎ立ててくれそうだし。……いや、この前の雑誌記者さんに連絡を取るほうが有効だろうか? そこから江古田のネタと合わせて広く……

 

 でもそれにもリスクはある。今は試合に集中すべきだろう。

 それでダメなら、だ……フフフフフ……

 自分の中に、黒々としたナニカを感じる……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 6月13日(土)

 

 夜

 

 昨日、妙な事があった。

 

 タルタロスでシャドウに苛立ちをぶつけていたら、あっという間に影時間が終わった。

 いつもと比べてまったく疲れていない。

 先日習得した治癒促進の効果だと思ったが、アナライズと体内時計で異常が発覚した。

 

 まず昨日、6月12日の影時間は“二時間十二分”

 バイクを乗り回した6月9日は“一時間四十八分”

 

 影時間の長さが違う(・・・・・)

 

 他の日の記憶を引き出すと、新月の日は“一時間”、満月の日は“三時間”。

 新月に近づくほど短く、満月が近づくほど長くなっているようだ。

 一日の変動は八分ということで、長さの違いについてはおおむね把握できた。

 

 だがしかし、それは街中で行動した時に限る。

 

 一番重要なタルタロスの滞在時間については規則性がなく、滅茶苦茶なのだ。

 最長の三時間を過ぎていた日が多く、倍の六時間以上いた日もしばしば。

 それは時間の感覚が狂っていたんだろうけど……

 

 問題は、なぜ俺は“日を(また)がなかった”のか。

 ……山岸さんの事件では、数日間影時間に落ちた彼女を救出する。

 その時には本人の体感と救出メンバーの時間の流れが異なっていた。

 だからこそ助けられると言っていたはずだが……

 

 一日分の影時間を越えたら、必ずしも次の日の影時間に入るわけではない?

 でなかったら、俺は無断欠席でもしてとっくに気づけたはずだ。

 これはどういう事なのか……今度ストレガに聞いてみよう。

 

 

「さて……」

 

 明日に備えて今日はどこにも行かず、バイオリンを弾いて休もうとした、その時。

 携帯が鳴った。

 

「はいもしもし、山岸さん? 何かあった?」

『夜遅くにごめんね。えっと、葉隠君、ボクシングガウンって持ってる?』

「ボクシングガウン? いや、持ってない。明日の用意にあったか?」

『ないんだけど……明日の試合、動画用に入場シーンも撮ることに決まったんだって。私もさっき木村さんから聞いたの。真田先輩はいつも試合で使うのがあるらしいけど、葉隠君はあるの? って。

 試合には関係ないけど、見栄えを気にしてたよ』

「う~ん……分かった、とりあえず代わりになりそうな物を探してみるよ」

『うん、無理はしなくていいと思うから。それじゃ、また明日』

 

 使えそうな物あるかな……




影虎の疲労が治った!
江古田の新たな弱みを握った!
石見から真田のDVDを貰った!
比較的まともなボクシング部員もいることを知った!
ボクシング部の愚痴を聞いた!
影虎は機嫌が悪くなった……
“体内時計”習得により、異常に気づいた!


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89話 開戦

 6月14日(日)

 

 朝

 

「頑張れよ!」

「応援してるぞ!」

「身の程知らず……」

「終わったな」

 

 通りかかる生徒から声をかけられながら寮を出る。

 ランニングをしながら。

 

 体調、良し。

 気力、充実。

 コンディションは良好だ。

 

「おや、来ましたね」

「おはよう、葉隠君」

「「お疲れ様です! 兄貴!」」

「先輩、調子はどうですか?」

 

 学校に着くと、パルクール同好会メンバーが校門前で待っていた。

 

「皆、来てくれたのか」

「当たり前っすよ!」

「僕たちも部員ってことで、直に見られるって言われたんです」

「当然、応援に来るに決まってますって!」

「あはは……皆気がはやっちゃって、ちょっと早く来すぎちゃった」

「でもその分、控え室の場所などは確認してありますよ。さぁこっちへ」

 

 案内された場所は保健室。

 

「ヒヒヒ、適当に座ってください。……いえ、着替えたらそっちのベッドで横になってもらえますか? この際ですし、ちょっと体の調子を診ておきましょう」

 

 言われた通りに着替え、試合用のトランクス一丁でうつぶせに寝転がって診察を受ける。

 

「……………………え~っと……そうだ、葉隠君、ガウンの代わりってどうなった?」

「それなら持ってきたカバンの中、開けて確かめて。あれで良かったのか……ない方がマシかもしれないし」

「わかった」

 

 目のやり場に困っていた山岸さんは、すぐ俺の荷物をあらため始める。

 

「……えっ? これって……」

「うっわ! すっげぇ!」

「先輩これどうしたんすか! 刺繍とかマジでカッケーっす!」

「僕知ってます、特攻服って言うんですよね?」

「……うちの親父から貰った。どうも特注品らしい」

 

 白地の背中一面に、文字ではなく精巧な黒い虎が刺繍された特攻服。

 まさかこれを使う日が来るとは思わなかった……

 

「失礼する。……むっ、どうした葉隠、まさか故障か? それにそこの服は」

「桐条先輩? すみませんこんな状態で。怪我ではないです。あと特攻服はボクシングガウンの代わりで、ダメですか?」

「ただの診察、試合前の最終確認ですよ。ヒッヒッヒ」

「そうか、ならばそのままでいい。服も君が良いなら構わない。まず紹介させてくれ」

 

 先輩が横にずれると、後ろから男女が三人入ってきた。

 ……知っている顔ばかりだ。

 

「やっほー、葉隠君。うはっ! なにこの体!」

「木村さん……」

 

 あいかわらずテンション高いな。

 

「私、葉隠君の担当になったから、そこんとこよろしくねっ」

「担当?」

「試合前の意気込みとか、そういうの聞きたいの。それからこっちが平賀先輩」

 

 顔立ちが若干幼く見えるけど、間違いない。文化部でコミュを作る先輩だ。

 

「はじめまして、葉隠です」

「どうも、写真部の平賀です。今日は新聞部の取材協力に…………」

「……平賀先輩?」

「! あっ、ごめん! つい。すごくいい顔色だったから。体調は良さそうだね」

「ヒヒヒ、さすがは大病院の一人息子。顔色で分かりましたか。影虎君、もういいですよ。平賀君も言いましたが、コンディションは整っているようですねぇ」

「ありがとうございます」

 

 最後の一人へ目を向ける。

 

「彼は今日のレフェリーを務める」

「……荒垣だ」

 

 まさか荒垣先輩がレフェリーとは思わなかった。

 しかも服装がいつものロングコートとニット帽ではない。

 長袖のレフェリー姿だ。

 

「この通り無愛想ではあるが、公正な判断のできる男だ」

「お前が葉隠だな? アキが迷惑かけてすまねぇ」

「アキ……」

 

 さてどう答えるか……と悩むと、荒垣先輩は勝手に勘違いをしてくれた。

 

「お前の対戦相手だ。俺はあいつの……幼馴染ってやつでな。もちろん贔屓をするつもりはねぇ」

 

 この人なら、そうだろう。

 

「信用させていただきます」

「あ? おう」

「なんだ、随分と素直だな。もう少し何かあるかと思ったんだが」

「先輩はまともな人みたいですし。それに、うちの和田と荒井を桐条先輩に引き渡した方ですよね?」

「……誰だ?」

「俺らっすよ!」

「あの時はあざっした!!」

「荒垣、お前が私に押し付けた二人だ」

「あの時のか!? お前らだいぶ変わったな」

「最初は正直、なに押し付けてんだと思いましたけど、今はもう」

「……葉隠、本当に大丈夫か? やはりいつもと様子が違うぞ」

 

 自覚はある。

 けど、不安や緊張ではない。

 これまで俺なりに鍛えた体と技がある。

 準備期間に体も休めた。

 昨日は腹を立てたが、一晩空けて妙に落ち着いている。

 感想も淡白というか……まるで自分を含めて客観的に見ているようだ。

 ペルソナを使っていないのに。

 以前親父に連れて行かれた時とは違う。

 けど、同じくらい調子がいい。

 

 再度問題ないことを伝えると桐条先輩はルールや入場の説明をはじめ、さらに木村の取材と撮影も受けて、俺は試合の用意を整えた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼

 

 十二時まであと十五分というところで召集がかかる。

 

「いよいよですね」

「ああ」

「大丈夫ですって!」

「兄貴ならやってくれますよ!」

「ヒヒヒ……」

 

 不安そうな天田や山岸さんとは対照的な二人、そしていつも通りの江戸川先生を伴って、俺はボクシング部へと向かう。

 

 すると部が近づくにつれ、廊下に立ち並ぶ男子の姿が増えた。

 ボクシング部の部員だろう。

 あちらは部員数が多すぎるので、室内に入れるのは一部と聞いている。

 少しでもプレッシャーを与えたいのか、彼らはこちらを睨んでいる。

 

「うう……」

 

 山岸さんには少々きついか。

 

「大丈夫。こいつらは睨むことしかできないから」

 

 敵意の込められた視線はすべて俺に向いた。

 俺への罵声もぼそぼそとつぶやかれている。

 しかし、それ以上はない。

 

 きっと生徒会が目を光らせてくれているからだろう。

 しかし、逆に言えばそれだけで黙りこんでしまう程度の連中ということになる。

 同じボクシング部員でも石見とは違う。

 あれは下手をすれば自分の立場を危うくしたはずだ。

 

「おや」

「……来たか、葉隠」

「真田先輩、今日はよろしくお願いします」

 

 部室の前に立っていた真田(脳筋)と数人の上級生。

 

「以前とは随分違うな。集中したいい顔をしている」

「それはどうも」

「真田先輩、入場準備お願いします!」

 

 目を輝かせた女子生徒が告げ、俺たちを扉から離す。

 

 数秒後。それらしい音楽とアナウンスが扉越しに轟いた。

 

「残念ながら連勝記録はストップ! しかぁーしっ!!! 試合に出れば無敗のボクサー!!! 真田ァーー!! 明彦ォーーーー!!!」

 

 湧き上がる歓声とともに開かれた扉は、真田と上級生数名が入ってから閉じられる。

 

「……はい、んじゃ次だからさっさと用意してね」

 

 態度変わりすぎじゃない? この女子。

 まぁいいか。

 

「山岸さん」

「はいっ」

 

 特攻服の上着に袖を通す。

 

「中間試験、学年一位の秀才にして! 父親は元暴走族との噂あり!! 喧嘩の腕前は父親譲りか!? 空手家としての実力はいまだ未知数! 葉ァー隠ルェー!! 影虎ァーーー!!!!」

 

 先ほどよりもおざなりな歓声を補うように、巻き舌のアナウンスと拍手が海土泊(あまどまり)会長の喉から響き渡っている。

 

 というか、このアナウンス会長がやってたのか。

 

「おおっと! なんと葉隠君は特攻服でのご登場!! 気合十分といった面持ちだぁ!! そのままリングへ上がります!

 えー、なおこの異種格闘技戦の実況と解説は私、海土泊(あまどまり)清流(しずる)。ジャッジも私と桐条美鶴、武田光成。レフェリーは荒垣真次郎でお送りします! 動画をご覧の皆さんどうぞよろしくっ!」

 

 視聴者向けの発言を背中ごしに聞きながら、俺はとうとうリングに立った。

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

「試合は三分一ラウンド、KOか同じラウンドで三回のダウンで負けだ。十二ラウンドで決着がつかなきゃ判定。目、金的、後頭部、延髄を狙った攻撃の禁止。肘、膝、頭突き、あと寝技に関節技の使用禁止。蹴りも含めて打撃は制限なしだ……いいな?」

 

 慣れない様子の荒垣先輩から禁止事項を確認し、同意する。

 向こうも同意を示し、拳を構えて向かい合う。

 

「始めんぞ……………………ファイトッ!!」

 

 宣言に続いてゴングが鳴った。

 軽く左拳を脳筋の拳に当てる形だけの挨拶。

 そしておたがいに距離をとる。

 

「これは最初から対照的だ。軽快なステップを踏む真田選手に対し、葉隠選手はどっしりと地に足をつけ、すり足で距離を縮めているっ」

 

 じわりじわりと間合いが詰まる。

 …………来た。

 

「先制攻撃は真田! ……しかし葉隠はこの左ジャブを避ける! 避ける!」

 

 遅い。

 DVDの映像よりも遅い。

 これはまだ様子見だ。

 ならばこちらも手を出してみよう。

 

 ジャブを捌いて逆の手で突く。

 

「ここで葉隠の反撃ー! しかもこれは皆さんもご覧になったでしょう! 青木君との動画でも最初に使われたあの一撃だ!!」

 

 だが、やっぱり青木と同じようにはいかない。

 真田は微塵も慌てる事なく右のグローブで防ぎ、バックステップ。

 距離が開いたが、今はこれでいい。

 

 次も。

 また次も。

 フックやアッパーも単発であれば(・・・・・・)簡単に避けられる。

 徐々に速度を上げた拳が飛んでくるが、冷静にジャブだけを潰し続ける。

 ゴングが第一ラウンドの終わりを告げるまで。

 俺の一撃がグローブに突き刺さる度に、真田の雰囲気は若干楽しげなものに変わっていた。

 

「ヒヒッ、体力はまだありますね?」

「お疲れさまっす!」

「水いりますか?」

 

 コーナーに戻った俺に、セコンドの江戸川先生たちが世話を焼こうとする。

 

「余裕です。水はまだいい」

「うっす」

 

 椅子に座り、ほとんど使っていない体力の回復に努める。

 

「第一ラウンドを終え、両者ともにまだ余裕を残している様子です……今のところはどちらが優勢、ということはないですね」

「葉隠が善戦していたように思えたが、違うのか?」

「確かに真田君が攻めこんで、葉隠君が押し返していたから武将(武田光成)が言うようにも見えるけど、あれはまだまだ様子見だよ、どっちも。あえて優劣をつけるなら葉隠君になるけど」

「……解説役なら初心者でも分かるように説明しろ」

「んー……まず葉隠君が反撃をしていた時。そこで真田君が必ず打っていた“ジャブ”ってパンチは威力よりも速さ重視で、格闘技における“最速の打撃”って呼ばれたりするんだよ。

 ただし、さっきも言った通り威力が低い。もちろん当たれば痛いけど、けん制やコンビネーションの起点に使われることが多い。単発の大技だけだと当てにくいから、小さく速い打撃で翻弄しつつ隙を突いてドーン! と一発って感じ」

「葉隠がジャブを封じていたから、真田は押し戻されていたというわけか?」

「それに左ジャブで腕が伸びて、腕を引く前に右を防御に使わせていたから、真田君はすぐに次のパンチを打てない状態だったね。だからすぐに、自分から後ろに下がって防御体勢に入った。まぁ第一ラウンドはお互いに探り合っただけだろうから、本気になったら分からないね」

「なるほど……さすが格闘技オタクだな」

「なんだよぅ、女子が格闘技観戦を趣味にしちゃ悪いのかよぅ……」

 

 よく見てらっしゃる。

 付け加えるならリーチの把握と体力の温存も目的だ。

 このままの試合運びなら、より激しく動く真田の方が消費は激しい。

 本気になるのは次か、その次か。



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90話 試合中

 ~真田視点~

 

「真田、なにやってんだよ。もっとガンガン攻めていけって」

「相手の出方を見ていました」

「そんなことする必要ないだろ!」

「こらこら、そんなに声を荒げるんじゃない……真田も、もう少しこいつらの気持ちも考えてやってくれんか?」

「葉隠が青木に怪我をさせたという話ですか。江古田先生?」

「うぅむ……葉隠が犯人なのかは定かでは……ないが、しかし他にも」

 

 くだらん。

 

 葉隠の動画に青木が怪我をする要素は無かった。

 怪我をしたと言うなら、間違いなくあの動画の後。

 しかし葉隠が裏で痛めつけるような真似をする生徒でないと美鶴は言っていた。

 俺も同感だ。

 

 悪評と騒ぎを払拭するためにと頼まれて来たが、コーナーを背にして向けられる目にはそれ以上の、明確な闘争心を感じる。

 裏で小細工をするにしては、妙なまっすぐさを感じる。

 

「次のラウンドからペースを上げます」

 

 葉隠の実力も期待以上だった。

 美鶴はあまり一方的な試合は困ると言いたそうだったが、心配ないだろう。

 

 思えば最初に会った時から、他の奴らとは何かが違った。

 それが何かは未だに分からないが、強さなのか? ただ興味があった。

 それにあいつも俺のことを初めから敵視していた。

 試合になるのは必然だったのかもしれないが……

 

「セコンドアウト!」

「行ってこい! 真田!」

 

 ……いつも通りにやればいい。

 

「ファイト!!」

「シッ! くっ……」

「おっとまたこの展開だ! 真田はペースを上げてきた! しかし第二ラウンドもにらみ合いか!?」

 

 まだ足りないか!

 

 逐一ジャブを封じてくるおかげで手が出しづらく、体力だけが奪われていく。

 まったく嫌な手だが、気は(たかぶ)る。

 

 とにかく俺はこの状況を脱して自分のリズムを作らなければならない。

 そのためには葉隠のこの手を振り切る必要がある。

 ……つまり葉隠、お前はこう言いたいのか?

 本気を出せ、と。

 

「シッ!」

「あーっとまたスピードが上がった! これは……真田選手、本気です! 葉隠選手、ついていくが若干苦しいか? いや! 一辺倒な試合運びから一転。今度は激しい打ち合いだ、葉隠選手もしっかりと手が出ている! 負けていません!」

 

 空を切る拳の音が耳元に響く。

 おそらくもう既に、後ろで見ている先輩方には対処できないだろう。

 スパーリングではここまでやる前に終わってしまう。

 

「! チッ」

 

 くっ、入ると思ったが。

 

「あっとおしい! ガードの上だ! これはまだっ!?」

「グッ!」

 

 葉隠が初めて自分から前へ出た。

 間髪入れずに横殴りの衝撃が左腕に響く。

 

「痛烈なハイキックが真田を襲った! ガードの上からでも歪んだ表情が、蹴りの威力を語っています! ボクサーゆえに警戒が薄かったか真田選手! これが異種格闘技戦! 二人が己のすべてを出し切り戦う一戦なのです!」

「……興奮しすぎだ、落ち着け清流(しずる)

 

 ハイに続くロー。

 空振りかと思えば着地点を軸に、さらに後ろ回し蹴り。

 

「!」

 

 今度は引かれた蹴り足が弧を描いて降ってきた。

 低い体勢のまま前後左右に揺れる妙なステップから繰り出される軽快な足技の連続。

 この一発が、拳とは比べ物にならない!

 

 葉隠の拳は、一撃で勝負を決める威力を持つ“ハードパンチャー”の拳ではなかった。

 連打や急所狙いで相手を倒すタイプのファイターだと思っていたが……?

 

 足技の雨を凌ぐ最中、見つけたのは隙ではなく、既視感だった。

 

 ……どこかで……!!

 

 一度疑問を抱けば、氷解は早い。

 ここ最近はそいつの事ばかりを考えていたからだろう。

 

 驚くべき速度といまひとつ威力のない拳。

 よく見れば背丈も近く見える。

 あのイレギュラーシャドウ、“翁”に。

 

「ッ!」

 

 つま先が鼻先を掠める。

 

「おっとかろうじて回避。……疲労でしょうか? 一瞬真田選手の動きが鈍ったように見えましたが」

 

 集中しろ。

 葉隠は人間だ。

 シャドウじゃない。

 しかし、こいつはシャドウと戦うつもりで丁度いいかもしれん。

 この緊張感を俺は求めていた。

 

 だが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~桐条視点~

 

 リング上では息つく暇もない攻防が続いている。

 

「攻守逆転し激しさを増した第二ラウンドを終え、始まった第三ラウンドは早くも半分を過ぎました。両者手数を増やしているものの、実力は拮抗しています! 互いにクリーンヒットがないまま、試合はヒートアップするばかり! ……ねぇ美鶴。いまさらだけどさ、これ大丈夫かな?」

「大丈夫と信じたいですね……」

 

 明彦め、あれは完全に影時間と同じ気合の入れ方じゃないか!

 葉隠も、あの落ち着きは嵐の前の静けさだったようだな。 

 明彦の我慢が足りないのか、本気を引き出す葉隠が手ごわいのか……

 

 意外と言っては葉隠に失礼だが、明彦がここまで本気を出せるとは思っていなかった。

 どちらも手加減をしろとは言わないが、事故には気をつけてもらいたい。

 

「さぁ、残り時間は三十秒。ここまで激しく動きながら、両者とも動きが衰えません!」

 

 本当によく体力が続くものだ……

 リズミカルに次々と繰り出される蹴りで、技と技の繋ぎ目が分かりにくい。

 明彦も踏み込む隙を探っている。

 

 ここだ!

 

 明彦の目がそう語った直後。

 

「真田が仕掛けた!! 蹴りをかわして前へ出る!!」

 

 葉隠が蹴りを出した直後、強引に攻め込む明彦。

 ここで初めて葉隠が体勢を崩した。

 

「シッ、シッ! シッ!!」

「……!」

 

 パンチを手で捌き、後退して場をしのぐ葉隠。

 だが、もう後がない。

 

「葉隠選手、コーナーに追い詰められた!」

「コォッ!」

 

 会長の実況と同時に足が止まり、腹部に拳が突き刺さった葉隠から息が漏れた。

 

『オー!!!』

「先輩!」

「「兄貴!!」」

 

 ボクシング部員とパルクール同好会。

 

「!」

 

 双方から上がる声を、掻き消すようなグローブの音が響く。

 音の元は、拳を振りぬいた葉隠(・・)

 そして、明彦(・・)の体が傾き……倒れた。

 

「! ダウン!! ニュートラルコーナーだ!」

「嘘……」

 

 一瞬の静寂が流れた後、荒垣の宣言で撮影担当の女子が呟いた。

 

「おい真田!」

「真田! ……真田!!」

 

 ……私も驚いたが、そこまで大騒ぎすることではないだろうに……

 本人もいたって普通に立ち上がる。

 

「真田選手、ダメージは少ない様子ですが、ダウンです! 試合開始から初めてのクリーンヒットを受けたと思われた葉隠選手! なんと直後にダウンを奪いました!! そしてそのまま試合再開。っと! ここでゴングです」

 

 休憩か……

 

「少し失礼します。……明彦、大丈夫か?」

 

 明彦に集まるボクシング部員は、声をかけると渋々離れていく。

 

「美鶴? 助かった、平気だ」

「本当か? ダウンしていたが……」

「ダウンしたからこそだ。倒れたおかげで威力も逃げた。それよりここに来ていいのか? 中立のはずだろう」

「別に味方をしにきたわけじゃない。……歯止めが利かなくなりそうに見えたので釘を刺しに来た」

「そっちか」

 

 会話はしている。しかし視線は葉隠に釘付け。

 

「葉隠をどう思う?」

「強いな。鍛え方が他と違う。特に守りが堅い。足技が邪魔でフットワークも早い。足をやり過ごしても今度は手を使って防御と反撃。さらにもう一歩押し込んで、ようやく体に一撃だ。それも効いたかどうかわからん。これまでのリングでは味わえなかった感覚だ」

「やはり実戦のつもりで戦っていたな?」

「そうすべき相手だと思った。それに、あいつの戦い方は“翁”に似ている」

 

 あのイレギュラーに、だと?

 ペンテシレアの索敵能力はお世辞にも高いとは言えない。

 だが人とシャドウの判別に失敗したことはない。

 

 いや、それよりもあまりその名前を出さないでほしいのだが。

 表向きは暴行犯になっているが、シャドウの話だぞ。

 荒垣や葉隠、その他にも大勢この場にはいるというのに……

 

「フッ、葉隠が翁とは俺も思っていないさ。偶然戦い方が似ているだけだろう。それに葉隠は翁よりも強いぞ。あいつの拳は翁より(・・・)“重かった”。威力もそうだが、それ以上に感情のような……翁からも怒りは感じたが、葉隠……もなぜか俺を嫌っているようだが、あいつはそれだけではなさそうな……とにかく受けた感覚が違う。

 もし同一人物なら、急成長の秘訣を聞かせてもらいたいくらいだ」

「……それにしては嬉しそうじゃないな?」

 

 ここで初めて明彦は私を見た。

 普段ならもっと嬉々としているはずだが、今日はやや陰りが見える。

 

「対戦相手のリサーチは常識だろう、事情は理解している。本当なのか?」

 

 そういえば昨日は珍しくパソコンで学校の掲示板を見ていたな……

 遅くまで葉隠の動画を見ていたと思ったが、私が説明した以上の内容も自分で調べたか。

 

「怪しいな」

 

 まだ未確定だが、おそらく正しいことを伝える。

 

 事の発端となった青木は、“明彦もいるボクシング部”所属である事を笠に着ていた。そういった輩は他にもいるのだろう。現在はいわゆる“パシリ”という行為が部内部外問わず日常的に行われていたと見られている。

 

 まだ金銭などを奪われたという話はないが……厄介なことに“パシリ”なる行為をしていたと見られる生徒の中には、“自分は後輩だから”と慣習であったり、部外の生徒でも“ただの応援行為”として善意で行動したと考えている者も多く、海土泊(あまどまり)会長の情報網を持ってしても情報の集まりが悪い。

 

 ただ一つ、“ボクシング部を優遇する”という暗黙の了解が成り立っていたのは確実だ。

 明彦はただ純粋に強さを追い求めていただけだろう。

 しかし一人の“部員”として打ち立てた連勝記録が助長していた一面はある。

 

「認識が甘かったんだ。お前も、私もな」

「そうか……」

「言っておくが、わざと負けるような真似は逆効果だぞ」

「誰がするか。さすがにそれ位は分かる」

「セコンドアウト!!」

 

 一分とは短いものだな。

 明彦は一瞬だけボクシング部員を見て、リング中央へと歩み出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~影虎視点~

 

 嫌な汗かいた……シャドウと間違えられたのは正解だった。

 戦い方でばれかけるとか、どんだけ脳筋なんだかなっ!

 

「葉隠選手の猛烈な足技!! いったいいつまで続くのか! 真田選手の攻撃は効かなかったのかー!?」

 

 効かなかったのか? 

 

 効いてるよ! 

 

 ガードした手は痺れるし、腹殴られた時は息が詰まった。

 さすがにペルソナ使いなだけはある。

 

 しかし日ごろのタルタロス効果が出たのか、調子はいい。

 話を聞くと、あっちは集中できていないのかもしれないが……こちらには関係ない。

 

「ふ、っ!」

「ぐっ……」

「裏回し蹴りが炸裂ー!! 攻め込む真田の足が止まった! さらに追撃の回し蹴りっ……あ!」

「っ!」

 

 懐に!

 

「コォッ!」

「チッ!」

「なんと葉隠選手、またも微動だにせず果敢に打ち返す!」

「……あれはいったいどうなっているんだ?」

「おそらく空手の“三戦”でしょう! 一説によると足場の不安定な船上で戦うことを想定して発達したといわれる空手の型であり、下半身に力が入る安定した立ち方です! またこれにより筋肉を締め、高い防御力を得られるとも聞いた覚えがあります」

「真田先輩! 頑張ってください!!」

「なにやってんだ真田!」

「負けんじゃねぇ、負けんな!」

「勝てー!!」

 

 リング外から真田への応援が轟く。

 

「いよっしゃあ!!!」

「兄貴!! やっちまえー!!!」

「が、がんばれー」

「先輩!!」

「ヒヒヒ……その調子です」

 

 俺の背中にも、皆の声援が届いたその時。

 

 ロープを背にした真田のガードがやや下がり、癖が現れた。

 

 まずフック、次に

 

「っ!?」

 

 予期していない突然の目の眩み。

 視界が白く染まり、頭を衝撃が貫いた。



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91話 波乱

「うっ……」

 何だったんだ今の光、右目がかすむ。

 兎にも角にも体勢を整え……

 

「ストップ!!」

 

 っ! 荒垣先輩?

 

「葉隠君!」

「影虎君、こちらへ!」

「「兄貴!」」

「先輩!」

「貴様! 何をしている!?」

 

 どうしたんだ? 皆が慌てている。

 桐条先輩まで声を荒げて。

 

「おい葉隠、早く戻れ。出血してんぞ」

 

 出血……? 痛っ

 

 殴られた部分に手をやると、傷口に染みる感覚。

 そしてグローブには血がついていた。

 なるほど、そういうことか……?

 

「影虎君!」

「おっ、とっ」

「こちらへ。治療しますよ!」

 

 江戸川先生に引っ張られて椅子に座ると、黒髪メガネで山岸さんに負けず劣らず気弱そうな女子が詰め寄られていた。

 

「どういうことか説明してもらおう」

「試合中フラッシュの使用は厳禁。そう注意したはずだよね?」

「で、出来心だったんです! 二人が、近くまで来たから良い写真が撮れると思って……でも真田君が劣勢なのを見てたらっ、つい」

 

 そういえばロープの後ろにカメラを持った人がいたような……

 至近距離のフラッシュを受けて、真田のフックを避けそこなったのか。

 右目は血が少し入ったみたいだ。

 

「ふざけるな!! 俺が、俺はそんな事で勝っても嬉しくはない」

「ごめんなさい! ちょっと、悪戯のつもりだったんです!」

「……俺に謝っても仕方がないだろう……葉隠、具合はどうだ?」

 

 愕然としていた真田だが、女子を相手に声を落としたまま、弱弱しく聞いてくる。

 俺は大丈夫だと思うが。

 

「江戸川先生?」

「……正直なところ、微妙ですねぇ」

「なっ!」

「だったら無理せずここまでにしたほうが良いんじゃないか?」

「だよなぁ……ったく、何してくれんだよ」

「おかげで試合が台無しじゃないか」

 

 真田のセコンドからそんな意見が飛び出し、他の取材要員からもしらけた空気が漂う。

 

 試合中止。

 出血が理由であれば、結果は俺の負けになる。

 俺はまだ動ける。

 こんな終わり方があるか!

 

「微妙ってことは、試合を続けられなくはないんですよね」

「葉隠。あまり無理をするんじゃない。ここで無理をして先々で問題が起こったら困るのはお前だぞ? ここは安静にしてだね……」

「試合中の出血なんて、格闘技じゃ珍しくもないでしょう。いちいち大騒ぎすることじゃないですよ。江古田先生」

 

 言葉がいちいち白々しい。部屋の隅で大人しくしていてくれ。

 視線を送ると、江古田は身を震わせて引き下がった。

 

「……いいでしょう。試合続行は可能です。しかし傷がこれ以上大きくなるとドクターストップですよ」

「ありがとうございます」

「だったらこの話はまた後で! 試合を再開するよ! 二人以外はリングから出て! それからもう一度言うけど、試合中のフラッシュ使用は厳禁! それ以外の妨害行為も当然ダメ! いいね?」

「ちょっと会長、それ俺たちにも言ってるんですか?」

「俺らはそんな卑怯な真似しませんって」

「そうっすよ、今のはそこの女子が勝手にやったことでしょう。まさか、俺らがやらせたとか疑ってるんですか?」

「この場にいる全員に、例外なくだよ」

 

 腹に据えかねた様子の会長。

 そして試合は再開されたが……かなり分が悪くなってしまった。

 

「シッ! シッ!」

「! く……」

「またボディーか……葉隠は素人目にも明らかに動きが悪くなったな。出血も目立つ」

「彼の傷は試合中断の一歩手前だったみたいだからね。これ以上傷を大きくするとドクターストップで負けになりかねない。だから顔をがっちり守って、その分ボディーを打たれてる。

 さらに片目に血が入って視界も制限されてるから、相当距離感が掴みにくいはずだよ。ガードで手も出しにくいだろうし、足もうかつに出せない。そんな状態でも思ったより反撃できてる。けど……」

「ハンデを背負ったまま、簡単に倒せるほど真田は甘くないか」

 

 腹立たしいが解説の通りだ。

 水を差されて思うところはあるようだけど、拳の動きには違いが見られない。

 どうすれば

 

「ストップ! ゴングだ」

「……」

 

 試合が止まると疲れが一気に襲ってくる。

 体が、拳が、重くなってきた……

 

 江戸川先生を始めとしたセコンドの三人が世話を焼いてくれるが、一分ではたいした回復が見込めないまま五ラウンドの開戦を告げるゴングが鳴る。

 

「シッ! シッ! シッ!」

「………………」

 

 次々と襲い掛かる拳に耐えながらチャンスを待つ。

 そしてコンビネーションの癖が出た!

 

「がっ!」

 

 横っ面を叩いたはずみに真田のマウスピースが落ちた。

 しかしさらなる追撃には失敗。

 打開策が見つからない。

 

「……どうして戦うんだ?」

「急になんですか」

 

 マウスピースを失った真田が口を開いた。

 

「ふと気になってな。考えてみたら、まともに会話をした事がない」

 

 だからって試合中に話すか?

 格闘技で試合中に挑発してる場面は見たことがあるけどさ。

 余裕か?

 

「最初に会ったとき、俺はお前を試合に誘った。だが気乗りがしない様子で断っていただろう。それが今日はここまで戦い、怪我を負ってもやめようとしない。だから知りたくなった。葉隠がどうして戦うのかが。

 初めは俺を嫌っているからだと思ったんだが、どうも腑に落ちない」

「何がです?」

「俺の人気がどうだと絡んでくる奴はごまんといたが、お前が俺を嫌ってるのはそんなくだらない理由じゃないんじゃないだろう? それくらいは拳を交えれば分かる。

 だが、俺はお前に深い理由で嫌われるおぼえはない。今ならともかく……お前は最初からそうだった。はがくれでの食事が腹に据えかねたのは本心としてもまだ納得できん」

 

 戦う理由が知りたい。

 そう言った真田は、今の自分のあり方に疑問を抱いているのが目に見えた。

 その姿は今まで俺が見た中で最も弱弱しく、そして何よりも……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不快だ。

 

「真田先輩」

「何だ? っ!?」

 

 こちらを認識させてから、顔面をめがけて一撃。

 

「おおっ!? 葉隠選手、これまでと違う力任せの攻撃! ガードされたにもかかわらず、むりやり押し込むように振りぬいた! 真田選手にたたらを踏ませたが……一体どうした!?」

「葉隠?」

「先輩!」

「どうしたんすか?」

「なんか兄貴の様子、変じゃないか?」

「怒ってるみたい、すごく……」

「……」

 

 俺と真田を中心に、ざわめきが周囲に満ちていく。

 

「いまさらかよ……」

「何か気に障ったか」

「これ以上なく、な。今のあんたは見ているだけで気分が悪い」

「……随分と嫌われたもんだ。それがお前の本心か?」

「ちょ、ちょっとお二人さん。これ試合! 試合だからね! 聞いてる!?」

 

 会長が口を挟むが、もう止められない。

 

「真田明彦、あんたが戦うのは“強くなるため”。違うのかよ。……もう二度と、“妹”を亡くした時と同じ後悔をしないために」

 

 俺の言葉を聴いた真田は、目を見開いた。

 

「葉隠、お前どうして」

「……強くなることだけ(・・)に集中してるあんたは興味もないだろうけど、ボクシングで連勝記録を重ね続けた有名人なんだ。ボクシングを始めた理由、目標くらい何度も聞かれただろ」

 

 実際に昔ネットで調べた限り、妹がいたと過去形で書かれていた記事もあった。

 

「……どこかで話したかも知れんが、それがいま何の関係が? 妹を悪く言うようなら、さすがに容赦できんぞ」

 

 肌を刺し貫くような眼光だ。

 雰囲気も急激に冷たくなっていく。

 当然ながら、無神経に触れられたくはないだろうな。

 

「妹さんをけなすつもりはない。俺が気に入らないのはあんただよ、妹を守れなかった兄さ、っ!」

 

 言い切る前に一撃。

 ズシリと重い衝撃が腕に当たる。

 

「訂正しろ葉隠ッ!」

「事実を言ったまで……いや、一箇所訂正がある。あんたは守れなかったんじゃなくて、いまだに何も守れない人だった」

「貴様ァアッ!!!」

 

 逆鱗に触れられた龍の如く、激昂した真田の拳が降り注ぐ。

 

 一つ、二つ、三つと体に着弾していく拳はこれまでよりも速く強い。

 しかし単調だ。傷以外の守りを捨てれば、体は痛むが掻い潜れる!

 

「がっ!」

「……文句があるなら言ってみろ、“今まで何を守ってきたか”」

 

 青木の件、ボクシング部の実態、天田を追い返した事……

 どれも真田は知らなかったんだろう。

 人間であれば、何か知らないことがあっても当然ではある。

 しかし、知らなければ何もできない。

 

「練習熱心、公式戦無敗。立派だよ。だけどそれだけできればもう弱く(・・)は無いだろ!? いまは力だって人望だってあるはずだ!

 知ってるのか? 周囲がどれだけあんたを優遇しているか、自分がどれだけ慕われているか。ボクシング部には純粋にあんたを尊敬して、フェアでいい勝負ができるように、俺に頭を下げに来た奴だっていたんだ。

 だけどあんたは力を求めてばかり……そんなんだから気づけない! 結局何も守れない! 妹さんの話もだ! 当時何があってどれだけ苦しんだか俺は知らないけどな、ただあんたが強くなるための口実にしか聞こえない……っ……キレるならまず何かをやってからこいよ……あんたはもう、何もできなかった頃とは違うだろ!!」

 

 感情ごと言葉を吐き出した所で、第三者の手が割って入る。

 

「ストップ、ゴングだ葉隠。……もういい」

 

 ……伏し目がちな荒垣先輩に気勢を削がれた。

 コーナーへ戻る。

 

「えー……試合が膠着状態に入ったからでしょうか。突如始まった舌戦の剣幕に実況を忘れましたが、これにて五ラウンドが終了!」

「「兄貴!」」

「あぁ」

「随分と怒っていましたねぇ」

「……どうしても我慢ができなくて……試合が終わったら、総スカンを食らう準備をした方がよさそうですね」

「……そうですかねぇ?」

「?」

 

 先生が視線を送った方には真田、と?

 荒垣先輩と桐条先輩がボクシング部員を遠ざけている。

 

「それより影虎君、傷の具合があまりよくありません……次のラウンドまではもたせますが、泣いても笑っても、それ以上は認められません。試合は次のラウンドが最後です。だからなるべく悔いのないように」

 

 それっきり先生は話すことなく、治療に手を尽くしてくれた。

 

 

 

 

 

「セコンドアウト!」

 

 六ラウンドの開始だ。

 

「さぁ第六ラウンドが始まります! ただいま入った情報によりますと、葉隠選手の怪我により試合はこのラウンドが最後となるようです!」

「これが最終ラウンドか……葉隠」

 ……どうしたんだ?

 

 恨み言でも言うつもりかと思いきや、真田の表情は真剣そのもの。

 それだけだ。

 

「先輩方に何か言われたか」

「一言ずつな。それからは邪魔者を追い払って、考える時間をくれた」

 

 冷静かつ芯の通った瞳で俺を見ているが、一分たらずで何があった?

 

「付き合いの短いどころじゃないお前がどうして分かったか知らんが、俺の中にお前の言ったような一面はあった。……だが、はいそうですかと納得もできない。お前に返す言葉も見つからなかった。

 だから考えるのをやめた。今回初めて知った事もあるんだ。お前の言葉はそれと合わせて、時間をかけて考えることにする。今は……お前を倒すことだけを考えさせてもらう。力が欲しい、強い相手と戦いたい、そして勝ちたい。それ()俺だ」

 

 メンタルが強いというか、図太いと言うか……

 方向性はともかく、迷いを振り切ったようだ。

 

「……なんにしても、いまさらここで話す意味は無さそうだ」

「同感だな」

「五ラウンドで意思までぶつけ合った二人に友情が芽生えたか!? 相手の力量を認め、静かににらみ合うなかで……」

「……ファイト!!」

「第六ラウンド開幕!!」

「―!」

 

 開始と同時に飛び込んでくる真田。

 拳のキレが、これまでと違う! っ

 

「あーっと捕まってしまったぁ!! やはり右目のハンデは大きいか!? 本来の調子を取り戻した……いや! それ以上にノッてきた真田選手の攻撃に耐え続ける!」

 

 くっ……打たれてまた血が出てきた……右が見えない。

 この目が見えればもう少しやりやすいのに!

 

 放った拳は空を切る。

 ペルソナ(ドッペルゲンガー)をこっそり使えば周辺把握も使えるが……それをやったら勝てたところで悔いが残る……!

 

 考えを否定した矢先に、一つの可能性が思い浮かんだ。

 実際に可能かどうかは分からない。

 しかしそれを悠長に考える暇もなく、俺は足を止めた(・・・・・)

 

「なっ!?」

「直撃ぃ!? 痛烈な右ストレートが葉隠の顔面を襲う! しかしどうしたことでしょう? 葉隠選手が自らその場に立ちふさがったような……真田選手も警戒して距離をとりま……おっと? なんでしょうあの左手を突き出した構え、じゃない?」

 

 これはただの確認だ。

 同じように右も確認。

 それから体の左半身をやや前に出し、斜めに構える。

 これで左目の視界に真田の右腕から左肩あたりまでが収まる。

 真田は……動いた。

 

「真田選手、前へ!」

 

 ジャブ、からの、左フック!

 

 後ろに下がった直後、俺の頭があった場所を素通りする拳。

 

「!」

 

 頬をピクリと動かした真田の追撃をかわす。

 

「おっ? おおっ!? どうしたことでしょう! 怪我から苦戦していた葉隠選手の動きが戻ってきた! 右からの攻撃もまるで見えているかのように避け始めました!」

 

 ポイントは“肩”。

 腕全体は視界に入らないが肩は腕に繋がり、その先には拳もある。

 だから肩を見て、腕と拳のある方向を判断できた。

 

 狂った距離感はストレートをあえて受け、一ラウンドの動きで確認。

 そして今の視界に合わせて修正。

 片目が塞がれても、手足の長さが変わったわけじゃない。

 だったら確かな情報を参考に、改めて測ればよかったんだ。

 “距離感”のスキルを習得したように。

 そして肩から得られた情報と修正した距離感を“アナライズ”の要領で統合することで、攻撃の位置を予測できた。

 

 賭けだった。気は抜けない。けど、できた。

 

 汝は我、我は汝。

 それはつまり、ペルソナは俺、俺はペルソナと言える。

 召喚しないと能力は十全に使えないが、日々能力を使って得た経験はある。

 それが実を結んだ!

 

「ぐっ!?」

「なんと足が出た!! しかもガードを無視して真田のこめかみを打ち抜いた!?」

「まるで“ショーテル”だな」

「ショーテル? それは何ですか桐条さん」

「エチオピアの伝統的な刀剣で、大きく歪曲した両刃の刀身が特徴です。その歪曲した刀身で盾を避け、敵を攻撃することを目的として作られたと言われています。

 足の甲での蹴りならばともかく、いまのは足首から先を伸ばしていないつま先での蹴り。明彦は腕で防ごうとしたがために、つま先が頭に届いてしまった」

「誰がこんな展開を予想したでしょうか? 一時は万事休すかと思われた葉隠選手が大・復・活! 土壇場で息を吹き返した!! しかし残り時間は二分を切った! ゴングまでに決着はつくのか!?」

 

 もう時間が無い!

 残る力の全てを振り絞り、一心不乱に戦った。

 そして真田も同じく隙あらば果敢に攻め込む姿勢。

 いつまでも続きそうな戦いだったが……決着の時は来る。

 

 もはや相手の動きしか見えなくなった頃。

 真田の顎を狙う俺の右拳。

 俺へ向かう真田の左拳。

 

 二つの拳が同時に放たれた。 



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92話 決着とその後

 鈍い音を伴って首が跳ね上がる。

 

 同時に放たれた二つの拳、当てたのは……真田。

 

 痛みすら感じない。

 半分だけの視界が揺れて、意識が閉じていく……

 負けたのか……? 

 結局、主人公(原作組)には勝てないのか…… 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

『……!』

「は」

「ま」

「」

 

 …… 

 

 声が、聞こえた……

 のけぞる体。

 妙にゆっくりと流れていく視界にうちの部員たちの姿が映りこむ。

 皆、大口を開けて何かを叫んでいる……

 

 何を言ってるか聞こえない。

 けど、声援なのは……分かる。

 

『負けないんじゃねぇんだよ……負けられねぇんだよ……』

 

 特攻服が目に入り、親父の声が聞こえた気がした。

 

 ……負けられない……

 

『人の手では変えられない宿命と言うものもありますが、“未来(運命)”は定まっていません。ゆえに、今の行動や考え方によっては変えることもできるのです』

 

 江戸川先生……いつだったっけ……まだ最近のことなのに、だいぶ前のように感じる。

 

 原作、変えようとしてんだよな……俺。

 

 駆け巡るように浮かぶ過去の記憶。

 

「コフッ!」

 

 肺にたまった空気が抜け、顔の痛みを強く感じる。

 意識がやや明瞭になったと思えば、体は崩れ落ちかけていた。

 崩れ落ちかけている(・・・・・)、つまり!

 

 負け……てない! まだ負けてない!!

 

 体に鞭を打ち、足を踏ん張る。

 すると目の前に真田の顔が見えた。

 

 !!

 

 一も二もなく拳に力を込める。

 型はめちゃくちゃ、仰け反った体勢までバネにして。

 がら空きの顔面へ

 

「っらぁ!! っ……」

 

 拳に当たる鈍い感触。

 気合で振りぬいたはいいが、反動とめまいで足がふらつく。

 

「!?」

 

 かろうじて耐え、上げた腕を誰かに押さえられる。

 真田! ……じゃない?

 

「……荒垣先輩?」

「ストップだ! 聞こえてるか?」

 

 ストップ……?

 

「ぁ……」

「喋らなくていいからコーナーに戻れ。試合終了だ」

 

 先輩はそう言って真田に寄り添う。

 

 リングに倒れている(・・・・・・・・・)真田に。

 

「せんぱーい!!」

「「兄貴ー!!」」

 

 ! 皆が呼んでいる……

 

「兄貴!!」

「ぶったおしましたよ! ねぇ!」

「二人とも、けが人ですからやめなさい。うれしいのは分かりますがねぇ、ヒッヒッヒ」

 

 ふらつく足でコーナーヘ近づくと、ロープに身を乗り出した和田と新井にしがみつかれ、江戸川先生によって解放された。

 

「……最後、どうなった? 記憶が曖昧なんだ……」

「さもありなん。最後は直撃でしたねぇ」

「あれっすよ!? クロスカウンターってやつ! 先輩それくらったんすよ!」

「そのまま固まってた面に、先輩の一発が直撃したんです!」

「とにかく座り……いえ、もう保健室へ行きましょう。傷が開いてます。和田君、新井君、担架を!」

「「うっす!」」

 

 そのまま二人が用意した担架に乗せられ、俺はなすがままに運ばれた。

 

 

 

 

 

 

 ~保健室~

 

 搬送された俺は、到着するなりベッドの上で麻酔をうたれる。

 

「ヒッヒッヒ、よくもまぁこの状態で戦えたものです」

「先生……」

「動かないでください。傷を縫合しますから」

 

 痛みはないが傷口を圧迫される感触が断続的に続く。

 意識もだいぶ明瞭になってきた。

 

 ……勝ったんだよな? 肝心な所がすごく曖昧なんだけど?

 

 っ!

 

「痛みますか?」

「いえっ、大丈夫です。……ちょっと、今日の試合で成長できたようで」

「……なるほど、得るものがあったのですね。ヒヒッ」

 

 天田たちが部屋にいるので具体的なことは伏せたが、先生はスキルを習得したと分かってくれたようだ。

 

 “打撃見切り”  打撃回避力上昇

 “拳の心得”   拳の攻撃力上昇

 “足の心得”   足の攻撃力上昇

 “警戒”     注意力上昇 先制攻撃、不意打ちを受けにくくなる。

 “ヤケクソ耐性” ヤケクソ防御(無効)の下位互換 ヤケクソの状態異常にかかりにくくなる。

 

 一気に五つも。それだけ真田が強かったのか。

 

「失礼します」

 

 背中にかかる会長の声。それにこのヒールの音は桐条先輩。

 ……? それ以外にも足音がある。

 

「葉隠君の容態は?」

「鋭意治療中です」

「……縫うほどの傷でしたか」

「あんだけ血が出てたんじゃ無理もねぇ」

「荒垣先輩?」

「あん? ああ、その状態じゃ見えねぇのか……」

「会長と桐条先輩だけは声とヒールの音で分かったんですけどね……」

「俺もいるぞ」

 

 ! この声は……

 

「……あんた(真田)か」

「一度失神したんでつれてこられた」

「手が離せないので、真田君はそちらのベッドに」

「おら、さっさと寝ろ」

「分かってるから押すなシンジ!」

「はーい、真田君もけが人なんだから落ち着いて。で、連絡事項があるから聞いてね」

 

 何だろう?

 

「まず今回の勝敗は……葉隠君、おめでとう!」

 

 真田をKOした後もファイティングポーズをとれたため、俺の勝利になったとのことだ。

 

「そう、なんですか……? 正直最後、はっきりしないうちに終わったんですが……」

「証拠映像はバッチリ残ってるから、夜にでも掲示板を見てみるといいよ。それから……今日はごめんなさい」

 

 何で、謝る?

 

「試合に邪魔が入ったでしょう?」

「ああ、あのフラッシュ……」

「それだけじゃない。君たちがボクシングガウンについて知ったのは昨夜だそうだな? それもフラッシュと同じく、新聞部の女子生徒が嫌がらせ目的で意図的に連絡を怠っていたことが先ほど判明した。人員は選んだつもりだったが、甘かったようだ」

「結果的にフェアじゃない試合をやらせちゃったからね」

「……まぁ、いいですよ。というか今は怒る気にもならないんで……」

「そっか。じゃあ後で気に入らないことがあったら言ってくれていいからね」

 

 そういえば、どうしてボクシングガウンのことは分かったんだ? さっき分かったと言っていたけど

 

「周りの様子も見えてなかった?」

「あまり……どうなったんですか?」

「一言で表すなら阿鼻叫喚って感じ? 新聞部と写真部の女子が泣き崩れたり、ボクシング部の生徒が発狂してさ。今は生徒会代表として武将(副会長)、写真部は平賀君、あと新聞部は木村さんが中心になって場を収めてるよ」

「会長たちは、ここにいていいんですか?」

 

 手伝いに行くとかしないのだろうか?

 

「まずそうなら連絡が来るからそのとき行けばいいさ。それよりこっちの安全確保だよ」

「流石にないとは思うが、誰かが君たちに危害を加えないようにな」

「……治療が終わるまではここにいさせてもらうぜ」

「あっ、それじゃお茶でも」

「それなら山岸さん、冷蔵庫にお茶のペットボトルがありますよ。ラベルを剥がしているのは違いますから、間違えないように」

「わかりました!」

「僕、お手伝いします」

 

 いすの音が二つ聞こえて三秒後。

 真田が口を開いた。

 

「葉隠」

「……何です?」

「俺は一つだけ決めたぞ」

 

 また突然何を言い出すのか。

 おそらく部の件だろうけど。

 

「ボクシング部、辞めるんですか?」

「それも考えたが、辞めはしない。それじゃ問題から逃げるのと変わらんだろう」

「じゃあどうする気で?」

「公式戦への出場をやめる。少なくとも今年中は基礎から鍛え直すことに専念する。後輩と一緒にな。その中でこれからの事を考えるつもりだ」

 

 ……まぁ、知ったことかとこれまで通り続けるよりはいいだろう。

 

「……好きにしたらいいんじゃないですか?」

「ああ、好きにする」

 

 話が終わった。

 沈黙が流れる……

 

「そうだ! 葉隠、お前はどうやって強くなった?」

「それを今聞くか!?」

「動かないでください影虎君!」

 

 舌の根も乾かんうちから……

 

「試合中にも言っただろう? 強さを求めるのも“俺”だと。周囲にも目を向けることにしたが、自身の鍛錬を止めるつもりはない。“両立を目指す”と言っているんだ」

「ああ、そうか……」

 

 ……………………………………………………まぁ、多少はマシか。

 

「皆さんお茶どうぞ。真田先輩も吸い飲みに入れてありますから」

「いただこう……で、どうなんだ? そもそも何で空手を始めた?」

「あっそれ俺も聞きてぇっす!」

「俺も!」

 

 和田!? 新井!? 

 

「私もちょっと聞いてみたいかも」

「山岸さんまで…………別に特別なことは何もない。……真田先輩のように誰かを守るためなんて立派な理由でもない。全ては自分のため。それだけです」

「それだけとは、つれない奴だな。会話が成り立たないじゃないか」

「……なんでそんなに絡んでくるんですかね……」

「試合が終わったら、相手と実力を認め合うものだろう。今日の試合は邪魔も入ったが最後は全力で挑めたいい試合だったと感じている。それに色々と好き放題言ってくれたが、お前に悪意が無いことだけはお前の拳が語っていた」

 

 とことん脳筋思考かよこの野郎!

 

「いいんじゃないですかねぇ? 仲良くできるならそれに越したことはありません。それにこれは私が君を見ていて感じたことなんですが……君、そもそも真田君をそれほど嫌っていないのでは?」

「……は?」

「無自覚かもしれませんが、真田君が試合中に態度を改めたあたりから、君の態度もやや軟化しているように見えるんですねぇ……ヒヒヒ。真田君が強くなった理由を聞いた時も、一度は気を荒げながら、両立を目指すとの一言で落ち着いた。君は真田君の行動が気に入らなかったのであって、行動を改めれば和解の余地がある……違いますか?」

「……的外れとはいいません。けど、俺が勝手に嫌ってる部分もあるんで」

「ほう? それは先ほど自分のためと言った事と関係があるのか?」

「桐条先輩まで……」

「私も君が何を考えているのかは気になるのでな」

 

 少し考えて口を開く。

 

「本当にたいした話じゃないですよ。幼いころに怖い夢を見たから、逃げても逃げても逃げ切れずに死ぬ夢を見たから。逃げられないなら対抗する力がほしいと考えた。それだけです」

 

 以前天田に話したような詳細は省いた。

 

「たかが夢でも当時の俺は本気で怖がって、全力で力を求めました。そのとき始めた空手の練習が習慣になって、今に至ります。空手はたまたま祖父が空手を薦めてくれたから始めただけで、別にこだわりはありません。ただ戦う力がほしくて他の格闘技にも手をだしてますし」

「……おい待て、それじゃ」

 

 真田も気づいたようだ。

 

「“同じ”でしょう? 身勝手に力ばかり求めて周囲を見ない。まるで黒歴史みたいな存在で腹が立つ」

 

 自覚はあったから我慢しようともした。

 けど、実際に目の前にするとどうしても気分が悪くなる。

 真田に変わっていないと言ったが、俺もあの頃から本当に変われているかどうか……

 真田と同じように、失敗と後悔を繰り返すのではないかと不安になる。

 

「つまりは同族嫌悪だったわけか。明彦の内面を察したのも……」

「納得できるようなできんような……待て、誰の存在が黒歴史だ! まったく失礼な奴だ」

「叔父の店のラーメンにプロテインかけて食ったり、人のことを貴様呼ばわりする人に言われたくないですね」

「なんだと? 話す相手の顔を見て喋れない奴がよく言う」

「は? ……ああ、確かに今は背を向けて、って治療してるから仕方ないでしょうが!」

「はーいはい! 二人ともそこまで! もー、なんでそうなるかな……」

「何をやっているんだお前たちは……」

「このくらいなら平気だろ。ほっとけ桐条」

「荒垣……そうは言うが、こいつらは頭を打っている。安静にさせるべきだろう」

「ヒッヒッヒ、急に騒がしくなりましたねぇ」

 

 江戸川先生の言う通り、この喧騒は傷を縫い終わるまで続いた。




影虎は真田と試合をした!
僅差で勝った!
真田の意識が若干変化した!
真田に対する影虎の態度が若干軟化した!
真田との関係がやや改善した!!
(リバース状態から復帰した程度)


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93話 一夜が明けて

 6月15日(月)

 

 放課後

 

 ~会議室~

 

 校内にありながら、生徒は滅多に使わない部屋。

 しかし今日の俺には用がある。

 

「失礼します……」

「おっ、早いね葉隠君。まだ時間あるのに、そんなにテレビ出演の話が聞きたかった?」

 

 入るといきなり会長にからかわれた。

 

「……分かってて言ってるでしょう、会長……」

「あはは、“特攻隊長”も大変だ。そっちの席に座ってね」

 

 まったくこの人は……

 

「どうなってます? 昨日のこと」

 

 昨夜、予定通り掲示板にアップロードされた動画により、真田に勝ったという情報が拡散。

 大騒ぎになっていたため今朝からついさっきまで、とにかく声をかけられまくった。

 

「何か悪い話でも聞いた?」

「それはまったく。……罵倒してきたような連中まで手のひらを返して、さりげなーく混ざっていました」

「人気者の仲間入りだね、“特攻隊長”」

「やめてくださいよ……」

「このあだ名もう定着してるよ。動画を見た生徒を中心に」

 

 自然と肩が落ちる。

 

「まぁまぁ、悪い意味じゃないからいいじゃない。それで今回の件でだけど……まず、江古田先生が部の管理不行き届きで処分を受けることが確定したよ。具体的な処分内容はまだ分からないけど、ボクシング部員も現在調査中。今のところ集まってる情報でも、何人かは停学になりそう」

「これまでと比べて急に対応が変わりましたね。最後に真田……先輩本人から暴露したからですか? 対戦後のインタビューって形になってましたけど、あんな動画入れるなんて聞いてませんよ」

「ごめんごめん、こっちで相談して急遽入れてみたんだ。でも効果はあったよ。みんなどこかで“ボクシング部への協力”を“真田君の応援”と思ってたんだね。でも真田君はボクシング部に所属していただけ。現状の気持ちを素直に話してもらったら、これまで真田君のためと思って我慢してた不満が出るわ出るわ……すっごい細か~い事を積み重ねていたみたいでさ、今度は苦情が多すぎてこっちもパンクしそう……」

 

 会長も会長でお疲れ気味のようだ。

 

「大丈夫ですか?」

「武将と美鶴、あと他の人も手伝ってくれてるからまだなんとか。けどさー……来週はちょっとヤバイかも。なんか今回のことを受けて、部活動の実態調査のアンケートをやってくれって話があって……校長からで断れないし仕事が増えるんだよ……そうだ葉隠君、来週は手伝ってくれない?」

「俺に手伝える仕事なんですか?」

「生徒会長権限を使えば生徒会の一員として認められるから無問題(モウマンタイ)!仕事内容は基本的に雑用で、手が足りないところをちょこちょこ手伝ってもらえたら助かる。

 そっちのメリットとしては……真面目にやってれば君の立場も補強されるし、内申点もちょっと上がるよ。まぁ本人の同意がないと駄目なんだけど」

 

 もしやる気があったら手伝ってくれると嬉しい。

 そう会長が言ったところで、扉が開く。

 

 他の候補者が来た。

 

「失礼します」

「失礼します……おっ、葉隠!」

「黒岩先輩、それに宍戸先輩も」

「これでトップスリーがそろったね。葉隠君の隣に座って」

「先輩方も候補者だったんですね」

「お前もな、っつーか昨日はよくやったな!」

「傷は大丈夫なのかい?」

「平気ですよ、ほら」

 

 江戸川先生は目立たつような傷も残らないと言っていた。

 ただし頭を強く打っていたため、二週間は部活禁止。

 激しい運動は控えるようにと言われた。

 

 そんな話をしているとやがて時間になる。

 

 静かに開かれた扉から入ってきたのは三人。

 パルクール同好会の顧問である江戸川先生。

 陸上部の顧問である竹ノ塚先生。

 そしてスーツを着た小柄な男性。

 

 先生方に挟まれる形で立つ男性が、机を挟んで俺たちの前へ立つ。

 

「どうもどうも。本日はお忙しいなか、お時間をいただきありがとうございます。○○テレビの目高、と申します。このたびの“プロフェッショナルコーチング(番組)”のプロデューサーを務めています」

 

 紹介の後はせっかちな人なのか、早速撮影の流れとやるべきことについての説明に入った。

 

 内容はドッペルゲンガーにて完全に記録。

 “撮影機材に勝手に触らない”、“時間厳守”のような基本的な注意がほとんどだ。

 しかしこうして聞いていると、テレビ出演をすることに実感が出てちょっと緊張する。

 まぁコーチの指示をよく聞いて、全力で練習に取り組めばまず大丈夫だろう。

 

 一通り説明を終えると、目高プロデューサーは数枚の紙を配る。

 名前やスポーツ経験のアンケートで、番組中の紹介に使われるとか。

 質問に対して速やかに脳内でまとめた文章を記入し、提出。

 

「書けました。よろしくお願いします」

「では確認を……………………………………アルバイトをしているようですが、撮影日の都合はつけられますか?」

「すでにアルバイト先のオーナーに許可をいただいて、撮影の都合に合わせて休みをもらえることになっています」

「そうですか! なら大丈夫だ、他に問題になりそうなところはありませんね。ありがとうございました。ではこれに軽くでいいので目を通しておいてください」

 

 渡されたのは、放送禁止用語集と書かれた冊子。

 

「承知致しました」

「まずい言葉が出たらその場で取り直しか、あとで編集でカットもできます。あまり神経質にならずに、気楽にお願いします」

 

 こうして番組プロデューサーとの面会はあっさりと終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、これからどうするか……」

 

 部活禁止を言い渡されたため、今日はいつもの部活がない。

 変な空き時間ができてしまった……

 

 ……

 

 たまにはブラブラするか……

 

 

 

 

 ~アクセサリーショップ Be Blue V~

 

「こんにちはー、三田村さん」

「あれ? 葉隠君、今日シフト?」

「いえ、今日は部活が中止で暇だからブラブラしてたんです。けど目的もなくて……せっかくポロニアンモールにきたから顔を出そうかと」

「そうなんですか。あ、そうだちょっと待ってて」

 

 そう言って奥へ向かう三田村さん。

 何事かと思えば、オーナーを連れて戻ってきた。

 

「こんにちは、お邪魔してます」

「いらっしゃい、今日はお客様かしら?」

「予定がなくなって暇になっちゃったそうですよ」

「そういえば貴方、今週は部活禁止だったわね」

 

 ……何で知ってるんですか? そこまで言ってないのに。

 

「格闘技の試合をしたんですって? それも頭を強打して出血もあったとか。霊的な視点からも診ておいてほしいって、江戸川さんから連絡があったのよ。あさってのつもりだったけど……ちょうどいいわ、暇ならあがって行きなさいな」

 

 連絡網が回っていたようだ。

 

 せっかくなので診てもらうことにしよう。

 

「……どうですか?」

「特に問題はなさそうねぇ……エネルギーの流れは以前よりも格段に整っているし……治癒促進と日々の気功の成果かしらね?」

「だといいんですが。あ、それと以前話したテレビの撮影、今月末ごろに撮影するそうです。期間は一週間」

「だいぶ短くないかしら? スポーツ指導をする番組よね?」

「短期間、集中特訓がコンセプトみたいです」

 

 コーチも忙しいのかもしれない。

 用意された種目も多く、俺と同じような素人が一人につき一つを担当する。

 その一人分をいくつも集めて、一つの番組が作られる。

 

「あら、じゃあテレビにはそんなに映らないのかしらね」

「個人的にはそっちのが気楽ですけど……あれ? あの本」

 

 部屋の隅に紐で束ねられた本があった。

 たしかこの前の掃除で運び出したただの本だ。

 量は減ってるけど、間違いない。

 

「まだあったんですね、あの本」

「あれねぇ……この前捨て忘れちゃったのよ。回収日はまだ先だし、わざわざ業者を呼ぶほどでもないから置いてるけど、正直邪魔なのよね……」

 

 んー……本なら本の虫で買い取ってくれるかな?

 だめでも叔父さんのとこに怪我の報告して、ついでに飯でも食って帰れる。

 提案してみよう。

 

「古本屋に持ち込むのはどうですか? 巌戸台に一軒知ってますから、よければ俺が持って行きますよ。……あ、でも高校生だと買い取り不可でしょうか?」

「そうねぇ……こちらとしては引き取ってもらえればそれでいいから、お願いしていいかしら?」

「承りました」

「助かるわ。どうせ高値はつかないでしょうし、売れたらジュースでも飲んでね」

 

 

 

 

 

 

 ~巌戸台商店街~

 

 ということで、本を受け取ってきたはいいが……開いてるかな?

 

「すみませーん」

「はいはい、今行くよ……おや? 見覚えのある子じゃな…………おお! 虎ちゃん! 虎ちゃんじゃな!」

 

 文吉爺さんは俺をおぼえていてくれた。

 

「久しぶりじゃのう! 姿を見せてくれんから、忘れかけとったぞ! それにその制服!月光館学園の生徒さんだったんじゃな……今日はどうしたんじゃ?」

「お久しぶりです。いらない本があったので、引き取っていただけないかと」

「買い取りじゃな。任せなさい!」

 

 カウンターから手招きする文吉爺さんの前に本の束を置くと、査定に時間が欲しいと言われた。店内を見ながら待たせてもらうことにする。

 

「いろいろあるな……」

 

 料理本や恋愛小説といった分類はあるけれど、古い本から新しい本までさまざまだ。

 とにかく本の数が多い。

 

「……………………?」

 

 眺めていた棚の一角に目が止まる。

 

 “The 茶道”

 “The 神道”

 “The 柔道”

 “The 麺道”

 “The 外道”

 

 この本、ペルソナ4に出てくるやつじゃなかったっけ?

 

「そのしりぃず(シリーズ)が気になるのかい?」

「少し」

「そうかい、だったら持っていくかい?」

「えっ?」

「虎ちゃんが持ってきてくれた本。あれらと交換でどうかの? ちょうど値段も同じくらいじゃが」

 

 ……だったら現金よりはこっちの方が面白いかも。

 

「本でお願いします」

「よしよし、それじゃちょっと手伝ってもらえるかの!」

 

 文吉爺さんは本棚に手を伸ばし、そのあたりの本をごっそりと抜き出した。

 俺が見ていた五冊だけではなく、その横までずらりと並んでいたものまで。

 

 よく見てみると

 “The 合気道”

 “The 陰陽道”

 “The 華道”

 “The 弓道”

 “The 剣道”

 “The 香道”

 “The 衆道”

 “The 書道”

 “The 食道”

 “The 修験道”

 

 全部同じシリーズだ。

 

「これ全部ですか!?」

 

 全部で十五冊。

 持ってきた本の値段と釣り合うとは思えない。

 

「未来ある若者へのサービスじゃよ」

 

 そういいながら、店の袋に本をつめる文吉爺さん。

 あのシリーズは一冊が持ってきた本一冊より厚い。

 本を処分しに来たのに、いつのまにか増やして帰ることになっていた。




影虎の評判が上がった!
“特攻隊長”とあだ名がつけられた!
多くの生徒が好意的になった!
影虎は部活禁止を言い渡されていた!
プロデューサーと面会した!
大量の本を手に入れた!


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94話 読書

 夜

 

 宿題、風呂、食事、すべて終了。

 部活と同じくタルタロスも禁止されているので、準備もそれほど必要ない。

 

 今日はどうしよう?

 できることは翻訳の仕事か、ルーンストーンの作成。

 バイオリンは絶対に弾かないといけないし、今日はもらってきた本が十五冊もある。

 全部やるにはさすがに時間が…。こういうときは体がもう一つほしくなるな。

 

 おっと電話だ……

 

「はいもしもし、母さん?」

『虎ちゃん? 大丈夫なの? 怪我したって聞いたけど』

「平気平気、江戸川先生にすぐ処置してもらったしさ」

『ほら、言っただろ?』

 

 あれ? 父さんの声が聞こえた。

 

「父さんもそこにいるの?」

『おう! やったな影虎! 俺の言ったとおり頭をぶっ飛ばして正解だったろ? 不良連中はもう大変なんだってな』

『それより怪我よ。あんなに血を流して、もう!』

「? 二人とも、それどこで聞いた? 叔父さんから?」

 

 怪我については叔父さんの店で話したから、連絡が入ったんだと思うけど……

 不良については話していないはずだ。

 

『あー……なんかよ、竜也のやつが忙しくて半端な連絡したみたいでな、雪美がお前のとこのほら、なんつったっけ? 前、駅で会った時に女の子がいただろ?』

「山岸さん?」

『それだそれだ。その山岸って子と連絡先交換してたらしくてそっちに詳しい話を聞いたんだと』

『山岸さんっていい子ね。説明だけじゃなくて、そっちの動画も送ってくれたわ』

 

 何してんの山岸さん……

 

『まったく……男の子だしうるさくは言わないけど、気をつけなさいね』

「分かってる」

『本当に、あっ、ちょっと……』

『それとな影虎、義兄さんからお前に伝言がある』

 

 伯父さんから? 珍しいな。

 

『テレビに出るかもしれないんだろ? できればそこで上手くうちの会社を宣伝してくれってさ』

「ああ、そういうこと」

『上手くいったら広報部への内定やら将来の便宜を図るとか言ってたぜ』

「……本気で? 番組一本のごく一部にしか出ないけど」

『桐条のお嬢さまのときみたいに、客連れてくるのを期待してるんだろ。顧客が増えたら会社としちゃ万々歳だし、何よりあの人は冗談言うような人じゃねぇぞ』

 

 そういえばそうだった。

 

『まぁ、お前は元々義兄さんにも好かれてたし、宣伝効果にもよるだろ。お前がテレビでなにかやって、客が増えたらいい事がある。難しく考えんな、とにかく頑張れってことだ』

「了解」

『んじゃそういうことでな、雪美がうるさくなる前に切るぞ』

『竜』

 

 電話が切られた……本でも読むか。

 ラーメン食ったし、今日はこれにしよう。

 

 “The 麺道”を読んでみた。

 

 世界中の麺の種類、元となる小麦や米の品種、産地、製造工程、特徴。

 それらの麺を使った代表的な料理などが、イラストと簡単なレシピつきで紹介されている。

 

 厚い本だが、アナライズのおかげで読みきれた。

 誰かに教えられそうなほど理解したが……実際に作れるだろうか?

 ……部活禁止だけど、部室の設備は使っていいよな?

 明日も暇だし、やってみよう。

 

 さて、バイオリンは忘れずに弾かないと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 6月16日(火)

 

 放課後

 

 ~部室~

 

「やってるかー?」

「先輩?」

「どうしたんですか?」

「兄貴、しばらく部活禁止っすよね?」

「葉隠君……」

「今日は料理をしにきただけだから。そんな目で見ないでくれ……」

 

 四人の厳しい視線から逃げるように奥で料理の用意を整え、記憶を引き出して手順を確認。

 作るのは“タリアテッレ”。地域によっては“フェットチーネ”とも呼ばれるパスタだ。

 

 パスタ麺に使うのは“デュラムセモリナ”という小麦粉が有名だが、これは乾燥パスタを作るときの場合。パスタの本場イタリアで、乾燥パスタはこれと水で作りなさいと決まっている。

 

 しかし生パスタは普通の小麦粉で作られるのが一般的のようなので、俺も普通の小麦粉を使用する。

 

 本に従い卵を練り込むが……

 

「なかなか難しいな……」

 

 最初は卵が小麦粉の山からこぼれかけたり、危うく大惨事になりかけた。

 しかし“The 麺道”の内容は正しかったようだ。

 イラストや所々のコツを意識して、やりかけた失敗をしないように麺を打っていると……

 

「結構いい感じ?」

 

 生地がまとまり、だいぶ形になってきた! 

 あとはこれをパスタマシン……は無いけど平打ちにして、厚さ一ミリ、幅八ミリのリボン状に切りそろえればいい。

 

 距離感により正確に幅を把握できている。

 だが、手元が狂って不揃いになった。

 

「腕の安定が足りない……?」

 

 失敗から改善点が見えてくる。

 

 失敗と改善を繰り返し、ついに!

 

「できた!」

 

 “成長の軌跡が見える麺”が完成した! 

 切り始めと切り終わりに一目瞭然の差が出ている。

 次はもっと上手くできるだろう。

 

 ……時間的にちょうどいいし、みんなの分も作ろうか?

 

「おーい、パスタ作ったら食べるか?」

 

 聞いてみると、全員食べるとのことだ。

 いつのまにか江戸川先生までいた。

 俺を含めて六人分ね。よし!!

 

 その後、六人分の麺を打ち終わるころには最高と思える“綺麗な麺”が完成し、レシピに忠実に作ったソースと合わせて、大絶賛された。

 

「マジうめぇっす兄貴!」

「麺から作るって大変じゃないですか?」

「そうでもなかったよ」

 

 麺は(・・)楽しんでやれたしな。

 大変だったのはむしろソースのほうだ。

 葉隠君、手伝うよ! って、山岸さんが乱入してきたから……

 ちなみに本日は、チョコレートを使って作るソースがあるんだって! と言っていた。

 山岸さんが言ってたのはモーレだろう、メキシコの。

 とにかく阻止したけど。

 

 そして食後、

 

「「「「「「ごちそうさまでした」」」」」」

「それじゃ先輩、僕たちお先に失礼します」

「「今日は飯、あざっした!」」

 

 小中学生の三人は、ここで帰宅時間になった。

 皿はそのままにさせて、見送る。

 

「さーて、片付けますか」

「手伝うよ」

「私も皿洗いくらいはしましょうかね」

 

 後片付け。

 流石にここでは誰も突拍子もないことはしでかさないようで、安心して任せられる。

 

「それにしても影虎君は暇を料理に使いましたか……言いつけは守っているようですねぇ。ヒヒッ」

「部活禁止の間は料理か先の用意に使いますよ」

「撮影もありますからねぇ……傷の抜糸は来週月曜を予定しています。そこでまた検査しましょうか」

「よろしくお願いします。ん?」

「あっ」

 

 メールの着信音が鳴った。

 しかも俺と山岸さんに、同時に。

 

 中身はカラオケ行くから来ないか? 来るならマンドラゴラで合流な! という簡潔なお誘いだ。

 

「山岸さんも順平から?」

「うん。どうする?」

「そうだな……」

 

 片付けもあるし……

 

「二人とも、片づけなら私がやっておきますよ」

「いいんですか?」

「残りくらいならすぐ終わるでしょうし、お友達と過ごすことも大事な人生経験ですねぇ……というのは建前で、本音を言うと少々危ない実験がしたいのですよ。失敗すると有毒ガスが発生する恐れが……ヒヒヒ」

「「……」」

 

 これは、どっちだ?

 実験を口実にして遊びにいかせる優しい先生なのか、それとも本当に危ない実験がしたいのか……判別がつかない。念のために避難はしたほうがよさそうだ。

 

「山岸さん、行こうか」

「うん……」

「それじゃよろしくお願いしますね」

「ヒッヒッヒ……任せなさい」

 

 怪しげに笑う先生を残して、俺たちは足早に部室を立ち去った。

 

 

 

 

 

 ~カラオケ マンドラゴラ~

 

「……なぜここに」

「俺がいて悪いか?」

 

 先に大部屋に入っていた順平たちと合流したはいいものの……

 なぜか真田がいる。

 

「とりあえずは座るといい」

「二人とも飲み物注文するけど何にする?」

 

 桐条先輩に、西脇さん……集まっているのは中間試験の勉強会メンバーか。

 そこに真田が加わったと……なぜ?

 

「お前には言っただろう? 後輩とちゃんと向き合うと」

「言ってましたね」

「それを実践しようとしたんだ。恥ずかしい話だが、同じ部にいながら顔と名前が一致しないやつが何人もいてな……まずは自己紹介をして、それで親睦も深めようという話になって約束をしたんだ。今度“カラオケに付き合う”と」

「……で?」

「……約束したはいいが、俺はカラオケをしたことがなかった……」

 

 トレーニングばかりだった弊害か。

 

「なにをどうしたらいいかもわからず、美鶴に相談したんだが」

「あいにく私もこの手の遊びは経験がなくてな。詳しそうな岳羽に連絡をとったら習うより慣れろだと言われたんだ。しかし何も知らない二人では時間を浪費するだけだという結論にいたり、協力を頼んだ」

「それでこうなったと」

 

 そういや勉強会の時に連絡先交換したっけ。

 

「聞いた話では、君は歌が上手いそうだな? 参考にさせてもらいたい」

 

 まぁここまできて帰る気はないが……実際どれくらい歌えるんだろう? 

 ということで歌ってもらうと……

 

「……! ……! ……! ……! ……! ……! ……!」

「おおおおお……」

「これは……」

 

 真田……音痴というほどではないけれど、歌詞を覚えてないから字幕をみて歌が途切れる。おまけに力が入りすぎてうるさい。率直に言うと、下手。

 

「~~」

「うわ~」

「こっちはこっちですげぇな……」

 

 桐条先輩……声楽を習っていたそうで、普通に上手い。

 ただし選曲がオペラや歴史的な名曲ばかり。カラオケというよりコンサートだ。

 仲間内でワイワイやる雰囲気にはなりそうにない。

 先輩なら当然のこととして受け取られる気もするけど。

 

「ふぅ……こんなところだが、どうだろうか?」

「遠慮はせずに正直な意見を頼む」

 

 んー……

 

「とりあえず、二人に共通するのは“最近の歌を知らない”ってことですね」

「あー、わかる。なんつーか、どっちも知らないから歌えないって感じが」

「桐条先輩は上手いけど、オペラってカラオケにあんまり入ってないみたいだしな」

 

 俺に順平と友近が同調する。

 

「まずそこからか」

「流行歌となると……」

「あんまり難しく考えなくていいと思いますよ? そのへんで流れてる歌とか、テレビで流れたのでもなんでも気に入ったら歌えばいいんですって。下手にマイナーな歌よりハズレがないし……てか桐条先輩の歌唱力なら一度おぼえればだいたい歌えるんじゃないですか?」

「なら、俺はどうだ? 岳羽」

「真田先輩は……う~ん……歌唱力アップとかそんなの意識してカラオケやってないしなぁ……」

「歌唱力より向いた歌……真田先輩なら、大声を出す歌、とか?」

「あっ、岩崎さんそれいいかも!」

「そういう歌ならミヤが得意だよね」

「音程とかよくわかんねーからな」

「得意な歌が五、六曲あれば大丈夫だと思います」

「カラオケって基本的に一人がずっと歌うものじゃないしね~」

 

 高城さんと島田さんの言葉もあり、真田は光が見えてきたようだ。

 

「とりあえず、みんなの歌を聞いてみたらどうでしょう?」

 

 山岸さんの意見で、普通のカラオケになる。

 

「あ、先輩。他人の歌も聞くのがマナーですよ。曲選びはほどほどに、事前に歌える歌を用意して、本では番号を見つけるだけにしておくといいです」

「なるほど」

「やはり準備が大切か」

 

 途中で軽くマナーも伝えつつ交代で歌い、やがて順番は一巡り。

 

「次は誰?」

「最後は山岸さんだな」

「あれ? 曲入ってなくない?」

「ごめんね、ちょっと待って……実は私もカラオケ初めてで……」

「おや、そうだったのか」

「はい……えっと、だれでも知ってる歌がいいんだよね……これなら!」

 

 曲本を手にして悩んでいた彼女は、何か見つけたようで、すばやく機械で入力をすませる。

 

 機械の扱いは流石というべきか、そこだけ見たらとても初めてとは思えない動きだった……

 

 で、肝心の選曲は? 

 モニターに移っていたのは。

 

 “どんぐりころころ”

 

「まさかの童謡!?」

「えっ!? ダメだった?」

「あ、いや、ダメじゃないね」

 

 なんだろう? 何かが引っかかるような……

 

「まぁ珍しいけど、気にすることないんじゃね? それよか始まるぞ」

「あっ」

 

 友近に言われてあわててマイクを持つ山岸さん。

 そして彼女の声が、室内に響く。

 

「お。おお……」

「なんだこの声は……」

「下手じゃないけど、てかむしろ上手いけど……」

 

 怖っ!?

 

 皆の心が一つになった。

 

 独特のウィスパーボイスが童謡のゆったりとした曲調に合わさり、謎の恐怖を演出している……

 

 真剣に歌っている彼女はこちらに気づいていないようで、最後まできっちりと歌い上げた。

 

「えっと、どうかな?」

「良かっ、たんじゃないかな? ねぇ、友近」

「お、おう!? 理緒の言うとおりだ」

「……本当に? なにか無理してるような……?」

 

 嘘のつけなさそうな岩崎さんと友近の態度に違和感を覚えたらしい。

 

「いやいや、上手かったよ! 透き通った綺麗な声で、綺麗過ぎてこの世のものじゃない雰囲気が……ね」

「そうそう! 引き込まれる感じがしたよね!」

「え、ええっ!?」

 

 渾身のフォローに島田さんが乗っかってくれた。

 嘘は言わず、ほかの皆も同意を示すと、とりあえず落ち込ませないことに成功。

 そのまま波風を立てずにその場はやり過ごした。……が。

 

 それから山岸さんは、自分の番がくるたびに童謡を選んで歌うようになっていた。




影虎はThe 麺道を読んだ!
麺の知識を得た!
影虎はパスタ麺がうてるようになった!
影虎はカラオケに行った!
真田は少しずつ前に進もうとしているようだ…


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95話 瞬く間に

 影時間

 

 タルタロスが禁止のため、当分影時間はバイクの運転練習に使うことにする。

 実技試験も予約しないとな……

 

 

 

 

 

 6月17日(水)

 今日はバイトの日。

 就業後に先日作った“ルーンストーンネックレス”をオーナーに見せてみた結果……

 “道具としてはともかく、アクセサリーとしては酷い”とのお言葉をいただいた。

 まったくもって反論の余地がない。

 

「どうせならこれを使いなさい」

 

 紹介されたのは石のないペンダントヘッドなど、アクセサリーの台座とチェーンやワイヤー。

 こういう物で作れる手作りアクセサリーがあるらしい。

 

「これを使うだけでも見た目はだいぶ改善できるわ。石を水晶にでもすれば普段からつけていてもいいんじゃないかしら?」

 

 材料費がかかってしまうが……良い魔術ができたら作ってみるのも良さそうだ。

 とりあえず台座とチェーンは購入しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 夜

 

 運転免許の実技試験が、金曜日に予約できた。

 時間はないけど、おそらく大丈夫。

 とりあえずやれるだけやってみよう。

 

 気楽に構えて、The 剣道を読む。

 

 剣道の基礎、構え、技がイラストつきでわかりやすく解説されている……

 人に教えられそうなくらい理解した!!

 

 しかし麺道をふまえると、読んで理解したからといって即使えるわけではない……

 身に着けるためには使わないと。……解禁されたら久しぶりにやってみようか?

 そうだ、このさい武器を用意しよう! 

 

 

 

 

 6月18日(木)

 

 夜

 

「よろしくお願いします、っと」

 

 装備品といえば“だいだら.”。

 一晩考え、結局アート(武器)をおまかせで注文してみた。

 前回の防具は納得のできだったから楽しみだ。

 

 今日は……これにするか。というかなんだこの表紙……

 

 The 食道を読んだ!

 首付近の解剖図が表紙で何の本かと思えば、意外と中身はちゃんとしている。

 食道を通るものとして食事。解剖図の表紙が医学的なイメージなのか? 

 内容は特に栄養学や病院食について、イラストつきでわかりやすく解説されていた。

 

 誰かに教えられそうなほど理解したが……病院食の知識は遣う機会が来ないことを祈る。

 

 

 

 

 

 

 6月19日(金)

 試験に合格した。かなり、あっさりと。

 おかげで逆に試験官に怪しまれた……これまでどこで運転してたんだ? と。

 ……実家がバイク作っててよかった。

 

 さて、今日はThe 柔道を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 6月20日(土)

 

 影時間

 

「おや。わざわざこんな所に足を運んで読書ですか?」

 

 気分を変えてバイクの公園で“The 合気道”を読んでいたら、タカヤが現れた。

 

「見ての通りさ。そっちは仕事帰りかね? それともこれからか? あと十三分十八秒しかないが」

「仕事は終わりました。しかし妙に細かい数字を出しますね?」

「先日新しいスキルを習得したのさ。“体内時計”、時計がなくても時間が正確に分かる能力だ」

「……鍵開けといい、変わった能力ばかり習得する人ですね」

「やはり珍しいかね?」

「少なくとも私はそんな能力を持つペルソナ使いをあなたしか知りません。個人の性格や願望からペルソナの能力や傾向を探る研究もあったと聞きますが、どういう人ならそうなるんでしょうね?」

「それは私が聞きたいよ……そうだ、時間といえばもう一つ聞きたいことがあったんだ」

 

 タルタロスの内と外で時間の流れ方が違う件について問えば、タカヤはそんなことかと言った。

 

「基本的なことなのか?」

「時間の操作を可能にする“何か”。それを“時を操る神器”と名づけ、作り出すことがかつての桐条グループの目的だったそうです」

 

 タカヤは語る。

 

 研究過程でシャドウを見つけたのか、シャドウを見つけて研究が始まったのかは知らない。

 しかし桐条グループはシャドウとその力が時間の異常と深い関係を持つと突き止めた。

 研究のためにシャドウを集めた結果、あの大事故を起こし、それ以来影時間が毎日現れる。

 

「シャドウが人間の脅威となり、対抗できるペルソナが発見され、そして我々のような人工ペルソナ使いも作られた……ある意味で、すべての出来事の原因とも言えますね」

「そういうことか……」

「ええ、特に滅びの塔はシャドウの巣窟だからでしょう。塔の内側と外側は別世界。どれだけ塔の中で過ごしたからといって、外で同じだけの時間が流れているとは限らないのです」

「……なら、どうして毎日出てこられる?」

「ふふふ。どうしてかは分かりませんが、滅びの塔に立ち入った人間の“認知”によって決まるようです」

 

 ……まさか。

 

「何時間中にいても、一時間くらいだと思っていれば、外でも一時間。そういうことか?」

「結果的にそうなるようです」

 

 なるほど。それが本当なら納得できる。

 帰るまでの余裕があると思っていれば、影時間に余裕があるうちに出られた。

 ギリギリだと思っていた時は、本当に帰り着くのがギリギリだった。

 時間の感覚も正しいと思いこんでいた……

 

 

「研究者にとっては偶然の産物だったようですが……彼らが求めた“時を操る神器”は滅びの塔という形で完成しているのかも知れませんね」

 

 今日は新事実が発覚した……これを上手く利用すればもしかして……?

 

 

 

 

 

 

 

 6月21日(日)

 

 テレビをつけながら“The 神道”を読んでいると

 

 

「貴方の♪ テレビに♪ 時価ネットたなか~♪ み♪ ん♪ な♪ の♪ 欲の友♪」

 

 “時価ネットたなか”の放送時間になった。

 

「はーい! 今日はいつでもどこでも、乾いた貴方を潤してくれる“みずみずしい水”のご紹介!」

 

 

 ……特に欲しいものではない。

 次は“The 弓道”でも読もう。

 

 ……神道と弓について、誰かに教えられそうなくらい理解した!

 しかし神道は秘儀まで書かれていたが、いいのだろうか?

 弓も弓で使う機会があるかどうか……だいだら.になら売ってるかな?

 

 ……そうだ、翻訳しよう。支払いがいくらになってもいいように。

 

 深夜まで翻訳の仕事に精を出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 6月22日(月)

 

 放課後

 

 ~部室~

 

 傷の抜糸が行われた。

 

「問題ないようですね……影虎君、今日からは軽い運動はしていいですよ」

「本当ですか?」

「ええ、空手の型だとか、ジョギングだとか」

「わかりました。……あと、例の場所は?」

「……私は中を知りませんからねぇ……まぁ、今日までちゃんと我慢していたようですし、状態も良い。君が軽い運動と言える範囲なら認めましょう。ただし強敵に挑んだり、自分を追い込むようなトレーニングは禁止します。そうですね……土曜日からは以前と同じでかまいません」

 

 部活とタルタロスが一部解禁された!!

 土曜日から完全解禁……なら、解禁日に実験しよう。

 

 

「さて影虎君、今日の部活。内容は決まっていますか?」

「いえ、特には……天田たちはどこか行っちゃいましたし」

「だったらヨガはいかがです? 体内の気の流れを意識するといい勉強になりますよ」

 

 江戸川先生はそう言いながらすでに準備を始めている。

 お香の煙が立ち込めてきた……何のお香だろうか?

 帰ったらThe 香道を読もう。

 

 ゆったりと動きながら、気を感じて呼吸とともに体中にめぐらせる。

 やってみると小周天に近い……いい訓練になりそうだ。これは日課に取り入れたい。

 

「息を吐くときはゆっくり、しっかりと……ところで影虎君、天田君の事なんですが。彼、明後日が誕生日ですけど、何かやりますか?」

「えっ!?」

 

 そうだったのか!?

 

 

「その反応を見るに、知らなかったようですねぇ。まぁ私も今朝まで気づきませんでしたが」

「何で……天田は自分から言ったりしないか……」

 

 知った以上は何かしてやりたい。

 しかし24日は水曜日、バイトの日だ。

 ……門限もあるし、そんなに長い時間はいらない。

 オーナーに相談しよう。

 

「ちょっと電話、いいですか?」

「ええ。もちろんです」

 

 オーナーに連絡すると。

 

『そういうことなら、一時間くらいならいいわよ』

「ありがとうございます!」

 

 一時間、シフトをずらしてもらえることになった!

 

「ヒヒヒ。それではこの際、サプライズでお祝いしますかね。私から皆には連絡しておきますよ」

 

 だったら俺は帰りに天田へのプレゼントを……

 たしか天田は“カレイドスコープ”か“フロスト人形”だったはずだ。

 

「それから影虎君、生徒会室に行くっていっていましたが、そろそろじゃありません?」

「え? ああ、確かに……」

 

 桐条先輩に手伝うって言っちゃったしな……

 

「すみません、あとはお願いします」

「任されました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~生徒会室~

 

「失礼します」

「葉隠君! 来てくれると思ってたよ!!」

「よく来てくれた、この席使ってくれ」

「特攻隊長キター! これで勝つる! 体力的に! 僕は書記の久保田です。よろしく」

「私、会計の久住。よろしくねー。あれ? 君ってメガネかけるんだ?」

「こちらこそよろしくお願いします」

 

 手伝いにきたら、会長や桐条先輩以外にも知らない先輩方がいた。

 しかし、皆さん好意的に受け入れてくれているようだ。

 

「早速ですが、俺は何をすれば?」

「まずは俺と一緒に来てくれ。とりあえず雑用から片付けてしまいたい」

 

 紙の束を抱えた副会長に呼ばれる。

 

 生徒会の仕事、その一 “生徒会報”の張り替え。

 校舎内にあるすべての掲示板に張るお仕事だ。

 特に考えることはない。

 

 二手に分かれてさっさと済ませる。

 

「戻りました」

「ありがとー、次は職員室でコピーとってきて。コピー元と必要部数は紙に書いて席に置いてあるから」

 

 生徒会の仕事、その二 “コピー”。

 これも難しい仕事ではないが……プリントの数が多い。

 色々な仕事を同時進行しているらしい。

 特にテレビ撮影に関係している内容が多い。

 生徒への通達が主な仕事のようだ……

 

「コピー終わりました! こちら種類ごとに分けてあります」

「あ、葉隠君。ついでにそれ各クラスの人数分に分けて、クリップで留めといてくれる? クリップはこれ使って、人数は……久保っち、そっちに名簿ない?」

「あるけど今使ってます」

「あー、そっか……」

 

 人数だけなら、記憶してしまえばいい。

 

「すみません、二十秒ほどお借りできませんか? 覚えますから」

「え? それくらいなら良いけど……覚える?」

 

 名簿を借りて、内容を全部記録。

 

「ありがとうございました」

「もういいの?」

「はい」

 

 全学年、全クラス、問題ない。

 

 席で作業に入る。

 コピーの山を片手で掴み、もう片手で一気にパラパラッと。

 アナライズで監視することで枚数は正確に計測。

 一組の人数と一致したらクリップで留める。

 分かりやすいようクラスと生徒数を書き込んだ付箋も一緒に挟んで一組分の完成!

 かかった時間は約五秒。

 

 同じように全クラス分をまとめれば……

 

「葉隠、もうできたのか?」

 

 ちょうど終わったところで桐条先輩の声がかかる。

 

「まだ一種類のプリントですが、終わりました」

「確認させてもらってもいいか?」

「お願いします」

 

 作った束を全部渡して、次のプリントに取り掛かる。

 

 ふっふっふ……単純作業が実に楽だ!

 こんな仕事、さっさと完璧に終わらせてやる!

 

 なお桐条先輩のチェックでは当然のごとく合格をいただき、全部のプリントを分けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス 2F~

 

 ずいぶんと長くきていなかった気がする……

 

 まずは軽く、準備運動がてらシャドウを狩ろう。

 

「「「「ギヒィイイ!!?」」」」

 

 薄暗い塔にシャドウの悲鳴が響き渡る。

 

「シィッ!」

 

 逃げられないと悟った一匹の“囁くティアラ”が、髪のような触手を振りかざす。

 

 ……やる事は試合と同じだ。

 

 触手の長さと方向を把握し、軌道とタイミングを判断。

 満を持して斜めに踏み込めば、髪は体を掠めもしない。

 打ち据えることに失敗した触手を引き戻す間を与えずに、鉤爪で仮面を引き裂いた。

 

 シャドウは消滅。

 だがさらに次々と決死のシャドウが現れては腕を振るう。

 それをあの時と同じ要領で見切り、回避からの攻撃。

 体と共に、吸血で体力を抉り取っていく。

 

 

 ……そのまま帰る時間がきてしまった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 6月23日(火)

 

 放課後

 

 ~生徒会室~

 

「今日の仕事は?」

「募金の集計をお願い!」

 

 月光館学園では購買の横に募金箱が置かれているらしい。

 俺は初めて知ったけど、買い物帰りの生徒がおつりを入れるから結構集まるそうだ。

 生徒会はその募金を一月ごとにこうして集計している、と……

 

「お金がかかわる仕事だから、久住と一緒にやってね」

「よろしくー。じゃさっそくだけど、その棚の下から募金袋出してー」

 

 気の抜ける声で支持を出す久住先輩。

 言われた通りに棚を見てみると、小銭の詰まった袋が沢山あった。

 この時点で周辺把握とアナライズにより各小銭の枚数と合計額が明らかになったんだが……

 

 そんな理由が通用するはずがない。

 黙って、高速で小銭を数え続けるふりをした……

 

「そうだ葉隠。撮影の件だが、やはり君に白羽の矢が立った。来週の月曜日、放課後から撮影開始だそうだ。当日はまず学校でスタッフの方と顔合わせをして、体育館への移動中に説明があるそうだ」

「承知しました。用意は何を?」

「特別なものは何も無いといわれている。普段の部活で使うものだけ用意して行けばいい」

「……それだけですか? 俺がやる種目とか」

「それだけだ。先方が言うには番組の趣旨に沿うため、種目もコーチも当日発表だと。体調だけ整えておいてくれ」

 

 それで大丈夫なのだろうか……考えても意味が無いな。

 帰ったら放送禁止用語集にもう一度目を通しておこう。

 だけどいまは仕事を優先。

 

 

 生徒会の仕事に精を出した!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜

 

 ~男子寮~

 

「というわけで、頼む!」

「まぁいいけどさ、プレゼントがゲーセンの景品ってどうなん?」

「……実はもう一つ用意したい物があるんだ。バイト先のオーナーとも相談して作ることにしたんだけど、喜ばれるか分からないからもう一つ、確実に喜ばれるものを確保したいんだよ」

「あー、そういうこと? んじゃ明日取りに行くわ。この順平様に任しとけ!!」

 

 “フロスト人形”はクレーンゲームの景品になっていたので、クレーンゲームの上手かった順平に頼んだ。

 

「さて……作業に入る前に」

 

 

 

 

 ~自室~

 

 だいだら.から荷物が届いている。何が入っているのだろうか? 

 

 期待して箱を開けてみると……

 

「!?」

 

 中身は黒塗りの鞘に入った、一振りの“刀”。

 重々しく、無骨で、これこそまさに武器という風格がある。

 一瞬本物かと思ったが、持ってみると鞘から抜くことができない。

 

 同封された手紙によると、実は刃のついていない“模造刀”のようだ。

 ただし刃以外は本物の日本刀とまったく同じ工程で作られているとかなんとか。

 

 ……なんだか先制攻撃ができそうな気がする!

 

 (つば)の部分に鍵の役割を持つ仕掛けが組み込まれているため今は抜けないが、鍵のかけ方、あけ方は丁寧に説明書きがある。普段は鍵をかけて棚の上にでも飾っておけばいいだろう。

 

 それにしても、あちらの店長は前回の甲殻がよほど気に入ったようだ。

 今後とも当店をよろしくお願いいたします。

 また、アートな素材がございましたら、声をおかけください。

 

 という言葉で締めくくられている。

 素材が手に入ったら持ち込ませてもらおう。

 

「さーて、あとは」

 

 天田へのプレゼントを用意した!

 

 

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス 2F~

 

「ふっ!」

「ギッ!? ギィッ……ギ……」

「ふぅ……」

 

 模造刀を試してみた。

 

 とりあえずこの辺では十分に戦えているけど……正直素手のほうが戦いやすい。

 改善すべき点も山積みなのが分かる。

 刀を使うならこのあたりの階でもっと練習をすべきだ。

 刃がついてないから威力もいまいちだし……

 

「待てよ? 模造刀を芯にして、霧状のドッペルゲンガーで薄く包んで……刃はつけられるっぽいな」

 

 “保護色”で色合いもそれっぽくして、いい感じだ。

 いったん解除して、もう一度。手元から先端に向けてズルズルッと……おっ! 

 

 ドッペルゲンガーが包み込む速度に合わせて、刀身が黒くなっていく。

 

 武装色の覇気っぽい!!

 

 ワンピースの真似でテンションが上がった俺は、その状態で刀を振るう。

 刃がついた分だけ威力は上がった。

 さらにシャドウの攻撃を避けていたら、“斬撃見切り”と“貫通見切り”を習得。

 しかし残念ながら武装色の覇気は身につく気配すらなかった……



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96話 準備期間

 6月24日(水)

 

 放課後

 

 ~喫茶店 シャガール~

 

「いらっしゃいませー」

「すみません、予約していた月光館学園パルクール同好会の者です」

「ご予約のお客様ですね! お席のほうこちらになります」

 

 お店の女性に案内される。

 ついた席は店の角で広く、周囲には誰もいない。

 まだ皆はきていないようだ。

 

「やぁ、本日はうちの店を使ってくれてありがとう」

「マスター、こちらこそ急な話を聞いていただいて」

 

 相変わらず柔和なほほえみのマスターが、コーヒーを持ってきた。

 まだ注文していないが、サービスとのことだ。

 

 ありがたくいただいて待っていると、江戸川先生たちがやってきた。

 

「お待たせ、葉隠君」

「すみませんねぇ、渋滞に引っかかってしまいました」

「大丈夫ですよ、まだ時間はありますから」

「あの……どうして喫茶店に? それに先輩って水曜日はアルバイトなんじゃ……」

「まぁまぁ座ってくださいよ先輩」

「先輩は……ここがいいっすね」

「え、あちょっと」

 

 和田と新井の手で強制的にお誕生日席へと座らされる天田。

 

「すみません、予約の物をお願いします」

「かしこまりました」

「なんなんですか? いったい……部内会議なら部室でやればいいのに……」

 

 質問には俺も含めて誰も答えない。

 しかし、ロウソクの立てられたケーキが運ばれてくると理解した。

 

「……これ」

「ヒヒヒヒッ! それでは皆さん」

 

 先生の合図で一斉に祝福の歌。

 続いて声が上がる。

 

「天田君、おめでとう」

「おめでとうございます、先輩!」

「黙ってるなんて水くせーっすよ!」

「ほら天田、吹き消せ吹き消せ」

「天田君、固まってるとロウがケーキに落ちてしまいますから」

「は、はい!」

 

 あわてて吹き消されると同時に拍手を贈る。

 おまけに店内にいた店員やお客の一部もこちらに拍手を贈ってきた。

 天田は四方八方に頭を下げた後で俺たちに目を向けた。

 その目は若干、潤んでいる……

 

「どうよ? 驚いたか?」

「驚きましたよ! 何も言ってないのに」

「だから何で言ってくれないんすか」

「あやうくスルーするとこでしたって」

「江戸川先生が気づかなかったら本当にそうだったかも」

「ヒヒヒ、とにかく食べますか? それともプレゼント交換からでしょうか? ちなみに私のプレゼントはここの料理ですから、どちらからでも変わりませんが。ヒヒッ!」

「だったらプレゼントに一票」

「俺もっす。全部やることやってガンガン食いてぇ」

 

 俺も山岸さんも異論はなかった。

 

「じゃそういうことで、先輩」

「俺らのプレゼントはこれっすよ」

「!」

 

 出てきたのは“フェザーマンのフィギュアセット”。

 

「しかも限定版!?」

「へへっ、商店街のおもちゃ屋で手に入れたレア物っすよ」

「二人合わせて一つで悪いんですけど、受け取ってください」

「あ、ありがとうございます!」

「それじゃ次は私だね」

 

 山岸さんが取り出したのは腕時計に、なぜかイヤホン。 

 

「これをここに挿して、この横のボタンを押すと……はい」

「……! ラジオ?」

「うん、ラジオ機能付きの腕時計なの」

「カッコイイ! ありがとうございます!」

 

 最後は俺だな。

 

「俺からはこれだ」

「ネックレスですか?」

「これはその……お守りみたいなもんだ」

 

 チェーンとペンダントヘッドはオーナーから買った市販品だが、はめ込まれたオニキスは俺が始めてタルタロスで手に入れた宝石だ。これまでずっと部屋に置いていたけれど、この機にルーンを刻んで天田に託すことにした。

 

「オニキスは邪念や誘惑を祓い、心身のバランスを安定させる魔よけの石で、運動能力を高める効果もあると言われている。それを柱状にカットして、正面に刻まれてるこの文字の意味は、“保護”のエオローと“継続”のオセル。エオローには“仲間”や“絆”という意味もある。

 バイト先の商品に似たものがあってな、作り方を習って初めて作った“アクセサリー”だから地味だけど……受け取ってもらえるとうれしい」

「お守り……先輩、ありがとうございます!」

「ああ、それとこれも」

 

 天田はネックレスを首にかけ、フロスト人形と合わせて喜んでくれているようだ。

 このまま飽きずに使ってもらいたい。

 

 

 

 というのも、あのネックレスはルーンストーンと違い、力を込める必要がない。

 これは天田にあれを作ると決めてから気づいた事だ。

 

 俺はオーナーのようにルーンを使って常時効果の出せるアクセサリーは作れない。

 なぜなら、石に力をこめて持続させることがまだできないから。

 ただしそれ以外の作業はできる。

 

 そしてあの石は手に入れた時からエネルギーを持っていた(・・・・・・・・・・・)

 オーナーもそう言っていたし、今も力は感じられる。

 

 すでにエネルギーを持つ石に、俺が込める必要があるのか?

 あの石を使えば、俺にもアクセサリーが作れるということではないか?

 オーナーに質問したら、あっさり“可能”との返事がきた。

 基本は身に着けておくべきだから、気づくまでは教えないことにしたんだとか……

 

 もっと早く知りたかったが、宝石にばかり頼っていると地力が伸びないのは納得できる。

 

 ついでに簡単だからと効果付きのアクセサリーを大量に持っていると、互いに干渉しあって満足な効果が出なかったり、おかしな効果になることがあるので気をつけるようにと注意も受けた。一つなら問題はない。

 

「皆さん、ありがとうございます……僕、うれしいです」

「こんなのあたりまえっすよ!」

「ささ、食べましょうって」

「そうだな」

 

 あれが天田の助けになることを祈り、俺も料理に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス 4F~

 

 復帰から三日目にして“拳の心得”“足の心得”の効果が理解できてきた。

 攻撃力の上昇だとは分かっていたが、いきなり筋力が上がったわけではない。

 どうやら手足の動きを良くするスキルだったようだ。

 技のキレが良くなり、技が効果的に敵に当てられる。

 すると結果的にダメージも多く与えられるという具合だ。

 

「ギシャアッ!?」

「っと」

 

 俺がいた場所が炎に包まれる。

 “足の心得”はフットワークにも効果があるのかもしれない。

 “警戒”は単純に視野が広がっている気もするし、注意力も上がっているようだ。

 戦闘では不意打ちを受けにくく……

 

「っし! おっ……二十分前か」

 

 気づけば体内時計と合わせて、アラームみたいな効果を発揮するようになっていた。

 アナライズも組み合わせれば予定帳機能も作れそうだ。

 

「……携帯かよ!!」

 

 なんだって俺の能力はこんな方面に進むのか。

 べつに能力じゃなくても機械を使えばいいのに。

 本当に携帯一つあれば用は足りそうだ。

 

 タカヤは個人の性格や願望で能力が変わるとか言ってたけど、こんな能力は求めていない。

 まさか日常生活でしか使いようのない能力を心の底では望んでいるとか………………?

 

「? 意外と間違って、ない……?」

 

 そもそも俺が戦うのは強くなって死なないため……

 平穏無事に生きられるならそれでいいかも?

 危険が無い普通の日常は……欲しいか欲しくないかで言えば、欲しい。

 

 ………………えっ、まさかこれが原因?

 

 待て待て待て待て。それはない。ないだろう。

 

 願望が原因ならもっと こう無敵の体とか、誰も勝てない戦闘能力とか。

 あとはほら、過程を無視して全部思い通りになる能力とか!

 なんかそういう最強系小説みたいなのが願望にあるはずだ。

 だって命がかかってるんだから。

 

 安全な日常が欲しい = 日常生活に役立つ能力が欲しい、じゃないからな!?

 

 とはいえ、この仮説はあくまでも仮説。

 否定も肯定もできず、そこはかとない残念感を残したまま帰ることになった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 6月25日(木)

 

 放課後

 

 ~アクセサリーショップ Be Blue V~

 

「お疲れ様です。オーナー、仕事前に少しよろしいですか?」

「いいわよ。何かしら?」

「これらの買取をお願いしたくて」

「あら、今日は沢山あるのね……まぁ! 宝石まで。どうしたの?」

「何といいますか……無欲で戦っ(やつあたりし)たらこんな結果に」

「とりあえずこの銀の仮面は前と同じ二千五百円。四枚だから一万円。このイエロートルマリンは…………パワーが前より強いわね。一つ五万円、二つで十万円。どうかしら?」

 

 合計で十一万円か。

 

「十分です。借金の返済にあててください」

「わかったわ。残りは三十六万円。この調子なら割と早く完済できそうね」

「無利子で待っていただいてるおかげです」

「でもこの宝石は売ってよかったの? 貴方にとっては武器にもなるし、アクセサリーを作れることにも気づいたのに」

「大丈夫です」

 

 実は昨日手に入れたマハジオジェムは三つ。

 どうしても作りたいアクセサリーがあるので、一つは確保してある。

 あとは特別な理由が無い限り、自力で作れるように頑張るつもりだ。

 

「そう。今後もよろしくね」

「こちらこそ」

 

 アルバイトに勤しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス 8F~

 

「いたたたた……」

 

 魔法の実験でダメージを受けてしまった。

 しかし面白い結果が出たし、新しい魔法(・・)も習得した。

 ダメージに見合う収穫だ。回復時計を使えばそれもない。

 体は少し痛んだが、心は満ち足りた気分だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 6月26日(金)

 

 放課後

 

 ~生徒会室~

 

 手伝いにきたが、なんだかゆったりとした空気が流れている。

 

「会長、今日の仕事は?」

「今朝のアンケートを集計してちょーだい」

「他には?」

「ふっふっふ……それが無いのだよ!」

「お前がいばることでもないだろう。葉隠が雑用をこなしただけ、俺たちの手が他の仕事に手が回ったんだ」

「葉隠は久保田と一年のアンケート結果をまとめてくれ」

 

 ということで、集計作業にとりかかる。

 

 アンケートの内容は“部活動の実態調査”

 

 どの部活に入っているか?

 週に何日活動しているか?

 部の雰囲気はどうか?

 先輩後輩に不満は無いか?

 活動内容に不満は無いか?

 そういったことを匿名で、やや遠まわしに聞いている。

 

 部室が汚いって意見が運動部系、特に男子の間にだいぶある。

 まぁこれはそれほど大きな問題ではなさそうだ。

 

 アンケートもこれで最後……? “部長が無茶をしすぎかも……”

 所属:パルクール同好会

 

 山岸さんのアンケート用紙だ。

 高等部二人だけだから匿名の意味がない。

 心配かけてすみません……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜

 

「よ~し……あと少し……」

 

 昨日の実験結果から、新たに“ルーンストーンブレスレット”を作る。

 ただ一つの目的に合わせた、いまの俺に作れる最高の装備を。




影虎は常時効果のあるアクセサリーを作れるようになった!
影虎は何かを計画しているようだ……


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97話 研究成果

 6月27日(土)

 

 放課後

 

 ~月光間学園・裏門~

 

 影時間に行うことを江戸川先生に伝え、部活は休止。

 ほかのメンバーには来週からの撮影のためとして、体調を整えることにしたが……

 

「さっきまで晴れてたのに……」

 

 梅雨真っ只中。

 あっという間に天気が崩れ、外は土砂降りの状態だ。

 高台でのんびりしようと思っていたのに、これじゃ外に出られない。

 

「葉隠君?」

「どしたの? こんなところでタッパー持って」

 

 あれ? 高城さんと島田さんだ。しかも制服じゃなくて弓道着?

 

「散歩かな……これは弁当の冷やし中華。そっちこそなんで?」

 

 ここはあまり人のいない区画なのに。

 

「私たちは部活の休憩中」

「ジュース買いに行くとこ。じゃんけん負けちゃってさー。あ、パシリとかそういうんじゃないからね」

「わざわざ訂正しなくても。というか弓道部ってここらへんにあったの?」

「そだよ? 知らなかった? ここらへん女子弓道部エリアって呼んでる子も結構いるけど」

「……ぜんぜん知らなかった、男子がうろついてるとまずかったりする?」

「まさか。女子高に忍び込んだわけじゃあるまいし」

「いやいや美千代ちゃん、実はまずいかもよ?」

 

 高城さんは問題ないと言うが、島田さんは異を唱えた。

 

「ん~……! 葉隠君、暇ならちょっと手伝ってくれない?」

 

 何を? と聞けばジュースを運ぶ手伝いだそうだ。

 

「俺が行っても大丈夫?」

「ちょっと入るくらいかまわないって。それとも一人で変なとこ歩いて“きゃー、こんな所に男子がー”とかやりたい?」

「それは絶対にごめんだけど、本当に大丈夫?」

「弓道場は大丈夫だよ」

「なんで私じゃなくて美千代ちゃんに聞くのさ?」

「……なんか企んでる気がするから」

 

 とはいえ本当に危ない事をする人とは思っていないので、ついていってみる。

 

 

 

 

 

 

 ~弓道場・正面入り口~

 

「立派な建物なんだな」

 

 位置的には運動部の部室棟から、さらにグラウンドを挟んだ先。

 校舎からだいぶ離れたところに弓道場は存在した。

 

「「ただいまー」」

「お邪魔します……」

「おかえりーって、なんで葉隠君までいるの?」

 

 そっと中へ入ると、いきなり弓道着の岳羽さんが出てきた。

 かと思えば、その後ろからさらに女子生徒がぞろぞろと……

 

「あっ! 葉隠君!」

「真田先輩と試合した子?」

「マジ!? なんかイメージちがーう」

「大人しめな感じだね」

「ねぇねぇ、どうしたの?」

「何か用なの?」

「いえ、島田さんに連れてこられまして……」

 

 張本人に話を振ると、彼女は右手を額に当て、軽い敬礼のポーズをとる。

 

「草食動物が無防備に歩いていたので! 捕獲してきたであります!」

「捕獲!?」

「でかした!」

「葉隠君、せっかくだし見学していきなよ」

「ジュースもあるよ」

「島田さんには功績を称えて……どうする?」

「えー? こういうときは二階級特進じゃない?」

「それ戦死の時!」

「てか階級とかないじゃん」

「まぁまぁとにかく入って入って」

 

 かしましい女子に囲まれて、弓道場に押し込まれる俺。

 弓道場における“射場”に座布団とジュースを出されて歓迎されているらしいが……

 

 右を見ると女子。

 左を見ても女子。

 正面にもやっぱり女子。

 

「……ねぇ、これどういう状況?」

「見てのとおりでしょ。葉隠君は真田先輩に勝って株が急上昇中なんだから、皆一目見てみたかったんだって」

「そうそう」

「学年が違うと接点ないしね」

「綺羅々ちゃんありがと! これあげる、特選イチゴクリームパン」

「ラッキー!」

 

 他人ならうらやましくも思える状況かもしれないが、いきなり放り込まれるとどうしていいかわからない。

 

「おやおや~? 緊張してるのかな?」

「……女子に囲まれることが無いもので」

「えー、つまんない」

「でも遊びまくってるよりは」

 

 一つの質問に答えるたびに女子の集まりがざわめいて、審議が行われているようだ。

 あまり居心地はよくない。早めに退散しよう……?

 

 女子の壁を越えた先に、こちらを哀れみの目で見ている男子が数人目に留まる。

 

「弓道部は男子もいるんですか?」

「男女で分かれてるんだけど、弓道場は共用。男子は六人しかいないからね」

「練習もいつも合同だよ」

 

 聞けば顧問も同じ先生なんだとか。

 ……さては彼らもこの状況に陥ったことがあるな。

 助けに入るつもりはないのか、練習を再開するようだ。

 

「へー……部活の顧問を掛け持ちなんて、先生も大変そうですね」

「そんなことないですよ」

 

 なにげなく呟いた一言に、隣にいた生徒が……生徒が……あれ?

 

 正面を向いてしっかりと見る。

 背丈は俺より少し低いくらい。

 髪を後ろでまとめたかわいらしい感じの人だが、どこかで見たような……

 記憶を探……っ!?

 

「……先生?」

 

 おそるおそる聞くと、彼女はニコリと笑い。周囲からは笑いが巻き起こる。

 

「やっと気づいた!」

「思ったより早かったね」

「ねー」

「あらためまして、弓道部顧問の篠原(しのはら)(しのぶ)です。一年は担当してないのに、よく分かりましたね~」

「朝礼のときに、教員席で見かけたのを思いだしまして」

 

 教師だと分かってから見ても、生徒と間違えそうな容姿だ……

 

「部活中のシノちゃんじゃ仕方ないって」

「だよねー」

「スーツならまだ先生って分かるけど、弓道着だともう見分けが、お腹痛い……」

「コラ~、そっちは笑いすぎです。外周十週追加しますよ~」

「ごめんなさーい!」

「もう……外周十週! は嘘ですけど、皆そろそろ練習始めますよ」

 

 賑やかな返事と共に、練習が始まる。

 知ってる顔も知らない顔もまじめに練習に取り組みはじめ、取り囲む女子はいなくなった。

 これはこれで俺はどうすればいいのだろうか?

 

「葉隠君はゆっくりしていていいですよ。それとも体験してみます?」

 

 ……もしよければ、体験してみたい。先生にそう伝えると

 

「それなら、八千代さーん」

「はい!」

 

 呼ばれてきたのは、安定感のある女子生徒。

 

「こちら三年の八千代さんです」

「いつも妹の美千代がお世話になってます」

「高城さんのお姉さんの……中間テスト前には過去問を貸していただいて助かりました。ありがとうございます」

「葉隠君が体験してみたいそうなので、教えてあげてくださいね」

「分かりました」

 

 それだけ言うと、先生はほかの生徒の指導へ。

 俺は八千代先輩からどこからか取り出した練習用のゴム弓を借り、弓道における“射法八節”の説明と実演。そして指導を受けた。

 

 “The 弓道”の知識に経験が加わったことで、知識が深まったのを感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス・エントランス~

 

 体調と装備を万全に整え、これまでで最大の実験を行う。

 それは“タルタロスの性質を利用した訓練時間の延長”。

 俺はこれを知らずに行っていた。

 

 しかし“体内時計”の習得後。

 正確な影時間と経過時間を知って以来は、この現象を体験していない。

 それは俺が影時間が終わる時間を知っているから。

 次の日の影時間に迷い込む可能性を恐れてのことだ。

 学生という身分において、無断欠席は好ましくない。

 ましてや理由を説明ができないのならなおさらだ。

 

 だからこそ、今日。

 明日が日曜である土曜の影時間ならば、明日に迷い込んでも問題はない。

 

 俺はあえて今日の影時間を越えるまでタルタロスで過ごす。

 そして自分の意思で今日の影時間中に外へ出られるかを試したい。

 

 なお、この実験のためにはまずタルタロスでしばらく過ごさなければならない。

 だからもう一つ、時間を利用して“バスタードライブの討伐”を行うと決めた。

 

 以前は力不足で撤退したが、今日までで俺も成長を実感している。

 さらにバスタードライブのみを対象にした対策も用意してきた。

 

 大丈夫。勝てる。

 

 気合を入れ直し、俺は転移装置に乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~タルタロス・14F~

 

 広く、薄暗い廊下を前にして“望遠”で対象を観察。

 敵は前回と同じ一体。こちらに背を向けている。気づかれていない。

 

 隠密コンボを発動して、こっそりと接近。

 がら空きの背中に、開戦の炎を叩き込む!

 

「ゴロロ……」

 

 重い駆動音を響かせて、バスタードライブはこちらを向いた。

 鋭い突起が風を生み、車輪の動きが地面を揺らす。

 そして巨体についた仮面が俺を見下ろした瞬間、突起が足下をなぎ払う。

 

「ゴォ!」

「問答無用かっ」

 

 当然ながら、俺は敵と認識されたようだ。

 角度を変えて縦横無尽に、鋭い突起が振り回される。

 

 だが、当たらなければ意味がない。

 

リーチ(突起の全長)は把握してるっての!」

 

 あとは人間なら踏み込みにあたる車輪の位置。

 そして攻撃の基点となっている腰の角度に注意すれば軌道が分かる。

 おまけに突起で攻撃する時は、必ず腰を回転させなければならないらしい。

 回転が右回転か左回転か、それも攻撃を予測する助けになる。

 

 もはや単調にすら感じてしまう直接攻撃の連続。

 注意すべきは外した攻撃で削られて飛んでくる壁や床の破片。

 

「っと」

 

 退路の少ない壁際や、荒れた地面に足下を取られないことの方が重要だ。

 

「ゴォオオオ!!!!」

「! 本気になったか」

 

 バスタードライブの体からあふれんばかりの力を感じ、壁に刻まれる傷が深くなった。

 タルカジャだな。ならこっちも使わせてもらおう。

 

「“防御力五倍(エオロー・オセル)”“機動力五倍(エオー・オセル)”」

 

 左の手首に流したエネルギーが全身を駆け巡る。

 物理無効と反射があるため、攻撃力の強化は不要。

 代わりに

 

「“魔法防御力五倍(アンスール・エオロー・オセル)”! “魔法攻撃力五倍(アンスール・ウル・オセル)”! 食らえ!」

 

 体の内側で強まる力。

 

「ゴッ!?」

 

 次に放ったアギは一際大きな爆炎を生んだ。

 爆炎、バスタードライブの反応、共に最初との威力の差は歴然。

 

「っし!」

「ゴ……ッ!」

 

 突進、からの上!

 

「はっ!」

 

 アサルトダイブ、そういう攻撃があることは前回も見た。

 強化した機動力で、余裕を持って退避。

 飛んだシャドウの下をくぐりぬける。

 

 

 

 着地と同時の地響き。

 その中心には背を向けた敵。

 絶好のチャンスだ。

 

「ゴ」

「“アクア(・・・)”!」

 

 唱えた途端、かざした右手から水の塊が噴きだす。

 

 新しく習得した“()の攻撃魔法”

 ウル(力強い)ラグ()ラド(移動)での攻撃魔法実験に成功。

 そのままペルソナのスキルとしても習得した。

 これは2に存在したスキルなのが気になるが……

 

 3ではこの属性そのものが登場しなかった。だからか“耐性”も登場していない。

 

 ドッペルゲンガーにも水耐性はない。

 よって万能属性のように、どのシャドウにも効く可能性があると俺は考える。

 

「ゴフッ、ゴッ! ゴオオォ!!」

 

 少なくとも、バスタードライブには普通に効いているようだ。

 それとも急に水を浴びせられて怒っているのか? 

 真正面から突進してくる。

 

 ……格好の的だ。

 

「“感電(ソーン・ラド・イス)”」

「ゴカッ!?!」

 

 光が弾けた。

 左腕から放たれた雷がバスタードライブの胴体に着弾。

 大きなダメージは……なさそうだけど足が止まって、勢いのまま転ぶ。

 

「やっぱり使えるな」

 

 “感電”は雷の攻撃に停止を意味するイスのルーンを組み込んである。

 攻撃そのものよりも“感電”の状態異常を与えることを目的としたルーン魔術だ。

 しかもこの魔術、“アクア”で水をぶっかけてから使うとかなり高い確率で感電させられる。

 単体で使っても普通のジオよりは確率が高いと思うが……おっと。

 

「グギギ……」

 

 立ち上がってきたな。

 まだまだ足りないようだ。

 

「アクア!」

「ゴロルァアアア!!」

「っ!」

 

 咆哮と雷があたり一面に降り注いだ。

 手当たりしだいに放たれる雷は規則性がなく、なによりも速かった。

 

 これは……避けられない!

 

 次々と地面を打つ閃光が、俺の体を打ち抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……でも効かないんだな、これが」

「ゴッ!?」

 

 体を確認してみるが、特に傷ついたところはない。

 

 ジオ系の魔法を使うのも前回で確認している。

 だから雷から身を守るアクセサリーを、マハジオジェムを素材にして作ってきた。

 残念ながら無効化するほどの効果はないが、威力を軽減することはできる。

 

 ペルソナの耐性に加えて魔法防御のルーンで強化している今の状態では効かない。

 実験中に自分のジオを食らって確認したのだ。

 俺と同じかそれ以下の威力なら、もはや蚊の一刺しほどの痛みも感じない自信がある。

 

 物理攻撃は真田との経験とスキルを活かして回避。

 魔法攻撃はアクセサリーと強化で無効化。

 

 相手の攻撃を封殺しつつ、こちらは一方的に魔法で攻め立てる。

 これが今日の作戦。“ハメ技”。

 

「……というかこれ、番人シャドウの致命的な弱点だよな……」

 

 雑魚は弱いけど、多種類のシャドウが同時に出てくることも珍しくない。

 対して番人シャドウは複数出てきたとしても、種類は同じ。

 ゲームのように逃げられない仕様もないし、一度手の内が分かればこの通り対策ができる。

 

 この作戦は魔力の消費が多いけど……

 

「アクア! “氷結(イス・ラド・イス)”」

「ゴアアア!!!」

 

 水を浴びた上からの氷。

 感電と同じく、バスタードライブは瞬く間に車輪を凍りつかせて動きを止める。

 その間に“吸魔”で魔力の補給。ついでに“吸血”で体力も。

 この二つは万能属性だから耐性では防げない。

 動けなければ避けることも逃げることも不可能。

 

「さて……魔法の威力も上がっているし、今日は時間もたっぷりある。少しずつでも確実に削り倒させてもらうぞ」

「ゴ、ロロロロ……」

 

 言葉を理解しているのかは分からないが……

 俺にはバスタードライブが恐怖を抱いたように見えた。




影虎はアクアを習得していた!
アクアは過去作に登場する魔法です。


対バスタードライブ装備。

“ルーンストーンブレスレット”
効果:六つのルーン魔術が使用可能。

エオロー・オセル       防御力五倍強化三分
エオー・オセル        機動力五倍強化三分
アンスール・ウル・オセル   魔法攻撃力五倍強化三分
アンスール・エオロー・オセル 魔法防御力五倍強化三分
イス・ラド・イス       氷結
ソーン・ラド・イス      感電

“イエロートルマリンネックレス”
効果:雷の威力軽減



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98話 実験結果

 ?月?日(?)

 

 ~タルタロス・14F~

 

「ゴ、ロロ、ロ……」

 

 巨体が力を失い、頭を垂れる。

 か細い声と共に突起の先端から、全身へ徐々に崩れていく。

 番人であるバスタードライブが、黒い霧となって消える瞬間だった。

 

「ふぅ」

 

 戦況は安定していたが、さすがに少し疲れた。

 

 ? 霧が晴れた地面に、陶器の香炉が落ちている。

 

「香炉、香……まさか反魂香!?」

 

 お香のアイテムなんて、それしかないはずだ。

 とりあえず確保。

 江戸川先生とオーナーに相談しよう。

 

 とりあえずバスタードライブは倒した。

 となれば上に行くしかない。

 ……階層を隔てる壁はどうなっているんだろうか?

 

 道中の小部屋の宝箱でやたらとエネルギーを感じる液体が入ったガラス瓶を見つけたりもしながら、上を目指す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~タルタロス・15F~

 

「キィッ!」

「ハァッ!」

 

 ここはただのシャドウばかりだ。

 先へ進もう。

 

 

 

 

 ~タルタロス・16F~

 

「おっ!」

 

 階段を上ると、目の前にはまた階段。

 しかしその前には一本の柱を中心として、緑色のオーロラが地面から吹き上がっている。

 

「やっぱり壁はあるのか……」

 

 部屋は全体が一目で見渡せる。左側に転移装置。右側におそらく“人工島計画文書”が入っている宝箱があるが、とりあえず置いておいて、壁を観察してみる。

 

 ……これも強いエネルギーを感じる。

 触れてみると、押し戻される。

 

「石とかそういう“物質”じゃないな……」

 

 エネルギーが形をとっている、というか……どこかドッペルゲンガーに似ている。

 しかし感じるエネルギーの量は桁違いで、力技でぶち抜くのも難しそうだ。

 

「……もうそろそろいい時間か」

 

 宝箱の中身を(あらた)めて帰ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 ~タルタロス・エントランス~

 

 さて……俺がタルタロスに入ったのは6月27日。

 月齢は満月から九日目。

 影時間の計算では満月の三時間から九日分の誤差をさし引いた、一時間四十八分となる。

 

 そして現在はタルタロスに入ってから二時間が経とうとしている。

 もう6月28日の影時間に入っているはずだ。

 

 それを認識した上で、6月27日の影時間に出られるかどうか……。

 

 タカヤは入った人間の“認知”によって決まると言っていた。

 俺は気づかなかったゆえに、日を跨がなかった。

 しかし今は気づいている。

 知ってしまった以上、無かったことにはできない。

 

 だからこそ……

 

「“何時にでも繋がる”だから“過去にも繋がる”」

 

 アイギスの活躍するアフターストーリーのように。

 言葉に出して、自分に言い聞かせながら踏み出した。

 

「6月27日、影時間の終わる三十分前に!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 影時間

 

 ~自室~

 

 残り時間はあと十秒。

 

 九、八、七、六、五、四、三、二、一……ゼロ!

 

「!」

 

 電灯の光で明るく照らされた部屋が、影時間の終わりを告げた。

 

「……!!」

 

 “6月28日(日)”

 

「しゃ! ……やった………」

 

 叫びかけた声をあわてて潜める。

 携帯に表示された日付は、たった今6月28日が始まったことを示している。

 

「江戸川先生に連絡しないと……あと明日会えるかな? できればオーナーとも」

 

 成功したことを確信した俺はそれ以降、連絡を終えてもしばらく寝付けなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 6月28日(日)

 

 朝

 

 ~アクセサリーショップ・Be Blue V~

 

 応接室にオーナーと江戸川先生に集まっていただいた。

 

「朝早くからありがとうございます」

「いいのよ、これくらい」

「まずは実験成功おめでとうございます、と言わせていただきましょう。……して、何か収穫があると聞きましたが」

「こちらです」

 

 俺は机の上に手に入れた“反魂香”、“ソーマ”、そしてだいぶ前に手に入れていた“宝玉輪”を並べた。

 

 先生方の目の色が変わる。

 

「これ……!」

「ヒヒヒヒ!! 何ですか? すさまじい力を感じますよ」

 

 おそらくこれだと思うアイテム名と効果を伝えると、江戸川先生は反魂香とソーマに。

 オーナーは宝玉輪へ釘付けになった。

 

「……いかがですか?」

「この宝玉輪は……買取なら断るわ。これは貴方の借金を帳消しにしても余り有る価値がある。私には対価が用意できそうにないもの」

「こちらも同じく。反魂香なんて、本物であれば伝説上の代物ですよ?」

 

 病人に嗅がせるとたちどころに生気をみなぎらせる。

 良質な香なら死んでいても三日以内なら必ず蘇らせられる。

 書物にはそう書き残されているという。

 

「ソーマもしかり。インド神話に登場する神々の飲み物です。寿命を延ばし、霊感をもたらす霊薬とも言われますね。

 ……祭事に用いられるソーマでしたら私も数度見たことがあります。どれもこのようにパワーを感じるものではありませんでしたが、これならば信じられそうな気がしますよ……ヒッヒッヒッ。いったいどんな成分が入っているのか……非常に興味深い」

「それなら先生。これを調べてもらえませんか?」

「……いいのですか? 貴方が危険を冒して手に入れた貴重な物でしょう」

 

 それはそうだが回復手段なら魔法や吸血、回復時計など色々あるし、それで足りないような無茶もしていない。これらを先生に預けて研究してもらうことで複製、あるいは新しく役に立つ薬を作ってもらえないかという期待もある。そして何よりも。

 

「これらを部屋に置いておきたくないんです。ほら、明日から……」

「言われてみれば撮影でしたねぇ……紹介で部屋を撮る可能性もある、と」

「はい。そういうことで、預かっていただければ助かります」

 

 俺よりちゃんと保管してもらえそうだ。

 そう付け加え、これらの貴重なアイテムは二人に預かってもらえることになった。

 江戸川先生は研究もしてくれるという話なので、今後何らかの進展があるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~自室~

 

 部屋がスッキリした。

 主にベッド下の事なので視覚的にはあまり変わらないけれど、気分的に。

 やる事もないので、一気に本を読む。

 

 “The 書道”

 “The 華道”

 “The 修験道”

 “The 衆道”…………

 

 このシリーズは全てにおいて詳細なイラスト付きが理解の大きな助けになるが……

 この一冊だけはそれが恨めしい。

 

「というかこれ、この絵で十八禁じゃないなんて……大丈夫なのか?」

 

 正直持っているのもちょっと怖い。

 誰かに見られたら性癖を疑われそうな本だ。

 ……読書を続ける気がそがれてしまった。

 

「誰か誘って遊びに行くか」

 

 と思ったが……

 

「順平ー。……留守か」

 

 友近、宮本を探しても、寮にいないようだ。

 約束してたわけでもないし……しかたない。

 あきらめてバイオリンを弾くことにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼

 

 携帯が鳴る。

 和田からか、珍しいな。

 

「もしもし」

『兄貴! 俺っす! 大変っすよ!』

「っ……声デカイ、きこえてるから」

『すんません! でも大変なんすよ?』

 

 ……なんだろう? まさかまた絡まれたとか?

 

『大変なのは兄貴の叔父さんっす! あの、えっと……あれっすよ! 麺茹でる寸胴鍋!  あれがひっくり返って熱湯浴びて、火傷したっす!』

「は!? 大丈夫なのか?」

『意識はあるっす。けど病院行ったほうがいいっす。そう皆で言っても、仕事があるからって断固として行かないって言ってるんすよ。

 うちの店まで引っ張り込んで母ちゃんたちが説得してますから、兄貴も来てなんとか言ってほしいっす!』

「わかった、すぐ行く!」

 

 電話を切った。

 

 ……なんか違和感があるけど、とにかく急ごう。

 

 バイオリンを片付けると、財布と携帯にルーンストーンブレスレットをひっ掴んで寮を飛び出した。

 

「……“機動力五倍”“防御力五倍”……」

 

 人目を避けて魔術により強化。

 ドッペルゲンガーの擬態で中年のおっさんに化け、周辺把握と警戒で衝突に注意をはらって町を駆け抜ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~巌戸台商店街~

 

 適当な路地で擬態を解いて、ビルの前に到着。

 呼吸を整えながら階段を上り、わかつの扉を開く。

 

「すみません、ここに……?」

「うぉっ! もう来た!?」

 

 店内は普通に営業しているようだ。

 しかし右側……四人がけの席があるほうだけに人が大勢集まっている。

 しかも、その顔ぶれは知っている顔ばかりというか……

 

「おーい影虎ぁ」

「こっち来いよ」

 

 宮本や友近をはじめとした、クラスメイトの一部。

 その中にパルクール同好会のメンバーに岳羽さんや木村さん。

 そして一人だけ大人が……元気そうな叔父さんが混ざっている。

 どういうこと?

 

「よく分かってなさそうだし、これを見て!」

「ジャーン!」

 

 島田さんと木村さんが二人して持つ紙を見ると

 

 “ドッキリ大成功!”

 “葉隠君テレビ出演決定祝い & 撮影がんばってパーティー”

 

「そういうことか! ってことは叔父さん」

「火傷したのは嘘じゃないけどな」

 

 と言って人差し指の先に巻いた小さな絆創膏を見せてくる。

 明らかに病院にいくような怪我ではない。

 

「どうよ? 驚いたか?」

「ドッキリってなんかテレビっぽいよね!」

「これショタく、じゃなかった。天田君の発案なんだよ」

 

 そう聞いて、つい天田に目が向いた。

 

「違いますよ! いえ、パーティーの発案は僕です……この前のお礼と言うか、何かしたくて……でもドッキリは違いますよ!」

「ま、色々アイデア足したのは俺たちだな」

「急だったから来れなかった子もいるけど、皆応援してるからね!」

「明日からがんばれよ!!」

 

 応援の言葉が集まってくる。

 ちょっと……泣きそうだ。

 

「さぁさぁ、話は食べながらにしな!」

 

 後ろから大量の料理を載せたお盆を抱える女将さんがやってきていた。

 席に座ると大食いチャレンジのような、山盛りのご飯とカツがずらりと並べられる。

 

「まだまだ、ジャンジャン持ってくるからね!」

「お前の支払いは俺とこいつらが割り勘で払ってやるから好きなだけ食っていいぞ」

 

 任せろと言わんばかりに胸を叩く叔父さん。

 俺はみんなの気持ちをありがたく受け取ることにして、腹に食事を詰め込んだ。

 

 嬉しい。気分が高揚しているせいか、どんどん箸が進む。

 きっと、後で割り勘で良かったと考える奴が大勢でてくる。

 確信を持った俺はもう一つ、新しいカツにかじりついた。




影虎はバスタードライブを倒した!!
反魂香とソーマを手に入れた!
影虎は16Fから先に進むことができなかった……
実験に成功した!






ちなみに成人の平均的な走る速度は16km/hだそうです。
マラソン選手なら20km/hも超えるとか。
これを五倍すると80~100km/h。
これはライオンやヌーに匹敵し、チーターよりやや遅いくらいの速度です。

まじめに調べて計算したらとんでもない速度になってた……
怪物と戦うならまぁ必要かもしれないけれど、この速度で疾走するオッサン。
人に見られたら都市伝説の仲間入りですね。


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99話 撮影開始

 6月29日(月)

 

 放課後

 

 ~生徒会室~

 

「葉隠君、心の準備はいいかい? 体調は?」

「どちらも万全に整えてあります」

「オッケー! 移動しよう」

 

 テレビ局の目高プロデューサーと校門へ向かう。

 

「いきなり撮影で悪いけど、まずは顔合わせだから気楽に頼むよ」

「承知しました」

 

 プロデューサーはいきなり撮影と言うが、本当に突然の始まりだ。

 顔を合わせて挨拶もそこそこに、まず校門前で撮影をすることになった。

 段取りも何もほぼ聞いていないがマイクをつけられ、これからの撮影で俺の補助とリポーターをしてくれる芸能人の方と顔を合わせる予定になっているとのこと。

 

 最初に顔を合わせる新鮮味や素の表情と言ったものを撮りたいらしく、まず何も知らない状態で挨拶するシーンだけ撮って、後の話はそれから一緒に聞くという流れになる。

 

 それだけ確認して校舎に向かうと、途中にはわざわざ理由をつけて居残っている生徒や目を光らせる生徒会役員、先生方の姿が見られる。

 

「やぁ葉隠君」

「ヒヒヒ、元気ですか?」

「! 理事長、お久しぶりです。江戸川先生も、何か御用ですか?」

「ただの挨拶だよ。今日は初日だからね。私たちも確認のために撮影の様子を見せてもらうよ。学園代表としてがんばってくれたまえ」

「理事長、それではむしろプレッシャーになるのでは?」

「おや、そうかい? ……まぁそのほうが後で、爽快(そうかい)な気分になるんじゃないかな? 開放感で……プハハハハハ!!」

「……影虎君、もう行っていいですよ。撮影スタッフの方々をお待たせしてはいけませんから」

「はい。失礼します」

 

 なにしに来たんだあの人……。

 

 

 

 

 

 

 

 ~校門~

 

「はい、ここで待っていてね」

 

 待機場所は正面入り口の近く、校門から入ってしばらく進んだあたりに目印のテープが貼ってあった。これが業界用語で言うところの“バミり”か。

 周辺把握ではもう少し校門の方向にもう一箇所バミりがある。

 

「リポーターが校門を通ってこちらを見つけたら、次のバミりまで近づく」

「そう! その後は質問に答えたりちょっと話したらオーケーだからお願いね」

 

 言い残して校門の外へ走り去るプロデューサー。

 しばらく待機か……

 

 現在の服装は一般的な月光館学園の男子制服に、ドッペルゲンガーのメガネ。

 特に乱れてもいないが、時間はあるので能力をフル活用して細部まで身だしなみを整える。

 

 そして見苦しくないようしっかり立って待つこと九分四十一秒。

 校門の外から、テレビでよく聴く音楽が聞こえてきた。

 

 これってもしかして……

 

 望遠で校門付近を観察すると、撮影スタッフを引き連れた二人組がやってきた。

 

「君って奴は~♪ ああ君って奴は~♪ いったい、どんな♪ ヘイ!」

「「どんな人なのぉ~♪」」

 

 人気お笑い芸人の“ピザカッター”だ。

 ギターとピアニカを演奏するコンビで、君って奴は~♪ のフレーズで去年ブレイク。

 最近はしょっちゅうテレビに出ているから俺でも知っているし、ネタも見たことがある。

 

「その僕たちが担当する高校生はどんな子なんでしょうか?」

「あっ! あそこに誰かいるよ!」

 

 こっちも行かなくては!

 

「はじめまして」

「「どーもー! ピザカッターでーす!」」

「葉隠影虎と申します。これからよろしくお願いします」

 

 ? 挨拶をしたら、二人が一瞬とまどったように目配せをした。

 

「どうかしましたか?」

「ちょーっと、聞いてた話とイメージがかみ合わなかったね」

「もっと不良っぽい子だと思ってたよ。“月光館学園の特攻隊長”だって聞いていたから」

「なっ!?」

「もしかして人違い?」

「いえ、確かに僕は特攻隊長と呼ばれていますが……」

 

 なんでよりによってそれが、テレビで放映されることになるんだ!?

 学校としてはいいのだろうか? 代表の生徒がこんな紹介されて。

 

「まあ見た目については僕らもあまり言えせんけどね」

「だなぁ。お前のそのガリガリの体、スポーツ番組のリポーターなのにスポーツがぜんぜん似合わない」

「ピザも人のこと言えないでしょその腹の肉! おまけに汗! 二分くらいしか歩いてないよね!?」

「人違いでないみたいだし、よろしく頼むよ。俺はピザ井口!」

「いやここで流すんかい! 僕がカッター井上!」

「「二人合わせてピザカッターでーす!」」

 

 手持ちの楽器を弾きだす二人。

 俺の周りをぐるっと回って、カメラに向かって両サイドに立つ。

 

「それでは、カメラに、もう一度~♪」

「君って奴が~♪ どんな奴か~♪」

「「名前と意気込み、教えてちょうだぁ~い♪」」

「は、葉隠影虎です! 誠心誠意、頑張ります!」

「……はいカットー! オーケーでーす!!」

 

 オーケー、なんだろうか?

 前途多難そうだ……

 

 

 

 

 

 

 ~移動中~

 

 ロケバスの中で説明を受け、ここでも撮影。

 

「さてこれから行くのは“辰巳スポーツ文化会館”という話ですが、葉隠君はこれまで行った事は?」

「確か部活の練習場所にも使ってるんだよね?」

「それが、実は初めてなんです。後輩とか部のメンバーは皆一度は行ったみたいなんですが、僕は今週まで部活を休んでいたので」

「それはまたどうして?」

 

 代表に選抜された経緯から一部を隠して説明。

 

「というわけで試合には勝ったけど額を割られちゃいまして」

「にこやかにすごい事言うな君……」

「大丈夫なの?」

「全然平気です。二週間、軽い運動だけで今日からのために体調を整えました」

「へー、ところで普段そういう移動をするときはどうやってるの? やっぱり電車とか?」

「どこに行くかにもよりますけど……基本は公共の交通機関で。後は顧問の江戸川先生が自分の車を出してくれたりしますね」

「顧問の先生が。先生とか仲間とか、みんな仲良くやってるの?」

「そうですね。よその事はあまり知りませんが、仲良くやっているほうだと思います。この前も後輩の誕生日をみんなでお祝いしましたし」

 

 俺の紹介用の映像素材として、たわいもない話を撮りながらバスは進む。

 

 

 

 

 ~辰巳スポーツ文化会館・練習場~

 

「「「おー!」」」

 

 リアクションは大きめに。

 

 アドバイスをいただいて声を出したけど、アドバイスがなくても叫んだかもしれない。

 

「広い!」

「すごいなこの設備!」

「まさかこれほどとは思ってませんでした……」

 

 パルクール同好会に与えられた練習場であり、今日から指導を受ける撮影場所。

 そう言われて案内されたのは広々とした陸上競技場だ。

 屋根付きでまわりを壁に囲まれてる以外は普通のトラックと変わらないように見える。

 正直、もっとこじんまりしたところを想像していた。

 

 部屋を一望できる位置に撮影機材が置かれているため、俺たちはトラックを背負って立つ。

 

「この辰巳スポーツ文化会館でコーチとの顔合わせなんだけど……」

「見当たりませんね」

「ここからさらに移動は……しなくていい」

 

 “これからここにきます”

 

 そう書かれたスケッチブックでADの男性から待機の指示がでた。

 スタッフさんたちの動きも慌ただしくなり、やがて俺たちが入ってきた扉が開く。

 

「誰か来たぞ!」

「おお!」

 

 小走りで駆け込む白いジャージの男性。

 頭髪は薄く、おそらく六十台くらいだろう。

 しかし……見おぼえが無い。有名人ではないのだろうか。

 

「はじめまして」

「はい、はじめまして」

 

 出会い頭に軽く挨拶をすると、また2人が楽器を弾いた。

 

「それでは、カメラに、向かって~♪」

「貴方が~♪ どんな人か~♪」

「「名前と競技を、教えてちょうだぁ~い♪」」

三国(みくに)智治(ともはる)。陸上競技のコーチをやっております」

 

 と言う事は、俺がやるのは陸上競技なんだな。

 

 

 撮影の邪魔にならぬよう、黙って話を聞くと、三国コーチもテレビ出演は初めて。

 しかし語られたこれまでの経歴には何人もの有名選手が名を連ねていた。

 俺のような一般人には無名でも、業界では引く手あまたの一流コーチらしい。

 そんな人に俺は何を教われるのかと気になったが。

 

「それじゃあ早速だけど準備運動して、一通り走って見せて」

「はい!」

 

 具体的にどの競技をやるかは俺の走り方を見てから、 一番向いていると判断した種目に決めるそうだ。

 

 気合を入れて、50メートルから指示の通りに走ってみせる。

 

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 

 

 

 陸上競技の経験は授業くらいだが、走ることなら長く続けている。

 最近はタルタロスでのトレーニングも積んでいるおかげか、あまり気負うことなく走れた。

 

「……」

 

 しかしコーチは最初、俺が一回走るごとに大きく頷くだけだったのに、次第に顎に手を当てて悩むような素振りを見せ始めている。

 

「ふぅ……いかがですか?」

「難しいね」

「ほう。それはどういった意味で?」

「葉隠君はだいぶ速かったとおもいますが……?」

「だからね、どれやらしてもたぶんそれなりの成績は出しますよこの子。スピード、スタミナ、よく鍛えられてる」

 

 だからこそどの種目にするかが選びづらい、と言われるのはちょっと嬉しい。

 

「……君は本当に陸上未経験者なのか?」

「学校の授業を除くとそうなります」

 

 番組からはオーケーが出ている。

 たしかに授業でやっただけで、俺陸上経験者だぜ! って言う人はいないしな。

 

 さらにコーチはしばらく考え、結論を出した。

 

「決めた、種目は“400メートル走”にしよう」

「はい!」

「練習メニューだが、基礎能力は申し分ない。しかし400メートルになると走り方に長距離の癖が出てきているから、短距離の走り方を確実にできるようにする技術面の指導が中心になるだろう」

 

 それから始まったのは理論の説明だった。

 

「いいか? まず400メートル走は“短距離走の中で”最も距離の長い種目なんだ。医学的には“人間がスプリントで走れる限界距離”とも言われている。この種目で勝つにはただ足が速いだけでなく、限界が近づいてもできるだけスピードを落とさない持久力が必要になる。

 見たところ、きみは瞬発力も持久力もかなりのものを持っている。だからそれを400メートルの中で、全て出し切ることを考えてほしい。何キロも走る長距離走やマラソンとは違って、 400メートル走は400メートルで終わる(・・・)んだ。その先のことを考える必要は無い」

 

 さらに、地面の状態による走り方の違いについても指導を受けた。

 

 陸上には競技場のようにゴムなどで覆われた“トラック”と、普通の道である“ロード”がある。これらは地面の硬度が違うため、同じ走り方でも違いが発生してしまう。

 

 例えばトラックはゴムなどで覆われているため弾力があり、走るとやや弾むような感触がある。対してロードはアスファルトなどで舗装されているため弾まず、足への衝撃が強く伝わる。

 

 トラックは弾力のある素材を使われているため、衝撃による選手の足の負担は軽減されるが、ロードの場合は自分の動きで衝撃を殺さなくてはならない。

 

 俺はロードでの練習が中心だったため、これまで完全にロードの走り方で走っていたらしい。走るために、ここでは無駄な動きが含まれていたことになる。コーチはこの無駄をなくし、さらなる効率化を図ることを今回の目標の一つとした。

 

 そして肝心の練習だが……

 まず今の自分の力を知るためにと、七から八割の力で400メートルを走ってジョギングを挟み、また400メートル。これを交互に十五回行う“インターバルトレーニング”。

 

 次に足の上げ方や地面の踏み方、腕の振り方といった細かいフォームの指導を受け、最後に全力で400メートルを三本走ると、今日の練習は終わりとなった。

 

「ふー……」

「お疲れ様」

「ヘイ! 初日の、練習、終わって~♪ 貴方の、感想、教えてちょうだ~い♪」

「感想……」

 

 教わった内容は全てアナライズで記憶してある。

 できる限り動きに反映させたつもりだけれど、まだ身についたとは言えない。

 それに全力での400メートルもまだ全力ではないらしい。

 アドバイスによるとまだ追い込む余地があるようだ。

 

 結論

 まだまだ練習不足。まだ初日だし、身についたとは到底言えない。

 教わった内容を完全にものにするため、今後も練習を続けていきたい。

 

 こう伝えたところで、今日の撮影は終了。

 

「なんとかなった……?」

 

 しかし、今日はまだ序の口。

 これからさらに本格的になっていくだろう。

 そう気を引き締めようとしたその時。

 

「……!」

 

 目高プロデューサーと目が合った。

 遠くで電話をしながらこちらを見ていたようで、彼はオーケーサインを高く掲げ、そのまま先生方を連れて練習場から出ていく。

 

 ……? 様子が変だったような……

 

「「お疲れ~」」

「あっ、お疲れ様です!」

 

 気を使って声をかけてくれたお二人と話しているうちに、プロデューサーの姿は消えていた。



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100話 撮影二日目

 6月30日(火)

 

 

「路線変更?」

 

 撮影スタッフと合流するや否や、目高プロデューサーからそんな話をもちかけられた。

 

「番組として君の紹介の仕方を変えたいんだ」

 

 当初の予定では普通にサラッと紹介して練習風景に入ると言っていたけど、何か変わるのだろうか? 

 

「やってもらうことに変更はないけど、ちょっと演出を加えたい」

 

 とりあえず話を聞いてみると、他校からの参加者の話になった。

 

「実は君のとこみたいにわざわざオーディションをしてくれた学校は少なくて、ほとんどのところは県大会で何位とか、イケメンだの美少女だのって触れ込みの生徒ばかりなんだ。でもさぁ、そういうスポーツ選手って珍しくもないじゃない?」

「確かに毎年どこかで聞きますよね」

「だからさぁ、面白みもないんだよね。そこで君だ!」

 

 俺? 俺には特にそういうのはないけど……

 

「だからいいんだよ! 実績のあるイケメン美少女アスリートの中に、無名の選手が1人だけ。こいつ誰? 的な空気の中、蓋を開けたら実はすごい! みたいな? そういう感じの紹介で行きたいわけ。

 君は本当に身体能力が高そうだし、コーチに聞いたら君は伸びるって太鼓判を押された。もちろん“やらせ”は無しだから、君がどれだけ結果を出せるかにもよるんだけれど、やってみる価値はあると思うんだ。だから結果次第でそっちの方向に進めたい。刺激になるからね。台本も少し変更になるけど……」

「分かりました」

 

 イケメンの引き立て役になるよりいいか、くらいの気持ちで承諾した。

 どんでん返しとか波乱の展開があると面白いのは分かる。

 というか番組構成の話をされても素人なんで、それ以上のことは言えないが……

 まぁ、番組のことは任せておけばいいだろう。

 俺は俺のやるべき仕事をこなすだけだ。

 

 プロデューサーが離れていくと、代わりにコーチがやってきて今日の練習が始まる。

 準備運動に続き、インターバルトレーニング。

 

「これは昨日もやってましたね」

「どういう効果が?」

「持久力の強化、あとは内臓機能の向上ですね。特に内臓機能は中高生、ちょうど彼くらいの歳頃が一番よく発達する時期なんです」

 

 細かい説明や対応は昨日と同じく、コーチとピザカッターの二人がやってくれている。

 次はまた、細かい動きの確認。

 ドッペルゲンガーを活用して、ひとつひとつの動作を習得することに集中。

 

「もう少しももを、この角度まで上げて。つま先は地面をしっかりと押し切る」

「はい!」

「いまは急いで走らなくていい。確実に」

 

 ゆっくりと、指摘された点に注意して繰り返す。

 だんだん口数も減っていく。

 

「一、二、三、四」

 

 コーチの声にあわせて集中してくると、体内の気を感じる。

 ヨガより速いペースで動いているが、今のペースならなんとか感じられるようだ。

 意識の片隅で気を感じながら、体の動きに注意してしばらく練習していると。

 

「……………………?」

 

 体内の気の流れに偏りがあることに気づいた。

 しかもその偏りは二種類。

 

 ひとつは体の動きと合わせて規則的に変化しているもの。

 たとえば踏み切る時には足先へ向けて多めの気が流れる。

 そして踏み切った直後に足先から今度は太ももの方に移動。

 これと同じことが左右の足だけでなく、全身で繰り返されている。

 

 もうひとつは、動きに合わせて生まれては消えるもの。

 こちらは特定部位に偏りが発生して動かない。

 ……気になる。

 

「はいカット!」

「!」

「テープチェンジしまーす!」

 

 やばっ、集中しすぎて撮影忘れた。

 

「かなり集中していたね。こっちも休憩にしよう」

 

 コーチには特に何も言われずに済んだ。

 しかし気を付けないと……

 

「お疲れさん」

「はいどうぞ」

「ああ、これはどうも」

「ありがとうございます」

 

 ピザカッターの二人が、飲み物を持ってきてくれた。

 

「調子はどうですか?」

「どちらもテレビ初出演ということですが」

「慣れないことなので探り探りですね……これで大丈夫なのか様子を見ながら」

「私もカメラの前で指導をするのは初めてでね。新鮮さと緊張が半々といったところか」

 

 世間話をしていると、不意にこんなことを聞かれた。

 

「葉隠くんの才能とかそういうのはどんなもんなんです?」

「走るのが速いのは見て分かりますけど、伸び代とかプロの目から見て彼はどうですか?」

「そうですね……まずそもそもの身体能力が期待以上」

 

 コーチが言うには、400メートル走はスプリントで走れる人間の限界距離に挑んでいるわけだから、本来かなり過酷な競技であるそうだ。初心者の場合は走りきる前に急に減速したり、走り切れてもゴール直後に倒れたり。呼吸困難や嘔吐してしまうことも珍しくない。

 

「だから一週間しか教えられない種目に選ぶかは迷いましたが、やらせてみたら平然としているし、回復力が高いのか、昨日の疲れを持ち越したりもしていないようですし……何よりこれ」

 

 コーナーが取り出した手帳の一部には49.02と昨日の最高記録が残っていた。

 

「だいたい高校生だと陸上部で五十秒前後がトップレベルじゃないかな……だからもうこの時点でかなり速いんでね。あとはどれだけ技術が身につくか。期待はおおいにできると思いますよ」

「だってさ」

「フゥ~!」

「あはは……」

 

 タルタロスでの経験が生きた結果だ。

 けど、からかうように肩をたたいてくるからちょっと気恥ずかしい。

 しかしカメラが回っていないからか、気を緩めたコーチの口数が増えてきた。

 

「それに練習中は説明したことをちゃんと覚えて、それを念頭に置いてトレーニングをしているのが見て分かる。フォームが崩れてくるとそれを修正しようとしていたり、さっきだって筋肉の動きまで意識していただろう? そうやって自分を客観視できる選手は伸びるよ」

 

 ん?

 

「筋肉の動き?」

「集中していたと思ったけど、違うのかい?」

「あ、いえ……」

 

 どう言ったものか……

 

「さっきは筋肉じゃなくて……力、と言いますか……」

「漠然と力の入る部分を確かめていた、と言う事かな?」

 

 !!

 

「力の入る部分は、筋肉……」 

 

 何かが掴めそうな気がする……

 

 気、エネルギー……気の巡りはエネルギーの移動。

 運動にエネルギー……

 

「すみません、ちょっと確かめにゆっくり走ってもいいですか?」

「? 別に構わないが、あまり深く考えなくてもいいよ」

 

 許可を取ってトラックを走る。

 すると力を入れた筋肉の位置と気の偏りが一致しているのを感じた。

 力を入れると、そこへの気の偏りが大きくなる。

 力を抜けば逆に小さく。

 

 さらに観察すると、気のタイミングが着地や踏み切りと若干ずれているのも分かってきた。

 これは力を入れるタイミングがずれている、ということなんだろうか?

 何度か変えてみると微妙に改善した気がする。

 こっちの動かない気は何だろう? ここにも力が入っていると言うことか? 

 

 一周回ってコーチの下に戻り、ここの筋肉に力が入っていたことにして聞いてみると

 

「それはまだフォームに慣れてないから、変な所に力が入っているんだろう」

 

 そう言ってコーチは自分で無駄な力が入っている部分に気づいたことを褒めていた。

 体内の気、力の入れ所、抜き所。……気にかけておくと役に立ちそうだ!

 

 

 

 

 

 

 

 夜

 

「お疲れ様でした!」

 

 今日の練習も終了。

 

「足を上げる角度……分度器で、あれ? あったかな……コンビニ寄ってくか」

 

 荷物を取って帰ろうとすると、文化会館の正門でピザカッターを見かけた。

 帽子とメガネで変装しているみたいだけど、こんなところでギターケース持ってるからすぐ分かる。

 

「お疲れ様です」

「あ、お疲れー」

「どうかなさったんですか?」

 

 ピザさんの方が携帯をにらんでいる。

 

「ああ、これはただお店を探してるだけ。見た目どおり、食べ物の事になるとこの人うるさくてさ。そのおかげでグルメ番組の仕事がきたりするんだけどね」

 

 カッターさんは笑っている。

 

「でも……そろそろ決まったー?」

「とりあえずラーメン……」

「ラーメン屋ならおいしい所ありますよ」

 

 叔父さんの店を勧めてみたところ

 

「評判いいな」

 

 携帯でチェックして、決めてくれた。

 

「それじゃここで、また明日もよろしくお願いします!」

 

 二人と別れ、寮へと帰る。

 

 

「あっ、もしよければ君も行かないか?」

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 ~鍋島ラーメン“はがくれ”~

 

「へいらっしゃい」

「こんばんはー」

「おう! きやがったな、席とってあるぞ。そっちの予約の札がある席に座ってくれ」

「ありがとう叔父さん、注文は連絡した通りにお願いします」

 

 勝手知ったる人の店。二人を連れて席に着く。

 

「まさか親戚の店だったとは」

「まんまと連れ込まれたね」

「味は保証しますから。ちなみにここと同じビルの“わかつ”と“小豆あらい”もオススメですよ」

「まさかそっちも親戚のお店?」

「いえいえ、部活の後輩の両親が経営してるとこです」

「ははっ、それでも結局関係者じゃないか」

 

 楽しく話していたら、ラーメンがやってきた。

 

「はいよっ、トロ肉醤油ラーメン。大盛り二つに普通盛り一つ、お持ち!」

「おお、来た来た」

「早いねぇ」

「いつも早いですけど、今日は事前連絡しておきましたからね」

 

 伸びないうちに頂こう。

 それぞれお箸を手に取り、ラーメンをすする。

 

「……うん! うまい!」

「本当だねぇ」

「それにしても……」

 

 周囲の目をうかがってから

 

「こういうことってよくあるんですか?」

 

 芸能人と一緒に食事をする日が来るとは思わなかった。

 

「同性だったらよくあるね」

「俺たちは大勢でワイワイ食事するのが好きだから、芸人仲間とかスタッフさんとか、共演したらたいてい誘うよ」

「そうなんですか」

「それとあれ、ほら、撮影で困ってることとかない?」

「……お二人とスタッフさんがサポートしてくれて、とりあえずOKが出て、大丈夫なんだと考えてますから……困るというほどでもないです。ただやっぱり何に注意していいかかは微妙ですね」

 

 重要なことは先に説明があるし、練習中は練習に集中しなければならない。

 しかしそれ以外は事前に渡された台本ををなぞるだけになっている。

 もちろん俺に特別なことは求められていないし、変わったことをする必要はない。

 しかし撮影しているとお二人が状況に合わせて柔軟に対応している姿が見えてきた。

 

 そんな俺に、ラーメンをすすりながら二人は言った。

 

「最初なんてみんなそんなもんだって」

「よく見てる。というか周りを見る余裕があるなら大丈夫。じきに慣れるさ」

「カッターなんか最初は本当にひどかったからな」

「デビュー当時ですか?」

 

 テレビに映り始めた頃……

 そんなに酷かったとは思わないが、その前の下積みとかだろうか?

 

「そのさらに前。俺たち路上で弾き語りやってた事あるから」

「そうなんですか? 知りませんでした……」

「元々は芸人じゃなくて歌手志望だったから。大学も音大出ているし」

「カッターがピアノ科で、俺が弦楽器。作詞作曲も勉強した」

「全然売れなかったけどね」

 

 演奏が終わっておひねりをくれた人に、音をつけてお礼を言っていた。

 それが今のネタの元になったそうだ。

 他にもこれまでの経験談やテレビ撮影のあれこれを聞かせてもらった。

 

 知識が深まり、今後の撮影にも役立ちそうなことを学べた気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス・16F~

 

「フゥー……ッ! セイッ! ……フー」

 

 怪しげな光の壁を背に、型の稽古。

 気の流れにも注意を払うと、やはり長く続けていた成果だろう。

 コーチに教わったばかりの走るフォームより、体に余計な力が入っていない。

 

 しかし少ないだけで、まったくないと言うわけでもなかった。

 そこからは力を抜くよう心がけて、反復する。

 

 この型で分かったことが二つある。

 一つ目は、出ては現れる気の停滞が、余計に入っている力だという確信。

 二つ目は、この気は体の動きだけでなく、呼吸や気持ちでも動くと言うこと。

 

 一つ目の根拠は筋肉の緊張

 陸上の練習中に感じた停滞は、終わる頃には筋肉の“コリ”として現れた。

 治療のために小周天で気を巡らせる時。そして“三戦”を行った時などは力強い気が体内に満ち溢れるようでありながら、ちゃんと流れ(・・)がある。

 思い返せば、気は滞らず流れているのが自然な状態であると学んだはずだ。

 停滞は余計な力が入っている証拠だと考えていいだろう。

 

 二つ目の根拠は、適当に打ったパンチと真剣に打ったパンチの差。

 威力も違えば、流れる気の量も違う。

 小周天の要領で、自分の意思で動かすこともできる。

 無意識でも、心の動きは気の流れに影響を及ぼしているようだ。

 さらに何度も試すと、一度体の動きと気のタイミングががっちりとかみ合った。

 それは紛れも無く良い突きで、それを常に打てるように心がけたい。

 

「……ハァッ!」

 

 光の壁に強く拳を打ち付ける。

 弾かれる、ということはない。

 音も立てずに、エネルギーに阻まれるだけだ。

 巻き藁の代わりにはちょうど良い。

 

 だが、この壁をなんとかできない限り上の階へは行けない。

 となると今以上に自分を磨き上げるか、新しい何かを見つけるかだ。

 

「よし」

 

 新たに習得した“分度器”スキルを活用し、走り方の練習に移る。

 

 調べてみると、ヴィッパサナー瞑想という“歩く瞑想”も存在するらしい。

 とりあえずは歩く、走る、跳ぶ。基本的な動作と気の流れを一致させてみよう。

 その後は、剣道の形を一通り……やれることは沢山ある。




百話に達したので、現時点の影虎の情報をまとめます。

主人公設定
名前:葉隠(はがくれ)影虎(かげとら)
性別:男
格闘技経験:空手、カポエイラ、剣道、サバット、棒術。
特技:パルクール。
備考:タロット占いとルーン魔術を勉強中。
   現在ルーン魔術を研究中。

現在の装備:    内側     →     外側
武器:“模造刀”“ルーンストーンブレスレット”
頭防具:“ドッペルゲンガー”“藍色の頬被り”“甲蟲の額金”
体防具:“ドッペルゲンガー”
腕防具:“ドッペルゲンガー”“甲蟲の小手”
足防具:“ドッペルゲンガー”“甲蟲の脛当て”
アクセサリー:“イエロートルマリンネックレス(雷威力軽減)”


ステータス:学力5 かなりの秀才。
      魅力3 そこそこある と 4 光っている の間
      勇気3 ここぞでは違う。


ペルソナ:ドッペルゲンガー
アルカナ:隠者
耐性:物理と火氷風雷に耐性、光と闇は無効。

スキル一覧
固有能力:
変形     ペルソナの形状を自在に変化させられる。
       防具や武器として戦闘への利用が可能。
       刃や棘を付けることで打撃攻撃を貫通・斬撃属性に変えられる。
       後述の周辺把握と共に使えば鍵開けもできる。

周辺把握   自分を中心に一定距離の地形と形状を知覚できる。
       動きの有無で対象が生物か非生物かを判断できる。
       敵の動きを察知できるため戦闘にも応用できる。
       ドッペルゲンガーの召喚中は常時発動している。
       ただし他の事に集中していると情報を受け取れなくなる場合がある。
       周りの声が聞こえるくらいの余裕を持つことが重要。

アナライズ  視覚や聴覚、周辺把握など、影虎自身が得た情報を瞬時記録する。
(メモ帳)  記録した情報を元に計算や翻訳などの処理が高速でできる。
       また視界に情報を映し出すこともできる。便利な能力。

       用途の例。
       シャドウの情報閲覧。
       文章の閲覧。
       会話の文字起こし(会話ログ閲覧)
       自分が見た画像、映像の閲覧。
       画像の連続による動画化。
       周辺把握で得た形状確認。
       形状の変化から動きの確認。
       学習補助。
       脳内オーディオプレイヤー。
       音楽再生+歌詞の文字起こしで脳内にカラオケ再現。
       時計機能(New)
       測量機能(New)

体内時計   時計がなくても時間が正確に分かる。

距離感    知覚した物体の長さが正確に分かる。    

分度器    角度が正確に分かる。
       
保護色    体を覆ったドッペルゲンガーを変色させて背景に溶け込む。
       歩行程度の速度なら移動可能。
       速度により、周りの景色とズレが生じてくる。

隠蔽     音や気配などを消し、ペルソナの探知からも見つけられなくする。
       単体で使うと姿は見えるが、保護色と同時に使う事でカバーできる。
       音源になる物をドッペルゲンガーで覆うことで防音もできる。

擬態     変形と保護色の合わせ技で、姿を対象に似せる事ができる。
       ただし体のサイズは変えられない。

暗視     その名の通り。暗くてもよく見える。パッシブスキル。

望遠     これまた名前通り。注視することで普通は見えない遠くまで見える。
       アクティブスキル。

小周天    ゲームにはないオリジナルスキル。
       体内で気を巡らせることにより、精神エネルギー(SP)を回復。
       集中しないと使えないため、戦闘中は使用できない。
       回復量は熟練度による。現時点では微々たる量。
       気功・小の下位互換スキル。





物理攻撃スキル(オリジナル):

爪攻撃  変形で作った爪で攻撃する。敵に食い込み吸血と吸魔の効率が上がる。 

槍貫手  ドッペルゲンガーの変形を応用して槍のように刃をつけて伸ばした貫手。
     射程距離は五メートル。

アンカー 敵に食い込ませたまま爪を変形させ、糸のように伸ばす技。
     伸ばした部分で敵の動きを絡め取れるが、細ければ細いだけ強度も落ちる。

エルボーブレード 前腕部に沿って肘先を伸ばし刃をつけただけ。武器として使える。

攻撃魔法スキル:
アギ(単体攻撃・火)、ジオ(単体攻撃・雷)、ガル(単体攻撃・風)、ブフ(単体攻撃・氷)

回復魔法スキル:
ディア(単体小回復)、ポズムディ(解毒)、パトラ(混乱・恐怖・動揺)、チャームディ(単体魅了)、プルトディ(ヤケクソ)

補助魔法スキル:
対象が単体のバフ(~カジャ)全種。
対象が単体のデバフ(~ンダ)全種。

バッドステータス付与スキル:
対象が単体のバステ全種。
淀んだ吐息(バステ付着率二倍)
吸血(体力吸収)
吸魔(魔力吸収)

特殊魔法スキル:
トラフーリ ゲームでは敵から必ず逃げられる逃走用スキル
      本作では瞬間移動による離脱スキル。一日一回の使用制限つき。

その他:
食いしばり 心が折れていなければ一度だけダメージを受けてもギリギリ行動可能な体力を残す。
      もはや根性論に思えるスキル。

アドバイス ゲームではクリティカル率を二倍にするスキル。
      本作ではシャドウの急所を大まかに知らせるだけでなく、
      影虎が明確に理解していない事柄に対するヒントを与えるなど、
      その名の通りアドバイスが行われるパッシブスキル。

ローグロウ 勉強や技術の習得速度を向上させ、成長を助ける。効果は微弱。

治癒促進・小 自然治癒力を向上させ、体力回復を促進する。

拳の心得  拳の攻撃力上昇。拳を使うことに慣れ、一段階上に進むコツを掴んだ証。

足の心得  足の攻撃力上昇。足を使うことに慣れ、一段階上に進むコツを掴んだ証。

警戒    注意力上昇。先制攻撃、不意打ちを受けにくくなる。

ヤケクソ耐性 ヤケクソの状態異常にかかりにくくなる。

打撃見切り 回避力の向上

斬撃見切り 回避力の向上

貫通見切り 回避力の向上


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101話 撮影三日目

 7月1日(水)

 

 昼

 

 ~練習場~

 

「最後にもう一本やろう」

「はい!」

 

 学校を休んで朝から続いた練習も最後だ。

 練習の成果を出すために、この一度に残る力を込める。

 

 スタートラインで呼吸を整え、合図と共に走り出す。

 そこからはフォームを正しく、疲れや弱気を押し込めてただ走るのみ。

 

「ハッ、ハッ、ハッ、ッ!」

「よし!」

 

 ゴールテープを切った俺に向け、コーチがタイムを測ったストップウォッチを掲げている。

 

「今回のタイム! 記録更新48.82!」

 

 ……最高記録から0.2縮まったようだ。

 

 息を整えていると、ピザカッターとコーチが笑顔で走ってきた。

 

「おつかれー!!」

「三国コーチ、これはいい調子ですよね!?」

「初心者と言っても体はできてますからね。フォームが身についてきているからでしょう。ある程度上達すると0.1秒伸ばすだけでも苦労します。でもまだ三日目ですし、このまま残り四日でまだ伸びる可能性はありますよ」

「一体、どこまで届くのか~♪」

「楽しみになってきましたわ~♪」

「これからもガンガン練習しましょう」

「まぁ頑張りすぎも良くないんでね、今日はここまで!」

「ありがとうございました!」

「カーット! はいOK!」

「お疲れ様でーす!」

「お疲れ様ー」

 

 スタッフさんから声がかかる中、手招きをするプロデューサーの下へ。

 

「お疲れ様! 遅くなっちゃったけど、これ」

「“ロケ弁”ってやつですね!」

「中身普通のお弁当だし、そんな喜ぶほどの物でもないけど。肉は焼肉とハンバーグ、魚は鮭弁当があるから好きなのを一つか二つ選んで。食べながら午後の撮影の打ち合わせがしたいんだ」

 

 というわけで、遅い昼食にハンバーグと鮭弁当。付け合せのサラダと味噌汁もガッツりいただきながら話を聞くことにする。もちろんドッペルゲンガーで味わいつつも内容の聞き漏らしは完璧に防ぐ。

 

「午後は寮の部屋を撮るというお話でしたね?」

「そう。撮影班を二つに分けて、葉隠君は寮。三国コーチには学校で陸上部と交流していただく。それから……物は相談なんだけど、葉隠君はアルバイトしてるだろう? そちらもちょっと撮影させてもらえないだろうか?」

「紹介映像のために?」

「それもあるんだけどさ、実は使う予定だったある競技の映像が使えなくなったんだ。丸々一人分……」

 

 その穴埋めのために、俺を含めた他で一人分の尺を分けることになった、と。

 

「お店の撮影ならオーナーと話していただかないと」

 

 というわけでオーナーに連絡、軽く事情を話した後はプロデューサーに代わる。

 

「……はい、ええ。そうですね。そこは……」

「どうなるかな?」

「うちのオーナーって来るもの拒まず、去るもの追わずって感じのところありますし、大丈夫な気もしますけど、急ですからね。どうでしょう」

「まぁだめでもどうにかっと、ごめん」

 プロデューサーが交渉する背中を横目に見ながら一緒に弁当を食べていると、カッターさんの携帯が鳴ったみたいだ。

 

「はい井上です、お疲れ様ですーはい、え? スケジュール? ちょっと待ってくださいね。はい。……はい。今週はずっとこっちって話になってますね。……ええっ!? ピザ、ちょっと」

 

 なにやら重要そうだ……

 

「やー葉隠君ありがとう。話はまとまったよ」

「あ、プロデューサー、それは良かったです」

「……ところで、トラブルかな?」

「そうみたいですね……」

 

 しばらくして二人が戻ってくる。その表情は暗い。

 

「大丈夫ですか? って俺が聞くのも違うか……」

「いや、聞いてくれ。関係あるから。プロデューサーもお願いします」

「それが……」

 

 なんでもピザカッターは今週、このロケとこの近辺で行なう取材くらいしか仕事をいれず、空き時間は多忙な中での、つかの間の休息にしていた。彼らは人気が出てから働きづめだったため、事務所も仕事を入れないことになっていた。

 

 が!

 

「手違いで仕事が入っていた、と」

「はい、明日大阪ロケが入っているみたいで」

「原因はこちらの連絡ミスです」

「そうか」

 

 つまりはダブルブッキング。

 現場の空気が重い……

 そして無関係とはいえないが、俺が口を挟める問題でもない。

 

「…………ん、起こってしまったことは仕方ない。この件については事務所と話そう。今日のスケジュールは大丈夫なんだね? ならとりあえずこのまま撮影を続けてほしい。葉隠君も、明日からのことは追って連絡するから」

 

 目高プロデューサーはそう言い残し、電話をかけながら慌しく去っていった……

 大丈夫なんだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして午後

 

 ~男子寮~

 

 部屋の撮影を行なった。

 特に変な物は置いていない。

 というかそもそも物が少なく、真新しい話題もでてこなかった。

 必然的に模造刀、特攻服、バイオリンへ注目が集まる。

 抜けない飾り物をアピールしたり、プレゼントや預かり物であると説明するが、それもすぐ終わってしまい尺が心配とのことで……

 

「そうだ、練習してるならバイオリン弾いてみたらどうかな?」

「いや弾けませんって!?」

「大丈夫大丈夫、俺弾けるからアドバイスするし」

「せっかくだからさ」

 

 なぜかスポーツとまったく関係のないバイオリンを弾いて指導を受けることになった。

 おまけにその後

 

「なぁ、これヤバくないか?」

「いやー、マジっすか……」

「私、今日帰る前にお払い行きたいんですけど。一緒に行きません?」

 

 テープチェックをしたスタッフ達がそんな話を始め、最終的にバイオリンはお蔵入り。

 無駄に大勢の前で(つたな)い演奏を披露した挙句、穴埋めとして音楽繋がりで発声練習の様子を撮影した。

 

 今後の撮影とかカラオケで役に立つと言ってくれたが、スタッフさんの反応からすると寮の映像はあまり放映されないだろう。

 

 代わりに寮の施設を撮るなら、最初からそうして欲しかった……

 

 

 

 おまけにその夜

 

 ~???~

 

 ……真っ暗闇だ。そしてバイオリンの音……

 

「トキコさんですか?」

 

 返事をするように、音量が上がった。

 タルタロスも早めに切り上げたのに、一体何の用だろうか?

 明日のために早く休みたいんだが……?

 

 目の前にバイオリンと弓が浮かんでいた。

 手に取れ、ということか。

 

 浮かぶバイオリンを掴み取ると、ひとりでに腕が動き出す。

 ……勝手に動いてはいるものの、悪いものや嫌な雰囲気は感じない。

 抵抗せずに人を任せていると、俺は穏やかな曲を弾いていた。

 何度も何度も、繰り返し同じ曲を弾き続ける。

 ひょっとして喜んでいるのだろうか?

 表情なんかは一切見えないのに、不思議とそんな気がしてくる。

 

 

 

 

 

 7月2日(木)

 

 朝

 

「結局何がしたかったんだ……」

 

 夢の中でバイオリンを引き続けるうちに朝を迎えていた。

 幸いなことに体調は疲労が残っているというほどでもないが……ん?

 もしかしてと思い、バイオリンを手にとると。

 

「……弾ける」

 

 夢の中の曲と体の動きを完成品とすると、非常に(つたな)い。

 途切れ途切れではあるものの、一応、曲っぽいものが弾けた。

 

「これは睡眠学習というやつなんだろうか?」

 

 ……馬鹿なこと言ってないで練習行かなきゃ。

 

 

 

 

 

 

 ~辰巳スポーツ文化会館練 練習場~

 

「葉隠君入りまーす」

「おはようございます! 本日もよろしくお願いします!」

 

 撮影現場に入ると、挨拶が帰ってくる。

 四日目ともなると、さすがにスタッフさんともだいぶ打ち解けてきているだろう。

 

「おはよう葉隠君」

「目高プロデューサー、おはようございます。昨日の件はどうなりましたか? ピザカッターさんの……」

「ああ、そのことなんだが代役を立てることになったよ。もうすぐ来るはずだ。彼らが戻ってくるまでは、そっちと一緒に撮影してもらう」

「承知しました」

「ありがとう。それじゃ台本の確認をしようか。数カ所にちょっとした変更点があるから」

 

 変更内容はおおむねリポーターの担当する部分。

 別人に変わるからで、特に俺が何かをすることは無い。

 しかし、ここで新しい担当者の名前を見て驚いた。

 

「プロデューサーさん、この方々」

「知ってるかい? 渋谷(しぶや)卓也(たくや)Ms.(ミス)アレクサンドラ」

 

 渋谷(しぶや)卓也(たくや)

 底抜けに明るいキャラクターと特技のものまねで老若男女から人気を得ている。

 バラエティー番組を中心に活躍するイケメン男性タレント。

 お茶の間の人気者ではあるが……同時におバカなタレントとしても有名。

 

 Ms.(ミス)アレクサンドラ

 スタイリストを兼業する有名ダンサー。

 アレクサンドラと名乗っているが、れっきとした日本人。

 そして本当の性別はMr.(ミスター)

 テレビでは自由奔放で破天荒なオネェキャラだ。

 

「どちらも有名ですから。でも正直リポーターってイメージは無かったので。失礼かもしれませんけど、旅番組とかに出ててもまず一人ちゃんとしたリポーターがいて、その横にいる賑やかし役というか……」

「確かに珍しいよね。急遽集めたら」

「渋谷さんとMr.……Ms.アレクサンドラが入られます!」

「おっ、本人のご到着だよ!」

 

 噂をしたら影がさしたか。

 

「おはようございまーす!」

「おはようございまぁす。プロデューサーさん。ウフッ」

 

 渋谷さんはジーンズに灰色のパーカーというラフな格好。

 Ms.アレクサンドラは胸元がガッツリ開いたシャツとスリムなパンツスタイルで登場。

 

「今日はよろしく頼みますよ。それでこっちが」

「葉隠影虎と申します。ご迷惑をおかけすると思いますが、なにとぞよろしくお願いします」

「君が参加者の子? よろしくっ!」

「緊張してるのかしら? ウフッ、可愛いわぁ。私のことはアレクサンドラって呼んでねぇん」

「は、はい……」

 

 スキンヘッドと顎鬚から高い裏声を出すアレクサンドラさん。

 濃い。直に見るととにかくキャラが濃い。あとなんか距離感が近い!

 

 渋谷さんはというと……早々に休憩所の一角に荷物を広げて自分のスペースを確保。

 真剣な目で台本に目を通していた。

 

「あら? 渋谷きゅんが気になるのかしらん?」

「気になるというか、ちょっとテレビとイメージが違って……やっぱりプロなんだな、と」

「そうねぇ、あの子とは時々一緒に撮影するけれど、いつもああやって真剣に台本を読み込んだり話を聞く努力家なのよん」

 

 そうなんだ、と感心していると。

 

「……もっとも、お勉強がどこまで頭に入ってるかは分からないのだけど」

「えっ?」

「やーん。だってあの子のおバカは本物だもん。本番に入ると忘れてることよくあるしぃ、テレビのキャラは演技じゃなくて素なのよね」

「んー、あっアレクサンドラさーん!」

「あらん? ちょっとごめんなさい。なぁに~?」

「この漢字なんて読むんですか?」

「どぉれ? ってあなた! これ中学生で習う漢字じゃないのっ!」

 

 なんか、嫌な予感がしてきた……

 瞑想でもして落ち着こう……



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102話 交流

 午後

 

 疲れた……

 めっちゃ疲れた……

 

「お疲れ様っ!」

「お疲れ様です。渋谷さん、アレクサンドラさん」

「さぁ休んで休んで。なんなら私の膝枕、使う?」

「いえ、そこまでではないので」

 

 う~ん……

 

 この二人もさすがというか、カメラの前でも自然体。

 自由で生き生きとした表情を見ていると本当に楽しそうだった。

 いや、本当に楽しんでいるのが伝わってくるようだ。

 気遣ってくれるし、いい人なんだけど……

 

 この2人、自由すぎる。

 撮影中は天然の入ったおバカ発言と破天荒さを発揮してくれた。

 

 ツッコミ不在の環境でグダグダになったりNGを出したりもしたが、楽しかった事は楽しかった。スタッフさんたちの空気も悪くない。けれど三国コーチは二人のノリに付いていけず、なぜか俺が間に入ることになっていた。

 

 天然発言から本当に聞きたい部分を解釈して伝えたり、ツッコミ入れたり。ピザカッターから聞いた昔話やペルソナの力をフル活用して何とか乗り切ったけど……これおかしくない? 俺ってサポートされる方じゃなかったっけ?

 

「おーい葉隠君、悪いけど時間が押してるから移動で」

「あっ、はい! すぐ行きます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~月光館学園 高等部校門前~

 

 撮影のために学校へやってきた。

 今日は部室で紹介映像を取る予定になっている。

 

「本番五秒前! 四、三……」

「はぁい。やってきました月光館学園」

「今日は葉隠君のパルクール同好会を紹介してもらえるということで、行ってみましょう!」

「それではこちらへどうぞ」

 

 俺は校舎ではなく門の外を手で示す。

 

「あれ? 学校に入らないの?」

「はい、うちの部がやっているパルクールはさまざまな環境をより速く安全に移動できるようにする訓練をします。だから色々と障害物が必要になるんで、ここからこっちに行きます」

「あら、こんな林に入っていくの?」

「こういった自然の障害物も練習に使いますから」

 

 細い道をアリのように歩いていくと部室が見えてきた。

 

「あれです」

「結構、古そうね」

「もともとはあちらに見えます展望台の職員が使っていた宿直用の建物らしいです。でも展望台が閉鎖されて以来、使われることなく放置されていた施設を、今年から使わせてもらっています。活動内容からここがベストだと判断されたみたいで」

 

 そしていざ中に入ると

 

「「「「「ようこそパルクール同好会へ!」」」」」

「ヒヒヒ……」

 

 江戸川先生と皆が待っていた。

 

「カット! はいオーケーでーす!」

「「「「は~……」」」」

「ヒヒヒ、大丈夫ですか? 皆さん」

 

 撮影が一旦止まり、みんなが息を吐く。

 約一名はいつも通りだが、他はみんな緊張しているようだ。

 その気持ちは分かる。

 

 

「大丈夫か?」

「「うっす!」」

「なんとか」

「こういうの初めてで、ドキドキするよ……」

「まあその気持ちはわかるけどな。 っとそうだ、あまり話してるヒマはない。こちらが今日サポートしてくれる」

「渋谷でーす! 特技はものまね! よろしくね」

「ボーイズ&ガール、あなたたちが葉隠君の部活仲間ね? アタシはMs.アレクサンドラ。私たちの事、ご存知?」

「知ってます!」

「お二人の番組、私いつも見てます」

「有名人っすからね」

「だよなぁ」

「だったらオッケー! イェーイ!」

「「「「イ、イェーイ?」」」」

 

 謎のハイテンション。

 戸惑う四人に更なる追い討ち。

 

「元気がないわよぉー! イェーイ!」

「「「「イ、イェーイ!!」」」」

「オッケー元気ね、私も元気! 心も体もフリーダァム!!」

「ヒヒヒ……頑張りましょう、という意味でいいんですかねぇ?」

「たぶん、間違ってないと思います」

 

 部活の紹介ということで、顧問の先生と仲間の皆を加わる。

 まずは始めにメンバーと役職の紹介をしてから、部室内の様子を撮影なのだが……

 

「イヤー!!!」

 

 江戸川先生の部屋の前で、野太い叫び声が上がる。

 

「イヤッ、ちょっとやだぁ~!! 渋谷君、ちょっとお願い!」

「あー、すごいですねここ。標本がいっぱいで理科室みたいだ。ここは先生が?」

「ヒヒヒ……ええ、私が管理する保健室のようなものです。生徒がもし怪我をした場合、校舎の保健室では遠いですからねぇ。用意したのですよ」

「そうなんですか~」

「ちょっと渋谷君! 何で納得してるの!? ココ明らかに不要なものっていうか怪しいもの混じってるじゃない!」

 

 怯えるアレクサンドラさんの指差す先には……ゲッ!

 なんであんなとこに魔方陣と羊の頭蓋骨があるんだ? 

 ああいうものは片付けたはずじゃないんですか!? 先生!

 

「ああ、あれは大丈夫。ただの教材です」

「「教材!?」」

 

 まさかの言い訳! 

 そんな理由が通じるわけない。

 彼……彼女も絶対に信じないという顔をしている。

 

「いえいえ、あれはれっきとした教材ですよ。私、保健だけでなく総合学習、道徳のような授業も担当していましてね……ヒッヒッヒ」

 

 しかし江戸川先生は落ち着いて説明を始めた。

 すると……なんだか空気が変わってきた。

 そして最後には

 

「キリスト教や仏教などの有名かつ信者の多い宗教はもちろん。黒魔術や霊などに関わるシャーマニズムもしかり……宗教というものは人々の生活に密接にかかわり、社会常識、または個人の人格形成、考え方にも大きな影響を与えてきたのです。

 それはもはや信仰する者同士の共通言語ともいえるもの。その宗教を知る者と知らない者では認識にも隔たりができる。つまり宗教への理解をもって、他者を真に理解する一助としよう、という目的があるのです」

「そんな理由があっただなんて……すばらしいわ! アタシ、誤解してました! 騒ぎ立てた自分が恥ずかしい!」

 

 なん……だと……

 ほんの数分で丸め込みやがった……

 渋谷さんやスタッフさんたちまで先生の言葉を信じているようだ……! なにこれ怖い。

 

 そのまま取材班はごく自然に外へと促され、他の場所を撮影に行くことになった。

 

「こっちは……うわっ! すごいキッチン!」

「あら素敵ー! ここも宿直室だった名残かしら。学校の部室とは思えないわねぇ」

「周囲に自販機がないとか、ちょっとした不便なことはありますけどね」

「ここ普通に泊まれそうだよねー……」

「元宿直室ですからね」

「あ! そっか!」

「なに言ってるのよ渋谷きゅんったら、もう! で本当にいい設備。でも運動部でキッチンなんて使うの?」

「たまに使いますよ。使わないのももったいないので」

「あっ、ほんとだ。食材ぎっしり」

 

 何のことかと思えば、渋谷さんが冷蔵庫を開けていた。

 中には見覚えの無い食材が色々入っている。

 

「ちょっと、勝手に他所の冷蔵庫開けるのやめなさいよ」

「別に構いませんけど……なんでこんな入ってるんだろ?」

「どうかしたの?」

「普段、こんなに食材はないんです。それこそ周りに自販機が無いから買ってきた飲み物とか……料理をするならその都度買いに行くので、その余りくらいで……撮影用ですか?」

 

 スタッフさんは知らないらしい。

 答えてくれたのは、隙間から顔をのぞかせた和田と新井だった。

 

「すいません兄貴、それ俺らの両親からっす。次の仕入れが届くから冷蔵庫空けたいって言うんで」

「梅雨時だし、捨てるくらいなら兄貴や俺らで悪くなる前に食ってくれって言ってました」

「そういうことか。あ、この二人って実家“わかつ”と“小豆あらい”ってお店やってるんですよ。偶然にも叔父が経営してる“はがくれ”ってラーメン屋と同じビルで」

 

 一瞬忘れて思い出したカメラに、アピールしておく。

 すると、どこからか大きな腹の音が。

 

「聞いてたらお腹すいてきた、なにか食べたくない?」

「もー、本番中なのに。でも、そういえば今日お昼まだよね。NG連発したから」

 

 軽い笑いが起こるなか、ADさんが……

 

「そろそろお昼にしますか? だそうですよ」

「あら? いいの? もしかして現役男子高校生の手料理?」

 

 いいえ、ロケ弁です。

 

「なーんだ、つまらないわねぇ」

 

 あれ? フリップに続きがあるようだ。

 

「もしよければ普段部活でどんなものを作ってるのか……簡単なものならいいですけど、味は保証しませんよ?」

 

 というわけで料理をすることに。

 俺とカメラマン一人に音声スタッフだけが残される。

 その間は彼らは先生と部活仲間へ、俺についてのインタビューをするらしい。

 

 体よく追っ払われた?

 俺がいると言いにくいこと聞いてるのかな……

 

 そんな疑問を抱きつつ、料理にとりかかる。

 新しいものに挑戦するのは趣旨に反するし、失敗するのも嫌。

 というわけで、最近作れるようになった麺料理を披露する。

 今日は……ジメジメしてるし、この前も作った冷やし中華にしよう。

 

 手順を確認。

 材料と道具の用意。

 前回の復習。

 ……よし!

 

 気合を入れて、麺を打つ。まずは小麦粉に塩と重曹を適量加え、水と混ぜる。

 水気を持った小麦粉はバラバラの状態からあっという間に一つの生地にまとまった。

 これをいったん寝かせている間に、タレと具の用意。

 肉は鳥のササミにしよう。スポーツ番組だし。

 あとは卵を焼いて錦糸卵に、きゅうりとハムもある。

 薬味にはネギ……あっ、ゴマもちょっと炒るといいかもしれない!

 夏バテ防止に、レモン汁もちょっと加えるとよさそうだ。

 

 

 アドバイスに従いながら、選んだ材料を料理番組の司会になったつもりで。ペルソナ能力によって生まれた余裕をフル活用して、手元を見ずにカメラへ話しかけながら調理をすすめる。

 

 ! 

 

 寝かせた麺を打つ時間を、“警戒”がアラームのように知らせてきた。

 打っては伸ばし、打っては伸ばし。流れるように、丹念に。心を込めて麺を打つ。

 

「はい! 麺ができました!」

 

 できあがった麺は打ち粉で白く染まっているが、この時点で以前の物より期待できそうだ。

 あとはこれを茹でて、脳内アラームをセットして……

 

 時間になり、茹で上がった麺を流水でさっとすすいでぬめりを落とす。

 さらに用意した冷水で締めた後は、しっかりと水を切る! 

 タレを薄めないために重要なポイントだ。

 

 こうしてできた麺を皿に盛ると、つややかな表面がライトの光を受けて輝いていた。

 

「これに具材を盛り付けて、薬味と炒りゴマ、タレをかければ……葉隠流冷やし中華、完成!!」

 

 自分の拍手と共に、二人のスタッフさんが完成した一皿をこれでもかというほど撮影。

 一通り撮ったところで、ADさんから料理を持って来て欲しいとの指示が出た。

 

 

 

 

 

 ~応接室~

 

 なんだかんだで初めて使うな、この応接室。

 空き部屋だったのを掃除した日が懐かしい。

 

「お待たせしました~、冷やし中華です」

「キャー! おいしそうじゃない!」

「うわっ、本格的だね。じゃあ早速、いただきます! ……!!」

 

 一口すすった渋谷さんの体が震える。

 

「美味っ!」

「よし! あー」

 

 ほっとした。

 大丈夫だとは思ったけど、試食する間もなく人に食べさせるのはやや不安にもなる。

 しかし杞憂でよかっ

 

「エクセレンッ!!」

「!? おお、お気に召しましたか?」

「何よ! おいしいじゃないの! んもう!」

 

 油断したところに叫んでくるのはやめて欲しい。

 あと突然の投げキッスも。

 

 しかしそういったことが小さな笑いにつながり、現場の雰囲気は明るく暖かくなっていく。

 おかげで料理の感想も楽しげになり、部での撮影は円滑に進められた。

 特にいつの間にか天田や山岸さんの緊張がほぐれていたのは驚きだ。

 その後に続いた練習風景の撮影ではいつも通りの動きで、いつも通りの練習ができた。

 

「キャー! 脱いだら凄い筋肉してるじゃない! 特に後背筋が私の好み!」

「普通に背中って言ってもらえませんかね!?」

「先輩始まりますよ!」

「おう!」

「エイッ!」

「オラァ!」

「えっと、あれが三戦という型です。普通は手でやるんですけど、葉隠君は棒で」

「あれ平気なの……?」

「先輩にはあれでも効かないみたいです」

 

 おまけに時々挟む休憩時間には

 

「“やぁ! 牛乳飲んでるかい?”」

「すげー! CMにそっくりだ」

「どうやってるんですか?」

「これはね、まずのどちんこの位置をこうするの」

「そこからできませーん!」

「グッグッとやってダラーンとすればいいんだよ」

「その説明で理解しろって、かなり酷だと思うわよぉ」

「そうかな?」

 

 ものまねショーやダンスを教えてくれたりと、気さくに交流してくれた。

 

 もっとも渋谷さんの教え方はかなり感覚的で正直分かりづらいけど。

 グッグッとやってダラーンって何だ? わからない。

 体の動かし方なら気でなんとかできるか?

 

 首付近の気に集中してみる。

 まだ特に変わった様子はないが、意図的に声を変えようとすると筋肉が緊張する。

 それで動かないのか?

 

「あ゛ー」

 

 こっそり、使い慣れてきた影時間用の声を出してみた。

 緊張はあるものの、ものまねよりも緊張が少ない。

 やはり問題は緊張か?

 もう一度首の緊張を意識して、ついでに気功で気の滞りも取り除きながらやってみる。

 

「あー、!!」

 

 喉仏が少し動いて、これまでより高い声が楽に出た!

 

「あれ? 葉隠君、できた感じ?」

「できた、かもしれない」

「嘘ォ!? あなた何で分かるのォ!?」

「それができたら後は簡単! 何度も声帯を動かして目的の人の声に近づけたり、これ似てる! と思った声を探せばいいよ」

 

 そんなんでいいのか……

 

「こんにちは! こんにちはー。こんちわー」

 

 特に誰の声でもないが、自分の声とは違う声が出ている。

 さらにアドバイスに従い、まだ緊張が残る部分を意識して継続すると。

 

「こんッ!?」

「なに? どうしたのよ? 狐のマネ?」

「いえ、むせてしまって。ちょっとトイレ行ってきますね……」

 

 ……また新しいスキルが身についた。

 その名も“変声”。声を変える能力。

 “ものまね芸人を目指す”か“悪用する”しか使い道が思いつかないんだけど。

 どうしよう?




影虎は“変声”を習得した!

変身能力と合わせたらどうでしょう?


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103話 影虎は見た!

 影時間

 

 ~辰巳ポートアイランド駅前~

 

「こんなとこまで来たか……」

 

 タルタロスへ向かう途中。走り方のコツが掴めそうな気がして、邪魔の入らない(シャドウがいない)街中に足を伸ばしたら、こんな所に着いてしまった。肝心のコツは微妙だし……今日はタルタロスをやめて、走る練習に集中することにしよう。

 

 気持ちを新たに、階段をダッシュで上り下り。

 一段ずつ抜かして跳ぶように進む。

 

 ……これがいい。

 

 立ち止まり、足を大きく開いて高い位置の段差に足をかける。

 

 ……階段を上るとき、人はどうするか。小学生とか特に意味も無く二段飛ばしする子もいるけど、何も理由が無ければ一段ずつ上るのが普通だろう。ではこれを二段、三段とあけて上ろうとすると?

 

「ふっ!」

 

 当然、上りづらくなる。後ろの足で体を押し上げ、前の足で段差の上へ立てるようさらに押し上げないといけない。それも不安定な体勢からだ。

 

 でも歩幅を小さくするか、勢いをつけると少し楽になる。前者は体勢の安定と押し上げる負担の軽減がされ、後者は助走によるエネルギーを使えるから。俺に今必要なのはこの両方で、特に後者だ。

 

 片足で体を上へ押し上げる。

 勢いがあれば、短時間だが慣性で体が浮く。

 本当に短い間だが、上へ進むエネルギーが残っている状態だ。

 そのうちにもう片方の足で目標地点に着地。

 そして踏み切ることができれば負担は少なく効率的に走れる。

 

 平面の陸上で走るときも向きが違うだけでやることは同じだ。

 地面を踏み切った勢いを極力、効率的に使うだけ。

 パルクールでも似たようなことはやってきたし、肉体的な改善点は少ない。

 

 問題は気……踏み込みと気の流れる微妙なタイミングのズレがなかなか直らない。

 新しい陸上式の走り方だからか?

 

「? 何か聞こえたような……」

 

 耳をすましてみると、間違いなく何かが聞こえた。

 人の声ではなく、地響きのような何かだ。

 路地の方から聞こえてくる。

 この時間ならまずシャドウかペルソナ使いだろうけど、結構近そうだ。

 シャドウだったら片付けておいた方がいいか……

 

「……行ってみるか」

 

 隠密コンボを使って進んでいくと、だんだん音が大きくなる。

 断続的に続く破壊音。戦闘中らしいな。

 

 ッ!

 

 一際大きな音が轟いた直後、ビルの隙間からうっすらと立ち上る土煙が見える。

 現場を目前にして、慎重に近づく。

 

「ちっ!」

 

 そこには息を荒げ、玉の様な汗をかく荒垣先輩がいた。

 

(戦ってるにしては妙だな……相手は……)

 

 風に吹かれて薄れゆく土煙の先に、影をとらえた。

 足元から徐々にその全貌が明らかになる。

 一本足の馬……違う、馬に乗った騎士!

 

「テメェ、おとなしくしやがれカストール!」

「っ!」

 

 暴走したペルソナかよ!? “制御剤”飲め、ないのかあの状態じゃ!

 

「グォ――!!」

「「!」」

 

 雄叫びをあげて、馬の頭が跳ね上がる。

 荒垣先輩は自分自身を踏みつぶさんとばかりに跳躍して迫る(ひづめ)をかわすが、方向が悪い! 

 

「ラクカジャ!」

「ッ!? グウッ!?」

 

 荒垣はカストールの体当たりで弾き飛ばされた。それでも手を緩める気はないらしい。

 

 “機動力五倍”

 

「シャアッ!」

「グッ!?」

 

 間一髪、倒れた体に突きこまれた槍の穂先を蹴り飛ばせた。

 僅かに方向がずれた先端は空を切り、カストールが後方へ飛びのく。

 隠密コンボも解け、俺も敵と認識されたようだ。

 

「っつう……お前……」

「動けるかね?」

「ああ、なんとかな……助かった」

「だったら早く薬を飲みたまえ。彼らから買っているんだろう?」

「そうしたいんだがな……」

 

 荒垣は街角へ一瞬目を向けた。それだけで事情は察せた。

 

「落としたのか」

「拾って飲もうとしてたんだが……お前、持ってねぇか?」

「悪いが、使っていない」

「そうか……!」

「左だ!!」

 

 こちらの会話などおかまいなしに突っ込んでくるカストール。

 攻撃を凌いだ俺たちの代わりに壁が、道路が。無残に抉られていく。

 やばいな……さっさと止めないと街の被害がとんでもなくなりそうだ。

 

「……仕方ない。荒垣、君は早く薬を探して飲め。ここは私が時間を稼ごう」

「なっ!? 馬鹿野郎! テメェには関係ねぇ! あいつの狙いは俺だ!」

「そうは言うが、見てしまった以上ここで立ち去るのは気分が悪い。この道路も税金で作られたものだ、このままでは被害が増える一方。……もし棺桶を、“人”を巻き込んだらどうするのかね?」

「ッ!」

 

 何度か攻撃を受けたのだろう。荒垣の体はすでに傷ついている。

 それともそもそも薬の副作用が酷いのか、あまり余裕があるとも思えない。

 

「本当に危なくなれば逃げるさ。勝手に首を突っ込んでおいてなんだが、さすがに命を懸ける気はないね」

「……チッ! すぐ戻るからな!」

「グゥ!」

 

 荒垣の動きに反応したカストール。

 馬の頭が大きく後ろへ反れたかと思えば、勢いをつけて振り下ろされた。

 頭の先に着いた穂先が脳天に迫る。

 

「フンッ!」

 

 十字受け直前にタルンダ(攻撃力低下)をかけたにもかかわらず、手が若干痺れる威力。真田のポリデュークスよりパワーは上か。

 

「カストールは物理攻撃特化のパワー型だ! 無理に受け止めんな! 攻撃すんなら魔法にしろ! 物理攻撃はたまに跳ね返される! そういうスキルを持ってんだ!」

「……承知した!」

 

 ご丁寧に情報開示をしてくれて助かる。

 ……いや待て、攻撃していいのか? 

 ペルソナが食らったダメージは本人にフィードバックする。

 暴走中は違うのかが分からん。

 

「グオッ!」

 

 悠長に考えているほどの暇は無い。

 極力攻撃しない方針で行く。

 

 “防御力五倍”

 

 相手の攻撃力を削ぎつつ、こちらは防御力を高める。

 ついでにスクンダで機動力も落としてやろう。

 

「グアア!!」

 

 自分の能力を下げられたのを感じたのだろう。

 カストールが大きく吼えて攻撃が激しさを増す。

 

「っ、くっ、やっぱりそんじょそこらのシャドウとは違うね」

「グルルル……」

 

 踏みつけ、体当たり、角。

 さまざまな物理攻撃は十分に受けられる。

 受けられるが、普通のシャドウより技が多彩だ。

 さらに隙あらば即座に荒垣先輩を追おうとする。

 下手に動いて道を空けてしまうと逃げられそうだ。

 

「面倒なことに首を突っ込んだな……」

 

 かといって見殺しにするのも嫌だけどなっ! 

 

「グオオオオ!!!」

「チッ!」

 

 まさに暴れ馬のごとく、嵐のような乱打が襲い掛かる。

 

「この野郎……っ、しまっ!」

 

 乱打を防ぎ続けるうちに、下から角で掬い上げるような一撃。

 耐久力と体重はまた別の話だ。

 受け止めたものの、地面を離れていく足。

 吹き飛ばされたことを自覚するが早いか、ビルの壁が迫る。

 

「逃がすか!」

 

 荒垣を追おうとしていた奴の頭への槍貫手。

 伸びる腕は避けられる。だが

 

「グオッ!?」

「捕まえたッ!」

 

 引き戻す際に指先を曲げて引っ掛けてやった。

 同時に逆の手はビルの角へ。

 両腕にかかる力に、足の踏ん張りも加える。

 こいつもおまけだ!

 

「“氷結”!」

「ギァッ!?」

 

 カストールが転倒。

 鎖で繋がれた犬のように仰け反っていたところで、奴は凍りついた地面を踏んだ。

 この隙に回りこんで道を阻み直すと、向こうも起き上がってくる

 

「グルル……」

「…………」

「「……!!」」

 

 にらみ合い、からの激突。

 

 俺は時間を稼ぐだけでいいんだ。

 だから倒すことは考えなくていい。

 ただ集中を切らさず、通さないように。

 カストールが動けばその前へ飛び込み道を阻む。

 

 そのために必要なのは、防御。

 それも体勢を安定させ、前後左右どちらへ行っても即応できるようにすること。

 野生の獣が獲物を狩るように。襲い掛かって食らいつくことだ。

 

「グアアアアア!!!!」

「カァアアアアッ!!!!」

 

 カストールの凶暴性をむき出しにした叫び声。

 それに負けない声を喉から絞り出し、激突は続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~荒垣視点~

 

「クソッ!」

 

 “人を巻き込んだらどうするのかね?”

 

 あいつの言葉が耳から離れねぇ。

 おまけに当の本人は足止めに残り、原因の俺は一人で遠ざかっている。

 田中は合理的に判断しただけじゃねぇか。

 戦闘音も余計に激しくなってやがる。

 自分のペルソナに襲われてるような俺じゃ、あそこにいても役にたたねぇ。

 分かっちゃいるが……

 

 

「たしかこの辺で…………クソッ!」

 

 薄暗くて視界が悪い……!

 おまけに瓦礫まで散乱してやがる。 

 それらしい物に手を伸ばして、違うことに気づく。

 

「フィルムケースじゃねぇか……!」

 

 誰だこんなもん捨てた奴は!

 

「違う……これも違う!」

 

 つか俺がやった瓦礫以外にも色々落ちてるじゃねぇか、汚ねぇな。

 誰だか知らねぇがポイ捨てしやがって、捨てるならきっちりゴミ箱に捨てろってんだ!

 

「……………………!」

 

 見つけた!

 どれだけ時間を食った?

 まだ暴れる音が聞こえるって事は、死んじゃいないだろうが……

 

「ちっ……」

 

 体の痛みが和らぐ。

 薬が効いてきたが……ずっとやかましかった音もやんだ。

 

「……無事なんだろうな」

 

 来た道を戻る。

 生きていても無事とはかぎらねぇ。

 カストールに人を殺せるだけの力があるのは、俺が一番よく知っている。

 

「無事でいろよ」

 

 知り合って間もない、普段から顔を合わせているわけでもない他人。

 にもかかわらず飛び込んで他人を助けるようなお人よしの無事を祈った、次の瞬間。

 

「っ!?」

 

 上から何かをぶっ叩いたような音がした。

 つられて上を見ると、黒い何かが俺の前方へ落ちてくる。

 落ちた何かは地面を転がり、立ち上がった。

 月明かりに照らされたのは“獣”じみた“人”の風貌。

 

「……その仮面、田中か?」

「荒垣、無事で何よりだ。君のペルソナが急に消えたものだから、逃げられたかと焦ったが……ひとまず収まったようだな」

「ああ、おかげで薬は飲めた。しかし何だその格好。まるで別人じゃねぇか」

 

 つか能面と二足歩行しか人間の要素が残ってねぇんだが。 

 ……そういやアキが言ってたな。

 こいつを“変身するイレギュラーシャドウ”だとか。

 これの事か。きっとカストールの相手で何かのスキルでも

 

「……いつのまに?」

「って、自分で変身したんじゃなかったのかよ……!」

「前から時々、勝手にこうなるのだよ。……考えてみると強い者と戦う時になり易いのかもしれない。先ほどのカストールというペルソナも、……以前君の知り合いと戦った時もそうだった。あとは暴走した時」

「なんだと? お前、薬は使ってないって言ってたよな?」

「…………忘れてくれんかね?」

「できるわけねぇだろ。暴走でその姿になるんなら、今も暴走してるのか? どうなんだ?」

 

 田中は手を額に当てて、さも“やっちまった”って態度をしてやがる。

 素なのか演技なのか、仮面のせいで表情が見えねぇ。

 

「……ペルソナに目覚めて間もない頃、一度暴走した。それ以降は一度も無い。薬を飲んでいないのも本当だ。この姿が暴走に関係があるのかは正直分からない」

「今は平気なのか?」

「特に問題なくコントロールができている」

 

 常用しろとは言わねぇが、薬は常備しておくべきだ。

 次の暴走で死ぬかも知れないのは俺を見ても分かるだろう。

 そう言うと田中はどこか申し訳なさそうに断った。

 

「私の場合はどうも他と暴走の仕方(・・)が違うようなんだ」

「どういうことだ」

「なんと言えばいいものか……私のペルソナは私を殺すのではなく、体の自由を奪って使おうとする。そして勝手にあの塔にいたシャドウを狩りつづけていたんだ。暴走が収まるまでね」

 

 ある意味殺そうとしてるようにも思うが……

 本当なら確かに俺たちとは違う症状だ。

 

「やはり一般的ではないのか?」

「さぁな……聞きたきゃ薬を売ってる連中に聞け。俺はあいつらも同じ症状で薬を飲んでる事しか知らねぇ。どっから仕入れてるかは知らねぇが、薬を売ってるくらいだ。あいつらの方が俺よりよっぽど知識はあるだろうよ。

 俺が言えるのは気をつけろって事だけだ。お人よしも時と場合を考えないと死ぬぞ」

「お人よし?」

 

 ……無自覚か?

 

「今日のことだ。……助けてもらった事には感謝してるが、下手したら死んでたかもしれねぇんだぞ」

「……自分が危ないときに他人を先に逃がそうとする君も、他人のことは言えないと思うがね」

「んなっ!? あれは俺が原因なんだ、当然だろうが」

「原因だとしても、実際に窮地であんな行動が取れる人間がどれだけいることか。まるで物語のヒーローのようだ」

「……俺はヒーローなんて柄じゃねぇよ」

 

 俺に、そんな風に呼ばれる資格はねぇ。

 血を流す女と傍らで泣く子供。

 あの時の光景が頭をよぎった。

 

「……そういうお前だって、自分から囮になっておれを逃がしたじゃねぇか」

「言っただろう? 命まで賭ける気は無い、と。あいにく防御と逃げ足にだけは自信があってね。死なずに万一の場合は逃げられると踏んだから手を貸したまで。……何もせずに死なれたら気分が悪いどころではないのだよ」

 

 田中は思いっきり嫌そうな声で、もう言うなといわんばかりに視線を空へむけた。

 

 こいつは初めて会った時からこの胡散臭い喋り方を貫き通している。

 服装も合わせて俺やストレガに素性を知られないように警戒してるはず。

 それだけに何考えてんだかいまいちよく分からない奴だ。

 

 が、中身は見た目ほどおかしい奴じゃなさそうだ。

 

「むっ?」

「こいつは……」

 

 さっきまでとはまた違う“音”。

 バイクの排気だ、辺りが静かなせいでよく響きやがる。

 影時間に動かせるバイクを俺は一台しか知らねぇ。

 

「ちっ! よりによってこんな時に来やがったか」

「桐条の女か……逃げるなら手伝うが?」

「必要ねぇ、つーか手遅れだ。あいつは探索能力を持ってる。俺とカストールが暴れたのに気付いたんだろう。そうじゃなきゃ、あいつらはわざわざこんなところに来ねぇよ」

 

 あいつらが住んでるのは巌戸台。

 タルタロスには進入禁止。

 だから生活エリアも影時間の行動範囲も巌戸台が中心だ。

 あいつらが影時間のポートアイランドに、それもこの辺まで来る事はめったにない。

 それがこんなに近くまできてるって事は、そういう事だろう。

 

 自分がやらかした結果だが、この惨状を見たあいつらの反応はだいたい想像がつく。

 

「どう説明すっか……」

「……ふむ、面倒なら私のせいにしたまえ。幸いといっていいのか、私は彼女達にシャドウと間違えられたままだ。君達がイレギュラーと呼ぶシャドウと接触し、ペルソナで応戦。その結果がこれと言えば怪しまれることはなかろう。足止めの時点で私の存在も察知されたかも知れないからな。心配なのは君の体くらいだが……」

「そっちは平気だ」

 

 治療が必要な怪我はない。制御剤のせいで当分は痛みもねぇ。

 こいつの言うとおりにすれば、寮に戻る誘いは断りやすい。

 傷は帰って休めばどうとでもなる。

 逆に正直に話すのは都合が悪い。

 検査なんて話になれば、薬のことが知られちまう。

 だからこいつの提案にのれば俺は助かる。

 

「だがそれじゃお前が割を食うだろ」

「私は彼らと仲直りをする気にはなれん。いまさら一つ誤解が増えようと構わんよ。それにこちらは今日のことで一つ、思わぬ収穫があってな」

「収穫? なんだそりゃ」

「残念だが説明している時間は無いな。私は彼女とはちあわせる前に失礼する」

 

 田中は俺に背を向けて走り出した、直後に止まって振り返る。

 

「そうだ、一つ念を押しておく。君がどう彼らに事情を説明しようと自由だが……前も言ったように私が人間であることは伏せておいてくれ」

「あ? ああ……」

 

 っておい! それじゃ結局お前と戦った事にするしか……どこ行きやがった? 

 ほんの一瞬目を放した隙に、田中は姿を消していた。

 

「!」

 

 辺りを見回すと、田中は月を背にしてビルの上から手を振っている。

 そして……

 

「……は?」

 

 ビルの屋上を軽々と飛び移って(・・・・・)逃げていく。

 

「逃げ足速すぎんだろ……」

 

 そういやあいつはこっちに来た時も、上から落ちてきやがった。

 その前は突然現れて助けに入るまで気づかなかった。

 何かの能力か? 中身までシャドウになってるとかじゃねぇだろうな……

 

「シンジ!」

 

 っち、今度はこっちか。しかもアキまでいやがる。

 

「おう」

「大丈夫かシンジ! 一体何があった!」

「酷い有様だな……荒垣、説明を求める」

「……お前らが話してたイレギュラー、そいつに会った」

「なんだと!? 怪我は?」

「特にねぇ。ただやたらとすばしっこくて、色々とぶっ壊しちまった」

「ペルソナの反応はあったが……奴と交戦したからか。それで奴は?」

「お前らが来たのが分かったんだろ。たった今逃げた」

 

 そう言うとアキは悔しがる。

 桐条も何かを考えちゃいるが、呟いてる内容は田中の事だ。

 考えていたよりあっさり目をそらせた。

 しかし妙な奴に借りができちまったな……




荒垣はペルソナを暴走させた!
影虎はその様子を見た!
影虎は足止めに徹した!
影虎は荒垣に恩を売った!



荒垣先輩は原作キャラで一番律儀かつ、ためになる恩返しをしてくれそう。


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104話 影虎は見た! その2

 7月3日(金)

 

 撮影も折り返しに入った5日目。

 今日も自由な2人とコーチの橋渡しをしながら練習に励み、最後の一本。

 これまでで1番手応えがある! 

 

「今回のタイム! 記録更新48.03!!」

「っし!」

 

 この調子ならあと少しで48秒を切れるだろう。

 昨日の荒垣先輩との一件で、また役に立つスキルを手に入れたことが大きい。

 

 その名も“軽身功”。

 調べたところ、中国武術の身軽に動く鍛錬法や技を示す言葉らしい。

 食事や気の訓練で習得すると書かれていた通り、気をめぐらせて走力を強化できる。

 俺がやっていた事と同じだが、これがかなり使えた。

 

 昨日の帰りは機動力の五倍強化と併用して、建物の屋根を飛び移りつつ帰宅。

 以前からできたことはできたが、前はもう少し苦労した。

 よっこらしょ……とやっていたのが、ほいっとできるようになったのだ。

 気の流れもスムーズになり、参考にするとより走り方が身につきやすく感じる。

 

 その結果が記録にも出た。

 48.03。これはもうインターハイにだって出場可能なタイムだ。

 更に言えば、測定時に軽身功は使っていない(・・・・・・)

 ただ軽身功という手本を練習の参考にしただけで、この結果。

 急速に無駄が削ぎ落とされているが、まだ効率化できる余地もある。

 そうした上で軽身功を使ったら、どうなるのだろうか? 

 

 最近分かってきた。

 気に関係するスキルは肉体が持つ力をフル活用する能力らしい。

 長い目で見れば人間の限界に挑めそうな気もしてくる。

 

「おっつー」

「冷たっ!?」

 

 首筋に冷たく湿った物体が落ちてきた。

 

「びっくりした?」

「びっくりもしますよ!」

「大成功ー!」

「渋谷きゅんたらもう、いたずらっ子なんだから。普通にねぎらってあげなさいよぉ」

 

 よく見たら、落ちてきたのは濡れタオルだ。

 分かっていれば、火照った体に心地良い冷たさを与えてくれる。

 

「葉隠君」

「はい! 三国コーチ」

「いまの走りは良かったよ。走り方も板についてきたし、なにより腕の振りと足の回転、それに踏み切るタイミングも上手くかみ合っていたように見えた。タイムも大きく更新している。調子がいいみたいだね。何かきっかけでもあったかい?」

「はい、ちょっとコツがつかめました。きっかけ……そうですね、ちょっと考えすぎていたことに気がつけたからかと思います」

 

 いちいち考えて動くよりも、反射的に動く方が行動に移るのは早い。

 もちろん最初は仕方ないが、ある程度慣れたなら別だ。

 

 軽身功を習得する前、というかカストールを足止めする前は陸上の走り方で軽身功をやろうとしていた。陸上の走り方を身につけるためという理由はあったが……考えてみると、“慣れない走り方”に“慣れない気の使い方”をあわせたら難しくなって当然だ。

 

 俺はもともとパルクールで身軽に動く訓練も走り方も身につけていた。そっちの方が長く続けて慣れている。だから軽身功をやるにしても、慣れた走り方でやった方が気にすることが少なくて簡単になる。

 

 それをカストールとの戦闘中、本来の動きに戻って気づかされた。

 訓練もまず慣れた走り方で軽身功の練習。そして軽身功に(・・・・)慣れる。

 最後に少しでも慣れた軽身功と慣れない走り方で練習。

 こうして段階を踏んだ方が楽。

 つまり俺はいきなり難しいところから始めていたわけだ。

 

「昨日までとは見違えるようだった、君が何かを掴めたのなら喜ばしいことだね。

 ただ途中で若干ペース配分が狂ったみたいだったから、明日はそこを見直して……あとはこれまで後回しにしていたスタート。これまでの走り方に加えてこの二つを練習しよう」

「はい! 明日もよろしくお願いします!」

「よし、それじゃ今日の練習は終了!」

「ありがとうございました!」

 

 次の練習が待ち遠しいくらいの気持ちで、今日の練習を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後

 

 ~アクセサリーショップ・Be Blue V~

 

 現在、俺は店の奥で用意された椅子に座り、首から下に布を巻かれている。

 まるで、てるてるぼうずだ。

 隣ではMs.アレクサンドラが嬉々としてハサミやらメイク道具を用意している。

 これから俺は、髪を切られるんだ。

 

 どうしてこうなったか。

 Ms.アレクサンドラの暴走だ。

 

「葉隠君はオシャレとかしないの?」

 

 バイト先へ撮影に来て、おめかしをしたオーナーに驚かされ、それでも一通り撮影した後。唐突に渋谷さんがそう言った。本人は単なる世間話程度だったようだが、これで火がついたのがダンサーでありスタイリストでもある彼女。

 

「そうよぉ! せっかくアクセのお店で働いてるのにっ」

「見苦しくない程度には、一応気をつけてますが……」

「清潔感とかそんな話じゃなーいの!」

「あら、面白そうな話をしているわね」

 

 さらにオーナーまで話に乗ってきて、カットするなら場所を提供してくれると言い出した。

 プロデューサーも面白そうだからとオーケーを出し、俺も散髪代が浮くかと消極的賛成。

 しかし。

 

「コンセプトはワイルド系でいこうかと思うんですよぉ」

「ウフフ……そのあいだに私は服を用意してこようかしら」

「お願いできますぅ? セクシー系もいいかもぉ」

 

 なんか本人そっちのけで熱が入ってんだけど……

 

「あのー、大丈夫なんですよね? へんな事になったりは」

「そんなことあるわけ無いじゃなーい? アタシはスタイリストとしても一流。だいたい、このままじゃもったいないわ! せっかくテレビに映るんだから、もっと気合入れなきゃダ・メ」

 

 ズビシッ! と音が聞こえてきそうな勢いで、俺の頭に指を突きつけるアレクサンドラさん。

 

「確かに、あなたのお顔はイケメンじゃないわ。だけどブサイクちゃんでもないじゃない。パーツ一つ一つに癖もなくって、強く印象に残る部分もないしバランスも普通。プラスでもマイナスでもない。まさにゼロ!」

「言い過ぎじゃね!?」

「ノンノンノン! 喩えるなら真っ白なキャンバス。オシャレは戦い! 努力が必須! マイナスも背負ってないのに諦めるなんてありえないわよこの馬鹿ちんがぁ!!」

「分かりましたから、顔が近い!! あと地声出てますよ」

「あらいやだ、アタシとしたことが……」

「はぁ……」

 

 こうして身を任せること三十分。

 

「できたわよ~」

「……テンションの割に、普通になりましたね」

「毛先と全体の形を整えてオールバックにしただけだし。ていうか、オシャレ初心者に複雑なセットが必要な髪形とか無理でしょう? そんなの今日だけ、アタシがいなかったら元通りになるだけじゃないのぉ。スーツや学生服に合わせていいものをえらんだつもりよぉ?」

 

 なるほど、確かにビジネスシーンでもオールバックの方は見たことがある。

 俺も悪いとは思わない。

 基本的にいい人ではあるんだよな……

 

 とか考えていると、オーナーが持ってきた服やアクセサリーで着せ替えの始まり。

 結果として魅力が少し上がった?

 ついでに今度から着るバイト用の服も決まったようだ。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

「おい待てシンジ!」

「うっせぇな、何度言われても答えは変わらねぇよ。だいたいこうして無事だったろうが」

「次もそうとは限らんぞ!」

「同じ事を昔、何度もテメェに言った気がするが? そんときお前は聞いたかよ」

「うっ、そ、それはそれだ!」

「あんたら何やってんですか? こんな所で……」

 

 帰り道、寮に向かう途中で言い争う荒垣先輩と真田をみかけた。

 まだ日も暮れていないうちから大声を出しているため、何事かと見ている人もそれなりにいる。

 無事とか次とか言ってるところを見ると、十中八九昨日の話だろう。

 あまり人目を集めるのは良くない。

 そう思って声をかけたのに。

 

「「誰だ?」」

「おい!? 荒垣先輩はともかく、試合までしといて忘れたのか……?」

「試合?」

「あ? よく見たら葉隠じゃねぇか。前と髪形変えてんだろ」

「ああ! 髪形一つでだいぶ印象も違うもんだな。言われるまで分からなかった。イメチェンか?」

「撮影の関係でこうなったんだよ……」

「そんなことまでやるのか。やはり俺は引き受けなくて正解だったな」

「傷はいいのか?」

「はい、もう完治してます。ところで二人は何を? 人目、集まってきてますよ」

 

 ここでようやく二人は人目に気づいたようだ。

 

「ちっ、俺は帰る」

「シンジ」

 

 さすがに都合が悪いと思ったようだ。

 立ち去ろうとする荒垣先輩を、真田が強く止めることは無かった。

 

「邪魔だったか……」

「いや、あのまま話してても結果は変わらなかっただろう」

 

 歩き去った方を見てつぶやく真田。

 なら俺もと立ち去ろうとすると

 

「そうだ葉隠! 少し付き合え」

「は?」

 

 

 

 

 

 

 ~ゲームセンター~

 

「シッ!」

 

 強烈なパンチがゲーム機に繋がったミットに叩き込まれる。

 派手な効果音が流れ、やかましいファンファーレが鳴り響く。

 

「見たか! 新記録だ」

「すごいですねー」

 

 あっちの動きが気になって付き合って見たが、肝心なことは何も情報が得られない。

 これではただゲームをしているだけだ。

 

「これでここにあるパンチングマシーンは、全部記録を塗り替えましたね」

「そんなにやっていたか? なら少し休むか」

 

 休憩用のベンチに移り、近くの自販機で飲み物を買う。

 

「それにしても髪形一つで随分と変わるもんだな。撮影はどうだ?」

「詳しい内容は話せませんけど、それなりにやってますよ。ただ真田先輩には向きませんね」

 

 特に渋谷さんとアレクサンドラさんの相手はおそらく無理だ。

 

「だろうな。撮影のためとは言え、髪形をいじる暇があれば練習がしたくなるだろう。俺が代表になっていたとしても面白くはなるまい。機械のように練習メニューを淡々とこなす姿しか思い浮かばん」

 

 軽く笑って、話が途切れた。

 

「そっちはどうなんですか? 荒垣先輩と言い合ってましたけど」

「あれはいつものことさ。俺とシンジは去年まで同じ寮に住んでいたが、いまは別に住んでる。戻ってくるように勧めているんだが、頑なに断られていてな」

 

 真田は天井を眺めたまま続ける。

 

「理由があるのはわかっているんだ。あいつが何を考えているのかもだいたいは想像がつく。詳しくは言えないが、自分の事情に俺や他の奴らを巻き込みたくないんだろう」

「その言い方からして厄介事なんですね?」

「……そう捉えてもらっていい。あいつは学校にも顔を出さなくなった。だからせめて寮に戻ってくるように説得をしてたんだが、耳を貸そうともしない!」

 

 さらに真田は言葉少なにだが、荒垣先輩も先日までの自分が見落としていた一人だと語る。

 

「あいつの事情は知っていた、気持ちも分からないわけじゃなかった。だから寮を出るあいつを見送った。だが今はあの時なんとしても止めるべきだったと思っている。俺のやってきたことは放置とさほど変わらん。だからこそもう一度戻ってきて欲しい。しかしろくに話ができない。

 あいつが言っていたように、昔は俺の方が話を聞かなかったのも本当だが……この件に関してはあいつも俺と同じように話を聞く気が無いようで……そうだ葉隠! お前バイトで占い師をやってるんだろう? 何かいいアイデアはないか?」

「そこで俺に振るのか……」

「なんでもいいんだ。せめて話を聞かせないことには何も始まらん」

 

 んな事を言われたってなぁ……

 

「荒垣先輩のことはそっちの方がよく知ってるだろうし、そもそも問題の詳細すら知らない俺に何を言えと……」

 

 実際は知っているが、解決法なんて知るか。

 荒垣先輩に悪い印象はないし、いい方向に進めばいいとは思う。

 だからって思いつきでアドバイスなんてできない。

 むしろ事情を知ってるだけに軽々しく提案するのは気が引ける。

 なにを言っていいか分からない。

 ならまず問題を見直すか……

 

「……場所、変えません?」

 

 真田を連れて、ゲームセンターを出ることにした。



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105話 怪我の功名

 ~アクセサリーショップ・Be Blue V~

 

「すみません」

「あっ葉隠君、さっきぶり~。何か忘れ物?」

「ちょっと占い道具を使わせてもらいたくて。オーナー、まだ奥にいらっしゃいますか?」

 

 三田村さんに確認をとってから奥に入る。

 

「あら葉隠君、帰ったんじゃなかったの?」

 

 どこからともなくオーナーが現れた。

 

「ちょっと野暮用ができてしまいまして。占い道具を使いたいんですが」

「それは構わないけど、そちらの子は? 」

「相談してきた……ボクシングばっかりやってる先輩です」

「真田と言います」

「あら」

「……何か?」

「いえ、葉隠君のお友達なのね。と思っただけ。そういうことなら応接室も使っていいわよ。あとお茶も持って持っていくわ」

 

 歓迎する姿勢のオーナーは止める暇もなく立ち去った。

 俺は道具を用意して真田を応接室へ案内する。

 

「さぁ座ってください。……どうしました?」

「葉隠、ここはいったい何なんだ? そしてさっきのは誰だ」

「アクセサリーショップで俺のバイト先ですが何か? ちなみにさっきのはこの店のオーナーです」

「どうみても魔女にしか見えなかったぞ!」

 

 ああ、撮影でおめかししたままだったからな。

 そうでなくてもあながち間違ってないけれど。

 

「ちなみに俺にここを紹介したのはオーナーの友人である、江戸川先生です」

「その一言で全て納得した。で? 何をするんだ?」

「ここでやってるのと同じ、占いですよ」

 

 明確なアドバイスができないから、まずは問題を見直すために占いをしようということだ。

 ここなら必要な道具が揃っていたし、ゲームセンターからも近かった。

 

「タロットカードは答えに到達するための“道標”、出てきたカードを軸に問題を見つめ直して解決の道を探っていきましょう」

 

 というわけで占いを始める。

 まず使うのはダイヤモンドクロス・スプレッド。

 これは上下左右に4枚のカードを並べる展開法で人間関係を占うことに適している。

 

 1つにまとめたカードの山から左、右、下、上の順番でカードを並べた。それぞれ質問者の気持ち、相手の気持ち、二人の現在、二人の未来をあらわしているカード。その結果は……

 

「まず一枚目の月は精神面の不調、あるいは迷いを示します。このあたりは自覚があるでしょう、そして二枚目。荒垣先輩ですが、深い思慮や反省を意味する隠者のカードが出ています。

 そして一枚目には未知なる脅威、二枚目には秘密という意味もあります。この二枚の関係を考えると……荒垣先輩は何か(・・)に深く反省し後悔している……その深い思慮のすべては、知っているつもりでも真田先輩にはまだ見えていない部分がある。そう解釈できます」

「……」

「さらに三枚目は剛毅。タロットによっては力と呼ばれたりもするカードなんですが、これは肉体よりも精神の力を意味します。正位置であればエネルギーに満ちたいい意味ですが、これは逆位置。

 心の力。自信の喪失、失敗……エネルギーは満ち溢れていてもその使い方を誤ってしまうこともあります。たとえば暴力で人を傷つけた(・・・・)とか」

「ッ!」

「真田先輩の強さ。これをボクシングに使えばスポーツ。そして道端で人を殴れば喧嘩。どちらも同じように人を殴りますが、良し悪しが分かれるのと同じです。精神、心が理性を失って、コントロールを失ったまま振るわれた無軌道な“力”。原因って、暴力事件ですか?」

「いや……どうしてそう思う?」

「カードの意味を考えて、ですね。それに荒垣先輩、さっきその辺を歩いてましたし、この前もレフェリーをやってくれました。休学や寮を出た原因が……例えば病気で入院、とかではないと思うんです。本人の意思で出たなら家庭の事情というのも……それより暴力がカードの意味とあわせてしっくりきます。

 荒垣先輩はいい人だと思ってますが、駅前広場はずれをうろついてたうちの後輩を助けたってことは、荒垣先輩もあのへんをうろついてるってことですし」

「確かに、あそこは喧嘩のネタには困らん。……そうか、それでそう解釈したのか」

「まぁ全部直感ですが、最後のカードはいいですよ。法王の正位置、宗教や規律、組織を意味するカードです。二人の未来でこれが出るということは、将来また一つに集まることになるでしょう」

「本当か!?」

「占いではそうなってますね。時期は分かりませんがこういう結果も出ているので、あまり焦らず、まず自分の気持ちを整理してから話をしてみたらいかがですか?」

「…………分かった。そういう事ならもう少し考えてからまた話すことにしよう」

 

 けっこうあっさり納得したな? 

 ちょっと意外に思って聞いてみると。

 

「占いがわりと当たっていたからな。少し急ぎすぎたかもしれん。そう思っただけだ。なんと言ってもあいつは昨日……いろいろあってな……」

「まぁ、話せないなら無理にとは言いませんが。今日のところは好物の牛丼でも食って帰るといいでしょう。そんでゆっくり考えてください」

「分かった。ところで占いの代金は」

「あー……今日は休業日なんでいいですよ。変わりに貸し一ということでひとつ」

「ははっ、何を要求されるかが怖いな」

「そこまで非常識なことは頼みません。ところで荒垣先輩が寮を出たのっていつなんですか?」

「? 去年の10月だが、それがどうした?」

「事が起こってからどれだけ時間が経っているのかと気になっただけです」

 

 原作で発生する天田の復讐は10月……事故を起こしてからすぐ出たのか。

 

「なら、俺は帰るとするか。突然つき合わせて悪かったな」

 

 帰っていく真田を店の表まで見送って後片付けに戻ると、そこにはオーナーがいた。

 

「葉隠君、あの子もう帰っちゃったの?」

「はい、どうかしましたか?」

「あの子、前に話してたペルソナ使いなんでしょ? せっかくだからお話したかったんだけど……」

 

 よく見ると、テーブルにはさきほどまでなかった紅茶やケーキが置いてある。

 しかもケーキの箱には“シャガール”と書かれていて、賞味期限のシールには買った日付が今日のついさっきであることが記されていた。

 

「わざわざ買いに行ったんですか?」

「だって、貴方以外のペルソナ使いなんて初めてだもの。個人的にも興味があったのよ。ところで何のお話だったの?」

 

 ケーキと紅茶をいただきながら、事情の説明。

 そして占いの結果も伝える。

 

「という風に、彼には(・・・)伝えました」

 

 今回、俺は真田に“事情を知らない一般人”として当たり障りの無い部分だけを伝えた。

 荒垣先輩ともお互いに秘密を守る約束をしている。

 だから嘘をつかずにギリギリまで話した。

 しかし真田にとっての未知、荒垣先輩の秘密、状況に出てきた無軌道な力。

 この三つを考えると……

 

 ぶっちゃけカストールの暴走と制御剤を何とかしないと無理そう。

 少なくとも問題の焦点は間違いなくそこだ。

 

 原作で荒垣先輩が特別課外活動部に戻るのは、天田が入部したから。

 事故とはいえ自分のやったことへの後悔。負い目があった天田のため。

 危険を冒してでも近くで守ろうとしたから、戻ったんだと思う。

 

 しかし、今はまだ天田は入部していない。戻らせるほどの理由がない。

 

「占いにも将来は戻ると出ています。それに俺も来年荒垣先輩が戻るのは知ってるんです。ただ、それより前にとなると」

「何も解決していないのに元通り、とはならないわよね」

「ペルソナの暴走。これがなんとかなれば可能性もあると思うんですが、正直そのあたりはよく分からなくて。何か分かりませんか?」

「そう言われても、私もペルソナなんて貴方と会って初めて知ったのだから……魔術の訓練を始めれば多少は改善するかもしれないわ。貴方もやっている瞑想とか、精神のコントロールを上達させれば暴走も抑えられるかもしれない。

 ただ、それをやるもやらないも本人しだい。本人にやる気が無ければどうしようもないわね」

 

 “使う練習”をなんとかしてやらせるのは難しいだろうな……

 真田はともかく、田中としての俺は親しくもない。

 

「それなら……これ、使ってみる?」

 

 オーナーが服の裏から一枚の紙を取り出した。

 バインドルーンが描かれているが、紙全体を埋め尽くしそうなほど大きい。

 組み合わせてある文字数が多い上に重複も多くみられるし、並び方もいびつ。

 内容がさっぱり分からない。

 

「私が趣味の品々の一部に貼っている“護符”よ。霊の力を抑えることができるわ」

「もしかしてトキコさんのような?」

「トキコさん……?」

「あ、すみませんバイオリンのことです。中に名前があったので」

「フフッ……そういうことね。確かにあのバイオリンにも貼っていたわ。限界はあるし、ペルソナへの効果は保障できないけど」

 

 やってみる価値はありそうだ。

 どうやって使うのかと聞くと、貼り付けるだけでいいとのこと。

 断りを入れて自分に貼り、ドッペルゲンガーを召喚。

 隣にもう一人の俺が現れる。

 

「……使えましたね」

「何か変化はないかしら?」

「特に……」

 

 護符をドッペルゲンガーに移してみるが、別に邪魔にはならなかった。

 

「やっぱり幽霊用じゃダメなのかしらね」

「幽霊用? そういう種類とかあるんですか?」

「この護符、バインドルーンにそういう文言が組み込まれているのよ。私の師匠に当たる方が作ったものをそのまま利用してるんだけど、対象を限定する代わりに効果を高める目的でね……そこをペルソナ用に書き換えればあるいは……でもそうなると最初からルーンを作り直した方が早いわね」

 

 オーナーに頼めば作ってもらえないだろうか?

 俺も日々訓練をしているとはいえ、知識も技術もまだオーナーには届かない。

 荒垣先輩も薬を飲む期間は短ければ短いほど良いはずだ。

 とりあえず聞いてみると、難しい顔をされた。

 

「ペルソナ用のルーンを作るのは難しいわね……ペルソナ用って一言書き足すだけじゃダメ、って言えば分かってもらえるかしら? それがどんなものか、どういう事をするのか、そういった事を細かく表すの。

 例えば私たちが“鳥を捕まえるためのルーン”を作りたいとするわ。そこで鳥を“飛べなくする”効果が欲しくて、考え付いた。でもここで鳥のことを“飛ぶもの”なんて定義したらどうなるかしら?」

「鳥以外でも飛んでいたら落ちる、とか?」

「そういうことね。もちろん実行できたらの話だけど……子供が手放した風船でも、ヘリコプターでも飛行機でも、飛んでいるものが落ちてしまうでしょうね。

 そういう事故を防ぐために、細かく書き表す必要があるの。だけどペルソナは私にとってまだほとんど未知なもの。可能性があるとしたら私よりもあなたがやった方がいいと思うわ」

 

 俺が自分でか……待てよ?

 

「オーナー、もしペルソナを抑える護符ができたら、同じ要領でシャドウを抑える護符も作れますか? 」

「シャドウについては本当に未知だけど、不可能ではないと思うわ。それがどうしたの?」

「この護符っていわゆる封印とかそういうやつですか? どこかに閉じ込めたり力を封じ込めたりとか?」

「力を封じ込めるほうね。閉じ込めるとかそういった事は別に……本当にどうしたの? 急に興奮して」

「そりゃそうですよ!」

 

 これは興奮せずにいられるか!

 そうだよ封印だ、なんで思いつかなかったんだ!

 

「ちょっと落ち着きなさいな、何がなんだかわからないわ」

 

 紅茶を飲んで落ち着こうとするが、なかなか落ち着かない。

 もしかしたら、俺が死なずに済む手がかりになるかもしれないのだから。

 

 できる限り冷静にオーナーへ説明する。

 

 そもそも俺はどうして死ぬのか。 

 ニュクスが復活するからだ。

 ニュクスが復活しなければ、死に繋がるその後もなくなる可能性が高い。

 命をかける必要がなくなるのだから。

 

 ではニュクスはどうして復活するのか? 

 十二体の大型シャドウが街に現れ、全て倒されることでひとつに集まり復活する。

 だったら大型シャドウを倒さなければいい。

 しかし俺が倒さなくても、倒すために集まり、行動する組織が出てきてしまう。

 それに倒さずにいれば、町で大きな被害を生むかもしれない。

 だが“封印”という形なら?

 成功すれば倒さずに自由を奪い、誰も襲わせない。

 

 そんなことができるのか?

 前例がある。

 どうやったかは知らないが、かつての事件が起こった日にアイギスが成したはず。

 今もどこかで、大型シャドウの欠片を身に宿した少年か少女は生きている。

 それを再現すればいい。

 

 俺にできるのか?

 わからない。やってみるしかない。

 ただドッペルゲンガー()は、補助系や敵の妨害の方を得意とする。

 攻撃魔法よりは期待が持てそうだ。

 

「来年現れる大型シャドウを全て封印……もしかしたら全部でなくてもいい。とにかく十二体全てが倒されなければ完成しないなら、一体でも封じてしまえば完全体にはなれない!」

 

 シャドウが大人しく封印されるとは思えないが、それはこれまで通り戦闘能力を高めることで対処すればいい。あるいは特別課外活動部と戦って、弱ったところをかっさらってもいい。最終的に、封印できればそれでいいんだ。

 

 まだ護符も作れない。

 封印なんて“ふ”の字も知らない。

 だけど今日、初めて未来に具体的な光が見えた。




影虎は真田を占った!
影虎は“封印”というヒントを得た!!
影虎に生き延びる道が見えた!!




ようやく影虎に助かる可能性が!
というところで今年は最後です。
皆様良いお年を!!


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106話 練習終了

だいぶ遅くなりますが、新年明けましておめでとうございます!


 7月4日(土)

 

 朝

 

 “封印”という道が見えたからか、心が軽い。

 体の調子も良く、変わり映えのしない景色も輝いて見える。

 自然と歩調も速くなり、気分良く練習に行くと

 

「葉隠君!」

「あっ!」

 

 なんとピザカッターの二人が戻ってきていた。

 

「おはようございます! 大丈夫でしたか?」

「うん、とりあえずね。それより収録、頑張ってるみたいじゃない」

「今日から復帰するから、またよろしく頼むな」

「はい! あ、でも」

 

 そうなると渋谷さんとアレクサンドラさんはどうなるんだろうか?

 

「心配ご無用! アタシたちもいるわよぉ」

「僕たちも最後までスケジュールは押さえてあるから、四人体制でフォローするって」

「予定を狂わせて申し訳ない」

「葉隠君にも、お二人にも」

「いえいえ、俺はそれほど……」

 

 原因はスケジュールの調整ミスだとしても、有名芸能人に予定より多く会えたと考えればある意味得な気もしてくる。昨日までの苦労もいい経験だと思えてきた。

 

 もともと腹を立てていた訳ではないが、今日は怒る気にもならない。

 しかし撮影が始まるとピザカッターの二人は、迷惑をかけた分を取り戻すように気合を入れてサポートをしてくれた。

 おかげで俺は練習だけに集中することができ、今日もまたタイムを縮められた。

 

 

 

 

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス・15F~

 

「しっ! 」

 

 刃をつけた模造刀で、シャドウの仮面を断ち切る。

 刀を使っての戦い方もだいぶ形になってきた。

 

 “武器は手足の延長、己の体の一部”

 

 かつて読んでいた格闘漫画のセリフだが、これが実に参考になる。

 空手、腕の代わりに刀を使うと考えたらしっくりきた。

 

 例えば相手が殴りかかってくるとしたら、その拳に手の甲を当ててそらす。

 その手は翻して腕をつかみ引き倒す、あるいはそのまま相手を突いたりもできる。

 

 これを刀でやるとしたら?

 まず刀身を添えて拳を逸らすことはできる。

 次につかむ事はできないが、引き倒す動き。ここで腕を切れそうだ。

 最後に刺突と応用もできる。

 刀の基本的な動作にまだ固さがあるが、実践でも自然に戦えるのは大きい。

 

 でも空手を応用するなら、腕一本より二本使いたい。

 その方が自然だ。

 

「……形だけなら何とかなるか」

 

 右手に模造刀を持ち、左手からドッペルゲンガーを伸ばす。

 模造刀を参考に形を修正し、もう一本の刀を作ってみた。

 

「う~ん……」

 

 使えるは使えるが、違和感が強い。

 変形で作った刀と模造刀では重さも違う。

 それにリーチが違うから、時々うっかり刀が手に当たりかける。

 もう少し短いほうが使いやすそうだ。

 

 模造刀を鞘に戻し、変形能力の応用で長さを切り詰めた刀を両手に持ってみる。

 軽く振ってみた感想は、悪くない。

 少なくとも刀で二刀流をするよりは間違いなくやりやすかった。

 シャドウと数回戦ってみても、初めてとは思えないくらいに使える。

 

 今日は恐ろしい速さで武器が変わっていくが、どれもそれなりに使えそうで困る。

 二刀流もこれに慣れたらもっと使えそうだ。

 ってか、誰かが小太刀二刀流を使ってる漫画があったような……

 

 そうだね、“るろうに○心”だね。

 

 前々から漫画の技とか再現できないかな~?

 とは思っていたけれど、刀に関してはそれがぴったりハマったようだ。

 空手は親父との殴り合いでそこそこ実践慣れしていても、剣道は学校で習ったきり。

 しかも実戦経験といえるものは授業中の試合しかない。

 代わりに空手の経験と漫画が、立ち回りのイメージに思いのほか役立つ。

 

 まぁここまで有効利用できるのは、ドッペルゲンガーの処理能力やローグロウの成長補助があるおかげもあるだろう。

 

 しかし、こうなると更に希望が湧いてくる。

 俺の強みは速さだし、刀一本で“飛天御剣流”はどうだろう?

 できることなら“牙突”もやってみたい。

 小太刀二刀流は継続するとして……

 どれもこれも努力と研究が必要そうだけど、夢が広がるなぁ……

 あの漫画はどこか、所々再現できなくはなさそうに感じるからまた面白い。

 

「おっと、忘れるとこだった」

 

 今日の予定は武器だけじゃなかった。新しいルーン魔術の実験がある。

 

「さて……適当なシャドウは……」

 

 懐から取り出した数枚の紙には、俺が書いたルーン文字が並ぶ。

 大型シャドウを“封印”すれば生き延びられるかもしれない。

 希望は見えたが、まだ封印についてはよく知らないし、実現できない。

 これはそのための第一歩。

 

「いた……」

 

 数枚の中から、最初に使う一枚を引き抜いて力を込める。

 

 実験その一 単体捕縛魔術

 

「“敵を縛る氷の鎖”」

「ヒッ!?」

 

 次の瞬間、札から氷で形作られた鎖が飛び出した。

 鎖は対象のシャドウへと絡みつき、その自由を制限する。

 しかしそれほど拘束は強くないようで、ただ邪魔になっているだけだ。

 

 なら次の一枚。

 実験その二 氷結効果の付与

 

「“敵を縛る氷の鎖、凍結して敵を止める”」

 

 最初に放った物に、もう一行文言を追加した魔術。

 邪魔な鎖に阻まれて、動きを鈍らせたシャドウはその鎖にも絡みつかれた。

 

「ヒイッ!?」

「おっ!」

 

 その途端、二本目の鎖が縛った部分が凍りつき始めた。

 シャドウの体表を鎖に沿って、薄い氷が張っていく。

 所々では氷が連なって分厚くなり、シャドウが固められているようだ。

 シャドウは弱弱しい声を漏らし、ほんの少しだけ動かせる手をばたつかせている。

 しかしもはや脅威にはならないだろう。

 

「悪いな……」

 

 近づいて、体力と魔力を根こそぎいただいた。

 

「よし! こっち(・・・)もちゃんと使えるな」

 

 今回試したのは、いつも使っていたルーン文字の“意味”を組み合わせるやり方ではない。

 ルーン文字をアルファベットに対応させて、願いを記述する方式のルーン魔術だ。

 最初に使った氷の鎖は“Chain of ice that binds enemy.”とルーン文字で記述していた。

 

 この二つはどちらもルーン魔術だが、長所と短所がある。

 

 まず俺が使っていたバインドルーンは

 ・文字の意味を組み合わせるため、文字数が少なくてすむ。

 ・効果が大雑把になりがち。

 ・使用時に失う魔力が、記述式と比べて少ない

 

 対して記述式の場合は

 ・文章にしなければならないため、文字数が多くなる。

 ・代わりに願い(効果)を細かく設定することができる。

 ・使用時に失う魔力が、バインドルーンと比べて多い。

 

 よって

 

 狭い範囲に文字数を収めなければならないアクセサリーには“バインドルーン”。

 対象の限定や複雑な効果を必要とする魔術には“記述式”。

 それぞれに向いているやり方があった。そして封印に向いているのは“記述式”。

 つまり俺が封印をするためには、まずこの記述式を使えるかを試す必要があった。

 

「とりあえず使えてよかった……」

 

 オーナーの護符は記述式の所々にバインドルーンを組み込んで、さらに文字列の向きで内容を暗号化した複雑なものだそうだが、俺はそんな手を加えていない。

 

 『それだけ失敗もしにくいし、今の貴方なら大丈夫よ』

 

 オーナーにはそう言われていたが、成功してようやく一安心だ。

 

 魔力の消耗もこの程度ならまだ許容範囲。

 ペルソナを身につけた頃なら多分きついけど、今ならまだ連発しても余裕がある。

 自分の成長を実感した。これから更に成長していければ……

 

 未来への希望を胸に、集中力が途切れる直前まで。

 俺は刀と魔術を使い続けた。

 

 なおその最中に、思いつきで手首から小さな槍貫手の射出に成功。

 隠し武器として使えるようになった。

 形を整えるとまるっきり“アサシンブレード”だったので、今後はそう呼ぶことにする。

 次は“ロープダート”とかもいいな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 7月5日(日)

 

 今日でちょうど一週間。

 陸上の練習も早いもので、最終日を迎えていた。

 最後とあってコーチはもちろん、撮影スタッフからも相応の気合いを感じる。

 機材や段取りのチェックに余念がない。

 

 そんな彼らから少し離れた休憩所で、俺は待ち時間を利用して座禅を組む。

 ウォーミングアップの後で最終確認として軽い練習。

 さらに人生初のドーピング検査も受けた。

 

 残るは最後の計測だけ。

 もう間もなく始まるだろう。

 はやる気持ちを落ち着かせる。

 霊がはびこる倉庫の中と同じように。

 体からは余分な力を抜き、気を十分に巡らせる。

 

 今日までの練習はしっかりとこなした。

 そして必要最低限のことは身につけたし、それ以上の技術も手に入れている。

 後はその全てを出し切るだけ。

 

「準備、整いました! 葉隠君、お願いしまーす!」

 

 呼ばれた。最後のコースへと向かう。

 

「葉隠君、大丈夫かい?」

「頑張ってな」

「アタシも踊って応援するわ! ア~ン、ドウ~」

「これまでの成果を見せてくれ。あと邪魔だって飯沼さん」

「私はアレクサンドラ! 間違えないでちょうだいっ!」

 

 応援を受けて、コーチの待ち受けるトラックへ到着。

 手足を軽く回し、合図とともにスタート準備。

 スターティングブロックへ足をかけ、クラウチングスタートの体勢。

 重心を深く、スタート時に足のバネで加速をつけるため。

 

「用意」

 

 掲げられたスターターピストルの引き金に、指がかかる。

 

「……!」

 

 進行方向を見据えて溜めた力を、引き金が引かれたと同時に解き放つ!

 

「いけー!!」

「もっともっと!!」

 

 すっ飛んでいく景色。

 スタートは成功、十分な立ち上がり! 

 フォームも正しく、全身の力を足に伝えて地面を蹴る。

 勢いに乗っていく体は今、50メートルを越えた。

 

 ここでさらに加速!

 スタート後、およそ60メートルから120メートルの区間。

 体をやや内側に傾けて、気持ちよくコーナーを回りながらトップスピードに乗る。

 120メートルを過ぎれば、ここから先は根性だ。

 コーナーからの直線。

 せっかく出したトップスピードを出来る限り落とさずにゴールまで走り抜ける。

 

 すると250メートルを超えたあたりから本当にきつくなってくる。

 300メートル地点を突破。残るは100メートル。

 ここで全力を出し尽くすべく、再度加速する気持ちで手足を動かす。

 体の動きのみに集中し、気を巡らせてフォームの維持。

 

 息が上がるし手足は重い。だがまだ限界じゃない!

 加速! 加速! 加速!

 影時間まで使って体に染み込ませた動きを、ただひたすらに繰り返す。

 

 そしてついに時は来た。

 コースを横切るゴールテープ。

 そこに胸から、思い切り飛び込んだ。

 

「ゴール!!」

「くはっ!?」

 

 ゴールしたことで気が緩んだか。

 直後につまづき、そのまま数歩進んで膝をつく。

 

「……………………」

 

 この一週間で一番……限界に近づいた。

 結果は?

 

「今回の記録! ……46秒27!!」

『……オオオオオオ!!!』

 

 スタッフが宣言した直後、地響きのような声が上がった。

 

「はーがーくーれーくーん!!」

「うげっ!?」

「速かったよー!」

「渋谷きゅん! 気持ちは分かるけど振り回しちゃだめ。葉隠君はエクセレ~ント! な走りだったわ!」

「46! 46秒台!!」

「待って! 落ち着いて!!」

 

 カッターさん、助かります……

 感動のシーンだったけど、答える余裕を失っていた。

 息を整えて立ち上がると、カメラを引き連れた三国コーチが近づいてきた。

 

「三国コーチ……」

「よくやった! 本当によくやった!! 一週間でここまでできるとは思わんかった!」

 

 高校一年生としては驚異的な記録に、コーチも興奮気味のようだ。

 そのまま撮影は締めに入り、望外の大成功として収録が終わる。

 

「お疲れ様でした!」

「葉隠君!」

 

 口々に返事を返してくれるスタッフさんの間から、目高プロデューサーがやってきた。

 

「いや~お疲れ様。なんと言ったらいいか、すごいことをしてくれたねぇ!」

「問題ありませんでしたか?」

「大丈夫さ。今日まで撮った内容に問題が無いのは確認してあるし、取れ高も十分だからね。あとはドーピング検査の結果だけなんだけど……大丈夫だよね?」

「大丈夫でしょう。少なくとも僕は不正はしていませんから」

 

 尿検査があることは事前の説明で通達されていたし、江戸川先生の薬も飲んでいない。

 飲んでいたとしても問題はないと言っていたが……

 ペルソナも事前に確認して、先生の保証があるので普通の尿検査ならそれほど心配はない。

 

「しいて言うなら検体がどこかですりかわらないか、ですね。もう手元を離れてますから」

「そこらへんは大丈夫さ。ちゃんとした専門家を呼んで正式な手順で執り行うからね。不正をしてないなら心配無用。それより今夜時間あるかい? もしよければなんだが、葉隠君も打ち上げに参加しない?」

「いいんですか?」

「そりゃいいとも! 君も出演者の一人なんだし、今日までよくやってくれたからね。慣れない仕事だっただろうけど、とにかく体当たりで取り組んでくれる姿勢は、見ていて面白かったよ。

 我々の一番の目的は、君たち高校生が、若者が、真剣にスポーツに取り組んで頑張る姿を撮ること。ただ良い記録が目的なら、身体能力で売ってる芸能人を用意すれば良いからね。

 ハプニングもあったけど、君は文句一つ言わずに最後までやり遂げてくれた。それだけで十分だったんだが……予想以上の盛り上がりまで作ってくれた。検査結果に問題が無ければ、なかなかの傑作ができそうだよ」

「でしたら、お言葉に甘えます」

「オーケー。じゃあ一人追加で、時間は7時くらいを考えてるんだけど……そうだ、葉隠君はこの辺でどこかいい店知らない?」

「それでしたら、いい店がありますよ」

 

 一仕事終えた達成感からか、和やかに話が進むひと時。

 こうして初めての撮影は一つの節目を迎えた。




影虎は漫画を参考にした! 
刀での立ち回りが上達した!
二刀流をひらめいた!
小太刀二刀流をひらめいた!
漫画の技を研究するつもりのようだ……
影虎はルーン魔術(記述式)が使えるようになった!
影虎はアサシンブレードが使えるようになった!
影虎の戦闘スタイルが“SAMURAI”か“アサシン”になりつつある……

影虎の撮影が終了した!
影虎は打ち上げに参加するようだ! 


タグに“他作品の技”を追加しました。
2017年、アサシンクリードの映画が放映されるそうで楽しみです。




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107話 時の流れ

 7月6日(月)

 

 朝

 

 一週間の撮影を終えて、なんとなく新鮮な気持ちで教室につくと

 

『……』

「これどう?」

「……ちょっと安くない?」

「俺これにしよっかなー」

 

 男子も女子も、皆そろって教科書かバイト情報誌をにらみつけている。

 どうしたんだろう? 岳羽さんや山岸さんまでいるし、俺がいない間に何が? 

 

「おはよー……何してんの?」

「あっ、葉隠、君?」

「なにその髪型。イメチェンしたの?」

「ん~? おっ、影虎じゃん。そっか、二人はこの影虎見るの初めてか。別クラスだもんな」

「なんか撮影の都合らしいぜー……」

 

 順平と友近も話に加わるが、友近はバイト情報誌から一切目を離さない。

 

「……なぁ、本当に何があったの? 教科書はともかく何でバイト情報誌?」

「えっと、アルバイトブーム、かな? 夏休みも近いし、アルバイトをしてお金を溜めようって書き込みが数日前から掲示板にあってね」

「男子はくだらないこと考えてんでしょ」

「ゆかりっちってばまたまた~。俺たちは純粋に夏を楽しみたいだけだってー。だいたいゆかりっちだってバイト探してるじゃんよ」

「うぐっ……もう高校生だし? バイトの一つくらいしていいっしょ。いつまでも親とかに頼りっぱなしってわけにもいかないし。てか、ほんとに頼りたくないし」

「本気でオシャレしようとすると、お金もけっこうかかるしねー」

 

 会話に割り込む島田さんの声。彼女もバイト情報誌を手にしている。

 

「島田さんもバイト探し?」

「そーなんだけど……あんまいいとこ見つかんないんだよねー。肉体労働とかはパスだし、お給料いいところは倍率高くて締め切られてたし。そういえば葉隠君って前、博物館でバイトしてなかった?」

 

 その一言で、クラス中からチラ見される。

 

「まぁ、やってたね。数日だけの契約だったけど」

「今は?」

「放課後はアクセサリーショップ、夜はネットで翻訳の仕事を少々」

「マジ!? そういうのって、どうやって探してるの?」

「葉隠君、私にも教えて~!」

「コツとかあるのか?」

「情報誌は何使ってる?」

 

 クラスメイトが集まってきて、バイト探しの先輩として相談を受けた。

 

 でも、博物館は桐条先輩。

 Be Blue Vは江戸川先生。

 ネットの翻訳は海土泊(あまどまり)会長。

 どれも運よく紹介してもらえたからできた仕事だ。

 アドバイスできることはあまりない。

 できてもせいぜい、死ぬ前に身につけた履歴書の書き方くらいだ。

 

「地道に探すしかないかな……あとは運とか、ツテとか」

「やっぱりかー」

「そうだよね……」

 

 上手い話はないと、皆は席へ戻っていく。

 ん~……ちょっと話を聞いてみようか。誰か頼りになりそうな……

 

 そう考えて、ハッとした。

 

 まず思いついたのは江戸川先生。次にオーナー。三番手にシャガールのマスター。続いて博物館の館長……この並びはさっきまでの話に関係しているのか? 考えてみたら全員魔術関係者か、変わり者のどちらかだ。

 

 俺の交友関係って……

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 

 

 放課後

 

 ~部室~

 

「パルクール同好会、緊急会議~!」

「「イエーイ!!」」

「……なんですか? そのテレビ番組のオープニングみたいなの」

「……すまん、まだちょっと撮影のノリが抜けてなかった」

「あはは、葉隠君は一週間もやってたんだもんね」

「それで? 何のための会議ですかねぇ?」

「ずばり、今後の活動についてです。まず今日が7月6日の月曜日」

 

 中間の勉強会でも使ったホワイトボードに日付を書き込む。

 

「そして今年の夏休み。高等部は……25日から、となっている。つまり」

 

 今週  7月6日(月)~12日(日)

 来週  7月13日(月)~19日(日)

 再来週 7月20日(月)~24日(金)

 

「もう夏休みまで三週間も無いということだ!」

 

 ついでに言うと来週から試験期間で、今週は部活禁止期間だったりする。

 

「正直、近頃いろいろあって忘れてた」

「兄貴、夏休みを忘れてたんすか……」

「試験はともかく、夏休みを忘れるとかスゲェ……」

「何が凄いか分からないが、とにかく今後の練習について話さないとマズイと思ったんだ」

「夏休みの練習計画ってこと?」

「それだけじゃなくて、試験後の一週間もだな」

 

 と言うのも、俺はまだしばらく忙しい。

 

「撮影のために休んだバイトのシフトをこの先で入れないといけないし、テレビ撮影もあと1回。練習風景とは別に、テレビ局で撮影しないといけないって話だ。こう、ひな壇にズラッと並ぶやつ。

 それに夏休みは夏休みで、俺と天田はアメリカに行く事になっている。当然その間俺たちはいない」

「そっか! そういう話もあったね……」

「僕も準備はほとんど済ませてます」

「和田と新井には話してなかったかもしれない。突然ですまない」

「それはいいっすけど」

「そうなるとさすがにどう練習していいか……これまでと同じっすかね?」

「……もう少し時間があれば、合宿として皆で行けたかもしれませんねぇ」

「そんなこともできたんですか?」

 

 江戸川先生から思わぬ提案。

 

「合宿をする権利はありますから。親御さんの了解や宿泊先の事など色々ありますから……今からでは難しいでしょうけど、調べてみましょうか。選択肢は多いほうがいいでしょうし」

 

 遅れたことが悔やまれる。

 しかし悔やんでばかりじゃ時間の無駄だ。

 今後どうするかを決めなければいけない。

 

「どうするかと言われても……」

「兄貴がいないなら、やっぱこれまでの練習を続けるしか」

「それしか思いつかないっすね」

「考えてみたら、指導は葉隠君に任せきりだもんね」

「何か葉隠君が居なくても大丈夫な仕組みを考える必要があるかもしれませんね……」

 

 俺がいなくても大丈夫な仕組み……

 

「そうだ、テキストとかどうすか? 中間の時みたいに、先輩が用意してくれたテキストやるとか」

「無理だろ。勉強ならそれでいいかもしれないけど、体の動かし方とか本読んだだけじゃわかんねーよ」

「だったら動画とかどうかな? 機材は写真部から借りられると思うし、それで空手だったら型の解説ビデオとか。そういうのならまだ分かりやすいと思うの。ネット……もし葉隠君に抵抗が無ければだけど、動画サイトに置けば携帯からでも見られるし、外でも使いやすいと思う」

「それ、いいですね! 僕もこれでいいのかな? って思うときありますし」

「まず一度撮ってみるか」

 

 “皆で合宿”か“参考動画”。会議はこの二つを軸に進んでいく……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 

 

 夜

 

 ~アクセサリーショップ Be Blue V~

 

「立て続けにありがとうございます。本当に」

「夏休みに空けるのは前から聞いてたし、その分今週と来週はみっちり働いてもらうから大丈夫よ。それに……言いたくないけど、最後の家族旅行になるかもしれないんでしょう?」

「はい……」

 

 ついこの間入学したと思っていたら、いつの間にか一学期の終わりが迫っている。

 希望が見えただけ良いのは確かだが、間に合うかどうかは分からない。

 

「悔いのないように、思いっきり羽を伸ばしてらっしゃい」

「重ね重ねありがとうございます。先輩方にもご迷惑をかけますが、よろしくお願いします」

「人には事情があるもの。それでどうこう言う子たちじゃないから安心なさいな。それに夏休みなら働き口を探してる高校生も増えるでしょう? どうしても手が足りなければ人を雇う手もあるから、どうとでもなるわよ」

「ああ、うちの学校でもバイト探しがブームになってました。おかげで倍率が高くなってるとかなんとか」

「あらそうなの? ……だったら良い子はいないかしら? 一人か二人、居てくれると安心は安心なんだけれど」

「能力、態度を問わずに紹介するだけなら、二十人はいけると思いますが……」

 

 ふと思いついて、山岸さんと岳羽さんを推薦してみる。

 

「山岸さんは知っているけど、岳羽さん? たしか将来のペルソナ使いに名前が挙がってたわね?」

「はい。まだ目覚めていませんが彼女はペルソナ使い。それも回復魔法に長けたペルソナを使い、チーム内ではヒーラー(回復役)として立ち回るはずです」

「あらまぁ、それは興味があるわね」

 

 能力的に、彼女がオーナーから学べることは多いだろう。

 ただ問題は……

 

「魔法とかオカルト系の話を信じていない事。それと幽霊が大嫌いなようで」

「それはそれは……ここに馴染めるかしら?」

「そこが不安要素ですね。山岸さんはゆっくりとこちら側に近づいてるみたいですが」

 

 江戸川先生から聞いた話では、律儀にダウジングの練習を続けているらしい。

 

「一度声はかけてもらえるかしら? アルバイトとしては、仕事をしてくれればいいから」

「……必ずしも何かを学びに来ないといけないわけじゃないですものね」

「ウフフ……そうね。貴方はめずらしい例だと思うわ。面接だけなら何人でも受けるから、彼女たち以外でも、希望者がいれば連れてきてちょうだい。それを夏休みの埋め合わせにしましょうかね」

「そんな事でいいのなら、明日にでも声をかけますよ」

「あらあら。……それならついでにもう一つお願いして良いかしら? 倉庫に移動させたいものがあるのだけど……」

 

 それくらいならと、二つ返事で承諾した。

 

 

 

 

 

 ~倉庫~

 

「これなんだけど」

 

 それはお札やテープでぐるぐる巻きにされた、業務用の棚。

 金属製でかなり重そうだ。

 

「私と弥生ちゃんだと重すぎて……できるかしら?」

「んー……見た目の割りに嫌な感じもしませんし……ただの棚ですよね? だったら魔術を使えばいけそうです」

 

 ただサイズが大きいので、一人で持つとなるとバランスが心配だ。

 

「弥生ちゃんを呼んできましょうか?」

「多分、ペルソナでなんとかなりますよ」

 

 ドッペルゲンガーを、俺の姿で(・・・・)召喚。

 棚の片側を任せ、もう片方に俺が立つ。

 

「せー……のっ!」

 

 タルカジャをかけてから動作を合わせると、やはり安定して持ち上げることができた。

 

「どちらに運びますか?」

「こっちの角に動かしてちょうだい」

 

 オーナーが指し示すのは、ぽっかり開いている倉庫の角。

 

「それからお札とかは全部はずしましょう」

 

 曰くつきの品ではないが、どうやら保管用に使うらしい。

 邪魔な物を外すと、オーナーが倉庫内のコレクションを詰めていく。

 俺とドッペルゲンガーも荷物運びを手伝い、だいぶ倉庫がスッキリした。

 

「お疲れ様。ペルソナってそんな風にも使えるのね」

「こういう使い方するのは俺だけみたいですけどね。前に俺の体が動かせなくて運ばれたとき、オーナーの前で自分を運んだからできると思って」

「そんなこともあったわね……もうだいぶ前の事みたい。それにしても似てるわね……」

「実態があるエネルギーの塊ですからね……この通り」

 

 オーナー、棚倉先輩、三田村先輩と、ドッペルゲンガーの姿を変化させる。

 

「あらまぁ、本当にそっくりだこと。今にも喋りそうじゃない」

「喋ったりは」

 

 できない。

 と言おうとして考え直す。

 本当にできないのだろうか?

 試したことがない。

 それに荒垣先輩のカストールは暴走した時に叫んでいた。

 発声器官はある?

 

「できないの?」

「……やったことがないです」

 

 試しに喋らせようとしてみると

 

『あー、あー、ただいまマイクのテスト中』

「ッ!?」

 

 喋らせようとした適当な言葉を喋り始めた。

 三田村先輩の姿なのに、男の声で……

 

「気持ち悪っ」

「これあなたの声じゃないの?」

 

 そう言われて聞き直してみると、確かにそんな気がするが……とりあえず姿は俺に戻そう。

 

 その後何度か実験をかさね、

 

 ドッペルゲンガーの声は、違和感はあるが自分の声。

 喋らせようと意識しなければ喋らない。

 意識すれば喋らせることは簡単。

 声を変えることも可能で、影時間用の声も出せる。

 

 以上、四つの事実が判明した。

 変声スキルを得て、何かが影響したのかもしれない。

 俺のペルソナ(ドッペルゲンガー)って本当に何なんだろう……

 謎が多すぎる……




影虎は夏休みが近い事に気がついた!
試験日も近い! 
影虎は岳羽と山岸にアルバイト先を紹介するようだ……
ドッペルゲンガーが喋った!!
影虎は一人でデュエットができるようになった!


合宿に皆で行けるかはサイコロをふって決めます。

1と2→全員で合宿。3と4→変更なし。5と6→一部追加

一回目で5か6が出た場合。

1、山岸を追加。
2、和田を追加。
3、新井を追加。
4、江戸川を追加。
5、和田と新井を追加。
6、山岸と江戸川を追加。


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108話 斡旋

 7月7日(火)

 

 昼休み

 

 ~1年B組~

 

「すみません」

「あっ葉隠君」

「岩崎さん、ちょうどよかった岳羽さんはいる?」

「岳羽さん? 分かった」

 

 しばらく待つと、変な顔した岳羽さんが来た。

 

「どうしたの? 急にうちのクラスまで来て…… 」

「いや、岳羽さんって昨日バイト探してたでしょう? それでちょっと話があるんだ。昨日、俺のバイト先で学校がアルバイトブームだって話したら、オーナーが新しく人を雇うか考えているって」

「えっ、それマジ? 葉隠君のバイト先って、Be Blue Vだよね? ポロニアンモールの」

「マジ。それで島田さんとかにも声をかけてるんだけど、岳羽さんもどう? 採用はオーナーが決めることだけど、面接だけなら確実に受けられるから」

 

 岳羽さんは悩んでいるようなそぶりを見せる。

 

「……」

「何か問題ある? 」

「問題ってかさ、なんで私?」

「アクセサリーショップだから。女の子とかおしゃれに興味のある人、センスのいい人が望ましい。その点、岳羽さんはそういうの詳しそうだし。あとはぶっちゃけ俺が親しい女子って勉強会をやったメンツくらいだから。っと、これももしよかったら」

「これ、また作ったの?」

 

 それは期末試験の対策問題集。

 数学、英語、現代文、古文の試験範囲と模擬試験用のプリントをそろえてある。

 岳羽さん以外の高等部メンバーには配布済み。

 余計なお世話かもしれないが……

 

「………こんな事してて自分は大丈夫なの?」

「それは平気。自分の復習ついでに作ってるから」

「あっそ。前回の予想だいぶ当たってたし、これは使わせてもらう。バイトの話も正直助かるんだけど……なんか釈然としない。てか、何か隠してない?」

 

 するどいな……怪しまれているようだ。

 

「実は、俺の代わりになってほしいんだ」

 

 テレビ撮影のためにシフトを調整してもらったこと。

 夏休み中は長期旅行の予定が入っていること。

 そのためバイトに出られないこと。

 オーナーの許可はあるが、一番の新人として申し訳なさを感じる部分があること。

 

「……まぁ、そういうことなら」

「助かる! それじゃ」

『一年A組、葉隠影虎君。生徒会室に来てください。繰り返します……』

「……呼び出しって、またなんかやったの?」

「いやいやまさか……たぶん、撮影の関係じゃない? とにかく行ってみる。バイトの件、詳しい事はまた後で連絡するから」

 

 岳羽さんと別れ、生徒会室へ向かうことにした。

 

 

 

 

 

 ~生徒会室~

 

「お呼びでしょうか?」

 

 呼び出しに従って顔を出せば、桐条先輩が待っていた。

 

「来てくれたか。まずは撮影ご苦労だった。かなりの記録を残したようじゃないか。先方がだいぶ喜んでいたそうだ」

「これも練習場のためですから」

「そうか。あそこはまだ当分は押さえてある。梅雨明けまでは自由に使えるだろう。

 ……さて、今日呼んだのは連絡事項がいくつかある。来週の日曜、19日は空けておいてくれ。テレビ局の方で撮影がある」

「分かりました。問題ありません」

「それから君のお父上から連絡があった。大分無理を言ったはずだが、思いのほか早く完成させてくれたようでな。色々と話すうちに君のバイクも用意ができているという話を聞いたんだが……そうなるとこれが必要だろう」

 

 先輩がとり出したのは、寮の駐輪場を使用する申請書だった。

 

「忘れていたという顔をしているな。ほら、これで書いてしまえ」

「ご想像の通りです。ありがとうございます」

 

 借りた筆記用具で必要事項を記入していく。

 

「書けました、これはどこに提出すれば?」

「こちらで処理しておこう。数日で許可証が寮の部屋に届くだろうから、必ずバイクに貼り付けてくれ。あとは……君のお父上からの伝言だな。今週日曜に、私のバイクを届けにこちらへ来られる。そのときついでに君のバイクも届けるそうだ」

 

 あの不良親父は……電話かメールすりゃ良いのに、なんでお客様に伝言頼むんだよ。

 

「了解です」

 

 日時の確認で用件は終わった。

 

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~アクセサリーショップ Be Blue V~

 

「~♪」

「オーナー、閉店作業終わりました」

「お疲れ様」

 

 また歌ってたのか。

 倉庫でやった実験以来、オーナーは俺が歌ってみた昭和の名曲が気に入ったらしい。

 ……曲と言えば、相談したいことがあった。

 

「相談? 何かしら?」

「オーナーから預かってるバイオリン。最近あれが毎晩夢に出て、朝まで同じ曲を弾き続けるんですよ」

 

 部屋を撮影した日からずっとだ。

 体へ害がないから受け入れていたが、同じ曲ばかりでさすがに飽きてしまった。

 おかげで俺自身もその曲だけはだいぶ弾けるようになってきた恩恵もある。

 でもたまには別の曲が聞きたいし、できれば弾いてみたい気持ちもある。

 

「ただ、何度頼んでも変える気配がなくて」

「何か執着があるのかしら……? でもそういうときは毅然として、要求した方がいいわ。お願い、ではなくて、やりたくない! とか迷惑なら迷惑だとしっかりと伝えるの。人と同じ。譲ってばかりじゃいけないわ」

「なるほど……今夜から試します。あと、アクセサリー用に水晶をいくつか購入したいんです」

 

 強化系のルーンで日ごろから付けていられるものを作りたい。

 

「それなら、ちょっと待ってね」

 

 オーナーはなぜか、トレーに乗せて四十個も持ってきた……

 

「ちょうどいい機会だから、石の選び方を教えるわ」

「お願いします」

「まず、ここで教える選び方は品質とか物質的なことではなく、“相性”を判断すること。石にも人と同じように相性というものがあってね……それによっては貴方と合わない、アクセサリーにするなら他の石と合わない、なんてこともあるわ。そうなると魔術の効果も下がりやすいから、気をつけておくべきよ」

 

 石の相性……気にしたことがなかった。

 

「本当に相性の悪い石なら、人は無意識に避けたりするから。あまり神経質にならず、良さそうと思った石を選べば、普通の人なら問題ないわ。でも魔術の質を高めようと考えたら必要になるわ。

 それから石の種類。アクセサリーにする場合は刻むルーンに対応した意味と力を持つ石を使うのが基本よ。宝石言葉や由来は以前渡したマニュアルがあるから、それを参考にしてもらうとして……“水晶”は世界中で利用されるオーソドックスで癖の少ない石だから、大抵の人や石と合う。でも、だからこそ見極めの練習になるわ」

 

 オーナーがトレーを俺の前に突き出す。

 

「貴方と相性が“良さそうな水晶”、“それなりに良さそうな水晶”、“ちょっと悪そうな水晶”、“悪そうな水晶”。この四種類を混ぜてあるわ。数はそれぞれ十個ずつ。これで練習しましょう。……タイガーアイの振り子は持っているかしら?」

「携帯に付けてます」

 

 選び方はダウジングなんだろうか? 

 取り外して使えるようにする。

 

「石の選び方は、石の持つエネルギーを感じること。相性のいい石には自然と吸い寄せられるような心地よさがあったり、悪い石には刺々しさを感じたり。慣れれば道具を使わなくてもいいし、石と対話できるようになるわ。たとえば……貴方、その振り子を全然ダウジングに使ってないでしょう」

 

 うっ、それは確かに。

 他の事を優先して、ただのストラップになっていたが……そんなことが分かるのか?

 

「ストラップとしても使えるけれど、ダウジングの道具にも使えるようになっているのは分かるでしょう? そのタイガーアイはやる気があるのに、使ってくれないから不満そうになってるわ」

 

 ……ぜんぜん分からない。しかし申し訳ない気分になってきた。

 

「ごめんな……」

「今後はたまにでもいいから使ってあげなさい。とりあえず最初はそれを使って感覚をつかむこと。どちらに振れたらどの相性の石かを決めて、自分との相性を問いかけるの」

 

 言われた通りにやってみる。

 すると相性が“良さそうな石”と“悪そうな石”はなんとなく分かる。

 

「この二十個、どうでしょう?」

「正解よ。顕著であれば簡単に分かるみたいね。でも他はどうかしら?」

 

 残り二十個……これが難しかった。正直、俺には区別がつかない。

 振り子は良いと悪いのちょうど中間あたりで、迷うように円を描いている。

 円が中心線からどちらに偏っているかで分けてみたものの……

 

「間違いが七個あるわね」

「やっぱり混ざってましたか……」

「要練習よ。これから石は用意しておくから、毎回帰る前にやりましょう。今日はこの良い石を持っていくといいわ。複数の石でアクセサリーを作るなら、この相性診断をそれぞれの石ともやってみなさい」

「ありがとうございました!」

 

 オーナーの指導を受け、水晶を買って帰ることにした。

 

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 

 ………………

 

 

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス前~

 

「お久しぶり、と言うべきでしょうか?」

「さぁ……それより今日は私に用かね?」

 

 ストレガが三人揃って、明らかに待ち構えていた。

 

「今日は聞きたいことがありましてね。ここにいれば、必ず会えると思ったので」

「そこまでして聞きたい事とは?」

「お前、最近荒垣と暴れたやろ」

「ペルソナの暴走」

「ああ。まさか弁償の話か?」

 

 タカヤは薄く笑って首を振る。

 どうやら違うようだ。

 

「チドリがあの戦いを見ていたんですよ。貴方が暴走したペルソナと戦う途中、シャドウ化する貴方をね」

「シャドウ化?」

 

 聞き逃せない単語が出てきた。

 

「おっと、シャドウ化の意味を尋ねても意味がありませんよ。私たちもあなたのあの時の状態をそう呼んでいるだけですから」

「あれはワイらにもわからんから聞きにきたんや。ええか? シャドウとペルソナはどっちも人から生まれるモンや。理性で抑えこめればペルソナ、コントロールできんかったらシャドウ。そう考えとったらええ。……ペルソナを抑えきれんかったら暴走するのはもう見たやろ」

「ペルソナのシャドウ化……普通なら暴走するはずなのに、あなたは平然と戦い続けた。それどころか、より早く強くなったように感じた……安定したままで」

「……もしや、その方法を聞きにきたのかね? 」

「いかにも。教えていただけませんか? 」

「……悪いが、あの状態については私もよくわかっていないのが正直なところだ」

「やはりそうですか」

 

 それも想定していたようだ。

 一人として落胆している様子はない。

 

「しかし、以前は死を受け入れると言っていた君たちが気にするとはな」

「我々は死を恐れません。しかし自殺志願者ではありません。未来に執着せず、過去にも拘らず、ただ今だけを生きる。いたずらに命を縮める事は、我々も不本意なのです」

「誰があないな薬、好き好んで飲むかいな。飲まんかったら飲むより速く死んでまうからに決まっとるやろ」

「なるほどな……だったらせめて、状況だけは教えよう」

 

 俺が一度暴走を起こしたこと。

 そのときの暴走の仕方。

 シャドウに襲われ“死にたくない”という一心でペルソナに目覚めた事実。

 そして身を守る力を常に欲していること。

 

「だから私は頻繁に、自分の意思でこの塔へ出入りしている。良い方に考えて、理性と本能の方向性が同じだから抑える必要がなく、暴走もしない。悪ければ……あえて殺さず、私を強くなるための道具にしているとも考えられるか?」

「なるほど……無関係と断ずるのも早計ですね。心当たりを当たってみましょう。……今後も何か気づいたら、教えていただけませんか? こちらで分かったことは教えます」

 

 封印のためにもペルソナとシャドウの知識はほしい。

 少し考えたが、了承する。

 

「ありがとうございます。ついでと言ってはなんですが、新しいスキルカードが手に入りましたが、どうします?」

「! どんな能力だ?」

「“チャージ”と“コンセントレイト”。どっちも隙ができる代わりに、次の一撃の威力を高める能力や。各十五万円。それと“ジオ”があるで。こっちは十万や」

「む……」

 

 ジオはいらない。しかし残り二枚は攻撃力の低い俺には役に立ちそうだ。

 でも合計三十万はきびしい。まだオーナーへの借金も返済してないのに……

 

「なんや、金欠か」

「……嘘をついても仕方がないから言うが、前回もだいぶ無理をしていた」

「お金がないなら、稼げばいいじゃない」

 

 チドリがだるそうに言い放つ。

 

「チドリ、合法な手段じゃワイらみたいな収入は難しいんやで?」

「まぁ、そういうことだ……」

「ふむ……でしたらシャドウ化の情報代として、力を求めるあなた向きで稼げる方法を一つ教えましょう」

「何……?」

「ご安心を。我々の仕事を手伝えとは言いません。平日、偶数の日の夜八時以降。駅前広場はずれにあるショットバー“Que sera sera(ケセラセラ)”で、“ヴァージンモヒート”というノンアルコールカクテルを注文し、運んできた店員に“この曲は血が騒ぐ”と伝えてください。そうすれば地下にある“闘技場”へと案内されるでしょう。何か言われたら私の紹介だと教えて構いません。

 そこでは賭け試合をやっていますから、試合に出てファイトマネーを得るもよし、ギャンブルでお金を増やそうとするもよし……あとは貴方のお好きにどうぞ。強制もしません。ただし合言葉は定期的に変わります。行くつもりがあれば、早めに行ったほうが良いでしょう」

「待ったるから、金の用意ができたら連絡しぃや。そん代わり、売れない品物に労力かける気はあらへん。今あるカードが売れへん限りは、次の仕入れもないと思っといてくれ」

 

 

 ジンがそう言い残し、三人は立ち去った……



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109話 闘技場

 7月8日(水)

 

 夜

 

 ~駅前広場はずれ~

 

 タカヤから教えられた“闘技場”の存在。

 明らかに違法だろうけど、興味がないと言えば嘘になる。

 スキルカードは欲しい。次の仕入れも頼みたい。

 それに、今のタルタロスは16Fより上へ行けない。

 そのため力を付けるための練習相手が限られている。

 

 だが、違法だ。

 そこで一日迷った結果、とりあえず調べることにした。

 強化用のルーンと水晶でアクセサリーを作り、万一の用意も整えて。

 

「おい、誰だあの茶髪」

「ここらじゃみかけねー顔だな。バンピーか?」

「ねぇ、あの人カッコ良くない?」

「外国人かな?」

「ハーフとかじゃない?」

「ちっ! ムカつくぜ……」

 

 駅前広場にたむろする不良の視線を感じる……

 複数の男性モデルを参考に、鏡を見ながらドッペルゲンガーでモンタージュの作成。

 その後、不自然じゃないように変形とアドバイスをフル活用して微調整。

 バランスを整えて、誰にも迷惑のかからない架空の顔を作り上げたが……

 せっかくだからと、イケメンにしすぎたかもしれない。

 

 ……さっさと入ろう。

 

 俺は約二十年ぶりのバーに足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 ~ショットバー Que sera sera~

 

 店内にはガラの悪そうな若者が多いが、落ち着いたBGMが流れている。

 

「いらっしゃいませ、カウンターへどうぞ」

「ありがとう。……“ヴァージンモヒート”を一つ」

「……かしこまりました」

 

 少し高めの声で注文。地味なメガネをかけたバーテンダーがカクテルを作る間も、こちらをチラチラと見る視線を感じる。

 

「お待たせしました。“ヴァージンモヒート”でございます」

「ありがとう。ところで“この曲は血が騒ぐ”ね」

「そうですか……お客様、どなたかのご紹介ですか?」

「ああ、知り合いからね。上半身裸の男と言えば分かるかな?」

「げっ。あいつらの仲間かよ……失礼しました。結構です。……お名前は?」

「名前?」

「これから常連になっていただくかもしれない相手なら、知っておきたくてですね。ニックネームで構いませんよ」

「なるほど……」

 

 ノンアルコールカクテルに移った自分の顔を見ながら、考える。

 “外国人風”“イケメン”“偽者の顔”それに目的は“闘技場”……

 

「……“ヒソカ”」

 

 とある漫画のキャラの名前と、他人に知られないように行う“密か”をかけてみた。

 ポズムディを使えるように用意し、ノンアルコールカクテルを少しずつ流し込む。

 ライムとミントの香りが爽やかで心地良い。甘みのある炭酸ジュースだった。

 

「ヒソカ様、こちらへどうぞ」

 

 バーテンダーにより、VIPと書かれた扉へと案内される。

 その中へは地下への階段が続いていた。

 

「……なぁ」

「何だ?」

 

 階段の途中で、本性をあらわしたバーテンダーが声をかけてくる。

 

「ここの事はペラペラ喋られると困る。秘密厳守で頼むぜ」

「わかっているよ」

『ウォオオオオオ!!!!』

「そこだ! 潰せー!!」

「おいおい逃げてんじゃねぇよカス!!!」

「お前に賭けてんだぞ!? 負けたら俺がぶっ殺してやるからな!」

 

 地下の扉を開くと、興奮した大勢の声が轟く。

 中心にリングが備え付けられた広い部屋。

 中二階にテーブル席、その下には立ち見の観戦者がリングを取り囲んでいる。

 応援も、聞くに堪えない罵声も様々だ。

 

「地下闘技場へようこそ。アンタは何が目的? 賭け? それとも参加希望?」

「とりあえず様子見。ここのやり方や試合ルールまでは聞いてないんだ」

「賭けがしたいならあっちの窓口か、練り歩いてる店員のとこに行きな。誰が勝つかを予想して金を払うだけで良い。払い戻しは専用窓口がある。

 試合は大きく分けて“武器なし”“武器あり”。さらにそこから“一対一”“チーム戦”“バトルロイヤル”“ハンデマッチ”の八種類が基本だ。ただ武器ありでも刃物とスタンガンの使用は禁止。さすがに持ってるやつはいないが、拳銃も禁止だな。

 あとの細かいルールは参加登録の時に条件を出せ。そうすればこっちで条件に合う相手とカードを組む。そして相手の降参か最後に立ってれば勝ちだ」

「試合に出てもらえる金額は?」

「どの試合でも勝てば数万円は貰えるさ。“武器なし”より“武器あり”、危険で不利な試合の方が高くなる。それとここの試合は負けても最後まで戦えば多少はファイトマネーが受け取れるよ。負けたら治療費はそれ以上だろうけどな」

「それはそれは……」

 

 なんとも言えない気分だが、目の前の試合はそれほどでもない。

 

「戦ってるのは誰か分かるか?」

「ガタイの良いのがクラッシャー・トミー、その相手は渡り廊下のジュンって呼ばれてる奴だ」

「渡り廊下……なぜ、渡り廊下……じゃない。強いのか?」

「クラッシャーは中堅で強い方だな。常連だからしょっちゅう試合に出るし、あいつに潰された新人も多いぜ」

 

 こんな所で戦っている奴らだ、止めどころを知らないと考えたほうがいい。

 加えて戦うための技術や理性をある程度は持っているとしても……

 

 危険度は雑魚シャドウと同等かそれ以上、でも門番シャドウ未満ってところか。

 人型に近いバスタードライブと比べればはるかに下だ。

 ……基準がぶっ壊れてきているのに気づいた。

 ちょっとタルタロスに通いすぎかもな……

 

『ウォオオオ!!!』

 

 おっ、試合が終わったようだ。

 勝ったのはクラッシャー・トミー。

 両腕を上げ、全身で力強さをアピールしている。

 

「ん?」

 

 目が合った。

 そしてあいつはニヤリと笑う。

 

「おい! そこの野郎! 入り口前でバーテンの隣にいるお前だよ!!」

「俺が呼ばれてるのか?」

「みたいだな」

 

 闘技場の雰囲気が変わった。

 見物客は俺とクラッシャーの様子を静観するようだ。

 ロープに体を預けたクラッシャーが、口を開く。

 

「お前、新顔だな。それも出場希望だろ。リングに上がれよ」

「唐突だね? なんで参加希望だと?」

「何人も新人を潰して来たからな、様子見してる奴は目でわかっちまうんだよ。それとも何か? こそこそ相手の手の内探ってからじゃねーと戦えない腰抜けか? ここで逃げんなら、出てきたときのリングネームは“腰抜け”で決まりだな!」

『ワハハハハ!!』

 

 本人と周りからの嘲笑。安い挑発だ。

 しかし、心の中にざわめく物がある。

 この場の空気に感化されているのか? 

 

「お、おい、キレてんのか?」

 

 ? ……!!

 突然何を聞くのかと、バーテンダーを見て気づいた。

 レンズに写った俺の顔……ドッぺルゲンガーの表情が歪んでいる。

 崩れてこそいないが、それはそれは獰猛な顔に……

 

 それを目にした瞬間、どうしようもなくいやな予感がした。

 このまま引き下がるのはマズイ。

 

「失礼した。今ここで出ても、ファイトマネーは支払われるのか?」

「ああ、乱入でもおっぱじめる前に賭けの時間さえ貰えりゃ……」

「ならば良し」

「あ、おい! 乱入は武器のありなし以外は何でもありだぞ!」

 

 それでも構わない。予定は威力偵察に変更だ。

 観戦客が二つに分かれ、できたリングへの道を悠然と歩く。

 一歩進むたびに、感じていたいやな予感も薄れていく……

 状況は、タルタロスへの出入りを渋っていた時と似ている……

 そういうことか……

 

「新人がクラッシャーの挑発に乗ったぞ!!」

「賭けろ賭けろ!!」

「クラッシャーに賭けるぞ!」

「俺は新人だ!!」

 

 どいつもこいつも手慣れている。

 

「いい度胸してんじゃねぇか」

「……なに、今後ここで稼がせてもらうとしたら、悪評はない方が良い。聞けば君はここで強い方らしいし……試すのも良いかと思ってね」

「だったらたっぷり可愛がってやる。俺はイキがってる新人とテメェみたいな面の野郎が大嫌いなんでなぁ……」

「顔面で負けてるからなー!!!」

「つーか誰かに勝ったことあんのかー!?」

「負けろクラッシャー! 顔に続いて試合でも負けちまえ!!」

「アアッ!? 誰だ口挟んだ奴らは!!!!」

 

 客に向けて(たけ)る相手を眺めていると、賭けが締め切られたようだ。

 これまた体格のいいレフェリーがボディチェックをした後、試合開始を告げる。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 試合終了。

 

 ……結論から言うと、勝った。

 

 声を上げながら殴りかかってきた相手の右拳。

 さほど早くもなく、右で捌いて左を脇腹の急所に突き込む。

 さらに捌いて引いた後の右でも一撃入れる隙があり。

 そのまま振り払おうとする手を押さえ、左で鼻面に打ち込む隙を作れた。

 

 流石に戦い慣れているようで、それなりにタフではあった。

 その場で試合終了にはならなかったが、何度も続ければ別。

 捌いて打ってを続けて三分未満。

 顎への一撃が決め手になり、相手はリングに倒れ伏した。

 

『ウォオオオ!!?』

「あんた名前は?」

「ヒソカ」

「勝者ー! 新人のヒソカー!!!」

『オオオオオオ!!!!』

「……手でも振ってやれ」

 

 宣言をしたレフェリーにそう言われたので手を振っておく。

 

「初勝利おめでとさん。ほら、これもって行け」

「これは?」

「勝者用のチケットだ。あんたの名前と相手の名前が入ってるだろ? そいつを窓口に出せばファイトマネーが支払われる。分かったらさっさと降りてくれ。次の試合があるんだ」

 

 このまま居ても邪魔なようなので、ファイトマネーを受け取りに行く。

 

「おめでとうございまーす」

 

 窓口の女が出してきたトレーに乗っていたのは、一万円札が三枚。

 たったこれだけで三万。リスクに目をつぶれば、稼げる場所ではあるようだ。

 強くなるためには……なんとかタルタロスの壁を越えることを考えたほうがいいか。

 とりあえず、一度落ち着きたい。

 

 

「よう新人さん」

 

 窓口から離れようとしたところで、隣にいたドレッドヘアーの男に声をかけられた。

 

「ヒソカっつったっけ? かなりいいファイトだったじゃん? おかげで稼がせてもらったぜ」

 

 そう言う男の手には、分厚い札束がある。

 

「……いくら賭けたんだ、その額」

「財布の中身全部。ちっとムキになってたんだが、大もうけできたから平気さ。それより……ちっと移動しようや」

 

 中二階を指しての言葉。いかがわしい所へ誘い込むつもりはなさそうだ。

 すでにいかがわしい場所にいる俺が言うのもなんだけど……

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~闘技場・中二階~

 

「そこの姉ちゃん、俺にシャーリー・テンプル。ヒソカは?」

「ノンアルコールの物を適当に頼む……戦えなくなると困るからな」

「あらら、完全に参戦目的の奴だったか。じゃシャーリー・テンプル二つ」

「はぁ~い」

 

 男がタトゥーの入った手でvサインを出すと、女性がウインクして立ち去った。

 

「イケメンはいいよなぁ~、俺だけじゃあんな顔してくれないぜ?」

「……ところで、なんで俺を誘った?」

 

 自分でやっといてなんだが、この顔をほめられると虚しくなることが分かった。

 

「さっきも言った通りさ。儲かったからお礼にってのは嘘じゃないぜ」

「ただそれだけでもないだろう」

 

 この男、さっきからなんだか周りを警戒しているようだ。

 

「……そうだな。んじゃ率直に言わせてもらうが、頼みがある。ほんのしばらくでいいんだ。駅前まで俺の護衛をしてくれないか?」

「誰かに狙われてるのか?」

「あんたに賭けて大金稼いだからさ。ここで騒ぎを起こすような奴はいねぇが、表に出たらわからねーし」

「ああ、そう言うことか」

「もちろんタダとは言わねぇ。二万でどうだ? 駅までで二万」

 

 破格だが、なぁ……

 

「足りないか?」

「そもそもお前が誰かを知らない」

 

 男はきょとんとした目で俺を見た後、ハッとして髪をかき上げた。

 

「そういや名乗ってもなかったな! アーティストの五味(ごみ)大輔(だいすけ)だ」

「アーティスト……?」

「これよ、これ」

 

 五味は両手のひらを見せ付けてくる。

 

「タトゥーを彫ってるのか?」

「ホントならそうしたいんだが、彫りこむのはヤベェ。代わりにシールをデザインして作っては売ってんのさ。他にも絵を描いたり、彫刻したり、色々な。ただあまり儲かってないからさ、降って沸いたこの大金。どうしても奪われたくないわけよ。頼めないか? 今なら俺の作品も付ける!」

「シャーリー・テンプル、お待ちどうさまです。どうぞごゆっくりー」

 

 運ばれてきた飲み物には手を付けず、小さなカバンから色々と取り出す五味。

 興味をそそられるものはないが、種類は多いようだ。

 

「ポスターまであるのか」

 

 三つに分かれた道を、慌てて走っているような人の絵。

 やや抽象画風だが、道の先には読める文字で“善の道”“悪の道”“どっちつかずの道”。

 そして人の右側には、汝が歩むはどの道か? と問う立て札が立っている。

 

 ……絵に関しては悪くないと思う。芸術とか良く分からないけど、落書きってレベルではなさそうだ。しかし詩がなんというか……そこはかとない残念感を覚えるのは俺だけだろうか? 

 

「そいつは俺が見た夢を参考にして、詩と絵を組み合わせた最新作さ。何かに追われて進まなきゃいけない。そのために道を選ばなきゃならない。もしかしたら選ぶ余裕も無いかも知れねぇ。それでも覚悟を決めてすすむしかねぇ。そんなメッセージを夢と人生に重ねて問うたのさ」

 

 解説に一瞬、心が揺り動かされる。

 こんなところに来ている時点で善の道は無いだろう。

 俺が歩くとしたら、残り二つのどちらかだろうな……

 

 考えていると、割り込んでくる男たちがいた。

 

「ほー、随分とえらそうに語るじゃねぇか」

「だったらこれから起こることも、お前がやってきたことの結果だなぁ」

「覚悟、できてっか?」

「げっ!?」

 

 顔を引きつらせた五味を取り囲むように、五人の男がすばやく立ちふさがる。

 

「よう、ずいぶん羽振りが良さそうじゃないか」

「まぁボチボチ…… 」

「ぼちぼちぃ? っざけてんじゃねえぞコラ! てめぇ、賭けで儲けたんだろ?」

「賭けなんてやってる余裕あったら、とっとと金返せや」

「つーか、借金しといてギャンブルやってんじゃねーよ。おら、よこせよ」

 

 こいつ、金銭トラブル抱えてたのか。

 見ると五味は観念したようにお札を数え始めた。

 

「へへ、もちろん返すさ。ほら二十万、ちゃんとあるだろ」

「おーい、まだ残ってんじゃないか」

「はぁ!? 借りたのは二十万だろ!」

「利子が付いたんだよ」

「つーか元金は俺らから借りた金だろうが、それが増えたら増えた分も俺らのもんだろ」

「そんなわけあるか! 利子ったってまだ一週間も経ってねぇんだぞ!?」

 

 それには同意する。

 ゴミもなかなかにクズらしいが、さすがにその理屈は無い。

 

「文句あんのか?」

「騒ぐなよ……ここじゃ客の迷惑になる。表、出るか?」

「どうすんだ?」

 

 詰め寄られた五味は、ここで俺を見やがった。

 するとリーダーらしき男もこちらを見た。

 

「……なんだテメェ。このゴミの連れか?」

「ああ、こいつですよ、乱入でクラッシャー潰した新人って」

「こいつが? そうか、そりゃいいや。お前のおかげで俺たちの懐が暖まるわけだ。なぁ、お前からもこいつに言ってくれよ、金は返せってさぁ」

 

 そうだな……

 

「確かに、借りた金は返すべきだ」

「だろ? やっぱそうだよなぁ」

「しかし……さすがに全額は横暴だろう」

「……あ? てめぇも文句あんのかよ」

「借りた金を返すことに文句は無い。利子は……まぁ、ついたとしても全額はなくならないだろう」

「テメェにはそんな答え求めてねぇんだよ。おい、こいつら連れてくぞ」

「まぁ待ちなさい」

 

 殺気立つ男たちに、静かに声をかける。

 

「連れて行く、というのは外。暴力に訴えると考えていいか?」

「他にあんのか?」

「ただの確認さ。だがそう言うことなら、出なくてもいいだろう」

「ここで騒ぎを起こしたら出禁。そのうえ面倒なことになんだよ、しらねぇのか」

「いやいや。ここはそういう場所だろう? ちゃんと手続きをすれば問題ない。違うか?」

 

 そこでようやく俺の意図に気づいたようだ。

 

「テメェ、この状況で試合しようって言ってんのか? 正気か?」

「外に出たところでやることは変わらないだろう? だったらファイトマネーを持っていけるだけ得じゃないか。

 私と五味、そしてそちらのチーム戦。こちらが勝てば、五味が借金した額を返済する。そちらが勝てば、ファイトマネーも含めて全額そちらのもの。どうかね?」

「お前、頭いかれてんじゃねぇの?」

 

 取り巻きの一人はそう言うが、リーダーは話を聞く気になったようだ。

 

「いざという時の助けを期待してるなら、無駄だぜ? ここは多少の怪我じゃ試合は止めねぇ」

「外でも変わらないんじゃないか?」

「それもそうだな。いいだろう、テメェの話に乗ってやる、ただし試合は二対五のハンデマッチだ。お前らに数を合わせてやるつもりはねぇ。外と変わらねぇんだ、いいだろ?」

「それでもいいが、一つ個人的な希望がある。試合形式をそちらは勝ち抜き戦にしてほしい」

 

 何を言っているのか分からない、という目で見られる。

 

サシ(一対一)でやらせろってか?」

「少し違う。そちらだけ(・・)が勝ち抜き戦……“一対五”でやろうと言っているのさ。そちらは一人ずつでも五人一度にでもかまわない」

「なぁっ!?」

「俺らを舐めてんのか!?」

「ぶち殺すぞてめぇ!」

 

 男たちは色めき立つが、その感情が怒りに変わった。

 

「いいぜ。それでやってやろうじゃねぇか。後悔すんじゃねぇぞ。……おい、こいつら見張っとけ。試合までは手を出すな。だが……絶対逃がすなよ」

「「「「はい!」」」」

 

 リーダーが取り巻きを置いて、試合の申し込みに行く。

 

「ちょっと待てよおい! 何試合することになってんの!?」

「騒ぐな。五味が出るのは後だ」

「順番の問題じゃねぇよ……なんであんたから喧嘩売りに行くんだよ」

「あのままだと、どのみち連れて行かれたぞ。それにそっちが頼んできたことだろう?」

 

 この男がクズなのは事実。

 だけどあの男たちのやり方が気に食わないのも事実。

 よって力を貸すことにする。

 

 それにこの闘技場は違法だが、手を染めた以上、使えるものは使わせてもらう。

 

「これが私なりの答えだ」

 

 手を汚すことも受け入れて、宣言する。

 

 五味はそれをじっと見て

 

「あぁ……頼る奴を間違えた……」

 

 ゆっくりと肩を落とすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみにその後の試合は問題なく勝利した。




影虎は闘技場へ行った!
ドッペルゲンガーが反応した!
試合に参戦した!

光が見えたと思ったら、影が差しました。
影虎は今後どうなるんでしょうか?

善と悪のどちらに偏るか、それとも中立か。
それによって、ストーリーと覚醒後のペルソナは変化します。


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110話 期末試験

 7月12日(日)

 

 ~巌戸台分寮~

 

 学校ではクラスメイトにバイト情報を提供したり、部活での会議。

 放課後はバイト。夜は闘技場でほどほどに稼ぎ、帰ったら勉強。

 影時間を迎えたらタルタロスに向かい、その他の訓練が山積み。

 その合間に声を変える練習をする日々を繰り返していたら、あっという間に日曜日。

 

 桐条先輩の、そして俺のバイクも届く日だ。

 てっきりこっちの男子寮に届くと思っていたら、親父からの電話で一言。

 

『車まわすの面倒だから、取りに来い』

 

 おいおい……と一度は思ったが初乗りだと言われ、交通量の少ない道を探してからノコノコやってきた。巌戸台分寮の外には速水モーターとロゴの入ったトラック。敷地内には桐条先輩、そして親父や会社のスタッフの姿が見える。

 

「お疲れ様です」

「あっ、影虎君!」

「龍さんとこの坊主か! でかくなったな!」

「お久しぶりです三河さん。お元気でした?」

「当たり前よ!」

「影虎君のバイク、もう搬出しますか?」

「あ~、ちょっと待ってくれな」

 

 顔見知りのスタッフさんが、バイクの前で話す先輩と親父のそばへ。

 こちらを向いたので会釈をすると、親父はいくらか指示を出したようだ。

 三河さんが戻ってくる。

 

「搬出オッケー! 準備!」

「はい!」

 

 邪魔にならないよう、すみによっていると、一台のバイクがトラックから出てきた。

 

 事前にカワサキのニンジャ250Rに近い形とは聞いていた。

 しかし実際に見ると車体のほとんどが隙間なくカバーで覆われていて、流線型が強い。

 個人的にはホンダのフォルツァZみたいなビッグスクーターに近いと思う。

 おまけにフルカウルの白い車体には、あの特攻服と似た黒い虎のペイントが入っていた。

 

「これが俺の?」

「ああ。親父さんを筆頭に、うちの技術を結集して開発した坊主のためのバイク。通称HG-100さ!」

「説明は私からさせていただきますね!」

 

 ハイテンションな説明を受けて目に止まったのは、スペックや機能。

 

 400ccで四気筒の新型エンジン搭載。

 最高速度はにやつきながら伏せられ、法廷速度を守るようにとだけ伝えられた。

 振動と排気音の軽減にも注力し、走行性能と同時に快適さも追求した一台らしい。

 ハンドルに付いたスイッチで、ターボ機能のオンオフができる。

 

 ハンドルやシートの下には広めの収納スペース付き。

 出てきたヘルメットには、最新型の小型スピーカーとインカムが内蔵されている。

 本体にこれまた最新のナビが搭載。

 案内の音声が聞けるほか、特定のコマンドで音声による操作が可能だ。

 

 さらに、なぜか水陸両用機能が付いていた。

 

「この機能は」

「社長のご趣味で」

「ですよね……」

 

 動画を見せてもらったが、一定以上深さのある水に入るとセンサーが感知。

 車輪が上がるように自動でバイクが変形し、水上バイクになるらしい……

 ただしこの機能を使うには、“特殊小型船舶操縦士”という免許が必要になる。

 その免許を取らないと、無免許で捕まる。

 

「……伯父さんらしいというかなんというか」

「そう言ってやるなって。義兄さんだって良かれと思ってんだから。それに免許を取っちまえば使えるって事だろ」

「確かにそれは、って! 父さん、と桐条先輩」

「出迎えもせずにすまなかったな。こちらの話は終わった。実に満足だよ。君は?」

「それは良かった。俺も不満はありませんよ」

「だろうな、目を見れば分かる」

「文句がねぇなら、早速初乗りといくか?」

 

 桐条先輩も試しに走りに行くようなので、各種点検の後、軽いツーリングと相成(あいな)った。

 

 

 

 

 ~鍋島ラーメン“はがくれ”~

 

「邪魔するぜ」

「兄貴!?」

「おう龍也、やってんな! 席三人分、空いてるか?」

「おかげさんでな。空いてるからそっち座んな」

「そうか、ほら入った入った」

 

 桐条先輩を連れて店内のカウンター席につく。

 

「あいよ、お冷三つ。しっかし兄貴、何でまた急に」

「ん? 仕事のついでさ。こいつとお嬢さんにバイクを届けたんで、試し乗りしてたんだ。そんでこの近くを通ったから飯食っていくことになってな」

「ああ! あのときのお嬢ちゃんか」

「先日はお世話になりました」

「こちらこそ。で、今日は何にする?」

「……先日と同じトロ肉しょうゆラーメンを一つ、それから餃子というのを一皿」

「叔父さん、俺ははがくれ丼でお願いします」

「俺には店で一番自信があるもんを食わしてくれ」

「あいよっ!」

 

 注文を終えると、叔父さんは調理のために離れていく。

 

「はーっ、にしても影虎。お前、免許取ったばかりにしては慣れてるじゃねーか」

「そうか?」

「それは私も感じたな。悪い意味でなく、車や歩行者に関しては初心者相応なんだが……」

「試験を受けるみたいなお行儀のいい運転だけどな、固くねぇっつーっか」

「親父の運転とか見てたからじゃないですかね?」

「ははっ、俺の息子だからってか」

「君の学習能力が高いのはここしばらくで理解したが……まぁそう言うこともあるのか。ところで葉隠」

「はい」

「何か?」

 

 俺と親父の声が重なる。

 

「すみません、息子さんの方です。……部活の事なんだが、夏休み中の予定はどうなっている? 警備の問題で実地計画を出してもらいたいのだが」

「その件ですが、夏休みは各自自主練習ということになります。俺が海外旅行に行くんで、指導者がいなくなります。でも代わりの人を雇う予算も無いので」

「なるほどな……天田少年も一緒だと行っていたな」

「はい、うちの家族旅行に」

「準備はできているのか?」

「ああ、その件なら問題ないな」

「親父?」

「必要なもんについては、本人と顧問の先生が雪美とやり取りしてたからな。それよか部員全員でついてくるって案はどうなったよ? ジョナサンのとこは受け入れオーケーだそうだが、実際増えるのは一人だって?」

「さすがに急すぎた」

 

 和田と新井は夏休み中、夏期講習と店の手伝いに専念するそうだ。

 山岸さんも夏期講習との事だけど、他が男ばかりというのも問題か。

 彼女のご両親から許可が下りなかった。

 

 ただ一人、ジョナサンのご家族が宿泊場所を提供してくれると聞いて、江戸川先生が参加を決めている。なんでも宿泊先の近くで参加したいオフ会があったそうで、夏休みと有給を使い切ると言っていた。

 

 そんなことができるのか、と聞いてみると、

 

『ネットがあれば、どこにいてもある程度の作業はできますよ。ヒヒッ』

 

 だそうだ。そしてある程度に含まれない事もどうにかするんだろう。

 とにかく意思は固いようで、本人は今日も自主的に休日出勤しているらしい……

 

「へぇ、なんか面白い先生だな」

「面白い、で済ませていいのだろうか……」

 

 気楽に笑う親父と、考え込む先輩。

 二人の反応はさておいて、ラーメンが届く。

 この後、俺たちは近況報告をしながら、普段より気合の入った料理に舌鼓を打った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日

 

 7月13日(月)

 

 ~教室~

 

「はい! 机の上は筆記用具だけ!」

「うぁー! もうかよー!?」

「やべぇ、やべぇよ。俺、終わった……」

「ほらそこ早く!」

 

 今日から試験期間に入る。

 前回のように勉強会をしなかったからか?

 順平と友近から暗いオーラが見えるような……

 

「余所見もするなー」

 

 おっと。

 とにかく今は試験に集中。

 不安は……特にない。

 

「プリントは届いたね? まだ空けないように! 五秒前、四、三、二、一、開始!!」

 

 試験が始まった。

 教室中から一斉にプリントをめくる音が聞こえてくる。

 俺もゆっくりと一枚目に目を通し、瞬時に内容を把握。

 解答用紙に答えを書き出す。

 

 

 一ページ目……

 二ページ目…………

 三ページ目………………

 

 どれも簡単すぎる。走り出した手が止まらな……!! 

 

 止まった。

 

 気づけばペンが、解答用紙の一番下に達している。 

 これ以上は書くところがない。

 

 見直しを何度も繰り返すとしても、だいぶ時間があまりそうだ……

 

 

 

 

 ……

 

 7月14日(火)

 

 テストの空き時間を気功の練習に使った。

 

 

 

 ……

 

 7月15日(水)

 

 気功の練習をしていたら、テスト中に寝ているのかと勘違いされた。

 

 ……

 

 7月16日(木)

 

 昨日の気功の練習が、撮影のしわ寄せで勉強時間がとれない。

 そのかわり夜遅くまで勉強する努力家だと、ものすごく美化された噂になっていた。

 一番評判が悪い時期なら不真面目と取られるだろうに……

 これも真田に勝ったからだろう。

 真実はそうでもないので、心配されるとちょっと気がひける。

 

 それに無責任に高い評価を受け続けると、疲れる。

 ちょっとだけ、真田や桐条先輩の気持ちが分かった気がした。

 

 

 ……

 

 7月17日(金)

 

 さすがに慣れてきた。

 脳内でこれまで練習した自分の声と近い声の芸能人、あるいは歌手を探してチェック。

 あるいは歌手を探してチェック。

 ものまねができる人のリストを作ってみた。

 変声のおかげか意外と多い。

 

 

 ……

 

 7月18日(土)

 

 放課後

 

 期末試験が終わった。

 

 クラスメイトは銘々(めいめい)に試験後の自由を楽しもうと活気付いている。

 しかし俺には用事があった。

 

 開放感あふれる生徒の間を抜けて、教員用の駐車場へ。

 

「お疲れ様です! お待たせしました!」

「いえいえ、影虎君もお疲れ様です。荷物はこちらへ」

 

 待ち合わせた江戸川先生に従って、荷物を後ろの席に放り込む。

 そして車内に乗り込むと、先生はすぐにエンジンをかけた。

 

「ふぅ」

「忘れ物はありませんね?」

「えー……大丈夫です」

 

 ドッペルゲンガーでも確認したが、問題ない。

 

「では出発しましょう」

 

 車が動き出した。

 

「それにしても、良かったですねぇ。ドーピング検査に問題が出なくて」

「出てたら大事ですからね、色々と」

「ヒッヒッヒ、だからこそ念入りに確かめておいたんですが……まぁ、なんにせよあと一頑張りです……せっかくですから、道中サービスエリア巡りでもします?」

「いいですね! 今日はテレビ局近くのホテルに向かうだけでしたよね?」

「ええ、手配もテレビ局の方に用意していただいているので、急ぐ必要もありません」

 

 なら、のんびり食べ歩きを楽しみながら行くとしよう。

 それにお土産も買い込みたい。そのための資金は十分にある。

 

「ヒヒヒ……例の新しいお仕事ですか。実際、どうなんです?」

「通うだけの利益はありました。格闘技を齧った人がいると、強さはともかくこういう技もあるんだと参考になります。なにより一回の報酬が大きいですから」

「でしたら借金の完済も近そうですねぇ」

「食費なんかは賄えますからね。バイトの給料をそのまま返済にあてます」

「あちらで稼いだお金は返済にまわさないので?」

「まぁ、なんというか……返済は普通に稼いだお金でしたいな、と」

「ヒヒヒ、別に急かすつもりはありませんよ。しかし、そういうことなら多少高いお土産でも良さそうですねぇ。帰りは少し足を伸ばしましょうか? たしか最近、テレビで紹介された限定品のお菓子を置いているサービスエリアがあったはずです」

「オーナーの所によさそうですね」

「きっと喜ばれますよ」

 

 話しながら車を走らせる俺たちが目的地に着いたのは、ちょうど夕飯時になった頃だった。




影虎はバイクを手に入れた!
夏休みの旅行に江戸川先生が参加することになった!
影虎は期末試験を乗り越えた!
影虎はドーピング検査を無事通過した!


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111話 テレビ局到着

 7月19日(日)

 

「こちらでしばらくお待ちください。もうじき説明があるはずなので、後のことは指示に従ってください」

「ありがとうございました」

「それでは失礼します」

 

 準備を万端に整えた俺と先生は、テレビ局の一室に案内された。

 すでに何組もの高校生と大人がいる。

 

「俺たちは最後のほうですかね?」

「ヒヒッ。遅刻でもギリギリでもありませんし、気にすることもないでしょう。さて、どこに座りましょうか? 私はどこでもかまいません」

「なら……すみません。ここ、よろしいですか?」

 

 入り口から近い、最前列の席。

 角から三つ目にいた男子に声をかけるが……反応がない。

 

「すみません」

「!! ……なんですか?」

「ここ、空いてますか?」

「ああ……両親がくるんで」

「そうでしたか。すみません、ありがとうございました」

 

 人がくるなら仕方ない。

 次の列は…………なんだか重苦しい雰囲気の女子がいる……

 

「……何かご用ですか?」

「すみません、席をさがしていて」

「……ならいいですが……あまりこちらを見ないでください。精神統一の妨げになります」

「失礼しました」

 

 隣で黙礼した女性もそうだが、なんだか刺々しい。

 この子の近くには座りたくないなぁ……

 

「あのー」

「ん?」

 

 また違う女の子に声をかけられた。

 

「もし座るとこ探しとるんやったら、うちらのとこ来ません?」

 

 大阪? それとも京都? どちらかはっきりとしない。

 そんな関西の訛りで話す彼女が指で示したのは、最後列だ。

 高校生と大人が混ざった七人が固まっている。

 雰囲気はなんとなく、ここよりは柔らかそうだった。

 

「ありがたいです。先生も良いですか?」

「もちろんですとも」

「よかった。ほな行きましょ。皆~、新しいお仲間やで」

「おっ、いらっしゃーい」

 

 軽く自己紹介したところ、俺たちを呼んだ女子を含めた八人はやはり、テレビに出演する生徒と付き添いの先生だそうだ。

 

 まず目立つのは、“私立原ヶ岳学園”の子藪先生と細川君。

 相撲部所属と聞いて、この室内で誰にも負けない巨体を誇る訳が分かった。

 

 次に、体格の良い生徒と小柄な教師のコンビ。

 “県立北三浦高等学校”の富田君と、桑縁先生。

 富田君は宮本のような完全体育会系。

 漢字にすると名前も似ている。

 

 “美里大学付属”の萩野さんと本田先生。

 学校が広島にあるらしく、方言のせいか会話が実に男らしく聞こえる。

 しかしどちらも女性である。

 

 最後に俺たちを連れてきた椎名さんと、担任の佐藤先生。

 彼女は快活で明るい性格で、初対面でも気さくに話しかけてくる。

 佐藤先生はそれを笑いながら見守っているような、穏やかな先生だった。

 

「いきなり災難だったな。ま、気にすんなよ」

「それより何か食べない? 僕ら、食べ物いっぱい持ってきたんだ」

「江戸川先生もどうぞ」

「ありがとう。じゃお言葉に甘えて」

「一ついただきましょう」

 

 原ヶ岳の二人からおにぎりを一ついただく。

 それにしても……後ろから見てみると、最初に話しかけた男子やその他、室内にいる人は張り詰めた雰囲気の方が多いようだ。

 

「皆さん緊張してるんですかね?」

「うちらが出るのは天下の○○テレビじゃけぇ、大概はそうじゃろ。ま、単にせせろしい奴もいるみたいじゃが」

「せせろしい?」

「うるさい、いう意味じゃ。ほれ、あんたが話しとった女子。聖バルトロマイ女学園ってええとこのお嬢らしい」

「全寮制で入学から卒業まで、外出制限や規律が厳しく家族ともろくに会えないと有名なカトリック系の女子高ですねぇ。そんな学校の人まで居るのですか、ヒヒッ」

「うちらもさっき話しかけたんやけど……“同性でも俗人と必要以上の会話は控えるように言われています”って言われて断られてしもた~」

 

 椎名さんは柔らかく笑っているが、だいぶ嫌味な事を言われてないか? 

 

 まぁそれは置いておくとして……

 この場には他校の人間と積極的に交流しようとする人たちと、そうでない人たち。

 まっぷたつに分かれているようだ。

 ここに居る八名は当然ながら前者。

 そんな彼らと適当に話していると、入り口のドアが開いた。

 説明が始まるのかと目を向けてみれば

 

「! お、おはようございますっ!」

 

 大きな挨拶が響く。

 他の人からも集まる視線。

 その集中砲火を受けたのは、かなり小柄な女の子だ。

 ここにきたという事は高校生だと思うが、彼女は一年にしても小さいな。

 顔立ちもかわいいけど、幼い。

 ポニーテールが子供っぽく見えるだけだろうか?

 

「突っ立ってないで、どいてくれ」

「は、はい」

 

 ? 彼女の後ろから、今度は男子か。

 彼は女の子を無視して、適当な椅子に座る。

 つめを噛んで、なんだか機嫌が悪そうだ。

 ……あの男子、どこかで見たような……

 

「え、えーっと……」

 

 おっと、誰からも返事がなくて戸惑っている。

 

「おはようございます。よかったらこっち、どうぞー」

 

 軽く声を張って、呼んでみた。

 あのまま針のむしろになっているよりはいいだろう。

 ちゃんとこちらに気づいたようだ。近よってくる。

 

「おはようございます。あと、ありがとうございましたっ!」

「俺もついさっきこの人たちに声をかけてもらったから」

「せやせや。あんま気にせんと、仲良くしような」

「おにぎり食べない? サンドイッチもあるよ」

「もらっとけよ、めちゃうまいぜ。俺ももう一個いいか?」

「よければ俺ももうひとつ」

「どんどん食べてよ! まだまだあるから」

「……あんた、どんだけ持っとるんじゃ。いくら相撲部員でも多すぎるじゃろ」

「これでも減らしたよ?」

「……よかった、やさしそうな人たちだ」

 

 俺たちの会話を聞いて、胸をなでおろした彼女はおにぎりの詰まった重箱に目を向ける。

 

「ん? ほら、あんたも遠慮せんでええけぇ、はよ食べ。そんなこまい(小さい)体しよって」

「それじゃぁいただきまーす。……あっ、美味しい!」

「良かったー。たっぷり食べてね」

「そうそう、そんで大きくならんと」

「大きくって、皆さんより小さいのは仕方ないですよー。私、まだ中学生ですから」

 

 彼女の言葉を聴いて、疑問が浮かぶ。

 

「中学生?」

「あれ? 僕たちが出る番組、高校生だけが対象じゃなかった?」

「俺もそう聞いてるけど」

「もしかして、控え室間違えたんちゃう?」

「……言われてみれば、保護者も教師も一緒におらんしな」

 

 俺たちの疑問に対して、彼女は困ったように口を開いた。

 

「実は私、アイドルの卵なんです。今日はテレビ局とプロデューサーのご厚意で、撮影を見学させてもらえることになって、ここで待っているようにと」

「なんや、せやったんか」

「これだけ素人がいたら、一人増えても変わらないだろうしね」

 

 納得した皆。そして俺は、アイドルと聞いてピンときた。

 

「君と同じくらいに入ってきた男子。彼も見学?」

「えっ? いえ、あの人は皆さんと同じ一般からの出演者ですよ。でも事務所に所属してるみたいですけど……」

「知り合いやったん?」

「そう言うわけじゃないんだけど……」

 

 以前、部活の後輩がスカウトされて見学に付き添ったことを話した。

 

「よくそんな短時間しか見てない奴をおぼえてたな」

「たった今思い出して、なんか引っかかってたのが分かってスッキリした。ありがとう、……ごめん、名前なんだっけ?」

 

 そういえば、女の子の名前を聞いてなかった。

 

「! こっちこそごめんなさい! 私、“久慈川りせ”っていいます!」

「久慈川さんか……久慈川?」

 

 二度見した俺は絶対に悪くない。




影虎は、“久慈川りせ”と遭遇した!


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112話 テレビ局での撮影(前編)

「それでは一班の方々は私が。二班の方々はADの丹羽(にわ)が控え室にご案内します。撮影は一班、二班の順で。声がかかったら用意をしてお待ちください」

 

 全体での打ち合わせが終わった。

 

 参加する高校生は俺を含めて十人。撮影は五人ずつの二班に分かれて交代で行い、まず各校の制服で練習風景の視聴と質疑応答。次に後撮りでちょっとしたパフォーマンスとして特技を披露。最後に一班、二班合同でエンディングとなる。

 

 俺の班は二班。他の顔ぶれは交流を持った四人だった。

 

「葉隠、俺たちも行こうぜ」

 

 俺たちと先生方。さらに久慈川さんも一般人扱いのため、行動を共にするという話だ。総勢十一人がぞろぞろと、ADさんの後ろをついて歩く。

 

 ……“久慈川りせ”。

 彼女はペルソナ3の続編、ペルソナ4に登場するキャラクター。

 山岸さんと同じサポート系のペルソナ使いで、職業はアイドル。

 作中では休業して主人公グループに加わることになるが……

 存在していたところで、俺が顔を合わせることはないと思っていた。

 そんな彼女が数歩前を歩いている。

 前から思っていたが、どうしてこう原作キャラに遭遇するのか……

 なんか意味でもあんのか? 

 

「こちらです。中の食べ物、飲み物はご自由にどうぞ。備え付けのテレビでは撮影の様子を見ることもできます。トイレはここから見える……あそこですね。時間まではどうぞごゆっくり」

「何から何までありがとうございます」

「それでは私はこれで。何か問題があれば、先ほどの資料に私の電話番号がありますから、そちらにお願いします」

 

 ADの丹羽さんは、笑顔でそう言うと足早に立ち去った。やっぱり忙しいんだろう。

 

「葉隠先輩」

「!? 久慈川さん?」

「どうしたんですか? 皆入っちゃいましたよ」

「ああ、忙しそうだなーとね。……ところでその先輩って?」

「え? 私は中学生で先輩達は高校生だし……ダメでした?」

「……いや、問題ない」

 

 思わぬ事態に少し動揺しているようだ。

 落ち着こう。

 

 ……とは、思うが。

 

「……………………」

 

 なぜか真剣な目で観察されている……

 何? 何でそんな目で見てんの? 二度見したから?

 

「葉隠君遅いでー」

「とっとと荷物置いてくつろごうぜ」

「でも運が良かったね。僕ら全員で同じ班だなんて」

「奇遇じゃの」

 

 本当にそうだなと思いつつ、部屋に入ってみると。

 

「だいぶ広いな」

 

 十一人で使うにはかなり広い部屋だ。

 部屋の半分をテーブルやパイプ椅子が占め、もう半分は少しくらいなら運動もできそうな空きスペースになっている。

 

「ヒヒヒ。長丁場になると言う話でしたし、配慮していただいたんですかねぇ? どうやら横にもなれるようですよ?」

 

 部屋の角に立てかけられた畳を指して先生が言う。

 確かに不可能ではなさそうだ。

 

「竹刀を振ってもよさそうじゃな」

「萩野さんの課題って剣道やったん?」

「うちがやったんはテニスじゃ。剣道が本職でな。パフォーマンスを頼まれたけん、持ってきたんじゃ」

「そうなんや」

「そういう椎名は?」

「うちは陸上やってて、課題はフィギュアスケートやったで」

「フィギュアスケート? あんなの一週間でできるんですか? 椎名先輩」

「たしかに難しかったわ~」

 

 女子が会話に花を咲かせる中、俺はテレビをつけてみる。

 ……撮影はまだ始まっていないようだ。

 動き回るスタッフの姿しか見えない。

 

「ねぇ、男子はなにやったん?」

 

 おっと、こっちに話が飛んできた。

 

 男子も自分の課題と本来の競技を伝え合うと、細川君は自己紹介のときに言っていたが本来は相撲で、与えられた課題はウエイトリフティング。富田君はアメフトでライン(最前列でぶつかり合うポジション)をやっているらしく、その体格で課題のレスリングは難なくこなしたそうだ。

 

 俺もパルクールと陸上について話したところ……

 

「葉隠先輩はすごく良い結果だったんですよね?」

「パルクールも走ったりするし、たまたま得意種目に当たったみたいで……何で知ってんの?」

「プロデューサーの目高さんに挨拶をした時“プロだけじゃなくて、素人の出演者もよく見ておきなさい。君の参考になりそうな子がいるから”って言われて。葉隠先輩と椎名先輩の名前はその時から聞いていたんです」

 

 それで様子を伺ってたのか。

 

「うちの名前も?」

「はい! 椎名先輩の明るさと元気のよさは、見ていて清清しい。アイドルにも劣らない魅力だって」

「うは~、そんなん言われるとこそばゆいわ……」

 

 椎名さんは、瞬時に顔を赤らめて飲み物に手を伸ばす。

 

「それから葉隠先輩は、ハプニングにもめげずに最善を尽くそうとする態度は見習うべき、だそうですよ」

「たしかにハプニングは多かったけれどもね……」

 

 恥ずかしくなり、俺も飲み物に手を伸ばす。

 ここで、部屋の扉をノックする音が

 

「失礼しまーす!」

「どーもー!!」

「きゃあっ!?」

「うわっ!?」

「何事!!?」

 

 したかと思えばいきなりカメラと芸能人が大勢詰め掛けてきた。

 一人として顔を知らない人がいない。

 

「渋谷さん、それにMs.アレクサンドラまで!?」

「やっほー、葉隠君」

「また会ったわね!」

「どういうことですか?」

「これも撮影なん?」

 

 一度落ち着いて話を聞くと、彼らは俺を含めた五人のサポートを勤めた方々で、本番前の激励を兼ねた軽いドッキリ企画らしい。わざわざ控え室を分けたのはこのためか。

 

「どう? 驚いた?」

「そりゃ驚きますよ! というか……何ですかその袋」

「あっ、気づいちゃった?」

「隠そうとする意思すら感じませんが!?」

 

 渋谷さんは一人だけサンタみたいな袋を背負っている。

 他の芸能人の方々は誰も持ってないのに。

 

「これはね。今日の収録、待ち時間が長いから退屈しないようにプレゼント」

「差し入れを持ってきてくださったんですか。ありがとうございまっ!?」

 

 持った瞬間、重みのある袋の中身が崩れた。

 

「おっ! と」

「大丈夫?」

「ああ、ありがとう二人とも」

 

 男子二人に支えられて事なきを得たが

 

「何ですかこれ? だいぶ重いですよ」

「僕が普段家でやってるやつ」

「いや、分かりませんって……」

 

 相変わらずの渋谷さんに苦笑しつつ、袋を開けてみると。笑いがこみ上げてきた。

 

「確かに暇つぶしになるけども!」

 

 中身を斜め後ろから近づいてきたカメラに見えるよう、口を広げて場所を譲る。

 袋の中身はジグソーパズルの箱がぎっしり。三千ピース越えの大きな箱が所狭しと詰まっていた。全部で二十三箱ある。パズルもこれだけあればそりゃ重いわなぁ。

 

「ジグソーパズル!? これ全部ジグソーパズルなの!?」

「どの柄が好きかわからなかったから」

「それにしたって多すぎるわよ! てか今ここでやる遊びかしら? いくら待ち時間長くても」

「せっかくですし、あとで一つ」

「やる気なの? 律儀な子ねぇ」

 

 激励を受けた俺は程よく力も抜け、ドッキリ後には芸能人の楽屋訪問ツアー等もあり、準備や交流に忙しくも有意義な時間をすごした。

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 リハーサル前

 

「いよいよやなぁ~」

「緊張するね……」

「一週間撮影したんだろ? それとおんなじだって」

「そうじゃな。観客も大会と考えればええんじゃ」

「撮影中なので、ここから静かにお願いしますね」

 

 撮影用のメイクを済ませ、スタジオを訪れた。

 中ではきらびやかなセット。

 扇形に広がるひな壇。

 そしてそこに並ぶ芸能人と高校生たちが撮影をしている。

 彼らの撮影はもうすぐ終わり、観客の入れ替えと俺たちのリハーサルが始まるが……

 彼らを見ているとなんだか複雑な気持ちになってきた。

 

 まず席を探していたとき最初に声をかけて断られた男子は、あのときの緊張が抜けるどころか悪化しているようだ。一人だけ飛びぬけてガチガチになっている。見ていて不安。そしてつい応援したくなる。

 

 心の中で応援を飛ばすが、何の意味もなさそうだ。

 

 そして例の事務所に所属しているあの男子は……素直にすごいと思う。

 あの爪をガリガリやる不機嫌さと暗い雰囲気はどこに行ったんだろう?

 彼は明るくハキハキと喋る、優しそうなイケメンになっていた……

 さすがプロを目指してるだけはあると感心してしまった。

 

 刺々しい女子は聞かれたことに答える以上のことはしない。

 台本をなぞるように淡々としているが、それだけに問題もないらしい。

 観客としてみていると、個人的には少々つまらなかった。

 でも問題が無いのが一番だ。そういう意味で彼女は堅実なのかもしれない。

 

「カットー! お疲れ様でした!!」

「テープチェンジ! それと誘導始めて!」

 

 彼らの撮影が終わり、スタッフの方々があわただしく動き出す。

 

「やぁ、そろっているね」

「目高プロデューサー……!!」

 

 動きに目をとられていると、目高プロデューサーが近づいてきた。

 後ろに以前天田をスカウトした、Bunny's事務所の木島プロデューサを引き連れて。

 

「お久しぶりです」

 

 礼儀として挨拶すると、木島プロデューサーは首を捻った。

 

「おや? 二人は知り合いで?」

「……申し訳ない、どこかで会ったかな?」

 

 どうやら忘れられているようだ……

 

「えーっと……葉隠といいます。以前後輩の天田、小学生の子の付き添いで事務所にお邪魔したことが」

「っ! あの時の子か!」

 

 思い出したみたいだけど、なぜか俺をじろじろと見られた。

 

「前とずいぶん変わっていて気づかなかったよ。これは失礼をしてしまった」

「お会いしたのはそのとき一回だけですし、この企画で髪型も変わってますからね」

 

 仕方ないと言おうとすると、彼は首を横に振った。

 

「そういう外見的なこともあるけど、変わっているのは雰囲気さ。なんだろうね……自信がついたのかな? 堂々としていてこう、魅力みたいなものを前より強く感じるよ」

「そうでしょうか? 自分じゃ良く分かりません」

 

 まさかステータスが上がってる? 

 シャガールのフェロモンコーヒー。

 叔父さんの店のトロ肉しょうゆラーメン。

 そしてなによりBe Blue Vのバイトはかなりやってるけど。

 

「そうかもしれないね。でも間違いなく君は変わっているよ。前にも聞いたが、アイドルに興味はないかい?」

 

 そう言って名刺を渡された。

 

 以前のように“天田のついで”ではなく、“俺個人”をスカウトしようという意思が感じられ……あっ。

 

「……」

 

 プロデューサーの後ろからやってくる、高校生の集団。

 そのうちの一人が、人を殺せそうな視線で俺を睨んでいた。

 そいつは俺の視線に気づくと、撮影中のイケメンスマイルで近づいてくる。

 

「お疲れ様です」

「おや、光明院君。前半の子が戻ってきたみたいだね。それじゃ後半の皆は準備を始めてもらおう」

「それでは私はこれで。撮影頑張って。もし興味があれば気軽に連絡をしてほしい。行こうか光明院君、ここにいては邪魔になる」

「はい! プロデューサー」

 

 俺をにらんでいたイケメンは足を止め

 

「僕は光明院(こうみょういん)(ひかる)。もしBunny's事務所に来るならよろしくね、葉隠影虎君(・・・・・)。その時は色々教えてあげるから。それじゃ!」

 

 言うだけ言って立ち去った……

 ろくに挨拶もしてないのに、何で俺の名前を知ってるんだろう?

 台本には苗字しか載ってないのに。

 

「大丈夫か? 葉隠」

「問題ないよ」

 

 まぁ、どこかで聞いていてもおかしくない。

 それよりあれは絶対歓迎されないだろうな……

 所属するつもりも無いけど。

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 

 リハーサルを終えて、本番。

 俺たちはステージを中心として右側のひな壇に、サポーターの芸人さんと一緒に座った。

 対面には現役アスリートやサポートに着いていない芸能人の方々。

 さらに撮影を見守る観客の前で、カウントが始まる。

 

「本番五秒前ー! 四、三、二、一……」

「プロフェッショナル~?」

『コーチング!!!』

 

 撮影の開始と共に、司会者と観客の声が轟いた。

 

「番組も後半となりました!」

「そーですね。前半の皆は頑張ってくれました! そしてここからは彼らが頑張る姿を見せてくれます!」

 

 前半の撮影があったので、番組の趣旨など細々したことは説明が済んでいる。

 そのため俺たちは簡単な前フリの後、すぐに各自の紹介とVTRに入る予定だ。

 

「今度の五人はいったいどんな子たちなんですかね?」

「はい、こちらにそれぞれのあだ名が」

 

 アシスタントのアナウンサーが取り出したフリップには。

 

 “アメフト王子”

 “鬼姫”

 “トラックの妖精”

 “土俵の王子”

 “特攻隊長”

 

 の五つが並んでいた。

 

「島さんは誰がどれだ分かりますか?」

「とりあえず女の子二人が“鬼姫”か“妖精”。男三人がその他なのは分かるわ」

 

 俺たちとフリップを交互に見る、司会の(しま)幸一(こういち)

 お笑い芸人からのし上がって数多くの番組で司会を務める。芸能界の大物。

 その視線は鋭く、俺たちを値踏みしているようだ。

 

「とりあえず女の子から。萩野さん、彼女が“鬼姫”やろ? 気が強そうな顔しとるし」

「いかがでしょうか? 萩野さん」

「正解です」

 

 萩野さんは短く明確に肯定。そして自動的に椎名さんが“トラックの妖精”に決定。

 そして残るは男三人がそれぞれどれかを明らかにするところで

 

「それやったら……天乃川!!」

「はい!?」

 

 突然、予定にないフリ。

 対面のひな壇にいた若手芸人が呼ばれた。

 呼ばれた本人はしどろもどろになってイジられる。

 

 ピザカッターのお二人によれば、彼はこのように突然の無茶ブリが日常茶飯事で有名な司会者。絡まれたほうは驚くし困るが芸人、特に若手にとってはカメラに写れるチャンスだそうだ。

 

 その後、彼は何とか“土俵の王子”が細川君だと発言して、正解した。

 

「ったく、ボーっとしてんなよー? ならホンコンの田辺!! お前は?」

「僕は、葉隠君」

 

 俺か? 

 

「男子の中で一番小柄な彼が“アメフト王子”だと思います」

「ほうー、何で?」

「僕知ってるんですよ。アメフトって色々ポジションがあって、たとえばパス回すポジションとか、ぶつかり合いの少ないポジションなんじゃないかと」

「なるほど。では正解はどうでしょうか? 葉隠君!」

「違います」

「ウソォ!?」

 

 笑顔で一言答えると、叫ばれた。

 

「えっ!? ちょっと待って? 二択っしょ!? 葉隠君じゃなかったらアメフト王子は……」

「俺っす」

 

 富田君が控えめに挙手。

 

「となると葉隠君は残った……」

「“特攻隊長”です」

『えーーーー!?』

 

 向けられたマイクに返事をした瞬間、いかにもテレビらしいエーッという声が会場から寄せられる。

 

「意外ですね」

「なんでかね? 見た感じ真面目そうな普通の子やけど」

「それも含めて、この先で明らかになります!」

 

 こうして、まずは富田君からVTRを交えての撮影が始まった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「細川君、お疲れ様でした!」

「ありがとうございました!!」

 

 フリップと同じ順番にVTRを見て、笑いあり、涙ありの撮影が進んだ。

 そして細川君が終わったと言うことは、俺の番だ。

 

「さー! とうとう最後の挑戦者。そしてやってきましたね。後半の初っ端から“エー!!”言わせたこの子!」

「月光館学園の“特攻隊長”! 葉隠影虎君です!!」

「よろしくお願いします!!」

 

 会場からもらった大きな拍手が静まる。

 

「影虎ってかっこいい名前ですね~」

「なんか意味とかあんの?」

「八割くらい元ヤンの父の趣味ですね。最初に父が自分と同じくらい強くなって欲しいって願いをこめて、“虎”の文字を使いたがったらしいです。父は自分の名前に“龍”が入ってるので」

「あー! 龍と虎が向かい合ってる絵! あれか!」

「それです! “影”は母が、父の様に強くなるのはいいけれど、もうちょっと控えめでいいから。縁の下の力持ちくらいでと言うことで」

「ああ、お父ちゃん元ヤンやからね。もうちょっと大人しくしとけってことか」

「そう言うことです」

 

 軽い笑いを取りながら話は進み、初日と二日目のVTRが流れた。

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 

 VTR後。

 

「なるほどなー……番組出演の座をかけて、学園最強に特攻したわけか」

「選抜大会の成績が同率一位だったもので」

「で、そんときに特攻服で行ったと。葉隠君、ぶっちゃけ不良なん?」

「いえいえ、前日に突然ボクシングガウンが必要だと言われても用意できなくて、たまたま部屋にあったのを使っただけです」

 

 クスクスと小さな笑いが起こる。

 

「特攻服がたまたまあるんはおかしい気もするけどね……ナースティーボーイズの加藤!」

「ウッス!!」

 

 暴走族の経歴を持つお笑いコンビ、ナースティーボーイズの一人が立ち上がった。

 

「お前こういうの詳しいやろ? お前の目から見てどんなもん?」

「チラッとV(VTR)に写ってたあの特攻服、あれかなりガチなやつですね!」

「ガチなやつ?」

「近頃は萌え特攻服だとかありますけど、ネタに使われる安っぽい作りのじゃないですよあれ。マジで。だからそうっすね、大人しそうな顔して意外と……」

「いやいやいやいや!! そんなことありませんよ」

 

 ここでアナウンサーに注意をひきつけるためのベルがなる。

 

「特攻服で試合にのぞみ、特攻隊長と呼ばれる葉隠君ですが。実は真面目な生徒であるとの情報が入っています」

 

 テストの成績や生活態度を併せて、特攻服やら不良は紹介の中のネタとして処理された。

 

 そして続く三日目と四日目のVTRは、ピザカッターのダブルブッキングを中心とした、シリアスな雰囲気で編集されている。

 

「それでか。ようやく分かったわ、何で一人だけ四人もついてんのか疑問だったよ」

「「関係者の皆様には、大変ご迷惑をおかけしました!」」

「ピザカッターのお二人の代わりに、残りのお二人が抜擢されたと言う事ですが……」

「お前ら……ちゃんとやれたんか?」

「んもぅ! 頑張ったわよ!」

「VTRをどうぞ~」

 

 収録はつつがなく進んでいく……




知らないうちにステータスが上がっていた!!
影虎は改めてスカウトを受けた!
練習生にしたくなる程度の魅力はあるらしい……

ちなみに翻訳のバイトで伝達力、
地下闘技場で勇気が上がるかもしれません。


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113話 テレビ局での撮影(後編)

 ~控え室~

 

「お疲れ様です!」

「りせちゃんお疲れ様ー」

「お疲れさま」

『おつかれー……』

 

 久慈川さんが笑顔で俺たちを迎えてくれた。

 まだデビューしていないとはいえ、未来のトップアイドルの片鱗が見える。

 後ろに江戸川先生や他の先生方もいるが……

 うん。視覚的には中年のおっさんよりも、美少女に癒しを感じるのは当然だな。

 

「りせちゃん収録見ててくれた? うちらどうやった? 大丈夫やろか?」

「はい! 私、皆さん頑張ってる姿が分かりました」

「本当かよ……」

「僕たち、何を話したっけ?」

「……覚えとらん。……本番に入ってからが曖昧じゃ。あの緊張はまた違う……」

 

 椎名さん以外はグロッキー。どうやら三人は収録の緊張感に飲まれてしまったらしく、それぞれ先生に渡された飲み物をちびちび飲んでいる。

 

「あやや……本当にお疲れみたいやね」

「逆になんでお前ら平気なんだよ。特に葉隠! 俺らの三倍は喋ってたしめちゃくちゃ話が弾んでただろ」

「それ私も聞きたいです。カメラや大勢のお客さんの前で、どうしたらあんなに笑顔で話せるんですか?」

 

 富田は勢いで、久慈川さんは真剣に聞いてくる。

 

 

 そう言われても……

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 四日目と五日目。ここは二人の破天荒な姿でその前のシリアスさを吹き飛ばすような明るく笑える映像だった。

 

 しかし見終わった後の感想。司会者の第一声は

 

「葉隠君、よう頑張ったね」

 

 だった。

 

「ほんでお前らはなにやっとんねん!」

「いやぁ~」

「楽しかったわ」

「知るか! お前らフォローしに行ったのに、逆にフォローされとったやないか」

「あれは酷いぞー」

 

 ひな壇からもはやし立てる声が届く中、アシスタントのアナウンサーからの質問。

 

「葉隠君、実際どうでしたか?」

「最初はとまどいましたね。立ち位置がちょうど真ん中だったからか、両隣の話がちょくちょく噛み合ってないのが分かって。自分でもよく分からないまま間に入ってました」

 

 四日目を思い出しながら説明を加える。

 

「一番困った事はなんですか?」

「……四日目が始まってしばらく経ってからですね。突然! それまでもお二人の名前が書かれたカンペで“まとめて!!”って指示が出てたんですが……ADさんが何を思ったのか一回引っ込めて。次に出したとき。

 ……名前が“葉隠君”に変わってたんです」

 

 会場から驚きと笑いの入り混じった声が聞こえる。

 

「何しとんねんスタッフ!!」

「それでどうしました?」

「まず俺!? ってただただ驚きました。で、とりあえず指示を聞きながらやってはみて。そのまま四日目はよく分からないうちに終わった印象ですね……」

「でも僕たちもあの、撮影を丸くしようとしたんですよ!」

「丸く?」

「……たぶん、渋谷さんは“円滑に進むように”と言おうとしたんじゃ」

「そうそれ! それが言いたかった」

「丸く、○、円、円滑に……分かるかぁっ! 君よう分かったな!?」

「そうなのよ。この子なんでか渋谷きゅんの謎発言を理解できるのよ。だからね? すっごく楽だったの」

 

 アナライズによって状況と相手の聞きたい内容を確認し、アドバイスを活用して情報の取捨選択に返答内容のまとめ。こうして考えられる中では最善と思われる回答を続けた。

 

 特攻隊長でバイクの話が出たのなら実家の宣伝を挟み、突っ込まれて笑いを取り。

 お笑いの“天丼”というやつで“はがくれ”や後輩の店を紹介したり。

 

 他にも部員との交流でものまねを教えてくれた話が出た時は

 

「へぇ……練習とかしてんの?」

「少しですが、できそうなのを探していますね」

「じゃあせっかくや、何かやってみようか」

「えっ!?」

 

 練習の中から完成度が高く、それでいて誰もが知っているであろう物を選択。

 

「えー……それでは、“ジュネス”のCM。『ジュネスは毎日がお客様感謝デー! 見て! 聞いて! 触れてください! エブリディ♪ ヤングライフ♪ ジュ・ネ・ス♪』……ありがとうございました」

「仕上がってるやん!」

 

 突然の無茶ぶりにもなんとか対応した。

 どうしても判断がつかない、難しい場合は無理をせずプロに頼って事なきを得る。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 緊張していなかったわけではない。むしろ全力で予防線を張っていた。

 けれど、地下闘技場ほど理不尽な罵声やアウェー感はない。

 ペルソナのおかげで話す内容は全部、脳内で一度推敲してから発言できたし……

 振り返ってみると結果は上々だったと思う。

 少なくとも大きな問題があったようには見えなかった。

 読書のおかげで知らずに伝達力が上がっていたのかも?

 

 しかしこれをどう二人に伝えるかを考えていると、椎名さんがこう言った。

 

「ん~、楽しかったからやね!」

「え?」

「どういうことだ?」

「だって目の前に普段テレビの中にしかおらへん人がいたり、自分がテレビに映るんよ? めったにないやん。ちょっと恥ずかしい気もするけど、おんなじくらい楽しくない?」

「それは……」

 

 まぶしい笑顔が本心からの言葉だと物語っている……

 これは完全に彼女の性格の問題だと感じられた。

 俺と同じことを考えたらしい久慈川さんの表情は曇り、俺を見た。

 

「……そうだな……あまり偉そうには言えないが、やっぱり事前の準備だと思う。台本があれば台本の内容をしっかり把握する。説明はしっかり聴いて、分からないことや曖昧なことはちゃんと質問して、答えを得ておく。何を話すか、どう話すか……そういう内容が定まっていれば、気持ちも楽になるよ。

 それに俺たちが素人や新人だってことは、相手だって把握してる。求められる最低ラインはあるだろうけど、それは無理のない内容のはずだ」

 

 テレビ局だって、番組が失敗すればそれまでにかけた時間やお金を損するんだ。

 

「仮に無茶なことを言う人が居たとして、久慈川さんは芸能プロダクションに所属しているだろう?」

「はい……」

「だったら久慈川さんは“一人じゃない”。俺たちと違って、ちゃんと君の実力を知って、専門知識と経験を持った人間が近くに居る。仕事はそんな人たちが選ぶだろう。無理な仕事は最初から弾いてくれるさ。

 ……まぁ、逆にやりたい仕事でも許してもらえないこともあるだろうけど」

 

 暗い雰囲気にいたたまれず、茶化すように言うと

 

「……そっか、そうですよね!」

 

 少し驚いたように目を見開いてから、クスリと笑ってくれた。

 なんとか励ますことができたようだ!

 

「ありがとうございます、葉隠先輩。ちょっと元気出ました! てか、せっかくの休憩時間なのにごめんなさい。まだ撮影あるのに」

「大丈夫だよ」

「影虎君は見た目よりもタフですからね。ヒヒッ、遠慮はいらないでしょう」

「江戸川先生」

「はい、影虎君の分です。話しかけるタイミングを失ってしまい、ぬるいお茶が余計にぬるくなっていますが。よければどうぞ」

「ありがとうございます。って、本当にぬるい」

 

 冷たくも暖かくもない、微妙な温度だ……

 

「そうだ、マジックありませんか?」

「それなら私が持ってますよ。はい! あと紙は……」

「あ、紙はいらない。ペンだけありがとう」

「ペンだけ? それで何するんですか?」

「あー、息抜きに手品をちょっと」

「手品? まさかそれでマジック、とか?」

「いやいや」

 

 理事長みたいなことを……

 前に木村さんもダジャレを言ってた気もするし、女子の間で流行ってるの?

 ……まぁいいや。ペットボトルに“イス()”のルーンを書き込む。

 

 オーナーに師事してルーン魔術を学び、俺も彼女と同じく石にルーンを刻んでいた。

 しかし記述式の実験で分かったが、紙にペンで書いたルーンでも魔術は発動できる。

 オーナーは石に刻む方がやりやすいらしいが、俺はどちらでも特に違いは感じない。

 だからこうして借りたペンでペットボトルに書き込んでも、ルーン魔術は使える。

 今度からメモとペンを持ち歩こう。小さいやつ。

 

「こうしてちょいと……まだぬるいお茶なのを確認して」

 

 カモフラージュに手品っぽい演出をしておく。

 

「えっと……はい、ぬるいお茶です」

「よし、じゃあ俺は何もないこの手で、お茶のボトルを包み込む様に持つ。そしてー魔法の呪文を唱えるとお茶に変化が現れます。三、二、一……南無阿弥陀仏」

「それちょっと違くない!?」

 

 べつに呪文とかいらないので適当でいい。

 必要なのは、ほんのちょっとの魔力。

 手の内側で程よい冷たさを感じられれば、ストップ。

 

「ほい」

「ひゃっ!? ウソ!?」

「冷たいお茶のできあがりー」

 

 頬に押しあてられたペットボトルの冷たさに驚く久慈川さん。

 

「影虎君、ついでにこれを温めてもらえませんか?」

「了解です」

 

 江戸川先生には俺が何をやったか、そして何ができるか分かったんだろう。

 差し出された弁当のフタに程よく温めると書き込む。

 火のルーンでは火事になるかもしれないので用心のため。

 記述式でもこのくらいなら問題ないだろう。

 

「はいどうぞ」

「いやぁ助かります。あんかけ料理はやはり温かいものにかぎりますね……ヒヒヒ」

「温めも自由なの!? すごい! どうやってるんですか?」

「手品のネタバラシはなし」

「え~、じゃもう一回! もう一回やってください! 私のお茶で」

「いいけど。冷たいの? 暖かいの?」

「冷たいので。ネタを見切れば、使えるかも……」

 

 ネタを見つけるのは無理だと思う。

 

「アブラマシマシニンニクカラメー」

「呪文がさっきと違う……しかも超こってりしそう。でもちゃんと冷たくなってるし……もう一回……」

「だったら俺ので」

「僕のも」

「うちも冷たいのがええな~」

「どうやっとるのか知らんが、頼む」

 

 冷たいものを欲したやつらが集まってきたので、余裕のある範囲で応える。

 その間、久慈川さんはじっくりと俺の手元を観察し、結局タネは見破れなかった。

 

 真剣に見て結果に一喜一憂する姿が面白く、おまけにコインマジックを披露したりもした。自分が押さえつけていたはずのコイン(ドッペルゲンガー)が、いつの間にか消えていた時のリアクションは特に見物だった。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 夜

 

 ~○○テレビ前~

 

 別撮りのパフォーマンス収録まできっちりと終わり、撮影終了。

 俺たちは解散となった。

 久慈川さんは事務所の人と待ち合わせがあると言って、先に別れてしまったが……

 

「はぁー! 終わったー!」

「たった一日が長いような短いような」

「不思議な気分じゃ」

「でも先輩たちがいてくれて、楽しかった! ありがとね!」

「機会があればまた会おう」

「せやね。番号も交換したことやし、何かあったら連絡してな」

 

 こうして今日一日の収録を共にした方々と別れた。

 手を振りながら各々の帰路につく。

 

「いい子たちでしたねぇ」

「この仕事、引き受けてよかったかもしれませんね」

 

 思わぬ収穫もあった。後で和田か新井に連絡してみよう。

 

「そう思えるなら何よりです。さて、お土産でも買って帰りましょう」

「明日も学校ですからね」

 

 車に乗り込んだ俺たちは、誰に何を買うか、何が喜ばれるかを相談しながらテレビ局を後にした。




影虎は手品っぽい事ができるようになった!
影虎はテレビ局での収録を終えた!
これでテレビ出演の全日程が終了した!
何か得たものがあるようだ!


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114話 日の目を見ない天才

 7月20日(月)

 

 昼休み

 

 ~二年C組~

 

「期末の結果が張り出されたぞー!」

 

 廊下を駆け抜ける生徒の声を聞き、我先にと昇降口に向かう生徒たち。

 そんな行列を横目に、俺は二年生の教室を訪れていた。

 

「うん、これなら山岸さんから聞いてた通りでよさそうだ」

「お世話になります、平賀先輩」

 

 部活で会議していた“参考動画”を作るためだ。

 

「ううん、この前の試合では迷惑をかけちゃったし」

「その件はもう謝っていただきましたが……そういうことなら遠慮なく」

「明日から三日間よろしくね。ところで葉隠君は試験の結果、見にいかないの?」

「クラスメイトが確認に行くので、ついでに頼みました」

「そうなんだ」

 

 その後、軽く最近の話をしたり、先輩に体調を確かめられたりして教室に戻ると……

 

「…………」

「オワッタ……ナニモカモ」

 

 息はあるが、死体のようになった友近と順平の姿。

 まず間違いなく成績が悪かったのだろう。

 目に見えて暗いオーラを放っている。

 

 ……比喩じゃなく、本当に二人の周りが薄暗く見えるんだが……

 

「なんだこれ……」

「成績、相当悪かったらしいよ。前回がわりと良かったから油断してたんでしょ~?」

「「……」」

「ありゃりゃ、反応がないね」

「島田さん、追い討ちはやめてやれ」

 

 言われた瞬間に闇が濃くなったから、無反応ではないと思う。

 しかし島田さんには見えていない? ということは、オーナー側の何かだろうな……

 

「……影虎ぁ、お前の成績、見てきたぜ」

「どうだった……?」

「マエトオナジ。イチバンダッタヨ。スゴイネー……アハハハハ」

「お、おう、ありがとな」

 

 二人の闇がさらに濃くなっていく。

 順平は会話もままならない様子だ。

 そっとしておいたほうが良さそうだ……

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 ~放課後~

 

「オレッチ復活! なぁなぁ、今日遊び行かねー?」

「悪い、部活のほうで用事があるんだ」

「じゃしかたねーか……またな!」

 

 ……暗い色がまだ残っている。

 だいぶ薄くなっているけど、態度ほど完全に復活したわけではないんじゃないか?

 

『生徒の呼び出しを行います。 一年A組、葉隠影虎君。生徒会室まで……』

 

 例の物か。とりあえず受け取りに行こう。

 

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 

 ~校門前~

 

 生徒会室で学年一位のご褒美。十五万円の給付型奨学金を桐条先輩から受け取った俺は、部室から荷物を取って中等部の校舎へ向かう。今日は理事長もいなかったので気分良く歩いていると、中等部の校門前に二人が見えた。

 

「お疲れー」

「「お疲れ様です! 兄貴!」」

「おいおい…… 」

 

 中等部の生徒の目が集まる。

 なんだか噂をされているみたいだ。

 

「じゃあ兄貴、早速いきましょう」

「こっちっす!」

 

 二人の後について中等部の校舎を歩くが、やはり見られている。

 

「なぁ、本当にいいのか?」

「大丈夫ですよ、向こうの先生も許可してくれましたし」

「本人も会いてぇって言ってたっす」

「にしてはなんか、すごく見られてるんだが」

「そりゃそうでしょ」

「なんたって兄貴はあの真田先輩をぶったおした人なんすから」

 

 和田がそう言った瞬間、遠巻きに俺を見ていた女子が数人近寄ってきた。

 

「あの! もしかして高等部1年の葉隠先輩ですか?」

「そうだけど……」

「やっぱり!」

「前見た写真とけっこう違わない?」

「情報古いよ、テレビの撮影でイメチェンさせられたんだってさ」

「先輩テレビに出てるんですよね! 写真撮ってもらっていいですか!?」

 

 なんだこの感じ。写真?

 

「かまいませんが……」

 

 つい丁寧語になってしまった。

 女子の1人が出したケータイに手を伸ばす。

 

「君ので撮ればいいのかな?」

「お願いしまーす!」

「じゃあ……」

 

 カメラは起動されていたので、写真を撮ろうとすると

 

「ちょっと先輩、なにやってんですか」

「え? 写真を撮ろうと」

 

 そう言うと女子たちは笑い始めた。

 

「もー、私たちだけ撮ってどうするんですかぁ」

「先輩おもしろーい!」

「先輩も一緒に写るんですよ!」

 

 そう言って携帯電話が取り上げられた。

 即座に左右に並ぶ中等部の女子。

 そして何枚か写真を撮った後、彼女たちは嵐のように去っていった。

 

「……何だったのあれ」

「真田先輩は中等部でも人気なんすよ。だからあの試合はこっちでも注目してる奴らが多かったっす」

「だから真田先輩をぶったおした後は、こっちでも有名なんですよ。最初は真田先輩からの評価が高いって話から始まって、最近はテレビ出演もあったし。なぁ?」

「新人のアイドルと勘違いしてる奴もいるみたいだしな」

「そんなことになってんの!?」

 

 直接の交流が少ない分、噂が一人歩きしているらしい。

 

「俺の知らないところで、大変なことに……」

「まぁまぁ、事実は事実でちゃんとしてるし、いいじゃないっすか」

「それより着きますよ、兄貴」

 

 気づけば体育館が目の前にあった。

 高等部とあまり変わらない。

 

「でも兄貴、剣道にも興味あったんすね」

「中学の授業でやってたし、昨日ちょっとな」

 

 収録で一緒になった萩野さん。彼女がパフォーマンスの用意で竹刀を振っているのを見て、頼んでみたら彼女は快く指導してくれた。それほど長い時間はなかったが、指摘は的確。竹刀の扱いに限れば、間違いなく俺より上手かった。おまけに本番では本気で相手に打ち込む動きを記憶させてもらったし、今後の参考になるだろう。

 

 だが、その代わりにこう言われた。

 

『伝言を頼みたいんじゃ、月光館におる知り合いに』

 

 お安い御用と引き受けてから詳細を聞くと、その人とは大会で何度も顔を合わせているが、連絡先の交換はしていないそうだ。なんでも中学時代、自分より一つ下なのにとても強くて、大会に出るたびに競い合っていたんだとか。

 

 肝心の本人は俺と萩野さんの一つ下、中学三年ってことで二人に聞いてみた結果、すぐに分かった。

 

「その“矢場(やば)真琴(まこと)”って子が、まさか二人のクラスメイトだったとはね……」

「本当にクラスが同じってだけですけどね」

「萩野って名前は知ってたんで、間違いねぇっすよ」

「それはいいけど……なに、お前らその矢場さんと仲悪いの?」

 

 なんだか様子がおかしい。

 

「仲悪いってことはないですよ。ただ、あんま話さないというか……」

「なんつーか、嫌いじゃないけど苦手なんすよね……あいつの雰囲気っつーか。あ、でも悪い奴じゃないんで、会って行ってほしいっす!」

「ここまできて帰るとは言わないが……」

 

 こいつら、昨日からやけに俺とその子を会わせたがっている気がする。

 なぜかは分からないが……

 しかし二人がその子を苦手としている理由だけはすぐに分かった。

 

 

 

 

 

 ~中等部体育館~

 

 矢場(やば)真琴(まこと)

 第一印象はショートカットが爽やかで、中性的な美人。

 剣道部の主将を務めているようで、部員に指示を出してこちらにやってくる。

 その際に面を外すと、短い髪を振り乱すしぐさに女子生徒の歓声が上がる。

 そういうことか……

 

 彼女はある意味、桐条先輩と同じポジションにいる人間だ。

 

「はじめまして葉隠先輩! ボク、先輩に一度会って話してみたかったんです!」

「それはそれは……葉隠です。よろしくお願いします」

 

 男から見れば美人、女子から見れば王子様。

 対する和田と新井は、先日までサッカー漬けの青春を送っていた丸刈り男。

 女慣れしてない上に、相手がこれじゃそりゃ気後れするわ。

 それに

 

「ねぇねぇ見て見て!」

「静かに! 声が聞こえないよ」

「……真琴君と話してるの、誰?」

「葉隠先輩だよ、あの噂の」

「じゃ高校生? なんの用だろ……まさか告白!?」

「だったら部活中に話さないでしょ」

「それもそっか。でも真琴君やっぱりいいわぁ~」

「先輩と話してるから、いつもよりキリッとしてるよね~……ジュルリ」

「ああっ、真琴様ぁ」

 

 ……こっそり聞いてるつもりかもしれないが、ぜんぜん隠れられていない。

 彼女たちの目も気になるだろう。

 

「これ、よかったら部の皆さんで」

「ありがとうございます! 皆! 葉隠先輩からお菓子頂いたよ!」

『ありがとうございまーす!!』

 

 持ってきた荷物を近づいてきた女子部員に預ける。

 

「中身はサービスエリアで買ったお饅頭だから、早めに食べてね」

「ありがとうございます! ……うわー、見てちょっと!」

「これテレビで紹介されてたやつじゃん。どっかのサービスエリアでしか売ってないんでしょ?」

「こんなにいいんですか?」

「お土産用に買いすぎちゃったから、気にしないで」

 

 たまたま在庫を入れ換える時間に当たり、これだけ買ったら安くすると言われて多めに買ったものだ。先生方全員に配っても余るので、消費してもらえるとこちらも助かる。

 

「それで、萩野さんは?」

「“インターハイで待つ”だそうです。今年はおそらく会わないだろうからと」

「同じ大会でも戦うことはない、か……じゃあ来年までにみっちり鍛えないといけませんね。ありがとうございました。葉隠先輩。……ところで先輩は剣道に興味があるとか」

「少し。中学の授業でやってたから」

「じゃあせっかくだから、練習に参加しませんか?」

 

 彼女の体から、一瞬赤い炎が(ほとばし)ったように見えた。

 この流れには覚えがある。 

 

「失礼を承知で聞かせてもらいたいんだけど、強い相手に飢えてる感じはない?」

「? 言われてみると、ある、かも……なんで分かるんですか?」

「矢場さんみたいにいきなり試合を申し込んできたボクサーがいたからだよ」

「ボクサー……あっ」

 

 察したようだが、なんだか申し訳なさそうな表情をさせてしまった。

 そこまで言うつもりは無い。

 

「バイトがあるからそう長くはできないけど、少しなら平気だよ。俺のためにもなるし、邪魔でなければ」

 

 闘技場に通い始めたせいか、タルタロスの外でも戦うことに抵抗がなくなってきたかもしれない。以前の真田ほど嫌悪感を感じなかった。

 

「それはもちろん! こちらから誘ったわけですし……あ、皆はいい?」

『歓迎しまーす!』

 

 剣道部員一同は、俺が渡した土産を掲げて笑顔を見せていた。

 しかもよく見ると若くて影の薄い男性教師が生徒に混ざり、ゴーサインを出している。

 おそらく顧問。それでいいのか?

 

 とはいえ顧問の許可が出た以上、遠慮する必要もない。俺の参加できる時間が短いということで、矢場さんと向かい合って素振りをした後、すぐに試合を行う運びとなった。 

 

「用意はいいですか? 葉隠先輩」

「問題ない。準備オーケーだ」

 

 借りた防具を身につけて、気迫を漲らせた彼女と向かい合う。

 中間には審判として、影の薄い顧問が立つ。

 特筆すべきルールは二つ。

 ・試合の制限時間は十分(俺が行かなきゃならないギリギリまで)

 ・片方が中学生なので、突きの禁止。

 

「では、はじめ!!」

 

 開始の合図が出るが、矢場さんは攻め込んでこない。

 

 これはどうする……萩野さんと互角に戦えるなら、剣道の技術はおそらく矢場さんの方が上。だが、先輩として後輩に譲るべきなんだろうか?

 

 様子を見ていると、向こうが動いた。

 一足一刀の間合いから踏み込んで、竹刀が頭へ伸びる。

 

「ふっ!」

 

 振り上げた竹刀を横からぶつけ、後退しながら小手めがけて振り下ろす。しかし彼女は一度弾かれた竹刀を即座に戻し、小手への攻撃を防いだ。さらに弾かれた竹刀を俺が戻そうとする動きに合わせ、彼女は下をくぐらせた。

 

 

 直後に衝撃。竹刀を打たれた感触が手に伝わり、必要以上の動きが隙になる。

 

 ヤバイ

 

 そう思ったとき、体はすでに動いていた。

 体勢を低く、体の前まで引き戻した竹刀を腰の捻りで強引に滑り込ませる。

 

「胴っ!?」

「はぁっ!」

 

 体ごとぶつかるように押し返し、距離を離して今度はこちらから仕掛けた。

 だが結果は似たようなもの。

 

 萩野さんの指導で多少は良くなった自負はあるが、彼女ほどの繊細さはまだ持ち合わせていない。攻撃は的を捕らえることが無いまま、唯一勝っていた足捌きに実戦経験を合わせ、かろうじて一本をしのぐ状態が続き……あっという間に十分が経つ。

 

「そこまで! ……時間です」

 

 観客から拍手と歓声が湧き上がる中、作法にのっとって礼。

 面を外しながら近づいてくる矢場さんに、こちらも面を外して声をかけた。

 

「ありがとう、やっぱり強いな」

「こちらこそです! 葉隠先輩も十分強いと思いますよ」

 

 満足したのだろうか? だいぶ落ち着いた雰囲気になっている。

 

「兄貴ー」

「時間、大丈夫っすか?」

「そうだった」

 

 あまりのんびりしていると遅れかねない。

 

「それじゃ悪いけど、俺はこの辺で。今日の試合、だいぶ参考になった」

「ボクもなんだかスッキリした気分です。ありがとうございました」

 

 こうして剣道部を後にしたが……後で二人に話を聞いて驚いた。

 

「えっ、部員が剣道をやめる?」

「高校からは将来のために勉強に専念するって、副将とか三年の実力者が部活に参加しなくなったらしいですよ」

「矢場のやつ、それでこないだまで揉めてたんすよ。最近はライバル的な奴もいなくなって落ち込んでたみたいで。でも兄貴と試合した後はなんかスッキリしたみたいっす。あざっす!!」

 

 そんな事があったのか……というか

 

「お前ら、最初から試合をさせる気だったのか?」

「試合とかは考えてなかったっすよ! 兄貴に誓って!」

「というか会わせてからの事は何も考えてませんでした!」

「それはそれでなんで胸張ってんだよ……」

「いや、本人が興味持ってたし? 兄貴なら何とかしてくれんじゃないかと」

「どっからその信頼が沸いてきたんだ」

「ハハッ……実は俺ら、クラスじゃ席も近いんです。あいつは苦手だけど、いい奴ではあるんすよね……俺らがグレてた時、他の連中は何も言わずに離れていくだけだったっす。そりゃしかたねぇのは分かりますけど……あいつだけ違ったんで」

「教室に顔出すとすーぐ飛んできて真っ向から説教してきたし、なんだかサッカーやめた後の俺らみたいになってたんで目につくし。

 だから兄貴から連絡もらった時に思いついたんです。とりあえず会わせてみよう! って。電話もらったときに思ってそのまま」

「これで計画が行き当たりばったりじゃなければなぁ……」

 

 会わせるの一点張りだったのは、それ以外に何も考えがなかったからのようだ。

 

 二人の良い部分を見て、同時に抜けた部分も再確認した放課後だった。




影虎に謎の能力が目覚めかけている……
影虎は奨学金十五万円を手に入れた!
中等部での人気を知った!
中等部の剣道部部長、矢場(やば)真琴(まこと)と知り合った!


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115話 成果物その1

 ~アクセサリーショップ Be Blue V~

 

「お疲れ様です」

「葉隠君、お疲れ様。学校の子が面接に来てるよ」

「そういえば今日でしたね、集団面接」

「うん、ちょうど話してるところ」

 

 さて、誰が入ってくるだろう? 気になるが、着替えて仕事を始める。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

「またよろしくお願いね」

「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしてます」

 

 最近、お客様が増えた。

 店に来る人の数もそうだが、占いのお客様も増えている。

 

 以前、取材を受けた雑誌が出たらしい。

 この雑誌のお店ってここですよね? と尋ねられた時は驚いた。

 すっかり忘れてたから。

 

 マイナーな雑誌だけに、読んできた人はそれほど多くない。

 しかし、記者のコメントで俺の占いが取り上げられていた。

 それもべた褒めとまではいかないが、かなり持ち上げる感じで。

 どうやら彼は、あの彼女とうまくいってるようだ。

 幸せになってるのは喜ばしい。

 しかし、ちょっと私情が入り過ぎてないかな……おっ。

 

「面接、終わったんでしょうか?」

「みたいだね」

 

 店の奥が騒がしくなって、しばらくすると見慣れた人影が見えてきた。

 

「お疲れー」

「葉隠君! いたの?」

「今日はシフトだったからね」

「ちゃんと仕事してる~?」

「当たり前だ! で? どうなの?」

 

 面接を受けていたのは岳羽さん、山岸さん、島田さんの三人のようだ。

 

「私と島田さんが採用ってことになった」

「えっ?」

 

 岳羽さんと島田さん? なら、山岸さんは?

 

「おやおや、葉隠君は山ちゃんと一緒じゃなくてがっかりなのかにゃ?」

「……少なくとも島田さんよりは……」

「言い方! んもー、ジョークに厳しいよ」

「あらあら。仲が良いところに失礼するわね。ちょっと男手を貸してちょうだいな」

「オーナー、すぐ行きます」

 

 奥へ入ると、応接室の方で手招きをしていたので中へ。

 

「いくつか話があるのだけれど、まず新人の採用は岳羽さんと島田さんに決めたわ。新人研修なんだけど、葉隠君にもお願いできるかしら?」

「もちろんです」

「よかった、それじゃ旅行まで一緒になるようにシフトを組むわね。それから山岸さんの件だけど、こちらは不採用にしてマスターのところで面倒を見てもらうことにしたの」

「ということはシャガールに?」

「ええ……江戸川さんから話を聞いて、今日は面接を口実に観察して見たのだけれど……あの子は“自然魔術”の方が向いていそうなの」

「ダウジングやハーブなど……おかしな料理を作るのも?」

「私たちはそう見ているわ。マスターにはペルソナの事を知らせてないけれど、彼は自然魔術のスペシャリストよ。本人も才能のある子は歓迎といっていたし、信頼もできるから」

 

 自然魔術の指導が目的なら、オーナー以上の適任者だったわけか。

 さらに岳羽さんと島田さんはアクセサリーの知識が豊富で、センスも悪くない。

 二人は即戦力になると見込まれた。納得の理由だ。

 

「それから最後に……これよ」

 

 ポケットから無造作に取り出された水晶玉。つまみ上げて光にかざすと、米粒より小さなルーン文字がびっしりと刻まれている。さらにかなりのエネルギーを……。ジェム、いや、どちらかと言うと宝玉輪に近い気がする。

 

「その通りよ。貴方から預かった宝玉輪を参考に作ってみたの」

「再現できたんですか!?」

 

 その質問に、オーナーは“一部”と答えた。

 

「これに貴方から聞いていたほどの回復力はないわ。せいぜい一人の体力を回復させるのが限度でしょう。それに、ジェムや宝玉輪のように特別な効果を発揮するような物じゃないの」

 

 ジェムや宝玉輪には、共通点が二つある。

 まず一つは強いエネルギーを蓄えている石であること。

 もう一つはエネルギーを消費して、魔術的な効果を発揮できること。

 

 オーナーが言うにはこの水晶玉は、エネルギーを蓄えているが本物ほど強くはない。

 そして魔術を発動できるわけでもないらしい。

 

「でも回復できるんですよね?」

「たとえるなら充電式の電池かしら? 私のヒーリングと同じよ」

「ヒーリング……そうか、最初から治療用のエネルギーを込めておき、必要な時に体に戻す……ですか?」

「そういうことね」

「十分使えますよ! 俺は一人で行動してますから、問題もありません」

 

 それに回復やジェムではなく、“予備のエネルギー”という視点は見落としていた。

 これが可能であれば、消耗の激しい記述式のルーン魔術も、準備をすれば楽に使えるかもしれない。

 

「そう簡単でもないわ。これ一つ分のエネルギーを溜めるのに約二週間。無理をすればもっと早くできるけど……長期的に見たら効率が悪いもの」

「俺には作れませんか? 回復が早いので、少しずつ溜めていくとか」

 

 聞いてみたが、残念ながらまだ無理だそうだ。普通の石で効果のあるアクセサリーを作れるようになれば可能らしいので、引き続き訓練しかないだろう。とりあえず可能性は広がった。

 

 

「そうだ、俺からも聞きたいことが一つ。実は……」

 

 人の周りに色が見えるようになったことを伝えると

 

「あっ、今オーナーに黄色い煙みたいなものが見えます」

「ウフフフ……本格的に霊感とかそっちの方面が目覚めてきたみたいね。誰にでも見えるのかしら? 見え過ぎて目が痛いとか、体調が悪くなることは?」

「体調不良は別に。見えるのもオーナーとさっき話しただけです」

「だったら心配はいらないと思うわ。おそらく……貴方は人の感情をオーラの色で見ているのでしょう。まだ親しい人か、相当強い感情の持ち主しか見えないみたいだけど」

「感情……」

「よくいるでしょう? 霊視だとか、オーラを見てその人のことを診断する霊能力者とか。あれって嘘じゃないのよ。インチキで商売をしている人がいるのは否定しないけど……でも本当に力がある人だっているの。貴方もそうなりかけているわ。

私から見て、貴方の成長はかなり早い……それだけ変化に戸惑うかもしれないけれど、生活に支障が無いうちから気にすることはないわ。ただ貴方の成長に伴って、新しい世界が見えてきただけ。それを一つずつ受け入れていきなさい。

あ、でも後でいくつか護符の作り方を教えましょう。……寂しがって見える人にちょっかいかける霊もたまにいるから。基本的にはいつも通りでいいけど、悪霊が憑いてきたら使いなさい」

 

 オーナーの説明を受け、安心したところで奨学金のことを思い出した。

 

「十五万円、確かに受け取ったわ。残りはあと二十一万円ね。頑張って」

 

 気持ちを新たに、仕事に戻ることにした。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~地下闘技場~

 

『そこまで!! 勝者! ヒソカーー!!!』

『ウォオオオオオ!!』

『Boooooo!!!!』

『キャーー!!』

『いいかげんに死ねー!!!』

 

 レフェリーの宣言後、歓声が響く中でチケットを受け取り、リングを降りる。

 ここにもだいぶ通い慣れたし名も売れた。

 ファイトマネーをもらうため、受付の列に並ぶと噂話が聞こえてくる。

 

「なぁ、あれヒソカだよな」

「金の受け取りだろ? あの試合なら相当貰えるんだろうな……」

「おい、間違っても奪おうなんて思うなよ。殺されるぞ」

「バーカ、んな無謀なことすっかよ」

「だよなぁ……あいつもう何連勝だ?」

「さぁ? 見かけるようになってそんな長くないけど、一試合が濃いからな」

「ねぇねぇ、あのお兄さんの話? ちょっと詳しく聞かせてよ。濃いってどういうこと?」

「あ? なんだ、久しぶりだなねーちゃん」

「金持ちのボンボン捕まえて遊んでたんだけどさ、不細工だし付き合いきれなくなって別れてきたの。久しぶりに顔出したら、すっげー良い顔の男がいんじゃん」

「やめとけよ。あいつ最近出てきたんだけどさ、クラッシャー・トミーの挑発に乗ったデビュー戦以来、不利なハンデマッチばかり続ける命知らずだぜ? いかれてるよ」

「流石に最初はタイマンで相手だけ武器あり、くらいだったんだけどな。今じゃ一対複数武器ありが当たり前だ。さっきなんか一度やられた奴らが七人も集まって、リベンジマッチ申し込んだんだぜ? 素手の一人に武器まで使う徹底ぶり」

「それを二つ返事で受けて、まともな攻撃受けずにぶっ飛ばす奴だけどな……リング狭くなるからだろうけど、コーナーとかロープの上をポンポン飛ぶわ走るわ、めちゃくちゃな避け方するしなぁ」

「うわっ、負けた奴らはずかしー。てかそれフツーにすごくない? そんな試合してんなら相当金持ってるっしょ。むしろこれからも稼げるっしょ。イケメンで金持ちとか最高じゃん!」

「試合見てる分には面白いけど。近づくのはな……」

「それにさ、あいつヤバイ連中と付き合ってるらしいぜ? バーテンから聞いたんだけどよ……あいつにここ紹介したの、“上半身裸の男”なんだってさ」

「え。それマジ? うわ~……! ねぇ、あの人こっち見てんだけど……」

「げっ!? やべぇ。聞こえてた?」

「俺、ちょっと帰るわ」

「お、俺も!」

「あはは……あたしも帰ろっと……」

 

 三人はそそくさと階段に消えた。

 ずいぶんな話が流れてるな……

 試合内容は事実だが、そこまで誰彼かまわず襲いはしないというのに。

 ネタ元の変態じゃないんだから。

 

 まぁ、列が進んだのでよしとしよう。

 チケットを換金し、ファイトマネーの十五万四千六百円を受け取った。

 

「ヒソカ様、少々よろしいでしょうか?」

 

 受付の女性が話しかけてきた。

 

「何か?」

「二階席でご友人がお待ちです。換金にきたら伝えてくれと頼まれました」

「友人?」

 

 中二階…………ああ、なるほど。

 

「ありがとう」

 

 礼を言って、中二階へ向かう。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 ~中二階~

 

「やぁ。よく分かったね」

「貴方にここを紹介したのは私ですよ? 知人が来ているかを尋ねれば、なんと名乗っているかくらいは分かります。私たちはそれなりに有名でしてね」

「どう有名かは、一目で分かるな」

 

 タカヤ、ジン、チドリが四人がけの席についている。

 周りの席は空席のまま、誰も近づこうとしない。

 

「この方が商談にも都合がええわ」

「ん? 確かに君たちに連絡をとったが、予定はもう少し後ではなかったか?」

「そう。だけど貴方を見てみようという話になった」

「こんなに早くお金が用意できたのなら、ここを利用したと思いましてね。お金を取りに行くというのなら待ちますよ。私たちが勝手に来たのも事実ですから」

「それには及ばない」

 

 約束の時刻までここで時間をつぶすつもりだったから、用意はある。

 

 服の中から札束の入った封筒を取り出し、テーブルに置いた。

 ジンが中身を改めて良いかを目で聞いてきたので、軽くうなずく。

 

「……ちょうどやな。ほなこいつが例のものや。まいどあり」

 

 こちらも封筒を受け取った。中身は……間違いない。

 

「良い買い物をした。次もあると思っていいのか?」

「いつ手に入るかは分からんが、探しといたる」

「頼む」

「……その顔は本物?」

「違和感があるかね?」

「見た目は完全に人間よ。違和感もないわ。でも、いつもと同じ気配が少し。生身とは思えない」

 

 なるほど、チドリには隠しきれていないか。

 

「それも貴方の能力ですか」

「変形能力の応用さ。他に表面の色を変える能力も使っているが……」

 

 左手の甲を右手でこすり、蜘蛛の図形を浮かび上がらせて見せる。

 

「こんなところに来るんだ。保険の一つ二つはかけておくさ」

「なんとまぁ。我々の仲間になっていただければ、本当に仕事が捗りそうだ」

「悪いがここで十分だ」

「ふふふ……やる気になればいつでも紹介しましょう。しかし、あまり勝ちすぎると相手がいなくなりますよ」

「その時はその時さ。それに八月は仕事の都合でこの街を離れなければならなくてね。間隔を空けてほとぼりを冷ますよ」

 

 タカヤがそうですか、と一言。

 それっきり話題がなくなった俺は一声かけ、飲み物の代金を置いて帰ることにした。

 

「そろそろ失礼するよ、もう十二時が近い」

「今日も行くのですね」

「ああ、しばらく行けなくなるからな。カードは早速使わせてもらう」

「そうですか。では、お気をつけて」

 

 

 さて、タルタロスに行くとしよう。




岳羽、島田がBe Blue Vに採用された!
山岸はシャガールで働くことになった!
影虎の霊感がめざめ始めた!
影虎は護符の作り方を学んだ!


新人バイトの雇用人数と、バイト先の同僚になるキャラ
決めるためにサイコロ振ったら、山岸が落ちちゃいました。


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116話 読書と学習

 ~タルタロス・エントランス~

 

「よしっ!」

 

 買ったばかりのカードを使い、“チャージ”と“コンセントレイト”を習得した。

 どちらも魔力を使って物理か魔法の攻撃力を高めるスキルだ。

 エリザベスとかボス戦では定番のスキルだし、桐条先輩のスキルとしても有名だった。

 

 “コンセントレイト”からの“テンタラフー”

 

 これは間違った使用例。“コンセントレイト”は攻撃の威力を高めるものので、敵全体を混乱させる魔法と組み合わせても意味がない。まぁこちらでは違うのかもしれないが、そこは要検証だ。早速行ってみよう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 ~タルタロス・16F~

 

「なるほど」

 

 ここまで上ってきて、大体分かった。

 今回身に着けた二つのスキル。

 使ってみると、ゲームでは感じられない魔力と気の動きが分かる。

 

 “チャージ”は気の流れを後押しか増加させて、物理攻撃の威力を上げるスキル。

 “コンセントレイト”は集中力を高め、魔法の威力を倍増させるスキルのようだ。

 

 テンタラフーとの組み合わせは、これといって効果はみられない。

 どちらも魔力を使い、攻撃に移るまでの溜め(・・)が必要になってしまうが……

 

「訓練していて良かった」

 

 気功やルーン魔術で培ったエネルギーの操作技術。

 これを使えば溜めにかかる時間を減らしたり、威力をさらに上げることができそう。

 なかなか使い勝手が良い。買って正解だ。

 

「しっ!」

 

 チャージを使った一撃が、オーロラの壁にめり込む。

 破れはしない。でも前より深くまで入っている。

 このまま鍛えていけば、あるいは?

 気長にやろう。

 

 さてもう一周だ。

 今日はまだ実験が残っている。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 ~タルタロス・8F~

 

「このあたりでいいか」

 

 チャラッと軽い音をたて、タイガーアイの振り子がゆれた。

 周辺把握に集中して、通路の形状把握に努める。

 脳内に組みあがる地図。

 それを変形能力で手元にアウトプット。

 

 周辺把握の範囲は俺を中心に235メートル13センチと2ミリ。

 ペルソナの覚醒直後と比べたら、範囲が倍以上にまで伸びている。

 今日は振り子を使い、潜在意識では範囲外は知覚できているかのを探る。

 

 この通路の先は行き止まりか? Yes

 この通路は? No

 曲がり角がある? Yes

 右? Yes

 

 ……答え合わせは後でするとして……次の質問。

 

 脱出装置はあるか? ……分からない。地図の範囲内には明確な反応がない。

 上への階段は? 十字路の先にある。

 しかし階段は確認済みだったので、ダウジングの効果かは分からない。判断は保留。

 では宝箱は? ……おっ、二箇所あるみたいだ。

 最後にシャドウの位置は、一番反応が多い。

 

「よし!」

 

 最も近くの反応に足を向ける。

 

 今日の目的は

 ダウジングによるマッピングの実験。

 ダウジングによる階段、脱出装置、宝箱、シャドウ発見の実験。

 そして最後にもう一つ、シャドウの使役(・・)を試すこと。

 

 昨夜、封印の手がかりを求めて読みそびれていたThe 陰陽道と修験道を一気読みした結果、興味深い記述を見つけた。

 

 それが“式神”。

 世間一般にも名前は広がっているこの“式神”だが、実は三種類の分類がある。

 一つは霊力を何らかの物に宿し、術者自身が作り出した式神。

 次に神霊や護法童子と呼ばれる存在と契約した式神。

 最後に……そこらへんにいる霊や妖怪を調伏して従わせた式神。

 

 “式神”は“式鬼”とも言い、“式”という字には使役するという意味がある。

 “式”の“鬼”。つまり使役された鬼(妖怪)。

 前の二種類はよく分からないが、三つ目は鬼をシャドウと考えればまだ分かる。

 要はシャドウを力ずくで従えられないか? ということだ。

 

 とはいえ最初は穏便に

 

「ちょっといいかな?」

「ギャァッ!!」

 

 問答無用で攻撃された。

 言葉が通じていない? 

 

「まぁ、想定内だけど……」

 

 用意してきた紙を取り出し、魔力を込める。

 

「けっこう消耗するな……俺の言葉が分かれば頭を振ってくれ、こう縦に」

「ギッ!? ……ギィ!!!」

 

 “意思の伝達”を目的としたルーン魔術は効いたのか?

 あからさまに反応を示したものの、残酷のマーヤはすぐさま攻撃を再開。

 

「ちょっと待って! 話を聞いてくれ!」

 

 攻撃せずに語りかけるが、返事は爆炎だった。

 こりゃだめだ、伝達の魔術はまだ完全には使いこなせていないっぽい。

 マーヤの言葉も分からないし、それ以前に話を聞いてもらえない。

 

「……仕方ない」

 

 今はこれで何とかするしよう。

 とりあえずマーヤを捕まえる。

 

「ギィィ……」

 

 氷の鎖で捕獲した後、デビルタッチ(恐怖)でようやくおとなしくなった。

 

「……言葉が分かるか? 分かったら首を縦に振ってくれ」

 

 動きをつけると、マーヤが首を縦に振った。

 こっちの意思は一応、伝わっているみたいだ。

 

「従えば、殺さない。分かるか? ……Yesなら首を縦に、Noなら横に」

「ギィ……」

 

 分かったようだ。

 

「力を貸して欲しい」

「ギィ」

「よし……あそこにいるシャドウと戦えるか?」

「ギィ」

 

 あっさりYes。やらせといてなんだが、抵抗はないのか。

 マーヤは少々小柄な相手を倒し、傷つきながらもちゃんと逃げずに戻ってくる。

 

「効くかな……? ディア」

「ギッ?」

 

 お、治ってる治ってる。

 シャドウを回復するのは初めてだが、ちゃんと効いた。

 

「シャドウの使役は成功ってことでいいよな」

 

 結果に満足すると同時に

 

「……こいつ、これからどうしよう? 飼う場所……いや、それより食事はなに食べるんだ? 人なら食わせるわけに行かないし……」

 

 新たな問題に頭を悩ませることになる。

 その結果、マップの正しさを確認するまで連れまわした後、逃がすことにした。

 

「ギィッ!」

「汚っ……あ」

 

 帰っていいと伝えると、マーヤは地面に唾を吐くような動きをする。

 しかしよく見てみると、吐いたのは五百円玉だ。

 

「これ」

「キイィー……」

 

 マーヤはもう一目散に逃げている最中……

 見逃す代わりにくれたのか? せっかくなので貰っておこう。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 7月21日(火)

 

 放課後

 

 ~部室前~

 

 部活用教材ビデオの撮影後、掃除に手間取り遅くなってしまった。

 軽く走りながら帰っていると、校門前を順平が歩いているのを見かける。

 

「あれ? 順平?」

「おっ、影虎か。どうしたー?」

「いや、順平こそなんでこんな時間に? 帰宅部だよな?」

「ちっと図書室で勉強しててさー。……ほら、期末の点悪かったし」

 

 やっぱり気にしていたか……

 

「調子は?」

「それが聞いてくれよー! ぜんっぜん進まねーの! わからねーから参考書を探して読むんだけどさ、参考書も参考にならねーっつーか、いまいち理解できねー部分があってさ。そういや影虎って参考書とかどんなの使ってんの? オレッチにも分かるような易しい参考書ってねーか?」

「俺は学校の教材が中心。学校のテストは当然だけど“学校で教えた範囲しか出せない”から、教科書の中に説き方は説明があるはずだし……けどそういうことなら“教科書ガイド”がいいかもしれない」

「何だよそれ? 参考書と違うのか?」

「参考書は問題の解き方や勉強内容を解説してるけど、“教科書ガイド”は教科書の内容を解説する教科書の解説書って感じだな。教科書を作ってる会社が作ってるから、ピンポイントで詳しいことが載ってる」

 

 月光館学園で使われている教科書は別に特別な物じゃない……というか、桐条グループ系列の有名な教材メーカーが発行していて、広く使われている物をここでも使っている。教科書ガイドも販売されているはずだ。

 

「教科書の説明ってどんなかんじ? オレッチでも分かる? つか聞いたことねぇけど」

「教科書の内容が分からないなら役に立つと思うぞ。たとえば……そうだな、英語で単語とか英文を和訳する宿題とか出るよな?」

「あれマジめんどいんだよな……」

「ぶっちゃけると、対応した教科書ガイドならその答えが全部載ってたりする」

「は? えっ、なにそれマジで!? それ丸写しできんじゃん!」

「だから学校の先生は言わないんだろうな……まぁでもちゃんと勉強に使えば便利だ。たとえばさっきの和訳だけど、単語はともかく英文を一生懸命に翻訳したとして、それ、自分を信用できるか?」

「……正しいのかは自信ないままだな。授業で答え合わせすりゃわかっけど」

「授業でなかったら、分からないままになりがちじゃないか?」

 

 順平はそっぽを向いた。

 

「“教科書ガイド”を使えば、そういう場面で分からないことは減らせる。だから理解するためにもまた知識が必要になる参考書よりは、分かりやすいと思う。それをもとに勉強して、問題集を解きながらおぼえれば効率も上がるんじゃないか? ちなみに“教科書ガイド”と同じように教科書にそった“教科書トレーニング”って商品もある」

 

 実際アナライズのない一度目の高校時代を、俺はそうやって乗り切った。

 否定的な意見もあるけど、ちゃんとした勉強に使うなら恥じることはない。

 

「へぇー! いいこと聞いちったー……なぁ」

「どうした突然」

「気になるんだけどさ。一冊いくらくらい?」

「会社と内容によるな。七百円くらいの安いやつから、CD付きで千円二千円するのだって……」

 

 気づけば順平は頭を抱えている。

 

「一冊ならともかく、全科目分になると……厳しいなぁ。トホホ……」

 

 つぶやかれた内容からして、金欠のようだ。

 

「仕方ないな……」

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~古本屋・本の虫~

 

「こんばんは」

「おうおう、虎ちゃんかい」

「遅くにすみません。まだお店、開いてますか?」

「開いとるよ。そっちはお友達かい?」

「ちーっす。すっげえ本の数」

 

 順平を本の虫に連れてきた。

 ここなら教科書ガイドがあるかもしれない。

 もしあれば、新品より安く買えるはずだ。

 

 ここに来た経緯を文吉爺さんに説明すると……

 

「ほう。教科書ガイドじゃったら……ある!」

「マジっすか! どこに?」

「……どこじゃったかいのう?」

「だぁっ!? わかんねーのかよ……」

 

 そんな順平を尻目に、参考書のコーナーを探せばすぐ見つかると笑う文吉爺さん。

 二人が教科書ガイドを探している間、俺は店内を見て回る。

 この間の本も役に立ってるし、面白そうな本は無いだろうか……

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 “違いの出る勉強法”

 “らくらく英会話”

 “フードファイト心得”

 “ハイパー速読術”

 “事務作業マニュアル”

 

 これらはペルソナ4に登場する本だ。

 とりあえず買う。

 さらにこんな本も目につく。

 

 “こんなにいらない英単語”

 ネイティブでもあまり使わないような単語、専門用語まで網羅した辞書。

 六法全書のような厚みがある。

 

 “格闘のススメ その一、その二”

 はじめて見る格闘漫画。

 地下闘技場を舞台に戦う男の話らしい。

 

 “刀剣の美学は実戦の中に……”

 刀や古の剣術流派、そしてその歴史について書かれた本のようだ。

 

 どれも微妙に役に立ちそうだ……

 

「影虎ー! あったぜー」

「ん、おう」

 

 いいや、全部買ってしまおう。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~自室~

 

 早速買った本を読んでみる。

 何から読むかは考えるまでもない。

 

 “ハイパー速読術”

 目の通し方。ページをめくるコツ。そして心構え。

 アナライズのような能力ではない、本をすばやく読む“技術”を学べた。

 ……読む前と比べて、本を読む速度が明らかに違っている!!

 

 続いて“違いの出る勉強法”

 様々な物事を学ぶための、効率的な勉強法の数々。

 その特色や脳のメカニズムを丁寧に説明している。

 これは……うまく使えばアナライズの処理がさらに早くなりそうだ。

 

 本を読むのが面白くなってきた……

 

 “らくらく英会話”

 意思の疎通に必要な単語から、よく使われるものを厳選した単語集。

 そして使っていいボディーランゲージ、使ってはいけないボディーランゲージのまとめ。この本は単語の羅列とボディーランゲージだけで意思の疎通は可能であると説いている。

 

 例文: Want(欲しい)、This(これ)、I(私)

 文法的に正しくなくても、何かそこにある物が欲しいという意思は伝わりそうだ。

 きれいな英語が喋れれば、それは“Best”。

 しかしコミュニケーションをとるためには、絶対にベストである必要はない。

 単語だけでも、実際に会話をしてみることを薦める言葉で締めくくられている。

 英会話へのハードルが低くなった。

 

 まだ読めそうだ……気分を変えて漫画にするか。

 “格闘のススメ その一、その二”

 ……この作者、本当に地下闘技場に通ってたんじゃないか? 

 そのくらい地下闘技場の描写が繊細だ。

 あまりにもリアルすぎる……と思っていたら。

 

「二巻で打ち切り……しかも原因が描写って……そっとしておこう」

 

 しかし使えそうな技がいくつかあった。

 しかも技の使い方、ポイントまで細かく書かれている。

 ボクシングのフリッカージャブを改良した打撃。腕の力を極限まで抜く。

 そして極限まで速度を高め、しならせた腕で……ってこれ鞭打(べんだ)? 

 体を動かしてみると空手の“ムチミ”のようで、再現できそうだ。

 

 “刀剣の美学は実戦の中に……”

 刀や古の剣術流派、そしてその歴史について書かれた本。

 知識が増えたし面白かったが、これはそれだけだった。

 

「あ……」

 

 気づけば夜もだいぶ遅い

 残りは明日にしよう……




影虎はチャージとコンセントレイトを習得した!
シャドウと“交渉”ができるかもしれない!
ダウジングをマッピングに使えるようになった!
地図を使ってシャドウや宝箱が発見できるようになった!
影虎は本を大量購入して読んだ!
読書の速度とアナライズの処理速度が向上した!


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117話 一学期終了

 7月22日(水)

 

 ~教室~

 

 四時間目の英語。

 担当の寺内先生が、誰を当てようかとクラスを見回している。

 クラスメイトが当てられないように身を縮める中、いつもは誰よりもそうする奴が胸を張っていた。

 

「あら……Mr.伊織? 珍しく起きていますね。次の会話を訳してくださーい」

「はいっ!

 “俺のハンバーガーを食べたのは誰だっ!?”

 “すみません、俺です。とってもお腹が空いてたので……”

 “今すぐ新しいのを買って来い!”

 “じゃあバイク貸してください”

 “仕方ないな……ほら”

 “いってきます”

 

 そんでもって二時間後……

 

 “戻りました”

 “遅いぞ! 何やってた!”

 “すみません、財布を忘れて。でもハンバーガーは買ってきました。どうぞ!”

 “おお! 俺のハンバーガー……冷めてるじゃないか! 道草食ってたな!?”

 “いいえ! 俺は買った後、真っ直ぐ歩いて帰ってきました!”

 “じゃあなんで冷めてるんだ!”

 “歩いて帰ってきたからです!”

 “……俺のバイクはどうした?”

 “財布を忘れたので、バイクを売ってお金にしました”

 “………………信じられない”

 “本当です”

 “不可能だ!”

 “可能でした!!”

 “……信じたくない”

 

 ボビーは呆然として動かなくなった……です!」

「エクセレント! Mr.伊織、完璧な和訳です! Exam(試験)の点が悪かったから心配でしたが……ちゃんと予習をしたのですね?」

「もちっすよ! ……てか本当にこれで正しかったのかよ。なんつー会話してんだこいつら」

「これはアメリカンジョークでーす。訳ができても、理解するのは難しいですね」

 

 アメリカンジョーク……?

 真偽はともかく、順平はちゃんと予習をしてきたらしい。

 昨日のアドバイスが役にたったようで何よりだ。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 

 昼休み

 

 昼食の買い出しを昨日の礼にと申し出てくれた順平に任せ、教室で待つ。

 その間、昨日買った本を読むことにした。

 

 “フードファイト心得”

 

 フードファイトとは何か?

 食物をより多く食べるための方法。

 食材ごとの満腹感の違い。

 日ごろからの練習と、基礎となる体作り。

 そして日本全国の大盛り有名店。

 フードファイトに関する知識を手に入れた。

 意外と大食いメニューを置いてる店はあるようだ。

 初心者向けは巌戸台にもあるらしい。

 美味そうだったし、忘れないうちに行ってみよう。

 

 “事務作業マニュアル”

 事務作業で抑えておくべきポイントが懇切丁寧に書かれている。

 派手さはないが、非常にシンプルかつ分かりやすい。

 これに従えば、書類作成も楽になりそうだ。

 

 “こんなにいらない英単語”

 始めて見る単語で内容の大半が埋め尽くされている。

 比喩表現や罵倒まで豊富。

 ネイティブと口喧嘩になったとしても、語彙力で負けることは無いだろう。

 相手が理解できるか分からないが。

 

「買ってきたぜー! おっ、昨日の本じゃん。持ってきたのか?」

「トレーニング用の重石にちょうどいいかと思ってな。暇ができたらこうして読めるし」

「……お前、そのスピードで読んでんの? 何か探してる単語があるんじゃなくて」

「前から似たことはできたし、ハイパー速読術って本を買って読んだから」

「速読……練習でできるようになるってマジ?」

「なんだったら本貸すよ、ついでに“違いの出る勉強法”もつけて」

「おっ! マジか、なら借してもらおっかな~♪ 今日の英語もズバッと答えられたし、オレッチ、勉強に目覚めちまったかもな!」

 

 この前までの暗さはどこへ行ったのか。

 今は太陽のごとく輝いている順平だった。

 ちょっと眩しいから、もう少し落ち着いてほしい。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~巌戸台~

 

「らっしゃい! カウンターどうぞ!」

 

 教材ビデオ撮影とバイトで腹をすかせ、やってきた中華料理屋。

 こじんまりとした店のカウンター越しに、中年男性の声が聞こえる。

 

「何にします?」

「ここに大盛り盛り(・・・・)チャーハンがあると聞いたんですが」

「あいよ! 大盛り盛り(・・・・)チャーハン一丁!」

 

 軽快な返事から中が慌しくなり、中華鍋に大量の具材が放り込まれていく。

 

「はいよっ! 大盛り盛り(・・・・)チャーハン一丁上がり!」

 

 チャーハンの大皿ギリギリの円周、そして40センチはある高さ。

 盛りに盛られたチャーハンが姿を現した。

 

「いただきます。……!!」

 

 怯まずにレンゲを入れて口へと運ぶ。

 具材の旨味が全体に染み渡っている。

 それでいてパラパラな米は重たさを感じさせない。 

 動き出した手は止まらない!

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「ごちそうさまでした」

「まいどありー」

 

 苦労も無く食べきれる量と味。

 入門メニューならただのおいしい食事だった。

 

「そこのチミ」

 

 ? 周囲には他に誰もいない……

 

「俺?」

「そうそうチミだよ」

 

 振り向いた先には小太りな男子がいる。

 ってかこいつ! 

 

「グルメキング……」

「なっ!? なんでボクのことを?」

「! あー、いや、その……」

 

 つい口にでた言葉に反応するグルメキング。

 もとい原作で“月”のコミュを担当する“末光(すえみつ)望美(のぞみ)”。

 

「ちょっと噂を聞いてたから」

「……そういうことか。ボクのファンなんだね?」

「はっ?」

「照れない照れない! さっきボクもお気に入りのメニューを食べてただろう? 初心者向けとはいえ良い食べっぷりだったから声をかけてみたんだけど……まさかボクを追いかけるつもりかい?」

「いや……」

「まぁ、チミがボクに追いつけるかは分からないけど……せっかくのファンだし、応援するよ。チミは学校も同じみたいだしね。その制服を見ればザッツ・オール! この出会いの記念に次のステップへ進むための店を紹介してあげようか?

 なにせボクはグルメキング! だからね。キングがキングたる食の奇跡を君に見せてあげるよ。おいしい店は……店、は……」

 

 グルメキングの顔色がおかしい……

 

「……大丈夫か?」

「お? おぉ……おおお!?」

 

 末光のお腹がうなり声を上げ始めた!

 

「なぁぜぇにぃ……ポ、ポンポン痛ぇ……! えぇ……えま、エマージェン……しぃ……!! ず、ずばぬ……ごちそぉ……また今度……!!」

 

 末光は走り去ってしまった。

 

「嵐のような奴だったな……」

 

 さて、稼ぎに行こう。

 今日は鞭打を試してみるか……

 

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 

 7月23日(木)

 

 夜

 

 ~アクセサリーショップ Be Blue V~

 

「こちら千五十円になります」

「ありがとうございました!」

「「……ふぅ」」

「大丈夫か?」

「平気。葉隠君こそ疲れてない?」

「私たちの監督と仕事に占いまでやってるじゃん」

 

 今日は岳羽さんと島田さんの研修初日。

 しかし二人は元々アクセサリーショップには慣れていて、商品の知識も持っていた。

 さらに島田さんは接客が上手い。本人と客層が合っているようで、アクセサリーの話が弾んでいた。ちょっとお客様とのお喋りが多い気もするが、仕事はしている。それにお客様は笑顔で何かしら買って帰っていく。

 

 岳羽さんは要領が良いとはいえないが、教えた仕事はまじめに取り組むし問題点も特になかった。

 

「えらそうなこと言うけど、二人は手間がかからないほうだと思うよ。たまにコンビニとかでやる気のないダラッとした店員見るじゃない? 万が一あんなのだったと考えると……」

「たまにいるよね、そういう人」

「いるいる、ひっどい対応の……ってか初日からそんな態度でやるわけないじゃん」

「それもそうか。んじゃ今後もそうならないことを願う。ところで、どう? 今日一日働いてみて、やっていけそう?」

「ばっちり! 仕事はまだ覚えなきゃだけど、楽しいし」

「オーナーも良い人だよね。最初すっごい驚いたけど……」

 

 よかった。これで俺が帰ってくるまでの代理を頼める。

 

「葉隠君の旅行っていつからいつまでなの?」

「7月31日の飛行機でテキサスへ行って、4週間で帰る予定。だけどバイトのシフトは9月からだから」

「つまり8月は丸々いないと考えればいいのね。了解っ! 私と岳羽さんに任せなさい」

「それまでは色々教えてもらうからね」

「オーケー。なんなら店の仕事だけじゃなくて、占いもやる?」

「そっちはいいって。葉隠君の占いって人気出てきてるんでしょ? 素人の私が代役とか、それだいぶチャレンジ行為だって」

 

 さすがに引き受けてもらえないか……

 

「! いらっしゃいませー!」

 

 無理強いせずに仕事に戻った。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 7月24日(金)

 

 終業式後

 

 ~教室~

 

「ねぇねぇ、夏休みどうすんの?」

「高校生にもなったんだし、ちょっと大人っぽい事したいよね」

「大人っぽい事って、彼氏作るとか? それともここでは言えないような?」

「やだ~、何言ってんの~」

「みさちん大胆ー」

「あっ、大胆といえば私新しい水着買ったんだけど~」

「なぁ、おい。女子も解放的になってるんじゃね?」

「俺らも負けてらんねぇよな」

「俺たちの明るい高校生活のために……」

「ああ、まずは資金調達だ!」

 

 皆もう夏休みのことで頭がいっぱいらしい。

 

「葉隠、ちょっといいか?」

「これから遊び行こうって話になったんだけどさ、お前もどう?」

「あんまり遊んだことないし、この機会にさ」

 

 宮本とクラスメイトの男子たちに誘われた。

 バイトもないし、夏休みは日本にいない。

 せっかく誘ってくれたんだから、遊べるときに遊んどこう。

 

「おっし! じゃあホームルーム終わったらいったん帰って、着替えて三時に現地集合でいいか?」

「巌戸台の“ストライク”なんだけど」

 

 “ストライク”

 正式名称はストライク10。ボウリング場を中心にダーツやビリヤード、さらに体を使ったさまざまなゲームができる複合エンターテイメント施設だ。

 

「巌戸台にもあるんだ」

「一軒だけだけどね。ほらここ、場所わかる? どこかで待ち合わせても良いけど」

「ん~……」

 

 携帯で見せてもらうと、行ったことのない地域だ。

 でも駐車場も完備されているし、住所が分かればバイクで行けるだろう。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 夕方

 

 クラスメイトとの交友を深めた後、現地解散になった。

 俺はバイクで向かったため、一人で気ままに帰ることに。

 

「……よってくか」

 

 目についた看板に従い、左折。

 駐車場にバイクを止めて、階段を上る。

 

 

 ~長鳴神社~

 

「ワン! ワウッ!!」

「おっ、今日は一人か?」

「ワフッ!」

 

 階段を上りきると、いきなりコロマルが飛んできた。

 

「今日はどうした? 何もしてないぞ、俺は」

「ワフッ」

 

 こちらの言葉は伝わっていると思う。

 しかし、返事が分からない。

 ……コロマルにも使えるかな?

 小型のメモとペンを取り出し、ルーンを書きこむ。

 内容は意思疎通、でもこちらの言葉は伝えなくていい。

 コロマルの意思を俺が受け止めるだけにとどめる。

 

「これでよし」

「ワフゥ?」

 

 ! おぼろげながら、コロマルが疑問を抱いているのを感じる……

 

「これか? これは、ちょっとしたおまじないだな」

「ワフッ」

 

 そういうものか、と興味を失ったようだ。

 そのままコロマルは俺が上ってきた階段に目を向けた。

 見ている。

 じっと見ている。

 階段を。

 

「……何かあるのか?」

「ワン!」

 

 ? 来る? ……誰かが来るらしい。

 

「もしかして、飼い主さんが来るのか?」

「クゥ~……」

「違うらしいな……じゃあ誰が」

「!! ワン!」

「あっ!」

 

 コロマルが急に走り出す。

 その先には……

 

「うぉっ、っと。おいおい、いきなり飛びついてくんなコロ。あぶねぇだろ」

「クゥ~ン」

「ま、次から気をつけろよ。それより今日も飯、持ってきてやったからな。腹いっぱい………………」

「……どうも、荒垣先輩」

「お前、いつからそこに……」

「コロマルが飛びつく前から、ちょっと!?」

 

 気まずそうに立ち去ろうとする荒垣先輩を急いで呼び止める。

 

「待ってください誰にも言いませんから! コロマルは階段の上でずっと待ってたんですよ!」

「ワンワン!! クゥ~ン……」

「……ちっ! 分かった」

 

 ため息を吐く先輩を連れ、境内へ。

 

「ほらコロ、ゆっくり食べろよ」

「ワフッ、ハグッ、ハグッ……」

 

 タッパーの中身は明らかに市販のものではない。

 

「……この前はあの後、どうした?」

「? ああ、真田先輩との」

「また変な迷惑かけてねぇか?」

「意外とあっさりしてましたよ」

「少しは絡まれてんじゃねぇか……」

 

 その後荒垣先輩は世間話を続け、コロマルが食事を終えるとそそくさと帰ってしまう。

 食事を作ってきたことに触れられたくなかったんだな、絶対。

 

「ワン! ワン!」

 

 たっぷりと食べたコロマルが、元気に境内を駆け回っている。

 一緒に遊んでみた。

 

 二人とちょっとだけ親しくなれた気がする。




影虎は末光望美と出会った!
影虎は島田と岳羽の新人研修を行った!
一学期が終了した!
影虎はコロマルと荒垣の二人と交流した!


次回の更新で、舞台を巌戸台からアメリカへ移す予定。
ここから夏休み期間はほぼオリジナルの展開になるので、
原作がまったく無い中で上手く書けるか、個人的にチャレンジします。


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118話 夏休み初日

 7月25日(土)

 

 朝

 

 ~自室~

 

「電話? 誰だろ」

 

 ランニング帰りで朝食も済ませたが、そこそこ早い時間帯だ。

 番号にも見覚えがない。

 出てみると、相手の声が聞こえない。

 

「もしもし?」

『ゴホッ……はがくれ……』

 

 咳? 間違い電話ではなさそうだ。

 

「もしもし? どちらさまでしょうか?」

『あ゛あ……しづれい……生徒会、ふぐっ会長の武田だ、ゴホッ』

「おはようございます、大丈夫ですか?」

『体調は悪い……その件で連絡、ゴホッ、させてもらった』

 

 あまり容態の芳しくなさそうな武田先輩が言うには終業式の後始末など、生徒会の仕事があるらしい。しかし先輩は体調不良でとても仕事に出られそうにない。ということで、代役を頼みたいとのことだった。

 

『葉隠の仕事ぶりは、前にも見せてもらった。ハァ……になら、任せられる』

「……わかりました。午前中は用事もありませんし、バイトの時間まででよろしければ」

『助かる……』

「それではこれから学校へ向かいます。お大事に」

 

 話すのも辛そうだったので、早々に電話を切った。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~生徒会室~

 

「というわけです」

「こちらとしては助かるが、いいのか?」

「午後まで用事はありませんから」

「そうか、ならありがたく手伝ってもらおう」

「じゃあ葉隠君はこっちの席ね。武将いないから遠慮なく席使っちゃって。そんでもって仕事はこれ」

 

 海土泊会長、やけに手際がいいな。

 

「遠足とか学校行事の前に張り切って、当日風邪で寝込んじゃう子っているじゃない? そんな感じで、武将って節目が来るとよく寝込むんだよ」

「あ、そういう人なんですね……」

「だいたい六割くらいの確率だね。だから事前に仕事を分担する用意はしてたわけ。普段バリバリ働いてくれるし、こういう時は私が働かないと。でも戦力があれば使うんで、そこんとこよろしく!」

 

 最初の仕事内容は生徒向けのプリント作成。

 作業の進みが以前よりも速い。

 

「会長、プリントはこれでどうでしょう?」

「………………うん! 問題ないよ。久保田くん、もう一枚のデータは?」

「できてます。このUSBに」

「ありがと。それじゃこの中にそのデータも入れて、コピーしてきて。それを全校生徒分に二枚一組で分けてくれる?」

「了解です」

 

 ……

 

 コピーしたプリントを分ける。

 用紙を扱う指先は滑ることなく、規定の枚数を一度で取り出していく。

 

「できました」

「オーケー、じゃちょっと待ってて。すぐ仕事できるから」

 

 待機している間に生徒会室を見ると、誰もが仕事に集中している。

 その机には資料と一緒に、中身の空いているカップが目につく。

 入っていたのはどれもコーヒーのようだ

 ……邪魔にならないよう、音を殺して席を立つ。

 

 海土泊会長はスティックシュガー一本、ミルクが一個。

 久保田先輩は砂糖なしのミルク一個。

 久住先輩は砂糖三本にミルク二個

 桐条先輩はブラックだな……

 

 カップ内に残るコーヒーの色、そしてソーサー周辺に残るごみ。

 そこから砂糖とミルクの有無と量を推察し、新しく入れたコーヒーにつけて配る。

 ごみと空いたカップを回収し、洗って戻ると新しい仕事の用意ができていた。

 

「葉隠、次は私の手伝いを頼みたい」

 

 今度は会議用の資料作成のためのデータ入力だった。

 書類の内容を記憶して、入力する地道な作業。

 

 最大限の効率化を発揮するために必要なのは、正しい姿勢。

 事務作業のためにさまざまな道具があるが、それを使うのは人間。

 人間である以上、作業を続ければ疲労が蓄積し、作業の効率を落としてしまう。

 姿勢はそれを軽減も倍増もさせる。

 

 “事務作業マニュアル”の知識が役に立った!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午後

 

 ~ポロニアンモール・路地裏~

 

 生徒会の仕事が早く終わった。

 しかしバイトのシフトまではまだ時間がある。

 どうしようかと考えた結果、ちょっと新人二人の様子を見ることに決めた。

 

 ドッペルゲンガーで服装を適当な物に、顔を闘技場用(ヒソカ)に変える。

 これならバレまい。いろんな意味で覆面調査だ。

 

「いらっしゃいませー……外国の人かな?」

「うはっ! 何あのイケメン。何か探してるのかな? 探しものがあるなら、案内したほうがいいよね」

「だね。言葉が通じるといいけど。いらっしゃいませ、何かお探しですか? 」

「ネックレスのチェーンだけ、買えますか? 昨日、金具が壊れてしまって」

「はい、それでしたらこちらのコーナーに」

「こちらへ! どうぞー♪ いらっしゃいませー」

 

 島田さんが興奮気味なのはともかくとして、応対はちゃんとしていた。

 

 

 ついでといっては何だが、時間があるのでシャガールにも行くと

 

「い、いらっしゃいませー……」

「山岸さん、五番テーブルの片付けお願い」

 

 慣れない様子で接客をするウェイトレス服の山岸さんと、軽やかに動く高城さんの姿があった。

 

 こちらもちゃんと働けているようだ……

 邪魔をしてもいけないので、そっとしておこう。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~アクセサリーショップ Be Blue V~

 

 失敗した。

 島田さんのヒソカへの食いつきがハンパない。

 恋愛感情はなく、単にイケメンへの興味なのが幸いだが……

 

「ねぇねぇ葉隠君! さっきさ、すっごいイケメンがお店に来たよ!」

「茶髪で外国人っぽい、でも日本語はちゃんとしゃべれて」

「なんかこのあたりじゃ見ないような人だった」

 

 お客様がいない時はずっとヒソカの話をしている。

 真面目に聞いていると喜びの黄色に熱意の赤が混じってこう……

 護符を作るほどではないけど、鮮やかすぎるオーラが目に悪そうだ。

 

「ねー葉隠君、聞いてる?」

「聞いてるー」

「絶対ウソだ」

「内容はちゃんと頭に入ってるって。というか、男がイケメンの話を積極的に聞きたがるのもそれはそれでどうよ?」

「一部の女子には人気が出そうだね。私はパスだけど。そういう話じゃなくて……ちゃんと話を聞いてくれない男は、女の子に嫌われるよ?」

「そういわれてもな……」

 

 だって俺の変装だもの。

 どうしても興味なんか出ない。

 

「そういう話は岳羽さんとしたらいいじゃない」

「ダメダメ。ゆかりちゃん、かわいーのにそういう話好きじゃないみたいだから。他人の話は聞くし応援もするけど、自分は絶対に男女交際お断りなんだよね。中学では告白受けまくりで、断りまくり。同性愛者でもないみたいだし、なんでだろ?」

「……さぁ? 考え方は人それぞれだし」

「そりゃそうなんだけどさー……! いらっしゃいませー」

「!?」

 

 店内におずおずと入ってきたお客様。

 彼女を見て、俺は一瞬とまどった。

 

「久慈川さん?」

「葉隠先輩!」

「あれ? 葉隠君の知り合い? まさか彼女?」

「違う。この前テレビの撮影で知り合った子だよ。アイドルの卵で、迷惑になるからそういう話は謹んでくれ」

「おっと、これはかなりガチめなトーンだ……ま、そういうことならしょうがないか」

「大丈夫ですよ。私、まだデビューもしてませんから」

「それはそうかもしれないが……ところで今日はどうして?」

「えっと、これ!」

 

 そう言って彼女が取り出したのは、例の雑誌。

 

「テレビ局で話してた時からポートアイランドってなんとなく聞いた事あったんですけど、これ見てわかりました。私が所属してる事務所からそんなに遠くなかったんです」

「そうなの?」

「巌戸台から七駅でした」

 

 となるとモノレールの乗り換えや待ち時間を含めても、一時間かからないな……

 

「奇遇だな。それをわざわざ教えに来てくれたのか?」

「……それと占いもお願いしたいんです。悩みができちゃって誰かに相談したいけど、学校の子とかにはできないくて。だから」

「そういうことなら引き受けるよ。個人としても、仕事としても」

 

 タロットの用意を整える。

 

「さて、まずは相談内容を聞かせてもらえるか?」

「……」

 

 なんだか言いにくそうだ。

 よく見ると暗いオーラも見えてきた……?

 

 なら、使用するのはピラミッド・スプレッド。

 下段に三枚、中段に二枚、上段に一枚のカードで三角形を作る。

 このスプレッドの下段の三枚は現在、過去、未来における問題の原因や状況を示す。

 

 一枚目:隠者の逆位置 キーワード:暗い性格

 二枚目:愚者の正位置 キーワード:変化 スタート

 三枚目:太陽の正位置 キーワード:未来の明るさ 発展

 

 なるほど。デビューが近い。それに伴う不安ってところか。

 

 彼女はもともと明るい性格ではない。

 そんな自分を変えるためにアイドル活動を始める。

 それを表すかのように、隠者の逆位置。

 悪い方向で閉鎖的なイメージが現れていた。

 

 そこに変化、未来の明るさと続けば簡単に分かる。

 

 だいたい原作の9月ごろには、クラブ“エスカペイド”でのシークレットライブをやろうとしてトラブルという話もあったと思う。練習期間を考えると、デビューまで一年を切っている可能性は高い。

 

 しかしこの内容だと……

 

「ここで話すのはやめておこう」

 

 オーナーに頼み、奥を使わせてもらうことにする。

 

「さて、問題はデビューが近いことに関する不安でいいかな?」

「嘘!? ……なんで?」

「カードに出てる」

 

 そういうことにしてカードの解釈を説明すると、彼女はゆっくりと語り始めた。

 

「実は今日、事務所の偉い人から私のデビューについて話があったんです。この前のテレビ局の見学も、将来自分が目指す場所を見せるためだったって……急に言われて……

 私、歌とダンスのレッスンはやってきました。デビューしていく先輩たちに、辞めていく先輩たち。たくさん見て、自分はどっちになるんだろうって考えたり、デビューして変わりたいって思いながら練習して……

 でも、本当にデビューできる日がくるなんて……私、このままデビューしてもいいんでしょうか?」

 

 目に浮かんだ涙が一滴、頬を通ってこぼれ落ちる。

 長い時間をかけても手が届くかわからない目標。

 それが突然手の届く場所に現れた。

 いざとなって、一歩踏み出せずにいるようだ。

 

 オーラには島田さんと同じ黄色や赤色も見える。

 しかしそれを大半を占める黒が塗り潰しそうな状態。

 

 デビューに対して喜びや熱意はあるようだけど……

 真面目で思いつめる性格なだけに、プレッシャーも大きいのだろう。

 しかし彼女は成功する。それはカードも示している。

 

 六枚目:星の正位置

 

「ピラミッドの頂点は、未来を示す場所。そしてこのカードには“成功”という意味がある。さらに最初に見た三枚からは、暗い過去から明るい未来への変化も読み取れる。今はそのための転換期、ということだ」

「成功するって、そんな簡単に」

「それだけの見込みがなければ事務所だってデビューはさせないさ。この前も言っただろ? ……それに、楽々とは言ってない。やらなきゃならない苦労もあるはずだ。それを乗り越え、成功にいたるまでのアドバイスもカードは示している」

 

 四枚目:正義の正位置 キーワード:誠実さ

 五枚目:節制の正位置 キーワード:忍耐

 

「清く正しく誠実に、身を慎んで辛抱強く。仕事を真剣にこなしていくこと」

「それだけ……?」

「それだけが難しい。できない奴もいるさ。……それに、前のテレビ局で俺を参考にするよう言われたんだろ? そのときの俺の評価ポイントは?」

「っ! ……ハプニングにもめげない、姿勢……」

「慣れてきて無自覚に手を抜いたり、なんてこともあるからね。そこは注意が必要だ」

「……そうすれば、やっていけるんでしょうか? 私、変わろうって決めたのに怖くて」

「不安だろうけど、アイドルをやりたいって気持ちはあるだろう? 怖いといっていても、じゃあ辞める! って言えない。それだけの熱意があるのが、久慈川さんを見ていて分かるよ」

「……」

「大丈夫。その気持ちと熱意に従えば良い。楽な道じゃないだろうけど、丁寧に仕事に取り組んで、自分を磨いていけば必ず成功する。それだけの能力が、素質が、久慈川さんにはある!」

 

 強く断言した。

 未来を知っているからこそできた曖昧さの一切ない、心からの一言。

 そこには彼女が目を丸くさせる効果があったようだ。

 

「……………………ぷっ、あはははっ!」

「……何かおかしかった?」

「おかしいって言うか……まさかそんな真顔で言い切られるとは思わなくて……ふふっ」

 

 笑いをこらえる久慈川さんを見ていると、だんだん恥ずかしくなってきた……

 

「……私、占いってもっと遠まわしで、当たってるのか当たってないのか分からない事を言われると思ってました。……だったら自分の好きなように解釈しよう。そうすれば自信……自分の不安を紛らわせることができるかも、って……ちょっと考えてたかも。なのに先輩、ズバズバッと断言するんだもの。

 ……でも心強かった。おかげで私、ちょっと元気でた。相談内容とか、当たっててビックリもしたし……まだ不安はあるけど、先輩のアドバイスを信じてアイドル頑張ってみる」

 

 どうやら良いアドバイスができたようだ。

 オーラの色も明るめの青を中心とした色合いに変わってきた。

 

「デビューが決まったら連絡するから、その時はライブ見に来てくださいね!」

 

 興味はあるし、その時は見に行く。

 約束をして、久慈川さんの占いを締めくくった。

 

 だがこの後

 

「ねぇ葉隠君。どうしてあの子の目には泣いた跡があるのかな~」

「女の子泣かすとか、ちょっとありえなくない? まさかとは思うけど……」

 

 変な疑いをかけられちょっと焦った。




「待て待て。二人とも、俺は責められるようなことは」
「そうです! えっと、なんて言ったらいいか……とにかく! 葉隠先輩はひどい事とかしてません。とっても優しくしてくれました!」

 その瞬間、岳羽さんの表情が凍った。

「とっても優しく……?」
「なんだか意味深……」
「ッ! 葉隠君、あんた奥で何やってたの!? 最ッ低!」
「どうしてそうなる!?」
「なんで余計に怒ってるの? 落ち込んでた私を励ましてくれただけなのに……」
「なんだ、やっぱその程度か~……てかゆかりちゃん、耳年増?」

 こんなやりとりがあったとか、なかったとか……


 当分機会がなくなるので、また唐突なりせちー登場でした。


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119話 いざテキサス

 7月31日(金)

 

 夏休みが始まって早一週間。

 ほどほどに仲間と遊びつつ、能力を活用し宿題を片付けて。

 とうとう、アメリカへ旅立つ日がやってきた。

 

 ~成田空港~

 

「準備はいいな?」

「はいっ、バッチリです先輩」

「ヒッヒッヒ。楽しみですねぇ」

 

 俺はジーンズ、Tシャツ、ルーンストーンのアクセサリー。

 天田は半ズボンにシャツで黄色のリュックを背負い。

 江戸川先生は普段の白衣を脱ぎ捨てて、アロハシャツを着用。

 長時間のフライトのため、それぞれ緩めの楽な服装でやってきた。

 

「先輩のご家族はどこでしょうか? 人が多すぎて……」

「航空会社の受付の近くで待つ、だそうだ。あと親父と待ち合わせるときは人が避けて通る場所を探すと見つかりやすいぞ……ほらあそこだ」

「あそこって、どこですか?」

「ほら、あっちのMって看板の下あたり。短パンとアロハシャツで江戸川先生と服装がかぶってるのが親父」

「そんな遠く、よく見えませんよ」

「人が多いですからねぇ……ヒヒッ、それを抜いてもだいぶ遠い気がしますが」

「……今度、視力を測り直しますか? 2.0以上でどこまで見えるか」

「試してみたいですが、まずは合流ですねぇ」

 

 望遠能力で素の視力まで上がってたりするのかも知れない。

 でも先生の言う通り、ひとまず置いておいて合流する。

 

「江戸川先生、お久しぶりです。いつも息子がお世話になって」

「いえいえ、彼とはお互いに助け合える関係ですから」

「あら、そうなんですか? それでしたら……ああ、こちら夫と同僚の」

「ジョナサン・ジョーンズでーす。よろしく、お願いしまーす」

「こちらこそ、お世話になります。私は江戸川、そしてこの子が」

「天田乾です、初めまして」

「ほー、お前が影虎の弟分か」

「わぷっ!?」

「どうよ? こいつちゃんと面倒見てくれてっか?」

 

 挨拶もそこそこに先生はジョナサンと話し、親父は天田に絡み始めた。

 天田は戸惑っているようだけど、この分ならすぐに打ち解けるだろう。

 

「虎ちゃん」

「母さん?」

「久しぶりね。 二ヶ月くらい会わなかっただけなのに、ちょっと大きくなったかしら?」

「かもね」

「元気でやってるの? 食事はちゃんと食べてる?」

 

 こちらはこちらで細かい事をいろいろと聞いてくる。

 そうこうしながら手続きを済ませ、搭乗時間がやってきた。

 

「うわー!」

 

 天田はすごく楽しそうだ。

 

「海外は始めてか? 」

「僕、海外どころか飛行機も初めてですよ」

「そうなのか?」

「母さんは仕事があったし、家もあまりお金なかったみたいで。出かける時はいつも近いところだったんです。旅行も学校の遠足くらいでした」

「だったらこれが天田少年の初旅行ということですね? ぜひ最高の旅行になるように、お手伝いしますよー?」

「手伝うのはジョナサンの家族でしょ?」

「HAHAHA! that's right!」

 

 ちなみにジョナサンは家族が観光業を始めてから実家に帰ったことがない。

 俺たちとほぼ同じお客様待遇で遊んで帰るつもりだと宣言していた。

 

「でも、みんなに楽しんで欲しいのは本当ですね。困ったことがあれば手伝うし、あっちには僕の家族がたくさんいるから、大抵のことは大丈夫さ」

「おいジョナサン。俺たちだけで6人だぞ? 他の客は大丈夫なのか?」

「ノープロブレム。うちは大家族だからね。まず両親でしょう? それからお兄さんが3人、お姉さん2人、さらにお姉さんの旦那さんと子供が3人同居してるはずなのさ」

 

 そんな話初めて聞いた。総勢11人とはすごい。

 

「兄と姉が1人ずつ別の仕事をしてるけど、残り9人は空いてたかな? まぁ大丈夫でしょう」

 

 そうなのか……

 

 まだ見ぬ旅行先へと思いを馳せて、十二時十分発の飛行機に乗り込んだ。

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 ~アメリカ・テキサス州 サンアントニオ国際空港~

 

「着いたねー……」

「ぐあっ、体がバキバキいってやがる」

「テキサスって遠いんですね。十四時間もかかるなんて」

 

 日本時間は8月1日(土)の午前二時前だが、こちらはまだ7月31日(金)の昼十二時前だ。

 日本時間とは別にこちらの時間も体内時計で記録しておこう。

 

「ヒヒヒ、時差ボケは大丈夫ですか?」

「ここからどうすればいいのかしら?」

「迎えがきているはずでーす」

 

 そう言われても、出入り口は同じように誰かを迎えに来た人々でごった返している。

 

「プラカードを持っているはずですがー……」

 

 探してみるとやはり目が良くなっているのか、俺たちの名前が書かれたプラカードはすぐに見つかった。しかし、持っているのは記憶にない男性。黒スーツにサングラスをかけて、まるでSPかマフィアのようだ。

 

「オゥ! その人たぶん姉の旦那さんでーす。Let's go!」

 

 目視できた時点で真っ先にジョナサンが駆けていく。

 それを追っていくと、

 

「ようこそテキサスへ」

 

 短いながら、きれいな日本語で迎えられた。

 

「皆、彼はジョージ・安藤。僕の姉の旦那さんで、日本語喋れます」

「父が、日本人でした」

 

 口数は少ないが、気遣いを感じる。

 

「ダディはどうしたの?」

「今朝、急に飛び込みの客がきた。代わりに私と娘が運転手と案内をさせていただく」

「Oh! エレナも来てるの? 免許も取れるほど大きくなったかー! 十六歳だっけ?」

「Yap」

「そう! こっちのタイガーも十六歳なんだよ!」

「I'm glad to meet you.お世話になります」

「Pleasure to meet you.娘もじきに戻ってくる。もう少し待っていてほしい」

「だったらすぐ出られるように準備はしとくか。影虎、天田、行くぞ!」

 

 ……

 

「どこに行くかと思えば、トイレだったんですね」

「必要は必要だけどな……ところでどう? うちの両親。というか父さん。やけに絡まれてたけど、迷惑じゃないか?」

 

 手を洗いながら聞いてみると、天田は首を横に振った。

 

「迷惑だなんてぜんぜん」

「そうか? なんか困ってそうだったけど」

「本当に迷惑とかじゃないです。いろいろ気にかけてくれてるし。……ただ、“お父さん”って感じの人がいた事ないから、どうしたら良いかよく分からなくって」

 

 天田は母子家庭。やっぱり母親が亡くなる以前から父は居なかったからか。

 

「まぁ、すぐに慣れろとは言わないさ。でもうちの両親に遠慮する必要はないからな。特に父さんは父さんなりに相手を思いやるってるつもりだろうけど、デリカシーがない上に強引だから。いやな事あったら蹴りでも入れてやればいいからな」

「さすがにそこまでは……」

「そうだそうだ、お前はちったぁ親を敬えってんだ」

 

 あ、戻ってきた。ってか

 

「そうするように教え込んだのは誰だよ」

「俺だわなぁ! ま、そういうこった。天田、俺もこいつと同意見だ。遠慮はいらねぇぞ」

「あっ」

 

 そう言って天田の頭を片手で掴んで撫でる父さん。

 天田はとまどって黙り込んだところで、父さんの手が止まる。

 

「しまった。まだ手洗ってなかったわ」

「汚っ!」

「悪い悪い。でも小便引っ掛けたわけじゃねぇし平気だって。そうだ、せっかくだし車は俺らと一緒に乗れよ。慣れるにはまず話さねぇとな!」

 

 強引に決定されていく話。

 

「先輩!」

「あー……面倒だから頑張れ。大丈夫。母さんが一緒なら、やりすぎは止めてくれるから」

 

 天田の救援要請を、あえて無視してみた。

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 ~駐車場~

 

「このくらいで十分だ」

「OK、それじゃ残りは僕たちが持って行きましょー」

「ヒヒヒ、それでは影虎君、またあとで」

「おう影虎、失礼なことすんじゃねぇぞ」

「そっくりそのまま返すよ」

「うちの子をよろしくお願いしますね」

「おまかせ、ください」

 

 小型車のトランクに荷物を詰め込んだ親父たちは、肌を撫でる熱気の中、ジョージさんの車に乗るため去っていく。

 

「それでは出発進行です! 乗って、ください」

 

 残された俺は荷物と一緒に、ジョージさんの娘さんが運転するこの車に乗ることになった。

 

「Are you ready? 準備、できました?」

 

 そう笑顔で聞いてくる娘さん。エレナ・安藤。

 ふんわりとしたボブカットの輝くようなブロンドヘアーに、大きくて青い瞳。

 スタイルも合わせて、実にアメリカ的な美人だった。

 彼女も父親の影響で日本語を少しなら喋れるらしい。

 

「Yes,I'm ready」

「OK。気をつけて、行きましょう。私はライセンス、取立て屋ですからね」

「あー……英語でもいいですよ」

「Oh! あなた、英語、わかりますか?」

「I'm working on translation」

 

 翻訳の仕事に会話はないがある程度は理解できるし、勉強になるからと伝える。

 するとその先の会話は英語オンリーになった。

 

「英語が喋れる人でよかったわ! 日本語は難しいから」

「海外ではよく言われるみたいですね」

「貴方たちは日本人だから簡単よね。私も英語を難しいと思ったことはないもの」

「確かに」

「そういえば貴方も十六歳なのよね?」

「そうです。安藤さんもでしたね」

「もっと気楽に、エレナでいいわ。安藤だとパパに、家に着いたらママと弟と妹まで安藤だもの。名前じゃないと誰のことだかわからなくなっちゃう」

「それじゃ俺のことも影虎で。タイガーでもいいよ、ジョナサンはそう呼ぶから。それでエレナ。こっちの高校はどんな感じ? 通ってみて」

「高校? 見学した限りでは広くて綺麗だったけど……通ってみた感想はまだ分からないわ。だってまだ9月じゃないじゃない」

「9月? ……あ! そうか、こっちでは9月から新学期か」

 

 “こんなにいらない英単語”の例文にも載ってたな。

 

「日本は違うの?」

「日本の新学期は4月からだよ。今は4月から7月までの一学期が終わって、夏休みに入ったところ。日本で9月からは二学期になるんだ。その後に冬休みと三学期もある」

「へぇ、じゃあ貴方はもう高校に通ってるんだ。学校はどんなところなの?」

「月光館学園と言って……」

 

 自己紹介をかねて話していると、まだ会っていないほかの家族についても少し聞けた。

 

「ジョナサンは末っ子だったのか」

「らしいわ。唯一の弟だってママが言ってたもの。あとは……パパはお客様の送迎担当。私もこの前からアルバイトで送迎担当をしてるわ。カイル伯父さんの所とか、グランパの現役時代のお友達の所にお客様を連れて行くのが仕事なの」

 

 客が少なければボンズさん自身が指導に当たるらしいが、忙しい時は業務提携している相手先に任せるそうだ。

 

「エレナにも兄弟が居るんだって?」

「弟と妹が一人ずつね。弟はロイド、中学二年生。妹はアンジェリーナっていって、天田君と同じ年よ」

「へぇ、そうなのか」

「良かったら仲良くしてあげっ……ちょっとごめん、ジョナサンから。運転中だから代わりに話してくれない?」

 

 携帯を受け取る。

 

「もしもしジョナサン?」

『タイガー? エレナは?』

「運転中だから代わりに俺が聞くよ」

『そういうこと、OK。そろそろお昼ごはんの時間でーす。どこかで何か食べていきましょー』

「ということだそうだけど」

「グランマもお昼は何も用意してないって言ってたわね……賛成だけど、何を食べにどこに行くの?」

「……だって」

『それが決まりません。バーガーショップ、ステーキ、適当なカフェ。いまこれだけ案が出てます』

「バーガーショップ、ステーキ、適当なカフェか」

「バーガーなら明日のお昼、おなかいっぱい食べれるわよ」

「そうなの?」

「弟のロイドがバーガー大好きなの。将来バーガーショップを開くとか言ってるから、近頃は毎週日曜にバーガーを作らせてお昼にしてるのよ。私たちは楽だし、本人は特訓とグランパから許可をとるためにね」

「なるほど」

 

 これを伝えると向こうでもバーガーショップは候補から外され、程なくして昼食はステーキに決まった。




影虎達は合流した!
一行はテキサスに到着した!
天田は龍斗との距離感に戸惑っているようだ……
ジョージ・安藤 エレナ・安藤と知り合った!


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120話 顔合わせ

 ~Jones activity本社前~

 

「着いたわよ!」

「デカいな……」

 

 空港から走ること三時間弱。

 いくつかの町を超え、たどり着いた町のはずれからさらに少し郊外へ進んだ森の中。

 三階建ての豪邸にやってきてしまった。ジョナサンの家ってめちゃくちゃ金持ち?

 

 自動的に開いた大きな門を抜けると、広い前庭の中心にそびえる噴水。

 その周囲をぐるりと回って駐車場へ入ったが……

 

「まるでホテルだな」

「この建物はホテルそのものよ。以前はグランパが宿泊客も受け入れてたから。私たちのプライベートな家はあの裏にあるの」

「それはまたすごい……」

「そうでもないわ。負担が大きくて、今は宿泊とその他もろもろのサービスはやってないし、部屋が無駄に多いだけよ」

 

 体全体でやれやれ……と表現するエレナ。

 表現が大きい彼女と荷物を降ろしていると、ジョージさんの運転する車もやってきた。

 

「遅かったのね、パパ」

「少し渋滞に捕まった。待たせたか?」

「それほどじゃありませんよ」

 

 むしろ荷物を降ろすのにちょうどいい時間だった。

 俺たちの乗っていた車に荷物を詰めた分、母さんたちはほぼ手荷物のみ。

 速やかに降りてきた皆は、各々自分の荷物を取って移動することができる。

 

 

 

 

 ~フロント~

 

 左右を階段で挟まれた木製カウンターを初めとして、落ち着いた雰囲気で統一された内装が驚きだ。どれもこれも高級に見えて、想像していたのとだいぶ違う……

 

「ママ! グランマ! お客様が来たわよ!」

「はいはい、今行きますよ」

 

 数秒でカウンター奥の扉が開き、 2人の女性がでてきた。

 

 1人は若々しく、どこかとは言わないがとても大きいエレナにそっくりな女性。

 もう1人は少しお年を召して、全体的に体の大きな女性だ。

 

「ママ! カレン!」

「ジョナサン!! 無事に帰って来れたのね……」

「久しぶりね、ジョナサン。元気そうでよかったわ」

「2人もね! 紹介します。僕のママと1つ上の姉、カレンでーす」

「遠いところを、よくいらしたねぇ」

「自分の家だと思って、くつろいでくださいね」

 

 そこから始まる挨拶と自己紹介の最中、さらに人がやってきた。

 

「やぁ! 日本からのお客様はついた?」

「!?」

 

 中学生くらいの男の子と、その後ろに隠れる小さな女の子だ。

 男の子はボサボサの黒髪に銀縁のメガネで頭がよさげ。

 しかし服装には無頓着なようで、どこかだらしない印象を受ける。

 

 女の子はエレナと同く綺麗な金髪を緩やかに波立たせ、腰まで伸ばしていた。

 白いワンピースと青い瞳。人形のような、という表現がぴったりだ。

 肌も白い。いや、若干顔色が悪い? 

 それに、なんだか俺がにらまれてるような……

 

「こんにちは、俺はっ……!?」

 

 目線を下げて、怖がらせないようにしたつもりだったが、一歩踏み出した瞬間に全速力で逃げられた。まるで宝物の手のように。

 

「おいおい、なにやってんだお前は。女の子を怖がらすんじゃねぇよ」

「何もしてないって……?」

「ごめんなさいね、うちの娘が」

「あの子は人見知りなのよ。良くあることだから気にしないで」

「あ、いえ……別に」

 

 親父に反論しようと思ったが、一瞬だけ彼女のオーラが見えた。

 初対面で見えるなんて、相当強い感情だったんだろう。

 色は深く、暗すぎて黒にも見える青。

 言葉にすれば悲しみや恐怖、と言ったところだろう。

 しかし原因が分からない。まさか本当に俺のせい?

 

 記憶を探っても心当たりは見つからず、気がかりなまま部屋へと案内された。

 

 

 

 

 ~自室~

 

 割り当てられた部屋は、ホテルとして使われていただけある。

 全てがアメリカンサイズで広々としているし、寝泊りには困らないだろう。

 

 ……荷物の整理が終わると、することがなくなった。

 天田の様子でも見に行こう。

 

「天田ー?」

「はーい……」

 

 天田が自分の部屋から出てきた。

 

「そっちはどんな感じか聞きにきたんだけど……眠そうだな」

「はい……ちょっとゆっくりしたら、なんだかもう……ふぁあ……」

 

 飛行機の中ではあまり眠ってなかったみたいだし、時差ボケか?

 

「かもしれませんね……」

「今眠ると生活リズムが崩れそうだな」

「では、眠気覚ましに体でも動かしてはいかがです?」

 

 江戸川先生が隣から顔を出した。

 先生も若干時差ボケ気味らしい。

 普段との違いが分からないが、俺たちは提案に乗ることにした。

 

 

 

 ~フロント~

 

 運動できる場所を聞きに来たが、誰もいない。

 三人でどうしようかと困っていると、外から誰かが入ってきた。

 

「うわっ!?」

「肉買ってきた、ぞ?」

 

 入ってきたのは若めの男性。だが……山のように大きい。

 これまでの道中で見かけた誰よりも大柄で、顔を見るために見上げてしまう。

 

「もしかして、日本からのお客さんか? ハロー、日本語でなんつったっけ……! サヨナラ!」

 

 一言でお別れ!?

 

「ヒヒヒ……初めまして、私と彼は英語が喋れますので」

「オゥ! そいつは良かった。俺はウィリアム、ここのオーナーの息子さ」

「ご丁寧にありがとうございます。江戸川です」

「影虎・葉隠です」

「マイネームイズ……ケン・アマタ。オーケー?」

「OK! よろしくな!」

「わっ!」

「おや……」

 

 巨体に見合う長い腕で、がっしりと肩を組んでくるウィリアムさん。

 

「ところで、こんなところで何やってたんだ?」

「実は……」

 

 ここに来た事情を話すと、彼はため息をつく。

 

「客をほっといて何やってるんだか……そういうことなら俺がトレーニングルームに案内してやるよ。ちょっと待っててくれ、キッチンに夕飯の食材を運び込むから」

「でしたらぜひ手伝わせてください」

 

 

 

 

 ~トレーニングルーム~

 

「凄い!」

「広いですねぇ」

 

 大量の食料を搬入する手伝いをした後、ホテルの裏に案内された。

 彼らのプライベートなスペースだが、会員制のジムと言われても信じられる設備がそろっている。試合ができそうなスペースや、窓から見える庭にはプールまであるのはさすがアメリカ、って言っていいのだろうか……

 

「どうだ? スゲェだろ? 我が家自慢のトレーニングルームさ。兄貴二人が警察官と筋トレマニアでな。へたなジムより設備はいいぜ。どれ使う?」

 

 ウィリアムさんに教わりながら、天田と江戸川先生は目を覚ます程度に。

 俺は夜に向けての腹ごなしをかね、みっちりとトレーニングを行った。

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 夜

 

 ~庭~

 

 夕飯だと呼ばれて来てみると、大勢の人が集まっている。

 

「主賓が来たわね」

「こちらへどうぞ」

 

 初対面の男女に案内された席につくと、全員が俺たちの前に並んだ。

 そして口を開いたのは、最年長であり唯一俺も以前から知っているボンズさん。

 いつの間に帰って来たんだろう?

 10年近く前に会ったきりだが、あまり昔と変わっていない。

 相変わらずお年を召しているのに筋骨隆々な人だ。

 変化といえば頭髪がすっかり白髪になったくらいか。

 

 

「お久しぶりです。こうしてまた息子の友人の顔を見ることができて幸せだ。我々ジョーンズ家一同は、心よりあなたたちを歓迎いたします。もう会ったでしょうが、こっちは妻のアメリア」

「生活で何かあれば気軽に声をかけてちょうだいな。それから私は射撃場の管理人とインストラクターも兼任しているわ。射撃がやりたくなったら声をかけてね」

 

 さらに面識の無かったジョナサンの兄弟も続く。

 

 最初は熊のようなヒゲを蓄えた男性。

 

「長男のリアンだ。警察官をしている。何かあれば力を貸すが、できるだけ私の力が必要な事態にならないことを祈っている」

 

 続いて日焼けでかなり色黒な男性。

 ここに居る男性の中で最も筋肉を強調するような、ぴったりしたTシャツを着ている。

 

「俺は次男のカイル。マリンスポーツの会社を経営しているから、サーフィンやダイビングがしたいなら俺のところに来ることになるな。よろしく!」

「タイガー、ケン、江戸川はもう知ってるだろうが、三男のウィリアム。俺はカイル兄貴の店を手伝ってるが、本業は総合格闘家だ。基本的に土日しかこっちには顔を出さないが、よろしくな」

 

 そして最後は美人なのに、あまり外見に気を使っているようには見えない女性。

 ボサボサの髪とゆるい服装で眠そうだ。

 

「長女のエイミーです。研究所に泊り込むことも多いから。私もあまり家にはいないわね。たぶん面白いことも無いけど……よろしく」

「エイミー、あなた何日寝てないの?」

「まったく……いい年だというのに。結婚もいつになるやら」

「お母さんもお父さんも、余計なお世話よ。それより料理早くー」

「今やってるわよ、伯母さん」

 

 エイミーさんは、エレナが肉を焼くバーベキュー用の大きなコンロの方に行ってしまった。

 

「わかりづらいだろうけど、エイミーも歓迎はしてまーす。それが表に出ないだけね」

 

 なんというか、マイペースな人だ。ジョナサンが言うには昔からそういう人らしい。

 

 ジョーンズ家は

 父  ボンズ

 母  アメリア

 長男 リアン

 次男 カイル

 長女 エイミー 

 三男 ウィリアム

 次女 カレン   

 ここに四男としてジョナサンが加わる家族構成のようだ。

 兄弟そろって綺麗なブロンドヘアーが特徴。

 日本人がおしゃれで染めた金髪とはやはり雰囲気から違う。

 

「タイガー、貴方の分よ」

「ありがとっ!? 凄い量だな……」

 

 エレナが大皿に山ほど盛った料理を持ってきた。

 肉、ソーセージ、とうもろこし、それからポテトサラダ?

 

「昼なんか二キロのステーキ食べてたじゃない。これくらい食べるでしょ?」

 

 たしかにステーキ二キロを二十分で食べたらタダってメニューに成功したけど……

 変に大食いなイメージを植えつけてしまったようだ。

 

「うん、美味しい! この香りは何? 昼のステーキにも似てるけど」

 

 日本ではなじみのない独特な香りがする。

 

「メスキートかしら? テキサスではポピュラーなものよ。燻製のチップにしたりするの」

「日本じゃ聞かないね」

「気に入ったならどんどん食べて。グランマがどんどん焼いてるから」

 

 アメリアさんを見てみると、うちの母さんと味つけについて話しながら、がんがん肉を焼いていた。人数も多いけど、食材の量はそれ以上じゃないかな……

 

「ヘーイ! これ見て!」

「見ろ? なに……!! フェザーマン?」

「そう! ジャパニーズヒーロー! 僕ヒーローが好きなんだよ、君このヒーロー知ってる? アメリカの“グッドマン”ってヒーローなんだけど」

 

 フィギュア片手にロイド君のマシンガントークを受けつつ、興味があるのかつたない英単語で対応する天田。

 

「フレームの軽量化か強度の向上、同時にできるような新素材に心当たりないですかね」

「……と、彼は言っています」

「それなら……」

 

 エイミーさんにバイクの材質について話を振る親父と、その通訳になっている江戸川先生。

 ジョナサンもボンズさんと久々の会話に花を咲かせている。

 話が弾めば食も進むということか。

 

「今日は一段と仕入れると思ったら、タイガーのためだったのか」

 

 ウィリアムさんが上の兄2人を連れてきた。

 

「あまり無理をして食べる必要はないぞ、作りすぎはうちの母の癖だ」

「ありがとうございます、美味しいですからこれくらいなら食べられますよ」

「ウィリアムから聞いたんだが、タイガーは体を鍛えているんだってな? どうだ? ボディビルに興味はないか?」

「カイル兄さん、タイガーは見せるための筋肉じゃなくて使うための筋肉を鍛えてるんだ。そこは総合格闘技だろう」

 

 どちらだ? という視線を送られる。

 

「身を守るために体を鍛えているので……その二択だと総合格闘技ですね」

「よっしゃ! なら今度俺が通うジムにも遊びにこないか? 副業でエクササイズとか体験用のクラスもあるし、話は通しとくからさ」

「近々小さな大会があってだな、それを見てからでも遅くはないと思うんだが」

「ここぞとばかりに自分の趣味を押し付けるのはやめんか二人とも。本人がやりたい事をしてもらうのが一番だろう」

 

 リアンさんが取り成してくれる。

 そこで総合格闘技は普通に興味があるし、ボディビルは……

 一度くらい見てもいいかもしれない。

 

 見るといえば……

 

「アンジェリーナちゃんの姿が見えませんね」

「あの子なら部屋で寝ているそうだ」

「そうなんですか?」

 

 即答するリアンさん。

 そういえば顔色も悪かった。

 体調不良なら仕方ないが、少々申し訳なさを感じる。

 

「そう心配しなくてもいい。バーベキューは胃に重いだけで熱もないという話だ」

「あの子少し体が弱い。もう少し鍛えるように進めるべきか?」

「やめとけって。兄貴基準で鍛えさせんな」

 

 三兄弟と話しながら、美味しいバーベキューをいただいた。




影虎はジョーンズ家、安藤家の全員と面識を持った!


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121話 最初のレクリエーション

 深夜

 

「いい風だな……」

 

 大人たちは酒を飲み、長引いた夕食後。

 片付けの後で庭に残り、夜風に当たっていると近づいてくる人を感知した。

 

「まだここにいたのか、タイガー」

「ボンズさん。さすがに食べ過ぎてしまって」

「HAHAHA確かによくその体にあれだけ詰め込んだものだ。アメリアもいつもより張り切っていた。……夕食の時はあまり話せなかったが、大きくなったね」

「おかげさまで。ボンズさんに教わったパルクール、まだ続けてますよ」

「おお! ジョナサンから聞いているよ。学校の代表としてテレビに出るまでになったんだろう?」

「放送はまだですけど、一応」

「たいしたものだ。放送はいつだ?」

「日本時間の8月7日だそうで」

「8月7日!? なんてこった! もうすぐじゃないか!」

 

 やっぱこの人もリアクション大きいな。

 なんだか楽しくなる。

 

「それなら番組を録画しよう。うちのテレビは日本の番組が見られるのさ。衛星放送でな。それか鑑賞会を開こうか」

「そこまでされると恥ずかしいですって!」

「HAHAHA、そういうところは昔とあまり変わっていないな」

「そうですかね?」

「そうさ。君は私が始めて会った日もあまり話さず、リューにからかわれては声を上げていたよ。それにあの日の夜もこうして月を見ていただろう」

「……ああ」

 

 思い出した。

 たしかあの時も夕飯が宴会になって、長引いたから家に泊めたんだ。

 そして影時間におびえて眠れなかった俺は、トイレに起きたボンズさんと遭遇した。

 

「そんな子が、私が元軍人と知るや否や自分を鍛えてほしいと英語で訴えてきた。あのときのことは良く覚えている……タイガー、君はまだ私に鍛えてほしいと思っているかね?」

「お願いしたいです」

 

 迷いは無かった。

 

「HAHAHA!! タイガー、やはり中身は変わっていないね」

「……そうかもしれませんね」

「しかし体はできている。護身術くらいなら教えてあげよう」

「! 本当ですか!?」

「本当だとも。ただし私の店のアクティビティを楽しむのが条件だ。陸海空、金と暇を持て余した老人の暇つぶしにも付き合ってくれ」

「了解です」

 

 冗談めかしたボンズさんに、こちらも応える。

 

「ならばそろそろ部屋に戻った方がいいな。夜風は気持ちいいが、当たりすぎると体を冷やす」

 

 ボンズさんの薦めに従って、部屋に戻ることにした。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 ~自室~

 

 テキサス時間、午後十一時五十九分五十五秒。

 四、三、二、一……

 

「……なるほど」

 

 影時間はその土地の十二時にやってくるらしい。

 テキサスにも影時間が訪れた。

 

「影時間があるってことは、シャドウもいるんだろうか?」

 

 窓から外を観察してみたが、今日は発見できなかった。

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 翌日

 

 8月1日(土) 

 

 ~フロント~

 

「テキサスに滞在するのは三週間から四週間だったわよね?」

「我々はアクティビティ紹介と観光案内ができるぞ。一覧はこれだ」

「ヒヒヒ、いろいろありますねぇ」

「他にも町のイベントだってあるわよ。今月のはこれだけね」

「へー……おっ!? これモーターショーって書いてねぇか!?」

「7日? ……車やバイクの展示イベントとか、大道芸もやる町ぐるみのお祭りねー? これは行ってもよさそうでーす」

「だったらこの日間はその予定にしておきましょう」

「そういえば虎ちゃんと天田君は宿題もあるわよね? あまり詰め込みすぎない方がいいかしら?」

「そんなに気にしなくても大丈夫ですよ。一日中遊び続けるわけじゃないですから、夜にでもやります」

「とりあえず今週分だけ決めよう。午前と午後とか適当に分ければ良いだろうから」

 

 昨日着いたばかりなので遠出はせず、ボンズさんとアメリアさんを加えてじっくり今後の計画を練る。

 

「アクティビティは陸海空、色々と取り揃えている。ただし海はここから片道四時間ほどかかる。日帰りはできるが、数日まとめて泊りがけで行くのがオススメだ」

「モーターショーの前はやめましょう。慌てて行き帰りはしたくないわ」

「となると陸か空だな」

 

 基本的に午前中からアクティビティーを楽しみ、暑くなる昼ごろからは観光や宿題などにのんびりと時間を使う方針で話が進む。

 

「よし、2日から4日は空だな。手配をしておこう。……小腹が空いたな、ロイドは?」

「まだ早いわよ。今日は和風に挑戦するとか言ってたから少し遅れるんじゃないかしら」

「オウ! また奇抜なバーガーでも作っているのか。皆、妙なバーガーを見つけたら気をつけてくれ。時々だが試作の死ぬほどまずいバーガーが混ざっているからな」

「そのくらい当たっても笑い話ですよ」

「そうだそうだ。やりてぇことに真っ直ぐ進んでんならいいじゃないですか」

「ははは、それはそうなんだがな」

「うちの息子なんか、将来の仕事も夢もろくにないまま体ばっか鍛えてるくらいで」

「ははっ、そうか。……そうだ」

 

 親父が余計なことを言うと、ボンズさんが何かを思いついたらしい。

 

「もし良ければ昼ができるまで射撃をしないか? 射撃場は敷地内だし、未成年でも保護者同伴なら撃てる。それに今日なら息子たちがいるから一人ずつ担当をつけて個人指導ができるぞ」

「だそうでーす」

「僕もいいんですか?」

「オフコース。私も天田君くらいの頃はよく撃ってましたー」

「ジョナサンは格闘技の類が壊滅的だったからな」

「大きくなっても銃しかやらなかったのよ」

「? お二人はなんて言ったんですか?」

「なんでもありませーん、銃の扱いは上手だったでーす」

 

 ジョナサン、天田が聞き取れなかったのを良い事に隠したな。

 まぁ、黙っておいてあげよう……

 

「俺は射撃やりたいけど、どう?」

「いいんじゃねぇか? 日本じゃできねぇし」

「何もしないでお昼を待つのも、もったいないわよね」

「やってみたいです!」

「集中力の強化に繋がりそうですねぇ、ヒヒッ」

 

 全会一致で射撃をやることに決まった。

 

 

 

 

 

 ~射撃場~

 

「うわー!」

「こりゃすげぇな」

「驚いたかい? ここが私の自慢の射撃場さ」

 

 外観はただの長方形の建物なのに、一歩中へ入ると近未来っぽい空間が広がっていた。

 

 入り口から建物の向こう側まではベンチやテーブルが置かれ、休憩所をかねる通路になっている。右を見れば強化ガラスらしき透明な壁があり、その先は金属板で五つのレーンに仕切られていた。

 

「ここはほとんどの作業を機械で操作できるようになってるんだよ」

 

 アメリアさんが楽しそうに一つのレーンに入り、壁に取り付けられたパネルを操る。

 すると的が手元から遠くへと距離が変化していく。

 

「新しくてきれいですし、凄い施設ですねぇ」

「そうでしょう? 私が両親から相続していた土地や建物をカレンが良い条件で売ってくれてね、息子たちが建物について良い業者を探してくれて、システムはエイミーが仕事で知り合った人に特注してくれたのよ。設備の割りにとってもお得なの」

「ご家族の協力の下で実現した建物ということでしたか、それはそれは良いご家族で」

「そうなのよ! だからね」

「ママ、話すのも良いけど射撃をしましょうよ」

「そうだな。でないと一発も撃たずにロイドのバーガーができてしまう」

「それもそうね。それじゃ別れましょうか」

 

 指導員として呼ばれた二人が江戸川先生たちの会話を止め、俺たちは別れる。

 俺はボンズさん。母さんはカレンさん。

 父さんの担当がジョージさんで、天田は通訳のジョナサンを連れてリアンさんと。

 江戸川先生はまだ喋り足りない様子のアメリアさんに連れて行かれた。

 

「我々も始めるとしよう」

「よろしくお願いします」

 

 専用のゴーグルとインカム付きのイヤーパッドを着けて練習開始。

 まずは弾を入れずに銃と各パーツの説明と安全指導を受けた。

 使う拳銃は“ベレッタM92”。

 聞いたことある銃だと言えば、米軍を初めとして他でも広く制式採用されているため、映画や小説などでも取り上げられやすい銃だと教えられる。

 

「次は撃ち方だ。隣に来て私の真似をして。まずハンドガンを片手で持つ。この時にできるだけ上を持つんだ。親指の付け根をフレームの高い位置に、そうだ。密着させて。

 これは射撃時における銃身の跳ね上がりを最小限にするため。これにより命中精度と速射性の向上、そして弾詰まりなどの動作不良のリスクを低減することができる」

 

 引き金には撃つ瞬間まで指をかけない。人差し指は銃の横にそえておく。

 

「だが最初は衝撃に驚くだろう。右手を少し緩めて左手の入るスペースを作る。そして両手で包み込むように持ちなさい。それから立ち方は軽く足を開き、片足を若干後ろへ。肘と膝は軽く曲げて衝撃に備える」

 

 足の幅は肩幅程度、引いた足は四十六度外側へ開かれている。

 

「グレイト。なかなか様になっているじゃないか。その形を忘れるな。それでは弾を入れよう。もう一度言うが、これから先は絶対に、銃口は自分にも他人にも向けてはならない、いいな?」

「はい!」

 

 ボンズさんのパネル操作で的が22.86m先まで動いた後、マガジンを受け取りベレッタに弾を込めた。

 

「さっきの姿勢でフロントサイトとリアサイトの頂点を水平に。それで照準合わせるんだ。まずは一発撃ってみなさい。怖がって撃つと逆に危ないから思い切って」

 

 撃ってみる。

 

「!」

「銃身が軽く跳ねたな」

 

 着弾地点は狙いよりも上。アナライズで確認すると確かに引き金を引く瞬間、そして発砲の瞬間に角度が上向いてしまっていた。

 

「少々力が入りすぎている。もっと軽く、特に両手で持っているなら左手を支えにするんだ。右手の力は抜いて引き金を引くために使うくらいの気持ちでやってみるといい。衝撃には撃っていれば慣れるから、もう一度」

 

 引き金の方は力の入れすぎ。

 発砲は衝撃が来るタイミングを知れば修正できるか……よし! 

 

 ボンズさんの指導の下、射撃の練習を行った!!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 昼

 

 ~ジョーンズ家・リビング~

 

 ベレッタを撃ちまくり、だいぶ慣れてきたところで昼食に呼ばれたので来てみると。

 

「さぁ! どうぞ! 遠慮しないで!」

 

 広々としたリビングで、満面の笑みを浮かべて薦めてくるロイド君に、誰かの顔をおもいだしたような……気のせいだろう。

 

「種類は色々あるみたいだな」

「ポテトなんか山盛りですよ。自由に取っていいみたいです。さすがアメリカって感じだなぁ……あっ、先輩」

「ん? ……ああ」

「……」

 

 リビングに三つある扉の一つから、ちいさな顔が覗いていた。

 

「アンジェリーナ……そんな所にいないでこっちにきなさい」

 

 ボンズさんが呼ぶと、ゆっくりと食卓に近づいてくる。

 

「ほら、ご挨拶しなさい」

「アンジェリーナ……」

「私は雪美。よろしくね、アンジェリーナちゃん」

 

 言葉少なく頭を下げる彼女に、母さん達も答えていく。

 俺も続こう。

 

「!」

「っ!?」

 

 逃げられた。

 母さんの横に並ぼうとしただけなのに、彼女は突然ボンズさんの後ろに隠れてしまう。

 

「あの~……」

「この子はちょっと人見知りが激しくてね。ほら、大丈夫だから」

 

 ボンズさんがそう言うも、彼女は出てこない。

 かろうじて顔をのぞかせ、俺を見ている。

 

「……真っ黒、嫌」

「こら!」

「真っ黒?」

 

 髪か目の色だろうか?

 でも彼女の父と兄も同じ色のはず……何が悪いんだろう? 

 まぁいいや。

 

「あの、ボンズさん。あまり無理強いはしないであげてください」

「すまないな、タイガー」

 

 結局そのまま、昼食が始まろうとした時。

 

「それじゃ食べて! 肉の代わりに豆腐を作った豆腐バーガーに、ヘルシーな魚の和風バーガーもあるよ!」

「ねぇ! なんか変な荷物が届いてるんだけどー」

 

 日本人の俺たちにバーガーを勧める声に割り込んで、エレナの声が聞こえてきた。

 リビングの注意がそちらに移る。

 

「変な荷物?」

「これなんだけど」

「なんだこれは? 宛名が書いてないじゃないか」

 

 ジョージさんが受け取り、リアンさんが慎重に箱を開け始めた。

 微妙な緊張感の中、中身が取り出される。

 

「っ!?」

「おやおや……」

 

 出てきたのは、非常に見覚えのあるバイオリンケースだった。

 

「誰か、買った覚えは?」

「あの……すみません、それ俺のです」

「タイガーの?」

「虎ちゃん、あなたバイオリンなんて買ったの?」

「いや、買ったというか」

 

 厳密には俺のバイオリンではない。

 混乱した頭を落ち着けて、バイト先の人から預かっている物であると説明した。

 

「ちょっと大事なものなので」

「不審物でなければ構わないが、わざわざ旅行にまで持ってくるほどなのか? 大体宛名もなしにどうやって」

「一度返してきたはずなんですが、何かあったんですかね……ははは……」

 

 トキコさん、アメリカまで憑いてきやがった……弾けってことか?

 

「良いバイオリンだ」

 

 ケースを開けて中身の無事を確認すると、覗き込んでいたジョージさんがつぶやく。

 

「分かりますか? 預かり物なので俺はさっぱりなんですけど」

 

 その問いに、彼は深々と頷く。

 

「ダディは音楽が趣味だからね。僕もキーボードならやるよ」

「私はギターとベース。ママとアンジェリーナも一緒に、家族でセッションしたりもするわ」

「へー……」

 

 親子で一緒に音楽とか、かっこいいなぁとしか言えない。

 外見は無事。軽く音を出してみても、いつも通りの音が出た。

 

「もしかしてタイガーはバイオリン弾けるの?」

「一応、弾くのも仕事の内なんだ。置いておかれるだけなのもかわいそうだから、ってことで。最近ちょっと習い始めた」

「まぁっ、虎ちゃんがバイオリンだなんて。昔はピアノを習わせても嫌がってたのに」

「ねぇタイガー! 何か弾いてみてよ」

「いや、俺はまだそんなに……」

「? ロイドは演奏してくれって言ったのか? 何だ影虎、ケチケチしねぇで少しくらい弾いてやればいいじゃねぇか」

 

 ……断ったらしらける、そんなもう弾くしかない雰囲気が漂っている……

 結局俺は余興として演奏を披露することになった。




影虎はボンズからトレーニングを受けられることになった!
テキサスにも影時間は存在した!
影虎は銃の扱いを学んだ!
バイオリンがアメリカまで憑いてきた……

はたして影虎の実力はボンズに通用するのか?
結果はサイコロで決めます。


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122話 夏休みの方針

 夕方

 

 ~トレーニングルーム~

 

 約束していたトレーニングを受けられることになった。

 動きやすい服装に着替えて顔を出したところ、ボンズさんはまだ来ていないようだ。

 誰も居ない室内で、準備運動をして体を温めていると、近づいてくる。

 

「早いな、待たせてしまったか」

 

 待ったというほどではない。

 そう伝えると、早速始めてくれるようだ。

 

「私はナイフや銃を相手に、素手で対処する護身術を教えようと思うが……まだタイガーがどれだけ動けるかを知らない。とりあえず一度、組手をしてみよう」

「はい!」

 

 いきなりだが、戦ってみることになった。

 

「特にルールは定めないから、タイガーは自分のやり方で戦ってくれ。私はそれを私のやり方で受け止める。どちらかの降参か私のストップで終了だ。では、始め!」

 

 合図と同時に前へ出る! 

 

「っ!!」

 

 軽く目を見開いたが、ボンズさんは冷静に俺の腕を払って組もうとする。

 掴まらないよう腕を引き戻しながら、フットワークで位置を変えて回し蹴り。

 

「……」

 

 ……やりづらい。ボンズさんは特別なことを一切していない。

 ただとても静かに。そして的確に避けて、受けて、払われる。

 言葉にすればそれだけだが、堅実で攻めきれない。

 

「っ!」

 

 飛び込んできた。

 迎撃の突きをかわして腕が伸びてくる。

 伏せて避けるが、続いて覆いかぶさるように迫る体。

 地面についた手を軸に回転して逃れたが、当然のように追って来る。

 すかさず放った前蹴りが当たるも、蹴り足に手がかかった。

 

「はっ!」

「む……」

 

 完全につかまる前に。

 足を抱え込もうとしているところへ両足を投げ出すような蹴りで攻撃。

 生まれた一瞬の隙になんとか距離をとれた。

 

 ……得意な格闘戦なのに、ギリギリの戦いを強いられている。

 さすがに、一筋縄ではいかない! 

 

 打ち込まれた拳が腹に当たる。

 痛みを堪えて肘で叩き返す。

 こんどは少し距離が開いた。

 

 そして戦い続けた末に

 

「ぐっ!?」

 

 地面に組み倒されてしまった。

 逃げ出すようにもがくが、その過程で腕も固められてしまう。

 とても逃げられそうにない……

 

「参りました……」

 

 宣言すると、ボンズさんはすぐに俺の上からどく。

 だいぶあっさりと負けてしまったように思えてならない。

 

「そう落ち込むことはない。正直私は驚いているよ。見た限りタイガーの戦い方は護身に特化している。動きが身軽で読み辛く、踏み込みも攻撃もかなり速い。打撃戦と比べて組み合いには不慣れなようだが、それを自覚してできるだけ組まないように動いているのも見て取れた。

 護身のために一番の方法は“戦わないこと”“逃げること”そして少しでも危険から遠ざかること。それが君はできている。だから状況が違えば……たとえばここが室内ではなく市街地だとする。そして腕試しではなく喧嘩なら、おそらくタイガーは私から逃げることはできただろう。

 今は限られたスペースの中で逃げずに向かってくることを強いていた。そういう意味では状況における優位がまず私にはあったな。私もそう簡単に負けてやるわけにはいかんよ。

 あとはそうだな……もう少し相手の二手、三手先を読むことを心がけることだ。こればかりは経験だがね」

 

 息を整えたボンズさんは詳細な説明の後、今日は武器への対処を中心に指導をしてくれた。

 

「もっと飛び込むように。タイガーは防御の技術に自信を持っていい。反撃を受けても対応できる。防御の腕前があるからこそ安心して前へ出られる! それくらいの気持ちで!」

「はい!」

 

 射撃のときもそうだったが、ボンズさんの教え方はイメージしていた罵声が飛び交うような指導ではない。実践を交えながらの丁寧な指導で、護身技術への理解が深まった! 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~リビング~

 

「あっ、先輩だ」

 

 なにやらリビングに天田やジョナサンたち、それに安藤家の5人が集まっている。

 

「何してたんだ?」

「さっきまでジョージさんたちの演奏を聴いてたのよ」

「タイガーとダディはちょっと遅かったでーす。もう終わってしまいました」

「先輩はどこ行ってたんですか?」

 

 ボンズさんとトレーニングをしていたことを伝えると

 

「えっ!? それなら僕も……先輩だけずるいです」

「悪い悪い、さっき宿題やってたみたいだったからさ」

「すみませんボンズさん、うちの虎ちゃんが」

「ノープロブレム! タイガーは熱心で良い生徒だ。おぼえもいいから苦労しない。それより満足してもらえただろうか?」

「もちろんです」

 

 豊富な技を学ばせていただいた。

 

「よかったじゃねぇか、影虎」

「父さんの方は?」

「こっちもこっちで楽しんだよ。普段音楽なんて聴かねぇから技術がどうとかは言えねぇが……とにかくスゲェ、って感じだ」

 

 伝達力低っ! 全然伝わらない……

 

「音楽は心で感じるもんだって言うだろ。聴いて、スゲェもんはスゲェ! 難しいこと考えずに、これでいいんだよ」

「否定はしないけどさ、もっとこう」

「あー……ジョージさんはサックス。ロイドがキーボードで、エレナさんがギター。カレンさんが歌って、あのアンジェリーナちゃんがドラム叩いてました。みんな上手で、一体感があって、すごくかっこよかったですよ」

「おう、そうだそうだ。よく言った!」

 

 ちゃっかり小学生の天田に乗っかる親父だった。

 

「ヒヒヒ……影虎君ももう少し早く戻ってきていれば分かったでしょうねぇ。とてもすばらしい演奏でした」

「サンキュー、エドガワー」

「タイガーにはまた今度聞かせてあげるわ」

「なんなら一緒に演奏しましょうか?」

 

 褒め言葉をきっかけに、話に加わる安藤家の三人。

 その後ろで静かに頷くだけのジョージさん。

 よく見れば耳元まで赤くなっている。

 サングラス越しの無表情だが、どうやら照れているようだ。

 

「あら? アンジェリーナちゃんは?」

「それならさっき出て行ったけど」

 

 俺が話してるあいだにこっそりと。

 それはそれはびっくりするくらい静かに。

 正直、周辺把握がなかったら気づけなかったかもしれない。

 

「なんだ、また逃げてしまったのか」

「ははは……」

「おい影虎。お前、あの子に何もしてねぇんだよな?」

「特に心当たりはないけど」

「本当か? ……あの子な、俺らとはちゃんと話すんだよ。確かに人見知りっぽかったが、声をかけりゃゆっくりでも返事が返ってきた。だからよ、逃げるのはお前からだけだぞ」

「そう言われても困るって」

 

 何かするほど話す時間もなかったし……父さんが平気なら顔を怖がってるわけでもないだろうし……

 

「そうなるか……ってコラ。喧嘩売ってんのか」

「売ってない売ってない、事実だから」

「普通そこは冗談って言うとこだろ!」

「まぁまぁ、そんなことは些細なことですねー? でもダディ、カレン。本当にどうしてか分からない?」

 

 ジョナサンのストレートな質問に、家族の面々は困り顔になってしまう。

 

「……もしかしたら、タイガーがドクターに似てるからかも」

「ドクター?」

「アンジェリーナは体が弱い、だよね? カレン」

「そうよ。最近はそうでもないんだけど……昔は発作的に高熱を出すことが頻繁にあって」

「……不躾ですが、詳しくお聞きしても?」

「ただ体が弱いだけだ」

「そんな無愛想な言い方じゃ誤解されるでしょ、もう……パパが言いたいのは、持病はないってことよ。病院のドクターからはそう言われてたの」

 

 しかし高熱で倒れては病院に搬送されることは事実として何度もある。にもかかわらず検査では原因不明。処置も対症療法しかなく、心無い医師の言動に傷つけられたことがあったそうだ。

 

「人見知りは人付き合いの機会が少なかったのもあると思うわ」

 

 そういうことなのか……と、その場はそこまでで話は終わる。

 

 だが、部屋に戻る途中。

 

「影虎君、気づきましたか?」

「なんというか、何か隠してるっぽかったですね」

 

 所々でそんな感じがした。微妙に気になる。

 

「ですねぇ……嘘は言っていないと思いますが。まぁ体調に関する事であれば、他言したくなくても変ではないのですが。そういった雰囲気でもないようでしたし……どうします?」

「どう、とは?」

「ここにいるなら彼女とは何度も顔を合わせることになるでしょう。ですからこの件に関して影虎君がとれる道は二つです。仲良くなる努力をするのか。それともこの夏の間だけと割り切って、気にせずに夏休みを楽しむのか。

 まぁ今すぐ決める必要もありませんが、考え続けて夏休みを楽しみきれないのは勿体ありませんからね。ヒヒッ、では私はここで」

「おやすみなさい」

 

 言い残して、江戸川先生は自室に消えた。

 

 どうするか……ね。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 8月2日(日)

 

 午前中

 

「走れ走れーっ! もっとだ! いくぞ!!」

「っ! 飛んだ!!」

 

 体が浮かび、滑空を始める。

 インストラクターの指導の下、ハンググライダーを経験した! 

 理論と基本操縦の知識は得た。ハンググライダーの形状も記録してある。

 これならドッペルゲンガーで再現することもできそうだ。

 練習は必要だけど……

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

「タイガー、昨日弾いてた“情熱大陸”って曲を教えてよ。僕もキーボードで弾きたいんだ」

「残念だけど、楽譜はないよ」

「じゃあ録音させて! そこからなんとかするからさ」

 

 ロイド君に頼まれ、バイオリンの曲を弾けるだけ録音した。

 バイオリンもなかなか様になってきた。

 それに、なんだかこれまで以上に意思が伝わってくるような気がする。

 

「………………」

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 8月3日(月)

 

 午前中

 

「3! 2! 1!」

「おお……」

 

 今日はパラグライダーを体験。

 昨日のハンググライダーよりものんびりと景色を楽しめる。

 

「上昇気流に乗ったぞ!!」

「高っ!! おおおおお……」

「どうだ? 景色が良く見えるだろう! 上昇気流の見つけ方はレクチャーしたな? どこにあるか分かるか?」

 

 パラグライダーで上昇気流に乗り、高度を稼ぐことを“ソアリング”と言う。

 “ソアリング”は大きく分けて二種類あり、風が障害物に当たって上昇する気流を使う“リッジソアリング”。熱による大気の滞留を利用する“サーマルソアリング”。

 

 前者は山や崖などの目印があるため発見しやすいが、後者は目に見えない大気の塊を利用するため難しい。……はずだが

 

「……あそこと! あそこ! 違いますか!?」

「オゥ! グレイト!! よく分かったな!」

 

 丁寧な事前のレクチャーとアナライズの処理能力のおかげで、自信は持てないが予測できてしまった。

 

「上手く見つけられた君にはサービスだ! 全部の上昇気流に乗ろう!!」

「うぉぉぉおおお!?」

 

 今日のインストラクターさんは、サービス精神が旺盛すぎやしないだろうか? 

 上昇からの旋回、下降、そしてまた上昇。

 自由自在という言葉がピッタリな、素人には不可能な機敏な動き。

 素人の俺はしばらく、空の上で振り回され続けた……

 

 なおそれで慣れたのか、その後に行った低高度でのパラグライダー操作練習では実にスムーズに進み、とても筋がいいと褒められた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 アメリアさんに射撃をさせてもらい、部屋に戻った直後。

 天田が訪ねてきた。

 

「先輩、ちょっとここの問題、教えてもらってもいいですか?」

「ん? どれだ……ああ、ここはな」

 

 天田の宿題を手伝った!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 8月4日(火)

 

 午前中

 

「き、今日は前より高いですね……」

「ヒヒヒ、雲が近いですねぇ」

「ヘーイ、ドンウォーリー」

 

 今日はスカイダイビング。

 三日連続で空のアクティビティだが、どれも少しずつ違って面白い。

 ちなみに会社はボンズさんの知人(元空軍所属)が経営している。

 

「さぁ準備はいいか? 誰から行く? 一番に行く勇気のある奴はいないか?」

 

 インストラクターのリーダを勤める男性が軽く煽るように俺たちを見る。

 ……だったら

 

「「俺が先」」

 

 父さんと声がかぶった。

 

「影虎、お前は俺の後な」

「なんでよ」

「挑発されたっぽいのは分かった。となればここで逃げるわけにはいかねぇだろ」

 

 喧嘩腰とまでは行かないが、譲る気は無いようだ。

 親父、英語の聞き取りダメなのか。

 ……来年の転勤、大丈夫かな? ドイツ語ならイケる、なんてことも無いだろうし……

 

 そんな話をしているうちに

 

「最初は奥さんか」

「なにっ!?」

 

 いつの間にか母さんと女性インストラクターのペアが、飛び降りる用意をしていた。

 

「だぁっ、雪美に先越されちまったじゃねぇか」

「うふふ。お先に失礼するわね」

 

 仕方なく親父が次、その次に俺。

 次々に不意の落下を防止する金具を取り付け、飛行機の扉が開くのを待った。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~リビング~

 

「何ぃ? お前も強くなりたいってか」

「はい、龍斗さんは暴走族のリーダーだったんですよね? 喧嘩も強かったってきいて」

「たしかに俺の相手ができる奴は少なかったけどよ。影虎みたいなこと言いやがるな……つーか影虎はどうしたよ?」

「先輩には部活で色々教わってます。でもその先輩も龍斗さんと鍛えてたって」

「鍛えたっつーか、どつき合ってただけって言った方が正しいが……ま、いいか。喧嘩のやり方なら教えてやるよ」

「! いいんですか!?」

「どうせ相手はいじめっ子か何かだろ? 男ならガツンとやらなきゃならねぇときもあるわなぁ」

 

 天田は喧嘩のやり方を学ぼうとしている。

 名前で呼ぶようになっているし、父さんにだいぶ慣れてきたようだけど……

 

「いいか? まずガンのつけ方から行くぞ。殴り合いの前に相手をビビらすんだ」

「はい! えっと、ぶっころすぞー、とか言えばいいんでしょうか?」

「ダメだダメだ。無闇に物騒な言葉を使えばいいってもんじゃねぇ。どうしても言うなら言うで、もっと腹から声出せ。それより目つきをもっとこう……」

「こう、ですか?」

「いやもっと鋭く、こうだ」

 

 ……天田の教育に悪い気がする……止めるべきだろうか? 

 

 それからもう一つ。

 

「………………」

 

 リビングの扉に隠れて様子をうかがう俺の様子を、廊下の角に隠れたアンジェリーナちゃんが伺っている。こっちもこっちで、どうしたらいいのだろう? ……話しかけてみよう。

 

「!!」

 

 振り向いた瞬間に逃げられた……普通に傷つく。




天田の顔……
ワンピースでチョッパーの体にフランキーの精神が入る話、ありましたよね。
書いててあれが頭に浮かびました。


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123話 決定

 影時間

 

 ~庭~

 

「……ッ! ……ッ! ……ッ! ……」

 

 影時間を利用して、鞭打の練習。

 しかし、どうも上手くいかない。

 現時点でもある程度使えてはいるが、気を観察すると無駄な力が残っている。

 もっと脱力して必要な力のみに注力できれば、より速くより強力な一撃になりそう。

 しかしある程度までいくと、進歩が停滞しはじめた。

 不可能を可能にするため、さらに練習を重ねる。

 

 腕の気の流れは維持したまま、量を減らす。

 こうして放った一撃は余計な力が抜けて速い。しかし軽くなってしまった。

 気の流れと動きが合っていないし、失敗だ。

 気をもっと速く。腕の中で弾丸のように。

 練習を続けていると失敗が続く。

 

「フッ!?」

 

 今度は動きより先に気が腕を駆け巡り、勢い余って飛び出てしまう。

 飛び出した気の塊が勢いよく拳の延長線上を突き進み……

 

「……は?」

 

 芝生を抉った。ボールか何かを叩きつけられたような、小さな穴だけが残る。

 

「……今の何?」

 

 もう一度やってみると、また気の塊が打ち出されて地面に穴が開く。

 気を体外に放出するのは、吸血の応用でできる。

 しかし物や人に流し込む時と違って、今のは物理的な衝撃を与えていた……

 

「……気弾?」

 

 漫画とかに出てくるそれが一番近い。というかそのものだ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「はぁ……っ……」

 

 色々試してみて分かった。

 気弾の威力は通常、だいたい拳の一撃と同程度。

 気のコントロールで威力と気弾の形状は調節可能。

 ただし相応の技量が必要。

 今は槍貫手のように射程が延びたと考えるのがよさそうだ。

 それから連発は体力の消耗が激しい。

 一発の消耗は少ないけど、確実に気(肉体のエネルギー)が失われていくから。

 ……ちょっと休憩にしよう。

 

「ふー……」

 

 昼は暑いが、夜はそれなりに涼しい。

 日本よりやや空気が乾燥している気がする……

 

 テキサス州は複数の気候帯が交わっているため、地域によってガラリと気候が違う。

 たとえばカウボーイやサボテンをイメージするような乾燥した地域は西部、竜巻などの被害が多い北部。このあたりは緑も豊かだし、人のこぶし大の雹が降る地域もあれば、冬は温暖ですごしやすい地域もある。……と、エレナが車で話していた。

 

「……何でなんだろう」

 

 エレナから安藤家の人たちを、そしてアンジェリーナのことを思い出してしまった。

 

 何でか知らないが、彼女が俺を徹底的に避けているのは事実。

 そして時々、観察……監視? されている。

 理由は不明。家族は何か心当たりがあるようだけど、それを隠している。

 ただし、口ぶりからして俺が悪いというわけではなさそうだ。

 

 しかしこう毎日逃げられたり見張られたりしていると、さすがに気になる。

 江戸川先生は無視か、踏み込むか。

 好きにしろと言っていたが……

 

 今日までを踏まえて考えると……無視しきれそうにない。

 こうなったら、踏み込むことにしよう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 8月5日(水)

 

 昼

 

 ~リビング~

 

「エレナ、今いいかな?」

「何かしら? 射撃? トレーニング?」

「いや、そうじゃなくて」

 

 昨夜考えたことを伝えてみた。

 このまま避けられ続けるのは正直、気分の良い物ではない事。

 それを良い方向で解消するために、仲良くなる方法は無いだろうかと。

 

「何か事情があるのは薄々感じてる。だから手伝って欲しいんだ。下手に踏み込んで傷つけるのは俺としても不本意だから」

「……オーケー、私にできることならするわ」

「いいのか?」

「私もっていうか、誰も今の状況を良くは思ってないのよ。あの子の人見知りは“個性”だとも思うけど、自分から交友関係を狭めるようなことはして欲しくないの。

 でも体のことがあるから、離れていくお友達も多くてあの子も気に……あ、その子たちが悪いわけじゃないのよ。ただ無理をさせないように気を使って、結果的に」

「大丈夫、そこは誤解しない」

 

 一緒に遊んでた友達が突然倒れたら子供は驚くだろうし、何度も続けば気にもするだろう。

 

「それじゃ具体的にどうするかだけど、何かアイデアはあるの?」

「それがまったく。せめてロイドみたいに男の子ならまだやりようはあるんだけど……」

「タイガーはあまり女の子に慣れてなさそうね」

「そんな感じがする?」

「というか、女の子に興味がなさそう? 私の胸にもあまり目を向けないし」

 

 そう言いながら薄着な胸元をはためかせるエレナ。

 

「目に毒だからやめなさい。俺はマナーとして気を使っているだけです」

「ふーん? それならいいんだけど、興味をまったく持たれないのもあまりいい気はしないわよ。もちろん遠慮がなさすぎるよりはいいけど」

 

 まぁ今は色恋より力に意識が向いている自覚はあるが……

 でも俺は一度見たらいつでも記憶を引き出せる。

 だから何度も目で見る必要性は感じない。

 ジロジロ見るなんて、俺にとってはデメリットしかない行為だ。

 

「話を戻すけど、勉強とかは? 一応成績は日本の有名進学校で学年一位なんだが」

「グランマは元教師だから、先生役には事欠かないわ。断りやすいわよ。それより料理はどう? あの子、意外とよく食べるから。タイガーもたくさん食べるし、共通の話題になるんじゃないかしら?」

 

 それでお願いしよう。

 

「それじゃ買い物しなきゃね……あとグランマに説明しておくから、表で待ってて。車を回すから」

「車は普段から表にとめてないの?」

「プライベート用は裏にちょっと歩いた所なの。表は送迎の時とお客様用だから」

 

 それなら不都合でなければ俺が裏に行こう。

 頼んだのは俺だし、車を表に回すためのガソリンがもったいない。

 

「じゃあそうしましょうか。用意ができたらここで合流ね」

 

 こうして俺は、外出の用意に動きだした。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 街でアメリアさんから預かったリストに従い、買い物を済ませた後。

 舗装が新しくなったばかりのようで、やけに綺麗な歩道を歩いていると……

 

「あ、ちょっと寄り道していい?」

 

 エレナの希望で、通り道にあったカフェへ入る。

 レンガ造りの古めかしい建物。中は若干薄暗いが、営業中ではあるようだ。

 店内には大きな壁掛けテレビがいくつも設置されている、スポーツカフェかな?

 俺がそれを聞く前に、エレナはカウンターにいたカップルに声をかけていた。

 

「ジェイミー!」

「エレナ! あら?」

「エレナ? 恋人の語らいの邪魔だか……なんだ、そっちも男連れか。んじゃお互い邪魔はなしってことで」

「コリント……あんた色ボケも大概にしなさいよね。彼はうちのお客よ」

「客連れてサボりかよ、こんなガイドで大丈夫かい?」

「買い物できる場所をしっかり案内してもらってるよ」

 

 話をふられたので、答えたついでにカップルと自己紹介を済ませる。

 

「今度のボランティアの話なんだけどさ……」

「あれね。都合悪くなった?」

「ボランティア……あの二人、何かやってるのか?」

「進学に活動暦は必須ってくらい評価の対象になるからな。たしか図書館の仕事だったはずだ」

「へぇ……」

「なんだ、珍しいのか? 日本人もボランティアくらいやるだろ」

「やる人はやるけど、日本はやっぱり成績や内申の方が重要になるから。進学に必須でもないし、やらない人は一切やらないよ」

「マジか!? 日本人ってこう、身を投げ打ってでも人助けをしたりする民族なんじゃないのか!?」

「……コリント君、日本人にどんなイメージ持ってんの?」

 

 確かに世界的に見たら真面目で勤勉な人が多いと言われてるけど……ん?

 小学生、それも低学年だろうか? 店内に風船を持った男の子が二人入ってきた。

 双子のようだ。しかし親が近くにいる様子はない。

 

「どうした? ……げっ!」

「あー! コリントだー!」

「あそべー!」

「うわっ!? やめろよマイス! ルイス!」

 

 男の子二人はこちらを見るなり駆け寄ってきて、コリントに飛びついた。

 

「知り合い?」

「ジェイミーの弟だよ、こら引っ張るな! 高かったんだってこの服!」

「おめかしだー!」

「姉ちゃんとデート?」

「姉ちゃんの彼氏ならいつか兄ちゃん?」

「兄ちゃんなら一緒にあそべー!」

「ちっくしょう、面倒なのに捕まっちまった」

「元気だなー」

「あっ! こら! あんたたちまた! お店でさわいじゃダメって言ってるでしょ!」

「「えー!」」

 

 少し離れてやり取りをほほえましく見ていると、ジェイミーが叱りに来た。

 しかし弟二人はどこ吹く風。

 これはいつもの事なのか、常連客らしきお客さんは笑顔で見守っている。

 こうしてみると、なんだか暖かい雰囲気の店だな。

 

「もう! ジュース持ってくるから、それ飲んでおとなしくしてなさい」

「「はーい!」」

「コリント、面倒見ててね」

「しゃーねーな」

 

 そしてジェイミーが遠ざかった瞬間。

 

「「……退屈だねー」」

「早っ!」

 

 双子はもう気が変わったようだ。

 コリントが必死でおとなしくするよう悪戦苦闘している。

 ……そうだ。

 

「二人とも、ちょっとしたゲームをしないか?」

「ゲーム?」

「兄ちゃん誰?」

「! ああ、こいつはタイガーだ。俺の友達さ!」

「兄ちゃんの友達?」

「なら、あそぶ!」

「「なにするのー?」」

 

 ノッてきてくれた。というかコリントが仕向けてくれた。

 彼らの目の前で握りこぶしを開く。

 

クオーター(25セント硬貨)だー」

「くれるのー?」

「あー……OK、二人が勝てたらあげよう。ゲームは簡単、このコインがどこにあるかを君たち二人のどちらか一人でも当てたら君たちの勝ち。どっちも外れたらお兄さんの勝ちだ。コインを間違えないように……このペンで何かマークを書いてくれるかな?」

 

 すると片方が大きくアルファベットのMを書いてくれた。こっちがマイスって子か。

 

「よし、これでもう他のコインとは間違えないね。じゃあまず練習だ、いくよ。……さあどこ?」

「「こっちー」」

「……正解」

 

 軽く両手の間でお手玉をして聞いてみると、間違えたりはしなかった。

 

「「かんたーん」」

「じゃあもう練習はいらない?」

「「いらなーい」」

「なら本番……どこ?」

「「こっちー」」

 

 疑いなく、コインの入った手を指差す二人。だが

 

「……残念」

 

 手を開いた時。すでにコインは消えている。

 

「「えー!?」」

「正解は、ここ」

 

 もう片方の拳を開けば、そこにコインが乗っている。

 

「「もう一回!」」

「いいよ。それじゃ……どこだ?」

「「こっち」」

「残念」

 

 再びハズレ。それから何度繰り返しても、一向に当たることはない。

 このコインがドッペルゲンガーである限り、正解は俺の意のままだ!

 

 しかしあえて種があると分かるようにお手玉をせず、ハズレからただ拳を握った状態で聞いてハズレさせる。するとうまく興味を引けたようで、次々ともう一度とハズレを繰り返しはじめた。そうしていると流石に知恵をつけてくるようで。

 

「今度はどこ?」

「僕はこっちー」

「僕はこっちー」

 

 二人で別々の手を指定してきた。

 が、しかし。

 

「どっちもハズレ」

「えー?」

「じゃあどこー?」

「正解は、コリント」

「……俺か!?」

「ジャケットの胸ポケットを探って」

「胸……!!」

 

 言われるがままポケットを探るコリント。その顔が驚きに満ちる。

 

「どうやった!?」

「「すげー!」」

 

 つまみ出されたコインには、しっかりとマイスのマークが書き込まれている。

 俺にとってはドッペルゲンガーの召喚位置を調整しただけだが、彼らにとってはコインが瞬間移動したように見えたはずだ。

 

 ……ん? 瞬間ではないけど移動はしてる……あれ? 普通にすごいか?

 なんだか物事の基準が分からなくなってきている気がする……

 

 とにかくこうして双子+一人の興味をガッチリ掴むことに成功。

 エレナの用が終わるまで手品(ドッペルゲンガーの応用)を続けた。

 腕が磨かれた気がする!

 アンジェリーナにも見せてみようか……




影虎は気弾を偶然習得した!
影虎はアンジェリーナとの関係改善を試みることにした!
カップルのコリントとジェイミー、双子のマイスとルイスと面識を持った!
手品の経験を積んだ!


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124話 緊張の食卓

 ~ジョーンズ家・厨房~

 

 買ってきた材料で、アンジェリーナちゃんの好物を作る。

 

「先生、よろしくお願いします」

「まかせなさいな」

 

 厨房には俺とエレナだけでなく、こちらの料理を教えてくれるアメリアさん。

 さらにうちの母さんと天田まで装備を整えている。

 二人は俺がやろうとしていることを聞きつけて、自分も! とやってきた。

 総勢五人が集まっているのに、厨房は狭さをまったく感じさせない広さがある。

 部室の厨房を見ていなければ、きっとこの広さには驚いた。

 

「それじゃ始めましょうかね。作るのはミートパイよ。アンジェリーナの大好物なの」

 

 ジョーンズ家のミートパイは生地から作るようだ。粉の配合は強力粉が55%、薄力粉が45%。

 カイルさんとウィリアムさんが居ないが、二世帯+俺たちで総勢十五人分。

 パイ生地をこねるだけでも一仕事だ。

 

「そうそう、上手じゃない!」

 

 パイ生地作りは粉を扱うからか、麺作りにも通じる部分があった。

 初めてだが、なかなか良い生地ができた自信がある。

 できた生地は一旦冷蔵庫に保存しておき、続いて牛と豚の合いびき肉を使う。

 

「ケチャップ、ナツメグ、オールスパイス、クミン……先輩、計量終わりました」

「こっちもにんにくと玉ねぎ、切れたわよ」

 

 炒めていた肉に、天田と母さんから受け取った各種調味料とスパイスで味付け。

 できあがったソースを型にはめた生地の上に流し込んで生地で包み、卵黄を塗る。

 最後にエレナが予熱しておいてくれたオーブンへ放り込めば、あとは待つだけ。

 

「三十分くらいね。他にも何か作る?」

「材料は好きに使っていいわよ」

「だったら、日本食とかどうでしょうか」

 

 天田はそう言うが、材料や調味料はあるのだろうか?

 

「さっき冷蔵庫にいろいろありましたよ? 醤油とか」

「ロイドが買い込んでいたものね」

 

 それなら万人受けする料理がいいだろう。それでいて俺が自信を持てるとなると……やはり“麺”になる。

 

 冷蔵庫を見せてもらう。ここにある材料で作れそうな日本の麺料理となると……

 

「ソースがある。“焼きそば”とかどう? 俺が麺打つから」

「いいんじゃないかしら? 龍斗さんも好きだから、沢山作っておきましょう」

 

 反対意見は特に出ず、追加で焼きそばを作ることが決定。

 心を込めて、大量の麺を打つ。

 

すばらしいわ(Amazing)!!」

「まるでプロフェッショナルの技ね!」

「……ねぇ虎ちゃん、あなたどこかで修行でもしてるの? 龍也さんのお店とかで」

「いや、別に、そんな事は、ないけど」

 

 The 麺道で得た知識を実践して身につけただけだ。

 しかし麺は今日も良いかんじ。

 あとはこれを一度蒸し上げて、切った野菜や薄切りの肉と一緒に炒めて味付けすれば……

 

「完成!」

 

 味見用に一人分だけ作った焼きそばを少し口に運ぶ。

 

 ……モチモチとした食感が強く、他の材料の味をよく吸っていて美味い。

 俺は好みだが他の人は大丈夫だろうか? 

 少しずつ味見をしてもらうと

 

「僕は大丈夫ですね」

「私は好きよ、この味」

 

 と若い二人は気に入ったようだが、

 

「ちょっと濃いかしら?」

「美味しいけど、もうちょっと薄めがいいねぇ」

 

 母さんとアメリアさんには濃すぎるようだ。

 ソースの量をもう少し減らすか?

 それとも蒸し麺ではなく、茹でた麺にするか?

 茹でた麺のほうが水分が多く、味は薄くなる。

 考えていると母さんが動いた。

 

「味付け用のソースは私が作りましょうか」

 

 ソースに少量のケチャップや出汁を加えている……

 

 

「このくらいでいいかしら? 使ってみて」

 

 

 と言うことでもう一度作って試食をしてみると……

 

 

 !! 

 味自体は前のより薄いけれど、こっちはソースの味や酸味。

 出汁の風味までが渾然一体となっていて……はるかに味のバランスが良くなった。

 こちらの方が美味い。また味見を頼むと、誰もが二皿目の焼きそばの方が美味いと選ぶ。

 

「虎ちゃんの麺はすごく美味しいけど、味付けに関してはまだまだ経験不足みたいね」

「おみそれしました」

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~リビング~

 

 テーブルの上には、俺たちが拵えた大量の料理が所狭しと並んでいる。ミートパイに焼きそば。それにサラダがついて変な取り合わせに見えるが、どれも味見は万全。自信を持って薦められる品になっている。

 

「さぁ席について! 今日は日本のお料理も作ってもらったのよ」

 

 アメリアさんの号令で、集まった家族がどんどんと席についていく。

 

「ワァオ! これがジャパニーズヌードル?」

「焼きそば、だよ」

「ヤキソバ! オーケー! ケン、これをバーガーに入れたらどうかな?」

「それは、焼きそばパン。もうあるよ、昔から」

「タイガー、こっちに座って」

「……」

 

 エレナのはからいで俺の席が用意された。

 大きなテーブルの中ほど。

 興味深そうに質問を続けるロイドと、説明する天田の右隣。

 そして……俺の右には今日の主賓であるアンジェリーナちゃん。

 表情を硬くしているうえに、オーラも黒ずんでいて相変わらず好意的ではない。

 でも今日はエレナのサポートがあるからか、逃げないでいてくていれた。

 そんな彼女の前に、俺はとりわけた料理を並べる。

 

「さぁて、アンジェリーナも食べましょ」

「ん……」

 

 エレナと一緒に彼女がフォークを手に取った。

 最初にミートパイを一口。

 感想は……ない。

 

「今日のパイはいつもより美味いな。生地が違う」

「タイガーにお願いしたのよ。焼きそばの麺もタイガーが、小麦粉の扱いがとっても上手なの」

「あ? この麺影虎が作ったのか? うめぇじゃねぇか」

「タイガーは小麦粉マスターなの? ねぇ、バーガーのパンズとか作れない?」

 

 小麦粉マスター……なんとなく微妙な称号や褒め言葉を方々からいただくが、一番欲しい人からの言葉がない。

 

「……美味しい」

「!!」

 

 ささやくような声につられて見た隣には、焼きそばを食べているアンジェリーナちゃん。

 俺の視線に気づいてフイッと、エレナの方を向いてしまったが、確かに聞こえた。

 記憶を引き出し確認しても空耳ではない。

 

「おかわり、いくらでもあるからね」

「……」

 

 本当に少しだけ頭が縦に動いた。

 

「ほら、タイガーも食べないと!」

「あ、ああ、そうだな」

 

 こうして俺たちは黙々と食事をすることになった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 俺たちは黙々と食事をした。

 そう……黙々と。

 

 何度か会話を試みたが、反応がなく話が続かない。

 唯一反応が見られるのは料理を勧めるときだけ。

 その他の話題は完全にシャットアウトされているようだった。

 なかなかに手ごわい……というかそんなに嫌われてるのか……? 俺。

 おまけに食事が終わった今、彼女は早々にこの場を立ち去ろうとしている。

 

「そうだ! せっかくだし、皆で何かゲームでもしない?」

「あら、良いわね!」

 

 ロイドの提案を、カレンさんを筆頭に次々と皆が同意。

 機会を作ってくれようとしているのがわかる……が。

 その一方で、アンジェリーナちゃんのオーラがより強く見えるようになった。

 今度は青みが強い。

 

「……私は部屋に戻る」

 

 出てくるのは拒絶の言葉。

 なぜ彼女はこんなに俺に近づきたがらないのだろうか?

 外見は美形とは言わないが、自他共にそこまで崩れてはいないと言う評価を得ている。

 清潔さにも人並みの気は使っているし、怖がらせるような行動を取った覚えもない。

 そしてなによりこのオーラ、一体なにを悲しんでいるのだろう?

 肝心なところが分からない。

 

 だから……

 

「……やっぱり俺は嫌かい?」

「!」

 

 できるだけ穏やかに。

 だけどストレートに。

 立ち去ろうとする背中に声をかけた。

 彼女のオーラはさらに濃くなっていく。

 身は固く、動揺しているようだ。

 

 ……ちょっとストレートすぎたか?

 しかし言ってしまった言葉は取り消せない。

 周囲も固唾を呑んで見守る中、彼女は口を開いた。

 

「……貴方だけは、嫌。本当は……ママやパパやグランパ……誰にも近づいて欲しくない」

 

 これは想像以上に避けられている……

 

「それはどうして? 理由があるなら教えて欲しい。俺が悪ければ直したいし、そうでなくても……納得して近づかないこともできる」

「嫌だから嫌……なんで構うの、私の事は放っておけば良い。話す意味なんか、ない」

「意味がないって、何でそんなこと」

「だって! だって、だって……」

 

 アンジェリーナは何かを言おうとして、言いよどむ。

 そしてかすれるように出てきた言葉を耳が捉えた、

 

「――」

 

 その瞬間、すべてが止まった感覚に陥る。

 俺に言ったんじゃない。

 ただ独り言のように小さく呟かれた声が、頭の中を駆け巡った。

 

 何故? どうして? 

 

「どうしてそれを君が知って……!」

 

 不意に硬い物が頬を打ち、衝撃が頭を貫いた。

 何だ、こんな時に。

 

「……親父?」

 

 机を挟んで対面にいたはずの親父が目の前にいる。

 行儀悪く机を乗り越えてきたみたいだ。

 

「手を離せこの馬鹿!」

 

 手?

 

「っ!」

 

 言われて見ると、俺の右手がアンジェリーナの左腕を掴んでいた。

 気づいて手を離そうとすると、拘束の緩んだ手を振り払って、彼女は一目散に逃げていく。

 それを俺は、呆然と眺めていた。

 

「何言われたかは聞こえなかったけどな、キレるのは……まだいいとしても、あんな小さい女の子に手を上げてんじゃねぇ!」

 

 襟を捕まれ、机から降りてきた親父に押し飛ばされるが、実感がない。

 意識の全てがアンジェリーナの消えたドアに向いている。

 

「聞いてんのか影虎! オイ!」

「ああ……少し頭を冷やしてくる」

 

 まずはまともに頭が働かない頭を落ち着けるのが先だ。

 かろうじてできた判断を実行に移す。

 後ろから声が聞こえてきたが、足は止まらず。

 誰かが追ってくることもなかった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~庭~

 

 アンジェリーナ……

 彼女と出会ったのはほんの数日前だ。

 まともに会話したのだって今日が初めて。

 そんな彼女がどうして知っている……

 

「まだ落ち着けていない様ですねぇ」

「江戸川先生……いつの間に」

「おやおや、私の接近に気づきませんでしたか? もしや例の暴走という奴ですか?」

 

 周辺把握がまるで機能していない。

 

「情けないことに、たった一言で動揺しているようで……変でしたか?」

「少々様子が違ったのは確かです。暴れるというよりも心ここにあらず、といった感じでしたが。……まぁ、物事にはタイミングと言うものがありますからねぇ。普段ならさほど気にすることもない一言でも、受け取る者の気分や状態で大きな波紋を呼ぶ……君にはピンポイントな一言でしょう」

「……」

 

 “どうせ、貴方はすぐ死んじゃうのに”

 

 再生したつもりのない彼女の声が、頭の中に響く。

 

「私も少し気になることはあるのですが……とりあえずこれを」

「……どうやって密輸したんです?」

「ヒヒッ! 密輸だなんてとんでもない。違法な成分は含まれていませんから、正規ルートで持ち込める物もあるんですよ。あとは近所の薬局で手に入れた物でちょちょいと」

 

 聞きながら、黙って試験管入りの薬を流し込む。

 一瞬の眩暈の後に、体が浮かぶような感覚に包まれる。

 体の動きが鈍くなり、頭の回転も良いとはいえない。

 しかし、やや気分は良くなった気がする。

 

「今回の薬は効くようです」

「前に飲んでもらったものと成分は同じですから。想定外の副作用は出ませんよ。それはそうと君が部屋を出て行った後のことなんですが……なんとかご両親はごまかしておきました。天田君も同じく」

「……お手数をおかけしました。でもよくごまかせましたね」

 

 状況を思い返してみると、どんな言い訳をすればごまかせるのか分からない。

 親父は単純思考だからまだしも、母さんと天田は?

 

「私一人の力ではありません。アンジェリーナちゃんのご家族、特にカレンさんのお陰です。彼女は元弁護士らしいですねぇ……頭の回転が早くて、うまく口裏を合わせてくれたので成功したようなものですよ。殴ったり大声を張り上げたわけでもありませんし、そのあたりでちょっと色々と話して煙に巻いて……というわけなので、彼女たちはごまかせませんでした。

 ……といいますか、彼らはアンジェリーナちゃんの言葉を知っていて、我々に隠していたようです。ご両親を丸めこんだ後に聞かれました。タイガーは何か病気を患っているのかとね。ひとまず健常であると答え、以後の事は私に任せていただきました」

「助かりました……」

 

 それにしても、聞いた限りじゃボンズさんたちは彼女の言葉を知っているだけじゃなく、信じている?

 

「質問内容が内容ですし、そう考えるのが一番自然でしょう。そして彼女の言葉がただの失礼ではなく、信用されている理由は」

「霊感か何かあるんでしょうね……アンジェリーナちゃんに」

「そしておそらく似たようなことがこれまでにもあったのでしょう。先日彼女はよく入院をしていたと話していましたし、余命宣告を受けた患者さんの中には君のような態度をとってしまう方もいらっしゃいました。ちなみに私がまだ医師だった頃の実体験です」

「……もう一度話がしたいですね。腕を掴んだのは確かに悪かったですし。謝罪と、話を聞かないと……しかし会って、会わせてくれるかどうか……」

「いつになくネガティブですねぇ? あちらも君のことを気にしているようですし、少なくとも話は聞けると思いますが……行動に移すのは明日以降にしなさい。今日はもう遅いですし、精神的に無理でしょう。一晩かけて落ち着いて、それからです」

 

 先生に、半ば無理やり部屋に押し込まれた。

 今日はもう何も考えるなと念を押されて……




影虎はアンジェリーナとの関係改善に失敗した!
影虎は混乱している!
影虎は恐怖状態になった!


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125話 真相

 翌日

 

 8月6日(木)

 

 朝

 

 ~自室~

 

 朝早くから江戸川先生が部屋に来て、薬を置いていった。

 少し苦しいかもしれないが、大事な事なので決まった時間に飲んで欲しい。

 そう言われて指定の時間に飲んでみると……

 

「何の薬だったんだ……あれ……」

 

 数分で体がだるくなり、ベッドに横になるとそのままろくに動けなくなった。

 体が熱い……熱も上がってきた……

 意識がやや朦朧としている中で、扉の音が耳に届く。

 

「タイガー、大丈夫ですか?」

「ったく昨日から様子がおかしいと思えば、何やってんだお前は」

 

 ジョナサンと親父……さらに天田や母さんが入ってきた。

 

「ああ……」

「あ、先輩そのままでいいですって」

「どれ……熱、結構高いわね」

「環境の変化に伴う疲労。そこからくる風邪でしょう。先ほど解熱剤も飲んでもらいましたし、ゆっくり休めばすぐによくなりますよ。念のため、今日は私がついておきましょう。代わりと言ってはなんですが、天田君をお願いします」

「そんなこと頼まれるまでもねぇ」

「こちらこそうちの息子よろしくお願いします」

「構いませんよ。それはそうと我々がここにいては彼はゆっくり休めないでしょうし」

「そうですね」

「おう影虎、しっかり休んどけよ」

 

 父さんたちは俺の様子を確認だけして、さっさと部屋を出ていく。

 その少し後、先生だけが戻ってくる。

 その頃には先ほどの熱とだるさが夢だったかのように消えていた。

 

「うまくいきましたね」

「……先生、あれ何だったんですか?」

「さっきのは……“仮病薬”とでも呼びましょうか。よく効く解熱剤なんですが、一時的に熱を上げてしまう副作用があるのですよ。でも安心してください。飲んでから三十分程度で熱は引きます。君の体調はもうじき完全に戻るでしょう。いやはや失敗作と言えど、探せば使い道はあるものです」

 

 そう笑った先生は、一呼吸おいて真剣そうな顔になる。

 

「安藤夫妻から、昨日の事について話がしたいとの申し出がありました。あちらも君の行動に感じる物があったのでしょう。話す覚悟を決めたようでした。しかし彼らには仕事もありますから、話をするなら午後ということですが……どうします?」

「応じます。だいたい予想はつくといっても、実際に聞きたいですし……昨日のあれは謝らないと」

「ではそう返事をしておきましょう。ご家族はやり過ごせましたし、君は今日一日自由に動けます。熱が引いたら話に備えて心を落ち着けるなり、話す内容を考えるなりしてください。……おっと、部屋からの外出はもうしばらく控えてくださいね。少なくともご家族が外出する十時までは。それまでは寝ているとでも言っておきます」

「分かりました」

 

 先生の助けに感謝して、一、二時間は余分に部屋にこもっていよう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼

 

 先生の言った通りに熱は下がり、瞑想で時間を潰した後。

 気晴らしに体を動かすため、外へ出ようとすると……

 

「タイガー! もう体調はいいの?」

「ロイド? ああ、もう平気さ」

「そっか……」

 

 廊下で遭遇した彼の言葉は、歯切れが悪い。やはり昨日のことは少々気まずいな。

 

「それなら昼ご飯はどうする? グランマが用意してくれてるから、すぐ温められるけど、食べられそう?」

「ありがとう、いただくよ」

「OK、なら温めて部屋に持っていくよ。……その前にちょっといいかな?」

 

 ロイドは急に何かを思い出したように話を変えた。

 

「何だい?」

「もしよかったら、アンジェリーナに話す時間をくれないかな? 昨日の事をアンジェリーナが気にしててさ。謝りたそうだったから。本人も悪いとは思ってるんだよ」

 

 謝らなきゃいけないのは俺もだ。

 少々気が重いが、歓迎すべき提案なので快く承諾。

 すると彼はそのまま俺をリビングへと先導した。

 

「ちょっと待っててね」

 

 リビングに続く扉の前で一時待機。

 独断だったので心の準備をさせてくるからと、一人中へ入るロイド。

 

「アンジェリーナ……」

「ちょっとロイド、急すぎない? それに話なら……」

「…………話す」

 

 聞こえてくる会話からして、エレナもいる。

 それに、アンジェリーナちゃんが昨日のことを気にしているのも事実のようだ。

 しばらく待っていると、俺を呼ぶ声が聞こえた。

 

「失礼しま……食事中?」

「ちょうど終わったところよ。気にしないで、ロイドが突然呼んだんでしょ」

「……」

 

 ロイドの横にはエレナとアンジェリーナちゃんが、食器の並ぶテーブルの前に座っていた。

 俺はエレナを挟んで、少し距離を置いた位置から頭を下げる。

 

「アンジェリーナちゃん、昨日は乱暴な真似をして申し訳なかった」

 

 まずこちらから謝罪すると、彼女はゆっくりと首を縦に振った。

 

「私も、失礼なこと言った……ごめんなさい。あと……料理、おいしかった……」

「! それは良かった」

 

 満足してくれたなら、料理を作った甲斐はあった。

 

「昨日言われたことは怒ってない。あの時も怒っていたんじゃなくて、驚いたんだ。あれは……両親にも話してない秘密だった」

 

 一晩考えて“死についてはもう彼らに隠す意味がない”という結論に至った。

 余計に話をこじらせないため素直に認めると、なぜか三人は驚いた表情になる。

 

「タイガー、それどういうこと?」

「病気なの?」

「今のところ健康だけどね……何もしなければ高校卒業前に俺は死ぬ。だから今日まで死なないように。自分で言うのもなんだけど、努力して来たつもりだ。そういう意味では言われたくないことだった。だから驚いたし混乱したけど、それをアンジェリーナにぶつけるのは間違っていた。……お互い様と言うことでどうだろう?」

「うん……異議なし」

「ちょ、ちょっと待って……どういうこと?」

「話が飛躍した気がするんだけど……和解できたってことでいいのかな?」

「そういう事かな?」

 

 アンジェリーナも頷いてくれた。

 それなら話はここで一旦終わりにしよう。

 和解できたとは言え、俺に近づきたがらない原因が解消された訳では無い。

 

「詳しい事は後で、ご両親を交えて話そう」

 

 そういうことならと二人は理解を示してくれた。

 そのままリビングを出る。

 

「ぁっ!」

「?」

 

 扉に手をかけた時。

 背後からかすかに聞こえた声で後ろに目を向ける。

 

「! どうした!?」

 

 そこではたった今まで普通に話していたアンジェリーナが、胸を押さえて苦しんでいた。

 

「アンジェリーナ! 発作が、ロイド!」

「任せて! ダディーを呼んでくる!」

 

 すばやく部屋から飛び出すロイド。

 体調不良なら、江戸川先生も呼ぼう。

 俺もリビングを飛び出そうとしたその瞬間。

 

「っ、あうっ……!!?」

「!?」

 

 足を止めた。

 

「これ……」

 

 堪えきれずに上がった悲鳴。

 それと同時に、跳ね上がった魔力(・・)

 彼女の体から尋常ではない魔力を感じる! 

 

 どうして急に……原因よりもこれ(魔力)を何とかしないとまずい。

 

 そう判断したのはほぼ直感だった。

 集中しなくても分かる。

 コントロールの利かない魔力の激流。

 それが彼女の体内で暴れ狂っている。

 だからこそ集中しなくても感じるんだ。

 こんな力はシャドウからだって……いや、いた。一体だけ。

 あまり思い出したくない記憶。“刈り取る者”に近い。

 あんな化け物の魔法に等しい魔力が、小さな女の子の体内で暴れている。

 直感は確信に近づいた。

 

「……! ……!」

 

 エレナによって床に寝かされたアンジェリーナ。

 彼女は顔に脂汗をにじませ、苦しみと一緒に押し殺したうめき声が漏らしている。

 頻繁に自分の体を抱くようにして耐える姿が痛々しい。

 

 ただ見ているだけではいられなかった。

 ポケットの筆記用具に手を伸ばす。

 

「タイガー?」

 

 隣に座り込む俺に、不安げな目を向けるエレナ。

 かまわずアンジェリーナの熱い額に手を当て、もう片手は紙と一緒に手を握る。

 

「大丈夫……すぐ楽にする……」

 

 このとんでもない魔力が苦痛の原因なら、それを取り払えば少しは……“吸魔”。

 

「うっ!?」

 

 想像より、かなりやばい……

 即座に握り込んだ紙へ魔力を流す。

 

「…………」

 

 体が熱い。

 破裂寸前の状態に穴を空けたようなものだろう。

 俺の意思を無視して、滅茶苦茶な魔力が体に流れ込んできた。

 ……正しくは今も流れ込み続けている。

 量が多すぎて制御も正直ギリギリ。

 今の俺は吸い上げた魔力を放出するパイプだ。

 

 握り込んだ紙には即興で書き上げたルーンが記述してある。

 内容は魔力が精神のエネルギーであるという定義。

 対象となるアンジェリーナの情報。

 思い出せる限りルーンで書き記した上で、最後に魔力の沈静と安定を願った。

 今回のルーンははっきり言って、長い。

 これまで書いた記述式ルーン魔術の中でもっとも長く、魔力も使うはずだ。

 それを発動し続けてなお魔力が尽きない。

 

「……ぅ……」

 

 幸い呼吸はだんだん落ち着いてきた。

 魔術も少しずつ効いているようだ。

 徐々に感じられる魔力が弱くなっていく。

 あまり吸いすぎても体調不良を起こしてしまう。

 荒れた魔力を感じなくなったあたりで吸魔を止めておく。

 体力を消耗しただろうし、ついでに少し気も送り込んで……

 そっと手を離すときに警戒したが、アンジェリーナが再び苦しみ始めはしなかった。

 

 眠っているだけか…

 

「……ふー」

「影虎君」

「え? うおっ!?」

 

 江戸川先生!?

 

「いつのまに?」

「ちょっと前です。ロイド君に妹が倒れたと呼ばれまして。あと私だけじゃありませんよ?」

 

 先生とは反対の方に、ロイドがジョージさんとカレンさんを連れて立っていた。

 

「娘が発作を起こしたと聞いたんだが……」

「本当だよ! いつも通り苦しんでたんだ! ……落ち着いてるしその方がいいけど!」

「嘘をついたとは思ってないわよ」

「タイガー、あなた何をしたの? それに大丈夫?」

「……すこし、疲れた」

 

 気づけばアンジェリーナと同じく、俺の体も汗だくになっていた。

 

「皆さん、とりあえず彼女をちゃんとした所に寝かせてあげませんか?」

「そうよ! それが先だわ!」

 

 エレナの要請でジョージさんが娘を抱きかかえようとしている。

 邪魔にならないように立ち上がろう。

 

「っとと」

「おやおや、君も休む必要がありそうですね」

「すみません……」

「もしよければ、これを飲んで」

「ありがとうございます。カレンさん」

 

 近くの椅子に腰掛けると、スポーツドリンクとタオルが差し出された。

 きっとアンジェリーナちゃんのために持ってきたんだな。

 やけにファンシーな花柄のタオルだ。

 

「……タイガー君、ありがとう。貴方が何かしてくれたのよね? 聞きたいことも増えたけど、まず助けてくれたことに感謝するわ。それじゃ私も行くから、ごめんなさい。また後で」

 

 そう言い残して先に出て行った四人を追うカレンさん。

 リビングには俺と先生だけが残された。

 

「我々も部屋に戻りましょうか。話は体を休めながらで」

「そうしましょう……」

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午後

 

 ~トレーニングルーム~

 

 二時間ほど休憩を取った俺と江戸川先生。さらにアンジェリーナを除く安藤一家がスポーツウェアに身を包んで集まった。ここは使うと音が出る設備もあるので壁が防音使用。そして万が一父さんたちが予定より早く帰ってきても、トレーニングをしていたで押し通せる。

 

 俺たちに対する配慮を感じる。

 

「アンジェリーナちゃんの容態は?」

「落ち着いてるわ」

「こんなこと初めてだよ! いつもはもっと熱が上がって、長く苦しんでるんだ」

「それについても聞かせてもらいたいが……まずは私たちの事情を話そう」

「私から説明させていただきます。少し信じがたい話になりますが……」

 

 カレンさんの口から説明された内容は、おおむね俺たちが想像していた通りだった。

 簡単に言うと、アンジェリーナは“死期”や“危険”を知ることができるらしい。

 

 彼女の目には他人には見えない“黒い煙”が見えるそうで、人はもちろん動植物や機械、さらには場所にまとわり着くように存在し、濃度や範囲から対象の“死期”や“危険”を判断している。

 

 “煙”はアンジェリーナちゃん本人にしか見えないので、本人から聞いたことをまとめただけと言っていたが……安藤家、ジョーンズ家の方々は自分の家族であり、彼女の能力に助けられたことが何度もあるという事実から、アンジェリーナの言葉を信じていると話した。

 

 唯一ジョナサンだけは、日本暮らしで喋れないほど幼い時にしか彼女に会ったことが無かった、ということで伝えていないそうだが……彼女が購入に反対した家電を買うと、買ったばかりでもすぐに壊れてしまう。ここにいたくない! と言い出して仕方なく退出したオープンカフェに車が突っ込み、大事故が発生。止めた個人タクシーに乗りたがらず見送ると、後日そのタクシーの運転手が車中で乗客を相手に強盗殺人を犯したとニュースで報道される等々……本当に色々あったようだ。

 

 ただし彼女の能力には欠点もある。それは“死期”や“危険”の区別が難しいこと。

 煙の有無と濃度しか判断材料が無く、たとえば車に煙がまとわりついていたとした場合。

 “その車が事故を起こす”のか“車が事故現場になる”のか、それとも“単に故障する”のかは分からない。

 

 ちなみにこの“煙”は言うまでもなく俺にもまとわりついている。

 そこで俺の死期が近いのか、それとも危険人物なのか判断できず、初対面の彼女は逃げた。

 だからその後家族で情報を共有し、実は初日の夕飯と翌日のトレーニングを通して、大人の目でそれとなく人柄を見られていたらしい。

 

 思い返してみれば、初日と二日間はボンズ(元軍人)さん、リオン(現役警察官)さん、ウィリアム(総合格闘家)さん、カイル(マッチョ)さん……強そうな男性がよく一緒にいたな……

 

 まぁ、とにかくそこで俺は危険人物ではないと判断された。アンジェリーナちゃんはそれからも俺を監視していたが、同じ判断をしてくれたんだろう。それで彼女の態度が多少軟化していたんだな。

 

 ……危険じゃなければ死期が近いって話になるから、あまり喜べないけど。

 とりあえずこれまでの事に納得はできた。

 

「ちなみにあとどれくらい猶予があるかは分かりますか?」

「……一週間。それだけ濃い煙に包まれているそうだ……君の顔も見えないと言っていた」

「もう手遅れ。仲良くなっても辛いから近づきたくない、って言ってたんだよ……」

「なるほど……それにしても一週間か……」

「短いですねぇ……」

 

 原作開始どころか夏休みも終わらない。

 

「……貴方たち、理解が早すぎないかしら」

「そう言われましてもねぇ……結局私たちと似たような理由のようですし」

「アンジェリーナちゃんが死期を見るのと同じように、俺は未来を見ていたんです」

「未来?」

「えっと、それって予知能力、だと思っていいの?」

「それでいい。もっとももう未来は見えてない。今は覚えている情報がすべてだ。ただその中の一つが自分自身の死期で、俺はもう長くないことを知っていた。その上で死なないための方法を探し続けてきたんだ」

 

 おずおずと質問したロイドにはっきりと肯定しつつ、今はもう見られない事やこれまでの経緯を補足。

 

「……今回の旅行は最後の家族旅行になるかもしれない覚悟で来ました。ロイドとエレナにはもう言いましたが、このことは両親にも話していません。理由はそちらがアンジェリーナちゃんの事情を隠していたのとあまり変わらないと思います」

 

 自分たちの事情にすんなり理解を示されるとは思っていなかったんだろう。さらに似た秘密を持っているという暴露を聞かされた四人は、目に見えて困惑している。

 

「……わかったわ、そういう事だと素直に受け止めましょう。でも江戸川先生は……」

「ちょっとした縁がありましてね、私は彼に協力しているんです。主に健康面のサポートと、時々魔術の指導をしています」

「あー……」

『!?』

 

 四人が何を言ってるんだ? という顔になったので、ドッペルゲンガーを人型で召喚。

 突如俺の隣に現れたもう一人の俺に、彼らの目はこれでもかというほど見開かれた。

 鯉のように口を開くエレナ。

 サングラスをはずして凝視するジョージさん。

 表情を固めたまま動けないカレンさん。

 家族三人がそんな状態の中で、 ロイドだけが興奮している。

 

「ヘイマム! ダッド!  BUNSHIN! BUNSHINだよ!? BUNSHINしたよ! タイガーって忍者だったの!?」

「忍者じゃないんだが……似たようなことができると思ってくれていい。死なないための方法を探してるうちに見つけて、手を出したんだ。その師匠が江戸川先生」

「私だけではありませんがね」

「ねぇ、他に何かできる? 火遁とか、水遁とか」

 

 ロイドに答えて空のコップに水を生み出したり、その水を沸騰させたり逆に凍らせたり。そうこうしているうちに三人の意識も戻ってきた。

 

「驚いたわね」

「水や氷はトリックだとしても、BUNSHINはさすがに……」

「不思議なことができる、ということは理解した。ところでアンジェリーナの発作を抑えたのもその力なのだろうか?」

 

 その問いにさっき感じたこと、考えたこと、そして何をやったかを説明すると重苦しい沈黙が流れる。

 

「……それなら病院で異常が見つからなくてもおかしくない……のか? それよりも対処法はないのだろうか?」

「もしよろしければ、私が魔力や魔術に関して彼女に説明しましょうか。根本的解決になるかはまた別の話ですが……」

「微力ですが、俺も力を貸せると思います」

 

 起こらないことを祈っているが、また発作が起これば手伝いはできる。

 

「まぁいきなりこんな話をされても困るでしょう。返事はご家族で考えてからで結構です」

「ありがたい。だが……」

 

 頭を下げたジョージさんが俺を見る。

 

「何か?」

「自分のことはいいのか?」

「……その事は今朝も考えたんですが、これまでとあまり変わらなくて」

 

 たとえ余命一週間と言われても、諦める気はさらさらない。

 かと言って死因が分からないので、何に備えれば良いのかが相変わらず分からない。

 結局俺は、日々力を求めて気をつけながら生きるほかにない。

 

 その点、彼女はまだ手の打ちようがありそうだ。

 

「取り急ぎ宝石か原石、あとアクセサリーの材料を買える所はありませんか?」

 

 あとは工具があればアクセサリーを作れる。

 安全に魔力を放出するためのバインドルーンを刻もう。

 俺の補助としてもいいし、使えるなら本人が使ってもいい、

 

 先は見えない。けどできる事は分かっている。

 それを実行していこう。

 

 そう決めた途端、不意に力が流れ込む。

 

 “恐怖耐性”“混乱耐性”

 

 一度に二つも手に入った。

 あまり良い状況ではないのに、なんだか幸先が良い気がする。




理不尽は唐突にやってくる……
影虎は死の宣告を受けた!
影虎は諦めなかった!
“恐怖耐性”“混乱耐性”を手に入れた!


これより一週間、死亡する可能性のあるイベントが一回~複数回発生します。
回数および生存・死亡はその都度サイコロで決定。

考えていた選択肢の内、最難関のルートに入りました。


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126話 情報交換を終えて

「毎回ありがとう」

「別にいいわよ。それよりここでいいのかしら……私も初めて来るんだけど……」

「営業してるかどうかが怪しいな」

 

 エレナの運転で町につれて来てもらった。

 この間のカフェから程近い場所だが、狭い路地にある店だからか寂れた雰囲気が強い。

 扉に“Gem(宝石)Minerals(鉱物)”と書かれているが……おっ。

 ドアノブはスムーズに回り、軽快なドアベルが鳴った。

 

「……らっしゃい」

「石を見せていただいても?」

「勝手にどうぞ」

 

 無愛想なおっさんがカウンターの中から声をかけてきた。

 しかし商品の並ぶ棚へ目をやり、すぐに手元の雑誌に目を移す。

 接客をする気は無いようだ。

 

 勝手に見せてもらおう。

 幸いと言っていいのか、店内に並ぶ棚には豊富な鉱物類があった。

 アナライズを活用し、アンジェリーナの症状に対応できそうな石を探す。

 

「へぇ、色々あるのね……あっ、これ綺麗。何の石?」

 

 エレナが淡い青の透明な石に興味を持ったようだ。

 

「……アクアマリンだね。日本では3月の誕生石で、ストレス解消に効果があると言われてる、癒しの石だ」

「へぇ、じゃあ……こっちのは?」

「ガーデンクオーツ。水晶の生成過程で別の鉱物が閉じ込められた物だよ。これは心を静めたりするのに効果があるとされるから、とりあえずキープ」

 

 その後も説明しながら探していると、この店は思いのほか品揃えが良かった。

 小さな籠一杯に乗せた候補の石を全部買い店を出る。次は工具だ。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

「ここ?」

 

 案内された場所は、どう見ても民家にしか見えない一軒家。

 間違いないと言うエレナについて裏へ回ると……

 

「ハァイ」

「よう、お二人さん」

「コリント! それにジェイミー、どうしてここに?」

「おいおいエレナ、何の説明もなく連れてきたのか?」

「工具が使える場所に行くとしか」

「そういえば伝え忘れたかも……ま、いいでしょ」

 

 急な話だったしな。

 というわけで確認をとると、本当にコリントが工具を貸してくれるそうだ。

 ガレージを開けて一言。

 

「ここ使ってくれ。大抵の工具は揃ってるはずだから」

「確かにたくさんあるな……作業台までついてるし」

「親父の趣味なんだよ、日曜大工とかそういうの。ところでタイガーは何作るんだ?」

「アクセサリーをちょっとね」

 

 買ってきた石とその他の材料を作業台に並べ準備を開始。

 材料は瑪瑙の指輪、ガーデンクオーツ、アゼツライト、ワイヤー。

 

 まずは土台作りから。

 

 輪になっているだけのシンプルな瑪瑙の指輪を用意し、その幅と外周の長さを確認。外周よりも少し長めに切りそろえた二本のワイヤーを指輪の縁に沿う幅で並べ、その幅を維持したまま、ワイヤーの間に新たなワイヤーを絡めて葉と蔓の模様を作る。

 

 これを指輪の上からかぶせると、緑一色の単純な指輪に模様がついた。隙間が開くと不恰好になるのでそこは要注意。新しいワイヤーで花を接合する部分を取り付けた後は、適量の接着剤で土台を固定。透明なレジン液も使って光沢を生む。

 

 さらに別途ワイヤーをねじ曲げて花の形を作成。花弁の数は全部で五つ。さらに丸みのある花弁をテキサスでは“ガウラ”、日本語では“白蝶草”と呼ばれる花を参考に先端を角張らせて整える。

 

 一枚一枚、丁寧に。大きさを均等に整えた後は石のカット。

 最初に加工するのは……アゼツライトにしよう。輪切りの薄い板にしてから、花弁の内側に填まるように削り出す。こちらも一枚一枚丁寧に作り上げ、五枚の白い花びらを完成させる。最後に花芯として填め込むガーデンクオーツの板をカットし、バインドルーンを掘り込んでいく。

 

 使用するルーンはシゲル、ラド、ニイド、ダエグの四種類。

 

 “シゲル”は太陽の象徴であり、成功や満ち溢れるエネルギーの象徴。

 しかし明るい光で恵みを与える太陽も、日差しが強すぎれば干ばつという害を生む。

 そういった具合に悪い方向へ出る場合もある。

 アンジェリーナちゃんはまさにそんな状態だろう。

 

 “ラド”はエネルギーの“移動”。欠乏や束縛の“ニイド”で弱め流れを整え。

 “ダエグ”が持つ意味通り、“繰り返し”。正しく“循環”させる。

 事前に自分の体で危険がないことだけは確認してある。

 バインドルーンが魔力の整流器となるよう願いを込めて丁寧に掘り込む。

 

 こうしてできた六枚の板を、先に作ったワイヤーの花へ填め込んで接着。

 さらに完成した花を指輪との接合部に取り付ければ……

 

「……よしっ!」

 

 “ガウラリング”完成!

 

 健康のお守りにもなる瑪瑙の指輪を土台に、心の安定を図るガーデンクオーツ、潜在能力の開花や滞りを解消するエネルギーを持つとされるアゼツライト。この三種を一つにまとめた指輪。アナライズとアドバイスを併用しても問題点は見られない。

 

 アクセサリーとしても会心の出来だ!

 

「終わった?」

「うん。あと接着剤が完全に乾いたら完成だ」

「へぇ、思ったよりちゃんとしてるじゃない」

「デザインもなかなかね」

「タイガーって器用だな。ほら、これ飲めよ」

「ありがとう」

 

 のどが渇いていたことに気づき、コリントから受け取ったコーラをいただきながら、四人で雑談をして乾くのを待った。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夕方

 

 ~自室~

 

「タイガー、少しいいだろうか?」

 

 帰って着替えようとした矢先に、ボンズさんが訪ねてきた。

 

「はい、大丈夫ですよ」

「話は聞いた。正直な気持ちを言わせて貰うと……私は驚いている。そして君と江戸川先生の協力には心から感謝している。それとは別に少し気になったんだが……」

 

 彼は周りを一度伺って、小声で問いかけた。

 

「君は死期を昔から悟っていたと言う話だが……それはいつからだね?」

「……物心ついた頃から。ボンズさんと最初にお会いするよりも前です」

「では、君が私に鍛えてくれと言った事に関係しているのか?」

 

 頷くと、彼は静かに手で顔を覆う。

 

「いまさらだが……あの時断ったことを少し後悔している。後どれだけの時間が残されているかは分からないが、銃や格闘技のトレーニングにはこれからも付き合おう。そのくらいの礼はさせてほしい」

 

 軍人らしい、と言うべきか?

 切り替えが早く、死期を乗り越えるための助けになりそうな提案をいただいた。

 ありがたい、早速お願いしよう。

 

「あっ先輩! ダメじゃないですか寝てなくちゃ、どこか出かけてたんですよね」

 

 と思ったら天田の登場。

 そういや俺は今日病気って事になってたんだった。

 もう大丈夫だと言っても、天田は聞いてくれない。

 遠慮なく物を言ってくれるようにはなってきたが……

 

「分かった、今日はおとなしくしておくよ」

「当然ですっ!」

「ははは……ボンズさん、例のお守りはエレナに渡してあるので」

「ではそっちに顔を出すよ。ひとまず夕食まで休むといい。体調は良さそうだが、今日はタイガーのテレビを見ながら食べることになっているから、きっと大変になる」

「えっ?」

「ビデオに撮って鑑賞会だと言っただろう?」

 

 そうか、放送ってこっちの時間だと今朝だったんだ。

 ってか本当にやるのか!?

 

「機械関係はロイドとエイミーが得意でね、セッティングは完璧さ。リアンもポップコーンとコーラを買って帰ってきているところだと連絡が入った」

「夜の話ですか? 今日はパーッとやろう! って話になってたんですけど……先輩知らなかったんだ……」

 

 もうすでに取りやめられない所まで話が進んでいたようだ……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 夜

 

『それで打ち上げとかも一緒に行ったんです~』

『そうそう! それでこの子ったらもう気配り上手でね、料理やお酒を頼むタイミングが完璧なの。もうホスト並みよ!』

『ホスト並ってほめ言葉ですか? ……というかそもそも、行かれるんですか?』

『……たまにね?』

『行くんかい!』

『私みたいなのを入店拒否しないとこ、意外と多いわよ。アナタは顔じゃなくて気配りとトークで……だいたい上から七番目くらいになれそう』

『ごめんなさい。話振っちゃいましたけど、そんな聞きたくなかったです』

『ちょっとアンタ、そりゃないでしょう!?』

 

 リビングの巨大なテレビから、番組の映像と笑い声が流れている。

 それに釣られて笑う親父たち。

 

「おっ、加藤だ、加藤が写ったぞ!」

「父さんナースティーボーイズ好きだったっけ?」

「あ? いや、あいつら俺の後輩だからな。テレビに映るとやっぱ嬉しいわ」

「へぇ……えっ!?」

 

 なにそれ、初耳なんだけど。

 

「族だった頃の後輩っつうか舎弟だよ。学校は違ったし、足を洗ってからは連絡も取ってなかったんだが、他のやつから又聞きで芸人やってるって聞いてな。それから応援してんだ」

「……世間って意外と狭いな……」

「タイガー、そっちのコーラとってくださーい」

「はいはい」

 

 英文字幕もついていて、ジョーンズ家の皆さんも楽しめているようだ。

 そして番組が終わると謎の拍手で締められた。

 

「日本のテレビも面白かったわね」

「なかなかやるじゃねぇか影虎、おう?」

「カイルとウィリアムにも見せたかったな」

「リアン伯父さん、これビデオだから見せれば良いんじゃないの?」

「あの二人に見せたらタイガーが大変になるわよ、きっと」

「虎ちゃんは本格的に何かやらないの? 司会の方も仰ってたけど、なにか目的を作ってもいいと思うの」

 

 口々に番組での活躍にお褒めの言葉をいただいて、それに返していると……

 

「ロイド、そんなとこで何やってるんだ?」

「ネットの評判もチェックしてみたんだけど、この番組すごく評判いいみたいだよ!」

 

 そう言いながらこちらに向けられたノートパソコンの画面には、スポーツ関係のサイトにあの番組名が大きく載せられていた。

 

「すごいな、海外のページにまで番組のことが載ってるなんて」

「昔と違って個人用の通信機器も発達してるからね。動画サイトに投稿された映像とか、だいぶ拡散してるよ。それにオリンピックの開会式は明日じゃない? スポーツ関係の話題がホットになってるからね。タイミングもあると思う、けどほら! タイガーのことも載ってるよ!」

 

 参加者の1人として、名前は確かに載っている。

 しかしこうして改めて見てみると、嬉しいような気恥ずかしいような……

 

「これ日本でも話題になってるのかな?」

「だと思うけど……掲示板でも覗いてみる?」

 

 言いながらPCを操作して素早く日本語の掲示板を開いてくれた。

 

「適当に開いたけど、あの番組の話題専門のスレッドだよね?」

「うん、間違いない」

 

 スレッドのタイトルと時間を見る限り、番組を見ながらリアルタイムで書き込みされていたようだ。オープニングと前半、後半とエンディングでスレッドが二つに分けられている。まず前半の方に目を通してみた。

 

「いろんな意見はあるけど、おおむね好意的に受け付けられてるみたいだ」

 

 あの緊張でガチガチだった男子には“情けない”“もっと堂々としろ”から後に行くにつれて“かわいい”“応援してしまう”など。あの名門女子校の女の子は淡々としていたので、競技よりも容姿に関するコメントが大半を占めている。

 

 特に注目を集めていたのはあの“光明院(こうみょういん) (ひかる)”。競技では良い結果を残し、容姿は俺から見ても優れている。そこにアイドル事務所所属ということの話題性も加わって、話が弾んでいるようだ。

 

 前半に続き、気になる後半の反応は……?

 

『後半始まった』

『こんなの運動会みたいなもんだろ、プロと比べたらお遊び』

『椎名って子、すげーかわいくない?』

『腰細い。羨ましい』

『萩野ちゃん。キツめな雰囲気が頑張ってる感じで良い』

『ロリコン乙』

『なんか体育会系っぽくないのが一人いるな』

 

 時間差がほとんどなく、次々と書き込まれたであろう掲示板のログ。

 後半で体育会系っぽくないのって……俺だろうな。

 

『今度もあだ名紹介からか。ってか相撲の子分かりやすっ!』

『特攻隊長www』

『特攻隊長(笑)』

『よりによって一番ヒョロいのが特攻隊長だったでござる』

 

 ……特攻隊長についてめっちゃ笑われてるなぁ。

 他の皆のも流し見て、俺が出てくる部分へ急ぐ。

 最後だからどんどん進めて……このあたりからか。

 

『いよいよ最後か。結構面白かったな』

『女子がかわいかった、見てよかった』

『だよな。やっぱ女子は顔で選ばれるのかな?』

『さーて、特攻隊長のおでましだww』

『一番地味な奴がトリだったでござる』

『つーか学校名、聞いたことある気がする』

『月光館は名門進学校。桐条グループが経営母体の有名どころ』

『いいとこのお坊ちゃまかよ』

『努力とか根性とか知らなそう』

 

 ……マイナスの意見が多め。

 第一印象はあまり良くなさそうだ。

 

『素人のわりに面白くない?』

『めっちゃトークしてる』

『爆笑まではないけど、クスッとくるな』

『下手な芸人よりは見てられる』

『安易な下ネタとか、見てて不快になる芸人よりはな。でもプロと比べたら全然』

『成績=名門進学校の学年一位。運動=初っ端から良い記録出してる。コミュ力=これまでで一番堂々と軽快にトークしてるから高そう。……化け物かコイツ』

『外見だけがおしい』

『これでイケメンだったら嫉妬の炎が燃え盛ってる所だ』

『運が良かったな』

 

 好き放題言ってるな……でもちょっと流れが変わってきた。

 あ、もう部室の紹介か。

 

『部室、ってか、個室?』

『建物一つ丸々部室ってすごくね?』

『ボロイけど確かに』

『舎弟出てきたww』

『マネージャーたんカワユス』

『俺の好みにドストライク』

 

 ……山岸さんが人気のようだ。

 

『唐突に料理番組が始まった』

『渋谷……キャラなのは分かるけど、さすがに図々しい』

『男の手料理とか誰得?』

『アレクサンドラ得』

『納得』

『それな』

『マネージャー映して欲しいわ』

『あの子の手料理食いたい』

 

 ……知らないって幸せだなぁ……

 

『説明しながら手元見てねぇぞこいつ』

『冷やし中華うまそう。作ってみよう』

『バイトか何かやってるのかな?』

『あ、聞いた』

『占い師wwww』

『アクセサリーショップで占い師って何だよ。つか何でだよ』

『常に予想をおかしな方向に裏切っていくスタイル。嫌いじゃない』

『……こいつ、雑誌に載ってたかも。占い師として』

『有名な占い師なのか?』

『何の雑誌?』

 

 占い師について注目しすぎじゃない?

 

『ファッ!?』

『なにこの体wwwww』

『体よりもトレーニングだろ、少林寺かよ』

『あの棒、鉄パイプ? 明らかに金属の光沢、ってか舎弟二人は容赦なさすぎない?』

『打ち所間違ったら死ねそうな振り方』

『それに平然と耐える男。いや、漢』

『これは特攻隊長ですわ』

『ナマ言ってサーセンっした!』

 

 どうやらプロデューサの意図通りに進んだらしい。

 このあたりから手のひら返しが始まった。

 

『悲報 特攻隊長、無茶ぶりの餌食に』

『素人でも遠慮なしか』

『え、やる気?』

『朗報 特攻隊長、無茶ぶりを乗り切る』

『ネタあんのかよwwwwwwww』

『さすが特攻隊長! 俺らの予想の斜め上を行く!』

『ネタ無かったとしても大丈夫そうだからやったんじゃない? てか司会者の目が』

『輝いてるなぁ……』

『この司会リアルにドSって聞いたことある』

『有名な話だな』

『さすがに自重したか。もっとボロが出るまで追い詰めてもいいのに』

 

 ……そろそろクライマックスが近い。おっ!

 

『46秒27!? 速すぎィ!!』

『天才高校生現る!?』

『この記録ってそんなに速いんですか? 運動をまったくしないので分かりません』

『こんなのオリンピック選手と比べたら遅すぎ』

『高校生とオリンピック出場選手を比べんなし』

『嫉妬乙』

『こいつ最初の方からずっといるな』

『メチャクチャ速いよ、この記録』

『kwsk』

『ggrks』

『計算してみりゃわかるだろ』

『距離400mを46秒27で走るんだから、秒速8.645。時速に直すと30kmちょい』

『速いな。短距離走だからこそのペースだろうけど』

『ちょっと調べてみた。こいつ高校一年だよな? だとしたら凄い記録になってんだけど』

『一週間の練習でこれはもう奇跡レベル』

『ヤラセ? ドーピング?』

『ドーピング検査パスしなかったら放映されないんじゃなかったっけ? この番組』

『最初にそう言ってた。本当だったらこの記録は本物ってことになる』

『専門的に陸上をやってなかっただけじゃない? 体は見るからに鍛えてたし……』

『本気で継続したらどうなるんだろう』

『俺はそれより、これまで目標らしい目標なくあそこまで鍛え続けた事の方が驚き』

『司会も言ってたけど、目標設定はモチベーションの維持に重要』

『鍛え始めた理由が“幼い頃に怖い夢を見た”だもんなぁ……』

『大会出場経験もなし。何を心の支えにしてきたんだこの人。俺なら途中で投げるわ』

『頭の良いバカ? 悪い意味じゃなくて、なんだろう』

『なんとなく言いたい事は分かる。とりあえずこの子には目標を見つけてほしい』

『何かスポーツをやってほしい』

『何でも良いから大会に出てほしい』

『とりあえずその身体能力を無駄にしないでほしい』

『最後盛り上がったわ。弾みがついてオリンピックが楽しみ』

 

 ……爆発的に書き込みが増え、そのまま番組終了後も書き込みが続いている。

 ……嫉妬や敵意を感じるコメントもあったけど、おおむね好印象と見て良さそうだ。



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127話 モーターショー

 8月7日(金)

 

 今日はモーターショーが開催される日。

 地域の催し物と言うことで、まだ会場に着かないうちからかなりの人の姿が見える。

 

「この辺は雰囲気がずいぶん違うな……高層ビルも見えてきたし」

「ここは一応ビジネス街に近いから、買い物に連れていった地域とは違うわよ」

「へぇ、そうなのか」

「ニューヨークと比べるとしょぼいけどね」

 

 確かに高い建物がところどころに立っているが、まだ田舎のような暖かさを残す町並みだ。

 道幅もそうだが、どこもかしこも広々としている。

 そんな町並みを眺めていると、駐車場に入った。

 

「ここからは歩き。ロイド、ケン、準備して」

「「了解!」」

 

 ヒーロー物の話ですっかり仲良くなったらしい二人は、荷物をまとめ始めた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 モーターショーの会場は予想以上の盛り上がりを見せている。ただでさえ広々としたアメリカの道が歩行者天国になり、露天や大道芸人、設置されたステージなども豊富。人々は自由気ままに行き交ってお祭り騒ぎだ。

 

「ロイドあれ見て!」

「グッドマンじゃないか!」

「ちょっと二人とも、あんまり離れないでよ」

「……皆、来たみたいだ」

 

 歩行者天国の入り口。

 人目につきやすい柵の近くで周囲に目を配ると、向こうもちょうど到着する頃だったようだ。人ごみの中をキョロキョロしているところへ声を張り上げる。

 

「おーい! コリント! こっちだー!」

 

 しばらく手を振ると気づいてくれた。

 

「よっ、待たせたか?」

「ごめんねー」

「あー!」

「タイガーだー!」

「こんにちはマイス、ルイス」

 

 やって来たのはカフェで知り合った四人。彼らとは昨日の雑談中にたまたまモーターショーの話になり、せっかくなので一緒に見て回らないかと言う話になったのだ。そして帰宅後に確認を取ると、許可が出た。

 

 と言うより親父たちがメインの展示ブースに張り付くとの事で、俺と天田は子供同士自由に楽しめるよう、大人組と子供組に分かれて行動することになったのだ。

 

「じゃ、どうする?」

「んー、露店とか冷やかしながら大道芸でいいんじゃない? まだお昼にも早いし」

「とりあえず最初はあのコスプレイヤーの所に行こうか」

 

 天田たちも興味を示していたし、なにより双子がもう向かっている。

 

「マジか!?」

「こらっ! はぐれちゃうでしょ!」

 

 慌てて追いかけ、それぞれ一人ずつ手を握って捕まえるコリントとジェイミー。

 まるで活発な双子に振り回される親のようだ。

 

「……二人は付き合ってるだけなんだよな?」

「言いたいことは分かるわ。あの子たちがいると夫婦に見える、って学校でもはやされてたし」

 

 そんな四人を加えて行動開始。

 

「写真撮っていいですか?」

「オーケー! ハッハー!」

 

 ある時はコスプレイヤーと写真を撮り。

 

「四、五本になりましたよ!」

 

 ジャグリングを初めとした大道芸を見て。

 

「ねぇ、これどうかな?」

「ちょっと大きすぎない?」

「何でこう女子って買い物長いんだよ……」

「まぁ、仕方ないと思って諦めるしかないさ」

「「ねー、どこか行こうよー!」」

「もうちょっと我慢しましょう、ね? 先輩、手品か何かで」

「……ネタが尽きた……今度までに何か用意しとく」

「今はお手上げだね、タイガー」

 

 露店の買い物につき合い。

 それなりに楽しい時間をすごした。

 しかし、少々疲れも感じる。

 

「「あれ欲しい!!」」

 

 対してまったく疲れた様子を見せない双子が指差したのは、煙に包まれた小さなステージ。

 花火だろうか? 火をつけると煙を噴き出す玩具を売っているようだ。

 パッケージにキャラ物のプリントがついていて、小さな子供と親が大勢集まっている。

 

「おこづかいあるー」

「買おうよー」

「って言ってるけど、どうするよ」

「んー……まぁいいでしょ。ただ遊ぶときは姉ちゃんかコリントと一緒にだからね!」

「「はーい!」」

 

 本当に仲むつまじいことで……

 しかしこんなところで花火の実演販売って大丈夫なんだろうか?

 いや、そもそも花火を実演販売するのって珍しい気がする。

 ……よく見たら変な店も多いな……フリーマーケットが混ざってるような感じか?

 

「ここは本屋……」

「いらっしゃい、古本だよ。何か買っていくかい?」

「んー……」

 

 せっかくなので、目に付いた“銃器構造・徹底解明”“私が極めたパン作りのすべて”“ハンドレタリング徹底指南”と言う本を買ってみる。

 

「まいどあり! こいつもサービスだ、持っていきな」

 

 “家庭菜園・自給自足の第一歩”という本がついてきた。どれも英語の本だが、今となっては苦にもならない。しかし……サービスじゃなくて在庫処分じゃない?

 

「タイガー、そろそろ昼飯にしないかって話になったんだけど」

「そういえばもうそんな時間か。うん、いいと思う」

「だったら何を食べるかだよね」

「何があるんでしょう?」

「レストランやファーストフードは通常通り営業してるみたいだね。あとは出店とか?」

「この人数でレストランは厳しくねぇか? 絶対待たされるぞ」

 

 頭を悩ませていると、双子がなにやら服を引っ張ってきた。

 

「どうした?」

「「あれ!」」

「なんだ、また何か見つけたのか?」

 

 この双子、好奇心旺盛で次から次へと何かを見つけてくる。今度は何を見つけたのか見てみると……いくつかの店が集まってオープンカフェを作っていた。その内二人が見ているのは……

 

「ホットドッグか」

「そういえばアメリカに来たのに食べてませんね」

「いいんじゃないか?」

 

 コリントが聞くと誰からも反対意見はなく、昼食はホットドッグに決まったが……

 

「じゃあまとめて注文するから、いくつ食べる?」

 

 ジェイミーがバイト経験を発揮して、すばやく注文をとろうとしたところで問題発生。

 

「私は二つで」

「僕も! ケンもそれでいいよね?」

「うん、僕も二つで」

「俺は三つかな」

「じゃあ俺は四つ」

「タイガー四つで足りるの?」

「別に毎食限界まで食べてるわけじゃないからね。マイスとルイスは?」

「「十個ー!」」

 

 その答えに耳を疑った。

 こんな小さな体で十個も食べられるのか?

 と思ったが、すぐジェイミーに却下された。

 

「やだー!」

「食べるー!」

「そんなに食べられるわけないでしょ」

「「食べる! グッドマン欲しい!」」

「……もしかして、あれのこと?」

 

 “十分間で十個食べきった方に、グッドマンの限定フィギュアをプレゼント”

 そう書かれたチラシが目についた。

 

「あー、だから十本とか言い出したのか」

「人気なんだな、グッドマンって」

「そりゃそうさ。こっちじゃ超有名だし、今でもアニメやってるぜ」

「あんな特典があるなら僕も欲しいよ! タイガー、やってくれない?」

「んー……」

 

 一個のサイズは見る限り特別大きいと言うわけではない。

 手のひらよりもちょっと細いサイズを十分間に十個。

 一個につき一分と考えれば……まぁいけるか。

 

 ? 天田がチラシをチラチラ見ている。

 

「もしかして欲しいのか?」

「いえっ! 僕はそんなに食べれませんし……」

 

 食べれたらやりたい、と言っているようなものだな。

 

「仕方ないわね……コリントがやるから一個で我慢しなさい!」

「俺がやるのかよ!?」

「だって私食べられないし、体型維持だって大変なんだから」

 

 どうやら向こうではコリントが挑戦する流れになっている。

 

「……コリント、俺もやるから頑張ろう」

「タイガー……分かったよ! やってやるぜ!」

 

 こうして俺たちの挑戦が決定した。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 そして、勝負の時がやってきた。

 

「十個にチャレンジのお客様、こちらでーす」

「ふー……」

「そして、二十個(・・・)に挑戦のお客様はこちらにお願いしまーす」

 

 店員がタイマーをセットして、置かれた席に座る。

 俺たちの前には大量のホットドッグが盛られた皿。

 コリントに十個、俺が二十個だ。

 ロイドに頼まれ、天田も欲しそうだったから追加した。

 しかし……倍に増えるとかなりの強敵だ。

 

「ルールは簡単、十分の制限時間内に目の前のホットドッグを食べきれば商品獲得! 二十個のお客様は通常の倍なので、制限時間も倍の二十分とさせていただきます。それでは準備はよろしいですか?」

 

 返事をすると、店員はスタートを宣言してタイマーを動かす。

 同時に俺とコリントは、ホットドッグに手を伸ばした。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 前半は快調だった。

 適度な咀嚼と、乾燥した口内を水で湿らせる程度の水分補給。

 急ぎすぎず、四十秒に一本のペースで食べ進めると十本はすぐに無くなる。

 しかしその時点で腹にはなかなかの重量感があり、ペースが落ちた。

 一本にかかる時間が増え、前半で稼いだ二百秒が削られていく。

 

 そして最後の一本まで食べた。

 しかし残された時間はすでに一分を切り、五十二秒。

 これまでのペースでは間に合わない!

 最後の気力を振り絞り、食らいついたホットドッグを噛み砕いては流し込む! 

 

「三! 二! い」

「終わった!!」

「ち!? おめでとうございます! 制限時間直前で見事! 二十個達成!!」

『オー!!!!』

 

 やりきった! 本を読んでいたおかげだ……

 できるだけ効率的に、慌てて喉につめることも無く、無事に成功した……

 苦しさの中に達成感をおぼえつつ、背もたれに体を預けると、集まる拍手と声援。

 どうやらロイドたちだけでなく、周囲の人目を集めていたようだ。

 とりあえず声援には手を振って返しておく。

 しかし……苦しい。

 

「お疲れ様、タイガー」

「あんなによく食べられたわね」

「厳しい戦いだった……」

 

 せめて時間に余裕があれば、もう少し楽だったと思う。

 

「あれ? リアンさん?」

 

 ロイドたちの中に、なぜか警察官のリアンさんが混ざっている。

 

「どうしてここに?」

「このお祭り騒ぎだろう? うちの署に応援を要請されてな、休憩中に食事をしようとしていたら君たちを見かけたわけだ」

「なるほど……」

 

 頷こうとしたが、それだけの動きも苦しい。

 

「あらら、これはダメね」

「しばらく休んでいきましょう。コリントもまだ動けないみたいだし」

「仕方ねーだろ……」

 

 同じく背もたれに体を預けるコリントを横目に、エレナたちは飲み物と軽食を買いに行く。

 ずっと見物していてまだ何も食べていないそうで、しばらく休めるのは助かる。

 

「よっ、と」

 

 ポケットからいつものメモを取り出し、“消化吸収を促進する”と記述。

 少しでも楽になれば、と願いながら魔力を込めてみる。

 

「?」

 

 魔力を込めた瞬間、体内の気の流れが変化した。

 体幹部……特に胃腸の辺りの巡りが活発になっている。

 魔力を使って気に変化が起こったのは“チャージ”と同じだ。

 となるとこの気の流れは消化促進に効果があると考えられる。

 

 それならば、と魔力は止めて小周天に切り替える。さっきの流れを再現するように気を動かしてみると、だんだん腹部にあてた手から振動が伝わってきた。消化器官の蠕動が活発になっているんだろう。

 

 そのまま気の操作を続けると、買い物に行った皆が戻ってきた時にはほんの少しだけ苦しさがマシになり、彼らが食事を終える頃には不自由なく動けるくらいになっていた。

 

「デザートにチュロス買っていこうと思うけど、食べる人いる?」

 

 ジェイミーの質問に手を上げたら、滅茶苦茶驚かれた。

 分からないでもないが、落ち着いたら甘い物が食べたくなったんだから仕方ないじゃない。

 十本? そんなにいらない。

 

 彼女らの中で俺は大食いキャラとして定着し、イメージの払拭は不可能なようだ。

 もう開き直ろう。 

 

「リアンさん、コーヒーのおかわりは?」

「ありがとう。もういいよ、私はそろそろ仕事に戻らなければ」

 

 すると彼は、ふと何かを思い出したように口を開いた。

 

「エレナやロイドには前も言ったと思うが……近頃、この近辺で麻薬を売りさばいている連中がいるようだ。もし挙動のおかしい人を見たら近くの警官に通報してくれ。買い物もこのあたりの店なら問題はないが、祭りの雰囲気で怪しい物に手を出さないようにな」

 

 そう言い残し、彼は雑踏の中へ消えていった。




影虎は死の可能性(早食い中の窒息死)を回避した!
影虎は気功により消化を促進できるようになった!


4月14日の時点でお気に入り登録数が1000に達していました。
驚きましたが、これほど登録して(気に入って)もらえた事が素直に嬉く思います。
読者の皆様、ありがとうございます。
まだ拙い部分もあると思うので、これからも精進させていただきます。
今後ともよろしくお願いいたします。


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128話 懊悩

 別行動していた親父たちと合流し、モーターショーの展示品の数々を見物して回る。先に来ていた親父たちの説明もあり、わかりやすく快適なツアーを楽しんでいるうちに、帰る時間がやってきてしまった。

 

 しかし……外に出ようとしたところで、何やら騒がしい事に気がつく。

 人の流れが会場とは別の方向へ向いている。それに……

 

「何か、焦げ臭くないか?」

 

 バイクを展示していた建物の外に出ると、原因はすぐに判明した。

 

「うわっ、先輩あれ!」

「すげぇ煙だな…」

「火事か」

 

 かなり近い場所から天高くまで黒い煙が立ち上っている。

 位置的に会場ではないが、路地を挟んで隣かそのあたりだろう。

 って、おい! 

 

「コリント! 双子が人混みに入った!」

「なぁっ!? ホントだいねぇ、どっち行った!?」

「こっちだ! 親父! 天田たちを頼む!」

 

 双子を追って人混みに飛び込むコリントと俺、後ろからエレナとジェイミーもついてきた。

 

「すみません! ちょっと通して! 子供が!」

「すんません! マジすんません! ったくあいつら……」

「ガツンといってやらないとね……」

「あ~あ……あの子たち、後が怖いわね。タイガー、こっちでいいの?」

「大丈夫」

 

 周辺把握で二人の位置は補足できている。

 しかし火事場の方に向かっているため、周りにどんどん人が増えてきた。

 おまけに狭い路地に入ると体格差で速度に差がつく。

 

「すみません! 通してください! もう少し……マイス! ルイス!」

「「タイガーだ!」」

「捕まえた! ……ふぅ。だめじゃないか、勝手に動いたら」

「タイガー! よかった、捕まえたのね」

「「つかまったー!」」

「へぇ~、楽しそうね~?」

「さんざん走らせやがって……ったく。覚悟はできてるな?」

「「タイガー」」

 

 素早く俺の後ろに隠れる2人。

 それを前に押し出す俺。

 

「もう逃がさねぇよ」

「言うことを聞けないならすぐ帰るって約束だったわよね」

 

 保護者二人に引き渡された双子は、無言で肩を落としている。

 

「お二人さん、叱るにしてもここじゃ邪魔だから」

「……それもそうね」

「つってもどっち行くか……」

 

 前後左右、どちらを向いても人の壁。

 双子を追っているうちに、火事場にかなり近づいていた。

 これでは抜け出すにも一苦労しそうだ。

 

「うっわ、酷いわね」

「ん? ああ……」

 

 六車線の車道を挟んだ向こう側。

 燃えているのは高層ビル。十七、十八階から火が出ている。

 

「……何でこんなに燃えてるんだ? 防火設備とかないのか?」

「私に聞かれても……」

「放火だよ」

「放火?」

 

 俺とエレナの会話に割り込んできたオバちゃんが言うには、このビルは各階が貸しオフィスになっていて、火元は十六階。犯人はその階にある会社に勤めていた社員で、先月末にクビなったことを恨んでいたらしい。内部のセキュリティーにも詳しく、ただ侵入するだけでなく、ビルの防火装置を止めてから念入りに燃料を撒いて火をつけたと。

 

「さっき警察に連れていかれたけど、犯人の様子もおかしくてさ……何か変な薬でもやってんじゃないかってくらい、おかしな様子で叫んでたよ」

 

 ……リアンさんの話と関係があるのだろうか?

 

「でも火事が今日で良かったよ」

「と、言いますと?」

「その会社、今日は休みだったみたいでね。中には誰もいなかったんだそうよ。だからこそ犯人も狙ったようだけど」

「その上は?」

「十七階は同じ会社で休み。他は非常ベルが無事でね。従業員全員の無事が確認されてるってさ」

「そうですか」

 

 被害にあった会社やビルの持ち主には悪いが、人的被害が出なかったのは幸いだ。

 

「……うん?」

「どうかした?」

「違和感が……」

 

 なんだろう? ビルを見ていると何か気になる。

 十八階あたり……? あの階が………………嘘だろ?

 

「タイガー? どうしたの?」

「ちょっと君、大丈夫なのかい?」

「人……」

「えっ?」

「人だ、まだ十八階に人がいる。通風口か何か、煙が大量に出てる場所の真下!」

「うそっ!? どこ!?」

「右から二つ目の小さな窓。その隙間から指先が出てる。たぶん子供……」

「何でそんなところに子供がいるのよ!?」

「俺が知るかそんなこと!」

 

 ガラスが屋根瓦のように水平に重なったタイプの窓。

 その隙間から小さな手が覗いている。人形などではない生身の手。

 望遠能力がその手の弱弱しく生物的な開閉をとらえた。

 生きている。見間違いでもない。確認されたんじゃないのかよ!?

 

「エレナ、あの消防隊は気づいてるのか?」

「……気づいてなさそうね」

「叫べば届くか!?」

「叫ぶって……あれリアン伯父さんじゃない?」

 

 上ばかり見て下に気づかなかった。

 言われた方を見てみると、交通整理をしている警察官の中に彼の姿がある。

 

「間違いない!」

「電話してみる! 出てくれるかはわからないけど、はい!」

 

 エレナが携帯をいじって俺にパス。

 通じてくれ……! 

 

「リアンさん!」

『エレ、タイガーか? 悪いが今は話している時間がない!』

「火事場の交通整理ですよね! 見える所にいます! それで」

「……人よぉおお! 人! あのビルに人が残ってるわよぉおお!!!」

 

 突然隣から上がった絶叫。

 見ればさっきのオバちゃんがカメラをあの窓に向けていた。

 

『今の声はなんだ!? ビルに人がいるとか聞こえたが!?』

「十八階にまだ生存者がいます。右から二番目の窓、そこから見えませんか?」

『ちょっと待て! ……』

 

 リアンさんが近くに止まるパトカーの中から、双眼鏡を取り出して見ている。

 

『……! 確認した、すぐに通達する。用件はそれだけか?』

「はい」

『では切るぞ。協力に感謝する』

 

 ……これで人がいることは伝えられた。あとは救助を待つだけ……

 

 と思っていた。しかし……

 

「あれヤバくないか?」

「ぜんぜん届いてないじゃない!」

 

 野次馬が不安を口にした。

 その言葉通り、救出は一向に進まない。

 

 “十八階”というのがまずかった。現場にあるはしご車のアームは届かず、下の二階は既に火の海。非常階段は既にその中らしい。ヘリコプターによる救出が期待されているが、来る気配はない。

 

 いったい何をやってるんだと、見ず知らずの相手に苛立ちがつのる。

 

 そしてふと考えてしまった。

 

 俺ならあそこまで行けるのに…… 

 これまで影時間に幾度もビルへ登ってきた。

 あのビルは手足の指をかけるには十分な凹凸がある。

 窓の位置は右から二番目。

 一度火や煙の少ない角から登り、張り出た部分を使って横移動すれば……

 魔術を使えば可能。

 十八階という高さは未経験だが、登ることはできるだろう。

 

 しかし、危険が大きい。

 高さに加えて火や煙。その動きを見るからして風も強そうだ。

 電撃を防ぐルーンなら作ったな……あれを火に変えれば火も軽減できるか。

 風と煙は多少気流を変えるくらいなら……やはり魔術があれば可能性は高い。

 懸念は魔力切れだが、長時間でなければ行ける。

 

 登りは良いが降りるときは? 人一人を連れて降りられるか?

 先日パラグライダーの講習を受けたばかりだ。

 固定具の構造も頭に入っているから体へ固定はできる。

 

 ……しかし確実ではない。

 専門的な教習を受けた事の無い俺では、助けようとして殺すことにもなりかねない。

 自分に固定できても、一緒に落ちるかもしれない。

 それに、俺は“一週間以内に死ぬ”と宣告された身。

 普段通りに過ごすしかないとはいえ、わざわざ危険を冒す必要はない。

 そんな義務は俺には無い。

 

 俺は首を突っ込むべきではないし、義務もない。

 やってくる危険に立ち向かう事と、自分から危険に飛び込む事は違う。

 

「嘘だろ、おい……」

「どうしたんだ?」

「見ろよこれ!」

「事故? ……!! 近くじゃないか!」

「ヘリ、こっちに出てるみたいだ……これじゃ当分来れないんじゃないか……?」

 

 ……何だろうか。

 この自分が理性的に考えた結論に感じる嫌悪は。

 ドッペルゲンガーが暴走しかけている、というわけでもないのに。

 だんだんと気分が悪くなってきた……っ……吐きそう。

 

「エレナ、悪いけどこれ持っててくれないか?」

「え? いいけど」

「トイレに行ってくる。ちょっと時間かかるかも。もし待てなかったら、車の方に行ってていいから」

 

 返事を聞く前に、俺は動いた。

 来た道を戻り、モーターショーの会場へ。

 全力でその場を離れ、適当な公衆トイレに駆け込む。

 

「ウェッ……ゲホッ……」

 

 お世辞にも綺麗とは言いがたい個室で我慢をやめた。

 胃の中身を吐き出して、ようやく顔が上がる。

 

「……?」

 

 壁に貼られたチラシが目にとまる。

 ピエロを中心に、隅から隅までいかにも明るく楽しげに描かれた絵。

 子供たちの絵はどれも良い笑顔を浮かべている。

 

 ……子供……助かるんだろうか?

 もし救助が間に合わなかったら?

 今からいけばまだ間に合うか?

 

 気持ちが切り替えられず、意図せず壁にもたれかかってしまう。

 ……チラシのピエロと目が合った。

 取り囲まれて、子供たちを楽しませている姿はどこか誇らしげ。

 そんな笑顔が俺にはまるで嘲り笑われているように感じられ……

 

「…………」

 

 気づけば黒い衣に身を包んでいた。



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129話 エレナの疑い

 ~エレナ視点~

 

 タイガーどうしたのかしら? 

 

 荷物を預けて走り去る直前の雰囲気が気にかかる。

 性別も顔つきも何もかも違うのに、妹のことが思い浮かんだ。

 特別な力があるみたいだし、ある意味似た者同士なのかもしれないわね。

 ……発作まであったりしないわよね?

 アンジェリーナの事しか考えてなかったけど、大丈夫なの?

 

 走り去った方向に、もう彼の姿はない。

 

「あれ? エレナ、タイガーは?」

「トイレに行くって戻ったわよ」

「そうなんだ。ぜんぜん気づかなかったから迷子になったかと」

「こいつらじゃあるまいし、大丈夫だろ」

 

 引き合いに出されたマイスとルイスの頬が膨らむ。

 

「そういやタイガーってさ、なんか不思議な奴だよな」

「どうしたのよ急に」

「なんとなく。まだ会って三回目だけど面白いなって。ほら、最初は手品やって、次はアクセサリー作って、今日は早食いやって、人ごみの中でこいつら見つけて、逃げ遅れた人も見つけて……何なんだろうな?」

 

 ……私もよく分かっていない。でも何があってもおかしくない気がする。

 最初は普通の男の子だと思っていたけど、蓋を開けたらアンジェリーナ以上に常識ではかれない人だったもの。

 

「そういえば彼、この前400メートル走の日本新記録出したみたい。高校一年生限定だけど」

「マジか!?」

「普通にすごいじゃない。陸上選手なの?」

「ううん。テレビ番組の企画だそうよ。本当は空手家というか格闘家みたい。こっちに来てからグランパのトレーニングを受けて、射撃もよくやってるわね」

「へー」

「そうなのか……」

 

 皆なかなか助けの来ない火事が気になって、気休めの会話も長くは続かなかった。

 

「ヘリはまだなの!?」

「まだ生きてるのか……?」

「お、おい! ありゃ何だ!?」

「?」

 

 何かしら? 急に騒がしくなってきた。

 ヘリの陰は見えない……けど、代わりに変な黒い点が見える。

 対面にあるビルの上を飛び跳ねて、どんどん燃え盛るビルへ近づいて……

 

「ジェイミー、エレナ、何だあれ?」

「ノミ、じゃ無いわよね」

「大きすぎるわよ。……人……ピエロ?」

 

 真っ黒な衣装のピエロ。

 正体がなんとか分かる距離まで近づいてきた。

 ものすごいスピード。

 離れているから目で追えるけど、人間なの?

 

 考えているうちにピエロは燃えるビルの隣まで近づいて……

 

『ウォー!?!?』

「跳んだぞ!?」

「見て! ビルを登ってるわ!」

「きっと子供を助けに来たのよ!」

 

 今度は燃えるビルを登り始めた。

 火が出る窓の少ない角を超人的な跳躍力で軽々と登るピエロ。

 下の消防士や警察が大騒ぎしているけど、もう手が届くような場所にはいない。

 

 というかそれ以前におかしいわよ!

 ビルの間を飛び越えるって何!?

 登る速さも壁を走ってるみたいだし、人間なの!?

 あんな漫画のヒーローとかニンジャみたいな…… 

 

「……」

 

 “BUNSHIN”

 “ニンジャみたいな事ができると思ってくれていい”

 

 あれ、まさかタイガーじゃないわよね……



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130話 

 ~影虎視点~

 

 十階まで到達。

 ここまでいい調子で登って来られたが、ドッペルゲンガー越しでも熱気を感じるようになってきた。火の粉が降り注ぐ中を突き抜けて十一、十二、十三階を突破。

 

 ……だいぶ人が集まってるな……

 

 野次馬から注目が集まっている。

 消防隊は大騒ぎ。落下に備えてマットの用意を始めていた。

 落下……不安が頭をよぎるが、それで手足の動きを鈍らせてしまえば本当に危ない。

 火元の階への到達も間近。耐火の魔術と防煙の魔術を発動。

 すべては時間との勝負だ。

 

 十六、十七階は火が近く視界も悪い。

 だが魔術で生まれた気流が煙と熱を受け流せている。

 焦げ臭さは感じるが煙は吸わずに…………届いた!

 

『オォオオオオーーーー!!!』

 

 問題の窓の下へたどり着いた瞬間、野次馬からの歓声が上がる。

 いったい何人集まっているのか、距離をすっ飛ばしてこの耳に届くほどの大声援。

 

「っと、聞こえるかー!? 大丈夫かー!?」

「ヘ、ヘルプ……」

 

 窓越しに声をかけると、弱弱しい声が返ってきた。

 まだ意識がある!

 だが喜んでもいられない。

 周辺把握によると窓の先は個室のトイレ。

 扉の先は障害物らしき物が積み重なっている。

 生存者は男の子一人。この体格なら窓のガラス板を取り除けば通り抜けられそうだ。

 

 とりあえずドッペルゲンガーで体を固定しッ!?

 

『キャーーーー!!?!??』

 

 轟音。炎。衝撃と錯覚するほどの強風。

 それらが突然襲い来た直後、悲鳴を聞いた俺の体は、浮いていた(・・・・・)

 

「ヤ、バッ……!」

 

 爆風に煽られた。

 手足がビルから離れている。

 届けと願い、苦し紛れに手を伸ばした手は宙をさまよう。

 目標の窓も遠ざかる。

 このままでは落ち……

 

「てたまるかァアアア!!!」

 

 槍貫手。苦し紛れに放ったそれが、一階下の窓を貫いた。

 次の瞬間、左肩に締め付けられるような痛みがはしる。

 

「っ! ……っぅ……助、かった……?」

 

 貫いた窓枠に、抜き手の指先を曲げて引っ掛けられた。

 かろうじて落下だけは阻止。

 ……落下のエネルギーを左腕一本で支えたせいか、少々痛む。

 けど、この状況では動かさなければならない。

 まずは新しい足場に……

 

『オォーー……』

 

 ぶら下がる腕と体を振り子のように慎重に揺らし、無事に足場を確保すると野次馬からはやや小さな安堵の声が上がった。

 ……てっきり死んだと思ったんだろうな……俺も一瞬考えた。

 今のはペルソナ使いじゃなきゃ死んでる。

 というかドッペルゲンガーじゃなかったら死んでた。

 

 なんとか元の場所に戻り、先端を鉤にしたドッペルゲンガーを数本窓の中に送り込む。これで体の固定は完了。

 

 窓は金属のパーツの端をL字に曲げることで、はめ込んだガラス板を固定している。

 ガラス板にはワイヤーが入っているので、叩き割ることは難しい。

 一枚ずつ外そう。手の一部をバールのようなものに変形し、固定箇所に差し込む。

 

 ……俺は何をやってるんだろう……

 こんな事、俺がするべきことじゃない。

 そう思っていたはずなのに、結局ここまで来てしまった。

 一回は死に掛けたのに、戻ってきた。

 何でそんなことをするんだろう……

 人助けと考えれば良い事だと思う。

 けど自分の命まで賭けたりはしなかったはず。

 そんな事をすれば、ドッペルゲンガーも暴走しかねない……

 と思ったけど、今は暴走している感じはしない。

 訳が分からない。ただ体だけが何かに突き動かされている。

 

 考える間に最後の一枚が外れた。

 

「大丈夫か!」

「ぁ……」

 

 男の子はまだ息がある。倒れている位置は窓のほぼ真下。窓からの換気で煙の少ない位置に頭があった。意識は朦朧としているが、返事ができるならあまり煙は吸っていないのかもしれない。

 

 熱にやられて汗だくな少年の体にドッペルゲンガーを巻きつける

 先日のアクティビティで使った固定器具と同じように。

 上半身、腰、股下をガッチリと固定。

 俺一人の体重を腕一本のドッペルゲンガーで吊れることは、奇しくも証明された。

 

 紐を伸ばし、先に俺一人が外へ。

 この窓には二人で通れるほどの大きさはない。

 

「いくぞ!」

 

 体を固定し、全力で少年を引きずり出す。

 

『ワー!!!!』

『よくやったー!!』

『早く降りて!!』

 

 野次馬が沸いた。

 とにかく大騒ぎする野次馬の中に、拡声器か何かで叫んでいる人もいるようだ。

 早く降りよう。

 

 少年をしっかり背負った状態で固定した所で、拡声器の声がもう一つ増えた。

 

『そこのピエロ! こちらが見えるか!?』

 

 声の元は、はしご車に乗った消防士だ。

 こちらに向けて車自体が真下へ移動してきている。

 手を振って返事をした。

 

『これからそちらへアームを最大限に伸ばす! ただちに下りなさい!』

 

 険しい顔をした中年消防士からの指示に従って、ビルを降りることにする。

 

 ……

 

「っ」

「子供は!?」

「……場所が良かったのか意識も少し」

 

 固定器具に偽装したドッペルゲンガーから少年を解放しつつ、変えた声で簡単に状況を説明すると、男性は子供の介抱と連絡を始めた。もう俺の出る幕はない。

 

「ぁ……」

 

 男の子がこちらを向いた。

 何かを言おうとしている?

 

「何だ? 無理は」

「ぁ……り、が……と」

 

 ……ありがとう、か。

 ……何かが違う気がした。

 

「ちゃんと誰に助けられたかを認識できている。これなら大丈夫だろう」

 

 専門家の判断を聞いて一安心。

 

「こちらこそ、ありがとう」

 

 同時に変な事を言ってしまった。

 訂正しようかと考えたところで男性がこちらを見た。

 いけない。

 

「君……」

「それでは失礼」

「あっ! 待ちなさい!!」

 

 静止を振り切り、すばやくビルに飛び移る。

 

「こらっ! 戻りなさい! そこは危ない!」

 

 狭い足場の上をあちらの手の届かない位置まで移動。

 

「申し訳ありません。私が貴方がたの職分を侵し、危険な行為に及んだ自覚はありますが……このまま降りて捕まるわけにはいかないので」

「待てっ!」 

 

 そのまま隣のビルへ飛び移り、全力で現場から逃げた。



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131話

今回は四話を一度に投稿しました。
前回の続きは三つ前からです。


 夜

 

 ~トレーニングルーム~

 

『火災現場に謎のピエロがあらわる!』

『高層ビル火災から少年を救出』

『少年を引き渡した直後に忽然と姿を消したピエロ。未だ見つからず』

『ビルの間を飛び越えるとは信じがたい身体能力ですな』

『“ブラッククラウン(黒いピエロ)”はこの世に舞い降りた本物のヒーローなのか!』

『少年は社員の息子で、家庭の事情で仕方なく親が連れてきていました。出火の際は急な取引先からの呼び出しで世話を部下に頼み、会社を離れていたとの事です』

『落下を阻止した“伸びる手”の他、少年を保護した消防官からは少年を担いで降りるため最低限の装備が付いているのを見たとの証言があり、あの服装は特殊なモビルスーツではないかとの見方もあるようですが……』

『装備? そんな事は問題じゃない! あんなやり方は間違っている!』

 

 器具を使う俺の横で、先生がチャンネルを回す。

 しかしどの局でも昼間の事件の報道ばかりだ……

 

「ヒッヒッヒ……派手にやりましたねぇ」

「やっぱり気づかれましたか」

「私は君ができる事は教えてもらっていますからね。それに、エレナさんの様子もおかしかったですし……現場までは一緒にいたんでしょう?」

「ああ……帰ってきてから、アンジェリーナちゃんと姉妹だなぁって感じでしたね」

 

 あの後合流したエレナは何も言わなかったが、俺を疑っているようだ。

 妹と同じく物陰から様子を伺っている事が何度もあった。

 

「家族は行動も似るといいますからねぇ……それはともかく、何か怪我や体調不良などはありませんか? みたところ普通に動けているようですが……」

「特には」

「左腕は? 片腕一本でぶら下がっていたでしょう」

「最初は少し痛みましたが、もう何も」

「念のため診ておきましょう」

 

 上を脱いで左腕を見せる。

 

「ふむ……骨や腱に異常はないようですね。高所からの落下を片腕一本で止めるなんて、脱臼くらいはしてもおかしくないのですが……あの服が全身を包んでいた、となると上手く衝撃が分散されたんでしょうか……なんにしても無事で何よりです。しかし、どうしてまたあんな事を?」

「正直……よく分かりません。自分でも消防隊に任せるべきだと思ったんですが、気分が悪くなってきて、そのまま」

「なるほど……影虎君、私は以前から様子を見ていて思った事があります。君は“サバイバーズギルト”という言葉を聞いたことはありませんか?」

「災害から生き残った人が感じる罪悪感、でしたっけ? 名前だけで、詳細まではあまり」

 

 サバイバーズギルトと聞いて、まず思い浮かぶのはFateの衛宮士郎。

 しかし俺はあのキャラとは程遠いと思うが……

 昔は病院にかかったこともあるが、それは影時間への恐怖からだった。

 何よりもう克服したんじゃないか? 普通に生活もできていると思う。

 

「日常的に聞くような単語でもありませんし、それくらいの認識があればいいでしょう。付け加えるならば、その罪悪感が行き過ぎて生活に支障をきたす。あるいはPTSD(心的外傷後ストレス障害)を起こす場合もある事です。

 ……君はかつてポートアイランドの事件を事前に知っていたと言っていましたね」

「確かに。ですが、知っていただけで経験したわけじゃありません。俺はただ何もせず見ていただけで」

「それです」

 

 先生はビシッと指を突きつけてきた。

 

「“助けられる人を見捨てた”“何か方法があったかもしれない”それも含めてサバイバーズギルトなのですよ」

「……そういわれても実感が」

「君の場合、日常生活に大きな支障をきたすような症状はないと思います。でなければ私ももっと早くこの話をしていたでしょう。ただ……以前、学校の裏で岳羽さんと話していた時の事を思い出してみてください」

 

 ……あの時は……事故の事を考えていたら体調を崩した。

 

「原因不明の吐き気や頭痛といった体調不良もPTSDの症状の一つです。……私は精神を専門とする医師ではありません。だから軽々しく断定するのは憚られましたが……普段の君と症状の出た君を見て、そして今日の話。可能性は高いと考えています。

 自覚症状がない場合も珍しくはありません。だからこそ、心の病というのは難しく、また他人にも理解されにくいのです」

 

 ……他人事のように聞こえてしまう。

 

「PTSDの診断基準には恐怖、心的外傷に関する出来事の回避や麻痺、フラッシュバックなど想起の反復、過度の警戒心などがありますが……自分でも分からない感情に突き動かされてあのような行動をとった。これは“見捨てる”という行為を回避しようとしたのではありませんか?」

 

 ……わからない……

 

「そうですか。分からなければ分からないでいいのです。無理にそう考える必要はどこにもありません。私も知識はあれど専門外ですし、君の事情を気兼ねなく相談できる専門医もいません……治療するにしても今日明日で治った! とはいきませんから。

 ただし! ……今後似た状況に自分が置かれた時、また同じような事をしそうになるかもしれません。その時はまず第一に、自分の命を守ることを優先しなさい。自分が無茶をしやすい事を自覚して、無謀な行動を取らないようにできるだけ気をつけることです。私からはこれだけですね」

「……ありがとうございます」

「これが私の役目です。それに入学当初でもおそらく無理ですが、今は身体能力強化の魔術も使えるでしょう? 君がその気になれば、力づくで止めるなんてできませんからね。少なくとも私には……ヒヒッ! その分こうして口だけは挟ませていただきますが。

 ……しかし……もし私の意に沿わなかったとしても、君が悔いのない行動ができたというのであれば、それはそれで良いとも私は思うのです」

「?」

「ヒッヒッヒ、せっかくですから一つ簡単な授業をしましょうか。心の話も出たことですし……内容は“アドラー心理学”について」

「アドラー心理学?」

「心理学者の三大巨頭の一人。オーストリア出身の精神医学者、アルフレッド・アドラーが創始した心理学の体系です。今日は彼が提唱したポイントを一つか二つ掻い摘んでお話しましょう。

 まず一つめは……“他者からの否定を恐れなくてよい”という事。これはもちろん悪事に手を染めて良いという意味ではなく、“自身が善行だと考えて行動した”。その結果、誰かから否定されたとしても気にしなくて良いという意味です」

 

 先生は隣から目の前へ。

 教壇に立つように、姿勢を正して話を続けた。

 

「何かを行う場合には当然ながら失敗することもあるでしょう。誰かを助けようとした結果、他人の体や心を傷つけてしまうかもしれません。ですが、だからといって行動そのものを辞めてしまえば、誰かが困っている状況を放置することになる。

 アドラー先生はまず行動を起こす事。そして失敗したのであれば、後悔ではなく問題点を見出し反省することで()へと活かす。そうすることで行動を起こさないよりも物事は確実に良い方向へ進むと言います。そして行動をやめてしまう事こそ一番の問題であるとも言っています。

 今回の場合に当てはめますと……他者からの否定は、君やったことが危険な行為である、間違っていると言う意見ですね。それらは事実の部分もあるでしょう。しかし君が動かなければ男の子は助からなかったかもしれない。そして君は成功した。この二点もまた事実であることを忘れてはなりません。その上で反省点、改善できる点が見つかればそれを次回に活かせば良い。

 ヒッヒッヒ……危険な行為だったとしても、実際に一人の少年を救い、君は無事に帰ってきた。これを後悔する必要はまったくないのです。だから先ほども言いましたが、自分が無茶しやすい自覚を持ちましょう。それを今回の反省とすればいいのです」

「……」

「さらにアドラー心理学では“大切なのは今を生きる事”とも言っています。過去がどうであったか、未来がどうなるのかに一喜一憂するのではなく、現在自分ができることに全力で取り組む事こそ、人生において重要なことである。と……

 君は死期が近いと宣告された身でありながら火災の中に飛び込み、力を尽くして少年を助けた。経緯や理由はどうあれ、君の行動は善行であり良い結果をもたらしたことには変わりない。

 私は君が危ないことをしたと思っていますが、間違ったことをしたとは思いません。……今後も報道のように、本当にヒーローとして活動してみますか?」

「からかわないでくださいよ。大体何するんですか」

「まぁ危険が少ないものを選ぶとして……ドブ掃除とかですかね?」

「それはヒーローの仕事ですか!?」

「アメリカには現実にコスプレをして日々小さな人助けに精を出す人々がいるらしいですよ? そしてこれもまた善行の一つ。やらないよりも良い事なのは確かですねぇ」

「コスプレはともかく人助けなら。……あれ? 顔を隠したほうが魔術使えるし……効率がいい?」

「日本なら職質を受けそうですが、アメリカでは認められそうですねぇ。ヒヒヒ……ところで影虎君。このアドラー心理学の考え方は君のお知り合いの生き方に似ていませんか?」

「知り合い……!!」

 

 過去にこだわらず、未来を恐れず、今だけを生きる……

 

「ストレガ」

「聞けば銃器の所持や薬の密売、さらには復讐屋など物騒な活動をしているようですが……奇抜な服装もある意味で否定されることを恐れていないと言えます。退廃的にも見えますが、彼らはアドラー心理学の実践者なのかもしれませんね」

「……」

 

 判断がつかない……

 

「まぁあまり急激に詰め込んでも混乱するでしょうし、気持ちに整理をつける時間も必要でしょう。この話もここまでにしますが……そういえば影虎君、これは個人的興味なのですが。君の強化魔術はどれだけ身体能力が向上するんですかね?」

「一応攻撃力・防御力・機動力、それぞれ五倍で考えてますが……具体的に測ったことはないですね……」

「ちょっとあのバーベルで試してみませんか? 周辺把握で人の接近は分かりますね?」

 

 こうして測ってみると“ウル”のルーンを使った状態で200キロまで持ち上げられた。

 純粋に筋力が上がっている感じだ。

 まだもう少しなら行けそうだけど、先に錘が無くなってしまった。

 

「ヒヒッ……これなら冗談抜きでヒーローになれると思いますよ?」

 

 ありがたい話の後に、くだらない話をした。

 江戸川先生との絆が深まった気がする……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 8月8日(土)

 

 朝

 

 今日明日は昨日の疲れを取るため、何も予定を入れていない。

 アンジェリーナちゃんの言葉もあるし、トレーニングをしながら引きこもっていよう。

 

「影虎、ツーリング行こうぜ!」

 

 と思ったら……いきなり飛び込んできた親父と一緒に、レンタルバイクで近くの山の上まで登ることになった。親父は事前に国際免許取っていたらしい。ただ俺は取っていないので後ろに乗ることに。

 

「よっしゃ行くぞ!」

 

 広い道路で親父はどんどんスピードを上げる。

 かなり速いと思いきや、なんと法定速度だ。

 テキサスは日本と比べて法定速度の上限が高い。

 日本の高速道路が時速100キロ。

 対してテキサスは何と、100キロを大幅に超える時速129キロ(80マイル)。

 住宅街でも25マイル(約40キロ)が許可されている。

 

「スカッとするなぁ! 影虎ァ!」

 

 少々気は張っていたが、そこそこ爽快なツーリングが楽しめた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼

 

「ご馳走様でした」

 

 ツーリングから帰ると、天田と母さんが昼食を用意してくれていた。

 

「今日も美味しかったわ、雪美さん」

「私も楽だしねぇ。ほんと、いいお客さんだわ」

「タイガーとリューもアイスありがとね」

「なぁに、ツーリングの帰りに寄ってみただけだよ」

「ジョナサン、あんたも少しは手伝いをしたらどうなんだい? 皿洗いがあるよ」

「オゥ、ソーリー。今日は約束があるのでー」

 

 ジョナサンがそそくさと出て行く。

 

「HAHAHA、逃げられてしまったな」

「まったくもう」

「まぁまぁ、ジョナサンも久しぶりで友達付き合いもあるでしょうし。代わりに俺が手伝いますよ」

「あら! ホントかい? んまー、助かるわ」

「いいのか? 悪いな、タイガー」

「そう思うならあなたも手伝ってくれていいわよ」

「それが終わったらトレーニングをしよう。私は体を温めておくよ」

 

 そしてボンズさんも出て行った。

 

「まったくうちの男共は、家事をぜんぜんしてくれないんだから」

 

 ぼやくアメリアさんと共に後片付けにとりかかる。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~トレーニングルーム~

 

 片づけを済ませて顔を出すと、いたのはボンズさんだけじゃなかった。

 天田と江戸川先生、そしてロイドがいる。

 

「やぁ、早速始めるかい?」

「よろしくお願いします。今日は三人も一緒に?」

「ああ、私とタイガーの訓練を聞きつけてきたんだ」

「でも四人一度に教えるのはグランパも大変だよね。やっぱり僕は……」

「ロイド。今日は逃がさんぞ。お前もこの機会に護身術の一つも身に着けておきなさい」

「オーマイ……」

「……まるで小さい頃のジョナサンだな」

 

 運動は苦手らしいロイドが逃げ損ねて肩を落とす。

 それを尻目にボンズさんがゴム製のナイフを配り始めた。

 

「今日は対ナイフの護身術を中心に教えようと思っているが……そのためにまず、ナイフの“使い方”から教えることにする。ナイフを実際に使う事でどんな攻撃ができるかをまず知ってくれ。それは相手がどんな攻撃ができるかを知ることになる。ナイフに素手で対抗する技はその後だ」

 

 順手持ちは手首の稼動域が広く、刃先を制御しやすい。しかし格闘戦は若干やりにくい。

 逆手持ちは稼動域が狭まるが力を入れやすく、ナイフを持ちながらの格闘戦がやりやすい。

 順手持ちという一言の中にもさらに多数の持ち方があり、どんな用途に向くかは違う。

 様々な持ち方と特徴。そして状況に合わせた持ち替えを含めて、ナイフの扱い方を学んだ。



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132話 トレーニング(前編)

 夜

 

 ~トレーニングルーム~

 

 夕食の後はまた訓練。

 今度は天田たちの代わりにスーツ姿のジョージさん、夕方ごろに帰ってきたウィリアムさんとカイルさんがタンクトップ姿で立っていた……

 

「ようタイガー! お前のビデオ、見せてもらったぜ」

「よく鍛えられた良い筋肉だった。それにだいぶタフなようだしな」

「二人とも情報は共有している。それに明日明後日は別の客から予約が少し入っていてな、その間は私が指導できなくなってしまうんだ。代わりと言っては何だが、時間のある限り練習相手として使ってくれ。ウィリアムは格闘、カイルは息子たちの中で一番ナイフの扱いが上手い。それにジョージも腕は立つ」

「こう見えても昔はボディガードをやっていた」

「ああ、やっぱり……」

 

 こう見えても何も、ジョージさんは見たままだ。ただ納得。驚きは微塵も無い。

 

「さて始めるとするか。まず事前情報の無い状態で、一通り全員と戦ってみなさい。持ち時間は各自五分くらいでいいだろう」

「よろしくお願いします!」

 

 こうして戦闘方法やタイプの違う三人を一人ずつ相手にして、実戦形式の練習が始まる。

 

 最初はカイルさんの場合。

 絶え間なく襲い掛かってくる二本のゴムナイフを掻い潜る。

 

「すばしっこいな!」

 

 避けることは何とかなった。ただし教わったディスアーム(武器の取り上げ)を仕掛けようと腕を取れば、もう片方のナイフが迫る。打撃を交えながら何とかナイフを取り上げることには成功したが、制限時間ギリギリだった……

 

 ジョージさんの場合。

 彼は慣れていると言って、スーツ姿のまま目の前に立ちふさがる。

 一定距離から攻め込もうとすると、素早く足へ向けた蹴りがくるので止まらざるをえない。

 そうして保った間合いから、攻撃に移るとかなり速い拳が繰り出された。

 こちらの攻撃は打ち落とすような捌き方で防がれる。

 しかも時々目潰しまで入るのでめちゃくちゃやりにくい。

 純粋なスピード勝負になってしまい、タイムアップ。

 

 ウィリアムさんの場合

 まず体格が違いすぎる。

 リーチが長く、一撃の威力でも明らかに負けている。

 さらに彼は体格にふさわしいタフさまで持っているようだ。

 それら全てを利用して逃げ道を塞いでくる。

 唯一勝っていると言えるのはスピードのみ。

 

「そんなんじゃ効かないぜ!」

 

 攻撃は何度も当たっているが、まるで堪えた様子が無い。

 というか動きも別に遅くは無い。

 十分小回りもきくし、むしろ速いくらいだ。

 

「そこまで!」

「っと! 良いとこなのに終わりか」

「ありがとうございました」

 

 結果、そのままタイムアップを迎えて終了。

 

「休憩だ。三人とも、タイガーをどう見る?」

「聞いていた通り防御の技術が高いな」

「一人ずつとはいえ三人連続で十五分も耐え切るとは思わなかった」

「攻撃は軽いがやりにくいタイプだな。こりゃ俺の練習にもなりそうだ。……タイガー、目指してる仕事は無いんだよな? ならこっちで挌闘家になれよ! うちの団体は強ければガンガン金が入る。お前なら俺が紹介してもいいぜ」

「ありがとうございます。……? ウィリアムさんはバイトしてたんじゃ……」

「言ってなかったか? 膝をやっちまってな。引退する奴もボチボチ出る歳だし、無理をしたら選手生命に関わるってことで去年まで療養中だったのさ。貯金はたんまりあったんだが……」

「療養中とはいえ、暇を持て余して遊び呆けるのも良くないのでな。俺の店で無理の無い程度にバイトをさせているんだ」

「なるほど、良かった。そんな団体でバイトしなきゃならないほど下の方とは思えないというか、思いたくないと言うか」

「心配すんな! 俺たちは強い方だぜ!」

「自分で言うのか」

「まぁ、こいつはお調子者だが実力は確かなのは事実だ」

「タイガーはこの三人と戦ってどう感じた?」

 

 少し考えてみる。

 

 ……全員強いが、一番戦いにくかったのはウィリアムさんだ。

 こちらの攻撃がほとんど効かないのに、避けきれなかった一発はかない重い。

 俺の長所である速度と耐久力でも、時間が経てば経つほどジリ貧になってしまうだろう。

 今の俺が挌闘戦を挑むには相性が悪いと思う。

 

「俺もタイガーみたいにチョロチョロ動く奴は苦手だけどな」

「お互いに相性の悪い相手であれば、弱点克服に良い相手となるだろう。ではジョージは?」

 

 ジョージさんは誰よりも接近しづらく、防御でもじわじわダメージが蓄積していく感じがした。それになんとなく……俺と戦い方が近い気がする。

 

「私の技が“ジークンドー”だからだと思う。ジークンドーにはカンフーにサバット、レスリングにボクシングなど様々な格闘技の技術が取り入れられている。タイガーの技も空手をベースに色々と混ぜているらしいな」

「そうか……では基本的な戦い方はジョージを手本とするのが合っているかもしれんな。最後にカイルはどう見る?」

 

 カイルさんは……こう言っては悪いが、二人と比べると動きが遅いし分かりやすい。しかし二本のナイフで的確に急所を狙ってくるので、あれが本物だと考えるとヒヤッとする。ジョージさんとは違う意味で接近しにくい。

 

「俺は二人のようにこれを仕事にしているわけでもない。そんなものだろう」

「でもナイフを奪うときなんかはもう……」

「ナイフは接近した時が最も危ない。特に正気を失うほど怒り狂っていたり、薬物を使用している相手は自分のダメージを無視して刺しにきたりもするからな。そういう場合は熟練者でも非常に危なくなる」

「そういう場合はどう対処すれば良いのでしょうか?」

「まず第一にその場から逃げることだ。どうしても戦わなければならない場合は先ほどのタイガーのようにけん制しつつできるだけ距離を取り……所持している拳銃で撃つ。これが一番だな。

 注意すべき点は相手との距離だ。あまり近すぎると拳銃を抜く前にナイフの攻撃範囲に入りかねない。また、手の届くほど近い距離での戦闘であれば、銃よりもナイフの方が脅威となる。これは前に銃から身を守る方法でも教えたな?」

「銃は射線上に相手がいなければ当たらないから、ですね?」

「その通り。銃から身を守るにはまず“自分の体を射線から外す”ことが重要だ。そして銃弾は前方にほぼ直線で飛ぶ。手を押さえられれば銃を持つ方が不利になってしまう」

 

 しかし銃は日本じゃ合法的な所有は難しい。

 

「法律ばかりはどうしようもないな……」

「……なぁ、タイガー」

「何でしょうか? ウィリアムさん」

「気になってたんだが……お前は魔術だか忍術だか、なんかすごい事ができるんだろ? それで何とかできないのか?」

「攻撃系は苦手な部類ですね。できるのも対人の練習で使うには危険すぎますし、使いすぎると倒れてしまうので……あ、でも一つだけ」

 

 トレーニングルームの隅にぶら下がるサンドバッグへ向き直り、気合一発。

 突き出した拳から放たれた気は一直線に突き進み、室内に乾いた音を響かせた。

 

「……タイガー、今のは?」

「体内のエネルギーを打ち出す技です。威力はだいたいパンチ一発と同等。一週間くらい前に身について、気弾と名づけました」

「何か投げたのではないのか?」

「拳も握っていたし、何かが飛べば気づくだろう」

「……マジで“気”なんてもんが実在すんのかよ。……タイガー、それ当たったら何か変な事になるかなるか?」

「? たぶん衝撃だけだと思いますが」

「なら一発俺の腹に打ってみろ」

 

 疑っているようなので、言われた通りにする。

 

「いきます!」

「っ! ……マジか……」

「ウィリアム、大丈夫か?」

「平気だよ兄貴。だけど本当に殴られた感触があったぞ」

「……これは深く考えず“ある物”としておくべきだな。タイガー、次からはそれの使用も許可する」

 

 この後、気弾も含めて三人の指導を受けながら実戦形式の訓練を行った。その中で……

 

「いいか? 人間の胴体で狙える急所は心臓や鳩尾のほかにも脾臓や膵臓。このあたりだ。ここを刺された場合の危険度はさらに高まる。だから身を守るときにも気をつけなければならない。刺されない事が理想だが、どうしても刺されるなら急所だけは避けるんだ」

 

 カイルさんからはナイフで狙える手足の腱や急所の位置を学んだ。

 

「ジークンドー。漢字で書くと“截拳道”というこの名前には、“相手の攻撃を遮る方法”という意味がある。その名の通り、ジークンドーには行動を遮る動きも多い。その内の1つが蹴りによる“ストッピング”だ。すばやく蹴りで足を止めさせる。これで相手からのタックルなどを防ぐ。靴を履いているとこれだけでもなかなか痛いものだ。

 さらに相手が殴りかかってきた時は相手の拳を払って突く。払うと同時に逆の手で突く。あるいは打たれる前に打ってしまう。たまにフィンガージャブ(目突き)など。こういった手技や打ち込みのタイミングを組み合わせて戦うんだ」

 

 ジョージさんはジークンドーの“ストッピング”と早いパンチを打つコツを教えてくれた。

 

「パンチ力やキック力ってのはすぐに上がるもんじゃない。特にこれまでがっちり鍛えてきたような奴ならなおさらな。だからタイガーはカウンターを覚えろ。相手の攻撃に合わせた反撃! リスクもあるが、上手くやれば相手を利用して攻撃力を増した一撃を返せるぜ!」

 

 そしてウィリアムさんはカウンターの練習に付き合ってくれた。

 

 その結果……

 

「シッ!」

「うおっ!?」

 

 速いパンチの打ち方を学んだことで、自分の中の何かがかみ合った。

 それに伴い気弾の速度も急上昇していくうちに“ソニックパンチ”を習得。

 音速は出ていないがかなりの速度。そして何より、初めて物理攻撃スキルを得た! 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ドッペルゲンガーに身を包み、周囲を警戒する。

 しかし、イレギュラーの姿は無い。いたって静かな影時間だ。

 もしかしてと思ったけど、来ないならその方が良い。

 

「……魔術研究でもするか」

 

 最近忙しくてあまり研究はしていなかったし……ってか、前にまとめたの六月だった。二ヶ月も空いてるとは……助かるため、身を守るために使えそうな防御魔術を考えてみよう。

 

 前は氷で壁を作ろうとして、片腕を氷漬けにした。そこから敵を氷結させる魔術が生まれたけど、防御については未完成のまま。攻撃魔法と同じ要領で“ラド”を組み合わせようと考えていたが……

 

「ん~……いまいち」

 

 氷の壁を作れたは作れたが完成までに時間がかかりすぎる。小さな結晶が育っていくようにゆーっくり展開されるので、戦闘中じゃまず間に合わないだろう。そのうえ氷はガラスと同じで粘りがないので、殴ってみると簡単に砕け散った。

 

「どうしたもんか……」

 

 氷……水を組み合わせてみるか。

 分厚くすれば多少強度は上がると考え、魔術にラグ()のルーンを組み込む。

 手の前に現れた水が放射状に広がり、凍りつく感じで…………

 

「やっぱ微妙……」

 

 展開された氷の壁はさっきより分厚くなった。しかしやっぱり殴って壊せる程度なので、障害物としてはあまり期待できない。そのまま良い案は出ず、魔力が減って実験を中断。

 

「……」

 

 気分転換に体を動かすと、屋根の上から射撃場が見える。

 ……そういえばボンズさんが銃から身を守る方法の説明で話していたな。

 銃を持った相手に襲われたら、できるだけ遮蔽物の多い場所へ逃げ込めと。

 なぜなら銃弾は基本的に銃口が向いた方へ直線で飛ぶ。

 跳弾はあるけど、弾が遮蔽物を迂回して飛んでくることはまず無い。

 だからこそ物陰に隠れるのは効果があると言える。

 

 ただし遮蔽物は多ければ良いというわけはなく、材質や逃げ道の確保も重要だ。

 どんなに身を隠せても発泡スチロールじゃ意味が無い。

 逃げ道を失えば追い詰められてしまう。

 戦時中の兵士が掘って身を隠しながら戦う“塹壕”を例にして……

 

「……塹壕? 塹壕!」

 

 別に氷にこだわる必要は無かった。大切なのは身を守ること。身が守れるならなんだって良い。魔術で塹壕は掘れないだろうか?

 

 塹壕を掘るなら選ぶべきは地面や土に関するルーンだ。幸いにも心当たりがある。

 豊穣や実りを意味する“イング”。収穫を意味する“ヤラ”。

 この二つはどちらも農作業、ひいては土までイメージが関連付けられるルーン。

 イングにラド(移動)エオロー(防御)を組み合わせると……!!

 

「っしゃ!」

 

 地面が盛り上がり、体を覆い隠せる壁が構築された!

 展開速度も氷よりは圧倒的に速く、なによりこの硬さと安定感!

 殴る蹴るを続けても微動だにしない!

 

「って、しまった地面が……」

 

 こちら側はなんとも無いが、壁を構築した土砂の分だけ反対側に穴があいている。

 埋め直さなければ……

 

 イングで土は動かせたし、今度は守りは必要ない。

 代わりに作業的なイメージのあるヤラと入れ替えて……これでどうだ! 

 

「おお……」

 

 再び成功。土砂の壁が穴に向かって崩れ、あっという間に穴が埋まった。

 しかも土は俺の意思に従ってきれいに地面を均されている。

 穴を掘ろうと思えば実現した。なにこれ面白い。

 

 しかし遊んでいると魔力をどんどん消費してしまう。

 影時間の終わりも近い。今日のところは結果を記録して実験終了とする。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 8月9日(日)

 

 ~射撃場~

 

「撃ち方止め! ……いい調子だ。だいぶ構えが様になったな」

「ありがとうございます!」

 

 朝の射撃訓練。ボンズさんからお褒めの言葉を頂けた。

 周辺把握、距離感、分度器。

 この三つのパッシブスキルが銃を扱う際に大変便利だ。

 周辺把握の範囲内であれば、狙いをつけるのは容易い。

 それでも技術を持っていなかったため、狙いから多少のずれが生じていたが……

 それも今日までの訓練で撃ち方が身につくごとに解消されてきた。

 

 射撃も走り方や格闘技と同じ。

 無駄な力は邪魔になるだけ。

 足腰、背中、肩、腕、手。

 全体をしっかりと安定させる事ができれば、銃弾は正しく狙った方向に飛ぶ。

 あとは射程範囲に注意すれば良い。

 

「おっ?」

「どうかしたか?」

「……ボンズさん、もう一度お願いします。今、コツを掴めた気がするので」

「ほう? ではもう一度やって休憩にしよう」

 

 ボンズさんがターゲットを交換している間に、こちらも準備を整える。

 

「用意はいいか?」

「はい」

「では、ここで抜き打ちテストだ。マガジンの中身は十五発。ターゲットは私が指示した位置を、指示した順番に打ち抜けるかどうか試してみよう」

「了解!」

「では……」

 

 照準を的の中心に据えた状態で深呼吸を一つ…………いける。

 

「頭!」

 

 照準を上げて眉間へ一発。

 

「鳩尾! 右肩!」

 

 速やかに二発。

 

「心臓! 頭! 肝臓!」

 

 指示に体が即応する。

 これまでにない銃との一体感。

 今なら的を外す気がしない!!

 

「左肩! 脾臓! 膵臓! 首! ど真ん中! 頭二回! 心臓二回!」

 

 十五発、すべての弾丸を打ち切った……

 

「……結果は?」

 

 的を戻して確認したボンズさんの顔が、若干引きつったように見えた。

 

「お見事。綺麗に指示した場所へ当たっている。文句なしの百点だ。これだけ反応できれば動く的にもある程度は当てられるだろう。もしそんな事があればの話だが……私の指示で狙う位置を変えたように、動く的にあわせて撃つんだ。では片づけをして戻るとしよう」

「ありがとうございました!」

 

 “照準”“拳銃の心得” 

 朝から二つもスキルを習得できた。

 喜ばしいが、銃を使い始めて間もないのにやけに速く習得したな……




影虎は

物理攻撃スキル
“ソニックパンチ” 打撃属性。単体に小ダメージ。

パッシブスキル
“照準”      命中率上昇。
“拳銃の心得”   ハンドガンの扱いが上達する。

ルーン魔術
“土の壁”     周辺の土で身を守る壁を作る。タルタロスで使えるかは不明。
“掘削”      地面を操る。

を新たに習得した!


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133話 トレーニング(後編)

 部屋に戻る途中、ロイドと遭遇した。

 

「タイガー! 朝のトレーニング終わったの?」

「終わった。銃もだいぶ慣れてきたよ」

「そっか。じゃあ暇はあるかな?」

「? 特に用事は無いけど何か用?」

「タイガーにバンズを作ってほしいんだ!」

「そういえば今日の昼はロイドのハンバーガーだっけ」

「そう! だから小麦粉マスターのタイガーに手伝ってもらいたいんだ」

「まだその称号残ってたのかよ」

 

 でもそういえばこの前のモーターショーでパン作りの本を買ったな……ちょうどいいか。

 

「他の作業はケンが手伝ってくれて、雪美さんも和風の味付けを教えてくれるって話だから、タイガーはバンズだけで良いんだ」

「分かった、手伝うよ。ただその前にちょっと汗を流す時間がほしい」

「大丈夫! こっちもまだ準備中だから、用意ができたらキッチンに来てね」

 

 ロイドは満面の笑顔で駆け出していった……

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 ~自室~

 

 シャワーを浴びて、“私が極めたパン作りのすべて”を読む。

 “極めた”とか“すべて”と書いてあるだけあって、辞書のような厚さと重さだ。

 ……なんでこんなのあそこで買ったんだろう? 歩き回る邪魔になったかもしれないのに。

 しかし普通に持って歩いていたし……素の腕力もついてきているのか? そうなら嬉しい。

 

 本の中身はかなり細かい字で……

 パンの種類、小麦粉の種類、製法、温度管理、生地の発酵時間等々……

 パン作りに関する多岐にわたる情報が詰まっている。

 バーガー用のバンズの情報も豊富でかなり使えそうだ!

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 ~厨房~

 

「手伝いに来たぞー」

「あら、虎ちゃんも来たのね」

「お疲れ様です!」

「待ってたよタイガー!」

「俺はどんなバンズを作ればいいんだ? 知識は仕入れてきたから、ある程度実験してみようかと思うんだが」

「希望を言えばそれにあわせて作ってくれるって事?」

「そんな感じだな。出来るかどうかはやってみないと分からないけど。指示をくれ」

「ワァオ! それは夢が広がるね! なら……今日の試作バーガーに合うのがいいけど……うーん」

「何のバーガーなんだ?」

「チキンカツですよ。先輩」

「ソースはタルタルソースと照り焼きソース、あと醤油ベースのあっさりしたソースを考えてるの」

「……決めた! カツをザクッと歯ごたえのある食感に仕上げるやり方を雪美さんから教えてもらう予定だから、バンズはフワッと柔らかいのでお願い!」

「となると……」

 

 柔らかいバンズで記憶を検索すると、いくつかの候補が挙がる。

 その中で発酵時間も考えると、よさそうなのは……

 

「バターを使ってふんわり焼き上げるのがあるんだが、バターの香りが強めになっても良いか?」

「チキンと相性も良いと思うから問題ないと思うけど、どうかな? 雪美さん」

「大丈夫だと思うわ。ソースは香りに負けないように調整しましょう」

「オーケー! それじゃさっそく始めよう!!」

 

 こうして作業に入った俺は、得た知識を存分に使いバンズを作った。発酵時間などバンズ作りの合間には片付けや他の作業の手伝いをしつつ、母さんに味付けや片付けの指導を受ける。

 

 すると途中でひらめいた。

 

 “料理の心得”

 

 ……うん。もう、なんだかね。

 もう変なスキルが出ても突っ込む気がなくなってきた。

 料理の心得、きっと料理が上手くなるんだろう。

 実際手元の作業速度が地味に上がってきてるし。

 

 それだけだと思っていたが……

 

 その後、完成させたバーガーを試食するとめちゃくちゃ美味しかった。

 さらに食べ進めると若干力がわいてきた気がする。

 具体的にはほんの少しだけ体内の気の量が増えたような……

 そういえば入学当初は食事にも回復効果があると予想していた。

 缶ジュースを集めていたし、料理を始めたのも元を正せばそれが発端。

 当初の目的が、忘れたころに実現した瞬間だった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 昼食後

 

 ~トレーニングルーム~

 

 有り余るエネルギーを使っての練習に来たら、珍しい先客がいた。

 

「エイミーさん?」

「あら、タイガー。貴方はまたトレーニング?」

「バーガーをかなり食べたので。エイミーさんもですか?」

「気が向いたからね。普段はあまり運動しないから、適当に道具を使ってみてるだけだけど」

 

 会話が途切れた。

 う~ん……

 

「そうだ、エイミーさんは研究者なんですよね? 物質を研究していると聞きましたが、どんな仕事なんですか? 差し支えなければ聞かせてもらいたいんですが」

「私の仕事? 色々」

「色々、と言うと?」

「私は……外部の企業が開発した新素材とかを第三者の立場から評価するか、研究所内での独自開発。あとは既存の物質の性質調査とデータ収集が基本。たまに企業の要請で製品開発の場に呼ばれたりするけど……プロジェクトしだい。でも気になる物があれば調べさせてくれたり、自由も多い職場で……BUNSHIN」

「えっ?」

 

 自由の多い職場で分身? どういうこと?

 

「思い出した。貴方はBUNSHINができると聞いたわ。本当なの?」

「ああ……エイミーさんにも通達されてたんですね」

「報告・連絡・相談は基本だから。うちの家族で知らないのはジョナサンだけよ」

 

 なんだかのけ者にさせたみたいで申し訳ない。

 

「分身はできます」

「!!」

 

 周囲を確認してドッペルゲンガーを呼び出した途端、彼女の視線が鋭くなる。

 

「……」

「あのー」

「……」

「エイミーさん?」

「……」

「聞こえてません?」

「……」

「だめっぽいな……」

 

 エイミーさんは無言でドッペルゲンガーの周りを回り始めた。

 さらに時々触れたり持ち上げたり、軽くたたいたりもする。

 別にダメージは無いからいいけど……

 

「ごめんなさい。つい。……見た目は完全に人間。触感も人肌、熱も感じる。どこからどう見ても人間みたい……! まさかこっちが」

「俺は本体です!」

「そうなの? ……皮膚一つとっても結構見てきたのに、ぜんぜん見分けがつかないわ。……人型ロボットに貼り付ける合成皮膚の事よ。研究したことがあるの。でもこれと比べたらできの悪いもの。これはどういう物質なの?」

 

 物質と聞かれると、よく分からない。

 

「師匠にあたる人は、肉体のエネルギーと精神エネルギーで構成されているとかいってましたけど」

「エネルギー? ……」

 

 また無言になってしまった……あ、ウィリアムさんが近づいてきてる。

 

「ウィリアムさーん」

「タイガーと姉貴? 何やってんだ?」

「俺の分身を見て物質がどうとか……」

「姉貴に絡まれてるのか。しかしこれが噂のBUNSHINか。マジでそっくりだな」

「見た目だけじゃなくて」

『……喋らせることもできますよ』

「マジか!?」

「! 興味深い。……ウィリアムいつ来たの」

「今さっきだよ。会話してたじゃないか。つーかほどほどにしとけよ?」

「分かっているけど、こんなものを見たら仕方がないわ。人体は六割から七割が水で、他にはタンパク質や脂肪、ミネラル、糖質など……それらが集まって数十キロの人体が形作られているの。

 正確なデータは取ってないけど、彼らにはちゃんと質量がある。触感質感は限りなく人間に近く、声を出したから人間としての機能もちゃんと備わっているみたい……仮にクローンのようなものだとして、BUNSHINの体を作る元素はどこから来たの? 質量保存の法則をまるっきり無視している。

 さっきエネルギーでできていると言っていたけど、エネルギーが物質化しているということ? それはそれで異常。そもそもエネルギーとは」

「だぁっ! 長いんだよ姉貴の話は! タイガー、気弾を見せてやれ」

「気弾を?」

「いいから頼む。話を長くする前に黙らせたいからな」

 

 よく分からないが、とりあえず言われた通りに気弾でサンドバッグを叩く。

 

「ほらな! こういう事ができるんだよタイガーは。それでいいだろ」

「手は絶対に届かない。物を投げたのでもない。不可視の何かが運動エネルギーを……不可視? 今のはBUNSHINと同じエネルギー?」

「いえ、肉体エネルギー単体ですが……」

「なら精神エネルギーと言うのは別にあるのね? そっちも見せてほしい」

 

 ええ……

 

「精神エネルギーは魔法か魔術でしか使ったことが無いので……ちょっと待ってください」

 

 近くのウォーターサーバーから備え付けの紙コップを借りて、その中に魔法で水を注ぐ。

 

「こんな感じでどうでしょう?」

「……魔術……精神エネルギーを使用した結果……精神エネルギーにはH2Oに変化する性質があるの?」

「ルーンを変えれば火でも風でも出せますが」

「……変化の対象を決めるのはそのマークということ? だとしたら単純にさまざまな物質へ変化できる物質。もしくはそういう性質を持っている? それを、ルーンを装置と仮定して……装置に通すことで、変化をコントロール……」

「……ウィリアムさん」

「こういう人なんだよ……姉貴、中途半端に説明しようとしなくて良いから、部屋に帰ってゆっくり考えたらどうだ?」

「……」

 

 思考に没頭した彼女はドッペルゲンガーを眺めた状態で、トレーニングマシンに座ったまま一言も喋らなくなってしまった。

 

「こりゃだめだ。しばらくほっとけ」

「はぁ……」

 

 この家の人は皆キャラが濃い目だけど、この人が一番の変わり者かもしれない……

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「形は変えられる?」

 

 再起動したエイミーさんから新たな質問が飛んできた。

 

「何だよ突然、スパーリング中だってのに」

「BUNSHINがエネルギーの塊で人の形をとっているだけなら、別の形をとる事もできるんじゃないかと思って」

「……できますよ」

 

 そこまで説明してないのに自力で気づかれた。

 一度ウィリアムさんの姿に変えてから、ナイフや刀にも変えてみせる。

 

「……やっぱり興味深い。人体の状態から武器まで。形状だけじゃなく硬度まで変えられるなんて。こんな素材が作れたら多くの事に応用できるのに……ところで気弾の形は変えられないの? ウィリアムはボールをぶつけられた感じだったけど、もっと銃弾や刃物みたいにすれば威力を高められるんじゃない?」

「物騒なこと言うなよ姉貴!?」

「気弾の形は変えられますが、そこまで行くとちょっと操作が難しくて」

「? こんなに自由に変えていたのに? 単体だから……? 人体の構造を違和感無く再現するほうがよほど難しいと思うけど」

 

 ナイフを指差しての指摘。

 言われてみれば、確かに……

 気とドッペルゲンガー。

 別々の物としてとらえていた部分はあると思う。

 気弾の形状をドッペルゲンガーを変形させる要領でやってみる、と言うことか……

 もしそれで銃弾や刃物の気弾を打ち出せたなら……

 

「危なくてここじゃ試せませんね……」

「射撃場の鍵を借りてくる。実験すればいいわ。未知の理解には検証が必要不可欠。先に行ってて」

「あっ」

 

 エイミーさんは止めるまもなくトレーニングルームから出て行ってしまった。

 

「はぁ……とりあえず行くか。行かなかったらたぶんキレるからな」

「わかりました……」

 

 なんだか大変な人に興味をもたれてしまった気分だ。

 

 しかしその後行った実験では、数回の練習で気弾の形状変化に成功。

 同時に新たな物理攻撃スキル“スラッシュ”と“シングルショット”を習得した。

 

 どうやら気弾は物理攻撃スキルの下地となる技だったようだ……

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 夜

 

 ~庭~

 

 夜風に当たりながら型を流していたら、エレナが近づいてきた。

 

「タイガー、こんな所にいたのね。またトレーニング?」

「型を少しね。何か用事?」

「ロイドがネットの事で教えたいことがあるらしいんだけど、本人はパソコンの前から動かないのよ。リビングにいるからから行ってあげてほしいのと、あと……ちょっと話したいなと思って」

 

 なんだろう?

 

「タイガーってさ、何考えてるの?」

「……どういう意味?」

「“ブラッククラウン”。正体はタイガーでしょ? アンジェリーナにも確認してもらったから、とぼけても無駄よ」

 

 ? なんでそこで彼女の名前が?

 

「黒い煙が見えるのは知ってるでしょ? あれね、写真やテレビに映った映像でも見えるらしいのよ。それで聞いたら、ニュースで流れた映像と貴方から見える煙が同じだそうよ」

「区別がつくのか?」

「あんなに濃い煙で包まれてる人は他にいないって。タイガーが特別分かりやすいのよ。でもこの事を知ってるのは私とアンジェリーナだけよ。誰にも言ってないわ」

「……複雑な気分だ。まぁ、はい。ブラッククラウンです」

「素直に認めるのね」

「アンジェリーナちゃんの能力は聞いたし、エレナが俺を疑ってるのも気づいてたからね。ちょくちょく物陰から様子を伺ってただろ?」

「気づいてたの?」

「俺、全力で警戒すれば200m圏内の人の動きとか分かるから。集中しなくても家の中の物陰くらいなら余裕」

「何よそれ! って、軽い調子でごまかそうとしてない?」

 

 そんなつもりは無いけど……

 

「なら答えて。何であんな危ない事したのよ……自分が死ぬかもしれないって、私たちの話を信じてないわけじゃないんでしょ?」

「俺も非常識な人間だから、疑ってはいない。ただ、あのときの事は俺にもわからない」

 

 江戸川先生との事を話すことにした。

 

「まとめると……ついやっちゃった、ってことでいいの?」

「……そうなる」

 

 エレナは腕を組んで考え込み始めた……

 

「大丈夫か?」

「なんて言ったらいいかわからないだけよ。慎重かと思えば無鉄砲だったり、死なないようにとか言いながらあんな事して、矛盾しまくりじゃない」

「返す言葉が無い」

「責めてるわけじゃないけど……あまり無茶はしないでよ? 皆も心配してるんだから」

 

 エレナから率直な気持ちを伝えられた。

 

「善処する」

 

 こちらも素直な気持ちを言うと、ジト目が帰ってきた

 

「タイガー。私知ってるわよ、それはジャパニーズの遠回しなお断りだって」

「違う違う! ビジネスシーンでは判断のつかないことをいったん持ち帰るときに使って、後日断られたりするけど。善処は本来“適切な処置をする”と言う意味だよ」

「“適切な処置”の結果がお断りになるんじゃないの?」

「……どう言ったもんかな……」

 

 困っていると、エレナは笑った。

 

「……仕方ないわね、いいわよそれで。それよりロイドがリビングで待ってると思うわよ」

「そ、そうか? ならそういう事で」

 

 何がおかしかったのか……よく分からないままエレナと別れた。




影虎は

物理攻撃スキル
“スラッシュ”    斬撃属性。単体に小ダメージ。
“シングルショット” 貫通属性。単体に小ダメージ。

パッシブスキル
“料理の心得”    料理が上達する。料理が持つ回復効果を増強する。
           料理の回復効果は含まれる栄養素とカロリーにより変動。

を新たに習得した!

エレナとアンジェリーナに、ブラッククラウンの正体がバレた!


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134話 火に油

 ~リビング~

 

 言われた通りに来てみると、江戸川先生と天田も呼ばれたようだ。

 三人が肩を並べてノートパソコンを見ている。

 位置的には正面にいるのに、あまりにも真剣で誰も俺に気づいていない。

 

「ロイドー?」

「タイガー!? こっちに来て! 早く!」

「先輩、大変なことになってますよ……」

「何? まずい事?」

「どっちでしょうかねぇ……まぁ座って見てください。ロイド君、順番にお願いします」

 

 先生が譲ってくれた席に座り、ロイドが操作するパソコンを見る。

 開かれたページは有名な動画サイトだ。

 これがどうした? と思いながら待っていたら、映し出された動画は見覚えがある。

 

「あ、これ部活の……」

「練習の参考用に先輩が撮った動画ですよ」

「そういやアップしたのもこのサイトだったな……で?」

 

 見たところ別に普通と言うか……問題は見られない。というか動画は問題ないことを撮影後に確認し、念のため生徒会の許可も取ってから上げることになっていたはずだ。

 

「問題はここだよ、閲覧回数!」

「……目がおかしくなったか? 五万回超えてるように見えるんだけど」

「ヒヒッ、正常ですねぇ」

 

 マジか!? 

 

「これただの型の動画だぞ? こんなに見られる要素あるか? テレビに映ったことを加味しても多すぎない?」

「うん。だからそれだけじゃないんだよ。この動画の横にダーッと出てる関連動画。これをいくつか辿っていくとね……」

 

 ロイドが説明をしながら操作を続ける。関連動画の先頭をクリックして三つめになったところで、開いた動画の内容にまた目を疑った。

 

「どうしてこれが!?」

 

 表示されたのは“俺と真田の試合動画”。しかもその関連動画には、青木との動画まである。

 

「学園のネット掲示板で公開されていた物とほぼ同じです。こういう試合をしたこと自体は放送されていましたし……どうやら学校関係者が流出させてしまったようですねぇ……」

「そのままだったり、顔にはモザイク入れてたり……とにかくここや他のサイトにもたくさん転載されてますよ。先輩」

 

 マジか……関連動画ってことは型の動画から閲覧者が流れてきてるだろうから……うわっ。

 

「あと二十人で十万超えるじゃん……」

「というかリロードすればたぶん……達成オメデトー」

 

 あまりめでたくはない。

 

「だね。テレビの話題性だけならここまで騒がれなかったと思うけど、この試合動画で再加熱。無断転載と動画を見た人からさらに拡散してるみたいで……ほら、こっちには英語字幕を付けた動画まである。僕が最初に見たやつはもう削除されてるけど、いたちごっこになってるみたい」

「誰だか知らないけど流出させるなよ……」

 

 試合はまだしも青木とは喧嘩だ、不適切じゃないか?

 ……前にもこんな事あったなぁ……あの時とは規模が段違いだけど……

 

「ヒッヒッヒ、問題はこの動画を見た人の感想でしてねぇ……」

「?」

「それは……ちょっと待って……こっちのサイトを見たほうが早いかな」

 

 ロイドがまた別の動画サイトを開いた。こっちのサイトは動画に対するコメントを流せる仕様で、試合動画を開くとコメントがじゃんじゃん流れていく。

 

『特攻隊長キター!!!!!』

『888888888888』

『この動画は無断転載です。         でも見ます』

 

 ……………………ん?

 まだ入場の時点だけど、なんだか俺が考えたような雰囲気ではない。

 

「どうも動画と一緒に、君がこうして試合をした理由も公表されていたらしくてですねぇ……先にテレビで良い印象を与えていたお陰もあるのでしょう。批判的なコメントもありますが、影虎君や我々、そして真田君はどちらかと言うと高評価なんですねぇこれが」

「批判はほとんど学校の対応とか管理体制の方に行ってるみたいです」

「なるほど……」

 

 俺も石見が訪ねてくるまでは、マスコミに言ってやろうかと考えたしなぁ……

 

『こいつらやべぇ』

『想像以上にガチな異種格闘技戦』

『隊長普通に強くね?』

『そりゃ相手は今年に入って怪我で欠場するまで無敗記録保持者だもの』

『真田選手は高校ボクシング界の麒麟児。互角に戦えるだけ強いだろ』

『どっちも一般的な高校生レベルじゃないよ。もう……』

『難しいこと考えずただの試合と思えば何回でも楽しめる(今5回目) By格闘オタ』

『参考になります』

 

「評判が悪くて部活がどうかなるよりはいいけど……」

 

『隊長がキレた!!』

『くるぞ!』

『wktk』

『啖呵キター!!!!』

 

 その部分は蒸し返さないでほしい!

 

「これはこれで結構、精神的にダメージ来るんですけど……」

「それは諦めるしかありませんねぇ……ヒヒッ。とにかくこういう事になっているようなので、帰国の際は気をつけましょう。何かまた新しい情報が入ればそのつど連絡します」

 

 先生の一言で締められ、この場は解散となった。

 帰国までに落ち着いてほしいと願いつつ、部屋へ戻る。

 

「待ってタイガー」

「ん?」

「このパソコン貸してあげるよ。今回のことで調べたいこととかあったら、持ってた方が便利でしょ? ちゃんと日本語に対応させたからすぐ使えるよ」

「いいのか? 助かる」

 

 帰り際にロイドがノートパソコンを借してくれた。

 おかげで部屋でネットを使えるようになった。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 ~自室~

 

 

「よし」

 

 借りたパソコンをネットにつないでみた。 

 

「とりあえずメールチェックでもするか」

 

 パソコンは荷物になるから持ってきていないし、携帯は海外で使えないタイプだったからしばらくチェックしていない。テレビの件も合わせると、結構たまってるかも……やっぱり。未読メールが山盛りだ。知り合いのほとんどからメールがきている。

 

「誰だこれ……ああ、中学の時の……」

 

 先生やクラスメイトならまだ分かるが、ろくに話したことも無い相手からもメールが来ていた。ちょっと紹介されて話の流れでアドレス交換した相手なんて、アナライズが無かったら絶対に思い出せなかった。

 

「まず分別するか……とりあえず高校入学以前と以降でいいや」

 

 ざっと分別して、先に数の多い高校入学以前に目を通す。

 その数なんと百件以上。これは先に雛形を作ったほうが楽だな……

 

 宛名や挨拶、事情説明などほぼ共通で済ませられる部分をまとめ、パソコンのメモ帳にコピー。その後、アナライズをフル活用して返信メールを作成。

 

 能力のお陰で一通の返信にかかる時間は短縮できている。

 しかし流石に100通もあれば相応の時間がかかり……

 

 メールを返し終わった時には、影時間が間近に迫っていた。

 

「疲れた~……」

 

 返信作業も疲れたが、メールを読んだら日本の状況が少し詳しく分かった。

 ロイドから聞いた内容でも相当盛り上がっているように感じたが、実際はさらに上。

 まず占いや雑誌に載ったことも知られている。

 そして“速水モーター”“はがくれ”“わかつ”“小豆あらい”“Be Blue V”と……

 俺がテレビで宣伝した店の客が増え、売り上げが上がってきているとの話だ。

 和田や新井もこの機に乗じて稼ごうと張り切る両親にこき使われているようだ。

 

 これもゴールデンタイムの特番での宣伝効果だと思うが……まだ話は終わらない。

 

 なんと送られてきたメールには番組でお世話になった目高プロデューサーからのお礼状まであった。なんでも視聴率がかなり高かったらしく、10月から1クール(10~12月の期間)“プロフェッショナルコーチング”と似た内容のバラエティ番組を放送しようという話まで出ているらしい。

 

 もっともそっちは芸能人が頑張るという内容のため、出演者や撮影スケジュールという点で現実的ではないそうだが……とにかくそれくらい番組が好評だったということ。

 

 そして俺の動画が流出していたサイトには、何人もの人気動画投稿者が存在する。その一人、珍しい場所や話題のスポットをいち早く訪ねる動画“○○へ行ってみた”シリーズで人気を博す“又旅(またたび)”という投稿者が俺の話題に目を付けたらしい……

 

「……これか」

 

 例の動画サイトで検索するとすぐ見つかった。

 

 “【ポロニアンモール】話題のアクセサリーショップに【行ってみた】”

 

 見てみると投稿者の挨拶と趣旨説明から始まり、店で撮影許可を取ってアクセサリーを見てから占いをして貰うという内容だった。モザイクがかかっているが、対応したのは岳羽さん。撮影許可は出たものの、占い師の俺はいない。そこはどうするのかと思えば、師匠としてオーナーが代わりに占っていた。

 

 今のところサイトにあるのはそれ一つだけど……今後他の店の動画も上げる事が予告されている。

 

「これは当分騒がれそうだ……」

 

 騒がれると言えば、今はもう一つ別な方向で理由があったな……

 

「こっちもか」

 

 あのビル火災自体が大きく取り上げられているため、そこに現れた“ブラッククラウン”、つまり俺の事も絶え間なく話題になっているようだ。流石にこちらはアメリカ限定……かと思ったら、ニュース映像も動画サイトに上げられている。

 

 ……日本ほどではないけど、コメントを見る限り特撮とかヒーロー物が好きな層が見ているようで、そこそこ視聴回数も伸びている。

 

 心が、心が休まらない……

 

 

「とりあえず報告だけしとこう……」

 

 先生の部屋を訪ねて用件だけ伝えた後は、気を紛らわせるため先日買った“銃器構造・徹底解明”を読んで寝ることにした……

 




ネット上で影虎の話題が盛り上がっている……
影虎は帰国後が心配になった……


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135話 謎の声

 翌日

 

 8月10日(月)

 

 ~フロント~

 

 死の宣告を受けてから四日目。

 一週間だとちょうど折り返し地点の今日、テキサスに来て二回目の会議が行われた。

 

「それじゃ明後日からは海って事で決定な」

「異議なし」

「テキサスの海ってどんなところですか?」

「有名なビーチがありまーす。それに兄たちの店でマリンスポーツやり放題でーす」

「あ、俺ウィリアムさんのジムに来ないかって誘われてるから途中抜けるかも。あとカイルさんからはボディビル大会の見学にも」

「私も夜ですが、オフ会がありますねぇ」

「ずっとそっちに行くわけでもないんだから、そのあたりは臨機応変でいいと思うわ」

 

 モーターショーが終わったら少し休んで海。

 そういう予定だったのをすっかり忘れていた。

 

「んじゃさっそく準備始めるわ。影虎、天田、お前らもちゃんと自分の荷物準備しとけよ」

「そうですね。じゃ僕、部屋に行きます。宿題もしないといけないし」

「ならお部屋まで一緒に行きましょうか」

「僕は友達の所に行ってきまーす。帰りは夜になるからね、マム」

「はいはい行っといで。夕食は用意しといていいんだね?」

「お願い!」

「私も出かけてくるよ。一人ピックアップして飛行場に降ろすだけだから昼には帰る」

 

 会議の参加者は続々と去り、フロントには俺と江戸川先生。アメリアさんが残る。

 

「今日はなんだか静かですね」

「皆仕事か遊びにいってるからね。今のうちにのんびりしておかないと……っ」

 

 アメリアさんが体を伸ばす。なんだか辛そうだ。

 

「大丈夫ですか?」

「心配ありがとね。ただ歳なだけだから平気よ。もう、すぐ肩とかこっちゃって」

「ではお揉みしましょうか?」

「あら、いいのかい? なら遠慮なく頼もうかねぇ」

 

 江戸川先生が肩をもみ始めた。

 

「あんた上手いね~」

「ヒヒヒ、こういう技能も仕事柄必要なのですよ」

 

 そうなのだろうか?

 

「ついでと言ってはなんだけど、江戸川さん。手軽で肩こりや便秘に効くものって何かないかい?」

「栄養に気をつけた食事と適度な運動ですねぇ。薬という手もありますが、体との相性もありますし……薬に頼り切ってしまうのも良くないので」

「やっぱりそうかねぇ……」

 

 アメリアさんはあまり運動がお好きではないようだ。

 ……気功か魔術で何とかならないだろうか?

 この前も気で消化を促進させることができるようになった。

 これについて先生に相談してみると……

 

「可能でしょう。気功には“内気功”と“外気功”という分類があり、内気功は普段君もやっている小周天。体内の気の循環を整えるものです。対して“外気功”は体の外からよい気を取り入れ、悪い気を排出する。あるいは気を他者に与えて怪我や病気の治療に用います。

 これはオーナーのヒーリングと近いですが、ちゃんとした効果を出そうと思うならば相手気の流れを把握し、適した流れにすべきですが……先ほど君は消化促進の魔術を使ったと言いましたね? ならばそれで便秘解消に効く気の流れ方をまず学ぶべきです」

「なるほど」

 

 というわけで即興で肩こりと便秘解消のルーン魔術を作ってみた。

 ……前と同じで気の流れが魔術により変化している。

 肩こりは使ってもあまり変わらなかった。これは循環が滞らなければいいのかもしれない。

 便秘解消は消化に似て、腹部の気が活性化している。

 よく観察しながら、ドッペルゲンガーで記憶しておく。

 これを人の体で起こすことができれば外気功はできるだろうけど……

 魔術が効きすぎた。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

「すみません突然」

「ヒッヒッヒ、ちゃんと効果があった印ですねぇ。君が魔術にも慣れてきたようで何よりです。ではアメリアさん、よろしいですか?」

「はいよ」

 

 アメリアさんが俺の近くの椅子に移った。

 これはさっそく試せと?

 

「良いですか?」

「この歳になると運動も辛くてね、治してもらえれば儲けものさ。それにタイガーはアンジェリーナを治療してくれたじゃないか。信じてるよ。それよりこのままでいいのかい?」

「……はい、とりあえずこのままで」

 

 椅子に座って、身を預けてくれるアメリアさん。その信頼には応えたい。

 

 覚悟を決めて、背中側へまわる。

 両肩に両手を置いて、まずはアメリアさんの気を把握……

 ………………これは…………アドバイス?

 アンジェリーナちゃんより体内を流れるエネルギーが弱く、感じとりにくい。

 それでも集中すれば少しは感じられる。

 さらにアドバイスも効いているようだ。

 最近は学習の補助としての用途がメインになっていたけど……

 今は本来の、シャドウの急所が分かる感覚に近い。

 以前と比べて気を把握する能力も上がっているのか?

 アドバイスの精度も上がっているような……気の流れが分かってきた。

 先生のマッサージのせいか、肩の流れはスムーズだ。

 なら腹部の気は………………複雑で分かりにくい。

 

「どうですか?」

「もっと集中しないと駄目ですね……」

 

 集中……そうだ、試してみよう。

 

「コンセントレイト」

 

 スキルを発動。

 コンセントレイトの意味は“集中する”。

 本来魔法の威力を高めるためのスキルだが、この高めた集中力を利用する。

 ……さっきより気の流れがクリアに分かる! これならいける!

 

 手から気を流し込み、アメリアさんの流れに合わせて全体へ巡らせる。

 

「気を流していますが、大丈夫ですか?」

「少し温かいか……悪い感じはしないね」

「では次に行きます」

 

 便秘解消のルーン魔術を発動。

 アメリアさんの気の変化を確認。問題なし。

 コンセントレイトが切れてきたのでもう一度発動。

 流し込んだ気で、腹部の気を先ほど学んだ流れに近づけていく……

 

「ん……タイガー」

 

 呼びかけで治療を止める。

 

「どうしました?」

「効いたみたいだから、ちょっと失礼するよ!」

 

 そう言い残して、足早に立ち去ってしまった……

 つまりそういうことなのだろうか?

 

「成功でしょうか?」

「おそらく……まぁ後で本人に確認すれば分かるかと。それよりも、どうでした?」

「まだ練習が必要ですね」

 

 効果は出たんじゃないかと思う。

 でもアドバイスとコンセントレイトの補助があってようやくだ。

 アメリアさんが協力的で動かず、俺が気の流れに集中しやすい状況だからできた。

 振り返ってみると、もっと鍛える必要を感じる。

 

 しかしこの技術に慣れていけば、もっと簡単に治療ができるようになるだろう。動きながら相手の気を感じられるようになれば、シャドウの急所もより鮮明に分かるかもしれない。この技術は日常でも戦闘でも活用できる可能性がありそうだ。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~厨房~

 

 治療で体力を使ったので休んでいたら、回復はしたが小腹が空いてしまった。

 

「あれ? タイガー?」

「ロイド、なんでここに?」

 

 アメリアさんと何かを話していたようだけど……

 

「グランマがお昼を作ろうとしてたんだけど、キッチンの電気が使えないから呼ばれたんだよ」

「電気が?」

 

 となるとレンジやトースターはもちろん、コンロやオーブンも使えない。

 見ればアメリアさんの足元には大きなクーラーボックスがある。

 動いていない冷蔵庫の代わりにしているようだ。

 

「直らないのか?」

「ダメ。お手上げだよ。パーツ交換すれば直るけど、手元にパーツがなくちゃね。町まで行けば置いてる電気屋を知ってるけど、車がないんだよね」

「そういえば今日は皆さん仕事だったな……なんなら親父に言ってひとっ走りさせようか? バイクなら運転できるし、パーツがかさばる物じゃなければ」

「あのバイクならジョナサンが乗って行ったよ」

「そうなんですか……だったら俺が行きましょうか?」

 

 最寄りの町までは車で十分くらいだったから、距離は問題ない。

 

「ん~……行ってくれると助かるけど、大変じゃないかい?」

 

 しかし直さないと昼食が作れない。

 それに昨日今日はずっとトレーニングだったから、気分転換にランニングもいい。

 

「そうかい? じゃあ、お願いしようかね」

「任せてください」

「それじゃタイガー、買って来るパーツと店の場所を教えるよ。こっちに来て」

 

 ロイドが操るパソコンで、ここから店への道を教えてもらう。

 

「町まではほとんど一直線なんだな」

「うん。今表示してるのが一番曲がり角の少ないルートだから分かりやすいと思う。特に治安の悪い地域を通るわけでもないし、道の名前だけメモしておけば……あれ、メモがない」

「なくても大丈夫だ。見たものを見たまま、聞いたことを聞いたまま記憶できる能力があるから。暗記科目とかも数分で終わるし」

「ホワッツ!? なにその能力! 超うらやましい!」

「この能力は自分でも便利だと思う」

 

 最初は山岸さんのと比べてガッカリ感の漂うスキルだったが、アナライズはもう手放せない。いつか覚えるスキルが限界を迎えて、どれか削除しなければならなくなったとしてもアナライズだけは消さないだろう。

 

「ならとりあえずこの地図を覚えて。まっすぐ行ってここで左ね。それで次の曲がり角だけど、このあたりが小学校。地図の道に沿って歩くとフェンスで囲まれた校庭が見える。ここ僕の母校なんだ。アンジェリーナも今頃遊んでるんじゃないかな?」

「へぇ……ここ結構大きそうだな?」

「このあたりでは普通だよ。そして学校を過ぎたところの曲がり角を右。あとはまっすぐ行くだけ。車の修理工場とか機械関係の店が集まってるからすぐ分かると思う」

「了解。それじゃ行ってくるよ」

 

 貰ったチョコチップクッキーを腹に入れ、俺はお使いに出た。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~町角~

 

「あっついな……」

 

 テキサスの強い日差しに加え、今日は風が無くて蒸し暑い。

 町についたばかりだが、見かけた自販機で水分補給をすることにした。

 

「……“ナース・シュガー&ソルト”これにするか。スポーツドリンクっぽいし」

 

 謎のジュースを買ってみる。

 ……!! スポーツドリンクなのに炭酸が含まれていた。

 少しこぼれてしまったけど、まぁいいか……

 

「うわ微妙」

 

 でも喉は潤った。あと一息頑張ろう。

 

 ここを左………………小学校はあそこだな。

 超えたところを右へ……

 記憶にある地図に従い、ほどほどのペースで走る。

 

 それにしても暑いから? それとも車社会だからか? 

 ここまで外を歩く人がほとんど見当たらなかった。

 学校の校庭にも誰もいなかったし。

 

『……h……』

 

 ? 変な声が何か聞こえたような……

 目的地が近いため、作業中の機械がうるさい。

 ……作業員の声か。 

 

『……hel……』

 

 ! ……また聞こえた。子供の声みたいだ。これは作業員じゃなさそう。

 ヘル……地獄? そもそもどこから聞こえるんだ?

 近くにそれらしき子供の姿はない。けど妙に気になる。

 

「……」

 

 道を外れてしまうが、声の元を探す。

 ……なんとなく、こっちな気がする。

 そこは工場と工場の隙間。路地とも言いにくい細い道だ。

 この先、周辺把握に子供の反応は見つからない。

 しかし妙な確信があった。

 

『……he……』

『……h……』

『……hel……』

『……』

 

 それを肯定するように、声が聞こえる頻度も増えていく。

 そして気づいた。声は近づいたり遠ざかったりしているが、俺には間違いなく聞こえる。

 けど、耳には届いていない(・・・・・・・・・)

 

「コイツ、直接脳内に! ……ってマジでやる奴がいるのか」 

 

 この声の主、ぜったいに普通の人じゃない。

 幽霊か何か知らないが、だんだん声に感情が乗ってきた。

 焦り、不安、恐怖、とにかく緊急性が高そうだ。

 なら言いたいことは……

 

『……help……!』

「やっぱりか!」

 

 はっきりと聞こえた声は、誰かからの救難要請だった。




影虎は気功により他人の治療ができるようになった!
影虎は救援要請を聞きつけた!
影虎には二つの選択肢がある……


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136話 逃走者

 ~アンジェリーナ視点~

 

「ハッ! ハッ……」

「頑張って!」

「こっちか!?」

「急げ!」

「「ッ!」」

 

 怖い男の人たちの声が聞こえた。

 どんどん近づいてきている。

 

「もうちょっと頑張ろうっ」

「うん……」

「今度はどっちに行ったらいい?」

「……右っ」

 

 何度目かわからない曲がり角。

 一番“煙”の薄い右を選んだ。

 少しでも安全な道を選んでるはずなのに……

 “煙”が、自分とホリーを包んで消えてくれない……

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 数十分前

 

 私たちは学校にいた。

 学校の施設が生徒に開放される日だから。

 高校生のボランティアと先生が見守っている中で、生徒は自由に遊んでいい日。

 私はあまり興味が無いけれど……皆、私にお友達を作って欲しいみたい。

 だから参加している。

 

 けど……

 

「ねぇねぇアンジェリーナ! 見てよこの本!」

「ラブレターの書き方……書くの?」

「えへへー」

 

 クラスメイトのホリー。

 いつも元気なクラスの人気者。

 一人でいる私を見ると、よく声をかけてくる。

 

 私が普段から話すのは、ほとんど彼女だけ。

 ……喋るのもほとんどホリー。

 私は話を聞いているだけかもしれない。

 

「でね? 思い切って書いてみようと思うんだ! 先生に!」

「っ!」

「? どうしたの?」

「……なんでもない」

 

 ホリーは前から担任の先生が好きだと言っていた。

 最近失敗が多いとか、体調が悪そうだからお菓子を作ってあげたいとか。

 そういう話を良く聞かされている。

 今度はその先生にラブレターを書きたいみたい。

 

 でも……私は今朝、先生から出る“煙”を見た。

 先生は優しくて、良い人。

 だけど体調が悪そうだった。

 煙の量を考えると、先生はきっと……

 

 だからやめた方が良いと思う。

 だけどホリーの顔を見ていたら、伝えられなかった。

 そのままホリーはラブレターを書き始めて、渡しに行くから付いてきて欲しいと言われる。

 

 ……行きたくない。けど何度もお願いされて付いていくことに。

 

 仕方なく先生を探してみたら、先生は人目のない校舎裏で二人の警察官と話していた。

 伯父さんもやってる“職務質問”を受けているのかと思ったけれど……警察官は二人とも、濃い煙を出している。

 

「金は用意した。早く貰えないか」

「わかってるよ。おい」

「ほら、今週の分だ」

 

 警察官が渡したのは、白い粉の詰まった袋。たぶん麻薬。

 リアン伯父さんがそういう人たちがこの辺にいると言っていた。

 だから、すぐにそこから離れようとした。

 

 でも……

 

「先生ー!」

 

 ホリーは気づかなかった。

 いつものように、元気に声をかけてしまった。

 三人が私たちに気づいて慌てている。

 そして私たちの体から“煙”が出てきた。

 だから逃げた。無理やりホリーの手を引いて。

 

「わっ!? ちょ、ちょっとアンジェリーナ!?」

「走って!」

「逃げ……」

「追えっ!」

「逃がすな!」

「は、はいっ?!」

「えっ!? なんなの!?」

「いいから逃げる!」

 

 追ってくる声が怖くて、ホリーも自分で走ってくれるようになる。

 私たちは破れた金網や細すぎる隙間……大人には通れない道を使って逃げ回った。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 まだしつこく追ってくる……!!

 

「こっち!」

「っ! いたぞ!!」

 

 横道へ飛び込むところを見られてしまった。

 

「急いで!」

「うんっ!」

 

 必死に、少しでも遠くへ逃げるために走る。

 けど……! 

 

 どっちを見ても“煙”だらけ。

 逃げてもどんどん煙が濃くなってきてる……!

 

「嘘……」

「行き止まり!? 別の道に」

「どこへ行く気かな……?」

「「!?」」

 

 振り向いたら、警官がいた。

 二人そろって拳銃を私たちに向けてる。

 

「まったく……よくここまで逃げてこられたな」

「おかげでずいぶん走らされた。ったく」

「……」

「アンジェリーナ……」

「おっと、動くなよ?」

「こんな事はしたくないが……逃げるなら撃つ」

 

 ……ここは十字路の真ん中。

 前は二人、後ろの道は行き止まり。

 右か左は空いているけど……どっちも煙が濃すぎる。

 

 ……もう逃げられない。

 そう考えたら足から力が抜けた。

 怖い……

 

 

「!?」

 

 ホリーに手を引かれた。

 諦めてないのが伝わる。

 でも……

 

「そっちはまだ逃げるつもりか。……諦めてくれ。この時間、この辺は人通りが極めて少ない。誰も助けにはこない。助けを求めようと、我々は警察官。“学校を抜け出した子供二人”を、“先生の依頼で探している”んだ。大人はすぐに君たちを引き渡してくれるさ。……さっきもそうだっただろう?」

 

 そう……一度工場に駆け込んだけど、引き渡されそうになった。

 この二人が悪者だと言っても、学校に戻りたくないから嘘をついていると思われた。

 全部、この人たちが警察官だから。

 

 なんで?

 どうしてこんな人たちが警察官なの?

 

「……言いたい事はなんとなく分かるが……こうする他にないんだ。おとなしく捕まればまだ生きられる可能性はある。だから捕まってくれ」

「アンジェリーナっ」

 

 片方が私たちを説得しようとしている。

 でもホリーは聞いてない。

 それを見たもう一人の煙が濃くなった。

 

「……もういい。殺すぞ」

「待て!」

「黙ってろ!」

 

 黒い煙がどんどん濃くなる。

 

「話してるうちに人が来たらどうする。ただでさえさっきから妙についてないんだ。もしこいつらを逃がしたらそれこそ事だぞ。俺たちはこいつらを追っていたら銃声を聞いて、駆けつけたら死んでいた。それだけだ!」

「待」

 

 相手よりも自分に言い聞かせるように。

 一気に言い切った勢いのまま銃口が私に向く。

 一瞬のはずなのに、動きがすごくゆっくり見えた。

 

「!」

 

 体を吹き飛ばす強い衝撃と大きな音。

 目の前がまっくらになった……

 でも……思ったより痛くない……

 温かい風も感じる。

 撃たれるって、こういう感じなのかな……

 それともおまじないをしたから……?

 

 ……

 

「アンジェリーナ!」

 

 ホリーの声……

 

「どうして……?」

 

 体は痛くない。でも右に左に体が振り回される。

 横を向くと動いている景色が見えた。

 暗かったのはとても濃い煙のせいだ。

 でも、私の体から出た煙じゃない……

 そして気づいた。自分が煙に包まれた“誰か”に抱えられていることに。

 

「まさかの知り合い……無事か? アンジェリーナ」

 

 この煙……濃すぎる煙にこの声……

 

「……もしかして……タイガー……?」

「見分けられるんじゃないのか? 何にしても少し我慢してくれ! このまま逃げる!」

「待てぇッ!!」

「チッ!」

 

 どこまでも黒く、私たちの危険まで吸い取ったような黒い煙に包まれて……

 ほとんど声しか知らない男の人が助けに来てくれた……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~三人称視点~

 

「ただいまー!」

 

 帰宅したエレナの声がリビングに響いた。

 

「あら、お疲れ様エレナちゃん」

「外は暑かったろ。水飲むか?」

「おかえりなさい」

「ヒヒヒ……お帰りなさい」

「姉ちゃんお帰りー」

 

 リビングにいたロイドと、影虎を除く日本人組がそれぞれエレナを迎える。

 

「皆して何やってるの?」

「タイガーの動画を見てたんだよ」

「ネットで騒がれていたのですが……ヒヒッ、どうにも熱が冷めないようでしてねぇ」

「なんだか派手なことになってるぜ。ほれ」

「どれ? ……何この再生回数。二十万回超えてるじゃない」

「ここまでくるとちょっと怖いわね」

「それにこっちの記事。ドーピング疑惑が出てきてます。“ドーピング検査は規定に従って正しく行われた”“ならドーピング検査で検出されない新種のドーピング薬を使用したのではないか?”って、なんなんですかこれ。言いがかりじゃないですか」

「もはや怪文書に近い書き込みですねぇ……アンチ的な方が増えているのか……」

「確認したら会社にも問い合わせが増えてるらしいぜ。バイクの注文も増えてウハウハらしいけどな。……ま、何とかなるだろ。俺の若い頃もアンチって奴らは大勢いたしな」

「龍斗さんが考えているのとはちょっと違うんじゃないかしら……でも虎ちゃんが帰ってきたらお話しないと」

「? タイガー、出かけてるんですか?」

「キッチンの電気が使えなくなってね。修理パーツを買いに行ってくれてるんだよ」

「へー。……大丈夫かしら?」

 

 そんな話をしている最中、リビングの扉が開かれる。

 

「ただいまー」

「ジョナサン叔父さん。帰ってきたの?」

「帰ってきたよー。エレナも今帰ってきたの?」

「どうしたジョナサン。帰りは夜になるんじゃなかったのか?」

「それが友人にドタキャンされましたー。仕方が無いから帰ってきました。ランチある?」

「アメリアさんがいまサンドイッチ作ってますよ」

「Sandwich?」

「キッチンが壊れたのよ。早く帰るなら連絡ぐらいしなさいな」

「オゥ、ソーリィ」

「テーブルを空けて頂戴。はい、ピーナッツバターとジャムのサンドイッチ。こんなものしかなくて悪いね」

 

 大皿いっぱいのサンドイッチを両手に抱えたアメリアがリビングに顔を出した。

 ここでさらに人が増える。

 

「帰ったぞ」

「お帰りなさい。ジョージとカレンも一緒だったの?」

「駐車場でたまたま一緒になってな」

「そう。悪いけど今日のお昼はこれよ」

 

 遅れてやってきたボンズたちも席に着き、食事と雑談をしていた所へもう一人。

 

「タイガーも大変だな。日本で」

「ただいま……」

「なんだ、エイミーまで帰ってきたのか?」

「珍しいわね。こんな早くに、何かあったの?」

「今日は休暇を申請してきただけ。丁度受け持ってたプロジェクトが一段落したところだったから。それよりお母さん、ランチは残ってる?」

「そのお皿にあるだけよ」

「それにしてもずいぶんと急だな?」

「興味深い研究対象を見つけたから。昨日決めた」

「昨日ってお前……アレか」

「アレよ。お父さん」

 

 ボンズは明言を避けたが事情を知る人間は全員、アレがドッペルゲンガーを指している事に気づき、それぞれ言いたい言葉を飲み込んだ。

 

 天田、雪美、龍斗、ジョナサン。

 事情を知らない人間がこの場にいたためだ。

 

「そ、それにしても……ほとんど皆集まったわね」

「確かに。カイル伯父さんとウィリアム伯父さんは帰ったし、リアン伯父さんとタイガーにアンジェリーナが帰ってくれば平日いる人は全員そろうね」

「急にどうした?」

「何か変じゃない? 皆」

「なんでもないよ。龍斗、ジョナサン叔父さん」

「そうそう、ただそう思っただけで。あ、電話鳴ってない?」

「え? 本当、ちょっと失礼しますね。……はい、安藤です。……カレン・安藤は私ですが……警察?」

 

 “警察”

 その単語で室内は静寂に包まれた。

 

「……はい、落ち着いて。何でしょうか……ええっ!? そんな! アンジェリーナが!? 嘘でしょう……」

 

 誰もが不穏な空気を感じ始め、カレンが応対する声を傾聴する。その顔色は青く、目に見えて動揺している。祈るように電話を握り、確認を取る姿は痛ましく、ジョージが駆け寄ろうとするのをボンズが押し留めた。

 

「……はい。分かりました……お待ちしています。どうか、どうか娘をよろしくお願いします」

「何があった!?」

 

 電話を置いた直後に体を支え、問いかけるジョージ。

 カレンは体を預けて、軽く放心したように口を開いた。

 

「アンジェリーナが……誘拐された、ですって……」

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 緊迫した空気が漂うリビングでは、茶器だけが唯一の音源となっていた。

 

「落ち着いたか?」

 

 ボンズの呼びかけにカレンが頷く。

 

「アンジェリーナは学校にいる時間なんだけど……お友達と一緒に抜け出そうとしたらしいの。そこを先生に見つかって、ちょうどパトロール中のお巡りさんが追いかけたらしいわ。でもその先で……」

「警察は犯人を見失ったのか?」

「二人を追いかけるためにパトカーから離れていて、すぐに追えなかったって。でも犯人は最近有名だから、すぐ見つかるだろうと言っていたわ」

「有名?」

「カレン、誘拐犯が有名ってどういうこと?」

「それが……アンジェリーナを誘拐したのは、あの“ブラッククラウン”らしいの」

 

 その言葉に、真っ先に反応を示したのはエレナだった。

 

「ブラッククラウン!? それどういうこと!?」

「言葉通りよ。警察の人が確認したそうよ」

「そんな、何かの間違いじゃないの?」

「そうだよママ! ブラッククラウンは子供を助けた、どっちかと言うとヒーローじゃないか。格好を真似ただけとか」

「……中身も同一人物だと思うわ」

「なぜですか?」

 

 江戸川が問うと、カレンは首を振った。

 

「誘拐後の逃げ方が異常なの。犯人はアンジェリーナとお友達の二人を、両脇に抱えて(・・・・・・)走り去った(・・・・・)そうよ。車なみの速度でね。ふざけてるのかと思うくらい、人間業じゃないわ。そんな事できる人が何人もいるなんて思えない」

「違う……絶対に違うわよ! あいつがそんな事するはずないわ!」

「エレナ? あんたさっきからどうしたんだい?」

「以前子供を助けたのは認めるけど、どうしてそこまで言い切れるの?」

「それは……」

「……エレナ。お前、何か知っているな?」

 

 アメリアとエイミーの問いかけに口を噤んだエレナ。

 この逡巡はボンズに“何らかの情報を持っている”と確信させるに十分だった。

 エレナがその一身に受ける視線は強まっていく。

 白状するか否か。

 

「……こうなっては仕方ありませんね……」

 

 重苦しい沈黙の中で懊悩する彼女を見て、口を開いたのは江戸川。

 

「エドガワ?」

「江戸川先生?」

「エレナさん。話しましょう」

「エドガワッ!?」

「私にも状況はよくわかりません。しかしそんな話になっているならば情報を共有して誤解を解くこと、今後の対処を考える事。それが彼のためだと私は考えます」

「……Mr.江戸川、貴方も何か知っていたのか」

「答えはYesです。もっとも私たちだけでなく、彼のことはここにいる全員が知っていますが……もちろんテレビで放送されたという意味ではなくね」

「どういうことですか? 娘が攫われたんです! 何か知っているなら教えてください!」

「落ち着いてよママ! きっと無事よ! だって……」

 

 一度江戸川へ視線を送り、エレナは言う。

 

「……“ブラッククラウン”の中身って……タイガーだから」

 

 一瞬の沈黙。

 

 発言の意味が理解できないように黙り込む人々の中で真っ先に立ち直ったのは、口を挟むことなく聞きに徹していた龍斗だった。

 

「ちょっと待て。どうしてうちの息子の名前が出てくるんだ?」

「だから! “ブラッククラウン”はタイガーなのよ!」

「先輩がブラッククラウン? 僕の聞き間違えかな……」

「いいえ。君は発言を正しく理解していますよ」

「そんな! いくら先輩でもあんなビルに登って人を助けるなんて」

「できるのです」

 

 天田の言葉が終わる前に江戸川は断言した。

 

「……天田君とご両親。それからジョナサンさんにはこれまで秘密でしたが、彼は少々特別な事ができるのです」

「江戸川先生。……いえ、他の方々も何かはご存知だったんですね?」

「アンジェリーナも他人とは違うことができる。それがタイガーと江戸川に露見した。それが、きっかけだった」

 

 他よりやや冷静な雪美の質問にはジョージが答え、再び沈黙が流れる。

 

「……先生! 先輩は何をやろうとしてるんですか? 何であの子を?」

「さて……アンジェリーナちゃんを攫った理由は私にも分かりませんね。そもそも彼が誘拐なんて企てるとも思いませんが……」

「……当たり前だ。あいつはそんな事する奴じゃねぇ」

 

 険しい顔で呟かれた龍斗の声はよく通った。

 

「ったくあの野郎……で? これから俺らはどうするよ」

「……問い詰められることを覚悟していましたが」

「何隠してんのか知らねぇが、聞くならあいつの口から聞きてぇ。……それだけだ」

「そうですか……ではこれからの行動を考えましょう」

「そうは言っても、情報が無いと動き様がないわ。連絡手段は無いの?」

「アンジェリーナは携帯持ってないのよ」

「虎ちゃんも持っていないわ」

「海外用の携帯を用意しとくべきだったな……」

「リアンさんはどうですか!? 警察官だし」

「もう捜査に参加してるって言ってたわ。捜査の邪魔になるから、連絡は警官の到着を待ってほしいそうよ」

 

 進展の無いまま、時間だけが過ぎていく……




影虎は救援要請に応えた!
アンジェリーナと合流した!
影虎は誘拐犯になった……
ブラッククラウンの正体が家族にも知れ渡った……


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137話 襲来

「警察の方かしら……」

 

 部屋に備え付けられた機械式のドアベルが、表からの来客を知らせた。

 

 カレンだけでなく部屋にいた全員が表へ出るべく立ち上がる。

 

 だが、建物に入った人間は迎えを待たずに彼らのいるリビングへと飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ママ!!」

『アンジェリーナ!?』

 

 攫われたはずの娘が目の前にいる。

 家族の動きは速かった。

 母親は飛びついて娘を抱きしめ、父は体の無事を確認する。

 姉と兄は両親の体に阻まれ、妹に抱きつけず横から覗き込む。

 他はそんな一家をさらに囲んで口々に無事でよかったと呟く。

 誰もが目に涙を浮かべながらアンジェリーナの無事を喜ぶ中、遅れてさらに二人。

 

「影虎ぁ!」

「っ!?」

「あっ、何してんだいきなりっ!」

 

 目視した瞬間影虎へ詰め寄る龍斗。

 その顔と勢いに共にいた少女が驚いたのを見て、影虎は父親を遠ざけようとする。

 だが龍斗は影虎の胸倉を掴んで離さない。

 

「何だぁ? ふざけてんじゃねぇよこの馬鹿野郎!!! お前がその子ら誘拐したって大騒ぎだったんだぞこっちは!」

「な、誘拐!? いつだ!? 誰から聞いた!?」

 

 影虎まで龍斗の胸倉を掴んで問う。

 

「質問してんのはこっちだ! 何でこんな事しやがったか言ってみろ!」

「今はそれどころじゃない! いつ誰から聞いたのか教えろ!!」

「落ち着いてください影虎君!」

「リューもストップ!! ストップ!!」

「二人ともやめなさい! この子が怖がってるじゃないの!」

「「っ……」」

 

 取っ組み合いを止めようとした江戸川とジョナサンだったが、効果があったのは雪美の一言。そしてその後ろで天田に保護された少女の怯えた姿だった。

 

 ばつが悪そうに、どちらからともなく手を離して離れる二人。

 

 そこへボンズが間に入る。

 

「お互いに言いたい事はあるだろうが……タイガー、まずは説明してくれ。何があった?」

「時間がなさそうだから簡潔に言います。アンジェリーナとその子、ホリーが麻薬取引の現場を目撃したそうです。俺は買い物の途中で追いつめられた二人を見かけて、連れて逃げました」

「ホワッツ!? アンジェリーナ、本当なの?」

「うん……」

「こちらは“ブラッククラウン”が警官の目の前で子供を誘拐したとしか聞いていない」

「その情報、警察から?」

「そうだ」

 

 肯定に思わず舌打ちをする影虎。

 

「二人を追っていた麻薬の売人が、警察官だったんです」

 

 様々な能力を手に入れている影虎だが、敵と味方を一目で見抜くような力は持たない。さらに相手にはブラッククラウンの姿を見せていたため、警察署へ駆け込むことはせず、この家へ帰ってきたと話す。

 

 正義と平和を守るべき警察官が麻薬の密売に手を染めていた事実。

 それを聞いた者は絶句してアンジェリーナへ確認の目を向ける。

 

「間違いない……売ってたのはお巡りさん……買ってたのは、担任の先生……校舎裏で……柵越しに……」

「Oh……」

「F○○○!!」

 

 泣きながら本当だと訴えるアンジェリーナの横から口々に、罵声が飛び出す。

 

「ポリスマンって警察ですよね? 警察が敵なんですか? じゃあさっきの電話は?」

「分からん。流石に警察官全員が関与してるってことは無いだろうけど……どこかで俺の動向がバレた? 家に連絡して来たんだよな? なら住所は調べる手段があるのか。…にしてもブラッククラウンとこの家を直接繋げるような物は残してないはず」

「理由はともかく、探ったのはアンジェリーナさんの方からでしょう。その警官の取引相手は学校の先生なんですね?」

「そう……」

「教員なら生徒名簿が閲覧できると思いますよ。協力すれば連絡先はすぐ分かりますねぇ」

「そういえば……!」

 

 江戸川の発言に続くように、エイミーが携帯電話を取り出した。

 

「やっぱり……さっきの連絡、密売犯の可能性が高いと思うわ。根拠はこれよ」

「携帯電話?」

「そう。私の携帯。連絡が来る前も後も、電源は入ってるのに一度も鳴ってないの。“アンバーアラート”もね」

「あっ!?」

「そうか!」

「確かに」

 

 この場にいる中で、アメリカ人だけがその言葉の意味を理解した。

 

 “アンバーアラート”

 それは未成年者の誘拐や行方不明事件が発生した際に、事件の迅速な解決を目的として事件発生や犯人と被害者の特徴を公共のメディアや携帯電話を通じ、地域住民へ通達するシステムの事。

 

「アンバーアラートは発令されるまでに4つのガイドライン。条件があるわ。

 1.警察などの法執行機関が誘拐発生の事実を確認しなければならない。

 2.誘拐された児童が身体や生命の危険にさらされている事が明らかでなければならない。

 3.誘拐された児童および誘拐犯に関する明確な情報がなければならない。

 4.誘拐された児童は17歳以下でなければならない。

 誘拐された時点で身体や生命の危機にさらされているからまず2番はクリア。この二人は小学生だから4番の条件もクリアしているわね。

 残る条件は1と3。でも今回は誘拐犯が“ブラッククラウン”で被害者がこの二人。服装などの特徴はもちろん、学校まで分かっている。そして誘拐現場を目撃したのが警察官ならすぐに所轄署へ報告が行くはずよ。誘拐発生の事実を確認したも同然。

 条件はすべて満たしているから、目撃したのが職務に忠実な警察官なら(・・・・・・・・・・・)もうアンバーアラートが発令されていなければおかしいわ」

 

 説明をしながらエイミーは携帯を操作する。

 

「もしもし、リアン兄さん? 今誰かといる? ……ドーナツ? 一人で食事中なのね? 捜査は? 休憩中……やっぱり連絡入ってないのね。××××……」

 

 小声の非常に口汚い暴言に続き、彼女は彼に事情の説明を始めた。

 その姿を見たカレンは肩を落とす。

 

「私……緊急時の連絡先、二番目にリアン兄さんの職業と連絡先を書いて学校に提出していたわ……」

 

 自分と夫、祖父母の仕事は客の要望次第で遠出をする可能性がある。エレナは当時まだ免許を持たず、カイルとウィリアムは当時から平日は他所の街で生活していた。エイミーは仕事が忙しく生活も不規則。よって活動範囲の決まった警察官のリアンが、緊急時の連絡相手に一番の適任者だった。

 

「……連絡したわ。信頼できる部下を連れてくるそうよ。でも私たちはすぐにここを離れろって」

「だろうな。先にここへ着くのは犯人かもしれん。皆、何があるか分からん。敵が来る前に場所を移そう」

 

 この家は最寄りの街から十分前後車で走った場所にある。

 都会の喧騒から離れられる穏やかな自然に包まれているが、その分他の人目も無い。

 話を聞いた以上、見知らぬ者を警察官だからと招き入れるのは論外。

 しかし拒絶などして相手に不信感を与えれば、相手はなりふり構わない可能性が高い。

 ボンズはアンジェリーナの語った警官の様子からそう踏んでいる。

 結論として安易な篭城は危険。

 先に全員そろって行方をくらませる方が安全と判断した。

 

 本人は既に、リビングの一角に当たり前のように設置されていたガンロッカー(銃火器保管庫)から、ホームディフェンス用の銃や弾丸を取り出しにかかっている。

 

「皆これ着な! 子供用も予備もあるから全員だよ!」

 

 アメリアは別の棚から取り出した防弾チョッキをあわただしく配り始めた。

 ジョージはロイドに声をかけ、ソファーやテーブルでバリケードを張ろうとしている。

「対応早っ。準備もいいな……」

「銃社会ですからねぇ。それに家長の職業柄もあるのでは? とにかく今は着ましょうか」

「何がどうなってるんですか……」

「影虎……今は聞かねぇが、落ち着いたら話してもらうからな。前は見逃したが今回は無理だ。覚悟しとけよ。天田もさっさと着ろ! 俺も訳がわからねぇが、今は動かないとやばそうだ」

「お話は後でたっぷりね」

 

 防弾ベストを一つ投げ渡して天田の方へ向かう龍斗たちと入れ代わるように、エレナが近づく。

 

「タイガー、ごめん。実は……」

「大体状況は察してる。俺がアンジェリーナの誘拐犯にされて、話さざるを得なかったんだろ? 大事な家族の事だ。仕方ないさ」

「それにエレナさんの責任ではありません。最初に話そうと言ったのは私ですからねぇ」

「江戸川先生、一つだけ聞かせてください。どこまで話しました?」

「ブラッククラウンの正体だけで、あとはほとんど何も。君のお父上は君自身の口から語られる事を望んでいるようです。……まぁ後で無理やりに聞きだすつもりかもしれませんが」

「なんにせよ、今はどうこう言ってる場合じゃないからッ!」

 

 逃げる用意を整え始めた矢先。

 影虎は表に止まる車を感知した。




影虎、アンジェリーナ、ホリーは無事に家までたどり着いた!
警察の連絡は嘘だった!
龍斗は空気を読んだ!
影虎への詰問が先送りにされた!
何者かが近づいてきている……


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138話 選択

「来たっ!」

「逃げて!」

 

 俺とアンジェリーナの声が重なった。

 瞬時に室内の緊張感が増す。

 

「犯人か?」

「ここ、危ない……」

「表にパトカー一台、警察官二人。待った……敷地の外にさらに一台。車種はバンで、乗っているのは五人」

「そこまで分かるのか。装備は何か分かるか?」

「……全員種類の違うハンドガンを所持。二人だけ……おそらくサブマシンガンを持ってます。防具もバラバラ。共通しているのは防弾ベストみたいな厚めの上着ぐらいですね。中にはキャップを被った奴までいます」

「統一されていない装備、明らかに“警察組織以外の武装集団”だな。ギャングか何か分からんが、とにかく逃げよう。戦えない者を中心に。ジョージ、先導しろ。タイガーは私と殿を頼む」

 

 親父たちは俺とアンジェリーナちゃんの能力について説明を受けていないが、質問をする暇が無いことは分かっているみたいだ。

 

 先導するジョージさんに続き、静かに移動を始めたが……

 

『!!』

 

 チャイムの数十秒後に銃声。

 

「表のドアが破られた。まだバリケードはあるし距離もある、急ごう!」

「落ち着いて進むんだ!」

「待って、そっちもダメ!」

 

 ジョージさんの声に、アンジェリーナから待ったがかかる。

 意識を向けて気づく。

 廊下を左に曲がり、突きあたりで右。

 目的の裏口のそばまで敵が迫っていた。

 

「八人! 裏口から進入しようとしてる!」

「何だと!?」

「何人いるのよ!?」

「敵と危険が少ないのはどっちだ!」

 

 敵影がない道は右。アンジェリーナも同じ判断をしている。

 

「なら行くぞ!」

 

 進行方向が右へ変わった。この先は庭に繋がっている。

 だが道を変えた直後に裏の扉が破られた。

 

「一人も逃がすなよ!」

「逃げられるくらいなら殺せ!!」

「物騒な奴らだ……後ろからまず二人来ます」

「急げっ」

 

 全員庭へ出たところで、敵のうち二人が俺たちのいた廊下へ。

 一人がまず踏み込んだ所で、ボンズさんがショットガンの引き金を躊躇なく引く。

 

「!?」

 

 男が短い悲鳴と共に倒れる。

 代わりにもう一人が廊下へ躍り出た。

 

「! 見つけたぞぉ!!」

「“土の壁”」

「なぁ!?」

 

 扉の横に身を隠し、魔術を発動。

 即座に盛り上がる土の山で入り口を塞ぐ。

 

「何よこれ!?」

「どうなってんだ!?」

 

 あっ、こっちまで驚かせてしまった……

 

「追ってこないように塞ぎました!」

「う、うむ。話は後だ!」

「邪魔だぁ!! 消えろよぉ!? 殺さなきゃ薬が貰えないじゃないかぁ!!!」

 

 ……サブマシンガンの銃声に混じって、とんでもない言葉が聞こえた。

 薬がもらえない。薬とは、まず間違いなく麻薬の事だろう。

 今の男は薬のためにこんなことをしてるのか? まさか他の奴も?

 

「ボンズさん」

「非常に危険な相手だ、気をつけろ」

「はい」

「……ずいぶんと落ち着いているな?」

「自分でも少し驚いてます。ビルを登るより、人命救助より、こういう状況の方がよっぽど冷静でいられるみたいで」

 

 タルタロスや地下闘技場に近い感覚だ。

 前々からそれとなく自覚はあったが……

 すっかり非日常に毒されていた事を改めて実感する。

 

「冷静に判断ができるなら良し。その状態を維持しろ。今の壁はまだ作れるか?」

「あと五回か六回は問題なく」

「そうか、その状態をできる限り維持しなさい。それから敵に対する容赦は無用。この場を乗り切る事だけを考えて動くんだ。何があろうと後のことは私が何とかしよう。力の使い時は任せる。悪いが頼りにさせてもらうぞ」

 

 極力無駄を省いた言葉に、複雑な感情と確かな信頼を感じた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「まいったな……」

「まさかこれほど集まっているとは」

「これじゃ逃げられないよ」

 

 “掘削”と“土の壁”の魔術により、庭の壁を破って敷地外への逃走に成功。

 しかしその先が問題だった。

 

 林の中に広げたドッペルゲンガーで身を隠しながら、ロイドの操る携帯に皆が注目している。そこには監視カメラの映像をリアルタイムで見られるアプリが起動され、画面には駐車場の様子が映し出されている。

 

 先ほどチラリと見えた画面には、武装集団とジョーンズ家の物でない車やバイクが集まっていた。

 

「ざっと二十人か。この短時間でこの数……それに麻薬……“DOUC”か?」

「ボンズさん……それは?」

「麻薬と銃器の密輸組織だ。麻薬を使った顧客を取り込み、徹底した恐怖政治で統制してるらしい。まず麻薬をばら撒いて顧客から金を毟り取り、金が払えなくなると薬を対価に仕事をさせる……と言う具合にな。

 麻薬で理性を奪われ、犯罪への忌避感を薄れさせてしまった人間は……麻薬を得るために更なる犯罪に手を出し易くなってしまう。そして誘いに乗ればもう逃げることはできない。だから“Dead() or() Under Control(支配下)”。警察内部ではそう呼んでいると聞いたことがある」

「それにしてもこんなに早く人が集まるものですか?」

「近場の手駒に声をかけるだけなら電話一本あれば事足りるだろう。数は麻薬を欲する各自が自前の武器を手に、自前の車で集まってくれば……そうでなくとも敵がいるのは事実だ。事実は事実として受け入れるしかない。

 指揮官がここまで早く強硬手段に出た理由は分からんが、功を焦っているのかもしれん。連中は裏切りを許さず、人殺しに抵抗も無く、ミス一つでもペナルティを科される。そういう組織だそうだ。おまけに平気で部下を切り捨てるという話だ」

「何もせずに終わるなら、いっそ下策だとしても……ってことですか」

「さあな……全てを説明できるのは奴らの指揮官だけだろう。しかしまったくもって厄介だ。装備とふるまいから素人だとは思うが、全員が銃を所持。こちらはタイガーを含めても三人……戦うのはどう考えても危険。だが逃げ道は完全に塞がれている。車も無い」

「逃げるには車が必須よね」

「すまないね……」

 

 駐車場の車と整備された道は完全に抑えられていた。

 他はあまり人の手が入っていない藪ばかりの山林。

 強行すれば音がたつ上、木々が折れて痕跡が残る。

 追跡された場合も悪路で逃げにくい。

 特に天田たちや江戸川先生、アメリアさんは普通に移動するだけでも辛いだろう。

 そうなると全体の移動速度にも関わる。

 

「チッ! 銃さえなきゃ俺一人でも全員片付けてやれるってのに」

「……ねぇ、このままリアン兄さんが来るまで隠れていられないの?」

「追手が来なければそれでいい。しかし指揮官が数名連絡を取り合っているようだ。じきに捜索範囲広がると考えるべきだ。ここで隠れていればやり過ごせるというのは楽観が過ぎる」

これ(・・)があっても? 光学迷彩と防音効果があるんでしょう?」

 

 エイミーさんがドッペルゲンガーに触れて言うが、それは危険だ。

 確かに今は表面を保護色で景色に同化させているが、敵が接触すればまず何かあることは分かる。表面をナイフのように硬くすれば多少の攻撃には耐えられると思うが、銃弾を何十発も打ち込まれればおそらく耐えきれない。

 

 自分で出し入れするならともかく、攻撃による破損はエネルギーを失うのと同じ。ダメージで維持ができなくなれば、そのまま全員ハチの巣にされてしまうだろう。

 

 それならドッペルゲンガーで全員を覆ったまま移動した方がまだいい。ただしドッペルゲンガーの中は真っ暗。暗視能力を持つ俺以外は、携帯の光に照らされるロイド達の顔しか見えていない状態だ。さらに風呂敷に包まれたような密集状態なので歩みは遅く、疲れやすくなることが予想される。

 

 このまま逃げ隠れを続けるのは難しい。

 誰かに見つかったが最後、敵が大挙して押し寄せるだろう。

 

「もしもの時は……タイガー、皆を連れてここから逃げてくれ」

 

 皆を連れて。その意味は表情を見れば明白だった。

 

「ボンズさん、囮になる気ですか?」

『!?』

「……偵察要員はおそらく連絡手段を持っているはず。そうでなくても銃声を聞きつければ、奴らは必ず人手を割く。どれほど減るかは賭けになるが、薬欲しさに集まっているなら我先にと駆けつける者がいてもおかしくない。その隙になんとか逃げるんだ。できそうなら車を奪いなさい」

「グランパを置いていける訳ないじゃない!」

「そうだよ! 一緒に逃げようよ!」

「一人でも多くを生き残らせるためだ」

 

 決意は固そうだ。

 彼の判断は俺も認められない。

 だが悠長に考えている暇もない。

 だから……

 

「ボンズさん。囮なら俺がやる」

 

 俺は反対した。

 

「タイガー!?」

「虎ちゃん!」

「一人でも多く生き残らせるためなら、それが最善だと思う」

 

 ジョナサンや母さんが止めようとしているが……魔術にペルソナと手段は多い。

 俺一人ならトラフーリで瞬間移動もできる。確実に。

 

 だが彼は首を横に振る。

 

「タイガー、君の能力は認める。だがそれは万全の状態ならだ。……本当は相当疲れているだろう。違うかね?」

「……」

 

 アンジェリーナとホリーを連れて帰るために魔力と体力をかなり使った。

 ……それは事実だ。

 

「短い間だが、君が本気でトレーニングに打ち込む姿を何度も見てきた。だいぶ疲れがたまっているのは分かる。それでは君の持つポテンシャルを十全に発揮できないだろう。残りの力は、家族を逃がすために使ってくれ」

「……影虎君」

「それでも俺には手段があります」

 

 ボンズさんが囮になることは認められない。納得できない。

 先生からは教わった。無茶をしようとしている自覚もある。

 そして悠長に考えて納得する暇はない。

 だったら無茶を押し通すのみ。

 それが最も心置きなく、全力で行動できる道だ。

 

「……決意は固そうですねぇ……ボンズさん、考え直してくださいませんか?」

「エドガワ、貴方まで何を言うんだ」

「私もこの前確信したのですが、彼は過去のトラウマから“人を見捨てる”という行為に強い拒絶反応を示すようです。あまり無茶をするなとは先日言い聞かせましたが、無理に貴方を置いて行くと予期せず暴走する可能性があると思うのですよ。

 それに……私の役目は生徒を信じ、悔いの無いように生きる手伝いをする事ですので。ヒヒッ」

「なっ……」

 

 そう言い放った先生に、ボンズさんは驚きの表情を隠さない。

 対立した意見で皆が静まり返る。

 

「偵察隊を倒し、増援が到着する前に全員で逃げる」

 

 沈黙にジョージさんが割り込んできた。

 

「義父さんとタイガー、どちらが残っても問題はあるだろう。それにどこへ行っても危険だ。なら最後まで共に行こう。我々は誰かを置いて進むのは本意ではない。二人もそうだろう」

「息子を置いて逃げられっか。世話になったボンズさんを残して逃げる気もねぇ」

 

 狭い中で親父は答えも聞かず、もう肩を回し始めている。

 しかも腰元にはベルトの隙間に挟んだバール……どこから持ってきた?

 

「これか? 工具箱見かけてとっさに持ってきちまっただけだ。そんな事より、敵陣突っ切るなんてのは朝飯前だ。機動隊とだって何度もやり合った事があるしな。走れない奴がいるなら、俺が担いで走ってやるよ」

「私も……」

 

 今度はアンジェリーナが呟いたかと思えば、手をこちらに伸ばして俺に触れた。

 

「どうした?」

「できる事、ある……?」

 

 その手にはアルファベットに対応させたルーンで、“help”と書いた紙が握られている。

 逃亡中に藁にもすがる気持ちで書いたそうで、俺が助ける前から片手に握り締めていた。

 俺に声が届いたのはこのルーンのせいだろう。

 否。小学生の足で逃げ切れたことそのものがこのルーンのおかげか。

 

 聞いたところによると、何度か捕まりそうになる度に追っ手の前に看板が落ちたり、追っ手が足をもつれさせたりと幸運が続いたそうだ。おそらく内容が漠然としすぎて効果が安定していないんだろう。

 

 それに彼女は俺がそう教えるまで魔術を使った自覚が無く、“help”のルーンは追い詰められて暴発しただけ。意図的に使うこともできないらしい。気持ちはありがたいが、力は借りられない。

 

 ……と、言いかけてふと思いつく。

 

「アンジェリーナちゃん、体調は? 体がだるいとか、意識が朦朧としているとか……」

「? 疲れた……けど、意識はちゃんとある」

「無自覚に術を使ってたのに……まだ余裕はある、ってことか……」

「タイガー、娘に何かさせるの?」

「……一つ思いつきました。アンジェリーナちゃん、魔力……エネルギーを分けて貰えないか?」

 

 彼女が暴走時にとんでもないエネルギーを持っているのは知っていたけれど、そうでなくても彼女の魔力は多いのだろう。どれだけかは分からないが、その魔力を吸魔で吸い上げれば魔術も今よりは使えるだろう。生き残れる確率も上がる。

 

 どれだけ回復できるかは正直分からないし、アンジェリーナに負担がかかるかもしれないけど……

 

「それでもいい。だから、皆で一緒に助かりたい。グランパも」

「アンジェリーナ……っ」

「……分かった。ボンズさん。アンジェリーナの力を分けて貰えれば、俺はそれだけ回復できます。だから」

 

 家族に続き孫娘の思いに目を潤ませたボンズさんは、数秒厳しい顔になり……

 

「ロイドは監視を継続、エイミーは今の状況をリアンに連絡だ。我々はまず第一に見つからない事。捜索の手が伸びれば勝負は電撃戦だ。速やかに偵察隊を片付けて逃げる。ジョージとタイガーは私と作戦会議だ。何よりもスピードが命。他もすぐに動く用意は整えておけ。……全員で(・・・)逃げよう」

 

 皆が受け入れられる決定をしてくれた。




影虎たちは逃げ出した!
しかし別働隊が回り込んでいた!


麻薬。ダメ。ゼッタイ。


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139話 開放(前編)

「きたよ、三人。林も確認しながら歩いてるみたい」

「やはり来たか。配置につけ」

 

 携帯で敵の様子を監視するロイドから報告を受け、ボンズさんの合図が出た。

 即座に予定の位置へと動く。

 

 戦闘の舞台は林に挟まれた整備用の小道。駐車場から来て周囲を探すならここを通る。

 ボンズさんとジョージさんは林の中。俺が魔術で掘った塹壕に身を隠している。

 親父達にはさらに後ろに掘った別の塹壕へ避難してもらい、非戦闘要員を守ってもらう。

 草木でカモフラージュしてあるので、遠目からならそう簡単には見つかるまい。

 そして俺は皆から20メートルほど前に出た位置で林へ。姿は能力で隠して息を潜める。

 体調は小周天、治癒促進に加えてアンジェリーナちゃんからの魔力供給でほぼ万全。

 驚いた事に彼女の魔力は俺の回復と塹壕のために三回いただいて、少しだるい程度らしい。

 無自覚でも魔術を使っていた事といい、魔術の才能にあふれているとしか考えられない。

 

 ……来たな。

 

「本当に逃げたのかぁ? まだ中にいるんじゃないか?」

「見つからないから探してるんだろ……」

「薬……早く……殺さなきゃ……」

 

 能力で風景に溶け込んだ俺の前を素通りしていく敵三人。

 どいつもこいつも不健康そうな顔に見える。

 ある程度の所で、まずは一人。

 一番後ろをフラフラと歩く一番やばそうな奴の後頭部へ。強化した拳を叩き込む。

 

「ぎひっ!?」

「あぁ~ん?」

「どうしたっ!?」

「シャァァーッ!!!」

 

 悲鳴と共に転げた男。遅れて振り返る男達の前に、姿を現して叫ぶ。

 

「ワッツ!?」

「バ、ん!?」

 

 突如後方に現れた俺に驚き、二人が銃を向けようとしたが……

 それは必然的に対面へ背中を向けると言うことでもある。

 そして俺の声は注意をひきつけるだけが目的ではない。

 後退して距離をとる。同時に響いた二発の銃声。

 能力が無慈悲なヘッドショットの軌道を捉えた。

 残った敵二人が銃を構える前に静かに崩れ落ちる。

 

「作戦成功!」

「急げ! すぐに追手が来るぞ!」

「了解!」

 

 弾は非殺傷のゴム弾らしいが、当たり所が悪ければ十分に人を殺せる威力がある。

 敵は見事に意識が刈り取られていた。確認ついでに銃器を奪い、全員で逃走開始。

 

 ……

 

「いやがったな……」

「ヒャッハー!!!」

「コロセェ!」

「俺が殺す!!」

「先に行った奴ら、やられてたらしいぞ」

「死んだか?」

「生きてるらしい。ゴム弾だったんだろう」

「なら怖くねぇ! 俺はゴム弾なんか怖くないぞぉ!」

「獲物が生きてりゃ問題ないよ~、うふふふふ……」

「っ、待て! 薬は俺のだ!」

 

 ……聞こえてくる会話内容がヤバイ。

 

 麻薬のせいか異様にテンションの高い集団をやり過ごしたが、皆……特にまだ幼い三人の震えが強くなったのを感じる。一部は恐怖じゃなくて憤りのようだけど……今はどうでも良い。

 

「よし行った。走るぞ」

 

 風呂敷状態を上手く使い、敵をやり過ごして駐車場へ歩を進める。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~駐車場~

 

「準備はいいな?」

 

 風呂敷に包まれ、各自が首を縦に振った。

 個人の所有にしてはやけに広い駐車場の角。

 四方を囲むレンガの壁で、背後から狙われることは防げる位置取り。

 前方には多数の車やバイクとその持ち主であろう武装集団。

 適当に武器を構えて歩き回る目つきの怪しい連中が十二名。

 その中心ではバンの上から、多少まともそうな男が指揮官として指示を飛ばしている。

 他にも二人、身のこなしが明らかに違う奴がいる……要注意。

 

 駐車場の出入り口は二つ。

 一つは俺たちに近く、家へと続く道。万が一の逃走経路。

 もう一つはその対面に位置する、大通りへと続く道。

 こちらは敵が乗ってきた車やバイクを並べてがっちり固めている。

 そのためこの付近は空白地帯になっているが……

 逃げるには敵を排除してこじ開けるしかなさそうだ。

 逆に言うと奴らを何とかすれば、足として使える車を盗むことも容易いだろう。

 

「タイガー。本当にやるんだな? ……この作戦、君が最も危険になるぞ」

「大丈夫です」

 

 何か……妙に自信がある。

 冷静じゃない?

 ……むしろ落ち着きすぎているような気がしてくる。

 

「……援護、お願いします」

「こちらは任せてくれ」

「私たちもできるだけの事はさせてもらうわ」

「お前は自分のことだけ考えろ。気合入れてけよ」

 

 ボンズさんの確認に答え、安藤夫妻と父さんの激励を受けた。

 

「先輩……」

「天田……女の子を守ってくれ」

「っ、はいっ!」

 

 天田も不安なりに俺の言葉に従い、女の子のそばに控えた。

 他の用意も整ったようだ……

 

「始めよう。ロイド、10からカウントダウンしてくれ。0で作戦開始だ」

「OK! ……いくよ。10、9、8、7」

 

 敵を見据えて呼吸を整える。ここが正念場だ。

 

「6、5、4」

 

 体力、魔力は十分。勝算もある。

 

「3! 2! 1!」

 

 生死を分けるのは、作戦通りに全力を出せるかどうか。

 

「0!!」

「“土の壁”!!」

 

 盛り上がる地面が俺たちを隠す壁となる。

 これをもう二つ。さらに攻撃力と機動力も強化。

 魔術の連発で決戦の場を整える。

 これが作戦の第一段階。

 

「?」

「がけ崩れか?」

「そんなわけないだろ」

「今、誰かいたか?」

「なんでまた急にあんなのが……」

 

 敵から疑問の声が続々と上がる中、ドッペルゲンガーを一度消して再召喚。

 ただし召喚場所は、記憶しておいた指揮官の背後(・・)

 

「おい! 誰か見に行けっ!」

「うーす……っ!?」

「ガッ!?」

「ブラッククラウン!?」

「獲物だぁ!!」

 

 召喚の利点を活かしたペルソナ単体での奇襲攻撃。

 遅れて銃器を向ける手下の動きを周辺把握は如実に捉えている。

 派手な音を立てたことで、視線も敵意も銃器も。全てがドッペルゲンガーへ向いた。

 ここでダメ押しにもう一発。ドッペルゲンガーを本来の姿(・・・・)に戻す。

 

「ぶっ」

「うわっ!?」

「自爆か!?」

 

 人型(個体)よりも霧状(・・)の方が体積が大きいのか?

 密集していた敵陣をほぼ包み込むことができた。

 想定以上だが、好都合。

 変幻自在の黒い霧はこの瞬間、即席の“煙幕”へと変化した。

 第二段階、完了。続けて第三段階へ移行!

 

「行きますっ!」

 

 混乱する敵陣へ、単騎での中央突破。

 

「くそっ! 邪魔な!? うぁ……」

 

 車両の間に身を投じ、煙から出ようとした一人を背後から殴り倒す。

 煙幕が敵の視界を遮る中、俺だけは周辺把握で敵の様子が分かる。

 

「右2! 左1!」

 

 三発の銃声。

 煙から這い出ようとした敵を、俺の指示で待ち構えたボンズさん達が撃ち倒した。

 

「反撃してきやがっただと!?」

「ひるむなァ! 戦えェー!」

「獲物はさっきの山の裏だ!!」

「誰かいるぞぅっ!? カハッ……」

「見えねええええええええ!!!」

「――!?!?」

 

 左前方、車の陰から誰かの怒声と銃の乱射音。そして悲鳴。

 

「馬鹿! 下手に撃つな! くそっ! これだからジャンキーは……!」

「おい! さっきの壁に突撃しろ! 敵は向こうだ!」

「あっちかあぁああ!?」

 

 チッ!

 

 身のこなしの違う二人が他より早く状況を把握して指示を出した。

 突然のことに対応できず、蹲っていた奴まで動こうとしている。

 このまま全員で突撃されればボンズさん達だけでは捌ききれない。

 

 だからこそ……このタイミングでドッペルゲンガーを身に纏う。

 煙幕は薄れるが……

 

「い、いたぞ!!! ここにぃっ!?」

「何ぃ!?」

「ブラッククラウンだ!!」

「俺の獲物だぞ!!!」

「邪魔するな!」

 

 目の前に俺という獲物が現れたことで、功を焦る敵の目がこちらに引き付けられた。

 やはり所詮は寄せ集め。

 

「死ねぇええええ!!!!」

 

 真っ先に拳銃を構えた女が引き金を引く。

 頭を狙ったようだけど……構え方が悪く、放たれた弾丸は背後の車へ。

 着弾と同時に火花が散った。

 

「……」

 

 一歩進んで体を半身にした瞬間、後ろの車の陰に潜んでいた男が発砲。

 俺が斜め下から頭を狙う射線から逃れると、弾丸は空へと消える。

 

 分かる(・・・)

 

 きっかけはアンジェリーナちゃんを助けた時。

 あの時、俺は不良警察官から逃げた。

 逃げられた。銃をぶっぱなす相手から。

 障害物もない道を、自分にも抱えた二人にも傷一つなく。

 だから気づけた。

 

 “拳銃の心得”と“照準”。どちらもアメリカで手に入れた銃の扱いに関するスキル。

 それらは自分が銃を扱う際の補助になる。しかし、どこからどこを狙っているのか?

 距離は? 銃口の向きは? 角度は? 引き金を引くタイミングは?

 

 それらを自分の経験を情報と照らし合わせることで、“貫通見切り”の精度まで高める。

 

 ……この状況になってから、複数のスキルが一つにまとまる不思議な感覚。

 不思議に思っていると、

 

『あと少し……』

 

 体の内に声が響く。

 

「チッ!?」

「動くなよ!」

 

 前後からの射線に身をかがめた直後、二発の弾丸が頭上をすれ違う。

 敵は数が多く、果敢に攻めてくるが連携は拙い。

 それが敵の同士討ちを誘発し、こちらの追い風になる。

 

「っ!」

「出てきたぞ!」

「生きてたぁ!」

「逃がすな! 車の上だ!」

 

 自分にチャンスが残っていると、状況を弁えない歓喜の声を上げる薬物中毒者にいらだちを含んだ指示が飛ぶ。

 

 射線が増えるが……

 

「Oh! Sh■t!」

 

 視界が良くなったことで、ボンズさんたちの援護射撃。

 邪魔をされた男たちは車の裏から悔しげに叫んだ。

 結果として、射線を避けるのがさらに容易くなる。

 前後左右から散発的に撃ってくるが……隙間だらけ。

 両手を広げたウィリアムさんを相手にするより逃げやすい。

 

『それでいい』

 

 ……ドッペルゲンガーがやけに饒舌だ。

 ペルソナに目覚めた時も、暴走した時も……

 こうして直接的に言葉が出る時は何かがある。

 

「弾を避けてる!?」

「ありえない……化物め!」

「ヒュウ! So Cool! でも当たってくれよ! 俺のために!」

 

 誰が避けられる弾に好き好んで当たるものか。

 そう考えた時だった。

 

「どけっ!」

 

 烏合の衆の中で二人だけいたプロ風の男。

 その片方が近くの男を押しのけた。手にはショットガン。

 ソニックパンチ。

 

「っ!?」

 

 敵の攻撃よりも先に。ジョージさんから学んだジークンドーの心得。

 そして得た速さ重視の一撃は顔面へ直撃。手ごたえあった。

 

『まだだ』

 

 やはり寄せ集めの雑兵とは違うようだ。

 首が“赤べこ”のように力を失って揺れたが、体勢を立て直している。

 拳銃よりも広範囲に弾をばら撒くショットガンの方が危険。

 奴は先に仕留めるべきだ。

 

 考えた時には体が動いた。

 

「ッ!」

 

 車から跳躍。銃口が向けられる前にショットガンへ左手を伸ばす。

 人体の構造からありえない長さに伸びた手が接触。

 弾はあらぬ方向へはじき出された。

 車の窓が粉砕された音を聞きながら、男が腰のナイフへ伸ばす手を確認する。

 判断が早い。

 ナイフで突き込んできた手首を右の手刀で叩き落す。

 何かが砕けた感触と同時にナイフが男の手から落ちた。

 続けざまに裏拳と鳩尾への一撃。

 厚めの防弾チョッキを着ているのか、胴体よりも頭を狙った方が効きそうだ。

 感じたままに、一気に敵を攻め落とす。

 

『その調子だ。どんどん行け!』

 

 興奮した様子の後押しを受けて、俺もまた気分が高揚しているのを感じる。

 

『その感覚に身を任せろ』

 

 この状況では役に立つ。

 

 俺は不思議とそう確信していた。




影虎たちに捜索の手が伸びた!
影虎たちは戦う決断をした!
影虎は成長している!
しかしドッペルゲンガーの様子が……


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140話 開放(後編)

「へっ?」

 

 物陰から飛び出してきた男の額へ、吸い込まれるように拳が当たる。

 勢い余った男は車に頭を打ち付けたまま起き上がる様子はない。

 

『動け』

 

 次だ。

 

「うわっ!?」

 

 目標と定めた敵へ一直線に。

 車ごと飛び越える跳び蹴り。

 向けられた銃に左足、敵の顔面へ右足。

 まるでスケボーで技でも決めたような格好で同時に踏みつけた。

 地面まで倒れた敵は動かない。

 

『迷うな』

 

 次だ。

 

「ひぃっ!?」

 

 視線だけで悲鳴を上げた男。

 見るからに気の弱そうな線の細さ。

 足がもつれて転びかけながら、近くの車に手をついて体を支えている。

 それでも敵だ。

 そう思った途端に距離が詰まる。やけに足が軽い。

 

「シャァッ!」

「わぁあ!?」

 

 片手で銃を向けてきた。

 射線の上だが速度は緩めず、引き金が引かれる直前に地を転げる。

 

「!?」

 

 銃弾の下を潜り抜け、カポエイラの技に繋がった。

 低空からの左後ろ回し蹴りが拳銃を弾き飛ばす。

 

「この距離で当たらないのか……」

 

 諦めたように呟いた男は、続く蹴りを避けようともしなかった。

 やはり一撃。魔術で強化した足技で、一般人相手ならこんなものか。

 

『ただ感じるままに動けばいい』

 

「カァッ!!」

 

 一も二もなく言葉に従う。

 自分の認識よりもはるかに機敏に体が動く。

 ……気分の高揚が抑えようにも抑えられない。

 

『己の“(かせ)”を外せ。それが汝の本来の(・・・)動き』

 

 残り五人。

 車を足場に飛び上がり、わざと敵に姿を晒す。

 だいぶ減ったが、普通に考えれば危険な行為だ。

 

『それこそが……“枷”』

 

 一斉に銃を向ける連中。

 それに応じて自然に動く体。

 今度は避ける隙間が狭い。

 でも焦りは微塵も湧かない。

 代わりに両手へナイフが。両肘からは刃が伸びる。

 どれもドッペルゲンガーの一部だけれど、硬度は本物並み。

 それをちょっと厚くして、さらに“防御力五倍”。

 作り出した刃物の腹で射線を遮る。

 避けられないなら障害物を挟んで場所を作ればいい。

 

『考えなしの行動が命取りになる場合もある。だが……』

 

 だいぶ激しく動いたのに、まったく疲れない。

 それどころか体に力が満ちてくる。

 そんな気分と呼応するように、手足を包むドッペルゲンガーが脈動した。

 服から爪や筋肉へと、どんどんと獣じみた姿へ変わっていく。

 

「おいおい……俺らは何と戦ってんだ? 薬のやり過ぎか?」

「めんどくせぇなぁ!」

 

 命知らずが銃弾の降り注ぐ俺に近づいてきた。

 車に登り、背後から垂れていたエルボーブレードに飛びつく。

 

「んがっ!?」

 

 むざむざ掴ませるわけがない。

 直前に霧へ変えると勢い余って落下。

 即座に戻して次の銃弾を弾く。

 

 ドッペルゲンガーの変形がはるかに早くなっていた。

 エイミーさんの意見をきっかけに、エネルギー操作の精度が上がったけれど……

 それよりももっと直感的に、面白いように操れる。

 

『思考は力を制限もする』

 

 !

 

「……ぐあっ!? ッ! 退避ーッ!!」

 

 車から飛び降り、その影に身を隠す。

 直後に轟く爆発音。その正体は“手榴弾”。

 敵がそんな物まで持っていたことに若干の驚きはあるが、それ以上に自分に驚いた。

 

 車の陰でピンを抜き、投げる前の動きを感知した瞬間。

 俺はその一瞬でシングルショットを放つ用意を整えていた。

 貫通力を高めた気弾は出てきた腕を打ち抜いて、手榴弾を落とさせる。

 持っていたのはもう一人のプロらしき男で、当人はすぐに離脱。

 俺も手榴弾が爆発することに備え、車を盾にすることで爆風や破片に備える。

 

 ……これだけの情報を瞬時に判断しての行動。

 むしろ行動が先で、判断が後からついてきている。

 車の陰から躍り出る。考えるよりも先に体が動く。

 気分が良い。爽快だ。不謹慎だが……楽しさすら感じる!

 

『思い出せ。かつての自分を』

 

 生まれ変わる前の俺は……どちらかと言えば机にかじりつく方。

 運動は飛びぬけて下手というわけではないけれど、得意とも言えない。

 格闘技経験は学校の授業くらい。

 

 鍛え始めたのはこの世界に生まれてから。

 生き延びるために、何をおいても力を求めた。

 そのために犠牲にした物もある。

 力を求めることに集中しすぎて、幼稚園から小学校までの人間関係はボロボロだった。

 子供ながらに付き合いはある。俺はその時間を惜しんだ。

 同世代の輪からのけ者にされるまでに時間はかからなかった。

 そうなってからも俺は変わらなかった。

 構わなかった。気にしなかった。気にする余裕を持っていなかった。

 

 無視に堪えた様子がない俺を気に入らないと、やがて手を出す奴らも出てくる。

 やめてくれなんて、言った所で聞きはしない。

 問答無用でケンカになり、勝った。

 勝ち続けると仲間や年上の兄弟を呼んでくる奴もいた。

 取り囲まれると逃げられず、圧倒的に不利でもケンカをした。

 子供に負けているようではシャドウに太刀打ちできるとは思えない。

 

 だけど実際は無様なもの。

 素人が格闘技をある程度身につけるには、どれだけの時間が必要だろうか? 

 同学年ならまだしも、対格差のある年上相手に一対多数で圧倒できる実力は無かった。

 殴られ蹴られ、それでも向かっていく。

 型や技なんて見る影もない。あれこれ考える余裕も無い。

 相手へ怒り、自分の意地、シャドウへの恐怖……

 色々な感情に突き動かされてヤケクソで動いた末に、俺は勝った。

 

『完全勝利は夢のまた夢。弱き汝は無様だろうと汚かろうと……』

 

 こいつ頭おかしいよ!

 相手にしていた子供たちが、泣きながらそんな捨て台詞を吐いて逃げるまで。

 あの時は何も考えられなかった。それでも体は動いて勝てた!

 

『貪欲に求めた末、汝は力を得た。それは汝の心に余裕を生み、一時の平静をもたらす』

 

 基礎を重ねて正しい動きが自然にできるまで身について。

 相手の動きを観察できるようになる。

 受け方、捌き方……身を守る技にも慣れた。

 ペルソナに目覚めてからは、アナライズも使える。

 

 冷静な判断、適切な対応を心がけ……気づかないうちに思考が増えていた。

 獣のような戦い方をしている時も、それは所詮上辺を真似ただけに過ぎなかった。

 そうじゃない。まだ足りない!

 

『理性と技術……それは力。されど野生と本能……それもまた力』

 

 後先考えず、がむしゃらに鍛えて敵へ向かったあの頃のように。

 

『!!』

 

 言葉にならない歓喜と共に、体が活力で満たされた。

 同時に姿はさらに獣に近く荒々しい風貌へ。

 自分の意思で(・・・・・・)姿を変える。

 

 防御の腕があるからこそ、前へ出られる。

 俺がすべきことは、心の底から積み上げてきた力を開放する事。

 

「な、なんだぁ? 形がどんどん変わってくぞ……」

「ハハッ、どこまでもこったコスプレじゃねーか」

「手を止めるな! 撃ち続けろッ!」

 

 俺の変貌に銃撃を止めていた連中へ、生き延びたプロが怒鳴る。

 やっぱりあいつが一番冷静で邪魔だ。あいつを潰そう。

 

「カアッ!」

 

 足元で耳障りな音。

 足場にした車の天井が悲鳴を上げている。

 

「クソがッ! 来るなこのっ、化け物がぁ!!」

 

 足に怪我を負ったようだ。

 近くの車に背中を預けて、怒りに任せて叫んだようでも狙いは他の誰より正確に。

 肩から吊るしたサブマシンガンが火を噴く。

 

 その様子を俺は……上から(・・・)見ていた。

 

 思い切り跳んだ。それだけだ。

 それだけで射線からは逃れられた。

 おまけに男は俺を見失ったようだ。

 速度が爆発的に上がっている。

 今にもあたりを見回しそうな顔を見ながら、背もたれにされた車へ着地。

 やけに派手な音が鳴った。

 

「なッ!?」

 

 向けられかけた銃を払いのける。

 ベルトが切れて銃が吹っ飛び、壁に衝突。

 スピードだけじゃなくてパワーも上がったか! 

 

「ぅっ!」

「ウラァ!!」

 

 銃を失った男の胸倉を掴んだ途端、片手にもかかわらず大人一人が宙を舞う。

 それを見てしまった敵の対応は様々だ。

 慌てて銃を向ける者。

 撃ち尽くしたようで新しく弾を入れる者。

 とにかく隠れた者。

 判断ができず立ち尽くす者。

 

 そんな奴らに対して、

 

「―――――――――!!!!!」

 

 俺は吼えていた。

 心の底からこの高揚と戦意を示すように。

 叫んだ、と言う程度では表現しきれないほどに。

 それこそ獣が敵を威嚇するように。

 本能の赴くまま、彼らに持つ敵意を全て吐き出した。

 

 さぁ、次は誰だ! 

 

「………………?」

 

 敵に動きが無い。

 

「あ……ああ……」

 

 様子がおかしい……銃を向けていた男はその形で固まっている。

 

「いや、嫌よ、来ないで、ごめんなさい、助けて、殺さないで、死にたくないぃ……」

 

 その近くにいた女は、うわごとを呟きながら手の力を失ったように銃とマガジンを落とす。

 そのまま膝まで崩れ落ちて、頭を抱えて震えたまま動かなくなった。

 

 ……?

 

「」

 

 ちょっと移動して隠れていた男の様子を見てみると、気絶している。

 近づくと股間が湿っていて臭い。

 

 ただ立っていた男は……

 

「アハッ、アハハッ。夢だ、こりゃ夢だ。こんなモンスターが現実にいる筈ない……幻覚だ。薬、薬が切れたんだ、薬を使えば忘れられ……あれぇ? 俺、薬持ってたっけ? 薬を貰うために……化けアハッ化アハッッヒアッハッハヒ」

 

 棒立ちのまま、虚ろな目から涙を流して笑っている……

 正気を失っているようだ……

 

 “フィアーボイス”

 “パニックボイス”

 “バインドボイス”

 

 ……どうやらさっきの咆哮に恐怖で混乱させ金縛りにする効果があったようだ。

 

「タイガー! 生きているな!?」

「っ、無事だ!」

「大丈夫か!? 敵はどうなった!? もう出ていいのか!?」

「ちょっと待った!」

 

 大丈夫だとは思うが、とりあえず全員確実に眠ってもらわなければ。

 釈然としないが……無抵抗でも敵の意識を絶って回る。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「大丈夫です! 出てきてください!」

 

 ボンズさんを先頭に皆が壁の裏から出てきた。

 そして俺を見て驚いている。

 

「タイガー、ずいぶんワイルドな姿になったわね……」

「ワァオ、まるで狼人間じゃないか! ……動物としては虎の方が近いかな?」

「……」

 

 ?

 

「アンジェリーナちゃん? どうした?」

「……煙。前より濃くなってる」

「それは、ッ!?」

「影虎!?」

「影虎君!」

 

 この姿が危険なのか? と言いかけた直後、急速に力が抜けた。

 直前までの充足感が夢だったかのような虚脱感。

 姿はピエロに戻り、その場で転びかけた所を親父と先生に支えられた。

 

「大丈夫ですか!?」

「しっかりしろ! おい!」

「先輩!」

「大丈夫だ……意識はある。ただ、慣れない力を使って反動がきたみたいだ……」

「反動?」

 

 いまごろになって理解した……

 

「“ベルセルク”……さっきの姿はそう言うらしい」

「……それはまた難儀な気配がしますねぇ。……ベルセルクといえば北欧神話に登場する戦士の事です。文献によって彼らはオーディンの神通力を受けたですとか、シャーマンで獣の霊を身に宿すと言われたりもしますが……彼らは獣の皮をかぶり、戦場で敵味方の区別がつかなくなるほどの興奮状態で、強大な力を持って戦うとか」

「そこまで極端な興奮状態にはなりませんでしたけど……おおむねそんな感じです」

 

 一時的に精神を高揚させ、身体能力や反応速度を飛躍的に向上させる。

 ただ代償として……急激に体力を消耗するようだ……

 

「長居は無用だ。新手が来る前に逃げるぞ」

 

 ボンズさんの号令で、一気に出口へ移動。

 俺は親父に肩を借りることになった……

 

「ったく、無茶しやがって。だがまぁ、よくやったよ」

「……皆、無事か?」

「おう。全部お前を狙ってたんだろ。来てもボンズさんが片付けたんじゃねぇか? 結局俺の出番は無かったぜ」

「そうか……無事でよかった……」

 

 気が緩んだのか、体からさらに力が抜ける。

 

「おい! しっかりしやがれ!」

「分かってるよ……」

 

 しかし、正直ドッペルゲンガーを維持するのもキツイ。

 こりゃ確かに危ない。アイギスの“オルギアモード”に近いか? 

 ベルセルクモードは慣れておかないと、一人で使いどころを間違ったら死ねる……

 

「鍵つきの車があったわよ!」

 

 カレンさんの声。どうやら車が見つかったようだ。

 エンジンのかかった車が、擦りそうな車の隙間を抜けて外につながる道へ出てくる。

 車種はトラックのような……配送業に使われていそうな車だ。

 

「よし、皆乗り込め!」

「雪美さん先に乗って!」

「はい! アメリアさん、手を」

「ありがと、ねっ! ふぅ……さ、次を」

「ちょっと待って。場所あまりないわ。先に乗ってる荷物を捨てましょう」

「私も手伝いましょう」

「僕も!」

 

 母さん達が場所を作る手伝いに江戸川先生や天田が入る。

 スペースができると人の乗り込みが再開された。

 静かに。落ち着いて。淡々と。

 ロイドやエレナが乗り込んで、天田やホリーを荷台に引き上げていく様子を見ていた。

 そしてアンジェリーナが乗り込もうとする。

 

「ッツ!?」

 

 そこで目が覚めるような悪寒が体中を駆け巡った。




影虎は“フィアーボイス”“パニックボイス”“バインドボイス”を習得した。
影虎はベルセルクモードに気づいた!


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141話 結果(前編)

 気づけば闇の中にいた。

 

 俺は……どうなった?

 ……思い出せない。

 皆は?

 ……それも分からない……

 周りを見ても、何も見えない。

 暗視に望遠能力もあるはずなのに、暗闇だけが続いている。

 周囲には人どころか建物や物もない。

 捕まったにしてもおかしい……!

 

 遠くに一瞬、明かりが見えた気がした。 

 ……ここにいても仕方がない。

 暗闇の中、見えたはずの光へ向かう。

 

 

 ……

 

 

 ずいぶん長く歩いた気がする。光が見えない。

 

 

 ……

 

 

 まだ見えない。気のせいだったのだろうか……

 

 

 ……

 

 

 なんで歩き続けているのか分からなくなってきた。

 でも……歩かなければならない気がする……

 

 

 ……

 

 

 針の穴ほどの光が見えた。重くなってきた足に力を込める。

 

 

 ……

 

 

 光が野球ボール程度まで大きくなっている。光源があることは間違いなさそうだ。

 

 

 ……

 

 

 さらに近づくと、光源が四角くなってくる。

 

 

 ……

 

 

 かなり近づいて、光が色づいていることに気づく。

 

 

 ……

 

 

 闇に開いた四角い穴……そこから漏れる群青色の光……まさか……

 光の中に踏み込む。

 

 

「ようこそ、我がベルベットルームへ……」

「ッ!! イゴール……?」

「おやおや。私の事をご存知とは、これはまた珍しいお客様がいらっしゃいましたな」

「夢と現実、精神と物質の狭間。ベルベットルーム。その主の……イゴールさん、と呼んでも?」

「どうぞお好きなように」

 

 そう言われるが……それより何を話していいものか。

 

「ああ……すみません。まさか自分が貴方にお会いできるとは思っていなくて……もしかして貴方に招かれた……んでしょうか?」

 

 ここに俺が自力で来れるとは思えないし、最近来ようと思った覚えもない。

 

「私はただ扉を開けていただけ……ご自身で歩み、迷い込まれたからこそ。こうして我々は顔を合わせることができました」

「イゴールさんが呼んだのではない、と?」

「残念なことに、客人をお招きする用意も整っておりませぬ」

 

 ……よく見れば、ベルベットルームもエレベーターなどではない。ただ真っ青な部屋だ。調度品もイゴール一人分の椅子とテーブルしかない。俺は招かれざる客だったりするのだろうか……?

 

「心配召されるな。ここは本来何らかの形で契約を果たされた方のみが訪れる部屋……ですが同時に育むべき自我を持つお客人のための部屋……ここを訪れた事実こそが、何よりこの部屋を訪れる資格があることの証明。貴方には、近くそうした未来が待ち構えているのかもしれませんな。

 どれ、まずは、お名前をうかがっておくと致しましょうか……」

 

 イゴールはその大きな目で俺を見る。

 

「葉隠影虎です」

「……ふむ、なるほど。では貴方の未来について、少し覗いてみることに致しましょう……“占い”は信用されますかな?」

「……はい」

「結構」

 

 イゴールはどこからともなく取り出したタロットを操り始める。

 

「常に同じカードを操っているはずが、まみえる結果はそのつど……」

 

 イゴールの表情が変わり、無言になった。

 

「まさか……こんなことが……」

 

 驚きに満ちた声で、大きな目をさらに大きくなして俺を見る。

 手元で捲られたカードは……塔、運命、そして死神。

 

「貴方様は何者かの大いなる力に縛られております……」

「縛られて……?」

「それは貴方に苦難を呼び、運命を捻じ曲げ、そして定めてしまっている……」

 

 そう言うと彼はカードを前に黙り込み、俺に告げた。

 

「本来、我々はこの部屋でお客様の旅路をお助けします……ですが、残念ながら我々には、貴方様のお力になれることが無いようだ……」

「……」

 

 そう、か……

 薄々諦めてはいたけれど、ペルソナ全書や合体……

 ここに来られて期待しなかったと言えば嘘になる。

 

「ここまで妨害を受けるとは……はたまたどうしたものか……」

「……妨害?」

 

 待ってほしい。

 その何者かには心当たりがある。しかし妨害とは何だ?

 あいつは俺をこの世界に送り込んで、それ以上の手出しは無いと……

 

 ……無いと言ったんだ。他ならぬアイツ自身が(・・・・・・)

 どうしてそれを信じられる? どこに保証がある?

 

 その瞬間、頭の中で何かが弾けた。

 

「おや……どうやら貴方を助ける役目には、私よりも適任者がいるようだ……であれば、私めはその方と貴方を繋ぐお手伝いを致しましょう。ごくわずかな時間ではありますが、それが私めにできる精一杯の助力」

「!」

 

 イゴールがタロットカードを片付けると、群青色の部屋がまばゆく輝いた。

 あまりの眩しさに目を閉じて、光が収まった頃に開いて見れば……

 

「……船?」

 

 青い空に青い海。そう表現するしかなかった。

 空と海の混ざる水平線らしき物はうっすらと見えるが……終わりは見えない。

 そんな場所にポツリと浮かんだ小船。

 大きめの池がある公園に行けば乗れそうな、しょぼい小船。

 まわりと比べてあまりにもスケールの差がありすぎる小船に俺は乗っていた。

 

「ようこそ、ベルベットルームへ。って言った方が良いか?」

「!」

 

 目の前に現れたのは、俺。

 それだけで誰かは明らかだった。

 

「顔を合わせて話すのは初めてだな」

「いつも声だけだもんな……やっぱり意思はあったのか?」

「我は汝、汝は我。ずっとあったさ。明確に自我を持ったのはお前がペルソナに目覚めた時なんだが、お前が生まれた頃から存在はしていたよ。今はそうだな……俺はお前のペルソナであると同時に、原作主人公における“ファルロス”と似た立ち位置にいると考えてくれ」

 

 ……時々現れて中途半端なヒントを与える役目だろうか?

 

「……何考えてるか大体予想がつくから言うけどな、俺はもっと直接的で協力的なつもりだぞ」

「と言うと?」

「俺が生きるためさ。俺が暴走してお前を殺したとする。そうなったら俺はどうなる?」

「分からないな。そのまま自由になるのか、それとも俺もろとも死ぬのか」

「その通り。俺にも分からない。だからとりあえず死なれるのだけは困る。だから助ける。そのために俺はお前の武器にでも防具にでも、その他の道具にでもなる。力をつける手助けもするし、教えられることがあれば教えてやりたい。……そしてもし、なにもしないことが生き延びる道だったなら、全力でお前をニートにすることも辞さない!」

「ちょっと待て! 最後は余計だろ!」

 

 立場が逆なら俺もやるだろうけども。

 

「というか話し方もだいぶ違うし」

「何度も言うけど俺はお前だ。話し方はそんなに違わない。ただ現実では自由に話しかけられなかったんだ。制限されてるというか……今こうして普通に話せているのはイゴールとベルベットルームのおかげだと思う。たぶん。俺にも正直よく分からない」

「……4の主人公が“クマ”とベルベットルームで会う話があったな?」

「そんな状態だと考えておけばひとまず問題ない。とにかく重要なのは、俺とお前がこうして話せることだ」

「わかった……ところで、俺はどうなったんだ? さっきから急展開に流されっぱなしなんだが」

「……直前の記憶が飛んでるのか? いつまで話せるか分からないんだが……アナライズで記憶を漁れ。それで状況は分かるはずだ」

 

 言われた通りに記憶を探る。

 とたんに蘇ってくる焦り。

 結論から言うと、俺は撃たれたらしい。

 

 俺の悪寒と同時に、アンジェリーナちゃんが声を上げた。

 反射的に周囲の様子を探り、最初に倒したはずの指揮官が起き上がっている事に気づく。

 

「あいつだけ直接じゃなく俺を遠隔操作して殴りつけたからな……強化魔術で一時的に気絶させられたけど、傷が浅かったのかもしれない」

 

 そして復帰した指揮官はアンジェリーナちゃんを狙った。

 位置的に並ぶ車の隙間からちょうど狙える位置だった。

 問題は察知と行動の遅れ。

 ベルセルクモードで消耗していたために後手に回ってしまった事。

 俺が倒すよりも指揮官が引き金を引くほうが速い。

 彼女を逃がすにも間に合わない。

 そう直感した俺は、咄嗟にベルセルクモードを発動。

 気分の高揚で体の疲労を誤魔化して、全速力で射線に割り込んだ。

 直後に衝撃が胸を貫いて……

 最後に見たのは体から離れるドッペルゲンガーと、指揮官へ飛んでいくバール……

 

「そこから先は? 親父たちはどうなった!?」

「お前が意識を失ってからの事は俺にも分からない。でも最後の力で手加減なしに襲い掛かった覚えはある。指揮官が無事ってことはないはずだ。お前はここにいる。意識があるから死んだって事はないだろう。飛び込んだ時は咄嗟に防御に徹してたし……悪くて大怪我。俺に言えるのはこれくらいだな。

 とりあえず落ち着けよ。ボンズさんたちも簡単にやられる様な人じゃない。せっかくの機会を活かすことにしようぜ? こここそ“理性”の使い時じゃないか」

 

 

 煽るような物言いで、逆に焦りを抑えられたような……

 ……不安は残るが……考えても仕方がない、か……

 本音を言えばかなり気になるけど……

 

 

「……分かった。話をしよう」

「よし。ならまず座って周りを良く見てみろ」

 

 周り? 相変わらずの小船だけ……ん?

 よく見ると船体からたくさんの鎖が伸びている。

 その数、側面に細い鎖が二十四本。

 船首と船尾、どっちがどっちか分からないが、太い鎖が一本ずつ。

 計二十六本。その内二十一本は先端に碇でもついているのか先が海に沈んでいる。

 しかしなぜか残り五本は引きちぎられたように先がない。

 ただそれ以前にこの鎖。なんだか良くない気配を感じる……

 

「あのクソ野郎の仕業だよ……あいつは大嘘吐きだ。お前もイゴールの言葉を聞いて疑問に思っただろ?」

「そっちもか?」

「俺はそっちより少しだけ詳しく分かったみたいだ。知らされたことで開放されたって言うのが正しいか……縛り付けられてた鎖がぶっ壊れたっつーか……何でその可能性を考えなかったのかが不思議だよ……」

 

 やさぐれた感じで忌々しげに語るドッペルゲンガー。

 あれも俺に秘められた一面なんだろうな……

 

「まず、俺のアルカナを言ってみろ」

「アルカナ? “隠者”だろ?」

「そう、俺のアルカナは隠者。……俺自身そう思ってたよ、たった今までな」

「間違ってるのか?」

「言い方が悪いな。正しくは隠者でもある(・・・・)

「!」

 

 でもある。それは複数のアルカナを持っていることを示している。

 しかしペルソナやシャドウが持つアルカナは原則一つ。

 その例外となるのは、ただ一種類。

 

「“愚者”なのか!?」

「そうだ。ペルソナ使いの中で唯一複数のペルソナを持ち、付け替えることのできるワイルドの特性。アルカナは着けたペルソナによる。……あのクソ野郎、それを利用して“愚者”のアルカナを“隠者”で隠してたのさ」

「……隠していた。ということは知られたくない、って考えていいよな?」

「付け加えると、不都合で隠すくらいなら最初から与えなければいい。にもかかわらず与えて隠したって事は、“与える必要があった”って事だ」

「必要性…………待てよ、たしかあいつ、魂が何とか言ってなかったか? 人の魂は等価じゃない、とか」

「ああ、言ってたな」

 

 だとすると……癪だが俺は原作主人公の身代わりとして送り込まれた人間だ。

 原作主人公は正当なワイルド能力者。

 その魂の代わりが普通のペルソナ使いの魂で勤まるだろうか?

 人の魂が等価でないという言葉が本当なら、釣り合いが取れるとは思えない。

 ワイルド能力者の代わりにワイルド能力者。このほうが自然に思える。

 あいつが不都合を隠してでも与える理由にもなりそうだ……

 

 というか俺が死ぬだけでいいのであれば、そもそもペルソナを与える事自体が必要ない。

 あのとき感じたあいつの性格を考えると、慈悲で与えたとも考えにくい。

 

「……ワイルドなら、ペルソナの付け替えは?」

「それなんだが……無理っぽい。俺たちは元々能力者でもなんでもない一般人だろ? 悔しいがきっかけはあのクソ野郎からの貰い物だ。一般的なペルソナ使い程度でも、下手したら人工ペルソナ使いみたいな事になったかもしれないし……そもそもそこまで力を持たせる気もないかもしれない」

「あいつにとっては俺が好き勝手に動いて得になることなんてないしな……」

「むしろ“損”になるんだろう。じゃなきゃ黙って制限なんかする必要がない。……あいつは何もしないとか言ってたけどそれは嘘だ。実際に何か仕込まれてる」

「ということは何か生き延びる手はある? それに……直接的な手出しはできないのか……できるならそれこそ黙って制限なんかしなくていい」

「たしかに生き延びる努力なんてすぐにやめさせるな、俺なら。まぁあのクソ野郎がどうとでもなると見下してるのかもしれないが……」

 

 ……これはひとまず置いておこう。

 

「ペルソナを交換できないのにアルカナは変えられるのか?」

「それなんだが、いただろ? アルカナをコロコロ変えるボスが」

「ああ……ラスボスのニュクス・アバター。“アルカナシフト”? それは……スキルなのか?」

「スキルだ。効果はアルカナを変える事と、そのアルカナによって基礎能力が微妙に変化する。例えば隠者は補助やバッドステータス系の魔法が得意だが、戦車に変えると物理に強くなるって具合に。まあ本当に微妙な差だけどな。

 あとペルソナの弱点や耐性を変える“パラダイムシフト”も一緒に隠されてたみたいだ。この二つと変形能力をあわせて使えば、別のペルソナに付け替えるように……見えないことはなさそうなんだが……」

「一応ワイルドかもしれないけど、ペルソナを付け替えるとは言わないだろ……」

 

 内容がまとまっていなくてもいい。

 疑問に思ったこと、伝えられる情報から考えられることを言葉にしていく。

 するとこれまでの前提が次々と崩れる。

 それは頭の中が澄んでいくような感覚を伴っていた。




影虎はベルベットルームに迷い込んだ!
影虎の体は撃たれていた……
神の嘘が発覚した!
契約者の鍵は手に入らなかった……


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142話 結果(後編)

今回は三話を一度に投稿しました。
前回の続きはニつ前からです。

















「さて……ちょっと話がそれたが、とにかく俺たちがワイルド能力者、ってとこまではいいな?」

「大丈夫だ」

「ならここでもう一つ、俺の性質について教えとく」

 

 性質?

 

「俺たちはワイルド能力者。だけどペルソナの付け替えはできない。ただし……俺が知る限りワイルド能力者が持たない可能性を持っている。ペルソナの“進化”だ」

「たしかに順平とか岳羽さんとか、原作キャラのペルソナは進化するけど、主人公のペルソナは進化しないな……ベルベットルームで合体とか付け替えられるから必要ないのか。ペルソナを一体だけしか持てないのは彼らと同じだけど……できるのか?」

「できる。ただこのあたりは俺もよく分かってない。なんと言うか……ほら、俺たちは本来原作に登場しないというか、存在すらしないはずの人間だろ? 所詮モブというか、ゲームで喩えるならバグの塊なわけよ」

 

 言いたい事はなんとなく分かる。

 

「だからなのか……俺、進化先が三つあるみたいだ。感覚的に理解できるだけだけど」

「……詳細は?」

「三つの内、二つは一切不明。一つはある程度分かるんだが……なんとなくヤバイ気がする」

「どんな風に?」

「んー……俺たちはまだ進化先が定まっていない。将来的にどれかを選ぶかもしれないし、勝手に決まるのかもしれない。バグの塊として全部を自由に使い分けられるようなバグ技でも身につけば理想だけど、まだ三つの内二つは使えないな。

 でも最後の一つだけは使おうと思えば今すぐにでも使えると思う。ただし、それは使ったら後戻りができなくなりそうな感じだ。進化先が固定されるって意味じゃなく、それ以前に自分の中の何かが根本的に変わるというか……あ、ちなみにその進化先のアルカナは悪魔な。それだけは分かる」

「どう考えても嫌な予感しかしないな……」

「だろ? まぁ、とりあえずすぐに進化しなきゃいけないこともない。様子を見て、詳細が分かってからでもいいだろう」

 

 話を締めくくったドッペルゲンガーは俺に向き直る。

 

「なんにしても、俺たちはこれからも生き延びる道を探し続ける必要がある。タイムリミットが来るその日まで。あのクソ野郎に騙されてたことは頭にくるが、どうやらまったく何もできないわけじゃなさそうだ」

「だな。たった五本だけど鎖が切れていた。何が要素かは分からないけど、力をつけていけば対抗できるかもしれない。これは朗報だ」

「だな……それじゃ最後のアドバイスだ。……“命の答え”を探せ。

 力を求めるでもいい。大型シャドウを封印する方法を探してもいい。

 その中でお前の“命の答え”を探せ。

 主人公が自分の命を捨てても世界を救うと決めたように。

 同じワイルド能力者であれば、見つかるかもしれない。

 そしてその答えによっては……」

「なにか道が開けるかもしれない」

 

 ドッペルゲンガーは黙って頷いた。

 

「頼むぞ。俺はそのために力を貸す。だから寿命以外で死んでくれるなよ!」

 

 そう叫んだ途端に世界が揺れた。

 船が傾き、波が荒れる。全てが遠ざかっていく……

 一人座り込むドッペルゲンガーが手を振った。

 やたらと人間くさいそのしぐさを最後に、俺の視界は暗転した。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「………………ん…………」

 

 白い、天井が見えた。

 

「! 影虎君! 聞こえますか!?」

「江戸……川、先生? ……!」

 

 胸が痛い……胴体の前面が全体的にか? 皮が突っ張るような感じもする。

 

「いっつ……」

「良かった、無事に目を覚ましてくれましたね」

「……ここは?」

 

 ずいぶんと広い。まるでホテルのスイートルームのような家具もあるけど……江戸川先生が枕元のボタンを押した。ナースコール? ってことは病院か。こんな豪華な部屋で。

 

「その通りです。事が事でしたし、警備の厳重なVIPルームを用意していただきました。桐条系列の病院でもないので、そのあたりは安心してください。……何があったか覚えていますか?」

「撃たれたんですよね……アンジェリーナちゃんをかばって……! 皆は! 親父たちはどうなりましたか!?」

 

 江戸川先生以外、姿が見えない。

 思わずベッドから跳ね起きる。

 

「いっ!? あいたたた……」

「落ち着いてください影虎君。我々は全員無事ですよ。もちろんアンジェリーナちゃんも。治療を要したのは君だけです。だからおとなしく寝ていてください」

「……そうですか……姿が見えないから、てっきり……」

 

 それを聞いて安心した。

 

「ヒヒヒ……安心してください。皆さんは食事に行っているだけですから。それよりすぐに担当医の方が来ます。先に診察を済ませてください。そこで状況もある程度説明されるでしょう」

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「では私はこれで失礼します。お大事に」

 

 江戸川先生が言った十数秒後、実際にドクターとナースが数名入ってきた。

 ナースコールから来るまでが驚くほど速く、看護も手厚い。さすがVIPルーム。

 しかし……俺が寝ている間に色々あったようだ。

 

 まず俺の体の状態。

 結論から言うと、傷は思ったよりも軽い。

 あの指揮官が撃ったライフル弾は、借りていた防弾ベストを貫いた。

 しかし威力を軽減できたお陰か、ドッペルゲンガーや魔術でギリギリ止まっていたようだ。

 貫通せずに自壊した弾が皮膚を引き裂いていたけれど、筋肉より内側までは届いていない。

 

 ドクターからはライフル弾をプールに撃ち込む実験映像を見せられ、威力の高すぎる弾はその威力に耐え切れず、貫通せず水の表面で壊れてしまうと教えられた。彼が言うにはそれと同じことが俺の体でも起こった可能性がある、らしい。

 

 防弾ベストを貫通した弾と体の状態を他に説明のしようがないと言っていたが、説明した本人も完全に信じきれていないようで何度も奇跡だと呟いていた。

 

 まぁ、普通の医師がペルソナや魔術なんて思い当たるわけがないだろう。

 診察で外された包帯を見たら“治療”や“蘇生”に関係する単語がルーンでビッシリ。

 怖いくらい書き込まれていたけど、誰も子供のおまじないとしか思っていなかった。

 

 ちなみに書き込んだのはアンジェリーナちゃん。

 あまりに必死だったので、傷に障らないよう包帯を厚めに巻いて許可したとドクターが苦笑していた。

 

 しかしルーンの効果は出ていたみたいだ。俺にも治癒促進・小があるが、事情を知らないドクターは傷の治りが早い事に驚いていた。

 

 また、俺が意識を失った直接の原因は傷よりも“心臓震盪”。

 胸部に衝撃を受けることで不整脈が発生し、心臓が止まる状態の事。

 これを俺は撃たれた衝撃で発症したらしい。

 そして気を失った俺を親父たちが回収。

 江戸川先生の応急処置を受けて危機を脱し、病院へ運び込まれて俺は助かった。

 

 多少痛みはあるけれど元々の失血は少なく、最終的に特に後遺症が残ることもないだろうと診断されて一安心だ。

 

「なかなか目覚めないので皆さん心配していましたよ。ヒヒヒ……」

 

 ベルベットルームにいたせいか、今日は撃たれてから四日目。

 それだけ目を覚まさずに眠り続け、何度か状態の急変もあったらしい。

 だから俺の知らないところで、先生たちは緊張状態が続いた。

 そして皆の体を気遣った先生がここに残り、他の全員で食事へ向かわせた。

 というのが大まかな経緯だそうだ。

 

 ……江戸川先生には頭が上がりそうにない。

 

「敵はどうなりました?」

「襲撃犯は全員、警官隊に逮捕されたそうです。まぁ、色々やる前に治療が必要で専門の病院へ搬送されたようですが唯一、君を撃った男だけ……」

「……死にましたか」

「いいえ、重症ですが亡くなってはいませんね……」

 

 先生の歯切れが悪い。

 

「彼は君のペルソナに襲われ気絶。我々はそのまま立ち去りました。そして先日入った情報によると、病院で目覚めた彼は無気力症を発症しているようです」

「……」

 

 影人間……

 シャドウに精神を食われた人間……

 この場合、食ったのは俺だ。

 無意識でも理由は分かる。

 敵の排除と自分の命を繋ぐために効率的な方法だ。

 ……思っていたより平気な自分がいる。

 何も感じないとは言わないが……

 

「俺はこれからどうなりますか?」

「何もありませんよ。この部屋と同じく、ボンズさんが手を回してくれました。本人曰く、“軍人も上に行くと政治や経済界の大物と接点ができる”とのことです。元々今回は逃げるためにやむなくやった事。正当防衛として処理されます。一般に説明の難しい部分は追求せず闇の中へ、我々はただの被害者として日常をおくれますよ。

 ……これまでと同じとはいかないかもしれませんが……」

「何か問題が?」

「それがですねぇ……君が撃たれた事実が日本のメディアに流出しました……」

「えっ!?」

「その……君がこれまでの件で注目を集めていたのはご存知だとは思いますが、その件で学校に週刊誌の突撃取材をされたそうです」

 

 それまで取材は俺が家族旅行中で連絡が取れないと断っていた。

 けれどその記者はアポ無しで職員室まで乗り込んだ。

 俺がいないなら先生のコメントだけでも貰おうとしたらしく、職員室での押し問答に。

 そんな状態だとは知らずに、江戸川先生は学校へ連絡を取ってしまった。

 俺が撃たれた事で当初の旅程が崩れ、帰国予定に変更が出る可能性を伝えるために。

 報告自体は社会人として当然だろうけど、タイミングが最悪だった。

 降って湧いた江戸川先生の連絡に、電話を受けた先生が飛びついて早く帰ってこいと要求。

 挨拶もなくまくし立てられた江戸川先生は、学校の状況を聞く前にこちらの状況を説明。

 その結果、俺が撃たれた事を知った先生が、

 

「撃たれた!? 葉隠君が!?」

 

 と叫んだらしい……よりによって雑誌記者のいる職員室内に響き渡るような大声で。

 

「学校側も雑誌に掲載しないようお願いしたそうですが……翌日、発売された週刊誌に大々的に載っていました……“噂の日本人高校生KH、旅行先で射殺!?”と。どうも元々予定していた記事を差し替えてまで刊行したようです」

「俺、死んでないのに……どこの週刊誌ですか?」

「週間“鶴亀”です」

「あー……」

 

 週間“鶴亀”

 世間の関心を集めるあれやこれやを掲載する有名な週刊誌。

 内容は芸能界のゴシップ記事が多く、その手の話が好きな人からは絶大な人気を誇る。

 また読者の年齢層ごとに用意された記事もあり、大人から若者まで楽しめるとか……

 そんな感じで購入者が多く、日本中で販売されている週刊誌だ。

 出版社も大手だし、週刊誌の売り上げは常に業界上位に入ると聞いたことがある。

 ただそのために強引な取材を行うなど、記者や編集者のモラルが低いという噂もあった。

 

「噂は本当だったのか」

「さらにですねぇ……」

 

 まだこれ以上に何かあるのかと思いながら聞いて見ると、今回の事件そのものは“麻薬カルテルの凶行”“日本人旅行者の被害”という点で日本でも少し報道されたそうだ。

 

 もちろんこちらは全国ネットのちゃんとしたモラルがあるニュース番組だったので、俺の事は家族旅行中の未成年者としてだけ。名前も特定されるような情報も発信していなかった。ニュース単体なら。

 

「そんな報道と一緒に鶴亀が記事を出してしまい、さらに取材をお断りしていた理由で君が旅行中なのは知られていました。旅行先と事件現場が同じテキサスとなれば……」

「結びつけて考えるのは簡単でしょうね……」

「そんなわけで、もう手がつけられない状態になっています。どうしましょうね……」

「どうしましょうも何も。……どうしましょう……」

 

 かろうじて生き延びた。

 結果として希望も見えた。

 しかし、前途は多難そうだ……




江戸川は影虎の命を繋ぎ止めた!
影虎は大勢の助力を受けて生き延びた!
影虎は一週間の余命宣告を乗り越えた!!
後遺症もなさそうだ!
メディアが大変な事になっている!


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143話 告白

 8月14日(金)

 

 昼

 

 江戸川先生と状況について話していると、外が騒がしくなってきた。

 

「影虎ぁ!」

「虎ちゃん!」

「先輩!」

 

 と思った矢先に扉が破裂したような音を立て、父さんを先頭に続々と人がなだれ込んでくる。

 

「タイガー!!」

「目が覚めたのね!」

「よかったぁ!!」

「無事でよかった……」

 

 ジョーンズ家や安藤家の皆も、俺の無事を口々に喜んでくれている。

 

「よぉタイガー。派手に暴れたんだってな」

「だいぶ危険な状態だったみたいだが……思ったより元気そうで何よりだ」

「まったくだ」

 

 あれ? 襲撃を受けたメンバーだけでなく、ウィリアムさんとカイルさん。それにリアンさんまでいる。わざわざお見舞いに駆けつけてくれたのかな?

 

「あ?」

「もしかして聞いてないの?」

「? 何が?」

「ああ……目覚めてから診察ですとかバタバタしてましたからねぇ。その辺はまだ説明してないんですよ」

「そうでしたか。虎ちゃん。ここはね、私たちがいた町じゃないの」

「我々の家も連中に荒らされてしまい、とても住める状態ではなくなっていたからな。この人数では宿泊費もばかにならないので、一時的にカイルの所に間借りすることにしたんだ。合わせてタイガーも一度、寝ている間にこっちの町の病院へ移送されている」

「だから俺たちもすぐ来れる距離なんだよ、ここはな」

「そうだったんですか。でもリアンさん、お仕事は……」

「休暇をとった。今回は家族が襲われたことで捜査から外されてしまってな。ちょうどいいから溜まっている休暇を消費しろとさ。……今回の件、警察官としては言いたいこともあるが、家族を助けてくれた事には心から感謝している。ありがとう。君がいなければ私は家族を失っていた」

「こちらこそ。俺も……ん?」

「……」

 

 不意に手が引かれる。

 誰かと思って手元を見たら、アンジェリーナちゃんだった。

 

「……生きてる?」

「見ての通りだよ。アンジェリーナちゃんもありがとう。あれ、効いたよ」

 

 ルーンの書き込まれた包帯は交換されてしまったが、ドクターに頼んでベッドの横の棚に残してもらっている。それを見た彼女は……

 

「よかった……」

 

 安心した表情で俺を見ていた。

 以前まで見えた暗いオーラが今は見えない。

 

「お互いに無事でよかったね。……そういえば、お友達は?」

 

 ホリーと呼ばれていた子の姿は見えない。

 そう言うと、ジョナサンが教えてくれた。

 

「タイガーが撃たれてからもう四日目でーす。とっくに家族のところに帰りましたー」

「……彼女、無事に帰れたの? あっちの家族は?」

「心配ない。彼女の家は両親共働きだったようでな、家にはいなかった。エイミーから連絡を受けて手配した警官が、どちらも勤務先で無事に保護できたよ。まだ警備の人間をつけているが、日常生活に戻っているはずだ。もちろん口止めはしてある」

「敵の報復は?」

「まず無いだろう。家を襲撃した連中のやり方と逮捕者の所持品から、敵組織がDOUCであると確定した。奴らは裏切り者を許さないが、単なる目撃者への報復行為を行った事はない。

 例えそれが仲間の逮捕に繋がったとしても、報復を行えば警察に尻尾を捕まれるリスクが高まるからな。一時の鬱憤晴らしよりも、尻尾を切り落として潜伏することを奴らは徹底している。だからなかなか尻尾が掴めない組織なんだ。

 もちろん警戒は続けるが、我々や彼女の家族が連中の報復を受ける可能性は低いだろう。報復を受けるとすれば……おっと、忘れていた」

 

 リアンさんは持っていたリュックサックから一冊の本と小さな手帳を取り出した。

 

「これを君に」

「どっちもずいぶん古そうですね……何の本ですか?」

「教職員の指導書だそうだ」

 

 何でそんなものをこの人が? 

 

「私は君に渡してくれと頼まれただけで、送り主はアンジェリーナの担任教師さ」

「えっ!? それって麻薬を買ってた?」

「彼はDOUCに協力して情報を流した後、自首したよ。不安から現場に戻り、自分に対するラブレターを見つけたらしい。今まさに自分自身が危険に追いやっている生徒からのそれを拾って決心したとかなんとか。同僚から話を聞いた限り、元々は教育熱心な良い教師だったようで、それゆえのストレスで麻薬に手を出してしまったらしい。一度面会したが、だいぶ後悔していたよ。最初は罵声の一つも浴びせてやるつもりだったんだが……」

「そうですか……」

 

 残念な話だ。でも、何でその人が本を俺に?

 

「本は彼が教職を志した時に恩師から勧められた彼の教師としてのバイブル。手帳は彼の恩師から、彼が教職に就いた時に譲られた物。どちらも自分に持つ資格は無い。他人のために体を張ることができるような人なら役に立てられるのではないか……と言っていたな。

 どうも教え子の無事と一緒に君の事を聞いたようだ。巻き込んですまないとも言っていた。謝罪の気持ちらしいが、一方的に送りつけた物だ。いらなければ捨ててもいいぞ」

「……せっかくですし貰っておきます。入院中は暇になりそうですし」

「先輩、入院って後どのくらいなんですか?」

「ドクターは明後日までの入院で様子を見て、問題なければその翌日に退院してもいいと言ってたよ。さっき診察を受けた限りではほぼ健康。ただほとんど丸々四日間眠っていたから、いくらか検査はしておきたいってさ。ですよね?」

「はい。今日も午後にいくつか検査。翌日からは朝から晩まで検査とその待ち時間になりそうですねぇ。あと傷口の抜糸が一週間後に行われます」

 

 幸いこの病院は桐条グループとは無関係だという話だし、疑おうにももう遅い。

 日本で桐条グループの病院にかかれない俺としては、この機会にしっかり検査したい。

 江戸川先生もそれを勧めている以上、素直に受けるつもりだ。

 

「とりあえず今日含めて三日は入院。その後の事はさっきまで先生とも話してたんだけど、どうする? あんな事があったけど、俺としては慌てて日本に帰るのはあまりよくなさそうなんだ」

「帰国と同時にマスコミに囲まれかねない状況になっているようですし、ゆっくりと体を休めるにはまだアメリカに滞在したほうが良さそうですねぇ」

「ああ、そいつは俺らも考えてた。会社もマスコミ対応に追われてるそうだ」

「兄には息子の無事を伝えたのですが、そのときにもそういう話になりまして」

「タイガーたちが嫌でなければ、いくらでもうちにいて構わないよ。ねぇ?」

「母の言う通りだとも。雪美さんが家も店もきれいにしてくれるから大助かりだ」

「兄貴のまずい飯を食わなくていいしな。宿代のことは考えなくていいぜ。元々親父たちの老後も見据えて買った家なんだが、当の本人たちは世話にならないとか言いやがってよ。どのみち部屋は余ってたんだ。まあ掃除が必要だけど」

 

 ウィリアムさんたちがそう言ってくれて、俺たちは旅行を継続する方向で話がまとまった。

 次は事件が具体的にどういう扱いになっているか。

 

「残念ながら襲撃を完全にもみ消すには事が大きくなりすぎた。だから魔術など不自然な点を伏せ、“葉隠影虎”と“ブラッククラウン”は完全な別人という形に偽装した。

 世間的にはアンジェリーナを救ったブラッククラウンが、成り行きのまま我々の逃亡を手助けした、ということになっている。しかし日本での話もあるからな……退院後に取材か何かが来た場合は、暴れたのはほぼブラッククラウン。タイガーは流れ弾からアンジェリーナをかばって負傷しただけ、という事にしておいてくれ」

 

 まずあれだけの人数に襲われて全員無事であるのが奇跡なので、今日まで警戒していたが、怪しむような人間はいなかったそうだ。

 

 ニュースでは俺が“体を張って女の子を救った勇敢な少年”という形になっているらしく、それはそれで面倒かとも思うが……行いの全てが明らかにされるよりは楽だろう。

 

「分かりました。あ、あと……母さん、ちょっと……俺たちはそれでいいとして、天田は大丈夫なのか? あんな事があって、向こうの保護者とか……」

「……問題なさそうよ。連絡したら“無事ならいいです。天田君をよろしくお願いします”ですって。信じられないわ」

 

 たったの二言。

 母さんも声は潜めているけど、だいぶ不快そうにしている。

 

「虎ちゃんもね」

 

 表情に出ていたようだ。

 あと父さんも同じことを聞いて即キレていたらしい。

 まぁ言おうと思えばいくらでも言える事はあるけど、ここで言っても仕方ないし問題ないなら置いておこう。

 

「これでだいたい急ぐ話は終わったか?」

 

 父さんが聞いてきた。

 そうだな……入院費用とかは保険があるし、日本との連絡とか必要なことは済ませてもらっているようだし……特にないかな。

 

「だったらそろそろ話してもらおうか。影虎、お前はいったい何隠してたんだ」

 

 室内の雰囲気が重くなる。

 威圧するような雰囲気を出さなくても、あそこまでやって今更ごまかせるとは思わない。

 素直に話すことにした。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ペルソナについて。

 シャドウについて。

 無気力症との関係。

 それらと桐条グループの関係。

 俺に前世の記憶がある事。

 今の立場と目的。

 そのために今日までやってきた事。

 それらを観念して洗いざらい話す。

 

 諸々を説明した後、室内には沈黙が流れた。

 殴りかかってくると予想していた親父も、ソファーに座ったまま頭を抱えている。

 

「エクスキューズミー。ミスターハガクレ……今、大丈夫ですか?」

「はい、何でしょうか?」

「一時間後に検査の予約が取れました。十分前になったらお呼びしますので、外に出る用意だけお願いします。持ち物は特に必要ありませんから」

「ありがとうございます」

「それでは」

 

 尋ねてきた男性ナースは、室内の雰囲気を気にしてか用件だけ伝えてすぐに立ち去る。

 

「……皆、タイガーは検査がある。今日のところは一度帰らないか?」

「あ?」

「ボンズさん………」

「リュート、雪美さん。二人が息子のことを理解しようとしているのは分かる。そして語られた内容に頭を悩ませていることも。我々も昔、アンジェリーナの事で経験をしていなければもっと悩んだだろう。だが、ここで焦って結論を出す必要はないんだ。一晩でも二晩でも考えればいい。タイガーもすぐに答えは求めていないだろう?」

 

 同意する。

 父さんたちはためらっていた。

 このまま考え続けても結論はすぐに出ないないと判断したようだ。

 ボンズさんに同意して皆がソファーから立ち上がる。

 

 そして部屋を出て行く姿を見送っていた時。

 天田が突然振り返った。

 

「先輩。その……影時間って、それにシャドウって……」

 

 質問になっていないが、聞きたいことはだいたい予想がつく。

 

「影時間で起きたことは一般人には認識されない。そこで殺傷事件などが発生した場合、被害者の遺体や痕跡などは残るが、そこまでの経緯は影時間の終わりとともに、自動的にありがちな内容に摩り替わる。被害者の記憶ですらも……

 天田のお母さんが亡くなったのも事故じゃない。影時間で殺された結果、死亡原因は事故という結果に摩り替わったんだ」

「!! やっぱり……でも、どうして僕は……」

「それは天田も俺と同じで、ペルソナの適正を持ってるからだ。今はまだうっすらと記憶を維持するだけのようだけど、じきにペルソナにも目覚める」

「……先輩。先輩は知ってたんですね。僕のこと……母さんのことも、全部?」

「……最初から知ってた。それこそ事件の前から。影時間にお母さんをなくすことも、近い未来にペルソナに目覚めることも。力を求める理由も、そして……それで何をしようとするのかも」

「じゃあ……どうして今頃……もっと早くに」

「天田君、お母さんの事は」

 

 言いかけた江戸川先生を止める。

 

「言い訳はしない。天田、俺はずっと前から影時間に活動はできた。やろうと思えばポートアイランドで二人を探し回るくらいはできた。でも、わが身可愛さに何もしなかった」

「ッ!」

「天田君!」

「ケン! Wait! Please wait!」

 

 走り出した天田を追って、ロイドが出て行く。

 

「タイガー、あんな言い方しなくても良かったんじゃない?」

「どう言い換えても、知っていた事には変わりない。……助ける義務が無いのは分かってるさ。俺も、天田も」

「Oh……仕方ないわね。ケンの事は私たちで見ておくから、タイガーは体を休めなさい」

「エレナ。悪いけど、お願いする。とりあえず桐条に突撃するとか短絡的な行動さえしなければいいから。あいつもあいつなりに考える必要はあると思うし」

「オーケー。じゃあこれ、私たちの今の連絡先とカイル伯父さんのお店の住所ね。毎日誰かがお見舞いには来るけど、何かあったらここに連絡して」

「ありがとう」

「それじゃあね! あ、明日家から回収できた荷物は持ってくるから! 検査ちゃんと受けるのよ!」

 

 江戸川先生一人を残し、皆部屋からいなくなった……

 とりあえず、今すべきこと。検査の準備をしよう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

「お疲れ様でした。次の検査は明日の朝八時からです。ゆっくりお休みください」

「ありがとうございます」

 

 VIPルームを使っているため、ドクターやナースからの扱いが丁寧で妙に恐縮してしまう。

 しかし今日の検査は終わったので、後はゆっくりできる。

 ……と言っても検査が終わるとすることが無い。江戸川先生も帰ってしまったし……

 運動はやめておくべきだろう。こんなときは前なら小周天をやるんだが……

 俺は知らないうちに新しく“気功・小”と“光からの生還”を習得していた。

 おまけに人のオーラが以前よりもはっきり見えるし、体が透けた人も見えている。

 病院には多いようだ……

 

 先生に相談してみたところ、一度死にかけたことで刺激を受けたのではないか? との事。

 まぁ実際に生還して“光からの生還”を習得してるし、気功は危機的状況下からの回復。

 霊感は絶対にあの世と関係あるだろうし……というか、それだけやばい状態だったのか。

 ベルベットルームに迷い込んでなかったら、いったいどうなったんだろう……

 ……考えるのはやめておこう。

 

 とにかく今は気功・小があるので、魔力を使えばゆっくりとだが常時回復し続ける。

 さらに小周天も行えば効果が累積し、回復をさらに早めることができるようだ。

 それ自体は非常に喜ばしいけれど、今日は魔術を使っていない。

 せっかくの魔力を無駄にしそうでなんか嫌。

 なら魔法の実験も一緒にやろうかと思ったが、部屋に筆記用具がない。

 魔術用に常備していた筆記用具は、四日間の内にどこかへ行ってしまったようだ……

 

 ある物といえば、もらい物の本だけ。

 今日は外を出歩くことはできない。できてもあまりしたくないけど。

 寝るにも少し早い時間なので、読んでみることにする。

 

 

「……」

 

 本のタイトルは“指導のすすめ”。

 指導を行うときの注意点や手法について、基礎の基礎からまとめられている。

 指導の仕方を教えるための指導書だからなのか、実に分かりやすい。 

 新人からベテランまで役に立ちそうな一冊だった。

 

 しかしもう一冊、手帳のほうは正直読みにくい。

 というのも、どうやらこれは例の担任教師の恩師に当たる方が、個人的に書き記した物。

 元々の字に癖がある上、おそらく担任教師が気づいた事などを書き加えてある。

 先ほどの本と比べると、まとまりが無い。

 しかしこれは先ほどの本とは違って二人分の経験を強く感じさせる。

 書かれている内容は非常に参考になるものだった。

 

 内容を理解するために基礎の本を参考に、手帳の内容を三順。

 アナライズで内容を整理してなんとか理解する。

 そして改めて考えてみると……

 

 小学生時代、中学生時代、そして月光館学園の教師陣。

 江戸川先生に、以前陸上の指導を受けた三国コーチ。

 さらに教科書や教科書ガイド。

 “違いの出る勉強法”などかつて読んだ書籍の数々。

 

 指導に使われたテクニックやそこへ込められた意図。

 どこが要点で、理解して欲しい点だったのか。

 そういったことがより詳しく分かってきた気がする……!!

 

「“コーチング”に“ミドルグロウ”……」

 

 力が流れ込んでくる感覚に加え、元からあった“ローグロウ”が一回り成長した。

 これは学習と指導の補助に使えそうだ!

 

 …………得るものはあったが、またすることが無くなってしまった。

 ………………何もせずに起きていると気が重くなる。

 やっぱりもう寝よう。




影虎は教育に関する本と手帳を手に入れた!
影虎は秘密を告白した!
龍斗と雪美は悩んでいる……
ジョナサンも影で悩んでいる……
天田との関係が“リバース”状態になった……
影虎は“気功・小”“光からの生還”“コーチング”を習得した!
“ローグロウ”が“ミドルグロウ”に変化した!


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144話 来客

 翌日

 

 8月15日(土)

 

 ~病室~

 

「ハーイ、タイガー元気?」

 

 朝の検査を終えて戻ると、エレナが荷物を持って来ていた。

 

「ありがとう、元気だよ。今のところ検査も問題なし」

「そう、良かった」

「向こうの様子はどう?」

「そうね……皆まだ納得できてないみたい。今はMr.江戸川が家にいるわ。今日はこっちに来ないで皆の様子を見てるって」

「伝言ありがとう。まぁ、そうだろうな……俺もすぐに受け入れられるとは思ってない」

「その影時間ってのが体験できればもっと早いかもしれないけど……」

「体験だけならさせる方法はある。けど、適性がないと危険なだけで記憶に残らないだろうし。そもそも適正があっても最初は錯乱するのが普通らしいから」

「……ま、それは仕方ないわ。それより荷物チェックして!」

 

 言われた通りにチェックを行う。

 アナライズを使ってちゃちゃっと済ませたが、壊れた物はないようだ。

 

「家が住めない状態って聞いてたから、もっと酷いかと思ったけど」

「なんでかタイガーの部屋だけ無事だったらしいわ。他はもっと荒らされてたし、ケンは鞄ごと計算ドリルと日記に穴が開いてたって。ハンドガンの弾で。他もそんなものよ」

「本当に? じゃ何で俺の部屋だけ……あ」

 

 部屋の隅に立てかけられたバイオリンケースから、音が鳴った気がした。

 なんとなく分かった。トキコさんが何かしたな。

 ……外へ逃げずに部屋に駆け込めば無傷で助かってた。とかないよな……

 

「ねぇ、あのバイオリンのおかげってどういうこと? ……というかタイガー、あれ、誰が持ってきたの?」

「え? エレナじゃないの?」

「違うわよ。私が持ってきたのはこれだけ。回収された中には無かったし、壊されたか盗まれたと思ってたんだけど……」

「なんだ、じゃあまた自力で来たのか」

 

 そういえばあの時はまだアンジェリーナちゃんのことを知らなかったから、普通のバイオリンってことにしてたんだった。説明しておこう。

 

「……タイガー、あなたの周りってどうなってるの?」

「ちょっと特殊な環境だと思うよ」

 

 エレナは疲れた顔で、ちょっとどころじゃない……とつぶやいて帰った。

 手伝いがあると言っていたが、もしかすると幽霊系は苦手だったのかもしれない。

 

「忘れてた。今日の昼、グランパが会って欲しい人がいるんだって。服とかはそのままでいいけど、軽く人と会う用意だけしておいて欲しいそうよ」

「お、おう、了解」

 

 帰ったと思ったら急に出てきてびっくりした……

 しかし誰だろうか? そういえば事情聴取とか受けてないし、それ関係かな?

 とにかく従っておこう。

 

 ちなみにその後、トキコさんから催促を受けた。

 四日間連続で引けなかったからなぁ……

 しかも霊感が磨かれたせいか、要求と指導内容をよりハッキリ感じられた。

 ドッペルゲンガーで防音対策。

 昨日覚えたスキルも活用して練習を行うと……

 

 すごい……

 最初こそ四日ぶりで指がなまっているように感じたけど、十分足らずでカンを取り戻せた。

 その後はだんだんと上達を自覚できる。

 こう、教わったことを整理して行動に反映する速度が上がっているようだ。

 

 その後、調子に乗った俺は次の検査で呼ばれるまでバイオリンを弾き続けていた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼

 

 病室で家庭菜園の本を読んでいると、六人組が部屋に近づいてきた。

 全員男で拳銃を所持している。

 一瞬警戒したが、そのうち一人は杖をついている。

 さらに顔の形状から一人はボンズさんだと判明。

 警戒を解いて軽く身だしなみを整える。

 

 扉がノックされた。

 

「どうぞ」

「失礼するよ、タイガー。元気そうだな」

「おかげさまで」

 

 室内に入ってきたのはボンズさんともう一人。

 ボンズさんよりも明らかに年上な白髪の男性だ。

 杖は突きながら、もう片方の手にはアタッシュケース。

 何より視線に力がある。

 ……この人どこかで見たような……

 

 アナライズにより記憶の検索。

 慣れたもので、一瞬にしてこれかと思われる情報が見つかった。

 

「そちらの方は、もしかしてMr.コールドマンですか?」

「おや、私のことを知っているのかね?」

 

 “アルフレッド・コールドマン”

 

 大企業の社長令息として生まれた彼は、家を継ぐために経営学を幼い頃から学んだ。成績優秀で名門の学校を常にトップクラスの成績で卒業し順調な人生を歩んでいたが、同時に自分の生き方に疑念を抱き続けていた。

 

 転機は大学在学中。とある会社が倒産しかかり、知人を通して相談を持ちかけられたので経営状況改善のためにできる限りのアドバイスを行った。結果としてその会社は倒産寸前の状態から持ち直し、そこから自分が学んできた知識を活かすことに意義と充実感を発見。最終的に親の会社を継がず一人の経営アドバイザーとして独立した後、数多くの企業の経営に携わり、自分自身でも会社を興して財を築いた……通称“経営の帝王”。

 

 記憶違いでなければ御年七十一歳。

 世界の大富豪を紹介する番組で何度か紹介されていた覚えがある。

 ただ三年前に会社を息子に譲り、隠居生活を始めたというニュースも聞いたけど……

 とにかく彼はアメリカどころか、世界でも有数の大富豪だ。

 どうしてそんな方がここに……なんて言うまでも無いな。

 

「察しの通りだ。事後承諾で悪いが、私の独断で不都合な情報のもみ消しに協力を願った」

「それは構わないというか、仕方の無いことだと思いますが……せめて来客が誰かくらいは教えて欲しかったです」

「すまん。こちらにも色々あってね……」

 

 申し訳なさそうなボンズさんの横に、朗らかな笑顔を見せるMr.コールドマン。

 うっすら見えるオーラから判断して、本心から笑っているようだけど……

 というか何が楽しいのかすら俺には分からないんだが……あ。

 

「立たたせたままで申し訳ありません。どうぞ」

「ふむ……あまり動じていないな」

 

 これまでの事で度胸はついただろうし、“恐怖耐性”や“混乱耐性”もある。

 驚きはしたけど平気だった。

 三人分のコーヒーを用意して話を聞く。

 そしてまず最初に伝えられたことは、

 

「まず今日私が君に面会させてもらったのは、君たちが襲撃された件についてではない」

「……と、仰いますと?」

「まったく関係ないとは言わないが、目的は別なんだ。単刀直入に言おう。私は君をスカウトに来た」

 

 スカウト? 言葉の意味は分かるが、何に?

 そう考えていると、彼はさらに説明を続ける。

 

「私は今、ある事業を興そうとしている最中でね」

 

 言いながらアタッシュケースを開き、渡されたのは書類入りのクリアファイル。

 まず目に入ったページには“超人プロジェクト”と記されている……

 軽く読ませてもらったが、内容はアスリートや格闘家の育成とサポート事業だ。

 将来性のある人材を集めるとのことだが、その規模が信じられないくらいでかい。

 ざっくりまとめると……

 

 1.専門に用意された部署への申し込みを行い、規定に沿って書類審査、体力テスト、面接を受け、合格すればサポートを受けられる。(三年ごとに契約更新)

 2.応募資格は高校生以上であれば性別、年齢、国籍、人種、種目、経験は不問。

 純粋にテストの結果、特に運動能力を重視して合否が決まる。

 3.コールドマン氏の推薦を受けた者は特例として、一切のテストを免除し合格とする。

 4.サポートはコールドマン氏の関わった企業・病院と提携して行う。

 5.超人プロジェクトではスポーツ医学やトレーニング器具の研究開発を行う部署も設立し、アスリートが提供したデータを元に研究を行う。

 

 

 選手と研究者とメーカーが三位一体となって、スポーツや格闘技の発展に貢献していこう!

 って感じだけれど、全体的にコールドマン氏の意向が超ストレートに出ている。

 発案者も出資者の筆頭も彼だけど……ここまで露骨なのはどうだろう?

 特に3なんかもう清々しさすら感じる。

 事業より彼の道楽と言われたほうがすんなり受け入れられそうだ。

 

 サポートは基本的な練習道具や競技用のユニフォームから、万が一の治療まで含まれているし……これはこれで手厚すぎて逆に疑いたくなる。

 

「私は若い頃から運動だけは苦手でね。アスリートは憧れの存在であり、大好きなんだ。そして私は彼らが潜在能力のすべてを発揮した所を見たい。見て分かったと思うが、発端は老い先短くなった私の道楽さ。

 そこに協力者を募り、社会貢献の意味を加えた。それが“超人プロジェクト”。どうだろうか?」

 

 何かの競技で結果を残せばボーナスも出る。企業と契約し広告料を得ることも夢ではない。そんな申し出の仲介やマネジメント、税金関係のあれこれもサポートの対象内。

 

 さらに彼自身の口から詳細の説明やこの事業に対する思いが語られる。

 理路整然と聞こえ、オーラによる予想を裏付けるほどの情熱と子供みたいな楽しさ。

 飾らない率直な物言いでストレートに熱意を伝えてくる。

 意識せずとも気を引かれ、言葉が心に響いてくるようだ。

 さすが経営の帝王。これが本物のカリスマなのだろうか?

 

 ……正直、興味は少しある。条件も昔の勤め先よりよっぽど良い条件なんだけど……

 

「失礼ですが、どうして私をスカウトしようと?」

 

 これが気になる。襲撃が関係ないとすると、

 

「先日日本で放映されたプロフェッショナルコーチング、あの番組を見せてもらったよ」

 

 やっぱりそっちか……なぜピンポイントにそれを見たのか。

 

「将来有望な選手の情報は部下に命じて前々から集めていたんだ。プロジェクトが本格的に始動すればすぐに勧誘に移れるようにね。そして君の番組をアジア担当の一人が私のところに持ってきた。たった一週間で同世代の国内記録を超える記録を収めた少年。衝撃だったよ、君はまさに私が求めている人材に思えたんだ」

 

 ずっと楽しげなオーラで語っていたが、ここでわずかな陰りが見える。

 

「見ての通り私はもう年でね。病気があるわけではないが、いつ人生の終わりを迎えてもおかしくない。だからこそ、君なんだ。私が求めているのは有名な選手じゃない。高い技術を持っている選手でもない。私が死ぬ前に、人間はここまでできる! そんな底力を見せてくれる人材。そこまでの成長力を持った人材だ。その片鱗を私はあの映像に見た。その時点で君を候補に入れたよ。時期を見て早めに打診するつもりでいたんだが……そこに彼が連絡してきた。

 総勢二十名を超える武装集団に襲われる危機的状況を、ほぼ一人で覆した存在を隠すために力を貸して欲しいとね」

 

 陰りは熱意に変わり始めた。

 

「最初は冗談かと思ったね。でも彼の声からして冗談とは思えない。だから力を貸す代わりにその人に会わせるよう条件をつけた。本当であればまた一人得がたい人材に会える。そのくらいの気持ちだったんだ。その時点ではね」

 

 しかし手伝いのために俺のことを聞き。元々目をつけていた日本人の“葉隠影虎”。

 つい先日のビル火災でアメリカを騒がせた“ブラッククラウン”。

 そして銃を持った大勢を肉体一つで打ち倒した“謎の人物”。

 それら全てが同一人物だと知った。

 

「私にとって、君の重要度がさらに上がった瞬間だ。調べてみれば君はまだフリーだそうだね? どこか他の所に君が所属するかもしれない。そう考えるといてもたってもいられなくてね……突然の訪問、すまなかった」

「いえ、この程度であればまったく。こちらこそありがとうございました。Mr.コールドマン、あなたのおかげで私は助かっています。

 ……しかし、残念ながらこのお話は」

「条件に不満があったかね?」

「条件は破格だと思います。ですが……」

 

 この人の事は良く知らないが、オーラを見る限り嘘や俺を騙しそうな印象は無い。

 ただ自分の望みとそれに対する熱意を本当にストレートにぶつけてきている。

 ……オーラを見る力が強くなっていて良かった。

 この人も何も知らないわけじゃない。

 少し考えたけれど、この熱意には包み隠さず答えることにした。

 

 自分には寿命が残されておらず、一回分の契約期間にも満たないこと。

 生き延びる方法を探しているが、まだ確実な方法は見つかっていないこと。

 そして何より充実したサポートのため、アメリカへの移住が望まれている。

 費用や新居などはすべて用意してもらえるらしいが、移住は不可能だ。

 俺が生き延びる方法を見つけるには、あの街以上の場所は無い。

 

「詳細は口にできませんが、そういう事情でして」

「…………確かに、あの現場には明らかにおかしな点があったが……」

 

 彼が悩み始めた。かと思えば、

 

「サポート体制には見てもらった通り病気治療も含まれている。ひとまず生き延びる事に協力する、という形ではどうかね?」

 

 んー……?

 こうもあっさり対応されると、断るための方便と思われたのだろうか?

 そう勘繰ってしまった。

 しかしオーラは大真面目。この人の真意が分からなくなってきた……

 

「……資金力や設備では負けますけど、真っ先に協力してくれた方々がいますから」

「そうかね……分かった。少々性急過ぎたようだ。しかし私としては変わらず君に協力を頼みたい。ぜひもう一度考えてくれたまえ。返答はすぐでなくても構わない。親御さんとも相談してね。

 もちろん断った場合も君や家族に手を出すつもりは無い。これだけは明言しておくよ。DOUCの二の舞にはなりたくないからね」

 

 連絡は置いていった書類の番号か、ボンズさんに頼めばできる。

 彼はそう言い残し、ガードマンを引き連れて帰っていった。

 ……“恐怖耐性”や“混乱耐性”があっても、終始会話のペースを握られたような印象だ。

 オーラを見る力は役に立ったが、流石にこれだけでやり手の経営者を相手する自信はない。

 今回は相手に無理強いするつもりが無さそうで良かったものの……

 日本の騒ぎを考えると、今後似たような勧誘があるかもしれない。

 交渉術……伝達力をもっと磨くべきだろうか……




影虎は大富豪のコールドマンと知り合った!
コールドマンから勧誘を受けた!
影虎はあふれる勇気で対応した!


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145話 親子の意地

 夜

 

 面会時間の内に魔術を学びたいと、アンジェリーナちゃんがやってきた。

 しかし、

 

「俺いらなくない?」

 

 彼女はラグ()のルーンを書き込んだプラスチック板に魔力に流している。

 最初こそ苦戦していたが、彼女は俺が何度か吸い上げた魔力の動きを感じ取ることに成功。

 今では徐々に体内の魔力を外に出せるようになった。

 所要時間、約一時間。

 プラスチック板には数滴の水滴……効果は弱いけど、魔術も発動している。

 魔力を感じるところから始めてこれだ。

 尋常でない早さで成長している。

 もう一度言う。俺、いらなくない?

 

「私には魔術が使える時点で凄いと思うのだけど、タイガーから見ても凄いの?」

「普通に凄いですって……ペルソナの補助があるわけでも無いのに。本当に魔術の天才だと思いますよ」

「本当?」

「本当だよ」

「褒められた」

「良かったわね」

 

 アンジェリーナちゃんは嬉しそうに、カレンさんへ笑顔を向ける。

 

 彼女との関係は俺が生還して以降、明らかに変化した。

 実のところ……俺の周りに死の煙はまだ見えるらしい。

 しかし前と比べて煙は格段に薄くなっていて、本人曰く緊急性はなさそうとのこと。

 さらにこれまで彼女が不本意にも当て続けていた他人の死が、初めて覆った。

 これにより安心感と俺に対する興味を持ったようだ。

 しかしこれまでの自分の態度を気にしているようで、オーラが複雑な色をしている……

 俺は気にしていないけれど、慣れるにはまだ時間がかかりそうだ……

 幸い才能と興味があるようなので、魔術を通してコミュニケーションを続けていこう。

 

「読み終わったわ」

「いかがでしょう?」

 

 カレンさんにはコールドマン氏が置いていった書類を見てもらった。

 元弁護士としての目で、契約内容などについてアドバイスを貰うために。

 さすがに問題のある書類を俺の手元に残して帰ったとは思えないが……

 

「そうね……聞いていた通り破格の待遇よ。特別な事情が無い限り、十人の内九人は話に乗るんじゃないかしら。契約内容にも度を越えた不利益を被るような部分はないわ、とにかく贅沢だから疑いたくなる気持ちも分かるけどね」

「ですよね」

「彼の意思が事業に大きな影響を与えていることも事実。だけどコールドマン氏は昔から経営改革を続けてきた方だから……お歳のこともあるし、道楽として自重が減ってる可能性は否めないけど、ある程度は弁えてると思うわよ」

「今後どう対応すべきでしょうか? 諦めないと宣言されたので、きっとまた来ます」

「そうねぇ……とにかくまずこちらの方針を固めなきゃだめね。そのためにはご両親と相談する必要があるけど……」

 

 うちの親はすでに別の件で頭を悩ませている最中だ。

 俺はまず二人が出す結論を知りたい。それは俺の今後に影響を与えるだろうから。

 この件を伝えるのは、そっちをしっかり考えてもらってからにしたい。

 

「コールドマン氏も結論を急いでいたわけではないようだし、ひとまずは大丈夫でしょう。勢いに呑まれて首を縦に振らなかったのはグッドよ」

 

 事の次第はある程度ボンズさんから聞いていたようだ。

 コールドマン氏を連れてきた彼だが、状況によっては話に割って入るつもりでいたらしい。

 面会時間が終わるまで、魔術の指導をしながらカレンさんに交渉のポイントと最低限の心構えを教えてもらった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 8月16日(日)

 

 朝から検査の合間に“ハンドレタリング徹底指南”を読み、部屋に戻ったら鉛筆で練習。

 まだ基本のデザインを真似ながら書いている段階。

 だけど基本のアルファベット一文字ならそれなりに書けるようになった。

 デザインや記入する内容に工夫していければいいが……まだ練習を重ねる必要がある。

 でも上達すればハンドレタリングの技術で、ルーンを見栄えよくデザインできそうだ。

 良いデザインで使えるルーンが書ければ、さらに良いアクセサリーが作れるかもしれない。

 

 しかし……ずっと続けていると飽きてくるな……

 

 そしてベッドに寝転んだ時だった。

 

「よう、影虎」

「!」

 

 父さんがノックもせずに入ってきた。

 後ろに母さんと江戸川先生、それにジョナサンとボンズさんもいる。

 

「ハァイ! タイガー、元気ですかー?」

「調子はどう?」

「いつも通りだよ。ドクターから見ても問題ないそうだから、退院は予定通り明日になった」

「そう。良かった……」

 

 安心した様子の母さん。

 それに続いて父さんが口を開いた。

 

「影虎……一昨日のお前の話、俺たちは信じるぜ」

「そう」

 

 ペルソナも魔術も見せた後だし、そうなるんじゃないかとは思っていた。

 けど、

 

「納得できたの?」

「できねぇよ。信じるだけだ」

「昔から虎ちゃんは、他所の子と比べてなにか違うとは薄々思ってたから」

「だけど一つだけ聞きてぇ。お前、なんでこれまで黙ってた。昔のアレの話かと思ったけどよ、それにしちゃ聞いてないことが山ほどあるんだが?」

「最初に病院へ連れて行ったから……信じないと思ったの?」

「……その気持ちが少しもなかったとは言わないよ。俺もこんな風に証拠を見せられるのは今年に入ってからだから」

 

 隣にドッペルゲンガーを出しながら説明する。

 

 ただ、俺は二人を信用していなかったわけじゃない。

 話したら信じてくれるかもしれないとも思っていた。

 昔病院に連れて行かれた事は、常識で考えたら当たり前のことだ。

 むしろあの時の二人はちゃんと考えて、最良の選択をしようとしていたと思っている。

 

 一昔前まで、心療内科の受診には偏見の目があった。

 重篤になる前に精神のケアをすることは大切な事。

 欧米ではそれが当たり前に近い認識だそうだ。

 けれど、日本人はそれを“心が弱い”とか“我慢が足りない”と否定的な見方をしていた。

 最近は変わってきているらしいが、まだそういう認識の人は多いかもしれない。

 

 そんなことはないのに。

 

 具体的にこれがこうだから悪い! そんな風に理路整然と否定する人はまずいない。

 先に挙げたような理由で無責任に“悪いものだ”と決め付ける風潮が流れていた。

 そんな“悪いもの”に自分や家族がなることを認められない人もいる。

 その結果、問題を放置したまま状態を悪化させ、自殺に発展することも。

 

 心療内科にかかることは悪いことではない。

 それでも周囲の目を気にして受診を控える。

 子供を受診させたがらない親も世間にはいるだろう。

 そんな中で、二人はためらうことなく俺を連れて行った。

 その方が俺のためになると考えて。

 だから、受診を理由に“両親には信じてもらえない”と考えたことは無い。

 

 そう伝えると、親父は身を震わせた。そして俺の胸倉へ手が伸びる。

 

「だったら何で話さなかった!」

「お父さん、落ち着いて!」

「待て!」

「そりゃ説明も難しいかもしれねぇ。俺が信じないかも知れねぇ。それでも話さなきゃ俺には分からねぇんだよ! だからこれまで口すっぱくして何でも話せって言い続けたってのにッ」

「リュー! ストップ! 一応は怪我人でーす!」

 

 親父は先生とボンズさんの二人がかりで組み付かれても手を離さない。

 もっと早く話してほしかった。

 信じたからこそ、どうして話してくれなかったのか。

 その気持ちはストレートに伝わってくる。

 だけど、そこは謝らない。

 

「こんな事にならなければ、一生話すつもりは無かった」

「んだと!?」

「虎ちゃん!」

「ウェイト! 何だこの力は……!」

「影虎君も言い方を考えて! 煽らないでくださいっ」

 

 さらに興奮する父さんを見ながら、俺は新しく得た力を使う。

 

「っ!?」

「うわっ!?」

「オウ!?」

 

 驚いた父さんの手が緩まり、勢いのまま三人まとめて転ぶ。

 

 突然俺の前に現れたのは、色が違う七つの光。

 四つは直線で結べば四角。

 三つはその内側で三角形になるだろう。

 それが内と外。均等に配置された光が回転し、二重の円を描いている。

 

「なんだそりゃ……」

「“パラダイムシフト”」

 

 原作では6月に現れる大型シャドウ、“エンプレス”と“エンペラー”のスキル。

 二体はこれで戦闘中に自分の持つ耐性を変化させてる。

 主人公たちのペルソナが扱うスキルの中には無く、情報もそれしかなかった。

 しかし俺は使える。

 

 光の回る円周上に不可視の点が九つ。

 物理に打撃・斬撃・貫通。

 魔法に火・氷・風・雷・光・闇。

 全部で九つの項目と数が一致する。

 加えて感じるエネルギーは九つのうち七つが同じくらい。残り二つはその倍くらいだ。

 俺の持つ耐性を加えて考えてると、七つは“耐性”、二つは光と闇の“無効”だろう。

 

 自分の耐性が変わっていくのは不思議な感覚だ。

 回転する光に合わせて全身のエネルギーが変な動き方をしている。

 でも……これでいい。

 

「江戸川先生、ボンズさん。ご心配おかけしました。もう大丈夫です」

「大丈夫、とは?」

「……父さん、殴りたければ好きに殴るといい」

「あ? 舐めてんのかコラァ!」

 

 あえて挑発的な態度をとる。

 乗ってきた父さんの拳が顔面に当たる、

 

「ぐうッ!?」

 

 直前。見えない壁に弾かれた。

 

「ってぇ! くそっ、何だ今のは!?」

「ペルソナは敵の攻撃に対して、威力を減衰させる“耐性”。無効化する“無効”。ダメージを回復効果に変える“吸収”。はね返す“反射”って特性があるんだ。

 効果を発揮するには攻撃に対応する特性を持ってなきゃいけないけど、さっき使ったのはその特性を自分の意思で自由に変えられる能力。それでドッペルゲンガーの特性を“打撃反射”に変えさせてもらった」

 

 パラダイムシフトは九種類の項目にエネルギーを配分する能力。どこをどれだけの割合にするかで効果も変わるようで、このエネルギーは肉体や精神のエネルギーとはまた別物と思われる。感覚が違って、パラダイムシフトを使わないと操れない。

 

 そして何も無い状態から耐性を得るために必要なエネルギー量を1と仮定した場合、各特性を得るために必要なエネルギーは耐性なし=0、耐性=1、無効=2、吸収=3、反射=4……という感じ。

 

 一ヶ所のエネルギーを他所へ移すと、当然そこにあったエネルギーは無くなる。

 だから今の俺は打撃反射を得た代わりに、火・氷・風の耐性を失った。

 エネルギーを配分して割合を変化させるだけで、全体の総量を超える変化は起こせない。

 だからあの二体も常に弱点を残し、山岸さんのサポートで弱点を突かれて負けるわけだ。

 

「ウラァ! っつう……オラァ!」

 

 そんなことを考えている間にも、親父は虚空を殴ってははね返されている。

 その様子を驚きながらも観察する四人。

 

「虎ちゃん、これ、あなたがやっているのよね?」

「そうだけど別に意識して能力を使ってるわけじゃないし、疲れもしない。理屈は良く分からないけど、ただ見ての通り父さんの攻撃は完全に防いで、攻撃すればするほど父さんは傷を負う」

 

 対処法はいくつかある。

 ここで使っているのは打撃反射なので、刃物で切るなり刺すなりすれば攻撃は通る。

 銃で撃たれても反射の効果はない。

 あとは魔法。今ならシャドウの魔法も普段より効くだろう。

 だけど、父さんは喧嘩に刃物は使わない。

 銃なんてもってのほか。魔法だって使えない。

 だから父さんが取れる手段は拳か蹴りか、せいぜい木刀とかそんな物。

 主義を曲げない限り、打撃反射に対して打つ手が無い。

 

「クソッ!」

「……これがペルソナ使い。シャドウにも打撃反射を持つ奴はいる。そんなのがわんさかいるのが影時間で、タルタロスって場所なんだよ」

 

 そんな場所で訓練や調べ物ができるのは、ひとえに俺がペルソナ使いだから。

 刃物や銃で物理攻撃の手段を増やしたとしても、バスタードライブのように物理攻撃を完全に無効化する奴だっている。

 

 二人に事情を打ち明けたらどうなる?

 信じてくれたら、二人は俺を止めるか守るか助けようとする。

 でも俺は止まれないし、二人は影時間に入れない。

 その時点で無力に近い。

 

 適性のない人間が影時間に入る方法があるという事も俺は知っている。

 影時間に落とす以外にも学校で影時間を迎えたり、あと桐条の技術で可能だったはず。

 入る方法がそれだけあるなら、他にも方法があるかもしれない。

 万が一、何かのきっかけで方法を見つけてしまったら、それこそ危険だ。

 

 二人が真剣に考えてくれるほど、二人の気を揉ませて首を絞める。

 だから教えたくなかった。

 

 だけど、父さんは退かない。

 

「ふざけんな! 親が子供を守ろうとするのは当たり前なんだよ、お前は不安なら不安で話したきゃ話せばよかったんだ。俺らのことを気にする必要なんかねぇ!」

「親父が親なら俺は子供だ! 親を思って何が悪い!」

 

 分かってるさ。

 気にせず相談して欲しかった。

 力になってやりたかった。

 そう思っているのは。

 言葉で理解しても、親としての気持ちで納得できないのは。

 父さんはそうなったら体が動くことも。

 でも、

 

「根性一つでどうにかなる相手ばかりじゃないんだよ!」

 

 こう言ってはなんだが……

 江戸川先生やオーナーに先に協力を求めることが出来たのは、“他人”だったからだと思う。

 今でこそ全面的に信頼しているが、最初からそうだったわけじゃない。

 胡散臭く思ったり、警戒もした。

 技術や利益を求めて協力関係を結び、その後の交流を重ねて今がある。

 もし彼らが最初から親父たちと同じ立場にいたら、やはり話さなかったと思う。

 

 刈り取る者と遭遇した時は本当に死にかけた。

 俺が探索できているのはまだまだ下層。

 壁があって上れていないが、上にはさらに強いシャドウがいる。

 そんな環境に自ら飛び込みかねない相手に話せるか。

 それが俺を思ってのことなら、なおさら話せない。話したくない。

 だから話さなかった。

 状況が変わったから話しただけで、その気持ちが変わったわけじゃない。

 話したきゃ話せばいい? なら話したくなきゃ話さなくていいんだ。

 

「俺は話したくないから話さなかった、それだけだ」

 

 俺が寛容さを捨てて言い放つと、当然のように親父は納得せずに殴りかかる。

 意地と意地のぶつかり合いが続く……




影虎とアンジェリーナの関係が改善した!
アンジェリーナは魔術が使えるようになった!
影虎はカレンから交渉の心構えを聞いた!
影虎は両親とぶつかりあった!


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146話 異変

「院内では静かにしていただかないと困ります!」

「「すみませんでした」」

 

 俺と親父は現在、中年のおばさんナースに怒られている……

 

「まったく……親子喧嘩をするなとは言いませんが、退院まではおとなしくしてくださいねッ!」

 

 おばさんナースは言うだけ言って出ていった……

 

「おっかねぇな」

「怒り方がちょっとヒステリー気味だったね」

 

 でも言ってる事は正しいので何も言えない。

 

「……どうする?」

「……どうするもこうするも、やる気が失せた。お前がやる気なら相手になるけどな?」

「俺ももういい。……母さん、手、大丈夫?」

「ええ、大丈夫よ」

 

 父さんと俺が意地の張り合いをしている最中。母さんは一度だけ手を出した。

 平手打ちを仕掛けてきて、物理反射にはね返される。

 その目に涙をためて、出てきた言葉はごめんなさい。

 分かってあげられなくてごめんなさい。

 そう呟かれた言葉は、熱くなっていた俺と父さんの頭を冷めさせた。

 

 そもそも母さんが手を出すのは初めてだ。

 父さんがいたのもあると思うけど、母さんはいつも止める側。

 俺は初めて母さんが手を出すところを見てしまった。

 父さんも驚いていたし、母さんはなれないことをして軽く手首を傷めた。

 俺を含めて誰もが動けなくなっていたところへあのおばさんが近づいてきた。

 あわててただの喧嘩を取り繕ったが……もはや喧嘩をする気分にはなれない……

 

「とりあえず、一件落着でいいのではないですかー?」

「ジョナサン……」

「リューもタイガーも雪美さんも、言いたいことは言ったし、相手の言いたいことは分かったでショー? 仲直り。それでいいのではないですか?」

「元々お互いのことを考えて、すれ違ったようですしねぇ」

「……俺は構いませんが」

「しゃあねぇな」

 

 ひとまずここを落としどころにすることにした。

 どちらからとも無く笑いあう。

 

「……んじゃ帰るか、天田を置いてきちまってるし」

「そうね。明日の用意もしなくっちゃ」

「また怒られる前においとましましょー」

 

 用が済んだらさっさと帰ろうとする三人。

 しかし気になる言葉が。

 

「待った、天田はどんな感じ?」

「あいつはー……まだちぃと納得できてないみたいだ。ほとんど部屋にこもってやがる」

「それに出てくるときは、体を動かさずにはいられないみたい。昔の虎ちゃんみたいね」

「そう……」

「タイガー。エレナも言ってたけど、もっとソフトに教えてあげればよかったのでは?」

「ジョナサンやエレナの言いたい事は分かるけど、中途半端な教え方はできないよ。事実は事実で正確に伝えないと……あいつだけは近い将来、ペルソナに目覚めて影時間に入ることになるんだ。そして母親が亡くなった真相を知る」

 

 今回秘密にしたとしても、どの道俺が自分の事を知っていたかは疑うだろう。

 ここで隠して後でバレたら、それこそ信用を失いかねない。

 原作の流れに沿ってバレたとすると、原作の真っ最中だ。

 そんなときに後々どう影響するか分からない爆弾を残しておくのは好ましくない。

 余裕のある今のうちに爆発させてしまった方が安全だ。

 

「実際、そんな風に利害で行動していた部分もあるよ」

「それも分かるが、あの子には心の支えになる物や人が必要だ」

「ボンズさんの仰る通りなんですがねぇ……」

 

 俺や江戸川先生への信頼は揺らいでいる。

 そして本来なら支えとなるはずの親は他界。

 現在の保護者には期待できない。

 

「……どうしたもんか……」

 

 とりあえず天田の考えを聞かないことにはどうにもならないか……

 

「そうですねぇ。今日のところは明日の用意を整えましょう」

「江戸川先生、さっき母さんも言ってましたけど、用意って何ですか?」

「決まっているじゃありませんか。君の退院パーティーですよ。色々ありましたが、無事に再び集まれることを祝してね。ヒヒヒ」

「ほんの少し料理を豪華にするだけだがな」

「マムが張り切ってましたよー? たぶん食べるの、とても大変でーす。だからタイガーを頼りにしてまーす」

「消化吸収促進の魔術もあるから、がんばるよ。」

 

 ここで思い出した。

 

「そういえば……江戸川先生」

「なんですか?」

 

 たしか先生はアメリカでのオフ会参加が目的だったんじゃなかっただろうか?

 

「……色々あって忘れてましたねぇ……満月の夜ですから、今夜ですね」

「大丈夫ですか? 会場とか」

「それは問題ありません。この街なので。というかここの窓から見えますよ」

 

 VIPルームというだけあって、この部屋は景色も良かった。

 先生が指差したのは、部屋の窓から見える海岸線。

 そこに立ち並ぶ中で、最も大きなリゾートホテルだ。

 世界各国からその筋の人が集まるオフ会なので、観光地のホテルで開かれるらしい。

 こんな事にならなくても、先生はこの町には来るつもりだったようだ。

 

「どうしましょうかねぇ……」

「影虎と天田の事は気にせず、行ってきたらいいじゃないですか」

「そうですよ先生。虎ちゃんは大丈夫そうですし、天田君は私が見てますから」

「それを目的にアメリカに来たんでしょう?」

「そうですか……? ではお言葉に甘えましょうか。そうと決まれば準備をしなければ」

「なら、改めて帰りましょー」

「そうだな。タイガー、明日また迎えに来るよ」

 

 そして五人は帰っていった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~病室~

 

 これがここでの最後の夜。

 病室にしては豪華な内装にも、たった三日住んだだけで慣れてしまった。

 いざ退院となると少しばかり寂しさもある。

 VIPルームなんて、おそらく人生で二度とない経験。

 せっかくなので、内装を隅々まで記憶に焼き付けておくことにした。

 暗視能力で暗闇の中を歩き回り、巡回が周辺把握に引っかかったら寝たふりをする。

 そしてやり過ごしたらまた起き出して、こっそり夜更かし。

 

 すると……

 

 ? なんだろう? 何か変な感じがしたような……気のせいか。

 

 と思ったが、違和感はだんだんと大きくなる。

 

 おかしい……でも、何がおかしい? 分からない。

 何かを感じる。でもそれが何か……

 

 答えが見つからないまま時間だけが流れ、時刻は11時59分55秒。

 そして、今日の影時間を迎えた。

 

「!?」

 

 世界が塗り変わった途端、違和感が急速に強まっていく。

 警戒のスキルが脳内に警鐘を鳴らす。

 その対象は窓から見える異様な風景。

 昼間は海岸線とホテルがあったはず。

 なのに……

 

「なんで……()になってるんだよ……」

 

 昼間あったはずのホテルが消えて、影時間には森になっている。

 影時間になったとしても、基本的に建造物が変化することはない。

 だが俺は唯一の例外を知っている。

 

「まさかタルタロス化してる? ……っ!? マズイ!」

 

 今夜はあそこで江戸川先生のオフ会が開かれているはずだ。

 何をやったか知らないが、あそこに居たら巻き込まれる!

 

 俺は装備を整えて、窓から外へ飛び出した。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 ~海辺の森~

 

「やっぱりか……」

 

 近づいてみると、普通の森じゃない事がすぐに分かった。

 綺麗に舗装された道路に、南国風のリゾート地。

 近代的なビルが立ち並ぶ横に、ジャングルかと思わせる密林が広がっている。

 しかもその木々は全て石や鉄で構成されていて、人工物に近い。

 おまけに木は幹から枝まで捻じ曲がり、下草は生垣のようになっていた。

 それが森の周りをぐるりと囲んで、まるで人の立ち入りを拒んでいるようだ。

 

 どこか入れる場所を探さないと……

 

「イヤァアアァアァァッ!?」

「!!」

 

 誰かの悲鳴。

 位置はおそらく森の外。

 急いで声の元を探す。

 

「!」

 

 見つけた!

 黒い犬のようなシャドウと女性が向かい合っている。

 女性の服は砂に汚れ、武器に使ったと思われる枝がシャドウの後方に落ちていた。

 

 間に合え!

 

「ギャウン!?」

 

 ソニックパンチが効いた。

 

「大丈夫か!」

「ひぃっ!?」

「グルルルル……」

 

 できた隙に女性とシャドウの間に飛び込む。

 すると女性は怯え、シャドウは俺を威嚇。

 

 ……まずはシャドウを倒そう。

 あの姿。黒く滑らかで犬かと思ったが、狼を模しているのかもしれない。

 どちらにしても素早そうだ。

 

「グワッ!」

「ハァッ!」

 

 一直線の飛びかかり。

 爪を避けて腹へ一撃。

 跳ね飛ばされて小さな悲鳴を上げたものの、シャドウはすぐに起き上がる。

 追撃のシングルショットは避けられた。

 

 打撃は効くが、弱点ではなさそうだ。そしてやっぱり素早い。

 

 今度は足を狙った噛みつき。

 足に刃を付けて逆に蹴りつける。

 

「ギャウン!?」

「おっ」

 

 攻撃を受けてすぐに離れていく。

 打撃よりも斬撃の方が効くようだ。

 打撃耐性あり、斬撃に耐性なしってところか。

 だったら……

 

「グルル……」

 

 両手に作り上げた小太刀に明らかな警戒を示すシャドウ。

 こないなら、こちらから行く!

 

「シャアッ!」

 

 シャドウも同時に地面を蹴る。

 爪を振り上げているが、動きは見切った。

 爪を半身で避けながら、人間なら脇の部分を切りつける。

 傷を作ったシャドウは着地に失敗。

 

 チャンス!

 

 転んで生まれた隙を見逃さず追撃。

 二本の刃で切っては刺す。

 ほどなくしてシャドウは黒い霧へと変化した。

 

「ふぅ……おっと。お怪我はありませんか?」

「イヤッ! こないで!!!」

 

 錯乱している……パトラ(動揺・恐怖・混乱の回復魔法)は効くだろうか? 

 試してみる。

 

「は……え?」

「落ち着きましたか?」

「……言葉……分かるの……?」

「こんな格好ですが人間ですよ、私は。何があったかわかりますか?」

「わからない……歩いてたら突然、変な森が見えて……ううっ!」

 

 どうやら少しだけ冷静になったようだ。

 そのまま話を聞いてみると……

 

 この女性は旅行者。

 ちょっとしたトラブルがありホテルへ帰るのが遅くなった。

 ホテルに到着したはずなのに、気づいたら目の前は森。

 困って様子を伺っていたら、草木を挟んであのシャドウと遭遇した。

 隙間から見えた姿に驚いて逃げたが、何をしたか細かいことは必死で覚えていない。

 あの森の木々と同じ枝が落ちているところを見ると、あれで交戦したのかもしれない。

 

 得られた情報から考えて、やはりあの森はホテルがあった場所のようだ。

 それにもう一つ大きな問題が発覚した。

 

「森の中にいたさっきのが、外に出てきたんですよね?」

「ええ……壁を越えてじゃなくて、たぶんあっちの方から回り込んできたと思うわ。私を追ってきてたし、同じやつだとおもうけど……」

 

 その話が本当なら、森の様子は外から覗ける。逆に森の中から外を覗くこともできる。

 そして獲物を見つけたらイレギュラーになって襲ってくる?

 ただこの人がシャドウに呼びよせられただけか……分からないけど良い予感はしない。

 江戸川先生もそうだけど、他の皆も大丈夫だろうか?

 

「ねぇ、あなた何なの? 私はどうすればいいの?」

 

 そうだな……

 

「私は“ブラッククラウン”。近頃はそう呼ばれています。ここは危ないですから、あの店に入りましょうか」

 

 女性を近くのコンビニへ連れて行く。

 リゾート地だけあって、まだ営業していたんだろう。

 中は棺桶が五つほど立ち並んでいる。

 

「何なのよここは……」

「大丈夫。あの化け物は建物の中にはまず入ってきません。外から見つからないように、念のため戸棚の後ろに隠れてください」

 

 女性は素直に指示に従う。

 ここで大人しくしていれば彼女は大丈夫だろう。

 

「あなたはここに隠れていてください」

「待って! どこに行く気なの!」

 

 女性は不安そうだ……しかし俺は行かなければならない。

 

「すみません。あの森にいる知人を助けないといけないので」

 

 一度周囲の安全を確認して、森へ向かうことにした。




影虎と龍斗は看護師長に怒られた!
二人はぶつかり合って、一応の折り合いがついた!
天田は閉じこもっているようだ……
影時間に異常が発生した!


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147話 影時間の町

 8月16日(日) 深夜

 

 ~リビング~

 

「皆、寝ないの?」

「ああ……」

「僕はもう少し起きてるよ」

「私も……」

 

 ジョーンズ家、安藤家、そして葉隠家の面々は、移り住んだ家の二階に集まっていた。

 夜遅く、夢うつつな状態にもかかわらず、最年少のアンジェリーナまで。

 例外は入院中の影虎と、部屋にこもっている天田のみ。

 

「あら?」

「誰だ? こんな時間に……」

 

 深夜にもかかわらず、片隅に備え付けられた電話が鳴った。

 

「はい……エドガワさん? どうしたんだい? え? ああ、分かったよ」

「どうした? アメリア」

「江戸川先生に何か?」

「よく分からないけど、帰ってきたみたいだよ。外にいるって」

 

 表へ向かうアメリアに、ついていくボンズ。

 二人は程なくして江戸川をつれてリビングに戻る。

 

「ただいま帰りました」

「江戸川先生、どうなさったんですか?」

「今日はオフ会で帰らないはずじゃなかった?」

「何と言いましょうか……オフ会は主催者の方が講演を行い、意見交換をする学会のような物だったんですが、残念ながら私とは魔術師としてのスタンスが相容れなくてですねぇ。若干危険な香りがしたので、途中で帰ってきてしまいました。夜分遅く申し訳ない」

「それは構わんよ。見ての通り、どうせ誰も寝ていなかったからな。何か飲むかね?」

「コーヒーでよければすぐに用意できる。インスタントだが」

「いただきます」

 

 リアンがコーヒーを入れる間に、江戸川の席が用意された。

 

「それにしても……やはり皆さん、影時間のことが気になっていますね?」

「それはそうよ」

「午前12時に訪れる怪物の徘徊する時間。どうしても気になってしまう」

「僕はかっこいいと思うけどね」

「ヒヒヒ、ロイド君たちの年頃だと成長に影響しますよ。私も最初はそうでしたけどね。……天田君は」

「部屋にいる。でもたぶん起きてる」

「さもありなん。彼にとっては無視できる問題じゃないでしょうしねぇ……明日は影虎君が帰ってきますが、いったいどうなることやら」

 

 影虎と天田の行く末を憂いながら、彼らは夜を過ごした。

 そして時計の針が頂点を示す。

 

 いつものように、ただ日付が変わる。

 

 ……はずであった。

 

『!?』

 

 突然の停電。

 窓から差し込む緑色の月光。

 壁に浮き上がる血痕。

 

「うそっ!?」

「停電か?」

「暗いわ、どうなってるの?」

「気持ち悪い……」

「こんなん前からあったか?」

「っ、落ち着け!」

 

 周囲の変化に不安げなざわめきが広がりつつある中。

 収拾がつかなくなる前にと声を張り上げたボンズが注目を集めた。

 

「……江戸川、これは……」

「……この光景。それに電子機器が使えません。まず間違いないでしょう。影時間です」

「ワァオ……僕たち本当に影時間に来ちゃったんだ」

「時計も12時で止まってるぞ。カイル、そっちはどうだ?」

「とてつもなく不気味な月だよ。リアン」

「なんだか寒気がするねぇ……」

「グランマ……」

「アンジェリーナ、ママのそばにいましょうね」

「ここが影時間……虎ちゃんの見ていた世界……」

「アンビリーバボー、月が大きすぎまーす……」

「2008年8月16日。今日は満月ですからねぇ」

「何でかしらねぇが、入っちまったもんはしかたねぇ! 俺は天田を連れてくる!」

「私も行こう。単独行動は危険だ」

「ジョージさん。助かる」

 

 龍斗とジョージが天田の部屋へと駆け、数十秒後。

 

「うわぁ!?」

「天田! さっさと来い! 緊急事態だ」

「ちょっ、と待ってくださいよ!」

 

 蝶番の壊れた音の直後に、龍斗が天田を引きずりリビングへ戻った。

 

「これで全員揃ったな?」

 

 ボンズの問いかけに、皆が首を縦に振る。

 

「我々は状況から考えて、影時間に落ちたと考えられる。誰か、原因に心当たりはないか?」

「私たち全員が適性を持っていた、って事はないと思うわ。適性があったなら、もっと前から影時間を知覚していたはずだもの。それから適性を今日得た、というのも考えにくいわね。この人数が一度になんて……何か別の要因があるはずよ」

「あっち……」

 

 ここでアンジェリーナが、部屋に三つある窓のうち一つを指し示す。

 

「外は全部危ない。でも特にあっちが危険。あっちから煙が広がってきてる」

 

 彼らのいる建物は交差点に面している。

 さらに角部屋の二階ということもあり、窓からの見通しは良かった。

 煙は彼女にしか見えないが、その見通しの良さゆえに別の異変に気づく者が出た。

 

「あっちか。……おい兄貴」

「どうした?」

「いいから見てみろよ、おかしいぞ」

「……ホテルが無い」

 

 ウィリアムとカイル。

 この家に住んで長い二人は、毎日この窓から見えるホテルを目にしていた。

 それが忽然と消えた事を語り、その変化から彼らもタルタロス化の可能性にたどりつく。

 そしてさらに、ホテルということで新たな可能性を思い浮かべた男が一人。

 

「江戸川先生、何か?」

「あそこにあったホテル。今日私が行っていたオフ会の会場なんですよ。そしてそのオフ会の内容なんですが、カバラの勉強会と……召喚魔術への挑戦でして……たしか事前に配られたパンフレットでは11時頃から準備と儀式を初め、12時丁度に召還を試みる予定になっていたはずなんです」

「ありえないって言いたいのに」

「もはや戯言とも無関係とも言い切れんな」

「本当にそれが原因なら、厄介なことをしてくれたもんだ」

「町中がこの状態なのか? 他の住民は」

「分かりません。ですが我々がこうしてまとまって影時間に活動している以上、他の方も影時間に“落とされた”のではないでしょうか? 影虎君は可能と言っていましたし、シャドウは捕食対象を影時間に引きずり込むそうですから」

「……ねぇ、エドガワ……今すっごい嫌なこと言わなかった?」

「ヒヒヒ……言いましたねぇ」

「ヒヒヒって、笑い事じゃないですよ! あの時と同じだ……この光、この景色ッ!?」

「大丈夫よ。落ち着いて」

 

 江戸川に食ってかかった天田の手を、雪美が握る。

 驚いたように顔を見上げた天田はすぐに、視線を床へ落としてしまった。

 

「……影時間が終わるまで待つしかないな」

「建物の中に隠れていればまず安全、ってタイガーは言っていたよね」

「本人がいてくれたら心強いのだけど」

「やはり電話も使えない。連絡は無理だ」

「使えても取り次げるかわからねぇだろ。ほら、兄貴。銃」

「ああ。……しかし、本当にこんな事があるのだな」

「まったく、驚かせてくれるねぇ」

「だけど、なんだか慣れてきた気がするわ」

「エイミーの言う通りね。ここまで色々ありすぎです」

 

 ここ数日の異常事態続きにより、彼らは思いのほか冷静さを保っていた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「……ねぇ、どれだけ時間経った?」

「わからない」

「まだ一時間程度だろう」

「満月の日の影時間は、三時間あるそうです。まだまだですねぇ」

「えー、まだそんなもんなの?」

「張り詰めすぎると気が持たんぞ。……? 皆、静かに……!!」

 

 ボンズが息を潜め、窓のそばにいた者が外をうかがう。

 

「……向こうの交差点に影が二つ。人間のようだが、様子がおかしい」

 

 影時間の町をふらふらと歩く男女が二人。

 その表情からは生気が感じられず、茫然自失と言うべき状態でひざをついた。

 

「無気力症になっているな……」

「とすると近くに……!!」

 

 男女が出てきた建物の影から、さらに動く存在を確認。

 

「ウィリアム……は、いるな」

「おいおい、俺をあんなのと一緒にするなよ。俺の方がよっぼどイケてるぜ。あいつは……だいぶワイルドすぎるだろ」

「この時間でなければ即逮捕しているところだ」

 

 彼らの目に飛び込んだ影は、ほとんど人の形をしていた。

 ただしかなり大柄なウィリアムが比較に出される程度に大きい。

 衣服は腰に毛皮のような物を巻きつけているが、それ一つなので裸同然。

 丸太のような棍棒を携えた巨体が一歩ずつ。

 地面を軽く揺らしながら、茫然自失の男女を踏み越えた。

 

 影人間は、いわば精神を食べられた後の抜け殻。

 シャドウは彼らに興味をもたなかったようだ。

 しかし……まだ抜け殻となっていない人間は別らしい。

 

「!!」

「しまった!」

 

 様子を伺うウィリアムとリアンへ、シャドウの目が向いた。

 

「……気づかれたか?」

「……ダメ」

 

 誰もが息を潜め……アンジェリーナがポツリと呟いた直後。地面が軽く揺れる。

 

「まずい、こっちに向かってきてるぞ!」

「見つかったら室内でもアウトだったか!」

「やるしかねぇな!」

 

 龍斗の声を合図に、戦闘準備に移る。

 

「リアン、カイル、それからアメリアは窓から援護。まだ撃つな。タイガーの話では、攻撃を弾き返す奴らもいるらしい、射程に入ったらまず私が一発撃って確認する」

「はね返されたらどうする?」

「その場合、銃は使えん。表に出て刃物で斬りつけるか殴りつけるしかない」

「ぶん殴るなら俺に任せな」

「俺も行けるぜ」

 

 龍斗とウィリアムが手を上げた。

 

「銃が効かなければ頼む。もちろんそれらもはね返されるかもしれんから注意は必要だぞ」

「拳が?」

「衝撃とかぶん殴った威力が丸々跳ね返ってくるんだよ」

「マジかよ」

「さすがリューは経験者ですね。タイガーの時みたいに負けないでくださーい」

「あれは負けてねぇ。それよりジョナサンは子供らを頼むぜ。雪美もな」

 

 牛歩の如く遅い歩みだが、シャドウは着々と彼らに近づいていく……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「いくぞ!」

 

 射程に入ったシャドウへ、ボンズは引き金を引く。

 

「グォッ!?」

「……! 銃は使えるぞ!」

「了解!」

 

 続けてジョージ、リアン、アメリアの持つ銃からも弾が吐き出されていく。

 しかし、

 

「っ、止まらない!」

「なんで顔面を撃たれて生きてるんだい!?」

「まったく効いていないということは無さそうだが……人間ならありえんな」

「目標変更! 足を狙え! これ以上接近させるな!」

 

 四人の銃撃が足へと集中。小さな傷が集まり、シャドウの足が止まった。

 

「グロオオ!!」

「リロード!」

「こっちもだよ!」

「カバーする!」

「撃ち続けろ! 反撃の隙を与えるな! ……まったく、四人がかりでマガジン一つ分の弾を撃ち込んで、やっと足止めになるとは恐れ入る」

「ちっ! こんな時に出番がないってのはもどかしいな……」

「リュート。これぶん投げてみるか?」

「おっ。何もしないよりマシだな」

 

 ウィリアムがどこからか大量のゴルフボールを持ち出し、龍斗と分け合って投げ始めた。死亡事故すら起こすこともある硬いボールが、力自慢の豪腕から繰り出されてはシャドウを打ち付ける。

 

「リロード! くっ、まだ死なないのか」

 

 ジョージの二つ目のマガジンが空になった。

 カバーに入ったアメリアも残りの弾数に不安を抱く。

 彼らは先日の襲撃から、自衛用の銃と弾は多めに用意している。

 ただしそれは人間に対しての備えであり、このシャドウの耐久力を見ては心細い量だった。

 

 シャドウは棍棒を盾代わりにして、防ぎきれない銃弾を全身に浴びながらも、地を這って少しずつ近づいている。この建物に接触されれば、二階にいる彼らにもシャドウの手は届き得る。

 

 シャドウが足元に到達するのが先か。

 シャドウが息絶えるのが先か。

 拮抗した状況の緊張の中。

 

「グランパ!」

「アンジェリーナ!?」

 

 小柄な体で窓枠の下に滑り込んだ彼女が、一枚の紙を掲げた。

 

ガル(・・)!」

「グアァ!?」

 

 彼女の叫びに呼応して吹き荒れる突風。

 それは渦を巻き、うずくまるシャドウを突き上げた。

 体がわずかに浮き上がり、手元から棍棒が吹き飛ばされる。

 何より銃弾より効果的なダメージがあることを、シャドウの叫びが物語っていた。

 

「うぉっ! すっげえな!」

「アンジェリーナ、それは!?」

「風の攻撃魔術」

「カレン! タイガーからそんなものまで習ってたのか!?」

「熱心に色々聴いてたのは知ってたけど、細かいことは聞き逃したかも! 私は書類読みながらだったし」

「火とか雷もあるけど、それは危ないからダメって……教えて欲しかったのに」

「……道理でタイガーが困った顔をしていると思ったわ」

「ひとまず効くなら良しとしよう! タイミングは指示する、今のをもう一度撃ち込んでくれ!」

「了解!」

 

 さらにアンジェリーナは魔術を放つ。

 

 威力は小さいが多数の銃弾に加え、銃弾よりも効果的な魔術による攻撃が加わる。

 足を潰されていたシャドウはいまやただの的と成り下がり、やがてその身を煙へと変えた。

 

「撃ち方やめ!」

「消えた……?」

「ってことはよ、俺ら」

「勝った、みたいだね」

「っ、よっしゃぁ!!」

 

 一致団結し、シャドウを打ち倒すことに成功した彼らから歓喜の声が上がる。

 

「ッ! まだ!」

 

 ……には早いようだ。

 

「おいおい」

「これは、もっとマズイな」

「少し派手にやりすぎたか」

 

 銃声につられてやってきたのか……さらに二体。

 剣と斧を持った巨人が、遠くからじりじりと近づいてきていた。




ジョーンズ家がシャドウの襲撃を受けた!
総力をあげて抵抗している!


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148話 切望

 僕は何をやってたんだろう……? 

 

 お母さんが殺されてから、ずっと苦しくて、悲しくて。

 どうしたらいいか分からなくて、一人になった。

 

 僕は何がしたかったんだろう……?

 

 お母さんを助けたかった。守りたかった。

 でも、逆に守られて自分だけが生きていた。

 

 僕は何をしようとしたんだろう……?

 

 復讐だ。

 お母さんを殺して、そいつだけが生きてるなんて、許せない。

 納得できない。だから、そいつを見つけて僕の手で殺す。

 そう決めて、あれ以来それだけを考えて生きてた。

 

 僕は……

 

 そのために力が必要だった。僕は弱かった。

 このままじゃ殺せない。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。

 でも力をつける方法がなかった……

 周りの皆は気を使ってくれるけど、それは僕の望む物じゃなかった。

 強くなりたいけど、本心を話せば絶対に反対されるのは分かってた。

 そもそも誰も僕の話は信じてくれなかった。警察も頼りにならない。

 自分で強くなって、自分で殺すしかない。だから強くなりたい。

 その繰り返し。……先輩と会うまでは。

 

 僕は……

 

 気づいたら病院で寝かされて、事情を聞いてお礼に行く。

 ただそれだけのつもりで会って、なにげなく聞いただけ。

 その答えを聞いて、もしかしたらと思って入部を希望した。

 パルクールで体を鍛えられる。強さの基本が身につく。

 藁にも縋る気持ち、ってああいうのなんだなぁ……って帰ってから思った。

 そしてまたここもダメなんだろう、って思ってた。

 他の部はどこも断られたから。

 

 でも先輩が受け入れてくれた。

 入部も。お母さんの話も。そこで見たことも。

 初めて全部を受け入れてもらえた気がした。

 

 活動が始まると基礎から丁寧に教えてくれたし、ラーメンもおごって貰った。

 真田先輩と試合をして勝ったときは、辛勝だけどカッコよかった。

 何より、楽しかった。

 

 でも先輩は知ってたんだ。

 僕のことも、お母さんのことも、シャドウのことも。

 受け入れるまでもなく、最初から知ってたんだ。

 知ってて僕を入部させて、知らない振りしてずっと近くにいた。

 楽しかったこれまでのことが、全部崩れていく気がした。

 

 アメリカまで連れてきて……結局、先輩は何がしたかったんだろう?

 善意で協力するつもり? それとも利用するつもり? 

 楽しかったこれまでが、全部嘘だったんじゃないかと思えてくる。

 

 僕は……ッ! 

 

「大丈夫よ。龍斗さんたちがいるから……」

 

 先輩のお母さんに抱きしめられて、前に出そうだった足が止まる。

 

「この野郎ッ!」

「予備の弾を持ってきてくれ!」

「アンジェリーナ、大丈夫か!?」

「うん……でも……剣の方、私の魔術、ほとんど効いてないっ」

「おそらく耐性があるんだ。だが斧は棍棒よりも苦しんでいるぞ。アンジェリーナはこのまま斧を倒せ。私が援護する。他は剣を持っている奴に集中しろ! 足止めが最優先だ!」

 

 皆が戦ってる。二つの窓から必死になって。

 どうして僕はその背中を見てるんだ。

 

「離してくださいっ! 僕も、僕だって戦います!」

「ダメよ!」

「落ち着いてください、天田君」

「僕は、僕はこのためにこれまで! ……?」

 

 後ろから、音がした。

 ロイドじゃない。エイミーさんでもない。もっと遠くから……

 

「天田君!!」

「!!?」

 

 雪美さんの声。

 強く押されて体が倒れた。

 目の前が暗い。

 何かが割れる音がしている。

 何が起こっ……!!

 

「っ!?」 

 

 仰向けになった僕の体。

 目の前は暗かったんじゃない。黒いナニカがそこにあっただけ。

 使われていなかったもう一つの窓から、巨人が手を伸ばしていた。

 押し倒されていなかったら僕は……気づいて足が震える。

 

「雪美さん!?」

「あ、またくん……大丈、夫?」

 

 目の前の手が、雪美さんを握り締めている。

 

「なにしやがんだこの野郎ッ!!!!!!」

「雪美さん!」

「離しなサーイ!!!」

 

 龍斗さん、江戸川先生、ジョナサン。

 ウィリアムさんやエレナさんまで、次々と手を攻撃してる。

 

「ッ!」

「やめろ! 魔術は味方を巻き込みかねん! そっちはウィリアムたちに任せるんだ! 隙を与えれば目の前の敵が一気になだれ込んでくるぞ!」

「天田君!」 

「先生ッ! 僕は!」

 

 止められたけど、アンジェリーナちゃんまで動こうとした。

 相手が違うだけで、ずっと戦ってるんだ。

 なのに僕だけ動けない。

 なんで! どうして! 僕は!!

 

 僕、は…… 

 

 腕の下から引きずり出されて、雪美さんの苦しそうな顔がよく見える。

 それは、まるで……

 

「お、かぁさん……」

 

 嫌だ。

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッ!! 

 

「嫌だ……」

「天田君!? 天田君!?」

 

 そうだ、僕は嫌なんだ。

 

 お母さんが死んでしまうのが嫌だった。

 死んだことを認めるのが嫌だった。

 殺した奴が生きているのが嫌だった。

 そして何より……何もできない自分が嫌だった!

 

 手元に青いカードが浮かび上がる。

 

 “天田も俺と同じで、ペルソナの適性を持ってる”

 “じきに目覚める”

 

 先輩は最後にそう言ってた。

 

 できる。こうすればいいんだ。

 

 確信を持って、カードを握り砕く。

 

『我は汝、汝は我。

 我は義憤の女神にして汝の復讐心の権化なり。

 我らの間に言葉は不要。

 汝の心が赴くままに、刃となりて敵を討たん』

 

「うわっ!?」

「何だ!?」

「グオォ!?」

「グアッ!?」

「グル!?」

 

 渦巻く強風が人もシャドウも関係なく押しのけていく。

 その中心は僕、そして宙に浮かぶ僕のペルソナ。

 ロボットに鋸刃の輪をつけたような形は、言葉で表現できない復讐心。

 それを形にしたようで、しっくりくる。

 

「天田、君……?」

 

 もう見たくないんだ。僕を守って誰かが死ぬのは。

 守るにも、復讐にも、手段は一つ。

 必要なのは……目の前の敵を殺す力!

 

「グッ!?」

 

 体から何かが抜けていくけど、それでいい。

 一緒に流れた光の線が、雪美さんを掴む手を縛り上げたのを見て、心に浮かんだままに叫ぶ。 

 

「……ハマオン!!」

「グ、アアアアアアッ!?!?」

 

 次の瞬間。

 シャドウはただ悲鳴を上げるだけ。

 抵抗一つできず、光の中に飲み込まれていった。

 

「ッ!」

 

 完全に消えるのを見届けると、急に体から力が抜ける。

 

「天田君!」

 

 倒れかけたところを先生が支えてくれた。

 

「雪美さんは!?」

「無事よ……」

「雪美さんっ!?」

「よくやった! お前のおかげで雪美が助かった!」

「あのデカブツを一撃とかすげぇじゃねーか!」

「リューにウィリアム! はしゃいでないでこっちに手を貸せ!」

 

 まだ敵はいるん……

 

「グオオオオ!!?」

 

 だ?

 

 一瞬の光。そして耳が痛くなるほどの大きな音。

 窓に近づいて、それが剣のシャドウに落ちた雷だと分かった。

 体の表面がまだバチバチと光っている。

 その直後、今度は突風がもう一体のシャドウを高々と巻き上げて地面に叩きつけた。

 転げ回った二体のシャドウは、体を痙攣させながら姿を消していく。

 

「おーい!」

「タイガー!?」

 

 その跡地に、ピエロの格好をした先輩がいた。

 

「よっ、と」

「影虎君!」

「先生! ここにいたんですね……とりあえず無事でよかった。いろいろ説明の必要があると思いますが、ひとまずこの人を診てもらえますか?」

 

 “この人”

 

 撃たれないように素顔をアピールした先輩は、窓から入ってくるなりそう言って服の背中側を波立たせる。妙にふくらんでいることに気づいた時には、気を失ったお爺さんが出てきた。

 

「なっ、Mr.コールドマン!? どうして彼がここに!?」

「シャドウに襲われていました。ボンズさん、詳しいことはまた後で。先生、よろしくお願いします」

「任されました」

 

 お爺さんを二人に任せた先輩は、僕のほうに歩いてくる。

 

「天田。遅れてすまない。そして、ありがとう。天田がいなかったら、母さんは無事じゃなかったかもしれない」

「先輩……」

 

 僕は、戦えたんだよね……

 

「ああ、強かった。でも初召喚で暴れすぎると体に負担がかかると思う。だから少し休んでいてくれ」

 

 先輩が外を見る。

 またシャドウが近づいてるみたいだ。

 

「人のいない間に好き勝手しやがって……詳しい話はシャドウを片付けてからだな」

 

 そして先輩が窓から飛び出した。

 

 その背中を見て、僕は生き延びたことをようやく実感した。




天田のペルソナ“ネメシス”が覚醒した!!


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149話 合流

「……こんなところか」

 

 周囲にシャドウがいないことを確認し、皆のいる建物へと戻る。

 

「タイガー、どうだ?」

「大丈夫です。屋根の上から観察しましたが、半径500メートル圏内にシャドウの姿は見えません」

 

 それより狭いが、周辺把握にも動く気配はない。

 そう伝えると、ボンズさんは安心したようなため息を吐いた。

 

「では状況の確認に移りたいが……どちらから話すか」

「俺から話しますよ」

 

 俺は影時間に入る少し前から妙な違和感を覚え、影時間になってすぐ異変に気づいた。

 そして先生のオフ会会場のホテルがタルタロス化したと考え、様子を見に向かった。

 

「そうしたら……あの森、中はホテルの従業員や宿泊客と思われる人だらけでした」

 

 外観から鬱蒼とした密林かと思っていたけれど、入ってみれば生垣の迷路。

 思った通りタルタロスに似た構造になっていて、その通路のいたる所に人が倒れていた。

 とてもじゃないが、俺一人で救出しきれる数ではなかった。

 

「だから先生一人に絞って捜索をしていたら、銃声が聞こえたんです」

 

 まだ無事な人間がいるのかと思って急いで駆けつけ、そこにいたのがコールドマン氏。

 護衛の方々に守られていたため、気は失ってしまったが彼だけは救出が間に合った。

 そしてせっかく助けられた一人を置いていく訳にもいかず、背負って行動。

 しかし人一人を背負ったままでは戦いづらく、捜索を断念した。

 

「とにかくコールドマン氏を安全な所にと思ってここへ。住所は聞いていたので、適当なコンビニから地図を拝借してなんとか」

「なるほど。町の様子は?」

「先ほど見た通り、シャドウがうろついてますね。どれも森に生息していたのと同種なので、おそらく森から出てきたと思われます。そして問題はコールドマン氏や皆さんだけでなく、町中のかなりの人が影時間に落ちているようです……」

「なんだって!?」

「本当なの?」

 

 ロイドとエレナが驚きの声を上げた。

 

「ここまで来る途中、何度も周辺把握に象徴化の解けた人を捉えたよ。夜だから大半の人は寝てるか外に出てないみたいだけど、外にいた人はシャドウに襲われていた」

 

 見つけ次第救助して適当な建物に放り込んでおいたけど、明らかにシャドウに狙われてない人も影時間に落ちていた事から、全員がシャドウに落とされたとは考えにくい。何か別の原因があるはずだ。

 

「原因……」

「ねぇ……」

 

 全員の視線が江戸川先生へと向かう。

 

「心当たりがありますか? というか先生はどうしてここに?」

「それも含めて話しましょうかね……」

 

 そもそも先生はオフ会の途中で帰っていた事。

 そして予定では悪魔召喚が行われていたはずだと伝えられた。

 先生が無事でよかったけど、話を聞くとなんとも言えない脱力感を覚える。

 

 にしても悪魔召喚ねぇ……あれは悪魔なのか?

 それとも間違ってシャドウが召喚された? 

 

「どちらにしても、何か対策を考えないと」

「影時間が明けたらもう明日で俺が退院しますし、ここの守りだけなら当面は何とかできると思いますが……」

「君に頼りきるわけにもいくまい」

「リアンの言う通りだ」

「ここが俺たちの家で、この街には仕事場もあるし友達だっているからな」

 

 カレンさんと体格の良い三兄弟、彼らは逃げるつもりはないようだ。

 さらにエイミーさんは言う。

 

「問題解決のためには、まず問題を発見しなければならないわ。脅威となるのはシャドウだけど、町中を駆け巡りながら倒して回るのは非効率的だし現実的ではないと思う。敵の総数も分からないし、どれだけ街に出てくるかも分からないのだから」

 

 となると……まず、すべき事は家(拠点)の防衛と森の探索か。そこで敵の数や種類を調査。可能であればシャドウの発生源を断つ。街中のシャドウ退治まで並行するには人手と戦力が心もとない。無気力症の患者はシャドウを倒せば社会復帰できる見込みがある。

 ……もちろん最初から防げればそれに越したことはないけれど……無理をすべきではない。

 

「と考えましたが」

「妥当だろう」

「シャドウがどれだけの怪物なのか、身をもって知ったよ。倒せないことはないが……アンジェリーナとケンがいなければもたなかった」

 

 そんな功労者二人ももうだいぶ疲れているようだ。

 特に天田は初召喚と初戦闘の負担からか、眠っている……

 

「彼はここ数日あまり寝てないようでしたからねぇ……」

「食も細くなって、心配してたんだよ」

 

 ……そっとしておこう。

 

「じゃあシャドウの情報は共有しておきましょう。俺が見て調べられた限りですが」

「助かるよ。こちらはまったくと言っていいほど情報がないからな。アンジェリーナ、ペンとメモを持っていただろう? 貸してくれ」

「……はい」

 

 ん?

 これ、俺が持ってたメモ帳じゃないか?

 ……サイズもデザインも同じだ。

 まぁメモ帳なんて大量生産品だし、今言うことでもないか。

 

「準備はできた。いつでも始めてくれ」

「了解」

 

 森と街中で確認できたのは4種類。

 

 蝙蝠のような姿の“バット”。

 狼に似た“ウルフ”。

 巨大なバッタの“グラスホッパー”。

 そしてここを襲っていたのと同じ、いかにも蛮族といった雰囲気の“バーバリアン”。

 

「名前は見た目から適当につけたので、たぶん見れば判別はできます。それから各種の弱点や注意点ですが……」

 

 バット:弱点は氷。風は無効。風の魔法を使う。

  飛行速度はさほど速くないが、常に二匹から五匹の複数で行動していた。

 

 ウルフ:弱点なし。打撃・氷に耐性。魔法は使わないが、俊敏。

  遠吠えで仲間を呼んだ事があるので、単体でも注意が必要。

 

 グラスホッパー:弱点なし。電撃に耐性。バットと同じく風の魔法を使う。

  しかし耐久力が低いようで、攻撃を受けるとすぐに消えていた。

  群れることもなかったため、一番危険度が低いシャドウだと思われる。

 

「そして最後のバーバリアン。これがちょっと面倒で、持っている武器によって弱点と耐性が変わります」

 

 具体的には……

 剣 :弱点、雷。耐性、風。

 斧 :弱点、風。耐性、雷。

 棍棒:弱点、氷。耐性、火。

 素手:弱点、火。耐性、氷。

 

「共通点としてはかなりタフなことと、ウルフと同じで魔法を使わないことですね」

「タフネスに関しては良く分かるよ」

 

 桐条グループは対シャドウ用の兵装も研究開発しているはず。

 それならもっと効果があるかもしれないが、ここにあるのは普通の銃器だ。

 時間稼ぎになっただけでも運が良かったと思う。

 

 俺はコンセントレイト+弱点属性の魔法。

 さらに魔法攻撃力が若干高くなる“魔術師”にアルカナを変えて戦っていた。

 それでも一発で倒しきれない相手なのだから。

 

「影虎、んじゃこいつの魔法は何だったんだ? 一発であのデカブツを粉々にしたんだが」

「あー……天田のは“ハマ系”って言って光の魔法。俺は使えないから、詳しい事は本人が起きたら聞かせて貰いたいくらいなんだけど……ノーダメージか一撃必殺、確率でどっちかになるっていうギャンブル要素の強い魔法だったはず」

「なんちゅう極端な魔法だ」

「龍斗さん。そんな事は些細な問題だと思うの。結果的に私は助かったんだし」

「……それもそうか。どうでもいいわな」

「じゃあ、そうだな。アンジェリーナちゃん」

「何?」

「教えた攻撃魔術は風だけだよね? 緊急時のために他の魔術も教えておこうと思うんだ」

「本当?」

「うん。この前言った通り、火や雷。それだけ危険だけど、こうなってしまった以上は、知ってたほうが安全だと思うから」

 

 この影時間が終わっても、記憶が残るかは分からない。

 だけど現状、俺以外に魔術が使えるのはこの子しかいない。

 バーバリアンの弱点を突き、効果的な攻撃を加えられるのは天田と彼女だけだ。

 

 それを本人と保護者一同に説明して許可をとる。

 

「私……頑張る」

「あの怪物がまだ現れる可能性を考えれば、用意は必要か」

「仕方ないわね」

「使うときは誰かと一緒にだよ? 分かってるね? アンジェリーナ」

「うん。約束する、グランマ」

 

 こうして俺は彼女の前で残り三つの属性の攻撃魔術を実演し、伝授することにした。

 

 そんな俺の後ろでは……

 

「結構時間が経ったけど、これ普通は感じられないのよね?」

「影虎君はそう言っていますが、エイミーさんは何か気になることが?」

「その話自体に異論はないわ。実際今日まで気づかなかったんだから。でも、影時間を感じられることが肉体にどう影響するかが気になるの。

 ええと……つまりね、私達は影時間を知覚していなかっただけで、影時間中も肉体の時間が流れていたかどうかよ。適性のない人間がなる“象徴化”。その状態で時間の流れを感じていたのか……それとも何もかもが止まった状態だったのか。

 ……生命維持に問題はないのでしょうけど、もし象徴化で体の時間が止まっていたと仮定すると、私達は24時間だった一日がそれ以上に伸びているわけよね?」

「そういう風にも考えられるかと」

「だったらその伸びた時間だけ、早く体が老いるって事にならない……?」

 

 エイミーさんの一言で、大人の女性陣に衝撃が走る。

 

 何をのんきな話をしているのか……もっと気にすべき事はあるだろう。

 と思ったが、口にしたらひどい目に合うことが目に見えていた。

 

「えー……その辺りはなんとも……影虎君、ちょっといいですか?」

「俺に聞かれてもわかりませんよ、気にしたことなかったですし」

 

 というか俺、タルタロス使って一日の鍛錬時間を延ばしたりしてたけど……効果が出てるって事は確かに活動してるんだし、そういう意味では早く老いる、のか?

 

 ……あ、そういえば天田も確か中学生になる頃には驚きの急成長をしていたはずだ。それが影時間による体感時間の変化に関わるなら……順平たちはそれほど変わってなかったけど、成長期がどれだけ残されているかで変化の度合いも分かりやすくなるかも?

 

 ……そう考えるとあながち間違いではないのかもしれない。

 

「ヒヒヒ……女性には大問題ですねぇ。そういうことであれば、これを使ってみますか?」

 

 先生がポケットから小瓶を取り出した。中に液体が入っているので、おそらく何らかの薬だと思うが……

 

「先生、なんですかそれ」

「……美容液のような物です。使い方はかーんたん。数滴手にとって伸ばし、気になる部分に塗るだけです。それだけでお肌つるつる、塗った途端に効果を実感しますよ」

 

 謳い文句が超怪しい。

 

 そう言う前に、すでにエイミーさんが手を伸ばしていた。

 

「試させていただいても?」

「どうぞ」

 

 あっ! と言う間に落ちた雫を、手のひらで伸ばして顔に塗り始めた。

 壁にかかった鏡の前に移動する彼女が心配になり、目で追ってしまう。

 いざと言う時はポズムディを……

 

「キャー!?」

「!?」

「どうした!?」

 

 突然の悲鳴。

 何か副作用か!?

 

「凄い! 凄いわ! 見て!」

 

 ん?

 

「塗った途端にお肌の潤いが変わるのよ!」

「本当かい?」

「触って見るといいわよ、ママ。顔も、手も」

「あらまぁ……本当だねぇ」

 

 ……どうやら成功したようだ。

 しかも彼女達の反応を見る限り、かなりの代物のようだ。

 母さんまで混ざっている……

 

「ヒヒヒ、どうですか? 影虎君」

「先生、美容液とかも作れるんですね」

「ある程度の知識はありますよ。でも普段は作りませんねぇ……あれ、実はソーマの研究中にたまたまできた物なのです」

「……え? 今なんて?」

「ソーマですよ。君から預かったあれを成分解析したところ、未知の成分が発見されましてねぇ……その研究をしながらソーマの再現を試みていたところ、偶然できてしまったのですよ。ヒッヒッヒ……そうでなければ、私がこんな時まで美容液を大切に持ち歩いているわけないでしょう?」

 

 あのソーマが研究されて美容液に……

 ソーマは神話だと神々の飲み物、不老不死の霊薬と呼ばれることもある。

 そう考えると美容効果はあって当然かもしれない。 

 

「ちなみに、あれでも効果は薄い方なのですよ? 以前試しにソーマを数滴、材料に加えて作った物はもう……長期にわたって使い続ければ、私の肌が若返っていたかも知れませんねぇ……材料は無駄にできないので、数回分しか作りませんでしたが。

 ちなみに今彼女たちが使っているのはソーマを使っていないので、資金と機材があればそれなりの量を作れますね」

 

 それはもう、売ったら儲かるんじゃなかろうか。

 

「かもしれませんが、今はそれよりも研究を進めたいですよ。ソーマにはあの美容液だけでなく、さまざまな薬品に変わる可能性を感じます。それに反魂香にも一部、ソーマと共通する成分が発見されましてねぇ……どちらも非常に興味深い研究対象です。試したいことが尽きません。

 今後ももし手に入れたら、私のところに持ってきていただけると助かります。きっと何かしらの形にして君にお返ししましょう」

 

 江戸川先生は精力的に研究開発に取り組んでくれているようだ!

 ……日本に帰ったらバスタードライブを周回してみよう。




影虎は安全を確保した!
アンジェリーナは4属性の攻撃魔術を習得した!
江戸川はソーマから美容液を作っていた!


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150話 合議

 8月17日(月) 

 

 午前1時

 

 ~病室~

 

 影時間が明けたのを見届けて病院に戻ってきた。

 

「……ストレ……」

「こっちにも……」

「……そこ! バイタルサインのチェック急げ!」

「……まだ……きます……」

 

 窓からは沢山の救急車が訪れ、続々と影人間をERへ運び込む救急隊員と医師の姿が見える。

 明らかに不慣れな研修医らしき若者まで、使える人間は全て投入したような大騒ぎだ……

 

「……! ……」

 

 チラッと見えたスーツ姿の影人間。

 彼はコールドマン氏の護衛の一人だった。

 ということは、彼らは森に入ってしまったホテルの客だろう。

 街中の被害者の数は分からないけど……ホテル内は全滅だと考えた方が良さそうだ。

 

「……クソッ」

 

 気が滅入る。

 手伝いもできる状態ではない。

 今日のところは寝てしまおう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 朝

 

 ~病室~

 

「おはようございます。ミスターハガクレ。朝食のお時間です」

 

 疲れた顔の男性ナースが朝食をはこんできた。

 

「ありがとうございます。あの……何かあったんですか? やけに病院内が騒がしいですし、それに」

 

 視線を窓に向けると、彼はすぐに理解した。

 

「無差別テロ、らしいですよ」

「テロ!?」

「実は我々もよく分かっていないのですが……昨夜あちらのホテルでガス漏れが発生したとの通報があり、救急隊が駆けつけると宿泊客やスタッフが大勢倒れていたそうです。しかし……」

 

 患者の症状がホテルで通常使われるガス中毒とは異なること。そして事故によるガス漏れにしては被害者が避難しようとした形跡が異様に少なく、通報のできる状態の人がいなかった事。

 

 以上の点から事故ではなく、人為的に計画されたテロである……との噂が流れているようだ。

 

「あくまで噂ですが。ミスターハガクレは今日が退院日でしたね」

「はい、お世話になりました」

「旅行中に災難でしたね。街もこんな状況ですから、どうぞ帰国までお気をつけてください」

「ありがとうございます」

「それではまた」

 

 男性ナースは部屋を出て行った。

 

 ……無差別テロ、ね……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼

 

 ~病院前~

 

「お世話になりました」

 

 忙しい中、見送りをしてくれたドクターにお礼をして退院する。

 

「……いいぞ、こっちだ」

 

 特別に使用を許可していただいた職員用の出入り口からこっそりと駐車場へ。

 流石は元ボディーガードのジョージさん。実にスムーズに車まで誘導してくれた。

 

「タイガー、見てみろよ」

 

 発進から数分後。

 同じく迎えに来てくれたウィリアムさんの指差す方には、遠ざかる病院。

 その表には、大勢の取材クルーが詰め掛けている様子が見られた。

 

「普通に表から出ていたら、邪魔で仕方なかったな」

「あの手の連中はしつこいっつーか、何かネタとってこねぇと帰れねぇってかんじだからな」

「中の様子くらいは聞かれたかもしれませんね……ところで、お二人とも覚えてますか? 昨夜のこと」

「ガッチリ残ってるぜ。俺たちだけじゃない。家族全員だ」

「それに……どうやら記憶を残している人間は他にもいるようだ。記憶が残る度合いに差はあるようだが、街中で“モンスターを見た”と叫んでいた奴がいた。ロイドはネット上に書き込みもされていると言っている。もっとも、まともに信じる人間はいないが」

「おまけに救助活動の最中、江戸川の言っていたオフ会の参加者が保護されたみたいでな……カルト教団の怪しい儀式で何かヤバイ物でも使ったんじゃないかとか色々言われてるみたいだ。それか今回の事件に便乗した悪質なデマとか、あるいは事件の影響で集団幻覚を見たとか。どこもかしこも噂ばかりだ」

「……そうですか」

 

 影時間の記憶が残った、それも全員。

 一体どうなっているのか……

 

「良い報告もあるぜ。お前が助けたコールドマン氏とペルソナを召喚した天田。二人は今朝、無事に目を覚ました」

「本当ですか!」

「当たり前さ! こんな嘘ついてどうする」

「ですね。……良かった」

「今日一日は激しい運動を控えるよう江戸川の指示が出ているが、まず問題ないそうだ」

「リアンと親父もそれぞれ情報集めに動いてる。とりあえずはその結果を聞いてから会議だな」

「分かりました」

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~リビング~

 

「おお、来たか」

 

 昨夜と同じリビングに着くと、既に俺たち以外は集まっていた。

 

「何処にも行く気にならねぇよ」

「タイガーは平然としすぎでーす」

「んなこと言われても、俺にとっちゃいつもと大して変わらないもの」

 

 父さんとジョナサンもさすがに昨日の今日で遊びには行かないか。

 

「……先輩……」

「天田。無事で何よりだ。それから改めて、母さんを助けてくれてありがとう」

「……先輩。先輩は全部知ってたんですよね? 僕のこと」

「ああ、大体の事情は知ってる」

「それを黙って近づいて……僕をどうしたかったんですか?」

「……自分でも分からない。正直、天田がやりたい事を実行するのは勧められない。けど、それをどうしてもやりたいって気持ちを俺は理解していない。だから無責任にやめろとは言わないし、言われてやめる位なら最初からやろうなんて考えない方が良いとも思ってる。だから俺はあえて、パルクールについて天田が興味を持つように話した。そして様子を見るつもりだったんだ。最初は」

 

 だけど俺は見誤った。ちょっと話し相手として見てもらうつもりが、関心を引きすぎて入部を申し込まれることになった。

 

「だけどまぁ、近いうちにペルソナに目覚めてシャドウと戦うことも知ってたから、それに備えて力を付けておくのはいいと思った。だから入部を受け入れて今に至る。

 特別課外活動部での活動開始後にさりげなく探りを入れようとは思っていた。そういう下心があったことは認めるが、打算だけで付き合っていたわけでもない」

「……………………そうですか」

 

 天田はそう言って、体から力を抜いた。

 

「事情を聞かされてからの数日は、これまでの思い出が崩れていくような気分でした。先輩が善意で僕の世話をしてくれていたのか、それとも何か企んでいたのか……ずっと考えて。でも、僕にも分かりませんでした」

 

 だから、と前置きして天田は続ける。

 

「先輩、僕と取引をしましょう」

「どんな?」

「先輩は僕に戦い方を教える。これまで通りの格闘技だけでなくて、ペルソナや魔法の使い方も。その代わりに僕は特別課外活動部に入部した後、先輩に情報を流します。もちろん桐条先輩たちには、僕たちの関係は秘密にします」

「それは……自主的にスパイをするって事でいいのか?」

 

 天田はしっかりと頷いた。

 

 俺が介入することにより、状況とストーリーに変化が起こる可能性がある現状では、情報を流してもらえれば俺は非常に助かる。だがそれは特別課外活動部の仲間に対する裏切り行為にもなるだろう。

 

「構いません。先輩の話を聞いた後だと、桐条グループの事はあまり信用できません。でも先輩は嘘をついてない……嘘だと思えたら、何も悩まなかったのに……」

「天田……」

「っ! 僕は、先輩は、少なくとも今はもう嘘はついてないと思いました! だから取引しましょう!」

 

 天田はそこを落としどころにしたようだ……

 当分はこちらが先払いをする形になるが、以前とあまり変わりはない。

 少しばかり踏み込んだだけだ。

 

「分かった。契約成立だ」

「……じゃあ、またよろしくお願いします。約束は必ず守ってもらいますからね。反故にしたら桐条先輩たちに洗いざらいしゃべりますから」

「念を押さなくても分かってるよ。全力で教えるさ。ちょうど指導に適した能力を身に着けたところだったしな。……まぁ、そのあたりの事はまた後で話そう」

 

 天田との話はこれで一段落だ。

 

「もういいのかね?」

「はい、お待たせしました。それと、ご無事で何よりです。Mr.コールドマン」

「礼を言うのはこちらの方さ。昨日のこともおぼろげながら覚えている。午前中は少しガードマンの様子を見に行ったが、君がこなければ私もああなっていたのだろう?」

 

 話をするため、リビングの中心部に置かれた大きなソファーへ座る。

 

 対面にはコールドマン氏とボンズさん。隣にはアンジェリーナちゃんとその両親二人。持ち運べる一人用のソファーに天田が座り、他の人は思い思いに立っているか、適当な所に座って俺たちを囲んでいる状態だ。

 

 基本的に会議の中心となるのはソファーの俺たち。

 他はあまり口を挟むつもりはないそうだ。

 もちろん疑問があれば質問したりはするらしいが。

 

「急を要する事から話していこうと思うが……まずは状況の確認だ」

 

 ボンズさんはそう言いながら、テーブルへ地図を広げる。

 

「ここが我々のいる家。ここが病院。そしてここが例のホテルだ」

 

 地図には海岸に沿って、半月型に薄い斜線。さらに赤い点がいくつも入っている。

 

「現在確認されている無気力症の患者、それから怪物の目撃証言があった位置だ。やはりこのホテルを中心に広がっている。被害者の数もホテルに近い地域ほど多い傾向にある。警察もこれには気づいていて、このホテルを重点的にマークしているようだ。

 ここで疑問なのが……あの現象は昨夜限りか、それとも今後も続くのかだ」

「分かりません。でもタルタロスのように続くとしたら」

「この町の人々は毎晩、シャドウの脅威にさらされ続けることになるわね」

「そして最初に被害者となるのは、おそらくホテル周辺を警備する警察官」

 

 カレンさんとジョージさんの言う通りだ。

 通常の銃器でもシャドウを倒すことは不可能ではない。

 しかし非常に効率が悪く、大群で押し寄せると普通の人にはまず対処しきれない。

 結論として大勢のシャドウに対抗するには、ペルソナ使いがいなければ厳しい。

 昨夜の件はそう考えるに十分だった。

 

「現在広まっているモンスターの話。警察や政府の上層部も信用に足らない夢物語と判断している。真実を認めるのがいつになるかは分からんし、気づいたときには後手に回っているだろう」

 

 だからこそ、被害を最小限に抑えられるように動きたいとコールドマン氏は話す。

 

「具体的な策は?」

「策というほどではないが、一つだけ気になる点がある。Mr.江戸川」

「はい。影虎君、これを見てください」

 

 先生から見せられたのは数枚の写真。

 ホテルの中だろう、広いホールが怪しげな飾りで満ちている。

 

「例の儀式が行われていた場所を、警察が捜査資料として撮影したものです。その内の……これ、この写真を見てください」

 

 ? 妙だな。周りにはいろいろ怪しげな物があるのに、そこだけポッカリと何も無い。

 

「気づきましたか? これは儀式場の中心部を撮影した写真です。周辺の装飾から儀式内容と手順を推察するに、おそらくここには悪魔召喚に使われる魔法円があったはず。ですがこの写真にはありません。捜査資料ですから警察官が片付けたということもありません。……そうなると、この魔法円はどこへ消えたのでしょうか?」

「……もしかして、あの森の中に?」

「あくまで可能性の話です。ですが事件の中心部に位置するホテルで、儀式の中核を成す物が失われている……何らかの関連性はあると思いますよ、私は」

 

 そうなると、やるべきことは森の探索か。

 

「俺が探しに行きます」

「一人で行くつもりかね?」

「先輩、僕もペルソナが使えるようになりましたよ」

「私も。魔術、使える」

「俺は一人のほうが動きやすいです」

 

 率直に言うと……

 ボンズさんたちは対人戦闘のプロだと思うが、対シャドウではあまり戦力にならない。

 天田やアンジェリーナちゃんは力を得てからまだ日が浅すぎる。

 シャドウの強さを考えると、彼らが巣に飛び込むのは危険なのは明白だ。

 機動力とスタミナにも差があるため、同行者がいるとペースも落ちるだろう。

 

「何よりも俺が多人数での探索に慣れていないし、俺たち全員で戦いに出たらここの守りはどうなる。俺一人なら機動力と隠密行動力を最大限に発揮して探索ができるし、現に昨夜はMr.コールドマンを見つけて連れ帰るまでは問題もなく探索できていた。だから森の探索は俺一人で行くほうが無難だと思う。

 だから皆さんにはここで拠点の確保をお願いしたい」

「この場での最高戦力は君だろうしな。無理に同行しては足手まといになるか」

「あまり戦力を分散させたくはないが……固まっていては対策も立てられない」

「承知した。だが無理はしないでくれ。君は病み上がりなのだから」

 

 了解。無理はしない。俺も死にたくはないから。

 

「よし、シャドウについては君の探索報告を待とう。装備品や薬品、食料など必要な物資があれば後で遠慮なく言ってくれ。サポートを惜しむつもりはない。

 では次に、気になるのは桐条グループの事だ。彼らは十年以上も前からシャドウやペルソナについての研究を進め、専門の特殊部隊まで組織しているのだろう? 果ては非合法な人体実験まで行っていたと聞いた……そんな彼らは今回の件をどう考えるかね?」

 

 コールドマン氏の言葉が、俺の胸に重くのしかかった。




影虎は退院した!
天田との関係が元に戻った!
会議で状況を把握した!
異変解決につながる可能性のある情報が得られた!


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151話 合意

今回は三話を一度に投稿しました。
前回の続きはニつ前からです。


 桐条グループの動向か……そちらも細かい事までは知らないけど、

 

「多くの人が影人間となった事。これはまず耳に入るでしょう。すでにニュースになっているから……そして彼らはシャドウが原因と知っている。調査を行うための人員が派遣されてくるかもしれません。少なくとも何もしないとは考えにくい。

 部下はともかくトップにいる桐条総帥は本気で、命を捨ててでも先代が引き起こした事態の収拾をつけようとしているはずですから、情報を集めようとする可能性は高いかと。解決まではどうか知りませんが」

「人が派遣されるとしよう。効率的に情報収集を行うなら複数人でチームを組むはずだ。護衛は調査員に戦闘訓練を施して省くとしても……影時間では特別製の機器以外は動かない、これは確かだね?」

「はい。“黄昏の羽根”と呼ばれている物を組み込んでいるらしいです」

「そうなると装備はどこかから持ち込まれると考えていいか……常時どれだけの兵と装備を動員できるように準備しているかは分からんが、影時間の行動には注意をはらうべきだ」

「銃器の他に目出し帽も用意しよう。窓や扉の補強も必要になるな。すぐに手配する。あちらの動きには私ができるだけ情報を集めてみよう」

 

 なら、俺も一つ提案する。

 

「役に立つ情報が出るかは分かりませんが、一度探りを入れてみましょうか?」

「探りというと?」

「ペルソナ使いであり、桐条グループ総帥の一人娘。桐条美鶴と連絡が取れます」

 

 もちろんペルソナやシャドウについて何も知らない風を装うが、ちょうど退院したことだ。

 無事の報告がてら、街が騒がしいと世間話くらいならできる。

 

「彼女は桐条総帥と同じくシャドウに関する問題には真剣で、そのためにやや盲目な部分があります。もしかすると何か情報を引き出せるかもしれません」

「タイガーが怪しまれたりはしない?」

「世間話程度なら大丈夫かと。ネットでもある程度話題になってるんだよな? ロイド」

「シャドウについてもモンスターってことでバッチリね」

「目先をそらせる話題もいくつかありますし……事前にどこまで話すかを明確にして、気をつければ疑われないと思います。そのあたりは相談させていただけると助かります」

「分かった。この件について他にはないか?」

 

 周りを見回すが、誰も意見は無いようだ。

 

「ではこれも警戒と追加情報を待とう。

 次は……これまでとは違い、少し先を見据えた話になる。やることが大きく変わるわけではないが、現状は問題に対して場当たり的な対応しかできていない。その原因は全て、我々がシャドウに対して無知であり無力であることだと考えている。君が協力的なおかげで、今は首の皮一枚が繋がっている状態だな。

 だが先ほども言ったように、シャドウのようなオカルト的な存在に対して軍や警察の対処はいつになるか分からない。そこで、だ。……我々は新しく“PMC”を設立しようと考えている」

「PMC……民間軍事会社であってますか?」

「いかにも。電気製品の使用は不可能。通常兵器では効果が薄いとは聞いているが、我々もただ座して見ているわけにはいかない。だから対シャドウを想定し兵力を集める。桐条の特殊部隊と同じようなものだと考えてくれ。その表向きの理由としてのPMC設立だ。経営は私、ボンズも協力してくれる」

「ボンズさんも?」

「私も元ではあるが軍人だ。国民の安全が脅かされているならば守るために動きたい。警察や軍がすぐに動けないというならなおさらだ」

「私たちも一員として働くつもりでいる」

 

 ジョージさんも一言。

 それに言葉にはしていないが、カレンさんや他の人たちからも協力の意思を感じる。

 これはお国柄か、それとも家庭環境か。皆、武器を取る覚悟があるようだ……

 

「ここはアメリカだ。脅威に対抗し、国を守るのは我々アメリカ国民であるべきだと私は考える。しかし、君も言っていたようだね? “気持ちだけではどうにもならないことがある”と。まさにその通りだ。

 故に、我々は君たちと協力関係を結びたい。今回だけではなく、その先もね」

「具体的には、どのような形で協力を?」

「基本は情報交換だが、先日話した“超人プログラム”。あの計画も利用しようと考えている」

 

 超人プログラムの正式な始動までは、まだしばらくの時間が必要だった。

 しかしコールドマン氏はそこを逆手に取り、俺をテストケースにしようと言う。

 問題点を探るためのテストケースと理由をつければ、俺はサポート体制を利用できる。

 そしてコールドマン氏はサポート体制を隠れ蓑に、俺の活動を物資や資金の面で支援する。

 そこまでに考えられる問題は彼の権限でどうとでもなるらしい。

 

 そして俺に求められる協力は二つ。

 アメリカ滞在中の協力と、影時間に関わる知識の提供。

 

「ずいぶんと要求が少ない気がしますが」

「情報は力だよ。君が持つ情報すら我々には未知で、価値のある情報だ。それに先ほど言っていたように、君はすでに桐条グループの関係者の近くに身を置いている。今この場で君が知りえている情報だけでなく、この先に君が知りえた情報も報告してもらいたい。我々には何もかもが足りない状態だからね。

 情報交換とは言ったものの、こちらから君に渡せる情報がない。だから研究が進むまでは、プロジェクトのサポートを好きなように使ってくれ。このままずっと戦力に加わってくれるならもちろん歓迎するが……そこは君の問題が解決した後に改めて話してもいいだろう」

「……ではもう一つ。先ほど“君たち”と言われましたが、それはつまり天田や江戸川先生も入っていると考えてもよろしいですか? だとすると、天田はともかく江戸川先生はどう協力を?」

「天田君には君と同じく滞在中の協力と今後の情報提供を求める。将来的に桐条の組織からスカウトを受けるのなら適任だ。

 対価の支払いは君を通して支援をするのが良いだろう。残念ながらプログラムは高校生以上が対象。彼はまだ規定の年齢まで達していない。年齢制限を緩めることも考えたが実行するなら根回しに少々時間を要する。

 それに彼の家庭環境も気になる所だね。未成年である以上契約には保護者の同意が必要になるが、軽く話を聞いた限りでは今の保護者に問題がありそうだ」

 

 天田が微妙な顔をした。

 

「あえて彼の気持ちを考えずに言わせて貰うが、徹底した無関心ならまだいい。保護者であることを盾にあれこれ口を出される方が面倒だ。天田君も自由に動けなければ困るだろう?」

 

 言われた内容について確認をとると、天田は首を縦に振る。

 

「トレーニングとか、強くなるために必要なことを自由にやりたいです。そこに口出しをされると、ちょっと……」

「そのあたりも含めて慎重にならざるを得ない。正式な契約は保留と考えて欲しいが、君を窓口にすれば支援には問題ないだろう」

「なるほど、では江戸川先生は?」

「君の現地サポート要員として正式に雇用し、研究協力を求める。教員と副業をする形になるな」

「可能なんですか?」

「本人は問題ないと言っていたが……」

 

 視線が先生に集まる。

 

「月光館学園は私立高校ですから、教師の副業は可能ですよ。学校側から禁止されているわけでもありませんしね。実際去年までは副業をされている先生もいましたし、私自身不定期の仕事をしたことも何度かあります。学校の仕事に影響を及ぼさなければ何も言われないと思いますよ。

 それにこのお話は我々のメリットだけではなく、養護教諭としてのスキルアップになるかもしれませんしねぇ……ヒヒッ」

「彼には研究資金と必要な機材。そして最新の医学に関する情報を可能な範囲で提供できるようにするつもりだ」

「ソーマや反魂香の研究もやりやすくなりますし、医学情報は他の生徒の治療にも役立ちますねぇ」

「その特殊な道具を研究することで新たに効果的な薬品が作り出せるならば、それは私や社会にとっても大きな利益になるだろう」

 

 当然と言えば当然だけど、天田も江戸川先生も事前にある程度話は聞いていたようだ。

 親父がまったく口を挟んでこない所をみると、おそらくうちの両親にも話したんだろう。

 その上で、俺の意思で決めろということか。

 

「影時間に関する活動において、君と江戸川はすでに実績がある。天田君もこれからの活動に参加する強い意思を持ち、可能性を感じさせる。人格にも大きな問題があるようには見えない。そして現在、君たちはどこの組織にも属していない状態。だからこそ我々は、君たちと協力関係を結びたい」

「総合的な知識量や戦力なら、既に研究を重ねて知識を蓄えている桐条の方が上だと思いますが?」

「確かに。だが彼らは大きな組織だ。新参者の我々が下手に接触するには危険すぎる。組織に飲み込まれるだけならまだいいが、影時間で起こった出来事は認知されない……つまり影時間を悪用すれば簡単に口封じもできてしまうのだろう? だから君も彼らを警戒し、秘密裏に活動を続けてきた。違うかね?」

 

 ……風格、と言えばいいのだろうか?

 すべてを見通されていると錯覚しそうな雰囲気だ。

 もっとも本当にすべてを見通せるのであれば、俺の情報提供なんて不要だろう。

 だから、そんなはずはない。

 影時間の性質を知っていれば考えられる可能性だ。

 

「仰る通りです。実際にそういう仕事を請け負っている連中もいますしね」

「我々は知識と力を持ち合わせていない。だが財力と組織力はある。

 君たちには知識と力がある。だが財力と組織力は我々よりも小規模だ。

 我々を信じろとは言わないさ。私も清廉潔白な人間ではないからね。

 疑ったままでも構わない。しかし……」

 

 一拍おいて、コールドマン氏が右手をさし出した。

 

「互いの短所を補い合うことが、影時間を生き抜くため、最も合理的でお互いのためになる。

 そう私は考えるが、どうかね?」

 

 ……はっきり言って、断るメリットを感じない。

 資金力や組織力は大きな魅力だ。

 彼らと手を組めば、取れる手段も増える。

 コールドマン氏もこちらの事情について理解した上での提案だろう。

 前とは状況からして違う。

 何か裏があるとしても、リスクがあるのはいつものこと。

 それに滞在中は協力を断るつもりもない。

 あえてここにいる彼らを突き放さなければならない理由があるだろうか? 

 ……ない。

 

 そう結論付け、俺は彼の手を握る。

 

「分かりました。手を組みましょう」

 

 こうして俺たちは、協力関係を結ぶことが決定した。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 協力関係を結んだ後も細かい事を話し合い、終わる頃には夕方になっていた。

 

 そして……

 

『退院おめでとう!』

「ありがとうございます!」

 

 リビングでは退院パーティーが開催された。

 たくさん料理を用意していると聞いてはいたが……

 目の前のテーブルには本当に、溢れんばかりの皿がところ狭しと並べられている。

 

「見ろよタイガー! クリスマスでもないのにターキーがあるぜ!」

「僕、こんなの初めて見ました」

「天田君、虎ちゃん。食べるなら切り分けるわよ」

「ロイド、このバーガーのソースに何を入れたの?」

「エイミー伯母さんが食べてるのは“ミソ”って日本の豆ペーストが入ってるのさ! ちなみにカイル伯父さんのは“ショウユ”を使ったソースのフィッシュバーガーだよ」

「これはいけるな」

「最近はハズレが無いわよね」

「雪美さんが監督してくれてるからねぇ。私らは大助かりさ」

「これ、オススメ」

 

 次々に進められる料理を、片っ端から腹の中に詰め込んでいく。

 たった三日なのに、病院食でない料理がずいぶん久しぶりに感じる。

 あ、その前に四日寝てたんだ。合計一週間か。

 

 ちなみに病院食は味が薄くて質素……と思いきや、そうでもなかった。

 食事制限がなかったからか、それともVIPだったからか……

 マッシュポテトやローストビーフ。スープにパンにステーキやデザートのブラウニー等。

 濃い味でガッツリ系の料理が出ていた。

 

「タイガー、それは普通でーす。確かにVIPルームでちょっと豪華かもだけど、アメリカでは普通にハンバーガーとか出ます。病院食で」

「マジで?」

「マジでーす。もちろん病気にもよるけどね。日本の病院食みたいにヘルシーで見た目もいい食事、こっちにはありませーん。初めて見て、食べた時に感動しました。ジャパニーズ病院食、アメージング!」

「そういえば昔、盲腸で入院したことあったっけ。ジョナサン」

「あたしも覚えてるよ。この子ったら入院した事を連絡しないで、退院した後に病院食が凄かった! って連絡してきたんだから」

「あの時はまだ日本に来てそんなに経ってなかったから、とても心配でしたー。手術して何日も入院だから、破産するかと思ったよ」

 

 アメリカと日本では保険制度が違い、医療費は高額なので、入院は手術をした後でも日帰りか一日二日。可能であればできるだけ短期ですませる傾向にあるので、日本の入院は長い! 治療費が心配! と当時は訴えていた。保険を持たず治療を受けられない人も大勢存在するし、治療費で破産も本当にありえる話だそうだ。

 

 そんな環境で俺は一週間入院したけれど、海外旅行保険と権力者パワーで何とかなったのは幸いだった。

 

「日本で凄いのは病院だけじゃないよ。カプセルホテル! 一度泊まってみるまでは狭くて、遺体安置室みたいな部屋を想像してたけど、入ってみたら寝るには十分広いんだよ。座っても天井にあたま、ぶつからないの。それに横になりながら見られるテレビもついてるしー、枕元に全部の電気やエアコンのスイッチがあって便利だしー、あとお風呂は共用だけど日本のホテルはとても綺麗!」

「ワオ!」

「それは凄いな!」

「一度泊まってみたいわね」

「……先輩、なんでこんなに盛り上がってるんですか?」

「俺もよく分からないけど、日本の普通が海外では凄いんだろう。日本の常識は世界の非常識、とか言われてるし」

「はーい皆! 注目!」

 

 何事だろうか? 

 エレナがテーブルから離れて注目を集めた。

 

「タイガーの退院を祝して、ショータイムよ! カモン!」

 

 合図と共に、部屋の外から楽器を抱えた安藤一家が続々と入ってくる。

 ……あれ?

 

「いつの間に?」

 

 隣にいたはずのアンジェリーナちゃんが、扉の外から入ってきている。

 料理を勧めてから一度離れたのか?

 そんなことを考えているうちに、楽器の用意が整ったようだ。

 

「タイガーは私たちの演奏、初めてだったわね?」

「しっかり聞いててよね」

 

 ロイドがキーボード。エレナはギター。カレンさんはチェロ。

 そしてジョージさんがサックスを吹き、曲を奏でる。

 静かで温かみのあるメロディーが流れるその中心で、アンジェリーナちゃんは口を開く。

 途端にあふれ出る旋律に驚いた。

 伸びやかで心地よく、歌声を耳にした瞬間から目を離せない。

 ただひたすらに、歌声を聴くことだけに没頭させる強制力のようなものを感じる。

 

 …………………………強制力?

 

 正気に戻ったのは、歌の終わりに差し掛かった頃。

 確かにびっくりするくらい、彼女の歌は上手かった。天才じゃないかと思う。

 だけど心を強く持つと強制力は薄れていく。

 まるでオーナーの倉庫で精神に攻撃を受けているのに近い感覚。

 効果はまず間違いなく“魅了”。

 それを確認したところで曲が終わり、室内は大きな拍手で満たされた。

 

「ブラボー!」

 

 叫んだのはコールドマン氏。

 他の皆も、演奏をしていた家族すらも熱狂している様子だ。

 水を差すのもどうかと思い、この場は黙っておくことにした。

 後で改めて話をしよう。

 

 なお、続く二曲目、三曲目にも魅了効果はあった。

 しかし同時に、魅了効果で歌が上手く聞こえているわけでないことを確信した。

 アンジェリーナちゃん、ハイスペック過ぎる……

 

 ちなみにその後、俺もバイオリンを演奏することになった。

 わざわざ俺が以前教えた“情熱大陸”を練習してくれていたようだ。




影虎たちは、アメリカのチームと今後も協力していくことが決定した!
これにより今後、
アイテムや装備品を購入する際の金銭的負担が軽減され、
江戸川の薬品生産力が向上します。


シャドウや影時間は桐条が作り出したのではなく、
それらを研究する過程の事故で日常化したはず……
なので日本以外にシャドウがいても、それに対抗しようとする組織があってもいいと思う。


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152話 戦力確認

 夜

 

 入院中はパソコンが使えなかったため、与えられた部屋でネットサーフィン。

 要点はロイドたちが教えてくれたけれど、自分の目でも確かめたかった。

 

 ……こっちの事件についてはさすがに、ボンズさんたちから貰った以上の情報は無い。

 ただ動画サイトでワイドショーを見ていたら、俺が助けた女性がVTRに出ていて驚いた。

 

『モンスターがいたの。狼みたいで真っ黒な。私は襲われて殺されかけたわ』

『でもあなたは無事に見えますが……』

『ブラッククラウンが助けてくれたのよ。モンスターが飛び掛ってきた所に割って入ってきて、私を逃がしてくれたの』

『……このように、“モンスターを見た”と証言する方々が後を絶ちません。これについて、どう考えられますか?』

『くだらない。幻覚に決まってるでしょう。いい大人がモンスターだの何だの、冗談にしてもナンセンスだ』

『しかし近頃話題になっているブラッククラウンは実在しますよね?』

『それは認めるが、あれは何かのトリックだよ。あんな動きが人間にできるはずがない。彼女はニュース映像でも見て、幻覚の中に救いのヒーローとして登場させてしまったんだろう』

『……少々決め付けが過ぎるんじゃないかね』

 

 コメンテーター同士の舌戦が始まった……

 確認してみると、ヒーロー関連のサイトでも同様の議論が行われている。

 また妙なことになっていそうだ……

 

 あと救いのヒーローって表現、性格がわりとクズで二足歩行する豚を思い出すなぁ……

 

 日本の方は……俺の死亡説でいっぱい。

 月光館学園は一切の取材を拒否していて、今は外に情報は漏れないようだ。

 というかあちらも俺が意識不明ということ以上は知らないけど。

 先生もあんな事があったので、俺の意識が戻ったことはまだ伝えていないそうだし……

 

 現在時刻は夜の11時前。

 日本では午後1時頃になるこの時間。

 丁度いいや、連絡しよう。

 

 先生やボンズさんに許可を取り、話していい内容を確認してから電話をかける。

 数回のコール音の後、声が聞こえてきた。

 

『桐条ですが……』

「先輩、お久しぶりです。葉隠です」

『葉隠!? お前っ……目が覚めたのか?』

「はい、実は三日前に。本日退院してようやく連絡できました。これまでご心配をおかけしました」

『そうとう無茶をしたそうだな。だが、無事でよかった。こちらの話は』

「江戸川先生から聞きました。ご迷惑をおかけしています」

『こちらこそ、学校側の不手際で事態を悪化させてしまった。申し訳ない』

 

 一通りの挨拶を済ませて本題に入る。

 

「帰国についてですが、まだ治療が完全に終わったわけではないので、夏休みの終了間際になると思います。とりあえず俺の生存については公開していただいても構いません」

『そうか。承知した。ところで今はどこに宿泊している?』

「知人の家に。ただこちらでも少し問題がありまして、近いうちにここは離れるかもしれません」

『問題だと?』

「ニュースになってませんか? テキサスのホテルの集団昏倒事件。テロの疑いがあるって話なんですが……」

『なんだと!? あの町にいるのか!?』

「入院先の病院が近くにあったので。どうかしましたか?」

『いや……治安に疑問があるだけだ……』

「でしたらひとまずは問題なさそうです。近かったのは病院で、宿泊先は現場のホテルからは離れています。それにここのご家族には現役の警察官や元軍人、元ボディーガードって経歴の持ち主が集まってますから、ここは安全なほうだと思いますよ」

『そうか……ときに葉隠。入院先の病院が近かったと言ったが、そちらで妙なものを見たりはしなかったか? そんな騒ぎになっていると聞いたが』

「病院に大勢人が運ばれてきたくらいしか……俺もですけど、天田や江戸川先生。うちの両親にこっちで知り合ったご家族は誰も見てないみたいです。ただ、あるホテルに近づくにつれて、怪物を見たなどと訴える人が多くなってる傾向にありますね」

『何? どうしてお前がそんなことを』

「ほら、さっき言ったでしょう? ここのご家族の職業。噂だとしてもテロの可能性がある、なんて言われてますから、各自が同僚から情報を集めて警戒してるんですよ。

 そこから俺たちにも注意をしてくれるので……ぶっちゃけ警察の捜査情報とかが結構耳に入ってまして」

『そういうわけか』

「ちなみに日本ではどんな話になってるんですか?」

『そこはリゾート地だろう? 楽しいはずの旅行が一転悲劇に、など無責任に書きたてられているよ。君の件も合わせてな』

「そりゃまた面倒くさそうだ」

『まったくだ。情報が錯綜(さくそう)していて困る』

 

 疲れたようなため息が聞こえてくる。……ここで一発。

 

「桐条先輩、もしかして何か気になることでも?」

『どうしてそう思う?』

「雰囲気が、自分で調べて疲れたって感じだったので」

 

 彼女なら無気力症患者の大量発生に何もせずにはいられないだろう、という目算もあるけど。

 

『フッ……君の言う通りだ。大事件だからな、気になって調べていたんだがどうにも要領を得ない』

「桐条グループが世間の動向に疎いなんてこと無いでしょうし、そっちから教えてもらえないんですか?」

『アメリカにある支社を通して情報を集めてはいるが、それもニュースに出ている情報だけさ』

 

 嘘か本当か……どちらにしても話を切り出すにはチャンスか。

 

「だったら先輩、俺が調べましょうか?」

『何だと?』

「先ほど話した通り、俺は警察の捜査情報などが耳に入りやすい場所にいます。直接現場に出向いて調べるのは無理ですが、聞いたことは話せますし、そちらが聞きたいことをそれとなく聞いてみるくらいはできます。

 ……その代わりと言ってはなんですが、俺も知りたいことがありまして」

『情報交換、というわけか』

 

 先輩はしばらく考え込んでいたけれど、最終的に何が聞きたいのかと聞いてきた。

 同意と考えていいだろう。

 

「俺が知りたいのは、天田の保護者についてです」

『彼の、か……どうしてだ?』

 

 事件に巻き込まれた後の、うちの両親とのやり取りを話した。

 

「彼らにとって天田は何なんでしょうかね?」

『……』

「まぁそのあたりで色々と疑問があるので、できれば彼らについて知っておきたいな……と」

『……彼はどうしている?』

「元気ですよ。保護者同士の話があっさり終わったときは、さすがに少々暗い顔をしたようですが」

『そうか、分かった。情報をまとめておこう』

「お願いします。こちらも情報を集めます。差し支えなければ、先輩の知ってる事と聞きたいことを先に教えてもらってもいいですか? 一応こっちの警察の捜査情報ですから、あまり根掘り葉掘り聞くと怪しまれるかもしれないので、質問は必要最小限にしたいんです」

『ああ、それなら……』

 

 天田の件で注意が薄れているのか、先輩は怪しむ様子なく自分の聞きたいことを伝えてくる。さすがに影時間に関する直接的な表現は出てこないが、被害状況や目撃されたモンスターの姿など。口には出さないけど、彼女が本当に欲しい情報は察せる。

 

『最後に、“ブラッククラウン”という存在について』

「ああ……先輩ヒーローとか好きなんですか?」

『特にそういった趣味はないが、最近そちらで騒がれているのだろう? だから気になってな。私よりも明彦の方が熱を上げているが』

 

 ……簡単に想像できた。戦いたいとか言ってるんだろう。

 

『そういえば君も助けられた……と言っていいのかは分からんが、面識があったか』

「あると言えばありますが、銃撃戦の真っ只中だったんで会話はほとんどしてませんね」

『どんな奴だった?』

「と言われても、姿はニュース映像の通りピエロなので顔も分かりません。ただ体格からして男性だと思います。行為自体は違法かもしれませんが、俺たちは助けられましたし、悪人とまでは言えないかな……と。良い悪いを言ったら襲ってきた連中の方がよっぽど悪いと思うので」

『それもそうだな』

「他に質問は無いですか?」

『ああ、今のところはそれでいい』

「分かりました。それではこれに基づいて情報を集めておきます。報告はある程度情報が集まってからということで」

『頼んだ』

「頼まれました。それではまた……あ」

『どうした?』

「いえ……そっちの皆はどうしてますか? 和田とか新井とか、山岸さんとか」

『彼らも君のことは心配していたよ。他にも岳羽や伊織もな。連絡は取っていないのか?』

「下手に連絡すると迷惑になるかもしれない。とか考えてたらタイミングが……」

『フフッ、なるほどな。では彼らには私から君の無事を伝えておこうか?』

「お願いできますか?」

『そのくらいなら構わないさ。近いうちに伝えておくよ』

「ありがとうございます。それじゃまた」

 

 電話を切り、会話内容を書類にまとめる。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「もうすぐね……」

「ああ……」

 

 夜中のリビングに皆が集まっている。

 影時間が近づいて落ち着かないようだ。

 

「ボンズさん、これ今回の会話内容と得られた情報です」

「ありがとう。参考にさせてもらうよ」

 

 作った書類を提出すると、天田が近づいてきた。

 

「先輩、準備完了です。って言っても武器と防弾ジャケットだけですけど」

 

 今日の天田には槍を持たせる。

 あまり練習もできていないが、さすがに素手では心もとない。

 という事で、知識の中で天田の武器は槍だった事を伝えた。

 槍はボンズさんがモップの柄とナイフで素早く拵えてくれた。

 

「今日のメインはペルソナだしな。影時間になる前にもう一度能力の確認でもしとくか」

 

 天田から聞いたペルソナの情報は、名前が“ネメシス”。

 アルカナは正義で光に耐性があるのは原作通り。

 だけど……

 

 アナライズで聞いたスキルを表にまとめる。

 

 

 

 

 スキル一覧

 物理攻撃スキル:

 バスタアタック(貫通属性 敵単体に中ダメージ)

 

 攻撃魔法スキル:

 ハマ(光属性 単体即死魔法)

 ハマオン(光属性 ハマの強化版)

 ジオンガ(雷属性 敵単体に中ダメージ)

 

 自動効果スキル:

 打撃見切り(打撃に対する回避率上昇)

 

 

 

 

 おおむね原作通りだけど、打撃見切りが増えている。

 これ、そもそも覚え無いはずじゃなかっただろうか?

 それにハマオンも初期から使えるスキルじゃなかったような……

 

「何か心当たりは?」

「ハマオンは知りませんけど、打撃見切りは先輩とトレーニングしてたからじゃないですか? 試合とか見てましたし……」

「それしかないよな」

 

 と言うことは……

 原作キャラも俺と同じように、トレーニングで新たにスキルを習得できると予想される。

 得意不得意に原作と同じ傾向はあるかもしれないけど、敵対する場合は要注意だな。

 

「天田の能力はまだ少ないけど、物理攻撃、魔法攻撃、将来的には回復までまんべんなく使える万能型のはずだ。単体攻撃しかできない現状は俺と同じだな。今後の成長でお互いどうなるか分からないが……気になるのはどれだけこの技が使えるか」

 

 魔法を使えば魔力を消費する。物理攻撃スキルなら体力を消費する。

 その消費に天田がどれだけ耐えられるかが問題だ。

 とりあえず今日はそれを調べることにしよう。

 

「俺がサポートするから、今日はとにかく攻撃してみろ」

「はいっ!」

「よし、それじゃあ……? アンジェリーナちゃん?」

「私も、チェック」

 

 戦力の確認がしたいようだ。

 やっておいて損はないので、確認する。

 

 彼女はペルソナが使えないので、戦い方は魔術頼り。

 しかし彼女には火、氷、風、雷、そして水の攻撃魔法。

 さらに感電や氷結、氷の鎖など、俺が使っているルーン魔術はほとんど教えた。

 豊富な魔力もあるし、攻撃のバリエーションは天田よりも多いだろう。

 ただし本人は小さな女の子。

 体力もあまり無いようで、魔法以外は戦力にはならなそうだ。

 

「アンジェリーナちゃんはボンズさんたちと、遠くから攻撃するのがいいね。もし近づかれそうになったら逃げて、うちの父さんを盾にするといい」

「おいコラ、サラッと何言ってやがる」

「ほっといても飛び込みかねないんだし、別にいいじゃない」

 

 まぁ、そんな事にならないよう考えられる対策はした。

 あとは試してみなければ分からない。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~影時間~

 

「……やっぱりなぁ……皆、大丈夫?」

 

 俺の問いかけに返事がぱらぱらと返ってくる。

 影時間に突入した結果、やはり天田以外も活動できていた。

 象徴化しないのは昨日だけで今日は元通り……なーんて都合の良い話はないようだ……

 記憶がある時点でまずこうなると思っていた。

 

「じゃ、始めますか。天田、表に出よう」

「はい!」

「行ってらっしゃい、天田君。虎ちゃん、気をつけるのよ」

 

 俺と天田は母さんに見送られ、表へ出る。



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153話 戦力強化

 ~表~

 

「次が来たぞ。バーバリアンの剣が一匹。ウルフが三匹。ウルフが先だ。そっちは俺が片付ける」

「はい!」

 

 前に出て、先頭の一匹へ先制のマリンカリン。

 

「グルルル……ガウッ!」

「ギャウン!?」

 

 悩殺されたウルフは突如体を反転させ、後ろに続いた一匹へ飛びかかった。

 残された一匹は困惑したようにもつれ合う二匹を見ている。

 

「グゥ……」

 

 そんな背後から頭と首へ刃をつき立てて吸血。

 悲鳴をあげる前に仕留める。

 さらに悩殺されたウルフに捕まっている一匹へとどめ。

 最後に同士討ちで傷ついた一匹を片付ければ、残るは遅れてきたバーバリアン一匹のみ。

 

 ネコダマシ……プリンパ……デビルタッチ……!

 三回目で効いた。バーバリアンがおびえたように足を止める。

 

「行け!」

「ネメシス! ……バスタアタック!」

「グアアアアッ!?」

 

 力強い気の塊が腹部を貫く。しかしまだ息がある。

 

「もう一度! 今度は魔法で!」

「ジオンガッ!」

 

 降り注ぐ落雷により、バーバリアンは跡形も無く消え去った。

 ……一発の威力は現時点で俺を超えてる。けど、

 

「大丈夫か?」

「は、はい! まだいけます!」

 

 息は荒く、顔には玉のような汗をかいている。

 バスタアタックにジオンガ。

 どちらも強力なだけに体力と魔力の消費が激しいようだ。

 俺のように敵から吸収する手段も無いので、スタミナが問題になる。

 バスタアタックを七回でこの状態となると、撃ててあと一回か二回。三回はギリかな……

 ジオンガはもう少し撃てるかもしれないが……

 

「このくらいにしておこう」

「えっ、もうですか!?」

「今日は上限が知りたくて連発させたけど、スキルは“必殺技”だと考えてくれ。強力なスキルほど消耗が激しくて、無計画に連発すれば慣れてる俺でもすぐに力尽きる。少しずつ慣らしていかないと危ない。

 ……というか、ここで敵を倒せる威力があるなら十分だ。タルタロス下層の敵はもう少し弱いから」

 

 弱点を突けばどうとでもなるが、下層の敵と比べたら普通に強敵。

 初心者の練習にしてはだいぶ格上の相手と戦っていると思うけど……ちょうどいい。

 

「天田。もう一……三匹来た。全部バーバリアン。二匹は俺が倒すから、一匹任せる。一人で倒してみろ」

「はいっ!!」

 

 天田は即席の槍を構えてやる気を示す。

 

「行くぞ!」

 

 敵は斧、剣、素手が各一匹。

 接近される前にガルの連発で斧持ちだけは、ダウンから立ち直る暇を与えずに倒しきる!

 

「ガァァッ……」

「天田!」

「ジオンガ!」

 

 消え行く斧の後から来た剣持ちのバーバリアン。

 その剣が一瞬避雷針に見えた。

 天田もちゃんと弱点は把握しているようだ。

 

「お前はこっちだ!」

「グッ? グラッ! グガガッ!」

「一発で効いた?」

 

 バリゾーゴンが効いたのか、それとも仲間がやられて頭にきたのか。

 どちらにせよ素手のバーバリアンが見るからに怒っている。

 そして攻撃は俺へ集中。これで天田のほうへは行きそうになくなった。

 けど一気に倒させてもらう。

 

 バリゾーゴンはヤケクソの状態異常にする魔法。

 ヤケクソ状態だと敵の攻撃力は上がってしまうが、防御力が落ちる。

 攻撃も激しくなるけれど、

 

「その代わりに防御が甘くなる!」

 

 大振りの拳が振るわれる前に懐へ入り、ラクンダを使用。

 さらに防御力を下げ、隙だらけの体に連続攻撃。

 一撃は弱くとも、防御力を下げきった状態にして手数で押しつぶせばいいのだ。

 

「……セェイッ!!」

 

 気合と共に打ち込んだ二連打。

 打たれた巨体は力なく倒れて霧に代わる。

 天田は……戦闘中。

 

「はぁ……はっ、っ! ペルソナ!!」

 

 バスタアタック。

 敵は頭を吹き飛ばされて消えていく。しかし……

 

「っ……」

「大丈夫か?」

 

 意識はあるけど、もう歩くのも辛そうだ。

 背負って拠点へ運び込む。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~リビング~

 

 疲れ果てた天田をソファーへ寝かせる。

 

「江戸川先生、天田君は?」

「だいぶ疲れているようですが、それ以外に問題はなさそうです」

「ただスキルを使いすぎただけだだよ、母さん」

 

 事情を考えると無理もないけど、天田は少々シャドウに対して攻撃的だ。

 とにもかくにも攻撃を叩き込んで一刻も早くシャドウを倒したい……違うな。

 殺したい、という焦りがオーラに見える。

 武器での攻撃がいまいち効きにくいことも焦りの原因だろう。

 ガンガン行くように指示はしたけど、ペースが速くてあっという間にガス欠。

 

「ま、これで今の限界は分かったかな?」

「はい……」

 

 理性では理解していても、体は動いてしまう。

 今後も注意が必要だ。

 

 しかし、今日のところはもう動けまい。

 

「それじゃ俺は実験に入るので……母さん、先生、よろしくお願いします」

 

 天田を二人に任せて、俺は窓際へ。

 

「どうですか?」

「敵影は無い」

 

 ジョージさんから短い答えが返ってきた。

 天田と倒したしな……安全なのはいいが、これでは実験ができない。

 

「バーバリアンを一匹か二匹、引っ張ってくる事はできないか?」

「……それしかないですね。近くを探してきますから、皆さんは“例の弾”を用意していてください」

「承知した」

 

 マガジンを交換する彼らを横目に、俺は窓から飛び出す。

 

 現状、シャドウに有効な戦力を保持しているのは俺を含めた三人。

 その内、天田とアンジェリーナの二人はペルソナと魔術の初心者だ。

 自衛のためにも今後のためにも、今は早急な戦力の強化が求められている。

 

 そのための方法として、昼に作ったのが“対シャドウ特殊弾”。

 塗料でフルメタルジャケットの弾頭に“テュール”のルーンを書き込んだ拳銃弾。

 まんま矢印の形をしているそれは、軍神である“トール”や“勝利”を象徴するルーン。

 そのためルーンを用いた古代の兵士は、自らの剣にこのルーンを刻んでいたそうだ。

 それを真似て作ってみたが、実際の効果は未知数。

 魔力はちゃんと十分な量が込められただろうか?

 成功すれば通常弾が対シャドウ兵器へ変わる。

 それはつまり、ボンズさんたちも有効な戦力になれるかもしれない。

 

 その効果を試すため、俺は見つけたバーバリアンを引き連れて戻る。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~リビング~

 

 結論から言うと、効果は微妙だった。

 

 昨日の影時間に普通の弾丸でシャドウを相手にした四人に特殊弾を使ってもらったところ、昨日より効いているとは感じられたそうだ。しかし、やはりペルソナや魔術にはかなわない。

 

「いやいや、これはこれで使いようがあるとも」

「弾薬の節約。費用の削減にはなる」

「要研究、ですね」

「ヒヒヒ……その意気ですよ」

 

 改良するとしたらどうするか……

 改良案その1、単純に威力を上げる。使用ルーン候補:ウル。

 改良案その2、属性を付与する。使用ルーン候補:カノ、イス、ハガル、ソーン。

 

「威力はともかく、火や雷は作業中の暴発が怖いんですよね……」

「この弾を作るときも言ってたね」

「薬室に送られていなければガスは拡散して弾丸の威力は落ちる。とはいえ危険は危険か」

「それに弾頭ってルーンを書き込みにくいですし」

「ならばいっそ、それ用のルーン魔術を開発しては?」

 

 アメリアさんやボンズさんと意見交換をしていると、先生が提案した。

 どういうことだろう?

 

「仏教用語の一つに“加持”という言葉があります。これは神仏がその摩訶不思議なお力を信仰する人々に与えるという意味の“加”。そして人々がそれを受け入れるという意味を持つ“持”。この二つが合わさり“加持”となります。……簡単に言うと神仏と人、双方同意の上で力の貸し借りをするのですねぇ、ヒヒッ。

 そしてこの加持。種類が色々ありまして、その一つに“刀加持”と言うものがあります。これは悪鬼羅刹や魔性の存在を調伏するために、人間の刀をお不動様の持つ剣に見立てて行う加持です。刀は代表的なもので、他の武具に対して加持をしても“刀加持”と呼びます。今回の特殊弾は神仏ではなくルーンの力ですが、目的としていることはそう変わらないでしょう」

 

 確かに。

 

 さらに話を聞くと、加持には加持を執り行うための儀式があるという。ならば特殊弾を作るためにも、儀式とまでは行かなくても、そのための手順ややり方を定めてはどうかというのが先生の提案だった。

 

「難しく考えなくても構いません。ただ手順を決めて繰り返すうちに、それは貴方のルーティンとなるでしょう。“ルーティン”あるいは“ルーチン”という言葉、一度は聞いたことがあるはずです。

 これは毎日決まった仕事など繰り返すという意味で、ルーティンワークはつまらない、なんて言われる事もありますが……“いつも通り”の行動をすることで余計なことを考えずにリラックスできたり、集中力を高めたりする効果もあるのです。

 リラックスに集中、特殊弾だけでなく魔術を扱うには必要なことですねぇ……ヒヒッ」

 

 なるほど……試してみる価値はありそうだ。しかし何から始めよう?

 

「まず未加工の弾を箱から取り出して、ルーンを書き込む必要はある……」

「それから箱に詰め直し、魔法円でも書いてみては? 円周の内外へ弾に込める魔術の詳細を記載すれば、こういうことがしたい! と自らの意思を確認することにもなるでしょう」

「ある程度まとまった数を一度に作れると我々は助かるな」

「弾薬の違いは考慮しなくていいの? 特殊弾に適した物質があったりしないかしら? たとえば物語に出てくるような銀の弾丸とか」

「高くつくわりに威力は低いって聞くし、あたしは売ってる店なんか見たこと無いよエイミー」

「弾薬なら私が手配する。通常使われる弾丸なら近日中に集まるだろう。……銀は記念品とでも言って注文するしかないな」

 

 こうして相談しながら特殊弾作成用のルーティンを考えているうちに、今日の影時間は終わりを迎えた。




影虎は対シャドウ特殊弾(貫通属性・威力微増)を作れるようになった!


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154話 事件の余波

 8月18日(火)

 

 朝

 

「……分かったよ。そう伝えておく。とても残念だ」

 

 リビングに顔を出すと、カイルさんが電話中だった。

 

「ふぅ……む。タイガー」

「おはようございます。どうかしたんですか?」

「おはよう。ちょっと残念な知らせがね。前にボディービルの大会に誘ったのを覚えているかい?」

 

 そういえばそんな話もあった。

 

「あの大会が中止になってしまったんだよ。主催者と参加者が数名……影人間になってしまったようで、テロとの噂もあるから自粛するそうだ」

「そうですか……」

 

 カイルさんが経営するお店はリゾートに来たお客相手に、ツアーやマリンスポーツのインストラクターを用意していると聞いた。……今回の騒ぎは彼だけでなく、ここで観光業界に携わる人々には大きな打撃になりそうだ。

 

「ツアーのキャンセルもたて続いてる。困ったものさ。でもそうやってキャンセルの連絡ができたと言うことは、その人は無事なわけだから良かったよ。そうだ、よければタイガーたちツアーに参加しないか?

 たしか午後の海中散歩ツアーがどこか……あった。キャンセルを除くとお客が1人しかいない時間がある。呼吸のできるヘルメットをかぶって水中をのんびり見て回れるツアーだ」

 

 せっかく海の近くにきたんだし、昼はほどほどに遊んでもいいだろう。

 とりあえず皆に意見を聞いてからということで、朝食に人が集まるのを待ってみると……

 

「大丈夫か? 天田」

「はい、ちょっと疲れただけですから」

 

 朝食の席に顔を出した天田は体調が優れないようだ。

 ……違うな。天田が顕著なだけで、全員影時間の疲れが出始めている。

 森の探索に行くのはもう少し影時間に慣れてからの方が良いだろうか……?

 

 そう聞くと、まずリアンさんが口を開いた。

「君は探索に向かって欲しい。今朝入った情報だが、昨夜は警官隊に被害者が出た。我々が慣れるのを待っていたら、それだけ被害者も増えていくだろう」

「そうだな。むしろ我々の体力が続くうちに解決の手がかりを掴むくらいの気持ちで頑張ってくれ。我々も我々で昼間は養生させてもらうさ」

 

 そういうことなら行かせてもらうけど、何か回復手段は……

 

「あっ。今日のお昼、俺が作ってみてもいいですか?」

「何かあるのかい?」

 

 以前ロイドや母さんと協力して作ったチキンカツバーガー。

 あの時のバーガーで体力が回復したことを思い出した。

 “料理の心得”を得てから作った料理は、俺にだけ回復効果を与えるのか。

 それとも誰が食べても回復効果が得られるのか。

 分からないし、試してみる良い機会だ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午前中

 

 リアンさんにドライバーをしてもらい、近所のスーパーマーケットを訪れた。

 

「さて、何を買う?」

「まずはアメリアさんから預かったメモにしたがって、その途中でこれは! と思うものがあればそれを」

 

 江戸川先生とエイミーさんから、疲労回復に効く食材や成分について教わってきた。

 作る料理は決めていないが家にあった大量の料理本の内容も記憶してある。

 後は実際に食材を見て、“アドバイス”や“コーチング”を上手く使おうと思う。

 

「とりあえず肉料理にしようとは考えてます」

「肉が好きな奴らが多いからな。私もだが」

「疲労回復にはビタミンBが豊富なものが良いようですし……あ、この豚肉良さそうですね」

 

 確保。

 

「とりあえず気になった物は全部かごに入れるといい。あの人数がいれば、食材なんてすぐになくなる」

「了解!」

 

 こうして俺たちは、本当に手当たり次第に買い物をした。

 

 そして買い集めた材料を使い、完成したのは……

 

 “豚肉のソテー with バーベキュー風ガーリックオニオンソース”

 “きのこと野菜の具沢山コンソメスープ”

 “ふっくらフランスパン&カリッとガーリックブレッド”

 “謎の青汁”

 

 以上の四品。

 試食後の感覚から、体力回復量の多そうな順に並べてみた。

 最後を除き、全体的に美味しそうな見た目だ。

 しかし正直インスピレーションのままに作ったため、どんな評価をされるかは分からない。

 個人的には美味しいと思うけど。最後も含めて。

 

 青汁は……どうしてあんなに色鮮やかな群青色(・・・)になったのかが謎だ……

 おまけに飲んで回復するのは体力ではなく魔力だったし、色々と謎が多い。

 

 まぁ、とりあえず食卓に出してみよう。

 

「お待たせしました~」

「お、皆! 来たみたいだぜ!」

「天田、アンジェリーナちゃんたちも呼んでくれ」

「わかりました!」

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

『いただきます!』

 

 全員が日本語で唱和して、それぞれが料理に手をつける。

 

「んっ!? このポークソテーうまいな!」

「肉の主張が強くて、スタミナがつきそうな味だ……」

「体が熱くなるな」

 

 体格の良い兄弟三人がポークソテーを気に入ってくれた。

 

「こっちのスープはホッとする味だねぇ」

「胃にやさしそう」

「こっちのフランスパンも中が柔らかくて、あわせると美味しいわ」

「ガーリックブレッドだとお肉ほどじゃないけど、ちょっと刺激があって良い感じね。バジルの香りも爽やかで」

 

 パンとスープは母さんを含めた大人の女性に好評か。

 他の人たちも悪い評価ではないようだが……

 ここには一人、普段から高級料理を食べていそうな方がいる。

 

「お口に合いますでしょうか?」

「美味しいよ。君はこういうこともできるんだね」

今は(・・)。ちょっと前までは料理はできても、こんなに上手くはなかったです。ただ俺が目覚めたペルソナの能力で急成長してまして、正直自分でも最近の料理の出来には驚いてます」

 

 特に今回は手に入れたばかりの“ミドルグロウ”や“コーチング”の影響を強く感じた。

 言葉で表現しにくいが……

 これまでは料理本を見てレシピ通りの料理が作れるレベル。

 今回は大量の料理本から得た知識やコツを組み合わせ、質を高めた料理にできるレベル。

 とでも言えばいいのか、一気にステップアップをした感覚だった。

 

 ボークソテーのソースにメスキートを使い、テキサスのバーベキュー風にアレンジとか。

 以前なら絶対に作れない料理が作れているのが今の現実。

 ソースは完成させた後のクオリティーに自分でも驚いた。

 

「そうか……ちゃんとした指導を受ければ、更なる高みに到達するかもしれないね」

 

 時間と環境さえあれば、冗談抜きでできると思う。

 なんとなく成長可能な速度に自分の頭がついていってない気がするくらいだ。

 少なくとも普通の人よりは技術を身につけやすいはず。

 おかげで進学や就職への不安はほとんど無くなりつつある。

 本来ならそろそろ将来を真剣に考え始めなきゃならない歳だと思うけど。

 ってか早い奴だともうとっくに将来を見据えて行動している歳だけど。

 

「Take your time.君も自分のやるべきことをやっているだろう? それが他人とはちがうだけさ。自分のペースで進みたまえ」

「ありがとうございます」

 

 会話をしながら料理の味を楽しんだ。

 それにしても、なぜ誰一人として青汁についてコメントをしてくれないのだろうか……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 午後

 

 昼食から少し時間を置いて皆に聞いてみると、体調はかなり改善したとの答えが返ってきた。料理による回復効果は他人にも有効らしい。

 

 しかしカイルさんが誘ってくださったツアーには不参加。今日も影時間はあるだろうし、念のために体力を温存しておきたいそうだ。

 

 ……なら俺もやめておくか。影時間用の特殊弾を作りに当てよう。

 

「というわけで、せっかくのお誘いですが」

「なに、皆の体調が完全に戻ってからでかまわないさ。午前中もキャンセルの連絡無く、集合場所に来なかったお客が何組もいてね。今年はいつでもウェルカムさ。じゃあ特殊弾作り、頑張ってくれ」

 

 仕事場に戻る彼を見送った。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~自室~

 

「今いいかしら?」

 

 エイミーさんが尋ねてきた。

 特殊弾作りが一段落したところなので問題ないが、何だろう?

 

「ドッペルゲンガーを解析してみたいのだけれど、サンプルの採取はできないかしら」

 

 ドッペルゲンガーのサンプルって、また珍しい注文をしてきたな……

 

「あれは気と魔力。二種類のエネルギーの混合物でしょう? そしてあなたはその両方をコントロールして技や魔術に利用できる。……だったら気と魔力を混合して同じ、あるいは近い物質を作れないかしら?」

「それは……」

 

 考えたこともなかった。

 

「だったら一度試してもらえない? 気と魔力、どちらも私は理解できていないけれど、物質の状態であれば解析機器にかけることができるし、うまくいけばそこから気や魔力を理解する手がかりが見つかるかも知れないわ」

「わかりました。ちょっと待ってください」

 

 昼にかなり残っていた青汁で魔力を回復し、気と魔力を放出する。

 ……失敗。何も起こらなかった。

 今のだとただ放出しただけになったな……

 もっとドッペルゲンガーを呼び出すように……

 ……今度はドッぺルゲンガーを呼び出してしまった。意気込みすぎだ。

 気弾を撃つくらいの気持ちでやってみるか……もう一度。エネルギーだけを……

 なんだか、良い感じだ。このままいけるか?

 もっとドッペルゲンガーを変形させるイメージで押し固め……!

 

 組んだ手の中に違和感。

 手を開いてみると……小石のようにいびつな黒い塊。

 ペルソナではない。しかしこんな物はさっきまで無かった。

 となると……

 

「成功、ですかね?」

「この袋に入れて。もう少し作れる? できれば形をもっとこう」

 

 彼女の注文に従って十個のサンプルを作り、用意されていた密閉できる透明な袋へ。

 役に立つのかわからないけど、とりあえずエイミーさんは大喜びで部屋を出て行った。

 

 しかしその数分後、彼女は落ち込んだ様子で戻ってくる。

 

「どうしたんですか?」

「……あのサンプル、タイムリミットがあるみたい」

 

 彼女の手元の袋には、俺が作った物体は塵一つ残っていなかった。

 これでは解析できない。

 と言うことで、ドッペルゲンガーについて聞き取り調査が行われた。

 

「BUNSHINはしゃべらせることができたわね? どこまで人間と同じ事ができるの? たとえば食事。栄養の吸収はできるの?」 

 

 能力について一つずつ説明し、それに対してエイミーさんの質問。

 その内答えられなければ、できる限り試して答えを出す作業を繰り返した。

 その結果として、ドッペルゲンガーを人型にした場合は視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚。

 五感が利用できることが判明。

 

 ドッペルゲンガーの目を通して、本の内容を取り込むこともできるし、食事をさせれば匂いや味も感じられる。ただしその感覚や情報を得るにはアナライズで一度記憶として取り出さなければならない。

 

 さらに本を読ませるためには、ページをめくり目を通し、また次のページをめくる……という風にいちいち動かす必要があるので、自分で読んだほうがよほど楽だし早い。

 

 食事も味わうことはできるけれど、消化吸収まではできない。ドッペルゲンガーを消した後、飲み食いさせた物はその場に残った。回復もしないし、食事は人型の袋に食べ物を詰めたような感じだ。

 

 ……これ、うまく使えば山岸さんの料理を安全に味見できるかな……?

 

 使い勝手が悪くてそんな利用法しか思い浮かばないけれど……

 エイミーさんと話し合うことで、ドッペルゲンガーへの理解が深まった。




影虎以外に、影時間の疲れが溜まり始めている……
影虎は料理をした!
料理の腕前が上がっている!
ドッペルゲンガーへの理解が深まった!


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155話 一進一退

 ~リビング~

 

 今日も影時間を迎えた。

 やはり皆、象徴化していない……

 

「皆さん、体調は大丈夫ですか?」

「大丈夫だ」

「問題ない」

 

 昼の料理が効いてくれたようで、平気だという言葉が次々と返ってくる。

 

「じゃあ俺は行ってくるよ」

「おう、行ってこい!」

「気をつけるのよ」

「分かってる。天田、ボンズさんたちの指示を良く効いて、ここを頼むぞ」

「はい! 先輩も無事に戻ってきてください!」

「タイガー。これを持って行け。多少は助けになるだろう」

 

 ボンズさんが差し出したのは射撃の練習でも使っていたベレッタM92と予備弾倉。

 

「使い方は覚えているな?」

「大丈夫です。ありがとうございます」

 

 受け取った銃のセーフティーを確認して腰元へ。

 みんなの視線に見送られて、俺は拠点を後にした……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 ~森の入り口~

 

 ……おかしいな…… 

 

 無機質な植物のオブジェでできた迷路に踏み込んだ直後、違和感を覚えた。

 さらに暫く進むと、その違和感は核心へと変わる。

 

 敵が少ない。そして、道が変わってない。

 

 タルタロスでは毎日内部の構造が変化するが、ここは前回探索したときと同じだ。

 曲がり角の一つや二つなら偶然かとも思うが、もう十分以上も歩いて変化がない。

 ここは変化しないと見ても良さそうだ。

 

 だったら……前回行けた一番奥まで行ってみよう。

 

 隠蔽と保護色の隠密コンボに加え、機動力を強化する。

 今日の目的は森の探索。

 魔法陣の発見なので、戦闘はできるだけ回避だ。

 

 シャドウが少ないこともあって、すいすいと奥へ進める。

 とくに心当たりの場所があるわけでもないので、ひとまず森の中心部へ向かってみよう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~拠点前~

 

「なんだこれ……」

 

 探索が一段落したので帰ってみると、家の外が妙なことになっていた。

 

「ガウ!」

「ガウッ!」

「キキッ、キッ、キッ」

「……」

 

 家の前の道路に、ウルフが二匹。

 その上を九匹のバットが飛び回り、魔法で一方的に攻撃を加えている。

 低く飛んだ一匹にウルフが飛びつこうとした瞬間を狙い、身動きの取れない空中で狙いうち。

 次に残った方に攻撃が集中し、ウルフ二匹は持ち前の素早さを生かせないまま消えた。

 これまで見てきたバットとはあきらかに動きが違う、っ!? こっち来た!

 

『待って! 攻撃しちゃだめ!』

 

 迎え撃とうとした矢先に、脳内に響き渡る声。

 バットの群れもその場で滞空した後、家と道路を挟んで対面にある建物の軒下へと整列。

 

「……なるほど」

 

 俺とバットの姿を一望できる家の窓に、アンジェリーナちゃんの姿が見えた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~リビング~

 

「ただいま~」

「お帰りなさい」

「早かったわね、タイガー」

「森の探索で進展があった。けどちょっと判断に困ることもあってね。とりあえず調べられるだけ調べて帰ってきた。外のあれはアンジェリーナちゃんが?」

「そう。タイガーが教えてくれた。私の歌のこと。だから……これも一緒に使った」

 

 細い指でつまみ上げて、よく見えるように押し出されたメモ用紙。

 そこには以前俺がシャドウに使った不完全な意思疎通のルーンが書かれていた。

 

 歌で魅了してからルーン魔術で指示を出す。それがさっきの結果か。

 

「指示はちゃんと聞くの?」

「歌を聞かせたあとなら平気。時間が経つと聞いてくれなくなるけど、そうなる前に“煙”が見えてくる。だから煙が見えてきたらまた歌えばいい。完全に聞いてくれなくなる前に、歌を聞くように指示すれば大丈夫。ね? パパ」

「今のところ問題ない」

「グランパに戦わせ方のアドバイスももらった」

「統率されてると思ったら、そういうことだったのか」

「近づいてきたシャドウはバットの群れをけしかけ、敵の強さや種類に応じて私たちが銃で援護に入る。その上で倒すのに手間取るバーバリアンはケンの力を借りて、何とか安定しているよ。

 ところで、森の報告を頼めるか?」

「了解。

 今回の探索は魔法陣の発見が目的でしたが、目印も何も無かったので、まず森の中心を目指しました。そうしたら、思いのほかあっさりと見つかりましたよ」

「もう見つかったのか」

「はい。ただ、回収はできませんでした」

 

 発見したこと、話しておくべきことがいくつかあるので、順を追って説明しよう。

 

 まず森の中心部に足を踏み入れると、目の前には不気味な光景が広がっていた。

 

 そこはキャンプ場のような広場。ただし所々に木や何かの骨を組み合わせたオブジェが立っていて、小さい物でもかかめば俺の身をすっぽり隠せるサイズ。そんなオブジェに囲まれた中心には一匹の巨人が胡坐をかいていた。

 

「姿はバーバリアンとほぼ同じですが、立てばバーバリアンの三倍程度、五か六メートルはあります。首には人の頭蓋骨を連ねたような悪趣味な首飾りをつけていて、威圧感も相応でした。おそらく他より強い“門番シャドウ”かそれに準じるシャドウだと思われます」

 

 そんな奴がそんな所で座って何をしているのかと思えば、食事をしていた。

 ただし食べていたのは人ではなく、シャドウ(・・・・)

 

 最初に見たのはウルフ。

 まだ生きたまま、胴体を巨大な手で掴み上げられて口元へ運ばれていく。

 次の瞬間、頭が噛み潰された。

 クチャクチャと不快な咀嚼音だけが広場に響き、もう一口で完全に腹の中。

 しかし驚いたのはその次の行動だ。

 

「手元にシャドウが居なくなると、そいつは叫び声を上げました」

 

 それに呼応するように、ぼんやりと発光する全てのオブジェ。

 そして広場の中心部。巨人の前に新たなシャドウが現れた。

 

「暫く観察してみたところ、一度に現れるシャドウは種類に関係なく十匹前後。ほとんど巨人に食べられますが、たまに逃げ延びる個体もいます。そして突然現れるシャドウと巨人の叫び声、オブジェが反応するタイミングからその場が怪しいと見て、その広場をこっそり調べてみました」

 

 幸い巨人は食事に夢中だったから、それほど難しいことではなかった。

 そしてあっさり魔法陣を見つけた。

 ……それが魔法陣だと気づくのに少し時間がかかったかもしれない。

 

 魔法陣は、広場だった。

 

「広場にあった(・・・)?」

 

 天田は自分の聞き間違えか俺の言い間違いを疑っている。

 しかし、間違いではない。

 

広場だった(・・・・・)。オブジェの上から見たら、広場全体が怪しい魔法陣になってたんだよ。魔法陣の要所にオブジェが立ってたみたいでさ、これは回収できないと思ったから魔法陣全体を記憶して、あと森の内部がタルタロスみたいに変わらないようだから少し森のマップを作って帰ってきた。次回からは一直線に広場までいける」

「……とりあえずその魔法円を紙に書き出してもらえますか?」

 

 先生に従って魔法陣を紙に書き写した。

 アナライズに取り込んだ記憶と照らし合わせ、間違いないと確信したが……

 

「むぅ……」

 

 それを見た先生は難しい顔で黙り込んでしまった。

 

「江戸川先生、こいつに何かあるのか?」

 

 父さんが聞くと、先生はゆっくりと頷く。

 

「この魔法円には足りないもの(・・・・・・)がいくつかあります」

「足りないもの? 何ですか? それって」

「そうですね……まず悪魔を召喚する魔法円の構築には深い知識を要しますが、昨日私が葉隠君に提案した魔法円と同じで、かならず意味があります。一種の暗号と考えても良いでしょう……私はそれを解読してみようとしているのですが……この魔法円には重要なものが2つ(・・)欠けているようです。

 一つは魔法円に備えておかなければならない防護の術式。もう一つは何らかの物品ではないでしょうか?」

 

 目頭を揉みながら言葉は続く。

 

「まず防護の術式、これは召喚した存在から自らを守るための物です。召喚された対象が温厚で協力的とは限りませんからね。特に強大な力を持つ存在を呼び出そうというなら絶対に不可欠になります」

「……銃の安全装置のようなものか」

「ジョージさん、今仰った通りです。それが無いのですよ。最初から無かったのか、事件で失われたのかは分かりませんが」

「ふむ……では二つめは?」

「儀式場とこの魔法円を合わせて儀式内容を推察すると、おそらく儀式の途中で何かを捧げる必要があるはずです」

 

 捧げ物……それと魔法陣が合わさって召喚が行われる。

 魔法陣は見つけたけれど、今度は捧げ物がない。

 今度は捧げ物を探さないといけないのか……

 

「手がかりを見つけたらまた新しい手がかりが必要になる……なんだかRPGみたいだね、タイガー」

「笑えないよ、ロイド。先生、その捧げ物の詳細は分かりませんか?」

「申し訳ありませんが、そこまでは見当がつきません。ただしセットで使われたことは間違いないでしょう。ですからいまのところ一番怪しく見えるのは、魔法円の上で召喚魔術を行使したという門番シャドウですねぇ」

 

 あの巨人か……観察した限り持ち物はバーバリアンとほぼ同じ。

 唯一違う持ち物は、頭蓋骨のネックレスのみ。

 

「……先生、まさか捧げ物って人間だったり……」

「違うと思いますが……申し訳ない。否定できる確証もありません」

「ひとまず森を全部探索して、見つからなければ戦ってみるしかないか……」

 

 解決に一歩近づいたのだろうか?

 とりあえず、気分が少し重くなった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 8月19日(水)

 

 朝

 

 ~リビング~

 

「タイガー、少しトレーニングをしないか?」

 

 朝食後、部屋に戻ろうとするとボンズさんに誘われた。

 そして銃器や食料を保管してある地下室へと場所を移す。

 そこは物が多く、それなりに動ける程度のスペースはあるけれど若干狭かった。

 

「タイガー。私は君にある格闘術を教えようと思う。それは非常に危険な技だが、君の能力と相性が良いはずだ」

 

 ……ボンズさんはそう言うが、あまり教えたくないのではないだろうか? 

 

「気が進まないのは確かだ。しかしそんな事を言っている場合でもない。だから他人に教えるのは控えてくれ。聞けばおそらく天田も知りたがるだろうが……」

「分かりました」

 

 そこまで危険な技とは何だろうか? 

 

「“サイレント・キリング(無音殺傷術)”……殺傷技術としての側面を強め、軍隊格闘術のベースになった格闘術。主に特殊部隊や諜報部隊で使われ、さらに実践的で洗練された人を殺すための技術だ。素手だけでなくナイフや銃の扱い、それに潜入や逃げ隠れの方法も合わせて説明する」

 

 つまり、本物の暗殺術。

 

 気軽に教えられないことに納得し、ボンズさんの指導を受けた。

 しかし習ってすぐに使いこなせる技術ではない。

 今日のところは基本となる動きと理論を、ドッぺルゲンガーへの実践と言葉で説明。

 その内容を全てアナライズに記憶した。

 あとは俺が影時間に実践して身につけていくことになる。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~リビング~

 

「ふぅ……」

「あら? タイガーにグランパ、地下にいたの」

「ちょっと特殊弾をね」

「そうなの。精が出るわね」

「エレナ、何でもいいから冷たい飲み物をもらえないか? 下は蒸し暑くてたまらん」

「あ……冷蔵庫の飲み物は全部上に持って行っちゃった」

「上って?」

「屋上。閉じこもってばかりだと気が滅入るし体にも良くないからって、皆で日光浴してるの」

 

 だからって何で屋上……せっかく海の近くに来てるんだから、ビーチに行けばいいのに。

 

「テロ騒動でギラギラした警察官。街中を走り回るパトカー。道端でモンスターの存在を叫ぶ人……そんな中じゃのんびりできないわよ。影時間の問題が全部解決すれば余裕もできると思うけどね」

「……早めに何とかしないとな」

「とにかく今は上に行こう。水分補給だ」

 

 階段に向かうボンズさんを追う。

 それにしても……凄いな……

 

「何が?」

「この家」

 

 俺たちの活動拠点として使わせてもらっているこの家は、外から見ると三階建てのビルだ。

 最初に外から見たときはアパートかと思った。そんな建物が丸ごとカイルさんの所有物。

 ご両親の老後などを考えて広い家を買ったとは聞いたが、俺から見たら驚くほど広い。

 

「カイルはマリンスポーツの店以外にもフィットネスジムを複数経営している。マリンスポーツ一筋ではシーズンオフの収入が苦しくなると言っていたが……半分は自分の趣味だろうな。だが趣味とジムを通して得た人脈であいつは我が家の稼ぎ頭になっているよ。一度に大きく稼ぐのはウィリアムだったが」

「へぇ……暑っ」

 

 屋上の扉が開かれた途端、日光で温められた外の空気が流れてくる。

 

「おっ、影虎ぁ!」

「ダディとタイガーもきましたねー」

 

 手を振る父さんとジョナサンへ向けて手を振り返す。

 ビーチパラソルの下、ビーチチェアに寝そべってリゾート感が出ている。

 

「タイガーもチェアとパラソルが必要なら、あっち。カイル伯父さんがホームパーティー用に沢山用意してるみたいだから」

「ホームパーティーであれを使うのか……? 普通バーベキューとかじゃ」

「パーティーに呼ぶ人=伯父さんの趣味仲間だから。皆でここで日焼けを楽しむらしいわよ」

 

 そうなのか……ん?

 屋上の隅で、天田とアンジェリーナちゃんが並んで何かを見ている。

 

「天田ー」

「先輩。先輩も来たんですね」

「何見てるんだ?」

「あれですよ」

 

 視線の先は通りを隔てた(はす)向かいにある建物の前。

 木箱で組み上げられたカウンターで、幼稚園児くらいの男の子が飲み物を売っていた。

 

「レモネードスタンドっていうらしいですよ」

「名前は聞いたことあるな」

「夏休みにああやってレモネードを売ってお小遣いにするの。ケンは珍しそうに見てるけど、日本ではやらないの?」

「日本じゃできませんよ。ね、先輩」

「子供を働かせることが禁止だし、食品を売るなら衛生面とか色々あるしな」

「子供がやることだし、習慣みたいなものだから黙認されてるだけでそのあたりの法律はこっちにもあるわよ?」

「それを黙認する下地が日本には無いからね」

「……あれ、やりたい」

 

 アンジェリーナちゃんがつぶやいた。

 

「やりたいって、レモネードスタンドを?」

「……私、やったことない」

「ほとんど病院か家の中だったものね」

「……やりたい」

 

 少ない言葉に強い思いを込めてきた。

 

「そういわれても……エレナ。どうすればいい?」

「ん~……レモネードは簡単に作れるけど、実はタイガーが言ったこと、最近こっちでも厳しくなりつつあるのよね……とりあえずグランパたちに相談してみましょう」

 

 エレナがアンジェリーナちゃんを連れて行く。

 俺と天田もついて行く。

 影時間の緊張が嘘のように、昼間はのんびりとした時間を過ごした……




森の探索に進展があった!
新たに探さなければならない物があるようだ……


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156話 日本では

今回は三話を一度に投稿しました。
前回の続きはニつ前からです。


 ~巌戸台分寮~

 

 影虎たちがアメリカで奮闘している頃。日本では本来特別課外活動部の関係者しか立ち入らない寮のラウンジに人が集められていた。

 

 しかし誰一人として口を開かず、もはや葬儀中に近い雰囲気が漂っている。

 精神安定効果のあるハーブティーを配り歩く高城と山岸を除き、立ち歩く者もいない。

 そこへ来客を知らせるベルが鳴り響く。

 

『!』

「遅れてすまない」

「桐条先輩……俺ら集めてする話って、やっぱ影虎の事っすよね? あいつ、どうなったんすか?」

「落ち着け伊織。これから話す……念を押すが、ここで聞いた事は他言無用だ。いいな?」

 

 影虎と同じ寮生である順平、友近、宮本。

 共に勉強をした岳羽、西脇、高城、島田、岩崎。

 同好会仲間の山岸、和田、新井。

 学校経由で話を聞きつけた桐条。

 そこから話が伝わった真田と荒垣に、海土泊と武田の現生徒会トップの二人。

 陰鬱な雰囲気で集まった面々は、すぐに首を縦に振る。

 

 誰もが、些細なことも聞き逃さぬよう張り詰める中、話が始まる。

 

「まず結論から伝えよう。葉隠は無事だ」

『!!』

「マジっすか!?」

「マジですよね!?」

「よっしゃあ!」

「良かった……」

 

 真っ先に声を上げた和田と新井に順平。三人を中心に喜び合う男子とは別に、女子は安堵から力なく座り込んだ山岸に声をかけていた。

 

 だが、話は始まったばかり。

 

「はいはい皆。うれしいのは分かるけど、ちょっと落ち着こうか」

「まず桐条の話を最後まで聞くべきだ」

 

 生徒会の二人によって、再度桐条に注目が集まる。

 

「ありがとうございます。皆、葉隠が無事と理解した上で聞いてくれ。彼は無事だが、彼が撃たれたという報道は事実だ」

 

 誰かが息を呑む。

 

「だが週刊誌に書かれているような死亡説は否定された。私のところに本人から連絡が入ったからな。直接事情を聞いたところ、着用していた防弾チョッキにより肺や心臓といった主要臓器は無傷だったそうだ」

「え? じゃたいした怪我じゃなかったって事ですか?」

 

 岳羽はそう口にするが、帰ってくるのは否定の言葉。

 

「銃弾そのものは止まっていたが、その際胸に受けた衝撃で心臓が一時止まっていたらしい。同行していた江戸川先生が処置をしなければ危険な状態で、実際に四日間は意識不明から目覚めなかった」

「マジかよ……」

 

 宮本のつぶやきは、この場の総意と言っても過言ではない。

 

「ふっ。本人はもう元気そうだったぞ? 知人の手配でVIPルームが用意されたと、笑いながら話していたよ。まだ治療が残っているのですぐには帰れないが、二学期の開始には間に合うように帰ってくるそうだ。帰ったら騒がしそうだから、それまで羽を伸ばすとも言っていたな」

「え~、こっちは大騒ぎなのにリゾート楽しんでくる気なの~?」

「まったく神経の太い奴だ。心配して損した」

「まぁ実際帰ってきたらマスコミに囲まれるのは間違いねぇ。療養は向こうで済ませた方が楽だろうな」

 

 雰囲気が和らぎ、島田や真田からほどほどの軽口も出てくる

 

「それにしても……まさか知ってる人が銃で撃たれるなんて、考えたこともなかったな……」

「俺も。つか、実際どんな状況で撃たれたんすか? ニュースもネットも色々違うこと言っててわけわかんねーっす」

「ニュースが正しいそうだ。麻薬取引を目撃した少女が狙われている事に気づき、咄嗟に体を滑り込ませていたらしい」

『はぁっ!?』

「マジで!?」

「それって、確かテレビで一番デマっぽいって言われてる話だよね……? 友近」

「え? 理緒、それ俺に聞くの? まぁ確かに? そんな映画のヒーローみたいなことする奴いるか! ってな感じだったとは思うけど」 

「日本ではそうだけど、アメリカのニュースではそっちが主流だよ。警察も公式発表で麻薬組織の人間との銃撃戦をした形跡があったって言ってるし、証言者もいるみたい。ってか助けられた子の家族がそう言ってる」

 

 桐条の説明に海土泊からの補足も加わり、集まった者は表向きに用意された事情を理解した。

 

「女の子かばって銃で撃たれるとか、ホントにドラマっすか」

「そんな事をマジでやるとか、さすが兄貴」

「……考えてみたら葉隠君って、普段から他人のことに首突っ込むよね」

「ゆかりちゃん?」

「おせっかいって言うか、なんて言うかさ」

「あー……なんとなく分かる。あとあいつ、案外無鉄砲だよな」

「俺が知ってるだけでも和田と荒井の喧嘩……勝手に学校が開いた大会に結果残してやっかまれ、その結果がアキとの試合。次にテレビの撮影、んで騒がれて今回は撃たれて……巻き込まれたのもあるが、色々とありすぎじゃねぇか?」

 

 荒垣の言葉には、誰もが苦笑いを返すことしかできなかった。

 

「そのあたりの事は彼が帰ってきてから、直接言ってやるといい。それに、今回の件で彼にファンクラブができる事はほぼ確実と私は見ている。彼の性格的にそれは相当嫌な“罰”になるはずだ。無茶への小言は女の子を助けた功績とそれでチャラにしてやろう」

「そういえば先輩たちのファンクラブ。非公式だったのが、二学期から公式になるんですよね?」

「その通りだよ山岸君。真田君と葉隠君の試合が世間に流出しちゃったからね。しかもそれを無意識にでも助長していたのが真田君の非公式なファンたち。……世間がそんな論調になっている以上、放置するのは得策じゃないからね。

 野放しだったファンをある程度コントロールできるように、ファンクラブを公式にして明確なルールを作ることになったよ」

「少なくとも大多数の動きは把握できるようになるだろう。そのためには真田本人の協力が不可欠だ。同じく大勢のファンがいる桐条にも協力を仰ぎ、こちらのファンクラブも公式化する。当然ながら、葉隠にファンがいれば公式化を行う」

「うおお……会長と副会長がマジだ……」

「当然だよ」

「起こってしまったことは仕方がないが、二度目は防がなければならない」

「彼も気恥ずかしいとは思うが、我慢してもらうしかない」

「なぁに。あいつが俺に周りを見ろと言ったんだ。同じ状況になったら、あいつもちゃんと周りを見るだろう」

 

 規模は別として、影虎のファンクラブ設立は決定事項のようだ。

 

「話を戻そう。葉隠の無事は明日、学校から世間に公開される予定だ。悪いがそれまで周囲に広めるのは控えてくれ。無事を伝えたい友人もいるだろうが、こちらも対応の準備を万全にしてからでなければ、対応能力の限界を超えてしまう」

「そういえば幾月さんも相当疲れてたな……“こんなはずじゃなかった”とかなんとか」

「理事会もこんな事になるとは予想していなかったんだろうな。通常業務にも支障がでているそうだ。教員の中では特に鳥海先生がストレスでまずいとか……」

「鳥海先生かー」

「あの人はねー……」

 

 西脇と島田から納得の声。

 

「とにかくそういう状況なので、これ以上の面倒は御免被りたい。考えたくはないが、例の動画流出の件もあっただろう」

「そういえばあれってどうなってるんだ?」

「一度流出したデータは取り返しがつかないから、いまだに投稿と削除のいたちごっこをしてるみたい。収まるどころか前より激しくなっちゃってるよ。これも葉隠君の記事が出たからだと思う」

「おっ、サンキュー山岸さん」

「彼女の言ったとおりだ。そしてあの動画を流出させた人間は特定できていない。先生方も近日中にあれと同じようなことが起こる可能性を考えて戦々恐々としているんだ。皆も余計な負担をかけないでやってくれ」

 

 桐条がまとめ、各々の首が軽く動く。

 

 そして話が終わると集まった顔ぶれは三々五々に帰り、寮には元を含めて特別課外活動部の三人だけが残る。

 

「ほらよ」

「ありがとう。……美味い。この紅茶を飲むのも久しぶりだな」

「フン…………さっきの話。何か言ってねぇ事があるんじゃないか?」

「鋭いな。確かにあるが、彼らには関係のない話さ。……葉隠が搬送された病院が、最近テロで話題の街にあるらしい」

「なんだと!?」

「本当か美鶴!?」

「嘘を言ってどうする。心配なのは分かるが、彼らは無事さ。江戸川先生も、天田もな」

 

 しばしの沈黙が流れた後、荒垣が切り出す。

 

「あっちの状況は分からないのか?」

「残念ながら現場は海外だ。調査員と機材の用意はあるが、テロ騒ぎであちらの空港の警備体制が厳重になっていることもある。派遣には時間がかかりそうだ。今のところ葉隠からの情報を待つしかない」

「あ? 何であいつが?」

「彼が世話になっている知人があちらの警察関係者らしい。それを利用して被害状況などの情報を探ってもらっている。テロ(・・)に関する情報としてな」

「葉隠や被害者には悪いが、不幸中の幸いか」

 

 真田が申し訳なさそうに口にする横で、腑に落ちないという表情の荒垣。

 

「……都合が良すぎねぇか?」

「どういうことだ? シンジ」

「特に理由はねぇ。ただなんとなく、そう思っただけだ。そんな事をしてあいつに利益があんのか?」

「それなら一つ要求されたよ」

 

 桐条は影虎のテロ情報と、自分の持つ天田の保護者の情報を交換することを説明した。

 

「……そうか。連絡が来たら無理すんなって伝えとけ。俺はもう帰る」

 

 荒垣はそのまま振り返ることなく寮を出る。

 それを残された二人は黙して眺めていた。

 

「何を考えているんだろうな?」

「シャドウや影時間と無関係な葉隠に、無闇に首を突っ込ませたくない。ただ葉隠は天田のために行動している。そこに文句をつける資格が自分には無い……大方そんなところだろう。

 俺も正直、妙な裏取引を始めた事に思うところが無いわけじゃないが、天田のことを出されると何も言えん。実際、天田の世話を焼いているのは俺たちじゃなくてあいつだからな」

 

 そんな事を言う真田を見て、桐条は微笑んだ。

 

「随分と物わかりが良くなったな」

「茶化すな。そういう美鶴こそ、少し丸くなったんじゃないか? 前なら処刑だっ! とか言っていただろう」

「流石に一度死に掛けてきた奴には言い方を考えるが……まぁ、確かに丸くはなっているかもしれないな。葉隠が入学してまだ半年も経っていないが、やけに長く付き合いを続けている気がする」

「それは俺も感じるときがあるな。こう……食卓で醤油を取って欲しいと思った時、もう目の前に差し出されているような……」

「? 喩え方はともかく、こちらの思いを汲み取って彼なりに気を使ってくれているんだろう。欲を言えば、もう少し平穏な生活をしてもらいたいものだ」

「確かにあいつはトラブルメーカーの気があるかもな。……しかし、無事が確認できたのなら良かったじゃないか。療養が済んだら戻ってくるんだろう?」

「その予定だ。帰国後はまたマスコミが詰め掛けるはずだ。我々はそれに備えて体力を温存しておこう。ところで明彦。夏休みの宿題は終わっているのか?」

「ボクシング部の奴らと勉強会をしたからな」

「そうか。部とも上手くやっているようで何よりだ」

 

 話が徐々に、学生らしい内容に移り変わっていく……




影虎の無事が仲間に伝わった!
翌日には世間にも公開されるようだ!
桐条と真田の寛容さが上がっている!
影虎はそこそこ信頼されているようだ!
騒動の余波で幾月が苦しんでいる!
影虎にファンクラブができるらしい……


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157話 夏の思い出

 影時間

 

「ただいま~」

「お帰りなさい」

「お疲れ様、虎ちゃん」

「今日は大荷物だねぇ」

 

 森の探索から無事に帰宅。

 出迎えてくれた母親三人衆と荷物を運び込み、コールドマン氏に探索結果の報告を行う。

 

「今日は儀式に使われた“供物”の発見と回収を目的として、森全体をくまなく捜索しました。しかし発見には至りませんでした」

「ふむ、するとやはり例の巨大シャドウが怪しくなるか」

「はい。ほかに手がかりもありませんし、明日、挑んでみます。それから供物とは関係ないと思いますが、収穫もありました」

「あの二つのクーラーボックスかね? あんな物どこから……」

「被害にあった人やホテルの物が、森の中で時々見つかるんです。さすがに全部は無理でしたが、武器になりそうな物を少し集めました。たとえばこの中は……こんな感じで」

 

 ふたを開けると、中から白い煙と冷気が漏れる。

 

「中身は業務用の“ドライアイス”です。たぶんホテルで使われていた物だとおもいますけど……ちょうどいいや」

 

 窓の外。歩いてくるバーバリアンを確認して、中身を一つ取り出す。

 

「これを、こうします!」

 

 適度な距離まで近づいた相手に、俺は手元の“ドライアイス”を投げた。

 綺麗な放物線を描き、白い塊はシャドウの頭に直撃、と同時に破裂(・・)

 

「ギャオオッ!?」

 

 演出のような白い煙に包まれて、悲鳴を上げるシャドウ。

 それを目掛けて、さらに二個、三個と投げつける。

 するとシャドウは“ドライアイス”に接触した部分を凍りつかせて、苦しみにもだえながら消えていった。

 

「……何だね、それは」

「……ドライアイスです。もしかしたら森の中にあったせいで、何らかのエネルギーの影響を受けているかもしれませんが、見ての通り攻撃アイテムとして使えるみたいで……」

 

 俺も探索中に偶然見つけた物を投げつけて知った。

 投げつけると接触した敵を中心に氷属性のダメージを撒き散らすようだ。

 それも……俺が丹精こめて作る特殊弾より威力があるのが悲しい……

 

「まぁ、そう気を落とさずに」

「いい研究材料になりそうよ」

 

 口々に励ましの言葉をいただいた……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 8月19日(水) 朝

 

 ~玄関前~

 

「よし! 売り場の準備はこれでいいかな?」

「パーフェクト!」

「ありがとう、タイガー」

「皆さん、レモネードも用意できましたよ」

「それじゃぼちぼち開店しましょうか」

 

 “アンジェリーナのレモネードスタンド”が開店した。

 

 昨日、屋上で話していたレモネードスタンド。

 影時間にはシャドウがあふれ、日中の世間はテロかと騒がしい。

 つい先日は武装集団の襲撃を受けたばかり。

 危険ではないかという意見もあった。

 しかしそれ以上に連日のストレスが気にされていた。

 警官に追われて、家を襲撃され、何とか生き延びたら今度はシャドウに襲われる。

 そして魔術を使えるために、影時間では防衛戦力の中核的な存在となっている彼女。

 そんな彼女が“やりたい”と言っているのだ。

 まだ幼いと言える彼女の心の健康のためにも、社会性を育むためにも、やらせてはどうか?

 最終的にそんな形で話がまとまった。

 

 そして話がまとまった後の動きは早かった。

 

 まず家の所有者であるカイルさんから場所の使用許可を得て、警察官のリアンさんを通して速やかに、地元の警察署などから許可を取ってもらうことに成功。

 

 子供が主体になって運営していること(大人が子供を働かせていてはならない)が、近頃の状況を考慮して、子供の安全確保や監視のためにそばにいること、少しなら運営を手伝うことは認めるとの事。

 

 ということで、レモネードスタンドの運営は、アンジェリーナちゃんにエレナとロイド。そして天田と俺の五人で行うことになった。

 

 しかし……

 

「日差し、強いですね……」

「本当だな……」

「タイガー、店が終わる頃にはパンダみたいになるんじゃない?」

「パンダ? ……ああ」

 

 ジョージさんから借りたサングラスかけてるからか。

 

「パンダは目元が黒だろ」

「じゃあ逆パンダ?」

「というかタイガー、どうしてダディのサングラスかけてるのよ?」

「一応変装のつもり」

 

 この辺はリゾート地なだけあって、時々観光客の団体が通るらしい。

 ここ最近色々ありすぎたので、念のため顔を隠しておきたくなった。

 

「あら? 昨日の顔は?」

「あれは……」

「No」

「うん、分かってる」

 

 視線を向けると、アンジェリーナちゃんが手で“×”を作って拒否。

 本当はドッペルゲンガーで顔を変えようかと思ったけれど、ものすごく嫌がられた。

 闘技場用の顔は女性受けが良いと思っていたが、彼女は短く“No”。

 オーラからも嫌がっているのが分かったので、サングラスで代用している。

 

 何でそんなに嫌がるのかは教えてくれなかったが、それよりも気になることが一つ。

 素顔に戻した時、タイガーは素顔の方が良いと彼女は言ってくれた。

 しかしその時のオーラは若干の悲しみを感じさせた。

 なぜ、俺の素顔を見て悲しまれたんだろう……そこがものすごく気になる。

 だが、わざわざ聞く気にはならなかった。 

 

「皆これ飲んで」

「時々水分補給しないと、倒れるよ」

 

 エレナとロイドが商品のレモネードを人数分用意してくれた。

 確かに客は来ないけど、容赦のない日差しと熱だけは常に降り注いでいる。

 

「ありがとうございます」

「ありがとう。はい、アンジェリーナちゃんも」

「ん……」

 

 紙コップを受け取った彼女は、レモネードを機械的に口に運ぶ。

 集中してるなぁ……

 

 最初にレモネードスタンドをやりたいと言いだした彼女。その熱の入れようはすさまじく、許可が下りた直後にコールドマン氏に相談して簡単にでも経営の仕方を聞き、その後俺を呼んでわざわざオリジナルレモネードの開発に着手したくらいだ。

 

 後で聞くと、コールドマン氏が値段設定の話からより良い品を提供することの重要性を説いていたらしい。

 

 レモネード開発も最初は俺と彼女の二人だったが、途中からアメリアさんやカレンさんにうちの母さん。江戸川先生まで加わったことで、夜には味と疲労回復効果を両立したハイクオリティーなレモネードが完成。

 

 個人的な感想だが、味は自販機で売っていれば日常的に愛飲するレベル。

 回復効果はそれほど高くないけど、体力だけでなく魔力も回復できる優れもの。

 手軽かつ大量に作れる事もあり、完成直後に今後の探索時の回復アイテムに採用決定。

 

 ここでの売値は一杯50セント。

 自動販売機の飲み物が平均して1ドル50セントなので、その三分の一だ。

 味を考えればお得だと思う。

 問題はお客がいない事……おっ?

 

 子供を連れた女性が道路を渡ってこっちへ歩いてくる。

 しかも子供は昨日、レモネードスタンドを開いてた子だ。

 

「二つください」

「! ありがとう。すぐ用意します」

 

 アンジェリーナちゃん、満面の笑顔で対応。

 一ドル受け取り、用意していたレモネードを注いだ紙コップを手渡す。

 そして男の子が飲む所を凝視して……

 

「! おいしい! ママ、これすごくおいしいよ!」

「本当? ……まあ、本当においしいわ」

「よかった」

 

 二人の言葉と笑顔で、安心したように微笑んだ。

 しかしこの後、

 

「レモネード三つくださいな」

「俺にも一つ」

「私たちにも貰えるかねぇ」

 

 お客さまが次々とご来店。

 それだけレモネードの消費が早い。

 キッチンで急遽追加のレモネードを作る。

 

「エレナ。レモネードスタンドってこんなに人がくるものなの?」

「そうでもないけど……アンジェリーナがはりきったからかも」

 

 なんと彼女は昨夜ロイドと宣伝用のチラシを作り、早朝から近所のポストに配りに行っていたそうだ。それだけ本気で取り組むのはすばらしいと思うけれど……

 

「先輩! エレナさん!」

「ケン?」

「どうした?」

「紙コップの減りが早すぎます! このままだと足りなくなるかも!」

「うそっ、予備は!?」

「たった今袋を空けました! まだお客さんがいっぱいです!」

「OH……」

「アンジェリーナちゃん、魅了効果を常時ばら撒いてるんじゃないだろうな……」

「私に聞かれても分からないわよ。とりあえずひとっ走り買ってくるわ!」

「待て、エレナ」

「っ! リアンおじさん?」

「買い物なら大人がやっても構わないだろう。そっちは任せてくれ。それよりもお客を何とかした方がいい。通行の邪魔になるようだと問題になるかもしれん」

「そんなになってるの!?」

「窓から人の塊が見えるぞ……」

 

 ……うわっ! 本当だ!

 

「列の整理をした方がいい。エレナ、お願いしていいか? レモネードは」

「俺がやってやるよ」

「父さん!?」

「俺一人じゃねぇ」

 

 父さんとリアンさんの後ろには、大人たちが集まっていた。

 

「細かい分量なんかは昨日やってた雪美や先生がいる。あと混ぜて下に運ぶくらいなら俺にもできるさ。サツに止められるなんて終わり方じゃあの子も悔いが残るだろ? ここなら大人が手伝ってもバレやしねぇから、お前も下で働いて来い」

「っ、助かる!」

 

 俺とエレナは、急いで下に戻る。

 

「エレナ、接客の補助をお願い。エクスキューズミー! 道路を完全にふさがないように、ご協力をお願いします!」

「盛況だもんねぇ」

「息子から聞いたんだけど、本当に美味しいんですってよ」

 

 幸い、集まっている人はかなり協力的だ。

 近所にチラシを配ったというから、知り合い同士が多いのかもしれない。

 お客様同士、親しそうに話しながら待ってくれていた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼

 

 ~リビング~

 

「「「「「終わった~」」」」」

「お疲れ様だったね。はい、コーラ」

 

 レモネードスタンドは用意していた材料が切れたので、午前中で終了。

 販売用だけでなく、特製レモネードの試作用に買っていた材料まで使い切っていた。

 わりとマジでアンジェリーナちゃんの集客能力に魅了の疑いが出てきたが、まぁいい。

 あのスタイルでピチピチのTシャツ着て接客するエレナ目的の男も結構いたし。

 

「葉隠君、ちょっといいですか?」

「何でしょうか?」

 

 江戸川先生とボンズさん。それにコールドマン氏がやってきた。

 

「連絡事項がいくつかあります。休みながらでいいので、聞いてもらえますか?」

「もちろんです」

「ではまず私から。こちら。つい先ほど届いた君の入院中の検査記録です。コールドマン氏のご協力で手に入れることができました。この結果について少々お話が」

 

 ? 問題なかったはずだけど……? 

 

「ええ、確かに病気などは見つかりませんでした。しかし、これを見てください」

「……MRIで撮った脳の写真ですよね?」

「その通りです。そしてもう一枚、こちらは普通の人のMRI写真です。この二枚の、こことここを見比べてください」

「……正直、何がなんだか分かりませんが。とりあえず大きく違うのだけは分かります」

「君の脳は全体的に普通より発達しているようなのです。おそらくはペルソナの影響で」

 

 先生が写真の上に透明なシートを置き、そこに印をつけていく。

 

「まず主に思考や学習を行う際に活発に働く“前頭連合野”。物の形の認識や記憶、言語といった情報を扱う“側頭連合野”。感覚情報の分析や空間認識能力を司る“頭頂連合野” 特に発達が顕著に見られる部位がこれらです」

 

 アナライズ、周辺把握、アドバイス、コーチング、ミドルグロウ……その他。

 言われなくてもさまざまなスキルとの関連が思い浮かぶ。

 

「MRIは今回初めて撮りましたから、以前と比較ができません。しかし君の能力と特に発達した部位を比較すると、無関係とは思えません。とりあえずペルソナへの覚醒、能力の習得に伴い、ペルソナ使いの肉体は成長・進化する可能性がある。……私はそう考えています。

 しかし腫瘍の影も見えませんし、他の検査結果からも悪い病気の兆候は見られません。だからこそ病院側も何も言わなかったのでしょう。特に心配する必要はありませんが、体に変化が起こっている可能性。これは常に頭に入れておいてください。

 何か違和感があれば、すぐに連絡をお願いしますよ。私からはそれだけです」

 

 脳の発達……病院の検査結果で、新たな事実が発覚した。




影虎は氷属性全体攻撃アイテム“ドライアイス”を手に入れた!
影虎たちはレモネードスタンドを開店した!
特製レモネード(体力&魔力回復アイテム)のレシピを手に入れた!
特製レモネードは手軽に作れてコストパフォーマンスが高いようだ……
レモネードスタンドは大成功を収めた!
夏休みの思い出になったようだ。
病院の検査結果から、影虎の脳が発達していることが判明した!


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158話 成長の再確認

「私からは以上です」

「では私の番だね」

 

 江戸川先生とコールドマン氏が入れ替わり、対面へ。

 

「私からは二つ、君に渡す物がある。まずはこの書類。美鶴・桐条へ流すこちらの情報をまとめておいた。これに沿って今晩にでも連絡するといい」

「ありがとうございます」

「そしてもう一つはこれだ」

 

 机に置かれたのは頑丈そうなケース。黒い箱にロゴが入っている。

 これは“ヘッケラー&コッホ”……! ドイツの銃器メーカー。ということは、

 

「銃ですか?」

「ああ、注文していた物が届いたよ」

 

 開かれたケースには、銃器の本にも載っていたアサルトライフル“HK416”が入っていた。

 

「これ、たしか高価な銃ですよね?」

「比較的そうだが、気にするほどではないよ。PMCの設立後は対シャドウ戦闘用の装備候補だ。正式に採用が決まれば、これを最低でも人数分用意するからね。それにこの銃はそれだけ払う価値のある、高精度かつ強力な銃だ。君は今夜、例の大型シャドウに挑むんだろう? ならば持って行きたまえ。使い方は私には教えられないがね」

「そこは私が責任を持って指導しよう。弾薬を特殊弾にして使えば、ハンドガンよりは助けになるだろう」

「ありがとうございます」

 

 対巨大シャドウ用の新兵器を手に入れた!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「……ここかな?」

 

 アサルトライフルの取り扱いを教えてもらい、特殊弾も用意した。

 そして暇ができたので、ウィリアムさんの所属するジムを訪ねることにした。

 治癒促進の効果だろう。

 午前中の疲れは講習中の時間経過と軽食をはさんだことで、ほぼ回復している。

 体調は問題ないが……ここがジムでいいのか?

 看板には大きな“The Strongest Fighter”の文字。

 聞いていたものと同じ名前だけど、なかなか大きなビルだ。

 ジム要素をあまり感じない。受付で聞いてみればいいか。

 

「すみません。私は影虎・葉隠と申します。こちら総合格闘技のTSFジムで間違いないでしょうか?」

「ええ、そうですよ」

「こちらに在籍しているウィリアム・ジョーンズさんに、今日の午前中。見学に来ないかと誘われたのですが……」

「かしこまりました。少々お待ちください」

 

 受付の女性がどこかへ連絡をとり、数分後。

 

「タイガー、こっちだ。ついてきてくれ」

 

 受け付けの右隣にある通路から、ウィリアムさんが顔を出した。

 

「よく来たな。一人か、迷わなかったか?」

「道は大丈夫でした。でもここがジムかどうかは少し迷いましたね」

「そうか。前にフィットネスコースがあるって言ったの覚えてるか? 俺らプロ選手のトレーニングルームと一般用のフィットネスジムは別になってるし、経営関係の事務を担当する部署とかも詰め込まれてるんだよ。ここ。半分会社みたいなもんだ」

「へぇ……」

 

 行き先は8階らしい。大きなエレベーターに乗り込んだところ、

 

「そのエレベーター待ってくれ!」

 

 大声で呼び止められた。あわてて閉じかけた扉を開く。

 すると乗り込んできたのはウィリアムさんと遜色の無い体格の男性。

 ボサボサの髪を振り乱して、息を荒げている。

 

「ようホセ、ロードワークの帰りか?」

「ウィリアムか。息子を迎えに行ってたんだが渋滞にハマってな。トレーナーとの約束がギリギリなんだよ」

「あぁ、ベルナンドか。あいつは時間にだけ妙に厳しいからな」

「まったくだ。ところでお前、練習どうした?」

「知り合いが来たんでな、迎えに出てただけさ。ほら」

「ん?」

 

 ホセと呼ばれた男性の視線が下がる。

 

「初めまして。影虎・葉隠と言います。日本から旅行に来て、ウィリアムさんのお世話になっています。格闘技に興味があるので、今日はウィリアムさんに誘っていただきました」

「ジャパニーズか。あー、コンニチワ。ワタシハ、ホセ、デス」

 

 あ、日本語だ。

 

「ヨロシ()

「こちらこそ、よろしく、お願いします」

「ヨロシ、ク?」

「よろし、く」

「ヨロシク。ヨロシク。オーケー、覚えた。悪いな、喋れる日本語は今のだけなんだ。とりあえず楽しんでいってくれよ」

 

 丁度エレベーターの扉が開き、そのまま彼は走り去った。

 

「タイガー、こっちだ」

 

 ウィリアムさんの先導に続くと、大きな金属製の扉の前に到着。

 縄跳びが床を叩く音、サンドバッグが殴られる音、ミットを叩く破裂音。

 扉が少し開いたとたんに、さまざまな音が雪崩のように聞こえくる。

 

 中は広々としたトレーニングルーム。

 全体が二つに分けられ、俺たちが入ってきた入り口近くには沢山のトレーニング器具。

 もう半分には金網で囲まれた八角形のリングが設置されていた。

 

「どうだ? 立派なもんだろ」

「本当ですね」

「ウィリアム。入団希望者かい?」

 

 二人で完全に中に入ったところで、サンドバッグを叩いていた爽やかなイケメンから声がかかった。歳は二十台後半ってとこかな。

 

「知り合いさ。俺としてはそれを薦めたいんだが、旅行で日本からこっちに来てるだけなんだよ」

「って事はこの前話してた子か。へぇ……」

「初めまして。影虎です」

「ああ、失礼したね。僕はケイネスだ。よろしく」

 

 彼は自然に握手を求めてきた。

 

「ところで、話とは?」

「この前」

「ウィリアム!」

 

 今度は誰だろう?

 声の聞こえた方向を見ると、短く刈り込んだ白髪の男性が立っていた。

 だいぶお年を召しているし、どうも偉い人っぽい。

 

「監督、お疲れ様です」

「お疲れじゃない。見学は構わんが、お前は復帰戦が近いだろう。練習に戻れ。案内はこちらで受け持とう」

「あー……」

「ウィリアムさん、俺なら大丈夫です。試合が近いならそちらを優先してください」

 

 試合が近いならそっちが大事だろう!

 

「そうか? ……なら、そうさせてもらうか」

「なら僕が案内を代わるよ。丁度今日のメニューも終わったところですし、良いでしょう? 監督」

「ケイネスなら問題ないな」

「んじゃ頼むわ。タイガー、呼んどいて悪いけど練習に行く。楽しんでってくれよ」

 

 ウィリアムさんはそう言って、練習場の端でウォーミングアップを始めた。

 

「それじゃあ……どうしようか?」

「まず基本的な練習内容でも教えてみたらどうだ?」

「それは興味があります」

 

 おっと、この監督さんには挨拶してなかった。改めて簡単に自己紹介をしておく。

 

「丁寧にありがとう。私はマーク。選手の指導とマネジメントを担当している」

「よろしくお願いします」

「よろしく。……ちょっといいかね?」

 

 握手をしたら、この人は俺の腕をチェックし始めた。続いて肩や背中、足も。

 

「なるほど。よく鍛えられているようだ。さすが“超人プロジェクト”の候補者に選ばれるだけあるな」

 

 ? どうしてその事を?

 

「ウィリアムから聞いたのさ。うちもだいぶ大きな団体だからね。何人かにスカウトの話が来てたから、超人プロジェクトについては知ってるんだよ」

「ちなみにこのケイネスもその内の一人だ」

「そうだったんですか」

 

 ケイネスさんも相当強いのだろう。

 

「気になるかい? じゃあ僕とスパーリングしてみようか」

「え!?」

 

 突然の提案に驚いたが、理由はあるらしい。

 

 まずここでの練習方法などを説明するにあたり、どうせならただ漠然と説明するだけでなく、後々俺の役に立てられることを教えたいと言ってくれた。だからスパーリングで実力を見ることで長所と短所を洗い出せば、そこを伸ばしたり補うための練習方法を教えられるかもしれない。と言うことらしい。

 

 あと彼は俺がウィリアムさんとトレーニングをしていたことも知っていて、単純な興味もあるらしい。

 

 ……正直俺も興味はあるけれど、いいのだろうか? 

 

「リングが開いている時に1ラウンド(10分)くらいなら構わんよ。トレーニング用品は下の体験コースから借りればいい」

 

 あっさり許可が出た。となれば断る理由は無い。

 

「よろしくお願いします!」

「オーケー、それじゃサイズとウェイトを測ろう」

 

 こうして別室で測定を受け……

 サイズに合ったTSFのロゴ入りTシャツと試合用トランクス、マウスピース。

 さらにヘッドギアと指ぬきグローブを借りた。

 

 そしてリングに足を踏み入れる。360度すべてが金網に囲まれているからか、少し動物園の動物になった気分だ。リングの周囲には休憩中の選手がちらほら集まりつつあるし、トレーニング中の人からも時々視線が送られてきている。

 

「よーし、それじゃ準備はいいね?」

「はい!」

「あの時計が3分になったらアラームが鳴る。それが開始の合図だよ」

「分かりました」

 

 俺と同じ姿でリングに入ってきたケイネスさんに続き、マーク監督が入場。金網の入り口を閉じて中央までやってきた。今回は彼に審判を勤めていただく。

 

 さて……ペルソナ抜きでどれだけ戦えるだろうか……

 

「そろそろだ、構えて」

 

 試合開始のアラームが………………鳴った。

 

 グローブ越しに拳同士をトン、と軽く当てる挨拶の後。ケイネスさんは距離をとる。

 軽快なステップを踏みながら、彼は様子を見ているようだ。

 なら、こっちから仕掛けにいこう。

 

「!」

 

 俺が距離を詰めていくと、彼はステップで回り込む。

 放たれたワンツーはただ速いだけでなく、鋭さを強く感じさせる。

 だが、銃弾よりは遅い。

 

「シィッ!」

「っ!」

「あの子避けたぞ!」

「へぇ。なかなか」

 

 観客の声が聞こえてくる。

 もっと集中しろ。真田との試合を思い出せ。

 できる限り視界を広く、相手の全体を見る。

 攻撃は拳ではなく肘や肩、動く方向は足の、膝、腰の動きを見て予測する。

 

 左、右、左、右、右!

 

「ジャブがちゃんと見えてるのか」

「あいつ結構やるな」

「歳はいくつなんだ?」

「ケイネスについていけてるぞ」

 

 銃と拳じゃ勝手が違うけど、あの経験が確実に活きていた。

 しかし絶え間ないジグザグのステップで体を左右に振り、後退しつつ放たれる牽制の拳。

 それを避けて防ぐわずかな隙で、彼は常に金網へ追い込まれないように適度に体を逃がす。

 滑らかで軽いフットワークだ。だけど俺の長所もスピードだ。

 

「良い動き」

 

 彼の唇からマウスピースでくぐもった声が漏れ聞こえ、足を止めての打ち合いに移行。

 ジャブ、ストレート、フック、アッパー。フェイントも加えて多彩な軌道で拳が迫りくる。

 それを捌きつつ反撃の糸口を探る。体にはだいぶ熱がたまった。そんな時。

 

「ッ!」

「っと! 危ない……」

 

 アッパーと見せかけてのタックル。

 深すぎる踏み込みを見て、直感的に足でストッピングをかけたから防げた。

 油断できない……

 再度拳による連打が始まったが、彼は虎視眈々と寝技に持ち込む隙を狙っているようだ。

 

 ……

 

 膠着状態が続くうちに、なんとなく攻撃のリズムが分かってきた。

 集中したせいで、彼の体から漏れる楽しそうな“黄色”と冷静な“青”のオーラも見える。

 激しく動きながらも、常に冷静を保っているな。だから自分のペースを崩さない(・・・・)

 まるでメトロノームのような正確さ。

 

 組み合わせ方の法則性。は分からないけれど、タイミングがなんとなく分かれば……

 時間も残り少ない。試してみよう。

 

「はぁっ!」

 

 被弾を覚悟で攻めこんだ。

 大きなダメージは負わないように、受ける拳は選びながらもやや強引に。

 止まらない俺に、少々ケイネスさんが嫌そうな顔をした。

 しかし相変わらず冷静に。拳の威力が増し、再び足を使い始める。

 ……俺が何かを狙っていることにも感づいたらしい。オーラに警戒の色が混ざった。

 

 やめても状況は変わらない。なら根競べだ。

 

 攻撃のリズムに合わせ、拳が放たれる兆候に注目。そして狙いの一撃を待つ。

 

「…………」

 

 ………………!! 来る!

 

「シッ!」

「くっ!」

 

 交差する拳。

 右ストレートが俺の右耳をかすめ、俺の右拳が相手の頬を掠める。

 驚きの声は聞こえたが、カウンターとして入る寸前で避けられた。

 

「そこまで!」

 

 近すぎる距離に、どちらからともなく離れたところへ割り込む人影。

 マーク監督が試合を止めに入った。

 

「いいぞー!」

「やるじゃねーか! ジャパニーズボーイ!」

「あ……ど、どうも」

 

 集中が途切れ、ようやく十分間の試合終了を告げるアラーム音と観客の声援や拍手に気がついた。ひとまず方々に頭を下げておく。

 

「タイガー。ナイスファイト」

「ありがとうございました」

 

 俺の戦い方はどうだっただろうか?

 

「技術は十分。それにずっとプレッシャーをかけていたつもりだけど、冷静で場慣れしたプロを相手にしている気分だったよ」

 

 場数はそれなりに濃い経験があるからね……

 

「特に最後のカウンター。あれ狙ってやったんだろう? 最後の詰めが甘かったけど、あれでアマチュアなのが信じられないくらいさ。現時点でもプロデビューには十分じゃないかな?」

「私も同意見だよ」

 

 監督?

 

「ケイネスはうちの中堅クラスだ。最初は様子見をしていたようだが、結局最後までダウンも無く戦い抜いて反撃にも転じていた。君にその気があるならこのジムに来てくれ。私は歓迎するよ」

「ちなみにうちの団体はファイトマネーの払いがいいよ」

「あ、それはウィリアムさんも言っていたような……」

 

 そんなに気前が良いのだろうか。

 

「選手にもよるけど、僕の場合は一試合につき……」

「……!? そんなに?」

「本当さ」

 

 耳打ちされた額を日本円に換算すると、このTSFと言う団体は……

 一試合ごとに数百万のファイトマネー。

 勝ったらファイトマネーとほぼ同額のボーナス。

 試合内容が良ければ規定額のボーナスが追加されるらしい。

 

 腕があればの話だが、それだけに腕さえあれば大きく儲けることは夢ではないとか。

 

 残念ながら今は所属できない。しかし俺は今後も鍛え続けるし、高校卒業後の予定も白紙。

 将来、卒業後の進路の一つには考えて良いかもしれない。

 

「なら、その時を楽しみにしているよ」

「それじゃ将来のために……そうだな……さっきのカウンターをもっとしっかり身につけようか」

「よろしくお願いします!」

 

 こうして俺は、ケイネスさんからカウンターの指導を受けた。

 

 さらにスパーリングを見ていた選手も俺の腕を認めてくれたようだ。

 彼らは他の格闘技から転向してきた方も多いらしく、ケイネスさんは元ボクサー。

 エレベーターで会ったホセさんは元“ルチャリブレ”と呼ばれるメキシカンプロレスの選手。

 そんな彼らのスパーリング見学も快く了承していただき、豊富な技を見ることができた。

 

 結果、見学の終わりが近づいた頃には、

 

「!」

 

 スキル“カウンタ”を習得した! 

 相手の攻撃に合わせて、反撃可能なタイミングが分かりやすくなるスキルのようだ。

 物理反射のように何もしなくても攻撃を跳ね返すのではない。

 あくまでも俺自身が動き、敵の攻撃をよけると同時に攻撃する必要がある。

 このスキルはその成功率を高めるだけ。

 さらに上位の“ミドルカウンタ”や“ハイパーカウンタ”であればより鮮明に分かるだろう。

 カウンターの技術を磨いて習熟すれば、おそらく習得できる気がする。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~自室~

 

 ふぅ……いいお湯だった。

 大型シャドウとの決戦に向けて、十分に昼の疲れが取れた。

 

 あ、そうだ。桐条先輩に情報を流しておこう。そろそろ向こうもいい時間だろうし。

 

 パソコンのメールにまとめた情報のデータを添付して……

 

「……問題なし。送信」

 

 これで要求された情報は届いたはず。

 電話でも一報入れとくか。

 

『はい、こちら桐条』

「桐条先輩、葉隠です」

『葉隠か、どうした?』

「以前お話したこちらの情報。調べられた内容をまとめてメールで送りました。ご確認ください」

『! ありがとう、早速確認する。申し訳ないが少し待ってくれ』

 

 保留の音楽が流れること数分。

 

『待たせた』

「それほどでも。どうでしょうか?」

『ブリリアント!! ダウンロードしたデータを見ながら話しているが、予想よりはるかに詳細な情報だ。苦労したんじゃないか?』

「満足していただけたなら平気ですよ。何か不足している情報があれば、もう少し調べられそうです。ただ、やはり通院先のドクターから許可が下り次第この町は離れることになりました」

『そうか……それが無難だろうな』

「はい。日程はドクターの判断しだいなので何とも言えませんが……でもそうなると情報入手も難しくなるので、もし追加で必要な情報があればできるだけ早めにお願いします。できる限りはアフターケアとして対応しますから。

 その代わり、例の物を」

『分かっている。こちらも返信したメールにデータを添付した。個人情報だ、取り扱いには注意してくれ』

「承知しています。では俺も早速……」

『私もデータをしっかり頭に入れたい。今日のところはこれで』

「何かあればまたメールで」

 

 合意の上で、早々に電話を切った。

 

 さて、天田の保護者の情報……鬼が出るか、蛇が出るか……

 

「……嘘だろ?」

 

 何気なくファイルを開いた俺は、そこに書かれた内容に愕然とさせられた。




影虎はアサルトライフル“HK416”を手に入れた!
影虎はアサルトライフルの使い方を教わった!
影虎はウィリアムのジムを訪ねた!
影虎の素の戦闘能力はプロ格闘家レベルまで引き上げられていたようだ!
影虎は“カウンタ”を習得した!
影虎は桐条と連絡を取った!
受け取ったデータに何かがあるようだ……


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159話 VS 巨大シャドウ

「タイガー、呼んだかね?」

 

 ボンズさんとコールドマン氏、江戸川先生にうちの両親の計五人を部屋に呼んだ。

 六人も集まるとさすがに部屋が狭く感じるが、判断の難しい情報を受け取ってしまった。

 一度この面子で話をしたい。

 万が一にも音漏れがないよう、ドアにドッペルゲンガーを貼り付けておく。

 

「随分と厳重ですねぇ」

「何があったの?」

 

 桐条先輩から受け取った情報を一度脳内でまとめる。

 

「色々あるから順を追って説明するよ。まず、天田の保護者について」

 

 “天田花江(はなえ)

 “天田文彦(ふみひこ)

 

 これが今の天田の保護者の名前だ。花江は天田の母である“天田百合子(ゆりこ)”の妹。天田にとっては叔母に当たる人物で、夫の文彦は入り婿。亡くなっているが、天田の祖父に当たる人物がとある中小企業を経営していたようだ。今は保護者の夫婦が会社の権利を引き継いでいる。

 

 しかしこの夫婦は浪費家で前社長との衝突が多く、前社長は百合子、もしくはその配偶者を後継者にと考えていたらしい。だが、当の本人はその頃既に家を出ていた。それも天田の父、“浦辺(うらべ)(げん)”との結婚を両者の親が認めなかったことで駆け落ち同然に。

 

 前社長の子供は百合子と花江の二人だけ。天田の母が家を出たことで、後継者となりえる血縁者は花江一人になる。血筋にこだわらなければまた話は変わっただろうが、前社長は花江とその夫を後継者とした。

 

 ただし、夫妻に譲り渡されたのは会社経営のために必要な権利や資金のみ。

 個人資産はびた一文渡さず、前社長が亡くなる前に遺言を残すという徹底ぶり。

 そして厄介なことに、この個人資産の相続人として百合子が指名されている。

 

「だけど天田のお母さんは既に亡くなっている。この場合“代襲相続”と言って、相続権が子供に引き継がれるらしい。だから現在、天田は前社長の個人資産の相続権を持っていることになる」

 

 しかし天田は未成年なので、遺産を受け取るにしても放棄するにしても、関わってくる手続きを行うことができない。だから本人に代わって手続きを行ったり管理をする“法定代理人”が必要になるわけだが……

 

「この法定代理人が天田の場合、親権者。つまりさっきの現社長夫妻が遺産の管理をしてる」

 

 保護者でも遺産の相続権を有している場合は代理人になれないけれど、今回の場合は保護者となる夫妻が前社長からの遺言で相続権を有していないため認められたようだ。

 

 もしかして桐条が何か手を回したのか……疑い始めるときりがない。

 証拠も無いのでとりあえず置いておくけど、保護者はそういう状態らしい。

 

「……あのクソ夫婦の狙いはその遺産ってわけか」

「権利を握ってるのは確かだよ。でもまだ遺産には手をつけていない可能性が高いらしい。流石に管理の名目で遺産を取り上げて、用済みになったら天田をポイってわけにはいかないだろうしね」

 

 さらに、問題はこれだけではない。

 もう一つ特大の爆弾があった。

 天田の父親、“浦辺(うらべ)(げん)”。

 原作では母親ばかりでまったくと言っていいほど情報が無かった天田の父親。

 勝手に死んだと思っていたが、どうも生きているらしい。

 

「ただこっちもちょっと……」

 

 天田の母親が社長令嬢だったのは今話した通り。

 だが、なんと父親も別の企業を経営する父を持つ社長令息だった。

 そんな彼らの生活は、親の庇護下から飛び出した事をきっかけに大きく変化する。

 安いアパートに住み、共働きで裕福とは言いがたい生活をしていたようだ。

 

 しかしその後、天田を身ごもった母は働くことが困難になり仕事を辞めざるをえなくなる。

 当然収入は減り、父親一人の稼ぎで家計のすべてを賄わなければならない。

 そして天田が生まれた後も母は子育てで働けず、一人分の出費も増えた。

 そんな生活に、天田の父は耐え切れなくなった。

 当時近所に住んでいた人から、貧乏について喧嘩を頻繁にしていたという証言があるようだ。

 

「ここらへん具体的なやり取りは分からないけど、確実なのは二人が離婚した事。それから天田と母親を置いて、一人で親元に帰ったらしい。現在、親の会社をついで何事もなく生活してるっぽい。……ぶっちゃけこいつもこいつであまり良い印象がないんだけど……」

 

 そして最大の問題は、これをどう天田に伝えるかということ。

 正直見なかったことにしたいが、そうして事態が良い方向に転がる気がしない。

 来年か再来年までは原作だから特に問題ないだろうけど、その先が不安。

 

「確かにな。しかし話すのならばタイミングを考えるべきだ。いまはただでさえシャドウの問題を抱えている。あまり一度に抱え込みすぎては負担になる」

「軽く話せる事じゃないし、一度状況が落ち着いてからでいいと思うわ。私たちも何ができるか考えておくから」

「……そうだね。じゃあこれ、今回桐条から受け取ったデータのコピーが入っています」

 

 親としての経験が豊富な方々に期待しよう。

 この場はUSBを一つ渡して、解散となった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~森の奥~

 

 “気をつけてくださいね、先輩”

 “煙……薄い、だから大丈夫。タイガーなら……”

 “期待しているよ”

 

 リビングに集まった全員から言葉をかけられ、気合十分にやってきた。

 

 今日の目標は巨大シャドウとの戦闘。

 可能であれば倒し、不可能と判断したら即座に撤退する。

 

 装備はドッペルゲンガーと、コールドマン氏から支給された“ケプラーベスト”。

 武器が“サバイバルナイフ”、“ベレッタM92”とアサルトライフル“HK416”が各一つずつ。

 前回見つけた攻撃アイテムの“ドライアイス”も道中で少し回収できた。

 回復薬としてレモネードも水筒に入れて持ってきている。

 できる事はした。後はぶつかってみるだけだ。

 

 ……いた。

 

 例の巨大シャドウは相変わらず、広場の中心に居座っている。

 

「……?」

 

 だが、様子がおかしい。

 

「グウウ……ウッ……! ガァッ!」

 

 相変わらずシャドウに食らいついているけれど、前よりも威圧感が強い。

 だがその反面、焦りのようなものも感じる。

 まるで餓死寸前かと思うような……まさか、弱ってる?

 周りに誰か……いないか……少なくとも俺の感知できる範囲には。

 

 ……中途半端に手負いの獣は余計に危ない。

 そんな話をどこかで聞いた気がするけれど、弱っているならそれは好都合。

 アサルトライフルの安全装置を解除して、背後から有効射程ギリギリまで近づく。

 よし、食事に夢中で気づいてない。まずは貫通が聞くか、確かめる! 

 

「ガ! ァ~?」

 

 無効と反射はないな。

 ただシングルショット一発じゃろくに効いてないらしい。

 だったら数を叩き込むまで。面倒くさそうに振り向くシャドウへ銃身を向けて、引金を引き絞る。

 

「ッ!」

 

 鳴り響く発砲音とともに吐き出されていく銃弾。

 同時にハンドガン以上の反動が手に伝わった。

 

 狙いを頭から胴体へ変更。これなら多少ブレても巨体のどこかには当たる。

 

「グォオ!!」

「この数日で成長でもしたのか……?」

 

 ようやく重い腰を上げたシャドウの身長は、4メートルを超えていた。

 

「っと!」

 

 体がでかいだけに一歩の歩幅も広く、腕も長い。

 シャドウは弾丸を体に受けつつもまっすぐに迫ってくる。

 射撃を中断。代わりにこいつを食らえ!

 

「ガアアッ!」

 

 突進の勢いを止められず、シャドウは俺が投擲したドライアイスに直撃。

 軽く霜が下りた腕を振り回すことで白い煙を振り払うが……その間に俺は離脱成功。

 立ち並ぶオブジェの隙間を縫って、背後に回り射撃再開。

 

「グアア!!」

 

 撃っては安全な距離まで逃げ、逃げたら撃つの繰り返し。

 おそらくウザイ! とでも言われたのではないだろうか?

 なかなか頭にきているようで、動きが荒々しくなっている。

 

 しかし、今のでアサルトライフルは撃ち尽くした。

 ここからは魔術攻撃に切り替える。

 

 向こうから魔法攻撃を使ってくる気配がないので、接近戦は様子を見る。

 

「アギ!」

「グアッ!?」

 

 いきなり弱点らしき属性に当たったようだ。

 続けてほかの属性も試してみたが、やはり火が弱点らしい。

 

 素手で戦って、火が弱点……

 こいつ、体がでかいのと首飾りを着けてる以外は素手のバーバリアンと同じだな。

 それに……?

 

 動きが止まった。小刻みに震えて……何かが!

 

「っ!」

 

 突然の爆発。

 認識した途端に黒い物体が眼前に。

 まずい!

 

 とっさに体を捻り直撃は避けたものの、物体が右肩に当たり俺は軽く弾き飛ばされた。

 まったく動きが読めなかった。

 爆発で飛んできた? と考えると銃のような武器を持っていたのか? 

 

「痛っ……」

 

 とにかく急ぎ体勢を立て直す。

 

「グアアア!?!」

「ん!?」

 

 謎の攻撃を警戒して見据えた巨大シャドウは……

 その体を大きく傷つけ、右腕が欠損した状態で地に伏していた……

 まだ息はあるが、起き上がるほどの力はないようだ……

 悲鳴もどんどん弱弱しくなっている……

 

「……自爆か?」

 

 さっき攻撃だと思ったのは、爆発で飛び散った肉片らしき物体。

 すでに煙となって消えてしまったのでほぼ間違いないが……

 どうもこいつが意図して行ったようには見えない。

 

 そもそもこいつは最初から弱っていたようにも見えた。

 周りに他の敵がいるのかとも考えたが、そんなこともないようだし、いったい何が? 

 と考えていた時。

 

「危なっ」

 

 爆発が再び。

 いやな予感がしてオブジェに隠れることができたが、また肉片が飛び散った。

 何がどうなってるんだよ、まったく……

 

「ウォォ……」

 

 今の爆発がとどめになったようだ。

 弱弱しいうめき声とともに、シャドウが煙となって消えていく。

 

「成仏してくれよ」

 

 あんまりな最後に、そんな言葉を口にしてしまった直後だった。

 煙の中から光が漏れる。

 

「……なるほど。これが原因だな。そりゃシャドウも出てくるわ……」

 

 少しずつ煙が晴れて明らかになった全貌は、青緑色に輝く羽根。

 初見で、首飾りのような水晶が着いた紐が絡み付いているが、間違いない。

 

 “黄昏の羽根”

 

 影時間中に電子機器を稼動させるために使われる、影時間の月のかけら。

 そして、すべての元凶たるニュクスの一部が、今ここで静かに浮いていた。

 

「……」

 

 ただ見ていても時間の無駄だし、さっさと回収したいが……これ触って大丈夫か?

 宙に浮かぶ黄昏の羽根を、撃ち尽くしたアサルトライフルでそっとつついてみる。

 

「……うおっ!?」

 

 銃口が羽根に触れたかどうかの瀬戸際に、銃身が謎の力で跳ね上げられた。

 さらに羽根の輝きが強まり、膨大なエネルギーを肌で感じる。

 

「まずっ!」

 

 “暴走”

 

 頭をよぎったこの言葉の正否は、地面の発光により示された。

 巨大シャドウが行っていたのと同じように周囲にシャドウが召喚される。

 ただしその数は桁が違った。

 

「グアッ!」

「ギィィイ!?」

「キキッ!?」

「くっ!」

 

 あっという間に召喚されたシャドウは百に届いてしまう。

 だが膨大なエネルギーは地面へ流れ続けていて、シャドウの召喚も止まらない。

 むしろ勢いを増して、広場を埋め尽くしていく様子に不安が募る。

 

「くそっ!」

 

 退路を塞がれる前に、撤退を決めた。




天田の保護者について、情報を得た!
影虎は巨大シャドウに挑んだ!
巨大シャドウは自滅した!
巨大シャドウの亡骸から黄昏の羽根が出現した!
黄昏の羽根は暴走しているようだ……


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160話 暴走

 その頃、拠点のリビングでは……

 

「ッ!?」

「どうしたの? アンジェリーナ」

「ママ、何か変……」

「変?」

「! ホテルの方だ! 様子がおかしい!」

 

 ジョージの声で、集まっていた全員が窓のそばへ。

 

「なんだあれは……」

「あそこは森になってるはずだが、成長しているのか?」

「森? 光る大木になっちまってるぞ」

「あれは……ダメ、とても危険」

「……虎ちゃんは大丈夫かしら……」

「先輩……」

「……幹から何か出てないか?」

 

 突如伸びた森から立ち上る、蛇のように蠢く線。

 龍斗の言葉を聴いて、双眼鏡を持っていたロイドが前に出た。

 

「Oh my……あれ全部シャドウだよ!」

「なんだと!?」

「あの木から出てきたバットがたくさん、集まって木の周りを飛んでるんだ。数が多すぎて線に見えるんだよ」

「あれがシャドウの集まりだなんて、いったい何匹集まればああなるのかしら?」

「それよりも何が起きているのか……」

「召喚が暴走してるんです」

 

 窓際に集まった彼らの後ろから、答えが出た。

 

「タイガー!? あなた帰ってたの!?」

「たった今ね。外に出ても数え切れないシャドウがいたからトラフーリ、じゃ分からないか瞬間移動の魔法で直接部屋まで戻ったんだ」

「無事で何よりだ。早速で悪いが、何があったんだね」

 

 問いかけるコールドマンに、影虎は森で起こった事を説明した。

 

「巨大シャドウがそんな物を持っていたのか……黄昏の羽根と魔法陣。この二つがセットでシャドウが召喚されるなら、羽根を魔法陣の外に出せないかね?」

「難しいですね。これを見てください」

 

 それは巨大シャドウと戦うために自ら用意したアサルトライフル。

 その銃口は砕け、よく見れば銃身にも細かい亀裂とゆがみが見られる。

 それが軽くつつこうとした結果だと言われれば、外に出す方法が問題となる。

 

「巨大シャドウはさっき話した通り爆散しましたし、羽根に飛びついて弾き飛ばされるシャドウも見たので、直接触れるのは難しいし危険だと思います」

「そうか……」

「タイガー、真剣に話してる途中悪いんだけどさ」

「何? ロイド」

「ちょっとシャドウの様子見てくれない? 数が多いし、なにより薄暗くて双眼鏡じゃ限界なんだ。なんか、もっとまずい事になってる気がする」

 

 ロイドの言葉通り。

 大樹へと変貌した森を取り巻いていたシャドウの動きは変化しつつあった。

 

「シャドウが周囲に散開し始めているだと!?」

「少なくともバットは続々と! 他は……建物が邪魔でよく見えません! もっと高いところからなら」

「なら屋上は!? あそこならもう少し見えるんじゃないか!?」

 

 カイルの提案で、影虎たちは屋上に上がる。

 

「お前たちは隠れて」

「いいえ、ジョージ。バラバラになる方が危険よ」

「私たちも行く」

「戦えなくても見張りくらいにはなるわよ、ダディ」

 

 そして全員で屋上に登り、影虎は地獄絵図を見た。

 大樹から湧き出る無数のシャドウが街中に進出し、我が物顔で道を練り歩く。ところどころでシャドウ同士の争いが起こり、共食いにまで発展している。何よりも、そんなシャドウによって影時間に落とされ、フラフラと建物からシャドウの群れへ歩を進める人々。

 

 その光景を目の当たりにすれば、これまで以上の被害が容易に想像できた。

 

「化け物ォー……」

「……助けてくれー……」

「イヤァアァ……」

 

 屋上には早くも被害者の悲鳴がかすかに届き始めている。

 

「酷い……」

「悪夢としか言いようがないわね」

「胸糞悪い……!」

「まったく、あの連中はなんて事をしてくれたんだ」

「呼び出されたのは悪魔じゃなくてシャドウでしたがねぇ……これは惨い」

「こんな惨状を引き起こしているんだ。シャドウでも悪魔でも大差ないだろう」

 

 何気なく呟かれたコールドマンのこの言葉が、悲鳴と共に影虎の耳を打つ。

 

「徐々にこちらにも迫ってきているな。あの群れを相手にするのは無理だ。皆、地下室へ。ひとまず影時間が終わるまで篭城するぞ」

 

 ボンズの先導で皆が移動を始めようとする中、影虎一人が動かない。

 

(悪魔……)

「タイガー! どうかしたのか?」

「影虎! 何ボサッとしてんだ!」

「……アンジェリーナちゃん」

 

 ボンズと龍斗の呼びかけに答えず、アンジェリーナに声をかけた影虎。

 その目には怪しい光が宿り、わずかに異様な雰囲気を漂わせていた。

 

「何?」

「確認したい。アンジェリーナちゃんは危険と死期が見えるんだよな? 少し未来に起こることでも」

「そう」

「だったら今、俺と皆には煙が見えるか?」

「…………見えない」

 

 屋上をぐるりと見渡した彼女の一言を聞いて、影虎は決断した。

 

「そっか。じゃあ皆は地下室に行ってくれ」

「なっ!? まさか戦うつもりか!?」

「いくらなんでもあんな数相手にするのは無茶ですよ!」

「何か策があるのかね?」

 

 リアン、天田、コールドマンがかけた言葉に、影虎は答えた。

 

「策はありません。ぶっちゃけ事件解決どころか役に立つ保証もない。けど、一つだけ可能性があります」

 

 影虎は続けてペルソナの進化について口にした。

 

(正直なところ、今の俺にできる進化はただ一つ。何が起こるかわからない進化だけど、ベルベットルームで話したドッペルゲンガーの言葉。それに今のアンジェリーナちゃんの答え。おそらく俺が死ぬ可能性と皆が危険にさらされる可能性は低い)

 

 影虎は実際にアンジェリーナの言葉通り、一度は危機的状況に陥っている。

 危機は回避できたため確実とは言えないが、死なずにすむ可能性は高いと結論を出した。

 それとも結論を出してしまった(・・・・・・・)と言うべきか……

 

 ペルソナとは“もう一人の自分”。

 影虎の考えに誰よりも早く反応し、既に変化を始めていた。

 ドッペルゲンガーの形が崩れ去り、霧が影虎の周りを薄く包んでいく。

 そして影虎の意思に応えるように、進化の手順が脳裏に流れ込んだ。

 

「アルカナシフト“悪魔”」

「タイ……!」

「影……らっ!」

 

 一言呟いた影虎が輝き、同時に振りまかれたエネルギーが暴風を生んだ。

 影虎を中心に渦巻く風が、側に寄ろうとした仲間の声と行く手を阻む。

 代わりに自分自身の声が響いた。

 

『本気で使うのか?』

「……言わなくてもお前なら分かってるだろ? 俺なんだから。悲しいことに、今のままじゃあの大群相手には焼け石に水なのは分かってる。……俺はまだ弱い」

『死にはしないだろうが、安全が保障されたわけじゃない。お前の中の何かが変わる。もう後戻りができなくなるかもしれない』

「承知の上。……できる事をやりきってない。って事に気付いちゃったからなぁ……ここでやらなきゃ、三度目だ」

『使い方と名前は……もう分かるな?』

「ああ……」

『仕方ない。お前はもう一歩を踏み出した。気合を入れて戦え。そして、自分を見失うな』

 

 心の内との短い会話。

 それが終わると、霧が影虎の横で一つの黒い塊となる。

 

「せめて一発、ぶちかます……」

 

 集中。

 自らの思いと視線を塊に向ける影虎に答えるように、塊は脈を打つ。

 心臓の如き動きは徐々に激しさを増す。

 

「……出てこい、“ルサンチマン”!」

 

 影虎の呼びかけを合図に炸裂。

 屋上に吹き荒れる黒い暴風が過ぎ去った後には……

 ひび割れから黒い煙を立ち上らせる巨大な“卵”が鎮座していた。




森の様子が変化した!
大量のシャドウが外に溢れ出ている!
影虎はペルソナを進化させた!

ペルソナ:ルサンチマン
アルカナ:悪魔
形状:  大きなヒビが入った卵。ヒビから立ち上らせた黒い霧に包まれている。
能力:  ???


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161話 ルサンチマン

 ~影虎視点~

 

 “ルサンチマン”……黒い霧を立ち上らせる、ひび割れた卵。

 今までの自分から感じたことの無い膨大なエネルギーと相まって、かなり不気味だ。

 しかしこれが、俺の新しいペルソナか……

 

 ルサンチマンに触れると触れた箇所から卵の殻が崩れ落ちる。

 黒い泥のような中身が、月明かりに晒された。

 卵で言えば卵白にあたる部分だが、真っ黒で泥としか表現のしようがない。

 

「よっと……」

 

 誘われるように中へ入り、体を預ける。

 新たな力が、その使い方がより鮮明に流れ込んでくる。

 

 体を包む泥のような物体はドッペルゲンガーと同じく自在に変形が可能。

 まるで高級なソファーやベッドのように、体は程良く沈む。

 数秒で最も快適なのは半分横になった体勢だと気づき、それを定位置とした。

 崩れた殻は元通りに修復され、いまや完全な闇の中……だが、外の様子は分かる。

 

 周辺把握がかなり強化された。その範囲は町全体に及ぶ。

 少なくともシャドウが活動している範囲はカバーされた。

 探知範囲だけなら山岸さんにだって負ける気がしない。

 

 さらにルサンチマンは飛行可能。

 俺を硬い殻に包んだまま、自在に飛びまわれるようだ……

 

「虎ちゃん!」

「影虎!」

「……行ってくる」

 

 近づいてきた両親へ届いたかは分からない。

 しかし屋上を離れることを意識した途端に、ルサンチマンは飛び上がった。

 ……速度は魔術で強化した足と同じくらいか。でも揺れをまったく感じない。

 周辺把握の位置情報が無ければまったく分からなかっただろう。

 

 あまりにも実感の無い飛行。

 手探りで軌道や速度を調整し、飛ぶ感覚を掴みながらシャドウが暴れる地域へ。

 するとこちらに気づいたシャドウが次々と魔法を放ってきた。

 

「……効かないなぁ……」

 

 弾幕さながらに襲ってきた魔法は避けきれない。

 しかしそれなりに着弾しているにもかかわらず、ダメージは微々たるもの。

 耐性だけでなく防御力も相当に強化されているようだ。

 

 そもそも完全に殻に包まれている俺の肉体に直接被弾はしない。

 おまけに体を支えるこの泥が流動することで衝撃を逃がしている。

 硬い殻と流動する泥による堅牢な守りに、空中まで自在に舞えるようになった機動力。

 ドッペルゲンガーの長所をそのまま伸ばしたようだ。

 

 だがその反面、問題もある。

 体が完全に包まれているため、これまでのような肉弾戦ができない。

 気弾や物理攻撃スキルは放てるが、それ以外では体当たりくらいしかできなさそうだ。

 

「……確かに、これじゃ今までとは違う戦い方をせざるを得ない」

 

 でもこの状況下では、ルサンチマンはドッペルゲンガーよりも使えるペルソナのようだ。

 

 進化によって手に入れたスキルを使おう。

 

「“奴隷の道徳”」

 

 体の底から湧き上がったエネルギーが解き放たれる。

 広範囲に伝播する波動をその身に受けた人やシャドウは、動きが緩慢になっていく。

 

「……人は適当な建物に避難。シャドウはシャドウ同士で殺し合え」

『ギィイィイイ!』

『キェエェエエエ!!』

 

 卵の中での呟きを号令に、壮絶なシャドウ同士の争いが始まった。

 

 “奴隷の道徳”

 町全体には届かないものの、広範囲にわたる洗脳能力。

 本能や集合的無意識……心の根幹を直接揺さぶるような感覚だ。

 ただし相手の力量や心持ちしだいで抗うことも不可能ではない。

 実際に周囲のシャドウには効果が出ていない個体もいる。

 

 しかしスキルが効かずとも、大多数のシャドウが壮絶な争いを始めれば戦うしかなくなる。

 無防備に誘い出された人々も正気……ではないかもしれないが急いで建物に入っていく。

 

「続いて……“吸血”、“吸魔”」

 

 ルサンチマンはドッペルゲンガーとは違い、広範囲に影響するスキルが中心のようだ。

 使い慣れたこれらも単体ではなく、周囲のシャドウから手当たり次第に吸い上げている。

 

 体に、心に力がみなぎっていく。

 広い大通りや狭い路地裏。

 空中でも地面でも、理性を欠片も感じさせない嵐のような争いが繰り広げられる中心で……俺だけが凪いだ心でゆったりと力を吸い取り続けている。

 

 さらにここでもう一押し。

 シャドウから集めたエネルギーを卵の中で混ぜ合わせ、練り上げていく。

 喩えるならば粘土細工。徐々にエネルギーは形を持ち始めた。

 俺が倒した中(・・・・)では最強クラスのシャドウ。

 タルタロスにいる本物との戦闘を思い出し、記憶から耐性や攻撃方法などのデータを取得。

 それがガイドラインとなり、エネルギーの塊がさらに本物に近づいていくのが分かる。

 最後に仕上げとして言葉と共にエネルギーを込めれば。

 

「“召喚・バスタードライブ”!」

「ゴロロロロロ……!!!」

 

 完成したそれ(・・)は卵の下部から、咆哮と共に地面へ降り立った。

 

「ゴロロ!」

「ギャアッ!?」

「オォオ!?」

 

 無数のシャドウが弱い者から駆逐され、こう着状態になりつつあった戦場をバスタードライブがかき乱す。

 召喚よりも創造とか何か別の言い方が正しいような気もするが……

 とりあえずこれがルサンチマンの“召喚”。

 エネルギーを消費してシャドウを作り出す能力。

 作り出したシャドウは俺の意思に従って行動するようだ。

 他に人命救助用の作業員兼肉壁としてマーヤを大量生産。

 召喚に使うエネルギーは、シャドウの強さによって変わるらしい。

 ついでに補助魔法でバスタードライブの能力を底上げして、場所を移動。

 同士討ちかバスタードライブか、どちらでも良いからここは勝手に数を減らしてもらう。

 

 同じ事を場所を変え、シャドウを変えて繰り返す。

 手当たり次第に戦場を混乱させて、森を中心に一回り。

 

「……」

 

 ひとまずシャドウの離散は防げた。

 しかしいつまでもシャドウは湧いてくる。

 

「やっぱり元を断たないとダメか……」

 

 今一度、黄昏の羽根の元へ向かう。

 森はいまや一本の大樹。内部構造はだいぶ変わってしまったと思われるが……

 

「丸分かり……」

 強化されたルサンチマンの感知能力に加え、すさまじいエネルギーを放っているため位置の特定は簡単だった。

 

「あー……これ広場だけだった魔法陣が森全体に広がってるんだ……」

 

 羽根があるのは大樹の頂点。

 シャドウは大樹のいたるところから自由に湧き出ている。

 その元凶は羽根に巻きついた首飾りらしき物体。

 どうもこれが羽根のエネルギーを魔法陣に供給する役割を担っているらしい。

 エネルギーの流れ的に……妙に攻撃的な防壁もおそらくこれが原因。

 

 ……“奴隷の道徳”

 

 無限に湧き出るシャドウをけしかけてみた。

 命令を聞いたバットが体当たりを仕掛け、防壁に弾かれて消滅する。

 適当にバラバラ飛びついてもびくともしなかい。ならば列を成して連続でぶつかれば? 

 ……多少、エネルギーに揺らぎを観測した。

 さらにシャドウを集めてけしかける。体当たりでも魔法攻撃でもいい。

 十匹や二十匹で効果がなければ、五十匹でも百匹でも集めればいい。

 湧き続けるシャドウをひたすら集め、ただただ決死の特攻を指示。

 すると羽根の防御は限界が来たのか徐々に薄く弱まって、とうとう崩壊。

 素通りしたバットの体当たりが首飾りの石を砕いたと同時に、エネルギーの供給も止まる。

 

「っし! っと……」

 

 もう触れても問題ないことをシャドウで確認し、ルサンチマンに取り込み回収。

 これでこれ以上シャドウが増えることはないだろう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「………………なんだかなぁ……」

 

 シャドウの大量発生も止まり、徐々にシャドウも数を減らしている。

 もう一度森を中心に町の空を一周する頃には、完全に流れ作業になった。

 ダメージなんてろくに受けない。

 受けたところで召喚のついでに回復できる。

 後は完全に高みの見物。

 ルサンチマンを召喚してから、戦っている感覚がまったくない。

 

 強力なペルソナなのは間違いない。

 今なら何だってできる気がする。

 でもやけに淡々としていて、感情があまり動かない。

 

『まるで退屈なゲームをやってるみたいだ』

 

 頭の中に声が響く。

 

「また出てきたか。意外とよく喋るな……制限があるとか言ってなかったか?」

『制限は制限さ。禁止じゃない。同調率って言えばいいか? 今は進化したばかりだし……まぁできる時はできるって事でいいさ。それよりどうよ? 新しい力の使い心地は。楽勝だろ?』

「……確かに。これ以上なく楽勝で、お前が言う通りゲームでもやってるみたいだ……」

『何だ、不満か? 別にいいじゃないか。自分で戦わなくたって。お前だって危険な場所に飛びこみたいわけじゃないだろ?』

「それはそうだけどさ」

『いいんだよ。俺たちは元々この世界にいないはずの人間。この世界の人間のために俺らが苦労してやる義理なんかないんだ。それをこうして見ず知らずの奴らのために力を使ってる。少しは助かる人間がいる。それだけで十分だろ』

 

 その見放したような言い方に強い納得と違和感を覚えた。

 

「……お前、誰だ? ドッペルゲンガーじゃないな」

『何をいまさら。俺は“元”ドッペルゲンガー。今は“ルサンチマン”さ。俺はお前、それは変わらねーよ』

「進化すると人格も変わるのか?」

『いいや。別に変わっちゃいない。ただ素直になっただけさ。……命がけの戦いなんて、俺は本当はやりたくなかった。違うか?』

「確かにそうだ、けど……」

『心配すんなよ。今まで鍛えた力を失ったわけじゃない。むしろちゃんと鍛えたから、ある程度強くなった。だからさ……もういい(・・・・)だろ。そろそろ楽になろうぜ?』

 

 ……どういう意味だ……

 

『言葉通りさ。俺たちは元々ただの一般人だぜ? 俺たちは努力をした。その結果、シャドウ相手に身を守ることはできるようになった。自分の面倒は自分でみられる……それだけで上等だろうよ』

「……それは生き残るのを諦めろって事か?」

『んなわけねーだろ。しぶとくしつこく生き残ってくれなきゃ俺も困る。だけどこれまで何だかんだ探してきた生き残る手段は、まだどれも形になってない。可能性だけの状態だ。もっと言えば、俺たちだけで何とかできるのか? って話さ。

 だから何とかできそうな奴……たとえば原作主人公にうまく近づいて、適当なタイミングで情報公開。死なずに何とかするように誘導するとか。なんなら特別課外活動部に入ってもいい。順平たちと同じ素質だけの完全な素人を装えば同じ寮生になれる。学年も同じになるはずだ。接点は多い。臨機応変に対処する必要はあるが、上手く使えれば大きな力になる。

 なんと言っても原作の主人公様。本物のワイルド能力者。……この世界じゃ最強クラスになることが決まってるような人材だろ? 俺たちみたいな半端物とは素養が違う』

 

 堂々と卑屈な事を言う奴だな……

 

『気に入らないか? 別にお前なんか俺じゃない! って言いたかったら言っていいぜ? 俺はお前でお前は俺だ。何も遠慮する必要なんてない。暴走を気にしてるなら心配無用だ。俺は前と変わらずお前の味方。暴走なんてする気ねーし、したところで何の得もねーからな。

 それに何より……お前は自分の弱さをちゃんと認めてる。だからこれまで散々力を求めて、実際に力をつけてきた。だろ?』

「ああ……そうだ。だからペルソナも使えるようになって。魔術も覚えて。できる事はどんどん増えてきた」

『だけどそれでも足りない。シャドウの大群相手じゃどうしても分が悪くなる。だからこの前の満月は大勢の人を見捨てる羽目になった』

「!!」

『もうあんな思いはしたくなかった筈なのにな……でも俺たちのせいじゃない。あれは“仕方なかった”。だってそうだろ? 思い出してみろよ、原作の最後。審判の日を』

「……たしか……総力をあげてタルタロスの頂上を目指した主人公たちは、頂上に着く前にシャドウの大群に追われて……一部が足止めに残るんだったか」

『九人もいて倒せず。二手に分かれて片方が足止めするんだぜ? 俺たち二人。実質一人じゃどうしようもねーだろ。それにさっき言った通り、俺たちが命がけで何かをしてやる義理なんてない。

 ……分かってるだろ? 見捨てたって仕方なかったんだ。だから今回は何が起こるかわからない進化に頼った』

「……」

『お前は認めてる。まだ自分には力が足りないことを。お前の心が認めてる。自分がまだ弱いって事を。だからお前がどんなに上っ面の言葉で否定しようと、俺は暴走しねーよ。そもそも認めてなきゃ俺に進化できるはずがねーしな! ……もう分かるよな? 俺が何なのか』

「……俺の“弱さ”……」

『大正解! 俺はお前の“弱さ”から生まれた。お前の心に強さがあるなら、弱さも同じく心の一部。ずっと昔からお前と一緒にいたよ。そしてお前は俺を認め、“弱さ”も“力”として受け入れたのさ!』

 

 ルサンチマンが嬉しそうに笑う。しかし徐々に悲しげにも聞こえてきた。

 

『……そうだとも。俺は弱い。だけど弱くて何が悪い? 世の中には弱い奴なんて珍しくもない。そんな奴らには生きる権利も与えられないのか? ……違うだろ? 最低限の事は自分でできるんだ。一人じゃできない事。難しい事。それを可能にするために、ちょっと強い奴の力を借りたっていいだろ?』

「だから、この能力なのか……?」

『またまた正解だ。実際どうなるかはこうなるまで俺にも分からなかったんだが……自分自身が弱いなら、他人の力を借りればいいんだ。それに多少弱くたって集まれば大きな力になる。よく言うだろ? 戦いは数だよ! ってさ。

 ……おっと、下のバスタードライブがそろそろ危ないぞ』

 

 ……暴れまくった末に魔法の集中砲火を受けたようだ。もう限界だろう。

 それを認識した瞬間、無意識にスキルを使用していた。

 

 “暴走のいざない”

 

 エネルギーがバスタードライブを包み、その身を赤黒く染め上げる。

 そしてバスタードライブは勢いを取り戻す。

 回復したのではなく……暴走(・・)させた。

 受けた傷も残る体力も無視して暴れ狂う姿に、自分が何をしたのか理解した。

 

「俺は……」

『気にするな。あれは俺たちが作ったんだ。壊れたら新しく作り直すだけ。最終的にシャドウを殲滅できれば被害者は回復するんだ。それだけ達成できれば過程なんてどうでもいいじゃないか』

 

 そこまで聞いて完全に理解した。

 ルサンチマンは俺の“弱さ”の化身。

 “弱さ”とは単純な戦闘能力ではない。

 辛さや苦しさから逃げたいという“逃避”。

 自分より優れた存在への“嫉妬”や“羨望”。

 他者を思いやる事よりも自分自身の利を追求する“欲望”。

 そういった負の感情に負けてしまう“心の弱さ”。

 それを肯定した存在こそが“ルサンチマン”。

 

『ここにいるのは助ける義理の無い人間。それを助けてるのは単純に俺が被害者を見たくないからだ』

 

 ルサンチマンの声が響く。

 

『かつての経験に罪悪感はあるかもしれない。でも、だから危険に飛び込んでるんじゃない。俺たちはただ被害者を見たくないだけなんだよ』

 

 “こちらこそありがとう”

 ビル火災でお礼を言われた時に、俺が返した言葉。

 子供が無事だったから、俺は辛い光景を見ずに済んだ。

 

『たまに、思い出したようにする募金と一緒さ。相手の事なんて二の次で、結局は自己満足に過ぎない。……でも、それでいいだろ? 少しだけ手を伸ばして満足する。結果的に助かる人間がいて、誰かが損をしたわけじゃない』

 

 声が心の中まで染み渡る。

 

『生き残りたい。辛かった。苦しかった。すべて投げ出してしまいたい』

 

 確かに……そんな思いが……俺の中にはあった……

 認めてしまう。思考が鈍る。

 

『だからさ……もう』

「楽になってもいいのか……?」

「ふざけた事言ってんじゃねぇ!」

「!?」

 

 怒鳴り声が意識の落ちかけた耳に響いた瞬間。

 俺は横殴りの強い衝撃に吹き飛ばされていた……




影虎はペルソナを進化させた!
ドッペルゲンガーは“ルサンチマン”に進化した!
無数のシャドウを混乱させ同士討ちさせた!
召喚したシャドウに救助活動を行わせた!
黄昏の羽根を回収した!
謎の衝撃で吹き飛ばされた!


“ルサンチマン”
ドッペルゲンガーを進化させた影虎のペルソナ。
アルカナは“悪魔”で、ひび割れた卵の形をしている。
中に乗り込み空中移動が可能。ただし視覚が封じられる。
探知能力の強化により戦闘にはさほど影響がない。
堅牢な防御力と高い機動力がさらに強化されたが、
この状態では肉体を使う戦闘技術全般が使用不可能。
自分は安全な場所に隠れ、シャドウを操り戦わせることが基本の戦闘スタイルになる。
影虎の“溜め込んだフラストレーション”と“弱さを肯定してしまう弱さ”の権化。
使用者の精神に悪影響あり?


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162話 一時収束

「……父さん?」

 

 突然の衝撃の正体はうちの親父だった。

 

「何でここに……」

 

 思考力の低下を感じる頭に鞭打って、意識を集中。

 街を眼下に見下ろせる高さで俺と並んだ親父がこちらを見ている。

 俺はともかく、親父がこんな所にいる理由は分かった。

 俺と同じだ。

 俺がルサンチマンに包まれているように、バイクに乗っていた。

 ハンドルはいわゆる鬼ハン。座席の後部には背もたれのついた三段シート。

 ここまでならただの暴走族のバイクに見えるかもしれない。

 しかしその車輪は雲のように実体があるのかないのか、曖昧に揺らめいている。

 排気管からも派手に同じ雲を噴いているようだ。

 しかも一部は親父の背中で背後霊の如く、厳しい顔の仏像をかたどっている。

 明らかに普通のバイクではない。

 なにより車体と雲の全てが、ほとばしるエネルギーの塊……

 

「ペルソナじゃないか……、何で親父が」

「気合入れたらなんか出た」

「軽い!? 気合とかそんなもんで出せ……るのかよ!? 今年までの俺の苦労はなんだったんだよ!?」

「知らねぇよ! 出ちまったもんはしかたねぇだろうが! 何で出たかもお前に分からなきゃ俺にわかる訳ねぇっつの! ったく……それより影虎、テメェ寝ぼけたこと言ってんじゃねぇ!

 人を頼るのは別にかまわねぇ。仲間や俺ら親ならいくらでも頼れよ。楽になりたい? デカイ問題にぶち当たって、そう思うのは普通だろうさ……だがな、それでケツまくって逃げるつもりかよ!」

『別に逃げはしない。ただ、やり方を変えるだけさ』

 

 何も、見えない……

 どこにいるのか……立っているのか寝ているのか……

 手足の感覚まで薄れてきた……

 

「これまでお前に協力してきた奴らはどうなる……ずっと見守ってきたあの先生は! 何も知らずに慕ってきた舎弟は! 事情を知って協力を決めた天田やボンズさんたちは! ……弱いテメェが虚勢を張ってる背中を信じて付き合ってくれてたんじゃねぇのかよ!?」

『大丈夫。彼らを蔑ろにする訳じゃない。使い捨てもしない。効率化を図るんだ。適材適所と言うだろう? シャドウとの戦いは一瞬の判断ミスが命取り。適した人材に適した役割を任せるべきだ。高望みをせず、自分のできる事をやる。そして極力味方の被害を減らせるように努力する。そのほうが絶対に良いに決まってる』

 

 親父……ルサンチマン……二つの声だけが響く……

 俺……は……

 

「しっかりしろ影虎! ……チッ! 聞こえてねぇのかよ!」

『もういいじゃないか……これも俺なんだよ。父さんは……そんな息子なら受け入れてくれないのか?』

「アホか。お前がどんなに糞餓鬼になっても受け入れてやるさ。だけどな……自分の子供が道を踏み外そうとしてる時に止めてやるのが、最後まで側にいて支えるのが! それが本当の“親”ってもんだろうがッ!」

 

 叫びと同時に膨れ上がるエネルギーを感知。

 

「その殻に閉じこもったままじゃまともに話せそうにねぇな……仕方ねぇ。この際話は後でじっくりするとして……まずその不気味な殻を引っぺがすぞ! 行くぜ“イダテン”!」

『!』

 

 “危険”

 

 肌で感じた次の瞬間、目の覚めるような衝撃が体を襲う。

 

「ガフッ!? な、かっ……」

 

 何が起きた?

 

『親父からの打撃攻撃。パラダイムシフト発動。打撃耐性を打撃無効へ変更……完了』

 

 勢いのまま弾き飛ばされながら、ルサンチマンが状況に対処する。

 

「ウラァ!」

「!? エフッ!?」

 

 急加速した親父の追撃。

 空中をドリフトして車体を叩きつけられたのは分かった。

 しかし無効にしたはずの打撃が前と変わらずに、効く……

 

『“打撃無効の無効化”を確認。耐性無効化系スキルの影響と推測。暫定的に“打撃ガードキル”と呼称する』

 

 敵の耐性を消すスキルか!

 このまま何発も食らってたら、うっかり死にそうだ……

 打撃ガードキルの影響によって耐性による防御不可能。

 四肢に相当する部位がないため、格闘技術を用いた防御も不可能。

 素の防御力で受けるなら状況は変わらず。

 防御力を上げても長くは持ちそうにない。

 となると、

 

『回避。もしくは反撃と撃墜』

 

 回避一択!

 

「ギギッ!?」

「キィィ!」

「チッ! 避けるな!」

「アホか!」

 

 こんなとこ(空中)で万が一ペルソナが消えたらそのまま落ちて死ぬ!

 シャドウを轢くのも構わず距離をとる。

 命の危機とあって、若干思考が明瞭になってきた。

 しかし……

 

「ぐっ!」

 

 俺自身が飛行能力を操りきれていなかった。

 それは親父も同じはずが、形がバイクだからか俺より小回りが利く。

 カーブは俺に分があるけれど、直線の加速は親父のほうが速い。

 イダテン……韋駄天……足は速そうだ……っく!

 

「吹っ飛べ!」

 

 何度目かの衝撃が体を抉り、ボールのように飛ばされる勢いを利用してさらに距離を稼ぐ。

 そんな事が何度か続いた後だった。

 下から不意に吹き上げてきたエネルギーをもろに受けてしまう。

 

「ッ!」

 

 身動きが取れない……

 全身にを絡みつくようなエネルギーの波。

 力強く、それでいて包み込むような優しさを感じる。

 

「虎ちゃん!」

「母、さん……?」

 

 痛みに加えて吐き気が酷い。

 それでも届いた新たな声は、母さんの声。

 そして気づく。声の発生源がエネルギーの発生源と同じであることに。

 

「まさか……母さん、まで……」

 

 どうやら、殴り飛ばされるうちに家まで戻っていたようだ……

 

「先輩!」

「タイガー!!」

「聞こえているか!?」

「しっかりしろー!」

 

 屋上は、俺が飛び出た時のまま、皆が集まっている……

 一人も欠けていない……

 母さんはその中心に立っている。

 背後に巨大なエネルギーを放つ、女性的な像を建てて……

 

「早くお願い……龍斗さん!」

「ナイスだ雪美! そのまま捕まえといてくれよ!」

 

 下からは母の声。上からは父の声が迫る。

 

「全力で行くぜ影虎ァ! 歯ぁ食いしばれ!」

 

 ……ああ……ダメだこれ。

 満身創痍な心と体。次の一撃には耐えられないことを直感した。

 避けように防ごうにも体は動かない。

 にもかかわらず気持ちは何かに抱かれているように安らかで、抗う力が抜けていく。

 

『……まさか俺たちの間に割り込んでくるなんてなぁ……どうやら俺たちはまだその時(・・・)じゃなかったらしい』

 

 ルサンチマンの呟きが聞こえたのを最後に、俺の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……

 

「……っ」

 

 目が覚めると、見たことのある天井が目に入った。

 内装にも見覚えがある。

 借りている部屋ではないが……借りていた部屋。

 以前入院していた病室に帰ってきたようだ……

 

「いつつ……」

 

 起き上がろうとしたら、体中が痛んだ。

 ……この前もあったな、こんな事。

 しかし今回は誰もいない。

 あれから一体どうなったんだろうか?

 ルサンチマンは……!

 

 注意を向けて、理解した。

 ドッペルゲンガーに戻って(・・・)いる。

 

 「……ドッペルゲンガー」

 

 以前と同じ黒い霧が現れた。

 周囲に誰もいないことを確認し、人型やメガネに形を変える。

 進化させたはずの“ドッペルゲンガー”だ。

 戻した記憶はないが、状況的に父さんと母さんの介入で戻ったとしか考えられない。

 

 ふと疑問が浮かんでくる。

 あの時、あのままなら俺はペルソナを戻そうと思っただろうか?

 

 ……ルサンチマンは確かに俺の心の一部。俺の味方ではあったかもしれない。

 でも、今考えると同時に深い闇の中に沈み込んでいくような感覚があった。

 

 ドッペルゲンガーに戻そうと思えば戻せたとして、あの時の思考。

 あの状態で俺は元に戻そうと思っただろうか?

 方向性は違えど、強力な力を使えるのはドッペルゲンガーよりもルサンチマン。

 あえて自分の力を弱める事を。苦難の道を歩むことを。あの時の俺が選択するだろうか?

 ……可能性は低い気がする。

 引き戻されなかったら、俺は今頃どうなっていたんだろう……

 いや、それよりも街はどうなった? 皆は無事なのか?

 

 ナースコールに手を伸ばし、直前で止める。

 状況が掴めない以上、やっぱり最初は事情を知っている誰かと接触したい。

 何か口裏あわせが必要かもしれないし。

 

 ……しかし、それにはいつまで待てばいいのか……

 先に誰か病院関係者にこられると困る……

 ………………あっ。

 

 ベッド横のテーブルにメモ帳とペンを発見した。

 病院関係者の忘れ物だろうか?

 特に何かメッセージが書かれているわけではないけれど、これは使えそうだ。

 

「以前使った意思伝達のルーン、アンジェリーナちゃんはシャドウへの指示に使ってたし……上手くいけば……」

 

 一番受け取ってくれそうなのはやはりアンジェリーナちゃんだろう。

 アンジェリーナ・安藤へ、メッセージを届ける。

 目的を定めて、意思伝達のルーン(改良版)を使ってみる。

 

 アンジェリーナちゃん? 聞こえますか? 影虎、タイガーです。目が覚めました。

 このメッセージに気づいたら、ボンズさんか誰かを病室に呼んでください。

 

 同じ文言を三度ほど繰り返し、送信を終わりにする。

 魔力の消費量的には……届けばまぁ使い道は多いだろう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ……ん? 

 

 ペルソナや体調を確認していると、外が騒がしくなってきた。

 どうやらちゃんとメッセージが届いたようだ。

 

「タイガー!?」

「アンジェリーナちゃん。今、どォウッフ!?」

 

 おぉおお……

 勢い良く扉を開けたアンジェリーナちゃんが、そのまま飛んできた。

 よくわからないが……すげぇ勢いで腹に着弾した。

 

「アンジェリーナちゃん……まさか、強化魔術使ってる……? あだっ、痛い痛い!」

 

 ペチペチした叩き方でも魔術で強化されると結構痛い!

 

「……怒ってる?」

 

 彼女の体からはほのかに赤いオーラが立ち上っている。

 

「当然」

 

 さらに数発叩かれた後、一通り叩いて落ち着いたのか彼女はそう言って離れてくれた。

 

「目が覚めたのね?」

 

 気づくとエレナが部屋に入ってきていた。

 開け放たれていたはずの扉も閉められている。

 

「いきなり殴ったのは悪いけど、罰だと思って許してあげてほしいわね」

「ああ……両親のペルソナにやられるまでは記憶がある……心配かけた」

「本当よ。私はともかく、アンジェリーナは自分がタイガーに“命の危険はない”って言ったからタイガーが飛び出したーって言いだしたんだから」

「……それは……本当に申し訳ない……」

 

 アンジェリーナちゃんからするとそうなるか……

 彼女が悪いわけないけど、気にさせてしまったようだ……

 

「まぁ、今はそれより話さないといけないことがあるわね」

「……今日は何日? 皆は? 街はどうなった?」

「そうね……とりあえず今日は8月21日。タイガーが気絶した後、夜が明けて20日になったから今回は一日で目が覚めたわね。体は大丈夫なの?」

「自覚できる体調不良はないよ。少し体が痛いだけ。また入院になるか?」

「明日には退院」

「病院の診断では、タイガーは全身打撲と過労らしいわ。疲れて眠ってるだけで体に異常はないって。だから、ええと……まず良い話からするわね」

 

 どうやら俺が寝ている間にまた色々とあったようだ……

 

「一昨日、タイガーがシャドウを相打ちするように仕向けてくれたおかげで、ほとんどのシャドウが消えたみたい。あの大暴れだったから被害者は出たけど、ほとんどが軽症で済んだらしいの。それに今回と前回の満月で影人間になった人たちは、もう回復する人が出始めているって」

「本当か!?」

「タイガーは無茶をした。けど、無駄じゃなかった」

「それに今回の件で、無気力症との関係や治療法としても正しい事が証明されたって、グランパ達が話していたわ」

「そうか……黄昏の羽根は?」

「気絶したタイガーと一緒に回収した。頑丈なトランクに入れて、家の地下室に置いてある」

「ちなみに例のシャドウが溢れてた大木だけど、昨日見たら森に戻ってたわ。それに、もしかしたら以前より小さくなってるかもしれないって。状況から見て、森とシャドウの発生にもあの羽根が関係してたと思うし、このままじきに消えてくれるかもしれないわ」

 

 良かった! 少し胸のつかえが取れた。

 

「それで、もう悪い話になってくるんだけど……」

「聞かせてほしい」

「……一昨日の件ね、うっすらでもあの時の事を覚えてる人が、以前よりも多かったの。ただその話が」

「タイガー、これ」

 

 エレナの話を遮って、アンジェリーナちゃんがテレビのスイッチを入れていた。

 写っているのは一昨日のニュースのようだが……ん!?

 

 “一昨日の深夜、発生した二度目の集団幻覚事件。被害者の大半がブラッククラウンを見たと証言しています”

 “被害者の密集している地域は複数の区域を跨いでおり、個人が移動し目撃されるのは不可能”

 “複数人で同じコスチュームを来ての活動、あるいはブラッククラウンの存在そのものが幻覚であった、との線が濃厚と見られています”

 “ブラッククラウンは本物の正義の味方”

 “ブラッククラウンが事件を起こしているのではないか?”

 “ブラッククラウンは正義か悪か。論争が激化”

 

 これはどういう事?

 

「影時間の記憶はそれらしく改変されて、一般人には認識されないって話でしょ? そのせいだと思うわ。記憶を残してた人もせいぜい化け物や黒い影を見たって程度だったからか、化け物に襲われた自分を“ブラッククラウンが”助けてくれたって認識してる人がすごく多いの。

 それでブラッククラウン肯定派と否定派の論争が激しくなってて、一部では一連の事件を“大規模洗脳実験”なんて呼んでたり、ブラッククラウンこそがテロ事件の主犯だ! って主張してる人もいるの。

 正体はばれてないとしても、この前の件で話を聞きに人が来るかもしれないし、面倒になる前にこの街を離れようって話になったから、もうMr.コールドマンがビジネスジェットを呼んでるわ。明日の夕方ごろに用意が整うから、皆でそれに乗るわよ。急だけど移動の準備はしておいて」

 

 ここにエレナとアンジェリーナちゃんしか来なかったのは、皆さんそれぞれ情報収集や移動の準備を進めているからだそうだ。

 

「それについては理解した。じゃあ次に、うちの両親はどうしてる? ペルソナを使ってたみたいだけど……」

 

 問いかけた途端、決して明るいとは言えなかった二人の表情とオーラが暗さを増した……




衝撃の正体は龍斗だった!
葉隠龍斗は“イダテン”を召喚した!
葉隠雪美も“???”を召喚していた!


韋駄天
仏法の守護神の一つ。仏舎利(釈迦の遺骨や棺のこと)を盗んで逃げた捷疾鬼(しょうしつき)を追いかけて取り返したという説話があり、足の速い神としてよく知られているが、実は子供の病気を癒す神でもある。


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163話 親の愛情

今回は三話を一度に投稿しました。
前回の続きはニつ前からです。


 ~廊下~

 

「ここよ」

 

 エレナに案内されて、別のVIP室の前へやってきた。

 意を決して中へ入る。

 

「!? 影虎君!」

「先輩!?」

 

 室内には先生と天田がいた。

 

「目が覚めたんですか!?」

「ああ、見ての通り。エレナにも言ったけど、自覚できる体調不良はないよ」

「ひとまず元気そうで良かったですねぇ。……しかし帰りが遅いと思っていたら、影虎君を連れてくるとは……ヒヒッ。予想していませんでした」

「買出しが終わったところでアンジェリーナが急に走りだしたのよ。それを追いかけたらタイガーの部屋で、目が覚めてたの」

「呼ばれた気がした」

「あ、それ俺が魔術使ったからですけど……あの、それよりも」

「……話は聞いたようですねぇ……」

「こっちです、先輩……」

 

 二人が左右に分かれ、空いた空間の先には……うちの両親がベッドで眠っていた。

 騒がしかったはずなのに。隣まで近づいても。二人が目を覚ます様子はない。

 

「やっぱり、ペルソナが原因ですよね」

「間違いないですよ……だって、二人がペルソナを召喚したとき、すごく苦しんでました」

「……何が“気合入れたらなんか出た”だよ」

 

 生気のない親父の顔に、目の前がにじむ。

 

「君のように自分の意思で出したのではありません。出て行った君に異変が起きたのを見て、騒いだ後に突然苦しみ始め、出てきたのです」

「異変?」

「木の上まで上って一度見失って、降りてきた時。煙はなかったけど、とっても嫌な感じがした」

 

 黄昏の羽根を回収したあたり……ルサンチマンと話し始めたのもそのタイミングだ。

 

「何て言うか、雰囲気? アンジェリーナだけじゃなくて、あそこにいた全員がそう感じてたのよ。私は双眼鏡が足りなくて直接見てなかったけど、それでも何かが体を這うような……よく分からないけど寒気がしたわ」

「龍斗さんが騒いで苦しみ始めたのは、それから本当にすぐでした」

「それからお父様はすぐに君のところへ飛び出してしまいましたが、お母様のペルソナは“マリア”という名前だったようです。そして君を捕まえたスキルの名は“母の愛”……そう、祈るように呟いておられました……」

 

 ……くっ……

 

「二人の状態は?」

「今は衰弱一歩手前ですが、命に別状はありません。ちゃんと休めば問題ないでしょう。明日からの予定は聞きましたか?」

「Mr.コールドマンのお宅にお世話になると」

「ええ、そこでしっかり養生させてもらいましょう」

「……薬は? 暴走の可能性はどうなんでしょうか?」

 

 今後、二人は制御剤を使うことになるんだろうか?

 先生を見ると、痛ましいと言うより困ったような表情をしている。

 

「おそらく、お二人に制御剤は必要ないでしょう」

「! 本当ですか!」

「本当ですが、これが良い事かなのかは……」

「先輩……」

 

 何だ? 何かあるのか?

 

「影虎君、よく聞いてください。私はご両親に制御剤は必要ないと考えています。なぜなら、彼らは既にペルソナ能力を失っている可能性が高いからです」

失っている(・・・・・)?」

「先輩。僕達、昨日病院に泊まったんです。付き添いとして」

 

 そして影時間が来ると、途端に二人は象徴化したと天田は話す。

 象徴化したということは、適性を失った、と言うことで良いのだろうか……

 

「何度か目を覚まされた時に確認しましたが、記憶の混乱も見られました。無理にペルソナを使ってしまった反動か……適性と影時間の記憶を失ってしまわれたのは間違いないかと」

「だからペルソナを暴走させることもできないと?」

「適性が足りず、中途半端に呼び出した結果が暴走だとして。適性をまったく持たない人間がどこまでできるか……暴走すらさせられないと私は願いますよ。こう言ってはなんですが……そうであればまだ救いがあると思います」

「……そうですね」

 

 確かに。記憶や適性がなくても、それは元に戻っただけだ。

 暴走したり、制御剤で体をボロボロにするよりよっぽどマシだ。

 これで良かった。色々巻き込んでおいて悪いが、二人は普通の生活に戻れるはず……

 

「んぁ……」

「あら……?」

「!」

 

 手を握ったせいで二人が気づいてしまった。

 

「虎ちゃん……?」

「影、虎……」

「大丈夫? 二人と「ウラァ!」もっ!?」

 

 寝返りをうつように親父の蹴りが飛んできた。

 

「寝起きで何してんだよ!?」

「虎ちゃん……」

「母さ、ん゛!?」

 

 今度は平手打ち! どちらも弱っていて痛くはないが……

 

「父さん、母さん……いきなり何すんの……」

 

 痛みよりも驚きが強い……

 

「何がじゃ、ねぇだろ、この馬鹿野郎!」

「虎ちゃん……本当に危ない、無茶をしたそうじゃない……」

「え……」

 

 先生たちへ目が向く。

 話したのか? 失った記憶のことを? 

 

「少々誤解があったようですねぇ……影虎君。私はお二人が適性と“影時間中の”記憶を失ったとは言いましたが、それ以外の記憶を失ったと言ったつもりはありませんよ?」

「ここ最近、僕たちずっとペルソナやシャドウの話ばかりしてましたからね。影時間とか関係なく」

「家を襲撃された時だって、昼間だけどペルソナ使って遠慮なく暴れてたじゃないの」

「全部なくなったわけじゃ、ない」

 

 ……

 

「…………記憶、残ってるの?」

「影時間の記憶は無いわ、頭にもやがかかったみたい……でも、ペルソナやシャドウについて、皆で話していたのはうっすら覚えているわ。信じがたいし、夢みたいな話だとも思うけど……」

「それを当たり前のように受け入れてた日中の記憶がある。……ただそんな話をした覚えもない、普通に旅行してた記憶もある……所々で途切れるわ、ぶつ切りになるわ。抜け落ち……滅茶苦茶だ。現実に夢が混ざったみてぇでわけがわからねぇ……」

「お二人は日中の記憶までは失わず、同時に改変された記憶も持っているようでして……二つの記憶の整合性のなさにお悩みです」

 

 混乱ってそういうことかよ!?

 

 記憶を失ったのが一部で済んだのは不幸中の幸いかもしれない。

 親の記憶喪失を願うわけないし、それは良かったと思う。

 けど、紛らわしいっ!

 

「影時間中の、と限定して正確に伝えたつもりだったんですがねぇ……」

「というか、そもそも影時間の記憶は適性を失ったら完全に消えるんじゃないのか……?」

「先日の事件の被害者には僅かに記憶を残している方も大勢いらっしゃいますからねぇ。黄昏の羽根と召喚魔術により何らかの影響を受けてしまったか、それとも個人の体質か、必ずしも記憶をすべて失うわけではないのか……そのあたりは分かりません。

 しかしこうしてご両親の記憶は一部残っているわけですし、事実は事実として認めましょう。そしてお二人の無事を喜びましょう」

「……そうですね」

 

 本当に無事でよかった……

 

「つーか影虎、テメェもっと近くにこい。もう一発ぶん殴るから」

「え? んな宣言されて誰が近づくか!」

「いいから来い! 体があんま動かねぇから、お前が近づかねぇと届かないだろうが!」

「おとなしく寝てろよ!? そんな状態なら……」

「虎ちゃん。そのままでいいけど……私もしっかりお話したいことがあるわ。覚えてない事を言うのもおかしいかもしれないけど……本当に危ない無茶をしたのよね……」

 

 ……弱弱しい声だけれど、母さんは体に真っ赤なオーラを立ち上らせている……

 

 この後、静かに滅茶苦茶怒られた。




両親は無理をしてペルソナを召喚していた……
二人は影時間の適性、ペルソナ、記憶の一部を失った……
さらに衰弱し、混乱している……
しかし命に別状はなかった!
影虎は滅茶苦茶怒られた!


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164話 新たな道

 ~病室~

 

「まいった……」

「お疲れだったね、タイガー。よければ飲むかね?」

「いただきます」

 

 コールドマン氏からいただいた缶コーヒーを飲んで一息。

 

 最初はうちの両親に無茶をした事を怒られ。

 そのうちに顔を出したボンズさんとリアンさんにも、流石に無茶のしすぎだと怒られ。

 すっかり勝手に部屋を出てきた事を忘れていた。

 いつかのおばさんナースが脱走と間違えて探されて、さらに怒られ。

 その後、俺は強制的に部屋へ戻された。

 

 そして二人にも安静が必要とのことで、先生たちは食事に出かけ……

 今はコールドマン氏が俺の見張り役らしい。

 

「もう散々怒られたことだ。無茶について私からは何も言わないが、体は本当に大丈夫なのかね?」

「ええ、まったく。体は先ほどドクターも言っていた通りです」

 

 おばさんナースが俺を探していた元々の理由は診察。

 怒られてから受けた診察でも、ドクターは問題なしと診断していた。

 ついでに傷の抜糸を行ったけれど、特に傷が開いたということもない。

 傷跡は残ってしまうそうだが、俺はべつに気にならない。

 

 ……しかし、少々気になる事もある。

 

 アンジェリーナちゃんを待つ間、ペルソナの状態をよく確認して気づいた。

 一度はルサンチマンへ変わったからだろう。

 ルサンチマンのスキルが一部、ドッペルゲンガーに残っていた。

 ルサンチマンが俺もお前の一部だと主張しているようにも感じる。

 

「それはどんなスキルかね? あの大量のシャドウを操った技か?」

「あれは完全に失っています。増えたのは三つ。

 シャドウを暴走させて戦闘能力を大幅に引き上げる“暴走のいざない”。

 エネルギーを対価にシャドウを作り出して使役する“召喚”。

 そして“邪気の左手”。これは敵から“MAG”を奪うスキルです」

「“MAG”とは?」

「人間の感情から生じる、一種のエネルギーのようです」

「気や魔力とはまた別の?」

「はい」

 

 ただ、MAGはペルソナ3に登場しないはず。

 そもそも“邪気の左手”自体がメガテンのスキルだったような……

 あ、MAGって召喚に必要だったっけ?

 

 

「正直、自分でもよく分からない部分が多いです。気づいたら持っていたので、使い方とかがいまいち」

「なら実験をして追々確かめるとしよう」

「それしかありませんね」

 

 そこで一度会話が途切れ、次に出てきた話題は“ルサンチマンは使えなくなったのか否か”。

 

 正直に言えば、使おうと思えば使える。消えたわけではない。

 ただし、今の俺にはまだ使いこなすのは難しい。

 引き止められなければだんだん慣れただろうけど、精神面に影響を及ぼしていただろう。

 それは一回使っただけで身に染みた。

 

「反復練習は無理か……」

「リスクが高いので、それなら違う進化を目指した方が安全でしょう」

 

 ルサンチマンを使った事で、新たに分かったこともある。

 それは詳細不明だった残り二つの進化先の内、片方の情報。

 

 そのアルカナは“正義”。

 ルサンチマンが他者を利用した“数の力”で戦うのに対し、そのペルソナは“個の力”。

 ルサンチマンを“悪”とするなら、そのペルソナは“善”。

 あらゆる意味でルサンチマンとは対極の存在らしい。

 残念ながら、こちらはまだ使えないようだが。

 

「容易に使えるが危険を孕む“ルサンチマン”。安全だが使えない“謎のペルソナ”。三つのうちのもう一つは?」

「相変わらず詳細が一切不明です。……二つを両極端と考えたら、三つめはその中間あたりじゃないかという気もするんですが」

 

 正義以上によく分からないんだよなぁ……

 ペルソナは使えるなら使い方は頭に流れ込んでくる。

 だからより情報があるほうが早く使えそうな気がする。

 ルサンチマンもそうだったし、使えるとしたら正義の方が先になりそうだ。

 でも、使うためにはどうすればいいのだろうか?

 

「個の力。これはやっぱり地道なトレーニングで鍛える事でしょうか?」

「かもしれんが、私は別方向からのアプローチをしてはどうかと考えている」

「別方向からのアプローチ?」

「具体的なアイデアがあるわけではないけどね。肉体や戦闘技術なら、君は既に訓練を続けてきたんだろう? それだけで正義のペルソナを使える、あるいはルサンチマンを制御できるのであれば、今頃どちらも可能になっているのではないだろうか? もちろん体や技を鍛えることが無意味とは言わない。単に求められる水準に達していないだけかもしれないがね」

「なるほど……」

「問題はどうアプローチを」

 

 コールドマン氏が言葉の途中で黙り込んだ。

 

「……つかぬ事を聞くが、君は前世の記憶があるんだったね? 亡くなったのは二十代の前半じゃないか?」

「? はい。そうですが……」

 

 突然何を言い出すのか。しかも当たってるし。

 

「やはりか。そのあたりだと思った」

「根拠をお聞きしても?」

「ここしばらく君と毎日顔を合わせた印象さ。君からは若々しさを感じるが、程々に世間や社会の不条理も知っているようだ。協調性もそれなりにある。しかし他者を率いて使うことに不慣れなところが見えた。

 そのあたりから一度社会人を経験しただろう。あまり高い地位にはいなかったのか。若かったならまだ部下を持つ前、あるいは持ってそれほど間がないか……という風に推測した結果、二十代前半にあたりをつけただけさ」

「へぇ……」

 

 少しすごいと思ったが、やはり何故そんな事を今?

 

「実を言うとね、私はルサンチマンに対してそれほど否定的な感情はないんだ。

 独力で困難な事を行うために、他人の手を借りるのは悪くない。この意見は自身の無力を棚に上げた他者への依存に聞こえるかもしれないが、私を含め世間から“成功者”や“社会的強者”と呼ばれる人間でも、個人の力でできる事には限界がある。

 会社も規模が大きくなればなるほど、経営者一人の努力だけでは立ち行かなくなってしまうものだ。個人の努力を継続するのは立派なことだが、相応の社員を時に率いて、時には社員に支えられる。どこかで人を頼ることを覚えなければ、業績を伸ばすのはそれだけ難しくなるし、最悪の場合は破綻してしまう。

 最初に受けた印象と、それによる偏見を抜きにして字面だけを見れば、ルサンチマンの言葉は真っ当な意見にも聞こえるのだよ」

「……」

 

 確かに。だから、と言ってしまうとまた逃げているような気分になるが、俺もそれで一度納得しかけた。

 

「問題は“力をどのように使い、何を成すか”だ」

 

 そして彼は静かに語り始めた。

 

「たとえば君が他者を引き寄せる圧倒的なカリスマ性を持っていたとしよう。君には多くの人がついてきて、君の言動に心を打たれ、君を賞賛する……こうしてついてきた人々は君の思うがまま、と言うと言いすぎか? それでも君のようになりたいと願い、真似をしたりしている。

 そんな人々を君がどう扱うかは君の自由に決められる。起業して社員として雇い、代えの利く道具を使い潰すような扱いであっても」

「それは……」

 

 言葉が止まる。

 シャドウを人に置き換えれば、ルサンチマンを使っていた時の俺がまさにその状態だ。

 

「もちろん横暴な行いをすれば嫌われるだろう。扱いによっては訴訟もありえる。次第に悪評も付きまとう。最悪の場合はそのまま倒産も考えられるね。

 ……しかし、取り返しがつかなくなる前に、他者と協調していこうと道を改めることはできる。カリスマは大きな武器になるが、君の行く末を定めてしまう物では決してないんだ。特別な力を持っていようが持っていまいが、それは大きな問題ではない」

「ルサンチマンも使い方次第、ですか」

「私はそう思うね。

 カリスマに限らず大きな才能や技能を持っているのに、それを武器にできず、逆に振り回されてしまう。私の知る経営者にも、そうして身を持ち崩した人は多い。

 ……まわりくどい話になってしまったが、タイガー。私が思うに一昨日の君もこのタイプだ。問題は能力ではなく、振り回された使い方が問題だと私は思うよ」

 

 ……ルサンチマンの一切合財を危険と考えるのではなく、能力と使い方か……

 

「と、それを念頭に置いての提案なんだが……ルサンチマンはこう言ったそうだね? もう君はある程度強くなったのだから、もういいじゃないか、と」

「確かにそういう発言がありました」

 

 彼が何を言いたいのか、少し分かってきた。

 

「問題は使い方であり、ルサンチマンそのものではない。……正義のペルソナよりも、ルサンチマンの言葉を受け入れてみよう、という提案ですか」

「部分的にね。確か君は学習効率を高める能力を複数保持していたね? 効率が上がるということは、1つの物事を身につけるために使用する時間を節約できるだろう?」

「そうして空いた時間に、何かこれまでとは違うことを学ぶ、と」

「その通り。トレーニング量を増やすのではなく、空いた時間でこれまで目を向けていなかったことに目を向けてみるんだ」

 

 これまでの行動を思い返してみると、確かに俺は視野が広いほうではないかもしれない。

 基本的に戦闘能力を中心に考えていた節がある。

 

「我々も最大限サポートしよう。手始めに先ほど話した人の使い方を考えてみたらどうかね?」

「そうですね。……ルサンチマンの制御に役立つかはともかくとして、日本に帰ればメディアにも注目されるでしょうし。学校でも部活で後輩もいます。影時間の活動でもこれからは天田が加わる……」

「我々としても影時間対策に君の意見は重要だ。これまで1人の期間が長く難しいかもしれないが、いきなり完全にこなせとは言わない。ゆっくりとリーダーシップを身に着けるといい」

 

 コーヒーを飲みながら、コールドマン氏との会話が続く……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~リビング~

 

「こんばんは」

 

 面会時間の終了間際に今夜家に来てほしいと言われたので、病院を抜け出してきた。

 そこには両親を除く皆がそろっていて、リビングの所々にスーツケースが置かれている。

 きっと明日以降の準備だろう。

 

「よく来てくれた」

「ご両親の事も心配だろうに。呼び出してすまない」

「大丈夫です。ボンズさん、森の調査をするんですよね?」

「ああ。知っての通り、我々は明日この街から離れる。その前にできるだけ様子を知っておきたいからな。ただ、今日は君一人ではなく、この三人を連れて行ってくれ」

「三人?」

「私たちよ、タイガー」

 

 ボンズさんの隣にいたエレナ、さらにロイドとジョージさんが手を上げた。

 ジョージさんはまだしも、他の二人は非戦闘要員だ。

 危険だと思うが、ボンズさんがそれを分からないはずはない。

 説明を求める視線を送ると、ロイドが口を開いた。

 

「百聞は一見にしかず、だっけ? 説明より見せたほうがいいよね」

「え?」

「Come on! “グレムリン”!」

「なっ!?」

 

 突如として高まるエネルギー。

 そしてロイドの肩に緑色の小動物が現れた。

 猿のような、トカゲのような……なによりも目立つのは、アンテナのような耳。

 体と不釣り合いなほど大きく、一瞬翼と見間違えた。

 おまけに全体的に歯車や機械の部品らしき物がついている。

 総合的に見て、悪趣味な小動物っぽいロボット、と言う感じだが……

 

「ペルソナだよな?」

「Yes! 僕のペルソナ、グレムリンさ」

「いつの間に……」

「昨日の影時間。あと、原因はこれ」

 

 そう言いながら目の前で開かれたアタッシュケースには、黄昏の羽根が入っていた。

 

「調べてみて分かったんだけど、この羽根が発してるエネルギーに、ペルソナを召喚しやすくする効果があるみたいなんだよね」

「そういえば桐条の召喚器にも黄昏の羽根が使われてるはず……ちょっと待った、調べた? どうやって?」

「グレムリンがアナライズのスキルを持ってたから、それで調べられたんだ。同じアナライズでもタイガーと僕のは内容が違うみたいだね」

 

 詳しい説明を求めると、そのままロイドが教えてくれた。

 グレムリンは様々なエネルギーを観測し、背中のモニターで波形として視覚化できる。

 また、直接対象にとりついてデータを収集することもできる。

 そして二種類の方法で集めたデータを解析し、さらに詳細な情報を得られるという話だ。

 

「まぁ、とりついてのデータ収集は色々問題があるんだけどね」

「どんな?」

「グレムリンを接触させないといけないから、暴れてるシャドウとかだと危ないよ。あとそっちの方法だと効率的なんだけど、僕が処理し切れない情報量だとエラーが起こるみたい。あとその場合、ちょっと頭が痛くなるね。だから黄昏の羽根はエネルギーの解析しかできなかったよ」

 

 それでも……

 羽根は強大なエネルギーを内に秘めている。

 常に微弱なエネルギーを発している。

 そのエネルギーは障害物を透過して広がり、周囲に特殊なフィールドを形成する。

 このフィールドは影時間と同質(影時間は町中が同じエネルギーに包まれた状態)。

 フィールドの内部ではペルソナを召喚しやすくなる。

 以上、五つのことが判明したそうだ。

 

「一昨日タイガーたちが倒れたから、昨日の夜は皆いつもより警戒しててさ。たぶんその時の精神状態に、影時間と羽根のエネルギーが反応したみたいなんだよね」

「それで出せるようになった、と……僕たち(・・)ってことは、エレナとジョージさんも?」

「その通りだ」

「あ、私たちだけじゃないわよ」

「私も使える」

「俺もだぜ!」

 

 さらにアンジェリーナちゃんとウィリアムさんが声を上げた。

 アンジェリーナちゃんはまぁ、いまさら驚かないが……

 

「ウィリアムさんも?」

「ああ、俺のは“ゴライアス”って名前で、姿は巨人の兵士さ。物理攻撃特化のな。姉貴があんまり無用心に羽根に近づくもんで、無理やり引き離そうとした拍子に出てきやがった」

「桐条の召喚器はこの羽根の力を利用してるんじゃないかしら? 羽根をエネルギー源として、エネルギーを効率的に召喚の補助に転用するのが召喚器。だからむき出しの状態でも放出されたエネルギーが届く範囲で、ペルソナの召喚が容易になる……

 でも羽根はあくまで召喚の補助をするだけで、誰でもペルソナを召喚できるわけではなさそうよ。私はずっと羽根のそばにいたけど出なかったわ。適性が足りないのかしら」

 

 ウィリアムさんとエイミーさんが補足を加えてくれた。

 

「皆、コントロールは?」

「今のところは誰も問題を感じていない」

「まだ様子を見るしかないし、考えてても仕方ないわよ。とにかくいろいろ試してみなきゃ」

「……そうだな。よし! じゃあ今日はこの四人で行けばいいんですね? ボンズさん」

「頼む。こちらにはケンとアンジェリーナ、おまけにウィリアムでペルソナ使いが三人もいる」

「おいおい、俺はおまけかよ。主力で行けるぜ。ま、そういうことだから心配せずに行ってきな」

「先輩、僕も行きたいけど今日はここを守ります。でも帰ったらタルタロスで訓練させてくださいね!」

「ロイド。帰ってきたら研究の続き、手伝って」

「えー……エイミー伯母さん、昨日からずっとじゃん……」

「エレナ。これ、お腹が空いたら皆で食べな」

「レモネードも作った」

「ありがとう! グランマ、アンジェリーナ」

「子供達をお願いね、あなた」

「ああ、必ず無事に帰ってくる」

 

 俺もロイドも。エレナもジョージさんも。

 それぞれに声をかけられ、俺達は最後の探索に出た。




影虎はコールドマンから新しい道を提示された!
黄昏の羽根の影響を受け、アメリカチームにもペルソナ使いが誕生した!
影虎たちは最後の調査を行うようだ……


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165話 調査と検証

「ううぅ……気持ち悪い……」

「もう、二度と、乗らない……」

 

 ここは森の入り口の前。ロイドとエレナが戦闘不能になっている。

 シャドウにやられたわけじゃない。というか戦ってすらいない。

 俺たちはたった今、ここに到着したばかり。

 

 なのになぜか?

 それは……

 

「すまん……」

 

 二人の横で申し訳なさそうに介抱しているジョージさんが原因。

 

 皆に見送られて意気揚々と家を出たが、今日は三人が一緒。

 ということで、いつものように一人で走って行くわけにはいかない。

 そう考えていたところ、ジョージさんがペルソナを召喚した。

 現れたのは影時間の薄暗い道路を明るく照らす、青みを帯びた銀に輝く八本足の馬。

 その名も“スレイプニール”。

 北欧神話の主神、オーディンが騎乗する軍馬の名だった。

 

 アルカナは“皇帝”。

 スキルは風の単体、全体攻撃魔法と回復魔法を合わせて三つ。

 弱点属性はなく、風に耐性があるらしい。

 目覚めてから間もないこともあって、まだそれほど強力ではない。

 しかし、外見が馬に似ていて乗って移動することが可能。

 

 そう簡潔な説明を受けて乗ってみた結果、速いことは速かった。

 ただし揺れもジェットコースター顔負けの激しさ。

 ドッペルゲンガーで固定していなければ、ジョージさん以外は振り落とされただろう。

 スレイプニールの名前に恥じない走りと言えるかもしれないが……

 

「うぅ……」

 

 到着した時には、乗り物酔いで二人がダウンしていた。

 ジョージさんは召喚者だからか、まったく影響がなかったらしい。

 ちなみに俺は単純に平気。

 近頃は毎日のように人間離れした移動をしてるし、揺れに慣れていたっぽい。

 

 ……しかしずっとこのままでは調査の時間がなくなる。治療をしてみよう。

 

 ルーンで“乗り物酔い解消”と記述して、効果を発動。

 いつだったか、アメリアさんに気功治療をした時のように。

 まずはロイドの体内の気の変化を確認。

 ……胴体もそうだけど、頭部。やっぱり三半規管のあたりか?

 そのあたりの流れが変わった。それにあわせて気を送り込む。

 

「何……タイガー……」

「治療してみてるんだけど、どう?」

「……ちょっとだけ、ましかな……」

 

 ならば続けてみよう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「復活!」

 

 治療に無事成功。

 時間はかかったが、ロイドに続きエレナもなんとか動ける状態になったようだ。

 病気とかになると難しそうだけど、ちょっとした体調不良の解消には使えるな、これ。

 

「それじゃ調査を始めようか。時間取っちゃったし急がないと」

「調査のポイントは?」

「森の規模(面積)の変化とシャドウのデータ収集。それくらいだ」

「時間が今晩だけだから、あまり無理はしなくていいそうよ。それより安全第一で。できれば私たちもペルソナや実戦に慣れたいわね」

 

 そうか……ところで、エレナのペルソナは?

 

「ジョージさんは“スレイプニール”。ロイドが“グレムリン”。あ、ロイドのも戦闘能力については聞いてないな」

「僕はほとんど情報収集専門だね。ジオだけは使えるけど、それ以外に戦いに使えそうなスキルはないし、ジオの威力も前に見たタイガーのより明らかに下だから、戦力としては期待しないでほしいな。代わりに情報解析でサポートするから。あと氷が弱点属性で、雷は吸収できるよ」

「私のは、これよ!」

 

 右拳を突き上げる彼女の背後に大きな人影。

 ……ではなかった。ナイスバディな美女の上半身に、巨大な蜘蛛の体がついている。

 

「これが私のペルソナ。“アラクネ”よ。火に耐性があって、火の魔法も使えるわ。手足の先が鋭いから、それで切ったり突いたりもできるわね。あと、糸を出して敵を捕まえたりもできるみたい。試したことないけど」

 

 ロイドとは対照的に、戦闘特化のペルソナらしい。

 待てよ? ペルソナ使いとしてはこっちが多数派か。

 しかし糸とはまた珍しい能力だ。

 

「そうなの?」

 

 ペルソナを消して問いかけてくるが、俺の記憶にはない。

 まぁ俺自身、俺の記憶にないスキルも手に入れたりしてるし……

 アリスの“死んでくれる?”とか、だいそうじょうの“回転説法”みたいな感じだろう。

 

「今のところ糸はエレナとアラクネの固有能力だな」

「そうなんだ。ならいいわ。私はそんな感じね」

「“魅了の魔眼”を忘れているぞ」

「あと“編み物の素養”もね」

 

 家族二人の指摘を受けてエレナは思い出したようだ。

 

「あ! そうだったわね。編み物の素養は……なんか編み物が上達するとかいう役にたたなそうなスキルなんだけど、魅了の魔眼は注視した相手を魅了状態にするスキルよ。結構集中しないといけなくて、効果があるのは一度に一匹ね」

「新規スキルが三つか……てか最後のは魔眼か」

「チューニ、って言うんだよね? 日本では」 

「だからそれやめなさいって! 昨日からもう! 私がイタい子みたいじゃない!」

 

 二人は姉弟仲良く喧嘩を始めた……

 

「タイガー。笑ってるけど、あなたもたしか“邪気の左手”ってスキル持ってるのよね? それもチューニじゃないの?」

 

 そんな意味で笑ったつもりはないけど、こっちに飛び火しそう。

 

「とりあえず能力は確認できたし、改めて調査に入ろう!」

 

 強引に調査に入り、話をそらすことにした。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~森・内部~

 

「グオオォオ!」

「エレナ!」

「了解!」

「グッ!?」

 

 俺がダウンさせたバーバリアンの手足に、エレナがすばやく糸をかける。

 そしてロイドの解析が終わり次第、総攻撃で倒してしまう。

 

「よし。どうだ? ロイド。一応ここにいるシャドウは全種類戦ったけど」

「うん、ばっちりデータ収集完了。あと、タイガーの主観でいいからいくつか答えてくれる? 休憩がてら記録するから」

「了解」

「まず、この森は狭くなってる?」

「間違いない。中の構造も変わってるけど、たぶん四分の三くらいかな?」

「シャドウの様子におかしいところは?」

「能力に変化はない。遭遇する頻度は増えてるけど、前みたいに森の外に出ようとするシャドウがいないみたいだから……たぶんそのせいかな?」

「なるほど……じゃあ次、ちょっと実験したいんだけど、パラダイムシフトで適当に耐性を入れ替えてみてくれる? ちょっと解析したいから。でも何を変えたかは教えないで」

 

 レモネードを飲みながら、言われたとおりに変更してみる。

 ロイドと同じように雷耐性を吸収に変化させることにした。

 その代わりに風と氷の耐性を失った。

 

「変えたよ」

「オッケー………………雷を吸収にした?」

「正解。分かるのか?」

「パラダイムシフト中のタイガーから耐性に関わるエネルギーを検出できたからね。それとこれまで解析したシャドウのデータと照らし合わせてみた。これ属性によって少しずつ波長が変わって、弱点や耐性だとその強さが変わるみたい。

 それさえ分かれば、波長と強さから耐性の有無が分かるから、今後はシャドウの波長データを取る時間さえもらえれば、未知のシャドウの弱点も分かると思うよ」

「本当か!」

 

 これまで全属性の攻撃を総当たりして、反応を見るしかなかったからな……これは非常に助かる。

 

「森は縮小傾向。微量だけど森から感じるエネルギー量も減衰していってる……これが一時的なものじゃなければ、このまま消えていくんじゃないかな」

「集められる情報はこのくらいかな?」

「森の材質についてもデータは取った。十分だろう」

「だったらもう帰る? それとももう少し戦っていく?」

 

 ロイドの解析能力が優秀だったため、思いのほか時間が余っている。

 

「……ちょっと俺のスキルを試していいかな?」

 

 ルサンチマン由来のスキルをどれだけ使えるのか、調べてみたい。

 “暴走のいざない”は危険そうだからもっと万全を期すとして、残り二つだけでも。

 

「いいよ。僕もデータ取っていい?」

「解析もお願い。自分でもよく分かってない所があるから」

 

 まずは“召喚”から。

 先日の感覚を思い出して、体内の気と魔力を手のひらで練り合わせる。

 

「……」

 

 やっぱり。大幅に効果がダウンしているようだ。

 それに生み出せるシャドウの強さは、使用する気と魔力に比例するらしい。

 前回はもっとすばやく練り上げられていたのが、遅々として進まない。

 外部からエネルギー吸収もしてないし、今は……マーヤニ種類か嘆きのティアラが精々だな。

 とりあえず、

 

「“召喚・臆病のマーヤ”!」

「……ギィッ!」

 

 宣言に伴い、手のひらに練り上げたエネルギーの塊が臆病のマーヤに変化した。

 

「救助活動をしていたシャドウか」

「これが日本のシャドウなのね?」

「臆病のマーヤ。タルタロスで一番最初に出てくる、弱めのシャドウだ」

「う~ん……エネルギーの塊になる過程はばっちり記録できたけど……」

 

 何か問題があったか? 

 

「材料は気と魔力なんだよね?」

「そのはずだけど」

 

 詳しく聞くと、召喚の工程とエネルギーの変化が三段階に分けられたとのことだ。

 

「第一段階は召喚を始める直前。気と魔力がまったく別のエネルギーとして存在してた。

 第二段階は召喚中。ここでエネルギーを徐々に一体化してたみたいなんだけど……

 問題は最後。第三段階で一気にシャドウの波形になるんだけど、その直前にノイズみたいなのが入るんだよ。たぶん、何か別のエネルギーが生まれてるか、混ざってると思う」

 

 気でも魔力でもない、別のエネルギー……

 昼にMAGが召喚に関わるかと予想したことを、MAGについてと一緒に説明する。

 

「感情から生まれるエネルギー? それだけじゃ分かんないから、データ取らせて。“邪気の左手”がそれを奪うスキルなんでしょ?」

「了解」

 

 召喚したマーヤに、邪気の左手を使ってみる。

 

「……何これ」

 

 スキルの使用を意識した途端、爪が鋭く伸び、左腕全体が漂う黒い霧をまとう。

 ものすごく、厨ニっぽい変化が起こってるんですが……

 しかし悪いものは感じなかったため、吸血や吸魔と同じように、爪を突き立てて吸い上げる。

 

 ……吸い上げたエネルギーは、気や魔力とは何かが違う。

 しかし、なぜか体によく馴染む感じで、吸っていると心地良い。

 

「これがMAGか、なんか不思議な感覚、っ!」

「あら、マーヤが消えちゃったわね」

「倒したのか?」

「いや、気や魔力は吸ってないはずだけど」

「……タイガー。そのMAGってのを出してもらえる?」

 

 ……手のひらから出して見たけれど、気や魔力と違って、出しにくい。

 

「……分かった! やっぱりこれだよタイガー。第三段階で混ざってたエネルギー。あとこれ、同時に気や魔力も出せる?」

「はい」

「もしかしたら………………Bull's eye(大正解)! MAGには気や魔力と反応する安定剤みたいな性質があるんだ! どっちも単体だと不安定で消えちゃうけど、MAGを加えることで安定してシャドウの形を取れるんだね!」

「……今のマーヤはシャドウとして安定した状態からMAGを抜いたせいで、気と魔力に戻った、ということでいいか?」

「That's right! MAGが感情から生まれるエネルギーなら、召喚の時は無意識に召喚するぞ! っていう意思で生んだMAGを使ったんじゃないかな? タイガー、Let's check!」

 

 再度マーヤを召喚してロイドの解析結果を確かめる。

 しかし、これまでのように一人ではここまで早く回答は得られなかったはず。

 サポート能力を持つ人員の大切さを痛感する……




ロイドとエレナは調査に入る前からダメージを受けた!
影虎は気功治療を行った!
四人は森の調査を行った!
ロイドのアナライズが活躍した!
影虎の召喚、邪気の左手について理解が深まった!



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166話 豪邸

 翌日

 

 ~サンアントニオ国際空港~

 

 無事に二度目の退院ができた俺は、まだ体調の優れない両親とともに直接空港へ。

 

「お二人とも、大丈夫ですか?」

「もう少しの辛抱でーす。飛行機、乗ったら横にもなれるとMr.コールドマンは言ってました」

「……ここで待ってて」

 

 付き添ってくれた江戸川先生とジョナサンに二人を任せ、先に来ているはずのボンズさんを探す。

 

「……!」

 

 見つけた。

 手を振りながら歩みよるうちに、向こうも気づいたようだ。

 

「タイガー。無事に着いたか。他の四人は?」

「あっちで座ってます。合流まで歩き回るのは辛そうだったので」

「飛行機はすでに用意ができている。すぐ乗り込もう。その方が二人も休めるはずだ」

「了解」

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~機内~

 

「……すごいな……」

 

 用意されたのはビジネスジェット。

 日本ではプライベートジェットと呼ばれる個人所有のジェット機。

 大きさや設備は用途や人数によっても様々らしいが……

 

 俺たち全部で十八人。

 客室乗務員が二人。

 操縦士、副操縦士で二人。

 乗っているのは合計で二十二人。

 

 それでいて座席の部分はゆったりしている……という言葉では足りない。

 まず機体の後部には大きなベッドが置かれている。

 飛行機にベッドがある時点で一般庶民の俺としては驚きだけど、さらに!

 機体の中心部には、普通の旅客機にあるような座席は一切なし。

 その代わりにソファーやテーブル、テレビまで置かれているためリビングのようだ。

 そしておそらく、内装のどれもが一級品。

 どこもかしこも金! 金! 金! というような分かりやすい豪華さではない。

 けれど、染み一つ無いカーペットとか、革のソファーとか。

 そういった内装のそれぞれが言葉にできない高級感に包まれている。

 その全てを詳細に言い表すには伝達力が足りない……

 

「何度見ても、大きいな……」

「昔は部下を大勢連れて移動することも多かったからね。このくらいは必要なのさ。私が最も忙しかった頃はフライト中に仕事ができるよう、オフィスや会議室に使える内装にして使っていたよ」

 

 さも当然のように言い放つ大富豪、コールドマン氏。

 住む世界の違いをこれでもかと言うほど見せられた気分だ。

 搭乗の時も専用の窓口があって、搭乗までに煩わしい待ち時間も一切なかったし……

 これが本物のVIPか!

 

 そんなことを考えているうちに、飛行機が離陸準備に入った。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 数時間後

 

 豪勢なプライベートジェットの旅は、思ったよりも短かった。

 国内の移動なので当然といえば当然だが……

 結局、まず乗る機会のないプライベートジェットが豪華だと、戸惑っているうちに着陸。

 快適だったけど、豪華すぎて戸惑いっぱなしだった。

 しかし、セレブな移動はまだ続く。

 

 空港からの移動は車。

 そのために用意された車が、定番といえば定番の“リムジン”。

 しかも人数の関係上、三台も用意されていたため、通りかかった人にチラチラ見られていた。

 

「先輩。これ宿題の絵日記に書いても信じてもらえると思いますか……?」

 

 リムジンの座席で眠る両親を見ていた俺に、天田が聞いてきた。

 

「どういうこと?」

「銃を持った集団に襲われて逃げて、その後に避難した街がテロ騒ぎになって、お金持ちと知り合ってプライベートジェットとリムジンですよ?」

「ああ……ごめん、感覚が麻痺してた」

 

 普通の夏休みではないな。作り話と疑われるかが心配なのか。

 

「まぁ、俺についてきたって言えばいいんじゃないか? 撃たれたのは日本でも知れ渡ってるし」

「ヒヒヒ……心配でしたら私の方から菊池先生に日記が真実であるとお伝えしますよ」

「私と写真でも撮って提出すればどうだろうか? 必要ならサインも付けよう」

 

 同乗していたMr.コールドマンがそう言ってくれて、和やかに移動している最中。

 車内に備え付けられた電話が鳴り始めた。

 

「失礼。どうした?」

 

 ……相手に問いかけたコールドマン氏の表情が曇る。

 

「……そうか。分かった。エリザベータとは私が話そう。それではまた後で」

 

 電話を置いた彼に、何かあったのかと聞いてみると……

 

「孫娘が唐突に帰ってきたそうだ」

「おや、お孫さんですか」

「真面目なんだが気難しい子でね。まさかこんな時に帰ってくるとは……騒がしくなると思うが、あまり気にしないでくれ」

 

 騒がしくなる? それはどちらかというと俺達の方ではないだろうか?

 何と言っても数が多いし。

 そう言うと、彼は首を横に振った。

 

「君達はエリー・オールポートという女優を知っているか?」

「私の考え違いでなければ、超有名な女優さんですねぇ。色々な意味で」

「僕も知ってますけど、え? まさか……」

「エリー・オールポートは芸名で、本名はエリザベータ・コールドマン。私の孫娘さ」

 

 直後、車内に天田が驚く声が響いた。

 母さんが起きそうだから静かにしてくれ。

 しかし気持ちは分かる。俺も一応驚いている。

 

 “エリー・オールポート”

 弱冠15歳でのデビュー以来、今に至るまで彼女の演技は多くの観客を魅了してやまない。

 辛口の評論家にも絶賛され続け、複数の主演女優賞に輝いたこともある実力派女優。

 日本でも出演作品は毎年大々的に宣伝されるし、名前くらいは誰でも知ってる。

 しかし、その反面……彼女はとんでもなく性格が悪い女優としても有名だ。

 

「エリザベータは私の二番目の息子の娘なんだが、素直で気の強い子だったんだ。自分の意見をハッキリ口にする子で、それだけに敵も作りやすい。女優という生き残る事すら厳しい世界に入ってからはその傾向が強くなってしまってね……」

 

 コールドマン氏も困り顔。だが、そんな彼のオーラは非常に暖かい色をしていた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~コールドマン邸~

 

 ……もう、言葉がなくなった。

 

 到着したコールドマン氏の私邸は、どこからどう見ても“豪邸”としか表現できない。山なのか丘なのか、とにかく傾斜のある場所にある見晴らしのいい高級住宅街。そんなところを走っていたかと思えば、その中で最も高く見晴らしの良さそうな場所が目的地だった。

 

 しかも、広い。とにかく広い。

 敷地に入るときにくぐった門がでかい。敷地を囲む外壁は長い。

 総合的に見て、月光館学園の男子寮と同等かそれ以上の敷地面積。

 それが個人の邸宅だ。

 学生寮は大勢の生徒が住むからともかく、個人でこの広さはいらないだろ……

 

「お荷物をお運びしましょう」

「あっ、どうも……」

 

 当たり前のようにメイドさんやベルマンがいて、速やかに荷物を運び出す。

 きっと原作の夏休みに特別課外活動部が行く、屋久島の別荘と遜色ないだろう。

 金持ちってすげぇなぁ……

 

「ベリッソン。客間の用意は?」

「整っております」

「では皆を客間に。皆、彼は執事のベリッソンだ。彼に案内させるから、ひとまず旅の疲れを取ってくれ」

「ベリッソンと申します。何か御用がありましたら、いつでもお気軽にお申し付けください」

 

 年齢はコールドマン氏と同じくらいだろう。

 品のいい老執事に連れられて豪華な廊下を歩んでいくと、渡り廊下を通り別館に移る。

 するとまっすぐな廊下の左右に、たくさんの扉と二十人ほどのメイドさんが並んでいた。

 

「こちらが皆様にお使いいただく客間にございます」

 

 どうやらこの扉全てが客室で、一人に一部屋が与えられるらしい。しかも説明と手伝いのためにメイドさんが各部屋に一人、体調の悪い両親には二人つくとの事だった。

 

 もう何も思わない。

 

 思考を放棄してそういうものだと受け止め、割り当てられた部屋へ入ってみる。

 内装はシックな家具で統一されているが、古さはあまり感じない。

 チリ一つなく、手入れが行き届いていることが良く分かる。

 ベッドは天蓋付き、部屋の隅にある扉からの先はシャワーとトイレか……完全にホテルだ。

 

「葉隠様。お荷物はこちらでお揃いでしょうか?」

「はい、ありがとうございます」

 

 メイドさんと一緒に部屋に訪れたベリッソンさんに聞かれた。

 俺の荷物なんてスーツケースくらいなので、なくなった物はないとすぐに分かる。

 

「必要最低限の設備は整えておりますが、何か入用の物があればお申し付けください。可能な限りご用意させていただきます」

「何から何まで、本当にありがとうございます」

 

 俺がそう言うと、彼は静かに首を振る。

 

「葉隠様は旦那様の命をお救いいただいたとか。今後についても多大な尽力をしていただくだろう、と聞いております」

「……これまでの事を聞いていたんですか?」

「詳細までは……ですが、そちらへ銃器が届くよう手配をさせていただいたのは私です。私を含め使用人の一部には、旦那様と皆様が“何か”共通の目的を持って活動していることだけが伝えられています。おそらく今夜にでも人を集めて話があるでしょう」

「そうでしたか」

 

 会社を興すって話だったしな。

 しかしあとで話があるなら、ここで下手に何か伝えないほうがいいか。

 

「ご支援、ありがとうございました。あまり多くは申せませんが、あの銃器のおかげで皆が助かりましたよ」

「それはようございました。旦那様からは皆様を最高の待遇でもてなすようにと、使用人一同申し付けられております。皆様のお世話には私と同じく、旦那様の信頼を得た者が担当させていただきますので、どうぞごゆるりとお過ごしくださいませ」

 

 日本式に合わせたのか、深々とお辞儀をして彼は立ち去った。

 ……妙に緊張した。しかし、どうやら本気で俺達を歓待してくれているようだ。

 ひとまず、当分お世話になろう。少なくとも父さんと母さんの体力がある程度戻るまでは。

 ……ところで、メイドさんはまだ部屋に残っているんだけど?

 

「申し遅れました。私、葉隠様の担当を勤めさせていただくメイドの、ハンナと申します」

「ご丁寧にどうもありがとうございます」

 

 俺の担当。まさかずっと部屋に控えているとかじゃないよな?

 聞くかどうか迷っていると、彼女は笑顔でテーブルに置かれたスイッチを手で示した。

 

「御用の際はそちらのボタンをお使いください。私は別室に控えております」

「あぁ、そうでしたか」

「はい。些細な事でもどうぞご遠慮なく。それから葉隠様、お夕食のメニューはいかがいたしましょうか? ご希望があれば承りますが」

「夕食。そうですね……特には。お任せしてもよろしいですか?」

「かしこまりました。アレルギーや苦手な物はございませんか?」

「特にないので大丈夫です」

「ご両親のお食事はいかがいたしましょうか? 担当の者から連絡が入りまして、聞く前に眠ってしまわれたと……」

 

 よく見れば右耳にイヤホンが入っている。

 あれで連絡を取り合えるのか。

 

「二人にもアレルギーはありません。食事内容はまだ軽いものが良いと思いますが……同行してきた江戸川先生に判断を仰いでいただけますか?」

「はい。担当者に伝えます。それでは……お夕食まではまだ時間がありますが、軽食をご用意しましょうか」

「そうですね……お願いしてもいいですか? 内容はお任せで。あとそれまでメールのチェックをしたいのですが」

「かしこまりました。回線はそちらと、もう一箇所ベッドの横にございますので、いつでもご自由にお使いください。それでは用意をしてまいります」

「ありがとうございました。………………………………ふぅ……」

 

 部屋を出て行く彼女を見送ると、自然にため息が出た。

 サービスが良すぎて、味わったことのない妙な緊張感があった。

 滞在期間は一週間程度だと思うが、俺はこの環境に慣れられるんだろうか?

 慣れたら慣れたで帰ってからが大変な予感がしないでもない。

 

 生活環境の激変に戸惑いを覚えながら、俺はスーツケースからパソコンを取り出した。




一行は豪華な旅をした!
影虎たちはコールドマン邸に到着した!


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167話 豪華な夕食

 ~食堂~

 

 ハンナさんから夕食の用意が整ったと伝えられ、やってきたが……やはりここも豪華。

 まるで映画のセットのような、長いテーブルがある。

 

「葉隠様、どうぞこちらへ」

 

 俺が一番乗りだが、どうやら席次が決まっているようだ。

 それにしても、こんな服装でよかったのだろうか? 

 旅行に礼服なんて用意しているわけが無く、俺の服装はごく一般的なシャツとジーンズだ。

 

「ドレスコードやマナーについては、気にする必要はないと旦那様は仰っていました。侍従一同も皆様が旅行中、事件に巻き込まれて当家を訪れたことは知っていますよ。必要であれば後ほどこちらで用意する事もできますが……」

 

 とりあえず今日はもうこれでここまで来たから様子見。

 明日からはその結果しだいかな……

 廊下に続々と現れる人影を見ながら、そんなことが頭に浮かぶ。

 

 女性陣はできる限りのことをしてきたようだけど、男性陣は……うん。

 皆、似たようなものだ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「遅れてすまない」

 

 最後に現れたのはコールドマン氏。

 これで療養中の両親を除き、共に危険を乗り越えたメンバーが集まったが……

 彼の後ろには見覚えのある女性が一人。

 

「食事の前に、皆に紹介をしたくてね」

「あなた方がお爺様のお客様ね。私は孫のエリザベータ・コールドマン。まぁ、エリー・オールポートと言えば分かるわよね」

 

 分かって当然だと言わんばかりの彼女は、洋画で頻繁に目にする大女優その人。

 栗色の髪を後ろでまとめ、パーティー用のドレスを着ている。

 その立ち居振る舞いは悪く言えば傲慢かもしれないが、やけに自然な印象を受けた。

 

 こうして二人が席に着き、夕食が始まるが……

 

「前菜、夏野菜のテリーヌでございます」

「スープは地中海産の……」

「メインは牛フィレ肉のグリエにエシャロットの香りを引き立たせるソースを」

 

 次々と出てくる料理は、高級そうなフランス料理だった。

 マナーは気にしなくて良いらしいが、あまりワイワイと騒ぐ雰囲気にはならない。

 

「タイガーはこういう席に慣れているのかね?」

「いえ、そんなことは。ただ昔、母にこういうマナーは一通り叩き込まれたんですよ。母は一応会社の社長令嬢でしたし、父がアレなので。その時の記憶を引っ張り出して、どうにかこうにかごまかしてるだけで」

 

 一応社会人やってた前世でも、こんな豪華な食事は経験していない。

 基本、コールドマン氏が気を使って振ってくれた話題に答えたり、誰かとの話を聞きながら粛々と食べ進める。

 

 そして最後のデザートを食べている最中のこと。

 

「エリー、今回はいつまで家にいられるんだ?」

「一月もいないでしょうね。映画の撮影がキャンセルになったけど、スタッフと事務所が交渉中で、もしかしたら撮影に戻るかもしれないから空けてあるだけよ。細かい日程は事務所の連絡待ち。私としては映画とはいえ契約内容も守れない監督なんて早く切って、新しい仕事を入れた方がよっぽど建設的だと思うけど」

「事務所としては監督よりも、その後ろ盾に恩を売りたいんだろう? うまく話がまとまれば、後々のためにもなるさ」

「分かってるわ」

「しかしスケジュールが空いたと言うことは、とり急いですることも無いんだね」

「? そうなるけど」

 

 何が言いたいのかという視線を受けながら、コールドマン氏は頷く。

 そして不意に俺へと視線を向けてきた。

 

「丁度良いかもしれんな。タイガー、エリーから演技を学んでみてはどうかね?」

 

 ……

 

 食堂の時が止まった。

 

 演技を学ぶ? 俺が、大女優から?

 唐突に何を言い出すんだろう? まさか昨日の“別のことを学ぶ”って話の続きか? 

 

「君は日本で色々と注目を集めているだろう? 帰国したらマスコミに追われるんじゃないかね?」

「あ……」

 

 そういえば、それがあった。

 

「昨日までのあれこれで、ゆっくりと考える余裕は無かっただろう。しかしこれまでの経緯を考えると、強引な取材を試みる輩もでてくると思う。それに君は私のプロジェクトのテストケースとなる。そうなれば、いずれそちらからも注目されるだろうね。心配事がようやく一つ片付いたばかりだが、そちらについても少しは考えておくべきだと思う。

 エリーに話を持ちかけたのは単なる思いつきだけれど、マスコミ対応の方法やポーカーフェイス。つまり表面上だけでも取り繕える“演技力”。そういった技術を学び、少しでも磨いておくのは君の役に立つと思うよ。同じ言葉でも、表情や声のトーンで聞いた者が受ける印象は大きく変わるからね」

 

 言いたいことは分かる。

 黙っていると隣で静かに話を聞いているようにしか見えない彼女だが、オーラはとてつもなく不機嫌そうな色だ。今まさに彼女は表面を取り繕っているのだろう。

 

「エリーはその点、良いお手本だ。演技力については世間からも高い評価を受け、マスコミ対応にも慣れている。少々トゲが多いがね。それでも心構えくらいは学べるだろう」

「……破格の待遇。学べるならば学びたいと思いますが、ご本人の都合は?」

「そうね。仕事がキャンセルされたとはいえ、それなりにやらなければいけない事もあるし、暇と言うわけではないのだけれど? お爺様」

「なにも四六時中傍について教えろとは言わんよ。手の空いた時に少し教えてあげるだけでいい。それでも少しは役に立つはずさ。それに彼は来月から学校。日本へ帰国しなければならない。期間は精々一週間程度だろう」

 

 それを聞くなり、さらに不快なオーラが増した。

 

「「……」」

 

 かたや冷ややかに。かたや穏やかに。

 無言で見つめあう二人の間に、誰も割って入れない。

 ほんの数秒の沈黙が、数分に伸びて感じる。

 

「……仕方ないわね」

 

 先に折れたのは大女優。

 

「引き受けてもらえるのかね?」

「お爺様がそこまで言うなら断れないわ。貴方、演技の経験は?」

 

 おっと。

 

「まったくありません」

「そう。タイガーだったわね? もう食べ終わってるみたいだし、ついてきなさい」

 

 言うが早いか、彼女は席を立つ。

 

「おや、もう指導を始めるのかい?」

「当然よ。素人が演技を覚えるのに一週間なんて、専念しても短すぎるわ。それでもやれと言うなら、時間を無駄にはできないわ。

 さぁ、やる気があるならついてきなさい。無いなら結構よ」

「! ご馳走様でした!」

 

 なんだか妙な事になった。

 しかし彼女は振り返りもせず歩いていく。

 俺は慌ててその背中を追う。

 何も言わずについてきたハンナさんと、ベリッソンさんを伴って……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

「……」

 

 荒々しい足取りで本館の廊下を歩み進める大女優、エリー・オールポート。

 彼女のオーラは変わらず不機嫌なまま。

 俺からは背中しか見えないが、すれ違った数名の使用人が慌てて道を開けていた。

 もう不機嫌さを隠す気が無いのかもしれない。

 そしてどこへ向かうのかを説明する気も無いらしい。

 俺たちは黙ってついていく。

 

 すると、

 

「ここで待ってなさい。ハンナ、手伝って」

「かしこまりました」

 

 大きな扉の前で言い残し、彼女は扉を開け放つ。

 あらわになった内部は、俺が広いと感じた客室の倍以上に広かった。

 僅かに見えた化粧台には、たくさんの化粧品が置かれている。

 それもただ陳列されているだけではなく、使用感がある……

 

「もしかしてここ、彼女の私室ですか?」

「左様にございます」

「いまさらですが、ついてきてよかったんでしょうか」

 

 大女優の私室。

 ファンからしたら是非見たい光景かもしれない。

 ……あれっ? 

 

 開け放たれたままの扉から見える彼女の姿が目に止まる。

 壁一面に広がる本棚から、素早く本を抜き出しているが……

 

「このくらいね」

 

 あ……気のせいか?

 

「持ちなさい。次に行くわ」

 

 積み上げられた十冊の本をまとめて渡された。

 厚さはまちまちだが、どれも戯曲集や小説など演劇に関する書物のようだ。

 そしてまた彼女は歩き始める。

 

「葉隠様、私が持ちましょう」

「私は大丈夫です。それよりハンナさんの分を持ってあげてください」

 

 ハンナさんも俺と同じだけ本を持たされている。

 辞書のような本が多いので、女性にはなかなか辛いかもしれない。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 次に訪れた部屋は、部屋の隅から隅まで本棚だらけ。

 部屋の中心に空いた天窓の下に、僅かな読書用と思われるスペースがあるが……

 そこ以外は全て本と本棚で埋め尽くされている。

 

「まるで図書館ですね」

「雑誌から専門書まで、あらゆる分野の書物を取り揃えております」

 

 俺とベリッソンさんが小声で話す中、ここで彼女はさらに本を取り出しては読書スペースの机に積み重ねていく。そして本の山が五つになったところで、

 

「とりあえずこれ、全部読みなさい」

 

 こう言い渡された。

 その数、なんと三十二冊。

 

「さっきもお爺様に言ったけどね。ゼロから一週間でまともに演技力を身に付けようなんて、考えが甘すぎるわ。普通に考えたらまず無理な話よ。それでもやるなら強引にでも密度を上げるしかないでしょう?

 これでもなるべく削ったの。最低限この程度の内容と知識は頭に入ってなきゃ話にならないから、読み終わったら呼びなさい。嫌ならいつでもやめて構わないわ」

 

 彼女はそれだけ、本当にそれだけを言い残し書庫を出て行ってしまう。

 その物言いは引き止める気も起きないほど、有無を言わさぬものだった。

 

「ハンナ、葉隠様を。私はお嬢様を追う」

「かしこまりました」

 

 彼女を追うベリッソンさんを見送ると、なんとなく気まずい雰囲気が残った……

 

「なんと言うか、すごい人ですね」

 

 食後からペースに巻き込まれっぱなしだ。

 

「そう、ですね……」

 

 ハンナさんは使用人という立場だから、賛同はしづらそうだ。

 

「ま、とりあえず読みますか」

「読まれるのですか?」

「日本に帰ったらマスコミがうるさそうなのは事実ですし、あっという間で少々驚きはしましたけど、そう難しい課題ではないので」

 

 俺にとっては(・・・・・・)

 

 まずは一冊手に取って、ページをパラパラとめくり中身を記憶。

 視界を広く、心は楽に。

 一度にページ全体を視界に収めれば、一ページにかかるのはほんの一瞬。

 見開きの二ページに目を通し、ページをめくるまでに大体0.5秒。

 この本は三百ページ足らずのため、2分程度で読みきってしまった。

 

「こんな感じで内容を頭に叩き込めるので」

 

 辞書のような本でも、一冊に30分はかからない。

 でも、内容を記憶しただけで“読んだ”と言っても、彼女が認めるとは到底思えない。

 よって内容を脳内で整理する必要はあるだろう。

 全部洋書だから翻訳も考えて……

 

「とにかく今晩のうちに片付けます」

 

 シャドウ関係がひとまず解決し、今の俺には急いですべきことは無い。

 帰国後に備えるのは確かにプラスだろう。

 

 それに、コールドマン氏の言動にも少し気になるところがある。

 さっき食堂で演技の勉強を提案した時。

 思いつきとは言っていたが、その後は明らかに無理を押し通していた。

 孫相手とはいえ、そこまでして俺に演技を教えさせる理由がわからない。

 マスコミ対応ならコールドマン氏だってできるはず。単純に忙しいのだろうか……?

 何か企んでいるのかもしれないけれど、提案自体は俺にとってマイナスではない。

 これまで助力していただいているし、ひとまず信じて学んでみたい。

 

「ではお夜食はいかがいたしますか?」

「夜食。お願いできるんですか?」

「葉隠様は通常の三倍は食べると旦那様から聞いております」

 

 そんな事まで通達されているのか……

 まあ頭を使っても腹は減るし、

 

「では、またお任せで」

「かしこまりました」

 

 お言葉に甘えて、読書を継続。

 ただひたすらに読み進め、黙々と内容を頭に叩き込んだ。




影虎は豪華な夕食を食べた!
大女優から演技指導を受けることになった?
影虎は読書をしている……
コールドマン氏の真意は……?


重大事件が前回までで一段落したので、
この先帰国までの一週間分はサクサクと進めていく予定。

騒がしくなりそうな帰国後に備え、影虎は休息をとれるのか!?


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168話 副作用

 8月23日

 

 ~食堂~

 

「あなた、本当に読んだの?」

 

 朝食の席で本を読みきったと伝えると、彼女は疑いを隠そうともしない。

 だが俺は確かに内容を頭に叩き込んだ。自信を持ってその通りだと宣言する。

 

「じゃあテストするわ。私の質問に答えなさい」

 

 またいきなり、今度は口頭で問題を出される。

 質問内容から該当する記憶と考察の内容を脳内で照合し、回答する。

 すると新しい質問が飛んできて、またそれに答える。

 それを何度も繰り返して数十分が経過した頃。

 

「……たしかに内容が頭に入ってるみたいね。あなた、あの本を読んだことあったの?」

 

 それはない。劇の有名なタイトル以外は完全に初見だった。

 しかし俺は一瞬目を通せば内容を記憶できる特技がある。

 そう伝えると……

 

「そんな特技があるなら先に言いなさいよ!」

 

 なぜかキレ気味。

 

「……食後、書庫で待ってなさい」

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~書庫~

 

 机に新しい本が積み上げられた。

 その数、五十八冊。

 

「これも読んでおいて。有名じゃないけど読んでおくべきだから。あとあなた、内容の記憶と一応の理解はできてるみたいだけど、専門的な所の理解が少し浅いわ。その辺の参考資料も入ってるから。特技があるなら読めるでしょ」

 

 彼女は再び書庫を出て行った。

 俺もまた読書に戻る。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「……ふぅ……」

 

 今日は何だか調子が悪い。

 四十冊目あたりから効率が落ち始め、四十七冊目で集中力が切れてしまった。

 ほとんど記憶だけなのに……

 

「葉隠様、一度休憩を挟んではいかがでしょうか?」

「あ……」

 

 ハンナさん。ずっとここにいたのか……

 

「だいぶお疲れに見えますよ。何かお飲み物を用意しましょうか?」

「ありがとうございます」

 

 頼んでから気づいたが、ここは飲食しても大丈夫なんだろうか?

 昨日の夜食は部屋で取ったから分からない。

 ……大丈夫か。あちらから進めてきたんだし……

 う……読むのをやめたら、急に頭が重くなった気がしてきた……

 

「葉隠様、大丈夫ですか? ご気分が優れないようでしたら当家の医師を呼びますが」

「そこまででは……」

 

 いや、一応江戸川先生に報告しておくか?

 いつもより疲れ方が激しい気がするし。

 

「やっぱり念のため、江戸川先生を呼んでいただけますか? 彼が私のかかりつけ医なので……」

「かしこまりました。少々お待ちください」

 

 どこかに連絡をするためだろう。彼女は書庫を出て行った……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「……君、影虎君」

「ん……! 江戸川先生」

「大丈夫ですか?」

「ええ……」

 

 いつのまにか寝ていたようだ……

 

「気分は?」

「気分はそれほど悪くないです。でも頭がうまく働かない感じですね……」

 

 その後、江戸川先生の診察を受けながら質問に答えた。

 

「……症状としては“脳疲労”のようですね。外部からの情報過多により、脳が正常な機能を発揮できなくなっている状態です。おそらく大量の書籍の内容を、能力で詰め込み続けたために、脳の処理が限界に達しているのでしょう」

「さすがに多かったですか……」

「聞けばもう四十冊は読んでいるそうじゃありませんか。それを数時間で行うなんて、とても一般的とは言えない速度ですねぇ」

「解決方法は……?」

「即効性を考えるなら、脳に必要な栄養素の補給。そして脳への血流の促進が有効とされています。軽食で栄養と水分を摂取して……暖かいものが血流促進には役立ちますから、温かいお茶でも飲むとよいでしょう。リラックス効果のある物だとさらに良いですね。

 あとは人間が得る情報は約80%が視覚からの情報だと言いますから、目つぶって休めたり、先程の君のように、短時間だとしても睡眠をとることは有効です。……つまり休みなさい、ということですねぇ。よろしくお願いします」

「「かしこまりました」」

 

 江戸川先生と入れ替わりに、ハンナさんともう一人のメイドさんが接近。

 二人は机の上から積み上げられた本を移動させ、代わりにケーキスタンドを設置した。

 そこへサンドイッチや焼き菓子に、小さなケーキを乗せていく二人。

 料理はどれも紅茶と合いそうな物ばかりだ。

 

「どうぞ、お召し上がりください」

「いただきます」

 

 まずは一番下の段からサンドイッチを一つ。

 キュウリの挟まれたシンプルなサンドイッチ。

 目に見える具はキュウリだけだが、バターの香りに塩コショウ。

 それらがマイルドな酢の香りと調和している。

 惜しむらくは一つが小さく薄いことか……

 食べやすくて見た目の品は良いかもしれないが、若干物足りなさも感じる。

 必然的に次のサンドイッチへ手が伸びて、止まらない。

 サンドイッチを食べきれば、次は中段の焼き菓子へ。

 そして最後にケーキを食べつくす。

 

「ふぅ……」

「美味しかったですか? 影虎君」

「はい。大変満足です」

「「ありがとうございます」」

 

 複数人で集まって食べる事が前提のメニューを一人で食べ切ったところ、

 

「体調を崩したと聞いたが、大丈夫かね?」

 

 この館の主がやってきた。

 

「少し疲れましたが、相変わらず美味しい料理をいただいたおかげでだいぶ回復した気がします」

「それはよかった。Dr.江戸川の診断は?」

「……」

「先生?」

 

 先生は思案顔だ。

 

症状は(・・・)特に大騒ぎするほどではないと思います。単純な疲れ、適切な休息を取れば回復するでしょう。しかしその原因を考えると、今回の症状は気になりますね」

「原因と言うと、エリーからの課題かね? ……またずいぶんと押し付けられたものだ。ハンナ、彼の傍についていてどう思った?」

「そうですね……お嬢様から昨日今日と与えられた本は合計九十冊。これまでに読破された本が七十八冊。さらにその内、昨日読まれた三十二冊はお嬢様から内容が頭に入っていると認められていました。私としては十分に驚異的な結果だと考えます」

「それはそれは」

「私も彼女と同意見です。一日に三十冊や四十冊も本を読むのは、世間一般の読書量としては驚異的でしょう。丸一日かけてという事ならまだ不可能ではないかもしれませんが……これに手を付けたのは朝食後ですよねぇ?」

「そうです」

「君の症状は脳疲労……確証はありませんが、君の他の能力と同じく、アナライズによる記憶、脳機能の強化、思考と情報処理の高速化。これらにもエネルギーを使用していたのではないかと私は考えます。少しであれば気にもならない微々たる量かもしれませんが、今回のように処理する量が膨大な場合、無理に使い続けるのは止めた方がいいでしょう。

 それに先日お話した通り、君の脳は常人と比べて記憶などに関わる部位が発達しています。それが元々であればまだ良いのですが、もし君の能力が、君の脳を“異常発達”させているのであれば……あるいは君の能力を行使するにあたり、少しずつダメージを蓄積させているのであれば……正直なところ、どのような影響が出るかは分かりません。

 ……まぁ今回の症状は先程も言った通り、休めば問題ないでしょう。それに普段の生活で使う分には異常なかったんですよね?」

「そうです」

「で、あるならば……これからはこのように大量の情報を扱う際は、適度に休息をとり、脳に過剰な負荷をかけないように心がけてください。

 具体的には、一回の作業時間は長くとも二時間。人間が集中し続けられる限界時間は諸説ありますが、最短で“十五分”という周期が重要と考えられています。ですから日本の学校では一回の授業時間を“四十五分”、“九十分”と“十五の倍数”で設定しているところが多いのですねぇ」

 

 注意点から、集中力維持の方法、疲労回復の方法などの指導に話が変わっていた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「注意点は以上です。是非とも気をつけていただきたいですねぇ」

「ありがとうございました」

 

 ……先生から、脳医学的に効率的な勉強と休息のとり方を学んだ!

 

 しかし、それに従うとまだしばらく休んだほうが良さそうだ……

 

「そうですね。私も夜まで読書はドクターストップとしておきましょう。元々一日で読める方がすごい量ですし、記憶に適した時間帯は寝起きと夜に寝る前ですからね。ヒッヒッヒ」

「エリーも読み終わったら呼べとしか言ってないんだろう? 体調を整える時間を設けても怒りはしないよ」

 

 コールドマン氏からも一時中断を進められたので、ひとまず読書はやめにする。

 しかしそうなると、急に手持ち無沙汰になってしまう。

 ……そうだ、昨日は勢いのまま課題に入り機会を失ったので、この機会に聞いてみよう。

 

 コールドマン氏はいったい何が目的なのか。

 

「それを答える前に、もう一つ。いや二つ聞かせてもらいたい。君はどうしてだと考える? それから、どうしてこれまでその本の山を読み進めたのか。

 昨夜、ハンナたちにはペルソナの件を伝えてある。だからそのあたりについては気にしなくて良い。思ったこと、感じたことをそのまま話してくれ」

「……」

 

 正直、コールドマン氏に関しては良く分からない。

 彼は表情だけでなく、今も食事の時も終始オーラが楽しそうだ。

 しかし単純に俺たちをからかって遊んでいるだけじゃない気がする。

 それから、俺たちに損害を与える目的ではないとは思っている。

 

 つい先日、エレナたちがペルソナに目覚めたわけだが、俺たちとの協力体制は継続中。

 協力的な“唯一の”ペルソナ使いという交渉カードは失ったとしても……

 やっぱりまだ俺たちを切り捨てるほど、あちらに戦力に余裕は無いはずだ。

 桐条と裏で繋がる気配も今のところ見えないし。

 そもそも害するつもりなら、ここまで厚遇しなくてもいいだろう。

 

 せいぜい何かに利用しようとしているか……利用と言えば、“超人プロジェクト”。

 俺がコールドマン氏のサポートを受ける表向きの理由だけれど、本来シャドウとは別の話。

 そしてこの楽しげなオーラ……

 

「まさか本気で超人プロジェクトのために?」

「秘密裏に君のサポートをするには、テストケースという表向きの理由が必要だからね。プロジェクトの参加企業に通達しなければならないこともあるし、プロジェクトはプロジェクトで成功を願っているからね。そういう意図は確かにある。次はどうかね?」

 

 まだ核心を突けてはいないようだ。

 ひとまず次、何でこの本の山を読み進めるのか。

 それなら簡単だ。理由は三つ。

 俺にとって不可能な課題ではないと判断したから。

 昨夜のコールドマン氏の言葉にある程度納得し、利があると判断したから。

 そして、課題を出した当の本人が真剣だったから。

 

「詳しく説明を頼む」

「夕食のときに話を持ちかけられてから、あの人はずっと不機嫌でした。けど、“本を選ぶ時”と“本を俺に渡す時”だけ、オーラに澄んだ青と赤が混ざって、紫に近づくんです」

 

 赤は熱意の色。

 青は冷静さの色。

 それが混ざった紫からは、冷静さと情熱を兼ね備えた真摯な心を感じた。

 

 “これでもなるべく削ったの。最低限この程度の内容と知識は頭に入ってなきゃ話にならないから”

 “これも読んでおいて。有名じゃないけど読んでおくべきだから。あとあなた、内容の記憶と一応の理解はできてるみたいだけど、専門的な所の理解が少し浅いわ。その辺の参考資料も入ってるから。特技があるなら読めるでしょ”

 

 この言葉。

 大量の本を一方的に押し付けられはしたけれど、オーラを見ると嫌がらせではない。

 純粋に、最低限これだけの知識は必要だと、本心から口にしたんだと思う。

 

 さらに本を選んでいる姿を思い返すと、彼女は本棚から迷い無く本を抜き取っていた。

 それはつまり、彼女が即座に厳選できるほど本の内容を読み込んで把握している証拠。

 特に彼女の部屋の本棚から用意された本は擦り切れたページや書き込みも多かった。

 

 結論として、俺は彼女は真剣に話していたと思う。

 少なくとも“演技”に対しては真摯に向き合っている。

 それだけにプライドも高そうだ。

 だから一週間程度で学ばせる提案や、実際に学ぶ気の俺が気にいらないんだと思う。

 

 結論として、俺が気に入らないのは本心だけど、彼女は指導内容に不満を持ち込んでいない。

 

「もし彼女が怒りに任せて、適当なことを吹き込んでいたら。それを感じていたら。もう少しモチベーションは落ちてましたね、きっと」

「色覚による感情の視覚化。聞いてはいたが精度が高いな。これは嬉しい誤算だ。タイガー、その能力は交渉などに大いに役立つだろう」

 

 オーラがひときわ楽しげな黄色に染まる。

 ずいぶんと食いついてきたな。それに“嬉しい誤算”?

 ……昨日の提案が超人プロジェクトのためと言うのは、当たらずとも遠からずと考えて……

 そこに“嬉しい誤算”。

 

「……Mr.コールドマン。もしかして、試されました? 俺の“能力”」

 

 一言付け加えると、彼は分かりやすい微笑みと拍手で答えてくれた。

 

「戦闘能力は十分に見せてもらったが、本気で何かを学習した場合、どれだけの期間でどれだけ身につくのかがやや不明瞭に思えたんだ。超人プロジェクトの件もあるからね。実際に一定期間、何かを学んで結果を示してほしかったのさ」

「そうならそうと事前に一言欲しかった……それに彼女にも説明してないんですよね?」

「エリーに演技指導を提案したのは本当にあの場での思いつきさ。あの子が帰ってきたのも偶然だし、君が言った通りプライドが高い子だ。私が頼んだとしても必ず引き受ける保証はなかった。だから本当は別の課題を用意していて、夕食後に相談するつもりだったんだ」

 

 さらに彼は、

 

「その前に君が連れて行かれたので、流れに乗ることにしたけどね。運動などの得意分野より、演技という未経験の分野の方が、最終的な成長度合いは分かりやすいと思った。もちろん君のためになると考えたのも嘘じゃないよ」

 

 と付け加えて、面白そうに笑っていた。

 

 どうして変な悪戯心を出しているのか……




影虎は追加の課題を出された!
課題の途中で体調が悪くなった!
適度に休憩を挟むよう注意を受けた!
コールドマンの真意が判明した!


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169話 課題追加

「事情は分かりました。ところで用意されていた本来の課題って何だったんですか?」

「料理だよ。ちゃんとした指導を受ければ、腕がすぐ上がるかもしれない。そんな話を前にした記憶があったからね。うちの料理長と話をつけてあった」

 

 あー……俺が皆の回復のために料理した時の話か。それで手配を?

 

「その料理長と課題は」

「ひとまず保留になっているが、そちらもやってみるかね? 私としてはデータが増えるのでありがたいが」

「興味がないと言うと嘘になります。……先生」

「そうですねぇ……様子を見て午後以降ならいいでしょう。内容が変われば気分転換にもなるでしょうし」

 

 先生からの許可は取れた。

 料理を回復アイテムとして利用できるようになった今、上達は今後のためになる。

 詰め込みに制限をつけることに決まった今、時間は取れる。

 

「お願いします」

「承知した。料理長には伝えておくよ。スケジュールもDr.江戸川の指導を参考にして、無理のないように調整しよう」

「ありがとうございます」

「私のためでもあるからね。では私は早速行動に移ることにしよう。タイガーはとりあえず昼食まで休んでくれ。大抵の娯楽は用意がある。シアタールームやマッサージに行けばゆっくりできるだろう。できる限り活用してくれたまえ」

 

 コールドマン氏はそう言い残して、書庫を立ち去った……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼食後

 

「こちらです」

 

 ハンナさんに案内されて、食堂から程近い部屋に案内された。ごく小規模な催し物をする部屋だそうで、今は特に何もない部屋だ。でも真っ赤なじゅうたんから、優雅なパーティーが開かれそうな雰囲気だけはひしひしと感じる。

 

 それにしても……課題は料理と聞いていたが、ここでは火が使えそうにない。

 ここで何をするのだろうか?

 

 疑問に思っていると、やがて扉が開く。

 

「やぁタイガー。待たせてしまったね」

 

 コールドマン氏は、かなりお年を召した男性を始めとして、大勢の人を連れてきていた。

 しかし、料理人らしき服装なのはお年を召した男性一人。

 他の方々はテーブルや食器類、そして何か大きな物に布を被せたカートを運び込んでいる。

 指導をしてくださる料理人は間違いなく彼だろう。

 

「まずは紹介しよう。彼が君に料理を教える」

「アンジェロだ」

 

 深い皺の刻まれた険しい顔で、彼は一言だけ発して右手を差し出した。

 俺も答えてその手を握る。

 そして交差する視線。その先に見える紫のオーラ。

 ……もしかしてこの人。

 

「もう気づいたかね?」

「なんとなくですが……」

 

 この人、エリザベータさんと同じタイプの人なんじゃないだろうか?

 

「ご明察だよ。アンジェロも長い間研鑽を積んだ一流の料理人さ。腕前には絶対の自信とプライドを持っている。少々気難しい男でもあるが、エリーほどではないよ」

「あのわがまま娘と一緒にされるのは心外だ」

 

 雇い主に対して、その孫をわがまま娘と言い放った彼。

 それを聞いたコールドマン氏の朗らかな笑みが、若干苦笑いに近づいた。

 

「私もタイガーと呼ぶが、いいか?」

「はい。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」

「引き受けた以上は面倒を見よう。だが、その前に一つテストをする」

「分かりました」

 

 ……しかし何をするのだろうか?

 何かを作るというわけではなさそうだが……ん?

 

 アンジェロさんがおもむろにカートに近づき、被せられていた布に手をかけた。

 

「君への課題はこれだ」

「!?」

 

 取り外された布の下には、ビニールに包まれた肉塊が積み重ねられていた。

 

「生ハムの原木、ですよね?」

「その通りだ。君にはまず生ハムの正しい切り方を覚えてもらう」

 

 説明によると、生ハムの味わいは切り方で大きく変化してしまうらしく、本当の味を引き出すには相応の練習が必要だそうだ。聞きなれないが“コルタドール”という専門職まであるらしい。

 

 そんな技術を俺はここに用意された生ハムで学び、十分な味を引き出せるまで練習する。

 

「生ハムを切ったことはあるか?」

「原木からはありません」

「よし。……君は物覚えが良いと聞いているが、私はこの試験の結果で判断し、その後の計画を立てる。練習用の原木は五本。だが必要ならまだ奥にある。切り出したハムは食べても構わない、余れば使用人のまかないにでも使えるからな。

 とにかく君は切り方をマスターすることに全力を注ぎなさい」

「はい!」

「良い返事だ。では早速始めるぞ」

「はい!」

 

 こうして“生ハムの切り方”の指導が始まった……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 用意されたハムの原木はだいたい六から七キロ。

 その表面を覆うビニールを剥がし、表面の汚れや油を軽くふき取る。

 次に幅広のナイフの刃を、豚のくるぶし付近の筋に深く入れ、不要な皮と脂肪を切り落とす。

 可食部の切り出しには長いナイフで脂と赤身が混ざるように。

 切り口にしっかりと刃を当てて、ナイフ全体を使うこと。

 刃を細かく動かすことで、透き通るほど薄く切り出す。

 大きさは四センチから六センチの一口で味わえるサイズに。

 

 ……よし。

 

「いかがでしょうか?」

 

 切り終わった原木はこれで三本目。

 記憶した料理長の動きを参考に手の動きを模倣した。

 切り終えたハムが料理長の切った物に近づくように心がけた。

 そしてまるまる一本の原木から安定した質の生ハムを切り出せたと自分では思う。

 

 そんな俺を横目に、料理長は俺が切った生ハムを見つめて、その一枚を口に含む。

 

「……合格だ」

「! ありがとうございます!」

 

 料理長から合格が出た!

 

「二本目からすでに形にはなっていた。それが三本目の初めから終わりで磨き上げられたな。スピードも十分だった」

 

 原木の大きさのわりに、一度に切り出すハム一枚は薄く小さい。

 だから一本でもかなりの回数の練習ができる。

 それにアンジェロ料理長はエリザベータさんと違い、教え方が丁寧だ。

 一本目は最初と言うこともあり、手取り足取り。

 注意された点を改善すると、さらに細かいところまでどんどん指摘してくださる。

 結果として一本目の終わりから二本目までは、一切れごとに成長している感覚だった。

 

「明日からは実際に調理をしよう。私はこれから教えるメニューを考える。今日のところはこれで終わりだ」

「ありがとうございました!」

 

 生ハムの切り方を習得した!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~食堂~

 

 うちの両親を除いて、事件を共に乗り越えたメンバーが集まっている。

 

「危険はなくなったけど、結局集まっちゃうわねぇ」

「こんな薄暗い中で電気も使えないと、一人でいても退屈するだけだからな」

 

 アメリアさんとカイルさんに同意が集まる。

 

「影時間やシャドウはまだあるが……こう一転して穏やかになると気が抜けてしまうな」

「エイミー伯母さんまで、今日は調査とか言わないんだもんね」

「私にもそんな気分の時くらいあるわよ。ロイドこそ部屋でゴロゴロしてたんじゃないの?」

 

 俺を含めて、全員多かれ少なかれ感じていた危険から逃れたことで、脱力しているようだ……

 

「復帰戦の近い俺としちゃぁ、あんまり気を抜いてられないんだが……」

「そういえばそんな話をジムでしてましたね。いつなんですか?」

「来月の28日だ。あと一ヶ月ってとこだな」

 

 ニュースや雑誌記者に突撃される恐れがなければ、彼はあのままジムでトレーニングをしていたはず。大事な試合前なのに、騒ぎに巻き込んで申し訳ない……あっ。

 

「ウィリアムさん、もしよければ練習代わりにシャドウと戦いませんか?」

「それができれば助かるが、いないから皆して気が抜けてんだろ……」

「俺、召喚でシャドウを作れますよ」

「その手があったか!」

 

 今のところ弱いシャドウしか用意できないが、ペルソナ抜きで肉弾戦のみにすればある程度の練習にはなるだろう。問題は場所だが……

 

「裏にテニスコートがある。銃器やペルソナを使わないのであれば、そこで十分だろう」

 

 二秒で解決した。

 滞在中の影時間は、テニスコートでの戦闘訓練に使うことになるだろう。

 

「私もがんばる」

「アンジェリーナちゃんも? エネルギー足りるかな……」

「魔力は貸す」

「それが召喚には気とMAGも必要だから」

 

 気は魔力を借りて回復魔法で補うにしても、MAGがどれだけ持つか……

 やってみるしかないか。

 

「ところで、アンジェリーナちゃんのペルソナってどんなの?」

 

 彼女のだけまだ聞いていないことを思い出した。

 

「私のペルソナ……“ネフティス”。アルカナは“死神”」

「死神とはまた強そうだ」

「ネフティスはエジプト神話に登場する、夜を司る女神の名ですねぇ。死者の守護神であり、“オシリス”や“イシス”、“セト”といった神々の妹であり、そして冥界の神であるアヌビス神の母とされています。能力もそちらに関係しそうなものが沢山ありましたねぇ」

 

 さらにアンジェリーナちゃんから説明を受けると、

 

 まず基本となるスキルが、

 ムド(闇属性・単体・低確率即死)

 マハムド(闇属性・全体・低確率即死)

 ブフ(氷属性・単体小ダメージ)

 ディア(単体小回復)

 メディア(全体小回復)

 ディアラマ(単体中回復)

 ポイズマ(単体・毒)

 

 魔法ばかりだけれど、攻撃と回復どちらもできる。

 仲間に守られつつ即死攻撃を狙うか、回復とバステを中心とした援護型だろうか? 

 耐性は闇だけでなく、光にもあるとのことで、バランスがよさそう。

 だが、彼女のスキルはこれだけではなかった。

 

 

 魔術の素養

 SP消費を半減させるスキルだけど、やけに魔術の習得が早いのにも納得。

 

 神々の加護

 回復魔法の効果が大幅に増加するスキル。なんで序盤から持ってんの? と言いたくなる。

 神というと、俺としては正直嫌な感じがするが、アンジェリーナちゃんに罪はない。

 あと“神々”と複数形になっているあたり、俺をこの世界にぶち込んだ奴以外にもいるのか?

 

 危険視認・死期視認

 この二つは彼女が前から持っている能力だろう。

 ペルソナに反映されたのか、それともペルソナの力が部分的に目覚めていたのか……

 

 歌姫の素養

 歌に魅了効果が乗っていた原因と思われる。

 危険と死期の視認と同じく、どちらが先かは分からない。

 

 隠れ身の心得・追跡の心得・逃走加速

 ○○の心得というタイプのスキルは分かりやすい。

 ○○に入る技術をそれなりに習得しているのだろう。

 彼女の場合は隠れることと追跡すること。

 さらに逃走成功確立を上げるスキルまで持っていた。

 アンジェリーナちゃんはちょくちょく見失うことがあったので、納得だ。

 

「でも何でこんな技術を?」

「ああ、それは私が昔教えたからだろう。護身の技術を教えたかったんだが、体が弱くて格闘技や銃は負担が大きいと判断してやめたんだ。その代わりに逃げて隠れるコツくらいならと思ってな」

 

 指導で覚えられるなら俺も覚えておきたい。

 そうボンズさんへ伝えると、軽く袖が引かれる。

 

「私が教える。代わりに魔術、もっと教えて」

 

 アンジェリーナちゃんが指導役に立候補していた。

 スキルもあるし技術的には問題ないだろう。

 そして何より、集まっている家族が自主的に動く彼女を見て喜んでいる。

 ここで断るという選択肢は、俺の中にはなかった。




影虎は料理も学ぶことに決めた!
影虎は生ハムの切りかたを習得した!
影時間には召喚シャドウで戦闘訓練をすることになった!
アンジェリーナのペルソナ情報が判明した!
影虎はアンジェリーナから技術を学ぶことに決めた!


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170話 学習

 8月24日

 

 朝

 

 昨夜で読み終えた課題の本に、もう一度軽く目を通してから食堂へ。

 すると食堂には両親の姿があった。

 

「二人とも、もう体は大丈夫なの?」

「まだ少しだるいけど、ご飯を食べにくるくらいは平気よ」

「動けるなら少しは動かねぇとな」

 

 順調に回復しているようで何よりだ。

 

 その後、続々と集まってきた皆と一緒に食事をした。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 朝食後

 

 ~小ホール~

 

 昨日生ハムを切りまくった部屋で、今日はラフな服装の大女優と対面している俺。

 今日の彼女は怒りよりも呆れているようなオーラが強い。

 

「はぁ……本当に読んだのね。あれ全部」

「さすがに一気に読むと四十冊覚えるだけで頭が重くなりましたが、朝晩の二回に分ければ一日に六十冊まではいけるかと」

「お爺様がやけに肩入れするから何事かと思えば、それなりの見込みはあるわけね」

「恐縮です」

 

 あ、苛立ちのオーラが増した。

 

「なら今日からは実技に入るわよ。昨日までで最低限の知識は身につけたはずだし……とりあえず基礎的な発声練習と表情の作り方かしらね。一言の挨拶でも、表情と声の調子で相手が受ける印象は変わるわ。たとえば……おはよう」

 

 表情のない、機械的に声をかけただけのようだ。

 

「おはようっ!」

 

 打って変わって、笑顔でだいぶ親しげな感じになった。

 

「おはよう……」

 

 朝からこれを見たら、体調でも悪いのかと心配になる。

 一瞬にして変化する表情と声色は、どれもまるで別人のようだ。

 

「わかったかしら?」

「明確に違いを感じました」

「そう。じゃあまずは発声から。どんなに良い台詞でもちゃんと聞こえなきゃ意味ないし、声を張り上げればいいってものでもないからね。私の後に続きなさい」

 

 大女優の指導の下、基礎練習を行った。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「はい。キリがいいから今日はここまでね」

 

 基礎練習が一通り終わった。

 発声についてはまぁまぁと言ったところか?

 以前、ものまねで“変声”スキルを習得した要領でそれなりに上手くいったと思う。

 対照的に表情に関しては不満が残る。

 

「分かってるみたいだけど、表情が硬いわね。あと切り替えも遅い」

 

 表情筋が硬いのか、自由自在とはいかなかった。

 身に着けるにはまだ練習が必要だと痛感するが、この練習は今日で終わりらしい。

 

「今回やったのは基礎だから。本来は繰り返しやって積み重ねていくもの。だけどあなたには時間がないの、教えたことを思い出して自分で続けなさい。明日からはまた別の内容をやるからね。あと貴方、ラテン語は読める?」

「読めません。でも教科書と辞書さえあれば、その内容を記憶して照らし合わせることでなんとか」

「……その二つを用意すれば読めるのね。なら後でまた本を届けさせるわ。教科書と辞書を合わせても十冊はないはずだから、明日までに読んでおいて。それじゃまた明日。

 あとハンナ。私、今日事務所から連絡がくるの。いつ電話がくるか、あと終わる時間も分からないからしばらく部屋にいるわ。昼食は部屋に持ってくるように伝えて」

「かしこまりました」

 

 彼女は返事を聞いてから部屋を出て行った。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 さて、昼食までは時間がある。

 

「誰かのところに顔を出してみようと思うのですが。ハンナさん、誰がどこにいるか分かりますか?」

「少々お待ちください」

 

 ハンナさんがインカムでどこかと連絡を取っている……

 

「……葉隠様のお母様はマッサージを受けているようです。他の大人の女性もご一緒のようですね。他の方々はトレーニングルームで戦闘訓練を行っている、とのことです」

「ありがとうございました」

 

 トレーニングルーム一択だな。

 しかし場所を知らないので案内を頼む。

 

「かしこまりました。トレーニングルームはこちらです」

 

 先を歩くハンナさんについていく。

 ……そうだ、この際に聞いてみよう。

 

「ハンナさん、一つ質問してもいいですか?」

「私で答えられることでしたら、なんなりと」

「では遠慮なく。コールドマン氏から俺たちの事情と、旅先で何が起こったかを聞いたそうですが……信じられたんですか?」

 

 初日からぜんぜん対応が変わらないので、少し気になっていた。

 

「そうですね……正直に申し上げて、半信半疑です。ですが旦那様は我々にした話を真実として扱い、実際に軍備を整えようとしておられます。とても我々を騙そうとしているとは思えません。……話よりも、旦那様を信じたと表現するのが正確でしょうか?

 皆様を歓待するのが我々の職務ですので、たとえ信じられなくとも対応は変えることはいたしませんが」

 

 なるほど。

 コールドマン氏は部下に信頼されているようだ。

 そしてこの人たちもプライドを持って仕事をしている人々だった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~トレーニングルーム前~

 

「どうされました?」

 

 扉を開けようとしたところを止めたため、ハンナさんに問われる。

 

「やぁっ!」

 

 かすかに漏れ聞こえた声。

 周辺把握によると、設備の充実した部屋の片隅。

 おそらくヨガやストレッチをするためのスペースだろう。

 広々としたマットの上で、天田がカイルさんの振るうナイフ型のなにかを避けていた。

 それを遠巻きに取り囲んで眺めている皆と、壁際に控えるメイドさん達……

 ちょっと異様な光景だが、訓練中なのだろう。

 今ここで扉を開けて入ると、天田の集中を乱すかもしれない……

 

「というわけで、少しここで待ちたいのですが」

「かしこまりました。葉隠様はここから中の様子がお分かりになるのですね。それがペルソナのお力ですか」

「そうです」

 

 そういえば、ペルソナのことは聞いたらしいが、俺からは教えてなかったな。

 

「ちなみに俺のペルソナは、これです」

 

 メガネをはずして渡すと、彼女は手に乗せたままキョトンとしている。

 霧に変えてみよう。

 

「!!」

 

 声は出なかった。

 しかし俺の顔と宙に漂う霧、そして自分の手へと視線を巡らせている。

 

「ペルソナにはそれぞれ名前があって、俺のこれはドッペルゲンガー。特定の形を持たない代わりに、形状を自由自在に変えることができます。だからこうして」

 

 霧を食器や本へと変えてみせ、最後にメガネに戻してかけなおす。

 

「学習や日常生活に便利な能力をばれないように使うため、こういう身に着けていてもおかしくない物に変えていたんですよ」

「そうでしたか……驚きました。とても」

 

 最近だともう皆が慣れて何も言われることがなくなったので、ちょっと新鮮な反応だ。

 

 ……そろそろ疲れてきたか? 天田の動きが悪くなってきた。

 だいぶ強くなっていると思うけど、まだ防戦一方。

 後ずさり、体勢を崩しかけたところにつき込まれる。

 それをまわし受けでかろうじて捌き、かろうじて窮地から逃れた。

 ……今の、上手くやれば反撃できたかも……

 

 天田の動きを見て、ふととある漫画の技が思い浮かぶ。

 

「葉隠様?」

「あ、すみません」

 

 体が少し動いていた事に気づいたと同時、試合も終わったようだ。

 

「失礼しまーす」

「タイガーも来たのか」

「演技の勉強はどうなったの?」

「今日の分は終わったよ。まだ基礎練習の段階だな。それにしても天田、だいぶ強くなったじゃないか」

「先輩、見てたんですか?」

 

 最後の少しだけ、周辺把握で観察していたことを伝える。

 ついでに少し気になる点があったので、午後もあるので疲れない程度に一回だけ参加したい。

 

「それなら私が相手をしよう。カイル、それを貸してくれ。タイガーの準備は」

「大丈夫です」

 

 模造品のナイフを受け取ったボンズさんがマットの中心へ。

 俺も後に続いて、向かい合う。

 

「んじゃ合図は俺がやるぞ。……始め!」

 

 瞬く間に接近してくるボンズさんの攻撃を捌く。

 このあたりの攻防はだいぶ慣れてきた。

 それに俺が何かを試そうとしているのを知って、ボンズさんも少し手を緩めてくれている。

 あせることなく、動きを見極める。

 

 ……来た! 直線の突き!

 

 先ほどの天田と同じく、回し受け。

 だが、通常は相手へ向ける手のひらを内にして握りこむ。

 ナイフの側面を叩き軌道を逸らした右拳には捻りが加わり、三戦の型の手に近い状態。

 すぐに放てる状態が整っているのに対して、ボンズさんは腕を突き出したまま!

 

「ッ!?」

 

 次の瞬間、割り込んだ左手に阻まれはしたが、俺の拳はボンズさんの顔があった場所を捉えていた。

 

「……悪くない」

「なるほど、今のが試したかったことか?」

「“白刃流し”。片手で武器の攻撃を捌きつつ反撃に転じる……前世の格闘漫画でそういう技があったんですよ」

「漫画の技かよ!?」

 

 合図を出したウィリアムさんからツッコミが入った。

 

「いや、だってペルソナとか使ってる時点で漫画みたいな状況ですし」

「そう言われるとそうかもしれねぇが……」

 

 この前、ウィリアムさんのジムでカウンターを学んだし。

 試してみたら意外とできるもんだ。

 さすがに初めてだったので、動きにはまだ無駄があるが……これは使えそうだ!

 もっと練習すれば、優れた武器になると確信した。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 ~コールドマン邸・別館1F廊下~

 

 白刃流しの実験後、俺は午後の料理修行のためそれ以上の参加は見送った。

 その代わりとして現在、昼食までの時間をアンジェリーナちゃんと過ごす。

 昨日話した逃げ隠れの技術を教えてくれるらしいが……

 

「アンジェリーナちゃん、ここで何を?」

 

 借りている部屋の近くまで来たが、室内で勉強というわけではなさそうだ。

 

「隠れる」

「俺が?」

「そう。私が探して見つける。見つけたら、今度は私が隠れる」

 

 どうやら“かくれんぼ”をするようだ。

 

 さらに詳しい内容を聞くと、結構細かくルールが設定されていた。

 

 隠れていい範囲は別館の一階部分のみ。

 女性の部屋は立ち入り禁止。

 男性の部屋や空き部屋へ入る許可は事前にとってある。

 ペルソナと魔術は使用禁止。

 隠れる方は、隠れてから移動してもいい。

 探す方は、相手を見つけるだけ。タッチなどは不要。

 探し始めてから10分経過しても見つけられなければ、交代。

 タイムキーパーはメイドさんに頼む。

 

「始める。五十数えるからタイガーは隠れて」

 

 言った直後にカウントを始めてしまうアンジェリーナちゃん。

 

 若干エリザベータさんに似た指導方針を感じつつ、俺はとりあえず行動した……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 昼食時

 

「で? 結果はどうなったんですか?」

「ボロ負けした……」

 

 一時間近く続けた結果、俺が隠れればすぐに見つかる。俺が探すと時間切れ。

 それが延々と続いていた。

 

「一応どこに隠れてたかは最後に教えてくれるんだけど、こんなところに隠れるか!? って所ばかりでさ」

 

 体が小さいから狭い隙間に入れるだけでなく、本当にいると思わないところに隠れていた。しかも俺が一度探した場所から出てきたりもしたので詳しく聞くと、俺の視線を掻い潜って移動し、もう探さないだろう場所に隠れてやり過ごしたりもしていたらしい。

 

「別館の一階だけでもかなり広く感じた……」

「あはは。やっぱりタイガーでもそうなったのね」

「アンジェリーナとかくれんぼするとぜんぜん勝てないんだよね」

「エレナ。ロイド。もしかして分かってた?」

「私たちは小さいころに何度もやったもの」

「でも二人とも、すぐにやめてた」

「それはアンジェリーナが強すぎるからだよ。ダディやグランパでも見つけるのに時間がかかるくらいだし」

 

 ……アンジェリーナちゃんを見つけるのは、相当難しいようだ……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼食後

 

 ~自室~

 

 俺たちの食後が料理長の食事と休憩時間になるらしく、午後の授業まで時間がある。

 そのため部屋に戻ったところ、トキコさん(バイオリン)から抗議のような意思を感じた。

 

 “時間があるなら弾け”

 

 そんな感じだ。

 

 そういえば……最近は弾いても少々おざなりになっていたかもしれない……

 ちょっと申し訳なくなり、時間一杯バイオリンを弾くことにする。

 

 “謎の曲”と“カントリーロード”をみっちり練習した!

 

 そういえばこの謎の曲、Mr.コールドマンに聞いたら何か分かるだろうか?

 教養も深いだろうし、機会を見て聞いてみよう。




影虎は演技の実技指導を受けた!
影虎は天田の練習を観察し、新技のヒントを掴んだ!
影虎はアンジェリーナとかくれんぼをした!
影虎は大負けした!
影虎は空き時間にバイオリンを弾いた!


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171話 課題の追加

 午後

 

 用意されたキッチンで、アンジェロ料理長と向かい合っている。

 いよいよ始まる料理の勉強に、緊張が高まる。

 

「では初めに君への課題を発表する。君への課題は……これだ」

 

 キッチンの中央。よく磨き抜かれた作業台に置かれていたカバーが取り払われ、三枚の皿に乗った料理が姿を現す。

 

 一枚は色鮮やかな野菜が花のようにちりばめられた、ハンバーグっぽい料理。 

 二枚目は赤みのあるソースがかけられた魚料理のようだ。

 そして三枚目は複数の層になっているケーキ。

 これだけは俺にも分かる、ティラミスだ。

 

「鶏肉と夏野菜のテリーヌ。白身魚のポワレ、バルサミコ酢のソース添え。三層のティラミス。この三品を全て、味だけでなく見た目まで、可能な限り私の作ったこの三皿に近づけてもらう。まずは食べて、味をよく覚えてくれ」

 

 ハンナさんがそっと用意してくれたカトラリーで、慎重にいただく。

 

「!」

 

 テリーヌはしっかりした味付けなのに、食べ終わる頃には口の中がさっぱりとしている。

 野菜の酸味と甘みが抜群に合っている。

 ポワレは表面がパリッとしていながら、中はふっくら。

 淡白な身を鮮やかに染めたソースの香りが華やかだ。

 ティラミスは……何だろう? 馴染みがあるようなないような……

 よく分からないが、甘みと苦味がマイルドな印象。

 

 共通しているのは、どれもこれも美味しいという点。

 見た目にも綺麗で、一週間足らずで再現できるのかが不安になるくらいだ。

 

「普通の素人に同等のクオリティーを求めるなら、一品マスターするにもそれなりの期間を要すると思う。だが私は昨日の結果を見て、課題の難易度を上げることにした」

 

 アンジェロ料理長からの期待を感じる……

 

「私の指導中はもちろんだが、それ以外でもここのキッチンは自由に使えるように手配してある」

「皆様のお食事や我々のまかないは本館で用意されますので、ここはあまり使われることがありません。ですので葉隠様、ここの設備はいつでも遠慮なくお使いください」

「ありがとうございます」

 

 使わない厨房があるんかい。

 言われるまで分からなかった。

 こんなに業務用感を醸し出してるのに。

 

「あとは時間外でも質問があれば対応する。しかし私も仕事があるので、対応ができない時もあるだろう。そこで」

「遅くなりましたー」

「……来たか」

 

 突如現れた若い男性……と言っても三十台になるかならないか微妙な所に見えるが、そんな彼は長髪を後ろでまとめながら、軽い調子で近づいてくる。

 

「やぁハンナちゃん、お疲れ様」

「お疲れ様です、Mr.アダミアーノ」

「堅いなぁ~、俺のことはリベンツィオでいいのに。あ、君が例の子? 話は聞いてるよ、俺はリベンツィオ・アダミアーノ。この屋敷で“パスティッチェーレ”をやってる」

「よろしくお願いします。タイガーと呼んでください」

 

 ……挨拶はしたものの、この人は? あと“パスティッチェーレ”って何?

 

「あれ? 聞いてないの?」

「説明しようとした所で、お前が話を遮るように入って来たんだ」

「葉隠様。この方は当家に雇われているシェフの一人です」

「ちなみに担当はデザートね。“パスティッチェーレ”はイタリアでデザート担当の料理人のことさ」

「私が対応できない時、リベンツィオの手が空いていればそちらに質問してくれ。デザート担当だが、それ以外の料理ができないわけではないからな。彼に補助を務めてもらう」

「分かりました。改めてよろしくお願いします」

 

 料理指導の先生が増えた! 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~テニスコート~

 

「何これ……」

 

 皆と合流すると、ロイドから箇条書きでやたらと項目の多いリストを渡された。

 

「エイミー伯母さん、疲れてても確認したいことだけはずっと考えてたみたいでさ……検証して! って。タイガーに限らずペルソナ使えるようになったメンバー全員分作ってたんだよ、そのリスト。分かるのには答えて、分からなかったらできるだけ試して検証して答えてほしいって」

「そうか。ところで本人は?」

「めんどくせぇ! ってリストを捨てたウィリアム叔父さんの部屋に突撃して直接交渉中。たぶん今日は二人ともこないと思う」

「とりあえず元気になったみたいで良かった。……こうしてても仕方ないし、一応やってみるよ」

 

 何か面白そうな実験はないかな………………おっ。

 これなんかどうだろう?

 

 “召喚の応用”

 召喚とはエネルギーを元にシャドウを作り出す事。

 エネルギーを元に作るならば、召喚の段階でシャドウの形状は変えられるのか? 

 形状に限らず、既存のシャドウしか召喚できないのか? それとも調整が可能なのか? 

 可能だと仮定した場合、どの程度の調整が可能なのか?

 リストの文字は仮定に仮定を重ね、質問の幅がどんどん広がっている……

 

 正直、考えたことがなかった内容も多い。

 

「さっそく試してみるよ」

 

 今日の影時間は実験に利用することにした。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 8月25日

 

 朝食後

 

「昨日も思ったけど、あなた表情が堅いわね。特に目。今日は表情を重点的にやるわよ」

 

 昨日に続いて表情のレッスン。

 声はだいぶマシなので、もういいらしい。

 声の授業を参考に、気の流れで顔の緊張を操作しながら練習をしてみた。

 

「堅いとは言ったけど、今度は緩ませすぎよ!」

 

 やりすぎて怒られた。

 微調整が難しい。

 しかし彼女のオーラを見るに、改善はしているようだ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 練習後

 

「じゃあ今日はここまでね。何か質問は?」

 

 教えてもらった内容については練習あるのみ。

 しかしそれ以外で一つ気になることがある。

 

 元々の目的である、日本に帰ってからのマスコミ対応はどうなるんだろう?

 勉強を始めて四日目だけど、これまで一度も触れていない。

 

「ああ……それなら難しく考えなくていいわ。マスコミは自分たちの記事や番組をより多くの人に見てもらうために必死よ。それはお堅い情報番組でもゴシップ雑誌でも同じ。だから人目を引くタイトルをつけて、内容に面白おかしい脚色をするの。だから私たちが何をしようと、マスコミは勝手に騒ぎ続けるわ。あなたを売れるネタとして見ている限りね。

 そして報道を見た世間の人間全てに好意を抱かれるなんて到底無理。どこかに必ずアンチ的な人や記者は現れるし、そういう連中は必死で私たちのボロを探すのよ。何事もない発言を強引に曲解してでも叩きに来る」

 

 彼女は一拍置いて続けた。

 

「そういう連中に媚びても意味なんてないわ。下手に相手に合わせてあいまいな事を言えば、都合のいいように解釈される。意見を二転三転させたりするのは最悪よ。それなら最初から言いたい事をはっきり言っておく方がよっぽどマシ。あとは言うことがよっぽど非常識か的外れでなければ、相応に理解者は出てくるわ。

 マスコミの前で発言する時は、表情や言い方で誤解を受けたり、あいまいに受けとられたりしないように気をつけることね」

 

 なるほど。そのへんの表現を、演技を通して学ぶわけか。

 

「そもそも万人向けのコメントの仕方だとか、円滑に物事を進めたいのなら、私よりお爺様の方がよっぽど適任よ。そういうのが知りたければそっちに聞きなさい。お爺様も自分が連れてきたんだから邪険にはしないでしょうしね。

 質問はそれだけ? じゃあまた明日。ハンナ、今日も昼食は部屋にお願い」

「かしこまりました」

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「という話になりまして」

「そうか……」

 

 演技の授業後。

 エリザベータさんの話にはそれなりに納得できる部分があった。

 しかし、日本人的な感覚といえばいいのか、当たり障りなく解決できる方法も知りたい。

 と言うことで、コールドマン氏の都合を聞いたら執務室に案内された。

 

 事情を聞いた彼は納得したように、深々と頷いている。

 

「そんなに納得ですか」

「そうだね。はっきりと意見を主張するのが重要なのは間違いない。だからあの子も本心で語る。しかし、その物言いはなにかと角が立ちやすいからね。世間の評価も賛否両論。私も強くは言わないが、もっと上手く対応できる者はいくらでもいる。君への指導だって、お世辞にも上手いとは言えないだろう?」

「言いづらいですが、まず最初に九十冊の読書から始まりましたからね……」

「先日も話したけれど、最初は本当に冗談のつもりだった。マスコミ対応についてはどのみち機会を見て話すつもりだったから、指導をするのは吝かではないよ。

 しかしこれから超人プロジェクトの関係者と電話会議の予定を詰めていてね。申し訳ないが、書庫に私が以前書いた本がある。今日のところはそれを読んでいてくれ」

「わかりました。お忙しいところ、ありがとうございます」

「このくらいなんでもないさ。それに君への協力は将来の私の利益となるからね」

 

 快諾してくれたコールドマン氏は、次に執事のベリッソンさんを呼ぶ。

 

「タイガーの部屋に私の著書を。それからスピーチ関連の本をいくつか選んで運んでおいてくれ」

「かしこまりました」

「タイガー。おそらく君の帰国後は撃たれたことを中心に、これまでの説明を求められるだろう。私はそれに対するスピーチを一緒に考えながら、話し方と対応をできるだけ教えようと思う。本を読んだらおおまかにで構わない、話す内容を考えておいてくれ。明日には時間を作ろう」

「分かりました。明日からよろしくお願いします」

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午後

 

 料理の勉強前に、アンジェリーナちゃんに再戦を挑む。

 そしてまた負けた……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 料理の授業後

 

 課題となるメニューは昨日のうちに一通り説明を受け、作り方も見せていただいた。

 ということで今日は実際に自分の手で作ってみた。

 だけどいきなり完璧なものができるはずがない。

 味も見た目も遠く及ばないものになってしまった。

 

 しかし、それ以上の問題がある。

 フランス料理に対する知識の欠如。

 この一言に尽きる。

 

 アンジェロ料理長の指導は丁寧で分かりやすい。

 だから教えられた事は大体理解できる。

 しかし、当たり前のように飛び出す専門用語は別。

 彼にとっては基礎の基礎レベルの事でも、俺は持っていない知識だったりする。

 それも含めて料理長は丁寧に教えてくれるのだが、その分余計な時間がかかってしまう。

 その基礎的な部分を補うため、フランス料理の本かなにかを貸してもらいたい。

 そう言ってみると、

 

「書庫からご用意いたします」

「私の私物からもいくらか提供しよう」

「ありがとうございます!」

 

 ハンナさんと料理長に本を用意してもらえることになった! 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~自室~

 

 部屋でゆったりと本を読む。

 一度に読む量を制限し、適度に休憩をとるよう気をつけた成果が出ているようだ。

 この本で四十冊目に達したが、先日のような疲労感はない。

 

 読書の効率が上がった!



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172話 召喚の応用

 影時間

 

 ~テニスコート~

 

「タイガー」

「ん? ロイドか、今日はどうした? エイミーさんも連れて、昨日の続き?」

「まぁ、そんな感じだね」

「実験に協力してくれたって聞いたわ。ありがとう。それと結果を教えてほしいの」

 

 そういうことか。

 結論から言うと、応用は可能。

 召喚は意外と自由度が高かった。

 

 まず召喚したシャドウの形状変化、これは成功。

 ただしシャドウの活動に支障をきたす場合がある。

 

「最初に何をどう変形させようか迷って、マーヤを変形させ慣れたナイフに変えたところ、“ナイフ形のマーヤ”になりました。これは俺の指示に従って攻撃魔法を撃てましたが、自分で動けませんでした」

「マーヤは這って動くシャドウだったわね。ナイフにされて、それができなくなったと」

「だと思います。試しに浮かぶ生首の姿をしたシャドウ、“囁くティアラ”をナイフ形にしたところ、こちらは浮かんで移動できましたから」

「形が変わっても、能力は同じと考えてよさそうね」

 

 召喚で生み出したシャドウは能力の調整も可能。

 

 気と魔力とMAGから作ったシャドウが、何故自然発生したシャドウと同じスキルを使えるのか?

 

「実験中に不思議に思って色々試してみたんです。そしたらどうも俺のスキルを一部コピー(・・・・・)しているんじゃないかと」

「どういうこと? 詳しくお願い」

 

 そのままの意味なんだけど……

 

 何度も言うが、俺の召喚は三種類のエネルギーでシャドウを作っている(・・・・・)

 決してどこかから連れてきたり、呼び出しているわけではない。

 エネルギー源も、製造者も、俺。

 

 そこからはほとんど直感に従った。

 

 たとえば臆病のマーヤのスキルは“ブフ”。

 残酷のマーヤだったら“アギ”。

 囁くティアラは“アギ”に回復魔法の“ディア”が加わる。

 

「考えてみると、今召喚できるシャドウのスキルは俺も持ってるんですよね」

 

 だから昨日は“トランスツインズ”の召喚も試してみた。

 

「トランスツインズのスキルは“吸魔”、“ジオ”、“マハジオ”。この内、マハジオを俺は持っていません。それを承知でやってみたら、見事に失敗しました」

 

 その後で“マハジオを持ってないトランスツインズ”と考えてやったら成功したけど。

 

「とにかくこの実験の結果から、

 既存のシャドウを召喚する場合、対象となるシャドウのスキルが揃っている必要がある。

 所有していないスキルを最初から省き、劣化版としての召喚なら可能。

 召喚シャドウの能力は俺の意思で調整できる。

 以上の三点が判明しました」

 

 さらに言ってしまうと、既存シャドウの情報はガイドラインのようなもの。

 料理を作るときに、本のレシピを参考にするのと変わらない。

 

「え、じゃあ完全にオリジナルのシャドウも作れたりするんじゃ……」

「それもできないことはない。だけど、なかなか面倒くさい」

 

 オリジナルはゼロから作るから、既存のシャドウよりも難しい。

 そのため召喚に少し時間がかかる。

 そういう意味では既存シャドウのガイドラインも役に立っていたのだろう。

 

 さらに実験中、与えられたスキルの数は最高で三つ。

 だけどまだ技量が足りないようで、エネルギーの負担が大きかった。

 実用性を考えると、現状ではスキル二つが限度だろう。

 おまけに強力なスキルほど負担になりやすく、スキルによっては一つで限界に達する。

 

 そして召喚シャドウは総じて、俺と比べてスキルの威力や効果が大幅に下がる。

 

「当分は使い方を考えながら、練習と実験の繰り返しだな」

 

 召喚の条件らしきものと、応用できることが分かっただけでも大きな進展だ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 8月25日

 

 朝食後

 

「表情もだいぶ自然になってきたわね」

「ありがとうございます」

 

 表情の指導を受けていたら、珍しく褒められた後、新たな練習に入ると伝えられた。

 

「次は“感情の込め方”よ。

 どんなに優れた脚本の、どんなに含蓄のある台詞でも、演者が感情を込められなければ途端に上っ面だけの薄っぺらい言葉に成り下がるわ。それは舞台上でもマスコミ対応でも同じ。

 たとえ怒りを感じて言葉を荒げても、気まずさで顔がヘラヘラ笑ってたら本当に怒ってるのか冗談か、相手に伝わりにくくなる。そして貴方の言葉が本心でも。演技でも。相手に届かなければ(・・・・・・・・・)それまでよ。これまでの練習内容はそういう誤解を生まないために使えるわ。表情と声を一致させて、あとは言葉に十分な感情を乗せなさい」

 

 そして指示された練習内容は、感情を表現する前に、まず自分の感情を把握すること。

 

「楽しければ楽しんで、怒りなら怒って、悲しみなら悲しむ。自分の感情をコントロールしなさい」

 

 そして始まった感情表現の訓練は、言葉では表現できない難しさがある。

 声と表情はそれなりだが、感情が乗り切っていない。

 エリザベータさんが言う、薄っぺらい演技になっているようだ……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「見つかった……」

 

 演技の勉強が終わり、アンジェリーナちゃんとのかくれんぼ。

 目を皿のようにして踏み込んだ部屋のクローゼットからアンジェリーナちゃんを発見。

 できたけれど……

 

「ごめん、今回ノーカウント」

「?」

 

 不思議そうな顔でこちらを見つめるアンジェリーナちゃん。

 実は今回彼女を見つけられたのは、能力を使ったからだ。

 何とか彼女を見つけようと捜索していたら、うっかり見えてしまった。

 彼女のオーラがクローゼットから漏れているのを。

 このかくれんぼでは能力の使用は禁止なので、今回は俺の反則。

 

 そう説明しても彼女の態度は変わらず、何を言ってるの? と言いたそうな顔。

 かと思えばハッとして、急に両手を振り始めた。

 

「違う。それは違う。勘違い、してる」

「勘違い?」

「ペルソナ禁止。魔術も禁止。でも能力は禁止じゃない……」

「……ん?」

 

 もしかして、俺のオーラを見る能力はペルソナの力でも魔力でもないからOKって事?

 しかも勘違いって事は、最初から使って探す前提だった?

 そう聞いてみれば、彼女は頷いた。

 

「私も、危険とか見つかりそうな時は分かるから……気づいたら安全なところに逃げる。そういうの、感じて動くのが大切だと思うから……ごめんなさい」

「いや、こっちが勝手に勘違いしてたから」

 

 ……この“かくれんぼ”は、霊感の使用が前提。

 というのもアンジェリーナちゃんは人の“気配”とでも言うべきものを感じているそうだ。

 彼女自身の能力の影響か、そういうものに敏感だったらしい。

 しかし気配やそれを察知する方法を上手く言葉で説明できず、実技で教えようとした。

 だからペルソナと魔術を禁止したが、それを俺は“能力は全て使用禁止”と履き違えていた。

 本当は周辺把握と便利な魔術だけを禁止にして、気配を感じてほしかった。

 むしろ霊感はどんどん使ってほしかった。

 

 申し訳なさそうなアンジェリーナちゃんを励ましながら確認すると、そういう事だった……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼食後

 

 ~会議室~

 

 コールドマン氏に時間を作っていただいて、マスコミ対応にスピーチの手法を教えていただくことになったが……邸宅の最上階にこんな部屋まであったとは。

 機密保持のためか室内に窓はない。

 扉は電子ロックがついた分厚い鉄板入り。

 壁には巨大なモニターが埋め込まれている。

 防音? そんなの当たり前。

 

「驚いているところ悪いが、時間は有限だ。早速始めよう。スピーチの内容は考えてきたかね?」

 

 もちろんだ。

 

「では最初にどの程度できるのか、見せてもらいたい」

 

 ということで、一度これまでの事件についてスピーチを行う。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 前世の社会人生活で培った技術と経験。

 昨夜読み込んだ著書の知識。

 二つを合わせてスピーチの内容を組み立てた。

 

 そして二度目の人生で培った胆力。

 演技指導で身に着けた声と表情の調整。

 それらを使って、スピーチを行った。

 

 ……二度の人生を合わせて、最高の感触だ!!

 

「いかがでしょうか?」

「なかなか立派なスピーチだった。私が本に書いた要点をよく守っていたし、話し方も実に堂々としていた。……しかしまだ甘いところがあるね」

「どのあたりを改善すべきですか?」

「細かい点はいくつかあるが、全体を通してまず一つ。スピーチの内容は君の能力を使って何度も推敲しただろう? よく考えられていて、丁寧で、状況がよく分かった。だがそれだけに……“高校生らしくない”。

 事前に内容を考えておくのは問題ない。記者会見などでは当然のこと。マスコミが来るとわかり切っていたなら、ある程度用意していてもいいだろう。しかし今のスピーチでは“考えすぎ”だ。細部にまで気を使い、徹底的に用意を整えてきたということを感じさせる。

 どうしてそこまでするのか? 何か隠したいことがあるのか? そんな風に、逆に気になってしまうよ。少なくとも私はね」

 

 少々、わざとらしすぎるか……

 

「今のままでは、大人から強く指示を受けて喋る子供、と思われる可能性が高いな。まぁ誰かの指示だったとしても、今のスピーチをマスコミの前でできれば、高校生のわりに立派と評価されると思うが……不自然さは極力なくしたほうがいい」

「スピーチの質を落としますか?」

「いや、せっかくここまで高めた質をわざわざ落とすことはないよ。ただ少しだけスピーチの内容を大雑把にしよう。マスコミは話を聞いたらそれで終わりじゃない。必ずより詳細な情報を聞き出そうとする。だから最初の説明を大雑把にした分、その後に来る質疑応答で今の話をすればいい。

 最初に出す情報の不足から、事前準備の甘さを演出(・・)するんだ。だから質疑応答で詳細を説明することを前提に説明は簡略化。その分スッキリと話を聞かせられるように考えてみよう」

 

 コールドマン氏から改善のアドバイスをもらった!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ごく軽く疲れが出始めた頃、コールドマン氏の指示で用意されたお茶と軽食をいただきながら、雑談することになった。スピーチの練習は明日以降もできるし、こうした会話も勉強の内にするそうだ。

 

「おっと、忘れていた。君に相談したいことがあったんだ」

「相談したいこと?」

「君達の帰国についてだよ。具体的にはまだ話していなかっただろう」

「そういえばそうでしたね」

 

 うちの両親の体調を見ながら考えることになって、そのままだった。

 

「Dr.江戸川にご両親の事は聞いてみた。回復しつつあるが、まだ安静にしていたほうが無難だそうだ」

「俺としてはできるだけギリギリまで休ませてあげたいですね」

「帰国を急がず、二人の逗留を延ばしてはどうだろうか?」

「そのあたりは父に聞かないと何とも。俺の荷物や宿題はこちらに来る前にまとめてあるので、当日の朝の到着でも、寮に寄る時間さえあれば出席に問題はありませんが……心配をかけた知り合いに挨拶するなり、桐条のご令嬢に根回しをするなり、一日はあった方がいいですね」

「となると日本時間で8月30日の夜には着くようここを出るのが良いか。その予定で飛べるように飛行機を用意するよ」

 

 時々雑談を交えながら、帰国後について詳しい話を詰めていく……



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173話 継続は力なり、その一

 午後

 

 ~キッチン~

 

 料理を学ぶ時間だが……アンジェロ料理長がなかなか来ない。

 

「葉隠様、どうやら急遽夕食のメニューを変更せざるを得なくなったようです。いつも材料を届けていただく業者の方が、事故に巻き込まれたらしく」

 

 なるほど、それで予定に無い仕事が増えたのか。

 と思っていたら、こちらに近づくMr.アダミアーノを感知した。

 

「お待たせ!」

「大丈夫ですよ」

 

 たいして待たされたわけでもない。

 しかし、残念ながらアンジェロ料理長は手が離せなくなったようだ。

 

「でも心配はいらないさ。そんな時のために俺がいるんだからね」

 

 軽い調子のMr.アダミアーノに監督してもらい、前回と同じく課題の料理を一通り作ってみる。

 

 ……

 

 前回よりは若干マシに見えるが、まだ本物には遠い。

 今のところ本物に近づけているのは、ティラミスか?

 

「たしかにティラミスは一番筋が良い。特にスポンジは妙に完成度が高いね。でもその分クリームの粗が目立つ。俺の得意分野だし、今日はティラミス。特にクリームの作り方を徹底的に練習しようか」

 

 そういえば彼はデザート担当の料理人。

 それにその筋では結構有名な方だったらしい。

 

「おっ? 誰かから聞いたのかい?」

「昨夜、本を読んでいたら気になったことがあって。ネットで調べ物をしていたんです。知ったのはそこで。なんでも菓子職人の世界的な大会で、若くして準優勝に輝いたとか」

「ああ、あれね」

 

 彼の名前を入力したら、すぐにその記事や写真が出てくるのだから驚いた。

 腕は確かな人だろうとは思っていたが、まさか世界大会の準優勝者だなんて考えなかった。

 

「料理の大会に出場経験のある料理人なら結構いるけどね、ここ」

「当家の料理人は旦那様が主催するパーティーの料理も担当いたします。ですから雇われる料理人にも相応の腕前が要求されています」

 

 ハンナさんが補足してくれた。

 コールドマン氏のパーティーなんて、参加者もそうとう舌の肥えた人たちなんだろう。

 しかしそんな所で料理長をやってるアンジェロさんはどんな方なんだろう?

 彼のこともネットで調べてみたが、こちらはまったく情報が出てこなかった。

 

「ここに雇われる以前は、世界的に有名な某ガイドブックが“三ツ星”に認定した料理人だったよ」

「……三ツ星でガイドブックって、あの?」

「おそらく、葉隠様が想像している通りでしょう」

「彼は料理研究家さ。料理や自分の腕と向き合うことと、後進の育成に重点を置いて、自分はメディアに出たがらない人だったみたいだからね」

「付け加えますと、ここに雇われる時点でそれまでの店も手放しています。ですから今や彼は、知る人ぞ知る料理人ですね」

「……俺、そんな偉い人に料理習ってるの……?」

 

 いまさらだけど、演技は大女優から。

 スピーチ術&マスコミ対応は大富豪から。

 料理は元三ツ星料理人と世界大会準優勝者から。

 

 講師陣が豪華すぎないだろうか……?

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夕食後

 

 ~キッチン~

 

 夕食を食べた後ではあるが、開いた時間で料理の自習。

 課題料理を完璧に近づけるためには、練習しかない。

 特に材料の下処理は丁寧に。

 この段階で手を抜くと、完成品のできに大きく影響する。

 それがどれだけシビアな問題かが、だんだん分かってきた。

 

 自力で消化を促進できるようになっていて良かった。

 おかげで作った物は消化して、影時間に利用するエネルギーにできる。

 

「……ハンナさん」

 

 少し気になることがあったので、ハンナさんに一つお願いをしてみた。

 

「かしこまりました。明日の夜までに用意いたします」

「ありがとうございます。どうしても気になるので。お手数をかけますが、よろしくお願いします」

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~テニスコート~

 

「はぁっ! やぁっ! くっ!」

「オラオラオラオラァ!!!!!」

 

 天田とウィリアムさんが、コートの左右に分かれて激しい戦いを繰り広げている。

 

「訓練用としては便利だな」

 

 二人には俺が実験がてら作ってみた、人型のオリジナルシャドウを相手にしてもらった。

 色々試してみた結果、俺が最も動かしやすいオリジナルは俺の体形をベースにした“人型”。

 人型であればある程度、格闘技の動きで戦わせることができる。

 そこへ二人の技量を考慮に入れて、訓練に使えそうなスキルを組み込んだ。

 

「具体的に何ができるの?」

 

 隣で見ていたエレナから質問が飛んできた。

 

「ウィリアムさんが相手にしてるのは“訓練用シャドウNo.01”。能力は打撃耐性と治癒促進・小。耐久力に特化させた、動くサンドバッグかな」

「ケンのは?」

「あっちは“訓練用シャドウNo.02”。能力はカウンターと治癒促進・小で、こっちはあまり動かないし01に比べて耐久力も落ちるけど、攻撃に対してたまに鋭い反撃をしてくる。防御をおろそかにすると痛い目をみるね」

 

 他にも打撃見切りとスクカジャを使える回避能力特化の“訓練用シャドウNo.03”。

 拳の心得と足の心得で、ちょっとテクニカルな動きをする“訓練用シャドウNo.04”。

 そんな風に少しずつ能力を替えたシャドウも設計してある。

 強くなくても練習内容に合わせて、使いどころを考えれば役に立つだろう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 8月26日

 

 

 今日も朝食後は演技の練習。

 感情の表現がどうも上手くいかない。

 

「もっと心の底から感情を出しなさい。それじゃぜんぜん足りないわ!」

 

 そう言われても……

 

「もっと、このくらいよ!」

 

 彼女は“悲しみ”を実演してくれた。

 その様子は本当に悲しんでいるようだ。

 ……というか、オーラの色まで変化している。

 

「どう?」

 

 瞬時にオーラの色が戻った!?

 

「すみません、もう一度お願いできますか?」

「え? ……仕方ないわね」

 

 もう一度実演してくれる彼女のオーラをよく観察する。

 ……やっぱり、演技中はオーラがその感情の色になっている……

 “とても演技とは思えない演技”だと思っていたが、まさか本当に悲しんでいる?

 

「……ねぇ、貴方なにを見てるの?」

「えっ?」

「えっ、じゃないわよ。実演を頼んでおいて、私の演技を見てないでしょう」

「そんなことは」

「あるわ」

 

 彼女は苛立ちをあらわにして断言した。

 

「生憎だけど、私は職業柄視線に敏感なの。確かにあなたは私を見ていたけど、私の“演技”を見ていたわけじゃないわ」

 

 図星を突かれた。

 確かに俺は演技ではなくオーラを見ていた。

 彼女は俺が何を見ていたかは知らないが、違うものを見ていたのは確信しているようだ。

 これはごまかせそうにない……

 

 下手な言い訳をすると余計に機嫌をそこねそうなので、仕方なく事実を話すことにした……

 ふざけんじゃないわよ! とか怒鳴られそうだ。

 

「……」

 

 そう予想していたら、以外にも彼女は俺の話を真剣に考えているようだ。

 そして次に口を開くと、

 

「あなた、共感覚者なの?」

 

 共感覚……特定の刺激を五感の内、一つ以上の感覚で受け止める知覚現象だったかな?

 そして共感覚者は文字や音に色を感じるとか、色を見ると味を感じるとか……

 確かにそう言われると似ているかもしれない。

 

「厳密な検査をして、正式にそう診断されたわけではありません。そもそも色が見えるようになったのもつい最近なので。でも今話した“感情に色が見える”というのは本当です」

「ふぅん……その真偽はテストをすれば分かるわね。私が演技をするわ。ただし今度はさっきみたいに表情や声は出さない。それで私の感情を当ててみなさい」

 

 頭の回転が速い。そして行動に移すまでが速い。

 

「明るい青色、冷静ですね。……明るい黄色、喜びや楽しさ。……暗い赤、怒り。……また黄色で喜び。……黄色と暗い青? ……楽しいけど悲しい、って感じでしょうか?」

 

 いきなり始まったテストを受け、移り変わるオーラの色と感じた感情を答えると、エリザベータさんはため息を吐いた。

 

「本当みたいね」

 

 どうやら分かっていただけたようだ。

 しかし……

 

「何よ? 何か言いたそうね?」

「共感覚と考えたにしても、よく受け入れられましたね」

 

 正直、聞いた瞬間に罵倒されるかと思ってた。

 

「あなた、私を何だと思ってるのかしら。……でも単に集中していないだけなら今日の練習は打ち切ったわね。でも何かに集中してるのは分かったから、それが何かを聞いて判断しようと思ったまでよ」

 

 中断の瀬戸際じゃないか。

 

「まだ何か言いたそうね」

「大したことではないので」

「そう」

 

 ん? 若干気分を害したか?

 ……罵倒されるかと思ったという一言では特に変化は無かったのに、なぜ急に?

 

「で? その色で感情を見て何を考えてたの?」

 

 おっと、今はこっちに集中しないと。

 

 俺が考えたのは、オーラの変色を演技の基準にすること。

 彼女が模範演技として実演した結果、彼女のオーラは変色した。

 なら俺は、自分のオーラが変わるように感情を出せばどうだろうか?

 

「思いつきですが、参考に出来ればと思って」

 

 考えてみたらこの能力を習得して以来、他人ばかり見て自分のオーラは見ていなかった。

 意識して両手を見ると、しっかりオーラが見える。

 俺のオーラは青がベースに、明るい黄色や赤がすこし混ざっている。

 概ね平静。だけど新しい発見にやや興奮気味……といった所だろう。

 

 このまま演技の練習を再開。

 そしてエリザベータさんがダメ出しを続けた理由が分かった気がした。

 こうしてオーラを比べると違いは明白だ。

 俺のオーラにはほとんど変化がない。精々一割程度だろう。

 

「自分で思っていたよりも表面だけで、感情が入っていない」

「それが自覚できただけ進歩かしらね」

 

 なら次は自分のオーラをいかに目的の感情に近づけるか。

 現にエリザベータさんは実行しているし、俺も一割程度とはいえ変化はあった。

 問題は変化の割合をどう増やすかだが……

 

「足りないと感じたら練習しかないわ。もっと心の底から感情を出しなさい」

 

 心の底から……

 

「生きていたら、心が強く動いた瞬間が一つや二つあるでしょう? それを思い出しなさい。自分の経験から、感情のサンプルを用意する感じかしら……?」

 

 なるほど……やってみよう。

 今年、感情が動いたこと……改めて考えると色々ある。

 その中で一番を選ぶとすれば……

 

 まだペルソナに目覚めて間もない頃、“刈り取る者”と遭遇した時。

 

 危険と知りながら踏み込んだタルタロス。

 初めて抗いようのない力の差を感じた瞬間。

 あの頃は恐怖耐性もなく、姿を見た瞬間に全身が警鐘を鳴らした。

 正面から相対するなんてとんでもない。

 あいつにとって気のない一撃でも、直撃すれば死んだと思う。

 さほど大きくも無いはずの鎖の音が、耳から離れない。

 徐々に近づくその音は、まるで死が近づいてくるようだ。

 攻撃の余波で吹き飛ぶ体。

 全身に回る痛み……!

 

「葉隠様!?」

「ちょっと! 大丈夫なの!?」

「!? あ……」

 

 気づけば、体中に大汗をかいていた。

 

「すみません。一番心が動いた記憶を探したら、死に掛けたことを思い出してしまってそのまま……体調とかは特に問題ありません」

 

 アナライズが作用したのか……少々細かいところまで思い出しすぎたかもしれない。

 体中が反応したようで、多少の疲れを感じる。

 この分ならオーラの色も変わったことだろう。

 

 今はもうそれまでの恐怖が嘘だったかのように消えて、平常だ。

 それは自分のオーラでも確認できた。

 

「平気ならいいわ。今のは感情の表現としては合格よ。でも演技としてはまるでダメ。毎回あんな状態になってたら使い物にならないわ。舞台や映画で必要な演技には台本がある、少なくともそれに従える程度の冷静さは保ってないと。さっきのは“恐怖に慄く演技”じゃなくて、ただ“怯えていただけ”よ。その違いは分かるわね?」

「はい」

「なら次はそこに気をつけて。それから……」

 

 何かを言いかけたところで、彼女のポケットから音が鳴る。

 携帯電話の着信音だ。

 

「……何かしら? ちょっと失礼するわね」

 

 一言断って、窓のそばに移動するエリザベータさん。

 電話の邪魔をしないよう、そしてあまり聞かないようにこちらも少し離れる。

 

「葉隠様、よろしければこちらを」

「ありがとうございます」

 

 ハンナさんから受け取ったタオルで汗をぬぐい、水分も補給。

 

「ふざけないで!」

「ッ!?」

 

 びっくりした……水が気管に入りかけた。

 何かあったのだろうか? 

 ……いや、いつも通りか?

 

「交渉した結果がそれなの!? 譲歩のしすぎね。元はといえば相手方の契約違反が原因でしょう! 事務所としてもしかるべき対応を求める方針だったはずよ。それがどうしてそういう結論になるわけ!?

 ……………………もういいわ。あなたじゃ話にならない。…………結構よ! 言っておくけど、私は事前に譲歩の限界ラインを提示して、事務所もそれを認めたの。そのラインを超える譲歩は許さない。その範囲で話をまとめられないなら契約は白紙よ。私にこれ以上の譲歩を求めるなら、移籍も考えさせてもらうから。それじゃ切るわね。

 ……何度も言わせないで。直接上と話をさせてもらうから、結構よ」

 

 彼女は電話を切ったようだ。

 

「まったく……聞こえた?」

 

 そりゃ聞こえるに決まってる。

 同じ室内であれだけ怒鳴られれば。

 相手方の声までは聞こえなかったけど、交渉が上手くいってないのは把握できた。

 詳細は分からないし、俺の知るべきことではないだろうけど。

 

「そう。悪いけど急いで連絡しないといけない用事ができたから、今日はここまでにさせてもらうわね。明日まで感情のサンプルを増やしておいて。少なくとも喜怒哀楽くらいは。できれば冷静さを失わず、演技に使える程度だとなおいいわ」

 

 宿題を与えられ、今日の練習は終わりとなった。




影虎は料理の勉強をした!
アンジェロ料理長とMr.アドリアーノの経歴が明らかになった!
影虎はオリジナルのシャドウを作ってみた!
影虎は演技の勉強をした!
演技の勉強にオーラを見る能力を応用した!


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174話 継続は力なり、その二

今回は三話を一度に投稿しました。
前回の続きはニつ前からです。


「おっ」

「タイガー、魔術教えて」

 

 演技の勉強が早めに終わり、部屋に戻る途中でアンジェリーナちゃんが待ち構えていた。

 魔術を教えるのは構わないが、もう俺が使ってたのは一通り教えきったんだよな……

 

「この際、新しい魔術を作るか……何かこんなことがしたい! ってアイデアはある?」

「これ……」

「?」

 

 ポケットから小さな紙袋を取り出してきた。

 袋は薄い青色で、振るとシャラシャラ音がする。

 

「お花の種。さっき貰った」

「貰った?」

「当家の庭師がアンジェリーナ様を気に入ったようで……」

 

 ふと口から出た疑問に、アンジェリーナちゃんと一緒にいたメイドさんが答えてくれた。

 種と一緒に土を入れた鉢植えもプレゼントされたらしい。

 つまり育てる準備はできているが、普通に育てたら時間がかかる。

 でも花が咲いているのを見たいので、魔術で何とかできないか……ということ? 

 

 聞いてみると、アンジェリーナちゃんは何度もうなずいた。

 

「花を育てる魔術……よし、試してみようか!」

 

 しかしここではやりにくい。まず場所を移そう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 ~自室~

 

 さて、まず今回の目的は花を育てる、つまり植物の成長を促進する魔術。

 となれば使用するルーンも植物に関するルーンを選択すべきだ。

 

 候補としては以前、掘削や土の壁の魔術にも使った“イング”のルーン。

 これには豊穣の意味もある。

 他にも“ヤラ”という収穫を意味するルーンもあるし、植物の成長には水や光も必要だ。

 水は“ラグ”。光は太陽光と連想して、活力の象徴でもある“シゲル”……このあたりか。

 記述式で成長を促進すると書き込む手もあるが……

 

「アンジェリーナちゃん、そっちはどう?」

「これだけ」

 

 彼女には使えそうな英単語を羅列してもらった。

 その内容に目を通すと、気になる単語が見つかる。

 

 “Life(生命)

 

 北欧神話に“リーヴスラシル”という登場人物がいる。この人物は世界の破滅(ラグナロク)から生き残り、“リーヴ”というもう一人の生き残りと共に、後の人類の祖となったといわれているが……この二人の名前に共通している“リーヴ”は、ルーンを生活にも使用していた時代の言語。古ノルド語で“生命”という意味を持つのだそうだ。さらにそのつづりは“Lif”で、英語のLifeにも近いのが不思議で面白い。

 

 今回の魔術にはこれを組み込んでみよう。

 ……そういえば以前、家庭菜園の本も買ってたな……

 あの本の内容も参考にしよう。

 

 その後、アンジェリーナちゃんに提案し、最終的に二人で一つずつ成長促進のルーンを作成。

 最後に貰った植木鉢の(ふち)と側面に作ったルーンを書き込み、種を植えて二人で魔力を込めた。

 

「……効果、ない?」

「どうかな?」

 

 変化はないが、魔力がルーンを通して植木鉢に宿っているのを感じる。

 しばらくここに置いて様子を見てみよう。

 

 この後、昼食までかくれんぼをして過ごした。

 昨日勘違いが解けたおかげだろうか……今日は手ごたえを感じた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 昼食後

 

 ~会議室~

 

 コールドマン氏の授業が始まる……と思いきや、

 

「エリーとの勉強中にトラブルがあったそうだね?」

 

 そう切り出され、今日はお茶を飲みながらの雑談から始まった。

 せっかくなので彼から学んだこともあわせて、簡潔で分かりやすい説明を心がけた。

 

「なるほど……あのエリーが、感情のサンプルだなんて言い方をするとはね」

 

 体調については問題ないことをしっかり伝えたが、食いつくのはそこか?

 

「あの子はお世辞にも教えるのが上手とは言えない、という話は前にもしただろう? それは向いていないというだけでなく、人に物を教える経験が無いことも一因なのさ」

 

 聞けば彼女は幼い頃から、演技に関して天才的なセンスを有していたらしい。

 俺も彼女の演技力は素直にすごいと思う。

 少しずつ指導に慣れるにつれて、自分と彼女の差を強く感じるようになってきたくらいだ。

 

 そう伝えるとコールドマン氏は喜んだが、その後少しだけ落ち込んだように語る。

 

「才能があることはとても喜ばしいことだがね……それ故に、エリーは一般人の苦労が分からない。勿論あの子自身も楽に今の立場を手に入れたわけではないが、練習を続けていたら、いつのまにかできる様になっている。そういう子だった。

 それにあの子は女優であって、トレーナーではない。だから周囲も後輩への指導力は求めていない。性格的に向いているわけでもないからね。それよりも演技力という長所をさらに伸ばすのが、事務所の方針でもあった。

 結果としてエリーはこれまで人に指導をする技術を持たず、またその技術を磨く必要性もなく生きてきた」

「名選手は必ずしも名コーチにあらず、ということですか」

「まさにその通りさ」

 

 ちなみに俺が最初受け取った大量の本について、コールドマン氏が後で聞いたところ、彼女は俺だけでなく、アドバイスを求めてきた人にはいつもやっていると答えたそうだ。

 

「二度アドバイスを求める者はいないらしいが」

「……無理もないかと。俺も能力が無ければ……」

「私も適当にあしらわれているように感じるだろうと言ったら、“本気で演技力をつけたいならそれ相応の勉強も必要だ”と。“練習してできないなら、練習が足りないか下地ができていないかだ”とも言っていたよ。

 本人は演技関係の本を昔から読んでいたし、練習すればできたからだろうけどね……そんな事を行っていたあの子が、“自分の経験から、感情のサンプルを用意する感じかしら……?”だなんて、教え方を考えているような事を言うとは。いくつになっても孫の成長は嬉しいものだ」

 

 口元へ運ばれるティーカップ。

 同じように俺も一口いただくと中身が無くなった。

 

「では、そろそろスピーチの話に移ろうか」

「よろしくお願いします」

「前回でスピーチの内容を決め、ある程度原稿もできた。そこで今回は実際に練習を行う。加えてスピーチの原稿を他にも作っておきたい」

「原稿を複数。内容は?」

「どれも同じ、夏休みの出来事で。想定する違いはスピーチの相手と状況」

 

 マスコミ相手か、クラスメイト相手か。

 スピーチの会場が用意されているのか、路上で突撃取材を受けたのか。

 話す時間がたっぷりあるのか、それとも急ぎで僅かな時間しかないのか。

 

「スピーチと言うと、壇上で大勢に向かって話すイメージが先行するかもしれない。しかし友人同士での会話でも、相手に物事を伝えるという本質は同じだ。問題はTPOに合った話し方。使える時間。状況に合わせたスピーチでなければ、優れた技術も最大の効果を発揮することはできない。

 理想はその都度、即座に状況を把握し、フレキシブルに対応できることだが、いきなりは難しいはずだ。君のアナライズを使えば不可能ではないかもしれないが、万全を期すためだ。今回はあらかじめいくつかのケースを想定して用意をしておこうと思う」

 

 納得の理由だ。

 そして提示されたシチュエーションは六つ。

 

 1.教室に集まったクラスメイト用。

 2.講堂に集められた全校生徒用。

 3.マスコミの突撃取材用。

 4.記者会見用。

 5.動画サイト用。

 6.桐条先輩用。

 

「1番は学校が始まればまず避けられない。

 2番は学校側の都合もあるが、できれば実行してもらいたい。全体で情報を共有し、共通の認識ができれば、多少は面倒を防ぐ役に立つだろう。少なくとも次々に訪れる個人に対してその都度説明してまわるよりは楽になる。

 3番は街中が主な場所。通学中なら遅刻を理由に逃げるのも手だ。注意点はまた後で。

 4番はこれまで練習したスピーチだ。引き続き磨き上げていこう」

「5番の動画サイト用とは?」

「メディアを通さず情報を発信し、視聴者へダイレクトに訴えられるというのは大きな利点だ。メディアの情報操作を受けることがなく、こちらの意思や事実をそのままに伝えることができる。不適切な発言など注意すべき点は多いが、上手く使えれば利は多い」

「なるほど。では最後の6番のクラスメイト用との差は?」

 

 まさか先輩用に敬語でとか、そんな些細な違いではないだろう。

 

「6番は状況説明に加えて、超人プロジェクトの表向きの情報。そして君がプロジェクトのテストケースになった事を加えたい。今後君がプロジェクト関連の活動をする可能性があるという事前報告に、桐条への牽制だ」

 

 牽制。

 俺のバックにコールドマン氏がついていると明らかにして、変な手出しをしにくくするのか。

 

「万が一君が桐条グループに怪しまれた場合でも軽率な行動はとりにくくなるはずだ。プロジェクトの重要人物が突然失踪すれば、私が君を捜索させる可能性くらいは想像できるだろうからね。説明の際には不自然でない程度に親密さをアピールしてくれ」

「お気遣い、本当にありがとうございます」

「実際に仕事を頼む可能性もある。そのときはよろしく頼むよ」

 

 今後のために、コールドマン氏との打ち合わせが続く……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~キッチン~

 

 アンジェロ料理長から料理を教わった!

 ケーキは昨日の練習でだいぶ完成度が上がったらしい。

 作っていて少し驚かれた。

 

 これで今日の授業は終わりだが……

 今日はまだ料理を続ける。

 

「葉隠様。こちらがご注文の品です」

「ありがとうございます」

「? まだ材料は残っているはずだが?」

 

 受け取った物が食材と分かり、料理長に問いかけられた。

 

「これは課題練習用ではなく、気になった事を確かめたくてお願いしたんです」

 

 注文したのは、この屋敷では使われないような“安い食材”。

 一般的なスーパーマーケットからわざわざ買ってきていただいた。

 この食材を使って、俺は課題とは別の料理を作る。

 

「……あの、料理長。なぜそこに?」

「何を作るのか興味があるので見せてもらう」

 

 課題とは違う意味で緊張するが、調理開始。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「できました!」

 

 “豚肉のソテー with バーベキュー風ガーリックオニオンソース”

 “きのこと野菜の具沢山コンソメスープ”

 “ふっくらフランスパン&カリッとガーリックブレッド”

 “謎の青汁”

 

 以前、皆の回復用に作った四品を作ってみた。

 使った食材は一般的なスーパーで買い集めてもらったので、品質に大きな差はないはず。

 違いが出るとすれば、俺の腕前のみ。

 

 緊張を抑えて、味見をする。

 

「!! 全然ダメだ」

「味が悪いわけではないが、まだ改善の余地はあるな」

 

 アンジェロ料理長の言う通り。

 味は以前作った物よりも美味しいくらいだ。

 回復量もやや上がっていると思う。

 だけど、それでも、以前は分からなかった些細な味のバランスの悪さが分かる。

 改善の余地があると分かってしまい、かつて感じた満足感が無い。

 

「ここの生活で相当舌が肥えたみたいです」

「良い傾向だ。料理の上達に繊細な舌は持っていて困るものではないからな。具体的にどこが問題だと思う?」

 

 料理長の問いかけに、一品一品答えていく。

 すると料理長は答えあわせと共に、問題点の解決策を教えてくれた。

 それらを完璧に実行できれば、さらに良い料理になるだろう。

 

 課題と違うにもかかわらず、丁寧な指導をしていただけた!




影虎はアンジェリーナと魔術の実験をした!
影虎はスピーチの勉強をした!
影虎は料理の勉強をした!


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175話 衝撃の事実

 夜

 

 ~廊下~

 

 料理の練習から夕食と続いたため、少々食べ過ぎに感じたので、気功で消化を促進。

 エネルギーに変えていたら、いきなり父さんに呼び出された。

 

「父さん? 来たよ」

「入ってくれ!」

 

 面倒に思いつつ部屋を訪ねると……

 父さん、母さん。江戸川先生に天田まで。

 ソファーに日本人が集合していた。

 

「おう、そっち座れ。大事な話があるからよ」

「大事な話?」

「天田君の事よ」

 

 ソファーに座ったタイミングで母さんが補足。

 続けて父さんに目配せをする。

 

「影虎。俺ら、ベッドの中にいる間考えてたんだ」

「いきなり言われても困るだろうけれど、天田君。私たちは今のあなたの保護者に、良い印象を持っていないわ。金銭的な援助はしているようだけど、保護者の義務はそれだけじゃない。そう、私たちは考えているの」

「……はい」

 

 天田は答え方に困っている……

 

「そこでだ。天田、お前、うちの息子にならないか(・・・・・・・・・・・)?」

 

 ……

 

「えっ!?」

「はぁっ!?」

「ヒヒヒ、思い切った提案ですねぇ……」

「ちょっ、ちょっと待ってください! どういうことですか!?」

「父さん、最初からちゃんと説明してくれ。面倒だからって説明を端折るなよ」

「ぐだぐだ話すより分かりやすいと思ったんだがなぁ……いいか?

 俺らは天田の保護者がクソだと思ってる。

 そんで実際に連中は天田が事件に巻き込まれても電話一本、一言で済ませるクソ野郎共。

 俺らはそんな奴を保護者として認めねぇし、天田にとって良い環境とは思えねぇ。

 だったら俺らの息子になって、俺らが保護者になれば万事解決って訳だ!」

「万事解決! じゃねぇよ馬鹿親父!? 突然すぎるだろ!」

 

 天田が困りすぎて固まってるじゃないか!

 

「虎ちゃん落ち着いて。龍斗さんも急すぎるわ。……虎ちゃんと天田君には私から説明するわね」

 

 母さんから説明を受ける。

 それによると、二人は天田の保護者に対して不信感と、同じ保護者として怒りを覚えていた。

 相談した結果、天田にその意思があれば、養子として迎え入れても良いという事で合意。

 二人の合意はあるので、天田の同意があれば養子縁組の最低条件はクリア。

 

「……養子縁組って、そんなに簡単にできるんですか?」

「俺もそう思う。法定代理人(後見人)である今の保護者からも許可を得る必要があるんんじゃない?」

「確かにそうね。だけど代理人が代理人としての義務を果たしていない場合、家庭裁判所に訴え出て認められれば、代理人を解任させることができるわ」

「小学生を全寮制の学校にぶち込んで、金だけ渡して休みにも帰省させねぇでほったらかし。挙句の果てに事故に巻き込まれても直接会ったことのねぇ他人の親に任せきり。保護者の義務を果たしてるなんて言えるかよ?」

「会社の顧問弁護士さんに、龍斗さんの昔のお友達にもその手の問題が得意な弁護士の方がいるそうなの」

「弁護士……」

「天田君。こんな話を急にされて戸惑っているでしょうけど、答えを急ぐ必要はないわ。よく考えるべきことだし、今の保護者を解任するなら、そのための準備も必要になる。だけどこれだけは覚えておいて。……天田君は一人じゃないの。弁護士を用意することもできるし、私たちも天田君が困っていたら協力できる。だから、何かあればすぐに連絡してほしいわ」

「雪美さん……!」

 

 涙目で呟いた天田の頭に、親父の手が覆いかぶさる。

 

「何泣いてんだよ」

「なっ! 泣いてなんか!」

「そうかよ。……まぁ雪美の言う通りだ。あと急な話ですまなかった。日本に帰ったら俺らは仕事もあるし、直接会いにくくなるだろうから、つい、な……あ、だからって遠慮なんかすんじゃねぇぞ? したらその次会ったときにぶん殴るからな」

 

 養子縁組。

 まったく考えていなかったやり方だが、二人も天田のことを考えてくれていた。

 天田も複雑そうではあるが、嬉しそうでもある。

 不安もあるが……最も幸せになれる道を選んでほしい。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

「葉隠先輩、それって……」

「お、訓練用シャドウをもう倒したのか」

 

 召喚の実験をしていたら、天田が顔を引きつらせながら声をかけてきた。

 

「ええ、だんだん慣れて……じゃないですよ!? なんで“ルサンチマン”を使ってるんですか!?」

「ああ、大丈夫だよ。これ外見だけだから」

 

 ルサンチマンを使っているのではない。

 ルサンチマンの形をした、オリジナルシャドウだ。

 それも“囁くティアラ”をベースにして能力も与えてない、宙に浮かべるだけのシャドウ。

 

「名付けて“移動用シャドウNo.01”」

 

 ルサンチマンはまだ扱えないが、攻撃に対する守りの堅さや飛行能力が使えれば便利だ。

 日本に帰って天田もタルタロス探索に加わるなら、移動手段があった方が良い。

 だから試してみた。

 

「一応飛べたけど、スピードは遅いし防御力も低い。そして何よりルサンチマンほど快適じゃない」

 

 ルサンチマンの中は体にフィットして常に快適な硬さと沈み具合だったけど、これは硬い。

 改善の余地はまだまだある……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 8月27日

 

 朝

 

 ~自室~

 

 朝目覚めたら、預かった鉢植えがすごいことになっていた。

 

「おはようございます、葉隠様。……それはどうなされたのですか?」

「朝起きたらこうなってました。たぶん昨日の魔術の効果が出たんでしょうね……」

 

 鉢植えからは茎が伸び放題。

 自重を支えきれずに倒れてしまい、鉢を置いてテーブルの足にまで絡み付いている。

 そして肝心の花はコスモスのようだけど、

 

「枯れてる……」

 

 成長が進みすぎて、種になってしまっているようだ。

 二人ががりで魔術を行使したのは過剰だったか?

 植物の成長促進には成功したが、これじゃ綺麗な花は見られない。

 まだ改良する必要がある。

 でも目下の問題は、

 

「アンジェリーナちゃん、がっかりするかなぁ……」

 

 作業中の楽しみなオーラ。輝いていた目。

 それらを思い出すと、結果を伝えるのが少々心苦しい。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~食堂~

 

 朝食の時間で人が集まるが、今日はエリザベータさんの姿が見えない。

 席を外している事は珍しくもないが、昨日のこともある。

 やはり忙しいのだろうか?

 

「今回の相手先が少々頑固なようだね。それに事務所の担当者も弱腰だと息巻いていたよ」

 

 本気で怒ってたしなぁ……

 まぁ、彼女がいないならここで話しても大丈夫だろう。

 

 魔術実験の結果を皆に報告した。

 

「もう一度やる」

 

 アンジェリーナちゃんはやはり、がっかりしている。

 しかし次回への熱意もあるようだ。

 

「ちなみに気づいたらスキルが一つ増えてたんだけど、たぶんその実験が原因だと思うんだ。アンジェリーナちゃんにも増えてない?」

「……増えてる。“豊穣祈願”?」

「それそれ、同じスキルだね」

「名称から概ね検討がつくが、詳細は?」

 

 父親として害がないか気になるんだろう。

 ジョージさんの声がやや固い。

 

「危険はなさそう。貴重な材料がとれやすくなる。それから取れる回数が増える……?」

「作物の質が良くなったり、生産量が増えるんじゃないかと思います」

「ペルソナには本当に多種多様な能力があるんだな」

「アンジェリーナがそれで野菜を作ってくれたら、家計の助けになるかもねぇ」

「グランマったら」

「私はグランマに賛成。影響する範囲によっては、食糧問題を改善する一助となる可能性を秘めているかもしれないわ。攻撃魔法も体内にある魔力を、火なら熱。風は風力。雷は電気。私たちが日常的に使う様々なエネルギーに変換して利用できるかもしれない。使い方さえ間違えなければ、元手がかからなくて環境にやさしい、クリーンなエネルギーを生み出せる、ペルソナは可能性の塊なの。わかる?」

「分かった。分かったから落ち着きなさい、エイミー」

「なぁカイル、近頃エイミーが以前にも増して思考に没頭してないか?」

「いくら考えても疑問や調べたいことが尽きないんだろう。ロイドが能力を手に入れて、手がかりも増えたからな」

「他人事みたいに言いやがって。毎晩付き合わされる身にもなってくれよ……」

「「俺たちはペルソナを使えないから仕方がない」」

「この野郎共ッ……!」

 

 エイミーさんに付き合わされる、ウィリアムさんのストレスが大きそうだ……

 

「とにかくペルソナは戦力でもあるが、平和的活用の道も考えられるということだね。将来を見据え、そちらの道を探求するのも有意義だと思う。

 タイガー。アンジェリーナ。余裕があるときにでかまわないから、新しく得た“豊穣祈願”を試したら結果を教えてほしい」

 

 確かに平和利用は悪くない。

 日本に帰ったら気長に調べてみよう。

 プランターなら寮の部屋でも置けるだろう。

 もし部室の周りを使えたら家庭菜園でも……あっ。

 

「? タイガー。どうかしたのかね?」

「一つ思い出した事があって。特殊な作物の苗なんですが、育てると特殊な効果を持つ野菜があったはずなんです。体力や魔力の回復はもちろん。即死魔法を無効化したり、敵の攻撃を反射したり」

「そんな作物があるのかね!?」

「というかそれは野菜なの!?」

 

 声を上げたのはコールドマン氏とジョナサンだが、この場にいる誰もが驚いたようだ。

 

「そんなものがあるなら是非とも手に入れたいが……調達は難しいだろうか?」

「いや……実際に見たことはありませんが、買えそうな場所に心当たりはあります。それに売ってるのが主婦だったり、そんなに貴重な扱いをされているようには思えません。少なくとも俺の持ってる情報では」

 

 だいだら.と八十稲羽市の存在は既に確認できている。だからそのあたりを調べてみれば分かるかも知れない。

 

「八十稲羽市?」

 

 そう告げたところで、意外な声が上がる。

 

「父さん。何か知ってるの?」

「だいぶ前の話になるが、龍也がその町に住んでる親戚の店で昔修行してたんだ。それにあの辺は海も近くて、走ると気分の良い道が多くてな。若いころはよく遊びに行ってた。つーかお前を連れてった事もあるぞ」

「マジで!? いつ!?」

「まだ歩けもしない頃だ。さすがに覚えてねぇか。俺が最後に行ったのもそんくらいだし、苗のことはわからねぇ。でもあそこの事なら龍也に聞けば何か分かるんじゃないか? 本人が知らなくたって、あいつの修行先の親戚に頼めば調べてもらえるかも知れねぇし」

 

 なるほど!

 

 そんな繋がりがあったとは知らなかったが、望外の有力情報だ。

 さっそく叔父さんの修行先について聞こう。

 そう考えたところで気づく。

 

 叔父さん。修行先は親戚の店。これってもしかして……

 

「ねぇ父さん……その親戚の店ってさ、“愛家”って店じゃない? 肉丼がある」

「なんだ、覚えてんのか? “愛家”で合ってるぜ」

 

 ペルソナ4で度々登場する“愛家”は、俺の親戚の店でもあったようだ。




天田は養子縁組という道を提示された!
影虎は移動用シャドウを作った!
影虎は“豊穣祈願”を習得した!
影虎たちは“苗”に興味を示している!
影虎と愛家の関係が発覚した!


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176話 継続は力なり、その三

 朝食後

 

 今日はどうかと思ったが、演技指導は続けていただけるようだ。

 

「よろしくお願いします。宿題のサンプルはできるだけ集めてきました」

「分かってるわ。まず喜怒哀楽から見せて。表情と台詞はサンプルの状況を再現する形で」

 

 部屋に入ると真っ先に、これまでで一番不機嫌なオーラが目に飛び込んだけれど、やはり演技の練習には持ち込まないらしい。いたって冷静で真剣なオーラ。こちらも真剣に感情を表現して答える。

 

 基本的な喜怒哀楽は、全身のオーラを目的の感情の色に染め上げていくように。

 サンプルとなる記憶を引き出し、オーラを単色に近づける。

 ただし自分を失わないように、オーラの一から二割は冷静さの青を混ぜずに置く。

 

 複雑な感情も単純な感情の組み合わせだ。

 エリザベータさんの鮮やかな紫色は、熱意と冷静さの赤と青が元になっている。

 同じように、複雑な感情は色を配合するイメージで。

 冷静な青と暗めな怒りの赤を3:5の割合で混合し、完成するのは“冷静な怒り”。

 怒りが強めなこの感情は、以前教室で絡んできた“青木”と話をした時の感情を再現した。

 そこへ整えた表情と声色を合わせて、一つにすれば……どうだ?

 

「ふぅん……まぁいいでしょう。感情の表現は急に上手くなったわね」

 

 分かりやすい褒め言葉をいただけた!

 

「でも切り替えが遅いし、それ以上に気持ち悪いわ。それは自分でも分かってるわよね?」

 

 確かに……

 

 サンプルとして記憶を引き出し、オーラを変色させるために要する時間が十数秒。

 心から感情をこめられるが、それだけで精一杯だ。

 なおその途中は記憶を反芻するため、状況を細かく言葉にしていた。

 

 独り言をつぶやき続けた直後に豹変……

 前半だけでちょっとヤバそうな雰囲気がする字面だ。

 さらに後半が加わるともっとヤバイ奴。

 

「これを読んで」

「?」

 

 なかなか年季の入った冊子。

 本じゃない。台本か?

 

「私がデビューした作品の台本よ。今日はそれを使って、私の相手役として実際に演技をしてもらうわ。表現力は一応、要求の最低ラインは超えたから。あとはそれをスムーズにすること。今のままじゃ会話で使えないわ。

 台本はすぐ頭に入るでしょ? シーンの前後が書いてあるから、そこをしっかり読んで役柄の感情の変化とそこまでの脈絡を良く考えなさい」

 

 ……驚いた。

 注目すべきポイントを具体的に(・・・・)教えてくれた事にビックリした! 

 

「何よその顔」

「いえ。すごく分かりやすいなと」

「へぇ? それじゃ私の指導は分かりにくかったって事かしら」

 

 しまった……

 

「そんなことは」

「あらそう」

 

 ん? 表面上はそっけない感じだが、オーラが不機嫌に。

 時々こういう事があるけど、タイミングがおかしくないか? 

 分かりにくいと言われた時には変化が無く、それを否定したのに不機嫌になるなんて。

 ……もしかしてこの人。

 ふと思いついた可能性を、確認してみる。

 

「質問があります」

「何かしら?」

「もしかして、建前がお嫌いですか?」

「どうしてそう思うの?」

 

 どうやら図星のようだ。

 表情はまったく変わらないが、オーラは明らかに変化した。

 

「これまでの感情変化は見えて(・・・)いましたから。そのタイミングでもしかしてと今思いました」

「そう……あなたに限った話じゃないけどね。気持ち悪いのよ。そういうの」

 

 やっぱりか……ようやく分かった。この人、父さんに近いタイプの人だ。

 既に隠す気もなくなったのか、あっさりと認めた上に表情も嫌そうになった。

 さらに聞いてもいないのに、鬱憤が吐き出しされる。

 

「私を誰だと思ってるのかしら? あなたみたいに色が見えるわけじゃないけど、視線や顔の筋肉の動きで考えてる事は丸分かりよ。

 そうとも知らずにどいつもこいつも、隠す気がないとしか思えないヘタクソな演技でご機嫌をとろうとして。気持ち悪いったらないわ! どうせおべっか使うなら、せめてばれないようにやりなさいよね!」

「色々と要求に無理がある……」

 

 大女優を騙しきる演技力とか、一般人に求めるには難易度高すぎない?

 それにビジネスシーンなら思った事を思ったそばから口にするわけにもいかないだろう。

 

「言われなくたって分かってるわよ。だから我慢もするし、あなたにも何も言わないであげたでしょ? だけど嫌な物は嫌」

 

 それもそうか。

 実に簡潔な答えだった……

 

「そんなことより練習を始めるわよ。言い忘れてたけど、もうほとんど時間がなさそうだから」

「お仕事の問題が解決したんですか?」

「まだだけど、本来ここまで時間がかかる方がおかしいのよ。担当者がもっと有能な人に代わったし、すぐに撮影再開か打ち切りのどちらかで結論が出るはずよ」

 

 さらに明日には事務所から警護担当の人員が派遣されてくるらしい。

 交渉の結果が決まれば、撮影場所か新しい仕事場のどちらかへ向かうことになるようだ。

 

「だから私が貴方に教えられるのは明日までだと思いなさい」

 

 連絡がきたらそれまで。

 元々そういう約束で指導をしていただいている。

 それに俺の帰国も29日の夜。つまり明後日だ。

 思えばあっという間だった……残りの時間を有意義に使わなければ!

 

「練習、よろしくお願いします!」

 

 演技の練習に集中した!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼食前

 

 ~別館1F~

 

「見つけた!」

「見つかった……」

 

 希薄なので言葉では表現しづらいが、集中すると気配は思いのほか簡単に察知できた。

 今ではアンジェリーナちゃんを、なんとか時間内には見つけられる。

 残るは隠れ方。

 彼女が言うには“気配をぐっと抑える感じ”らしい。

 練習あるのみだ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼食後

 

 ~キッチン~

 

 指導を受けながら、料理ができた。

 まだ料理長の料理と比べれば粗が目立つが、最初と比べて大きく進歩している。

 特にこの白身魚のポワレ。

 口に含んだときの食感が近づいてきた。

 表面は香ばしく、身はふっくらとして……ウナギのような食感だ。

 

「よく気づいたな」

 

 俺の自己評価を聞いた料理長がニヤリと笑う。

 

「タイガー。この料理は“白身魚のポワレ”だが、“ポワレ”とは何だ?」

「フランス料理の調理法ですが、その意味は時代や料理人によって異なります。ある料理人は“蓋をした浅い胴鍋に少量のフォン(フランス料理における出汁)を加えて蒸し焼きにすること”と定義したそうですが、近年ではフライパンに油をひいて具材の表面をパリッとした食感に焼き上げる技法を指すことが多い……ですね?」

「よろしい。ではこの白身魚のポワレは、今言ったどちらの意味合いだ?」

「両方だと思います」

 

 アンジェロ料理長のレシピでは、まずフライパンで魚の表面をパリッと香ばしく焼き上げてから、フォンを加えて蒸し焼きにする。だから、どちらかではなく両方。

 

 料理長も満足そうに頷いた。

 

「このポワレは焼いてから蒸す(・・・・・・・)。この工程が、日本のうなぎの調理法と同じなんだ。日本のフクオカという場所を知っているか?」

「福岡? 知ってます。何度か行ったこともあります」

「私もそこに昔行ったことがあってな。そこで食べたうなぎに感動したので、これはそれを参考にしたレシピなんだ。本場は木製の蒸し器で蒸していたが、ここではフライパンでやっている」

 

 さらに蒸すために使うフォン(出汁)は、“フォン・ド・ポワソン”。

 フュメとも呼ばれる白身魚の出汁を使うことで、骨やアラから取り出された旨みを加える。

 だから表面は香ばしく、身はふんわりとした食感に。

 そして淡白な身でも、ソースに負けない味を兼ね備えた一品にできたのだ。

 アンジェロ料理長はそう語る。

 

 さすがは元三ツ星料理人。本職のフランス料理だけにこだわらず、日本料理の手法まで柔軟に取り込んで味を追求していたようだ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~会議室~

 

 いつものように会議室を訪れると、コールドマン氏だけでなくカレンさんも待っていた。

 

「前回までで、スピーチの内容や話し方については教えた。今回はそれをマスコミに対して実践する時の心構えを教えよう」

「その後は私たちを相手に、質疑応答の実践練習をしてもらうわ。ビシバシいくから覚悟しててね?」

 

 笑顔で説明するコールドマン氏の横で、ウインクをしたカレンさん。

 和やかな雰囲気の中、今日の授業が始まった。

 

「これまで君には話し方やその内容の決め方について教えてきた。そして帰国後に向けて用意もしてきたが……残念ながら、予定していた通りに事が進むとは限らないのが本番だ。慣れないうちは緊張するだろうし、説明中に横槍を入れられることもある。

 もちろんあらゆるパターンを考え、入念に準備をすることで備えることはできるけれど、想像していないイレギュラーはどうしても、発生する時は発生してしまうのさ。だから予定通り、完璧に、ベストな結果を毎回出し続けるというのは非常に難しい」

 

 だからこそ、

 

「ベストを求めるのは悪いことではないが、それは理想。現実的にはベストではなく、ベターな結果を出すことを考えてもらいたい。完璧にしようと、あるいはミスを取り返そうと無理をして、逆に余計なミスを増やさないように。多少の失敗であれば後からのリカバリーは可能だからね。

 無理をして傷を広げる必要はないし、致命的なミスや状況をリカバリーできる小さなミスで食い止めるのも大切な事だと覚えておいてほしい。上手くその場をしのげば次に繋げることができる。そこで挽回することを考えるんだ」

 

 そのために重要なのは、如何にその場の主導権を握り優位を保つかだという。

 

「そのために私が協力するわ」

「相手の発言の粗を見抜いて追求し、自らの意見は合理的に伝え、聞く者を説き伏せる。彼女には法廷で磨き上げられた腕前がある。だから彼女にマスコミの代役を頼んだんだ」

 

 そういう事か!

 

「納得してもらった所で練習を始めよう」

 

 二人を相手に、質疑応答の実践練習を行った!

 これまでよりも密度の高い練習になった!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~視聴覚室~

 

 帰国の日が近づいているので、思い出作りにと安藤家の五人に誘われた。

 普段は映画などを見るために使われる部屋らしいが、今日は全員楽器を持っている。

 ここは部屋全体が防音で、大きな音を鳴らしても問題ない。

 俺もバイオリンを持参しようかと思ったら、トキコさんは俺より先に視聴覚室へ来ていた。

 

 相変わらず神出鬼没なバイオリンだ。

 

 五人と一人……? と一緒に演奏して楽しんだ!




影虎は演技の練習をした!
影虎の“表現力”が上がった!
エリザベータの建前嫌いが発覚した!


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177話 事件発生

 翌日

 

 8月28日

 

 朝

 

 朝食に向かうと、食堂の前に黒スーツの警備員が立っている。それも四人。

 会釈をして横を通ると、何も言われない代わりに探るような視線を受けた。

 

「……」

 

 先に来ていたエリザベータさんに声をかけようかと思ったが、なにやら真剣な顔で台本を読んでいるので控えることにした。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 朝食が始まり読むのをやめた彼女に聞いてみると、予想通り。

 外にいる警備員は彼女の事務所から派遣されてきたそうだ。

 読んでいた台本は今度の映画の物。

 

「撮影、再開することになったんですね」

「当初の計画でね。まったく余計な手間をかけさせてくれたわ」

 

 ということはやはり、演技の指導は今日で最後だ。

 

 

 

 

 ……そう意気込んで始めた、朝食後の練習で。

 俺は四人の警備員を殴り倒した。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~会議室~

 

 どうしてこうなった……

 

「タイガー。エリー。報告は受けているが、一応二人の口からも事実を確認させてくれ」

「不幸な事故よ」

 

 疲れたように、お前が話せと言いたげな視線を送られた。

 

「俺たちはいつものように、演技の練習を始めました」

 

 メニューは昨日と同じく、台本を用いての実践練習。

 その間、警備員の方々は扉の外で待っていた。

 最初は一緒に中に入ろうとしたのだが、エリザベータさんが拒否したのだ。

 家の中でまで付きまとわれたくないし、練習の邪魔だと。

 俺たち二人きりではなく、ハンナさんが同席することでその場はまとまったが、

 

「今日の台本が女性とストーカー男のサスペンス物でして」

 

 俺は台本と一緒に渡された小道具のナイフを持ち、演技の練習をした。

 だがこの時、最後の練習と気合を入れていたのは俺だけでなく彼女も同じだった。

 ストーリーが進むにつれて熱が入り、とうとう小道具を使うシーンで彼女は悲鳴を上げる。

 本当に襲われそうになっているような、臨場感たっぷりの悲鳴を。

 

 それを合図に警備員がなだれ込んできてしまった。

 最初は様子見に扉を開けて覗き込んだだけだったと思う。

 しかしその時はシーンの都合上、俺の片手にはナイフが握られている。

 昔実際に映画の小道具として使われた物だそうで、本物のように精巧な作りの模造ナイフ。

 

「あとその時は先日襲撃してきた麻薬利用者を参考に、茫然自失な感じの表情を作っていたので」

 

 全部合わせると、本当にヤバイ奴に見えたんだろう。なだれ込む警備員の一人が大声で“Freeze(動くな)!”と怒鳴り、もう一人がエリザベータさんの身柄を確保した。

 

 一連の行動は感心してしまうほどにスムーズ。

 よく訓練された動きという表現は、あんな動きに対して使うんだろう。

 保護されたエリザベータさん自身も制止する暇がなかったほどだ。

 

 しかしこの時。

 俺はエリザベータさんが保護された事よりも、懐や腰に手を伸ばす警備員に反応した。

 周辺把握で伸びる手が拳銃型の物体を握った事が分かり、対処に移ってしまった。

 小道具のナイフを投げ、銃を向けられる前に敵を無力化する。

 その一心で体が動き、同時に魔術による強化。

 反射的にこれまでの経験と学んだ技術を最大限に活用してしまった。

 全員ほぼ気絶しただけで済ませられたのがせめてもの救いだ。

 

「君が全力を出せばそうなるか」

「申し訳ありません」

「あなただけが悪いわけじゃないでしょ。そもそも演技と見抜けずにテーザーガンを向けたのはあっちの方よ」

「確かに。タイガーだけの落ち度ではないね。反省しているようだし、この件は私が預かろう」

「ありがとうございます」

 

 またお世話になってしまったなぁ……

 

「ところでエリー」

「何? お爺様」

「タイガーの演技力はどこまで上がったんだい? 今回の件はボディーガードが演技と分からなかった……この点は殴り倒された四人からも証言がある。それほど上がったのかね? それから実際に演技を教えてみた感想は?」

「お爺様、私たちを呼んだのはそっちが目的ね?」

「私のプロジェクトにも関わる事だからね」

 

 仕事上必要だからついでに聞いておく。

 そんな雰囲気をかもし出しつつ、明確な肯定も否定もしないコールドマン氏。

 かれはじっとエリザベータさんの返答を待つ。

 

「そうね……物覚えは良かったわ。本は読んでくるし、言った事は一度で覚える。実技も私には分からない感覚を使って、全部を自分のものにしようとしてるのが分かったわ」

 

 どこか軽く呆れたように。

 それでいて真面目なトーンで彼女は続ける。

 

「特に一度感情を込めるコツをつかんでからは急激に成長したわね。一度台本を読むごとに、少しずつだけど上達を感じた。最後をあんな形で中断されたのが残念よ。

 演技はまだまだ荒いけど、最後の演技はオーディションで顰蹙を買わない程度にはなったと思うわ。少なくともたった一週間の成果とは誰も思わないでしょうね」

 

 ……最後のほうはちょくちょく褒められていたけれど、総評が思った以上に高評価だ!

 

「エリー基準でその評価か」

「私は思ったことを言っただけよ。これからあなたがどうするかは知らないけど、調子に乗らないことね。素人から急成長しただけであって、一流には程遠いわ」

「時間を探して練習は続けますよ」

「そう。好きになさい」

 

 彼女がおもむろに席を立つ。

 

「エリー?」

「ちょっと待っていて、お爺様」

 

 言い残して部屋を出て行ってしまった。

 

「どうしたんでしょうか?」

「さて、何だろうね? まぁすぐに戻ってくるだろう。それはそうとよく頑張った。エリーは言い方がきついが嘘は言わない。自信を持っていい」

 

 そのまま練習の詳細や苦労話へと会話を広げていると、

 

「お待たせ」

「エリー、それは?」

 

 戻ってきた彼女は、古ぼけた車輪つきのトランクを引いていた。

 

「タイガー。これをあげるわ」

 

 中身は何だろう?

 

ウィッグ(かつら)、帽子、サングラス。私が高校生の頃に使っていた変装用の小物よ。台本や小道具を見繕っていた時に見つけたんだけど、もうサイズも合わないしデザインも今の私が使うような物じゃないからあなたにあげる。それからこれも」

 

 彼女が取り出したのは二枚の名刺。

 片方はエリザベータさん本人の写真入り。

 もう片方は誰だか分からないが、職業は俳優・女優養成所の経営者らしい。

 

「私の事務所が経営してるスクールの代表者よ。下にスクールの連絡先も書いてあるわ。あなたが今後どうするかは知らないけど、まだ演技を学びたいならそっちに行きなさい。私は仕事があるから、今回みたいに面倒を見てる暇はもうないわ」

「……ありがとうございます!」

 

 彼女はここで教えて終わりではなく、次に繋げる道を提示してくれた。

 

「今は事情があって答えられませんが、高校卒業後の進路の一つとして考えさせていただきます」

「私から教わっておいて、贅沢な話ね。まぁいいわ、これであなたへの指導は終わり。いいわね? お爺様」

「もちろんだ。元々時間があれば、という話だったからね」

「なら、私はもう行くわ」

 

 そして彼女はあっさりとした態度で部屋を出て行く。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 三十分後

 

 コールドマン邸の玄関前で、俺とコールドマン氏は黒塗りの車を見送っていた。

 

「行ってしまいますね」

「あの子はいつもこう、突然出て行くんだ」

 

 エリザベータさんが荷物を取りに行っている間に聞いた話だが……彼女には今朝、ボディーガードと合流した“その足で”仕事に向かうように、事務所から指示が出ていたそうだ。

 

 だから本来なら、彼女はもうここにいないはず。

 俺も最後の授業を受けられなかったはず。

 そこで理由をつけてまで、彼女は時間を作ってくれていた。

 

 さらに俺がボディーガードを殴り倒した後、彼女は何も聞かなかった。

 ペルソナや魔術で明確に異常な現象を起こしたわけではない。

 けれど、普通に考えて高校生がプロのボディガード四人を圧倒できるだろうか?

 多少の質問は覚悟していたが、最後まで、彼女は何も聞かなかった。

 

 また、それらについて自分から何かを語ることもなく、もう屋敷の門を出ようとしている。

 

 徐々に小さくなる車を眺めていると、不器用な大女優の気遣いを感じ……自然と頭が下がっていた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~別館1F~

 

 演技の指導は終わってしまったが、余韻に浸っている暇はない。

 学べる残り時間が短いのは、ほかも同じだ。

 今日もアンジェリーナちゃんとかくれんぼを行う。

 

 何度も続けていて、ふと思う。

 気配とは、オーラのように体から漏れ出した気や魔力なのかもしれない。

 なんとなくだが……

 気が高ぶっている時や体を動している時は見つかりやすいし、見つけやすい。

 逆に落ち着いて潜んでいるときはなかなか見つからない。

 

 だからアンジェリーナちゃんを探す時は、まず周囲に目をくばる。

 そして彼女がこちらを察知して動いたところで、強まる気配を感じ取って追う。

 こうして見つけることはできるようになった。

 

 しかし、おそらくアンジェリーナちゃんも同じ方法で俺を見つけているんだろう。

 ほとんど同じ形で俺も見つかってしまう。

 

 もっと気配を抑えろ……

 動きはゆっくりでもいい……

 動いていても、心は落ち着けて……

 

 そのままお互いの役割交換を繰り返し、本日五回目の鬼を始めて数分。

 今日一番の集中を感じていた所で、不意に心が乱される。

 

「!!」

 

 ……新しいスキルを習得したが、何だろう……

 かくれんぼの目的は、アンジェリーナちゃんの隠れ身の心得・追跡の心得・逃走加速。

 この三つのスキルだったのに、違うスキルが手に入った。

 

 いや、一つで全部の効果を持っているみたいだけれど……

 

 “暗殺の心得”

 

 字面がものすごく物騒だ。

 

 ちなみにその後、俺は初めて彼女に察知される前に発見することができた。

 さらにその後、アンジェリーナちゃんは悔しかったらしい。

 俺の目的は一応達成されたが、それでも黙々とかくれんぼを続けた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼食後

 

 ~キッチン~

 

 今日はいつものアンジェロ料理長とアダミアーノさんだけでなく、コールドマン氏もキッチンを訪れていた。

 

「午前中は大変だったらしいが、もうひと頑張りしてもらうぞ」

 

 アンジェロ料理長から試験の話が出た。

 明日の夜には飛行機に乗るため、余裕を持って今日のうちに行うとのこと。

 

「試験方法は課題の三品を君に作ってもらい、その過程を見せてもらう。完成したら私とリベンツィオと旦那様が試食。その後、各100点の合計300点満点で採点する。

 ただしこの試験はどこまで私のレシピを再現できるようになったのかを確認するものであって、合否をつける事が目的ではない。だから点数が低くとも別に構わない。ただ落ち着いて、今日までの成果をできる限り発揮してくれ」

「分かりました!」

 

 緊張するが、自分を信じて試験に挑む! 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 完璧……とは言えないが、大きな失敗もなく調理が完了。

 完成した料理はすぐさま試食され、採点も終わったようだ。

 

「結果を発表する」

 

 さぁ、どうだろうか……

 

「300点満点中、“225点”だ。平均は75点」

「平均75点……」

 

 それは、どうなんだろう?

 

「各料理の点数は“夏野菜のテリーヌ”が65点。“白身魚のポワレ”が70点。“三層のティラミス”が90点。どれも100点には達していないが、あえて合格ラインを設けるとしたら、60点。だから三品とも合格だ」

 

 やった! という気持ちよりも安堵のほうが強い。

 テリーヌなんてギリギリだ。減点対象が気になる。

 

「テリーヌは先に調味した肉と野菜を型に詰め、オーブンで焼き上げる。この調味の段階でもう少し塩を加えるとなお味のバランスが良くなったはずだ。

 ポワレの食感は良くできているが、問題はソース。わずかに火を入れすぎている。それによって味が濃く、バランスが崩れてしまったのが残念だ。

 そしてティラミスだが、味に関して文句の付け所がない。外見を整える時にもう少し素早く、綺麗に整えられれば完璧だったろう」

 

 料理長は、俺の肩に手をかける。

 

「しかし、君はよくやった。悲観する必要はまったくない」

 

 力強く肩を握られ、さらに言葉が紡がれる。

 

「今回の試験内容で100点を取るということは、私のレシピを完全に模倣し再現するということだ。君は再現しきれていないが、味の好みは人によって千差万別。食べる人の嗜好の違いで受ける評価も変わってくる。それが料理だ。君の料理も人によっては、私の物よりも美味いと評価するだろう。私のレシピを完璧に真似れば最高の料理ができるわけではない。私のレシピが“絶対”ではないからな。

 完成度よりも材料への丁寧な下ごしらえ。素材を調理し、調味する技術。基本をしっかりと押さえて作られていたことの方が私は嬉しい。それが料理には最も大切なことだ。それさえ身についていれば、君はさらなる味を探求できる。

 ……君は一品をほぼ完璧に仕上げ、残り二品でも私が“他人に出しても良い”と考えるラインを超えた。一週間にも満たない短期間での成果と考えれば、すさまじい成長だ。よく頑張った!」

「! ……ありがとうございます!」

 

 料理の課題で合格点をいただけた!




影虎は最後の授業を受けた!
演技の途中でボディーガードを殴り倒した……
大女優の変装道具を手に入れた!
料理の課題で合格点をとれた!


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178話 別れの時

今回は四話を一度に投稿しました。
前回の続きは三つ前からです。


 夜

 

 ~会議室~

 

 コールドマン氏のマスコミ対応の授業も今日が最後。

 しかし試験はないらしい。

 

「君がここで身に着けたことは、そのつど実践練習で見せてもらっているからね。最終判断は帰国後がどうなるかでさせてもらうよ」

 

 ということで昨日と同じく、カレンさんの協力を得て実践練習を行う。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「ここまでにしよう」

 

 最後とあって、普段よりも長く授業をしていただけた。

 

「これが最後のアドバイスだ。私は君に色々なテクニックを教えてきたが、訴えかける相手が感情を持った人間であること、漠然とルールに従うだけの機械ではないことを忘れてはならない。そして君自身も同じ人間であることを忘れてはならない。

 まず君という人間の意志や主張があり、それを伝えるために用いるのがテクニックだ。テクニックだけでも説明にはなる。しかし人の()に響くかと言えば、残念ながら“No”。テクニックと思いが揃って、初めて人の心を打つことができる。

 テクニックに縛られるのではなく、テクニックで自分を自由にするつもりでマスコミへ対応しなさい。私の教えた事が日本で役に立つことを祈っているよ」

「ありがとうございました!」

 

 最後の授業が終了した!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~テニスコート~

 

「オラァ!」

「ハァッ!」

 

 ボンズさんたちとも最後のトレーニング。

 これまで学んできたことの最終確認として、一人ずつ全員と試合をした。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 8月29日

 

 最終日の朝。

 今日の夜には飛行機に乗り、アメリカを発つ。

 徹頭徹尾慌しかった気がするが、思い返せば楽しい日々だった。

 そして何より、今回の旅で多くのことを学んだ。

 それらはきっと日本に帰ってからの力になるだろう……

 

 そんな事をしみじみ思い、目を向けた窓際。

 今日の植木鉢には数本のコスモスが咲いている。

 前回のように種にはなっていないが、数本だけだとこれはこれで寂しく見える。

 改良型ルーンは有効だけれど、込める魔力が少なかったようだ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午前中

 

 ~プール~

 

 帰国用の荷造りを終えた所で、ハンナさんが部屋を訪ねてきた。

 天田や他の皆がプールで遊ぶので、俺もどうかというお誘いだそうだ。

 そういえば先日まで海のそばにいたのに、結局一度も泳いでいない。

 せっかくなので、水着を借りて皆がいるプールへと顔を出してみた。

 

 瓢箪(ひょうたん)のような曲線を描くプールサイドに、ビーチチェアが並んでいる。

 地面は全体的に白いタイルだが、素足で歩くと表面のざらつきを感じる。

 さらに光を反射する粒子がところどころに混ざっているみたいだ。

 これがまた砂浜のような雰囲気をかもし出している。

 

「ここもすごいな……おーい!」

 

 ビーチチェア越しに見える人々に声をかけると、手招きと返事が返ってきた。

 

「タイガーも来たのか」

 

 プールサイドにいたのは、ボンズさんを始めとした男たち。

 全員水着のガチムチ集団に混ざったジョナサンと江戸川先生がやけに浮いて見える……

 

「せんぱーい!」

 

 声の聞こえた方を向くと、プールの中心部からこちらへ近づく天田の姿がある。

 エレナやロイドにアンジェリーナちゃんも一緒だ。

 

「おー……」

 

 ビーチボールで遊んでいたようだけど……

 プールだから当然、女子二人も水着姿。

 エレナは白のビキニ。

 アンジェリーナちゃんは……上下別れて、上がタンクトップのような水着。

 どちらも取り立てて過激な水着というわけではない。

 しかし二人ともアイドルとして通用しそうだ。

 少々目のやり場に困る。

 

「せっかくの水着なのに、張り合いが無いわね」

 

 エレナからそんな事を言われてしまった。

 俺はどう反応すればよかったのだろう……?

 

「……」

 

 気づけばアンジェリーナちゃんが俺を凝視している。何か変だろうか?

 視線の先は胸元……ああ、撃たれた時の傷跡か。

 

 飛び散った破片が広く傷をつけたためにやや大きく見えるだけで、痛みはまったくない。

 見た目に関しては特に気にもならないし、服を着れば隠れる部位だ。

 だからまったく気にする必要はない。

 アンジェリーナちゃんも女の子だし、傷が残ると気になるのだろう。

 だけど俺にそんな傷を付けてしまったなんて、気にしなくていい。

 本当に気にしていないから。

 

 ……ということを、学んだ技術を使って伝えてみたところ、視線がだいぶやわらいだ。

 授業を受ける前と後、伝達力の差を実感した! 

 

 その後、俺たちは最後の思い出作りに、昼過ぎまで思い切りプールで遊び倒した。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午後

 

 ~食堂~

 

 飛行機の時間を考えると、もうじきここを出なくてはならない。

 荷物の積み込みも始まっている。

 メールや電話で連絡は取れるが、こうして直に言葉を交わせるのは残り僅かな時間。

 そこで突然、皆さんがお土産をくれると言い出した。

 

「タイガー。日本に帰っても元気でな」

「何かあってもなくても連絡しろよ」

「いつでも用意は整えておく。もし日本が危なくなれば、無理せずこちらに避難してくれ」

「これ、私たちからのプレゼントだよ。日本での活動に役立てておくれ」

 

 アメリアさんから、俺と天田に一つずつ。頑丈そうなケースが手渡された。

 空けてみると……

 

 迷彩柄の“ヘルメット”。

 防刃仕様の“ケプラーシャツ”。

 防弾仕様の“ケプラーベスト”と、併用すれば小銃弾も防げる“トラウマプレート”。

 シャツと同じ仕様の“ケプラーズボン”に、軽くて頑丈そうな“コンバットブーツ”。

 タルタロスで使えそうな装備品一式が入っていた!

 

「知人のミリタリーグッズ専門店から取り寄せた。そいつも私と同じ退役軍人でね。オリジナルブランドだが、実用性は軍用品と比べても遜色のないこだわりの品だ。着慣れれば動きやすいし、きっと君たちを守ってくれるだろう」

「近いうちに新型防具の研究開発も始めるわ。素材は私の専門だから、期待していてね」

 

 ジョーンズ家の方々から、装備品一式をいただいた!

 

「私からはこれを。これで帰ってからも腕を磨くといい」

 

 アンジェロ料理長から、高級そうな包丁セットをいただいた!

 

「ついでにこれも持って行きな」

 

 Mr.アダミアーノからは手帳?

 ……タイトルはないが、中を開くとビッシリと書き込まれている。

 英語ではない言語も含まれているが、散見されるイラストから菓子のレシピだと分かった。

 Mr.アダミアーノのレシピ集をいただいた! 

 

「次は私だね」

 

 コールドマン氏が声をかけると、執事のベリッソンさん、そして今日までお世話になったハンナさんが何かを運んでくる。

 ……なんと、生ハムの原木と固定器具だ!

 

「さすがにこれを持ち帰るのは大変だろうから、君の寮に後日届くよう手配する。切り方はマスターしただろう? 日本で友達と楽しむといい」

 

 コールドマン氏から、最高級生ハムセットをいただいた!

 

「さて、彼女が最後のようだよ?」

 

 ……アンジェリーナちゃんがジョージさんの後ろから様子を伺っている。

 

「初日に戻ったみたいだな」

「ハハハ……タイガーの言う通りだね」

「ほら、アンジェリーナ」

「早くしないと時間がなくなるわよ」

「……」

 

 無言でジョージさんに押し出された彼女は、握っていたものを差し出してきた。

 

「CD?」

「この前、一緒に演奏した時の曲。それと私の歌……入ってる」

「PCにインストールした音楽編集ソフトと僕のグレムリンを同期させたら、記憶から曲をPCに取り込めたんだ。それにそのままグレムリンを使って編集したら作業が捗ってさ、高音質でノイズも除去も完璧。いま作れる最高の一枚だよ」

「私たちもこちらで、研究とトレーニングを続けていく」

「タイガーも大変だと思うけど、頑張りなさいよね」

「娘だけでなく私たちも、助けてくれてありがとう」

「……これからは、私たちが協力する。だから、死なないで」

「……もちろんだ」

 

 言葉は少なく。代わりに一人ずつ、全員からハグをされた。

 

「失礼いたします。そろそろお時間になりますが……」

 

 やってきたメイドさんから、車の準備の完了と別れの時が告げられる。

 

 湿っぽくならなくていい。

 長々と別れを惜しむ必要はない。

 別にこれが今生の別れではないから。

 そうならないように、俺たちはこれからも生きるのだから。

 

「また今度」

 

 用意されたリムジンの車窓からそう告げて、俺は夏休みを共に過ごした仲間と別れた。



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179話 帰国

 日本時間:8月30日

 

 夜

 

 ~リムジン車内~

 

「だんだん見慣れた風景になってきましたね」

「そうですねぇ……ヒヒッ」

 

 コールドマン氏のお屋敷を出た後の事。

 彼は帰りの飛行機だけでなく、なんと空港からの車と今夜泊まるホテルも手配していた。

 飛行機が例のビジネスジェットだった事はまだ驚かなかった。

 しかし日本到着後にVIP用のスペースでこのリムジンが用意されていると聞いた時は驚いた。

 おまけに俺たちだけでなく、空港で別れた両親とジョナサンの分も合わせて二台だ。

 あの人の金銭感覚と、俺たちへの評価がわからない……

 協力関係を結んでいるとはいえ、これほど厚遇する価値があると考えているのか……

 ここまで厚遇されると無下にしづらくなるし、それが目的か……

 

 ただそのおかげで、到着直後にマスコミに囲まれるという事態は回避。

 こうして無事に巌戸台まで帰ってこられた。

 

「皆様、もうじき到着いたします」

 

 運転手の方から告げられた通り、車は見覚えのある神社の前を通過した。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~巌戸台分寮~

 

「葉隠。江戸川先生に天田君も、よく無事に帰ってきた」

 

 建物に入るやいなや、桐条先輩が飛んでくる。

 事前に連絡を入れてはいたが、まさかずっとロビーで待ち構えていたのだろうか?

 

「ヒヒッ、夜分遅くにすみませんねぇ」

「ご心配をおかけしました。ほら、天田も」

「お、お久しぶりです……」

 

 天田の表情が堅い……

 緊張の中にわずかな怒りのオーラ。

 やはりお母さんの事が気になるか。

 だが帰国した以上、面会はいつまでも避け続けられない。

 適当に話をそらしてから本題に入ろう。

 

「ああ、久しぶり。無事でよかった。……どうかしたか?」

「時差ボケで眠いのを我慢してるんでしょう」

「そういえば飛行機の中ではほとんど寝ていませんでしたねぇ」

「そうか、慣れないうちは辛いだろう。私も幼い頃はよく悩まされた記憶がある」

「桐条先輩は海外経験が豊富そうですよね。……そういえば真田先輩は? 同じ寮だと聞いていましたが」

「明彦なら男子寮だ。君との試合以降、部の仲間との距離が近づいたらしくてな。この期に及んで宿題を終わらせていない部員の尻を叩きに、数日前から泊り込んでいる。君は? 大変だったのは知っているが、宿題を疎かにしていないだろうな?」

「ご心配なく。渡航前にすべて片付けましたから。それよりも明後日。学校が始まってからの事が心配ですよ」

「……それもそうか。君には迷惑をかけてしまった。改めて、こちらの不手際を謝罪する」

「こちらこそ、ご迷惑をおかけしています。と、お互いに謝ったところで建設的な話をしましょう」

「分かった。まずはお互いに何があったかを確認しよう」

 

 先輩は今日までの出来事を語り始めた。

 大体聞いていた通りだが、詳しい資料として最近の週刊誌やニュースの録画を見せてくれた。

 

「学園は沈黙を貫いているんですね」

「学園の管理体制など、君が直接影響しない部分に関しては対応をしているがな。君の事については完全にノータッチの状態だ。それだけに新学期に入れば通学中などをマスコミが待ち構えている可能性が高い」

「まぁ、そのあたりは予想の範囲内ですねぇ」

「ではこっちで起こったことも説明させていただきます」

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 コールドマン氏の教えを思い出し、先輩用のスピーチを行った!

 しかし、話を聞いた先輩は頭を抱えている……

 

「何か分かりにくい部分がありましたか?」

「いや、とても分かりやすい説明だった。しかし君はずいぶんと波乱万丈な生活をしているな、と……」

「俺もできる事なら、もっと平穏に生きたいんですけどね」

「コールドマン氏と縁があった事にも驚いたが、問題は彼の新たな事業にスカウトされ、受け入れた事だ。それが世間に知れればまた騒がれるネタになるぞ」

「契約したのは撃たれた直後で、それによる騒ぎを知る前だったんですよ。それに元はといえば、学園代表としてあの番組に出たから目に留まったわけですし」

「直々に声をかけられるなんて、大出世と言って良い事だが。少々タイミングがな……」

「それは理解してくださっていますし、あちらでも根回しが必要なので当分は世間に公表せず、時期を待つという話になっています。今回は今後の対応を話し合うために、耳に入れておくべきと判断しました。公開される前にこの騒動を収束させましょう」

「具体的に策はあるのか? あまり言いたくないが、学園側は対応に追われて神経質になっている。下手な事をすれば風当たりが強くなりかねない」

「想定内です」

 

 コールドマン氏からマスコミ対応の心得を学び、スピーチの準備をしてきた事を伝える。

 

「マスコミ対応は学園の方針もあると思いますし、学校側できっちり対応してもらえるならそれで構いません。ですが余計な混乱を生まないように、最低でも全校生徒には事情説明の機会を作りたいですね。

 外部の方へは投稿用の動画を用意したいと考えています。そうすれば学校外の方とも同じ情報を共有できますし、マスコミにとって“スクープ”としての価値が薄れます。もちろん動画は公開前に確認していただいて結構です」

「……分かった。始業式に時間を取れるようかけあってみる。これは私見だが、目的も理解できるし許可は下りるだろう。動画もな。撮影の場所と撮影機材の用意はあるか?」

「できれば部室と写真部の機材を借りたいですね」

「許可を取っておく。撮影だけなら明日でも構わない」

「山岸さんにも協力を仰ぐべきでしょうねぇ……彼女はそういうのが得意ですから。ヒヒッ」

 

 こうして俺たちは明日からの行動を相談した。

 途中でテロ騒ぎの事やブラッククラウンについて聞かれる可能性も考えていたが……

 意外にも状況確認以上は話題に上る事もなく、純粋にこれからの相談だけを行った。

 

 何も聞かれないと逆に気になるが、わざわざ話題にしようとは思えない。

 話さないなら何か理由があってかもしれないし、下手に探りを入れるのもやめよう。

 

「そういえば私以外にはもう連絡したのか?」

「日本に着いてからは、まだです」

「皆への連絡も忘れないようにな。だいぶ心配していたぞ」

 

 確かに皆にも心配をかけた。

 

「ヒッヒッヒ。でしたら皆さんへの挨拶を兼ねて、パーティーでもしたらいかがですか? 明後日からは学校ですし、夏休み最後の思い出にでも」

「あ、それいいですね。僕も皆さんにお土産を配りたいです。高等部の人とは寮も校舎も別で、直接の接点がないですから……」

 

 天田も乗り気のようだし、良いかもしれない。

 しかしそうなると、場所の用意が必要になる。

 

「その点はご心配なく。場所なら私に心当たりがあります。どちらかと言えば参加者に都合がつくかが問題ですねぇ」

「そればかりは聞いてみないと分かりませんね」

「先に海土泊会長か君のクラスの島田に連絡するといい。あの二人はその手の調整が得意分野だ」

 

 集まれる人だけでも集まれればいいか。

 それにせっかくの夏休み。

 学校が始まる前に、少しはこっちの皆とも過ごしたい。

 

「ありがとうございます。後で連絡を取ってみますね」

 

 パーティーを企画する事にした!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~ホテル~

 

 巌戸台分寮を後にして、宿泊するホテルに到着。

 寮に戻るとさすがに生徒の目に触れるので、今日まではホテルに宿泊だ。

 しかし今日はまだやるべき事がある。

 

 荷物を置いて、すぐに外出用の変装道具を選ぶ。

 まずはウイッグ。

 通常の俺が黒髪で短めなことを考慮して、明るい茶髪のロン毛にしよう。

 頭に付属のネットをかぶり、本物の頭髪をまとめて押さえてから着用。

 位置と形を整えて、外から見えない位置をヘアピンで固定すれば……

 

「どうだ? 説明書通りにやってみたんだけど」

「うまくいってると思いますよ。チャラいですけど」

「そういう人と思えば自然ですねぇ」

 

 よし。であればそっち方向でまとめよう。

 変装のコツは普段の自分とイメージを変えること。

 ジーンズはダメージジーンズで、シャツはやや派手めの柄物にしよう。

 上にはおるジャケットはカジュアルで薄手のリバーシブル。

 靴は底上げされたシークレットブーツで、身長を高く見せる。

 最後にドッペルゲンガーはメガネではなく、整えた口ひげとして着用。

 

 ……おっ、いい感じ。

 あの番組では“メガネをかけた地味な男子”だった俺。

 今は“長身でファンキーな若者”になった。

 

「よし、これで行ってみる」

「気をつけてくださいね。先輩」

「私からも電話はしますが、報告をお願いします。あとお土産も」

「了解!」

 

 二人を部屋に残し、ホテルを出た。

 念のため周囲に監視らしき人間が居ないことを確認してから移動する。

 目的地は“ポロニアンモール”の“Be Blue V”。そして“喫茶店・シャガール”だ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~ポロニアンモール~

 

 もう夜だけど、まだまだ人の姿が多いモール内。

 カラオケやクラブの客が多いようだ。

 大学生くらいの酒臭い男たちと噴水の横ですれ違う。

 そして1ヶ月ぶりのBe Blue V。

 夏休みが濃すぎたからか、8ヶ月くらい来ていなかったように感じる。

 

「クローズ作業中か。ちょうど良い」

 

 店の窓は白いカーテンで隠されているが、中の明かりと人の動く影は見えた。

 店頭で掃除をしている人が三人。

 CLOSEDの札がかけられた扉を軽く押すと、入店を告げるベルが聞こえる。

 そして交差する視線。

 店内には岳羽さんと島田さん。そして大学生の三田村さんがいた。

 

「こんばんは」

「こんばんは……」

「あれ~? 私CLOSEDの看板かけてたよね? ゆかりちゃん」

「すみませ~ん。今日はもう営業時間が終わっちゃったんですよ~」

 

 ……どうやら変装で気づかれていないようだ。

 

「俺ですよ、三田村さん。岳羽さんも島田さんも」

「「「葉隠君!?」」」

「しっ。静かにお願いします」

 

 ウィッグと付け髭をはずした途端に気づいた三人は、ハッとして口を押さえた。

 

「驚かして申し訳ない」

「本当だよっ!」

「てか、何そのカツラと髭」

「いつの間に帰ってたの?」

「五時間前くらいに日本に着いたばかりです。これはほら、素顔のまま歩くと大変なことになりそうだったからさ」

 

 矢継ぎ早の質問に軽く答え、とりあえず三人には落ち着いてもらってから事情説明。

 

「というわけで、無事に帰ってこれたから挨拶に来たんだよ」

「大変だったのね~……」

「こっちも大変だったと聞いていますよ」

「そう! ホントそうだよ!」

「あの番組が放送されてから、マジでお客が凄い事になってるんだからね? ちゃんとしたマスコミだけじゃなくて、サイトに動画投稿してる人とか」

「葉隠君の事を聞いてくる人がすごく多いから、ほら」

 

 “葉隠君の状況について、当店には世間に公表されている以上の連絡がありません”

 

 三田村さんが指差した先には、そんな張り紙がされていた。

 

「サイトの動画は俺も見たよ。本当に迷惑をかけた」

「まぁ葉隠君が悪いわけじゃないんだろうけどさ」

「そう言って貰えると助かるよ。ところでオーナーは? 挨拶したいし、できれば次のシフトの相談もしたいんだけど。俺が店頭に出て大丈夫か? って意味で」

「あー……オーナーは、今ちょっと呼べない。てか呼びに行きたくない」

 

 岳羽さんの顔色が悪い。オーラの色からすると恐怖?

 

「もしかして地下の倉庫?」

「うん、棚倉さんと掃除中」

「……地下で何かあったの?」

「聞かないで」

 

 目が死んでいる………本人もそう言っているし、聞かないでおこう。

 

「そういう事ならこっちから行くよ。慣れてるから。あ、島田さん。さっき話したパーティーの計画だけど」

「開催は明日の夜ね。場所はそこにある喫茶店・シャガールでいいの?」

「ちょっと待って……メール来てた。シャガールのマスターから許可取れたって」

「分かった! じゃあ日時を伝えて、皆のスケジュールは聞いとくよ。それと料理とか用意するならさすがにタダってわけにはいかないよね。参加費どのくらいを考えてる?」

「相場ってどのくらいかな?」

「そうだなぁ……人によっては2000、3000。ポンと使って遊ぶ子もいるけど、だいたい1000~1500円ってとこじゃない?」

「じゃあその範囲で収めるよ。店はマスターのご好意で、掃除までキッチリやればタダだそうだしね。ありがとう、頼りになる」

「まっかせなさい!」

 

 胸をはる彼女にもう一度お礼を言って、地下倉庫へ……




影虎たちは無事に帰国した!
影虎たちは桐条美鶴と再会した!
影虎たちは新学期からのマスコミ対応について話し合いをした!
影虎は変装をしてBe Blue Vを訪ねた!
影虎は岳羽、島田、三田村と再会した!


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180話 再会と情報収集

 ~応接室~

 

「はい、インスタントだけど」

「ありがとうございます」

 

 地下倉庫でオーナーや棚倉さんと顔を合わせる事ができた。

 けれど、あそこでは落ち着いて話ができないという事になり、オーナーと戻ってきた。

 また懐かしく感じるソファーに座り、コーヒー片手に話し合う。

 

「ある程度は江戸川さんから聞いていたけど、本当に凄まじい経験をしてきたのねぇ……でもそれだけ成長もしたみたいじゃない」

「死にかけもしましたが、実りのある一ヶ月でした」

「無事に帰って来れたことも含めて、よかったわね。ところで……霊感も成長していたようだけど、今後地下室のお手伝いはできそうかしら?」

「体調には変化なかったので、見えるものには慣れようと思います……はい」

 

 撃たれた後は病院で幽霊らしき存在を見たが、退院して以来見た覚えがなく油断していた。

 地下室での作業には今後、これまでとは別の意味で慣れる必要がある。

 慣れたらスキルで“グロ耐性”とか手に入るかもしれない……

 

「倉庫といえばあの中、最後に見た時と比べてだいぶ物が増えてませんでした?」

「そうね。お盆休みの後はそういった品が手に入りやすいから、毎年気づいたら増えちゃってるのよ。頼りにさせてもらうわね、葉隠君」

「わかりました」

「それで9月からのお仕事なんだけど……初回は地下倉庫の片づけでいいかしら? 商品の在庫整理も一緒にお願いしたいのと、今の状況で貴方に接客を任せると大変な事になりそうだから。……最近、貴方のことを聞きたいだけで、何も買う気のないお客様も増えてるの。だから申し訳ないけど、状況が落ち着くまでは倉庫の片付けとか、裏方でお仕事をしてもらいたいわ」

 

 それも分かる。クビでないなら十分ありがたい。

 

「ご迷惑をおかけしてすみません」

「いいのよ。でも気になるのなら……例の宝石を調達して欲しいわね」

「承知しました。近日中に探索を再開する予定ですから、しばらくお待ちください」

「楽しみにしているわ。あと銀の仮面があったじゃない? あれの良い使い道を見つけたの。前よりも高値で買い取らせてもらうから、そっちもお願いするわ」

 

 ヴィーナスイーグルの仮面なら宝石より簡単に調達できそうだ。

 しかし良い使い道とは?

 

「“貴金属粘土”って知ってるかしら? 銀や金の粉末に水と結合材を混ぜ合わせた、粘土のような質感を持つアクセサリーの材料なんだけど、知人がそれを作る会社を経営していてね。あの仮面を銀粘土にしてもらえることになったの」

 

 聞けばあの仮面、含まれているエネルギーは少ないものの、作業中に自らのエネルギーを込めるには使いやすくて優秀な材料だと判明したそうだ。銀粘土に加工してもその性質は変化することなく、効果とデザインの自由度が高まるそうだ。

 

「魔術の研鑽も積んできたみたいだし、今度は銀粘土を使ったアクセサリーの作り方を教えてあげるわね」

 

 シフトは以前と変わらず火・水・土の週三日。

 教えていただけるのは次回の9月2日になるだろう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~喫茶店・シャガール~

 

「本当に心配かけて、すみませんでした……」

 

 Be Blue Vから連絡を入れ、地下を経由しなるべく人目につかないように、スタッフ専用の裏口からシャガールへ来られたが……事前に連絡を入れていたため、そこにはマスターだけでなく山岸さんも待っていた。

 

 山岸さんは俺の無事を喜びつつも、心配したことを伝えてくる。

 襲われた事は不幸な事故だと思っているのだろう。

 俺を責める言動は基本的にない。

 思わず言ってしまった時には、申し訳なさそうに謝ってくる。

 どうやら自分が怒っているのかどうかすら分かっていない様子。

 涙目になりながら、とにかく心配したことを伝えてくる。

 

 ……感情任せに怒鳴られるより、こっちの方がよっぽど心が痛い……

 

「葉隠君も反省はしているようだよ。そのあたりで許してあげよう」

 

 マスターがどこからか用意したティーカップを渡す。

 

「そう、ですね……ごめんね。それから、お帰りなさい」

「ただいま」

 

 その中身を飲むと、彼女は少し落ち着いたようだ。

 

「葉隠君もどうぞ、リラックス効果のあるハーブティーだ」

「いただきます」

 

 とても良い香りがして、リラックスできる。

 精神系の状態異常に効きそう。

 複数のハーブをブレンドしているようだ。

 ……残念ながらその種類までは分からない。

 

「レモンバームとジャスミン……それにほんのちょっとだけハイビスカス?」

「山岸さん、分かるの?」

「夏休みの間、マスターからハーブティーの事を教えてもらってたの。だから少しだけ」

「そうなんだ」

 

 ……山岸さん、料理はアレだったけど改善したのだろうか?

 せっかく落ち着いたんだ。今聞くのは避けよう。

 変わりに明日の事を話す。

 

「マスター。明日のパーティーの件、急なお願いなのにありがとうございました」

「明日は定休日だからね。場所は開いているよ。ただ調理スタッフも休みだから、料理はそちらで用意してもらうことになるけど、本当に良いのかい? 江戸川君は問題ないと言っていたが」

「はい。場所を貸していただけるだけで十分です。料理は避難させてもらっていた方のお宅で、短期間ですが修業したので」

 

 この夏休みで身に着けた技術を披露する良い機会だ。

 

「それと山岸さんにはお願いがあるんだけど……」

 

 ネットに投稿する動画への協力を頼む。

 

「できる事はやっておかないと大変そうだし……私でよければ」

「助かる! あ、後もう一つお願いがあるんだ」

 

 コールドマン氏から学んだ注意点。

 マスコミ対応ではなく防犯のために、部室周辺に監視カメラを設置してもらいたい。

 部室の場所はテレビで報道されたし、好奇心で見に来る人もいるかもしれない。

 

「見るだけならともかく、何か変な事をされても困るしね。騒ぎが収まるまでの間だけでも」

「分かった。それも用意してから部室に行くね」

 

 無事に山岸さんの協力を取り付ける事ができた! 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~ポロニアンモール・裏路地~

 

 ホテルに帰る前に、もしかしたらと期待して裏路地へ入った。

 しかし“ベルベットルームへの入り口”は見えない。

 一度入れたからもしやと思ったが……

 でもベルベットルームの入り口はタルタロスにもあるはず。

 結論を出すにはまだ早い……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~ホテル~

 

「寝ないのか?」

「眠れませんよ。あんなの目の前にして」

 

 天田はカーテンの隙間からタルタロスを眺めている……

 

「気持ちは分かるが、休んでおかないと明日からが辛いぞ。フラフラじゃ探索にも連れて行けないしな」

「分かってますって、もう」

「外から誰かに見つからないよう、気をつけてくれよ」

 

 一応ドッペルゲンガーで部屋を包んで隠してるし、大丈夫だと思うけど念のために。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 朝

 

 ~部室~

 

「おはようございまーす」

 

 秘密裏に訪れた久しぶりの部室で、料理をしていたら山岸さんが来たようだ。

 

「おはよう」

「おはよう、葉隠君。この匂い……お料理してたの?」

「ちょっとね」

 

 朝一で買い込んだ材料で一品作ってみた。

 

「大丈夫だとは思うけど、パーティーで出す料理をもう一度練習しておきたくて」

 

 さすがに全種類は無理だけど、少しなら作れない事はない。

 ずっと日本で対応に追われていた先生方への慰労の意味も込めて、ティラミスを焼いてみた。

 

「後で挨拶に行くからね。特に鳥海先生のご機嫌をとるために使えないかと思って」

「あ、そっか」

「ちょうど焼きあがった所。皆で試食するから、山岸さんも食べてみる?」

「いいの?」

「夜にも出すけどね。食べながら打ち合わせをしよう」

 

 撮影用に部屋の準備をしている二人に声をかけ、四人で厨房へ移動。

 

 それから試食をしながらの打ち合わせは実にスムーズに行われた。

 だが俺たちは最後の最後で驚かされる。

 

「このお茶、山岸先輩がブレンドしたんですか!?」

「ヒヒヒッ! やはり山岸さんには才能があったんですねぇ……」

 

 彼女がお返しにと淹れてくれたハーブティー。

 あまり飲み慣れない味と香りだけどおいしい。

 そこで興味を持った天田がお店を聞くと、自作だと答えている。

 それ以上に、飲み進めると体に変化を感じる。

 悪い変化ではなく、良い変化だ。

 微弱だけど“コンセントレイト”を使用したときのように、集中力が高まる感覚がある。

 今ならきっと魔法の威力が上がっているはず。

 

「えっと、葉隠君はどうかな?」

「驚いた。おいしいし集中力が上がりそう、あとほんの少し疲れが取れそうかな」

「えっ? うん、確かに集中力を上げる効果のあるローズマリーを中心にして、ストレス解消と疲労回復効果、それに味に甘みも出るエゾウコギをブレンドしたけど……分かったの?」

「あー……入院してからどうも体の変調に敏感になってるみたいでさ、ちょっとした変化も感じるようになってる気がする」

「大きな病気や怪我をした後は、誰しも健康の大切さを感じてしまうものです。特に影虎君の場合は、あと一歩で二度と帰れなくなっていましたしねぇ……」

「そ、そうなんだ……本当に大変だったんだね」

 

 ……先生のフォローもあり、なんとかごまかせたようだ……

 しかし山岸さんが効果つきのお茶を入れられるようになっていたとは。

 確かにマスターから習っているとは聞いていたけど、これは予想外。

 

「マスターが薦めてくれたの。私にはこっちが向いてると思うって。それでやってみたら面白かったし美味しいものができて。……でもお料理は全然上手にならないんだよね……」

「へぇ……」

 

 ってことは料理の腕には変化なしか……

 

「でもお茶のブレンドがここまでできるんだから、これを極めたら料理のコツも掴めたりするんじゃないか? 分量の調整とか」

「そうだよね。頑張ればいつか上手くなるよね」

 

 山岸さんはやる気のようだ!

 

 ちなみにこの後の動画撮影はつつがなく終わった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~喫茶店・シャガール~

 

 料理の準備はほとんど終わり、後はパーティ開始の時間に合わせて仕上げるだけ。

 そんな時に、気の早いやつらがやってきたようだ。

「「天田先輩!」」

 

 この声、和田と新井か。

 そう思って客席を覗くと、想像通りの二人が天田に絡んでいた。

 

「おーい、あんまりはしゃいでお店の備品に傷つけるなよ」

「あっ、兄貴!! 無事でよかったッス!」

「お久しぶりです! お帰りなさい!」

「相変わらず騒がしいな。でも心配してくれてありがとう。それに迷惑かけたみたいで」

「そんなの全然かまわねぇッスよ」

「俺らはどっちかっつーと儲けの方が多かったですよ」

「兄貴には悪いっすけど、これまでの騒動で店に来る人が増えて店は繁盛してるッス」

「理由はどうでも、店にきたら何も食わずに帰る人は少ないみたいで」

「ああ、昼に叔父さんのところに顔を出したけど、叔父さんもそんな事を言ってたよ」

 

 ちなみに叔父さんは昔の父さんでこういう事には慣れていたらしく、“無事って連絡が来たなら無事なんだろ”と一番落ち着いていた。番組放送の翌日には“トロ肉しょうゆラーメン”に“話題の影虎も食べた一品!”なんてキャッチコピーをつけていたそうだ。なんとも商魂たくましい。

 

 でもそのおかげで“はがくれ”は着実に利益を上げているらしいので、名前を貸す代わりに“野菜の苗”の調査と手配を要求して簡単に認めさせることができた。本人は苗について知らないが、やはり“愛家”を通して探してくれるそうだ。

 

「むしろ儲かってるみたいでよかった」

 

 儲けにもならない迷惑よりは、少し心が軽くなる。

 

「それにしても、ちょっと来るのが早すぎだ。まだ用意も整ってないぞ」

「だったら俺らも手伝いますよ!」

「この夏休み中、店の手伝いが増えてばっちり鍛えられたッスからね!」

「それなら天田と一緒にテーブルの準備を頼む。具体的にどうするかは天田に伝えてあるから。頼めるよな? 天田」

「はい、大丈夫です!」

 

 懐かしい騒がしさを感じながら、ここは三人に任せて料理に戻る事にした。




影虎はオーナーと再会した!
影虎はシフトの確認をした!
影虎は山岸風花と再会した!
山岸はハープティーの知識と技術を身につけていた!
影虎は投稿用の動画を撮影した!
影虎はパーティーの準備を始めた!
影虎は和田、新井と再会した!


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181話 再会と環境の変化

今回は三話を一度に投稿しました。
前回の続きは二つ前からです。


「兄貴! 生徒会の先輩方がご到着ッス!」

「今行く!」

 

 和田の声に応え、作業の手を止め表へ出る。

 

「やぁやぁ葉隠君。元気そうで何よりだ」

「海土泊会長、武田副会長。お久しぶりです。桐条先輩もいらっしゃいませ」

「お招きありがとう。準備で忙しいところ悪いが、少しいいだろうか? 新学期からの事で少しやってもらいたい手続きがある」

 

 そう言って笑顔を引き締める桐条先輩。

 

「手続きと言うと、マスコミ関連では無いのですか?」

「無関係とは言えないけど、これは学内での話になるかな。今回の騒ぎで君と真田君は試合をしたけど、そもそもそうなった一因に“ファンを放置し続けた事”があったと思うんだ。当事者の真田君も、私たち生徒会も、管理する学園もね」

「一因ではあるでしょうね」

「そ、こ、で! 武将、例の物を」

「それが言いたいだけで俺に預けたのか……葉隠、これを読んでくれ」

「公式ファンクラブの設立許可……?」

「問題の原因が放置、つまりファンへの“無関心”なら、まず関心を持たせよう! ってことさ」

「これまで非公式だったファンクラブを公式化することで、ファンを持つ者には自身のファンを意識させる。ファン活動には一定のルールを設け、個人の裁量で行っていた過度な活動を規制する。違反者はルールに則り、学園で処分を下す事に決まったんだ。対外的にも何もしないわけにはいかなくてな……」

 

 それを俺に話すってことは、まさか?

 

「察しの通りだ。葉隠にも公式ファンクラブを作ってもらいたい」

「会長である私が独自のネットワークで調べたところによると、真田君との試合に勝ったあたりからファンが着いてきてるんだよね~。しかもテレビ番組の放送を見たり、撃たれた理由を知ってさらに増えてるみたいでさ。あんな事があった後だし、見過ごせないんだよねぇ……」

「明彦だけでなく私もファンクラブを公式化した。他にも一定のファンがいると判断された生徒には、片っ端からファンクラブを公式に認めてもらっている。君は人気急上昇中で候補者の中でもファンが多いと見られている。悪いが学校側も本気だ、拒否権はないものと思ってくれ」

 

 マジかよ……

 

 理解したくないが、三人は真剣そのもの。

 海土泊会長はそっと書類にペンを添えてきた。

 

「大変そうですね……」

 

 天田の他人事のような声も聞こえる。

 だが、しかし。

 

「天田君だよね? 実は君の分もあるんだな、この書類」

「……えっ?」

「君って葉隠君の試合についてきてたじゃない? 真剣に応援する姿に心を打たれたとか、結構ファンが多いんだよこれが」

「で、でも僕、小学生ですよ!?」

「問題なのはファンがいるかいないか、それだけだから。年齢は関係なし!」

「ファンクラブの公式化は月光館学園全体で施行される。高等部だけでなく、小等部の生徒も対象だ」

「僕、どっちかといえば嫌われ者でしたよ?」

「天田。それは言ってて悲しくないか……?」

「私も事情は知ってるけど、実際ファンがついてる事は間違いないよ。あと応援を受ける側の年齢が関係ないのと同じで、ファンの年齢も関係ないし。たとえ小等部で徹底的に嫌われていたとしても、中等部や高等部で人気なら対象になっちゃうから」

「嫌われ者でも……全然嬉しくないや……」

 

 天田はうなだれている。

 

「……俺たちはサインをするだけでいいんですか? 義務や不利益は?」

「ルールに違反したファンの取り締まりは学園とファンクラブで行う。義務ではないが、たまには交流してもらえると、ファンにとってはガス抜きになるだろう。そうでなくてもルールを守り、他人にも迷惑をかけることなく純粋に君を応援するファンはあまり邪険にしないでやって欲しい」

「俺個人の活動に制限などは? アルバイトとか……例の件とか」

「ファンを使って悪事を働いたり、公序良俗に反しない限り何もないさ。これは決して君の自由を妨げるためではないからな。ファンクラブを理由として、君の仕事に口出しをすることはない。君の職分はしっかりと果たしてくれ。

 我々は問題を起こさないように勤めるし、何かあればそのつど注意を促す。先の事を考えれば学校側で管理と対応を行う分だけ、君たちへの負担やわずらわしさも軽減されると思う」

 

 ……マスコミ対応もあるし、学園の生徒に四六時中付きまとわれるのは困る。

 

「ファンの行動や学園の対応に気になる点があった場合、相談して対処をお願いする事は」

「もちろん可能だ。対応に問題があれば教えてくれ。その都度調整しよう」

「分かりました」

 

 面倒を軽減するために、ファンクラブを認めることにした……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 パーティー開始時間前。

 

 先輩方はやっぱり仕切りに慣れているんだろう。

 天田たちと協力して会場の用意を整えてもらった。

 料理の用意もほとんどが整っている。

 あとは参加者が集まるのを待つだけ……と、噂をすれば来たようだ。

 入り口のベルとお調子者の声が聞こえる。

 

「うぉっ!?」

 

 会場に出てきた俺にまず気づいたのは、先輩方へ挨拶をしていた皆の後方にいた宮本。

 その声により注意がこちらへ集まって、あっという間に順平と友近がよってくる。

 

「マジで影虎がいた!」

「お前、心配させんなよっ!」

「無事なのか!?」

「心配かけたのは悪かった。宮本、無事じゃなかったらここにいないから!」

「はいはーい! 男どもはちょっと落ち着きなって」

 

 西脇さんが割って入ってくれた。

 マネージャーとして培った技術か、一声で三人がおとなしくなる。

 

「まったくもう。葉隠君、無茶したね」

「どうにか帰ってこれたよ」

「あんまり心配かけないでよね」

「友達が銃で撃たれるなんて、想像してなかったから……生きてるって聞いててもやっぱりね」

 

 今度は高城さんと岩崎さんが男三人を押しのけてやってきた。

 その後ろから山岸さん、岳羽さん、島田さんもやってくる。

 

「確かに。ゆかりっちや風花から無事を確認したって聞いてたけどさ、やっぱ実際に見ないと不安なとこがあるよな」

「ショタ君も無事でよかった~!」

「わっ!?」

「ははは……何はともあれ、こうして勉強会のメンバーがまた無事に集まれてよかった」

「いやー、本当に……って、それ俺らの言う事じゃね!?」

「一番ここに居られなかった可能性が高いのはお前だよ!!」

「というかさ、撃たれたって実際どうなったんだ? ニュースでもよくわからねぇし」

 

 宮本の疑問も当然だと思うが、それはパーティーが始まってから全員にまとめて話そうと思う。申し訳ないが皆にはもう少し我慢してもらい、先に日本の様子を聞かせてもらおう。

 

「って言われても何から話せばいいか、とにかく大騒ぎだ」

「ほとんど毎日男子寮にマスコミ関係者っぽい人来ててさ、毎日誰かが呼び止められたって話は聞くぜ」

「つか、騒ぎになりたての頃は寮の入り口前にもカメラ来たり、マスコミが張り込んでたりもしたしな。そんで警備員来て追い払われてたし。女子寮の方はどうよ?」

「女子寮もマスコミは来たね。でもこっちはそんなに激しくはなかったかな」

「女子寮ってことで多少は遠慮があったのかもね。葉隠君と直接関係ないし、生徒へのインタビューなら他でもできるし。入り口じゃなくてしばらく歩いたとこで声かけられたって子はけっこういたかも」

「あ、弓道部では部員に通達があったよ。安易にインタビューに答えるなって」

「高城さん、それは緘口令?」

 

 何か漏らされたらまずい情報があるのか?

 そんな風に突っ込まれそうであまり良い手とは思えない。

 

「適当な事言うと迷惑になるし、気をつけてお願いって感じだと私は受け取ったけど。篠原先生だしね」

「ああ……あの先生ならやわらかい言い方になりそう」

「その注意、テニス部にも来たけどそんな厳しい感じでもなかったと思う。先輩たちもそんなに気にしてなかったし、そもそも顧問の叶先生もなんか適当で……どっちかといえば皆、寮の警備体制とか規則の話が気になってた感じ」

 

 それは初耳だ。詳しく聞きたい。

 

「男子寮の警備体制は、今のところ警備員が出入り口に立ち始めたくらいの変化だな。規則の方はなんか微妙っつーか……管理体制がなってないんじゃないか? って世間で言われたらしくて、寮の規則を厳しくしようって話が出たんだとさ。

 ただ具体的にどう変えるかって話で揉めてるらしくてさ、実際に何か変わったりはしてないぜ。せいぜい表に警備員が立ってるから、夜に抜け出せなくなったってダルそうにしてる奴らがいるくらいだ。オレッチとしては変に厳しくなるよりも今のままの方が断然いいけどな」

「あ……そういえば寮則の変更案、一時期凄く厳しくなりそうだったよね」

 

 山岸さんが思い出したように言うと、皆がうんざりした顔になる。

 

「そんなに厳しいの?」

「うん。もう候補から外されたみたいだけどね」

「たしか生徒は朝5時起床。5時半から健康な体作りを目的として、体操と乾布摩擦とランニングと清掃活動を全校生徒に義務付けて、部活や予備校のない生徒は門限を午後5時にする……だったよな? あと男子は全員丸刈りだっけ?」

「寄り道禁止ってことでコンビニ利用や外食も禁止。ゲーム・漫画・携帯電話、その他学習に不要な物は全て持ち込み禁止。帰ったら帰ったで5時から自習が強制されて、毎晩9時になったら部屋の外に立って点呼をとる。それが終わったら完全消灯。廊下だけじゃなくて部屋でも電気が使えないようにブレーカーを落とすとか言われてたぞ」

「乾布摩擦とか男子全員丸刈りとか、時代錯誤って感じだよね~」

「てかそれ以上に“しっかり管理してるように聞こえそうな事”を、思いついたそばから並べましたって感じが強すぎて……こんだけやらせとけば文句ないでしょ? って言われてるみたいで納得できないって言うか、“お寒い”んだよね。それ全部一人の人がワンセットで提案したらしいし」

 

 岳羽さんの辛らつな一言。

 

 確かに厳しい変更案だ。

 昔からある名門校を探せばこのくらい厳しい学校はあるだろう。

 その厳しさを売りにしているところもあると思う。

 しかし月光館学園はどちらかといえば自由な校風が売りの学校だ。

 生徒の自主性に任せすぎたことに批判を受けているのかもしれないが……

 だからと言って急激に正反対の方向に舵取りをするのはいかがなものだろうか?

 もっとも、そう判断されたから候補から落ちたんだとも思うけど。

 

「やりすぎ感はあるよね。せめて段階を踏まないと」

 

 とは海土泊会長の言葉。

 

「夜間外出の取り締まりは強化すべきだと思うがな」

 

 武田副会長も暗に全部はやりすぎだと仄めかす。

 

「本当に色々と起こってたんですね……」

「何を今更。君に落ち度があるわけではないが、もう十分に大騒ぎだよ」

 

 桐条先輩が苦笑い。

 俺も苦笑いになってしまった。

 

「おっ」

 

 脳内に警鐘が鳴る。

 

「どうした?」

「料理に戻りますね。そろそろ良い感じだと思うので、仕上げをしてきます」

 

 “警戒”スキル。

 本来は不意打ちを受けにくくするスキルだが、もはや完全に料理用のタイマーと化していた。



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182話 パーティータイム

 料理が仕上がった。

 時間もちょうど良い頃合だ。

 

「皆さん、そろそろ始めますか?」

「待ってましたぁ! もうオレッチ腹ペコだぜ~」

「伊織。料理の前にもう少し待て、まだやる事があるだろう?」

「あー……それもそっすね。影虎! いっちょビシッと、夏休みに何があったか話してくれよ。できるだけ早くな!」

 

 順平は料理が待ちきれないようだ。

 

「それじゃあできるだけ手短に……」

 

 学んだスピーチの技術を活用し、集まったみんなに夏休みの出来事を説明した。

 大半の表情がだんだんと曇り、最終的に昨日の桐条先輩と同じように困った顔になる。

 

「何か質問はありますか?」

 

 マスコミ対応に向けて、少しでも経験を積みたいんだが……

 

「葉隠。少し考えをまとめる時間を作ってやれ。皆、どう答えていいか分からなくなっている」

「私たちは昨日の時点で少し聞いてたからまだいいけどね……」

「葉隠君の夏休みって、ちょっと刺激的すぎると思うな……」

 

 桐条先輩に加え、岳羽さんや山岸さんにもそう言われた。

 

「ならそのあいだに料理を並べますね。天田、手伝ってくれ」

「はい!」

 

 二度目で落ち着いていた桐条先輩たちにこの場を任せ、もう一人の当事者である天田に手伝いを頼む。そしてテーブルをいくつも並べたスペースへ用意した料理を一通り並べ終わった頃には、各自の中である程度整理がついたようだ。

 

「聞いてた以上にっつーか、聞けば聞くほど戦場かよ。しかも逃げた先ではテロ事件なんだろ? 影虎に天田少年、二人とも本っ当に生きて帰ってこれて良かったな」

「つかお前ら、運が悪すぎるだろ」

「夏休みに旅行行って冒険してきた! とか言ってるやつ結構いるけどさ、お前らは冒険しすぎだって」

「新学期がクラスメイトの訃報で始まらなくて良かった……」

 

 順平、友近、宮本、そして西脇さんは状況を想像してか意気消沈している。

 

「ねえ葉隠君。君、一度お祓いに行ったらどうかな?」

「俺も信じない方だが、さすがに葉隠は何かに呪われてるんじゃないかと思ってしまうな」

「私、ご利益あるところいくつか知ってるよ」

 

 生徒会長と副会長、そして高城さんからは、とにかく心配されている。

 もはや神頼みしかないんじゃないかと思われているようなレベルで。

 

「大丈夫ですよ。こうして無事に帰って来れたんですし、それに後半、テロ騒ぎのあった街から脱出してからはのんびり楽しくやれましたから」

「天国と地獄って感じだよね。あ、この場合は地獄から天国かな?」

 

 俺の弁解に岩崎さんが賛同してくれた。

 彼女は落ち着いているというか、若干受け取り方が他とずれている気がする……

 

「でも本当に、後半はブルジョワそのものだよね~」

「私、ちょっとネットで調べてみたけど本当にすごい人らしいね」

「プライベートジェットで帰国とか、普通に学校で聞いたらホラ話としか思われないんじゃない?」

「? プライベートジェットを使うのは、何かおかしいのか?」

「あ……ここにもいたわ、お金持ち」

「プライベートジェットそのものはおかしくないんですけど……ね?」

「一般家庭で所有してるものじゃないですよ~!」

 

 話を聞くのが二度目の桐条先輩たちは、少しでも明るくしようとしてくれているようだ。

 もっとも桐条先輩は天然ぽいけど……?

 

 入り口に近づく人影を感知。

 さりげなく人の影へ入り、入り口から見えないように隠れる。

 

「ここで……よさそうだな」

「明彦!」

「あ、真田先輩じゃん。チーッス」

「遅れてすまん。 こいつを引っ張ってきたんでな」

「アキ、入るならさっさと入れ」

 

 真田と荒垣先輩が遅れてやってきた。

 扉がしっかり閉じられたのを確認して、みんなの影から出て行く。

 

「お久しぶりです、荒垣先輩。真田先輩も」

「……なんだ、元気そうじゃねえか」

「だから言っただろう? 美鶴がそう言っていたと。後遺症もなく済んだんだったな?」

「幸い、皮膚に少し痕が残っただけです」

「そうか。なら俺から言うことは何もない。……お前と試合をしてから、こっちの部もだいぶ雰囲気が変わってな。体に問題がないなら、また今度ボクシング部を覗きに来てみろ。何だったらまた試合をするか? 今度こそフェアな条件で」

「そこは変わらないんですね……まぁフェアな条件なら負けませんが」

「言ったな? 俺もあれからトレーニングに磨きをかけたんだ。今度こそは負けんぞ!」

「お前らは顔を合わせた途端にそれかよ……ったく」

「え? また試合やるの? いつ? よければ私が仕切ろうか?」

「清流、お前は嬉々として煽りに行くな」

「えー? いいじゃない、健全な試合ならさー」

 

 だんだんと空気が温まってきたのを感じる。

 

「あのー、先輩方?」

「そろそろ食い始めねーと、飯が冷めちまいますよ?」

「うぉっ! やっべ! せっかく美味そうなのに!」

「ふふ……そうだな。食事にしよう」

 

 桐条先輩の言葉に誰もが異論を唱えることはなかった。

 

「よし、食べましょう! 皆、お好きなものをどうぞ!」

 

 用意したメニューは夏休みの間に作った、思い出のメニュー。

 

 “ふっくらフランスパン&カリッとガーリックブレッド(改)”

 “きのこと野菜の具沢山コンソメスープ(改)”

 “ジョーンズ家のミートパイ”

 “母直伝・特上焼きそば”

 “豚肉のソテー With ガーリックオニオンソース(改)”

 “夏野菜のテリーヌ”

 “白身魚のポワレ”

 “三層のティラミス”

 

 ドリンクは普通の水とお茶のほか、

 “山岸風花特製ハーブティー”

 “特製レモネード”

 “謎の青汁(改)”

 の三種類を用意してある。

 

 どれもこれも、新しさはない。

 けれどその代わりに作り慣れていて、味に自信のある料理だ。

 俺の夏休みの結果を見せると考えれば、これ以上の選択はないが……

 はたして皆の評価は……?

 

『美味しいっ!?』

 

 やった!

 

「ミートパイってこういうのなんだ、名前は聞いたことあったけど初めて食べた」

「ボリュームあるように見えたけど、結構サクサクいけちゃうんだね」

「豚肉のソテーも美味しい~」

「うーわ、このクオリティーをあっさり出されると女としてのプライドが……」

 

 重めの肉料理に対する女子の反応も悪くない!

 

「これは“うみうし”の牛丼に劣らないぞ! この一口ずつが力になるような味、癖になりそうだ!」

「おいアキ、肉ばっかじゃなくて野菜も食えよ。……このスープいい味出してんじゃねぇか。いや、パンも手作りか?」

「えっ!? このパン手作りっすか!?」

「荒垣先輩、そういうの分かるんですか?」

「……なんとなくな。で、どうなんだよ?」

「手作りですよ。葉隠先輩はパンとか麺を打つのが得意みたいで、旅行先のロイドって子には小麦粉マスターって呼ばれてましたし」

 

 肉好きの真田は勿論、和田と新井に天田は二度目だが楽しめているようだ。

 荒垣先輩に認められたのは結構嬉しい。

 

「これが噂に聞く“焼きそば”か。食べる時のマナーは、ラーメンと同じで伸びないうちに食べればいいのか? 伊織」

「焼きそばのマナー……普通に飯食う時のマナーで大丈夫なんじゃないっすかね? たぶん。焼きそばって商品なら、マナーとか雑な海水浴場でも売ってますし」

「そうか、ではいただこう。……! ブリリアント! 芳醇なソースが絡む麺は味わいを損なわず、ソースの塩気と酸味をその弾力の中で調和させ、青海苔の香りと共に口の中へ広がっていく。これが、焼きそばか!」

「何この人、一人でグルメ漫画みたいな事言い出した!?」

「あははは……美鶴は焼きそば初体験だったかー」

「いつもの事だが、桐条はもう少し一般常識を知るべきだな」

「会長。副会長。桐条先輩のこれ、よくあるんすか?」

「まぁね。美鶴は良識はあるけど、常識はお金持ちの基準だから」

「ある程度付き合いがあればすぐにわかる」

「逆に私たちがわからない事を知ってる。知識の中心が違うだけさ。というわけで、美鶴ー?」

「む……どうされました? 会長」

「このテリーヌとポワレって料理が食べたいんだけど、食べ方を教えてー」

「この手の料理には詳しくないからな」

 

 桐条先輩は庶民派な焼きそばを好んだらしい。

 海土泊会長と武田副会長はあの二品を選んだか。

 

「なぁ影虎……」

「どうした? 友近、何かまずかったか?」

「料理はめちゃくちゃうまいんだけどさ、理緒が飲んでるあの液体って何だ? 色鮮やかな群青色は材料の色としても、うっすら輝いてる気がするんだけど」

「気のせいじゃないか? それか外の光がグラスに入ってそう見えるんだろう。あれはただの特製青汁。ちなみに材料はケールにグレープと林檎とか、普通の野菜や果物だけだよ」

「そっか、まぁそうだよな」

「友近、飲まないの? 美味しいよ?」

 

 あの“謎の青汁(改)”を、岩崎さんがかなり気に入ってくれたようだ。

 

「部活の後にも食いたいな、これ」

「あー。確かにガッツリ肉系の料理に、このレモネード。陸上部の男子が好きそうだね。でもちょっと落ち着いて食べなって、もうみっともない」

 

 体力回復を目的としたメニューだからか、宮本と西脇の二人は部活の話をしていた。

 しかし……その様子はイチャイチャしているようにも見える。

 

 友近といい宮本といい、ちょっとだけリア充爆ぜろと言いたくなった。

 

「ブリリアント!!」

 

 あ、本日二度目のブリリアントが出た。しかも初回より大きな声で。

 ……ん? 先輩が周囲を見回して俺に目をとめた。何か用だろうか?

 

「葉隠。このテリーヌとポワレはどうした? 他の料理も実においしいが、この二品は別格だ。一瞬君が作ったと信じられなかった。どこかの店の物かと疑ったが、改めて考えるとこれほどの一品をそこらの店で買えるとは思えん」

 

 さすが、こっちの方向には鋭い。

 コールドマン氏のお宅で、料理の修行をしたことを詳しく話す。

 

「というわけです。材料は近所で買い求めましたが、レシピ自体は元三ツ星料理人の料理長から学ばせて頂いたものです」

「なるほど、納得した」

「三ツ星料理人のレシピとか、何かすげー……いや、それより値段とか大丈夫なのか?」

「その点は大丈夫、さっきも言った通り材料はスーパーや商店街で安く手に入れたから」

 

 ポワレのソースに使っているバルサミコ酢を例に出すと、コールドマン氏のお屋敷で使っていたのは伝統的な製法で作られた高級品。だけど今日使ったのはもっと安価な普及品だ。少し煮詰めてから使うひと手間を加えることで、味を高級品に近づけて使っている。

 

「他も色々学んできたテクニックを使ったから。昨日島田さんに伝えてもらった通り、1500円で食べ放題だ。まあ、比べたらやっぱり味は落ちるけど」

「これでなのかよ……」

「そもそも用意された高級な材料を使っても、完璧に再現できたわけじゃないからな」

 

 65点と70点で合格ラインは超えたけど。

 

「確かにそうかもしれないが、学生のパーティーで用意される料理としては破格だ」

「桐条先輩にそう言っていただけると、作った甲斐がありますね。ちなみにデザートのティラミスもそこで学んだレシピの一つです。

 テリーヌとポワレが最終試験で65点と70点と採点されたのに対し、ティラミスは90点の出来と判定された一番の自信作です。よろしければそちらもお試しください」

「そういえば今日、職員室にケーキを持ち込んだそうだな。土産物と一緒に渡して、鳥海先生の機嫌をあっという間に治したと聞いたが……それか」

 

 次の瞬間、女子の鋭い視線がケーキをのせた皿に向いていた。



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183話 片付けの最中

警告:今回と次回には携帯アプリを利用した会話として、一部が台本形式のようになっています。苦手な方はご注意ください。


 一時間後

 

 料理に舌鼓を打ちながら会話に花を咲かせ、皆には満足してもらえたようだ。

 

「どれも見事な料理だった。楽しませてもらったが、そろそろ時間だな。あまり夜遅くなってしまうとまた問題になる」

 

 ということで、用意したお土産を配ってパーティーはお開きとなった。

 最後に皆にも飲食をしたスペースの片づけは手伝ってもらったが……

 

「葉隠、こっちの皿はどこの棚だ?」

「右から三番目の棚です」

 

 約一名、荒垣先輩は裏での皿洗いまで手伝ってくれていた。

 どうも何か目的があるようなので、順平たちには俺の荷物を持って帰ってもらった。

 山岸さんや会長たちには、天田を寮まで送って欲しいと頼み、先に帰ってもらった。

 桐条先輩や真田には本人が何か言ったのか、今ここには俺と荒垣先輩のみ。

 

 できるだけ有利な状況に立っておきたいが、まず何がしたいのか……

 静かに食器を片付ける音だけが響くキッチンで、彼が行動を起こすのを待つ。

 

「葉隠。聞いていいか?」

 

 来た!

 

「何でしょうか?」

「お前がヤク中の集団に襲われた時のことだ。“ブラッククラウン”とか呼ばれてる奴に助けられたんだよな?」

「そうです。それが何か?」

 

 誰かに聞かれる事は想定していたが、真田でも桐条先輩でもなく、荒垣先輩が聞いてきたか。

 

「そいつをどう思う?」

「どう……テロ騒ぎの事ですか? あの人が首謀者なんて噂も出てるみたいですが、助けられた一人としては、悪く言いたくありませんね。確かに怪しい風貌だったけれど、無差別テロの首謀者とは思えません」

「……お前、そいつと何か話したか?」

「逃げる時にこっちだとか、そのくらいなら。ちゃんとした会話はしてません。と言うか、できませんでした。状況が状況だったので」

「そうか」

「……気になるんですか?」

「人並みにはな」

 

 オーラは青、かなり冷静なようだ。

 ペースを掴んでおきたい。

 少し突っ込んだ話をしてみよう。

 

「意外ですね」

「あ? 何がだ?」

「いえ、その話を聞いてくるのは真田先輩か桐条先輩だと思っていたので」

「……そう思うか?」

「桐条先輩とは向こうに滞在していた時に少し連絡を取っていたんですが、その時にテロ事件をやけに気にしていたようでしたから。真田先輩の方は言わなくてもわかるでしょう?」

「確かにな」

 

 わずかにオーラが揺らぐ。

 表情にも緊張が見られた。

 影時間に関わる事だし、警戒したかな?

 でも続ける。

 

「そんなわけで、質問されるなら二人のどっちかだと思ってたんです。まさかどちらでもなく、荒垣先輩に先に聞かれるとは思いませんでした」

「色々とバタついてるみたいだからな。忘れたんじゃねぇか」

「桐条先輩はそうかもしれませんが、真田先輩がですか? それは少し考えにくいかと。だってあの真田先輩ですよ? 以前より多少マシにはなってるようですけど、強さを追い求めているのは今も変わらないでしょう」

「……よく見てるな、お前」

「不本意ですが、自分自身とよく似たタイプらしいので」

 

 ……オーラに僅かな悲しみと怒りを配合。

 演技の練習を思い出せ……

 

「俺もまた会えたら会いたいです。ブラッククラウンに。礼を言いたいのもそうですし、できることなら少し戦い方を教わりたいとも思います。あの時俺たちが助かったのは 他の人たちの協力もありますが……一番は先導してくれたあの人の活躍です。彼が銃を持って襲ってくる連中をなぎ倒してくれたおかげで、親父たちは車を奪って逃げる事ができました」

「葉隠。そのなぎ倒したってのは……」

「文字通り、殴る蹴るで銃を持った相手を軽々と倒してましたよ。とにかく身軽で、あっという間に。正直人間業とは思えませんが、それで俺たちは助かっています……俺は後ろからついて行っただけでしたよ」

 

 オーラの変色に伴い、沸きあがる悔しさ。

 それを頭の冷静な部分で制御し、心の内に留めておく。

 あまり明確に外には出さず、言葉と堅い表情にほんの少しだけ滲ませる。

 

 同時に荒垣先輩のオーラも観察。

 先ほどよりも動揺が大きいようだが、すぐに冷静になり、

 

「何言ってんだ、お前は女の子を一人助けたんだろうが」

「確かにそうなんですけどね。あんなのを見てしまったら、どうしても実力不足を感じます。それに結果的には助けたことになりますが、俺からすると意識を失ってるうちに全部終わって、ブラッククラウンも消えていたんで。どうもスッキリしないんですよね」

「……あまり気にしすぎるな。普通の人間ならそんなもんだ。その中でもお前は十分強い方だろ。アキとまともにやり合えるくらいだしな」

 

 荒垣先輩から、励ましの意思を感じる……

 どうやら“力不足を感じて悔しがっている演技”に成功したようだ!

 これなら俺がブラッククラウンだとは考えていないだろう。

 最低限の布石は打てた。

 

 それに“普通の人間としては”など、もう少し突っ込めそうな発言もあったが……

 そこまでは突っ込まないでおこう。

 ただこの話の流れと先輩の発言は記憶に止めておく。

 いつの日か、誰かの注意を引くために使えるかもしれない。

 

「ありがとうございます」

 

 その後、荒垣先輩は俺がブラッククラウンについての情報を持っていないと判断してくれたのようだ。ブラッククラウンについてさらに追及されることはなく、残りの洗い物を片付けながら聞かれたのは、料理の味付けなど当たり障りのない話題だけだった。

 

 最後に彼は、

 

「アキにも言ってるが、あんまり無茶するんじゃねえぞ。それから天田のこと、よく見といてやってくれよ。お前にはだいぶ懐いてるみたいだからな」

 

 そう言い残し、一足先に帰って行った。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~ポロニアンモール・裏路地~

 

 店内を借りる前の記憶と比べ、元通りになったことを確認。

 最後にゴミを捨てて帰ろうと路地裏の通用口から出た。

 すると路地の一番奥に、青い光が見えている。

 

「……間違いないよな……」

 

 自分の目を疑った。

 しかし青く輝く扉は確かに見えている。

 

「ベルベットルームの扉? 昨日はなかったのに、どうして……?」

 

 周囲に人がいないことを確認し、慎重に扉に触れる。

 その瞬間、意識が途切れるような感覚に陥った。

 

「ようこそ。ベルベットルームへ」

「!! イゴールさん……」

「またお会いできましたな。葉隠様」

 

 前と同じ、真っ青な部屋。

 やっぱりベルベットルームに入れたらしい!

 

「ここは育むべき自我を持つお客人のための部屋。一度ここを訪れた貴方には、ここを訪れる資格がございます。しかし……残念ながら、以前お伝えした通り、貴方はいまだ何者かの大いなる力に縛られておられます。それゆえに、残念ながらここを訪れる事が困難になっているようだ」

 

 ……またそれか。

 

「でも困難、ということは不可能ではないんですね?」

「その通り。本日のように空から月が消える“新月の夜”は、貴方を縛る力が僅かに弱まるようです。こちらをお持ちください」

 

 イゴールがテーブルに手を置くと、小さな鍵が現れた。

 

「契約者の鍵」

「左様。今後、新月の夜に貴方が望むのであれば、私めは歓迎させていただきます。そして先日と同じように、ペルソナとの対話をお助けしましょう。それが私めにできるせめてもの協力」

 

 これからは月に一度、ドッペルゲンガーと意見交換ができるようだ!

 

「それは非常にありがたい」

 

 早速今日からと思ったが、今日は都合が悪いそうだ。

 

「このままでは貴方のいらっしゃる現実で、少なくない時が流れてしまう。これ以上のお引き止めはできますまい……」

 

 そういえば前回は四日間も眠り続けたんだった。

 

「ご心配召されるな。あなたは短い旅を終え、前へ進むためのヒントを手に入れられたようだ。それに気づき、自らを信じて一歩を踏み出せるかが鍵……次にお迎えする時までには、問題がないように準備を整えておきましょう」

「ヒント? ……分かりました。よろしくお願いします」

「では、その時まで……ごきげんよう」

 

 イゴールの言葉を受け入れた途端、ベルベットルームが遠ざかっていく……

 

「ん……」

 

 気づけば裏路地へ戻っていた。

 ベルベットルームへの扉が消えている。

 しかし鍵は持っていた。

 

「また一歩前進かな」

 

 考えるべきことは色々あるが、まず人に見られる前にゴミを捨てて帰ることにした。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~自室~

 

 一ヶ月ぶりの男子寮。

 荷物は順平たちに運んでもらったので、ほとんど荷物もなく身軽な体で帰ってきた。

 しかしここに来て、騒ぎの大きさがよくわかる。

 周辺把握の感知範囲内には、大小様々なカメラを所持した集団が七組。

 全て男子寮付近の道に張り込んでいた。

 

 まず間違いなく帰ってきた俺を待ち構えているんだろう。

 もっとも、ドッペルゲンガーで変装した俺に気づける奴はいなかったけど。

 入り口前には確かに警備員が二人、立っていた。

 しかし彼らも寮生全ての顔を覚えているわけではないらしい。

 変装していても男子高校生らしい格好なら止められなかった。

 

「まずは無事に着いたことを連絡しておかないと」

 

 携帯のメニューから新しいチャットアプリを起動する。

 登録したグループ内でのチャットが可能で、情報共有に便利らしい。

 パーティーの席で山岸さんから聞いて、流れであの場にいた皆で登録したが……

 

 

 ――グループ名:影虎問題対策委員会――

 

 順平 “男子チーム、無事男子寮に着きましたー”

 宮本 “やっぱマスコミっぽい連中張り込んでるな”

 友近 “影虎のスーツケース引いてたら、飛び出してきてカメラ向けられた。そんで人違いに気づいて舌打ちされた。何だあれ”

 

 Kirara“ショタ君の護衛完遂! 先輩たちと協力して、無事に小等部の寮までは送り届けたよ。でも寮の中で生徒の目に付いちゃって、ザワザワしてるみたい。大丈夫かな……”

 

 桐条 “天田の身柄は直接、寮内の職員に預けた。彼女らも対応は心得ているだろう。

 それから男子チーム、そのマスコミがいた場所と背格好、その他情報を記載してくれ。

 こちらから注意しておく。葉隠もこれを見たら、帰宅する際には注意してくれ”

 

 天田 “遅くなってすみません。クラスメイトに挨拶して、無事に部屋に入れました。寮母さんや他のスタッフさんが見張ってくれてるので、野次馬が押しかけたりもしてません”

 

 既に何回もチャットでやり取りが行われている……というかタイトル名、もうちょっと良い名前は無かったんだろうか? ……とにかく報告しよう。

 

 

 影虎 “寮の自室に帰宅成功。マスコミ、生徒、どちらにも気づかれずに済みました。

 自室前に路上から部屋の窓を狙うマスコミの姿を確認。可能であれば排除を願います”

 

 あとは、っと。返信早いな。

 

 桐条 “了解、警備の者に通達して追い払わせる”

 順平 “え? 帰ってきたのか? 全然静かだけど”

 

 影虎 “桐条先輩、よろしくお願いします。

     順平へ、こんなこともあろうかとアメリカで変装とスニーキングの技術も学んできた”

 

 宮本 “お前、何しにアメリカ行ったんだ……?”

 会長 “まぁ、無事で何よりだね”

 友近 “帰ってきたなら荷物、そっちに持って行こうか?”

 

 外に光が漏れて帰宅がバレないように、暗い部屋の中で連絡を取り合った……



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184話 潜入

 翌日

 

 9月1日(月)

 

 朝

 

 ~男子寮・食堂~

 

「今日から学校かぁ……マジでダルイ」

「おいおい、初日の登校前からそれかよ」

「だってさー、うちの学校、始業式の後にもう授業やるんだぜ」

「うちは進学校だからしかたねぇって。少しでも多く勉強させたいんだろ」

「それよりさ、一年のあいつ、学校に来るのかな?」

「どうだろうなぁ……帰ってきたとこ見たって話は聞かないし」

 

 隣の席の男子生徒たちが、俺の噂をしている……

 他にもそこかしこから俺の事を話している声が聞こえてくる……

 今日はドッペルゲンガーをカツラ代わりに、髪の長さを変えただけ。

 それでも意外とばれてないようだ。

 

 昨日の料理。皆への説明。変装と潜伏……

 学んできたことが結果として現れていることを確認して席を立つ。

 食べ終わったトレーを返却し、上着と荷物を持って登校。

 この時間なら遅すぎず早すぎず、のんびり歩いてちょうど良い時間に着けるだろう。

 

 

 

 ――グループ名:影虎問題対策委員会――

 

 影虎 “寮を出ました、これから登校します。マスコミにばれた様子はありません”

 

 桐条 “了解、学園の警備を再確認する。

     それから始業式でのスピーチと撮影した動画の件だが、どちらも許可が出た。

     動画と同じ内容であればインタビューに答える許可も取り付けた。

     場所はこちらで用意しよう。

     君は登校したらクラスではなく、生徒会室に顔を出してくれ。始業式まで匿おう”

 影虎 “了解。このアプリは顔を合わせるまでこのままにしておきます”

 桐条 “私の方もそうしておく。何かあればすぐに連絡を”

 影虎 “ではまた後で”

 

「おい、本当に来るのか?」

「学園は無事を確認してるって話ですし、おそらく」

「おそらく? 撮れなきゃ帰れないんだぞ……ったく」

 

 風景に溶け込むことを意識して、息巻いたカメラマンの横を素通り。

 スニーキングミッションのようで、少し楽しくなってきた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ……………

 

 

 ~大通り~

 

「おい、何だよこれ」

「すいません、ちょっとお話よろしいですか? 旅行中に撃たれた葉隠さんが」

「通してよー!」

「映ってる? 私映ってる!?」

 

 学園に続く道の()に、大勢の取材陣が詰めかけている。

 取材を受けて足を止める生徒。野次馬として取材を眺める生徒、そして無関係な通行人。

 道が少し細くなっていることもあり、通行の邪魔になっている……

 

「良くないな……」

 

 ――グループ名:影虎問題対策委員会――

 

 影虎 “問題発生。通学路前の道に多数の報道関係者あり。散発的なインタビューで通行が妨げられています”

 

 証拠として写真も添付する。

 

 会長 “私にも今連絡が入ったよ! 写真ありがとう! これ酷いね!”

 副会長“警察は来ていないようだな……”

 

 桐条 “おそらく、学校の敷地内では警備が邪魔をするから、その前で自由にということなんだろう。取材マナーの悪さには困ったものだ。いま警備員をそちらに送るよう手配したが、粘るだろうな……”

 

 実際に目にすると壮観だ。

 これが俺のニュースに飛びついたマスコミか……

 しかしマスコミの行動によるものとはいえ、学校前の公道で警察沙汰。

 ……学園のイメージの悪化が心配だ。

 

 そう考えていると思い浮かぶ。

 この騒動原因は俺、マスコミが一番関心があるのもおそらく俺。

 インタビューを俺が引き受けて誘導し、ある程度状況を改善できないだろうか?

 

 飢えた獣の中に飛び込むような真似だ。

 以前までの俺なら、避けようとしていたはず。

 しかし今はむしろ、やる気が湧いてくるようだから不思議だ。

 

 ……自信がついたのかもしれないが、調子に乗って思いつきで行動するのは良くない。

 逆に混乱を生む可能性もある。

 一応先輩方に提案してみよう。

 

 副会長“狙いは分かるが、インタビューは学園で用意した場所で行えばいい”

 桐条 “既に解決に動いている。早まった行動はするな”

 影虎 “了解、生徒会室へ向かいます”

 

 反対されたので、この場は無視だ。

 人ごみに紛れ、少し迂回して校舎を目指す。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~生徒会室~

 

「失礼します」

「誰……葉隠か」

「おはようございます、副会長」

「無事に着いたようだな。無茶をしていないか心配だったのだが、杞憂に終わってよかった」

「桐条先輩、先ほどの件ですか? あれは単なる思いつきですから」

 

 あの状況を放置したらどうなるかを想像したと、冗談のように伝えておく。

 

「あまり冗談にならないことを言わないでくれ……前にも言ったが大人は本当にピリピリしているんだ」

「でも張り詰めっぱなしはよくないよね」

 

 ため息混じりの桐条先輩に、会長がマグカップを手渡す。

 

「それにしても葉隠君、よく何事もなくここまでたどり着けたよね。男子寮にも大勢マスコミが張り込んでたんでしょう?」

「変装して普通に入口から出てきましたよ」

「変装は見ればわかるが、その程度で騙せるものなのか? 髪の長さくらいしか違わないじゃないか」

「変装の秘訣はできる限り自然に、周囲に溶け込む事。気合の入れすぎも逆効果だそうです。気配を消して他の男子生徒に紛れたら、意外と気づかれないものですね」

 

 朝食も寮の食堂でしっかり食べてきたと言ったら、もはや呆れられてしまった。

 

「とにかく無事ならいいよ。それより始業式ではよろしくね。何もないけど時間までゆっくりしてて」

 

 会長の言葉に甘え、椅子を借りてスピーチの内容を再確認する。

 学んだテクニックを一つずつ。

 これまでの練習も思い出す。

 

 ……やっぱり、おかしいな……

 

 さっきの野次馬を見た時にも感じた。

 独特の高揚感が湧き上がってくる。

 体が熱を帯びて冷めない。

 時計の音が澄んで聞こえはじめた。

 一秒ごとに近づくその時が待ち遠しい。

 

 この感覚、地下闘技場で煽られた初日に似ている。

 戦闘じゃないのに……ルサンチマンの影響かもしれないな……

 

 時間になれば、思い切りやる。

 だからもうしばらく我慢しろ。

 

 瞑想をして心を落ち着けながらその時を待つ。

 先輩方から声がかかるまで……



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185話 違和感

 ~桐条視点~

 

「ですから、えー皆さんには」

「校長、本当に話が長いわね……」

 

 鳥海先生が愚痴をこぼすが、無理もない。

 校長先生は予定を10分以上オーバーしてなお話を続けている。

 しかも原稿を見るに、話し終えた内容は3/4程度。

 いつものことだが、今回は騒ぎの後とあって言うべきことが溜まっていたのだろう……

 

「葉隠、すまないがもうしばらく待機してくれ」

「わかりました」

 

 ここは講堂の舞台袖。一般の生徒からは壁を隔てて見えないのを良いことに、話題の彼は座禅を組んでいる。

 

「ねぇ桐条さん……葉隠君、座っているのは別に構わないけど、何で座禅なの? 横にちゃんと、パイプ椅子が用意されているのに」

「本番ギリギリまで心を落ち着けたいそうで」

「それで座禅? 江戸川先生の影響かしらね……」

 

 何とも言えない。

 最初に私が彼の部活設立手続きをした時には、まだ葉隠は江戸川先生を警戒していたようだった。

 それが徐々に馴染んで一緒に旅行に行くまでになり、今では信頼しているようだ。

 良いことのはずだが、これまでの先生の噂が不安を掻き立てる。

 

「えー……時間も押しているようですし、何が言いたいかと言いますと」

「あっ、校長先生がまとめに入ったわよ」

「! 葉隠、準備をしてくれ」

「いつでも行けますよ」

 

 立ち上がった葉隠は肩を回し、足を回し。

 軽く体をほぐして私の横に並び立つ。

 その手には原稿を持たず、瞳がやる気に満ち溢れていた。

 

「緊張しているか?」

「大丈夫です」

 

 だろうな。

 

 たった一言の返事。

 だが今の彼を見ていると、不思議と大丈夫そうな気がする。

 

「次は……葉隠君からの挨拶です」

 

 生徒のざわめきが講堂を満たすのは、司会が告げた直後だった。

 

「行ってきます」

 

 彼が壇上に上がっていく。その足取りは力強く、振る舞いは自然体。

 

「おはようございます」

 

 第一声から聞き取りやすい声量で挨拶を済ませ、速やかに夏休みの話題へと入っていく。

 今日に限ったことではない。私はこれまで都合三度、彼の説明を聞いている。

 一度目は帰国当日の打ち合わせで。

 二度目はパーティーでの説明。

 三度目は彼が撮影した投稿用の動画を確認した際に。

 

 そのどれもが素晴らしかったと思う。

 おまけに内容は共通しているが、毎回、その状況に合わせて話し方が微妙に違うのだ。

 聞き取りやすい声に、視線の配り方、そして身振りや表情の変化まで。

 相当に人前での話し方を練習したのだろう。

 今日も実に堂々とした態度で、全校生徒へ言葉を届けている。実に立派だ。

 

 私は心からそう思う。

 そして同時に違和感も覚えた。

 

 葉隠影虎……彼はあんな男だっただろうか?

 

 彼はあまり人前に出る事を好まない方だと私は考えていた。

 仲間を守るために矢面に立つ度胸はあると思う。

 しかし、壇上で話す事にあれほどやる気を見せるかといえば、意外という言葉が浮かぶ。

 

 ファンクラブの公式化もそうだ。

 理由を話すと多少の不満を我慢して受け入れていた。

 もっと抵抗すると予想して説き伏せることを考えていたが、準備がほぼ無意味になった。

 

 無意味といえば、今朝の事も。

 騒動の渦中にいる彼を狙うマスコミは多い。

 本人は変装して自由に出歩いていたが、私には不十分に思えた。

 だから通学中の安全のために、今朝は私の独断で寮の外に警備の人間を配置した。

 寮を出た葉隠を陰ながら見守り、何かがあれば助けられるように。

 しかし、彼の寮を出たという報告を受けてから数分後。

 手配した警備の者から入った定時連絡は“警護対象がまだ出てきていない”という矛盾。

 担当した全ての警備員に確認を取らせる間にも、葉隠は通学の様子を細かく報告した。

 そして学校前の人だかりの報告の時は写真まで送ってきた。

 ここまでくれば、どちらの報告が正しいかは明白。

 

 警備員は桐条の警備部に手配を頼んだ。

 精鋭とまではいかないものの、新人でも厳しい教育を受けたプロの警備員。

 偶然か意図的にかは分からないが、葉隠はそんな彼らの目をくぐり抜けていた。

 

 変装とスニーキングの技術を学んだと言っていたが……冗談ではないのかもしれない。

 昨夜の料理やこの演説と同じで、相当に練習したのかもしれない。

 それが彼なりに自分の状況を打開するための努力であればいいのだが、どこか不安だ。

 アメリカから帰ってきた葉隠が、私にはどこか別人のようにも見えてしまう。

 

「……ぶっ!? くく……」

「どうされました? 鳥海先生」

「こう、校長の顔が、うぷっ」

 

 校長? ……なるほど。

 

 反対側の舞台袖に控えた校長先生が、葉隠と講堂の生徒を交互に眺めている。

 苦虫を噛み潰したような顔で。

 

 おそらく、生徒達が自分の時以上に真剣に話を聞いているからだろう。

 校長先生のお話は長すぎて飽きる生徒も多い。

 そしてそういう生徒は壇上からよく見えるものだ。

 

「あまり笑ってはバレますよ、鳥海先生」

「ごめんなさい、そ、そうね……ふひっ」

 

 まったく……

 

 ? 私は何を考えていたんだったか……そうだ、葉隠だ。

 

 そういえば昨夜のパーティー後、珍しく自分から連絡してきた荒垣が、葉隠が今度の件で力不足を感じているようだと言っていたな……

 

 詳しく聞くと葉隠と話をしたらしい。

 それもテロ事件に関与したと言われている“ブラッククラウン”について。

 

 私や明彦も気になっていたが、葉隠への配慮やシャドウとの関係を考えて、あえて聞かずにいた。話すとしたら慎重に聞かなければと、最近丸くなった明彦も我慢をしていた。それなのにも関わらずだ。

 

 そう伝えると、我々が興味を抱いている事は既にばれていたと返されて気が抜けた。

 葉隠は相変わらず妙なところが鋭い。

 

 ……しかし、銃を持った集団に襲われた一般人が何もできなかったとして、責められることがあるだろうか? さらに言えば、彼は結果として女の子を一人助けている。

 

 同じ事を荒垣も本人に言ったそうだが、それでも彼は悔しさを堪えていたようだ。

 それを気にして無茶はしないように願いたい。

 

 ……件のテロ事件。

 被害者が影人間となった事が判明している以上、シャドウが関係していると考えていい。

 多数の被害者を出したものの、既に被害者はほぼ回復し、新たな被害者は出ていない。

 桐条グループも事態は収束したと見ているが、謎は尽きない。

 

 “影人間を回復させるためには、精神を喰らったシャドウを倒すことが最も有効だと思われる”……以前読んだ資料にはこう書かれていた。

 

 街一つがシャドウの被害に遭う。つまりそれだけ多数のシャドウが居たはずだ。

 しかし先日現地に到着した調査隊からは、一匹の発見報告もない。

 

 総合的に考えると、状況から多数のシャドウがいたことは間違いない。

 だが今は居ない。

 被害者の回復から倒されたと考えられる。

 それだけのシャドウを根絶やしにした?

 誰が? どうやって?

 

 その答えを握っている可能性が高いのが、“ブラッククラウン”と呼ばれる存在。

 

 荒垣が葉隠から聞き出した情報によれば、ブラッククラウンは人間と見て間違いない。

 日中に火災が起きたビルから子供を助けたという点からも、シャドウではないはずだ。

 シャドウは影時間にしか存在せず、人とのコミュニケーションは不可能。

 そう考えると必然的にブラッククラウンの正体が絞られてくる。

 おそらく我々と同じ“ペルソナ使い”だ。それも日中に能力を行使できる可能性が高い。

 

 もし葉隠がブラッククラウンと自分を比べているのだとしたら、それは大きな間違いだ。仮に、ブラッククラウンが単独であの事件を起こしたシャドウを殲滅するだけの力を持っていたとしたら、ペルソナ使いの我々でも太刀打ちできるか分からない。

 

 どうせなら我々に協力してもらえれば心強いが、情報が全く掴めなくてはどうしようもない。

 できることといえば敵対しないことを祈りながら報告を待つばかり……

 

「ご清聴ありがとうございました」

 

 ……? 気づけば葉隠の演説が終わったようだ。一礼してこちらへ歩いてくる。

 そして静かに私の隣まで戻ってきた。一仕事終えたとばかりの清々しい顔で。

 

「機嫌がよさそうだな」

「一つ肩の荷が下りましたから。そういう先輩はどうかされました? 何か悩んでいたようですが」

「……よりによって君が聞くか」

「え?」

 

 他ならぬ君の事で悩まされていたというのに……

 何も考えていない、純粋に善意を感じる一言で急に馬鹿らしくなってしまったではないか。

 

「俺が聞いたらまずい事でしたか?」

「そうじゃない。少し君に言いたいこと、聞きたいことがあっただけだ」

 

 もう面倒だ、直接聞いてしまおう。

 

「君の雰囲気が以前と変わっているように思えてならない。本当に大丈夫なのか?」

「……ああ、そういうこと……」

 

 葉隠はわずかに渋い顔をしながら、納得したように頷く。

 

「……体や心に問題はないですよ。ただ先輩も知っての通り、一度死にかけたので。そのせいか価値観に少し変化があったと言うか、なんというか……少し思うところもあったので」

 

 演説とは打って変わって歯切れの悪い言葉だった。

 

「言いにくいことか?」

「自分の中で整理がついてないって感じですかね……進路に関わるかもしれないけど、ある意味どうでもいいっちゃどうでもいい事で」

 

 ふむ……どうにも要領を得ないが、いいだろう。

 

「そういう事なら無理には聞かない。だがあまり悩みが続くようなら、相談に来るといい」

「その時はまた、生徒会に行くことにします」

 

 フッ……そういえば初めて会った日もこんな話をしていたな。

 

 それきり私たちの間に会話はなくなり、始業式が進行する音だけが耳を打っていた。




桐条美鶴は影虎に違和感を覚えていた!
桐条美鶴はブラッククラウンをペルソナ使いと断定している!
影虎とブラッククラウンが同一人物である事には気づいていないようだ……


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186話 順風満帆?

今回は五話を一度に投稿しました。
前回の続きは四つ前からです。


 ~始業式後~

 

 危ねぇー!! 桐条先輩に怪しまれてた……

 何とかごまかせたけど、内心はヒヤヒヤだ。

 帰ったら何か適当な理由を用意しておこうと心に決め、教室へ。

 

 久しぶりに顔を合わせるクラスメイトに多少は騒がれたが、始業式でのスピーチが上手くいったおかげか、状況説明の必要はなかった。さらに気を使った順平たちも壁になってくれたので、クラスでは少し騒がしい程度。先生の到着後は速やかに授業が始まり、早くも日常に戻ってきた実感が湧いてくる……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 気づけば昼休み。

 うちのクラスは穏やかだ。

 しかし他のクラスからの野次馬が集まりかけていたので、仕方なく生徒会室へ避難。

 

「やぁ葉隠君、今朝ぶりだね」

「すみません会長。またお邪魔します」

「全然構わないさ。葉隠君は忘れてるかもしれないけど、前に生徒会の仕事を手伝ったことあるよね? あの時に手続きしたから、君も生徒会の一員なんだよ?」

「あれ? それって一時的な手伝いのはずじゃ……」

「うん。だけどそのために生徒会役員としての試用。つまり私の推薦で、私の管理の下、お試しで働いてみる手続きをしてもらったんだよね。その期間が終わる時には私からまた別の書類を提出しないといけないんだけど、実はその書類をまだ提出していません! よって君はまだ試用期間中の生徒会役員なのだ!」

「おい清流。その話、俺も初耳なんだが」

「うん、武将には言ってない。ていうか私も書類を出してないことに今朝気づいた。書類整理してたら別の処理済み書類の隙間から用紙が出てきてさ……いやー、問題になる書類でなくてよかった」

「……不幸中の幸いだな」

「というか生徒会役員に試用期間とかあるんですね」

「会長は選挙だけど、副会長以下は結構色々やり方はあるみたい。転出や転入による欠員もしくは増員の必要が出た場合に利用できる特例とか、結構この学校独特のルールがあったりするんだよね。

 まあとにかくそういうわけで、葉隠君には二つ選択肢があるんだ。仕事ができるのは見せてもらったし、このまま正式に生徒会役員になっちゃうか、あるいはやめちゃうか。個人的には役員になってもらった方が助かるなぁ~」

 

 避難場所ができるのはありがたいが、部活やバイトもある。

 生徒会役員の仕事までこなせるだろうか?

 

「あぁ、その点は心配しないで。仕事は前と同じ、皆の補助でいいから。それも時間が空いてる時とか、気が向いた時に来てくれれば十分助かるし」

「確かにこの先は文化祭、それに三年は修学旅行などのイベントが控えているからな……」

「正直猫の手も借りたいっていうのが本音なんだよね」

 

 部活やバイト優先でいいのか……

 避難所にする間はここで能力を活用し仕事をする、それくらいなら。

 

「わかりました、お手伝いさせていただきます」

「本当!? ラッキー! 助かるよ~。じゃあこれ、正式採用に関する書類ね。こことここに名前。あとこっちにサインをお願い」

「……用意がいいですね」

 

 あっという間に用意された書類に記入し、正式な生徒会役員になった!

 

「ありがとう! これからもよろしくね!」

「経緯はともかく、君には期待している。歓迎させてもらうよ」

「よろしくお願いします」

 

 なんとなく雰囲気で握手を交わしていると、生徒会室の扉が開く。

 

「なんだ? 楽しそうじゃないか」

「あ、美鶴~。葉隠くんが生徒会役員になってくれたんだよ」

「葉隠が?」

 

 状況がつかめていないようなので、先輩に説明。

 

「なるほど、怪我の功名だな。事実これから生徒会はさらに仕事が増える。有能な者は大歓迎だ」

 

 彼女はそう言ってから、思い出したように話題を変える。

 

「マスコミとの話だが、今日の放課後でも構わないか?」

「問題ありませんが、急ですね」

「昨日の動画と今朝の演説が効いたようだ。あの後、本人に話させてもいいんじゃないかという話になったらしく、学校側から許可が降りた。どうせ下校中を狙ってマスコミが張り込むだろうから、情報を流して校門前に集める。そこでインタビューを受けてくれ。

 ひとまず君の無事と事情説明だけでも。質問への返答はできる限りで良い。あまりにも長くなりすぎるようなら一旦打ち切り、別の日に場を設けるよう調整もできる。最初からその条件で許可を出すからな」

「承知しました」

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~昇降口~

 

 俺と一緒に桐条先輩と警備員が二名。

 周辺把握は校門前に陣取るマスコミの姿を捉えている。

 

「よし、行くぞ」

「はい」

 

 先輩の一言を合図に、俺たちは校門へ。

 

「来たぞ! カメラ撮れ! 撮れ!!」

「葉隠君ですよね!? 報道テレビです! お話を」

「毎夜新聞です! 先日放送された番組の」

「撃たれたというのは本当ですか!?」

 

 絶え間ない質問と終わらないカメラのフラッシュ。まるで嵐のよう。押し寄せる記者たちの体は先生方や警備の方々が押し止めてくださっているが、そのせいで横に広がり校門が封鎖されてしまった。

 

 そこへ冷静に声をかける。

 

「取材の方々ですよね。申し訳ありませんが、このままだと下校中の生徒の迷惑になりますので、お話はもう少しあちらに移動してからでもよろしいでしょうか?」

 

 まず慌てて返事をするのではなく、少しでも優位に立つため、周囲への配慮を理由にして相手の出鼻を挫く。逃げるつもりはない。インタビューに応じるという意思を込めるのを忘れなければ、マスコミもある程度おとなしく従うとコールドマン氏は言っていた。

 

 そして実際に目の前の彼らも少し勢いを落とし、俺を囲みながらではあるが、校門から出て右側の壁沿いに集まった。俺は壁を背にして半円になったマスコミに囲まれた形になったが、これで生徒の通行には問題がなくなった。そして十分におちつく時間も取れた。

 

「ご協力ありがとうございます。ところで今日は何から話せば?」

「番組の!」

「いやアメリカでの襲撃について!」

「ネット上の噂ですが!」

 

 漠然とした質問をすると、まとまりのない記者団からバラバラの質問が飛んでくる。

 これではとても何から話せばいいかわからない、ということで……

 

「ではまず最初に、旅行中に何が起こったかをざっと説明させていただきます」

 

 番組を見たのも、事件に巻き込まれたのも全てアメリカ旅行中。

 だからそれを芯として話す事を宣言。

 自分から話すことで自分のペースを作りつつ、話すつもりがあるということをアピールする。

 

 その内容はもう慣れたもの。

 対応が遅れたこと、心配をかけたことについては丁寧に謝罪しておく。

 さて、問題の質疑応答だ。

 

「一度に聞かれると答えにくいので、質問がある方は挙手でお願いします」

 

 事前に大体されるであろう質問は想定して回答を用意してあるが、それで全部終わるとは限らない。おまけに暗いオーラを纏っている記者がちらほら見える。彼らには要注意だ。

 

 まずは手を上げている中から問題なさそうなオーラの人を選んで答える。

 

「日本では銃そのものが珍しく、撃たれた経験のある方は少ないと思いますが、実際に撃たれた感想は?」

「撃たれた感想ですか? ……実は撃たれた時はすぐ気絶してしまい、4日後に目が覚めてから、撃たれた事を知らされたんです。だから特に感想もなく、気づいたらベッドの上だったという印象ですね。それから色々聞くうちに、死にかけた事を理解して。そんな感じです」

 

 問題なし。

 次、その次、とテンポよく答えていく。

 できることなら悪意を感じない記者にだけ答えたいが、特定のマスコミに偏るのも問題だ。

 ここらで一人、暗いオーラの男性記者を指名。

 

「どうも、週刊“鶴亀”の矢口です」

 

 鶴亀、あの俺の死亡説を書いた雑誌の記者だ……

 

「葉隠君は格闘技とかやってて強いらしいね? なのに襲われた時、何もしなかったの?」

 

 場が静まり返った。

 露骨に眉をひそめる記者もいる。

 

 挑発か?

 こういう時は熱くならず、軽く笑って受け流す。

 返答は一般論でいい。

 どんなにくだらない質問でも丁寧に。

 

「残念ながら、ショットガンやサブマシンガンで武装した数十人を相手にできるほど強くはないですね。米陸軍にいた元軍人のお爺さんの指示の下、逃げの一択でした。元とはいえプロもそう判断した状況で、多少格闘技をかじった程度の素人ではどうにもならなかったと思います」

「へぇ……そう」

 

 矢口と名乗った男性記者はつまらなそうだ。

 

「ならそのお爺さんがいなかったら?」

 

 仮定の話は無理に答える必要はない。

 

「冷静に指示を出してくれる方がいなくなると、もっと危険だったと思います。それ以外は実際にそうなってみないとわからない、としか言えませんね」

「でも結果として君、撃たれてるよね? そのお爺さんか、例のブラッククラウンって人の指示がまずかったんじゃないの?」

「落ち着いて話を聞けたのは目覚めてからですが、あの時の状況は本当に全員無事でいられたのが奇跡だと思います。場合によっては全滅してもおかしくないと思っているので、ふたりの判断が間違っていたとは思いません」

「なるほど。つまり……君が撃たれた責任は二人にはない、ということだね?」

「誰の責任でもないですよ。強いて言えば撃った奴の責任ですね」

 

 答える毎に、青に近い男のオーラが赤みを増していく。

 暗くて嫌な感じは変わらないが、イライラしてきているようだ。

 おそらく目的の言質が取れないから。

 

 この反応からして、今のは確認に見せかけた誘導尋問。“責任は二人には(・・)ない”という言葉に同意させて、“自分に落ち度がある”とあたかも俺が言ったかのように書きたかったのだろう。

 

 こういう風に、確認のように問いかけられた時に、安易に同意してはならない。

 

 記者の言葉(・・・・・)同意した(・・・・)ことで、記者の言葉=自分の言葉として書かれてしまう恐れがあるからだ。記者との間に共通の認識があればいいが、たちの悪い記者に都合よく曲解された意見を、自分が実際にした発言として書かれては目も当てられない。

 

「あの状況は本当に、みんな無事で生きていられたのが奇跡だと思います。ですから誰が撃たれてもおかしくない。その中で私が撃たれたのは、運が悪かったんだと思います」

 

 彼ばかりを相手にしているわけにもいかないので、さっさと次の人に移る。

 そう簡単に誘いには乗らない。そのための練習だったんだから。

 

「麻薬の社会的影響、実際に麻薬を利用している人についてご意見を……」

 

 正直、麻薬にも利用者にも良いイメージはない。

 しかしこれも感情に任せて下手な発言をしようものならバッシングの原因になる。

 あの襲撃で実際に体験した事をベースに、感じた麻薬の恐ろしさを慎重に語る。 

 

 矢口と似たようなオーラをしている記者からも質問を受けたが、やはり全員要注意人物に認定。

 自分のオーラを監視する事で冷静を保ち、要所では感情を込めてマスコミ対応を続ける。

 

 ……それにしても最近調子が良いというか、順調に事が進んでいくなぁ。

 いや、そのためにわざわざ事前にガッチリ準備してきたんだけど。

 でも何だろう? こう順調な日々が続いてると……

 

 

 

 逆に嫌な予感がしてきた。




影虎は全校生徒の前でスピーチを行った!
影虎は正式な生徒会役員になった!
影虎はマスコミのインタビューに答えた!


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187話 マスコミ対応の成果

 ~生徒会室~

 

「はい、葉隠君」

「ありがとうございます、会長」

 

 校門前でのインタビューを終え、俺と桐条先輩は一旦生徒会室に戻ってきた。

 会長から受け取ったコーヒーを流し込み、ようやく一息つく。

 

「それにしても、よく2時間も話したよね。適当なところで切り上げてもよかったのに」

「あまり短すぎると記者の方々が、おざなりにされていると感じてしまう可能性がありますから。体力と集中力が続くうちはしっかり答えて見せておこうかと……根気と寛容さが鍛えられた気がします」

「ま、そのおかげでインタビューは成功したんでしょ? 美鶴」

「おそらく大丈夫でしょう。最後には質問を手が上がらなくなるまで答えていましたから、少なくとも葉隠の対応に反感を抱く記者はいないと思います」

「……そうだといいんですが……」

「何か不安があるのか?」

 

 俺もインタビューは無難に切り抜けられたと思う。

 でもひとつだけ気になることがあった。

 

「週刊“鶴亀”の記者の事が少し」

「ああ、あの矢口という男か。そういえば随分と酷い質問をしていたな。葉隠があっさりと受け流していたから何も言わなかったが、そうでなければ口を出したくなっていたくらいだ。しかし最後の方は諦めて大人しくなったと思ったが」

「だといいんですが……」

 

 先輩の言うとおり、あの矢口という記者は俺に含みのある質問ばかりしてきた。しかしそれは最初の方だけ。インタビューの中盤になると手を挙げる頻度が減って、後半は黙って他との話を聞いているだけ。まるでやる気を失ったようにも見えた。少なくとも外見だけは。

 

 しかしオーラはさほど変化することなく、徹頭徹尾、暗くて嫌な感じのオーラを漂わせていた。

 

「なんか、おもしろおかしく書くのを諦めたようには思えないんですよね……毎週何曜日に発売でしたっけ?」

「鶴亀は月曜日だな」

 

 何か仕掛けて来るかもしれない。

 気のせいならいいが、あまり気を緩めない方が良さそうな気がする。

 

「あれ? 電話鳴ってない?」

「……あ、本当だ。俺のです」

 

 マナーモードでカバンに入れていたから気づかなかった。

 

「ちょっと失礼しますね……はい、葉隠です」

『葉隠君? 私だけど』

「オーナー、どうされました?」

『実はね……あなたを取材したいってお話があって』

「取材? まさか鶴亀ですか?」

 

 一瞬、先輩方と目が合う。

 

『鶴亀? ああ、あの雑誌じゃないわ。そもそもマスコミじゃなくて、個人なの。あなたのことが話題になって、うちの店に動画を撮影して投稿してる人が来たって話をしたじゃない?』

「はい、確かに」

『その人よ。あなたが帰国したって話を聞きつけて、もう一度取材させて欲しいって連絡してきたの』

「それはまた……」

 

 情報が早いな。

 

『私は見てないけど、あなたが通学したって情報はもう昼ぐらいに拡散していたそうよ。ネットで』

「俺が通学した事実がネットで拡散している? 昼ぐらいには」

 

 あえて声に出し、先輩方へ伝える。

 素早く海土泊会長が確認を取ろうとしていた。

 

『そうなのよ。それでもう一度、今度こそ葉隠君に会って話がしたいし、占ってもらいたいんですって。しかもできる限り早くお願いしたいんですって。どうする? 私は別に構わないけれど』

「……少しお時間いただけますか?」

『大丈夫よ、返答に時間がかかるかもって言ってあるから。そっちにも事情があるでしょうし、決まったらまた連絡して』

「ありがとうございます」

 

 通話を終えて、先輩方に向き直る。

 

「どうですか?」

「うん、確認した。掲示板に書き込みがあったらしいね」

「おそらく学園の生徒だな。君が始業式で演説をしたことが書かれている」

 

 ため息を吐きながら見せられた携帯の画面には、確かに始業式のことが書かれている。

 書き込みをした誰かにとっては、あのスピーチがかなり高評価だったらしい。

 なんだか恥ずかしくなるくらいに持ち上げられていた……

 

「そちらは?」

「バイト先の方からです。以前も訪ねてきていた動画投稿者の“又旅”という方が、また取材を申し入れてきたそうで。今度こそ俺と直接話して占ってほしいと。バイト先は問題ないそうですか、どうですか?」

「こちらとしては何とも言えないなぁ……その人も結構有名な方だよね? なんかまた話題になりそう。もう今更感が強いけど」

「葉隠的にはどうなんだ?」

 

 俺的には……

 

「正直、条件次第では受けても良いかと思っています」

 

 始業式でのスピーチと同じで、心が躍るような感覚がある……

 それに撮影内容はこれまで散々話してきた事を話して、占いをするだけ。

 これまでとほとんど変わらない。

 

「何より先日撮影した動画。あれを投稿するだけでも人目には着くと思いますが、それを“又旅”さん動画に便乗して宣伝すれば、ファンを通してより早く拡散させることが可能かもしれません」

「それは確かにあるだろうね。その人のチャンネル登録者数って100万人超えそうだったはずだし」

「……とにかく一応理事長には話を通しておくよ」

 

 桐条先輩が言うには、今この状況で最も奔走させられているのがあの人らしい。

 

「そういえばお元気ですか? 理事長」

「お元気、ではないな。とても疲れていらっしゃる」

「この前ちょっと顔見たけど、すごくやつれてたよ。体重も8キロ減ったらしい」

 

 え? そんなに忙しいの?

 

「私も詳細は分からないが、やけに仕事が多いようだ。しばらく顔も見ていない」

「購買で毎日ツカレトレール買ってるらしいよ。毎日置いとくように頼まれたって、購買のおばちゃんが言ってた」

「大変だなぁ……」

 

 今は騒動になっているからか? それとも普段から仕事が多いのだろうか?

 ……日常の仕事と“滅び”のために暗躍まで、よくやるなぁ……

 いっそこのまま理事長の仕事だけに集中してくれないかな?

 

 そんなことを割と本気で考えながらコーヒーを飲み干す。

 

「ごちそうさまでした」

「はい、お粗末様でした。とりあえず今日はもう用事ないから、帰っていいよ」

「理事長からの返答がきたら、そちらにメールを送ろう」

「ありがとうございます。それじゃまた明日」

 

 変装を整えて、寮に帰ることにする。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 放課後に受けたインタビューは今夜のニュースで早くも流れるらしい。

 リアルタイムでチェックをしよう。

 そんな事を考えたのは俺だけではなかった。

 

 ――グループ名:影虎問題対策委員会――

 順平 “ニュース始まるまであと五分。なんつーか、ドキドキするな!”

 岳羽 “何であんたがドキドキしてんだっつーの”

 順平 “ゆかりっちってば、ノリ悪いってー。もう開き直って楽しもうぜ?”

 山岸 “確かにもうインタビューは終わっちゃったし、成り行きに任せるしかないもんね”

 影虎 “これで少しは騒ぎが収まるといいんだが……”

 桐条 “火に油を注ごうとしている奴の言葉とは思えんな”

 

 桐条先輩から厳しい一言が送られてきた……

 

 順平 “え? 何?”

 岳羽 “ちょっと葉隠君、また何かやったの?”

 影虎 “やってないよ。まだ”

 Kirara“まだって何さ!? それ何かやる気って意味じゃん!”

 桐条 “まぁ、半分は冗談だ。

     葉隠、理事長から例の件の許可が下りた。

     ただし、また話題になっても対応は君と君のバイト先で行ってくれ。

     学園はその件に関与しない”

 影虎 “了解。あ、岳羽さんと島田さんには近いうちにオーナーから連絡あると思うから”

 Kirara“オーナーが了承済みなんだ……”

 岳羽 “ビジネス的には話題があった方がいいのかもね……”

 

 二人には悪いが、オーナーに引き受けると連絡させてもらおう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 連絡が終わると、ちょうどニュースの時間がきた。

 

 天田 “始まりましたね!”

 会長 “冒頭から葉隠君のニュースだ!”

 

 皆番組に集中しているのか、アプリのコメントが止まる。

 

 ……悪くない感じだ。

 俺が生還して登校した事実の説明から、実際のインタビュー映像へと繋がっている。

 

 

『ではまず最初に、旅行中に何が起こったかを……』

『一度に聞かれると答えにくいので、質問がある方は挙手でお願いします』

『撃たれた時はすぐ気絶してしまい』

『では次の方ー』

『どうも、週刊“鶴亀”の矢口です』

『はい。えーこのように、葉隠君は記者の前で元気な様子を見せてくれました』

『葉隠君はこの後。報道陣の前で約2時間もの間、にこやかにインタビューを受けていたとの事です』

『集まった記者全員の質問に丁寧に答えており、インタビューの終了間際には“ありがとう”“誠意を感じた”と声をかける記者の姿も見られました』

『それでは次のニュースです』

 

 俺のニュースが終わった。

 最初から最後までポジティブな意見でまとまっていた!

 

 友近 “テレビ見たぜ。無事に終わってよかったじゃん”

 高城 “おめでとう”

 岩崎 “おめでとう”

 影虎 “ありがとう。まだ一社目だけどね”

 副会長“それでも試金石にはなる”

 桐条 “ここまで順調な滑り出しだ。他社にもそこまで悪い印象は与えていないだろう”

 山岸 “葉隠君の掲示板も、良い意味で盛り上がってます!”

 

 山岸さんがアドレスを添付してくれている。

 少し覗いてみると……

 

『生存確定!!』

『特攻隊長が帰ってきたぞー!!』

『足がある! あの記録を出した足が!』

『相変わらず、よくカメラの前でこんなに堂々と話せるな……』

『つか映像が変わる直前に指された記者、“鶴亀”って言ってなかった?』

『言ってたw 真っ先に死亡説書いといて平然とインタビューしてんのかよって思ったわw』

『俺、某出版社勤務。その現場に同期が取材に行ってたけど、鶴亀のそいつ特攻隊長に悪質な質問したらしい。社に帰ってきたところで軽い気持ちでどうだったか聞いたら、マジなトーンで“ありえねぇ……”って』

『何それ詳しく』

『詳しく聞いたけど軽々しく言えねぇ』

『そんなマスコミにまで2時間かけて丁寧に答えてやったのか』

『特攻隊長が神対応すぎる』

 

 一部“マスコミに媚を売っている”などという意見もあるが、大多数は好意的に受け止めてくれているようだ。これでひとまずコールドマン氏に良い報告ができるな。今晩の内にメールを送っておこう。

 

 影虎 “ありがとう山岸さん。明日の昼、動画の公開もよろしく”

 山岸 “分かった。動画とネットの方は私に任せて”

 

 彼女にしては珍しく自信ありげな言葉。

 やっぱり機械が絡むと彼女は頼りになる。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス・エントランス~

 

 久しぶりの忍者スタイル in タルタロス。

 近々天田を連れて来ることになるので、変化がないか一人で確認に来た。

 1Fから16Fまでざっと上ってきたが、今日はやけに運が良い。

 たった一回でオニキスを1つ、ジェムを2つ、さらに銀の仮面を5枚も手に入れられた。

 そして上機嫌で戻ってきたら……

 

「お久しぶりですね」

「ああ、久しぶりだ」

 

 何でストレガがここにいる?

 

「……どうやら待たせたようだね?」

「チドリがこの塔がまた騒がしくなったと言いよってな。帰ってきたのがすぐ分かったわ」

「そういえば彼女は外からでも中の様子がわかるんだったね」

「少しだけど」

「おかえりなさい。と言うべきでしょうか?」

「ならば私はただいま、と言うべきだな。……で、何の用かね?」

 

 まさかただ挨拶に来たわけじゃないだろう。

 天田を連れて来ていなくてよかった。

 

「一つ聞かせていただきたい事がありまして」

「聞きたいこと?」

「ブラッククラウン」

「最近、毎日毎日ニュースでやっとるやつや」

「聞いたことくらいはあるでしょう」

「確かに」

 

 ストレガもその話か……

 

「率直に聞きます、ブラッククラウンとはあなたのことでは?」

「違う。そう言えば納得するかね?」

「フフフ……するかもしれませんよ?」

 

 ……どうも確信があるっぽいな。

 まぁブラッククラウンについて、彼らの耳にも入るだろうとは思っていた。

 俺が人間でペルソナ使いだと知っていれば、ニュースと繋がるか。

 

 ただそれで俺をどうにかしようとか、そういう意図は感じない。

 良くも悪くもオーラは冷静で揺らぎがない。

 普通の人間とはどこか異質……まるでその色で固定されているような印象を受ける。

 三人とも同じ、もしや制御剤の影響か?

 いや、それだと荒垣先輩もこうなっているはず。

 使用期間の差か、あるいは単純に返答によって心を動かすほどの興味がないのか。

 

「オーケー、答えはyesだ。私がブラッククラウンだよ」

 

 ドッペルゲンガーの表面を変形させ、忍者スタイルからピエロに変更。

 なんにしても不信感を与えるのは得策ではない。

 第一に避けるべきは“敵対”。

 ブラッククラウンと知られても、敵対さえしなければ不都合もない。

 

「おや、随分とあっさり認めましたね?」

「別にそこまで隠すことではないよ。何も知らない相手にわざわざ教える気もないが、君たちは私の能力をある程度知っていることだしね」

 

 ストレガに感情へ訴えかける手は通じそうにない。

 下手な嘘でごまかそうとするよりも、ここは認めたほうが無難だ。

 

「それを聞くためにわざわざここで待っていたのか?」

「そうですね。あなたが思いの外早く認めてくれたので、もう少し話をさせていただきたくなりました」

 

 タカヤが薄く笑った。オーラに変化はない。

 

「貴方、何者ですか?」

「ざっくりとした質問だね……以前もされたような気がするし、さすがに何について答えればいいか困る」

「では、あなたのお仕事は? 確か7月にお会いした時、仕事でここを離れると言っていましたね?」

 

 記憶を探ると、確かに言った覚えがあった。

 旅行に行っていなくなる理由としてそう言ったんだった。

 さすがにそこまで本当のことを話すつもりはない。

 

 この状態の俺とブラッククラウンが同一人物である事は構わないが、そこに葉隠影虎を結び付けられるのは避けたい……

 

「……“探偵”だ」

「探偵? 天職ですね。それでアメリカへ?」

「仕事で行ったのは間違いないが、厳密に言えば“一度戻った”と言うべきだな」

「戻った? 向こうが本来の仕事場なんか?」

「その通りだ。細かいことは守秘義務があるので伏せさせてもらうが、私はとある依頼を受けて日本に来ている。先月はその調査報告のために戻っていたのさ。バカンスも兼ねてね」

 

 ストレガの情報網がどこまで伸びているか分からない。

 しかしブラッククラウンの中身について、世間では憶測ばかりが飛び交っている。

 架空の経歴を作るとしたらここしかない。

 海外なら裏取りもしにくかろう。後でコールドマン氏にも相談だ。

 

「ニュースを見ましたが、何故あんな事を?」

「できる事があった。理由はそれだけだ」

「それだけで、あんなに大暴れしたの?」

「……私自身、あそこまで立て続けに問題が起こるとは思っていなかった。最初は休日に祭りを見に行った、ただそれだけだったんだ。それが次から次へと……」

 

 感情に訴える意味はないが、リアリティーを出すために感情は込める。

 

「お疲れ様でした」

「本当にそう思っているのかね?」

「思っていますよ。……ところで、あなたと一緒にもう一人、話題になっている方がいますね?」

「葉隠影虎だな? 覚えているよ、面識があるからね」

「彼は撃たれてから別の街に移送され、テロ事件に巻き込まれたそうです。あなたも一緒にいたのですか?」

「助け損ねたから経過が気になった。そして足取りを追ってみたら巻き込まれたわけだ」

「なるほど」

 

 ……感情の動きが全くない。

 なんてやりにくい相手だろうか。

 

「では最後です。あの街で大勢の人々が影人間になった原因であるシャドウ。一晩であれほどの被害を出したならば、シャドウも相応の数がいたはず。あなたはどうやって、事態を収束させたのですか?」

「私達とあなたが最初に会った時、あなたはペルソナに目覚めたばかりと言っていた」

「せやな。ワイもそれが気になってしゃーないわ。あんたが毎日のようにこの滅びの塔に出入りしてたんは知っとるが、あの事件を一晩で解決できるとは思えへんわ」

 

 ……ほんの一瞬、三人のオーラがゆらめいた気がする。

 これが本題か?

 

 シャドウを混乱させる能力を用いて、同士討ちを誘発させたことだけを説明する。

 

「街中にシャドウが溢れて、もうどうにもならないと思った時。ほとんど暴走状態で発動した。正直自分でもよく分からない。結果的に助かった感じだな」

「……ペルソナの進化かもしれませんね」

「何か知っているのか?」

「かつて人工ペルソナ使いが強要された実験の一つに、強制的に進化を行う実験があったはず。我々は関わっていませんが、進化したペルソナは従来のものよりも強力になるそうです。……もっとも進化したペルソナは扱いも相応に難しいらしく、被験者は元々適正の低い人工ペルソナ使い。暴走はしても成功したという話は聞きませんでしたが。運が良かったですね」

 

 そんなこともあったのか……

 

「ありがとうございました、聞きたいことは聞けましたよ」

「そうか。それは良かった」

 

 どうやら今日はそれだけで帰るつもりらしい。

 

 ひとまずは乗り切れたようだ……が、どうせ話したんだ。

 

「ところで、何か良い情報はないかね?」

「……しっかりしていますね……」

「ケチ……」

「タカヤとチドリは少し見習って欲しいわ」

 

 こちらの話を聞いた分は、情報で返してもらおう。




影虎はインタビューを受けた!
インタビュー映像がニュースで流れた!
世間の評判は上々だ!
影虎はストレガと遭遇した!
ブラッククラウンについて聞かれた!
虚実織り交ぜて返答した!


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188話 Be Blue Vで

 翌日

 

 9月2日(火)

 

 放課後

 

 ~Be Blue V~

 

 オーナーに昨日の戦利品を買い取ってもらった。

 なんと銀の仮面の値段が一枚につき二万円まで高騰していて、それだけで十万。

 さらに手に入れた二個のジェムが相当お気に召したようだ。

 タルタロス産のオニキスも加えて、借金がチャラになった!

 

「いいんですか?」

「勿論よ。素材としての魔術的価値がとても高いわ」

 

 まぁ、借金が返済できたら俺としても安心だが……

 

「その価値を教えてあげたいけれど、そろそろお客様が来る時間だから閉店後にしましょうか」

「そうですね。……それにしてもなるべく早くがいいとは聞いていましたが、引き受けた翌日に来るとは思いませんでしたね」

 

 昨夜オーナーに動画投稿者の訪問を受け入れることにしたと連絡した後、オーナーは例の“又旅”さんに連絡。その結果、あっという間に今日の撮影が決定した。

 

 応接室の用意をすませ、身だしなみを整えていると……

 

「葉隠君、来たわ。お通しするわね」

「よろしくお願いします」

 

 岳羽さんから連絡を受けたオーナーが表へ出て、数分後。

 

「こんにちはー!!」

「! こんにちは」

 

 扉が開かれ、快活そうな女性がするりと応接室に踏み込んだ。

 第一声の大きさに少し驚いたが、挨拶を返す。

 

「どうも! 話題のスポットに行ってみた! でお馴染みの“又旅”です! 初めましてー!」

「初めまして、葉隠影虎です」

「知ってますよー。もう最近は君の話を聞かない日がないもの」

「ありがとうございます、でいいんでしょうか?」

 

 オーラがかなり明るい黄色。

 スリムなジーパンにTシャツというカジュアルなスタイルで、明るく笑いながら話す。

 動画と全く変わらない様子の本人が目の前に居た。

 

「それからこっちが妹兼カメラマンの」

「“猫又”です。本日はよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 

 それから軽い自己紹介と打ち合わせ。

 

「へぇ~、お二人は考古学と民俗学を?」

「そうなんです。旅行も好きで、大学に在学していた頃は休みになるたび、いろんなところの遺跡とかその付近へ旅行に行ってて。それを聞きつけた教授に、子供が興味を持つような紹介ビデオを作れないかと持ちかけられまして。それが動画を作り始めたきっかけですね」

「今となっては貴重な収入源でもあるけどね! 考古学は好きだけど、それだけだと収入はきついから。趣味と実益を兼ねたお仕事って感じかな」

「なるほど」

 

 本当に楽しそうな表情で、楽しそうなオーラで話している。

 二人ともなかなかいい人そうだ。

 

「じゃあだんだん打ち解けてきたところで、撮影いいかな?」

「はい。大丈夫です。よろしくお願いします」

「じゃあ、始めよう」

 

 応接室のソファーで向かい合う、俺と又旅さん。

 それを右側から撮影する猫又さん。

 カメラが又旅さんへ向けられ、俺が撮影範囲から外れたところから撮影が始まる。

 

「視聴者の皆さんこんにちは! いつもおなじみの又旅です! 初めましての方は初めまして! 今日も話題スポットから、話題の何かをお届けします! ……ところで、今日私はどこに入っているか分かりますか? 見ての通りここはどこかの部屋の中。過去の動画を見てくださった方には、見覚えがあるかも?」

 

 又旅さんは一人で軽快なオープニングを撮影。

 そして視聴者へのシンキングタイムが終了すると、俺の出番がやってきた。

 

「正解は……辰巳ポートアイランドにあるアクセサリーショップ、Be Blue V様の応接室です! そして本日は、なんと! 先月から色々な所で色々な話題の絶えない、話題の高校生占い師! 葉隠影虎君に占いをお願いしちゃいます! どうぞ!」

「視聴者の皆さんこんにちは。ご紹介にあずかりました、葉隠影虎と申します」

「ん~、硬いっ! 緊張してるのかな~?」

「もうちょっとリラックスしても大丈夫ですよ?」

 

 朗らかな雰囲気で撮影を始め、最初はちょっとしたインタビュー。

 ここで働き始めた経緯や占いをどこで学んだかなどを、問題のないように答える。

 テレビ番組のことやアメリカでのことにも触れられたが、そちらはほんの少しだった。

 話題になりすぎていて、全く触れないのは不自然だから仕方なくといった感じか?

 お店のことが中心とは聞いていたが、あまり深く聞かないように配慮されていたようだ。

 昨日の取材にいた変な記者たちよりもよっぽど気持ちよくインタビューを受けられる。

 

「ありがとうございました! ではそろそろ、占いの方を」

「かしこまりました。では準備をさせていただきます」

「視聴者の皆さん、私の運勢はどうなってしまうのでしょうか!」

 

 そんな又旅さんの声を聞きながら、タロットカードの用意を行う。

 

「久しぶりだから、何だか緊張しますね」

「そういえば旅行中は占いがお休みだったんですよね」

「復帰初日で占ってもらえるなんて私ラッキー!」

 

 心を落ち着かせるために、軽い深呼吸。

 手順は覚えている。カードの意味も確認した。

 二人が来る前に、なんとなくドッペルゲンガーのアルカナを“運命”に変えてみた。

 後は集中して占うだけ。

 

「では、始めます。まず相談内容をお聞かせ願えますか?」

「ズバリ、私の未来! 私はこの生活が楽しいからまだ続けたいけど、実は親から今後どうするのかとか、色々言われて気になってるんだよね~」

「かしこまりました。では未来を全体的に占ってみます」

 

 カードを操り、三枚を三角形に配置する。

 

「トライアングル・スプレッド。シンプルなこの展開法は左下と右下が現在の状態をあらわし、頂点に位置する三枚目が未来をあらわします。この三枚を総合的に考える事で、現在の状況と未来を占います」

 

 説明することで占いに集中し、カードをめくる。

 出たカードは、

 1.運命の正位置

 2.刑死者の正位置

 3.太陽の正位置

 

 ……? なんだか不思議な組み合わせだ。

 

「……」

「どうですか?」

「……まず1枚目のこのカード。これは状況の変化をあらわすカードです。ですが同時に刑死者の正位置も出ている。こちらは絵柄を見てみると分かる通り、男が吊るされています。動かない。停滞という意味があるカードです」

「おっと……なんか矛盾してる?」

「いえ、この刑死者が正位置の場合は、悪い意味ではありません。停滞にしても、状況を見極めるために足を止めるとか、そういった意味ですね。一枚目のカードとあわせて考えると……」

 

 現在、既に変化が始まっている。今はその変化を見極めるべき時。

 

「そして至る未来、最後のカードは太陽の正位置。勝利や成功、活力の象徴。

 今は迂闊な行動をとらず、自分の置かれた状況の変化に注意すべき。そうすればよい結果が訪れる。とカードは示しています」

「ん~、変化かぁ……停滞なら心当たりがあるけど。私のチャンネルって“行ってみた”シリーズの一辺倒だし……」

 

 太陽の正位置が気になる……

 

「太陽、活力……体調はいかがでしょうか? もし何か気になることがあれば、病院に行くだとか……」

「特に何も変化はないね。私って健康が取り柄だし」

 

 オーラも嘘をついているようには見えないが、自覚症状がないだけだったりして……

 目を閉じてアメリアさんの時のように、彼女の体を流れる気に集中。

 アンジェリーナちゃんとの訓練のように僅かな気配にも注意をはらう。

 コンセントレイトも惜しみなく使えば……何とか感じられた。

 ……少し流れが遅くなっている部分もあるが、それでもしっかり流れている。

 特に悪そうな部分はない。

 

 ……? 下腹部の気の流れが変? 便秘? いや、アメリアさんの時と違う?

 

 記憶を引き出して確認と比較。

 

 ……間違いない。あの時はもっと滞っていて、又旅さんはむしろ良く巡っていて健康そうだ。それに気が集まる位置も少し違う……この位置ってもしかして……

 

「どうかした?」

 

 目を開けると、きょとんとしている又旅さん。

 見た目でも分かる通り、彼女は女性。

 気になる流れの位置は、下腹部。

 流れはスムーズで健康だと思われる。

 太陽のカードには“祝福”という意味もある。

 

 それらの情報が一つの結論に集約された。

 しかし……これを聞くのはためらわれる。

 

「もしかして、と思ったんですが」

「何? 何かいいづらいこと?」

「ですね。あんまり軽はずみに女性に聞く事ではないかと思います。人によるんでしょうけど、いろんな意味で」

「そう言われるとめっちゃ気になるよ!」

 

 そう言われても、伝えるにしてもカメラ前で?

 

「そんなに言いづらい、女性に聞かない事。もしかしてセクハラ系?」

「受け取り方によっては」

「あ、じゃあ大丈夫。私気にしないからそういうの。と言うかむしろ彼氏には逆セクハラする方だから」

 

 ……本気のようだ……

 

「なら信じて言いますが……又旅さん、妊娠中だったりします?」

「へっ?」

 

 時間が止まった。

 心当たりがないらしい。

 

「ぷっ、あはははっ! ど、どうしてそうなったわけ? 太ったかな?」

「大変スリムですが……」

 

 どうやら冗談だと思われたようだ。

 本気で大笑いされている。

 とりあえず太陽のカードから読み取ってみたと伝えると。

 

「そっかー……この展開は予想してなかったなー……よし! じゃあ調べよう!」

「はい?」

 

 今度はこちらがキョトンとさせられた。

 

「え? それどういう……」

「さっきチラッと見たけど、上の階に薬屋さんが会ったよね」

「はい、“青ひげ”ってお店がありますが……」

「そこで妊娠検査薬買って、試してきます! さすがにそれは撮影NGなので、ちょっと待っててねー!」

 

 呆然としている間に彼女は出て行ってしまう。

 

「……これ、どうなるんです?」

「姉がもう行動に移しているので、確実に有言実行してきますよ。あっ、そういう意図がないのはすぐ分かりましたし、姉も本当に気にしない人なので大丈夫です」

 

 最初からそんな感じはしたが、又旅さんはあけすけな人のようだ。

 

 そして待つ事二十分。

 

「……戻ってきませんね」

「どうしたんだろう?」

 

 そんな話をして、猫又さんが様子を見に行くかどうか迷い始めた頃。

 

「ただいまー」

「あ、帰ってきた」

 

 戻ってきた彼女のオーラはまだ黄色が強いが、青が混ざっている。

 明るい色なので問題はなさそうだが……

 

「お姉ちゃん?」

 

 彼女は速やかに元の席、俺の前へ座る。

 テンションが落ち着いている事に猫又さんも気づいたようだ。

 

「はい皆さん、戻ってきました、又旅ですよ~。そして結果は……葉隠君、おみそれしました」

「ということは……」

「お姉ちゃん、それじゃ……」

 

 彼女は一際大きな笑顔で、

 

「陽性でした!」

 

 宣言した直後。

 

「嘘!? 本当!? おめでとう!」

「ありがとうー!」

 

 弾けるように猫又が飛び上がり、祝福の言葉で大騒ぎ。

 もはや撮影どころではないようで、カメラはそっちのけ。

 又旅さんは一度落ち着いてから来たようで、妹さんを落ち着けようとしている。

 俺は蚊帳の外。

 

「待って。一旦カメラ置こう? ね? 落としたりしたら壊れるって」

「又旅さん、こちらへ。持っておくだけならできますから」

「あ、ありがとう! ちょっと待ってね、この子何とかするから」

 

 喜び倒す妹と、落ち着かせようとする姉。

 その様子を撮影する俺。

 

 ……なんだかよくわからない状況になってしまった……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 閉店後

 

「お疲れ様」

「ありがとうございます」

 

 撮影は一時中断したものの、その後は無事に終了。

 在庫整理やデータ入力など裏方での仕事をオーナーから教わり、今日の仕事も終了。

 ここからは魔術の勉強時間だ。

 

「さて、少し見ないうちにどれだけ成長したのかしら」

 

 まずは現状の技量をオーナーに見てもらう。

 手元にはただの石。

 まだ1年も経っていないが、本当に魔術を習い始めた頃。

 ルーンを刻む練習用に用意してもらった石に、ウルのルーンを彫り込む。

 そして魔力を込める。

 

 以前のように適当にではなく、特殊弾を作る要領で魔法陣を描いて。

 この特殊弾を作る過程を繰り返し、新たに分かったこともある。

 特殊弾を作る時も、魔力だけでなくMAGも使う。

 最初は無意識だったが、魔力を込めるという意思に従いMAGも流れ込んでいた。

 そうすると物体に込められた魔力は格段に安定する。

 

 思えば最初は魔力を込めるということだけを考えて、吸魔を応用して魔力を流した。

 あの時は本当に魔力だけだった。それも込めるのではなく流しただけ。

 だから安定しない。それが分かった今であれば……

 

「どうでしょうか?」

「……素晴らしい。ちゃんと魔力が込められているわ。これならちゃんと常時効果のあるアクセサリーができるでしょうね」

 

 やった!  とうとうアクセサリーを自力で作る準備が整った!

 

「じゃあ今度はこれに魔力を込めてみて」

 

 特に石も装飾もついていない銀のリングだ。

 

「例の銀粘土で作ったリングよ」

「これが……!!」

 

 早速試してみると、スポンジに水を吸うような……石よりも抵抗なく染み込む感覚。

 

「わかったみたいね。それが素材の差よ。魔力を込めやすくて、より多くの魔力を保持できる。これだけで労力は減るし、より高品質のアクセサリーが作れるの。だから銀の仮面はいくらでも持ってきてちょうだい」

 

 その後は石の選び方やルーンの刻み方など、夏休み前に学んだことを確認してから、普通の銀粘土を用いたアクセサリーの作り方を学び、今日は終わった……



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189話 文化祭準備

 翌日

 

 9月3日(水)

 

 朝

 

 ~生徒会室~

 

「は~が~く~れ~く~ん?」

 

 登校して早々、海土泊会長からジト目を向けられた。

 

「これはどういうことかな?」

 

 生徒会の仕事に使っているノートPCをこちらに向けられた。

 その画面に写っているのは、インターネットの巨大掲示板。

 

『速報! “又旅”女史、妊娠と結婚を電撃発表!』

『2008年9月2日の夜10時頃、投稿された彼女の動画で衝撃の報告!』

『動画撮影中に妊娠が発覚し、撮影後にその足で確認のため産婦人科を受診。結果は自覚症状のない“妊娠超初期”と呼ばれる段階であったが、妊娠していると診断された。また直後にその事実を交際中の男性に報告すると、その場で結婚を申し込まれ、結婚を決意した事を動画内で報告した。

 これまで視聴者に交際の事実は一切伝えられていなかったことから、驚愕と祝福の声が上がっている。今後、出産までハードな撮影内容は妊婦であることを考慮し、所属事務所と相談の上一部スケジュールの変更と調整が行われるが、動画の撮影と投稿はこれまで通り継続していく方針。

 なお妊娠が発覚したきっかけは現在方々で話題になっている高校生、葉隠影虎君の占いによるものだと言うから驚きだ』

 

 昨日の又旅さんの動画が当日の夜に投稿され、話題になっているようだ……

 

「……もしやとは思ったが、本当に騒ぎを起こしてくるとは」

「騒ぎの中心は件の動画投稿者で、君はあくまできっかけ。そして悪い騒ぎでもないのが幸いだが、確実に注目は集めたぞ」

「ははは……」

 

 桐条先輩と副会長は呆れ顔。

 切り替えられたページには、また俺の話題が語られているスレッドが表示された。

 反応は様々だが概ね占いの結果について語られている。

 俺は愛想笑いを返すしかなかった。

 

「なんかもう何かやったら騒がれる感じになってますね……」

「まあこの件でこっちの仕事が増えたりはしてないから、私たちは別にいいけどね」

「身の回りには気をつけてくれよ」

 

 もう慣れたように注意はさらっと済まされて、話題は生徒会の仕事に。

 今年の文化祭は9月20日(土)で、もう一か月も時間がないのだ。

 文化祭準備に伴い必要となる仕事の説明を受けた!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~月光館学園・小等部学生寮~

 

 暗い廊下を歩き、到着した部屋をノック……せずに鍵を開けて中に入る。

 そこにはボンズさんからもらった装備に身を包んだ天田が立っていた。

 

「準備はできてるか?」

「もちろんです。その包みは何ですか?」

「これは天田の武器だ。後で渡す。用意ができてるなら行こう、と言いたいところだが……悪いがその前にやらなきゃいけないことがある。昨日、様子見をした時にあったことは連絡したと思うが」

「わかってます。先生から伝言を聞きました。それにあの地下室のことも」

「秘密厳守で頼む。で、タルタロス探索のことなんだが……こいつの中に入ってもらう」

 

 このために用意したオリジナルシャドウを召喚。

 

「これって、象徴化した人みたいじゃないですか」

「棺桶型だが、以前作って見せた移動用シャドウとほとんど変わらない」

 

 嘆きのティアラをベースに、隠蔽と保護色を与えてある。

 外見は天田も言った通り象徴化した人と全く同じ形状と色合いに整えてある。

 この中に入ってもらい、棺桶型シャドウに与えた能力で天田の存在をペルソナの探知能力から隠す。

 

「少なくとも桐条先輩の能力ならごまかせるはずだ。実際に何度かやり過ごせてる。ストレガの方はわからんが、今日ここに来る前に周りを探った限り、見える範囲に監視の目はなかった」

 

 日中も警戒していたが、周辺把握の範囲には入ってきていない。

 能力でもっと遠くから監視してる可能性はあるが、そこまで考えると身動きが取れなくなる。

 

「出入りにも警戒してタルタロスを探索する。いいな?」

「わかりました」

「じゃあ入ってくれ。寝心地は調節したし、息苦しくもないないはずだ」

「あ、本当に布団みたい。呼吸も大丈夫そうです」

 

 棺桶型シャドウに入った天田を担ぎ、タルタロスへ直行。

 

 なお本日の天田の武器は“デッキブラシ”(税抜き3000円)。

 槍なんて一般の店では売っていないし、置いていたとしてもそう簡単に買えない。

 ということで、ゲーム中はネタ装備にあったデッキブラシを採用。

 適当な店で購入した後、一応特殊弾と同じ加工をしておいた。

 

 ゲームでは初期武器の十文字槍よりは強力な装備だったが、これはどうなるだろう?

 場合によっては駅のトイレの物とすり替えに行く必要があるかもしれない。

 

 ……

 

 その後、道中に邪魔が入ることもなく到着。

 

「これ、前ボンズさんが作ってくれたナイフの槍よりも効いてる気がするんですけど……」

「敵が弱いのもあると思うぞ……」

 

 天田はデッキブラシが武器として普通に使えたことに納得がいかないようだったが、アメリカでの戦闘経験があったため、初回(5Fまで)の探索は特に問題なく行われた。

 

 ちなみに今日もヴィーナスイーグルからは仮面を三枚回収。

 おまけにまたジェムとオニキスを一つずつ拾った。

 アメリカから帰ってまだ二回目だけど、急に運が良くなったような気がする……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 次の日

 

 9月4日(木)

 

 ~Be Blue V・地下倉庫~

 

 昼は学校で生徒会の仕事。

 放課後はバイトで裏方の仕事に精を出すが……

 

「それはそっち、あれはあっちにまとめて置いて」

 

 倉庫整理中は結構楽をしている。

 

「貴方、こんな事もできるようになったのねぇ……」

 

 現在俺のやっていることは、指示出しと在庫の確認だけ。

 実際に整理を行っているのは、俺が召喚した人型シャドウが三体。

 いつもは影時間だけ召喚していたが、俺自身は日中も問題なくペルソナを使える。

 なので召喚はどうかと試してみたら、日中に行動できるシャドウを作れてしまった。

 

「代わりに他の能力はありませんが」

「こんなところで戦う必要はないからいいじゃない。あったら困るわよ」

「ですね」

 

 ダンボールくらいなら問題なく運べるし、人目がなければかなり使えることが分かった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~自室~

 

 思ったより穏やかだったな……

 

 インタビュー後から今日までを振り返ると、そう思う。

 テレビやネットで話題にはなっているが、報道の後は実害がない。

 校内で多少視線を集めるようになったことくらいだ。

 これが嵐の前の静けさでないことを願う……

 

「!! びっくりした……」

 

 携帯が鳴った。

 ……誰からだろう? 知らない番号だ。

 

「……もしもし」

『まいどー。葉隠さん?』

「はい、そうですが……」

 

 この特徴的な声と挨拶、まさか。

 

『私、あなたの親戚の“中村あいか”。八十稲羽市に住んでます』

「ああ、叔父から聞いています。初めまして。家庭菜園用の苗のことをお願いしたとか」

『こちらこそ、初めましてー。その苗のことで連絡しました』

 

 いきなり彼女が電話をかけてきたことに驚いたが、何か進展があったのかと聞く。

 すると既に、目的の苗を販売している農家を見つけてくれたそうだ!

 

『プチソウルトマトとカエレルダイコン。全然有名じゃないのに知っててくれてるって、不思議そうだったけど嬉しそうだった』

「そうですか。それで手に入りそうでしょうか?」

『大丈夫。注文があれば翌日に発送できる。到着は……注文から二日後? お父さんとその農家の人は忙しいから、私が対応を任された。今度から私に直接連絡してもらえれば、すぐに連絡して送れる。

 今すぐ用意できる苗はプチソウルトマトとカエレルダイコンだけだけど、今後は別の種類も用意できるって』

 

 なんと彼女が窓口になってくれるようだ!

 早速プチソウルトマトとカエレルダイコンの苗を注文する!

 

『まいどー。着払いで送るから二日後、待っといてー』

「ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします」

『こちらこそー』

 

 ……色々と驚かされたが、苗が手に入ることになった!

 急いで準備を整えなくては! あ、あとコールドマン氏への連絡も。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 9月5日(金)

 

 午後

 

 文化祭の準備が始まった。

 授業を潰してクラスで何をやるかを話し合うが……

 何も決まらないまま、終わりの時間が刻々と近づいている。

 

「ねえみんな聞いて! 集中して決めないと時間ないよ!」

「て言われても……」

「ぶっちゃけ何すりゃいいか。そもそも2週間で何ができるの?」

「そんなに気合い入れたことする必要ないんじゃない?」

「準備期間短いしなー。学校もそもそもそんな力入れてないだろ」

 

 クラスの反応が悪い。

 実行委員の男女がこの話し合いをまとめているが、その実行委員も熱心なのは女子だけ。

 男子の実行委員はあまり乗り気ではないようだ。

 

「とりあえず案を出すことから始めよう!」

「案……そうだ! 占いの館は? 葉隠君ってすごい占い師らしいじゃん!」

「あ、いいねそれ」

「いいんじゃね?」

「じゃあそれで決て」

「待って! そんな適当に決めちゃだめでしょ!」

 

 やる気のない男子実行委員が勝手に決定しようとしたところ、やる気のある女子の実行委員が俺より先に止めに入った。

 

「葉隠君の意思だって聞いてないし、そもそもみんなでやるんだから一人だけに頼る出し物は駄目だよ」

「じゃあどうするのさ」

「だからそれを考えるんだって!」

「なら佐藤から意見を出したら? ただでさえ時間がないんだから」

「水島……実行委員なんだからもう少しやる気を出しなさいよ!」

 

 ……とうとう実行委員同士が険悪な雰囲気になってしまった……

 

 原因は温度差だろう。

 佐藤はこういうイベントが好きなタイプで、やる気もある。

 委員には自分から立候補していた。

 

 対する水島は普段から休み時間にも勉強をしているガリ勉タイプ。

 将来は有名大学に進学したいと聞いたことがある。

 どうやら普段の付き合いも良い方ではないらしい。

 こういう行事は勉強時間を削る邪魔だと思っていそうだ

 

 まさに水と油。リーダーとなる二人が全く噛み合っていない。

 これで文化祭に間に合うのだろうか?

 

 天井を仰ぐとオーラが見える。とても濃く、淀んだオーラが。

 しかもその発生源はクラス中の生徒だと見てすぐに分かった。

 やる気がある生徒。やる気のない生徒。

 そんな生徒一人一人から立ち上るオーラが混ざり合い、新しい色を作り上げている。

 

 こんな事もあるのか……これが“場の空気”なのかな……

 たぶん間違ってない気がする。クラス中の雰囲気がまさにこんな感じだ。

 

 まとまりがなく停滞しているこの状況。

 オーラが徐々に場の空気に染められていく生徒もチラホラ見える。

 これは、文化祭が始まる前から躓いている……

 

 俺としては高校生らしい行事に心引かれる部分もある。

 来年は影時間関係の事がさらに忙しくなるだろうし、何より来年は台風で中止になる。

 楽しめるとしたら今年が最後……なんとかこの状況を改善したい。




影虎は占い師として少し注目を集めた!
影虎は天田とタルタロスを探索した!
影虎は召喚シャドウを倉庫整理に使った!
影虎は中村あいかと電話をした!
苗が注文できるようになった!
文化祭の準備が始まった!


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190話 学園の資料室

「二人とも」

「え、何? 葉隠君」

 

 手を上げて声をかけると、彼女は水島を睨むのをやめた。

 クラスメイトは成り行きを傍観している。

 

「出し物で占いをっていう話だけど、本当に決まれば協力するよ」

 

 占いのやり方を教えるのは問題ない。協力しよう。

 だけどやはり文化祭の間、一人で全てのお客を相手にするのは無理がある。

 そこは理解して欲しいと、水島やクラスメイトに告げる。

 

 その上で、出し物の決定は来週まで時間をとってはどうかと提案する。

 

「そんな! ただでさえ時間がないのに」

「でもいきなり案を出せと言われても困ると思う。急いで妥協の末に決まった出し物より、よく考えて決まったものの方が良いと思わない?」

「それはそうだけど……」

「それに何よりも」

「あっ」

 

 時計を指すと、残り時間が数分。

 

「あー、もう時間か。ならそういうことで、次っていつだっけ?」

「来週の月曜でしょ……」

「ってわけで、来週の月曜までに何か考えてきて。それじゃあまた来週」

 

 結局何も決まらず、適当な雰囲気で今日の話し合いは終了した。

 クラスメイトは足早に部活や帰宅していく中、落ち込んだ様子でゆっくりと帰り支度をしている佐藤さんにもう一度話しかける。

 

「佐藤さん、出し物の事で少し良いかな?」

「何? まだ何か?」

「……話し合いを打ち切らせたのは悪かった。でも、文化祭を成功させたいって気持ちは俺にもわかる。もう聞いてるかもしれないけど、今学期から生徒会の一員になったんだ。だから過去の学園祭に関する資料を閲覧できる」

「だから?」

「次回までに過去に行われた文化祭にあった出し物と、その準備にかかる時間と費用をできる限り調べてくる」

「! 本当に?」

「細かい部分はどこまで集められるかわからないけど、少なくとも何をやっていたかぐらいはわかるはず。そういう資料を昨日見かけたから。そこから候補の一覧を作って、その中から選ぶ形にすれば皆も決めやすいと思う。

 とにかくこっちも資料を集めてくるから、佐藤さんもできる事をお願い」

「わ、分かった! そっちお願いね!」

 

 佐藤さんと別れ、生徒会室へ向かう。

 

 会議中の佐藤さんは熱心に協力を訴えていたが、元々士気の低い水島のみならず、だんだん盛り下がっていた他のクラスメイトともその士気に差ができていた。彼女もそれを感じていたのは分かっている。だけど意固地になっても良い方向には向かわない。

 

 ということで、空回りした彼女の熱意に水を差した。

 

 時間的な問題を理由にしての、会議の打ち切りと結論の先延ばし。

 少し頭を冷やしてもらおうと思ってやった事だけど、思ったより落ち込まれてしまった。

 だからさらにフォローが必要になった。

 ヘタに言葉での励ましはかけず、できる事とやる気を具体的にアピールしたのが効いたか?

 彼女までやる気を失うことは阻止できたし、彼女とクラスメイトの温度差も少しは解消されたはず。

 

 自分の感情ならともかく、他人の感情を会話で誘導するのは神経を使う……以前の俺ならできたかどうかも分からない。だけどオーラを見て、コールドマン氏から知識を得た今なら少しは可能になったようだ。

 

 うまく実行委員の二人をサポートし、皆の士気を高めることはできないだろうか?

 

 スピーチといい動画といい、最近人前で行動する事にためらいが無くなってきた気がする。

 もしこれがルサンチマンの影響なら、こういう技術が制御へのヒントかもしれない。

 どうせ文化祭の日は必ず来るし、何か出し物をすることは確実。

 この際、全力でやってみよう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~生徒会室~

 

「今度は何をする気なんだい?」

 

 決意を新たに資料の閲覧許可を求めたら、会長にそんなこと言われた。

 これまで俺が騒ぎを起こしてきたのは事実だし、多少の警戒があるようだ。

 しかし彼女も心から悪く言うつもりはないらしい。

 オーラからして3割本気、7割冗談といったところだろう。

 

 文化祭に向けての準備と、クラスの士気を上げるためだと丁寧に説明する。

 

「本当にそれだけで終わるかな……っと、からかうのはこのくらいにしておこうか。全然気にしてないみたいだけど、武将に怒られそう」

「そんな事をしている暇があれば仕事を片付けてくれ」

「はーい。まぁ、そういう事ならいいでしょ。文化祭の資料は自由に見ていいよ。文化祭をみんなで楽しくやりたいのは私も同じ。大歓迎だし」

「ありがとうございます! 文化祭関係の資料はあの棚ですよね?」

「そうだけど……丁度いいや、武将。葉隠君を生徒会の資料室に案内してよ。今後資料を取りに行ってもらう事もあるかもしれないし」

「いいだろう。着いてきてくれ」

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 副会長に連れられて、向かった先は校舎裏に近い一角。

 以前、島田さんや高城さんと遭遇して弓道部に連れて行かれたあたりだ。

 

「ここだ」

 

 副会長が鍵を開けた扉をくぐると、紙と埃のにおいが鼻をつく。

 カーテンの締め切られた室内は暗く、教室と代わらない広さの室内を棚が埋め尽くしていた。

 通路は人がすれ違う事も困難なほど細く、においも合わさりなんだか息苦しい部屋だ……

 

「ここが生徒会資料室。この学園が開校された時からの資料がここに眠っている。ざっと二十年分だ。普段は生徒会室にある資料で事足りるが、大きなイベントの前後はここにある資料が必要になることもある。清流が言ったように、もしかしたら資料運びを頼むこともあるかもしれない。場所だけは覚えておいてくれ。

 文化祭関連の資料は……この棚だな。資料を見るのは構わないが、持ち出しは禁止。使ったら片付けまでしっかりやってもらいたい。でないと後で怒られる。後、ここの鍵は預けておくから終わったら戸締りをして返してくれ」

「承知しました」

「では俺はまだ仕事があるから生徒会室に戻る」

 

 副会長はそう告げて資料室を出て行った。

 

 ……開校以来の資料。

 この学園はかつて桐条の実験場だった。

 さすがに実験に関する資料はないだろうけど、何か有益な情報が眠っているかもしれない。

 じっくり調べてみたい気もするが、今は時間に限りがある。

 場所はわかったし、鍵の形状をしっかり記憶しておけばいつでも忍び込めるだろう。

 

 とりあえず今日の第一目標、文化祭に関する資料を記憶する。

 

 ……夏休みに大量の本を読んだせいか、記憶が前よりも楽に感じる!

 

 ファイルは多いが、大半は本よりも薄いページ数。

 一時間と少しで“過去の文化祭の出し物”、“各出し物の詳細”に関する資料を読破。

 休憩を挟み、さらに残った時間で、“文化祭で発生した問題”に関する資料も読む。

 これは量が膨大なので、ある程度で続きは明日以降に回そう。

 

 とりあえず出し物に関することだけでも佐藤さんのフォローはできそうだけど……

 彼女だけじゃなく、水島のやる気も問題だ。

 チームで活動する場合、リーダーの感情は部下に伝播してしまう。

 リーダーになる二人の片方がああもやる気のない態度では、全体が盛り上がりにくいと思う。

 

 水島が文化祭を勉強時間の損と考えているなら、利益だと考えさせられないだろうか?

 効率的な勉強には休息も必要だ。

 ……それだと2週間も? と反応される可能性もあるな。

 勉強よりも進学がいいか? 自己アピールの時に使えるとか。

 あるいはもっと別の何かがあるか……

 

 鍵を返すついでに相談してみよう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~生徒会室~

 

「やる気のない生徒にやる気を出させる方法ねぇ?」

「また難しいことを言い出したな」

 

 会長と副会長が頭を悩ませている横で、俺がいない間にきていた桐条先輩が会話に入ってくる。

 

「周囲との温度差は問題を生む。実に悩ましい」

「うちのクラスがそんな感じでしたよ」

「生徒もそうだが、毎年来校した父兄や近隣の方々から、やる気のない生徒の姿が見えて残念と言う投書もあるんだ」

「毎年校門前にアンケートを用意するのが慣例になっているからな……」

「サボってる生徒って結構父兄の目についちゃうんだよね。本人たちは隠れてるつもりだろうけど」

 

 そういえばさっきの資料にも問題点として書かれていた。

 

「ああ、こちらの資料にも注意点としてその旨が書かれている。毎年起こる問題はプリントにして配布しているが、やる気を出せ、真剣に取り組めと口うるさく言ったところで効果は出ない」

「美鶴の言う通り。うちは進学校という性質上、どうしても進学を目的とした生徒が多くなるからね。一部エスカレーター式の進学が目的の生徒もいるけど、高等部から先にはそれがない。だから高校から勉強や進学に対するプレッシャーも増えていく。

 高校生でいられる時間は短いんだし、その中の数少ない行事。楽しんでもらいたいけど、熱意を維持するのも難しいんだよね……私としては、こういう時こそ葉隠くんに盛り上げてもらいたいんだけどなー」

 

 盛り上げてもらいたいと言われても、これまでのことは意図してやった事じゃないし……

 

「なんでもいいよ。少しでもやる気が出そうな事があれば、生徒会としても試して行きたいし。私個人としても高校生活は今年が最後だからさ、できるだけ盛り上げたいんだよね」

 

 そうか、会長と副会長は三年生。来年は無いんだ。

 

「んー……」

 

 父兄からの投書の内容を、あるだけ記憶から引き出す。

 

「父兄からの投書って、悪い意見ばかりじゃないですよね? 資料室で見た限りは楽しめたって意見もありましたし、悪い意見にしても“期待していただけにがっかりした”って感じのが多かった気がするんですけど」

「少し待て。……確かにその傾向はあるな」

 

 手元の資料を見た桐条先輩が認めてくれた。

 それならその事実をアピールして見るのはどうだろうか?

 父兄や近隣住民はこれだけ期待しているのだと。

 皆はこれだけ期待されているのだと。

 

 それを出来る限り具体的に突きつける。

 

「近隣住民の方に、期待度のアンケートは頼めませんか?」

「できないことはないね。来たいと思うか思わないか。どのくらい楽しみか。何が楽しみか。毎年使うアンケートのフォーマットがあるから、それを少し書き換えれば用紙の準備には三十分もいらないよ。でもどうやって協力してもらう?」

「用紙を近隣の店においてもらえないか、持ちかけてみては? 資料を見た限りでは毎年ポスターを置かせてもらったりもしているようですし」

「不可能ではないな。だがアンケートで芳しくない結果が出た場合は?」

「その場合は……公表せずに握り潰しましょう。生徒会用の調査だったということで」

 

 法律にも、自分が不利になる情報は口にしなくていいという“黙秘権”がある。

 黙秘をすると裁判で不利になる国もあるらしいけど。

 

「言い切ったねぇ」

「やはり以前と少し雰囲気が変わったな」

「だが試してみてもいいだろう。アンケートの期間はどうする?」

 

 あれ? 副会長が一番乗り気みたいだ。話に乗ってくるなら会長かと思ったのに。

 

「良い結果なら早めに公表したいですけど……あまり短いと集まらないかもしれません」

「なら段階的に集計する? 一回目の結果を速めに公表して、定期的に二回目や三回目で変動を見せるとか。それだけ手間はかかっちゃうけど」

「集計は俺が担当しますよ」

 

 集計なら能力で楽かつ早く終わらせられる。

 

「それなら特に反対意見もないけど、美鶴は?」

「すでにやる方向に傾いているでしょう? 会長」

「文化祭の宣伝にもなりそうだしね。せっかく本当に提案してくれたんだから、やってみてもいいじゃない」

 

 話の流れで、本当にアンケートを行うことが決定した!

 

 ……あれ? 悪意は感じなかったけど……会長に泳がされたかな?




影虎は積極的に文化祭に参加するようだ!
影虎は“生徒会資料室”の存在を知った!
影虎はアンケートを提案した!


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191話 逡巡

 夜

 

 桐条先輩と会長が学校から許可を取り、副会長と俺でアンケートの準備。

 そして手分けをしてアンケートの設置をお願いに行った帰り道。

 

「お疲れ様でした、副会長」

「お疲れ様。俺は葉隠ほどじゃないがな」

「あはは……」

 

 協力をお願いした先々でも顔が知られていたから、何かと声をかけてくる人が多かった。

 

「特にあの古本屋のおじいさんは凄い驚き様だったな」

「文吉爺さんですね」

「ああ、知り合いだったみたいだが、帰ってから挨拶に行ってなかったのか?」

「行きましたよ。叔父に挨拶した日に。ただ、時々忘れてしまうことがあるのかも……」

「……結構なお歳に見えるしな」

 

 不意に沈黙が流れる。

 

「……そうだ葉隠。清流のことだが」

「はい」

「あいつは他人の提案を柔軟に聞き入れる寛容さと行動力を持っているが、同時に天然で悪意なく仕事を増やすこともある。生徒会役員になった以上、葉隠も接する機会が増えるだろう。限界は超えないよう本人も俺も配慮はするが、自分でも気をつけておいてくれ。

 先輩後輩や男女の分け隔てなく。良い案と判断すれば、雑談からでも率先して取り込もうとするからな、あいつは……だから頼りにされる事も多いのだが」

 

 副会長は会長を認めているけど、そのせいで苦労もしているようだ……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~自室~

 

 帰宅したが、やらなければならない事はまだまだある。着替えながらPCを起動。

 

「? 目高プロデューサー? 何だろ」

 

 まずメールを確認してみると、あの番組のプロデューサーからメールが来ていた。

 

 内容は、

 

「えぇ……」

 

 まさかの“出演依頼”。

 以前、まだアメリカで受け取ったメールにも書いてあったのを覚えている。

 あの番組に似た内容のバラエティ番組に出演して欲しいと書かれていた。

 彼は明日、巌戸台の近くまで仕事で来るらしい。

 可能ならその時に会って話したいそうだ……

 

 あれ、たしかバラエティー番組は芸能人が頑張る内容じゃなかったか?

 それに実現しないとか言ってたはず。

 ……とりあえず会うことは了承しよう。

 考えるのは話を聞いてからだ。

 

 メールに返信をして、この出来事をコールドマン氏と母さんにも報告しておく。

 番組の内容的に、テストケースの身としては問題があるかもしれない。

 

 ……

 

 なんとなくモヤッとした気分で、資料整理に没頭した。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 9月6日(土)

 

 昼休み

 

 早々に食事を終わらせて、資料室で資料を読み込んだ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 一度帰って、久しぶりにバイクを動かした。

 そのための準備はしていたが、丸々一か月は放置している。

 帰ったら手入れもしよう。

 

『次の角を左折、直進50メートルで目的地です』

 

 ここか。……なんだか高そうな焼肉屋だ。一度場所を記憶。

 近場のバイクが止められる駐車場を探して、徒歩で戻る。

 

「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」

「待ち合わせです」

 

 目高プロデューサーの名前を伝えると、もう来ているらしい。

 

「こちらへどうぞ」

 

 着いて行った先は個室。

 

「葉隠く! っとと……よく来てくれた。ありがとう、さぁ入って」

 

 先に来ていた彼に誘われ、対面へ座る。

 

「お久しぶりです。目高プロデューサー。先日はお世話になりました」

「いやいや、こっちこそ君のおかげで大盛り上がりだったよ。体は大丈夫なのかい? 一度心臓が止まったと聞いたけど」

「ええ、もうすっかり。元気に動いてますよ。あとは皮膚が少し傷ついて縫った程度なので」

「そうかい。無事でよかった。とりあえず何か頼もうか」

 

 まずは雑談をしながら料理を選び、俺はトントロとタン塩。

 プロデューサーはホルモンとカルビを注文。

 

「お待たせしました」

「来た来た、まず食べよう」

 

 肉を豪快に網に乗せ、じっくりと焼いていく。

 立ちのぼる煙の向こうに見える顔は、なんだか疲れて痩せているようだ。

 オーラも心なしか弱弱しく、気の流れも悪い。

 

「プロデューサー、お疲れですね」

「……分かるかい? 実はいま仕事がね……」

 

 うまくいってないのだろうか?

 

「仕事自体は順調さ。この前ので評価が上がって新しい企画を任されたりもしてる。まぁ、それで忙しくなった面もあるけど」

 

 そう口にしたのをきっかけに、プロデューサーの表情が引き締まる。

 

「もしかして、昨日の出演依頼と何か関係が?」

「カンがいいね。そうなんだ。以前送ったメールに、今回出演依頼をした番組は企画段階で潰れると思う、って書いていたのを覚えているかい?」

 

 覚えている。俺も気になっていた。

 

「実際に一度企画会議で保留にされたんだよ。勢いはあるけど急すぎるって、せめて来年とかもう少し企画を練ってからって話になってたんだ。だけどもっと上の人が、いいじゃない! ってわざわざ一度保留になったものを引っ張り上げて、ゴリ押ししたんだ」

 

 上から無茶ぶりをされたのか……

 

「新しい番組は“アフタースクールコーチング”ってタイトルに決まった。練習期間は一週間。頑張って何かを練習してもらって、その成果を披露してもらう。前の番組をほぼそのまんまやるだけだよ」

 

 プロデューサーは内心複雑そうだ。

 

ほぼ(・・)そのまま、ということは違う所もあるんですよね」

「練習内容がスポーツに限らなくなった事と、練習時間が授業や部活を終わらせた後からになったことだね」

 

 そしてこの練習時間が俺に出演依頼をした理由の一端だそうだ。

 

「未成年者を使う時は、大人より労働基準法に配慮しなきゃいけない。そこを前よりも強化するよう言われてね。その分は練習時間にしわ寄せがいく。前よりも短時間の練習でそれなりには結果を出してもらわなければならないんだ」

 

 ペルソナの補助があるからこそだが、確かに俺の成長は早いだろう。

 アメリカでの勉強でも役立ったし、指導を受けて技術も身についた。

 あの時も一回一回は似たような練習時間だったし、一科目ずつならおそらくある程度は学べる。

 

 しかし……本当に成長力だけが目的か?

 

「君の話題性を利用しようとしているのも認めるよ。君はどこの事務所に所属していない素人だけど、今の話題性は下手な芸能人よりも上だ。少なくとも騒がれている今は。だから今度の番組でも初回に登場してもらって、ドーンと注目を集めたい。それが上の目論見さ。人気のあるアイドルや俳優を出しておけば、視聴率は取れるって考えの人も結構居るからね」

「あっさり言いますね……」

「こちらが依頼する側だし、最初から腹を割って話すつもりで来たからね」

 

 では他に何を望むのか?

 肉をひっくり返しながら率直に聞いてみると、彼は“保険”と答えた。

 

「短時間で結果を出してもらわなければならない、と言っただろう? 勝手な話だけど、練習してダメでした! じゃあ困るんだ。お蔵入りになってしまうからね。そうならないように見どころを作ったり構成を考えるんだけど……どうしようもない時っていうのはある」

「たしか前回もダメになった方がいたとか」

「そう。事前に準備をしていても、問題が起きる時は起きる。そんな時に穴埋めができる人材が欲しいんだ」

 

 その役が俺に務まるのか?

 

「僕はそう考えてる。君の成長速度はもちろんだけど、一番は撮影中の様子や会話だね。周りを見て。トークをして。周囲の補助を受けながらでも、十分に番組を成立させていた。それでいいんだ。

 無理にウケを狙わなくてもいい。それなりに楽しめる映像をコンスタントに作り続けられるように協力して欲しい。君ならそれができると僕は思う。もちろんタダでとは言わないよ」

「出演料がもらえると?」

「あまり多くはないけどね。それと君が協力してくれるなら、特別な企画を用意してある。以前、格闘技に興味があると言っていたよね?」

 

 格闘技と言うか、強くなれること全般に興味がある。

 

「それなんだけど、君には格闘技系の種目を優先的に回すつもりなんだ。初回はスケジュールの都合で違うものになると思うけど」

「……格闘技系」

「期間は一週間ずつでも、それだけ色々な格闘技を学べるようにしたらどうかと考えている。そしてその集大成として、12月にプロの総合格闘家と試合をする。という企画なんだけど、どうかな? 君の試合映像も世間では騒がれてるし、お互いに利益があると思うんだ」

 

 確かに、俺が好む部分を上手く突いてきた。

 夏休み前の俺なら飛びつきそうになったかもしれない。

 しかし今は、

 

「迷いますね……」

 

 興味がないとは言わないが、こちらもそれなりに忙しい。

 

「だろうね。こちらも急な話をした自覚はある。保護者とも相談しないといけないだろうし、今この場で決めてくれとは言わないよ。ただ、撮影スケジュールもあるからあまり長くは待てない、一週間くらいで結論を出してもらえると助かる。

 ……さあ食べよう! もうそろそろ食べ始めないと焦げてしまうよ。実はこんなにしっかりご飯が食べれるのも久しぶりでさ」

 

 焼肉は美味しくいただき、また仕事に行くと言うプロデューサーと別れた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 昼食後

 

 ~学生寮~

 

「葉隠君のは、これね」

「ありがとうございます」

 

 管理人の方にお金を払い、大きなダンボールを受け取った。

 頼んでいた苗が届いたようだ。

 

 プランターは用意したけど、なんとなく今植える気にはならない……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~地下闘技場~

 

 バイトが終わり、そのまま地下闘技場へ。

 先日ストレガから聞き出した今の合言葉で、久しぶりに顔を出した。

 

「! おい、見ろよ!」

「ヒソカじゃないか!」

「最近見ないと思ったら」

「試合するのか?」

 

 扉をくぐった瞬間から観客がざわめく。

 一か月来なかったが、忘れられていないようだ。

 

「オウ! ちょっと待てやコラァ!」

 

 そしていきなり絡まれた。

 

「何か用か?」

「てめえ、ヒソカだな? 俺と勝負しやがれ!」

 

 威勢よく挑んできた男の後ろには、同じ革ジャンを着込んだ男たちが十三人。

 7月には見たことがなかった連中だ。

 

「試合はいいが、誰だ?」

「なっ!? 俊哉さんを知らないのか!?」

出巣吐露威鎖亞華栖(デストロイサーカス)の俊哉さんだバカ野郎!」

「テメェ舐めてんのかコラァ!」

「……落ち着けや」

 

 後ろのやつらが騒ぎ始め、俊哉と呼ばれた男が宥めた。

 

「7月に一か月間だけ出てきた新顔だろ? この辺りじゃみかけねぇ奴だし、新しく来たならまぁしかたねぇさ。俺らもいなかったしな」

 

 余裕を見せる俊哉が言うには、彼らのチーム、出巣吐露威鎖亞華栖(デストロイサーカス)はこの一帯で幅を利かせている不良集団の一つだそうだ。そしてそのリーダーが俊哉。なんでも俺が以前試合をして倒した中にチームのメンバーがいたらしく、そのお礼参りに来たらしい。

 

「俺が女連れて出かけてるうちに、好き勝手やってくれたみたいじゃねーか」

「合意の上でリングに上がったと思ったんだがね」

「んなこと関係ねえんだよ。俺の気分が悪いからだ。落とし前はきっちりつけさせてやるよ」

「……とりあえず試合の登録をしようか」

 

 ここで理性的な話ができるとは思ってない。

 

 そして試合が始まるが、

 

「チッ! クソッ!」

 

 初日からここは強くなるよりお金を稼ぐ場所になっていたけど、アメリカのシャドウに慣れたからか? それとも人間でもボンズさんやウィリアムさんを見てきたから?

 

 どちらにしても前より相手が弱く見える。

 一応7月に戦ってた不良よりは強いのかもしれない。

 それでもまるで危険を感じない……

 

「うッ!?」

 

 カウンターで腹へ一撃。

 思わず後ろへ下がる体を追ってみぞおちにもう一撃。

 

「ダァ! あっつ!?」

 

 やけになって飛び込もうとする脛を蹴り、ストッピング。

 足を止めさせてから放ったフィンガージャブはクリーンヒット。

 視界を奪い生まれた隙に金的。

 

「!!」

 

 声も出せず、崩れ落ちていく体。

 背後に回り、首に回した腕で正確に首の血管を押さえれば……

 

「タップ! タップだ!」

「ゲホッ! あぅ、おぁあおおぉううぅう……」

「勝者ー! ヒソカー!」

『ウォオオオオオ!!!』

「ありがとよ! 稼げたぜー!」

「俊哉ァ! いつものでかいツラはどこいったんだぁ!?」

 

 相変わらずの賞賛と罵声がリングに降りかかり、次の試合相手も決まったようだ。

 

「敵討ちか?」

「うるせぇ!」

「タダで帰れると思うなよ!」

「別に逃げてもいいぜ?」

「外まで追っていくからな!」

「別に逃げも隠れもしないが……」

 

 物足りない。

 ここでは強くなれない。

 何かが欠けている。

 むなしい。

 

 戦えば戦うほど、そんな思いが強くなっていた。




影虎はテレビの出演以来を受けた!
影虎は苗を手に入れた!
影虎は地下闘技場で戦った!
影虎はむなしくなった!


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192話 悩んだ末に……

 影時間

 

 ~タルタロス・5F~

 

「先輩、何かあったんですか?」

 

 探索中、天田にそう聞かれた。

 

「……何か変か?」

「なんとなく」

 

 忍者スタイルで顔は見えないはずなのに……

 付き合いが短くても意外と分かるものらしい。

 

 周囲に注意を払いながら、昼間の出来事を話す。

 

「へぇ、そんな事があったんですか」

「軽いなぁ……」

「そう言われても、先輩の事ですから。それに先輩がまたテレビに出ても出なくても、部活に邪魔が入らないなら、僕が関わる事もないでしょ?」

「確かにそれはそうだろうけどさ」

 

 もう少し何かないのか?

 

「僕は強くなれれば別に。忙しくて色々教えてもらえなくなるならちょっと……とは思いますけど、そうでなければ先輩のしたいようにしたらいいじゃないですか」

「それなんだかな……」

 

 何かおかしい。

 ここ最近人前に出る行為に対して積極的になってきた。

 そういう機会が訪れるたび、ドッペルゲンガーが騒いでいたのも感じていた。

 それが今回に限り消極的な反応をしている。 なんだか戸惑っているような……

 

 もしプロデューサーの依頼を引き受けた場合。

 忙しくなるだろうけど、メリットはある。

 なんといっても、複数の格闘技の指導を受けられること。

 多彩な技には興味があるし、指導者の重要性はつい先日身に染みたばかりだ。

 闘技場で強くなることが望めなくなった今、番組は成長できる機会かもしれない。

 

 しかし確実ではないし、時間も取られてしまう。

 

「どうしたもんか……あ、次の角に残酷のマーヤが二匹。いけるな?」

「はいっ!」

 

 バステと回復のスキルで補助をしながら戦い方を観察し、アドバイスとコーチングで判明する問題点をアナライズによって整理。できる限りわかりやすく、問題点を改善できるよう指導を繰り返した。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 9月7日(日)

 

 午前0時10分。

 

 ~自室~

 

 コールドマン氏から直接電話がかかってきた。

 

『やぁタイガー、元気にしているかね?』

「こちらは問題なく。順調すぎて不安になるくらいです」

『それは良かったと言っていいのだろうか……報告は受けているよ。ストレガというチームに注目されていたようだが、その後は何かあったかい?』

「いえ、あれ以来姿も見ていません」

『そうか。提案だが、そのチームを我々の味方として引き込めないか?』

「……話だけなら聞いてもらえると思いますが、彼らは桐条の被害者です。過去に固執しないとは言っていますが、組織に属するかどうかは話してみないとわかりません。たとえそれが桐条グループでなかったとしても」

『勧誘は早計か……しかしその三人は桐条グループに属していない貴重な有識者だ。君からのメールにも書かれていたが、できるだけ敵対は避けるべきだろう。

 話が変わるが、こちらでは例の会社設立に向けて動いている。その一環として、情報処理専門の部署を設立している所なんだ。事務所と連絡先はもう用意したから、後で送っておく。もし彼らに聞かれた場合はそれを伝えてくれ。君のブラフにはそこで辻褄を合わせよう』

「ありがとうございます」

『それから明日、日本へサポートチームを送るから、近いうちに代表者と顔合わせをしてもらいたい。彼らの役割は主に連絡要員と、君に“超人プロジェクト”のサービスを提供する事だ。

 スポーツ用品の手配はもちろん。君のマネージャーとしての業務も行えるし、マスコミの対応も心得ている。君がまたテレビに出演する場合も手助けをしてくれるだろう』

 

 新しい番組に出演すること、コールドマン氏としては問題ないのだろうか?

 

『全く問題ないとも。どのみちプロジェクトはいずれ公のものとなるんだ。その前に君の運動能力が世間に広まる、あるいは君が人気を得ていれば、こちらとしても都合のいい宣伝になる。内容的に君なら結果を出すのは可能だろうしね。

 しかし強制はしない。君が依頼を断ったとしても、それならそれでちゃんとプロジェクトの宣伝計画を考える。そこは君の自由にしてくれ』

 

 彼も天田と同じことを言っている……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 お互いの状況確認と情報交換を行い、電話が切られた後。

 

「自由にしていい、かぁ……」

 

 新番組への出演について、心が決まらない。

 何が引っかかっている。

 以前ならすぐに断ってたはずなのに、それもできない。

 何が気になっているなのか……

 

「そうだ」

 

 こんな時こそ占いやダウジングを使うときだろう。

 振り子が目についたので、ダウジングを使って潜在意識と対話してみる。

 

 振り子が縦に振れれば、“はい”。横に振れれば“いいえ”。

 

 まず俺は番組出演に興味はあるか? ……はい。

 格闘技を学ぶことが目的か? ……はい。

 ……格闘技を学ぶことだけ(・・)が目的か? …………いいえ。

 芸能人や有名人になりたいと思っている? ……いいえ。

 

 今のところ結果に違和感はない。

 

 ルサンチマンの制御訓練がしたいのか? ……はい。

 制御訓練と格闘技を学ぶことだけが目的が? ……いいえ。

 

 ……まだ何かあるようだ。

 

 金……違うらしい。

 

 その後、質問を変えて繰り返すも答えは出てこない。

 ただ、強くなることとは全く別の何かがあるようだ。

 それは一体何なのか……ヒントが途切れてしまった。

 

「……ヒント?」

 

 ヒントといえば、イゴールが言っていたっけ。

 

 “ご心配召されるな。あなたは短い旅を終え、前へ進むためのヒントを手に入れられたようだ。それに気づき、自らを信じて一歩を踏み出せるかが鍵……”

 

 “前へ進むためのヒントを手に入れられたようだ”

 

 彼が言いたかったのはこのことなのか?

 ならそれは何だ?

 それを手に入れたのは?

 

 手に入れたのは、“短い旅を終え”という点から考えてまず間違いなくアメリカ旅行中。

 ……あの旅行と新番組の共通点は。勉強と訓練?

 コールドマン氏の邸宅に限らず、ボンズさんやウィリアムさんたちからも様々な技術を学んだ。

 

 ……だから? どうしてそれがヒントにつながる?

 考えても考えても、近づいている気がするけれど、答えが見えてこない。

 何度振り返っても、騒動以外はただの楽しい旅行の記憶だ。

 

 全ては後々役立てるために始めた事。

 生き残るために。少しでも有利になるために。

 そんな打算を胸に始めたことだ。

 

 でも、終わってみれば普通に楽しかった。

 技術が身についていく事が。できなかった事が、できるようになっていく変化が。

 思い返せば楽しくて、いい思い出になった。

 機会があればまた……………………?

 

「もしかして」

 

 俺は、技術を習得したいと思っているのか?

 単純にやってみたいと思っているか?

 それが足りなかった部分?

 

 下に垂らした振り子が大きく縦に揺れ続ける。

 

 確かに陸上競技を学んだときも、参考になることが多かったし楽しかった。

 ……だからやりたい……ただそれだけ。

 そこに理屈なんてない。

 

 気づいた途端に、また心の中でドッペルゲンガーが騒ぎ始める。

 

 

 我は汝、汝は我。

 ペルソナはもう一人の自分。

 つまりペルソナの衝動は、自分自身の衝動にほかならない。

 

 刻一刻と近づいているであろう“死”を回避するには、まだ力をつける必要がある。

 遊んでいる暇はない。

 

 でも……

 

「人生って何だろう……?」

 

 ついこの間、一度死にかけた。

 ヘタをすればあの時点で死んでいたかもしれない。

 今後も危険は続く。力が必要なのは事実。

 

 だけどそのために、今の日常を犠牲にする事が正しいのか?

 忍耐力は必要だが、わざわざ楽しみを捨てる必要はあるのか?

 これまで考えなかった疑問が、夏休みの思い出とともに次々と浮かんでは消える。

 

 残ったものは、胸の疼きと気づいた心。

 そして、自由にしろと言ってくれた皆の言葉と声。

 

「……残り少ないかもしれない人生。……少しくらい楽しんだっていいよな?」




影虎は人生の意味に疑問を持った!
影虎は決意した!


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193話 技術研究

 翌朝

 

 パソコンをチェックすると、昨夜のメールに返事が帰ってきていた。

 どれも俺がやりたいようにやればいい、と認めてくれている。

 これでスッキリした。

 

 清々しい気分で目高プロデューサーへのメールを書く。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 朝食後

 

 昼までの隙間時間を利用して、アクセサリーを作る練習をする。用意するものは市販品の銀粘土。オーナーが用意してくれる特製銀粘土を使う前に、まず銀粘土でまともなアクセサリーが作れるようにしなければ、せっかくの素材が無駄になってしまう。

 

 最初は本当に基本的な“ドッグタグ”を作ってみよう。

 

 まずは指と使用する道具に、銀粘土がへばりつかないよう薄くオイルを塗る。

 次に小さなパッケージから取り出した銀粘土を指先で捏ねてひとまとめに。

 1つのパックに含まれる量は少なく、小さなビー玉程度のサイズになった。

 

 指紋がつかないよう専用の道具で丸めてから押し伸ばす。

 少しだけ小麦粉の生地を練る感覚に近かったからか、なかなか上手くいった。

 銀粘土は今や1mm程度の厚みを持つ楕円形の板。

 

 そしてルーンを刻む作業だが……ここは銀粘土だからこそできる“刻印”で済ませよう。

 ドッペルゲンガーを脳内で描いた彫り込みたいルーンの形状にして、細部を整える。

 それをさらに目の前の銀粘土板に収まるサイズまで縮小させ、軽く押し付ける。

 強すぎると潰れてしまう。やり直し。

 何度かやり直して、綺麗に押せたことを確認。

 最後にチェーンを取り付ける穴を開けたら、デザインは完成だ。

 

 あとはこれを乾燥させた後に焼結させる必要があるが……ここは魔術を応用しよう。

 特殊弾生成と同じように魔法陣を作る。

 乾燥は“ラグ()”と“ニイド(欠乏)”で水を欠乏させる魔法陣に。

 実際に使ってみると、銀粘土全体が白っぽく、硬い質感が変わっていた。

 

 この白っぽくなった表面を紙ヤスリで磨く。

 最後の焼成は“ウル(力強さ)”と“カノ()”のルーンを用いた強い火を生む魔法陣で。

 安全のため、火属性を無効にしたドッペルゲンガーの中で作業を行う。時間は十分程度。

 

 焼成が済むと、また銀粘土は白くなっていた。

 これを再び磨き上げれば……

 

「完成!」

 

 実にシンプルなドッグタグ型ペンダントヘッドが完成した。

 刻印なら一度にルーンを刻むことができるし、その内容を変えれば効果も変えられる。

 今回は最もシンプルなやり方で作ってみたが、大量生産も比較的容易。

 確かに自由度が高そうだ!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼

 

 ~自室~

 

 バイクでアンケートをお願いしている店舗を回り、2日分の結果を回収して帰宅。

 

「思ったり集まってるな……」

 

 回答の内容をアナライズで記憶し、まとめてみると……

 近隣の方々からは学園祭を見に行きたいと思っている、という回答が多い。

 期待もなかなかに高いようだ。

 

 もちろん期待していない、行かないという意見もある。

 ただその理由として、以前がっかりさせられたという理由が添えられていた。

 マイナスイメージではこの辺りを強調して行こう。

 

 まとまった結果をパソコンに入力し、グラフ化も行う。

 

 “事務作業マニュアル”とコールドマン氏から学んだマスコミ対応(資料を用意する場合)のポイントを押さえた資料が完成した。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~部室~

 

「おや、葉隠君。今日は日曜なのに、どうしました? 部活は明日からですよね?」

「ちょっと生徒会に用があったので」

 

 資料が完成したことを桐条先輩に連絡したら、なんと学校で仕事をしていた。

 

「それで提出するついでに、これを持ってきたんです」

 

 買っておいたプランターと、この前買った苗。そして必要な肥料のセットだ

 

「ほう! これが例の野菜ですか……実をつけたら少し分けていただきたいですねぇ。解析すれば何かわかるかもしれません」

「ぜひお願いします。そういえば先生、最近直接会えませんでしたが大丈夫でしたか?」

「少しばかり副業の件で手続きをしなければならなくて。忙しくなりましたが、これといって問題はありませんよ。ヒヒヒヒ……おっと、そろそろ実験に戻らなければ。それでは」

 

 実験室に戻る先生を見送って、部室にプランターを設置。

 植え方や手入れの仕方はご丁寧にまとめられた冊子が同梱されていたので、それに従う。

 今回の苗は“プチソウルトマト”と“カエレルダイコン”

 今後も手に入れられるようだし、最初は魔術を使わずに育ててみよう。

 

 ……特に問題なく苗を植え替えることができた。

 

「お疲れ様です。コーヒーでもいかがですか?」

「ありがとうございます。いただきます」

 

 先生が持ってきてくれた、ビーカー入りのコーヒーで一服。

 

「実験は終わりましたか? あと何の実験を?」

「化粧品の実験ですよ。商品化のため、向こうにデータを送るので確認を少し。そういえば葉隠君はまたテレビに出ることにしたんですねぇ」

「はい。決めました。またご迷惑をおかけするかと思いますが」

「ヒヒヒ……Q(クオリティー)O(オブ)L(ライフ)。生活の質という意味です。君がテレビ番組に出ることで得るものがあり、QOLを高めることができるならば、我々に憚ることはありません。

 ところで聞きましたか? コールドマン氏の部下の方が日本に来日するそうです」

「昨夜、直接連絡をいただきました。一度面会の機会を設けたいということでしたが、いつになるでしょうか?」

「君のテレビ出演の補助もしてくださるそうですし、早めの方がいいですねぇ。まぁ本日中に向こうから着任の連絡が来るそうなので、その時に決まるでしょう」

 

 しばらく先生と雑談や情報交換をした。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 近藤と名乗る男性からメールが届いた。

 例のサポートチームのリーダーを務める方のようだ。

 基本的な自己紹介の後に都合を聞かれ、面会日が9月9日の夜に決まる。

 

 また、何度かやり取りをしているうちに目高プロデューサーからは返事が来た。

 文面には感謝の言葉も多く、とても安心したような雰囲気を感じる。

 そんなに追い詰められていたのだろうか……

 

 打ち合わせと契約をしたいようなので、さっそく近藤さんと相談。

 彼を同席させていただけるようお願いし、9月10日に面会することになった!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス・エントランス~

 

「天田、ちょっとこれ着けてみてくれないか?」

「何ですかこれ?」

「昼間作ってみたアクセサリーなんだけど、魔術の実験も兼ねて。一人じゃ試せないから頼む。首にかけるだけで大丈夫だから。ほら、こんなふうに」

「? いいですけど……」

 

 俺も同じものをつけている。

 警戒しながらドッグタグのチェーンの首にかける天田。

 

 それを確認して念じる。

 

『天田、聞こえるか?』

「うわっ!?」

 

 どうやら聞こえたようだ。

 

「何ですか今の!?」

「テレパシーみたいなもんかな? 正直俺もよく分からないけど、魔術で自分の伝えたい事を飛ばしてみた。これまでシャドウや動物と意思疎通を図る実験は何度かやってたんだよ。アンジェリーナちゃんもそれを応用してシャドウに指示を出してたし」

 

 何度か魔術によるメッセージを送ったり、アンジェリーナちゃんから受けたりしていたから、人間同士でもできるだろうとは思っていた。

 

「ほら、影時間は電子機器が使えないだろ? だから万が一の場合に通信手段であったほうがいいと思ってさ。応用できないかと思って作ってみたんだ。とりあえず俺から天田への送信は可能だったみたいだな」

 

 問題は天田から俺への送信。

 天田はまだ魔術を習得していないため、アクセサリーには事前に魔力を込めておいた。

 

「使うってどう使えばいいんですか?」

「俺の場合は魔力を流しながら念じてたけど、それにもう魔力を込めてあるから、何か念じてみてくれ。少なくともつけてるだけでは、思考が流れてきたりはしないみたい」

「念じる……」

『せ…ぱい』

 

 おっ!

 

「少し流れてきた。もうすぐ強くできるか?」

「……」

『先、ぱ』

 

 あと少し!

 

「先輩!」

『先輩!』

「うぉっ!?」

 

 耳と頭の中、両方に響いた。

 

「ありがとう。とりあえず成功したみたいだ」

「結局叫んじゃいましたけど」

「いや、最初から少しは聞こえてきてたし、慣れたら声を出さなくても使えるんじゃないか?」

 

 そうでなくても、影時間中に万が一の時に使える連絡手段があるだけで今は十分だ。

 使っていくうちに見えてくる改善点もあるだろう。

 

 さらに距離など条件を変えて、実験を繰り返した。




影虎はテレビ出演を決意した!
影虎は銀粘土でアクセサリーを作った!
影虎はアンケート結果をまとめた!
影虎は資料作りを行った!
影虎は苗を植えた!
サポートチームとの面会日が決まった!
目高ブロデューサーとの面会日も決まった!
影虎は魔術による通信装置を作り上げた!


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194話 油断大敵

今回は五話を一度に投稿しました。
前回の続きは四つ前からです。


 翌日

 

 9月8日(月)

 

 朝

 

 ~教室~

 

「おはよう佐藤さん。これ、先週話してた資料ね」

 

 過去の出し物リスト。

 それぞれの出し物に必要な準備と、準備に必要な時間・金額。

 問題点。

 

 以上3点をまとめた書類の束を佐藤さんに預ける。

 

「うっそ、こんなに?」

「生徒会に残っていた記録が思ったより多くて。目次をつけてあるから、読むときはそこを参考にして。実行委員、頑張ってね!」

「ありがとう! がんばるよ」

 

 しっかりと目に見える成果を出したことで、佐藤さんもやる気になったようだ!

 あとは……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~生徒会室~

 

「おはようございます……」

 

 生徒会室に顔を出すと、そこにいた役員全員の顔が暗い。

 

「葉隠君」

「おはよう」

 

 会計の久住先輩と書記の久保田先輩が挨拶を返してくれたが、声が弱弱しい。

 

「どうなさったんですか? 桐条先輩」

 

 何かあったのだろうか?

 思い当たることといえば、今日は週間“鶴亀”の発売日。

 本屋を覗いて見たが、すでに売り切れで買えなかった。

 まさかその中におかしな記事が?

 

 と、考えたが、先輩からの返事はまったくの予想外。

 

「……会長が、事故に遭われたそうだ」

「事故!?」

「ああ、とある引越し業者が積み下ろしの際に荷崩れを起こし、たまたま通りかかった会長が巻き込まれ、病院に運ばれたらしい。先ほど現場を目撃した生徒から連絡が入った」

 

 なるほど……無事なのだろうか?

 その質問に誰も答えられず、沈黙が流れた直後。

 それを切り裂く携帯の着信音が副会長の懐から鳴り響いた。

 

「もしもし……清流か!?」

『!?』

 

 注目が集まる。

 

「……そうか。皆、清流は無事らしい」

『皆ごめんねー! 全然元気だよー!』

 

 副会長がスピーカーフォンのスイッチを入れたようで、会長の元気そうな声が響く。

 

「よかったぁ!」

「脅かさないでよ会長!」

『その声は、久保田くんと久住? ごめんごめん。ちょっと足を怪我しただけだから命に別状はないよ! でもその時に携帯が壊れちゃってさ~連絡もできないし、もう最悪!』

「とにかく、ご無事で何よりでした」

『あ、今の美鶴?』

「はい、会長」

『丁度よかった。悪いんだけど、仕事ちょっと変わってもらえるかな? 怪我はそうでもないんだけど、事故について警察が事情聴取に来てるんだよね。それに念のため検査もって話になっててさ、ちょっと今日は学校行けそうにないや』

「承知いたしました」

『ごめんね。あとそこに葉隠君いるかな?』

「はい、会長」

『葉隠君、君を生徒会“広報”に任命します!』

 

 ……はい?

 

「どういうことでしょう?」

『いや、なんとなくノリで』

「切るぞ清流」

『待った待った! これからするお願いに関係はあるから! ほら、私が今日学校行けないからさ、朝礼で読み上げるはずだったスピーチ、葉隠君に代役頼みたいんだよ』

「なら最初からそう言え、まったく……」

『ゴメンゴメン、でどうかな? 引き受けてくれる?』

 

 俺は構わないが、俺でいいのだろうか?

 副会長に桐条先輩、他の先輩方もいるのに。

 

『久保田君と久住はそういうの苦手だから。武将と美鶴はできなくはないけど、他の仕事を多めに回した方が全体的に捗ると思うんだよね』

 

 なるほど。

 確かに俺は生徒会役員として新参者。

 効率を考えると生徒会の勝手をよく知る二人に仕事を任せたいと。

 

『こないだの演説見た限り、人前は大丈夫でしょ? お願い!』

「わかりました。引き受けますから、会長はゆっくり休んでください」

『ありがとう! 原稿は生徒会室にあるから。武将に出してもらって。内容はそのままでも、適当に変えてもいいから!』

「葉隠、これが原稿だ」

 

 朝礼でまた壇上に立つことになった。

 内容はいくつかの注意事項と、アンケート結果の公表か。

 皆のモチベーションが上がるように頑張ろう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 1時間目 HR

 

 ~教室~

 

 2回目の出し物会議。

 

「絶対に喫茶店だって!」

「いやいやここはお好み焼きだろ!」

「飲食店経営はまとめていいんじゃないか? それよりめったにない機会なんだから演劇を」

 

 前回とは打って変わって、活発に意見交換が行われている。

 教室内に満ちるオーラは真っ赤に、みんなが発する熱気と合わせて、燃えているように感じる。

 原因は今朝の演説。

 朝礼で壇上に登り、会長から任された役割を俺なりに全力を出した。

 その後クラスに戻ってきたら、こうなっていた。

 

 細かく思い返すと……

 まず連絡事項を通達した後、最後にアンケート結果を発表。

 その際少し盛り上げるつもりで、やる気を減退させる原因となる将来や進学を話題にした。

 今後の人生を左右する重大な問題だろう。

 今のうちから準備をしておくことは大切だろう。

 理解を示した上で、自分のことを話した。

 

 自分は体を鍛えるばかりで、他は全く無頓着であったこと。

 漢検、数検、英検。進学や就職で有利になる資格など、一つたりとも持っていないこと。

 取ろうとしたこともないこと。将来も決まっていないこと。

 今はもてはやされているが、本当はそれほど立派な人間ではないこと。

 

 これにより大半の生徒たちに親近感を感じさせられたようだ。

 

 そこから死にかけた後の考え方の変化として、昨夜の決心を少しだけ話す。

 テレビ出演と言う具体的な話は省いて、残りの人生で何を行うかという話題にすり替えた。

 何かに真剣に取り組んだ経験は、将来の面接でも話題にできるなど利点もさらりと含めて。

 そして最終的に文化祭を頑張ろう! という話にまとめあげ、熱意を込めて訴えた。

 

 結果として、演説自体は大成功。講堂中の生徒から立ち上るオーラが赤く染まり、壇上から降りる時には拍手と一部生徒の雄叫びが上がっていた。

 

 だが……この時点で気づくべきだった。

 

 教室に向かう途中の廊下では、文化祭について話す声が至る所から聞こえる。

 クラスではホームルームが始まる前から意見交換が始まっていた。

 さらに前回消極的だった水島が積極的に出た意見を板書していた。

 とにかくクラス全員が熱意を持って、文化祭へ向けて動いていた。

 

 最初はそれを見て、演説でやる気を出せたのだと喜べたけど……

 

「投票の結果が出ました!」

「今度の文化祭で、うちのクラスは“演劇”をやります!」

『ウォォォオ!!!』

『あー……』

「よっしゃ! やってやるぜ!」

「負けちゃったかー、でもまあ仕方ないよね!」

 

 皆がやる気になったのはいいけれど、今度はテンションが上がりすぎて暴走してしまっている……!

 

「演劇は準備に時間がかかる」

「そうだよね! 葉隠君の言う通り! 準備が大変だけどみんなでやれば大丈夫だよね! 早速役割分担決めなきゃ!」

「それより先に台本だろ!」

 

 演劇は俺が調べた中でも準備に時間がかかる出し物だ。

 練習期間もプロで(・・・)一か月ぐらい取るのが普通らしい。

 だが月光館学園に演劇部はなく、クラスメイトは全員素人。

 なのに衣装や小道具まで用意して形にするまで2週間というのはかなり短いと言える。

 だから資料には難しくあまりおすすめしないと書いておいたのだが……

 

 今ならあの時エリザベータさんが不機嫌になった理由が少し分かる気がした。

 

「おーい……」

 

 皆が勢いに任せて突っ走っている。

 

 演説としては大成功。

 ただしその後は制御不能。

 “能力は強力だけど制御不能”。

 まるっきりルサンチマンを使った時のような結果になった……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼休み

 

 ~生徒会室~

 

「お疲れ様です。新聞部から、アンケート結果の掲載は快諾いただけました。サンプルを明日までに用意するそうです」

「わかった。次はこの内容を分類してまとめてくれ」

 

 副会長から様々な紙の束を渡された。

 

「何ですかこの統一性のない、書類?」

「各クラスからの要望書、あるいは質問だ。葉隠の演説を聞いてやる気を出したんだろう。どこもかしこも、急に色々と試行錯誤をしたがっているらしい」

「こんな風にできないか? こういう事はしてもいいのか? そういう質問が多すぎてな。……ここまで葉隠にアジテーターとしての才能があったとは思わなかったよ」

 

 桐条先輩が乾いた笑いを浮かべている……

 

「重ね重ね申し訳ない。自分でもここまで一変するとは」

「生徒が前向きになったことはいいことだ。……しかし、悪いと思うなら一つ相談に乗ってもらってもいいだろうか? 仕事をしながらで構わない」

「何かあったんですか?」

 

 お言葉に甘えて書類に目を通しながら話を聞く。

 

「……今朝のホームルームでな。私のクラスではカラオケ大会を開くという話が出たんだ」

「文化祭でカラオケ大会。それまた、何と言うか斬新ですね」

「ああ、確かに斬新な提案だった。それが面白いということになって、喫茶店を希望していた生徒と協力して“カラオケ喫茶”という出し物になっている。基本は普通の喫茶店だが、接客時間の担当者が得意曲を披露するらしい」

「……そういえば先輩、カラオケはあまり行かないんですよね」

 

 前に一度、一緒にカラオケをした時に言っていた。しかし歌がヘタというわけではなかったし、あの時歌っていた歌を歌えばいいんじゃないだろうか?

 

「それが接客を担当する時間を考えると、交代しても一曲やニ曲では足りない」

 

 さらに桐条先輩の歌は特に期待されていた。当然のように是非メインにという話になってしまい、あまり過度な期待をされても困るため、先輩は正直にカラオケが得意でないと話したらしい。

 

 そうしたら、

 

「この機会に普段歌わない歌を歌ってみたらどうかと言われてな……アイドルソング? なるジャンルの歌を練習して歌うことになってしまった……」

 

 ……桐条先輩がアイドルソング?

 話を聞いた誰もが同じ事を思ったようだ。

 生徒会室で仕事をしている全員の動きが止まり、視線が集まる。

 

「……何だその反応は、先輩方まで」

「すみません。少々イメージと誤差が生じました。先輩は歌うならアイドルよりも、凛とした歌手のようなイメージだったので」

「素直に似合わないと言って構わないぞ。先ほど明彦にも話したら、驚愕してから大笑いしていたからな」

 

 あの脳筋め……でもそれにしては、先輩はあまり忌避感がなさそうに見える。

 

「忌避感がないという以前に、アイドルソングがどんな歌かわからない。普通の歌ではないのか? 何が違うのか? そこから分からないので判断しようがない」

「クラスの方から課題曲が出たりは」

「なかった。私の好きな曲を選べばいいとだけ。あまり期待を押し付けないように配慮してくれたようだ」

 

 アイドルソングを歌うように押し付けておいて、無責任じゃない……?

 

「確かにそうとれなくもないが、私はあまり気にしていない。いつもは遠慮されがちで、どこか私の手を煩わせないようにする生徒もいた。だが今朝は演説でみんな舞い上がっていたんだろう。私の家のことを忘れて、クラスメイトの一員として普通に接してもらえた気がしたよ」

 

 どうやらそれは先輩的に嬉しかったらしい。

 

「安請け合いをした自覚はある。反省もしている。だから早めに挽回したい」

「そう言われても……とりあえずこの辺りのアイドルの曲を聞いてみたらいかがでしょうか?」

 

 普通にしていれば耳に入る程度に有名なアイドルユニットの名前をリストアップ。

 それを書き出したメモを先輩に渡しておく。

 先輩は満足げな顔で受け取っていたが……中には結構ぶっ飛んだ歌もある。

 果たして先輩は何を歌うのか。

 

 ……アイドルといえば久慈川さんは元気だろうか?




影虎は資料を提出した!
海土泊会長が事故に遭った!
影虎は朝礼でスピーチをした!
全校生徒のやる気が“急激に”上がった!
影虎はコントロールに失敗した!
クラスの出し物が演劇(スケジュール的に高難易度)に決定した!
生徒会への質問が急増した!
影虎の仕事が増えてきた!
桐条はアイドルソングを歌うことになったようだ……



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195話 サポートチーム

新年あけましておめでとうございます!

そして2018年の初回から投稿が予定より遅くなってしまい、失礼いたしました。
予約投稿の日時設定を間違えたことが原因でした。
特に0時から1時の間に見に来てくださった方々には申し訳ありません。

今後、注意いたしますので、今年もよろしくお願い申し上げます。


 放課後

 

 ~部室~

 

「よし、今日はここまで」

『お疲れ様でした!』

 

 新学期に入って初めての部活が終わった。

 久しぶりにパルクール同好会のフルメンバーでの活動。

 和田と新井は夏休み中も真面目に自主練習をしていたらしい。

 パルクールの基礎技術もそうだが、何より体力の向上が見られた。

 

「やっぱり俺らは体を動かしてるほうがしっくりきますね」

「親にも遊び回るよりよっぽどいいとか言われたっす」

 

 確かに非行に走るより、スポーツに打ち込んだ方が健全ではあるが……

 

「二人とも、夏休みに何かあったか?」

 

 練習中に時々、集中が途切れて何かを考えているような時があった。

 責めるほどでもないが、前はもっと練習に没頭していた二人だから少し気になる。

 そう伝えると、心当たりがあるようだ。

 

「実は先輩の番組が放映された後なんすけど……柳先生がうちの店に訪ねてきたんすよ」

「柳先生? 確かサッカー部の前顧問の?」

「そうです。あの番組に俺らも少し映ってて、先生、俺らがサッカー部やめたことを知ったみたいで。先生の退職後の事を色々話したりして」

「一時不良やってたことも知られて、めちゃくちゃ怒られたっす……」

「……もしかして、サッカー部に戻りたくなったんですか?」

 

 天田が聞くと、それは違うときっぱり否定する二人。

 

「同じことを柳先生にも聞かれましたけど、やっぱりあの部に未練はありません。でもその次にサッカー嫌いになったか? って聞かれて……」

「サッカー自体は楽しかったんすよ。その日から柳先生が顧問だった頃とか思い出して」

 

 なるほど。部ではなくサッカーへの未練か。

 ……俺としては、二人がサッカーをやりたいのなら異存は無い。

 一度入部したからって、遠慮する必要はないと思う。

 けど、それを決断するのは二人だ。

 

「なら、もしまた本気でサッカーをやりたくなったら遠慮なく言ってくれ。それまではこれまで通りやっていこう。その時になって困らないように、体だけはしっかり鍛えるぞ」

「うっす!」

「よろしくお願いします!」

「わ、私も精一杯応援するからね!」

 

 話に入り込むタイミングを探っていた山岸さんも、両手でガッツポーズをしてやる気を見せている。……?

 

「山岸さん、その手に持ってるの何?」

「あ! そうそう。これ、練習が終わったらすぐ見せようと思って」

 

 片手で筒状に巻かれていたのは、雑誌のようだ。

 

「あっ、それ!」

「週刊“鶴亀”の最新刊じゃないっすか!」

「うん。朝ね、学校に来る前に寄り道しちゃった。あの雑誌にどんなことが書かれているか、気になって」

「俺も気になってたんだ。ありがとう」

 

 早速中身を見せてもらうと、

 

「んー……」

「ヒヒヒ……こうなりましたか」

「これ書いた記者さん、よくこんな記事かけましたね」

 

 “葉隠影虎君、無事の帰国”

 “堂々とした態度での受け答えは実に立派で……”

 “記者として、一人のファンとして、今後も彼の活躍を願うばかりである”

 

「悪くはないけど、ね」

「なんつーか」

「手のひら返しがヒデェっすね」

 

 あのインタビューは何だったのか。

 気持ち悪いくらいに俺を持ち上げて書かれている。

 

 これをあの矢口という男が書いたと考えると、白々しいと言うか、内容に気持ちがこもってないと言うか……文面をどこか他所から持ってきたような印象を受けるのは俺だけかな?

 

「気持ち悪いな……この雑誌」

 

 内容は良い感じに書かれているが、まだ警戒を解く気にはなれない。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス・4F~

 

「先輩。先輩の魔術で武器に属性ってつけられませんか?」

 

 脱出装置の前。

 帰る準備をしていたところで、天田がそんなことを聞いてくる。

 

「いきなりどうした?」

「僕の使える魔法って光と雷じゃないですか。だからここら辺のシャドウだと、先輩みたいに弱点を突けないと思って。炎の剣とか氷の剣とか、ゲームでよくある感じの武器があればもっと効率的に戦えるかと……って、ゲームっていうと不謹慎ですね」

「いや、油断になったり戦闘に問題が無ければ別に構わないだろ。俺も時々ゲームに喩えて考えるし。で、属性の付与だっけ?」

 

 以前、銃弾に付与しようとしてやめた覚えがある。

 あの時は火や雷で暴発する危険性を考えての事だったが……

 

「考えてみれば槍とか近接武器なら暴発の危険はないな……試してみるか。ちょっとそのデッキブラシ貸してくれ」

 

 結果は実験してみないとわからない。

 特殊弾を作る要領で、ドッペルゲンガーを魔法陣代わりに。

 “ティール”の代わりに“カノ”を利用し、デッキブラシに力を込める。

 

 すると……燃えた。

 

「……ごめん。失敗した」

 

 デッキブラシは力強い炎に包まれている。

 本体が燃えているわけではないようだし、これで殴れば火のダメージは与えられそうだ。

 ただし燃えている。これでは生身の天田には持てない。

 というか持って帰ることもできなくなった。

 こんなの持って帰ったら寮が火事になりそうだ。

 

「また魔法陣を改良してみるよ」

「仕方ないですね。気長に待ちます。ところでこれは……」

「……次回までに代わりを用意する」

 

 魔力切れを待って、刈り取る者が出てきてはたまらない。

 デッキブラシは置いたまま、俺達は帰ることにした。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 9月9日(火)

 

 午後

 

 ~教室~

 

 昨日のホームルームでうちのクラスは文化祭で演劇をやると決まったが、今日は演目が決まった。みんなのやる気の賜物だとは思うが……

 

“変貌”

 クラスの有志によって集められた数々の台本から選ばれた一作。

 どうやら海外の古い作品を元に再構成された物語らしい。

 

 内容を読んでみたが……

 世界観は貴族制度があり、中世ヨーロッパ風。

 主人公はそんな世界の農民。

 田畑を耕して生活していたある日、村に領主の馬車がやってきて庶子だと告げられる。

 身分差があり、とても逆らえない相手に言われるがまま連れていかれ、貴族となる主人公。

 彼はまもなく、不幸によって跡取りがいなくなった家を継ぐことになってしまう。

 その後、彼には様々な思惑を持った人々が近づき、翻弄されていく。

 そして移り変わる環境。変貌する主人公の心。

 

 それらをたった30分の内に凝縮したストーリー。

 

 ……これとんでもなく難しくない?

 観客として見ているぶんには面白そうと思うが、自分たちがやるとなるとまた別の問題だ。

 

 “ハムレット”とか定番の方がまだやりやすいと思うが、定番じゃつまらない! という多数派の意見に押し負けてしまった……おまけに俺と同じ少数派は一晩明けてやや冷静になった人たちのようで、僅かに不安を抱いたようだ。

 

 この状況でやる気を失ったら、それこそ大変なことになる。

 演目は決まったことだと割り切ってフォローに回ることにした……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~Be Blue V~

 

 文化祭の準備はあるが、バイトもしっかりやらなければならない。

 今日は新しく、商品のPOPを書く仕事を教えてもらうことに。

 

 レイアウトの仕方など細かい点も考える必要がある。

 文字は夏休みに読んだハンドレタリングの知識を役に立て、なんとか形にしていく。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

「お待たせしました」

「ヒヒッ、では行きましょうか」

 

 バイト終わりに江戸川先生と合流し、メールで指定された住所へ車で移動。

 

「天田はだめでしたか」

「小学生ですからねぇ……さすがに親でもない私では連れ出せません。無断で門限を破れば注意を受けるでしょうし、それで目をつけられてはたまりません。彼にも同意していただきました。今頃は寮でおとなしくしているでしょう」

 

 サポートチームとの顔合わせは、俺と江戸川先生だけで行くことになった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 車を走らせること20分。

 俺たちは巌戸台にあるアパートに到着。

 

「“メゾン・ド・巌戸台”、ここですね」

「なんとなく変な名前……」

 

 メゾンはフランス語で建物とか館という意味がある単語だから、直訳すると“巌戸台の館”。

 間違ってはいないかもしれないが……

 

 そんなことを考えながら、階段を上る。

 待ち合わせ場所はここの角部屋から一つ手前らしい。

 部屋番号も書かれていたが、周辺把握でそれらしき人々を確認した。

 

 インターフォンを鳴らしてみれば、機敏に動く5人の動きが手に取るように分かる。

 そして扉を開けに、女性が一人接近。

 

 ん? このシルエット、覚えがある……

 

「ようこそいらっしゃいました。葉隠様、江戸川様」

「やっぱり、ハンナさん」

「おやおや……」

「詳しい話は中で。どうぞお入りください」

 

 夏休み中、散々世話になった彼女に誘われて部屋へ足を踏み入れる。

 部屋はごく普通の家具が備え付けられたアパートの一室に見えた。

 しかし室内にいた四人には少々不釣り合いかもしれない。

 

「初めまして、Mr.葉隠。Mr.江戸川。先日ご連絡させていただいた近藤・ノーマン・栄一です」

 

 握手を求めてきた彼は、江古田ぐらいの歳に見えた。

 ミドルネームが入っているからおそらく日系の方。

 物腰は柔らかく、いい人そうな雰囲気を醸し出している。

 

「お二人についてはボスから聞いています。Mr.天田は」

「残念ながら、寮を抜け出せず」

「それは残念ですが、仕方ありませんね」

 

 俺たちの自己紹介は不要らしく、サポートチームの紹介が始まる。

 

「まず彼女がキャロライン・ティペット」

「初めまして、キャロラインよ。私の担当は医療関連。Mr.葉隠のメディカルチェックや、Mr.江戸川と薬品についてのお話をさせてもらうわ。よろしくお願いね」

 

 ブロンドヘアーの彼女は髪をかきあげてウインク。

 友近が好きそうな大人の女性だ。

 

「次に、お二人もご存知とは思いますが、ハンナ・ワトソン」

「私は主にサポートチームの皆様の身の回りのお世話とお仕事の補佐を担当いたします」

 

 ハンナさんはサポートチームのサポート要員らしい。

 

「続いてバーニー・ダイアー」

「よろしく」

 

 筋骨隆々な坊主頭の男性が口にしたのは、その一言だけ。

 

「バーニーは元海兵隊員で、主な任務はキャロラインの護衛。彼女は完全な非戦闘要員ですからね。余裕があれば情報処理も手伝います。

 そして最後が、チャド・ケント。彼はジョーンズ元大佐の推薦を受けています。仕事は主に本部との連絡と各種調査」

「よろしくお願いします。Mr.葉隠。Mr.江戸川。私は陸軍の情報部に所属していました。車やヘリの運転もできます」

 

 比較的小柄で若手に見えるが、それでも俺よりは年上。

 ハンナさん以外は初対面だが、これからお世話になる。

 丁寧に挨拶をすると、笑顔が返ってきた。

 

 さらにそのままお互いの状況確認と今後の打ち合わせに入る。

 

「……なるほど」

「サポートチームの皆さんは当分こちらでの地盤を固めると」

「その通りです。我々はまだ発足したばかりの組織です。まずは拠点や必要な設備を整えることが最優先ですね。幸い資金面は潤沢、人員もボスとジョーンズ元大佐の人脈で徐々に集まるでしょう。

 あとは桐条や日本の警察組織に怪しまれないよう、少しずつそれらを運び込みます。遅くとも、来年までには万全のサポートができるように進めます」

 

 来年まではあと四ヶ月もない。

 アウェーな土地でゼロからのスタートは大変だ。

 それでも俺のTV出演のマネジメントや必要なスポーツ用品の手配はしてもらえるらしい。

 

「我々が日本に滞在する表向きの理由にもなりますからね」

「お屋敷での滞在中と同様に、なんなりとお申し付けください」

 

 近藤さんとハンナさんからありがたい言葉を頂いて、今度は俺たちの番だ。

 

 帰国後に起こったことを丁寧に伝える。

 

「……状況の移り変わりが早いですね」

「葉隠くんはいつも騒動の渦中にいますよねぇ……これはもうそういう星のもとに生まれたとしか思えませんね。ヒヒッ!」

「先生、笑えません」

「ははは。学校生活には介入できませんが、テレビやマスコミ対応についてはお任せください。それは我々のサポート範囲内です。

 しかし気になるのはストレガというグループですね、報告は受けていましたが……私としても無駄な敵対は避けるべきと考えます」

 

 ストレガの危険性は十分に分かってもらえているようだ。

 

「私も現在、敵対せず時々取引を行える関係を保っています」

 

 彼らは感情の起伏が乏しく価値観や行動理念がいまいちわからない事。

 影時間を利用した復讐屋を営むなど、人を傷つけることにためらいがない事を伝える。

 

「皆さん影時間の適性は……」

「残念ですが、我々は適性がありません。あくまでも日中のサポート活動が任務です」

「そうなると下手にストレガに手を出すのはリスクが高いですね。私が間に入るとしても、先日の件で“ブラッククラウン”と葉隠影虎の繋がりを疑われているかもしれない現状では」

「なるほど。ではストレガについては現状維持ということで……参考までに桐条グループのペルソナ使いならどうでしょう? 将来的にペルソナ使いとして覚醒することが確定している人材を知っている、とボスからは聞いていますが、引き込めませんか?」

 

 俺も考えたことはある。

 ただ、そっちもそっちで厄介ではある。

 

 まず来年の三年生。

 桐条先輩は桐条グループ総帥の一人娘。彼女だけはどうやっても引き込めそうにない。

 真田は完全に桐条側で活動していた時間が長いし、策略よりも正面突破を好むタイプ。

 荒垣先輩は情に厚く、仲間を大切にする人だ。桐条との争いになったらどう動くかが不明。

 

「この3人は桐条グループと協力でもしない限り、味方につけるのは不可能だと思います」

 

 次に二年。

 順平は原作通りなら覚醒直後に真田に拾われる。

 そして影時間の活動に特別感、優越感を覚えて特別課外活動部に入るが……

 主人公に嫉妬したり、好みの女子の前で調子に乗って、結果的に敵へ情報を流してしまう。

 秘密裏に行動するという点で不安がある。

 

 しかも順平はあれで結構、現実をちゃんと見ている。

 だからこそ劣等感を覚えて虚勢を張っているんだと、個人的に思っている。

 影時間の適性を得る前では、特別な力が眠っていると話しても疑われるだろう。

 

 岳羽さんは父親の件を仄めかせば話は聞くだろう。仲間にもなるかもしれない。

 ただし警戒心が強く、父親に関する話題では冷静な判断力に欠ける。

 父親の話題は諸刃の剣だ。

 

 山岸さんは有能だし信用もできるが、まだ気が弱く、隠し事には向いていないと思う。

 秘密は守ってくれるかもしれないが、精神的に負担をかけてしまう可能性がある。

 

 原作主人公に至っては、情報が全くなし。男か女かも現段階ではわからない。

 今できることはない。

 

 そしてアイギス……彼女は桐条グループの作った兵器なので論外。

 最後の大型シャドウを倒した後に、幾月に操られていたこともあったはずだ。

 

 最後はコロマル。……どう引き入れろと?

 

 こうして考えると、特別課外活動部って感情的になりやすい人が多くない?

 小学生の天田の方がよっぽど落ち着いてるように思えるんだけど……

 いや、天田も感情的な方か?

 

 思考が横道に逸れた。

 

「強いて言えば山岸さんと、全く未知数なコロマルが狙いかと」

「なるほど、人格面の調査が必要ですね。我々としても秘密を守れない人間を入れるのは避けたい。しかしコロマル様は犬ですか……」

「亡くなった飼い主に代わり、ずっと長鳴神社を守っている忠犬ですよ。飼い主だった方の死因にシャドウが関係しているようです」

「……そちらも一通り調べてみましょう。ひとまずは現状維持でよろしいでしょうか?」

「問題ありません」

 

 その後は苗や自作のアクセサリーに加え、タルタロスで採取できる物のサンプルを用意する約束をした後、最初の支援物資として世界的に有名な会社のスポーツウェアを受け取った。



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196話 再来

 翌日

 

 9月10日(水)

 

 昼休み

 

 ~生徒会室~

 

 近々各委員会の代表者を集めて行う会議があるのでその準備。

 そして先日受けた質問へ対応する作業が続いている。

 

「葉隠。講堂での飲食物販売だが、前例はあると言っていたな?」

「13年前の文化祭で一度だけ。購入者の残したゴミが散乱して多くの苦情を受けた事と、商品提供の遅れが目立ったそうで、それ以降は一度も行われていません。

 商品提供の遅れに限って言えば、原因は連絡の不備だそうです。当時は携帯電話も今ほど気軽に持てるものではありませんでしたし、連絡網を整備することで改善できる余地はあるかと」

「ではそちらはその方針で。もうひとつのゴミ問題だが。こちらはゴミ箱の設置だけでは不十分だろう。清掃のために人手を割くことを条件と注記を加えた提案書を作ってくれ。先生方に確認してもらう」

「承知しました」

「では次の」

 

 生徒会の仕事をした!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午後

 

 ~教室~

 

 演劇の配役決めを、オーディション形式で行うことになった。

 ここは……エリザベータさんとの練習の成果を発揮する!

 

『…………』

「おいおいおい! なんだよ今の演技力!?」

「なんかすげー」

「葉隠くん演技もできるの!?」

「中学で演劇部だったとか?」

「いや、夏休みに少し」

 

 マスコミ対策の一環として学んだとだけ言っておいた。

 皆にとってもそのあたりはそれほど重要ではないらしい。

 

「これイケんじゃね!?」

「うちのクラスで最優秀賞取っちゃう?」

「何のだよ!」

「でもまぁ、経験者がいると心強いな」

 

 昨日テンションの落ちかけていたクラスメイトにも希望が見えたようだ。

 クラス全体のテンションが上がった!

 

 代わりに俺は、主役と演劇指導の役割を任された。

 覚悟はしていた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~高級レストラン~

 

 ムーンライトブリッジを一望できるレストランの個室で、目高プロデューサーと近藤さんが顔を合わせた。 お互いに自己紹介をする際に、超人プログラムについての説明も行われる。

 

「葉隠君から事前に少し聞いてはいましたが、壮大なプロジェクトですね……」

「ご心配なく。我々のプロジェクトは御社の企画と競合するものではありません。彼の番組出演については上からも許可が出ていますし、全く問題はありません」

 

 オーラが不安と警戒の色になっているプロデューサー。

 そんな相手に対して近藤さんはやんわりと。時にきっぱりと。

 メリハリのある会話でプロデューサーの警戒を解いていく。

 

 ……聞いているだけでも参考になる会話術……

 

 注文した料理が届く頃には、プロデューサーの心はだいぶ開かれていた。

 

「出演料ですが」

「大丈夫ですよ。先日葉隠君とお話しいただいた内容は事前に共有させていただきました。葉隠君は出演料よりもそちらの企画で“学ばせていただきたい”という意思が強く、多くの出演料は求めていません。お気持ちだけで結構です」

「それは助かります! ありがとう、本当に助かるよ葉隠君」

「いえいえ。近藤さんも言っていましたが、本当にプロから技術を学ばせていただけるだけでも嬉しいので。その上お金まで貰えるなんて」

「謝礼といっても食事代と交通費+αくらいさ」

「すみません。業界の相場とかよくわからなくて」

「私どもも日本のテレビ業界には疎く……よろしければ少しお話を聞かせていただけませんか?」

 

 おそらく下調べは済ませている近藤さんも無知を装っている。

 オーラが見えなければ気づける自信がない。

 

「もちろんですよ。疑問があればどんどん仰ってください」

 

 完全に緊張が解けたようで、口の回りが良くなったプロデューサーが言うには、ギャラは5000~3万円が相場だそうだ。俺の場合、一週間のロケ+テレビ局での撮影になるので、1回3万円前後になるだろうとのこと。撮影だけで放映されなかった場合、テレビ局までの交通費は減るがギャラは支払ってもらえるらしい。

 

 俺としてはおいしい話だ。

 

 だが、具体的なスケジュールの話になると、プロデューサーは表情を暗くする。

 

「その件なんですが。明後日から、というのは無理でしょうか……?」

「明後日とは急ですね」

「申し訳ない。放送日が10月の2日と決まっているので、他の出演者のスケジュールなどを考えると色々とギリギリなんです。葉隠君の返答が思いのほか早かったので、撮影も早めにと上から」

 

 そう言われても、こちらも文化祭の準備で忙しいことを伝え、近藤さんに交渉してもらう。

 しかしこの件に関してはプロデューサーも一向に折れない。

 平身低頭しながら頼み込んでくる。

 

『葉隠様。この件は彼に裁量権がないのでしょう』

 

 悩んでいるように見える近藤さんの、冷静な声が脳内に響く。

 

 サンプルとして提出した通信用のアクセサリー、この人上手く使ってるなぁ……

 こちらも魔術で返答。

 

『……どうしましょうか?』

『このままでは堂々巡りになりますね、葉隠様のお気持ちは……』

 

 ここまできて白紙に戻したくはない。もっと技術を学びたい。

 

『……であれば、ここで貸しを作っておく、と言うのはいかがでしょうか? 忙しくはなりますが、こちらでもサポートを行いますし、先々を見据えてここは耐える、というのも一つの手段かと。活動していく上では、協力的な人間を作っておくことも重要です』

『なるほど……分かりました』

 

 同意をすると、彼はすぐ行動に移してくれた。

 明後日からの撮影が決定したが、今日のことはプロデューサーの心に深く刻まれたようだ。

 先々で今日の貸しが役に立つかもしれない。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 次の日

 

 9月11日(木)

 

 放課後

 

 ~Be Blue V~

 

「また大変なことになってるわねぇ……」

「自分でやると決めたことなので」

 

 学校での出来事など、色々と報告しながら裏で仕事をした。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス・12F~

 

 天田との探索に慣れてきた。

 訓練も兼ねて主に天田が戦い、俺が魔術やデバフ系のスキルで補助をするという役割分担が完成しつつある。

 

 天田本人の成長も著しく、すでに10Fまでなら死甲蟲以外のシャドウを一人でも倒せるようになった。これが原作キャラの成長力なのか……あまり必要なさそうだけど、そろそろ用意していたスキルカードを渡してみようか悩む。

 

 この際もう一度複製してからにしようかな……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 9月12日(金)

 

 午後

 

 ~教室~

 

「もう一度!」

『あ! え! い! う! え! お! あ! お!』

 

 演技を担当するクラスメイトに演技を。

 基本となる発声練習の方法を中心に教えた!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~部室~

 

「葉隠君、これって」

「ああ、特別成長が早くて育てやすい品種なんだって」

「それにしても早過ぎないかな……?」

 

 苗を植えて五日。

 “プチソウルトマト”と“カエレルダイコン”が収穫可能になった!

 

「説明書によると、元々早期収穫のための品種改良をしてあるらしいよ。実際に実が成ってるわけだし、収穫しようか」

「じゃあ私、何か入れ物を持ってくるね」

 

 山岸さんは部室の厨房に向かって歩き去る。

 

 ……しかし、彼女の言うことも理解できる。

 魔術なしでたった五日。いくらなんでも早すぎるだろう。

 

 ゲームを基準で考えればまぁ妥当かもしれないが……

 それにもう一つ気になることがある。

 

「トマトの数、多いなぁ」

 

 プチソウルトマトは一回につき五個くらいだったと思う。

 しかし、目の前のプランターにはプチソウルトマトの苗が五本。

 苗一本につき、十個前後の実を着けている。

 すでに熟して採取可能な実だけでも五十三個。

 明日には取れそうな実も二十七個残っている。

 

 プチソウルトマトの効果はSP(魔力)回復。

 これは多数の実の中から五つだけが効果を持っているのだろうか?

 それとも単にゲームとの差異で、実が大量に取れるのだろうか?

 後者なら嬉しい誤算だけれど、前者ならどう見分ければいいのか……謎だ。

 

「……」

 

 品種にもよるが、プチトマトは容器栽培でも一株から五十くらいは収穫できるらしい。

 そう考えれば十や二十は採れてもおかしくないか。

 

 カエレルダイコンの方は五本の苗に対して、目印となる葉が二十本。

 まぁ、これはゲームと同じかな?

 

「ラディッシュ系か」

 

 一本引き抜いてみると、大きな葉の下に指でつまめる程度のダイコンがついている。

 ダンジョンからの脱出アイテムになるはずだけど、どうなんだろう?

 とりあえず一つタルタロスに持って行って試してみよう。

 それに苗の追加注文をしないと。

 今度は普通に育てる用と魔術の実験用。

 それにサンプル用も合わせて多めに……

 

「お疲れ様っす! 兄貴」

「なにしてるんです? 兄貴」

「その野菜……ダメだったんですか?」

「お疲れー。これはこれで収穫時期らしい。だから山岸さんと収穫しようって話になったんだ」

「それはそれは、後でちょっと分けてもらいたいですねぇ」

「お待たせー。あっ、和田君と新井君。それに天田君に先生も。こんにちは」

 

 山岸さんが戻ってきたし、収穫を始めよう。

 部室にきた四人の手も借りて一気に収穫を行った!

 

「あ、今日からまたテレビ番組の撮影が始まるんだ」

「そういえば言ってたよね」

「撮影スケジュールは部活の邪魔にならないよう配慮してもらうけど、また忙しくなるし、別のところで何か迷惑をかけるかもしれない。勝手で悪いけど、これからもよろしく頼む」

「協力しますよ、先輩。当たり前じゃないですか」

「うん。文化祭の準備期間は部活の時間も準備に使ってる部もあるし、無理はしなくて大丈夫だと思う」

「中等部にも文化祭はあるっす。時期が少しずれてるんで、もう少し後っすけどね」

「こっちの準備が始まると俺らが忙しくなると思うんで。お互い様ですよ」

「ヒヒヒ、無理せずゆるりといきましょう。私も私なりに協力しますのでねぇ……」

 

 部の仲間は快く協力してくれた!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~巌戸台駅~

 

「やぁやぁおまたせ。行こうか」

「よろしくお願いします」

 

 目高プロデューサーと合流し、商店街に入っていく。

 今回の撮影はこの近くで行われるらしい。

 

「ここだよ」

 

 5分ほど歩いたところで、雑居ビルに着いた。

 撮影場所はここの3階。

 階段を登り、着いたのは……小さな“ダンススタジオ”。

 

「今回学ばせていただくのはダンスですか? 場所的に」

「そうなんだ、さぁ入って。近藤さんも来てるから」

「葉隠君入りまーす!」

 

 プロデューサーが扉を開けると、目の前にいたADさんが俺に気づいて声を上げた。

 

「おはようございます!」

「おはようー」

「おはようございまーす」

「おはざーす」

 

 業界では朝でも夜でも挨拶は“おはようございます”。

 慣習に習って挨拶をすると、スタッフさんからも挨拶が返ってきた。

 

「葉隠君、これが君の台本ね。僕は別の指示に行くから、彼について行ってメイクを済ませてね」

「わかりました。丹羽さん、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします。……私のこと、覚えてたんですか?」

「もちろん覚えてますよ! テレビ局では控え室に案内してもらったり、お世話になりました」

 

 事前に前回の撮影で顔を合わせたスタッフさんの顔と名前は復習してある。

 ちゃんと覚えているだけでも、印象はだいぶ違うはずだ。

 

 ……ざっと見た感じ、前回もいたスタッフさんの顔がちらほら見える。

 できる限りスタッフさん一人一人に挨拶をしながらメイク室へ向かう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「本番5秒前ー、4、3、2……」

「テレビの前の皆様、こんばんは。“アフタースクールコーチング”、受講生の葉隠影虎です!」

 

 この番組では出演者のうち指導する方を“先生”。

 俺のように指導を受ける側を“受講生”と表現する。

 

 打ち合わせ通りに挨拶をして自己紹介をする。

 しかし……

 

「えー皆様、お気づきでしょうか? 私、今ここに一人(・・)です。前回はサポーターの方々が隣に立って、紹介やお話をしてくださっていたんですが……本日はスケジュールの都合上サポーターなしでやってくれと言われまして、こうして地上波で、素人が一人延々と喋っています。……シュールすぎませんか? 大丈夫?」

 

 スタッフさんから大丈夫大丈夫! いけるいける! 前回平気だったから! 信用してる! なんて声がかかる。

 

「スタッフの皆さんが終始こんな感じで不安なんです、が! どうやら、今回の先生は芸能人だそうです」

 

 “だからその方に指導とサポートを兼任していただいてね。byプロデューサー”

 

「……っていうカンペが今出ています。一人は不安なので早速お呼びしましょう! お願いします!」

 

 俺の合図で入口から先生が入場してくる。はずが……突然の暗転。

 

「え? 何……何!?」

 

 リアクションは大きく!

 以前学んだ芸能界の鉄則を思い出し実行した直後。

 入り口のガラス越しに強い光を感じ、目を向けると人影が写っていた。

 

 さらにスタジオ内のライトが様々な色を放ちながら回転を始め、部屋中をド派手に照らす。

 

「お久しぶりねっ!」

 

 声と共に開かれた扉。

 逆光がまぶしくて姿が見えない。

 だがこの声には覚えがある!

 

「人の出会いは一期一会。あなたとまたこうして顔を合わせる事があるなんて……アタシ、あの時は全然思って無かったわぁん」

 

 ピンク一色になったライトアップを一身に受け、その肢体を無駄になまめかしくくねらせながら歩いてくるスキンヘッドの男性……

 

「ダンス……そういえばダンサーでしたよね……」

 

 今回の先生は、前回サポーターとしてお世話になったMs.アレクサンドラだった。

 

 俺もまた会うとは思わなかった……



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197話 野菜の使い方

今回は三話を一度に投稿しました。
前回の続きはニつ前からです。


「お久しぶりです」

「どうしたの? テンションが低いわよぉ?」

「やたらと台本にフリートークが多かった訳がわかりました」

 

 前回は台本があってもフリーダムだったからな、この人。

 

「さて、今回の課題はこの私、カリスマダンサー・アレクサンドラが教える~」

 

 両腕を大きく開き、ステップを踏み始めた。

 

「ダンスですね」

「ちょっとぉ!? 何で先にバラすのよっ!」

「カリスマダンサーが教える、って先に言った時点でバレバレですって……それにほら、“マキ”でって指示が出てますし」

「今始まったばかりなのに!?」

「練習時間が……」

 

 丹羽ADが小さく答える。

 

「んもぅ! 仕方ないわね。じゃあ葉隠くん、ダンスの経験はあるかしら?」

「ないですね。……昔、格闘技でカポエイラをやっていたことがありますが、ダンスとしてはまったく。あ、数ヶ月前に一度だけ、10分ぐらいの体験レッスンを受けたことがあったかも」

「カポエイラはともかく、そんなの回数に入らないわよぉ。それじゃあほとんど素人さんの葉隠くんに、私がダンスを手取り足取り腰取り、教えてア・ゲ・ル」

 

 激しく不安だ……! 主に勉強ではないところで!

 

「それじゃ、まずは基礎から行くわよぉ!」

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 初日の練習が終わった……

 先生の独特のノリは終始変わらなかったが、やはり練習中は真剣そのもの。

 指導はちゃんとしていてほっとした。

 

 ダンス練習の感想は、語弊があるかもしれないけれど“楽”だった。先日まで学んでいた演技やマスコミ対応よりも勝手が分かるし、修正も簡単というか……やっぱり俺は体を動かす方が得意になっているようだ。

 

「葉隠君は体の動かし方が分かってるみたいね。前回陸上の練習を見ていたけど、それ以上の成長速度に驚きよ! これなら予定よりももっと高みを目指してもいいわね!」

「と、いいますと?」

「課題の振り付けを難しくするわ。練習は明日から。難しいけど、それだけ凄いダンスにするわよ!」

 

 ちなみに練習期間の終了後は、どこかで発表をするらしいが……その辺りはまだ調整中らしい。

 

 なんだか色々と行き当たりばったりな感じ。

 しかし、俺はやると決めたんだ。

 なら全力でやるしかない!

 

「明日もよろしくお願いします!」

「カットー! お疲れ様でしたー!」

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス・エントランス~

 

 収穫した野菜の効果を確かめるため、今日は一人でタルタロスにやってきた。

 しかし、

 

「こうなるのか」

 

 タルタロスに踏み込んだ瞬間から異変が発生。

 なんとカエレルダイコンが輝き始めた。

 おまけにその光は、転送装置が放つ光と非常に似通っている。

 

 カエレルダイコンは持ち運びのできる転送装置のようなものなのだろうか……?

 そうだとしてもどう使えばいいのか……

 

「色々試してみるしかないな……」

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 9月13日(土)

 

 朝

 

 ~教室~

 

「今日も午後は文化祭準備になる予定だったけど、急遽変更して午前も準備に使えることになったから、準備を始めてね」

『オオー!』

 

 先生からいきなりそんな通達があり、文化祭の準備をすることになった。

 

「それじゃあ時間もないし、今日から実際に演技の練習に入ろう」

「葉隠、俺まだセリフ覚えきれてないんだけど……」

「本を持ちながらでいいよ、何度もやってればそのうち覚えるさ。今日のところはまず雰囲気を掴む事だけを考えよう」

 

 予定は変わったが、やることは変わらない。

 今日から実技に入ることにした。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼休み

 

 ~生徒会室~

 

 昼食を済ませた人から生徒会室に集まり、午後からの会議の準備に取り掛かっていると、

 

「葉隠、また相談してもいいだろうか?」

「アイドルソングの件ですか? 桐条先輩」

「そうなんだ。実は……」

 

 どうやら先輩は律儀に俺が渡したリストのアイドルソングを聞いたらしい。

 しかし、アイドルと一口に言っても様々なキャラが存在している。

 そんな彼女たちがそれぞれの個性を十全に発揮した曲を多数聴いて、逆に混乱したらしい。

 

「私が一人で歌うことを考えると、大勢のグループで歌っているものは選ぶと少々寂しいかもしれない。あれは大勢で歌うことに意味があるのだと思う。しかしそれらを省くと残りの候補がぐっと減ってしまってな。

 課題がアイドルソングならば、ちゃんとアイドルらしいものを歌うべきではないかと思う。しかしあまり個性が強いものは私も恥ずかしく、ものによっては本家の方から注意が入る可能性がある……わがままを言っている自覚はあるが、これはという曲が決まらないんだ」

 

 先輩の相談とはあまり過激すぎたり奇抜すぎず、なおかつアイドルらしく程々に可愛らしい曲を紹介してほしいということだった。難しい……俺も特別アイドルに詳しいわけではない。特にこの人生ではほとんど気にしていなかったし……

 

「ひとまず一番の条件は過激でも奇抜でもないことだ。多少の恥ずかしさは我慢しよう。元はといえば私が安請け合いをしたのが原因だからな」

「ん~……少し詳しそうな人に聞いてみます」

「それでも助かる。ありがとう」

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午後

 

 ~会議室~

 

「認められない」

「そこをなんとかなりませんか?」

「悪いが、諦めてくれ」

「他所の学校では」

「他所の学校には他所の学校のやり方がある。月光館学園では生徒の泊まり込みは許可しない。この件については先日からすでに何度も希望が出され、検討の上結論が出ている。

 代わりに今朝は午前中の授業を潰し、全校で文化祭準備を行った。今後も先生方に授業計画を急遽調整していただき、準備の時間を捻出する予定だ」

「泊り込んでワイワイやりたいって気持ちはわかるけどさ、それは修学旅行があるから、ここは我慢してもらえないかな」

 

 集まった各クラスの実行委員と、喧々諤々の会議が続けられている……

 特に激しく交渉されているのは、この“泊まり込み”について。

 結論から言うと、不許可。

 学校も桐条先輩も、この点に関して譲る気は全くないようだ。

 

 色々な責任問題や準備があるのも事実だけど、そうでなくても無理だよな。

 泊り込み=タルタロスに迷い込む=集団失踪事件、もしくは影人間大量発生だもの……

 この件には俺も桐条先輩に同意する。

 が、タルタロスのことを知っていると悟られないようにしなければならない。

 俺はあくまで規則に従うというスタンスで、会議の成り行きを傍観する。

 

 代わりに参加している実行委員のオーラを観察……一部は注意が必要そうだ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~教室~

 

「失礼しまーす! 葉隠君いますか?」

 

 またE組の木村さんが入ってきた。

 後ろには山岸さんと3人の女子生徒を連れている。

 

「どうした?」

「葉隠くんの部活ってさ、部室にキッチンがあったよね? お願い! そこを貸して欲しいの!」

「貸して欲しいって……」

 

 いきなり言われても困る。とにかく事情を聞いてみよう。

 

「ほら、うちのクラスって喫茶店やるじゃない? その関係でちょっとした料理を用意するんだけど、その練習に家庭科室を使おうとしたの」

「そしたらさー、2年と3年でも競合するところがあるらしくてー」

「ああ、喫茶店でなくてもお好み焼き屋やたこ焼き屋を希望している所もあるね」

「そうそう、それでもうスペースがないからって追い出されたんだよね」

「一年は後でやれ、二年や三年が先だー、みたいな感じで先輩風吹かせてさー」

「困ってたところで、山岸さんが声をかけてくれたの」

「つい思いついたことを言っちゃって……」

「なるほどなー……まぁキッチンを使うだけなら構わないと思うけど、ちょっと待って」

 

 先輩に連絡しておく。

 

「もしもし、桐条先輩ですか?」

『葉隠か? どうした』

「お疲れ様です。実は……」

 

 聞いたことをまとめて説明し、許可を取る。

 

「根本的な解決にはなりませんが、部の厨房を解放すれば練習場所がひとつ増えて、練習場所を必要としているクラスが助かるのは事実ですから、許可をいただけないでしょうか?」

『わかった。その件についてはこちらで対応する。部室の設備については顧問である江戸川先生に一声かけてから使わせてくれ』

「ありがとうございます。ただ今後の事ですが」

『分かっている。部室に不特定多数の部外者が出入りするのはあまり良い事ではない。特に君の状況では注意も必要だろう。今回は事情を考慮しての特別措置とする』

「こちらの部活に支障をきたさないのなら、強く拒否はしませんが」

『問題を解決する方向で話を進めよう。最悪の場合でも利用者は限定させるよ』

「よろしくお願いします。失礼します。……OK、話はついたよ。部室使っていいってさ」

「やった!」

「さすが葉隠くん!」

「頼りになるぅ!」

 

 別クラスなのに、いつからそんな評価になったんだろうか……

 妙にもてはやされながら移動する。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~部室~

 

 部室に顔を出すと、江戸川先生がいた。

 野菜についての話もあるので、E組女子は山岸さんに任せて実験室へ。

 天田も先に来ていたので、三人で秘密の会議を行う。

 

「まず結論から言いますと、昨日収穫した“プチソウルトマト”と“カエレルダイコン”はどちらも有効でした」

 

 使用法も推測が当たった。

 プチソウルトマトは食べることで魔力が少量回復。

 カエレルダイコンは手に持って脱出を念じるとエントランスに瞬間移動が可能。

 

 また、プチソウルトマトはどの実を食べても魔力を回復できた。

 実の数が多くても効果がない実は混ざっていないようだ。これは嬉しい誤算。

 

 対してカエレルダイコンはある意味、当初の予想通り。

 一回脱出に利用すると謎の発光現象がなくなり、二度使うことはできなかった。

 

「一応説明書には両方とも食用と書かれていましたが、勝手に光り出したものを食べる気にはならず、カエレルダイコンの食用は試していません。先生の方はどうでしたか?」

「預かったサンプルを成分解析してみました。体に害のありそうな成分は検出されませんでしたねぇ。トマトもダイコンも……ですが進展はありましたよ。以前預かった“ソーマ”に含まれていた謎の成分の一つが、プチソウルトマトから検出されました」

「本当ですか!?」

「ええ。ごく微量ですが」

「つまりそのトマトがもっとあれば、そのすごい薬を作れたりするんですか? 先生」

 

 天田の質問に先生は首を横に振る。

 

「まだまだソーマには謎の成分が複数あります。すぐにとはいきません。ですが、明らかな進展ですよ。葉隠君、研究用にもっとプチソウルトマトが欲しいので、増産をお願いします」

 

 そう言った先生は、懐から封筒と折りたたまれた紙を取り出した。

 封筒の中身はお金のようだが、この紙は?

 

「増産のためには苗を植えるスペースが必要でしょう? 部室の周りを畑にできるように、許可を取っておきました」

「!」

 

 確かに、部室の周りを自由にしていいと書かれている。

 それに校長の印鑑も押してある……いったいどうやって?

 

「ヒヒヒ。ここ最近、君のスピーチのおかげで生徒から要望の類が急増していましてねぇ……判断に困る案件がたくさんあるんですよ。その中に混ぜ込みました、部室周辺の“美化”……環境整備という名目でね。

 難しい案件に頭を悩ませる中、部室周辺を整えていいか? なんていちいち聞くな、勝手にしろとでも言わんばかりに、あっさり許可が下りましたよ。ヒヒッ! ヒヒヒヒ……」

 

 学校側は清掃活動ぐらいの認識なんだろうな……

 でもこの許可証は周囲に手を加えることを許可している。

 植物を植えることについても許可されている。

 しかも詳細なことは一切言及されていない。

 

「なんだか詐欺みたいですね……先輩」

「とにかく場所はもうできたんだから良しとしよう」

「よろしくお願いしますね。封筒には初期投資として10万円入れています。苗は勿論ですが、必要な道具なども揃えるといいでしょう。お金はコールドマン氏との契約金が入りましたから、遠慮なく使って構いません。どんどん研究材料……もとい野菜を作ってください」

「わかりました。計画を立てておきます」

 

 場所は部室のすぐ横あたりがいいだろう。

 必要なものは肥料と土。仕切りを作るブロックなど……

 トマトは連作障害が発生するらしいしその対策も必要だな。

 後は一緒に植えると良い効果が出る、コンパニオンプランツもあるらしい。

 その辺も考えてみよう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 秘密の会議を終えて部屋の外に出てみると、厨房から女子のかしましい声が聞こえる。

 その内容を聞くと、和田と新井も一緒にいるようだ。

 

「何やってんの?」

「あ、葉隠君。和田くんと新井くんがね、お料理教えてくれてるの」

 

 一歩引いていた山岸さんに声をかけると、そう答えてくれた。

 確かに女子の壁の向こうに二人の姿がある。

 

「あ、兄貴!」

「お疲れ様っす!」

「お疲れ様ー、何があった?」

「いや、それが……俺らがここ来たら先輩方が料理してたんですけど、何か困ってるみたいだったんで」

 

 新井がすごく言葉を選んで喋っている。木村さん?

 

「いや~実は私たち、お料理あんまり得意じゃなくてさ」

 

 よく見ると、確かに作業台の隅に置かれた皿には、黒焦げで何を作ろうとしたのかすらわからない物体が乗っている。

 

『……』

 

 E組女子一同は、俺の視線を避けている……

 

「それで二人が?」

「俺ら夏休み中、実家の手伝いしてましたから」

「まかないとか作らされたりしたんで、最低限食えるものはできるっす」

「なるほどな」

 

 食べられないものを作る彼女達よりはマシらしい。

 

「できればもう少し教えてもらえると助かるんだけど……」

「……兄貴。この先輩方に自由に料理されると、見てられねぇっす。一応料理屋の息子として」

 

 和田がこっそり囁いた。

 そんなにひどいのか……

 

「……仕方ないな。健康な体づくりのための勉強、ということにしよう」

 

 今日はバイトもあるし使える時間も短いので、開き直って皆で料理の練習を行った。

 

 和田と新井は実家で勉強したと自分で言うだけあって、慣れていた。

 俺も夏休みに学んだし、時々手伝いをしていた天田もそれなりにできていた。

 

 それだけに、一緒に料理していた木村さんたちは心にダメージを受けていたようだが……ちゃんと教えたので帰る頃には多少上達していたと思う。俺も野菜を料理に使う実験ができたし、新たに三つレシピが完成したので悪くはなかった。

 

 新レシピ

 ・ソウルトマトパスタ   効果:SP小回復&HP中回復

 ・ソウルケチャップ    効果:SP回復(回復量は摂取量に比例する)

 ・プチソウルドライトマト 効果:SP小回復

 

 パスタはパスタそのものの体力回復効果に、プチソウルトマトの魔力回復効果が加わった感じ。ケチャップやドライトマトも生の状態とそう変わらない。

 

 試しにケチャップとドライトマトを木村さんのオムライスに使わせてみたところ、問題なく魔力回復効果が現れたことから、料理の素材に使ってもプチソウルトマトの魔力回復効果は変わらないのだろう。

 

 ドライトマトやケチャップは保存が効きそうだし、うまく使えば幅広い料理に魔力回復効果を与えられるかもしれない。研究すると面白そうだ。



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198話 大鍋

 ~Be Blue V~

 

 土曜は倉庫掃除の日。

 先日倉庫整理を行ったので、ほとんど汚れてはいない。

 ……かと思いきや、短期間でも結構汚れている。

 

 在庫の搬入搬出の際に汚れるのか、それともこの倉庫内にあるいわくつきの品々のせいか。

 余計なことを考えられる余裕を持ちながら、召喚したシャドウに指示を出す。

 

 ……ん?

 

 掃除のために脇に寄せた箱の蓋が開いている。

 中を覗くと、見覚えのある鏡が入っていた。

 

「この鏡……」

 

 記憶がよみがえる。

 まだここで働き始めて間もない頃に引っかかった腹立たしい鏡だ。

 

「!」

 

 認識されるのを待っていたかのように、鏡から魔力が漏れ出す。

 鏡に。そこに映る自分に。不思議と目が引かれそうになる……

 

 が、しかし。

 

「もう効かないよ」

 

 鏡を戻して箱を閉じる。

 前回の結果からそんな感じだろうと思っていたが、今回の感触で確信した。

 あの鏡は間違いなく魅了系のやつだ。

 

 訓練を積み、この環境に慣れ、アンジェリーナちゃんの歌を聴き続けたからだろう。

 鏡の誘惑はもはや弱く感じるっ!?

 

 ……この感覚、久しぶりな気がする。

 

 スキル“魅了耐性”を習得した!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~ダンススタジオ~

 

「ここでフィニッシュ!! これが課題の振り付けよッ!」

 

 ダンスの課題となる振り付けが発表された。

 使用される曲は穏やかな雰囲気のポップ。

 だけどダンスは全体的に軽快で、小刻みなステップが多い。

 曲の緩急に合わせて動きも変化する。ターンやジャンプも要求される。

 スタミナとバランス感覚が要求されそうだが……動きは記憶できた。

 

 周辺把握とアナライズのコンボが効果を発揮してくれている。

 さらにアドバイスとコーチングによる注意点の割り出しも完了。

 あとは自分の動きを対応させる。つまり練習あるのみだ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 深夜

 

 ~自室~

 

「送信、っと」

 

 以前交換していた久慈川さんの連絡先に、メールを送ってみた。

 返事は返ってくるだろうか……

 

「?」

 

 携帯が鳴り始めた。

 こんな時間に誰かと思えば、久慈川さんの番号だ!

 

「もしもし、久慈川さん?」

『葉隠先輩、だよね?』

 

 間違っていないと答えると、

 

『やっと連絡きた~! ……無事とは聞いたけど、連絡はぜんぜんこないんだもん。心配したよ!』

 

 怒られた。

 けど、彼女も心配してくれていたようだ。

 ひたすら謝る。

 

『……まぁ、先輩も忙しかったんだよね。ニュースとか出てるし、ネットでは話題になってるし。仕方ないか……ところで何の用だっけ?』

 

 俺が送ったメールの直後に電話がかかってきたから、メール関係のことじゃないだろうか?

 

『あ、そうそう! 文化祭で使えるアイドルソングだったよね。それなら……』

 

 久慈川さんからあまり有名でないが、清楚なアイドルソングの情報を貰った!

 

 さらに彼女は最後に驚くべき内容を語る。

 

「え!? 久慈川さん、デビューしたの!?」

『8月の末にね。先輩には占いで励ましてもらったし、デビューとお披露目ライブの連絡しようと思ったのに~』

「おめでとう!」

『ありがとう。でもデビューしたてだから、知名度なんて無いも同然だけど』

「アイドルは下積みが辛いって聞くしな……」

 

 実際その通りで、彼女はデビューしたものの仕事が無いらしい。

 

『でね? その時……』

 

 もうしばらく話を聞く事になりそうだ……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス~

 

 素材集めと天田の戦闘訓練を行った!

 脱出の際にカエレルダイコンを利用したが、二人でも問題なく帰還することができた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 9月14日(日)

 

 朝

 

 ~男子寮~

 

「またガーデニング用品が届いてたよ」

「ありがとうございます! すぐ取りに行きます!」

 

 朝食後、寮の職員の方から声をかけられた。

 どうやら先日頼んだ苗が届いたようだ!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼前

 

 ~部室~

 

「……何この匂い……」

 

 届いた苗を持ってきたら、部室に暴力的な香りが満ちていた。

 悪臭や刺激臭ではなく、美味しそうな香り。腹が減って仕方がない。

 この時間には少々辛い匂いだ。

 

 厨房にいるのは山岸さんとE組の女子か? 江戸川先生もいるようだけど……

 

「お疲れー」

「あっ、葉隠君!」

「何を作って……」

 

 厨房に顔を出すと、怪しげな薬を作る魔女さながらに、江戸川先生が一心不乱に大鍋をかき混ぜていた。山岸さんたちはその姿をただただ見つめている。

 

「……おや、影虎君じゃないですか。丁度いいところにきましたねぇ。少し作りすぎたので、食べませんか?」

「何ですか? その中身。良い匂いなのはわかりますが」

「私の“特製薬膳カレー”ですよ。スパイスの調合がとても面倒で滅多に作る気がしないのですが、彼女たちの頑張りに触発されてしまいましてねぇ……」

 

 あの中身はカレーか!

 市販のカレーの匂いとはかけ離れていて分からなかった。

 

「1杯お願いします」

『食べるの!?』

「ヒヒッ。君ならそう言ってくれると思っていました」

「あ、じゃあご飯よそうね」

 

 こいつ正気か!? と言いたげなE組女子集団。

 それを横目に、山岸さんがマイペースに気をまわす。

 程なくして大皿に盛られたカレーが運ばれてきたのだが……黒い。とにかく黒い。

 黒カレーも世間には存在しているし、専門店で販売されている品を食べた事もある。

 ただ、このカレー俺の人生の中で最も黒いカレー。

 底が見えないほど深い穴のような色合いは、もはや“闇”。

 

「葉隠君、食べるの……?」

 

 俺の身を案じる木村さんへ、スプーンを手に取ることで返答。

 そして掬いあげた一匙分を口へ運ぶ。

 

「!!」

 

 これは……

 

「葉隠君?」

「……うまい!!」

『!?』

 

 口の中に広がる香り。そして素材の味。

 そのひとつひとつの旨味がしっかりと感じられる。

 野菜、肉、香辛料、そのせいで最初はバラバラかと思った。

 しかし次から次へと、瞬時に何度も旨味が襲ってくる。

 繰り返されるその流れが、一つの味として感じられる。

 混沌としている。でも、だからこそ癖になる!

 

 動き出した手が止まらない!

 

「そんなに美味しいの?」

「あっ、本当に美味しい!」

「って山岸さんも食べてる!?」

「ヒヒヒ……皆さんもどうぞ。まだまだたくさんありますよ」

「じゃ……じゃあ私も一つ」

「葉隠君も山岸さんも大丈夫そうだしね」

 

 俺についで山岸さんが。さらに木村さん達も食べるようだ。結果は……

 

『何これウマッ!?』

 

 どうやら好評のようだ。

 

「慌てなくても大丈夫ですよ。見ての通り、この大鍋一杯分ありますからねぇ。むしろ私たちだけで食べきれるかどうか……」

「それならあと5人ぐらい呼んでも大丈夫ですか?」

 

 今日も生徒会室では桐条先輩たちが仕事をしているはずだ。

 時間的に昼食にちょうどいいだろう。

 

「ナイスアイデアです。それでは私は食卓を準備しましょうかね。勉強会に使った机と椅子があったはずですし」

 

 厨房から出て行く先生を見送って、俺は電話をかけることにした。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「ご馳走様でした」

「美味しかった~」

「江戸川先生が料理上手だったとはな」

「皆さん、食後にお茶やコーヒーはいかがですか?」

 

 生徒会の先輩方も合流して、一緒に昼食をとった。

 先生の作った黒カレーは桐条先輩たちの口にも合ったようだ。

 さらに江戸川先生は先ほどから木村さんたちに協力を求められていた。

 それも納得の美味さだったと思う。

 

「あ、そうだ桐条先輩。先日ご相談いただいた件ですが」

「何か進展があったか?」

「はいマイナーですが、清純さを売りにしていたアイドルの楽曲をいくつか紹介してもらいました。これがリストです」

「ありがとう。……どれも聞いた覚えが無いな」

「デビューから引退までが短かったり、そもそも売れなかったり。本当に知る人ぞ知るアイドルらしいですよ」

 

 勉強熱心な新人アイドルだからこそ知っていたような、超マイナーなアイドルの楽曲だ。当然と言えば当然である。

 

 そう伝えると、先輩の横でコーヒーを飲んでいた海土泊会長が疑問を口にする。

 

「葉隠君、アイドルに知り合いがいるの?」

「例の番組を撮影したTV局で知り合ったんですよ。デビュー前の勉強に撮影を見学に来ていて。その後バイト先に占いをしに来てくれたりもしたので。それがどうかしましたか?」

「実は文化祭のステージに、アイドルを呼べないかっていう提案があってね。先生方の判断待ちだったんだけど、今朝許可が下りたの。ただ時間もツテもないから実現は難しいって話だったんだけど……もしよければ少し相談させてもらえないかな?」

「……できることはできますが、俺の知り合いは新人のアイドルです。有名じゃないですし、出演を勝手に決められる立場ではありません。結局は事務所を通す事になると思いますよ?」

「それならそれで全然オッケーだよ。一番欲しいのは切り込み口だからね」

「期日まで一週間もない段階で出演依頼をする、というのは常識的に考えて遅いだろう。紹介があるだけで気は楽になる」

「というかそもそも、良くそんな急な話で許可が出ましたね」

 

 時間的に無理だから適当に許可を出したとか?

 

「まさか~、ってか、原因の君がそれ言っちゃうの?」

「俺が原因……?」

「葉隠。先日の演説は生徒だけでなく、先生方も聴いていたんだぞ?」

 

 ……え? まさか、

 

「先生方までやる気になってる、とか?」

「程度の差はあるがな。そうでなければ急遽授業計画を調整して準備時間を捻出して貰うことも難しかっただろう」

「青春とかそういう話が好きな、体育の青山先生。単純に楽しそうな事が好きな鳥海先生。生徒を落ち着かせることを諦めて、生徒の味方としてこの流れには乗っておくことに決めたっぽい江古田先生。この三人を中心に、先生方や理事会も協力的なんだよ」

 

 知らなかった……

 

「たった一回の演説でよくそこまで心を掴んだもんだよねぇ」

 

 会長はニヤニヤしている。

 

「ということで、明日の朝礼でも演説よろしくね」

「明日もですか」

「この際だから、文化祭が終わるまでは広報担当を葉隠君に任せるよ。もうどんどん盛り上げていいから。途中で熱意を失って失速していくのが今一番怖いからね!」

 

 会長もそうなのか……

 

「わかりました。アンケート結果をまた取り上げましょう。今朝回収して集計しましたが、生徒の熱意が伝わっているみたいで近隣の期待値も上がっているようですし」

 

 明日のスピーチを引き受けた!



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199話 舞台決定

 午後

 

 ~ダンススタジオ~

 

 苗の植え替えや久慈川さんへのメール。

 そして生徒会の仕事にも参加してから撮影にやって来た。

 しかし、少し来るのが早すぎたようだ。

 メイクは終わり、台本も頭に叩き込んだけれど撮影準備が整っていない。

 ダンスの自主練習は、残念ながら撮影準備の邪魔になってしまう。

 

 代わりに演劇の台本を読んで役作りをすることにした。

 

 主人公のめまぐるしく変化する立場とその心境の変化。

 台本と照らし合わせながら脳内で表にする。

 さらにそこへ対応する感情を照らし合わせて流れをつかむ……

 

「おはようございまぁ~す」

 

 アレクサンドラさんが来たようだ。

 

「おはようございます」

「おはよう。葉隠くん早いのね。もうメイクもバッチリじゃない。……あら?」

 

 彼の視線が俺の手元で止まる。

 

「なぁに? その本」

「これですか? 演劇の台本です。今度の文化祭で、うちのクラスは演劇をやることになったので」

「あら! まぁそうなの、いいわねぇ~文化祭。青春って感じ! いつやるの?」

「次の土曜日です」

「もう一週間もないじゃない! いつから練習してたの」

「……先週から」

「えっ、間に合うの?」

「頑張るしかないです」

 

 もう決まってしまったことなんだから。

 今更変えられないし、どちらもおろそかにしたくはない。

 

「じゃあ、頑張ってね。私はお邪魔しないようにしておくわ。でもダンスのことなら何でも聞いてね」

 

 静かに立ち去る背中に、アレクサンドラさんからの気遣いを感じる。

 ただウインクは余計だと思う。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

「フィニッシュ! オッケー。すごくいいわ。もう大体の動きは掴めたみたいね」

「はい!」

「ならもう一度、もっと細かいとこまで気をつけて通すわよ。指先の先端まで意識を巡らせてもう一度。ミュージック、スタートッ!」

 

 撮影とダンスレッスンが続いている。

 タルタロス探索のおかげで体力には余裕がある。

 しかしタルタロスよりも体力の消耗が早いようだ。

 まだダンスに慣れていない。自分のものにできていない証拠。

 アレクサンドラさんのように、もっと自然に動けるように。

 ひとつひとつ丁寧に動きの問題点を解消していくことを考えて、ひたすら踊り続ける。

 

「カットー! そろそろ休憩入れます!」

「お疲れ様でーす」

 

 撮影が休憩時間に入った。

 効率よく学ぶためには、適度に休まなければならない。

 

「葉隠君。ちょっといいかな? Ms.アレクサンドラも」

「プロデューサー、お疲れ様です。もちろんです」

「何かあったのかしら? プロデューサーさん」

「未定になってた結果発表の舞台が決まったから、その連絡にね」

 

 ああ、確かどこかで結果を披露することになっていたな。

 その場所が決まったのか。

 

「発表の日時は9月20日の土曜日。場所は葉隠君の通っている、私立月光館学園の講堂だよ」

「……えっ?」

 

 うちの学校の講堂? それにその日程だと、

 

「文化祭の日に丸被りなんですが」

「うん。だから文化祭のステージで大々的に披露するのさ!」

「嘘でしょう……本当に?」

「ほんとほんと。文化祭も盛り上がるし、全面協力してくれるってさ。それに伴って、明日から文化祭準備の様子を撮るためにカメラを入れるから、よろしくね。本番当日までは別番組の取材ってことにするから」

 

 マジか……うちの学校、なんでもかんでも許可しすぎじゃない?

 ついこの間までマスコミ対応で苦労してたのに。

 喉元過ぎれば熱さを忘れるってこういう事なんだろうか……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス・11F~

 

  天田との探索中。

 

「? 天田、ちょっとこっちに行ってみよう」

「どうかしたんですか?」

「なんか、はじめて感知する形状のものがある」

 

 脱出装置でも転送装置でもない。

 人やシャドウでもない。

 経常的には宝箱に近い……しかしこれまで探索中に発見した宝箱とはサイズが違う。

 気になって、確かめる為に小部屋に足を踏み入れる。

 するとそこには、光り輝く宝箱が浮かんでいた。

 

「!! そうか、レア宝箱!」

「レア宝箱?」

「タルタロスの中で見つかる宝箱には、普通のとは違うレア物もあるんだ。中身も相応に貴重なものが入ってる」

 

 説明しながら箱を開けてみると……

 

「刀ですね。でも、なんだか大きくないですか?」

 

 このサイズは太刀だ。

 そして柄に数珠が巻かれている……

 レア宝箱の武器で、数珠。

 

「おそらく“数珠丸恒次”だと思う。未来の順平の武器だ」

 

 ベルベットルームで受けられる依頼に、数珠丸恒次を見せて欲しいというものもあった。

 おそらく間違いはない。しかし……

 

「これどうしよう……」

「使えないんですか? あんまり良い武器じゃないとか?」

「いや、レア宝箱から出ただけあって、この辺で手に入る武器の中では優秀だったはずだけど。太刀は使ったことないんだ」

 

 俺の戦い方は格闘・模造刀・小太刀二刀の三種類。

 太刀は使ったことがないので不慣れだ。

 下手に使って悪くしてしまっても勿体無い。

 

「本物かレプリカかは分からないけど、本物の数珠丸恒次なら“天下五剣”って五振りの名刀の一振りに数えられる、ものすごい刀なんだよ」

「だったら、とりあえず持って帰りましょうよ。それでサポートチームの人に相談するとか」

「それが一番かな」

 

 今日のところは、適当なコインロッカーを借りて入れておこう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 9月15日(月)

 

 朝

 

 ~講堂~

 

「文化祭を成功させたいかー!?」

『ウォオオオオ!!!!』

「よーし! 文化祭を盛り上げるぞ!!」

『オオオオオオ!!!!!!!』

 

 朝礼で再び生徒たちを煽った。

 全校生徒と教職員の士気が上がった!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午後

 

「アーノルドー、どうして、しまったんだー」

「あなたはそんな人じゃなかったでしょう!?」

「っ! ……黙れ黙れ黙れッ!! 誰に向かって口を利いている! ……この者共を捕らえて牢へ放り込め! 明朝、日の出と共に首を刎ねるのだ!」

「「「ははっ!」」」

「そんな! 待ってよ! 村にいた日々を思い出して! アーノルド!」

「おまえは、ほんとうにひとのこころをうしなってしまったのかー!」

 

 ……

 

「カーット! そこまで! 葉隠君ナイス!」

「ありがとう」

「島田さんも良い感じ!」

「どんなもんだー!」

「石見君は棒読みなんとかして! カメラは気にしない!」

「分かってるよ!」

「衛兵三人組は問題ないと思う」

「「「俺らの扱い適当じゃね!?」」」

 

 総合監督、もとい実行委員の佐藤さんからの感想と返事が飛び交う中、

 

「練習中失礼する」

 

 桐条先輩がやってきた。

 

「桐条先輩!?」

「美鶴様がどうしてここに……?」

 

 突然の登場でざわめくクラス。

 

「先輩、何かありましたか?」

「練習中に邪魔をしてすまない。できれば放課後に少し時間を貰いたいんだ。ステージの使用について調整が必要になってな」

 

 ステージの使用。つまりテレビの件か久慈川さんの件だな。

 

「また、それに関係する来客もある。その方々を交えて話し合いたい。時間はだいたい1時間程度あればいいそうだ」

「分かりました。予定を空けておきます」

「よろしく頼む。後でもう少し詳しい事情をメールで送っておく」

 

 そう言い残し、桐条先輩は慌しく立ち去った。先輩も忙しそうだ……

 

「ねぇ葉隠君!」

「今の会話、どういうこと!?」

「桐条先輩とメールのやり取りしてるの!?」

「というか美鶴様のアドレスを知ってるの!?」

 

 興奮している先輩のファンには、生徒会役員として仕事上の連絡用と伝えてなだめる。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~小会議室~

 

 ホワイトボードと円卓のみが置かれた部屋で、俺と先輩は会議の準備をしていた。

 

「講堂の図面を初めとした資料、全て整いました」

「こちらも席次の確認が終わった。すまないな。急に手伝わせて」

「いえ、俺も関係のあることですから。それにしても、久慈川さんの事務所からOKが出たんですね」

「確かに急な話ではあるが、無名のアイドルを起用してもらえる貴重な機会はありがたいそうだ。おかげで謝礼も安く済んだ」

 

 久慈川さんを安く呼べる、か。

 

「楽しそうだな」

「そうですか?」

「今にも笑い出しそうな顔をしていたよ」

 

 そんな顔をしていたようだ。

 確かに笑える。

 

「数年で彼女の人気は一気に上がりますよ。だから、相当にお得な依頼になると思います」

「ほう? ずいぶんとその久慈川さんを買っているのだな」

 

 買っているというよりも、成功する未来を知っているから当然のこと。

 少なくとも素養は十分にあるはずだ。

 

「個人的に応援しているのも事実ですが、彼女は俺のお客様でもあるので。確信しています」

「占いか……よく当たるらしいな、君のは」

「おかげさまで、ようやく一人前を名乗れるようになりました」

 

 オーナーの許可が出て、バイト中の占いによる1回あたりの料金が上がった。

 そして俺の報酬が増えた。

 もっとも、現在は希望者を制限しているためそれほど大きな儲けにはならない。

 

「先日の件から急激に希望者が増えてしまって。ありがたいことですが、制限しないと他の仕事ができなくなりかねないので」

「あまり無理はするなよ。君に倒れられると困る」

 

 桐条先輩から冗談と本気が交ざった気遣いを感じた、その時。

 

「失礼します」

 

 会議室の扉が開き、鳥海先生と共に近藤さんが入ってきた。

 

「お待たせしました」

「急に呼び出してしまってすみません、近藤さん。桐条先輩、こちらはプロジェクトの件で俺のサポートを担当してくださる近藤さんです」

 

 初対面の先輩に近藤さんを紹介。

 お互いに挨拶を交わしているうちに、案内役の鳥海先生は立ち去った。

 

 と思ったら、5分もたたないうちに久慈川さんと若い男性を連れて戻ってきた。

 

「お、おはようございます! タクラプロの久慈川りせです! このたびは」

「緊張しすぎだろ」

「は、葉隠先輩!?」

 

 入ってきた瞬間から緊張が全開だったので、声をかけてしまった。

 

「そんなに慌てなくても大丈夫だよ。ねぇ? 桐条先輩」

「ああ、全く問題ない。君が久慈川さんか。私は月光館学園の生徒会役員を勤めている桐条美鶴。この度は急な出演依頼を聞いていただけた事、感謝している」

「こちらこそ! 私みたいな新人に文化祭のステージとか、そんな立派な機会を与えてくださって、お礼を言わなきゃいけないのはこっちですよ! ですよね、井上さん」

「そうだね」

 

 久慈川さんと入れ替わるように、後ろにいた男性が前へ出てくる。

 彼が久慈川りせのマネージャー、“井上さん”か。

 

 彼は懐から名刺入を取り出し、俺たち三人に丁寧に名刺を配りながら挨拶をしていく。

 物腰穏やかだが、若いから近藤さんと比べるとやや頼りなさそうに見える。

 

 ……偏見かな?

 

 正直俺は、彼にあまり良い印象がない。

 

 ペルソナ4の久慈川りせイベントで登場した彼は、最後に久慈川さんに才能があると思っていた事と、だからこそ引退を撤回しないのが残念だと告げて立ち去る。さらにその後、久慈川さんが現役時代そんなこと一度も言ってくれなかったのに……とつぶやくシーンもあった。

 

 彼はマネージャーをしていた間、一度もそういう言葉をかけたことがないのか?

 

 ……久慈川さんに聞いた覚えがないだけかもしれない。

 だがそもそも彼女は芸能生活のストレスで悩み、引退を決めて八十稲羽市にやってくる。

 そして引退をマネージャーに告げたのは、最後のライブの直前。

 

 ギリギリのタイミングまで相談しなかった久慈川さんが悪いのだろうか?

 相談が無くても、彼女の様子から精神状態に気づくことはできなかったのだろうか?

 本人の努力と忍耐が重要としても、負担を軽減することはできなかったのだろうか?

 彼一人の責任ではないだろう。しかし久慈川さんはまだ中学生。

 未成年アイドルへのメンタルケアに疑問が残る。

 

 立ち居振る舞いやオーラを見た限り、井上さんから悪いものは感じない。

 

 それに続編のペルソナ4ダンシングオールナイトでは、久慈川りせの復帰イベントである“絆フェス”に、4の仲間(素人)を出演させることを許可し、関係各所にも認めさせる寛容さを見せている。

 

 悪人ではないとしても、有能でもないのかもしれない。

 いや、素人を大規模なフェスに参加させることを認めさせることができるなら有能か?

 よくわからないな……とりあえず要注意だ。




影虎は課題の振り付けを覚えた!
発表の場が文化祭のステージに決まった!
影虎はレア宝箱から“数珠丸恒次”を手に入れた!
影虎は演技の練習と指導を行った!
影虎は会議の準備をした!
久慈川りせの文化祭ステージが決まった!
影虎はマネージャーの井上と顔を合わせた!


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200話 打ち合わせ

「え!? 桐条先輩って、あの桐条グループのお嬢様? しかもアイドルソングの相談をしてた人だったなんて」

「なんだ、葉隠から聞いてなかったのか?」

「言ってなかったっけ?」

「聞いてないよ……葉隠先輩、お家が厳しい先輩としか言わなかったじゃない」

 

 そう言われて思い返してみると……

 

「あー、確かに」

 

 一応個人情報出すのは控えたんだった。

 

「もう、先輩たら言ってないこと多すぎ! すごいプロジェクトのメンバーになってたり、またテレビに出ることになってたなんて。私初めて聞いた。そりゃ言えないこともあっただろうけど……」

「一度に並べ立てられては混乱もするだろうな。私も改めて聞いて、急激な変化だと思っているぞ、葉隠」

 

 雑談をしていると、とうとう最後の参加者がやってきたようだ。

 

「こちらです」

「失礼します」

「我々が最後のようですね。遅れて申し訳ない」

 

 入ってきたのは、以前よりだいぶ痩せているが、顔色は悪くない理事長の幾月。

 そして目高プロデューサーと丹羽ADだ。

 

「やぁ葉隠君。こうして顔を合わせるのは久しぶりだねぇ」

 

 おっと、幾月がこっちに来た。

 

「お久しぶりです、幾月理事長。だいぶお痩せになっていますが、大丈夫ですか?」

「なんとかね。君のおかげでようやく、落ち着いてきたんだ」

 

 俺のおかげ?

 

「どちらかといえば、迷惑の原因では?」

「撃たれた事かい? あれは不可抗力だろう。それに帰国してからはマスコミ対応をしっかりやってくれたじゃないか。本来なら我々が何とかすべきだったんだろうが……恥ずかしい話、理事会でも色々ともめていたんだ。

 うちの理事って誰も彼も我が強くてさ、一度もめるとまとめるのが大変なんだよね。普段はスムーズなんだけど……」

「理事長、お時間が」

「おっと! そうだった、会議が先だね」

 

 理事長が着席を促し、自分は議長役として上座へ。

 そこから右回りに目高プロデューサーと丹羽AD、左回りに井上さんと久慈川さん。

 俺は下座で幾月の対面。近藤さんが右隣、桐条先輩が左隣に着席。

 

 文化祭でのステージ利用についての打ち合わせが始まった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 一時間後

 

「ありがとうございました」

「こちらこそ。今後ともよろしくお願いします」

 

 打ち合わせが終わった。

 

「それにしても、文化祭に呼ばれたアイドルが久慈川さんだったとはね」

「確か前回の撮影で見学に来ていましたね」

「あの時はお世話になりました」

 

 仕事の話が終わったことで、なごやかな雰囲気になってきた。

 ほとんど会話に入ってこなかった久慈川さんも笑顔だ。

 

「久慈川さんのステージ、俺も期待してるよ。あ、席の予約が必要かな?」

「あはは、先輩がプレッシャーかけてくるー」

「予約席……席……!! 葉隠君、アイドルのステージだからってそんなに慌てなくても、まだ席はアイドル(空いとる)よ? なんてね、プハハハ!」

「あははは!」

『……』

 

 こんな時にまで幾月理事長の寒いダジャレが炸裂した……

 年代の近い目高プロデューサーは笑っているが、他の人はどうしていいかわからず曖昧な笑顔を浮かべている。

 

「は、葉隠の場合は舞台袖から見ればいいんじゃないか?」

「そ、そうですよね桐条先輩。てか葉隠先輩は私の後に出るんだから、のんびり見てる時間はないでしょ?」

 

 それはそれで残念だ……期待しているのは本心なのに。

 

「そういえば葉隠はやけに彼女を推していたな」

「え? そうなんですか?」

「ああ。会議の前に準備をしていた時は“久慈川さんは数年で人気になる”と確信した様子でな。今回安く呼べるのは運がいい、とも言っていたぞ」

「そんなに?」

 

 疑わしい目で見てくる久慈川さんに、胸を張る。

 

「間違いない。将来的にケロリーマジック(清涼飲料水)のCMで水着になって、“メンドーなのもー、我慢するのもー、りせには、ムリ! キライ! シンドスギ!”とか言うよ」

「それも占いの結果か? やけに具体的だが」

「また先輩ったら、妙に自信満々に根拠のない事言うんだから……でも、まぁ応援は素直に嬉しいし。期待にも応えたいから頑張るよ!」

 

 半信半疑でもガッツポーズをする久慈川さん。

 

 その微笑ましい姿に注目が集まった丁度その時、彼女のお腹からかわいらしい音が……

 

「ッ~!」

『……』

 

 瞬時に赤くなる顔。手で押さえられた腹部。

 部屋が狭く静かになっていた分、音も良く響いた。

 本人の反応も相まって、聞いてなかったことにはできそうにない。

 

 意を決して、逆に聞くことにする。

 

「昼、食べてないの?」

「給食はあったけど、今日ここに来るのが気になってあんまり……うぅ、よりによってこんなタイミングで鳴るなんて~……」

 

 誰も悪い印象にはなってないみたいだし、あんまり気にすることないと思うけど……

 

「そういえば、昼からだいぶ経ちますね」

「言われてみれば……もう五時に近いですね」

 

 近藤さんが話を合わせてくれた。

 

「もしよろしければですが」

 

 パルクール同好会の部室では、今日もE組の女子と江戸川先生が料理の試作をしている。

 だから部室に行けば軽食がとれる。

 それに久慈川さんにも、せっかく文化祭に来てもらうなら楽しんでもらいたい。

 しかし、おそらく本番当日にゆっくり文化祭を楽しむ余裕はないだろう。

 だったら今の内に気分だけでも味わってもらってはどうだろうか?

 うちの生徒の意気込みも感じてもらえるだろう。

 

「と、考えましたがいかがでしょう?」

「僕たちも毎日おすそわけをもらってるけど」

「下手な物を食べさせるわけにはいかないんじゃないか?」

「部室では江戸川先生が衛生面だけはしっかり監督してますよ。味に関しては練習中だからご愛嬌、と言いたい部分もありますが、本番では小額とはいえお金を取るわけですから、それなりに価値のある味にはしてもらわないと」

「言わんとするところは分かるけど、それって毒見って言わないかい?」

「大丈夫です。一昨日も食べましたが、なんともありませんでした」

 

 危険物は無かった。だからこそ俺は無事に生きている。

 

「……じゃあ葉隠君、案内をお願いしてもいいかな? 僕は別件があるからもう行かないと。桐条君は」

「私も生徒会の用事が。葉隠なら失礼はないと思いますが……任せていいのか?」

「承知いたしました、理事長。お任せください、桐条先輩」

「そうか」

「では我々はお先に」

 

 桐条先輩と理事長は挨拶をして、先に会議室を出て行った。

 そして残った久慈川さんたちに食事をするかを聞いてみたところ、

 

「文化祭の試作料理かぁ……うん、楽しそう! 私は賛成だけど、ダメですか? 井上さん」

「ん~……いいだろう。時間もあるし、本番のお客さんを見ておくのもいいと思う」

「やったぁ!」

「では久慈川さんと井上さんはご案内、と」

「……僕もいいかな?」

「もちろんですよ、目高プロデューサー」

「プロデューサー、このあと撮影に関しての打ち合わせが」

「だいたい決めることは決めてるし、僕抜きで頼めるかい?」

「ええっ!?」

「ちょっと、ね」

 

 プロデューサーは純粋に食事がしたいだけではなさそうだ。

 しかし断固として譲らず、食事に参加決定。

 丹羽ADは先に帰るようだ。

 

「近藤さんは」

「私も部室までは行きましょう。江戸川先生の方にハンナがいるはずですので、彼女と合流します」

「彼女も来てたんですか?」

「E組の生徒がメイド服と接客時の振る舞いの参考を探していたそうで」

 

 だから彼女が協力しているのか。では彼も一応参加ということで、移動開始。

 丹羽ADの見送りにも、部室に行くにも、どの道校外に出ることになる。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~部室~

 

「おまちどうさまです」

「ヒヒヒ……後で感想を聞かせてくださいねぇ」

 

 江戸川先生の“特製薬膳カレー”を振舞った!

 

「!! なにこれ、すごくおいしい!」

「本当だ……これが文化祭で出す料理のクオリティーなのか?」

「専門店を出してもやっていけるのでは? 今度ボスに進言してみましょうか」

「丹羽君が少しかわいそうに思えてきたよ」

「でしたら、何かに入れて持って行きますか? カレーはまだまだあります」

「江戸川様、例の件を葉隠様に相談するのでは」

「ああ、そうでした」

 

 ここぞとばかりに残り物を処分しようとする江戸川先生に、ハンナさんが耳打ち。

 

「影虎くん、カレーパンは作れますか?」

「知識はあるので、練習すればおそらく……これをカレーパンに?」

「ええ、可能であれば。お皿にお米と液体のルーだと教室ならともかく、講堂では売りづらいですし、購入者も食べにくいでしょう。片付けの問題もありますから、紙袋に入れて最後は捨てるだけにできればいいな、という話になっていたんですよ」

「なるほど、今厨房使えますか?」

「ええ、今は誰もいません。全員クラスの方に行っていますからご自由に」

 

 じゃあ皆さんが食べてるうちに、ちょっと試作してみるか。

 ついでに……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「カレーはいかがでしたか?」

 

 食後の久慈川さん達に声をかけると、口々に満足との声が返ってきた。

 

「ではデザートに、チーズケーキはいかがでしょう?」

「わぁっ! 真っ白で綺麗~! ジャムとか乗ってて本格的!」

「また凝った感じのケーキだね。最近の文化祭のクオリティーってすごいんだなぁ……」

「いえ、こんなケーキの用意はなかったはずですが……」

「材料があったので作ってみました。ハンナさんにも手伝ってもらって」

 

 元一つ星パティシエ、Mr.アダミアーノからもらったレシピの中に、15分でできるチーズケーキのレシピがあったので、カレーパン作りの準備中に平行して作ってみた。

 

 手軽に素早く作れるという条件で、味も一級品に仕上げる事を追及した一品。

 突然の彼女の希望に応えるために考案した一品らしい。

 

 ……あの人のレシピ集、読み進めると一品一品に必ず女性との思い出や恋愛テクニックが絡んでくるので残念な感じがする。ただしレシピはどれも素晴らしいのだ。

 

 久慈川さんの反応は……

 

「ん~! 最高! クリームがふわっと柔らかくて、口に入れるとしっとり濃厚で、だけど優しい味……上にかかってるイチゴのソースの酸味もちょうどいい感じ、しあわせぇ~」

 

 よし! 満足していただけているようだ。

 

 ……? 久慈川さんを、目高プロデューサーがじっと見ている。

 

「……うん、いいかもしれない」

「? プロデューサー?」

「久慈川さん。もしよければ、うちの番組に出てみないかい?」

「へ……?」

 

 プロデューサーの急な申し出。

 久慈川さんは理解しかねている。

 いや、それはマネージャーの井上さんも同じのようだ。

 その言葉の意味を図りかねている。

 何か言葉の裏に別の意図があるのではないかと疑っているのだろう。

 

 しかし、プロデューサーのオーラを見ると、何か含みがありそうには見えない。

 ただ思い付きを口にしたようだ。

 

「プロデューサー、本気なんですね」

「うん。彼女と会うのは2回目だけど、今日君と話している彼女を見て、前回挨拶に来た時とはまた違う素の顔が見えた。そしてここでカレーを食べてケーキを食べて、喜んでいる天真爛漫な姿を見て、番組で使いたいって思ったんだ。

 素顔の彼女は喜怒哀楽がはっきりしていて可愛らしいし、見ていて楽しいね。その表情をカメラの前で見せてくれれば、きっと番組の雰囲気も明るく、楽しくなる。葉隠君が久慈川さんに人気が出ると断言していた気持ちが少し分かった気がするよ」

 

 なんと、久慈川さんはプロデューサーの御眼鏡にかなったようだ!

 

「あ……ありがとうございます! でも私、まだデビューしたばっかりで、一ヶ月も経ってないのに……」

「不安になるのは分かるよ。でも初めては誰にでもあるものさ。……事務所としてはいかがでしょうか?」

「ありがたいお話です。久慈川さん、これはまたとないチャンスだよ!」

「……」

 

 急な展開に、久慈川さんは混乱しているようだ。

 ……少し落ち着かせてあげよう。

 

「落ち着いて」

 

 柔らかめの声を意識してかける。

 同時に、ペルソナを用いて回復魔法の“パトラ”を発動。

 体内の魔力と引き換えに、強張っていた彼女の表情が和らぐ。

 

「先輩……うん」

 

 少し落ち着いた様子で、引き締められた顔が前を向く。

 

「……いい顔になったね。

 さっきも言ったけど、初めてのテレビだ。デビューから間もないし、不安になるのは分かる。そこで提案だけど、まず葉隠君と一緒に出てみるというのはどうかな?」

 

 俺と?

 

「知っての通り、葉隠君は現在文化祭のステージに向けてダンスの練習をしている。そして久慈川さんも同じステージに立つ事が決まった。ひとつのステージに向けて、合同で練習するという形にするのさ。あくまでメインは葉隠君だけど、同じステージを目指す仲間として撮影に参加してもらう。葉隠君のバーターという形になるかな」

 

 “バーター”

 芸能界の抱き合わせ商法。

 人気のある誰かと一緒に、テレビなどに出演させてもらう方法のこと。

 通常は同じ事務所の先輩と後輩で行われる。

 それを今回は素人の俺と新人アイドルの久慈川りせで行うと言う提案らしい。

 

「葉隠君。君には契約前に、番組を成立させてもらいたいってお願いをしたよね」

「“君ならそれができると思っている。”そう言っていただいたのを覚えています」

「その言葉に嘘偽りはないけれど、少し付け加えたい。君には“他人をアシストする才能”があると思うんだ」

 

 他人をアシストする才能?

 

「番組は出演者全員が前へ前へ出ようとするだけでは成立しない、そこから一歩引いて支える才能が君にはあると思う。君が自分を磨くことに関心を持っているのは知っているし、僕もそれは応援している。

 だけどそれとは別に、昨日までの撮影を見ていて、やっぱり向いている(・・・・・)と思った。それをさっきまでのやり取りで確信した感じかな。久慈川さんの緊張を君なりにほぐして、素の表情と魅力を僕の前で引き出してくれた。地味ではあるけれど、テレビ番組を作る上では本当に大切な役割なんだ」

 

 一気に喋って乾いたのだろう。彼は水で喉を潤し、さらに続ける。

 

「何度でも言うよ。僕は君と久慈川さんを番組に起用したいと思っている。

 久慈川さんの経験不足は事実だろうけど、事務所から正式にデビューしたアイドルだ。レッスンを積み重ねて、最低限の実力はあるはず。新人の扱いは僕たちも心得ているし、葉隠君のアシストがあれば少しは気も楽だと思う。

 葉隠君は素人だけど、そのハンデを覆す熱意と運動能力に学習能力がある。実際にアイドルを目指して頑張ってきた久慈川さんは、葉隠君にも良い刺激になる。秘められた魅力を持つ久慈川さんと、それを引き出して学び取れる葉隠君が共演すれば、より素晴らしい番組になると思う。何よりも、僕がそれを見たいんだ!」

 

 目高プロデューサーの言葉はどこまでも熱く、まっすぐに俺達へと届けられていた。

 

 俺としては歓迎だ。

 久慈川さんとの共演は予定外だが、嫌だとはまったく思わない。

 むしろそっちの方が楽しそうだと思う。

 

 そう俺の意思を伝えると。

 

「……私、挑戦してみたいです! どこまでできるか、自分でもわかりません。だけど、やっとアイドルになれたんだから、チャンスがあるなら掴みたい! 井上さん!」

「……僕も同じ気持ちだよ。君にはチャンスを逃さず、掴み取って欲しい。葉隠君との共演は急いで事務所に話を通すよ」

 

 どうやら話がまとまったようだ。

 久慈川さんも、井上マネージャーも、その体から真っ赤な熱意のオーラを迸らせている。

 

「今のところ地味な男子高校生とスキンヘッドのオカマじゃ華がないですからね。久慈川さんが入ってくれると、それだけで絵面が綺麗になりそうです」

「あ、うん。実はそれも考えてた。面白いけど、いまいちパッとしないな……ってスタッフも話してたんだよ。Ms.アレクサンドラは華々しいと言うよりケバケバしいし」

「撮影が夜なもんだから、良く見るとひげが伸びてきてるんですよね……」

 

 朗らかな笑いが自然と生まれている。

 

 また忙しくなりそうだけど、楽しくもなりそうだ。




久慈川りせと桐条美鶴が知り合った!
幾月と近藤が顔を合わせた!
影虎たちは打ち合わせを行った!
目高プロデューサーは久慈川を撮影に参加させたがっている!


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201話 参加

 ~駐車場~

 

 食事の後。

 近藤さんとハンナさんが帰るついでに、車で送ってもらえることになった。

 ハンナさんに促され、俺は後部座席へ。彼女も後に続く。

 さらに運転席に乗り込んだ近藤さん。彼は何気なく口にする。

 

「あのプロデューサーは思い切った決断ができる方ですね」

「確かに。柔軟と言うか、自由ですよね」

「ええ。自分の目で見たこと感じたことを信じ、熱意を持って行動に移せることは素直に評価できます。やや気持ちが先走る傾向があるように見えるので、周囲は大変かもしれませんがね」

 

 そんなことを話していると、今度は久慈川さんの話題になった。

 

「葉隠様は、彼女が気になっているのですか?」

「気になっていないと言えば嘘になりますね。彼女も将来的にペルソナ使いになる人ですから」

「……彼女もですか?」

「時期的にはだいたい2年後。彼女が高校生になる頃なんですが、その時には人気アイドルになってるんですよ、彼女。でもその仕事で演技をしているうちに自分を見失ってしまい、本当の自分は何かに悩むようになります。

 その結果としてアイドルとしての仕事を休業してしまい、とある街に移住して高校生活を送るのですが……そこでシャドウ関連の事件に巻き込まれ、ペルソナに覚醒します」

 

 そういえば、3に登場するキャラクターの情報しか彼らには提供していなかったかもしれない。

 

「すみません。目先のことばかりで、そっちの話を忘れていたかもしれません」

「2年後ですからね……彼女については後ほど情報提供をお願いします。我々は来年以降も研究と対応策を続けていきますので。願わくばその時もお力添えをいただけるように、我々も微力ながら協力させていただきます」

「ありがとうございます」

 

 そうだ、この際だからいくつか聞いてみよう。

 

「お二人とも、久慈川さんのマネージャー。井上さんをどう見ましたか?」

「私は真面目そうな方だと思いましたが。ご自身の仕事に熱意を感じられましたし」

「私もハンナと同意見ですね。熱意があり、おそらく実力もあると思います。ただしまだ若い。失敗することもあるでしょう。先ほど久慈川様が休業するとおっしゃいましたが、彼の対応が原因ですか?」

「それだけとは言いませんが、メンタルケアが不十分なんじゃないかと昔から思っていました。未来のことですが」

 

 彼女の未来の言葉とマネージャーの行動について、俺が考えも合わせて説明すると、

 

「今より未来に起こる出来事を、今よりもずっと昔から考えていた……なんとも不思議な悩みですね」

 

 近藤さんは軽く笑って、真剣な表情になる。

 

「葉隠様は介入することをお望みですか?」

「今のところはそこまで考えていません。ただ偶然にも彼女と知り合って、話してみたらいい子でしたから、元気で活動を続けて、幸せになってもらいたいとは思います」

 

 そこで考えてしまう。

 まず、俺が介入することで悩みは解決するのか?

 もし解決できたとして、その場合4の原作はどうなるのか?

 

「休業は仕事面ではマイナス。しかしその代わり、彼女はかけがえのない仲間を得ます。そしてその協力を得て悩みも解決します。だから下手に手を出さない方がいいのかな……とも思うんですよね」

「未来を知っていれば知っているで、新たに悩みが生まれるのですね」

 

 ハンナさんがしみじみと呟く中、

 

「……そういうことであれば、休業のリスクを減らす方向で話を進められるよう助言すればいかがでしょうか?」

 

 近藤さんの提案。どういうことだろう?

 

「お話を聞いた限り、急な話だとしても記者会見のやり方が悪かったと思います。体調不良や精神病を疑われるような状態で強引に終わらせるのではなく、最初から別の理由……高校生という年齢ですし、受験対策、将来を考えるための一時休業などとしておけば、騒ぎを余計に大きくすることもないでしょう」

「確かに」

「その頃の本人は復帰するつもりもなく、可能性を完全に断ちたいのかもしれませんが、事前に関係各所に通達して休業する方が周囲にとっても悪影響が少なく済みます。社会人の責任という点で、辞めるにも正当な手順を踏むのは大切です」

 

 もっともな意見だ。

 加えて近藤さんは、休養がリスクやマイナスという点が理解しがたいと言った。

 

「例えば日本人はよく“1時間しか寝てない”“食事をする時間がなかった”などと話しますね?」

「よく聞きますね」

「日本人は勤勉で忙しく働き続けることが美徳かもしれませんが、睡眠や食事は個人が発揮できるパフォーマンスに大きく影響しますし、アメリカでは忙しくとも休養は十分に取ろうと考える人が日本よりも多いと思います。

 ですから必要な時間を取れていないと言われると、自己管理能力や仕事のマネジメント能力が欠如している、と思ってしまいますね。日本人は勤勉で働き続けることが美徳だというのはわかっていますが、私には彼らが能力不足を自ら吹聴しているように見えてしまうのです」

 

 なるほど……

 

「その辺りをうまく言い含めておくことができれば」

「今後の関係次第では十分に可能かと。しっかりと準備をした上でのことであれば、問題は起きても最小限にとどめられるでしょう」

「ありがとうございます。では素直に応援しつつ、将来のために布石を打っておく方針で行動します」

 

 近藤さんのアドバイスのおかげで、久慈川さんに対する方針が決まった!

 

「では次に、理事長に関しては」

「そうですね……今日の印象は、まるで人体実験をするような人間には見えませんでした。それだけうまく善人の皮をかぶっている……要注意ですね。まだ本人の調査は控えていますが、より慎重を期した方が良さそうです」

 

 近藤さんにもよくわからなかったか。仕方がない。焦りは禁物。

 

「当分は今やるべきことに集中することにします」

「文化祭とテレビの件ですね。……そういえば葉隠様、別れ際に目高様から何か言われていませんでしたか?」

 

 別れ際というと、あれか。

 

「テレビ局での撮影について少し。日時はまだ決まってないそうですが、一緒に撮影する受講生の情報を聞きました」

 

 なんでも初回は特別に2時間スペシャルで、俺を含めて男女二人ずつ、合計四人の映像を流すらしい。しかも初回の男子は俺と同じ、以前の番組にも出演していたBunny's事務所の“光明院光”だそうだ。

 

 あのものすごい目で睨みつけてきた彼も良い結果を出していたので、採用したとのこと。

 事務所には入ってないけど、ちょっと不安要素が出てきた。

 

「女子の二人は最近流行りのアイドルグループ“IDOL23”のメンバーらしいです」

 

 大人数のグループなので名前を聞いても誰だか分からず、あの場は話を合わせておいた。

 あとで調べておかなきゃ……

 

「でしたら我々にお任せください。共演者の情報をまとめた資料を用意いたします」

 

 ハンナさんが申し出てくれたが、良いのだろうか?

 

「ご遠慮なく。TV出演関連ですのでサポートの範囲内です」

「ありがたいです。あ、ついでと言っては何ですが、この作品の元になった書籍って分かりますか?」

 

 文化祭用の演劇の台本を取り出して見せる。

 役作りのためにもしあれば助かる。

 

「かしこまりました、こちらも調べておきます」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 サポートチームに情報収集を依頼した!

 しかし頼めばどこまでも引き受けてくれそうで、いまいちサポートの範囲が分からない……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~ダンススタジオ~

 

「おはようございます!」

『おはざーす』

「おはようございます! 葉隠先輩!」

「!」

 

 撮影のためスタジオに顔を出すと、久慈川さんと井上さんが来ていた。

 しかも久慈川さんはジャージ姿。

 

「ここにいて、その格好ということは?」

「久慈川りせ、今日から先輩と一緒に頑張ります!」

「葉隠君、共演者として、うちのりせをよろしくお願いします」

 

 “共演者として”

 釘を刺しに来たように聞こえたけど、無意識かな? オーラは緊張している色だ。

 いきなりデビューしたての担当アイドルがTVデビュー。

 彼も不安があるのだろう。

 

「もちろんです。共演者として、できるだけの事をさせていただきます」

 

 会話はそこそこに、俺も準備を始めなきゃ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「ここのスタジオはこの時間帯だけ借りてるらしくて、毎日1からカメラを設置したり、撮影準備をしてる。だから自主練とかは邪魔になっちゃうから、俺の場合は寮の部屋でこっそりやってるよ。まだ人目につくわけにはいかないし」

「りせちゃんは事務所にスタジオがあるんでしょ? そっちでやった方が落ち着いてやれるんじゃなぁい?」

「事務所のスタジオは候補生とか、他のアイドルも使うから予約制なんです。だから自由に使えなくて……」

「そうなるとやっぱり短い練習時間に集中して、効率を上げるしかないかな……時間はないけど頑張ろう」

「そうだね、先輩。よろしくお願いします、アレクサンドラさん」

「おまかせなさい! 貴方たちが頑張るなら、私も全力でお手伝いしてあげるわぁん」

 

 久慈川さんの緊張を抑えるため、説明を兼ねた雑談。

 さらにリハーサルを経て、本番が始まった。

 

「はぁ~い! 皆さまこんばんは、講師のアレクサンドラよぉ~」

「そして受講生の葉隠影虎です。普段はいきなり練習に入ってしまうのです、が!」

「今日はちょっとだけお知らせがあるのよね?」

「はい。この映像を撮っているのは9月15日。そして与えられた練習期間が9月19日までなんですが……実は私が通っている学校の、文化祭準備期間とまるまる被っているんです」

「だから葉隠君、午前中に文化祭の準備をして夜にダンスの練習してるのよね。もう忙しそう~……あ、続けて?」

「はい。そして文化祭の開催日が9月20日、練習最終日の翌日ということで……なんと練習の成果を、文化祭のステージで大々的に発表することが決まりました!」

「キャー! 責任重大ー!」

 

 アレクサンドラさん、微妙に嫌な合いの手だ……

 

「昨日プロデューサーから聞いて、もういろんなところからプレッシャーがかけられてます。一番はこの隣にいる派手な人なんですけども」

「私のはプレッシャーじゃなくてエールよッ!」

「ということで、これからも練習頑張っていきたいと思います」

 

 続けて番組の参加者が増えることを伝える。

 

「では、早速登場していただきましょう! どうぞ!!」

 

 アレクサンドラさんの時と同じく、室内のライトが踊り始めた。

 違いはあの時のような怪しげな色とりどりのライトではない事。

 前と比べて純粋さを感じる、無色の光が入り口照らす。

 

「こんばんはー!  タクラプロ所属、新人アイドルの“久慈川りせ”です! よろしくお願いします!」

 

 盛大な拍手で迎えられた彼女は、カメラに向かって手を振りながらゆっくりとこちらへ歩いてくる。緊張のせいか笑顔がやや硬いけれど、それは初々しさとも言えるだろう。頑張っているようで、それもまた魅力と感じる。

 

 ……彼女のライブデビューは見逃したけれど、代わりにTVデビューの瞬間を見られた。



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202話 アイドルの底力

 久慈川さんの紹介が終わると、やはり時間がないので練習に入る。

 

 本番のステージでは久慈川さんが前座として、デビューライブと同じ楽曲で歌とダンスを披露。その次にMs.アレクサンドラが踊り、トリとして俺がここで学んだダンスを披露する。だから同じ場所で練習はするが、指導内容は別になるらしいけれど……

 

「まずはお互いの実力を見せ合いましょう」

 

 一度交互に踊ってみる。

 

「順番は」

『葉隠君から』

 

 カンペによると俺が先のようだ。

 というわけでひとまず踊る。

 

 踊らない二人は邪魔にならないようカメラに近づく。

 広く開いたスペースの中心に立ち、準備OKと手で合図。

 カウントの後に流れ始めた軽快な曲。

 それに合わせて体を動かす。

 

 練習期間はわずかでも、練習した分だけ確実に身についている。

 

 ……

 

 ここでフィニッシュ!

 

 Ms.アレクサンドラから習ったダンスを踊りきった!

 

 自己評価はそこそこ。

 一通り踊ることはできたが、会心の出来というほどではない。

 昨日までの練習と自主練の感覚から考えて、順当なところだ。

 

 果たして二人の評価は……?

 

「エクセレント! いい感じね、葉隠君。前回注意したポイントもばっちり良くなっているわ。りせちゃんはどう思ったかしら?」

 

 久慈川さんは……目を丸くしていた。

 

「す、凄かったです……先輩、今のダンスどのぐらい練習した、んですか?」

「12日に練習が始まって、振り付け発表がその翌日。だから今日で三日目かな」

「三日目!? というか、それ実質二日ってこと!?」

 

 とても驚かれている。なかなかの出来だったようだ!

 しかし久慈川さんは緊張気味か……いつもより丁寧に話している。

 普段通り、気軽に話してくれた方が魅力的に映ると思うけど。

 

「もしかしてダンス暦が結構長いとか?」

「いや全然」

「数ヶ月前に10分ぐらいの体験レッスンを受けただけらしいわよ」

「絶対に嘘! さっきの絶対そんな素人のダンスじゃなかったって! あの振り付け、多分すっごい難しいよ? それを覚えて実際に踊れるようにするのに2日って……」

 

 久慈川さんは混乱したようだ……

 

「ふふふ、初見だとそうなるわよねぇ」

 

 そんな彼女を見て笑うアレクサンドラさん。

 

「残念だけどりせちゃん、私たちも葉隠君も、何一つ嘘は言ってないの。単純に教えたことを異常な速度で吸収しているのよ、この子。例えば1回踊って、何かできていない部分があったとするでしょう? そこを指摘すると次かその次に踊る時には直るのよ。ついでに指摘してない部分に自分で気づいて直したりもするの。

 普通なら、何度も何度も練習して矯正していくところを、この子の場合は一回か二回、多くて三回もあれば大抵直っちゃうの。だから全然、こういう番組ではお約束と言ってもいい、強い言葉で指導する機会がないのよぉ~!」

 

 そんな目で見られても……能力に思わぬ弊害があった。

 

「それじゃ次は久慈川さんの番」

「私、先に踊りたかったなぁ……でも頑張ります!」

 

 立ち位置を交代すると、今度はかわいらしい曲が流れる。

 “True Story”……ではないけれど、久慈川さんは元気に踊り始めた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 久慈川さんのダンスと歌が終わった。

 

 ……これが本物のアイドルか……

 

 心の内に湧き上がってきたのは、“敗北感”だった。

 

「ブラボー! りせちゃん、可愛かったわよ」

「ありがとうございます」

「ほら、葉隠君も何か言ってあげなさいよ」

「久慈川さん、すごかった。本当に、心の底から、素晴らしいと思った。完敗だ」

「ありがとうございます! でも完敗ってそんな、別に戦ってるわけじゃ……」

「確かにそうなんだけど、何というか……たとえば身体能力、この一点に限ってはそう簡単に負けるつもりはない。けど、身体能力が高ければダンスが上手いのかと言われれば違うでしょう?」

 

 今の俺の体は、運動に関してはだいぶハイスペックなはず。さらに魔術を使えば既に人間離れした動きも可能。世界最高峰のプロダンサーでも、魔術を使った俺を上回る身体能力を発揮できるダンサーはまず見つからないと思う。

 

 だけどダンスでは敵わない。足元にも及ばない。

 俺には久慈川さんの方が遥か高みにいるように見えた。

 

「もちろん技術がまだ足りないのもある。でもそっちは時間をかけて身につけていけばまだ手が届きそうに思えた。でも、久慈川さんのダンスを見た感想は何かが違って、もっと根本的な何かが、俺には足りない気がした……」

 

 エリザベータさんやアンジェロ料理長の時と同じだ。

 一つの分野の技術を少し身につけたことで、より相手の凄さ、技術の奥深さが見えてくる。

 この奥深さを俺はいま、久慈川さんのダンスから感じた。

 

 そう伝えると、困惑気味の彼女を他所に、

 

「そう……気づいてしまったのね、葉隠君」

「Ms.アレクサンドラ? 気づいたとは?」

「あなたには、一つだけ足りないものがあるの」

 

 それは一体何だ? 教えて欲しい。

 

「いいでしょう。一流のダンサーには必要なものが三つある。私はそう考えているわ。その一つ目が“技術力”、だけどこれはあなたが言った通り、時間をかければ誰でもある程度は身につけられるの。その気になれば年齢も性別も関係ないわ。言わば最低条件ね。

 二つ目に“表現力”。楽しい曲は楽しさを、悲しい曲は悲しみを、曲や振り付けに込められた思いを表現する力ね。これはただ技術力で動きを真似るだけでは出せないわ。葉隠君はこの段階まで来てるのよ」

 

 技術力は運動能力と学習能力のゴリ押し。

 表現力はエリザベータさんとの演劇でも学んだおかげだろう。

 そうなると、残るは三つ目。俺に足りないものとは?

 

「それはね……」

「それは?」

 

 アレクサンドラさんはゆっくりと両腕を広げ、大きく円を描く。

 

「あなたに足りないもの、それは」

 

 お腹の前で手を合わせ、それを胸元まで持ち上げて……

 

「ハートよッ!」

 

 手でハートを作っていた……

 それは可愛いアイドルがやることじゃないだろうか……

 しかしオーラは極めて真面目な色だ。

 

「ハート、ですか」

「そう、ハート。ただしやる気の問題じゃないわ。練習に真剣なだけじゃダ・メ、ってこと。曲と振り付けの表現力は……乱暴に言ってしまえば、“誰かから与えられた思い”を表現する能力。それと同時に“自分自身”を表現できる、それが一流のダンサー」

「自分自身の表現……」

「あなたにとってダンスとは何なのかしら? ダンスを身につけて、そこからどうしたいのかしら? 自分のダンスを見てくれる人に、何を訴えたいのかしら? 一流のダンサーはその答えとなる何かを持っている。私はそう思うの。

 残念だけれど、今のあなたにはそれが無い……でもそれは仕方がないとも思うわ。だってあなたはまだダンスを始めて三日、それも番組の企画で課題として与えられただけなんだもの。思い入れがまだ弱いのよ」

 

 ダンスに対する思い入れ……確かに、俺には無いモノだ。

 

「技術を身につけよう。上手く踊れるようになろう。そういった練習に対する熱意は目を見張るくらいよ。そこは自信を持っていいわ。

 それにハートだって、最初から持ってなくたっていい。練習を積み重ねて、苦労しながら成長して、だんだんと思い入れを強くしていくのもぜんぜんアリよ」

 

 思い入れを強めるためには……無駄とは思うが、聞いてみる。

 

「……残念だけど、こればかりは私が教えられることではないわ。私が私の思いをいかに語って教えても、あなたにとっては所詮借り物よ。本当にその先を求めるのなら、自分で答えを見つけるしかないわ」

 

 俺にとってダンスとは何か?

 ダンスを身につけてどうしたいのか?

 ダンスを見てくれる人に、何を訴えたいか?

 

 その答えを見つけない限り、いつか成長の限界に達してしまう予感がする……

 状況を打開するには、答えを見つけるしかない。

 

「テレビ的に、そこまでは求められていないわよ? 技術だけでもしっかり身につけていれば、普通にスゴーイ! って言われる位にはなるわ」

 

 確かにそうかもしれない。

 しかし、それで納得できるかは別問題。

 俺は技術を身に着けたいからこの仕事を請けた。

 一番望んでいるのが格闘技であることは間違いない。

 けれど、それ以外でも適当に済ませたくはない。

 出来る限り、身につけられるものは身につけたい。

 

 率直な気持ちをぶつけると、アレクサンドラさんは自分の腕で自分の体を抱きしめた。

 

「ん~、エクセレントッ!! そういうことなら、思う存分探しなさい。あなたが逃げずにダンスと向き合う気があるのなら……その悩みはいつか必ずあなたの力になる。でもあと僅かな練習期間でどこまで核心に迫れるか。俄然楽しみになってきたわッ!」

 

 自分自身に足りないモノに気づき、真の課題を理解した!

 そしてMs.アレクサンドラが盛り上がっている!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 9月16日(火)

 

 朝

 

 ~男子寮~

 

「一言ずつ、相手に叩きつけるように言ってみたらどうだろう? まずは大声で怒鳴りつけるくらいでもいいと思う」

「やってみる……お前はー! 本当にー! 人の心をー! 失ってしまったのかー!」

「……声の出し方はそんな感じで。一区切りをもう少し長く、語尾は伸ばさず一気に」

「お前は本当に! 人の心を失ってしまったのか!」

「良い感じ! 次は“本当に”で少し溜めて、“失ってしまったのか”で爆発する感じで!」

「お前は本当にッ、人の心を失ってしまったのか!」

「最後は疑問形で」

「お前は本当にッ、人の心を失ってしまったのか!?」

 

 クラスメイトの自主練習に参加した!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午前

 

 ~教室~

 

「練習中ごめん!」

「衣装ができたから、役者の皆は着て確かめてー!」

「丈とか衣装の直しはすぐに言ってね!」

 

 完成した衣装のチェックを行った!

 俺は衣装が多いから時間がかかった……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼休み

 

「提出されていた内容と違うようだが、どういうことだ?」

「すみませ~ん! 1-Cです! なんか仕切り用のダンボールが足りないんですけど」

「え!? 申請された資材は全部配布したはずだよ!?」

「最初から足りなかったみたいです」

「どこかに間違えて多く行ったのかな……俺、確認行ってきます!」

 

 生徒会で仕事をした!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午後

 

「葉隠君いますかー」

「何用だ!」

「え? 何?」

「……ごめん、演劇の練習中で」

「葉隠くん、今、キャラが……ぷっ」

「完全に演技したままだったな」

「で、用件は?」

「あ、うん。新聞部で明日発行する新聞にアンケート結果を掲載する件だけど、こんな感じでいい? あと文化祭当日の号外について相談が」

 

 演技の練習に加え、新聞部との打ち合わせも行った!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~Be Blue V~

 

「ふぅ……」

「葉隠君、今日はだいぶお疲れね」

「オーナー。すいません。今日は色々とトラブルもあって」

 

 文化祭が近づいたせいで、小さなトラブルが頻発している……

 

「フフフ……演劇の指導者に生徒会役員、大変ね。そんなあなたにプレゼントよ」

「?」

 

 オーナーから、銀の指輪を二つ貰った。

 太陽と月をモチーフにしたデザイン。

 内側には、大部分が同じで、一部が異なるルーンが刻まれている。

 記述式とバインドルーンを組み合わせているようで、読み取りにくいが……

 

「効果は何かを増幅する?」

「よくできました。太陽の方が体力、月の方で魔力を増幅できるのよ。それぞれ“激活泉の指輪”、“激魔脈の指輪”といって、魔術補助用のアクセサリーなんだけど」

 

 !! HPとSPを20%上昇させるアイテムだ!

 たしか下位互換に“活泉の指輪”と“魔脈の指輪”があったはず。

 いきなりワンランク上のアクセサリー?

 

「例の銀粘土が届いたから、作ったのよ。やっぱり良いわ……おかげで楽に作れたの。これなら今までと同じ労力で、より効果的な品を作れるわ。これからもよろしくお願いするわね」

 

 “激活泉の指輪”と“激魔脈の指輪”を手に入れた!

 うまく使えば日常生活も探索も、少し楽になるかもしれない。



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203話 暗中模索

 夜

 

 ~ダンススタジオ~

 

「OKです! お疲れ様でしたー!」

『お疲れ様でした!』

 

 今日の練習が終わる。

 ダンスの技術に磨きをかけた。けれど、ハートについては何も掴めなかった……

 

 Ms.アレクサンドラと久慈川さんも協力してくれている。

 ダンスそのものを楽しめるよう、予定にないダンスや技術を披露してくれたり、色々と。

 焦っては逆効果だ。ひとまず飯でも食って気分を変えよう。

 

 撮影期間中は夕食にロケ弁が出る。

 毎日違うものが用意されているので楽しみだ。今日のロケ弁は何だろうか?

 

「お疲れ様です、プロデューサー」

「お疲れ様、葉隠君」

「今日のロケ弁は何ですか?」

「そのことなんだけど、注文してた業者でミスがあったみたいで……今日は“バレメシ”でお願い。これ代わりの食費ね」

 

 “バレメシ”

 ロケ弁などを用意するのではなく、各々が好きな所で好きなものを食べること。

 

 残念だけど、トラブルなら仕方がない。

 叔父さんの所にでも行くかな……

 

「せーんぱいっ」

「あ、お疲れ様です」

 

 久慈川さんと井上さんがやってきた。

 

「井上さんがね。よければ夕食を一緒に食べて帰らないかって」

「井上さんが?」

 

 久慈川さんじゃなくて彼の提案?

 

「ロケ弁が用意できなかったそうだから、どうかと思って。何か用事があったかい?」

 

 特に用事はない。

 せっかくなのでご一緒させていただくことにする。

 

「よかった。じゃあ私、着替えてくるね」

「俺も用意しておくよ」

 

 久慈川さんはメイク室へ向かい、俺はスタジオの隅にある休憩所へ。

 そこへは井上さんもついてきた。

 着替えると言った久慈川さんに着いていくわけにもいかないんだろう。

 

 ……そうだ、この機に聞いてみよう。

 

「井上さん、少しよろしいですか?」

「?」

 

 手帳を眺めていた井上さんが顔を上げる。

 

「何かな?」

 

 タクラプロとして、久慈川りせのマネージャーとして、俺はどういう風に見られているのだろうか?

 

「率直に言って、アイドルの近くに歳の近い男の影が見えるのはあまり良くないはずだと思ってます。だけど今日はこうして食事に誘っていただけたので」

「ああ……なるほどね」

 

 納得したようなそぶりを見せる井上さん。

 この際はっきり聞いておきたい。

 

「確かに異性との関係はアイドル生命に致命傷を与えることもあるから、恋愛は注意するし、控えてもらいたい。だけどりせの場合は学校が共学、そうでなくても共演者やスタッフさん。男性との関わりをゼロにすることは無理だからね。

 仕事上の付き合いの範疇なら問題ないし、プライベートでもある程度は黙認する。その辺りうちのプロダクションは柔軟なんだ。電話やメールでやり取りをしたり、撮影の合間や終わった後に会話する程度なら気にしなくて大丈夫さ」

 

 オーラの色は明るい。嘘じゃなさそうだ。

 

「君には感謝しているよ。文化祭ステージの話も、君が学園とりせを繋げてくれた。その後も学園側に随分と後押しをしてくれたみたいだし、その上テレビに出演する機会まで作って貰えた。どれもデビューから1ヶ月も経っていない新人アイドルには本来回ってこない話だ」

「個人的に応援はしていますが、意図してやったわけじゃないですよ」

 

 マジで、何がどう転ぶかわからないよな……

 

「それでも、君がきっかけであることに変わりはない。彼女にはそのきっかけが重要なんだ。きっかけさえあれば、彼女は必ず人気を得られる」

 

 情熱的な赤いオーラが前面に出てきた。

 心からそう信じているのだろう。

 

「……彼女には“光”がある?」

「!?」

 

 表情以上に、オーラが反応した。

 なるほど、この時点でその思いは既に持っているのか……

 

 続きは確か……

 

 “飲み込みの早さ、空気を読む力、時には強く、時には弱く見える繊細な笑顔。何より歳離れした演技力……”

 

「他の子がどんなに望んでも行けない高みへ行ける……ですか?」

「驚いたな……僕の勝手な考えだと思っていたんだけど……君も、そう思うのかい?」

「彼女に人気が出るのは時間の問題。そう確信しています。芸能界の事情は全くと言っていいほど知りませんけどね」

 

 井上さんはわずかに動揺しているようだ。

 これをどう受け取るか。

 今後俺の言葉を意識させる布石になれば儲けものだ。

 

 さて、そろそろ準備をしなければ。

 戻ってきた久慈川さんを待たせては悪い。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~定食屋・わかつ~

 

「いらっしゃい! 席はこっちに用意してます、ア」

 

 それ以上言わないで!

 

「っと、すんません。どうぞ」

 

 ふぅ……ジェスチャーが間に合った……

 

 騒ぎはだいぶ収まったけれど、いまだに俺に気づくと遠巻きに観察する人もいる。

 特に学校のアンケート回収中は変装もしないため、見られる機会がぐっと増える。

 

 今は夕飯時を過ぎているけど、まだ人のいる店内。食事は落ち着いて食べたい。

 

「大変だね、先輩。変装までして」

「何を他人事みたいに。久慈川さんだって遠からずこうなるぞ」

「お冷とメニューどうぞ」

「お勘定お願いー」

「少々お待ちを!」

 

 和田が呼ばれて去っていく。

 働いてる姿は初めて見たけど、結構ちゃんとしてるのな……

 

「ん~……メニュー多くて迷っちゃう……先輩のオススメは?」

「ガッツリ食べるならステーキ定食かとんかつ定食。ヘルシーさならDHA盛りだくさん定食かな。つかその三つしか食べたことない」

「あれ? そうなの? 高校生ってもっといろんな所で外食してるイメージあったけど」

「そういう人もいるだろうけど、俺は基本的に寮で出る食事で済ませるからね。外食で一番に思い浮かぶのは叔父さんのラーメン屋だし」

「そうなんだ。じゃあ……DHA盛りだくさん定食にしよっと。井上さんは?」

「僕はとんかつ定食にするよ」

 

 なら俺はどうするか?

 ダンスを練習したおかげで、だいぶ空腹感はある。

 ……体力回復のためにも、しっかり食べるか。

 

「注文お願いします」

「はい、どうぞっ」

「こちらの二人にDHA盛りだくさん定食ととんかつ定食。俺は前と同じで定食三つ。以上で」

「あざっす!」

 

 和田は元気よく店の奥へと入っていく……が、対面に座る二人が目を見開いている。

 

「先輩、定食三つも食べるの?」

 

 最近はだいぶ周知されたと思ったけど、この二人は初めてか。

 一般的に見て、かなり多くの食事ができることを伝えておく。

 

「葉隠君はフードファイト路線も行けるかもね」

「私としては、そんなに食べてその体型ってのが気になるなぁ……よく太らないね」

「なぜか太らないんだよ。江戸川先生にはもう少し太った方が健康に良いと言われてるけど、この前調べたらむしろ減ってたよ」

「……それだけ食べて逆に痩せるとか、なんかずるい」

「相応のトレーニングをしているからだよ」

 

 タルタロス探索というトレーニングを。

 

 ただ最近は少し深刻さが増している……

 

 サポートチームと顔合わせをした日の事。元から体脂肪率は低かったけど、キャロルさんの診察を受けて、体脂肪率が8%になっていることが発覚した。そのため今後は天田の健康管理も強化。定期的にデータを取り、比較してタルタロス探索の影響を調査することになっている。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「おいしい! それにほっとする味だね。おばあちゃんの家で食べてるみたい。でも豆腐だけは違うね」

「豆腐……久慈川さん、もしかしてなんだけど、そのおばあちゃん、八十稲羽市って街で豆腐屋さん開いてない?」

「えっ? 何で先輩、知ってるの?」

「俺の親戚もその町に住んでるんだよ。“愛家”っていう中華料理店、知らない?」

「愛家!? そこ知ってる、行ったこともあるよ。おばあちゃんが疲れてる時とか、外食はいつもそこだったもん。あそこ先輩の親戚のお店だったの?」

「うん。叔父さんも自分のラーメン屋を開くまで、そこで修行してたらしい。その関係でマルキューさんのお豆腐は美味しい、って聞いた事があって」

「親戚が同じ町にいる者同士が別の街で出会うなんて、すごい偶然もあったもんだね」

 

 二人と楽しく食事をした!!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 食後

 

「調子、どうっすか?」

 

 会計の前。

 機械のレシート用紙を入れ替えながら、和田がボソッと聞いてきた。

 

「壁にぶち当たってるところだよ」

「先輩がっすか?」

「新しいことをやってるわけだし、そういうことも当然あるって」

 

 そういえば、和田と新井はサッカー部をやめてパルクール同好会に入ってきたわけだけど、あの当時何を考えていたんだろうか? 聞いてみる。

 

「俺っすか? 俺は……とにかく何かしなきゃ、実行に移さないと何も変わらねえってか思ったからっすかね。あんま難しいこと考えるの得意じゃねーし。柳先生にもサッカーで悩んだら練習、とにかく行動しろって言われてたし。それが性に合ってるっつーか」

 

 なるほど。和田らしいといえば和田らしい。

 

「あ、そうだ。あと柳先生がそういう時は基本に立ち返れ、とかよく言ってたっすよ? だからさっきのと合わせて、基礎練の回数が増やされることがしょっちゅうで。俺の場合はそのうち解決してたっすね」

「そうか……」

「俺ら、応援してるっすから。頑張ってください!」

 

 和田に礼を言って、先に“わかつ”を後にした。

 

 ……

 

「ごちそうさまでした、井上さん」

「おあいこだよ。良いお店を紹介してもらったし、それに君がいてくれたおかげで経費で落とせるからね」

 

 どうやら井上さん、今回の食事は俺との打ち合わせで仕事上の付き合い、ということで経費として処理する腹積もりらしい。それもあって俺を呼んだのか……なかなか強かな人かもしれない。

 

「あー、美味しかったー」

「今度はうちの叔父さんのラーメンも食べてみてくれ。きっと気に入るよ」

「ラーメンかー……」

「あれ? ラーメン苦手?」

 

 確か“はがくれ”に通ってた、って話があったはずなのに……

 

「ラーメンは好きだけど、女の子一人だと入りにくくて。あんまり入ったことないの」

「ならまたいつか案内するよ。井上さんも一緒なら問題ないらしいし」

「そうだね。また次回のお楽しみにしよう」

 

 歩きながら話していると、コインパーキングにたどり着く。

 井上さんと久慈川さんはここから車らしい。

 

「俺はモノレールなので。お疲れ様でした」

「お疲れ様」

「また明日ね、先輩」

 

 二人と別れ、暗い夜道をのんびりと歩く。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~巌戸台駅~

 

『発車いたします。駆け込み乗車はおやめください』

 

 動き始めたモノレール。

 都会では星があまり見えないけれど、今日は特に雲が厚いらしい。

 程なくして車体が海の上に出ると、ほぼ黒一色の景色が窓の外を流れている。

 

 “暗中模索”

 

 そんな言葉が浮かんでくる。

 

 ダンス、そしてハート……

 

 自分にとってダンスとは何か?

 ダンスとは……ダンスである。

 現状、それ以上でもそれ以下でもない。

 哲学的な意味があるわけでもない。

 

 ……それだけだ。

 比べるものではないかもしれない。

 けれど久慈川さんのダンスを思い返すと、その度に比べ物にならない熱意の差を痛感する。

 あの領域には、義務感だけでは遠く及ばない……

 

 ……? ……

 

『次は~、辰巳ポートアイランド~。辰巳ポートアイランド~』

 

 気づけば駅が目前。

 悩んだものの、答えは出ない。

 ただ……ごく僅かに、頭の中に引っかかる感覚を覚えた。



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204話 原点

 ~地下闘技場~

 

 いつ来てもここには熱気と騒音が満ち溢れている。

 

「おっ! ヒソカだ!」

「今日は遅いな」

「あの野郎、またきやがったか」

「こんどこそ潰してやる」

「あれ、あいつらこの間負けたばかりじゃないか?」

「ヒソカはここじゃ珍しく、敗者に余計な攻撃しない奴だからな」

「やられた相手の復帰が早いのさ。だからすぐにリベンジする」

「そんで返り討ちにされるのがお決まりのパターンだよな」

 

 見慣れた人混みに近づくと、気づいた男達が道を空ける。

 うわさ話も聞こえてくるが、もう聞き慣れたものだ。

 挑発的な独り言を聞こえるように言ってくる連中もいるけれど、気にならない。

 

「参加登録お願いします。相手は誰でも構わないので」

「かしこまりました」

 

 もう常連として受付で名前を聞かれることもなくなった。

 速やかに参加登録が進んでいる。

 

「オウオウオウ!」

「ちょっと待てコラァ!」

「試合やるなら俺らが相手になるぞテメェ!」

「俊哉さんのカタキ討ちだ!」

「ということですが、いかがなさいますか」

「受けます」

「ではそちらの方々もこちらにご記入ください」

「ウッス……」

 

 ……幅を利かせてる不良集団のメンバーでも、従業員には逆らわないんだよな……

 ここで揉め事を起こすと面倒になるらしいが、ここを仕切ってるのってヤクザか何かかな?

 まあ、普通に試合するぶんには別に構わないんだろう。

 利用できるものは利用しておく。

 

 ……

 

「今日こそ決着つけてやる!」

 

 試合の準備が整った。

 相手は前回倒した不良の仲間。

 なかなか体格のいい男で、鼻息荒く腕まくりをしている。

 

 そんな男と向かい合い、カポエイラの基本ステップを踏む。

 

「おっ、始まったぞ」

「あれ何なんだ? 煽ってんの?」

「この前調べてみた。カポエイラって格闘技の基本らしいぞ」

「なんか珍しくね?」

「殴り合いの合間には結構出てくるけど、最初からやってるのは確かに……」

 

 今日はカポエイラ限定。

 それが己に課したルール。

 

 これで答えが見つかる確証はない。

 けど他に手がかりも思い浮かばない。

 とにかく戦う。

 

「試合開始!!!」

 

 レフェリーの宣言と共に飛び出してくる男。

 対する俺は一歩踏み出し、腰を大きく捻る勢いを殺さずに左足で大きく弧を描く。

 

「っ! 野郎!」

「……っと」

 

 余計なことを考えていたせいか、ガードされた上に反撃を許してしまう。

 

「今日のヒソカ、何かおかしくないか?」

「言われてみれば」

「動きが鈍いって言うか、でも手抜きって感じでもないしなぁ」

「体調でも悪いのか? ならチャンスじゃね?」

「ガンガン押していけ!!」

「やれー!!」

「がっ!?」

 

 顎を蹴り上げる。これでまず一人。

 

「あ~! 負けやがった……」

「でも最近の試合だと大分粘った方だぞ」

 

  気絶した男が運び出された代わりに、次の挑戦者がリングに上がってくる。

 

 さらに第2試合、第3試合と試合を続けていく……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 9月17日(水)

 

 夜

 

 ~ダンススタジオ~

 

 体を揺さぶられて、意識が覚醒する。

 

「葉隠君」

「あ……プロデューサー」

 

 撮影まで待機していたつもりが、眠ってしまったようだ。

 

「すみません。撮影始まりますか?」

「いや、久慈川さんとMs.アレクサンドラも来たから軽く段取りの確認をと思って。撮影はまだだけど、大丈夫かい?」

「先輩、なんだかすごく疲れてない?」

「どうしちゃったの? これまでで一番調子悪そうよ」

「大丈夫ですよ。昨日ちょっと眠れなかったのと、少し文化祭準備の方が忙しくて」

 

 試合の疲れに文化祭の準備も重なり、疲労を溜めてしまった……不覚。

 

「葉隠君のクラスは演劇だったわよね? そっちでも舞台に上がるんでしょう? 台本持ってたし」

「えっ、そうなんですか? じゃあ生徒会のお仕事と一緒に演技の練習もしてるんだ。大変そう」

「生徒会のお仕事? あなたそんなのもやってるの?」

 

 久慈川さんとMs.アレクサンドラ。どちらも知らないことがあったようだ。

 

「ええ、どっちもやってます」

「具体的にどんな事をしてるんだい?」

「ええと……まず生徒会では実行委員や各委員会から回ってきた報告書や資料のまとめと、会議に使う資料作成。ただもう本番が近いのでその仕事は少なめで、もっぱら発生する問題への対処。調整や連絡役ですね。その関係で雑務が多くなってきました。

 クラスではMs.アレクサンドラが仰った通り演劇が出し物で、役者として演技練習。それから短い期間ですが、演劇を習ったことがあるので演技の指導役も兼任してます。

 その他には新聞部と連携して情報発信をしたり、他所のクラスから協力を求められたり、あとは……」

「まだ続くの!?」

「ええ……とにかく生徒会役員なので通りすがりに相談を持ちかけられる事が多いです。それと俺は寮生活なので、クラスメイトもいるから帰ったら一緒に練習。それが済んでから書類仕事を少しやる日もありますし、生徒会への相談が来ることも。それが終わると……日課のトレーニングを少々やってから寝る感じですね」

「先輩、忙しすぎ!」

「うん……話しながら自覚した」

 

 ただ忙しさの原因も俺なんだよな……

 

 それに特殊能力のある俺はまだマシなほうだ。

 他の生徒会役員の方々は能力なしで同じ仕事をこなしている。

 地力があるというか、あの人ら有能すぎる……そりゃ教師も頼りにするわ。

 

「とりあえず風邪とか病気はしてませんし、今夜回復に努めれば解消できますよ」

「そうかい? まぁ、無理はしないでおくれよ?」

 

 心配されながら、本番前の確認を行った!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 練習中

 

 皆さん配慮してくださったようで、今日の練習は気持ち軽め。

 さらによく見ることも勉強と、久慈川さんのダンスを見学する機会を与えられた。

 そうして彼女のダンスを観察していると、少し気になる部分を発見。

 

「もしかして久慈川さん、ターンが苦手?」

「そう見えちゃう?」

「なんとなく」

「特別にターンが苦手ってわけじゃないんだけど、そのあたりでミスが多かったの。今はもう治ったと思ってたけど」

「……いや、ダンス自体は問題なかったと思うよ」

 

 相変わらずかわいらしく、素晴らしさを感じさせるダンスだ。

 けれど、踊っている最中のオーラが特定の部分に差し掛かると急に色褪せる。

 表情は変わらぬ笑顔のまま、緊張の色に。

 

 そんな雰囲気を感じたということにして伝えてみると、

 

「確かに少し力が入っちゃうかも。先輩そういうとこ鋭いよね」

「全体的にリラックスして楽しそうに踊っているのを感じていたから、余計に目立つんだよ」

「そういうことなら……そこを重点的に練習して苦手意識を克服するのもいいわね」

「わかりました!」

 

 そして練習が再開された。

 問題の箇所に的を絞り、何度も何度も踊っている姿。

 

 じっくり見ていると、アドバイスが反応した。

 久慈川さんの体勢。次の動き。要する時間。曲のリズム。

 総合的に改善点とその方法の分析。

 

「久慈川さん」

 

 後ろで見ていて気がついたことを伝えてみる。

 

「直前の重心が後ろに偏ってるせいかも」

「重心?」

「ターンの前に右手を高く上げる振り付けがあるでしょ? あの時に力が入りすぎなのか、顔も上向いて重心が後ろよりになってると思う。それを急いで戻してから(・・・・・)ターンしてるみたいに見えた」

 

 戻す所で0.5テンポくらいのズレも発生し、ターンの直後にまた急いでズレを修正していることが確認された。だからその原因となるターン前の振り付けに注意してはどうだろうか?

 

「わかった。注意してやってみる。もう1回お願いします!」

「は~い、いくわよ~1、2、3、4」

 

 直前まで巻き戻された音楽が流れる。

 

 そして彼女は右手を上げて……華麗なターンを決めた!!

 

「エクセレ~ント! 今の、いい感じだったわよ」

「自分でもなんていうか、こう……自然に動けた気がします!」

「これは、うかうかしてると私のお株が取られちゃいそうね」

「そんなつもりはないですが、動きに関する問題発見と分析なら得意分野ですからね。重心やリズムは格闘技でも大切です、し……」

 

 格闘技でも大切。その通りだ。

 俺がダンスの技術を調子よく習得できているのも、格闘技で体の動かし方を知っているから。

 無意識に格闘技の技術と知識をダンスに応用している?

 だったら逆に、ダンスの技術を格闘技に応用できる部分もあるのではないだろうか?

 そしてそれは、ダンスへの強い思いにならないだろうか!

 

「すみません、俺も練習させてください!」

「先輩、どうしたの急に?」

「フフッ、あなたも何かを掴めたのかしら? いいわよ。やりたいようにやっておしまい!」

「はい!」

 

 湧き上がる意欲に身をゆだね、ダンスの練習を行った!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス・11F~

 

「1、2……3!」

「ガヒィ!?」

 

 相手の攻撃のリズムを把握し、それを掻い潜り、爪を突き立てる。

 “狂愛のクピド”は今まさに番えていた弓矢を取り落とし、煙のように姿を消した。

 

「ふぅ……」

「大丈夫ですか? 先輩」

「おかげでだいぶ回復できたよ。天田も戦いたいだろうに、シャドウを譲ってもらって悪いな」

「別に全然戦えてないわけじゃないですし、構いませんよ。と言うか、あんだけ疲れた感じだったのに、シャドウで回復できるんですね」

「吸血とか吸魔で奪ってるのはエネルギーそのものだからな。吸ってると体は少し楽になるし、何よりダンスの効果も試してみたい」

「格闘技への応用、本当にできるんですか?」

「リズム感はカウンターに使える。その他にも使えそうな技術はあるけど、まだ実験と訓練の段階だな……あ、あっちに階段があるみたいだから、その前でちょっと試合でもしてみようか」

 

 天田とタルタロスを探索した!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 9月18日(木)

 

 午前

 

 ~教室~

 

「はーい! そこまで! 良い感じになってきたね!」

「この調子なら間に合いそう」

「一時はどうなることかと思ったけどなあ」

「案外できるもんだな」

 

 演劇がかろうじて形になりつつある。

 後は油断せず、台詞の“間”や演技の相手との連携など、細部を詰めて……

 

「葉隠ー! 大変だ!!」

「どうした!?」

 

 教室に駆け込んできたのは、大道具担当の児島。

 

「講堂に書き割り(背景の絵)を搬入してたはずじゃ」

「その書き割りが大変なんだよ!」

 

 とにかく落ち着かせて話を聞いてみる。

 すると……

 

『書き割りが壊れた!?』

「そうなんだ。同じタイミングで放送部員が機材を搬入しててさ、絵を支える足に機材をぶつけられて、倒れた拍子に二枚。今そのことで放送部員と揉めてる。悪いけど仲裁に入ってくれ!」

「わかった、行こう!」

 

 トラブルに対応すべく活動した!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午後

 

 ~生徒会室~

 

「以上が事の成り行きです」

「やはり、至る所で問題が起き始めているな……」

「引き続き対応よろしくね、みんな」

 

 生徒会役員としての仕事をした!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~ダンススタジオ~

 

 読書しながら撮影開始を待っていると、久慈川さんがマイクを片手に、カメラマンさんを引き連れてきた。

 

「おはようございます! 葉隠先輩」

「おはようございます……何これ?」

「先輩のオフショットを撮ってくるように、プロデューサーさんから頼まれました! リポーターの久慈川りせです!」

「オフショットって、あれのこと? カメラの回ってない裏の映像、的な」

「そうですよー」

「役割間違えてない?」

 

 久慈川さんが撮られる側じゃなくて?

 撮るにしたって、地味な素人男より美少女新人アイドルの方がよっぽど面白いだろうに。

 

「間違ってないでーす。ちゃんとプロデューサーさんの指示があるもん。ということで、葉隠先輩に色々聞いちゃいます! まずは~、何をしてましたか?」

 

 久慈川さんは俺の手元を見て問いかけた。

 

「これ? これはクラスの出し物でやる演劇の台本の、元になった小説。役作りのために頼んでたのが届いてさ」

「へぇ~! どんな役なの?」

 

 台本の内容と役について説明する。

 

「なるほど! っていうか、先輩主役だったの!?」

「演劇経験者が他に誰もいなくてね……オーディションやったら決まっちゃった」

「確か他のクラスメイトに指導もしてるんだよね? 練習大丈夫?」

「寮生活だから夜遅くまで男子だけなら集まれるし、なんとか」

 

 そうだ、せっかくだし、練習に付き合ってもらえないだろうか?

 

「私が?」

「そう。台本は荷物の中にあるから、読み合わせだけでも手伝ってもらえると助かる」

「しょうがないなぁ……上手くできるかわからないけど、いいよ」

「ありがとう! じゃあ早速」

 

 久慈川さんに台本を渡し、読んでもらう間に俺も小説を読む。

 そして主人公のキャラクターを自分の中に作り上げていく。

 ベースは台本、所々で小説を参考に。

 

 朴訥な青年は貴族社会に馴染めず困惑し、

 やがて傲慢な領主となり、

 その座を奪われた恨みに狂い、

 復讐者となり復讐を達するも、行き着く先は目的の喪失。

 虚無感に流されるまま浮浪者となり、

 死の間際に人の温かさに触れ、

 最後に生まれ故郷を想いながら死に至る。

 

 ……辛く、苦しく、考えたくない。

 そう感じてしまうほどに感情を近づける。

 そこから生まれる思考も混ぜ合わせ、主人公の人物像を心の内で想像し、組み立てていく。

 

 舞台上で一から作り上げていては間に合わない。

 エリザベータさんのように変幻自在であることが理想だが、俺はまだその領域に届かない。

 ならば事前に作っておけばいい。

 

 演技用の人物像がガッチリ固まった!

 

「……久慈川さん、どんな感じ?」

「う、うん。一応、一通り台本に目を通したけど……先輩、大丈夫? 疲れてるんじゃない?」

「……気にしないでくれ。演技のために必要なことだから」

 

 人物像を固める作業で少々引かれてしまったようだ……

 ちゃんと理由があってのことだと、実践の中で理解してもらいたい。

 

「じゃあ最初から始めようか」

 

 久慈川さんと演劇の練習をした!



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205話 緊急出動

 深夜

 

 ~自室~

 

 部屋で体を休めていると、携帯が鳴った。

 

「? 通話じゃなくてアプリ? なんだろう……」

 

 ――グループ名:影虎問題対策委員会――

 

 宮本 “影虎、起きてるか? もし起きてたら生徒会の人も。夜遅くにすみませんけど”

 会長 “起きてるよーん”

 副会長“同じく”

 桐条 “私も起きている”

 

 先輩方からの書き込みもあった。そのせいか宮本がいつもより丁寧だ。

 

 影虎 “どうかしたのか?”

 宮本 “ちょっと確認。なんですけど、文化祭準備のための泊まり込みは禁止でしたよね?”

 桐条 “その通りだが”

 宮本 “……今、部屋の前で学校に忍び込むとか話してた生徒がいたんで”

 桐条 “なんだと!?”

 会長 “えー、それちょっとまずいなぁ……”

 副会長“どこの誰かわかるか?”

 宮本 “そこまではわかんねぇっす。扉越しで着替えてたんで”

 影虎 “それ、忍び込もうって相談してるだけ? いつ?”

 宮本 “もう行動に移してるっぽかった。12時近くなると警備員も帰るとか、他のグループはもう向かってるとか何とか。誰かが怖気付いてるのを何とかしようとしてる、みたいな言い合いだったからな”

 

 まずい……時計はもうとっくに11時を回っている。12時もそう遠くない。ここから学校へ行くなら、徒歩だと微妙なところだ。もしその生徒たちが学校に侵入成功していたら……

 

 影虎 “桐条先輩、どうしますか?”

 桐条 “学校の警備に連絡する。それしかない。今我々が動けることはないだろう。点呼をとろうにももう夜遅い”

 副会長“その代わり、明日は全校生徒に厳重注意だな”

 会長 “宮本くん、連絡ありがとね。後はこっちで対応するよ”

 

 話はそういうことでまとまったが……問題はその生徒の安否。

 

 アプリを閉じて、電話をかける。

 

『はい、もしもし』

「天田、アプリ見たか?」

『見ました、男子寮の生徒が、学校に忍び込もうとしてるみたいですね』

「そうなんだ。悪いけど、今日の探索は中止にする。今回の件は桐条先輩の耳にも入ってる。もしかしたら真田を連れて様子見に来るかもしれないからな。まだ天田のことは知られたくない」

『わかりました。先輩は?』

「俺は万が一に備えて、様子を見に行くよ。杞憂ならいいんだけどな……」

『気をつけてくださいね』

「ああ、終わったらまた連絡する」

 

 天田との連絡を終えて、探索の準備に取り掛かる。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間5分前

 

 ~校門前~

 

「おい、急げよ」

「待ってくれよ、今のぼ、うわっ!?」

「あぶなっ! 気をつけろよ」

「お前らもっと静かにやれよ。人がきたらどうすんだよ」

 

 校門を乗り越えようとしている男子生徒4人を確認。

 何とか止めなければ……!

 

 ドッペルゲンガーで姿を偽る。

 いつか姿を借りた中年男性の姿に。

 服装は以前、黒澤巡査から職質を受けた時の記憶を頼りに警察官に。

 

「君たち、そこで何をしているんだ!」

『ッ!?』

 

 作り上げた野太い声で、背後から怒鳴りつける。

 

「い、いつの間に!?」

「おい、ちゃんと見張ってろよ!」

「警備員じゃなくて警察!?」

「君たち、そこで何をしているのかね」

「お、俺らはその……」

「通報を受けてきた。学校に無断で侵入しようとしている生徒がいるとね。君達の事か」

 

 もう時間がない。逃げるならそれはそれでよし、有無を言わさぬ圧力をかける。

 ただし、

 

「学校に入り込もうとしているのは君達だけか」

「そ、そうです!」

「え? 僕ら以外にも……」

「バカ!」

「まだ誰かいるようだね?」

「いや、そんなことは」

「嘘をつくな!!」

『ヒィッ!?』

 

 こんなに恫喝するような過激な捜査は違法になるかもしれない。

 けれども俺は警察官ではないので、知ったこっちゃない。

 

「通報を受けたと言っているだろう? 見え透いた嘘を言うな! 見苦しいッ!」

『すみません!』

「本当のことを話しなさい」

「えっと、僕ら、目立たないようにすこしずつ分かれて寮を脱出したんです」

「俺たちが最後らしくて、先に二組、8人が先に来てるはず……」

「あ、でも女子寮からも二組来るって話です! そっちは6人」

「つまり、14人? もう中にいるのか?」

「ど、どうだろう?」

「何?」

「ヒィ! すんません!」

「僕ら女子とは連絡とってなくて! 本当に知らないんです!」

「でも男子で先に出た二組からは、侵入成功の連絡が来てましたッ!」

 

 最低8人。影時間まであと2分。力づくでも回収しきれない。

 

 ……クソッ! とりあえず、この4人が巻き込まれるのは確実に防ぐ。

 

「……分かった。君たちは帰りなさい」

「えっ! いいんですか……?」

「補導されて親を呼ばれたいか?」

「いえっ!」

「ありがとうございます!」

 

 ぺこぺこと頭を下げながら離れていく四人。

 もう一回、ダメ押ししておくか。

 

 ドッペルゲンガーを変色させ、膝から先を背景に溶け込ませる。

 すると一人が変化に気づき、その顔からサッと血の気が引いた。

 

「お、おい」

「なんだよ。さっさと行こうぜ」

「あ、あの人、足が」

「足? それが……」

 

『……』

 

 全員が気づいたところで、さらに全身を消す。

 

「うわぁああああ!?」

「オバケェエええええ!!!」

「見た! 見ちまったぁ!?」

「た、たす、おいてくなよぉ!?」

 

 よし。これで彼らはもう戻ってこないだろう。

 

 逃げ出した彼らの背中を眺めながらそう考えたところで、世界が塗り変わる。

 

「後は巻き込まれた生徒の捜索……俺が行ける階層にいてくれよ……」

 

 願いながら、今日もタルタロスへ踏み込んだ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~タルタロス・2F~

 

「ギヒィッ!?」

「まず一匹……」

 

 消えていくマーヤから吸い上げたMAGを用いて、新たなシャドウを召喚する。

 

 今日の目的は迷い込んだ生徒の救出。

 その為にはまず生徒を発見しなくてはならない。

 まず必要となるのは、探索能力だ。

 

「召喚!」

 

 MAGとエネルギーが人型を成す。

 俺の忍者スタイルに合わせて忍者姿をと思ったが、姿はあまり重要でもない。

 それだけ集中していなかったからか、コナンの犯人のような全身黒タイツになった。

 ただし目元には仮面がついている。

 そのせいで“Fate/zero”の“アサシン”のように見えなくもない。

 忍者要素は腰の小太刀のみだ。

 

「まぁいいや……能力は使えるな?」

 

 人型のシャドウは無言で頷き、その姿を消した。

 隠蔽と保護色のスキルを与えた、偵察用シャドウ。

 周辺把握では捉えられるが、姿は完全に消えている。

 能力に問題はないようだ。

 

「よし。ついて来い」

 

 少し歩いてT字路に。

 

「俺はこっちに行く。戦闘は避けて、そっちを探してくれ。人を見つけたら接触せずにこの場に戻れ。後で案内してもらう」

 

 シャドウは再び頷いて、左に駆けていく。

 ゲームで言うところの“散開”。

 

 必要なのはスピード。

 時間をかければかけるだけ、タルタロスに慣れていない生徒は体力を消耗する。

 シャドウに襲われる危険も高まる。

 そして刈り取る者が出現する可能性も高まる。

 時間をかけて良い事は何もない。

 

「ギャウァ!?」

「もう一匹、召喚!」

 

 可能な限り、効率的に。

 使えるシャドウを増やしながら、生存者の捜索を続ける。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 一時間後

 

 ~タルタロス・15F~

 

 次の階はもう行き止まり。

 捜索するならここが最後の階になる。

 

 ここまでで保護できた生徒は男子6人、女子4人。

 どうやら校門前で聞き出した生徒は全員侵入していたようだ。

 残る男子2人、女子2人を足すと、計14人でピッタリ計算が合う。

 

『偵察部隊、散開』

 

 合図と共に、8体の偵察用シャドウが周囲へ散る。

 さらに後ろには保護した生徒を背負う10体の搬送&回復用シャドウ。

 その周囲には戦闘用シャドウを12体、護衛として配備した。

 

 そのために犠牲にしたシャドウは三倍以上。

 エネルギーの問題で、ここまで多数のシャドウを一度に召喚したことはない。

 そのため若干不安もあったが、召喚したシャドウは制御できている。

 少なくとも勝手に暴れ出すことはない。

 命令しないと援護もしてくれないけれど。

 

 散開、集合、警戒、待機、戦え、逃げろ、ついて来い。

 全体を一度に操るには、単純な命令が最も効率が良かった。

 数が多いので、それぞれに細かい指示を出そうとすると時間がかかってしまう。

 いつかボンズさんに指揮について相談してみるといいかもしれない。

 

 ……偵察用シャドウが2体戻ってきた。発見したようだ。

 

『案内を頼む。他はついて来い』

 

 偵察用シャドウに導かれ進む。

 道中に見かけるシャドウを狩り、搬送&回復用シャドウを増員。

 既に周辺把握でも捉えた。

 

「うう……」

『お疲れ様』

 

 倒れていた女子生徒と、その傍らに立つ偵察用シャドウ。

 女子生徒は増員したばかりのシャドウに背負わせ、直ちに回復魔法で負担を軽減。

 そばで待機していたシャドウにはねぎらいの念を送っておく。

 しかしまだ生存者はいる。

 

 もう1体の偵察用シャドウの案内で、さらにもう1人。今度は男子を保護。

 さらに元の場所に戻ってみれば、また別の偵察用シャドウが帰還していた。

 

「今度は2人同時か!」

 

 これでこの階での救助者は4人! 合計で14人!!

 侵入した生徒を全員救助できた!!!

 

「よかった……」

 

 全員探索できる範囲内にいてくれて……

 

 いや、もしかして探索できる範囲にしか遭難者はいないのかな?

 ゲーム的に言えば、行けない階層に遭難者を配置しても無意味だし。

 リアルに考えると、探索者を阻む行き止まりが遭難者も阻む、とか?

 

 ……今考えなくてもいいな。とにかく救助はできた。とっとと脱出しよう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~タルタロス前~

 

 一度16Fまで上り、転移装置でエントランスに帰還。

 そのまま無事に脱出できたところで、救助した生徒を一箇所に集める。

 

『全員集合!』

 

 整列する34体の人型シャドウ。改めて見ると壮観だ。

 

 しかし……こいつらこの後、どうしよう?

 前にマーヤを脅して従えたときは解放したけど、こいつらはタルタロスのシャドウじゃない。

 タルタロスにリリースして大丈夫かな?

 生態系を壊す外来種みたいなことにならないだろうか?

 でもタルタロスに置いておいたら何か変化があるのか? 興味もある。

 

 ……悠長に考えている暇はなさそうだ。バイクの音が聞こえてくる。

 

『偵察部隊はスキルで隠れ、適当な物陰に潜め! 戦闘部隊と回復部隊はタルタロス2Fで待機!』

 

 指示を受けたシャドウたちは、すぐさま行動に移っている。

 これならなんとか避難が間に合うだろう。

 救助者はここに置いておけば先輩がどうにかするだろうし、俺も面倒にならないうちに……

 

 姿を消して、こっそりその場を後にした。




夜の学校に大勢の生徒が侵入した!
生徒達はタルタロスに迷い込んだ!
影虎はシャドウを大量に召還した!
影虎は迷い込んだ生徒を救助した!
桐条美鶴が様子を見にやってきた!
影虎は召喚したシャドウを隠した!


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206話 翌日の反応

 9月19日(金)

 

 朝

 

 ~講堂~

 

「このような連絡をしなければならないのが非常に残念だ」

 

 臨時の朝礼。

 昨夜校内への無断侵入と泊まり込み未遂があった、と全校生徒に伝えられた。

 

「文化祭はもう明日に控えている。今回は幸い大きな問題なく事が収められたが、ヘタをすれば文化祭そのものが中止になっていた可能性もあり得る。自分の担当する出し物をより良いものにしようと思うのは結構なことだ。しかし節度と規律を守ることも忘れないでもらいたい。私からは以上だ」

 

 険しい表情の桐条先輩からの言葉は、大勢の生徒の心に刺さったようだ。

 

 昨夜の活動の疲れが完全に抜けていない。

 もう何事もないことを切に願う。

 

「ねぇ、聞いた?」

「聞いた聞いた、怖いよね」

「なに? 何の話?」

「学校に忍び込もうとした人たちの話。見つかった時、校門前に並んで眠ってたんだってよ」

「お化けを見たとか言って、錯乱してた男子もいたんだって」

「何それ……お酒とか飲んでたの?」

「違うみたいだけど、疑われてたらしいよ。病院まで連れてかれたって。なにもなかったらしいけど」

「下手したらマジ文化祭終わってたかもね」

 

 ……噂話に興じる女子を見て、不安になった……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午前

 

 ~講堂~

 

「今の感じ! 今までで一番良かった! 今の感覚を忘れないで! もう一度!」

 

 衣装着用の上、ステージを利用しての練習が行われた!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午後

 

 ~生徒会室~

 

「コーヒー飲むけど、いる人ー?」

 

 会長の呼びかけに、続々と手が上がる。

 

「はい、おまちどうさま。こっち武将に渡して」

「ありがとうございます。副会長、どうぞ」

「いいタイミングだ」

「美鶴のはこれね」

「ありがとうございます、会長」

「いいって、皆には頑張ってもらってるし。ようやく落ち着いてきたしね」

 

 確かに。

 

「忙しいことは忙しいが、要望や問題の数は減ってきたからな」

「計画性のなさそうなクラスは事前に注意しましたからね」

「でもゼロにはならないんだよねー」

「ちょっとした事なのが救いですよ」

 

 久住先輩と久保田先輩がコーヒーをすすりながらぼやく。

 そういえば、結局昨日はどうなったのだろうか?

 流れに乗って、聞いてみる。

 

「幽霊が出たとか、変な噂もありましたけど」

「一体どこからそういう情報は漏れるのだろうな……幽霊は別として、噂は概ね事実の通りだ。学校への侵入を画策した生徒は全員校門前で発見・保護された。そしてそのうち14人は校門前で眠っていた」

 

 その点については、

 

 “学校への侵入を試みたものの、予定していた手段が使えず失敗。どうにか侵入する方法を探して付近をうろついていると、疲れて眠り込む生徒が出てしまった”

 

 ということになっているそうだ。

 

 迷い込んだ生徒は少し疲れを感じる程度で済んだらしく、今朝も無事に登校していた。

 入院する必要もなく済んだのは、回復用シャドウでしっかり治療をしたからだろうか?

 

「んー……確かに夜遅いし、連日の疲れもあるだろうけど……」

「少しばかり苦しい言い訳じゃないか?」

「当事者の証言なので、私に言われても……」

 

 桐条先輩は若干厳しい表情で、それ以上語らなかった。

 オーラも神経質そう。かなり意識していることは間違いないだろう。

 真田の方はどうか……今聞くのはやめておこう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~部室~

 

 プチソウルトマトとカエレルダイコンが収穫可能になっている!

 

「今回も良い感じだな……おっ」

 

 収穫した作物を厨房へ持っていくと、江戸川先生とE組の生徒が料理の練習をしていた。

 

「ヒッヒッヒ、皆さんだいぶ慣れてきましたねぇ」

「毎日練習してますからね!」

「これならちゃんとしたお料理をお客様に提供できそう……」

 

 木村さんと山岸さんは満足そうだ。

 

「あっ、葉隠君。よかったら食べていく?」

 

 練習用のカレーとカレーパンを頂いた!!

 体力がそこそこ回復した!!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~ダンススタジオ~

 

「今日はこのメンズと一緒に練習するわよ」

「よろしくお願いします!」

 

 練習最終日にして、6人の男性ダンサーを紹介された。

 明日の本番では俺のバックダンサーとして踊っていただけるそうだ。

 

「フォーメーションは心配しなくていいわ。練習したダンスの動きを覚えていれば、細部は今日だけでも十分あわせられるからね」

 

 途中左右の男性の立ち位置が入れ替わったりもするけれど、俺は中心で踊るのであまり影響はないようだ。というよりも、そうなるように考えて振り付けされていたんだろう。

 

 立ち位置を中心に。ダンサーの方々とぶつからないように。

 気をつけるべき点として、最初に伝えられたのはそれだけだ。

 

「習うより慣れよ! 早速練習を始めましょう」

 

 練習が始まるが、今日も特には問題ない。

 

 一緒に踊る人数が増えたと言っても、自分のダンスが変わるわけではない。それにペルソナを発動していれば、周辺把握や距離感といったスキルのおかげで、周りの人の位置や動きは目で見るよりも詳しく分かる。だからぶつかる心配もなく、動きを合わせることにも大いに役立った。

 

 さらに多くのプロダンサーの動きを参考にできる。

 そして自分の動きがさらに磨かれていくのを感じる!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 練習後

 

「というわけで、これで既定の七日間が終わりました!」

「今日までの練習……最初から最後まで、本当によく頑張ったわね。覚えが良くて、先生としては教えていて面白くもあり、物足りなくもあり。不思議な感覚ね。ただひとつ言えることは、楽しかった! まだまだ教え足りないくらいよッ!」

「俺も楽しかったです。日に日に技術が身についてくる喜び、そして単純に体を動かすだけではない奥深さ。これまで格闘技一辺倒だった生活ではできない経験でした」

「フフッ、それじゃあその経験。練習の成果。明日は全部まとめてズコンと発表しなさいよ!」

「全力で、踊らせて頂きます!」

 

 俺の宣言から2秒後、

 

「カット!」

 

 と、このスタジオでの、最後の撮影が終わった。

 周囲からの応援の言葉にお礼をしていると、

 

「チェックOKです! お疲れ様でした!」

『お疲れ様でした!』

 

 撮り直しは必要ないようだ。

 

 ……残すところは明日の本番のみ。

 つまり文化祭の当日で、演劇の本番でもある。

 いよいよ大詰め、そしてここしばらくの忙しさが明日で終わる。

 

 ……今更バタバタしても仕方がない、腹ごしらえでもして帰ろう。

 

 帰り支度を整えて、夜の商店街へ足を向ける。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~鍋島ラーメン・はがくれ~

 

「いらっしゃい! カウンターどうぞ!」

 

 おじさんの威勢のいい声で案内される。

 

 あれ?

 

「荒垣先輩。真田先輩も。こんばんは」

「「……誰だ?」」

 

 前にもこんなことあった気がする……

 まぁ今回は俺が変装してるせいだろうけど。

 

「俺ですよ」

 

 少しだけ変装を解いてみせると、やはり勘のいい荒垣先輩が先に気づいた。

 

「葉隠か」

「何? 良く見れば確かに……なんだその格好は」

「まだ素顔で歩くといろいろ声かけてくる人がいるんですよ。特にこの辺りは」

 

 商店街特有の気安さと言うかね……

 

「なんだ、お前影虎だったのか」

 

 水を運んできたおじさんも気づいたようだ。

 

「お疲れ様です」

「おう、何にする?」

「今日は……トロ肉醤油ラーメンで」

 

 明日は舞台とダンスの発表だ。ゲン担ぎに魅力を上げておこう。

 

「あいよっ! ちょっと待っときな」

 

 注文を聞いたおじさんは立ち去る。

 

「それにしても、奇遇ですね。こんなところで会うなんて」

「確かにな」

「こんな時間に何をしてんだ? お前の寮はポートアイランドだろ」

「仕事帰りですよ。それより荒垣先輩と真田先輩は?」

「俺はアキに呼ばれただけだ」

「近況報告みたいなものさ、たまにはこうして飯を食うのも悪くない」

「なるほど」

 

 もしかすると……

 

「荒垣先輩、文化祭はどうされますか」

「俺は休学中だ。参加しねえよ」

「来校者として楽しめばいいじゃないですか」

「葉隠の言う通りだ。シンジもくればいい」

「顔見知りも多いから面倒なんだよ。特に教師。それにお前らはお前らで忙しいだろ。俺にかまってる暇なんかあるのかよ」

「確かに忙しいことは忙しいですけどね。昨日なんか学校に忍び込んで泊まり込もうとした生徒もいたみたいで」

 

 俺の言葉に、二人のオーラが反応した。

 

「おまちどう!」

 

 おっ、来た来た!

 

「いただきます。……うん! 今日も美味い!」

「当たり前よ!」

 

 何も知らないふりをして、ラーメンに舌鼓を打っていると、

 

「葉隠、その話なんだが」

 

 真田の方から話を繋いできた。

 

「無断侵入の件ですか?」

「ああ、それから何かあったか? 生徒会で」

「何かと言われても……この件は基本的に桐条先輩が処理してるんで、詳しいことはわかりませんね……こちらとしても手伝えることがあればいいんですが、どうも一人で抱え込んでる感じで。基本、生徒の間で噂になってることくらいしか知りません。幽霊が出たとか、発見当時は校門前で14人が寝ていたとか……

 やっぱり学校の都合もあるんですかね……責任問題とか色々あるんじゃないかと思いますけど、いつもより立ち入れない雰囲気で。やっぱり出資者の娘って微妙な立場のせいで大変なんでしょうか……二人こそ何か聞いてませんか?」

 

 ラーメンを食べながら、それとなく二人に話す機会を作る。

 するとやはり先に口を開いたのも真田だった。

 

「俺もそれ以上は知らん。俺達にも美鶴は何も言わない……ただ気になることはある」

「おい、アキ」

 

 荒垣先輩が小声で止めようとするけれど、

 

「校門前で人が寝ていたという話。似た状況に心当たりがある」

「心当たりとは」

「一学期の話だ。俺が不審者にやられて試合に出られなくなったこと、覚えてるか?」

「ありましたね。そんなことも。確かロードワーク中、不審者に遭遇したんでしたっけ?」

「ああ。その時、そいつはサラリーマンの男性を襲っていた。校門の前でな」

「……」

 

 襲ったんじゃねーよ。助け出して治療してたんだよ。

 

 チャーシューを頬張り、口を閉じて冷静を保つ。

 荒垣先輩も無言を貫いている。

 

「……で、今回もその不審者がやったことだと?」

「わからん。だが、いくら疲れていたからと言っても、野外で何の準備もなく寝るか? しかも1人や2人ではなく、14人だぞ」

 

 確証は無いようだけれど……確信に近い感情があるのか?

 オーラが炎のように燃え盛っている。それほどあの時の結果が悔しかったか。

 

「考えすぎじゃないですか? 生徒は全員無傷だそうですし、不審者がいたならもっと悪い事態になるのでは?」

「お前もシンジと同じ意見か」

「同じ意見と言うか、真田先輩はその不審者を意識しすぎてる気がするんですよね……リベンジマッチがしたいのでは?」

「!! ……そう見えるか。あの時の屈辱を晴らしたい、という気持ちは確かにある」

 

 真田は痛いところを突かれたようで、少し声の勢いが落ちる。

 オーラも熱が冷めて複雑な色になり始めた。

 

「……そういうことならまた試合でもしますか?」

「何?」

「ストレス発散くらいにはなるでしょう」

 

 地下闘技場は最近輪をかけて苦戦しなくなったし、たまにはそれなりに強い相手とも戦っておきたい。……その一点で考えれば、真田はいい相手だ。

 

 あと、

 

「真田先輩もファンクラブの公式化、やりましたよね?」

「ああ、アレか。特に何も変わった感じはしないが。何かあったか?」

「……会員からのメッセージが生徒会室に届いてて、要望が出てたんですよ。前回の試合がすごかった、再戦希望! とか、今度こそ邪魔の入らないフェアな試合で! とか……文化祭優先なんで処理は後回しになってますけど、まとめてある中に先輩宛のもありますよ、きっと」

 

 俺も気は進まないけれど、ファンクラブ会員の適度なガス抜きのため、多少ファンサービスをしてくれると助かる、と桐条先輩に言われている。

 

「なるほど。要望通りに試合をして、それをファンサービスにしてしまおうという魂胆か」

「おい葉隠。こいつにそんな提案したら、これ幸いにと飛びついてくるぞ。いいのか?」

 

 こちらに利益がないわけでもない。

 

「桐条先輩は今回の件にあまり生徒は関わらないで欲しそうでしたし、放っておいて勝手に夜に見回りとかされると、こっちの仕事まで増えそうですし。試合一回で解消できるなら構いませんよ」

 

 タルタロスから目先を逸らせればなお良し。

 

「随分角が取れたな。お前がいいなら構わないけどよ」

「なら、いつにする?」

「早くとも文化祭の翌日以降ですね。それまではどうしても忙しくなるので。コンディションを整える時間もあった方がいいでしょうし、また撮影するならそっちの手配も必要です……そういえば海土泊会長が試合するならまた協力してくれるとか言っていた気が」

「よし、だったら美鶴にも話を通した方がいいな」

「じゃあ桐条先輩には任せます。会長には俺の方から連絡しておきますよ」

 

 真田と再戦の約束をした!




臨時の朝礼が行われた!
全校生徒に注意が促された!
うわさも流れている!
影虎はまた疲労になっていた!
桐条は神経質になっているようだ……
真田はイレギュラーシャドウ(誤解)との関連を疑っている!
影虎は真田の目先を逸らそうとした!
影虎は近々試合をする約束をした!


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207話 月光祭

 影時間

 

 ~タルタロス前~

 

 人は………………いない。

 

 昨日の今日で見回りを警戒していたが、どうやらノーマークのようだ。影時間に入る前に、桐条先輩から真田を抑えたことに対するお礼メールが届いていたから、試合を約束した効果があったのかもしれない。

 

 俺にとっては都合がいい。

 

『集合』

 

 魔術で合図を出すと、昨日隠れさせた8体の偵察用シャドウが速やかに集まってくる。

 

 しかし、

 

 

 ~タルタロス・2F~

 

「これだけか……」

 

 タルタロスに隠れさせたシャドウは3体しか見つからなかった……

 内訳は戦闘用シャドウが2体。回復用シャドウが1体。

 全身に傷を負っていたので、おそらくタルタロスのシャドウにやられたのだろう。

 召喚シャドウは通常のシャドウに敵とみなされるようだ。

 

 傷ついたシャドウの治療をしながら考える。

 

 召喚シャドウは戦闘のダメージなどで激しく消耗すると消滅するが、消耗に気をつけて適度に回復したり、エネルギーを供給してやれば日をまたいでも手元に留めておくことが可能。

 

 あまり数が多すぎると維持するだけでエネルギーを使い果たしそうだけど、何体かは戦力として常備しても良いかもしれない。偵察用シャドウも探索に便利だし。

 

 ……当面は帰宅前に安全な16Fに連れて行って、待機させよう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 9月20日(土) 文化祭当日

 

 朝

 

 ~生徒会室~

 

「いよいよだな」

「そうですね。桐条先輩」

 

 今日は普段よりも早い時間帯からクラスに集まり、最後の仕上げや開店準備に勤しんでいる生徒たち。そんな彼らのざわめく声も聞こえる中……

 

『平成20年度、“月光祭”を開催いたします!』

 

 流れた放送により湧き上がる校内。

 生徒たちの雄叫びが校舎に響きわたる。

 校門も開放されたようだし、やがて来校者も溢れかえるだろう。

 

「では、俺はこれで。あまり手伝えなくてすみません」

「君には君の仕事がある。そちらに注力してくれ」

「葉隠は見回り担当として、もし途中で何かあればすぐに連絡してくれ」

「私と武将はどっちが必ずここで待機してるからね」

「私も何度か巡回する予定だ。何かあれば遠慮なく声をかけてくれ」

「ありがとうございます」

 

 お礼を言って生徒会室を出る。

 まだお客の少ない廊下を急ぎ、教室へと向かう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~教室~

 

「お待たせ」

「葉隠君来た! これで全員揃ったね」

「そっちに座って」

 

 うちのクラスは講堂での演劇が出し物なので、教室は至って普通。

 黒板前に立つ実行委員の二人を前に、自分の席へと座る。

 

「今日までやることはやってきたから、後はそれを本番の舞台でやるだけだよ! みんな頑張ろう!」

『オー!!』

「そのために最終チェックをしておこう。衣装や小道具は揃ってるよね?」

 

 その他開演時間やその前の集合時間について、もろもろの確認を行った!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 確認後

 

 演劇の集合は12時30分に講堂。

 上演は午後1時から1時30分。

 久慈川さんのステージが午後3時から始まり、俺のダンスは4時からの予定だ。

 

 つまり午前中は自由時間。

 見回りを兼ねて文化祭の出し物を見て回る。

 

「何あれ、プロレスラー?」

「Tシャツピチピチ過ぎぃ」

「高校生だしアマレスじゃない?」

 

 ……廊下ですれ違ったお客様に笑われている。

 祭りの雰囲気に溶け込めると思ったが、変装にマスクはやめたほうがよかっただろうか?

 それともTシャツが原因か?

 

 Tシャツは黄色い生地に黒い文字でE組のカフェの宣伝文句が書かれている。

 知らないうちにこんなものまで作っていたらしく、木村さんから貰った。

 サイズはやや小さい。

 

 ちなみにマスクはTシャツの黄色と黒に合わせて虎のマスクを用意した。

 と言ってもドッペルゲンガーだけど。

 

「うわぁぁああああ!!」

「キャー!?!!?」

 

 !! 誰かの悲鳴が聞こえる! いきなりトラブルか!?

 

「……ん?」

 

 悲鳴の元を探すと、そこには“1-B お化け屋敷”の文字が……

 

「今の悲鳴はこれが原因か」

「あれ? その声、もしかして葉隠君?」

 

 入り口前の受付から声がかかる。

 

「お疲れ様、岩崎さん」

「まだ始まったばかりだから、そんなに疲れてないよ」

「そう。……それにしてもすごい悲鳴だったね」

「うん。入る人みんな、しっかり怖がってくれてる。運営側としてはすごく嬉しい」

 

 それはそうかもしれないが、あまりやりすぎも困る。

 

「ちょっと入ってみてもいい?」

「もちろん。まだ並んでないし、すぐ入れるよ」

 

 ということで、実際にB組の教室に入ってみると、

 

「……」

 

 一歩踏み込んだ瞬間から空気が変わった……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「……ただいま」

「あっ、おかえり。すごいね、叫ばず出てきた人は初めてだよ。怖くなかった?」

「慣れてたからね……ところでさ、所々に置いてあった人形とか置物とか、用意したの岳羽さん?」

「人形? そうだけど。良く分かったね。バイト先から借りてきたんだって」

「うん……だと思った」

 

 そうじゃなかったらオーナー呼ぶところだ。

 ここにいたのはそんなに危なくなさそうだけど。

 幸か不幸か、色々な意味で話せる(・・・)方々だった。

 

「とりあえず事故のないよう気をつけて」

「うん。葉隠君も演劇頑張ってね」

 

 岩崎さんと別れ、見回りに戻る。

 ……しょっぱなから凄く疲れた気がする……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 廊下

 

「あ、岳羽さん」

「え? ……ああ、分かった。なにしてんの? こんなとこで」

「午前中はフリーなんだよ。岳羽さんは?」

「私も担当は午後だから、ブラブラしてるだけ」

「……一人で?」

「最初は弓道部の友達と一緒だったけど、彼氏と一緒に回るんだって。てか、君も人の事言えないでしょうが」

 

 それもそうだ。

 

「そういえばB組の出し物、見に行ったよ。オーナーから色々と借りたんだね」

「あれは借りたと言うか……葉隠君、ちょっと時間いいかな? 相談したいことがあるんだけど」

 

 珍しいな。

 特に用もないので了解すると、

 

「じゃあ廊下で立ち話もあれだし、風花のとこ行こうか」

 

 E組のカフェへ行くことになった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~一年E組~

 

「いらっしゃいませ~。あっ、ゆかりちゃん。それに葉隠君も」

「お疲れ~、風花」

「お疲れ様。良く分かったな」

「だってそのTシャツ。うちのクラスかA組の人にしか配ってないもの。それに部活でよく見てる体格だから」

 

 ノータイムでバレたのは初めてな気がする。

 

「席は2人席でいいかな? まだ誰か来る?」

「二人で大丈夫」

「あー! ゆかり誰その人! 彼氏?」

「ばっ、違うって!」

 

 名前も知らないE組の女子生徒が茶化して、岳羽さんに怒られている……

 岳羽さんは相手の首根っこを掴んで、かなり真剣に怒っている……

 家庭の事情で恋愛話が嫌いだとは知っているけど、そこまで否定しなくてもよくない?

 

 茶化した女子生徒も慌てているし……

 

「山岸さん、先に席に案内してもらえるかな」

「えっと、ほっといていいの?」

「どうせすぐに気が済むでしょ。それに本当に付き合ってるわけじゃないし。何か珍しく岳羽さんが俺に相談したいみたいなんだよ」

「ゆかりちゃんが?」

「何の話なんだろうな……」

 

 席に案内してもらい、適当に紅茶を頼むとすぐに用意が整う。

 山岸さんの接客はかなり慣れた様子だった。

 きっとバイトで鍛えられたんだろう。

 

 そんなことを考えているうちに、誤解も解けたようだ。

 

「お疲れ様。さっきの人、友達?」

「部活関係のね。まったく、すぐそっちに結びつけるんだから」

「興味があるんでしょ。で、相談は?」

「そうだった……今更だけどさ、私たちのバイト先っておかしくない?」

 

 バイトの件か……

 

「言いたい事は分かる。ちょっとどころじゃなく変わってる」

「やっぱりそうだよね……」

「そもそも江戸川先生の紹介で働き始めたお店だし。でもお店の人は皆、いい人たちだろ?」

「うん。それには同意する。けど……」

 

 ……何かがあったのは間違いなさそうだ。

 

「うちのクラスのお化け屋敷に、人形が置いてあるの知ってるでしょ? あれ、本当は借りてきたんじゃないんだよね」

「?」

 

 借りてきたんじゃない。しかし勝手に持ち出したとは思えない。

 まさか……

 

「もしかして勝手についてきた?」

「いつのまにか部屋にあったの……」

「あー、あるある」

「あるある~じゃないって!」

「ちょっと、声、声」

 

 他のお客様が何事かとこちらを見ている。

 それに気づいたのか、彼女はきまずそうに周囲へ頭を下げる。

 

「……でね、その次の日にバイト行ったらオーナーが人形探してて」

「それでオーナーの持ち物だと発覚したわけね」

「……葉隠君もあったの? こんなこと」

「前話したことなかったっけ? 俺の場合はバイオリン」

「……思い出した。まだ真田先輩と試合する前だっけ? よくある迷信だと思ったのに……」

 

 岳羽さんは幽霊とか苦手なんだよな。言ったらムキになられて面倒になるから言わないけど。……でもそう考えると、よくバイトを続けてるな。夏休みは責任感と意地でなんとか押し通したとしても、夏休みが終わった今でも働いてるし。

 

 そもそも仕事ぶりを見る限り、霊とかそういうことに関係しない範囲では、特に無理をしているようにも見えない

 

 そこのところを聞いてみると、

 

「自分でもよくわからないけど……別に不満があるわけじゃないんだよね。前に話したっけ? 私、自立したいの。だからアルバイトは続けたい。今の仕事も楽しいよ。アクセサリーとか好きだから。

 それにオーナーは変わってるけど悪い人じゃないし、それに棚倉さんと三田村さんもいい人じゃん。だから本当に不満はないの。普段はふつーに居心地いいっていうか。ただ時々、どうしていいかわかんなくなる。特にその、そういうことの話になると……だから葉隠君はどうしてるのかな? って。人形の事があって、急に聞きたくなった感じ? ……こんなこと急に言われても困るよね」

「難しいな……そもそも俺の場合は、最初からオーナーの人となりをそれなりに知った上でバイトすることを決めたから」

 

 俺にBe Blue Vを紹介したのは江戸川先生だと教える。

 

「そうなんだ……」

「参考になるかわからないけど、俺の場合は一歩踏み出してみた。占いを習ってみたり、アクセサリーの作り方を習ってみたり」

 

 本当はそちらがメインの目的だけど……嘘も方便ということで。相手を理解しようとする姿勢や、コミュニケーションを円滑にしておくこと。これらはどこの職場でも大切になることだろう。

 

 ごく一般的な内容を自分の行動と絡めて話す。

 

「確かに葉隠君って、オーナーと色々やってるよね」

「……岳羽さんも何か習ってみたらどうかな? 例えばビーズアクセサリーなら手軽だし、趣味にもできると思う。そういうとこからゆっくり、少しずつ話を聞いてみたら?」

 

 ビーズでもアクセサリー作り、主にデザインの勉強にはなる。

 必要なら俺が間に入ってもいい。

 

「ん……じゃあ、今度お願いしていい?」

「わかった。それじゃ俺からオーナーに話してみるよ。ビーズアクセサリーでいい?」

「うん、それでおねがい」

「なら、少しは何か食べようか?」

「紅茶だけで長居するのもあれだしね。あ、すみませーん」

「はーい」

 

 岳羽さんの相談は一段落した。

 

 しかし、最後の方の反応が気になる。

 オーラを見るに、オーナーたちに悪い感情を持っていないのは事実らしい。

 しかし幽霊とかそっち系の話になると恐怖とか負の感情も混ざる。

 

 そして最後、オーナーとの勉強会については不思議な色のオーラをしていた。

 今もポジティブな明るい赤に加えて、ネガティブな暗い赤と青が混ざっている。

 特に暗い赤が何を意味しているのかがよく分からない。

 明るい赤は歩み寄ろうとする意思。

 青はそれでもやっぱり怖いのかな? と、ある程度推測できるが……

 オーナーにはついでに相談しておこう。

 

「葉隠君何にする? 話を聞いてくれたお礼に、ここは私がおごるよ」

「だったら……このケーキにしようかな」

 

 今は食事を楽しむことにした!




影虎は生き残った召喚シャドウ11体を回収した!
日中は16Fで待機させるようだ……
文化祭が無事開催された!
影虎は岳羽から相談を持ちかけられた!
岳羽には複雑な気持ちを抱えているようだ……
発表の時間が刻一刻と迫っている!!



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208話 演劇

「それじゃ、また後でね」

「葉隠君も生徒会の仕事、頑張ってね」

 

 E組を出ると、岳羽さんとは別行動になった。

 成り行きでお茶をしたが、そのまま文化祭を二人で回るほど特別な関係ではなかった。

 

 ……あ、電話だ。

 

「久保田先輩? ……!! ……了解です。すぐに向かいます」

 

 不良系の来校者グループと生徒の間でトラブル発生。

 手が足りないので応援を求められた。対処に向かう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~会議室~

 

「疲れた……」

「本当にお疲れのようですねぇ……」

 

 ここは来校者の立ち入りが制限されている区画にあり、午後のステージまでの控え室として使えるように手配されている。そんな文化祭の喧騒と離れた場所で椅子に全体重を預ける俺と、正面に座る江戸川先生。

 

 そして机の上に機材を置いて俺の脈をとるDr.ティペットに、その周囲でこちらを伺いつつ、電話とパソコンで何かの処理をしている近藤さんとハンナさん。サポートチームの面々も集まっていた。

 

「脈拍、その他は正常よ。特に問題ないわ。ただ疲れているだけね」

 

 病気ではないが、やはり疲労状態のようだ。

 ある意味いつも通り、次から次へと発生するトラブルへの対処をしていたからだろう。

 しかし……最近、なんだか疲れやすくなっている気がする……

 

「最近の君の仕事量を考えれば不思議でもありません。これまでの疲労が蓄積しているのでしょう」

「葉隠くん。あなたはペルソナの能力で他者から体力を奪えると聞いているわ。それで体力を回復していた事も。だけどおそらく、それは体力が回復するだけ。エネルギーは吸収できても、体内に蓄積した疲労物質の分解や排出はできない可能性が高いわ。だから後々疲れやすくなってしまう。カフェインと同じね」

 

 そんな落とし穴があったとは……

 

 疲労物質と言うと、乳酸を何とかしなければならないのか。

 

「いいえ。昔は乳酸が疲労の原因と言われていましたが、最近の研究では乳酸はむしろエネルギー源であり、疲労回復に役立つとされています。そして新たに疲労の原因とされているのは“ファティーグ・ファクター”と呼ばれるタンパク質ですねぇ」

「そうなんですか。それはどう対処すれば?」

「“ファティーグ・ファクター”と同時に分泌される“ファティーグ・リカバリー・ファクター”、つまり疲労回復因子が回復に役立ちますが、これは軽い運動をした時やリラックス状態の時に分泌量が増えます」

「結局のところ、しっかり休むことが一番なのよ」

「葉隠様、まずは演劇の集合時間までごゆっくりお休みください」

 

 近藤さんとハンナさんが、休めるように手配してくれたようだ。

 会長や桐条先輩からも“休め”というメールが届いている……

 お言葉に甘えて少し休ませていただこう……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 12時15分

 

 Dr.ティペットの指示の下、軽い運動をして、選抜された出し物の料理を食べ、用意された寝袋で睡眠を取った結果……

 

「だいぶ楽になりました」

 

 疲労が回復した!

 

「ヒヒヒ……やっぱり、この方法が効果覿面でしたねぇ」

「そうですね。葉隠くん、この結果はおそらくあなた自身の回復力もあると思うわ。治癒促進、だったかしら? Dr.江戸川から頂いた資料を見たけれど、そちらはおそらく怪我や疲労回復にも効果があると思うの」

 

 吸血は単純にエネルギーを補充するだけだが、治癒促進は本来肉体が持っている自己治癒能力を活性化させる、と先生方は見ているらしい。

 

「以前、君がコールドマン氏の書斎で疲れていた時と同じですよ。君の体は食事と睡眠で得られる回復効果が高いのでしょう。問題はそれを超えるオーバーワーク。今回はお仕事と文化祭が重なってしまいましたからねぇ……

 今日を乗り越えたら、体を休める時間を取りましょう。おそらく今はまだ小康状態。根本的に疲労をとらなければまたすぐ疲れてしまいますよ」

「忙しい時は短時間でも睡眠をとることを心がけて。日本では馴染みがないかもしれないけど、シエスタ(昼食後の短い昼寝)を取り入れたらどうかしら? 目をつぶって横になるだけでも違うから」

 

 先生方の協力で、体調を整えることができた!

 

「ああ、それから。これまでの君の観察結果を元に新しい薬を用意するつもりですから、お楽しみに。実験台、おねがいしますね。ヒッヒッヒ……」

 

 久しぶりに不安が掻き立てられる一言がついてきた。

 まぁ、Dr.ティペットと協力して作るらしいので、酷いことにはならないと信じたい。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 12時30分

 

 ~講堂裏~

 

「全員揃ったね。次のバンドの演奏が終わったら中に入れるから、出演者はすぐ衣装に着替えて。他の皆は舞台セットの準備ね」

 

 上演の時間が目前に迫っているため、全体に緊張の色が見える。

 その中に混ざる恐怖や動揺……気持ちは分かるが、いい傾向ではない。

 

「じゃあ……葉隠君! 最後に一言どうぞ!」

「俺が?」

「出演者のリーダー兼監督としてね。中入ったらあんまり喋れなくなっちゃうから」

「わかった」

 

 この機会を利用して落ち着いて、やる気を出してもらいたい。

 これまで共有してきた時間を思い出しながら、彼らだけに語りかける。

 

「まず、今日まで俺の指導についてきてくれてありがとう」

 

 俺が演劇を多少習っていたとはいえ、素直に指示を聞き入れてくれたのは本当にありがたかった。同じ歳の俺に、偉そうに命令されるのが嫌だとか、そういったところで反対や抵抗されていたら、きっと準備は間に合わなかっただろう。

 

 だけどみんなが協力的だったおかげで、なんとか形にすることができた。

 

「例えば石見」

「俺か!?」

「最初はお世辞にも演技が上手じゃなかったけど……」

「あー、分かる。確かに最初はひどかったもんね」

「棒読みだったよねー」

「自覚はあるから言うなって……でもだいぶマシになっただろ?」

 

 その言葉を肯定すると、クラスメイトからも同意が集まった。同じように、特に不安が強そうなメンバーの事も例に挙げて、皆演技が上達したと言うことを再認識させる。

 

 そして衣装や小道具を作ってくれた裏方担当のクラスメイトの事も忘れてはならない。彼らが資料集めから実際の制作活動まで一手に引き受けてくれたおかげで、こっちは練習に集中することができた。

 

「役割は違うけれど、一つの目標に向けて今日まで頑張ってきた。そしてその成果は昨日、しっかりと確認できたはず。実際に一度できているんだから、安心して頑張ろう!」

『オオーッ!!』

「!!」

 

 クラスのみんなから力強い声が上がる。不安そうなクラスメイトの表情も和らいだ。

 集団のオーラも綺麗で程よい赤と青に染まっている!

 

 クラスメイトの不安を解消し、熱意を盛り上げることに成功した!

 そして同時に、新たなスキルを習得した!

 

 回復魔法の“メパトラ”と、補助魔法の“マハタルカジャ”。

 どちらも味方全体に効果のあるスキルだ!

 

 ようやく全体に効果のある魔法が手に入った!

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~講堂~

 

『これより1年A組の演劇、“変貌”を上演いたします』

 

 アナウンスに続き、幕が開いた。

 

 舞台は主人公の青年、アーノルドが日の出と共に目覚め、友と働き、日暮れと共に眠る……農村での貧しいながらも穏やかで幸せな日々から始まる。

 

「今年の麦は良い出来だ」

「収穫まであと少しね!」

「この分なら……おい、あれは何だ?」

「馬車……だけどずいぶん立派な馬車ね。誰か来たのかしら?」

「……!! あれは領主様の馬車じゃないか!?」

『アーノルドの予想は当たっていました。その馬車に乗っていたのは近隣を治める領主……彼が直々に村を訪れた理由が、アーノルドの人生を大きく狂わせる転機となるのです……』

 

 ……

 

 物語の中盤。

 領主となったアーノルドは、部下の罠に嵌められて館の地下牢へ投獄されてしまう。

 そこに現れた部下の男。

 

「貴様……!」

「身の程を知れ。お前は所詮ただの村人。貴族の血が半分混ざっていようと、満足な教育も受けていない貴様が領主の務めを果たせるわけがない。愚劣な領主は民を苦しめる……故に私は民を救うために貴様を討つ。私は救うのだ、貴様という誰の目からも明らかに暗愚な領主の魔の手から、民の平穏を! 安心しろ、後の事は私が引き受けてやる」

「最初から俺を傀儡にするために。否、父上から領主の座を奪うために、俺を利用したんだな……」

「その通りだとも。あの男を直接相手にするのは危険が多かった……流石にここまでくれば理解するか。まぁ、今更気づいたところで何の役にも立たんがな」

 

 高笑いをして去っていく男。

 その背中を、俺をこの世界に転生させた神と重ね合わせる。

 心の底からわきあがる、暗く、重く、濁った感情を言葉に乗せろ。

 

「覚えていろ……たとえ神が許そうと、俺は貴様を許しはしない……必ずや、必ずやこの手で貴様に報いを受けさせるッ!」

 

 その後、アーノルドは食事を運んできた見張りを鉄格子の隙間から絞殺して鍵を奪い、その後も天が味方をしたかのごとく脱獄に成功。復讐を誓い闇の中へ姿を消す。

 

『新たな領主はその権限を持って、アーノルドの捜索を行います。しかし彼は一体どこへ姿を消したのか……一年、二年と月日は流れ、やがて領主は一向に姿を見せないアーノルドの存在を忘れていくのでした』

 

 そして、10年後。彼らは夜の林道で再会する。

 

「貴様! この馬車が誰の物かを知っての狼藉かッ!」

「知っているとも。その紋章、その顔、その声……何一つ、一日たりとも忘れたことはない!」

 

 ここで月明かりが差し込むように、スポットライトが剣を抜いた俺を照らす。

 

「き、貴様、アーノルド!? 生きていたのか……」

「貴様を誅するその日まで、何があろうと死なぬと決めた。形振り構わず、手段も問わず、ただひたすらに、貴様を殺す牙を研ぎ続けてきた」

「ぐぬ……戯言を! 何をしている! さっさと殺してしまえ!」

「「「はっ!」」」

 

 従者役の宮本、友近、順平がそれぞれ剣や槍を構えて前に出てくる。

 

 ここがこの舞台の盛り上がりどころ。たった一度の“アクションシーン”だ。

 

「オラッ!」

 

 真っ先に飛び掛ってきた宮本の剣を、こちらも剣で受け流す。

 

「でぇいっ!」

 

 その隙に突きこんでくる槍を交わし、懐に飛び込み友近を斬る。

 

「ぐはぁっ!?」

「!!」

 

 仲間がやられて激昂した様子の従者、もとい順平と宮本が激しく襲いかかってくる。

 

「すげー! これ高校生の演劇か!?」

「派手な殺陣だなぁ!」

 

 観客席から漏れ聞こえてくる声は、どれも本当に戦っているようだという称賛の声。

 それもそのはず、この殺陣は半分本気で戦っているのだから。

 一応攻防の順番は決めてあるが、その前に3人に小道具の武器を与え、実際に本気で戦ってみた結果から見栄えが良さそうな動きを抽出して組み立てたもの。演技は経験があっても殺陣の経験はなかったので、仕方がなく実践的(・・・)な観点から動きの指導をした。

 

 特に順平には派手で見栄えがいいと理由をつけて、大剣の小道具で徹底的に指導してある。

 

「オラァア!!」

 

 その結果……かなり真に迫った動きになった! けど、

 

「ハッ!」

 

 転びかけたふりをする宮本の手から剣を奪い、そのまま順平の大剣を払うと同時に宮本の喉へ元から持っている剣を添え、押し込み、倒す。

 

「グェッ!」

 

 そして大剣を払われて無防備な順平にもトドメの一太刀。ストーリーの都合上、負けてもらわなければ困る。

 

「む、無念……」

「な、なんだと……」

「言ったはずだ。あの日からこの日のために牙を磨いてた、と……ようやく終わる。覚悟!」

 

 剣を構えて全速力で懐に飛び込み、当たっていない剣先を密着した体で隠す。その代わりに領主役の男子は血糊を撒いて倒れこむ。

 

「……」

 

 復讐の終わりは呆気なく、達成感はあれど続くものがない。

 喜びではなく、怒りでもなく、楽しみでもなく、悲しみでもない。

 感情の起伏を捨てた体は理性的に動いた。

 領主が確実に亡骸となったことを確認して、暗い森の中へと姿を消す。

 

『襲撃の跡は遅くとも朝には見つかってしまいます。アーノルドは跡を隠すよりも、その場から一刻も早く、少しでも遠くへと離れることを選びました。

 ……遠く、遠く、どこまでも遠く。目的の地はありません。元より彼が抱いていたのは復讐心のみ。それを成すための計画はあれど、その後の事は何もありませんでした』

 

 跡を残しても構わない。追手がきても構わない。捕まろうと構わない。裁かれようと構わない。

 

 なぜなら最大の目的を、望みを果たしたのだから。

 この身はそのためだけに生き長らえて来たのだから。

 

 ナレーションと舞台セットの変更中。

 台本にない言葉が、感情が、心の内側から湧き上がる。

 

「葉隠君、次の衣装」

 

 舞台裏で衣装を変える。体までが淡々と動く。

 次の出番に間に合うように、急がなければならない。

 そんな焦りが沸いてこない。ただやるべきことをやるだけ。

 

「終わった」

「OK。最後、お願いね」

 

 頷くだけで答えを返し、そのまま待機。

 そして最後の幕が開く。

 

 舞台は石造りの町並み。その中にある広場の片隅。

 ふらりふらりと力なく歩き、静かに座り込む。

 

「……またあの男よ……」

「最近よく見るわね。どこから来たのかしら」

「怪しいな。何か変なことでも企んでるんじゃないのか?」

「それが、本当に何もしてないらしいのよ」

「気持ち悪いわ」

 

 さほど遠くない場所でされる噂話にも反応せず、ただ空を見つめる。復讐の達成と共に活力を失ったアーノルドは身なりも整えず、手持ちの食料が尽きてからは食事も取らなくなっていた。

 

 疲れれば座り、やがて立ち上がっては目的もなく歩く。そしてまた座る。

 ただそれだけを繰り返す彼を、周囲は不気味そうに見ていた。

 しかし、飲まず食わずで人は生きられない。

 アーノルドの体は日に日に弱り、狭い路地で転んだまま、とうとう立つ力も失った。

 そんな時、

 

「あの……」

「……?」

 

 かすむ目を開けると、そこには名も知らぬ一人の少女が立っている。

 

「大丈夫ですか? よろしければ、これを……」

 

 わざわざどこからか持ってきたのか。差し出されたのは器に入った水であった。

 良く見れば彼女の服は古く、修繕の跡が見られる。

 お世辞にも裕福とはいい難い身なり。

 それでも、動くことも出来ない自分に可能な限りの施しをしようとする少女。

 

「……ぁ…リ…」

 

 枯れ果てた喉からは声が出ない。

 代わりに持っていた革袋を引き出す。

 

「? もしかして、お礼ですか?」

 

 頷く。皮袋には僅かだがお金が入っている。復讐を達するまでは命を繋がねばならなかった、それまでの残りが。

 

「受け取れません! こんな……」

「おい! メリンダに何をしている!」

 

 皮袋を押し付けあう二人の間に割り込む少年。

 彼は少女を守るように立ちはだかっている。

 

「違うわ! この人は何も悪いことはしてないの! 私が水をあげたお礼にこの袋をくれようと」

「……君が親切なのは分かった。もう行こう。何をされるか分かったものじゃない」

 

 少年に無理矢理手を引かれ、少女は立ち去った。

 地面に置かれた器へ手を伸ばし、中身を呷る。

 

「んぐっ! ごほっ! ぐっ……ぁあ……」

 

 数日振りに水が喉を通り、染み渡っていく刺激でむせ返る。

 だが僅かに力と声を取り戻した。

 

 これが……最後のシーン。

 

 一度体を起こし、路地の壁によりかかる。

 

「……ふぅ」

 

 瞳に映る月と星空。そして先ほどの少年少女の姿を思う。

 

「良い子だった……あの少年も……良い子なのだろうな……」

 

 彼の身なりも少女と同じく、貧しそうであった。

 似た境遇で生きる知り合いなのだろう。

 冷たくあしらわれはしたが、自分の身なりを考えれば無理もない。

 怪しい男からあの少女を守りたかったのだろう。

 

 微笑ましい。

 

 怒りは沸かず。代わりにかつての日々が脳裏に流れる。

 

「私にも、あのような頃があったな……」

 

 村で生活していた頃の貧しさ。しかし村人同士で助け合い、幸せに生きていた日々。

 今はもう、失ってしまった日々。

 

「私は、どこで間違えたのだろうか……友を手にかけたあの日か? ……領主となったあの日か? それとも抵抗し、村を出なければ何かが変わったのか……?」

 

 ……今となってはどこが間違っていたかも分からない。

 ……いや、何もかもが間違っていたのかも知れない。

 

「……もう長くはないな……」

 

 分かる。今はあの少女の施しで、かろうじて命が繋がれているのだと。

 朦朧とした意識の中で、アーノルドは己の人生を振り返る。

 

「生なるは、死出の旅……悪逆非道を尽くした私の行き着く先は、あの男と同じ地獄であろう……ここに至って願うなど、おこがましい………………だが、もしも願いが叶うのならばもう一度……皆と、同じ、神、の……御、許で……会い…………た…………………」

 

 最後の言葉を言い切る前に、アーノルドの力は尽きた。

 意識は途絶え、支えを失った体は倒れ込む。

 そして静かに暗転。

 

 今ここに、激動の人生へ幕が下ろされる……

 

 ……

 

 沈黙。

 

 演劇の内容は全て終わった。

 だが、幕が完全に下りるまでは動けない。

 

 ……?

 

 無反応かと思われた観客席の方から、パラパラと拍手が聞こえる。

 音は少しずつ増えてきて……

 

『ーーーー!!!!』

 

 さらに口笛や歓声も混ざる。

 

「葉隠!」

「おい葉隠!」

「葉隠君!」

「……幕は下りたか?」

「下りたよ! それよりこの大喝采!」

 

 役者、裏方、関係なく。クラスメイトが周囲に集まってきた。

 その誰もが幕の外からの拍手喝采に心を躍らせている。

 

「やった……やってやったぞぉー!」

「よかったよぉ~! 頑張った甲斐があったよぉ~!」

 

 石見と島田さんは……感極まって泣き出している。

 つられて泣き出すクラスメイトも出始めた。

 それほどの喜びが俺にも届き、実感に変わり、確かな手ごたえを得た!

 

 1-Aの演劇は……大成功だ!!




影虎はトラブルに対応した!
影虎は疲労になった!
吸血による回復の欠点が露呈した!
影虎は疲労から回復した!
影虎はクラスメイトを鼓舞した!
影虎は“メパトラ”と“マハタルカジャ”を習得した!
1-Aの演劇が行われた!


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209話 ダンスの発表

 ~会議室(控え室)~

 

 クラスの演劇は無事に成功した。

 

 けれど……

 

「おやおや……」

「演劇に力を入れすぎたのね」

 

 再び疲労状態になってしまった……

 

 

「失礼する」

 

 桐条先輩を先頭に、目高プロデューサー、久慈川さん、井上さん、Mr.アレクサンドラ……番組の関係者が次々と入ってきた。

 

「やっほー、先輩お疲れ様!」

「演技見てたわよぉ~、すごかったじゃない!」

「お疲れ様、久慈川さん。Ms.アレクサンドラ。見てたんですか? そっちの準備は大丈夫?」

「ほとんど終わってるわ。まぁまだ少し残ってるけど、これから急げば大丈夫よ」

「とりあえず先輩にお疲れ様って言いたかったから」

「僕も隣で見ていたけど、素晴らしかったよ葉隠くん」

 

 井上さんからもお褒めの言葉を頂いた。

 

 確かに今日の演技は最高にノッていた。特に最後の方なんか、まるで自分が本当に主人公になった気がした。物語の中の人間の経験を、実際に体験してきたように……自分と別人の境界線があやふやになった気もする、不思議な感覚の中で演技ではなく本気の言葉と錯覚しそうな状態で演技をしていた。

 

「正直、もう一度やれと言われてもできるかどうかわからない。これまでで最高の演技だったと思う」

「ヒヒヒ……トランス状態に入っていたのかもしれませんねぇ?」

「トランス状態? それって霊媒師とかそういう人がよく言う?」

「ええ、久慈川さんの言う通りです。瞑想など宗教的な、または怪しげな修行を積んで入るという話が有名ですが、入る方法や入った時の様子は様々です。トランス状態は変性意識状態と言われる事もありまして、つまり“普段とは異なる”意識状態なんですね。入神状態、恍惚状態、脱魂状態とも呼ばれます。

 ……こんな話をするとやはり怪しげだったり難しく感じたりすると思いますが、実は普段と異なる意識状態になるのは特別なことじゃないんです。スポーツ選手がよく“ゾーンに入る”という話をするでしょう? あれも一種のトランス状態ですよ。急に感覚が冴え渡り、自分の動きや回りの動きを冷静に観察できて、体を思い通りに動かせる」

 

 確かにそんな感じだった。

 

「簡単な例だと、お酒を飲んでもある意味“普段とは異なる”意識状態になることは可能ですよ。まだ久慈川さんの年齢では実感がないと思いますが、想像はできますよね?」

「酔っ払ってたら、確かに普段通りじゃないかもしれないけど……そんなのでいいんですか?」

「ええ、構いません。お酒も適度であれば程よい高揚と開放感が得られます。ストレスからの解放であったり、インスピレーションを得たり、日々に役立てることもできるのですが……過剰に摂取すると泥酔し、様々な判断能力が低下したり見えないものを見たりします。また、トランス状態に入る場合の注意にも幻覚などの症状がありますしねぇ……ヒヒッ。

 とにかくトランス状態に入るには様々な方法があり、知らず知らずのうちに入ってしまうこともあるのです。今回の葉隠君の場合は、“極度の集中”が原因でしょうかねぇ? そのまま物語の主人公に陶酔し、その身に霊が乗り移ったような真に迫る演技ができたのかもしれませんね。……その分、体力のセーブを忘れてしまったようですが」

 

 ここでプロデューサーが心配したように声をかけてきた。

 

「葉隠君、もしかして体調が?」

「少し疲れてしまいました。でも怪我とかではないので、ダンスの発表まで休めばなんとかなると思います。舞台でのリハーサルはないですよね?」

 

 確認を取ると、プロデューサーは少し安心したように微笑む。

 

「昨日スタジオでやった通りにやってくれれば大丈夫さ。ですよね?」

「そうよぉ~。だから時間までしっかり休んでおいてね。大事なさそうでよかったわ」

「葉隠、気休めにしかならないと思うが……」

 

 桐条先輩がそう言いながら取り出したのは、彼女に似合わない市販の栄養ドリンクの瓶。

 

「“ツカレトレール”だ、伊織から預かってきた」

「ありがとうございます。先生、飲んでも大丈夫ですか?」

「……カフェインの入っていないタイプですし、他に睡眠を阻害する成分も入ってませんね。大丈夫でしょう」

 

 Dr.ティペットからも許可を得て、早速飲むことにした。

 

「そういえば彼女は皆さんと初対面でしたねぇ。ご紹介します。影虎くんのサポートチームの一人で、影虎くんの身体データ収集や健康管理、万が一の場合の治療を担当しているDr.ティペットです」

 

 江戸川先生が紹介する後ろで、独特な風味の液体を流し込む。

 ……特に変わった様子はない。さすがに飲んですぐは効かないか。

 

「ごちそうさまでした」

 

 順平にメール送っとこう。

 

「栄養ドリンクありがとう、っと…………ん? もう返ってきた」

『桐条先輩から受け取ったのか。でもあれ差し入れたの理事長だから、礼を言うならそっちだぜ!』

 

 ………………!?

 

「桐条先輩!」

「何だ、急にどうした?」

「さっきの栄養ドリンク、理事長の差し入れなんですか?」

「? ああ、言葉が足りなかったか。君がクラスメイトと別れた後、理事長が大量に持ってきたそうだ。それを残っていた全員で分け、余った一本を私が伊織から預かった。それがどうかしたか?」

「いえ、まさか理事長から特定のクラスに差し入れがあるとは思っていなかったので」

 

 差し入れとかされるほど親しくなった覚えがない。

 

「買いすぎた栄養ドリンクの処分に困っているんだろう。最近はようやく仕事が落ち着いてきたようで、私や明彦にも機会を見て進めてくるぞ。もちろん良い出し物をしたクラスへねぎらいの気持ちもあると思うが」

「あ、そうなんですか……」

 

 何やってんだあの人……

 

「では我々はそろそろ。りせの準備もありますので」

 

 井上さんと久慈川さんの言葉をきっかけに、皆が帰っていく。

 そしてサポートチームの方々だけになった部屋で問う。

 

「……これ、どうします? 飲んじゃいましたけど」

「他の生徒にも与えているなら、おそらく毒の類は入ってないでしょう」

「瓶や蓋に不自然な点もありませんね」

「念のため、残りを成分解析にかけてみますか?」

 

 俺も杞憂だと思うけど……本心が理解できないから、不気味なんだよな……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「影虎君、始まりますよ」

「ん……」

 

 江戸川先生に起こされた。時間は3時……久慈川さんのステージが始まる時間だ。

 

『いっくよー!!』

 

 校内放送を利用したテレビ画面に、ステージへ出てくる彼女の姿が映しだされた。

 

「デビューしたてとはいえ、さすがにアイドルですねぇ」

 

 華やかな衣装に身を包み、元気いっぱいに歌い踊る彼女の姿。

 観客の反応も悪くないようだ。

 このままじっくり見ていたいが、

 

「準備しましょうか」

 

 慌てることのないように、今のうちからぼちぼち準備を始めよう。

 衣装を着るのはまだ後でいい。まずは準備体操代わりのヨガで体を温める。

 

 ……

 

「……はぁ~……ふぅ~……よっ!」

「体調はどうですか?」

「普通……ですね」

 

 20分ほどのヨガでいい感じに体がほぐれた。ひとまず動くことに問題はなさそう。

 さっきのツカレトレールは、効いたのかよくわからない。

 でも体調に特に問題はないし、演劇に行く前より少しだけマシかも。

 休憩と薬で絶好調にまでなれば理想だったけど、疲労が取れただけでも十分か……

 

「失礼します。葉隠君、あと20分ほどしたら講堂へお願いします」

「承知しました」

 

 じゃあ衣装を着て軽く復習を……っと、その前に。

 

「ちょっとトイレに行って来ますね。すぐ戻ります」

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~男子トイレ~

 

「ふぅ……」

 

 すっきりした。

 文化祭の期間中とあって、どこもかしこも騒がしいけれど、ここは誰もいないし妙に静かだな……外の音が全く聞こえない。手を洗う水音だけが寂しく響く。

 

「……せっかくだから顔も洗うか」

 

 ヨガで軽く、本当に軽く汗をかいたので冷たい水が心地よい。

 目も完全に覚めて、さっぱりした気分で外に出る。

 

「……ん?」

 

 なんだか……体が軽い。手足がまるで羽のようだ。さっきまで重りでもつけていたんだろうか? そう思うくらいに軽く、体内の気が力強く巡っているのを感じる!

 

 一体どうして急に?

 

 疑問に思い、自分の行動を振り返る。

 

「!」

 

 もしかしてトイレに入ったから?

 学校の男子トイレに入ると日に一度だけ、“体調が一段階回復する”。

 そういうシステムがゲームにあったのを思い出した。

 回復時計とかと同じように、あのシステムも有効なのか!?

 

 理屈が全くわからない。しかし実際に体調は回復している。

 他に心当たりもないし、総合的に考えるとおそらく間違いない。

 

「なんで今まで気づかなかったんだろう……」

 

 もっと早く気づけばよかった……でも、怪我の功名。経緯はともかく絶好調になった!

 これで正真正銘全力のダンスを披露することができる!!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~講堂~

 

「まだまだイクわよぉ~ッ!!」

『アハハハハッ!』

『いいぞー!』

『ワー!!!』

 

 講堂は完全にライブ状態でお祭り騒ぎ。

 Ms.アレクサンドラのステージがかなり盛り上がっているようだ。

 

「お疲れ様」

「あっ、先輩」

 

 久慈川さんが舞台袖から、アレクサンドラさんのダンスを見つめていた。

 

「すごい熱気だな」

「うん。本当にね」

 

 ステージ上のMs.アレクサンドラはいつもと違う表情と踊りで、観客席を熱狂させていた。

 

「普段はあのキャラが強いからイロモノ扱いされてるし、バラエティーでもいじられ役だけど……やっぱり本物の“カリスマダンサー”なんだよね。技術も迫力も、なにもかも素直に凄い。私の何倍も盛り上がってるよ」

 

 一流の実力を目の当たりにして、思うところがあるようだ。

 久慈川さんは真剣な目でステージを見つめ続ける。

 俺も思うところが無いわけではないけれど、それ以上に……

 

「俺、この後に出るんだよなぁ……」

「あ……そういえばそうだよね。うわっ、先輩へのプレッシャーすごくない?」

 

 恐怖耐性、混乱耐性、そのあたりのスキルがなかったらどうなっていたことか。

 

「平気なんだ。この人数と歓声の前で」

「緊張はしてるさ。……そうだ、何かアドバイスをくれないか?」

 

 久慈川さんは俺より先にステージでダンスをしたんだ。何か役立つことを教えてくれるかもしれない。

 

「そんな期待した目で見られても……」

 

 そういいつつも考えてくれる律儀な久慈川さん。

 

「……私ね、先輩はもう技術は十分だと思うの。だけどダンスって、ただリズムを刻むとかじゃなくて……自分の気持ちや、感じることを表現して、見ている人たちに伝える為のものなの。だから、えっと……上手く言えないけど……音に気持ち乗せて、感じるままに動いちゃえばいいんだよ。

 先輩はダンスを始めて短いかもしれないけど、その間何も感じなかった訳じゃないでしょ? 今日までに思ったことを、先輩の好きなように伝えちゃえ! って、感じでいいかな……?」

 

 “今日までに思ったこと”

 アドバイスに従い、練習風景を思い出してみる。

 Ms.アレクサンドラや久慈川さんとの練習は楽しかった。

 苦労よりも楽しさがはるかに勝る。

 詳細を言葉で伝えるのは難しい。だがこの気持ちを音楽と振りに乗せる……できるだろうか?

 ……不安げな思考に反して、表情が緩むのを感じた。

 胸の底から、エネルギーが湧き上がるような感覚もある。

 

「ありがとう、参考になったよ」

「え、本当に?」

「本当だとも。今は……今すぐにでも踊りたくて仕方がないくらいだ」

 

 ダンスについて、これまでにない高揚を感じる!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 流れていた音楽が止まる。

 Ms.アレクサンドラのステージが終わった!

 

「葉隠君。予定通りMs.アレクサンドラの合図で出てもらうので、いつでも出られるように準備おねがいします」

「了解、いつでも行けます」

 

 丹羽ADの呼びかけに答え、舞台袖で待機。

 

「皆~! 元気~!?」

『元気~!』

「オッケ~! 楽しかった~!?」

『楽しかった~!!』

「それは良かったわ、アタシも幸せ!! だ・け・ど……今日はもう一曲! 特別なショーを用意しているのよっ!」

『えー!』

 

 アレクサンドラさん、マイク片手にノリノリだ。

 

「皆に聞きたいの。この中で、“プロフェッショナルコーチング”って番組を見たって人はいるかしら? いたら手を上げて。…………ありがと~!! やっぱり放送以降、色々と話題になったからほとんどの人が知ってるみたいねっ!」

 

 ここで来月2日から新番組の“アフタースクールコーチング”の番宣が行われる。

 

「そ・し・て、実はアタシ、昨日まで栄えある第1回の講師役として、この学校の男子生徒にダンスを教えてたの!」

『えー!?』

「だからね? その結果発表を今! ここでやるわよぉ~!!!!」

 

 秘密裏に準備されたサプライズ。観客席から響く驚きの声に続いて、とうとうその時がやってきた。

 

「で、その生徒役の男子なんだけど~、見てもらえばきっとわかるわよね? じゃあ早速、登場しちゃって頂戴! 葉隠君! カモ~ン!」

「行ってくる」

「頑張って、先輩!」

『キャーーーー!!!!!!』

 

 久慈川さんやスタッフさん達に見送られつつ、ステージへ上がった途端。耳をつんざくような声が浴びせられる。それに手を振って応えつつ、アレクサンドラさんの隣へ。

 

「はい、あなたのマイクよ」

「ありがとうございます。……こんにちは皆さん! 月光館学園1年、葉隠景虎です!」

 

 より一層大きな大歓声。続いてそれを遮るように響く声。

 

「前回のプロフェッショナルコーティングに引き続き、彼が番組に参加してくれたわ! 拍手~!」

 

 今度は拍手が雨あられ。そしてダンスの前に挨拶と決意表明。

 

 かつて怖い夢を見続けたこと。

 強くなりたい一心で、格闘技ばかりやってきたこと。

 そして先月死にかけてから、新たなことに挑戦したいと考えたこと。

 

 内容は以前全校生徒に行った演説とほぼ同じ。

 ただし時間をかけてダラダラと話していればせっかくの熱が冷めてしまう。

 簡潔かつストレートな表現に変えて観客の皆様へ伝える。

 

「だから僕はこの度、“アフタースクールコーチング”に参加させていただきました! そしてダンスは新たな人生の第一歩! 皆様にはその一歩を見届けていただきたい! よろしいですか!?」

『いいともー!!』

『ウォオオオオオ!!!!』

「ありがとうございます!」

 

 久慈川りせさんとMs.アレクサンドラが事前にこの場を温めてくれた。

 凄まじい熱量と共に伝わる、歓迎の意思。確かに受け取った!

 

「アレクサンドラさん。マイクを」

「は~い、預かるわよ。もう会場の皆も、葉隠君も我慢できないみたいだし、始めましょう! これが最後よ! 気合入れなさい! Are! You! Ready~!?」

『Yeah!!』

 

 俺も片手で意思表示。

 

「オ~ケ~! It's……Show Time!!」

 

 掛け声で一気に暗転する会場。

 慣れ親しんだ曲が流れ始め、左右からバックダンサーの方々が位置につく。

 光が戻ると同時にダンスが始まる。

 

 緩やかな動きから徐々に激しさを増していく。

 その動きのひとつひとつに練習の思い出が残っている。

 踊りながらも、容易に練習風景を思い出すことができる。

 さらに周囲で踊るバックダンサーの方々との一体感。

 今も過去も、濃密に感じられる幸福感。

 さらに内だけでなく観客席から常に力が流れ込んでくるような充実感……

 

 久慈川さんのアドバイス通り、それら全てを音と振り付けに乗せて放出。

 

 感じる。

 これまで行っていたことと、通じるモノがある。

 演説で人を煽るのに近い、ただ今回は言葉を使わずに自分の思いを伝えるんだ。

 似たことをやったことがあるじゃないか。

 

 この湧き上がる気持ちに従い、体から溢れていくエネルギー。

 言葉はいらない。ただただ動きに心を込める。

 

 久慈川さんが言っていた。

 ただこの喜びを感じて踊り、表現すればいいのだ。

 難しいことを考える必要はない。

 本能に従え。

 目の前にいる観客に、一人残らず自分の感じる楽しさを知ってもらえるように。

 相手を魅了するくらいのつもりで踊りきればいい!

 

「! ハハッ!」

 

 ここにきて新たな力への目覚め。

 

 “セクシーダンス”

 

 全体魅了魔法。

 

 ここで予感は確信に変わる。

 

 またトランス状態に入ったのかもしれない。

 踊るのが楽しくて仕方がない。

 動き出した体は淀みなく動き続け……

 

「ブラーボー!!」

『――――!!』

 

 気づけば体は汗だくで、気分は最高。

 周囲は人生で一番の大歓声に包まれていた。




影虎はまたしても疲労になった!
影虎はツカレトレールを飲んだ!
影虎は休憩を取った!
影虎の体調が普通になった!
影虎はトイレに行った!
なんと、影虎の体調が絶好調になった!
影虎はダンスを踊った!


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210話 月光祭終了

「ありがとうございましたー!!!」

 

 観客からの歓声を一身に受けながら、舞台袖へ引っ込むと、

 

「お疲れ様ー!」

「本番でやったな!」

「よかったよ! 葉隠くん!」

「最高のステージだったよ!」

 

 カメラを構えたカメラマンを先頭に、スタッフさんやプロデューサーが次々と集まって声をかけてくる。

 

 そうだ、ここで結果発表後の感想を撮るんだった。

 Ms.アレクサンドラ……ん!?

 

 後ろを振り向くと、

 

「葉隠ぐん……ずばらじ、がっだば!!」

 

 めっちゃ泣いてる!?

 

「そこまで泣きますか!?」

「ごめんなさいね……ちょっと待って……」

 

 レースと刺繍の入った高級そうなハンカチで涙をぬぐい、鼻をかんでいる……

 

「はい、もう大丈夫よ。……今のダンスはこれまでの一週間で最高のダンス! そして見事に自分の気持ちを表現してくれちゃって! ダンスが楽しいって気持ち、見ていてビンビンに感じたわッ!  すばらしい、なんて言葉じゃ足りないくらいにグレートッ! ハラショー! エクスタシィー! マーベラスッ! ブラヴォー! マラディエッツ!」

 

 いきなりテンションがふっきれた……

 しかも後半、言語が違うだけで内容全部一緒、じゃない!

 一つ違うもの混ざってるぞ!

 

「大丈夫かな……でも自分としても今回のダンスは最高だったと思います。本当に、全身全霊で踊れたと言うか……」

 

 今更ながら汗がすごい。衣装のシャツが体にへばりついている。

 

「そうね。あなたが真剣に踊ったって証拠よ。でもちょっとエロスだったわ」

「エロス!?」

「大丈夫、エロスはエロスでも健康的なエロスだから。魅力的ってことよ。ちゃんと放送もできるわ」

 

 あまり深く考えない方が良さそうだ……

 

「あっ、ほら。りせちゃんも何か言ってあげなさいよ」

「……」

 

 大人の間から久慈川さんが姿を見せていた。

 

 

「先輩」

「久慈川さん。アドバイスありがとう。役に立ったよ」

「ううん。私はちょっと偉そうなこと言っただけ、さっきのダンスを踊って見せたのは、葉隠先輩だよ」

 

 ? なんだか久慈川さんの様子が変だ。

 

「どうした?」

「……先輩……私ね、参加した初日に先輩の事、ちょっと侮ってたかもって思うんだ」

 

 どういう事だろう……?

 

「私、新人だけどアイドルだもん。デビューまでの間は候補生としてしっかりレッスンやってたし、同じレッスンをしてる候補生の子たちも沢山見てきたつもり。……皆アイドルになりたくて、デビューしたくて、必死で。それでもダメで辞めていく候補生も沢山……

 だからかな。企画の課題として与えられただけで、どこまで頑張れるんだろう? って、心のどこかで考えてた気がする」

 

 軽くうつむきながら語る彼女。傾いた表情は暗い。

 周囲に、困惑しているような、微妙な雰囲気が流れる。

 プロデューサーや井上さんは止めようか迷っているようだ。

 二人に視線を送り、手で軽く合図。もう少し待ってあげてほしい。

 

「だけど初めて先輩のダンスを見た日。あの時から上手で驚いたし、毎日の練習でもぐんぐん上達していくし。課題をクリアしてもそれで良しとするんじゃなくて、もっと良くしようって気を緩めずに練習続けるし……そして何よりさっきのダンス。

 これまでで1番上手だったけど、それだけじゃなくて。アレクサンドラさんが話してた通り、先輩の気持ち、私もしっかり感じたよ」

 

 でも、だからこそ。

 

 彼女は俺を正面から見据える。

 その視線には、これまでよりも力強くまっすぐな熱意を感じた。

 

「私、今“負けたくない”って思ってる……こういう時、本当だったら頑張ったね! とか、すごいね! とか言うべきだと思うけど、それが正直な気持ち。私、アイドルとして先輩に負けたくない。それが、今日まで先輩の練習と結果を見た、私の正直な感想」

 

 彼女のオーラは普段、情熱の赤と楽しそうな黄色。そこに青が混ざる。

 しかし今ははっきりとした紫色だった。

 情熱と冷静さを兼ね備えた、うつくしい紫色。

 演劇に対するエリザベータさんの色に限りなく近い。

 

 自然と口元が緩む。

 

「……ええっと……」

「!」

 

 堂々と宣言した後の事を考えていなかったのだろう。

 どうしていいかわからなくなったように、彼女はうろたえ始めた。

 その様子がおかしくて、ついつい笑ってしまう。

 

「ちょっ、笑わないでよ先輩!?」

「ごめんごめん、でもあんだけ堂々と言い切った後にうろたえるから、おかしくて……」

「むー!」

 

 おっと。可愛いらしい口調だが、わりと本気で怒り始めた。

 

「悪かった。それにしても、まさか宣戦布告されるとは」

「うっ……」

 

 ばつが悪そうな顔をする彼女へ、今度こそ真剣に語りかける。

 

「……それだけのダンスになっていた。そう思ってくれたんだな」

「! そう! それは間違いなく、私の正直な気持ちだもん!」

「未来のスーパーアイドルがそこまで言ってくれるなら、何よりも嬉しいほめ言葉だ」

 

 彼女の言葉には後ろ向きな感情がない。

 その意図をスタッフの方々も誤解せずに済んだようで、

 

「これが青春……!! 葉隠君もりせちゃんも、ナイスなハートよッ!」

 

 アレクサンドラさんの叫びと、周囲は前以上に明るい雰囲気に包まれた。

 

「?」

 

 撮影関係者以外の後ろで、放送委員が慌ただしく動いている……

 様子がおかしく感じたので、プロデューサーの判断を仰ぐ。

 

 ……カメラは回っているが、気にせず話しかけていいそうだ。

 

「何かありましたか?」

「それが、来客が退出してくれないんだよ。講堂で行うプログラムはすべて終わったってアナウンスしてるんだけど……」

 

 どういうこと?

 

「先輩、何か聞こえない?」

『……ア……ル……アン……ル』

 

 観客席とステージを阻む2枚の緞帳(どんちょう)

 講堂で行うプログラムがすべて終わったから、今は両方降ろされている。

 その二枚の低くない防音性能を貫いて聞こえる声……!!

 

「これってもしかして……アンコール?」

 

 そういえばダンスの最終に身についたスキルがある。

 “セクシーダンス”……今のダンスで観客が魅了された?

 

「この場合どうするの? 先輩?」

「どうするって」

 

 アンコールの用意なんてないぞ!

 

「プロデューサー!」

「困ったねぇ……ただ終わりです、帰ってください。と押し通すこともできるけど」

「ちょっと味気ないわよねぇ」

 

 それには同意する。ここまできて最後が冷めるのは嫌だ。

 

「なら予定に無いけどもう一回、本当に最後のステージをやっちゃいましょうか!」

 

 もう一度踊ることになった!

 

「みんな元気ねぇ~!! その元気な声にお答えして、また出てきちゃったわよぉ~!!」

「アンコールありがとうございまーす!!」

『ワーーーー!!!』

 

 も、ものすごい熱気だ……さっきから全く熱が冷めていない!

 

「残念ながらレパートリーの関係で、皆様、もう見たダンスになってしまいますが……それでもよろしいでしょうか!?」

『いいともーーーーー!!!!』

 

 快い返事が返ってきた!

 

「ありがとうございます! それでは……ミュージック! スタート!」

 

 俺の合図で曲が流れ始める。

 聞きなれた、とてもかわいらしい曲が……っ!?

 

「音楽違う! これ久慈川さんの曲!? 俺のは!?」

「ノンノンノン、アンコールで同じ曲だなんてナンセンスよ! ってことでアタシがお願いしたわ! あとアタシもこの曲、ステージで歌って踊りたかった!」

「私情かい!」

「ちょーっと待ったー! それ私のだから!」

「あ、ご本人登場」

「私も歌うし踊るよっ! 負けないんだから!」

 

 勢い任せで、だんだんカオスな状況になってきたけど、ここまできたら乗るしかない!

 

 全力で! かわいらしいアイドルのダンスを踊る!

 

 今度は熱気だけでなく、笑い声と黄色いオーラで講堂が満たされていく……

 

 そして笑顔の中、文化祭は終わりを迎えた。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 夜9時

 

 ~男子寮・自室~

 

 文化祭は無事終了。

 撮影スタッフもステージが終わるとただちに撤収。

 そして簡単な片づけをした後、先に一般の生徒が。

 実行委員や生徒会に属する生徒も少し遅れて帰宅となった。

 

 シャワーと夕食をすませて、携帯のアプリを起動する。

 

 ……会話ログを見る限り、やはり文化祭の話題。

 特に各自どのように過ごしていたかを話しているようだ。

 

 

 ――グループ名:影虎問題対策委員会――

 

 影虎 “ただいまー”

 会長 “おかえりー”

 順平 “おっ、影虎も戻ってきたな”

 影虎 “やっと汗を流せてスッキリしたよ”

 岩崎 “葉隠君、汗びっしょりだったもんね”

 友近 “影虎は帰宅のタイミングが悪かったな。もう少し早く帰ってれば、混みあう前に入れたぞ”

 副会長“生徒会にTVの仕事が重なったんだ、仕方あるまい”

 

 言いたいことを副会長が言ってくれた。

 しかしその文をきっかけに、新たな話が始まる。

 

 西脇 “そういえば葉隠君、またTVに出るんでしょ? その話、もう女子寮でガンガン話題になってるよ!”

 影虎 “男子寮でも話題になってるし、想定の範囲内。そっちは大丈夫だった?”

 Kirara “思いっきり質問攻めにされたよ!”

 岳羽 “テレビに関しては私たちも初耳だったんだけど……”

 影虎 “今日の正式発表までは、あまり口外しないことになってたからな”

 Kirara “お仕事なんだから守秘義務とかあるのは仕方ないけどさ……とりあえずこのグループ名は当分変えないことに決定!”

 

 島田さん、ささやかな仕返しのつもりだろうか?

 ちょうどいい機会だし、みんなには軽く話しておこう。

 

 テレビ出演について、これまでの経緯を説明。

 

 影虎 “というわけだ”

 友近 “つまり自分探しみたいなもんか”

 影虎 “そんな感じに考えてくれていいと思う。プロデューサーと俺の利害が一致したから引き受けたんだ”

 宮本 “でも演劇や生徒会の仕事の他にダンスまでやってたんだな。俺はそれが驚きだよ”

 影虎 “確かに今回はだいぶ疲れた。数日はゆっくり休むつもり”

 高城 “それがいいよ。明日の打ち上げには出られるんだよね?”

 影虎 “大丈夫。ダンスの撮影は今日で終わったし、その他の撮影は来週以降だから。明日は特に忙しくないよ。予定通り学校で午前中に後片付けして、午後にそのまま打ち上げって感じかな”

 

 例年通りであれば、文化祭の後は平日に授業を潰して後片付けを行うらしい。しかし今回は準備期間に授業時間を潰している。そのため休日である日曜日に後片付けを行い、その翌日の月曜日は通常通り授業を行うことになっている。

 

 その前に、クラスのみんなで打ち上げをしたい! という意見が多く生徒会室に届いたため、掃除が終われば教室で打ち上げをする許可が出ている。反対に校外での打ち上げは禁止。 打ち上げで羽目を外しすぎる生徒が出ることを危惧しての対応だ。

 

 Kirara “一応こっちでもお菓子と飲み物はある程度用意するけど、持ち寄りもOKだから”

 影虎 “島田さん。言い忘れてたけど俺、部室の厨房を使う許可とってある。あと貰い物の生ハムがあるから、ピザでも焼こうか? 他にも簡単なものなら作れるから、希望があれば連絡して”

 Kirara “葉隠君ナイス! こういう時に料理できる人がいると助かるよ~。あ、この間のケーキよろしく!”

 副会長“葉隠……お前、休むと言いながら仕事を増やしてないか……?”

 

 !! 気遣いが仇になった……だけどまあ、イベントの締めくくりだし。

 料理は気分転換にもなるからいいだろう。

 

 忙しい日々がようやく落ち着く兆しを感じ、夜をのんびりと過ごした!




影虎のダンスに久慈川が触発された!
久慈川は芸能活動への思いを強めた!
観客が魅了されていた!
影虎はアンコールを受けた!
影虎、アレクサンドラ、久慈川はかわいいダンスを踊った!


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211話 後片付け

 翌日

 

 9月21日(日)

 

 朝

 

「それじゃ分担して後片付けと教室の掃除、お願いね。他のクラスとの兼ね合いもあるから、早く終わっても午後までは打ち上げはじめちゃダメ。代わりに校庭とかの掃除を手伝うようにね」

 

 担任の宮原先生からざっくりとした指示を受け、後片付けの開始。

 だけど、

 

「捨てる物、これでいいね?」

 

 うちのクラスの出し物は演劇。

 教室はほぼ使っていなかったので、すぐにでも授業に使える状態。

 衣装や台本、小道具などは記念として持っておく人が多く、捨てる物もほとんどない。

 せいぜい背景に使っていた書き割りくらいだ。

 

 おまけにそれも昨日の帰宅前にゴミ捨て場へ運び込まれている。

 今日新たに捨てるものはゴミ袋がたったの3つ。

 誰か二人、がんばれば一人でも十分な量だった。

 

「んじゃ俺たちは校庭か」

「このまま行けばいいんだっけ?」

「校庭の担当は鳥海先生だから、先生に指示を仰げばいいよ」

「そうか。じゃ行こうぜ」

 

 捨てるゴミ袋を一つ担ぎ、移動する。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~校庭~

 

 昇降口から外に出ると、すぐに鳥海先生は見つかった。

 校庭に出る小さな階段に一人で座って……さぼってるようにしか見えない……

 

「鳥海先生!」

「! あら。一年A組ね。もうクラスの方は終わったの?」

「昨日のうちにあらかた片付いてたんで」

「そう、だったら早速手伝いなさい。見ての通りの状況だからね」

 

 校庭には来校者が捨てたと思われるゴミが所々に落ちている……

 

「はいこれゴミ袋。片っ端から拾って、この中に突っ込んで頂戴」

「せんせー! 分別とかは」

「その辺は適当にやっといて。とりあえず綺麗にするのが第一で」

 

 おいおい……

 

「相変わらず適当だな」

 

 順平のつぶやきに心から同意してしまった。

 

 とりあえず作業に入る。

 

 周辺把握によると……校庭よりもその周りにある生垣の中や物陰にゴミが多い。

 堂々とポイ捨ては気が引けるけれど、持ち歩くのはめんどくさい。

 見えないところに隠してしまえ。

 そんな風に、捨てた人の考えがなんとなく分かってしまう捨てられ方だ……

 

 見えにくい部分のゴミ拾いに没頭した……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午後

 

 ~部室~

 

 ちょっと早めに掃除を切り上げ、打ち上げ用の料理を作る。

 

 本日のメニューはみんなで分けて、軽くつまめるものが中心。

 みんながお菓子などを持ち寄っているので、量はそれほど必要ない。

 

 ピザとケーキ以外に注文も出なかったし、それだけでいいだろう。

 ただし、ケーキは同じものばかりだと芸がない。

 Mr.アダミアーノのレシピを参考に、種類を増やしておこう。

 

 ……ん? 電話だ。近藤さんから?

 

「はい、葉隠ですが」

『葉隠様、近藤です。いまお時間よろしいですか?』

「はい、今は大丈夫です」

 

 何かあったのだろうか?

 

『先日からの調査結果や、本部からの連絡等、皆様にお伝えしたいことがあります』

 

 長くなるので電話口ではなく、夕方に江戸川先生や天田も揃えて話がしたいそうだ。

 

 打ち上げも今から夜遅くまでは続かないだろう。せいぜい2、3時間。

 天田もそのくらいならまだ門限に余裕があるはずだ。

 後で集まることを約束し、電話を切る。

 

 ……

 

 後で、と言われると逆に気になってきた。

 

 何の話か? 良い話か? 悪い話か?

 

 気になる気持ちを抑えて、料理に勤しんだ!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夕方

 

 ~メゾン・ド・巌戸台~

 

「お待ちしていました。どうぞこちらへ」

 

 サポートチームの拠点に到着すると、速やかに前回顔合わせをしたリビングに通された。

 

「今日は全員集合……というわけにはいかないようですねぇ」

 

 確かに。元海兵隊員と元陸軍情報部の二人がいない。

 

「バーニーとチャドについてはまた後でお話します」

「何か、話の内容に関係がありそうですね」

「ええ、これはまず話を聞いたほうがよさそうですね……」

 

 両隣から二人の言葉。どんな話が飛び出すのか、若干の緊張を感じる。

 

 そうして近藤さんから受けた説明によると……

 

 まず始めに、アメリカのシャドウ問題対策本部の“表の顔”。民間軍事会社の設立準備が早くも整ってきたそうだ。十分に活動するにはまだしばらくの時間が必要だけれど、とりあえず会社の中核となるメンバーと最低限の人員は集まったらしい。

 

 まだ準備段階ではあるものの、

 

 警備部・開発部・情報部・広報部・人事部・経理部

 

 以上6つの部署を立ち上げる。

 

 全体のトップがコールドマン氏で、警備部のトップはボンズさん。開発部ではボンズさんの知人のミリタリーグッズ生産者をトップに据え、協力者として科学者のエイミーさんをトップに近い位置に置く。

 

 そして情報部のトップにはコールドマン氏の執事を勤めていたベリッソンさんが就任。公にはできないけれど、彼の裏に隠れてロイドも情報部で働くらしい。

 

 他にも警備部は戦力の補充、開発部は研究・開発、情報部は情報収集・処理の効率化のため、今後も人材を集めていくことになる。

 

 対して広報部・人事部・経理部はコールドマン氏が信頼する部下のみで構成される。

 

 集められた人材は必ず情報部が素性や経歴を明らかにして、精神鑑定を含む人事部のチェックを受け、最終的にコールドマン氏本人との面接をクリアした者のみを採用とする。

 

「迂闊に公にはできない情報を扱うことになりますからね。そのあたりは厳しく審査を行わざるをえません。そしてまだ先の、ある程度人員が集まった後の話ですが……ボスは葉隠様に協力をお願いしたいと」

「具体的にどのような?」

「社員や協力者など、選抜された人員に対し“シャドウの危険性”と“ペルソナ使いの力”を教える事です」

 

 シャドウを操るだけならアンジェリーナちゃんも可能。だけど召喚、日中にシャドウを用意できるのは現状で俺一人。俺が協力すればシャドウの危険性とペルソナの力を安全に教えられる、ということか。

 

「見返りとして、葉隠様には新たな“戸籍”をご用意します」

「……戸籍?」

「葉隠様は素顔とは別に、能力を用いた変装用の名前と顔がありますね?」

 

 地下闘技場用(ヒソカ)の事か。

 

「戸籍を用意すると言いましたが、厳密にはアメリカに戸籍というものはありません。代わりにSocial Security Number(社会保障番号)という物がありまして、銀行口座の開設からアパートの契約、保険の契約、様々なことに使われます。アメリカで生活をするなら必須と言っても良いでしょう。

 通常は出生と同時に申請され取得するのが普通ですが、そのあたりはボスの伝と権力でどうとでもなります。例えば……裏で金を払えばなんでもやる医者を探し、対価を払って出生証明を一筆書かせる程度は造作もありません」

 

 それを使って“ヒソカ”という張りぼての名前と顔に、国籍と社会保障番号。ついでに外見相応の年までの経歴を用意すれば、書類上は“人間”にできる。

 

「そうすればパスポートを作って堂々と入国することも、就職も可能になる……」

「万が一、姿を隠さなければならない状況に陥ったとしても、別人として人並みの生活を送れます。手続きのため渡米する必要はありますが」

「そちらの仕事のついでに行える。ということですね」

「……それ違法行為なんじゃ……」

 

 天田は正しい。

 しかし俺にとっては今さらだ。

 この一年で何回法を破ったかわからない。

 記憶を引き出して数えれば分かると思うけど、数えようと思えなくなっている。

 

「影時間でやってることなんか、法に照らし合わせたら大体違法だよ」

「……言われてみればそうですね」

 

 考えるべきは有用か否か。

 偽の経歴を作ってもらった場合。

 ヒソカの社会的な情報は全部あちらに筒抜けだけれど、できることの幅が格段に広がる。

 

「いつごろ渡米すればいいのでしょうか?」

「あちらの根回しもありますし、学業や仕事のスケジュールを考えれば冬休みのあたりが適当かと」

 

 だいぶ先、でもないか……もう9月も終わりだし、ほんの3ヶ月だ。

 

「この件は1ヶ月前までにご連絡いただければ結構です。ご検討ください」

 

 やるかやらないかは俺に任せる、ということらしい。

 近藤さんの話が続く。

 

「アメリカの騒動ですが、政府はやはりテロと見て警戒を維持しています。しかし新たな犯行も予告も要求もないため、それ以上の動きはありませんね。シャドウの被害者は多く出ましたが、現在はほぼ全員が回復し日常生活に戻っています」

 

 ほぼ(・・)全員。

 

「戻れていない方は?」

「被害者全体の1%にも満たない人数ですが……無気力症からは回復したものの、高齢や持病などで無気力症以外の症状の治療を要する方々。それからブラッククラウンや化け物を見たなど、記憶の混乱に悩まされている方が大半を占めています。前者は病院で治療を受ければ普通に回復するでしょう。

 後者の方々は、今のところ何とも言えません。しかし症状の重い患者の一部には、影時間の出来事をかなり鮮明に覚えている方もおり、ボスが手配した病院に、テロ被害者支援の名目で集めていますね。今後、治療と経過観察を続ける方針です」

「重篤な記憶の混乱……気になりますねぇ……」

「まだなんとも言えませんが、容態に変化があればすぐに連絡するとの事です。また、状況によっては葉隠様に“制御剤”の手配をお願いするかもしれません」

「分かりました。資金さえ用意していただければ、ストレガとの交渉窓口になりましょう」

「ありがとうございます」

「葉隠様、こちらを」

 

 ハンナさんから一冊のファイルを渡された。

 

「偽の経歴をご用意いたしました。窓口となっていただく場合は、必然的に彼らと接する機会も増えます。何か尋ねられた際にご活用ください」

 

 なるほど。

 職業が探偵とか、ストレガに対して言ったブラフ()がしっかりと補強されている。

 内容を記憶してファイルは返却。

 

 その後も情報交換を続け、最後の話題は“コロ丸”について。

 

「調査の結果、コロ丸様の事前情報と現実に齟齬が見つかりました」

 

 もう調査していたことにも驚きだが、何か間違いがあったか?

 確かに先日のトイレのように忘れていることもあるけれど。

 

 自分の記憶を疑いつつ、聞いた言葉は衝撃的な内容だった。

 

「コロ丸様の飼い主は長鳴神社の神主を勤め、シャドウに襲われ死亡した、というお話でしたが……我々の調べによると、長鳴神社の神主はご存命です。亡くなっていません」

 

 ……? どういうことだ? 長鳴神社の神主が亡くなっていない? しかし以前、勉強会の最後にみんなで神社に行った時には、山岸さんがそんな話をしていた覚えがある。

 

「待ってください、あの神社の神主さんが亡くなったって話は僕も知ってます。間違いないはずです」

 

 天田も似たようなことを考えたようで、疑問を口にする。しかし、

 

「おそらく、それは前任の神主でしょう。そちらの方は確かに亡くなられたという情報が入っています。ですが死因は肝臓病の悪化で、亡くなる2週間ほど前から辰巳記念病院に入院していたそうです。影時間の出来事が一般的に起こりうる出来事に置換されたとしても、長鳴神社と病院では場所が違います」

 

 何よりも、事実として今の神社にはちゃんと神主がいるそうだ。

 名前は“(さかき) 源蔵(げんぞう)”。

 それを聞いて思い当たることがあった。

 

 それはまだ6月に入って間もない頃、初めてスキルカードを複製した帰りに出会った、コロ丸の飼い主。無くなった神主の息子だったはず……でも、

 

「その人が俺の考えている通りの人なら、別の仕事を持っていたはず……」

「はい、確かに彼は先月まで(・・・・)サラリーマンでした。会社を退職し、現在は長鳴神社の神主を勤めています。元々跡取り息子として育てられていたようで、神職につくための資格や伝は前々から持っていたようです。

 また、バーニーとチャドを“神社に興味のある外国人”として接触させ様子を見ていたところ……家を出て就職したため父親に預けていたが、コロ丸様は自分が拾った犬で、“虎狼丸”と名付けたのも自分であると、本日の昼ごろ、本人の口から聞けました」

 

 コロ丸と名付けたのは亡くなった神主。そして彼も今は(・・)神主。

 どうやら俺は思い違いをしていたようだ……そうなると、

 

「まだ生存を確認していますが、葉隠様の情報が正しければ、そう遠くない未来に彼は亡くなるでしょう」

 

 いつ襲われるのか見当がつかない。

 けれど、看過するわけにもいかない。

 

「……対策を考えます」

 

 文化祭、ダンス、収録。

 様々な事で忙しい日々が一段落したと思った矢先に、新たな問題が発生した……




影虎はクラスメイトと文化祭の片づけを行った!
影虎は打ち上げ用の料理を作った!
サポートチームから連絡が入った!
サポートチームと情報交換を行った!
影時間用の“偽の経歴(裏工作済み)”を手に入れた!
影虎は“神主の生存”に気づいた!


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212話 神社の警備

 影時間

 

 ~長鳴神社~

 

 サポートチームから、原作では亡くなるはずの神主が生きているという事実を聞いた。

 いつ襲撃が行われるかわからないので、とりあえず天田と様子見に来たけれど……

 今のところ目に見える異変は無いようだ。

 周辺把握にも今のところ、俺たち以外に動くモノの反応は無い。

 

「……天田、動きにくくないか?」

「背中が少し突っ張る気がします。でもそんなに問題はないと思いますよ。足元はしっかりしてますし」

「ん~……一応サイズは余裕を持って作ったと思ったんだけど。やっぱりコントロールがまだ甘いか」

 

 天田には装備の上から服の型で(・・・・)召喚した偵察用シャドウを着てもらっている。

 全身を包むツナギに覆面をかぶせたようで、不恰好だが効果はちゃんと出ている。

 目的は桐条先輩の探査妨害。

 タルタロスよりも巌戸台分寮が近いので、より一層の注意が必要だ。

 

「そんなに気にするほどでもないですよ。足元はしっかりしてますし。今度からタルタロスに行く時もこれでいいんじゃないですか?」

「ストレガには俺が誰かと行動してると知られたくない。棺桶ならまだ人攫いで通じる」

「それで通じるんですか?」

「影時間使って人殺しをしてる奴らだ。否定はしないだろうし、できないだろ。やる事は違っても、同じ穴の(むじな)になったと思わせておけば良い。合うたびに俺を観察している節はあるけど、犯罪行為にそれほど興味を持つとも思えない」

 

 幸いサポートチームの方々から色々と便利に使えそうな、嘘の仕事内容を教えてもらった。

 使わないのが理想だけど、言い訳はある。

 

「先輩、ちょっと変わりましたね」

「……それ桐条先輩にも言われたんだけど、そんなにか?」

「変わってますよ。はっきり感じたのは帰国してからですけど……たぶん、ルサンチマンを使ってから。なんだか良い方向にも悪い方向にも躊躇が無くなってる気がします。……ルサンチマンの後遺症ですか?」

「後遺症、というのは少し違うかな」

 

 結局のところあれも俺自身。

 ドッペルゲンガーに戻っても、消えたわけじゃない。

 進化をさせたあの時、あの瞬間に生まれたわけでもない。

 昔から今までずっと俺の中にあるんだと思う。

 ただそれを自覚したことで、多少素直になった可能性はある。

 

 でも何も知らない振りをして桐条先輩の動向を探ったり、地下闘技場に通ったり。

 ルサンチマンを使う前から悪事に手は染めていたし、必要と思えば嘘もついてきた。

 

「元からこんな感じだった気がするから、やっぱりそんなに変わった実感はないんだよな……」

「……そこまで考えこまなくても。というか、僕が言えることでもないですよね」

「確かに天田の目標は明治6年から法で禁止されてるが……犯罪行為に対して疑問を抱くのは間違ってないと思うぞ」

 

 天田のぺルソナは“義憤”の女神、アルカナも“正義”だ。

 復讐を望んでいても、犯罪に対する忌避感、正義感は常識的なものを持っているんだろう。

 

 気まずい沈黙が流れる……

 しかし、天田が心の内に抱える迷いに気づけた。

 天田との関係が少し深まった気がする……!

 

「天田、動くモノを感知した」

「! 敵ですか」

「いや、この大きさと形は犬だ」

 

 影時間に動ける犬といえば一匹しか知らない。

 もう適性を持っているとは思わなかったけど。

 

「向こうはこっちに気づいてるらしい。慎重に近づいてきてる。できるかぎり友好的に接触するけど、気をつけろよ。最悪ペルソナの魔法が飛んでくると思え」

「はいっ!」

「ッガウッ!」

 

 天田の声に応じるように、公園横の茂みからコロ丸が飛び出してきた。

 

「グルルルル……」

 

 牙をむき出して唸るコロ丸に正面から相対。

 ゆっくりと手を広げ、武器を持っていないことをアピール。

 

「夜遅くに失礼。だけど敵意は無い」

「グルルルル……」

 

 ルーンの力を使う必要も無く、オーラだけでその感情がわかった。

 警戒は募るばかり。そして、

 

「ガウッ!」

 

 飛びかかるコロ丸。

 牙が、爪が、前に出た俺の喉に迫る。

 

「っ!」

 

 それをあえて避けずに腕で受けた。

 

「グフン!?」

「先輩!?」

「……結構痛いな……」

 

 牙は届かないが、強く圧迫される。

 コロ丸の顎の力は思いのほか強かった。

 しかしその代償として、コロ丸の機動力が大きく削がれている。

 この隙に、パトラを使用。

 

「!? ……? ……??」

 

 おっ? 自分に何かされた、ということは自覚できたようだ。

 ただ、何も変化が無いのに戸惑っている?

 とりあえず、

 

「少し落ち着いてくれたかな? こちらに君と戦う意思はないんだ。コロ丸。もちろんここを荒らすつもりもないし、人に危害を加えるつもりも無い」

「……」

 

 コロ丸はそっと口を離してくれた。

 しかしまだ警戒は解かれていない。

 まぁ、顔も見えないこんな格好(忍者装束)じゃ仕方ないかもしれないけど。

 

「先輩、怪我は?」

「大丈夫。ドッペルゲンガーの下に防具を着込んだ上からだから」

 

 噛まれた腕部分を露出させ、天田に無傷だと示す。

 すると、

 

「……クウン?」

「おっ、何だ? ちょっ」

「フンフンフンフン!!」

 

 コロ丸が腕の匂いを嗅ぎ始めた。

 そして、

 

「フンッ」

 

 綺麗なおすわり。警戒も解かれたようだ……

 

「どうした? 急に」

「ワフン」

 

 ?

 

「敵じゃないって分かったんじゃないですか?」

「匂いで? ……あ! まさか」

 

 コロ丸とは何度か会った事がある。

 もしかしてその時の匂いを覚えてるのか?

 

「ワフッ」

 

 当然! とでも言いたげだ。

 

「じゃあ、僕も分かるかな?」

 

 天田も右手だけシャドウの服から出してみた。

 

「フンフン……!! ハッハッハッハッ!!」

 

 コロ丸は嬉しそうだ!

 

「だいぶ懐かれてないか?」

「先輩に会う前までは、学校帰りにここに来る事も多かったんです。それで時々給食の残りのパンとかあげたりしてたから」

「ああ、なるほどな」

 

 天田のおかげで警戒が解けたので、落ち着いて事情を説明。

 

 すると驚いたことに、コロ丸は影時間やシャドウの存在を知っていて、説明すればあれの事かとすぐに理解した

 

「いったいいつから」

「ク~ン……」

「先輩、何て言ってるんですか?」

「……魔術の効果がまだ弱いのか、雰囲気しか分からない。けどだいぶ前から知ってたみたい」

 

 だからコロ丸は影時間になると、神社周辺をこっそりとパトロールするのが日課だったらしい。

 

 確かにコロ丸が具体的にいつから適性を持っていたか、という情報はなかったけど……でも、影時間とシャドウを知っているなら話が早い。

 

 俺達はシャドウを倒すために活動している。

 近いうちにここにシャドウが現れる。

 ある程度予測ができるとコロ丸に伝えたところ……

 

「ワフッ」

 

 ここを守るのは自分の仕事だ。

 

「と、言いたいようだ」

「でも……」

「分かってる」

 

 こうしてしばらく交渉を続けた結果、俺達が影時間の神社に来るのは認めてくれた。

 しかし仲間になるわけではないので、そこは今後の努力が必要。

 ひとまずは俺と天田の存在を他言しないよう、口止めをしておいた。

 

 他言も何も、こんなこと誰に話せばいいんだ……的な目を向けられたけど。

 

「俺達にとっては重要なんだよ」

「ワフゥ……」

 

 真剣に念押しすると、分かってくれたようだ。

 とりあえずこの件については協力者が増えた、ということでいいだろう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 9月22日(月)

 

 朝

 

 ~教室~

 

「おは……何やってんの?」

 

 クラスメイトが教卓の前に集まっている。

 そこに集まられると座れないんだが……

 

「あっ、葉隠君来た!」

「影虎ー、またなんか騒がれてるぜ。マスコミって人の事をすぐネタにするのな……」

 

 ややうんざりした顔の順平が持ってきたのは、

 

「げっ、週間“鶴亀”じゃん」

「今回は文化祭の事がネタにされてる。ほとんど演劇の事だけど」

 

 ……本当だ。西脇さんの言う通り、ほとんど演劇の事しか書かれていない。ダンスについては最後にほんの少しの情報が付け加えられているだけ。それも相変わらず俺のことを褒める方向の記事で、雑誌全体の雰囲気から若干浮いている。

 

「あんだけ盛り上がってたんだし、Ms.アレクサンドラとかカメラが来てたのにな」

「テレビ番組の撮影だから、配慮したとかじゃない? ほら、ネタばれにならないように、とか」

 

 憶測が飛び交う教室で、目に留まるのは演技をしている俺自身の写真。

 

「どうした? まだ変なところがあったか? 悪口とか」

「宮本……いや、書かれていることは特に変じゃないんだけど」

 

 問題は掲載されている写真。

 角度からして、どう見ても講堂の客席から撮られた写真だった。

 

「演劇に関しては文章も臨場感たっぷりに書いてあるし、たぶん鶴亀の記者があの場にいたんだなと思ってさ。名前は……“北川”らしい」

 

 文末に名前が書かれている。

 写真のポーズから撮影されたシーン、そして時間の割り出し。

 当時の俺の立ち位置を把握。さらに取られている角度から講堂のどのあたりかを確認。

 演技中に見えた観客席の記憶と照らし合わせ、撮影者候補の顔と背格好も特定した。

 これと名前があれば、サポートチームの方々なら特定できるだろうか?

 とりあえず先輩やサポートチームに報告して、要注意対象としておこう。

 

「まぁ、特に悪いことが書かれてるわけでもないし。この記事で炎上とかはないだろ」

「どっちかっつーとテレビ出演の方がよっぽど騒がれてるよな」

「だよねー」

 

 みんなが笑っている。

 どうやら記事の内容には誰も興味が無かったようだ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~教室~

 

「起立! 気をつけー、礼!」

 

 今日の授業が終わった。

 

「だはーっ! つっかれたー!」

 

 先生が教室を出ると同時。

 順平が机に突っ伏した。

 

「大丈夫か?」

「大丈夫……じゃねぇかも……」

「おいおい……」

「なんかさー、今日の授業、急に難しくなった気がしねー?」

「“授業が難しくなった”と言うよりも、“進行速度が上がった”って感じはしたな」

 

 文化祭準備で遅れた分を取り戻すためだろう。

 

「10月中旬にはまた定期考査があるしな」

「定期考査……ガクッ」

 

 あ、順平の心にクリティカルヒットした。

 そういえばこいつ、前回のテストが散々だったっけ。

 

 ……色々思い出した。

 

「夏休み前に“教科書ガイド”を薦めたり、速読の本貸したりしたよな? あれで勉強とか復習は」

「……」

「……三日坊主か」

「部屋のどっかには、あると思うな……ハハハ……あ、話変わるけど、今日暇か?」

「ああ、部活は休みにしたから時間はあるけど」

「よかったらちょっと遊び行かねー?」

 

 順平はやっぱり順平のようだ。

 

 でも誘いには乗ることにした!

 

「おっし! んじゃ着替えてから巌戸台な。新しいゲーセンができたんだってよ」

 

 順平は良くも悪くも明るく笑っている……




影虎と天田は長鳴神社の警備を始めた!
天田との関係が深まった!
影虎と天田は警備初日からコロ丸と遭遇した!
コロ丸と協力することになった!
週間“鶴亀”の記者が文化祭に紛れ込んでいた!
影虎は順平と遊ぶことにした!


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213話 発展途上

 夕方

 

 ~巌戸台・ワイルダックバーガー~

 

 巌戸台のゲームセンターで遊んだ後、食事をして帰ることになった。

 

「いらっしゃいませ」

「よっしゃ、何食う? 俺腹減ったからガッツリいこうと思うんだけど……あ、照り焼きいいじゃん! 照り焼きバーガー二つと、ポテトのM一つ。ナゲット五個入りお願いしまーす」

「かしこまりました」

「影虎は?」

「……俺は、あれにする」

 

 天井付近から垂れ下がる広告を指差す。

 

 もっとたくさん食べたいな~……お客様のそんな言葉にお答えした新商品。

 大きさは何と“ビッグダックバーガー”の5倍! その名も“オメガダックバーガー”!!

 満を持しての販売開始!!

 

「……え、マジ?」

「オメガダックバーガーでよろしいのですか?」

「お願いします」

 

 注文すると、店員さんが本気で? という顔をして確認してきた。

 後ろに並ぶ客もざわめく。カウンターの中の調理場もざわめく。

 客はともかく、店員さんは自分が売ってるのにその反応はないんじゃないか……?

 

「以上でよろしいですか?」

「あとポテトのLサイズを二つと、アップルパイ一つ。飲み物は“剛健美茶”、これもLサイズで」

「かしこまりました。お席へお持ちしますのでこちらの番号札を持ってお待ちください」

 

 会計をすませて適当な席へ移動。

 すると座った矢先に順平から驚きの声が出た。

 

「まさか本当にオメガダックバーガーを注文するとは思わなかったぜ……結構食うのは知ってたけどさ、食えるのか?」

「多分問題ないと思う」

 

 ビッグダックバーガーが普通のバーガーの倍。

 その5倍だとバーガー10個分になるネタ商品だけど……

 アメリカでの大食いチャレンジ、さらにこの間も定食を三つ食べた事を話す。

 

「いつのまにか影虎がフードファイターに……そういえば影虎ってこういうファーストフードとか食べるのか? てか、食べていいのか? ほら、スポーツマンとして体に気を使ったり、栄養バランスの管理とか」

「気にするほどの制限は無いよ。まあファーストフードばっかりは良くないし、外食は“わかつ”とか“はがくれ”を利用することが多いけど。たまにはいいと思うし。昨日なんか江戸川先生からも薦められたからね」

「? どういうこと?」

 

 それは文化祭の後のこと、調べてみると8%だった体脂肪率が、5%まで落ちていた。

 

「マジで? 大丈夫なのか?」

「プロの格闘家とかボディービルダーだと、大会中はもっと絞るらしいよ。俺も今のところ体調がおかしいとは思わないし、体脂肪の問題は今に始まったことじゃないし。ただこの前は演劇とダンスの練習でハードだったなー、って感じがするだけ」

 

 ただし現状、俺は意図せず痩せている。

 つまり体脂肪率をコントロール出来ていない。

 それが先生方の懸念の一つになっている。

 

「仕事の事もあるし、もしかしたら年末あたりにまたアメリカに行って、データ収集を兼ねた診察を受けるかもしれない。だけど当面はこういうものも食べてみたらどうかと」

 

 体に必要な栄養素を寮の食事とサプリメントでしっかり摂った上で、カロリーの高いファーストフードも食べる、と言うことであれば直ちに問題はないだろう。ということだ。

 

「つまりはとにかく食え、ってことで」

「へー、んじゃこれからも誘っていいんだな」

「もちろんだよ」

 

 順平は安心したようだ。

 それはつまり俺の体調を案じていてくれたと言うこと。

 順平との絆を感じる。

 

「そういえば順平、懐具合は大丈夫なのか?」

 

 今日はゲームセンターでだいぶ散財したように見えたけど……

 

「おう! 今のオレッチはリッチだからな! ほら、夏休み前にバイト紹介してもらったじゃん?」

 

 ……そういえば。

 岳羽さんや山岸さんにバイトを紹介した時、順平たちにも出来る限り紹介したんだっけ。

 

「あったな、そんな事も。いくつか紹介したよな? 結局どこで何やったんだ?」

「巌戸台博物館の雑用スタッフ。ガッツリ稼いで夏休みは女の子とエンジョイ! って思ってたんだけどさ~……」

 

 黙って愚痴を聞いていると、すぐに分かった。

 

「一緒にエンジョイしてくれる女の子が見つからず、空っぽの予定にバイトを入れた結果、稼いだバイト代を使う機会も無くて丸々残ってる。ってことか」

「おかげであの博物館のこと、かなり詳しくなっちまったぜ……しかも最後の方はバイトリーダーとか頼まれたしな」

「夏休みのバイトで?」

 

 経験短いだろうに、よくそこまで出世したな。

 そう言うと、順平は呆れたように否定する。

 

「一緒にバイトしてた人たちが、一気に辞めちまっただけなんだよ」

「そりゃまたどうして?」

「仕事中に原因不明の変な物音がする、って噂が流れただけなんだけどな? ほら、博物館って古い物が大量にあるわけじゃん? なんか幽霊とかそんな話になっててさ」

「……また幽霊か。なんか最近多いなぁ、その手の話」

「そういや学校でもつい最近あったよな。あれはリアルな話らしいけど、こっちのはタダの噂っつーか、都合よく辞める理由に使ったんだろ。辞めた人、館長の話がうぜーうぜーってしょっちゅう言ってたし。オレッチ、誰よりもシフト入れてたけど幽霊なんか一回も見てねーしな」

 

 ああ……あの館長の話は確かに長かった……

 

「お待たせいたしました! “オメガダックバーガー”のお客様」

 

 おっ、注文していたバーガーが届いた。

 

「ありがとうございます」

「実際に見るとまたスゲーな……」

 

 トレーの半分以上を巨大なバーガーが覆い隠している。

 これは食べ応えがありそうだ!

 

「さて、食うか」

「おう! ところで何の話してたっけ? バーガーの印象で吹っ飛んだわ」

 

 順平と馬鹿な話をしながら、“オメガダックバーガー”を食べた!

 ……味は普通のバーガーと変わりなかった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~長鳴神社~

 

「なるほど、こんな感じか」

 

 神社の警備中。

 シャドウが来ないとやる事がないので、負担にならない程度に魔術の研究と開発を行った。

 

 

 ・ルーン魔術研究記録

 記録日時:10月22日影時間

 

 今日のテーマは“全体(複数の対象)に効果のある魔術”。

 

 先日の文化祭の最中、

 味方全体の攻撃力を上昇させる“マハタルカジャ”

 味方全体の恐怖・混乱・動揺を回復させる“メパトラ”

 上記2つの魔法を習得。

 

 この二つを使用した感覚と魔力の流れを参考に、実験を行った結果をまとめる。

 

 

 1.魔術の改良(広範囲化)

 必要なのは3つの要素。

 1つは単体に効果を及ぼす魔術のルーン。

 もう1つは“ハガル”のルーン。

 最後の1つは単体よりも多くの魔力。

 

 この3つで……

 魔術のルーンで効果を定義する。

 嵐という意味のある“ハガル”で効果を広範囲に拡散させる。

 拡散による効果の減衰を抑えるためのを魔力を追加する。

 この手順を踏んだ結果、魔術の効果範囲を広げることに成功した。

 

 

 2.対象設定(敵味方の区別)

 1で魔術の効果範囲を広げることには成功したが、そのままでは対象を選択できない。

 コロ丸を敵役に、強化魔術で実験したところ、味方と敵の両方を(・・・)強化した。

 このままでは補助魔法は相手も強化し、攻撃魔法は味方をも傷つけてしまう。

 よって敵味方を区別し、対象を選択できるようにすることが必要となる。

 

 この問題を解決するため、最終的に組み込んだのは“ティール”と“エオロー”のルーン。

 

 ティールは勝利を意味し、敵対者へ魔術の矛先を向ける。

 エオローは仲間を意味し、自らと協力する仲間へ魔術を向ける。

 

 また、この二つのルーンは奇しくもそれぞれ“矢印↑”と、アルファベットのIとYを重ねた形、つまり“先端を反転させた矢印”にも見える。偶然か? 意味と形状に整合性があるように感じて不思議だ。

 

 

 3.新魔術

 1と2により、単体魔術の全体化に成功。

 強化の魔術を一度に味方全体にかけられるルーンが開発された。

 また実験に成功した際、新たに“マハスクカジャ”と“マハラクカジャ”を習得した。

 

 以前もこんなことがあった気がする……

 魔術の開発に成功すると、同じ効果の魔法が手に入るのだろうか?

 正直、開発に成功した後に習得できてもありがたみが半減するんだけど……

 習得できるだけマシか。

 

 それにしても今日の実験はスムーズだった。

 参考になる魔法を習得済みだったことも大きいけど……

 なんとなくルーン魔術への理解が深まってきた気がした!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 9月23日(火)

 

 放課後

 

 ~アクセサリーショップ・Be Blue V~

 

「ウフフフ……魔術師としても順調に成長しているのね」

 

 奥で商品のポップを書きながら、昨夜の研究結果を話すと、オーナーは笑い始めた。

 

「楽しそうですね」

「人が成長していく姿を見るのは楽しいものよ。それで……目的とルーンが一致する感覚に気づけたのよね? その感覚を大切にして、ルーンへの理解を深めていけば、よりルーンの力を引き出すこともできるようになるわ」

「あの感覚を大事に」

「そう。ルーン魔術には象徴的なルーンを組み合わせる“バインドルーン”、ルーン文字をアルファベットに対応させて書き記す“記述式”、そしてかつてはルーン文字を発音することで魔術を発動する、“ガルドル(呪歌)”という魔術も存在したと言われているわ。

 私達が使うのはバインドルーンと記述式だけど……それでも、違う方法でも魔術は効果を発揮する。それは分かっているわよね?」

「改めて考えたことはありませんでしたが……バインドルーンは抽象的なイメージの組み合わせですし、記述式はそもそも別の文字にいったん置き換えたりしていますよね」

 

 オーナーは笑顔で頷いてくれた。

 

「大切なのは“概念”よ。使用者が目的である概念を明確に定義して、ルーンに込める。それさえできれば、描くでも、書き記すでも、発音するでも魔術が効果を発揮するの。難しく考える必要はないから、自分の中で作ったルーンが“しっくりきた”と感じたら素晴らしい事だと思って、大切にしてちょうだい。それを積み重ねるごとにあなたは成長していくわ」

 

 頭で理解するより先に、実感のようなものが湧き上がってくる。

 ……アドバイスを受けて、ルーン魔術への理解が深まった!

 

 「ところで話が変わるのだけれど……この前の件。ゆかりちゃんにアクセサリーの作り方を教える話だけど、明日の閉店後でいいかしら?」

 

 明日の夜か。スケジュールは空いている。

 

「なら明日の夜にしましょう。ビーズアクセサリーの準備をしておくわね」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 

 ……それにしても、岳羽さんは何を考えてるんだろう?

 あの時は演劇やダンスの事があったからか、あまり気にならなかったけど……

 今思い出すと、話を持ちかけた時の彼女のオーラが気にかかった。

 

「その事だけど、大体予想はつくわ」

「何か心当たりが?」

「たまに相談される内容よ、きっと……とりあえず、彼女の事は私に任せて頂戴。何かあった後のフォローだけお願いして良いかしら」

「もちろんです。ただ何かあった場合とは? あと、どんなフォローを?」

「それは知らない方がいいと思うわ。まだ確定じゃないし、知っていると逆に話を聞いてもらえなくなるかもしれないから」

「……承知しました」

 

 この件はオーナーにお任せしよう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~ポロニアンモール~

 

 バイトが終わり、店を出てまもなく携帯が鳴る。

 

「はいもしもし。近藤さん? どうしました?」

 

 ……どうやら連絡事項があるようだ。路地裏へ行こう。

 

『目高様からスタジオでの撮影と次回の課題について、軽く打ち合わせをしたいとの申し入れがありました。明後日の夜7時頃を希望されていますが、ご予定は』

「問題ありません。よろしくお願いします」

『かしこまりました。それからもう一件、ネットでの評判なのですが……』

 

 何か問題が?

 

『色々と話題になってはいますが、葉隠様については想定の範囲内です。しかし、話題が江戸川様にまで波及しているようでして……』

「江戸川先生に?」

 

 詳しく話を聞くと、俺が所属する部活の顧問であることに加え、なぜか文化祭で売り出したカレーやカレーパンがじわじわと話題になり始めているらしい……

 

『カレーパンについては葉隠様が商品開発に協力したという話から、広がっているようです』

「いったいどこからそういう話は漏れるんでしょうか……」

『昨今は携帯電話の普及と多機能化が激しいですからね。一人一人がスパイツールを持ち歩いているようなものですよ。葉隠様ほどの話題にはならないと思いますが、念のため観察を行います。何かお気づきになりましたらご連絡を』

「わかりました。ありがとうございます」

 

 ……また変な話になってきた。

 いつもながら、状況の変化が読めない……




影虎はワイルダックバーガーで大食いチャレンジをした!
順平から博物館の噂を聞いた!
影虎はルーン魔術の実験を行った!
“マハスクカジャ”と“マハラクカジャ”を習得した!
江戸川のカレーが話題になっているようだ!


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214話 動き始めた鶴亀

 夜

 

 ~自室~

 

「ん……また電話か。もしもし?」

『あ、葉隠? 俺、俺だけど』

「……詐欺か」

『違う違う! 中川だよ!』

「中川、ああ!」

 

 中学時代のクラスメイトだった。

 しかし何の用だろう? こいつはクラスが同じだっただけで、別に仲良くはない。

 

『思い出したか』

「思い出した思い出した、で、どうした?」

『なんか最近凄いらしいじゃんお前。テレビとかニュースにバリバリ出ててさ、これからも出るんだろ? こっちにも取材がバリバリ来ててさ』

「取材? そうなのか?」

『ああ、もうバリバリよ。どこの雑誌かは忘れたけど、俺も矢口って記者から取材受けてさー』

 

 軽い語り口から、聞き逃せない名前が出てきた。

 

「矢口? 記者の名前は矢口で間違いないのか?」

『え? ああ、間違いないぜ。今の彼女と同じだったから、それは覚えてる。何、知り合い?』

「前に取材を受けたことがある。その人、中川にだけ取材したのか?」

『俺以外にも声かけられたってやつ結構いるぜ? 基本、中学のクラスメイトだと思うけど。どんな生徒だったかとか、仲の良い奴とか聞かれたし。あ、もちろんめちゃ持ち上げといてやったぞ?』

 

 矢口が俺の地元で、俺の中学時代を探ってる……これは悪い予感がする。

 

『でさ、もしよかったらなんだけど、今度合コンしねー? 俺とお前でかわいい子集めて』

「ゴメン。これから色々あるから、そういうのダメなんだ。テレビ出演は短い間だけど問題があるとまずいからさ」

 

 中川の提案は柔らかく、だがきっぱりと断る。

 

『あっそ……んじゃまた機会があったら、ってことで。その気になったら教えてくれよ』

 

 電話が切られた……

 

 そういえばあいつチャラ男だった。 まぁまぁイケメンで、女子には人気があって。だから中学時代地味なグループだった俺とは全くと言っていいほど関わってない。

 

 なのに突然連絡してきたと思えば、女の子を集める口実にしようとしやがったな。

 

 有名税ってやつなのかな……それはともかく近藤さんに連絡しておこう。

 

 中学時代のクラスメイトに裏取りもしないと……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 9月24日(水)

 

 放課後

 

 ~部室前~

 

「配線はこの通りに設置すればいいんだね?」

「うん、細い長さとかも書いてあるから。それじゃ私、行くね? 手伝えなくてごめんね」

「監視カメラの設置は任せきりになるんだから、遠慮しないで」

「ヒヒヒ……後で和田君と新井君も来ますし、大丈夫ですよ」

「力仕事は僕たちに任せてください!」

「ふふっ、ありがとう」

 

 山岸さんは手を振りながら、校舎へと向かっていく。

 

「……さて、始めますか」

「そうですね」

「和田君と新井君が来るまでに済ませてしまいませんとねぇ」

 

 バイトに行く前に、部室周りの掃除という名目で畑を作る。

 山岸さんから預かったメモを確認し、周辺把握と距離感をフル活用。

 今後監視カメラをつけるための配線の位置、 畑を作る位置を確認。

 さらに周囲に関係者以外誰もいないことを確認した上で魔術を発動。

 

 “掘削”

 

 瞬く間に地面がめくれ上がり、深めの溝と土の山を作り上げていく。

 

「夏休みの逃走劇以来ですよね、この魔術」

「使いどころがなかったからな」

「こういう時は便利ですねぇ。ところで魔力は大丈夫なんですか?」

「問題ありません」

 

 俺も成長して魔力量が増えているのだろう。

 もうルーンを使った魔術なら日中でも平気だ。

 それにオーナーから貰った“激魔脈の指輪”のおかげで負担がさらに減った。

 魔力2割増しは大きい。

 

「まぁ、手早く終わらせるに越したことはありませんが」

「ヒヒッ、では天田君、始めましょうか」

「はい!」

 

 俺が魔術で溝や穴を掘る。そこへ先生と天田が山岸さんのメモに従って設置した配管に配線を通す。魔術と作業の分担で、地下に配線を通す作業がサクサクと進んでいく……

 

「……配線用の溝はこれで全部か」

 

 なら次は畑作り。ここも掘削の魔術を活用するが、ついでに大きな石や雑草を取り除いておこう。

 

 林の木々を利用してドッペルゲンガーをテントのように張り、全体を網の目に変える。

 その上に土を流し入れ、揺らして土だけをふるい落としていく……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「うおー!」

「すっげー!」

 

 な、なんとか畑作りは間に合った……

 

「お疲れー」

「兄貴! すいません遅れました!」

「もう終わっちまったんすか?」

「まだここからビニールハウスを建てるから、それを手伝ってくれ」

「「ウッス!」」

 

 パルクール同好会の男子全員で、サポートチームに用意していただいた“ビニールハウス建築キット”を組み立てていく。普通に人が入って作業できる程度の大きさがあるので、組み立て作業は大変だが、構造と組み立て方は詳しい説明書がついている。

 

 人数もいるので作業は順調に進み、慣れてくると雑談をする余裕も出てきた。

 

「あ、そうだ兄貴。申し訳ないんすけど、俺ら10月から11月の頭まで、あんまり部活に参加できくなるかもしれないっす」

「そうなのか。何かあるのか?」

「中等部でも文化祭の準備が始まるんですよ。本番は11月ですけど、兄貴達、高等部の文化祭に行って、俺らも全力でやろう! って感じに今なってて。10月は試験もあるし、息抜きがてら少しずつ企画を詰めて行こうって話になって」

「そういえば職員会議でも話題になってましたねぇ……今回の文化祭は大盛況で、影響を受けた生徒達に中等部の先生方が戦々恐々としているとか」

「うちのクラスの担任からも、熱中しすぎないよう念押しされたっす。特に俺ら、成績あんま良くないし、文化祭実行委員なんで」

「マジで? そりゃ忙しくなるわ」

「うっす、もう色々と提案やら相談が来てます」

「部活を優先したいから、仕事の少ない委員になったつもりだったんすけどね……」

「普段はそうでも、時期が来たらすごく忙しくなるタイプじゃないですか」

「先輩の言う通りっす……」

 

 和田と新井も大変そうだ……

 

「まぁ頑張れ。こっちも準備の時に結構手伝ってもらったし、少しは協力するからさ」

「ヒヒヒ……気軽に相談してくださいね」

「僕もできることがあれば手伝いますよ」

「「あざっす!」」

 

 みんなで仲良くビニールハウスを組み立てた!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~アクセサリーショップ・Be Blue V~

 

 閉店後の応接室で、オーナーのアクセサリー製作講座が開催された。

 参加者は予定していた二人に加えて島田さん、そして幽霊の香田さんもこっそり混ざっている。

 

「それじゃあ実際に作りながら勉強しましょうか」

 

 簡単なビーズアクセサリー作りを通して、ビーズアクセサリー作りの基本を学んだ!

 さらにそこから独自のデザインにも挑戦することになったが……

 

「葉隠君、センスが微妙……」

「微妙? 結構自信あったんだけど」

「わかる。悪くはないんだけど、なんかフツー」

 

 岳羽さんと島田さんから微妙との評価を受けた。

 

「綺麗にまとまっているけど、もうちょっと冒険心があるといいかもしれないわね。たとえば……」

 

 島田さんのネックレスを指差すオーナー。

 初心者にしてはかなり複雑で大きなペンダントヘッドを作っているが、確かに目を引く。

 

「デザインは……松ぼっくり?」

「もうじき9月も終わりだし、あっという間に12月になりそうだからね~。こういうのもいいんじゃないかと思って……あれ? 今いくつ通したっけ……」

『……3つ……』

「島田さん、3つみたい」

「3つ? ……本当だ、ありがとう」

「いえいえ」

 

 俺じゃなくて香田さんだ。

 すごいか細い声だけど、微妙に彼女の声だけは聞こえるようになってきた。

 

「む、難しい……」

「もっと簡単なやつにすればよかったんじゃ」

「分かってないなぁ。せっかく自分で作るんだから、自分の欲しいものを作らなきゃじゃん。自分でこんなのが欲しいって感じるものを形にしたいの」

 

 しかし作業を見ている限り、残念ながら彼女お世辞にも手先が器用とは言い難い……デザイン画は色使いまで気を使って、すごく綺麗なのだけど……

 

「デザイン画()本当にすごいな」

「うまいよね。島田さんの絵」

「そういうの書くの好きだからね~……アクセとか見てると、ここはこうなってたらもっといいなって思ったりするし。そういうのなら結構あるよ。ほら」

 

 おもむろにポケットから取り出した携帯をいじり、こちらに向ける。

 

「あら、いいじゃない」

 

 スライドされていく画面には色鉛筆やボールペン等、様々な筆記用具で思い思いに書かれたアクセサリーの絵が大量に映し出されていた。

 

 島田さんの意外な一面を知った……

 そしてまた少し、オーナーやバイト仲間が打ち解けられた気がする!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~長鳴神社~

 

「力が入りすぎ」

「はいっ」

 

 神社の警備3日目。

 全くシャドウが来る気配がないので、天田と格闘技の訓練を行った!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 9月25日(木)

 

 夜

 

 ~中華料理店・煌々楼~

 

 スタジオでの撮影。そして次回の打ち合わせを行うために、中華料理店へやってきた。

 前回もそうだったけど、高そうな店だなぁ……目高プロデューサーも緊張してる。

 

「えー、ではまずこちらの資料を」

 

 プロデューサーが配る資料を見ると、どうやら次の課題は“中国拳法”のようだ。

 目高プロデューサーは格闘技系の課題を入れる約束を守ってくれた。

 しかし相手先の名前として、“中国武術基金会”と書かれているのは……

 

「“基金会”とは中国語で“財団法人”という意味になるのです」

「へぇ……」

「近藤さんのおっしゃる通りです。この団体は中国武術を日本に広めていこう、という目的を持っているそうですが、基金会という点で誤解を生んでいるようで、現状ではほとんど入門者がいません。その辺りの宣伝を兼ねて、葉隠君への指導を快く受け入れていただけました」

 

 この団体には中国本土でも有名な指導者の方が大勢所属していて、しかも各々が複数の流派を習得しているため、超一流の多彩な技を学べるらしい!

 

「この団体はこちらの企画に全面協力していただけるとのことで、課題を流派ごとに分けて複数回この団体の方に教えてもらおうと考えています。あまり中国拳法ばかり続くとマンネリ化で視聴者に飽きを感じさせる可能性もあるので、他の課題も挟むと思いますが、タイミングはまだ検討中です。

 そして次回の課題について。葉隠君には“翻子拳(ほんしけん)”を学んでいただきます」

 

 この段階で課題を発表していいのかと思いつつ、続く説明を聞く。

 するとその拳法は中国の北部に伝わる武術で、 主に拳での連続攻撃が特徴。

 故に中国拳法の中では最も、技術体系がボクシングに似ていると言われているらしい。

 

「そこで相談なんだけど、次回の締めくくりに、君の学校の真田君と試合をしてくれないかな?」

「2年の真田ですよね?」

「うん。両者の合意があればの話なんだけど、格闘技を勉強した成果は実際に誰かと戦ってもらうのが視聴者に分かりやすいと思う。それに以前の君達の試合は大きな話題になってたし、注目度抜群だと思うんだ。君の企画は最終的にプロと戦ってもらうわけだから、なるべく試合の経験を積んでおいてほしいしね」

「なるほど……こちらは問題ありません。もともと近いうちに、どこかで試合をしようという話にはなってましたから」

「本当かい!?」

 

 学校の幽霊騒ぎから目線をそらすための口約束だが、あの男は忘れていないだろう。学校のファンサービスには使えなくなるけど、それならそれで何か別の企画を用意すればいい。

 

 真田がテレビでやる気なら、受けて立とう。

 それよりも懸念が一つ。

 

 一通りの話を済ませてから話題にする。

 

「実は一つ、気になっている事がありまして」

 

 週刊“鶴亀”の動きについて、分かっていることを説明する。

 

「あの雑誌の記者が、君の地元に」

「はい。昔の学校の友達に聞いたところ、どうも俺の過去を探っているようなんです」

 

 元クラスメイトにメールを送り情報を集めたところ、すでに小学校時代まで遡っていると見て間違いない。

 

 そして小学校時代の俺は、あまり評判の良い子供ではなかった。

 俺は全く気にしていないが、父親が元ヤンということもある。

 悪く書くためのネタには困らないだろう。

 

「元ヤンや元問題児の芸能人、特に芸人さんには珍しくもないけど……あの雑誌の記者は小さなことを脚色するからねぇ……分かった。今度の撮影にもできるだけ配慮するよ。トーク中に過去話は控えめにしておこうか?」

「いえ、我々は逆に話題にしていただきたいと思っています」

「……え?」

 

 近藤さんの言葉に軽く驚いた様子のプロデューサー。

 しかしこれが俺と近藤さんの相談の結果だ。

 

「いいのかい?」

「鶴亀がどんな記事を書くか分かりませんが、事実の隠蔽は不可能ですし、それが良い結果に繋がることは無いでしょう。近藤さんと相談して、先手を打って事実を伝える方針で進めたいと考えています」

 

 世間の注目を集め続ければ、いつかは知られる事と割り切ろう。

 注目を集める撮影であえて過去の話を出し、帰国後のようにマスコミ対応をする。

 

「鶴亀がどのタイミングでどのように記事にするかは不明ですが、できるだけ早く、可能ならば鶴亀よりも前に情報を発信し、無用な騒動の種を潰したいですね」

「今回の問題は幼少期に周囲との不和があっただけで、犯罪に手を染めたという事実はありません。丁寧に対応すれば“ヤンチャな子供だった”で済む可能性が高いと我々は考えています。

 話題の詳細については別途ご相談させて頂ければ幸いですが……この方針は目高様から見ていかがでしょうか?」

「こちらとしては特に。鶴亀のようなモラルの欠如したやり方はしませんが、視聴者の興味を引ける話題は番組的にも助かります。遠慮せずに聞いていいのであれば、尚更に」

 

 提案を受け入れてもらえた。番組的には問題ないのだろう。

 しかしプロデューサーは個人的に俺のことを心配してくれているようだ。

 

「ご心配ありがとうございます。今回は近藤さんの補助もありますから、きっと大丈夫ですよ」

「現在、鶴亀が記事にするであろう部分をこれまでの記事の傾向から分析していますので、明日、分析結果を元に番組中で使う話題を選びましょう」

 

 分析できるのか、すごいな……と、俺とプロデューサーは感心しきりだ。

 堂々とした態度がとても心強い。

 

「それでは、えー……これで一通りの打ち合わせは終わりましたね。ありがとうございました」

「こちらこそありがとうございました」

 

 それから俺たちは高級中華料理に舌鼓を打ち、解散となるが……

 帰る直前、近藤さんに呼び止められた。

 

「葉隠様、こちらを」

 

 紙袋を渡された。

 

「今度共演する方々の資料です。芸能人にはあまり詳しくないとの事でしたので、基本的なプロフィールをまとめた書類だけでなく、ライブ映像なども用意させていただきました。主に“IDOL23”の方々の物ですね」

「人数が多いですからね、あのグループ。ありがとうございます。こんなに集めるの大変だったでしょう」

「IDOL23に関しましては、本部に熱烈なファンがいたので。どちらかといえば揃っていた情報を取捨選択する方に時間をとられましたね。基本からマニアックな情報まで、何一つ無駄なものはない! とその情報提供者が譲らなかったもので……」

 

 近藤さんが苦笑いをしている。

 でもそれだけ資料には期待できそう。

 

「あと、こちらもよろしければ」

「……カラオケのタダ券?」

「ハンナが商店街の福引で当てたのですが、我々は苦手で……。共演者の歌を覚えておけば、会話の種になると思います」

 

 共演者の資料とカラオケのタダ券を手に入れた!




影虎は中学時代のクラスメイトから連絡を受けた!
悪徳雑誌記者・矢口の動向を知った!
関係各所に連絡した!
影虎は部室横に畑を作った!
ビニールハウスも設置した!
影虎はビーズアクセサリー教室に参加した!
影虎は打ち合わせを行った!


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215話 自主練習

 夜

 

 ~カラオケ店~

 

「お一人様でよろしいっすかぁ?」

「はい。これ使えますか?」

「あー、はいはい。大丈夫ですよ。ドリンクフリーですが何にしましょう?」

「ウーロン茶で」

 

 チャラそうな店員から寂しい人を見る目で見られつつ、マイクとお茶を受け取り部屋へ移動。

 ドッペルゲンガーのおかげで全く恥ずかしくない。

 

「ふぅ……」

 

 一人カラオケなんて久しぶりだ。半分勉強だけど、せっかくだから楽しもう。

 

「IDOL23の曲は……やっぱり多いな……“カチューシャとロングヘアー”」

 

 ずらりと並ぶ検索結果から、聞き覚えのあるものを選ぶ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 一曲目を歌い終えた。

 しかしうろ覚えな部分があったので、完成度は低い。

 知ってますとは言えるが、本当になんとなく知っているレベルだ。

 

「……もう1回歌おう」

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 二回目

 

 一度曲と歌詞を確認したので、最初よりはスムーズだった。

 しかし、音楽と声が微妙にあっていない部分があるのがわかる。

 ダンスの要領でリズムを掴み直せば、まだ改善できそうだ。

 後は息継ぎのタイミングにも注意してもう一度……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 三回目

 

「良くなってはいるけれど……」

 

 ダンスと同じで、まだ先がある気がする。

 ……声を出す、という点は歌も演劇も同じだ。

 エリザベータさんから学んだ発声練習で、発声から見直してみようか……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 発声練習後

 

 声の通りが良くなった!

 ウォーミングアップになったようで、言葉の一つ一つが綺麗にマイクに入る。

 演劇を参考にしたのは正解だったかもしれない。

 もう少しやってみよう。

 

 歌詞を確認しなおして、言葉の意味を考える……

 そこから感情の動きを考察し、キャラクターを作っていって……!?

 

 何だ電話か……

 

「はい、もしもし」

『お時間5分前ですが、延長しますか?』

「あー……」

 

 せっかくいい感じに集中できていたのに、今ので途切れてしまった。

 

「いえ、延長しません。すぐ出ます」

 

 夜も遅いし、今日はここまでにしよう。

 

「ありがとうございました」

 

 荷物を片付けて、マイクを返却。

 

「ほら、あの人だよずっとIDOL23の同じ曲ばっか歌ってた人」

「マジ? 超おっさんじゃん」

「超マジ。隣の部屋にドリンク何度も運ばされたんだけど、ずっと同じ曲だけ歌ってんの。しかも妙に上手かったり、発声練習? みたいなのやってたり、悩んでたり」

「何それ超ウケる~。マジすぎるでしょ。何、忘年会の準備?」

 

 ……見られていたのか……

 

 手続きの最中、ギャル系の店員がこっそりと俺の方を見て笑っていた。

 素顔でないので恥ずかしさは感じないけれど、あまり気分がいいものではない。

 この店を使うことは二度とないだろう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 9月26日(金)

 

 昼休み

 

 ~生徒会室~

 

「副会長、終わりました」

「よし、次はこっちの書類整理を頼む」

 

 生徒会の仕事を手伝う。

 今年の文化祭について、来年以降の資料になるようまとめなければならない。

 以前読んだ事務作業のマニュアルや、コールドマン氏の教えを参考としてフル活用。

 脳内で推敲した文章に適宜画像やグラフを加え、構築したレイアウトをPCへアウトプット。

 

 ……それだけでも作業速度は普通にやるより断然早いけれど、タイピングや画像や表を入れる位置や操作をミスすることがある。すぐに気づけで修正もできるが、明確なタイムロスだ。もっとパソコンや資料作成ソフトの扱い方を身につければ、更なる効率アップが望めるかもしれない。

 

 ……山岸さんに相談してみようかな。

 

「葉隠君!」

「どうしました? 会長」

 

 職員室に呼ばれていたが、何か関係があるのだろうか?

 

「ありあり大ありだよ! 次回の撮影の件なんだけどね」

「会長! 声は落としてください」

「あ、うん、ゴメン。……次回撮影の最後に、真田君と試合させたいってテレビ局側の申し入れなんだけど、真田君がOKしたよ。“八百長なしで、葉隠が了承しているなら俺も構わない”って」

「そうですか、了解しました。こちらの方からも連絡しておきましょう」

 

 真田との試合が確定した!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~部室~

 

「ちょうどいい本があるよ。私が最初。……えっと、小学生の頃に勉強した時に使った本なんだけど、分かりやすくてすぐ使えることもたくさん書いてあったから。入門書にはいいと思う。パソコン関係の本は色々あるんだけど、その本は基本的な使い方に重点を置いて書いてあるし……あっ、でも昔の本だから情報が古いね。今の機種だと色々変わってるから……葉隠君がやりたいのは書類作りとかお仕事だよね? なら、やっぱり資料作成ソフトの専門書の最新版がいいかな……」

「お、おお……」

 

 山岸さんが饒舌になった。真剣に考えて教えてくれているのはとてもありがたいけど、時々出てくる専門用語にもわからない言葉がある……その辺りからきっちり頼みたい。

 

「? ちょっとゴメン」

「あ、電話? どうぞどうぞ」

 

 断りを入れて電話に出る。

 

「お待たせしました、近藤さん」

 

 近藤さんからの連絡内容は……

 

「鶴亀のデータを送った。はい、わかりました。急いで帰って確認します」

 

 昨日話していたデータ分析の結果が出たのだろう。

 

「ごめん山岸さん。ちょっと急ぎの用ができた」

「例の雑誌の事だよね。また大変そう……こっちのことは気にしなくていいから、頑張って。パソコンの本は良さそうなのを選んでおくね」

「ありがとう。助かる」

 

 お礼を言って、先に寮へ帰ることにした。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~自室~

 

「なんだこれ……」

 

 近藤さんから受け取ったデータは、予想より遥かに詳細かつ確実なものだった。

 というか……鶴亀の内部資料にしか見えないんだが。

 

『はい、近藤です』

「近藤さん、葉隠です。資料を確認しました。これって……」

『おそらく葉隠様がご想像している通り、鶴亀の内部資料です。分析も行われていますが、本部から密かにクラッキングも行われていたのです。今回の情報はロイド様が情報部の一員として、訓練も兼ねて抜き取った物だそうです』

 

 そういやあいつ、今そういう仕事してるんだっけ……

 

「大丈夫なんですか?」

『ハッカーとしての能力は元々高いものをお持ちだったようですね。クラッキングを行った痕跡まで消したそうで、今のところ出版社内で気づかれた様子はありません。万が一気付かれたとしても、元を辿れないよう偽装は万全です』

「そうですか、なら問題ありません。ここに書かれている内容でほぼ確定として、トークの方向性を考えます」

『よろしくお願いします。こちらも目高様に分析結果として、お伝えしておきます』

 

 電話を切って、パソコンの中のデータと向き合う。

 

 スクープ! 話題の高校生の隠された過去! 葉隠影虎は“居てはいけない子”だった!

 

「……酷い書き方するなぁ」

 

 さも“元同級生の発言”のように書いてあるけど……

 おそらく元々は俺がヤンキーの息子で、素行不良と言われている。

 だから一緒に遊んじゃいけないと親に言われていた。

 だから一緒にいたら親に怒られる。一緒に(・・・)居てはいけない子。

 という感じだろう。記事の内容を読めば、そういう意味だとだいたい理解できる。

 

 なのにこの見出しだと、俺の存在すら否定された気がしてくる。

 でも平然とこんな見出しが書かれていたら、気にはなるだろう。

 少なくともインパクトはありそうだ。

 手に取ってもらいやすくなる、そんな気はする。

 

 ……うん。

 

 妙に納得する反面で、暗い感情が心の奥底から湧き上がるようだ。

 

「矢口、いや鶴亀の出版社……さすがにウザいなぁ……ん?」

 

 読み進めていくと、記事とは違うファイルが含まれている。

 

「“Dear Tiger”……ロイドからの私信か?」

 

 ファイルを開いてみると、中身は八種類のハンバーガーのレシピと手紙だった。

 

「……へぇ」

 

 ロイドのペルソナである“グレムリン”は、機械と接続してデータのやり取りや操作ができる、という特殊な能力を持つ。現在ロイドは仕事の他に、その能力でできる事の幅を広げて、限界の把握に努めているらしい。

 

 そしてその中で新たに“味覚のデジタル化とシミュレーションによる再現”が可能だと判明したそうだ。

 

 細かい話はロイド本人も分かっていないようで、かなりざっくり書かれているが……ロイドの感覚器官(五感)を介して得た情報を、グレムリンを通すことで直接データ化できるらしい。

 

 さらに料理法による変化や食塩1グラムの味など、日常生活の中で収集したデータを元に、既存の料理に塩を足した場合の味をシミュレートして実際に味を感じることもできるのだとか……

 

 少々信じがたいが、食物の味を科学的に分析する“味覚センサー”については既に研究開発が進められている分野だとの事。さらに舌に微弱な電気刺激を与えることで、甘みや苦味を感じさせる技術も開発され、現在は医療分野への応用が試みられている段階。

 

 つまりペルソナの能力(謎の力)で実際にできているというだけでなく、科学的な視点から見ても“全く不可能とは言い切れない”らしく、現在はその能力を研究することで前述の技術開発に応用できないかと注目が集まっているそうだ。

 

 そのために毎日少しずつ、ロイドの夢であるバーガーショップ経営の準備も兼ねて、新作ハンバーガーの開発が日々行われている。

 

「で、このバーガーがその試作で出来上がったレシピと……うわっ、全部アンジェロ料理長の監修受けてるし……」

 

 俺が言うのもなんだけど、何て贅沢な。

 かなり本気で力を入れているレシピのようだ。

 

 最後にメッセージ……

 回復効果については考慮してないけど、とりあえずおいしい物ができたから送ると。

 鶴亀の記事については、あちらの関係者全員がおかしいと思っているし、怒りを覚える。

 今後も何かあれば送るので、とりあえずこのバーガーを作って食べて頑張ってくれ。

 追伸には感想を聞かせてもらえれば助かると書かれている……

 

「ありがたいな……」

 

 先ほどまでの黒い感情が薄れ、だんだんと落ち着いてきた。

 

「……撮影で話す内容を考えよう」

 

 真っ向から、正々堂々と叩き潰してやろう。

 アメリカチームの応援を受けて、そんな気分になった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

「書類系は昨日のうちに覚えたし……残りはDVDか」

 

 近藤さんから受け取った資料で、共演者の事を予習する。

 

 ……IDOL23の歌や踊りは、テレビに出てるな……としか思っていなかったが、各個人の情報を頭に叩き込んで見るとまた違った。歌とダンスの得手不得手、アイドルなのに可愛い振り付けが苦手だったり、色々な人がいる。

 

 そしてもう一人の男子“光明院光”。

 

 

 彼も久慈川さんと同じく、先日デビューライブを行っていたらしく、手元の映像では新人チームの先頭で踊っていた。

 

 ……彼に関してはどう対応しよう?

 

「前回の撮影で会った時の様子を考えると、あまりいい印象がないんだよな……」

 

 あの時の彼は、俺があちらのプロデューサーにスカウトを受けているところを目撃し、睨みつけてきた。競争率が高いのかもしれないけど、露骨に邪魔そうな顔をしていた。

 

 今更言っても仕方がないが、今回の課題でダンスを勉強をした事や、結果を知られると目の敵にされそうな気がする。

 

 彼との付き合い方は要注意だ。

 IDOL23のメンバーに関しては、向こうもあまり過度な接触は控えるだろう。

 会話は予習の内容を中心に、失礼のないよう心がければ大丈夫か?

 

「とにかくできることをやるしかないな」

 

 とりあえず全部の映像は記録したし、これを参考に歌とダンスを真似てみよう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~長鳴神社~

 

「……先輩、さっきから何やってるんですか?」

「クゥン……」

「見て分からないか? 踊ってる」

「いや、それは分かりますけど……何で?」

 

 もちろん今度の撮影の為だ。

 

「それにロイドの味覚シミュレーションの話をしただろ? 俺も似たようなことができないかと思って試してみたら、できたんだよ。俺の場合は“動画内のダンスのコピー”だけど」

 

 必要なのはダンスの動画と、踊っている人物の身長のデータ。

 そして俺の“アナライズ”“周辺把握”“距離感”“分度器”といった独特のスキル群。

 

「そうだな……“召喚”」

 

 二人の前に、変形能力を与えた人形のシャドウを一体召喚。

 

「このシャドウは今、俺の体型をそのまま反映させてる」

 

 ここからまず身長をデータに合わせ、記憶しておいた動画の映像と比較して縮尺を割り出す。

 さらに手足の長さを整えることで、ダンサーの体に近い人形を作る。

 そして目の前で映像と同じ動きをするように、見比べながら操作して動きを記憶。

 

「最後にその記憶を反転させれば、動きと手足の角度まで推測できる。映像から、より具体的なダンスのお手本を作れる感じかな」

「すごくめんどくさい気が……」

「俺としてはそれほどでもないと思う。説明のためにシャドウ召喚したけど、実際には全部脳内で処理できるし」

「まぁ、先輩がいいならいいんですけど……」

 

 何だ? 歯切れが悪いな?

 

「……先輩。深夜の神社で忍者装束の男が、無音で黙々とアイドルのダンスを踊る姿は、はっきり言って不気味です」

「ワン!」

 

 あ……音楽も脳内再生だから聞こえないのか。

 考えてみたら確かに不気味だった……




影虎はカラオケをした!
共演者の歌を勉強した!
演劇とダンスで学んだことを応用した!
独学で歌の技術を磨いている!
店員に哂われた……
影虎は生徒会の仕事をした!
真田との試合が確定した!
影虎はパソコンの技術を学びたがっている……
鶴亀の内部情報を手に入れた!
三ツ星シェフが監修したハンバーガーのレシピを手に入れた!
スタジオ撮影の準備を整え、自主練習に励んだ!


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216話 独学の結果

今回は三話を一度に投稿しました。
前回の続きはニつ前からです。


 9月27日(土)

 

 放課後

 

 ~アクセサリーショップ・Be Blue V~

 

「オーナー、このリングの在庫なんですけど」

「ああ、これね。業者さんに問い合わせたけど、人気に生産が追いつかないらしくて補充にはもう少しかかりそう。そのシリーズは今のところ陳列されてる限りね。次回入荷は確か……」

「来月の3日ですよ」

「そうそう、そうだったわ。ご予約いただけたら取り置きもできるとお伝えしてちょうだいな」

「わかりました! 葉隠君もありがとう」

「どういたしまして」

 

 岳羽さんが表へ戻っていく。

 先日のことで、オーナーとも以前より打ち解けてきている気がする……

 

 裏方として働いた!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 終業後

 

 夜

 

 ~ポロニアンモール~

 

 バイトが終わった。

 

「それじゃ俺はこれで」

「あれ? 葉隠君、帰らないの?」

「男子寮ってそっちじゃないよね?」

「明日が撮影でさ、共演者の方の歌を練習したくて。1時間だけカラオケ寄って帰るよ。ほら、共演者の方にあなたのこと知りませんって言うのは失礼だし、知ってますと言いながら何一つ歌えなかったりしたら気まずくない?」

「気まずいって言うか、社交辞令モロバレだよね」

「そっか、あんまり遅くならないようにしなさいよ」

 

 岳羽さんと島田さん。

 バイト仲間の2人と別れ、階段を上る。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~カラオケ“マンドラゴラ”~

 

「よし、やろう」

 

 おとといの続きだ。まずは発声練習をしてから一曲。

 

 

 ……

 

 

 うん、前回のラストと同じぐらいの感触だ。

 これを磨き上げていこう。

 

 この曲は一番で女の子が恋心に気づき、二番で悩み、三番でそれが解決していく。

 歌詞に従って、この前の演技と同じようにキャラクターを構築。

 感情の波を意識する……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 どうにも難しい……女心というものがわからない……

 想像で補うにもなかなか……

 そして何より、歌っていると違和感がある。

 どんなに女の子の気持ちを考えても、俺は男なのだ。

 歌っているうちに、男の声の違和感がひどくなる……

 

 ……だったら声を変えてみようか?

 

 以前の撮影で、サポーターの渋谷さんから学んだものまねの技術を再確認。これまで影時間や地下闘技場で使い分けてきた声の出し方も見直して、女性らしい声を作れないだろうか?

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 少し時間はかかったが、声はなんとか完成した。

 あまり無理に出す声では歌えないので、ややハスキーめだけれど女の子らしい声。

 歌ってみても問題なく、多少違和感も軽減されている。

 違和感についてはこれから練習量でカバーしたい。

 

 しかし、まだクオリティーをあげられる気がする。

 だけど、ほとんど満足しているような気もする。

 

 どう表現すべきか……歌としては、素人レベルなら十分だろう。

 でも文化祭のステージの時はもっと何かが……!

 

「……はい」

「お時間5分前ですが、延長なさいますか?」

 

 ……撮影は明日だし、もう少し納得できるまでやってきたい。

 

「1時間延長で、あとウーロン茶をお願いします」

「かしこまりました」

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 時間を延長して、何度も歌って、文化祭のステージと比較。

 その結果、ようやくこれは? と思える感覚を掴めた。

 

 それは、歌を聞かせる相手の有無。

 “観客に聞かせることを考えているか否か”。

 

 ダンスや演劇は発表が決まっていたため、特に意識することなく、人に見せる事は考えていた。

 しかしこの歌は、別にどこかで発表しなくてはならないものではない。

 ただ共演者との話題づくり、相手に失礼にならないようにしているだけ。

 歌うとしても知っていますよ、という意味で軽く歌えばいいだろう。

 さらに上のクオリティーを求めているのは、俺の気持ち。趣味。そんなものだ。

 

 だから他人に披露する、という意識が演劇やダンスと比較して、欠けていたように思える。

 

 ……問題を理解できたのであれば、次は改善。

 

 あのステージを思い出して、相手に聞かせることを考えて。

 そうなると……人に歌詞の内容を訴えかけることにもなる。

 ……コールドマン氏から学んだことも役に立つだろうか?

 

 姿勢を正し、心から堂々と、言葉に気持ちを込めて歌う……

 

 ……

 

 …………

 

 …………………

 

 

 !!

 

 今回は良かった。これまでで一番の出来だ。

 一曲を歌い上げてそう確信した瞬間に、新たな力を手に入れた。

 

 “演歌の素養”

 

「……また微妙にわけの分からないスキルが……」

 

 効果はどうやら、アンジェリーナちゃんが持っていた“歌姫の素養”と似たスキルのようだ。

 彼女のスキルは彼女の歌を聴いた相手を“魅了”するが、俺のスキルは俺の歌を聞いた相手を“動揺”させるらしい。ただし歌えばなんでもいいというわけではなく、今回のように相応の練習が必要そうだ……

 

「効果はいいけど、なんでまた演歌…………あ、なるほど……」

 

 携帯でネット検索してみると、演歌は政府批判などのメッセージを込めたり、日本人の感覚、情念に基づき表現する歌のようだ。

 

 演説の歌、だから“演歌”か。なるほどなー……

 

 そして演説の歌で聴いた人の心を動かす、動揺させるって事かな……

 

「とりあえず、良い出来だったってことでよさそうだな」

 

 満足したが、延長した時間がまだ余っている。

 せっかくなので今の感覚を忘れないようにもう2、3回。

 それから他の曲もちょっとは歌えるようにしておこう。

 

 延長時間がなくなるまで、歌の練習を行った!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 9月28日(日)

 

「ヒヒヒ……まさかまたテレビ局へ行く日がくるとは」

「あの時は一回きりのつもりでしたよね」

 

 今日はテレビ局での収録日。

 先生と近藤さん、そして運転手のチャドさんと共に車でテレビ局へと向かう道中、話題は前回の撮影になっていた。

 

「緊張はどうですか?」

「スタジオでの撮影は二度目ですが、カメラには慣れたと思いますよ」

 

 事前準備はガッチリやってきたし、後はぶつかっていくだけだ。

 

「先生こそ大丈夫ですか? 今日は先生も少し出ると聞いていますが」

「ヒヒヒ……私は健康とカレーの話を少しするだけですから。まあ大丈夫でしょう。それにしても私のカレーについても番組中で取り上げたいだなんて、想定の斜め上から依頼がきましたねぇ」

「葉隠様の運動能力の秘密が、江戸川様のカレーに隠されているのではないかと思われているようですね」

「それなら取材すべきは影虎君のお母様の手料理だと思うのですが……文化祭で目立ちすぎましたかね」

「葉隠様の演劇やダンスがかなり注目を集めましたから、その影響も大きかったのでしょう」

 

 ここで近藤さんが思い出したように、手持ちのカバンから書類を取り出す。

 

「葉隠様。お伝えし忘れていましたが今朝方、ボスを経由してエリザベータお嬢様からこのようなメッセージが届きました」

 

 エリザベータさんから? ……おぉ……

 

 3ページに渡って、この前の演劇の感想とダメ出しがびっちりと書かれている……

 相変わらずの辛口だ。

 

「彼女、あれを見たんですか?」

「我々がボスに送った映像を、ボスが見せたようですね」

 

 自分でも気づいていなかった問題点が大量に書かれている。

 渾身の一回。俺の最高の出来だったが、やはり超一流から見ると、まだ荒が多いのだろう。

 しかし、少なくとも下手になっているという指摘はない。

 そこだけは一安心。

 

「今後の参考にさせていただきます」

 

 指摘の内容をしっかり記憶して、書類は返した。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~テレビ局~

 

 おはようございます。

 

 テレビ局に着くと、受付の前でADの丹羽さんが待っていた。

 

 何かあったのだろうか?

 挨拶を交わすやいなや、俺たちは局内へ案内された。

 丹羽さんに妙な緊張感がある。

 さらに、途中から俺と先生達は別行動になった。

 

 江戸川先生は収録中に出すカレーの準備のため、別室で準備をするらしい。

 近藤さんもそちらの打ち合わせと言って、先生と一緒に別の方に案内されていく。

 

 そして俺一人で丹羽さんについていき、

 

「葉隠君、ここが控え室です。」

 

 案内された部屋には、四人の先客がいた。

 

「おはようございます」

「「「「おはようございまーす!」」」」

 

 元気に挨拶を返してくれたのは、アイドルグループ“IDOL23”に所属する4人組。

 会議室のような部屋の上座に、四人で向かい合って座っていたけれど、わざわざ立ち上がって。

 

 確か左から……

 

 “上島ひとみ”

 ボブカットの高校3年生。

 中学生からアイドル活動を始め、現在はチームの副リーダーを務めている。

 バラエティ路線は少々苦手らしいが、歌とダンスの腕前ではグループのトップクラス。

 

 “下村楓”

 高校2年生。ゆるくウェーブのかかったロングヘアーと、メガネがトレードマーク。

 一見しっかりしてそうな雰囲気だが、実は超弩級の天然キャラ。

 去年デビューで経験は浅いと言われるが、そのキャラでバラエティにはひっぱりだこ。

 

 “右手千佳”

 中学2年生。小柄でツインテールの元気な妹系アイドル。

 今年4月にIDOL23へ加入したばかりで、アイドルになってからまだ半年も経っていない。

 若干、久慈川さんとキャラが被っている人。

 苗字が珍しく、加入していきなり話題になったらしい。

 

 “左手直美”

 中学2年生。黒髪ロングのストレート、しっかり者の委員長キャラ。

 右手さんと同じく今年4月に加入したばかり。

 こちらも珍しい苗字かつ、右手さんと対になる。

 ネット上では他のメンバーの発言もあって、“両手が揃った”と話題になった新人アイドル。

 

 

 彼女達四人はIDOL23というグループ名だけでなく、それぞれの苗字の一文字をとって“チーム上下左右”と呼ばれている。元々は彼女たちがメインの番組内で通称とされていたものが、今では公式化して近々この四人で楽曲を発表するとも言われている。

 

 そんな彼女たちがどうしてここにいるのだろうか?

 

 俺をここに連れて来た張本人へ目を向けると。

 

「今日の控え室は彼女達と共用ということで」

「えっ!?」

「ええっ!?」

「へー、そうなんだ!」

「そういうわけで、葉隠君も皆さんもよろしくお願いします。それではまた後で打ち合わせに来ますので、もうしばらくお待ちください」

 

 丹羽ADはそう言い残して、止めるまもなく部屋を出て行った。

 

「「……」」

 

 残されたのは、俺と四人の女性アイドル。

 

 いきなりの状況に困惑すること約2秒。俺は気づいた。

 

 これ、ドッキリ?




影虎はバイトをした!
カラオケで歌の練習をした!
学んでいた別の技術を応用した!
新スキル“演歌の素養”を習得した!
影虎はエリザベータからのメッセージを受け取った!
テレビ局で、共演者と顔を合わせた!
影虎は違和感を覚えた!


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217話 撮影の裏側

 んー……周辺把握に隠しカメラが引っかかってるし、間違いなさそう。

 ということは知らないフリをした方がいいんだろう。

 とりあえず会話を……

 

「“チーム上下左右”の皆さんですよね? 初めまして。葉隠影虎といいます」

「あっ、すみません。申し送れました。左手直美です」

「千佳でーす! よろしくねっ!」

「上島ひとみ。IDOL23のサブリーダーやってます。よろしくお願いします」

「下村楓ですぅ。よろしくですぅ」

「こちらこそ! ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いします」

 

 年下の二人も芸能界では先輩だ。

 この番組以外で関わる機会はないだろうけど、だからと言って適当な扱いはできない。

 

「あの……葉隠さん」

「はい」

 

 左手さんは躊躇しながら口を開いた。

 

「誤解しないでいただきたいのですが……何かおかしくないですか?」

「この状況の事ですよね? ……そうですね。正直控え室はそれぞれ別室、せめて男女では分けると思ってました。もう一人男子の参加者がいると聞いていたので」

「ですよね!」

 

 ……なるほど。

 オーラと反応を見る限り、左手さんはターゲット。

 先輩二人は仕掛け人だ。髪型と衣装で隠しているけど、二人ともイヤフォンをつけている。

 右手さんは……完全に黄色。気にしてないのか、仕掛け人を楽しんでいるのか分からない。

 イヤフォンがないからターゲットかな……オーラを見る力も万能ではないなぁ……

 

「さっきから変な事が続いて、私も何かおかしいと思ってたんですけど……」

「不良品なんてよくあるよぅ。ねぇ? ひとみちゃん」

「うん、そうだね」

「直美ちゃんは気にしすぎだよ~」

 

 下村さんは一番冷静、というか自然体?

 上島さんは仕掛け人役に緊張気味。

 右手さんは……何も気にしてないっぽい。

 

「それよりほら、座って座って」

「ありがとうございます」

 

 椅子が壊れたりはしないか……

 

「何か飲む? これ好きなの飲んでいいって」

「じゃあお言葉に甘えて、お茶を」

「……」

 

 左手さんが飲み物をガン見している。

 何かあるのか?

 ペットボトルを手に取り、開けてみると……開かない。

 

「あれ、これ開きませんね」

「そうそう、これ全部そうなんだよ~」

「右手さん知ってたんですか?」

「もちろん」

「さっき全部試したからね」

 

 上島さん……じゃあ何で勧めたんだろう?

 

「え? えっと……あははっ!」

 

 明らかにごまかそうとしている……

 

「いや、ほら、男の子なら開くかと思って。ね?」

「さっきからずっとこんな調子なんです……普段はこんな人じゃないんですよ?」

「いつも通りじゃないのは、なんとなくわかります」

 

 左手さんが警戒するのも無理はないな……

 あ、よく見たらこれ接着剤か何かで固めてある。

 開いてもあまり飲みたくない……

 

「あの~、葉隠さんって夏休みにニュースになった人ですよね?」

「そうですね。色々とありまして」

 

 右手さんはこの状況を一切無視? マイペースに話しかけてきた。

 でも丁度良い。あちらに聞きたいことがあるのなら、それを会話の糸口にさせてもらおう。

 

 こうして夏休みのことを話す。

 

「……というわけです。今はほとんど何とも思いませんね。せいぜい休みを四日も損した! とかそのくらいで」

「そんなものなんですか?」

「撃たれた翌日に目が覚めていれば、もう少し早く騒ぎにも対応できましたしね。目が覚めた時にはたくさんの方々に心配していただいていて、だから早く目が覚めていれば無事の報告ももっと早くできたと思うので」

「はい、わかりましたぁ」

「……」

 

 突然虚空に向かって返事をする下村さん。

 

 まさかイヤフォンからの指示に答えた?

 

「楓!」

「下村先輩?」

「あ……」

 

 これはもう言い逃れができないだろう。

 

「葉隠くんはぁ、私たちのこと、知ってますかぁ?」

 

 何事もなかったかのように!? 今のは明らかにおかしいって!

 

「「……」」

 

 先輩二人から、空気読んで! お願い! みたいな目で見られている……

 

「そ、うですね。もちろんです。IDOL23の皆さんは有名ですから」

 

 テレビのコーナーなら、勝手に動いては迷惑かもしれない。

 知らないふりを続けることにした……

 

「僕は体を鍛えてばかりだったので、あまりアイドルとか流行とかには詳しい方ではないんです。それでもお二人が出演されていた番組は拝見していました」

 

 それに今回競演させていただくにあたって、少し勉強したことも素直に伝えておく。

 知らないの一言で済ませるのは失礼だが、無理に知ったかぶる必要はない。

 知らないことも多いですが、私はあなたに、人としてちゃんと興味を持っています。

 そう伝わるよう心がけて話す。

 

「右手さんと左手さんも、オーディション映像と先日のライブを拝見しました。既存の楽曲だけでなく、七期生だけでの新曲とダンスまで、練習大変だったでしょう。僕の方がダンスだったので、先日ほぼ初めてしっかりダンスを勉強させていただいたんですが……」

 

 ダンスの難しさは課題で体験したから少しはわかる。

 映像を見て思ったことをいくつか話題に出して、

 

「見ていて楽しくなるようなライブでした」

「本当ですか! ありがとうございます。それに本当にしっかりと見ていただけて嬉しいです」

「ありがとう~」

「結構しっかり見てるぅ」

「ちゃんと見てもらえるのは嬉しいよね」

 

 パーフェクトコミュニケーション!

 

 ……何かが違う。でも四人のオーラは前より明るくなっている。

 初対面で良い印象を与えられたようだ!

 

 しかし話が終わると、次の話題に困る……

 公式プロフィールによると、左手さんは明日が誕生日だったはず。それを話題にしようか。

 いや、度重なる失敗で上島さんの緊張が露骨。こっちを先に何とかすべきか?

 得意のダンスの話題を出してみるとか。

 丁度IDOL23のダンスにコピーできない部分があった。

 フォーメーションで移動が入ると動きが隠れるんだよな……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~Side 目高~

 

「談笑していますが……葉隠君は気づいているのでしょうか」

「間違いないやろ。まさかフォローのための先輩二人が、あそこまでボケ倒すとは思わんかったわ……」

 

 前回と同じく司会を務める“島幸一”。

 そしてアシスタントのアナウンサー。

 控え室の映像をモニタリングしながら会話する二人にはそつがない。

 

「……葉隠君は上手くやれていますか?」

「ええ。今のところトラブルもなく、順調に撮影が進んでいます」

 

 彼は期待以上の仕事をしてくれる。

 最初に会った時には、全くと言っていいほど期待していなかった。

 ただ学校側が事前にテストまでしてくれて、その最優秀者と言うから選んだだけ。

 

 この仕事を10年以上やってきて、毎年大勢の芸能人が現れては消える姿を見続けて。

 僕はなんとなくだけれど、新人が売れるかすぐ消えるかを感じるようになっていた。

 具体的にどこがどう違うとは言えないけれど。

 

 そして葉隠君には……全く売れる予感がしなかった。他の参加者やこれまで見てきた才能ある人々から感じる、輝きのような何かが彼には無かった。容姿に華があるわけでもない、どこにでもいる真面目なだけの高校生。悪く言えば凡人であり、有象無象。だけど撮影を始めて一気に評価が変わる。

 

 想像以上の身体能力と驚異的な成長速度。

 

 最初は本当にただの素人だった彼が、懸命に練習して実力を伸ばしていく姿。

 こう言っては本当に悪いけど、他に何も目立つ所がないからこそ純粋にそれが伝わる。

 直感的に番組のメインに据えることを考え、最終的に彼はこちらの期待に応えてくれた。

 

 結果を見ると、彼は天才と言って良い人間だと思う。

 だけど、失礼とは分かっているけど、普段の彼はどうにも凡人に見える。

 どこにでもいる普通の高校生らしさ。それが良い。

 

 撮影を見ていると習得速度に驚かされるだけでなく、はるか高みにいる天才達に凡人が努力で食らいつくような……夢や希望のような物を感じた。

 

 気づけば純粋に今後が楽しみになっている自分がいる。

 

「彼はよくやってくれていますよ」

「そうですか。こういうものは怪しまれたらアウトかと心配していたのですが。葉隠君はなかなか鋭いので」

「大掛かりなドッキリでばれてしまうと問題ですが、今回は新人アイドルの素の表情を引き出すことが目的ですからね。これはこれでアリだと思います。突然のお願いにも関わらず、ご協力ありがとうございました」

 

 この企画は本来、葉隠君ではなくもう一人の男子、Bunny's事務所の光明院君に依頼していたが、どうも“仕掛人として参加”との誤解があったらしく、前日になって事務所NG。原因は新人マネージャーの認識に齟齬があった事。

 

 本人は参加を熱望していたけれど、すでに企画内容を事務所から聞かされていた上に、今が大事な時期なので下手な印象を植え付けられると困ると、丁寧な謝罪はあっても事務所の許可はおりなかった。そこで代役として白羽の矢を立てたのが葉隠君。

 

「こちらこそ我々の仕事を信用していただきありがとうございます。彼も後で事情を話せば理解してくれるでしょう。……ところで元々予定していた光明院君とはどういう子なのですか? 葉隠君と面識があるようで、彼が気にしていたのですが」

「ああ……ここだけの話にしていただきたいのですが、彼は少々やる気がありすぎる(・・・・・)と言いますか……我が強い子ですね」

 

 彼はこの番組で求められる運動能力はもちろん、ルックス、ダンス、歌……その他アイドルとして必要な能力を新人ながら高い水準で備えている。男性アイドル事務所としては業界最大手のBunny's事務所がバックアップすることを考えると、この番組を踏み台にどんどん頭角を現していくはずだ。

 

 ただし、そんな彼の唯一の欠点が“我の強さ”。

 

「やる気があるのはとても良い事なんですが、誰よりもカメラの前へと行きたがる子でして。芸能界は人気を取ってナンボ。激しい競争を強いられる世界です。デビューまでにも相当な競争があったでしょうし、うかうかしていたら後輩に追い抜かれると思っているのでしょう。実際に芸能界では下克上もありますしね」

 

 それは間違っていないけれど、問題は他の若手に強いライバル心を持っている事。

 本人は隠しているつもりだが、それなりに年季のあるスタッフにはすぐに分かった。

 撮影中などスタッフがいる所では愛想がいいのに、一人にすると豹変する。

 Bunny's事務所に今回の企画を断られた理由の一つでもあるだろう。

 

 葉隠君と光明院君。

 あの二人を足して2で割れば丁度いい感じになりそうなんだけれど……

 

「やはりそうですか」

「やはり、というとご存知でしたか?」

「葉隠君が気にしていました。なんでも……」

 

 近藤さんからの話を聞いて僕はつい目を覆ってしまった。彼が言うには前回の撮影の合間に、彼のプロデューサーが葉隠君をスカウトした現場を光明院君が見ていたという。

 

「あの時か……」

「心当たりが?」

「私もその場にいました」

 

 言われてから思い出した。

 短時間だったのに、彼はしっかり把握してたのか。

 それで睨まれていたとなると……

 

「彼が来たら、目を配っておきます」

「ありがとうございます」

「いえいえ……」

 

 葉隠君も大変だ……大変と言えば、今回のフリートーク用の話題。

 

「近藤さん。鶴亀を意識した話題ですが、本当によろしいのですね? あんな意地の悪い質問を彼にぶつけて」

「構いません」

「……」

 

 あっさりと言い放たれた。

 この人、葉隠君のサポート担当だよな……

 

「……目高プロデューサー。あなたは葉隠君のサポート役だろう? 代わりに対処しないのか? と思っていますね?」

「! ……そうですね。否定はしません」

 

 鶴亀は業界内でも評判が悪い。

 “雑誌が売れれば”他の事はどうでもいいとでも言わんばかりの、酷い捏造記事もよくある。

 記者は自分の記事で誰かが傷つく事など構わない。

 それでいて会社がつぶれないので、裏側が真っ黒とも言われている。

 鶴亀が原因で芸能界から消えた、将来有望だった芸能人もいる……

 

「高校生の相手には、いささか荷が重いのではないかと」

「確かに、そうかもしれません。ですが我々の役目は彼のサポート。彼が必要な時に全力を発揮できるよう準備を行い、その成長を手助けをする事が我々の仕事。彼を大切に守る事ではありません。

 もしも彼の心が完全に折れ、ただ守られることを望むのであれば……我々は彼の元を去り、本来のボスの下へ戻るでしょう」

「それは……」

「我々のボスは彼が前へ進み続けることを望んでいます。困難の中でも前へ進み続けた、その末を見たいと。ですから彼が自ら前へ進むことをやめるのならば、結果を残せない人間への投資は打ち切られます。

 もちろんそうなる前に我々は手助けは致します。過剰な仕事はこちらで調整、処理できるものは処理します。失敗した場合は我々がフォローいたしましょう。ですが、困難を乗り越えるのは彼自身でなくてはなりません」

「そうですか……」

 

 アメリカ的な考え方と言えばいいのか……いくら優秀とはいえ高校生、子供にシビアする気がしてしまう。葉隠君は大変な所と契約したんじゃないだろうか……

 

「ではもし今後、葉隠君と光明院君をチームで何かに挑戦させる企画があれば、賛成していただけますか?」

「……貴方も中々、彼に難題を押し付けますね。先ほどの評価を聞く限り相性は悪いと考えますが」

「それはそれ、これはこれ。個人的感情と仕事は分けますよ。

 葉隠君と光明院君はそうですね、正反対のタイプと言ってもいいでしょう。ヘタをするとどちらかが潰れかねない諸刃の剣だと思いますが、上手くはまった場合は大きいとも思います。1段階上の成長を促す機会になるかもしれません」

「その辺りは本人の希望もありますし、光明院くんの事務所と協議を重ねる必要がありそうですね。ひとまず撮影の様子を見せていただいてから検討しましょう」

 

 画面に映る真っ直ぐな少年少女をまぶしく感じつつ、僕は大人の汚い話を始める……




影虎はドッキリを仕掛けられた!
影虎は気づいていないフリをした!
影虎は代役だった!
近藤と目高は怪しい話をしている……


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218話 悪印象

「そういうことでしたか……」

 

 ドッキリの撮影が終わり、控え室にやってきたプロデューサーと近藤さんから事情を聞いた。

 

「放送していいかな?」

「近藤さん、何かまずい部分とかありましたか?」

 

 成功の基準がいまいちよくわからないけど、特に問題になるような行動はなかったと思う。

 

「……あ、でも上島さんにダンス教えてもらったり、ファンからしたら非常識かも」

「その辺りは全然平気だよ。突然女の子の中に放り込まれて、必死で会話してる感じがしたからね」

「私も思いましたぁ」

「ぶっちゃけ助かったよ。ごめんね、本当なら私たちがリードしないといけないのに」

「すごく私たちをフォローしてくれるので、途中から葉隠さんを先輩方と同じ仕掛け人だと思ってました……」

「ドッキリはよくわからなかったけど、お話できて楽しかったです!」

 

 なら、まぁいいか。

 それにしても、分かりきったドッキリを続けるのがこんなに辛いとは思わなかった。

 少し腹も減ってきた。

 

「この後の予定は」

「もうしばらくしたら光明院君が来る時間だから、まだ待機でお願い。彼の到着後、改めて段取りの確認をして本当の控室に案内するから」

 

 弁当持参なんだけれど、ここで食べていてもいいだろうか?

 

「もちろん構わないよ。皆も収録中に力尽きないように、何か食べておくといいよ」

 

 許可が下りたので、持ってきていた弁当箱と魔法瓶をテーブルに出しておく。

 すると、

 

「お弁当が大きい! しかも複数!?」

「細く見えるけど、男の子だね」

「男子にしても多すぎるような……」

「彼女の手作りですかぁ?」

 

 それを見たアイドル4人がそれぞれ感想を口にする。

 

「一般的な人よりは食べると思いますね。あと、残念ながら自作です」

「葉隠君は料理が得意だったよね」

「それなりに。ちなみに今日の弁当はこんな感じです」

 

 “グリルチキンとカエレルダイコンのパワーサラダ”

 “ボリューム抜群生姜焼き弁当”

 “プチソウルトマトのポタージュ”

 “サクサクアップルパイ”

 

 パワーサラダとは野菜、フルーツ、タンパク質食材、トッピングを組み合わせたアメリカで人気のサラダ。バランスよく栄養を摂るという点に優れている。生姜焼き弁当は普通に生姜焼き。甘辛のタレがよく絡んで飯が進む一品。

 

 しかし今日のメインはポタージュだ。

 

 先日からプランターで育てているプチソウルトマトが新しい実をつけたので、収穫したばかりのプチソウルトマトを大量に使用。さらに保存してあったプチソウルトマトのドライトマトも加え、凝縮された旨味をプラス。丁寧に裏ごしをしたことにより非常に滑らかなスープに仕上がった。おまけに魔力の回復効果がかなり高い。

 

 アップルパイは例によってMr.アダミアーノのレシピを参考にしている。もちろんパイ生地から作った……

 

「「「「「……………………」」」」」

 

 気づけば弁当箱に5人分の視線が降り注いでいる。

 

「おっと失礼、料理ができる子は羨ましいね。はは……」

「目高プロデューサー、もしかしてまた飯抜きですか」

「食べてはいるけど店屋物ばかりさ」

 

 アイドル4人が持っているのは……

 

 “菓子パン”

 “コンビニのおにぎり”

 “コンビニ弁当”

 “エネルギーゼリー”

 

「……少し食べます? アップルパイは切ってありますし、他のも取り皿か何かあれば……」

「いいの!?」

「食べられないものとか、貰い物を口にしてはいけない規則があるとか、問題がなければ。量は見ての通りたっぷりありますし、遠慮なくどうぞ」

 

 関係者の食生活が不安になった……

 なお、味は好評だった!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「光明院君が到着しました」

 

 慌ただしく働くスタッフさんたちをよそに、まったりしていた俺たちの所へADの丹羽さんがBunny's事務所の二人、に加えて見知らぬ男性と男の子を一人連れてきた。彼らは……まあ後で紹介されるだろう。

 

「おはようございます。今日はよろしくお願いします」

 

 部屋に入るや否や、爽やかなイケメンスマイルでの挨拶。

 どうやら既に撮影モードに入っているらしい。

 

「おはようございます。こちらこそよろしくお願いします」

「葉隠君、こうして会うのは2回目だね。よろしくね」

 

 表情と声色は非常ににこやかだが、オーラはかなり刺々しい。IDOL23の四人もほぼ同時に挨拶をしたのに、真っ先に俺に話しかけてくるあたり相当意識されているようだ。

 

 やはり前回、俺が木島プロデューサーのスカウトを受けたから……もっと言えば自分の活動の邪魔になることを懸念しているのではないだろうか?

 

 俺としては彼の邪魔をするつもりはないけれど、俺が番組に出ることで誰かの出演の機会を奪うことにはなるか……

 

「初対面の方も二人いらっしゃいますので、まず簡単にご紹介させていただきます」

 

 目高プロデューサーがそれぞれの所属や名前を紹介していく。

 

 それによるとBunny's事務所の四人は、

 まず今回の参加者である光明院君。

 光明院君を擁する男性アイドルグループ担当の木島プロデューサー。

 初対面の二人は光明院君と同じアイドルの“佐竹健治”と、マネージャーの“山根”。

 

 彼らのグループはIDOL23と同じく大人数のメンバーが所属しているため、今後は基本的に山根マネージャーかその他のマネージャーが収録についてくる。しかしこの山根マネージャーは先ほど収録したドッキリの件でミスをした人でもあり、謝罪のために今日はプロデューサーが同行しているという訳だ。

 

 木島プロデューサーからは丁寧な謝罪をいただいて、そのまま収録の流れの確認に入ったが……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~控え室~

 

「どう思いました?」

 

 個別に与えられた本当の控え室で、近藤さんに彼らの印象を聞いてみる。

 

「率直に申し上げますと、プロデューサー以外はあまり良い印象がありませんね。

 マネージャーは明らかに新人で教育にも甘さを、男性アイドルの二人からは我々への敵意のようなものを感じましたね。攻撃的な言動を表面に出さない程度の自制心はあるようですが、内心を隠しきれてはいませんでした。三人とも、いささか経験不足な印象が拭えません。葉隠様はどうですか?」

「似たようなものですよ」

 

 まず光明院君。彼のオーラは驚いたことに紫色だった。

 真っ黒かと思っていたが、実際に見てみたらエリザベータさんや久慈川さんと似た感じ。

 しかし若干赤みが強く、全体的にくすんで暗い色合いになっている。

 やる気とプライドの高さが、悪い方に向かっているような印象だった。

 

 そして他人の出番の話題になるたび、オーラが激しく揺らぐ。

 特に本来自分が出るはずだったドッキリの話になると、悔しさと怒りが渦巻いていた。

 打ち合わせが終わると、最初の愛想の良さは何だったのかと言いたくなるほどの決まりきった挨拶と適当な相槌で、自分の控え室へ向かってしまった。

 

 俺のことは気に入らないようだが、問題も起こしたくないのだろう。

 根は悪い子ではないのかもしれないが……やはり面倒くさいことに変わりはないな。

 プライドが悪い方向に高そうなだけに、芸能活動に対し下手なことを言ったらキレそうだ。

 関わらないでいられるなら関わらないに限る。

 

「仕事上の付き合い以上になる必要もないですし。お互いに問題を起こさないよう上手くやっていければと思います。ただ、もう一人の佐竹君。彼とは仕事でもあまり関わり合いになりたくないですね」

 

 “佐竹健治”

 彼は爽やか系の光明院君とはまた違う、クール系のイケメンだ。

 ただしオーラが鶴亀の矢口に負けず劣らずどす黒い。

 光明院君と違い、打ち合わせの後で積極的に話しかけてきたから色々と分かったけど……

 その時の話題がまぁ……自慢ばかり。

 

 彼は所謂“二世タレント”らしく、両親が有名なタレントであることを前面に押し出してくる。

 事務所内でのダンスや歌の評価、これまでの経歴等々、よく喋っていた。

 そして最後に必ず聞く。

 

 “君は?”

 

 と。

 

「本当に笑顔でサラッと言うので、普通に雑談してるように聞こえましたが……オーラを合わせて考えると、俺の両親はこんなに立派なんだ。俺はダンスも上手い。歌も歌える。で? 君はどうなの? 俺以上なの? って感じでしたね。無意識かもしれませんが」

「私も横で聞いていて同じ感想です。注意すべきは光明院君よりも彼ですね。幸い今回はただの見学ということですし、あまり気にせず必要以上に関わらない方向で行きましょう。

 それから彼らの事務所について、目高様から新たな情報を聞きました」

 

 情報を共有してもらおう。

 

「現在Bunny's事務所では大きな方針転換をしているようです」

「具体的には」

「IDOL23のような大人数グループのプロデュースです。従来の方針は厳しい基準をクリアした者同士でさらに切磋琢磨し、一握りの少数精鋭を世に送り出すと言うやり方でしたが、近年は業績が低迷気味。そこでIDOL23のやり方を模倣しようとしています」

 

 IDOL23はその人数の利を十分に使うことで、全国ネットだけでなく地方のローカル局やイベントへの参加率を高め、IDOL23というグループの知名度を上げている。

 

「ですが、これまで少数精鋭主義を貫いてきたBunny's事務所には大人数グループを結成し運用するためのノウハウが不足しています」

「光明院君のグループは、本格的な方針転換を行う前のテストケース……だいぶ前の話ですが、スカウトを受けた天田と事務所を訪ねた時。木島プロデューサーから新しいプロジェクトが進行中と聞きました。……考えてみると、あの時から事務所の雰囲気は悪かったですね」

「候補生からすれば、デビューの間口が広がった訳ですからね。いつまで続くかもわからないプロジェクトですし、早いうちに自分の席を確保しておきたいと考えるのは無理もないかと」

「確かに。……ところで近藤さん、やけに内部事情に詳しいですね」

 

 目高プロデューサーがそんなに話してくれたのか?

 

「独自に調べてもいますから」

「……どうやってとは聞きませんが、気をつけてくださいね」

「承知しております」

 

 ……俺の周りで一番の謎って、芸能事務所でもタルタロスでもなく、この人の情報網だったりしないかな……




ドッキリが終わった!
影虎は弁当を食べた!
共演者との距離が縮んだ!
影虎は“光明院 光”と再会した!
しかし避けられた!
意識はされているようだ……


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219話 二度目のスタジオ

 新番組・アフタースクールコーチングの収録が始まった。

 スタジオのセットに関しては前回とほぼ同じ。

 番組タイトル部分を変えただけで、それ以外は使い回しだ。

 

 放送される内容は全部で4つ。

 

 ドッキリを最初に、IDOL23所属、右手・左手コンビのテニス。

 Bunny's事務所所属、光明院光のセーリング。

 そして無所属、俺のダンス。

 

 時間配分は1・3・2・4くらいの割合で俺が最も長く、光明院君のがドッキリを除いて最も短い。

 自分の番が来るまでは、他の出演者のVTR鑑賞と求められた時はコメントに集中。

 前回の特番と違い動画の合間が短いので、コメントも簡潔にと意識する。

 

 そして今、

 

「光明院君、ありがとうございました~」

 

 拍手と女性の黄色い声の中。

 ヨットに乗って海を颯爽と滑る姿が切り出された画像で、彼のコーナーが終わった。

 

「次の課題はこちらです!」

 

 “ダンス”

 

「はい、皆さんご存知の方も多いんじゃないかと思います。本日最後の課題は葉隠君のダンスです! えーこの件に関してはね、派手に発表してネットでもぎょうさん騒がれてたんでね。まぁ結果は知ってる方もいるかと思います。なので今回は密着取材。彼が発表会までどんな練習をしてきたか見せていただきましょう!」

「葉隠君、お願いします!」

「VTR、スタート!」

 

 画面に大写しになった俺の合図で一旦カット。初日と二日目のVTRが備え付けのモニターに流れていく。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「前回に引き続きまたコイツかい」

「新人アイドルが飛び入り参加ですか。たいしたものですね」

「可愛いね」

「葉隠君は変わった縁がありますね」

「文化祭と同時進行がきついな~」

「ウマッ!? このカレーマジ店出せますよ!」

「ヒヒヒ……ありがとうございます」

 

 司会者やひな壇の芸人さんから、所々に挟み込むための短いコメントをいただきつつ、先生のカレー提供やVTRの鑑賞が終わりに近づく。

 

『私、今“負けたくない”って思ってる……こういう時、本当だったら頑張ったね! とか、すごいね! とか言うべきだと思うけど、それが正直な気持ち。私、アイドルとして先輩に負けたくない。それが、今日まで先輩の練習と結果を見た、私の正直な感想。

 …………ちょっ、笑わないでよ先輩!?』

『ごめんごめん、でもあんだけ堂々と言い切った後にうろたえるから、おかしくて……』

『むー!』

『悪かった。それにしても、まさか宣戦布告されるとは……それだけのダンスになっていた。そう思ってくれたんだな』

『! そう! それは間違いなく、私の正直な気持ちだもん!』

『未来のスーパーアイドルがそこまで言ってくれるなら、何よりも嬉しいほめ言葉だ』

 

 

 久慈川さんから評価を聞いた時のやり取りが多少編集され、感動的な青春ドラマのような仕上がりになっていた。観客席とひな壇の一部に目を潤ませている人までいる。

 

 その直後、

 

『これが青春……!! 葉隠君もりせちゃんも、ナイスなハートよッ!』

 

 アレクサンドラさんが乱入し、アンコールに応えて俺たちがアイドル的なダンスを踊る姿。

 よりにもよって女の子がやれば可愛らしいポーズを取っている姿が大写しになり。

 笑いの渦中でVTRが終わった……

 

 

「お疲れ様でしたー。葉隠君、大丈夫ですか?」

「恥ずかしい……何でよりによってこんな部分を。もっとこう、練習中の爽やかな所があったでしょうスタッフさん!」

『ワハハハハ!!』

「でもええやん。これはこれで。確かに最後はハチャメチャやったけど、お客さんは楽しんでくれたんやろ?」

「そうですね。それは……拍手と楽しかったとのお言葉を沢山いただいて。ダンスをやって良かったなと思いました。後悔はないです」

「それが一番や。あと、俺も見てて感動した! ひたむきに練習して、最後の最後まで腕を磨いて。ほんで結果もしっかり残して。感動しましたよ本当に。久慈川さんは一週間近く君の成長を見続けたからこそのコメントやったね。

 この調子で今後もがんばってくれるそうだね?」

 

 ここでアシスタントから視聴者への説明が入る。

 

「今回こうしてダンスで結果を残してくれた葉隠君ですが、実は今後、ある企画に挑戦していただくことになっています。その企画とは」

 

 “葉隠影虎、プロ格闘家への挑戦!”

 

『エー!!!!』

 

 ババン! と派手な効果音を伴い、メインモニターに企画のタイトルが映し出された。

 観客の驚愕の声を受けながら、島幸一氏が司会者席から前へ歩み出る。

 

「皆さん、この番組の事情をご存知でしょうか?」

 

 急にレギュラー番組になることが決定したため、準備期間が短かった事。

 人気のある芸能人は多忙で、一週間のロケはスケジュールの都合がつかない事。

 スケジュールの都合をつけて貰うにはあまりに急すぎた事。

 

 司会者の口から番組の裏事情が赤裸々に語られていく……

 

「そしていざ撮影ができても面白くないとか、お蔵入りになる可能性が常にあるんです。ヤラセ無しでやってるからこそ、危ないんです! 放送できる内容のストックがもうこの時点でカツカツなんです!

 そこでスタッフは考えました。少しでも“撮れ高”を確保するために、前回の特番で良い結果を残した人を起用しようと。その結果がこちら」

 

 俺たち受講生の席が写される。

 

「本日の受講生3組中、2組が2回目の出演。何度でも言います。もうギリギリなんです!」

『ハハハハ』

 

 軽い笑いが巻き起こった。

 

「前回と今回で良い結果を残した葉隠君は、格闘技に興味がある。番組制作側は番組に穴を開けないように取れ高が欲しい。そこで利害が一致したんですね」

「ただ他の撮れ高が十分だったら、撮っただけで放送はされないと。その場合は年末にダイジェストで放送はするの?」

「それも含めて状況しだいだそうです」

「ということは完全に無かったことにされる可能性もあると。……“葉隠君、よくそんな仕事引き受けたね”」

 

 来た! この一言が、鶴亀への対策を始める合図。

 ここからが俺にとってもう一つの本番だ。

 

「聞けばギャラも安いらしいやん。交通費と牛丼が食えるくらいとか」

「その分、色々なことを学ばせていただけるので」

「撮影もキツくなるって話やし、そのモチベーションの源って何なん?」

 

 前回の撮影でも少し話したが、改めて幼少期に怖い夢を見たと語る。

 もちろん話せる部分を選んだ上で、より詳しく。

 さらに自分が死ぬと思っていたことも告げる。

 

「そんなのただの夢だろ、と思うでしょう? 僕も誰かに話したら、おかしなこと言い出したと思われる自覚はあったんです。だから誰にも話さずに、だけど心の中ではずっと気になっていました」

 

 スタジオの空気が変わっていく。意図的に変えていく。常識的な人なら一笑に付す、あるいは聞き流すような話題をまっすぐ受け止めてもらえるように。怪しげな雰囲気に一匙の真実味を加えよう。

 

「不安が拭えなかったのには、その夢があまりにリアルだったり……いくつか理由があったんですが、一番の理由は夢の中で見た名前ですね」

「名前?」

「毎日同じ夢を見ていて、何度も目にする学校があったんです。気になってその学校名をネットで検索したら、実在してたんです」

『エー……!』

「それは怖いなぁ、どこの学校?」

「今通ってる学校ですね。私立月光館学園」

「えっ!? え? 今通ってるとこ? 何で?」

「葉隠君が知っていたからそこを選んだんですか?」

「最終的に選んだのは自分ですが、最初は候補にも入れていませんでした。でも去年の受験前に親父の海外転勤が決まって、それで一緒に海外についていくか、親戚が近くにいて学生寮もあるこの学校に通うかの二択になったんです。こちらから今の学校に行きたいと働きかけたことはありません。学校側には全く問題ない話ですが、むしろ敬遠していたので」

「何も言ってない、何も知らない両親がピンポイントで……怖っ! 今めっちゃゾクッとした!」

 

 事前に大体の段取りをプロデューサー経由で整えておいたため、司会者やアシスタントさんも流れに乗ってくれる。会場は怪談話を聞いたような空気に包まれた。

 

 さらにダメ押してもうひとつ。このままこの場の空気を俺の望む色へ一気に染め上げよう。

 

「よく通う気になったねぇ」

「悪夢はこちらの事情で、学校には何の罪もないので。それに僕としては“とうとう来たな”という感じでした。実は夢の中で、もし本当に何かが起こるなら今頃の時期だろうという大体の目安はあったんです」

 

 会場全体からの注目を感じる。

 

「夢はよくわからない何かに追われて、僕が逃げ続ける。それだけですが、逃げる自分の体が成長していたんです」

 

 小学校低学年から、小学校高学年へ。小学校高学年から中学生へ。中学生から高校生へ。

 

「そして大学生になった自分は、一度も見ることができませんでした。だからこう思ったんです。“大学生にはなれないのか”と」

 

 だから何かが起こるなら、高校時代だと考えていた。

 実際先月は追われて撃たれて死にかけた。

 淡々と口にすると、誰かが息を呑んだ音が鮮明に聞こえる。

 

「全てはあくまで僕の直感でした。何の証拠も無い。でもそんな事のために、僕は日々のトレーニングを続けてきました。辞める事ができませんでした。若輩者ですが、若輩者なりに人生の全てを注ぎ込んできたと思っています」

 

 その過程で沢山の物を犠牲にした。

 迫りくる死に対抗するために力をつけるため、友達との付き合いを捨てた。

 

「だから小学生時代は嫌われ者でしたよ。それでちょっかいを掛けてくる子もいましたが、それすら相手にしている余裕もなく。喧嘩をふっかけられれば追い返して、不満を募らせた大勢に袋叩きにされたりもしました。……あの時の子たちには申し訳ない」

 

 当時の俺は弱かった、何もかもが。

 肉体的な強さがあれば囲いを飛び越えて逃げるなりなんなり、お互いを傷つけず対処できた。

 精神的な強さがあれば、相手の不満を汲み取って和解の道を探れただろう。

 成長した今ならばそう思える。

 

「それに文化祭のステージでも言いましたが、本当に強くなることばかり考えていたんです。たとえば勉強。高校からは難易度も上がったので少し頑張っていますが、実は中学まではほとんどやってません。幸い暗記が得意だったのでほどほどに成績は良くて、問題になることはありませんでしたが……

 そんな感じで、自分は何をしてきたのか? ということを夏休みに死にかけてから考えることが増えたんです。僕は強くなろうとするあまり、将来の事も考えていない。まず高校の卒業、生き残らなければ何にもならないと。これまでは余計なことに割いている余裕は無い、そんな気がしていました。

 ……それが実際に死を感じると、もったいなく思えました。やりたいことがわからない。今でも強くはなりたい。だけどもっと沢山の事にも挑戦してみたい。そんな欲望も沸いてきました」

 

 だから今回の依頼は渡りに船だった。

 

 たくさんの格闘技を経験させてくれる事はもちろん、それ以外でもダンスのように新しい事を学ぶ機会を与えてくれるこの企画とスタッフさんには、ギャラ以上に感謝している。

 

 紛れもない本心で語る。

 すると会場の空気が和らいだ。

 

「色々あったんやねぇ……そういえばお父ちゃんも元ヤンとかで、風当たりも強かったんちゃう?」

「確かにそういうこともありましたね。親の教育がなってないからだとか、親がろくでもないから子供もあんな暴力的になったんだとか。そういうことを親御さんが話していたようで、わざと聞こえるように言ってくる子もたくさんいました」

 

 でも、それについては何とも思っていない。

 

 俺にとっては父親だ。 一生懸命働いた金で俺を養ってくれた。悪夢に悩み苦しんでいた時には、恥も外聞も気にせず病院へ連れて行ってくれた。言いたいことがあれば肉体言語でも構わないと、徹底的に聞いてくれる。ここでは言えないが、暴走しかけたルサンチマンを前に、自分の身を削って俺を止めてくれた。

 

 そんな親父の姿が、頭を流れていく。

 

「親父の事をどうのこうの言う人には逆に聞きたい。あなたの真面目なお父様は、うちの元ヤン親父のように、本気でぶつかってくれるのか? どこまでも粘り強く理解しようとしてくれるのか?

 親父がヤンキーだったのは事実。きっと多くの人に迷惑もかけたんでしょう。だけど俺にとってはただの父親です。“元ヤン”ではなく“父親”として、親父は俺の自慢です。引け目を感じたことはありません」

 

 少々挑発的に、だけど譲れないことをストレートに言い切る。

 

 

「……よう言った! ええ子やないの。今時こんな風に、親父を自慢って言える子おらんよ! その調子でまっすぐ、頑張って欲しいね。俺も応援してるから」

「ありがとうございます」

 

 司会の島さんの援護もあり、最後は穏やかにまとまった!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 収録後

 

 ~楽屋~

 

 ふぅ……

 

 撮影が無事に終わり、ご協力いただいた司会者やアシスタントさん、プロデューサーたちへのお礼も一通り済んだ。これで俺の役目は一段落だ。

 

「お疲れ様でした」

「近藤さんも、そちらで色々と動いていただいたようで」

「折を見て局の方々、そして木島様とも少々お話をさせていただきました。得られた情報は後日、書面にまとめて用意いたします」

「ありがとうございます」

 

 ひとまず俺にできることはやれたと思う。

 

 鶴亀の記事のポイントは3つ。

 

 一つ目は過去の喧嘩。

 二つ目は中学時代と今の成績の差を比べての不正疑惑。

 そして三つ目が親父について。

 

 ニュースになるほどではないが、確実に世間へ俺のマイナスイメージを植え付ける内容。

 今回は対策として、正しい情報を会話の中に盛り込み印象操作を試みた。

 

 例えば周囲との不和や喧嘩については、反省の言葉と“大勢に囲まれた”という事実を。

 テストでの不正疑惑は真面目にやっていたか否かの違いということにしてある。

 親父についてはほとんど悪口に近いものだった。相手にする気にもならない。

 

 必要であれば追加で詳細説明を行う用意もあるが……まあ必要に応じてだ。

 少なくともこの収録で鶴亀の誇張や曖昧な点へ、疑念を持てるような情報を出せたと思う。

 

 昔の悪夢や自分の死期を感じていた等、ちょっとオカルトな発言もしたが……

 俺が占い師をしていることは周知の事実。

 なかなか当たるという評判もあるし、そちらの方向でキャラにしてしまえばいい。

 

 ただ“死期が近い”という点でストレガに正体を気づかれる可能性がある。

 けれど探りも入れられずに悩むより、いっその事バレていると考えたほうが楽だ。

 お互いに知っていて、知らないふりを続ける。こう考えればいい。

 

 俺にストレガと敵対するメリットがないように、彼らにも俺と敵対するメリットはないだろう。

 彼らが俺たちの情報を桐条に売れば、俺達もストレガの存在を伝えられる。

 戦力的にも情報などの取引にも、デメリットの方が大きいのだから。

 

「葉隠様、車の用意が整いました」

 

 とりあえず、今日は帰ってゆっくり休もう……




影虎は収録を行った!
過去の出来事を“正しく”語った!
印象操作を試みた!


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220話 新月の夜

 翌日

 

 9月29日(月)新月

 

 昼休み

 

 ~生徒会室~

 

「うーん……」

「鶴亀の本領発揮と言ったところだな」

 

 会長たちが今日発売された鶴亀に目を通している。

 その横で俺はのんびりと弁当を食う。

 煩わしい人目を避けるにはやはり生徒会室がちょうどいい。

 

「葉隠、よくそこまでのんびりしていられるな」

「事前に取材が来たことは中学時代の知り合いから確認とれてましたし、内容をだいたい予測して先手を打っておきましたから。後はもう成り行きを見てからって感じなんで」

「それにしても」

「いいじゃない美鶴。実際慌てても仕方ないんだし。ところで葉隠君の先手ってこれ?」

「? ああ……確かにこれです。昨日の収録で会話に混ぜて色々と話しておいたんです」

 

 会長が見せてきた携帯の画面には、昨日の収録を観覧していたと思われる人物のブログが表示されている。その内容は収録中の俺の話を聞いて、鶴亀の記事に対して怒りを覚えたという。ブログの中には俺が語った内容もばっちり載っている。

 

「……葉隠。こういうものは勝手に公開していいのか? もうかなり拡散しているようだが」

「番組的に良くはありませんね。でも番組観覧者が番組の放送前に、観覧した内容をSNSなどで公開してしまう事例は増えてきているみたいですよ」

 

 そのため番組観覧者には放送まで見聞きした情報を口外しないよう注意をされているはず。しかし注意をされていても、やってしまう人はいるということだ。

 

 ただ拡散はなんとなく誰かが仕向けたような気がするなぁ……証拠はないけどタイミングが良すぎる。ネットの反応を見ると、いい感じの防波堤になってくれてるし……

 

『学校はこいつを早く退学させるべき』

『情弱乙』

『“鶴亀節”が炸裂したな』

『特攻隊長も災難だなぁ……』

『子供なら喧嘩ぐらいするだろ、小学生ぐらいなら殴り合いも当たり前』

『むしろ一度も喧嘩したことないやつの方が珍しいと思うわ』

『大体、原因って特攻隊長が強くなろうとトレーニングに励んで、相手にしなかったからだろ? 手当たり次第強いやつに挑んでたとかじゃなくて』

『それな。周りが見えなくなってた隊長にも落ち度はあったかもしれんけど、先に手を出したのは相手側らしいし。しかも勝てないからって大勢集めて、高学年の兄弟まで呼んで取り囲むってのはやりすぎだっつーの』

『さすがに袋叩きにされたって言ってたよな。そんな出来事に対して、自分が“肉体的・精神的に弱かったから、そんな事態を招いた”って言える方がすごいわ』

『口ではなんとでも言えるだろ。みんな騙されてるんだよ』

『騙されてるっていう証拠は? ソースを出せよ』

『別に特攻隊長に落ち度がないって言ってるわけじゃないさ。だけど子供の頃のことだし、相手側にも落ち度があるって事を忘れちゃいかんだろう。後本人は自分の落ち度は認めてることも』

『“中学時代は普通の子だった”って自称だけど元同級生の証言もあるしな』

『そんなの本当かどうかわからない。名前と学校名と顔を晒さない限り認めない』

『このご時世に無茶言うなよ……』

『何でそこまで噛み付くの? 特攻隊長に恨みでもあるの?』

『まあ俺も勉強に関しては嫉妬に駆られるけどな』

『暗記が得意とか裏山。それも中学の試験ほぼそれだけで乗り切ったとかスゲェ』

『逆に思った。それくらいの地頭がないと、有名進学校の試験で全教科満点を連発するなんて無理なんだと』

『流れを無視して申し訳ありませんが、私は葉隠君のお父様が羨ましくて仕方ありません。私には娘と息子が一人ずついますが、父親が自慢だなんて言われたことがありません。娘は口も聞いてくれませんし、息子は大切なことは私に話しません。……私はどうすればいいのでしょうか? どうすればよかったのでしょうか……』

『(泣)』

『涙拭けよ、おっさん……』

『家庭問題相談のスレッドに行こうぜ。俺(一児の父)も行くから』

『うちのはまだ小さいけど……』

『明日はわが身か』

 

 後半が変な方向に進んでいる……しかしアンチ的な人はいるけど、炎上というほどでもない。

 イメージダウンは抑えられているようだ。

 

「こっちは様子を見るしかありませんね」

「だな。……それにしても葉隠、この学校の名前を夢で見ていたという話は本当なのか?」

 

 桐条先輩が、ネットに流れた情報について聞いてくる。

 オーラは緊張……いや、困惑かな?

 

「さて、どうでしょう?」

「……嘘なのか?」

「……この手の話は受け取る方が信じない限り、どんなに説明しようと嘘ですよ」

「……確かに。ならば私は信じよう。少なくとも君が強くなろうとしている、という点はこれまで君を見てきて嘘ではないと思う。明彦とのやり取りもあるしな」

 

 桐条先輩は諦めない。

 やはり学校名を出したから影時間との関連を疑っているのだろう。

 幸い、今のところは少し気になる程度のようだが……

 

「本当ですよ。と言ってもそこに出てる情報ですべてではありませんが」

「何?」

「撮影の都合上、ある程度話をまとめる必要があったので。長々と一つずつ説明していたら時間が足りませんからね。一番手短に、それでいて最大限に情報を送れる部分を選んだら“夢で学校名を見た”という話になっただけで……実は他にも色々と見てるんですよ」

 

 悪夢を見続けた期間は1年以上。

 共通点はよくわからない何かに追われ、自分が逃げることのみ。

 夢の風景はその時によって変わるし、覚えていないことも多い。

 

「現実にある風景を見たのも学校だけでなく、ポロニアンモールや巌戸台商店街だったり、当時住んでいた家の周囲だった事もあります。……俺としては場所よりも何かが起こる時期を知らせてるんじゃないかと思いましたね。夢の体の成長と一緒で」

「大学生にならない、という話か」

「夢で見た景色を何度も見たらさすがに意識しますしね。……おまけにこの間、本当に“追われて”殺されかけましたし」

「ああ……そうか、あの件を予知していたと?」

「おそらく。まあ今となっては答えが出ませんけどね」

「わからないのか? 占いは?」

「もうそういう夢は見なくなりました。幼い子供が見えないものを見たりする、でも成長につれて見えなくなるって話、聞きませんか? 俺もそんな感じなんですよ。だからこそどうしたら良いのか分からなくて、がむしゃらに体を鍛えてたんです」

「分からないからこそ、鍛えることに集中したのか……」

 

 予知した出来事を、“影時間”から“夏休みの事件”へとすり替えると、疑いのオーラが半減した。

 しかし完全には消えていない。やはり影時間の事となるとしつこい……

 当分は警戒を強める必要があるな……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~自室~

 

 近藤さんからの報告書に目を通す。

 鶴亀発売による俺のイメージの変化は、現状特に問題なし。

 番組観覧者からの情報漏洩とその後の拡散により、被害は最小限に抑えられているという話だ。

 

 今後状況が変わってくる可能性もあるので、ネット上の情報はサポートチームと本部の日本語がわかるスタッフが24時間体制で監視を行うことになった。問題があればあちらから連絡してくれるらしい。ここは素直に任せておく。

 

 そしてもう一つ、昨日の収録時に判明したテレビ局の方針について。

 結論から言うと、今後俺が学んでいく課題はあまり放送されないかもしれない。

 元々可能性はあったが、近藤さんが言うにはその可能性が高くなったらしい。

 業界の力関係や偉い人からの要求があるようだ。

 少なくとも次回の練習開始は来月の“4日”から。

 10月9日の放送には間に合わないので、出番は無いと考えて良い。

 

 ただし目高プロデューサーを初めとして、俺を出そうという意見の人もそれなりにいるらしく、全くなくなる事はないという話だ。こちらも状況をよく見極める必要がありそう。

 

 それから……!?

 

「ジョージさんの親戚の家から、ルーン魔術に関する書物を発見……」

 

 ジョージさんは祖父母との付き合いがなく、知らなかったようだが……アンジェリーナちゃんの魔術の才能について、似たような能力を持った人が親戚にいないか調べた結果、母方の祖母がルーン魔術の本場であるアイルランドの人であり、魔女的なことを生業としていた事実が判明。

 

 ジョージさんが連絡を取ると本人は10年以上も前に亡くなっていたが、叔父の家に様々な書物が遺品として残っていたため、知人の民俗学者の研究資料にと理由をつけて引き取ったそうだ。

 

 今後は資料の保存と可能な限りのデジタル化を行い、内容を翻訳・研究するとのこと。

 またその資料はデータで送れる限り、こちらにも送ってもらえるらしい。

 欲しい情報があれば探しておくので連絡してほしい……か。

 

「早速頼もう」

 

 シャドウでなくてもいい。何かを“封印”するような魔術の情報があれば、貰いたい。

 あとルーン魔術の情報はオーナーとも共有できるよう頼んでおこう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~ポロニアンモール・裏路地~

 

 裏路地の壁に、青く輝く扉が見える。

 

 俺がこの扉に入れるのは“新月の夜”のみ。

 

 今日を逃すわけにはいかない。

 

 意を決して扉に触れる。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「ようこそ、ベルベットルームへ」

「お久しぶりです。イゴールさん」

「月が一度巡る間に、また力をつけたようですな」

「前回いただいたアドバイスのおかげです……ここも様子が変わりましたね」

 

 以前はただの青い部屋だったベルベットルームが、広い船室に変わっている。相変わらず全体的に青いのは変わりないけれど、これが前回言っていた準備なのだろうか

 

「その通り。ここは貴方様をお迎えするためだけの部屋となりました」

「俺だけの……」

 

 となると来年来る原作主人公はどうなるんだ? まさか共有? あっちはエレベーターのはずだけど……

 

「ご心配召されるな。新たなお客様をお迎えする時には、その方のための部屋をまた新しく用意いたしましょう」

 

 問題ないのか。ならよかった。

 

「ご安心いただけたところで、こちらをご覧ください」

 

 手で示された右側の壁を見ると、ベルベットルームの扉と同じような扉がある。

 

「この扉の先に……あなた様ともう一人のご自分のための、対話の場を用意致しました。時間に限りはございますが、前回ほど急ぐことはありません。どうぞごゆるりと、ご自身の進むべき道をお探しください」

 

 一言お礼の言葉をかけてから、扉の中へと進む。

 

「ようこそベルベットルームへ」

「……ここも随分と様変わりしたな。前は小さなボートだったのに」

 

 十分に駆け回れる広さの甲板に、ドッペルゲンガーが悠然と立っていた。

 やはりここも大幅に変化している。

 変わらないのは船首と船尾の太い鎖、側面から出ている細い鎖だけか……

 

 ……違う。細い鎖が2本減っているし、太い鎖の表面に傷のようなものがついている。

 鎖にも変化があるようだ。

 

「こうして話すのは2ヶ月ぶりだな」

「この2ヶ月でまた色々あったよ」

「知ってるよ。お前は俺で俺はお前だ。お前の成長は俺の成長。順調じゃないか。でもまだお前が気づいていない事はあるぞ」

 

 前回は色々とヒントをもらったけれど、また何か教えてもらえるのか?

 

「当然さ。重要な話が3つもある。できることなら今日を待たずにもっと早く話したかった。まずは……ついこの間ダンスをやっただろう」

 

 ……え? その話? もっと生き残るためのヒントとかじゃないのか?

 

「焦るなって。別に無関係ってわけじゃないんだから」

 

 そしてドッペルゲンガーは、この一か月で身につけた技術や成長を思い出すようにと言ってくる。

 

 今月の成長というと……

 

 マスコミ対応を初めとして、演説の経験や演技の実践。

 場の空気を見る、オーラを見る力の発展。

 ダンスの技術を学んで“セクシーダンス"。

 歌の練習してて“演歌の素養"。

 あとは魔術も成長したな、効果を全体に広げられるようになったし。

 

「それだよ」

「……魔術か?」

「いや、今あげた全部をひっくるめると、ルサンチマンの能力を一部再現できる可能性が高い」

「本当か!?」

「もちろんだ、嘘はつかない。それも俺たちの第一目標である“生き残る”という点に関しても大きな助けになる可能性が高い」

 

 はやる気持ちを抑え、詳しい話に耳を傾ける。

 

「いいか? まず今日ここに来る前に、サポートチームから報告を受けたよな? 本部の方でルーン魔術に関する資料が手に入ったってこと。そしてお前は封印に関する情報を集めてもらえるよう依頼した」

 

 間違いない。

 

「もし仮に望みの資料が見つかって、シャドウを封印する魔術があったとして……それは俺たちに使いこなせる魔術か?」

 

 ……それは分からない。技術的な面だけでなく、魔力が足りるかという問題もある。

 

「俺の予想が正しければ、魔力に関しては解決するぞ。まぁほとんどタルタロスでやってるのと同じだけどな。自分の魔力で足りないなら、よそから使える魔力を持ってくればいいわけだ。ただし、力を奪う対象をシャドウから人間に変更する」

 

 !!

 

「おっと! 早とちりするなよ。別にいつかの襲撃犯みたいに、根こそぎ吸い取って影人間にしたりはしない。シャドウだって完全に吸いきるまでは消滅しないだろう? 健康に害が出ない範囲でほんの少し力を分けてもらうだけ。献血みたいなものだと思え」

 

 ……ドッペルゲンガーの提案は、吸収量を少なく抑える代わりに、シャドウより多く身近にいる人間でエネルギーを稼ごう、という内容だった。

 

 封印魔術を使用するためのエネルギーが膨大であっても……この方法なら調達は可能だと思う。

 

 ついこの間、魔術の効果を広範囲に広げる方法を発見したばかり。

 “吸魔”に対応させれば、一度に多くの人から魔力を吸い上げることもおそらく可能。

 日中に人間から魔力を吸えることは、アメリカで実証済みだ。

 そして吸魔の効果範囲内により多くの人を集める手段、それがダンスや歌。

 

「分かってきたじゃないか。歌や踊りで人を魅了すれば魔力を奪うのも容易い。あのステージを思い出せ。あの時の観客の熱狂。放たれていたエネルギーを感じただろう? あれを自分のものにするんだ。

 魔力に限らず体力も貰えばいい。観客が音に合わせて拳を突き上げる、あの一回分でも大勢から集めれば敵を何十匹となぎ倒すことが可能になるだろう。そして何より何十回も拳を突き上げている人たちなら、一回分くらい負担が増えてもバレやしない」

 

 ステージの用意はサポートチームに依頼すれば力になってもらえるはずだ。もし定期的に行うのであれば……うまくやれば歌やダンスは良いカモフラージュになるだけでなく、何度も自ら足を運んでくれる人も出てくるかもしれない。何も知らなければ……吸収量を間違えなければ、純粋にステージを楽しんで帰ってもらうことも可能か……

 

 でも、

 

「それだけ大量のエネルギーを吸い上げても、扱いきれないと思うんだが」

 

 前にアンジェリーナちゃんが暴走させた魔力を吸い上げたが、あの時は体に入り込む魔力が多すぎてかなりの苦痛だった。おそらくドッペルゲンガーの言う通りに魔力を集めても、似たような結果が出るだろう。

 

 体内に留めるだけでも苦しいほどの魔力。とても操りきれるとは思えない。

 

「確かにそうだが、お前は一つ忘れている。思い出せよ。魔術関係でちょうどいいものがあっただろう?」

 

 魔術に関する記憶を古いものから確認しなおす………………!!

 

 

「オーナーの研究成果!」

 

 我が意を得たとばかりに、ドッペルゲンガーは笑顔を浮かべた。

 

 あれはまだ夏休みに入る前のこと。

 

 宝玉輪をオーナーに預けて研究してもらった結果として、ルーンを刻んだ水晶にエネルギーを蓄えて保存し必要な時に取り出す、電池のようなエネルギーの回復(補給)アイテムを作ってくれていた。

 

 あれはエネルギーを無理のないよう少しずつチャージするため、1つ作るのに長い時間が必要という話だったけれど……大勢の人から集めた膨大なエネルギーを用いれば、大量生産が可能になるかもしれない!

 

「エネルギーはあって困ることはない。封印とか特別な魔術じゃなくても、タルタロス攻略やアイテム作りに使うこともできるはずだ。やって損はないと思うぞ。一度周りに相談してみようぜ」

 

 ドッペルゲンガーとの直接対話。そしてアドバイス。

 考えるべきことは多いが、とても合理的で有益な情報を得た……




鶴亀が発売された!
記事が世間に公表された!
昨日の撮影の内容がネット上に流れている!
影虎のイメージは今のところ悪くない!
しかしアンチ的な意見もあるようだ……
桐条美鶴は影虎を気にしている!
影虎はサポートチームからの報告を受けた!
魔術研究の資料が手に入りそうだ!
影虎はベルベットルームを訪ねた!
ドッペルゲンガーと対話した!
効率的に大量のエネルギーを集める方法を知った!

シャドウ封印&生存ルートが見えてきたか!?


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221話 鶴亀の影響

 影時間

 

 ~神社~

 

「って事なんだけど、ッ! ……どう思う?」

「どう思うって聞かれても……絶対に普通の方向に進んでないことだけは間違いないだろうなー、としか」

「どんな感想だよ……っと!」

 

 蹴りをギリギリで避ける。今のは少し危なかった。

 

「……先輩、さっきから一人で何やってるんですか?」

「組手だよ。ドッペルゲンガーと」

 

 忍者の姿で召喚し、俺は天田と同じ探知対策のシャドウ服を着て、2人で組手をしている。

 見て分からないか?

 

「いや、それ先輩のペルソナなんだから結局一人でしょう? というかそもそも、意味あるんですか? 先輩の指示で動かしてるんでしょ?」

「それはそうなんだけどなッ! こう……」

 

 アナライズの処理能力と合わせて、どう攻めたらどう返すかを瞬時に判断して対応させる。

 その反撃をまた瞬時に判断して対応する。

 これを繰り返すことで自分自身の動きの隙を発見・改善に役立てろ。

 

「って、魔力の件と一緒にドッペルゲンガーに教わった」

 

 これが意外と便利で、自分の演技や歌を本当に客観的に見ることも可能。

 

「それにほら、俺はいつ先輩方に怪しまれてもおかしくないからな。自由に動かせれば囮に使えるかもしれないし」

 

 加えてもう一つ。万が一俺がペルソナ使いとばれた場合に備え、彼らが“翁”と呼ぶ存在が俺だとバレないように、ペルソナを偽装する準備をしておけとも言われた。

 

 その準備とはどうも“演技”の練習を続けた成果らしく、事前に偽装するペルソナの名前、姿、アルカナ、耐性、戦闘スタイルなどを細かく決め、キャラクターを作っておくことで、ドッペルゲンガーをさも別のペルソナのように召喚する事が可能らしい。

 

 ペルソナチェンジではないが、別人を装うことはできそうだ。

 

「天田、荷物の準備はしてるよな」

「はい。万一の場合に備えて、旅行で使ったリュックサックに必要最低限のものを入れてあります」

「よし……正直、俺はいつ疑われてもおかしくない。上手くごまかせても来年、全てが終わるまで隠し通すのは難しいだろう」

 

 成り行きだけれど……俺は希少なペルソナ使いを2人も部活に引き入れている。

 天田と山岸さんがペルソナ使いとして認知されれば、戦力強化に貪欲な桐条先輩のことだ。

 藁にもすがる気持ちで、俺に目をつけても不思議ではない。

 すでに現在進行形で怪しんでいると考えるべきだけど……

 

 俺としてもできれば適性やペルソナは隠しておきたい。

 しかし、こだわりすぎて生き延びるための行動が制限されては本末転倒。

 そこは間違えてはならない。

 

 今のうちに時間稼ぎをしつつ、どこまで自分にとって有利な状況や立場を確保できるかが勝負だ。そう考えると今回の件は頭を切り替えるいい機会だった。それに、

 

「場合によってはアメリカに一時避難か、適当な所に潜伏する。……そうなった場合、特別課外活動部の情報は頼むぞ。危なくなったら逃げてもかまわない。勿論、俺もできるだけ助けに入るが」

「わかってます。任せてください」

 

 この選択ができるのは天田がいるから。

 

 ごまかせるならごまかし通す。

 バレるにしても、少しでも都合の良い状況を作る。

 全ての疑いを引き受けてでも、天田は疑いの目から逃がす。

 

 ドッペルゲンガーとの組み手を続け、今後の活動に思考を巡らせるうちに、影時間の終わりが近づいてきた……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 9月30日(火)

 

 昼

 

 ~生徒会室~

 

「こうなりましたか……ははっ」

 

 いきなり呼び出された生徒会室では、重苦しい雰囲気の桐条先輩と理事長が待っていた。

 何事かと警戒しながら席に着き、伝えられた内容に乾いた笑いが漏れる。

 

「我々としては申し訳なく思う……」

「本当にすまない」

 

 内容は昨日発売された鶴亀の影響。

 基本的に俺の印象は悪くならずに済んだ。

 ネットでは昨日よりも俺を否定する声が少なく、擁護派の声が大きい。

 鶴亀の記事をきっかけに、流れはむしろ評判を高める方に向いている。

 予想以上に良い結果だが……残念なことにそれでも“アンチ”的な人は存在する。

 そんな人が在校生の保護者や理事会にもいたようで……

 

「つまり、これまでの俺の好成績は全てカンニングによるものだと」

「PTAから、そうではないかという訴えが結構来ているんだ……僕はそうは思わないんだけどね」

「私もだ。君の仕事を覚える早さと処理能力を見れば、不正などせずとも良い点は取れるだろうと思う。だが、そう思わない者もいるということだ」

 

 鶴亀の記事に踊らされて、世間の印象を悪くしないように努力した結果……

 最も鶴亀の記事に踊らされたのは、一番身近な学校の関係者だったようだ。

 

「それで、どのような処分に?」

「来月の定期考査では別室で試験を受けてもらう。また、試験監督の教員が前と後ろで2名つく」

「それでも好成績を残せれば、疑いは完全に晴れるさ」

「結果を残せば無罪放免。それは当然として、残さなかった場合は?」

「それでも処分はしない方針だけど、結果次第では……」

「学園側の対応よりも、まず生徒の間に不信が広まるだろう。悪い結果が明確に出てしまえば、不満を抑えることは難しい」

 

 学校生活に何の得もねぇな……

 

 というか、マスコミ対応とか今回の撮影とか。毎度毎度やることは結果が出るし、順調そのものなのに、その後で変なところから問題が沸いてきてないか……? どうなってんだ俺の運。

 

 ……まぁ、いいだろう。

 勉強にペルソナは使えるし、要は良い成績をとればいいのだ。

 ただ釘だけは刺しておこう。余計な詮索がしづらくなってくれれば御の字だ。

 

「試験中に妨害されたり、カンニングをでっち上げられたり、採点の段階で正当な評価を与えてもらえない、なんてことはありませんよね?」

「それは当然だよ! 生徒にも学校にも不正は許さない。テスト結果に手を加えるなんてもってのほかだ。こんな話をしておいて、こう言うのもなんだけど……そこだけは安心してほしい」

 

 幾月の顔が、最近ようやく健康になりつつあった顔が、また疲れた表情に変わっている……しかもオーラが分かりやすい。この件について嘘はないようだ。

 

「わかりました。その言葉、信用させていただきます」

「すまないね。僕はそもそも別室で受験させることにも反対なんだけど、最近理事会での発言力がなくてね……」

「……お二人に言うのはお門違いかもしれませんが、こういうのはこれっきりにしてもらいたいですね」

 

 夏休み前ならいざ知らず、今となってはコールドマン氏との契約がある。彼は自分のプロジェクトのため、サポートのしやすいアメリカを活動の拠点として欲しいと語っていた。そのためなら衣、食、住に学校など、必要な様々なものを手配してくれると約束されている。

 

 あまり不当な評価や疑いばかりを押し付けてくるのならば、そちらへ移っても構わない。

 

 牽制の意味で明確に、だけど可能な限りやんわりと伝えておく。

 

「承知した」

「話が以上なら、失礼してもよろしいですか? 勉強時間を確保するためにも、近藤さんに連絡しておきたいので」

「ああ、突然呼び出して悪かったね。頑張ってね」

「ありがとうございます」

 

 携帯を片手に、生徒会室を後にした……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~教室~

 

 さて、どうしようか……

 テストのための準備をしたいが、過去のテスト用紙や教科書の類はすでに記憶してある。

 

「問題集でも探してみるか……あっ」

 

 考えながら教室を出ると、山岸さんが通りかかった。

 

「山岸さん、今帰り?」

「うん、葉隠君も?」

「その前にちょっと、巌戸台の古本屋に寄ろうと思ってる」

「古本屋さん?」

 

 昇降口に向かいながら、昼のことを話す。

 

「そうなんだ……なんか、酷いね……」

 

 山岸さんは自分のことのように落ち込んでいる……

 

「まぁ、結果さえ出せば何もないらしいから。問題集でも探そうと思ったんだ」

「そうなんだ……あ、その本屋さん、私もついていっていい? 私も探してる本があって」

「それは勿論」

 

 断る理由もない。

 一緒に本を買いに行く事になった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~古本屋・本の虫~

 

「こんにちはー」

「こんにちは……」

「いらっしゃい。おや! 虎ちゃんじゃないかい!?」

「こんにちは、文吉お爺さん」

「よく来たのぅ。最近、色々なところで話を聞いとるよ。婆さんや! “大すたぁ”がきとるぞー!」

「ちょっとちょっと」

 

 大スターっておかしいだろう……

 

「あ、あの~」

「おや? ……虎ちゃんの彼女かい?」

「彼女!? い、いえ! 違います!!」

「そこまで力強く否定せんでも……」

「あっ! ご、ごめんなさい。いきなりだったから……」

「ほっほっほ。若いのぅ」

「お爺さん、若い子をからかっちゃいけませんよ」

 

 光子お婆さんも奥から出てきた。

 

「すまんすまん。それで今日は何の用じゃったかいのぅ?」

「俺は勉強用の問題集を探してて……山岸さんは?」

「私はパソコンとか、機械関係の本を」

「そうかい。じゃったら婆さん」

「はいはい。あなた、お名前は?」

「山岸風花です」

「風花ちゃんね。機械の本はこっちよ」

「虎ちゃんの参考書はこっちじゃぞい」

 

 俺は文吉爺さんに、山岸さんは光子婆さんに案内してもらうことになった。

 

「ここじゃ、この棚は全部、高校生の参考書と問題集じゃよ」

 

 かなり多い……

 棚に並べられているだけでなく、その上の隙間にまで詰め込まれた本の数々。

 足りないということはないだろうけど、どれを選んだらいいのだろうか……

 適当に買うか? しかし全教科だと1、2冊ずつでも結構な量になりそうだ……

 お金足りるかな?

 

「一冊いくらですか?」

「そうじゃなぁ……虎ちゃんの“さいん”をくれたら、10冊でも20冊でも持って行っていいよ」

「サインなんて、価値ないですよ。作ってもいませんし」

「謙虚でよろしい! さすがは月光館学園の生徒さんじゃ! だったらタダで、持って行っても構わんよ」

「いやいや」

 

 商品だし、これがお爺さんの仕事でしょ。

 俺がそう言うと、文吉爺さんは天井を見上げた。

 

「実はこの店をりふぉーむ(リフォーム)しようと思っていてのぅ」

 

 そういえばそんな話もあったな……

 

 文吉爺さんの話によるとリフォーム作業は数ヶ月で済むが、その間は店の本を全てどこか別の場所に移さなければならない。そのために倉庫を借りる予定だが、予算の都合上借りられる倉庫では店の本を収めきれない。その場合は古すぎる本や売れない本を選別して数を減らすしかないらしい。

 

「それにしても仕事が増えてしまうし、何よりもったいない。本も捨てられるより、必要としている人が持って行ってくれた方が喜ぶじゃろ」

 

 ……そういうことならまとめ買いさせてもらおう。ただしサインはないのでお金は払う。

 

 ということになったが、次から次へと文吉爺さんから本をすすめられ、最終的に1000円という激安価格で30冊の問題集と参考書を手に入れた!

 

 ……本を処分したいとはいえ、文吉爺さんの値下げが激しすぎる……




影虎はドッペルゲンガーを使って組手をした!
演技を身に着けた結果、ペルソナチェンジ(偽)が可能になった!
天田を仲間にしたことで、選択肢が増えていた!
鶴亀の影響で、カンニングの疑いをかけられた!
次回の試験は別室で受ける事が決定した!
影虎は問題集を買うことにした!
山岸と一緒に古本屋を訪れた!
古本屋のリフォーム計画が始まっていた!
影虎は大量の本を手に入れた!


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222話 山岸風花の発見

「よっ、と」

「ごめんね、葉隠君」

「いいって、俺も大量に買ったし」

 

 会計の後で合流した山岸さんもリフォームの話を聞いたらしく、丈夫な紙袋いっぱいの本を買っていた。パンパンに詰まった紙袋は重そうで、俺が一緒に持つことにした。

 

 そして本の虫から一歩出ると、香ばしいソースの香りが漂ってくる……

 

「帰る前にたこ焼き食べていかない?」

「いいよ。じゃあ私、買ってくるね」

「あ、ちょっ」

 

 自分でお金を払おうと思ったが、本を抱えていたせいで山岸さんの方が速く、彼女はもう店の前で注文を始めている。

 

 仕方がないのでゆったりと、目の前の飲食スペースで席を取る。

 

「はい、葉隠くん」

「ありがとう。お金……」

「大丈夫! 前は私が奢ってもらっちゃったから」

「前? ……ああ。そういえば最初に会ったのもここだったな。生活費の入った封筒を落として探してて」

「うん。あの時は生活費のことで頭がいっぱいだったけど、後で考えてみたらジュースとかたこ焼きももらってたんだよね……結局封筒も見つけてもらったし、あの時は初対面だったのに、ありがとう」

「いやいや」

 

 俺は知ってたし……とは言えない。

 

「こちらこそ、いつもマネージャーの仕事や機械関係の相談に乗ってくれて、助かってるよ」

 

 そういえば、山岸さんと二人で話す機会って珍しいな……

 

「クラスが違うし、会う時はほとんど部活だから。どうしてもそうなるよね」

 

 ……会話が止まってしまった。

 

「……そうだ、チラッと見えたんだけど、プログラミングや動画編集にも興味あるの?」

 

 山岸さんが買っていた中に、そんなタイトルの本がいくつかあった。

 それもかなり専門的で、タイトルから理解できない内容の本がたくさん。

 

「ちょっと勉強してみようと思って……動画の編集は、葉隠君の型やスピーチを撮影して、動画サイトに投稿したよね。あれの感想にね、もっと見たい! とか、見やすい編集ありがとう! とか……そういうコメントを見てたら嬉しくなったの。

 他にもこうしたらいいんじゃないか? っていう意見もあって、ああ、そうかって思ったり……それが楽しいの」

 

 山岸さんは語り始めた。

 自分の家が代々医師の家系であること。

 自分の両親だけが医師ではないこと。

 両親に将来は医者になるように期待されていること。

 そして両親には成績ばかりを評価されること……

 

「だからかな。たくさんの人に自分が編集した動画を見てもらって、自分の関わった部分を褒めてもらえた事がすごく嬉しかった。学校の成績なんて関係ない所で。将来ために役立つことじゃないかもしれないけど、人を楽しませることができたなら……そう考えると楽しい、もっと知りたいって思っちゃって」

「なるほど」

「それに、葉隠君もいたから」

「俺が?」

「葉隠君、最近は歌やダンスもやってるじゃない。そんな姿を見てたらね、私もやりたいことをやってみたいって思って……つい、いっぱい買っちゃった。使う予定もないのにね」

 

 山岸さんは楽しそうだ。

 

 ……そういうことなら、今後も無理のない範囲で動画投稿を続けてみてはどうだろうか?

 

「えっ!? でも、何の動画を作ればいいのか……前は色々理由があったからできたけど」

「最近よくあるじゃない。“歌ってみた”とか“踊ってみた”とか」

「私、カメラの前で歌ったり踊ったりはちょっと……」

 

 そうだろうか……?

 あれ? でもペルソナシリーズの音ゲーがあった、てかどんどん増えていたはずだ。

 最初は4から始まって、3と5も後からどんどんと。確か3のタイトルは……

 

 P3D-ペルソナ3ダンシングムーンナイト 2018年5月発売予定!!

 

 ……間違えて何かの広告まで思い出した。けど、音ゲーが出るのは間違いない。

 ということは山岸さんも踊れるはず、なんだけど……絶対無理! という顔をしている。

 

 まぁ無理にとは言わない、代わりに俺が歌ったり踊るのはどうだろうか?

 

「……葉隠君が?」

「演技とかダンスとか。色々習ってみてこれからも続けたいとは思うんだけど、特に発表する場所もないしさ。それだったら俺が出演、山岸さんが撮影と編集の担当ということにすれば、お互いにやりたいことができるんじゃないか?」

 

 特に俺の場合は歌やダンスを使って人を、エネルギーを集められる。

 今後の活動に活かせる可能性が出てきた。

 まだオーナーや近藤さんに相談をしている段階だけど、可能であれば動画は役に立つ。

 世間では動画投稿者が開くイベントも増えてきているし、カモフラージュに使えそうだ。

 

「一応学校や関係各所には話を通しておくべきだと思うけど、それには江戸川先生や俺のサポートをしてくれる人たちが協力してくれると思うし、どうだろう?」

「いい、の?」

「実際に活動できるのは許可が出てからだけど……山岸さんにその気があるのなら、俺は応援したい。そして俺にも山岸さんの力を貸して欲しい」

 

 そう伝えると、彼女は真剣な表情で考えてみると言ってくれた。

 そこから先は口数が減ってしまったが、オーラに悪い感触はない。

 後は彼女の考えがまとまるのを待とう。

 

 そう決めて荷物を抱え、山岸さんを女子寮の前まで送ることにした……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 買い込んだ問題集を全て記憶。

 脳内でほどほどに予習復習を行った!

 

 しかし、時間的に余裕がある……

 

「そういえば」

 

 以前登録していた翻訳の仕事、しばらくやってないな……

 引き受けた仕事は全部片付けたし、当分受けられないとは連絡しておいたから向こうからも何も言ってきてないけど……この際やっておくか。

 

 久しぶりに翻訳の仕事をした!

 

「ふぅ……前より翻訳がスムーズかつ自然になった気がする。やっぱりアメリカで本場の英語に触れたからかな……」

 

 そんなことを考えつつ会社のサイトを見ていると、

 

「そういえばここ、英語以外も翻訳の仕事あったんだっけ……俺にもできるかな?」

 

 エリザベータさんの課題で読んだ本の山には、様々な言語の本が混ざっていた。

 それを読むために各言語の辞書を記憶し、内容を頭に叩き込んだ……

 今なら他の言語でも翻訳の仕事ができるかもしれない。

 

「ここって確か試験があったはず……あった!」

 

 フランス語

 イタリア語

 スペイン語

 

 3ヶ国語の翻訳試験に申し込んでみた!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 10月1日(水)

 

 朝

 

 危ないところだ……

 食堂で警戒スキルが警鐘を鳴らしてくれなかったらスルーしたかもしれない。

 

 今日から冬服に衣替えだった。

 

「もう10月か……」

「1年ってあっという間だよな~」

「本当に一年なんて……いや、考えてみたらもう入学から3年くらい経ってる気が……そのくらい高校生活が濃かったって事か?」

「……色々巻き込まれてたもんな……お前」

 

 珍しく早めに登校している順平と友近から、哀れみの混ざった視線を送られた。

 

 ……それにしても、衣替えだ。

 実際に冬服を着てみたが、衣替えの必要性をまったく感じない。

 確かに気温は下がってきているとは思うけど、別に夏服でも寒いとは感じなかった。

 冬服に替えた今も、特に暑いというわけではない。

 何だろう、いまいち季節感がない。

 

 去年まではもっと気温の変化を疎ましく思っていた気がするけど……

 

 もしかして、ペルソナの影響か?

 火耐性や氷耐性があるから暑さや寒さに強くなったとか。

 テキサスではそれなりに暑さを感じたし……“耐性”だから気温の影響が緩和された?

 そういう事もありえるのか……後でサポートチームに連絡しておこう。

 本部の研究班が調べてくれるかもしれない。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~アクセサリーショップ・Be Blue V~

 

「例の件だけど……可能ね。エネルギーを溜める前の水晶なら量産は簡単よ。エネルギーを溜めるのも、今の貴方ならできるでしょう。ただし、膨大なエネルギーを扱う時は注意が必要よ」

「具体的には」

「そうね……銀粘土で台座を作りなさい。そこに防壁とか、エネルギーの逆流防止。そういった安全装置の役割を果たせるルーンを刻みなさい。余裕があれば、貴方に渡した指輪と同じ、エネルギーを増幅するルーンを刻むこともできるわ」

「!! それを使うと、膨大なエネルギーがさらに?」

「理論上は可能よ。ただ、先に安全をしっかり確保しないと危険が増えるだけだから……」

「確かに……なら銀粘土の材料も補充しないといけませんね。最近、影時間は神社でしたし」

「頑張って頂戴。材料があれば準備だけは私にもできるわ」

 

 ドッペルゲンガーが提案したエネルギーの回収方法について。

 オーナーと技術的な相談を行った!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~自室~

 

 近藤さんと翻訳の会社から連絡がきた。

 

 近藤さんはエネルギーの回収方法について、最大限協力してくれるそうだ。

 その一環として動画サイトへの動画投稿やイベント開催もOK。

 本部からもGOサインが出ているらしい。

 また、コールドマン氏の超人プロジェクトに関する正式発表も今月末には行うとのこと。

 知名度を今のまま、あるいは良い方向に上げておいてくれれば、都合が良いそうだ。

 俺たちの目的は一致している。

 学校側への対応も考えているとのことなので、段取りはお任せしよう。

 

 ついでに次回の課題である“翻子拳”。

 練習開始が“4日から”という確認もあったが、こちらも問題なし。

 警戒スキルで脳内にリマインダーを設定し、体調もしっかり整えておこう。

 

 続いて翻訳の会社から。

 昨日送った試験の申し込みが無事に受理されたらしい。

 早速3ヶ国語、各2つずつの試験問題を片付ける。

 

 ……

 

 動き出した手は止まらない!

 

「良い感じ」

 

 1時間半で6つの記事を翻訳終了。

 原作さえ乗り越えれば、食うに困ることはなさそうだ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 次の日

 

 10月2日(木)

 

 朝

 

 ~自室~

 

 昨日質問した耐性の影響について、早くも検証をしてくれたようだ。

 

 簡易的な調査だが、火耐性を持つエレナがロウソクの火に指先を近づけたところ、サーモグラフィー(温度センサー)が熱量の減衰を確認したとのこと。また、この結果は熱源や条件を変えても変化はなかったらしい。

 

 現在アメリカのペルソナ使い全員の協力を得て、他の属性の調査も続けているが、今のところそれぞれ類似する結果が出ているらしい。

 

「耐性スキルは所有者の意識の有無に関係なく、まるで全身を不可視の薄い膜が包み込んでいるようだ。認識できない攻撃であっても、対応する属性の耐性を持っていれば威力は減衰する。ただし減衰効果が及ぶ範囲は多少の個人差もあるが、体表からほんの数センチ程度である……か。なるほどね」

 

 また、この検証結果から“打撃耐性”に敵を素手や素足で攻撃(打撃)した際に、手足にかかる負担を軽減する効果が期待できると判明した。無茶は禁物だが、打撃耐性を持っていれば拳が潰れるような怪我はしにくくなるらしい!

 

「良い情報だ。感謝のメール送っとこう」

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 昨日の翻訳の仕事が早くも認められ、英語に加えてフランス語、イタリア語、スペイン語の翻訳ができるようになった。嬉しくて、そのまま早速仕事をしていると、

 

「そろそろか」

 

 警戒スキルが“アフタースクールコーチング”の放送時間を知らせてくれた。

 翻訳の仕事は急ぐ必要がないので、一時中断。

 テレビをつけて、仲間との連絡用アプリを起動した携帯片手に、自分の出演番組を観賞。

 

 ……

 

 ドッキリ撮影の時はもう少しうまく誘導できなかっただろうか?

 あの時はもっと別のコメントにすればよかった。

 テレビを通して見返すと、撮影中は気づけなかった反省点が見えてくる……

 

 しかし全体的に話の流れを止めたわけでもないし、反省点は次回に活かそう。



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223話 大誤算

 翌日

 

 10月3日(金)

 

 放課後

 

 ~部室~

 

 昨日番組が放送されたからだろう、今日はクラスメイトを含む生徒の反応が激しかった。

 皆の囲いから抜け出すだけで一苦労。

 その反動か、部室で一息つこうとお茶を飲んだらそのまま気が抜けてしまった。

 

「今日は部活お休みかな?」

「和田と新井もいないしな」

「たまにはいいんじゃないですか? それに先輩、明日からまた撮影でしょう?」

 

 満場一致でゆったりすることに決定……そんな時だった。

 

「はい、もしもし」

「葉隠くん! 今大丈夫!?」

 

 慌てた様子のオーナーから電話がかかってきた。

 

「大丈夫です。どうしたんですか?」

『さっき、ゆかりちゃんがシフトじゃないのにお店に来てね……思いつめた表情だったし、ちょっとお話をしたの』

 

 最近オーナーを気にしていた件か!

 

『残念だけど今は答えられない内容だったから、できるだけやんわりと伝えたつもりだったんだけど……思った以上に興奮していて、お茶を入れようとした隙にいなくなっていたの。任せてと言っておきながら、ごめんなさい。失敗したわ。

 放っておけないから探してるんだけど、葉隠君も手伝ってくれないかしら』

「わかりました。心当たりを探します」

 

 さらに数回言葉を交わし、電話を切る。

 しかし心当たりを探すとは言ったものの、その心当たりがない。

 店じゃなければ女子寮くらいしか……

 

「先輩?」

「どうしたの?  何かトラブル?」

「…………あ!!」

「えっ!? 何!?」

「山岸さん、前にダウジングでオーナーのバイオリンを見つけたことあったよな? それで岳羽さんを探せないか?」

「ゆかりちゃんを?」

「最近悩みがあったらしくて、オーナーに相談してちょっとトラブルがあったらしい。詳しくは俺も知らないが、店を飛び出して行方が分からなくなったそうだ。お願いできないか?」

「どうだろう……物なら何度も練習してるんだけど、人は探したことなくて……」

「それでいい。やってみてもらえないか?」

「……うん。わかった」

 

 山岸さんは鞄から地図と振り子を用意し、速やかにダウジングを始める。

 

 頼んでおいてなんだけど、律儀に練習続けてたのか……

 ハーブティーとか色々勉強しているのは知っていたけど、

 

「ん……いつもと感触が違う。何と言うか、ここって場所が定まらないみたいな……」

「大体の場所でも助かるよ。心当たりが全くない状態なんだ」

「なら、この辺かな?」

 

 そこは街のど真ん中。

 ただし、ポロニアンモールの近くではある。

 場所が定まらない、もしや移動中……!!

 

「ありがとう、山岸さん。岳羽さんが向かってる場所、分かったかもしれない」

「えっ!? 本当に? こんな、外れてる可能性の方が高いと思うけど」

 

 彼女について原作知識を持ってなければ、俺にも分からなかったと思う。

 

「自信を持ってくれ、前にバイオリンを見つけたときも思ったけど、やっぱり山岸さんは凄いよ」

「ええ……?」

 

 本人は釈然としない様子だが、山岸さんの探知能力は信頼できる。

 

「天田、後を頼む。俺は行くから、山岸さんが落ち着いたら、念の為に女子寮を探してもらえないか? さすがに女子寮は男じゃ入れないから」

「人使いが荒い先輩ですね。分かりました。こっちはなんとかします」

「頼んだ!」

 

 言うが早いか、俺は部室の外へ駆け出した。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~ムーンライトブリッジ・歩道~

 

 10年前、アイギスと大型シャドウの不完全な集合体である“デス”が戦い、原作主人公の中に封印された場所。そして来年も特別課外活動部とストレガの戦いや最後の大型シャドウ戦など、とにかくよく戦いの舞台になる橋の上。

 

 冷たい風が力強く吹き抜け、車道を走る車の騒音も酷い。

 開通当初ならまだしも、今はモノレールもある。

 この橋をわざわざ歩いて渡る人はほとんどいないが……彼女は来た。

 

「……どうして、君がここにいるの?」

 

 山岸さんが指定した道は、ここに続く大きな通りだった。

 そしてムーンライトブリッジは、彼女の父である岳羽詠一郎氏との思い出の場所だ。

 橋の開通式で買ってもらった編みぐるみのストラップを、今も携帯につけているくらい。

 

 ……全速力が速過ぎて、待ち構えていたみたいになったけど……

 

「オーナーから連絡を受けた。岳羽さんが急に消えたって聞いて」

「そっか……そういえば私、何も言わずに出てきちゃったんだっけ」

 

 力なく呟かれた声は、周囲の音にかろうじてかき消されずに耳に届く。

 

 表情とオーラに浮かぶ後悔の色。どうやら我を忘れての行動だったらしい。

 

 しかし俺がそう感じた瞬間、彼女のオーラが目まぐるしく変化する。

 悲しみ、怒り……完全に冷静さを見失っているようだ。

 

 一体何があったのか。

 

 彼女がここまで取り乱す内容なんて、俺が考えられる限りひとつしかない。

 

「お父さんの事で何かがあったか」

「!」

 

 返答はない。

 硬直した体と明確なオーラの変化が図星だと示している。

 

「なんで……なんであなたが知ってるの!?」

 

 目に危険な光を宿した彼女は赤黒く濁った怒りのオーラを纏い、距離を詰めた勢いのままに掴みかかってくる。女性としてはかなり強く、弓道で鍛えられた指が服と肉に食い込む。

 

 しかしこれまで続けてきた訓練の成果か、振り払うのはさほど難しくもない。

 

「!」

「落ち着いてくれ」

 

 強引に拘束を抜け出し、たたらを踏んだ彼女にパトラをかける。

 冷静さを失っている相手にはやはり効果覿面だ。

 

「ッ!!……ごめん。私……」

 

 勢い余って人を殺しそうな状態から急激に冷静になったせいか、自分の行動に対して動揺しているようだ。もう一度パトラをかけておこう。

 

「……落ち着いた?」

「……たぶん」

「よければ何があったか聞きたいんだけど」

「オーナーから聞いてないの?」

「オーナーもかなり慌てていて、細かい説明を受けてない。お父さんのことは直感だ」

「そっか……」

 

 彼女は俺の隣まで近づいて、橋の手すりに体を預ける。

 そして広がる海を見ながらぽつりぽつりと話し始めた。

 

「葉隠君は私のお父さんのこと知ってるよね? 10年前に亡くなったってことも」

「知っている」

「それでさ。“イタコ”っているじゃない? 死んだ人の霊を呼び出して話をさせてくれるって言う……私ね、オーナーにそういう事ができる人を知らないかって相談したの。お父さんと話したくて。……オーナーならもしかしたらと思って」

 

 結果はダメだったんだろう。

 

「知り合いにいるらしいけど、今の私には紹介できないって。理由は私がイタコや霊を信じてないから。本当にお父さんと話したいって気持ちを持っていることはわかるけど、それだけじゃダメなんだって。

 ちゃんと受けられる心の準備ができていないと意味がない、本物のイタコに本当にお父さんを呼び出してもらえても、信じることができなければお互いに不幸になるだけなのよって……今はなんか落ち着いたから分かる。もっと優しい言い方してくれたし。だけど、さっきまでは何か、受け入れられなかったって言うか……」

「なるほど……でも、どうしてこんなに急に?」

 

 岳羽さんがオーナーに何か相談したがっているのは感じていたけれど、我を忘れるほど急いでいるような気配はなかった。そこが不思議だ。

 

「葉隠君もわかってたんだね。オーナーも私が聞きたいこと、話す前から分かってたみたいだったし」

「細かい内容まで知らされてなかったけどな」

 

 彼女はわずかに微笑んだかと思えば、まっすぐに俺を見据えてきた。

 急に目に力が……何だ?

 

「昨日。君の出てる番組を見て思い出したの。私達、前にもこうやって話したよね。あの時は校舎の裏だったけど」

「……ああ。あの時も中間試験の前だった」

 

 あれは皆で勉強会を開いた初日の事……

 それをこのタイミングで持ち出してくる事に、悪い予感を禁じ得ない。

 

「テレビで流れた葉隠君の“夢でこの街のことをずっと昔から見てた”って話……私、一学期に君のお母さんがこっちに来た時、私一回会っててさ。最初は息子がこっちでちゃんとやれてるか心配って話だったんだけど……その流れで聞いた。その時は予知夢なんて全然信じてなかったけど」

「……だからあの日、俺がお父さんを恨んでるんじゃないかって話になったんだよな」

「そう。その後に君、言ったよね? 私に対する態度が変だったのは予知夢に関係してるって」

 

 ……言った。確かに言っていた。そしてすっかり忘れていた!

 あの時の俺も冷静ではなかったのだろう。

 思い出した言葉は、明らかな失言だった。

 

 それで変に刺激……これオーナーの所を飛び出したのも俺が原因か!

 

 真田や桐条先輩なら想定していたけど、岳羽さんが反応するとは想定外。

 今思えば何であんなことを口にしたのか……頭を抱えたくなるが、ぐっとこらえる。

 あの時は彼女が予知を“信じていなかったから”、そしてその後の事でうやむやになった。

 そうでなければあの時に、さらなる追求を受けていただろう。

 それが今ここに来ただけだ。

 今よりも技術も心構えもない、あの時に追及されるよりもマシなはず。

 

 頭を切り替え、心を落ち着ける。 動揺を抑え込み冷静を保つ。

 

「悪いけど、オーナーと似たことを言うよ。これも岳羽さん自身に信じてもらえなければ話しても意味のないことだ」

「信じるよ」

 

 間髪入れずに 答えが返ってきた

 しかし、オーラは真剣かつ冷静そのもの。

 誤魔化すなと激昂するかと思ったが……

 

「理屈は……通ってると思うんだ。もし私のお父さんと君が死んじゃうって話が繋がってるなら、私の事を最初から知ってたのかもしれない……それに何より、あの時君は立てないくらい気分が悪そうになってた。……あれが一番、演技とは思えないの」

 

 パトラを2回もかけたから?

 これまでにないほど冷静に、岳羽さんは話を進める。

 表情にも変化が乏しい。

 

「……わかった。まず始めに、岳羽さんの予想は正しい。俺から訂正することはないよ」

「そっか。前もそうだったけど、やっぱり否定しないんだね。あの時は勘違いだったけど」

「俺もあの時は途中まで勘違いに気づかなかったよ。……次に何を話せばいい?」

「どこまで知ってるの? まずはそこから」

「と言われても、大体のことは知ってるよ。一つずつ話してたらキリがないくらい」

「じゃあ……お父さんの事について。前に葉隠君は言ってくれたよね、私のお父さんは悪くないって。お父さんが何をやってたか、知った上での言葉なんでしょう?」

 

 一度頷いて肯定する。しかしそれは知るだけでも危険な情報だ。

 覚悟はあるかを聞いてみると、当然のようにあると答えた。

 

「……岳羽詠一郎氏の研究は、本来あんな被害を出すためのものじゃない。細かいことまでは俺にもわからないけど、タイムマシンのような物の研究をしていたはずだ。そのために必要な手がかりを桐条グループは持っていて、研究員をあつめて研究をさせていた。岳羽詠一郎氏もその一人で、事件当時は研究主任を……これは知ってるな」

 

 1つずつ慎重に説明していく。

 

 最初はまだ健全な研究だった事。

 それが当時の桐条グループ総帥である“桐条鴻悦”によって歪められた事。

 桐条鴻悦のカリスマは研究員の心を掴み、歪んだ思想に引きずり込んだ事。

 最終的に研究の目的が完全に変わってしまい、研究成果ではなく滅びを求めていた事。

 そして……大事故の原因となった実験が成功していた場合、失敗よりも多くの被害が出た事。

 

「じゃあ、お父さんは……」

「……岳羽詠一郎氏は、桐条鴻悦に逆らって一人で実験を中断した。この点に関して彼が事故の原因とは言える。だけどそれは決して彼の身勝手や暴走ではないと、俺は思ってる。彼は研究に関わる人間の暴走を土壇場で食い止めた。代償は大きかったけれど、被害を少なく抑えたのは間違いない」

 

 俺がそう告げると、目を潤ませていた岳羽さんは我慢の限界が来たようだ。

 手すりに乗せた両腕に顔を埋め、押し殺した鳴き声が風に吹き消されていく……

 

 俺はそんな彼女に何も言わずにこっそりと、ドッペルゲンガーで周辺警戒。

 そして車道から彼女を隠すように勤めた……




番組放送により学校が騒がしくなった!
影虎はゆっくり……できなかった!
影虎は54話でミスを犯していた!
放送された番組の内容が岳羽ゆかりを刺激した!
影虎は10年前の真実を語った!


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224話 テストに向けて

 夜

 

 サポートチームの皆さんが借りている部屋で、俺は昼間の出来事を説明した。

 

「……彼女は真実を知ったと」

「はい。こちらの失言もあったわけですし、下手なごまかしは逆効果。余計な問題を増やすと判断しました」

 

 ただし、10年前の真実を話しただけではない。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「ごめん」

 

 ひとしきり泣いて落ち着いた岳羽さんが涙を拭う。

 ……ここからが俺にとっての本番だ。

 

「岳羽さん。俺の言葉を信じてくれるなら、まだ聞いてほしい事がある」

「何?」

「岳羽詠一郎氏の身に起こったことは今話したけれど、それで全てが終わったわけじゃないんだ」

 

 岳羽さんの表情が再び険しくなる。

 

「どういうこと?」

「世間には、研究に携わった人間は全員事故で亡くなったと報道されていたけれど、その情報は嘘なんだ。本当はまだ生き残りがいる。それも桐条鴻悦の思想に染まって後を継ごうとしている人間が」

「それって……どこかで研究を続けてるって事!?」

「いや……必要な研究はすでに終わってると思う。10年前の事故もお父さんが無理やり止めたから失敗したんだ、だから今は再び実験を行い、成功させるタイミングを狙っているはず」

「そんなのって……何のためにお父さんが実験を止めたと思ってるの?」

「そいつらには関係のないことなんだよ。残念だけど」

 

 だんだんと彼女のオーラがいつも通りに戻ってきた。

 悲しみのオーラが、赤く燃え盛る怒りのオーラに変わりつつある……

 

「教えて……桐条先輩はその件に関わってるの?」

「YesかNoで答えるなら、Yes。だけどそれは10年前に桐条グループ、ひいては祖父が起こした事故の後始末という形でだ。10年前の事件は岳羽詠一郎氏のおかげで失敗に終わったけれど、その影響で生まれた問題もある。例えるなら核兵器の使用後に残る放射能汚染のように。彼女はそれを消すために人知れず活動している。だから俺は彼女自身は問題ないと思っている」

 

 しかし問題は桐条グループだ。

 

「問題解決に動いているのは桐条先輩だけじゃない。事件を起こした桐条グループも問題解決のために動いているし、桐条先輩もグループからのバックアップを受けて活動している」

 

 先輩は問題解決のために真剣に取り組んでいるけれど、まだ俺達と一つしか違わない高校生。

 社会的に見れば子供だ。

 総帥の娘であり、問題解決のためにある程度の裁量は認められていると思う。

 しかし、それはあくまでも許可された範囲での話。

 希望を出すまではできても、すべての決定権は彼女より上にあると考えてもいい。

 

「問題はその許可を出す人間の中に危険人物が混ざっていることなんだ。そしてそういう人物が混ざっている事実は桐条先輩も知らない」

「じゃあその人たちは、好き放題できるってわけ?」

 

 好き放題とまではいかないはず。

 

「問題解決を隠れ蓑にして、疑われないようにしている感じだと思う」

 

 桐条先輩のお父さん、つまり桐条グループの現総帥は桐条先輩と同じく心から問題を解決しようと考えているし、一番の権力を持つ人だ。彼に企みがバレたら窮地に立たされるはず。少なくともグループ内ではやっていけないだろう。

 

「じゃあその事を先輩に言えば!」

 

 ……感情的になっているな……

 

「残念だけど、桐条先輩は上層部に疑いを持っていない。そもそもこの問題自体が、本来はグループ内でもトップに近い人間にしか知らされていない機密事項なんだ。総帥にもバレず、そこまでの地位につけている時点で信用されているということ。俺たちがただ訴えてもそう簡単に信用されないだろう」

 

 そもそもトップシークレットの情報を“無関係な人間が”知っているという時点であちらにとっては大問題。怪しまれる可能性が高い。また、それによるリスクも高い。

 

「でも!」

「落ち着いてくれ」

 

 感情的になり始めた岳羽さんにパトラをかけてクールダウン。

 

 そして桐条グループが行っていた非人道的な実験についても語った。

 

「……………………」

 

 語った内容が衝撃的すぎたか、岳羽さんは愕然としている。

 

「大丈夫か?」

「……ごめん、流石にもういっぱいいっぱい。ていうか何がどうなってんの……」

 

 乱暴に髪を掴む岳羽さん。相当に混乱しているようだ。

 

「信じがたい話だと思うけど、俺は正直に話した。桐条グループの事も、岳羽詠一郎氏の事(・・・・・・・・)も 」

「!!」

 

 父親の名前には反応を示す。

 そんな彼女に4度目のパトラ。

 

「……岳羽さん。今すぐ全てを信じなくてもいい。だけど一つ約束してくれないか」

「何?」

「このことを他所では話さないでほしい。事実確認をしたいだろうけど、迂闊な質問が桐条先輩やその上の耳に入れば、危険だという事はわかってもらいたい。少なくとも俺はそう考えて行動している」

「……わかった。でも約束する代わりにもう少し教えてほしいんだけど」

 

 岳羽さんは真剣だ。

 

「何が知りたい?」

「葉隠君、あなた一体何者なの? それからもう少しわかりやすく信用できる話はないの?」

 

 聞かれて少し考える。

 

「とりあえず俺の立場は今のところ“一般人”。本来なら何もできず、何も知らずに死んでいくうちの一人……だけどどうしてか、悪夢という形で知れるはずのないことを色々と知ることができた。後はテレビでも流れた通り、死なないために自分を鍛え続けていた。……それくらいかな。

 わかりやすい事は……桐条グループが解決しようとしている“問題”に対処するには、“特別な才能”を持った人材が必要だ。そして岳羽さんはそれを持っている。……俺の見た未来が本当であれば、岳羽さんは来年の1学期が始まる前に先輩からスカウトを受けるはずだ。その問題に対処できる人材を求めてね」

 

 どこでどういう風に誘われるかまでは分からない。

 俺の知識も完全ではない。

 

 最後に弓の腕前を磨き体力をつける事。オーナーからヒーリングを学ぶようアドバイスを行った……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「以上です」

 

 岳羽さんには桐条グループの危険性を訴えて、彼女が元から持つ疑念を強められたと思う。

 常識的な感性を持つ人からすれば信じがたい内容ではあるが、真剣なオーラを確認した。

 それに父親については真実を答えたけれど、彼女にとっては望みの答えだったはず。

 俺の言葉を疑うことで、父親の善行を否定するのは彼女にとって苦痛だろう……

 

「つまり葉隠様は“桐条グループと自分のどちらを信じるか”という、選択の難しい2択を押し付けた……“ダブルバインド”の状態に落としたと」

 

 日本語では“二重拘束”とも呼ばれる、交渉のテクニック。

 相手に選択の放棄を許さず、思考の停止、あるいは精神状態の拘束で身動きを封じる事。

 セールスなどでは“AとBの商品、どちらが良いか?”という風に選択肢を与える。

 そこで拒否できずにどちらかを選んでしまえば、セールスマンの思うつぼ。

 セールスマンにとっては、どちらを選ばれても利益が発生する。

 相手にNOと言わせないようにするテクニックだ。

 

 

 ……今回、俺の場合はどちらでも良いとは言えない。

 しかし、少なくとも彼女は選択の放棄はできないはず。彼女自身、執着がある。

 そして彼女にとっては桐条グループも俺の話も“どちらも怪しい”。

 その上でどちらを選ぶか、悩んでいる内は敵対行動を控えるだろう。

 彼女は感情的になりやすいし、不確定要素は多いけど、

 

「話が終わると一人にしてほしいと言われましたが、一度別れたフリをして尾行したところ、最後はバイト先に戻ってオーナーに謝罪し、ヒーリングについての質問もしていました。

 もしもの場合に備えて、サポートチームの皆さんや天田と江戸川先生についての情報は一切与えていません」

「ヒヒ……そうなった場合、葉隠君も潜入ですか」

「この機会に岳羽様をこちらに引き込む事は」

 

 近藤さんの意見も分かる。

 しかし彼女は話を真剣に聞いてはくれたが、残念ながらまだ勧誘は難しいと思う。

 原作では人材集めに必死だった桐条先輩に疑いの目を向けていた。

 まず彼女に納得してもらわなければ、こちらへの疑いを強めるだけになりそう……

 

「警戒心が強い……承知しました。しばらく様子を見ましょう。連絡は密にお願いします」

「お手数をおかけします」

 

 岳羽さんに関する話はこれで終了。そして解散となるが……

 その前に、江戸川先生から軽い連絡事項があるらしい。

 

「山岸さんとの動画撮影と投稿。学校側は常識の範囲内で、個人的な活動であれば問題ないとのことです。まああまりひどい内容や炎上などした場合は活動停止や注意も入るかと思いますが……ヒヒッ、その点は私やサポートチームの方々もチェックして注意すれば大丈夫でしょう。

 ただひとつだけ、そんな事をしていて次のテストは大丈夫かと他の先生方は言っていました。私は君の能力を知っているので大丈夫だと思うのですが、彼らは知りませんからねぇ……説明するわけにも行きませんし、活動は自由でも何か言われるかもしれません」

「面倒ですね……」

 

 俺はぶっちゃけ内申とかどうでもいいし、多少のことは聞き流せる。

 だけど山岸さんは困るだろう。

 

「……とりあえず山岸さんと相談してみます」

「そうしてください。あと、天田君への連絡もお願いしますね」

 

 こうして改めて今日の会議は解散となった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 10月4日(土)

 

 昼休み

 

 ~教室~

 

「と、こんな感じだったよ」

「なるほど~」

 

 今日は教室で新聞部所属の木村さんからインタビューを受けている。

 と言ってもいつものメンバーで昼食をとりながらの雑談みたいなものだけど。

 

「順調にタレント路線を進んでるね、初対面の時は考えもしなかったよ」

「それは俺が一番思ってる」

「で、今後の予定は?」

「撮影スケジュールという意味なら答えられないけど、学んだダンスとかは今後も続けていこうかと思ってるよ」

「ほうほう、どこかで発表とかする? 文化祭の時も凄かったしさ、機会があったら取材とかしたいんだよね」

「発表会は考えてないけど、最近は動画サイトがたくさんあるから」

「おおっ、まさかの動画投稿者デビュー? これまで空手の型の動画とかを上げてたのは知ってるけど、“踊ってみた”系とかも始めるの?」

「趣味程度だけどね。一応学校にも確認とったし。ね?」

「う、うん!」

「おや? 山岸さんも一緒にやるの?」

「私は動画編集に興味があって、映らないけど裏方をさせてもらおうかなって」

「これまでも何度か必要に迫られて俺はそっちの知識がないから助かる」

 

 そんな話をしていると、

 

「葉隠君の動画だって」

「踊ってみたって何踊るんだろ?」

「IDOL23じゃない? この前の番組で踊ってたし」

「DMストライカーとかキレッキレで踊ってたらウケルー」

 

 近くで食べていた生徒の話題にもされている。

 

「でも葉隠君、大丈夫? ちょっと変な噂聞いたんだけど」

「変な噂?」

「うん、ガセネタとは思うんだけど……次の試験で良い結果出せなかったら、退学になるって」

『!?』

 

 クラス中の視線が俺と木村さんに集まった。

 

 心当たりがない、わけでもないか。

 

 詳しく聞いてみると、例の次回のテストを別室で受ける間に尾ひれがついているようだ。

 

「この学校ってさ、テストの不正行為に対して罰則が決まってるんだよね」

 

 クラス中の生徒が一斉に生徒手帳を出そうと動く、その一瞬で俺は脳内検索。

 

「ああ……初回は同日に行われた科目のテストの無効に、厳重注意の上で停学と反省文の提出。そして2回目は退学だからか」

「そうそう。もしかして校則暗記してる?」

「一応。で、不正2回で退学と決まってて、俺達は1学期に中間と期末で2回テストを受けた。今回いい点を取れなければ、その2回で不正行為を行ったと見て退学ってこと?」

「まさにその通りなんだよね……一これまでと同じ“全教科100点以外認められない”っていう噂もあるけど、さすがにそれはデマだよね?」

 

 テストは別室で受けるが、結果を1学期のテストに遡及させて退学なんて聞いてない。

 宣告を受けた時、理事長に確認していることをしっかりと伝えておく。

 

「そうなんだ! よかった~」

「一体どこでねじ曲がったんだか。何にせよ俺は前回も前々回も不正なんてしてないから、いつも通りやるだけだ」

「おっ! そのセリフいただきっ! でも本当に大丈夫?」

「そうだぜ影虎!」

 

 唐突に順平が声を上げた。テストの話題になってくるなんて珍しい。

 

「テストの点はな、油断してると一気にドスンと落ちるんだよ」

「経験者の言葉は重いな……」

「1学期の期末はひどかったもんね」

「中間はなかなか良かった分、差がひどかったよな」

「宮本も西脇さんもともちーも、そこ抉らなくていいから! てか、そうならないために努力しようって事だよ! 俺が言いたいのはさ!」

 

 つまり?

 

「よく聞いてくれた影虎! 次のテストでいい点取るために、また勉強会しようぜ?」

 

 その言葉を聴いた瞬間、

 

『お前が教わりたいんだろ!』

 

 クラス中から声が上がる。

 しかし提案自体は悪くない。

 試験期間は今月の13日から一週間。

 今日が4日なのであと10日もないし……

 

「あ、ついでにこれ動画のネタにしようか」

 

 問題の解き方とかそういう説明動画なら、先生に何言われても復習だと言い張れるかも?




影虎は岳羽ゆかりに衝撃の事実をつきつけた!
情報を漏らさぬように釘を刺した!
影虎は新聞部のインタビューを受けた!
順平は勉強会がしたいようだ……
影虎は勉強用の動画について考えている……


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225話 翻子拳・練習開始

 放課後

 

 今日からまたTV番組の撮影が始まった。

 

「テレビの前の皆様、こんばんは! 受講生の葉隠影虎です!」

 

 前回に引き続き一人での進行。

 本日の科目は念願の格闘技、中国拳法の“翻子拳”だ!

 そして練習場所はなんと、月光館学園の校舎裏。

 試験が近く、次回のテストで良い点を取らなければならない。

 そんな俺の事情を考慮していただけたようだ。

 ここなら練習のための移動時間が少なくて済むし、撮影までは部室で勉強会だって開ける。

 

「見てくださいこの景色! いい景色でしょ。この高台は僕が所属しているパルクール同好会の練習でもよく使うんですが、風も爽やかですごく良い環境だと思います。ただこの時期はちょっと寒くなってきたかもしれませんね」

 

 防寒が甘いスタッフさんはちょっと寒そうだ。俺はまだ涼しいくらいだけど。

 

「では早速参りましょう! 先生、お願いします!」

 

 合図とともに、階段を駆け上がってくる三十代前半の男性。

 前回のMs.アレクサンドラのような、ド派手な演出はないようだ。

 

「こんにちは。中国武術基金会の“周”と申します。よろしくお願いします」

「葉隠景虎です。こちらこそ、これから一週間よろしくお願いします」

 

 周先生は中国の北部にある河北省の出身で、そこは今日から俺が学ぶ翻子拳の本場。

 先生はそこで開かれた大会で何度も優勝を経験している素晴らしい経歴の持ち主だそうだ。

 

「翻子拳は手の技、パンチが中心の中国武術です。そして連続攻撃、が特徴の中国拳法です」

 

 所々イントネーションのずれている日本語で説明を受けながら、まずは翻子拳の歴史や基本的な戦い方の考え方を学んだ。

 

 翻子拳には“双拳の密なること雨の如し、脆快なること爆竹の如し”という言葉がある。

 これは翻子拳の特徴である打撃の連続を表現した言葉だそう。

 とにかく雨のように、爆竹のように、一気に拳を連続で叩き込む中国武術。

 それが翻子拳を学んでいく上で中心となる。

 

 しかしパンチ(手の技)だけを学ぶのではバランスが悪く、実戦では弱点となり得る。

 故に翻子拳は足技をカバーできる他の中国拳法と一緒に学ばれることが多い。

 

「通備翻子拳、戳脚翻子拳、鷹爪翻子拳……流派はいろいろありますが、私の流派は“戳脚翻子拳”です。戳脚翻子拳の“戳脚”とは、翻子拳と逆で足技が中心と言われる中国武術ですね。葉隠くんにも戳脚翻子拳、お勉強していただきます」

「よろしくお願いします!」

 

 そして練習開始。

 しかし今日は初日なので基本功(基礎練習)が中心。

 最後に戳脚翻子拳の套路(とうろ)(型)を見せていただき、少し体験して終わった……

 

 影時間に自主トレしよう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~自室~

 

 電話がかかってきた。久慈川さんからだ。

 

「もしもし」

『先輩? 夜遅くにごめんなさい。今時間大丈夫?』

 

 特に問題はない。何かあったんだろうか?

 

『ちょっと相談かな。実は私ね、この間先輩と一緒に番組に出させてもらったおかげで、私一人でもお仕事もらえるようになってきたの。一昨日まではアフタースクールコーチングの受講生として練習したし、明日は9日に放送される分のスタジオ撮影なんだよ!』

「よかったじゃないか」

 

 仕事が順調なようで、めでたいことだ。

 

『それはそうなんだけど……実はね、お仕事が増えた分、学校の勉強にあんまり時間を取れなくなっちゃってて』

 

 おまけに久慈川さんの中学校でも、もうじき中間試験が行われるようだ。

 

『先輩って中学生の時から成績良かったんでしょ? それに今だって学年一位だって聞いたし、私と同じようにテレビのお仕事してるから先輩はどうしてるのかなって思って。できれば何かアドバイスください!』

「アドバイスと言われてもなぁ……おとといの放送でも言ったけど俺、中学時代はほとんど勉強してないぞ」

『そんなぁ……』

「まぁ分からない所を教えるぐらいはできるけど、勉強方法の話になると久慈川さんがどれだけ時間を取れるかどうか、どんな時間帯に時間を作れるか、あと向き不向きとか、そういうことも考えないといけないと思う」

 

 というかそんなにやばいのか? 確かに成績が良いイメージはあまりない。

 そういえば4の試験ではボロボロだったような気がする。

 

『むっ! 特別成績いいわけじゃないけど、そんなに悪くないもん! ただ勉強しなくても点数が取れたりしないだけだもん!』

「わかったわかった。悪かった。……そうだ」

 

 久慈川さんに例の動画について話してみた。

 

『勉強用の動画? なんでまた急に?』

 

 動画配信を思い立ったきっかけと、初回のネタを勉強にしている理由も話す。

 

『先輩も大変なんだね……』

「それなりにな。で、初回は勉強の動画にしようとしか決めてないから、分からない部分が分かっているならそこも取り上げるよ 。何かリクエストはある?」

『だったら……パッと思いつくのは“一次関数”かな』

「ああ……そこで躓いたままだと、後々関数とか分からなくなるからな……こっちは明日から勉強会やることになったし、ついでに作ってみるよ。他の教科も分からない事があったら質問していいから」

『ありがとう先輩!』

「じゃ、動画ができたら連絡するから頑張ってな」

 

 久慈川さんとの電話を終えた……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

「あっ!」

「どうした?」

 

 軽く組み手をしていたら、天田が声を上げた。

 なんだか戸惑っているようだ。

 

「あの、急なんですけど“ディアラマ”って回復魔法が使えるようになったみたいです。魔法の練習は少なめなのに何ででしょう?」

「スキルはトレーニングや経験で身につくっぽいけど、覚える時は結構急に覚えるよ。俺も割としょっちゅう想定外のスキルが身についたりするから、あまり気にしなくていいと思う。あとおめでとう」

 

 天田のディアラマは原作だと初期から習得してるはずだし……別段不思議でもない。

 

「そういう物なんですね。ありがとうございます」

 

 天田が回復魔法を習得した!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 10月5日(日)

 

 朝

 

 ~古本屋・本の虫~

 

「おはようございます」

「あら、いらっしゃい。こんな朝早くからどうしたの?」

 

 今日の店番は光子お婆さんだった。

 

「中学生用の参考書と問題集をいくつか買いにきました。知り合いの中学生に勉強を教えることになったので」

「あらあら、そうなの。それなら欲しいだけ持って行ってちょうだい」

 

 また格安で本を譲っていただけることになった……

 

「本の処分にご協力ありがとうね」

「こちらこそ助かります」

 

 せっかくのご厚意にこんなことを言うのは何だけれど、こんなことをしていて店の経営は大丈夫なのだろうか? 心配になる。

 

「そうだ! いつもお世話になっていますし、何か手伝えることはありませんか?」

 

 せめて何か手伝いでもしなければ申し訳ない。

 お年を召した夫婦二人の生活で、何か困ることはないだろうか?

 

「ありがとう、優しいのね。でも今は特にないわねぇ」

「そうですか……」

「もしよければ、返事は今度でもいいかしら? おじいさんと話せば何か思いつくかもしれないし、あなたが次に来るまでに何か用ができるかもしれないわ」

「全然問題ありませんよ。何かあったら気楽に話してください」

「ありがとう。そうさせていただくわ」

 

 格安で中学生用の参考書と問題集一式を手に入れた!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午前

 

 ~部室~

 

「第2回! 試験対策勉強会~!」

 

 ノリの良い島田さんの号令で勉強会が始まる。

 

「割と突然な話なのに集まりがいいな。前回と同じ顔ぶれが揃ってるじゃないか。天田まで」

「僕は暇でしたし、先輩が昼に何か作るって言ってたから」

「俺らはさすがに試験前ですからねー」

「オレッチとしては桐条先輩が参加してくれたことに驚きを隠せないっす」

「なんだ伊織、私が参加しては迷惑か」

「そんな滅相もない! ただ桐条先輩はいつも忙しそうだから時間があるのかと思っただけで」

「その点に関しては心配無用だ。私も学生なのだから、勉強の時間は用意してある」

 

 ……桐条先輩もすっかりこのグループに馴染んだものだ。ちゃんと分かっていながら、慌てる順平を見ながら笑っている。

 

 ……岳羽さんは今のところ動きがない。 特に桐条先輩を避けるわけでもなく、話しかけられれば普通に会話に応じている。しかし自ら近づこうとはしていない。そしてそれは俺に対しても同じ。正直、勉強会への参加も控えるかと思っていたけれど……これまでと変わらない関係を維持することに決めたのならばありがたい。

 

 警戒しつつ、気取られないよう緊張を押し殺して勉強した。

 ……普通に勉強するより疲れる……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼

 

「ん……」

「あー……」

 

 適度に休憩を挟んではいるが、皆の集中力も切れてくる頃だ。

 そろそろ昼飯にしてもいい時間だし……

 

「昼飯作ってくるよ」

「ありがとー、葉隠君の料理楽しみにしてるよ!」

「今日は何が出てくるのかな?」

「部室にキッチンがあるのって、こういう時にいいよね」

「いつもごめんね~」

「何か手伝おうか?」

「僕も手伝いますよ」

 

 女性陣と天田が手伝いを申し出てくれるが、ほとんどの準備は朝、商店街で買い込んだ材料を運び込んだ時に済ませてある。

 

「ありがたいけど大丈夫だよ。それより出来上がりまで男子の世話を頼む。あ、山岸さんには後でお茶をお願いできるかな」

「分かった。その時は任せて」

 

 一人厨房に入り、調理を開始。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「おまたせ、今日のメニューは“3種類のミニバーガーセット”だ」

 

 以前ロイドから受け取っていたハンバーガーのレシピ集。

 その中から複数の味を楽しめるよう1つを小さく、3種類作ったバーガーのセット。

 

 付け合わせの“フライドポテト”は選び抜いたじゃがいもを使用。

 皮付きのままカットして揚げただけだが、シンプルにじゃがいものホクホク感が味わえる。

 

「うまっ!」

「うわ~……相変わらずに妙にクオリティ高いし……」

 

「ポテトも……味付けはハーブソルト? バジルかな? 丁度良い塩加減にいろんなハーブの香りが鼻に抜けてすごく後味がいい」

 

 ハーブ系に凝っている山岸さんは、バーガーよりもポテトが気になるようだ。

 

「ハンバーガーならわざわざ作らなくても買ってくればと思ったけど、チェーン店のとは別物だね」

「そうなのか? 初めて食べるから違いがわからんな……」

「あー、チェーン店のは味より安さと量って感じっすかね? これと比べると」

「こう言っちゃうと店に悪いっスけど、チェーン店のはもっと安っぽい味っス」

「でもそのチープさが癖になるって感じもしますけどね」

 

 順平、和田、新井の三人がハンバーガーのことを桐条先輩に教えている。

 勉強中とは真逆の関係が生まれていた。

 

 それにしても、さすがは三ツ星料理人の監修を受けたレシピ。

 みんなには満足してもらえているようだ!

 

 さて、俺も午後のためにエネルギーを蓄えよう……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午後

 

 ~高台~

 

 午後は翻子拳の練習。

 頭を切り替えて体の動かし方を学ぶ。

 

「それでは、今日は前回の復習から」

 

 大雄拳、小雄拳、八歩槌、八面槌、十路行拳、八閃翻……

 

 昨日も見せていただいた様々な套路(とうろ)(型)を再確認。

 そして実際にやってみた。

 

 初めは直立した状態から、両腕を大きくしなやかに動かす。

 その勢いを体全体に通すように、左足を高く上げ、戻すと同時に体を沈ませる。

 脚は前後に開き、膝は曲がる。腰から低く落とされた状態で前傾姿勢。

 拳を握った両手は前方、想定される敵へと向ける。

 

 そして……

 

「!!」

 

 弾けるように動き出す体。

 “中国拳法の中では最もボクシングに似ている”と聞いていたが、俺は別物だと思う。

 素早く見えない敵へと叩き込む拳だけでなく、腕を鞭のように振るうことも多い。

 跳躍動作に突進、伸びやかな腕と体の上下。

 それらを組み合わせることで、敵の全身へ満遍なく拳の雨を浴びせていく――

 

「ハッ!! フゥ…………どうでしょうか?」

太棒了(すばらしい)! 初めてとは思えない動きでした!」

「実は昨日の夜、記憶を頼りに少し練習しました……」

「とてもよいです。今、見ていて体の動き方はあまり指導する必要ないと思いました。少しだけ、小さな注意をしたいですが。体の動き方はとてもよいです」

 

 周先生の套路を元に、ダンスシミュレーションの要領で体に合わせた動き。

 自主練の成果は確実に出ているようだ!

 しかし身についたのは動きだけ。

 

「套路を行うとき、呼吸を意識してください。ゆっくり動きながら呼吸の確認をしましょう」

 

 人は無呼吸では生きられない。

 体の動きが激しければ激しいほど、体も酸素を必要とする。

 呼吸が不十分であれば息切れをしてしまい、 動きも鈍る。

 

 俺は套路に従って体を動かせてはいるが、翻子拳の呼吸は身についていないとの事。

 

 二日目の指導はひたすらゆっくりと、様々な套路を行いながら呼吸を確認した。




影虎は翻子拳の練習を始めた!
久慈川の仕事が増えた!
久慈川は学業に不安があるようだ!
影虎は動画のネタを手に入れた!
天田がディアラマを習得した!
影虎は新たな参考書と問題集を買い込んだ!
影虎は勉強会を開いた!


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226話 動画投稿

 夕方

 

「お疲れ様でした!」

 

 今日の練習終了。

 スタッフの皆さんに挨拶をして、再び部室へと戻ると、

 

「あっ、おかえりなさい」

「撮影は終わったようだな」

「ヒヒヒ、怪我などはありませんか?」

 

 山岸さん、桐条先輩、そして午前中はいなかった江戸川先生がくつろいでいた。

 

「お疲れ様です。今日の撮影は終わりました。怪我はありませんし、体調は特に問題ありません。皆は……」

「我々以外はもう寮に帰した。試験が近いとはいえまだ一週間ほどある。あまり根を詰めすぎて、本番前に力尽きては本末転倒だからな」

「なるほど」

 

 ……ん? 先輩は何で残っているんだろう? 時間があれば仕事をしていると思ったけどそうでもないようだし。

 

「桐条先輩も動画に興味があるんだって」

「先輩も?」

「ああ……文化祭から前よりも話しかけてくる生徒が増えたんだが、いまいち会話が弾まなくてな。クラスメイトとの話題になるかと思って、話を聞いていたんだ。おかげで可愛らしい動物や、有名ではないが才能ある音楽家の演奏を見聞きできた」

 

 桐条先輩らしいと言うか……桐条先輩が見てもおかしくなさそうなのを選んだな、山岸さん。

 

「よければ君たちが動画を撮影しているところを見ていてもいいだろうか?」

「俺は構いませんけど……」

「私も大丈夫ですよ。じゃあ準備しましょうか」

「ヒヒッ……葉隠君は汗を流して来たらどうです? ネットで公開するなら、少しでも爽やかな方が良いでしょう。こちらは私達でやっておきますよ」

「あー……それじゃあお言葉に甘えて。お願いします」

 

 撮影の用意を3人に任せ、シャワーに入る。

 今のうちに動画内で話す内容を詰めておこう。

 

 まず1つめは昨夜久慈川さんから希望された“一次関数”。

 これについてはもう話す内容までまとめてあるから問題なし。

 

 2つめに和田と新井用の動画。

 これは久慈川さんの一次関数と関係させて、“関数”を取り上げよう。

 あいつら基礎から見直させた方が良さそうだったし……

 

 3つめに俺たち高校生用の動画。

 理想はテスト範囲全部を網羅することだけど、それでは時間が足りない。

 効果的な動画を作るなら、範囲の中で重要度が高い部分。

 あるいは間違えやすいポイントに絞って解説動画を作るべきだろう。

 ……今日は漢文が苦手という声が多かったので、“漢文”にしよう。

 

 そして各単元につき、基本と応用、さらに点数を上げるためのテクニック。

 動画は集中力が続く内に見終わるよう、1本につき15分~30分となるように分けて……

 動画内の説明用だけでなく、視聴者がダウンロードできる練習問題と回答も用意するか。

 ペルソナ使えば手間でもないし、動画のチェック中にでも作ってしまえばいい。

 問題は撮影時間。試験範囲の要点だけを掻い摘むにしても、内容は沢山ある。

 限られた時間の中、より多く撮影するためには撮影の効率化が必須だ。

 温かいお湯を浴びながら、科目、単元、どのように説明するかを脳内でまとめていく。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 深夜

 

 ~自室~

 

「え、もう動画の編集終わったの?」

『オープニングとエンディング、それからテロップは事前にテンプレートを用意しておいたし、今回の動画は葉隠君が1回でちゃんと時間内に収めてくれたからカットの必要もないし。関数と漢文は明日になるけど、一次関数は基礎から応用まで全部投稿できるよ?』

 

 頑張ってくれるのは非常にありがたいけれど、彼女もテスト前だ。

 変に誤解されないよう気をつけて、無理だけはしないよう言っておく。

 

『今日は一次関数の動画をアップロードしたらすぐに寝るから大丈夫だよ。それに編集作業はすごく楽しかったし、漢文の動画は作業がそのまま復習になるから』

 

 本当に楽しそうに話している。

 

「そう……じゃあおやすみ」

『おやすみなさい』

 

 ……

 

「山岸さんもちょっと注意しといた方がいいかも……岳羽さんとは違う意味で」

 

 そんなことを考えつつ、パソコンをネットに繋いで動画サイトの確認。

 

 “葉隠影虎が教える中学2年の数学・一次関数(基礎)その1”

 “葉隠影虎が教える中学2年の数学・一次関数(基礎)その2”

 “葉隠影虎が教える中学2年の数学・一次関数(基礎)その3”

 “葉隠影虎が教える中学2年の数学・一次関数(応用)”

 

 しっかりと動画がアップされている事を確認。

 動画の概要から練習問題集と回答のPDFもダウンロード可能。

 ……動画についてはちゃんとチェックも受けたし大丈夫だろう。

 

 久慈川さんに連絡しよう。

 

『もしもし先輩? どうしたの?』

「お疲れ様。今時間大丈夫?」

『大丈夫だよ、いま家だし』

 

 中学生だし、仕事中じゃないよな。

 

「昨日話した一次関数の件、動画を作ってサイトにアップロードしてもらったから。それだけ連絡しておこうと思って」

『もう作ってくれたの!? さっすが先輩、仕事早い!』

「協力してくれる人がいたからな。数分前にアップロードされたばかりだ」

『ちょっと待って、今ネットに繋ぐから……はい、動画のタイトルは?』

 

 先ほどのタイトルを伝えると、

 

『あれっ?』

 

 なぜか疑問の声が 聞こえてきた。

 

「出てこないか?」

『ううん、そうじゃなくて、これアップロードしたの少し前なんだよね?』

「10分も経ってないはずだけど」

『それにしては再生回数が結構あるなって思っただけ』

 

 再生回数……おっ。

 再読み込みをしてみると、動画その1が早くも200に迫る再生回数を記録していた。

 夏休み中に話題になった動画には遠く及ばないけど、投稿して10分でと考えれば速いか。

 

『まあ先輩もテレビに出て注目が集まってるだろうし、先輩の名前で検索したら出てくるんじゃない?』

「そんなもんか……」

『そんなもんでしょ。じゃあ、私勉強するね? せっかく本当に動画を作ってもらったんだし、これで一次関数はバッチリ点を取ってあげるんだから』

「頑張れよ。概要欄に練習問題があるから忘れずにな。何か質問があれば答えるし、必要なら補足動画を作る事も考えるから」

『ありがとう、先輩』

 

 そして彼女との電話を終える。

 とりあえず彼女についてはこれでいいだろう……あ、コメントも来てる。

 

 

『1コメ』

『特攻隊長何やってんすかwww』

『釣りかと思えば本人だった』

『何で突然一次関数の解説?』

『動画の説明見ろよ。書いてあるだろ』

『中間試験か……見なかったことにしよう』

『特攻隊長も学生なんだから、自分のテストもあるだろうに』

『これ、現役学生の時に見たかったわ』

 

 しばらくコメントを読みながら、明日撮影する内容を用意した。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~長鳴神社~

 

「こう」

「こう……ですか」

「そう、そしてこう」

 

 境内で天田に翻子拳を教えつつ、練習も行った!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 10月6日(月)

 

 朝

 

 ~教室~

 

「葉隠君、ここの読解なんだけど……」

「なぁ、葉隠って物理もいけるよな?」

「葉隠君! 数学教えて~!」

「古文とかさっぱりで……」

「英語をお願い!」

「俺は世界史!」

「私は日本史を……」

 

 昨日の動画を見たらしく、勉強を教えてくれと言うクラスメイトが増えた。

 しかし一度に質問されると6人以上は聞き取れない。

 

「教えるから一度に喋るのは5人までにしてくれ!」

「いや、5人までなら聞き取れるのかよ」

「諸葛亮孔明?」

「……それを言うなら聖徳太子だろ」

「ミヤ……あんたもうちょっと勉強しようか……」

「てかさー、教えてくれって言うやつ急に増えたな」

「まあ葉隠君が成績いいのはみんな知ってるし、説明が丁寧なのも動画見て分かったんでしょ。前回も今日も面倒だろうに、毎日わざわざ個別に苦手克服のためのプリントとか作ってくるし、テストのヤマもだいぶ正確だったし」

「そういえばさ、昨日は前回よりも分かりやすくなってなかった?」

 

 なんだか俺の指導が好評だ。

 おまけに勉強会を二度体験した皆は、教えるのがうまくなっていると話している。

 それは非常に嬉しいが……

 

「暇してるなら手伝ってくれない!?」

 

 男子はともかく、女子チームはそこそこ勉強できるんだしさぁ!

 

「悪い葉隠、俺漢文が読めねーんだけど」

「石見、漢文は放課後に基礎から説明してる動画が上がるからそっち見て」

 

 こんな日に限って、先生が教室に来るのは遅かった……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼休み

 

 ~生徒会室~

 

「失礼します。匿って下さい」

「お疲れ」

「やはり来たか」

「人気だねぇ、葉隠先生(・・)?」

 

 桐条先輩と副会長が予想していたように。

 海土泊会長はケラケラと笑いからかってくる。

 

「やめてくださいよ会長……」

「まぁまぁ、これでも褒めてるんだからあまり邪険にしないでおくれよ」

 

 この人はある意味これでいつも通りか。

 

「別に邪険にはしてませんよ」

「それは良かった。じゃあ話は変わるけど、撮影の方はどう? 新しい課題が始まってるんだよね?」

「詳しいことは話せませんが、技術習得に関してはいい調子ですよ。先生にもペースが早いと言われていますし……特に問題らしき問題はありませんね」

 

 強いて言えば、先生との関わりが薄いことか?

 今回指導に来てくださっている周先生は、若干ビジネスライクな印象を受ける。

 もちろん撮影中の指導自体はとても真剣に、分かりやすく教えてくださっている。

 けれど隙あらば翻子拳、もしくは中国武術基金会について語りたがる。

 そして撮影が終わってから撤収するのも早く、あまり個人的に話す暇がない。

 

 前の2回……特にMs.アレクサンドラの距離感が近かったからそう感じるだけかもしれないが。

 まあ大した問題ではない。

 

「なにはともあれ順調そうで良かったよ。撮影の最後、準備は万全にね」

「清流は葉隠と真田の試合が見たいだけだろう」

「私だけじゃないよ! 前回の試合もトラブルはあったけど好評だったし、再戦を望む声は多いんだから!」

 

 ……そういや真田は今どうしてるんだろうか? 最近めっきり話を聞かない。

 

「明彦はトレーニングに精を出しているよ。試合が決まってからは一層熱が入っている。試験前で部活が休みとあって、試合の準備に集中しているようだ」

 

 真田との試合は2回目になる。

 あの時はトラブルもあり苦戦の末に辛勝。

 真田は一度負けた分、本気でかかってくるだろうけど……負けてやる気はない。

 

 勉強や動画撮影もやっているが、それでも昨日(日曜)の練習時間は撮影で約5時間。

 影時間でプラス2時間の合計7時間。

 当然適度な休憩を挟みつつだけど、平日でもそれなりの時間は確保できる。

 

 今回の撮影は試験の事を考えてくれているからか、やや軽めだ。

 技術をできるだけ習得して体調も整える。

 そして全力で試合に臨もう。

 

 撮影、そして試合へのモチベーションが高まった!

 

「ところで葉隠。昨日は聞くに聞けなかったんだが……部室の隣に堂々と設置されたビニールハウスは……? 学校の許可は一応出ているらしいが」

「あれは見た通り、ただのビニールハウスです。別に変な仕掛けもありませんし、中はトマトとダイコンだけで、危険物は育てないよう注意していますのでご安心ください」

「そういうことでは……いや、深くは聞かないでおく。引き続き、先生が変なものを育てないように注意しておいてくれ」

 

 あそこで野菜作ってるの俺なんだけど、黙っておこう。




影虎は勉強用の動画を撮影した!
山岸は動画を編集して投稿した!
久慈川は動画を参考に勉強するようだ!
影虎に教えを請う生徒が増えた!
生徒会室で現状を報告した!


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227話 神社の異変

 放課後

 

 ~部室~

 

「はいっ、今日の分はこれで終了です♪」

 

 “葉隠影虎が教える高校1年の数学・方程式と不等式(基礎)その1”

 “葉隠影虎が教える高校1年の数学・方程式と不等式(基礎)その2”

 “葉隠影虎が教える高校1年の数学・方程式と不等式(応用)”

 “葉隠影虎が教える高校1年の日本史・飛鳥時代”

 “葉隠影虎が教える高校1年の日本史・奈良時代”

 “葉隠影虎が教える高校1年の日本史・平安時代”

 “葉隠影虎が教える高校1年の世界史・ヨーロッパ世界の形成”

 “葉隠影虎が教える高校1年の世界史・イスラーム世界の形成と発展”

 

 山岸さんと動画の撮影をした!

 無理はしてない、のかな?

 とにかく楽しそうな気持ちが前面に出ている。

 

「葉隠君、昨日撮影した分は全部投稿してあるから、時間があるときに確認してみてね。あと、今回の動画につける問題集だけど」

「それならこのUSBの中だ。各教科に分けてファイルを作ってある」

「ありがとう! 動画だけじゃなくて、この問題集も好評なんだよ」

 

 山岸さんは嬉しそうに動画の評判を語っている。

 体調を崩している風でもないし、本当に大丈夫なのかな……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夕方

 

 ~校舎裏~

 

「今日から“対練”を始めることにしましょう」

 

 周先生から新たな練習が発表された。

 

「対練とは、二人一組で行う練習です。試合とは違いお互いの動きは決まっていますが、技のかけ方、防ぎ方を学びます」

 

 空手における約束組手と考えて良さそうだ。

 

「相手は私がやりますね。で勉強した基本の動き、それと呼吸。今度はもっと動きながらできるようになりましょう」

「よろしくお願いします!」

 

 翻子拳の練習を行った!

 

 しかしその途中、

 

「えー……このね、この時の手臂……ちょっと待ってくださいね……腕の動きが」

 

 これまでわりと普通に話していたけれど、だんだん先生が言葉に詰まることが増えてきた。

 周先生は日本語にまだ不慣れなのかもしれない。

 

 ……帰りに中国語の辞書買って帰ろう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~長鳴神社~

 

「……?」

 

 いつものように神社の境内へ来てみると、コロ丸の姿が見えない。

 

「天田、出ていいぞ」

「はい……あれ? コロ丸いないんですか?」

 

 擬装用の棺桶型シャドウから出てきた天田も気になったようだ。

 

「最近はいつも出迎えてくれてたのにな……」

「何かあったんでしょうか?」

「……分からない」

 

 境内はやけに静かだ。

 とりあえず戦闘が行われている様子は無いけれど……

 

「探してみませんか?」

「待った。適当なシャドウを召喚するからそれに探させよう。ひょっこり顔を出すかも知れないし」

 

 外だし、空から探せるといいな。

 ヴィーナスイーグルをベースとして、隠密と周辺把握を持たせたシャドウを3匹召喚。

 

「俺達以外に動く存在を見つけたら戻ってこい」

 

 シャドウは不気味な月明かりに照らされた空へ舞い上がる。

 

 そしてそれぞれ3方向へ散り、一匹がすぐに戻ってきた。

 

「おっ、もう見つけたのか」

 

 境内につながる階段を降りる……途中で警戒スキルが発動。

 

「やべっ」

「むぐっ!?」

 

 天田を引っつかんで逆走。

 急いで神社の軒下へ潜り込む。

 

「な、なにするんですかいきなり」

「静かにっ」

 

 黙らせて息を潜めた直後。

 薄暗い境内に新たな影が躍り出た。

 

「……何か物音がしたような気がしたが……気のせいか?」

『先輩、この声……』

『真田だ。見つけたのはこいつだったらしい』

 

 意思疎通のルーンを使って会話。

 “俺たち以外の動く存在”という指定が原因の人違いだ。

 確証はないようだが、気配か何かを察知したのかもしれない。

 真田は境内を歩き回っている 。

 

『先輩、どうするんですか?』

『影時間に会ってもデメリットしかないからな……』

 

 とりあえず息を潜めている。

 俺の能力を探知系の能力もなしに見破るのは難しいはずだ。

 しかしこんな時にもしコロ丸が顔を出せば、コロ丸の存在が認知されてしまう……

 

「ほう? そんな所にいたか」

「「!?」」

 

 真田の声が境内に響く。

 

『バレたんですか!?』

『……いや、俺たちじゃないっぽい』

 

 声がこっちに向けられたようで、驚かされた。

 しかし周辺把握が伝えてくる真田の顔は、俺たちが隠れている軒下ではなく屋根の上を向いている。

 

「……随分とおとなしいシャドウだな?」

『真田が見ているのはさっき俺が召喚したシャドウだ。俺たちが見つかったんじゃない』

『なんだ……』

『好都合だ、あいつを囮にしよう』

 

 意思疎通のルーンで指示を出す。

 

「チッ!」

 

 飛び立ったシャドウの嘴をサイドステップで回避する真田。

 最初は動きがないシャドウを観察していたようだが、戦闘態勢に入ったようだ。

 狛犬の上に止まったシャドウを睨みつけ、拳を構えている。

 

「今日はロードワークだけのつもりだったが……イレギュラーを見てしまった以上は仕方ないな。さぁ来い!」

 

 と、意気込む真田だが……

 

「なっ! ど、何処へ行く!?」

 

 シャドウを境内の階段に向けて飛び立たせる。

 

「待てっ! 逃げるのか!?」

 

 ……真田はシャドウを追って走り去った……

 

「……もういいぞ」

「ふぅ……なんとかなりましたね」

「立場的にイレギュラーを放置はできないだろうしな」

 

 基本的にシャドウは好戦的だが、圧倒的な実力差を感じれば逃げる。

 厄介な能力を持つやつはいても、人間みたいに作戦を練ったり罠を仕掛けたりもしない。

 なまじシャドウとの戦闘経験がそれなりにあるだけに、疑いも持たなかったようだ。

 

 そのまま警戒しつつ影時間を過ごしたが……囮に使わなかったシャドウだけが帰ってくる。

 今日は真田が戻ってくることも、コロ丸が姿を見せることも無かった……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 10月7日(火)

 

 朝

 

 ~自室~

 

 登校する前に、近藤さんからの連絡が入った。

 

『コロ丸様と神主の榊様の無事が確認されました』

「ひとまず無事で良かった……」

 

 いつのまにか親交を深めているサポートチームの方々が、お土産のお菓子を受け取った際に聞いた話によると、先代の神主さんのお墓参りに行っていたようだ。本来は日帰りのつもりだったが、車の調子が悪くなりその近場で一泊してきたそうな。

 

 どこかで危ない状況になってないかと……あれ? 

 シャドウが神社に現れるとすると、むしろ神主さんは外出したほうが安全……か?

 今夜コロ丸と会ったら相談してみよう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~部室~

 

 “葉隠影虎が教える高校1年の国語(現代文)その1”

 “葉隠影虎が教える高校1年の国語(現代文)その2”

 “葉隠影虎が教える高校1年の国語(古文)その1”

 “葉隠影虎が教える高校1年の国語(古文)その2”

 “葉隠影虎が教える高校1年の物理・力と運動”

 “葉隠影虎が教える高校1年の物理・仕事と力学的エネルギー”

 

 新たな動画を撮影した!

 

「何か特別に強調すべき点はある?」

「今回の動画は基本的に読解の時短や回答のテクニックのまとめだから……」

 

 現代文は日ごろから漢字の意味を知り語彙力をつける事が重要。

 そのへんの知識がないと厳しい部分はある。

 だけど今からでもやらないよりはやった方がいいのは間違いない。

 できる限り語彙力を付けるよう頑張ってほしい。

 頻出する語彙は問題集と一緒にまとめておいたから、それを参考にしてもらえればと思う。

 

「あと“現代文はセンスで解け”なんて言うけど、試験である以上必ず成績をつける基準がある。動画ではそのポイントを説明したから、そこを押さえてほしいね。

 それから古文は基本的に1つの文が短いから、それをしっかり訳していくこと。文法を意識してしっかり意味を掴んでいけば、必然的に読解問題も楽になるはずだから。

 物理は――」

 

 山岸さんと編集内容の打ち合わせを行った!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夕方

 

 ~校舎裏~

 

 撮影準備を整えて、昨日の帰りに買った中国語の辞書を読んでいると……

 

「おはようございます」

 

 スタッフさんに挨拶する周先生の声が聞こえた。

 

 よし、さっそく挑戦してみよう。

 

您好(こんにちは)、周老师(先生)

「? おお、您好(こんにちは)、葉隠君」

 

 いきなり中国語で話しかけたからか、少し驚いたようだ。

 

我的话(私の言葉)你明白吗(分かりますか)? 这不是错的吗(間違ってない)?」

「理解,只是有点不同的发音」

 

 分かってもらえた。

 しかし最後の一言は、発音に問題があると言うことかな?

 

问题是否显示(問題は発音ですか)? 発音、pronunciation」

「正しいです! その通り! 葉隠君は中国語喋れましたか?」

 

 翻子拳を学んでいて興味が出たので少し勉強してみた、と説明。

 母国語を会話のきっかけにしたおかげか、いつもよりも少し弾んだ会話をしていると、

 

「葉隠君!」

「あっ、目高プロデューサー」

 

 最近見なかったけど、今日は来ていたようだ。

 

「いやーごめんね、他の撮影とか色々あって。周先生もお久しぶりです」

「お世話になってます」

「こちらこそ。それにしても葉隠君、中国語喋れたの?」

 

 挨拶を交わしてすぐさま本題に入るプロデューサーに同じ説明をした。

 

「興味が出たので少し勉強したんです」

「少し? 結構ちゃんと話してなかった?」

「それは……ほら、前回の撮影でも暗記が得意だって話したじゃないですか。それで」

 

 辞書を暗記することで語彙力をつけ、基本的な文法を学習し読み書きを可能に。会話は辞書に書かれている発音記号を参考に発音したり、相手の発音を話の流れや文脈も併せて考えて意味を推測している。

 

「……本当に?」

「暗記が得意なので」

 

 ただ問題はある。それが周先生にも指摘された“発音”。

 先ほども話した通り、俺の発音は辞書の単語に付随したアルファベットと発音記号だけが頼り。

 ネイティブの発音を知らないので、リスニングもスピーキングも完璧には程遠いのだ。

 

「だから周先生と話して、ネイティブの発音を勉強させてもらおうかと」

「本当に、少しずつ良くなってますよ。この子の発音……」

「それはもう暗記が得意というレベルじゃない気が……いや、これは……うん! その特技もっと前面に押し出していこう!」

「押し出す?」

「ストイックに体を鍛えて格闘技を身につける少年。その隠された能力が明らかに! ……面白いと思わないかい?」

 

 また騒がれそうだけど、それはもう……なんか今更になってきた。

 これが流れて、俺の学習能力に疑いを持つ声が減ればそれはそれで助かる。

 コールドマン氏の超人プロジェクトにとってはプラスになるだろうし……

 

 話の流れで、今日の撮影で記憶力や語学能力を取り上げることが決まった!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~長鳴神社~

 

「ほい、到着っと……」

 

 昨日召喚したシャドウ2匹が、神社の屋根にとまっている。

 そしてまたコロ丸はいない。

 

 今日は何処に行ったんだろうか?

 

 昨日のことがあったので、気楽に考えて天田を背中から下ろした。

 

 ……そんな時だった。

 

「……………ォー…………ワォー……………」

「何だ?」

「これ、コロ丸の声?」

 

 どこからか犬の遠吠えが聞こえる。

 

「天田、行くぞ!」

「は、はい!」

 

 この時間に活動する犬といえばコロ丸。

 そしてコロ丸は基本的に静かな犬だ。

 敵と勘違いされて吠えられたことはあるが、敵でないことを理解してからは吠えなくなった。

 遠吠えが異常事態と結びつくのは一瞬。

 

「こっちか?」

「先輩! あそこに道があります!」

 

 本殿の裏に、木々で囲まれた細い小路を発見。

 躊躇無く道へ飛び込む俺と天田、遅れてシャドウが2匹飛んでくる。

 どうやら普段からこの道は使われているようだ。

 枝や草木が邪魔になることは無く、一目散に遠吠えの聞こえる方向へ駆ける。

 

「ォーン!! ワン! ワンッ!? グルル……」

「う……ぁあっ! ぐ、うぅ……」

 

 

 だんだんとはっきりと聞こえてくるコロ丸の声。

 そこに混ざる、男性のものと思われるうめき声。

 脚に力が入り、天田とはやや距離が離れてしまう。

 

 しかし、

 

「!! 嘘だろ……?」

 

 その光景を目にしたその時。

 俺は予想外の状況に、つい脚を止めてしまった。




影虎は動画を撮影した!
影虎は翻子拳の練習をした!
影時間の長鳴神社にコロ丸の姿がなかった……
代わりに真田がやってきた!
影虎は危うく遭遇しかけた!
コロ丸は無事だった!
影虎は中国語(普通話)を覚えた!
神社に異変が発生したようだ……


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228話 魔法円

「先輩! どうしたんです、ッ!?」

 

 追いついた天田が息を飲むのも無理はない。

 俺から見ても、目の前に広がる光景は異質かつ不気味な状況だった。

 

「先輩あれって」

「……とにかく近づく。ここにいても仕方がない」

 

 道の先には一軒の和風建築と、その前でうずくまる男性に寄り添うコロ丸の姿が見えた。

 シャドウに襲われている様子はないが、苦しみ続ける男性の体のいたる所から、黒い液体のようなものが流れ出しては蠢いている……

 

「コロ丸!」

「バウッ!? キャン! キャン!」

 

 意思疎通の魔術を使わなくても分かる。

 コロ丸もこの状況に戸惑い、必死に助けを求めていることが。

 

「先輩、これってどういう状況なんですか?」

「心当たりはある、けど確証はない」

 

 たしか桐条先輩の過去、彼女が総帥と初めてタルタロスに踏み込んだ日。

 適正の開発が不十分な護衛の一人が突然苦しみ始めるシーンがあったはずだ。

 後日談で、桐条先輩のペルソナ覚醒イベントとして。

 だが、その後の護衛の末路は……

 

「とりあえず、効果のありそうな事をやってみるしかない。天田とコロ丸は下がってろ。場合によってはシャドウが飛び出てくる。俺は治療に専念するから、何かあれば頼む。後天田には回復魔法をかけてもらうかもしれない。とにかく神主さんの生命維持を最優先に考える!」

「了解!」

「バウッ!」

 

 返事をした二人が後ろへ下がる。

 

 素直に従ってくれて助かるが、正直、何が正解か分からん。

 行き当たりばったりで治療なんか、と悩んでいる暇もなさそうだ。

 シャドウに襲われたなら、討伐や傷の治療と対処法も明確なのに……?

 

 漏れ出している液体から魔力と気を感じる。

 これはドッペルゲンガーに近い状態か?

 流れ出ているのがシャドウになりかけの気と魔力なら……やってみるしかない。

 

 夏休み、アンジェリーナちゃんが魔力を暴走させた際に使った魔術を即興でアレンジ。

 魔力を減衰させる部分を削除。

 植物の成長を助ける魔法にも用いたLIF(生命)の単語を採用。

 生命のエネルギーとして気の流れを整える文章を加え……完成したルーン魔術をメモに記入。

 

「これで何とか……頼む!」

 

 効果が発揮されることを願い、魔術を発動。

 

「うっ! あ、ぐっ、いが、あぁあああ!!!」

「!!」

 

 途端に苦悶の声が大きくなった。

 魔術の効果はちゃんと発揮されている。

 しかし、落ち着かせようとする俺の魔術に反抗するような動きが感じられた。

 結果的に魔力と気が体内で暴れ、彼の負担が増しているようだ。

 一旦中止に、

 

「!」

 

 突如反応する警戒スキル。

 慌てて魔術の中止を(・・・)中止。

 一拍置いて、判断が正しいことを悟る。

 

 そうか。

 二つの力が拮抗した状態で、突然一方の力がなくなればもう一方が……

 魔術の中止は一気に状態を悪化させる可能性が高い。

 肉体の保護、生命維持、その手の効果がまだ不十分。

 

「しまった……」

 

 落ち着け……

 ルーンを改善すべきだが、現場この魔術を止めることはできない。

 片手も塞がっている。

 天田に指示をして新しく書いてもらう?

 いや、そんな悠長な事をしていたら、魔力が尽きるか集中力が途切れる。

 考えている時間もない。

 

 一か八か……違う。

 魔術の腕もドッペルゲンガーの操作能力も前より確実に向上している。

 今ならできるはずだ!

 

「先輩!?」

 

 全身を包むドッペルゲンガーを霧に戻した。

 影時間中の屋外で素顔を晒すのは、ペルソナに目覚めた夜以来。

 微妙に冷たく感じた空気が心を澄ませてくれる。

 

「コロ丸、自慢の鼻でも耳でもなんでも使って周りを警戒してくれ。今、誰かに姿を見られたら俺がマズイ」

「バウッ!」

 

 頼もしい返事。

 信用しないわけではないが、昨日の捜索用シャドウにも見張りを任せる。

 

 後は集中だ。

 霧に変えたドッペルゲンガーを地面に降ろして変形。

 イメージは“黒いインク”。

 

 ……完成したそれは奇しくも、目の前の男性から流れ出る液体と酷似している。

 

 ここから……

 

 ドロドロした液体が俺の意思に従って地を這い回り、軌跡が二重の円となる。

 さらにその内に線を引き、五芒星とルーンを配置。

 

 ルーン魔術、そしてペルソナの操作。

 両方に慣れ親しんできたおかげか、思いのほかスムーズに動き魔法陣が描かれた。

 

「天田! こっちに注意!」

「はい!」

 

 警戒を促した上で魔法陣を発動。そしてメモを用いた魔術を停止。

 

「!!」

「ッ!」

 

 魔術行使を切り替えた瞬間、男性の体が大きく跳ねて黒い液体が迸る。

 その勢いはすぐ元通りに収まるが、俺の体は一瞬にして不快感に包まれた。

  幸い、顔や体へ降り注いだ液に毒性はなさそうなのが幸いだ。

 

「先輩! 今ので仮面が出てます! 腰の辺り!」

「腰!?」

 

 なんでそんな所から!?

 と思ったが、確かに小さく弱弱しい、それでもシャドウと見て間違いない仮面を確認。

 

「出てくるな!」

 

 とっさに伸ばした左手。

 

 “邪気の左手”発動。

 

 禍々しく変貌した左手が、仮面を握り砕く。

 

 と同時に、

 

「うぉっ!?」

「先輩!?」

 

 突然、ずっと感じていた魔術への抵抗感が消えた。

 体内の魔力や気が急速に安定していく。

 神主さんの表情にも、先ほどまでの苦しみはないようだ……が、

 

「大丈夫だ。それより回復!」

「ネメシス! ディアラマ!」

 

 召喚されたネメシスが放つ、柔らかい回復魔法の光が男性を包む。

 ……呼吸がだいぶ落ち着いた。

 

「クゥ~ン……」

「安心しろ、コロ丸。今はもう魔術を止めたけど、暴走する気配は無い。……ひとまず峠は越えたと思う」

 

 というか収まってくれ。

 こんな行き当たりばったりの治療、もう二度とやりたくない……

 

「! ハッハッハッハッ!!」

「ぬわっ、やめろ! こら舐めるな! うぇっ!」

「ははっ、コロ丸嬉しいんだ。そうだよね」

「見てないで何とかしてくれ、ってか誰もいないか周囲を警戒してくれよ!」

「ワフッ!」

 

 ? 一鳴きしたコロ丸は、ひらりと身軽に家の玄関先へ行ってしまった。

 

「ワフッ!」

「先輩、あれ“中に入れ”って言ってるんじゃないですか?」

「それっぽいな。……この人も休ませるなら中の方がいいだろうし、お邪魔するか」

「ですね」

 

 コロ丸の誘いに乗ることに決め、神主さんを担いでいく……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 10月8日(水)

 

 朝

 

 昨夜、影時間が終わってすぐサポートチームに連絡。

 病院は説明が難しくリスキーなので、神主さんのお宅にサポートチームが集合。

 Dr.キャロラインの診断によると、神主さんは過度の疲労で寝ている状態。

 脈拍などは正常で、特に治療を要する状態ではないらしい。

 手の施しようがない、とも言う。

 

 現在は本人のご自宅で彼らが様子見。

 サポートチームの方々がお邪魔することについては、コロ丸から同意を得た。

 

 コロ丸は飼い主の窮地を救ったとして俺と天田、さらに万が一が無いように様子を見ているサポートチームの方々にも感謝をしてくれているようで、“倒れた飼い主を助けるために家を飛び出して、たまたま神社を訪れていた人を連れてきた”という事にしてくれるそうだ。

 

 ストーリーを考えたのも、説明をするのも近藤さんだけど、そういう美談も無いことはない。

 神主さんが目を覚ましてからの説明は任せておけばいいだろう。

 あの人なら最悪の場合、金の力にものを言わせてでも丸く治めてくれそうだし。

 

 ……影時間については、本人が影時間の出来事を覚えているかどうかを確認してから。

 

 そして俺と天田は一旦、無関係と言うことで普段通り生活することになった……が、昨夜のアレは精神的、肉体的に負担だったんだろう。

 

 朝起きると“疲労”になっていた……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午前

 

 ~保健室~

 

 ホームルームで担任の宮原先生に体調不良を訴え、保健室へとやってきた。

 

「江戸川先生、いらっしゃいますか?」

「ヒヒヒ……待ってましたよ。さぁ、こちらへ」

 

 保健室のベッドを借りる。

 

「大変でしたねぇ」

「どうしてか予想外の事態ばかりが続いてる気がします……」

「ヒヒヒ……まぁ、あまり抱え込みすぎないことです。君は君があの場でできることをやったのですから、後はサポートチームの方々にお任せしましょう。何かあればあちらの方から連絡が来るでしょう」

「そうですね。今日はしばらくお世話になります」

「構いませんとも。ところでこちら、今日のお薬ですが飲みます?」

「いただきます」

 

 差し出された試験管の中身を嚥下する。

 

「……自分で言うのもなんですが、私の薬を躊躇なく飲むのは影虎君くらいですよ。ええ」

「もう慣れましたから……それに先生の薬は効果が出る時はハッキリ出るので分かりやすいですし」

 

 効いてるのか効いてないのか分からない薬よりも、スッキリする。

 即死はさすがに注意して作ってるだろうし、毒ならポズムディで解毒すればいいわけだし。

 

「……ところでこの薬、想定している効果は? なんだか以前飲んだことがあるような気がするんですが」

「ヒッヒッヒ。飲んだだけで当てるとは、影虎君も分かってきましたねぇ! その通り、その薬は以前君に飲んでもらった薬を改良したものなんですよ。確か記念すべき一回目でしたね」

 

 一回目と言うとあれか。まだ高校生活が始まって間もない頃、体調を崩して目をつけられた。

 

「確か“ツカレトレールXYZ”とかなんとか名付けてたやつですか。あの時の症状は強烈な眠気がきて、放課後まで居眠りでしたっけ? 体調はきっちり治りましたけど」

「ええ。効果は十分だったので、成分を調整して副作用をマイルドにすることを狙いました。また、ソーマやプチソウルトマトから検出された成分の他、新しく配合した薬品により短時間の睡眠で効果的な回復効果を得られるように調整できているはずです。君の新陳代謝や自然治癒力を考慮して作っているので、現状では、ほぼ君専用の薬ですねぇ」

 

 文化祭の時に、Dr.キャロラインと共同開発してるって話してた薬か。

 

「それは是非成功してほしいですね……って、話しているうちに眠くなってきました」

「おや、そうですか。想定よりも早いですねぇ……」

「……いきなり予想外ですか?」

 

 でも確かに前ほど強烈な眠気ではない。

 あの時は周りや先生の声が聞き取れないくらいになった。

 それを考えればマイルドか?

 

「なるほどなるほど……吐き気などはないですね? よろしい。とりあえず影虎君はそのまま寝ていてください。効果を調べるためにも、疲労回復のためにもね」

「そうします……」

 

 布団に潜り込むと、ゆっくりと意識が閉じていくのが分かった……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「……ん?」

「おや、目覚めました?」

「江戸川先生、今は何時ですか?」

「2時間目が終わったところですよ。もうじき3時間目が始まりますねぇ。どうですか? 体調は」

「………………」

「影虎君?」

「体調は良いです。すごく。頭もスッキリしてるんですが……手足が動きません」

 

 前にもこんなことあったなぁ……1回目の勉強会の時に。

 

「それも間違ってませんね。配合した成分の一つがあの時の飲み合わせでできた物ですから」

「何でそんなもの入れたんですか……」

「あれはあれで優れた回復効果があったんですよ。コールドマン氏と契約したおかげで、これまで調べられなかった情報まで得られるようになりましてねぇ……ヒヒッ。あの成分について、海外では先行研究があったんです。

 そして私の計算では眠りから覚めるまでに副作用は消えてしまうはずだったのですが……体質ですかねぇ? 睡眠導入成分の方が速く抜けてしまったのかもしれません……とりあえず3時間目も休んで様子を見て見ましょうか。しばらくしたら動けるようになると思いますから」

 

 そう言われたので、解毒せずに待つことにした……

 

 …………しかし、指一本動かせない状態では起きていると暇だ。

 もう一度寝ようにも全く眠気がわいてこない。

 ……そうだこの際だから、魔術の話をしてみよう。

 

 つい昨日、ドッペルゲンガーで魔法円を描いた話をしてみた。

 

「ほう……なるほど考えましたね」

「あの時は単なる思いつきでしたけど、思ったよりイメージも変形もさせやすいんですよね」

「魔術師として順調に成長しているようで何よりです。ではせっかくですし“魔法円”について少しお話をしましょう」

 

 先生が講義モードに入った。

 

「まず“魔法円”とは、西洋の儀式魔術や魔女術において、儀式の際に術者が入る円のことです。主に床や地面に描かれますね。敷物などに描いても問題ありません。……さて、この魔法円。一口に魔法円と言っても様々な種類がありますが、共通して魔法円を用いた儀式では術者が円の中に(・・・・)入ります。これは先程も言いましたね?

 昨今、世間一般の方々は“魔法陣”と混同していますが、これは大きな間違いです。あれはゲームや小説など様々な物語に取り上げられ、改変されたフィクションですから。本来の魔法円ではありません」

 

 魔法円と魔法陣……正直、俺も混同していた。

 

「違う物だったんですね」

「ふむ、そのあたりは詳しく説明していませんでしたか」

 

 先生はどこからか小さなホワイトボードを取り出して簡単な絵を2つ描く。

 一つは魔法円の上に人が立っている様子。もう一つを魔法円のそばに人が立っている様子。

 

「右が“魔法()”、左が“魔法()”の図です。どちらも似たような図形が描かれていますが、こういったものを用いる話の代表例は悪魔召喚ですね?」

 

 確かにその手の話は多そうだ。

 

「そこでまず違いがあります。魔法陣の場合はよく魔法陣から(・・・・・)悪魔などが呼び出されるとされますが、本来の魔法円では円の外に(・・・・)悪魔などが呼び出され、先ほど言いましたように円の中に術者が立ちます。何故ならこの時の魔法円の役割が、悪魔からの防護円、身を守るための結界であるからです」

 

 この話は前にも少し聞いた覚えがある。

 

「夏休みに先生が参加しようとしたオフ会で使っていた魔法円に欠けていた機能でしたよね?」

「よく覚えていましたね。その通りです。悪魔にしろ天使にしろ、人間とは別格の超常的な、友好的とは限らない存在を呼び出すのですから、悪魔召喚に際して魔法円は必須と言ってよいでしょう。

 しかし魔法円の役割はそれだけではありません。“魔術師は神殿の中で作業する”という言葉があるように、召喚に限らず儀式を行う魔術で魔法円を利用するのは物理的にも霊的にも、外部から邪魔が入るのを防ぎ、自らの作業をより完全な状態で行えるようにする。そういう目的もあるのです。

 ですから昨夜君がやったように、魔法円の上で作業をするというのは基本であり、魔術の効果を高めるために理にかなっているのです。……欲を言えば魔法円を描く前にやっておいた方が良い儀式もありますがね。ヒヒッ!」

 

 魔法円について詳しい説明を受け、知識を手に入れた!

 その結果、

 

「……先生、“魔法円”ってスキル習得したんですけど」

「ほう、それは実に興味深い。魔法円について、正しい知識を得たからですかねぇ? ヒヒヒ……」

 

 ついこの前、天田にも言ったけど、スキルって唐突に変なタイミングで習得するよな……

 というかこのスキル、3のスキルだっけ?

 どこかで見た覚えがある気はするけど、何かが違うような……まぁ、使えるなら何でもいいか。




影虎は神主の窮地に遭遇した!
影虎は神主の治療に成功した!
神主の意識は戻っていない……
影虎は疲労になった!
影虎は保健室で薬を飲んだ!
影虎は体が動かなくなった!
江戸川の授業を受けた!
魔術の知識が深まった!
“魔法円”を習得した!


※魔法円
任天堂3DS用ソフト、ペルソナQに登場するスキル。
効果は“条件付きで”体力小回復。


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229話 神主の秘密

 放課後

 

 ~部室~

 

「完全復活!」

「もう学校終わったけどな。つか結局影虎は丸一日保健室にいたんだよな? 大丈夫だったのか?」

 

 撮影までのわずかな時間を使って勉強会を開こうとしたところ、順平から探るような言葉をかけられた。

 

「特に問題なかったよ」

 

 手足の麻痺が取れるまでに時間がかかったけど、肝心の体調は2時間寝ただけで治ってた。

 その麻痺も今後成分を再調整して軽減していく計画だそうだし。

 

「ねぇ風花……これ、ツッコむ所かな?」

「私にも、ちょっと分からないかな……」

「割と真面目な話をすると、俺、今は市販の薬が安易に飲めないんだよ。ドーピングの規定に引っかかる成分もあるし。先生はその点しっかり配慮してくれるから楽でさ」

『あ~』

 

 明確な利点を説明すると、一応納得してくれたようだ。

 ……いや、この話題を避けたのか?

 

 その後の勉強会は皆、実に集中して取り組んでいた……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~校舎裏~

 

 今日も翻子拳で対打の練習。

 一回一回を丁寧に行っているが、反復練習のおかげでかなりのスピードが出るようになった。

 そして呼吸も乱れない。というか乱れるほど速くは行わない。

 呼吸が乱れなければ体の動きも乱れず、体内の気もスムーズに動いている。

 呼吸を第一に考えて、安定したら少し動くスピードを上げる。そして気と体の動きを合一。

 この繰り返しで徐々に速度を上げていく。

 

『とてもいい感じだ。今日までみっちり対打をやって、明日は“散打”の練習に入ろう。今みたいに決まった動きではなく、防具をつけてもっと自由に技のやり取りをするんだ。明後日、練習の最後には試合が予定されているしね』

 

 周先生との会話はもう、ほぼ中国語オンリー。

 

 聞けば先生は大学で日本語を学んでいたらしいが、来日してから日が浅く日本語に不慣れだったようだ。加えて俺が想定以上に速く教えた内容を習得してしまうので、指導するための日本語の予習が間に合わなくなっていたらしい。

 

 ちなみに撮影が終わるとさっさと帰っていたのは、急いで帰って予習するためだったとか。

 ビジネスライクな人と思っていたのが申し訳ない。

 本当の周先生は真面目すぎるくらい真面目な人だった。

 

 語学を学ぶことで、先生の人となりをよく知ることができた!

 そして撮影がよりスムーズに進むようになった!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~アクセサリーショップ・Be Blue V~

 

 練習後、普段よりもわずかな時間だがバイトをした。

 

「葉隠、そっちは終わったな?」

「ばっちりです、棚倉さん」

 

 お店の掃除を済ませ、最終確認をしていると、

 

「二人とも、遅くまでありがとう」

 

 奥から出てきたオーナーから労いの言葉を頂いた。

 しかし、お世話になってるのは俺の方だ。

 

「こちらこそ。シフトも調整していただいていますし、オーナーや棚倉さん達にはお世話になりっぱなしで」

「ま、そのぶんお前は広告塔って事でいいんじゃね?」

「そうね。実際、葉隠君がきっかけでお店が有名になったし、前よりもお客さんが増えてるわ」

「つーか実際どうなんだよ? これから本格的に芸能活動するのか?」

「今のところはまだ目の前のことで手一杯な感じです。とりあえず年内、アフタースクールコーチングの要請があったら撮影に参加させて頂きますが……その他はまだ色々と未定です」

「そっか。ま、その時はその時考えればいいか」

「それでいいと思うわ。今は綺羅々ちゃんやゆかりちゃんも」

 

 そこまで言って、突然はっとしたような表情になるオーナー。

 

「いけない、ゆかりちゃんを待たせてたのを忘れていたわ。これから少しトレーニングするから、二人は先に帰っていいわよ。ありがとう」

 

 オーナーはそう言い残して奥へと帰っていった……

 

「……この分だと岳羽もアタシらの仲間入りか?」

「そうなると思います」

 

 棚倉さんはあっさり受け入れたようだ。

 

「だって今更じゃね? オーナー含めて従業員7人中5人が霊感あるんだし」

「うち一人は霊感と言うより霊そのものですよね……」

『……呼んだ?』

「呼んではいないです。すみません」

「お前もいつのまにか会話できるようになってるし、やっぱそういう人間が集まるんだよ、この店は」

 

 バイトの先輩としばらく雑談した。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 深夜

 

 ~長鳴神社~

 

「お待ちしておりました」

 

 近藤さんから連絡を受け、神主さんのお宅へやってきた。

 思いの外早く神主さんの意識が戻ったらしい。

 俺を呼ぶということは、記憶が残っていたのだろう。

 もしくは素直に事情を話した方が良いと判断したのか?

 

 出迎えてくれたハンナさんの後に続いて廊下を進む……

 

「こちらです」

「失礼します」

 

 通された部屋へ入ると、まず布団が目に入った。その隣に近藤さんとDr.キャロラインが、布団の上ではコロ丸が横たわる神主さんに寄り添っている。

 

「こんばんは、榊さん」

「……あぁ……やっぱりあの時の子か……前に境内で会ったことがある、ね?」

「はい。葉隠影虎と申します」

「知っているよ……君は、有名だから……」

 

 少々弱っているようだが、意識ははっきりしているようだ。

 

「昨日は、助けてくれてありがとう。……寝たままで申し訳ない」

「お気になさらず。それよりも昨日のことを覚えているんですか?」

「うっすらとね……ほとんど苦しかった事しか覚えていないけれど、苦しみが消えた時……目の前にあった君の顔は覚えていた……」

「ハッハッハッ……」

 

 コロ丸が神主さんの顔をペロリと舐める。

 

「君のおかげで生き永らえた事だけははっきりしているんだ。……本当にありがとう」

「いえ……」

 

 言いにくいが、一度ミスって苦しませたのも事実。

 昨日は結果的に何とかなったが、失敗していた可能性もある。

 それに何より今後のことは俺にも分からない。

 神主さんに影時間の適性があれば、これからも……

 

「その心配はない、かもしれません」

「えっ?」

 

 そう口にした近藤さんへ目が向いた。

 

「適性を持たない人間が影時間に入る方法、葉隠様はそれが存在するとおっしゃっていましたね?」

「ええ、でもそれは……まさか」

 

 この人、桐条グループの関係者か?

 

「いいえ、独自の方法を取ったようです」

 

 口に出していないのに返事がきた。

 桐条グループとは関係ない独自の方法。そんな物をこの人が?

 

「申し訳ないけど、その方法については説明できない。僕自身、理解できていないからね……」

「それは」

 

 質問をしかけて、Dr.キャロラインのオーラに気づく。

 

「失礼、興奮していました」

 

 相手は病み上がり。問い詰めるようなことは控えるべきだった。

 

「葉隠様、説明は私がいたしましょう。一通りの話は私が一度聞いています」

「別室でやってちょうだい。この人にはまだ休養が必要だから」

 

 どうやら近藤さんは先に怒られていたようだ……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「……」

 

 別室で話を聞いた。

 納得と驚きが五分五分で心の中を巡っている……

 

 ちょっと頭の中を整理しよう。

 

 まず、驚いたことに榊さんは影時間の存在を“知っていた”。

 その情報源は彼の父親、つまりは“先代の神主”。

 先代の神主さんは仕事として神主をしていたが、本当は“陰陽師”だったらしい。

 

「この時点ですでにややこしい……」

 

 しかしツッコミを入れても説明が返ってくるわけではない。

 そういう物として思考をまとめる。

 

 陰陽師だった先代の力は本物で、結界を張ったり式神を使役したり、色々な事ができた。

 そんな先代の遺品として残っていた日記に、影時間と思われる記述があったそうだ。

 その記述は10年以上前から始まり、本人が亡くなる直前まで続いていたとのこと。

 しかもその中で先代はシャドウを“物の怪”と称し、日常的に神社を守るため結界を張る。

 時々それを超えて侵入するシャドウは式神を用いて倒していたとか……

 

 ……魔術を使ってる俺としては、可能だと思う。

 

「それで、日記を読み進めていたら影時間で活動するための道具を見つけたと?」

「“護符”と呼ぶそうですが……影時間への侵入と記憶維持の補助を目的としたものだそうです。とはいえ信じていた訳ではなく、筆跡から亡き父を偲んでいたところ、夕食の支度を忘れていたことに気づき、そのままポケットに入れてしまったようですね。気づいたら影時間だったと」

 

 ……大事になったわりにしょうもない理由……

 

「最初は混乱こそしたものの体に異常はなかったようですが……だんだんと体に異変が起こり始め、誰かに助けを求めて外へ這い出したそうです」

「そこから先は俺が見た通り」

「はい。問題の護符は……こちらです」

 

 刑事ドラマで証拠品を入れるようなビニール袋に、古い和紙の断片が入っている。

 

「破れていますが」

「回収した時からです。護符が破損して効果を出せなくなったのか、効力が失われた結果こうなったのかは分かりませんが……とにかく現在彼の手元に護符はありません。加えて彼の記憶も、私には徐々に失われているように見えます」

 

 目覚めた当初はもう少し受け答えもはっきりしていたらしい。

 単に衰弱してたんだと思ったが……

 

「もちろんその可能性もあります。何にしてもこれ以上は彼の回復を待つべきかと。できれば本部へ護送して精密検査を受けていただきたいところですが……我々と敵対する意思はなさそうですし、このまま様子を見ましょう」

「無茶をしたらDr.キャロラインに怒られますからね」

「ええ……本当に恐ろしいですよ? 彼女が怒ると」

 

 ……冗談めかした口調だが、オーラを見る限り本気で言っているらしい。

 なるべく怒らせないようにしよう……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

「象徴化、確認」

 

 現在時刻、午前0時ジャスト。

 ドッペルゲンガーで覆い隠した部屋の中。

 サポートチームのメンバーと神主さんの象徴化を確認した。

 

「ワフゥ……」

「よかったな、コロ丸」

 

 神主さんの記憶については分からないけれど、象徴化したならもう大丈夫だろう。

 不幸中の幸いだ。

 

「ん? どうした?」

 

 コロ丸は綺麗なおすわりをして、前足で俺の脚をそっと叩く。

 

「ワフッ、ワフッ」

「何が言いたい……って、魔術魔術」

 

 状況的に大体分かってたからすっかり忘れてた。

 

「もう一度頼む」

「ワフッ」

「……俺の言う通りになった?」

「ワウッ」

「最初は疑ってたのか」

「ワフゥ~」

 

 コロ丸はずっと俺たちを自由にさせて、様子を見ていたらしい。

 

「でもこれで信用してくれたよな?」

「ワンッ! ……」

 

 ? 肯定の直後、さらに真剣な雰囲気になる。

 

「……!! 仲間に、なってくれるのか?」

 

 なんと、コロ丸の方から俺の力になりたいと申し出てきた!

 

 ……サポートチームとの会話で、俺たちに何か目的がある事は察した。

 ……その目的が影時間に関する事も。

 ……俺、天田、サポートチームは神主さんの命を救った恩人。

 ……神主さんはもうじき完全に記憶を失い、恩を返せなくなる。

 

「だから自分が返す、か………………ん? ちょっと待った、何で記憶を失うって確信してるんだ? 象徴化したからか?」

「ワフッ!」

「はぁっ!? コロ丸。お前、護符の事を知ってる!? 効果も!?」

「ワンワン!」

「そもそも先代の神主と一緒に戦ってた!? 神社を守るために!?」

「バウッ!」

 

 力強く吼えたコロ丸の背後に“三つの頭を持つ犬の怪物”が浮かび上がる。

 

「……マジかぁ……」

 

 ペルソナ使えてるじゃん……

 

「分かったからそれ消してくれ」

「ワン!」

 

 素直にペルソナを消してくれたコロ丸から、さらに詳しく話を聞く。

 

 その内容をまとめると……

 

 正確な日時は不明だが、コロ丸はだいぶ前から影時間の適性を持っていた。

 同じく適性を持っていた先代の神主さんと、神社を守っていた。

 その内、ペルソナに覚醒。

 物の怪(シャドウ)に近い力、故に危険もあると神主が判断。

 ペルソナは強力な武器になるけど、極力隠して使用も控えていた。

 その後、先代が亡くなってからは一匹で神社を守る日々。

 1匹でも神社を守ると決意した時、ペルソナが進化して今の姿になった。

 

 ……そういえば原作のコロ丸はメンバーの中で最後の方の加入になる。

 それで他のメンバーについて行けるってことは、それだけ地力を備えてるって事。

 それにコロ丸は途中離脱する荒垣先輩を除いたメンバーの中で、唯一ペルソナが進化しない。

 おまけにコロ丸ってアイギスの翻訳でも、だいぶ落ち着いた性格だったっけ……

 

 最初から強い(戦闘経験豊富)

 進化しない(既に進化済み)

 

 言われてみれば俺が警告したときも、シャドウについてはすんなり受け入れていた。

 影時間にどこかで見たんだと俺は思ってたけど……

 

「そういう事かよ!」

「クゥン?」

「ああ、いや、何か色々納得しただけだ。仲間になってもらえるならこれ以上ありがたい事はない。これからよろしく頼む」

「ハッハッハッハッ!!!」

 

 コロ丸は尻尾をこれでもかと振っている!

 コロ丸が仲間になった!!




影虎は疲労から回復した!
影虎は勉強会を開いた!
影虎は翻子拳の練習をした!
コロ丸が仲間になった!!


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230話 翻子拳・練習終了

 10月9日(木)

 

 夕方

 

 早いもので、翻子拳の練習も6日目。

 明日が最終日であり、真田との試合が控えている日だ。

 それに備えて今日はより実践的に、周先生との組手が中心の練習が続く……

 

「ハァッ!」

 

 すばやく拳を入れ替えるように、1回の踏み込みで3回拳を突き出す。

 戳脚の腿法(足技)も合わせ、上下同時の連続攻撃へと繋げていく。

 

『スピードは文句なし! もっと緩急をつけて! 常にフルスピードで動く必要は無い!』

『はい!』

 

 5割、は抑え過ぎか。6、7割程度の速度で動き、敵の動きと状況を見極める。

 そして相手が隙を見せたところで……10割!

 

『おおっ!!』

 

 “双拳の密なること雨の如し、脆快なること爆竹の如し”

 

 7割から10割に移行する瞬間、その言葉を体現したような感覚を覚えた。

 7割の動きは爆発直前のタメ(・・)として、ここぞと言う時に力を解放。

 

『もう一度お願いします!』

 

 この感覚を忘れないよう、何度も反復訓練を行う。

 

 そして練習終了間際……

 

『葉隠君、今日まで練習お疲れ様。明日が最終日で試合なので、本格的な練習は今日までになる。そこで最後に一つ明日の試合に向けて注意をしておく事がある』

 

 先生のアドバイス。

 一言一句聞き逃さないよう注意を払う。

 

『君はこの6日間で驚くほどの成果をあげた。今日の練習でも確認したけど、君は私が教えた沢山の技をしっかりと身につけている。だからこそ言っておくよ……明日の試合、翻子拳に拘らずに(・・・・)戦いなさい』

『こだわらず?』

『君は元々は空手家なんだろう? 他にも色々な格闘技をやってきたと聞いているし、今日の練習中、私の攻撃を防ぐ時にもその技が少し出ていた。それでいいんだ。翻子拳を学んだからといって、翻子拳だけに限定して戦う必要はない。使える技は遠慮なく使いなさい。

 君に教えた戳脚翻子拳は、手技主体の翻子拳と足技主体の戳脚、両方の弱点を補い合う形で組み合わされた物。同じように君は君の元々の戦い方に翻子拳を取り入れてほしい。翻子拳にこだわって、元々の持ち味を殺すことはしてほしくない』

 

 6日間かけて身につけた翻子拳の技術。

 それはあくまでも俺が強くなるための参考。

 これまで積み重ねてきた本来の戦い方を忘れるな、ということだ。

 その上で学んだ技術を実践で活かせるかどうかは俺次第……

 

『分かりました。明日はこれまで身に着けた技術、全ての力を十分に発揮して戦えるよう考えてみます』

『そうしてほしい。君は技を覚えるのが恐ろしく早かった。だからきっと、上手くやれるはずさ』

 

 新たな課題が生まれ、6日目の練習が終わった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~自室~

 

 周先生からの課題について、思考を一時中断。

 息抜きに今週のアフタースクールコーチングを見る。

 今日は久慈川さんが出演している!

 

「課題はピアノか」

 

 オープニングが終わると、直ちに久慈川さんの映像が流れ始めた。

 

 まず初日。

 全くの未経験から一週間でパッヘルベルの“カノン”、そして“エリーゼのために”の2曲を習得するという目標が発表される。

 

『初めてだと難しく思うかもしれないけれど、曲は意外と簡単で、初心者の方でも弾きやすいです。頑張りましょうね』

『はい! 久慈川りせ、頑張ります!』

 

 多少驚いたようだが、果敢に挑戦する決意が画面越しでも見て取れる。

 

 それから楽譜の読み方の確認、など基礎の基礎から学び始めた。

 久慈川さんは、片手ずつでも実際にピアノに触れながら練習を続けていく。

 

 ……

 

 そして最終的に彼女は課題の2曲をしっかりと弾ききった!

 

『久慈川さんも一応この番組は二度目になるのか』

『はいっ! 前回、葉隠先輩の撮影にもちょこっと参加させていただきました』

『そうそう、そんで思いっきりライバル宣言してたなぁ』

『あ、あれは……』

『そんなに恥ずかしがらんでもええやん。ところで葉隠君のことを先輩と呼んでるけど、親しいの?』

『そうですね、知り合ったのは夏休みの特番がきっかけなんですけど……』

 

 夏休み前の撮影を見学にきて、参加していた俺と知り合ったこと。

 その後デビューが決まって不安になり、占いに来たことなどを番組内で話している……

 最終的に色々と相談してるお兄さんくらいの立ち位置で話をまとめられた。

 やましいことはないし、問題のない距離感だろう。

 トークもちゃんとできているようだし、今後仕事がさらに増えていくかもしれない。

 また番組を見たと連絡してみよう。

 

 そして番組は後半へ。

 

「……こいつかよ」

 

 次に出てきたのは前回のスタジオ撮影で顔を合わせた、嫌な感じの男子。

 Bunny's事務所所属の2世タレント、“佐竹健治”だった。

 

 前回の撮影の時に売り込みでもしたのかな?

 近藤さんが業界の力関係があると言ってたし。

 

 ……それは別にいいのだけれど、気になるのは内容。

 課題は“長距離走”で、以前俺もお世話になった三国コーチが指導をしている。

 でも久慈川さんの後だとなんだか微妙。

 会話した時よりはマシと言うか隠しているけれど、所々で妙に自信家な発言が目立つ。

 自信があること自体は全く問題ないと思うけれど、練習態度が微妙に悪い。

 結果、盛り上がった久慈川さんの後ということもあって、感動や興奮があまり……

 

「確かリアルタイムで実況してる掲示板があったはず……これか」

 

 “アフタースクールコーチング実況スレ”

 

『うーん……』

『リセチャンは面白く見れたけど、この佐竹って子はイマイチだなぁ』

『佐竹君かっこいい! 運動センスも抜群! さすがBunny's事務所イチオシアイドル!』

『ルックスとトークはいいけど、課題への熱意を感じない』

『それ番組の趣旨的に致命的じゃね?』

『そこそこ身体能力高くて、そこそこ結果もでてるけど、その上に胡坐をかいてる感が強いなぁ』

『分かる。これだけできてるんだしいいだろ? 的な』

『上のコメで違和感の原因が分かった。練習中とそれ以外のテンションが違うんだ』

『あ、なるほど』

『確かに練習前や練習後、途中の休憩やスタジオでは目の色が違うw』

『練習中もゴール直後とか、カメラが近づいた時はしっかりアピールしてるよな。

 アイドルだからと思ってたけど、そんなに余裕あんのかよと思ってしまった』

『まぁアイドルならTVでアピールするのは重要だろうし』

『中途半端な仕事してイメージダウンする方がまずいんじゃない?』

『こいつが先で久慈川ちゃんが後ならぜんぜん良かったのに、もっと考えろよ構成作家』

『特攻隊長ほど全力でやれとは言わないが、もう少しやり方ってもんがある』

『アレと一緒にするのは酷だろwww』

『特攻隊長はね……真剣なのは分かるんだけど、何故そこまで? って思う時が時々ある』

『モチベの源泉が意味不明』

『特攻隊長は軽くイカレてるよ。本人も自覚あるみたいな事言ってたし』

『言葉を選べ(苦笑)』

『彼は一歩間違えたらくだらない事に全てを費やして人生を棒に振る危うさを感じます』

『どこから目線だよw』

 

 ……佐竹の評判はあまりよさそうではない。

 あと久慈川さん、まだ“りせちー”とは呼ばれていないようだ。

 

 ……もう面白い事もなさそうだし、明日の用意に戻ろう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~長鳴神社~

 

「エイッ!」

「グルッ!」

「っと!」

 

 影時間を利用して戦闘訓練。

 実戦形式で、天田&コロ丸+人型シャドウ3体が相手。

 

「……」

 

 これはなかなか……

 召喚したシャドウの力量はそれほどでもない。

 召喚できる様になった頃と比べれば、技量もあるし強くなった。

 しかし、俺もその分強くなっている。

 正直1体では練習にならない。

 だから自分で今の状況にしたわけだが……これが中々、いやかなり面倒だ。

 

 まず3体のシャドウ。

 これは適当に襲い掛かってくるだけなので、余裕を持って対処可能。

 しかしその合間を狙って天田が横槍を入れてくる。

 正確にはデッキブラシだけど、これまでいろいろとアドバイスしてきた成果が出ていた。

 さらにコロ丸は逆に誰よりも先行してシャドウが襲いやすい状況を作る。

 もしくは逆にシャドウや天田の後から追撃してきたりと油断できない。

 2人がシャドウをフォローするので、シャドウを1体も行動不能にできていない状況だ。

 

「仲間としては心強いけど、敵にすると厄介だな!」

 

 天田には前々から指導していたけど、コロ丸もかなり強い。

 その上すぐ天田とシャドウの動きに順応した。先代神主さんとの実戦経験のおかげだろう。

 とにかく手数の多いシャドウを何とかしなければ…………!!

 

「ここだ!!」

「うわっ!?」

 

 シャドウたちの攻撃の合間に挟まれる天田の妨害。

 その一歩先に力を爆発させ、四方八方へ連続攻撃。

 シャドウ3体と天田を高速の打撃で弾き飛ばす。

 

「グルッ!」

「チッ!」

 

 コロ丸のフォローで決め切れなかった……

 もっと速く、もっと正確に。そしてもっと瞬時に全力を出す!

 こうして練習を重ね、シャドウ3体を打ち倒し辛くも勝利を掴んだ結果……

 

「ハァ……ハァ……ッシャア!」

 

 新たな物理攻撃スキル、“電光石火”を習得した!

 

 敵全体に(・・・・)複数回(・・・)、打撃属性の小ダメージを与えるスキル。

 ゲームでは習得できる時期の割に強力なスキルで、俺も頻繁に使っていた。

 消費HPも少なく、使いやすいスキルだ。

 

 明日に試合を控えた今、とても幸先が良い!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 10月10日(金)

 

 朝

 

 ~教室~

 

「……」

 

 学校中の空気がピリピリしている。

 俺の撮影が行われていること、真田と試合をすることは周知の事実になっていた。

 前回のようにアウェイな感じはないが、それでもどちらが勝つか気になるのだろう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~部室~

 

「ありがとうございました。試合までもう少し時間ありますので、準備をして待機していてください」

「わかりました、また後ほど」

 

 ADの丹羽さんが、試合前のコメントを撮影したカメラマンとともに去っていく。

 試合のルールは前回真田と戦った時と同じであると確認も済ませた。

 後は試合開始を待つばかり……

 

「体調はいかがですか?」

 

 入れ替わりに江戸川先生と近藤さんが入ってきた。

 

「普通ですね。特に疲れや問題は感じません」

 

 できれば絶好調にしておきたかったが、今日はトイレの効果が出なかったようだ。

 

「確かに、顔色も悪くないですね。私からは特に言うことはなさそうです」

 

 私からは、ということは近藤さんから何か話があるようだ。

 

「トラブルでしょうか?」

「トラブルではありません。葉隠様は昨夜のアフタースクールコーチングをご覧になりましたか?」

「見ましたよ。久慈川さんと例の佐竹君が出ていましたね」

「その佐竹君ですが、放送後からネットでの評判が芳しくありません」

 

 どうやら思ったよりも否定的な意見が多いようだ。

 

「それに伴い“彼よりも葉隠君を出して欲しい”という視聴者からの要望が強くなっています。また、目高プロデューサーからも早めに次の撮影をと打診されています。

 撮影に携わったスタッフの方々には、既に本性を見透かされているようですね。ネットでは彼を擁護、あるいは賞賛する声もそれなりにありましたが、実はイメージダウンを防ぐために可能な限り編集で悪い部分をカットしていたようですので……」

 

 そんなに撮影中の態度がひどかったの?

 ……あの子、アイドルやる気があるんだろうか?

 アイドルを目指している、というわけでもない俺が言うことじゃないけど……

 なんとなく不快感。

 

 久慈川さんは勿論。IDOL23の方々に、光明院君も……俺を敵視するほど。

 みんな本気で頑張ってるのに、って感じ。

 

「そうですね。光明院君の態度は褒められたものではありませんが、それでも仕事への誠意と熱意はありました。しかし佐竹君の場合は、どうも自分がもてはやされることを“当然”として受け止めている節があります。軽く調べたところ、ご両親の御威光で事務所内でも随分と優遇されているようですし」

 

 うわっ、典型的なボンボン臭がしてきた……

 

「尤も彼の家庭事情はさほど重要ではありません。とにかくそういう理由で葉隠様の出演を望む声が出ています。……さらに」

 

 まだ何かあるのか。

 

「他の番組からも出演依頼が入りました」

「……具体的な内容は」

「1つはトーク中心のバラエティ番組。1つは話題の人を呼んで自由にトークを行う番組。1つはアフタースクールコーチングと同じスポーツ系、こちらは運動能力自慢の芸能人を集め、様々な種目に挑戦。項目別にNo.1を決定するバラエティ番組ですね」

「まさかの複数!?」

「葉隠様はここ数ヶ月で何度も話題になっていますから、世間の興味を引いているのでしょう。夏休み銃で撃たれたことで肉体的、精神的な負担にならないかと懸念もあったようですが、先日の放送後に我々という窓口がある事が広まったようです」

「それで打診が……ありがたいお話ですが、それを受けるとなると……」

 

 さすがにそこまで仕事を増やすと時間が足りない。

 しかしその程度のことは近藤さんも織り込み済みだったようで、

 

「葉隠様は入学から真面目に授業を受けているようですし、多少欠席しても進級への影響は小さいかと。出席日数を計算して進級に問題のない範囲で芸能活動を行うというのはいかがでしょうか?」

 

 ……盲点だった。言われてみれば、学校って休めない事はない。

 

「そういう手もありましたか」

「学生ですとどうしても活動時間が制限されますからね。芸能界では常識のようです。

 体調不良など正当な理由があれば、補習などで考慮もしていただけるそうですし、何より一番大事なのは“成績”。定期テストで点が取れていればさほどうるさくは言わないと、葉隠様の担任教師、学校長、理事長の3名から言質を取ってあります」

 

 目から鱗。

 しかも近藤さんはきっちりと情報まで集めてくれている。

 

「率直に申し上げて、私は葉隠様が定められたカリキュラムに従う利点は少ないと考えています。教材の提供や塾講師の手配も我々が行えますし、能力を活用すれば普通の生徒が1時間授業を受ける間に、同じ時間で数倍の効果が出せるでしょう」

 

 確かに。実際そうやって時間を節約してるわけだし。

 

「仕事を学校の時間帯に回せば午後、ご友人との交流する時間も捻出が容易になると考えます。葉隠様は桐条のご令嬢と親しくしていますし、天田様、そして先日はコロマル様が我々の味方となりました。来年へ向けての情報収集などには差し支えないかと」

 

 納得しかない。

 

 原作キャラとはもうほとんど全員と顔見知りだし、会おうと思えば会える。

 順平は気軽に遊びにも誘えるし、岳羽さんとはBe Blue Vのバイトが同じ。

 桐条先輩とはテレビでの発言があるし、距離を置いた方が良いかも知れない。

 山岸さんとは部活や動画撮影を続ければ良い。

 時間の都合をつければ、放課後それだけのために来てもいい訳だし。

 あとあまり気にしてなかったけど、俺一応テストの不正を疑われてるんだよな。

 別室でテスト受けるだけ、点さえ取れればいいけど……って考えてる時点で焦りもない。

 

「学校で授業を受ける理由がマジで無いに等しい……」

「学校の役割は概ね“学習”、“生徒同士の交流”、“社会性を育む”の3つですからねぇ。勉強は先ほど言われた通り、お友達との交流はプライベートで可能、社会性は社会に出ても身につくでしょうし、そもそも君は一度社会人を経験していますから……ヒヒッ」

 

 今月末にはコールドマン氏から超人プロジェクトについての情報が公開される。

 それからはこういう仕事も増えるだろう。

 

「……少しずつ、様子を見ながらやっていきましょうか」

 

 今のうちから経験を積んでおく方が得策かな。




影虎は翻子拳の練習を終えた!
影虎はテレビを見た!
久慈川りせがテレビで活躍していた!
影虎は“電光石火”を習得した!
影虎に新たな出演依頼が舞い込んだ!
影虎は芸能活動を理由に授業を欠席できるようになった!
進級に問題のない範囲であれば“サボタージュ”も可能?



次回、真田との再戦!!


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231話 二度目の試合

 ~ボクシング部・部室前~

 

「それじゃ二人とも、頼んだよ。番組とか演出とか、そういう事は一切考えなくていいから。フェアに思いっきり戦って!」

「承知しました、今日まで学んできたものを全て出し切って勝ちます」

「それはこちらも同じ事。前回の雪辱を果たすために、プライベートでプロのジムで出稽古もさせていただいた。プロの指導を受けたのが自分だけとは思うなよ?」

「ははっ、どっちもやる気十分のようだね。じゃあ、始めよう!」

 

 プロデューサーである目高の号令で周囲が慌しく動き始め、やがて轟く入場コール。

 

「赤ー! コーナー! 天才高校生ボクサー、真ー田ーアーキーヒーコーォオオオオ!!!」

 

 軽快な音楽とともに扉が開かれ、撮影班の待ち構える花道に真田が歩み出た。

 後をついていくのは、セコンドを務める桐条美鶴。

 2人はやや閑散とした人の間を悠然と歩き、一直線にリングへのぼる。

 

 今回は撮影のため、また前回のような事故防止のため、一般の生徒や観客の姿は無い。

 影虎のマネージャーや万が一のドクターとして、近藤や江戸川の観戦が認められているのみ。

 

「青ー! コーナー! アフタースクールコーチング受講生、葉ー隠ーカーゲートーラーァアアアア!!!」

 

 真田の時と負けず劣らず軽快な音楽に乗り、いつぞやの特攻服を羽織った影虎が入場。

 セコンドは一週間翻子拳を教えた周。こちらも同じく一直線にリングへ上がる。

 

 お互いに言葉を交わす事はなく、それぞれ指定されたコーナーでセコンドとの打ち合わせを行う。

 

『葉隠君、覚えているね? 君は君の試合をしてください』

『大丈夫です、周先生。どう戦うかは考えてきました』

 

 事ここに至って、語るべき事は多くない。

 影虎は短く答えを返し、周はひとつ頷いて教え子を送り出す。

 

「秋の肌寒い風が身にしみる今日この頃、会場はすでにうっすらと汗をかくほどの熱気が満ちています! 一体この熱気はどこからやってくるのか、それは愚問でしょう! リング中央で向かい会うのは、高校ボクシング界の若き天才と呼ばれる真田選手。対するはここ数ヶ月で頭角を現してきた眠れる獅子。否! 目覚めた虎、葉隠影虎であります」

 

 実況席に座る饒舌な男性アナウンサーが会場の、そしてこの映像を見るであろう視聴者の興奮を煽った。

 

 そして……試合開始を告げる音が鳴り響く。

 

「ファイッ!!」

「ゴングが鳴った! おっと!? 両者拳を合わせて一度下がった! 過去に一度行われた試合では激しい殴り合いを繰り広げたと聞いていましたが……これはどうした事か打ち合いません! 接近……も慎重だ!」

「お互いに相手を知っているからでしょうね。この重苦しい雰囲気、どちらも油断していませんよ。そして冷静です。事前に2人の試合を調べられる限り調べてみましたが、真田選手は相手と距離を取り、フットワークを活かして攻撃の瞬間懐に潜り込み攻撃をくわえて離脱する“アウトボクシング”を得意としています。

 対する葉隠君はたった一本の動画のみですが、映像では防御をがっちりと固めて攻め込んできた相手を押し返すような試合運びをしていました。相手の出方を見て戦うスタイルが基本でしょう。むやみに飛び込まず、互いに自分の得意分野で試合を挑もうとしているのならば正しい選択です。重要なのはここからいかに相手を自分のペースに引きずり込むかです」

 

 ここで解説者の説明を待っていたかのように真田が動く。

 

「真田選手、おもむろにガードを下げた。そして左腕をブラブラと揺らしている」

「“デトロイト・スタイル”ですね。ジャブを出しやすい構えですが、日本人ボクサーには珍しい構えですよ」

(まずは一発、確実に当ててペースを作る!)

 

 左右に体を振る牽制の直後、鋭い踏み込みと共に左が放たれる。それは刹那の一撃。素人の目では見る事すら不可能なジャブがボディーを狙い、乾いた音を鳴らす。

 

(なっ!?)

 

 打ち込んだ真田が(・・・)驚愕した。

 今の一撃は全力だ。試合の主導権を握るべく、全ての力を速度に特化させた一撃。

 それが目標に当たる事なく、差し込まれた腕で阻まれている事に。

 

「シッ!」

「チッ!」

「先手は真田! これは凄まじいスピード!! しかし葉隠もきっちりとガード! そしてすかさず反撃ぃ!! 二人は再び離れます……」

「今のは速い……フリッカージャブでしょうか? 私も見逃しかけました。今の一発を打てるのはプロでもなかなかいませんよ。そして葉隠君はちゃんと見えている。……末恐ろしい二人ですね~」

 

 元プロボクサー、解説者暦1年目の解説者も舌を巻く一瞬の攻防。

 

(速い……今の一撃、俺のソニックパンチ並に速い。防げはしたけど反撃が遅れた)

(前回の敗北からトレーニングを重ね、ペルソナを通して身に着けた“ソニックパンチ”……まさか防がれるとは)

 

 二人が互いの成長を確信すると同時、激しい戦いの火蓋が切られた。

 

「葉隠が前へ! リング中央へ飛び込んだ! 真田が軽快なステップで周囲を回る!!」

「葉隠君が攻め込みましたね。この判断がどう出るか……しかし焦っての特攻ではなさそうです」

 

 解説者は動きからそう判断する。

 前へ前へと積極的に真田を追い込みにかかる影虎だが、受ける攻撃は全てガードの上。

 

(防御に重点を置いていたのは事実。だけど敵の攻撃を待つだけじゃない。防御の技術、鍛え上げた肉体の耐久力。守りの硬さに自信があるからこそ、積極的に攻撃していく!)

 

 解説者の述べる戦い方は既に過去の物。元米陸軍兵のボンズから指導を受け、夏休みの騒動で経験を積んだ影虎の動きは大きく変化している。

 

 影虎の長所は防御力と機動力。

 以前は防御に重点を置くあまり、無意識の内にかけられていた制限。

 それが成長によりなくなった今……影虎はより素早く敵を制圧すべく大胆に距離を詰める。

 

「左右の拳が真田を捉えた! コーナーに押し込まれ、る前に辛くも脱出!! だが葉隠君も足を止めない! 果敢に攻め込んでいくー!!」

(葉隠から攻め込んでくれば多少ガードが甘くなるかと思ったが、大して効果がなかったな。……随分と攻撃的なスタイルになってるじゃないか!)

 

 真田は影虎の拳を防ぎ、流し、避けては反撃。そして隙あらば攻め込む。

 徹底してインファイトには付き合わない。

 その崩れない姿勢に対し、影虎も距離を潰して打ち合う姿勢を崩さない。

 

 離れようとする真田にくらいつき、打撃で逃亡を阻止しようとする影虎。

 動きは徐々に激しさを増し、リングの上を縦横無尽に駆け巡る。

 

「激しい攻防が行きます! まるでこれ以上あとがない最終ラウンドのような気迫を感じますが、実際はまだ1ラウンド目! こんな調子でお互いに体力は持つのでしょうか!?」

 

 実況者は懸念を口にするが、トレーニングとは単純に体力をつけるだけでなく、体に動きを記憶させ無駄を省く作業だ。無駄の省かれた動きはそれだけ滑らかに動き、体力のロスを抑える。日々のトレーニングに加えて影時間でも生活で体力を練成している2人にとってはまだ気にするほどではない。

 

 2人の勢いは一向に衰えないままに、

 

「ストップ!」

「あーっとここでゴングです! 第1ラウンドから手に汗握る展開でしたが、ここで休憩が入ります!」

「う~ん、この内容で2人の肩書きは“アマチュアボクサー”と“素人”というのは……実力に見合っていない気もしますね~」

 

 第1ラウンド、終了。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「ファイッ!」

「さぁ、第2ラウンドの開始から瞬く間に激戦となりました! 両雄一歩も譲りません!」

「葉隠君はもっと足を出していきたいところですね」

「そういえばまだ一度も蹴りが出ていませんね」

「迂闊には出せないでしょう。真田君のフットワークを捕まえるために常にリング中を動き回るあの状態では。ヘタをすれば足が止まって、隙を作る事になります。しかしこの激しい殴り合いの中、蹴りが出せればこう着状態を抜け出すきっかけになるかもしれません」

「なるほど~! 両者とも拳で互角の状態ですからね! 葉隠君がもう一つの武器があるわけですね」

「それが吉と出るか凶と出るかはわかりませんが……!!」

 

 解説の声をかき消すグローブの音。

 真田の拳が影虎の腹に突き刺さる。

 

「ここで試合が動いた! 最初のクリーンヒットは真田! しかし葉隠は果敢に攻める!  効いていないのか!?」

(やはり一発では沈まんか! それでこそだ!)

 

 しっかりと殴りつけた手の感触にも関わらず、勢いの衰えない影虎を見てさらに気炎を上げる真田。

 

 それに対し影虎は、冷静に様子を見ていた。

 

(今のコンビネーションは初めて見る。前の試合から新しく身につけたか。リズムが今までと全く違った……それだけじゃないな。フェイントも自然で分かりにくいッ!)

 

 フックを防ぎ、直後にボディーを打たれる。

 

「あーっとまた一発!」

(お前が色々と学んでいるあいだ、俺はボクシングだけを突き詰めてきた。この拳に全てを注ぎ込んできた! これがその結晶だッ!!)

 

 自らの努力を信じ、さらに畳み掛けていく真田。

 

「当たる当たる当たる! 防ぐ防ぐ防ぐ! 葉隠たまらず防戦に入る!」

「ッ……」

 

 眉を顰めて苦しげに息を吐き出した影虎。真田はなおも手を緩めず攻め続ける。

 

「真田選手のペースにはまってしまったか、葉隠選手、手が出ていません!」

「これはまずいですねー。この状態が続きますといずれジリ貧。最後まで粘れたとしても判定では大きなハンデを背負ってしまいますよ」

 

 10秒20秒と変わらぬ状況は会場に、勝敗が決したような雰囲気を漂わせた。

 そして……

 

(ここだ!!)

 

 ワンツーからの鋭い左ストレートが影虎の顔面へ迫る。

 

 “これは当たる”

 

 2人の動きが見えた者がそう感じた瞬間。

 影虎が体ごと頭を大きく後ろに反らせた。

 直進した拳はほんの一瞬着弾が遅れ、次の瞬間顔は拳の軌道から外れる。

 

(!)

 

 真田は咄嗟に拳を引き戻し、もう一方の拳で仰け反る影虎のボディーを狙う。

 誰から見ても最高のタイミングで放った渾身の一発。

 それを紙一重で避けられて尚、即座に次へと繋げたのは肉体の反射的行動。

 ひとえに積み重ねた鍛錬の賜物だった。

 

 だが、

 

「フゥッ……」

「んっ!?」

 

 短く自然な吐息と共に、影虎から力が抜ける。

 仰け反ったまま力を失った体は当然後ろへ崩れ落ちて行き、真田の拳も空を切る。

 次いで体は跳ね上がった(・・・・・・)

 

「ラァ!!」

「ぐっ! くっ……!」

 

 勢いの乗った拳が真田の頬を捉え、たたらを踏ませ、沈黙していた実況が口を開く。

 

「おっ、とぉ!? なんだ今のは! かなり倒れてましたよ!?」

「私もスリップだと思ったんですが……ほとんど横になった状態から起き上がりましたね……しかもそのまま反撃まで」

「なんて体勢からパンチを繰り出すんだ! そして今のは一体何だ!」

「フック、いやアッパー……分類できませんね。とにかく下から殴りましたよ」

 

 格闘技の定石にない動きを目の当たりにして、会場中が不可思議な空気に包まれた。

 緊迫した空気が流れる中で、警戒を強めた真田と影虎が静かに睨み合う。



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232話 執念

 静まり返る会場を動かしたのは、時間を告げるゴングの音。

 

「こ、ここでゴングです」

「ニュートラルコーナーへ!」

 

 レフェリーの指示に従い、真田と影虎が自分のコーナーへ戻っていく。

 会場の緊迫感が若干薄れた。

 

「はぁ……」

『2ラウンドを終えて、どうですか?』

 

 影虎のセコンドとして、周は問いかける。

 

『問題ありません』

『2ラウンド目は押されていたようですが』

『少し驚きました。前に一度戦ってから、トレーニングをしているとは聞いていました。でも予想以上に彼が強くなっています』

 

 ただし、体へのダメージはさほどでもない。

 防御に集中する事で最低限に留めた。

 

『次のラウンドからの対策は?』

『考えている事があります』

『なら大丈夫。その力を発揮してください』

 

 汗を拭い、水で口をゆすぐ。

 合間に挟む休憩時間は短い。

 

「セコンドアウト!」

 

 再び二人がリング中央で相対し、試合開始のゴングで動き出す。

 

「さあ始まりました第3ラウンおおっと!? 葉隠君の構え、いえ……立ち方が少し変わりましたね。前に出した足が、つま先立ちになってます」

「あれは“猫足立ち”ですね。空手の立ち方の1つで、次の動作に移りやすい構えと言われていますが……何が狙いでしょうね? そしてこの判断がどう出るか」

 

 解説の声が止まった瞬間、影虎が距離を詰めた。

 これまでよりも大胆に、強く地を蹴り体を前へと押し出していく。

 それを真田は変わらぬアウトボクシングのスタイルで迎え撃つ。

 三度始まった激しい攻防。ここで真田は違和感を覚えた。

 

(妙だな……何かが変だ。葉隠の動きが変わった? ……それ自体は別におかしくもなんともないが……)

 

 第二ラウンドは自身が優位に動いていたが、真田は影虎がそのまま易々と負けてくれる相手だとは考えていなかった。負けるにしても何らかの抵抗は見せるだろう。むしろ、そうでなければ期待はずれだと。真田はある意味で影虎に信頼を寄せていた。

 

 故に、

 

「両者互角! 第2ラウンドでは圧倒されていたと思われた葉隠選手、ここで息を吹き返した!」

 

 自分の攻撃を防がれる。攻めづらくなる。反撃を受ける。真田はどれも不思議とは思わない。

 

(それでも何かが……間違いなく違う)

 

 戦えば戦うほどに強まる違和感。その答えは不意に、耳へ届いた。

 

「強烈なボディー! だがこれはしっかりとガード!」

 

 クローブ同士の接触で打ち鳴らされた破裂音。

 それは第2ラウンドで山ほど聞いたはずの音。

 しかし、第3ラウンドに入ってからは聞いた覚えのない快音。

 

(そういう事か! 葉隠はガードが固い。だがその手法はこちらの攻撃を受け流す“パリング”と腕やグローブで受け止める“ブロッキング”だった。だから2ラウンドは散々グローブの音がした。それが今はない、つまり接触が減っている)

 

 さらに数度の攻撃を経て、真田は確信に至る。

 

(やはり……! 決定打のない状況は同じでも、防御よりも回避の割合が増えている!!)

 

 それは自身の動きが見切られている証拠でもあった。

 

「おっとぉ~? 真田選手の動きが鈍った。ここまで激しく攻め込んで疲れてきたか?」

「ペース配分のミス、だとしたら苦しくなってきますね。学生らしいといえばらしいですが……ボクシングに限らず格闘技の試合というのは、自分のスタミナをどう使うかが非常に重要です。熱くなってはいけません」

(単純に警戒が強まっただけだと思うけどな……)

 

 真田が違和感の正体に気づいた時、影虎はそれを真田のオーラから察した。

 

(気づかれたとしたら、慣れてしまわない内に仕掛けよう)

 

 影虎は冷静だった。

 確かに最初は驚かされた。

 真田の成長は影虎の予想をはるかに超えていた。

 

 しかし、成長しているのは影虎も同じ。

 アメリカで学び、事件に巻き込まれ、シャドウに襲われ。

 帰国後も絶えず大小様々なトラブルに見舞われ、学び鍛え続ける日々。

 

 それらを経てこの場に立っている影虎は、真田の成長に驚きはした。

 だが、それによる心の乱れは小さく、素直に真田の成長を認める。

 

 だからこそ(・・・・・)、影虎はまず見極める事にした。

 真田の成長、現時点の力量、そして新しい技。

 決して真田を侮る事なく、それら全てを見極める。

 そのために影虎は先の二ラウンドを捨てた。

 防戦の中で冷静に、真田の動きを観察するために。

 

「!」 

 

 時計回りにコーナーを避ける真田、その一歩先に影が割り込む。

 

「回り込んだ! ここで捕まってしまった真田選手! 脱出を試みるも……葉隠選手が逃がさない! コーナーギリギリ、狭い範囲での打ち合いが始まっているー!!」

 

(くっ! 当たらん!)

(2ラウンド最後の左ストレート。動きとオーラからしておそらくあの時が全力。あの後のボディーには驚いたけど、新しいコンビネーション、フェイントのタイミングも大体把握できた)

(っ!?)

 

 真田の拳が空気を切り裂く。直後に炸裂した衝撃が頭を揺らす。

 

(ソニックパンチに対して、カウンターを狙ってきた……だと!?)

(タイミングずらされた……やっぱりカンも反応も良い。地力があるんだよな……)

「ここで葉隠選手がクリーンヒットを奪う! 真田が大きく後ずさる!」

 

 2人の間を行き交う拳。しかし有効な攻撃に偏りが出始めた。

 

「……葉隠君の動きがだんだんと良くなってきましたね」

「第2ラウンドとは真逆の展開ですね!」

「真田君の動きが悪くなったわけではないのですが、むしろまだそれほど力を隠していたのかと言いたいくらいですが……葉隠君がそれを上回っている」

「避ける! (ことごと)く避ける! 至近距離での殴り合いにも関わらず、紙一重で全て避けている!」

(せめてもう少し左右に……!)

 

 フットワークを制限された状態では不利。

 隙を見てコーナー付近から脱出を図る真田ではあるが、影虎はそれを許さない。

 直ちに真田の逃走経路を塞ぎ、打撃を浴びせにかかる。

 

 だが、

 

「なっ!?」

 

 真田は避ける様子を見せず、ガードを固めた体で打撃を受け止める。

 さらには殴られた勢いに逆らわず跳躍し、背中からロープに突撃。

 大きくたわむロープは影虎の横にわずかな隙間を作り、その弾性が真田の推進力を生む。

 

 ボクサーというよりもプロレスラーのような動きではあるが、

 

「強引に脱出ー!! ロープを上手く使ってコーナーから抜け出した!」

(逃げられた……)

「さぁここから反撃なるか!?」

「ストップ!!」

「っと言った所でゴングです!」

「「……」」

 

 2秒ほど互いに顔を見合わせて、2人は自分のコーナーへ戻る。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「体調が悪いのか?」

 

 コーナーへ戻った真田に、水を渡した桐条が問いかけた。

 

「別に悪くはない。葉隠も成長している。それだけだ」

「私はお前も強くなったと確信している。それでも届かないか」

「俺も自信はあったんだが……前回はフェアな試合じゃなかったしな、そもそもの実力を測り損ねていた可能性もある」

 

 だが、そう語る真田の表情は明るい。

 

「楽しそうだな」

「力不足を感じて悔しい部分ももちろんあるが、俺は今チャレンジャーなんだ。ワクワクしないわけがないだろう?」

「……お前のそういうところは欠点にもなるが、こういう時には美点だな」

 

 呆れの中に安堵の混ざる声色で桐条は言う。

 

「ここからの策はあるのか?」

 

 その問いに、真田は笑う。

 

「全くない。体力は残っているが、技術に関しては2ラウンドまでに見せすぎた。それに動きを覚えられたらしい。俺の攻撃は避けられてばかりだ……さっきの逃げ方も葉隠がリングに不慣れだったからだろう。二度目があるとは思わない方がいい。後はもう全力でかかる。試合は最後までやってみなければ分からんからな」

「そうか……なら1つ、気になった事がある。参考になるかは分からないが」

「教えてくれ」

 

 真田は耳を傾けた。

 

「攻撃が避けられると言ったが、私には葉隠が攻撃を避けているようには見えなかった」

「どういう事だ?」

「これは私の主観だが、葉隠の動きが小さくてあまり避けているように見えなかったんだ。どちらかといえば明彦が何もないところに攻撃をしているように見えたな」

「何もないところに……?」

「葉隠の動きについていけていないようにも見えた。だから体調でも悪いのかと――」

「セコンドアウト!」

「――時間だ、とにかく悔いのないように行ってこい」

「もちろんだ!」

 

 立ち上がり、気合いを入れ直す真田。

 

(何もないところ、動きについていけてない。ただ単に俺が遅い……違うな、確かに葉隠は身軽で動きも速いが、それだけではない気がする)

 

 反撃の糸口を求めてめぐる思考。

 明確な答えの見つからないまま、第4ラウンドが始まった。

 

「ファイッ!」

「試合は二転三転、手に汗握る白熱の展開! そして始まった第4ラウンド、先制は葉隠だ! 今度は真田が防戦です! コーナーを避けてリング中央付近で戦うようだ」

「先ほどあったように、一度捕まると危ないですからね。賢明な判断でしょう」

(……!)

 

 試合開始から十数秒のやり取りで、真田は桐条の言葉を確かめた。

 

(本当に動きが小さい。上半身がほぼ同じ姿勢のままだ。……だから避けられた気がしないのか? 俺はこんなにも動かされているというのに…………!!)

 

 相手の力量を認め、自分との比較。

 それは突如としてひらめきを齎した。

 

(葉隠は上半身の動きが小さすぎる。攻撃を避けているが、“ダッキング”や“スウェー”じゃない。上半身が動かないなら……秘密は“フットワーク”!)

「勝負をかけたか!? 再び真田が攻めに転じ」

「ガハッ!?」

「あーっと返り討ち!! 強烈な一撃!」

 

 果敢に攻め込み、逆に強く顎を打たれた真田は足がふらつき、

 

「ダウン! ニュートラルコーナーへ!」

「本日の試合初めてのダウン! 葉隠選手がまず1ダウンを奪いましたが、真田選手は大丈夫でしょうか?」

「……」

 

 リングに倒れた真田。試合復帰は可能か否か。

 影虎はカウントをコーナーから油断なく眺める。

 

(気づかれたな。間違いなく。でも手応えはあった。このまま立たないでくれれば)

「スリ、!!」

「立ち上がった! ファイティングポーズも取れている! まだ心は折れていない!」

(……とはいかないか)

(ようやくタネがわかったんだ、まだやるに決まってる!)

 

 視界が揺れ、足元が柔らかく感じながらも真田は立った。

 己が持てる力を、最後の一滴まで相手へ叩きつけるために。

 

「ファイッ!」

「!!」

 

 試合再開。

 間髪いれずに影虎の猛攻が始まる。

 

「出たーーー!! 葉隠選手の翻子拳! 猛烈な連打を浴びせにかかる! 大ダメージを与えたチャンスを逃す気はないようだ! そして迎え撃つ真田! リング中央で激しく打ち合うがやはり苦しいか!? 懸命にワンツーを連発! 前に、前に出ようとしている!」

「足もあまり使えていませんし、視界が揺れてるんでしょう。攻撃もやや大振……おや? 葉隠君のガードが増えた……?」

「確かに……」

 

 解説者の呟きに、試合を見ていた撮影スタッフの口から同意がこぼれた。

 事実、ダウン以前よりやや荒い攻撃にも関わらず、真田の拳は影虎を捉える割合が増えている。

 

「なぁ、葉隠君の歩き方、何かおかしくないか?」

「そうですか?」

「足の向きっつーか、たまに変な方向に動いてる気がする。ほら今も」

「足滑らしたとかじゃ……なさそうですね……」

「あれってアレじゃないですか? この前の撮影で」

 

 ここで真田と同じくスタッフも影虎の足元へ注目。

 その結果、1つの単語が彼らの頭に浮かぶ。

 

「やっぱりアレだよな?」

「ほんの一瞬ですけど、“ムーンウォーク”っぽい動き方してますね」

「……いや、あれダンスだろ?」

 

 ムーンウォーク。前へ進むような動きで後ろへ進む、言わずと知れたダンスの超有名技法。

 

(ダンスに疎い俺でも知ってる。前に進むと見せかけて(・・・・・)本当は後ろに進むステップ。同じか知らんが、見た感じ左右にも行けるらしいな? それを普通の構えと移動に織り交ぜて、微妙に距離感やタイミングを狂わせていたわけだ)

 

 真田は心の中で驚き、呆れ、そして“そこまでやるか”と感心し、影虎を賞賛した。

 試合前に“学んだ全てを使う”との宣言を耳にしていたものの、ダンスの技術を応用してくるとは考えていなかった。

 

(だが、手が届かない位置に下がっていると分かれば、それ相応の対応がある!)

 

 独特ではあるが、バックステップで攻撃を避けているのなら、その分間合いを詰めれば攻撃は当たる。真田はワンツーと足の動きを連動させ、前に進みながら放つ。

 

 結果として影虎に届き得る拳は増えた。

 しかしながら、影虎もただ打たれはしない。

 

(避けられないなら捌けばいい)

 

 届きかけた拳を受け流し、生まれた隙を逆に突く。

 

「チィッ!」

「葉隠も反撃開始! しかもこれは!」

「相手の突きをパリングしての突きですね。例の動画の再現のようです」

(物理的な攻撃は当たらなければ意味がない。ほんの一ミリでも体と隙間があれば威力はゼロ。逆に言えば、そのわずかな隙間を稼ぐ事ができれば相手の攻撃を無力にできる。たとえダンスの技術であっても、重心移動や膝の使い方は応用できる。

 体捌きで攻撃を回避、避けきれないものは受け流して反撃に繋げ、一歩攻める!!)

「さらに追撃! 猛烈な勢いだ!」

 

 呼吸を整える事で、攻撃の速度も精度も落とす事なく持続時間を延ばす。

 翻子拳を学んだ成果の1つにより、影虎の猛攻撃が始まる。

 

「葉隠君の連打が止まらない! これぞ翻子拳! 打撃の集中豪雨にさらされる真田、絶体絶命か!?」

「これはもう我慢比べですね……葉隠君は一発にすごく威力があるファイターじゃないみたいですから、若干パワー不足な面が見えてきました。ただその分、間合いの取り方やディフェンスの巧みさといった、テクニックに光る物を感じます。彼が学んだ翻子拳も彼に合っていたんでしょう、連打がとにかく凄まじい。これ普通の相手だったらもう押し負けてもおかしくないと思うんですけどね……

 真田君は圧がすごいですよ。勝利への執念と言いますか、一度負けている相手という事もあるのかもしれませんが……見ていて全く諦めていない事がわかりますよね。それに彼も技のキレが高校生とは思えません。基本がしっかりしているのでディフェンスもしっかりしています。実際に試合で体験すると分かるんですがね、ガードをしっかり固めてる相手ってのはなかなか倒れないもんですよ。ちゃんと実力がある選手がやってると尚更」

 

 膠着した戦況について語る実況者と解説者。

 二人が先の読めない展開である事を迂遠に伝える。

 

 影虎と真田の試合はまだ続く……そう思われた矢先。

 

「グフッ……」

「あっとこれは苦しいボディーが炸裂! 連打を掻い潜り狙った逆転の一撃、避けられて逆にクリーンヒット! さらに一瞬、硬直した隙に何発食らった!? まだ立っている! 立っているが一層苦しい状況になった!」

(今のは誘いか……? 避けて、流して、攻め込んでくる。その上反撃には積極にカウンターを返してくる。隙が……見つからん)

 

 打たれたボディーは肝臓付近に鈍痛を生み、じわりじわりと体を蝕む。

 酸欠のようにふらつき、働かない頭で八方塞がりの状況を再確認した真田は笑っていた。

 

(まったく、明日からも退屈していられないな……)

 

 ガードの下の目の色が変わる。

 

(いいだろう。二度目の敗北は悔しいが、俺の技量はまだ届かないらしい。素直に負けは認めよう。だから……今日はこれで最後だ)

「!!」

 

 乾いた音。

 跳ね上げられた拳。

 一瞬、遅れの生じる連打。

 そして、猛進する真田。

 

(これが、今の俺の全力だ!)

 

 燃え尽きる直前に最も激しく燃える蝋燭の如く。

 残された力を最後の勝機に注ぎ込み、放たれた渾身の左のストレート。

 それはこの日放たれたどの一撃よりも速く、そして重かった。

 真田明彦というボクサーが全てを込めた執念の一撃は、恐るべき速さで影虎の目前に迫る。

 

 その様子を、真田は時の流れが遅くなったかのように鮮明に見ていた。

 そして自分の拳の隣へ一本の腕が捻り込まれる瞬間も目にした。

 

(空手の回し受け、か?)

 

 この試合に臨むにあたり、対戦相手を研究するために仕入れた知識とは似て非なる動き。

 感じた疑問は瞬く間に納得へと変わる。

 

 手の甲を見せつけるほどに捻り上げられた状態で、自分の拳に添えられた拳。

 その捻りが解かれる過程、回転に巻き込まれた自分の拳が目標から逸れていく。

 対して、捻りの解かれた相手の拳はそのまま自分に迫る。

 

(受け流しとカウンターを同時に――)

 

 強い衝撃が真田の顔面を襲った。

 着弾の直前、無意識に残された右でガードをするも、ガードごと押し込まれのけ反る体。

 左腕は伸びたまま、右腕は封じられ、もはや完全にガラ空きの状態。

 

(――今だ――)

 

 最後まで全力で抵抗を示した真田に対し、影虎も最後まで全力で応えた。

 本来であれば複数の敵に向ける攻撃を、たった1人に。

 眼前の、死力を尽くして自分に食らいついた相手に収束させる電光石火の8連打(・・・)

 

(……お前の技……この目に焼き付けて……だから……次こそは……勝、つ……)

 

 8打全てを余すことなく受けた男は、それまでの激戦とは対照的に。

 その場に静かに崩れ落ちた。



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233話 試合後の……

 試合終了後

 

 ~部室~

 

 撮影の全てが終わり、スタッフさんも撤収作業を進めている頃。

 

「いやー葉隠君、良かったよ! 手に汗握る素晴らしい試合だった」

「ありがとうございます」

「解説の人も言ったけど、とてもアマチュアとは思えない見ごたえのある試合だったよ。これなら放送にも十分使えるし、今後にも期待が持てるね!」

「それは良かった。特に問題ないですか?」

「そうだね。試合後のコメントもしっかりもらったりし、君がどれだけ貪欲に技術を身につけようとしているかも視聴者に分かってもらえると思うよ。

あ、話は変わるけど明後日、スタジオ撮影だからね」

「はい。内容は今回の結果の発表と聞いています」

「そうそう、細かいスケジュールは近藤さんに伝えてあるし、もう3度目だから注意する事もないか。いつも通りお願いね」

「こちらこそよろしくお願いします」

 

 そうだ、次回の課題についても聞いてみよう、

 

「次回の撮影開始はいつ頃になりますか?」

「その事だけど、できれば今月の15~17日の間には始めたいな。試験期間か、期間が終わってそのままになると思うけど……どうかな?」

 

 勉強に不安はないので、そう伝える。

 

「本当かい? だったら是非お願いしたいよ。近藤さん」

「はい、後ほど詳しく話を詰めましょう」

「わかりました。こちらも会議と準備があるので、夜に連絡させていただきますね。ちなみに葉隠君、課題は次回も中国拳法になる予定だよ」

 

 今回の試合で露呈した“パワー不足”という俺の弱点を補ってくれそうな先生を、周先生が紹介してくれる事になったらしい。

 

「ただその先生、超厳しい人らしいんだけど……大丈夫だよね?」

「大丈夫だと思いますが……そんなにですか?」

「僕も聞いた話なんだけど、その先生の指導に耐え切れず逃げちゃうお弟子さんが多いらしいよ」

 

 だったら心してかかる必要がありそうだ。

 

「あ、それでもやってくれるんだ」

「ちゃんと指導はしてもらえますよね?」

「うん、腕は抜群だそうだよ。なんでも中国武術基金会随一の達人だとか」

「であれば問題ありません」

「ありがとう。快諾してくれて助かるよ。それじゃあまた明後日、テレビ局で」

「お疲れ様でした!」

 

 上機嫌なプロデューサーが帰っていく姿が見えなくなると、なんだか気が抜けた。

 

「お疲れ様でした」

「防衛成功おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「しかし……それにしては顔色が優れませんねぇ?」

「……試合を振り返ってみたら、なんだか気が抜けてしまって」

「ほう?」

「……先生、近藤さん。今日の試合を見ていてどう思いましたか?」

「十分にリラックスして、力を出せていたと思いますが」

「ヒヒ……私も同意見です」

 

 俺もそう思う。

 

「真田は強かったですよ。油断していたら危ない相手です。それは絶対に間違いないです。……だけど今日の試合を振り返ってみると……正直、割と余裕がありました」

 

 真田にも意地があったはず。

 前の試合の時より強くなっていると感じたし、最後まで諦める事はなかった。

 それでも前ほど追い詰められる事がなかった。

 かなり粘られたけれど、常に優位に立てていたと思う。

 周囲からどう見えたかは知らないが、適度な余裕を持ったまま戦えていた。

 前はギリギリ勝ちをもぎ取ったのに。

 

「なんと言えばいいのか……勝てて嬉しい。自分が成長している。そういう喜びはありますし、自信もついた気がします。だけど何でしょうか……ほんの少しだけ、虚無感? のようなものを感じます」

 

 以前は試合後に大量のスキルを習得し、試合の中で大きな成長を感じた。

 しかし今回はそれもない。

 唯一、夏休みに手に入れていた“カウンタ”が上位の“ヘビーカウンタ”に変化しただけ。

 それも成長と言えば成長だが、ちょっと慣れた程度に感じてしまう。

 

 この気持ちを、自分の感じる事を可能な限り言葉に変換すると、

 

「ふむ……どうやら君の中で、真田君との試合はなかなかに大きな事だったようですねぇ」

「先生の仰る通りだと私も思います。目標を達するという事は、力と熱意を注いできた何かを終わらせる事でもあります。そこに一抹の寂しさを感じているのでは?」

「そうなんでしょうか……?」

「ヒヒッ! それに疲れもあるでしょうねぇ。あれだけ激しい試合をしたのです。今日のところはもう帰って体を休めてみるといいでしょう。明後日にはまたTV局で撮影なのですから」

「さらに来週からは試験期間に、新たな課題に取り組む事になりそうですし、まだまだ忙しい日が続きますよ」

「……それもそうですね!」

 

 しばらく行けてないタルタロス探索も再開したいし、やらなければならない事は沢山ある。

 言われた通り、今日は帰ってゆっくり体を休める事にしよう。

 

 あ、夕飯は外で食べていこう。寮の食堂だと今日の結果を聞かれてうるさいだろうし。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~自室~

 

 メールチェックをしていると、久慈川さんからメールが届いた。

 どうやら勉強の事で質問があるようだ。

 今来たという事は、起きているだろう

 

「もしもし久慈川さん? メール見たよ」

 

 電話越しに問題を解説。

 

『そっか! あれがこうだから……答えは1番!』

「はい正解! 文章題は長くて複雑そうに見えるけど、内容を一つ一つちゃんと理解すればヒントは十分に入ってるはず。まず内容を理解してポイントをつかむ。そうして問題を単純にしてしまえば、1人でも解けると思うよ。ここまで聞いてた感じ、久慈川さんは単純な問題ならしっかり解けてるみたいだし」

『それはもちろん! 私だってやるときはやるんだから。でもありがとう先輩、おかげですっきりした!』

「どういたしまして」

『は~……これで心置きなく眠れるよ~』

 

 今日の勉強はこれで終わりのようだ。

 用が済んだらさよならと言うのもあれなので、昨日の番組の事を話題にしてみる。

 

『見てくれたんだ』

「自分も出る番組なんだからチェックはするさ」

『そこはお世辞でも私が出るから、って言うところじゃない?』

「ははは……でもしっかりやれてるようで良かったよ。緊張してるのも伝わったけど、トークはしっかりしてたし。放送後の評判もいいみたいじゃない」

『うん、私も井上さんからそう聞いた』

「アイドルレッスンにピアノのレッスンも入って大変だったろ?」

『う~ん……ピアノのレッスンはそうでもなかったよ。先生はいい人だったし最後には行ってよかったと思えたし。アイドルとしてのレッスンはいつもの事だから』

 

 ? 急に久慈川さんの歯切れが悪くなった。……もしかして、

 

「スタジオ撮影で何かあった? 一緒に出てた佐竹に何か言われたりとか」

『……先輩、何でそこまでピンポイントにわかるの?』

「大変だったろうって聞いて急に歯切れが悪くなったから、何かあったんだろうと。後はレッスンが平気だったならスタジオ撮影かと思って。佐竹に関しては前回の撮影の時に俺も会っててさ、正直あんまり良い印象がない」

『先輩もなんだ……実は私も。最初に顔合わせした時から上から目線っていうか、自信過剰な感じがしたんだけどね。撮影の途中で休憩が入った時に、何かご両親が見に来てたみたいなの』

「ああ、有名タレントの? 俺、最初にあった時思いっきり自慢されたよ。有名タレントの息子でどうたらこうたら。聞いてもいない事をペラペラ喋って、最後に君は? って」

『それ私も言われた! あれすっごく嫌な感じだよね! それはあなたが凄いんじゃなくて、お父さんやお母さんがすごいんでしょう? って言いたくなったもん』

 

 だいぶ鬱憤を貯めていたようで、どんどん出てくる。

 

「俺も思ったよ。で、その両親がどうしたって?」

『それがね? 休憩中にずんずんスタジオに入ってきて、出演者皆に挨拶してたの。“うちの子なんです。よろしくお願いします”って。それがただの挨拶ならいいんだけどさ……

 ご両親に業界内での影響力があるらしくて、そこからはもう息子さんに下手な事言えない! 知らなかったじゃ済まされない! みたいな雰囲気になっちゃって、すごい重苦しかったんだよね……特に若手芸人さんは萎縮しちゃって、お通夜状態?』

 

 うわー……想像できてしまう。

 

「大変だったなぁ……」

『先輩との撮影とは雰囲気ぜんぜん違って変に疲れたー……あっ、でもね? 司会者の島さんだけは毅然としてて凄かったよ。家族全員にまとめて、それとなく“現場の雰囲気を悪くするな”みたいな事も言ってたと思うし……』

 

 島さんか。彼は芸歴も長いし、圧力に対抗できるのだろう。

 芸能界の力関係というのはまだよくわからないが、久慈川さんは嘘は言わないだろう。

 今の発言は彼女の本心から出た言葉に聞こえた。

 

 ……もし本当に佐竹一家のやり方を快く思っておらず、対抗する力もあるのなら……

 万が一の場合は彼の協力を得られる関係を作っておけば心強いな。

 後で近藤さんに伝えておこう。

 

 いい情報を教えてくれたお礼に、久慈川さんにも軽くほのめかしておく。

 ついでに1つ、将来への布石を……

 

「それはそうと久慈川さん。散々話させてから言うのもなんだけど、発言と相手には気をつけろよ?」

 

 正直、今の会話は俺の方から悪口につながる発言をして、彼女が話しやすいよう仕向けた。

 だけどもし俺が悪意を持って、この話を相応の場所に広めたりしたら……

 そういう人間も世間にはいる。彼女にはそんなつまらない事でつまづいてほしくない。

 

『うっ……』

 

 漏れ聞こえるうめき声。想像ができたようだ。

 

「俺は別に何も企んではいないし、この件で久慈川さんを脅そうとも思わない。けど、世間には利益目的や単純に楽しむために悪口や秘密をばらまく奴もいるから、気をつけてくれよって話だ。

 俺もここの所“鶴亀”って雑誌に目をつけられてるみたいでさ……」

『そういえば……あれって今も続いてるの?』

「夏休みのあたりでばっちり対応したのが効いてるのか、表立ってインタビューとかは来なくなった。けど今度は裏でこそこそ動いてるみたいなんだよ」

 

 地元で元同級生にインタビューしてたり、こっそり文化祭に潜入して記事書いてたり。

 

『先輩も大変なんだね』

「慣れてきたけどな……まぁ、だから愚痴を言いたくなるのも分かる。それにずっと溜め込み続けていたら、それはそれで心と体に悪い。だから愚痴を言うなとは言わないけど、相手を選ぶようにな。もし俺でよければいつでも話は聞くよ」

『わかった。先輩ありがとね! でも相手としてはどうかな~? 先輩ってたまに意地悪だしな~』

 

 声に明るさが戻った。オーラは見えないが、からかうように言えるなら大丈夫か。

 

「おいおい……まあ候補の一人にでもしておいてくれればいいさ。俺の場合は江戸川先生や近藤さんに話してるし、久慈川さんならまずマネージャーの井上さんに話すのもいいだろうし」

『それもそ、ちょっとごめんなさい』

 

 どうしたんだろう?

 漏れ聞こえる音から察するに、電話の向こうで誰かと話しているようだ。

 

『おまたせ!』

「何かあったの?」

『お母さんがちょっと。こんな時間に何を長話してるんだって』

 

 言われてみれば、確かにそんな時間だ。

 

「今日はこのくらいにしておこうか」

『うん、それじゃまたね』

「仕事頑張れよ、りせちー」

『りせちー?』

 

 ……うっかり"りせちー”と呼んでしまった。別にいいか。

 

「将来的に久慈川さんはそう呼ばれるようになるよ。それをちょっと先取りしただけ」

『え~……私もっと大人っぽいのがいいな~……りせちーって、なんかロリっぽくない? これから高校生、大学生にレベルアップしていくのに将来的にそれってどうなの?』

「そこまでは知らないよ。文句ならそんなキャラ付けして売り出す自分の事務所に言ってくれ」

『……わかった。じゃあもし本当に事務所からそんな提案がきたら、バシッと言ってやるんだから!』

「えっ!? マジで!?」

『決めたもん。絶対決めたもん! じゃあそういう事で、先輩おやすみなさ~い♪』

 

 何か言う前に電話を切られてしまった。

 冗談だとは思うけど、もし本当にりせちーを本人が拒否したらどうなるんだ?

 

「呼び方がりせちーじゃなくなる? ……ヤバイ、想像つかない……」

 

 彼女の芸能活動に、悪影響がない事を祈る……



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234話 知らぬは本人ばかりなり

ペルソナ3ダンシングムーンナイト&ペルソナ5ダンシングスターナイト本日発売!
個人的にお祝いの気持ちを込めまして、今回は四話を一度に投稿しました。
前回の続きは三つ前からです。


 同日

 

 夜

 

 ~メゾン・ド・巌戸台~

 

「……私は直接その様子を見てないけれど、可能性は十分にあるわね」

 

 この日の夜。

 サポートチームの拠点では、サポートチームのリーダーを務める近藤。

 医療関係を担当するDr.キャロライン。そして江戸川の3人で密談が行われていた。

 

 その内容は、試合後の影虎の様子。

 

「では、現在の葉隠様には“バーンアウト”の可能性あり。本部にもそう連絡させていただきます。しばらくはこれまでよりも慎重に様子を見ましょう。本人への説明は本人が自分で気づいた時、あるいはその必要が認められた場合とします」

「異存ありません。そのうちに治る軽度の可能性もありますし、ヘタをすれば余計な努力をしてしまいかねませんからねぇ」

「でもちょうど芸能活動に力を入れようという話になったんでしょう? 格闘技以外の仕事も入ったとか。普段やらない事をやるのも治療には有効よ」

「活動の幅を広げる中で解消されれば良いのですが……一時的に本部での活動も視野に入れておきましょう。選択肢は多い方がいい」

 

 こうして本人のいない所で、影虎のバーンアウト治療計画が話し合われている。

 

 “バーンアウト”

 

 それは日本では“燃え尽き症候群”などと呼ばれる症状。

 “大きなストレスを持続的に受ける事による衰弱”

 “精力的に活動していた人の突然の無気力化”等々……

 スポーツにおいては試合後の選手が罹り、復帰の遅れや引退に繋がる事も多い。

 

「……彼が悪いわけではないけれど、来年へ向けての準備段階でこれは不安要素ね」

「確かに。ですがある意味当然かもしれません。影虎君は16年間、そのほとんどの時間を一人でやがて来たる理不尽な死を見据えて生きてきたのです。唯一の可能性は“力”……

 そして真田君は彼の知る未来で、シャドウに対抗しうる人間の1人。彼への勝利……それも対等な条件の下、正面から余裕を持って。これはすなわち影虎君が、彼らと対等以上にシャドウに抵抗できる力を手に入れているという証明……そう考えて差し支えないでしょう」

「資料によりますと……彼のペルソナが“ルサンチマン”と変化した折、“力はもう十分に備えただろう”と語りかけられた、とありました。そして本日、十年来の目標を明確な形で達成してしまった」

 

 “暴走”

 

 3人の頭にその一言がよぎる。

 

「……問題はそれだけじゃないわ。Dr.江戸川、こっちのデータに間違いはありませんね?」

「ええ、間違いありません。彼に新しい薬を投与した際の観察結果に、本人からの感想です」

「何度見てもおかしいわ。疲労回復効果はちゃんと出ているのに、どうしてこんなに睡眠時間が短いの?」

「薬剤耐性が徐々に強化されているようですねぇ……代謝の活発化、細胞レベルでの抵抗性の増大。この辺りが可能性としては高いかと」

「疲労回復の効果はそのまま、睡眠の副作用だけ? ……結果は結果として冷静に受け止めるけれど、個人的な意見を言わせて頂戴。都合が良すぎるわ」

「ヒヒヒ……今に始まった事じゃありませんねぇ。食事量の増加。体脂肪の減少。脳の異常発達。この一年で色々と確認してきました……気になるというだけなら語れる点はまだまだありますが、彼はペルソナという非常識かつ未知の存在をその身に宿している。どんな影響があってもおかしくはありません」

「そうかもしれないけれど……」

「お気持ちはわかります。私も現場を離れたとはいえ医師のはしくれでしたから……検査で十分に患者の状態が把握できなければ、致命的な異変が起こった場合の治療が難しくなりますからねぇ……」

 

 Dr.キャロラインは黙して頷き、近藤へ視線を向ける。

 

「検査と治療の拠点を用意すると聞いていたけど」

「医療関係は手続きも複雑化していまして……企業立病院の新設、既存の病院の買収。様々な方面から準備を進めていますが、流石にまだ用意に時間がかかります。どんなに早くとも11月頃まではかかるでしょう。今ある機材でどうにかなりませんか?」

「残念だけど無理ね。私たちが調べた範囲では体に異常は見つからないの。簡易の機材じゃ無理よ。葉隠君だけでなく、天田君にも急激な運動能力の向上が確認されているけど……そちらも健康状態と検査結果、共に異常は出てこないわ」

「おそらく、夏休みに影虎君が入院した病院と同程度の専門的な設備が必要でしょう。脳の発達はMRIで本格的な検査をしたところ確認できましたし。十分な機器を使えば発見できる事もあると思います。桐条グループも、かつて人工島に巨大な研究施設を作っていたという話ですからね」

「……でしたらスケジュールを調整し、本部が手を回している病院に検査入院させましょう。一週間程度であれば空ける事は可能です。あちらなら機材は揃っていますし、安全も確保されています」

「お願いするわ。悪いけど。手元にある機材だけじゃどうにもならなそうだから」

 

 こうして3人は、本人の知らぬところで心身についての相談を続ける……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~巌戸台分寮・作戦室~

 

 一方その頃、影虎に敗北した真田とセコンドを勤めた桐条。そして特別課外活動部の顧問であり、理事長でもある幾月修司の3人が寮の作戦室へと集まっていた。

 

「来たか、明彦」

「遅くなってすまん。病院の検査が長引いてな」

「体調は大丈夫かい?」

「平気ですよ幾月さん。病院の先生も問題ないと言っていました。まぁ、一週間ほど練習は控えるようにと言われましたが……ところで今日は何が? わざわざ集合をかけるなんて」

「……その件を話す前に、私は1つ謝らなくてはならない。まずは座ってくれ」

「美鶴……?」

 

 桐条の様子に疑問を抱きながら、気を引き締める真田。

 作戦室の机を挟み、桐条と対面する席に着く。

 

「突然謝ると言われても見当がつかないが……」

「もちろん説明からさせてもらう。以前、葉隠がペルソナ使いの素養を持っている可能性があるのではないか? と話した事を覚えているか?」

「そんな事もあったな。根拠も証拠もなく、予知能力などの信憑性の低い話があるだけだったはずだが……まさか本当にペルソナ使いなのか!?」

「落ち着いてくれ。それはまだ分からない。それを確かめるために、私は今日の試合を利用した」

「具体的には」

「影時間の適正とペルソナの素養を調べるには二つの検査がある。一つは対象者の細胞サンプルを用いて解析する検査。もう一つは特殊な測定機器により、対象者が保持しているエネルギー量を計測する検査だ。

 私はそのエネルギー測定機器を昨夜のうちに試合会場の出入口に設置させ、入場の際に葉隠のデータを採取させた。もう1つの検査は通常血液で行うが、多少精度が落ちて良いのであれば毛髪でも可能らしくてな。撮影のために葉隠を担当したメイクの道具から隙を見て毛髪も採取させた」

 

 桐条が包み隠さずに事実を淡々と言い終わると、作戦室に沈黙が流れる。

 

「……それだけか?」

「それだけだが……怒らないのか?」

「確かにそういうやり方は好きじゃない。が、シャドウに関する美鶴の熱意は十分に知っているつもりだ。ペルソナ使いの重要性も、この特別課外活動部が慢性的な戦力不足だという事もな。

 思うところがないとは言わないが、試合内容に影響がなければまだ許せる……それとも何か妨害になるのか?」

「それはないと誓う。毛髪の採取はもちろん、計測機器も心身への副作用がない事を事前に私自身が確認している」

「なら、やかましくは言わん。だが、次にそういう事をする時は事前に一声かけてくれ。裏でこっそりやられるのは気分の良いものじゃない」

 

 そう言う真田を驚いたように見つめる桐条。

 

「本当に物わかりが良くなったな……約束しよう。次からはちゃんと話してから実行する」

「ならこの話はこれで終わりだ。……で、結果はどうだったんだ?」

「それはまだわからない。採取したデータと毛髪はラボに送ってある。そろそろ解析が終わって結果も出るはずなんだが……理事長」

 

 返事の代わりに機材を操作する幾月だが、

 

「……まだみたいだね」

「そうですか」

「血液じゃなくて毛髪を使って検査してるからね……」

 

 血液を使う検査法は、桐条の研究員が研究を重ねて完成させた最も効率が良い方法。

 そして現在の主流である。

 対して毛髪は使えはするが最先端とは言い難く、手間もかかる。

 

 幾月はそう説明しながら両手を軽く上げ、待つしかないとおどけてみせた。

 

「それにしても驚いたね……こんな言い方はどうかと思うけど、真田君がまた負けるとは思わなかったよ」

 

 言われた真田は苦笑する。

 

「俺も勝つつもりでしたが、あいつの方が一枚も二枚も上手でした。必死に食らいつく俺に対して、あいつはまだ余裕があった」

「……信じられないね。あの試合から真田君は急成長したのに」

「成長したのはあいつも同じでした」

 

 戦い方の変化。

 変わらず堅牢な防御。

 織り交ぜられたダンスのステップ。

 さらに速く、持続する連続攻撃。

 真田は自分の感じたすべてを語る。

 

「試合前に“学んできた全てを使って戦う”とは言っていたが、まさかダンスまで加えてくるとは思わなかった。試合の後で聞いたら、2ラウンド最後のアレも“パンケーキ”とかいうダンスの技だったらしい。あの時は咄嗟だそうだが」

「ははは……彼は真田君とはまた違った方向で貪欲だね」

「結果次第だが、葉隠が仲間になってくれれば心強いな」

「しかし美鶴、どうやって勧誘する気だ? こちら側に引き込むなら事情を説明をして、密かに適性検査を行った件も話さなきゃならないだろう? 信じがたい話はお互い様としても、無断でやったのはやはり悪印象じゃないか?」

「そう、だな。確かにそうだ。疑惑を確かめる事ばかり考えていた」

「……美鶴。今だから言うが、お前もシャドウが関わると割と冷静さを失うよな?」

「くっ、他人の事は言えんか」

「まぁまぁ、っ! 桐条君、結果が届いたよ!」

 

 音を立てた機材に注目が集まる。

 

「そっちの画面に表示するよ。えっと……まずは比較対象として、桐条君。そして真田君のデータだ」

 

 幾月がファイルを開くとともに、画面に溢れ出すグラフの数々。

 そして最終的に2つの数値が表示された。

 

 “桐条美鶴 影時間適正値・75 ペルソナLv.16”

 “真田明彦 影時間適正値・73 ペルソナLv.25”

 

「私もそれなりに鍛錬は積んでいるつもりだが、やはり明彦には敵わんな」

「桐条君はペルソナを使わない活動にも時間を裂いているからね、それでこの差なら十分じゃないかい?」

「美鶴、この数値はどう見たらいい?」

「おや真田君は初めてだったか、ここは僕から説明しよう。

 まず左の影時間適正値。これは読んで字のごとく影時間への適性の高さを表す数値だ。基準としては40台後半で影時間を知覚し始め、50以上になると影時間での活動が可能になる。ただしそれは影時間に出入りできるというだけで、ペルソナ使いになるには60以上の適正値が必要と考えられているよ」

「なるほど。では“ペルソナLv.”とは?」

「そっちは機材で計測した体内のエネルギー量の事だね。ペルソナを召喚したり、魔法や技を使う時には必ずエネルギーを消費する。それをどれだけ持っているかをペルソナの強さを図る基準としているんだ。ペルソナによって得意不得意、使える魔法の属性、技は千差万別だからね。エネルギー量を基準とする事でそういった差異に関係なく、特殊なペルソナ使いの力も平等に測るんだ。

 ちなみにLv.1に満たないエネルギー量だとペルソナの召喚はできない。つまりペルソナ使いとしての条件は“適正値60以上、Lv.1以上”となるわけだね。それを踏まえて……これが葉隠君のデータだ」

 

 画面上に表示されたファイルの上にカーソルが移動。

 作戦室に緊張が走る。

 

「開くよ?」

 

 そしてファイルは開かれた。

 

「!!」

「こ、これは……」

「理事長、この結果に間違いは無いのですか?」

「検査は十分に信用に足る精度だよ。検体の取り違えの可能性もないだろう。僕が直接ラボまで持って行ったからね。これは正真正銘、葉隠君のデータだと思っていい」

 

 “葉隠影虎 影時間適正値・22 ペルソナLv.41”

 

「レベルが私の倍以上、明彦でも16の差があるだと……」

「葉隠はそれほどに強いという事か」

「ん~……これはあくまでエネルギー量の計測結果だから純粋な戦闘能力とはまた違うけど、彼が膨大なエネルギーを秘めている事は間違いないね。その量は十分にペルソナを召喚し、戦闘タイプなら大きな戦力になるだろう。ただし、それはペルソナが召喚できればの話だ」

 

 幾月は適正値の項目を指し示す。

 

「影時間の適正値が22というのはかなり低い、一般人でも大体30が平均だからね……これだとペルソナの召喚は疎か影時間を知覚する事もできない。言い方は悪くなるけど、宝の持ち腐れだよ」

「葉隠に適正はない、と」

「残念だけどその通りさ。適正値を上げるトレーニング方法もあるにはある。でもここまで低いと影時間を知覚できるようにするだけでかなりの時間がかかるだろうし、適正値が低くてレベルが高い人は暴走のリスクが高いんだ」

 

 “暴走”

 

 その言葉を耳にした二人の表情が強張った。

 

「レベルが高ければ召喚したペルソナはまず強力になる。だけどそれ相応に制御も難しくなってしまう。それを安定させてコントロールする能力、それを表すのが適性値でもある。適正値とレベルの乖離が激しくなるほど暴走しやすいと考えてほしい。

 この結果を見るに……彼は適正値が低過ぎてペルソナを召喚できないだろうから、そっとしておく分には問題ないだろうけどね。……ただ、下手に訓練を受けさせて万が一使えるようになれば」

「暴走する」

「その通り。そうと決まったわけじゃないけど、荒垣君よりもその可能性は高そうだね……レベルを見てからだと非常に残念だけど、彼を引き入れるのはリスクが高い。僕たちにも、彼にもね」

「……」

 

 肩を落として黙り込む桐条。その後ろから真田が問う。

 

「単純な疑問ですが、適正値が低くてレベルだけ高いという事は、よくあるんですか?」

「レベルが召喚可能に達してる人は珍しくもないよ。体内のエネルギー量は心と体を鍛えていれば高められるみたいでね、桐条の警備部の人員も必要量に達している人は多いし」

「なら葉隠のレベルが高くても変ではないのか……」

「ここまでのレベルだと珍しくはあるけど、彼は色々あったようだしね……彼が本気で体を鍛えていることは疑いようがないし、実際に真田くんに二度勝利していることを考えると、不自然な結果とまでは思わない」

「……やはり、命がけで鍛錬をすると伸びるのだろうか」

「おい待て明彦、今何を言った? タルタロスの探索は許さないぞ。そうでなくても危険なトレーニングは禁止だ」

「分かっている。ただ今日の試合で“スレッジハンマー”という新しいスキルが身についてな。あいつと本気で戦うとその度に成長を感じられる。だから全力とか、死ぬ気でやるとか、そういう事が何か急成長に関係があるんじゃないかと気になっただけだ」

 

 訝しむ桐条と苦笑いで弁解する真田。

 二人は既に“影虎を特別課外活動部に入れる”という考えを捨てていた。

 そうと決まれば、それ以上話す事は多くなく、

 

「葉隠君への勧誘は取りやめ、この件については黙っておく。という事でいいかな?」

「葉隠に適性がないとわかった以上、妥当でしょう。反対はあるか? 美鶴」

「無いな。私も暴走のリスクが高いと分かっていながら引き入れようとは思わん。我々の事情とは無関係でいる方が彼のためにもなるだろう」

 

 満場一致でこの日の集まりは解散となる。

 

 だがその後、

 

「桐条の特殊工作チームを急遽動かしてまで検査をしたというのに、素養があるかと思わせておいて期待はずれ。何だろうね……彼が関わる度に面倒事が増えている気がするなぁ……数値の傾向はまるで“人工ペルソナ使い”だし……被験者でない事は間違いないけれど……エネルギー量については気になるな……やっぱり君とは実験素材として会いたかったよ……」

 

 一人になった作戦室でそう呟き、機材の電源を落とす幾月がいた……




江戸川・近藤・Dr.キャロラインは秘密の会合を開いた!
影虎にバーンアウトの兆候が見られた……
影虎の体質に変化が起こっているようだ……
サポートチームには医療機材が不足している。
影虎の健康に疑いが持たれている……

桐条は影虎の適性検査を秘密裏に行った!
影虎が強いエネルギーを保持していることが発覚した!
ただし影虎に適性は無い……??
影虎はペルソナ使いとバレずに済んだ!
影虎のペルソナは暴走しやすいらしい……


※今回の“影時間適性値”や“ペルソナLv.”はオリジナル設定です。
 特にレベルはゲームのレベルを無理やり当てはめました。
 公式設定ではありませんので、ご注意ください。


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235話 抜き打ちテスト

 10月11日(土)

 

 朝

 

 ~教室~

 

「それはこのページを参考にして。そっちはxの値を代入すればいい。あとこっちは……」

 

 昨日の今日で、試合結果について聞いてくる生徒が多いので、断る理由に勉強会を開いた。

 いつものメンバーはもちろんのこと、他のクラスメートまで巻き込んで真剣に勉強をしている。

 無関係な話をしづらい空気と状況を作りあげ、面倒な質問を回避することに成功した!

 

 ただし、

 

「葉隠ーこっち教えてくれー」

「ごめん、私もお願い」

「私も!」

「助けてくれ……」

「順番に回るよー!」

 

 違う意味で忙しく、そして自分から始めたため、逃げるわけにもいかなくなった……

 まあ自分の復習にもなるし、人にものを教える訓練にもなるから良いけど。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~生徒会室~

 

 今日は生徒会の仕事に参加。

 桐条先輩と二人で書類整理を行っている。

 しかし……

 

「? どうかしたか?」

「こちらの書類、全部まとまりました」

「相変わらず仕事が早いな。次はこっちを頼む。やることは同じだ」

「お任せあれ」

 

 ……なんだか桐条先輩の態度が違う。

 最近は俺が予知の話をしたからだろう、疑われているような視線を感じていた。

 一緒に仕事をしていても家を気にしている様子があったけれど、今日は全くない。

 

 どうしたんだろう?

 考えられるとすれば、疑いが晴れたのだろうけど……どうしてかがわからない。

 まず桐条先輩がペルソナ使いの可能性がある人間を気にするのは分かる。

 そしてそれを放置するとは思えない。

 何らかのアプローチをしてくるか、あるとしたら現状維持で様子見だと思っていた。

 まさか俺の知らない間に何かの検査をされた?

 

 ……だとしたら俺がペルソナ使いであるということはバレたはず。

 この場でなくても、どこかに呼び出すには今が絶好のシチュエーション。

 何より新たなペルソナ使いは何としても確保したいはずだし、オーラに出るはず。

 それが全くない……いったい何があったのか?

 

「葉隠、ちょっといいか?」

「はい」

 

 呼び出しか?

 

「来週の試験後のことだが、芸能活動に重点を置くという話を聞いた。それに伴って欠席をする機会が増えるとも」

「ああ……そうですね。進級に影響の出ない範囲で時間を芸能活動に当てていくつもりです。現状は“アフタースクールコーチング”だけですが、他の番組からもお誘いをいただいてまして。

 あと今月末頃、例のプロジェクトがアメリカで正式発表されることになります。そうなると俺もまたマスコミ対応をする必要が出てくるでしょうし、少しでも経験値を積んでおかないといけないので」

 

 今朝には近藤さんから“正式発表の後、日本での取材が一段落したら、プロモーションと体のデータを取るために一週間ほどアメリカに来てほしい”とコールドマン氏から要請があったとのメールが届いていた。

 

「例のプロジェクト関係はビジネスの側面もありますし、適度に休息する時間も確保しないとさすがに体を壊す可能性もあります。そうなると放課後と休日だけでは時間が足りなくなりそうなので」

「そうか……葉隠なら心配はいらないと思うが、一応学生の本分は勉学だ。おろそかにはしないように。成績を一定以上維持できていれば、出席日数はこちらでも取り計らおう。補習での単位取得や、そのスケジュールの調整ならある程度協力できる」

「それはありがたいです」

 

 でも、何故?

 

「なぜかと聞かれると、色々だ。まず一つは単純に私の応援したい気持ち。一つは君の入学以来の出来事を思い返すと、学園の不甲斐ない対応でかなりの迷惑をかけているという点で私と理事長の意見が一致した。

 さらに君はこれまで定期テストで全教科満点で1位という素晴らしい結果を残し、運動能力も高い。クラスや全校生徒の前で演説を行い、文化祭の成功に大きく寄与した実績がある。コミュニケーション能力も高く、まさに文武両道」

 

 やたらと褒めちぎられたかと思えば……

 学校としては一人でも優れた卒業生を多く輩出したい。

 それが学校の実績となり、将来の入学希望者数に大きく影響する。

 そんな生々しい言葉が続いた。

 

「多少融通を利かせる程度で君が籍を置き続けるなら、学校経営にはプラスになると大人は考えているのさ」

「下心バリバリですね」

「そういうものさ。綺麗事で取り繕えるのは表面だけだからな。だが君を応援したいという気持ちに嘘はない。会う機会が減ってしまうかもしれないが頑張ってくれ」

「ありがとうございます」

 

 ただ、割とちょくちょく来ると思うんだけどね……

 午前中を仕事に使うから授業に参加できないだけで、部活や放課後には顔出すつもりだし……

 でも、なんとなくそれが言い出せない雰囲気がここには漂っていた……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~自室~

 

「今日の動画も良い感じだと思うよ、こうして話してる間にも再生回数がじわじわ伸びてるし」

『よかった。残りの“試験前日の応援メッセージ”は明日投稿しておくからね』

「よろしく」

 

 山岸さんと動画投稿の打ち合わせを行った!

 

 そして電話が切れると、間髪入れずにまた着信。

 何か忘れていたことがあっただろうか?

 

「もしもし?」

『こんばんはー』

「あ、中村さん」

 

 苗の注文を引き受けてくれている、愛家の看板娘。

 “中村あいか”さんだった。

 

「いつもありがとう。今週の注文?」

『それもあるけど、販売元から伝言がある』

「伝言」

『“新商品を販売する準備が整いました”』

「!!」

 

 新しい苗が手に入るのか!

 期待して続きを待つと、新しい苗は“開錠ムギ”と“ヒランヤキャベツ”だそうだ。

 

『買う?』

「お願いします。最初は少量で、いつもの苗もいつも通りお願いします」

『まいどー』

 

 “開錠ムギ”は鍵のかかった宝箱を開けるムギ。こちらは正直そんなに意味がなさそうだけど、もう一方の“ヒランヤキャベツ”はダウンと戦闘不能以外の状態異常を回復させる効果がある有用な野菜だ。

 

 利用方法はおそらく食用、料理に使えるかもしれないし、先生に預ければ薬品の材料になるかもしれない。届く日が今から待ち遠しい!!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~神社~

 

 今日からタルタロスに復帰しようと思ったら、

 

 “疲れているように見える。今日は体を休めた方がいいだろう”

 

 コロ丸がそう意思表示をしたきり、断固として神社を動かなくなった。

 決意は堅く、俺のことを考えてくれている気持ちも感じるので、今日も体を休めることにする。

 

 そんなに疲れて見えるのかな……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 10月12日(日)

 

 午前

 

 ~○○テレビ~

 

「おはようございます!」

「おはようございまーす」

「おはようっす」

 

 今日はスタジオ撮影日。

 もう顔見知りになったスタッフさんと挨拶を交わし、近藤さんと一緒に控え室で待っていると。

 

「おはよう葉隠君!」

 

 プロデューサーがやってきて、今日の打ち合わせが始まる。

 そしてこんな相談を受けた。

 

「ドッキリの仕掛人を僕が?」

「そうなんだ。一緒に撮影するのがまたIDOL23の別メンバーでさ。前回と似た感じで彼女たちの素顔を映したいんだ。前回同じグループのメンバーに仕掛けたドッキリと同じ状況を作って、あえてドッキリを疑わせる。そして彼女たちがどう動くのかを見てみようっていう企画なんだけど」

 

 以前の撮影でアイドルグループの先輩2人がやっていたように、骨伝導マイクとイヤホンをつけて、指示を受けながら動けばいいようだ。

 

「何も知らないふりをして、前回もこんなことがあったっていうことを意識させてくれれば基本的にOK。+αでいくつかやってもらおうと思うけど、前と同じでゆるい感じでいいから、バレても気にしないで」

「やってみたらどうかな? 葉隠君」

 

 せっかくのご指名だし、低いリスクで芸能活動の経験を積むチャンスだ。

 近藤さんも進めているし、やってみよう。

 

 ドッキリに同意して、さらに打ち合わせを継続。

 ドッキリと通常の収録、どちらも細部を詰めていく。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 そして収録。

 

『エーッ!!!!!』

「……これマジなん?」

「はい。暗記は得意なので!」

「いやいやいや。辞書と教科書丸暗記して習ったことない中国語身につけるって……もう得意とかいうレベル違うって! ほんまは昔からちょっとずつ習ってて得意だったって……何? この件の真偽を確かめるために、テストを用意してます?」

「テスト?」

「Если вы терпите неудачу, это лжец」

 

 どうぞ? って言ったのかな?

 突如スタジオに入ってきた銀髪の女性から差し出されたのは、ロシア語の辞書と日本製の指南書。なるほど、察した。

 

「この場でやってみせろと?」

 

 目高プロデューサーが、両腕で大きな丸を作って返答。

 

「読むのに10分ぐらい時間いただきますよ? あ、その間ひな壇でトークしてるからOK、ですか。では始めます」

 

 周りがざわめく中で速読&暗記。

 内容を整理して、実際にさっきの女性と会話をしてみせる。

 発音が問題で伝わらない場合は筆談も交え、5分ほどの会話で短時間での語学習得が可能であると証明した。

 

「というか最初の一言、“失敗すれば嘘つきです”ってひどくないですか? もー」

 

 かなり驚かせたようだが、信用されたようなので問題ないだろう。

 

 気を取り直して撮影は続く。

 

「試合中にダンスのステップを組み合わせるとか、ようやるなぁ」

「体の動かし方とか重心の移動とか、勉強になるところが多いと思ったんです。それに僕は元々“カポエイラ”をやっていたので、自分の中でしっくりきました」

「でもそれを試合で使える所まで持っていけるってのは、ねぇ。大したもんだと俺は思うわ」

 

 入念な打ち合わせのおかげで、収録は滞りなく進む……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 収録後

 

「お疲れ様でした!」

「お疲れ様ー」

 

 特に問題はなく、前回と同じように収録は終わりを迎えたが、

 

「目高プロデューサー? ロシア語の件、聞いてませんでしたけど」

 

 ドッキリの仕掛け人をやった事が、俺を油断させるための作戦に思えてきた。

 

「待って待って、ミニコーナーの方とは完全に別の話だよ。それに君の語学力をあのやり方で派手に証明しようって提案したのは近藤さんだからね!」

 

 ……近藤さんが?

 

「はい、あれは私の発案です。葉隠君は本当にできるのですから、カメラの前でも全く問題ないと確信していました。それに驚異的な学習能力を持ち、語学に堪能であることは確実に後々の利益へ繋がります」

 

 曰く、コールドマン氏のプロジェクトは規模が大きく、参加希望者は大勢いる。

 それこそプロの世界でしのぎを削り、輝かしい功績を残してきた人々も集まってきた。

 結果的にそんな彼らを押しのけるように、俺は大プロジェクトのテストケースとなる。

 発表後には疑問の声や、“コネで登用”等の誹謗中傷が来ないとも限らない。

 そうでなくとも俺の評価を高めておくことは俺自身にも、プロジェクトにもプラスになる。

 ……ということらしい。

 

「事前に一声かけて欲しかったとは思いますが……」

 

 目的や理由は理解できなくもない。

 そしてこの人、俺のできる事できない事をきっちり見極めて暗躍したようだ。

 近藤さんは味方であれば頼もしいが、敵に回すと厄介そうだ……

 

「納得してもらえたところで葉隠くん。近藤さんから聞いたんだけど、芸能活動に力を入れていくらしいね?」

「はい、そのつもりです」

「じゃあもしよかったら僕の番組にも出てくれない?  アフタースクールコーチング以外にもいくつか番組やっててさ……“ヘルスケア24時”って知ってる?」

「あ、知ってます!」

 

 芸能人が様々なメディカルチェックを受けてその結果から病気や治療法、予防法などを紹介していく番組だったはず。

 

「そうそう。葉隠君なら健康かもしれないけど、運動能力や記憶力の秘密に迫る! とか面白い企画が作れそうなんだよね」

「なるほど……」

 

 その内容はちょっとリスキーな気がする。

 どこで検査するか知らないが、桐条グループと関係する施設であれば危ない。

 それに、

 

「近藤さん」

「そうですね。良い企画だとは思いますが、葉隠くんの身体データは我々のプロジェクトにとっても重要なものでして、本部と相談の後に返答させていただきたく……」

「それはもちろん! もし可能であればで構いませんから。考えていただけるだけで十分こちらとしてはありがたいですよ」

 

 目高プロデューサーはそう言って笑い、仕事に戻っていく。

 その笑顔とオーラから、俺の芸能活動を応援してくれている事を強く感じた!

 

 しかし気のせいだろうか……

 

「近藤さん。なんだか俺が思っていた以上に、芸能活動に乗り気ですね」

 

 プロジェクトのため、サポートの一環と思っていたけれど、前より熱心になっている気がする。

 

「そうですね……仕事に対するやりがい、というのでしょうか? だんだんと面白く感じていることは否定しません」

「? なるほど……」

 

 赤と青が混ざったオーラが迸る。

 そこまで気合が入るほどなのか……とりあえず熱意はあるようだ。

 それにしても急な気がするが、ここはそっとしておこう……

 

 なおこの後、帰る途中で近藤さんが多国籍料理店に連れて行ってくれた。

 何であんな店を知っていたのか、いつ調べたのかは知らないが、滅茶苦茶美味かった。



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236話 八極拳・練習開始

 影時間

 

 ~タルタロス・16F~

 

 今日からタルタロス探索を再開。

 かなり久しぶりなので気を引き締めてと思ったが、

 

「先輩、全然手ごたえがないです」

「クゥン……」

「だよなぁ……」

 

 俺だけでなく天田もこれまでの練習で強くなっているし、コロマルも元々持っていた経験で十分戦えている。シャドウが2,3匹いても俺たちの誰か1人いれば十分、そんなのが3人も集まって行動していたら、低い階層では全く戦闘訓練にならない。

 

 素材はそこそこ集まるけれど、それにしたってもっと上層の方が良い素材が手に入りそうだ。宝石の種類も豊富になるだろう。

 

「やっぱりこの壁をどうにかして上に行くしかないと思います」

「そうなんだけど、自然に開くのを待ってたら来年になるんだよ。あと開け方も分からない」

 

 力ずくで打ち抜くことはできなくもなさそうだけど……

 

「ッ!!」

 

 オーロラの壁へ瞬く間に8連打を叩き込んでみたが、

 

「……やっぱり駄目だ」

 

 オーロラは大きな揺らぎを見せるが、貫くには至らない。

 

「あと一歩で貫通しそうな所まで行ってる気がするけど、腕が通るぐらいの大きさじゃとても通れないよ。それもすぐ塞がっちゃうし」

 

 ちなみに3人での一斉攻撃でも足りなかった。

 

「ワフッ?」

「ここを通るしか方法はないのかって? ……心当たりがないわけではないけど、かなりリスクが高い。影時間になる前に学校に忍び込んで、建物の変化に巻き込まれるんだ」

 

 要は山岸さんが特別課外活動部に加わる時のイベントを真似ること。

 どこに飛ばされるか分からないから上手くいけば壁の先に行けるかもしれない。

 ただし中間をすっ飛ばして、いきなり最上階付近に出る危険もある。

 

「俺達も強くはなったけど、さすがに最上階付近にいきなり突入は無謀だと思う。上の階層に出てくるシャドウは単純に強いだけじゃなくて、魔法や武器に対する耐性や反射能力も備えてるはずだし、即死魔法も使ってくるから」

「地道に登って慣らしながら行かないと……ってことですね」

「ワフゥ……」

「こうしていても仕方ないですし、もう一回素材集めに行きますか?」

「そうだな、取り残したものもあるかもしれないし……」

 

 こうして俺たちはタルタロスを周回した。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 10月13日(月)試験期間開始

 

 ~空き教室~

 

 今日から中間試験だ。

 事前に予告があった通り、俺だけ他の生徒とは隔離されて試験を受ける。

 試験を受ける教室は普段使われていないようで、椅子と机は俺の分だけ。

 ド真ん中に設置された席に座っていると、やがて二人の先生方が入ってきた。

 馴染みのない男の先生と鳥海先生だ。

 

 二人は俺の使う椅子と机、制服のポケットや袖口から筆記用具の中身に至るまで確認。

 さらに試験の諸注意を受け、

 

「試験前、最後の勉強はするか?」

 

 男性教師のこの問いかけに“今更慌てても仕方ないので不要です”と答えたところ、その場でカバンごと教科書も預けることになった。

 

 徹底している。

 

「面倒くさいし気分は良くないと思うけど、これだけやっとけば“不正はなかった”って後で胸を張って言えるから。今回は我慢して頂戴」

 

 鳥海先生から憐れみ? のような視線と励ましの言葉をいただいたところで予鈴が鳴った。

 俺は席に着き、先生方は前と後ろから俺を挟み込むように待機。

 

「これがプリントね。まだ見ちゃダメよ」

 

 そして約5分後、中間試験が始まった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 事前に勉強した成果が出ている。

 過去問から予想したヤマも外れていない。

 動画を作りながら復習したおかげで、解き方が楽に思い出せる。

 解答用紙に答えを記入する間に、次の答えが分かってしまう。

 

 ……動き続けた手が止まった。

 

 見直しも含め、10分少々で完璧に問題用紙が埋まってしまった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 夜

 

 ~自室~

 

 新しい苗が届いた!!

 明日、早速植えてみ……?

 

 何だろうか? 箱に違和感が……これか!

 

 なんと箱の底が二重底になっていた!!

 苗を全部出し、そっと内蓋を開けてみると、

 

「……“ファンレター”?」

 

 丁寧かつ妙に美しい文字でそう書かれた封筒が出てきた。

 

「どうしてファンレターをこんな手の込んだ方法で隠すのか……しかも名前書いてないし……あ、もしかして中村さんか?」

 

 箱の送り主だから封筒にまで書かなかったのかもな。

 ……ファンレターなんて、もらった事が無い。

 なんだか緊張してきた!

 

「……」

「葉隠ー! いるかー!?」

「!? あ、いるよ!」

 

 クラスメイトの声だ。

 

「勉強教えてほしいんだ! 明日のテストが不安でさ!」

「あぁ……ちょっと待て! 今ドア開けるから!」

 

 ファンレターは後にしよう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス~

 

 試験期間なので動画撮影も誰かと遊びに行く予定もなく、放課後の時間を休憩に使用。

 その分、精力的に素材集めを行った。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 10月14日(火)

 

 ~空き教室~

 

 今日も変わらず中間試験。

 動き出した手は、解答用紙を埋めるまで止まらない!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 明日からまた中国拳法の練習が始まる。

 次回の先生は本当に厳しい先生らしい。

 念のためにタルタロスも取りやめて、体を休めておくことにした。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 10月15日(水)

 

 放課後

 

 ~校舎裏~

 

 試験期間中だが、予定通り中国拳法の練習が始まる。

 しかし直前になって問題が発覚。

 

「ええっ!? 言葉が通じない!?」

 

 目高プロデューサーの悲鳴のような叫びが校舎裏に轟いた。

 

「微妙に分かる部分もあるんですが、語順や接続語? が前回で勉強した中国語と違うみたいですね……まったく分からない部分も多くあります」

「以粵語發言, 我不只講粵語」

 

 今回、指導をしてくださるのはかの有名な“八極拳”の達人、陳老師(先生)。御年82歳……仙人のような顎鬚を蓄えている穏やかな男性で、かなり高齢な方だった。そしてどうやら、問題の原因はこの“年齢”らしい。

 

『中国はとても国土の広い国で、昔は地域によって使う言葉が違ったんです。それを中国政府もなんとかしようと、君が勉強していま僕とこうして話している“普通話”を作り、これを使うように広めていました。しかし施策された当初から厳密に守られていたわけではなく、一定以上の年齢から上は普通話が喋れない人もいます。陳老師も広東語しか喋れません』

「――と、いうことらしいです」

 

 一緒に来ていた普通話が喋れるお弟子さんに通訳してもらい、なんとか事情を把握。

 

「……じゃあ、とりあえずお弟子さんに通訳をお願いしようか」

「そうですね。そうしていただければ最低限の指示は聞けますから、ひとまずはそれで大丈夫だと思います。ただ直接理解できた方が便利なので」

「わかってる。丹羽君!」

「はい!」

「どこでもいいから広東語の辞書と教科書を探して買ってきてくれ!」

「わかりました! すぐ行きます!」

「ありがとうございます! よろしくお願いします!」

 

 そして撮影開始。

 

「テレビの前の皆様こんばんは。アフタースクールコーチング受講生の葉隠景虎です! 今日から挑戦させていただきますのは、かの有名な八極拳! 名前くらいは聞いたことがあるのではないでしょうか」

 

 自己紹介から先生の紹介と続き、早々に練習開始。

 まずは前回習った中国拳法の基本功を老師に見ていただく。

 

『老師はすぐに套路の練習に入っていいと言っています』

「ありがとうございます!」

 

 前回以上のスピードで話が進み、初日の段階で八極拳の套路を見せていただけた!

 

 しかし……陳老師の指導は穏やかで丁寧だ。厳しいという話はどこへ行ったんだろうか?

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~自室~

 

 明日に備えて広東語を習得。

 練習がてら翻訳の仕事で広東語の試験を受けてみる。

 ついでにロシア語の試験と、いくつか仕事もこなしておく。

 

 好きな時に好きなだけ。

 引き受けた分をしっかりこなせば文句は言われない。

 そういうサイトだけれど、なんとなく間が開くとサボっている気分になる。

 不思議だ……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス~

 

 今日は戦闘を完全に天田とコロ丸に任せた。

 どうせ過剰戦力なので、俺は後をついていきながら、学んだ套路から自在に動けるよう訓練する。

 翻子拳を学んだ時のように、呼吸に注意して……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 10月16日(木)

 

 放課後

 

 ~校舎裏~

 

 昨日練習した套路を披露すると、またしても老師から一発OKが出た。

 

『見事だ見事。周君から聞いてはいたが、本当に覚えが良いようだ。この分ならもう次の段階に進んでもよかろう』

 

 そう言ってにこやかに笑う陳老師。

 そして対照的に表情が暗く、やや青くなりつつあるお弟子さん。

 

『次の段階はその套路をもっと実践的に使えるようにする。まずは私と彼で見せてあげよう』

 

 ふたりはカメラの前で向かい合い、“対打(約束組手)”を始め……

 

「ウグッ!」

 

 たかと思えば、 老師の崩拳がお弟子さんのみぞおちに突き刺さっていた。

 

『これをやる』

『これ、殴られるのですか?』

『大丈夫大丈夫、加減はする。どう力を加えられたか、どう力を加えればいいのか。実際に体験すればすぐに理解できるぞ。套路の中には当然、攻撃の防ぎ方も含まれている。だからそれを使って防御してもいい。套路に込められた意味も考えて、一緒に身に着けられる練習じゃ』

 

 とてもにこやかに言ってますが、お弟子さん立ち上がれなくなってますよ……?

 

『修行が足らんな。哈哈哈哈哈!』

『いや哈哈哈! じゃなくて、大丈夫ですか!?』

『な、なん、とか……師父はとにかく、実践させ、体験させる主義で……ウッ……』

『さあ始めようかね』

 

 相変わらず笑顔で、何事もなかったように始めようとする陳老師。

 実際、何とも思ってないようだ。彼にとっては普通の練習なのだろう。

 この人の“厳しい”とはこういう意味かと理解した。

 

 そして始まった練習では、これまでの人生で最も苦痛を伴ったかもしれない……

 打撃耐性があるにも関わらず、老師の打撃はとてつもなく効いた。

 80を超えた老人なのに、親父以上の威力がその拳と肘に込められている。

 親父と殴り合っていた経験が無ければ、吐いていたかもしれないが……

 

 耐性による威力軽減と“食いしばり”、そして慣れと根性でなんとか耐え抜いた!!

 

 しかしダメージは甚大だ……

 

「うっぷ……まだ気持ち悪い……」

『上等上等。よく一度も弱音を吐かずに最後まで頑張った。最近の若い子はすぐにダウンして休憩を挟むが……実によく鍛えられた体じゃな。おかげで何度か加減を間違えたわ』

『老師!?』

 

 加減間違えてたのかよ!?

 

『冗談じゃ、冗談。しかしだいぶ強めに打っていたのは本当じゃよ』

『そうですか……』

 

 本当に大丈夫なんだろうか、この爺さん……

 

 腕に関しては散々見て味わったから疑いの余地はない。

 なんだかんだで練習の効果は高かったようで、八極拳の動きはだいぶ身についた。

 ダメージを減らすために必死になっただけじゃないと思いたい……うん。

 

 あと老師は攻撃に“気”を使っていることも分かった。

 肉体のエネルギーを効果的に使うことで、あの老体であの威力を出しているようだ。

 はっきり言って陳老師は小柄だし、体つきからしておそらく筋肉の量も俺の方が多い。

 散々この身に受けたあの威力、きっと俺にも出せるはずだ。

 八極拳を通して陳老師の気の使い方を学べば、パワーアップできる可能性は高い!!

 

 良い師に巡り会えたかもしれない。けれど、そこはかとない不安が拭い去れない……

 

 とりあえず今夜もタルタロスは後ろから見学して、体を休めよう……



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237話 好事魔多し

 夜

 

 ~自室~

 

 先日撮影した翻子拳の回が無事放映された。

 

 ……特に問題もないみたいだし、寝よう。

 なんだか疲れてしまった……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 10月17日(金)試験期間終了

 

 朝

 

 ~自室~

 

「ん……」

 

 朝っぱらから携帯が鳴り響いた。

 アラームではなく電話のようだ……

 

「もしもし?」

『葉隠様、近藤です。朝のお忙しい時間に申し訳ありません。一点、登校前にお耳に入れておきたい事が』

 

 こんなに突然、何が起こったんだろう?

 疑問に思い、続きをお願いすると、

 

「ネットで炎上!? 昨日の放送が?」

 

 記憶力や学習能力について騒がれる事は想定の範囲内。それが悪い方に向かったのか?

 

『それとはまた別件です。最初その件で騒がれているところに所謂“荒らし”を行う人々が書き込みを始めまして……内容は稚拙な言いがかりと言っても良い物ですが、元々の話題と合わせて議論が拡散しているようなのでご注意ください』

 

 話題にされても驚かないように。

 何か聞かれたら下手な対応をしないように気をつけてほしい。

 そういう連絡だった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼休み

 

 ~教室~

 

 午前中のテストを終えて、皆との昼食。

 ここでの話題はやはりというか、今朝連絡をもらった炎上の件だった。

 

『葉隠影虎、試合中に踊る』

『真面目に戦えよ。それだけでテレビに出れてる分際で』

『ダンスの動きをステップに応用? そんなの高校生にできるわけがない。下手な工夫をする前に基礎をみっちり身に着けるべき』

『そもそも彼は奇抜な行動と工夫を履き違えているんだと思う』

『対戦相手に失礼だとは思わないの? 相手への配慮が見えない』

『真田選手がかわいそう』

『選手人気も重要なプロの場合はパフォーマンスも見逃されてるけど、アマチュアボクシングの規定では無駄な動き・パフォーマンスは明確な禁止行為。だからこの試合は葉隠の反則負けで真田選手の勝ちだろ』

『強いのかもしれないが、礼儀は伴ってないね』

『格闘家失格。ただの喧嘩屋』

 

 携帯の画面を俺への批判が流れていく。

 

「葉隠君もすっかり有名人になっちゃって、大変だねぇ」

「いや、俺は割と平和だよ?」

 

 島田さんが言うように騒いでるのは書き込んでる人々で、俺は完全に蚊帳の外だもの。

 それにいざ批判コメントを見ても、怒りも何も湧いてこない。

 格闘家失格なら失格で構わない。そもそもの目的は格闘家になる事じゃない。

 喧嘩屋はむしろ納得。

 

「それに擁護って言うとあれだけど、俺を認めてくれた人のコメントの方が多いし」

 

 批判コメントはどちらかといえば少数派。

 しかも近藤さんが言うには、連投された批判コメントで作られた流れに違和感があるそうだ。

 

「確かに……話が落ち着きそうになると混ぜ返す人が必ず出てる。それに乗って同じ議論を続けてる感じ……もしかして、そういう業者の人なのかな? こういう事して報酬をもらう人もいるらしいし……」

「近藤さんもその可能性が高いって言ってた。回線を変えて別人を装ってるみたいだけど、技術力はそんなに高くないとかなんとか……」

 

 専門外の俺には全く判別のつかない世界だ。

 

「当分は様子見だよ。と言うかそれ以外にできる事もないし」

「そうだよなー……ってかさ、オレッチとしては影虎の記憶力の方が聞きたいんだけど。辞書と教科書あれば外国語を10分程度で覚えられるとかマジ?」

「それはマジだ。ただしそれで完璧にできるのは読み書きに限る。会話は辞書の発音記号が頼りの状態で、実際に会話をして修正していくしかない」

「十分すぎるわっ! つか、めちゃくちゃ羨ましいんですけど!?」

「あー、それはあるよねー……」

「葉隠君が頭いいとか記憶力がいいのは知ってるつもりだったけど、氷山の一角だったんだね。私もちょっとその記憶力を分けて欲しいかも」

「普段俺らがそういう事言った時たしなめる側の西脇と理緒にまでそう言わせるなんて、葉隠恐るべし! だな」

 

 友近から、からかい混じりの羨望を感じる……

 それだけではない、会話を耳にしたクラス中の生徒が頷いた。

 俺の記憶力が知れ渡った事で、クラスメイトから一目置かれたようだ!

 

 ちなみに順平や友近の表情とオーラは明るい。

 試験期間中でもこうして笑い合う余裕があるみたいだ。

 事前の勉強会と動画の効果が出ているようで嬉しい。

 

 さて、残るは1科目。最後まできっちり終わらせてこよう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~校舎裏~

 

 試験も終わり、心置きなく八極拳の練習……になるはずが、陳老師とお弟子さんは異様に長い槍を持っていた。その長さはなんと3メートル20センチ。

 

「中国武術は本来武器術とセットで学ぶ物。八極拳の使い手として有名な“李書文”もこの“六合大槍”を得意としていた。そして槍の技術は拳での戦闘にも応用が利くのでな、今日はこの槍を使って練習をしてもらおうか」

 

 こうして人生初の“槍”の練習が始まった。

 

 ここで技術を身につけて、天田に教えてやろう。

 

 最初はそう考えていたが……

 

「……くっ!」

「穂先がさがっとるよ。もっと真っ直ぐに」

 

 この槍、思った以上に扱いづらい。

 まず、何と言っても長い。そしてそれだけ重い。

 それによってコントロールもしにくくなる。

 特に問題なのは、突きの動作。

 

 重点を置いて学んでいる突きは長い槍のリーチを最大限に活かす突き。

 そのために穂先と反対側、柄の先端ギリギリまで持ち手を押し出す。

 これがもう、重さと長さで両手にかかる負担が大きく穂先もブレてしまう。

 老師の突きとは雲泥の差だ。

 

 ……腕の力だけではどうしても槍を支えきれない。

 しかし明らかに腕力で劣る老師は同じ槍をいとも簡単に操る。

 問題は腕力ではなく技術。体の動かし方。全身の力の使い方。

 

 まずは振り回した槍の勢いに、逆に振り回されてしまう体を安定させる事から始めよう。

 動きに振り回される体を重心の移動で安定させる……

 槍を突き出す動きと同時に行われる、両足を揃える動き。

 ここで若干、椅子に腰掛けるように重心を後ろに傾ける。

 タイミングは早くても遅くてもいけない。

 伸びていく槍と後ろへの重心移動を調和させ、“やじろべえ”の如く。

 倒れないように。揺らぎを小さく。そして体はどっしりと安定したまま、まっすぐに突く!

 

「良い良い、筋は良い。今日はこれ以上新しい事はやらん。その調子で槍の扱いをその身に刻み込むんじゃ」

 

 反復練習を重ね、一番の問題点を修正できた。

 同じように、教わった槍の型全ての動きを修正。

 時に支え、時に勢いに乗り、不安定な体を重心移動で次の動きに繋げていく作業に没頭する。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 日が落ちて、撮影終了が近づいた頃……汗だくになった体は槍の重さと長さから生まれる勢いを活かし、舞い踊るように槍を振っている。今朝方批判のコメントを読んだばかりだが、やはり格闘技にはダンスの応用が有効だ。特にこの槍はこうして使うのが正解だと確信した。

 

 振る、突く、払う。あらゆる動きを始める瞬間、停止状態から物を動かすために力が必要。

 軽い武器なら少しの力で動くが、この槍は重いだけ多くの力が必要になり、負担になる。

 だから動きを止めず、勢いを次の動きに繋げれば余計な力を使わずに済む。

 それは体力の消耗を抑え、呼吸を乱さない連続攻撃にも繋がる。

 

「……」

 

 最後の型が静かに終わる。

 同時に陳老師があまり鳴らない拍手をしながら近づいてきた。

 

「槍の型もひとまず十分だ。今日はここまでにするけれど、最後にひとつ見せてあげよう」

 

 彼はお弟子さんを呼んで“貼山靠”と指示し、お弟子さんはすぐに実行。

 

 貼山靠は体当たりの一種で、腕や足を伸ばせないほどの接近戦を挑む八極拳では基本となる技の一つ。前に出した両手を振り、勢いをつけて背中から老師へ突撃。

 

「グッ!?」

 

 お弟子さんは同じ動作をした老師によって、逆に弾き飛ばされてしまった……

 そして老師は何食わぬ顔で俺の持つ槍を渡せと要求。

 俺が槍を渡すや否や、両手で単純な突きを繰り返す。

 

「……!!」

 

 老子の突きは型の一部に含まれる、柄を両手で握り、腕の振りで敵を突く突き方。

 その腕の動きが貼山靠の腕の振りに近い!

 

「分かったかい?」

 

 老師ははじめに“槍の技術は素手にも応用できる”と仰っていた。

 これはつまりそういう事なのだろう。

 

「素手に応用できる所は他にもたくさんある。明日はまた昨日のように対打をやるつもりだから、そこで今日の成果を存分に発揮しておくれ」

 

 にこやかに不安な宣告をされたが、今日の練習は身になる事の多い内容だった……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス~

 

 天田に六合大槍の型を教え、俺は実戦の中で槍の腕を磨く事にした。

 ただし槍は練習で使った物を半分程度の長さで再現したドッペルゲンガー。

 老師から聞いた話では、ちょうどこのくらいの“六合花槍”もあるらしい。

 

 最初はこれまでの戦い方との違いにとまどい、とっさの行動に遅れが生じた。

 しかしコロ丸のフォローもあって本当に危険な状態には陥らずに済んだ。

 そして帰宅を考える頃……

 

「!!」

 

 “槍の心得”と“二連牙”を習得した!!

 

 ……二連牙はともかく、たった1日の練習と実戦で槍の心得を習得?

 なんだろう、随分と早いな……そういう事もあるか。

 

「どうかしました?」

「ワン!」

「大丈夫だよ。新しいスキルを覚えただけ」

 

 そういえばこれまで天田に色々アドバイスしてたっけ。

 ほぼ我流の天田の隙を指摘するくらいだけど、それも役に立ったのかもしれない。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 10月18日(土)

 

 朝

 

 ~校舎裏~

 

 学校は試験後とあって休日。

 よって今日は朝から練習だ。

 

 昨日の老師の宣言通り、実際に当てる“対打”と“散打”の中間のような練習が行われた。

 

 俺が少し上達すると、老師は少し本気を出す。

 その結果、ダメージは受けるが上達もする。

 強制的に実力を引き上げられていく感覚と、腹の底から熱い液体がせり上がる感覚。

 二つの感覚がせめぎあう……



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238話 迷惑と原因

 午後

 

 ~ポロニアンモール・裏路地~

 

「いたたた……」

 

 今日も何とか練習を乗り切った。

 

 ……歩くだけで振動が体に響き、弱い痛みに変わる。

 ……練習による痛みではない。

 

 練習後には体のメンテナンスとして、老師が中国式の治療を施してくれた。

 治療には江戸川先生も感心していたし、実際に痛みが引いて効果を体感できた。

 仕上げのマッサージにあんな激痛が伴わなければ最高だった……

 

 老師曰く、体の治癒能力を高めるツボを刺激したのだそうだ。

 実際に体内の気の流れが活性化しているのは感じる。

 なんであの方のやる事は何でも激痛が伴うのだろうか……

 本人はすごく穏やかでいい人なんだけど……

 

「ま、それはそうと……お疲れ様です!」

「あら葉隠君」

 

 バイトに顔を出すと、オーナーと島田さんが何か話していたようだ。

 二人とも、深刻そうな表情をしている……

 

 何があったかを聞く事にした。

 

「ゆかりちゃん。体調崩しちゃったんですって」

「今日シフトだけど、行けそうにないってメールが来たの」

 

 島田さんが俺にメールの文面を見せてくれる。

 本当に必要最低限の用件のみ。誤字脱字も目立つし、力を振り絞って書いたような文面だ。

 

「これ大丈夫か?」

「私たちも今そう話してたのよ。そもそもゆかりちゃんは責任感が強いと言うか、一度決めたら頑固と言うか……頑張っちゃう子でしょう? 多少の体調不良ならマスクでもして来ると思うのよね」

「自分から来られないって言う時点でだいぶ悪そうな気がしますね」

「テストが終わって気が抜けちゃったのかな……そういえば最近、眠そうにしてるところをよく見た気がする。一度聞いたらアクセサリー作りの練習を始めたとか言ってたけど、本当に寝る時間を惜しんでまでやってたのかも? 帰ったら様子見に行ってみる」

「そうしてくれると安心ね」

「島田さん、途中まで俺も行って良いか? 女子寮には入れないから代わりにお土産になるものでも買おう」

 

 オーナーとの練習、きっと自主練習もしてたんだろう。

 そこまで頑張ってしまった原因は多分俺の話だろうし、お見舞いの品を送るくらいはしよう。

 

 それから俺たちは彼女を心配しながらも、手分けして仕事をこなした。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~街中~

 

「ありがとうございましたー」

 

 バイトが終わり、適当な店で岳羽さんへのお見舞いの品を購入した。

 

「随分と奮発したね~」

 

 買ったのは“高級果実詰め合わせ”。

 確かに島田さんの言う通り、友人関係で贈るには少々高価かもしれない。

 しかし……

 

「……どうも岳羽さんには下手な物を贈る気にならなくてさ」

「え? 何々? ポイント稼ぎ?」

「違う。単純に岳羽さんは目が肥えてそうだから」

 

 岳羽さんが喜ぶプレゼントはブランド物の財布・時計。バッグ。あと香水……だったっけ? テディーベアとフロスト人形も嫌いではなかったはず……だけど、確実にすごく喜ばれるのはそういう“高級っぽい物”だった。これだけだと多少の俗っぽさも感じるが、彼女の母親は“桐条の名士会に名を連ねる”家の出身……これは言わない方がいいな。

 

「ほら、最初の勉強会。桐条先輩が何気なく高級なお菓子持ってきただろ?」

「あ~……そういえばそんな事もあったね」

「あれを一目で高級と見抜いた眼力。桐条先輩ほどではないにしても、それなりに目が肥えていそうだからな……」

「なるほどね~。でも流石に出費キツくない?」

 

 お金の事なら問題ない。

 Be Blue Vのバイト代とテレビ撮影のギャラ、時間のある時に部屋で翻訳の仕事。

 これらの報酬を全部合わせると結構まとまった収入になる上に、使い道は食事くらい。

 その食事も寮の食事とかロケ弁にサポートチームからの補助(奢り)がある。

 最近はスキルカード……というかストレガとの接触もないし、使い道が無い。

 

「基本的に貯め込んで、使う時に一気に使う方だから。このくらいならまだ懐が痛みはしないよ」

「経済力があるのと、プレゼント代をケチらないのは高評価だね」

「何の評価だ……」

 

 島田さんは恋愛とか、その手の話ばかりだな。

 

「え~? 恋愛対象じゃなくたって、異常にケチケチした人だと付き合いにくいっしょ? お金はトラブルの元にもなるし、ある程度さっぱりした使い方の人が友達付き合いするにもいいに決まってるじゃん」

「それはまぁ、そうか」

「別に無理して高いものを買う必要はないし、お金があるからって無駄遣いもしなくていいんだよ、ていうかそれは普通にマイナスポイント。ただ気持ちを伝える時に渡すような、大切な物の品質を落としてまで予算を浮かせて、気持ちはこもってるから! なんて言われてもさ……

 高いものを頂戴とは言わないけど、めちゃくちゃに値切って出来る限り安く済ませたプレゼントとかもらっても嬉しくないじゃん? それはそれでものすごい労力をかけてるかもしれないけど。あー……普段使いのタオルとか、そういうちょっとした物なら全然安物でも構わないしさ。この微妙な乙女心が分からないかな」

 

 変なポイントを突いてしまったようだ。

 女子寮に到着するまで、島田さんの乙女心講座が開かれた……

 

「とうちゃーく。荷物持ちお疲れ様」

「ここからは頼んだよ」

「おまかせあれ! どの道ゆかりちゃんの方にお見舞いには行くし、ここまで送ってもらったからね。この果物は確実に届けるよ。何か一緒に伝えておく事ある?」

 

 考えてみるが特にはない。

 

「早く回復する事を祈ってる。とりあえずそれだけ――」

「おやおや、これはスキャンダルかな?」

「……突然出てきて第一声がそれですか? 会長……」

 

 いきなり寮から出てきたかと思えば……

 

「会長さんこんばんは~」

「何でこんな所に?」

「何でも何も、ここは月光館学園の女子寮だよ? 女子生徒の私がいてもおかしくないじゃないか」

 

 それはそうなんだけど、なんだか待ち構えていたように見えた。

 

「ん~、それは半分正解で半分外れかな。ずっと玄関前にいたけど、君たちを待ち構えていたわけじゃないんだ。ちょっと気になる話を耳にしてね」

 

 会長はそう言うと俺たちを手招きし、声を潜めてこう言った。

 

「実はうちの生徒がカツアゲの被害を受けたって報告があったんだ」

「カツアゲって、本当ですか」

「うん。最初は人探しのために声をかけられたらしいんだけど、探し人に心当たりがない事を伝えたら、欲しい情報が手に入らないからムカついたとかで殴られたんだって」

「なにそれ……めちゃくちゃ勝手じゃん」

「どうも普段は“駅前広場はずれ”にたむろしてるグループで、相当手が早い連中みたいだね。迷惑極まりないよ」

「……なるほど、それで会長はここに」

「うむ。メールで注意喚起をしつつ、自主的に警戒中。帰宅してきた子に外の様子を聞きたくて待っていたのだよ、ワトソン君」

 

 ……あ、本当だ。俺の携帯にもメールが来ていた。

 

「いつもながらすごい情報力。あと対応早いですね」

「まぁね! これが私の人徳というやつさ」

「自分で言うのか……」

 

 でも、会長はこんな態度だから話しやすい。

 彼女は無言でいれば“美人な女子の先輩”。

 それだけなら俺も含めて下級生、特に男子は話しかけづらそう。

 しかし適度にふざけて、気さくに話しかけてくるから話しづらさを感じない。

 お調子者でムードメーカー。ある意味で順平に近い。

 先輩は意図的に、順平は天然だと思うけど……!

 

 何気なく開いた先輩のメールに、見逃せない文面を見つけた。

 

「……じゃあ俺もそろそろ寮に帰ります。遅くなるほど危ないと思いますし」

「そうだね。道中気をつけて」

「島田さん、岳羽さんへのお見舞いよろしくね」

「任された!」

 

 果物の詰め合わせを掲げてみせる彼女の返事を聴き、女子寮を後にする。

 

 そして向かうは男子寮。

 

 “出巣吐露威鎖亞華栖(デストロイサーカス)と名乗る不良グループが駅前広場を中心に、辰巳ポートアイランドで「ヒソカ」と名乗る外国人、またはハーフと思しき男性を捜索中”

 

 出巣吐露威鎖亞華栖(デストロイサーカス)……かつて俺が地下闘技場で叩きのめしたグループだ。

 どうやらこの事態は俺と無関係じゃないらしい。

 カツアゲ、それも月高生の被害まで出ているとなれば無視はできない。

 荷物を置いてもう一度街に出てみよう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~駅前広場~

 

 姿を闘技場用(ヒソカ)に変えて駅前を訪れると、

 

「いけすかねぇツラの外人を探してるんだけどよぉ、何か知らねーか?」

「てめえちょっとツラ貸せよ」

「お前そこの英会話教室から出てきただろ。そこにこういう奴いねーか?」

 

 揃いの革ジャンを着てオラついている、いかにもな男たちを見つけた。

 通行人に睨みをきかせているが、あれでは人探しの成果も出ないだろう。

 

「あの、わ、私知りません!」

「あ~ん? なんでそんなキョドってんだよ」

「何かおかしくね? 知ってて隠してるんじゃね?」

「ちょっと詳しく、話聞かせてもら」

「はいそこまで」

 

 女性の腕を掴もうとした男の肩を、後ろから掴んで止める。

 

「あぁん!? なんだテメーは!」

「君達の探し人。違うのか?」

「は?」

 

 男はあっけにとられたように、もう片方の手に持っていた紙と俺の顔を見比べている。

 しかし一緒にいる2人が俺を見て怯えているので間違いではないだろう。

 

「そっちの二人は前に会った事あるな? 人違いか?」

「間違いない、です」

「探されていると知ったから出てきた。何の用?」

「いや、その……」

 

 男たちはすっかりビビっているようだ。

 そんな仲間の態度に腹を立てたのか、

 

「テメェらなんて情けない顔してやがる! ……後でヤキ入れてやるから覚悟しとけ。おいお前、俺らのボスがお呼びだ。おとなしくついてこい」

 

 どうもこいつだけは俺の事を知らないらしい。

 俺も地下闘技場で見た記憶はない。

 

「ボス……確か俊哉って人だっけ?」

「ハッ? いつの話してんだよ。あんな腑抜けはとっくに追放、今は鬼瓦さんの時代だぜ!」

 

 駅前広場はずれの裏路地を歩きながら聞いたところ……

 

 以前俺が俊哉を倒した後、彼らのグループはリベンジするも敗北続き。

 そのうち俺が地下闘技場に来なくなり、相手にもされなくなったという話になったらしい。

 それに対して本人は反抗する事なく、逆に不良から足を洗う事にした。

 

 俺からすれば、いいんじゃない? の一言で終わる話だが、不良にとっては問題のようだ。

 俊哉だけでなくグループやそのメンバーまで舐められ始め、やがて一部が行動を起こした。

 元リーダーの俊哉を追放し、新しく鬼瓦という男がトップの座に。

 俺を探していたのはその男の指示で、俺を倒して名誉を取り戻すとかなんとか……

 

 はっきり言おう。滅茶苦茶馬鹿馬鹿しい。

 言葉は分かるけど意味が分からん。

 心の底から勝手にやってろよ! と思う。

 

「鬼瓦さん! 連れてきました!」

「よくやった! おい、テメェがヒソカってふざけた野郎だな? 俺と勝負しやがれ!」

 

 このあと、滅茶苦茶八極拳の練習台にした。



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239話 八極拳・練習終了

 翌日

 

 10月19日(日)

 

 朝

 

 ~校舎裏~

 

『違う拳法?』

『その通り。今日は気分を変えて“劈掛(ひか)掌”を教えよう。前回学んだ手技主体の翻子拳が、足技をカバーするために戳脚を学ぶように。私は八極拳と供に劈掛掌を教えている』

 

 至近距離での戦闘を重視する八極拳。

 そこで遠い間合いでの戦い方をカバーするための劈掛掌だそうだ。

 その相性は“八極と劈掛を共に学べば神さえ恐れる”という言葉があるほど。

 

 神さえ恐れる……個人的に心が惹かれる言葉でやる気が出てくる。

 そして練習が始まると、やはり最初は套路から学ぶことになった。

 

 劈掛掌の特徴は力を抜き、大きく振り回す腕の動きと曲線的な歩法(歩き方)。

 2つが合わさり縦横無尽に、しなやかに振り回された腕は遠心力を加えて力強く敵を討つ。

 

 そもそも名前の由来からして、上から下へ振り下ろす動作を“劈”。

 逆に下から上打ち上げる動作を“掛”と呼び、基本拳は握らず掌で行う。

 故に“劈掛掌”。

 

 しかしこれは……

 

『ほぅ、八極拳よりも筋が良いのぅ』

 

 老師のおっしゃる通り、八極拳よりも性に合っている気がする。

 特に“飛虎拳”という套路が妙にしっくりきた。

 それにこの腰を支点に上下左右に振り回す腕……若干バスタードライブに近い。

 

『む? 套路の反復だけでここまで生きた動きができるか。よし、少し打ち合うとしよう』

『はい!』

 

 記憶に残るバスタードライブの動きを参考にすることで、急速に動きが身についた!

 そして痛みを伴う訓練が始まった!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午後

 

 ~自室~

 

「最近アレだな……」

 

 練習やバイトが無いと、飯食いに行くか部屋で過ごす割合が増えている気がする。

 散歩とか“意味もなく出歩く”って事がなくなってきた。

 順平たちと微妙に時間が合わないから遊びに出る気にもならんし……

 

「……集中力切れてきてるな……一旦まとめておいて休むか」

 

 暇を持て余して考えていたのは、“ペルソナの偽装”について。

 

 文化祭の後、演技の要領でキャラクターを作り、ドッペルゲンガーの変形と保護色にアルカナシフトを組み合わせれば、擬似的なペルソナチェンジが可能になる。これを利用すれば万が一俺がペルソナ使いとバレた場合でも、以前桐条先輩達と一戦交えた“翁”であることはバレずに済むかもしれない……

 

 そう先月のベルベットルームでドッペルゲンガーから聞いていたが、俺はいまだにキャラクターが作れずにいた。

 

 ネットで世界の神話や物語に目を通して考えてみたが、色々ありすぎて逆に困る。

 姿は様々でも実際はどれもドッペルゲンガーなので、スキルは自由に使える。

 使えるが……別のペルソナということをアピールするにはある程度制限した方が良いかも?

 耐性とアルカナはコロコロ変えるとチェンジがバレる危険が高まるので、そこは固定。

 さらに特別課外活動部の前では1つのペルソナしか使えない事にする、となると……

 

「基本的に何でもできる万能型のペルソナを装うのがベストなんだよなぁ……姿を変えても使える技には変わらないし、自分で技に制限かけてピンチになるとか馬鹿らしいし……ピンチになって突然使えない力使い始めたら怪しいし……今日はこんなとこかな。あ、パラダイムシフトの耐性変更はポイント制にした方が分かりやすいか……これだけ替えとこう」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 現在の耐性:光・闇無効(4)4属性耐性(4)物理耐性(3)=11ポイント

 

 ・ヒソカ(翁)用

 ペルソナ名:未定

 アルカナ:隠者

 耐性:打撃耐性(1)斬撃無効(2)貫通無効(2)光・闇無効(4)雷耐性(1)氷耐性(1)

 戦闘方法:隠蔽、保護色を利用した暗殺&召喚シャドウ+魔法。

 備考:物理の無効化に重点を置くスタイル。氷と雷は氷結と感電による行動不能が怖い。

   感電防御と氷結防御のスキルが入手できれば、物理の完全無効化も可能……?

   格闘戦を行うと変な所で勘の良い脳筋にばれる可能性がありそうなので後方支援中心。

 

 ・ペルソナ使いとバレた後用

 ペルソナ名:未定

 アルカナ:未定

 耐性:光・闇無効(4)火無効(2)雷無効(2)氷無効(2)風耐性(1)

 戦闘方法:回復と~カジャ系魔法の活用&接近戦

 備考:魔法攻撃を耐性でほぼ無効化し、有効な攻撃は物理攻撃に限定したい。

   ポイントがあと3つあれば、風と貫通を無効にする(魔法無効化+飛び道具の無効化)

   有効な攻撃を物理に限定することで、得意の接近戦に持ち込めれば万々歳。

   ヒソカ用とは真逆に自分から突っ込んでいくタイプにする。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「そういや無効・反射・吸収のスキルばかり集めて万能属性以外無効。昔やったなぁ……エリザベスに挑んだら開幕からのメギドラオン連発で死んだけど」

 

 3のエリザベス戦はそういう仕様だったらしく、知らずに突っ込んだ俺は見事に返り討ちにあった記憶がある。こういうとこ性格出るよな。

 

「あとは姿と名前をどの神話の誰に当てはめるか……一息入れて考えよう」

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 10月20日(月)

 

 昼休み

 

 ~生徒会室~

 

「どうしてこうなるんだ」

「桐条先輩、元気出して下さい。俺が言うことじゃないかもしれませんが」

「いや、葉隠は悪くない。気持ちはありがたく受け取る」

 

 生徒会室での昼食中、ため息の尽きない桐条先輩や俺たちの前にあるのは一冊の週刊誌。

 

「鶴亀って本当にしつこいね……葉隠君に目をつけてたのかな」

「十中八九そうだろうな。そして節操がない。前に葉隠を否定するような記事を書いたかと思えば、今度は葉隠の味方のような書き方だ」

「売れるなら何でもいいんでしょうね」

「まったくだ」

 

 やや行儀は悪いが、記事に目を通しながら食事を勧める。

 内容は先日の試験期間について。俺がこれまでの試験結果で、証拠がないにもかかわらずカンニングを疑われ、別室で試験を受けていたことが書かれている。

 

「しっかりチェックは受けましたけど、ここまでひどくはなかったですよ」

「退学の危機……これってアレだよね? 今回の結果が悪かったら、過去のテストに遡及して退学になるって一時期流れたデマ」

「匿名で在校生に話を聞いたようだし、デマを信じきった生徒が証言したのか、デマと知りつつ話題目当てで書いているのかわからんな」

「おかげでまた理事長が忙しそうにしている……そうだ葉隠」

「何でしょう?」

「これを理事長から預かっている。いつものだ」

 

 封筒に入った給付型奨学金15万円を手に入れた、ということは?

 

「今回も全教科満点でのトップだ。君への疑いは完全に晴れた」

 

 学園は今度のテスト結果を正当に評価してくれたようだ!

 当然といえば当然だけれど、これで最低限の良心がある事が分かった。

 

「葉隠くんよかったね! あ、そうだ良かったと言えば」

 

 暗い話題を打ち切るために語られた会長の話は、

 

「この前のカツアゲ騒動、一晩で収まったらしいね」

「奪われた金も男子寮の郵便受けに、反省文と共に投函されていたそうだ」

「反省文、何か意識を変えることでもあったのか……?」

「不思議ですね」

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~校舎裏~

 

 今日は八極拳の練習に戻ったが……

 

『今日は手足の鍛え方も教えておく』

 

 老師が用意させたのは、砂鉄が埋まった袋。

 この砂鉄袋に腕を叩きつけて体を鍛えるらしい。

 

 そして言われるがままに練習を始めたのだが、

 

『そこまで。この練習は中止だ』

 

 との一言。

 何か問題があったのかと聞けば、俺があまりに楽々とやっているので、もっとレベルを上げるらしい。そして老師は高台の手すりや壁に近づき、おもむろに自分の腕を打ち付け始めた!

 

 その手すりや壁は石造りのはず。だが老師は砂袋と同じように叩いている……

 

『これがちょうどよかろう。今と同じように、ここに腕を打ち付けなさい』

『わかりました』

 

 先ほどの砂鉄袋はまだサンドバッグのようだと思っていたが、今度は石の柱。

 大丈夫かと思いつつ打ち付けると、打撃耐性のおかげで思ったほどの痛みはなかった。

 

『衝撃に耐えられる強い体を作るとともに、しっかりと威力を乗せる練習じゃ。君の体は鍛えられていて、普通よりも強い。だからもっと遠慮せず打ちなさい。無意識の制限を取り払うのだ』

 

 こうして俺は石の柱に体を打ち付けることで、潰れるか潰れないかギリギリまで、限界までしっかりと力を込める練習を行った。

 

 そしてやはり、練習を続けると相応の痛みが伴った……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 練習後

 

 ~部室横・ビニールハウス~

 

 14日に植えた“ヒランヤキャベツ”が見事に成長していた!

 

「今更だけど早いよ……」

 

 初回なので魔術も使っていないのに、立派なキャベツができている。

 

「ヒッヒッヒ……細かいことは置いておき、これがヒランヤキャベツですか。あらゆる異常を直す野菜、心が踊りますねぇ。しかし数が少ない。これは残念だ」

「10個もあれば十分でしょう。苗を注文すればまた届きますし」

「それはそうなんですがねぇ」

 

 キャベツの情報を共有した時、江戸川先生の反応はすごかったしなぁ……

 自ら毎日様子を見たり、手入れまでしていたし。

 

「とにかく収穫して次の分を植えましょう」

「そうですね。ああ、取り分は研究用に私が6個、影虎君が試用と調理用に4個ですよ」

「わかってます」

 

 江戸川先生とヒランヤキャベツを収穫した!!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~自室~

 

 近藤さんから色々と連絡を受けた。

 今日はスケジュールの確認が主な内容で、来週は別番組の収録も決まったようだ。

 意外だったのは、目高プロデューサーの担当している健康番組“ヘルスケア24時”。

 診察と検査を必要とする番組のため見送りになると思っていたが許可が下りた。

 撮影は超人プロジェクトの発表後。俺がテストケースと知れ渡ってから。

 検査に関わるドクターやスタッフは全員本部から派遣された人が担当するらしい。

 自主的に場所と設備をプロジェクトの医療チームが担当、撮影された映像はチェックする。

 そういった厳しい情報管理の下でOK、という条件がつけられたようだ。

 

 条件を出した近藤さんも、飲んだプロデューサーも。

 チェックできるならしといて損はないけど、なぜそこまでして撮影するのかと思わなくもない。

 断るという選択肢は無いのだろうか……

 

「さて、連絡も宿題も終わったし、キャベツで何が作れるか調べてみるか」

 

 キャベツ料理と言えば、定番はロールキャベツかな……あ、

 

「そういえばファンレターを貰っていたような」

 

 苗の詰まった段ボールに、隠すように同封されていた不思議なファンレター。

 

 後回しにしてすっかり忘れていた!

 

 しまったはずの机の引き出しを見てみると、奥の方に入り込んでしまっている。

 連絡してくださいとか書かれてたら申し訳ないな……

 いや、こういうのは個別に対応しない方がいいのかも……?

 

「……なんだこれ……」

 

 封筒の中には一枚のカードに丁寧な書き出しで、綺麗な文字が書き連ねてある。

 送り主の名前は“霧谷(きりたに)長船(おさふね)”。

 内容によると、苗の生産者のようだ。

 ここまでは普通だけれど、その後がおかしい。

 

 次の書き出しは――“作物の効果に気づいていらっしゃいますか?”

 

 その後は住所と、心当たりがあれば一度会って話がしたい、の一言だけだった。

 

「イタズラ、じゃなさそうだ……」

 

 その手紙を苗と一緒に送ってこれるのは、中村さんか苗の生産元くらいだろう。

 隙を見て忍び込ませるほどの内容とは思えない。

 何より、野菜の効果に俺は心当たりがある。

 

 しかし何を考えてこんなメッセージを送ってきたかがわからない。

 

「とりあえず近藤さんに連絡するか……」

 

 その後、連絡すると彼も不思議に思ったようで、

 

『まずスケジュールなど、確認いたします』

 

 との一言。

 この件はひとまず彼の連絡を待とう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 10月21日(火)

 

 放課後

 

 八極拳の練習は今日が最終日。

 一週間の集大成として、今日まで学んだ全てを披露する。

 

『始めなさい』

 

 まずは套路の披露から。

 小架、単打、四郎寛……

 学んできた套路のひとつひとつを丁寧に行う。

 小架は八極拳の基礎であり、重要な套路。

 単打は攻防の変化に富む套路で、老師との打ち合いでは参考になった。

 四郎寛は他2つをより発展させた難易度の高い套路。

 難しい套路を理解するために、簡単な套路に戻り、また難しい套路へ戻る。

 それをこの一週間は繰り返した。されど全てを理解したとは思えない。

 

 しかし、何も身につかなかったというわけでもない。

 

 “震脚”

 

 八極拳特有、というわけではないらしいが、八極拳で有名な歩法。

 套路を学び始めた頃は大きな音を立てていたが、強く地面を踏むだけでは意味がない。

 地面を踏みしめて“体を支える”、そして“力を十全に相手へ伝える”こと。

 

 運動の第三法則。作用反作用の法則とも呼ばれるこの法則は、同一線上にあり、力の大きさが等しく、互いに反対向き、と定義される。これは人が物を押す時、物を押す手には、手が物を押す力と等しい力が、物から手へ伝わるということ。

 

 これは何かを殴る時も同じ。何かを殴れば、それと同じだけの押し返す力が拳に加わる。

 その押し返す力に負けないよう体を支え、むしろ逆に押し込むように脚力を爆発させる。

 “腕の三倍と言われる脚の筋力を、相手に接触した部分を通して力を伝える。”

 変な言い方だが、“拳で蹴る”。そんな感覚……

 

 さらに腰の力、腕の力もまとめて一つにした力の塊を、無駄を排した最小限の動きで叩き込む。

 

 “八極、すなわち八方の極遠にまで達する威力で敵の(防御)打ち開く(破る)

 

 それが八極拳の理念であり、八極拳の完成形……そして陳老師の技。

 たった一週間の練習では到底届かない深み(・・)を見た。

 

 今回、八極拳を学んで手に入れたスキルは槍に関する技術のみ。

 格闘に関しては特に何もなかったけれど、今後の課題は見えた。

 1/10秒、1/100秒、認識できていなかった極々わずかなタイミングのズレ。

 それを見直し矯正することで、威力を向上させることができそうだ!

 

『そこまで! この一週間よく頑張った。君にこの言葉を贈ろう……“力は骨より発し、勁は筋より発する”……その真の意味、君なら研鑽を続ければ理解できるはずだ』

 

 こうして陳老師との、八極拳の練習が幕を閉じた……




影虎は劈掛掌を学んだ!
ペルソナの偽装が難航している……
鶴亀が動いた!
影虎が隔離されて試験を受けたことが脚色されて暴露された!
桐条は頭を抱えている!
影虎は手足を鍛えた!
影虎と江戸川はヒランヤキャベツを収穫した!
影虎はヒランヤキャベツを4個手に入れた!
影虎はファンレターを思い出した!
ファンレターには怪しいメッセージが書かれていた……
八極拳の練習期間が終了した!


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240話 初めての公欠

 夜

 

 ~鍋島ラーメン“はがくれ”~

 

「叔父さん、はがくれ丼とトロ肉しょうゆラーメン。チャーハン大盛りと餃子一皿お願い。和田、新井、お前らは?」

「俺もはがくれ丼と餃子お願いします!」

「俺はトロ肉しょうゆラーメンに味玉1つ追加で、あと半チャーハンも!」

「あいよっ!」

 

 八極拳の撮影が一段落ついたので、ちょっとした打ち上げを兼ねて、最近会っていなかった和田と新井を誘ってみた。

 

「で、どうよ最近。文化祭実行委員になったとは聞いていたけど」

「もう、超忙しいっス!」

「朝から晩までこき使われっぱなしで。実行委員っつーよりパシリですって」

 

 聞けば2人のクラスにはもう1人実行委員がいるらしく、クラスメイトの取りまとめや頭脳労働は殆どその子の担当。その代わり2人は各所への連絡役や資材の調達・運搬などの体力仕事に専念しているようだ。

 

 ……言っちゃ悪いが、確かにこいつら頭脳労働には不向きだしなぁ……クラスメイトのとりまとめにしても、うちの部に入るまで不良やってた事を考えると反発も出そうだし……適材適所に思える。

 

 というかそのもう1人もそれはそれで大変そうだ。

 

「まぁ、1人だけ楽してる訳じゃないっスね。いつも通りな気もしますけど」

「いつも通り?」

「もう1人って矢場なんです」

「あの剣道部の?」

 

 中等部で桐条先輩のポジションにいる、爽やかイケメンな僕っ娘を思い出した。

 なるほど、彼女なら頼りにされたり人をまとめるのはいつもの事か。

 なんとなく分かる気がする。

 

 ただ普段から頼られている分、他の人も頼みやすい人として彼女を見ているかもしれない。

 

「忙しすぎて潰れないように、気をつけといてやれよ」

「「ウッス!」」

「はがくれ丼2つにラーメン2つ、餃子2皿、チャーハン大盛りと半チャーハンお待ち!」

 

 おっと来た来た、さぁ食おう。

 

 そして料理に箸をつけたところで、 新井が思い出したように口を開く。

 

「そうだ兄貴、一つ相談があるんですけど」

「? どうした急に改まって」

「文化祭の実行委員ってイベントの企画や手配もするんす。その会議で、兄貴に高等部の文化祭でやったようなステージをお願いできないかって話が出てて」

「……俺の?」

「あー、そういや出てたっスね。最近何かと話題ですし、兄貴のダンス間近で見た生徒も結構いて、盛り上がるんじゃねーかって」

「へー……」

 

 文化祭のステージか……

 大量のエネルギーを回収する計画を実験するにはいい機会だ。

 タルタロス探索も再開したから、素材も集まり始めている。

 ただ中等部とはいえ月光館学園、桐条グループのお膝元というのは不安要素だ……

 後は、ダンスのレパートリーがない。前のやつか、後は適当にアイドルのコピーぐらい。

 近藤さんに頼めば何か用意してもらえるかな……?

 

「俺らとしては前のでも十分っス」

「コピーでも全然大丈夫です、文化祭のステージはそんなんばかりなんで」

 

 ああ、さすがに完全オリジナルの曲を弾いたり踊ったりする生徒はそんなにいないか。

 

「わかった。スケジュールとか、ちょっと色々聞いてみるよ。具体的な日付はいつ?」

「あざっス。11月の8日と9日っス」

「8日と9日ね、了解。そういえばクラスの出し物は?」

「うちのクラスはありきたりですけど、喫茶店っすね」

「そういや江戸川先生のカレーがどうとか、誰かが話していたような……」

 

 後輩2人と談笑しながら食事を楽しんだ!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 深夜

 

 ~自室~

 

 近藤さんから連絡が来た。

 

「アフタースクールコーチングは、今月中にもう一本だけ練習風景の撮影。スタジオ撮影は11月の2日に、八極拳と合わせて2本撮りですね。了解です」

『次の練習が今月の24日からの予定、明日は放課後にアルバイト。明後日は……授業を休めば1日時間があります。例の手紙の送り主との面会も可能だと考えますが、いかがいたしますか?』

 

 あの件、結局どうなんだろう?

 

『調査を致しましたが、手紙に書かれていた情報に偽りはないようですね』

 

 書かれていた住所に人を派遣して、霧谷という表札がかけられていることを確認したようだ。

 

 八十稲羽市……ペルソナ4の舞台となる街……相手の目的は不明。怪しくもあるけれど……

 

「……いい機会ですし、先方の都合が良ければ行ってみましょうか。日帰りもできますよね?」

『問題ありません。車の用意を整えておきます』

 

 よし、俺も中村さんに確認のメールを送ろう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス・エントランス~

 

「――というわけで。もしかしたら来月、エネルギー回収計画を実行するかもしれないし、明日は探索ができないかもしれない」

「じゃあ今日はしっかり素材集めなきゃですね。頑張りましょう!」

「ワンッ!!」

 

 三人でタルタロスの素材集めに勤しんだ!!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 10月22日(水)

 

 昼休み

 

「というわけで……」

 

 順平たちに明日は仕事の都合で欠席すること。

 この先は欠席が少し増えることを伝えた。

 

「いよいよ、って感じだな!」

「入学当初の影虎からは考えられないな」

「そういう事なら任しとけ! 休み分のノートとか、オレッチがしっかり取っといてやるから。……その代わり、テスト前は頼むぜ?」

 

 順平……普段からきっちりノートとってるような人は、テスト前に慌てなくてもいいんじゃない?

 

「グハッ!? オレッチ、精神的に大ダメージ……」

「無理せず暇なときに、遊びに行くなり適当に付き合ってくれればいいさ。学生生活のほうも楽しみたいしね」

「ん、まぁその方が俺も楽か。なら暇なときは遠慮なく誘っちゃうぜ?」

「そこは頑張るとこじゃないの? って、言っても無駄か……ま、ノートとかは私たちが協力してあげるよ」

「ありがとう西脇さん。頼りにさせてもらうよ」

 

 特に授業中、先生方の雑談や豆知識に注意しておいてもらうようお願いする。

 教科書に載っていない、先生の変化球な問題が点を落とす一番の不安要素だ。

 

「お礼も期待してるよ~?」

「あっ、私はおいしい料理がいいな!」

 

 西脇さんを筆頭に、島田さんと高城さん。

 女子チームが頷いてくれたので少し安心だ。

 

 クラスメイトの協力を得た!!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~部室~

 

「問題なさそうだね」

「私から見ても問題ない」

「じゃあこれにいつもの編集をして、夜に投稿ということで」

 

 試験前に撮影した動画への質問をまとめた解説動画。

 そして応援コメントへのお礼の動画を撮影した!

 

「すまないな、気を使ってもらって」

「物のついでですよ。鶴亀の記事が偏っているのは分かっていますから」

 

 お礼の動画には、“無事に成績を維持したこと”、“疑いが無事に晴れたこと”、そして“厳しい監視は行われたが、それが疑いを払拭して俺の無実を揺ぎないものにした”という内容を含めてある。

 

 視聴者に俺があの件についてどうとも思っていないことを理解してもらい、学園が厳しい対応をすることで偏見の目から守った……という風に解釈してもらえれば、騒ぎも徐々に収まっていくかもしれない。

 

 ……もちろん、ただ疑っただけの上層部の誰かが下手なことをしなければの話だが。

 

「その点に関しては対策を打っている。あまり大きな声では言えないが……近いうちに理事会の顔ぶれが一部変わるはずだ」

「それって……」

「山岸さん、深く聞かないでおこう」

 

 学園上層部のことは、そっとしておこう。

 

 ところで今後の撮影だけど、内容はどうしようか?

 俺としては今後も動画投稿は続けていきたい。

 

「このまま勉強動画を続けるのは?」

「もちろんそれも可能だけど、それだけだとつまらなくないかな?」

 

 試験期間は終わったし……そもそもあれって、

 『熱意が風化しないうちに早く始めたい、だけどできるだけ学校から文句は言われたくない。』っていうのが勉強動画にした理由の一つだったしな。

 

「そういえば元々はダンスの話をしていたんだっけ」

 

 今後の動画に関する会議を行った!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 朝

 

 ~車内~

 

 昨夜、中村さんを通して例の“霧谷長船”と名乗る苗の生産者から、歓迎するとのお言葉を頂いた。そのため今日は朝から久々に会ったチャドさん(元・米陸軍情報部所属)が運転する車にゆられ、人生初の八十稲羽市へ向かっている。ペルソナ4の舞台と考えると、やや緊張するが……

 

「葉隠様、次はこちらに回答をお願いします」

 

 移動中、近藤さんから様々なアンケートやインタビューへの回答を頼まれた。

 テレビ番組だけでなく、サポートチームが認めた雑誌のものだそうだ。

 今後はこういった隙間時間に、ちょっとした作業を行うことも増えてくるようだ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 そして数時間後……

 

「Mr.葉隠、ナビによるともうすぐ八十稲羽に着くみたいですよ」

「案外近かったんですね」

「沖奈市までは高速道路がありましたから。道がもっと空いていれば、もっと早く着きましたよ」

 

 日本は道が狭くて車が多い、と大きなリアクションで語るチャドさん。

 無理もない。と言うか、俺からするとアメリカの方が広すぎる。

 

「ところで手紙の主との……約束の時間までだいぶありますね」

 

 近藤さんの言う通り、適当な所で時間を潰すことになりそうだ。

 

 と言っても八十稲羽では商店街、神社、川の土手、高台。

 そんなところしか思い浮かばない。

 一泊するなら天城屋旅館に泊まっても……ん? 待てよ?

 天城屋旅館って宿泊しなくても温泉に入るだけならできるんだっけ?

 ……記憶がはっきりしない。

 

「その辺の店で聞けば分かるのでは? ここらじゃ有名な旅館なんでしょう?」

「それもそうですね」

「時間もありますし、のんびり散策しても良いと思いますよ」

 

 こんな感じでのんびりと話し合った結果……

 

 商店街に近いどこかで駐車場を探し、歩いて商店街を散策。

 “だいだら.”や“四目内書店”に立ち寄りつつ“愛家”を目指す。

 親戚の中村さんに挨拶して、天城屋旅館の情報を聞いて温泉に入れるようなら向かう。

 もし入れないのなら適当に……と、割と行き当たりばったりな計画が立った。

 

「今頃みんな勉強してる時間帯なのにな……」

「ふふふ、たまには息抜きも必要ですよ」

 

 近藤さんが上手く芸能活動を理由にしてくれたため、学校は公欠扱いになっている。

 しかし実際はほぼサボタージュ。

 背徳感と開放感を同時に感じた!




影虎は和田と新井を呼んで打ち上げをした!
文化祭のステージについて相談された!
八十稲羽市を訪れることが、唐突に決定した!
欠席中の授業について、クラスメイトの協力を得た!


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241話 苗の生産者

 ~天城屋旅館・温泉~

 

「フー……骨休めにちょうど良かったかもですね……」

「これがジャパニーズ・オンセン……ベリーグッド……」

「普段はシャワーで済ませる方が多いのですが、たまにはこうしてゆったりとお湯に浸かるのも良い……」

 

 天城屋旅館は温泉だけの利用も可能だった。

 残念ながら、看板娘の天城雪子さんは真面目に学校へ通っている時間だったけど。

 この温泉だけでも十分に来た甲斐はあった。

 

「天城屋旅館。スバラシイ」

「突然訪ねたにも関わらず、丁寧な案内と風呂上がりのサービスまで対応していただけるとか。機会があれば宿泊してみたいものです」

「……そういえば冬休みとか夏休み、部活で合宿もできるんですよね」

 

 PSP版のゲームで女性主人公を選び、運動部に所属すると夏休みの合宿イベントがある。

 あれは確か八十稲羽高校との合同練習だったっけ?

 そのための宿泊施設として、天城屋旅館が利用されていた。

 ……冬休みも合宿ってできるんだろうか? できるんだったらうちの部で合宿やりたいな。

 

「いいですね。……ところで話は変わりますが、あの商店街のアートのお店」

「だいだら.が何か?」

「話には聞いていましたが、この目で見るまで半信半疑でした」

「ああ、うん……銃刀法とか完全無視ですよね……」

「Mr.葉隠が店長と話している間にいくつか触らせていただきましたが、弾を込めれば実際に撃てそうな銃もいくつかありましたよ」

 

 4の探偵王子、直斗の武器は銃だったっけ? てかもうこの時点であるんだ。

 あの店、本当によく捕まらずに営業できてるよな……

 

「葉隠様のご親戚も中々個性的でしたね」

「あはは……」

 

 天城さんと同じ理由で看板娘には会えなかったが、店長のおじさんには会えた。

 

 “イヤー、影虎君。オオキクナッタネー!”

 “コンナ、急ニクルトハオモテナカタヨー!”

 “アマリ、オモテナシデキナクテ、ゴメンナサイネ”

 

 あの人はれっきとした日本人のはずなのにすごいカタコトだったな……

 なんでも“The・麺道”を読んでああなったらしい。

 

「一体どういう本なんでしょうか」

「俺、持ってますよ。普通……いやかなり詳しく麺料理のことを紹介しているだけの本だと思うんですが」

 

 よっぽど感化されたのだろうか……

 

 他にもMOEL石油。四目内書店。四六商店。丸久豆腐店。巽屋。

 その他まだ閉店していない商店街のお店を見て回った。

 しかしあの2店を超えるインパクトはどこにも無かった。

 

「しかし情報は集まりましたね」

「そうですね」

 

 苗を探してもらった愛家のおじさんを含め、何人かにそれとなく聞き込みをした結果、

 

 手紙の送り主である霧谷長船という人物が間違いなく実在していること。

 苗や園芸用品を取り扱っている兼業農家の息子さんであること。

 まだ中学生であること。

 さらに礼儀正しく親切で、畑や家の仕事をよく手伝い、学校の成績も優秀。

 近所ではそこそこ有名な好青年であることが判明。

 

「そんな好青年が、何でまたあんな手紙を送ってきたのか」

「葉隠様、心当たりは?」

「野菜の効果に気づいているか? ってことでしたし、野菜が関係しているとは思いますが」

 

 それ以上はさっぱりだ。

 ……まぁ会って話してみれば分かるだろう。

 とりあえず今は温泉を楽しむことにしよう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 温泉の効果か、体調が“絶好調”になった!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午後

 

 ~指定された住所~

 

「ここで間違いないんですよね?」

「はい。間違いなくここですね。表札もかかっていますし」

 

 学校が終わる頃、指定された住所は八十稲羽市のはずれ。山道を少し登ったところにポツリと建つ古民家だった。まるで麓の街から切り離されたような立地で、建物の古さとあいまって不思議で不気味な雰囲気を漂わせている。

 

 だが、ずっと立っていても仕方がない。

 意を決して呼び鈴を鳴らす。

 

 すると、

 

「はい」

 

 よく通る声が玄関の中から響き、やがて静かに扉が開かれた。

 

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」

 

 扉を開けたのは、今時珍しい和装に身を包んだ中学生くらいの男の子だった。

 

「初めまして。葉隠影虎と申します」

 

 続けて近藤さんとチャドさんの事も軽く紹介。

 

「貴方がお手紙の……?」

「はい。あの手紙を送った、霧谷長船と申します。遠い所をわざわざお尋ねいただき、真にありがとうございます。まずは中へどうぞ」

 

 ……見た目は中学生。

 実年齢も中学生のはずだけれど、ずいぶんと落ち着きがある子だ。

 言動もオーラの流れも穏やかで、大人びていて。誰かに高校生と紹介されたら信じそう。

 謎の多いメッセージの送り主だが、第一印象は悪くない。

 しかし普通の中学生ではなさそうだ……

 

 言葉に出来ない違和感を抱く俺を、彼は穏やかな笑顔で応接間らしき座敷に案内。

 一度席をはずしたかと思えば、お茶を用意して戻ってきた。

 

「粗茶ですが」

「いただきます……美味しいですね」

 

 素直に美味しい。

 

「気に入っていただけたようで良かった」

 

 柔和な笑顔を浮かべているが……油断できない。

 なぜだか、中学生を相手にしている気がしない。

 本題である野菜の話を聞きたいが、焦って話を進めるのは危険だとすら感じる。

 

 何が目的か、彼は何者なのか。

 会ってみてさらに謎が深まる。

 

 そんな俺に対して、

 

「改めまして、遠い所をようこそお越しくださいました。そしてあんな失礼な手紙で呼びつけてしまい、申し訳ありません」

 

 彼はあっさりと手紙の事を口にした。

 

 ……自己紹介と挨拶だけで、後はただ意味不明な質問と会いたい事だけ書かれた手紙。

 失礼といえば失礼か? 俺は心当たりがあったから、そっちの方が気になったけど。

 

「失礼とは思いませんでしたよ。初めてのファンレターで嬉しかったですし、それに内容もある意味簡潔で分かりやすかったです」

「ありがとうございます」

 

 よっぽど不安だったのか? 彼は胸をなでおろし、身に纏うオーラは喜びの色に輝いた。

 

「うちの苗はいかがですか? 中村さんから、気に入っていただけているらしいとは聞いていますが……」

「おかげさまで育ちもよく、満足しています」

「それは良かった。これまでお送りした苗は元々、この八十稲羽の在来種として古くから種が受け継がれ、生産され続けてきた作物なんです」

「へぇ……あまり聞かない品種だとは思っていましたが、それは知りませんでした」

 

 そこで彼はお茶を一口飲み下し、俺を正面から見据えて口を開いた。

 

「一般的な品種ではないですからね。歴史が古いだけ、それぞれの野菜に不思議な逸話が残っていたりもしますが……それらの逸話は単なる作り話ではなく、野菜が秘めた“特殊な効果”に起因する物です。

 ……一般的な人がそれに気づくことはまずありませんが、葉隠さん。貴方は気づいていますね?」

 

 あの内容でここに来た事実がある以上、隠す意味はない。素直に認める。

 でも彼はどうして、俺が気づいている事に気づいたのだろうか?

 

「今日お会いするまで確証はありませんでした。ただ突然うちの苗を大量に注文する人物が現れて、しかもその本人が最近テレビで騒がれている葉隠さんだと知って、注目していたんです。そうしたら不思議な発言や何らかの能力を持っていることを匂わせる発言があったので、もしかしてと思いました。

 あとは注文していた苗ですね。プチソウルトマトはともかく、カエレルダイコンは生育環境の影響を受けやすく、八十稲羽以外の土で育てると本来の味が出ません。そんな苗を葉隠さんは変わらず大量に買っていくので、味以外に目的があるのではと」

 

 ぶっちゃけあまり美味しくならない。

 そんなカエレルダイコンの苗も変わらず大量に買い続けたから……本当だろうか?

 

 それに、先ほど口にした“今日会うまで確証がなかった”。

 それはつまり、俺と会って確信を持ったということ。

 

 単純に俺がここに来たから知っていると判断した、というだけではなさそうだ。

 そう聞いてみると、

 

「まず気配が違うと言いますか……魔術師やその素養がある人は、話せば感覚的に分かるんです。それに、僕も(・・)魔術師ですから」

 

 ……普通なら信じられない事を平然と口にしてきた。

 

「感覚で分かる物なんですか?」

「僕はなんとなく。ただ僕以外に分かるという人と会った事はないです。顔が狭いので、もっと探せばいるかもしれませんが。それから、確信に至ったのは手紙です」

 

 彼は若干気まずそうに手紙に仕掛けをしていたと答える。

 

「仕掛け?」

 

 特に目立つ物は無かったはず……

 そう思い出しながら、懐からあの手紙を取り出す。

 一応持ってきてはいたけれど、改めて見直しても仕掛けのようなものは見当たらない。

 

「葉隠様、そちらが例の手紙ですか?」

「はい。特におかしくないですよね?」

「……」

「近藤さん?」

 

 どうしたんだろう? 厳しい目で手紙を凝視している。

 

「葉隠様、本当にこれが送られてきた手紙で間違いありませんね?」

「間違いありません」

「私は必要最低限の文面しか書かれていないと聞いていたのですが」

「? 書いていませんよね?」

 

 何度見直しても、書かれているのは目の前にいる男の子の自己紹介と質問。

 心当たりがあれば会いたい事と、住所だけが書かれた手紙だ。

 

「……葉隠様、私には便箋の一番上から下までびっしりと文字が書かれているように見えます。必要最低限の内容ではありません」

「!?」

 

 同じ手紙なのに、俺と近藤さんで見ている文面が違うようだ。

 これが“仕掛け”と見て間違いないが、どうやって?

 

「手紙を貸していただけますか?」

 

 言われた通りに手渡すと、

 

「“――”」

 

 彼は手紙を眺め、明確に意味があると感じさせる何かをつぶやいた。

 それが何語かは分からない。

 しかし同時に魔力が手紙を包み、弾けるように消え去った事だけは分かる。

 

「どうぞ」

 

 と言って差し出された手紙には、先ほどまで殆ど白紙だった面影がない。

 綺麗な文字と言う点だけは変わらず、細かい文字で上から下まで埋まっていた。

 そしてそれを取り囲む、額縁のようなデザイン。

 よく見ればデザインの一部に、この一年で慣れ親しんだ文字が織り込まれているのがわかる。

 

「ルーン魔術」

 

 彼もオーナーと同じルーン魔術を扱うようだ。

 

「ご推察の通り、この手紙には“読んだ方が魔術師・あるいはそれに準ずる何らかの特殊能力をお持ちの場合のみ、手紙の文面を認識させず、別に用意した文面を認識させる”というルーン魔術を仕込んでありました」

 

 先ほど、手紙の書き方が失礼だったと謝られ、それに俺は簡潔でわかりやすかったと答えた。

 その時点で俺が魔術師用の文面を見たことは確信できたわけだ。

 

 つーか……江戸川先生、Be Blue Vのオーナー、シャガールのマスター、アンジェリーナちゃん。

 夏休みに事件起こしたのも、悪魔召喚をしようとした魔術師団体だし……

 魔術師って世間から隠れているだけで結構多いのかな……?

 

「手紙に関しては仕掛けをしていたことも含めて、どちらを読まれても少々失礼かと思っていたので……」

「そのあたりは特に気にしていないので」

 

 それ以外に気になる事が多すぎて、そこはもうどうでもいいわ。

 

 ここまできたら素直に聞いてしまおう。

 

「どうして俺を呼んだのか。それが今一番知りたいです」

 

 俺が野菜の効果に気づいた。魔術が使えると確認できた。

 その上で(・・・・)、どうして俺と会って話したいと言ったのか。

 目的は何なのかを教えてもらいたい。

 

 問いかけると、彼はこれまでにないほど表情を引き締める。

 

「……では、率直に申し上げます」

 

 その真剣な声には、目の前の少年が中学生と言うことを忘れさせるほどの圧を感じた。

 俺だけでなく、隣に座る2人も息を呑むのが分かる。

 

「葉隠さん……」

 

 背筋を伸ばし、真っ直ぐに俺を捉えていた視線が頭ごと下へ向かう。

 

「僕に、葉隠さんの力をお貸しください!」

 

 ……………………ん? どういうこと?




影虎たちは八十稲羽を満喫した!
影虎は天城屋旅館の温泉に入った!
体調が絶好調になった!
残念ながら原作キャラとは遭遇できなかった!
手紙の送り主の情報を手に入れた!
謎の少年・霧谷長船と出会った!
霧谷は魔術師だった!
霧谷には何か頼みがあるようだ……


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242話 農家の息子の依頼

「力を貸してほしい?」

 

 いったい何をすれば良いのか……自然と手紙に目が落ちる。

 

 少なくともこの手紙のルーンを見る限り、

 

 ・魔術師、非魔術師の判別

 ・文章、ルーンを含むデザインの不可視化

 ・代替メッセージの表示

 ・上記魔術の隠蔽

 

 以上4つの効果はあるはずだ。

 

 近藤さんと同時に見た時に、俺だけにあの文章が見えていたことを考えると、実際に文字が消えていたわけではない……デザインの内、それらしき部分にシゲル(太陽)のルーンが見える。前後の文字からこれを()と捉えて光の屈折を操れば……? 不可視化と代替メッセージの表示は1つで可能なのか? それにルーン魔術を解除? した時の呟き、あれはまさか……

 

 ……とりあえず言えることは、このルーン魔術が俺の魔術より複雑かつ難易度の高い術であるということ。そして同時に魔術師としての腕前は彼のほうが高いという証明だ。

 

 それに彼が纏う雰囲気……なんとなく、彼一人で大抵の事はできてしまいそうな気がする。

 

 そう伝えると、彼は大きく首を振った。

 

「確かに魔術は使えますが、それだけではどうにもなりません。僕の希望は葉隠さんの動画で、うちの苗や野菜の知名度を上げていただく事です」

「……なるほど」

 

 まだ理解できる。

 良くも悪くも騒がれている俺の動画内で紹介すれば、多くの人の目に触れるだろう。

 

 さらに聞けば彼は彼でWebサイトを開設するなど、知名度を挙げる活動はしているらしい。

 しかし10年ちょっと前とは違って、今はサイトの数も爆発的に増えた。

 Webサイトなんてありふれた現代では、開設しただけでは顧客は増えない。

 

 教えてもらったサイトを俺たち3人の携帯で見てみると、

 

「サイト自体はしっかりしていますね」

 

 普通にちゃんとしたサイトに見える。

 苗のページを見れば値段などの基本的情報はもちろんのこと、育て方の丁寧な解説もある。

 どうしてもという時はメールでの無料相談も受け付けているようだ。

 また、野菜のページにはみずみずしい写真がそれぞれ用意されていて食欲をそそる。

 ……全てにおいて、製作者の熱意が見えるようなWebサイトだ。

 

「情報は分かりやすく、利用者のことが考えられている構成。これはプロに依頼して?」

「自作です。あまりお金がかけられないので、本で勉強してここまで作りました」

「私が思うに、サイト自体は十分に良い出来だと思います。ただ問題は」

「閲覧者数」

「ですよねぇ……」

 

 サイトに関しては近藤さんやチャドさんの評価もすごく高い。

 しかし問題は閲覧者数。サイトがどんなに素晴らしくても、見てもらえなければ意味がない。

 それは彼も自覚があったようだ。

 

「サイトの開設から半年ほど経ちましたが、閲覧者数が20人を超えた日はありません。また、売上への影響もほぼありません。お客様が多少増えている気はするのですが、誤差の範囲と言っても良いくらいで」

「広告や宣伝は?」

「検索結果の上位にサイトを表示できる“SEO対策”を、無料でできる範囲で試していますが、成果が出ていません。今はSNSを試そうかと考え、その手の知識を集めています」

「専門の業者に依頼するという手は」

 

 近藤さんの質問に、彼は言い淀むことなくはっきりと答える。

 

「そこまでの資金力が僕にはありません。そこが葉隠さんにお願いすることを決めた一因でもあります」

 

 曰く、

 資金力が無いのでお金のかかる広告は出せない。

 動画投稿者や芸能人など、誰か影響力のある人に依頼しようにも報酬が用意できない。

 しかし苗を大量購入する俺が、テレビに映る姿を見ていて、もしかすると……と思った。

 

「葉隠さんの協力に対して、僕が用意できる報酬は2つ。

 1つは今後の取引について。動画の成果にもよりますが、苗の代金を一部割引させていただきます。さらにご注文いただければ、苗だけでなくこちらで実らせた野菜をお送りします」

 

 苗の割引はどこまでか明確にされていないが、割り引かれて困ることは無いな。

 特に俺は今後も大量に頼むし……野菜は作った物を送ってくれるなら手間も省ける。

 

「そしてもう1つ。僕の持つ魔術の知識と技術を提供いたします」

 

 それは……

 

「いかがでしょう? きっと葉隠さんの必要としている物だと僕は思っています」

「それはどうしてか、聞かせてもらえませんか?」

 

 迷いなく言い切れる理由を聞きたい。

 さらに俺には師匠もいるが?

 

「テレビで過去の夢についての話を聞きました。世間では子供の頃の思い出だったり、キャラ付け程度に思われているようですが、僕は全部事実だと感じたんです。そして……アフタースクールコーチングで格闘技を学び続けるという選択が、悪夢の行き着く先はまだ先にある。そんな風に見えたんです。

 それから僕は葉隠さんの師匠になるのではなく、僕が独自に開発した魔術を教えるだけ。参考書のような物だと考えてください。葉隠さんにルーン魔術の知識がなければ、一から教えさせていただくつもりでいましたが……どうやらその必要はなさそうですし」

 

 まさか俺も自分と同じルーン魔術師だとは思っていなかった、

 まるで奇跡か運命のようだ、と笑っている彼。

 

 ……魔術以外に何か能力を持っていると見ておこう。

 手紙に仕掛けをしたのは魔術が対価になるかを判断する意味もあったのかもしれない。

 

「……食えない中学生だ」

「こちらとしても真剣なので」

 

 苦笑いを浮かべる、その顔が年相応に見えない。

 

「もう一つ聞かせて欲しい」

 

 どうしてそこまでして苗を売りたいのか?

 もちろん家業が繁盛するに越したことはないだろう。

 しかしこれまで話を聞いていて違和感がある。

 こういうことは普通、家族全体で。両親が主体となって取り組むのではないだろうか?

 両親はパソコンが苦手で、一番得意だから手伝っていると言うなら分からなくもない。

 だけど今の彼は、親の援助もなく孤軍奮闘しているようにしか見えない。

 

「ご推察の通り。両親はそんな事をする必要はないと話していますし、実際そこまで切羽詰まった経営状況というわけでもありません。ですが将来を考えると、僕はこういったことを少しずつ、今からやっていかなければならないと考えています」

 

 そして彼は言葉を選びながら語りはじめた。

 

「時代の流れ……でしょうか? 昔は今より農業を営む方も多く、さらに炭鉱もあり、このあたりはだいぶ栄えていたと聞いています。しかし今では自然の豊かな田舎町……将来への不安を抱き、あるいは時代の流れから取り残されたように感じ、他所へ移り住む人も少なくありません。特に農業を止めてしまう農家さんや、若い世代の流出が顕著でした」

 

 そんな状況が続き、ここ数年八十稲羽では急速に近代化を進めようという動きが出ているらしい。その代表的な例が“ジュネスの誘致”。

 

「住民の大多数から喜びの声が出ている一方で、我々のような地元の農家や、商店街にお店を構えている経営者の方々は戦々恐々としています。

 ジュネスができれば一気に便利になるのは間違いありません。……でも、そこに並ぶのはどこかで作られ、運ばれてきた商品。ジュネスに人が流れた分だけ、我々の商品は売れなくなってしまう。“売る機会”そのものが無くなってしまう。そうなってから慌てていては遅いんです!」

 

 だんだんと言葉にこもる力が強くなり、とうとう彼は声を上げた。

 彼が八十稲羽の行く末を真剣に考えていることが、純粋に伝わってくる……

 

「声を荒げてすみません……とにかくこのままではダメだと僕は思うんです」

「なるほど」

 

 彼には確信があるようだ。

 それが魔術や未知の能力によるものか、はたまた単なる先見の明かは分からない。

 しかし、ペルソナ4の原作開始時点では商店街に閉店した店が目立っているはず。

 そう考えると彼の予想は正しく、対策を練るのは妥当な判断だろう。

 

 本人は食わせ者な気がするし、魔術による仕掛けや確信の話がどこまで本当か分からない。

 しかし、自分の全てを賭けてでも事を成そう、そんな強い熱意と覚悟は感じる……

 ある意味で信用できそうだとも思う。

 そして何より、野菜と新しい魔術知識は俺にとって魅力的。

 どうやってかは知らないが、俺が何を求めているかは理解して話を進めているのは分かる。

 

「近藤さん、俺が彼の申し出を引き受けることに問題は?」

「今のところ競合するスポンサーとの契約はありませんから、普段通り投稿する動画の内容に注意をし、情報共有を密にしていただければ。細かいフォローは我々が担当いたします」

「ありがとうございます。……霧谷さんのお気持ち、よく伝わりました。また報酬も十分に価値のあるものと私は考えます」

「では……」

「これからよろしくお願いします」

「ありがとうございます!」

 

 苗の宣伝を引き受けることに決め

 

「うっ!?」

「葉隠様!?」

「どうしました!?」

「あ……大丈夫です」

 

 スキルを習得するのに似た感覚、だけど違う。

 何が身についたか分からない上に、体中に電気が流れたような痛みが走った……

 

「ちょっと体の中が引きつったみたいな痛みが一瞬。でももう消えたので」

「そうですか……?」

 

 何だったんだろう、今の痛み……

 

 気にはなったが、とにかく依頼を引き受けることにした!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~メゾン・ド・巌戸台~

 

 時間の許す限り今後について霧谷君と話し合い、巌戸台へ帰ってきた俺は、サポートチームのDr.キャロラインと江戸川先生の診察を受けた。

 

 結果は……

 

「原因不明ね」

「スキルを習得する感覚があった、ということですし、ペルソナに起因する症状だと考えられますが……」

「少なくとも肉体的な異常は発見できないわ。心理的要因で引き起こされる痛みか、あるいはまた別の何かだと思うわ……」

 

 原因は分からなかった。

 しかし二人は俺の症状について議論を交わしている。

 どちらの意見も推測の域を出ないようだが……2人の真摯な思いを感じた……

 

「っ!?」

「! 影虎君!?」

「……大丈夫です。体の痛みがまた……」

「もう一度調べてみましょう。発作の直後なら何か違うかもしれないわ」

 

 再度メディカルチェックを受けた……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス・エントランス~

 

 時計の前に座り込む俺、天田、そして俺の召喚したシャドウが3体。

 

「……天田、頼むぞ」

「はいっ」

 

 天田が先日収穫したヒランヤキャベツを抱えているのを確認し、実験を開始する。

 

「こい!」

「!」

 

 合図と共に、1体のシャドウが俺にポイズマを放つ。

 それを抵抗せずに受け入れると、途端に気分が悪くなる。

 

「毒状態だ」

「先輩!」

 

 すぐさま千切って差し出されたキャベツの葉を口に詰め込む。

 

「……」

 

 苦い。ヒランヤキャベツは市販のキャベツよりも甘みが少ないのか……?

 しかもエグミがあるというか、吐きそうにはならないけど、生で食べるには向かないかも。

 食べ進めていくうちに慣れ、だんだん気分も楽になり味わう余裕が出てくる。

 

「大丈夫ですか?」

「ああ、もう平気だ。どうやら一個丸々食べなくても回復はできるみたいだな。念のためもう一枚くれ」

「どうぞ。これで六枚目です」

「なら一回に五~六枚ってとこか? ……普通のキャベツより葉が薄いみたいだな。やわらかくて歯ごたえもいい。回数を重ねると腹が膨れるだろうけど、とにかく効果はあるみたいだ。この調子で他の状態異常も全部確認するぞ」

「お腹は平気ですか?」

「食いきれると思う。それより天田も一度は全部の状態異常を受けておけよ?」

 

 上に行けたら、普通に使ってくるシャドウもいるはずだ。

 その時になって慌てないための練習にもなるだろう。

 

「分かりました。ところで、回復魔法の練習も必要ですよね?」

「……もしかして野菜嫌いなのか?」

「きっ、嫌いじゃないですよ! ただその、生は苦手と言うか、ちょっと食べにくいと言うか……」

「まぁ今回はそれでもいいけど。今度料理で何とかならないか試してみるよ。江戸川先生も色々試すって言ってたし」

 

 回復魔法の練習も必要ではあるけど、魔力を温存しておくことも必要になると思うからな。

 

「わかりました」

「とりあえず今日は俺が実験台だ。次もフォロー頼むぞ」

「あ、はい!」

 

 ヒランヤキャベツの効果を検証した!




影虎は苗や野菜の宣伝を頼まれた!
霧谷は自分の事情と八十稲羽の将来を熱く語った!
霧谷は野菜と魔術を対価に提示した!
影虎は宣伝を引き受けた!
影虎は謎の痛みに襲われた!
影虎はヒランヤキャベツの実験を行った!


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243話 内家拳・練習開始

 翌日

 

 10月24日(金)

 

 放課後

 

 ~校舎裏~

 

 朝からごく普通に授業を受け、放課後はまた新しい中国拳法の練習が始まる。

 酔拳? 蟷螂拳? 蛇拳? 今度は何という中国拳法なのか、記憶にある中国拳法の名称を思い出しながら撮影に向かうと、プロデューサーに呼び止められた。

 

「葉隠君、ちょうど良かった。今回の撮影なんだけどね、これまでとはちょっと違う感じでやってもらいたいんだ」

 

 と、言いますと?

 

「簡単に言うと“ご褒美ロケ”って感じかな。前回の陳先生がだいぶ厳しかったでしょ? あとマンネリ化を防ぐためのテコ入れってやつ。もちろん中国拳法は勉強してもらうんだけど、それ以外にも中国の文化とかの紹介を加えてもらう形になる」

 

 さらに詳しい説明を受け、本番へ。

 

「今回の課題は……内家拳! そしてそれを教えてくださる先生が、こちら!」

「黄です。よろしくお願いします」

 

 黄先生は力士のような体格にダルマのようなヒゲ、そしてスキンヘッドのやや威圧感の強い風貌の中年男性。しかし撮影前に少し挨拶をした時には実に気さくで話好きな人だった。日本語も上手い。

 

 もしかして陳老師と同じタイプの人かとも思ったが、それも違うらしい。

 

「中国拳法をその特徴や技の性質で分類する時に使われる用語で、内家拳と外家拳という言葉があるんだ。内家拳は筋力ではなく気功や内功、体の内から力を発して用いることを念頭に置いている拳法。対する外家拳は鍛えた体や筋力で相手を倒す拳法のことを言う。まぁ他にも色々あるけれど、長くなるので割愛する。

 ただしこれはあくまでもその拳法がどちら寄りの理念を持っているか、という1つの分類にすぎない。実際は内家拳に属する拳法の修行でも体は鍛えるし、外家拳に属する拳法の修行にも気功や内功を取り入れている。もっと言えばどちらを優先するかの問題だね。熟練者になると境目なんてあってないようなものさ」

 

 だから呼び方に固執する必要はない。大切なのは練習だ。

 黄先生はそう語る。

 

「? しかし内家拳が中国拳法の分類となると、複数の拳法がそこに属していることになりますよね? 今回学ぶ拳法は具体的に何という拳法ですか」

「それなんだけどね。内家拳には“内家三拳”と呼ばれる代表的な拳法がある。それは太極拳・八卦掌・形意拳だ」

「! どれも聞いたことのある名前」

「そうだね。この三つは数ある中国拳法の中でも特に有名なものだ。君には今週一週間で、この3種類をそれぞれ練習してもらう」

 

 一週間に3種類!?

 あまり練習中に、特に練習に入る前からこういうことは口にすべきではないと思うが。

 

「それはさすがに無理では?」

 

 そんな俺に、黄先生は笑顔でこう言った。

 

「大丈夫さ! どのみち一種類でも難しいからね!」

 

 いまいち意味が分からないので、中国語でさらに詳しい説明を求める。

 

『内家拳は基礎と型の鍛錬そこに真髄があるのさ』

 

 内家拳は体や筋肉に頼らないため、力の発し方1つ取っても分かりにくい。

 10年、20年と長い時間をかけて基礎訓練を行って身につけるものだとのこと。

 だから太極拳・八卦掌・形意拳、それぞれ2日ずつかけて基礎と型。

 さらに体作りの方法なども平行して教えていただける。

 

 一週間で一つの格闘技を極めるのは最初から無理。

 この番組はそれを承知の上で、どこまでできるかを試す番組。

 そう考えて思考停止をしていたかもしれない。

 

 まさに逆転の発想。

 

 極められないことを前提に、後々自分で研鑽できるように基礎に絞って数を学ぶ。

 それが今回の課題。成果を発揮できるかは俺の努力に委ねられたわけだ。

 

「分かってもらえた所で、今日は練習を始める前に簡単な実力確認をさせてもらうよ」

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 実力テストということで先生に言われるがまま、これまで学んだ翻子拳、八極拳、劈掛(ひか)掌の型からそれぞれ自分が得意だと思う1つを披露した。

 

「いい感じだね。では続けてもう一つ」

 

 先生は今回初めて高台の片隅に設置されていた、運動会の放送席のような長いテントへ向かい手招きをする。

 

「? これは……」

 

 テントの中には撮影機材と、縦一列に並べられている多数の蝋燭。

 その距離は2メートル。

 

「お願いします」

 

 先生がそう言うとスタッフさんが一斉に蝋燭へ火を灯す。

 そして先生は足元の白線を指し、その場へおもむろに立って構え、

 

「……!」

 

 鋭く息を吐いて全身を震わせるように掌底を突き出す。

 次の瞬間、掌から放出される“気”の流れ。

 それは蝋燭の上をかすめながら直進し、次々と灯されていた火を消していく。

 

『おおっ!』

 

 そして最後の火が消えると、スタッフさんたちから拍手が巻き起こった。

 

「葉隠君、次は君の番だ」

 

 気を使った技。

 できないことはないが、やってもいいのだろうか……

 テレビ的なことは考えすぎなくていいと言われているが……

 

 と言うか説明もなしにやれと言われても、普通なら絶対に成功の余地がないと思うのですが?

 

 逡巡していると、黄先生はそっと俺の肩を押して白線の縁へと導く。

 

「自信を持って、君なりのやり方でやってみなさい」

 

 ……よし。

 

「では……いきます!」

 

 宣言してからソニックパンチを放つ。

 拳の延長線上を飛ぶ気の塊が火を打ち消しながら進んでいく。

 

『おおっ!?』

 

 できると思っていなかったのだろう。

 感心や拍手ではなく、純粋に驚愕の声がそこかしこから飛んできた。

 しかし……

 

「……ちょっと失敗したなぁ……」

 

 残念ながら先生のように、全ての蝋燭の火を消し去ることはできなかった。

 軌道が若干左上に反れてしまい、最後の3本には火が灯ったまま。

 それでも黄先生からは十分との言葉が出てきた。

 

「撮影された今の映像を見ると、おそらく何らかのトリックを疑う人が出てくるでしょう。それくらい気功という言葉は胡散臭く聞こえるかもしれません。ですが、気功というものは、それを知る者からすれば、道具と何も変わりません」

 

 カメラを前に、黄先生の演説が始まる。

 

「私が日本の生徒を指導している時によく聞かれるのが、“寸勁”、“浸透勁”、“発勁”そして“気”。これらについて、とても多くの生徒が質問をしてきます。そして大概の生徒は、それらをまるで魔法のような“超人的な能力”と考えています。ですが、それは大きな間違いです。

 こう言うと必ず、気や勁とは一体何なのか? という質問が来るので、私はいつもこう答えます。それは“力とその使い方”です、と」

 

 発勁はそもそも“力”を“発”する事、その方法を指す。

 

「浸透勁。この言葉は本来中国にはありませんが、意味合いとしては相手の体の奥底まで染み渡るような攻撃のことでしょう。それならば、自分の攻撃の威力、力をいかにして相手の体まで伝えるか、その方法と言えます。

 そして寸勁。これは“ワンインチパンチ”とも言われ、至近距離からでも十分な力を乗せられる体の使い方。近年ではもう科学的に検証されていますし、そういったテレビ番組を見たことは無いでしょうか?」

 

 スタッフの中からあるある、という声が聞こえてくる。

 

「でしょう? 現代は寸勁のみならず中国拳法、さらには世界各国の格闘技も同じです、科学的に検証され研究される。それが可能な、物理法則なのです。決して魔法のような奇跡の超能力ではありません。体の使い方と、それにより生み出される結果なのです。それを現代のように科学的検証ができない大昔から、連綿と伝えるために編み出されたのが気と勁の概念。

 ただし、それも説明を聞いただけでは意味がない。人が実際に自分の体に秘められている気を自覚するには鍛錬をしなければならない。十分に知覚できるまでには長い時間がかかり、自在に操るには更なる時間を要する。だからこそ気功を知らない人には不思議な超能力に見えてしまう。それだけなのです」

 

 これまでの誰よりも流暢に、かつノリノリで。

 カメラに向かって気がオカルトや迷信の類でないと説明をしている先生。

 彼は次に俺へ水を向けた。

 

「そして葉隠君。彼は既に気を理解して使える領域に、独学で達していたんですね。私が次の指導を担当すると決まった後に、陳老師から伝えられました。彼は自分が教える前から気について理解している、そういう動きをしていたと」

 

 カメラが一斉にこちらを向くが、どんな顔していいかわからない。

 そこに更なる援護が入る。

 

「ただし、葉隠くんの気の扱いはまだ拙い」

 

 ん……やっぱりか。

 

「独学でここまでできれば十分だし、すごい才能だよ。そこは自信を持っていい。ここからさらに上達する余地もある。そして内家拳の練習はその問題点を改善するために役立つ。今日から一週間、もう一段上への進歩を目指して頑張ろう」

「はい! よろしくお願いします!」

 

 内家拳の練習、そして気功の訓練が始まった!

 

「まずは站樁功(たんとうこう)から。足を肩幅に開いて腰を落として、腕は前に、こう柱に抱きつくように円をつくるんだ。そう。そして姿勢を維持したまま上半身はリラックス。それが“上虚下実”。これをまずは30分、できるならもっと長く続けてみよう」

 

 ここから特に何をするのではなく、姿勢を維持し続けることが内家拳の基礎練習。

 呼吸を整え、重心を安定させると座禅に近い精神状態になってくる。

 実際この練習は立禅(りつぜん)(立って行う座禅)とも呼ばれるらしい。

 

 ……限界まで立ち続けた!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 練習後

 

 ~部室~

 

 帰る前に、江戸川先生から呼び出しを受けた。

 

「呼び止めてすみませんねぇ。ヒランヤキャベツの効果について確認しておきたくて」

「大丈夫ですよ。俺も野菜のことは詳しく知っておきたいですし」

 

 霧谷君との契約で、野菜の宣伝をすることになっている。

 対象商品についての理解を深めておくことは大切だ。

 とりあえず先日の実験結果と乾燥について、先生には話しておく。

 

 すると先生からの報告もあるようだ。

 

「私からはこちらを」

 

 取り出されたのは、小さな緑色のカプセル剤が詰め込まれたプラスチック容器

 まるでサプリメントのようだけど……

 

「もう試作品が出来たんですか?」

「凍結粉砕機にかけて粉末状にしたヒランヤキャベツを市販のカプセルに充填しただけですけどね。調べたところヒランヤキャベツは栄養価が非常に高く、滋養強壮、食欲増進、精神安定、体質改善などなど……様々な症状の改善に効果のある薬効成分も検出されました。その栄養素や成分を、加熱で失わせることなく粉末にできているはずです。ヒヒッ、他には何も加えていません。ヒランヤキャベツオンリーです。

 摂取量は生の状態で葉を5~6枚でしたねぇ? そうすると……3錠を1回の目安として、水で服用してください。効果が出なければ使用量を倍に増やしても構いません。水分以外はそのままなので、摂取量が十分であれば効果も出るかと。もし何か問題があれば教えてください。私も私で改良を試みますので」

 

 江戸川先生から新薬を受け取った!

 キャベツを丸ごと持ち歩くよりも携行性に優れているし、何より飲みやすそうだ。

 さっそく今夜のタルタロスで試してみよう。

 

「あと、こちらもおまけにどうぞ」

 

 今度は液体の入った小さなプラスチック容器だ。

 しかし妙に高級感漂う箱に収められ、金文字で“Soma”と書かれている。

 

「ソーマを使った美容液の話、覚えてますか? あれの製品版ですよ。本部の方では売り出す準備が着々と進んでいるようで……ヒヒッ。サンプルがいくつも送られてきたのです。

 芸能活動をするなら肌にも気を使った方が良いでしょうし、使ってみては?」

 

 確かに……体調はともかく肌にはあまり気を使っていない。

 特に化粧品の知識もないし、これ使ってみるか。

 



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244話 本格化する芸能活動

 翌日

 

 10月25日(土)

 

 放課後

 

 ~部室~

 

 いつものように校舎裏で中国拳法の練習と撮影。

 昨日の復習に加えて太極拳の型を学び、実際に動いて練習していた。

 ゆっくりと、丁寧に動きの確認を続け……少し汗をかく程度で先生は型の練習終了を宣言。

 

 そして現在、俺と先生は部室の厨房に立っている。

 作業台にはたくさんの材料が並べられ、その向こうのADさんから撮影開始の合図が出た。

 

「ということで、場所を移しましたが……先生。この状況はどう見ても料理番組なんですが」

「その通り! ここからは美味しく、体に良い中華料理を作って食べよう。技を磨くだけでなく、体も作っていく。そのためには食べることはとても重要。食べることも修行の内! ちなみに私の実家はそこそこ歴史のある中華料理店、私自身も調理師免許を持っているから味はそれなりに期待していいよ。初日だし簡単なメニューから始めるからね」

 

 黄先生から餃子と小籠包など、本格的な“飲茶”料理の作り方を習いながら作ってみた!

 なおその試食の際には、太極拳を学ぶ上で重要な“陰陽”の思想について説明を受けた。

 

 どうやら黄先生の指導は型や体の鍛え方の指導、料理指導、試食しながら戦術理論や思想の解説という形で進めていくようだ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~アクセサリーショップ・Be Blue V~

 

「何だか久しぶりな感じ」

 

 岳羽さんがバイトに復帰した。

 体はもう大丈夫なんだろうか?

 

「うん、もう平気。ごめんね、ずっと休んでて。あとこの前のフルーツありがとう。高かったでしょう」

 

 俺があれこれ言ったことで負担をかけたようだし、気にしないでほしいと告げる。

 

「ところで体調崩してる間、病院に行ったりした?」

「……うん。君から色々聞いて警戒してたんだけど、そうこうしてるうちに体調が悪化しちゃってさ……寮母さんに押し切られて、連れてかれた」

「そうか……」

 

 そうなると、岳羽さんの入部は原作より早まるかもしれないな……警戒しておこう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス・エントランス~

 

「先輩、今日はいつもより多めに素材が集まりましたね」

「ワン!」

「ああ……」

「あれ? 先輩どうしたんですか?」

「ワフン?」

「いや、実は考えてることがあってさ」

 

 黄先生から色々な体の鍛え方を教えてもらったが、そのうちに“毒手拳”の話を聞いた。

 

「何でしたっけ、どこかで聞いたような……」

「日本だと漫画で取り上げられるやつだよ。長い時間をかけて手に毒を染み込ませて、それで殴られると肉が腐るとかいうやつ」

 

 黄先生はその真実と迷信の部分をはっきりと説明してくれた。

 

 曰く、

 薬草や漢方薬を用いて行う修行があるのは事実。

 しかしそれは手足にかかる負荷が大きく、怪我をしやすい練習のアフターケア。

 手に毒を染み込ませるなんてことをすればまず自分が毒の被害を受けてしまう。

 適切に治療を行いながら強靭に鍛え上げられた手足、そこまでに積み重ねた訓練。

 それらが1つになって、修行者は敵を一撃で仕留めるまでの力を身につけた。

 ……ということではないかという話だ。

 

「へぇ~、そうなんですか。……それで?」

「うん。今話したのが一般的かつ常識的な考え方らしい。でも先生は最後にこう言ったんだ。中国の歴史は古いし、もしかしたら本気で毒を染み込ませることを考えた人もいるかもしれない、と」

 

 先生は冗談のつもりで言っていたが、俺はそれが気にかかっている。

 

「少しやってみようかと」

「やってみようって……」

「いや、全く何も考えてないわけじゃないんだ。今日の探索では二人のサポートに専念して状態異常魔法を使ってただろ?」

 

 状態異常魔法は様々な効果があるが、どれも魔力を用いて発動している。

 さらによく観察してみると、魔力が変質して敵を侵食しているようにも感じる。

 まだそんな気がするという程度だが、的外れではないと思う。

 

「魔力は魔法を使うためにそれなりに操ってるし、状態異常を引き起こす魔力をこの拳や爪に纏えれば、攻撃と同時に状態異常魔法を叩き込めるのではと」

 

 同じ要領で武器に定着させれば、武器に追加効果をつけられるか?

 そんなことを考えていた。

 

「そういえば前にもやってましたね。あの時はデッキブラシを燃やして、持って帰れなくなったんでしたっけ」

「そうそう。前と違って毒なら燃えないだろうし、力を込める部位を穂先……デッキブラシの先端に限定すれば持ち運びはできると思う。

 ……先に触れたらどうなるかは知らんけど」

「なんだか危なそうですね」

「ワフゥ……」

「とりあえず実験してみようと思う。江戸川先生の薬もあるし」

 

 恐怖、混乱、魅了の精神系は万が一の判断力に不安があるので却下。

 気分は悪くなるが、ポイズマを使って実験をした!

 

 その結果、

 

「先輩、先に触れたら駄目ですね。まぁ、デッキブラシじゃなくて刃物なら気軽に触ることもないと思いますけど……とりあえずカバーか何か付けたいです。武器としては使えると思いますよ」

「そうか。改良の余地はあるな。あと俺の方はかなり練習が必要そうだ」

 

 可能性は0ではなさそうだが、そう簡単にもいかないようだ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 10月26日(日)

 

 朝

 

 ~テレビ局~

 

「おはようございます」

 

 入館証を提示して局内へ。

 今日はとあるトーク番組の撮影のためにテレビ局へやってきた。

 アフタースクールコーチングとはまた違う内容の撮影となのでやや緊張する。

 

 まずは顔合わせからということで、俺と近藤さんは控え室より先に会議室へと通された。

 案内のスタッフさんがドアを開けると、団子のように集まっている大勢の女子の姿が見える。

 

「おはようございます」

『おはようございます!』

 

 先に挨拶をすると、一斉に返事が返ってくる。

 声の主の大半はテレビでしか見たことのない顔だが、

 

「葉隠君だ! 久しぶりー!」

「アフタースクールコーチングの撮影ではお世話になりました」

「元気でしたか~?」

「今日はよろしくね!」

「お久しぶりです! おかげさまで元気でやっていけてます。あの時はこちらこそありがとうございました。今日もよろしくお願いします!」

 

 今日撮影する番組は“アイドルトーク23”。

 メインMCからアシスタント、コメンテーターもIDOL23のメンバーが勤めるトーク番組。

 アフタースクールコーチングでご一緒させていただいた方々もいた。

 

 さらに、

 

「せ、先輩~」

「おはよう、久慈川さん」

 

 今日の撮影は久慈川さんも参加すると聞いていたが、先に来ていたようだ。

 状況を見た感じ……質問攻めにされていたようだ。

 

「あはは、ごめんね~」

「久慈川さん緊張してたみたいだからさ、リラックスさせてあげようと思ったんだけどやり過ぎちゃった?」

「ん~、最初は本当に緊張してましたし……びっくりもしたけど迷惑じゃないですから」

 

 明るいキャラのメンバーに聞かれて答える久慈川さん。

 オーラを見るに本心からそう言っているようだ。

 室内の空気も悪くはない。

 

 が、

 

「さーて、次は葉隠君の番だね」

「根掘り葉掘り聞いちゃうよっ!」

 

 女子の矛先がこちらへ向いた!

 

「打ち合わせ前に、親睦を深めるためってことで」

「歳も高校生ならそんな違わないし、クラスメイトと話す感じで気軽に話してよ」

「あっ、でもでも恋愛は禁止だぞっ?」

 

 逃げはしないが、既に逃げ道は塞がれているようだ……

 近藤さんは相手方のマネージャーと談笑しつつ情報収集中。

 

 仕方がない。

 

 と腹をくくったその時、

 

「あら?」

「どうぞー!」

 

 室内にノックの音が響き、近くにいた1人が答えた。そして開かれる扉。

 

「あっ」

「っ!」

「……」

 

 そこにいたのはBunny's事務所の光明院と佐竹。

 入ってきた2人と音のした方を向いた俺。真正面から視線が合ってしまう。

 

「おはようございます」

 

 とりあえず挨拶をすると、思い出したかのように挨拶が返ってくる。

 そして彼らは他の皆さんにも一通り挨拶をすると、俺の所に戻ってきた。

 

「やぁ葉隠君。君もいたんだね」

「オファーを頂いたので」

「……おかしいな。今日のテーマは“新人アイドル大集合”だったはずだけど?」

 

 

 相変わらず敵視してくるな……

 光明院君はまだ普通に驚いているようだけど、佐竹はあれだ。

 

 “お前みたいな奴が来るところじゃないぞ”

 

 ってな感じの意思をビンビン感じる。

 

「そこは俺も不思議なんですよね」

 

 ここで揉め事を起こしても損しかない。

 同意する形でスルー……したらオーラが露骨に不機嫌になった。

 俺に喧嘩売らせて問題にでもしたいのかな?

 

 撮影が始まってもいないのに、なんだか幸先が悪いな。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「ではこれはそういうことでお願いします」

 

 撮影前の打ち合わせが行われている。

 といっても大半の内容は事前に連絡とアンケートなどで回答済み。

 ここではほとんどがその確認なので、全体的にはスムーズに進んでいく。

 ただ、一部演出の都合だったり、他の出演者の都合でこの場で通達されることもある。

 

「では次に……18ページをご覧ください」

 

 トークの中で、先輩からの“アイドルとして一芸を用意しておくべき”という言葉があり、その実例として、とあるメンバーの“エアギター”が披露される予定になっている。

 

「ここでは皆さんにエアギターを体験していただきますが……ここでは光明院君と佐竹君を前面に押し出したいと考えています」

 

 番組側はあの2人に見せ場を用意しているようだ。

 2人のモチベーションも一目でわかるくらい上がっている。

 

 しかし、ここで彼らのマネージャーが口を挟んだ。

 

「二人はエアギター未経験者ですが、具体的にどの程度のパフォーマンスが求められますか」

「クオリティーは求めていません。トークの流れで楽しそうにやっていただければ」

「そうですか……申し訳ありませんが――」

 

 なんとマネージャーは見せ場を断ってしまった。

 

「山根さん!? なんで」

「事務所の方針だ。君たちは黙っていなさい」

 

 驚きの声を上げた自分の担当アイドルをすげなくあしらい、彼は語る。

 

 Bunny's事務所はクールな王子様路線で2人を売っていく方針。

 和気藹々とした撮影が悪いわけではないが、イメージを壊しかねない内容は認められない。

 低クオリティーのパフォーマンスで万が一にも無様な姿を見せるなんてもってのほか。

 イメージを守るためなら仕事の選り好みもする。

 それが許される力が彼らの事務所にはあるようだ。

 

「今が大事な時期なのです、ご理解いただきたい」

「わかりました。そうしますと……葉隠君。代わりにどうでしょう」

 

 俺は特に問題ないと思うけど、近藤さんに確認を取る。

 二つ返事でOKが返ってきた。

 

「ではここは葉隠君にお願いするということで」

 

 打ち合わせは問題が解決し、話題は次に移る。

 しかし先ほどから感じる鋭い視線はどこにも移らない。

 

「事務所の方針じゃ仕方ないさ、だからそうカリカリするなよ。俺たちには他の出番もあるし、俺たちが目立つには道化役だって必要だろ」

「ああ……」

 

 ……なんだか意外なものを見た気がする。

 光明院君が出番を失ったことに不満を持っていたのは明白。

 声こそ上げなかったが、先ほどは同じように佐竹も不満を持っていたはず。

 それが落ち着いて、今ではまだ納得いかない様子の光明院君をなだめている。

 発言に引っかかる所はある。あまりいい印象はない。それは変わらないけれど。

 

 佐竹の意外な一面を知った……!!

 

「ぅ……」

「大丈夫ですか」

「ご心配なく。例のやつです」

 

 またあの痛みが襲ってきた。

 ……今は打ち合わせに集中しよう。



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245話 トーク番組

「本日のゲストはこの4人でーす!!」

『キャー!!!!』

 

 本番開始とともに湧き上がる歓声。

 Bunny'sの2人、久慈川さんに続いて俺も、ピンクが基調のかわいらしいセットに上がる。

 

「昨今話題の新人アイドルが勢ぞろい!」

「だけど新人さんはまだデビューして間もないよね?」

「どんな子なのか、よくわからな~いって人も多いんじゃないかな?」

「今日はそんな4人の素顔を探っていくよっ!」

「まずは今Bunny's事務所一押しのこの2人!」

 

 光明院君と佐竹の紹介に挨拶のような軽いトークが始まる。

 

 ……素顔を探るという名目にはなっているが、イメージが重要なアイドル業界。事前の打ち合わせは当然。さらに所属事務所はキャラ作りに余念がない。そんな2人のトークは予定通りに進む。

 

 佐竹は生来の性格か自信満々で堂々とトークをこなす。

 光明院君は気合の入れすぎが原因と思われるミスを何度かしていたものの、些細な事。

 ちゃんと反応して、声も出る。

 スタッフさんのオーラを見るに、十分合格点をとれているようだ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 アイドルとしてデビューした感想や、印象に残っている思い出などをテーマにトークが続く。

 

「葉隠君は結構行き当たりばったりと言うか、お任せとか無茶振りをされてる印象が強いよね」

「そうですね。アフタースクールコーチングではだいたいそんな感じで、それがほぼ唯一の出演番組だったので。そういうイメージがあるのかもしれません」

「それってぶっちゃけ大変じゃない?」

「楽、ではないです。ただ僕はそのおかげで助かっている部分もあると思ってます」

「ほうほう? それはどうして?」

「僕はこうしてテレビに出させて頂いていますが、どこかの事務所に属しているわけでもないので、先ほどまで皆さんが話していたような練習、先輩からのアドバイス、あと“下積み”がないんです。出来る限り情報を集めるようにはしていますが、やっぱり業界の常識も知らないことがあったりします。

 無茶な事を言われるときは駄目で元々、ウケれば儲けというか……こう言うと語弊がありますが、ある程度のミスは許容していただけるじゃないですか。それでいてやるべきことの方向性はしっかり示してくださる。だから精神的に助かる部分があると思ってます。」

「あの……私、緊張とかしやすくて、そういうのうまく対応できないんですけど、そういう時に緊張とかそういうのはないんですか?」

「緊張やストレスはありますよ。それはそれで当然。でもいつもより傷は浅いと思って」

「もう傷はつく前提なのね?」

「常に体当たりなんだね!」

「私思ったんだけど、葉隠君ってお笑い芸人さんみたい」

 

 お笑い芸人!?

 

 俺の驚きをよそに、周囲からは納得の声が次々と上がっている。

 

「初めて言われました。具体的にどのあたりが?」

「えっとね、その前のめりになった姿勢とか」

「姿勢?」

 

 言われて自分と他のゲスト3人を比べてみると、確かに俺だけ前に出ている。

 

「若手芸人さんとお仕事するとあんな感じだよね」

「そうそうそう! 何かあって、オイ! みたいな感じで前に出て来る感じ?」

「というかそれ、葉隠君もアフタースクールコーチングでやってた気がする」

「……確かにやった覚えがあります」

 

 自覚はある。芸人さん以外はしないのか?

 

「どうだろう……人によると思うけど、モデルさんとか俳優さんはしないよね」

「私はアイドルだけどするよ?」

「ミミはバラエティ番組のオファーが多いからじゃない? 私は全然オファー来ないし、前に頑張ったら“そういうのいらないから”って言われたよ」

 

 特に意識していないが、俺は芸人さん風の行動をしているようだ。

 改めて自分の行いを振り返ってみる。

 

「……あっ!」

「どしたの?」

 

 思い出した。

 俺が最初にテレビに出たのは、夏休み前に撮影したプロフェッショナルコーチング。

 芸能人とは無縁の俺が一番最初に出会い、アドバイスを貰った人は他でもない。

 お笑い芸人である“ピザカッター”の2人だった。

 

『それだ!』

「芸人さんのアドバイスを参考にしてたから無意識に……そういうことね」

「真面目に学び取った結果なんだね!」

「葉隠君はバラエティー向きかな?」

「みんな別人で性格も違うからね~、それが葉隠くんのキャラなんだよ。きっと」

 

 確かに、Theイケメンアイドルな光明院君と同じ活動をしろと言われたら困る。

 若くてもプロ、学べることが多い……

 

 プロと接して、知らないうちに身についていた行動。

 そして自分自身のキャラクターへの理解が深まった!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「そろそろお別れの時間が近づいてきました」

「残念だけど最後の話題に行きましょう!」

「最後の話題は“今後の活動”でーす!」

 

 今後の活動、つまるところ宣伝だ。

 光明院君、佐竹君、久慈川さん。

 それぞれ自分が出演する番組やライブなどについて、順番に情報を公開している。

 

 というかBunny'sの2人はデビューしたばかりでもうドラマ出演の予定まであるのか。

 しかも光明院君に至っては、結構重要な役を任されたっぽい。

 事務所で行っていた演技の練習を、打ち合わせに来ていた監督が見ての大抜擢だとか……

 謙遜した風な事を言っているが、内心ではこのチャンスを絶対にモノにすると息巻いている。

 すさまじい熱意、もはや執着と言うべきか? 粘着質に感じるオーラが肥大化している。

 

 そしてその隣で、これまたどす黒いオーラを肥大化させている佐竹……

 打ち合わせの時の寛容さが行方不明。

 ちょっとはいい所もあるのかと思ったけど、今は嫉妬の炎が見えそうだ。

 

「葉隠君はライブとかやらないの?」

 

 残念ながら、今の俺には宣伝すべき予定がない。

 超人プロジェクトの情報はアメリカでの正式発表待ち。

 動画サイトでの活動は続けていく予定だが、公共の電波で予定は発表しない。

 テレビ番組のオファーはあるが、事務所に所属していないため発表しづらい。

 ライブなどの予定もない……が、ここでの回答は用意してある。

 

「今度行われる中等部の文化祭でダンスをしてくれないか? というような相談がくるようになりましたね」

 

 俺一人だけ“何もありません”で終わらせるのは盛り上がり的によろしくない。

 そこでこの前の話を出すことにした。

 まだ調整中の部分は多いが、実験のためにも実現させる方向で動いている。

 ちゃんと話題として使う許可も取ってある。

 

「前回と違って楽曲一つでも選択から用意まで、学校の補助もありますがほとんど自分で用意することになっていて。この際だからプロに依頼してオリジナル曲とダンスを作るか! なんて話も出てきたり、忙しくも楽しくやってます。さすがに完全オリジナルはスケジュール的に無理そうですが、もしよろしければ学園祭に来てください」

「……カット!」

 

 話し終えたところで収録が一旦止まり、全体のチェックが入る。

 

「OK!」

 

 問題はなかったらしい。

 これで残るはエンディングの撮影だけ。

 さらに俺はエンディングで特に任された役割もない。

 仕事は終わったようなものだけど、ミスをしないように気を引き締める。

 あと一息だ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 腹に響くような低音。

 掻き鳴らされるエレキギター。

 やけに鋭い印象の曲にのり、光明院君の声がスタジオ中に轟く。

 

「うっわ、やっぱBunny'sの今イチオシって看板背負ってるだけあるなぁ……」

「確かに」

 

 歌もダンスもレベルが高いだけでなく、異様なまでの気迫を伴っている。

 きっと相当な練習を重ねてこの場に立っているのだろうし、苦労したのだろう。

 誰にも負けないという彼の気持ちが出ているようだ。

 それは歌詞や曲調と合っているけれど、どうも好きになれない。

 

 以前から刺々しい態度ではあったけれど、新曲発表の場になって一層増した。

 オーラがまるでウニのように刺々しく、他者を拒絶する殻にも見える。

 言葉にすれば、まさにプライドと執着の塊。

 正直、見ていると凄さよりも痛々しさを感じてしまう。

 

 ……信用できる人とか、悩みを相談できる仲間とかいないのかな……

 

 今日の収録で彼の苦しみが少しだけ分かった気がした。

 

「!!」

 

 また、この痛みか! 撮影中なのに……?

 

 表情に出さず堪えていると、なんだか毎回似たようなタイミングで痛む気がした……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 収録後

 

 ~前室~

 

『お疲れ様でした!』

 

 撮影が無事に終了し、出演者とスタッフさんたちが至る所で言葉を交わしている。

 俺も声をかけてくるIDOL23の皆さんの対応をしていると、

 

「お疲れ様です」

「あっ、近藤さん」

 

 カメラが止まったので近藤さんも舞台上まで上がってきていた。

 

「どうでしたか? 今日の撮影は」

「上々といったところでしょう。先ほどこちらの番組プロデューサーから、また機会があれば別番組にも出てみないかとお誘いを頂きましたよ。感触は悪くありません」

 

 それなら確かに上々だろう。

 事務所に所属していない素人の俺と、有能だけど日本の芸能関係者ではない近藤さん。

 業界の知人やコネは事務所所属の人とは比べようもないほどに圧倒的な差がある。

 だからこそ現場で繋がる縁は貴重だ。

 

「お話中すみません!」

「「?」」

 

 周りにいたアイドルの一人が緊張気味に声をかけてくる。

 

「はい、何でしょうか。佐々木さん」

 

 緊張しているようなので、気持ちを和らげやすいように声をかける。

 “相手の苗字や名前を呼ぶ”という行為は、相手に肯定感を与え、距離を縮める手がかりになる。

 ただしやりすぎは禁物だ。

 親しくない間柄でいきなり名前呼びは“馴れ馴れしい”。

 苗字でも口を開くたびに繰り返せば“うざい”、という印象になってしまう。

 

「葉隠君はフリーなんですよね?」

 

 そう言いつつ、目がチラチラと近藤さんの方を向いている。

 どうやら無所属なのにマネージャーのような人がいるのが不思議なようだ。

 近藤さんも察したらしく、先んじて俺のスポンサー経由でマネジメントを委託されたと説明している。

 

「やっぱり芸能活動を一人ですべて行うというのはとても難しいことですから。近藤さんにはいつも助けていただいています」

 

 こうして撮影できてテレビに映るアイドルだけでもたくさんいるが、その事務所にはさらにたくさんの候補生、そして事務所に入ることすらできない人々も大勢いる。

 

 中には自腹を切って、プロデュースはもちろん機材や衣装、場所の手配まで自分の手で行い活動するアマチュアアイドル。通称“地下アイドル”まで存在するけれど、業界の力関係もある以上、普通なら無所属での芸能活動はほぼ無理。活動だけならまだしも利益を出すとなると非常に困難となる。

 

 芸能界に生きる彼女たちにはよく分かるようで、マネジメント担当者を用意したことについてはすんなりと納得したようだ。

 

「ちょっと先輩。話しちゃっていいの?」

 

 前々から事情を聴いている久慈川さんがひっそりと確認に来る。

 

「大丈夫。例のプロジェクトの正式発表はまだだけど、俺にスポンサーがいることだけなら明らかにしても問題ないんだと」

 

 そもそも俺の役割は広告塔なので、注目は集める方がプロジェクトにとって好ましい。

 俺にスポンサーがいる、それは一体どこの企業だ? なんて噂が広まれば、それはそれで情報が完全に公開された時に広まりやすくなるかもしれない。

 

「帰る前にとある出版社に立ち寄って取材を受けるんだけど、そこでも話す予定だから。平気平気」

 

 大体そんな初歩的なミスをあの人はしないだろう。

 

 そんな話をしていると、

 

「そうだ! もうお昼だし、よければみんなでランチしない?」

 

 元気な女子のノリで昼食に誘われた。

 

「すみません。予定が詰まっていまして」

「残念だけどまた今度」

「失礼します」

 

 Bunny'sの3人は早々に去っていく。

 人付き合いとしてはそっけないと思うが、スキャンダルを警戒してなら正しい行動なのか。

 

「まだいまいちよくわからないな……」

「別に食事くらい普通だって」

「さすがに2人きりとかは駄目だけどね。大人数でなら問題ないっしょ」

「打ち上げとか普通にあるしね」

「先輩からのお誘いだぞ~」

 

 ファンからしたら羨ましいどころではないお誘いだ。

 

「スケジュール的にどうですか?」

「大丈夫です。もともと食事の時間は長めにとってありますので。健康維持のために」

 

 ということで、ご一緒させていただくことにした。

 

 

 

 なおその後、

 

 

 

「うそっ、いつもそんなに食べるの?」

「そんなに食べてよく太らないね」

「羨ましい……」

「てか肌つやもスゴくない?」

「ちょっと失礼……うっわ何これ!」

「スベスベ! プルプル!」

「色々とずるい!!」

 

 俺の食事量と体質、ソーマ美容液の効果を知った女性陣の好感度が著しく下がりかけた。

 近藤さんのフォローもあり挽回できたが、摂取したエネルギーを全て使い切った気がする。

 

 

 “疲労”になった……



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246話 薬膳料理

 午後

 

 ~校舎裏~

 

 站樁(たんとう)の体勢で立ちながら、心を鎮めて気の流れを観察する。

 下半身に力を入れ、上半身はリラックスさせている……つもりだ。

 しかしまだ上半身に余分な力が入っているのが分かる。

 主に前に出した腕と繋がる肩、そこから繋がる上半身全体に。

 

 だから意図して力を抜く。

 昨日習った“陰陽”。それは森羅万象を陰と陽、2つに分類する思想。

 太極拳と関係が深いのは言うまでもない。

 

 この状態も陰陽に分類してみよう。

 

 黄先生は站樁の状態は“上虚下実”だと話していた。

 そして陰陽の思想では陽の気は上昇し、陰の気は下降するらしい。

 この2つを融合し、上半身に陽、下半身に陰のイメージを作る。

 

 体内の気を観察していると、些細な動きや力の入れ方で流れは変化しているのが分かった。

 呼吸を整え、重心の移動で気の流れを下に導こう。

 

「……」

 

 気を下げていくと自然に下半身が緊張し、上半身の力は抜けていく。

 だが足に無駄な力が入ってしまい、腕を下げてしまいそうになる。

 これではいけない。

 

 太極拳の太極図が示すように、陰の中にもわずかな陽はあり、陽の中にも僅かな陰がある。

 そして全てはバランスを取り合っている。

 

 それを意識して体内の気のバランスをとる。

 

「……」

 

 バランスを取り、 わずかな動きと気の緩みで崩し、またバランスを取り直す。

 ただ立っているだけに見えて、体内では激しい変化が絶え間なく繰り返される。

 

「そこまで。1時間経ったよ。ゆっくり体を動かそう」

「……そんなに経ちましたか」

「実に集中できていたし、いい感じだ。その感覚を忘れずに次に行こう」

 

 今度は太極拳の套路。

 先ほどの気持ちを忘れずに行うと……動きに合わせて気の流れには偏りが生まれている。

 下がり、上がり、押しては引く。それはまるで波のよう。

 

「!!」

 

 常に滞ることなく流動し続ける気。

 ゆったりとした動きでは無駄な力が抜け、攻撃動作では力が乗るのが分かる!

 

 先生の言葉の意味が理解できた気がして、気づけば套路に熱中していた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 今日は疲れた。早めに寝てしまおう。

 明日は本部から連絡があって、今後について細かい打ち合わせをするらしい。

 集中力を欠くわけにもいかないし……

 

 

 ……“疲労”が取れた!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 10月27日(月)

 

 朝

 

 ~部室~

 

「今朝、生産元からIDOL24、そして久慈川さんの所属事務所へ“Soma”のサンプルが発送されたとのことです」

「ありがたい……」

 

 昨日の問題解決のため、近藤さんが動いてくれて助かった。

 サンプルの提供で気を引いてくれなかったらどうなっていたことか……

 コミュがあったら確実にリバース状態寸前だった。

 

 ……? コミュ……?

 

「では次に、来月のスケジュールについて。日本時間の10月31日、つまり今月の末日に超人プロジェクトの正式な会見が行われます。つきましては月光館学園の関係各所に迷惑をかけないため、一時的に葉隠様には寮を出ていただこうと思います」

 

 おっと……こっちに集中だ。

 

「以前、目高様から相談されていた“ヘルスケア24時”への出演を受けるという形で、31日の夜。会見が始まる前に都内の病院へ移動、そのまま一週間の検査入院と撮影ができるよう調整しました」

 

 病院は当然桐条グループの傘下でない所。

 撮影スタッフ、病院関係者、ともに細心の注意を払う事などが説明される。

 

「入院中はヘルスケア24時の撮影、マスコミ対応、それから中等部文化祭の準備に使う事になりますね」

「そういえば退院したら翌日は文化祭ですね」

 

 31日から一週間で11月7日。

 文化祭は8日と9日だから、一週間まるまるとは言わないまでも、準備に使えるわけだ。

 

「葉隠様には各国メディアからインタビューに答えていただきますが、それ以外の対応は我々が行います。一時的にサポートスタッフも増員することになっていますし、可能な限り負担を減らすよう務めます」

 

 なので俺は撮影と文化祭に力を入れて欲しいそうだ。

 

「わかりました。文化祭のステージの件ですが、楽曲はどうなりましたか?」

「高等部の文化祭で使用した音楽と振り付け、そしてIDOL23の楽曲については先日話を通しておきました。こちらは文化祭だけでなく、一声かけていただければ動画撮影の方でもすぐに準備ができます」

 

 続けて彼はオリジナルの楽曲とダンスについて語る。

 そちらはどうも芳しくないようだ。

 

「プロの作曲家や振付師に打診していますが、期日までが短いことと無所属の素人ですので……ただ1名、Ms.アレクサンドラがこれまでの縁もあるからと、条件付きで振り付けを引き受けてくださるそうです」

「Ms.アレクサンドラが……」

 

 申し出はありがたい。

 そしてやっぱり業界のコネや付き合いは大事だ。

 

「その条件とは?」

「条件は2つ。まず楽曲の用意があること。そしてその曲が彼、いえ彼女の心を揺さぶるようなものであること、だそうです」

 

 元となる曲がなければそれに合わせた踊りは考えられない。

 また振り付けにはインスピレーションが欲しいらしい。

 

「その代わりに曲が心に響くものであれば、前日でも引き受けると仰っていました」

 

 良い曲が有れば引き受けてもらえる。

 ただしその曲の目処はついていない。

 

「ん~」

 

 近藤さんは可能ならオリジナルでやった方が良いと言っているんだよな……

 

「やっぱり変わりません?」

「そうですね。IDOL23の曲でも文化祭を盛り上げることは可能だと思いますが、あくまで借り物。文化祭のステージとしては“定番”とも“ありふれたもの”とも言えます。他との差別化が難しいですし、何より回数を重ねれば飽きられます。

 単なる趣味ではなく、膨大なエネルギーを回収するための隠れ蓑としてステージを利用する以上、その辺りにもこだわっていくべきだと思います」

「……でしたら一つだけ裏技、と言うか反則技がないこともないです」

 

 オリジナルの曲。新曲。……それはつまり“世間に出ていない曲”。

 そういう曲ならないことはない。

 前世で好み、この世界には存在しない曲が大量に記憶野中にある。

 

「なるほど……葉隠様の前世は同じ日本でも少々異なるのでしたね。それを利用すると」

「はっきり言いますけど“盗作”です。ただしこの世界には権利者がいません。その曲を知る人もいません」

「……黙っていれば誰にも咎められることがない。訴え出る権利を持つ者がいない」

「付け加えるならば、記憶の中にはミリオンヒットを飛ばした楽曲もあります」

「それはまた何とも都合がよく、強力な武器になりそうですね。しかし、その手段を使うことに逡巡などは」

「……今更でしょう」

 

 全くないとは言わないけど、正直もう倫理観とかだいぶ薄れてきてる。

 精々パクるならクオリティを元に近づけたいと思うくらい?

 

「かしこまりました。ではその記憶をアウトプットするために、作曲用のソフトをご用意いたします。それを使って曲をデータ化し、どこかで調整していただきましょう。ゼロからの作曲ではなく、編曲であればまだ可能性はあるかと思われます。最悪、本部のロイド様にお願いしましょう」

 

 清濁併せ呑む。

 

 ……と言っていいのかどうか知らないが、オリジナル曲はその方向で行くことになりそうだ。

 

 そして文化祭の話は終わり、話は次の話題へと移る。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼

 

「う~ん?」

 

 打ち合わせが終わったので、昼食がてらヒランヤキャベツでロールキャベツを作ってみた。

 しかしイマイチだ。味は悪くないけれど、キャベツが柔らかすぎる。

 良く言えばとろけるようで、悪く言えば歯ごたえがない。

 元々ヒランヤキャベツの葉は薄くて柔らかい。

 ロールキャベツとし手を加えたことにより、それが一層柔らかくなっている。

 また、熱で栄養素が壊れたのか生で食べた時のような効果も感じられない。

 どちらかといえば失敗。

 

 生では苦味がきつく、火を入れすぎると効果が薄れる。

 味と効果を両立させるにはまだまだ研究が必要そうだ……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~校舎裏~

 

「今日と明日は“形意拳”を教えるよ」

 

 ということで準備体操のように始まった站樁(たんとう)の後、拳の握り方から指導が始まった。

 

「拳は攻撃の際に相手に触れる、発した勁を流し込む場所だからね。ちゃんとした握り方ができていなければ、相手に十分な勁が流れず威力が減退してしまう」

 

 さらに続けて形意拳において重要な、“五行拳”。

 劈拳(金行)、崩拳(木行)、鑚拳(水行)、炮拳(火行)、横拳(土行)。

 五行説にちなんだ五つの打ち方を学ぶ。

 

 ここまでとてもシンプルで、八極拳に似た印象を受ける。

 

「確かに、形意拳と八極拳はどちらも“動きの無駄を排して、一撃に大きな威力を秘める”という似た特徴があるね。それに形意拳は元々槍術から生まれたとも言われていて、槍との関係も深い」

 

 とても興味深い。

 

 さらに動物の動きを模した"十二形拳”の実演と練習が軽く行われ、今日の練習は終了。

 

 そして部室に戻り、料理の勉強が始まる。

 

「今日のテーマは“薬膳料理”! ……と言っておいて、実はいまいちピンときてません。それから失礼ですけど、なんかマズそうなイメージがあります」

「もしかして漢方薬を料理にぶち込むような想像してないかい? 漢方薬の材料を入れることもあるけれど、薬膳料理とはそういうものじゃない。普段何気なく食べている食材や香辛料にも様々な栄養が含まれていて、それを体に取り込むことで人は生きているだろう? それと同じことさ。

 昔は香辛料が薬として扱われていたりしたし、漢方薬の材料になる食材もたくさんあるからね。薬食同源とも言うよ。食材が持つ効果を無理なく日々体に取り込み、病気や体質の改善に活かす。そのために考えることは……細かいことを言えばどこまでも細かくなるから、今日は基本を教えるよ」

 

 そう言って黄先生は1枚のフリップを取り出した。

 そこには食材の名前が多数羅列され、太い線で5つに分けられている。

 

「食材には“寒”、“涼”、“平”、“温”、“熱”。生で食べた場合に体を冷やす作用のあるもの。どちらでもないもの。体を温めるものに分類できる。これを薬膳では“五気”またはどちらでもない平を除いて“四性”と呼ぶ。食材の効果はそれぞれだけど、基本的に夏の暑い時が旬の野菜は体を冷やす作用、寒い冬が旬の野菜は体を温める作用があるとされているよ」

 

 それは地域の違いでも変わらず、例えば“砂糖”。

 北海道など寒い地域で採れる“甜菜”を原料とする“てんさい糖”には体を温める作用が。

 沖縄など暑い地域で採れるサトウキビには体を冷やす作用があるそうだ。

 

「そして夏のように暑い日なら体を冷やす食材、冬で体が冷えたなら体を温める食材を食べる。体の状態と反対の材料を取り入れることで、どちらかに偏ることのないように。陰陽均等に、調和するように考えるんだ。

 例えば今日なら、もう寒くなってきた。さっきまで海のそばで練習をしていて、終わってからここまでで体が冷えてしまった。そうなると暖める食材を食べるわけだね。

 薬膳には他にも形意拳と同じ五行の考え方に基づいた医学や食材の選び方などがあるけど……それは食事をしながら、五行の話と一緒にしようか」

 

 ここで一通りの説明を終えて、料理の発表。

 

「今日は寒い日に体を温める、四川風坦々麺を作ろう!」

 

 四川といえば、中華料理の中でも辛味の強い地域。

 材料も体を温める作用のものを多めに使用しているが、

 

「うわっ! 結構入れましたね!」

「痺れるような辛さが大切なのさ! 冷えの緩和だけでなく、健胃、整腸、鎮痛。血流拡大に筋増強とありがたい薬効もあるからね!」

 

 唐辛子や花椒が鍋に大量投下されていく。

 漂う香りは美味しそうで魅力的だが、とてつもなく辛そうだ!




影虎は太極拳の練習をした!
陰陽の考え方と合わせて理解が深まった!
影虎は打ち合わせをした!
影虎は手段を選ばなかった!
影虎は料理の試作をした!
料理はイマイチだったようだ……
影虎は形意拳の基本を学んだ!
影虎は薬膳料理の基本を学んだ!
“四川風坦々麺”のレシピを手に入れた!
影虎は五行について学んだ!


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247話 痛みの正体

 影時間

 

 ~タルタロス・16F~

 

 行く手を阻むオーロラの壁。

 その前に立ち、呼吸を整える。

 

「……!!」

 

 一撃。

 渾身の力で打ち込んだ崩拳が壁にめり込み、大きな波紋を生む。

 しかしながら貫通はせずに元の状態へ戻った。

 

 同じことを二度、三度と続けて技の習熟を計る。

 

 残り数ミリ。あと僅かで貫くことができそうでできない。

 しかし落ち着いた状態で放つ一撃の威力は確実に以前よりも増していた。

 以前はチャージを使って今と同等の威力だった事を考えると、大幅なパワーアップだ。

 

「ふぅ……」

「あっ、終わりました? 飲み物いりますか?」

「ありがとう、貰うよ」

 

 天田から“特製レモネード”の入った水筒を受け取り、冷たい中身を喉へ流し込む。

 爽やかな酸味と甘みが美味しく、口から鼻へ抜けるレモンの香りが非常に心地いい。

 

「2人の方も終わってたか」

「はいっ、だいぶ慣れてきました」

「ワン! ワンッ!」

 

 俺が壁に黙々と打ち込んでいる間、天田とコロ丸は召喚したシャドウを相手に訓練している。

 なぜなら既にタルタロスのシャドウでは練習にならなくなってしまったから。

 仲間内で組手をするか、シャドウを呼び出すかするのが一番練習になる状態だ。

 前々から思っているが、なんとかこの壁をぶち抜いて上に進めるようにしたい。

 

「もう少しで破れるんじゃないですか? 見てたらもう少しでしたし」

「うん。俺もそう思う。だけどその少し、あと一歩がまだ足りない感じだよ」

「ワフゥ……ワンワン!」

「わかってるわかってる、諦めずに頑張るから」

「僕たちはあせらずトレーニングしてるからいいよね、コロ丸?」

「ワン!」

 

 天田とコロ丸は気長に待ってくれるようだ。

 ……楽々この階層まで登って来られるようになって、少し自信がついたのだろうか?

 最近、天田の焦りが落ち着いてきているように感じる。

 まだまだ先は長いけれど、悪い傾向ではないかな?

 

「ところで先輩、さっきのはどうやってたんですか? 威力が普段と段違いだった気がします」

「やってることは気の流れを意識して、今日から習い始めた形意拳の打ち方で、一発一発丁寧に打ち込んでるだけなんだけどね……」

 

 内家拳の練習を始めてから、徐々に気を操りやすくなっている気がする。

 正しい訓練方法を教わって何かが噛み合いつつあるような感覚だ。

 

「こう、体の中に流れる気を、攻撃の瞬間に拳に集める感じ。拳を引くときに流れは体に戻って、また打つときに拳に流れる。そういう波がある感じで、タイミングが合うとかなり威力が出てるな。自分でも力が通ってるのが分かって気分もいいし。残念ながらまだ片手ずつ、集中も必要だし実戦で使えるレベルじゃなさそうだけど……」

 

 それでも可能性を感じる。

 乱戦の中でこの威力を出せるようになれば。

 そして連打もできるようになれば、弱点だったパワー不足は大きく解消に近づく。

 さらに“チャージ”と組み合わせれば上の階でも通用するはずだ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 10月28日(火)

 

 午前

 

 ~部室~

 

 近藤さんが楽曲制作用のソフトを持ってきてくれたので、説明書を見ながら曲を打ち込む。

 どの曲を打ち込むかは誰にも相談できない。

 俺以外の誰も、俺の前世の曲を知らないから。

 相談するにしてもまずソフトで入力し、記憶からアウトプットしなければならない。

 というわけで今回は完全に俺が好きだった曲で、盛り上がりそうなものを選ぶ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 探り探り、黙々とパソコンに記憶に残る曲を入力して数時間。

 一度操作を覚えれば作業は単純だった。

 脳内で再生した曲と重なるように画面上の譜面に楽器の音を入れていく。

 間違いやズレがあれば修正。それをひたすら繰り返す。

 そして出来上がった曲は元となった曲にかなり似ている。

 

 ……だけど微妙に違う気がする……

 

 どこが違うのか。修正しようにも問題点がわからない。

 近藤さんの話ではここからプロに渡して調整してもらえるように依頼するそうだけど……

 なんだか不安だ。

 

「……腹減ってきたな」

 

 一旦中断して飯を食おう。

 

「ヒランヤキャベツ……手軽に済ませたいし、焼きそばにしてみるか」

 

 麺を打ち、母直伝の焼きそばを作る。

 

 昨日のロールキャベツは火が入りすぎてキャベツが柔らかくなりすぎた。

 ……このキャベツ 、苦味は強いけど葉は薄く柔らかくて生でも食べやすい。

 加熱で栄養を壊すと先生も言っていたし、入れるタイミングを最後にしてみよう。

 

 ……

 

「完成! さて、どうかな……!」

 

 悪くない。キャベツの苦味がソースの味と合わさり、深みが生まれている?

 いや、まだちょっと苦味が強いか?

 

「ソースをもっと濃くすべきだったかも……」

 

 まだ食えるし、作り直してみよう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼休み

 

 ~生徒会室~

 

「お疲れ様です」

「あ、葉隠君だ。やほー」

「今日は来ていたのか」

「たった今来たところです。できるだけ出席はしておこうと思うので……今日は会長と桐条先輩だけですか?」

「他の皆は部活仲間や友達とご飯だよ。私と美鶴はちょっと打ち合わせをね」

「もう10月も終わりが近いからな。11月になれば3年生は修学旅行。年末もそう遠くはない。忙しくなる前に少しずつ、できることは済ませておきたくてな」

 

 相変わらず仕事熱心な人たちだ。

 

「ではそんなお二人に差し入れです」

 

 持っていたビニール袋を差し出す。

 中身は特製の“ヒラン焼きそば”をパンに挟んだ、“ヒラン焼きそばパン”。

 苦味に負けないようソースの味を濃くした結果、ソースと苦味がうまく調和。

 代わりに味の濃い焼きそばになってしまい、焼きそばパンの具に丁度良くなった。

 

「ほう。これは焼きそば単体で食べるのとはまた違った趣があるな」

「あいかわらず……むぐっ……よく考えるね?」

「趣味であり仕事の一環でもあるんで」

「仕事といえば、調子はどうだ?」

「おかげさまで」

 

 そうだ。近藤さんから連絡が入ってるかもしれないが、一応今月末からの話をしておこう。

 

「ああ、その話なら聞いている。一週間頑張ってくれ。理事長も応援していると言っていたぞ」

「学校でマスコミ対応しなくていいから上機嫌だったよね」

 

 焼きそばパンを食べながら、和やかに情報交換を行った!

 

 

 …………

 

 ………………

 

 放課後

 

 本日のメニュー:四川風地獄麻婆豆腐

 

 今日のメニューは昨日の坦々麺より刺激が強そうだ……

 調理中、風下にいたスタッフさんが匂いだけで涙目になっている。

 

「昨日は形意拳と薬膳に深く関わる五行について話したね。今日はそれをもっと掘り下げていこうか」

 

 大汗をかきながら薬膳の更なる知識、

 そして五行思想を元に組み立てられた、形意拳の戦術理論へ理解を深めた!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~ベルベットルーム~

 

「やっと来たか」

 

 今日は月に一度の新月の日。

 俺が唯一ベルベットルームに入れる日。

 そしてドッペルゲンガーと直接情報交換ができる貴重な日だ。

 

「……また鎖が減ってるな」

 

 船の側面に繋がっていた細い鎖が前回から一本減っている。

 1ヶ月に一本のペースで切れていくなんて、カウントダウンでもされているみたいで不気味だ。

 

「と言うかこの鎖、本当に何なんだ?」

「さて、そこは俺にも分からんよ。あの神の仕業だってこと以外はな」

「ろくでもない物ってことは」

「ああ、それもあったか」

 

 ドッペルゲンガーは苦笑いをしている。

 

「さて、そろそろ本題に入ろうか」

 

 何をいつ話すかが決まっていないので、とりあえず最近始まった痛みについて聞いてみる。

 

「最近は割と順調っつーか穏やかだし、やっぱそうなるよな。あれはお前も薄々感じてる通りだよ」

 

 薄々感じている通り……なら、

 

「痛みが出る時はいつも、誰かと関わってその思いを感じたり、相手を理解した気がした時だった。……痛みの正体は“コミュ”って事で間違いないか?」

 

 ペルソナで、人間関係が与える影響といえばこれしかない。

 

「十中八九そうだろう。ただ痛みの原因はおそらくあのクソ神の仕掛けだ」

 

 詳しく聞くと俺があの痛みを感じるたびに、ドッペルゲンガーは痛みだけでなく“軋むような音”を聞いていたらしい。

 

「ほら、あの鎖をよく見てみろよ」

 

 船の甲板に立つドッペルゲンガーは、ダルそうに自分の背後を指し示す。

 そこには相変わらず船首から伸びている太い鎖があるけれど……?

 

「これ……」

 

 よく見れば、鎖の表面に傷? ヒビのような線が目に付いた。

 

「忌々しいことに……どうも俺らが力をつけないようにコミュが封印されてたっぽいな。それがぶっ壊れかけて、そっちにもこっちにも影響を及ぼしてるみたいだ。まあ全部俺の感覚と想像なんだが、間違ってるとは思わねぇ」

「じゃあそれが完全に解ければ?」

「ん~……なんつーか、今はコミュの力を無理やり押さえつけられている感じだ。それが今は不完全で、はっきりしないが微妙に気配が漏れてるような……お前も感じただろ? 痛みがあった時に何かか身に付いた感覚。だけどそれが何かはわからない」

 

 確かにあった。あの感覚はそれでか……

 

「俺たちの力になる何かってことは間違いなさそうだ。痛みはするけど、結果を見ればそう悪くない」

 

 はっきりとは感じないが、力がそこにある。

 コミュの力に押されて鎖にヒビが入ったとしたら、コミュを築く事で鎖が切れるかもしれない。

 

「そうだ。痛みは不快だけど、これは大きな進展かもしれない」

「誰かと仲が深まるたびに体が痛む……正直嫌だけど、我慢するしかないか。ところでその封印が壊れかけたのはやっぱり」

「ああ、あの霧谷と握手をした時。コミュを築いた時だな。あいつが何かやったのか、それともこれまで築き上げたコミュがあって、封印で抑えられる限界に達したのか……何にしてもあいつが切っ掛けになったのは間違いない」

 

 いったい彼は何者なのだろうか?

 

「“全ての幻想を破壊する右手”とか持ってたりしてな」

「……ああ! あのラノベか! 懐かしっ……一瞬何の事か分からなかった」

「まぁそこまで都合良くはいかないだろうけど、あいつとの付き合いは続けたほうがいいな。でも気をつけろよ」

「分かってる」

 

 痛みの正体が、コミュとそれを抑える神の仕掛けだと判明した!

 さらにその後も文化祭のステージ、音楽、エネルギー回収と。

 時間の許す限り、俺とドッペルゲンガーは話を続けた……




影虎はオーロラの壁を使って練習をした!
もう少しで壁が破れそうだ!
影虎は楽曲の再現を始めた!
影虎は昼食がてら料理研究を行った!
影虎は薬膳と形意拳の戦術理論を学んだ!
影虎はドッペルゲンガーと情報交換を行った!
謎の痛みの正体が判明した!



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248話 アドバイザーと隠されたコミュ

今回は1話のみの投稿。

以前思い付きで書き始め、長らく放置していた別作品の続きを書きたい。
そんな欲求が沸いてきたため、そちらを書いていました。
すみません。


 夜

 

 ~自室~

 

「……お怒りですか?」

 

 謎の痛みの正体が判明し上機嫌で部屋に戻ると、部屋ではバイオリンケースが倒れていた。

 それも部屋のど真ん中、入り口から入れば真っ先に目につくあたりに。

 俺はこんな所に置いた覚えはないし、ケースからは仁王立ち? しているような圧力を感じる。

 倒れてるけど。

 

 そういやここしばらく、忙しくてバイオリン弾いてなかった……

 

 なぜか何も言っては来ないが、弾けと要求されているのは間違いないだろう。

 荷物を置いて弾くことにするが……

 

「……あ、天田? ごめん、今日のタルタロス中止で頼む……」

 

 弾いているうちにトキコさん(バイオリン)からの要望が有無を言わさぬ圧力と共に出始め、それが消える頃には俺の腕が棒になっていた……

 

 不満は分かったし、しばらく弾いてなかったのも悪かった。

 だけど突然“魔王”とか無理難題ふっかけるのはやめてほしい。

 一応、機嫌は直してもらえたのが幸いだ。

 トキコさんの音楽に対する熱意は……!

 

 疲れた頭がふと閃く。

 

 トキコさんはオーナーから預かっているバイオリンに憑いている幽霊。

 その正体はおそらくバイオリンの元の持ち主で、演奏技術はとても高いと思う。

 つまりトキコさんはバイオリニスト、ひいては音楽家なわけだ。

 

 さらに付け加えると、トキコさんは俺の記憶にある曲が分かるらしい。

 バイオリンを介して、俺にとり憑いているようなものだからだろうか……

 申し訳ないことに忘れていたけど、作曲ソフトを使って出力せずに共有できる唯一の存在。

 音楽のプロとして俺の前世の楽曲の再現に協力してもらえないだろうか?

 

 名案か、それとも疲れていたからか。

 俺は思いついたままをトキコさんに相談した。

 すると……どうも乗り気ではなさそうな雰囲気が漂ってきた。

 

 盗作に協力しろと言っているのだから、プライドのある音楽家としては当然かもしれない。

 しかし明確に拒絶を示さないところを見ると、可能性はありそうだ。

 言葉ではなく感情のような物を送ってくるからわかりにくい……粘り強く説得を試みよう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 深夜

 

「ありがとうございます!」

 

 説得に次ぐ説得により、条件付きでトキコさんの協力を得られる事になった!

 

 条件は2つで、1つめは毎日のバイオリン練習。

 最初の要求は1日5時間だったが、2つ目の条件を飲むならばと毎日1時間以上で合意。

 また、2つ目の条件は“動画サイトへの動画投稿”なので、特に問題もない。

 

 楽曲の再現について、心強い味方ができた。

 それと同時に、トキコさんが“演奏”と“発表の場”を求めている事が分かっ!?

 

「うっ……」

 

 またあの痛みだ。

 どうやら、トキコさんとのコミュも隠されていたらしい……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 10月29日(水)

 

 朝

 

 ~部室~

 

「凄いな……」

 

 バイオリンを隣に置き、トキコさん監修の下で、入力していた楽曲を再度見直した。

 その結果、昨日までは分からなかった問題点が次々と発覚。

 記憶にある音楽に限りなく近い、そのままと言ってもいい曲が次々と完成していく。

 

 そしてその度に、

 

『報酬を忘れるなよ?』

 

 という感じの圧力が降りかかる。

 あと数曲、入力作業を済ませたらバイオリンの練習に入ろう。

 

「もう弾ける曲は今日中に撮影しますから。もうちょっとお願いしますね」

『……』

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 今日は水曜日。授業の終わりが早く、テレビの撮影までに時間がある。

 ということで、

 

「準備OKだよ!」

「始めよう」

 

 山岸さんと合流してバイオリンを演奏する動画を撮影した!

 選曲は“カントリーロード”と“情熱大陸”。

 

「どうかな?」

「うん。ちゃんと撮れてる!」

 

 夏休みから習得していた曲なので、だいぶリラックスして弾けた。

 

「急だったのに、ありがとう」

「ううん、私も新しい編集テクニックを試したかったところなの。でも、どうしていきなりバイオリンを?」

「いや、まぁ、試験以降動画の更新をしてなかったからね。毎日更新とはいかないけどそろそろ何か投稿しておいた方が良いかと思って」

 

 実際に今月末から一週間は学校にも来れないのでさらに間隔が開いてしまう。

 そう考えると霧谷君からの依頼も撮っておきたい。

 

 けど、まだ満足できる料理ができてないんだよな……

 

 昨日のヒラン焼きそばパン。

 あれは美味しいけれど、よく考えたら焼きそばパンは家でわざわざ作るような料理ではない。

 動画にして紹介したところで、実際に作る人がどれだけいるか。

 もっと簡単に、手軽に作れる料理の方がよさそうだと思う。

 

 ……

 

「そうだ、山岸さん。もう少し時間ある?」

「あるけど」

 

 山岸さんに一緒に料理を考えてもらえないかと頼んでみる。

 彼女の驚くべきアレンジ精神が何かのヒントになるかもしれない。

 シャガールで働き始めてからはハーブ系に凝っているし……

 それに最悪の場合でも、今なら被害は俺一人で済む。

 先生から貰ったカプセル剤もあるし、大丈夫なはずだ。

 

「う~ん……このヒランヤキャベツを使ったお料理……絶対にこのキャベツを使わないといけないの?」

「いや、地域独特の野菜を紹介するためだから、厳密にはキャベツにこだわる必要はない」

 

 使うのはプチソウルトマトでもカエレルダイコンでも、開錠ムギでもいい。

 ただ俺としてはキャベツが色々な場面で使えるため良いのではないかと思う。

 

「それなら産地が同じ野菜を組み合わせてみたらどうかな? ほら、地元の物を使ったなんとか! とか、そういうのって特別感があるよね」

「なるほど。言われてみれば確かに……」

 

 八十稲羽市の野菜だけというのは難しいが、組み合わせるのはアリだ。

 

「あとは最近寒くなってきたし、温かいお料理がいいよね。この時期だとお鍋とかどうかな?」

「良いね。それならある程度準備すれば調理は簡単だし、種類も豊富だ」

 

 寒い季節にぴったりな、野菜をたっぷり摂れる健康的な鍋……

 そこに薬膳の知識を合わせて……なんだかイメージが湧いてきた!

 

「あっ、隠し味にガラムマサラとかどうかな?」

 

 イメージが瞬時にカレーへと変化した……それはちょっと違うんじゃないだろうか。

 

 とにかく山岸さんと語り合うことで、おぼろげながらメニューが見えてきた。

 

「あっ、そうだ葉隠君。もしよかったらこの本読んでみて」

「"プログラミング超入門”?」

「プログラミングと書いてあるけど半分はパソコンの基本的な知識とかだから。前にそういう本を探してたよね。私は読み終わったから、どうかなと思って」

「ありがとう。入院中に読んでみるよ」

 

 山岸さんから、プログラミングの本を貰った!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夕方

 

「今日からは内家三拳最後の1つ、八卦掌を学んでいこう!」

 

 扣歩、擺歩、さらには泥歩と呼ばれる基本的な“歩法”から指導が始まり。

 次に円を描くように歩く“走圏”。そして八母掌や連環掌といった套路を学ぶ。

 八卦掌は円運動を基調として体を捻るような動きが多く、やや複雑。

 その中には掌による打撃のみならず、足技や投げ技なども含まれ変化に富んでいる。

 

 しかし足から体、そして腕へと動きが一致しなければ威力が出ない。

 太極拳のようにゆったりとした動きでないため、これまでで一番難易度が高く感じる。

 だけど今日までの練習の成果か、なんとか指導について行けた……

 

 そして今日の中華料理は蒸し物。

 食べながら語られるテーマは、“八卦の思想”と風水や占い等“人々の生活と八卦の関係”だった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~自室~

 

「明後日、10月31日に撮影。問題がなければ編集が終わり次第動画サイトに投稿する予定です。動画内での紹介はわざとらしくない程度に止めますが、同日にこちらの都合で一つ。世間への重大発表が控えていますので、その関係でまた騒ぎが起こります。ニュースや葉隠影虎個人について、興味本位で検索する人も一時的に増える見込みですから、関連動画として人目に触れる可能性は高いと思います」

『ありがとうございます! ではこちらも魔術をいくらか書類にまとめておきます。葉隠さんの実力が分かりませんし、術の数も多いので、まずは簡単で使えると便利な魔術から。段階を踏んでいこうと考えていますがよろしいですか? もちろん最終的に報酬として満足いただける量と質を用意します』

 

 段階的にというのは理解できるが、少しこちらからも要望を出しておこう。

 

 “封印”やその手の魔術や知識があれば優先してほしい。

 

 そう伝えると、彼は意外そうな声を出した。

 

『あれ? 葉隠さん、そっち方面の知識がお望みでしたか?』

「……というと?」

『葉隠さんはなんというか、何かと戦う時に使えるような魔術を求めているかと思っていたんですが……いえ、僕の勝手な思い込みです。すみません』

 

 いや、その予想も外れてはいない……

 

『でもそれなら良かった! 僕、何かを傷つけたりする派手な術より、もっと細々した術の方が得意分野なんですよ。封印もそれなりに知識はあると自負しています』

 

 マジか!? まさかの封印の専門家?

 

『いえいえ、専門家というほどでは……そうだ。つかぬ事を伺いますが、もしかして葉隠さん、誰かに変な呪いか何か、かけられたりしてません? あの、この間お会いした時の痛みとか』

「……そこまで分かりますか?」

『なんとなく、あの時何か変だなと思ったんですよ。ただほんの一瞬だったので、あの時は気のせいかと。今封印の知識が欲しいと言われて、もしかしてと考えた次第です』

 

 相変わらず驚かされる。

 

「詳しいことは分かりません。いつの間にかかけられていたので。霧谷さんは何か分かりませんか」

『一瞬でしたし……呪いだけでなくそれを隠す術が重ねがけされているか、隠す術が呪いそのものの一部として組み込まれてるんじゃないかとは思います。それ以上はなんとも……

 もしお時間があれば、今度またこちらにお越しください。呪いがある、隠されていると分かっていれば術で調べることもできますし、可能であればその場で解きましょう』

「解けるのか!?」

 

 あまりにもあっさりと言ってのけた彼に、驚きを隠せない。

 

『僕の力で対処できる範疇であれば、ですね。どれほどの呪いか分からないので、お約束はできませんが……期待させたようで申し訳ない』

「ああ、いや、大丈夫です」

 

 期待してないと言えば嘘になるが、彼の言葉ももっともだ。

 俺も結論を急ぎすぎた。

 

「可能性があるだけで十分です。とりあえず今すぐに命に関わるような物でないのだけは確かなので」

『わかりました。こちらでも用意をしておきますから、都合のよい時にまたお越しください』

「ありがとうございます。術の方も楽しみにしていますので、よろしくお願いします」

『はい。それではまた。動画を楽しみにしています』

 

 霧谷君との連絡を終えて、一息。

 

「……本当に何者なんだ」

 

 味方であれば心強いけど、得体の知れないところがある。

 

 ……誠心誠意協力し、できるだけいい関係を築いておこう。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 深夜

 

 ~駅前広場はずれ~

 

「……」

 

 霧谷君といい関係を作っておこう。

 そのために、投稿する動画の質を高めよう。

 動画にする料理は決まっているから、解説をもっと良い物にしよう。

 そのために知識をもっと仕入れよう。

 

 ……ということで、駅前の書店で野菜や近代栄養学の本を購入。

 その帰り道、またいつぞやの不良グループの男が立ちはだかり、ついてくるよう強要された。

 どうもこの前の鬼瓦という男が、俺を見かけたら連れてくるように言っていたらしい。

 補導対策としてヒソカの顔に変装していたのがマズかったか……

 

「なぁ、まだか?」

「もう少し先だ」

 

 ここまでくれば喧嘩には問題ないだろうに。

 何か罠でも張ってるんだろうか?

 

 さらに男の案内で路地を抜けていくと、放置されて長そうなボロボロの廃ビルに行き着いた。

 なかなか大きいビルだ。周辺把握によると高さは3階+屋上ってところだが、横に広い。

 中庭もあるらしく、一階だけでも30人弱の人間が動いているのが分かる。

 

 もっと大勢で攻めれば何とかなるって腹積もりかな?

 一度全力(強化魔法フル活用)で徹底的に締め上げた方が後々面倒が無いかもしれない。

 

 乱闘になる可能性を考えつつも、気楽にビルへ踏み込んだ。

 エントランスには大勢の不良がたむろしていて、暗い建物の中では彼らが使う携帯や懐中電灯の明かりがちらほらと見える。

 

「お、おい、あれって……」

「何でここに連れて来てんだよ」

 

 ? ざわめく周囲の声を聞く限り、俺を袋叩きにするために集められたわけではないらしい。

 だとするとなぜ俺は連れてこられたのか、一気に謎が深まる。

 

「こっちだ。おい、道あけろ」

 

 案内の男は不良グループの中でそれなりの地位にいるらしく、人だかりが左右に分かれる。

 その先にあった扉をくぐると、 部下らしき男たちに囲まれてソファーに座る鬼瓦がいた。

 

「鬼瓦さん、連れてきました」

「ご苦労。……また会ったな、ヒソカ」

「前回で終わったと思ったんだけどね。また戦いたいのかい?」

「……ああ、もう一度だけ戦ってもらいてぇ。今度はここの中庭で、俺の仲間全員が見てる前でだ。勝敗に関わらず、仲間には一切手出しをさせない」

「つまり一騎打ち?」

「そうだ」

 

 仲間を集めるにもかかわらず一騎打ち。

 鬼瓦がこの短期間で、勝てるほど強くなっているとは思えない。

 何かせこい手を使うのかと思いきや、鬼瓦の今のオーラは紫。

 不良でも不良なりにプライドがあるようだ。

 もっともそのプライドが“何をしても勝つ”という執念になり手段を選ばない可能性もあるが……

 

 少し興味が湧いた。

 

「いいよ。挑戦を受ける。いつにしようか」

 

 仲間を全員集めるなら日を改める必要があるだろう。

 と思ったら、

 

「そっちの都合がよければ1時間ほど待ってくれ。それだけあれば全員集まる。……声をかけても来ないような奴は、もう皆チームを抜けちまったからな……」

「……分かった。一時間なら問題ない」

 

 鬼瓦は気落ちしていたようだが、俺の返事を聞くとすぐに立ち直り、部下に指示を出す。

 

「おいお前ら、今すぐ召集かけろ。チーム全員、1人残らず1時間以内に集まれってな」

『ハイ! 鬼瓦さん!』

「ヒソカ、あんたは……加藤、あんたを案内してきた男をつける。適当にどこでも好きなところで待っててくれ。仲間が集まったら加藤を通して連絡する」

「分かった」

「加藤、任せるぞ」

「ウッス!」

 

 こうして俺はしばらく待つことになった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~廃ビル・中庭~

 

「フゥ~……!!」

 

 案内してもらった中庭で、準備運動がてら五行拳の練習を行う。

 

「ー! ー! ー! ー!」

 

 ……アドバイス、コーチング、アナライズ。

 一度拳を放つ度に問題点が炙り出されては修正を繰り返す。

 おかげで短期間ではあるが、中々いい感じになってきた。

 この分なら今夜あたり、チャージを併用して練習してもよさそうだ。

 

 今のこの打ち方とそこから生まれる威力。

 さらにチャージの効果が加われば、おそらくあの壁は貫ける。

 問題は、チャージを使った状態でちゃんと打てる(・・・・・・・)かどうか。

 

 ……

 

「ッ!!」

 

 チャージは物理攻撃力を二倍以上にするスキル。

 さらに補足すると……“体内の気を活性化させる魔法”だ。

 

 以前の渾身のパンチ力を1とすれば、今の力は2と少し。

 それがなぜかと言えば、気の力をうまく使えているから。

 威力=一撃に込められる気の量と考えてもいい。

 形意拳の打ち方を学ぶことで、全身に流れる気を効率的に集められた結果だ。

 それに対してチャージは、魔力によって気を活性化させることで結果的に威力を高める。

 

 全身から気を集めて拳の気を倍にする“技術”。

 全身の気を倍にして拳の気も倍にする“魔法”。

 

 同じ“攻撃力を倍にする”結果を求めていても、アプローチの方法が違うのだ。

 

 攻撃力を上げるための2つのアプローチを組み合わせれば……

 魔法で全身の気を増幅し、技術で効率的に運用した一撃。

 それができれば、さらなる威力を生み出すことが可能だろう。

 単純計算で倍の倍で4倍。

 

「ふう……」

 

 ただし、そのためには問題が1つ。

 

 チャージを使えば気が活性化するのは良いが、その状態では気の流れが変わる事。

 魔法で無理やり活性化した事により、気は通常よりも力強く、速く流れる。

 だから“感覚が狂う”。

 

 そして体の動きと気の流れに齟齬が生まれてしまえば、4倍どころか倍にもならない。

 試してみた時は、へろへろでガタガタな一撃になってしまった。

 

 だからこそ、まずはこの打ち方に一定以上慣れるべきだろう。

 魔法で活性化された気の流れに負けないように、スムーズに体が動くように。

 気の変化に対応できるだけの腕を身に着けるために、チャージを使わずに練習を続ける。

 

 能力の恩恵で技術習得は効率化されている。

 こうしている間にも、腕は磨かれていく。焦る必要はないだろう。

 この空いた時間はみっちり基礎練習に使い、チャージとの組み合わせは影時間に練習しよう。




影虎はトキコさんに怒られた!
トキコさんとの関係がリバース状態になっていた!
影虎は言われるままにバイオリンを弾きまくった!
リバース状態から復帰した!
影虎はトキコさんに作曲への協力を求めた!
トキコさんと契約を結んだ!
トキコさんとのコミュを発見した!


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249話 人工島の黒歴史

「すいやせん!」

「遅いぞ! 鬼瓦さん、こいつで最後です。出巣吐露威鎖亞華栖(デストロイサーカス)87人、一人残らず集まりました」

「ああ……始めようか。準備はいいよな」

「いつでもどうぞ。それにしてもこのチーム、結構な数がいるんだねぇ」

『ああん!?』

 

 ……俺は何か言ってはいけないことを言ったようだ。

 

「てめえらは黙ってろ。何も知らねえんだろうよ、こいつは喧嘩しかしてねぇんだ」

 

 そう言って部下を諌めた鬼瓦は、俺の方に向き直る。

 

「……少し前までこの倍はいたんだよ。それが足を洗うか、よそのチームへ行くかでここまで減っちまった。俺の前のボス、俊哉があんたに負けた頃からな。その後で俺が負けて、ダメ押しだ」

「……それはそれは……」

 

 び、微妙に気まずい。

 俺のせい、ではないだろう。挑んできたのはあっちだし。ただし無関係とも思えない。

 

「あんたを責める気はねぇよ。ただ、こっちにも都合と面子ってもんがあるのさ。……おい、一切手出しはするなよ! どっちが勝ってもだ! いいな!」

『ウッス!』

「加藤! 合図出せ!」

「分かりました! いきます……開始!」

 

 やや短めの溜めの後、喧嘩が始まる。

 

「オオオッ!!!」

 

 合図を聞くや否や、正面から突っ込んでくる鬼瓦。

 小細工抜きで拳を叩き込もうとしているのが分かる。

 突き出された拳には、当たれば中々の威力があっただろう……

 

「ガフッ!?」

「お、鬼瓦さん!?」

「ボスっ!?」

 

 しかし残念ながら、鬼瓦の拳は届かない。

 変装目的でも、ドッペルゲンガーを呼び出していれば周辺把握が効果を発揮する。

 さらに打撃見切りやカウンタ、鬼瓦が真っ直ぐに挑んできたこともあっただろう。

 彼の一挙手一投足は完全に把握できていた。

 

「何だ今の?!」

「殴りかかった鬼瓦さんの方がぶっ飛ばされたぞ!?」

「つか今飛ん、軽く浮いてなかったか!?」

 

 相手の動きが分かれば余裕も生まれる。

 その余裕は技への集中を可能にした。

 

 つい先ほどまで練習していたこともあり、型通りに放った炮拳。

 それは鬼瓦の突進を止めるに留まらず、決して貧弱ではない鬼瓦を後方へ突き飛ばした。

 そしてそんな一撃を受けた本人は、顔中に脂汗を浮かべて蹲っている。

 

 誰がどう見ても、勝負は決した。

 

「嘘だろ……」

「鬼瓦さんが一撃って」

「う……ぐ……」

 

 これまでの練習の成果を実感できる良い一撃だった。

 しかし……大丈夫だろうか?

 ちょっと強く入りすぎた気が……

 

「大丈夫か?」

「あ、あうぶっ!?」

 

 気丈に返そうとしたのだろう。

 しかし鬼瓦は口を開いた勢いで、胃の中身をぶちまけてしまった。

 その途端、

 

「鬼瓦さん!」

「野郎! よくもやりやがったな!」

 

 鬼瓦の状態を見た一部の男たちがいきり立ち、怒鳴りながら腰を上げる。

 

「やめろ! っ……!」

 

 それを制する鬼瓦の声。

 

「そいつは、卑怯な手を使ったわけでもねぇ……正々堂々、タイマン張って、俺が負けた……ただ、それだけ、だろうが! 結果がどうでも手出し無用。いまさらグチグチ言うんじゃねぇ!」

 

 痛みと吐き気を堪えながらの訴えは、今にも殴りかろうとしていた男たちの動きを止めた。

 さらに、

 

「鬼瓦さんの言う通りだ」

「だよな……」

「何があろうと手出ししないってのは最初に鬼瓦さんが約束したことだろ。お前ら勝手に動いて鬼瓦さんの顔に泥塗る気かよ」

 

 血の昇っていた頭を冷やした者、鬼瓦の意思に従い止めに入るものが続々と出てきた。

 

「……慕われてるじゃないか」

「ああ……残ってくれた連中は、な……」

 

 ここで鬼瓦は居住まいを正す。

 蹲っていた体を起こし、そのまま地面に跪く体制に。

 

「何のつもり?」

「俺はあんたに二度負けた。どっちも俺が、一方的に挑みかかって、そして一方的に」

 

 痛みが治まってきているようだ。

 しかしまだ苦しいことに変わりはないだろう。

 それを押して、彼は頭を下げた。

 

「恥を承知で頼む! あんた、いやヒソカさん! 俺の代わりにうちのチーム、出巣吐露威鎖亞華栖(デストロイサーカス)のボスになってくれ!」

 

 一瞬の静寂。

 

『……はぁっ!?』

 

 俺と周囲の心が1つになった。

 

「待て! 何でそうなる?!」

「そうっすよ鬼瓦さん!」

「俺らのボスは鬼瓦さんっしょ!」

「そうだそうだ!」

「お前らは黙ってろ!!!!」

 

 鬼瓦の一喝で男たちは口を噤む。

 だが俺は説明を求める。

 鬼瓦はそれを当然のように受け入れた。

 

「ヒソカさんは」

「“あんた”でいいよ。今更畏まられても気持ちが悪いし」

「……あんたはこの辺に来て数ヶ月。目的は地下闘技場。それだけで、俺ら不良グループの縄張りや力関係は何も知らない。だよな?」

「間違いない。君たちの社会には全くと言っていいほど関心が無いね」

「だろうな」

 

 彼は独り言のように呟いて、話を続ける。

 

「それでも“駅前広場はずれ”は不良どものたまり場。そのくらいは聞いたことあるだろうし、何度も来てればここがどんな場所かは大体分かるだろ?」

「夜は完全な無法地帯。昼は夜よりはマシだけど、それでもガラの悪い地域だ」

「俺も先輩から聞いた話なんだが、ここがこんな状態なのは桐条グループのせいらしい」

「桐条グループの……?」

「この人工島、そもそも桐条グループがスポンサーになって作られたのは知ってるか? 俺らみたいなのには想像もできないような金を出したんだと」

 

 さらに島だけでなく学校やポロニアンモールなどの商業施設も作られる。

 

「そのうち人工島を縄張りにしようとするヤクザも出てきて、邪魔だったんだろうよ……桐条グループは警察と手を組んでそいつらを一掃したって話だ。桐条から膨大な寄付金が出て、警察は装備も人員も大幅増員。徹底的に治安維持をしたんだと。おかげで当時この辺の不良は相当肩身の狭い思いをしたらしい」

 

 初耳だ。

 それに警察と桐状グループの関係。

 正規の手続きに則ったものか、それとも違法な癒着か。

 当時の事は知らないが、そんな情報をどうして不良グループのボスが知っている?

 

「うちは俺で13代目。警察がまだ厳しく取り締まってる頃から細々と続いてたグループなんだよ。それで色々と伝もあるし、昔話も語り継がれてる。それに……いや、後で分かる。

 話を戻すぞ。この辺の状況が変わってきたのは10年くらい前。理由は分からないが、桐条からの寄付金が減ったんだと。それでもしばらくはどうにか維持してたらしいが、10年前に桐条のナントカって研究所が起こした大事故が決定打になった」

 

 世間からの批判が集まり、賠償などで大金が必要になった桐条グループ。

 そこにそれまでと同じように寄付をする余裕はなく。

 桐条からの寄付金が断たれた警察は、必然的に規模を縮小せざるを得なくなった。

 

「それまで幅を利かせてた警察が一気に弱くなった。警察が幅を利かせてた間に、ヤクザなんかは徹底的に駆逐されていた」

「後に残ったのは肩身の狭い思いをしながら息を潜めていた当時の不良」

「抑圧されてた分、暴れっぷりも酷かったらしいぜ」

 

 毎日のようにグループ同士の抗争が勃発し、手も目も足りないから警察も止めきれない。

 そんな状況が続き、やがて警察と不良グループの間にある暗黙の了解が生まれた。

 

「一言で言うと“住み分け”だな」

 

 その一言で内容はだいたい理解できた。

 

「警察のパトロールが来ない地域。不良グループが存在し活動をしやすい地域。そういうのをあえて作っているわけか」

「正式には認められてないけど、駅前広場のあたりはその代表格さ。他にも“白河通り”とかそういう場所がある。警官はそこを切り捨てて、他を重点的に守ってる。お互いがお互いの縄張りに入らなければ面倒も無い。少なくとも場所を選んでいれば、悪さをしてもお咎めなしって訳だ」

 

 なるほど。この辺が漫画みたいに荒れてるのはそういう事情があったのか……

 

「で、それが俺にボスになれって話に繋がるんだな」

「簡単な話さ。あんたも言ったろ? ここは警察も近寄らない無法地帯だ。おまけに縄張りにできる場所は限られてる。だから弱い奴、弱いグループは良いカモになっちまう」

 

 その言葉に怒りはなく、ただただ深い悲しみが込められていた。

 

「……つまり俺をボスにして、グループの面目を保とうって事か」

「足を洗うか逃げたいって奴はもうここにいない。だが、あんたみたいに一人で自由にやっていける奴はいない。俺も含めて潰されちまう」

「そんな事ねぇよ!」

 

 黙って話を聞いていた男たちの中から声が上がる。

 

「俺らのボスは鬼瓦さんしかいねぇ! そうだろテメェら!」

『おう!』

「鬼瓦さんは俊哉がケツまくって逃げそうな時に、汚れ役を買って出てくれた!」

「そうだそうだ! あいつを追い出した後はない頭振り絞って俺らのことを考えてくれた!」

 

 鬼瓦のボス在留を望む声がどんどん大きくなる。

 どうやら鬼瓦は仲間に対しては面倒見のいい男だったらしい。

 

「皆こう言ってるけど? もう一度言うけど意外と慕われてたんだな」

「やめろ……お前ら現実見て考えろ! 俺だってタイマンでそう簡単に負けるとは思ってなかった! 今だって相手がこいつじゃなきゃ負ける気はねぇ! だけどな、俺くらいの奴は他所にもいる! こいつみたいに、頼めば条件を合わせてくれるような奴ばかりじゃねぇ! そこんとこ分かってんのか!?」

 

 鬼瓦は叫ぶが、彼以外から立ち上るオーラで形成された場の空気に変化はない。

 

「彼らの意思は固いらしいね。というか、僕もボス就任は断るよ。その地位に興味ないし、こんな空気で引き受けても誰もついてこないだろうし……違うか!?」

『違わねぇ!』

「お前になんか従うかバカヤロー!」

「とっとと帰れ!」

 

 周囲の男たちに問いかけてみれば、予想通りの答えと余計な罵声が返ってきた。

 俺は連れてこられた側だっつの!

 

「言われなくても帰りますよ、ったく」

「お、おい待ってくぅっ!」

「まだ痛むなら無理するなよ……」

「待ってくれ、もう少し話を」

 

 くいさがる鬼瓦をどうしたものかと考えていると、ふと先ほどの話を思い出した。

 

 要は仲間の安全のために後ろ盾が必要なんだろう?

 だったら俺は鬼瓦のチームを傘下に入れたという事にすればいいんじゃないだろうか?

 その上で俺は俺で好きなように動き、このチームは鬼瓦がこれまで通りまとめればいい。

 

「どうだろうか?」

「文句はないが、虫が良すぎないか……? 俺たちばかり得してるぞ」

「だからって部下ごとボスの座を渡されても困るんだよ……これでもそれなりに忙しい身でね、集会だのなんだのやってられないんだよ」

 

 来月からはさらに忙しくなるし、余計な仕事を増やしてたら時間が足りないよ。

 

「どうしてもと言うなら……基本的に何かを要求するつもりはないけど、さっきみたいなこの辺のローカルな歴史は興味深い。そういうのは教えてくれると嬉しいね。あと仕事の都合上、噂や情報を集めたい時がある。そういう時にグループ全体で手を貸してくれるなら、こちらは名前を。可能な範囲で手を貸してもいい」

 

 先ほどの桐条グループの動向などは興味深かったし、地元に根ざした情報源はあって困らないだろう。この顔(ヒソカ)の表向きの仕事は“探偵”という設定になっているし、いずれ何かの役に立つかもしれない。

 

 ……まぁ、一番の理由は面倒だからだけど。

 

「提案に対するボスの答えは? 部下の思いを踏みにじるだけの選択肢を選ぶかい?」

『鬼瓦さん!』

「……分かったよ。ボスは俺が続ける!」

 

 周囲から上がる歓声を一身に受けた鬼瓦。

 彼は周りを取り囲む男たちを眺めては、あきれたように。

 それでいて、肩の荷が下りたような笑顔を浮かべていた。

 

 ……かと思えばこちらを振り向いた。

 

「これまで身勝手に絡んで迷惑をかけた俺たちへの温情、心から感謝する……俺を含めて出巣吐露威鎖亞華栖(デストロイサーカス)88人は、今からあんたの傘下に入らせてもらう……以後、よろしく頼む!」

『よろしくお願いします!』

「あ、ああ……」

 

 周囲から拍手され、兄貴! とか、旦那! とか呼ばれ始めた。

 ……あれ? なんか前にもこんな事があったような……デジャブ?

 流れで変な決定しちゃったようなっ!?

 

「どうかしたか?」

「いや、なんでもない。虫か何かが目元を横切っただけだ」

 

 また痛みを感じた……こいつらもコミュの対象なのかよ……




影虎は不良グループとのコミュを築いた!

駅前広場はずれの歴史についてはオリジナル設定です!
公式設定ではありませんので、ご注意ください!


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250話 正式発表

 影時間

 

 ~タルタロス・16F~

 

 チャージからの形意拳。

 増幅した気を拳に集め叩き込む。

 が、実際に行うのは難しい。

 

 一撃、一撃と完全に威力の乗り切らない打撃がオーロラを揺らす。

 そのたびに使い直すチャージによって、体力はともかく魔力がじわじわと減っていく。

 しかしそれでも回数を重ね、そのたびに少しずつ改善を重ね。

 やがて練習が実を結ぶ時が訪れる。

 

「ッ!!」

 

 拳が接触した感触の確かな違い。

 今までで最も大きく揺らぐオーロラの波紋。

 突きこんだ腕から一瞬、ふっと全ての抵抗が消えた。

 

(貫いた!)

 

 そう理解し、喜んだ次の瞬間。

 腕に強い衝撃が走る。

 

「ぐぁっ!?」

「先輩!?」

「バウッ!」

「いってぇ……」

「大丈夫ですか!?」

「ああ……」

 

 ちゃんと動くし、骨は大丈夫そうだ。

 

「壁は打ち抜いたように見えたのに。一体何があったんですか?」

「多分あれだよ」

 

 たった今貫通させたはずのオーロラの壁。それが今は、

 

「直ってる……」

「一度打ち抜けた。それは間違いない。ただその直後に戻ったんだと思う。穴が縮んで塞がるみたいに……一瞬、腕を万力か何かで締め付けられたかと思った」

 

 やっと貫通させてもこれか。やはり一筋縄ではいかないな……

 腕を見ると、一部が内出血している。

 

「今日のところはここまでにしよう」

 

 この壁を越えるためには、ただ貫通させるだけでは足りないらしい。

 もっと大きな穴を開ける必要がありそうだ。

 

 だけど、一度でもオーロラの壁を貫通させた。これは大きな進歩だ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 10月30日(木)

 

 朝

 

 ~部室~

 

 作曲データの内、学園祭で使う楽曲の候補を絞り込み、サポートチームへ転送。

 後の手配はあちらに任せ、選んだ楽曲を歌えるようにドッペルゲンガーで脳内再生。

 音楽を聴きながら畑の世話をしてから、明日撮影する動画用の料理を練習する。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~校舎裏~

 

 内家拳の練習もとうとう最終日を迎えた。

 しかし、今回は特別なことを一切しないようだ。

 

「内家拳は1日にしてならず、教えた事を反復していくのが大切なんだよ。君が一週間で大きな成長を遂げていることはもう分かっているからね。今後もさらに練習を続けて、もっと内家拳の真髄に迫ってくれ。

 では最後の指導を始めよう。今日は“勁の伝え方”を重点的に教えていくよ」

 

 先生は語った。

 太極拳の練習では、体内の気の巡りを把握することを。

 形意拳の練習では、体の動きと気の巡りを整え勁として発することを。

 そして今日、八卦掌の演習を通して、勁を相手に伝えることを重点的に教えた。

 

 多種多様の技法があるが、この3点が重要なのだと。

 この3点を押さえているのといないのとでは大きく違いが出ると。

 そしてこの3点は内家拳のみならず、ありとあらゆる武術に共通すると。

 

「君にはまだ先がある。これから君はさらに多くのことを学び、身につけていくのだろう。その時に私の教えを役立ててくれると嬉しいね」

「……ありがとうございます!」

 

 黄先生に心から感謝しつつ、最後の練習を行った!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 練習後

 

 ~部室~

 

 最後の料理は、なんと“蛇肉のスープ”だった……

 蛇は疲労回復にとても良い食材(当然種類と処理による)らしい……

 

 勇気と度胸で蛇をさばき、スープを作って食べきった!

 しかし、スタッフさんのノリが罰ゲームだった気がしてならない……

 

「ちょっとはそういう意図あったでしょ」

「いやいやいやいや」

「全然ないよ」

「本当かな」

 

 番組の締めとして、皿洗いをしながらこれまでのことを語り合う。

 その中で軽くネタにしてやった。

 

 しかしそれはあくまで軽く。

 今日のことで一番話題になるのは“勁の伝え方”について。

 

「形意拳の拳の握り方。八卦掌の粘り着くような打撃。色々と学ばせていただきましたが、やっぱりポイントは共通して勁を相手に届けること。それができているかどうかで威力が増減してしまう。今日の練習で実感できました」

「横で見ていたけど、八卦掌も1日2日やっただけにしては上手だったよ。もっと対象に波を起こすように意識してやってみるといいよ」

「波……」

 

 目の前にある、溜めた水に触れる。

 水は触れた指に抵抗することなく、小さな波紋を生んで指を通す。

 

「そうだね……銃の威力がどうやって決まるか知っているかい?」

「基本的には口径、弾の大きさとか火薬の量ですね。あとは弾頭の形状でも体へのダメージの与え方が違います。

 !……そうか、たとえば弾頭に窪みがあり、着弾の衝撃により体内でキノコ形に変形するホローポイント弾。衝撃を人体に伝えやすく、また肉体の損傷も大きくなるそうですが、それと同じなんですね!」

「君、詳しいね!?」

「ライフル弾には撃たれましたから。色々勉強しました」

「あー、それで……まあそういうことだね。貫通させるよりも、相手の中に広げる感じさ」

 

 よく見れば掌も自然な状態では中心部がへこんだ形になる。

 ホローポイント弾に近いかもしれない。

 

 そのまま水面に掌をつけると、中心部に僅かな空洞が入る。

 それを無くすように水面に手を押し付ける。

 すると指先を水に入れた時よりも大きな波紋が生まれた。

 

 しっかりと発勁した上で行え

 

「ぶっ!?」

「うわっ!?」

 

 掌の先から、大きな飛沫が上がった!

 

「すみません! 濡れてませんか」

「大丈夫。袖だけだから」

「よかった。勁の伝え方について考えていたら、思いのほか力が入ってしまって」

「ハハハ、熱心なのはいいけど気をつけなよ」

 

 スタッフさんにも笑われてしまい、なんだか締まらない終わり方になってしまった。

 

 しかし勁の伝え方に波……これはあのオーロラの壁にも使えそうな気がする!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~自室~

 

 ベッドで横になり、携帯のアプリを起動。

 

 ――グループ名:影虎問題対策委員会――

 

 影虎 “荷造り終わった”

 会長 “おつかれー”

 順平 “とうとう明日かー、影虎のなんとかプロジェクト参加が世間に知れ渡るの”

 宮本 “俺たちは帰国後すぐに聞いたし今更だけど、また騒ぎになるよな”

 影虎 “間違いない。というわけで俺は明日の夜から検査入院という名目で雲隠れします。

     授業のノートとかよろしく!”

 友近 “今度ラーメンおごってくれ”

 岩崎 “勉強、教えてもらったほうがいいんじゃない?”

 西脇 “言えてる”

 高城 “私は美味しい物の方がいいかな。どこかにロケ行った時にでも”

 山岸 “美味しい物といえば、この前ネットで見たんだけど……”

 

 皆と楽しく雑談した!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 放課後

 

 ~部室~

 

「楽しんでいただけましたでしょうか? 今日作った“葉隠流トマト鍋”のレシピは概要欄のURLからダウンロードできますので、興味のある方は作ってみてください! それでは“Tora'sキッチン”、次回をお楽しみにっ!」

 

 八十稲羽の野菜を紹介するための動画撮影が無事に終了。

 

「今日も良い感じだったね。投稿した後のコメントが楽しみ」

 

 山岸さんのテンションが珍しく高い。

 動画編集とその評価がよほど嬉しいらしい。

 勉強などもしっかりやっているようなので、何も言うべきことは無いが……

 

「あっ、そうだ葉隠君。この前のバイオリンの動画が好調なんだけど、あの“カントリーロード”と“情熱大陸”? 両方とも“作曲者さんの名前に聞き覚えが無い”、“新人さんなのか?”、“どこの誰なんだ”って質問がたくさん来てるよ」

「あれは例のプロジェクト関連でアメリカから取り寄せた曲だからなぁ……」

 

 という設定。

 前世から持ち越した曲は作詞・作曲者名はそのまま、アメリカに住む人物の作品ということにして向こうで管理(裏工作)してもらうことになった。

 

「あと他にも“勉強動画をもっと投稿して欲しい”とか、“格闘技系の動画をもっと見たい”、それに“パルクール同好会なのにパルクール動画は投稿しないんですか?”って感じで一杯質問のコメントがきてたの。

 そういうコメントは簡単に分けてまとめておいたから、今後の参考にしようね」

「分かった。ありがとう」

 

 まさかここまでハマるとは……

 

 山岸さんには動画編集を任せ、俺は厨房の片付け。

 その後、近藤さんが迎えに来るまで次回の動画内容について2人で打ち合わせを行った!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~某病院・病室~

 

「こちらが今日から一週間、葉隠様の過ごされる病室です」

「……やっぱり豪華ですね……」

 

 近藤さんが用意していた病室は、なかなか大きな病院の特別室だった。

 なんとお風呂とトイレはもちろん、広いリビングに冷蔵庫や小さなキッチンまで付いている。

 

「特別室って宿泊費が相応に高いって聞きますけど、いくらぐらいするんですか?」

「この部屋は一泊20万円ほどです」

「うわぁー」

「プロジェクトの必要経費として、本部が負担しますのでご安心ください」

 

 相変わらず金の使い方がすごいな……でもそれに慣れてきている自分がいる……

 

「検査と撮影は明日からの予定ですので、今日はもうごゆっくりお過ごしください。明日は午前中に目高様と“ヘルスケア24時”のスタッフ様方、そして葉隠様の検査をする医師団の方々と顔合わせ。その後は検査と、忙しくなりますから」

「分かりました」

 

 近藤さんはさらに数点の連絡と確認をすると、明日からの準備があるからと帰ってしまう。

 

 自由といっても外出はできないし、土地勘もない。

 超人プロジェクトの発表は日本時間の11時なので、まだ先だ。

 ……ネットは使えるそうだし、動画サイトの様子でも見てみよう。

 

「どれどれ……おっ、もう動画アップされてる」

 

 山岸さんの編集で見やすく。さらに音楽や拍手などの効果音も足されている。

 素人目に見ても動画のレベルが上がってきたな……コメントや評価も悪くない。

 

『今度は料理か』

『格闘技、ダンス、勉強、バイオリン、そして料理。趣味多すぎワロタ』

『家・庭・菜・園wwww材料から作るのかよwwww』

『大量に収穫できたから料理動画ってわけね』

『トマト鍋の汁だけでうまそう』

『メシテロ動画』

『動画のクオリティー高いな。特にここ数回』

『鶏肉入ってるけど、メインは野菜っぽい』

『プチソウルトマト、ヒランヤキャベツ、カエレルダイコン、開錠ムギ。

 どれも聞き覚えのない種類だけど、どこかのブランド野菜?』

『概要欄に説明あるよ』

『つか調理の合間に挟まれる説明細かいな』

『薬膳とか栄養学とか、やっぱり日頃から体を気にしてるんですね』

『鍋はこの時期Good! それも体を温める具とか冷え性には嬉しい』

『大根は消化不良改善や風邪に効果あり、喉の炎症を抑える効果もある、か……

 あんまり好きじゃないけど、風邪気味だし作ってみるかな……』

『え? キャベツが最後? 火は通るの?』

『キャベツそうやって食うのか(笑)』

『千切りキャベツを直前に鍋にぶち込んですぐ食ってる。これしゃぶしゃぶだっけ?』

『キャベツのしゃぶしゃぶとか珍しいな』

『元から葉が柔らかい品種だから煮込まなくてもいいと』

『程よく温めつつ、熱で栄養素を壊さないようにすばやく摂取するのね』

『野菜が多く食べられそうな鍋ですね』

『うまそう』

『飯テロ注意』

『具はあらかた食い終わったな。そうなると気になるのは……』

『キター!!! シメの食材!!!』

『開錠ムギの麦飯に、チーズ、パセリ、黒胡椒』

『トマトベースの汁と合わせてチーズリゾットか!』

『“とけちゃうチーズ”は便利だよね』

『汁を吸った香ばしい麦飯を半分溶けたチーズが包んで、パセリと黒胡椒がアクセントに……』

『ぐあああああ! 何て動画をちょうどいい飯時に出してくるんだッ!

 カップ麺で適当に腹を満たしたのを残念に感じるじゃないかッ!』

『この動画を出したのは誰だッ!』

『この料理を出している店はどこだッ!』

『鍋食いてえ……まだ飯食ってないし、どっかで食えるかな……』

 

 最後に向かうにつれてコメントが多くなっていく。

 今回の動画も好評のようだ。

 この時点でこの反響なら、霧谷君にも納得してもらえるだろう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜11時半

 

 テキサスの時間は午前8時半。

 病室のテレビには夏休みに起きた大事件の中心地となったホテルが映っている。

 何を思ってか、コールドマン氏はあのホテルを記者発表の会場に選んだようだ。

 

 超人プロジェクトの記者発表はコールドマン氏の挨拶から始まった。

 彼がこのプロジェクトを立ち上げるに至った経緯。その思い。

 さらに具体的な内容と協力する企業、プロジェクトの参加基準などが次々と語られていく。

 

 世界的大富豪のコールドマン氏が発案し、多くの世界的企業が協賛するこのプロジェクト。

 会場に集まった記者の注目度は相応に高いようだ。

 質問も幅広く、真面目なものからジョークを交えたものまで飛び出している。

 

『Mr.コールドマン、あなたのプロジェクトは非常に魅力的です。この発表後には多くのスポーツ選手があなたのプロジェクトに応募すると思われますが、あなた個人はどのような人に栄えある1人目の参加者になってもらいたいですか?』

『1人目の参加者か……』

 

 コールドマン氏は薄く笑う。

 

『それについてはもう少し後で話すつもりだったのだが、いいだろう。実は1人目の参加者はすでに決定しているんだ』

 

 記者団から声が上がり、一斉にフラッシュがたかれる。

 

『応募受付はこの会見後からでは!?』

『もちろん応募は先ほど話した通りに受けつける。ただしプロジェクトにはトラブルがつきものだ。よって私は私自身がスカウトした一人の少年に、少し前から支援を始めていた。最終確認のためのテストケースとしてね。

 そしてこのプロジェクトに私の意思が大きく反映されるのは、先ほどの説明でご理解いただけたと思う。その私の推薦で彼はテストケースから正式に一人目の参加者となる。もっとも彼は規定のテストを受けたところで軽く突破すると思うがね』

『“彼”とは一体何者なのですか!?』

『少年とおっしゃいましたが、歳は!?』

『どこでスカウトしたのですか!?』

『その少年の経歴は!?』

 

 うわ……会場が騒然となっている。

 テストケースとその必要性を先に話せば、もっと落ち着いた状況で説明できると思う。

 それをあの人が考え付かない、できないなんてありえない。

 Mr.コールドマン、わざと騒がせたな……

 

『私は数多くの部下に、世界中から私のプロジェクトにふさわしい人材を探させた。そして数多くの候補者の名前が私の耳に入った……彼はそんな中の1人でしかなかった。ある時までは』

 

 もったいつけて名前を出さず、世間に公表できる範囲で俺との出会いを語る彼。

 数ヶ月前にテキサスで起きた痛ましい事件。麻薬組織との銃撃戦。そこで撃たれた少年。

 そこまで言えば殆どの記者が察したらしい。

 

『彼の名前は葉隠影虎。優れた運動能力だけでなく、その身を盾に幼い少女を凶弾から守る勇敢な心を合わせ持った高校生さ』

 

 ……予想以上にハードル上げてきやがった……

 

 そこから先はまるで舞台のようで、すべてが予定調和の演出に見えた。

 朗々と語るコールドマン氏と、歓声を上げてシャッターを切る記者たち。

 画面に映る映像をしばらく無言で見つめた俺は、テレビを消してベッドに潜り込んだ。



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251話 入院生活の始まり

今回は三話を一度に投稿しました。
この話が一話目です。


 11月1日(土)

 

 朝

 

 ~病院内・大会議室~

 

「それでは皆様、今日から一週間よろしくお願いいたします」

『よろしくお願いします』

 

 今回の検査入院で俺の検査をしてくださる先生方との顔合わせが行われた。

 

 その内訳は……

 “ヘルスケア24時”に出演および医学的な解説を監修している各分野の専門医が13名。

 “超人プロジェクト”から同じく各分野の専門医+そのサポートスタッフが15名。

 検査に協力してくださるこの病院の医師、看護師、その他検査関係の技師が合わせて12名。

 合計40名の医師団が俺の検査のためだけに集まっていることに、少々気圧されそうになる。

 おまけにコールドマン氏が財力で集めた医師団には世界的に有名な名医もいたらしい。

 日本人の医師団にも妙に緊張した雰囲気が漂っている。

 

「一部検査の内容によって制限もありますが、葉隠君は基本的に普段生活しているように生活してください」

「分かりました」

「こちらが本日のスケジュールですので、よろしくお願いします」

 

 何々……まずは身体測定と問診に採血。

 その後はポータブル心電図を取り付けて、ヘリで昨日の発表に関する記者会見の会場へ。

 日本国内・国外へ向けて記者会見を行い、昼食を食べた後にMs.アレクサンドラと面会。

 先日提出していた楽曲はもう彼女に送ってあったそうだが、なんと振り付けも完成したらしい。

 そのままダンスの指導を受けて、病院へ戻るのは夜。

 眼科検診を行って1日目が終わる。

 

 記者会見は内容こそ同じでいいそうだけど、日本語と英語で2回やらなければならない。

 さらにダンスの練習も加わるとなるとだいぶ忙しくなるな。

 これは気合を入れていかなければ!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午前

 

 ~某ホテル~

 

 記者会見。

 以前学校でマスコミ対応をした時とは報道陣の質も量も大幅に違っていた。

 サポートチームの入念な準備による対応の検討と、スムーズな進行に助けられている。

 だけど記者1人1人の質も高く、鋭い質問が頻繁に飛んでくる。

 

 気は抜けないが、鶴亀のような記者がいないだけマシではある。

 

「葉隠さん。あなたはコールドマン氏から直接スカウトを受けたそうですが、貴方にとって彼はどんな人ですか? 同じ目標へ向かうパートナー、あるいはビジネスの関係?」

「そうですね……更なる成長を求める私と、それを見たいという彼。同じ目標を目指せるパートナーであると同時に、ビジネス的な側面があることも否定しません。ですが……」

「ですが?」

「彼がどんな人か、それを私個人の視点で感じたままに表現するのならば。……私にとって彼は“イタズラ好きなお爺ちゃん”ではないでしょうか?」

 

 外国人記者の集まる会場が大きくざわめいた。

 

「お、お爺ちゃん、ですか? コールドマン氏が?」

「ああ、念のために言っておきますが、血縁関係はありませんよ? 私が彼に抱くイメージの話です」

 

 あの人はこっちが驚くほど金のかかる支援を次々としてくるからな……まるですぐに小遣いを渡す、孫に甘い祖父母のように。実際かなりの年であることは間違いないし、親しみやすくはあるけれど、昨日の様に突発的にこっちのハードルを上げてくる。イタズラ好きの爺さんで間違いないだろう。

 

「……!」

「?」

 

 ステージの端で、近藤さんが笑いを堪えている……

 

『近藤さん、何を笑ってるんですか?』

『ボスを“お爺ちゃん”だなんて、そんなことを言った人は葉隠様が初めてでしょう』

『まぁ、偉い人ですしね……でも利害関係だけと言うわけでもないですし、それなりに親しげにしていただいてると思いますが……訂正しますか?』

『いえ、別に構わないでしょう。そのまま続けてください』

 

 ざわめきの中から新しい質問が出たので、魔術での密談をやめて質疑応答に戻る。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午後

 

 ~ダンススタジオ~

 

「リズムに乗ってーハイ1,2,3,フォー!」

 

 いつにもましてテンションの高いMs.アレクサンドラから、ダンスの指導を受けた!

 

「オッケー! フリは一度で覚えると思ってたけど、なんだか体の動きが良くなってるわね。前とは一味違う感じ」

 

 体の動かし方という点では、中国拳法の練習が影響しているかもしれない。

 特におとといまでは内家拳で、気と体の動きを調和させる練習をしていたばかりだ。

 

「エクセレンッ! 一週間あれば新しい2曲も十分磨きあげられそうね。それはそうとこの2曲、とってもいい曲じゃない。いったいどこから手に入れたのよ。全然聞かないアーティストだけど」

「スポンサー経由でちょっと」

「ん~、色々と大変そうだけど、いいスポンサーと作曲家さんを見つけたわね。私も一曲お願いしたいくらいよ」

 

 楽曲に対するMs.アレクサンドラの評価は高い。

 

「ところでこの2曲、歌詞ついてるけど本番では歌うの?」

「そのつもりです」

 

 ダンスを学んで身に着いた“セクシーダンス”。

 その後に独学でカラオケに没頭し身につけた“演歌の素養”。

 上手くできれば、歌と踊りの相乗効果で観客をより惹きつけられると思う。

 あと個人的に曲と歌詞が大好きだからか、歌も入ってこそ真の完成な気がする。

 

「だったら、念のためそっちのレッスンも一度やっておく事をおすすめするわ。よかったら時間がある時にでもこの人を尋ねてみて。いろんなアイドルの指導をしてるから、ステージで踊りながら歌う事に詳しい人よ。私もよく一緒にお仕事するの。厳しいしお金もかかるけど、スポンサーのいるあなたなら大丈夫だと思うわ」

 

 Ms.アレクサンドラから、ボーカルレッスンの講師を紹介していただいた!

 

「ありがとうございます」

「いいのよ。より素晴らしいパフォーマンスを期待しているわ。それじゃ練習に戻りましょうか! 時間は有限、ビシバシ行くわよっ!」

「はい!」

 

 さらにダンスを磨き上げた!!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~病室~

 

「葉隠様、少々よろしいでしょうか」

 

 着替えていると、カメラと6名のドクターを引き連れた近藤さんが部屋にやってきた。

 

「お待たせしました。どうぞ」

 

 室内に招き入れ、ソファーに座ってもらう。

 眼科検診はもう少し先の予定だったはずだけど、何かあったのだろうか?

 

「今朝採血させて頂いた検査結果が出ていまして、それを受けていくつか質問をさせて頂きたいことがあるそうです」

「もちろん構いません。問題でもありましたか?」

 

 同行していた医師の方々に問いかけると、中年の男性ドクターが代表して答えた。

 

「まだ問題かどうかはわからない。ただ君の血液を検査した結果、気になる点がいくつか見つかってね。君の主治医のDr.キャロラインはすでに確認しているようですが、我々にも一度確認させてください」

「わかりました」

「では検査の結果について、簡単に説明させていただきます」

 

 別のドクターが、持っていたファイルから様々な数値が書かれた紙を取り出す。

 

「全体的に見るととても良い結果なので、そんなに心配せず答えてください。まずこちら、血液中のヘモグロビンの値を示す数値なんですが、これが葉隠さんの場合かなり高いんですね」

 

 血中のヘモグロビンは酸素を全身に運ぶ働きがあり、低下していると貧血の可能性あり。

 運動時の持久力にも関係していて、低下すると平常時よりも30%以上持久力が落ちるという。

 俺の数値は高いけれど、それはそれで“多血症”という病気の可能性があるらしい。

 

「葉隠さん、最近高地トレーニングをしたとか、ないですか? ヘモグロビンが上がる要因になりますが」

「……高い所というと、精々学校の裏の高台くらいですね……」

 

 タルタロスに登ってるけど、それ効果かな?

 そういえばタルタロスの16階って高さは何メートルぐらいになるんだろう?

 まさか高地トレーニングができるぐらいの高さになってるとかないよな?

 ……常識では考えられない建物だし、絶対にないとは言い切れないかも……?

 

 その後もドクターの質問に答えていくと、やがて問題なさそうだという話になった。

 よし今度は血液の成分に関する話が続く。

 

「血液の成分を精査したところ、多量のヒスチジンとβアラニンが検出されました」

「……それはどういった成分なんでしょうか? 何かあってはおかしい成分ですか?」

「どちらもちゃんと栄養を取っていれば体の中で作られる成分なのでおかしくはありません、ただその量が普通の人と比べて非常に多いんです」

「βアラニンは脳や筋肉に送られるエネルギーの材料となるため、エネルギーの不足による筋肉や骨の分解を抑え、筋肉の疲労を軽減する。また、肝臓の保護やアルコールの代謝などにも効果的な成分だ。ヒスチジンは成長促進や神経機能の補助、脂肪燃焼に効果がある。しかしこの2つは体内で“イミダペプチド”に変化する」

 

 興奮を抑えているような口ぶりで、外国人ドクターが語ったイミダペプチドとは、

 βアラニンとヒスチジンを原料に、体内で合成される成分。

 高い疲労回復効果があり、鳥の胸肉などに豊富に含まれる。

 

 その最大の特徴は、疲労した部分にピンポイントで効果を発揮すること。

 βアラニンとヒスチジンは血流とともに全身を巡る。

 そして疲労した脳や筋肉には2つの成分をイミダペプチドに合成する酵素が多く含まれている。

 だから疲労した部位に材料が届き、ピンポイントでイミダペプチドが合成されるのだそうだ。

 

「しかしイミダペプチドを作る力は加齢とともに衰える。イミダペプチドを外部から食事などで摂取すればβアラニンとヒスチジンとして蓄えることもできるが、君はそれを超える量のβアラニンとヒスチジンを常に自分の体内で作り続けている。さらに先ほどのヘモグロビンの値……それは君の持久力の高さと回復力の高さの証明に他ならない!」

 

 説明、というよりも一方的に情報を口にし、結論とともに笑顔を浮かべている。

 この先生、若干マッドな気配がする……

 

 しかし言いたいことはわかった。

 俺の持久力と回復力の高さは驚くほど高い。

 “治癒促進”と“気功”の影響だろうけど、体にはそういう変化が出ていると言うことか。

 

 その後も日本人医師の説明と質問を受けながら、若干マッドそうな外国人ドクターに観察された。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 深夜

 

 ~病室前の廊下~

 

 眼科検診でも異常が発見され、思わぬ手間がかかってしまった。

 

「葉隠君の視力は……7.3です……」

 

 すっかり忘れてたけど、視力が異常に良くなっていた。

 医師団がさっきからあれやこれやを喧々囂々、議論が続いている。

 

 正直、ドッペルゲンガー召喚して“望遠”を使えばもっと圧倒的に遠くまで見える。

 しかし、裸眼でここまで見えるようになっていたとは思わなかった。




影虎は医師団と顔合わせを行った!
影虎は世界のメディアから注目を浴びている!
影虎はダンスの振り付けを覚えた!
影虎は検査を受けた!


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252話 検査入院・2日目

今回は三話を一度に投稿しました。
前回の続きは一つ前からです。


 11月2日(日)

 

 朝

 

 24時間、定期的に自動計測を行う血圧計を体に取り付けられた後、1日の予定を確認。

 

「本日のご予定は午前中にダンスの練習。午後2時からは○○テレビでアフタースクールコーチングの撮影。こちら八極拳と内家拳の2本撮りです。夜にはレントゲンとMRIを用いての検査の後、運動時の血圧などを計りますので、普段通りのトレーニングをお願いします」

「分かりました」

「それからマスコミ対応の件ですが、概ね順調です。国内外のメディア数社が更なる取材を求めていますが、葉隠様は検査入院を第一に。取材は我々が対応いたします。ちなみに……昨日の“お爺ちゃん”発言が何かと話題になっているそうですよ? 特に海外で」

「そんなに、ですか」

「今でこそ第一線から退いたボスですが……かつては、それはそれは厳しい経営者でしたから。ボスの不興を買う、それ即ち業界からの追放。そのように考え恐れている業界人はいまだに多く居ます。ボスは単なる金持ちではなく、政財界へも太いパイプがありますからね」

 

 そういやそんな話をどこかで聞いた気がする。

 初めて勧誘された直後だったかな。

 

「ちなみに例の発言後に行われたボスへの取材では、早くもその話題が飛び出したそうですね。本人は大笑いして“なんなら本当に孫になるかい? 孫娘には浮いた話が一向にないんだ”と話していたそうですよ」

「それ絶対後で怒られるやつ!」

 

 エリザベータさんから「巻き込むな!」とでも苦情が飛んできそうだ……

 

「既に届いております。アメリカでは既に公共の電波に乗っていますから」

「あ、そうですか……」

「ボスと葉隠様がただビジネスだけの関係ではなく、親密であることをアピールできたので良しとしましょう。ボスと親密だとはっきりさせておけば、桐条グループも迂闊に手を出せませんよ」

 

 確かに。それはコールドマン氏と契約する目的のひとつであり、メリットだ。

 

「さて話は変わりますが、昨夜霧谷様から私の方にメールが届いておりました」

「霧谷君から?」

「動画の効果が出ているらしく、苗の注文が急激に増えているそうです」

 

 それは良かった! と思いきや、

 

「サーバーが落ちた?」

「原因は過剰なアクセスの集中。事前に対策はしていたようですが、おそらくプロジェクトの正式発表と重なったためでしょう。料理に限らず葉隠様の出ている動画には、プロジェクト発表後からコメントが急増。特にこれまで少なかった海外ユーザーからのコメント増加が顕著ですね。桐谷様はおそらくそのあおりを受けてしまったと思われます」

 

 苗の注文や国内外からの問い合わせ急増。

 ウェブサイトの復旧・対策強化など。

 彼の仕事が増えてしまったため、報酬の引き渡しが一部遅れるらしい。

 

 なってしまったものは仕方ない。

 原因はこちらにもあるし、どのみち入院中はカメラがあるし、魔術の練習はできない。

 一時的に止めることはできるけれども、あまり好ましくはない。

 

「それに全部遅れるというわけではないんですよね」

「すでに結構な書類データを、ファイル転送サービスを介して受け取っています」

「ならそちらから使いこなせるようにしていきましょう。退院後には向こうの状況も落ち着いているかもしれませんし」

「かしこまりました。では私どもからの報告は以上です。今日も1日よろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしくお願いします」

 

 入院生活二日目が始まった!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午前

 

 ~ダンススタジオ~

 

 翻子拳を参考に、激しい動きでも呼吸を乱さないように。

 太極拳の要領で、体内の気の流れを把握。

 形意拳の要領で、一つ一つの動きをシンプルに、丁寧に整える。

 そしてそれらを、八卦掌が得意とする連続攻撃のように繋げる。

 六合大槍を操るが如く、体の勢いを自分の力に変えて。

 劈掛掌の激しさ。そして、しなやかさを取り込む。

 

 これまでに学んだ中国拳法を参考に、動きを見直しながらダンスの練習。

 少しずつ。だけど回数を重ねるたび、確実に動きのキレが増していく!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午後

 

 ~テレビ局・スタジオ~

 

「OKです! お疲れ様でした!」

『お疲れ様でした!』

 

 2本撮りの1本目が終了。

 次の準備が終わるまでの間、出演者にはここでしばらく休憩が入る。

 

「ティーッス! “虎”お疲れ~」

「お疲れ様です。磯野さん」

 

 前室へ向かっていると、唐突に後ろから声をかけられた。

 

「固いな~、歳の差とかメンドイし、俺の事は磯ッチでヨロ!」

 

 チャラい。実にチャラいが、このイケメンは本心から気軽に接してほしいようだ。

 

「了解。磯ッチ」

「おっ! 何々、虎って案外話わかるジャ~ン。てか虎も前室?」

「あんまりのんびりできるほど時間はないらしいし。特に楽屋に戻る用もないからね」

 

 出演者の方々とコミュニケーションもとっておきたい。

 

「んじゃ一緒行こうぜ!」

 

 こうして気さくに誘ってくれる彼は、Bunny's事務所の新人アイドル。

 それも光明院君や佐竹と同じグループの1人だったりする。

 

「どしたん? 俺の顔、なんかついてる系?」

「いや、正直に言うと磯ッチが親しみやすくて驚いてた」

「何それ~って、あー……光明院と佐竹? あいつらは特別よ。確かにうちのグループ、ピリッてるやつ多いけど」

「そうなんだ。失礼だけど全員あんな感じかと思ってた」

「ははっ、そんなんだったら俺とかやってけねーわ。あいつら以外はそれなりにグループ内外で仲良い奴とつるんでるって」

 

 あいつら、グループ内でも孤立してるのか……

 

「そういやあの2人、やけに虎を敵視してたっけ」

「あ、俺がいない所でもそうなのか?」

「もうバリバリ、てか本人の前でもそうなん?」

「一応隠してるつもりみたいだけどね」

「そりゃ災難。でもまあ、敵として見られてるだけいいんじゃね? 俺たちなんか、味方とも敵とも思ってねーみたいな感じだし」

「……そういえばそっちの事務所の方針は少数精鋭だとか……」

 

 ……気になったのでそれとなく続きを促してみる。

 すると鬱憤がたまっていたのか、磯野は愚痴をこぼし始めた。

 

「そうそう。今はどんどん送り出してく感じの波が来てて、皆乗るしかねーって雰囲気なんだけどさ。それでもやっぱランキングみたいなのがあるわけよ。んで皆一位を目指すみたいな。

 そういう意識が一番強いのが光明院で、目指すのはもっと上、同じ新人の俺たちは眼中になし。佐竹はそもそも、親がタレントだから俺たちと一緒にすんなって感じ?」

 

 彼らは全く相手にされず、完全に別のグループのような扱いらしい。

 

「敵意向けられても困るだろうけどさ……そうやって睨まれてるのは、あいつらが“自分の邪魔になる”って、虎の実力とか才能とか、そういうのを認めたって事だと思うんだわ」

「……」

 

 グループのメンバーを通じて、二人の新たな一面に触れた気がした……

 

「ツッ!?」

「うぉっ!? どうした!?」

「あ、ああ、いや、練習中に痛めた所があってさ」

「あ~……そういやさっきのVTR、めちゃ爺さんに殴られてたっけ。体張るなぁ」

 

 なんとかごまかせたけれど、いつもの倍くらいの痛みが走った……

 十中八九、光明院君と佐竹の2人分だろうな……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~病院・リハビリセンター~

 

 レントゲンやMRIでの検査で時間を潰し、人がいなくなってから運動のできる場所を使わせていただく。

 

「では、まずは站樁(たんとう)から」

 

 30分ほどやった後に、これまで習った拳法の型を全て復習しよう。

 内家拳で培った事を、各拳法の技でも行えるようにする事を目標に。

 

 夜遅くまで、トレーニングを行った!!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 深夜

 

 ~自室~

 

 ……眠れない。

 タルタロスに入っていないからか、体力にまだだいぶ余裕がある。

 

 せっかくなので、今度の文化祭で使う曲の歌詞を脳内で見直そう。

 

 もっとダンスや歌の完成度を上げられるように、曲への理解度を深めた!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 11月3日(月)

 

 朝

 

 丸1日つけていた血圧計が外され、予定の確認。

 

「本日は外出するお仕事はありません。様々な角度から脳の検査を行います」

「脳ですか……」

 

 今のところ特に問題はないが、夏休みには脳の異常発達が確認されている。

 

「そのこともあり、特に重点的に検査を行う予定となっています。しかし昨夜MRIで撮影した脳の画像を見る限り、常人より発達している以上の異変はなかったそうです。血圧や血管の状態も健康的だそうですし、過度に心配する必要はないでしょう」

「……ありがとうございます」

 

 気遣い上手な近藤さんはさらに話を続ける。

 

「ここからは連絡事項です。まず1つ目に、Ms.アレクサンドラに紹介していただいたボーカルレッスンの先生と連絡がつきまして、明後日の午後に2時間。レッスンをしていただけることになりました」

「よかった。急な事だからどうかと思いましたが」

「Ms.アレクサンドラの方からも事前に連絡をしていただいたようです。少々電話口での言葉は荒く聞こえましたが、経歴や評判を調べたところ一流と言って良い先生でした。紹介がなければまず間違いなく不可能なタイミングだったでしょう」

「Ms.アレクサンドラに感謝ですね。今度改めてお礼をしましょう」

「こちらでも何か手配しておきます。

 次は……新しく入ったお仕事の依頼について。先日の発表を受けて、ワイドショーなどから出演依頼が多数舞い込んでいます。こちらは後でリストを用意しますので、確認の上で出演希望、NGの指示をお願いします。そのうえで調整しつつ、業界でタブーとされている“裏かぶり”(同じ日時に放送される複数の番組に出演すること)に注意して仕事を入れます」

 

 さらに話を聞いていくと、ワイドショー以外にも依頼が増えているようだ。

 

「バラエティー番組が中心ですが、1つだけドラマのお仕事が」

「ドラマ!?」

 

 予想外。まったく考えていなかったというか、予兆すらなかった方向から依頼が来た。

 

「いったいどこからそんな依頼が」

「私も昨日初めて聞いたのですが、新人からベテランまで、アイドルを大勢起用した学園ドラマの制作が始まるそうです。放送は来年4月からの予定で、現在は先日までの超人プロジェクトと同じく、正式発表を控えた段階。

 男子生徒はBunny's所属のアイドルを中心に。女子生徒はIDOL24を中心になるが、それ以外の事務所も参加する。事務所の垣根を越える合同企画……そこに葉隠様もゲスト出演をしないかと」

 

 ドラマか……準備と撮影にどれだけの時間が奪われるか。

 しかし、あまり重要な役を任されるというわけでもないらしい。

 

「撮影地とか、分かりますか?」

「都内とだけですが、交通網は整っているそうなので日帰りも可能でしょう。演技についてはその場で指導もあるようですし、あまり心配はいらないとのことです」

「……だったら経験と人脈のために、いいかもしれませんね」

 

 ドラマについて前向きに検討した!

 

「そして最後に、本部のアンジェリーナ様からメッセージが1つ」

「久しぶりだなぁ」

 

 ロイドからはメールとかバーガーのレシピとか貰ってるけど……何だろう?

 

「こちらはメールをプリントアウトしてきました。どうも本部で日本語の勉強をしているらしく、その練習も兼ねているようです」

「おお、ひらがなオンリー……」

 

 少々読みづらいけど、ちゃんと理解できる文が書けている。それによると、

 

「へー。アンジェリーナちゃん、動画投稿始めたんですね」

「葉隠様に触発されたようです。先に見せていただきましたが、自分の歌や家族と楽器を演奏している動画がいくつかありましたね」

「安藤家は一家揃ってルックスは良いし、歌も楽器も上手いから人気出そうですね」

 

 まだ続きがある。何々……

 

 こちらは元気でやっているので、タイガーも頑張ってください。

 よかったらタイガーも動画見てみてください。

 日本やタイガーの世界の曲も聴いたり歌ってみたい。

 できたらこっちにも送ってください。

 

 ……か。

 

「ありがとうございます。動画は夜にでも見せてもらうとして、曲は何か適当に彼女のイメージに合いそうなのをリストアップしておきます。向こうに伝えるのは退院後と言うことで」

「かしこまりました」

 

 さて、応援もされたし今日も頑張ろう!



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253話 脳の検査と近藤の暗躍

今回は三話を一度に投稿しました。
前回の続きはニつ前からです。


 昼

 

 ~影虎の病室~

 

「この箱の中のビーズを、できるだけ速く数えてください。いきますよ。3、2、1」

「……138個」

「982563×4859120÷6874+3287465は?」

「697845440.6415479」

「2058年4月の満月の日はいつでしょうか?」

「9日」

 

 

 朝から続く脳の検査。

 葉隠様は頭に電極や装置をつけられ、ひたすら口頭で出題される計算問題を問いている。

 最初は簡単な問題から始まり、難易度の著しく高い物も織り交ぜられている。

 しかし答える本人はさほど難しくもないとばかりに、瞬時に正しい答えを返し続けた。

 広い病室に集まる医師団が器用に小声で喧々諤々と議論を始めている……

 

「えー……次のテストですが、この紙に学校の絵を描いてください。正面の校門から建物を、できるだけ正確にお願いします」

「今の学校ですか? 小学校、中学校ではなくて」

「月光館学園でお願いします」

「わかりました」

 

 淡々と紙と鉛筆を手に取る彼は、しばし迷うように動きを止める。

 しかしそれはほんの数秒の出来事で、やがて彼は大胆にも紙の中心から描き始めた。

 

 迷い無く書き込まれていく線が、瞬く間に月光間学園の校舎と校門の輪郭を表す。

 さらに細かい線が書き加えられ、立体感が生まれてくる。

 次に校舎へ向かい校門をくぐる生徒たちの姿が書き加えられた。

 これも髪型や持ち物、着崩した制服まで精密に。

 最後は濃淡分かれる線を組み合わせて全てに影をつけ、彼は満足したように鉛筆を置く。

 

「できました」

「見せていただけますか?」

 

 脳を専門とする日本人ドクターは受け取った絵を見て、さらに後ろで様子を伺っていた他のドクターにも絵をまわす。そしてまた一人のドクターが動いた。

 

『葉隠君、少し質問をいいかね?』

『もちろんです』

『君はこの絵を描くときに、何を考えて書いたんだい?』

『自分が通学した時の風景を思い浮かべて』

 

 年老いた外国人ドクターの問いかけに、彼は正直に答える。

 

『記憶にある映像を紙の上に合わせて、トレースするつもりで……ではこの絵は君が実際に見た光景だと?』

『その通りです。具体的には先月の30日の朝7時58分。そこに書いた人の名前も分かります』

『時間と名前まで? 彼らは友達かい?』

『話したことのない生徒ばかりですが、全校生徒の顔と名前は覚えています』

 

 その理由として語られた内容は非常に理解しがたいものだった。

 

 生徒会の役員の仕事で全クラスの名簿を見た。

 全校生徒がクラスごとに集まった講堂でスピーチを行い、全校生徒の顔を見た。

 その2つの記憶から顔と名前を一致させた。

 

 さらに絵については、

 

『絵はそんなに得意ではありませんでした。ただ記憶から映像を引き出して、紙と重ねてトレースすればそれらしくなるかと思ってやってみたら、予想以上に上手くいきました』

『つまり君は思い浮かべた映像の輪郭を正確になぞっただけだと?』

『基本的には。あと鉛筆画だったので、美術部の先輩から聞いた陰影のつけかたを試してみたりもしましたが』

『OK、ありがとう。他のドクターの質問にも答えてあげてくれ。それから最終的な結果を話し合うよ。君の記憶力はとても素晴らしいから、悪いことはないだろう。楽しみにしておきなさい』

 

 質問を終えたドクターが席を譲り、こちらに歩いてきた。

 

『お疲れ様です。Dr.アーキン』

『やぁ、Mr.近藤。彼、面白い子だね』

『葉隠様の脳は、脳の世界的権威である貴方の御眼鏡にかないましたか』

『持ち上げるのはよしてくれ。私はただ脳の神秘に魅せられた爺さ』

 

 そう言った彼は、葉隠様に目を向ける。

 

『……彼は、私の見立てでは、サヴァン症候群に近い。主に記憶力と計算能力、あとは空間や時間を把握する能力が突出しているね。過去のサヴァンの能力を参考にしたテストを混ぜておいたけれど、記憶と計算に関しては顕著に能力を発揮している。記憶した出来事はデータとして自由に取り出したり、比較したりもできるんだろう。彼は学習能力が非常に高いと聞いているけれど、それが要因の一つかな』

『……はい。彼はサヴァン症候群などの病名は出していませんが、能力については先ほど貴方が仰られた通りの事を話していました』

『何だ、知っていたのか? だったら事前に通達しておいて……そうか、コールドマンの指示だな? 私たちを試す気か』

『ボスは変な先入観を持たずに、正しく彼の状態を評価していただきたいと』

 

 とは言うものの、ボスと付き合いの長い彼は納得しないだろう。

 

『まぁ、どちらでも構わないがね。あの男の性格は今に始まった事じゃない。それより彼だ。少し装置の方も見たが、サヴァンだけじゃない。別の何か(・・)も抱えている気がする』

『何か、とは?』

『さて……脳にはいまだ解明されていない事も多い。可能な限り分析し、解説するが、分からないこともあるかもしれない。私としてはそちらの方が嬉しいがね。彼にも言ったが、結果を楽しみにしておきたまえ。私はしばらく一人で考えをまとめる。皆の質問が終わったら呼んでくれたまえ』

 

 Dr.アーキンはそのまま病室から出て行ってしまう。

 

 ボスから聞いていた通り、腕もカンも良い反面、飄々としてやや気まぐれな所のある方だ。

 

 今回の検査では葉隠様の体、引いてはペルソナの謎が少しでも解明されることを願う。

 しかし同時に、必要以上の情報を外に漏らさない事も私の任務。

 

 Dr.アーキンは脳の専門家として協力を仰いだだけで、ペルソナとは無関係な人物。

 彼に限らず能力があり、仲間に引き込めそうな者は様子を見て引き込めと言われている。

 そして同時に要警戒対象でもある。

 

 マスコミ対応チームの指揮もとらねばならない。

 いつもの事ながら、ボスからの仕事は神経を使う……




近藤は医師団を見定めている!
近藤はマスコミ対応の指揮も兼任していた!
近藤は密かに忙しい!



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254話 脳と占い

今回は三話を一度に投稿しました。
この話が一話目です。


 午後

 

 ~病室~

 

 頭に取り付けた機材や質問を変えながら、色々と調べて日も暮れかけた頃。

 

「次は占いをして頂きます」

「占い?」

「葉隠さんはアルバイトで占い師をされているとか、一部では有名ですよね」

「ええ、まぁ……」

 

 Be Blue Vのバイトに行くと、占って欲しいと言うお客様は大勢いる。

 以前動画の取材が着た後からテレビにも出始めて、興味を持ってくれたのだろう。

 

「実はこれまでの検査で少々、いえかなり興味深いデータがとれていまして、占いをしている時の脳の状態も調べさせていただきたいのです」

「そうですか。分かりました。道具は……」

「こちらに」

 

 日本人ドクターの後ろから出てきた近藤さんが、見慣れたタロットカードを差し出す。

 

「必要かと思い、Be Blue Vのオーナーから借りてきました」

「流石近藤さん。道具についてはこれで問題ありません。誰を占えば?」

「占っていただくのは5人、我々医師団やスタッフの中からくじでランダムに選びます。何か占われる側にしてもらいたいことはありますか?」

 

 占って欲しいことが事柄について、普通の人に相談するように、できるだけ具体的に教えて欲しいとだけ伝える。

 

 そしてくじが引かれ、最初の相手は……

 

「よろしくお願いします」

 

 “ヘルスケア24時”の撮影スタッフであり、“アフタースールコーチング”でも何かとお世話になっている、ADの丹羽さんだった。

 

「よろしくお願いします。えーっと、占うのは恋愛運について」

「はい……私ももうそれなりにいい年ですし、同級生が結婚したり、両親から相手はいないのかと言われたりすることもあります。でもあまり出会いがある職場でもないですし、何より忙しくて……」

「そうですよね。僕もいつもお世話をしていただいてますし、撮影中とか休憩中にも走り回っていただいたり……いつもありがとうございます」

「いえいえ」

 

 スタッフとして撮影に携わっているものの、自分が映るのはあまり経験がないらしい。

 かなり緊張気味の丹羽さんに軽い雑談でリラックスしていただき、占いを始める。

 

 集中してカードを操り、出たカードの意味を読み取る。

 

「……丹羽さん」

「はい」

「……もしかして、彼女に振られたばっかりだったりします?」

 

 近い過去を示す位置に逆位置の恋愛が出たのを見て、直感的に思い浮かんだ。

 それをそのまま聞いてみると、答えは言葉にする前から明らかだった。

 

「実はそうなんです……2年前から付き合っていた彼女に先月、フラれました……」

「その原因はあなたにあるみたいです。……心当たり、ありますね?」

 

 オーラの色が冷静な青。今を表すカードも冷静さという意味のある女教皇。

 きっと自覚はあるはずだ。

 

「仕事が忙しくて、会えない時が多かったです」

「もっとありますね」

 

 嘘ではないけど、全ては語っていない感じだ。

 忙しさが元だとすると、

 

「デートでドタキャンとか、遅刻とか」

「……すみません。そういう事もしょっちゅうです……でした。記念日とかもすっぽかす方が多くて……」

 

 予想が当たった。

 

「さっきも言った通り、個人的に丹羽さんが忙しそうな所は見てます。それに仕事熱心で真面目な人なのも分かってます」

 

 だけどそれだけに、仕事を任されるとNoと言えない。

 つまり彼は仕事を優先するあまり、ついつい彼女をほったらかしにしてしまう人のようだ。

 

 そこまで言うと観念したのか、丹羽さんは聞いてもいないことまで語り始めた。

 生真面目すぎて色々とタイミングがつかめないとか。

 2年付き合って性行為どころかキスもしてないとか聞いてないから!

 つか撮影中なの忘れてない!?

 

 もう手遅れ感がするけれど、一度落ち着かせて占いの続き。

 というか……

 

「もう自覚あるみたいですから多くは言いませんが、今ある問題をちゃんと見据えて改善していかなければ今後も、出会いがあったとしても結果は変わらないでしょう」

「そうですか……」

「ただしこちら、未来のカードは法王のカード。このカードは慈愛の心や寛大な精神。人と人との関係を示唆するカードで……復縁の可能性が」

「本当ですか!」

 

 それが一番腑に落ちる解釈だ。

 

「……2年も放っておいて、またやり直してもらえるでしょうか」

「僕も年齢=彼女いない暦なのであまり偉そうには言えませんが……好きでもない相手にそれだけ放っておかれて、2年も関係が持つものでしょうか?」

「それは……」

「何より一番の理由は相手ではなく、貴方の心を表す正義の逆位置。意味は“迷い”。貴方が振られてしまったのは事実として、原因が自分にあることを冷静に理解した上で、仕方ないことと受け止めた。

 しかしながら、まだ2年間付き合いのあった女性を忘れることはできていない。新しい出会いを探しているようで、実は未練が残っている」

 

 丹羽さんは肯定も否定もせずに、じっと俺の言葉を聴いている。

 

「で、あるならば。一度その迷いを解決してはいかがでしょうか? 迷いを持ったまま次の誰かと関係を持っても、余計な問題を抱えるかもしれません」

「問題の改善と、迷いの解決……」

「まだ1人分の時間には少し余裕がありますし、仕事の問題について、改善方法を占って見ましょうか」

 

 その結果、改善方法はもっとオープンに、堂々と付き合う事、となった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 五人目。

 

「……目高プロデューサー、カードには見当違い、心配すべきは出世ではなく、もっと別の事と出ています」

「ええっ!? 具体的には?」

「たぶん体だと思います。ほら、未来のカードが死神ですし」

「縁起悪っ!? ……冗談だよね?」

「いや、冗談でもなんでもなく。一度先生方に診て貰ったらいかがですか? というかプロデューサー、僕が見た限りいつもろくなもの食べてないでしょう。こんな番組も作ってるのに」

「それは~まぁ、そうだけど……具体的にどこが悪いんだい?」

「どこがって……」

 

 そういえば以前、動画投稿者の又旅さんの体調を気の巡りで判断したっけ。

 やってみよう。

 

「ちょっと座っていてくださいね」

「え、うん」

 

 精神を集中。さらにコンセントレイトを発動。

 ……プロデューサーの気の流れが徐々に分かってきた。

 全体的に気の巡りが悪いな……

 

「全身……慢性的に疲れてたりしません? 特に目と肩」

「……何で分かるの? 肩こりは合ってる。目も元々ドライアイ、あとテープチェックとかパソコン作業とかやった後は辛い」

「でも一番気になるのは胃の辺りですね。こっちは……」

「……こっちは何!? 急に黙らないでくれないかな!?」

 

 流れは遅いし、何より乱れているような……

 

「良く分かりませんが、一度検査を受けた方がいいと思いますよ?」

「……考えてみるよ」

 

 最後におまけで軽く肩をマッサージ、と見せかけて気功治療を施した。

 目と肩は一時的かもしれないが、それだけでかなり改善が見られた。

 しかし胃の方は暖簾に腕押し。気の操作をやめるとすぐにまた乱れてしまう。

 いったい何なのだろうか……もう一度検査を薦めておこう。

 

 こうして占いは全て終わった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~病室~

 

 装置が全て運び出された病室で、先生方から結果を聞く予定だったが……

 

「中止ですか」

「色々と興味深い結果が出たようで」

 

 何でも俺には“サヴァン症候群”の疑いがあるらしい。

 

 サヴァン症候群とは自閉症や発達障害、事故などで脳に障害を抱えた人々の一部が驚異的な能力を発揮できるようになること、またはそういう人……を指す言葉なのだが、実は正式な病名ではないらしい。

 

 また、サヴァン症候群には その人の知的発達レベルから想定される以上の能力を特定分野で示す“有能サヴァン”(障害の有無に関わらない)と、障害を抱え特定の能力に驚異的な能力を持つ反面、得意分野以外では足し算すらできないなどアンバランスな能力を持つ“天才サヴァン”という分類がある。

 

 そして俺のケースはというと……

 

 能力を見ると、天才サヴァンと同等の能力を特定分野で発揮している。

 しかしそれ以外の能力が低いという訳ではなく、全体的に能力が高い。

 自閉症や発達障害を抱えているとも言いがたい。

 有能サヴァンであり、その能力が天才サヴァンの域に達しているだけではないか?

 幼少期の悪夢など、極々軽度の自閉症を抱えていたのではないか? 等々……

 

「先生方の間でもまだ結論が出ていない状態です」

 

 先生方は俺たちがこうしている今もずっと会議をしているらしいけれど、この分だと入院期間が終わるまでに話がまとまればいいぐらいの紛糾ぶりだそうだ。

 

「脳については、9日のスタジオ撮影まで保留ということでよろしくお願いいたします」

「仕方ありませんね」

「代わりと言ってはなんですが、Ms.アレクサンドラから。ダンスの振り付けが追加で2曲分、DVDで届きました」

 

 追加のダンス! 先に受け取っている2曲と合わせて4曲。

 

「前回のようにアンコールが来ても、これで安心ですね」

「なんとか間に合わせていただけましたね」

 

 時間も空いたことだし、早速練習だ。

 

 新しいダンスの練習を行なった!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 11月4日(火)

 

 午前

 

 ~ダンススタジオ~

 

 今日は昼までみっちりと、ダンスの練習時間をとっていただけた。

 おかげで受け取ったばかりの振り付けも大分自然に動けるようになった。

 技術だけならもうほぼ合格点をだしてもらえるだろう。技術だけなら。

 

 ここからさらに、Ms.アレクサンドラの言うハートを加えていく。

 ステージで使う音楽を流し、歌詞の意味を熟考して、自分の想いと重ね合わせる。

 自然と歌を口ずさみながら、さらに踊り込む!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午後

 

 ~検査室~

 

 今日は呼吸器と循環器の検査が中心らしい。

 階段の昇り降りや、酸素マスクのような機材をつけてルームランナーの上を走った!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~病室~

 明日は午前中にボーカルレッスンの予定が入っている。

 先生は一流だけれど超厳しいと有名な人らしい。

 ダンスの合間にも練習をしたけれど、もっと練習しておこう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~病室~

 

 入院中はタルタロスに行けないので、バイオリンを弾きながらのんびりと過ごす。

 “毎日弾く”という契約は検査入院中でも例外ではない。



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255話 検査入院・5日目

今回は三話を一度に投稿しました。
前回の続きは一つ前からです。


 11月5日(水)

 

 午前

 

 ~スタジオ~

 

 今日は始めてのボーカルレッスン。

 先生が来る前に、発声練習と機材を使って数回歌ってみる。

 さらにヨガと站樁(たんとう)で暖めた体を冷まさないままリラックス。

 

 ……足音が近づいてきて、スタジオの扉が開いた。

 

「おはようございます!」

「おはよう。レッスン受けるのは君ね」

「はい。葉が」

「自己紹介は結構。アレクサンドラから聞いてるし、毎日ニュースくらい見てるから。あと自分が誰に教わるかも調べてない訳ないよね? 準備できてる?」

「はい! いつでも始められます!」

「じゃもう始めるよ。時間は有限、1分1秒も無駄にできないからね」

 

 挨拶は一言、自己紹介も省いて練習が始まった。

 ボイストレーナー、菅野(かんの)(つとむ)

 聞きしに勝る気難しさだが、彼もエリザベータさんと同じくプライドの高い紫色のオーラ。

 突然の依頼か、ずぶの素人への指導か、何かが原因で不機嫌な部分もある。

 しかし、指導内容に間違いはないだろう。

 

「まず一曲でいいから歌ってみて。課題曲あるでしょ。踊りながらやるみたいだけど、まずは歌だけ」

「はい!」

 

 ……

 

 指示に従い、現時点で発揮できる全力で歌った!

 しかし先生の反応はない。

 

「……んじゃ次、同じ曲をもう一回。今度は踊りながらやって」

「はい!」

 

 ……

 

 踊りながら歌った!!

 

「……やっぱり素人だね。ダメ」

 

 最初の評価はよろしくないようだ……

 

「踊りはアレクサンドラが例の番組で仕込んだんだろうけど、演劇も経験あるでしょ? 文化祭でやったとかじゃなくて、ちゃんと指導受けてる。だから発声とかリズム感とかは悪くない。ダンスと演劇の基礎を応用してそれっぽく仕上げた感じ。

 確かに歌手から女優に転向したり、歌を出す女優もいる。技術的に近い部分もある。だけどそれは“近い”のであって“同じ”じゃない。わかる?」

「歌としての基礎はできていない、ということで間違いありませんか?」

「部分的に合格の部分もあるよ。さっき言った発声とリズム感、後は声量も十分といえば十分。だけどその声量を出すにも歌には歌のやり方ってものがあるの。

 例えば今の君は十分に声が出ているけど、それは技術よりも力技。今の歌い方だと何曲も連続して歌うライブだと体力の消耗が激しいの、分からない?

 特にこの曲はロックで大声を出すことも多いし、今なら若さに任せてなんとかなるとしても、アーティストとしての寿命は短いよ。加齢、怪我、病気。理由は何でも体力が落ちたら歌えなくなるって言ってるのと同じなんだから」

 

 ひとまず声について、プロからみれば不要な力が入っているようだ。

 

「……とにかく回数を重ねるよ。足りない部分は1回ごとに指摘していくから、その都度改善すること。いいね」

「はい! よろしくお願いします!」

 

 指導の雰囲気は初対面の印象通り、エリザベータさんに近い。

 しかし彼は指導者としての経歴も長く、教え方は具体的で理解のしやすさは歴然。

 多くの問題点の発見とその改善により、濃密な練習が行われた!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午後

 

 ~アクセサリーショップ・Be Blue V~

 

「葉隠君、下から在庫とってきてくれるかしら」

「了解です!」

「あ、葉隠君。次のポップカードの内容、まとめておいたから」

「ありがとうございます。三田村さん。そこ置いておいてください。戻ったら書きますから」

 

 裏方で働くが、いつもよりお客様が多いようだ……

 Be Blue Vでのバイトに精を出した!

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~バックヤード~

 

「皆お疲れ様」

『お疲れ様です!』

 

 終業時間を迎えたところで、オーナーが大きなケーキを持って現れた。

 両手で抱えられるサイズだけれど、ウエディングケーキのように三段重ねになっている。

 

「うわっ、大きいケーキ」

「誰かの誕生日ですか?」

「シャガールのマスターからの頂き物よ。急に注文がキャンセルになったらしくて、捨てるのも勿体無いから内緒で処分してくれ。だそうよ。お紅茶もあるし、今日は珍しく皆揃ってるからどうかしら」

 

 オーナー、棚倉さん、三田村さん、岳羽さん、島田さん。

 霊体のため食事のできない香田さん以外は乗り気なようだ。

 しかし、

 

「申し訳ないんですが、俺は紅茶だけで」

「あれ? 葉隠君、ケーキ嫌いだっけ?」

 

 島田さんが首をかしげる。

 

「嫌いじゃないけど、明日の昼に胃カメラの予定が入ってるから」

「あそっか。ヘルスケア24時の撮影してるんだっけ」

「そうそう。だから液体はいいけど固形物は明日の昼まで駄目なんだ」

 

 尤もその分だけ昼は食べたし、今回は残念だけど皆さん遠慮なく楽しんで欲しいと伝える。

 

「だったら紅茶もいつもより良い葉を使いましょうか。確か頂き物の高級茶葉が棚の奥にあったはず……」

 

 と、言いながら給湯室へ戻っていくオーナー。

 

「そういや葉隠。ちょっと相談なんだけどさ」

 

 おや? 珍しいな、いつもハッキリ物を言う棚倉さんの歯切れが悪い。

 

「サイン、とか書いてもらえるか?」

「俺の?」

「そりゃ他に誰もいないだろ。実はさー、大学で先輩から貰えないかって相談されちまったんだよ。アタシと葉隠が同じバイトだって知られてさ」

「あ、そういう相談なら私もあるよ~? 私の場合は後輩とお母さんだけど。ゆかりちゃんときららちゃんは~」

「え、私達? ……ない、よね? でも葉隠君の事を聞いてくるクラスメイトとかどんどん増えてるのは間違いないよ。特にこの前の記者会見以来」

「私たちは同級生っていうか、月高の生徒なら同じ学校なわけだし? 見かける機会もそれなりにあるから。あ、あと公式ファンクラブがきっちり規制してるから、あんまりガツガツはきてない感じですね。でもその分、ファンクラブは着々と入会者が増えてるらしいよ?」

 

 ……公式ファンクラブ、あったなぁ……

 

「そういえば色々やってきたけど学校はあまり変化なく平和だったし、ちゃんと機能してたんだなぁ……」

「何をのんきな事言ってんの。先輩達が大真面目に問題起こさないようにって抑えてるんだからね」

 

 岳羽さんにジト目で睨まれた。

 

「今度また何か差し入れよう……ってかファンクラブ向けにも何かするかな……近藤さんに話しておくよ」

「そうしときなさい。ってか葉隠君、ぶっちゃけヘルスケア24時の撮影の他に何やってるの? クラスメイトのみんなからめちゃくちゃ聞かれるんだけど。私は秘書じゃないっつーの」

「話せる範囲で言うと、健康診断。それから中等部の文化祭のステージの準備だな」

 

 超人プロジェクト経由で新曲を4曲用意して貰った事。

 おなじみのMs.アレクサンドラに振り付けを依頼した事。

 さらに今朝はボイストレーニングを受けてきた事も話す。

 

「文化祭のステージでは踊るだけじゃなくて歌うからな」

「楽しそうだね~」

「三田村先輩、それだけ……?」

「葉隠君がガチでアイドル路線に進みつつある件」

「つーか、たかが中学校の文化祭にどんだけ力入れてんだよ。よくそのプロジェクトの責任者もそんなに手を貸してくれるな?」

「活躍すればプロジェクトの宣伝にもなるという事で、色々と柔軟に対応していただいてます」

「そうなのか……って、サインの話は」

 

 おっと、そもそもの話を忘れていた。

 だけど俺、自分のサインは用意してない。

 前に文吉爺さんにも言われたけど、流してたし……

 

「一応芸能事務所に所属してない“素人”なもので」

「テレビに出てるし、これからも出るのに?」

「そのあたりの線引きが微妙なんですよね……サポート責任者の方にも聞いてみます。OKが出れば書きましょう」

 

 サイン。改めて考えると少々気恥ずかしいけれど……

 

 バイト仲間と交流を深めた!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 深夜

 

 ~病室~

 

 Be Blue Vでお茶を楽しんだ後、大量のノートを受け取って帰宅?

 

 ノートのほとんどは島田さんや西脇さんから、一部順平たちのもある。

 内容は今週の授業のまとめだ。

 授業に出ていない分の勉強も進めておかないと、後々面倒だ。

 ノートをとっておいてくれるのは実にありがたい。

 手当たり次第に内容を脳内に叩き込む。

 

 ……ノートのまとめ方って性格が出るなぁ……特に高城さん、マメだな……

 ……宮本の現代文は解釈がちょっとズレている部分があるように思える。

 付箋……あった。注記を入れて後で確認してもらおう。

 

 事前に記憶した教科書や参考書とノートの内容を同期させて内容を整理。理解を深めていく。

 

 そして何よりも!

 

「これが一番助かる」

 

 “授業中の先生の雑談・豆知識メモ”

 月光館学園の先生方は授業内容以外にも、授業中に話した事柄をテストに出すことが多い。

 そしてそれは教科書に載っていない内容もあるので、授業に出ていなければ予想できない。

 何よりもこれをしっかりメモしておいてほしいと頼んでおいて良かった!

 

「念には念を入れて、近藤さんに関連資料を用意してもらおうかな」

 

 ドッペルゲンガーにサポートチームの学習サポートが加われば鬼に金棒だ。

 

「勉強はこれでいい。後は……」

 

 オーナーから例の計画について、状況報告と確認だ。

 オーナーがあの魔術を使えた。ならもっと安全に……

 

 準備が着々と進んでいる!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~病室~

 

「……効率は落ちるけど……安全を考えると許容範囲だな」

 

 計画のための実験を行った!



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256話 検査入院終了

今回は三話を一度に投稿しました。
前回の続きはニつ前からです。


 11月6日(木)

 

 朝

 

 ~病室~

 

「……」

 

 腹が減った……

 

 胃カメラ撮影のために、昼まで食事ができない。

 

 しかも検査のためとはいえ空腹状態なので、激しい運動は控えるようにとの注意が出ている。

 つまりトレーニングもできない。ぶっちゃけ暇。

 アンジェリーナちゃんの動画もまだ数が少なく、見終わってしまった。

 昨日話して許可の出た、自分のサインを考えているが……空腹だと頭も働かない。

 

 だがそれでも他にすることがないので、考える。

 アメリカでは契約書とか、サインはどの道必要らしいし……

 

 ハンドレタリングの本や、Be Blue VでのPOP書きの経験を反芻。

 さっさと書けるように漢字はやめよう。画数が多い。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「書きやすく、派手すぎず、それっぽくて無難」

 

 アルファベットで葉隠のHを大きく書き、その横棒を右に長く伸ばす。

 その上にKagetoraと書く。文字は筆記体で、ハンドレタリングの技術を応用。

 

 何十回も試作を行い、納得できるサインが完成した!

 

「……まだ時間あるな……」

 

 テレビをつけてみる。

 ……あまり面白そうな番組がない。

 何か、気を紛らわせる物はないか……

 

「……! 本があったはず!」

 

 荷物を入れている戸棚をあさると、本を詰め込んだ袋が目に付く。

 

「あった!」

 

 そうだよ、こういう時のために持ち込んであったんだ。

 割と忙しくてすっかり忘れていた。

 さて、何を読もうか……

 

「ん~、おっ“プログラミング超入門”」

 

 これは山岸さんから貰った本だ。

 プログラミングと書いてあるが、パソコンの基礎知識から説明されていてわかりやすいらしい。

 これを読んでみよう。

 

 ソファーに腰掛け、ペラペラとページをめくり、内容を頭に入れる。

 

「あっ……これぜんぜん時間潰しになってない……」

 

 空腹でややスピードが落ちているけれど、それでも数分で一冊読み切ってしまった。とりあえずパソコンに関する基礎知識、そしてプログラミング言語についての基礎知識は身についた気がするが……これでは時間つぶしにならない。

 

 新しい本を読んでも同じだろうし、このまま同じ本をじっくり読んでみるか……

 

 再び“プログラミング超入門”に目を通す。

 

 パソコンの基礎知識からプログラミングの話に。

 プログラミングに必要な準備、関数、繰り返し、条件分岐、アルゴリズムとは何か。

 そしてコマンドプロンプトに“Hallo World”と表示するだけの基本的なコード例。

 

 ……思いのほか面白い。

 やりたい事やその方法を、“文字で記述して”、最終的に実行し、実現する。

 これはルーン魔術に近いものを感じる。

 

 ……プログラミングの技術をルーン魔術に活かすことはできないだろうか?

 

「繰り返しや条件分岐だけでも組み込めれば……」

 

 それだけでもより複雑な魔術が使えるか?

 

 さらに思考をめぐらせると、古い記憶に引っかかる物があった。

 

 “Fate/”シリーズの“コードキャスト”

 あれも事前にコード(プログラム)を予め用意しておき、魔力を用いて起動させるという設定だったはず……

 

 完全に同一の物である必要はない。

 しかし魔力の供給源は魔術師だけでなく、魔力を込めた物体を電池のように使ってもいい。

 

 プログラミングとルーン魔術の融合。

 うまくやれば自由度の向上、魔術の簡略化、あるいは補助的な装置を作れるかも?

 

「問題は実現方法だな……」

 

 ……思いつきはしたが、具体的にどうすれば実現できるかがわからない。

 俺にはまだプログラミングの知識と技術が足りない。

 

 ……近藤さんに経緯と概要を話して、ロイドや本部の知識層に聞いてもらおう。

 あと俺の勉強用に関連書籍を手配してもらおう。

 

 そう心に決めたところで、病室の扉がノックされた。

 

「はい! どうぞー」

「葉隠さん、お待たせしました。そろそろ検査の順番になりますので、準備をお願いします」

「わかりました」

 

 ……いつの間にか目的を忘れていた……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午後

 

 ~レコーディングスタジオ~

 

 胃カメラが終わり、いつも以上の食事を摂って歌の練習へ。

 病院の近くですぐに練習ができる場所を用意していただいたが、どうやらただ練習するだけではないようだ。

 

「最後にCDを作るためのレコーディングを行うと」

「ダンスの振り付けやボーカルレッスン等に経費もかかっていますし、何よりも文化祭のステージ一度きりで終わらせてしまうには勿体無い“商材”ですからね。できる限り商業ベースにのせていく方針です。動画サイトを利用した宣伝やダウンロード配信も予定しています」

 

 やれる事は徹底的にやっていく方針だそうだ。

 

「CDは多く作れば一枚あたりの単価が安くなりますので、葉隠様のファンクラブの方々には入会特典として配るのもよろしいかと。今後大事なお客様になることも考えていますので」

 

 抜け目がない。

 

 まあとにかく俺がすべきことは、練習をしてクオリティを上げることだ。

 昨日受けたボーカルレッスンを思い出し、早速練習に入る。

 

 ものまねではない。自分の声で、自分の思いを歌に乗せていく。

 回数を重ねるごとに、心の底から叫ぶ!

 

 ……気づいたら撮影スタッフが合いの手を入れて熱狂していた。

 

 歌の練習とレコーディングを行った!!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 11月7日(金)

 

 朝

 

 ~病室~

 

「おはようございます」

 

 検査入院、最終日。

 

 近藤さんが今日の予定を確認に来た。

 

「疾病関係の検査は昨日の段階で終了。本日の午前中は現在の身体能力を測定します。この測定ですが、種目が多くややハードな撮影になりますので、バテないように食事はしっかりと摂っておいてください。

 測定の会場は辰巳スポーツ文化会館、以前葉隠様が撮影を行った場所ですね」

 

 懐かしいな……俺のテレビ出演、記念すべき1回目の場所だ。

 

「測定後は現地解散。ヘルスケア24時の検査入院も終了となります。葉隠様のお荷物はこちらで預かりますので、こちらに戻る必要はありません。検査にご協力いただいた病院関係者の方々への挨拶回りは、早いうちに済ませておきましょう」

「そうですね」

「昼食後は明日のステージに関する最後の打ち合わせとリハーサル、こちらは月光館学園の中等部で行います。その後男子寮へ帰宅。明日に向けてゆっくりお休みください」

 

 一日の予定を確認した!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午前

 

 ~辰巳スポーツ文化会館~

 

「400m走、45秒51!!」

 

 夏休み前に出した自己ベストは、46秒27。

 これまで学んだ事や経験は、確かに自分の力になっている。

 身体能力テストは他の種目でも軒並み良い結果が出た。

 当然、強化魔術は使っていない。

 

 自分の成長を実感した!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午後

 

 ~月光館学園・中等部~

 

 文化祭前日。

 派手に飾りつけられた校舎内には、まだ準備に追われている生徒の姿が多く見られる。

 

「あっ! あれ葉隠先輩じゃない!?」

「マジじゃん!? 一緒にいるのって、先生と誰?」

「マネージャーじゃない? ……うわ、めっちゃ芸能人っぽい!」

「こんちはー!!」

「応援してまーす!」

「ありがとー!」

『ワー!!!』

「はは……」

「人気者だね、葉隠君」

「ありがたいことです」

 

 実行委員の会議室に向かうだけで、絶え間なく声がかけられる様子に中等部の先生は苦笑い。

 文化祭を明日に控えた興奮もあるのだろうけれど、ここまでの歓声を受けるのは初めてだ。

 

「こちらです。どうぞ」

「失礼します」

 

 案内された部屋にお邪魔すると、

 

「「兄貴!」」

 

 真っ先に和田と新井が声を上げる。

 

「元気だったか?」

「ウッス!」

「俺らは健康な体だけがとりえッスから!」

「自分で言ってて悲しくないか……?」

 

 まぁ、元気そうで何よりだけど。

 それはそれとして、

 

「実行委員の皆さん、初めまして。……でもない人もいますが、葉隠影虎です。明日のステージに出演させていただく事になっていますが、本番を明日に控えた今日まで、直接こちらに伺えなくて申し訳ありませんでした」

 

 二人のように気軽に声をかけらないようで、部屋の隅で固まっていた実行委員に頭を下げる。

 

「あ、えっ?」

「いやいや! 全然、なぁ?」

「そう、ですよね! 先輩」

「はい! こちらこそ、お忙しい中ありがとうございます?」

 

 実行委員は全員中学生。年上にはなかなか声をかけづらいという子もいるだろう。

 腰を低く、演技力を活用して意図的に話しかけやすそうな雰囲気を作る。

 

「……拍子抜け……」

 

 中学生の塊からそんな言葉が聞こえた。

 同時に周囲の視線が1人の男子に集まる。

 

「す、すいません! 悪い意味じゃないんです! ほら、葉隠先輩って真田先輩に勝ったり、昔はめちゃ喧嘩してたとか。そういう物騒な話ばかり聞いてたんで、てっきり怖い人かと」

 

 焦りまくっている男子に軽く笑って返す。

 

「なんか……思った以上にとっつきやすそうな人だな」

「そう、だね。ちょっと安心したかも」

 

 よし。成功しているようだ。

 

「てか兄貴と近藤さん。いつまでもそんなとこ突っ立ってないで、椅子どうぞ」

「ありがとう、新井」

「失礼します」

 

 高等部の文化祭準備の折、何度か近藤さんとも会っている2人は慣れたもので、遠慮なく声をかけてくる。そんな平常運転の2人を見てか、他の委員もだいぶ落ち着いてきたようだ。

 

「えー、じゃあ葉隠先輩が来て下さったことだし、ざっと自己紹介してステージの話をしようか」

 

 そう切り出したのは、以前軽く剣道の試合をした、女子剣道部主将の爽やかボクっ娘。

 名前は確か、

 

矢場(やば)真琴(まこと)さんだよね? お久しぶりです」

「ボクの事覚えてたんですか?」

 

 中等部の桐条先輩的存在だし、個人的にわりと印象は強かった。

 たぶんドッペルゲンガーが無くても忘れはしなかったと思う。

 

「矢場さんもだけど、そっちの彼女とその2つ隣の彼女はあの時剣道部にいたよね。名前は知らないけど、お菓子受け取ってくれた子。あとそちらの1年生の子は前に一緒に写真を取った記憶がある」

 

 この3人は完全にドッペルゲンガーがなければ忘れてた。

 けど覚えていた事にして好感度アップ!

 

 実行委員の輪に入りスムーズに会話を進め、自己紹介から肝心のステージの話に移る。

 

「葉隠先輩のステージは約40分。電話で連絡いただいていた通りに、アンコール含めて5曲分と合間に軽いトークをしていただくなら十分だと思います」

「出番は一番最後っす。他のステージ使う連中の意見も聞いた結果、前回あんだけ盛り上がらせた先輩の直後は嫌だって事なんで、最後ビシッと決めちゃってください!」

 

 和田め、さらっとプレッシャーかけてきやがった。

 でもまぁ、期待されているならやるしかない!

 

「あと質問なんですけど、兄貴は当日の衣装とかセットとかどうするんです?」

「そのあたりは何もいらない。ステージは踊れるだけのスペースがあればいいし、衣装は学校指定のジャージでやるから」

「ジャージでいいんですか?」

「せっかくのステージなのに、ちょっとダサくないですか?」

 

 実行委員から意見が出てくるがこれは想定範囲内。

 

「大丈夫。今回用意してもらった曲に関係するんだけど、ダサくていいんだ。むしろ変にかっこつけるほうが曲に合わない」

 

 前回はしっかりした衣装を着て、しっかりした演出のもとにステージに上がった。

 だけどそれは前回、テレビ撮影の一環としてだ。今回は違う。

 

 演出も何もなく、等身大の自分の技術と思いのみでぶつかる。

 それが今回使わせていただく楽曲に最も合うと思うし、今後のための試金石にもなる。

 

 とはいえ彼らにとってはステージのトリを任せるわけだし、不安もあるだろう。

 だったら、百聞は一見にしかず。

 

「この後ステージでリハーサルをさせていただけると聞いていますが、もしよければ皆さん実際に見てみますか?」

「いいんすか!?」

 

 実行委員の彼らは本番当日にゆっくりステージを見ている暇はないだろうし、どのみちリハーサルはやらせていただくことだ。それにいくらか観客がいてくれた方が当日の感覚も掴みやすいだろう。近藤さんにも確認してOKを貰った。

 

「じゃあ……」

「せっかくだしね!」

「そういうことならお言葉に甘えて」

「ならこの件はまた後でという事で。他には何かあったかな――」

 

 実行委員との打ち合わせを行った!



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257話 便利なツール

今回は二話を一度に投稿しました。
この話が一話目です。


 夜

 

 ~自室~

 

 ベッドで横になりながら、考えるのは明日のステージについて。

 明日に備えて体を休めるつもりだが、なんだか落ち着かない。

 

 前回のように色々とプロデュースされたステージではないからか?

 それとも純粋なステージではなく、エネルギー回収計画の事もあるからか?

 

 そんなことを考えていると、携帯に着信が入る。

 見覚えのない番号だ……

 

「もしもし?」

『もしもしタイガー?』

 

 この声、それにこの呼び方……

 

「もしかしてロイドか?」

『ザッツライト!』

「どうした? 直接連絡してくるなんて、珍しいな」

『タイガーが送ってきた“コードキャスト”の話とか、直接話した方が早いと思ってね。時間は大丈夫?』

 

 なるほど。あの思いつきを本部はどう受け止めたか。ぜひ話を聞きたい。

 

『えっと、まず現状の説明からするね。例の話はこっちでも面白いアイデアだって評価されてる。ルーン魔術とコーディングは確かに“目的を記述して実行する”って点は同じだよね。実用化するには研究が必要だけど、そのためにもまずタイガーの方で色々と実験して欲しくて、そのための簡単なプログラムを作ってみたんだ。今メール見られる?』

「見られるよ」

『じゃあメール送るから、書かれたURLからダウンロードして、タイガーのPCにインストールして。簡単なプログラムだからそんなに時間も取らないはずだし』

「了解」

 

 言われた通りにインストールすると、デスクトップ上に“Rune Maker”というアイコンが作られる。

 

「インストール完了。ルーンメーカー?」

『名前は適当。まず起動して。説明は操作しながらするから』

「了解」

 

 起動すると、シンプルな作りの画面が開いた。

 画面上部には表計算ソフトのような3つのタブが並んでいて、“変換”、“魔法円”、“コーディング”と書かれている。

 画面上部をクリックすれば切り替えられるようだ。

 

『最初は“変換”のタブが開かれているはずだけど』

「確認した。ちゃんと開けているよ」

『OK。見たらわかると思うけど、そこは“アルファベットをルーン文字に変換する”機能が使えるよ。よくある翻訳サイトと同じ感じで使ってもらえば大丈夫。長くて複雑な内容でも、英文なら一発でルーンに変換できる。尤もドッペルゲンガーがあるタイガーには必要ないかもだけど、次の“魔法円”と組み合わせればそれなりに使えると思う』

 

 さっさと次に進み、開かれたのはこれまたシンプルな画面。

 

「……パソコン買ったらデフォルトで入ってるお絵かきツールみたいな感じだな」

『作りは似たようなものだからね。普通のソフトと違うのは、ツールバーにある“魔法円”をクリックして』

「……なんか色々出てきたぞ」

 

 円、五芒星、六芒星、三角形、四角形、五角形、六角形……

 ポップアップする画面と様々な形状のアイコン。

 適当に円をクリックしてみると、サンプル画像が表示された。

 何の変哲も無い、円。……? 複数選択可能。

 もう一度円を選ぶとサンプル画像が二重の円に。

 さらに五芒星を選ぶと内側の円の中に五芒星が描かれる。

 

『デフォルトでは外側から内側へ順に描画される設定になってるけど、上の方に選択した図形が順番に並んでるでしょ? その右側の“…”をクリックすると順番を入れ替えるのも、個別に大きさや位置を調整するのも自由自在。もちろん手書きもOKだから、慣れれば複雑な魔法円でも簡単に書けるはず。

 ちなみにツールバーの“ルーン記入”を選択すると、図形に沿ってルーンも書き込める仕様になってるから、さっきの“変換”で変換した文章をコピペしても良いし、ツール内の言語設定をルーンに対応させて直接入力もできるよ。もちろん文字の大きさや位置は変更可能。どっちでも使いやすい方を選んでね』

 

 これは……魔法円を描くのが捗りそうなシステムだ!

 

『魔法円のデザインを具体的にしやすいし、データは保存できるから、魔術のトライアル&エラーがしやすくなったってアンジェリーナからは好評。タイガーも何か気づいたり要望があったら言ってね。技術発展のためのサポートツールとして、これもより良い物に改善していく方針だから』

「……ロイド。素朴な疑問なんだけど、これで描いた魔法円はプリンターがあればプリントできるのかな?」

『? そんなの当然でしょ。魔法円を描く事に特化した機能を追加しただけで、ベースはネットで探せば無料で手に入るような描画ソフトだし。そのくらいの機能は当然ついてるよ』

 

 ……ヤバくね?

 

 ルーンを描ければ普通のメモ帳とマジックペンのインクでも魔術は発動できる。

 コピー用紙とプリンターのインクでも発動可能なんじゃないだろうか?

 例えばNARUTOの起爆札みたいに“爆発を起こす”魔法円を描いてプリントしたら……?

 

『……NARUTOのキバクフダが何か知らないけど、言いたい事は分かったよ。気をつけて使ってね!』

「お、おう。分かった……」

『じゃあ最後の“コーディング”だけど、ここは単純なテキストエディタとコーディングのためのツール詰め合わせ。ルーンも入力できるけど、普通のプログラミング練習にも使えるよ。

 “モニター上で記述したルーンでも魔術を使えるのか”とか、タイガーも色々思いついた事を試して結果を教えてほしい、って研究チームの人が言ってた』

「了解、こっちでも色々やってみるよ」

『お願いね! ところでそっちは最近どう? 僕の方はもう毎日滅茶苦茶忙しいよ! このままじゃアメリカ人なのに過労死しそう』

 

 仕事が終わったとばかりに話題を変えたロイド。

 微妙に日本的なことを言いつつ、アメリカ人らしく仕事のオンオフはハッキリしている。

 

「そっちはそんなに忙しいのか?」

 

 確か……自分の五感で得た情報をデータ化できる能力が見つかって、味覚のシミュレーターとか色々な技術開発に利用できないか調べていると聞いていたけど。

 

『あー、それはだいぶ前に終わった。グレムリン(僕のペルソナ)の能力が思った以上に現代社会じゃチートでさ。今はグレムリンを通して、僕の運動能力をコンピュータの内部に送ってデータ化してるところ。それを元にすれば人型ロボットの制御プログラムや、脳波で装着者の自由に動かせる義手や義足の開発が大きく進展するんだって』

機械鎧(オートメイル)みたいだな」

『Auto…What?』

 

 また元ネタの分からない事を言ってしまった。

 

「俺の前世の漫画にあったんだ。手術をして、機械と神経をつなげて自在に動かせる義手や義足が。現実でもそういう研究はあったよ」

 

 手術の他にもさっきロイドが言ったような脳波で動くタイプだったり、筋肉からの電気信号で動くタイプだったり。どこの世界も科学技術を使ってやろうとする事は同じなんだと思う。

 

「まぁ、完成したら大勢の役に立つんだ。頑張れよ」

『わかってる。タイガーも頑張って』

 

 ついつい長話をしてしまったが、用件も済んだし明日ステージならこの辺にしておこうという話になる。

 

 俺としてはまだ話していても良かったのだけれど……

 

 ロイドとの電話を終えた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 11月8日(土)

 

 朝

 

 ~月光館学園・中等部校舎~

 

 文化祭開始の放送と同時に校門が開かれ、大勢の一般客がなだれ込んでいく。

 

「とりあえず何か食うかな……」

 

 変装して人の流れに混ざっていると、“1-Aのお好み焼き”という看板が目に入る。

 まだ始まったばかりとあって、人も並んでいない。ここにしようか……

 

「すみませーん」

「いらっしゃ……」

 

 ? 受付の女子生徒が固まってしまった。

 どうも緊張しているようだ。

 

「えっと、注文いいかな?」

「あっ! は、はい!」

「よかった。豚玉、ネギ玉、えび玉。それぞれ1枚ずつお願いします」

「かしこまりましたッ! 1枚300円にゃ、なので1000円ですッ! 横にずれてお待ちくださいッ!」

「あ、はい……」

 

 ……勢いに飲まれてはいって言っちゃったけど、900円だよね?

 しかし女子生徒はすでに、大慌てで教室内に作られた調理場へ飛び込んでいる。

 どうやら注文をクラスメイトに伝えているようだけど、それだけではないようだ……

 

「ねぇちょっと! 今注文した人めちゃイケメンなんだけど!?」

「え~、マジ? どれよ……うっそスゴッ」

「カッコイイ……ハーフ? 外国人? もしかしてモデルとか?」

 

 どうやら変装したこの(ヒソカ)のせいらしい……

 慣れすぎて忘れていたけど、これは無駄にイケメンに作った顔だった。

 

 ちなみに地下闘技場やその近辺ではすでに噂が広がり、“顔はいいけど喧嘩にしか興味がない男”として見られているらしく、声をかけようかと迷う女性はいない。

 

 そう考えると彼女達の反応はある意味新鮮だ。

 

「ところでさ、なんであの人立ってるの? 席あるんだから座ってもらえばいいんじゃん」

「!! あたし、横にずれてお待ちくださいって言っちゃった」

「あとさ、お好み焼き3つってここで食べてくの? それとも持ち帰り?」

「!! ……聞いてない、テンパッちゃって」

「も~、何やってんの~」

「いや、だって……振り向いたらいきなりアレだったんだもん。てかあたし、めっちゃ噛んでたし……恥ずかしい……」

「いくらなんでもテンパりすぎっしょ。私、聞いてくるよ」

 

 思いっきり聞こえてるけど、知らん顔しとこう。

 

「すいませーん。そこのお兄さん」

「僕ですか?」

「あーっと……さっきの注文、持ち帰りですか? それともここで?」

「ああ……」

 

 ……視線を集めている。あまり落ち着けなさそうだし、

 

「持ち帰りでお願いします」

「あざーっす」

 

 女子生徒は調理スペースに戻る。

 

「やっべーわ。正面から見るとオーラが半端ない。芸能人オーラバリバリ」

 

 芸能人オーラ、出ているんだろうか?

 色々とやってきたし、魅力のステータスが上がっていてもおかしくない。

 いまいち実感なかったけど、昨日もキャーキャー言われたし……

 

 ……あまり調子に乗らないでおこう。

 

「お待たせしましたぁ~。豚玉、ねぎ玉、えび玉のお持ち帰りでぇす」

「ありがとうございます。お会計お願いします」

「えっ? あ、まだ終わってなかったんだ。すみません!」

「大丈夫ですよ、これお代です」

「1000円のお預かりで100円のお返しです」

「まだ始まったばかりですし、気を楽にして頑張ってくださいね」

「はい……ありがとうございます……」

 

 目が合った女子が顔を赤くしている……

 

 これはアレだな。ただしイケメンに限る! と言うやつだ。

 素顔ならここまでの反応は無いだろう。

 実際、今でも素顔の時にちょっと話したくらいで顔を赤くされた事なんてないし……

 

 イケメンは人間関係上の便利ツール。

 異論は認めるが間違っているとは思わない。




影虎は魔法円描画ツール“Rune Maker”を手に入れた!
影虎の魅力が密かに上がっていた!
変装用の顔(ヒソカ)の魅力も上がった!
なお隠密行動には向かない模様……


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258話 岳羽ゆかりの憂鬱

今回は二話を一度に投稿しました。
前回の続きは一つ前からです。


 岳羽ゆかり視点

 

 ~月光館学園中等部・校門前~

 

「うっはー! テンション上がってきたー!」

「ちょ、やめてよ順平こんなところで。ほら人見てるじゃん! もう、恥ずかしい」

「なんだよゆかりっちー、もっとハジけてこーぜ。何と言っても文化祭だしな!」

「私たちだって先月やったばっかじゃん」

「それはそれ、っつーか自分たちのは演劇とか気になってフルに楽しめなかったって言うか……やっぱお客様の方が気楽っつーかさ?」

 

 はぁ……なんで私、せっかくの休みにこんな奴のお守りをしてるんだろ……

 

「その気持ちは分かる気がするな。素直にイベントを楽しむこと……運営に関係する立場ではどうしても気になってしまうからな」

「ちょっ、桐条先輩までそっち側に行かないでくださいよー」

「ふふっ。心配無用だ、岳羽。伊織も楽しむのはいいが、周囲に迷惑をかけないようにな」

「うっす! もちろんっす!」

「まったく、調子いいんだから。ってか……」

 

 あれ? あとの4人は何処行ったんだろ?

 

「先輩、真田先輩と荒垣さん。あと風花と天田君がいないです!」

「静かだと思えば、どこに行ったんだ? 人は多いがまだ校門前。はぐれるような場所でもなかろうに」

「あー……ゆかりっち? 先輩ら見つけたけど、何やってんだ?」

 

 順平の視線を追うと少し離れた場所で、荒垣さんが天田君と真田先輩にしがみつかれていた。

 風花はその横であたふたしている。

 

「え、本当に何やってんの?」

「大方、荒垣が帰ると言い出したんだろう。元からあまり乗り気でなかったのは知っているが、往生際の悪い奴だ」

「そういや荒垣さんって休学中なんでしたっけ?」

「ああ、少し込み入った事情があってな。しかし今日は休日。休学も正式な手順を踏んだ上でのものであるのだから、堂々と顔を出しても良いだろうに」

「校門前まで来といて今更だと本当に往生際が悪い感じしますねー」

「確かにな。人の目も集まり始めている。迷惑をかける前にさっさと回収してしまおう」

「そうっすね!」

 

 桐条先輩と順平が、4人の方へ向かう中。

 私は皆の背中を見て思う。

 

(何で私、この人たちと文化祭に来てるんだろう……)

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~中等部校舎・1F廊下~

 

「ったく、しつこい連中だ」

「まぁそう言うな。2年前まで我々も通っていた校舎なんだ、思い出話の1つ2つしてもいいだろう」

「……目的は葉隠のステージだろ。さっさと見に行くぞ」

「あのっ、葉隠くんのステージは時間が決まってるので。今からはまだ早すぎますよ」

「風花の言う通りっすよ。のんびり回って、なんか食って。時間つぶして、最後に見に行きましょうよ」

「んなのんびりしてて大丈夫なのか? 今のあいつ、これまで以上に注目されてるらしいじゃねぇか。ステージだって場所取りが必要なんじゃ」

「その点は大丈夫です! 僕、近藤さんに連絡して関係者席を用意してもらってますから」

「グッジョブだ天田」

「そうか……」

 

 本当に往生際が悪い。

 場所取りを理由にしてどこか行くつもりだったの?

 そのまま帰るつもりではなさそうだけど、この人そんなに一緒に行動したくないのかな……

 

「もしかして岳羽先輩?」

「えっ!?」

 

 呼ばれて振り返ると女の子が立っていた。

 

 ……誰?

 

 綺麗な子。よそのクラスの子?

 どこかで見たような気はするけれどピンとこない。

 

「ごめんなさい、どちら様でしたっけ……」

「一回しか会ってないし無理もないよね」

 

 失礼を承知で聞いてみると、女の子は仕方ないと言いたげに笑った。

 そして少し顔を近づけ、小さな声で、

 

「夏休みにアクセサリーショップで。デビュー前、葉隠先輩に占いをお願いしに行って、紹介してもらったアイドルの」

「! もしかして久慈」

「わー! っと、それ以上はダメ、お願いします」

「っ!」

 

 そっか!

 

 全部はっきり理解できた。

 どこかで見たと思ったけど、葉隠君ともテレビに出てたアイドルの久慈川りせさん

 今日は“お忍び”ってやつだったわけね……

 

「おーい、ゆかりっちー?」

 

 ヤバ、順平が……

 

「おっ! 誰そのかわいい子。ゆかりっちの友達? 俺はいおブヘッ!」

「秒速でナンパすんなっつーの!」

「な、なんだかいつもより当たりが強くありませんこと?」

「どうしたの? ゆかりちゃん」

「ついて来ないと思えば、こんなとこで何騒いでんだ?」

 

 皆が次々と戻ってきて、人の目も集まってきた。

 これ、マズくない?

 

「移動! とりあえず移動しましょ。こんなところで固まってたら迷惑だし」

「立ち止まっていたのは岳羽だと思うが」

「ん? ……なるほどな。明彦、話は後だ。どこか人が少なく落ち着けるところへ行くぞ」

「美鶴? よくわからんが、そういうことなら良い場所がある。ついてこい」

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~空き教室~

 

 事情を察した桐条先輩の指示を受け、真田先輩が案内してくれたのはダンボールが整然と積み重ねられている空き教室だった。部屋は当然、この一帯もお客が入る範囲から少し離れていて、私たちの他にはだれもいない。

 

「ここは災害時の非常食なんかを保管している部屋でな。生徒は本来立ち入り禁止なんだが、鍵が壊れていて入ろうと思えばいつでも入れるんだ。昔はよくサボるのに使ったもんだ」

「……まだ修理されてなかったんだな。俺らが卒業したのは2年前だってのに」

「さ、真田先輩? あと荒垣先輩? 懐かしそうに話しているところ悪いっすけど、後ろ後ろ……」

「後ろ?」

「後ろが何だいお、りッ!?」

 

 先輩たちの後ろには、若干厳しい目の桐条先輩がいた。

 一部のファンにはご褒美だろうけど、私は勘弁してほしい。

 

「お前たちは随分とここに思い出があるようだな。それに明彦はサボりと言ったか」

「む、昔の話だ。そう怒らなくてもいいだろう。なぁ、シンジ」

「授業をサボったことはねえよ。アキも部活であれこれ面倒な時に使ってただけだ」

「……今更言っても詮無き事か……まぁいい。私もせっかくの文化祭に説教などしたくない」

 

 その一言で張り詰めていた空気が解ける。

 次に先輩は久慈川さんへ話しかけた。

 

「久しぶりだな。先月の文化祭では世話になった」

「こちらこそ! おかげさまで、あれから仕事も軌道に乗ってきたところなんです」

「聞いているよ。葉隠からもそれ以外からもな」

「えっとー、すんません。桐条先輩も知り合いっすか? ゆかりっちだけじゃなくて」

「順平さん、まだ気づかないんですか?」

 

 天田君の鋭い一言。

 ここまでの道中に風花や天田君は気づいたみたいだし、 真田先輩と荒垣さんも今の会話で気づいたっぽい。仕方がないから教えてあげますか。

 

「アイドルの久慈川さん。知ってるでしょ?」

「アイドルの久慈川、ってまさか“りせちー”!? えっ、嘘マジで!? 本物!?」

「うるっさい! お忍びなんだから騒がない! てか呼び方!」

「うっ! す、すんません……あ、あと今の呼び方は……」

「あははっ! そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。伊織順平さん?」

「!? 俺の名前……」

「葉隠先輩の話によく出てくるから、名前は知ってました。他の皆さんの事も聞いてます」

 

 1人1人名前を確認する久慈川さんは、本当に葉隠君からよく話を聞いているらしい。

 面識のある私と桐条先輩は省かれたけど、的確に名前を当てている。

 

「伊織先輩はさっき私の事を“りせちー”って呼んだでしょ? その呼び方する人、まだ葉隠先輩ぐらいしかいないはずだから、まず間違いないかなって」

「お、おう。アイドルに名前が知られてたって、どう反応していいかわかんねーけど……影虎とは寮で会ったりもするからな! あいつも久慈川さんのことよく話してたし、そのせいで移っちまってた。なんか、ごめんな。馴れ馴れしくて」

 

 順平がそう言うと、彼女は大きく首を振る。

 

「大丈夫。それ、事務所が公式発表した私の愛称だから」

「そっか! じゃあ今後もりせちーで」

「節度は守りなさいよ」

「分かってるって。んで、りせちーは今日、何でここに?」

「敵情視察、かな」

「久慈川さんも僕らと同じで、葉隠先輩のステージを見に来たんですね」

「ちょうどスケジュールにも都合がついたし、前回は文化祭をあんまり楽しめなかったから、きてみたの。メイクと髪型を普段と変えて、ちょこっと変装してね」

「大人っぽいメイクだから、最初わからなかったよ」

 

 風花の言う通り。

 今なら分かるけど、さっきは本当に分からなかった。

 テレビに映ってる姿と印象が違うんだから。

 

「実は私もまだ違和感があるけど……そろそろ気をつけないといけなくなってきたからね」

「にしてもその化粧、ちと派手じゃねぇか?」

「そうですか? 一応バレてもイメージ崩さないように、清楚系でまとめてるんですけど……」

「アイドルとは分からなくても、おかしな連中の目に留まり易いんじゃねぇのか?」

「言われてみれば、人目は引きそうだな」

「テレビとは印象が違っても、美人感は出ちゃってますよね」

「確かに……」

 

 真田先輩と天田君の言うとおりかも。

 オーラが隠せてない、って感じ?

 

「アイドルとか関係なく絡まれるかも?」

「そういえば、チラチラ見られることが何度かあったような……」

「ちっ……おい、美鶴」

「?」

 

 荒垣さんが小声で桐条先輩を呼んだ。

 2人は視線を合わせて黙ったかと思えば、桐条先輩は頷く。

 

「久慈川さん。葉隠のステージを見るという目的は我々も同じだ。もしよければ一緒に行動してはどうだろうか? 男も女もこれだけ数がいれば、不埒な輩も近づいては来ないだろう。万が一何かあっても助けられる」

「あっ、それイイじゃないすか! 先輩」

「そうさせてもらえると私も安心」

 

 反対意見が出ることもなく、久慈川さんは一緒に行動することが決まる。

 すると彼女はおもむろに、荒垣さんの方へ歩いていって……?

 

「今日一日よろしくお願いします。荒垣先輩」

「……なんで俺に言うんだよ。誘ったのは桐条だろうが」

「えー? だって、私を仲間に入ようって最初に提案したの、荒垣先輩でしょ? さっき桐条先輩と目配せしてたし、私のメイクのことに気づいたのも先輩が最初だったし。ちょっと文句をつけるみたいに無愛想な言い方だったけど、私のことを心配してくれたんですよね?」

「なっ!?」

 

 この子……なんかすごい。

 良く知らないはずの荒垣さん相手にグイグイ行ってる。

 てか、珍しく荒垣さんのほうがうろたえるくらいに。

 

「ふっ、良く見ているな」

「どうしたシンジ、顔が赤いぞ」

「うるせぇ! 赤くねぇ!」

「っ! あはは! やっぱり荒垣先輩って、葉隠先輩に聞いてた通りの人みたい」

「あ?」

「りせちゃん?」

「ふふっ、ごめんなさい。ほら、私、葉隠先輩から皆の話を聞いてたって言ったでしょ? それで荒垣先輩は“顔は怖く、態度は無愛想に見えるけど、実は誰よりも他の人の様子を良く見ていて、お節介なくらいにやさしい料理が得意な世話焼き人間だ”って言ってたの。

 怖い顔と無愛想な顔は照れ隠しなんだって」

「「ぶっ!?」」

 

 それを聞いて噴き出す先輩が2人。さらに当の本人は愕然とした様子。

 

「人のいない所でなに適当な事を吹き込んでるんだ、あの野郎……」

「いいじゃないか荒垣。私には全て事実のように思えるぞ。葉隠もよく人を見ているな」

「もう少し正確に表現するために、“ひねくれ者”と“頑固者”も付け足すべきだと思うがな」

「お前ら」

「ふふふっ。荒垣先輩って、なんだか漫画の根は優しい不良みたい。周りに刺々しくふるまって、実は野良犬に餌をあげ「んなっ!? あいつ喋ったのか!?」――へ?」

 

 久慈川さんの言葉が驚いた顔の荒垣さんに遮られた。

 

「……喋った……? 野良犬に餌って、漫画の話ですけど……?」

「お、あ……っ!」

「もしかして、図星っすか」

「荒垣さん、野良犬に餌とかあげてたんだ……」

「しかもその様子を先輩に見られた事があったんですね」

「「ぶふぅっ!?」」

 

 ちょっ! 順平! 風花! 天田君! それナチュラルにトドメ!

 桐条先輩と真田先輩は笑ってないでフォローしてよ! なんか小刻みに震えてるし!

 

「あのー、荒垣、さん?」

「…………帰る」

「ちょっと待った! また始まった! 桐条先輩! 笑ってないでとめなくて良いんですか!? あと真田先輩は煽らないで!」

 

 気持ちは分からなくも無いけど、荒垣先輩の帰宅を阻止。

 皆同じ気持ちみたいで、すぐに先輩や順平たちも止めに入った。

 

 ……なんだか不思議な気持ち。

 

 会長や先輩方も含めて、今年に入ってから急に付き合いが増えたメンバーで。

 葉隠君のステージを冷やかし半分応援半分で見に行こうと決まったのが数日前。

 皆一緒に行動すると、人数が多すぎて動きづらい。

 ステージまではお店側に迷惑をかけるかも……って事でチーム分けをしたのがその翌日。

 その日から、正直複雑だった。

 

 ……違う。複雑だったのはもっと前から。なんだったら、今年に入ってからずっと。

 自分の気持ちを複雑にする原因が、桐条先輩がぐっと身近になってから。

 

 お父さんの事を知りたい。調べるって決めてから、先輩は意識していた。

 だけど、具体的に何をどうするかが分からなくて。素直に聞く事もできなくて。

 そのままどんどん距離だけが近づいてきた。

 

 先輩は聞こうと思えばすぐに声をかけられる場所にいる。

 どこかに呼び出そうと思えばできるだろうし、携帯に電話する事もできる。

 きっと昔の私が今の私を見たら、狂ったように怒ると思う。

 

 ただ一度行動すれば全てがハッキリする。自分の知りたかった事が分かるかもしれない。

 なのに、何を躊躇っているのか。分かっているけど一歩が踏み出せない。

 

 知りたかった事はもう知ってる。

 思いもよらない相手から、全てを聞いたから。

 今、一歩踏み出してできるのは事実の確認だけ。

 彼の言葉が嘘でも本当でも、納得したくない事実が残るだけ。

 

 そして何より、私達の関係はどうなるだろう?

 

 桐条先輩と真田先輩、それに荒垣さんも。

 3人の間に深い信頼関係があるのは、冷静に見ていれば分かる。

 きっと、彼が話していたのと同じ、秘密を共有できる関係だと、なんとなく……

 

 そして今まさに、3人の先輩は仲良く笑い合っている。

 ちょっと前までは、苦手だったはずなのに。

 よく分からない事も多いけど、今では一緒にいるのがあまり苦痛じゃない。

 順平が馬鹿やって、風花が笑って、天田君が生意気言って。

 3人も加わると、なおさら楽しいと感じる。

 

 彼の話を信じるなら、桐条先輩達は何も悪くない。

 実際に先輩達は悪い人じゃないと思い始めた。

 前より気安く話せるようになって。

 知らなかった一面を知って。

 

 この関係にヒビが入るのを、怖いと思っている。

 自分がどうしたいのかが分からなくて、前にも後ろにも進めない。

 だからかな……楽しいのに、心のどこかに何かが引っかかる。

 

「ゆかりっち?」

「っ!? なに、順平?」

「なーにボケッとしてんだよ~。ほら、荒垣さんの“帰る”が終わったから、そろそろどっか行こうって話。こんなとこで時間つぶしてても、もったいないじゃん?」

「どうした岳羽? まさかもうスタミナ切れか?」

「こんだけドタバタやってりゃ疲れもするんじゃねぇか? つか俺も疲れた……」

「だったらどこか休憩できるところに行きましょうか」

「休憩できる所となると、やっぱり模擬店とか?」

「山岸さん、久慈川先輩、僕パンフレット持ってますよ」

「ありがとう天田君」

「おっ、天田君準備がいいぞ! ……定番だけに多いなぁ」

「ふむ。私はお好み焼きに一票だ。作法も事前に調べてきた。テコ、と言う独特の道具で食べるらしいな。使った事はないが、イメージトレーニングは万全だ」

「お好み焼きの、作法?」

「あー、りせちーは桐条先輩のこれ初めてか……つーか先輩、言いづらいんすけど、その食べ方ってたぶん目の前に鉄板がある専門店じゃないとできない」

「なにっ!? で、ではここではどう食べる?」

「普通に箸で食えばいいだろうが。模擬店ならパック詰めが基本だろうしな」

「ちゃんとした店でも食べ方はコテでも箸でも客の好きに食べていい」

「……荒垣はともかく、明彦は嘘をついていないか?」

「何故俺がそんな嘘をつく必要がある!?」

「お前の食事マナーは少々信用できん。以前私が初めて牛丼を頼んだ時、お前は勝手にプロテインをかけただろう。あの時はガッカリしたが、その後ちゃんとした物を食べたら美味だった。葉隠じゃないが、お前の食べ方はどこかおかしい!」

「あれはお前が俺のオススメをと注文したからだろう!」

「食べ方っつーより、おかしいのはアキの味覚じゃねぇか?」

 

 あーあ……まーた喧嘩が始まった。

 喧嘩するほど仲がいいって言うし……本当、仲いいなぁ……

 

「はいはい! こんな事してるとどんどん時間なくなりますよ! とりあえずここから出て歩きましょ!」

 

 放っておくと何時間でもこ続きそうなやりとりを強引に打ち切って、無理やり動いてもらう。

 

 まったく……本当に楽しいんだか苦しいんだか……不思議な気分。




岳羽ゆかりは桐条たちと中等部の文化祭を見に来た!
岳羽ゆかりは久慈川りせと再開した!
久慈川りせが仲間になった!
荒垣真次郎が墓穴を掘った!
桐条美鶴がポンコツ化した!
岳羽ゆかりは微妙な表情でそれを見ている!
桐条美鶴個人への敵意や苦手意識はだいぶ薄れているようだ……


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259話 運命のステージ

体調を崩してしまったため、本日は1話のみの投稿となります。申し訳ありません。


 岳羽ゆかり視点

 

 午後

 

 ~月光館学園中等部・体育館~

 

「うっわ、すっごい人……」

 

 葉隠君のステージの時間が近づいて、体育館へやって来た。ステージ上ではプロみたいなジャグリングが披露されていて、体育館は大勢の観客と熱気で溢れている。……本当に、一般のお客さんが入りきれてなくない?

 

「関係者席で助かったな」

「ああ、この混雑ではな」

「並ばずに入れて、ちょっと悪い気もしますけどね」

「山岸先輩、あんまり気にしちゃダメダメ。そういうの気にしてたらキリがないよ。ね? 荒垣先輩」

「……VIP席、ファーストクラス、グリーン車。金かコネがある奴が優遇される場面なんてどこにでもあるわな」

「そうそう。難しい事考えずに気楽にいこうぜ。つか天田ッチ、今日はマジでお手柄だな」

「僕は近藤さんに連絡しただけですよ。それよりあっちに先輩方がいますよ」

「あ! ほんとだ!」

 

 褒められて若干照れた感じの天田君が指差した方を見ると、確かに会長さんや岩崎さんたちが集まり手を振っていた。私達はその1つ前の列へ向かい、無事に皆と合流する。

 

「会長さんたちもここに来てたんですね」

「天田君から連絡を貰っていたからね。ところでそちらの子は?」

「あ、えっと……」

「会長、少しお耳を」

 

 桐条先輩が素早く説明に入ってくれた。これで問題は無いと思う。

 

「……なるほどね。事情は理解したよ。よろしくね」

「よろしくお願いします。……あれっ?」

「久慈川さん? どうかしたの?」

「あっちの、ここから会長さん? の後ろのほうに知ってる人が……!! やっぱり間違いない」

「何だ?」

「どうした? 何かあったか?」

「とりあえず座れ。目立つぞ」

 

 荒垣先輩に言われて座ったものの、久慈川さんはまだ驚いていた。

 

「そんなに驚くなんて、誰がいたの?」

「光明院光、って、分かる?」

「Bunny's事務所所属の男性新人アイドルだよね? 葉隠君と一緒にテレビに出てた」

「山岸先輩、正解。しかも隣にそのプロデューサーもいる。きっと私と同じで敵情視察に来たんだと思う」

「うっそ、マジで? 影虎ってそこまで注目されてんの?」

「……先輩、あの光明院って人と、あとここには来てなさそうだけど佐竹って人に滅茶苦茶敵視されてるの。何度か一緒にお仕事させてもらったけど、顔を合わせた瞬間空気が悪くなるのを肌で感じるくらい。向こうから葉隠先輩へ一方的になんだけど……まだ仕事も少ない私たち新人アイドルと違って、忙しいベテランプロデューサーまで時間を割いて見に来るって相当だよ?」

「……おそらく、葉隠がコールドマン氏の援助を受けている事が正式に発表されたからだろう」

「例の“超人プロジェクト”ってやつか?」

「コールドマン氏は世界的に有名な経営者だ。たとえ知らなくても、少し調べればすぐにその業績や資金力はおおよそ分かる。そして先日の記者会見では、葉隠とコールドマン氏の関係が想像以上に親しい事も分かった。

 ……少し話が変わるが、コールドマン氏の人材雇用と育成の方針は大きく分けて2つだ。1つは“優れた才のある者を見つけたら逃がさない事”。もう一つは“才ある者の育成に手間と金を惜しまない事”。これは何度も彼の著書に出てくる」

 

 先輩はさらに、アメリカは日本よりも就職では“即戦力になり得るか”を見られる場面が多いと話す。1つの企業で定年まで勤めきる終身雇用が常識だった日本と違い、アメリカではキャリアアップのため数年おきに転職を繰り返す事も普通なのだと。

 

「無論、企業や個人の考え方によってアメリカ的な所も日本的な所もあるが……若かりし頃のコールドマン氏はアメリカ的なやり方の中でも、かなり苛烈なやり方をしていたと聞く。

 課される高いノルマと自己成長の義務に耐え切れず辞職、あるいはクビになった人も多いらしいが、逆にそれを乗り越えるだけの成長の余地と意思を持つ人材も多く輩出し、強い企業を作り上げた。

 ……そして彼の輝かしい成功の理由として“部下の育成能力”が頻繁に話題に挙がる。実際に彼が才能を見出して育てた人材は各分野で成功を収めていてな」

「そして今まさに注目されてるのが葉隠というわけか」

 

 真田先輩の言葉に、桐条先輩は頷いた。

 

「葉隠は本人から直々にスカウトを受けた。しかし葉隠が見出された才能が運動能力だけならば、援助は格闘家かスポーツ選手としての内容だけでいいはず。プロジェクトの宣伝として、テレビ出演の補助までは分かる。

 ……しかし現実としてコールドマン氏のサポートチームはこのステージや、葉隠の個人的な動画撮影にも協力しているし、先日の記者会見では想像以上に双方の仲が親しそうに見えた。コールドマン氏が何を考えているか、会った事もない私には分からないが……コールドマン氏という膨大な資金力を持った後ろ盾。それに守られ、育成される葉隠。どちらも芸能事務所が警戒するに値するだろう」

「事務所側の立場で考えれば、自分たちの仕事を奪われて食い荒らされかねない状況って訳だな」

「外来魚か何かか、あいつは」

「ふっ、業界にとっては近い存在になるのかもな」

「……なんか、むずい話してる?」

 

 先輩達の話に順平がついていけてない……

 てか葉隠君はまた何か面倒起こしそう……いや、そもそも彼は何処を目指してるんだろう。

 

『ありがとうございましたー』

「あっ、ジャグリングが終わった」

「皆さん、次ですよ。葉隠先輩のステージ」

 

 いよいよ葉隠君のステージが始まる直前、自然と会話がなくなった。

 手持ち無沙汰で視線を外すと、館内の人口密度がさらに高くなった気がする。

 出ていく人はいないのに、少しずつ、隙間を見つけて人が入ってきてるみたい。

 

 ……関係者席にもちらほら、明らかに無関係な人が入り込んできてるのはいいの?

 誰も注意に来ないし……客席側は薄暗くなってきたから、気づかれてないの?

 

『!!』

 

 その時、会場が跳ねた。

 

 ステージの袖から走り出てきた影を指して、集まったお客の声が集まって。1つ1つはそれほど大きくないはずなのに、無理やり目をステージに惹きつけられたような……よくわからないけど、そういう“力”を感じた気がした。

 

 唐突に流れる音楽と、ステージ中央を照らすスポットライト。

 そして何よりステージ中央に葉隠君が立っていた。

 

「おっ! 出てきたぞ!」

「いきなり踊りだしたな……」

「挨拶なり何なりすると思ったが」

「この曲って高等部の文化祭でも踊ってたやつですよね?」

「うん、テレビでも見た。直接見るのとはやっぱり印象が違うね……」

「最初からいきなり……? それに、衣装はただのジャージだし……」

 

 突然始まったダンスに私も皆も、会場のお客さんも驚いたみたい。

 だけど何だろう、目が離せないっていうか……

 会場の声がだんだん消えて、音楽がクリアに聞こえる。

 

「うぉ……」

「なんか、スゲー……」

「ライブってこんなに迫力があるんだ……」

 

 ステージの中心で、たった一人で踊る葉隠君から目が離せない。

 順平も、風花も、会場中がそうみたい。

 

 音楽が終盤にさしかかる頃には、他の事が気にならなくなった。

 気づいた時には音楽が終わっていて、

 

『キャー!!!!!』

『ワー!!!!!!』

『ブラボー!!!!』

「いいぞー! ……!?」

 

 周りの皆と一緒に、歓声を上げているのに気づいた。

 

『Ladies and Gentlemen! どうもこんにちは。自分で言うのもなんですが、最近話題の葉隠影虎です』

『ワハハハハ!!!!』

『まずは挨拶代わりの一曲、楽しんでいただけましたでしょうか?』

『Foooo!!!』

『サイコー!!!』

『ありがとうございます! そう言っていただけると私も踊った甲斐があります。……しかし皆さん、ステージ右手にありますスケジュールをご覧ください。今回いただいた時間は何と40分! まだまだ始まったばかりです』

 

 若干コミカルに、でも普通に喋っている感じなのに、一言一句が染み渡ってくる感覚。

 聞いていて心地良い、って言うのかな?

 てかインカムみたいなのを頭につけてたんだ、今気づいた。

 

『……あれ? 思ったより反応が薄い……もしかして“まだ30分以上何やるの?”とか“いきなりテレビで見たやつやって大丈夫?”……とか思ってらっしゃいませんか?』

 

 パラパラと肯定の声が聞こえてきた。

 

『なるほど。まぁ実際に僕は素人ですし、ステージの実績と言えばテレビで放送された文化祭のダンス一回きり。それも今まさに踊り終わってしまったところ。そう思われるのも当然かも?

 ……ですが大丈夫! ご安心ください! この葉隠影虎、今日のステージを任せていただくにあたり! ちょっとコネやらなにやら色々と利用させていただいて、このステージのために新曲を用意致しました!』

『オー!!?』

『正直、間に合うかどうかもギリギリでしたが、どうにかこうにか奇跡的に完成! これからこの場で発表させていただきます……さて皆さん、準備はよろしいですか!?』

『Yeah!』

『ここから一緒に盛り上がってくれますか!?』

『Yeah!!!!』

『では早速いっちゃいましょう! “ミラクルをキミとおこしたいんです”!!!』

 

 葉隠君が一際大きな声を上げると、ドラムの音が軽快なリズムを作る。

 それに乗って、彼は歌う。前奏? が終わるとギターやベースの音も加わる。

 ボリュームが一段上がって、もっと盛り上がれと言われてるような気がした。

 そんなダンスと歌に釣られたのか、会場の熱も上がってきた!

 

「ちょ、順平さん、体が動いてますよ」

「ああ、悪い悪い。なんかこう、湧き上がってくるものが」

「気持ちは分かります」

 

 そのまま葉隠君は一曲歌って踊りきると、また観客の人に向けて話しかけたり。

 質問タイムを設けて、お客さんから聞かれたことに答えたり。

 そういったトークをはさみながら、さらに1曲。

 

 “光のロック”

 

 また聞いた事のない曲を歌いながら踊りきった。

 私はロックとかあまり聞かないけど、この曲は良い感じ。

 

 さらにステージはどんどん続いて、あっという間に最後の曲。

 

『さて……時間が経つのは早いもので、とうとう最後の曲になりました』

『えー!!!』

 

 歌とダンスを見ているうちに、不思議な一体感を覚え始めた。

 会場中のお客が本気で残念に思っていることが伝わってくる。

 

『最後の曲は僕も大好きな曲。初めて聴いた日から、この曲には何度も励まされています。会場中の皆様へ。そして何より自分自身へ。つらい事があった時、もう一度言い聞かせて、諦めず前へ進んでいけるように! 気持ちを込めて歌います!

 “できっこないをやらなくちゃ”!!』

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

『ありがとうございましたー!』

 

 アンコールの曲、“ロックンロールイズノットデッド”まで歌い終えて、葉隠君はステージ袖に消えていく。

 

 ……

 

「はっ!? あれ? 私、何してたんだろ……」

「ゆかりちゃん?」

「何を言ってるんだ? 葉隠のステージを見てたんだろう」

「真田先輩……そうですよね? でもなんだか全体的に、特に最後の方の記憶があいまいって言うか……」

「熱狂しすぎたんじゃねーの? ゆかりっち、めちゃ興奮してたし」

「えっ!? 順平、それほんと?」

「アンコールって叫んでたぜ? ま、俺らも似たようなもんだけどさ。ですよね? 真田先輩、桐条先輩」

「ああ、葉隠もなかなかやるものだ。私も含めて、場内の空気が完全に纏め上げられていた」

「俺も音楽とは無縁だったが、実際に体験してみると悪くないな。体が動きそうになった」

「ゆかりちゃん、本当に大丈夫?」

「体調が悪ければ休憩所か救護室に行きましょう」

「ありがとう風花、天田君。でも体調が悪いとかじゃないから」

「そう? ならいいけど、失神した人も出たみたいだし、あまり無理しないでね」

「失神? えっ、そんな人いたの?」

「いたのって、ゆかりちゃん、気づかなかったの?」

「葉隠がアンコール歌い終わった直後、ちょっとした騒ぎになってたぞ? それ自体は葉隠が観客に声かけて、道空けさせた後スタッフが対処したからすぐに収まったが……お前、本当に大丈夫か?」

「凄い熱気でしたし、熱中症とか。人が多かったから酸欠とかあるかもしれませんよ」

 

 熱中症……酸欠……

 

「たしかに、ちょっとボーっとするような感じはある、かな……」

「ならどこか涼しい場所に行くぞ、こいつもこんな状態だしな」

 

 荒垣さんが指したのは、久慈川さん。

 彼女は椅子に座り込んだまま難しい顔をしていた。




岳羽ゆかりたちは関係者席に座った!
Bunny's事務所の光明院と木島が来ていた!
影虎は警戒されている?
影虎は前世の曲を歌い踊った!
ステージは成功した!
岳羽ゆかりは記憶を失った?
岳羽ゆかりは体調を心配されている!
会場では失神者も出たようだ!
熱中症や酸欠が疑われているが……



※影虎の選曲
曲名:ミラクルをキミとおこしたいんです
   光のロック
   できっこないをやらなくちゃ
   ロックンロールイズノットデッド

アーティスト名:サンボマスター
備考:個人的に最高のバンド&曲

“できっこないをやらなくちゃ”は、
某テレビ番組で有名になったので、知っている方も多いと思いますが、
他の曲も知らない方はぜひ一度聴いていただきたい名曲です!


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260話 ステージの後

 岳羽ゆかり視点

 

 ~月光館学園・休憩所~

 

 体育館を出た私たちは、校庭に作られた休憩所を訪れた。

 テーブルと椅子を並べただけで、風が冷たい。

 だけど暖かい飲み物や食べ物を扱う模擬店が沢山あるし、ほどよく体を冷ませて気持ち良い。

 さっきの気だるさももう殆ど感じない。

 

「岳羽、調子はどうだ?」

「だいぶすっきりしました。やっぱり熱中症か酸欠だったんですかね?」

「分からないが、その様子なら大丈夫そうだな」

「はい! ところで久慈川さんは……相変わらず?」

 

 彼女はさっきからずっとうつむいている。

 体調が悪いわけじゃないらしいけど……

 

「は~……よし! 落ち込みタイム終了!」

「りせちー? 急にどうした?」

「伊織先輩、それに他の皆さんにも迷惑かけちゃってごめんなさい。でも大丈夫、復活したから」

「復活?」

「落ち込みタイム、って言ってたよね」

 

 風花の言葉にちょっと苦笑いをした久慈川さんは、脈絡無くこんな事を聞いてきた。

 

「今日の葉隠先輩のステージ、皆見てどう思った?」

「それは……」

 

 立派だった。

 よくわからないけど凄かった。

 パワーを感じた。

 皆そんな感じのあいまいな答えを返す。

 すると彼女も納得するように頷いている。

 

「私も同意見。それも、前回の文化祭の時と比べて、大幅に進化してた」

「おっ? やっぱりせちーから見てもそうなん?」

「自信喪失しそうになるくらい、ね。……いつの間にかダンスだけじゃなくて歌も歌い始めてるし。しかもクオリティーめちゃくちゃ高いし。合間のトークもウケが良かったし。しかも何あの衣装!」

「衣装って、ジャージの事?」

「そう! 山岸先輩の言うとおり、あれただのジャージでしょ? 衣装や舞台上の演出って、ライブじゃとっても大切な盛り上げるためのポイントなの。豪華な衣装を着たり、派手な演出をしたり……私たちにとっては大切な武器!

 ……なのに先輩ってば、ジャージとスポットライトだけで出ちゃうし。それでいてあれだけ人を惹きつけて会場を盛り上げるし。……狙ったのか偶然なのかしらないけど、今回のステージは純粋にダンスと歌の技量だけで結果を出したっていうか、歌で言えばアカペラみたいな感じっていうか……う~! もう何て言ったらいいかわかんないけど、なんか悔しいの!」

「おお……りせちーが荒ぶっている……」

「何バカ言ってんの。でもそっか」

 

 久慈川さんって葉隠君にライバル宣言してたもんね。

 敵情視察に来るくらいだし、仲は良いけど対抗意識もしっかりあるんだ。

 で、葉隠君の成長具合を見て自分を比較したってわけね。

 

「その気持ちは分かるぞ、久慈川」

「真田先輩?」

「俺もアイツには土をつけられているからな……それも2回もだ」

「あっ、そっか、確か真田先輩と葉隠先輩って」

「芸能活動と格闘技。違いはあれど、俺とお前は葉隠に負けた者同士というわけだ」

「ま、まだ負けてない! 今はただちょっと凄いな……って思わされただけ! これからもっと練習して、突き放してやるんだから!」

「おや、どうやら心配はいらなかったようですね」

「えっ?」

 

 久慈川さんの後ろから、朗らかな言葉が聞こえてきた。

 いつの間に立っていたんだろう?

 そこにはしっかりスーツを着込んだ、雰囲気のあるおじさんが立っていた。

 

「あっ、近藤さん!」

「近藤さん?」

「お久しぶりです。皆、彼が葉隠のサポートを担当している方だ」

 

 面識のあった桐条先輩が間に入ってくれて、挨拶とお互いの紹介がスムーズに済む。

 

「近藤さんはどうしてここに? 先ほど心配と言っていましたが」

「久慈川様にこれを」

 

 手渡されたのはビニール袋いっぱいに詰まった……カレーパン?

 

「あっ、それ影虎の舎弟2人のクラスで売ってた奴じゃん」

「高等部の文化祭で人気を博した江戸川先生監修の特製カレーパン。その再販に伴い新たに追加された“特製カレーパン・激辛健康増進風味”です」

 

 葉隠君が舞台上から落ち込んだ様子の久慈川さんを見たらしく、何かあって動けない自分の代わりに、カレーパンを買って届けてほしいと近藤さんにお願いしたそうだ。

 

「あのステージ上から見てたんだ……でもなんでカレーパン?」

「久慈川さんは辛いものが好きで、気分が落ち込んだ時には辛い物を食べてやる気を回復するから……と、彼は話していましたね」

 

 へー、そうなんだ。

 

 私がつい口にした疑問にも、律儀に答えてくれた近藤さん。

 だけど、今度は久慈川さんが新しい疑問を抱えたみたい。

 

「どうしたの?」

「私、確かに辛い食べ物が好きだし、テンション落ち目の時にやる気を回復するのに食べたりもするよ? だけど……先輩にそれ話したことない。ていうか両親くらいしか知らないはず。何で話してもいない事知ってるんだろう?」

「言われてみれば……葉隠と話していると、たまにそういう事があるな」

「桐条先輩も?」

「ああ。以前、私の誕生日に土偶をプレゼントされたことがあってな」

『土偶!?』

「土偶ってあれですよね? 歴史の教科書とかに載ってる」

「それ以外ないよな? 天田っち」

「本人にも言ったが、一般的に女性へのプレゼントとして選択する物ではないだろう? しかし私は非常に気に入った。まるで私の好みを知っていて、狙いすましたかのようだと思わないか? 本人は占いの結果だと話していたが、少なくとも奇をてらった選択ではなさそうだった」

「た、確かに……つか、先輩の好みの方が謎なんすけど……」

「美鶴の独特な感性に合うプレゼントなんて、それなりに長い付き合いの俺でも難しいぞ」

「理解してやってるようにも見えるが……偶然じゃねぇのか?」

「……違うと思う」

 

 ここで荒垣先輩に反論したのも久慈川さん。

 

「伊織先輩。私の事りせちーって呼ぶけど、それ葉隠先輩に聞いたのいつ?」

「え? ん~……はっきり覚えてねーけど、だいぶ前だな。りせちーって事務所公認の呼び方なんだろ? その時からじゃね?」

 

 すると彼女は黙って首を横に振る。

 

「それ、絶対違う。だって公式発表されたのって“3日前”だもん」

「うぇっ!? 俺が聞いたの最低でも1ヶ月は前だぜ!?」

「うん、私も最初に先輩本人の口から聞いたのは先月。“将来的にそう呼ばれるよ”って……。だからその後でマネージャーに聞いた時すごく驚いて、いつから決まってたのか聞いた。だけど、先輩本人から聞いた時点ではまだ事務所の人も候補にすら挙げてなかったらしくて。事務所の人も私の話を聞いてすごく驚いてた。ストーカー並のファンでも、内部の人間でも。その時点で無い情報は掴めるはずがないのに……って」

「何それ怖っ!?」

「まぁ、彼ですからね」

 

 多かれ少なかれ皆驚いているのに、平然とそう言った近藤さんに注目が集まる。

 

「近藤さん?」

「そうですね……人目がない訳ではないので、あまり多くは語れませんが……彼は“常人には見えない物を見て、知れない事を知る”……そういった事ができるようです。身体能力を見込まれてスカウトされた彼ですが、超人プログラムの研究チームはそちらにも注目していますよ」

 

 常人には見えない物を見て、知れない事を知る。

 あっさりと言われたその言葉が、私の耳に強く残る。

 

「彼、まさか本物の超能力者だったりするんですか?」

 

 思わず口に出た言葉。

 自分でも何を言ってるのか。どんな返答を期待しているのかわからない。

 だけど、ばからしいとは思えなかった。

 

「……超能力、と言って良いものかどうか。しかし彼は先日行われた医学的かつ科学的な検査で、非常に興味深い結果を出しています。今お話できるのはここまで。葉隠様の“能力”に興味のある方は、ぜひとも11月16日放送のヘルスケア24時をご覧ください」

「へ?」

「先週の撮影内容だからこれ以上は言えない、って事ですか? 近藤さん」

「天田君、正解です」

 

 あ、そっか。先週の撮影って聞いてたじゃん、私……

 

「付け加えるとすれば、私の所見ですが……彼は好き好んで人を傷つけるようなでたらめを口にする人ではありません。また、他人の秘密を勝手に吹聴するような人でもありません。少々不思議な人ですが、あまり気にする必要はないでしょう」

「……確かに害はないよね」

「あるとしたら本人にだろ。これまでの事から考えて」

「ふっ、荒垣の言う通りだ。変なことに巻き込まれる姿が想像できる」

「なんだかんだと言いながら、割とお節介なところがあるしな」

「先輩方もそう思うんですね」

「も、ってことは風花もだろ?」

「さすがに僕もフォローできませんね」

 

 自然と笑いが広がっていく。

 皆、近藤さんの言葉に納得したみたい。

 

 そうだよね。信じても、いいんだよね? 

 

 ……

 

「では、私はこれで。まだ仕事が残っていますので」

「あっ、カレーパンありがとうございました!」

「葉隠君の良きライバルとして、これからもよろしくお願いします」

 

 そう言い残した近藤さんが去って、

 

「うん、うん……辛いっ! でもおいしい! ………………ふぅ。

 よし……先輩たち、ごめんなさい! 突然だけど私、帰るね。今からならまだ暗くなるまで時間あるし、事務所に行って練習する」

「今から?」

「今日は葉隠先輩にビックリさせられちゃったけど、今度は私のステージで先輩を驚かせてやる! って気分になってきたから」

 

 激辛カレーパンを食べた久慈川さんが、元気になって帰ることに。

 

「……俺も帰る」

「何だ、シンジもか?」

「用は済んだからな」

「そうか、なら俺も帰ってトレーニングでもしよう」

 

 1人、また1人と帰ることになって、最終的に今日の集まりは現地解散になった。

 

 順平はまだ時間つぶしてくみたいだけど、私はどうしようかな……

 もう一通り文化祭は見終わったけど、さっきの話のせいか微妙な気分。

 もうちょっと風にあたってようかな……

 

「岳羽、少し時間はあるだろうか?」

「桐条先輩? 時間はありますけど……」

「そうか。なら、体調は? 問題が無ければ、少し話をさせてもらいたい」

「話……!!」

 

 もしかして、それって……

 

「何ですか? 急に改まって。なんか、緊張するじゃないですか」

「すまない。むやみに緊張させるつもりは無いが、真面目な話なんだ」

「……分かりました。移動しますか?」

「助かる」

 

 少ない言葉を交わして、私たちはその場を離れた。



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261話 情報交換

 影時間

 

 ~タルタロス・エントランス~

 

 一週間ぶりに天田とコロマルを連れてタルタロスを訪れた。

 トレーニングもしたいけれど、まず行うべきは情報交換だ。

 

「まずは俺からでいいか?」

「どうぞ」

「ワフッ」

「じゃあ早速、まずは今日行ったエネルギーの回収について。結論から言うと、エネルギーの回収には成功した。ただし、改善すべき点も多く見つかった」

 

 問題その1“エネルギーの回収量”

 

「早い話が、観客からエネルギーを吸い過ぎた。範囲を広く、威力は絞ってほんの少しにしたつもりだったが、一般人相手だとまだ多かったらしい。天田は見てたと思うけど、結果は数人だけど失神者を出してしまった。幸い被害者は全員影人間にはならず、あのあと意識が戻ったらしい。ほんの一時的な意識喪失と少々疲労感を訴えただけで、それ以外の異変を訴えた人もいない」

 

 有名歌手のライブで失神者が出るという話は聞くから、今回は何とかごまかせそう。

 しかし何度も続かせるわけにはいかない。

 無関係な人の被害は避けるべきだし、今後の活動にも影響する。

 

「それにもう1つ。いや2つか。回収したエネルギーを貯めておく水晶とその安全装置を兼ねた台座の強度、あるいはルーンの改善も課題だ」

 

 言いながら水晶の破片を取り出すと、2人はそれだけで理解してくれた。

 

「壊れたんですね」

「可能性としては考えていた。何度か体験してるが、多すぎるエネルギーを無理やりねじ込まれるのはかなり苦痛だからな。それをうまくやるために、腕輪型の台座にはルーンで保護の術式が刻まれてたんだが……しばらくは持ったけど、最後まで負荷に耐え切ることはできなかった」

 

 エネルギーの吸収速度と量をもっと抑えていればまだ持ったかもしれないけど……

 とりあえず強度を上げられるなら上げておいて損はない。

 

「最後にもう1つ。ステージ中の体力・魔力の消耗の対策だ。40分間のダンスと歌、そしてステージを盛り上げるために使った魔法、全部合わせるとかなりの負担でな……中断こそなかったけど、終わる頃は正直バテバテだった」

 

 もう人並みはずれた体力が身についている。そのくらい体力に自信はあったのに、ステージの消耗は俺をだいぶ追い込んだ。今後もエネルギーの回収を続けていくなら、効率化か体力・魔力の強化を考えるべきだと思う。回収したエネルギーで回復してもいいけど、休めば回復するのでそれは少々もったいなく感じる。

 

「と、こんな具合に課題は多いけど、エネルギーの回収という一点を見れば大成功だ」

 

 明るい話もしようと、懐から水晶の破片を取り出して見せる。

 

「この破片、元は台座に複数つけていた水晶の1つなんだが、これでも体感で20%くらい魔力を補充できそう。壊れずに完全な形でエネルギーの蓄積ができた物に関しては比較にならないほどだ」

「月光館学園は設備が凄いですからね……体育館は800人以上収容できるって聞いたことある気がします。前方や中央部にスタッフさんや関係者席があったとしても、今日はギリギリまで観客が入ってましたし……」

「ああ、出入りも激しくて具体的な人数は分からない。けどそれだけの人数から集めたエネルギーだ。1人や2人を回復するには十分すぎる量になったよ」

 

 エネルギーがたっぷりと詰まった水晶。

 気が蓄えられた破片でも、復活アイテムの“地返しの玉”としては使えそうだ。

 体力や魔力を仲間全体へ、一気に補充できるルーンができれば“宝玉輪”の代わりにできるかも。

 

「課題は多いが、エネルギー問題が解決すればそれだけできることが増える。それを再認識できる結果だった。個人的には満足かな。

 あとは……そうだ、今後の芸能活動について少し。まだ確定じゃないんだが、天田。テレビに出る気はあるか?」

「僕がテレビに?」

「まだ可能性の話なんだが、実はヘルスケア24時の検査で俺の脳機能がかなり発達していることが分かってさ……十中八九ペルソナの影響だろうけど、次回の放送では俺がものすごい天才! みたいな感じで放送されることがほぼ確定したらしい。それに伴ってちょっとした懸念が目高プロデューサーから出てる」

 

 なんでも俺が天才という扱いになることにより、アフタースクールコーチングの評判が心配らしい。

 

「あの番組は参加者がプロの指導を受けて、努力して技術を身につけて、課題を達成する。そこまでの過程を楽しむバラエティー番組だけど、ドキュメンタリー的な部分もある。

 で、俺が天才として何でも簡単に覚えるって話になると、できる奴ができる事やって何が面白いの? ってなことで面白さが半減するかもって話でさ」

「……そうですかね? 正直僕としては先輩がいろいろ覚えてくのとか今更ですし、他の視聴者も立て続けに成功させてるのを見たら同じじゃないですか? 僕はそれでもつまらないと思ったことはないですけど」

「可能性の話だからな。何も変わらない可能性もあるし。ただプロデューサーとしては視聴率とかいろいろ気になることもあるんだろう。

 基本的に俺は年末のプロとの試合に向けて努力する、そういう長期企画ということで動いてるから、これまで通り続ける方針。だけど場合によっては普通は無理な課題を与えられたり、テコ入れがあるかもしれないって話」

「そのテコ入れが僕?」

「だいぶ前にBunny's事務所からスカウト受けてたろ? あれをプロデューサーが知っててさ、もう素人チームって事で一緒に出る? とか言い出した」

 

 努力と感動は天田に任せて、俺はひたすら進行と結果で視聴者を驚かす役割に徹する。

 そういう役割分担はどうだろうか? という提案をされたんだよな……

 

「思いつきを口にしただけだろうけど、そういう話があったんだ。で、その場合は一応出演料も出るだろうし、芸能事務所は親から許可をとって預かった子供に仕事させてるわけだろ? それと同じように、保護者役をサポートチームが代行できれば後々の自由度も増えるかと思ってさ」

 

 天田の現在の保護者は、天田の芸能活動に反対していなかったはず。

 というかそもそも、天田に興味を持っていないらしい。そこに付け込む。

 

「まぁ可能性の話だし、ちょっと考えておいてほしい。あと念のために言っとくと、俺みたいに色々やる必要は無いからな? 本気でやるなら俺も教えられる事は教えるけど」

 

 ぶっちゃけ小学生なら学業優先で当たり前だろう。

 勉強に関しては俺やサポートチームで助けることもできる。

 あとは天田が動きやすくなれば儲けもの、くらいの気持ちだ。

 もちろん仕事は真剣にやってもらわなければ困るけど、今後の人生を決めるほどではない。

 

「分かりました。少し考えてみます」

「頼んだ。……もうすでに色々頼んでるけど」

「平気ですよ。あと何も無ければ、僕も報告して良いですか? スパイとしての初仕事」

 

 天田は若干楽しそうだ。

 スパイとかカッコ良さげなものは嫌いじゃないのだろう。

 

「特別課外活動部の様子はどうだった? 緊急事態を知らせる合図は無かったけど」

「皆さん普通に文化祭とステージを楽しんでいました。先輩がステージで使った魔法に気づいたり、怪しむ様子も特になかったです。強いて言えば、ゆかりさんが少し体調不良気味と話していた程度ですね」

「そうか……既にペルソナ使いの先輩3人、あと山岸さんには気づかれるかとヒヤヒヤしてたんだが……」

 

 本音を言うと今回は彼らに見に来てほしくなかった。

 バレた時のためにいくつか言い訳は用意していたが、確実性に欠ける。

 しかしアプリ上でそういう話題になっていたので、無理矢理やめさせるわけにもいかず。

 そこで特別課外活動部のメンバーを他と分け、天田が監視することになった。

 

 でも天田がそう言うなら、杞憂だったのか?

 

「そもそも魔力の感知ってどうやるんですか? ペルソナで魔法を使うと何かが勝手に抜ける感じはしますけど、普段から感じるのは」

「改めて聞かれると……慣れとしか言えないな。俺の場合は瞑想、あと吸血や吸魔のスキルもあったし、実際に魔術を使いながらだんだん慣れて。……そういう修行をしてないと分からないか」

 

 天田はどちらかというと、成長が実感しやすい槍や格闘技が興味の中心だしな……

 それに今回使ったのはセクシーダンス、吸血、吸魔。

 魅了の効果はステージの興奮が良い隠れ蓑になったか?

 

 ……長々考えても意味はなさそうだ。

 天田を信じて、今回は無事にやりすごせたということでいいだろう。

 

「他には?」

「ステージの後、近藤さんが先輩に不思議な力がある事を皆さんに話してましたけど、いいんですか?」

「それは聞いてる。例の検査で結果が出たからな。ペルソナとか超能力ではなく脳の機能、人体の神秘! って形で一部公表する形になった。芸能活動のキャラ付けにもなるしな」

「そうですか。じゃあ次が最後です」

 

 そして天田は簡潔に告げる。

 

「現地解散の後、桐条先輩がゆかりさんを呼び止めて高等部の校舎の方へ連れて行きました」

「……どんな感じで?」

「文化祭を楽しむような雰囲気じゃなかったです。桐条先輩は周りを気にしていたみたいでしたし、ゆかりさんはそれを理解したみたいに。二人揃ってそそくさと歩いていきました」

「追いかけたか?」

 

 天田は首を横に振る。

 

「丁度山岸さんに捕まってて、それにバレて怪しまれる危険を考えたので」

「良い判断だ」

 

 岳羽さんは先日病院で検査を受けたらしいし、桐条先輩に呼び出される理由は想像がつく。

 想像通り特別課外活動部への勧誘なら、人目のある場所ではしないはず。

 話の内容は彼女に直接聞けばいい。様子がおかしいとでも言えば怪しまれないだろう。

 天田が無理をして怪しまれる必要性はなかった。

 

「岳羽さんに関しては近藤さんにも連絡して、近いうちに俺の方で探りを入れておく。天田は引き続き何も知らないフリをしておいてくれ」

「わかりました」

 

 今日の情報交換はこんなところか。

 

「それにしても、人間関係が随分と変わったな……」

「ワウッ?」

 

 黙って話を聞いていたコロマルが、疑問の視線を送ってきた。

 

「俺の知ってる未来だと、特別課外活動部のメンバーはそこまで仲良くなかったんだ」

「そうなんですか?」

「仲が悪いわけじゃないけど、お互いに遠慮したり、時に嫉妬したり、会話や説明が少なかったり、遅かったり。もっとちゃんと話し合えば避けられるような諍いもあって……仲間なのに壁がある、どこかお互いを信じきれない感じが結構続く。天田も復讐心をひた隠しにして参加してたはずだ」

「……ちょっと信じがたいですけど、先輩に会わなかったら確かにそうなってたかも、って思います」

「うん……自分で言うのもなんだけど、俺が色々動いた影響だと思う。いざ事が始まったときに探りを入れられるような関係を作っておこう、そう考えてそれぞれと交流を持っていたけど、それが結果的にお互いの間を取り持つ形になった……仲良くなること自体は悪くはないんだが、未来が大幅に変わる可能性が出てきたな……」

 

 来年から始まる原作は、原作通りとはいかないかもしれない。

 特別課外活動部の動向に関する情報はより重要性を増すだろう。

 

「天田。コロマル。これからもよろしくな」

「はい!」

「ワウッ!」

 

 情報交換を行い、2人との団結を強めた!

 

「うっ!?」

「先輩!?」

「バウッ!?」

「大丈夫、いつものやつ……」

 

 コミュが上がったらしく、2人分? の激痛が走った……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 11月9日(日)

 

 午前0時30分

 

 ~自室~

 

 帰宅後、1週間ぶりのタルタロス探索と戦闘で目が冴えてしまった。

 せっかくなので、霧谷君が送ってきていた魔術の書類データに目を通してみたが……

 

「多すぎるだろ……」

 

 送られてきたデータには、“生活魔術”と題された膨大な数の魔術が書き連ねてあった。

 その内容は、

 

 ”曇ったガラスをピカピカにする魔術“

 ”部屋に篭った空気を入れ替える魔術”

 “排水溝の掃除を触れずに行う魔術”

 “沢山の卵をすばやく割る魔術”

 “玉子の白身と黄身を分ける魔術”

 “メレンゲをふんわりさせる魔術”

 “道具がなくても焼き魚を作れる魔術”

 “コタツから出たくない時に便利な魔術”

 

 等々……掃除、洗濯、料理、その他生活に便利そうな魔術がずらりと並んでいる。

 家業が忙しくなったため、手元にあるのは全体の一部らしいが……

 

「正直いらねぇ……卵に関する魔術だけで64個もあるし……」

 

 俺が求めているのはこういう術じゃない! あれば便利だろうけど!

 

「というか霧谷君、こんな事にいちいち魔術を使ってるのか?」

 

 料理とか掃除とか、魔力の消費が少ない物でもこんなに使っていたら魔力がいくらあっても……!!

 

「まさか……」

 

 データを最初から見直す。

 するとだんだん、最初は分からなかった霧谷君の意図が見えてきた気がする。

 

 日常生活を送っていればよくあるちょっとした仕事を行う便利魔術。だけどそれを乱用していたら魔力が足りない。……言い換えれば魔力を鍛えるための鍛錬にもなる。日常生活に密着した魔術だけに、日々の生活に取り入れることも簡単。ご丁寧に魔力消費の少ない簡単そうな術から順に並べてあるので、自分の力に合わせて調整もできそうだ。

 

 おまけにこの書類データは同じような術がまとめられ、その最初に共通する説明がある。

 さらに1つ1つの魔術に詳細な説明が付く。

 

 たとえば洗い物に関する魔術なら洗い物に関して。

 まず洗うとはどういうことか? そのために使う水とは何か? どのような性質を持つか?

 汚れの成分は? その性質は? 効果的な落とし方は? 水以外の汚れの落とし方は?

 

 ……魔術を用いる前提として、科学的で非常に詳細な知識を与えてくれている。

 

 洗い物で水。

 乾燥の魔術で風。

 料理では火と熱に冷気と氷。

 農作業に関する魔術には土、光、もちろん水も。

 

 日常生活に関連させて、様々な力を操るために応用できそうな基礎知識が詰め込まれている。

 もはや単なる魔術の資料ではなく、優れた魔術の“指南書”に見えてきた!

 

「これで“一部”……まさか続きが来ないのは、これを身につけろって事なのか?」

 

 ……彼の意図は分からない。

 それ以上に彼が何者かもいまいち分からない。

 しかし、このデータは俺にとって大変価値があるものだと理解した。

 そして彼と俺の間にある、知識と実力の差も感じる……

 

「まだまだ遠い。つまり成長の余地もある!」

 

 魔術習得へのモチベーションが上がった!

 

「!? 痛ぇ……」

 

 コミュが上がった証拠らしいが、何とかならないものだろうか……

 耐えられないほどではないけど、地味に苦痛……しかも徐々に強まってる気が……



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262話 掲示板の反応とある観客の再起

 薄暗い部屋の中。1人の男子がパソコンに向かい、とあるネット掲示板を閲覧していた。

 

『本日の特攻隊長。

 以前のアイドルトーク23での発言通り、月光館学園中等部の文化祭でステージに上がる』

『報告乙』

『“超人プロジェクト”発表後の記者会見以来、公の場に出るのは初めてだな』

『プロジェクトの発表が自他に与える影響を考えたんだろう。ある程度時間が経って落ち着くまで身を隠したのは正解だよ。記者会見で説明義務は果たしてたし』

『その辺はもう前やその前のスレで散々話したし、今日何があったかが聞きたい』

『激しく同意。興味あるけど、気軽に見に行けるほど月高近くないし暇もない』

『プログラムのトリで特攻隊長登場

 歌って踊ってトークする

 予想以上に神ってた』

『予想以上にってどれくらい?』

『どの程度を予想してたかがわからん』

『実際に見てきた俺的には、神ライブで納得。具体的には40分程度で5曲披露。内1曲はアフタースクールコーチングの初回で流れた曲とダンスだけど、残り4曲は完全に新曲&新振り付け。本人がステージ上で語ってたけど、例のプロジェクトのコネを使ってわざわざ文化祭ライブのために用意したらしい。

 ちなみに4曲全部神曲。ライブ後にCD欲しくなって、検索しても曲名、アーティスト名、何一つヒットしない。出てくるのは似た名前の別物ばっか。サンボマスターってどこのバンドだよ』

『アイドルトークでもそんな話してたけど、マジで作ったのか。しかも4曲も』

『あの超人プロジェクトって芸能事務所みたいなこともするの?』

『スポーツ選手の育成がメインだけど、メディアへの露出や情報公開は積極的に行っていく方針みたいね』

『プロのスポーツ選手ならスポンサー契約の話が来たりもするだろうし、最近はタレント化したスポーツ選手なんて珍しくもないじゃん』

『野球の金剛山選手とか試合よりテレビに出てるよな。スケジュールも練習時間より移動と撮影の方が長そう』

『タレント化は別にいいけど、本当にそれだけの価値が特攻隊長にあるのか? それが問題だ』

『禿同。あんなの何処にでもいる高校生でしょ。運動能力は確かに高いのかもしれないし、器用なのかもしれないけど、別に顔が良いわけでもない。テレビにはヤラセや演出がつき物だしね』

『そればかりはライブを見ろとしか言えない』

『正直俺も本当はたいしたことないだろう、的な気持ちで見に行った。でも違ったよ。会場はめちゃくちゃ盛り上がったし、俺も気づいたら心から楽しんでた。興奮が抑えきれなかったんだ。興奮しすぎて倒れた奴も何人かいたらしい』

『は? 急病人じゃなくて?』

『それはさすがに嘘だろw』

『たかが高校生のライブで失神とか、いくらなんでも話盛りすぎ』

 

 その後暴言や擁護が飛び交う様子を無感動に眺める彼。

 しばらくしてその状況に変化が訪れた時、瞳に淡い光がゆらめく。

 PCからの光が映っただけではあるが、彼はうたた寝から急に目を覚ましたように変化した。

 スクロールさせた画面の隅々に目を配り、マウスを操る。

 

『特攻隊長のライブ映像が動画サイトにうpされてるぞ!』

『マジか!?』

『マジで見つけた! 例のプロジェクトの公式動画っぽい』

『採用者のプロフィール紹介、隊長のページにも繋がってるな。経歴というか、こいつはこんな活動もしています、って感じ』

『情報サンクス!』

『どんなもんか見てやろう』

 

 そして段々と

 

『見てきた。正直、驚いた』

『普通に神曲www』

『会場が滅茶苦茶盛り上がってる』

『うーん、やっぱ動画より生のがいいな……動画は動画でありがたいけど』

『ライブ感ってのはあるよね』

『スゲー、なんかパワーがある』

『特に生き死にに関わる歌詞が出る時は特に凄い迫力』

『自分が死ぬかもとかいう話。ネタやキャラ付けじゃなくて、本人的にはガチなんだなぁ

 ってふと思った』

 

 書き込みに良い評価が増えてきた頃、

 

『曲はどこかのだれかに依頼して作ったんだろ。特攻隊長が凄いわけじゃない』

 

 衝動的に書き込んだ。

 直後に思う、これは嫉妬丸出しの稚拙な書き込みであると。

 それに対する書き込みが自覚した彼にさらに追い討ちをかける。

 

『嫉妬乙w』

『曲を外注したのは本人がそう話してるし、曲と歌詞に関してはその通りだろう。

 でもそれをあの舞台上で歌いこなしたのは特攻隊長。これも間違いない』

『この手の奴って自分では出来ないくせに、文句だけは偉そうに言うよな』

 

 相手の顔が見えないネット上で、容赦ない言葉の刃が心を抉る。

 彼はPCの前から離れないが、次第に画面から目を背ける事が増えていく。

 そしてそんな彼の目が、不意に部屋の隅へ向く。

 

「……」

 

 無意識に歯噛みした。

 乱雑に置かれたボクシング用のグローブとリングシューズ。

 そして普段から防寒用として使っているロングコートと“爆竹”。

 

 さらに彼は後悔し、過去を思い返す。

 自分が何故今このような事をしているのかを。

 何が悪かったのかを。

 

「……なんで……」

 

 苦悶の声を漏らした彼は、目立たない子供だった。

 幼い頃から率先して人前に出るような性格ではなく、部屋にも篭りがち。

 勉強は比較的得意な方で、幼い頃から“真面目な子”という評価を受け続けた。

 実際に彼の生活態度は真面目であり、裏で悪事を働いているわけでもなかった。

 

 本当に、ごく普通の、真面目な子供。

 

 そんな彼は公務員の両親の下、特別貧しくも裕福でもない生活を送りながら成長した。

 何事もなく。健やかに。ただひたすら将来に向けての勉強を続ける日々。

 家と学校と塾を往復するだけの生活。それに不満があったわけではない。

 

 ただ、ほんの少し退屈だった。

 

 そして彼が中学生になった時、その退屈を紛らわせる興味の対象が現れる。

 入学直後からクラスメイトの間で“真田明彦”という名前を頻繁に聞く。

 聞くつもりがなくとも、ボクシング部の先輩でとても強いことは知った。

 彼は自分にはまったく縁の無い物だと感じたが、だからこそ(・・・・・)興味を持った。

 興味を持って話を聞こうとすれば、クラスメイトからいくらでも聞けた。

 人付き合いが比較的苦手であった彼としては、都合の良い共通の話題でもあった。

 そんな彼が真田のファンになるまでに、多くの時間はかからなかった。

 やがて時が経ち、高等部へ進級する頃には自らボクシング部への入部も決めた。

 

 そして新学期……

 念願のボクシング部に入部した彼は、荒れていた。

 強い憧れから入部したものの、彼自身はまったくの未経験者。

 しかも元々スポーツをしていたというわけでもなく、体も出来ていない。

 

 故に課せられる練習内容はひたすらに地味で地道な基礎の積み重ね。

 初心者同士で試合をするも泥仕合の連続。

 特に体格の差がある相手や他スポーツ経験者には運動能力で明らかに劣る。

 練習内容の違いもあり、真田とは同じ部でも接点がなく遠くから眺めるだけ。

 生来の真面目さから不満は口にせず練習は続けていたが、憧れとは程遠い状況だった。

 

 おまけに中等部からの変化を所謂“高校デビュー”としてからかわれる始末。

 全ての不満と苛立ちは、軽い気持ちでからかったクラスメイトやその周囲へ向かう。

 それを諌めようと中等部からの友人が声をかけるも、反発を受けて匙を投げる。

 やがて完全に孤立した彼を仲間として扱ったのは、部長率いる先輩部員らのみ。

 

 そして彼は増長し、無自覚に学校全体を揺るがす騒動の引き金となる。

 

『特攻隊長のライブ動画、リンク貼っとく』

『感謝!』

 

 掲示板に貼られたURLの上をマウスのポインタが行き来する。

 見るべきか、見ざるべきか。彼は今日一番の苦悶の表情を浮かべていた。

 

「うっ、ううっ……」

 

 彼の生活は事件を起こした事を気に、その変化が加速した。

 

 始まりは唯一の居場所であり理解者だと思っていた部長と先輩部員らからの暴行。

 理解者面をしてパシリとして程々に使っていただけ。

 ひ弱な少年が空回りする姿を嘲笑って楽しんでいただけ。

 口々に放たれる無慈悲な言葉と怪我をその身に刻み、彼はまた1つ居場所を失う。

 

 翌日に発覚した怪我は治療を要するもので、その際の証言により親が呼ばれた。

 それまでの自分の行いには自分でも思うところがあったのか、彼は親に多くの事を隠していた。

 高校入学からの素行、変えた髪型等々。

 全寮制で親元から離れていたため隠し通せていた事実が露見し、彼は叱責を受ける。

 その激しさは彼にとって、また叱責する側の両親にとっても初めて。

 両親にも大きな動揺を与え、さめざめと泣く母を見た彼の心はさらに荒れていく。

 

 だが状況はまるで崖から転げ落ちるように留まることはない。

 調査が進み、彼には怪我の治療期間と等しい謹慎処分が課せられた。

 中学の生活態度を考慮して、更生の余地ありと学校側が判断した結果である。

 しかしそれで生徒が納得するかといえば、別問題。

 謹慎が明けて登校した彼を見るクラスメイトの視線は一様に冷ややかなものに他ならない。

 ボクシング部の問題とその解決までの経緯に注目が集まっていたことが幸いだろうか?

 粘着質ないじめに発展することは無かったが、再びクラスに受け入れられることはなく。

 全寮制故に逃げ場もなく、彼を気遣った僅かな声にも反発してしまう始末。

 改善の兆しが一向に見えないまま、鬱屈とした生活が続く……

 

 それに対して、影虎の活躍はどうだろうか?

 たまたま出たテレビ番組で良い結果を残した。それは別によかった。

 夏休みに銃で撃たれたという話を聞いたときには驚きもした。

 だけどいつの間にかヒーローのような扱いを受けていた。

 帰国後はさらにテレビへの露出が増えた。

 

 月曜、火曜、水曜、木曜、金曜、そして土日まで。

 毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日。

 寮で、通学中で、教室で、街中で……“葉隠影虎”の名前と人気を耳にしない日がなくなった。

 

 トドメに発表された“超人プロジェクト”。

 海外の大富豪から、明らかに特別な扱いを受けて大事業に関わる男子高校生。

 

 あいつと自分の何が違うのか?

 同じ歳の同じ学校の生徒で、自分と同じように地味で目立たないと評価されていた。

 なのに今のこの差は何だ?

 

 やがて諦めにも近い感情は、やり場のない憤りへと変わる。

 逆恨みだと諌めても、日を重ねても鎮まることなく、むしろさらに激しさを増すばかり。

 

 彼は良くも悪くも、根が真面目だった。

 真面目さは美徳にもなるが、些細な問題も重く受け止めてしまう悪癖にも成り得た。

 そして原因は自分だと言い聞かせるたびに、彼の心は磨耗していく。

 

 そして今日……

 

 “なあ、今日中等部の文化祭行かねー?”

 “特攻隊長のステージだろ? 行く行く”

 “俺も。先月のは見逃してたんだよなー”

 

 部屋の外から度々聞こえる話を避けるあまりに寮を飛び出した彼は、その先で在庫処分と銘打ち売られていた花火の山を見かけ、衝動的に爆竹と別売りのライターを購入。その足で彼は中等部の体育館を訪れた。

 

 “今更何をやったって……”

 “どうせもう……”

 

 脳内を巡る思考に突き動かされ、彼は混雑を掻き分け前へ前へと進む。

 

 限界だった。

 全ては自分が行ってきた事の結果。

 その自覚はあれど、周囲から向けられる視線は痛い。

 担任教師は“反省してやり直せ”と言うが、もはや周囲とは関係改善の余地が感じられない。

 

 “自分がこんな思いをしているのに”

 “許せない”

 “滅茶苦茶にしてやったら面白い”

 “いっそ全部終わらせてしまえばいい”

 

 弱まる理性。加速する思考。止まらない体。

 とうとう彼は最前列まで躍り出て、たまたま空いた適当な席を確保。

 爆竹とライターを懐に隠し、影虎のステージが始まるのを待つ。

 

 そして影虎が出てきた瞬間。

 

「……」

 

 彼は動きを止めた。

 それまで抱えていた不満や憤りが、一瞬にして掻き消える。

 まるで魔法にかかった(・・・・・・・)かのように、彼は眼前のステージに釘付け。

 気付けばステージは終わり、呆然と涙を流す自分。不思議と心は穏やかだった。

 

「……っ」

 

 思い出した拍子に力が入り、URLがクリックされた。

 再生された動画を目にして、ライブの記憶が再び引き出される。

 

「! ……う、うあっ……」

 

 画面に映る影虎は輝いている。

 派手な衣装も演出もなく、ただ楽しそうに、明るく、力強く。

 その一挙手一投足が今の彼には眩しく見えているようだ。

 

「何で、だよ……何でだよっ」

 

 クラスメイトの揶揄を受け流せればよかった。

 意固地にならなければよかった。

 ボクシング部の先輩らの甘言に乗らなければよかった。

 

 自分の何が悪かったのか?

 どこで道を間違えたのか?

 

 幾度となく自問して、もう大抵の反省と答えは出ている。

 だがそれとは別に、

 

 “自分もあんな風に……”

 

 そもそもの根底にある1つの“憧れ”が捨てきれない。

 “憧れ”を言い換えるなら“理想”であり、現実を直視すれば理想との乖離に悩み苦しむ。

 彼にとって、今まさに画面の中で輝く影虎は否応無くそれを自分に突きつける存在だ。

 

 今すぐに消してしまいたいと思う反面、一度目の衝撃を思い出した彼は、再び映像に熱中。

 

『つらい事があった時、もう一度言い聞かせて、諦めず前へ進んでいけるように!』

「! ……」

 

 やがて流れる歌を聴き、彼は涙と言葉を溢す。

 

「俺だって、諦めたく、ない……! もう一度っ、やり直したい、なぁっ」

 

 暗い部屋に響いて消える嗚咽。

 本心からあふれ出したそれは、やがて小さな決意へと変わる。

 憧れを抱いて道を誤った彼は、憧れを目指して道を正す事を決めたようだ。

 

 果たしてその決意を貫き、実を結ぶことができるのか? それはまだ誰にもわからない。

 

 彼、青木の物語はここから始まるのだから……




影虎のステージはネット上でも高評価だ!
楽曲への注目も集まっている!
青木はもう一度やり直すことを決意した!

青木の話は今後本編に大きく関わる……ことはありません。


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263話 検査結果発表(前編)

 午前

 

 ~テレビ局・スタジオ~

 

 ヘルスケア24時の撮影。

 世間より一足早く、この間の検査結果がすべて知る日がやって来た。

 検査中に結論が出ていなかった事も色々あったが、結論は出ているのだろうか?

 

 ステージの左側。患者として検査着姿で1人、背もたれのある豪華な椅子に座る俺。

 対面には超人プロジェクトとの協賛企画として、普段の倍以上の医師団がずらりと並ぶ。

 

「いや~ほらやっぱりね。健康が一番大事ですわ」

「葉隠君は若いからまだ我々みたいなことは気にしなくてもいいと思いますけどね」

「でも例のプロジェクトでアスリートとして活躍していくんでしょう? だったら必要ですよ」

 

 ステージ中央の奥から芸能人の方々が一通りコメントをすると、司会者とアシスタントのアナウンサーが撮影を進行させていく。

 

「それではどのような結果が出たのでしょうか」

「医師団の見解は!?」

 

 ここでモニターに結果が映し出され――

 

『脳の発達

 サヴァン症候群の疑い

 共感覚

 ミオスタチン関連筋肉肥大の疑い

 超視力

 血液成分(赤血球の増加)

 etc…』

 

 ――多い!?

 

「え、っと……」

「これは初めてのケースですね……」

 

 この番組で病名などが発表されることは普通らしいが、それでも一人の人間に対してここまでたくさんの症状や病名が出たことはなかったようだ。

 

「先生方、これは?」

「はい。えー葉隠君の検査結果はですね、色々と複雑な結果が出まして。ひとつひとつ説明させていただきたいのですが、まず始めにこれだけは言っておきます。

 葉隠君は現状、ほぼ健常者と変わりません。治療の必要な疾患を抱えているわけではなく、また検査の過程でいわゆるドーピングに類する薬物反応も出ていません」

 

 そう前置きしたのは、俺の検査結果がドーピングを疑われるレベルで良かったから。

 医師団と番組側の配慮がわかる。

 

 血液の状態から視力の話。さらに循環器や呼吸器へと説明が続き、

 

「次はですね。脳に関して」

「まだあるんすか!?」

「そうなんです。むしろ一番注目すべき点がここです」

「我々も正直驚いてます、こんな患者さんは初めてなもので」

 

 お笑い芸人の1人が上げた声に対して、研究が専門のドクターからは研究に協力して欲しいなどの声も上がる。

 

 そして俺は改めて自分の体の異常を実感。今では日常的に100kmを超える速度で走ったり、ビルの間を飛び回ったりしているけれど、それは魔術による強化があるからだという意識が強かった。

 

 ……もちろん強化がなければそこまでの運動能力は発揮できないが、素の状態の体も相当異常なレベルになっているのだろう。医師団と普通の芸能人の反応からそれを強く感じる……

 

 そしてまた俺の脳についての説明が始まるが、今回はまだ聞いていないことも含まれていた。

 なんでも俺の脳波を調べた結果、面白いことが分かったらしい。

 

「えー……まず始めに知っておいていただきたいのは、脳波にはいくつか種類があります」

 

 モニターに映し出された表によると、脳波の種類は5種類。

 

 β波:日常生活を送っている時に出る基本的な脳波。

    緊張や不安などネガティブな感情を抱いた時にも出る。

 

 α波:心身ともにリラックスしていたり、落ち着いて集中している状態で出やすい脳波。

    頭の回転や記憶力の上昇に効果があるとされている。

 

 θ波:眠りかけや瞑想をしている時に出る脳波。 ひらめきや洞察力が活性化する。

    さらにα波と同じく記憶や学習、ヒーリングに役立つとされる。

 

 γ波: 脳が高速で物事を処理している時に出る脳波。

     抗うつ剤のような効果があり、 集中力を増加させると考えられている。

     解明されていない部分も多く、超能力を発揮する際に出るとも言われている。

 

 δ波:睡眠中の脳波。夢も見ない深い眠りに落ち、体のメンテナンスをしている状態で出る。

 

「以上を踏まえまして……まず葉隠君の睡眠中。この時は普通にδ波が検出されますが、その睡眠時間が著しく短いんですね」

 

 俺の就寝は基本的に夜の12時以降。

 場合によっては1時か2時まで本を読んだり勉強していることもある。

 極力普段通り生活した検査中も当然その通りだ。

 さらに起床時間は朝のジョギングやトレーニングがあるのでだいたい5時~5時半頃。

 つまり1日のうち就寝時間は3時間ほどになる。

 しかしそれでも睡眠不足という感じはまったくない。

 

「これはですね、えー、こちら葉隠君と普通の人の睡眠に入るまでの脳波グラフを見ていただくと分かります。葉隠君の方が線の推移が急ですよね?」

『確かに!』

「これはそれだけ葉隠君が普通の人と比べて“熟睡の状態までが早い”ということを示しています。そしてしっかりと睡眠が取れていればそれだけ体も回復しやすくなりますので、短い睡眠時間でも足りる、夜遅くまで起きていても大丈夫な仕組みが体の中にできている。ということがわかりました。

 ですが、いいですか皆さん、さらにですよ」

 

 なんだか代表して語っている脳科学者の先生が興奮、ノッてきている……?

 

「今“睡眠状態に入るのが早い”と言いましたが、これは睡眠とδ波に限らず他の状況、脳波も同じでした。そして何よりも!」

 

 朝起きたばかりの時は日常生活のβ波。

 しかし朝の身支度を整えてメガネもかける(ドッペルゲンガー召喚)とα波が検出される。

 以後、仕事や勉強中はずっとその状態が続く。

 

 ……おそらくドッペルゲンガーの能力で色々と補助されているから負担の軽減、ひいてはリラックスにつながっているんじゃないかと俺は思うが……どうやら医師団側はα波が出ていて脳が活性化している状態、つまり高い記憶力への影響があると逆に考えているようだ。

 

 さらに占いをしている時は瞑想状態のθ波が出ていて、ひらめきや洞察力に関係するという話にも合致するし、途中からコンセントレイトを使って目高プロデューサーの体を調べた時にはγ波も出ていたらしい。

 

「えー、今見て頂いたVTRでも話していましたプロデューサーへの占い結果。こちらを改めて我々が診察してみましたところ……なんとですね、葉隠君の言葉通り、まず胃にポリープ(腫瘍)と胃潰瘍になりかけている部分が5箇所ほど発見されました」

 

 芸能人の方々から驚きの声が上がる。俺もプロデューサーの状況に驚きだ。

 

「大丈夫だったんですか?」

 

 プロデューサーはスタジオの隅から軽く手を振っている。

 

「ポリープは幸いそのまま内視鏡で摘出できましたし、後の細胞診で悪性ではありませんでした。胃潰瘍はなりかけなので、まだ投薬で様子を見ながら治療できる範囲でした。お酒の量も多いようですし、食事や生活改善もしていただきたいところですが……そう言えるのも早い段階で見つかったからですね。ちなみに葉隠君、病気の診察の仕方を習ったりは」

 

 あるわけがない。精々運動をしていて怪我をした時に使える応急処置、溺れた時の救命処置程度だ。病気の診断や治療ができるようになるまでどれだけの時間がかかるか、誰より知っているのは彼らだろう。

 

 ……というのをやんわりと伝えると、医師団の皆さんは納得した様子。

 しかし、

 

「知識はない、にもかかわらず彼は明確にプロデューサーの病巣の位置を言い当てました。この現象は非常に興味深い!」

「先生、つまりそれは葉隠君が本当に予知能力や超能力を持っている証拠だということでしょうか?」

「個人的には十分にあると思います。脳波の一致もそうですし、厳密な検査を行った結果、超能力の存在を示すような結果がここまで明確に出ている。これは非常に貴重な検査結果だと思いますね」

「ちょっと興奮しすぎじゃないですか? もうちょっと冷静に。何度も言っていますが、いくらなんでも超能力というのは……」

「私も同意見だ。そもそもだね、今でこそMRIだのCTだの、人体の内部を見られる医療機器が増えたけれども、それがない昔は視診、聴診、触診、打診。全部医者が自分の目と手と耳の感覚を総動員して診断をしていたんだよ。それを考えれば、体の違和感に気付けることに不思議はない」

「いやいや、その可能性を否定はしていませんよ。彼の脳の活動状況を調べたデータでは脳の複数の部位が活発に活動していることもわかっています。ですがγ波が超能力に関係している可能性については昔から言われている事でありますし」

 

 ……医師団の間で撮影を無視した言い争いが始まった……

 

「人が受け止める情報量は、受け取る際に使用される感覚が影響します。よく言うでしょう。対面で話す時は表情、つまり視覚と、声で聴覚の2つがあって、電話やメールではそのどちらかしかない。言葉の意味を推し量る材料が少ないために誤解も起こりやすい」

「先生方ー?」

「彼の場合はそれが逆だと言っとるんですよ。脳の活動範囲を見れば彼が、複数の感覚を統合した“共感覚”を持っていることは明白。通常の感覚に加えてそれらを統合した新しい感覚がーー」

「それは“第六感”と称しても良いのでは? 五感とまた別にある感覚と考えれば」

「今はそういう話をしているのではないだろう!」

「先生方ー! 落ち着いてください!」

 

 さらに海外からの先生方も英語で加わり収拾が付かない。

 

 収録は一時中断になった……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「えらい騒ぎになりましたね……番組始まって以来の珍事だそうですよ」

「ほとんどの部分は結論が出ていたのですが、能力をどのように受け止めるかで色々と意見の対立がありまして。……まさか本番で再燃するとは思いませんでしたが」

「あの脳科学の先生の発言が相当納得できなかったみたいですね、あの真っ向から噛み付いてた先生」

「あの方はとても慎重な方らしく、非科学的な話もそうですが、憶測で物を語る言を何より嫌うそうです。能力は認めても超常現象とは思えず、証明も仕切れないという事ではないでしょうか」

 

 そんな感じの発言内容だったし、大体当たっているだろう。

 近藤さんと2人、控え室で苦笑い。台本のページをめくる音だけが聞こえる。

 

「……江戸川先生は?」

「言われてみれば、戻ってきませんね?」

 

 今日は俺の体の事なので、先生も撮影に付き添ってくれている。

 何か問題があるのなら、今後の対応についても医師団の皆様に話を聞いておこうという事で。

 

「探してきましょうか?」

「そのうち帰ってくると思いますけど……俺が行きますよ。丁度トイレに行きたくなって来たので」

 

 それよりも今後の撮影に変更はないだろうか?

 中断した分時間が押してしまうかもしれないし、こんな事態は初めてだから心配だ。

 

「では私はそちらを確認してきましょう。葉隠様は先生をお願いいたします」

「わかりました」

 

 ということで、近藤さんと別れてトイレへ向かう。

 すると先生はあっという間に見つかった。

 一緒にいるのは番組が誇る医師団の1人。

 外科の野呂先生か……なんだかずいぶん親しそうに話しているな?

 

 堂々と近づいていくと、先に野呂先生の方が俺に気付いたようだ。

 

「葉隠君」

「お疲れ様です、野呂先生」

「ああ、お疲れ。じゃあ江戸川、俺は行くよ。また今度飲みにでも行こう」

「ええ、またいずれ……」

 

 野呂先生は医師団の控え室の方へと歩き去る。

 

「先生、お知り合いだったんですか?」

「大学の同期なんです。卒業後も一時期同じ病院に勤めていましてね……」

「そうだったんですか」

「ええ、辞めてからは連絡を取っていなかったんですがね、トイレに来たらたまたま同じタイミングで。お互いにこんな所で顔を合わせるとは思ってもいませんでした」

「……」

 

 先生の表情は特に普段と変わらないが、オーラが曇っていた。

 ……この世界の先生は医師を辞めて養護教諭になったと聞いている。

 旧友との再会は必ずしも良いものではないのかもしれない。

 

 江戸川先生もこの世界では生きている人間の一人。

 これまで歩んできた人生があり、その中には辛いことや悪いこともあったのだろう。

 

 ……しかし、出会ったばかりの頃とは違い、今ならその苦い過去の話を聞ける気がする……

 

 ……聞いてみよう。

 

「私がまだ医師だった頃、ですか? そうですねぇ……自分で言うのもなんですが、優秀でしたよ。学生時代から成績はほぼ上位でしたし、大学の卒論も高く評価され、卒業後は某大学病院から是非にとお声がかかったり……早い話が、出世コースに上手く乗ったエリートでした」

「どうして自分がそれまで築き上げた地位を捨てる決断を?」

 

 半端な聞き方は逆に失礼だろう。単刀直入に聞いてみた。

 すると先生は、自分に“欠けていたモノ”に気付いたからだと答えた。

 

「ヒヒッ。初めに指摘を受けたのは……私が新米から少し脱した頃の事ですかねぇ。私が勤めていた大学病院に、とある有名なお医者様が患者として訪れ、そこで“若手を担当医にしてくれ”と話したそうで……なんでも、治療はしてほしいが難しく、先が長くないのは自分でも分かっている。ならばせめて次代を担う若い医師の勉強になればとおっしゃられたとか」

 

 そこで治療計画の立案と実際の治療を行う担当医候補を3人選定した。

 

 1人は江戸川先生。

 1人は先ほどまでこの場にいた野呂先生。

 そして最後の1人は、他所の大学から来たあまり交流のない若手医師。

 

「……患者の病気は“癌”。治療できる可能性は残されていましたが、複数個所への転移あり。高齢のため安易に手術は踏み切れない、非常に難しい状態でした。率直な感想を言えば、まだ経験の浅い当時の我々には手に余る。と思いましたよ」

「でも、やったんですよね?」

「ええ、当然の事ですがまだまだ新米の私達の計画がそのまま通るわけありません。治療計画の立案は各々で行い、最終決定はコンペ形式で患者本人に選んでいただくことになっていました。計画を立てたら熟練医の確認と指導を受けて修正。その繰り返しです。

 断るという選択肢は誰も選びませんでしたねぇ。私も当時、手に余るとは思いましたが、それでも自分なりに最良と思える計画を立てて提出したつもりです」

 

 検査結果から計画をまとめて提出したらダメ出しを食らい、修正してもまたダメ出しを食らう。患者の状況の変化にも対応しなければならないので、毎日のように先輩医師の罵声が轟いた。

 

 江戸川先生は懐かしそうに語っている。

 

「特に3人目の方はよく怒られていました。その方は真面目な人でしたが、いまいち出来が良くないと評判でしたし……」

 

 話の流れとオーラのゆらぎで、なんとなく先が分かってしまった。

 

「でも、最終的に選ばれたのはその方なんですね?」

「ええ、その通りです。私は最下位。医局の先輩方には高評価だったのですが、患者本人から“患者として他に選択肢があるのなら、君の治療は受けたくない”とまで言われ、完膚なきまでに叩きのめされてしまいました」

「そこまで言われる理由は――」

「葉隠君!」

 

 ……丁度良いところだったのに、ADの丹羽さんの声がかかる。

 

「はい。どうされました?」

「丁度よかった。先生方の話し合いが終わったから、そろそろ収録が再開されると思います。準備をお願いします」

「わかりました」

 

 俺の答えを聞くと、丹羽さんは忙しそうに走り去った……

 

「先生、続きが気になりますが」

「お仕事では仕方ありませんね。まぁ、あわてて話す事でもなし。またいずれ暇な時に続きをお話しましょう。さ、急いで準備を」

 

 1つ頷き、まずトイレを済ませることにした……

 

 

 体調が“絶好調”になった!




ヘルスケア24時の収録を行った!
影虎の検査結果が一部公開された!
医師の間で論争が発生した!
収録が中断した!


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264話 検査結果発表(後編)

 収録後

 

 巌戸台へ向かって走る車の中には、重苦しい空気が流れていた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~スタジオ~

 

 収録が再開されると脳の話の続きは穏やかに、しかし速やかに行われた。

 そして始まったのは骨の話。骨に関しては何も聞いていないが……

 

「骨硬化症?」

 

 なんでも以前俺が撃たれて入院した時のデータと比較して、その兆候を発見。

 調べてみたところ、確定したらしい。

 

「骨粗鬆症、簡単に言うと骨がもろくなる病気を皆様一度は耳にした事があるかと思います。骨硬化症はその反対でですね、骨密度が異常に高まることで骨がより強固になる病気です。神経の圧迫による視力障害、難聴、水頭症などの症状を併発する可能性もありますが……これらの症状が出るかどうか、出たとしてどの程度重くなるかはその人次第な部分がありまして、葉隠君の場合、少なくとも現時点ではそれらの症状が一切出ていません」

「それはつまり、ただ骨が普通の人より頑丈なだけ、ということですか」

「現時点では。今後も他の症状が出ないとは限りませんが、出てこない可能性もあります」

 

 ペルソナや魔術を知り、医学の素人である俺からすれば本当にその病気なのか?

 と疑問がわいて来るけれど、骨密度が異常に高いのは事実らしい。

 

 最後に俺の体の状態をまとめられ、

 

 常人よりも骨は硬く     = 骨硬化症?

 筋肉が発達しやすく     = ミオスタチン関連筋肉肥大?

 高い持久力と回復力を持ち  = 血液成分など

 それを操る脳はハイスペック = サヴァン症候群?

 

 それぞれに病名や科学的な理由をつけられた上で、

 

『1つ1つは遺伝子の異常などで説明がつくが、それらの症状が1人の体の中で混在し、なおかつデメリットのある症状が1つも出ていないというのは奇跡としか言いようがない』

『何度も言うが、彼からドーピングの類の反応は出なかった。それに私にはこの体を作れる薬なんて想像がつかない。彼と同じ体になれるドーピングがあるというなら、私はその人に教えを請いたいぐらいだ』

『彼は本物の超人だ!』

 

 特に海外からきた医師が口々に神の奇跡だ、神が与えた肉体だ、などと個人的にはかなり不愉快な評価を口にする。

 

 ……あながち間違いともいえない事で余計に腹が立つ。

 

 そこから撮影が終わるまでは、不快感を抑えるので必死だった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 神が与えた体。

 常人より強靭な体。

 そして、重篤な症状が出る可能性を秘めた体……

 

 病気?の副作用で体が強化されていくとすれば、何もしなくても時が来る頃には……

 俺が何もせず生贄に十分な力を持つ、それはあの野郎にとっては最も良い状況……

 

 ……ダメだ。思考がどんどん悪い方へ向かっている気がする。

 

「どこかで何か美味しい物でも食べて行きましょうか」

「そうですね。この辺で何か探してみますか」

 

 少し無理にでも気分を変えようと思い、提案したところで携帯が震える。

 

「……すみません近藤さん。やっぱりまっすぐ帰宅でお願いします」

「何かありましたか?」

「岳羽さんからメールです。できるだけ早く会って話したい事がある、と」

「おや。あちらから先に申し出てきましたか」

「そういえば彼女、昨日桐条君に呼び出されたそうですね。何か心境の変化があったのでしょう」

「さて……」

 

 江戸川先生の言う通り、何かしらの変化はあると思う。

 だが、それが俺にとって良い変化かどうか……

 

「とにかく会ってみない事には。あと、少し用意をしたいので、まずは一旦寮へお願いします」

「かしこまりました」

 

 それから到着予定時刻を聞き、それに合わせて岳羽さんと会う約束を取り付けた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午後

 

 ~辰巳ポートアイランド駅前~

 

「お待たせ、岳羽さん」

「……あ、葉隠君。ううん、私が早く来すぎただけだから」

 

 帽子で軽く変装したためか、一瞬の間があった。

 

「それより急に呼び出してごめんね。忙しかったんじゃない?」

 

 岳羽さんの視線が肩に担いだボストンバッグへ向けられる。

 

「大丈夫。午前中は収録でテレビ局に行ったけど、午後は何も予定入れてなかったし」

「はー……昨日のステージ見た時もそうだったけどさ、サラッと収録とかテレビ局とか聞くと、改めて芸能人なんだーって思うわ」

「はは……あんまりこうしてるとバレるかもしれないし、場所を移そうか」

「そうだね」

 

 岳羽さんに聞いてみると、特に目星をつけていた場所はないようなので、近場のカラオケボックスへ。

 

 受付をすませて個室に入ると、ほどなくしてサービスの飲み物が届く。

 

「ご注文の品、以上でよろしかったでしょうか?」

「はい、ありがとうございます」

「どうぞごゆっくり~」

 

 飲み物を置いた店員が部屋を出て行くところを確認。

 これで当分は邪魔が入らない。

 

「早速だけど、特別課外活動部に勧誘されたか?」

「うん……分かった?」

「岳羽さんが前に病院へ行ったのは聞いたし、そこでペルソナ使いの適性診断が行われていることは知ってたからね。桐条グループに岳羽さんの事が知られた可能性は考えていた」

 

 言わないが、天田の報告もあったし。

 

「そんな状況で急に会って話したい、なんてメールが来れば察するよ。……で、誘いを受けてどう思った? できれば何を話したかも教えてほしいけど、漏らせば不利益になる内部情報もあるかもしれない。そこは岳羽さんの決断を尊重したいと思ってる」

「……」

 

 岳羽さんは数秒黙ったかと思うと、ぽつぽつと語り始めた。

 

「昨日の文化祭の後……現地解散になってさ。高等部の生徒会室に呼ばれたの。そこで色々聞いた。特別課外活動部の事、ペルソナの事、シャドウの事……ほとんどそれだけ。葉隠君から聞いていた以上の事は……話してくれなかった」

 

 岳羽さんのオーラは、怒りよりも失望や落胆の色が強い。

 

「シャドウや影時間が存在する理由は不明とか、自分たちの実験で生み出したんでしょ? 一緒に戦ってくれって言うのなら、そこまできっちり話してよ! って感じ? 葉隠君から事前に話を聞いてなかったら、お父さんの事とか、むしろ秘密を暴いてやる! って感じになったかもしれないけど、昨日の話はぶっちゃけ信用できなかったなー……」

「それが残念か」

 

 ……これも原作よりはるかに2人が親しくなっていた結果だろう。

 

「軽くフォローを入れるなら、シャドウと影時間その物は桐条グループの研究で生まれたものじゃないらしいけどね」

 

 影時間やシャドウの存在を知って、そこから“時を操る神器”の研究が始まったのであって。

 研究の過程で影時間やシャドウの存在が見つかったわけではないのだ。

 そう考えると桐条先輩の“シャドウや影時間が存在する理由は不明”という言葉は嘘ではない。

 

 しかし“桐条グループの実験で影時間が顕在化し、毎晩タルタロスが現れるようになった”、という事実を隠している時点でたいしたフォローにはならないだろう。

 

 実際に目の前の彼女は苦笑いを浮かべるだけだ。

 

「しかし、信用できなかったとなると」

「それなんだけど……ごめん。私、入ることにした。特別課外活動部に」

「信用できなかったのに、か?」

「うん。それは先輩も感じたみたいで、言われた。中二病とかお遊びじゃないぞ! って、私が信じてないことを変な方向に勘違いしたみたいで、慌てながら。桐条先輩って時々アレだよね」

「大事なところでポンコツモードに入ったのか……」

「明彦もそうだがゲーム感覚では本当に危険だーとか言い始めたから、そんなに危険なら仲間は多い方が良いでしょ? 味方が欲しくて私に声をかけたんでしょ? って言ったら黙り込んじゃって」

「遊んでやるなよ……一応真剣に話していたと思うぞ、先輩……」

 

 カラカラと笑う岳羽。

 その時の様子を想像すると先輩が悲しく思えてきた。

 

「まぁ、そうなんだけどさ。ちゃんと話してくれない事に対する仕返しっていうか、ね? ……で、途中そんな感じになったけど、私は特別課外活動部に入ることになりました。

 信用できなかった、っていうか最低限話しておいてほしかった部分については、本当に申し訳ないと思ってるけど、葉隠君から聞いてたし」

 

 さらに説明されて納得。

 

「話を聞いた後に最初に思ったのは、信用できない、もっと話すべきことはないの? って事の他にもうひとつ、“葉隠君の話が本当だったんだ”って事。……予知とか占いとかよく分からないし、正直信じ切れてないけど、でも君が未来の出来事を知っていて、真剣に話してくれたって事は疑わないことにした」

 

 そこまで力強い視線でそう告げた彼女だが、続く声は少々勢いが落ちた。

 

「だから……先輩に話してほしかった事は君から聞いて知ってるし、信用はできなかったけど先輩が悪いわけじゃないんでしょ? それでいて特別課外活動部の活動も、先輩たちが危険に身を置いているのも。私に力があるのも。桐条グループの実験に私のお父さんが関わっていたのも、お父さんがその実験を止めようとしたのも。桐条先輩が自分のお父さんのために戦ってるのも……全部、本当なんでしょ?」

 

 ……前回、話しすぎたかもしれない。

 

「ああ、一切嘘はない」

「だったら私は先輩の力になりたい。お父さんのために戦いたいって気持ちは分かる気がするし、シャドウと戦うのは私のお父さんの意思を継ぐことにもなると思うから」

 

 力を取り戻し……いや、これまで以上の熱意と覚悟を感じる。

 おまけに遺志を継ぐって、下手したら既にペルソナ覚醒してるんじゃなかろうか?

 

「岳羽さんの気持ちは受け取った。特別課外活動部に参加することについて、俺は何も言わないよ」

「ありがとう。本当に申し訳ないと思ってる。葉隠君が色々教えてくれたのに、結局先輩たちの仲間になっちゃって。

 あっ、でも君の事は先輩たちには黙ってるから! そこだけは安心して!」

「ああ、それについては大丈夫。信じるよ」

 

 今日も合流した駅前からここまで監視の目はなかったし、このカラオケボックスも俺が選んだ。岳羽さんがどこかに俺を誘い出したわけでもなければ、こっそり調べた限り盗聴器の類も持っていないようだ。携帯や録音機器を操作する様子もなかった。

 

「桐条グループの監視がない時点で、岳羽さんが情報を流してないことはほぼ確信してたよ」

「普段からそんなに警戒してるの?」

「警戒はどれだけしても足りないくらいだよ。あと特別課外活動部に参加する件は気にしなくていい。俺は先輩より上の人間を警戒しているのであって、特別課外活動部そのものを敵視しているわけじゃない。俺の事情を知られると困るけれど、敵対して桐条先輩たちを傷つけたいとは思わないからね」

「そうなんだ……」

 

 岳羽さんはホッとしたようだ。

 

 これも嘘ではない。

 特別課外活動部の活動は完全に逆効果だが、その部員は全員騙されているだけだ。

 活動自体は阻止したいが、わざわざ争いたくはない。

 その必要性がない限り。

 

「シャドウと戦い人を守る。それだけのために桐条グループが動いているのなら、何の問題もなかったんだけどね」

 

 さりげなく、しかし問題点を明確に言葉にすると岳羽さんは黙り込む。

 彼女にしては珍しく冷静なオーラが強まっているところを見ると、何か考えているらしい。

 

 やがて口を開いた時、出てきた第一声は……

 

「……じゃあさ、私個人に協力してくれない?」



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265話 契約締結

『特別課外活動部と葉隠様。岳羽様がどちらの味方に付くことを選んだとしても、おそらく協力を持ちかけられるでしょう。葉隠様が持つ“未来の情報”は情報の価値を理解していればまず間違いなく、そう簡単に手放そうとは思いません』

 

 故にこちらから引き止める必要はない。

 むしろ情報確保のためにがっつくような態度を見せれば、足元を見られかねない。

 それよりこちらから先に特別課外活動部を選んでもいい、気にすることはない、等々……

 相手に対して理解を示すような態度を見せておくべき。

 勧誘された翌日に連絡をしてきた事といい、岳羽さんは感情で動く傾向が強い。

 ならば相手の感情に訴えかけて、味方であるように見せておけば後々の利に繋がりやすい。

 感情で動くタイプの人間にとって、人の印象はその関係性と対応に大きく影響する。

 自分では理性的と思っても、冷静に判断しているつもりでも、無意識に思考へ食い込む。

 人は、自分で一度信じたことを疑うのは難しいのだ。

 

 自分は敵ではない。味方にもなれる。

 そうやって歩み寄る姿勢を見せれば、十中八九彼女の方から協力を提案してくる。

 

 俺から伝え聞いたこれまでの言動と、昨日少し顔を合わせたときの印象から予想したと近藤さんは言っていたが……完全に彼の予想通りに話が進んでいる。

 

「個人的に協力というと?」

「この前みたいに、知ってる事を教えてほしいの。先輩の力になりたいとは言ったけど、どこまでできるかはまだ分からないしさ……情報があればできる事も増えるかと思って。もちろん桐条先輩たちに葉隠君の事は話さないで、私の意見とか適当にごまかしてうまく使う。そのあたりの言い訳も一緒に考えてくれると助かるかな」

「確かに後々始めるであろうタルタロス探索は危険だ。事前情報があるだけで安全度は段違いになると思う。個人的に特別課外活動部のメンバーには怪我なく帰ってきてもらいたいから、情報提供はしたいけど……」

 

 岳羽さんが疑われないとも限らないし、回数を重ねるだけ俺にとってのリスクにもなる。

 

「その点については……特別課外活動部の状況を話す。で、どうかな? その方が何かアドバイスもらうにも良いと思うし、葉隠君も気にはなると思うんだけど……」

 

 妥協点を探っている事が表情や声に出すぎだ。

 しかもオーラの弱弱しさを見るに、行き当たりばったり。

 彼女個人の判断と努力で提示できるメリットは他に考えていないようだ。

 

 が、今はそれで良い。

 相手の手札が心もとない今ここで畳みかける!

 

「分かった。その条件でお願いするよ」

「いいの!?」

「岳羽さんが特別課外活動部の状況を話してくれる代わりに、俺は俺のやり方で岳羽さんをサポートする。契約成立だ」

「うっ、罪悪感が……なんか私ばかり得してる気がする」

 

 そう思ってもらわなければ困る。

 

「さっきも言ったけどあまり気にしなくていいよ。確かに特別課外活動部の動向は気になるし……そうだ」

 

 個室の角に置いていたボストンバッグから、“ガラスの一輪挿し”と小さな箱を取り出す。

 

「まずは契約後初ということで、サービス。お近づきの印にこれをどうぞ」

「え、いきなり何これ?」

「10月に誕生日なかった? すっかり忘れてたけど、何週間か遅れの誕生日プレゼントー……って名目で渡そうと思ってた便利グッズ。花は岳羽さんに監視がついていた場合にデートか何かに見せかけられるかと思って買ったやつだから、迷惑なら捨ててもいいよ」

「色々と突っ込みたいけど、まず便利グッズって何よ」

 

 少々あきれた様子で小箱を開けた岳羽さんは、俺がだいぶ前に作った“イエロートルマリンネックレス”をそっと取り出した。

 

「ネックレス? 随分シンプルな……まぁ悪目立ちもしなさそうだけどさ……」

「デザインに関してはひとまず置いておいて、ペルソナにはそれぞれ特徴や弱点があるのは聞いたか?」

「少しだけ。私のペルソナはまだわからないけど」

 

 なら、まずは簡単に岳羽さんのペルソナについて情報提供。

 

「“イオ”と“イシス”……それが私のペルソナ……」

「進化のタイミングは分からないが、風の攻撃魔法と回復魔法が得意で、電撃が弱点なのは変わらない。そしてそのネックレスには、弱点である電撃の威力を軽減する効果がある」

「!? それって滅茶苦茶重要じゃない! シャドウってのと戦うなら、てか何でそんなの葉隠君が――待って。ネックレス? よく見たらなんか、手作りっぽいし見覚えが……」

 

 流石に気づくか。

 

「お察しの通り、それはオーナーから作り方を学んで俺が作った」

「やっぱりオーナーと君が裏で作ってお店に並べてるやつだよね!?」

「オーナーはシャドウやペルソナ使いとは何の関係もない一般人だけど、特殊なアクセサリーを作る能力を持っていた。……人とは違う能力があることは薄々感じてたんじゃないか?」

「君にオーナーからヒーリングを学べ、って言われて……最初は半信半疑だったけど、最近はちょっと。でも、こんなの作れるなんて」

「あの人、何も言わずによくある怪しい感じのお守りとして売ってるからね……ただあれ本当に効果があるんだよ。俺はそこに目をつけて、弟子入りした。格闘技以外にも自己防衛手段が欲しくて。

 今では暇を見て独自に対シャドウ装備としてのアクセサリーを研究していて、これがその成果の一つ。電撃が軽減されることはスタンガンと自分の体で試してある。時々メンテナンスのために見せてほしいけど、身に着けることでデメリットはない。だから安心して使って欲しい。そして無事に帰ってきて欲しい」

 

 ネックレスの効果と無事を願う気持ちに嘘偽りはない。

 演技などで培った伝達力を発揮して、真剣に相手へ訴えかける。

 

 ……ん? なんだか岳羽さんの顔が赤いような……

 

「「……」」

 

 変な沈黙が続く……ちょっと待てよ? 今の状況を冷静に見てみると、

 

 ・狭い部屋

 ・密室

 ・男女が二人きり

 ・花とアクセサリー(プレゼント?)

 ・無事でいて欲しいと真剣に訴える

 

 ……!?

 

「あ、いや、違うからな。勘違いしないで欲しい。別にそういう意味で言ってるのでは」

「バッ! そういう意味ってどういう意味よ!? バカじゃないの、てか、バカじゃないの!?」

「ああ……ぐっ!?」

「!? どうしたの!?」

「大、丈夫だ。何でもない」

「何でもないって、今」

「最近よくあるんだ。急に体が痛むこと。でもほんの一瞬だから」

「そうなの? 怪我とか……」

「検査では特に異常はないし、少し疲労が溜まってるのかも」

 

 偶然だが、変な空気がうやむやになった。

 初めてこの痛みに感謝する。

 

「そうそう、アクセサリーのデザイン気に入らないなら言ってほしい。今回はとりあえず手元にあった物を持ってきただけで、希望があれば考慮して作り直せるから。むしろその方が効果が上がるかも。これ作ったの結構前だし。

 とにかくそんな感じで、影ながらサポートさせてもらうよ。その代わり秘密は守って、情報提供も頼むよ」

「……うん、分かった。これからもよろしくね」

 

 岳羽さんと俺は、どちらからともなく差し出した手を強く握り合う。

 

「さて、じゃあそっちの話は終わりということで。せっかくカラオケに来たんだし、何か歌ってく?」

「そうだね。お金も払っちゃったし、時間まで使わないともったいなくない?」

 

 残りの時間、2人でカラオケを楽しんだ!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~駅前広場はずれ~

 

 岳羽さんとのカラオケに思いのほか熱が入り、終わる頃には外は薄暗く……

 別れてから近藤さんに電話で報告を入れていたら、すっかり日が落ちた。

 

 補導対策に変装し、夜風に当たりながら気の向くままに歩いていると、

 

「ここは……」

 

 いつぞやの不良グループのたまり場の近くに来ていた。

 

 ……そういえばヒソカの名前を貸すとかいう話になっていたっけ……

 

 少し気になり、様子を見ていくことにする。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~廃ビル(出巣吐露威鎖亞華栖(デストロイサーカス)のアジト)~

 

「うらぁあああ!!」

「どうしたぁ!? 当たりが弱えぇぞ!」

「どらっしゃアアアッ!!」

「もう一丁!!」

 

 ……何だこれ?

 

 例の集会場に着く前から、やけに殺気立った声が響いていた。

 喧嘩ではないようだけど……チームの連中が集まって、トレーニング? をしているようだ。

 

「ちょっとごめん、何この状況」

「ああん!? ってヒソカ!? 失礼しました!」

「おい皆!」

 

 中に入って一番近くにいた男たちに声をかけると、一気に俺が来たことを周囲に広めてくれた。

 おかげでさっきから聞こえていた声が一斉に俺への挨拶に変わって襲ってくる。

 やかましい事この上ない……

 

「ヒソカの旦那! どうぞこちらへ!」

「ああ……」

 

 加藤、だったっけ? 以前会った男が出てきて、俺をリーダーである鬼瓦の部屋へ案内してくれた。

 

「今日はどうした?」

 

 顔を合わせるや否や、そう聞いてくる鬼瓦。

 

「後ろ盾に名前を貸した手前、どうしてるかと思って来てみただけなんだけどね……お前らこそどうした?」

「近いうちに抗争が始まりそうでな、その準備さ」

「……俺の名前は意味がなかったか?」

「いいや。おかげでちょっかい出してくる連中は減ったよ。ただ俺らが落ち目なのは事実だしな。状況が読めねぇ馬鹿も多いし、多少のいざこざはいつもの事さ。でかいチームがアンタを警戒して俺らへの手出しを控えたみたいだし、それだけでも十分助かるってもんだ」

「ふーん。興味本位で聞くけど、今狙ってきてるチームは? あとヤバイの?」

「お前、ホント何も知らねぇのな……」

 

 鬼瓦は呆れたように座れと一言、椅子を勧めてくる。

 

「今一番手を出して来そうなのは“クレイジースタッブス”ってチームだな。人数は俺らの半分にも及ばねぇが、連中はすぐキレる。すぐ武器を持ち出す。そのうえ喧嘩は集団で少人数の相手を徹底的にボコるのが基本で、闇討ちも平気でやりやがる。早い話が手段を選ばねぇ」

「……改めて無法地帯だな。そんな連中が大手を振って歩けるのか」

「実際は腰抜けの集まりって話だぜ。声と態度は大きいが、そこまで大きな問題は起こさねぇ。常に10人前後でつるんで行動してるし、喧嘩のやり方はヤバく見えるが、“武器と仲間がいないとできない”っつー事の裏返しさ。

 自分たちより大きなチームに喧嘩売ることもまず無かったんだが、落ち目の今なら付け込めると思ったんだろうなぁ……アンタの名前が出てから大慌てらしいが、その前に少しばかり大口を叩き過ぎた」

「勝手に後に引けない状況を作ったのか」

「マジで面倒臭ぇが、そういうことだ」

 

 鬼瓦は本気で嫌そうだ。

 

「だから特訓中ってわけ?」

「当たり前だ。名前は借りたが、それだけに頼りきるわけにいくかよ」

「なるほど。……なら、少し教えようか? 喧嘩の仕方(・・・・・)

 

 俺がそう言うと、鬼瓦は怪訝なものを見る目になる。

 

「……お前が楽しめるような奴はいねぇぞ?」

「何の話だよ」

「喧嘩がしてぇのかと思って」

「……俺のことをどんな目で見てるの?」

「イカレかけた喧嘩馬鹿。この辺の不良はそう認識してるぞ。だからこそ名前だけで抑止力になるんだろうが」

「酷っ!?」

 

 天田にも教えているし、思いついただけなのに。

 てかチラッと見た感じだと小学生の天田にも負けそうな連中ばかりだ。

 彼らとは戦っても練習にならなそうだし。

 

 そこまで考えてふと気づく。

 

 出巣吐露威鎖亞華栖(デストロイサーカス)の不良を鍛えて強くしたらどうだろうか?

 天田は事情が特殊だし、ペルソナ使いだ。

 しかし格闘や武器、さらに得意分野に絞って学べばどうだろう?

 天田と同等の実力をつける奴がいるかもしれない。

 天田ほどの成長力が望めなくても、体だけは出来上がった男たちがここには88人。

 それが訓練でそこそこの実力をつけたとして、それを一度に相手すれば?

 

「……悪くない」

「おい、いま何を考えた」

「最近、地下闘技場に飽きてきた所だったんだよ。勉強になる相手がいなくてさ」

 

 そうだよ、相手がいないなら、相手を作ればよかったんだ!

 

出巣吐露威鎖亞華栖(デストロイサーカス)を鍛え上げて、俺は練習相手を得る。良いアイデアだと思わないか?」

「お前やっぱ頭おかしいだろ……」

 

 出巣吐露威鎖亞華栖(デストロイサーカス)を鍛えることを決意した!



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266話 まだまだ鍛錬

 11月10日(月)

 

 朝

 

 ~講堂~

 

 月曜の朝。

 週一の全校集会でまたしても壇上に立つことになった。

 

 “一昨日の文化祭で歌った4曲のサイン入りCDが完成した”

 “学校のファンクラブ会員には、(今後のためにも)特典として1人1枚無料で配布する”

 

 という連絡は受けていたが、学校にきたらそれを壇上で言えと……

 近藤さんが連絡ミスをするとは思えないが、とにかくそうなってしまったので仕方ない。

 

「これからも応援よろしくお願いします!」

『オー!!!』

 

 口々に叫ばれる応援の言葉……言われた事をやり切った!

 

「おつかれさま~」

「宮野先生。お疲れ様です」

 

 壇上から降りると、担任でアフロの宮野先生が舞台の袖に立っていた。

 

「いやー、今更だけど、入学当初の君と比べたら一目瞭然だ。全校生徒を前にした君は、微分方程式のように堂々としていて立派だったよ」

「ありがとうございます?」

 

 褒められているのだろう。

 “微分方程式のように堂々と”の意味はよく分からないけど。

 

「しかしその成長に全く貢献できていないのが、担任教師として少々残念だねぇ……」

 

 言われてみれば、担任の先生なのにほとんど話した気がしない……

 

「おっと、こんなことを言われても困るよね。ごめんごめん。ところで今後の芸能活動はどうなりそう? 学校には来れるかな?」

「今週は毎日通学できます。出演依頼も増えてきていますが、基本的に土日。平日は放課後~夜の間に撮影できるよう調整していただくようにお願いしています」

 

 学業、部活、バイト(技術習得)、芸能活動。

 それらを両立していくため、今後の放課後はこれまで以上にスケジュールを詰めていく。

 

「よく分刻みのスケジュールとか言うけど、大丈夫かい?」

「流石にそこまでは」

 

 脳内で整理してみると、だいたい一日を11分割。

 

 1.早朝 :ランニング&勉強(一日の予習)

 2.朝  :朝食&通学+可能であれば読書など

 3.午前 :授業

 4.昼休み:昼食&生徒会の仕事など

 5.午後 :授業

 6.放課後:部活動 or バイト

 7.夕方 :仕事 or 自習

 8.夜  :仕事 or 自習

 9.深夜 :外出 or 自習

 10.影時間:タルタロス

 11.就寝前:バイオリン&勉強(暗記物)

 

 合間に時間もあるし、休憩も取れる。

 学校で授業を受けている間も体は休める。

 自習は基本的に技術を磨くつもりだが、これも必要なら休息に当てられる。

 

 近藤さんが言うにはプロジェクトの正式発表や先日の検査結果、その他の活躍で業界に良いコネが作れたとか何とか……着実に地位を築き上げている彼のサポートもあるし、何とかなるだろう。

 

 しかしあの人は俺の知らない所で、どんなコネを作ってるんだろうか?

 マジで頼りになるけど、改めて考えると謎な人だ……

 

「プロジェクトの都合上、健康を第一にやっていきますので、その辺りは大丈夫だと思います。それに一昔前までは学業を犠牲にして芸能活動をする学生タレントも普通だったそうですが、昨今では学業と芸能活動を両立するのが主流になっているようで、仕事先の方々も理解がある感じです」

「なら良かった。……実は君が世間に出てから、学校の資料請求が増えていて、来年の入学希望者も少し増えてきてるみたいなんだ。それでと言ってはなんだけど、君の活動には学校も協力する方針だからね。あまり無理はしないように」

 

 宮野先生から応援をいただいた!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~部室~

 

「準備はいいか?」

「ウッス!」

「はい! 先輩」

「ストップウォッチと、ドリンクもOKだよ!」

「ヒヒヒ、今日はいつも以上の熱気ですねぇ」

 

 江戸川先生の仰る通り。

 なにせ今日は久しぶりに部員が全員揃ったのだ。

 

「いつ以来ですかねぇ?」

「高等部の文化祭あたりじゃないですか?」

「俺の撮影の関係もあったしなぁ……」

「先輩の方がひと段落したら、今度は俺らが実行委員で」

「絶妙にタイミングが合わなかったっすね」

 

 しかし! それも今日までだ!

 

「なら早速ランニングから行くぞ! 今日は久しぶりだし、どのくらい動けるかテストしてみよう」

「「「はい!」」」

「わ、私も頑張る!」

「怪我の無いよう、ほどほどに……何かあれば私の出番ですが。ヒッヒヒヒヒ……」

 

 そして体力テストを行ってみた結果、

 

「体が鈍ってるかと思ったら、そうでもないな。むしろちょっと鍛えられたんじゃないか?」

「文化祭の準備期間は荷物運びばっかで。それに毎朝の走りこみと基礎練は欠かさなかったっす!」

「一日休むと取り戻すのに三日かかるって言いますからね!」

「……お前らさ、本当に運動に関しては(・・・・・・・)真面目だよな」

 

 サッカー部だった頃の名残だろうか?

 この真面目さを勉強でも発揮すればそれなりに優等生になりそうなのに。

 

「俺としては天田先輩の方が驚きですけど」

「そうっすよ! しばらく会わない間にめっちゃ体力ついてるじゃないっすか」

「そうだよね。私もびっくりしちゃった」

「へへへ……」

 

 天田は……俺としてはタルタロスでの活躍を知っているので特に驚きはないが、小学生が中学生や高校生の全力疾走に、それもちゃんと鍛えている相手についていける段階ですごいのは確かだ。小学生と中高生では肉体の発達上、普通はどうしても筋力などに差が出てしまう。

 

「天田は年齢制限が無ければ超人プロジェクトのメンバーに入れても良い、とコールドマン氏に言われてたしな」

 

 というか俺と一緒にトレーニングできる時点で、こいつも確実に常人離れしてるんだよなぁ……

 

「マジっすか!?」

「先輩パネェ!!」

 

 ああ……なんだかこの難しく考えない感じ、久しぶりで落ち着くわ。

 

 !!……思った瞬間、また痛みが襲ってきた。

 幸い天田に注目が集まっていて気づかれなかったけど……部活?

 いや、タイミング的に和田と新井か……どうやら彼らも俺のコミュ対象らしい。

 あと痛みの少なさからして、このコミュは2人で1つのアルカナかもしれない。

 

 ……痛みの違いを判別できるようになって来たのがなんだか悲しい。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 部活後(夕方)

 

 ~部室~

 

「今日はこれ、時間が許す限り撮ろう」

「歌ってみた、だね。でもこの曲……洋楽を和訳したの?」

「ステージで歌った曲の英語版とか、その他もろもろ。元々アメリカに住んでる日本人とか、趣味で音楽活動している人から楽曲募集したみたいで」

 

 嘘だけど、そういう設定で曲の出所をカモフラージュ。

 

「とにかく数だけは膨大にあるから」

 

 仕事の迎えがくるまで、山岸さんと投稿用の動画を撮影した!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~巌戸台某所~

 

 今日からアフタースクールコーチングの撮影が再開、するのだが……

 

「はい! 皆さんこんばんは。葉隠影虎です! 今回は珍しく街中からのスタート。これまでの放送ではVTRが始まるこの時点で、既に練習場には着いていたのですが……一体どうしてでしょうか? 今回の課題も何も聞いていないのですが……もう少し歩く? 分かりました!」

 

 そして歩いていくと……?

 

「あ! ここですね! 間違いなく!」

 

 目的地とされた建物には、

 

 “MMA(総合格闘技)鴨山ジム”

 

 と書かれた看板がかかっている!

 

 ここでADの丹羽さんから今回の課題発表。

 

「葉隠君は年末に、プロの総合格闘家と試合をしていただきます。そして試合をするためには体と技を鍛えることも大切ですが、それだけではなく総合格闘技のルールや試合で相手が使ってくるであろう技、さらに定石などを知らなければなりません」

「ということは」

「今回はここ鴨山ジムで、総合格闘技を学んでいただきます!」

 

 今回の課題は“総合格闘技”だった!

 

「そしてさらに!」

「えっ?」

「今回からもう一つ、葉隠君には本筋の課題とは別に! サブの課題を用意しています」

「サブの課題?」

「葉隠君が優秀なのはいいんですが、もうちょっと面白みをプラスしたいなと」

「いや面白みって……」

「お願いします!」

「ねぇ聞いて!?」

 

 俺の声を完全に無視して、丹羽ADの合図でジムから恰幅の良い中年の男女が出てきた。

 

「こちら、このジムを経営しておられる鴨山夫妻です」

「あっ、こんばんは! これから一週間お世話になります!」

「話は聞いてる。よろしくな」

「頑張りましょうね」

 

 夫婦揃って俺の手や肩をガッシリ掴み、フレンドリーに声をかけてくれたが……

 

「サブ課題の件は?」

「はい、私です」

「葉隠君。こちらの鴨山婦人は7年前、百人一首で日本一に輝いた方なんです」

「百人一首で日本一!? それは普通にすごい方じゃないですか」

 

 ……ってことはもしかして?

 

 その想像はすぐに正解だと告げられた。

 

「葉隠君のサブ課題は、百人一首で奥様に勝つ! です」

「分かりました! 分かりました、けど……1つ良いですか?」

「なんでしょうか?」

「……この番組大丈夫? 何か迷走というか、無理してません?」

 

 総合格闘技のジムに来て、百人一首をする意味が分からない。

 

 課題と言うなら全力でやるけど番組的に……あ、それ以上言わないでって笑顔が返ってきた。

 ……そっとしておこう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 深夜

 

 ~廃ビル(出巣吐露威鎖亞華栖(デストロイサーカス)のアジト)・中庭~

 

 昨夜思いついたことを実行すべく、鬼瓦にメンバーを集めてもらった。

 

「よし、皆集まったな? もう聞いてると思うが、俺らはヒソカから喧嘩のやり方を習うことになった」

「よろしくな」

『ウッス……』

 

 気さくに軽く話しかけたつもりなのに、反応が悪い。

 ウッス、というより“鬱”っす、みたいな感じ……

 こいつらも俺を頭がおかしい危険人物と思っているのだろうか? 失礼な。

 

「そんなに構えなくても大丈夫だ。痛めつけたり無茶な練習を指示するつもりはない」

「……こいつは俺らを強くしたいらしい。何が目的かはあえて言わないが。実際今はクレイジースタッブスの襲撃に備える必要もあるし、こいつが強いのは今更言うまでもないだろう」

 

 鬼瓦の言葉で、先ほどよりも強い返事が返ってきた。

 

「で? 具体的に何をするんだ? わざわざ全員召集させたんだ、何かあるんだろ?」

「とりあえず各個人の力量を把握したい」

 

 つまり1人ずつ俺と戦ってもらう。

 誤解のないように、こちらからの攻撃は当てないことを約束する。

 

「その代わり全力できてくれ。俺を殺す気で構わない。……なんだったらほら、我慢してる不満でも何でも思い切りぶつけて来なよ。鬼瓦の顔を立てていても、ポッと出てきた俺に命令されて気に食わない、なんてこともあるだろ?」

 

 集まった男たちの一部に動きがあった。

 

「面白ぇ。正直ムカついてたんだよ俺はさぁ」

「最初は君かな?」

 

 リーゼントに革ジャン。これはまた典型的な格好の不良が出てきたな。

 不満は当然あるだろうし、ヤンキー相手だ。“親父式”で対応しよう。

 

「マジで殺るぞ、いいんだよな?」

「いいとも。こんな所で不良やってるんだ、そもそもお行儀良く他人やルールに従う人間じゃないだろ。自分が認めて従うと決めた相手ならともかく」

「違いねぇ」

 

 男はニヤリと笑い、拳を振り上げ向かってくる。



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267話 意気消沈

 2時間後

 

「流石に88人も連続で相手すると、それなりに良い運動になるな」

「マジの化け物かよ、テメェ……」

 

 アジトの中庭に息を切らして転がる男達が多数。

 88人一通り実力を見た後に、悔しがる元気のある連中全員とやった結果だ。

 俺的には、思ったよりも彼らには将来性がありそうなのでラッキー。

 

「OK。とりあえず今日はここまで。この先いくらでもチャンスはあるから、まだ気に入らないって人はそっちで、何度でも頑張って。

 それで明日からの話に移るけど……鬼瓦。今日は集まってもらったけど、普段は違うんだよな?」

「ああ、全員集合は日曜の夜か緊急召集かけた時だけだ。俺らもバイトとかあるからな」

「了解。その辺はそっちの自由で構わない。ただ練習内容はこっちで指定するぞ。その上でまず最初に、皆には8つの班に分かれてもらう。1人ずつ名前を呼ぶから、呼ばれたら来てくれ」

 

 不良たちはだいぶ素直に、俺の指示に従った。

 おかげで88人を8つの班に分けるのにも時間はかからなかった。

 

「気になる班分けの基準は、俺から見た“各個人の得意・不得意”だ! 例えば1班はパンチが上手い奴、2班はキックが上手い奴。ってな具合な」

 

 同じく3班は足を止めて打ち合うのが得意な奴。4班は逆に身軽で小回りの利く奴。

 5班は思い切りが良い奴。6班は冷静に戦う奴。

 7班は戦闘中に相手に集中できる奴で、8班は周りが見える奴だ。

 

「1班から6班までは個人戦を前提とした視点で。7,8班は集団戦を考えた時の視点で。それぞれ特に“良さそうだ”と俺が判断した順に8人ずつ割り振った」

 

 アドバイスやコーチングといったペルソナのスキルはもちろん。

 鍛えた感覚でオーラや体内の気の動きまで徹底的にデータを収集、分析して割り振った。

 俺としてはこれ以上の適材適所は無いと思う。

 

 そして今後の指導方針はズバリ! 各個人の長所を伸ばす!

 

 そう宣言すると、微妙な反応が返ってくる。

 今回は反抗ではなく、理解できない感じだ。

 

「長所を伸ばす。何故ならそれが一番早く、各々に何か1つ“武器”を作れると思うからだ」

「武器?」

「俺ができる限りの格闘技術を教えてもいいが、それを身に着けて実線で使えるレベルにするのには長い時間がかかる。それなりのレベルでも、格闘技を身に着けるなら最低でも数年は必要だと思ったほうが良い。……分かってそうな奴もいるな」

 

 たぶん何かの経験者だろう。納得した様子の奴が増えてきた。

 

「それでも! 少しでも強くなるつもりなら学ぶ内容を得意な1点、才能があると思われる1つに絞り込んで重点的に鍛え上げる! 一言で言えば“必殺技”だな」

 

 理解が進んだ事に加えて全員男だ、必殺技と言う単語に少なからず思うところがあったようだ。ざわめく声が僅かだが明るくなっている。

 

「必殺技を第一に、それを相手に当てる練習、あとは短所を補う練習も少し。この3つが俺の方針だ。共通することは一気に教えやすいよう班にまとめたが、様子を見ながらそれぞれの配分を変えたり、個人に合わせてアドバイスもしていく」

「一つ聞いて良いか?」

「鬼瓦か。もちろんだ。他のも疑問があったらすぐに聞いていいからな。で、何が聞きたい?」

「必殺技とか言ってたが、俺ら8班、あと7班は具体的にどうすんだ? 集団戦を考えたって言ってたが」

「基本的にはそれぞれ個別に、他の6班と同じ内容で適していると思うアドバイスをする。それと+αでクレイジースタッブス対策だ。目下の相手が集団戦を得意とするチームである以上、周りを見て状況判断ができる奴がいた方がいいに決まってる。

 俺はお前らより相手を知らないし、武器を頼りに正面からくるか、罠を張って少しずつ削りにくるか……手段も選ばないとなると何を仕掛けてくるかわからない。だから状況に合わせて柔軟に動けるようにしてもらいたい。例えば各班から1人ずつ出して11チームを作るとか」

 

 それでいくと1~4班は純粋な戦闘要員。

 5班と7班は一番槍、あるいは相手に惑わされない仲間内の精神的支柱。

 喧嘩で心が折れたら勝てるものも勝てない。

 

「8班は指揮官役で、6班は可能ならその補佐も、ってところだな。正直負担は他より増えると思うが、必要な役割だと思ってる」

「……ややこしいな、オイ。つかお前、マジで色々考えてたんだな……」

「最初から本気だって言ってるだろうが」

 

 ぶっちゃけ不良グループの勢力争いには微塵も興味ないけど、上手くやれば自分の練習相手ができるかもしれない。体の事も判明した今、何か更なる進歩が一つでも欲しい。そう考えれば自然と力も入るし、本気にもなる。

 

 ……あれ? 自分と戦う相手を育てるって……よく考えたら元ネタと同じ思考?

 

「悪かった。理由はともかく、お前が本気で俺らに教える気なのはもう疑わねぇよ。お前らもいいか?」

『ウス!!』

「あ? ああ、そうしてくれ」

 

 思考の邪魔をされたが……力強い同意。

 どうやらグループ全体からある程度の信用を得られたようだ!

 

「!! やっぱりな……」

 

 来ると思ったよ、この痛み……

 

 直前に予測できたので耐えられた!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~自室~

 

 連中との話が長引いてしまった……

 タルタロス探索の準備をすべく、急いで帰宅。

 

 すると、部屋の外に昼間一度帰ってきたときには無かった荷物が置かれていた。

 送り主は母さんだし、周辺把握で中身が数冊のノートの類だと分かる。

 不審物ではないけれど、送られてくる予定も無い。

 

 突然なんだろう?

 

 疑問に思いながら封を切り、出てきたのはかなり古い“おえかきちょう”。

 

「どこかで見たような……」

 

 ここで手紙が同封されていることに気づく。

 

『物置の整理をしていたら出てきました。ペルソナの事が書かれているから、きっと虎ちゃんのでしょう? 何か役に立つかもしれないのでそちらに送ります』

「……!」

 

 思い出した! 俺が昔、覚えている限りの情報を忘れないように書き留めたやつだ!!

 まだ自我が完全に芽生えてから間もない頃。混乱しながらまず始めにやった事。

 手元にあった“おえかきちょう”に、クレヨンで書き綴った前世の記憶。

 

 “おえかきちょう”に目を通すと、原作開始から始まるイベントの数々にシャドウの情報等々。俺が忘れていた事も書き連ねられている! これは控えめに評価してもお宝だ!

 

「近藤さんに……先にまとめないとダメか?」

 

 かなり動揺しながら手当たり次第に書いたようで、非常に読みにくい。役に立ちそうな漫画の事も当時から考えていた、というか数撃って1つでも役に立てばいい、くらいの気持ちで必死に書いたんだろう。色々と滅茶苦茶だ。

 

「いくらなんでも桃白白の真似は無理だろ……てか懐かしすぎる」

 

 他に出てきたのはラッキーマン……あれ運が良いだけでそれ以外なんの能力も持ってないのに……運のパラメーターに極振りで一縷の望みに賭ける?

 

 あとクレヨンしんちゃん。ケツで歩く以外に思いつかないけど、あれは劇場版だと滅茶苦茶冒険してるしまだいい。けど、サザエさん。ちびまる子ちゃん。このあたりはどう活かせと!?

 

「ん? 次のページに続いて……なるほど、いつまでもループする世界に入って時間を稼ぐ。死ぬよりはマシかぁ……じゃねぇよ!」

 

 できるか! ……だいぶ追い詰められてるな、当時の俺……

 

 しかし役に立ちそうな内容もある。

 

 漫画“メルヘブン”の“ARM(アーム)

 魔法によって作られた、様々な特殊能力を持つアクセサリーの事。

 なんとなーく俺の作ってるアクセサリーに近い? 気がしないでもない。

 漫画に登場したのはもっと派手ではるかに強力だと思うけど……

 頑張れば再現できるか? イメージ的に、参考としては良いかもしれない。

 

 漫画“NARUTO”に登場する“忍術”

 術の名前が羅列されているだけだけど、それだけである程度思い出せた。

 ルーン魔術で頑張ればいくらかは再現できそう。

 今の段階でも水遁・水鉄砲くらいは楽勝だろうし……

 

 まぁ全部今だからこそ、できそうと思える事だけど。

 そう考えると、努力してきてよかった。

 

「……いかん。のんびり読んでる時間無かった」

 

 早く準備しないと、天田たちが待ってる。

 しかしやはり気になるので、内容は速読で頭に叩き込んでおく。

 

「……ん!?」

 

 今、見逃せない記述が……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 1時間後

 

 ~タルタロス・16F~

 

「先輩……」

「ワフゥ……」

「言うな……何も言わないでくれ……」

 

 全身に虚脱感が満ちている。

 2人の言いたいこともよく分かる。

 だが、それを言われたら立ち上がれなくなるかもしれない……

 

「はぁ……それはそうと、不気味な所ですね。この奇顔の庭アルカ(・・・・・・・)って。壁に顔が一杯なんて、血痕より気持ち悪いですよ」

「まぁ、そういう階層だからな……」

 

 天田の不満も分かるが、それがここ16Fから64Fまでの特徴だ。

 

 ……こうしていても仕方が無い。無理にでも気持ちを立て直そう。

 俺たちはとうとう、15階で阻まれていた壁を越えることに成功したのだから!

 

「とりあえず探索始めるか。ちょっと回ってみた限り、まだこの辺は下とそう変わらないけど、敵は徐々に強くなるし、状態異常を使ってくる奴も出てくる。1階ずつ確実に慣れて行こう」

「はい!」

「ワン!」

 

 天田とコロ丸の元気な返事を聞き、歩き始める。現在位置はタルタロスの端。

 16Fに進入したのがタルタロスに空いた窓のような部分なので、内側へ向けて探索を行う。

 

 ……思い出したらまた気が重くなってきた。マジで何で忘れていたんだろう……

 

 “タルタロスには窓がある”

 山岸風花保護のイベントで真田が月を見ている事から確実。

 “幾月がタルタロス展望台から転落する”

 地面に落ちているようなので、空中に障害などは無い?

 

 上記の2点から、

 

 “外から上れば階層の壁関係ないんじゃない?”

 

 母さんから送られてきたノートに書かれていた可能性を試してみたら、あっさり成功。

 召喚したヴィーナスイーグルを飛ばしたり、念には念を入れて危険を探しても全く無反応。

 足場になる凹凸も多く、鍛えた身体能力と魔術の強化で進入余裕でした。

 

 ……これまで壁をどうにかしようとしてた努力は何だったんだよ!?

 壁を拳で打ち抜いた時点で手ごたえ感じて嬉しかったのに!?

 

「外から入れるならもっと早い段階でも入れたよ……」

 

 よりによってそんな簡単な方法で突破とか、なぜ忘れていた?

 そうでなくても何で思いつかなかった?

 あの神、俺の思考を操作でもしていたんだろうか?

 ぶっちゃけ今回ばかりはそうであって欲しい……

 

 いや、もっとポジティブに考えろ。

 あれはあれで格闘技術の向上に役立ったじゃないか!

 あの壁に挑むことには十分な意味がある!

 これからは探索を終える時に、毎回突いて帰ろう!

 

 ……

 

 この後、惰性で探索した。

 外から進入したことで特別な異変が起こることもなく、次の壁のある40階まで到達。

 難なく人工島計画文書02を回収し、転移装置も問題なく使えた。

 本当に何の問題もなかった。

 

 

 “疲労”になった……




影虎は不良グループに指導方針を伝えた!
影虎は少し信用を得た!
影虎は母からの荷物を受け取った!
影虎は“おえかきちょう”(過去の記録)を手に入れた!
影虎はタルタロスの壁を越えた!
影虎は“奇顔の庭アルカ”に到達した!
影虎は落胆している……



壁()はトレーニング器具になった!


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268話 総合格闘技・練習開始

翌日

 

11月11日(火)

 

昼休み

 

~教室~

 

「こんな感じでどう?」

「これ、ちょっと攻め過ぎじゃない? 可愛いけど服に合わせにくそう」

「そうかな~?」

「もうちょっと小さくて、どうせなら普段使いしやすいデザインがいい」

「普段使いねー……だったら~」

 

教室には大勢の女子が集まっている。

岳羽さんと雷ダメージ軽減アクセサリーのデザインを話し合ったが2人では決まらず。

以前、アクセサリーをデザインしていた島田さんに協力を仰いだところ……

なぜかクラス中の女子が会話に加わっていた。

 

「ねぇ葉隠君! こんなデザインってできる!?」

「こんなのは!?」

「あー……これはできるけど、こっちのは絵だとこの当たりの部分がちょっと分かりにくい。俺が作るのは銀粘土を使ったアクセサリーだから、先に型を作れば大体の物はできるよ。細かくてもちゃんと形が分かれば対応は可能だよ」

 

ルーンを刻めれば効果は発動できるし、島田さんのデザインは俺よりよほどセンスが良い。

そう感心していたら、いつの間にか製作可能か不可能かを答えるだけが俺の役目になっていた。

デザインの修行もすべきだろうか?

 

 

……

 

…………

 

………………

 

 

 

~鴨山ジム~

 

総合格闘技の指導を受けた!

昨日はルールブックを読みながら、反則行為や定石を頭に叩き込んだ。

そして今日はルールを意識しながら練習生の方とスパーリングを行い実力を見せた。

 

しかし、

 

「総合格闘技のルールだと、中国拳法は定石から外れた動きになりやすいのでしょうか?」

「所詮は別物だからねぇ。違いはあるよ」

 

団体ごとにルールの差もあるが、まず肘膝は使用禁止。これにより八極拳の頂肘は使えない。

“靠”という体当たりのような技は、タックルの方が寝技に繋げられるので有効だと監督は言う。

さらに夏休みにジョージさんから学んだジークンドーの蹴りによるタックルのストッピング。

これは総合でもルール違反ではないが、きっちりと対策がされている。

相手も警戒してくるから、よほど実力差があるか運がよくなければ利かない。

つまりほぼ無意味。等々……

 

確かにルール上使えない技があるのは認める。

しかし少々この監督は総合至上主義というか、他の格闘技を下に見ている感が否めない。

 

きっと悪気はないけど、これまでの経験を遠まわしに実際の試合では通用しないと言われている。そして遠まわしに100%総合、否。彼の指導したやり方への矯正を求められている。

 

……今回は指導者との折り合いのつけ方を考えなければならないかもしれない……

 

 

……

 

…………

 

………………

 

 

撮影後

 

~路上~

 

「……」

 

帰宅途中。

荷物を抱えて夜道を歩いていると、背後から視線と気配を感じた。

周辺把握も一定の距離を保ったままついてくる人影を感知している。

人数は3人。適当に道を曲がっても、確実に追ってくる。

 

……尾行されていると考えて間違いない。

 

明るく人気の多い道を通りながら、近藤さんに電話をかける。

 

『はい、こちら近藤です』

「葉隠です。撮影が終わりました。これから寮に帰宅しようと思っているんですが――」

 

現在の状況を報告。すると、

 

『ご心配なく。今度出演予定のバラエティー番組で、出演者をこっそり撮影する物がありまして、今日尾行すると事前に連絡を受けています』

「なら一安心ですが……これ、無視したほうがいいんでしょうか?」

『どこかの交番に駆け込んでください。尾行される方は尾行されると知らない事になっていますので、その状態で尾行に気づいたとすれば自然な行動でしょう。万が一撮影スタッフではない場合も考えるとそれが一番安全です』

 

そこらの暴漢に負ける気はしないけど、カメラの前で喧嘩するわけにもいかないしね。

ただ、番組的に大丈夫か?

 

『本当に撮影スタッフなら我々は知らぬ存ぜぬで通しましょう。知らなかったが故の不幸な事故です。それか気づかれたあちらのミスということで処理していただき、番組に関してはこちらでフォローします』

「……ひょっとして何か準備してました?」

『“尾行してこっそり撮影したい”という要望でしたが、葉隠様の能力なら尾行に気づく可能性は高いかと思っていました。本当に危険な相手に尾行された場合、葉隠様は気づくのかという疑問もあったので、何も言わず了承しましたが』

 

ドッペルゲンガーを召喚していれば“周辺把握”と“警戒”はパッシブって知ってるからな……

それがちゃんと機能するかを確かめたかったのだろう。

 

「分かりました。ではそういうことで。また後ほど」

『よろしくお願いします。私もすぐ迎えに行きますので』

 

この後、適当に飯屋の前で立ち止まるなどして空腹を演出しつつ、見つけた交番に駆け込んだ。

 

 

……

 

…………

 

………………

 

 

深夜

 

~廃ビル(出巣吐露威鎖亞華栖(デストロイサーカス)のアジト)・中庭~

 

集まったメンバーに軍隊格闘術と八極拳の指導を行う。

個人の長所を伸ばすにも、パンチの打ち方やキックの仕方といった基本は大切だ。

 

軍隊格闘術は米軍の元大佐から学んだ技であり、八極拳には一部の套路を改変し、より簡素かつ集団で練習しやすくした“団体訓練用八極拳”が中国の軍隊でも取り入れられている。

 

習得に時間のかかる格闘技の中でも、比較的(・・・)即効性があると思われ、また集団での訓練を前提としたこの2種の格闘技をベースに指導する事にした。

 

その上で他の格闘技から向いている、あるいは必要な技法を各個人の適性に合わせて抽出。

持てる限りの話術と実演、さらに実践を通して理解してもらう。

 

……彼らの指導はまだ始まったばかりだ!

 

 

……

 

…………

 

………………

 

 

影時間

 

~タルタロス・17F~

 

「出現するシャドウのデータは覚えてるな?」

「はい!」

「ワン!」

「よし! 今日は宝石集めを中心に行う! 狩って狩って狩りまくれ!」

 

奇顔の庭・アルカに入ってから、宝石を落とすシャドウが増えた。

岳羽さんのアクセサリー作りもあるので、できるだけ量を確保しておきたい。

 

目に付くシャドウを片っ端から狩りまくった!

 

 

……

 

…………

 

………………

 

 

帰宅後

 

~自室~

 

今日の報告を兼ねて、ロイドにメッセージと“コードキャスト”に関する実験結果を送る。

 

「残念ながら俺はプログラミングしたデータでは魔術を発動できないらしい。プログラミングの練習がてら試してみたが、暖簾に腕押しだった……と。後は……そうだ」

 

“Rune maker”をアクセサリー作りにも応用できるように、デザインや設計ができるツールもつけてもらえないだろうか? 希望として出しておこう。

 

メールにまとめて送信。

さて、バイオリンを弾いて寝よう。

 

 

……

 

…………

 

………………

 

 

次の日

 

11月12日(水)

 

放課後

 

~アクセサリーショップ・Be Blue V~

 

「あらまぁ……アメジストにマラカイト、オニキスにアクアマリン。ターコイズ(トルコ石)までこんなに沢山。ウフッ、フフフ……」

「お気に召したようで何よりです。昨日の探索は17Fから40Fまで、その先は16Fと同じく壁で封鎖されていました。一度外を経由すれば登れると思いましたが、昨夜は宝石集めを優先したので」

 

3人がかりで取り組んだおかげか、昨日は宝石が山ほど。

特に集まりやすいアメジストやマラカイトはあと少しで50を超える所だった。

 

「壁のせいで本来まだ誰も侵入しないからでしょうか? ターコイズを落とす“鋼鉄のギガス”は数が少ないのですが、それでも14個も集まりました」

「そのあたりは分からないけれど、集められるだけ集めておいて欲しいわ。ところでこっちは……?」

「宝石と同じく“ファントムメイジ”というシャドウが落とした物で、“古びたランタン”というアイテムだと思われます。銀の仮面と同じような物ですね。何かに使えないでしょうか?」

 

宝石ほどではないがこれもかなり数があるので、いくつかは八十稲羽のだいだら.にも送ってみようと思っているが……オーナー的にはどうだろう?

 

「そうね……力は感じるわ。材質的には鉄が主かしら? ……魔力の伝導率は銀の仮面に及ばないけれど、強度という面ではこちらが優れているかもしれないわ。素材の一つとしては十分アリね。ただ、問題は加工よ」

「銀粘土のようには無理ですか」

「ええ……銀粘土と似ている“粉末冶金”という技術もあるにはあるけど、それはアクセサリーとは少し違うわね。鉄をアクセサリーに加工するなら相応の鍛冶か彫金の技術が必要になると思うし……それにこの前アメリカの研究チームに調べてもらったら、仮面を銀粘土にすると魔力に対する耐久性が落ちることが分かったの」

 

仮面から切り出した銀板と、銀粘土に加工して成型した板。

2種類、同じサイズの板にアンジェリーナちゃんが魔力をこめてロイドが魔力量を観測。

比較検証を行った結果、なんと銀粘土板の耐久性は元の3分の1以下だったそうだ。

 

「銀粘土に加工する段階で一度粉末にする。さらにアクセサリーを作る焼結の段階でなくなるとはいえ“結合剤”を、言ってしまえば不純物を混ぜるわけだし、最後に焼結させるとしてもその段階で内部に歪みや密度の差ができている、それによる影響があるとか……」

 

引き続き研究中らしいが、可能なら金属を直接加工した方が完成品の強度は高まる。

そう考えて良さそうだ。

 

「葉隠君がさっき話してた“だいだら.”さん? に話を聞いてみたらどうかしら。聞いた限り、金属加工は私よりも専門家みたいだし……八十稲羽といえば、貴方が知り合った魔術師さんもいるのよね?」

「霧谷君ですね」

「私もその子が送ってきた資料に目を通したけど、ルーンと科学知識を独自に組み合わせて目的の現象を引き起こすみたい。魔術の数にも驚いたわ。随分な研究家みたいね」

 

彼はオーナーから見ても評価は高いようだ。

 

「私も私で調べてみるけど、その子にも意見を聞いたらどうかしら? 私とその子では考え方も違うと思うから」

 

宝石とアクセサリーの改良について話し合った!




11/23 11日から2・3年が修学旅行という記述を削除しました。
    


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269話 畳の上の格闘技

 夜

 

 ~鴨山ジム~

 

 監督と話し合い、投げ技と寝技を重点的に教えてもらうことになった!

 

 俺は基本的に打撃中心の戦闘スタイルだが、投げと寝技の対策は必要だ。

 主義主張はとりあえず横に置いておき、素直に指導を受け、投げと寝技を学んでいく。

 

 ……寛容さが上がった気がする!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 練習後

 

 ~鴨山ジム~

 

 総合格闘技の練習が終わると、今度は百人一首。

 こちらは総合よりも練習時間が短く、教えてくださる鴨山婦人はかなりの話好き。

 おかげで百人一首に関する話や、上の句と下の句を覚えるだけで終わっていた。

 

 そして今日はとうとう実際に対決!

 

 したのだが……

 

「参りました……」

 

 結果は惨敗。

 意地で5枚はもぎ取ったが、それ以外の読まれた札は全て婦人の手の中。

 急速に婦人の陣地の札が無くなり、俺の負けが繰り返される。

 

 並べられた札の内容と位置は事前に記憶してある。

 読まれた上の句から下の句を判断して取りに行く……

 1秒もかからず俺の手は動き始めるのに、そのときには既に取られていることが多々ある。

 

「年季が違いますからねぇ。ほほほ……」

 

 確かに元日本一なら上の句や下の句を覚えていて当然だし、札の位置も並べられた時点で覚えているかもしれない。しかしそれならまだ条件は対等。こういってはあれだけど肉体的なスペックが劣っているとは思えないし、経験の差による物なのか……

 

 百人一首で鴨山婦人に勝つ。

 実はだいぶ難しい課題であることに気づいた……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 撮影後

 

 ~鴨山ジム前~

 

「お疲れ様です。葉隠様」

「お疲れ様です」

 

 撮影を終えて外に出ると、近藤さんが待っていた。

 

「昨夜の件、どうなりました?」

「尾行は失敗で、やらせがない事の証明としてそのまま使うそうです。ただそれだけでは尺が足りないので、内容を一部変更することになりました」

 

 具体的には超人プロジェクトの日本支部を紹介する事になったらしい。

 

「日本支部と言うと、あのアパートじゃないですよね」

「はい。事務所を別に用意していました。ただし社員の福利厚生も兼ねて様々な設備を導入。一部施設は一般にも開放する予定ですので、良い宣伝になりますね。近日中に撮影が入りますが、葉隠様はスタジオでVTRを見ていただきます」

「その撮影には行かなくて良いんですか?」

「プロデューサーが仰るには“詳細を知らないのなら、一緒にスタジオであれこれコメントしてもらう方が面白そうだ”との事です」

 

 なんだか含みを感じるが、そう決まったようなので仕方ない。

 

 その後は近藤さんの車で駅まで送ってもらった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 深夜

 

 ~自室~

 

 出巣吐露威鎖亞華栖(デストロイサーカス)の訓練を終え、部屋でRune Makerをいじっているとメールが届く。

 

「おっ! 仕事速いな」

 

 ロイドから、Rune Makerのアップデートについての連絡だった。

 やたら対応が速いと思ったら、また既製品を参考にしたらしい。

 早速使ってみよう。

 

「デザイン画がある程度決まっている場合は……スキャナーで画像の取り込み? ……おっ! すげぇ!」

 

 画像取り込むと自動的に、立体図が生成された!

 ……細部が少々おかしいが……

 

「自動3Dモデリングプログラム。現在開発中の試作品のため……って、Mr.コールドマンの会社で開発中の製品データ使ってるのかよ……社外秘じゃないの? こういうの……」

 

 データ収集してクオリティーが上がるならアリなのかなぁ……まぁ使うけど。

 

 マニュアルに従い、自動で作られた3Dモデルの細部を手動で修正。

 デザインが固まったところで、先ほどまで作っていた雷を防ぐ魔法円を用意。

 宝石を填め込む場所と魔法円を設置する位置を確定し、内部に加える。

 宝石の台座の形状、および使用する宝石もここで指定。

 大きめのターコイズを中心に、相性の良いオニキスと水晶を周囲に配置。

 この3種は相性が良いだけでなく、それぞれ災厄から身を守る効果が高いとされる。

 雷を防ぐという目的にも合うだろう。

 

「……こんなもんかな」

 

 3Dでイメージが固まったら、ドッペルゲンガーでサンプルを製作。

 

「……そういえばシャドウ召喚の要領でエネルギーを固められたっけ……」

 

 気と魔力とMAGを練り混ぜると、意思に従い形を変える塊ができていく。

 ちょっとコントロールが難しい、けど十分いけそうだ。

 ならこのままサンプルを作って、ドッペルゲンガーで必要な型を取ろう。

 

 こうして徐々に作業に没頭し、設計からアクセサリー製作の段階に入っていく……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス・40F~

 

 一通り探索を終えて、2つめの壁の前……

 ここは16Fにあるオーロラのような壁とはまた雰囲気が違う。

 全体を格子状の柵で阻まれ、まるで牢屋のようだ。

 中心に1本だけ金色で鍵のような柱が立っているのが気にかかる。

 殴ってみた感触は16Fの壁よりも少し頑丈そうだ。

 壁はだんだん強固になっていくのだろうか?

 

「壊して進む意外に道が無かったら大変でしたね」

「まったくだ……それより天田、コロ丸。始めるぞ」

「はい!」

「ウォン!」

 

 パラダイムシフトを発動し、ドッペルゲンガーの耐性を変更。

 雷耐性を弱点に、その分炎耐性と斬撃耐性を無効にする。

 

「来い!」

「ジオ!」

「バウッ!」

「もっと狙え! あとそんなに叫ぶと撃つタイミングが丸分かりだぞ!」

 

 飛んでくる炎と雷の魔法。それをひたすら回避する俺。

 思いつきで始めたけど、魔法の回避に専念するのも良い練習になるかもしれない……

 

 アクセサリーの試用試験を兼ねて、比較的鍛えていない魔法の練習を行った!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 13日(木)

 

 放課後

 

 ~部室・厨房~

 

 先日送られてきた過去の俺の記録と一緒に、母さんが自分の料理のレシピをノートにまとめて送ってくれていたので、部活後に山岸さんと簡単な料理を作ってみた。

 

「お塩は……これでいいよね?」

「レシピ通りだ。これで麺をゆでて……」

 

 “懐かしのナポリタン”ができた!

 

「うめぇ!」

「部活後の空きっ腹にはたまんねぇっス!」

「やさしい味というか……なんだか懐かしいような味がします」

「よかった、成功したね!」

「レシピ通りに作ったからね……」

 

 また何度か山岸さんは隠し味をぶち込もうとしたけど、何とか止めた。

 俺の母の味ということで遠慮してくれたのか、以前よりかなり楽に止められた。

 今後はこの手を使っていこうか?

 ……そうでなくても、逆に味を探求するような言葉は禁句にしよう。

 何が起きるか分からない。

 

「私たちも食べよう?」

 

 山岸さんからフォークを受け取り、自分でも1口食べてみる……

 ……若干体力の回復効果に加えて、懐かしさで心が落ち着く。

 魅了・混乱・恐怖・ヤケクソ。精神系の状態異常に効果がありそうだ!

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~鴨山ジム~

 

 総合格闘技の練習を行った!

 

 そして……

 

「あさぼらけ、あ」

「!」

 

 百人一首では相変わらず婦人が圧倒的優勢。

 繰り返し、努力して喰らいついていても一向に変化がない。

 ならば……

 

「葉隠君、しばらく手が動かないけど……ギブアップ?」

「いえ。続けてください、丹羽さん」

 

 ここは婦人の動きを良く見ることに徹する。

 俺はペルソナの能力で。婦人は長年の経験で。反応速度はほぼ互角。むしろ俺に分がある。

 こうも負ける理由が別にあるはずだ……何か俺と婦人の違いが……

 

 そして手を出さないまま、試合は終わった。

 

 が、

 

「分かった……ようやく分かりました。何で負けるか」

「何か掴んだのかい?」

 

 俺が負け続けた原因、それは技術。特に“体の動かし方”だ。

 

 正座から少し腰を上げ、前傾姿勢で床に両手を突く。

 婦人はこの姿勢から読み札が読まれるまで動かない。

 そして読まれた札に反応した瞬間に“腰から”動く。

 

 パンチも腕だけではなく肩や腰を使うが、それよりも速く……

 いや、半分座りながらの不安定な姿勢を安定させたまま、腰を切ることで手を急加速させる。

 同時に反応し、俺は手を伸ばす。ここで俺の手は目標の札に向かって加速していく。

 しかしその時既に、婦人の手は加速を終えている。

 

 トップスピードに到達するまでの速さが違うのだ。

 だから同時に、あるいは少し後れても先に婦人の手が届く。

 さらに婦人は基本であり札を払うように取る“払い手”。

 前方に手を突き出すように取る“突き手”。

 札を手で囲いこちらの手を防御しつつ取る“囲い手”。

 さらに“押さえ手”、“渡り手”、“戻り手”等、状況に応じた取り方を瞬時に判断して取りに来る。

 

 スピードと長年の経験による技術。

 それを武器に比較的手の届きにくいこちらの陣地へ、フェイントも交えながらガンガン攻め込み、それでいて自分の陣地に目的の札がある場合は確実に守り取っていく。攻撃的、かつ堅実。

 

 ……百人一首の大会は“競技かるた”と呼ばれる。

 そしてその試合は“かるた”と聞いて思い浮かべるお正月の遊びとは程遠い。

 試合は“畳の上の格闘技”とまで言われるほどに激しいと準備段階で聞いていた。

 

 正直、その時はそこまでとは思わなかったが……考えを改めよう。

 百人一首の試合。使われる体力、判断力、集中力。知恵に技術に戦術。

 

 ……これは紛れも無く、格闘技であると。

 

「もう一度、お願いします」

 

 意識を切り替えて、この日はさらに試合を重ねた。

 婦人の動きを模倣することを念頭に置いて。

 

 

 

 ……肉が多くて関節の動きが分かり辛い……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス・40F~

 

 今日は俺が過去何かの役に立つかと書き残した漫画やゲームの記憶から、使えそうな技を考えてみる。

 

 ・候補その1 “影分身の術”

 

「人型の召喚シャドウの外見をいじって、自分そっくりにしてみた」

「見た目は本当にそっくりじゃないですか!」

「見た目だけはな。戦闘能力は人型シャドウと変わらないけど」

「バウッ!」

 

 コロ丸は囮としてなら使えそうだと言いたいようだ。

 

 

 ・候補その2 “黒衣の夜想曲”

 

「……なんですか? その大きな浮かぶ人形みたいなの」

「前世で読んでた魔法使いの漫画にこういう魔法があったんだ。影の魔法で、肉弾戦が苦手な術者が身を守りながら戦うための人形、みたいな」

「それはそういう物だとして、なんでそれを?」

「いや、できそうだったから。それに背後に浮かぶのってペルソナっぽくない? 俺としてはかなり新鮮な感じなんだけど」

「先輩、いつも服かメガネにして着てますからね。初めて独立して動いてる所を見ました。で、効果は?」

「基本的に動きは体と連動してるし、戦えなくはない。ただ普通に戦ったほうが楽そう」

「意味ないじゃないですか……」

 

 天田は呆れている。

 

「別人を装うときに使えたり、しないかな?」

 

 使えそうな話も使えなさそうな話も、手当たり次第に書かれていた“おえかきちょう”。

 きっと一部は役に立つと信じている。



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270話 襲撃

 11月14日(金)

 

 夜

 

 ~鴨山ジム~

 

 体勢を崩された事を想定し、不利な体勢から寝技に持ち込まれそうな時の対処の練習。

 

 不安定ですぐ倒れそうな状態だが、無理に立ち上がろうとはしない。

 勿論元通りに立ち上がれればベストだが、試合中の相手はそれを許してくれない。

 次善の策として素早く膝立ちになり、百人一首の要領で体を安定させる。

 そして相手に抵抗。受け止め、あるいは流し、隙を見て一気に立ち上がる!

 

「っ!!」

「そうだ! 抑え込まれるな! チャンスがあれば自分から寝技に持ち込んでもいい!」

 

 百人一首の体の使い方が総合格闘技にも活かせた!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 深夜

 

 ~駅前広場はずれ~

 

「だからさ……」

「それで大丈夫なのかよ……」

「おい」

 

 ? 何かをこそこそと話し合っていた男達がいたが、俺を見て逃げるように立ち去った……

 

「追ってみるか」

 

 適当な路地で姿を消して追ってみると、どうやら彼らは例の敵対グループ。

 クレイジースタッブスのメンバーのようだ。

 会話内容は俺達を襲撃する方法。

 主に俺の対策について考えているらしい。

 どうもこいつらは下っ端らしく、リーダーが決めた作戦に不満があるらしい。

 ただそれを口にはできないので、下っ端仲間で話し合っていたようだ。

 

 しばらく話を聞いてみたところ、やはり奇襲をしてくるらしい。

 向こうは俺たちがアジトでトレーニングをしている情報を掴んでいた。

 襲撃はなんと明日。

 その作戦はざっくりしたもので、俺が鬼瓦たちの指導に行く道で俺を襲撃。

 アジトで合流できないように足止めをしておいて、別働隊が鬼瓦たちを襲撃するらしい。

 

 しかし下っ端の話を聞く限り、クレイジースタッブスにはそこまで人手が無いはず。

 ただでさえこちらより少ない戦力を分けて勝てるのか。

 おまけに誰が俺の足止めをする役割になるかも当日まで不明。

 リーダー格の人間数名が全部決定しているようで、下っ端は捨て駒にされないか不安そうだ。

 

 ……聞いていた通り、小物臭い連中だ……

 しかしこいつらの不安も納得。リーダー格のやつらは何か策があるのか?

 鬼瓦たちと相談して注意しよう。

 

 ……そうと決まれば大体の状況も聞けたし、練習に行くか。

 しかし襲撃まで早かったなー……

 付け焼刃にしても短いし、ここは罠でも仕掛けさせるか……

 

 

 

 なお、この後の練習中に向かうと、遅くなったことに文句を言われた。

 やたら積極的で技や練習方法に関する質問が次々と来るし、不良連中がやけに明るい。

 一体どうしたんだろうか……?

 

 それはそれとして、言われっぱなしは気に食わないのでクレイジースタッブスの事を話す。

 すると流石は探偵! と手のひらを返されて滅茶苦茶賞賛された。

 単純で現金な奴らだ……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス・エントランス~

 

 明日の掃除に備えて、岳羽さんに見せてもいい内容を確認した!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 11月15日(土)

 

 放課後

 

 ~校門前~

 

 部活でランニング中。

 

「1、2!」

『1、2!』

「1、2!」

『1、2!』

「でさー、あっ……」

「ん?」

 

 何だ? 中等部の帰宅部だろうか? すれ違った生徒達が慌てて顔を背けていた。

 後ろを見ると、和田と新井の表情が暗い。

 

「今の知り合いか?」

「元チームメイトっすよ」

「ああ、サッカー部の?」

「あいつら、やっぱ練習してないのか……」

「どう見ても練習中には見えませんね」

「俺も正直、帰宅部かと思った」

 

 和田と新井は悲しそうだ……

 サッカー部にまだ思うところがあるのだろう。

 あまり触れずにきたけれど、もう年末も近い。

 2人は来年、高校1年からどうするか、近いうちに話をしてみようか……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~アクセサリーショップ・Be Blue V~

 

 想定外の事件発生。

 地下室を召喚シャドウと霧谷君の掃除用魔術で片付けていたら、岳羽さんが突撃してきた。

 どうも俺がここを修行場にしていると知り、ペルソナ使いとして役立つと感づいたらしい。

 

 彼女は前に一度、知らずに手伝いを申し出て痛い目にあったそうで、自分から近づくことはこれまで無かった。だから今後もないと油断していた。今夜の襲撃のことを考えて油断していたのも悪かった。

 

 警戒が反応して接近に気づいて慌てて隠そうとするも間に合わず……

 全てばっちり見られてしまった!

 

「……なにこれ?」

「何って、掃除に決まってるだろ。修行を兼ねた」

「ありえなくない……?」

 

 現在俺達の目の前には、室内を駆け回る小人たちがいる。

 彼らは赤・青・黄と色とりどりの体色を持ち、共通して頭から植物の葉を生やしている。

 彼ら1匹1匹は小さく力も弱いが、集まり協力して荷物を運んでくれる。

 妖精風雑用処理シャドウ“ピクミン”である。

 

 モチーフはその名の通りの有名なシリーズ。

 あの“おえかきちょう”のおかげでイメージに使えるネタが一気に増えた。

 

 そして荷物が運ばれ空いた隙間に、魔術で起こした風が吹き抜ける。

 強めのそよ風と言えばいいのか、肌に触れると爽やかで心地よく感じる程度の風力。

 荷物に積もる埃は絡め取られ、床の塵やビニールの切れ端と共に一箇所へ集まっていく。

 

 空気が美味しく感じるのは、風に混ぜられた弱い雷。

 即ち静電気により空気中に漂う微細な塵埃まで回収されているからだろうか?

 味の変化は流石に気のせいか。

 

「オ~ナ~、なんなんですかこの状況~……」

「葉隠君とその“使い魔”がお掃除をしてくれている状況、かしらね?」

「意味が分かりませんって~!」

 

 半泣きで同じ事を何度も聞く岳羽さん。

 追ってきたオーナーの懐に顔を埋める。

 いい加減に邪魔なんだけど……あ、これ違った。

 

「オーナー、岳羽さん憑かれてました。そっちのせいかと」

「あらほんと。ただ驚いてただけじゃなかったのね。ごめんなさい」

 

 人形の姿の小さな霊をオーナーが追い払う。

 あれが憑いたままじゃ混乱が収まるわけも無い。

 俺の方に許可を求める感じの視線を送ってきたので断固NOの意思を持って見つめ返す。

 

「あ……」

 

 しぶしぶ霊が離れていくと、岳羽さんは正気に戻ったようだ。

 

「大丈夫か?」

「なんとか……落ち着い、てはいないかもだけど、何を話してるかは聞こえてた。……はぁ……マジ、滅茶苦茶じゃん。綺麗になってくけど」

「とりあえず今日のところは帰れ。ここでのことは他言無用な?」

「わかった、そうする……」

 

 疲れた様子で帰っていく岳羽さんに、付き添うオーナー。

 混乱して素直に帰ったが、落ち着いたらどうなることか。

 魔術はまだしも、召喚シャドウまで見せるつもりは無かったんだけどな……

 戦闘用の人型でなかったのがせめてもの救いか。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~鴨山ジム~

 

「監督。少し時間いただけますか?」

「お? ああ、ちょっと待て。葉隠君!」

「はい!」

「ちょっと他の連中を見てくるから。それ終わっても戻ってこなかったら、少し一人で自由に練習しといて。もう時間も時間だし、軽く流す感じで」

「分かりました!」

 

 離れていく鴨山監督を見送りつつ、与えられたサーキットトレーニングを黙々と行い、終了。

 監督はまだ戻ってこないので、自主練に移る。

 

「軽く流す感じでと言われたし……」

 

 空いていた鏡張りの壁の前へ移動し、パンチのフォームチェック……否、改良を行う。

 

 まずは内家拳で学んだ站樁(たんとう)の体勢。

 立禅……立ったまま、瞑想の要領で心を落ち着ける。

 そして思い浮かべるのは、シンプルな突きの動作と鴨山婦人の腰の切り方。

 この2つを合わせて、より速く力強い一撃を打てるようにしたい。

 

 そのために、反復練習だ。

 

 站樁(たんとう)から構え、打つ。

 イメージと体の動きに齟齬を確認。

 站樁(たんとう)に戻り、落ち着いて問題点を明確にし、再度構えて打つ。

 今度はイメージ通り。ただし、まだ足りない。まだ腰の切り方が甘い。

 結果から問題点を見つけ出し、修正して放つ。

 その結果からさらに改善を繰り返す。

 

 站樁(たんとう)、構え、打つ。

 站樁(たんとう)、構え、打つ。

 站樁(たんとう)、構え、打つ。

 站樁(たんとう)、構え、打つ。

 站樁(たんとう)、構え、打つ。

 站樁(たんとう)、構え、打つ。

 站樁(たんとう)、構え、打つ。

 站樁(たんとう)、構え、打つ。

 

 ……まるでハンター×ハンターのネテロ会長の修行のようだ。

 

 流石にあれほどではないが、継続すれば継続するほど拳は確実に鋭さを増していく。

 站樁(たんとう)から構えへの移行も速やかになる。

 ……いや、それ以前に站樁(たんとう)の立ち方を通常の構えに応用できるのでは?

 

 やってみよう。これも改善の一環だ。

 

 猫足立ちのまま站樁(たんとう)を行う時のように、体内の気を観察。

 呼吸を整え、重心を安定させる。下半身に力を入れ、上半身から無駄な力を抜く。

 ……いける。構えのまま、站樁(たんとう)を行い心を落ち着け……!!

 

「……今のだ」

 

 脱力状態から完璧なフォームで放たれた拳の速さは、それまでとは一線を画していた。

 体の動きが音、ではなく体内の気の流れを置き去りにしていたため威力は低いだろう。

 しかしながら、打った自分でも驚くほどの驚異的な速度。

 

 あとは気と体の動きを統一すれば……

 

 興奮を抑えて猫足立ち。そして心を落ち着けて打つ。

 祈りはしない。ただ冷静に、構えて、打つ。

 改善のみを頭に、構えて、打つ。

 

「葉隠君」

 

 ひたすらに突きを続けていると、鴨山監督の声が聞こえた。

 いつの間にか戻ってきていたらしい。

 

「はい、監督」

「随分と集中してたな。軽くと言ったのに」

「あ……」

「今日は来たときからそうだが、何かあったのか?」

「? いえ、特には。何か変でしたか?」

 

 いつもと違う事に心当たりはないが。

 

「なんとなく試合前の選手みたいな集中の仕方をしていた気がしたんだが……気のせいならいいんだ。それより今日はこれで終了! やる気は買うけどオーバーワークは厳禁だ!」

 

 練習が強制終了された!

 

 監督の言葉……この後の事を無意識に気にしてたかな……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 深夜

 

 ~路地裏~

 

 暗く人気の無い道で足を止める。

 どうやら情報通り、来たようだ。

 

「用があるなら出てきなよ」

 

 声をかけて数秒。

 待ち構えていた男たちは一部が動揺したように顔を見合わせた。

 しかし、

 

「気づかれるとはねぇ……ん~、予定が狂った。気持ちが悪い」

「中々カンがいいじゃないか。思ったよりも楽しめそうだ」

 

 前後の集団から1人ずつ男が出てきた。

 前にはプロレスラーのようなタンクトップのガチムチ野郎。

 後ろには緩めのTシャツ、ズボンに無精ひげのやる気なさげな男。

 

 ……どちらも思ったより強そうだ。

 やる気なさげな方もそれなりに体は鍛えているし、本格的なアタックナイフを所持。

 何よりこれまでの不良とは雰囲気が違う。

 

「君たち、どちらさま?」

「わからないのかい?」

「今のタイミングだと出巣吐露威鎖亞華栖(デストロイサーカス)を狙ってるクレイジースタッブスかと思ったんだけど……どうも聞いてた話とは別人みたいだからね」

 

 そう言うとガチムチ野郎が大声で笑う。

 

「良く分かってるな、お前。あんな連中と一緒にされてたらマジギレしてたぜ」

「んじゃまぁ自己紹介からって事で……俺らは“金流会”だよ」

「……えっ、それだけ?」

「は? ……もしかして金流会を知らない感じ? うわメンドクセェ……この辺で金流会っつったら大抵話は終わりだっつーのに。お前モグリかよ」

「申し訳ないんだけど、この辺の不良の力関係にはあまり興味なくてね」

「マジか……任した」

 

 やる気の無い男は説明をガチムチ野郎に投げたようだ。

 

「金流会はこの辺で1番デカイチームさ。メンバーの数も、1人1人の強さも、そこらのチームとは質が違うぜ」

「何でそんなチームがここに? クレイジースタッブスと手を組んだのか?」

 

 こいつらの他に集団はいない。

 タイミング的に別働隊ってのはこいつらで間違いないだろう。

 

「ちょっと違うな。俺らは連中に雇われたのさ。金流会は“金と暴力”が方針だ。多少のいざこざなら迷惑料を払えば許してやるし、今回みたいに力を貸してやったりもする」

「傭兵というか、ヤクザっぽいな」

 

 思った通りの事を口にすると、またガチムチ野郎は大笑い。

 

「言いたい事はわかるぜ。俺も同感だしな。だからお前に恨みはない。だけど金をもらってる以上はお前を叩き潰さなきゃならない」

「なるほどね。理解した」

 

 すると、

 

「おい待て待て! な~に戦うしかない! みたいな空気になってんだよお前ら!」

「……ん? 戦わなくてもいいのか?」

「ああ、別に絶対じゃないぜ。今回の依頼はお前の足止めだからな。依頼主から連絡が来るまでここから動かないでくれれば、別に喧嘩しなくても構わない。俺は別にどっちでもいいけどな」

「いまそいつが言った通りだ。むしろ俺は喧嘩なんてしたくない。せっかく、ただ駄弁ってるだけでも金が入る依頼なんだからな!」

「ああ、そうなんだ……」

 

 どうやら、こいつらは本当に金のためにここにいるらしい。

 

「随分人手を集めたみたいだけど、儲かるの? 出てきてないけど、ざっと40人。前と後ろに20人ずつ分かれてる」

「は……? お前なんで知ってんの?」

 

 やる気の無い男も部下の数を言い当てられて流石に驚いたようだ。

 まさか特殊能力で把握してるとは思うまい。

 

「今は集まったみたいだけど、さっきまでは数人ずつ、この辺の路地の曲がり角付近に散らばってたよね? 俺がいつも通るここ以外を通った時に見失わないためかな」

「マジでバレてやがる。何だこいつ。おい、出て来い!」

 

 素早く曲がり角から沸いてくる男達。

 2人に比べれば雑兵。だけどそこらの不良よりは強そうだ。

 

「ネタばらしをすると、俺昼間は仕事で探偵やってるんだ。そのせいか人の気配とかには敏感でね……さらに暴露すると、クレイジースタッブスの襲撃が今日で俺に足止めが来るのは事前に調べて知ってた。流石に別のチームがこんな数で来るとは思わなかったけど、来ると分かってれば警戒もするよ?」

 

 さも当然のように。軽く挑発的に言い放った俺。

 それに対する彼らの返答は……

 

「ぶはっ!?」

 

 耐え切れなくなったように噴き出した、ガチムチ野郎3度目の爆笑だった。



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271話 忘れた頃に現れる

「ヒィー……ヒィー……」

「笑いすぎだろ。何がそこまで面白いんだ?」

「笑えるだろ! だってお前最初から知ってたんだろ? ってことは出巣吐露威鎖亞華栖(デストロイサーカス)の連中も?」

「当然知ってるよ。クレイジースタッブスの連中は自分らの評価を知ってて、アジト襲撃なんて大胆な行動すると思ってないだろうから逆に狙うんだってね。申し訳ないけど完全戦闘態勢で待ち構えてるはず。ついでに多少の罠も用意して」

「ぶはっ! ……あいつらさ、全然気づいてなかったぜ? 俺らと打ち合わせして別れる前に、俺らがお前さえ抑えとけば確実につぶして来るって……うはははは! 金で力貸してもらってる分際でカッコつけやがってさ、ダセェ奴らだと思ってたんだ。それが作戦バレてて罠張られてるって、これで笑わずにいられるかよ!?」

 

 あー……相当大口叩いてたのかな?

 客観的に見るとちょっとコントっぽくなるかも?

 

「話を戻すが、儲かるのか? こんなに集めて」

「こいつらの一部は分け前なしでもいいからお前と戦いたいって、自分から志願した連中だ」

「なるほどね。よく見たら地下闘技場で見た覚えのある奴が混ざってるな。金流会のメンバーだったのか」

「はっ! お前何も知らないんだな!」

「あの闘技場を開いてるのが金流会なんだよ!」

「まぁ運営は傘下のグループがやってるけどな!」

「あー、そうなんだ」

 

 飛んできた野次で理解した。

 前にあそこで騒ぎを起こすと面倒だとか言われたけど、ここらで1番でかいチームに目をつけられるって意味だったんだ。それもヤクザみたいなチームだしな……

 

「納得したけど、それじゃ結局戦うしかなくない?」

 

 元からやる気がないのに、これまでのやり取りでさらにやる気を失った様子の男に聞いてみると。

 

「俺たちの仲間になれ」

「……は?」

「うちのカシラからスカウトして来いって言われてんだよ。お前、闘技場で散々暴れただろ? あそこは金流会に入る資格がある奴を見つける場所でもあるんだよ」

「なるほど」

 

 自分の所のメンバーが何人もいる闘技場で金を稼いで、勝ち抜ける実力者がいたら引き抜きを行う。こいつらはそれで戦力を増強してきたってわけか。

 

「そっちにもメリットはあるぜ? ここで無事に帰れるのは勿論、こういう仕事の他にもクラブや盛り場の用心棒とか色々仕事あってさ、うちのメンバーなら面接なしで即採用。楽に稼げるぜ」

「ますますヤクザっぽいな……だけどまぁ、確かに普通に不良をやっていくよりは楽だしメリットも多そうだ。ましてや今は見ての通り、これだけの数に囲まれた状況だ」

「そうだろ? 分かってくれたか」

「ああ、理解した。……だが断る」

 

 その瞬間。やる気なさげな男の笑顔が固まり、周囲が殺気立つ。

 

「……本気か? 金流会は」

「君たちは大きな思い違いをしている。1つ、俺はこの辺の不良の力関係に興味が無いし、この辺で偉ぶろうとも思わない。2つ、金にも困っていない。儲かるに越したことはないが、仕事は別にあるしね……だから金流会に入るメリットはほぼ無いに近い」

「断ったらどうなるか……分かってんだろ?」

「……3つ、俺が闘技場に行った目的は小遣い稼ぎと強い奴との試合を求めて。……さてここで質問です。強い奴と戦うには、金流会に入って仕事を貰う。今この場で喧嘩を売る。どっちが早いかな?」

 

 なんなんだろうか……やけに気分が高揚してきた。

 考えるよりも速く、煽りが込められた言葉が次々と口を出ていた。

 魔術で肉体の強化まで済ませると、なぜか集まった男たちの腰が引けている。

 

 魔術に気づいた?

 これだけ人がいれば1人くらい魔力を感じる奴がいるかもしれない。

 しかし、どうやら全体的に俺を警戒しているっぽい。

 

「噂で少しは聞いてたけどさ、マジの喧嘩馬鹿かよ……お前らビビるな! この人数で本気で笑えるわけねぇ! ハッタリだ!」

 

 苛立ちを隠さずに叫びながら、男はナイフを抜いた。

 そして俺も言われて気づく。

 どうやら俺は笑っていたようだ。

 

「ふふふ……」

「もう囲んだ! あとは潰すだけだ! いくぞ!」

 

 先に動いたのは進行方向にいたガチムチ男。

 部下を引き連れて一気に距離を詰めてくる。

 やる気なさげな男と話していたため、背後から襲われた状態になるが……

 

「ハハッ!」

「なにぃっ!?」

 

 周辺把握のある俺には行動が丸分かり。

 振り返りもせずパンチを避けて、そのまま路地の壁へ飛び上がった。

 適当な凹凸を引っつかみ、壁を蹴り、反対側の壁へ飛び移るを繰り返す。

 

 魔術によって上がった身体能力を本能的に活用。

 道を封鎖していた不良の頭上を飛び越えるのはほんの一瞬だった。

 

「追えっ! 逃がすな!」

「はい! っ!?」

 

 俺を追えと指示を受けた男たちが追おうとするが、その足が止まった。

 

「何してんだ! 追え!」

「い、いえ……追うも何も、逃げないんで……」

 

 男たちは俺の行動を見て戸惑っている。

 

「なんだ、逃げないのか」

「逃げるのは簡単だけど、出巣吐露威鎖亞華栖(デストロイサーカス)の方に行かれると困るんだ」

 

 クレイジースタッブスだけなら準備があるから何とかなるだろうし、あいつらにもプライドがあるっぽい。向こうは鬼瓦たちに自分の力で何とかさせるとしても、こいつらは俺が受け持つべきだろう。

 

「君たちも向こうへの協力は依頼されてないみたいだし、こっちはこっちでやろう。ついてきなよ」

 

 戸惑う男たちを眺めながら、感じるのは謎の高揚感。

 どこかで感じた覚えがあるが、どこでかが思い出せない。

 少し不思議に思いはしたが、まあいいか、と暗い路地へ飛び込む……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~路地裏・広場~

 

「ここらでいいかな」

 

 いつだったかな?

 不良だったころの和田と新井たちに案内され、親父と喧嘩した広場に到着。

 路地と違って広さがあるので戦いやすい。

 ゾロゾロとついてきた金流会のメンバーも散会し、改めて俺を取り囲む。

 

「始めようか? そっちの好きなタイミングでいいよ」

「舐めやがって!」

 

 囲いの中から1人が鉄パイプを振り上げた。 が、遅い。

 振り下ろす前に無防備なわき腹へ蹴り込む。

 

「っ!?」

「一人で行くな! まとまってかかれ!」

 

 たまらず地面を転がる男を見た誰かが叫んだ。

 

「うぉおおおお!」

「死ねぇ!」

 

 背後から掴みかかる1人を八極の肘で倒し、突き出されたナイフには八卦掌の円運動で対応。

 襲い掛かるタイミングを見計らっていた数人はこちらから急襲。

 縦横無尽に腕を振り、遠心力も加えた劈掛掌の一撃はその体を大きくのけぞらせた。

 倒されていく仲間を見て、動けなくなったやつらは狙い目だ。

 翻子拳の連続攻撃で反撃を許さず潰して行く。

 

 さらに太極拳、形意拳、カポエイラ、空手、軍隊格闘術、鉄パイプを奪って槍等々……

 これまで学んできた技術を最大限に発揮する。

 

「この、野郎!」

「まだ動けるか! いいぞ!」

 

 自分でも話していたが、こいつらは不良にしては強い。

 喧嘩慣れしている奴もいれば、ちゃんと格闘技を習っていそうなのまで様々だ。

 すぐに終わらない。一度倒したのに起き上がってきた奴がいる。

 

「でらぁっ!?」

 

 頭スレスレを角材が通り、ぞっとする様な風が頬を撫でる。

 ……やけくそ気味だが、今の一振りは良い。

 当たっていれば綺麗に頭を割られていただろう。

 おっと、今のナイフも払い落とさなきゃ腹に刺さってた。

 

 躊躇なく振るわれる拳や武器の数々。

 油断して受ければ一撃で形勢逆転、それどころか命を奪われるかもしれない。

 恐ろしい。避けるべき。逃げたい。安全なところへ。

 そう考えてしかるべき状況……にもかかわらず、

 

「楽しい……楽しいなぁ……」

 

 そう、楽しいんだ。

 うわ言のように、口から漏れるほどに。

 抗いがたい幸せが心の奥からあふれてくる。

 

 今まさに命の危機に瀕していると言ってもいいのに、おかしいな?

 

 でも楽しさの原因はこの攻防だ。

 怪我を考慮しない攻撃を防ぐ。襲ってきた敵を倒す。その度に感じる快感。

 襲ってくる相手に敵意はなく、むしろ感謝すら感じるのはなぜだろうか?

 

「このっ! さっさと死ねよ!」

 

 その一言で直感する。

 

 相手の攻撃を防げた、つまりその攻撃で死んでいない。

 襲ってきた相手を倒した。襲ってくる相手がいなくなる。

 それはつまり、生き延びたということ。

 時間にして一瞬、たった一回の攻防であっても、間違いなく生き延びたんだ。

 そして今も戦い続けている俺は? 生きている。

 

 ……生きている!

 

「ハハッ!」

 

 “生の実感”

 

 本能的に感じていたそれを理性で理解した瞬間、一際大きな喜びを感じた。

 そうだ! 生きている。俺は生きている!

 

「楽しいなぁ!」

 

 もっとだ、もっと楽しもう。

 早く来い、俺はまだ生きている。

 

 ……? 攻撃が減ってきた。

 

「どうした!? もう終わりか!?」

 

 もっとだ、もっと……

 

「もっと来い! 俺はまだ生きてるぞ! もっと、もっと、もっと、モット!」

「ヒィッ!?」

「なんだよこいつ!?」

「ガチでマジのキチガイじゃねぇか!?」

「こ、こんな奴とやってられるか!」

 

 逃げ出そうとした男を認識した瞬間。体がそいつを追った。

 終わってしまう。もう終わり。それは嫌だ! と心が叫ぶ。

 

「ドウシテだ……俺もお前も、まだ動けるのニ……」

「た、助けてくれ! 金が欲しかったんだ! でももういらねぇ! っ、そ、そうだ、金を払う! 今の有り金全部! だから見逃してくれ!」

「金は、必要なイ」

「なら何か別のものでも良い! 時間をくれたらできるだけ用意するから! 欲しいものはないのかよ!?」

「……」

 

 その言葉はやけに心に響いて、自然と口が開いていく。

 

「ある……」

「! なんだ!? 何がほしい!?」

「……イノチ、がホシイ……」

「はぇ?」

 

 シニタクナイ。

 イキテイタイ。

 ダカラ……命が欲しい。

 

 男の首へそっと手が伸びる。

 

 ……待て、俺は今ナニをしてる?

 何を、しようとしている?

 

「……」

 

 そう思った瞬間、先ほどまでの興奮が夢ように消え去った。

 男の首に添えられた手を呆然と見ている事に気づき、そっと引き戻す。

 静かに凪いだ心とは対照的に、その手はまるで痙攣したかのように震えていた。

 

 俺は……

 

「そこまでになさい」

「!」

 

 場違いな声を聞き、全ての注意が声の聞こえた方へ向かう。

 

「タ、カヤ……」

「お久しぶりですね。まだ理性は残っていたようで何よりです」

「しばらく会わんうちに、随分おかしくなっとるなぁ」

「……最後に会った時から、少し変な感じはしてた……」

 

 まるで忽然とそこに現れたかのように、ストレガの3人が立っていた。




おや? 影虎の様子が……

ストレガが現れた!


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272話 暴発

 突然の乱入者に驚いたのは俺だけではなかった。

 今となっては見る影もないが、あのやる気のない態度の男がストレガに声をかけようとしていた。

 

「貴方、金流会の人ですね? 今のうちに帰りなさい。この男は貴方たちがいくら集まろうと、敵う相手ではありませんから」

 

 タカヤの率直な言葉に男は眉をひそめるが、戦意はないらしい。

 

「お前らの仲間か?」

「仲間ではありませんが、無関係でもありませんね」

「ワイらは別にこいつの肩を持つつもりは無い。せやけどこのまま続けたらお前ら、無駄死にするで?」

「チッ、おい! 引くぞ!」

 

 男が撤退を指示すると、我先にと走り去る。

 広場には俺とストレガ、あとは気絶して動かない奴らが残っている。

 

「……仲間、置いていくのか」

「ほとんど金だけの関係でつながっとる連中やからな」

「普段は結束が強いけど、本当にいざという時には脆弱ですぐ切れる関係よ」

「自分の命の危機には仲間も金も関係ない、ということですね。……貴方が散々脅かすからですよ? 尤も脅かすつもりは無かったのでしょうが……大丈夫ですか?」

「ああ、今はもう、大丈夫だ。……正直、止めてくれて助かった」

「……嘘。貴方はタカヤが声をかける前に止まってた」

「確かにそうだが、連中を帰らせてくれた」

 

 最後の最後……正気に戻らなかったら、俺はきっとあの時目の前にいた男を殺していた。

 正気に戻ったものの、間髪いれずに戦いたくはない。今はそう思う。

 

「にしても、さっきのは何や? だいぶおかしな事になっとったように見えたで」

「……戦闘中にやたらと戦意が高揚して、一時正気を失っていたよ」

「暴走ですか?」

「意図した事ではないが……」

 

 急激に訪れる疲労感。この感覚には覚えがある。

 前回よりはだいぶマシだけど、これは間違いない。

 

「精神が高揚し、理性が薄れる代わりに身体能力を爆発的に引き上げる……そういう能力を手に入れていたんだ。だいぶ前に。それが暴発したような感じだ。

 ペルソナそのものが暴走して制御不能になったと言うより、高揚感に流されたという方が正確な気がする。最後は少しおかしな方向に行ったが……」

 

 ……思い返せばここ最近、夜の活動は調子が良いというか、高揚感があった。

 嬉々として連中のトレーニングを始めたり……あれもこの兆候だったのだろうか?

 

「だそうですが、チドリ」

「……たぶん、この人の言う通り。暴走にしては収まるのが早すぎるし、今はすごく安定してる」

「安定? さっきのアレで、ホンマか?」

「本当」

「なんとまぁ、あなたのペルソナは本当に癖が強いのですね」

「俺も困ってるよ……まさか勝手に発動するとは」

 

 夏休みに習得したベルセルクモード。

 自分の意思で発動するほかに何か条件でもあるのか?

 戦闘中に興奮しすぎると勝手に発動するとか。

 戦闘中にそこまで興奮することって無い気がするが……

 いや、そう思ってるだけで心の奥では戦いを楽しむようになった?

 ……昔と比べたらだいぶ強くなって、余裕も出たしな……

 暴走はもちろんだが、そこも少し反省すべきだろうか?

 後で先生達にも連絡しておこう。

 

「最近調子が良かったので、調子に乗りすぎたのかもしれないな」

 

 俺がそう言うと、タカヤが疑問を呈す。

 

「調子が良かった。それは本当ですか?」

「? ああ、順調に力をつけているつもりだが」

「ふむ……私は最後、押しとどまる直前の様子に焦りを感じましたが?」

「焦り?」

「……貴方、もうあまり時間が残されていないのでは?」

 

 その一言が強く、鋭く胸を抉った。

 考えたくない、目を背けていた事実を目の前に突きつけられたようで、言葉が出なかった。

 ……確かに俺は強くなった。シャドウ相手にはまだ余裕があるし、真田にも勝った。

 しかし、最大の目的である原作後まで生き残る道はいまだ曖昧。

 糸口になりそうな物はいくつかあるが、どれも確実な形にはなっていない……

 

 理性を失って出たあの一言……それが本心だったのか?

 ただ勢いに流されただけではないのか……分からない。

 

「私としてはどちらでも構いませんが、1つだけ言っておきます。やぶれかぶれになるのはおよしなさい。貴方が何を考え何をしようと自由ですが、自暴自棄ではろくな事にはなりません。貴方も我々と同じ力を持ち、影時間を生きる事を許された人間なのですから」

「……ああ、覚えておくよ」

「そうですか。では、我々はこれで」

「ちょっと待った。そういえば君たちは何故ここに?」

「……仕事。そこで寝てる人を痛めつけること。この人たちも相当他人の恨みを買ってるから」

「依頼人がそいつに袋叩きにされたらしくてな。影時間に襲うつもりで追っとったんや。先にアンタにやられてもうたけど、依頼人には状況を伝えれば納得するやろ」

「前金は既にいただいていますし、空いた時間でもう1つ依頼を片付けられそうです。フフッ、今日はお手伝いありがとうございました」

 

 タカヤは俺にそんな意図がないのを知っているだろうに、ニヤリと笑って身を翻す。

 そんなタカヤの後を追い、他の2人も去っていく……!!

 

 この痛み……ストレガ相手にもコミュが!?

 

「……」

「どないした? チドリ」

「今の、何? 貴方からペルソナと似たようで違う力を感じた」

「ほう?」

 

 コミュか? それとも封印か? どちらにしても分かるのなら。

 

「呪いの様なもの、と言っておこうか。少々事情が複雑で、上手く説明できないが」

「貴方は本当に、難儀で変わった人だ。すこし詳しく「待って」チドリ?」

「どないした?」

 

 急に彼女の表情が険しくなった。

 

「よく分からない、けど……これ、あまり良いものじゃない……感じたくない……」

 

 能力で探られている? どうやら俺から何かいやな物を感じるようだ。

 だがそれよりも。

 

「やめろ。感じたくないなら無理をするな、俺も何が起こるか分からないし、責任も取れないぞ!」

「そこまでです、チドリ。無闇に藪をつついて蛇を出したくはありません」

「……分かった」

「今日のところは帰ります。いきますよ、ジン」

 

 タカヤは改めて、2人と共に立ち去る。

 その背中を、俺は黙って見送った……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~出巣吐露威鎖亞華栖(デストロイサーカス)のアジト~

 

 疲れた体でアジトへ向かうと、既に争いは終わっているようだ。

 静まり返った建物の外に、出巣吐露威鎖亞華栖(デストロイサーカス)のメンバーが立って見張りをしているところを見ると、勝ったのだろう。

 

 挨拶をして鬼瓦の居場所を聞くと、中庭にいるらしいのでそちらへ向かう。

 

 すると、

 

「結構いるな」

 

 中庭の中心部に、見覚えの無い男たちが修学旅行生のように座らされている。

 出巣吐露威鎖亞華栖(デストロイサーカス)のメンバーはそれを取り囲んでいて、立場の違いが明白だ。

 

「! ヒソカ!」

「鬼瓦、無事に勝ったっぽいな。怪我人は?」

「ほとんどいねぇよ。それも擦り傷とかちょっとしたもんだ。連中を誘い込んで網を被せたのが滅茶苦茶効いたからな」

「そうか、そいつは良かった」

「それより無事だったのか? 今ちょうどあいつらを締め上げてた所なんだが……」

 

 無事、おそらく金流会の話だろう。

 見れば俺に気づいたクレイジースタッブスと思わしき連中が目を見開いている。

 

「金流会の連中なら倒してきた」

『倒したァ!?』

「自分の足で来た以上、そうだろうとは思ったが……」

「確かに強めではあったけど、苦戦するほどでもなかったぞ」

「馬鹿言うんじゃねぇ! あいつらの中には元プロや格闘技の有段者、それに勝てるくらい喧嘩慣れした連中がいるんだぞ!? 雇うために俺らがいくら払ったと思ってやがる!」

「うっせぇぞコラァ!」

「誰が喋っていいっつった!」

「テメェの力で喧嘩一つできねぇ臆病モンが!」

 

 叫んだ男に荒々しく罵声と蹴りが飛び、男は黙り込んだ。

 

「で、これからどうするの?」

 

 鬼瓦に聞いてみると、

 

「アンタを助けにいく必要もなくなったし、俺らもある程度話はついたよ。こっちに被害はねぇし、二度と舐めたマネしないようにヤキ入れてやった。あとはアンタ次第だ」

「俺次第?」

「金流会をけしかけられたんだろ?」

「それはさっきも言った通り、大した事無かったから。……つか半端に強い分やりすぎた」

「やりすぎた、って何したんだよ」

「やった事は普通に殴り合いだよ。ただ相手が40人くらいで、武器持ってて、ちょっと興奮して暴れまくって……知り合いに止められたら、動けた奴は全員逃げた。……失禁してたやつも何人か」

「マジで何やってんだよ!?」

「なんて事してくれたんだ!?」

「金流会の恨みがこっちに向いたらどうすんだよ!?」

 

 鬼瓦に続いて依頼人の男たちが叫び始めたが、今度は誰も手を出さない。

 むしろかわいそうな相手を見る目で見ていた。

 

「あいつら、依頼人にも手を出すのか?」

「無い、とは言えないな。そこまでやられる原因を作ったと言えばそうだし、組織は関係なく個人で誰かくるかもしれねぇし。金を稼いでヤクザ気取ってるが、所詮俺らと同じ不良だ。力がある分、気に入らなければ手を出す可能性はある」

「ふーん……ん? それ、俺や出巣吐露威鎖亞華栖(デストロイサーカス)はどうなる? 報復の対象になるのか?」

「……面倒な事してくれやがったな。本当に」

 

 出巣吐露威鎖亞華栖(デストロイサーカス)の怒りが再燃したようだ。

 

「止めろ止めろ。もう叩き帰した後なんだ、いまさらそいつら痛めつけたって、何も変わらないだろ」

「確かに。だがどうする?」

「んー……まだ連中が報復に来ると決まったわけでもないしな……」

 

 クレイジースタッブスは既に鬼瓦たちにやられてボコボコ。

 さらに金流会の話で精神的にも打ちのめされたらしい。

 既にお通夜のような雰囲気が漂っている……

 

 そうだ、こういうのはどうだろうか?

 

「……鬼瓦、こいつらも俺の下についた、ってことにしないか?」

『ハァ!?』

 

 周囲から驚きの声が上がるが、双方にとってその方が得にならないだろうか?

 もし金流会に狙われた場合、戦力は少しでも多い方がいい。

 足止め部隊を散々な目に合わせた俺を警戒して手を引くならそれはそれで構わない。

 

「言いたい事は分かるが、こいつら仲間にしろってのか? あと、戦ってみたら予想以上にアレだったぞ……こんな腑抜け共が役に立つのか?」

「別に皆仲良くしろとは言わないよ。基本別々のチームで、お互いを傷つけない事、金流会に対しては協力する形にすればいい。実力に関しては、まとめて鍛えてやればいい。

 ……というか、今日は俺も流石に疲れたから、さっさと話まとめて帰りたい」

「おい! ……だが実際、他の選択肢は無いも同然か。俺らもアンタの名前に守られてる立場だしな……分かった。そうしよう」

「ちょっと待てよ! 何勝手に」

「アァン!? テメェらに拒否権があると思ってんのか!?」

「まだ仕置きが足りねぇみたいだな!」

 

 反抗の声を上げた男が睨まれ、押さえ込まれる。

 

「あいつらはこっちで話しつけといてやるよ。アンタはもう帰って休め」

「自分で言っといてなんだが、いいのか?」

「構わねぇよ。喧嘩の後始末なんて日常茶飯事だ。それに金流会のことを考えると、アンタの体調を万全にしてもらったほうがよっぽど助かる。……ちと情けないが、頼りにしてるぜ。これからも頼む」

 

 不良グループ同士の抗争が終結した……

 鬼瓦を始めとした出巣吐露威鎖亞華栖(デストロイサーカス)のメンバーから、素直でない信頼を感じる……

 

「!!」

 

 体が痛んだ。どうやらまた絆が深まったようだ。

 後のことは任せろと言う鬼瓦に任せ、アジトを後にした……

 今日はタルタロス探索も控えよう……あ、報告だけはしておかないと……



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273話 江戸川の意見

 翌日

 

 11月16日(日)

 

 朝

 

 ~保健室~

 

 休日だけど昨夜の報告の返事を聞くため、そして疲労が抜けなかったので保健室を訪れると、

 

「待ってましたよ、影虎君」

 

 怪しい薬を持った江戸川先生が待ち構えていた。

 

「おはようございます。今日の薬はそれですか?」

「これともう一つ、こちらの錠剤も飲んでください。ささ、まずはぐっと」

 

 進められるがままに薬を飲む。

 ……今日の薬は臭みが強い。

 

「漢方ですか? 生薬系の風味がしますね」

「自然治癒力を高め疲労回復を後押しする生薬を栄養剤に配合しました。成分が吸収されればじわじわと効いてくるはずです。その間に昨夜のお話を」

 

 先生はまず、昨日の状況を確認することから始めた。

 

「また大変でしたねぇ……それで、影虎君としてはそのタカヤという人の言葉が気になっている、と」

「言われた時に否定できず、いまだに答えが出ません」

 

 最近は調子が良い、色々と順調だと思っていた。

 その裏に焦りがあり、それが昨夜の原因なのか。

 

「ふむ……影虎君。実は私、昨夜報告を受けてから近藤さんと話をしたのです」

 

 唐突に何の話だろうと思っていると、先生方には関係しているかもしれない出来事に心当たりがあったようだ。

 

「あれは翻子拳の練習と撮影が終わった日のことでしたね。君は真田君との試合に勝って、心の内を私たちに明かしてくれました」

「……あの虚無感の事ですか?」

 

 うなずく先生。

 さらに話を聞くと、先生方はそれを“ 燃え尽き症候群”の兆候かと考えて密かに注目していたようだ。

 

 しかし、

 

「俺は別に、確かにあの時は不完全燃焼な感じはしました。だけどそれからやる気がなくなったとかそういうことは」

「はい、それはちゃんと見ています。影虎君は常に新しい目標やできることを探し、様々な事から学びとれる事を見つけては自分の物にしてきました。直近では百人一首を格闘技に応用しているとか。君は確かに努力を続けています。それは間違いない」

 

 そう先生は認めた上で、

 

「考えてみると、君は努力あるいは模索を“止めた事がない”のです。少なくとも私が君と出会ってからは魔術の習得に格闘技の練習……それらは夏休み、銃で撃たれて間もない時でも継続していました。状況的にその必要があったことも認めますが、君はそれからも、日本に戻ってきてからもひたすらに力をつけようとしています」

 

 それは当然、と言いかけてハッとする。

 

 何故当然なのか。

 時間が無いからで、その必要があるから。

 その答えはタカヤの言った焦りに通じる。

 

「人の心とは複雑怪奇なもの。ましてや見たくないものを見つめると言うのは難しいこと……君の中に焦りがあったということは、私も否定できません。

 しかし、君の心は君の物。他人の言葉がその全てを示しているわけではありません。君が言っていた順調。調子よく力をつけている、というのは我々から見てもその通りで、紛れもない事実です。そこを疑う必要はありません。

 昨夜の君たちの意見は、どちらかが間違い、と言うものではなく。両方正しかった、と言える事だと思います」

「……そうなると、今後どう対策をしましょうか」

 

 それが問題だ。

 今のところは原因もはっきりせず、なるべく気をつけるしかない。

 

「その事で我々から1つ提案があります。今現在影虎君が引き受けているアフタースクールコーチングの仕事ですが、12月にプロと試合を行って終わります。そして来年は運命の年と聞いていますが、その始まりは4月。つまり君が2年になり1学期が始まってから。間違いありませんね?」

 

 間違いないと答えると、先生は怪しげな笑みを浮かべ、12月から4月までを調整期間に当てないか? と提案してきた。

 

「調整期間……具体的に何を?」

「まずは健康面、体と心のメンテナンスですね。詰め込みは控えて、来る運命の年に入ってから力を発揮できるように体と心を整えましょう」

 

 ……焦りを自覚してきたのか、そんな暇があるのかという言葉が頭に浮かぶ。

 

「もちろん新しい技術を習得するなとは言いません。要はバランスですよ。スポーツ選手も本番前には本番で全力を出せるように調整するのですし、君は今年1年で身に着けた事が沢山あるでしょう? それを本番で十分に使えるよう、技術も自分の心もまとめて見つめなおすのです」

「……確かに」

 

 幸い戦闘能力はだいぶ高くなった。

 格闘は真田に余裕で勝ったことで証明済み。

 隠密行動や魔術、シャドウ召喚、アイテム製造、先生方のサポート。

 天田とコロ丸と岳羽さんはスパイとして情報を流してくれる。

 原作キャラよりもできる事は多い。

 原作沿いに話が進むのなら、早々困ることはないはず。

 

「……君は強くなりました。不安に思うでしょうが、それは私がよく知っています。だから自分に自信を持ってください。あとは鍛えた力を使って、生き残る方法を具体化していくだけです。そのためにも影虎君自身の調整は欠かせません」

「……分かりました。1月からはそういう事で。……今後ともよろしくお願いします」

 

 江戸川先生と今後について話し合った!

 

「ちなみに……君を信じて教えますが、昨夜君の心に芽生えた“命をよこせ”という言葉。実は生き延びる方法としては十分にあり得ます。

 ヒッヒヒヒ……かの有名な陰陽師、安部清明がその秘術を用いて、とある名僧の命を救う話が“宇治拾遺物語”という書物にあるのですが……結論から言うと死にかけの者に他者の命を与えて延命するのです。この時犠牲になったのは風前の灯の僧に代わり、命を捨てる覚悟のある若い僧でしたがね……ヒッヒッヒ。

 この秘術は泰山府君の法、または泰山府君祭と呼ばれます……何かペルソナを理解する一助になるかもしれませんし、一応資料は探してみましょう」

 

 おまけに江戸川先生の講義を少しだけ受けた!

 

「ところで薬は効いてきました?」

「効いてはいます。けど、じんわり、という感じで」

「ふむ……長く効果が続くようにしましたが、少し弱かったでしょうか?」

 

 今日の薬の回復効果は、微妙だった……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午前中

 

 ~生徒会室~

 

「やぁ葉隠君。日曜日なのに勤勉だね」

「そっくりそのまま返しますよ、会長」

 

 校内をうろついていたら、生徒会室に会長と桐条先輩がいた。

 

「いやいや、私はここが好きだからいるだけ。活動日でもないし、仕事はしてないのさ!」

 

 どうやら本気らしい。まぁ俺もたまたま通りかかっただけだ。

 となると勤勉なのは桐条先輩だけか。

 

「いや、これはむしろ怠惰の結果だ」

「何かあったんですか?」

「大した事ではないんだが、女子寮の点検で一部の部屋に修理が必要になってな。岳羽が巌戸台の分寮に引越してくる事になったんだ。分寮の寮長としてその手続きと受け入れの準備が少し」

「……それは普通に仕事が増えただけでは? 怠惰とは違うような」

「それがさ、引っ越してくるのが岳羽さんだからって、必要以上に世話を焼きすぎたんだって。友達が同じ寮になって嬉しかったのかな~?」

「やめてください、会長……」

「ん~、でも割と本気で最近浮かれ気味だったよ? 美鶴」

 

 戦力が増えたのがそんなに嬉しかったのか?

 それとも話せないことをそういう形でごまかしたのか?

 どちらにしても、桐条先輩の照れがそろそろ限界だ。

 話を変えようと思うが……あ、引越しと言えば“本の虫”は今どうなってるんだろう?

 

「会長、巌戸台商店街の本の虫って古本屋さん知ってます?」

「本の虫? ……あ、ワイルダックバーガーの近くにあるお店か。それがどうかした?」

 

 自分がその店にたまに行くこと。

 経営者の老夫婦から近々リフォームをすると聞いていること。

 しばらく訪ねていないので、今どうなっているかわからないこと。

 

「そんなわけで、会長なら情報網で何か知ってるかと思って」

「なるほどね。でも残念。私の情報は基本的に先輩と後輩繋がりだから、学生が行かないようなところにはあまり詳しくないんだよね。人気のカフェとかならそれなりに情報あるんだけど、古本屋さんの近況は……」

 

 それなら仕方ない。今日の収録前に訪ねてみようかな。

 

「それがいいと思うよ」

「ありがとうございます。……ついでにもう1つ。世間話に使える面白いニュースとかあります?」

 

 明日からまたテレビの撮影が本格化するし、話の種を用意しておきたい。

 

「面白い事とか話題って言うと、やっぱ新しいカフェとか、ネットに上がってる動画とかかな? 葉隠君の話題もちょくちょく上がるけど」

「そういえば私も聞いたな。今夜放送のヘルスケア24時は葉隠の特集だと。私も見るし、皆も注目しているぞ」

 

 確かに、あれは今日が放送日だ。

 一週間分の私生活込みなので、改めてそう言われると少し恥ずかしい。

 

 その後もしばらく雑談を楽しんだ!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼

 

 ~部室~

 

 山岸さんと待ち合わせ、一緒に作った昼食を食べた後、投稿用の動画を撮影した。

 

「葉隠君! 葉隠君!!」

「?」

 

 撮影が終わって片づけをしていたら、山岸さんが大慌てで飛んできた。

 

「どうしたの?」

「さっき撮ったデータをパソコンで整理してから、ちょっと動画サイトのアカウントにログインしたら、個人メッセージが入ってたの!」

「メッセージ。ああ、サイト内の機能か」

 

 俺たちが利用しているサイトにはそういう機能がついていて、動画のコメント以外にも視聴者からのメッセージが送られてきたりしている。よくあることなのに、どうしたんだろうか?

 

「それが……さっき見たら普通の視聴者さんだけじゃなくて“Craze(クレイズ)動画事務所”ってアカウントから、良ければコラボしませんか? って内容のメッセージが来てたの……」

 

 “Craze(クレイズ)動画事務所”

 俺の思い違いでなければ、有名な動画投稿者が大勢所属している企業。

 主な仕事は動画投稿者のサポートやイベント企画、マネジメント等々。

 その筋では現在、この世界の日本最大手企業。

 以前アクセサリーショップでお会いした“又旅”さんもここの所属の1人。

 

「……マジで?」

「本当だからどうしたらいいのか」

 

 山岸さんは混乱している!

 

 しかし山岸さんは恐縮していたり、何か嬉しい評価があったのかにやけていたり。

 見ていて微笑ましかったので、近藤さんへの連絡を理由に、しばらく放置してみた。



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274話 情報公開

 夕方

 

 ~古本屋・本の虫~

 

「こんにちは~」

 

 ……おや? 返事がない。

 カウンターにも誰もいない。

 営業中の札はかかっていたが……しばらく待ってみようか。

 

 ……

 

「おや! 虎ちゃんかい!」

「あらあら、いらっしゃい」

「こんにちは」

 

 文吉お爺さんと光子お婆さんが外からやってきた。

 どこかに行っていたのだろうか?

 

「ちと本を届けに、そこの児童館までのぅ」

 

 お二人は相変わらず本を減らそうとしているらしく、子供向けの本を寄付してきたそうだ。

 しかし、店内の本はあまり減ったようには見えない。

 

「残念だけど、年々本を読む人が減ってしまっている気がするわ」

「最近はなんでも“ぱそこん”で済むんじゃろ? 調べ物に重い辞典はいらんし、小説や雑誌も“でぇた”とかいうのがあれば、紙と同じように読めるとか。場所を取らんからそっちの方がいいとかなんとか……」

 

 購入客は少なく、逆に本を処分に来る客が多いようだ。

 リフォームのためにできるだけ本を捨てたくないと言っていたが、大丈夫なのだろうか?

 

「芳しくないのぅ……」

「業者の方が言うには、できれば今月末までにお店を空にして欲しいんですって」

「今日が16だから、2週間しかないじゃないですか」

「そうなんじゃ。待ってもらうにしても10日が限度と言われての……年末、向こうにも予定があるので仕方が無い」

「お引越し屋さんに運ぶのを手伝ってもらう時間も必要ですし、そろそろ捨てる本の仕分けを始めないといけませんね……」

 

 文吉お爺さんと光子お婆さんは悲しそうだ。

 

 ……近藤さんに相談してみようか。

 どうしようもなくても、スケジュールに空きがあれば本を運ぶくらいは手伝えるかもしれない。

 

 そう話すと、

 

「虎ちゃんは優しいのう!」

「有名になって忙しいのに、ありがとね」

 

 2人に感謝され、今日も大量に本をいただけることになった。

 今日は……ヘルスケア24時の放送日だし、医学関係の本にしようかな。

 不思議な体のこともあるし。

 

 ……“家庭用医学辞典”は基本として、“○大医学部入試対策問題集”なんてのもある。

 他にも薬学科の教科書や薬の成分に関する本も沢山。卒業生が売りに来たのだろうか?

 さらに精神病に関する本、薬を使わない療法、マッサージやヨガの本もある。

 そういうものも合わせると、かなりの量になった!

 

 しかし代金は千円プラス以前も話していた俺のサイン。

 いつもお世話になってます。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~鴨山ジム~

 

 柔道出身の練習生と、組み技と寝技のトレーニング。

 

「ッ!」

 

 動きをよく見て、相手の体勢を崩して押さえ込む!

 

「ふぐっ!」

「くっ!」

 

 体格と組み技の経験は相手の方が上。

 そう簡単には押さえ込まれないという意思が伝わってくるほどの抵抗。

 だが……ここだ!

 

 百人一首で鍛えた膝立ちの安定感を生かし、素早く体を入れ替える!

 

「!? くそっ!! ふっ!! ぐっ!!」

 

 がっちりと押さえ込み、程なくして相手のタップでトレーニングが終わ、っ!?

 

「……ありがとうございました!」

 

 今の練習で久しぶりに新しいスキル“居取り”を習得した。

 大きな隙になるダウン状態の時に防御できる。

 さらに相手の攻撃が物理攻撃の場合にはそのまま拘束するスキルのようだ。

 

 耐性に優れた俺はそうそうダウンしないが、これはあると安心感が違う。

 コロ丸は体の構造上無理そうだが、天田には教えておきたい!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 深夜

 

 ~駅前広場はずれ~

 

 不良の視線が痛いけれど、襲ってくる様子は無い。

 仲間同士で囁く言葉を聴く限り、どうも昨夜のことが広まっているらしい。

 幸い? 狂った部分ではなく、金流会を返り討ちにした部分だけが。

 どうやら無関係の不良からも一目置かれたようだ。

 

 とりあえず金流会に動きはないようなので、アジトへ向かう。

 

 すると既に出巣吐露威鎖亞華栖(デストロイサーカス)とクレイジースタッブスは集まっていた。

 

「遅れてすまない。様子を見てきたが、今のところ金流会に動きなしだ」

「おう。こっちはとりあえず話つけたぜ。アンタの下につくんだと。訓練もやるそうだ。だな?」

『はい!』

 

 既に上下関係ができている……

 

「なら話は早い。とりあえず実力チェックから始めようか」

「あの……質問なんすけど、素手で?」

「ん? 好きなようにかかってきていいよ? 武器もOK。鬼瓦たちは基本素手ってルールがあったみたいだけど、いいよな?」

「元々流儀が違うんだ、アンタが良いならそれでいい」

「ということで、武器使いたい奴は好きに使って。とにかく全力でかかって来い」

 

 クレイジースタッブス所属は43人、全員の実力を試した!

 

 結果は……うん、微妙。

 本当に喧嘩は武器と袋叩きでやっていたらしく、正直ド素人。

 本人達にも自覚はあって、それを少しでもカバーするために武器を持っていたようだ。

 良くも悪くも武器に頼っている。

 

 しかし、思わぬ拾い物もあった。

 

「凄いな、これ」

 

 それは彼らの1人が持っていた改造エアガン。

 俺に当たりはしなかったが金属の玉を発射できて中々の威力がありそうだった。

 実力確認後に聞いてみると、所有者は工業大学を中退。

 こういった改造や工作が得意だったらしい。

 

 さらに他にもそういった技能を持つ奴はいないかと聞いてみたところ、電気工事や配管の資格を持っていたり、資格はないけど技術は持っていると言う奴がいたり。しかも彼らは全員が一度はそれなりの高校に入学していた、比較的高学歴な不良集団だった。

 

 彼らが言うには、その比較的高学歴が原因で他の不良から疎外され、似たような経歴の不良が自然と集まってできたグループらしい。

 

「えー、あそこの高校? なんだ超頭良いじゃん。俺らとはちげーわ。とかさ……中退してんだから大して違いは無いだろ」

「だよな。あとそこ行けたならまじめにやってれば将来安泰じゃん! もったいねー! とか、うっせぇっつの。続けられたら続けてるっつの」

「でも一番はあれだろ、理由なくナメられる」

『あるあるあるある』

「この辺、逆に低学歴を自慢するやつたまにいるよな。不良なんだから中卒上等! 中退ダセェとか」

「どうしても周りと上手くいかなかったとか、金が無くて続けられなかったとか、人それぞれ理由はあるってのにな……」

 

 俺は親父がアレだから学歴は気にしないけど……

 聞こえてくる会話がなんだかめんど、いや、複雑そうな連中だ……

 ……彼らには武器の扱いを極めてもらおう。

 

「OK。方針は決まった」

 

 彼らには出巣吐露威鎖亞華栖(デストロイサーカス)と同じ、集団での基礎訓練の後、

 

 ナイフ班

 槍術班

 剣術班

 

 に分かれて訓練してもらう。当然、指導は俺。

 さらに人数も増えてきたので連絡網などもしっかりしておいた方が良い。

 あと金流会の動向も警戒しないといけないし、その辺も柔軟に対応できるように……

 俺、探偵って事になってるし、戦力にならないならその手の技術を仕込んでみようか……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス・エントランス~

 

 天田に“居取り”スキルを習得させるため、エントランスで投げと寝技の練習をした。

 しかし……

 

「先輩、床が」

「やっぱ硬いよな……俺も本気で投げられない」

「上の階よりはマシですけどね」

 

 タルタロスは寝技の練習に向いていないようだ……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間後

 

 ~自室~

 

 近藤さんから色々と連絡のメールが入っていた。

 

 まず動画投稿者の事務所からコラボの申し込みがあった事について。

 これはプロジェクトの宣伝にも良いので、引き受ける方針でスケジュールを調整する。

 

 また不良グループとのあれこれについては、金流会についてあちらでも調査する。

 コミュの事があるので、関係を継続するか否かは俺に任せる方針。

 ただしあくまでも“ヒソカ”という別人としてであり、“葉隠影虎”と直接関係しないこと。

 先日の事もあるので気をつけて、連絡を密にしてほしいとの事だった。

 

 また、俺が技術指導をしている出巣吐露威鎖亞華栖(デストロイサーカス)とクレイジースタッブスに関しては、実力やスキルが身に付いて信用もできそうであれば、現地協力者としてこちら側に引き込むことも考えているらしい。

 

 使える人手はいくらでも欲しい状況のようだ……

 

 それから来週の芸能活動のスケジュールに、本部とのやり取りに関して。

 色々と書かれていたことに対して返信を済ませ、次にネットの掲示板を開く。

 

 メールの最後に少しだけ書かれていたが、早くもヘルスケア24時が放送された影響が出ているようだ。

 

 まずは実況スレから……

 

『【速報】ヘルスケア24時で葉隠影虎の秘密が明らかに!』

『超人プロジェクト第一の参加者がガチの超人だった件について』

『こマ?』

『流石にネタじゃねぇの(震え声)』

『病名大杉ィ!』

『つか病名にもなってないのが』

『一日目の血液検査でいきなり異常?発見。

 高地トレーニングした直後のプロアスリート並みの血液成分。

 心なしか医者が戸惑ってないかw』

『それは英語でまくしたててる外国人医師に対してじゃないか?

 まぁ、それを飛び越える驚きが次の視力検査で提供されるんだが』

『7.3って何だ。視力良すぎるだろ』

『葉隠君はマサイ族だったんだよ!』

 

 全体的に半信半疑な雰囲気だ。

 しかし脳の話になると……

 

『う~ん……この瞬間計算、マジなら凄いけど、事前に答えを教えることもできるよな?』

『計算と数の把握はそうだとしても、絵は無理だろ』

『そもそもサヴァン症候群自体がよく分からん』

『人によって得意分野も違うし、とりあえず天才的な能力があると思っとけばOK』

『前に辞書を読んだだけで外国語をほぼマスターするって話を胡散臭い作り話だと思っていた。今回の結果を見て納得した感じ。俺とはそもそも脳の作りが違ったんや』

『脳のCT比較すると明らかに違う……』

『特に視覚と記憶とかの情報処理、あと空間を把握する能力を司る部位が発達してるらしいな』

『今度は脳波、まともな部分の方が少なくないかw』

『自分の意思ではないみたいだけど、状況に合わせて脳を最適な状態にするとかヤベェ』

『お前ら特攻隊長の事ばかりだな。分からなくはないけど、もっと周りに目を向けてみろよ』

『は? なにその上から目線。

 って思ったけど、医師団の表情wwwwwwwwwwwww

 確かに見えてなかった』

『芸能人はどう反応したらいいか分からないか、諦めて素直に驚くことにしたんだろうな』

『でも医師団は“わかりません!”じゃプライドが許さないのか、全体的に悔しそう(笑)』

『そりゃ医師は病気かどうかの診断が仕事の内なんだから、わからないじゃすまされんだろう。

 自分の腕と知識が足りてないって暴露してるようなものだし。さもなくば現代医学の敗北。

 逆に喜んでるのはほとんど研究畑の人間。彼らにとっては研究と発展の余地があるからね』

『一番右の女医さんが特に悔しそうで、女騎士のくっころに見えてきた』

『大草原不可避』

『つか特攻隊長、占いで病気の診断もできるのか』

『そういえば動画投稿者の又旅女史の妊娠報道でも名前が出てたような……』

『これは特攻隊長が本物の超能力者で超能力が実在する可能性が微レ存?』

『とうとう医師団が分裂したwwwwwwwwww』

『分裂ってどゆこと? 今テレビなくて、このスレが情報源なので説明モトム』

『超能力を認めるかどうかで言い争いが始まったんだよ』

『脳に関しては医師団も戸惑ってたらしくて、答えが統一されてなかったっぽい』

『掴み合いまで始まった!』

『これもう放送事故だろ草』

『いま掴み合ってた2人の片方、うちの大学病院の偉い先生なんだけど……

 めちゃくちゃお堅い人で、おふざけとか演出であんな事絶対しない人なんですが』

『この状況、カオス過ぎるだろ』

『番組始まって以来の珍事だな』

『そして周りが混乱する中、原因の特攻隊長だけが冷静に座ってる。さながら台風の目』

『ごめんなさい、って感じで拝んで見てるw 止めろよw』

 

 しばらく医師同士の論争についてのコメントが続き、やがて番組が終わると過去の事を今回の内容と照らし合わせてみるなど、内容の真偽を議論するコメントで埋め尽くされていた。

 

 他のスレッドも除いてみたが、今回は否定的なコメントよりも純粋に驚きと疑問の声が圧倒的に多いようだ。



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275話 日本支部

 11月17日(月)

 

 朝

 

 今日から1週間は芸能活動が中心となる。

 そしてテレビ局へ移動するための車中、俺と近藤さんは打ち合わせを行った。

 その後、時間も余ったので、なんとなく昨日見たネットの評判を話題にしたところ……

 肯定的な返事をしてくれたが、その前に一瞬、珍しく彼が言葉を詰まらせた気がした。

 

 そこを追求してみると、

 

「実はですね……ごく一部にですが、葉隠様がロリコン。所謂児童性愛者なのでは? という話もありまして……」

「……? どういう事でしょう?」

 

 マジで何それ。意味分からん。

 

 詳しく聞いて見ると、事の発端は昨夜俺が寝た後。

 ヘルスケア24時の放送内容にネットの人々が議論を重ね尽くした頃の事。

 

『特攻隊長が何度も繰り返し見てる動画が気になる』

 

 というコメントが流れた事。

 

「何度も見た動画……アンジェリーナちゃんの?」

「画面にはモザイクがかけられていましたが、声は彼女の幼いと分かる声でした。彼女の動画も最近視聴者数が伸びていたようで、割と簡単に特定されたようです。小学生の女の子が歌う動画を何度も見返す、そこからロリコンなのでは? という疑惑に繋がるようですね」

「有名税、なんですかね?」

 

 ほぼ言いがかりだが、“鶴亀”とかが無責任に騒ぎ立てても困るなぁ。

 

「そうですね。経緯と現状の広まり方を考えれば、あまり深刻に受け止める必要はないと思います。しかし仰る通り面白半分で話を広められると面倒ですし、社会的には最悪と言ってもいい風評被害になりかねません。念のため対応を始めています」

「対応ありがとうございます」

「この手の問題はデリケートですし、葉隠様のイメージはプロジェクトの評判にも影響しますから。

 ちなみにこの件について、アンジェリーナ様から。別に関係を隠す必要もないので、コラボ動画を出して知り合いだと公表してしまえばいいのでは? という意見が出ていますね」

「コラボ動画…………Craze事務所からの申し込みの話を聞いたとか?」

「おそらくそれが本音かと」

 

 もしかしてと思った事を口にすると、近藤さんも苦笑いで同意。

 引っ込み思案に見えて、割と色々積極的にやりたがる子だよな……

 

「ですが、下手な言い訳をするよりはよほどマシですね。家族ぐるみの付き合いがある事と親しい理由を公表できれば、疑念も払拭できるでしょう。否定的意見にあまり露骨な反応を返すのはどうかと思いますが……単純にコラボ企画を楽しむのはアリだと思います」

 

 アンジェリーナちゃんがあの事件の被害者であると公表する事になるのでは?

 

「今はボスの協力もありますし、何よりあれほどの大事件、地元ではそれなりに騒がれました。公的なメディアで伏せられている個人情報も、現地に行って探りを入れれば意外と簡単に分かるものです。

 本人やご家族も別に気にしていないそうで、先ほどの対策の一環として、“動画に出ている少女”と“葉隠様が夏休みに身を挺して救った少女”が同一人物であると分かるように情報を流しています」

 

 なんだ、そうなのか。

 だったらせっかくだから一緒に楽しもうか。

 

「では、本部の方に連絡を入れておきますね」

「よろしくおねがいしますっ!?」

「葉隠様!? ……また例の痛みですか?」

「はい……アンジェリーナちゃん? それとも安藤家? どちらにしても、コミュがあるようです」

 

 日本とアメリカで遠く離れているのに……

 いや、原作の男主人公の隠者コミュだとネットを介して鳥美先生と繋がる。

 つまり物理的な距離は関係ないんだろうな……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午前

 

 ~テレビ局・楽屋~

 

 今日の仕事は、以前俺を尾行したドッキリ番組。

 ゲストとして出演するため、スタッフさんと打ち合わせをしたところ……

 

 ターゲットの中に久慈川さんがいた!

 

 残念ながらスタジオ収録には来ていないようだけれど、アイドルとして頑張っているようだ。

 俺も頑張ろう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼

 

 ~移動車内~

 

 撮影は無事に終わったが、番組中に紹介された超人プロジェクトの事務所が規格外だった。

 

「いつの間にあんなビル用意してたんですか?」

「ビル自体は売りに出されていたものを買い取っただけですよ。改築と機材搬入を急がせたため経費は少々かかりましたが、10億にも届いていませんよ」

「コールドマン氏の資金力、それに平然と大金を使う事は知っていたつもりでしたが……」

 

 10億にも、って何なのさ……文字通り桁が違うよ。

 

 ちなみにそんな大金で用意された超人プロジェクトの事務所(日本支部)は、7階建て。

 辰巳ポートアイランド駅から徒歩7分で行ける。

 

 そしてその各階の設備はこう、

 

 屋上 ヘリポート+ヘリ1機

 7F  警備室、宿直室、道場

 6F  スポーツジム、シャワー、プロテインバー

 5F  事務所

 4F  事務所

 3F  医務室、仮眠室、社員食堂&休憩所、喫煙室

 2F  点滴BAR、酸素カプセル室

 1F  エステサロン、美容室、マッサージ専門店

 地下 駐車場

 

 改めて見ても驚く。事務所スペースは4階と5階のみ。

 ワンフロアが広いのでそれで十分らしいが、それ以外の階にはこれでもかと贅沢な設備が。

 社員の憩いの場となる3階にも自動販売機や良質のベッド等、それなりの物が用意されていた。

 

 6階のジムは社員のリフレッシュや運動不足解消のため専属のアドバイザーが常駐。

 社員とプロジェクト参加者ならいつでも使って良いらしい。

 

 7階の警備室にはアメリカから送られてきた屈強な警備員が昼夜問わずに交代で待機。

 ビルに何かあれば即座に反応、対処してくれる。

 

 そして1階と2階……

 そこは参加者の肉体ケアを目的とした場所であり、一般にも開放する商業と宣伝のスペース。

 1階に入るお店は海外で有名な高級美容ブランドだったり、カリスマ美容師がいたり。

 スタジオの熱気、特に女性陣は目つきとオーラが変わっていた。

 

 2階の“点滴BAR”はまだ日本では馴染みがないけれど、通常病気の際に病院で行われる点滴とは違い、体の状態に合わせて不足した栄養素を補う栄養剤、あるいは美容に関する各種成分を配合した液体を点滴して疲労回復・美容の効果を得ようというもの。アメリカではセレブを中心に流行り始めているようだ。

 

 そして、酸素カプセル。

 だいぶ前にサッカー選手の怪我治療に使われたとして有名になったが、その最新式を導入。

 カプセルの中の気圧や酸素濃度を装置で高めることにより、体に酸素を取り込む効率を上げ、疲労回復や血行を促進する健康器具だ。世間ではまだ記憶に新しい北京オリンピックでも、海外の選手は試合前のコンディションを整えるために使っていたという。

 

「我々のプロジェクトはスポーツ、ひいては健康や美容と人体の研究など多岐にわたりますからね。協賛企業も多く、様々な面から参加者をフォローできます。特に先日の葉隠様の検査結果は各企業の方々から見ても興味深いようです。

 ひとまずこれから事務所に向かい、健康診断。その後、葉隠様には一度全ての施設を体験していただきます。どの施設も完全無料で利用できますので、以降も定期的にご利用ください。エステや美容室も芸能活動のためにぜひ」

 

 エステに美容室……縁の無い場所トップ2と言っても過言ではないが、今後を考えれば必要か?

 先生から貰ったSoma美容液しか使ってないし、髪も……だいぶ切ってない。

 そのわりに髪が伸びた感じもしないが……

 そういえばゲームの原作キャラっていつ髪切ってるんだろう?

 特に主人公は朝から晩まで行動をコントロールしてるのに、1年間一切変わりない。

 不思議だ……

 

 そんな事を考えているうちに車は事務所に到着。

 サポートチームのDr.ティペットによる健康診断を受けた後、設備と施術を全て体験した!

 

 ……“疲労”がとれた!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~鴨山ジム~

 

 総合格闘技、最後の練習日。

 総仕上げとして、練習生で1番強い人と試合をさせていただく事になった。

 ドッペルゲンガーを送還して、素の状態で向かい合う。

 

 これまでの総仕上げ……百人一首を応用した技を出していきたい。

 軽く拳を合わせて、大きく距離をとる相手。

 どうやら真田のようにヒットアンドアウェイを得意とする選手のようだ。

 これまでの練習を見ていたし、俺を警戒しているのか、中々踏み込んでこない。

 

 これは好都合。

 

 猫脚立ちで站樁(たんとう)。相手を見据えて立禅。

 視界を広く、相手の一挙手一投足に集中しつつ、心は穏やかにと心がける。

 自分の腕の届く距離、攻撃範囲を確認。まだ遠い。

 

 ジリ……ジリ……とガードを固めて近づいてくる。まだ遠い。さらにガードの上。

 

「前に出て行け!」

「一気に攻めろ!」

 

 周囲の練習生から飛ぶ様々な声援に押されてか、少し大きく相手が踏み出した。

 一足飛びで攻撃できる範囲内。だが焦るな……まだ遠い……

 

「……」

「……」

 

 そして、相手が動いた。

 

 瞬時に加速、接近する体。

 ガードから攻撃に移る右腕。

 それが俺の顔へと向かう刹那。

 

「!」

 

 鈍い音を伴って、俺の左拳が相手の顎を打ち抜いた。

 確実な手ごたえに、身に着けた技を出し切れた感覚。

 まさに渾身の一撃。そして体の内で新たなスキルが生まれたのが分かる。

 

 相手は数歩後退した後に崩れ落ち、会場がどよめく。

 

「試合終了! KO!」

 

 レフェリーの宣言により、試合は静かに終わった。

 

 “居合いの心得”……集中する事により、攻撃の速度と精度を高めるスキルのようだ。

 

 このスキルはこの後行われた百人一首でも活躍し、鴨山婦人から勝利をもぎ取る事に成功。

 百人一首、そして教えてくださった鴨山夫妻に心から感謝だ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 深夜

 

 ~出巣吐露威鎖亞華栖(デストロイサーカス)のアジト~

 

『セイッ!』

「っとと……」

「焦らなくていい! 最初は丁寧に動きを覚えるんだ!」

 

 集団訓練を始めたばかりのクレイジースタッブスはともかく、出巣吐露威鎖亞華栖(デストロイサーカス)のメンバーはだいぶ動きが身について、タイミングも揃ってきている。もう少しすれば彼らだけでもこの練習はできるようになるだろう。

 

 クレイジースタッブスの方を多めにサポート。

 出巣吐露威鎖亞華栖(デストロイサーカス)は褒めて士気を上げておこう。

 

 不良グループとトレーニングを行った!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス・41F~

 

 今日は2つ目の壁を外から越えて、踏破記録を更新。

 出現するシャドウが少し変化しているため、データ収集を始めた。

 しかし……

 

「先輩のシャドウ、目に見えて動きが良くなってませんか?」

 

 どうやら天田も俺と同じ思いを抱いていたようだ。

 

 現在俺は先日の“黒衣の夜想曲”と元ネタは同じ。

 “魔法先生ネギま”に登場する影使いが使役する人型使い魔を模したシャドウを5体召喚中。

 先を歩かせて遭遇したシャドウを倒させているが、一気に動きが良くなった。

 さらに変化はそれだけでなく、召喚する速度も僅かではあるが実感できる程度に向上した。

 指示を出してからの反応も同じく。

 

 ……試していないが、おそらく今ならシャドウ1匹に4つはスキルを与えられる。

 シャドウ召喚と使役に関する能力が急激に上がったような感覚……

 

「ワフッ!」

「コロマルが何か心当たりはないのか? って聞いてますよ」

「心当たりといえば」

 

 おそらく、鬼瓦たちとのトレーニングだ。

 何故かというと、シャドウの動きがまるで彼らと同じ。

 厳密にいえば、鬼瓦たちに教えている軍隊格闘術や団体訓練用八極拳のようだ。

 シャドウの方が個人の癖がなく、基本に忠実といった印象は受けるが偶然とは思えない。

 

 まさかコミュの結果? 封印しきれていない力が影響した?

 

「……確証はないけど、とりあえず弱くなった訳じゃないし。とりあえず連中とのコミュを続けて様子を見るよ」

「気をつけてくださいね。なんかまた面倒なことになってるみたいですし」

 

 天田から素直でない気遣いを感じる。

 

「ありがとな。だけどまぁ、そう悪いことばかりでもないぞ。こういう物も手に入ったしな」

 

 腰元から取り出したのは、クレイジースタッブスの男が持っていた改造エアガン。

 遠くから迫る“傲慢のマーヤ”、そして天使のような姿をした“嫉妬のクピド”へ続けて発砲。

 久々の射撃。さらに銃も前と違うが、弾は狙い通りに当たったようだ。

 

 金属弾の衝撃に足を止め、マーヤに至っては不自然に苦しむような動きをし始める。

 そこへ手の空いた召喚シャドウが殺到。集中攻撃で2匹の敵は瞬く間に消滅した。

 

「今のって……もしかして毒?」

「驚いたか? この改造エアガン、金属の玉を飛ばす仕様になってたから、持ってた不良に代金を払って買い取ったんだよ。そんで弾自体には魔法円を使って毒の付与。それと弾を入れるマガジンには防護の力を付与して、手に持った自分には毒が回らないようにできたんだ」

 

 火、氷、風、雷の4属性はまだ故障の原因になりそうで使えないが、毒、混乱、恐怖、魅了。

 それから以前実弾に付与した“弾丸の威力上昇”も使えそうだ。

 

「便利そうですね。予備の武器として一丁持ってるといいかも」

「今見た感じ毒の効果が出なくても、物理的な威力で一瞬動きを止めるくらいの効果はあるみたいだし、こうして後ろでシャドウを操りながらでも使える武器が手に入ったのは大きいな」

 

 魔術を応用した武器開発もまた一歩進展した!

 

 さらに探索を続けたところ、宝箱からは各種ジェムやミステリーフード等。

 41階から出てくる“ブロンズダイス”というシャドウは“銅製のコマ”。

 そして不意に現れた“財宝の手”は“財宝の金貨”を落とした。

 

 これでタルタロスで手に入る金属は金、銀、鉄、銅。

 金属系の素材が増えてきた!

 

 そして64F……次の壁がある階まで一気に上り、人工島計画文書03を回収。

 最後に強くなった召喚シャドウと戦ってみたいと天田&コロマルが言うので、戦闘訓練を行う。

 ついでに俺も1つ実験。

 

「ちょっ、これ、数多すぎませんか!?」

「1匹1匹は人型より弱いだろ?」

「それは! そうですけど! 的も小さいし!」

 

 天田とコロマルが大量の「ピクミン」に囲まれて苦戦している。

 シャドウの形を変えても、操作性が向上していることに変わりはないようだ。

 

 これで倉庫の掃除がさらに捗る!

 ついでにピクミンもそれなりに戦えることが分かった。

 

 1匹1匹が小型のため、コストパフォーマンスに優れていたが、思いのほか原作に忠実。

 敵(タルタロスのシャドウ)1匹から回収するエネルギーで3~5匹生み出せる。

 1匹1匹は弱いので10匹20匹ならあしらえていた2人も、50匹相手では苦労するようだ。

 

「ガウッ!」

 

 コロマルがペルソナを召喚し、アギを使った。

 しかし残念、召喚の隙に“赤ピクミン”が身を挺し、他のピクミンを守る壁になった!

 

「何度も言ってるけど、赤ピクミンは火に強い(火耐性)からな~」

「バウワウッ!」

 

 お前が指示してやらせてるんだろ! 的な意思が魔術も使ってないのに伝わってくる。

 

 ちなみに天田がジオ系の魔法を使う時には、電気に強い“黄ピクミン”が盾になる。

 

 ……自分でやっといてなんだけど、これ相手にするの面倒臭そう。

 

「でもこういうのも経験ってことで」

 

 俺も夏休みにはシャドウの大群相手にしたし、訓練しといて損はないよね!



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276話 トラブル発生

 11月18日(火)

 

 朝

 

 ~辰巳ポートアイランド上空~

 

 今日はヘリコプターでテレビ局へ向かう。

 夏休みにアクティビティーで一度。プロジェクトの正式発表でマスコミ対策に一度。

 そして今回が人生で三度目になるヘリだが……

 今更だけど、ヘリってこんなに簡単に使えるものだっけ?

 騒音で苦情が来るって聞いた気がするけど、思いっきり街中にある日本支部から飛んだ。

 

「技術は日々進化するものです。このヘリは最新型の騒音を軽減する仕様ですから」

 

 それでいいのか?

 ……万が一のクレーム対応はしていただけるだろうし、深く考えないでおこう。

 映画や漫画みたいな世界なんだし、きっと大丈夫。

 

「ところで今日はスケジュールが変更になったんですよね? 確認させていただけますか?」

「かしこまりました」

 

 今日の予定は……

 まず当初の予定はテレビ局でアフタースクールコーチングの撮影だった。

 しかしヘリのため30分以上早く着く予定。

 ここに明日の午後予定されていた別番組の打ち合わせが繰り上がる。

 続けて予定通りの撮影と、他の番組の打ち合わせを昼まで行った後、またヘリで移動。

 超人プロジェクトの日本支部に戻り、昼食をとってから車に乗り換える。

 先日コラボ企画のお誘いをいただいたCraze動画事務所へ挨拶に行き、軽い打ち合わせ。

 その次は学校で部活に参加し、山岸さんに打ち合わせの内容を説明した後はいつも通りだ。

 

 ……午前中は忙しくなるが、ほとんど打ち合わせだな。

 今日も頑張っていこう!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午前

 

 ~テレビ局~

 

 スポーツ系バラエティー番組・マッスルチャレンジの打ち合わせを終えて、今度はアフタースクールコーチングの撮影にやってきた。

 

 しかし、

 

「葉隠君! 近藤さん!」

 

 出会いがしらに目高プロデューサーが慌てた様子で叫ぶ。

 

「おはようございます。何事ですか?」

「大変なんだよ! 近藤さんもちょっとこっちに!」

 

 楽屋に引っ張り込まれて、話を聞くと。

 

「来月、葉隠君の企画の締めはプロの総合格闘家と試合をしてもらうって話だっただろう?」

「そうですね。確か今日の収録の最後に約一ヶ月前ということで、対戦相手が発表されるとか」

「その対戦相手が今日になって! 断りの連絡を入れてきたんだよ!」

 

 ドタキャン、って事か。一ヶ月前だけど。

 暢気にそんな事を考える俺に対して、近藤さんが冷静に問う。

 

「断りの理由は? それから代理の選手は」

「理由は一応怪我という事らしいんですが、試合ができない怪我でもない、ただプロとして他の試合もあるから養生させたいと」

 

 どうも言葉を選んでいるようだ……歯に衣着せずに言うと、素人とのエキシビジョンなんてやってられるか! ということか?

 

「怪我なら仕方ありませんが……ちょっと引っかかりますね」

 

 俺の質問に対し、目高プロデューサーは否定はせずに補足した。

 

「僕も連絡を受けた時に問いただしたんだけどね……あちらの受け答えにも余裕がない感じで、いまいち要領を得なかったんだ。とにかく“試合は断る”の一点張り。こちらも納得できないから連絡は続けてるけど、平行して代理の選手も探してる。

 ただ、年末はまた別の大会もあるし、総合格闘技のジムも忙しい時期らしい。これから頼んで、素人のエキシビジョンマッチに向けてコンディションを整えてくれるジムと選手はまだ見つかってないんだ……」

 

 悩みからか早口で言い切った目高プロデューサーは、胃を押さえて視線を下げる。

 

 ……胃の調子が悪くなっている……

 

「プロデューサー。その問題に俺が関われることはなさそうです」

「そうだよね……」

「ただ、近藤さんが何か考えているみたいです」

 

 俺たちの視線が近藤さんへ。

 それを受けて彼は口を開いた。

 

「試合相手は日本人、もしくは国内のジム所属でなければいけませんか?」

「いえ、別にそういう制限は設けていませんが」

「アメリカでは既にある程度の格闘家が我々のプロジェクトに参加しています。本部に連絡を取れば、誰か試合ができる人材を紹介してもらえるかもしれません」

「本当ですか!?」

「まだ可能性の話ですが、少なくとも探してはもらえるでしょう。ここで企画が頓挫することは、我々にとっても宣伝の機会の損失になります」

 

 近藤さんはとりあえず本部と連絡を取ると言い残し、楽屋を出て行く。

 残されたのは俺とプロデューサー。

 

 ……希望が見えた、けどやっぱり心配ってとこかな。胃がかなり辛そうだ。

 胃潰瘍になりかけと診断されていたし、倒れられても困る。

 

「プロデューサー、胃の症状を少し和らげましょうか?」

「ああ、この前の? ……頼めるかな? ちょうど休憩時間だし」

 

 相当弱っているのか、そのまま座敷になっている楽屋の一部に横たわるプロデューサー。

 うつぶせの状態でぐったりしている……体内の気の流れも悪い……

 背中をさすりながら自分の気を送り込み、流れを正常に戻していく……

 

「……ああ……これ前にもやってもらったけど、暖かいね……何で?」

「気功はそういうもの、としか……あ、そうだ。最近マッサージや指圧の本を買って読んでるんですけど、試していいですか?」

「好きにして……なんだか眠くなってきた……」

 

 本気でお疲れのようなので、このままの体勢でできるマッサージをやってみる。

 すると気を整える負担が減った。

 一度気功による調整をやめてみると、体を直接揉み解すことでも気の流れが改善したようだ。

 マッサージと気功。体の外と内から気の流れを整えた結果、相乗効果が生まれたのだろう。

 

 なら指圧は?

 

「うぁあっ!!!?」

「うわっ!? びっくりした!」

「なに今の!? 痛かった~……」

 

 肘の辺りをこする様にかばうプロデューサー。

 

手三里(てさんり)といって胃腸に効くツボです。相当悪いみたいですね……胃」

 

 体内の気を見てみると、ほんの一瞬だったからか大きな変化はない。

 しかし気の流れは改善しているように見えた。

 もう少し試してみたい。

 

「続けてもいいですか?」

「……ゆっくり頼むよ」

 

 こうしてマッサージと指圧を続けながら観察していくと……

 

 指圧は確かに効果がある。

 ツボを押すことにより体内の気が活性化し、全身や特定部位に作用する。

 書物に載っていたツボのある位置には、細くても気が流れる道がある。

 アドバイスがいつも以上に強く働き、ツボは流れの途中にある関所のイメージが沸いてきた。

 管として考えるなら、流れをコントロールする弁だろうか?

 これを外部から刺激することによって操作し、体内の気の流れに影響を与えているようだ。

 

 そしてここでもうひとつ理解した。

 体内にある気の流れの上には、本で読んだツボ以外にも似たようなポイントが無数にある。

 そしてポイントの中には、人体の急所と呼ばれる位置にあるツボも……

 そこに気づいた瞬間、スキル“アドバイス”がポイントの一部に一際強い反応を示す。

 

 ……アドバイスは学習補助が便利すぎて忘れかけていたが、本来はシャドウの急所を教える(クリティカル確率2倍)スキルだった。

 

 これは八卦掌で言うところの“点穴”だろうか?

 どうやら“治療に使えるツボ”と“人体の急所”の仕組みは近いらしい……!!

 

「これは……」

 

 突然の感覚。

 気やツボについての理解がきっかけか?

 体内で自分の力が変化するのを感じる!

 

 ……どうやら“気功・小”のスキルが“気功・中”へと成長したようだ!

 

 幸先が良い。

 そして指圧とマッサージを身に着けることで治療はもちろん、戦闘にも応用できそうだ!

 後で江戸川先生に相談してみよう!

 

「ただいま戻りました。おや、何かいい事でもありましたか? それから目高様のその状態は?」

 

 プロデューサーは実験の途中で眠った。

 最初は痛がっていたが、体内の気が整ってくるとそうでもなくなったようだった。

 気の流れはこれまで以上に正常化されているので、目を覚ましたらスッキリしているだろう。

 

 ちなみに代理の格闘家については、本部の方で候補者を見繕ってくれることになったらしい。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午後

 

 ~Craze動画事務所~

 

『ようこそCraze動画事務所へ!』

 

 超人プロジェクトの日本支部に負けず劣らず大きなビルに足を踏み入れると、そう書かれた横断幕が目に入る。

 

 事務所とあってお堅い雰囲気ももちろんあるが、動画投稿という明るく派手なイメージも取り入れられているようで、受付やロビーには独特のぬいぐるみやマスコットキャラも多数。なんとも不思議な空間が広がっている。

 

 近藤さんが用件を伝え、受付でしばらく待っていると3人の男女がやってきた。

 

「やっほー、葉隠君」

「ご無沙汰してます」

「お久しぶりです、又旅さん、猫又さん」

 

 そのうち2人は夏休みの後、占い師としての俺を訪ねてBe Blue Vにやってきた2人の動画投稿者。

 

「お2人ともお元気でしたか?」

「もちろんだよ! お腹の子のためにもね」

「そうでした。3人でしたね」

 

 2人の笑顔に嘘はないと分かるし、気の流れも良好だ。

 

 一緒に出てきたもう一人の男性と近藤さんもそれぞれ紹介の後、挨拶を交わす。

 それから会議室へ案内された。

 

 コラボ企画の概要を聞くと、それほど厳密に決められていたわけではなかったようで、

 

「当事務所に所属している動画投稿者からコラボをしたい! という声が多く出ていまして、え~こちらが希望者と動画内容のリストです」

 

 渡されたリストの中ならどの動画投稿者の撮影に参加してもいいそうだ。またこの会社では各個人ごとに、事前に企画会議をやっているので、投稿者の方と実際に相談して内容を決めてもいいとの事。逆に俺と山岸さんで作る動画に出てもらうのもOK。とにかく柔軟に対応してお互いにいい動画を作ろう、ということらしい。

 

「個人のチャンネルでの出演になるからあんまり難しく考えず、これ面白そう! とか、これやってみたい! と思うのをえらべばいいと思うよ」

「この会社の投稿者さんは“楽しい事が重要”みたいなところがありますし……あと、私たちもできる限りスタッフとしてフォローします」

 

 なるほど。お2人の助言を参考に考えてみると……

 

 経験がある事と技能関係なら、

 ・歌

 ・ダンス

 ・大食い

 ・料理

 ・格闘技

 ・ハンドメイドアクセサリー

 

 未経験だけど興味のある事だと、

 ・サバゲー

 ・マグネットフィッシング&川掃除

 ・清掃活動(プロ)

 ・お笑い系

 ・商品紹介

 

「思ったほど絞れてない……」

「葉隠君は多方面で活躍しているのが特徴ですからね」

 

 近藤さんにも相談してみると、

 

「あまり遠くまでロケに行く企画ですと、スケジュール的に難しくなると思います」

 

 ということで、事務所内のスタジオか近場で撮影できる内容を選ぶことに。

 

 そして相談を続けた結果、最終的に選ばれたのは……

 

 ・大食い

 ・サバゲー

 ・清掃活動(プロ)

 ・商品紹介

 

 の4種類、4人の動画投稿者とのコラボが決定した。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~部室前~

 

 部活だけやりに学校へ来たら、部室の前に見覚えのある女子が佇んでいた。

 

「! 葉隠先輩!」

「矢場さん?」

 

 中等部の剣道部主将で和田と新井のクラスメイト。

 そんな彼女が何でここにいるんだろうか?

 

「久しぶり。文化祭以来だね」

「その節はお世話になりました」

「いやいやこちらこそ。ところで今日は何か、もしかして和田か新井に用?」

「えっと、その反対と言うか……あの二人から伝言を頼まれたんです。“今日は部活に遅れます”って。でもたぶん今日は来れないと思います」

 

 何か知っているようなので詳しく聞いてみると、彼女を含めた3人の去年の担任で、今は退職された元中等部サッカー部の顧問が学校に来たそうだ。

 

「たしか柳先生、だったっけ」

「はい。この前の文化祭にも来ていて、その時に忘れ物をしたとかで取りに。それで校門前でたまたま2人と顔を合わせて、そのままお説教が始まってました」

 

 なんでもその柳先生はサッカー部の現状と、和田と新井の2人がサッカー部をやめていたことを既に知っていたらしい。

 

「月光館の生徒が出るからと、夏休みに放送されたプロフェッショナルコーチングを見たそうで」

「あー」

 

 そういえばあの時、部室紹介の時にあいつらも出てたっけ。

 

「それで気づかれたと」

「部活を変えた事そのものは別にいいと言っていました。けど、柳先生は先輩の部に入るまでの経緯も知っていたそうです。サッカー部の部員に聞きに行ってたらしくて」

「それでガッツリ怒られてるわけか」

「あの2人もあの2人で。文化祭に先生が来ていたのを知っていて顔を合わせないようにしていたみたいで。キッチリ話をするまで逃がさない! と、先生にどこかへ引きずられて行きました」

「厳しい先生だって聞いてたけど、そんなに?」

「去年までは一部の生徒に鬼とか悪魔とか呼ばれてましたよ。悪い事しなければ怖くない良い先生なんですけど」

 

 それはそれは……ご愁傷様だ。

 

「OK、伝言は確かに聞いたよ。ありがとう」

「良かった。それじゃ私は剣道部があるので!」

「わざわざありがとね」

 

 ……そうなると今日の部活はどうしようか?

 というか、まだ誰も来てないんだな……

 

 ドッぺルゲンガーで鍵を開け、皆を中で待つことにする。




年末の試合相手がキャンセルしてきた!
影虎はマッサージとツボ押しを通して気への理解を深めた!
“気功・小”が“気功・中”に変化した!


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277話 影響

 ~部室・厨房~

 

 お茶を飲んで待っていると、山岸さんがやってきた。

 

「あっ、もう来てたんだ。早いね」

「仕事から直接来たからね。あと、和田と新井は今日休むかも」

 

 矢場さんから聞いた話を山岸さんに聞かせると、仕方ないねと苦笑い。

 

「あれ? 天田君は?」

「そういえば」

 

 学校が終わるのは小等部の方が早い。

 だからいつもはだいたい天田が先に来ているのだが……連絡も何もない。

 

「まぁ、待ってればそのうちくると思うけど……時間もったいないし、料理でもしてみようか。動画のことで相談もあったし」

 

 と言うことで、料理をしながら昼の打ち合わせについて説明。

 

「サバイバルゲームに清掃活動、最新家電の紹介と大食いチャレンジ……」

「あちら側の動画に出演する内容は完全に俺の趣味で決めちゃって申し訳ないけど」

「ううん、それは別にいいの。相手にもスケジュールの都合とか色々あるし、私は休めないから」

「一応その辺は向こうも配慮してくださってて、撮影は次の土日。動画を撮ってる山岸さんだけじゃなくて、他のお友達も興味があれば見学に来ていい、と言ってくださってる。担当の方もだいぶ感じのいい人だったよ」

「じゃあ、大事なのはこっちの企画だね」

 

 山岸さんは気合に満ちている!

 料理をしているけど、いつものように余計なことをする気配がない。

 作業は遅いがだいぶ慣れてきているのか、手を切るようなこともない。

 ごく普通に料理が進む……

 

 だから、俺は気が緩んでいたのだろう。

 

「そろそろいいかな……」

 

 完成直前の料理を味見してみると、

 

「!? ガハッ!? カッ!?」

 

 呼吸が! 喉が! 声が出ない……! ポズムディィィイッ!

 

「はっ!? な、何故……?」

 

 途中の味見では、ごく普通のスープだったのに……

 

 その思考を最後に、俺の意識は暗闇に飲まれた……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~部室内保健室~

 

 目覚めたらベッドの上。

 どうやら倒れた俺を見た山岸さんが江戸川先生を呼んだようだ。

 

「お目覚めですか? 体調は?」

「はい……若干胃が重い気がします。あと喉が……いったい何が?」

「山岸さんから大体の話は伺っています。1番の原因はおそらくコレですね」

 

 江戸川先生がそっと取り出したビンには……“特濃デスソース”と書かれている。

 

「何でそんなものが……」

「最近は冷えますからね……辛いものは体が温まる、と思ったらしく」

 

 辛いにも限度がある……しかしそんな変な臭いはしなかったが?

 

「それはですね、臭いを消すのに効果があるハーブを数種調合して混ぜていたようです。彼女、ハーブの扱いが上手くなりましたね」

 

 確かにそうかもしれないが、無臭の劇薬とか危険度上がってないか?

 いや、ゲームオーバーの幻聴が無かった分は改善か?

 

「……ちなみに今あの料理は?」

「本人が片付けていますよ。だいぶ反省しているようです」

 

 ならこれ以上何も言わなくていいか……とりあえず体を治そう。

 

 呼吸器と消化器の調子を整えるツボを痛みをこらえて押し、さらに気功で内部からも癒す。

 

 また、その話を江戸川先生にしてみると、

 

「影虎君の想像は正しいと思います。気が健康や肉体に影響を与えるのはもはや説明する必要もないでしょう……もう知っての通り、気の流れと人間の内臓、重要な器官は密接に絡み合っています。破壊と創造は表裏一体。気の流れや体調を良くするツボがあれば、悪くするツボも存在するでしょう。それこそ命を奪うようなツボがあってもおかしくありません。

 急所と呼ばれる部位には……例えば肋骨には心臓や肺を守る役割があり、体の前面からの衝撃には強いのですが、横からの衝撃には弱い。首には頚動脈や気道、脊髄が通っている等々。そういった人体の構造上どうしても脆い部分も存在しますが、体の内側、目に見えない所にもそういった部分は存在すると思います。目に見えるものだけが現実の全てではありませんからね……ヒッヒッヒ……」

「なるほど……!」

「どうしました?」

 

 再び昼と同じ、スキルが変化した感覚を覚えた。

 

「……どうも今ので“治癒促進・小”が強化されて、“治癒促進・中”になったみたいです」

「ヒヒッ! 怪我の功名、ということでしょうか?」

 

 気の知識の増加、あと料理で傷ついた胃のダメージとその回復もきっかけだろう。

 先生は当然として、山岸さんにも感謝すべきなのだろうか?

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~出巣吐露威鎖亞華栖(デストロイサーカス)のアジト~

 

 シャドウの召喚と操作能力の強化に関係がある可能性があると知り、指導に熱が入る。

 しかし無理をさせて体を壊しては本末転倒。練習前の準備運動。練習後のマッサージ。怪我をした時の応急処置など、体のケアについて丁寧に説明した!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス・エントランス~

 

 今日部活に来なかった天田に、都合でも悪かったのかと聞いてみると、

 

「あれ? 江戸川先生から聞いてませんか? 前に話してた、先輩と一緒にテレビに出るって話の関係で、近藤さんと会ってたんですけど」

「聞いてない」

 

 江戸川先生は知っていたらしいが、俺が意識を失っていたのでそれどころじゃなかったのかもしれないな……

 

「逆になんで意識を失うような事に?」

 

 それから事情を説明すると、天田とコロマルに呆れられた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 帰宅後

 

 バイオリンを弾いた後も眠気を感じなかったので、動画サイトを開いてみた。

 コラボ予定の投稿者さんの動画を予習と暇つぶし半々くらいの気持ちで見ていく。

 1本1本は短くても数があればそれなりの時間になる。

 

 程よい眠気を感じた頃……最後に安藤家のチャンネルを開くと、

 

「登録者数伸びてるな……」

 

 あちらもだいぶ人気が出ているようだ。

 ロイドもちゃんとすれば見た目は悪くないし、アンジェリーナちゃんは歌も上手いしな……

 あちらにはもうコラボ企画を了承したこと、伝わっただろうか?

 

 確認するとメールはない。こちらから一言送り、寝ることにする……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 11月19日(水)

 

 朝

 

 ~都内某所~

 

 芸能界でよくオーディションに使われると有名らしい、大きな会場へとやってきた。

 検査入院中に誘われた、各アイドル事務所合同の学園ドラマの説明会と選考会が行われる。

 何でもメインのキャストとそのクラスメイトは男子がBunny's事務所、女子がIDOL23で決定。

 しかしストーリーの都合上、ドラマには先輩や後輩の他にそのクラスメイトも登場する。

 アイドルの年齢と外見上、同世代と言うには厳しい場合もある。

 2つの大手事務所以外に所属するアイドルはその穴埋め的に起用されるようだ。

 

 役柄は台詞もなくエキストラと大差ない役から、ストーリーに頻繁に関わる役まで様々。

 大手とその他の待遇差が垣間見えるが……チャンスには変わりないのだろう。

 周りを見れば各事務所のアイドル本人はもちろん、マネージャーやプロデューサーも来場。

 会場の収容人数は500人ほどか?

 

 大きなステージを正面に3列。

 右と左にはBunny's事務所とIDOL23の事務所が陣取っている。

 その間を仕切り、分けるような中央の列が、その他の中小事務所の席だ。

 

 ゲストの俺と近藤さんもそちらへ向かうと、気づいた周囲から視線が集まる。

 ヒソヒソと話題にもされているようだ。

 どうせなら話しかけてくればいいのに……

 

「せんぱーい!」

 

 そう、こんな風に。……ん?

 

「あ、久慈川さん。井上さんもおはようございます。お2人も来てたんですね」

「おはようございます! ってか、私もアイドルだから当然でしょ」

「おはよう。“久慈川りせ”を世間にもっと知ってもらうチャンスだからね。僕たちもこのチャンスを逃す気はないよ」

 

 久慈川さんと井上さん。

 それぞれの仕事は違うけれど、2人は熱意に満ちた同じ紫のオーラを纏っていた。

 

「……何かあったか?」

 

 やる気に満ちているのは良いとして、2人のオーラの色が溶け合っていると言ってもいいくらい同じ色になっている。まるで文化祭の時の、クラスの全体のオーラみたいに。

 

「一体感が違う、といえばいいのかな? 前はもっとバラバラだったと思うんだけど」

「……何も言ってないのに、先輩には分かっちゃうんだね」

「葉隠君、りせはこの前の君のステージを見て触発されたようでね。その後すぐに事務所に飛び込んできたんだ、練習がしたい! って」

 

 その時井上さんは仕事で事務所にいた。

 そして久慈川さんの突然の様子に驚き、詳しく話を聞いたらしい。

 

「私、あのステージを見てまた、先輩に負けたくないって思ったの。そのために練習がしたくて、その時思ってた事を全部井上さんにぶつけた」

「それが今は良いきっかけになったと思う。僕も彼女に色々と話したよ。僕から見た君のことも、重荷になるかと思って黙っていた、彼女への期待も全部ね」

「先輩、私……ずっとどこかで自分が“1人”だと思ってた。

 他所の事務所でも、同じ事務所でも、アイドルはニコニコしてても仕事を奪い合う敵。

 井上さんや事務所の大人は、私を“商品”として売っていくだけ、売れなくなったら捨てていく。

 練習生で夢を諦めた子たちは売れなかったから捨てられた……いくらでもある代用品の1つ。

 デビューしてから、学校のクラスの子たちの態度も変わった。

 これまであまり友達とかいなかったのに、話したこともない子が友達って言ってきた。

 比較的話す方だった子たちは勝手に遠慮して疎遠になったり、勝手にクラスで自慢してたり」

 

 愚痴にも聞こえる言葉が続くが、その目は澄んでいた。

 

「……周りの色んな事が変わっていくうちに、私は勝手に取り残された気になって。お仕事とか責任とか、気づかないうちに“結局は1人で頑張っていかなきゃ”って思ってた部分があったと思う。でも先輩のステージを見た後に井上さんと話して、気づいたの。ちゃんと見ていてくれる人はいた、って」

「……そこまで偉そうに言えるほどじゃないよ。恥ずかしながら、僕はそこまで気を張りつめている事に、彼女が話してくれるまで気づけなかった。過度な期待は重荷になると思っていたのが、逆に無関心に見えて孤独感を与えていたなんて思いもしなかった」

 

 久慈川さんはそっと首をふる。

 

「私が話したら、井上さんはちゃんと聞いてくれた。真剣にレッスンの相談にものってくれて、会社の人とも話をしてくれた。それに会社の人も私の意気込みを認めてくれて、今回はタクラプロから出すアイドルに私を選んでくれた。他のアイドルの子だって、先輩も後輩も皆それぞれ応援してくれた。

 ……同じ頑張れって言葉は何度も聞いていたはずなのに、これまでと全然違った。それで“ああ、これまで私、言葉を素直に受け止めてなかったんだ……”って気づいちゃった」

 

 “これまで応援してくれた人には申し訳ないけど、今気づけて本当に良かった”

 

 そう語る彼女の顔は清々しく、そして魅力的だった。

 彼女は俺の知らないところで勝手に何かの殻を破ったらしい。

 

「これは強敵ですね。葉隠様」

「まったくだ……」

「もっと早く気づいてたら良かったのに、って思うけど……私、今日まで時間の許す限り、事務所の人と力を合わせて頑張ったよ。今日はその成果を見せてあげる!」

「タクラプロも総力を挙げてりせをバックアップしました。今日のオーディション。必ず良い役を勝ち取ってくれると信じています」

 

 周囲には他のアイドルも大勢いる中で俺にそれを言うのか。

 そもそも勝ち負けの判断基準は何だ、とも思うが……

 

「俺もそう簡単に負ける気はないよ」

 

 選考会へのモチベーションが上がった!

 

 それはそれとして……4の原作は大丈夫かな……




影虎は山岸と料理をした!
劇物レベルの激辛料理になった!
スキル“治癒促進・小”が“治癒促進・中”に変化した!
影虎は学園ドラマ制作の説明会&選考会の会場を訪れた!
影虎は久慈川りせと井上の関係に影響を与えていた!


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278話 悪化

「このドラマの中心となる――」

 

 ドラマの説明が続いている……

 

 それによると、ドラマの主人公は4人。

 とある進学校に入学し、縁を持った男子2名と女子2名を中心に話が広がる。

 基本的に主人公たちは競い合いの激しい校風で、クラスの内外で起こる不和や問題、

 それから後輩に対する先輩の理不尽とも戦っていくことになるようだけど……

 その過程で絆を深めた主人公やその他との恋愛要素あり。

 さらには校風についていけずドロップアウトした不良とのアクションあり。

 その他様々な要素が盛り込まれるらしい。

 

「以上が今回のドラマ。“学園★急上昇”の概要です」

 

 一通り説明が終わると質問タイム。

 それからオーディション用の薄い台本が配られ、2時間の自由時間が与えられた。

 この2時間でできるだけ台本を読み込み役作りをするもよし、休憩を取るもよし。

 

 ほとんどのアイドルはそのまま席で台本を読み始めているが、俺は近藤さんと会場を出る。

 すると同じタイミングで久慈川さんと井上マネージャーも外に出たらしい。

 

「さっきぶり。休憩か?」

「違いますー。中は空気がピリピリしてるから、集中して台本読めるところに行こうと思って。先輩は?」

「俺も似たようなものだよ」

 

 台本はもう覚えたから、どこかで何か食べながら役について考えようと思っている。

 

「お店は決まってないの? それなら、井上さん」

「うん。少し歩いた所に良いカフェがあるんですが、よければ一緒にどうですか?」

「私も台本の読みあわせとか、相手がいてくれたほうが助かるし」

 

 断る理由もないので、ありがたくご一緒させてもらうことにした!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 1時間後

 

 ~隠れ家的カフェ~

 

 案内されたカフェは薄暗い裏路地にあり、案内がなければ絶対に来なかっただろう。

 店内は程よく明るく清潔。観葉植物が多くて自然を感じる落ち着いた内装だった。

 

 そこで久慈川さんはじっくりと本を読み。

 俺は先に読み終わった内容の要点をまとめ、説明したり。

 台本について話し合う事で内容への理解を深めた!

 

「よし! そろそろ読み合わせしよう」

「……ここでか? カフェだし」

「大丈夫だよ。ここのマスターは元劇団に所属していたそうで、寛容だから。あの会場でオーディションがある時は、担当アイドルといつもお世話になるんだ」

「文句を言う客もいないから、思いっきりやってみな」

 

 聞こえていたようで、カウンターの向こうから許可がでた。

 ありがたく、本気で読み合わせをさせていただいた!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~オーディション会場~

 

 できる限りの準備を行い、時間前に会場のあるビルへ戻ってきた。

 オーディションはまずいくつかの部屋に分かれ、くじで男女のペアを作る。

 そして順番にカメラの前で台本にある男女の会話を演じる。

 結果発表は審査員が全員分の映像を見てから判断し各事務所へ、俺の場合は近藤さんに連絡が入る。

 ちなみに近藤さんや井上さん、オーディションを受けるアイドル以外は説明会場で待機だ。

 

 俺は208号室。久慈川さんも同じ部屋だったが、

 

「9番」

「あっ! 女子の9番、私です!」

 

 流石に試験のペアまで同じとはいかなかった。

 残念だが仕方がない。

 

「葉隠です。よろしくお願いします」

「こちらこそ!」

 

 なにやら番組見てます! あとネットの動画も! と興奮気味の女子と合流。

 落ち着かせてから、軽く読みあわせをしようと思っていると……

 

「あっ!」

「え? ああ……」

 

 視線の先にはくじを引く光明院君の姿があった。

 どうやら久慈川さんとペアになったらしいが……以前にも増してオーラが刺々しくなっている。

 

「なんかカンジ悪い……」

 

 テレビで見るのと違う。幻滅。とぼやく女子。

 彼女はどうやらアイドル候補生であり、アイドル好きのようだ。

 アイドル好きが高じてアイドルを目指したのかもしれない。

 

 それはそれとして、

 

「始まるまでまだ時間がある。一度読み合わせをするぞ」

「分かった」

 

 光明院には余裕がなく、久慈川さんも少々やりにくそうだ。

 台本が男女のパートに分かれている以上、俺が彼とペアになる可能性はない。

 俺はそれだけでも幸運だったのかもしれない。

 

「あっ! あっちにIDOL23の、あっちにはBunny'sの!」

 

 ……いや、これはこれでどっこいどっこいかな……

 アイドル好きは別にいいけど、ちょっと時と場合を考えようか。

 騒ぎすぎで周囲の目が痛くなってきた。

 

 オーディション前だし、俺たちも読み合わせをしよう。

 

 女性にそう提案して、集中させるためにこれまで培った表現力、演技力、交渉技術を駆使した!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 オーディション後

 

 ~ロビー~

 

「2人ともお疲れ!」

「いかがでしたか?」

 

 別行動の近藤さんと井上さんに合流。

 手ごたえを聞かれたので、

 

「自分の力は出し切れたと思います」

「私もなんとか。でも疲れた~」

「久慈川さんは相手があれだったからな……」

「? 何か問題でも?」

 

 井上さんが聞くと同時に、周辺把握が近づいてくる彼を捕捉する。

 

「噂をすれば影みたいですよ。……久しぶり、何か用かい?」

 

 振り返って声をかけるが、光明院君は黙って渋い顔を向けるだけ。

 まっすぐこちらに向かってきたから、何か用かと思ったが、

 

「あれだな……辞めたのか? 上っ面を取り繕うの。アイドルらしからぬ顔してるぞ」

「お前には関係ないだろ。それよりお前、演技はどこで習った」

 

 口を開いたと思えば……それこそ関係ないだろうと言いたくなったが、飲み込んで答える。

 

「アメリカで少しね」

「期間は」

「指導してくれた方はすごい人なんだけど、お忙しくてね。一週間足らずだよ」

 

 その瞬間に彼のオーラが不愉快な色に染まり、なおかつ膨れ上がる。

 

 フラストレーション溜め込みすぎだろ……いつ殴りかかってきてもおかしくない。

 俺はどうとでもなるけど、光明院君は精神的にちょっとやばいかも。

 

「……ねぇ」

「ん?」

「負けねぇぞ。お前にどれだけ演技の才能があろうと、最後に勝つのは俺だッ!」

 

 言葉の内容自体はライバル宣言なのだが、怒鳴るような声では威嚇にしか見えない。

 周囲にいたアイドルや関係者も何事かとこちらを見ている。

 しかし彼は気づいていないのか、

 

「お前もだ久慈川!」

「うえっ!?」

「テレビで大々的にライバル宣言しておきながら、当の本人と仲良くお友達ごっこか。お前みたいな半端な気持ちでアイドルやってるやつには絶対負けねぇからな。覚えと」

「コラッ! 何をやってるんだ!」

「ッ!?」

「他所のアイドルと揉め事を起こすんじゃない! うちの子が失礼しました。……来なさい」

 

 矛先を変えて一方的にまくしたてたと思ったら、騒ぎを聞きつけたマネージャーに連れて行かれた。

 

 久慈川さんも周囲も、取り残されて呆然とするしかない。

 

「……な、なにあれ!? 勝手なこと言いたい放題! ムカつく~!」

「ちょ、ちょっと落ち着いて。りせ」

「久慈川様の気持ちもわからなくはありませんが……葉隠様?」

「……敵意を向けられるのは前からですけど、会うたびに無理してる感じがします。精神状態もそうですが……無理なレッスンの疲労かな? たぶん体の調子も良くはないかと」

 

 気になったので観察したら、気の流れが悪かった。

 

「アイドルとしてトップを取りたい。それは生半可な覚悟では無理だとは思います。しかし、どうしてあそこまで張り詰めているのか……?」

 

 何だ? 体の中に、いつもの痛みとは違う感覚がある。

 いつもの痛みを“力が漲って張り裂けそうな痛み”とすると、漲っていた力が急に抜けたような……コミュ関係ならリバース状態? 元から敵意を向けられて今更といえば今更だけど、放置しすぎた、って事なのかな?

 

 ……会うたびに悪くなるあの状態も気になるし、何にしてももう少し歩み寄る必要がありそうだ。まだブロークン状態でないといいが……

 

「近藤さん。Bunny's事務所、特にアイドルのサポート状況を調べてもらえませんか?」

「かしこまりました。個人的に気になることもあるので、本腰を入れて調べてみましょう」

「いつも助かります」

 

 人目も痛くなってきたし、まずは怒れる久慈川さんをなだめて昼食に向かおう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~アクセサリーショップ・Be Blue V~

 

 遅くなったが、岳羽さんに弱点をカバーするアクセサリーを渡す。

 

「これが例のアクセサリーね。……うん! デザイン通りでいい感じ! 効果の方は」

「それは心配ない。実際に試してみたから間違いないよ」

 

 “耐雷のブローチ”

 外見はハートを模したブローチ。

 中心部に填め込まれた宝石と、その下に仕込んだ魔法円により魔術が常時発動。

 イメージは避雷針とアース。体表に魔力の膜を張り、雷を逃がすようにルーンを組んだ。

 完全ではないが、これにより雷属性の魔法のダメージを半減させ、雷弱点によるダウンを防ぐ。

 デザインは俺のじゃないけど、センスが良い。

 控えめに言っても自信作と言える一品だ!

 

「それはそうと、そちらから何か話せる情報は?」

「んー……申し訳ないけど、まだ何もない……決まってるのは今月末までに分寮の方へ入寮ってことだけで、今は引越しの準備中。活動について詳しいことはそれが終わってからって話になってて、まだ召喚器も渡されてないの」

「機密情報と貴重品の塊だしな。仕方ないだろう。そういうことなら時期を待つよ」

「なんかツケが溜まっていくばかりで申し訳ないんだけど」

「返せるときに返してくれればいいさ。……あ、そうだ。入寮に際して1つ注意と頼みがある。俺がペルソナや影時間を知っていることと、岳羽さんと協力関係にあることは秘密にするという約束だけど、それがバレるような事を何かに書いたり、口にしないように気をつけてくれ」

「? それは当然でしょ? そういう約束だし」

「たとえ自室内であっても油断しないでくれ。あの寮、各部屋に監視用の隠しカメラがついてるから」

「監視カメラ……!? ちょっ、何よそれ!? 何で寮の部屋にそんなもの仕掛けられてんの!?」

「そんなの俺に聞かれても困る。ただ本来の流れだと岳羽さんは気が引ける様子だったけど、来年やってくる転校生をそれで監視する側に立っていたし、その後も普通に寮で生活していたぞ? ……自分の部屋にもついていると思わなかっただけか?」

「普通そんなのついてると思わないし! てか私これから引っ越すんだけど!?」

「だからこそ注意したんだけど」

「引越しが決まってから言われても遅いっつーの!!」

 

 やっぱり室内の盗撮は嫌か。ゲームでも後に一悶着あったようだし。しかしそうなると本当に本来の岳羽さんは他人の部屋を盗撮(監視)しておいて、自分の部屋には何もないと思って、能天気に生活していたのか?

 

 謎が深まるが、ここは店の中。

 オーナーが協力的とはいえ、あまり騒ぐのは得策ではない。

 怒る岳羽さんをなだめ、最終的に家具などの配置で対策をすることで決着がついた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 深夜

 

 ~廃ビル~

 

 今日も変わらず不良たちへの指導。

 昨日は体のケアについて教えたので、人体の急所についての知識を叩き込んだ。

 皆、教える前からそこそこ詳しかったのは経験なのか?

 いつもより全体的に理解が早かった!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス・43F~

 

 気の流れからシャドウの急所を見極め、狙い打つ練習をしてみた。

 結果としては、まだ集中が必要なので単独では使いづらい。

 しかし天田とコロマルのフォローがあれば十分に使えた!

 

 天田とコロマルが敵をひきつけ、俺は集中。

 うまく急所を突くとシャドウはダメージも大きいのだろう。苦しんで隙ができる。

 そこへ天田とコロマルが追撃する。

 

 単独ではまだまだ鍛錬が必要だけれど、チームで考えると良い感じではないだろうか?

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 帰宅後

 

 ~自室~

 

 アンジェリーナちゃんから先日のメールに対する返事が来ていた。

 コラボ動画は、こっちで歌った動画と音声を送り、向こうで合成して1つにするらしい。

 問題はコラボで彼女が歌いたい、と言っている曲なのだが……英語と日本語で一曲ずつ。

 

 ディズニー映画で有名な“A Whole new world”

 Kalafinaの“Storia”

 

「難易度高いな……」




影虎はオーディションを受けた!
男性アイドル“光明院光”とのコミュがリバース状態になった!
岳羽ゆかりにアクセサリーと情報を提供した!
アンジェリーナとのコラボ動画用の歌が決定した!


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279話 関係者の……

 翌日

 

 11月20日(木)

 

 午前

 

 移動中の車内で1日のスケジュール確認を済ませた後、ふと気になったことを聞いてみる。

 

「近藤さん。昨日の光明院君のことで調査をお願いした時に言っていた“個人的に気になる事”って何か、聞いてもいいですか?」

「ああ、それはですね……葉隠様は“愛と叡智の会”という団体をご存知でしょうか?」

 

 愛と叡智の会? 聞いたことのない団体だ。もちろん原作にもなかったはず。

 描写されていない、あるいはこの世界独自の団体だろうか?

 

「芸術や学問を研究、さらに次世代を担う子供たちへのより良い教育を考えるという団体のようで、学習塾をはじめとして多数の音楽、演劇、絵画などのスクールに出資、あるいはアドバイザーとして関わっているようです」

 

 そう言って近藤さんが名前を挙げたのは、先ほどとは一転して、日本の主要都市には必ず1つ2つ校舎があると思われる有名学習塾だった。

 

「その他の分野でも同様。第一線とはいかないまでも、それなりのシェアがあるスクールと太いパイプを持つ団体のようです。表向きは」

「表向き、ですか」

「はい。これは私の主観になりますか、どうも怪しく感じるのです。関連企業の知名度に対してここまで団体の知名度が低いことも気になりますが、何よりおかしく思ったのは昨日、葉隠様と久慈川様がオーディションを受けている間のことです」

 

 なんでも別行動をしていた近藤さんや芸能事務所の人に対して、愛と叡智の会の人間が壇上に上がり、関連する学習塾や芸能スクールの説明会があったそうだ。

 

「アイドルの仕事と学業を両立させるため。ワンランク上を目指すため。内容としては概ね理解できましたが、それをなぜあの場でできたのか? どうやら愛と叡智の会という団体は随分と芸能界やメディアに顔が利くようです」

 

 それとなく近藤さんがこれまで作ってきたコネを当たってみたら、業界人にとっては常識だったらしい。

 

「さらに、実を言いますと団体名を耳にしたのは昨日が初めてではありません。以前葉隠様に関するデタラメを書いて出版した週刊“鶴亀”とも繋がりが見え隠れしています。残念ながらガードが固く、確たる証拠や関連は掴めていませんが……昨日の説明会の直後、光明院君を連れて行ったあのマネージャーと説明を行った団体の人間が親しげに話していたのを確認しています」

 

 近藤さんはBunny's事務所や光明院君達マネージャーを調べることで、愛と叡智の会についての手がかりを得られないかと考えているようだ。

 

「……近藤さんの理由はわかりました。でもまた一つ疑問が」

「何でしょうか?」

「これまで色々調査や用意を頼んできて今更ですけど、近藤さんって何者ですか?」

 

 注文した資料は確実に揃えて持ってくるし、聞けばすぐに用意してあったりしてすごく助かるは助かるんだけど…… 事務処理能力はともかく、異常に調査力が高い。謎が多い不思議な人だ。

 

「思い返してみたらサポートチームの顔合わせの時、近藤さんだけ前職の事を聞いてませんでしたし」

「私の前職、ですか。基本的に話さないようにしているのですが、葉隠様には教えておいた方がいいかもしれませんね」

 

 彼は声を潜めて一言。

 

「ボスの下につく前は、CIAで働いておりました」

 

 CIA……アメリカの中央情報局!?

 

「……本物のスパイ?」

「元、ですが……あまり吹聴すると危険なので、秘密にしておいてくださいませ」

「了解……調査や潜入の技術指導は求めてもいいですか?」

「細かい資料を用意しましょう。後は実地で。葉隠様の能力を貸していただければ、こちらとしても調査の幅が広がりますから」

 

 近藤さんの前職を知り、お互いに利のある話ができた、あッ!

 

「あ~……」

「私にもコミュがあるのですね」

「ほぼ間違いなく。不良グループやストレガの例があるので、個人なのかグループの一員としてなのかは分かりませんが」

 

 そういえば霧谷君はどうしているだろうか?

 前に投稿した動画で忙しくなったらしいが、もうだいぶ時間がたった。

 受け取った資料の魔術にも慣れてきたし、彼ならこの痛みをどうにかできる可能性がある。

 ……頃合だろう。そろそろ彼と連絡を取ってみよう。

 

「かしこまりました。スケジュールの調整はお任せください」

 

 怪しげな団体にコミュ関係。まだまだ先は長く、大変そうだ……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~部室~

 

「よし、次は実際に撮ってみるか」

「はい!」

 

 今日の部活は特別編。

 明日からまた始まるアフタースクールコーチングの撮影に、天田が正式に参加することになったので、そのための練習として動画撮影を行う。

 

「本番では基本的に渡される台本やスタッフさんの指示に従っておけば問題ないよ。無理に面白いことをしようとしたり、変なキャラ付けをする必要もない。台本に従いつつ、わざとらしさは見せないように」

「難しそうですね……」

「大丈夫大丈夫。多少ぎこちなくても分かってもらえるし、スタッフさんは俺もフォローするから。撮り直しもできるし。ひとまずさっきやった発声を忘れずに、しっかり声を出して喋れれば後はどうにでもなる。あとは少しでも雰囲気に慣れておこう。準備はいいかー?」

「ウッス!」

「兄貴。先輩。こっちはスタンバイOKです!」

「撮影機材もセットしたよ」

 

 和田と新井、そして山岸さんの準備も整ったようだ。

 

 天田に簡単な台本を手渡し、部室内の俺の部屋へ移動。

 元展望台職員の宿直室であった和室には今、 2つのマットが敷かれている。

 今日の企画は……

 

「「今日からできるマッサージ!」」

 

 マッサージによる筋肉のほぐし方。

 体の各所にあるツボを実際に実演しながら解説し、体の調子の整え方を学ぼうという企画。

 和田と新井を実験台にして、俺が天田に教える感じで進めていく。

 

「さて、早速この2人を実験台にしてマッサージを始めたいと思いますが……」

「あの、大丈夫ですか?」

 

 和田と新井がものすごく疲れている。

 実験台にするために、ちょっと走って疲れてきてとは頼んだけど、

 

「どこまで走ったの?」

「学校の外周、15週してきたッス!」

「学校の外周って、中等部? 高等部? どっちにしても1キロくらいありますよね」

「測ったことないけど、うちの学校デカイしそれくらいはある。ってことは15キロかそれ以上」

 

 俺たちの発声練習とか、全部合わせても1時間にギリギリ届かない。

 となると10キロを40分くらいのペースになるが、マラソンだとかなり速い方だ。

 

「全力疾走してきました!」

「張り切り過ぎだよ!」

 

 誰もそこまでやれとは言ってない。

 

 しかしそんな和田と新井の天然により、天田の緊張が少し解けたようだ。

 オープニングと自己紹介の段階ではガチガチだったけど、そこからの進行は自然になってきた。

 ただ、もうひとつ思わぬ問題発生。

 

「あ゛!? 痛ッ! いたたたっ!?」

「ぐああああああっ!!」

 

 指圧に伴う痛みで和田と新井が絶叫。

 最終的に回復効果は実感してくれたが、動画を見直すと全く気持ち良さそうではない。

 正直、罰ゲームにしか見えなかった。

 

「これ、誰も試そうと思わないんじゃないかな……」

「俺もそう思う」

「僕も……」

 

 もっと患者の負担を軽減する工夫が必要そうだ……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

「夜遅くまでつき合わせてごめん。土日の撮影見学者の取りまとめも頼んでるし……本当に助かるよ」

「ううん、私も楽しみだから」

 

 アンジェリーナちゃんとのコラボ動画用の歌収録を山岸さんと行った!

 

 外は暗いので女子寮まで送っていくことになり、

 

「あっ、もうこんな時間だったんだ。寮のお夕食間に合うかな……」

「あー、帰り着くまでに食堂の時間過ぎるかもな……いっそ何か食べてから帰る?」

「そうだね。外食もたまにはいいかも!」

 

 成り行きで一緒に食事をすることになった!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 深夜

 

 ~廃ビル~

 

 不良連中との戦闘訓練だが……山岸さんと食事をした後だと男臭さがハンパない。

 そんな俺の様子に気づいたのか、

 

「今日はなにかあったのか?」

 

 と聞いてきた鬼瓦に、名前を伏せて正直に答える。

 するとそれを聞いていた連中がいて……

 

「女と食事だァ!?」

「自慢かコラァ!」

「テメェ顔が良いからって調子乗ってんじゃねぇぞ!」

「モテない俺らへの当て付けか!?」

「表出ろやァッ!!」

「悔しいがテメェの指導で俺らは強くなった……今なら殺れる!」

 

 訓練に参加していた奴の大半が反乱を起こした!

 ちなみに反乱に加わらなかった連中には彼女がいたと判明。

 それからは俺と彼女がいる野郎共VS彼女いない野郎共の戦いへと発展。

 最終的に俺が敵味方関係なく全滅させて終結した。

 

 しかし鍛えた分の成果が出ていること。

 それをしっかりと彼らが実感し、次のモチベーションにできている事も分かって良かった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス・16F~

 

 鬼瓦たちの成長を感じたので、俺も基本を見直すべく、ひたすら階層を隔てる壁を突く。

 心を落ち着けて無心に壁を殴り続けると、エネルギーの流れを感じる。

 

 オーロラのような壁は謎のエネルギーの塊。

 常にその光を揺らがせ続けていて、エネルギー量も流動しているようだ。

 思いつきで、狙っている部分のエネルギーの少なくなった瞬間を狙って突きこむと?

 

 ……!! これまでよりも遥かに楽に、拳が壁を突き抜けた!

 

「壁にも弱い部分があるのか!」

 

 新たな発見だ! 体が通り抜けられる大穴を開けられる日も近い、かもしれない!




芸能界の怪しげな一面が見えてきた……
近藤の前職が明らかになった!
天田はテレビ出演の予行練習を行った!
和田と新井は脚力が上がっていた!
不良グループの実力を確認した!


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280話 体操・練習開始

今回は三話を一度に投稿しました。
この話が一話目です。


 翌日

 

 11月21日(金)

 

 午前

 

 ~テレビ局~

 

 幸か不幸か、光明院君と仕事場で会えた。

 しかしマネージャーにきつく言われたのか、必要事項以外の会話には応じてくれなかった。

 彼は何かにつけて俺を避けていたが、収録中に行った競技では対抗心バリバリ。

 直接の会話はないが、軽く周囲が戸惑うほどだったので状況は変わっていないだろう。

 

 ……このままでは俺以外との関係も心配だ。

 基本的に対応が刺々しくなっていたので、フォローに動いたが……

 正直あまり効果があったとはいえず、周囲の光明院君への印象は悪くなっている。

 

 一番の被害者である俺が寛容な姿勢を見せているから、もう少し様子を見てあげよう。

 そういう雰囲気に抑えるのが精々だった……

 

「早く何とかしないと仕事がなくなりかねませんよ、近藤さん」

「ですね……あのマネージャーも形式的には謝罪やフォローをしていますが、いまいち心がこもっていません。あれではむしろ不満を煽るでしょう。……葉隠様、今夜ご協力いただけますか?」

「収録後ならいつでも」

 

 今日のタルタロスは中止だな。

 ……そういえば光明院君があの状態なら、佐竹の方はどうなっているだろうか?

 あいつもBunny'sだし、似たような事になってないといいが……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~部室~

 

 昨日に引き続き、マッサージの動画撮影。

 

「またアレっすか……」

「あれ痛いんですよね……」

「大丈夫だ。ちゃんと対策は考えてある」

 

 激痛を思い出したようで腰の引けている和田と新井。

 だが俺もちゃんと対策は考えてきた。

 

 ヒントは前に目高プロデューサーに施術した時の事。

 彼も最初は指圧を痛がっていたが、しばらくすると痛みを感じることなく眠ってしまった。

 その間の気の流れを記憶から引きずり出して考えた結果、気の流れが原因だと思われる。

 

 もともと流れが悪くなっている所へ、強制的に、急激に気を流れるように刺激するから痛みも強くなるのではないか? 少なくとも目高プロデューサーはある程度気の流れが良くなってからは痛みを訴えることがなかった。

 

 だから痛みの伴わないマッサージと気功で先に十分に気の通りを良くしておけば、ツボを刺激しても痛みを感じなくて済むのではないか? と考えた。

 

 ……まぁ、確認は今からだけど。

 

 それでも単純な2人は安心したようで、すぐにマットへうつぶせになる。

 

 そして施術開始。

 

「「あ゛~……」」

 

 マッサージ中。まだ痛みはないようだが、気の流れの改善も緩やか。

 これはだいぶ時間がかかりそうなので、ついでにちょっと踏み込んだ話をしてみる。

 

「そういえば2人とも、この前引退された先生と会ったんだって?」

「あ゛~……柳先生の事っすか?」

「あの日は突然休んですみませんでした……」

「いや、それは別にいいんだ。ちゃんと伝言は聞いてたし。で? 久しぶりに会って話した感想はどうよ? 随分絞られたって聞いてるけど」

「その通りっす……久々に聞いたっすよ、あの『バカモン!』って怒鳴り声」

「あのって言われても俺は知らないんだが。そんなにか」

「1回怒鳴られる度に鼓膜が破けるんじゃないかと思うくらい、デカイんですよ。声が、あぁ」

「あんだけ怒鳴れるなら十分まだ働けると思うんすけどねー」

 

 オーラを見ると、だいぶリラックスしている。

 それに伴って口も軽くなってきたようだ。

 

「働けるなら教師を続けてほしかったか?」

「そりゃー……そうっすねー……超厳しい先生だったんで、去年まではとっとと辞めちまえ! とか思ったことも正直あったんすけど」

「実際辞めた後になって思うよな……柳先生が辞めてなかったら、サッカー部も変わらなかっただろうし……」

「だよなー……辞めてなかったらこうして兄貴らと会うことも無かったんだろうけど……」

 

 ……2人にとってはどちらが良かったんだろうか?

 

「どっちが良いかって聞かれると……なんか違うっす」

「なんつーか、どっちが上って感じじゃないんすよね……俺ら、兄貴や先輩とこうして部活で色々やってるのマジで楽しいと思ってますけど……サッカー部にもサッカー部の仲間がいて、馬鹿みたいにボール追っかけて」

「練習はめちゃキツイし柳先生は怖いけど、シュート決めたり試合に勝った日はもう、うれしくてたまんなかったっす」

 

 サッカー部にはサッカー部の思い出があったんだな。

 

「そうっすね……だからなんすかね……林が新しい顧問になってから、ムカムカして仕方なかったっす。勉強優先の方針は正直、納得できなくはなかったっす。頑張ったら誰でもプロになれるわけじゃないって事くらい……俺らもそこまで世間知らずの馬鹿じゃないつもりっすから」

「でも部活は所詮遊び、ってのはどうしても受け入れられなくて……それ認めちまったら、俺らが皆とやって来た事を全否定するみたいで……なのにそう考えてるのは俺たちだけみたいに、みんな林のやり方に従うようになっちまって」

「何で皆、あんな風に切り替えられるんすかね……」

「それが分かったら、俺らここに居ないだろ……」

 

 2人は思うことを素直に口に出すうちに……

 

「……寝ちゃいましたね」

「だな」

 

 ツボを押してみるが、痛みで目を覚ます様子はない。

 予想は正しかったと考えて良いだろう。

 それに2人がいかにサッカー部の仲間や俺たちとの思い出を大事にしているかを知れた。

 会話に個人的な内容が多すぎて、動画としては今回もお蔵入りになるだろうけど。

 

「!」

 

 慣れた痛みと同時にスキルを習得。

 “ドルミナー”……対象1人を眠らせる魔法のようだ。

 習得のきっかけは、俺が和田をマッサージで眠らせたから?

 痛みと同時に習得したということは、コミュが上がることで習得するスキルもあるのだろうか?

 不良グループとのコミュでシャドウ召喚の能力が上がったこともあるし……

 俺のコミュにはまだまだ謎が多いな……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~辰巳スポーツ会館・体育館~

 

 アフタースクールコーチング、今週の課題は一体なんなのだろうか?

 心なしかスタッフさんがなんだか浮き足立っている気がする。

 

「天田君、メイク終わりました!」

 

 天田の準備も整ったようだ。

 台本の確認などは既に終わっているし、後はもう収録を始めるだけ。

 そこへ目高プロデューサーと見慣れない男性がやってきた。

 

 

「葉隠君!」

「目高プロデューサー。お疲れ様です」

「お疲れ。今回の撮影なんだけど、課題と先生を先に紹介しておこうかと思うんだ。ほら、天田君が初めての撮影だろう?」

「カメラが回ってる前で自己紹介をするより気が楽かも知れませんね。お気遣いありがとうございます。ということはそちらの方が」

「始めまして、葉隠君。今日から一週間体操を教える山口(やまぐち)公平(こうへい)です。よろしく!」

「こちらこそよろしくお願いします、山口先生。葉隠影虎です」

 

 ……? 普通に挨拶をしたつもりだが……なんだか2人の様子がおかしい。

 

「あのー、葉隠君? 他に言うことないかい?」

「他に、ですか?」

 

 目高プロデューサーは何が言いたいのだろうか……山口先生を良く見てみる。

 

「……あっ!」

「分かったかい?」

「これまでと比べてお若い先生ですね」

 

 山口先生はまだ大学生くらいじゃないだろうか?

 成人もしているかしていないか、ギリギリのところだと思う。

 これまでの先生と比べてかなり若く見える。

 

「ちがーう! それも確かにそうなんだけど! 僕が言いたい事は違うよ。山口先生に見覚えは無いのかい!? 今年のオリンピックで銀メダリストに輝いたあの山口だよ!?」

「オリンピックの銀メダリスト?」

「あはは……どうも、銀メダリストの山口です」

 

 ……そういえばテレビで見たことがあるような、ないような……

 

「すみません。僕、ちょうどオリンピックと同時期に撃たれて死に掛けてたので、オリンピック見てなくて」

 

 目が覚めてからも無差別テロ事件(シャドウ暴走)のニュースばかり見ていた。

 帰国する頃にはすでに一通り騒がれた後だったからな……

 

「そうだった!」

「確かにオリンピックどころじゃないよね、それは」

 

 苦笑する2人。

 どうやら銀メダリストの登場で驚かせたかったようだ。

 これは申し訳ないし、失礼をしてしまった。

 

 ……そういえば天田は彼を知っているのだろうか?

 

「天田君も知らないのかい?」

「あいつも一緒に旅行に行っていたので、僕が撃たれる所をモロに見てて」

「大丈夫かい!? それ下手したらトラウマじゃない!?」

「俺が死んでたら多分そうなってましたけど、今は全然大丈夫ですよ」

 

 むしろこれを自虐ネタにしてしまうくらいの気持ちで、天田と収録に取り組もう。

 

 やってしまったことは仕方がない。

 ポジティブに。ここから改めて失敗を取り戻していこう!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 そして収録開始。

 

「今日はまず体操の基本である“倒立”、つまり逆立ちをしてもらって、バランス感覚を見たいと思います」

 

 一日目は基礎的な実力チェック、そしてお互いの自己紹介を少し掘り下げた話など。

 所謂慣らし運転的な収録内容になっている。

 

「天田君は最近ハマっている物とかある?」

 

 山口選手がオリンピックの裏話や自分の趣味について語ってくださった後、天田に話を振る。

 

「僕は……最近だと槍の練習ですね」

「槍? ……武器の?」

 

 うちの部活では体を鍛えるために、パルクールだけでなく格闘技も導入している。

 そして俺がこの番組で八極拳を習った後、その一部として習った槍術を天田に教えたと捕捉。

 

「最初は僕がちょっと教えてみたんですけど、今では槍に関しては天田の方が上手かったりします」

「そうなの?」

 

 これは本当の話。

 天田は熱心に練習しているし、タルタロスでは常に槍を使っている。

 いつの間にかお互いに槍を持って試合をすると、俺の分が悪くなっていた。

 まぁ、その分俺は槍だけでなく拳に蹴りにナイフに鉤爪、刀に銃にと色々使える。

 そこは一点特化型と幅広く対応できる万能型の差だろう。

 

「天田には得意の槍を伸ばしつつ、槍がなくても戦えるように八極拳と形意拳を中心に指導しています」

「君たち何と戦ってるの?」

 

 シャドウです。とは言えず、いざと言うときのためとお茶を濁す。

 

 しかしその後スタッフさんが持ってきた槍(棒の先に柔らかい布を巻きつけた明らかに手製の品)を使って軽く試合をしたところ、周囲からは本気でやり合っているように見えたらしく、決着がつく前に止められた。

 

 なんだか不完全燃焼な気分だ……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 深夜

 

 ~車内~

 

 もうすぐ日をまたぐ時間になっても、都会は明るく騒がしい。

 24時間営業のファーストフード店で購入したハンバーガーを食べつつ、作戦決行の時を待つ。

 

 作戦は至って単純明快。

 この駐車場は例のBunny's事務所から目と鼻の先で、もうすぐ影時間が訪れる。

 影時間になったら俺は1人で事務所に向かい、能力を駆使して建物に侵入。

 作戦用にと用意された多数のUSBメモリを事務所内のパソコンに差してデータを回収、脱出するだけ。

 影時間でなくても進入はできるだろう。

 しかし警備員も警備システムも動けない、認識すらできない“影時間の中を動ける”。

 さらに役立てる機会のなかった“影時間で機械を動かせる”という俺の特性を使わない手はない。

 

 ちなみにUSBの中には自動で内部のデータを抜き取るプログラムが仕込んであり、1分とかからずデータを盗めるらしい。まるで映画かと思うが、そういう装備も実在するのだとか。

 

「技術発展も使い方によっては恐ろしいですね」

「私としては葉隠様の能力の方がよほど脅威ですが」

 

 と話しているうちにいよいよ12時が迫ってきた。

 

「そろそろですね」

「……葉隠様。諜報戦という物は常にいたちごっこです。新たな技術が研究・開発されれば、それに対抗する技術が研究・開発される。葉隠様のように特殊な能力を持つ人々が存在することも既に証明されています。

 あまり高い確率とは思いませんが、相手方にもそのような人間がいるかもしれません。どうぞお気をつけて」

「了解しました」

 

 言葉を交わして数秒。

 影時間が訪れ、近藤さんが象徴化する。

 

 ……作戦開始だ!



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281話 Bunny's事務所の実態

今回は三話を一度に投稿しました。
この話が二話目です。


 ~Bunny's事務所1F・警備室~

 

 ビル内への進入は難なく成功。

 警備システムが無反応なのは遠くのカメラやセンサーが働いてないからだと思う。

 しかし手元にある端末からの情報抜き出しは順調に進んでいるようだ。

 

 ……ただ待ってるだけじゃ時間が無駄だな……警備室なら……あった!

 

 入り口の傍の壁に大きな鍵束が掛けられている。

 手に取るとご丁寧に1つ1つどこの鍵かが書かれていた。

 今のうちに全部の場所と形状を記憶してしまおう。

 これから事務所内を歩き回るのだから、少しでも時間の短縮をしないと。

 特に指定された重要ポイントの鍵は念入りに……

 

 

 さらに警備室内を軽く探すと、日付と時間が書き込まれたチケット状の入館証が目に入る。

 これも召喚シャドウの応用で再現できそうだ。一応覚えておこう。

 

 データを抜き取りながら、今後役立ちそうな物、目に付いた情報を次々と記憶した!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 11月22日(土)

 

 朝

 

 ~車内~

 

 体操の練習に行く前に、近藤さんから俺と天田に資料が配られた。

 

「これが先輩が抜き取ったデータを分析したものなんですね」

 

 昨夜の作業はやはり誰にも邪魔されず、ひたすら単純作業が続いて終わった。

 そして抜き出したデータを一晩で分析し、10ページ程度にまとめられたのがこの資料。

 

「よく一晩でまとまりましたね」

「さすがに全てではありませんが、手がかりになるであろうデータには事前に目星をつけてあります。優先度の高いものから調査を行い、あとは慣れですね」

 

 はたして目的の情報は集まったのだろうか?

 

「結論から申し上げますと、やはりおかしな点がいくつか。さらにBunny's事務所と愛と叡智の会の出資するアクターズスクールとの関係が見つかりました」

 

 光明院君のあの様子の原因を調べるにあたり、近藤さんはまず光明院君やその同グループの他メンバーのスケジュールを調査した。するとそこに光明院君は含まれていなかったが、同じグループのメンバーは大半がそのアクターズスクールでボーカルやダンス、演技といったレッスンを受けていたらしい。

 

「それっておかしくないですか? 前に僕がスカウトされて見学したときは、必要なレッスンは全部事務所内でできるって説明を受けましたよ? そうですよね? 先輩」

「天田の言う通りです」

「それなのですが、嘘ではありません。確かにBunny's事務所は同じビル内にレッスン場がありますし、専門のトレーナーを用意しています。練習生は事務所内でレッスンを受けるのが基本方針ですが、グループの全体訓練など決められたレッスンを除いて自由参加。それ以外は事務所内のレッスンに参加する他に、外部でレッスンを受ける事も許可されているようですね。

 この事自体にはまだ問題はないのですが……」

 

 近藤さんが資料を開くようにと促すと、メンバーの評価が書かれた内部資料にアクターズスクール利用の有無が書き加えられた表が載っている。

 

「これは……事務所から低評価を受けている子と、アクターズスクールを利用している子がほぼ一致している?」

「データに含まれていた指示書を確認しましたが、どうやら定期的に行われる試験で能力不足と判断された候補生に対し、事務所ぐるみでアクターズスクールを紹介しているようです。ただし事務所からの紹介でも補助金や月謝の割引といった補助はありません。

 また事務所の基本方針はあくまでも事務所内でのレッスン。スクールはあくまでも候補者個人が自主的に行っているということで、事務所は月々のレッスン料を候補生の親から徴収しています」

 

 さらに経理や人事のデータを過去に遡って調べると、候補生をスクールの方に行かせ始めたのはここ数年の事で、利用者の減った事務所内のレッスン場ではインストラクターの解雇など人員や経費の削減が始まっているという……

 

「レッスン料の話は引っかかりますが、置いておいて……肝心のレッスンの質は?」

「分かりませんが、おそらく低下しているかと。スクールに通い始めた子の評価は徐々に上がっているようですし、スクールの方がまだマシなのではないでしょうか?

 ちなみに光明院君は事務所のレッスンのみですが、ダンス、ボーカル、それに演技など、評価は常にほぼ最高をキープしています。仕事量は個人での仕事がダントツに多く、全体の仕事と合わせて休みがほとんどありません」

 

 次のページに彼の1週間のスケジュールが載っていたが、一目見て引いた。

 朝から晩までビッチリと仕事やレッスンが詰まっている。

 法的に働けない深夜は地方への移動や自主レッスン。

 学校や勉強の時間はほとんどないに等しい。

 

「これじゃ休憩時間なんてないだろ……」

 

 あったとしても、気が休まる気がしない。

 健康を第一に、学業にも配慮した近藤さんの立てるスケジュールとは真逆。

 とにかく売れるうちに売る、それ以外は度外視しているような印象を受けた。

 そんな状況で、他よりも質の低いレッスンのみを受けて、常にトップで輝き続ける。

 

「才能あるのはどっちなんだか。ストレスの原因はこれでしょうか?」

「原因の1つではあると思います。個人的に気になるのは、8ページをご覧ください」

「8ページ……誰の個人情報ですか?」

「ああ、天田は知らなかったか。これあいつらのマネージャーだよ。もし天田がBunny'sに入ってたら、天田のマネージャーにもなってたかもな」

 

 と、話しながら目を通すと、ここでも気になることがあった。

 

「28歳? あの人見た目の割りにけっこう年ですね。新人って聞いてましたけど、新卒ってわけじゃないみたいだし、前職は学習塾勤務?」

「前職の学習塾を調べましたが、そこも“愛と叡智の会”が出資している学習塾です。入社時の審査や面接の資料が見つかりませんし、志望動機や採用に至るまでの経緯も理由も不明。採用試験に合格した結果だけが残る、かなり怪しい人物の可能性が再確認できました」

 

 彼は愛と叡智の会のコネを使って入社した?

 Bunny's事務所の上層部にもコネを持つ人物がいるということか……

 

「芸能界で例の団体が手を広げていると聞きましたが、Bunny's事務所はズブズブの関係なのかもしれませんね……」

 

 しかし事務所自体が腐敗しているとなると、改善は難しくなるんじゃないか?

 

「それについてですが……」

 

 データを遡って調べたところ、愛と叡智の会との関わりが強まったのはここ数年。

 接触自体はそれ以前からあったと思うが、具体的に協力を始めたのは比較的最近らしい。

 

「私が思うに、愛と叡智の会はまだBunny's事務所に浸透しきれてはいません。ズブズブの一歩手前かと。上層部に息のかかった人間はいるはずですが、そうでない人もいるはずです。最後のページをご覧ください」

 

 今度は光明院君をプロデュースしている木島プロデューサー。

 同グループのメンバーで、以前一度だけ共演した磯っち、もとい磯野君。

 その他数名の名前と顔写真が載っている。

 

「スケジュールやその他のデータ。そして我々が以前から調べていた情報を総合的に分析した結果、このリストにある人はほぼシロ。今後は彼らと自然に接触し、彼らを通して内部情報を探ります」

 

 仲良くなってそれとなく探るのか……と思いきや、驚いたことに近藤さんは彼らを協力者として堂々と依頼するつもりらしい。

 

「調査対象に身近な人間をスパイに仕立て上げる。これは我々のような仕事をしている者にはポピュラーな手段の1つです。企業を長期間かけて調べる場合には、協力者がより情報を掴みやすくなるように、協力者に有利な情報を手に入れて出世をサポートもします」

「そこまでするんですか!?」

 

 天田は驚いているが、俺は近藤さんのサポート能力に納得した。

 

 知らないうちに色々な所にコネを作ってるし、頼んだ情報はすぐ持ってくるし。何より光明院君のように芸能活動でギッシリスケジュールを埋めているわけでもないのに、どんどん名前が売れている。それこそBunny'sという一流芸能事務所に所属する光明院君と同等に。

 

 俺がこの短期間でそこまで有名になったのは彼の力も大きい。

 あのサポート能力は、前職でそういう経験があったからこそなんだろうな……

 

「!」

 

 そして訪れるいつもの痛み。

 だが光明院君とのコミュがリバースだからだろうか?

 前より痛みが少ない……それは正直助かるが、原因を考えるとあまり喜べない。

 

 放ってはおけないし、早く何とかしよう。

 

 気持ちを引き締め、さらに話し合いを続ける。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午前

 

 ~辰巳スポーツ会館~

 

「どうしようかな~……」

 

 最初はすごいすごいと褒めていた山口選手だが、俺たちがあまりに上手くやりすぎるので、何を教えたら良いかわからなくなったらしい。

 

「申し訳ないけど、初心者でここまでできると思ってなかったから……今は経験者に教えてる気分だよ。逆に普段どういう練習をしているの?」

 

 ということで一通り説明と実演をすると。

 

「……これかな? 体操で一番大事なのはバランスなんだけど、この站樁(たんとう)がバランス感覚を養う役に立ってるんだと思う」

 

 確かに、站樁(たんとう)をやっている時は重心が安定し、足はどっしりと地面をつかんでいる。

 站樁(たんとう)を応用した猫足立ちも同じく。体勢は少し変わるが、体はしっかり安定する。

 太極拳の緩やかな動きの中でも意識するし、常に安定させることも……うん、できそうだ。

 

 体操を習っていくにあたり、そこのところを意識してやっていこう。

 

 そこからは俺たちは山口選手の、山口選手は俺たちの。

 お互いの練習方法を取り入れつつ、練習していこうという形で話がまとまった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼

 

 ~Craze動画事務所~

 

「おはようございます! お待たせしました!」

『おはようございます!』

 

 プロの動画投稿者とのコラボ企画、第2弾!

 動画投稿者であり、プロの清掃業者の方々から掃除の技術を学ぼう!

 ということで、事務所を訪れると既にお相手の皆様が集まっていた。

 

「本日はよろしくお願いします」

「こちらこそ。僕は主に撮影と機材管理担当の“カメラ”です。お掃除代行“クリーンクリーン”の社長も兼任してます」

 

 若くして会社を作ったらしく、まだ20代後半の若々しい男性がまず自己紹介。その後、専務、部長、課長、係長、ヒラ(社員)と呼ばれる一緒に作業を行うメンバーを紹介していただいた。全体的に若い人が多い印象。

 

 ちなみに最年長は専務。掃除も手伝うけれど、基本は宝飾品やブランド物、古美術品の鑑定&買取に携わるスタッフらしい。あと係長は6人の中で唯一の女性スタッフである。本日はここに俺と、学校で不在の山岸さんに代わり、俺を主に撮影してくださる猫又さんの8人で作業をさせていただく。

 

「じゃあ、詳しいことは移動しながら車の中で」

『はい!』

 

 処分品や買い取った品を運ぶトラックを運転する専務と部長は別行動。

 俺はその他の5人と大型のバンへ乗り込む。

 

「いやー、まさかウチの動画にきてくれるとは思わなかったねー」

「ホントっすね」

「葉隠君はどうして、よりによってここを選んでくれたんですか?」

 

 係長さん“よりによって”って……

 

「もちろん掃除の技術を習得するためですね」

 

 アルバイト先の倉庫掃除と、名前は伏せて“古本屋・本の虫”の事を説明。

 

「なるほどねー、お世話になってる人への恩返しか」

「でもその古本屋さんの方はともかく、お店の倉庫には役に立つかな? 毎週ちゃんと掃除してるならそれなりに綺麗だろうし、商品はあってもそんなに特殊なものは無いと思うけど」

「いやー、それがあるんですよ。処分しようにもどう処分すればいいのか分からない物とか」

「例えば?」

「そうですね……自販機とか」

『自販機!?』

 

 当然だろうけど、誰一人予想していなかったようだ。

 

「道にあるやつだよね?」

「自販機ってどういうこと? 設置したの? 倉庫に?」

「元々は普通にどこかの道にあったらしいんですが、所有者が手放したそうで……」

 

 なんでもその自販機の目の前で何度も事故が起こり、やがて呪いの自販機と呼ばれて撤去されたらしいが、紆余曲折を経てオーナーの手元に来てしまった物だ。

 

「自販機……自販機の処分ってどうやるか分かる? 俺も初めて聞く。やっぱ粗大?」

「分解、っすかね? ネジとか全部外して部品にして資源で」

「中はともかく外のパーツは大きすぎないですか? その辺、自治体に聞かないことには」

「あー、ネットで調べたら引き取ってくれる業者があるみたいですね。ただ今見てるとこは処分+引き取りの出張費がかかるみたい」

 

 流石はプロというか、俺が何気なく言ったものに対してどう処分するか、どこまで安く済ませられるかを真剣に検討している。そして話が一段落すると、

 

「そういえば葉隠君、昼はちゃんと食べた?」

「大丈夫です! 皆さんの前にもう1人コラボさせていただいて、“特盛焼肉丼4キロ”完食してきました!」

「4キロ!?」

「いやそれ食いすぎじゃない?」

「流石に一度にあれだけ食べることはあまりないですね、でも一日の総量で言えば普段からもっと食べてますよ」

 

 そんな風に雑談をしながら悠々と、俺たちは仕事場へ向かった。



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282話 掃除のコツ

今回は三話を一度に投稿しました。
この話が三話目です。


 到着したのは一軒のアパート。

 駐車場に車を止め、別行動の専務と部長の合流を待って社長が情報を共有。

 

「えー、本日のお宅はここの1階。すぐそこに見える101号室です。この駐車場から玄関まで遮蔽物もないので、荷物の搬出について特に注意はありません。ご依頼主様が近くのお部屋の方に駐車場の使用許可をとって頂けたとのことで、夕方5時までは部屋の前に止めていて大丈夫です。

 そして今回、室内にあるものは基本的に全て廃棄。リサイクルが可能なものがあれば、全てこちらで買い取らせていただくということで――」

 

 続く説明によると、依頼主はこのアパートの大家。

 他の部屋の住人から悪臭が酷いと苦情が来て、部屋を訪れると内部はゴミ屋敷。

 部屋の主を探すと恋人と同棲中。実質的に退去して部屋には帰らなくなっていた。

 重要書類や必要なものは全て持ち出した後なので、中を空にしてほしい。

 室内には不要なブランド品が多く残っているらしく、その買い取り金は依頼主へ。

 清掃と修繕費の支払いで、前の住人とは話がついたらしい。

 

 依頼内容の話が終わると、次はこの地域のごみの分別、そしてごみの回収を頼んだ業者の来る時間。作業の分担。そして改めて室内の荷物の処遇(廃棄、取り置き、現金化)を作業の前に全体で確認することで作業を円滑に、迷いなく進められるようにするのだそうだ。

 

 重要なポイントはドッペルゲンガーで脳内にメモを取っておこう……

 

 

 ※片付けのコツその1 地域のゴミ分別、回収日、出し方をまず確認しよう!

 作業中に迷う時間の無駄がなくなるし、手が止まる理由の排除にも繋がるぞ!

 

 

「では、皆さんよろしくお願いします!」

『よろしくお願いします!』

 

 作業開始の挨拶と共に動き出す一同。

 俺は室内での作業担当を任された。

 変装の要領で全身にドッペルゲンガーを纏い、その上から手袋とマスクを着用。

 夜にヒソカの皮をかぶるのと同様、自分で自分の皮を被るのだ。

 これで俺は汚れを気にしなくて済み、なおかつ他人にはばれない防護服の完成。

 ペルソナの使い方としてはちょっと間違っている気もするが、やっぱり便利だ。

 

「うっ!?」

「おぉー」

「こーれーはー……中々ですなぁ」

 

 異臭の不意打ち!

 社長が開けた部屋の扉から、鼻を突き刺すような臭いが流れ出てきた。

 しかしプロの皆様は平然としている……

 

「葉隠君大丈夫?」

「大丈夫です。ちょっと驚きましたが。皆さんは平然としてますね」

「こればっかりは慣れだよ」

「でも初回がこれって葉隠君、災難だな。社長、恒例の社長チェックは?」

「入口でこれだから……10段階中の8ってとこかな。中の状況によっては10行くかも」

 

 その数値に不安なものしか感じないが、プロの皆様は平然と笑っている。

 いや、達観しているのだろうか?

 

「まずは玄関どうにかしないとね」

 

 社長の言葉で気づいたが、玄関にはなぜか棚らしき物が置かれていて、本来あるスペースを半分ほどに狭めてしまっている。しかも開いているもう半分のスペースにもゴミ袋が胸の高さに積み重なっていて、中に入ることができない。

 

「奥はどんな感じ?」

「廊下の突き当たりまでビッチリこれと同じ棚がありますね。反対側に扉が2つ。開きっぱなしで、ゴミで埋もれてるのが見えます。突き当たりの先はリビングでしょうか? 見える範囲だとここもゴミ袋ばっかりみたいで、テレビの上が少し出た状態で埋まってます」

「よく見えるね!?」

 

 室内はカーテンが閉め切ってあり電気もついてない、ほぼ真っ暗な状態。

 暗視と望遠能力のある俺は普通に見えるが、普通の人には見えないのか。

 

「目は良い方なので」

「そういや葉隠君はなんか凄いらしいっすね、体がマジの超人レベルとか」

 

 以前の番組で紹介されたこともあってか、特に怪しむ様子は無いようだ。

 そのまま玄関の片付けを始める。

 

 幸いと言っていいのか玄関にあるゴミはある程度袋にまとめられていたので、全員でリレーして運び出していく。

 

「適当に詰めてるだけっぽいから後で分別、ちょっと置いといて」

 

 瞬く間に玄関のゴミ袋が取り除かれ、足の踏み場ができた。

 

「こっちの棚は、専務ー!」

「なんだい?」

 

 玄関に詰まった棚を開けると、中身はブランド物と思われる靴の箱で一杯だ。

 家主はブランド品だけは大切に保管していたのか、棚の中だけ妙に整理整頓されている。

 

「あー、これは結構あるね。見た感じ一回も履いてないのかな? 綺麗だし全部査定対象で。あとこの棚もしっかりしてるし、リサイクルできると思う」

「ならとりあえず全部運び出しましょう」

「棚ごといける?」

 

 専務が処遇をすばやく判断し、社長が棚を持ってみる。

 どうやら重過ぎるので中身を出してそれから棚を出す、という結論を出したようだけど……

 

「すみません。僕がやってみてもいいですか?」

 

 この程度、強化魔術を使えば朝飯前だ。

 中身入りの棚の扉を体で押さえ、軽々と持ち上げてみせる。

 

「おー!」

「すごいすごい! 力あるねー!」

「流石は超人だねぇ」

 

 と一通り賞賛を受けた後、

 

「それでは葉隠君。その力を見込んで、君には特攻隊長をお願いしよう! とりあえず我々全員が中に入って作業できるように、君のパワーで道を切り開いてくれたまえ!」

「了解しました! これよりゴミの山に特攻します!」

 

 無理やり上げた謎のテンションに任せて作業再開。

 俺を先頭にゴミ袋はリレー。足場ができたら棚を抱えて買取のトラックへ。

 この繰り返しで廊下のゴミを一掃した! 

 

 

 ※片付けのコツその2 動線の確保!

 歩くのも困難な場所では作業効率が落ちる! 可能であれば作業スペースを広く使おう!

 最低限移動に使う道は用意しておかないと少しの移動で疲れてしまい、非効率的だ!

 

 

「社長! 道が開けました!」

「ご苦労! えー、隊長が道を切り開いてくれたので、ここからは分かれて作業! 新たにお風呂場とトイレ? に入れるようになったので、そこは部長と係長! 1人ずつ担当で」

「「了解!」」

「あと廊下に元から備え付けてある棚にもブランド品があるので、そこは専務。廊下から一旦外に出したゴミの分別は課長にお願いしようかな。」

「「了解です」」

「平と隊長は僕とリビング、その先にあるらしい台所を攻めましょう!」

「「了解!」」

「分担は以上。手の空いた人は手の足りないところにフォローに入って。ここからが本番。頑張りましょう!」

『はい!』

 

 割り振られたリビングは玄関よりも強力な悪臭が漂い、袋詰めされていない多種多様なゴミが折り重なっている。そんな一見しただけで戦意を失いそうな中で声をかけ合い、気合を入れながら作業に取り掛かる。

 

「葉隠隊長、ここでもまずは動線の確保から。自分の動く範囲を決めて、その中で動きやすいように場所を整えるんだ。とりあえず3人で担当する場所がかぶらないように、広がろうか」

「了解。僕、身軽なんで奥へ行きます。猫又さんも廊下のその位置から撮れると思いますし」

 

 だいぶ前の動画で面識があり、サポートしてくれるのは非常に助かるけれど、こんな所に来ることになった上に目立つこともなく、撮影メインでも掃除にしっかり参加している。

 ……なんだか申し訳ない気がする……後でしっかりお礼しよう。

 

「隊長、これパス」

「はいっ!」

 

 (ヒラ)さんから受け取ったのは、軽いダンボール箱。

 

「こういう掃除はまず大きい物から片付けていくのが鉄則なんだ」

 

 

 ※片付けのコツその3 分別は大きく楽な物から!

 細かい物で時間を取られると掃除が嫌になるぞ!

 大きい物が片付けば結果が分かりやすく、モチベーションが維持しやすい!

 細かい物はある程度片付いてから、箒とちりとりで一気に集めて分別すれば効率的だ!

 

 

「空いたダンボールとか容器はそのまま分別に使えるしね」

 

 

 ※片付けのコツその4 ダンボールや大きな容器類はすぐに捨てず、分別に利用!

 掃除は“同じ種類の物を一箇所に集める”とGood!

 ゴミなら分別。必要な物ならそれだけで整理されるぞ!

 分別用の袋はあらかじめ多く開いて用意して、手元の近くに置くべし!

 

 

「あ、こっちの棚はそんなに中身ないや。全部出せばこれも外に出せるね」

 

 

 ※片付けのコツその5 不用品を室外に出せるなら出し、作業スペースを広くとるべし!

 コツその2と同じく、動きやすい環境で作業するほうが楽になる!

 

 

 こうしてコツを学び、処理を続けながら最適な動きを探す。

 だいぶ物が減ってくると、中腰よりも膝立ちの方が楽になった。

 膝立ちで体を安定……百人一首の経験をここでも使えそうだ。

 周辺把握とアナライズも活用しよう。

 対象のゴミと対応するゴミ袋の位置を瞬時に判断し、最短距離、最小の力で分ける!

 

 紙、缶、ペットボトル、プラスチック容器、ビニール袋、缶、缶、ペットボトル、缶、缶、ネックレスの箱は紙……

 

「っと! ネックレス出てきました!」

「あー、あるある。食事のゴミばかりで飯ゾーンだと思ってたのに、急に高価な物出てくるとか普通にある」

「危うく捨てるとこだった……」

「あ! こっちからも指輪出てきた。小銭と一緒にしとこう」

 

 どうやら片付くにつれて、ゴミの下に埋もれていたものが出てきたようだ。

 しかしここで、出てきたアクセサリーに社長が疑問を抱いた。

 

「……これ何かの粗品とか景品の箱だよね? さっきのブランド品は丁寧にしまってあったのに、なんでこれはこんな箱に入ってゴミの下にあったんだ……?」

「たぶんそんなに価値がないからじゃないでしょうか? 少なくともネックレスは安物だと思います。石もイミテーション(模倣宝石)ですし」

「そういうの分かる方?」

「バイト先がアクセサリーショップなもので」

 

 たわいもない話も交えつつ作業を進め、ほどよい所で休憩を挟む。

 

 

 ※片付けのコツその6 適度に休憩と水分補給を!

 寒い冬でも暖房や乾燥、水分不足で熱中症になる可能性があります!

 疲れも作業効率を落とす原因になるので、意識して休憩を取りましょう!

 

 

 こうして作業は着実に進み、リビングの床が見えた頃……

 

「お疲れ様。こっちは終わりました」

「加勢に来たよ。まだ手をつけてないところは、台所?」

 

 表で作業をしていた専務と課長がやってきて、リビングに隣接した台所へのガラス戸を空けた。

 瞬間。室内に充満する段違いの悪臭。

 さらに背中へ氷を突っ込まれた様な寒気を感じ、ふとそちらを見れば、

 

『……』

『……』

 

 ……うっわ……

 

 そこはまた一段と酷い状態の台所で、少々ヤバげな霊が2人もいる。

 

「うっはー……」

「ここはまた一段と酷いな……ん? 葉隠君どうした?」

「黒いアレでも見つけた?」

 

 Gの方がまだマシだ。

 

「社長さん。ここって事故物件だったりします?」

『えっ?』

 

 室内の空気が凍りついた。

 

「信じないかも知れませんが、ちょっとあんまりよくなさげな姿が見えてます」

「まさかの、そっち系?」

「ちょっとやめてよ~。俺そういうの駄目なんだよ~」

「どんな姿? ねぇどんな姿?」

「平!? お前何でそんな嬉しそうなんだよ!?」

「俺結構そういう話好きなんで。課長はビビリすぎっすよ」

 

 皆さん笑っているが、台所には2人。

 片方は首を吊ったスーツの男性、もう片方はテーブルに肘をついて頭を抱えている女性。

 どちらも割と洒落にならない気配を感じる。

 正直、今すぐにでもオーナー呼びたい。

 

 どうして今まで気づかなかったのか?

 ……そういえば気配を感じたのは扉を開けた瞬間だ。

 集中するとほのかにエネルギーを感じる。

 

「その扉に何かないですか?」

「扉? ……」

「専務?」

「お(ふだ)がある」

『……』

 

 さらに見に行くと部屋の隅にも汚れたお札が貼られていた。

 それらからも同じ魔力を感じたことからして……

 おそらくお札とこのガラス戸で結界のようなものを構成していたのだろう。

 

 謎は解けた! ただし状況が改善したわけではない。

 さらに残念ながら先ほどの予感は正しく……

 

「ウェッ……」

「どうした?」

「いや、なんか、急に気分が悪いというか、息苦しくて……」

「課長さん一回外に出ましょう。あと台所の掃除は交代させてください」

 

 体調を崩した課長を介抱し、オーナー直伝の護符(護身用)を作って渡しておく。

 これで少しは悪霊に憑かれにくく、影響も軽減できるはずだ。

 

 そこからの作業は集中力勝負。

 ちょっかいをかけてくる霊と静かな戦いを繰り広げながら掃除を行う。

 自分一人なら無視するが、スタッフの皆さんは護符だけで霊的な防御が心もとない。

 

 一気に祓えたら楽だが……

 対幽霊の優先度を低く見て、そこまで勉強していなかったのが仇になった。

 

「っ!?」

「平さん? 大丈夫ですか?」

「大丈夫、ちょっと立ち眩みがしただけで……いつもはこんな事ないんだけどな?」

「今度は平か」

「本当にマズいのかな、この家」

 

 とか言いつつも作業は止めないプロ根性に脱帽だ。

 

 おかげでなんだかんだと言いながらも部屋のゴミは減っていき、とうとう全ての家具とゴミが撤去された。

 

「ここからは部屋を可能な限り綺麗にしていくよ」

「了解です」

「まずは高いところから順に埃を落としていく。これをちゃんとやらずに水や洗剤を付けてしまうと、埃が固まってへばりついて、逆に取りづらくなるから注意ね」

 

 

 ※掃除のコツその1 掃除は上から下へ!

 水拭き、洗剤拭きの前にしっかり埃を落とそう!

 

 

「それから使う洗剤は基本的に中性洗剤で大丈夫。だけどアルカリ性の汚れには酸性洗剤、酸化した汚れにはアルカリ性の洗剤。汚れの性質によって効果的な洗剤が違うから注意ね」

 

 

 ※掃除のコツその2 汚れと洗剤の性質を知ろう!

 日常でよくある汚れの内、ほとんどは中性洗剤でOKだ!

 それでも落ちにくい頑固な汚れには酸性洗剤やアルカリ性洗剤を使おう!

 

 酸性の汚れは“黒ずみ”、“カビ”、“皮脂や油”など。これらにはアルカリ性洗剤が効果的!

 アルカリ性の汚れは“水垢”、“黄ばみ”、“尿石”など。こちらは酸性洗剤が効果的だ!

 汚れと洗剤、それぞれを合わせて“中和する”と考えよう!

 

 ※注意!! 酸性・アルカリ性洗剤の同時使用はNG!

 危険なガスが発生する可能性もあるので、使用上の注意をよく読み正しく使ってください!

 

 

「あとはこれ、コンロの油汚れとか、洗剤だけじゃなかなか落とせないからね」

 

 

 ※掃除のコツその3 掃除道具の活用!

 歯ブラシ、タワシ、スチールウール、プラスチックのヘラや高圧洗浄機等々。

 頑固な汚れには物理攻撃も効果的だ!

 強力な物ほど素材を傷めてしまうけれど、そこに注意できるなら大丈夫!

 程度を見極めて道具を最大限有効に活用しよう!

 

 

 掃除のプロから様々なコツを教わり、実際の作業を通して実践。

 一部床の腐敗など、どうしても掃除では対処できない損傷もあったが……

 

「作業完了!!」

 

 その他の部分は、新築に近い輝きを取り戻すことができた!

 

「!!」

 

 体の奥底に、新しい力を感じる……

 

 スキル“不浄の手”、“整理整頓の心得”、“清掃の心得”を習得した!

 

「お疲れ様、葉隠君」

「お疲れ様です、社長さん」

 

 握手をしようとして、自分の手袋の中にまで汚れが染みていた事に気づく。

 一瞬握手をためらったが、彼はそれを気にすることなく、力強く俺の手を握り締めた。

 

「葉隠君はよくやってくれたよ。この手はその結果。みんな同じなんだから気にすることないさ」

 

 そう言って笑った彼はさらに、俺がここまで働くとは思っていなかったと謝り、アルバイトを雇ってもすぐにやめてしまうなど、仕事の性質上仕方がないといえば仕方がない悩みを打ち明けてくれた。

 

 彼らとの関わりはまだほんの数時間。年齢も一回りは離れている。

 だけどそんなことは関係なく、俺たちは仲間になった。

 そんな気がした……

 

「ん?」

「うっ、ぷ……」

 

 げっ! いつの間にか霊に憑かれてる!

 

「葉がくれ、くん」

「社長っ!?」

「うっ――」

「ダアァーーーーッ!?」

 

 霊に憑かれて体調不良を起こした社長。

 その正面に立っていた俺。

 そして霊に気を取られたのがマズかった。

 

「うわっ!? 社長!?」

「葉隠君大丈夫!? モロに……」

「はい、大丈夫です……」

 

 コミュは無いけど、社長がリバース状態。

 ……もうちょっとさ、綺麗に終わらせられないものかな……?

 

 あとそこの悪霊は笑うな。




影虎はプロから掃除の手法を学んだ!
“不浄の手”“整理整頓の心得”“清掃の心得”を習得した!
影虎は“疲労”になった!


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283話 忘れた頃に

新年明けましておめでとうございます。


 夜

 

 ~アクセサリーショップ“Be Blue V” 地下倉庫~

 

「また災難だったわね。貴方も一緒にお掃除した方々も」

「ははは……今日が土曜日で良かったです」

 

 事故物件の清掃後。

 最寄りのシャワー付きコインランドリーで体と服を洗い、そのままバイトに出勤。

 すると憑かれてはいないけれど、良くないエネルギーが体に残っていたらしい。

 オーナーに速攻で気づかれ、事情を説明しながらお祓いを受けることになった。

 

 お祓い用の護符の作り方を学んだ!

 そして“疲労”が回復した!

 

 どうやら感じていた疲労の原因は、あの物件の霊が放つエネルギーだったようだ。

 

「でもある意味幸運だったのかもしれないわ」

「そうですか?」

「私はその霊を見てないけど、憑かれてないからその程度の疲労で済んだことは分かるわ。本当に憑かれていたらもっと酷い体調になっていたはず。他の人も憑かれたまま気づかずに放置されていたらどうなっていたことか。貴方はここで慣れていて、他の方はそんな貴方が同行していてよかったじゃない」

 

 確かにそうでない場合は想像したくないな……

 今回の仕事では得た物もあったし、ポジティブに考えよう!

 

「で、その得た物がコレなわけね。確かに掃除の手際が格別に良くなってるわ」

 

 オーナーの視線の先では、ピクミン(召喚シャドウ)たちが片づけを進めている。

 手に入れたばかりの“整理整頓の心得”と“清掃の心得”を与えたところ、圧倒的な効率化。

 さらにいちいち指示を出さなくてもやり方が分かっているように、勝手に動くようになった。

 

 戦闘にはまったく使えないが、日常生活では大助かり。

 何なら社長さんのように清掃業者を始めたら、儲けられるかもしれない。

 使うのはシャドウを作るエネルギーだけだし、実質的に人件費ゼロ。

 人型で外見を作りこめば怪しまれることの無い清掃作業員も作れるだろう。

 戦闘用にも敵への状態異常付着率を上げる“不浄の手”が手に入っている。

 

「成果を考えれば大儲けですね。……?」

 

 オーナーの反応がない。と思って見ると、シャドウを眺めながら何かを考えているみたいだ。

 

「オーナー?」

「……葉隠君。話が変わるけど、前にスキルカードの研究も任せてもらったじゃない?」

「ありましたね。エネルギー回収の方に熱中して忘れてましたけど」

 

 神社でコピー可能だから相対的に重要度が下がるし、そもそもカードの供給がストレガ頼み。

 最近はそもそも遭遇しないしな……

 

「私も同じ。成果も出せていないのだけれど……このシャドウを見ていて思ったの。貴方、このシャドウたちに“スキルを与えている”のよね? それがヒントにならないかしら?」

「!?」

 

 目から鱗だった。

 確かに俺はシャドウにスキルを与えている。それも与えるスキルは選択可能。

 与えられるスキルの数に制限はあるが、スキルを与えること自体は問題なくできている。

 

 ペルソナ使いにスキルを与えるスキルカード。

 シャドウにスキルを与える俺。

 近いといえば近い……か?

 

「シャドウにスキルを与えるのって、具体的にどうやるの?」

「シャドウには……なんというか、感覚的に。気と魔力とMAGを練り合わせて形を作るときに、こう……与えたいスキルのことを考えてグッ! と?」

 

 自分で言ってて意味不明だ。

 しかしどうしても言葉が出てこない……

 召喚は元々ルサンチマンが暴走した時、どさくさ紛れに身についたスキルだしなぁ……

 

「……もしかしたらそれがポイントかもしれないわね」

「と、言うと?」

「スキルに関する“理解度”、そして他人に対する“伝達力”よ。スキルカードは手に持つと中にあるスキルが“分かる”のよね? スキルカードというのは、スキルという能力、あるいは技の使い方をペルソナ使いに“理解させる”物と言えないかしら?

 例えば私たちの扱うルーン魔術。私たちはこれまでに色々とお互いの魔術を交換したわよね?」

 

 その通りだ。

 

 例を挙げるなら……俺が霊に対抗する護符の類はオーナーから教わったままのルーンを使っているし、オーナーがエネルギー回収計画のために作ってくれたアクセサリーには、俺が作り実験で使っていたルーンが使われていた。

 

「魔術は魔力を用いて何らかの事象を起こす(すべ)。独自に作り出した魔術であってもその術、方法、魔力の使い方を教えれば他の術者でも使用可能。いわゆる師匠と弟子の関係では当たり前のことだし、私たちも意識せずとも実証してきたことよ。

 ペルソナやシャドウも同じ魔力を扱うのだし、本質的にはそれと同じなんじゃないかしら?」

「……魔術師に魔術という魔力の使い方があるのと同様に、ペルソナ使いにはペルソナ使いの魔力の使い方がある? なら、スキルカードは力の“取扱説明書”?」

 

 召喚シャドウにスキルを与える時に、そんなことを考えたことはなかった。

 だけど……当たっている気がする。

 俺自身、様々な人や本から技術や役立つことを学んでスキルを手に入れてきた。

 

「学校の勉強もそんな感じですよね。自分ではわかっていても、それを他人に教えるとなると難しかったり、分かっていると思っていたのに分かっていなかったり……」

 

 召喚シャドウは自分のエネルギーと意思を混ぜて、そこに自分のスキルを入れる。

 言ってしまえば自分の分身?

 なんとなく与えられていたのも、説明不要な自分の中だけで完結できるから?

 ならそれを他人でも理解できるよう具体的に伝達できれば?

 

 ……部分的に既にやっていたことだ。

 天田に教えた格闘技や槍の扱い。最近では不良グループへの指導も該当するだろう。

 

「その話は聞いているわ。それらをもっと洗練して、魔術によってスキルの使用方法を一瞬でインストールする……そういう術を作れたら、それはスキルカードかそれに近い物になるのではないかしら?」

「もしそれが可能だとしたら」

 

 

 俺が必死で身に着けた物からそうでない物まで。

 多量のスキルを自由にカード化して天田やコロマルを強化できるかもしれない!

 いや、それだけでなく与えるスキルを研究すれば、召喚シャドウの強化にも繋がる気がする!

 

「研究する価値はありますね」

 

 術の開発もそうだけど、もっと“表現力”と“伝達力”を鍛えよう。

 一度スキルの使用方法を見直して、可能な限り分かりやすくまとめてみようか?

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 深夜

 

 ~廃ビル~

 

 今日も練習……と思って不良の集まるアジトへ向かうと、

 

「うう……」

「くそっ!」

「「「……」」」

 

 見知らぬ男5人が捕まっていた。

 

「何事?」

「こいつらアジトの周りを探ってたんだ。グルグルと何週もな。最初は金流会の手下かと思ったんだが……おい」

 

 鬼瓦が男たちに話せと指示した。

 すると、

 

「……最近噂のアンタを倒せば名が上がると思って」

「そんで、金流会に良い待遇で入れてもらおうと……」

 

 彼らは腕に自信があったらしく、5人で俺1人を囲めば勝算があると思ったらしい。

 対複数人での喧嘩は何度もやっていると有名なはずだが、そこは自分たちは他と違うと。

 こうして俺に会う前に捕まっている時点でまず危険はないと思うが、問題はそこじゃない。

 

「鬼瓦。俺を倒せば、そいつは金流会で優遇されるのか?」

「まぁ、多少はあると思うぞ。連中の方針は“金と力”だし、連中のメンツもある。普通の不良なら報復すればいいが、アンタの場合は最初からかなりの人手を集めた上で負けた。もう一度やり合っても、下手すりゃ恥の上塗りになりかねねぇと思って警戒してるんだろう。じゃなきゃ俺たちはとっくに抗争の真っ最中さ」

 

 金流会の理想は自分たちの手で俺を倒すことだけど、鬼瓦の言ったようなリスクがある。

 なら俺を勝手に倒してくれた奴を引き込んで、自分の所のメンバーが倒したことにしてもいい。

 

「結局の所、連中にとって一番大事なのは“他より優位に立つこと”と“儲けられること”らしいしな……それさえできれば妥協もするし、本当にアンタを倒した奴なら優遇するだろうさ」

 

 だとしたら、今後こういう奴らが出てくる可能性も?

 

「そんなバカ共は多くないと思うが、否定できないのがこの辺なんだよな」

「戦国時代かよ」

 

 いつも思うが、順平の“漫画みたいに荒れてる”って表現は的確なんだな……

 とにかく注意をしておく必要はありそうだ。

 こちら側の情報に関して俺は詳しくないので、鬼瓦たちを頼らせてもらおう。

 

「仕方ねぇな。ならうちのチームとクレイジースタッブスにも連絡しとく。些細なことでも何か聞いたら教えろってな。あとこいつらはどうするよ?」

 

 捕まった5人か……

 

「特にやってほしいことはないね。俺が目的でも実際迷惑掛けられたのはそっちだし、好きにしたらいい」

「そうか。なら当分パシリに使わせてもらうぜ。人数が増えた分、パシリの仕事も増えててな」

 

 なんだかんだで総数は100人超えてるもんな……まるで親父の後を追っているようだ……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 11月23日(日)

 

 朝

 

 ~辰巳スポーツ会館~

 

「!」

 

 体操の練習中。

 何の前触れもなくスキルが身に付いた。

 

 “重心把握”

 

 確かにバランスを気にしながら動いていたが……

 とりあえずバランスを取るのがこれまでよりも楽になったのは分かる。

 これならより自由に、安定して体を動かせそうだ。

 応用すれば投げ技の補助にも有効だろう。

 

 ひとまず練習を続けながら、スキルの効果を把握しよう。

 

 

 ……体操のクオリティーが上がった!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼前

 

 ~Craze動画事務所~

 

「本日はよろしくお願いします」

『よろしくお願いします!』

「はーい、皆よろしくっ!」

 

 コラボ企画第3段、商品紹介。

 これは妊娠発覚により一時的に旅動画を休止している動画投稿者、又旅さんの新コーナー。

 最新のアイテムや珍しいアイテムを探しては日々紹介している。

 今回はその撮影に参加させてもらう俺に加えて、

 

「いやー、楽しみですな~」

「カメラすげー……つかテレビとの違いがわかんねー」

「だよなー」

「あんたら、はしゃぎすぎて迷惑にならないようにね!」

 

 友近、宮本、順平。そのお目付け役の西脇さんに、山岸さんと天田も見学に来ている。

 

「それじゃ見学の皆は私についてきてもらって、葉隠君は衣装に着替えてきてね!」

 

 ということで、案内された部屋で着替え。

 与えられた衣装は……料理人(洋食)のコスプレだ。

 今日取り扱う商品は調理器具で、実際に料理に使ってみせるからその関係だろう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 撮影本番

 

 ~事務所内のキッチンスタジオ~

 

「さ! じゃあ実際に使ってみようと思います、が! 今日はせっかくのコラボなので、葉隠君に実際にお料理をしてもらいます! さて葉隠シェフ、本日のメニューは?」

「はい! 本日は食べていただく又旅さんが妊娠中とのことで、事前に食べたいもの、食べられるものを聞かせていただいたところ……」

 

 出てきた候補が1、ステーキ。2、焼肉。3、カツ丼。

 と、思いのほかガッツリ食べられているようだった。

 妊娠中はつわりで物が食べられない、という話を聞くが、彼女はそうでないようで良かった。

 しかしもちろん、人によってはそういう人もいると思うので、

 

「又旅さんの希望を聞き入れて肉料理。でも少しでも食べやすくなるようにと考えまして、赤ちゃんにも安心な“サッパリ系特製和風魚肉ハンバーグ”を作りたいと思います!」

 

 さらに主食は栄養と食物繊維が豊富な“胚芽米”。

 副菜として“ほうれん草の胡麻和え”に、体の温まる“大根スープ”。

 お好みで“納豆”も付ける。

 

 

 女性。特に妊婦さんが起こしやすい貧血や便秘を改善するために、鉄分と食物繊維が豊富。さらに葉酸、カルシウム、DHAやEPAなどのオメガ脂肪酸にビタミンKなど、赤ちゃんの生育を助け、先天性の疾患のリスクを低減させる効果のある栄養素をしっかりと取れるように工夫を加えた。

 

 さらに、

 

「また今回使う出汁はカツオとシイタケで取ったお出汁。昆布には“ヨウ素”という人体には必要な栄養素が多く含まれているのですが、摂りすぎは赤ちゃんの甲状腺機能を低下させると言われているので今回は控えます」

「魚肉ハンバーグには市販の鯖の水煮缶が個人的なオススメ。魚は妊婦さんにとって必要なたんぱく質、DHA、カルシウムなどを豊富に含む良質な栄養源です。

 ただし注意したいのが水銀。有害な金属として有名ですね。普通に売られている魚ならまず問題なく、水銀濃度が高いとされている種類の魚も食べ過ぎなければ健康に影響はないそうですが、赤ちゃんのためには気をつけたいところ。その点鯖はメチル水銀濃度の低い魚の1種で、缶詰ならお手軽で保存も利きます」

 

 合間には摂取に注意すべき物の事も付け加えつつ作業。そして、

 

 “妊婦さんを応援する和風ハンバーグセット”

 

 が完成した! さっそく又旅さんに試食をお願いしてみる。

 

「いただきまーす。メインのハンバーグから……! 美味しい!」

 

 さらにスープや胡麻和え、ご飯も食べ進めていく彼女。

 出来は上々のようだ!

 

「なんだろう、複数の料理なのにこの一体感?」

「そのままでも食べられるように加工してある水煮缶の汁を、ハンバーグソースやスープにも使っています。水煮缶の汁に溶け出した旨味と塩分を活かせば、調味で新たに加える塩分を削減できますよ」

「そこまで計算してのサバ缶利用、御見それ致しましたっ! 画面の前の皆も一度作ってみるといいかもよ?」

 

 そして締めの挨拶をして、撮影は終わる。

 

「お疲れ様でした!」

『お疲れ様!』

 

 さーてお昼なんだけど、

 

「……今日の昼食は全員コレかな」

 

 次の撮影で働いてもらうためにも、もう一仕事しますか……

 作った料理を美味しいといって食べてもらえるのは嬉しいしな。

 

 見学者と撮影スタッフ全員分のハンバーグセットを作ることになった!



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284話 合格

 夜

 

 ~巌戸台商店街~

 

 Craze動画事務所でのコラボ動画撮影を終えて、皆と巌戸台まで帰ってきた。

 

「いや~、今日は楽しかったですなぁ。てか俺っち、実はサバゲーとかちょっと興味あったんだよ」

「あ、俺も俺も! でもモデルガンとか場所とか結構金かかるみたいだし、ルールもよく分からないしでなんか手が出なかったんだよな」

「案外見た目普通のビルの中にもああいう場所あるんだな」

「たまにはああいうのも良いかもね。」

「私は明日がちょっと心配かも……でも良い運動になったよね。ダイエットとかにいいかも」

 

 コラボ動画第4弾のサバゲーは教えてくださったチームの方々が良い人だったこともあり、俺以外も顔を隠して参加。男女共に楽しめたようだ。

 

「でもあれだな。一番驚いたのは影虎と天田少年だな」

『あぁ……』

「えっ、僕もですか?」

「おい天田。なに自分は違うみたいなこと言ってるんだ」

「僕は先輩みたいに非常識なことしてませんから。だいたい何でゴムナイフ一本で敵陣深くに突っ込んでそのまま制圧したりするんですか。サバイバルゲームでナイフ使える場所ってそもそも少ないのに、そんな人いないって言ってましたよ」

「ネタとしてどうだって薦められたんだからしょうがないじゃないか。使ってみたら使いやすかったし……いつものアレで。それに天田こそハンドガンの命中精度がエグイって言われてたじゃないか」

「あれは、だって実銃より反動が小さくて撃ちやすいから……それにいつものアレに比べて相手の動きも遅いし……」

「お2人さん、俺らから見たらどっちもどっちだったからな?」

「連携されると手に負えねぇ」

「つかアレって何さ」

「いつもの訓練、的な?」

 

 タルタロスで鍛えた戦闘力と連携が、無意識にサバゲーでも役立った結果だった。

 

「ま、それはともかく何か食って帰ろう」

 

 今日はもう仕事も用もない。

 近藤さんはたまには友達とのんびり過ごすようにと気を使ってくれていた。

 せっかくだから今日は徹底的にのんびりしよう。

 

 この後“はがくれ”でラーメンを食べ、帰りに空いていた“本の虫”に立ち寄って本を買い、夜を過ごした。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 深夜

 

 ~自室~

 

「おっ、ロイドからコラボ動画のデータが返ってきてる」

 

 部屋でメールをしていると、近藤さんから連絡が入る。

 

「もしもし」

『葉隠様、お休み中失礼します。たった今連絡がありまして、先日のオーディション結果が出ました』

「! 結果は?」

『おめでとうございます。合格です!』

「!!」

『役柄は主人公と同学年。高校2年生で生徒会長を務める青年の役です。性格は柔和で役職柄か事情通。主人公グループに助言を与える立場……ですが後半から徐々に怪しげな行動を初め、最終的に学内の変革を阻止するべく主人公を妨害していた黒幕と発覚する主要人物の1人だそうです』

 

 まさかのラスボス役!?

 

『先方は葉隠様の演技力を高く評価しているようですね。直接電話をくださった担当者の方も二面性のある難しい役になる、それでも期待していると』

「これは気合を入れないといけませんね!」

 

 寝る前に一通り演技の練習をしてから寝ようか。

 

『よろしくお願いします。また急な話ですが、先方から可能であれば明後日、主要な役の方の顔合わせと初回の撮影内容についての説明。その後少々打ち合わせをしたいという申し入れがありました』

「分かりました。スケジュールが調整可能であれば是非参加したいと思います。調整をお願いできますか?」

『かしこまりました。詳しいことは明日にでも。おやすみなさいませ』

「連絡ありがとうございます。おやすみなさい。……よし!」

 

 ドラマのオーディションに合格した!!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 11月24日(月)

 

 早朝

 

 ~自室~

 

「ん~っ! ふぅ……」

 

 いつもより目覚めがスッキリしている。

 昨夜は買った本を読むだけで出歩かず、タルタロスにも行かなかったからだろうか?

 

 体調が“絶好調”になった!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 朝

 

 ~食堂~

 

 朝食を食べていると携帯が鳴る。今回も近藤さんからの着信だ。

 

 珍しいな……

 

 彼は基本的に朝の忙しい時間帯やこちらの用事がある時間帯には連絡をしてこない。

 朝に何かあるなら前日の夜に確認の連絡を入れておく。

 緊急性のない要件なら後にまわすなど、いつも配慮を感じる。

 そんな彼がこんな時間に連絡をしてくるなら、緊急の用だろう。

 

「順平、電話してくる。戻らないかもしれないから」

「おっ、了解。そん時は片付けとくぜ」

「悪い、頼んだ」

 

 察してくれて助かった。

 気を引き締めて電話に出る

 

「おはようございます」

『朝早くに失礼します。今、大丈夫でしょうか?』

「少し待ってください。静かな所へ移動します」

 

 やはり、いつもより僅かだけど声が固い。面倒事のようだ。

 急いで部屋まで戻り、念のためドッペルゲンガーで防音。

 

「お待たせしました。もう大丈夫です。何がありました?」

『週刊“鶴亀”です』

 

 その名前を聞いた瞬間に嫌な予感がする。

 

「今度は何をやらかしたんですか?」

『葉隠様に関係のある記事が2つ、本日発売の鶴亀に掲載されています。1つは先日19日に起きた光明院君との一件が不仲説として、撮影現場での態度の悪さまで赤裸々に。もう1つは葉隠様と年末に試合をする予定だったプロ格闘家に対して“逃げた”という批判記事です』

 

 最近はおとなしくしていると思ってノーマークだった……

 直接的に俺のことが書かれてはいないようだけれど、

 

「一度に2つも、偶然でしょうか?」

『分かりません。しかしこの件について先ほどBunny's事務所から抗議が来まして……』

「抗議?」

『ええ、何でも例の一件は“葉隠様の挑発的な態度が原因だ”と、そのせいでこのような記事が書かれてしまった。大事な時期にイメージを傷つけるような報道をされた。どう責任を取ってくれる。……まとめるとこのような内容です』

「なるほど……事務所ぐるみで喧嘩売ってるんですかね?」

『我々も正直、困惑しています』

 

 無理もない。俺も意味が分からない。

 

 19日の一件は俺が光明院君に聞かれたからとはいえ、演技を短期間で身に着けたと話した。

 挑発的という言い分には納得できないが、彼の気分を逆撫ではしたかもしれない。

 しかし現場での彼の態度にこちらの落ち度はないだろう。

 

 しかし向こうの言い分は……

 

「19日の事がなければ鶴亀に目を付けられず、態度の悪さも露見しなかった?

 そもそも俺がいなければ彼が気分を害することもなく、あの騒ぎも起こさなかった?

 ふざけてるようにしか聞こえませんね」

 

 確かに俺がいなければそうなったかもしれないが、仮定の話をいくらしても仕方がない。

 ましてや、だから自分の所のアイドルは悪くない! 悪いのは相手だなんて言い分が通るか?

 常識的に考えて、まず通らないだろう。

 それで彼の行動の全てを肯定していたら……?

 

 違和感を覚えた。

 

「……」

『葉隠様?』

「すみません。聞こえてます」

『大丈夫ですか?』

「はい。ただ何かがおかしいと思って……」

『おかしいと言えば何もかもがおかしく思えますが、具体的にどのあたりが?』

「あちらの言い分なんですが」

 

 アナライズも使って、考えたことを一字一句余さず伝えていく。

 

 “それで彼の行動の全てを肯定していたら……?”

 

 ここだ、違和感を覚えたのは。

 

 “彼の行動を全て肯定していたら”

 

 ……はたして光明院君の行動は肯定されているのだろうか?

 問題を起こすなと注意を受けているのは見たが、彼の態度は悪化していくばかり。

 マネージャーは形式的で心のこもらない謝罪を繰り返しているだけ。

 あまり厳しい指導を受けているようには見えないが、肯定というよりも放置に近くないか?

 そもそもマネージャーの態度といい、今回の抗議といい、光明院君のためになるのか?

 むしろ逆効果としか思えない。

 

「……もしかして、事務所は光明院君を潰したいのか?」

『潰したい。確かにそう考えるとオーバーワークも杜撰な対応も理解できますね。実際彼は優秀ですが、周囲からいい評価がありません。このままでは近いうちに業界に居場所はなくなるでしょう。

 しかしこのやり方では彼だけでなく会社の評判も落とします。記事が出てからの反応もやや早すぎますし、光明院君1人を潰すだけならもっと利口なやり方がいくらでもあるはず。何故わざわざ稚拙な手段を用いるのかが、私としては気になりますが……』

 

 近藤さんがそこで話を切る。

 どうも電話をしてきたそもそもの目的は、迎えを出したので支部まで来てほしいとの連絡。一応は正式に抗議を受けた事だし、目的がいまいち見えないので慎重に対応する。

 ということだった。

 

 今日は学校に行く予定だったが、このままいくと周囲からの追及が予想される。

 そこで俺が黙秘したら怪しい。記事をほとんど認めたも同然だ。

 かといって回答して、ネットに俺がこう話したなんて流れても面倒。

 Bunny's事務所がどんな言いがかりをつけてきても不思議でなくなってきたし……

 

「了解しました」

『ありがとうございます。学校の方にはこちらから連絡を入れておきます』

 

 今日は1日自習だな。

 この際だ自分のペースで授業の内容を進めておこう。

 あと順平たちには事情を伝えておくとして、部活のことは山岸さんへ。

 こっちも問題ないように連絡しないと……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 次の日

 

 11月25日(火)

 

 午前

 

 ~都内某所~

 

 先日オーディションを行った建物にまた訪れた。

 以前と違って人気がなく、がらんとしているエントランスを抜け、指定の部屋へ入る。

 すると、

 

「おはようございます」

『おはようございます』

 

 中にいたのはBunny'sとIDOL23のメンバーの一部。

 パラパラと挨拶に返事が返ってきたと思えば、

 

「あれっ、虎じゃん。何してんのこんなとこで」

「ああ、おはよう磯っち」

 

 以前共演した時と変わらず、Bunny's所属なのにやたらとフレンドリーな磯野がいた。

 

「いや、俺も呼ばれたんだよ。顔合わせと役柄の説明に」

「マジで? じゃあ虎もメインキャラに大抜擢なのかよ。俺らBunny'sとIDOL23、ぶっちゃけえこひいきされてるようなもんなのにスゲーな」

「自分で言うのかよ。ってか、俺“も”?」

「せんぱ~い……」

「!」

 

 気づけばIDOL23のメンバーの間から、久慈川さんが顔を出している。

 なんだかかなり緊張したオーラに包まれている。

 明るく声をかけてみよう。

 

「久慈川さんもいたんだ」

「いたよ、ずっと」

「そうそう。メインはウチとIDOL23で固めるって話だったんだけどさ~、なんかオーディションの結果で監督さんがどうしてもって言ったらしくて? 他所の事務所からメインに大抜擢された奴らがいるって聞いてたんだ。虎とりせちゃんの事だったのな!」

 

 おお……磯っちは心から笑っているみたいだが、周りは全然笑っていない……

 IDOL23は認めてる部分もあるようだけど、Bunny'sには完全に敵視されている感じ。

 正直、居心地が悪い。

 

 これは久慈川さんも委縮するわ……おっ。

 

「チッ!」

「フン……」

 

 光明院君と佐竹もいたけど、相変わらずのようだ。まるで取り付く島がない。

 こちらを睨みつけ、邪魔をするなとばかりに教科書らしき本へ没頭し始めた。

 昨日の鶴亀のせいか、周囲も様子をうかがっているみたいだし会話は無理だな……

 

「そういや虎、これ見たか? ネットニュース」

「これって俺が試合する予定だった相手が、逃げたって話?」

「その続報だよ。なんか今日になって選手本人が否定したらしいぜ」

「あ、それ私知ってる。なんか試合は上層部が勝手に断ったんだ! って自分のブログに書いてたんだって。いまネットで拡散されてるみたい」

「へー」

 

 そっちのほうは何も聞いてないけど……まぁ、なるようになるだろう。

 

 その後も時間まで久慈川さんや磯っちと話すことにした。




影虎はロイドからコラボ動画のデータを受け取った!
影虎はオーディションに合格した!
影虎はラスボス役になった!
久々に鶴亀が行動を起こした!
Bunny's事務所から抗議を受けた!


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285話 苦悩するプロデューサー

「以上をもちまして、打ち合わせを終わります」

「では皆さん、撮影開始まであまり時間がありません。次回までに役作りをお願いします」

「お疲れさまでした」

『お疲れさまでした!』

 

 顔合わせと打ち合わせが終わった。

 ドラマの放映が来年4月からなので、もう来月から撮り始める。

 監督さんたちの言う通りあまり時間はない。

 しかし幸いと言っていいのか、初回で俺が演じる役柄の役作りはそれほど難しくない。

 少しばかり性格を調整する必要はあるけど、ポイントは“情報通の生徒会長”という点。

 これだけなら俺も良く知る月光館学園の現生徒会長がまさにその通りの人物だ。

 イメージはもうできているし、彼女を参考にすれば上手くいくと思う。

 

 しかし……

 

「葉隠君、おつかれっ」

「あ、お疲れさまでした」

「お疲れさまでーす」

「おつかれー」

 

 IDOL23の皆さんが退出。それとほぼ同時にBunny'sの男子たちも席を立つが、

 

「んじゃまたな、虎」

「ああ、またいつか。……」

 

 一足先に立ち上がった磯っちが、俺にひと声かけて部屋を出ていく。

 その際胸ポケットを軽く叩かれたが……その瞬間に紙きれを忍ばせていった。

 気にはなるが、あの様子だと他人にばれたくない事なのだろう。

 後で確認しよう。

 

「さて、俺たちも行こうか」

「あ、はい!」

 

 俺が声をかけると、与えられた台本に熱中していた久慈川さんが慌てて支度を整える。

 

「今から緊張しすぎじゃないか?」

「だって、まさかこんな役に抜擢されるとは思わなかったんだもん! それに、すっごい期待されてるみたいだし……」

「まぁ、それはなぁ」

 

 Bunny'sとIDOL23で良い役はほぼ独占される。

 業界の力関係もあり、それはまず変わらないはずだった。

 そこに俺と久慈川さんがねじ込まれたのは、オーディションの結果。

 あのオーディションで撮った映像を見た監督や脚本家が、俺たちの演技を絶賛したのだ。

 

 つまり本当の意味で“実力で勝ち取った”わけだけれど……

 

「なにも顔合わせの場で言わなくたっていいじゃん……」

「ああ、それは俺も考えた。あちらは純粋に褒めてくれただけなんだけどな……」

 

 それを聞いている周囲の雰囲気が悪いことこの上なかった。その大半はBunny'sの子たちなんだけれど、雰囲気に巻き込まれたのかIDOL23の一部も少し気分を害していた。

 

 俺たちだけ“実力で選ばれた”みたいな褒められ方をしていたら、自分は何なのかと思うよな……

 

「これから撮影現場で会うの、超気まずい」

「まぁ、あれだ。IDOL23の人はだいぶ冷静な人が多かったし、大丈夫だと思うよ」

 

 今更だけど芸能活動というのは通常個人で行うわけじゃない。

 俺も近藤さんたちがいるし、芸能人の大半は事務所に所属してバックアップを受けている。

 自分を売り込むにも、仕事を1つ取るにも、事務所が積み重ねた信頼やコネを使っている。

 そして今回のドラマは特に事務所の力が関わっている。

 それをちゃんと理解していると感じた人ほど、平然としていた印象を俺は受けた。

 

「IDOL23には理性的な人が多かったし、中でもリーダー格の人は俺たちを認めてくれていたよ。だから大丈夫」

「先輩、そんな会話誰とも話してなかったのに何その自信……でもいつもの事か。……うん! 考えてても仕方ないしね」

 

 気持ちを切り替えたのとほぼ同時に仕度が終わり、共に部屋を出る。

 するとそこで待っていたのは近藤さんと井上さん。

 そしてなぜか、Bunny's事務所の木島プロデューサーまでいた。

 

「お久しぶりです、木島プロデューサー。今日は付き添いですか?」

 

 それにしてはアイドルの姿が見えないうえに、オーラが異様に暗い。

 

「確かにそれもあるけれど、今日は葉隠君と久慈川さんに謝罪をしに来たんだ」

 

 彼はそういうと深く頭を下げ、

 

「Bunny'sに所属する若手アイドルたち。特に佐竹と光明院の2人の非礼の数々、大変申し訳ないッ!」

「彼は先ほどから我々にもこの調子なのです」

 

 近藤さんがそっと教えてくれた。

 

「なるほど……頭を上げてください、木島プロデューサー。あなたの苦しみは理解できませんが、あなたが本当に後悔している事は分かります。その謝罪が本心であることも」

 

 人のオーラが見えるようなってそう長くも無いけど、ここまで深い後悔の色は滅多に見ないと断言できる。

 

「しかし、いや、重ね重ね申し訳ない。急に頭を下げられても戸惑ってしまうか」

 

 その目は俺でなく、久慈川さんの方を向いていた。

 確かに彼女は戸惑っている。

 

「久慈川さんも落ち着きなよ」

「逆になんで先輩はそんなに冷静なの」

「偉い人なのは知っているけど、それ以上に本気で謝りに来てるから。むしろ思い詰めすぎてないかの方が心配になる」

 

 本当に、これまでのBunny'sの対応と全く違いすぎて……確認したい。

 木島プロデューサーの気持ちは受け取るけれど、それは事務所としての謝罪だろうか?

 

 あまり期待せずに聞くと、やはり彼は申し訳なさそうに口を開く。

 

「これは私の個人的な謝罪だよ。本当はもっと早くに来るべきだったと思っている。遅くともあんな記事が出回る前に……いや、それ以前から光明院君たちは君をずっと敵視していたと聞いた。

 その段階で指導ができていればここまで大事にはならなかったはずだし、君たちを不快にさせる事もなかっただろう。目と指導が行き届かなかったこちらに非がある。……それを棚に上げて一方的に抗議文を送り付けるなんて、いくらなんでもおかしいと私は思う」

 

 それを聞いて、顔を見合わせた俺と近藤さん。

 

 “この人は話ができる”

 

 視線が交差し、意思疎通が完了。

 

「無理もないと思います。木島プロデューサーはお忙しいですからね」

「いや、それを言い訳には」

 

 ここで近藤さんが前に出る。

 

「木島様。失礼とは思いましたが、我々はBunny's事務所やその関係者。主に光明院君たちのグループとその周辺を調査させていただきました」

「なっ!? ……いや、葉隠君が目の敵にされていれば警戒くらいはするか」

「ご理解ありがとうございます。付け加えるならば、我々はこの国や芸能界では新参者。まずは情報を集め、地盤を固める必要がありました。

 そして得られた情報を統合し分析した結果……木島様は実質的に、彼らのプロデュースから外されている。あるいはそこまで行かずとも、問題からは遠ざけられている。我々はそう考えていますが、違いますか?」

 

 すると彼は明らかに動揺した様子で、何故かと問いかけてくる。

 近藤さんはさらに追撃。

 

「木島様が担当しているグループの現在の仕事は大きく分けて2つ。1つは認知度を上げるための地方でのライブ活動。もう1つは大手雑誌社やテレビ局での取材やロケ。

 そして必要に応じて他のスタッフも動員されているようですが、基本的にアイドルへの付き添いは木島様とマネージャーの2人だけ。さらに木島様はプロデューサーとして、主により参加人数の多い地方に。大手雑誌社やテレビ局には、グループの中でもメディアへの露出が多く注目度も高い佐竹君や光明院君、その他数人をマネージャーが引率している。

 これが最近のパターンで間違いありませんね?」

「その通りです。いったいどこから……」

「ネットの公式サイトを見ればライブの場所や日程は把握できます。さらにファンのサイトやSNSを追えばより細かな現場の状況や街中での発見報告があることも。熱心なファンになるとアイドルだけでなく、プロデューサーやマネージャーの顔を把握している人もいるのです」

 

 そういった1つ1つの情報を重ね合わせることで、誰がいつどこにいるかを大まかに推測できる。そう語る近藤さんを、木島プロデューサーは愕然として見ていた。

 

「尤も騒ぎの場には大抵私もいましたので、そこまでせずとも木島様がいなかったことは分かっていますが。確認のために」

「それに先ほど木島プロデューサーは“個人的に”謝罪に来たと言いましたよね? 会社は非を認めずに抗議までした相手に対して。……この時点で“会社と足並みが揃っていない”というのは特にそういう知識のない僕でも感じましたよ」

 

 俺の言葉がトドメになったのか、プロデューサーは力なく笑いながら両手を上げて降参のポーズをとり、自嘲するように話す。

 

「まいったな……情けない話だが、概ねそちらの予想通りだよ。かろうじてプロデュース業からは外されていない。けれど上からの指示で思うようには動けない。特に光明院君や佐竹君とは関わりを持たせてもらえないんだ。プロデュースの方針だけ用意して、あとはマネージャーに任せろという感じさ。彼ら以外の子を蔑ろにするわけにもいかないが……本音を言えば、今の会社はおかしいと思っているよ」

 

 自分の置かれた状況と考えを述べた彼は何かを決心したように、自然と下がっていた視線を上げた。

 

「謝罪に来てこんな事を言うのはあつかましいと思ういますが、お願いがあります。光明院君の事を見ていてもらえないでしょうか?」

 

 そう口にしたオーラはやや暗い青の混ざった紫。

 

「もちろん現場が重なった時だけで結構。このままでは、そう遠くないうちに彼は芸能界を去ることになる……彼には才能がある。そして努力家だ。今チャンスをつかめれば彼は必ず飛躍できる!」

 

 現状で自分は満足に光明院君のフォローができない。

 しかしプロデューサーとしての熱意もプライドもあるのだろう。

 自分で責任をまっとうできない悔しさもある。

 だけど少しでも状況が良くなることを願って。

 何より光明院君の、所属するアイドルのために。

 

 そんな真摯な願いが伝わってくる……

 

「木島プロデューサー。安心してください。少なくとも僕は光明院君との関係を改善したいと思っています。そしてそれは近藤さんも理解して、協力してくれています」

「そうなのか……良かった」

「しかし現状ではあまり彼の力になれているとは言えませんね」

 

 近藤さんの言う通り。

 昨日の抗議もあってか、今日は近づくことすら拒絶されていた。

 関係改善には、なんらかの“きっかけ”が必要だろう。

 

 それを掴むためにも、プロデューサーには協力を願おう。

 

「僕たちはBunny'sからすれば部外者で、業界では新参者。知識や権力もまだまだです。彼の悩みを理解してどこまで力になれるかわかりません。でも僕たちには彼と会う機会があります」

「木島様のお力を貸していただければ、我々が彼の力になれる可能性も高まると私は考えます」

「……分かりました」

 

 2人で頼み込むと、プロデューサーはあっさりと首を縦に振る。

 

「担当するアイドルのためになるなら、プロデューサーの私が協力しないわけにはいきません。他人に任せて終わりでは無責任でしょう。私はもう、そんなことはしたくない」

 

 まだ後悔はあるみたいだけど、少しだけ希望が出たようだ。

 

「っと、まずい。そろそろ行かなければ……」

 

 どうやら携帯に呼び出しのメールが入ったようだ。

 とりあえずプライベートな連絡先を交換。

 ついでに現状で光明院君があんなにピリピリしている原因を聞いてみる。

 

「プロデューサーの視点で見て、思い当たることはないですか?」

「おそらく、焦っているんだと思う。……実は最近、グループのメンバーが急激に力をつけているんだ」

 

 それはもしや、例のアクターズスクールに通っている子だろうか?

 

「そんなことまで知っていたのかい?」

「調べてみると割と有名ですよ? Bunny'sのアイドルが大勢通っている、って」

「ネットの口コミやスクールの実績で広まっていますね」

「便利だけど恐ろしいな、技術の進歩は……とにかくその通り。そのスクールに通い始めた子がメキメキと実力をつけていて、光明院君もグループの全体練習を通してそれを感じているはずだ」

 

 そんなに急激に実力が身につくスクールなのか?

 そもそも事務所のレッスンを受けなくていいのか?

 

「事務所でダンスレッスンを受けて微妙だった子が、スクールに行き始めたらメインで踊れるくらいになったんだ。指導力は確かなんだろう。私も最初は事務所でのレッスンを勧めていたけれど、その結果を見たらあまり強く言えなくてね……最近の事務所ではむしろそのスクールに行くことを奨励しているが、効率を考えればその方がいいのかとも思い始めているよ」

 

 なるほど……俺は最初から怪しいというイメージで見ていたけれど、確かに普通は実力がつきやすくなるならその方が良い、と考えるか。

 

「ああ、ただ気になることはあった」

「それは?」

「ダンスでも歌でも、指導を受けた子はみんなリズムに忠実になるんだ。音に合わせて綺麗に踊れるけど、表現力に欠けるというか、ロボットのような? 個人差はあるけど、スクールに通った子は全体的にそんな印象を受けるんだ。まぁ、リズムを大切にするのがスクールの指導方針かもしれないけどね」

 

 レッスンを受けると上達する代わりに、ロボットのようになる……

 木島プロデューサーの主観としても、気になる意見だ。

 そのアクターズスクールの場所は分かるし、今夜にでも探りを入れるか?

 まず近藤さんに話して道具の用意を……

 

「申し訳ないけど、流石にもう行かないと」

「あっ、呼び止めてしまってすみません」

「いや、最初に呼び止めたのは私の方だ。それに、君が本当に光明院君の事を考えてくれているのが伝わったよ。ありがとう」

 

 木島プロデューサーはもう一度深く頭を下げ、だいぶスッキリした顔で立ち去った。

 

 ……さて、俺たちも帰ろ……あっ。

 

「葉隠先輩? さっきから私たちの事忘れてない?」

 

 そういや久慈川さんと井上さんもいたんだった!

 

「あーっ! 完全に忘れてたって顔してる! もう!」

「……待ってたの?」

「お先に~とか声かけられないくらい真剣に話してたから……勝手にいなくなるのも失礼でしょ? あと、正直話の内容も気になったし。私にも完全に無関係ってわけじゃなさそうだし」

 

 確かに光明院君の敵意を受けていたのは久慈川さんも同じだ。

 木島プロデューサーは久慈川さんにも謝りに来ていたし。

 ……途中から話の流れで放置してたけど……

 

「で、先輩? 私、事情がよく分かってないことがあるんだけど」

 

 この後、放置されてへそを曲げた久慈川さんに機嫌を直してもらうため、話せるだけの説明を行った。




影虎は打ち合わせを行った!
影虎は磯野から1枚の紙をこっそり受け取った!
影虎と久慈川は木島から謝罪を受けた!
Bunny's事務所の木島プロデューサーが協力者になった!
木島によると、アクターズスクールの指導力は確からしい……
ただしロボットのようになるらしい……


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286話 格闘技の神髄?

 夕方

 

 ~辰巳スポーツ会館~

 

 新体操の練習も終わりが近づいてきた。

 そして先日習得した“重心把握”の真価が見えてきた。

 重心把握は格闘技における根幹、あるいは神髄とでも言うべきスキルかもしれない。

 

「……」

 

 倒立したまま站樁(たんとう)を行う。普段と上下が逆でも同じことをすればいい。

 体を支える上半身に力を、下半身からは脱力。

 体の中心、丹田に重心を置いて上半身を下半身に。下半身を上半身にする。

 呼吸を止めてはならない。あくまでも自然に。そうすれば……

 

「……」

『オー……』

 

 そっと片腕に重心を移し、片腕で倒立を続けるとスタッフさんから声が上がる。

 普通に片足でバランスをとるのとまったく同じように、片腕で立つ。

 重心を把握し、自在に移動することができれば、たとえ片手でも地面に根が張ったように。

 大きな力を使わずに体を支えられた。

 

 これを格闘技に応用すれば、まず体が安定する。

 すると自由に動けるし、攻撃に力も乗る。

 全体的に動きのキレが増した。

 さらに重心把握は投げ技や特に太極拳との相性が非常に良かった。

 そもそも重心把握を習得した要因の站樁(たんとう)は太極拳(内家拳)の練習法だから当然か?

 相手の重心を把握することで、相手の体勢を崩すのが遥かに楽になった。

 

 例えば相手が正拳突きを打ってきたなら、その腕を取って引き込む。

 すると重心は前に傾き、相手は反射的に重心を後ろへ。腕を引き戻そうとする。

 またそれに逆らわず、逆に押し込めば相手が後ろへたたらを踏む、といった具合に。

 

 実際に太極拳には手で相手の突きを払い、腰のひねりで腕を引き込む動きに変える。

 同時に相手の足の後ろへ踏み込み、体を戻す際に引っ掛けて倒す……という技もある。

 

 また柔道にも同じテクニックが相手の崩し方として教えられている。

 

 重心を把握し、動きに合わせれば、力ではなく技で投げられる。

 

 そして体操で最初に教えられた基本は倒立であり、体操に最も重要なのはバランス感覚。

 それが身についていれば、力はいらないとも山口選手は語っていた。

 どちらも体を操るという点では近しいのかもしれない。

 

 体操を通して、格闘技への理解が深まった!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~廃ビル~

 

「……なあ、これまたどういうことになってんの?」

 

 アジトに来たら、鬼瓦達の他に見覚えのない連中が36人もいた。

 あまり良い雰囲気でもないが、喧嘩はしていないし殴りこみにしては穏やか過ぎる。

 鬼瓦に聞いてみると、

 

「……俺らのとこの元メンバーだ。ったく、少し前まで俺らを腰抜け扱いしといてこれかよ」

「あの時は悪かった! ……もう一度一緒にやらしてくれないか。もちろん下っ端からでいい」

 

 あー……そういや鬼瓦のチームって俺に負けてメンバーが減って、元リーダーも脱退。

 後を継いだ鬼瓦が俺の下につく事を決めたんだっけ。

 それが金流会の襲撃をしのいだことでまた評価が上がってきて、メンバーが戻ってきたと。

 よく見れば闘技場で見たやつもいるな、確かに。

 

「尻尾巻いて逃げた奴らが今更何だとは、正直思ってる。ただ、あの時は頭も情けない姿を見せてお前らも不安だったろう。だから水に流してやってもいいが……ヒソカ、あんたはどう思う?」

「俺か?」

「今の俺らはあんたの下についてんだ。あんたの意向も聞きてぇ」

「そうか……俺としては鬼瓦の指示に従えるならべつにいいんだけど……とりあえずその代表っぽい奴と、そっちの奥にいる鼻ピアス。あと真ん中あたりにいる3人組――」

 

 集まった中から全部で7人を選び出して、再加入拒否を伝える。

 他は全員入れても反対しないけど、この7人はダメだ。

 

「ハァ!?」

「おいテメェ! 他が良くて何で俺らだけがダメなんだよ!」

「そうだそうだ!」

「大体何で部外者のテメェがデカい面してんだよ!」

「関係ねぇ奴は黙ってろ!」

 

 当然のように絡んできたのが5人。

 残り2人は無言。こっちは他のより少し状況が読めるみたいだ。

 

「お前らな……俺は言ったはずだ。今の俺らはヒソカの下についてる。つまりウチに戻ればお前らもヒソカの下だ。無関係でも部外者でもねぇんだよ」

 

 鬼瓦はそう言うが、俺の言いたいことは違った。

 

「いや、そのあたりは各グループで責任持つなら勝手にやってくれていいんだけど。何か企んでる連中(・・・・・・・・)は仲間にしたくないってだけ」

 

 泳がせて逆に情報源にしてもいいけど、面倒そうだし。

 

「何?」

「ハ、ハァアッ!?」

「テメェ、フカシこいてんじゃねぇぞ!」

「何の証拠があるんだよ? 言ってみろコラァ!」

 

 証拠っつーか、見えるもん。お前ら7人の周りに嫌ーな黒いオーラが。

 鶴亀の記者を初めとして、このオーラの持ち主にはろくな奴がいない。

 あとその他の連中は皆、チームを抜けたことに引け目があるのか後悔のオーラ。

 対して7人にはそれが欠片もない。

 あるのは黒に混じって愉悦? 今は図星をつかれた動揺、焦りの色が混ざってる。

 

「代表っぽいのが入ってるし……最初に鬼瓦のグループに戻ろうって持ちかけたの、こいつらだったりしないか?」

「確かにそうだけど……」

「俺に声かけたの、確かにあいつだ……」

「そういや最初に提案したのって誰だっけ?」

「あの中の誰かじゃね? 俺らが合流した時にはもう仕切ってたし」

「やっぱりか」

 

 他の希望者に聞いてみたら、やっぱりこいつらが中心人物だったようだ。

 

「たった7人より36人の方が断りにくいと思った? それとも数が多ければ注目が分散されて怪しまれにくいとでも考えた? ……どっちにしても、お前ら元仲間を利用しようとしたんだろ? なんのためか知らないけど」

「ハァ!? だからしょうブッ!?!?」

 

 うるさかったので顔面を軽~く殴る。

 

「判断基準は俺。おとなしく喋るか、認めないなら認めないいでいいからさっさと帰れ」

「テメェやりやガッ!?」

 

 喧嘩がしたいようなので、適当に相手をしてやる。

 すると……

 

「ブッ……も、もうやめてくれ……悪かった、謝る、謝るから」

「謝られるより、何企んでたか聞かせてくれない?」

「……」

「もう少し痛めつけるかな」

「! 分かった! 待ってくれ!」

「ばっ!」

「金流会に命令されたんだ! 鬼瓦のチームに戻って、情報を流せって!」

 

 1人が暴露すると、仲間を信じていたらしい連中はそれぞれ顔を伏せるか怒りを露にし始め、それを見て他の6人も観念したように語り始める。

 

「……突然絡まれて、治療費だの慰謝料だのを“貸し”だって一方的に」

「俺らが元々鬼瓦の仲間だったってだけで、新しく入ったチームや家まで押しかけてきた」

「俺なんかバイト先だぞ!?」

「言う通りにしなかったら、不良どころか生活もできねぇようにするって脅されたんだ!」

「こうするしかなかったんだよ!」

「嘘だな」

 

 俺がそう口にした瞬間、男たちは固まる。

 

「“金流会の命令”、あと“情報を流す”って目的は本当だろうけど。そのあとの脅されてるって内容は嘘だろ」

 

 だって黒に混ざるオーラの色は、そんな深刻な色してなかったもの。

 図星を突かれて焦って、何とか助かろうと出まかせを言ったんだろう。

 命令と言ってもそこまで強制力があるわけでもなさそうだし……

 

「正確には自分たちから売り込んだか…………それとも誘われたか…………誘われて話に乗った感じだな」

 

 言葉を投げかけ、オーラの変化を見て、まるで嘘発見器のように真実を探っていく。

 

 やっぱりこの能力、対人関係では便利だな。

 

「これがメンタリズムだ」

 

 視線や表情筋の動きから嘘を見抜いたりする技術……ということにして、お前らの企みはまるっとお見通しだと告げる。

 

 すると7人は逃走を図り、自分達が騙していた連中の手によって呆気なく捕まった。

 その後は鬼瓦がケジメをつけると建物の奥に連れて行ったので、どうなったかは知らない。

 しかし騙されていた29人の謝罪は本物だったので、戻ることが許されていた。

 

 これで部下の数が150人を突破、厳密には166人になった。

 親父の世代は数万人という単位で族がいたらしいが、今時は減少傾向にあるという……

 その中でこれはどの程度の規模なのだろうか? わからん……

 とりあえず今日は忙しそうだし、また今度鬼瓦に聞いてみるとするか……

 

 あ、あとメンタリズム関係の知識も集めとこう。

 なんか興味持ったっぽい奴らが何人かこっちを見ている。

 近藤さんに聞けば資料を集めてもらえるだろうし、あの人なら習得していても驚かない。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 深夜

 

 ~自室~

 

 昼に磯っちが忍ばせた紙には、チャットアプリのアドレスが書かれていた。

 順平たちや部活、仕事のちょっとした連絡にも使っているアプリなので、使い方は分かる。

 何かBunny's事務所やメンバーに秘密で話したいのか……とりあえず一言残しておこう。

 

 アプリを開いて、

 

 影虎 “こんばんは”

 

 さて……

 

 磯野 “連絡あり!”

 

 んっ!? もう返事が返ってきた。

 連絡ありがとう、って事か? 続けてガッツボーズの絵文字が送られてくる。

 

 影虎 “待ってたの?”

 磯野 “まぁな! それに通知くるから撮影とかレッスン中じゃなきゃ大体すぐ見るし”

 影虎 “なるほど。ところで何か秘密の相談でも? あんな渡し方されたから気になって”

 磯野 “あー、それな。相談もあるけど、フツーに話すのも歓迎。

     前にも話したけど、うちのグループ空気悪くてさ。マジストレス溜まる。

     つかそういう事こそグループとか事務所内で処理するべきなんだろうけどさ”

 影虎 “まぁ、第一に頼るのは普通そっちだよな。信頼してくれたのは嬉しいけど”

 磯野 “連絡してくれてマジサンキューな。

     で、相談なんだけど、虎って病気の診断ができるんだよな? テレビで見た”

 影虎 “病名や治療法までは分からない。病気か何かの疑いがあるなら病院に行った方が”

 磯野 “本当は行かせたいんだけど、忙しいしマネージャーが許可出さなくてさ……

     本人も大丈夫の一点張りだからなおさらで……でももう見てらんねぇよ”

 影虎 “許可ってことはグループのメンバーか? あとそんなに悪いのか?”

 磯野 “ああ、診て欲しいのは光明院。あいつろくに飯も食わないで仕事や練習しててさ。

     大丈夫かと気にしてたら案の定どんどん体調悪くなってるみたいなんだ。

     ダンス練習のときはスタミナ切れるし、今日は撮影前に局の便所で吐いてた。

     明らかに様子がおかしいんだよ”

 

 様子がおかしいとは思っていたけど、明らかな症状まで……

 

 影虎 “マネージャーは動かないんだな?”

 磯野 “ダメもとで1回話してみたけど全然頼りにならねぇ。

     本人に大丈夫ですね? って聞いて、光が大丈夫っつったらそれっきり。

     つかその前に、大丈夫だろ? 体調管理できてるな?

     とか言われた後であいつが無理とか言うわけねぇだろ!”

 影虎 “わざと言えない空気を作ってから聞くのか?”

 磯野 “俺にはそう見えた。それがなくても光は大丈夫としか言わないだろうけどな”

 

 確かに……

 予想以上に事態は逼迫しているのか……

 根本的な問題解決より現状の緩和を目指した方がいいかもしれない。

 

 影虎 “いつ診れば良い?”

 磯野 “診てくれるのか!?”

 影虎 “俺も気にはなってたからな。問題はいつどうやって診るかだ。

     体の異常は感知できるけど集中が必要だし、何より今の関係じゃ近づきにくい”

 磯野 “話さなくていいなら案はあるぜ! 明後日の午前は俺らと仕事同じだろ?”

 

 明後日の午前というと、例のドラマの製作決定を発表する特番を撮る予定だ。

 確かに主要な登場人物役の俺も光明院君も、他のBunny'sアイドルも来る予定。

 

 磯野 “光はボッチだから基本1人で動く。慣れてるスタジオだし、いくつかルーチンもある。

     待ち伏せでもなんでも、近づくだけならチャンスは作れるぜ”

 

 ドッペルゲンガーで透明化して近づくしかないかと思ったら、意外にも正攻法? で近づけそうだ。

 

 影虎 “了解。それじゃそのルーチンと近づけそうなタイミングを教えて欲しい”

 

 磯野と話し合い、光明院君の診察作戦を練った!




影虎は“重心把握”を習得した!
不良の部下が増えた!
影虎はBunny's事務所の磯野と連絡を取れるようになった!


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287話 対戦相手決定

 11月26日(水)

 

 午前

 

 ~超人プロジェクト・日本支部~

 

 今日は朝から多数の打ち合わせ&極秘の連絡があるらしい。

 昼からは学校へ行くため、制服とカバンを持って支部を訪れると、会議室に通された。

 

「まずは一番重要と思われるものから」

 

 近藤さんから手渡された資料をめくると、“年末の試合について”と書かれていた。

 

「対戦相手が決まったんですね?」

「はい。本部と連絡を取り合った結果、この方が適任として選出されました」

 

 暗くなる部屋の中、起動したプロジェクターによって映し出されたのは……

 

「ウィリアムさん!?」

 

 なんと夏休みにお世話になった、ジョーンズ家のウィリアムさん。

 確かに彼も総合格闘家だけど、彼が?

 

「ウィリアム・ジョーンズ。葉隠様もご存知とは思いますが、彼は怪我の治療で休業していましたが今年の夏に復帰。復帰後の戦績は3戦3勝3KO。すべて第一ラウンド、一分以内で勝負が決しています。この結果には当人の元々の実力もありますが、夏の事件中にペルソナ使いとして覚醒したことが大きいと考えられています」

 

 ウィリアムさんのペルソナは“ゴライアス”。

 神話に出てくる巨人兵士の名を持ち、名前に負けない巨体を誇る。

 ウィリアムさん本人と同じパワー型で物理に特化していた。

 

「ペルソナ発現から検診と聞き取り調査を定期的に続けていますが、腕力とそれに伴う打撃力の向上。ペルソナの打撃耐性による耐久力向上も確認されています。候補者や試合を希望する方々はまだ何人もいたようですが……ペルソナ使いであり打撃耐性を持つ葉隠様と同等の条件で試合ができるのは彼だけでしょう」

「確かに」

 

 打撃耐性は常時発動のため止められない。

 普通の相手だと俺だけバレない防具を着ているような状態になってしまう。

 それがウィリアムさんならイーブンになると。

 

「ちなみに本部からこのような映像が送られてきています」

 

 切り替わった画面から流れた映像は、ウィリアムさんが大量に積み重ねた石のブロックや自然の岩を拳で破砕したり、トラックを牽引したり、軍人風の複数人を相手に無双している姿だった。相変わらず。いや、前よりもはるかにパワーが上がっている。

 

『ようタイガー! 元気にしてるか? こっちは見ての通りさ。ペルソナが目覚めてから俺は急に、前より強くなっちまった。ぶっちゃけ相手が弱く感じて仕方ないくらいだ! だから今度の試合の話は楽しみだ! 夏からお前が急成長してるのは聞いてるし、どんだけ強くなったか見せてみな!』

 

 そんな短いメッセージと共に、映像が終わる。

 

「ウィリアムさん……もしかして気も?」

「葉隠様が中国拳法を通して学んだ気について、報告された事はすべて本部にも送られています。彼はその情報と本部のロイド様に協力を得て独自に取り入れ、さらに腕を上げているようですね。路地裏の不良のようにはいかないでしょう」

「そうですか……」

 

 あれはあれで一般人にはそこそこ脅威になりえるはずだけど、確かに俺にとっては、戦えば既に勝ちが決まっているも同然の相手。

 

 しかしウィリアムさんの場合は違う。

 ペルソナ使いで打撃耐性を持つ条件は対等。

 戦闘経験はプロとして長年試合を重ねた彼と、1年間シャドウと実戦を重ねた俺。

 格闘と気の扱いなら俺が上だろうけど、ウィリアムさんも貪欲に取り入れている。

 

 元々の体格と怪力、さらにペルソナの後押しに気の力が加わるとなると……厄介だ。

 油断をすればあっさり負けても不思議ではない。

 

「嬉しそうですね」

 

 近藤さんに言われて気づく。

 自分の頬がわずかに吊り上がっていることに。

 そして、気分が高揚し始めていることに。

 

 話を聞いただけでこれなら、本番は金流会の手下に囲まれた時以上かもしれない。

 

「俺も、戦闘狂じゃない、とは言えなくなってきたなぁ……」

「自分を磨き、成長を確かめようと思うのはごく普通の欲求ですよ。理性を捨てず、対戦相手やTPOの分別がつくなら構わないと思いますが……30日にはアフタースクールコーチングのスタジオロケがあり、そこで対戦相手が正式に発表されます。知人であることは話しても問題ありませんが、表面上は取り繕ってください」

「気をつけます」

 

 現場で万が一テンションMAXになったら放送事故どころじゃないからな……

 

「さて次ですが、霧谷様から連絡がありました」

「! 久しぶりですね。何と?」

「長く連絡できずに申し訳なかったと。それから送った資料は葉隠様の役に立っているかどうか。そして以前相談していた葉隠様の痛みの原因となる呪いを調べる件について、準備が整ったので都合のつく日を教えてもらいたいとのことでした」

 

 !!

 

「呪いを?」

「確かにそう仰いました。こちらは可及的速やかに対応すべき案件として、最も早くスケジュールを空けられる明後日にと返答。明後日は1日オフにしました。問題ありませんか?」

「大丈夫です!」

 

 流石は近藤さんだ!

 明後日……とうとう悩まされてきた痛みについて、対処法が分かるかもしれない。

 

「そうだ、何かお土産というか、お礼の品か何か持って行くべきですよね」

「当日は菓子折りを用意いたしましょう。

 続いてはCraze事務所から。公開されたコラボ動画の反響が大きく、評価は上々。お礼の連絡に加え、またクリスマスのイベントにゲストとして出演しないかとお誘いをいただきました。

 アフタースクールコーチングの試合が12月の24日の夜。そしてCraze事務所のイベントがクリスマス当日の12月25日と連続して忙しくなりますが、このイベントはダンスや歌がメインとなるので、エネルギー回収のチャンスでもありますね」

「これは難しい……」

 

 ウィリアムさんが相手なら油断できない。

 少しでも練習時間をとって準備したいが、大量のエネルギーも捨てがたい。

 Craze事務所のクリスマスイベントといえば、かの有名な“Cステージ”。

 観客動員数は10万を超えるという超大型イベントだ。さぞ多くのエネルギーも集まるだろう。

 ただそのためには吸い上げる魔力の調整に、新たな道具の準備と用意が必要。

 

「う~ん……」

「返答が来月の頭までなら何とか対応するとのことで、あちらとしては出演を期待しているようですね」

 

 それはありがたいが……うん。もう少し考えてみよう。

 

「そしてCraze動画事務所からはもう一件。こちらは先日掃除の動画でコラボしたクリーンクリーン様から、宣伝のお礼が来ていますね。なんでも古本屋“本の虫”の老夫婦からお仕事の依頼があったとか」

「文吉爺さんと光子お婆さんから?」

「ええ、葉隠様からのご紹介だと。違うのですか?」

「……あっ」

 

 そういえばサバゲーの帰りに寄り道して、チラッと話した。

 

「引っ越し屋さんじゃなくて清掃業者さんだけど、不用品の買い取りもしてらっしゃるし、働いてる人はみんないい人だったって……確かに言ってた」

「古本・古雑誌にもコレクターがいるので、品と状態によっては買い取り可能。商品として取り置きする本が多そうですが、葉隠様の紹介ということで特別に倉庫への搬入まで対応していただけるそうです」

「それは良かった。作業はいつですか?」

「今週の土曜、29日のお昼からですね。参加されますか?」

「先方にご迷惑でなければ」

「ではその旨を連絡しておきます。連絡を受けた時の感触からして、おそらく大丈夫でしょう。

 あとはもう一つコラボ関連で、アンジェリーナ様との動画について。こちらも世間からの評価は上々。それに伴って葉隠様とアンジェリーナ様の関係も公となり、例の児童性愛者疑惑も解消されたと言って良いでしょう」

 

 提示された資料には、参考としてネットの評判が掲載されている。

 

『神』

『いや、天使』

『金髪碧眼の美少女キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!』

『アンジェリーナたんhshs』

『髪がフワフワでいい匂いしそう』

『おまわりさんこいつらです↑』

『このロリコンどもめ!』

『見るべきはエレナちゃんだろうが!』

『お姉さんの方は大変良いものをお持ちで』

『特攻隊長裏山』

『KalafinaのStoriaとか、隊長の出す歌は相変わらず作曲者も歌手も分からん……』

『激しく同意。おまけに神曲ばっかりとか、どうなってんの?』

『金の力で有名アーティストに依頼、とか?』

『投稿ペース早すぎるわwどう考えても依頼してからじゃ無理。

 趣味でコツコツ書き溜めてたって言われた方が信じられる』

『隊長って作曲とかそっち方面もできたっけ? すぐ覚えて書いた感じ?』

『んなの無理無理wって、普通なら言うんだけどな……』

『頭から否定できないのが怖い』

『少なくとも作曲ソフトの使い方くらいは一日で覚えられると信じてる』

『そんなことよりお布施は!? お布施はどうやって納めればいいんですか!?』

『あー、あのサイト投げ銭機能ついてないんだよな……』

『隊長もコラボ相手の家族も、広告の収益化とかしてないしな』

『俺的には邪魔なく神曲を無料の高音質で楽しめて最高なんだけどね。

 ただ今回は俺も投げ銭したくなった』

『Storiaは圧巻だったな。3人のハモリが脳に突き刺さった』

『俺なんか最初の一言目で動けなくなった』

『高音質ノイズキャンセル機能付きのヘッドホンで雑音をシャットアウトして聞いてみろ。

 リピートが止められなくなるぞ』

『独特の世界観に引き込まれるよな』

『アンジェリーナちゃんがこれで小4というのが凄い』

『小4の歌唱力じゃないよな』

『A Whole New Worldはそのままデスティニー映画の挿入歌になってもおかしくない』

『なにそれ?』

『アンジェリーナちゃんのチャンネルに投稿されてる歌』

『隊長と自分の両方のチャンネルで別の歌を1つずつ投稿してるんだよ』

『この子自分のチャンネル持ってたんだ!』

『情弱乙。隊長のチャンネルに友達登録もされてるし、概要欄からも行けるよ』

『“コラボ”だから……一人だったり家族とだったり、色々歌って動画出してるよ』

『あの容姿と歌声だし、アメリカで人気急上昇中らしいぞ』

『だからいつも以上に動画サイトの外国人のコメントが多かったのか』

『例のプロジェクトで注目されてる隊長とのコラボだし、また人気爆上がりだろうね』

『つーかそもそもアンジェリーナちゃんが動画投稿始めたのは隊長がきっかけらしい』

『詳しく』

『アンジェリーナちゃんの動画見てくと1番最初の動画で、

 “知り合いのお兄さんが動画投稿を始めたそうなので、私もやってみたいと思いました”

 みたいなことを自己紹介で話してる』

『知り合いのお兄さん=隊長ってこと?』

『そういえばちょっと前のヘルスケア24時。

 検査入院中の隊長が小学生女子の動画を繰り返し見てたとかで、

 隊長がロリコンじゃないかって話がどこかで出てたよな? あれもこの子じゃない?』

『2人が知り合いなのはコラボの最初で前から友達的な事を言ってるからほぼ確定。

 どこでどう知り合ったとは言ってないけど、アメリカのスレッドではこの子、

 夏に隊長が巻き込まれた事件に関わってるって話題になってる。

 なんでも隊長が盾になって助けた女の子がアンジェリーナちゃんらしい』

『マジか!?』

『あっ(察し)』

『そういう繋がりだったのか……』

『隊長が動画投稿始めたから自分もやる。隊長がコラボしたから自分ともコラボ。

 アンジェリーナちゃんカワユス』

『幼女になつかれてる特攻隊長に嫉妬不可避』

『……隊長が盾にならなかったらこの子が撃たれてたってことだよな?』

『ちょ』

『この天使が撃たれる? 撃た、撃たたたた……イャアアアア!!!!!!』

『ヤベェ、確かにそういう事だよな』

『特攻隊長GJ!!』

『流石は特攻隊長!』

『よく大天使アンジェリーナ様を守った!』

『これは許すしかない』

『そもそもロリコン疑惑ってアンチとか荒らしの連中が勝手に言ってるだけでしょ』

『アンジェリーナちゃんの動画なら俺も昨日から超リピートしまくってるんだけど』

『私女だけど、純粋に歌声を楽しむ目的でリピートしてる』

『俺も。動画見てるだけでロリコン扱いされたらたまらんな』

 

 ……アンジェリーナちゃんの実力や俺との関係が広まったおかげだろう。

 CD化希望などの声が上がり始め、やがて俺の疑惑は忘れられたように話に出なくなった。

 

 それに安心すると同時に、いつもの痛みが襲ってきた。




影虎の対戦相手がウィリアム・ジョーンズに決定した!
ウィリアムは急速に力をつけている!
影虎の気分が少し高揚した!
霧谷君との連絡がついた!
影虎の呪いを調べる日程が決まった!
Craze動画事務所とのコラボ動画は評判が良いようだ!
影虎はイベントに誘われた!
古本屋“本の虫”の掃除を行う日程が決まった!
アンジェリーナとの動画も好評らしい!
影虎のロリコン疑惑が払拭された!


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288話 予定変更

 11月27日(木)ドラマ宣伝用特番撮影日 

 

 午前

 

 ~テレビ局~

 

 割り当てられた控室。

 時計の針のカチコチという音がやけに大きく聞こえる。

 もう少しでBunny'sのアイドルたちが局にくる時間だ……

 

 磯っちの話によると、光明院君はいつも控室でマネージャーからの説明を受けた後、必ず局内に設置された自販機で“後光の紅茶”か“純粋ハチミツ”を買うらしい。控室付近に設置されている自販機は2か所で、片方はコーヒーとエナジードリンク系ばかり。彼が買う2種類はもう片方の自販機にしか置かれていないので、待ち伏せの場所は決定。局への到着と配置のタイミングは磯っちから連絡がくる。

 

「?」

 

 手順を確認していると、控室の扉がノックされた。

 返事をすると、元気な声と共に見慣れたツインテールが入ってくる。

 

「おはよう、久慈川さん。どうした?」

「おはようございまーす。んと、普通に挨拶しようと思ったのと、まだ収録まで時間あるし

 何か話さないかと思ったんだけど……お邪魔だった?」

 

 その視線がチラリと、控室の隅で座る2人へ向いた。

 

「いや、まだ大丈夫だけど。そういえば紹介してなかったかな?」

 

 計画まではまだ時間がある。

 久慈川さんに奥の2人、サポートチームのDr.ティペットと護衛のバーニーさんを紹介しよう。

 

 光明院君の健康をチェックする計画を近藤さんに話した際に、それなら本職がいた方がいいだろうという話になり、今日はDr.ティペットと護衛のバーニーさんも同行していただいている。

 

「キャロラインさんとは、先輩の文化祭の時に一度お会いしてますよね?」

「ええ、葉隠君がスタンバイしている時ね、あの時は挨拶もできなくてごめんなさい」

「俺が体力使い果たしてたからなぁ……」

「私もステージの事とかでバタバタしてたから、お互い様ですよ。それでバーニーさんは本当に初めてですよね。これからよろしくお願いします!」

「……ああ、よろしく」

「バーニーったら……ごめんなさいね、不愛想な男で」

 

 そんな話をしているとやがて近藤さんや様子を見に来た井上さんまで集まって、朗らかな時間が過ぎていく。

 

 ……と思った矢先のことだった。

 

 携帯が震え、チャットアプリのメッセージが次々と通知される。

 

 磯野 “SOS”

 磯野 “光が倒れた、意識ない”

 磯野 “今地下駐車”

 

「!! 緊急事態! 地下で光明院君が倒れたそうです。意識なし!」

『!』

「すぐ行くから患者を安全な場所に、それ以上は無理に動かさないように伝えて」

「了解」

「あと――」

「えっ?」

「急になに……ちょっと先輩!?」

 

 間に合わなかったのか……?

 

 事情を知らない久慈川さんと井上マネージャーを混乱させたまま。

 俺は緊急の呼び出しに応えるべく走り出した……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~テレビ局・医務室~

 

 

 明るい室内に用意されたベッドに、意識のない光明院君が横たわっている。

 それを俺たちは部屋の隅で、医務室の医師の邪魔にならないように見ている……

 

『……』

「……うん。とりあえず命の心配はないでしょう」

「マジっすか!?」

「おそらく原因は過労、それによる貧血ですね。このまま休ませてあげればじきに意識も戻ると思います」

「あざっす! ったく、びっくりさせんなよな~」

「ありがとうございました、先生」

「いえいえ。お礼でしたら私よりもそちらの美人先生たちに。先に着いていたのもここに運びこむのを助けてくれたのも彼女たちですし、処置も完璧。搬送も手伝っていただいて、私は確認をしただけですから」

 

 医務室の先生から診断を聞いた磯野や木島プロデューサーに安堵の空気が流れ、Dr.ティペットを筆頭にお礼を言われる。しかし俺はお礼よりも、光明院君の状態が気になった。

 

 光明院君の体から感じる気の流れは、とにかく弱っている。

 流れは遅く、勢いも弱い。そもそもエネルギーの量が少ない。

 タルタロスの後は俺や天田も似た状態になるけど、安全のためここまではしない。

 これはまさに“精魂尽き果てた”という印象だ……

 

「虎。ありがとな。計画は狂っちまったけど、マジ助かった」

「力になれたならよかったよ」

 

 もう少し早く、倒れる前に止められたらなお良かったのだけれど……

 それは今言っても仕方がない。

 

「ところで今日の収録は」

 

 どうするかと言い切る前に、乱暴に医務室の扉が開いた。

 

「木島さん、光明院君の容体は?」

「山根君……いきなり入ってきてそれかい? それに君には他の子たちと楽屋で待機するように言っておいたはずだが」

「番組プロデューサーからの問い合わせがありましたので。アイドルたちには部屋から出ないように言ってあります。で、容体はどうなんです?」

 

 山根はマネージャー。木島プロデューサーが上司のはずなのに、ほとんど耳を貸していない。

 相変わらず態度も悪いし、どうなってんだこいつ……

 

「光明院君のマネージャーさんですか?」

「ええ、彼の具合はどうですか? この後の収録に参加できますか?」

「残念ですが……命に別状こそないものの、かなり疲れがたまっているようですし、栄養状態も」

「やれます……」

『!?』

 

 医務室の先生の説明に割り込んだか細い声。

 それはベッドに横たわる光明院君の声だった。

 

「光!」

「意識が戻ったのか」

「すみません、でも俺……」

 

 明らかに体調は悪そうだが、それでも無理に起き上がろうとする彼。

 磯野や木島さん、医務室の先生が止めているが、それでも彼は起き上がる。

 

「俺、やれます……やらせてください!」

「ダメです」

 

 そんな彼の必死の訴えを、山根は一言で切り捨てた。

 

「そんなっ!」

「たったいま先生から君は収録に参加できないという言葉を聞きました。そうですね?」

「え、ええ……確かに難しいでしょう。目が覚めたとはいえ体調は良くないでしょうし、激しい運動も控えるべきです。それよりも親御さんに連絡して、念のため病院を受診したほうがいいと思いますが、今後の」

「ありがとうございます。……という事だ、光明院君。医師がこう言っているのだから聞き入れなさい。君の自己判断で何かあったらこちらの問題になる。それにもう番組プロデューサーとスタッフの方々には君は急病で参加できないと伝えてある。収録が終わるまではここで休みなさい」

 

 何の感情も抱いていないような声で、淡々と告げて出ていこうとする山根。

 その背中を引き留めたいのだろう。か細い声とともに光明院君が手を伸ばす。

 だがそれ以上に、

 

「待ちなさい!」

 

 とうとう我慢の限界が訪れたのか、木島プロデューサーの怒声が轟いた。

 

「……何でしょうか?」

「急病で参加できないと伝えてある、とはどういうことだい? 君には他の子たちの世話を頼み、そこで番組プロデューサーの質問を受けたからここに来た。そう君は言っていたはずだ。光明院君の容体についても、どう診断されたか知らなかったんだろう? なのに何故そんな勝手な返答をしているんだい?」

「ハァ……万が一を考えたら無事でも休ませるべきでは? 実際にそう診断されたわけですし、正しい判断でしょう」

「そういう事を言っているんじゃない! それならそれで何故一言連絡しないのかと言っているんだ! 報告・連絡・相談は基本だろう!」

 

 仕事1つが担当アイドルの将来に与える影響とその重要性を木島プロデューサーは語る。そして結果的に仕事は勧められないと診断されたわけではあるが、大事な仕事を勝手な判断でキャンセルした山根に憤りを隠さない。

 

「虎、俺プロデューサーがこんなにキレてるの見たの初めてだ……」

「プロデューサーとしてのプライドはしっかり持った人だからな……」

 

 周囲の状況のせいで思うように活動できなかっただけで、オーラは紫なんだよな……今は赤が強いけど。怒り心頭で俺もDr.ティペットも近藤さんも、口をはさむタイミングが見つからない。

 

 そこへ切り込む者が1人。

 

「あの!」

「だから、っ!!」

「……何か? 光明院君」

「あの、俺、大丈夫です。仕事できますから、収録の時間までには、だから」

 

 ……これまでの刺々しさはどこへ消えたのか。

 今目の前にいる彼には演技をしていた時の凛々しさがない。

 共演した時のような輝きもなければ、俺に噛みついてきた時のような勢いもない。

 これまで見てきた彼とは似ても似つかない、弱弱しく懇願する1人の少年だった。

 

 しかし、

 

「ハァ……君も諦めが悪い。そもそもの原因は君が倒れたからでしょう?」

「は?」

「なっ!?」

「ちょ、オイ!」

 

 流石に俺も声が出た。

 木島プロデューサーも愕然として、磯野は山根を睨んでいる。

 ついでに近藤さんは呆れ、Dr.ティペットも顔には出さないがオーラが真っ赤。

 バーニーさんは危険人物と認定しているのか目を離さない。

 

 それも当然。山根は“マネージャー”であって、アイドルをサポートするのが彼の役目。アイドルの健康状態を把握して調整するのも彼の仕事の1つなのだから、今の発言は職務放棄と言ってもいい。

 

 もちろんアイドル自身が注意すべきなのも事実だが、彼の場合はオーバーワークを放置し、病院への受診もさせなかったと聞いている。少なく見積もっても半分以上は山根の責任だろう。

 

 そのうえであの発言は信じられないと言いたいが、むしろそういう人間だからそんなことをしていたのかと納得もしそうだ。

 

「体調管理一つできないなんて、アイドルとして意識が低すぎる」

「っ!」

「アイドル失格。君の代わりなんていくらでもいるんですよ。分かってるでしょう?」

「ぁ……」

「こんなことではトップなんて到底ィッ!?」

「ふざっけんじゃねぇよ!?」

 

 キレた磯野が思い切り山根の頬を殴りつけた。グッジョブ! だけど落ち着け!

 

「オイ! 離せ虎! こいつマジぶん殴る!」

「その気持ちはよく分かる! つか磯っちが動いてなかったら俺がやってたかも。だから、落ち着けって。ほら、あいつもう」

「な、殴、殴られ……」

 

 親父にもぶたれたことないのに!?

 とか言い出しそうなほど、山根は混乱? いや呆然としている。

 

「な、なんてことを、なんてことを! ひ、人を殴るなんて、アイドルがして良いと思っているんですか!?」

「お前のやってる事こそ良識ある大人がやって良い事なのかよ!? 光が倒れたのもお前が追い込んだからじゃないのかよ!?」

「いい加減にしてください! 他に利用者がいないとはいえ、ここは医務室ですよ!?」

『!』

 

 今度は医務室の先生がキレた。

 それにより気まずい空気と沈黙が流れる中、

 

「……そうですね。こんなところでくだらない話をしている暇はありませんでした」

「オイ!」

 

 まっさきに動き出した山根はそのまま医務室を出て行ってしまった……

 

「あのクソ野郎!」

 

 落ち着けって。もうパトラかけようか……それに光明院君の方は……

 

「大丈夫かい? 彼の言った事はあまり気にしない方がいい」

「いえ……大丈夫です……」

 

 木島プロデューサーが励ましているが、あまり効果はなさそうだ。

 

 彼のために……1番はやはり今日の収録に参加させることだろう。

 そのために、俺にできることが1つだけある。

 

「近藤さん。それと木島プロデューサー」

「はい」

「ん? 何だい?」

「光明院君の収録不参加、今からでも取り消せませんか? できれば収録までの時間をずらして、体を休める時間を少しでも長く。それまでに光明院君の体調が参加できるまで回復すれば」

「それは……」

 

 ためらいを見せる木島プロデューサー。

 彼も参加はさせたいが、光明院君の体が心配なようだ。

 そこに近藤さんからの後押しが入る。

 

「十分に体調が回復すれば、参加は可能でしょう。キャロライン」

「最良がゆっくり休むことなのは変わらないけど、様子を見てからでも遅くはない。それくらいの猶予はあるわ。……ですよね? 先生もあの人に阻まれましたけど、先ほどそう言おうとしていたのでは?」

「えっ、あ、はい。おすすめはできませんが、体調が十分に回復したというのであれば」

「では、やはり可能な限り時間を稼ぐ必要がありますか。時間があれば体調は……」

 

 近藤さんからの視線に、頷いて返す。

 そこは俺が何とかする、というメッセージを込めて。

 

「分かった。そもそも参加不可の判断は山根の独断だ。プロデューサーには私から謝罪して、時間もできるだけ稼いでみよう」

「では私も同行します。葉隠様、あとはよろしくお願いします」

「あ、俺も行きます!」

 

 磯野?

 

「俺、ここにいても治療とか何もできねぇし。それなら光のこと待ってくれって頭下げた方が良くね? それに、山根があれだと他の奴らも気になるしさ」

「ああ……確かに。皆のことも放置はできないね。分かった。磯野君は皆のほうに行ってくれるかい? 光明院君のことは私が責任をもって何とかするから。何かあったら連絡を」

「分かりました!」

 

 そして3人は医務室を出て行った。

 

 さて、俺たちも……




特番撮影の日になった!
光明院光が計画前に倒れてしまった!
影虎たちが救助を手伝った!
光明院光は過労だった……幸い命に別状は無いようだ。
山根マネージャーは勝手に光明院の出演をキャンセルした!
山根マネージャーは光明院につめたいことばをかけた!
光明院は大きなショックを受けて落ち込んでいる!
影虎たちは問題解決のために動き始めた!



1月22日12時追記
予約投稿ミスしました……
予定より少し早いですが、楽しんでいただけたら幸いです。


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289話 治療と発見

先日1話更新(予約投稿ミス)したため今回は1話のみの更新です。


 ~控室~

 

 目を覚ました光明院君に治療を施すため、控室に戻ってきたのだが……

 

「何か食べたいもの、飲みたいものはあるか?」

「……」

 

 彼は山根に言われたことがよほどショックだったのか、ふさぎこんでいる。体調が悪くて頭が働かないのもあるのかもしれないが、横になったまま声をかけてもろくに反応しない。オーラは絶望的なほど暗く、悲しさに満ちた青から動かない。まるで抜け殻のようだ。

 

 体を回復させて仕事をさせれば心も立ち直らせられるかと思ったが、このままでは回復しても仕事ができるかどうか……そもそも精神がこんな状態では体の回復にも差し支えそうだ。しかし悠長にしている時間もない。体調が悪いから気分も優れないということもあるだろうし……

 

「とりあえずうつぶせになってくれ」

「……」

 

 光明院君はチラリと目だけで俺を見て、半分寝返りをうつ。

 俺の顔を見たくないとばかりに反対側を向いたようにも見えたが、体を押してもう半回転を補助すると、抵抗なくうつぶせになってくれる。

 

「これから少しでも早く体が回復するようにマッサージする」

「……」

「無反応は許可と受け取るよ」

 

 始めよう。

 現在の光明院君は心身ともに疲れ切っている。

 心身ともにエネルギーが枯渇している状態なのだから、まずはそれを補おう。

 タルタロスで強化された今の俺なら、1人分のエネルギーを補うくらいは朝飯前だ。

 

「!!」

 

 軽いマッサージをしながら気を流し込むと、手の触感や気の流れ方に強い違和感を覚えた。

 

 本当に……ガチガチのボロボロじゃないか……

 

 和田や新井など、それなりに健康なうえでただ疲労した状態とはわけが違う。

 もっと強く、根本まで染みわたった疲労がこの感触なのだろうと直感した。

 気も全体的に不足しているためか、与えたそばから体内の至る所へ広がっていく。

 

 ……さらに流し込む量を増やす。

 

「…………」

 

 ……流れがある程度はっきりしてくると、体の悪い部分も明確になる。

 目高プロデューサーと同じ全身疲労に、この腹部の淀み方は便秘……

 これまでの治療経験と照らし合わせて推測できる症状もあれば、そうでない症状もある。

 この胃腸の流れの悪さは何だろう? 胃潰瘍とはまた違う感じだ。頭もかなり流れが悪い。

 

「心当たりはないか?」

「……別に」

 

 口数は少ないが、返事が出来る程度にはエネルギーを送り込んだ分だけ楽になってきたか?

 

「そうか……消化が悪かったり、胃が重かったりとかも」

「……分からない……そう感じるまで食わないから」

「ああ、そうか」

 

 磯っちも光明院君はろくに飯を食わないって言ってたっけ……?

 そういえばそれと一緒に、トイレで吐いてたとも言ってたな?

 

「吐き気は?」

「……この前、番組の差し入れで貰った物食って吐いた」

「よくあるのか?」

「……」

 

 無言+オーラの色からして図星のようだ。

 

「じゃあ、逆に普段何喰ってるんだ?」

「適当に……」

「適当にって、コンビニ弁当とかか?」

「いや、そんなに食い切れないから……“5秒チャージ”とか“ケロリーフレンド”とか」

「……それ栄養補助食品じゃねーか」

 

 忙しい時に少し食べるくらいならまだしも、主食にする物じゃないぞ!

 つーかそんなものばっかりだと栄養偏るだろ!?

 

「ちゃんと他のサプリも飲んでるよ」

「いや、サプリってお前……Dr.ティペット、専門家としてお願いします」

「そうね。サプリや栄養補助食品は上手く使えば効果的で健康維持に役立つけど、そればかりでは本末転倒よ。そんな食生活は医師として勧められないし、物によっては粗悪なものもあるわ。日本で市販されている一般的なサプリならそれほど心配はいらないけど……そもそも不足している本当に必要な栄養素をちゃんと選べているのかしら?」

 

 再び無言で図星、かと思いきや、

 

「……マネージャーから貰ったやつを飲んでる」

 

 答えてくれたが、ちょっと心配な回答だった。

 

「見せてもらってもいいか?」

「……別に普通のサプリだけど」

 

 そう言ってサプリが荷物のどこに入っているかを教えてくれた光明院君。聞けばあの山根マネージャーも同じものを飲んでいるらしい。最初は彼が飲んでいたものを、疲労回復に良いから飲んでおくようにと渡され飲み始めたのだとか……

 

 あの態度で光明院君の健康を気遣っているのか?

 マネージャーとしても他所の子供にサプリなんて買い与えるか?

 と、どうにも怪しく思えてしまう。

 

 しかし話を聞いていると意外にも、光明院君はわりと山根マネージャーを信用しているようだ。

 

「山根マネージャーってどんな人?」

「……業界にすごいコネがあるらしくて、俺が仕事欲しいって言ったらすぐに用意してくれる……現場の人には評判よくないみたいだけど、それでも次々仕事が途切れないからありがたい」

「それでこんな状況になってもか?」

「それはっ! ……俺が自分で体調管理できていなかったから……」

 

 マジかこいつ……ああもう、調子が狂う!

 

「いいか? これは俺の意見だけどな? 仕事を大事に思うのはいい。だけど倒れるまで仕事入れておいてマネージャーに責任が無いってのはありえない」

「だけど、俺の仕事は全部俺が入れてくれって頼んだから……」

「だとしてもマネージャーなら負担や体調も考えて調整するのが仕事の内だろう」

「……マネージャーが体調管理してなかったわけじゃない……体調のことはしょっちゅう聞いてきたし、他のやつらの体調もちゃんと気にしてた。俺が、黙ってたんだ……大丈夫だって、何も言わなかったから……」

「だとしても、それで簡単に見捨てるような事を言うか?」

「ッ! うるさい! ……休ませてくれよ!」

 

 光明院君は叫ぶと同時に跳ね起きて、そばにあった毛布に包まってしまった。

 

 ……まだまだ前と比べて覇気が無いけど、怒鳴り返せる程度には体調が戻ったらしいな。

 体内のエネルギーは補ってやったし、気の流れもある程度整えたからだいぶ落ち着いている。

 このまましばらく寝かせてみよう。

 

 先日覚えたばかりの“ドルミナー”を発動。

 すると俺の体から魔力が抜け、彼の体からは力が抜ける。

 

「……よし、寝た」

 

 適当に毛布に包まっただけでは寝づらかろうと、一度毛布を剥いで体を仰向けに、座布団を枕代わりに頭へ。その後毛布を掛け直してやっても起きないあたり、だいぶ深い睡眠状態のようだ。

 

 俺も少し休もう。

 

「お疲れ様。何か飲む?」

「……」

「ありがとうございます」

 

 バーニーさんが無言で差し出したクーラーボックスから、レモネードを貰う。

 

「ふぅ……」

「彼、だいぶ元気になったわね。少なくとも体は。顔色が目に見えてよくなってるわ。マッサージに気功……エネルギーによる治療も馬鹿にできないわね」

「意外と効くでしょう? ……しかし、問題は心の方かと。話を聞いていると光明院君本人もおかしくなってる気がして」

「そうね……ちゃんと診断したいけど……」

 

 そこで部屋の扉が開く。

 

「近藤さん。どうでした?」

「光明院君の参加する撮影は最後に回し、それまでに十分回復すれば参加してもらうという話になりました。今はIDOL23の皆さんが撮影に入っています。役どころや意気込みのインタビューなどで30分。葉隠様と久慈川様の番で20分は稼げるでしょう。こちらはどうですか?」

 

 こちらの状況も説明する。

 

「なるほど、体の調子はほぼ回復。残るは精神状態ですか」

「パトラをかければ力技で乗り切れるかもしれませんが」

「う……!」

『!』

 

 光明院君が急に苦しげなうめき声を上げた。

 

「ううっ、嫌だ……嫌だぁっ……」

「……寝ているわ。悪い夢を見ているんでしょう。もし繰り返し悪夢を見るようなら、うつや不安障害も考えられるわね」

「これは起こすべきでしょうか?」

「いや……待ってください」

 

 うなされた状態を観察すると、違和感を覚えた。

 

「どうしました?」

「頭の中に何か……光明院君のでも、俺が送り込んだのでもない。良くない力の塊があります」

「何ですって?」

「……間違いない。さっきまで何も感じなかったのに……光明院君の苦しみ方に同調して、強くなったり弱くなったりしています。これが原因かもしれない」

「取り除くことは?」

「除霊用の護符を使ってみます」

 

 オーナーから習ったお祓い用の護符を作成。

 書き記すのは、とり憑いた霊や霊が放つ体に悪いエネルギーを体からはじき出すルーン。

 念のために4人分、霊から身を守る護符も作り、十分な力を込める。

 

「皆さん、これを1枚ずつ持って。それと離れておいてください」

 

 勘違いであることを期待しつつ、気を引き締めて光明院君の額に札を張り付ける。

 

「……」

『……ピ……ィイイイイイッツ!!!?!?』

「うッ! うあ、あ……」

「」

 

 光明院の頭から、半透明な小人サイズの顔が飛び出してきた……

 

 それはまるで宇宙人のように頭が大きく、不釣り合いな細い体で光明院の頭にしがみつく。

 札のせいで苦しいのか、必死に頭を振り頭の中へ入ろうとしているが入れない。

 そして変化はそれだけでなく、光明院君は悪夢が収まったようで徐々に静かになる。

 

「葉隠様?」

「ちょっと待ってください。今、片付け(・・・)ます」

 

 直感に従い、邪気の左手を発動。

 宇宙人のような小人の霊を無理やり握り締めてMAGを奪うと、小人は煙のように消失。

 同時に脳にいくつかの情報が流れこむ。

 

「……分かった事を整理します。飲み物をもう一杯、あと大丈夫だと思いますが、光明院君の安否確認を」

 

 一度頭の中を整理したくなった……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 10分後

 

 ようやく頭の中がまとまった。

 光明院君は無事に寝たままなので、このまま3人に説明する。

 

「では説明させていただきます。結論から言いますと、光明院君の頭の中に在ったモノが悪夢の原因でした。

 それは不気味な小人の姿をした幽霊に近いモノでしたが、同時に俺が召喚するシャドウのように“人工的に作られた”存在だったようです。しかも驚いたことに、その性質が研究対象の“スキルカード”にも近い」

「と、言いますと?」

「俺がMAG、気、魔力を練り合わせてシャドウを作るのに対して、あの小人はMAGと魔力のみで作られていました。

 しかもそのMAGに“思考の誘導”、“特定人物への依存”や“宿主の精神を追い詰める”命令が仕込まれていて、特定の条件下でそれが発動する。寄生虫のような存在ですね。MAGを吸い取ったら命令の内容が全部流れこんできました」

「葉隠様は大丈夫なのですか? 体への影響は?」

「俺には特に何も。MAG内の情報は指示書で、一緒に込められた何者かの魔力とセットになって初めて効果を発揮できる感じだと思います。MAGだけだと書類を読んだのと大差ありません。

 そもそも小人の能力は自由自在に相手を操るような強力なものではないらしく、さっきみたいに本人が寝ている時に悪夢を見せたり、平常時にはほんの少し思考をネガティブな方に向ける程度です」

「だからかしら。“宿主の精神を追い詰める事”という命令。それとあの山根マネージャーの態度が繋がった気がする」

 

 Dr.ティペットがどこか納得した様子でつぶやいて、ストレスにより引き起こされる病気やその症状の1つに“思考力の低下”があると告げた。

 

「私が話を聞いて感じた限り、その小人は不合理な思考を本人の意に反して反復させるものだと思うの。強迫性障害を誘発する、強迫観念を強める感じと言えばわかるかしら?

 その不合理な思考で引き起こされる症状は多々あって、摂食障害や依存症など、命令や今の光明院君の状況に当てはまりそうなものもあるわね。何より彼の山根マネージャーに対する意識なんて不合理そのものじゃない?」

「確かに」

 

 山根マネージャーの非を一切認めず自分が悪いと言っていたからな……

 

「あ、ちなみにもう1つ。何のために光明院君を、そんな仕掛けまでして追い込もうとしたのかは謎ですが、下手人はまず間違いなく山根マネージャーでしょう。仕込まれていた命令の1つである特定人物への依存の“特定人物”は山根マネージャーに設定されていましたから」

「なるほど。そしてその裏で糸を引いているのが“愛と叡智の会”。光明院君を追い詰めたのはおそらく何かの下準備でしょう。キャロラインが言うようにストレスで思考力が低下し依存的になっていれば、自分たちの思想を刷り込む。あるいは何かをさせるにも都合がいい。

 やり口がまるで洗脳ですが……例のアクターズスクールの短期間で実力がつくという評判も、報告にあるスキルカードのような効果を持つ小人を自由に作り出せるなら、それを取り憑かせて受講生の腕前を急激に上げることも可能でしょうね」

 

 近藤さんの予想はおそらく間違っていない。

 Bunny'sのアイドルも、最近急激に実力を伸ばした子には施されていると思う。

 木島プロデューサーが言っていたロボットのような印象も小人の影響なら納得できる。

 というかこんな手口を使っている、使えている時点で普通の団体ではない。

 やはりオーナーや霧谷君のような魔術師が、俺が知る人以外にも存在するのだろう。

 

「山根マネージャー。そして愛と叡智の会……化けの皮が剥がれてきたな……」



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290話 呪縛からの開放

「あ……ッ!!」

「おっ、起きたか」

「体調はどうかしら?」

 

 俺が自分の出演準備を整えていると、光明院君が目を覚まして跳ね起きた。

 まだ10分程度しかたっていないが、悪夢でうなされた上に俺たちが色々とやった。

 むしろあの時点で気づかないのはドルミナーが効いていたんだろう。

 やる気はないけど誘拐に便利そうだ。

 

「時間は!? 収録はどうなった!?」

「起きて早々にそれか。まだBunny'sの出番は先だから落ち着けって」

「そ、そうか。よかった」

「それより体調は?」

「あ? ……! 大分いい、もう大丈夫だ」

 

 気の流れはまぁまぁ良好。

 疲労は残っているけれど、あの悪霊を取り除いたら頭の流れも良くなったようだ。

 

「なら、ちょっと待ってろ」

 

 先ほど局内にある売店で購入したインスタントなのに野菜たっぷりで超ヘルシー! が売り文句の“野菜オンリーカップスープ”にお湯を入れ、さらにそれを“インスタントおかゆ”にそそいで3分。一緒に買った塩と胡椒と適量の野菜ジュースと生姜ペーストで味を調え……

 

 ほぼインスタント食品で栄養豊富かつ体の温まる”即席養生野菜粥”が完成した!

 

 胃が弱っていたので、しっかりした固形物はおそらく厳しい。

 Dr.ティペットも同意してくれたので、栄養はありできるだけ消化の良いものを用意した。

 

「お待たせ。無理はしなくていいから食べられるだけ食べてくれ」

「……」

 

 光明院君は器と俺を何度か見た後、そっとスプーンでお粥をすくい、一口ずつ食べていく。

 その間に俺は準備を進めよう。次は撮影用のメイクだ。

 

「……なぁ」

「ん?」

「何で、俺を助ける?」

 

 唐突な質問だな。

 

「1つは頼まれたから。お前のこと本気で心配して、助けてやってくれって頼んできたやつがいるから。もう1つは俺自身が納得できないから。山根マネージャーの態度は他人事でも気に入らないし、お前がへこんでいるのも見ていて調子が狂う」

「……」

「今は色々考えたり気にしなくていいから、とにかく少しでも回復して仕事に出られるようにすることだけを考えろ」

「もう十分体調は良くなった」

 

 嘘つ、ん? ……オーラからして嘘ではないようだ。

 確かに体調や話し方もだいぶ戻ってきたようには思える。

 ただ気の流れを見るとまだ本調子では絶対にないのだけれど……

 

「無理してるんじゃないのか?」

「は? 全然、ここ最近で一番気分いいけど?」

「ここ最近で一番って、じゃあいつから体調悪かったんだ?」

「覚えてない。けど、今の体調で仕事に穴開けるとか新人でもプロとしてありえないし」

 

 ああ……お前ずっと体調悪いまま仕事してたんだろ。だからか感覚が狂ってやがる……

 つーかそれ、プロ根性というよりも社畜根性じゃないのか?

 あとで木島プロデューサーに報告しとこう……

 

「それよかお前、いつも自分でメイクしてるのか?」

「これ? 最近覚えた」

 

 撮影スタッフの方々とは邪魔にならない範囲で、できるだけコミュニケーションをとるようにしていて、メイクさんとは話す時間がとりやすい。特にアフタースクールコーチングのメイクさんには何度もお世話になっていたから、メイクの仕方も見て、説明も聞いていた。

 

 そしてこの前から天田が撮影に参加することになったので、メイクの効率化と勉強を兼ねて自分でやるようになったのだ。天田がメイクを受けている横で道具を借りて、チェックや指導を受けながら。

 

「専属のスタッフを用意してもいいのですが」

「経費削減になりますし、できるなら自分で出来た方がいいでしょう。それに女性のメイクと違ってカメラ越しでも顔色を悪く見せないのが一番の目的ですし」

 

 無駄遣いではないのだろうけど、近藤さんのお金の使い方は豪快で怖い。

 

 そうこうしているうちに準備完了。光明院君も野菜粥を食べ終えていた。

 胃腸が弱まっているし、念のために気と指圧で治療しつつ消化吸収を補助しよう。

 

「ぁ痛っ!?」

「少し我慢しろ。時間ないし、この方が早く効くから」

「バラエティーの罰ゲームかよ!?」

「なら予行練習ってことで」

「いや何度かやったけどこれ、罰ゲームでもないくらい痛っ!? これダメな奴だろ!?」

「これはバラエティー番組でも罰ゲームでも撮影中でもなくて治療なのでOK」

「~~ぁっ! アーーーーーッ!!」

「変な声を出すな!? 苦情が来るぞ」

 

 光明院君が痛みに悶える中、控室の扉がノックされた。

 

「失礼します。葉隠さん、スタンバイお願いできますか」

「あっ、はい! よかった。苦情じゃなかった」

 

 どうやら部屋に来たスタッフさんがそのまま案内してくれるらしい。治療はここまでだな。

 あとはDr.ティペットとバーニーさんに任せて、光明院君は時間まで休んでいてもらおう。

 

 と思ったら、急に外に出る用意をし始める光明院君。

 

「どうした?」

「トイレ行くだけだよ」

 

 ああ、なるほど。

 指圧による治療効果が出てきたらしい。

 腎臓や肝臓の機能を高めるツボも突いてあるし、便秘も改善するよう気を流した。

 これで体内に溜まった悪いモノが排出されることを期待する。

 

 そして彼は念のためにバーニーさんを護衛に着けてトイレへ。

 俺と近藤さんは撮影へと向かった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~スタジオ~

 

 特番の収録は終盤に差し掛かっている。

 

 結局あれから光明院君の体調が再び悪化することはなく、Bunny'sの出番になると彼は最初から撮影に参加することができた。それも決して無理をしているようなそぶりを見せず、パフォーマンスも渾身の出来だったようだ。

 

 体調の回復に撮影参加とパフォーマンス成功も伴って、精神面もより安定している。じっくり疲れは取るべきだと思うが、今ならもうそれほど心配はいらなそうだ。

 

 しかし……そんな光明院君の復活を快く思っていない人がこの場にはいる。

 予想はしていたけれど、山根マネージャーは意図的に光明院君を追い詰めていたようだ。

 見違えるほどに元気になった光明院君を見て大いに慌て、悔し気な表情をしている。

 そんな態度を隠さないものだから、アイドル達やスタッフさん達にもモロバレ。

 

 自分の所のアイドルが活躍して嫌そうにするマネージャーが不気味なのか、だれも話しかけないけれど確実に周囲は気づいている。視線を送られている光明院君や磯っち、他の数名も間違いなく。

 

 だけど大半のBunny's所属アイドル達は全く気付いた様子がない。

 また、そんな子に限ってパフォーマンス中のオーラが“同じ色”をしている。

 オーラの色は感情や精神状態を如実に表してくれるが、それだけに人によって差も出やすい。

 同じ楽曲で歌って踊っているとはいえ、物事の感じ方は人それぞれ。

 20人以上のオーラが色の配合率まで同じになるとは、通常では考えにくい。

 さらに以前見た例のスクールに通う子のリストと様子のおかしな子がほぼ一致している。

 ほぼ間違いなく彼らには、光明院君の頭に取り憑いていたような存在が憑いているだろう。

 

『近藤さん、聞こえますか?』

『聞こえていますよ』

『Bunny'sの子たち、例のリストに載っていた子は全員憑かれてると考えていいと思います。載ってなかった子も2人いますけど、そっちは新しい被害者でしょう。

 発動条件はおそらく歌とダンスのパフォーマンス中限定。トーク中とかは個性も感情も出てますし、効果もほぼ技術を与えるだけっぽいですね。

 “山根マネージャーを疑わない”、あるいは“山根マネージャーへの服従”くらいはありそうですけど、彼らは光明院君みたいに追い詰めるような精神操作はされていなさそうです』

 

 ただ……ここでいくつか問題が浮かび上がる。

 

『彼ら、どうします?』

 

 光明院君に憑いた霊よりは安全そうだけど、100%心身に害がないとは言い切れない。

 取り除いてしまった方が無難だと思うけれど、まず人数が多い。

 そして光明院君が回復したように、おそらく霊を取り除いた時点でその影響は消える。

 つまり彼らの歌やダンスといったパフォーマンスに影響が出る可能性が高い。

 仮初の実力と言えばそれまでだけれど、急に実力が低下して困るのは彼らだ。

 

『……私としては子供たちよりもマネージャーが気になりますね』

『山根ですか?』

『ええ。子供たちはあくまでもスクールに通い、アイドル活動に邁進しているだけ……目的は不明ですが、霊的技術と彼らを利用しているのは愛と叡智の会。そして山根は何らかの計画の現場責任者というところでしょう。

 子供たちは自分で自分、または他人を傷つける様子がありませんし、注意は必要ですが早急に対処が必要とは思えません。それよりも危険なのは山根マネージャーかと』

『まぁ、それは確かに……』

 

 横目で様子を見てみるが、彼は爪を齧りながらステージ上の光明院君を見つめている。

 普通に不気味で仕方ない。

 

『葉隠様、彼にはその霊が憑いていませんか?』

『……あの人はおかしいと思いますが、今の段階ではなんとも。憑いているとしたら、やっぱり脳の中に隠れているでしょうね。札を貼れば分かると思います』

『ここは人目もありますし、あまり近づいて何か行うのは控えたいですね。葉隠様がその霊に気づいて対処できる。愛と叡智の会にとって、まず間違いなく不利益なはず。危険視される恐れもあります』

『さっき勢いで光明院君の取り除いちゃってますし、今更な気もしますが』

『極力です。どう行動するにしても、目撃者はいないほうが都合が良いでしょうから』

『それはそうですね、一人になるタイミングがあれば……』

 

「最後に全体での告知撮りまーす! 皆さん集合お願いしまーす!」

 

『おっと、呼ばれました』

『ではこの話はまた後で』

 

 魔術による密談を終えて、撮影に戻ることにした……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「学園★急上昇!」

『よろしくお願いします!!』

「……はいカット! お疲れ様でした!」

『お疲れ様でした!』

 

 最後の収録も無事に終わり、参加者が端から順に、方々へ散っていく。

 あとはいくつか全体で確認をして、それぞれ帰るなり次の仕事へ行くなりするんだろう。

 そんなことを考えながら、ステージの中央近くで自分の番を待っていると、

 

「……」

「ん?」

 

 光明院君がやけに神妙な面持ちをしていると思った、次の瞬間。

 

「ちょっとすみません!」

『?』

 

 突如あがった光明院君の声にスタジオ中が何事かとざわめき、視線が彼へとあつまる。

 

「光明院君?」

「なにを……」

 

 木島プロデューサーと山根マネージャーの声が聞こえた気がする。

 しかし彼はそのまま大声で、

 

「今日の収録、本当にありがとうございました!」

 

 お礼の言葉を口にし、頭も下げた。

 それによってスタジオはさらにざわめく。

 これまでの光明院君の態度が噂で広まっているのだろう。

 そんな彼がお礼を言ってさらに頭を下げるなんて……そんな言葉が飛び交っている。

 俺も正直ちょっと意外に思っている部分はある。

 

「俺、今日体調悪くて、倒れてしまって……それでも休んで回復したら参加していいって言ってもらえて……そのために急遽出番を遅らせてもらったりもして……それだけじゃなくて俺、これまで共演させていただいた時も、あんま態度、よくなくて……」

 

 今日のことからこれまでのことまで、たどたどしい話し方ではあるが、そこには彼なりの苦悩と誠意が込められている。込められているというよりも、溢れ出している。心から吐露していると表現すべきかもしれない。

 

 そして、そう感じているのは俺だけでなく、ここにいる誰もがそうなのだろう。突然のことにも関わらず、誰1人彼を止めることなく真剣に言葉に聞いている。その様子はまるで舞台上で1人の役者が、観客が目を離せないほどの名演技をしているかのようで……

 

「今日も、これまでも、皆さんにご迷惑をおかけしました!! 申し訳ありません!! そして、本当にありがとうございました!!」

 

 最後にもう一度、謝罪とお礼の言葉で締めくくられた後には数秒間の沈黙。

 そして、

 

「!!」

 

 パラパラと始まり、瞬く間に広がる暖かい拍手の音がスタジオ中を包み込む。

 

 ……今日のことから彼は何かを感じたんだろう。

 そして自分のこれまでを思い返し、勇気を出して謝罪した。

 それは俺を含めて、言葉を聞いた人々の心を動かした。

 そして彼自身もまた一段、人として成長した。

 

 うっすらと涙を浮かべながら方々に頭を下げる彼を見て、そんなことを感じる。

 彼の中の何かが変化したことだけは間違いない。

 

「な、何をしているんですか君はッ!?」

 

 が……どうやら話は綺麗なまま終わらないようだ。

 山根が叫ぶ。それも全身をわなわなと震えさせ、許せないとばかりに、ヒステリックに。

 直前に光明院君を許すような、暖かい空気から一転した場の状況に誰もが困惑する。

 それが悪かったのか、怒り心頭な山根の接近を止める人は少なく、

 

「山根マネっ!?」

「どうしたんです!?」

「きゃっ!?」

「ちょっ、何すんの!?」

「うわっ!?」

 

 Bunny'sもそれ以外も関係なく、直線上にいたアイドルを押しのけて進む山根。スタジオはさらに混乱し、山根へ制止の声も飛ぶ。幸いすぐ近くにいた男性スタッフが追いついて引き止めたが……本人はそれをまったく意に介さないどころか、光明院君に向かって叫びだす。

 

「誰がそんなことをしろと言った!? 私は君にそんな指示は出していない!」

「落ち着いてください! えっと……」

「山根君! 君は自分が何をして」

「うるさいッ! うるさいうるさいうるさいッ!! 邪魔をするなァッ!!!」

 

 逆上した山根を見て、ほとんどの人間がドン引きしているのを感じる。

 これまでもおかしな人としてみていたが、もはや何をしてもおかしくない危険人物。

 IDOL23の女の子の中には涙目になっている子もいる。

 

「山根マネージャー! これは俺が謝りたいと、謝らないとと思って」

「そんなことは聞いていない! 誰がそんなことを許可した!? 君がどう行動するかを決めるのは君じゃない!! 私なんだ!! 私の許可なく行動するなッ!!」

 

 あまりにも横暴かつアイドルの人格を無視した口ぶりに顔をしかめる人が多数。

 この場にいるのはアイドルとその関係者なのだから当然ともいえるだろう。

 会社の方針やイメージ的なものはあっても、人には良識というものがある。

 そこから生まれるアイドルへの配慮、押し付けの限度や慎みもある。

 ここまで極端かつそれを堂々と叫んでいれば、よく思われないのは当然。

 というか、もう既によく思われないなんてレベルを超越している。

 

「アァイドルとしての君たちィの! イィメージも何ィもかもォ! 全ては私が作るんだァ!! 君はただ指示にィ従うだけで良いィヒィ!」

 

 山根の様子がさらにおかしくなる。

 目が血走り、瞬きと首を回すか小刻みに振るような動作が叫びの合間に頻繁に入る。

 それに応じて言葉のほうもちょっと怪しく……

 

「いい加減に……しなさい!! うっ……!」

「くそっ! この人なんでこんな、力つええ……!」

 

 木島プロデューサーと男性スタッフが2人がかりで山根を押さえつけようとしている。

 他のスタッフはアイドルに山根から離れるように指示したり、安全確保に動いている。

 

『近藤さん。我々も協力して抑え込みません?』

『そうですね。一旦どこかの空き部屋に放り込ませてもらいましょう』

 

 騒然となるスタジオ内。

 魔術でサポートチームの意思と後の動きを確認し、速やかに行動にうつる。

 

 山根は火事場の馬鹿力的な力を出してはいたけれど、強化魔術を使える俺と元CIAの近藤さん。

 さらに昔は海兵隊に所属していたバーニーさんの協力もあれば無抵抗も同然。

 

「何をするゥッ!?」

 

 捕縛には難なく成功するのであった。




光明院光は目を覚ました!
光明院光は体調が大きく改善した!
影虎はインスタント食品をアレンジした!
影虎はさらに指圧を行った!
光明院光が完全復活した!
そして山根が暴走した……


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291話 復縁の代償

 10分後

 

 ~廊下~

 

「ふぅ……」

 

 一仕事終わった。

 

 山根は結束バンドで手足を拘束し、空いていた控え室に放り込んである。

 またその際に除霊の札を当ててみたところ、あの霊が出たのでこっそり駆除した。

 とたんに山根が動かなくなったのには驚いたけれど、意識はあったし命に別状はない。

 周囲には捕まって観念したと見られたようで良かった。

 

 捕縛から放り込むまでの一部始終はDr.ティペットが携帯で撮影していたので、何か言われたとしても、必要以上に痛めつけていないことは証明できるだろう。

 

 ちなみに急に山根が暴れだした原因は、プログラミングで言うところの“バグ”。

 

 山根に取り付いていた霊には“光明院君を追い込む”ことのほかに“アイドルの子供たちを支配できる”という内容が含まれていて、そこがかなり重要なポイントだったようだ。

 

『途中まで順調に追い込めていた光明院君が予想外に復活して困っていたところに、これまた予定外に光明院君が独断で謝罪。つまり山根自身の指示を無視したことでいろいろ崩壊したっぽいです』

『なるほど……』

『? どうかしましたか?』

『山根については独自に調べを進めていたのですが、今の話を聞いて少し気になることが。後ほど確認を取ってからご報告します』

『了解。後のことはスタッフさんに任せましょう』

 

 魔術による密談を終えて、いまだ混乱の残るスタジオへ踏み込む。

 

「葉隠君! それにサポートの皆さんも、ご協力ありがとうございました」

 

 入るや否や番組プロデューサーが駆け寄ってきた。

 

「お疲れ様です。お互いに大変でしたね」

「まさかBunny'sのマネージャーがあんな男だったとは……この後に予定していた連絡はまた改めて、各事務所のほうにさせていただくことになりました。葉隠君は流石というか平気そうですけど、他の子が先ほどの件で動揺しているようなので」

「そうですか……」

 

 確かに一段落したとはいえIDOL23は全体的に恐怖や警戒が残っているし、Bunny's、特に霊に憑かれているであろう子たちは山根の本性を知って困惑しつつも、指示を出す山根がいなくなりどうしたらいいか分からない。という感じだ。

 

「そういうわけなので、今日のところはもう解散ということになります」

「承知いたしました。ではまた次の機会に、よろしくお願いいたします」

「お疲れ様でした」

 

 近藤さんと俺がそう言うと、番組プロデューサーは去っていく。

 そして入れ替わりに光明院くんがやってきた。

 

「葉隠。今、ちょっといいか?」

「ああ、俺は問題ないけどそっちは……」

「ゴタゴタしてるけど、お前には改めてちゃんと言っておかなきゃと思って。今日のマッサージとか、本当に助かった。あれがなかったら、撮影に参加できても満足のいく仕事はできなかったと思う。……これまで散々つっかかったのに……ありがとう」

 

 そして彼はもう一度頭を下げた。

 

「終わったことはもういいさ」

「……やっぱりな。そうだろうと思ったよ」

 

 予想? 何か少しニュアンスが違った気がしたけれど、気にするほどでもないか。

 そんなことより、光明院君のオーラが急激に力強いものに変わっていくのは何故?

 

「絡んだり怒鳴ったり睨んだりしてたのは本当に悪かった。でもこれだけは言っとくぞ、アイドルとしては(・・・・・・・・)負けねぇからな。お前がどんだけ天才でも、絶対に俺が上に行く」

 

 唖然……という言葉の意味を、たった今実感した。

 しかしどうやら彼の調子はようやく元に戻ったようだ。

 そしてようやく安心もできた気がする。

 

「これでこそ光明院光。ようやくそれらしくなったな」

「は? どういう意味だよ」

「お前ずっと噛み付いてきてたから、落ち込んだりしおらしくしてるのを見ていると調子が狂ってしょうがない」

「んなっ!? お前、人がせっかく謝ったってのに」

「別に馬鹿にはしてないさ。態度はアレでもアイドル活動に真剣なのは前から知ってたし」

 

 しかしこうして負けないと言いにくるなら、こっちも言わせてもらおうか。

 

「正直な気持ちを言えば、俺はアイドルになりたいとは思っていなかったし、熱意の面では負けると思う。だけど歌もダンスも演技も、より高い技術を身につけたいとは心から思うし、仕事としてやらせていただく以上はより高いクオリティーを提供する。そこに手を抜くつもりはない。

 ……勝ち負けをどう判断するかは知らないけど、同じ土俵に立つならそう簡単に勝たせる気も負ける気もないよ」

「上等だ。ドラマの撮影では見てろよ」

 

 数秒間にらみ合い、光明院君はオーラを滾らせたまま去るのを見送……あ、そうだ。

 ついでにもうひとつ言っておきたい事があったんだ。

 

「ちょっと待った」

「っ……何だよ」

 

 かっこよく別れようとしたところ悪いが、これだけは言っておかないと。

 

「この前から何か勘違いしてるみたいだから言っておくけど、お前、俺が歌や演技の才能を持ってると思ったら大間違いだからな?」

「は? 嫌味かよ」

「嫌味でもなんでもなく事実のつもり」

 

 確かに俺は技術習得が常人よりも圧倒的に早い。

 それは認めるけれど、それは俺に“才能がある”という意味ではないと俺は考えている。

 

 他人から見たら歌もダンスもあっという間に覚えてしまう天才。

 実際に俺はスキルを活用して覚えているし、十分に天才レベルに見えるだろう。

 だけど元から歌やダンスの才能を持っていたわけでは断じてない。

 

 今でこそ“演歌の素養”も習得しているけれど、それも技術習得の過程で手に入れたものだ。

 

「俺に才能があるとしたら、それは“効率化”の才能だ。普通とは少し違う脳機能をフルに使って情報を収集・記録し、徹底的に無駄を省いて自分の中の極限まで技術習得の効率を上げる。さらにそのための情報源。指導は幸いにも超人プロジェクトのおかげで超一流から受けられた。でも正直、俺は“実力で大きく差をつけている”とは思えない」

「……だからなんだよ?」

「才能だけならそっちの方がよっぽど持ってるって言ってんだよ」

 

 ボンズさんやアンジェリーナちゃん、Mr.コールドマン、エリザベータさん、アンジェロ料理長、Mr.アダミアーノ。帰国後もアフタースクールコーチングの関係でMs.アレクサンドラや久慈川さん。桐条先輩と……真田も。

 

 改めて考えると、今年は才に満ちた人々とたくさん交流してきた。

 だからこそわかる。というよりも感じる?

 

「お前は十分“才能のある”側の人間だよ。だから焦ってもまた体壊すだけだからやめとけ」

「そうかよ。まぁ、考えとく。じゃあな」

 

 ……俺の言葉は届いたのか? 光明院君は変な顔で背を向け、そのまま歩き去ってしまった。

 

「せわしないなぁ……」

「せ~んぱい!」

「うおっ!?」

 

 背後に久慈川さんがいた! 井上さんも近藤さんと一緒にいるし、てか何で離れてるの?

 

「いつからいた?」

「えーっと、先輩たちが青春ドラマみたいなこと始めた頃からかな。話の邪魔しちゃ悪いかと思って声かけなかったんだけど」

「青春ドラマって、そんなんじゃないだろ」

「結構いけてたと思うけど?」

 

 ……面白がってるな。人が一応真剣に話してたのに。

 

「……まぁ確かに、ライバル宣言はされたな。久慈川さんと同じように」

「うぐっ!? それ持ち出す!?」

「仕返しだ」

 

 わざとらしく笑って見せると、久慈川さんもわざとらしく怒る。

 

「それにしても……今日は最初から最後までバタバタだったね。私が先輩の楽屋に遊びに行ったら飛び出していっちゃうし、その後は撮影スケジュール変わるし、最後はアレだったし……」

「確かに」

「本当にお疲れ様。でも仲直りできたみたいで良かったね」

 

 ん?

 そういえば俺と光明院君は仲直りできた、ということでいいんだよな?

 謝罪も受けたし、ライバル宣言もされた。少なくとも前の関係には戻れたと思う。

 そうなると………………あっ。これヤバイ。

 

 顔から血の気が引いたのが分かる。

 それに反して心臓が激しく鼓動を打ち、全身に勢いよく血が巡る。

 

「近藤さん」

「は―。どう――まし――か?」

 

 耳鳴り……耳の血管を血が流れる音か?

 雑音で近藤さんの声が聞こえない。

 のぼせたように体が熱い。

 さらに訪れる、これまでの比ではないコミュの激痛。

 

(やっぱり……! 光明院君とのコミュが、リバースで一度に0になった力が一気に戻って)

 

 思考ができたのはそこまで。

 さらに強まった激痛と共に、目の前が暗くなった……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「……」

 

 目を開けると、点滴を受けていた。

 ここは……病室じゃない。

 

「気がついたかしら?」

「Dr.ティペット……ああ、ここ日本支部……」

 

 どうやら気絶中に、超人プロジェクトの日本支部まで運ばれたようだ。

 

「何があったか覚えてる?」

「光明院君とのコミュが戻って、痛みが一気に。その激痛で気絶したのかと」

「それだけ?」

 

 ? ほかに何かあっただろうか……

 

「あ、急に動悸と血流が激しくなったことも覚えています。その先は……」

「そう。痛みのせいでそれどころじゃなかったのかしら」

「何があったんですか?」

「あなた、倒れたときに血を吐いたのよ」

「!?」

 

 血を吐いた? 俺が? ……言われてみれば、なんだか鉄臭い匂いがする気がする……

 

「厳密に言えば鼻血なんだけどね。反射的に抑えようとしたんじゃないかしら? 出血量が多くて、一部が繋がった口からも出たみたい。同時に気を失ってしまったし、鼻血と分かる前にちょっとだけパニックが起きたけど、そちらはもうMr.近藤がフォローしてあるから心配しないで」

「ご迷惑をおかけしました……」

「これが私たちの役割だもの、迷惑なんてしてないわ。それより質問に答えて」

 

 Dr.ティペットの質問に答えていく。

 目が覚めてくると特に異常は感じない。

 しかし今度は自分自身が治療を受けることになるとは。

 

「……」

「どうでしょうか?」

 

「検査の結果は全部正常値。今見た限りでも特に問題ないようだし、この点滴が終わったら日常生活に戻っていいわ。夕方の撮影にも参加していいけど、無理は禁物。念のため私もついていくし、ほどほどにね」

「ありがとうございます」

 

 Dr.ティペットがいてくれて助かる。

 しかしコミュで出血するなんて……

 

「そのコミュというものがペルソナではなく、肉体に影響を及ぼしている可能性はないかしら?」

「と言うと?」

「以前入院して検査をしたときに“多血症”を疑われたのを覚えているかしら? 多血症によって鼻血やめまいが頻繁に起こることもあるから、医学的に考えれば今回の出血と関係している可能性はあるわ。だけどあなたの体には他にも色々な変化があるし……コミュも複数あるのよね?」

「コミュによって肉体(・・)が強化されている」

 

 ……それは正直、まったく考えたことがなかった。

 

「ドーピングの類には副作用が付き物よ。摂理に反して無理に肉体を強化したら、体に負担がかかるのは当然じゃないかしら?」

「……」

 

 正論だ。

 ……霧谷君と会えるのは明日。

 少し間に合わなかったけれど、命にかかわらない段階で連絡が取れてよかった……

 




影虎は山根を捕縛した!
影虎は山根に憑いていた霊を駆除した!
影虎はと明院君の関係が少しだけ良くなった!
影虎は光明院君とのコミュを復活させた!
影虎は復活したコミュの影響で、鼻血を噴いて倒れてしまった!


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292話 体操・練習終了

 夕方

 

 ~辰巳スポーツ会館~

 

「葉隠君大丈夫かい?」

 

 アフタースクールコーチング、新体操の最終日。だが昼に俺が倒れたことがしっかり通達されているようで、目高プロデューサーが心配してくれている。

 

「大丈夫ですよ。今は特に何もおかしなところはないですし、Dr.ティペットも控えてくれていますから」

「そう? 今日の練習は天田君メインで映すとしても、最終日で課題への挑戦があるけど」

 

 課題。そういえば今回もあったな。確か、

 

「バック転を1分間に何回できるか、でしたね」

「そうそう。ギネス記録に挑戦してもらうけど、あんまり無理しなくていいからね」

 

 本気でやってほしいけど、無理して倒れるようなことがあればそれはそれで問題。

 複雑な事情がありながら心配してくださるプロデューサーに、無理はしないと約束した。

 

 ……そして挑んだ課題の結果は。

 

「チャレンジ成功ーーッ!! その回数なんと68回ッ!! 一秒間に一回以上という驚異的なペースで成功させたぁあッ!!」

 

 成功していた。

 

 “無理をしない”と約束したから、楽に楽にと考えてやってみたら、それが逆に良かったようだ。

 

 重心を安定させ、站樁(たんとう)の要領で上下を入れ替えて戻す。

 足で跳び、地についた手を足のごとく使い、一回転で二度安定した加速を得る。

 どんどん勢いがついて、それを殺さないように続けるだけで高速回転が可能になっていた。

 まるで自分が球体になったかのようで、激しく動きつつも体は非常に楽。

 

「先輩のバック転、なんかCGみたいでしたよ」

「え、そう? 自分じゃ分からないんだけど」

「だって1分間ずっとその場から動かなかったじゃないですか。激しくバック転してるのに。中心に棒が刺さってクルクル回されてるみたいでしたよ」

「僕はアレみたいに見えた。ほら、ファミレスとかで売ってる子供向けのおもちゃあるじゃない? あの、お菓子がついててそのおまけみたいな」

「あー……あのボールペンみたいにカチカチやると人形が動くやつですか?」

「そうそう! アレの名前って正式になんていうか知らないけど」

 

 先生の言いたいものは伝わった。

 俺もあのおもちゃの名前は知らないけど、傍から見るとあんな感じになっていたのか……

 

 とりあえず成功したのでよしとしよう。

 

 ……新体操の練習が終わった!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~自室~

 

『――このような事情があったようです』

 

 近藤さんから電話で山根マネージャーについての報告を受けた。

 

 それによると近藤さんは山根の身辺を調べた際に、彼が昔“心療内科に通院していた”という事実を掴んでいたらしい。

 

 もっともそれ自体は特におかしなことでもなく、また通院していた病院にも特におかしな点は見られなかったため、あくまでも情報の1つに止まっていたらしいが……今日の件を受けて、再度調べなおした(ハッキング&電子カルテ閲覧)ところでその詳しい事情が明らかに。そして山根に取り憑いていた人工霊の命令に繋がるであろう内容が出てきたそうだ。

 

 それはまだ山根が前職の事務員として、学習塾で働いていた頃のこと。

 彼は同じ学習塾に生徒として通う高校生のグループから“いじめ”を受けていたという。

 

 いい大人が高校生からいじめを受ける?

 

 という疑問がまず沸いてきたが、事の発端はいじめではなく、いつだかテレビでニュースになった“オヤジ狩り”だったようだ。

 

 なんでもそのグループは受験のために塾に通っているものの、勉強熱心と言うわけではなく、そもそも素行の悪い生徒の集まりだった。それが受験勉強でストレスをため、街中でたまたま目をつけた山根で小遣い稼ぎと憂さ晴らしをした。

 

 その時はお互いにお互いのことは知らなかったようだけれど、同じ学習塾の事務員と生徒。山根にとっては運悪く顔を合わせてしまったことで、関係が継続。素行の悪い生徒たちは自分たちの行いを暴露されないよう、山根の心身にさらに圧力をかけるようになった。

 

 さらに山根はその事を学習塾の上司に相談したらしいが、結論から言うと無意味。それどころか上司までもが逆に山根に黙って我慢するように圧力をかけ始めた。

 

 なぜならば相手は生徒だから。

 生徒は受験のために塾に通っていて、親は子供の受験成功のために高い金を落とす。

 しかし下手に山根が相手を訴えでもしたら、関係した生徒グループは辞めるかもしれない。

 

 それだけならまだしも、生徒の受験に悪影響が出た場合は? モンスターペアレントなど、原因が生徒側にあったとしても、親が怒鳴り込んでくることも考えられる。もしかしたら塾の悪評を広められるかもしれない。受験のために子供を預けている塾が、子供の受験の邪魔になったら? 塾の評判まで落とされたら?

 

 山根1人が黙って我慢すれば、それら全てが丸く収まるのだと。

 

 カルテに書かれていたのは“山根本人から聞き取った内容”なので、思い込みや被害妄想で事実とは差異があるかもしれない。しかしここで重要なのは事実の正確性ではなく、これが“山根にとっての”認識であり事実だということだ。

 

 そしてこの認識によって山根は大いに苦しみ。また子供に対しては憎悪に近い感情と同時に復讐心、支配欲のようなものが見られたと診断書には書かれていた。

 

「子供に対する復讐心や支配欲……人工霊によってアイドルの子たちが従順にされている状況で、さらにその子たちに指示を出すマネージャーという立場。彼にとっては鬱憤を晴らして欲望を満たせる、ある意味理想的な環境だったかもしれませんね」

『私も同意見です。それから光明院君の持っていたサプリメントを成分分析にかけた結果、容器に記載されている栄養成分の他に少量の睡眠導入剤とせん妄を引き起こすとされている薬品が微量、含まれていました」

 

 せん妄……意識混濁、脅迫的な思考、幻覚、錯覚などを起こしている状態のこと。集中力、注意力が低下し、錯乱などに繋がる場合もあるという……

 

「100%意図的ですよね」

『間違っても栄養剤に混入するものではありません。またせん妄は健常者でも就寝中に無理に起こした場合にも同様の症状が出るとされますし、睡眠導入剤もそのためか……あるいは一時的な睡眠で光明院君に体が休まるサプリメントと錯覚させるためかもしれませんが、どちらにしても市販されているまともなサプリメントではないのが明らかです。

 この薬。そして山根本人に憑いていた人工霊にもそこを利用するような命令が含まれていたこと。さらに最後の彼の反応からして、おそらく人工霊による洗脳には条件、それとも制限でしょうか? があるようで、あまり本人の意思と乖離した命令を強制するのは難しいのではないかと推測します』

「おそらく正しいと思います。もしあの霊を取り憑かせるだけで簡単に人の心や行動を完璧に操れるのであれば、光明院君に“思考の誘導”なんて迂遠な命令をする必要がないと思うので、それを受け入れるような、何らかの下地を作る必要はあるのではないかと」

 

 愛と叡智の会……既に怪しいを通り越して危険な相手だが、早めに手口と対処法がわかって良かった。

 

「近藤さん。今オーナー直伝の護符2種類をパソコンに取り込んで増産(コピー)中です。A4用紙1枚につき12枚。2枚1組で6組を一度に作れるようになったので、個人の信仰などで問題がなければ、お守りとして事務所の皆さんに配りませんか?」

『助かります。あの護符の効果はしっかりと確認されていますから、非常に心強いですね』

「では明日、八十稲羽市へ向かう前にお渡ししますね。あ、あと事務所に裁断機はありますか? もしあれば明日貸していただきたいのですが」

 

 プリンターで魔術用の札を大量生産することは前々から考えていたが、今回初めてそれを実行した。しかもスキャナーで取り込んだ画像でも、さらにそのサイズをパソコン上で縮小しても、プリントした時にルーンが認識できればOKだったので、これならエネルギーの続く限り護符が素早く量産できる。

 

 人工霊を2回見て対処した手ごたえから、事前にあの護符2枚を備えておけば、いつのまにか憑かれていた! なんて状況は防げると思う。権力を使った罠だとか、直接的な手段にも要注意だけど、対処法があるだけ良かった。

 

 ……そして愛と叡智の会に関する話が一通り済んだところで、次の連絡。

 

『来月の8日に年末の対戦相手のウィリアム様とそのサポートチーム。そして安藤家の皆様が来日します』

「8日から? となると試合の2週間とちょっと前ですね。あとエレナたちは学校とか大丈夫なんですか?」

『ウィリアム様は今回アウェーですから、本番を万全の状態で戦えるよう、日本の気候に体を慣らしてコンディションを整えるそうです。それからエレナ様以下3名の学業は現在、ホームスクーリング(自宅学習)に切り替えています。皆様、ペルソナの調査・研究にそれを応用した技術開発にと多忙ですし、例の襲撃事件があったことでやはり注目も集めましたからね……

 日本ではあまり良い印象はないかもしれませんが、アメリカでは一般的ですので専用の教材や対応もできていますし、本部でもサポートしているので問題はありません。学習の場所は自由ですし、何よりも来年葉隠様の命運を賭けた戦いをする土地を一度見てみたいと皆様仰っているようですね」

 

 そうやって気にしてくれているのは本当にありがたいことだ……

 

 こちらでも何かしてあげられないかと考え、すぐ思いつくのは基本的な観光案内など。

 だが話し合っているうちに、ひとつ思いついたことがあった。

 

「近藤さん。突然なんですが、例のCraze動画事務所からのイベントのお誘い。あれに安藤家の皆さんも一緒に参加ってできませんか?」

 

 クリスマスの一大イベントであるCステージ。

 そこに誘われていて俺が即答できなかった理由は2つ。

 

 1.年末には試合があり、そちらの準備もあること。

 2.試合が24日でステージがその翌日のため、怪我などで参加できない可能性もあること。

 

 しかしもし安藤家の皆さんが一緒に出てくれれば、俺は良い思い出になると思う。

 もし理由2の場合でも、5人がいてくれれば穴は埋まるのではないか?

 アンジェリーナちゃんとのコラボ動画はなんだかんだで視聴者数も伸び続けているし、人気は出そうだが……どうだろう?

 

『確かにあの動画の注目度は高いですし、本部と先方に提案してみるのも良いでしょう』

 

 こうして夜の報告が終わり、量産した護符にエネルギーを込めたら、明日の八十稲羽市行きに向けて早めに寝ることに……

 

「ん? また電……あっ」

 

 しようとしたところで、かかってきた電話の相手は久慈川さん。

 それと同時に、彼女の目の前で血を吐いてそれっきりだったことを思い出す。

 慌てて電話口から無事であることを伝え、さらに迷惑をかけた謝罪もする。

 その後病み上がりであることを考慮してくれたのか短めではあったが、愚痴を聞かされ。

 最終的に寝たのはそこそこの時間になっていた……

 

 今度また何かを差し入れよう……



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293話 呪いの詳細

 11月28日(金)

 

 昼前

 

 ~八十稲羽市・天城屋旅館~

 

「いらっしゃいませ。またいらしてくださったんですね」

「お世話になります」

 

 サポートチームの5人と八十稲羽市に到着後、まず訪れたのは天城屋旅館。

 出迎えてくれた女将さんは、前回俺たちが温泉だけ利用したことを覚えていたようだ。

 今回は明日が土曜で仕事も昼までに戻れば大丈夫ということで、休養もかねて一泊する予定。

 

「どうぞこちらへ」

「これは素晴らしい景色ですね」

 

 近藤さんの言う通り。

 案内された部屋は、窓から和風の庭園が一望できる眺めの良い部屋だった。

 

「当旅館で一番景色の良いお部屋を用意させていただきました」

「言われて納得の景色ですね、近藤さん」

「ええ。しかし、私は普通のお部屋を予約したはずですが……」

「本日は他にお客様もいらっしゃいませんから、どうぞごゆっくり。もちろんお代も同じです」

 

 なんと旅館からのサービスで部屋のランクを上げてくれたようだ。

 

「ありがとうございます」

「いえいえ。ところでお客様……葉隠君ですよね? 最近テレビに出ていらっしゃる」

「はい、葉隠影虎です」

「やっぱり! アフタースクールコーチング、いつも録画して従業員皆で見ています」

「えっ、本当に? 見てくださってありがとうございます!」

「それで、あの……あつかましいお願いですが、差し支えなければサインを1つ、いえ2つほど……」

「それくらいでしたらまったく問題ありませんよ。大歓迎です! あ、お名前は……」

「1つは天城屋旅館、もう1つは葛城宛でお願いします」

 

 普段は車か変装して移動しているので声をかけられないけれど、やはり知名度は上がっているようだ!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼食後

 

 ~商店街~

 

 霧谷君の学校が終わるまで、商店街でお土産を探し時間を潰すことにした。

 特に女性のDr.キャロラインとメイドのハンナさんは、日本の染物に興味があるらしい。

 しかし平日の昼間、それも田舎町に外国人は珍しいのか、とても人目を集めている……

 

 だいだら.で“漆黒の地下足袋”。巽屋で“和柄のハンカチ”を購入した!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午後

 

 ~霧谷家~

 

 とうとうこの時がやってきた。

 霧谷君の家に来るのは2回目だが、相変わらず俗世間から切り離されたような立地だ。

 建物は古いが汚れている印象は受けないし、“古民家”という風格を感じる。

 

「いらっしゃいませ。お待ちしていました」

「……お久しぶりです?」

 

 なんと、こちらが声をかける前から霧谷君が玄関を開けてくれた。

 脈絡なく扉が開いたので少し驚いたが、彼は相変わらず和服で静かに微笑んでいる。

 

「よくわかりましたね」

「先月から人が来たことを知らせる術を新しく仕掛けたんです。以前はここまで来るお客は誰もいなかったんですが、以前ご協力いただいてから、時々人が来るようになったので。まさかこんなボロ屋にインターホンがあるとは思わなかったでしょう? あっ、立ち話もなんですからどうぞ中へ」

 

 彼はいたずらが成功したように笑い、思い出したように家の中へ勧めてくれた。

 しかし、これまた相変わらず、彼の仕掛けた術には違和感すらなかった……

 本当に謎の深い人物だ。彼が敵でなくて良かったと思う。

 

「えーと今日はどうしましょうか? もう呪いについて調べる準備はできているのですが、まず調べてからお話しします?」

「ん……できれば早めに調べてもらえると助かります。もう体に影響が出てしまっているのか、昨日倒れてしまったので」

 

 あと親交を深めていたらコミュが上がるかもしれないし、できるのであれば先に対応してもらいたい。

 

「わかりました。ではこちらへどうぞ」

 

 案内されたのは応接室ではなく、大広間。

 そこには驚くほど複雑な円と図形が組み合わせられ、びっしりと文字が書き込まれた複雑な魔法円。その上には燭台に蝋燭、香炉や紫色の藁人形が10個。さらに注連縄(しめなわ)など様々な道具が配置されている上、それぞれから非常に強い魔力を感じる。

 

「これは……」

「事前に葉隠さんが把握している呪いについての情報を聞かせていただいた感じ、だいぶ厄介な呪いに思えましたから。葉隠さんにかけられた呪いを調べ、可能であれば解くために、僕の持てる限りの知識と技術を詰め込みました。

 ささ、葉隠さんはそちらの円の中央へ。気を楽にして座っていてもらえればOKです。あと髪の毛を1本ください。他の皆様は申し訳ないのですが、隅の方へお願いします」

 

 複雑な魔法円と感じる強大な魔力に圧倒されつつ、指定された場所に座る。

 そこは大きな円の中央。複雑な図形で狭められ、人1人が座るのが精一杯な狭いスペース。

 そして同じく、対面に配置された円の中に霧谷君が座る。

 そんな彼は、自分の斜め後ろ。部屋の隅に近藤さんたちが移動したのを確認。

 最後に俺から受け取った髪の毛を藁人形の1つに入れて全ての中央に配置し、

 

「では……始めます」

 

 一言、宣言した。

 

「“――”」

「!!」

 

 彼が手を組んで何事かを呟いたと同時に、感じる魔力が跳ね上がる。

 それは床に敷かれた魔法円を巡り、離れた燭台のろうそくへ勝手に火が灯る。

 さらに続けて彼は何かを唱えているが、その言葉を理解することができない。

 変わったイントネーションで紡がれる言葉は、まるで歌っているようにも聞こえる。

 やがて部屋中に満ちた魔力は束ねられ、指向性を持ち、俺の周囲を包んでいく……

 

  シャラン――

 

「!?」

 

 音が聞こえる。

 

 シャラン――

 

 鈴のようにも聞こえるが、背筋の凍るような気配を伴って。

 

 シャラン――

 シャラン――

 シャラン――

 

 ここには様々な道具があるが、音を出すものはひとつもない。

 ただ霧谷君の声だけが響く……はずなのに、

 

 シャラン――シャラン――シャラン――

 シャラン――シャラン――シャラン――

 シャラン――シャラン――シャラン――

 

 もはや霧谷君の声よりも、音の方が大きく聞こえる。

 それに伴い、音も変化する。

 

 ジャラッ――ジャラッ――ジャラッ――ジャラッ――ジャラッ――ジャラッ――

 ジャラッ――ジャラッ――ジャラッ――ジャラッ――ジャラッ――ジャラッ――

 ジャラッ――ジャラッ――ジャラッ――ジャラッ――ジャラッ――ジャラッ――

 

 それは鈴の音ではなく、忌まわしいほどの鎖の音。さらに音は近づいているのではなく、俺自身の体から(・・・・・・・)聞こえていることに気づく。

 

 ジャラッ――ジャラッ――ジャラッツ!

 

「呪いの片鱗、捕まえた」

「!!」

 

 一際大きな音と同時に浮かび上がる、俺の髪を入れた藁人形。

 一瞬送れて理解できた霧谷君の声。

 

「なっ!?」

 

 直後に部屋の景色が一変。

 これまで存在しなかった鎖が俺と魔法円、そして宙に浮かぶ藁人形を磔にしていた。

 普段冷静な近藤さんが声を上げる。ということはこれは彼にも見えているのだろう。

 

 俺も驚きはしたが、それは景色よりも鎖から感じていた霧谷君の魔力に。

 それでいて新月の夜、ベルベットルームで見る、あの鎖と同じ気配も含まれていることに。

 それらをあわせて感じる、“呪いが引きずり出された”感覚に戸惑いを隠せない。

 

 知識と技術を詰め込んで、できる限りの準備はしたと聞いている。

 しかしこれほど簡単に“呪いを引きずり出す”ことが可能なのか?

 俺自身ではどうしていいかすらわからなかったことを、簡単にやってのけてしまう。

 彼は一体何者か? どれほどの力を持っているのか? このまま解けてしまうのか?

 

 10秒20秒とその状態が続き、驚きがおさまると疑問と希望が同時に胸へ押し寄せる。

 

 

 

 

 

 

 ――(おろ)かなり――

 

 

 

 

 

 

 それは瞬時に幻と消えた。

 確信だった。

 聞こえた声を、頭ではなく体が理解した。

 

「ヤ」

 

 霧谷君を止めようとした時には遅かった。

 

 体の内側から危険を感じる魔力が溢れ出し、魔法円と鎖を侵食したのを知覚した瞬間。

 全ての鎖は砕け散り、蝋燭の火は吹き消され、磔にされていた藁人形が地に落ちる。

 また全ての魔力が消え去ると、藁人形と同様に霧谷君自身の体も ゆっくりと崩れ落ちた。

 

「霧谷君! Dr.ティペット!」

 

 慌てて俺たちが駆け寄ると、彼は力なく手を上げる。

 どうやら意識はあるようだが、

 

「体に異常は見られないわ。どうなってるの?」

「体内のエネルギー。ほぼ枯渇状態です」

 

 とても先ほどまで魔力を放っていた人とは思えない。

 応急処置として 俺の気と魔力を分け与える。

 

「ありがとう、ございます」

「大丈夫か!?」

「ええ、なんとか……誰かそこの戸棚にあるジュースを……」

「ジュース? ……もしかして宝石メロンの? だったら薬になるかもしれない」

「戸棚ですね。探します」

「私も行きます」

 

 サポートチームのハンナさんとチャドさんが立ち上がり、指差された戸棚を漁り始める。

 ほどなくしてそれらしきビンが見つかり、中身を飲ませると霧谷君の体調は劇的に改善。

 

「皆様ありがとうございます。そしてお騒がせしました」

「そんなことはどうでもいい。それより体は大丈夫?」

「ええ……正直危ないところでした。呪いを解こうとする者に対して発動するトラップとして、命を奪いにくるタイプの呪いが仕掛けてありました。徹底的に対策はしていたのですが……」

 

 起き上がった彼が目を向けたのは、粉々に弾け飛んでいた複数の藁人形。

 なんでもあの藁人形はそういった呪いへの対抗策として、呪いを無効化する効果のある“ミガワリナス”の皮をほぐした繊維を使い、さらに呪いに対抗するための術をかけながら製作した物で、自分への呪いを代わりに受けてくれる代物だそうだ。

 

「1つでも大抵の呪いは弾ける自信がありましたが、一度に9個もダメにして自分にも届くとは……まさに九死に一生でした」

 

 彼はそう言って笑っているが、笑い事ではない。

 

「確かに危ないところでしたが、おかげで分かったこともありましたよ」

 

 死にかけたとは思えないほど気楽な霧谷君の提案で、場所を移すことにした……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~霧谷家・居間~

 

 全員分のお茶を用意して、一息入れた霧谷君が語り始める。

 

「まず、葉隠さんの呪いについて。結論から言うと非常に強力ですが、まったく手が出ないと言うほどのものでもありません。ただ問題は呪いが意味不明と言っていいほど異常に複雑な上に、おそらく今回のようなトラップが他にも多数仕掛けられているであろう事です」

「トラップはわかりますが、複雑というのはどういう意味でしょうか?」

 

 近藤さんの質問は予想していたのか、彼は淀みなく答える。

 

「呪いに限らずどんな魔術もそうですが、基本は目的のために力を使いアプローチします。たとえば“相手を殺す”という目的があるなら、呪いで相手を病気にしたり、相手を事故に合わせたり。ある程度目的と手段に整合性があり、またそれによって対処法も検討できるはずですが……」

 

 俺にかけられている呪いはそういった常識がまったく通用しないらしい。

 

 曰く、俺にかけられた呪いは、

 俺の力を封じ、成長を阻害し、傷つける“呪い”と称するにふさわしい部分。

 そして俺の力を増幅し、成長を促進し、守る“祝福”とでも言うべき部分が交ざっている。

 

 この時点で呪いの内容が正反対。矛盾していると思うが……

 

 力を与えるのは許容しつつ制限をかける。力を与え、制限をかけず逆に増幅する。

 力を与えるどころか削ぎ落とす。力を削ぎはしないが制限をかける。

 増幅も削ぎ落としもしないが成長を妨害する。増幅も削ぎ落としも成長の妨害もしない。

 

 ……という具合でさらに細かく、呪い同士が複雑に絡み、混ざり合っているそうだ。

 

「分かっていた事とあわせて考える限り……“葉隠さんを特定の時期まで生かす”こと、そして“その時期までに一定の力は与える”ことは共通で定まっていると思うのですが……それ以外がまるでバラバラ。平然と矛盾した部分が目に付きますし、そもそも細かく分かれすぎてほとんど理解できません。

 大勢で旅行先を決める会議をしていて、誰かが北に行きたい、誰かが南に行きたいと主張して、そこから間を取って東にしよう、だったら西にしよう。さらに北と東の間をとって北東にしよう、だったら北西……という風に収拾が付かなくなった状態のような感じでしょうか? それを結局個人で行きたい所に行くことにして、無理やり1つにまとめたみたいな……うん、そうですね、呪いについては今言ったイメージが一番近いと思います」

 

 さらに彼はそれが俺に出ている影響にも繋がっているのではないかと話す。

 

「そもそも呪いが滅茶苦茶で矛盾だらけ。コンピューターで言うところのバグだらけなわけで、それを無理矢理、力技で成立させている状態なので……率直に申し上げますと、異常の1つや2つ出ても全然おかしくない。むしろ自然に思えました」

 

 ……あの自称神のクソ野郎め……人の体に、よりにもよってそんな爆弾仕込むなよ!?

 

 と叫びたくなるのをグッとこらえる……が、怒っている雰囲気は出ていたようだ。

 ここで霧谷君は良いニュースを投下してくれた。

 

「落ち着いてください。さっきも少し言いましたが、まったく手が出ないということはありません。僕の力で完全に解くのは難しいですが、部分的な呪いのデバッグには成功しました」

 

 なんと、霧谷君はコミュが上がるたびに感じていた傷みを解消できたらしい。

 ぶっちゃけ実感がないが、しばらくしたら効果がわかると思う、だそうだ。

 

「原因だったのは力を与える部分と与えない部分ですね。相反する内容が絡まって、本来得られる力を完全に得られず、エネルギーが体内で破裂寸前になっていたようです。1つ1つの制限は弱かったので、力を与えないようにしている部分を壊しました。まぁその瞬間におもいっきり排除されてしまったわけですが」

「いや、だからそれは笑い事じゃないって……」

「でもこれで2つのことがわかりました。

 1つは葉隠さんに呪いをかけた相手は、複雑な呪いをかけられる強大な力の持ち主ですが、完全無欠の存在ではありません。神を名乗っているのに、僕という1人の人間の介入を許してしまう上、反撃で殺そうとするも完全には殺しきれなかった。ですから確実に付け込む隙はあります。

 そしてもう1つ。反撃をしてきたのは僕が呪いに“介入した後”で、観察をしていた時には無反応でした。注意は必要ですが、呪いそのもの(・・・・・・)に手を出さず、呪いの観察のみに留めればさほど危険は高くないかと。そして呪いの様子を観察し、どこにどのような魔術的影響が出ているかを調べられれば、魔術によってその影響を取り除いたり、症状を緩和できる可能性もあると思います」

「そうかっ!」

 

 “呪いを解く”という根本的な解決にならなくても、それによる症状をなくすか抑えるかできれば、それは十分に助かる。

 

 一度は消えたように思えた希望が再び沸いて――!!

 

 体の内側に力がみなぎる。

 これは……間違いなくコミュの力。

 霧谷君と関わり、芽生えて育まれた力。

 

「葉隠さん?」

「……今、さっき話してくれたデバッグの成果を感じてる」

 

 コミュの力って、傷みがないとこんなに暖かく感じるものだったのか……

 

 この後もしばらく話をしたが、霧谷君は一度強力な即死魔術のようなものを受けている。

 肉体的に回復したとはいえ、精神的な疲労が見られたのでこの話はひとまずそれまで。

 両親がいるというお店の方へ彼を送って、今日は帰ることにした。

 

 霧谷君がどうしてあれほどの力を持っているのか?

 死にかけたのにどうして協力を続けてくれるのか?

 色々と疑問は尽きないが、信頼してもいい相手だと思う。

 希望を見せてくれた彼には感謝してもし足りない。

 こちらから何かお返しはできないだろうか?

 

 旅館に帰る車の中ではそんなことを考えていた。



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294話 コミュの恩恵

 夜

 

 ~天城屋旅館~

 

 窓際の座椅子に体重を預け、ゆったりと。

 そして心は体の内側に満ちる力へと向ける。

 

 ……1つ1つを、しっかりと感じる。

 

 霧谷君による処置はコミュの痛みを取り除くだけに留まらず、いくつかの嬉しい効果もついていたようで……その1つが"コミュの認識”。

 

 これまでは体の痛みからコミュのある相手を判断していたが、旅館に帰ってから体内のコミュの力を、そしてそのコミュがどのアルカナで誰とのものなのかをはっきりと認識できるようになった。

 

 それを表にまとめると、

 

 愚者 :?

 魔術師:霧谷長船

 女教皇:オーナー

 女帝 :エリー・オールポート(エリザベータ・コールドマン)

 皇帝 :不良グループ

 法王 :江戸川先生

 恋愛 :?

 戦車 :葉隠龍斗&葉隠雪美

 正義 :Mr.コールドマン

 剛毅 :和田&新井

 運命 :久慈川りせ

 隠者 :ドッペルゲンガー

 刑死者:トキコさん

 死神 :アンジェリーナ

 節制 :?

 悪魔 :佐竹

 星  :光明院

 月  :ストレガ

 塔  :特別課外活動部

 太陽 :チームアメリカン

 審判 :?

 世界 :?

 

 ……こうなった。

 

 愚者、恋愛、節制、審判、そして世界はまだ該当者なし。

 魔術師の霧谷君、女教皇のオーナー、教皇の江戸川先生は納得。

 不良グループや和田と新井、トキコさんにアンジェリーナちゃんのアルカナも判明。

 久慈川さんと光明院君に佐竹も同じく、痛みでコミュがあるとは思っていた。

 

 しかし月、塔、太陽がそれぞれストレガ、特別課外活動部、チームアメリカ。

 これらは個人ではなく集団で1つのコミュだとは初めて知った。

 以前岳羽さんといる時に体が痛むことがあったが、それは彼女だけでなく他の面子も含めて。

 特別課外活動部コミュの一部、だったらしい。

 

 さらにコールドマン氏とアンジェリーナちゃんは個人でのコミュも持っているが、チームアメリカとして安藤家やジョーンズ家、サポートチームにアメリカの本部もひっくるめてまた1つのコミュである。

 

 さらにさらに……コールドマン氏もそうだけれど、女帝のエリザベータさんと戦車の両親に至ってはコミュがあることに気付いてすらいなかったので驚きだ。

 

 おそらくコミュが結ばれた当時はまだ、痛みが発生するレベルまでコミュの力が蓄積されていなかったのかもしれない。エリザベータさんの場合は夏休みだろうけど、両親とはもっと前からコミュがあったのだろう。全く気づいていなかった……しかしコミュによる力は確実にあると今は感じる。

 

 そして嬉しい効果その2。

 

 ゲームでペルソナを生み出す時の”経験値ボーナス”のようなものなのか、コミュによって俺自身の気や魔力の量が増大しているのを感じる。先日懸念として挙げられた肉体への影響は分からないが、スタミナが向上していることは間違いないと確信している。

 

 さらに嬉しい効果その3。

 

 霧谷君曰く、処置を受ける前の俺はコミュの力が十全に発揮されていなかった状態。そんな実感はなかったけれど、今は体の中から違和感が1つ消えたような、体の中で何かが噛み合った感覚がある。

 

 そしてそれは決して気のせいなどではなく、

 

 “吸魂”(吸血+吸魔)

 ・敵1体の体力と魔力を同時に吸い上げる万能属性魔法。どちらか一方だけでも吸える。

 

 “体術の心得”(拳の心得+足の心得)

 ・拳や足に限らず、体を使った攻撃の威力上昇。

 体を使う事に慣れ、効果的に使うコツを掴んだ証。

 

 “物理見切り”(打撃見切り+斬撃見切り+貫通見切り)

 ・物理攻撃に対する回避率上昇。単一の見切りより僅かに効果が高い。

 

 “精神耐性”(ヤケクソ耐性+恐怖耐性+魅了耐性+動揺耐性+恐怖耐性)

 ・精神系の状態異常にかかりにくくなる。

 

 これまで鍛えて身につけてきた多数のスキルの一部が統合され、別のより上位と思われるスキルへと変化していた。付け加えるならば全体的に技術がより習熟した感じもするし、これからも修練を続ければ、それぞれのスキルを“技術”として、単発ではなく組み合わせて使用することができるようになる……そんな確信にも近い予感がしている。

 

 ゲームのスキルを使う戦闘システムという制限から完全に解放されたような……

 もちろん前々から現実だとは思っているが、よりリアルになったと言うか……

 とにかく処置を受ける前とは大違い。恐るべき変化だ……

 

「様……葉隠様」

「! あ、はい。何でしょうか?」

「夕食の時間だそうですが、大丈夫ですか? 例の件で何か」

「いえいえ、体調は良すぎるくらいですよ」

 

 考え事に没頭しすぎたみたいだ。近藤さんの呼びかけに気づかなかった。

 

「で、お夕食ですか? どこに行けば?」

「今日のお客様は我々だけだそうで、一番景色の良いこの部屋に全員分を運んでもらえるそうです。皆も呼びますが、よろしいですか?」

「分かりました。ありがとうございます。お願いします」

 

 近藤さんの後ろに控えていた仲居さんへ声をかけると、彼女はかしこまりましたと一礼して去っていった……

 

 その後、女性部屋からハンナさんとDr.ティペット。もう1つの男性部屋からチャドさんとバーニーさんがやってきて、純和風の旅館の食事が楽しみだと語り合っていると……

 

「失礼いたします」

 

 旅館の仲居さんたちがお膳に乗せた料理を運んできてくれた。

 しかもその中には明らかに他の方よりも若い、中学生の“天城雪子”の姿がある。

 

『葉隠様、彼女が以前の報告にあった……』

 

 近藤さんからの質問に、その通りだと返答。

 

 彼女は失礼のないように料理を運ぶと部屋に長居はしなかった。そのため自然に声をかける暇もなかったけれど、こんな時期に俺のような年頃のお客は珍しいのか、それともテレビに出ていることを知っているのか、なぜかこちらを気にする様子が見られた。……もし機会があったら、それとなく声をかけてみることにしよう。

 

 ちなみに夕食は地元の食材を活かした、新鮮で美味しい料理の数々を味わうことができた。

 

 特に豆腐は美味しかった。確かここで使われているのは久慈川さんのおばあさんの作っていた豆腐のはず。明日帰りに買えたら買っていこう。 もし久慈川さんの都合が良ければ、お土産にしてもいいだろう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夕食後

 

 ~ベルベットルーム~

 

「ようこそ、ベルベットルームへ……今宵はまた異なる土地からいらしたようですな」

「月に一度しかないこの機会を逃すわけにはいきませんから」

「扉の場所をよくご存知のようで……では、今宵もごゆっくり……」

 

 船室の扉を開いて、甲板へ出る。

 するといつものようにドッペルゲンガーの姿が見えるが、様子がおかしい。いつもならばすぐに出迎えの言葉をかけてくるのだが、今日に限ってぼんやりと船首に繋がる鎖を眺めている。

 

「どうした?」

『……見てみろよ、あれ』

 

 言われた通りに船首の鎖を観察すると、明らかに前回まではなかった大きな傷が刻まれている。全体的に細かなヒビも増えているし、このままならいずれ切れるかもしれない。しかしたった1月でここまで変化した理由はやはり……

 

「霧谷君の魔術か……」

『その通り。それまで俺らも少しずつヒビは入れていたが、今日のたった一回でこれだ。一体あいつは何者なのか、なんであんな力を持ってるのか知らないが……不思議と信用はできる。状況的に信じるしかないっていうんじゃなくて、なんだろうな……変な確信みたいなものがあるんだよ』

「確信?」

『ああ。あいつは信頼できるって。失礼な話だけど、こんなに都合のよく問題を解決してくれる奴が現れるなんて、怪しく思っても仕方ないと思うくらいなんだが……不思議とそうは思わない。

 あいつが最初の手紙や今回の家に仕掛けていた術には気づけないし、今日使った術の詳細もほぼ分からない。だから例の組織みたいに思考を誘導する類の術を仕掛けているか? ……それもないと思う』

 

 ドッペルゲンガーは鎖から目を離さずに、1つ1つ確認するように呟く。

 

『俺はドッペルゲンガー。お前のペルソナであり、お前自身。我は汝、汝は我。だけど心の内側にいる以上、表層に出ているお前よりも少し、心の内側に敏感で、そのぶん多くの事に気づいている……つもりだった。

 だけどそれが施術で、また何かが解放されて気がついた……俺は知らない……分からない……霧谷が何者なのか。どうして信じられるのか。どうして俺が信じようと思えるのか。術に関してもさっぱりだ。これまで一緒にやってきて、それなりに急成長してきたと思っていたけれど』

 

 俺たちには、まだまだ色々なものが足りていない。

 

 それは言葉にされなくても痛いほどに理解できた。

 同時に、生き残ることを望むなら、理解しなくてはならないことも。

 

『少なくとも霧谷はあのクソ野郎が何をしたのか、最低限理解して対抗できる知識と力を持っている。霧谷も完璧じゃないらしいが、俺たちはそんな霧谷が何をしているかすら理解できていない段階だ』

「……たまたま霧谷君が協力的で力を貸してくれたから今回は何とかなったけれど、それはあくまでも力を借りられたから(・・・・・・・)。他にもたくさんの人の手を借りているし、今更自分の力だけで生き抜くとは言わないけれど、現状の力不足から目をそらすわけにもいかないな」

 

 ドッペルゲンガーは深く頷く。

 

 呪いが一部解けたのは嬉しいけれど、同時に自称神や霧谷君との力の差も明らかになった。

 そこから目をそらして“めでたしめでたし”では来年生き残ることなど不可能。

 それを俺に、そして自分自身に戒めるための時間だったのだろう。

 

『さて……ずっとこうしてても仕方ねぇし、いつも通り情報交換でもするか。先は長く感じるが、悪いことばかりでもないぜ。俺たちが新しく使えそうな魔術を思いついた。タイミング的にこれもコミュの力を解放してもらえたおかげだろう。

 便利そうだけど使いこなすにはかなりの知識も必要になりそうだし、クソ自称神の力に魔術で対抗できることも分かった。これからは魔術開発や習熟と魔術に力を入れてもいいかもしれないな』

「ああ、年末の試合が終われば格闘技の方も一区切りつくしな」

 

 ドッペルゲンガーはいつも通りに戻り、俺たちは魔術について語り合う。

 同じ目的を目指して、時間が来るまでアイデアをぶつけ合い……

 気づけばコミュも上がっていた!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 深夜

 

 ~天城屋旅館・自室の窓の外~

 

 姿を消して庭から進入。

 部屋の窓を軽くノックすると、近藤さんが掃き出し窓を開けてくれたので素早く中へ入る。

 

「おかえりなさいませ。遅かったですね」

「すみません。少々気になることがありまして」

「ベルベットルームというところで何か?」

「いえ、ドッペルゲンガーとの対話で出た案はすぐにでも試したくなるほど実現の可能性があり、本当に実のある話でした。その件については後で詳しく説明します。あとそっちに関連してエイミーさん、Ms.ジョーンズの力を借りたいので連絡をとる準備をお願いしたいのですが、とりあえずそれは後回しで、まずは聞いていただきたいことが」

「かしこまりました」

 

 それはベルベットルームを出てすぐの事だった。

 今日の収穫に心を躍らせながら、人目を忍んで変装し、さぁ帰ろう! と思ったその時。

 中華料理店の“愛屋”から酔ったサラリーマン風の男が2人、肩を組んで出てきた。

 その時点では別に気にしていなかったが、すれ違った後にその会話が聞こえてしまった。

 

「うぅ~まだ飲むぞ! おい! もう一軒行くぞ!」

「はいはい、スナック紫路宮でいいですね? 先輩」

「たりめーだ! この辺に他にねーだろっ!?」

「ですよね」

「だいたいなぁ……飲まずにやってられるかよ! あれもこれも、全部“霧谷のガキ”が勝手なことをしやがるからだ!」

 

 ……と、

 

「それは、あまり穏やかではなさそうですね? あの霧谷君のことでしょうか?」

「結論から言うと、まず間違いなくお世話になっている霧谷君です。苗字だけでは同一人物か分からず気になったもので、後をつけて同じスナックに入り、話を聞いてきました」

「だから遅くなったのですね」

「ええ……幸か不幸かお店が狭くて、席が隣り合ったので本人から直接。あとお店の人からも少々……で、その話なんですが」

 

 ほとんど酔っ払いの愚痴なのでどこまで正確かは分からないが……現在、八十稲羽市で着々と進んでいる“ジュネス建設”に対する反対運動が水面下で広がっているらしく、その火付け役となってしまったのが霧谷君だという。

 

「反対運動自体はだいぶ前に一度行われ、自治体と地元の商工会や代表者の協議を経て一度収まりました。しかし前回の段階で納得しきれてはいなかった、押し切られてしまったが不安を抱えていたという人たちがいたみたいです。

 そして霧谷君は以前俺と契約をした時に話してくれた通り、八十稲羽の現状を懸念して行動を起こした。俺に動画作成と宣伝を依頼して、作物が注目を集めている内に自分で地元の農協や農家の方々に直談判して回ったりもしていたそうです。こちらはスナックのママ情報」

 

 曰く、自分のところで取り扱っている作物が動画のおかげで注目を集めた。

 大量の注文が次々と来ているが、販売も生産も自分のところだけでは手が足りない。

 そこで手や畑の空いている人のところで野菜を増産してもらいたい。

 幸いにして自分のところの人気が出ている作物は育つのが早い(・・・・・・)

 作物を代わりに作ってもらい、それを売った利益を分配する。

 

 おそらくすべて計算の上だったのだろう。

 作れば確実に売れる、成長も早くてすぐにお金に変わる野菜という武器を手にして交渉。

 ネットの評判も効果的に使い、中学生とは思えない行動力で協力者を集めることに成功。

 事前にプロ向けの栽培マニュアルも用意してあったらしく、勢いがつけばあっという間に。

 そして関係者全体に利益のある八十稲羽の野菜増産とネット販売の体制を作り上げていた。

 

「体制ができたことに伴って品薄や騒動は落ち着きましたが、関係者は今も好景気の真っ只中。ビニールハウスを所持している農家は野菜を増産していますし、そうでないところも春からの注文や予定が詰まって、農協では野菜のブランド化も進められている状態だそうです」

「なるほど。彼はうまく目的を達成したようですが、それが反対運動を再燃させてしまう結果につながったと」

「そうなんです……」

 

 霧谷君の誘いに乗った農業関係者は野菜の新たな売り先を手に入れ、すでにある程度のお金も手にしている。そして噂の早い田舎町……あっという間に霧谷君はその努力と熱意を認められ、盛大に褒め称えられた。

 

 しかしそれは経営者の立場の人に、ジュネスができた後への危機感を覚えさせることにもなってしまった。そして話は反対運動の再燃へとつながる。

 

「どうもその酔っ払いはジェネス建設を押し進める自治体側の人間らしく、もうすでに建設も大部分が進んでいるということで止められないと。今更余計なことをして混ぜ返されるのは迷惑だという気持ちはまだ分からなくもないですが……」

「きっかけにはなったかもしれませんが、反対運動に参加しているわけでもない霧谷君を敵視するというのはいただけませんね。酒の席の勢いというだけなら良いのですが」

「全くです。……この件、少し注意しておいてもらえませんか?」

「かしこまりました。話がどう転ぶにしても、霧谷様はすでに重要人物の1人ですからね」

「ありがとうございます」

「とりあえずは明日帰る前に一度挨拶をして帰りましょう。それからまた次回の約束を」

「長期休暇は部活の合宿とか理由をつけて、ここで過ごすのもいいかもしれませんね」

 

 霧谷君に関する不穏な噂話を共有した。

 何もなければ、何もないのが一番いいが……




影虎はコミュの恩恵を完全に受けられるようになった!
影虎はコミュの恩恵の詳細を把握した!
(レベルアップボーナス+技術向上)
影虎はドッペルゲンガーと目標を新たにした!
影虎はドッペルゲンガーから魔術に関する助言を得た!
影虎は霧谷君に関する噂を聞いた!


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295話 目利き

 翌日

 

 11月29日(土)

 

 朝

 

 ~天城屋旅館~

 

「お世話になりました」

「またのお越しをお待ちしています」

 

 チェックアウトの時間。

 4では凄惨な事件以降体調を崩していたか何か、理由は良く覚えていないが、旅館を娘と他の仲居さんに任せていた……? 今からすると未来の事なので過去形はおかしいか?

 ……なんか面倒くさい。

 

 とにかく天城雪子によく似た、母親だと思われる美人の女将さんに対応していただいた。

 そしてそのまま見送っていただき、旅館を後にする。

 

「すみませーん! お客様!」

「あれ? たしか葛城さん、どうかされましたか?」

 

 表に出たところで呼び止められた。

 

「葛城さん? どうしたんですか、お客様の前で騒々しい」

「女将さんすみません。でも少しだけお待ちを……ほら! 雪ちゃん早く早く!」

「ま、待って!」

 

 あ、中学生の天城さんが急いでこっちに走って来ている。

 色紙のようなものを持って、大慌てで。

 しかも和服なので走りづらそうだし、なんだか危なっか――

 

「あっ」

 

 ほらやっぱり!

 

「っと、大丈夫ですか?」

「えっ……!!」

「ぬおうっ!?」

「あっ! ごめんなさい!?」

「だ、大丈夫。当たってないから……ハハ」

 

 走り方が危なっかしいと思っていたから、転びかけた天城さんを支えるのには間に合った。

 しかしその際、少々顔が近づきすぎたのか天城さんがとっさに距離を取ろうとした。

 そしてたまたま持っていた色紙の角が俺の目元を一閃。

 危うく目潰しを食らうところだった。

 

 物語の世界なのに、物語のような恋の始まる予感なんて欠片もないな……

 

「大丈夫ですかお客様!?」

「ええ、問題ありません。こちらこそ失礼しました。お怪我はありませんね?」

「はい! ありがとうございます……」

「本当にすみません、うちの娘が」

 

 と、このままでは謝罪で空気が悪くなってしまう。

 

「ところで、何かありましたか?」

「そうでした。雪ちゃん」

「この流れで!? う……さっきは本当にごめんなさい! それで、私の友達が葉隠さんのファンで、最近ずっと足技が凄いって話してて」

「あ、サインですね。わかりました。大丈夫ですよ」

 

 色紙とファンという発言からして間違いないと思ったが、やはり当たっていたようだ。

 あと友達で足技なら渡す相手は彼女だろうね。

 葛城さんは天城さんが言い出せないのを察して一肌脱いだとかだろう。

 ……あとで女将さんには怒られるみたいだ。

 

「はい。これでどうでしょう?」

「ありがとうございます! それで本当に」

「ああ、もう本当に大丈夫ですから。それよりそう遠くないうちにまた来ると思うので、次もよろしくお願いします」

「あっ、はい、またのお越しをお待ちしています!」

「!!」

 

 体の中に湧き上がる力……だがここで固まっているわけにはいかない。

 勢いで別れを告げ、条件反射気味に返事をした天城さんの前から立ち去る。

 

「まさか……」

「葉隠様?」

「近藤さん。近いうちにまた八十稲羽に来ようとは話していましたが、思ったより濃密な関係になるかもしれません。たった今、運命のコミュに彼女が追加されました」

「運命というと久慈川さんの……なるほど、運命も集団で1つのコミュだったのですね」

「推測ですが、再来年の事件の関係者かと。その内、これまでは久慈川さんとしか接触していなかったから、彼女だけのように見えたのだと思います」

 

 ……これは3だけでなく4のキャラとも絡むことになりそうだ。

 八十稲羽にいるキャラならともかく、直斗や陽介はどうなるんだろうか……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼

 

 ~巌戸台商店街~

 

 帰ってきたぜ巌戸台! そして、

 

「こんにちは!」

「おっ! 来たね葉隠君」

「お疲れ~」

 

 古本屋・本の虫の前に止まっていた車の傍で、これから始まるであろう作業の準備をしていた方々。先週のコラボ動画でお世話になった清掃業者“クリーンクリーン”の皆さんへと声をかける。

 

 今日は彼らに交じって、本の虫の店内を片づける手伝いをする日である!

 

「おや! 虎ちゃんじゃないか。本当に来てくれたんじゃのぅ」

「文吉お爺さん、今日はよろしくお願いします」

「ありがとう。頼りにしとるよ」

 

 ということで……まずは準備から。

 

 服装は働きやすいTシャツとズボン、そして八十稲羽で買った地下足袋。

 地下足袋は新品だけど物が良いのか、かなり動きやすくていい感じ。

 試し履きからかなり気に入って履いてきた。

 

 そして今回の仕事では店の中を片づけるが、前回のゴミ屋敷とは違い運び出される物の大半は商品でもある“本”になる。

 

「今回はまずお店の本のジャンルごとに分け、それをさらに大きさごとに箱詰めして搬出、貸し倉庫へ送りますが、全ての本は入りきらないため一部は処分。こちらで買い取りが可能なものは買い取りをさせていただくことになっています。処分本とそれ以外の基準は――」

 

 社長から分別の細かい注意を受けて、いざ仕事に取り掛かる。

 

 

 ……

 

 

「葉隠君、そっちに箱あるかな?」

「あります! どうぞ」

「ありがとう。課長ー! 箱の消費が早いから、外で箱どんどん組み立ててくれる?」

「分かりましたー」

 

 開始10分で早くも大きな棚が片付きつつある。

 

「今日は普段と比べると楽っすね」

「古そうではあるけど掃除とかお店だからきちんとしてあるねー」

「棚の中身ももうほとんどジャンルごとに揃ってるし、ありがたいけどちょっと張り合いがないね」

 

 普段の現場と比べて余裕があるようで、和気藹々と作業が進むなか。

 

「あれっ?」

 

 引き出した本の隙間から、珍しいものが出てきた。

 処理の方法も説明がなかったので、一度確認しよう。

 

「文吉お爺さーん。すごく古い雑誌が出てきたんですけど、これはどうしたらいいですか?」

「古い雑誌? ……おお! 懐かしいのぅ。しかしそれは売れんから資源ゴミとして捨てておくれ」

「わかりました」

「ちょっと待った!」

 

 資源ごみの袋にまとめようとしたところで、買取担当の専務からストップがかかる。

 だいぶ慌てた様子で見せて欲しいと言われたので手渡すが……

 

「専務さん、それ買い取りできるんですか?」

「ああ、これは良いものだよ。古い雑誌にもコレクターがいるからね。価格は雑誌の種類や年代、状態などにもよって変わるけど、1980年代以前のものになるとぐっと価値が上がるんだ。買取価格で大体千円~1万円ってところかな」

『1万円!』

「ほう……こんなに古い雑誌がそんなにするのかい?」

「ええ、間違いなくお宝ですよ」

これくたぁ(コレクター)という人はすごいんじゃなぁ」

 

 専務と文吉お爺さんがそんな話をしている間に、俺は興味本位で周辺把握に集中。

 専務の手元にある雑誌を参考にして、同じような形状のものを探してみる。

 

「!」

 

 すると店の奥に雑誌らしき反応が多数。数箇所に集まっているのを感知した!

 

「文吉お爺さん。こういう昔の雑誌はまだあるんじゃないですか?」

「ん~……残念じゃが、雑誌は毎週、毎月大量に新しいものが売り出されるじゃろ? 流行り廃りも早いから、うちではあまり取り扱わないのぅ……持ち込まれても値段はつけても50円くらい。ほとんど代わりに処分するだけなんじゃよ、虎ちゃん」

 

 ……文吉お爺さんは本当に心当たりがなさそうだ……

 

「そうですか……でもなんとなくありそうな気がするんですけどね。店の奥の方に」

「店の奥? 確かに奥にもここに置ききれない在庫はあるが……」

「古い雑誌ならありますよ」

「!」

「おや? そうじゃったかの? 婆さんや」

「嫌ですよお爺さん。昔から古い雑誌が持ち込まれると、懐かしがって奥に持っていくのはお爺さんじゃありませんか。あとはそのまま押入れの中に溜めているでしょう?」

「おお! そうじゃったそうじゃった!」

「すみません。本当に昔の雑誌が他にも? 差し支えなければ見せていただきたいのですが」

「お爺さんも忘れていたようですし、買える本は全部買ってもらえると私も助かるわ。量も多いし重くて片付かなかったの」

「そんなにですか。葉隠君、手伝ってほしい」

「了解!」

 

 こうして光子お婆さんに案内された店の奥の押入れからは、なんと押入れの4分の1を占める古雑誌の山が発見された。

 

 それを見た専務は、

 

「おおおっ! これは凄い! 1972年! こっちは1968年! しかもどれも古いわりに美品だ!」

「私たちは本を売って生活をさせていただいていますからねぇ……」

「なるほど。ところで専務さん、ここからどうしますか?」

「そうだね……まずこの山のような雑誌をタイトルごとに分けようか。それから発行された年月日順に並べなおす。単体でもそれなりに値がつくけれど、何冊も揃っているとまた値が上がる要因になるんだ」

「了解! そういう作業は得意分野なので任せてください!」

 

 周辺把握とアナライズ、スクカジャまでフル活用。

 タイトルごとと年月日順への並べ替えを同時に、丁寧かつ素早くこなす。

 その速度は専務が押入れから次の本の山の一部を取り出すまでに、受け取った分が片付く程度。

 

「葉隠君、ちょっと待って、これ僕の方が追いつけない!」

 

 押入れの下段に入って中腰での高速作業は、少々お年を召している専務には辛かったらしい。

 速度を緩め、のんびり作業を進めることにすると、作業をしながら会話をする余裕ができる。

 そして専務から査定のポイントなどについて詳しい話を聞かせていただいたところ、

 

「!」

 

 唐突に体の中に芽生える力……新しいスキル“財宝ハンター”を手に入れた!

 

 MAP上……周辺把握の範囲内にある“宝箱”の位置が分かるスキルだけれど、なんと目の前にある古い雑誌や隙間に落ちている小銭など“隠された価値のあるもの”にも反応するようだ!

 

 これはうまく使えばひと稼ぎできるかも? と思ったが、今となっては超人プロジェクトの契約で金銭面に不安はない。タルタロスの宝箱なら周辺把握だけでも見つけられていたし、微妙に残念感が漂っている気がする……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 そして夕方。

 

 途中俺やクリーンクリーンの皆さんが撮影をしているということで野次馬が集まったり、休憩中にファンサービスをしたり、商品の搬出(倉庫への移動)に時間がかかり、急遽超人プロジェクトの支部に搬出用の車と人手を要請したり、商店街の方々から差し入れをいただいたりと色々あったが、無事に本の虫の清掃作業が完了した。

 

 現在の店内は本棚も全て撤去され、完全に空っぽの状態になっている。

 文吉お爺さんと光子お婆さんはこれまでの日々を思い出しているのか、感慨深そうだ。

 

「間に合ってよかったのう、婆さんや」

「はい。これで心置きなく建て直せますね、お爺さん」

「虎ちゃん。この人たちを紹介してくれて、その上片付けも手伝ってくれて、本当に……ありがとよぅ」

「来年、お店を開けたらまた来て頂戴ね。その時は改めてお礼をしたいわ」

「来年と言わずいつでも来てくれていいんじゃよ? 明日も明後日も、店は閉めていても儂らはここにくるからの」

 

 そっと握られた文吉お爺さんと光子お婆さんの手から、感謝と信頼の気持ちを強く感じた!

 また時間を見つけて来てみよう。




影虎は天城雪子と会話をした!
天城雪子が運命コミュに加わった!
影虎は八十稲羽を後にした!
影虎は古本屋・本の虫の掃除に参加した!
影虎はスキル“財宝ハンター”を手に入れた!
影虎は作業の合間にファンサービスをした!
文吉お爺さんと光子お婆さんからの信頼がガッチリ固まった!


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296話 慣らし運転中

 夜

 

 ~アクセサリーショップ・Be Blue V~

 

「先輩ありがとう! おばあちゃんの所のお豆腐久しぶり~」

「喜んでもらえてよかった」

 

 先日のお詫びも兼ねて、八十稲羽からのお土産を久慈川さんと井上さんに渡す。

 しかしこちらが謝るのにわざわざ閉店後のバイト先に寄ってもらったのは少々申し訳ない。

 

「気にしないでよ葉隠君。ちょうど仕事も終わる時間だし、お互い忙しいのは分かってるから。お互いに動ける方が動くとか柔軟に対応した方が用があるとき都合がつきやすいし」

「そうそう。それにお豆腐は早く食べた方が美味しいし、そんなに日持ちするものでもないからぐずぐずしてたら悪くなっちゃうじゃない」

「そう言ってもらえると助かります」

 

 和やかにそんな会話をしていると、井上さんが思い出したように一言。

 

「りせちゃんも葉隠くんに用があったみたいだし、ちょうど良かったよ」

「え? そうなの?」

「あ、いや……用というほど大したことではないんだけど」

「悩みとかかな? 俺でよければ何でも聞くけど」

 

 俺がそう言うと、久慈川さんは少し迷った様子でこう口にした。

 

「先輩ってさ、突然変な声が聞こえたりすることって、ある?」

「変な声?」

「うん。電波が悪い電話みたいな、聞こえにくい会話っていうか、普通は聞こえない声っていうか。先輩って超能力とかオカルトとかそっち系でも評判だし、そういう声に心当たりがあるんじゃないかと思ったんだけど」

「なるほどね。確かに声ならしょっちゅうあるけど」

「え、本当に!?」

 

 こんなやり取り以前もした気がする……あ、あれは岳羽さんか。文化祭の時だったな。

 

 それはともかく、ついさっきもここの地下倉庫で掃除をしていたから、霊の声は聞いた。

 奥にいた俺に久慈川さんが来たことを知らせてくれたのは、幽霊の香田さん。

 あとこれは音だけど、地味に毎晩トキコさんが契約の履行を求めてくるし……

 

「久慈川さん霊感に目覚めたの?」

「そうでないことを祈りたかったんだけど、もう超ストレートに霊って言われた……」

「そうは言っても、久慈川さんなら目覚めてもおかしくはないと思うし」

「私ならって?」

 

 だって探知系のペルソナ使いだし、見えても聞こえてもおかしくないじゃん。と説明してもまだ分からないだろう。でもその声がただの幽霊ならまだいいけど、どこかで愛と叡智の会の人工霊に憑かれたとかなら良くないな。

 

 先日作った護符入りのお守り袋を取り出して、そっと持たせてみる。

 

「先輩?」

「……よし、大丈夫!」

「何が!? 先輩の行動がまったく意味不明なんだけど!?」

「とりあえず久慈川さんが幽霊に取り憑かれてるわけじゃないから、そんなに心配しなくていいと思う。むしろ霊が原因なら気にしすぎると逆効果になるから、常に平常心を心がける方がいいよ」

「そういわれても、タイミング悪すぎ!」

「そういえばりせちゃん、今度季節はずれの心霊スポットロケの仕事が入ってたね」

「そう! その話を聞いたちょうどその日に声が聞こえたの!」

「なるほどなー……ん? 心霊スポットロケ? それってもしかしてアイドルのバラエティー番組で、ロケ地は■■山って所ですか?」

「そうそう! 葉隠君知ってるの?」

「俺の方にも同じオファーをいただいて参加することになっています。たぶん同じ仕事じゃないですか?」

「へぇ~、良かったじゃないかりせちゃん。これで少し心強いね!」

「うん、確かに1人よりは心強いけど……」

「何、久慈川さんってそんなに幽霊とか苦手?」

「普通だと思ってたけど、実際に変な声が聞こえたとかのタイミングでは心細いかも……」

 

 どんな声だか知らないが、どうやらその声が原因で不安が強くなっているようだ。

 俺だってここでバイトを始めた頃は初めて具体的に霊の影響を感じて必死だった。

 そう考えると久慈川さんが怯えるのも仕方のないことかもしれない。

 

「そういうことなら……井上さん、もう少し時間ありますか?」

「今日はもう仕事もないし、大丈夫だよ」

「でしたら、少しここのお店の人と話してみませんか?」

 

 Be Blue Vは俺とオーナーも含めて、従業員7人中4人が霊能力者だ。彼女たちから話を聞いて、幽霊に関する正しい知識を身につければ、少しは不安も解消されるのではないだろうか? 話を聞くことで知らないことから感じる恐怖を軽減できれば御の字だ。

 

「今の時間なら仕事も終わっていますし、奥にまだ誰か残ってるはずです。皆さん良い人ですから。時間のある人にお願いしてみましょう」

 

 ということでお願いしてみた結果、今日は霊媒体質の三田村さんからお話を聞かせていただくことができた!

 

 無自覚の霊媒体質という、自分ではどうにもできなかった状態での生活や不安。

 霊や自分の体質について、自覚をしてからの状況改善。

 実際に起こった出来事と対処法など、主に被害者としての観点の興味深い話が聞けた!

 

 霊能力がなくても、専門の修行をしていなくても、できる対処法はある。

 それを知って、久慈川さんもの不安も少し落ち着いたようだ。

 さらに日を改めてオーナーたちも霊の話や対処法を教えてくれることで話がまとまった。

 

 心霊スポットロケまでの勉強会……

 霊に関する勉強なら、人工霊の対処にも役立つかもしれない。

 俺も参加できるタイミングで参加しよう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス・エントランス~

 

「なんだか久しぶりな気がするな」

「ワフゥン?」

「前から一週間も空いてないじゃないですか。まぁ、あまり目立ったこともなかったですけど」

「最近は昼間の活動の方が濃かったからかな……」

「それより今日はどのへんに行きますか? 実験するって言ってましたし、低めにしておきましょうか?」

「いや、今日は上を目指そうと思う。“不屈の騎士”がいる59階が今の最高階層だから、そこからスタートで」

「ワンワン!」

「実験なのに大丈夫か? ってコロ丸が言ってますよ」

「大丈夫だと思う。さっきも話したけど、昨日で一気に力が増してさ……感覚をつかみたいのはあるんだけど、これまでの相手だと逆に十分な実験ができない。だから上で慎重にやるけど万が一のフォローを2人に頼みたい」

「ワフッ」

「分かってくれたか。ありがとう」

「僕もいいですよ。上にいけるならその方がトレーニングになりますし」

「天田もありがとう。助かるよ」

 

 ということで話がまとまり、転送装置で59Fへ移動。

 

「おっ、また不屈の騎士がいる。ちょうど1体だし、上に行く前の準備運動をしていこう」

「はい!」

「ワン!」

 

 気合十分の2人を引きつれ、まずは俺が背後から急襲。一撃を叩き込む。

 

「グォウッ!?」

「行くよコロ丸!」

「!」

 

 敵が俺に気をとられた隙を逃さず、2人が追撃。

 さらなる隙を晒した相手へ、代わる代わる攻撃と撹乱を続ける。

 

「オオッ!!」

 

 一方的な攻撃に苛立ちのオーラをほどばしらせ、不屈の騎士が持つ槍を振り回し、乗っている馬を暴れさせる。全体打撃攻撃スキルのキルラッシュだが……闇雲に放たれたスキルは俺だけでなく2人にも当たらない。逆にスキル使用後にはひときわ大きな隙が見えた。

 

 絶好のチャンス!

 

「“嵐脚”!」

 

 気合を込めて虚空を蹴り抜くと同時に放たれた気の刃。

 それは硬直した不屈の騎士の頭部と胴体を大きく切り裂き、二つに分けて霧に変えた。

 

「よし!」

「……先輩、今の嵐脚って新しいスキルですか?」

「いや、勢いで知ってる漫画の技の名前を言ったけど実はスラッシュの応用技。スラッシュは分かるよな?」

「ペルソナの物理攻撃スキルですよね。先輩は自分で気を打ち出して同じことができるみたいですけど」

「そうそう。打撃属性のソニックパンチ、斬撃属性のスラッシュ、貫通属性のシングルショット。色々あるけど俺は手から打ち出す気の塊の形状で変化をつけられる。で、さっきのは斬撃属性のスラッシュを手じゃなくて足から打ち出したんだ」

 

 ヒントは先日の体操。

 重心把握を手に入れたおかげでバランス感覚が強化され、さらに体が安定した事。

 俺はそこで逆立ちでも二本足で立つのと変わらない安定感を手に入れていた。

 そこに昨日のコミュ封印解除での強化が加わり、気のコントロール力も上がり、思った。

 

 手だけじゃなくて足にも気は通ってるし、蹴りにも使ってる。

 だったら足でもスキルは使えるんじゃないか? と。

 

「で、いまやってみて成功したわけ。ちなみに本当の嵐脚ってのは蹴りでカマイタチを生み出して飛ばして敵を切る技ね」

「ワフワフッ! ワフッ!」

「疾風属性はつかないのかって? 元ネタの漫画にそんな属性はなかったからな……今も足から放っただけのスラッシュだし、斬撃属性だけだろう。でも面白いな。それに風と斬撃の2属性を併せ持つ技があれば便利かもしれない。

 今日はとりあえず実験を進めないといけないけど、魔術で何とかできないか考える価値はあると思う」

 

 改めて60階へ上り、体の具合を確かめながらさらにシャドウとの戦闘を続けるとあっという間に64階へ到達。

 

 ……ここまででやっぱり気の運用がスムーズに、全体的に戦闘能力が強化されていることが実感できた。

 

 応用技もスラッシュの代わりに色々と試してみたところ、嵐脚だけでなくその派生技? のような扱いだった“嵐脚・線”のような技が。打撃属性のソニックパンチは嵐脚とイメージが合わなかったが、ソニックパンチをそのままキックに置き換えたような高速の蹴り“ソニックキック”が完成した。

 

 さらに居合の心得と組み合わせることで、総合格闘技を学んだ時の最後の試合のような、居合切りならぬ“居合蹴り”が完成。

 

 ここまでで4つも新技が増えただけでも上々だけれど、おまけに足から放つ技は手よりも威力が高いことも判明。よく“脚の筋力は腕の三倍”などと言うけれど、本当にそのくらい威力には違いが出ていた。

 

 素早い手技……電光石火などで敵を追い込み、隙をつくり、ここぞという時に威力のある足技を叩き込む。良いかもしれないと思ったが、考えてみると基本的な考え方だしいつも通りの戦い方だった。

 

 この辺はあまり変に考えず、いつも通り自分のスタイルに新技を、自然な形で組み込むことを考えていこう。

 

 ……ということで、塔の外を使って路をはばむ壁を越え、無骨の庭ヤバザへ進入。

 

「さて、体の動きは大分慣れたし。ここからは魔法系に行ってみようか」

「今度は何をするんですか?」

「大きく分けて2つ。1つは俺が新しく開発した魔術を応用したアイテムを使ってみること。それともう1つは霧谷君から新しく貰った魔術をいくつか試すことだな」

 

 八十稲羽市から帰る前、霧谷君の様子を見に行ったら、以前受け取ったものの続きだという魔術集のデータを渡された。その中身は以前よりも実戦的な術が多く、タルタロスでの対シャドウ戦にも有効と思われるものも多数あった。

 

「どちらかというと後者の方をじっくり実験したいんで、自作アイテムの方はさっさと済まそう。霧谷君の術をものにすれば自作魔術の参考にもなるし」

 

 とは言え自作の方もアイデア自体は前々からあったし、それなりに時間をかけて練り上げた自信作なんだけどね。

 

 いざと言う時に撤退か次の階に移動できるように転移装置か階段を探し、無事に階段が見つかったところで実験再開。

 

 用意するのは、事前にアプリで設計&大量に印刷して作った魔法円の描かれた札の束。

 

「これは“起爆札”。読んで字のごとく、爆発を起こす魔法円が描いてある札だ」

「ってことは、それに魔力を込めると」

「ワフゥ……」

「成功していれば2人の予想通りだな。ちなみに一口に爆発と言っても原因によって色々あるけど、ここでは“酸素と水素の混合気体を利用した爆発”を起こす魔法円を使った」

 

 ざっくり内容を解説すると、

 

 ・ラグ     水を生む

 ・ソーン    雷による水の電気分解

 ・ハガル    電気分解で生まれた酸素と水素を風で収束

 ・ケン     着火

 ・ハガル    さらに風で火の勢いを煽る

 

 円と五芒星を基本とした魔法円で、五芒星の頂点に上記5文字のルーンを記述。

 さらにルーンとルーンの間に上記の過程を記述。

 中心には5文字を合わせたバインドルーンを配置。

 さらにもう一周円を足し、その外側に効果を及ぼす範囲を設定・記述した魔法円。

 外円と内円の間に、生み出される水量、元素量、爆発の熱量などの計算式が書いてある。

 

 さらにプログラミングにおける変数を利用し、意思で威力調節を考えた“可変式”。

 魔力を込めて一定時間後に爆発するよう命令を書き加えた“時限式”。

 地面に置いた札に魔力を込めて、次に札に何かが触れると爆発する“地雷式”。

 別に用意したルーンでの“遠隔起爆式”などバリエーションが豊富にある。

 

「じゃあちょっと離れてもらって、手始めにこれを……っ!」

 

 1枚目。

 基本となる魔法円のみ。

 時限装置や起爆スイッチに該当する記述がなかったため、魔力を込めた瞬間手元で爆発した。

 これは想定内。威力を最小限にしていたので爆竹程度の音と光が発生しただけ。

 ダメージは微小。とりあえず基本の魔法円で爆発させられることが確認できた。

 材料は紙とインクと魔力。使用後は爆発の影響で燃えてバラバラ。

 量産してもコストはかからないし、使用後に証拠も残さないのは良いな。

 

 次いで可変式、時限式、地雷式、遠隔起爆式と試していくと、結果は……

 

 ・可変式:まったく威力の調節がきかない。意思による数値の代入に問題がありそう。

 ・時限式:成功。問題なく記述して指定した秒数の待機時間がある。

 ・地雷式:一応成功。ただし感度が良すぎて何度か手を離した直後に暴発した。要改善。

 ・遠隔起爆式:可変式と同じく失敗。魔術による意思の伝達式を見直す必要がありそうだ。

 

 まだまだ改良は必要だけど、消費する魔力はお手ごろで標準的な威力の時限式を67Fの女帝シャドウ“生成の彫像”に貼り付けてみたところ、一枚で爆散させるだけの威力を持っていた。使い勝手は改良するとして、武器に使えることは確定と見ていいだろう。




影虎は久慈川りせにお土産(豆腐)を渡した!
影虎は久慈川りせに悩みを相談された!
Be Blue Vで霊的存在の勉強会が開かれることになった!
影虎はタルタロスで急上昇した戦闘能力の確認を行った!
影虎は新技を次々習得した!
影虎は新アイテム“起爆札”を生産&量産可能になった!

※新技まとめ
嵐脚   足から放ったスラッシュ。腕よりも威力が強い。
嵐脚・線 足から放ったシングルショット。腕よりも威力が強い。
ソニックキック ソニックパンチの足版。パンチより威力が高い。
居合い蹴り 集中して放たれた超高速の蹴り。先制攻撃にクリティカルもしやすい。
     (ソニックキック+居合いの心得)


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297話 念願の……!

 起爆札の実験を終えて、次が今日の実験のメイン。そして俺が前々から知りたかった、“封印系”の術だ。霧谷君から受け取ったデータにはさわりとして、対象の力を封印して行動を一部制限する術が載っていた。

 

 さっそく次に見つけたシャドウで、簡易版から試してみようと思う。

 

「封印に簡易版とか複雑なのとかあるんですか?」

「俺も資料を読んだだけだけど、実際の封印に関わる部分と封印を補助して強化するような術式があるとする。そこには封印を成立させるための条件があって、逆にその条件をどうにかして崩してしまえば封印を解くこともできてしまう。それをさせないためのダミーやトラップなんかの妨害工作用の術式を組み込んでいくと、術者の魔力や術の制御能力といった力量が足りる限りどこまでも複雑化はできるんだそうだ。

 で、元々封印用の術はあったんだけど、初心者の俺がいきなりそれを使うには複雑だし魔力も多く使うから難易度が高いということで……補助や強化も他人からの解除への対策なんかも一切省いて、封印に必要最低限の内容をまとめた、効果は低いけど簡単で魔力も少なくて良い練習用の術をわざわざ用意してくれたみたいなんだよ。それが簡易版」

 

 ちなみに資料では封印の理屈が簡易版の“魔封じ”を例にざっくり説明されていた……

 

 魔術を使える魔術師(シャドウ)は魔力を持っています。

 魔術を使うための道具や方法は色々ありますが、術は魔力を使って発動します。

 つまり何らかの方法で魔力を使えなくなれば、魔術も扱えなくなります。

 そして相手の魔力に干渉し、魔力の使用や制御能力を阻害する術が魔封じです。

 ちなみに相手の魔力への干渉は、気功治療に近いイメージで。

 葉隠さんはエネルギーの扱いに長けているようなので、感覚を掴むのは難しくないと思います。

 

 注意!

 魔力のコントロールを阻害する方法は幅広い相手に使えて便利だと思いますが、敵対した相手の魔法を封じる方法はそれだけではありません。相手の体調を崩す術などで魔術を使用できないレベルまで集中力を乱す。極端な例を出すと魔力を使わず殴りかかって妨害することも相手と状況によっては可能です。

 

 封印について考えるときは固定観念に囚われず、相手をいかに抑え込むかを念頭に置くと良いでしょう。

 

「だそうだ」

「ワウン……?」

「殴りかかるのは封印なのかって? ……それが固定観念なんじゃないか? それに封印を守る機能と考えればアリじゃない?」

「あっ! 何かの封印を解こうとすると強敵との戦闘が始まるパターンってよくありますよね」

「そんな仕掛けができるのはもう少し先のことだろうけどな……おっ! シャドウが来たぞ!」

 

 それから実際に簡易版の封印魔術3種を使ってみたところ……

 

 ペルソナの魔法として“マカジャマ“、“ナイアーム”、“スケアクロウ”を習得した!

 

 効果はそれぞれ、マカジャマが“魔封じ”で魔法スキルと魔術の使用不能。

 ナイアームが“力封じ”で物理攻撃の威力半減、物理攻撃スキルの使用不能。

 最後にスケアクロウは“速封じ”。動きが著しく遅くなり、回避と逃走不可、攻撃の命中率低下。

 

 天田とコロ丸にも体験してもらったところ、

 

「なんですかこれ……すごく、力が抜けるっていうか、体が重いです」

「ワグゥウ……」

「なるほどな。体内の気が術で抑え込まれて、普段の体の力が発揮できないんだ。これが力封じと速封じか」

「先輩、これ早めに解いてもらえません?」

「ワンッ!」

「今敵が来たらヤバイと。了解」

 

 ある程度観察もしたし、解除用の魔術で封印を解く。

 あっ、今度は“クロズディ”って魔法スキルを習得した。

 

 ……いつも思うけど、ドッペルゲンガーのスキルって大半が“同じ効果の術・あるいは技が使えるようになってから(・・・・・)習得”するんだよな……まぁ魔法にはルーンがいらないというメリットもあるし、魔術は魔術で自由度が高いからこそ工夫ができるんだけどね。

 

 残念な面よりも良い面に目を向けて、さらに俺は実験を続けた……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 11月30日(日)

 

 午前

 

 ~テレビ局~

 

「今は槍が中心で、槍と関係の深い八極拳と形意拳も教えてもらっています」

「武器を落としたら戦えない、なんてことでは生き残れませんからね」

「君ら何と戦っとんねん!」

 

 天田とアフタースクールコーチングのスタジオ撮影に参加した!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午後

 

 ~都内・ドラマ撮影現場~

 

 今日は例のドラマの撮影初日、なんだけれど……

 

「撮影は都内……確かに」

 

 都内であることに間違いはない。

 しかし、よりにもよってこの学校の校舎を借りての撮影かぁ……

 

 目の前にある校門には、大きく“私立秀尽学園(・・・・)”と学校名が掲げられている。

 

 この門構え。その先に見える校舎。

 ……間違いなくペルソナ5の舞台じゃないか!!

 

「葉隠様、やはりここが以前の通達に含まれていた」

「関係者は誰もいないと思いますけど、場所は間違いないでしょう」

 

 思わぬところでペルソナ5の舞台に踏み込むことになった。

 そのせいか? なんだかこの撮影……何かが起こりそうな予感がする!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「葉隠君入られまーす!」

「おはようございます!」

 

 スタッフさんに出演者の皆さんが集まるスペースに案内していただいた。

 挨拶をすると、あちらこちらから声が返ってくる。

 

「おはようございます」

「おっはー葉隠君」

「おはようございます。今日もよろしくお願いします」

 

 芸能界にもだいぶ慣れて、それなりに顔を合わせる機会の多いIDOL23の皆さんとは少し雑談をしたりもする。しかし今日はなんだか皆さんいつもよりも緊張気味なようだ。

 

「さすがにね」

「今日の仕事は大きいからさー」

「葉隠くんはいつも通りですごいね」

「どうしてそんなに落ち着いてられるんですか?」

「やっぱり慣れですかね……? 芸歴は皆さんより短いと思いますけど、そのぶんどんな仕事も現場も新鮮と言うか、色々ととりあえずやってみる感じの体当たりな仕事も多いですから」

「あー」

「葉隠君の場合はね……」

「ある意味いつも通りってことかー」

「後は格闘技でも冷静でいることが大切ですし」

「納得納得」

「お話中すみません、先輩方」

「おっと、呼ばれちゃった」

「また後でねー」

 

 不安そうな後輩に呼ばれ、先輩メンバーが相談に乗りながら去っていく。

 すると入れ替わりに久慈川さんと、Bunny'sの磯ッチに引きずられた光明院君がやってきた。

 

「おっすー虎、お疲れー」

「先輩おはよう! ほら、光明院君も」

「……よう」

「和解したんならもっと素直になれよ光~」

「うっせぇな!」

「ははは……おはよう、三人とも」

 

 久慈川さんはいつも通り。

 光明院君は先日のことが気恥ずかしい様子。

 それを磯ッチが無理やり引きずってきたのだろう。

 

「皆早いな? 初日だから俺たちもそれなりに早く来たつもりだったんだけど」

「お仕事の規模が規模だからね」

「やっぱりそうか」

「そりゃーアイドル業界一丸となっての特大プロジェクトだもんな」

「世間からの注目も桁違いだし、誰もちょっとしたミスでチャンスをふいにはしたくないだろ。念入りに準備もしたいし、早く来てる分には遅刻の心配もないし」

 

 普通の仕事でも遅刻は問題だけど、この業界だともっと大目玉だしな……あ、そういえば、

 

「今日はなんか、初めて見る子が多くない?」

 

 しばらく見ていて気づいた。Bunny'sにもIDOL23にも、いつものメンバー以外の姿がある。有名どころ以外の事務所に所属するアイドルも来ているらしいけど、それにしては距離が近い。

 

「? 聞いてないのかよ」

「聞いてないって何が?」

「あー……そういや虎んとこは虎1人だもんな。説明されてないんじゃね?」

「先輩。あの子たちはそれぞれの事務所のアイドル候補生だよ」

「候補生?」

「うん。各事務所のスクールとかでレッスンをしてる、まだアイドルに成れてない子たち。アイドル業界が全体で協力してる企画だし、後進の育成にも力を入れようってことで人数制限はあるけど見学が許されてるの。うちの事務所からも何人か来てるよ」

「へー、じゃあ“真下かなみ”さんとかも来てるのか?」

「ふぇっ? 先輩、かなみのこと知ってるの?」

「あっ」

 

 思わず言ってしまったが、直接の面識はない。

 

「久慈川さんの後にデビューして、次に売れるアイドルとして知ってる」

「なんだそれ? タクラプロで久慈川の後ってまだいないし、売れるかなんてわからないだろ」

「だから未来の話。先輩いつも突然そういうこと言うの。……でも先輩がそういうこと言って今のところハズレてないんだよね……」

「うっそマジで!? マジ預言? 俺も占ってくれよ」

「いいけど売れないって出たら磯ッチはどうする?」

「えっ、売れねーの?」

「いや、それは占ってみなきゃわかんないし、たとえ結果が悪くても努力次第で改善もできるだろうけど」

「私の事は占わなくても色々言ってるのに?」

「あー……それは何と言うか……ごくたまに占わなくてもいいというか、意識しなくても見えるというか、人によっては元々知っていたように情報が思い浮かぶ相手もいるんだよ。久慈川さんと真下さんはそのタイプ」

「ふーん? 喜んでいいのかな?」

 

 話を変えよう……

 

「でもそうか見学か……許可されるなら天田を連れてきても良かったかもな」

「誰だそれ?」

「……もしかして前にうちの事務所見学に来てた小学生か?」

 

 おっと、光明院君覚えてたのか。

 

「そうそう。部活の後輩なんだけど、さっきまで俺と一緒にアフタースクールコーチングの撮影に参加してたんだよ」

「えっ! 私一度会ったことあるけど、天田君も芸能界入りするの?」

「本格的にやるかどうかは分からない。とりあえず番組が単調で面白みが薄くならないように、プロデューサーのテコ入れってことで一度参加してもらったんだけど、撮影中の雰囲気やプロデューサーの反応も悪くなさそうなんだ。本人も楽しんでやってたし」

「まぁ、素質はあるんじゃねぇの」

「おっ? 光がそこまで言う子なのか」

「別に。木島プロデューサーがスカウトしたなら最低限は何かあるんだろって話だよ。それにほら、最近は“アレ”だし」

「あー」

「アレかぁ……」

「アレ? 何だアレって」

 

 3人だけ理解していないで説明して欲しい。

 

「えっ、先輩知らないの? 今芸能界では空前の“素人ブーム”が来てる! って噂だよ?」

「なんじゃそら……素人がブームなの?」

「むしろなんで虎が知らないんだよ」

「お前が火付け役だろ?」

「俺が!?」

「昔からクイズ番組とか素人さん参加型の番組は一定の需要があったらしいし、最近は動画サイトも一般的になってきたのもあるかも、って井上さんが話してたよ」

「木島プロデューサーも似たようなこと言ってたな……“今でこそ一流アイドルグループのIDOL23も、元々は素人からのオーディションで選ばれたメンバーがレッスンを受けて少しずつ成長していく姿を売りにしていた。視聴者は型にはまらない意外性や同じ素人的存在との共感を求めているのか”……とかなんとか」

「で、今ブームが来てる原因は何かといえば、やっぱ虎じゃね? なんと言っても今年テレビを散々騒がせた素人なんだし」

「否定はできないな……」

「とにかくそういうわけだから、本人や先輩たちが断らないなら出演依頼は今後もあると思うな。なんと言ってもブームを起こした張本人とその弟子みたいな位置にいるんだし」

「……改めて近藤さんと話し合ってみるよ」

 

 知らないうちに謎のブームを生んでいた……




影虎はようやく封印系の術の知識を得た!
新たに“マカジャマ”“ナイアーム”“スケアクロウ”“クロズディ”を習得した!
影虎と天田はアフタースクールコーチングのスタジオ撮影を行った!
影虎はドラマ撮影の初日を迎え……秀尽学園を訪れた!
影虎は撮影前に共演者と交流した!
謎のブームの存在を知った!


※新魔法スキルまとめ
マカジャマ  魔封じ ステータスの魔力半減、魔法スキルの使用不能。
ナイアーム  力封じ 物理攻撃の威力半減、物理攻撃スキルの使用不能。
スケアクロウ 速封じ 回避と逃走不能、動きが著しく遅くなる。攻撃の命中率低下。
クロズディ  封印解除


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298話 突然の訪問

今回の投稿はこの話ともう1つの作品で1話ずつです。



「カァアーット!!」

 

 秀尽学園の廊下に監督の声が轟く。

 

「葉隠君! イイねぇ! 実にイイよぉ!」

「ありがとうございます」

 

 劇中の名前は“(あかつき)陽炎(かげろう)”。

 

 その1番最初の出番であり、光明院君が演じる転校生の主人公“大空(おおぞら)太陽(たいよう)”がもう1人の主人公である“夜乃(よるの)月人(つきと)”を探して校舎内を駆け回る途中、偶然遭遇して探し人の居場所を教えるシーン。

 

 第1回での登場はこれだけだけれど、次回顔を合わせて改めて主人公たちに自己紹介。

 そこからストーリーの後半まではお助けキャラとして動く流れへと繋がっていく。

 

 そして記念すべき1回目の演技だが、普段から声の大きいらしい監督さんがさらに声を大きくして褒めてくれている。オーラの色にも陰りがないので本当に求められた演技ができたようだ。

 

 と思ったら、

 

「うーん……葉隠君!」

「はい、監督」

「今の演技、とても良かった。だからと言ってはなんだけど、もう少し難しい注文をつけることにするよ」

「どのようにいたしましょうか?」

「後半の君の役割は主人公たちを妨害する黒幕だ。それがストーリーの進行上で発覚するまでは全く違うイメージで、ガラリと印象を変えることを強く意識してほしい。ということで……今の演技に、黒幕とは思えないような“ドジっ子”を加えてくれ! 途中アドリブを入れてもいいから思い切って!」

「ど、ドジっ子……わかりました、やってみます!」

「光明院君はそのまま、アドリブに柔軟に対応してみて!」

「はい!」

「じゃあもう一度! 準備!」

 

 いきなりの無茶ぶり。

 やってみると答えたはいいが、どうするか……遭遇するシーンで転んでみるか。

 しかし転ぶと言ってもわざとらしく見えてしまってはいけない。

 ごく自然に転ぶ……重心把握を逆に利用して、通常安定させる重心を崩す。

 それを走ってきた主人公に遭遇して驚いた瞬間に行う。

 驚く演技自体は取った今褒められたところなので問題ないだろう。

 ただ驚いただけで転ぶというのも大げさすぎる気がするので、何かに足を引っ掛ける?

 手頃なのは、扉の角かな?

 やるなら遠慮せず思い切り転んだ方が自然か……魔術で体を強化しておこう。

 ただし転ぶことに気づいて何もしないのも不自然、ある程度身体を元に戻そうともしよう。

 

「準備はいいね!? 用意! アクション!」

 

 一息入れようと生徒会室の扉を開き、廊下へ出た――

 

「あっ!」

「え、うわっ!?」

 

 ここだ!

 扉の外へ出た瞬間。廊下を駆けてくる主人公を避けようと、とっさに後退。

 だけど慌てたために扉の角に足を引っかけ、支えの足が後ろに出せない。

 しかし上半身は既に後方に倒れかかっている。

 重心を前方へ、しかし倒れる体を安定させるほどではなく、一瞬耐える程度に。

 後は重力に任せて倒れこむ!

 

「うっ! い」

「大丈夫か!?」

「カット! 葉隠君!?」

「頭からいったように見えた」

 

 ……演技なのだが、撮影が中断するほど周囲に心配されてしまった……

 

「無事なら良かった……迫真の演技だけど、今のはもはやただの事故映像だからもうちょっと安全な感じで軽~くやってみよう!」

 

 ご指導いただいた内容を意識して演技を続けたところ。監督からのOKが出た!

 

 演技……まだまだ学ぶべきことは多そうだ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

『お疲れ様でしたー』

 

 本日最後の撮影が終了。

 ここからは現地解散でそれぞれ帰宅することになっているはずだが、なんだか撮影スタッフさんの雰囲気がおかしい。

 

「葉隠様」

 

 近藤さんも急ぎのようだ。

 

「何があったんです?」

「先日の山根マネージャーの件で話を聞きたいと、警察の方が来ています。それだけでなく同行者に“白鐘直斗”と名乗る少年に見える少女がいまして、特に我々とBunny'sの木島様、磯野様、光明院様の話を聞きたいと」

「!! 間違いないのですね」

 

 また4の登場人物が1人……何でこの件に関わってくるかは知らないが、捜査関係だったら出てくることもあるか? 何にしても来ているならば仕方がない。それよりも、

 

「スタッフさんの感情は戸惑いが強いようですが」

「今回の来訪は白鐘様が希望したのでしょう。警察官の付き添いは1人だけだそうで、熱心なファンが警察や探偵を騙ってアイドルと面会を希望しているのではないかという疑いが……彼女はまだそれほど有名ではないようです」

「なるほど」

 

 高校1年でいくつもの事件を解決した名探偵、なら久慈川さんと同じまだ中2の今は?

 当然それほどの実績はないはず。まだ本格的に有名になる前の段階なのだろう。

 

 撮影スタッフとしては部外者や不審者を入れるわけにはいかないし、もうこの時間だ。

 未成年のアイドルたちならこれ以上仕事はないだろうけど、早めに家に返さなくてはならない。

 先日のことでドラマへの影響や出演者のメンタル的にも気になるのかもしれない。

 

 しかし個人的には会ってみたい。それにあの時問題解決に動いていた俺たちを名指しで呼んでいる以上、どこかで何かに気付いたんだろう。

 

 そう話すと、近藤さんも会って話すことに前向きだった。

 

「ちょうど警察との伝手が欲しかったので、良い機会かと」

「そういえばMr.コールドマンは警察にも顔が利きましたね」

 

 アメリカ旅行中、説明のできないことをもみ消していただいたことを思い出して苦笑。

 それからいくつか打ち合わせ、俺たちはそれぞれ動くことにした。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 30分後

 

 ~都内のファミレス~

 

 秀尽学園から退去の時間もあるということで、大多数の聞き取り調査は日を改めて。

 今日はご指名のあった俺たち+タクラプロの久慈川さんと井上さんの7人が質問を受ける。

 そうなるように、近藤さんの話術と俺の魔術で持っていくことに成功。

 

 そして現在、俺たち7人と中学生の白鐘直斗は近場にあったファミレスのパーティー用個室へと場所を移した。

 

 ……ちなみに付き添いの警察官は、白鐘が話を聞けると決まるとすぐに帰ってしまった。

 白鐘が警察の協力者だと証明するまでが自分の仕事だと言っていたけど、それでいいのか?

 

「皆さん、改めましてご協力ありがとうございます」

 

 おっと、白鐘はさっそく聞き取りを始めるようだ。

 

 ……それにしても“白鐘”ってなんか違和感。

 1人の作品ファンとしては下の名前でイメージがついてるからかなぁ……

 

「自己紹介はここまでの道中でさせていただきましたし、アイドルである皆さんのことは聞くに及ばず……早速ですが本題に入らせていただきます。

 皆さんに話していただきたいのは、事件を起こした山根マネージャーについて。事件当時のことが主な質問内容になりますが、Bunny'sの皆さんには彼の普段の態度や生活についても教えていただければと思っています」

 

 ……なるほど。

 

「事件そのものではなく、山根マネージャーが事件を起こすに至る“経緯”が知りたかったわけか」

 

 俺の呟きに対する彼女の反応は、予想以上に鋭かった。

 

「ご明察です。こんな言い方は失礼だと思いますが、ボクは先日の件そのものを調べているわけではありません。捜査上の機密に関わることは話せませんが……山根マネージャーと同様に、突然癇癪を起こして暴れる人の事件の報告がここひと月で10件以上と多発。そのうち2件では犯人が暴れた際に死者まで出ています」

『!!』

 

 個室内の空気が重くなる。

 

「まさか、山根くんと同じような人が他にも?」

「同様の事件が多発している。それは偶然か? 共通する原因があるのか? 調査をして原因を探るのがボクの仕事です。そのために山根マネージャーが事件を起こした当時の話を聞かせていただきたい」

「そりゃいいけど、俺で力になれるか? キレた原因の光や木島プロデューサーならまだわかるけど、俺別にあいつと仲良かったわけでもねーし」

「彼の普段の様子でも、客観的な視点でも、教えてもらいたいことはいくらでもあります。さらにボクが事前情報から事件発生時までの様子を検証したところ、ここにお呼びしたあなたがた5人の動きは他と違いました。

 聞けばそちらの光明院君は山根マネージャーの下で長く体調不良が続いていて、皆さんはそれを保護し、できる限りの治療を施した。そのためにわざわざ外部の葉隠さんたちに協力を要請。……皆さんは山根マネージャーの異変を何かしら察知していたのではないですか? 無自覚かも知れませんが、皆さんが何かにつながる手がかりを持っている可能性は低くない。ボクはそう考えています」

 

 なるほど。

 それで俺たちだけ名指しだったわけか。

 

 納得した。そして同時に隠すつもりもないので、認めて言葉にする。

 

「確かに。山根マネージャーの異常の原因なら、俺たちは知っている」

『!?』

 

 その言葉に驚いたのは、近藤さんと白鐘を除く皆。

 白鐘は冷静に俺を観察しているようだ……そして視線で続きを促してくる。

 

「近藤さん」

「皆様こちらをご覧ください」

「? あ、それ俺のサプリ……山根マネージャーからもらってたやつ」

「山根マネージャーから?」

 

 図らずも光明院君から自分のものであるという証言を得た。

 その上で、近藤さんは磯野からの依頼や実際に目にした山根の態度から違和感を覚えたこと。

 そして調べてみたら、サプリメントに含まれるはずのない薬品が混入されていたことを説明。

 

 それだけでも事件に慣れていない皆は愕然としているようだが……

 さらに山根マネージャーの経歴や愛と叡智の会についての情報も続けて提供していく。

 そうなると流石の白鐘もだんだんと落ち着きがなくなってくる。

 それでもオーラの一部は冷静を保ち続けているので、脳内で情報を精査しているのだろう。

 薬物など外部の刺激で脳に働きかけ、人を操ることは不可能ではないと考えているようだ。

 霊に関しては……何らかの比喩と思っていそう。

 

「我々には大きく分けて2つの信頼できる情報源がございます。1つは超人プロジェクトの最高責任者であり、葉隠様の後援を勤める大富豪Mr.コールドマンの調査チーム」

「そしてもう1つが最近テレビでも噂になっている、俺の超感覚。科学的根拠に乏しいとかオカルトだと言われることもあるけれど、俺にとっては実在する有用な感覚だ」

 

 一番最初を思い返せば、それはだいぶ前の話。

 夏休みが終わり、日本のマスコミが学校に集まり、真っ黒なオーラを纏った鶴亀の記者がいた。

 真っ黒なオーラは悪意。よって記者が所属していた会社を調査チームが警戒し徹底的に調査。

 そこで偶然名前が出ていた“愛と叡智の会”が自動的に警戒対象に入る。

 

「警戒をしているうちに1つ1つは小さなことだったのがどんどん繋がってしまって、気づけばこんなに情報が集まっていた。無駄に高い調査力も考え物だよな」

「そんなことを言っている葉隠様も原因ですがね」

「先輩も近藤さんもどっちもどっちでしょ!」

「なんか刑事ドラマとかスパイ映画みたいでカッケー」

 

 実際そういうことやったしな……磯ッチは地味にいい勘をしている。

 

「……情報と入手するまでの経緯については理解しました。その上で聞かせてください。どうしてボクにこの話を?」

「市民が要請を受けて警察の捜査に協力する。何かおかしなことでも?」

「おかしくはありません。ですが、ここまで情報が揃っているのなら、あなたがたはいつでも警察に通報できたはずです。なのにそれを行わず、中学生探偵という常識的に考えれば怪しいボクには惜しげもなくその情報を晒す。あなた方は何が目的なんですか?」

 

 ここで俺と近藤さんの目が合う。

 ここは慎重に話すべきだろう。

 

「まず俺の立場を明確にしておくと、俺は一人の高校生であって格闘家。そしてその延長で芸能活動をしている。今回知ってしまった情報や愛と叡智の会に対しては、警戒しなければならないと思っているし、憤りを感じる部分もある。

 ……けれどそれを糾弾するのは俺の仕事じゃないし、専門家でもない俺が拙い“探偵ごっこ”をするよりも君のような“本物の探偵”や警察が動くべきだろう。捜査のために協力は惜しまないけれど、その領分を踏み越えるほど暇でも余裕があるわけでもない」

「信用できる相手に偶然手に入れた情報を渡すだけで諸々のことが解決されるなら、その方がこちらも助かるのです。警戒を続けるだけでもそれなりの手間が必要ですので。付け加えるならば我々はこの国では新参者。困った時に民事不介入、などと言わずにお知恵を貸していただける、相談ができる警察への伝手があればなお助かりますが」

「ボクは今回のように捜査協力を願われることもありますが、あくまでも協力員で権限があるわけではありません。伝手としては力不足では?」

「別に無理なお願いをするつもりはありません。誰か相談できる相手がいるというだけで心強いものです。また捜査に必要なのは年齢や性別ではありません。ただ年齢を重ねただけの警察官よりも、確たる知識と熱意を持った白鐘様を我々は高く評価しています」

 

 白鐘のオーラが揺れた。

 どうやら既に年齢と性別へのコンプレックスは育ち始めているようだ。

 それを無視して実力を認める。彼女にとっては嬉しい言葉のはず。

 しかし、それだけに甘言に惑わされまいと思ったのか、警戒の色も強まる。

 

「ありがたいことですね。では次の質問に移ります。次は山根マネージャーの――」

 

 確実にオーラは反応しているものの、警戒心も強い。

 この接触が吉と出るか凶と出るかは分からなかったが……

 

 聞き取り調査が終わった後、最後に一言。

 

「ひとまずお話いただいた情報をボクなりに確認させていただきます。またその結果、疑問があれば連絡させていただきます。他にもそちらでまた何か気づかれた場合には、ここに連絡をお願いします」

 

 そう言って電話番号を置いて帰ったあたり、次のチャンスは残されているようだ。

 

 また今回の件でBunny'sの3人とタクラプロの2人も愛と叡智の会に危機感を抱いたらしく、今後はこれまでよりも情報交換を密に、それとなく注意することで自然と合意した。

 

「!!」

 

 星のコミュ……光明院光との仲が深まった!

 それにより……新スキル“スポットライト”を自動習得した!

 味方を一番最初に行動させる? というスキルのようだ!

 

 さらに運命のコミュへ白鐘直斗が追加された!

 確実に4の登場人物が集まり始めている……

 

 一難去ってまた一難。

 物事が落ち着くどころか、どんどん慌しくなるのは今後も変わりそうにないな……



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299話 貴重な日常

予定外の仕事が立て込んだため、今回は1話で普段より短くなりました。
すみません。


 深夜

 

 ~不良グループのアジト~

 

「ハッ!」

「オラァ!」

「そこだ!」

「やっちまえ!」

「……」

 

 目の前では不良グループの連中が輪になり、その中心で2人ずつ順に試合をしている。

 リングすらない空き地のような中庭で殴りあう2人。

 それを囲んで、檄を飛ばす男達。

 まるで規模の小さい地下闘技場のようだ。

 

 ペルソナの恩恵を受けながら格闘技術の指導を続けて3週間。

 鬼瓦たちも予想以上に真面目に取り組んだため、彼らは急速に実力をつけている。

 しかし……

 

「何か不満そうだな?」

「ああ、鬼瓦か……不満ではないんだが、あいつらの戦い方が変わったな……と思って」

 

 なんと言えばいいのだろうか?

 彼らは最初、何かの格闘技を齧っていたりもしたが、ほとんど我流。

 基礎もガタガタで、喧嘩の経験だけで戦っていたようなものだった。

 そこに俺が基礎から詰め込み直してみた結果、荒かった部分が修正され確実に強くなった。

 しかしそのせいか、元々の喧嘩殺法的な戦い方が格闘家のようになっていると言うか……

 良くも悪くも“お行儀が良くなった”印象を受ける。

 

「一応実践を想定して指導してるし、あっちもいわゆる“卑怯な技”も使うし警戒してるみたいだから問題はないと思うが……」

「ああ……言いたいことはなんとなく分かる。確かにここしばらくでだいぶ雰囲気変わったからな。知ってるか? あいつらこうやって夜に練習するから、酒を控えたり量を減らしたりしてるんだ。あとは体作りで筋トレ代わりに昼間建設現場や引越し業者でバイト始めたり、タバコ吸ってた奴は禁煙し始めたり」

「……マジで?」

 

 知らないうちに不良グループが更生し始めていた件。

 

「何があった」

「金流会がいつ襲ってくるかわからねぇ、ってのもあるが……何かに打ち込むのも悪くないと思ったんだろ。学校の部活みたいなもんさ」

「言ってしまえば抗争の準備なんだが、それがそんなに楽しげなものになるのか?」

「……俺たちに限らずこの辺にいる奴らは、籍があってもまともに学校なんか行ってねぇ奴が多い。まぁ不良なんてそんなもんだし、自業自得だろうけど、行ったら行ったで周りに迷惑がられる。教師から見放されてる奴なんて珍しくもねぇ。

 そうなるまでの事情は人それぞれだが、なんだかんだでアンタはマジで俺らに教えてるからな……懐かしかったり、そもそもこういう経験がないって奴も多いんだろ。単に酒飲んでタバコ吸って、グダグダ駄弁るのは飽きただけかもしれないけどな」

「……そうか」

「ああ、あとはいい加減お前を一回ぶちのめしたいってのも理由の1つだとは思うが」

「残念ながらそれにはまだ実力が足りないな。まあ前よりは多少時間がかかると思うけど、せめてケ・セラ・セラの地下闘技場で連勝するくらいの実力を全員が持たないと」

「普通ならシメるところだが、アンタだからな……実際そのくらいは必要か」

 

 でももうこの中で強い方ならそれなりに勝ち抜けるんじゃないか?

 ……試しに強いほうから10人くらい選んで試合に出させてみようか?

 

「馬鹿言うな。前に教えただろ、あの地下闘技場は金流会の連中が運営してんだって。今の俺らにとっては敵地だぞ? どうしてか動きがないが、懐に入ってきた奴を自由にさせるとは思えねぇ」

「そうか……」

 

 でも動きがなくて警戒だけしてるのもいい加減面倒になってきたし、もうこっちから乗り込んで話をつけた方が早い気も……っと、思考が乱暴になっている。慎もう……

 

 

 その後しばらく鬼瓦やグループのメンバーと会話、そして指導。

 帰宅する前にはまた、僅かにコミュが深まる感覚を覚えた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 12月1日(月)

 

 早朝

 

 ~男子寮・食堂~

 

「……はよー……」

 

 朝食を食べていると、珍しく元気のない宮本がやってきた。

 

「おはよう。どうした?」

「アレ見えるか?」

 

 遠くの掲示板を示される。

 そこには“今日から12月!”と書かれた掲示物が貼ってあり、クリスマスや冬休み目前の楽しげなイベントの数々が羅列されているが……一際大きく書かれているのが“期末試験”。

 

 内容を見る限り、しっかり試験対策をして心置きなくイベントを楽しもう! という趣旨のようだが、暗い顔をして勉強机に向かうイラストや雪のように見えてテスト用紙が舞っているなど、見ていて非常に憂鬱になる……絶対に逆効果だろう。

 

「あれ、誰が書いたんだろうな?」

「気にはなるけどそこじゃないって、試験だよ試験! それに今日から試験前で部活できないんだぜ? だからせめて朝走ろうと思ってたら、今日雨だしさ……」

「相変わらずだな」

 

 宮本はやはり試験がヤバめで部活命のようだ。というかこれまでの感触からして、一度集中したらかなり力を発揮するタイプだし、部活に対する熱意を試験前だけでも勉強に向けられればそこそこの点は取れると思うが……勉強になると急に火がつきにくくなるんだよな……

 

「まぁ今回も試験対策は手伝うから、とりあえず元気だせ」

「おっ、本当か? 仕事は?」

「今月は学業中心。試験前なのもあるけど、年末の試合まで一ヶ月もないからな。仕事も可能な限り減らして、試合に向けた調整をしていくことになってる」

「そっか、試合が近いんだったな。あ! そういえば先週のアフタースクールコーチング見たけどさ! 対戦相手メチャクチャ――」

 

 宮本と一緒に食事をした!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 朝

 

 ~体育館~

 

 期末試験前で勉強に熱が入るかと思いきや、今日の1時限目は体育だ。しかも雨のために使う予定だったグラウンドが使えない。そのため元々体育館を使う予定だった女子にスペースを分けてもらい、バスケの試合を行う。

 

 必然的に“女子が見ている前で試合をする”ということで、勉強に時間を使いたいと体育自体を疎ましく思っているような男子以外は、より女子に良いところを見せるために力を入れていた。

 

「交代! 次はCチーム対Dチーム! 早く準備しろ!」

「おっしゃあ!」

「やったるぜぇ! って、おいCチーム葉隠が入ってるぞ!」

「げっ! マジかよ……」

「組み分けはくじだし仕方ないな……とりあえず、葉隠は俺がマークする。けどもう1人誰か貼りついてくれよ」

 

 ……最近は体育の授業で試合形式の場合、相手側にこういう対応をされる。

 前々から少しずつ増えていたけれど、ヘルスケア24時の放送後から急増。

 その後もテレビで活躍すればするほどに増え、いまや当たり前のように複数にマークされる。

 まさかシャドウのように吹き飛ばすわけにもいかず、それなりに困る。

 ただ、命の危険も無く、平和的なだけありがたい。



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300話 気配

 昼休み

 

 ~生徒会室~

 

 落ち着いて昼食を食べたかったので、生徒会室を使わせてもらう。

 

「こんにちは~」

「あっ、葉隠君! その荷物はお昼だね?」

「テレビでの活躍は良く見ているが、顔を合わせるのは久しぶりな気がするな」

「あまり生徒会に参加できなくて申し訳ないです。席借りますね」

 

 机を見る限り、会長と副会長は食事をしながらも何かを話し合っていた様子がうかがえる。

 相変わらずの忙しさと、それに対応する2人には頭が下がる。

 

「葉隠君も遊んでるわけじゃないんだから、気にしなくていいよ。それより年末の試合! あと1ヶ月ないね!」

清流(しずる)、その言い方は不要なプレッシャーになるんじゃないか?」

「大丈夫ですよ副会長。いまさらその程度で心を乱したりしませんし、どのみち本番に向けて調整をしていきますからね」

「ならいいが……そうだ、食べながらでいいので1つ聞いてもらえないか」

「はい、何でしょう?」

 

 副会長が話題に出したのは、来年の卒業式について。

 

「式自体は先生方とも打ち合わせをする必要があるんだが、生徒の希望が多くあれば、ある程度プログラムを変更して独自性のある式にもできるんだ。実際にやった例はあまり多くないが、今年は清流が思い出に残る式をしたいと言うんでな」

「私や武将の卒業式でもあるからね~。やっぱ最後は楽しく、思い出に残る式がいいじゃない?」

「そういえばお2人も卒業でしたね……」

 

 始めは成り行きだったけど、それなりに関わりを持って思い出もある。

 そしてたった一年でもお世話になった先輩が卒業することに寂しさを感じた。

 俺にできることなら協力したいが……

 

「何をすれば?」

「うむうむ。何も聞かないうちから前向きに検討してくれる後輩を持てて嬉しいよ。

 問題は卒業式で何をするのかなんだけど、卒業証書授与とか絶対に抜かせない行事もあるし式には父兄の方々も来るでしょ? あまり奇抜すぎるのは人を選ぶし、スベるとアレだしさ……ということで万人受けする企画の候補として、“特別な卒業の歌で祝う”っていうのがあってね」

 

 あ、察した。

 

「俺に歌えと。曲も何か用意して」

「話が早くて助かるよ。ぶっちゃけ今人気の葉隠君とのツテありきの企画なんだよね、これ」

「清流が言った理由で色々と制約があってな……候補1つ出すにもなかなか困る」

「さらにそれを実現するためには生徒や教師から賛同を得なければならない。ってなわけで、数少ない候補にして最有力なんだよね」

「なるほど……分かりました、いいですよ」

 

 俺がそう返答すると、2人は目を見開いた。

 

「えっ? いいの? 本当に」

「新しい卒業式ソングにもいくつか心当たりはありますから、近藤さんに連絡してスケジュールの都合をつけてもらえば大丈夫でしょう」

「頼りにしていた我々が言うのもなんだが、新曲の権利関係や出演費用などそちらも色々あるだろう?」

「一言連絡すれば大丈夫だと思いますよ。卒業式は来年の3月ですから、まだスケジュールも埋まってないでしょうし、ネットに流してる歌やステージに関してはある程度自由と決定権をもらってるんで。

 そもそも俺の活動は格闘技がメイン。芸能活動は超人プロジェクトの“広告塔”。というのが基本のスタンスなので、収入が目的じゃないんです。プロジェクトのスポンサーが大富豪ですし、お金よりも名前を売る機会の方が重要と考えているみたいで」

 

 だいたい新曲って全部俺がトキコさんの協力を得て再現してるものだから権利とか今更だし、ステージの目的は売名+エネルギー回収だからね。極端な話、スケジュールさえ合えば全国ツアーを無料でやっても構わないらしい。

 

 以前の学園祭で回収したエネルギーも本部で分析・研究されているらしい。

 エイミーさんの言葉を借りれば、エネルギー科学の革命だとかなんとか。

 将来的に膨大な利益を生む可能性もあって……そういや今どこまで研究が進んでるんだろう?

 

 っと、いけない、思考に没頭するところだった。

 

「とりあえず近藤さんにメールしておきます。細かい話は電話か、今日の夕方に時間があれば学校に来ますからその時に」

「分かった」

「協力に感謝するよ、葉隠君」

 

 その後、昼食を食べた残り時間で片付けられる生徒会の仕事を片付けた!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~部室~

 

「さて、今日から試験期間で部活動はないわけだが……声かけてないのに集まったなぁ」

「いやー、やっぱ俺らも勉強しないとと思ってさー」

「順平、声に感情がこもってないじゃん」

「あはは……」

「ま、順平もそうだけど俺らもうかうかしてられないっつーかさ」

「そう思えるようになっただけでも友近、成長したね」

「結局葉隠君や桐条先輩頼みなのに、岩崎さんは優しいね~」

 

 もはや恒例。

 試験前の勉強会メンバーが自然と集合していた!

 せっかくなので長机と椅子を用意し、勉強できる場所を作りながら皆話している。

 

「ほ、ほら! 葉隠君や桐条先輩を頼りにさせてもらうのは私たちも変わらないし!」

「まぁ、そうなんだけどね~……特に今回は例年より全教科の難易度上げるらしいし」

「そうなのか?」

 

 島田さんに聞いたつもりだったが、深い頷きが1年の全員から帰ってきた。

 

「聞いた話だと、今年は葉隠君に100点取られまくったかららしいよ?」

「100点を阻止するための問題を入れたり、他のも軒並み難しくするとかマジ勘弁って感じ」

「学校の掲示板でも不満が爆発しているみたい。先生たち意地が悪い! って」

 

 島田さん、岳羽さん、山岸さん。

 このメンバーでは情報通な3人が教えてくれる。

 おかげで状況は理解できたが……はたして本当に先生の意地が悪いのだろうか?

 

「どういうことですか? 先輩」

「テストを難しくする理由によっては、先生の意地が悪いとは限らない。……そうだな。天田は学校のテストって何のためにやると思う?」

「それは、成績をつけるためじゃないんですか?」

「間違いじゃない。なら、成績をつけるためにどうしてテストを行う? 順平」

「うえっ!? 俺!? あー……考えたことねーわ……」

「“授業で学んだ内容の理解度を測るため”だな」

 

 おっと。答えが出そうにないからか、桐条先輩が苦笑いを浮かべて代わりに答えてくれた。

 

「さすが桐条先輩。先輩の言った通り、テストは生徒の理解度を測るために行われる」

 

 それが何故かというと、生徒が理解している所、理解していないところをハッキリさせて、理解度を上げるため。さらに何故生徒の理解度を上げるかと言えば、生徒の将来のためだろう。

 

 小学生なら中学。中学生なら高校。高校生なら大学。

 学校の勉強はどんどんと、前段階の内容が次を理解する下地になることが増えていく。

 さらに進学の際には入学受験、大学受験など、人生を左右する試験も存在する。

 

「もちろん受験や勉強が人生の全てとは言わないが、今の時代は“大学くらい出て当然”みたいな風潮もある。いざ試験を受ける段階で理解度が低い、つまり実力不足にならないように、先生方は生徒の理解度を測って、その向上を測るわけだ」

 

 次にテストを難しくする理由だが、簡単すぎるテストでは“生徒の実力が正確に測れないから”。

 

 

「テストの理想は生徒の点数と人数をグラフにした時、きれいな山の形になる事とされていて、0点も100点もない。あるいは少なくて、平均点あたりの人数が最も多くなるように難易度を調整する。

 またその中に様々な難易度の問題を組み合わせることで、生徒がどこまで、本当に理解しているのかを探るんだ」

「うわっ、超面倒臭そう」

「あれ? そうなると兄貴が毎回作ってる問題集もまさか?」

「あれは各単元ごとに問題をまとめて、次にそれで間違えたのを個人ごとにまとめてるだけだからそうでもない。ただ最後の予想問題は同じだな」

 

 和田と新井はとりあえず“すごい労力がかかっていた”と考えたのだろう。

 やや申し訳なさそうに感謝の言葉を告げてきた。

 

「まぁ好きでやってることだから別に、な? それよりここからは推測が入るんだけど、次のテストの難易度を上げる正当性について」

 

 先ほど話した通り、簡単すぎるテストでは意味がない。

 しかしそれはこれまでも同じで、考慮された内容だったはず。

 ならばなぜ突然難易度を上げることになったのか?

 

 それは、もしかしたら俺が原因ではないだろうか?

 実際そういう噂も流れているらしい。

 ただ、俺1人が100点を取っているだけならまだ構わないだろう。

 だが俺は前回、成り行きでクラスの皆にも少し勉強を教えたこともある。

 ネットで勉強動画を公開したり、こうして勉強会を開き予想問題を作ったりしている。

 それにより一夜漬けでもある程度の成績が取れてしまうことを先生方が危惧しているとしたら?

 

「つまり葉隠君が皆に教えたテクニックやヤマで、生徒の実力が正確に測れないかもしれないから、先生たちはテストの難易度を挙げて本当に勉強している人や、正しい理解度を確かめよう、ってことかな?」

「いま山岸さんが言った通りじゃないかと俺も思う。

 正直たかが俺1人のせいでと思わなくもないけど、最近は何かと注目されたり知らずに影響与えてることもあるし……今回は全科目で難易度が上がるんだろ? だったら特定の先生の私怨ではないと思う。だいたい嫌がらせにしては手間がかかりすぎるし」

「そっかぁ~……」

「ふふっ、諦めてしっかり勉強することだな」

 

 桐条先輩は余裕の微笑みで話をまとめた。

 

 ……そういえば何度も勉強動画を出しているが、改めてテストの意義について話したことはなかった。次の題材にいいかもしれない。サブタイトルは……“先生は敵じゃない!”といったところでどうだろうか?

 

 あとで山岸さんに提案するとして……心機一転、 勉強を始めよう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夕方

 

 みんなと勉強を続けていると、

 

「こんにちはー! あ……お邪魔だった?」

 

 なんと部室に目高プロデューサーが訪れた。

 今日もこの後、アフタースクールコーチングの撮影が控えているけれど、まだ時間はあるはず。

 何かあったのだろうか?

 とりあえず応接室に案内して話を聞いてみる。

 

「実は次のサブ課題のことで相談したいことがあってね。相談というよりも、大人の都合でほぼ確認なんだけど……」

 

 サブ課題というと、百人一首やバック転のようなやつか。今度は何だろう?

 

「次はギネス記録繋がりで“1時間で何回懸垂ができるか?”っていうのをやろうとしたんだけど、体力系の課題はこれまでずっとクリアされているし、試合を控えた体に負担になるんじゃないか? ってことで、上からストップがかかってね。

 代わりに頭を使うサブ課題が提案されたんだけど、それが……」

「それが?」

 

 今日のプロデューサーは歯切れが悪い。

 精神面は困惑? そんなに意味不明なのだろうか?

 

「……センター試験、って聞いたことない?」

「それは知っています。というか有名ですし」

 

 センター試験。正式名称は“大学入学者選抜大学入試センター試験”。

 独立行政法人大学入試センターによって行われる、全国共通の大学入試。

 毎年ニュースにもなるし、高校生なら近い未来のこと。

 知っていて当然だろう。

 

「だよね。ならこれも知っていると思うけど、センター試験には模試がある」

「色々な塾でも高校でも、毎年やってますね」

「そうそう、それでその模試を受けると結果が色々出てくるわけだ」

「……なんとなく察した気がしますが、今から模試って受けられるんですか? 申し込みもしてないのに。あと課題達成の基準は?」

「もっともな質問だね。試験はまだ受け入れをしている塾があるらしい。そこの試験日は“12月15日”だから、今週と来週の2週間を試験勉強の期間に当てる。だから今回のサブ課題は1週間じゃなく、2週間でどれだけできるか? ってことになる。

 それで肝心の達成基準。これが僕も引っかかってるんだけど……志望校は日本の最難関とされる“T大”にして、“A判定”を取ることなんだ。おまけに最初の案では全国受験者のランキングも出るから、その中で100位以内に入るって条件もあったんだよね」

 

 ……

 

「目高プロデューサー。俺、高1ですよ」

「分かってる。でも模試は受けられるからって」

「だからって高2・高3がみっちり準備して受ける試験に。それも最難関のT大でA判定? その上で全国ランキング100位以内……申し訳ないですが、提案した人アホじゃないですか?」

「本音を言うと僕もそう思う……葉隠君に期待する気持ちも少しあるんだけど、ここまで難しい内容だと普通はまず不可能だろう? それも期間は2週間。難しい課題を出して成功させた感動、もしくは達成できなかった悔しさ。そういうものが欲しいんだから、あまり露骨に失敗して当然な内容はちょっとアレなんだよね……」

 

 一度大学受験した身だし、今の能力があればいい所まではいけるだろうけど……

 どうやらこの課題については目高プロデューサーも気が進まないようだ。

 

 ……

 

「これ、上からの指示(・・・・・・)なんですよね?」

「うん。根強く交渉を続けるつもりだけど、断るのはかなり難しい。一応葉隠君には学校の試験があるからその勉強もあると、さっきまで近藤さんと会って話して聞いたけど、上の人たちはあまり配慮しないと思う。無茶振りはわりと日常茶飯事だけど、今回は輪をかけて強引なんだよね……」

「ちなみに近藤さんは何と?」

「同じ事を話したら“仕方ありませんね”って。極力変更するよう努力して欲しいとは言っていたけど……あ、あと模試を引き受けている塾の名前とか聞いてたよ。やけに深刻そうな顔をして、それにちょっとあわてた様子で仕事があるとも言ってたな……君にも後の仕事で会うなら僕の方から話して欲しいって言われたし」

 

 なるほど。

 やっぱり近藤さんも俺と同じことを考えたようだ。

 

 “輪をかけて強引な上の指示”

 “センター模試を引き受ける塾”

 

「その塾の名前は?」

「名前はたしか――」

 

 プロデューサーの口から出てきたのは、以前山根マネージャーが勤めていた所と同じ。

 愛と叡智の会が関与している、学習塾グループの名称だった。



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301話 地功拳・練習開始

 ~校舎裏~

 

 気になることはあったものの、それはそれとして仕事もある。

 

 今回のプロフェッショナルコーチングでは、また中国武術基金会の先生が来てくださるらしい。

 

 一体どんな先生なのか、いつものようにカメラの前で先生を呼ぶと……

 

『ヤー!!!!』

「うわっ!?」

 

 突然大勢の男性たち。

 それも頭を剃り、いかにもな衣に身を包んだ僧侶系の方々が一斉に駆け上がってきた!

 しかも彼らはたくさんの道具を持ち込んでいて、そのままパフォーマンスが始まる。

 

 ある人は両手で持ったレンガを頭に叩きつけて割る。

 ある人は重そうなハンマーを勢いよく振り下ろされる。

 そしてまたある人は全身の各所を槍で突かれ、その部位を支えとして高く持ち上げられた。

 

 そして一通りパフォーマンスが終わると、彼らは1人を残して一斉に去っていく……

 

 残されたのは槍で全身を突かれていた男性。

 そんな彼がそっとこちらへ近づいてくる。

 

「はじめまして、私は()です。よろしくお願いします」

「はじめまして、葉隠影虎です。こちらこそよろしくお願いします。呂先生。

 早速ですが、今回教えていただけるのは……」

「私が教えるのは“地功拳”です」

 

 中国語で詳しい説明を聞いてみると……

 

 地功拳(ちこうけん)地躺拳(ちしょうけん)とも言うこの拳法は、高く跳躍したり地面の上を転げまわる・倒れこむなど、非常にアクロバティックかつ変則的な動きを特徴とする中国拳法。映画で有名な酔拳との関係が深い。

 

 地功拳は変則的故に読みづらく、敵を巻き込めば倒れることそのものが強力な攻撃となる。急性硬膜下血腫や内臓破裂、死に繋がる転倒事故が多いことからもその威力は分かるだろう。

 

 またその特徴的な動きが目立って見られるが、他の中国拳法や格闘技と同じく立って戦うことも考慮されている。習得は難しいが非常に有用な拳法であると呂先生は語る。

 

 ただし、

 

『ここまで地功拳のメリットを説明してきたけれど、地面の上に倒れる・転げまわるという行為は修行者の体にも負担をかけ、1つ間違えば大怪我をしてしまう。それを防ぐために地功拳には高度な受身技や呼吸法。骨や皮膚まで鍛える鍛錬法。肉体の防御力を高める様々な技術が伝えられている。

 君は既にかなり鍛えられているとは聞いているけれど、君の対戦相手はかなりのパワーと破壊力を持った巨漢だとも聞いている。地功拳を“正しく”学ぶことは怪我の防止に繋がるし、さらに防御力・耐久力を磨いて試合の役に立てて欲しい』

 

 呂先生から地功拳を学ぶ。

 そして対ウィリアムさんのために防御力を高める特訓が始まった!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~駐車場~

 

「お疲れ様でした」

「近藤さんも、お疲れ様です」

 

 撮影そのものは滞りなく終了。

 解散後、速やかに合流して車に乗り込む。

 

「卒業式の件ですが、生徒会のお2人からも話を聞きまして、正式に引き受けることになりました。今日は大まかな内容と条件のみで、細かい部分は後日詰めるという話になっています。他に緊急の用もできてしまいましたので」

「ありがとうございました。そして緊急の用もあるのに仕事が早い。で、目高プロデューサーの言う上層部について、何か分かりましたか?」

「木島様や井上様に確認したところ、Bunny'sや久慈川様の周囲には今のところ異常なし。ただサブ課題の件はやはり彼らからしても“指示が強引で違和感がある”と。目高様から具体的に今回のサブ課題を立案した人物を教えていただけたので、そこから指示の出所を可能な限り探ります。

 現時点でまだハッキリとした事は言えませんが……私個人の印象としては、愛と叡智の会が関与している可能性は高いかと」

「手口のゴリ押し感というか、妙に大胆というか。光明院君の件と似た印象を覚えますしね……一般人に見えない霊を使えるから、バレないとでも思ってるんでしょうか?」

「確かに霊や呪いは一般的にオカルト扱い。明らかな恐喝や詐欺のような事実がないとすれば法的に裁くのも難しいでしょう。愛と叡智の会は芸能界だけでなく、芸能界と切っても切れないテレビ局、そして出版業界にも手を伸ばしているようですから、そちらの権力もあるのかもしれませんね」

 

 テレビと雑誌、下手をしたらほとんどマスコミ全体に影響力があると言うことになる。

 何があってももみ消せる自信があるのか?

 いや、人を操って実行犯に仕立てられるなら、どんなに捕まっても構わない……?

 

「そういえば、仮に愛と叡智の会が関与していたとして、何が目的なんでしょうか?」

 

 光明院君の件を邪魔したことに気づいているなら、警告かとも思った。

 だが、それでセンター試験を受けさせるなんて、回りくどい上に弱い。

 邪魔をするなと脅しをかけるなら、もっと直接的な手段がいくらでもある。

 それこそ操った第三者にやらせれば手を汚すこともないだろう。

 

 だいたい光明院君の件にしても、彼を追い詰めてどうするつもりだったのか?

 生徒1人分の月謝を増やすためにしては大掛かり過ぎる。

 

 おまけに学習塾の名前を出して警戒させようとしているなら、連中は最低でも“俺たちが山根の経歴や学習塾との関係まで把握している”ということまで把握していることになる。

 

「その可能性は?」

「相手が我々と同じく常識外の力を使う以上、絶対とは言い切れません。しかし情報管理は徹底していますし、調査を担当する人員には定時連絡と定期的な精神鑑定。葉隠様が作った護符の携帯も義務付けてあります。そう簡単にこちらの情報が漏れるとも思えません。光明院君と山根に憑いていた霊の除霊なら、露見している可能性もありますが」

「そうなると注意が必要なのは、勉強を口実にして“塾に誘われた時”。もしくは“塾から誰かが派遣されてきた時”ですかね?」

「それが……私もその可能性を考えて目高プロデューサーに聞いたところ、申し込み手続きは必要情報さえ伝えれば塾の方で処理すると。また、試験当日は問題をスタッフさんが預かり、月光館学園で教室を1つ借りて試験を行うそうで……我々と例の塾が直接関わることはなさそうです」

「直接関わってこない? 人が送り込まれることも?」

「ええ、今のところは。ひとまず警戒を強めて情報を待ちましょう」

 

 そうなると本当に何が目的なんだか……

 緊急用に外見を人や動物にした召喚シャドウでも作っておこうか……

 

「いい案ですね、防犯用にも工作用にも。できますか?」

「霧谷君のおかげで能力が全体的に向上しましたからね。当然シャドウ召喚も強化されているので、テンプレートさえできていればある程度複雑な姿にもできそうです。大量生産しつつ変化もつけるとなると無理が出るでしょうけどね。

 たとえば……黒服に黒サングラス、耳に通信用のイヤフォン。要人警護のSP風で“エージェント”なんてどうでしょう?」

 

 モデルは映画“マトリックス”のエージェント・スミス。

 ほかにパッと思いつくのは映画繋がりで“ターミネーター”とか。

 

 その後、Be Blue Vに着くまで俺たちは緊急用シャドウについて話し合った。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~アクセサリーショップ・Be Blue V~

 

「最初に言っとくと、“幽霊=怖い”っていうのは間違いだ。もちろんヤバイ奴とか迷惑なやつもいるけど、霊の中には守ってくれる“守護霊”や才能を導いてくれる“指導霊”。あとは“背後霊”とかも悪く言われることが多いけど、実は守ってたりもするんだ」

「そうなんだ……」

 

 久慈川さんと合流し、近く行われる心霊ロケに向けての勉強をした!

 棚倉さんの話は霊の種類、主に危険のない霊についての話。

 おかげでまた少し、久慈川さんの恐怖も薄れたらしい。

 

 俺も音楽ではトキコさんにお世話になっている。

 出会いは少々アレだったけど、今日の話は非常に納得できて有意義だった。

 

 !! 直接話したわけじゃないのに……トキコさんとのコミュがちょっと上がった!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 深夜

 

 ~自室~

 

「……」

 

 本部の物質研究者、エイミーさんから送られてきたデータを頭に叩き込み、さらに熟読。

 内容は主に以前サンプルとして送っていた、“古びたランタン”について。

 主成分は鉄。それ以外に含有されている金属、その割合、量、etc……とにかく細かい。

 含まれている物質それぞれについて、専門的な説明も依頼していたため、情報量は膨大だ。

 

 それでもアナライズを活用することで、何とか理解できるようになる。

 これでまた1つ、実験の準備が整った。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス・33F~

 

 黒スーツとサングラスを身に着けた、まったく同じ顔の男たちが道に広がり歩いていく。

 統率された行進の先にいたシャドウは、数の暴力で駆逐される。

 

 対人&身辺警護用シャドウ・“エージェント”

 与えたスキルは警戒、体術の心得、吸魂、変声の4つ。

 影時間だけなら邪気の左手も与えられたけれど、日中行動可能にするとこの4つが限界。

 できればさらに召喚も加えて、エネルギー吸収からのエージェント召喚。

 その繰り返しで映画の100人スミスを見たかったのだけれど、まだ実現には遠い。

 体術の心得や吸魂は1つのスキルで実質2つ分。能力が向上していてもコストが重かった。

 しかし体術の心得だけでも、この階層のシャドウを倒せるので護衛として問題ないだろう。

 

 さて、もうそろそろ……

 

「古びたランタンは集まった。エントランスに戻ろう」

『Sir,Yes,Sir』

 

 シャドウを集めてエントランスへ移動する。

 

 ちなみに変声スキルをシャドウに与えると、命令すれば言葉を話させることができるらしい。

 会話はできないが、変声スキルにそんな効果があると今日はじめて知った。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~エントランス~

 

「材料の古びたランタン、よし。魔法陣、じゃなくて錬成陣(・・・)にも間違い……なし!」

 

 事前に描いた錬成陣の中央へ古びたランタンを1つ置く。

 

 今日の実験は、“鋼の錬金術師”の錬金術をルーン魔術で再現すること。

 これは先日ドッペルゲンガーからもたらされた可能性の1つ。

 

 錬金術の工程は理解(Understanding)・分解(Disassembly)・再構築(Rebuilding)だ。

 ルーンに置き換えた3つの要素を円の中に描いた正三角形の頂点へ配置。

 中心に据えるのは変化(エオー)を意味するルーン。

 

 サンプルを分析したデータ、叩き込んだ知識を基にして。

 質量保存の法則に基づいて、複雑な計算もアナライズを活用してクリア。

 分解(錬成の始まり)から再構築(終わり)までの構築式を記載。

 ルーンの力で式を実行すれば?

 

 ……手順を確認し、成功を思い浮かべて、錬成陣へそっと魔力を流す。

 

 すると、

 

「……」

 

 魔力を込めて数秒後。

 アニメで見たような輝きは無かった。

 しかし、サラリ……と微かな音をたててランタンが崩れる。

 まるで最初から砂でできていたように、微細な粒子へ変化(・・)したランタン。

 それは再び中心へと集まり、やがて3膳の箸へと変化した!

 

「っし! 成功!」

 

 陣の上には金属製の箸が3膳と、散らばる微細な粒子。

 今回の構築式で使ったのはランタンの鉄の部分だ。

 ランタンを構成していた材質のうち、一般的な鉄以外の部分はそのままなのだろう。

 

「とりあえず形状変化には成功、と。サンプルとして送らなきゃ」

 

 複数の物質から何かを合成することはまた別として……少なくとも金属加工ができた。

 アクセサリー作り、ひいてはアイテム作りの役に立ちそうだ!




影虎は地功拳を学ぶ事になった!
サブ課題への違和感が強まった!
トキコさんとのコミュが上がった!
影虎は古びたランタンを始めとした物質の勉強をした!
影虎は新たな召喚シャドウ“エージェント”を作り上げた!
影虎は新たに“錬金術(金属加工・形状変化)”が使えるようになった!


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302話 近況報告

 12月2日(火)

 

 朝

 

 ~職員室前~ 

 

 入り口のドアに、

 

 “試験前のため生徒の入室制限中”

 “用のある生徒は扉を開けてその場から声をかけること”

 

 という札がかけられている。

 

「失礼します。宮原先生はいらっしゃいますか?」

「ん~? 誰かと思えば1年の葉隠じゃないか。宮原先生だね? ちょっと待ってな」

 

 化学の大西先生。

 メガネを拭いていたようで、一瞬誰だか分からなかった。

 

 しばらく待つと、先生が戻ってくるが……宮原先生の姿はない。

 

「悪いけど宮原先生はどこか行ってるみたいだ」

「そうでしたか」

「伝言ですむ用件なら伝えておくよ?」

 

 どうしようか……

 

「少し長くなってしまいますが、大丈夫ですか?」

「授業までに終わるならいいよ。今は手が空いているからね」

 

 ありがたいお言葉をいただけたので、簡潔に昨日のサブ課題について説明。

 

「1年生に志望校T大でセンター模試A判定とは、また無茶な課題を出されたもんだね」

 

 大西先生は驚きを通り越して呆れた様子だが、無理もない。

 職業柄、毎年苦労している多くの生徒を見ているのだろう。

 

「みっちり勉強した2,3年生でも、泣く泣く志望校を変えざるを得ない時もある。それを2週間でなんて、ハッキリ言って無謀だよ。無謀」

「難しいことは重々承知しています。しかし、与えられた以上は全力で取り組むしかないので。少しでも可能性を高めるために、先生方のお力を貸していただければと」

「芸能人ってのも難儀だねぇ……まぁいいけど、具体的に何をしてほしいんだい?」

「情報を」

 

 課題達成のために、俺はいったい何をすべきなのか?

 もちろん勉強ではあるが、俺には2週間しか時間がない。

 より効率的に、無駄を省いて勉強するしかない。

 そのためには試験のポイントや対策をよく知らなくてはならない。

 そして毎年生徒を送り出している学校には、長年蓄積したデータがあるはずだ。

 

「月光館学園が2,3年生用に用意しているセンター試験対策、T大入試に関する情報を。あとは2,3年生用の教科書や資料集も予備があれば貸していただけると助かります」

「堅実かつ王道だね。分かった。とりあえず宮原先生には伝えとくし、他の先生方にも声をかけてみるよ。……教えていいんだよね?」

「はい。今回のサブ課題は外部に秘密にしなくても良いことになっていますから」

 

 先生方に協力を求めるのはもちろん。

 上級生に協力を求めてもいいし、同級生に事情を話し邪魔をしないよう頼むというのもアリ。

 とにかく勉強して結果を出すことを目指せということらしい。

 目高プロデューサーも話していたが、テレビとしての面白さを度外視している気がする。

 

 企画なのに……とは思うが、ルールがそうなら俺は自由に最大効率を求めるだけだ。

 

「じゃあ伝えとくよ。それから教科書や資料集は図書室に全教科全学年分あるはずだから、そっちで借りるといいよ」

「ありがとうございます! よろしくお願いします」

 

 お礼を伝えて、教室へ戻る。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼休み

 

 ~図書室~

 

 静かに利用するのが常識だと思うが、図書室は思いのほか騒がしかった。

 もちろん大声で叫ぶような人はいない。

 しかし試験前のため利用者が多く、本をめくる音や椅子の音といった些細な音も多くなる。

 そして何よりも……

 

「ねぇ見て、あの子」

「あの子って、1年の葉隠君だよね?」

「そうだけど、持ってる教科書も見て」

「教科書? ……あれ? 何で私らと同じ2年の教科書読んでるの? 積み上げてる方には3年の教科書もあるし。つか読むの速っ、アレ頭に入ってるの?」

「それがさー、聞いた話だと……」

「……うっそ、1年でセンター模試?」

「らしいよ。将来のために1年で受ける子は他にもいるらしいけど、葉隠君は企画で、しかも準備期間がたった2週間なんだって」

「うっわ、かわいそ~……つか試験期間と丸かぶりじゃん、勉強できんの?」

「次の試験はもう余裕としても、あたしなら絶対嫌だわ」

 

 このように、俺のサブ課題の件が早くも広まっていて、小声で噂されている。

 あまり居心地の良い空間ではないので、早く記憶して話しかけられる前に立ち去ろう。

 

 それからさらに集中し、2,3年の教科書と資料集を一気に記憶した。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~部室~

 

 昨日と同じく、勉強会メンバーが全員集合。

 もう聞いているとは思うが、改めて皆にはサブ課題の件を説明しておく。

 

「――というわけだ」

「噂は聞いてたし、もう散々言われたと思うけど、大変だね。そうとしか言葉が出ないよ」

 

 島田さんの言葉に皆も同意している。

 

「正直俺も色々と思うことはあるんだけど、テレビ局のお偉いさんの指示らしくてな……断ると最悪の場合、俺は良くてもお世話になってるプロデューサーが“干される”なんてことにもなりかねないらしい」

「うへぇ……」

「権力者による横暴か……ままあること、とも言えるが……私も気をつけねばな……」

「学校の試験勉強と平行してセンター模試対策もやっていくんで、皆にもご協力お願いします。

 あと、今度そのお世話になってるプロデューサーが勉強会の様子を撮りたいって言ってるんだけど、皆はカメラNGだったりする? ダメならダメで気軽に言ってほしい。まだ最低でも数日は先のことだから、スケジュール調整もできるし」

「つーか、俺ら世話になってて大丈夫なのか……?」

「今更だろう。いや、せっかくだから何か奢ってもらうか」

「そのくらいなら全然いいぜ! ……常識的な範囲でな」

「順平、なんかセコい」

「ゆかりっち酷い! てか影虎の食事量考えたら仕方ないじゃん!」

 

 相変わらずの順平から笑いが広がり、暗い話題が払拭される。

 しばらく笑って、皆と勉強を行った。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夕方

 

 ~校舎裏~

 

『話には聞いていたが……』

 

 呂先生による地功拳の指導は、彼の予想をはるかに超えてスムーズに進んでいる。

 

 俺の感想としてはアクロバティックな動きの格闘技はカポエイラで慣れていた。

 肉体の耐久力は空手の鍛錬に似たようなものを感じた。

 加えてこれまでの経験だろうか?

 初めての拳法なのに、驚くほどに体に染み込んでいくように感じる……

 

 地功拳の基本動作と基礎鍛錬を習得した!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~ポロニアンモール~

 

 Be Blue Vでの心霊ロケに向けた勉強会の帰り道。

 今日は仕事の都合で久慈川さんが不参加。

 それを見た岳羽さんから珍しく、途中まで一緒に帰ろうと声をかけられた。

 

 どうやら何か話したいことがあったらしいが……

 

「お邪魔をしたようで、申し訳ありません」

「お邪魔とか別にそんな。人に聞かれて困るような事とか、これっぽっちもないですから」

 

 先日のサブ課題の件を警戒して、なるべく単独行動は避ける。

 ということで、今夜は近藤さんが迎えに来ていた。

 

「申し訳ないですが、見失わない程度に少し距離を置いてもらえますか」

「ちょ、何言ってんの葉隠君」

「かしこまりました」

 

 近藤さんは俺の意図を察して、少し離れて後をついてきてくれる。

 さらに盗聴防止の魔術を使用。

 

「近藤さんはプライベートにちゃんと配慮してくださるから。それより影時間に関する話でしょう?」

「あ、うん、やっぱ分かる?」

「少なくともデートとか色気のある話で声をかけられる覚えはないからね」

「あたりまえだっつーの」

「だとしたら影時間の話しかない。で、何があった?」

 

 改めて聞くと、彼女はため息を吐いて簡潔に話した。

 

「先週から影時間を感じるようになったのと、昨日は巌戸台分寮への引越しが終わって、桐条先輩から私専用の召喚器を渡された」

「へぇ……銃の形で怖いと思うけど、使ってみたか?」

「使ってみた。やっぱ怖かったけど、事前に教えてもらってたからなんとかね。てか、逆に教えてもらってなかったらまだ無理だったかも……桐条先輩から事前にその辺の説明なかったからさ。もう少し情報共有しろっての」

「ははは……」

 

 桐条先輩の秘密主義には不満があるようだけれど、愚痴ばかりでは時間がなくなる。

 結局ペルソナは召喚できたんだろうか?

 

「そうだった。召喚は成功で、葉隠君の言った通り“イオ”だったよ。能力も弱点も、全部情報通り。先輩たちには褒められた。初日で成功させたし、回復が得意なタイプは心強いって。あとは攻撃魔法も2人とは違う属性だから、戦略の幅が広がるって」

「戦略以前にまだ人が少ないと思うけど、それでも1人増えただけマシか」

「人数の少なさについては、うん。先輩たちもぼやいてた。先輩たちの目的はやっぱりタルタロスの攻略だけど、まだ危ないから行かない。せめてシンジが戻ってきてくれれば……だって。荒垣さんもペルソナ使いだったらしいね」

「ペルソナの名前は“カストール”。物理に特化したパワータイプのペルソナだ。味方なら心強いぞ」

「情報持ってたんだ」

「それなりには。心配しなくても仲間はじきに揃うから、岳羽さんは仲間についてあまり聞かない方がいいと思う。知りすぎていると逆に怪しまれるかもしれない。そもそもまだあちらが把握すらしてない人もいるから」

「なるほどね。了解。あとは……そうそう、真田先輩が今日から影時間に強化訓練やるみたい」

 

 強化訓練?

 真田は元々影時間にランニングとかトレーニングをしていたはずだけど、それとは別に?

 

「ほら、影時間って普段より疲れるじゃない?」

「そうらしいな」

「そんな環境でさらに戦闘もとなると、もっと体力の消耗が激しくなる。だからそれに耐えて戦えるようにって事みたい。ただ結局のところやる事は普通のトレーニング。っていうか機械とか止まっちゃうからそれしかできないらしいけど。……最近の状況はこんな感じ。また何かあったら教えるよ」

「情報ありがとう。代わりに何か知りたい情報はあるか?」

「回復魔法について教えてもらえる? 先輩たちに期待されてるし、自分の得意分野みたいだし、何より安全のために知っておきたいの」

「了解。入手しやすい回復アイテムもあるから、それも併せて教えよう」

 

 岳羽さんと情報交換をした!




影虎は教職員に協力を求めた!
影虎のサブ課題が噂になった!
影虎は全学年の教科書・資料集を暗記した!
影虎は勉強した!
影虎は地功拳の基礎を習得した!
影虎は岳羽と情報交換を行った!


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303話 宣戦布告

 深夜

 

 ~廃ビル~

 

『ハッ! フンッ!』

 

 ドッペルゲンガーで顔を変え、不良に戦闘技術を叩き込んでいると、

 

「ヒソカ。ちょっといいか?」

「鬼瓦か。どうした?」

「金流会に動きがあったらしい。つっても俺らとは関係なさそうな話だが。おい」

「ウッス!」

 

 鬼瓦に呼ばれ、後ろに控えていた男が出てくる。

 確か、元はクレイジースタッブスのメンバーだった奴だ。

 所属チームがこちらに喧嘩を吹っかけて、実質吸収されて、それでも今は元気にやっている。

 上下関係はみっちり叩き込まれたらしいけど……まぁそれは置いておいて、

 

「情報を持ってきたのか?」

「ウッス。酒場で飲んでた奴が女相手に話してたんですけど、今度――」

「――何だと?」

 

 一瞬、耳を疑った。

 

「もう一度言ってくれ」

「う、ウス! “葉隠影虎”を襲う! 今テレビやなんやらで有名な奴をぶっ潰してやる。そう息巻いてる奴がいました……」

 

 このタイミングでの襲撃計画……愛と叡智の会との関係を疑ってしまう。

 しかし安易に暴力に訴えるのなら、あのサブ課題は何だったのか? 単なる偶然?

 だとしてもヒソカ(裏の顔)ならまだしも、葉隠影虎(表の顔)が狙われる理由が分からない。

 

「おい、ヒソカ? どうした急に」

「ああ……すまない。しかし金流会が葉隠君をねぇ……実を言うと、狙ってたんだよねぇ……ほら、彼って強いらしいし? それに年末に向けてさらに特訓してるってテレビでやってるから、限界まで強くなってくれるまで待とうと思って、今まで手出しせずにいたんだけど……」

 

 戦闘狂として有名になっているヒソカ(この顔)の性格を前面に押し出してごまかす。

 

「そういうことかよ。急にキレるから何かと思ったら」

「いやいや……これは見逃せないね。せっかく、もっと強くなる事を期待して、手出しを我慢しているのに。それにその時が来たらスムーズに戦えるように、彼が働いてるお店に行ったり、道端で偶然を装って声をかけたりして顔見知り程度にはなっておいたのに。手出しを我慢して」

「……俺はお前が怖くなってきた」

「前々からヤベェとは思ってたけどマジヤベェ……」

「あいつ探偵つってたけど、本当はストーカーじゃね?」

「半端に強そうで興味を引くとああなるのか……」

「変態かよ」

「俺、雑魚でよかった……」

「葉隠って奴に同情するわ。あんなのに狙われたくねぇよ」

「つーか、何だあの雰囲気。喧嘩で負けたら掘られそうな――」

「ん?」

『ヒィッ!』

 

 おっと、どうやら演技が過剰すぎたようだ。

 妙な事を言っていた連中に目を向けると、一斉に激しい練習を始める。

 

「……まぁいいか。で、襲撃の詳細は分かるか? いつどこで狙うとか、そもそも何で葉隠君を狙うとか」

「ああ……襲撃は明日、水曜と土曜にシフト入ってる日が多いって調べがついてるみたいで、バイト先からの帰り道を襲うとか何とか。具体的にどこ、っていうのは、すんません……」

「いや、そこまで分かれば十分だ。彼の帰宅ルートは把握しているから、その道中で襲撃しやすいポイントを考えればある程度予測できる」

 

 色々と分からない事はある。

 しかし愛と叡智の会と関連があろうとなかろうと、襲ってくるつもりなら対処が必要だ。

 

「手、出す気か? 連中の仕事を邪魔したとなると向こうは黙っちゃいられないぜ」

「……別にいいんじゃない? 前、助っ人に来た彼らと喧嘩したけど、あんまり面白い相手もいなかったし。あっちもそれっきり音沙汰ないし。このままだとうやむやなまま時間が過ぎそうだし……ここは1つ、この機会に問題を片付けるのも良くない?」

 

 鬼瓦は数秒考える様子を見せたが、やがて深く頷いた、

 

「分かった。金流会とケリをつけようぜ」

「いいのかい? そんなにあっさり決めて」

「ハッ! 俺らは連中に対抗するために訓練してんだろうが。今やらなくてもいつか来る日の事だろ。それが少しばかり早まったからって、逃げるような腰抜けは俺らの中にはいねぇよ。――聞いてたよなァ! 野郎共!!」

『オオオッ!!!』

 

 周囲から野太い声が上がり、視界のいたるところで真っ赤なオーラが立ち上る。

 突然の決定にも関わらず、誰も異論は無いようだ。

 

「ってことだ。俺らの頭はお前だし、やりたいようにやれよ」

「!!」

 

 不良たちの結束と、共に戦う強い意志を感じる!!

 

 不良グループとのコミュが上がった!!

 それに伴い新たなスキルを覚え……そうになったが覚えなかった。

 あと一歩、という感じなので、近々何か身に着きそうな気がする!

 

 それからは対金流会のための会議を開き、意見を交換した……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 12月3日(水)

 

 午前1時

 

 ~自室~

 

「はい。ええ、やっぱり敵意は1点に集めて――はい、後処理は――」

 

 近藤さんに連絡を取り、金流会と不良グループの動きを報告。

 あちらでも対応に協力してもらうと同時に、今後の動きを相談した!

 

 さらに眠くなるまで勉強会用の問題作りを行った!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~部室~

 

 先生方からいただいたセンター試験の出題傾向。

 そして近藤さんが調べた情報によると、センター試験は高校1,2年で習う内容が大半。

 特に英語・数学・国語に関してはほとんど1,2年の学習範囲で解ける問題が出題されるとのことだ。

 

 今の俺は高校1年。

 今習っている内容がまさに、センター試験やその模試の出題範囲の半分に該当する。

 これから2年以降の内容も学んでいくためにも、まずは下地を作らなければ。

 模試までには範囲の内容をすべて学び直し、何週も復習が必要なのだ。

 のんびりしている暇はない。

 

 センター模試の対策と基礎固めを兼ねて、じっくりと1年の復習を行った!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夕方

 

 ~校舎裏~

 

『昨日の段階で君の体がしっかりと鍛えられていることが十分に分かった。なので今日からはさらに難易度を上げて“鉄頭功”を教えようと思う』

 

 呂先生はそう言うと、実演として自分自身の頭にレンガをたたき付けて割った。

 

『これは頭を強く鍛える方法であると同時に、体内の気を用いて高い防御力を得る方法を学ぶ事ができる。強靭に鍛えた肉体を持って、この技法を応用すれば、腕であろうと体であろうと、致命的な急所である金的にであろうと攻撃を受けても耐えることが可能になる。たとえそれが鋭い槍の一突きであってもだ』

 

 地功拳、そして鉄頭功の練習を行った!!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~アクセサリーショップ・Be Blue V~

 

 バイトとして働き、近藤さんと合流。

 さらに久慈川さんと井上さんも合流し、霊に関する勉強を行った!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 バイト後

 

 ~ポロニアンモール~

 

「それじゃ先輩、また明日ね!」

「ああ、また明日。井上さんも、よろしくお願いします(・・・・・・・・・・)

「うん……気をつけて(・・・・・)ね」

 

 井上さんには近藤さんを通して、つい先ほど俺に襲撃予告があったと伝えた。

 悪戯かもしれないが、念のために俺とは分かれて、タクシーで帰ってほしいと。

 

 井上さんは指示に従ってくれた。

 久慈川りせのマネージャーとして、彼女の安全を第一に。

 2人は最寄りの車道まで呼んだタクシーに乗り込み、夜の街に消えていく……

 

「行きましょうか」

「はい……あっ、すみません。ちょっと忘れ物が」

 

 背中に視線を感じつつ一度店に戻り、改めて光源の少ない夜道へと歩き始める。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ポロニアンモールから寮までの道のりにある、小さな児童公園。

 子供に危険だという理由で昨今なにかと撤去されがちな遊具が豊富で、木々や緑も多い。

 昼間は子供の集まる綺麗な公園だが、夜には人気がない。

 そして木々や遊具が襲撃者に都合のよい死角を作ってしまう絶好の襲撃ポイント。

 他にも候補はあったが、そこが一番狙いやすいポイントだと予想していた。

 

 そして実際、その公園の入り口前を通り過ぎようとした時。

 どうやら前情報と予想は正しかったようだ。

 

 進行方向の先に停まっていた車から、覆面を着けてバットや鉄パイプを持つ男たちが出てくる。

 明らかに危険と分かる集団を目にすれば、当然足を止めるか逃げようとするだろう。

 その退路を塞ぐように背後の交差点に1台の車が走りこむ。

 そして出てくる。同じ格好の男たち。

 前後を挟まれ、とっさに空いていた公園の入り口へ駆け込めば――待ち構えていた別働隊。もはや袋の鼠。覆面の下でほくそ笑む男たちに囲まれて、俺と近藤さんは絶体絶命!

 

 ――誰かが見ればきっとそう思うだろう。

 でも事前に罠と分かっていたんだから、無策で嵌まってやるわけないよね?

 

「貴方たち、何者ですか!?」

 

 不意を打たれたような演技をする近藤さんは、襲撃者から俺をかばうように前へ出る。

 ただし、それは俺の姿をした(・・・・・・)シャドウ。

 本物は普段通りヒソカの顔で、能力で姿を消して傍から様子を見ている。

 

 似せたシャドウを作れば自分が囮になる必要はないし、本当なら近藤さんもシャドウにしたかった。しかし召喚シャドウは変声スキルを与えても会話まではできないし、演技もできない。そこで不審に思われるのをカバーするため、近藤さんは本物のまま罠にはまったふりをしている。

 

 おかげで奴らは前回より少ない18人でも、自分たちの勝利を疑っていないようだ。

 

 あの連中はいいとして……問題、というか本命(・・)はあっちか。

 

 俺の潜む木陰のほぼ対面の木陰。

 低い柵で区切られ、本来は人が入らないであろう場所。

 公園の外灯の光も満足に届かない暗がりに、大きなカメラを構える男の姿を発見した。

 

 そのカメラで何を撮る気なのか? 撮った写真をどうするつもりなのか?

 逃がすと面倒になりそうだし、最優先で仕留めよう。

 

「俺たちが何者か? 教えるわけねーだろ」

「馬鹿じゃねーの?」

「あ、でもそのガキを差し出せばアンタは助けてやってもいいぜ? あと有り金置いてけや」

「できるわけがない!」

「おーおー、カッコイイっすなぁ~。でもそれならそれで、アンタも殺して奪うまでだぜ?」

「俺らだって余計な仕事はしたくねーし、おとなしく従っとけば良か――」

「うわぁあああべしっ!?」

「――っ、んだぁ!?」

「誰だこいつ、急に飛んできやがって……」

「いや、普通人が吹っ飛ぶかよ」

 

 投げ飛ばしたカメラマンが良い具合に連中の注目を集めてくれた。

 ここで満を持して登場。しっかりとキメよう。

 

「やぁやぁ。大勢集まって、何か楽しそうなことをしているね」

「げっ!?」

「ヒ、ヒソカ!?」

「ヒィイイイィッ!!!!」

「おい! 馬鹿、しっかりしろ!」

 

 …………金流会相手ならシャドウよりこの顔を見せた方が抑止力になるとは思っていた。

 しかしながら、悲鳴を上げて蹲る奴までいるとは思わなかった。

 あれ、よく見たら正気を失って暴れまくった時に参加してた奴か?

 変なトラウマ植えつけてたのかな。

 

 まあいいや。とりあえず一番近い襲撃者と、俺の身代わりシャドウへ攻撃。

 すると近かった奴はモロに受けて倒れ、シャドウはしっかりと防御した。

 

「チッ! 使えねぇ」

「つーか向こうも襲ったぞ! 助けに来たわけじゃねぇのか?」

「マジで何しに来やがった!」

「ん? 実は僕、前々から彼と戦いたいと思ってたんだ」

「……」

「でも今は特訓中だって話だったし、どうせなら限界まで強くなってからの方が面白いと思ってさ。様子を見ながら彼が熟すのを待ってたんだ……なのに君たちが今日葉隠君を襲うって話を聞いてね。獲物の横取りはイケナイなぁ」

「……噂通りイカレた奴だな、おい……こっちは仕事でやってんだ、邪魔すんじゃねぇ! 覚悟できてんだろうなァ!?」

 

 その言葉を待っていた!

 

「だから今日は宣戦布告に来たよ。最後の確認もしたし。やっぱり君たちより葉隠君の方が楽しめそうだから、君たちはもうイラナイね」

『!!』

 

 笑顔とは、本来相手を威嚇する攻撃的なものであるという……

 全力の笑顔で煽ってやると、いまや金流会の襲撃者の注意はすべて俺に集まっていた。

 そして同時に、体の内にまた新たな力を感じる。

 

 どうやら宣戦布告をしたことで、また不良グループとのコミュが上がったらしい。

 習得したスキルはそのまんま、“宣戦布告”と“ヘイトイーター”。

 宣戦布告は敵単体・全体を“激怒”させるスキル。

 ヘイトイーターは自分の防御力を高め、敵意を集めて自分に攻撃を集中させるスキル。

 宣戦布告して挑発すればスキルじゃなくてもそうなる気がするが……おっと。

 

『ザッケンナコラー!!!』

『ッコロスゾオラー!!!』

 

 既に効果が発動していたのか、連中が一斉に俺1人へと襲い掛かってきた!

 しかも頭に血が上って正気を失っているのか、連中の言葉が怪しい。

 言語能力にまでスキルの影響が出るのだろうか……

 

『葉隠様、また後ほど』

 

 魔術による連絡。

 近藤さんと身代わりシャドウは、今の隙に脱出したようだ。

 戦っていないし、証拠も撮られていない。

 これで万が一事件が発覚しても問題なく“被害者”で通せるだろう。

 襲撃は無事に切り抜けたと考えて……後はこいつらだ。

 

 せっかくなので迷惑料+怒りを全部こちらに向けてもらうため、襲い来る金流会の連中を適当におちょくってさらに怒らせた後、適当にボコボコにして情報を吐かせる。

 

 それにより、ある意味予想通りではあるが、この襲撃が何者かの依頼で行われたと判明。

 しかし残念ながら、実行犯の連中は依頼者の情報を持っていなかった。

 やはり情報を得るにはもっと上を尋問したほうが早いだろう。

 

 とはいえまだまだやるべきことは山積み。

 さっさと次の処理に行かないと……

 

 つーか今年に入ってから面倒事や厄介事が多すぎる気がする。

 表の仕事もそれはそれで山積み。

 なまじ体力とか諸々が強化されているからか、倒れる事もない。

 次から次へと、ひたすらに忙しい。

 

 だがそれももう少しだ。

 年末の試合が終わったらしっかり休養をとるという話になっている。

 だから今のうちにこの問題は片付けて、年末年始はしっかり休もう。

 

 ……休めるよね?




影虎は不良グループから襲撃の情報を得た!
不良グループと全面戦争を仕掛ける事が決まった!
影虎は逆に襲撃者を罠にかけた!
影虎は不良グループとのコミュが上がった!
“宣戦布告”を習得した!
“ヘイトイーター”を習得した!
襲撃実行犯からは情報が得られなかった……
影虎はまだなにかやるようだ……


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304話 ツンデレ

 12月4日(木)

 

 放課後

 

 ~部室~ 

 

「葉隠、聞きたい事がある」

 

 金流会の襲撃から一夜明けて、放課後の勉強会。

 少し遅れてやってきた桐条先輩は、開口一番に説明を求めてくる。

 おかげで他の皆は一様に戸惑っている。

 

「昨夜の件だ。君は帰宅中、不良集団に襲われただろう」

「えっ!?」

「葉隠君、それどういうこと!?」

「落ち着いてくれ。皆も、桐条先輩も」

 

 桐条先輩が話を聞きつけることは想定の範囲内。

 まず間違いなく荒垣先輩から聞いたのだろう。

 荒垣先輩なら裏路地の不良事情にも通じているし、話を聞けば桐条先輩に一報入れるはず。

 金流会の襲撃と、(ヒソカ)がそれを邪魔したことは既に広まっている。

 そうして奴らのメンツを潰すように、鬼瓦たちが動いているのだ。

 

「正直俺も何がなんだかよく分かってないんですよ。一方的に襲われて、しかも襲撃されてるところに乱入してきた人もいて、勝手に場が混乱してる隙に脱出してそれっきりなもんで……むしろ警察にしか話してない襲撃のことをなんで先輩が知ってるんですか?」

 

 この度の襲撃について、葉隠影虎は“ただの被害者”という立場を貫く。

 

「荒垣から聞いた。……そうか。確かに襲われた君を問い詰めても仕方のない事だったな」

「俺を心配しての事だと思うので、それはまったく気にしてません。それよりも何か知っていることがあれば、今後のためにも教えていただきたいのですが」

 

 彼女がどの辺りまで状況を把握しているのかを知っておきたい。

 自分のオーラを観察し、本心を隠し、もっともな理由をつけて問いかける。

 

 すると彼女は少し考える素振りを見せて、

 

「君を襲ったのは金流会というこの辺りの不良の間では有名なグループ。そして君の言う乱入者も最近、不良の間で有名になっている人物らしい。荒垣が言うには両者共に、この界隈ではトップクラスの危険度だと」

「うぇっ!? マジすか? この界隈っていうと、駅前広場はずれとかの不良も含めて?」

 

 驚きを隠さない順平の言葉に、桐条先輩は静かに頷く。

 

「マジかよ……影虎、なんでそんな連中に狙われてんだよ」

「そんなの俺が聞きたい。でも、襲われた場所によく分からないカメラマンもいた。きっとスクープ狙いか何かだとは思う。幸い喧嘩になる前に乱入してきた人が片付けてくれたから、変な写真は撮られずに済んだと思うけど」

「正当防衛としても、誰かを殴っている写真が出回れば少なからずマイナスイメージになるだろう。合成写真と記事の内容で捏造記事も作れるからな。ちなみに金流会は他人の喧嘩や復讐も請け負う、いわば“何でも屋”だという話だ」

「それって……お金をもらって葉隠君を襲ったのかも、ってことですか!?」

「最っ低な奴らですね。お金のために平気で人を傷つけるなんて」

 

 山岸さんや岳羽さんを筆頭に、女子が憤っている。

 対する男子は俺に同情的。友近と宮本は、

 

「うわぁ……芸能界の闇っつーの? そういうの見た気分」

「……何て言えばいいのかわからねぇ……」

 

 とつぶやいているのが聞こえる。

 

「ところで乱入してきた人に関しては何か知りませんか? 先ほど有名と言っていましたが」

「ああ……そちらは“ヒソカ”と名乗る外国人風の男だな。ここ数ヶ月の間に金流会とはまた違う不良グループのリーダーの座に収まり、金流会とは元々グループ同士の敵対関係にあったらしい。フラリと路地裏に現れては気ままに喧嘩を売り買いして勝ち続ける。喧嘩そのものが目的の危険な男だそうだ。

 未確認だが個人的に葉隠を狙っていたという情報もある」

 

 他人からヒソカの評価を聞くのはたまにあるけれど、やっぱりそういう評価しかないようだ。

 しかも先輩が聞いた話だと、通り魔的に喧嘩を売っているような噂まで混ざっている……

 そこまで無差別に襲ったことはないと言いたいが、ぐっとこらえる。

 

「ああ……確かにあの人は知ってますね」

「何!? 本当か?」

「知っていると言ってもバイト先に買い物に来たお客さんで、顔を覚えている程度ですが。店外でもたまに遭遇したので挨拶くらいは。あとは格闘技が好きで応援してると言われましたけど、そんな噂の人には見えませんでしたね。悪意も感じませんでしたし……まぁあの時あの場にいたのなら事実なんでしょうね」

 

 事情には詳しくない。

 話を聞いて注意しておく。

 このスタンスを貫き通して無難に追求を交わし、勉強会へと話題を変えていく……

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夕方

 

 ~校舎裏~

 

 鉄頭功の実践……

 呼吸を整え、気を頭へ集中……

 

「ッ!!」

 

 頭に叩きつけたレンガが砕けた! 

 衝撃は感じたが、痛みはほぼない。

 

『見事!』

 

 強靭に鍛えた肉体に加えて、気を集中させる事で防御力を高める技術を学んだ! 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~廃ビル~

 

 アジトで抗争の準備を進めていると、連絡担当の1人が駆け寄ってきた。

 

「ヒソカさん!」

「どうした? 金流会が動いたか?」

「違います。荒垣って奴が、ヒソカさんに会わせろって表に」

「ああ、今行くよ」

 

 連絡役の男に急いで案内させると、荒垣先輩は廃ビルの一室に通されていた。

 先輩を案内したと思われる男がペットボトルの水を差し出している。

 

「待たせたね」

「それほど待ってねぇし、丁重に扱われたから驚いた。聞けば事前に俺が来たら通すように指示してたらしいな? 俺が来ると分かってたのか?」

「可能性の1つとして考えていただけさ」

 

 そう、可能性。

 この辺で顔見知りが狙われていると聞けば彼が聞きつけるとは思っていた。

 そして彼が桐条先輩への連絡をしたことは、身をもって確認した。

 ただし、それ以上の行動をとるかは分からなかったし、正直に言うと迷惑である。

 静観していて欲しかったんだが、都合良くいかないなぁ……

 

「ああ、悪いけど2人にしてくれ。囲まれてちゃ話もしにくいから」

「ウッス!」

 

 連絡役の男と室内にいた荒垣先輩の案内役が退室。

 それを見届けてから改めて話を続ける。

 

「これでも本職は探偵でね。葉隠影虎に近しい人物にはある程度調べがついている」

「そうか。ところでお前、苗字は田中だよな?」

「この姿で会うのは初めてだね」

 

 先輩には影時間の姿しか見せていなかったし、前世の苗字を名乗っていた。

 こちらの姿で会ったことはなかったはずだが、オーラは青く冷静で、確信があるのだろう。

 

「改めまして“田中ヒソカ”だ。よく気づいたね? 影時間では声も意識して変えていたのに」

「夏ごろから会わなかったが、ヒソカって名前が売れ始めたのもその頃からだ。それにストレガの連中と話していたって噂もある。連中とつるむ奴なんてこの辺でもそういないからな。前から関係は疑ってた。ただこれまではお前が何してようが俺には関係なかったってだけだ」

「なるほどね」

 

 俺が納得していると、先輩は声を低くして本題に入る。

 

「……俺がここに来た理由も分かってるな?」

「まぁね。葉隠君の身の安全、あるいは僕と彼の関係かな?」

「両方だ。なんであいつに近づいた?」

 

 ごまかしは許さない。

 たとえオーラが見えなかったとしても、そう言いたいのが雰囲気で分かる。

 この反応なら“ヒソカ”と“葉隠影虎”が同一人物とは考えてもいないだろう。

 その点は安心してよさそうだが……

 

「興味があったからさ」

「……テメェがタルタロスに入り浸って暴れまくってたのは聞いてる。シャドウの方がよっぽど危険で強いんじゃねぇか?」

「確かにシャドウは戦うと手加減なんてしないけど、勝てない相手を見ると逃げたりもするんだよね。それに上に行くほど強くなるけど、15階に壁がある。その壁のせいでそれ以上は上の階に行けないんだ。

 だから向かってくるシャドウはいない。そういうやつを追いかけて無理に戦ってもつまらない。もっと強いシャドウがいると思われるところには行けない。というわけで、もうタルタロスはつまらないのさ」

 

 先輩はどうやらタルタロスの仕組みをそこまで知らなかったようだ。

 顔をゆがめ、小さな舌打ちも聞こえた。

 

「噂が本当なら、地下闘技場もある。金流会と事を構える気があるなら、何も気にせず暴れられるはずだ。なのに如何して葉隠にこだわる?」

「噂を聞いてるなら知ってると思うけど、一度金流会のメンバーとは喧嘩してる。これが案外つまらない相手でね。正直葉隠君が負けるとは思わなかったけど、つまらない怪我をされても面白くないし」

 

 そう答えると、先輩から怒りのオーラが湧き上がる。

 

「お前は本当に喧嘩しか頭にないのか」

「そう気を荒げないでほしいんだが。そもそも君がそこまで怒ることかい? 葉隠君は今年地元から出てこの街に来た。となると出会ってから1年にも満たない、しかも君と彼の接点はあまり多くもない。君の知り合いを介した間接的な関係が精々だ。深い付き合いとは思えない」

 

 なのにそんなに拳を握り締めて、今にも殴りかかってきそうだ。

 しかしヒソカの言動が気に入らないにしても、荒垣先輩らしくない。

 外見はやや強面だが、先輩は本来そう簡単に暴力に訴えるタイプではない。

 実際に怒りのオーラに加えて冷静なオーラも垣間見える……となると……

 

「ああ……彼の代わりに自分が相手になる気かな?」

 

 推測を口に出すと、先輩は一瞬硬直。

 オーラも急速に落ち着き、数秒かけて握りこんだ拳を解いていく。

 どうやら正解だったようだ。

 

「案外、冷静なんだな。喧嘩を売ればどんな状況でも嬉々として乗ると聞いていたんだが」

「噂は所詮噂だよ。それにしても喧嘩を売って自分に目を向けさせようなんて、考えても実行するかね? もう一度言うけど、君が体を張る必要なんてないだろう」

 

 素直でなくて、意外とお人よしな先輩らしいと言えば先輩らしいが……

 

「必要ならある」

 

 ……ん? 

 

「確かに俺と葉隠の接点は少ない。知り合ってから一年経ってないのも事実だ……だけどな。あいつはその短い間で多くのことをやってくれた」

 

 先輩が語り始めたのは、真田と天田の話。

 

 真田と同じ養護施設で育った事。

 その縁で特別課外活動部に在籍していた事。

 ペルソナを暴走させてしまい、天田の母を殺してしまった事。

 

 それら全てを知らないと思っている俺へ。

 特に天田の母の件は、懺悔をするように。

 1つ1つ語っていく先輩。

 

「ふさぎ込んで孤立していた天田は、あいつとつるむようになって笑うようになった。アキもあいつに負けてから周りを見るようになった。葉隠に自覚があるかは知らねぇが、あいつはもうアキや天田、それに他の奴らにとっても大事なダチの1人なんだよ。関係が浅いだの短いだのは関係ねぇ」

「……」

 

 ダチ(友達)

 

 先輩の言葉を聞いた瞬間、ガードを素通りして殴られたような不思議な感覚に包まれた。

 

「……友達、ねぇ……それは君にとってもなのかい?」

「あ? ……あいつには恩がある。アキと天田を支えてくれた恩がな。……それ以上はあいつ自身が決めることだ」

 

 つまりは葉隠影虎が友達だと言えば否定しないと。相変わらずのツンデレだ。

 だけど、だからこそ、わざわざこんなところまで乗り込んできたのかね……

 

 自然と笑みがこぼれてしまい、即座に先輩が眉をひそめる。

 

「何笑ってやがる」

「なんでもないさ。ところで葉隠君の事だけど……安心してほしい。本当は彼に危害を加えるつもりはないんだ」

 

 本心からそう言うと、先輩は一際真面目な視線を向けてくる。

 先輩は気遣いもできるし、見かけによらず他人の心の機微に敏感なのだろう。

 

「急にどういう風の吹き回しだ?」

「どうも何も、彼を傷つけるつもりは始めからなかったし、今では彼には無事でいてもらわないと僕が困る。だから今回は彼を“狙っている”という名目で助けに入ったつもりだよ。

 ……少し話が戻るけれど、君の飲んでいる制御剤。あれは確かにペルソナの暴走を抑えられるのだろうけれど、僕は命を削る薬なんか飲みたくない。だから僕は薬を使わずに暴走を抑える方法を探している」

「そういやお前も暴走したと言ってたな。今どうなんだ?」

「つい最近もやらかしたよ。どうも僕のペルソナの暴走は精神に影響があるらしくてね。理性を失って、暴力に酔って、自分の心と体の制御が利かなくなる時があるんだ」

 

 組んだ手にうっすらと暗い不安のオーラが纏わり、その先にいる先輩からは怒りのオーラが立ち上る。ただし怒りは怒りでも、赤に混ざる色からして俺を心配しての怒りだろう。徹頭徹尾人が良い。

 

「薬じゃダメなのか?」

「何度でも言う。命を削る薬はお断りだよ。それを飲んだらそう遠くないうちに全てが終ってしまうだろう?」

 

 これまで積み重ねてきた事を無にするにも等しい手段だ。

 たとえ暴走が頻繁に起こるとしても、制御剤だけは許容できない。

 

「言いたい事は分からなくはない。薬も……無理強いする権利は俺にはない。だが1つだけ言わせろ。俺はもちろんストレガの連中も制御剤しか知らない。それを葉隠に付きまとって対策が見つかるのか? あいつは超能力者だとか色々言われちゃいるが、ただの一般人だろ?」

「影時間に寮へ忍び込んで象徴化を確認したからペルソナ使いでない事は分かっている。彼の経歴も一通り調べ、桐条の関係者でないことも確認した。しかし可能性はあると見ている」

「何を根拠に、というかお前何やってんだよ……」

「あまり悠長にはしていられない。とにかく薬は最終手段で、使わずに済ませる方法を手当たり次第に探していたんだ。顔見知りになってこれからだというところだったのに……金流会は本当に余計なことをしてくれた」

「……本当に葉隠に危害を加えるつもりはないんだな」

「当たり前だ。どうしてようやく見つけた可能性を自分の手で潰さなければならない」

「そうか。なら……いい」

 

 おや? 追求されるかと思ったが、随分とあっさりしているな? 

 

「俺は制御剤で間に合ってる。お前に葉隠を傷つけるつもりがないなら、俺から言う事はねぇよ。暴走については……危険を理解してるなら、俺が口出しする事でもない。邪魔したな」

 

 言うが早いか、先輩は立ち上がって部屋を出て行く。

 

 ……まったく。本当に(葉隠影虎)のために来てくれたんだな。

 そして、話を聞いて(ヒソカ)にも気を使ってくれる。

 

 彼は(葉隠影虎)(ヒソカ)が同一人物と知ったら何を思うだろう? 

 

 ……考えても意味はない。それは知られてはならない。一時的に別れているとはいえ、先輩は特別課外活動部の一員だ。桐条先輩や真田との関係が切れている訳ではなく、昼の事も考えると、原作より頻繁に連絡を取り合っていると思われる。先輩の人間関係的には良い事だと思うけれど、下手をすれば俺の情報が桐条へ一気に流出する。

 

 そう考えると今日は話し過ぎたか……

 いや、ここに乗り込んでくるくらいだから、下手なごまかしは逆効果。

 暴走という桐条先輩たちに知られたくない情報も握っている。

 お互いに弱みを握りあう、というわけではないが、そう簡単に暴露はできないはずだ。

 

「……この思考が申し訳なくなってくるね……」

 

 なんだか調子が狂う。

 これも全部荒垣先輩のツンデレが悪い。

 

 心の中で責任を押し付けると、なぜか特別課外活動部とのコミュが上がった。

 




勉強会のグループに襲撃の事が伝わった!
噂を聞いた荒垣がヒソカを訪ねた!
荒垣は秘めていた影虎への感謝を語った!
ヒソカ(影虎)はちょっと困惑している!
特別課外活動部とのコミュが上がった!


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305話 来客

 12月5日(金)

 

 夕方

 

 ~校舎裏~

 

「今日はもう1つ。新しい鍛錬法として“二指禅(にしぜん)”を教えよう。これはとても難しく、本来何年も修行を重ねた人がやる事だけれど……鉄頭功を早くも身につけた君ならできるだろう」

 

 壁に倒立した状態の体を2本の指だけで支える鍛錬法“二指禅”を学んだ!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~廃ビル~

 

 不良グループのアジトで影時間を迎えると、今日も珍しい客が来たようだ。

 影時間で俺以外は象徴化しているとはいえ、当たり前のようにビルに入ってきたな……

 

「こんばんは」

「やあ、今日はどうした? 例の件(・・・)か? タカヤ」

 

 ストレガのタカヤ……今日は1人のようだ。

 彼はうっすらと笑顔を浮かべてやってきた。

 

「ちょっとお話がしたかったもので、来てしまいました。金流会との決着は日曜の夜になったそうですね」

「耳が早いな」

 

 昨日、荒垣先輩の後にやってきた金流会のメンバーと話し合い、最終決戦の日時が決まった。

 

 果し合いかと思ったが、実際そんなものだ。

 

 鬼瓦曰く……ケリのつけ方。ケリがついた後の事。事前に話し合っとく方が後々楽なんだよ。どういう結果になったとしても、決まった事はお互いに末端までしっかり納得させて守らせねぇと泥沼になるからな……だそうだ。

 

「この辺りにいれば自然と耳に入ります。それより話はいくつかあるのですが……気になるようですし、まずは仕事の話を済ませましょう」

「先日の依頼、検討してもらえたか」

「ええ。あなたの依頼内容は“依頼を受けて貴方と葉隠影虎を狙わないこと”。報酬は前金で100万、依頼があった場合はその依頼額の倍額を支払う。よろしいですね?」

「間違いない。金流会の連中はどうとでもなるが、万が一でも君たちが雇われると困るのでね」

「ふふっ……我々としては労せず報酬だけいただけるようなものですし、好き好んでペルソナ使いと事を構えたくはありません。特に貴方は敵に回すと面倒な事になりそうだ、ということで意見が一致したのでね。引き受けましょう。

 しかし1つ疑問があります。あなた自身はともかく、なぜ葉隠影虎まで? 話によると金流会に襲撃されたようですが、襲撃は貴方が乱入して失敗。事情を知らぬ人々は貴方に彼が狙われていると思っていますが、依頼を考慮すれば助けに入ったと分かります」

 

 またこの話か……まぁ気になるだろうとは思っていたよ。

 

「仕事の都合だ」

「はて、貴方の仕事は探偵だったのでは?」

「仕事が増えたのさ……最近、テレビで話題になっているだろう? 彼の身体能力や超能力の真偽が」

「確かに。私も目にした覚えがありますし、ジンはネットで見飽きているようです。それが?」

「私の依頼主も注目しているらしくてね。本来の目的ではないが調査項目に加えられ、可能な範囲で身辺警護もしろとのお達しなんだよ。まったく……調査費用を盾に取られては断れもしない」

「世知辛い話ですね。……実を言うと、私は貴方と葉隠影虎が同一人物ではないかと考えていました」

「ほう?」

「貴方は始めて我々と出会った際に“自分の命がそう長くない”と言って制御剤を拒否している。そして葉隠影虎の噂の1つに“自分の死期を予知している”という話がありますね。何でも高校を卒業できない、長くともあと数年の命だとか……偶然ですね」

 

 唐突に話を変えて、カマをかけているのか?

 

「確かに、聊か共感する部分もある」

「それだけではありません。夏にも貴方と彼は時を同じくして同じ国、そして同じ街にいたようですし、可能性は高いと思いました。しかし先日の襲撃の時、貴方と葉隠影虎は同時に同じ場に、しかし別人として存在していた……当の襲撃犯の1人を探し出して聞いたので、間違いはない。ならばあなた方は別人という事になる……フフフ、面白いですね」

「1人で何を笑っているんだ」

 

 呆れたようにそう言ってやると、タカヤはさらに笑みを深める。

 

「貴方は不思議です。天然でペルソナに覚醒したペルソナ使いと聞いていますが、荒垣、そしてその古巣の方々とは何かが違う。我々人工ペルソナ使いとも違う。チドリも話していましたが、貴方の中には異質な何か(・・)がある。それは一体何なのか、貴方は何者なのか……とても興味深い」

「男に興味をもたれてもあまり嬉しくないんだがね……」

「無理に聞き出そうとは思いませんよ。謎は謎であるからこそ、思考し、理解し、また近づくのが面白いのですから」

「下手な手出しは危険、そう君自身が口にしていた気がするが」

「危険なものに心が惹かれる。危険だからこそ心を惹かれる。そういうこともあると思いませんか?」

 

 いつもながら、タカヤの相手はやりづらい。

 感情の揺らぎがないに近く、思考回路も良く分からない。

 目的を推測する事すら困難だが……

 

 “未来に執着せず、過去にも拘らず、ただ今だけを生きる”

 

 それがストレガの信条だったはず。

 ただ単純に不思議な存在()を観察して楽しんでいるだけかもしれない。

 ……理由を考えるのは無駄な気がしてきた。

 

 

「……好きにするといい。他に話は? 色々と言っていたが」

「次はちょっとしたお願いですね。貴方が金流会と決着をつけた後、貴方は自分の傘下に金流会を取り込むつもりだと聞きました」

「そこまで知っているのか。間違っていない」

 

 正直連中はあまり好かないが、先日の襲撃のような事もある。

 この際、傘下に収めるという形で手綱を握っておこうと考えている。

 

「貴方は今回の事で、この一帯で強い影響力を得るでしょう。その影響力をあなたがどう使うかも自由。ですがこの混沌とした町のあり方を壊すようなことは、なるべく控えていただきたいのです」

「確かに、君たちにとっては荒れていて警察の目の届かない方が都合がいいだろうな」

「それだけでなく、我々には“戸籍”がないのですよ。実験の被験体として集められた時に死亡として処理されてしまったのでね」

「!! ……なるほど」

 

 俺がまだゲームとしてペルソナ3をプレイしている時から一つ疑問があった。

 それは“なぜストレガが巌戸台やポートアイランド近辺で活動しているのか”。

 ゲーム的にはストーリー展開に必要なキャラクターなのだからいなければ困るだろう。

 しかし人間としては、自分が無理やり人体実験をされた土地に留まりたいと思うだろうか?

 少しでも遠くへ離れようと思わないのだろうか?

 いくらストレガが過去に拘らないと言っても、桐条の追っ手がかかる可能性は?

 

 そう思っていたが“戸籍がない”……日本人としてはまずありえない状況で、身を隠して生きるために都合のいい場所がここにあった。そう考えると辻褄が合う……か?

 

「偽の身分証などやり方はあるのですがリスクが高い。余計なお金と手間はかけたくないのでね」

 

 タカヤの言うとおり、裏社会に通じれば抜け道もあるのだろう。

 そして本人が言うのだから、負担の少ない方を考えてこちらを選んだのだろう。

 

 鬼瓦の話では、こんなに荒れ果てた不良の楽園を作り上げた原因はかつての桐条グループにあったらしい。桐条が実験をするために整備した影響で生まれた環境が、桐条の実験で戸籍を奪われた彼らにとって住みよい場所になる……なんとも皮肉なことだ。

 

 そういえば以前、年明けにアメリカでこの顔(ヒソカ)に戸籍を作る、と言う話をしたが……これは今考えなくていいな。

 

「分かった。気をつけておこう」

「頼みますよ。代わりと言ってはなんですが、1つ情報です。金流会も決戦に向けて準備を進めていますが……以前のアレがよほど怖かったようで、だれも貴方の相手をしたくないのでしょう。声をかけても参加者の集まりが相当に悪く、これまで決着を引き延ばしていたようですが……もうこれ以上は黙っていられないのでしょう。彼らは仕方なくある所(・・・)に連絡をとったようです」

「連中と付き合いのあるヤクザか?」

 

 そう言うと、タカヤは初めて驚いたような顔をした。

 

「ご存知でしたか」

「こんな事になったんでな。本腰を入れて調べてみたら、付き合いと金の流れがあることを突き止めた」

 

 襲撃されたあの日の影時間。

 俺は事前に金流会のアジトといわれている場所を鬼瓦から聞き出して侵入した。

 そこは丸々1棟の雑居ビルで、まるっきり暴力団の事務所。

 設置されていたPCのデータを以前もやった方法で抜き取れば、悪事の証拠がボロボロ。

 

 そして、前に利用していた地下闘技場や、そこで行われていた違法賭博。

 その他、様々な商売をして儲けた金の一部がとある指定暴力団のところへ流れていたのだ。

 

「金流会は悪事のノウハウとこの一帯の支配権を。ヤクザは儲けの一部を。どんな経緯があったのかまでは知らないが、そういう契約が結ばれているみたいだ」

「どうやら私が多くを語る必要はありませんね。彼らの買い物(・・・)にお気をつけ下さい。数は少ないですし、貴方にそれが通用する気はしませんが、同行者には脅威でしょうから」

「情報提供に感謝する」

 

 話したいことは全て話したようだ。

 感謝を伝えるとタカヤはまた分かりにくい笑顔を浮かべ、そのまま部屋を出て帰っていく。

 

 タカヤの語り口で買い物の内容はだいぶ限られるし、何より事前に知る事ができたのが大きい。

 

 それに……!!

 

 ……ストレガとのコミュが上がった!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 12月6日(土)

 

 夕方

 

 ~校舎裏~

 

 今日も二指禅で鍛錬を行う。

 

 鉄頭功の応用で指に気を集中し、体重を支える。

 しかし、まだ壁を補助に使っての倒立だ。全体重はかけられていない。

 

 もっと体重を指にかけつつ、指を気で守る……

 

 站樁(たんとう)を……そしてこの前の新体操を思い出せ……

 

 落ち着いて気を指に集中……全身のバランスを取りながら……

 

 ゆっくり……少しずつ体重をのせていくと、やがて両足が壁から離れ……

 

 全体重が完全に両手の人差し指に乗った!!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~テレビ局~

 

 今夜はとうとう、久慈川さんと一緒に参加する心霊番組の撮影日だ。

 これからIDOL23のアイドルが揃うのを待って、バスで移動する。

 今日のために俺たちはオーナーの下で勉強し、さらに霊媒体質の三田村さんおすすめの“お清めの塩”や“お清めの水”も用意した。

 

 しかし、

 

「えっと、久慈川さん?」

「……」

 

 待合室の中。

 何度話しかけても久慈川さんに無視されてしまう……

 体から湧き出るオーラを見る限り、何か怒っているようだ。

 

「葉隠君、ちょっと」

「?」

 

 流石にこの状態はよくないと思ったんだろう。

 マネージャーの井上さんが理由を教えてくれるようだ。

 

「申し訳ない……先日の襲撃予告のことがバレてしまったんだ。それで最初は心配していたんだけど、君が無事だと伝えたら本当のことを話してほしかったとへそを曲げてしまったんだよ」

 

 そういうことだったのか……

 彼女の安全のためとはいえ、確かに先日は襲撃の件を説明せず追い返してしている。

 襲撃そのものの危険度は低く、後の対処のため、ある意味自作自演の部分もあった。

 自分の安全も確保した上で実行したが、彼女の立場で、後から話を聞けばどう思うか。

 

 ……そこで当然のように心配してもらえるのは、本当にありがたいことだ。

 久慈川さんに対しての対応は、少々配慮が足りなかったかもしれない。

 

 ここは素直に謝ることにした。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「仕方ないなー、次からはちゃんと説明してよね! ホウ(報告)レン(連絡)ソウ(相談)。これ社会人の基本だから!」

「申し訳ありませんでした」

 

 久慈川さんに謝り続け、なんとか仕事前に機嫌を直してもらえた。




影虎は二指禅を学んだ!
アジトにタカヤが訪れた!
金流会との決戦日が“次の日曜日の深夜”に決まっていた!
タカヤは影虎とヒソカの関係を疑っている……
タカヤは楽しそうだ……
影虎はストレガのことを少しだけ知った!
タカヤから金流会の情報を得た!
金流会はヤクザと繋がりがあった!
金流会はヤクザから何かを購入したようだ……
久慈川りせに襲撃の件がバレた!
久慈川りせは怒っている!
影虎は謝り倒して許しを得た!


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306話 不幸な心霊ロケ

 撮影を行う心霊スポットまでバスで移動中。

 車内には俺たちの他にスタッフの方々とIDOL23のメンバーが2人乗っている。

 

 到着まではまだしばらくかかるということで、近藤さんと井上マネージャーはスタッフさんたちと交流。久慈川さんは二人のアイドルと女の子同士、夜なのに元気に語り合っているようだ。

 

 IDOL23はとにかく活動範囲が広い。テレビをつければどんな番組でも、高確率でメンバーの誰かが出演しているし、収録の時にも高確率でメンバーの誰かと顔を合わせる。久慈川さんは同性だし、芸能活動1本に専念している分、彼女たちと接する機会が多いのだろう。だいぶ仲がよさそうだ。

 

 いいことだと思いつつ、俺は1人で勉強に勤しむ。

 

 学校の期末試験と番組企画のセンター模試受験が迫っているというのに、襲撃や金流会の相手もあって、こういった隙間の時間まで使わないと時間が足りない……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「先輩、これ差し入れ」

「お? ありがとう」

 

 近づいてきていた久慈川さんから暖かい紅茶を受け取る。

 

「あとこれ、アスカちゃんからお菓子。お疲れ様ですって」

「おお、チョコレート菓子。糖分はありがたい」

 

 先ほどまで久慈川さんが座っていた席の方を見ると、小顔な女子が覗き込んでいたので頭を下げてお礼を伝える。

 

 彼女は佐久間アスカさん……IDOL23の1人で何度か面識はあるが、かなりの人見知りらしく挨拶を除くと一言も話したことがなかったけれど、こうして気遣いをしてくれるしいい人そうだ。

 

「お菓子も貰ったし、少し休憩するかな……」

「休憩? じゃあ先輩、さっきの話の続きいいかな? 向こうはマネージャーさんと話があるみたいだから」

「それはいいけど……さっきの続きというと、襲撃予告の話か」

「予告って言うか、実際に襲われたんでしょ? 逃げられたとは聞いたけど、他の人が来ちゃって詳しく聞けなかったし。もう怒ってないけど、気になるもん」

 

 なら、差し支えない範囲で話すとしよう。

 

 とりあえず襲撃者である金流会のことと、乱入してきた人物(ヒソカ)について説明。

 

「お金で人を襲おうとするなんて……そんな人たちもそうだけど、そんな依頼をする人もいるなんて、なんか怖いな……」

「まぁ、その金流会についてはもう問題ないみたい。聞いた話だと乱入してきた人の方にかかりきりになってるらしいから」

「だとしても、そういう依頼をした人だっているわけでしょ?」

 

 そこは久慈川さんの仰る通り。

 

 実は金流会に直接依頼した人物までは突き止めた……というかあの場にいたカメラマンをアジトに運んで尋問したところ、自分が依頼主だと白状した。しかし問題は、そのカメラマンも(・・・・・・)何者かに依頼されて行動していたこと。

 

 吐かせてみたら、どうもあの男はこれまでも金で芸能人の粗探しをしたり、ハニートラップを仕掛ける人を雇ってゴシップやスキャンダル写真を捏造したりしていた。そのタチの悪さから所属はフリーだが、例によって週刊“鶴亀”との繋がりも深く、撮った写真は鶴亀の知人に流す予定だったらしい。

 

 そこで俺はやっぱり鶴亀、またはその後ろにいる愛と叡智の会が手を引いているのかと考えたが……鶴亀の名前を出すと、カメラマンの男はありえないと断言。

 

 理由を聞くと、依頼人が機械か何かで声を変えた状態で電話をしてきたから。

 鶴亀の依頼を何度も受けている男に、いまさらそんな小細工をする記者はいない。

 さらに相手との打ち合わせ中は節々に不慣れと思われる言動があり、無駄に手間もかかった。

 

 どれも鶴亀の記者ならありえない事だと男は語っていた。

 魔術も使って厳しく調べたため、嘘は話していないだろう。

 しかしいくら絞りだしても、手がかりになるような情報はなし。

 

 精々、依頼内容が俺に芸能活動ができないようにしろ、という単純かつ私怨が剥き出しの内容だったため、依頼人はおそらく“俺を個人的に恨んでいる人物”で、こういった裏工作については素人だろうという予測の言葉が出てくる程度。

 

 黒幕までの手がかりはそこで完全に途切れてしまった。

 本当に、不安要素が残っていてスッキリしないんだよな……

 

「先輩、本当に気をつけないと。何かあってからじゃ遅いんだからね」

「分かってる……だから話を変えないか?」

 

 休憩中なのにまったく気が休まらないことに気がついた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 高速道路をひた走り、1時間ほどで現場に到着。

 バスを停めている駐車場付近に建物の明かりはなく、いきなり山奥に踏み込んだみたいだ。

 

「ここからは車が入れないので、心霊スポットまでは歩きになります」

 

 スタッフさんからの説明によると……

 

 心霊スポットはここから少し歩いた先にある古いトンネル付近。元々開発して利用するのに向く土地ではなかったらしく、やがて新しい道が整備されたことにより利用者が激減し、トンネルの封鎖が決定するとまったく使われなくなったそうだが……問題はここから。

 

 まったく使われないトンネル跡地。用もなく来る人はいない。人目につきにくい。

 そういう理由があって、一時期はたまり場や肝試しに利用する地元の若者達がいた。

 そんな彼らが今回の心霊スポットの噂、“人が消えるトンネル”の最初の犠牲者である。

 

 またそれ以降も彼らを探しに訪れた人や、噂を聞いて肝試しにきた人など、何人もの行方不明者が続出しているらしい。

 

 そんなトンネルを実際に訪れて様子を実況、噂を検証するのが今回の撮影である。

 

「行きたくないなぁ……」

「……」

「ちょっと、もーやだー!」

 

 彼女たちの頭には安全のためのヘルメット+表情を撮るカメラ。

 リアクションを求められ、久慈川さんはほどほどに嫌そう。

 佐久間さんのリアクションはびっくりするほど薄い……

 それを補うためか、もう1人のアイドルである桜井さんがオーバーリアクション気味に見える。

 

 ちなみに俺はなぜか着慣れない衣装、それも陰陽師のイメージが強い狩衣(かりぎぬ)(平安時代の公家の男性の略服)を着せられて、“万が一のために3人に同行する霊能力者”という立場での参加となる。

 

 ……聞いていた話とだいぶ違うので確認したところ、普段この手の撮影の時に依頼している霊能力者に都合がつかなかったため、先方は代役としての参加を依頼したつもりだったらしい……

 

「ではこれから心霊スポットに向かっていただきますが、その前に。先生から注意などをどうぞ」

 

 ADさんがこっちに話をふってきた。

 

「えー、とりあえず緊急事態に備えてお祓い用のお塩やお水は用意してありますが、この格好はただの衣装です。僕はお祓いなどを専門にしているわけではないので、極力憑かれないように自分で気をつけてください」

「自分で!?」

 

 そのために注意すべきポイント……

 オーナーからの受け売りになるが、“相手の霊を1人の人として考えて行動する”こと。

 

 たとえば自分が家にいるとして、そこに見ず知らずの人が突然やってきたらどうか?

 礼儀正しく訪ねてくるならまだしも、勝手に押し入ってきて大騒ぎをしたら?

 普通に考えれば通報案件になってもおかしくない。それと同じこと。

 

 土地や建物に憑いている霊(いわゆる地縛霊)は、生前そこに執着や何らかの理由があり離れられなくなっている霊のこと。心霊スポットと呼ばれる場所は、そんな霊にとっての家と考えてもらいたい。

 

 良い思い出か悪い思い出かは知らないが、自分の執着した土地を見ず知らずの人間が踏み荒らしに来る。人間なら警察に通報という手段も取れるが、霊にはそれができない。直接相手に訴えかけるしか方法がない。悪霊でなくとも手段によっては、追い出す意思が強ければ危険もある。

 

 企画を根底から否定することになるが、本当は心霊スポットに行かないことが最善なのだ。

 

 その上でどうしても行くならば、ちゃんと準備をした上で、極力礼儀正しく行きましょう。

 

「──ということです。分かっていただけましたでしょうか」

「「分かりました!」」

「わかりました……」

 

 こうして季節はずれの心霊ロケが始まる。

 

「?」

 

 ん? 今、一瞬だけ“警戒”が反応したような……

 まさかガチで危険な心霊スポット?

 

「はいカットー! 少し移動してから撮影再開します! 暗いので気をつけてついてきてください!」

「はーい。行きましょ、先輩」

「あわてると転ぶぞ」

 

 警戒スキルなんて、あまり反応しなくなって久しい。

 金流会の襲撃でも反応しなかったし、周囲にはなにもない。

 それがこんなタイミングで……

 

「久慈川さん。この前渡したお守りというか、お札。ちゃんと持ってるか?」

「? 持ってるよ? どうして?」

「念のための確認」

 

 バラエティーなんだから、のんびりとは行かずとも安全に。

 あー怖かった、で終わってほしい。

 近藤さんにも連絡しておこう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「はい、ではここからは皆さんが先に進んでください」

 

 という指示とともに女の子3人が懐中電灯を渡されて先を歩き、その後ろから俺、カメラさんとADさん。近藤さんやマネージャーさんたちがついていく。

 

 周囲は暗いだけでなく、舗装も剥げて背の高い雑草が伸び放題。

 そんな道なき道を行く彼女たちの足取りは必然的に重く、遅くなる。

 

「キャー!」

「今……」

「足下! 何か足下通った! 霊!?」

「今のはただの蛇ですね」

 

 時に驚き、時にフォローも入れつつ。

 慎重に先へ先へと進んでいくと、

 

「うわぁ……」

 

 トンネルに近づくにつれて明らかに嫌な空気を感じ、無情にも警戒スキルが強く働く。

 金流会と関係ない仕事でもこれって、面倒ごとが多すぎるだろ……

 これもあのクソ神のせいか? だとしたらマジでぶん殴りたい。

 

「先輩、この先って」

「久慈川さんも分かる?」

「うん……言葉にできないけど、すごく嫌な感じがする……」

「霊ですか!?」

 

 久慈川さんとのやりとりを耳ざとく聞きつけたスタッフさんが声を上げる。

 

「ここはまだ大丈夫ですが、先に進むとヤバそうですね」

「どんな霊が見えますか?」

「霊そのものはまだ見えませんよ。ただ気配が近く、それも危険な気配を感じる段階で」

「ではもっと近づいてみましょう!」

 

 ……言葉で聞いても実感がないのは仕方がない。

 霊的な違和感を覚えるか覚えないかはその人しだい。

 

 だけど“危険な気配がする”と言われた直後に、あっさりと“もっと近づこう”。

 個人的に霊を信じるか否かは別として、こちらの意見を考慮する気がないように感じる。

 一応、代役とはいえ霊能力者としての出演依頼と聞いたんだけどね?

 

 そんな話をしている間にもIDOL23の2人が進んでしまうので、遅れないように着いていく。

 しかしやっぱり、進めば進むほどに危険な気配が強くなる。

 そしてとうとう問題のトンネル前……

 

「これ、きついなぁ……」

「先輩ここ、うるさくない? よくわからない声みたいなので」

「私もなんか急に寒気がしてきて」

「体、重い……」

 

 ここまで来ると、霊感が弱い人でも違和感や体調不良を覚えるようだ。

 

 ……それも無理ないな……

 

 トンネル周辺をよく見れば、半透明な無数の手が金網の隙間から伸びている。

 さらに久慈川さんの言った通り

 

 ──タスケテこっちに逃げてオイデきちゃだめ来いクルナお前も──

 

 先ほどから無数の声が重なり合って、非常に聞き取りづらい声が聞こえてくる。

 間違いなく目の前のトンネルが霊の居場所であり、気配の発生源。

 トンネルの前には封鎖のための金網が設置されているが、人が悠々通れる位の穴が開いていた。

 おそらくこれまで何人もがあの中に入って、何らかの被害を受けている。

 そして“これ以上は進んではいけない”と確信した時──

 

「じゃあ、そろそろ中に入ってみようか!」

 

 例のスタッフがトンネル内への突入を指示。

 

「待ってください!」

 

 俺はとっさに撮影をここまでで止めるように進言し、説明もした。

 この先は本当に危険であると。身の安全が保障できないと。

 

「私もここ入りたくない。絶対にマズいし、嫌です」

「体調不良を訴えている方もいるようですし、ここは一度戻りませんか?」

 

 久慈川さんも感じるものがあったようで、顔色を悪くしながら俺に同意してくれる。

 

 しかし、

 

「ダメダメ! 撮影続行! 霊がいるなら行って撮らなきゃ! 何のために来たと思ってるの!」

 

 近藤さんと井上さんも間に入ってくれるが、スタッフは断固として撮影を続行すると行って譲らない。

 

「どうしたの? 急にここから先はいけないとか言い出してさ」

「だいぶ前から危険を感じると伝えていたはずですが」

「君は霊能力者で格闘家だろ? 怖くて先に進めないとかさー、ちょっと情けなくない?」

「僕は危険だから危険と申し上げているだけです。なんと言われようとこの意見は変わりません」

 

 スタッフの言葉には苛立ちや低レベルな煽りが加わり始め、霊的なものとは違う意味でもどんどん空気が悪くなっていく。

 

 そんな時だった。

 

「……? おい、アスカちゃんどこだ?」

「えっ? 桜井さんと一緒にそこに……あれ? いない……えっ!? 嘘!」

「マジでいないぞ!? マネージャーさん!」

「まさか……佐久間さん! 桜井さん! ……変ないたずらはやめて返事をしてー!」

 

 カメラさんの一言で周囲がざわめき、IDOL23の2人が忽然と姿を消していたことを認識。

 担当マネージャーの女性が方々に声をかけるが、返事はなかった……




影虎は移動中に勉強した!
影虎は久慈川に襲撃のことを話した!
影虎は襲撃の依頼人を突き止めていた!
しかし本当の黒幕まではたどり着けなかった……

心霊ロケが始まった!
影虎は陰陽師の衣装を着た! ただし意味はない!
影虎の警戒スキルが強く反応した!
影虎はすさまじい気配を感じている!
心霊スポットは本物だったようだ……

影虎はロケ中止を進言した!
スタッフはロケ続行を訴えている!
アイドル2人が姿を消していた……


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307話 即席救助隊・結成

 アイドル2人が消えて慌しくなる周囲。

 それに伴い、霊の声がけらけらとこちらを嘲り笑うようなものに変わる。

 

 ……そういうことか。

 どうやら俺たちはまんまと罠に嵌められていたようだ。

 

「大変だ、一体2人はど──!?」

 

 撮影続行を訴えていたスタッフが言い切るのを待たず、地面に倒して押さえつける。

 

「うっ!」

「富岡さん!?」

「近藤さんお札!」

 

 俺の突然の行為に、慌てたスタッフが注目。

 中には俺を咎めるような声も聞こえたが、そんな場合ではない。

 

 幸いにも俺の言葉を聴いた近藤さんがすばやく用意していた水と塩を取り出し、さらに俺を引き離そうと動きかけたスタッフを視線で制してくれた。

 

 察しが良く、さらに信用してもらえて本当に助かる。

 

「何をするんだ! 離せ! こんなことをしてる場合じゃないと分からないのか!? 早く居なくなった子たちを探さ「そうやって全員トンネルに引き込むつもりか」──!!」

 

 白々しい言葉に割って入ると、彼の顔はまず驚き。次に感情が抜け落ちたかのような真顔へと変わり、口元を嫌らしく歪めて不気味に笑い始める。

 

「ヒ、ヒィッヒヒヒヒヤァハッハハハハハ……」

 

 この声を聞いて他のスタッフもようやくこの人の異常に気づいたようだ。

 様子を見ていた人の輪が一歩広がる。

 

 近藤さんに予備の札を押し付けてもらうと苦しむ様子を見せ、体から半透明の手が出る。

 次に塩を振り掛けてもらうと、その手は焼け爛れて溶けるように消えた。

 

 後に残るのは意識を失い、ぐったりとした男性一人。

 

「……富岡は大丈夫なのか?」

 

 カメラマンの男性がそっと声をかけてきた。

 

「彼に憑いていた霊は祓えたと思います。呼吸も安定はしています。ただ意識がないので、皆さんは彼を連れて車まで戻ってもらえますか?」

 

 まさかこの期に及んで撮影を続行するというスタッフはいないだろう。

 そういう意味も込めてスタッフさんたちを見回すと、撮影中止に反対はないようだ。

 ただし1人だけ、

 

「待って! うちの佐久間と桜井を探してください!」

 

 IDOL23のマネージャーは当然といえば当然か?

 担当アイドルがいなくなったのだから探したい、人手が必要だと訴える。

 その気持ちは分かるが、この場は本当に危険だ。

 言い方が悪くなるが、足手まといになる人を連れてはいけない。

 

「心配するなというのは無理だと思います。ですがここは本当に危険なんです。居なくなったお二人の居場所には見当がつきますし、僕に任せていただけませんか?」

「どこ!? どこなんですか!? 2人はどこに!」

 

 ダメだ。錯乱しているのか話を聞いてもらえない。まずパトラで正気に戻そうか──

 

「……トンネルの奥……」

「ッ!?」

 

 その声は呟くようでありながら、鮮明に耳に届く。

 声の主は、思えばここまでの騒ぎのなかで一言も発していなかった久慈川さん。

 隣には不安そうに、だが何かあれば支えようとしているらしい井上マネージャーもいた。

 

「久慈川さん。分かるのか?」

「うん……ここに来てからすごく危ないのが分かったの……それで注意しよう、って思ってたら、どんどん頭に情報が、っ!? ダメ! 2人のそばに何かいる!! 早く助けないと手遅れになる!」

「!!」

 

 両手を組んで目を閉じ、祈るような体勢で叫ぶ彼女。

 その様子はまるでペルソナで探知をしているように見える。

 ペルソナそのものは見えないけれど、まさかこの状況下で能力が覚醒し始めている?

 

「佐久間さん! 桜井さん!」

「しまっ……ったく!」

「先輩ダメ!!」

「!!」

 

 推測に気をとられた一瞬に、マネージャーがトンネルへ駆け出す。

 追おうとするが、それを阻むように金網から伸びる半透明の手が多すぎた。

 

「……要救助者一人追加」

 

 なってしまったものは仕方ない。

 もしかしたらあの人はもう憑かれていたのかもしれない。

 ミスはリカバーすればいい。

 まずすべきは無事な人の避難と救出の準備だ。

 

「彼女の事もこちらでなんとかします。スタッフの皆さんは早く戻ってください。近藤さん、予備の護符を配ってください」

 

 スタッフさんたちと一度トンネルから距離をとる。

 

「先輩」

「久慈川さん、と井上さん」

 

 早く車へ戻るように言おうとしたが、久慈川さんのまっすぐな視線で遮られた。

 

「先輩、アスカちゃんたちを助けに行くつもりだよね? 私にも手伝わせて」

 

 恐怖のオーラも見えるが、それを押さえ込むほどの思いを感じる。

 

「……危険なのは分かってるな?」

「分からなきゃ良かったってくらい分かってる。でも、それだけ分かってて、そんなところに先輩1人で行かせるなんてできるわけない。それにアスカちゃんたちとはまだ知り合って短いし、芸暦的には先輩だけど友達だもん。私だって力になりたい!」

 

 ……そういえば彼女は4の原作でもそうだった。

 自分が助けられた直後にもかかわらず、出てきたクマの影と相対する。

 原作主人公たちのサポートを、その場で自分のできることを探して、それができる。

 そういう芯の強さを持った人だった。

 もう既に。それともやはりと言うべきか、彼女は“久慈川りせ”なのだ。

 

「こう言ってますが、井上さんはいいんですか?」

「立場的に良くはないんだけどね……でも下手に動くより君の近くにいる方が安全じゃないかとは思う。りせちゃんが避難しないなら僕も手伝うよ。今僕が一番避けるべきなのは彼女を一人にすることだからね」

 

 ……さっきの人みたく暴走して一人で勝手に突っ込まれるより、連れていく方がマシか。

 久慈川さんの手伝いがあると正直助かるし……

 

「ていうか出発前に話したばっかだし。また一人で危険に突っ込む気なら本気で怒るけど」

「釘を刺さなくてもいいっての……」

「葉隠様。護符の配布が終わり、スタッフの方々は既に避難を始めました。お2人は」

「ありがとうございます。近藤さん。救助に協力してくれるそうです。近藤さんは」

「私にできる事があればなんなりと」

 

 こちらも言外に危険に飛び込む覚悟もあると伝えられた。

 一刻を争う事態だし、これ以上は何も言うまい。

 ありがたく全員人手に加わってもらう。

 

「久慈川さん。トンネル内の様子は分かる?」

「ちょっと待って。……皆まだ大丈夫みたい……アイドル2人はトンネルの奥の方で動いてないけど、ちゃんと生きてる。さっきのマネージャーさんは……フラフラして様子がおかしいけど、2人のところに向かって全力で走ってる?」

 

 さすがは探知系のペルソナ使いだ。

 

「久慈川さんにはその能力で情報支援、ナビゲートをお願いしたい」

 

 今思えば、駐車場で一瞬だけ警戒が反応した気がした時にもっと怪しむべきだった。

 

 屋外でロケをするなら事前にロケハン(ロケーションハンティング)が行われるはず。

 つまりはここに一度、誰かが下調べに来ているはず。

 そして一度ここに来てトンネルまで足を踏み入れていれば、無事に帰れるとは思えない。

 

「ん……先輩の予想、当たってるかも。トンネルの中に1つ、すごく強いナニカがアスカちゃんたちの傍にいるけど、それ以外にも小さいのが動き回ってる……違うのに同じ感じ……」

「小さな気配はこの強烈な気配に紛れてしまって、俺にはよくわからなくなってる。同じ条件で内部の様子をはっきり探れる久慈川さんの探知能力は、既に俺よりもはるかに高い。自信を持ってサポートをしてほしい」

「分かった。ナビは私に任せて!」

「近藤さんと井上さんは用意した道具を使って久慈川さんのフォローをお願いします。先ほどの件で札と塩が効くのは確認できたので、ある程度抵抗はできるはずです。久慈川さんと協力して身を守ってください。

 最後に目的はアイドルとマネージャー合わせて“3人の救出”。なので、必ずしも霊を祓う必要はありません。見逃してくれるとは思えませんが、チャンスがあれば3人を連れて逃げる事を優先しましょう」

「かしこまりました」

「全力を尽くすよ」

「私も注意しておくね」

「よし、それじゃ装備を分けてすぐ使えるように準備しよう」

 

 即席ではあるが、救助隊の結成だ。

 準備を万全にしてトンネルへ向かおう。




久慈川りせと井上マネージャーが仲間になった!


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308話 OJT

本日は全部で2話の更新です。
この話は2話目で、前回の続きは1つ前からです。



 久慈川りせ視点

 

 ~トンネル前~

 

 アスカちゃん達がトンネルの中に入ってから10分と少し。

 中の状態は二人とマネージャーさんが合流したみたい。

 そのせいか感じる気配は全体的に奥の方へ移動していて、入り口には何もいない。

 今のところ3人とも命には別状ないみたいだけど、早く助けないと。

 

「行けますか?」

 

 先輩が私たちに声をかけ、私たちが答えた次の瞬間。

 真っ暗だったトンネルの天井付近に光が生まれる。

 等間隔で次々と。どんどん先まで広がって、トンネルの中を明るく照らす。

 おかげで雑草で荒れ放題の道が良く見えるようになった。

 

「これは先輩だよね?」

 

 準備のときに先輩は一生懸命、何枚ものメモ用紙に何かを書いていた。

 その内の一枚に先輩がエネルギーを出していて、それが光に変わってる?

 

「光源を生む“魔術”だ。電気のある日常生活ではあまり使う術じゃないが……何でも習っとくもんだな……少し改造したらこの通り。これで足元の心配はいらないだろ?」

「“魔術”……もう先輩なら何でもありっていうか、だんだん驚けなくなってきたけど、先輩って本当に何者なわけ?」

「んー長くなりそうだし、とりあえず“魔術が使えるペルソナ使い”って事で。……この際だから言っとくと、久慈川さんも“ペルソナ使い”だから。その感知能力はその一部だと思うし、たぶん目覚めかけてるんじゃないかな?」

「ちょっ、そういう重要そうなことさらっと言う!? ……もう! 全部終わったらしっかり説明してもらうからね! 先輩!」

 

 私が叫ぶと先輩はくすくすと笑う。

 こんな時に何をと思って腹が立ちかけたけど、

 

「その調子だ。気合を入れるのはいいけど、入れすぎはよくないからな」

 

 その一言で自分が固くなっていたことが分かって、膨らみかけた怒りがしぼんでいく。

 

「場数を踏めば久慈川さんも自然に慣れてくるさ」

「こんな状況普通は滅多にないもん。てか先輩、こんな状況に慣れるって普段何してるわけ?」

「……別にやりたくてやってるわけじゃないんだけどね……」

 

 先輩は思い出したようにため息をつきながら、片手間で今度は黒い煙を手から出し始めた……かと思えば煙は集まって、攻撃的なシルエットの狼や黒子(くろこ)を着た人? に変わっていく。でも、それらは動物でも人間でもない。

 

 井上さんは目を丸くしているけど、私は先輩から生み出されたナニカだと直感的に理解した。

 

 同時に、先輩が今着ている黒い(・・)狩衣……衣装として渡されたものは動きにくいと脱ぎ捨てて、代わりにどこからか取り出して着ていたそれが、目の前で生み出されたソレに近いナニカであることも。

 

「安全のために、この使い魔をまず先行させる。奥に近づく使い魔に悪霊が手を出せば、それで相手の手の内がある程度分かる。逆に本体である俺を狙って使い魔をスルーするのであれば、そのまま3人を引っ張り出してきてもらう」

 

 少しでも安全性と確実性を高めるためにと、先輩は最終的に生み出した黒子5人に狼3匹、その全てをトンネルに送り出す。

 

 そして数分後。

 

「今のところ使い魔には変化なし。俺たちも平常心で行きましょう」

 

 先輩を先頭に、私達はトンネルに踏み込んだ。

 

「……久慈川さん。このトンネル、どのくらい続いているか分かる?」

「うん。2キロないくらいだね。一部緩やかに右にカーブしてるみたい。3人と、ヤバそうなのは反対側の端。ちょうど行き止まりになってる所にいるみたい。あとヤバいのとは別に小さな反応もたくさんあるね」

「行き止まり……こっちの入り口みたいに封鎖されてるわけか。小さな反応も気になるが」

「うん。一応緊急時用の避難口がトンネルに沿って数箇所あるみたいだけど、そっちも全部封鎖されてるみたいだね。小さいのは何だろう、ヤバいのと似てるんだけど別というか、中途半端な感じ?」

「久慈川様。トンネル内の空気の状態は分かりますか?」

「それも大丈夫みたいです。空気の流れはちゃんとあるし、命に関わるような危険なガスも出てません」

 

 先輩や近藤さんに聞かれた瞬間、パッと答えが頭に浮かぶ。

 それどころか、情報が多すぎて処理仕切れていない感じ……

 少しだけ頭が重い気がするけど、これは問題ないことも分かる。

 頭の中を駆け巡っていく情報の波を感じながら、先輩の後をついていく。

 

「……! 先輩、小さい反応に動きがある。先行組と重なって……えっ!? なにこれ、“洗脳状態”!? 先行組がこっちに戻ってくる!」

「確かに俺の命令聞かなくなってるわ。らしいっちゃらしいな」

 

 納得してないでどうにか! って、何これ、頭に別の……先行組と先輩の情報?

 ……あっ、先行組って囮だからそんなに強く作られてないんだ。

 ……先輩、ちょっと人間やめてない?

 

 色々な情報が流れ込んできて、処理するうちに分かってきた。

 そっか、具体的に意識を向けると処理がしやすくなるんだ。

 今分からないことも時間をかければ、ある程度詳しく調べられるかも? よーし!

 

「りせちゃん、大丈夫かい?」

「先ほどから表情がめまぐるしく変わっていますが」

「大丈夫です。情報量が多すぎるけど、ようやくコツが分かってきたみたいで……とりあえず先輩! 先行組が襲ってくるけど、大丈夫だよね?」

「調子が出てきたみたいだな。任せとけ!」

 

 先輩はその言葉通り、幽霊に操られて戻ってきた使い魔――正式名称はシャドウ?――を格闘技だけで軽々とノックアウト。“電光石火”ってスキル? を使ったのは分かったけど、1対8でも一瞬で肉眼では追えなかった。

 

 シャドウたちは煙に戻って消えてしまい、取り憑いていた霊の反応だけがその場に残る。

 

「まだ幽霊は消えてないよ!」

「大丈夫。視界に入れば姿は見えた。それより憑かれないように。洗脳能力を警戒してくれ!」

「了解! ……あれ?」

「どうした?」

「あー……うん。この小さい霊なんだけどね。調べてみたら、この小さな幽霊は“分体”だって。ある意味先輩の使い魔シャドウみたいなもので、奥にいるヤバい奴の分身。ただ本体よりも著しく能力が落ちるから、先輩の護符の効果が邪魔で私たちには取り憑けないみたい。

 それに奥のヤバイのが元気な限りまた出てくるみたいだし、下手に消耗するより無視して進んだ方が無難かも」

「ならそうしよう」

 

 先輩は即決で私の提案を受け入れてくれた。

 本当に私のナビ能力を信用してくれている感じがして、軽くプレッシャー。

 気合を入れ直して。だけど気合を入れすぎない。微妙な気合で前に進む。

 緩やかに右に向かうカーブにさしかかった。

 ここを過ぎたら3人の所まではもうすぐのはず……

 

「……久慈川さん」

「どうしたの?」

「ヤバそうな奴って、奥にいる1匹以外に感じないか?」

「ん……そうだね。今のところ奥で動かないのだけだけど、どうして?」

「さっきから無視してる分体なんだけど、人間だけじゃなくて野生動物の姿をしている奴もいるんだ。しかも例外なく、何かに引き裂かれたような感じで体のどこかが欠損している」

「うわっ」

 

 それってつまり、ゾンビみたいな姿ってこと?

 姿が見えなくて良かった……

 

「って良くない! そういうことする奴がいるかも。ってこと?」

「ああ。もちろん奥の奴がヤバイのかもしれないが、分体と本体のやり方は“洗脳”だろ? 派手な傷をつけるのはなんだか毛色が違う気がして」

「分かった。もう一回、全体を調べてみるね」

 

 改めてトンネル全体をサーチ……!!

 

「反応あり! 丁度私たちが入ってきた入り口からトンネルに入ってきたみたい。けっこう速いスピードで近づいてきてる。おまけに奥のもこっちに向かって動き始めてる。アスカちゃんたちも一緒!」

「挟み撃ちというわけですか。これはまた厄介な」

「理不尽な状況の悪化がもはや日常に感じて驚かなくなってきた……相手の詳細は分かる?」

「うん。この反応、私たちと同じ生き物だと思う。幽霊と似た感じもするけど、たぶん動物。ちょっと待って……」

「ゆっくりでいい。必要なら時間は稼ぐ。自分自身を信じろ」

「……りせちゃん、頑張って」

 

 深呼吸……緊張するけど落ち着かなくちゃ。

 そんなのステージの前の集中と同じ。

 私にはできるはず。だって何度もやってきたから。

 

 もっと詳しく教えて。相手は何なの?

 この反応の違いは何? 違和感の原因は?

 

 私は問いかける。

 私自身に確認するように。

 

 そして感じる。

 自分の中に感じるナニカを。

 

 私は問いかける。

 自分の中に感じたナニカに。

 

 そして感じた。

 私自身の、私自身への問いかけを。

 

 “ナニカ”は“ナニカ”

 先輩の着ている“ナニカ”に近いモノ。

 

 比較して理解する……

 先輩の“ナニカ”は先輩自身。

 私の感じる“ナニカ”は私自身。

 

 

 ……

 

 

『我は汝、汝は我』

 

 見つけた……これが私の力、先輩の言っていた“ペルソナ”!

 

 心の内側に秘められたソレに気づいた瞬間。

 世界が今までよりも明るく色づいた気がした。

 そして胸の前に現れる青いカード。

 

 どうすれば良いのかはもう分かっている。

 私はそのカードを両手で、大事に包み込んで手を組み合わせる。

 

「お願い、“ヒミコ”!!!」

 

『我は汝、汝は我。

 汝、我が耳目(じもく)は汝の耳目と心得よ。

 さすれば常世(とこよ)現世(うつしよ)の如し』

 

 どこからか吹き込む突風が草を掻き分け、溜まり積もった埃をはらう。

 その中心で、私の背後に生まれた影。これが私のペルソナ。

 

 女性的でしなやかな体に、アンテナのような頭部。

 その手に持ったバイザーを、後ろからやさしく包み込むように私にかけてくれる。

 私の頭からは霧が晴れていくように、全ての情報が整理されていく。

 

「ふぅ……お待たせ! ハッキリ分かったよ。私の力も、敵の正体もね!」

「それは助かる。で、敵は何だった?」

「熊」

「……は? 悪いけどもう一回」

「だから熊! 厳密に言うと種類はヒグマで、体長は2メートル50センチくらい。何でここにいるかまではわからないけど、たぶんここに入り込んだ動物や肝試しに来た人を追い詰めて、襲って食べてたんだと思う……それが“人が消えるトンネル”の正体だったんだよ」

 

 アスカちゃんたち3人がいた場所には、たくさんの骨や死骸がある。

 そしてそこにいたヤバい奴は、被害者たちの成れの果て。

 

「奥にいたのは何も知らずに遊びに来て、熊に襲われて亡くなった人の霊の集合体。彼らは生きてる人を道連れにしたがってるの。熊も熊で殺された人たちの霊が取り憑いていて、かなり凶暴化してるみたい」

「タチの悪い敵が2体同時に接近中か。まぁ来年の練習と思えばいいか。今は2対2だし……頼りにしていいんだよな?」

「危険な相手だけど、先輩と私が力を合わせればなんとかなるよ! ただ私たちはそっちにかかりきりになると思うから、3人の救出は井上さんと近藤さん、お願いね!」

「かしこまりました。彼女たちはこちらで何とかしましょう」

「ははは……もう何でもやるよ!」

「OK! 敵はもうそこまで来てる。女は度胸! アイドルは愛嬌! 全身全霊一発勝負! いっくよー!」

 

 ここは一発やるしかない!

 

 私はライブのテンションで奮い立つ自分がいることに気づいた。




一行はトンネルに侵入した!
久慈川りせがペルソナに覚醒した!


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309話 成仏(強制)

 魔術で肉体を強化し、戦闘準備を整える。

 すると頭の中に久慈川さんの声が響く。

 

『熊が高速接近中!』

「視界に収めた! こっちで対応する!」

 

 入り口と奥から近づいてくる2種類の敵。

 しかしやはりというか、到着は熊の方が早かった。

 

「先手必勝!」

 

 巨体を揺らして駆ける熊の正面に出て、まだ距離のあるうちにソニックパンチ。

 鼻面目掛けて気の塊を放つ──が、直後に熊が横への跳躍。明らかに避けている。

 

『先輩! あの熊、悪霊に憑かれて全体的におかしくなってる。感覚も敏感になってるみたい』

 

 目に見えなくても感じ取って避けられるようだ。だったら広範囲の魔法は?

 

『ストップ先輩! 爆発や衝撃はできるだけ控えて。ここ人が通るくらいなら大丈夫だけど、長年整備されてないから。強力な魔法だと崩落するかも!』

「了解……」

 

 魔法は取りやめ。

 熊はさらに距離を詰め、勢いのままに飛びかかり手を伸ばす。

 

 回避──

 

『防御して!!』

 

 警告と同時に体が重くなる。

 

「ッ!」

 

 警告のおかげで、かろうじて防御が間に合った。

 振るわれた腕を受け止めた背中に、丸太で殴られたような衝撃が走る。

 

 だが、

 

「──破ッ!」

「グオオォッ!?」

 

 飛び込む勢いのまま迫る牙を避け、体と体が衝突。

 全身の力をカウンター気味に叩き付け、さらに渾身の力を込めて押し飛ばした。

 熊は吹き飛び数メートル先で転がった……が、即座に立ち上がる。

 

 “(カオ)”、つまりは体当たりからの“双纏手”を。

 強化された体で八極拳の技を正確に叩き込めたのに、あまりダメージはなさそうだ。

 

 おまけに、この全身に絡み、しがみつく手足(・・)……

 視線を肩越しに後ろに向ければ……こいつが被害者の霊の集合体だと分かった。

 大勢の人間の体を粗く潰して、巨大な1つの肉団子(・・・)にしたような怪物。

 体が重いのはこいつのせいで間違いない。

 

 持っていた塩を振り撒くと体の重みから開放されたが、分体の時ほど劇的な効果はない。

 護符の防御も超えてきたし、効くことは効くが嫌がる程度。消滅させるには弱いようだ。

 

『ごめん先輩、気づくのが遅れた』

「警告だけで十分に助かってる。気にするな。

 それにしてもこれが奥の……悪霊に言っても酷だろうけどもっと綺麗に一体化できないのか」

『何の話?』

「いや、こいつ見た目がね……見えないなら気にしなくていい。それが正解だよ。それよりどうしようか?」

「グルルル……」

「…………」

 

 熊は牙をむき出しにしてこちらを睨みつつも、先ほどのように飛び込んではこない。

 隙を伺うゆっくりと左右に動いている。

 

 集合体の方も同じだ。警戒しているようで、熊と俺を挟むように動き続ける。

 どちらかを相手に動けば、どちらかがその隙を突いて手出しをするだろう。

 一対多の戦闘には慣れているが、悪霊は厄介だ……シャドウよりも有効な攻撃が限定される。

 

『気をつけて。その悪霊は人を捕まえたり、逃がさないように動きを鈍らせたり、こっちの邪魔をする能力に長けてるみたい。あと、沢山の霊の集合体だからか魔力量も桁外れ。弱点は光属性? らしいけど、先輩が使える魔法に光属性はないね……でも護符と塩と水が光属性を持ってるみたいだから、効果的に使っていこう!

 熊の方は人や人が持っていたお菓子を食べてたんだと思う。病気レベルで脂肪が厚くて、打撃系の攻撃は効きにくくなってるみたい。あと痛覚もだいぶ麻痺してる。でもちゃんとダメージは入ってるから安心して!』

「それは良い情報だ」

 

 打撃が効きづらいなら斬撃か貫通系の技で、脳か心臓を抉れば殺せるな。

 そう簡単に殺させてはくれないだろうが、狙うべきポイントがあるに越したことはない。

 

『! 行方不明の3人も追いついてきたよ! 打ち合わせ通りお願い、井上さん、近藤さん』

「承知いたしました」

「まず捕まえないと……どうしよう。とりあえずセクハラで訴えられないといいなぁ……」

 

 井上さん、この状況で案外余裕あるな……悪霊はともかく熊は見えてるはずなんだが……っと!

 

 ヘイトイーターを発動。防御力を高め、敵意を自分に引き付ける。

 すると2人の動きに気づいて動きかけた悪霊が、こちらに向き直った。

 

『先輩ナイス! 熊が右からのしかかりに! 悪霊はまたさっきと同じ手!』

「了解!」

 

 敵はナビの通りに動いたため、今度は対処がだいぶ楽だった。

 

「敵の行動予測ができるのか?」

『完全じゃないけど、一度見た手なら兆候くらいはなんとか!』

 

 本当に頼もしいな!

 

「だったら積極的に教えてくれ。敵の動きが分かれば、それだけ余裕ができる。

 余裕があれば──」

『悪霊が分体をばらまくよ!』

 

 襲い来る熊を再び押し飛ばし、悪霊へ接近。

 

こういうこと(・・・・・・)もできる!」

 

 本体から湧いて出た分体を殴って(・・・)粉砕。続いて劈掛(ひか)掌……両腕を鞭のように振り回す連続攻撃で他の分体を一掃。さらに本体の一部も削る!

 

「グッイヤァアァァッ!?」

「叫び声を上げるあたり、思った以上に効果あったみたいだな……」

『霊を拳で!? って、護符の模様をドッペルゲンガーで手に書いてたんだ……それで護符と同じ効果を拳に……なにその無茶苦茶な除霊方法』

「わざわざ札を取り出して貼り付けたり振り回すより、ルーンを刻んだ拳で殴る方が効率的だろう? それにルーンも護符と同じじゃない。護符のルーンの周囲にさらに魔法円を追加して、威力を3倍にしてある! ……まぁ、魔力消費も通常の3倍なんだけど」

『そんなことより熊が復活したよ!』

「とにかく余裕があれば簡単な術の改造はできるってことだ」

 

 護符をベースに、追加の魔法円の記述で効果を変える即興の魔術改造。

 魔力は使うが効果は上げられた。これならまだ戦いようもある。

 

「ガアッ!」

「ちっ!」

 

 体当たりを受け止め、噛み付きはアッパーで迎撃。

 野生の力を最大限に生かした攻撃の数々は、ためらいもなくこちらの命を狙ってくる。

 その隙を縫って反撃したいところだが、いったいどれだけここで被害者を出し続けたのか。

 好き勝手暴れる熊に隙ができると、必ず悪霊がフォローが入る。

 敵でなければ褒めたいくらいのコンビネーションだ。

 

『先輩! 要救助者3名、無事に保護! だけど全員気を失ってる! このままじゃ逃げられないよ!』

 

 こちらが敵を引き付けているうちに、2人がやってくれたようだ。

 この報告を受けて、ここから何とか脱出の隙を……と考えた時だった。

 

「ナン、デ……」

 

 ──!!

 

「皆、気をつけろッ!!」

 

 自分の能力の支配下にいた者が開放されたのだから、気づくのは当然かもしれない。

 こちらのスキルで敵意を引き付けていても、100%敵の行動を制御できるわけではない。

 

 だが、動いている敵に対して攻撃を加えるわけでもなく。捕まえようとするでもなく。

 ただ、一言呟いたのみ。その“たった一言”の呟きに、本能的に危険な何かを感じた。

 

 そして、その直感は正しかった!

 

「ナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデェェエエエエエ!!!!!」

「ぐぅっ!?」

『きゃあっ!?』

 

 悪霊の様子が急変。突如狂ったように叫びだし、膨大で気持ちの悪い魔力を見境なく発している。

 激しい頭痛と吐き気に襲われるが、幸いなのは熊も被害を受けているらしく、足元がおぼついていない。

 

「無事か!? 久慈川さん!」

『全員、命には別状なし! でもこれ、受け続けると本気でヤバイよ! 呪怨属性? 闇属性? のガードキル? 専門用語多すぎ! とにかく無差別攻撃で、あいつの力そのものが毒じゃないけど毒みたい。お札がもっと強力なら防げるかも……でも止められるなら止めるのが一番良いはずぅう、気持ち悪い……』

「分かった。何か手は……! マカジャマ!」

 

 気を確かに持たないと、一気に意識が持っていかれそうだ。

 しかも魔法ではなく魔力そのものに悪影響があるらしい。

 魔法の封印を試みたが、失敗。それどころか悪霊はさらに逆上したように叫びだす。

 

「ナンデ!? ドウシテ死ナナイ!? アキラメナイ!?」

「何を言って」

「俺私タチハ死ンダの二!? 何モデキズニ殺サレタのに!? ナンデ死ナナイ!? ズルイズルイズルイズルイズルイズルィイイイイイッ!!! 死ネッ! お前タチも死ネェッ! モッと怖ガレ! もット苦シメ! 泣イテ叫ンデ私たち俺ノ仲間にナレヨォオオッ!? ハヤクハヤクハヤク! 絶望シロ!! 絶望絶望絶望絶望──!!!」

 

 それが全ての理由で本音か。

 元から話はできそうになかったけど、完全にキレたらしい。

 

 皆は……久慈川さんはペルソナこそ消えていないが、トンネルの壁際に背を預け、口元を押さえて膝を突いている。近藤さんと井上さんは保護した3人を抱えて合流しようとしたのだろう。3人に潰される形で動けなくなっていた。どうやら俺が一番症状が軽いらしい。

 

 急いで助け起こして久慈川さんの周囲に並べるが、返事は力ない声や頷きのみ。

 代わりに今度は嘲るような笑い声がトンネル内に響く。

 余裕のつもりか、追撃してくる様子もない。

 

 ……彼ら、彼女らは元々被害者なのは分かっている。

 あんな形になりたくてなったわけでもないんだろう。

 危険で面倒な敵ではあるが、その点に関しては憐れみを感じる。

 だけど今は、腹の底から沸々と怒りが湧き上がる。

 

「勝手な自暴自棄に、他人を巻き込むなッ!!」

 

 一喝しながら持っていた護符の束を投げつける。

 護符は塩や水と違い、業務用のプリンターで簡単に大量生産可能。

 そのため無駄に数だけはある。

 

 投げつけた勢いでハラハラと、雪のように振り注ぐ護符。

 身に纏っていたドッペルゲンガーは解除。

 代わりに地面へ広げて新たな魔法円を描く。

 

 求めるのは防御であり攻撃。

 護符に込められた退魔効果を引き出し、指定の範囲を元凶の悪霊ごと(・・・・・・・)包み閉じ込める!

 

 意思と魔力を込めた魔法円が発動。

 振り撒かれていた悪霊の魔力が、陣を通して振り撒かれる退魔の力で祓い清められていく。

 その力は同じく包み込まれた悪霊に対しても影響を与える。

 

「ウウッ!? グウゥ……」

 

 抵抗しているが苦しそうな様子。

 先ほどとは立場が逆になったようだ。

 

『先輩……』

「! 大丈夫か?」

『うん、先輩があの悪霊の力を祓ってくれたから。それに先輩の持ってる“魔法円”ってスキル。これ“円の内側にいる味方の体力も少しずつ回復する”効果があるんでしょ?』

「初めて使うし、気休め程度だけどな」

『それでも十分。私だけじゃなくて皆も楽になってる、特に先に影響を受けてた3人は……ってそれより! 確かに攻撃は防げてるけど、力任せの勝負は不利だよ!』

 

 確かに魔法円にどんどん魔力を持っていかれて、このままではすぐに魔力が枯渇するだろう。俺だけの魔力なら。

 

「心配ない。念のため(・・・・)の用意があるから。……最近、物騒なことが続いてるから一応ね」

 

 まず使うような状況になってほしくなかったけどね!

 

 ……だいぶ強くなったつもりなのに。

 正直、今の力なら大抵のことは楽々こなせるだろう。

 最初と違って、今の能力ならチート級とか言っても差し支えないと思う。

 なのに本当に上手くいって欲しいことだけは、どうしてか上手くいかない。

 

 ……悲観していても仕方がないし、とりあえず目の前の敵を片付けよう。

 

 ポケットから取り出したるは、水晶の破片をこれでもかと取り付けた無骨な指輪。

 

『!?』

「分かった?」

『う、うん』

 

 石は以前、文化祭のステージを利用してエネルギーをかき集めた水晶の破片。

 元は800人以上の人々から集めた魔力を引き出し始めると、その膨大さを霊も感じたか、

 

「ヤ、ヤメロ! 卑怯者ォッ!! ヤメロヤメロヤメロォオオオ!!」

「勝てば官軍、負ければ賊軍。自力で勝てないってのは少々悔しくもあるけれど、別に幽霊退治が専門というわけじゃないし、何より自分の命がかかってる。

 灰は灰に、塵は塵に……」

 

 引き出した魔力を陣へ供給。

 退魔の力が強くなり、徐々に悪霊の表面が焼け爛れた端から光へと代わっていく。

 

「イヤダ……助けて……死にたクない! 消えタくナイ!!」

「……その気持ちは正直、分からなくもない。俺も10年以上前からずっとそう思ってる」

 

 だけど、彼らは既に死んでいる。

 亡くなった人間を生き返らせることはできないし、できたとしても倫理に反すだろう。

 

 やがて巨大な肉団子のようだった悪霊は、握りこぶし程度まで収縮。

 頭ひとつ分の体は残っていたが、とうとう力を失い抵抗はなくなった。

 魔法円を解除。ドッペルゲンガーへと戻し、すぐさま“邪気の左手”を使用。

 

「あ、アア、あ」

「貴方たちのような人がいたことは忘れない。せめて最後は楽に逝けますように……」

 

 退魔の力も纏わせた左の鉤爪で、霊を貫く。

 崩れた霊は光となって、ふわりとトンネルの天井へ消えていった……



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310話 誤算

 霊が光となって消えた瞬間。

 体の芯に流れ込むのは熊に殺された人々の最期の想い……

 1つ1つは小さなものだった。

 だけどそれらは積み重なった。

 

 苦痛、怨嗟、悲観、憤怒……

 そういった負の感情も初めは1人分だった。

 それが10人、20人と集まって、大きな流れを作り上げてしまった。

 わずか一滴の雨粒が集まって川になるように。

 無数の霊は1つになり、負の感情に満ちた魔力が更なる霊を蝕んで。

 引きずり込まれた霊は負の感情に囚われて、この世のこの場にも囚われる。

 そしてまた新たに人を誘い込んでは殺し、流れに取り込むための力となる……まさに負の連鎖。

 

 それを今ここで断ち切ることができた。

 悪霊からその根幹となる人々の想い(MAG)を吸い取り、淀んだ魔力を切り離した。

 一瞬のうちに流れ込んだ人々の記憶であり最期の想いの奔流。それが穏やかに抜けていく……

 

 直感的に邪気の左手を使用したことは間違いではなかった。

 

『悪霊の反応が消滅!』

「!」

『やったね先輩!』

「ああ……」

 

 何だ?

 久慈川さんの言葉からして、悪霊を倒した直後。まだ数秒程度だろう。

 ずいぶんと長く感じた……!

 

「皆無事か!? それと熊は!?」

 

 皆は要救助者3人を含めて壁際に。熊は、視界の範囲にはいない。

 

『安心、とは言えないけどとりあえず大丈夫。熊は来た道をゆっくり逆走中。先輩に何度も転がされたし、仲間っぽかった悪霊の無差別攻撃も受けてたからね。逃げることにしたみたい。それよりアスカちゃんたちの体力がマズイよ!』

「皆様、息はありますが衰弱しています……」

「体も冷たくて」

 

 近藤さん、それに井上さんも辛いようだが、それを堪えて彼女たちの状態を教えてくれる。

 急いで駆け寄り、指輪に残った魔力で回復魔法をかける。

 

「どうだ?」

『……魔法はちゃんと効いてる。体に怪我を負っているわけじゃないし、なるべく早く病院に連れて行けば大丈夫だと思う。できれば体を温めてあげるか、毛布か何かあるといいと思うけど……』

「そうか」

 

 保温くらいなら残った魔力と生活魔術で何とかなる。

 あとは久慈川さんたちにもう少し頑張ってもらって、早く全員で脱出を……

 

 と、考えていた時だった。

 

『嘘っ、何でこんなタイミングで!?』

 

 突然の久慈川さんの叫び声。しかも怒りを含んでいる?

 

「何があった?」

『撮影のスタッフ! 駐車場待機の人まで全員集まってこっちに向かってきてる! このままだとトンネルの入り口あたりで熊と鉢合わせしちゃう!』

 

 ああ……なるほど、理解した。

 

「待機してろって言ったのに何やってんだあの連中。まさかまだ霊に憑かれて」

『ううん、それはない。ただあの富岡さんってスタッフが、本来真面目な人だったみたい。行方不明者を出したのも自分だし、責任があるとかなんとか呟きながら歩いてて……この現場の責任者だし、言いたいことも分かるけどタイミング最悪っ! あ……』

「久慈川さん!?」

「りせちゃん……!」

 

 声を荒げた久慈川さんのペルソナが突然消失。

 本人は操り人形の糸が切れたかのように倒れかける。

 急いで支えたので転倒はしなかったが、顔色が悪い……

 

「りせちゃん、大丈夫かい?」

「大丈夫……ちょっと疲れただけ……」

 

 ……無理もない。久慈川さんは今日がペルソナの初召喚。それも通常空間での召喚は影時間やテレビの中よりも負担が大きいはず。むしろこれまで良く頑張ってくれた。

 

「協力してくれてありがとう。後のことは任せて休んでくれ」

「うん……先輩……よろしくね」

 

 彼女は力なく呟くと、静かに目を閉じる。

 体内の気の流れは、消耗しているが正常だ。

 

「疲れて眠ったみたいです。井上さんも辛いと思いますが」

「大丈夫、りせちゃんのことは僕が見ておくよ」

「私もいます。葉隠様は撮影スタッフを」

「行ってきます」

 

 これで最後にする。

 強化魔法で速度を上げて、暗いトンネルを一気に駆ける。

 明かりの魔術の効果は消えてしまったが、俺一人であれば問題ない。

 既にトンネルの入り口を視界に捉えている。

 

「!」

 

 悲鳴が聞こえた。スタッフが熊と遭遇したようだ。

 もっと早く。脚に力を込めて入り口を封鎖している金網の穴へ飛び込む。

 

「ぁ、あ……」

 

 その先にはあの霊に憑かれていた男性を押し倒し、その喉へ噛み付こうと牙を剥く熊の姿。

 

「させるかァッ!!」

 

 

 跳躍とともに左腕の筋肉を絞り、気を集中。

 ねじ込むように、寸でのところでスタッフの首もとへ腕を差し入れ、熊の牙を受け止める。

 

「アガッ、ウゥッ!?」

「ぐっ……!」

 

 牙が腕へ食い込む。

 しかし鉄頭功を習っていて良かった!

 万力で締め付けられるような圧迫感と痛みこそあるが、出血はないし耐えられる。

 そして何よりも、左手に食らいついているうちは頭がそこにある。

 

「は、葉隠──」

 

 一体ドウシテこんな状況になっているのか?

 心霊番組のロケに来たからだ。

 ロケ地がここだったからだ。

 ここに幽霊が出るという噂があったからだ。

 実際に幽霊がいたのは、こいつが人を食い殺していたからだ。

 つまり、こいつが全ての元凶。

 

 湧き上がる怒りとともに一撃。

 気を集中させた右の人差し指を、無防備な熊の左目へ深々と突き立てる。

 

「──!!!!!」

 

 さすがに眼球を抉られるのは効いただろう。

 熊は声にならない悲鳴を上げ、大きく仰け反る。

 結果、無防備に晒された喉へ、解放された左の貫手。

 さらにがら空きの胴体に頂肘(ヒジ)

 それぞれが急所を狙った渾身の一撃。

 

「ガフッ、ハッ」

 

 それらを纏めて受けた熊の吐息には、獣特有の臭気に鉄錆の臭いが混ざる。

 そんな熊に対して、更なる追撃。

 

 ──この熊はこのままここで仕留める──

 

 トンネルの中にも外にも人がいる以上、中途半端に追い返すだけでは被害者が出かねない。

 これが最善。合理的な思考。だがそれ以上に、衝動に駆られて。

 

「シャアァッ!!」

 

 雨のように繰り出した拳が牙を折り、鼻を潰し、顎を砕く。

 全身を使った鞭のような連撃が、熊の頭部を左、右、左、右と交互に振り向かせる。

 ほどなくして熊は勢いに押され後ろ足で立ちかけ、力尽きたように倒れてきたが……

 

 その巨体をさらに殴る。棒立ちの体を殴る! ひたすらに殴る!!

 

「ッ! オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!!!!!」

 

 殴り続けた結果、熊の巨体が連続攻撃で支えられた。

 さらに徐々に押し戻し、直立状態。

 巨体の重心が後ろへ傾く瞬間に背後へ回り込み、自然と倒れる力を利用。

 強化した全身の力を加えて熊の体を一回転させ、頭から地面へ叩き付ける!

 

「うわっ!?」

「ひぃっ!」

「マジかよ!?」

 

 もはや抵抗無く投げが決まった瞬間。

 熊の巨体ゆえに起きた地響きはまだ近くにいたスタッフにも届いたようだ。

 

 そして訪れる沈黙。

 

「……怪我人は、いませんか?」

 

 周囲を見渡せばこちらの様子を伺っているスタッフは何人もいる。

 だけど何を言えば良いのかが分からない、といった雰囲気だ。

 誰もが熊と俺を交互に見て、黙り込んでいる。

 

 仕方なくこちらから声をかけると周囲からスタッフの返事が聞こえてきた。

 どうやら怪我人はいても慌てて転んで手や足を擦りむいた程度で、問題ないらしい。

 

「間に合ったなら良かった。だけど悠長にしている時間もありません」

「そうだ、葉隠君! 他の方々は!?」

「トンネルの中にいます。全員怪我はありませんが、IDOL23の2人とマネージャーさんは意識がありません。救急車を3台。あと警察にも連絡を。トンネルの奥には……この熊に襲われて亡くなった方の遺体があります」

 

 俺の言葉に息をのむスタッフの方々。

 彼らは顔をこれまで以上に青くして、それぞれ手持ちの携帯電話を取り出す。

 後は近藤さんたちを連れ出して病院へ。熊の始末は警察に任せ……?

 

 月が雲に隠れたのだろうか? 急に目の前が暗くなった。

 上を見てみると、月は出ていた。しかし全体的に薄暗い。

 

 ……違う。

 薄暗いのではなく、どんどん暗くなっている。

 そう気づいた時には既に……目の前は真っ暗になっていた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 周りは真っ暗で何も見えないが、この感覚にはもう慣れてしまった。

 どうやら俺の体は意識を失ったらしい。

 

 ……慣れるほど意識を失っているのもアレだけど……今回はどうしたのだろうか?

 冷静に倒れる前の状況を思い出してみると、原因は疲労?

 

 それにこの夢と現実の狭間にいる感覚。

 また走ってベルベットルームに行く必要があるのかと思いきや、今回は動けない。

 というか体の感覚がない。

 とりあえず死んではいないと思うので、焦ることもないけれど……困ったな。

 

 打開策もなく、何もできないまま時間だけが過ぎていく。

 

 しかし、状況の変化は割と早いうちにやってきた。

 

「バイオリンの音……ってことはトキコさんか?」

 

 そういえばまだトキコさんを預かったばかりの頃にもこんな事があったな……

 あの時は突然預けられて、ベッドの下にしまいこんで置く以外に何もできなかった。

 それが夢でバイオリンを弾きたい、弾いてほしいというメッセージを受けて。

 実際に弾き始めて、指導を受けて、動画投稿まで……思えば色々あったなぁ……

 

 思い返していると、聞こえてくる音がより鮮明になってきた。

 同時に、トキコさんの意思が伝わってくる。

 

 ……だいぶ怒っているようだ……

 

「あー……っと……申し訳ないけど何に対して?」

 

 “無茶をしすぎだ”と彼女は言いたいようだ。

 どうやら俺が悪霊に対して最後にやった行為。

 あの除霊方法が思ったよりも俺に、特に精神面へ負荷をかけていたらしい。

 

 トキコさん曰く、あれは自分の体をフィルターにして毒を取り除くような荒業だったと。先に悪霊を弱らせていなかったら悪いエネルギーで体に害が出るし、逆に霊に精神を乗っ取られたかもしれない……とのこと。

 

 言われてみれば最後に熊と相対した時には必要性以上にどこからか(・・・・・)湧き上がる感情があったし、実際にこうして意識が体から離れている。

 

 どうやら俺は自分で感じていた以上にヤバイ状態だったようだ。

 

 やるなとは言わないが、やるならやるで相応の準備をしておけと……返す言葉がない。

 

 え? 霊の影響なので多少フォローもできたけど、完全には無理?

 目が覚めたら覚悟しておいた方が良い?

 

「分かった。というかトキコさん、そんな力あったのか。あとさっき除霊全力でやったけど巻き添えにしたんじゃ……あ、伊達に長年幽霊やってないと。あとバイオリンが本体だから、なるほど」

 

 そういえば元々は悪霊扱いされてた霊だった。

 旅行先まで勝手についてくる謎のバイオリンだし、力はあったのだろう。

 その力を俺を助けるために使ってくれた。

 

 最初はやや押し付けられるような形だったけれど、今は彼女の思いやりを感じ……!!

 

 トキコさんと(刑死者)のコミュが上がった!

 そして新たなスキル……“鎮魂の音色”? を習得した!

 “鎮魂の音色”なんてスキル原作には無かったはずけど……ん?

 

 だんだんと視界が明るくなってきた。

 体の感覚も戻ってきた気がする。

 これはそろそろ目が覚めるか?

 

 ……

 

「……です」

「先生……の容態は」

「彼が一番……」

 

 病院の一室。

 カーテンで仕切られたベッドの横に、医師と看護士。

 その2人から話を聞いている制服姿の警察官。

 そして、ベッドの上で横たわる“俺自身”の姿が俯瞰で見える。

 

 ……なるほど。幽体離脱か。




影虎は熊を倒した!
しかし意識を失った!
除霊が心身に予想以上の負担をかけていた!
幽霊のトキコがフォローに入った!
刑死者のコミュが上がった!
“鎮魂の音色”を習得した!

影虎は目覚めた……と思ったら幽体離脱していた!


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311話 無茶の代償?

 翌日

 

 12月7日(日) 

 

 体調が“疲労”になった……

 

 朝

 

 ~部室~

 

「おはよう」

 

 本来はドラマ撮影の予定が入っていたが、昨日の件で急遽休みになり、勉強会をやっている部室に顔を出すと、参加していたいつものメンバーが一瞬硬直。

 

 そして爆発するような驚きの声とともに迎え入れられた。

 否、引きずり込まれたと言う方が正確かもしれない。

 

「お前はまた、本当に何をやっているんだ!?」

「無事みたいでよかったけどさ……連絡しても全然携帯繋がんねーし、皆心配してたんだからな!」

「寮の食堂で流れてるニュース見てたら、突然葉隠君が熊に襲われたとか退治したとか、女子寮も大変な騒ぎだったんだからね!」

 

 パイプ椅子に座らされた俺に桐条先輩、友近、島田さんがまくしたててきた。

 他の皆は3人の言葉には同意しつつも、落ち着かせようとしてくれている。

 そして数分後。

 

「皆には心配をかけて本当に申し訳ない」

 

 ポケットに入れていた携帯は体当たりの際、俺と熊に挟まれて潰れたのか壊れていたし、色々とあって皆への連絡は頭から抜けていた。

 

「ん……いや、無事ならいいけどさ……」

「とりあえず元気そうではあるしね……」

「私たちも少し熱くなりすぎた。すまない。……しかし君はどうしてそう頻繁に危機的状況に陥るんだ」

 

 それはむしろ俺が聞きたいが……

 情報が錯綜していたらしいので、話せる範囲で何が起きたかを説明することにした。

 

「心霊ロケで」

「アイドルがトンネルに消えて」

「気が狂ったみたいな人もいて撮影中止……」

「しかもトンネルには熊が追い込み漁で死体がたくさん……」

 

 高城さん、西脇さん、山岸さん、そして頭を抱えた岳羽さん。

 岳羽さんは顕著だが、他の皆も理解に苦しんでいる……

 

 そこで声を上げたのは天田だった。

 

「とにかく襲ってきた熊を倒して助かったと」

「まぁ、そういうことになるな。怪我は噛まれたところも含めてかすり傷くらいだし、消毒と念のため感染症予防の注射で済んだよ」

「流石っす! 兄貴!」

「マジでパネェっす!」

 

 和田と新井は考えることをやめたようだ……

 と思ったが、2人はこれがいつも通りな気もする。

 

「? 葉隠君、疲れてる?」

「いやいや岩崎サン? 熊に襲われてぶっ倒した翌日なんだから、疲れててフツーだとオレッチは思うなー」

「いや、熊は大したことなかったんだけどその後がね……」

「超大型の人食い熊ってニュースで言ってたけど、大したことないのか?」

 

 宮元が首をひねっている。

 うん。感覚が狂っているのは俺の方だろう。

 

「なんと言ったらいいか、目が覚めた後が面倒だったんだよ。怪我はないようなものだったとはいえ、警察から聴取を受けたんだけど、全く信じない上に遠慮がなかったり……今回は近藤さんもダウンしてたからあれだ、サポートしてくれる人の大切さを思い知ったよ。

 一晩泊まって退院してからも、一晩のあいだに熊のことがニュースになったおかげで、反応の早い一部の連中から大バッシングだし」

「は? 大バッシングってなんだよ?」

「葉隠君は熊に襲われた被害者なんだから、非難される理由がないじゃない」

「むしろほら、空手家として“熊殺し”とか箔がつくんじゃね?」

「まさに今順平が言った熊殺しが原因でさぁ……なんか動物愛護団体の人たちが“熊を殺すなんてかわいそうだ!”とかなんとか」

「えー……」

「ちょっと何それ。襲ってきた熊って、もう何十人も人を食べてる人食い熊なんでしょう?」

「そうなんだけど、それはそれ、これはこれ。確かに人を殺した熊は悪いけど、だからといって熊を殺せばそれは熊と同じことをしている、とかなんとか。

 あとは今回一緒にロケをしていたIDOL23のアイドル2人が当分休業することになったから、

 “どうして守らなかったんだ!”とか、“自分だけ生き残ればいいのかこの卑怯者!”とか。そういう感じで一部のファンが騒いでたりするみたいだ」

「ちょっと、それ勝手過ぎませんか?」

 

 俺も正直そう思うけど、色々と言われるのもいつものことだ。

 逆に“助けてくれてありがとう!”なんて言葉も出ているし、いちいち気にしていられない。

 

「でもまぁ、今回はさすがに疲れた。来て早々悪いんだけど、奥でちょっと休ませてもらうな。事務所にはマスコミがつめかけていたせいで行けないし、寝不足で」

「ああ……よく見ると顔色も良くないな。ゆっくり休むといい」

 

 皆も桐条先輩の言葉に頷いている。

 お言葉に甘えて奥の部屋へ。

 

 今回の事を振り返ってみると、先ほど皆に話した程度はまだ些事だ。

 本当の問題はあの後……トキコさんから覚悟しておけと言われた通り。

 邪気の左手で強引に除霊を行った副作用として、俺の体にはいくつか体に変化が起きていた。

 

 信じたくないが……畳の上でごろりと寝転び、意識を集中。

 その状態を維持しているとペルソナを呼び出すのに近い感覚で、意識が体から離れる(・・・・・・・・・)

 

『やっぱりできる……』

 

 目の前には寝ている自分自身の体。

 

 今回の事での変化その1・“自由に幽体離脱ができるようになった”

 

 これはそういうこと、としか言いようがない。

 骨折や脱臼のように癖になるのか、寝ようとしたらうっかり離脱して目が覚めるので困る。

 昨晩はコツをつかむのに必死だったおかげで、本気で寝不足だ。

 

 でもこの状態だとちょっと空中に浮かんで移動したり、壁抜けをすることが可能。

 これを利用すれば、

 

「大丈夫かな……葉隠君」

「あんなに疲れてる感じの影虎も珍しいよな」

「こう何度も事件に巻き込まれていると、流石に負担はあるだろうな」

「うちで飯食ってもらえば元気出ますかね?」

「あっ、リラックス効果のあるハーブティーを調合してみたんだけど」

 

 と、このように情報収集も可能。

 

 さらに変化その2・“悪霊の能力を学習した”

 意図したことではないけれど、一度体に取り込んだ時に悪霊の力の使い方を学んでいた。

 

 最初は気づかなかったし、言語化もできないけれど、なんとなく“ああ、こうやるんだ……”という感じで力が使えるようになってしまっていた。

 

 その証拠に、

 

 敵全体を中確率で絶望させる“奈落の波動” 

 敵全体を中確率で洗脳する“ブレインジャック”

 

 さらにはドッペルゲンガーの特徴として即死系魔法が習得不可能なため諦めていた、闇属性(呪怨属性?)の攻撃魔法である“エイハ”、恐怖状態の相手を即死させる“亡者の嘆き”など、4つのスキルを一度に習得していた。

 

 エイハはまだ分かるが、亡者の嘆きは相手を恐怖させるという条件がつくと考えれば“即”死ではないといってもいいのか……判断基準が分からない。トキコさんとのコミュで習得した“鎮魂の音色”と合わせて検証していく必要がある。

 

 しかし……人間離れしたことはこれまでもやってきたけれど、今回はそれらとはまた違う。

 本格的に人間やめたというか、こう……根本的な部分で人間の道を踏み外した気がしている。

 

 状態異常が得意なドッペルゲンガーとあの霊の力。

 相性も良かったのもなんか複雑……だけど自分の行いの結果だし、熊を仕留めた時にも、

 

 中ダメージに加えて物理攻撃力を低下させる“牙砕き”

 中ダメージに加えて魔法攻撃力を低下させる“胆砕き”

 中ダメージに加えて防御力を低下させる“バックドロップ”

 

 と物理攻撃スキルも3つ習得していたので、戦闘能力としては大幅なプラスだ。

 前を向いて、なんとか心に折り合いをつけよう。

 

 そう考えながら体に戻ると、やっぱり疲れは残っていた。

 すぐに眠気が襲ってくる……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夕方

 

 ~校舎裏~

 

「本当に大丈夫かい?」

「問題ありません。ゆっくり休みましたし、そもそも呂先生に鉄頭功とその応用を教えていただいていたおかげで、怪我という怪我もせず済みましたから」

「熊に襲われる状況は想定していなかったけど、役に立ったなら教えていて良かった、かな?」

 

 目高プロデューサーと呂先生にも心配されながら、地功拳の演舞を行う。

 そして金的に耐えるなど鍛えた防御力を披露し、一週間の地功拳の練習が無事に終了した!

 

 最初から最後まで、実に穏やかな撮影で、少し心が休まった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 夜

 

 ~超人プロジェクト・日本支部~

 

 マスコミもほとんど帰った頃を見計らって事務所を訪れた。

 壊れた携帯の代わりを支給してもらえることになったので、その受け取りと健康診断のため。

 

 だったのだが、

 

「いらっしゃい、白鐘さん」

「突然お邪魔してすみません」

 

 事務所に白鐘直斗が訪ねてきた。

 

「ニュースを見たので無事とは分かっていましたが、もし体に障るようなら」

「擦り傷程度でしたから。全く問題ないので、どうぞご遠慮なく。何か気になることが見つかったみたいですね?」

 

 応接室で顔を合わせた彼女のオーラには、苦悩の色が混ざっていた。

 

「ではお言葉に甘えて……先日、あなた方から聞いた情報をこちらの方でも調べてみたところ……まずサプリメントからは情報通りの薬品が検出され、その情報を元に僕が追っていた事件の加害者に聴取と家宅捜索を行ったところ、同様の薬品が含まれたサプリメントを使用していたことが判明しました。

 これにより警察は、記載のない薬品入りの“違法サプリメント”を事件の原因と断定。入手経路と製造元の特定に力を入れるそうです」

 

 ……

 

「捜査から外されたのか」

「質問の理由を聞かせていただいても?」

 

 冷静にこちらを探るような目を向けてくるが、オーラは正直だ。

 

「言い方に主体性を感じなかった。“入手経路と製造元の特定に力を入れるそうです”……個人的に考えている白鐘さんの性格と捜査への熱意からして、捜査に携われるのなら“力を入れる“、あるいは既に“力を入れている”と言い切ると思ったし、逆にさっきのように伝え聞いたような言い方をするとは思えなかった。

 直感的と言えばそうなるけれど、間違っているとは思わないし、その後の反応で確信もした」

「……元々複数の事件の共通点と原因を特定する、という依頼でしたから。その2つが見つかった時点で依頼は解決。探偵としての役目は終えました」

「それは警察側の言い分」

 

 用意されていたティーカップへ伸びた手が、触れる直前で止まる。

 

「本当に依頼は解決で納得しているのなら、白鐘さんがここに来る必要はない。ましてや俺に警察の動向を報告することもない。捜査を外されても納得できないので、一人でも事件を追いかけるつもりでしょう?」

「驚きましたね。僕の考えていることを正確に言い当てられたこともそうですが、それ以上に……あなたの言葉は状況から推理をして答えを導き出しているようで、逆に回答から推理が出ているような印象を受けます」

 

 まぁ、うん。実際そうだからね。

 性格はある程度知ってるし、警察からの扱いが悪いのも知ってる。

 その上でオーラで精神状態とか見たら話の全容に大体想像がついた。

 あとは言葉の節々を指摘して、揚げ足をとったようなもんだ。

 

 むしろそれを感じ取れる直人が凄い。

 

 と思っていると、

 

「取り繕う意味もなさそうですし、単刀直入にお話します。僕に力を貸してください」

 

 彼女は姿勢を正して協力を持ちかけてきた。

 さて、どう返事をするか……




影虎は“疲労”になった……
昨夜の騒動がニュースになった!
影虎は悪霊の力を取り込んでいた!
影虎は幽体離脱ができるようになった!
影虎はスキルを大量に習得した!
影響はそれだけなのか……?
地功拳の練習が終了した!
白鐘直斗が訪ねてきた!


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312話 異常?

「では、また後日」

「気をつけてな」

 

 帰っていく白鐘さんを見送り、完全にビルを出たことを確認し、ソファーに体を預ける。

 結論から言うと、俺個人は白鐘と協力関係を結ぶことになった。

 しかし近藤さんは現在休養中なので、そちらの返答はまた後日。

 夜も遅くなってしまうと理由をつけて、今日は帰ってもらった。

 

 今日はこの後、予定がある。

 面倒事の1つに決着をつけるという大事な予定が……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 深夜

 

 ~アジトの中庭~

 

 ポートアイランドの路地裏に佇む廃ビルには、血気盛んな不良166名が、各々決戦の準備を整えて集まっている。

 

「ヒソカ、そろそろ時間だぜ。景気よく何か言ってやれ」

「分かった」

 

 鬼瓦に呼ばれて、俺は一段高い瓦礫の上に立つ。

 

「注目!!」

 

 それを見た1人が声を張り上げ、全体の目が俺へと集まった。

 ここはひとつ派手にやろう。

 そう考えた時、

 

「──諸君、私は戦争が好きだ──」

 

 有名な某少佐の演説をアレンジした言葉が自然に口から出てきた。

 最初は何を言い出すのかと呆気に取られていた奴等の瞳が釘付けになった。

 気分が高揚する。狂気が伝播する。口から溢れる言葉が止まらない。

 次第に演説を聴いていた連中の瞳には炎が宿る。

 恐怖や緊張を焼き尽くし、今にも闘争に身を躍らせそうな狂気の炎。

 それは目の輝きに留まらず、体から立ち上るオーラも燃え盛る炎の如く。

 

 彼らは──否、我々は(・・・)既に戦火の中に立っていた。

 

「──往くぞ、諸君」

『ウォオオオオオッツ!!!!』

 

 最後の一言と同時に瓦礫から飛び降りた俺は、狂ったような声を上げる男たちを引き連れて。

 最終決戦の場へと歩いていく。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~路地裏~

 

「ヒッ!?」

「や、やべぇ……!」

 

 目に付いた相手を無差別に襲いそうな連中を引き連れていると、通りかかる人全てが逃げていった。

 

 そして到着したのは、古びた看板を掲げた大きなボウリング場。

 窓は割れ放題。壁は落書きだらけ。

 建物はしっかりしているが、潰れてそれなりに長そうだ。

 だからこそ、こちらも相手も100人以上の喧嘩をするには都合が良いのか……どうでもいいか。

 

「往くよ」

 

 観音開きの扉を蹴破ると、電気は通っているらしく明るい。

 入って正面にはもう1つ同じ扉があり、先はボウリングの設備が並んで広々としている。

 扉の横に受付があり、本来はそこで料金を払ったりボウリング用の靴を借りるのだろう。

 

 しかし今は必要ない。

 無視して扉の奥へ進むと、そこには200人程度の男たちが待ち構えていた。

 

「ふーん……」

「きやがったな」

 

 もはや機能していないレーンの上で、睨みをきかせる男たち。

 その中心に、一際屈強な男たちに囲まれて派手なスーツを着た男が1人。

 どうやらこいつが金流会のリーダーらしい。

 背は高め。顔はいかつく、脂の乗って横に広い体……

 体がデカイという点で威圧感はあるだろうが、戦うための体ではないな。

 

「よくこんなに集められたね? 聞いた話じゃ、皆ボクと戦うのを避けてたみたいだけど」

「フン! こいつらは後始末担当だ。ケリのつけ方には同意しただろう」

「こっちとそっちの総力戦。ただし、その前にトップ同士のタイマン(1対1の勝負)だろう? つまりボクを1人で討ち取る自信があるわけだ。だから、少しは楽しみにして来たんだけど、ねぇ……」

 

 今回もハズレだ。

 

 そんな思いを察したのか、男は鼻で笑う。

 

「そんな口を叩けるのも今のうちだぜ?」

「せめて少しは楽しませてほしいよ。できるのならね。それより早く始めよう。今更話し合いで和解なんてないだろう? こっちの連中も早く暴れたがってるんだ」

「チッ、口のへらねぇ奴だ。……いいだろう。得物を持って前に出な!」

 

 彼は自分の勝利を疑っていないらしい。不敵に笑って、仲間を下がらせる。

 

 やっぱり目の前の男が相手なのか……

 本当に失望しつつ、鬼瓦から鉄の棒を受け取り、前へ出る。

 間合いが5メートル程度になった所で、奴は自分の得物を取り出した。

 

「なっ!?」

「拳銃だと!?」

「マジモンか!?」

 

 鬼瓦たちの間に動揺が走り、対する金流会側は余裕の表情。

 銃があるから勝てる、って言われて集められたのかね?

 少なくとも銃があることは知っていたらしい。

 

 ……まぁ、それはボク(・・)もなんだけど。

 

「へっ、喧嘩馬鹿のテメェも流石に拳銃には──」

「全員、左右の壁際に分かれて。後ろに立ってると流れ弾が来るかもよ」

「って、何平然としてんだテメェ! こいつはモデルガンじゃねぇぞ!」

「だったら早く撃ってきなよ。今更ゴチャゴチャ言わずにさ」

 

 念のためにヘイトイーターを発動。

 これで左右に分かれた鬼瓦たちが狙われる可能性は低くなる。

 

 銃の種類は形状からして“トカレフ”。

 たぶん中国製の密輸品で粗悪品。

 何より使用者の腕が悪い。

 

 銃を片手で持ってふんぞり返るような体勢。

 構え方がなっていないし、そもそも抜いて構えるまでが遅かった。

 銃を見せ付けるつもりではなく、明らかに扱いなれていない。

 何より余裕を見せてこの距離に近づくまで抜かなかったこと。

 接近を許せば銃の射程というメリットが潰れてしまう。

 

 銃を武器ではなく脅しの道具と考え、チラつかせれば降参するだろうと思っている。

 経験の賜物か、扱い方1つで意外と多くが分かるものだ。

 

「舐めやがって! 死んで後悔しな!」

 

 発砲の瞬間、軽く首を傾けて射線から逃れる。

 頭は急所だが、狙うには的が小さい。

 素人なら多少狙いをはずしても、体に当たる確率が高い心臓の方が無難なのに。

 おまけに一発で眉間を撃ち抜いたつもりか、追撃もこない。

 

「……は、ずした?」

「今、首をクイッって、まさか避けた?」

「んなアホな、威嚇射撃ってやつだろ」

「クソッ!」

 

 部下のざわめきを聞いて、ようやく次を撃つ男。

 馬鹿の一つ覚えのように頭へ2発。

 それから足を止めようとして3発。

 どれも発射直前に少し体をずらすだけで避けられる。

 わざと外しているわけでないことは、撃っている本人が一番よくわかるのだろう。

 トカレフの装弾数は8発。顔色悪く、焦った様子で残る2発は胴体へ。

 1発は半身で避けて、もう1発は鉄の棒を射線に置いて防ぐ。

 

 全ての弾を打ちつくし呆然とする男と、それを見てまた呆然とする部下たち。

 

 本当に、本当に……どうしてボク(・・)はこんな奴らに時間をかけていたんだろうね?

 

 1歩進むと、古い床板が不快な音を鳴らす。

 その音で我に返ったらしい。

 

「お、お前ら! 全員で撃て! 撃ち殺せ!」

 

 側近だろう、屈強な男達が、隠し持っていた銃を取り出そうとする……が、やはり遅い。

 

 銃を向けられるより早く、“絶望の波動”を放つ。

 

『!!』

 

 瞬間的に表情を失い、膝をつく男が4人。

 同時に4丁の銃が床に落ちる。

 

「おい、おい!? 何やってる!?」

「あ、はは……だめですよ、もう……」

「俺達は終わりだ……なにもかも」

 

 体を揺さぶられた2人は、本当に絶望しきった声で終わりだと口にする。

 

 そしてそれは事実である。

 

 古い床板を1歩1歩踏みしめて、状況の飲み込めない男に近づく。

 

「お前、お前は一体、本当に何なんだ、突然現れて、全部めちゃくちゃに」

「君たちは所詮、地元の一不良グループにすぎなかった。それを後ろ盾を得て増長したんだろう? 金を集め、部下を操って、だけど結局は暴力に頼る。だったら最初から、素直に、普通に喧嘩してればよかったのに」

 

 銃なんか持ち出さなければよかったのに。

 大体こうなる前に、いくらでも手を引くチャンスはあったはず。

 

「メンツを気にしてチャンスを全部捨てたのはそっちだろう」

 

 弾切れの銃をその手から奪い、他の4丁も拾い集める。

 彼らの持つ銃が全部で5丁なのは、周辺把握で分かっている。

 

「これでよし。あとは──」

「ヒブッ!?」

 

 既に立つこともできない男の顔面に一撃。

 それだけで男は気を失ったようで、鼻から盛大に血を吹いて床に倒れる。

 

 対して俺は血の滴る拳を突き上げ、ついてきた不良共に宣言する。

 

「さあ、前座は終わりだ! 銃も奪った!! あとやる事は分かってるな!?」

「あ、ああ! テメェら行くぞ!! 金流会の連中をブチ殺せェ!!!」

『ウ、ォオオオオオッツ!!!!』

 

 鬼瓦を筆頭に、一時的に治まっていた狂気が再燃。

 対してリーダーが負け、心の支えである銃を失った金流会の連中の士気はガタ落ち。

 

 そこから先は一方的な蹂躙が続き、新たなスキル“鮮血の先導者”を習得した……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 12月8日(月)

 

 朝

 

 ~自室~

 

 “疲労”が続いている……が、それ以上に、

 

「俺は何をしていたんだ……?」

 

 昨夜、金流会との最終決戦に挑み、勝った。

 その記憶はしっかりとある。

 しかし凄まじい違和感、というか、所々で自分がやったことなのか疑問な部分がある。

 だが昨日行われたことは間違いなく自分でやった事だ。

 

 金流会のボスにかけた言葉も、その後不良グループに戦わせたのも……

 あれは喧嘩というより、もはや集団リンチか? 負けた金流会は吸収合併。

 これまでの争いに決着をつけるため。後顧の憂いを払うためにも、徹底的にやらせた。

 当然とばかりに。

 

 後悔はしていないが、疑問が残る。

 ペルソナが暴走した、ということはないはずだ。

 そんな感覚は全く覚えがない。だけど何か違和感を覚えてしょうがない。

 

「っと、もうこんな時間か……」

 

 まだ時間はあるが、あまりのんびりしていると遅刻してしまう。

 とりあえず朝食だけでも食べなければ……

 

 そう考えて、とりあえず行動。

 

 身支度を整えて食堂へ行く。

 しかし、考えることは変わらない。

 朝食を受け取り、適当な席に着き、食べ進めるが、それだけ。

 

「おっ? 影虎じゃん」

「ん? あ、順平」

「影虎がこの時間ってなんか珍しくね? いつももっと早いだろう」

「まぁね、今日はちょっと、急ぎの用事もないし、やっぱりまだ疲れてたみたいで」

「あ~……ま、たまにはいいんじゃね? 休む時は休む! これ、オレッチ的に人生を楽しむコツよ!」

 

 そう言って胸を張り、隣に座ってくる純平。

 明るい彼を見ていると、少し気分が晴れた気もする。

 

「確かに。でも休みすぎ、遊びすぎで、後々後悔しないようにな」

「だはっ! 大丈夫だって! そうならないように今マジで頑張ってるんだからさ!」

「ははは、まぁ確かに勉強会もちゃんと出てるみたいだしな」

「そうそう! 今回はしっかり点取れそうな気もするし大丈夫だぜ! ってか、影虎、納豆嫌いだったっけ?」

「え?」

「いや、残してるからなんとなく気になって。前は普通に食べてなかったっけ?」

 

 視線を追うと、確かに今朝の朝食についていた納豆のパックがお膳の外に。

 いかにもこれは食べない、という感じで置いてある。

 

「嫌いじゃないけど、なんか忘れてた」

 

 考え事をしていたからかな……と思いつつ、パックを空ける。

 

「砂糖は……」

 

 と、探して気づく。なぜ砂糖?

 そういう地域もあるのは知識として知っている。

 でも俺は一度もそんな食べ方をしたことはない。

 

「菊池!」

「!」

「はー、やっぱ朝は味噌汁だよな~。? どうかしたか?」

 

 今、他人が呼ばれたのに自分が呼ばれたような気が……

 

 おかしい。

 心がざわつく。

 自分のことなのに、自分ではないような。

 

 この違和感は何なのだろうか……




影虎は白鐘と協力することにした!
影虎は金流会との最終決戦に臨んだ!
金流会のボスは拳銃を持ち出してきた!
しかし意味はなかった!

おや? 影虎の人格が……


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313話 記憶の混同

 ~保健室~

 

「失礼します」

「おや? 影虎君、朝からどうしました?」

「少し体調が……今、大丈夫ですか?」

「ええ、奥のベッドへどうぞ」

 

 言われた通りに奥へ向かい、先生が仕切りのカーテンを閉じたら盗聴防止の魔術を使用。

 

「では、聞かせていただきましょうか」

「体調不良も嘘ではないですけどね」

 

 昨夜から今朝までのことについて説明。

 そして先生から出た質問にも答えていく……すると、

 

「朝の症状は“記憶転移”に近いですねぇ」

「記憶転移?」

「はい。主に臓器移植を受けた患者さんが訴える症状ですね。

 たとえばファーストフードが嫌いだった人が術後はフライドチキンが食べたいと思うようになったり、クラシック好きな男性が術後はロックを大音量で聞くようになったり。さらには自分の娘の友達である若い女性に気を惹かれるようになったなど、趣味嗜好に変化が出たという話があります。

 ちなみに例として出した2人の臓器提供者はそれぞれ、好物がフライドチキンだった。娘と同じ年頃のロック好きの少年だった……と、合致している部分が多いのです」

「聞いたことがあるような、ないような……でも確かに似ていますね」

「ええ。臓器を受け取った患者が臓器提供者やその家族と会うことは、双方にとって良くないとされているため、ほとんどの場合情報が開示されることもなく、調査も難しく研究が進んでいない分野です……しかし術後に思い浮かぶ情報を辿って臓器提供者を突き止めた患者さんもいたという話です。

 記憶転移の原因としては、臓器を移植する際に記憶や情報を伝える何らかの物質が移ったのではないか? と考えられているようですが……君の場合は強引な除霊方法が原因でしょう」

「やっぱりそうですか」

 

 他に心当たりもないし、違ったら逆に驚きだけど……

 

「対処法としては、どうしたら良いのでしょうか?」

「そうですねぇ……自分のことなのに自分ではない、という違和感を覚えているなら、その原因を明確にしてみては? 例えば、適当なノートに分かっている情報、感じたことを書き出すなどして、“自分の記憶”と“それ以外の記憶”を分けて確認するのです。

 問題解決に際して“一度書き出す”という行為は効果的ですし、それだけでも曖昧な状態からは脱せると思います」

 

 自分と他人の記憶を分ける。なるほど。

 一度他人の記憶だと確認していけば、だいぶマシになる気がする。

 

「それから昨夜の件ですが、私は解離性同一性障害……つまり多重人格の可能性を考えています。

 あくまで可能性の話ですが……多重人格症は本来、体の防衛本能の1つです。心身に多大なストレスや負担をかけられた場合に、一時的に記憶や感情を切り離して守るために、失神や記憶障害、さらには体外離脱を体験する場合もあるとされます。……それらに近い症状を、君はつい最近経験しましたね?」

 

 熊を倒したあとには失神して幽体離脱したし、記憶転移を記憶障害と言うなら状況とがっちり合っている。

 

「その切り離された記憶と感情が別の人格として現れる。それを“別人格”や“交代人格”と呼び、別人格は時に自分とは異なる成長をしたり、一定の年齢で成長が止まっていたり様々です。また別人格の発言や行動は制御できず、勝手にしゃべりだしたり行動する時がある……

 付け加えるならば、影虎君は前にも一度、文化祭の演劇でトランス状態に入ったことがあったでしょう?」

 

 文化祭でトランス状態と言うと、演技をした時か。

 確かにあの時は役の人格が自分に乗り移ったかのような感覚になった。

 ヒソカという別人を装っているのも、演技ではあるし……

 

「言われてみると、確かに似ている……?」

「君が厄介事を抱えたり、事件に巻き込まれたりする頻度を考えると、多大なストレスや負担はむしろ当然に思えてきますしねぇ……」

 

 ああ……その点は納得してしまった……

 

「もっとも、健康な人でも“良い自分”や“悪い自分”を感じるということはよくあることです。

 “行き過ぎた演技”と“記憶転移”により、本来の自分と演技の境目が曖昧になってしまったのか。

 それとも2つをきっかけとして、新たな別人格が生まれたのか。

 あまり重く考えず、様子を見ながら考えてみると良いでしょう。……ただし」

「?」

「気をつけてください? 君が深淵を覗く時、深淵もまた君を覗き込んでいるのですから……ヒヒッ! 考えるのは良いですが、心は常に冷静に……瞑想と同じです。飲み込まれてはいけませんよ」

「……分かりました。ありがとうございます」

「どういたしまして。何かあればまた相談してください。……ところで、今日も薬の試作品があるのですが」

「あぁ……なんだかすごく久しぶりな気がする」

「私もですねぇ」

 

 受け取った試験管の中身は、紫と白の液体が混ざり合わず、不思議な模様が変化している。

 

「先生。今日、昼前から早退して仕事というか用があるんですが」

「大丈夫です。計算ではすぐ目覚めるはずですから。間に合わないようなら車に積み込んで現地に送りますし」

「お願いしますよ」

 

 先生の言葉で意を決し、液体を喉に流し込む。

 すると、急に眠気が襲ってきた!

 

「先生、気分が悪いとかはないですが、寝ます」

 

 そう口にした直後、意識は闇へ落ちていく……

 幽体離脱、する暇もなく……

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 疲労が回復した!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼

 

 ~成田国際空港前~

 

 アフタースクールコーチングのロケ班と共に、出入り口前に待機中。

 一般の利用客の目も集まって、現場はざわついている……

 

「もうすぐだね」

「はい。もう飛行機は着いているらしいので──来ました!!」

 

 今年一年で異様に良くなった目が、誰よりも早く、懐かしい人々の姿を捉えた。

 

『タイガー!!』

『Welcome to Japan!』

 

 空港から出てきたのはアメリカでお世話になり、年末の試合相手でもあるウィリアムさん。

 その後に続いて両親のボンズさんとアメリアさんに、研究者のエイミーさん。

 さらにエレナやロイドにアンジェリーナちゃん。

 荷物を載せたカートを押しながら、遅れてカレンさんとジョージさんもやってきている!

 

 そう、今日は年末の対戦相手とその家族が来日する日だったのだ!

 正直もっと先かと思ってたんだけど、忙しくてあっという間だった。

 

 でもそれはそれ、これはこれ。また会えたことは素直に嬉しい。

 

『皆さんお久しぶりです!』

『ようタイガー! 元気にしてたか?』

『ははは。だいぶ暴れてますよ、ウィリアムさん。……あれ?』

 

 近づいてみると違和感を覚えた。

 ウィリアムさんは元々、筋骨隆々で身長は2メートル近い巨漢だ。

 しかし気のせいだろうか? アメリカでお別れした時よりも体が大きくなっている?

 

『今度の試合のために、徹底的に体作りをしてきたのさ!』

 

 言うと同時にさりげなくウィンク。

 これは“そういうことにしておけ”ということだろう。了解。

 

 ボンズさん達にも挨拶し、自然に話題を変える。

 

『元気だったか? エレナ、ロイド』

『もちろんよ! というか、寒っ。日本って寒いのね』

『そりゃ12月だからな……』

『ボクは毎日クタクタだよ。ホームスクーリングの課題とか、動画編集とか色々と(・・・)ね』

色々と(・・・)、か。ところで後ろに隠れてるのは?』

 

 アンジェリーナちゃんは2人の後ろに引っ込んでいる。

 しかし、今日の服装はまさかのゴスロリファッション。

 ヒラヒラしたスカートが存在感を主張して、隠れ切れていない。

 

『アンジェリーナ』

『ん……』

『久しぶりねタイガー。どう? 日本で人気のファッションを調べて着せてみたんだけど』

 

 ジョージさんに促されて、恥ずかしそうに前へ出るアンジェリーナちゃん。

 そしてカレンさん、貴女が原因か! いや、似合い過ぎってくらい似合ってるけどね?

 

『久しぶり。元気してた?』

 

 アンジェリーナちゃんはコクリと頷き、そっと口を開く。

 

「こん、にちは。タイガー──」

 

 おお、日本語だ。

 そういえば日本語を勉強してるってメールが来てたっけ。

 

「──お兄様?」

「!?」

『!?』

 

 予想外の呼び方に、一瞬思考が止まる。

 

 唐突にお兄様……何故?

 

 通常、そうそう耳にすることのない一言に、再開シーンを撮っていたスタッフさんたちも困惑気味。

 

『ブッ! ハハッ!! アンジェ、ククッ、やっぱり勘違いしてたんだ』

 

 そんな空気を引き裂くように、1人の少年の笑い声が響く。

 

「勘違い?」

「最近日本語の勉強のために、日本の漫画を読んでいたんだよ、アンジェリーナは。そのキャラクターの女の子が、年上の男のことを“お兄様”って呼んでてさ、発音の練習をしてたからもしかして、と思ってたんだけど」

 

 つい日本語で行った問いかけに、律儀に日本語で答えたロイド。

 おかげで、漫画で日本語を覚えたせいか……と俺もスタッフさんたちも理解した。

 

 が……その言葉をなんとなく理解したらしく、分かっていたなら教えろ、と思っているであろう子が1人。

 

『あはは……? アン、ジェッ!?』

 

 恥ずかしさか、それとも怒りか。どちらにしても顔を赤くしたアンジェリーナちゃんの、思いのほか鋭いパンチがロイドの鳩尾へ突き刺さる。

 

 ロイドはその場でがっくりと膝を折った……

 

 これはアンジェリーナちゃんに意外とパワーがあるのか、それともロイドが貧弱なのか、どっちなんだろう?

 

 しかし会って早々にこのドタバタ感。

 今年の夏ぶりなのに、妙に懐かしく感じていると、

 

「相変わらず楽しそうだね」

 

 その一言で、周囲に緊張が走った。

 声の主は、今日この場に来るとは聞いていない大物。

 

「あれ、まさかコールドマン氏!?」

「うそっ! あの大富豪の!?」

「おや」

 

 彼は無遠慮に携帯のカメラを向けてくる一般客へ、にこやかに手を振りながら歩いてくる。

 

「久しぶりだね、タイガー」

「お久しぶりです、Mr.コールドマン。それともボスと呼ぶべきでしょうか?」

「そんなに気を使わず、“お爺ちゃん”でも構わないよ?」

「ははは……」

 

 ここでその話を蒸し返すのか……しかも流暢な日本語で。

 おかげで周囲のざわめきが大きくなる。

 

「しかしびっくりしました。来日するとは聞いていなかったので」

「年末の試合は私のプロジェクトにとっても大きなイベントになるからね。この目で直に見たいと思うのは当然だろう? 君たちの様子も見たかったしね」

 

 察した。

 この人、あえて黙ってたな?

 

「ああ、言っておくけど同行者については偶然だよ。これも運命なのかね?」

「?」

 

 何の話かと思えば、今度は豪華なドレスと毛皮のコートに身を包み、ふちの広い帽子をかぶった女性が現れる。

 

 ……おいおい、何でこの人まで?

 

『元気そうね』

エリザベータさん(・・・・・・・・)。おかげさまで、何とかやってますよ。教わった演技も役に立ってます』

「ね、ねぇ! あれってエリー・オールポートじゃない!?」

「うわ! マジだ! スッゲェ!! ハロー!」

「話してるのって葉隠君だよね? なに? あの二人知り合いなの!?」

『ハァ……やかましいわね。話はお爺様から聞いておいて。暇があれば連絡するわ』

『了解』

 

 聞きたいことは色々あるが、周囲を一瞥した彼女はそのままSPを連れて立ち去ってしまった。

 事情はコールドマン氏が知っているようだし、あとでしっかりと話を聞かせてもらうとして……俺たちも移動だ!

 

 そして無事に再会出来たことを喜ぼう。



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314話 友達紹介

 ~某ホテル~

 

 撮影スタッフさんたちと別れ、アメリカチームが滞在する高級ホテルへ移動。

 一泊百万円以上。トイレやお風呂は当然別。なぜか螺旋階段に2階までついている。

 

 ウィリアムさんたちがそれぞれ自分の部屋で荷物を整理している間、信じられないほど豪華なスイートルームのリビングで、Mr.コールドマンが皆を代表して色々と教えてくれることになった。

 

「まずは何から話そうか?」

 

 聞きたいことはたくさんある。

 順番にウィリアムさんの変化から聞いてみよう。

 

「一言で言うとペルソナの影響だね。報告では君も色々と体に変化が起きているだろう?」

「確かに。それが彼にも?」

「彼だけじゃなく、ペルソナ使いには共通して体力や運動能力の向上が見られる。向上率には個人差はあるが……ウィリアム君は足が元通り以上に動くと話していた。格闘家として再起は可能でも、僅かな違和感はあったのだろうね。他の皆もペルソナを得てから健康になったと感じるそうだ。

 我々はこの現象を、ペルソナ使いが影時間での活動や戦闘に適応できるように、無意識下で肉体を調整(・・・・・・・・・・)しているのではないかと考えている」

 

 なるほど……ん? そういえば、

 

「ウィリアムさんのインパクトが強くて霞んでましたが、ボンズさんも前より力強くなった気がするんですが」

「ああ、その報告は聞いていなかったか……夏に入手した黄昏の羽根の調査中に覚醒してね、今では彼もペルソナ使いだ。

 ペルソナの名前は“ヘーリオス”、アルカナは“太陽”なんだが……外見が完全に戦車でね、夏に君の父、龍斗が一時覚醒させた“イダテン”に続く、2例目の乗り物形のペルソナさ」

「ボンズさんまでペルソナ使いに……」

「そのことだが、新しいペルソナ使いは彼だけじゃない。保護していた夏の事件の被害者から、覚醒した者が1人。ペルソナは使えないが影時間を知覚できる者がさらに3人発見されている。今は全員、我々の一員として働いてくれているよ」

「色々とやっていると聞いていましたが、まさかそんなに適性のある人が増えていたとは……」

「ああ、日本に伝わっているのは全体の、ほんの一部だろう。すまないね、基本的に秘密裏に物事を進めているものだから。特に研究部門ではかなりの成果が出ていてね……残念なことにデータを盗んで自分のものにしようとした人間が早くも出てしまった。だから情報管理を厳にしているんだ」

「要請した情報に就いては開示していただいているので、今のところ困ってはいませんが、

 話せるものは話してもらいたいですね。あとそのデータを盗もうとした人は? 問題は?」

「件の研究員は不審な気配を察知した同僚が現行犯で捕まえた。データは無事。研究員は問題がないように“処分”した。もちろん生きてはいるが、今後我々の研究に携わることはないだろうし、外部に情報を漏らす事もないだろう。そこは安心してくれたまえ。

 そしてもちろん君には研究成果を開示する。この日本滞在中にエイミー女史から説明を受けてくれたまえ。技術的な話は彼女の方が適任だからね」

「ありがとうございます。では、次に……なんでエリザベータさんが一緒に?」

「次の映画の舞台が日本らしくてね。撮影が終わるまでは日本を拠点にすることになったらしい。たまたま私が日本に行くと話したら、ついでに乗せて行けと言われたのさ。空港でも言ったけれど、この件について私は何もしていない。君の言う“コミュ”の影響ではないかと考えているが、そこのところどうかね?」

 

 俺とのコミュがあるせいで彼女が日本に来ることになった可能性……

 

「ないとは言えませんが……関係を証明する手立てはないですね」

「確かに。客観的に見れば偶然が重なった結果だが、君の事情を知る身としては……今考えても仕方のないことか。それよりコミュは我々との間にもあるそうだね?」

「確かに感じます」

 

 アメリカの人が関わっているコミュは4つ。

 

 まず、アメリカチーム全体で“太陽”。そして個別に、エリザベータさんの“女帝”、Mr.コールドマンの“正義”、アンジェリーナちゃんの“死神”だ。

 

「私が正義か……選ばれる基準は何なのかが気になるが、それよりも絆、双方の関係が力になるのならば、お互いが近くにいた方が何かと便利だろう?」

 

 メールのやり取りでも力が強まったこともあるけれど、確かに会えるなら会えた方がコミュは上がりやすいかもしれない。しかしそれをなぜ今?

 

「それはだね……」

 

 Mr.コールドマンから、様々な思惑を含んだ話を聞く……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~部室~

 

「というわけで、やってきました」

『どういうワケ!?』

 

 アメリカから来た10人を連れて、勉強会中の部室へやってきた。

 

「アメリカから友人来た。皆に紹介したい。あと今度日本の学校に通うことを検討しているから、学校を見学したい。OK?」

「なんで片言なのよ……」

「事前に連絡を受けた時にOKはしたが、まさかコールドマン氏まで一緒とは」

「初めまして、ミス桐条。君のお父様には何度かお会いしたことがあるよ」

「お会いできて光栄です。ミスター」

「なんだか珍しい光景。あの桐条先輩が畏まってるぜ。それにコールドマンさんって穏やかそうな人だな。俺もっと頑固そうだったり怖そうな人かと思ってたぜ」

「ははは、若い頃は君の想像通りだよ。あの頃は私も尖っていたから」

「うぉっ!? 聞こえてた……」

「馬鹿ミヤ! 初対面で失礼しました!」

「いいんだよ、Ms.宮脇」

「ありがとうございます。って私のこと」

「お友達の話、タイガーから聞いてマース」

 

 そう言いながら前に出たカレンさん。

 3児の母とは思えないスタイルと美貌にほとんどの男女が息を呑むのが分かった。

 

「……スッゲー美人」

「順平さん、鼻の下が伸びてますよ」

「いやいや天田少年! これはむりからぬことでしょう!」

「は、ハロー! マイネームイズトモチカ! えっと、よろしくおねがいします美人のお姉さん!」

 

 順平はともかく、友近……その度胸は買うけど、その勢いに相手は面食らっているぞ?

 あと日本の女子の目が一瞬で冷え込んだことに気づけ!

 いや、気づかないほうが幸せか……?

 

「ぷっ、アハハ! 私みたいなオバサンに美人、言ってくれる良い子デスネー」

「えっ!?」

 

 笑いながら友近にハグをするカレンさん。

 アメリカでは挨拶程度なんだろうけど……オーラを見るに確信犯か。

 

「……」

「……」

「ちょっ、ともちー、友近君!? 岩崎さん──」

「何だよ順平、理緒は」

「とSPみたいな人がめっちゃ睨んでるぞ!?」

「どうでも、って、SP? ……えっ」

 

 目が合う2人。

 ジョージさんは相変わらずのスーツにサングラス。

 間違えるのも無理はないが……

 

「あー、友近? カレンさん、既婚者だぞ。あとそのSPみたいな人が旦那さんのジョージさん」

「あっ」

「ともちー、やばくね?」

「アハハハ! 大丈夫デース。ハグは挨拶! ジョージも睨んでいるわけではありません。ただのジェラシーね。私が若い子の方にいくと思って心配しましたか?」

「…………」

「やめんか、いい歳をして恥ずかしい」

『若い子を弄ぶんじゃないの』

 

 無言の夫に絡んでいくカレンさん。

 そのいちゃつき具合に、ボンズさんとアメリアさんから掣肘が入った。

 そして友近は……

 

「……」

「燃え尽きてる……」

「ごめんなさいね、うちのママが」

「えっ! ううん! いいよ、友近の自業自得……だから」

「ううん。明らかに悪ノリしてたから……あ、ごめんなさい。私はエレナね。エレナ・安藤」

 

 今度はエレナが岩崎さんに声をかけ、女子の輪に入っていく。

 

「でもあれは無理もないかな~、エレナのお母さんって凄く美人だし」

「あれで3児の母とか信じらんないよね」

「本当、20歳前半って言われても信じちゃうかも」

「あ~、そういうの本人に言わないでよ。最近うちのママ、エドガワが作った薬で肌の調子が若返ったからって調子に乗りすぎなのよ」

「え゛っ?」

「今、江戸川の薬って言った?」

「言ったけど……そういえばエドガワはこの学校で先生やってるのよね? 今日もいるかしら」

「えっ、マジでうちの学校の江戸川なの!? その薬!?」

 

 島田さん、岳羽さん、山岸さん。高城さんに西脇さんまで、皆驚いている。

 江戸川先生の薬は評価が低すぎる……

 

「っと、天田? どうした?」

「先輩、そろそろ話を戻したほうがいいんじゃないんですか? じゃないと僕が延々通訳させられます」

 

 天田の視線の先を見ると、和田と新井にウィリアムさんの3人が、それぞれ自国語で話して通じていないようだった。

 

「ああ、そうだな……皆注目ー!」

 

 部室中の視線が俺に集まる。

 

「話を戻すが、来年からエレナ、ロイド、アンジェリーナの三人が日本の学校に通うことを検討している。そこで皆には手分けして、それぞれ小等部、中等部、高等部の案内をして、色々と教えてあげてほしいんだ。申し訳ないことに俺はこの後、いつものようにアフタースクールコーチングの撮影があるから」

「ふーん。ま、そういうことならいいんじゃね? な、皆」

「おう! 丁度勉強にも一息入れたかったとこだしな!」

 

 そういうタイミングも狙っていたが、ノリのいい順平に宮本も乗ってくれた。

 さらにMr.コールドマンの登場と話術も駆使し、試験前だけど少しはいいかなという空気に誘導。

 

 最後に、とどめのひと押し。

 

『アンジェリーナ、彼女たちが案内してくれるってさ』

「……あり、がと……お姉様?」

『!!』

 

 女子の心に万能属性のダメージ!

 

「なにこのかわいいいきもの」

「これは断れないわ……」

「お姉様……たまにそう呼んでくる者もいるが、年少者に言われるのとはやはり違うな」

 

 アンジェリーナは島田さん、高城さん、そして桐条先輩すら魅了したようだ。

 少数派かつお世辞にも勉強好きとは言えない男子たちは元から案内に乗り気。

 もはや案内をする、ということは決定事項になった!

 

 そうと決まれば小等部、中等部、高等部チームに分かれて見学してもらう。

 

 これでひとまず俺は任務完了(・・・・)

 

 あとは()に向けての仕込みをしておかないと……

 アメリカチームの合流は頼りになるし嬉しいが、これまでとは別の方向で忙しくなりそうだ。




Mr.コールドマンから話を聞いた!
影虎はアメリカチームを学校に連れて行った!
アメリカチームは影虎の友人と接触した!
影虎は何かの任務を受けていたようだ……


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315話 作戦遂行中

 影時間

 

 ~ポロニアンモール・青ひげ前~

 

 到着してすぐに残酷のマーヤを5匹召喚。

 噴水周辺をうろつかせ、自分自身はモールの二階に身を潜める。

 

 10分、20分と影時間の時が流れ、彼らは現れた。

 

「まさか本当に現れるとはな……」

「美鶴、岳羽、油断するなよ。数が多いぞ」

「了解!」

「分かっている」

「よし。いくぞ! 先制攻撃で数を減らす!」

「「ペルソナッ!!」」

 

 真田は1人前へ出て、召喚器を取り出した桐条と岳羽が青白い光と共にペルソナを召喚。

 モール内に突風と冷気が吹き抜け、弱点のブフを受けた1匹が消失。

 ガルを受けた1匹は耐えたものの、続く真田の拳に打ち倒される。

 

 これで数は同じになった。

 

 “──行け──”

 

 奇襲を受けて、今まさに敵を認識したように。

 魔術による指示を受けたシャドウ3匹が襲撃者と向き合う。

 

 “アギ、一斉射撃”

 

「「「!!」」」

「来るぞ!」

「チッ!」

「キャッ!!」

 

 揃って放たれた爆炎は全体攻撃の如く広がり、3人を襲った。

 余波でガラスの割れる音も聞こえてくる。

 

 “畳み掛けろ。標的は右の女”

 

 まだ経験不足なのだろう。対応がワンテンポ遅れた岳羽にシャドウをけしかける。

 2匹は魔法を準備し、1匹は鋭い爪を振り上げながら迫っていく。

 

「させるかァ!」

「グヒッ!?」

「ペルソナ! ブフ!」

 

 “魔法、標的変更! 左の女! ”

 

 冷気と爆炎の魔法が衝突。そして威力は相殺された。

 続くもう一発が桐条を襲う。

 

「なっ!? くっ!」

「シッ! 2人とも大丈夫か!?」

 

 ”後退しながら交互に魔法連発。攻撃を止めるな。噴水を盾に、距離をとれ“

 

「問題ない!」

「私もっ!」

「なら援護を頼む! 奴ら逃げるぞ!」

 

 言うが早いか真田は突撃。桐条は召喚器を構え、岳羽は手数を意識したのか弓を構える。

 

 その後は魔法と矢の撃ち合いの中を掻い潜った真田によって1匹が倒され、均衡が崩れた途端にもう1匹も残る2人の集中攻撃を受けて霧散する。眼前で繰り広げられた戦闘は、特別課外活動部の勝利で終わった。

 

 途端に静まり返ったモール内に、岳羽の声が響く。

 

「倒せ、た?」

「……どうやらそのようだな。シャドウ反応はない」

 

 桐条の言葉を聞いた岳羽が武器を下ろす。

 そこへ特攻していた真田も合流。

 

「ひとまずお疲れ様、といったところだな」

「あっ、真田先輩。さっきはありがとうございました。それと……足を引っ張っちゃって、すみません」

「気にするな。イレギュラーシャドウは滅多に見つかるものじゃない。戦闘経験を積むには時間がかかる。ペルソナの召喚に攻撃魔法もしっかり使えていた。今はそれで十分だ」

「明彦の言う通りだ、ゆかり。それに今回のイレギュラーシャドウは、イレギュラーの中でもイレギュラーだろう。私や明彦は影時間に活動して長いが、一度に5匹も見つかるのも珍しい上に、これまで私たちが戦った同種のシャドウよりも強く感じた」

「ああ、それは俺も思ったな。倒すまでにいつもよりも多く殴ったし、動きも良かった。きっとかなり強い奴だったんだろう。上には上がいるということだ」

「……じゃあ、もっと鍛えないと」

「その意気だ! しかし、あまり無理はするなよ。俺が言えた事ではないが……」

「ははは、って……やっば」

「岳羽? どうした?」

「戦闘に夢中で気にしてなかったけど……周りのお店が、てか私のバイト先が!」

「ああ……ショーウィンドウが完全に割れているな……他の店もそれなりに」

「影時間の出来事は一般人は認識されず、適当な理由に置き換えられる。桐条グループの方から補填もある。あまり気にするな。今後は注意していこう」

「はい……」

「ならこれからのことを話し合うためにも、帰るとするか」

 

 3人はポロニアンモールから立ち去った……

 

 俺も報告に行くとしよう……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 12月9日(火)

 

 午前0時30分

 

 ~高級ホテル・スイートルーム~

 

「戻りました」

「おや、ずいぶん早いね?」

 

 豪華なリビングには来日したアメリカチームの方々と江戸川先生、さらに近藤さんと天田もいた。

 

「影時間中は遠慮なく力を使えるうえに、車や信号も動かないので道を独占できますからね。そこで距離を稼ぎました。ところでMr.コールドマン。お話の方はどこまで?」

「ここ数日の報告を受けていたところだよ。我々の渡航中にまた色々あったらしいね。江戸川からは後遺症が出ているとも聞いたが、大丈夫かね?」

「まだ様子を見ている段階なので、なんとも……ついさっきも少々、遠慮なくやりすぎた気もしますし」

「さっきって影時間? 何をやってきたの?」

 

 豪華なリビングに何故かついているバーのカウンターで、エレナが飲み物を片手に聞いてきた。

 

「くつろいでるな……岳羽ゆかりに“占い”と称して、影時間にシャドウが現れる位置情報を提供した。特別課外活動部は最近、全員でトレーニングをしているらしいからな。占いと称して情報提供することで、彼らの影時間の行動をコントロールできるかを試した」

 

 アメリカチームはこの滞在中に、一度はタルタロスを見ておくつもりだと聞いている。

 

「タルタロス探索の決行日が決まったら教えてくれ。今後彼らが占いを頼んできたら、適当な情報を与えてタルタロスから引き離しておく。そうでなくても影時間に俺が彼らの前に姿を見せれば、引き付けておく事はできるだろうから」

「そういうことね。OK」

「私からも1ついいですかねぇ……先ほどの“遠慮なくやりすぎた”とは?」

 

 今度は江戸川先生だ。

 改めて影時間の戦闘について説明。

 

「シャドウの確認だけさせれば、戦わせなくてもよかったんですが……」

「先輩、本気で襲わせたんですね?」

「うん。今の実力が知りたくなった。こう、衝動的というか、スイッチが切り替わる感じ? 命の危険はなさそうのが不幸中の幸いだな」

「……分かりました。些細なことでもいいので、変化があればすぐに私に 連絡してください」

 

 江戸川先生はソファーに座り、手帳に何かを書き始めた。

 

「そうだ、ロイド。昼の話だけど、データはとれたか?」

「Of course! タルタロスの日中の姿である月光館学園への立ち入り。そして主要人物である特別課外活動部メンバーとの接触。どっちもタイガーに手引きしてもらったからね」

 

 ロイドが操作していたノートパソコンをこちらに向けてくる。

 

「“HP”に“MP”……ゲームのステータスみたいなものが表示されているが、これは?」

「主要人物の肉体エネルギー()精神エネルギー(魔力)を数値化したものだよ。僕たちは人の体内のエネルギー量を測定する装置を開発して、さらに隠し持てるサイズまでの小型化に成功したのさ!」

 

 ロイドのペルソナは元々そういう能力を持っていたけど、それに頼らず機械で? 

 

「よくこの短期間でそんな装置を開発できたな?」

「完全なゼロからだとお手上げだったけど、私たちには幸いロイドの力があったから。

 観測機器の開発、効率化、その他諸々。研究分野では重宝したわ」

「基本的な機材ができるまで、僕は毎日地獄のようだったよ……」

 

 技術者のエイミーさんは満足そうだが、ロイドの目が一瞬だけ死んだように見えた……

 

「お疲れ様だったな。で、このデータから何が分かる?」

「あ、うん。まだ他のデータと合わせて解析したり、各個人の行動分析とか色々やることはあるけど……この数値化したデータ単体なら、その人の強さの指標になるね。強力なペルソナ使いほど数値が高いから。例えば今のタイガーを計ってみると……」

 

 ロイドはポケットからリモコンのようなものを取り出し、俺に向けてスイッチを押す。

 

「あー、やっぱり高いね。僕たちがアメリカで集めたデータから計算した一般人の平均値は“HP50・MP30”なんだけど、タイガーの数値はHPが612でMPも595。通常の約12倍と20倍のエネルギー量だよ」

「一般人と比べるとそんなに違うのか」

「目覚めたばかりのペルソナ使いもそんなに一般人と変わらないけど……そうだ! 今度のライブで魔力を集める計画があったじゃない?」

「ああ、確かに」

 

 年末のCステージだな。動画投稿者のCraze事務所主催の。

 そういえばあの件については、安藤一家の出演を提案したきりだけど、大丈夫か? 

 

「その件については先方と安藤家の方々から快諾を得た後、こちらで話を進めていました。連絡に不備がありました。申し訳ありません」

「問題がないならよかった。というか近藤さん、体の方は」

「おかげさまで、無事に復調いたしました」

「あの件についてはアイドルの救助を担当してくれて、こちらこそ助かりました。

 ……で、エネルギー回収計画とこのデータの関係は」

「さっき話した通り、一般人の平均値はHPが50、MPが30。日本人も同じかはチェックしないといけないけど、観測装置を使って調べた結果、人は“体内のエネルギーを7割失うと疲労や不調を感じる”という結果が出たのさ! つまり──」

「逆に言えば、7割までなら吸い上げても安全?」

「That's right! その通りだよ!」

「それは助かる!」

 

 ライブでの疲労や誤差を考慮して、1人の吸収量をそうだな……5割以下に抑えても、Cステージの来場者数は10万~15万人。一人分をHP15、MP10と考えたら150万~225万のHPと100万~150万のMPが手に入る計算になる。……1回でそれは十分すぎる量だ! 

 

「回収するエネルギー量の調整や回収後の保存方法についても考えてきたから、技術的なことについては私たちを信じて頼りにして頂戴。この機会に研究成果を思いっきり披露してあげる」

「よろしくお願いします、エイミーさん」

 

 その後は今後に関する打ち合わせを行い、そのままホテルに用意された部屋に泊まることになった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 朝

 

 ~教室~

 

 登校すると、クラスメイトに囲まれた。

 

「葉隠君! あの大女優、エリー・オールポートと会ったんだって!?」

「それも親しげに話してたって!」

 

 どうやら空港での話が拡散したようだ。

 隠すことでもないので、俺と彼女は一週間の師弟関係? だと話す。

 

「文化祭準備の時の演技経験ってそれか!」

「あの舞台での演技凄かったもんね!」

「大女優エリー・オールポートから演技習ったとか、マジヤバくね!?」

「ていうかー、そんな葉隠君に演技習った私たちって……考え方によっては孫弟子?」

 

 教室内の盛り上がりが凄い……

 

「ちょっ! 見てこれ! エリーのSNSの公式アカウント! 葉隠君の事が書かれてるっぽい!」

「えっ……と、なんて書いてあるんだ? 英語読めねぇ」

「私も自信ないけど、葉隠君が言ったようなこと書いてると思う! つまり正式に弟子と認められた感じ?」

「ちょっといい? ……あー、まぁ、確かに……」

 

 携帯の画面を見せてもらったら、確かに俺に演技を教えたことが書かれている。

 もちろん一週間だけということも書かれているのだが……たぶん俺との関係を騒ぎ立てた人がいたのだろう。文面がかなり刺々しく、苛立っているのが分かる。

 

「ねぇ、なんかこの記事のコメント、凄く荒れてない?」

「そもそも本人の書き方が刺々しいからな」

「へー……なぁ葉隠、エリー・オールポートって性格めちゃ悪いって聞くけど、本当か?」

「個人的には性格が悪いというより、話し方がきついからそう言われるんだと思う。演技に対してものすごく真剣な人だよ」

 

 この後、先生が来るまで質問攻めが続いた……



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316話 秘宗拳

 夕方

 

 ~校舎裏~

 

「はい吸って~……吐いて~……ゆっくり~」

 

 アフタースクールコーチング、今週の課題は“秘宗拳”。伝説によると、開祖はかの有名な水滸伝の登場人物“燕青”。故に“燕青拳”とも呼ばれるし、燕青は反乱軍の将軍だったため、()主(開祖)の名前を()密にした()法。故に秘宗拳(・・・)と呼ばれるようになったという話もある。

 

 その特徴は“迷蹤芸”とも呼ばれる由縁になった複雑な歩法と、上下に激しい姿勢の変化で相手を翻弄する技法。

 さらに関節技や経絡にツボといった目に見えない急所を攻める擒拿(きんな)術である。

 擒拿(きんな)は他の流派にもあるが、秘宗拳のそれは最も繊細で高度、そして強力無比。

 そう秘宗拳を教えてくれる(チョウ)先生は語っていた。

 

 そして秘宗拳の套路は太極拳のようにゆっくりと練習するが……今やっているのは“易筋経”という健康体操のような気功法。

 

 張先生は秘宗拳の達人であると同時に鍼灸や気功、中国医学に通じた医師でもあるそうで、今回は格闘技術の習得よりも、試合前に体のコンディションを整えることに重きを置いて指導をしてくださるそうだ。

 

「息を吐いて~、吸う~……それと同じで気も発する、使う、それだけではダメですね~……使った分の気をしっかりと養わなければ~、体を壊します」

 

 ここ最近も色々と問題が続いているし、格闘技術を全く学べないというわけでもない。

 張先生の指導方針は渡りに舟だった……

 

 易筋経、そして気功的な養生方法を学んだ!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~超人プロジェクト・日本支部~

 

 練習後はMr.コールドマンの視察がてら、日本支部のビルでアメリカチームと情報交換。

 さらに今晩は来客もある。

 

「こんばんは、先輩」

「お邪魔します」

 

 本日の来客は、久慈川さんと井上さん。

 先日の心霊ロケ以来、電話やメッセージで無事は確認していたが、会うのは初めて。

 

「2人とも、元気そうで良かった」

「翌日はもう倒れそうだったけど、強いショックを受けただろうって、事務所がお休みを作ってくれたから。無事に復活できたよ!」

「ははっ、そのぶん明日から大変だけどね。ところで」

「ああ、紹介します。こちらは──」

 

 部屋にいたアメリカチームの皆を紹介する。といっても最近色々と話題のMr.コールドマンや動画投稿をしている安藤家の面々、そして対戦相手であるウィリアムさんについては、2人とも既に知っていたようだ。

 

 アイドルの久慈川さんを知っている。出演している番組を見た。

 こちらこそ動画を見た。歌が上手などと双方は互いに褒めあっている。

 

「えっと……先輩? どういうこと?」

 

 おっと。今日はこの前の話がしたかったのに、という顔だ。

 

「大丈夫。皆さんには先日のことは話してあるし、2人への説明のためにも、同席してもらおうと思ったんだ」

「へ? ってことは、事情を知ってるの? っていうか、信じてくれるの?」

「久慈川さんはペルソナに目覚めたのよね? 私たちもペルソナ使いよ」

「エレナさんたちもペルソナ使いなの!?」

 

 大げさに驚く彼女と、静かに驚く井上さん。

 2人にはまずそこから説明し、落ち着いてもらう。

 

「私たちだけじゃなかったんだ……」

「その通り。そしてMs.久慈川。あなたとタイガーが先日遭遇したようなトラブルだが、似たようなことは他でも発生する。今年8月にアメリカで起きた、テロ事件をご存知かな?」

 

 Mr.コールドマンが日本語で問いかけると、久慈川さんは思い出したように答える。

 

「それって、先輩が撃たれたのと同時期に起きた事件ですか?」

「その通り。あれは毒ガスによるテロと報道されていたが、本当は違う。あなたが遭遇したトラブルのように、常識では考えられない力によるものだったんだ。

 私は事件当時、現場のホテルに居合わせてね。護衛共々、謎の現象に巻き込まれてしまったんだよ。そこをペルソナ使いであるタイガーに救われた。そしてここにいる彼らもそれぞれ巻き込まれ、生き延びた。結果としてペルソナ使いとして覚醒したのが6名。

 それ以来、我々はこの力の研究のため。そして同じような問題に備え、大切なものを守るため。タイガーとは協力関係を結んでいる」

「……何度聞いても信じがたいと言いたくなる話ですね……」

「Mr.井上。それは当然の反応だ。気持ちは分かる。我々も最初はそうだった。それに我々がこうして明け透けに情報を流している理由の1つも、この情報を他所で話されたとしても、大多数の人間には信用されないと考えているからだ」

「分かりやすいお言葉、ありがとうございます。……超人プロジェクトは、まさかそのための?」

「いや、プロジェクト自体は公表されている通りの思惑で、元々計画されていた。タイガーを支援する口実にも都合がよく、またタイガーを起用することが我々のメリットにもなるので、利用しただけだよ」

「あの……」

 

 ここで口を開いたのは久慈川さん。

 

「皆さんがペルソナ使いだったり、信じられないような話を信じてくれるのは分かりました。でも実際のところ、ペルソナって何なんですか? どうして私がそんな力に目覚めたのかも分からないし、今後の対策って」

「それについては俺の方から説明しよう」

 

 俺は久慈川さんに1つ1つ説明する。

 ペルソナとは何か。そしてシャドウについて。

 久慈川さんが本来歩むはずの未来も少し。

 そして来年、ニュクスと人類滅亡の危機が迫っていることも……

 

 色々と複雑なので質問は最後にしてもらい、要点をまとめて話をした。

 それを彼女は黙って、時々うつむきながら聞いて……話が終わり、最初に出てきた言葉は、

 

「私……アイドルやめようとするんだ……」

「……そこなのか?」

「ん~、他の話も気にはなるけど……たとえば私がペルソナ使いになった理由は結局、そういう素質を持ってたっていうか、運命みたいなものでしょ? あと先輩はペルソナ使いの素質を持ってる人とその未来を知ってたわけで、原因までは分からない」

「その通りだ」

「人類滅亡の危機とかスケール大きすぎて、正直実感ないし……それに滅亡の危機は来年で、そのあとに私が八十稲葉での事件に関わるなら、人類滅亡しないってことにならない?」

「確かに。久慈川さんは本来このことを知らないはずだし、何もしなくても回避される未来は決まっているな」

「それに比べて、アイドルを辞める話はちょっと現実味があるんだよね。あっ、信じてないってことじゃないよ!? なんていうか、こう……私さ、先輩に負けたくないって言ったじゃない? あれがなかったらもしかして、って思うの。

 もちろんその前も頑張ってたつもりだけど、言われたことを言われた通りにやるので精一杯っていうか、右も左も分からずに流されて、井上さんと意見をぶつける勇気もなかった。今は本当に信頼してるけど、前はもっと距離があって、お仕事の関係っていうか……そういう状態がずっと続いてたら……私、先輩の言う通りになったかもしれないって、否定できないの」

 

 そんな彼女の顔を見て、井上さんも口を開く。

 

「……それは僕のせいでもあるよ。僕はりせちゃんが奮起するまで、彼女を弱い子だと思っていた。素のりせちゃんはいつも控えめで、怖がりで、才能は認めていたけどむやみに期待を口にしたら、プレッシャーで潰れてしまうんじゃないかと思ってた。

 沢山仕事をもってくれば、世に出る機会を増やせば、必ず人の目をひきつける。人気が出る。りせちゃんにはそれだけの魅力がある。……そのうちに自信をつけていけばいい。そう考えて売り込みを……本人を無視して、今思えばひとりよがりのマネジメントをしていたよ」

『気持ちがすれ違ってしまったのね。でも今はそれに気づけて、タイガーの言う未来にはならなかった。暗くなっちゃダメよ。物事がいい方に転がったと喜びましょう』

 

 過去を思い出して暗くなっていた2人に、面倒見のいいアメリアお婆ちゃんがやさしく声をかける。……が、英語のため2人は理解できていなかった!

 

「あ、えっと、なんだろ、優しくしてもらってるみたいだけど、井上さん?」

「ごめん。りせちゃん、僕も英語苦手なんだ」

『あら? どうしたのかしら? 通じてないみたいね』

「忘れてた……近藤さん、翻訳機(・・・)の予備ありますか?」

「こちらに1つ。もうひとつは私のを」

「ありがとうございます。2人とも、これを片耳につけてください」

「携帯用のヘッドセット?」

「話題が大幅に変わるけど、ロイドがペルソナの能力を応用して開発した“多言語対応翻訳装置”だよ」

 

 ロイドのペルソナは機械を操る能力を持ち、観測と分析によるアナライズが可能。

 同じくアナライズを持つ俺を参考に、ロイドは密かに外国語を習得していた。

 ネット上から辞書をダウンロードし、単語や文法も習得。

 それだけだと機械翻訳と変わりないが、ペルソナは人の心が具現化したもの。

 ロイドという人間の脳を通すことで、機械的な翻訳機能で生じる違和感を検知&自動調整。それをペルソナの力により高速で繰り返し、自然な表現になるよう調整が加えられた。

 

 さらにそれをまたデータ化してコンピューターのプログラムに対応させ……完成したのが超高精度で自然な翻訳システム。

 

「それだけじゃないよ! 同じ要領で高性能な音声認識システムや肉声に近い機械音声システムも作って組み合わせてあるんだ! ヘッドセットの設計段階ではノイズキャンセルに骨伝導マイクやスピーカーを採用してもらって音量調整も──」

「とにかく! 高音質でラグの少ない高性能な翻訳装置ができたらしくて、2人が来るまで実際に使って試してたんだよ」

 

 ちなみにカメラを使った顔認証機能と音声認識・入力システムを同期させた議事録作成システムもある。作成された議事録は多言語でも、いずれかの言語に統一して出力することも可能で、国際的な会議をスムーズに進められる画期的なシステムだとかなんとか……

 

 しばらく見ないうちに、ロイドがエイミーさんの影響を受けてきている気がしてならない。

 

 だがその効果は本当にすばらしく、

 

「わっ! 本当に話しかけられてすぐ日本語が聞こえる!」

「機械音声って耳が痛くなるようなイメージだったけど、これは違うね」

「声のサンプルを集めて解析して、聞き取りやすく不快感が減るように調整してるからね! あとは、できるだけ発言した人の声に似るように設定してあるんだ。だけどまだ改良の余地もあるね。特に翻訳の違和感なんだけど、僕の母国語の英語以外はやっぱりクオリティーが一段落ちて……タイガー、日本語とその他の言語がネイティブに近づくようにデータ提供してよ!」

「俺も気になることがあるから協力はするけど、それは後でな」

 

 そろそろ話を戻そう……




影虎は秘宗拳を学び始めた!
久慈川と井上がアメリカチームと出会った!
影虎は2人に事情を説明した!
ロイドが“多言語対応翻訳装置”の他、会議用の道具を開発していた!


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317話 魔術工学

今回は久々の2話投稿。
この話は2話目ですので、1つ前からお読みください。


 一通りの説明を終えて、2人が最低限の事情を把握したところで、

 

「率直に言います。2人にはお願いしたいことがあります。しかし、強制するつもりはありません。それを前提に聞いてください」

 

 2人が頷いたのを確認して、本題に入る。

 

「まず1つめ。久慈川さんにはペルソナ使いとして、俺たちに協力してほしい。もちろんアイドルとしての仕事に影響しないよう配慮するし、Mr.コールドマンに相応の報酬も用意してもらう」

「あ……そのことなんだけど、私、先輩の役には立てないかも」

「? そんなことはないよ。久慈川さんの探知能力は非常に高いから、仲間になってくれるなら頼もしい。この前のトンネルでも」

「そういうことじゃなくて、先輩たちは午前0時の“影時間”っていう時間の中で戦ってるんでしょ? 説明の時から言おうと思ってたんだけど……私、それ感じない。普通の人と同じで、影時間中は象徴化してるんだと思う」

『!?』

「な……いや、そうか……本来の流れを考えれば、久慈川さんはまだペルソナに覚醒していないはず。素質はあったとしても。それに活躍の場も影時間ではない。影時間に入れなくても、別におかしくはないか……」

「そこは分からないけど……それに私、あれ以降ヒミコを出せないの。なんとなく力があるのは感じるんだけど」

「ああ、それはもっと不思議じゃないよ。日中にペルソナを召喚すると、普通は大きな負担がかかるから。影時間だとそれが軽減されるんだ」

「そうなの? でもあの時は召喚して力も使えたのに」

「……これは俺の予測だけど、あのトンネルは影時間のような状態になってたんじゃないだろうか?」

 

 ペルソナシリーズを通して考えると、シャドウが現れ、ペルソナが召喚できる場所はそれぞれ違う。

 

「便宜上“異界化”とでも呼ぼうか……あの大勢人が亡くなっていたあのトンネルでも、霊的な力か何かで異界化が起きていたとしたら」

「たまたまあの場所ではペルソナが出しやすくなってたかも、ってこと?」

「もしかしたらの話だけどな。そうなると協力は難しいか……」

「待ってタイガー。日中の召喚なら手があるわ」

 

 そう言ったのは、技術者であるエイミーさん。

 

 彼女を見ると、研究成果を収めていると話していたトランクの中から、腕につけるプロテクターのようなものを取り出していた。

 

「これは日中にも実験をするために作った召喚補助機“DSAD(Daytime summoning assistance device)”……エレナ」

「OK。これを肘をカバーするようにつけて、横のボタンを押せば準備完了。……アラクネ!!」

『!!』

 

 青い輝きと共に、下半身が蜘蛛のペルソナが姿を現す。

 影時間じゃないのに、確かにペルソナが召喚できている!!

 

「いったいどうやって?」

「例の魔力と気を充填した水晶と魔法円に、小型化したエネルギー観測機器を組み込んであるの。装着者のエネルギー消費を観測したら、エネルギーを補充することで急激な消費による負担を軽減する仕組みよ。召喚の負担が大きくなるなら、どうにかして負担を軽減すればいいと思ってね。

 魔術と機械を組み合わせる方法については……“ヒエロニムスマシン”って知っているかしら?」

「ヒエロニムスマシン?」

 

 まったく心当たりがないので聞いてみる。

 

 ヒエロニムスマシンとは、フロリダ州のトーマス・ガレン・ヒエロニムスという電気技術者が作り出した、エロプティック・エネルギーというエネルギーを利用する装置のこと。

 

 そして“エロプティック・エネルギー”とは、光学的特性と電気的特性を併せ持つエネルギーと定義されているそうだが……アメリカチームが検証したところ、エロプティック・エネルギー=魔力であることが判明したらしい。

 

 それも体から漏れ出した程度の微細な魔力を機械的に増幅することで、特別な訓練を受けていない人間にも使用可能とした驚くべき発明だった。

 

「しかもヒエロニムスマシンは、“出力が使用者の精神力によって変動する”、また“機械的な部品を使わず、紙に書き記した回路図だけでも効果を発揮した”という記録があってね。それ故に超能力に近い、疑似科学的として現代では認められていない、それこそオカルト扱いだったものなの。

 でも、紙に描くだけで効果を発揮する……何かと似てないかしら?」

 

 それは分かる。その言葉を聞いた瞬間に俺も考えた。

 

「ルーン魔術と同じですね」

「そう! 同じなのよ! 魔術、ひいては魔力についての研究を始めていた私たちのチームから見れば、素晴らしい先行研究だったわ。おかげで手探りだった研究がグンと進んだの。

 たとえばルーン魔術の発動に必要な“魔力を通す”というプロセスは魔力を操れる人でしか成し得なかったけど、ヒエロニムスマシンの機構を組み込むことで、使用を念じた人の微細な魔力をキャッチ・増幅して魔法円に流し発動させることが可能になるわ。

 魔術と機械工学の融合……“魔術工学”とでも呼びましょうか。もっと研究が進めば、装置を使って誰でも魔術を使えるようになるかもしれない。安全面とか色々考慮するとまだまだ先のことでしょうけど、タイガーには後でヒエロニムスマシンの概要と魔法円との組み合わせ方を例とあわせて教えるわね。暇があるときにでも術を作って共有して頂戴、サンプルはいくらあっても構わないから」

 

 なるほど……実に興味深い。

 それに霧谷君から教わった生活魔術と組み合わせたら、色々とできてしまいそうだ。

 

 しかし今は、

 

「エイミーさん、大変興味深いお話ですが、今は久慈川さんの方を」

「あら、そうだったわ。ごめんなさい。とりあえず……使ってみてもらえるかしら」

「リセ」

「あ、ありがとう」

 

 エレナから装置を受け取った久慈川さんは、同じように装着。

 そして、

 

「! この感じ……ヒミコ!!」

 

 当然のように、彼女のペルソナが召喚された!

 

「できた!」

「異常はないか?」

『うん……大丈夫! ちゃんと能力も使えるみたい!』

 

 通信能力で力が使えることをアピールする久慈川さん。

 あの装置、DSADを使えば召喚も問題なさそうだ。

 

 いったんペルソナをしまってもらい、話に戻ろう。

 

「今ので久慈川さんも日中にペルソナが使えることが分かった。元々久慈川さんはサポートタイプ。能力の使い道はナビ以外にも調査や研究、影時間に入れなくても十分に役立つと思う。どうか力を貸してほしい」

「ちょっと待ってくれないか、葉隠君。君は強制はしないと言ったけど、りせちゃんが断った場合はどうするんだい?」

「その場合はまた別の、ここで聞いたことを他言しないようにお願いするつもりでした」

 

 さっきも言ったが、おそらくここでの話を吹聴しても、世間の大半は信じないだろう。

 しかし、ごく一部に信じる連中がいる。俺たちと同じように、事情を知っている連中がいる。

 

 俺は桐条グループと影時間の関係。

 影時間に活動できる特殊部隊の存在。

 そしてかつて行われた非人道的な人体実験について、語って聞かせる。

 

 すると2人はだんだんと顔色を青くした。

 

「脅すような話になって申し訳ない。ですが、ここで話したことはすべて事実です。もし2人がここでの話を外で吹聴し桐条グループ、その上層部の耳に入れば、おそらく桐条の手の人間があなた方の所にやってくる。合法、非合法を問わずに」

「尋問と口封じが目的……だね。まるでスパイ映画だ」

「残念ながら、彼らは影時間に関することは徹底的に隠蔽する方針です。なにせ世に出してしまえば、グループ全体を破滅に導きかねない汚点ですから。彼らは必死になって隠そうとする……

 そしてお2人から情報が漏れた場合、次は我々の番だ。決して他人事ではないんです」

「……君たちに協力すれば、仲間として守ってもらえると考えていいのかな?」

「万が一の場合の逃走経路や安全な潜伏場所。国外へ脱出する用意も整えています。我々も情報源を敵に与えるような真似はしたくない。それが協力者であるなら尚更に」

 

 井上さんは真剣な目でこちらを見ている。

 久慈川さんを守る、できる限り危険から遠ざけようという意思を感じる。

 

 下手なごまかしや気休めの言葉は逆効果だろう。

 感情よりも打算的なメリット、デメリットを挙げていく。

 

「……りせちゃんはどう思う?」

「私? 私は……ペルソナのことをもっと知っておきたい。自分自身のことだし、私がペルソナ使いである以上、ある程度リスクはあると思うの。今の私たちだけだと秘密にしておく以上のことはできないと思う。それだったら先輩たちに協力したい。先輩にはお世話になってるから、力になれるならなりたいと思うし、私も相談相手がいた方が安心だもん」

「そうか……分かった。仕事や体調に影響が出ないように。またスケジュール管理のためにも、仕事の依頼は僕を通してほしい」

「! ありがとうございます!」

 

 リスクとリターンを天秤にかけて、2人は俺たちに協力する道を選んでくれた!

 

「で、先輩。私たちは何をすればいいの? やると決めたからにはとことんやるよ!」

「あー、張り切ってるところ悪いけど、今はまだ何もないかな。とりあえず今日のところは親交でも深めますか?」

「あら、いいじゃない」

「アイドル……歌の話、聞きたい……」

「賛成!!」

「悪くないわね」

「これから共に仕事をすることもあるだろうしな」

「軽く何か食べたくなってきたところだ」

 

 カレンさん、アンジェリーナちゃん、ロイド、エイミーさん、ボンズさん、そしてウィリアムさん。

 

 次々と賛同の声が上がり、その後ろで静かに近藤さんとMr.コールドマンが軽食を発注。

 2人を暖かく迎え入れる雰囲気ができあがり、その場はちょっとしたパーティーに変わる。

 

「ねぇタイガー! リセが僕らの動画見てくれてて、楽しそうだって!」

「先輩、私も参加したら? って誘ってくれてるんですけど、どう思う?」

「その辺は、どうなんでしょう? 井上さん」

「内容によるけど、安藤家の皆さんはだいぶ話題になってるからね。世間へのアピールという面ではありがたいかな」

「ちょうどいい曲、ある……」

「おっ、アンジェリーナちゃん。何か歌いたい歌があるのかい?」

「ん。メンバーが足りなかった。タイガーも一緒」

「俺もか。じゃあまたコラボになるな。しかし、そんな大勢で歌う歌なんてあったっけ?」

「“Alice in Musicland”」

「あれか! というかボカロ系にまで手を出し始めたのか」

「タイガーがどんどん送ってくるから、手当たり次第に聞いてるわよ」

 

 トキコさんの協力を得て始めた楽曲再現だけど、数をこなすうちに自然とコツがつかめた。

 気分転換にちょうどいいこともあって、こっちも手当たり次第に送ってるからな……

 

「先輩が曲を送ってるの?」

「音楽活動についても話さないといけないか」

 

 趣味としての一面もあるが、エネルギー回収のために音楽活動を利用していること。

 そのための楽曲は権利者がこの世界にいないのをいいことに、前世の記憶からパクっていること。

 

「えー……」

「言いたいことはわかる。でも、使えるものは何でも使わせてもらう」

 

 軽蔑されるかもしれないが、この機会に魅了魔法のことも話しておこう。

 

 覚悟して正直に話すと、

 

「あ、タイガー、それちょっと間違ってるよ」

「間違ってる?」

「一流の歌手とかダンサーのライブに行って調べてみたら、彼らも魅了効果のあるエネルギーを放ってたんだ。タイガーやアンジェリーナのスキルみたいに。

 おそらく“他人を魅了する、感動させる、あるいは何かを感じさせる”っていう行為は“魔力を介して相手に働きかける”ってことなんだと思う」

「あとはそれを意図的に行う技術があるか、それとも歌やダンス、芸術の一部として無意識に行うかの違いだと我々の研究チームは結論付けたわ。コールドマン氏の所有していた世界的な名画を調査したら、微量の魔力が宿っていたのも確認しているし、まず間違いないわね。

 だから踊っていて出る魅了効果は実力の内と考えて良いでしょうね」

 

 へぇ、そうだったのか……と思っていると、考え込んでいる久慈川さんが目に映る。

 

「魅了……それが先輩のライブの秘密で、一流は無意識で同じことを……」

 

 真剣にアイドルをやっている彼女としては、そんなことを言われても受け入れがた──

 

「ってことは、私もそれを身につければ、アイドルとしてレベルアップできる!?」

 

 ──いわけではなかったようだ。

 

「納得したの?」

「魅了に関しては一流なら当たり前にやってることなら、別に悪くないでしょ? それが分かりやすい形なら尚更取り入れていかなきゃ! 盗作に関しては思うことが1つもないわけじゃないけど、私にどうこう言う権利も、糾弾して証明する証拠もないし……そーだ、私にも何かヒット確実な曲を提供するってことで、何も言わないであげる」

「……」

 

 柔軟かつ、(したた)か。

 多数のアイドルが鎬を削りあう芸能界に身をおいて、生き抜いていく強さを感じる!

 

「あれ? 久慈川さん、そんな子だったっけ? 本当に」

「日々成長! っていうか……先輩と会って、鍛えられた気がするよ。良くも悪くも色々と……」

 

 久慈川さんが言うには俺のせいらしい。

 でも思い出してみれば、4の久慈川さんって元々けっこう強かでグイグイ行く方じゃなかったかな? 主に4の主人公にだけど……まぁ、いいか。

 

 そして……!!

 

 やっぱり来た。

 久慈川さんとのコミュが上がり、新たなスキル“リベリオン”を習得した!

 

 リベリオンは敵味方全体のクリティカル発生率を上昇させるスキル。

 敵の攻撃も急所に当たりやすくなってしまうが、上手く使えば大ダメージが狙えるだろう。

 

「どうしたの? 急に黙って」

 

 ……コミュの話もしておこう。

 

 こうして俺たちは、夜遅くなるまで語り合った……




影虎は久慈川と井上に協力を持ちかけた!
しかし久慈川は影時間に入れなかった!
エイミーは新発明DSAD(Daytime summoning assistance device)を取り出した!
DSADにより、アメリカチームは日中のペルソナ召喚が可能になった!
久慈川も改めてペルソナ召喚に成功した!
話し合いの結果、影虎とアメリカチームは、2人と協力関係を結んだ!


ちなみにですが、作中に登場した“ヒエロニムスマシン”は実在し、
“鉱物放射検知器”という名称で1948年には特許も取得しています。


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318話 突然の会社設立

 深夜

 

 ~廃ビル~

 

「今日は飲むぞー!!」

『オー!!!!』

 

 今日の不良グループは訓練なし。

 先日で金流会との抗争が終結したため、祝勝会を開くことになった。

 俺は飲んだフリをしているが、皆は酒が入って大騒ぎをしている。

 

 ……“皆で大きな目標を達成した”のだし、ゲームならこれで彼らとのコミュは終了……

 

 だが、これは現実である。

 たとえコミュがここでMAXでも、人と人との付き合いは終わる気がしない。

 そうなると、今後どのようなことをしていくかが問題だが……

 

「ヒソカ、金流会の頭から書類を預かってるぜ」

 

 それについては、先日別人のような俺が勝手に手を打っていた。

 鬼瓦から書類の入った袋を受け取り、中身を確認。

 

「それ、何の書類なんだ?」

「んー……会社設立とか銀行口座」

「会社ぁ?」

「金流会の連中は色々と法に触れる稼ぎ方してたからねぇ……資金洗浄のためのダミー会社や銀行口座を持っててさ、適当な名義で一つ作らせたんだよ。会社と銀行口座。あと土地と店にする建物も用意するように言っといた」

「おいおい、ずいぶん大掛かりだな。何する気だよ」

「あれば便利ってだけさ。別に真面目に経営しなくてもいい。会社があって、そこに雇われる形にすれば“就業ビザ”が取れるかもしれないし」

「ああ……今更だけどお前、外人だっけ?」

「ハーフだけど、国籍はアメリカなんでね。……それに真面目な話、お前らだっていつまでもこんなこと続けてられないだろ。いつかは不良から足を洗わなきゃいけない時もくるんじゃないか?」

「……確かにな」

「俺は別に不良をやめろとは言わないけどさ……マトモな職に就こうとしたら、フリーターや無職よりショップ店員とか正社員って履歴書に書けた方が、多少印象が良くて有利だろ?」

「お前、そんなことを?」

「思い付きだけどな。便利に使えるものがあれば使えばいいのさ。……ところで誰か暇な奴がいたら声かけといてくれないか? 一応営業してる体裁は整えておきたい。ゴミの回収・処分も業務の一部で申請してあるから、車が運転できる奴だと尚いいな。もし儲かればその分、ちゃんとバイト代を出すぞ」

「そういうことなら任せておけ。俺が責任もって集めてやるよ」

 

 

 不良グループの今後について、鬼瓦と語り合った!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~自室~

 

 アメリカチームの合流とそれによる報告には、将来性のある話が多かった。

 しかしそちらに時間を割いた分、センター模試や期末の勉強スケジュールに遅れが生じている。

 勉強の遅れを取り戻すべく、今日の影時間は勉強にあてた!

 

 期末の対策は大丈夫だろうけど、センター模試をA判定で突破するには……

 もう少し勉強時間が欲しい……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 12月10日(水)

 

 午前

 

 ~保健室~

 

 センター模試のための勉強時間を捻出するため、午前の授業をサボタージュした。

 

 おかげでだいぶ勉強が進んだ!

 

「ヒッヒッヒ……さぼり目的で保健室に来る生徒は時々いますが、勉強するために保健室に来る人は始めて見ましたよ」

「江戸川先生」

「勉強も一段落したようですし、一息入れなさい。疲れた脳にも糖分補給です」

「ありがとうございます」

 

 江戸川先生からシュークリームとハーブ系の匂いがする飲み物が乗ったトレーを受け取る。

 

「勉強は好調のようですねぇ」

「おかげさまで」

「記憶転移の方はどうです?」

「違和感を覚えたら脳内でメモして分けています。少しずつですが、“別人の記憶”として整理がついてきているかと。ただ、夜の顔はまた違う感じです」

「自分のことと自覚しつつ、別人のように感じると話していましたね?」

「それに加えて“入れ替わる”というか……改めて考えてみると夜の方は元々“演技”だったのに、今は何も考える必要なく、体が自然にヒソカとしての受け答えや行動をしている。本来の自分はそれを外から観察している気分でした。昨夜も──」

 

 鬼瓦や不良グループとの件を簡潔に説明。

 

「なるほど。リサイクルショップとゴミの回収を行う会社を興させて、不良グループの人材を回収係として利用すると」

「不用品でもまだ使える物は転売、ゴミにしかならない物でもルーンを用いた錬金術によって、資材としてリサイクルするつもりみたいですね」

 

 簡単な構造の……たとえば金属製のラック()とかなら問題なく作れるだろうし、なんなら銅線みたいな金属の塊として、金属の買取をしている業者に買い取ってもらうこともできるだろう。

 

 ゴミの回収でも依頼があれば、いくらかの料金をいただいても悪くはない。むしろ当然。魔術を用いることで回収したゴミの処分にお金がかからなければ、ある程度の儲けになりそうだ。

 

「処理にお金がかからなければ、それは確かに儲けになるでしょう。しかしお金の流れが……ああ、誤魔化すノウハウは金流会が持っていたんでしたねぇ……ヒヒッ。

 しかしそこまで君の状況を利用するように動くとなると、単なる記憶転移とは違いますね」

「……昼は正直、今やるべきこと……“テストや年末の試合に集中したい”、“余計な仕事を増やさず、年末に向けて自分の力を磨き上げたい”と思っています。

 しかし、夜はそんなの関係ないとばかりに恣意的に、でも最終的には“自分のためになるように”動いている印象があります。あともう1つ、“他人を利用するようなやり方”を考えると……話していて心当たりが1つ」

「私も思い当たりました。夏休みの“ルサンチマン”ですねぇ……となると夜の行動は別人格ではなく、君の“側面”というべきでしょうか? それなら自分自身の行動でもありますし……それとも君の側面が別人格と化した?」

 

 卵が先か鶏が先か、みたいな話になっているが、おそらくその方向性で間違いないだろう。

 自分の中で納得というか、しっくりくる。

 

 ……この件については経過観察を続けるとして、今日のところはここで終わりにしよう。

 

「ヒヒッ、そうですねぇ……焦っても仕方ありませんし、休憩が休憩になりませんからね」

「まったくです。……あ、そうだ聞いてください。昨日ロイド達の研究成果に触発されたのか、通信用の魔術の改良やスキルカードの研究のヒントになりそうなアイデアが思い浮かんで──」

 

 しばらく先生と魔術の話をして、リラックスした後に勉強に戻った!!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~部室~

 

「すみません桐条先輩。この問題なんですが……」

「どれ……ああ、ここはな──」

 

 勉強会に参加。

 2年の学習内容に少々分かりにくい部分があったので、桐条先輩に聞いてみた。

 さすがは桐条先輩。問題の部分を分かりやすく解説してくれた!

 

「こういうことだ。どうだ?」

「ありがとうございます。そうなると次も同じで……こうですね」

「その通りだ。やはり飲み込みが早いな」

「先輩の説明が分かりやすいので」

 

 そんな話をしていると、室内が妙に静かなことに気づく。

 

「ん……皆どうした?」

「葉隠君が質問してるのって珍しいな~って。ね?」

「う、うん。ほら、葉隠君はいつも教える側だから」

 

 島田さんと山岸さんの言葉に同意するように、皆が首を縦に振る。

 

 確かに俺はアナライズとアドバイスの恩恵で学習能力も理解力も上がっているし、一度は受験勉強をして大学まで卒業した記憶がある。おかげでそう簡単には学習面で躓く事はなくなったけど、絶対というわけでもない。

 

 社会に出てから使わずに忘れた部分、高められた学習能力でも分かりにくい部分というのは存在する。……主に前世の苦手分野に。

 

「私も答えられてよかったよ。たまに頼られて答えられなかったら、先輩として恥ずかしいことになるからな」

 

 時折雑談も交えながら、楽しく試験勉強を行った!!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夕方

 

 ~部室~

 

「おお……」

「鍼も灸も指圧も、ツボを刺激して体の気の流れ、体調を整える。それは共通。だけど適当に押せばいいというわけではないですね。何事も過ぎては逆効果。効果のあるツボを見極めて、刺激の仕方や強弱もありますし、刺激するツボはできるだけ少なくした方がいいです。

 治療には患者の体にある気を使って治療するわけだから、無駄に気を使ってしまいます」

 

 なるほど……俺も気功と指圧によるツボ押しで光明院君の体調不良を治したことがあるけれど、それはかなりの力技だったようだ。

 

 先生から症状に合わせたツボの選択方法。

 そして効果を調整するための指圧の技術などを学んだ!

 これでもっと自分や患者に負担が少なく、効果的な治療を施すことができそうだ!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~私立・秀尽学園~

 

 夜の校舎を使って、春に放送されるドラマの撮影を行う。

 前回、日曜に行うはずだった撮影は熊騒動の直後だったので休んでしまった。

 その分、撮影スケジュールにも調整が入っている。

 スタッフの皆さんやアイドルの皆さんにも迷惑をかけた。

 その分を取り返せるように頑張らねば!!

 

 そう意気込んで、出演者のために開放されている体育館へ足を踏み入れる。

 

「おはようございます!」

『──!!』

 

 ……なんだ? アイドルもスタッフもひっくるめて、一瞬だけ全体がざわめいた。

 ぽつぽつと挨拶が返ってくるが、それ以降は静かになってしまう。

 

 かと思った直後、

 

「みんな集合!!」

 

 突然IDOL23のリーダーが号令をかけ、アイドルの女の子たちが準備をやめて集まってきた。

 

「葉隠君、近藤さん。うちの佐久間と桜井を、それにマネージャーも。助けてくれてありがとうございました!」

『ありがとうございました!!』

 

 おお……並んで声を揃えられると、かなりの圧を感じる。

 

「どういたしまして。助けられて良かったです。ね、近藤さん」

「はい。不幸中の幸いでした」

 

 お礼の言葉は素直に受け取るが、あまり堅苦しいと疲れてしまうので普通にして欲しい。

 そう伝えると、彼女たちは少し肩の力を抜いてくれた。

 

「お言葉に甘えるけど、ホントありがとね。葉隠君」

「引退とか卒業とか、長くやってるとメンバーとお別れの機会はあるけどさ……やっぱ死別は違うじゃん?」

 

 その後も次々と声がかけられるが、皆さん、霊の被害に会った3人を心から心配し、また大切に思っていることが伺えた。

 

 だが、そんな話をしばらく続けていると、

 

「そうだ葉隠君! 葉隠君が大女優のエリー・オールポートと空港で親しげに話してたってニュース見たよ!」

「“エリー・オールポートの弟子”ってホント!?」

「えっ? “婚約者”じゃないの?」

「あれ!? 私が聴いたのは“愛人”だって噂だよ」

「待て待て待て待て!!!!」

 

 彼女たちも年頃の女の子。

 噂話が好きなのも分かるし、空港での話が流れているのも知っている……

 

 だけど婚約者とか愛人って何の話だ!? マジで!

 

「俺は1週間ほど演劇の指導を受けただけの関係です。婚約者とか愛人はなんだそれって感じなんですが……どこで聞いたんですか?」

「鶴亀の最新ネットニュース。やっぱり愛人はデマなんだ」

 

 あの雑誌社……マジで潰してやりたい。

 物理的になら今すぐにでも実行できそうだ。



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319話 超能力?

今回、いつもより短いです。
すみません。


 ~撮影現場~

 

 久慈川さんや光明院君、Bunny'sの人たちも続々と集まり、準備が進む。

 もうじき撮影が始まるだろう……その前に、役作りをしよう。

 以前撮影を行った時にもしていたが、今ならさらに深くまで掘り下げられる。

 

 (あかつき) 陽炎(かげろう)。高校二年生。

 性格は穏やかで成績優秀。生徒会長を勤めている。

 

 文字にすればたったこれだけ。

 だが、ここに経験や他の情報と合わせて役を、暁陽炎という人物の“人格”を作り上げていく。

 

 記憶転移や別人格の副作用だろうか?

 今なら“作れる”という確信があった。

 

 ……

 

「次のシーンに行きまーす! メインの4人はそのまま続きからね。で、葉隠君」

「はい」

 

 呼ばれて立ち上がると、現場の空気が変わる。

 きっとIDOL23の女子たちにエリザベータさんとの事を聞かれた際、誤解を解くために演技を習ったことを話したからだろう。

 

 “大女優の弟子”という肩書きの重さを感じながら、それに恥じない演技をするために。

 

「用意……アクション!」

 

 俺は自分の中に作り出した暁陽炎という人格を……仮面(ペルソナ)を被った。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「チェックOK! 葉隠君、自然な感じが最高だよ! 次もその調子で!」

 

 この日の撮影は驚くほどスムーズに進み、“演技とは思えないほど自然な演技だった”と監督からは絶賛された。

 そして、

 

「さすがエリー・オールポートの弟子だね!」

「勝負はここからだよ!」

「コツをみつけて吸収してやるからな」

「フン……」

 

 競演した4人の内、IDOL23の代表は堂々と褒めてくれた。

 久慈川さんと光明院君はさらにやる気を出したようだ。

 そしてもう一人、Bunny'sの佐竹は嫌悪感を隠そうともしない。

 

 佐竹と会うのはずいぶん久しぶり。

 それこそ忘れそうになるくらい時間が空いたと思う。

 にもかかわらず、以前よりも嫌われている感じが……!!

 

 なんと、ここで悪魔、つまり佐竹とのコミュが上がった!

 以前よりも嫌われていると考えた瞬間、肯定されているみたいだ。

 これも相手についての理解が深くなった、ということなのだろうか……?

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 深夜

 

 ~廃ビル~

 

「昨日の今日でよくこんなに集まったな」

 

 鬼瓦に俺が設立させた会社で働きたいという奴を集めさせたら、たった1日で56人もの希望者が声を上げているそうだ。

 

「他にも今は別のバイトが入ってるけど、契約期間が終わったらそっちで働きたいって奴もいるな。特に元クレイジースタッブスの連中はほとんど希望してる」

「ああ……確かあいつらは意外と高学歴とか技術持ってる奴らだったっけ」

「俺は良くわからんが、簿記2級やらなんやら資格を持ってるとか、経理の仕事をした経験があるとか言ってたぜ」

「……事務要員にちょうどいいな。車の免許持ってる奴は?」

「基本バイクでペーパーの奴も含めると、40人が免許持ってる。軽トラでいいなら大半が運転できるぞ。あと中型免許持ってる奴も2人いるな」

 

 免許の所持率高いな。

 そんなに大きな会社にするつもりはなかったし、人手は十分。

 むしろ仕事の割り振りを考えなければ……

 

「分かった。分担はざっくり分けてリサイクルショップ店員、事務員、 回収・運搬作業員だ。近いうちに作業ごとのマニュアルを用意するから、人材の振り分けは任せていいか?」

 

 土地や建物の用意はもう少し時間がかかるらしいので、その間に基本的な教育はしておこう。

 

 鬼瓦と計画を練った!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~街中~

 

 各種実験や報告のため、アメリカチームと合流。

 巌戸台からはかなり距離をとっているので、特別課外活動部やストレガに察知されることはまずないだろう。

 

 そんな馴染みのない街で見つけた公園で実験準備をしながら話していると……なんと、ここでも鶴亀の記事が話題に上がった。

 

「熱愛とか婚約者についてはきっぱり否定したけど、世間はどうなってるんだ?」

「鶴亀の記事自体はもう世界中に拡散してるよ。記事の前面に出てるのはタイガーだけど、相手がエリー・オールポートだもの。ファンの数もアンチの数も桁違いなんだから、あっという間にその手のコミュニティーの情報網に流れちゃったみたいだね」

「おかげで此方から連絡する前にあの子の耳にも入ったらしい。SNSで関係を否定して正しい情報を流しているよ」

 

 ロイドとMr.コールドマンが状況を説明してくれる。

 周囲への対応は俺とさほど代わらない。

 

 では肝心の鶴亀に対しては?

 

 そう聞くと、2人の顔が困ったような、それでいて呆れたような顔をした。

 

「それがさ、まず抗議文が送られたんだよ。超人プロジェクトだけじゃなくて、エリー・オールポート本人からも」

「あの子は言いたい事をはっきり言うからね。しかし、抗議文を受けた鶴亀は何といったと思う?」

「? ……しらばっくれたか、誰かの独断とか言い訳したとか?」

 

 Mr.コールドマンは静かに首を横に振り、笑いながら一言。

 

「取材の申し込みをしてきたのさ」

「……どういうことですか?」

「適当な記事を書くな! 訂正しろ! って抗議文を出したら、じゃあ訂正してやるからそのために取材に応じろ! 独占取材でな! って感じの答えが返ってきたのさ」

「それはそれは……一周回って感心するな。謝罪の一つもなくそこまで言えるって、どんな神経してるんだ」

「彼らは、自分達は何を言っても書いてもいいって感じのスタンスをとっているみたいね」

「まだネットや SNS が発達していない時代。情報の流れがマスコミに握られていた昔は、強引な取材を行うマスコミも多かったらしいが……」

「ぶっちゃけ時代遅れよね」

 

 カレンさん、ジョージさん、そしてエレナも。

 次々と呆れた声が出てくる。それも仕方ないとは思うけど……?

 

「アンジェリーナちゃん? どうかした?」

「つまらない」

 

 どうやらお嬢様は鶴亀の話が退屈だったようだ。

 大して面白い話でもないし、当然か。

 

「エイミーさん、機材の準備は」

「もうちょっと待って。観測機器の調子が悪いの」

「黄昏の羽根を使わずに影時間で動く機材を作れるってだけでも十分な成果だと思いますけど」

「なに言ってるの? これは観測機器なんだから正確にデータが取れない状態じゃ意味がないでしょ。問題点が見つかれば次で改良できるんだから」

 

 それは確かにそうなんだけど、じゃあどうするか?

 考えていると、

 

「タイガー、魔術見て」

 

 どうやら独自開発した魔術を見てほしいようだ。

 

 

「どんな魔術?」

「Psychokinesis」

「サイコキネシスって、あの?」

「ん」

 

 彼女は軽く頷くと、手に持っていたかわいらしいメモ帳に魔力をこめて、足元にあった小石を浮かび上がらせた。それも1つではなく2つ3つと同時に。

 

「おお! これ、複数の物体を一度に操れるの?」

「動き方をイメージできて、魔力が足りれば動かせる。そうなるように考えた。だから」

 

 こんなことも、と口にした次の瞬間、彼女の体がふわりと浮き上がった。

 これまで身長の関係で見下ろしていた視線が、地面と水平に変わる。

 

「やろうと思えば飛ぶこともできるのか……」

「タイガーもやってみる?」

 

 地面に降りた彼女は満足そうに、ルーンを書いたメモを見せてくれた。

 

「あっ、アンジェリーナのそれはルーンと魔力で物理的なエネルギーを発生させてるらしいんだけど、コントロールがイメージというか感覚頼りでかなり難しいから気をつけて。自分を飛ばそうとしたら一気に魔力消費するし、自分を吹き飛ばしたりするし、私は諦めたわ」

 

 エレナの注意を受けて、そっと魔力を込めてみる。

 そして小石が浮き上がるイメージを持つと、難なく小石が持ち上がった。

 軽いものは比較的簡単に操れる……けれど、重いものになるにつれて安定しなくなった。

 自分を浮かそうとすると、力任せに押し上げられている感覚で、何度も転んでしまう。

 

 アンジェリーナちゃんの指導を受けつつ練習してみたが、なかなか難しい。

 さらに驚いたことに、彼女は最初からこの術を手足のように使えたらしい。

 

「これは、魔力が多くて才能もあるアンジェリーナちゃんにはピッタリの魔術かも」

 

 そして影時間が終わる頃。

 残念ながら魔術で飛行はできなかったけれど、練習中にペルソナの新たな魔法。

 “サイ”を習得した!

 

 サイコキネシスによって敵を攻撃する魔法で、“念動属性”という新たな属性の魔法だ。

 今後、魔術を学んでいくことで、また新たな属性の魔法を習得することがあるかもしれない!

 

 さらに今日はアンジェリーナちゃんとのコミュも上がった!

 自分の中のエネルギー量が、僅かながら増大したのを感じる。



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320話 災い転じて福となす

 12月11日(木)

 

 ~保健室~

 

 今日も大胆に授業をサボり、試験勉強に時間を費やしていると、

 

「すみませ! ……ん? あれ?」

「うぅ……」

 

 先輩と思われる体操服の女生徒が2人。

 体調が悪そうな1人にもう1人が肩を貸しながらやってきた。

 

「大丈夫、ではなさそうですね。とりあえずこちらのベッドへ」

「あ、ありがとう。葉隠君だよね? 江戸川先生はいないの?」

「つい先ほど職員室へ。すぐに戻ると言っていましたけど、一応連絡しておきますね」

 

 女子生徒の体調はかなり悪そう。

 携帯でメールを書きつつ、吐き気もあるようなので嘔吐に備えて膿盆を用意。

 

 勝手知ったる他人の部屋、じゃなくて保健室。

 必要なものがどこにあるかは大体把握していた。

 

「あっ、いや、変な薬を飲まされるよりは……でも苦しそうだし、背に腹はかえられない、って私が決めていいの……?」

 

 元気な女子生徒は友人に先生の薬を飲ませるかどうかで逡巡している。

 俺はすっかり慣れてしまったけれど、これが一般生徒の普通の反応だよな……

 

 そんなことを思いながら、江戸川先生に急患が来たことと分かる範囲の情報をまとめてメールで送る。

 

「そうだ! 葉隠君ってサイキックパワーで治療とかできるんでしょ? 何とかならない?」

「はい?」

 

 逡巡した結果、そんな結論に至るとは思わなかった。

 

 おそらくヘルスケア24時で目高プロデューサーの胃潰瘍を言い当てたり、気功治療で痛みを和らげたことを言ってるんだろう。

 

 ……まぁ、勝手に薬を与えたりしなければ大丈夫か。

 

「とりあえず症状を聞いても?」

「あ、うん。話すのも辛いくらい頭が痛いんだって、それと目も痛いって」

「体調が悪くなったのはいつ頃からですか?」

「今朝からちょっと様子がおかしいなとは思ってたんだけど、体育の授業の途中で急に悪化したみたいで」

「なるほど」

 

 辛いと思うが本人にも確認し、さらにめまいやずっと体が重いという話を聞いた。

 目や舌を見せてもらい、体内の気の流れと学んだ中国医学の知識と合わせて考えると……

 

 全体的に疲れが溜まってるけど、特に酷いのが眼精疲労。頭痛は眼精疲労によって引き起こされたものだろうか?顔にはむくみも見られるし、めまいや体の重さは体内の水の代謝が乱れた時の症状に当てはまる。

 

 この時期だし、夜遅くまで勉強でもしていたんだろうな……それも連日連夜。

 

 まずは頭部にあるツボ・風池(ふうち)天柱(てんちゅう)をゆっくりと押して離すを、複数回繰り返して筋肉の緊張を和らげ、気功で体内の気の流れを整える。

 

 風池と天柱。この2つのツボはネットで検索すれば簡単に見つかるくらい有名かつ代表的なツボ。そしてそれだけに効果も認められている有効なツボだ。彼女も痛みが和らいできたようで、呼吸がだんだんと落ち着き、体の緊張も解けてきた。

 

 あとは……2人に見えないように、さも今お湯で温めたようなタオルを魔術で用意し、寝ている女生徒の目元にかぶせる。眼精疲労には目元を温めて血行を促進するのが効果的だ。

 

 後は、しばらくこのまま休めば大丈夫だろう。

 

 と、そこまでやったところで保健室の扉が開く。

 

「うわっ!?」

「お待たせしました。ヒヒッ、患者はそこですか?」

「江戸川先生、こちらで……あれ?」

 

 たった今、温タオルを乗せた彼女から、安らかな寝息が聞こえる。

 

「……完全に眠っていますねぇ……このタオルと膿盆は影虎君が?」

「眼精疲労とそれに伴う頭痛、あと吐き気とめまいがあったようなので、先生が来るまで少しでも楽になればと。ただ、まさか眠るとは……」

「ああ……毎年いるんですよねぇ、こういう勉強疲れでダウンしてしまう生徒さん。苦痛を伴う症状が和らいで、張り詰めていた緊張の糸が切れたんでしょう。

 ところで……」

 

 先生の目が、もう1人の先輩へ向く。

 

「あ、こちらの方は彼女をここにつれてきてくれた先輩です」

「そうでしたか。では、もう授業に戻って大丈夫ですよ。彼女はしばらくこのまま休ませましょう。目が覚めたら診察して、教室に戻るか帰宅するかを決めますから。授業担当の先生には問題ないと伝えておいてください」

「わかりました!」

 

 先輩女子は逃げ出した! ……という表現がぴったりな勢いで、走り去っていった……

 そんなに江戸川先生が苦手か。

 

「おやおや、逃げられてしまいましたか……あの子も1年の頃に、私の薬を何度か飲んでくれたんですけどねぇ」

 

 ……きっと何かがあったんだな……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~部室~

 

 今日も勉強会。

 来週月曜からが本番の試験週間なので、残された勉強時間は今日を含めてあと4日。

 もう残された時間は少ない……が、しかし。

 俺は厨房で料理をしていた。

 

「よし。おーい! 休憩入れよう! もうできる!」

 

 勉強をしている皆が机の準備を始める様子を感じながら、仕上げに入る。

 

 全員分の卵を大きなボウルに割って溶き、刻んだハーブを少々。

 深めのお皿の中心に、用意しておいた型を使って、作っておいたチキンライスをドーム形に盛る。

 

 そしてここからが時間との戦いだ。

 熱した複数のフライパンに卵液を流し入れ、適度に固まった物から手早くトントンと成形。

 内部が固まりきらないように、すべての神経と能力を集中。

 特に“警戒”スキルは常時発動させておく。

 

 そして完成した半熟のオムレツは、すぐにチキンライスの上へトッピング。

 切れ目を入れれば、固まった部分の重さで自然にフワリと花開く卵……完璧だ!

 

「あとは、チキンライスと同じく作っておいた特製デミグラスソースを贅沢に。最後にバジルで彩を添えて」

 

 “特製デミグラオムライス”が完成した!!

 

「お待たせー」

「来たー、ってかめっちゃ美味そうじゃん!」

「相変わらずクオリティー高っ」

「男子は素直に喜べていいね」

「女子的にはこう、負けた気がするよね」

 

 喜んでいる男子にも、微妙な顔の女子にも協力してもらい、オムライスや飲み物を空いたテーブルに運び終わったら、さっそく食べ始める。

 

 ……! 味も良い感じだ!

 

「ブリリアント!」

「確かに美味しい、美味しいけど……」

「テスト近いのに、のんきにご飯食べてて大丈夫かな……」

 

 岳羽さんと山岸さんが不安を口にするが、テストが近いからこそ、詰め込み過ぎは駄目だろう。

 

 皆に午前中の女子生徒の話をしてみる。

 

「へぇ~、そんなことがあったんすか」

「そんなに体調崩すまで勉強とか、考えらんねー」

 

 和田と新井がそう言ったのをきっかけに、どちらかといえば勉強嫌いな男子たちが同意。

 そこを女子たちにイジられたり、窘められたりしているけれど、

 

「でも江戸川先生が言うには、本当に多いらしいよ。そういう人。特に3年生になると」

「3年の先輩方は受験直前だからな、無理もない。君たちは1年だからまだ先のこと、と油断しているかもしれないが、少しずつ準備をしておかないと、受験生になるのは意外とすぐのことだぞ。かくいう私も来年は受験生だからな」

「耳が痛ぇ……」

「ったく。ミヤ、今からそんなんじゃ本番が心配だよ」

「一足早く大学受験、っていうか模試を受ける一年生もいるしね~……で、その本人は大丈夫なの?」

 

 島田さんの言葉で視線が俺に集まった。

 

「先生方にはちょっと申し訳ないけど、授業を全部サボって勉強時間に充てる。そうすればなんとか……って感じだな。なんとか一通りの範囲は網羅して、あとはどこまで問題に慣れられるか。試験の時間内に力を出し切れるかだと思う」

「そっかー」

「せめてもう少しトラブルがなければ、それだけ余裕もあったんだけどな」

「色々あったもんね、不良グループに襲われたりとか」

「そうそう、あとは心霊ロケとかな」

「それで熊に遭遇したりー、危険な目に遭い過ぎじゃない?」

「俺のせいじゃない。そうなってしまったんだから、仕方ないだろ」

「でも2週間経たないうちに2件だろ? 気をつけないと、本番までにまた一悶着あるんじゃね?」

 

 友近の言葉を誰一人として否定しないし、俺自身も否定できない。

 

 ……なんだか嫌な沈黙が流れた……

 

「まぁ、何事も準備が大切ってことだな。勉強も、身の安全も」

「そうだな。勉強疲れに関しても、生徒会から通達を──そうだ準備といえば、葉隠」

「はい。何でしょう?」

「海土泊会長が卒業式の件を気にしていた。事務所側からの許可は出ているが、楽曲についての話がまだだそうだ」

 

 ああ、卒業ソングの件か。

 

「わかりました。楽曲の候補は届いていますから、USBにデータを写して提出します。明日の昼には生徒会室に顔を出せますし、詳しい話もそこで」

「分かった。そう伝えておこう」

「葉隠君、卒業式で歌うの?」

「ああ、企画段階だからまだ広めないでほしいんだけど──」

 

 皆と食事をしながら会話を楽しんだ!!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~自室~

 

 試験勉強をしていたら、ふと学習していた内容に疑問を持った。

 参考書と記憶している内容が間違っている……と思ったら、間違えていたのは記憶。

 それも自分自身の記憶ではなく、先日の記憶転移で混ざりこんだ別人の記憶だ。

 

 ……どうやらこの記憶の持ち主は、高3の受験生。友達に誘われて息抜きのつもりで肝試しに参加して亡くなったようだ。……その友達の記憶もあるな……こっちも高3か……高校最後の年ではしゃいでたんだな……

 

 記憶に集中し、それを辿り、情報を集めてまとめ、“別人の記憶”にカテゴライズ。

 自分と他人を混同しないように、脳内で明確に分けておく。

 先生とこの対処法について話し合い、実行して以来、記憶転移についてはだいぶ落ち着いた。

 

 しかし、混ざりこんでいた記憶を確認していると、記憶は実に様々だ。あまり後悔はなさそうな記憶もあれば、今回のような“無念”を感じる記憶もある……というか、8:2くらいで無念の方が多い。

 

 すでに皆様、旅立たれているはず。

 俺の中にあるのは彼らの魂ではなく、記憶の残滓。

 そう分かっていても、いざ無念の記憶を見つけると気になってしまう。

 

「いっそ自己満足でもいいから、できる範囲で望みを叶えてあげるとか……?」

 

 あれ? 望みを叶える……他人の記憶は他人の記憶だけど、今は俺の中に混ざってるわけで、それは自分で読み取れる……

 

 思いつきと直感に従い、以前見つけていた男性パフォーマーの記憶を引き出してみる。

 

 彼はジャグリングを得意としていて、ボールに限らず野菜やカバン、投げ上げられる重さの物なら大体はパフォーマンスに使えた人。観客から適度なものを借りて投げてもらい、それをキャッチしてジャグリングを継続する芸で、ちょっと人気があったらしい。

 

 ここに観客はいないが、投げ上げられる物ならいくらでもある。

 

 ジャグリングの記憶を引き出して、やり方と感覚を理解。

 筆箱と枕を手にとって、交互にお手玉は普通にできる。

 さらにティッシュ箱を加えて、成功。

 ハードカバーの本は少々重かったけど、勝手に体が動いて成功。

 4つの物が空中に∞を描く。

 

 ちなみに俺にジャグリングの経験は無い。まったく無い。

 それが、できている。

 

 記憶転移……これはスキルカードの研究に応用できる。

 動く体と目の前を飛び交う物体を見て、俺はそう確信した!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 深夜

 

 ~廃ビル~

 

 今日はアジトに新しく立ちあげた会社で働きたいと言っている奴らを集め、基本的なマナーを叩き込む。そのためのマニュアルも人数分作ってきた。

 

 しかし、彼らの表情とオーラを見る限り、あまり身が入っていない。

 

 社会人として、他人と関わる仕事をするならある程度のマナーは必須。

 だけど、現役の不良にいきなりのマナー講習は堅苦しく感じるのだろう。

 

「はい注目! ……見てて大体お前らが何を考えてるか分かる。そして俺も、グレて不良やってるお前らにマナーの大切さだとか、労働の素晴らしさだとか、学校の道徳の授業みたいな綺麗なお話をする気もない。だから純粋にメリットとデメリットで考えろ」

 

 集まった不良全体を見渡して、視線を集めて話を続ける。

 

「たとえばお前がゴミを回収に行くとする。そうしたら相手は口やかましそうなジジイやババア。さっさと片付けて帰りたいのに、やれ服装がだらしない、挨拶がなってない、そんな具合で1円にもならない説教を延々聞かされる……それか表面上だけはキッチリ取り繕って、何も言われずさっさと仕事して帰る。どっちがいい?」

「あー……そう言われっと確かになぁ……」

「だろう? 他のやつも大体そうだと思う。面倒なことは少ないほうがいいに決まってる。

 それにマナーは堅苦しいかもしれないが、対応が大体決まっているんだ。ポイントは手元のマニュアルにまとめてあるから、それだけ守ればまず問題ない」

「本当にここに書いてあるだけでいいんすか?」

「ああ、問題ない。目指すのは完璧で素晴らしい対応じゃなくて、“無難な対応”だ。特別なことはしなくていい。敬語やマナーは相手との間に距離を感じさせる。気楽に話したいという客もいるかもしれないが、仕事上は常に店員と客の関係だ。……さっきまでよりは分かったか?」

『ウッス!』

「よーし! 服装に関しては揃いの作業着を注文してあるから、それが出来てから。また説明するが、仕事前には互いに確認し合うように。今日は挨拶の仕方だけ覚えてもらうぞ!」

 

 働く喜びとかそういったものは、働きながら見つければ良い。

 机の上で教わって理解できるものでもないだろう。

 

 この後しばらく、路地裏には男たちの野太い声が響き渡った……



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321話 乱入

 影時間

 

 ~某病院前~

 

 今日もアメリカチームと約束がある。

 しかし突然合流場所が変更になり、俺は聞いたこともない病院前にいる。

 理由は合流してからという話だったけれど……あ、来たみたいだ。

 

 周辺把握に引っかかる物体を感知した瞬間から数秒。

 八本の足を持つ、巨大な馬のペルソナが、猛スピードで俺の前へと到着していた。

 

「お待たせ!」

「タイガー、早いわね!」

 

 乗っていたのはロイドにエレナ。

 そしてこのペルソナ“スレイプニル”の召喚者であるジョージさんだ。

 

「今日来るのは3人だけか?」

「後からグランパの“へーリオス”で、アンジェリーナとウィリアム叔父さんが来るわ」

 

 と、話しているうちにスレイプニルは送還され、今度はいかにもな戦車が轟音を響かせて向かってくるのが見えた。

 

「……あれがボンズさんのペルソナ……聞いてはいたけど、本当に戦車だな」

「車種は“M1エイブラムス”だね。昔、一時期乗ってたらしいよ」

「それはそれは……」

 

 到着した戦車が器用に縦列駐車する様子を眺めていると、上部のハッチから3人が出てくる。

 

「これで全員ですね。ところで合流地点が変わった理由を知りたいんですが」

「ああ、それは俺から話すぜ。当事者だからな」

 

 声を上げたのはウィリアムさん。

 

「タイガー。年末の試合は本来、俺じゃなくて別の奴が試合相手だったんだよな?」

「ええ、そういう話でした」

 

 先方が怪我とかで一方的にキャンセルされて、ウィリアムさんが代役として来てくれたわけだけど……

 

「その元対戦相手が昼間、俺のところに来たんだよ。タイガーと試合をさせろって」

「……どういうことですか?」

 

 詳しく話を聞いてみると……

 

 今日の昼、ウィリアムさんは年末の試合までの調整のために、場所を貸していただくジムへ挨拶に行っていた。また、そこで俺の対戦相手として、アフタースクールコーチングの取材を受けることにもなっていた。

 

 そんなところに、元対戦相手が乱入してきたそうだ。

 

 そしてその人は、俺との試合を断ったのは事務所やマネージャーが勝手にやったこと。ネットで俺から逃げたと噂されて迷惑しているなど、色々理由を並べて俺との試合、つまりはウィリアムさんとの選手交代を要求したという。

 

「もう決まったことなんだから、そんなことできるはずねぇだろ……ってなったんだが、相手を代われの一点張りで会話にならなくてさ。

 困ってたら、取材のレポーター役で来ていたあのリセって子が、俺らにコッソリ言ったんだよ。そいつが何かに憑かれてるって。んで例の召喚補助器を使ってもらって、別室から様子を見てもらったら、弱いけど霊に憑かれて洗脳状態だったことが分かった、ってわけだ」

「それも話を聞いた限り、報告にあった“愛と叡智の会”って団体の霊っぽいんだよね」

「タイガーには今から、その元対戦相手を調べてもらいたい。タイガーなら一般人でも影時間に落とせただろう?」

 

 ロイドとボンズさんも補足してくれた。

 

「何でまたそんなことに……でも事情とやるべきことは分かりました。その人はこの病院に?」

「ああ。最終的に俺とそいつがスパーリングして、勝った方がタイガーと戦うって話になってな」

「……なるほど」

 

 精神面の異常で病院送りになったわけではなかったようだ。

 

「病室は調べがついてるから、僕が案内するよ。ついてきて」

 

 そう言って手を挙げたロイドを先頭に、影時間の病院へ潜入。

 調べがついているとの言葉通り、病室までの案内はスムーズ。

 

 俺は言われた通りに病室で象徴化していた男を人間に戻し、調査を行った。

 

 その結果、

 

「どう?」

「結論から言うと、愛と叡智の会の人工霊で間違いない。ただ犯人……術者が前とは違う」

「どういうことだ? タイガー」

 

 元試合相手の男性から追い出した霊は、まるっきり光明院君やそのマネージャーに憑いていたのと同じ姿をしていたが、それを駆除した時に読み取れる命令内容が明確に異なっていた。

 

 具体的には……光明院君等に憑いていた霊の命令は端的でわかりやすく、 支配力も強かったように思える。

 

 しかし今回の霊から読み取れた命令はその全く逆。感情的で荒く、わかりにくい。

 そのせいか支配力も低く、思考の誘導はできたようだが、対象の行動を操りきれていない。

 

「コントロールできていない?」

「はい、ジョージさん。命令を読み取った限り……今回の件を仕掛けた術者は、本当は俺を狙っていたみたいです。とにかく俺を襲えとか、試合前に怪我をさせろとか」

「……じゃあなんで俺のところに来たんだ?」

「たぶん、術者の力不足で支配が中途半端だったので……この方に、命令に抗う格闘家としてのプライドがあったのかも。“路上の喧嘩じゃなくて、リングの上で”とか」

「……操られながら、それなりに筋を通そうとしたってか」

「想像にすぎませんが、そうでなければ試合の権利をよこせ! なんて言いに行かないかと。命令では手段を選ばず再起不能にしてもいい、みたいなのもありますし……」

「誰だかしらねぇが、胸糞悪いぜ」

「それは同意します」

 

 以前にも不良グループを雇って俺を襲わせようとした“何者か”がいたが……今回の件に関わっている気がしてならない。人工霊を使った事件だし、白鐘にも連絡しておこうか……

 

「調査が終わったなら、撤収しよう。まだ時間はあるが、影時間のうちに出なければマズイ」

 

 気になることは多いが、ひとまずボンズさんの提案に従うことにした……



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322話 警戒中

 12月12日(金)

 

 昼休み

 

 ~生徒会室~

 

 先輩方に卒業式で歌う候補の曲を視聴してもらっている間、俺は昼食のサンドイッチを食べつつ、携帯でネット掲示板を覗く。

 

 ……朝、寮の食堂のテレビでも見たけれど、昨日の乱入がニュースになっている……

 

『試合拒否が上層部の勝手な判断だったとしても、組織に所属してる以上は従うべきだろ』

『媚び諂えとは言わないけど、勝手に乱入はなぁ……ショー的な演出であってほしいわ』

『相手方もスタッフも記者も困惑してるし、どうみても演出じゃねぇwww』

『取材中断した上に、飛んできたマネージャーと代表者が平謝りだもんな。

 なのに本人は謝りもせず、断固として試合相手を交代しろ、だもんなぁ……』

『しかもスパーリングで勝ったら交替ってチャンスもらったのに、一撃KOって何だよ』

『正直、幻滅した』

 

 ……元対戦相手の評価が著しく下がっている……

 普通の人には彼が操られていたなんて分からないからな……

 

「葉隠君?」

「っと。会長、どうですか?」

「どれもいいけど、“3月9日”か“YELL”で迷ってるね……で、葉隠君は何見てたの? ちょっと深刻そうだったけど」

「今朝のニュース関連でちょっと」

「今朝の……この話か。これは私も格闘技ファンとして、残念に思うね」

 

 ……掲示板の話はここまでにして、卒業式の細部を詰めることにした……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~校舎裏~

 

 秘宗拳の練習で、今日は“聴勁”を重点的に学ぶ。

 

「聴勁とは、相手の勁(力)を聴くこと。実際に音が鳴るわけではないけれど、目に見えないものを感じるという意味。力まずに、相手に触れたところから相手の動きを感じてください」

 

 先生が伸ばした手の甲に、こちらも手の甲を合わせ、押し合うように動かす。

 

「これは太極拳の“推手”や空手の鍛錬法の“カキエ”と同じですね」

「その通り。聴勁は秘宗拳だけのものではありませんし、特に太極拳ではよく使われる用語です。……だいぶ慣れているようなので、今日まで教えたことを絡めてもうワンステップ進みましょう」

 

 そう言うと先生は、ポケットからアイマスクを取り出した。

 

「これを着けて練習を?」

「その通り。難しいと思うでしょうけど、コツを掴めば意外と簡単です。力を抜いて動きを感じる。それと同時に──」

 

 先生は俺の右手を左手で取ると、一度“目をつぶっている”とアピールしてから、右手も合わせて俺の手を包み込む。

 

 そして次の瞬間、手を包み込んでいた右手が手首、腕へと滑るように動き、肩の前を通って首を軽く掴む。

 

 さらに続けて先生の手は、滑るように上へ。首に沿って顎を押し上げ、ついでとばかりに顔面に手をかけると、自然に指先で目潰しができる位置にあった。

 

「今は分かりやすくやりましたが、接触する部分は一部でも、必ず全身に繋がっています。だから、相手の動きを感じつつ、人体の構造を意識してください。擒拿(関節技)と同じですから、復習もかねて一緒にやりましょう」

 

 なるほど、やってみよう。

 

 目隠しをした状態で擒拿(関節技)を練習した!!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~超人プロジェクト・日本支部~

 

 久慈川さんが来てくれたので、彼女も交えて乱入事件について話すことになった。

 しかし、現状では分かっている情報を共有・確認しただけで終わってしまう。

 

「間違いないのは、俺を狙う何者かがいること。あとは年末までは注意が必要なことだな」

 

 これで万が一、俺が怪我をして試合に出られない! なんてことになったら、時間をかけて準備してきた全てが無駄に……とまでは言わないが、テレビの企画は潰れてしまう。そうなったら大損害だ。

 

 

「先輩、犯人の手がかりとかないの?」

「流石に証拠を残さないように注意はしてるみたいでな……」

「そっか、そのくらいはするよね」

「ああ……ただ、俺はその術者に相当嫌われてるらしい。年末の試合どころか、再起不能になっても構わない、むしろそうしろ、って感じの命令を出すくらいだからな」

「それ、嫌われるってレベルじゃないと思う……でも変じゃない? なんでその犯人は先輩をそんなに嫌ってるの?」

 

 俺に聞かれても……と思ったが、言われてみれば確かに。

 

「先輩?」

「……」

 

 俺は有名になり、ネットを介して見ず知らずの相手から批判を受けることも多くなった。しかし、見ず知らずの奴からここまで恨まれる覚えはない。

 

 もしかして、犯人は俺の知っている人物……?




影虎は先日の乱入事件を気にしている!
影虎は犯人に目星をつけた?


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323話 模試まであと2日

 12月13日(土)

 

 午前

 

 ~Craze動画事務所~

 

「それでは皆さん、お疲れ様でした」

『お疲れ様でした!』

 

 安藤家の5人と一緒に、年末のCステージ出演者が集まっての打ち合わせ。

 俺はウィリアムさんとの試合後なので、当日の体調によって出演するかしないかが決まる。

 どちらになっても対応できるように、綿密な打ち合わせが行われた!

 

「フゥ……」

「お疲れ、アンジェリーナちゃん」

「ん」

 

 出演者の1人として立派に参加していたけれど、大勢の大人に囲まれ緊張していたのだろう。アンジェリーナちゃんの顔には、特に疲労の色が見られる。

 

「おっつかれー」

「お疲れさまです、又旅さん」

 

 動画投稿者であり、今年のCステージの司会を務めることになった又旅女史が、軽い足取りで近づいてくる。

 

 しかし彼女は妊娠中。それも前より確実にお腹が目立つようになっているので、あまり軽やかに動かれると心配になる。

 

「そんなに動いて大丈夫かって顔だね?」

「ばれましたか」

「皆もそういう顔をするからさ。気にかけてくれるのは嬉しいけど、妊婦だって適度に運動しなきゃいけないし、歩くくらいはできるんだから。生まれてくる子のためにもね」

 

 そういう彼女の雰囲気は以前よりも丸く、温かいものに変わっている気がした。

 

「それはそれとして……ハロー、アンジェリーナちゃん。さっきの歌は凄かったね」

「ありがと……」

 

 アンジェリーナちゃんは、照れて俺の後ろに隠れてしまう。

 

「おやおや、ちょっと内気な子なのかな?」

「ええ、そんな感じです」

「歌ってる時は凄い迫力と言うか、圧倒されっぱなしだったのに、こうして見ると普通のかわいい女の子だね。いや、このかわいさを普通と言っていいものか……てか、家族全員美形揃いだよね、安藤家の人たちって」

 

 そう言いながら又旅さんが視線を向けた先では、エレナやカレンさんが打ち合わせに来ていた男性動画投稿者に話しかけられ、ジョージさんが目を光らせている……が、そのジョージさんにも女性の動画投稿者が話しかけられていた。

 

 ロイドはオタク系動画投稿者やスタッフさんたちと、ひたすら機材の話で盛り上がっているようだけど……服装と髪型を何とかすればイケメンになりそう。元はいいんだよな……

 

「日本では葉隠君の関係で急に注目が集まった印象が強いみたいだけど、そうでなくても時間があればいつかはメジャーになってたよね」

「だからこそ代役として提案できました。Craze事務所の皆さんには無理を言ってしまいましたが……」

「ううん、年末の試合はうちの事務所より先に決まってたことだし、試合で怪我でもしたら出られない可能性があるのは事実。前日に突然キャンセルされるよりよっぽどマシだって、むしろ褒めてたよ。アンジェリーナちゃんたちは確かに動画投稿を始めて日が浅いけど、話題性や実力は十分だしね」

「がんばる」

 

 話は聞いていたようで、俺の後ろから顔を出して宣言するアンジェリーナちゃん。

 それを見た又旅女史はからからと笑った。

 

「本番では何万人もお客が集まるけど、怖くないかな?」

「大丈夫」

「ははっ、歌う時は結構強気なんだね。頼もしいよ!」

 

 本当に、アンジェリーナちゃんは普段は内気だけど、特定の物事では積極的になるなぁ……

 

 と思って見ていると、何か勘違いしたのか、

 

『こわくない。街中にシャドウがあふれた時よりぜんぜんいい』

「!」

 

 こんな声が頭に送られてきて、笑いかけた。

 

 別に疑っていたわけではないけれど……確かに、アンジェリーナちゃんも夏休みの事件を乗り越えた仲間だ。あれで変な度胸がついたのかもしれない。

 

「分かってるって」

「ん」

 

 俺も負けてはいられないな……

 

 アンジェリーナちゃんのやる気を感じた!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午後

 

 ~部室~

 

「そこまで! ペンを置いてください」

「ふぅ……」

 

 センター模試までに残された時間は、今日を含めてあと2日。

 マークシートに慣れるため、本番と同じ形式で一昨年の試験問題を解いてみた。

 

「お疲れ様。割と余裕そうだったね」

「記述式と違って、文章を書く必要はないからね。ただ、チェックのズレには気を使うよ。それにまだ詰めが甘いと感じる部分もあったし……」

 

 山岸さんから受け取ったハーブティーを飲んで休憩。

 その間に桐条先輩が採点をしてくれる。

 

「採点が終わったぞ」

「どうでした?」

「残念ながら、目標には僅かに届いていない。尤も、勉強期間を考えれば十分すぎる成果だと思うが……A判定にはぎりぎり届かずと言ったところだ」

 

 先輩が返してくれたテスト用紙を確認すると、やはり先ほど考えていた場所で点を落としている。

 

「今日明日で何とかもう少し詰めるとして……世界史と現代社会に重点を置くべきでしょうね」

「ああ、幸い全教科を通して1、2年の範囲はカバーできているようだし、数学に至っては満点が取れている。あとは3年の範囲に関する設問や時事問題が鍵だろう」

「時事問題は何が出るか……センター試験の時事問題は常識で解ける傾向があるとは言いますが、最近はそれが変わって来ているとも聞きますしね……」

「そうだな。より論理的に、それまでの学習の成果を試される設問へと、年々変わってきていると私も聞いている。現代社会は過去の事例と流れを見直して、確実に把握すべきだろう」

 

 

 最近は妨害の気配もしているが、あと2日で模試があり、試験期間でもある。

 気合を入れていこう。

 

「ところで葉隠、じつは1つ占って欲しいことがあるんだが……」

 

 ほう……“自分を成長させるために、良い経験ができる場所”。

 

 影時間のことを隠すために曖昧な言い方をしているけれど、事情を知っていれば目的は明らか。超ストレートに聞こえる。

 

「具体性に欠けますが……“先輩の望む何かがある場所”で占ってみますか」

 

 何も知らないふりをして、“辰巳ポートアイランド駅前”と答えておいた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~アクセサリーショップ・Be Blue V~

 

 オーナーと共に、地下倉庫の整理を行うが……

 

「オーナー。この惨状は一体……」

「師走だから……」

 

 年末年始は仕入先もお休みのところがあるので、今のうちに在庫を補充しておくのはまだ分かる。

 

 だけど、オーナーの趣味の品々、もとい何の霊も憑いていないガラクタまで大量に運び込まれているのはどういうこと!? と言いたいが、そんなことを言っても始まらない。

 

「……オーナー、とりあえず在庫とコレクションとそれ以外の判断をお願いします。運搬と分別は俺と召喚シャドウでやりますから。」

「分かったわ。それから葉隠君、ゴミの処分なんだけど……裏でリサイクルショップを始めるのよね?」

「はい、不良に指示を出してですが」

「年末までに大きなものだけでも処分できるかしら? あともう2回、どっさり来るそうなのよ」

「ご依頼ありがとうございます」

 

 ヒソカ(裏の顔)のリサイクルショップは、開店前からお客が見つかった!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 深夜

 

 ~辰巳ポートアイランド・某所~

 

 オーナーから相談を受けたので、金流会に状況を問い合わせると、“ちょうど店舗が用意できた”と返事があり、そのまま店舗を見に行くことに。

 

 すると金流会のリーダーのデブが自ら案内をしてくれたのだが……

 

「……そこまで怯えなくても、敵対しなければ別に殺そうとも思わないのに」

 

 金流会のリーダーは、常に顔を青くして、滝のような脂汗を流していた。

 

 ……まぁ、決戦の時は多少狂気に取り付かれていた気がしないでもないし、仕方ないか。少なくとも反抗する気配はないし、いいだろう。

 

「あ、あの……どうでしょうか?」

「店舗としては十分だと思うよ。広いというか建物丸々1つなんて、よく用意できたね。ちょっと寂れてるけど、道路に面していて普通に営業できそうだし」

「いやぁ……元権利者にはかなり金を貸してたんで……」

「ふーん……倉庫も見ていいかな」

「どうぞどうぞ! こことは別に、港に大型の倉庫も契約してありますんで、それなりにモノは置けると──」

 

 俺の反応が良いと感じたのか、ここぞとばかりに売り込んでくるデブの話を聞きながら、店を隅々まで確かめた!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~辰巳ポートアイランド駅前~

 

 影時間になる前から駅で待機し、特別課外活動部の戦闘訓練用にシャドウを召喚。

 

 本日の相手は笑うテーブル、炎と氷のバランサー、鋼鉄のギガスを模した3体だ。

 

 待ち構えているようでは不自然なので、適当にその辺を徘徊させて待つと、だいぶ遅れて3人がやってきた。

 

「うっわ、なんかゴッツイのがいる……」

「待て……近くにまた別のもいるぞ。2体だ」

「集まってくると面倒かもしれんな。1体ずつ倒していこうと思うんだが」

「同感です」

「それがいいだろう。なら今のうちに目の前のを……行くぞ!」

 

 目で合図をし、速やかに鋼鉄のギガスもどきに襲い掛かる3人。

 

「へぇ……」

 

 その戦い方は、明らかに先日とは異なっていた。

 

 前衛は真田。誰よりも早く、そして前へ出る。

 続いて岳羽が後方から、ペルソナではなく弓矢による攻撃。

 桐条は岳羽の傍でペルソナを召喚し、速やかに情報解析。

 

 岳羽の遠距離攻撃で先制して、怯んだ隙に真田が畳み掛ける。

 接近戦を挑む真田が隙を作り、岳羽が矢を打ち込んで援護。

 桐条は情報支援を主に行いつつ、臨機応変に魔法で攻撃。

 

 ……ってところか。

 それぞれ役割を分担して、自分の役割を意識して動いている。

 “チーム”としての動きが先日とは明らかに変わっていた。

 

「スレッジ、ハンマー!!」

「イオ!」

「ペンテシレア!」

「グ!? ォオオ!?」

 

 真田が大技を放ってシャドウから距離を取ると同時に、岳羽と桐条の波状攻撃。

 そして倒れた隙をついての総攻撃でトドメ……タイミングもピッタリだ。

 

 この様子だと、特別課外活動部は原作よりも強くなるかもしれないな……

 良い傾向だろう。現実で命がけの戦いをするなら、強いに越したことはない。

 チームワークが良ければ原作開始からがより安全になる。

 

 もし協力、あるいは利用するにしても、その時になって役立たずじゃ意味がないしな……

 ま、それはなさそうだけど……シャドウ相手なら天田の方が強いかな……

 

 駅の屋根から、3体のシャドウを倒す様子を見物しながら評価を下す。

 

 さて、討伐は終わったし帰ろうかな。3人ももう帰るみた……ん?

 

「美鶴? どうした?」

「いや……気のせいか? 一瞬だけ、索敵機材に強い反応があった気がしたんだ」

「敵ですか?」

「反応はないが……ちょっと待て、データを確認してみる」

 

 ……もしかして俺の話か? バレた?

 

「……あった! ほんの一瞬だが、間違いなく何か大きなエネルギーを感知していたようだ」

「大きなエネルギー? シャドウじゃないのか?」

「おそらくシャドウだと思うが……感知したのも一瞬だったようだし、よく分からないな。向こうの方角。距離は直線でおよそ900mというところだろう」

 

 いま指し示された方角で900となると、駅前広場はずれを超えた路地裏だ。…

 となると俺のことじゃないな……じゃあ何だ?

 

「そのくらいの距離なら、一応確認してみないか?」

「そうですね。シャドウだったら倒した方がいいだろうし」

「……私も正直、気になる反応だ」

 

 どうやら3人は様子を見てから帰るようだし、俺もそうしよう。

 そうと決まれば一足お先に!

 

 3人にばれない様にその場を離れ、強化魔術で機動力を強化。

 ビルに登って飛び移り、すっかり慣れた高速移動。

 

 ……おっ。

 

 ビルに登ったら、路地裏にストレガの連中がいるのが見える。

 しかもジンはなにやら慌てた様子で、胸を押さえて苦しむタカヤを立たせようとしている。

 その横でチドリがペルソナを出して……そういえば彼女のメーディアは探査妨害できたな。

 

 ……って、これやばくね?



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324話 誘導

 ~駅前広場はずれ~

 

 ビルの上を駆け、急ぎストレガと特別課外活動部のほぼ中間地点へ降り立つ。

 

 上から見た限りだが……ジンが肩を貸して移動しようとしてはいたが、タカヤは動くことも難しい状態に見えた。そして今日、特別課外活動部がこの場に来たのは、俺が誘い込んだから……流石に放っておくのは気が引けた。

 

 俺がここにいて真田や桐条の眼に入れば、おそらく無視はされないだろう。何が起きたのかは、チドリの妨害でハッキリとはわかっていないようだったし。何かしているように見せた方がいいかな……

 

 そんなことを考えながらふと空を見ると、いつにも増して巨大な月が視界に入る。

 

 ……そういえば、今日は満月か。

 

「ッ!」

「……先輩、あれって」

「ああ、あの後ろ姿。間違いない。“翁”だ」

「! 先輩たちが話してた、要注意イレギュラーの?」

「まさかこんな所で見つかるとはな。月を仰ぎ見て、何をやってるんだ?」

 

 なんとなく月を眺めながら待っていると、特別課外活動部の3人がやってきた。

 物陰に隠れて、背後から様子を伺っているみたいだけれど、そこは周辺把握の範囲内。

 おまけに俺の聴力もだいぶ上がっていたのか、小声なのに会話が聞き取れる。

 

 ……襲ってこないな。警戒して様子を見ているのか?

 だったら、このままゆっくりストレガのいない方へ誘導するか……

 

「動いたぞ」

「こっちには気づいてないみたいですね……」

「よし、追おう」

 

 ……残念ながら、全部ばれてるんだけどな……隠密行動とは……こうやるのだよ!

 

 適当な角を曲がり、さらに先の角へ。全力で建物の陰に隠れてみる。

 

 

「……どこに行った?」

「見失ったの?」

「くっ、私の探知にも……いや、向こうだ!」

 

 わざと居場所を明らかにして、追跡させる。

 

「いました、先輩」

「ああ、どうやら大通りの方に向かっているようだな」

「……なるべく見失わないように注意してくれ。翁は私の探知を妨害する能力、またはそういう特性を持っている可能性がある」

 

 気づかれたか……だったらもう隠す必要もないか。

 

 先ほどと同じ、全力で隠れた後に居場所を明らかにする行動を繰り返しながら、大通りへ出る。

 

 そうしていると、向こうも当然のように気づく。

 

「……これは、おかしいな」

「ですよね……何度も見失ってるのに、そのたびに場所が分かって、また追跡できるって……」

「……追跡がバレているな」

 

 ここで初めて視線を彼らへ。そして声には出さないが……

 

 “やれやれ、ようやく気づいたのか”

 

 そんな雰囲気を出してみる。

 

「くっ! 間違いない、やはり奴はこちらに気づいている!」

「ってか、すっごい馬鹿にされた気がする!」

「……いつからかは知らんが、どうやら俺たちはおちょくられていたようだなッ!」

 

 演技や歌で磨かれた“表現力”と“伝達力”により、雰囲気に込めた意味が十全に伝わったらしい。

 

 俺は隠れていた路地から激昂状態で飛び出してきた3人を相手にせず(・・・・・)、大通りを悠々と走り去ることにした。

 

 後ろから何か聞こえるが、気にしない。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 12月14日(日)

 

 午前

 

 ~秀尽学園・体育館~

 

「おはようございます!」

 

 今日は日曜。中高生のアイドルたちも集まりやすい、貴重なドラマの撮影日。

 

 の、はずなんだけれど……待合室代わりの体育館には、なんだか重苦しい空気が充満している。

 

「葉隠君、おはよー……」

「おはようございます」

「ども……」

 

 共演者のアイドル全員。さらにスタッフの人たちまで、負の感情のオーラを纏っていた。

 緊張ならまだ良いほうで、中には強い怒りや不快感を抱いている人もいる。

 

 一体、何が?

 

「葉隠様、久慈川様が」

 

 付き添いの近藤さんに言われて、久慈川さんと井上マネージャーに気づく。

 しかし、この2人も他と同じ暗い顔、というか疲れた顔。

 

「おはよう先輩……」

「おはよう。さっそくだけど、何があった?」

「それは……ちょっとこっちに」

 

 手招きをして、耳を貸せと。大声ではしづらい話か。

 

「だいぶ前に電話で、現場の愚痴をこぼしたの、覚えてる?」

 

 久慈川さんとはなんだかんだで会うことも多いし、色々と話している。だけど電話で愚痴となると……

 

「もしかして、学園祭が終わったあたりの話か? 確か、久慈川さんがアフタースクールコーチングに出演して、その時のスタジオ収録に佐竹の両親が来たとか……まさか」

「そのまさか。今回はお母さんだけだけどね。なんていうか、刺々しくはないんだけど……私達には息子をよろしく、でも息子の邪魔にならないように、みたいな感じ。あと自慢話も長いし。

 さっきまで光明院君とか磯ッチさんとかもいたけど、絡まれて嫌になったのか何処か行っちゃった。そういえば偉い人の他に、先輩と近藤さんを探してたみたい」

「俺達を?」

「うん。今日は収録だから、来るはずよね? って。まだ来てないと分かったら、偉い人への挨拶に行っちゃったけど」

「佐竹の母親は確か──」

 

 名前は佐竹志乃。女優業を中心に活動している方で、昼ドラやサスペンスによく出演している。その他、情報番組のコメンテーターにCMなども多数……年齢はうちの両親よりも一回り近く上だけど、女優、芸能人ということで外見にはそれなり以上に注意しているんだろう。美魔女とか、美熟女として名高かったりもする。

 

「私が聞いた話では、非常に顔の広い方だそうですね」

「近藤さんの仰る通り、芸能界だけでなく他の業界にも影響力を持っている方です。過去には彼女に睨まれたアイドルが、コスメのCMの主役に決まっていたのに、直前で突然降ろされるなんてこともあったそうで……みんな戦々恐々としているんです」

 

 井上さんは周囲に聞こえないよう気にしながらも、具体的な例を出して教えてくれた。

 

 だがそんな話をしていると、噂をすれば影というやつだろうか? 周辺把握で佐竹とそれらしい人物が近づいてくるのを感知。

 

 急いで話を止めるよう全員に合図して、表面上は何もなかったように取り繕い、久慈川さんと井上さんは立ち去った……その直後。

 

「失礼。……あら?」

「お母、!!」

「まぁまぁ! そちらにいらっしゃるのは葉隠君ではなくて?」

 

 入ってくるとほぼ同時に、目ざとく俺たちの姿を捉えた佐竹母。

 

「初めまして。佐竹健治の母の、佐竹志乃です。会えて嬉しいわ。そちらは近藤さんね」

 

 皆の雰囲気が悪いので、俺も嫌味の1つでも言われるのかと思えば……出てきた声はやたら好意的。しかもオーラを見ても敵意は感じられない。後ろにいる息子とは対照的に、本気で喜んでいる感じだ。

 

 そしてそんな好意的な態度に驚いているのか、周囲がざわめく。

 

 とりあえず礼節をもって対応するが……

 

「活躍は聞いているわ。でもテレビのお仕事って、生活リズムが不規則になりがちでしょう? 体は大丈夫?」

「はい。ありがたいことに、近藤さんやスタッフの皆さんがサポートをしてくださっていますし、撮影現場の皆さんにも、特に体調には配慮してくれるので」

「それはよかったわ。何事も体が資本だものね」

 

 続けて今度は俺をべた褒めし始めた……これは逆にやりづらい……ってか、佐竹(息子)の機嫌がどんどん悪くなっているのだが。

 

 また、しばらくしてべた褒めが終わったかと思えば、今度は自分の息子の自慢話が始まる。これがまた驚くほどのマシンガントーク……流石は芸能界の大ベテランということだろうか?

 

「でね。息子はダンスもお勉強もよくできて、ああ! そうだわ、葉隠君もそうよね」

「恐縮です」

「葉隠君がよければだけど、うちの息子と仲良くしてちょうだい。きっとお互いに良い刺激になると思うの」

「……お母様、撮影の準備もあるので」

 

 佐竹(息子)は自分と仲良く、のあたりでとうとう我慢できなくなったらしい。身に纏うオーラは黒々として、さらにドロドロと粘着質。まるで原油のようなそれを、天井に届くかというほどに増大させて。しかし母親には従順なのか、作った笑顔を顔に貼り付けて話を遮った。

 

「あら! そうだったわね。それに、なんだか私ばかり喋ってしまったわ。いきなりごめんなさいね」

「いえいえ。お話できて光栄です」

「……僕はちょっとトイレへ。失礼します」

 

 佐竹は足早に控え室を出て行く。

 

 ……あのオーラ……俺の何がそこまで気に入らないのか知らないが、先日の元対戦相手に憑いていた霊から感じたものに似ている。

 

 先日、久慈川さんと話していて、もしかしてとは思ったけど……

 

「あの子ったら、我慢でもしてたのかしら? ごめんなさいね」

「お母様の前で緊張しているのでは?」

「ああ、近藤さんの言う通りかもしれませんね。授業参観みたいに」

「あら、そうかしら」

「……そうだ。話が変わりますが、彼は勉強はどうしてるんでしょう? 実は最近、そちらの方が負担になってきていて」

「まぁ、そうなの? それなら“愛と叡智の会”ってご存知?」

 

 ! いきなり、堂々とその名前が出てくるか。

 

「学習塾を経営されている団体だそうですね」

「本来の活動は“より良い教育”とは何か研究することで、学習塾経営はその一環だそうだけど……でもそのおかげで、とっても良い先生が大勢所属していらしてね。うちの子の家庭教師もお願いしてるの。おかげでうちの子もいつもテストは学年1位なんですのよ。

 もし必要なら紹介もするけど……せっかくだし、よかったら一度健治ちゃんと一緒にお勉強してみたらいかがかしら? 家庭教師の先生もよければと仰っていたし」

「家庭教師の先生が、ですか?」

「ええ、競い合える相手がいるのは良いことだって。同じグループの光明院君の名前も出ていたかしら?」

「そうなんですか……」

 

 偶然ではないだろう。もう少し探りを──

 

 と思ったその時、

 

「ん?」

 

 突然、周囲が若干暗くなる。

 

「あら、電気が切れかけているのかしら?」

 

 明かりが気になったんだろう、佐竹(母)の言葉を聴いて、視線を上へ。

 そこには不規則に点滅する照明と、天井にへばりつく霊。

 

「!!」

 

 霊の口元が禍々しく弧を描くさまに悪寒を感じ、脳内へ警戒音が鳴り響く。

 

「危ないッ!!」

「キャッ!?」

 

 反射的に佐竹(母)を抱えてその場から飛び退けば、まさに間一髪。

 それまで俺たちが居た位置に、照明の破片と大量のガラス片が降り注いだ──



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325話 

今回もだいぶ短いです、最近すみません。


『キャーッ!!』

「大変だ!」

「けが人は!?」

 

 突然の轟音に声を失っていた周囲の人々が我にかえって騒ぎ始める。

 

「近藤さん!」

「問題ありません!」

 

 よかった。近藤さんも無事に回避できていたらしい。

 

「先輩! 上に……あれ?」

「ああ、大丈夫だよ。この手の問題には本当に慣れたみたいだ」

 

 自分でも驚いたことに、回避の瞬間、咄嗟にドッペルゲンガーで護符の文様と魔法円を腕に描き、浄化のエネルギー弾を撃ち込んでいた。天井にいた霊はそれによってあっけなく消滅。天井に残ったのは焼け焦げた電線がむき出しになった照明の跡だけ。

 

「それよりもこっちを手伝ってくれないか?」

「あ、あああ……」

 

 腕の中では佐竹の母が、何が起こったかを理解して腰を抜かしている。先ほどは緊急時だから仕方なかったが、あまり女性の体をベタベタと触るわけにもいかない。

 

 休むにしてもここにはガラスの破片がたくさんあるし、久慈川さんの肩を借りて、 とりあえず安全なところまで移動してもらおう。

 

「大丈夫ですか?」

「立てますか? 私の肩につかまって……」

「え、ええ……」

 

 呆然と言われるがままになっている佐竹母。

 そんな彼女に肩を貸して、適当な椅子に連れて行く久慈川さん。

 近藤さんは早くもこれを“ただの事故”として処理するために動き始めているようだ。

 慌てたスタッフさんが俺達の無事の確認などに走り回っている。

 霊は退治したし、これ以上俺の出る幕はなさそうだ。

 

 しかしあの霊は一体何だったのか……あれは愛と叡智の会の人工霊ではなかった。

 だけどあのタイミングと視線は明らかに俺を狙っていたとしか思えない。

 偶然とは思えないし、妨害と考える方が自然……そういえば、佐竹は? 

 

 そう考えた時だった。

 

「何の騒ぎだ?」

「うぉっ! アレ割れてんじゃん。落ちてきたのか?」

 

 いまだ騒がしい体育館に、光明院君と磯っちが入ってきた。

 

「おはよう、2人とも」

「おっ、虎じゃん。来てたんだ」

「早速だけどアレって」

「見ての通り落ちてきてな……そうだ、佐竹を見なかったか?」

「それならそこを右に曲がって、突き当たりの男子トイレに入っていくのを見たぜ」

「あ、でも、しばらくそっとしといた方がよくね? “鬼気迫る”っつーの? あいつさっきスゲー機嫌悪そうだったし。人でも殺しに行くのかってくらい」

「ああ……それは分かるけど、佐竹のお母さんが落ちてきた照明に当たりかけたんだよ。結構ショックを受けてるみたいだから、家族と一緒に居てもらった方がいいと思ってさ」

 

 適当な理由をつけて、佐竹の様子を見に行くことにする。

 念のため近藤さんに同行してもらい、聞いたトイレへと向かう。

 

 するとそこには血にまみれ、奥の個室から逃げるような状態で倒れた佐竹。

 そして個室内には明らかに、何らかの魔術が行使された形跡のある魔法円が残されていた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼前

 

 ~某ファミレス店内~

 

 意識を失った佐竹の発見後、人を呼び、応急処置や救急車の手配。そして病院への搬送が終わると、撮影責任者から今日の撮影の中止が言い渡された。撮影スケジュール的にこの遅れは厳しいが、トラブル続き。それも主演の1人が急病では仕方がないだろう。

 

 そして俺と近藤さんは、早めの食事を取りながらの打ち合わせをしていた。

 

「! 江戸川先生から、先ほど送った魔法円の画像についての連絡です。結論から言いますと、降霊術の類であることはまず間違いなく、悪影響を及ぼす霊を呼び寄せて使役し、他者を害する術ではないかということです」

「なるほど……現場に残されていた魔法円から魔力を感じましたし、状況から見て術者は佐竹でほぼ確定ですね」

「はい。本人が倒れていたのは、おそらく術に失敗したからではないかと……」

「あの魔法円、走り書きみたいでお世辞にも綺麗とは言いがたかったですからね」

 

 代表的な悪魔に限らず、何かを呼び出す際に使われる魔法円には、呼び出したものから自分の身を守る防壁の役割を持っていることが多い。それが機能しなければ、術者は無防備な状態で呼び出したものと対峙することになる。

 

「それにしても勝手に自滅するなんて……なんかモヤッとする」

「今回のことで証拠を押さえましたし、彼が目覚めれば理由を追求するなりなんなりできますよ。我々も彼に聞きたいことは色々ありますが、目を覚ますまでは何もできません。警戒は続けますが、ここはひとつ、身の回りの危険が1つ減ったことを喜びましょう」

 

 確かに……

 

「……そうしますか」

 

 犯人はお前だ! とかそんな感じに、ビシッ! と解決しないのも、ある意味俺らしいかもしれない。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午後

 

 ~巌戸台図書館~

 

 模試に向けて、弱点を補うべく勉強を行った!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夕方

 

 ~校舎裏~

 

 今日は秘宗拳、最後の練習日だ。

 

 これまで学んできたことの総仕上げとして組み手を行う。

 ただし目隠しをしたまま、ゆっくりと、相手に触れた場所から相手の動きを感じて動く。

 心を落ち着けて、相手の“勁”を──気の流れを聴く──

 

 1分、2分と続けるうちに、急激に鋭敏になっていく感覚。

 それに伴って、相手をしてくれている先生の動きが明確に把握できてくる。

 

 いま触れているのは拳。

 だけど拳は手首、腕、肩、胴体……足の先まで全身が繋がっている。

 それを感じられた時、踏み込み、また逆に後退するタイミングすら読み取れた。

 

 まるで……見えない人が見えているように感じる。

 頭の中で明確に先生の体勢が、目で見るよりも明確に把握できる。

 そして先生の体内の気の流れ──経絡と狙うべき急所が明確に見えた!

 

 ここだっ!

 

「! っと!」

 

 腹部の急所へ突き。

 先生はそれを避けたが、その一瞬の隙を突いて腕を極める。

 

「今の動きは素晴らしい! 今の感覚を忘れないでください。忘れないうちにもう少し練習しましょう」

「はい!」

 

 自分でも今の感覚は忘れたくなかった。

 そう思い、さらに練習に没頭した結果──

 

「!!」

 

 新しいスキル“会心眼”を習得した!!

 肉眼で見えているわけではないが、相手の経絡の状態、気の流れが手に取るように分かる。

 これによって、クリティカルの発生率が間違いなく上がると確信した!




続いていた襲撃の犯人が発覚した!
犯人の術者は佐竹だった!
しかし佐竹は自滅していた!


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326話 試合一週間前

 夜

 

 ~某有名ホテル・宴会場~

 

 秘宗拳の練習を終えて、今日は更にウィリアムさんとの合同インタビューが行われた。

 

 俺と近藤さん、そしてウィリアムさんと来日していたマネジメント担当者が横一列に座り、大勢の記者からの取材を受ける。そして一通りの質問が無難に終わった……

 

 と、思っていたら。

 

「続きまして、本日のスペシャルゲストをご紹介させていただきます」

「ゲスト? そんなの予定になかったはず……って!」

 

 なんと、いきなり安藤家の5人となぜか天田が大勢のスタッフさんを伴って入場。あっという間に簡易のステージが出来上がり、さらに楽器も用意されていく。

 

「葉隠先輩。実は今週、僕はギターと歌を習ってました! 先輩、ウィリアムさん、一週間の成果、聞いてください」

 

 いきなり始まる演奏。

 その曲は数年前から、色々な場面で流れている、有名な応援歌だった。

 

 本当に一週間で習得したのか。隠れてどれだけ練習をしていたのか。

 天田は力強く歌いながらも、途切れることなくギターの音を奏でている。

 その一言、一音から、俺とウィリアムさんを応援する心を感じる……

 

 ……

 

 歌、そして演奏が終わった瞬間。俺は心からの拍手を送っていた。

 

「どうでしたか?」

「ありがとう。いきなりで驚いたけど、感動したよ」

「Me too. Thankyou,Ken」

「よかった」

「安藤家の皆もありがとう」

 

 親しい人たちからの声援を受けて、さらに気合が入る。

 

『よっしゃ! 本番では子供相手に大人気ないと言われるくらい全力でやらせてもらうからな! 覚悟しとけよタイガー!』

「ウィリアムさんは友人。だからこそ、遠慮なく。必ずいい試合だったと言わせてみせますよ」

 

 力強い握手をして、インタビューが終わった。

 これから試合までの一週間は最終調整期間として、ウィリアムさんと会うことはない。

 次に会う時は試合会場だ。

 体調を万全に整えつつ、ウィリアムさんを攻略する作戦を練ろう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 明日は月曜日。

 学校の期末試験期間の初日であり、その後にはアフタースクールコーチングのサブ課題、センター模試が待っている。

 

 ここまで来たらもうジタバタしても仕方がない。

 試験に備えて体調を万全にするために、体を休める。

 1日が24時間以上あるのは、こういう時に得かもしれない。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 12月15日(月) 期末試験・初日

 

 午前

 

 ~教室~

 

 期末試験を受けるが、学校のテストはまだ1年の範囲。

 センター模試対策を続けてきた俺にとっては、どの問題も確認作業のようなものだ。

 

 動き始めた手が止まらない!!

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夕方

 

 ~空き教室~

 

「そこまで! 手を止めてください」

「はい」

 

 カメラの前で、センター模試を受け終えた!

 

 荷物をまとめて学校を出ると、近藤さんが車を用意して待ってくれていた。

 

「お疲れ様でした」

「近藤さん。お疲れ様でした」

「いかがでしたか?」

「まぁ、合格圏内には入ってると思います。しかし……普通(・・)でしたね」

「なるほど、確かに」

 

 今回の模試は愛と叡智の会が関わっている学習塾のもので、それは特別に学校で受けられるようにしてもらった。それに企画段階で圧力がかけられた可能性も高く、模試の最中に何かが起こるのではないか? と、警戒していたのだけれど……

 

「不審な人物はいませんし、スタッフさんも問題を預かってきただけみたいですね」

「ええ、取り憑かれてる人もいませんし、問題にも仕掛けらしいものはなくて、ただの模試でした」

「……もしかすると、我々は勘違いをしていたのかもしれませんね」

「勘違い? ……あっ、昨日の?」

「はい」

 

 そうか……確かに近藤さんの言う通りかもしれない。

 考えてみれば、これまで直接的な妨害や俺を傷つけようと画策していたのは全部佐竹だったと思われる。

 番組製作側への圧力など、愛と叡智の会の気配は感じていたけれど、

 

「襲撃などは佐竹の独断で、愛と叡智の会そのものは、こちらに危害を加えるつもりはない?」

「あちらも魔術を使うのであれば、葉隠様の能力に気づいている可能性も否めませんからね。敵対的な行動は避け、穏便な手段で勧誘を考えているのかもしれません。佐竹様、お母様の話では、佐竹君と仲良くして欲しい、などと関係者らしい人物が口にしていたようですし……我々に直接声をかけてこないことは気になりますが」

 

 やり方が迂遠というかなんというか、本当に良く分からない組織なんだよな……

 

「佐竹に直接聞ければ楽で早そうなんですが」

「残念ながら、まだ目覚めず面会謝絶の状態だそうで……そうだ、先ほど連絡があったのですが、彼が倒れたことでドラマの撮影スケジュールも大幅に変更されそうです」

「むしろ中止にはならなかったんですか? だいぶトラブルが続いてるのに……」

「アイドル業界を挙げての企画ですからね。宣伝も始まっていますし、そう簡単に取りやめることもできないらしいですよ」

「それはそれは……調整はよろしくお願いします」

「かしこまりました」

 

 車に乗り込み、寮に送ってもらった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 タルタロス15F

 

 試合に向けて、ウィリアムさん対策を考えよう……と思ったが、

 

「まずは自分に何ができるか」

 

 ・空手

 ・カポエイラ

 ・米陸軍式軍隊格闘

 ・戳脚翻子拳

 ・八極拳

 ・劈掛掌

 ・八卦掌

 ・形意拳

 ・太極拳

 ・総合格闘技

 ・地功拳

 ・秘宗拳

 

 これまで学んできたことを、格闘技ごとに整理。

 それらの技術を、召喚した人型シャドウに与え、型と動きを客観的に観察。

 そして再確認する。

 

 俺は多くの型と技を身につけた。しかし、実践で使えなければ意味がない。

 ……半端な技では、ウィリアムさんには届かないだろう。

 

 なら、どうするか?

 

「……やっぱり“空手”だな」

 

 様々な格闘技をドッペルゲンガーの能力で圧倒的に効率化し、急速に身に着けてきた。

 どれも正直、短期間で身に着けたとは思えないほどに体は動き、技を使える自信がある。

 けれどもやはり錬度、信頼感、自信……10年以上続けてきた空手を超えるものはない。

 構え方ひとつ取っても、他のものよりも慣れ親しみ、体に馴染むような感覚があった。

 

 ペルソナの有無に関係なく。

 長年かけて培った、戦闘スタイルの根幹。

 数多くの格闘技を学んだ結果、俺は空手(原点)へと立ち戻ることを決めた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 12月16日(火) 期末試験・2日目

 

 午前

 

 ~教室~

 

 動き始めた手が止まらない!!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼

 

 ~購買~

 

「あ」

「おっ」

 

 小腹が空いたので、パンでも買おうと思っていたら、真田と遭遇した。

 学年が違っても同じ学校の学生なのだから、別に不思議ではないが……

 

「なんだ葉隠、お前も買い食いか?」

「そんなところですね。何を買うかは決めてませんが……ゆっくり来たのに、思ったより選択肢がありそうで良かった」

「試験期間中だからな。飯が喉を通らない奴も多いんだろう。どこの教室も、直前まで教科書を読み込もうとするやつで一杯だったぞ」

「ああ……うちのクラスにもいますね、そういう人」

「逆に吹っ切れたようなやつも出てくるがな……っと、そうだ葉隠、これをやろう」

 

 真田から渡されたのは一枚のDVD。

 誰かの自作のようで、タイトルも何も書かれていない。

 

「動画編集とか、そういうのが得意な後輩が入部、というか復帰してきてな。ボクシングの勉強用にプロ選手の動画を編集していたのを、コピーしてもらったんだ。かの有名な“ムハメド・アリ”、お前も名前くらい聞いたことはあるだろう?」

「それはもちろん。厳密にいつかは知りませんが、かなり昔の世界チャンピオンでしたね」

「その現役時代の貴重な映像も入ってる。来週試合なんだろう? 何かの助けになるかもしれんし、見て損はないと思うぞ」

「……そういう事ならありがたく受け取っておきます」

「ああ、俺はまたコピーしてもらうから、返さなくていい。……頑張れよ」

 

 真田はそう言い残し、買った物が入った袋を肩にかけ、部室の方に歩き去る。

 

 どうやら真田も俺を応援してくれているようだ……!!

 

 久しぶりに……特別課外活動部とのコミュが上がった!



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327話

 午後

 

 ~Craze動画事務所~

 

「ステージのセトリはこれで決定ね?」

「楽曲は俺が参加できる場合とできない場合で一部変更になるけど、大体は共通になってる」

「このくらいなら特に問題ないよね」

「私もこの歌、好き……」

「問題はこの空白部分だな……」

「大丈夫よジョージ。少しトークして、その場で話に出たり、ネットでリクエストがあったりした曲を演奏したりするだけです」

「つまりアドリブの部分があるわけだな」

「その不安は分かりますが、その辺は又旅さんとか司会の方がフォローしてくれますよ。もちろん俺も参加できる状態ならフォローしますから」

「それより決まっている曲の方を練習しましょう!」

 

 スタジオを借りて、Cステージに向けての合同練習を行った!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 深夜

 

 ~超人プロジェクト日本支部~

 

 大変なことになった……いや、ガチで。

 

「お待たせいたしました。葉隠様」

「何かあったのかい?」

「近藤さん。Mr.コールドマン。突然呼び出してすみません。実は……先ほどヤクザの事務所を爆破してきました」

「……どういうことでしょう?」

「もっと詳しく説明してくれたまえ」

 

 話は数時間前にさかのぼる。

 

 俺は安藤家とCステージに向けての練習が一段落し、一度帰ってから不良グループの様子を見に行った。

 

 すると金流会のボスが俺を探してアジトを訪ねてきていて、話を聞くと任せていた店の準備に横やりが入ったらしい。

 

 なんでも……

 現在のボスに自由に命令できるのならば、お前がボスだろう?

 トップが変わるのは別に構わないが、変わったのなら一言挨拶に来るのが筋だろう?

 と、金龍会のバックについていたヤクザが俺を呼び出してきたらしい。

 

 ボスが言うには俺が要求した店に関して、法的な問題を解決するための手段は、もともとヤクザから教わっていた為、そちらから話が回ったようだとのこと。

 

 それを聞いた俺は、

 

「そういうことならいいだろう」

 

 と、もはや特に恐れる必要性すら感じず、そのまま呼び出してきたヤクザにご挨拶(・・・)をさせてもらった。

 

「そのご挨拶(・・・)が、爆破ということかい?」

「いや……呼び出された先でも多少は暴れましたけど、爆破したのはそこと敵対関係にあるヤクザの事務所です。なんというか、呼び出した事務所への警告と、利益提供という感じで。邪魔をしなければ、機嫌がよければ手も貸してやるよと」

 

 ちなみに襲撃の前後ではペルソナの能力を全力で使い、事務所までにすれ違った人の顔から適当なモンタージュを作成。服や靴も同じように変えて、まったくの別人を装った。

 

 また、脱出時には転移魔法で飛べる限り遠くに移動している。これで監視カメラの映像から足がつくことはないだろう。

 

 あとは当のヤクザと金流会のボスが口を割らなければ、完全犯罪の成立だ。

 

 最終的に、どちらも心底俺を敵に回したくない、という感じになっていたので大丈夫だろう。万が一連中から警察にタレコミがあったとしても、俺がヒソカという顔を捨てればいいだけの話だ。まったく問題はない。

 

「という感じで……裏の顔の時は行動が派手に、そして制御が利かなくなってます。死人を出さなかったのが不幸中の幸いです」

「確認しました。既にニュースになっていますね。わざわざ現場にいた全員を行動不能になるまで痛めつけ、事務所から放り出した上での爆破事件となっていますね」

「ふむ……一度話してみたいね」

「話す、ですか? Mr.コールドマン」

「ああ、そこまで勝手に動くのならば別人格、当の本人にも意思があるだろう? それなら周囲の安全を確保する必要はあるけど、対話を試みてもいいと思うし、僕は話してみたい。

 少なくとも我々に君を害したり邪魔をする意思はないし、違法行為も今更追及する気はないから大丈夫じゃないかな? まぁ、違法な活動は“葉隠影虎”が犯罪に関与しているとバレないように、気をつけてやってくれたまえ」

「なるほど……確かに」

「まぁ、今は年末の試合に集中したまえ。我々の方でも対策を考えておこう」

「ありがとうございます。……!」

 

 Mr.コールドマンに別人格について相談した!

 正義のコミュがちょっと上がった!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス・15F~

 

 タフなウィリアムさんを倒すには、生半可な攻撃では通用しないだろう。

 オーロラの壁を殴りながら、効果的な技を考えていく……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 12月17日(水)

 

 朝

 

 ~男子寮・食堂~

 

「こえー……ヤクザの抗争か?」

「爆破までするのかよ」

「しかもただの爆破じゃなくて、自爆らしいぜ。爆発するまで犯人は逃げなかったって」

「え? でも死者0だったんだろ?」

「ネットニュースの方で、襲撃した犯人は逃げないで、そのまま爆発が起こったって書いてたぜ? 死体は見つかってないらしいけど」

 

 昨夜の話がニュースになっている。

 だが捜査は一向に進んでいないようだ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午後

 

 ~レンタルスタジオ~

 

「お待たせー!」

「今日はよろしくお願いします!」

 

 安藤家の皆とCステージに備えての練習をしていると、仕事終わりの久慈川さんと井上さんも合流。

 

「いらっしゃーい。リセ、早速だけど準備はいいかしら?」

「もっちろん! 撮影する曲のデータは貰ってたし、予習はばっちりだよ!」

「OK! タイガー、ステージの準備は?」

「こっちも問題ない。突貫工事で背景の書き割りも用意してもらったし、セットの交換は俺の召喚シャドウで対応できる。ロイドの方は?」

「音響も準備できてるよ!」

「衣装も一応、それらしいのを借りてきたわ!」

「なら着替えて始めましょうか。撮影は近藤さんと井上さん、外から見ておかしいところがあれば、指摘してください」

「かしこまりました!」

「了解!」

 

 以前、ノリで相談していた久慈川さんと安藤家、そして俺のコラボ動画を撮影した!   

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~アクセサリーショップ・Be Blue V~

 

 昨夜の件で横槍を入れてきたヤクザもおとなしくなったので、リサイクルショップの経営に問題はなくなった。ということで、

 

「あら、 あなた達すごいのね。とっても頼りになるわ」

「うっす!」

「あざっす!」

 

 オーナーの店の終業後。

 就職希望の不良達を連れて行き、地下倉庫に貯められたゴミを回収した!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 12月18日(木)

 

 夕方

 

 ~男子寮・自室~

 

 午前中は期末試験、午後からはCステージの練習を行なって帰宅。

 夕食まで時間があるので、真田からもらったDVDを見ることにする。

 

 ……

 

 画面に映るプロボクサーの動きは確かに参考になる。

 その中でも興味を引いたのは、

 

「“アリ・シャッフル”……リズミカルに、踊るように。変化をつけて相手に動きを読ませず、それでいて自由に回避行動を取れるようにすれば……」

 

 ウィリアムさんの攻撃は一発一発が強烈だからな……

 

 試合の対策を考えながら、体も休めた!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 12月19日(金)

 

 昼

 

 ~教室~

 

『終わったー!』

 

 試験期間、最後のテストが終了した。

 解放的な空気がクラス中に満ちている。

 

「やっほー、お疲れー」

「ああ、島田さん。お疲れ。どうだった?」

「おかげさまで、わりとよさげ。ま、赤点の心配はいらないね」

「それはよかった」

「で、本題なんだけどー、試験も終わったことだし、軽く打ち上げでもやらない?」

「打ち上げか……うん、いいんじゃないかな?」

「本当? 試合の準備で忙しくない?」

「それなら大丈夫。本番までは、体調を整えるのがメインだし、そんなに激しい練習はしないから」

「オッケー! なら月曜は予定空いてる? 葉隠君が問題なければ、来週22日の月曜でって話になってるんだけど」

「問題ないけど、土日じゃなくていいのか?」

「うん。来週の月曜にできるなら月曜がいいかなって。だって来週の月曜ってもう終業式でしょ?」

「あ、そうか! 俺の試合がクリスマスイブで、学校はその前に終わるもんな」

「そう。それに葉隠くんの試合前で応援パーティーを兼ねてっていうのと、あと12月22日って山岸さんの誕生日なんだよね」

「え、マジで!?」

「あー、やっぱ葉隠君も知らなかったんだ。山岸さんってあんまり自己主張しないからね……私もつい3日前ぐらいに知ったんだよ。ってことで、当日は山岸さんの誕生日パーティーも兼ねます。詳細は後でまとめてメールするけど、プレゼントの用意は忘れないようにね!」

「色々とお世話になってるしな。了解した」

 

 みんなとパーティーをする約束をした!

 山岸さんへの誕生日プレゼントは何がいいだろうか……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス・15F~

 

 呼吸を整え気の動きに集中する。

 気の使い方、その良し悪しは試合の勝敗に大きく影響を与えるだろう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 12月20日(土)

 

 朝

 

 ~男子寮・自室~

 

 みんな試合前の俺に気を使ってくれているようで、誰にも声をかけられなかった。

 少し寂しいが、食後は瞑想の後、試合に備えよう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼

 

 ~巌戸台商店街~

 

 気分転換にぶらりと散歩をしつつ、山岸さんへのプレゼントを探そうと思って商店街にやってきた。

 

 冬の空気が肌寒いけれど、買い物客がそれなりにいて、商店街は賑わっている。

 

「毎度ー! たこ焼き安いよー!」

「おっ」

 

 “たこ焼きオクトパシー”

 そういえば俺が山岸さんと出会ったのもこの辺りだったな。

 

 それにもう少し行くと、マジックショップ“浮雲”。

 占いを始めた頃にお世話になった、小さな手品専門店。

 そこを見つけてくれたのも山岸さんだった。

 

 “古本屋・本の虫”に一緒に行ったこともあったな……ん。

 

 本の虫のことを考えていたら、腹の虫が鳴った。

 久しぶりにおじさんの店に行ってみるか。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~鍋島ラーメン“はがくれ”~

 

「いらっしゃい!」

「トロ肉醤油ラーメン1つ、特盛で」

「ご注文ありがとうございます!」

 

 おじさんは……カウンターにいないようだ。

 しかし、よく見ると四人掛けのテーブル席に知っている顔が2人。

 

「文吉お爺さん。光子お婆さん」

「おや! 虎ちゃんじゃないか!」

「まぁまぁ、あなたもここでお昼ご飯?」

「それなら一緒に食べなさい、さぁ座って!」

「では、失礼させてもらいますね」

 

 文吉お爺さんの隣に着席。ラーメンが来るまで話をしていると、どうやら2人は先ほどまでお店のリフォーム業者と打ち合わせがあり、疲れたのでここで昼食を済ませて帰るつもりだったそうだ。

 

「そういえば虎ちゃんはもうすぐ試合じゃろ?」

「頑張ってちょうだいね」

 

 2人も当然のように試合のことを知っていて、応援してくれた!

 さらにチャーハンと餃子までご馳走していただいた!



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328話 

 夜

 

 ~男子寮・自室~

 

 試合までに、これまで学んだことを復習し、さらに理解を深めたい。

 

 そこで学んだことを他人に教えると仮定して、どのように教えるかを考え、脳内で参考書のようにまとめてみる。

 

 ……

 

 考え方を変えてみることで、感覚的な部分や、曖昧な部分など、まだ追求できる点が浮き彫りになってきた!

 

 しかし……これはだいぶ、脳を酷使する……

 

「少し休憩を入れるか……」

 

 甘いもので糖分とカロリーを摂取しつつ、気分転換に掲示板を覗いてみる。

 プロフェッショナルコーチングの評判でも調べてみるか……と思ったら、

 

 “【試合】葉隠影虎についての雑談スレ【間近】Part64”

 

 こんなのが目に入った。しかもかなり伸びているので、気になって覗いてみた。

 

『とうとう年末だな』

『試合のチケット取れたやつおる?』

『予約開始から即完売だったからな……俺はダメだった』

『俺もダメだった。有名選手の試合でもないのに何であんな倍率高いんだよ!?』

『特攻隊長はテレビに出てるし、動画も投稿してるし、ドラマにも出てる。数年後は分からないけど、少なくとも今はノリにノってる人物なんだよなぁ』

『付け加えさせてもらうと、それでも一応“素人”の高校生だからな。プロの格闘家じゃないから、今回の試合も形式上はエキシビジョンマッチ。下手したらこれが公になる最後の試合ってこともあり得る』

『“素手で人食い巨大熊を仕留めた”ってインパクトがあるからなぁ……』

『……素人ってなんだっけ?』

『俺、新米だけど一応プロライセンス持ってる格闘家。

 でも正直熊に勝てる気はしないし、先輩のプロ見てても無理だと思うわ』

『普通は無理だわw』

『そんなの相手にするとか、誰だっけ? あの、隊長の元試合相手。試合やめて正解だったんじゃね? 俺なら絶対相手したくねーわ』

『負けたらプロとして恥ずかしいし、素人相手に勝ってもな』

『いや、熊を殺す素人って前提なら別に恥ずかしくはないんじゃないか?』

『その辺は個人の受け取り方次第じゃね? つーか、隊長の試合相手も結構凄いよな?』

『アメリカの総合格闘家で身長2M越えの巨漢だったな。プロフェッショナルコーチングの紹介映像で、ブロックの壁を殴り壊したり、水牛と力比べした挙句に投げ飛ばしてたり』

『隊長とは前から知り合いだったらしいね。インタビュー映像でも仲良さげだったし。

 八百長とか手抜きの試合にならないといいけど』

『友人だからこそ全力で、って言ってたけどなぁ……正直どこまでやるかは分からん。そもそも体格とウェイトの差が酷くて、普通に考えたら相手が有利すぎる』

『ルールもかなり“何でもあり”って感じだよな。禁止行為は金的、目潰し、噛み付きだっけ。普通はここに肘と膝の使用禁止も入るだろうけど、それはOKらしいし』

『そうしないと隊長が勉強した八極拳の肘打ちとか使えないだろ。日本では禁止や制限のある団体が多いけど、海外の団体だと普通だったりするし』

『熊を殴り殺す男 VS 腕力で牛を投げられる男 か……』

『やっぱり、実際に試合を見てみないとなぁ』

『チケットはあくまでも会場での観戦で、試合そのものはネットで生放送もするらしいし、本番を楽しみに待つしかないな』

 

 そのコメントに同意が集まっている。

 やはり、俺たちの試合はかなりの人に興味をもたれているようだ!

 

『ところで話が変わるけど、この前アップされた隊長のコラボ動画見たか?

 手の込み方が半端なくない?』

『アンジェリーナちゃんとその家族に、現役アイドルのりせちーまで参加してたやつな』

『“Alice in musicland”タイトルからわかる通り、不思議の国のアリスがモチーフのミュージカルって感じで面白かった。そしてクオリティーがやたら高い。あの編集どうなってんだ』

『撮影した映像にCGで合成してるんだと思うけど、世界感がすごかったな。特に途中のお茶会の踊るティーセット、マジで浮かんで動いてる感じだった』

『それより歌って踊ってるアンジェリーナちゃん一家、見た目が良すぎw』

『同意。女王様役のカレンママ、ドレス姿のエレナお姉さん、猫耳アンジェリーナちゃんに、意外にもきっちりしたらイケメンお兄さんだったロイド君。お父さんのジョージさんは女王に付き添う執事みたいな格好で、コーラスしたりサックス吹いてる姿がえらいカッコイイ』

『美男美女一家だよな。現役アイドルのりせちーと並んでも見劣りしないし』

『しかも家族全員楽器弾けるのな。アンジェリーナちゃんのドラムは意外だったけど』

『カーテンコールが終わるまで気持ちよく見てたら、終わった後がなんとも言えない気持ちになった』

『わかる』

『分かる』

『今北。なんか俺が見たのと違う……新着は必ずチェックしてるんだけど……りせちーが“星間飛行”って歌を歌ってる動画じゃなくて?』

『それもあったな。Alice in musiclandの後に投稿された奴。投稿のタイミングが重なって分からなくなったんじゃないか?』

『あれもいいよね!』

『すんなりと耳に入ってきて、リズムが心地いい』

『相変わらずいい曲出してくるよな』

『了解、タイトルで検索して見てみる』

『隊長の動画投稿、っていうか、新曲発表のペースは異常』

『最近はさすがに忙しいのか、撮り貯めていたものを小出しにしてる感じだけどな』

『コラボ動画のメイキング映像を見てると、自分もあの中に入りたくなる』

『分かる。マジで“仲間”っていうか、本当に仲がいいのが伝わってくる』

『アメリカ人は特に表現がストレートだし、距離感も近いよなぁ』

『外国の人と分かり合って、一緒に音楽やって、ああやって笑い合う……そういうのマジで憧れるよな!』

 

 ここから先は似たような話が続く。

 とにかくコラボ動画は好評、そして人気や注目が高まっているようだ!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 影時間

 

 ~タルタロス~

 

 脳内でまとめた内容を見直し、まずは自分で召喚したシャドウを相手に試す。

 そして本物のシャドウを相手に、実戦の中で反復練習した!

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 12月21日(日)

 

 朝

 

 ~アクセサリーショップ・Be Blue V~

 

「使う石は決まっているのね」

「はい、コレとコレを使おうと思ってます。それでデザインなんですが──」

「それなら──」

 

 オーナーに相談しつつ、山岸さんへのプレゼントを用意した!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 昼

 

 ~アクセサリーショップ・Be Blue V 地下倉庫~

 

 相談に乗ってもらったお礼も兼ねて、いつの間にか搬入されていた新たなゴミを引き取る。

 ただ、先日も引き取ったはずなのに、前よりもゴミの量が多いのはどうしてだろうか……

 

「まぁいいや、運んでくれ」

『ウッス!!』

 

 裏の顔に姿を変えて、呼び出した不良たちに指示を出す。

 寄ってくる霊を払いつつ、作業の監督をしていると──

 

「ヒソカさん、ちょっといいかしら」

「はい、どうされましたか?」

 

 倉庫の外から声をかけてきたオーナーの背後には、見覚えのない女性が一人。

 

「こちら、私達と同じポロニアンモールでお店を構えてるオーナーさんなんだけど、やっぱり年末でしょう? この方もできれば不用品を引き取って欲しいそうなの」

「そうでしたか」

「お仕事中にすみません」

「大丈夫ですよ。お声をかけていただき、ありがとうございます」

 

 そう言って笑顔を見せると、女性の顔が赤く染まる。

 素顔ではまずこうならない。よほど好印象らしいので、このままさらに押していく。

 相手のオーラを見ることで感情を把握し、演技力と話術で望む方向へと誘導する。

 

 その結果──

 

「お願い、しようかしら」

「ありがとうございます」

 

 新たな顧客を手に入れた!

 さらに知り合いにも紹介してくれる、という約束を取り付けた!

 あくまでも口約束だが、オーラを見る限り本気だろう。

 

「それではまた後ほど」

「はい、待ってますね!」

 

 女性は機嫌よく去っていった。

 

「フフフ……上手くやったわね」

「ただの営業トークにその言い方は、少々語弊があるのでは?」

 

 まぁ、ヒソカのイケメンフェイスを利用しなかったわけではないけど……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午後

 

 ~某スタジオ~

 

 Cステージの練習中。

 

「うん! いい感じ!」

「そうね。じゃあこの辺でちょっと休憩しましょうか」

「詰め込み過ぎも良くないからな」

 

 カレンさんとジョージさん。

 大人2人がペース配分を考えて、適度に休憩を入れる。

 

「はい、タイガー」

「おっ、ありがとうロイド。レモネードか」

「夏のあれ以来、うちではすっかり定番になっちゃってね」

「ああ、あれはあれで楽しかったな……っと、そうだロイド、ひとつ相談があったんだ」

「僕に? どうしたの?」

「昼に思いついたんだけど、写真に撮った文字列を読み取って、PCに取り込むことってできるか?」

「画像化された文字をテキストにするってこと? それならできないことはないよ」

「本当か!?」

「うん。印刷物はあるけどデータがないとか、いちいち入力し直すのは面倒くさいとか、よくある話だし、需要はあるもん。Mr.コールドマンの会社でも研究してたし、試作アプリもあるけど、何に使うの?」

「それはな──」

 

 ロイドに思いついたことを相談した!!

 すると専用アプリと必要な機材を手配してくれることになった!

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 夜

 

 ~男子寮・玄関~

 

「お帰りなさい、葉隠君」

「お疲れ様です」

 

 寮に帰ってくると、玄関で寮母さんに呼び止められた。

 

「いくつか荷物が届いてるから、ちょっと来てもらえるかしら?」

「分かりました。ありがとうございます」

 

 そしてついて行った管理人室には、大きな段ボールが3つ。

 2往復して部屋に運び込んでから開けてみると、中には野菜が大量に入っていた!!

 しかも野菜は全て八十稲羽の野菜。よく見たらダンボールに“八十稲羽農協”と書いてある。

 

「あ、手紙がついてる。……なるほど」

 

 どうやら送り主は謎の多い魔術師であり、農家でもある霧谷君だったようだ。

 手紙には短く、“これを食べて試合頑張って下さい”と書いてある。

 

 霧谷君からの応援と、農作物の贈り物を頂いた!!

 

 今度またお礼をしよう。



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329話 終業式

新年明けましておめでとうございます!

今年もよろしくお願い致します!


 影時間

 

 ~タルタロス・15F~

 

 オーロラの壁を巻き藁の代わりに、ひたすらに攻撃を加える。

 学んだことの復習の成果もあり、徐々に、だが確実に威力は増していた。

 

 以前は突き込んだ拳が貫通し、破れてもすぐに修復されてしまった。

 しかし今は衝撃を伝播させ、穴を開けられるようになってきている。

 さらなる威力、そして技の習熟を目指し、さらに訓練を続ける……

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 12月22日(月)

 

 朝

 

 ~保健室~

 

「はい、もういいですよ」

 

 学校に早く来て、江戸川先生の診察を受けた。

 

「問題なし。コンディションは良好。このまま試合まで、ゆっくり力を溜めましょう」

「わかりました」

「それでは……と、思いましたが、診察のために早く来てもらいましたからねぇ……終業式まではまだあります。ヒヒッ。お茶でも飲みますか? たしか昨日、いいところのお茶菓子をもらったはずです」

「ありがとうございます」

 

 温かいお茶と高級茶菓子をいただけることになった!

 

「ふぅ……おいしいですね」

「そうですねぇ」

 

 健康の保証、そして気力と体力が回復した!

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 午前

 

 ~講堂~

 

 粛々と終業式が行われている……

 

『ではここで、プログラムを一部変更しまして……』

 

 ん?

 

『1年A組の葉隠影虎君、壇上へ』

 

 はっ?

 

「ほら葉隠君」

「呼ばれてるぞ」

「早く早く」

「ちょっ、え? 何?」

 

 何も聞いていないのに、クラスメイトが早く行けと後押ししてくる。

 

 追われるように壇上に上がると、端で進行役をしていた海土泊(あまどまり)会長がニヤリと笑う。

 

『えー、それではこれより“特別プログラム”試合を控えた葉隠君への応援会を始めます!』

『ワー!!!!!!!』

 

 歓声と拍手が響き渡る。

 

『ふっふっふ、どうやら驚いているようだね?』

「当然でしょう!? 何も聞いてないんですから!」

『その反応が見られて安心したよー。なんたって君は勘が鋭いからね……気取られないようにすんごい気を使ったよ』

 

 ふと会長の方を見ると、その横にいた桐条先輩が薄笑いを浮かべ、さらにうちのクラスの方に一瞬だけ視線を向けた。

 

「……なるほど」

 

 ここ最近、学校ではほとんど一緒にいた勉強会のメンバー。

 彼らも、というかこの様子だと全校生徒に教師陣もグルなのだろう。

 その中でも特に、勉強会のメンバーは俺の注意をそらす役割か何かを担っていたらしい。

 

『色々言いたいこともあると思うけど、終業式の間にちょこっと時間を貰ってるだけだから、チャッチャカいこう! まずは校長先生から、どうぞ』

『えー、葉隠君。あなたは当校の生徒として、テレビ番組、プロフェッショナルコーチングにて素晴らしい成績を残してくれました。その過程には辛いこともあったでしょう。ですがそれを乗り越える君の努力には──』

 

 校長先生の思いのほか長い応援。さらに先生方や生徒からの手紙の一部が読み上げられるなど、学校中から応援の言葉を頂いた!!

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 昼

 

 ~某所・レンタルスペース~

 

 勉強会の女子メンバーと一緒に、キッチンつきのレンタルスペースへとやってきた。

 内装は広めのマンションの一室のようで、アットホームな雰囲気。

 島田さんが見つけたそうだが、仲間内でパーティーをするなら良い選択だと思う。

 

 これからここで、山岸さんの誕生会と打ち上げの準備を行う。

 ちなみに他の男子メンバーはパーティーグッズの買出しをしてから来る予定だそうだ。

 

「さて、まずは何から作ろうか?」

「えっと、材料は葉隠君が持ってきてくれた“大量のお野菜”と、ゆかりちゃんが持ってきてくれた“果物”に……」

「アタシは豚肉が安いお店を見つけたから、多めに買ってきたよ。ミヤとか男は肉だ肉だってうるさいでしょ」

「確かに。明彦もいつも肉ばかり食べているな。ちなみに私は発注ミスをしてしまったようでな……新巻鮭といくらが3本分も届いた」

「新巻鮭!?」

「しかも3本分!?」

「そうなんだ……寮だけではとても食べきれないし、無駄にするのは生産者と鮭に悪い。ぜひ使ってくれ」

「そ、そういうことならありがたく……」

 

 先輩から鮭の入った保冷容器を受け取る。

 そこに貼られている、さすがお金持ち! と言いたくなる額の値札は気にしない。

 

「葉隠君……先輩の後だとちょっと恥ずかしいけど。これ、鶏肉……安いやつだけど」

「あ、ありがとう岩崎さん」

「お菓子やジュースは私と美千代ちゃんで買い込んできたから心配ないよ!」

 

 島田さんと高木さんが胸を張る。

 あちらは本当に任せておいてよさそうだ。

 となると、俺達が作るのは食事……それにしても食材が多い!

 

「こうなったら作り置きや持ち帰りができる物も作るか」

「あ、いいかも。それなら和田君や新井君に電話して、タッパーみたいな保存容器もお願いしようか」

「山岸さんナイスアイデア! お願いしていいかな?」

「わかった。連絡しとくね」

 

 女子チームと協力してパーティー用お料理を作り始めた!

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 30分後。

 

『おー!』

 

 どうやら男子チームが到着したようだ。

 

 しかし、若干足音が多い……と思ったら、なんと荒垣先輩が一緒に来ていた!

 

「荒垣先輩、いらっしゃい」

「荒垣じゃないか、どうしたんだ?」

「どうしたもこうしたも、外歩いてたらそいつらに捕まったんだよ」

「先輩が暇そうにしてたんで、連れて来やしたー! せっかくのパーティーだし、いいかと思ったんすけど……?」

 

 なるほど、順平が強引に連れてきたようだ。

 

「いいわけねぇだろ。俺は別に用があったわけじゃねぇが、料理とかの用意もあるだろうし……」

「全然大丈夫ですよ。ねぇ? 桐条先輩」

「ああ、材料を持ち寄ったら集まりすぎたくらいだったんだ。ゆっくりしていくといい」

「ホラホラ先輩、桐条先輩もそう言ってるんですから逃げないでくださいよー」

「チッ! ……分かったよ。……代わりに手伝わせろ。何もせず飯だけ食ってくのは悪いからな」

 

 相変わらず義理堅い人だ。

 でも荒垣先輩なら即戦力になるだろう! 大変ありがたい!

 

「あ、料理まだなら俺も手伝いますよ」

「俺も、皿洗いでも何でもしますんで」

 

 さらに立候補してきた和田と新井を連れて、キッチンスペースへ向かう。

 

「こいつは……」

 

 キッチンスペースには、女子チームが格闘した形跡が残されている……

 

「これは、だな……葉隠に教えてもらいながら努力をしていたところだ」

「桐条は料理なんてしたことないだろうからな……他の奴もか」

「荒垣先輩、これでも皆、本当に努力してたんです」

 

 女子チームでちゃんと料理ができたのは、岳羽さんと西脇さんだけ。

 調理が始まってから聞いたのだが、自分で料理を作ってパーティーするなんて面白そう!

 と話は一気に決まったが、 肝心な料理のできる人の数を確認してなかったらしい。

 

「皆、自分はできないけど他の子ができるよね、って思ってたんだとか。少なくとも俺は料理動画とかやってるから確定で」

「計画が雑すぎんだろ、ったく……ん? この大鍋、出汁か」

「ええ、なんか前に動画で出した鍋が食べたいって話になって。他の料理にも使えると思って、多めに取ってます」

「ああ、あの鍋か。冬だし野菜もたっぷり取れる。悪くねぇな。でもこの量なら……おい、そこの鮭は余ってるか?」

「はい。これ1匹分は“ちゃんちゃん焼き”にしようと思ってますけど、あと2匹分ありますね」

「だったら“石狩鍋”も作ってみるか。この人数なら食いきれるだろ」

「いいですね! いろんな料理を少しずつ食べられるようにしましょうか」

「よし……じゃあまず野菜を」

「荒垣先輩! 下ごしらえは俺も手伝います!」

 

 向こうの鍋は先輩に任せて良さそうだな……なら俺はケーキを作るか。

 

「新井、ケーキの飾りを作るから手伝ってくれ」

「はい! 何しましょう?」

「鍋を用意してくれ。前にプロから貰ったお菓子のレシピに飴細工の作り方があったから、それを試してみようと思う」

 

 こうして再び料理が始まった!

 

 

 

「……キッチン、男子に占領されちゃったね」

「うん……てか全員、アタシ達より手際がいいね」

「和田君と新井君はご両親のお店の手伝いもしてるらしいし、葉隠君は動画とかも出してるからと思ったけど」

「荒垣先輩……負けてないね」

「ああ、荒垣は昔から料理が上手いぞ。私も何度か食べたことがある」

「料理のできる男子は悪くないけど~、なんか敗北感……」

「部屋の飾りつけとか手伝いに行こうか」

 

 女子がそっとキッチンを立ち去った……

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 しばらくして、料理の準備が整った。

 時間的にも良い頃合なので、一度リビングのようなスペースに集まる。

 乾杯の音頭を取るのは、パーティーの立案者である島田さん。

 

「こういうのは先輩とかが適任だと思うんだけど……」

「いや、私はこういうアットホームなパーティーには慣れていないんだ。だからここは頼む」

「それじゃあ……皆、試験勉強お疲れ様でした! そして山岸さんは誕生日おめでとう! そして~、葉隠君は頑張って! あとちょっと早いクリスマスってことで、楽しもう! 乾杯!」

『乾杯!』

 

 一斉に飲み物の入ったコップが掲げられ、料理へ手が伸びる。

 

「いっただっきまーす! ってか、料理めちゃめちゃ多くね?」

「全部美味そうだし、どれから食えばいいか迷うな」

「……別に少しずつ食えばいいだろ。ほら、器よこせよ。鍋よそってやるから」

「荒垣先輩手ずからあざっす!」

「ちゃんちゃん焼きって初めて食べた。こんなのなんだ」

「岩崎さんも? 名前は聞くけど食べたことないものってあるよね」

 

 どうやら味は問題ないらしい。よかった……ん?

 

「はい、葉隠君も見てないでどうぞ」

「ああ、ありがとう」

 

 皆が食べる様子を見ているだけの俺を見て、山岸さんがお皿にフライドチキンを盛ってきてくれたようだ。

 

「いただきます」

 

 1ついただいて、かぶりつく。

 すると表面はカリッと、中からは肉汁があふれ出した。

 そしてふわりと漂う、ハーブの複雑な香り……とてもおいしい。かなり好みの味だ。

 

「うん、美味い!」

「本当に!? よかった~」

 

 ……ん? こんな味付けのフライドチキン、俺は作った覚えがない。

 てっきり荒垣先輩かと思ったんだが……もしかして、

 

「これ、山岸さんが?」

「えっと、味付けというか、ハーブの調合だけやってみたの。それを荒垣先輩に見せたら、良い感じだって使ってもらえて」

 

 なるほど、そういうことだったか。

 

「味付けだけでも凄いと思うよ。本当に凄く美味しいし、かなり好みの味。……こんなこと言うとちょっと偉そうだけど、確実に成長してると思う」

「偉そうだなんて全然! 事実だし、それに上達できてるなら嬉しいから」

 

 山岸さんは安心したように笑っている。

 

 さらに話を聞くと、最近は以前にも増して“ハーブの調合”に興味を持ち、自分の部屋でも鉢植えで育てられるハーブを色々と育てているらしい。 山岸さんがハーブの専門家になる日はそう遠くなさそうだ。

 

「はいはい、お2人さん。お話し中のところ失礼」

「島田さんか」

「どうしたの?」

「そろそろ山ちゃんへのプレゼント贈呈しようかな? って話になってたんだけど、お邪魔しちゃった感じ?」

「そんな、ただフライドチキンの味付けについて話してただけだよ」

「俺もプレゼントの用意はしてきたから、いつでもいいぞ」

「んじゃ、そういうことで!」

 

 山岸さんへのプレゼント大会が始まった!

 花、テディベア、電子部品、アクセサリー、洋服……

 男子も女子も、それぞれ買ってきたプレゼントを渡していく。

 

 飛び入り参加の荒垣先輩はプレゼントを用意してなかったため、少々居心地が悪そうだったが、さきほどのフライドチキンのように、たっぷり作った美味しい料理がプレゼントということなったようだ。

 

 そしてなぜか最後が俺の番。

 

「さーて、プレゼント大会の大トリ(最後)! 葉隠君はどんなプレゼントを持ってきたのかっ」

 

 ……さっきから 島田さんのテンションおかしくないか? 酒は用意してないから飲んではいないだろうけど……場酔い? まあそれはいいとして、

 

「プレゼントはこれだ」

 

 丁寧にラッピングした箱を、山岸さんに渡して開けてもらう。

 

「わぁ……!」

 

 それは“先見の蝶のペンダント”と“浄化用品”のセット。

 

 12月の誕生石であるマラカイトとタンザナイトにパワーを込め、変化や復活の象徴である蝶をモチーフにした台座に填め込んだ一品。羽には模様に見せかけたルーン文字が刻まれていて、護符としての効果も高い。

 

 マラカイトには強力なヒーリング効果があり、心身を癒して安眠や体力の回復効果があるとされるだけでなく、直観力や洞察力を高めたり、邪気を吸収することで身に着けた人を守り、人の感情に飲み込まれないように保護してくれたりする。

 

 タンザナイトも所有者の柔軟性を高め、自立心を養い、知性や意識を高める。複雑な問題を解決する助けとなる石だ。また、“人生における重要な局面に光をもらたらす”ともいわれている。

 

 あってほしくないが、来年、山岸さんはいじめの標的にされるかもしれない。

 さらにペルソナ使いとしても数々の困難に巻き込まれていくだろう。

 

「占いによると、来年の山岸さんにはいろいろと驚くような事や、悩んでしまうような事が起こるかもしれない。だからこれはお守りの意味も込めてある。抱え込み過ぎないように。訪れる困難を乗り越えて、未来の山岸さんに実りがありますように」

「ありがとう、葉隠君。占いも、分かった。何かあったらみんなにも相談するね」

 

 山岸さんへプレゼントを渡した!

 山岸さんは喜んでくれているようだ!




※お知らせ(1月10日追記)
3日から体調不良で寝込んでいたため、次回投稿は1月21日とさせていただきます。
現在は体調もほぼ回復していますので、ご安心ください。


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330話 試合当日

 楽しい打ち上げもお開きの時間がやってきた。

 

「ふー、食った食った」

「すげぇ量あったけど、結構無くなったな」

「ってか、影虎がほとんど食ってた気がする」

「葉隠、お前どういう体してんだ」

「最近は大盛りチャレンジメニューでも軽いんですよね……!!」

 

 なにげない男子チームの質問に答えたら、女子達の視線が突き刺さるような錯覚を覚えた!

 

 

「さ、さて。片付けますか……」

「おっと! 影虎、そいつはおれっち達に任せな」

「順平?」

「そうそう。料理とかほとんど任せちゃったし、俺らも片付けくらいはできるからよ」

「友近」

「だから影虎は試合に向けてゆっくり休んでくれ」

「宮本」

 

 なんと後片付けは男子チームが率先してやってくれた。

 不器用な思いやりを感じる!!

 

「ってことでー、葉隠君と山ちゃんはここで帰るべし!」

「えっ、私も?」

「山岸さんもパーティーの主役だしね」

「ささ、帰った帰った!」

「ええ~」

 

 ……山岸さんと一緒に、女子に追い出されてしまった。

 

「強引だな」

「あはは、でも皆、気を使ってくれたみたいだし」

「まぁ、それは確かに感じるよ」

 

 前々から、やり方はともかく色々と気遣ってくれていたが、最近は特にそれを感じる……

 

「? どうかしたの? 葉隠君」

「え、あ、いやべつに」

 

 なんだかボーっとしていたようだ。

 

「それより山岸さん、せっかくだから女子寮まで送るよ。そろそろ暗くなるし」

「そんな、悪いよ。道も違うし」

「ちょっと食べ過ぎたし、散歩にちょうど良いから」

 

 なんとなく気まずい? のか、自分でもよく分からない。

 ごまかすように山岸さんを女子寮まで送って行った……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 夜

 

 ~アジト~

 

 寮に帰らず、そのまま不良グループのアジトに行くと、先日のポロニアンモールの件で噂が広がったのか、ポロニアンモールに店を構えるオーナー方から廃品回収の依頼があったようだ。

 

 そこで仕事を割り振ろうとしたところ、鬼瓦を筆頭に、不良たちが自らやると言い出した。

 

「どうした、突然」

「突然も何も、俺らの仕事だろうが。いつまでもおんぶにだっこでいられるかっての。大体お前、近いうちに、何か他に大事な用があるんだろ」

「……分かるのか?」

「なんとなく、っすかねぇ」

「こう、喧嘩の前のヒリついた雰囲気出してんだよなぁ」

 

 葉隠影虎として接していないため、こいつらに試合のことは話していない。

 しかし、雰囲気から察されて、どこかに喧嘩しに行くと思われているようだ

 

「ま、なんにしてもだ。俺らの仕事は俺らで回せるようになる必要がある。テメェの研修だって受けただろ、問題は起こさねぇ。だからテメェは好きにやってこいよ。誰とやり合うかは知らんけどな」

 

 ……不良たちからの、不器用な応援を受けた!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 影時間

 

 ~タルタロス・15F~

 

 今日も体の負担にならない程度に練習と調整を行う。

 

 ……最近、皆に応援されているからだろうか?

 コミュの影響か、日に日に力が増すようで、壁に空ける穴も飛躍的に大きくなっている。

 既に自分1人がくぐるだけなら問題はないだろう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 12月23日(火)天皇誕生日 

 

 朝

 

 朝食後、日本支部へ向かう。

 すると、

 

「お待ちしていました、葉隠様」

「メディカルチェックの用意が整っております」

 

 近藤さんとハンナさんの案内で、Dr.キャロラインとエイミーさんの待つ医務室へ向かった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 午前

 

「……これでメディカルチェックと測定は終了よ。疾患と言えるような症状はないみたいね。調子が良すぎる(・・・・)といえばいいのかしら、ある意味異常な数値だけど」

「体内のエネルギー量も、2週間ほど前の計測結果と比較して2割ほどの向上が見られるわ」

 

 Dr.キャロラインとエイミーさんが、それぞれの視点からの検査結果を報告してくれる。

 やはり、といえばいいのか……

 

「よく分かりませんが、最近とても調子が良いんです。もちろん無理のある練習はせずに、これまでの復習って感じなんですが……1つ1つが噛み合っていくというか……エネルギーに関しては、コミュの影響なのかと」

「そう……気にはなるけど、現状では問題ないということでよさそうね」

「何か異常があれば、すぐ連絡するように」

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 昼

 

 ~日本支部・1F~

 

 試合に向けて、エステとサロンで身だしなみを整える。

 テレビやネット生中継で全国に映像が流れるのだ。

 こういうところもきちんとしておかなければならない。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 午後

 

 ~某スタジオ~

 

 安藤家の皆さんと、最後の練習を行った!

 

 またその際、

 

「タイガー。例の件に必要な機材、用意したよ」

「ありがとう、ロイド」

 

 ロイドに注文していた、“写真から文章を取り込む機材一式”を受け取った!

 と言っても、デジタルカメラとコードでつながるノートPCが一台。

 非常にシンプルだが、これがあればアレを早く作ることができそうだ。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 夜

 

 ~長鳴神社~

 

 明日は試合当日。今日はゆっくり休めと言われていたし、俺もそう思った。

 だけど、なんとなく眠れなくて、散歩をしていたら神社へたどり着いた。

 

「ワン! ハッハッハッハ……」

「やあ、コロ丸。なんだか久しぶりだな。ごめんな、最近会えないし、タルタロスにも連れて行ってやれなくて」

「バウッ」

 

 気にするな、と言っているようだ。

 

「ありがとう」

「クウン?」

「どうしたのかって? 特に何ともないんだけど、試合が近くで興奮してるのかな。眠れなくてさ」

 

 しばらく夜の神社の境内で、コロ丸と話しながら星空を眺めた。

 

 そして夜遅くなり、帰ろうとした時。

 

「バウッ! バウッ!」

「……試合頑張れ。勝ってこい、か」

 

 コロ丸からも応援を受けた!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 影時間

 

 ~タルタロス・15F~

 

 コロ丸と別れても、まだ寝付けずに今日も来てしまった。

 まぁ、これが俺のいつも通りとも言える。

 

 そんな言い訳をしながら、散々殴り倒した壁を眺める。

 そしてなんとなく、いつものように壁の前へ立つ。

 

「ふぅ……」

 

 立禅での瞑想、からの一撃。

 放つは脳裏に思い描く、これまでで最高の一撃。

 

「……破ァッ!!」

 

 それは壁に穴を開けるに留まらず、端まで完全に破壊する。

 これが、今の俺にできる、俺が学んだことの集大成。

 

「…………」

 

 しかし、この技の成功率は1割以下。たっぷり集中しても、極まれにしか成功しない。

 実戦で使えれば強力な武器だが……仕方ないな。それは今後の課題だ。

 

 こうしていると、また練習を続けてしまうかもしれない。

 心を落ち着けて、もう帰ることにしよう……

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 12月24日(水)試合当日

 

 朝

 

 ~某ホテル・レストラン~

 

 とうとう試合当日になった。

 今朝は早くから、試合会場近くにホテルを取り、時間まで余裕を持って準備をする。

 

 そして俺はやや遅めの朝食が届くのを待ちながら、携帯でメールを確認。

 画面にはこれまでテレビや動画で関わった方々や、中学時代のクラスメイトや先生方からもメールが届いていて、 未読メールが溢れている。

 

「ここ、いいかしら?」

「えっ? !! どうぞ」

 

 急に声をかけてくるから誰かと思えば、 そこにいたのは護衛を伴った大女優。エリー・オールポートこと、エリザベータさんだった。

 

 彼女が俺の返事を聞くと、正面の席に座り、ウエイターさんにコーヒーを注文。

 

「おはようございます。どうしてここに?」

「別に。たまたまここに泊まっていただけよ」

 

 そうなのか……? と思っていたらコーヒーが到着。

 さすがにコーヒー一杯だと出てくるのも早い。

 

「それはそうと貴方、今夜格闘技の試合をするのよね」

「はい」

「試合が終わってすぐとは言わないわ。そうね……明後日、予定がなければ少し付き合いなさい。日本人の知り合いのところへ行くのだけれど、その人、格闘技が大好きでね。連絡したら、貴方のことを熱心に聞かれたんだけど」

「失礼します。エリザベータ様、お時間が……」

「ッ! 分かってるわ! コーヒーくらい落ち着いて飲ませなさいよ! ……詳しいことはあとで連絡しましょう。でも貴方にとっても悪い話ではないと思うから。それじゃ、試合頑張りなさいな」

 

 エリザベータさんは、ホテルのレストランにざわめきを残して去っていった……

 

 ちなみに後でコールドマン氏に聞いたところ、エリザベータさんは昨日このホテルに宿泊していなかったようだ。

 試合前に一声かけるために、忙しい中、わざわざ偶然を装って訪ねてきたのだろう。



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331話 試合直前!

前回の投稿から20日、大変お待たせいたしました。


 朝食後

 

 ~ホテルの部屋~

 

 あと8時間もすれば、試合会場に入り、準備や軽いインタビューを受けることになる。

 

 今日までのことを思い返して、瞑想し、時間つぶしも兼ねてあるモノを作ることにした。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 昼前

 

 部屋で休んでいると、扉がノックされた。

 

 近藤さんなので迎え入れ、用件を聞くと、

 

「昼食の誘い?」

「はい、Bunny'sの木島様、光明院様、磯野様。タクラプロの井上様と久慈川様の5名が、近くで収録をしていたようで。せっかくですから葉隠様も一緒にどうかと。どうしましょうか」

「ちょうどお腹も空いてましたし、それは普通に嬉しいですが……なんで近くにいるって分かったんでしょう」

 

 まさか久慈川さんの能力で?

 

「いえ、久慈川様の能力ではなく、今朝、ここの食堂で“エリー・オールポートと葉隠様を見た”と言う情報がSNSで拡散されているようですね。試合会場はしばらく前から公開されていますし、近くにいるのではないかと」

「そうでしたか」

 

 SP連れた外国人がいたら何者かと思うよな……

 

「わかりました、とりあえず連絡を取って、合流しましょう」

 

 

 そして30分後。

 

「お待たせしました」

 

 高級焼肉店の個室で、彼らと合流することに成功。

 

「オッス! 虎。先に頂いてるぜ」

「元気そうだな」

「今日が試合なんだ、当たり前だろ。磯ッチも光明院も、元気そうで何よりだ。木島さんもお久しぶり……というほどでもないですかね? なんだかすごく久しぶりな気がしますが」

「ははは、お互いに忙しいからね」

「ちょっと先輩! 私たちもいるのを忘れないでよ。それからハイ、これメニュー」

「別に忘れてないって。でも2人にはついこの前も会ったし、Bunny'sの3人とは──」

 

 そこで気づいた。

 

「……中止になった撮影以来か」

『……』

 

 一瞬、変な空気になるが、ここで無理に話を変えるとずっと変な空気になりそうだ。

 

「そういえば、佐竹君の容態はどうなんですか? 気になっているので、差し支えなければ」

 

 ここは逆に踏み込んでみた。

 すると木島プロデューサーが“こちらからも相談したいことがあったから”、と口を開く。

 

「彼の容態については、正直なところ、よくわからない。命に別状はないけれど、面会謝絶だと会社の上から言われている。ただ、お母様から直接連絡を頂いた時の話では、意識は戻っていて、会話も普通にできる状態らしい」

「マジっすか!? プロデューサー」

 

 どうやら磯ッチや光明院君も初めて聞いたようだ。

 

「ああ……」

 

 だが、木島プロデューサーの答えは歯切れが悪い。

 

「何か、あったんですね」

「実はそうなんだ。佐竹君のお母様から、 彼の今後についてのお話があってね……今は体調不良によるやむを得ない休業状態ということになっている。けど、彼はこのままだと今のグループからの脱退、もしかするとそのまま引退ということにもなるかもしれない」

『!!』

 

 状況は深刻そうだ……

 

「どういうことなんですかプロデューサー!」

「光明院君、落ち着いて」

 

 ……とりあえず肉の注文をして、食べながらじっくり話を聞こう。

 

 ワンクッション入れて、少し冷静になってもらい、届いた肉を焼きながら話を聞く。

 

「で、どうしてそういう話になったんですか? 会社からの指示で?」

「それが違うんだ。お母様からの話だと、佐竹君は体よりも精神的に参ってしまってるそうでね。体調が回復しても、これまでのように仕事ができるかは分からないと。それに、彼の素行についても少々気になることがあったらしい。もしかすると葉隠くんなら知ってるかもしれないけど──」

 

 木島プロデューサーの口から出てきたのは、いつぞやの襲撃を隠れて撮影しようとしていたフリーカメラマンの名前だった。

 

「そいつは業界ではそれなりに有名な男なんだ。もちろん悪い意味で。彼のご両親も被害にあったことがあるらしくて、昔受け取った名刺を渡してこいつには注意しろ! と言い聞かせていたそうだ。

 でも彼が倒れた後、その男が突然お母様のところに来て、彼のことを聞いたそうなんだ。その時に“佐竹君の方から連絡があった”とも言ったらしく……病院で問いただしたら知らないと言ったけど、様子がおかしかったからおそらく事実だろうと。

 他にも、他のメンバーや他所のアイドルを蹴落としたり、有力な新人を潰すような行為をしていた可能性が出てきていてね……」

 

 話を聞いて、ふと近藤さんの方を見ると、あちらも同じことを考えたようだ。

 

「実を言うと、それらしき妨害行為を俺は前々から受けていました」

「!」

「先ほど名前が出たフリーカメラマンも、不良グループに依頼をして俺を襲わせて物理的に潰すか、捏造したスクープ写真で社会的に潰そうとしていたようです」

「秘密裏に我々の調査チームが調べたところ、そのカメラマンは何者かから突然電話で連絡を受け、対価として金銭を受け取っていたことが明らかになっています。そうですか……彼とそのカメラマンは、お母様を介して繋がっていたのですね」

 

 俺と近藤さんの話を聞いた木島プロデューサーは、ガックリと肩を落とす。

 

「お2人はそこまで知って……本当なんですね」

「な、なぁ、近藤さんの口ぶりだと、佐竹が犯人ってことも分かってたのか? 虎?」

「少し前までは、あくまでも候補者の1人だったけどね。実はその襲撃って一度じゃなくて、何度もあったし。見ず知らずの人にそこまで恨まれる覚えはないし、だとしたら知ってる人かな? って考えたら、俺が知る限り一番俺を嫌ってるのがあいつだったんだよ」

「そうか、そういやあいつ、いつも虎のことを目の敵にしてたっけ……」

 

 プロデューサーに続いて、磯っちも肩を落とした。

 

「……」

 

 そして光明院君は黙っているがオーラを見ると……いや、見なくても怒っているのが明らかだった。

 

 空気が重苦しい……

 

「だーっ! もう! 今日はそんな話をしにきたんじゃないでしょ!」

「! 確かにその通りですね。この話はやめましょうか」

「俺も変な話を始めてすみません」

「まったく先輩ったらもー。そんなんで試合、大丈夫なの?」

「そこは大丈夫だとも!」

 

 むしろさっきの話題で軽く戦闘モードに入っていた気がするが……言わないでおこう。

 

「そんじゃ改めて、って! 虎はいつの間にそんな食ってんだよ!?」

「いつの間にって、話してる間に」

「相変わらずすごいね、葉隠君。僕、見てたけど話しながらもどんどんお肉焼いて食べてたよ」

「2つくらいなら同時進行しても問題ないですから」

 

 それからも話は話、焼肉は焼肉でしっかり楽しんだ!

 

 そして最後に、

 

「それじゃあね! 先輩、試合頑張って!」

「残念だけど、僕らはクリスマス特番の収録があってね」

「直接は見に行けないが、画面越しに応援しているよ」

「……お前はお前の仕事、きっちりキメてこい」

「光もこう言ってるし、勝って来いよ! 虎!」

 

 アイドルとマネージャーの5人からも、応援してもらった!

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夕方 

 

 ~後楽園ホール・控え室~

 

 久慈川さんたちと別れた俺と近藤さんは、試合会場である後楽園ホールに現場入り。

 

 そして各種新聞やニュース、そしてアフタースクールコーチングのスタッフさんから取材を受け、さらに入場のリハーサルなど、時間をかけて準備を整えた。

 

 あとは試合の時間を待つのみ……残された時間は2時間もない。

 

 そんな時だった。控え室の扉が控えめにノックされたのは。

 

「どうぞ」

 

 扉が開き、入ってきたのは天田とMr.コールドマン。そして江戸川先生だ。

 

「調子はどうかね?」

「万全です」

「それは良かった」

 

 Mr.コールドマンはそれだけ言うと、いつもより深い笑顔を見せる。

 

「あの、先輩」

「ああ、天田。どうした?」

「えっと、僕、関係者席から見てますから! 頑張ってください!」

「もちろんだ」

 

 鍛えられた“伝達力”により、その一言で天田には伝わったようだ。

 

「……そうですよね。ここまでやってきて、いまさら頑張らないなんて選択肢、ないですよね。……実は先輩のご両親とジョナサンも来ていて、さっきまで一緒に見ようって話をしてたんです」

「なるほど。で、3人は?」

「それが、僕と同じように先輩に会いに行かないか、ってMr.コールドマンに誘われたのに、龍斗さんが断っちゃって。“話すことなんてねぇよ”って」

「親父らしいな」

 

 容易に想像できてしまい、笑いがこみ上げてくる。

 

「で、その後は母さんが親父についていって、ジョナサンはウィリアムさんの方か?」

「完全に当たってます。本当に、話す必要なかったんですね」

「まあ、付き合いは長いからな……ああ、でも天田が来てくれて都合が良かった。渡したいものがあったんだ」

 

 持ち込んだ荷物の中から、ごく一般的なクリアケースを取り出した。

 中身は普通のプリンターで印刷した紙を束ねた、厚めのレポートのようなもの。

 手渡された天田はケースの表裏を眺めて不思議そうな顔をしている。

 

「空けて中身を手に持ってみろ」

「こうですか? ……!!」

 

 どうやら理解できたようだ。そしてそれは成功の証。

 

「“体術の心得”。これって、スキルカードなんですか!?」

「カードというほどコンパクトじゃないし、色々と条件もあるから“スキルブック”ってとこかな。魔術によってスキルカードの機能を再現することに成功したのさ」

「ヒヒッ! それはそれは、どうやったのかが気になりますねぇ」

 

 静かだった江戸川先生が、ぐっと前に出てくる。

 だが、話を聞きたいのは天田もMr.コールドマンも同じようだ。

 

「ポイントは“記憶転移”です。偶然の事故のようなものでしたが、他人の記憶が混ざり込んできた経験が役に立ちました。あと、愛と叡智の会の人工霊も」

「ああ、あの熊がいたトンネルで無茶な悪霊退治をした副作用だという……」

「ヒヒヒ、毒と薬は表裏一体。副作用も使い方しだいですか」

「シャドウ召喚の際に特定のスキルを覚えさせる感覚とか、色々合わせて考えたら、感情によって生じるエネルギーである“MAG”に記憶・経験を込めて他者へ移す“記憶転移の魔術”が実現できました。

 今回それに込めたのは“体術の心得”。記憶転移の魔術もそうですが、これまで学んだことの集大成。試合に向けての復習がそのまま役に立ちました」

「それは分かりましたけど、僕が貰っていいんですか?」

 

 天田は俺とスキルブックへ、交互に視線を送りながら聞いてきた。

 

「遠慮せずに貰ってくれ。こういう形ではなかったかもしれないけど、元々戦い方を教えるって約束――契約だったろう? 来年まで時間もないし、何よりもこれは天田に受け取ってもらいたいんだ」

「僕に?」

「うん、まぁ、なんだ。この一週間、調整のためにこれまでのことを思い返してたら、天田だけじゃなくて、皆にも色々と言いたいことが浮かんできたんだけど……長くなりそうだから、とりあえず受け取ってくれ」

「とりあえずって」

「いいじゃないか」

 

 納得できない様子の天田の肩に、コールドマン氏がそっと手を載せた。

 天田はそんな彼の顔をしばらく見ていたが、

 

「わかりました。僕も強くはなりたいですし、早速使いますよ」

「使ってくれ」

 

 あきらめた様に、天田は目をつぶる。

 するとスキルブックに込められた魔力が天田の体へ流れるのを感じた。

 

「どうだ?」

「変な感じです。頭の中に、知識が流れ込んできたみたいな……ネメシスのスキルにも体術の心得が増えてます」

「成功だな。あとは訓練で体に馴染ませていけばいいだろう」

「試合の後には、色々話してもらいますからね」

「……話すよ、この試合に勝ってからな」

 

 そう約束した、直後だった。

 

「では、我々は観戦席へ向かうとしよう」

 

 コールドマン氏は天田によびかけ、部屋を出て行こうとする。

 そして扉を閉める前に、

 

「タイガー、君は変わったね。いや、成長したというべきか。特にこの一週間で。私は試合がさらに楽しみになったよ」

 

 そう言い残し、控え室の扉は閉じられた。

 

 残されたのは、俺と江戸川先生。

 

「まったくあの人は、どこまで分かってるのかね」

「ヒッヒッヒ……“男子、三日会わざれば刮目して見よ”とも言いますが、よく見れば分かるものですよ。それよりも体をほぐしておきましょう」

 

 江戸川先生は今日もセコンド兼ドクターとしてついてもらう。

 そんな先生の勧めで、ストレッチとマッサージを行うことにした。

 




影虎は“スキルブック”の作成に成功した
天田がスキルブックを使用した!
影虎の知識と経験を受け継ぎ、“体術の心得”を習得した!

これにより、次回は天田が試合の解説役っぽくなります。


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332話 試合開始!!

 天田視点

 

 ~試合会場~

 

 龍斗さん、雪美さん、ジョナサン、そしてMr.コールドマンと一緒に、薄暗い関係者席で試合開始の時を待っている。

 

 すると、うしろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「どうやらここみたいだな」

「っし! 間に合った~!」

「!! 順平さん!?」

 

 いや、よく見るとその後ろには、コロ丸を除いた特別課外活動部のメンバーが揃っていた。

 しかも、最後尾には幾月理事長まで……

 

「おっ! 天田っちじゃん」

「あっ、天田君も来てたんだ」

「ゆかりさん。いや皆さん、どうしてここに?」

「こいつがわがまま言いやがったんだよ」

「おい、シンジ……」

「あ? 間違ってねぇだろ」

「け、喧嘩はだめですよ!」

「2人とも、山岸の言う通りだ。他の観客の迷惑になる」

 

 桐条先輩がそう言って2人を止めると、少し遅れて理事長が出てくる。

 

「やあ、天田君、元気かい?」

「幾月理事長」

「状況をざっくり説明すると、みんな葉隠君の試合を直接見て応援したかったんだね。それで桐条君がコネを使ったら、関係者席のチケットが手に入ったわけさ。ちなみに僕は付き添いね。ほら、一応クリスマスイブだし、間違いがあっちゃいけないからって、うるさい人もいてね」

「そう、だったんですか」

 

 関係者席には他にも雑誌の記者やテレビ局のスタッフさん達がいる。そのどこかから招待してもらったんだろう。理事長まで来て、大丈夫かな……

 

「天田君にも連絡したらしいけど、連絡つかなかったみたいだね」

「えっ? あっ、すみません。気づかなかった」

「ここで会えたしいいんじゃないかな? ところでさ……その、お隣って」

「私のことかね?」

 

 これまで黙っていたMr.コールドマンが振り向く。

 と、同時にMr.コールドマンの存在に気づいた皆さんが固まった。

 

『Mr──』

「おっと、落ち着いてくれたまえ」

『……』

「失礼、驚きました。まさか、貴方がここにいるとは」

「ふふふ。今日の私は貴女と同じ1人の格闘技ファンだよ、桐条のご令嬢」

「そうでしたか。しかし、貴方ほどの方が護衛もつけずにいるとは、いささか無用心では?」

「No problemさ。私のプロジェクト的にもこの試合は大切だからね。会場の警備は万全、不審者の立ち入りを許すような警備はしていないさ。それに万が一入り込めたとしても、優秀な護衛役がいるからね」

 

 彼はそう言って、僕の肩に手を置く──って! 

 

「護衛って僕ですか!?」

「君はこれから試合をするタイガーの一番弟子みたいなものだろう? もしもの時は頼りにしているよ」

「……」

 

 理事長が驚いているのか、無言になる。

 

 怪しまれてる……? と、思ったその時。

 

 薄暗い会場がさらに暗くなっていく

 

「おや、どうやら始まるようだね。皆、早く席に着いた方がいいだろう」

 

 Mr.コールドマンに言われて、皆さんが僕らのすぐ後ろの列に並んで座っていく。

 

 その間にも暗い会場の中心では、金網で囲まれた八角形のリングがスポットライトを浴び、試合開始前のアナウンスが始まっていた。

 

『レディィィースゥ!!! アンッ!!! ジェントルメェェェンンッ!!!』

『えーご来場の皆様ー、今夜限りのエキシビジョンマッチ、もうすぐ開幕のお時間となっておりますが──』

 

 試合観戦の諸注意などが伝えられた後、リングを照らす光が、北と南に用意された2箇所の入場口へと伸びた。そして心が奮い立つような音楽が流れ、片方には日本の国旗、そしてもう片方にはアメリカの国旗が照らし出される。

 

 そしていよいよ、選手入場。先に入ってきたのは……

 

『赤ーコーナー。アメリカから来た超人! その身の丈はなんと2mと3cm! 体重は152.5キロの巨漢! “テキサスの重戦車”こと──ウィリアーム!!! ジョォォォーンズゥウゥゥゥ!!!!』

 

 格闘技独特のアナウンスで一気に湧き上がる観客。そして開かれた扉からは、背中に戦車の絵が入ったガウンを着て、諸手を掲げたウィリアムさんが堂々と出てきた。

 

「うっ……やっぱデケェな、あの人……」

「葉隠君、大丈夫かな……」

「ちょっ、順平も風花も応援しに来たんでしょ! 自分が戦うわけでもないのに、何弱気になってんの!」

「明彦、実際どうなんだ?」

「さて、俺は今のあいつがどれだけ強くなっているかを知らないからな。今回はそれを見に来たというのある。葉隠がそう簡単にやられるとは思えんが……リーチと体重の差がある分、ハンデは大きいだろう」

 

 ウィリアムさんに注目する声が後ろから聞こえてくるけど、僕はもう1つの入り口に目が向いていた。

 

『続きましてー、青ーコーナー。日本の若き超人! 身長1m71cm! 体重69.9kg! 高校一年生の“特攻隊長”──葉ー隠レェーカーゲートーラーァアアアア!!!』

 

「来──」

「っしゃあ!!!! 気合入れて行けよ影虎ァ!!!!」

 

 特攻服を羽織った先輩が出てきた途端、これまで黙り込んでいた龍斗さんが声を上げる。

 その声は他の大勢の観客からの歓声を一瞬かき消すほどで……耳が痛い。

 

「うおっ、誰かと思えば影虎の親父さんじゃん」

「全然気づかなかった。っていうか、向こうも気付いてない?」

「……ご夫婦揃って凄まじい集中力だな」

 

 大声によって周囲の注目がこちらへ向いたのは一瞬。

 

 2人がリングに上がると、観客は釘付けだ。当然僕も。

 

「!!」

 

 2人が向かい合った瞬間、空気が変わる。唐突な圧迫感。

 

『お、っと、これはどうしたことでしょう? リング上でにらみ合う、というには双方穏やかな表情ですが、ただならぬ“戦意を感じる”といいましょうか──』

 

 実況者や観客もそれを感じているみたいで、騒がしかった場内が静まり始める。

 

 まるで授業中におしゃべりをして、注意を受けたクラスメイトのように。

 

 そして完全に雑音の消えた……“静寂”という言葉の意味を現したような環境の中。

 

 機械的なゴングの音だけが、会場に響いた。

 

「!!」

 

 試合開始を認識したと同時に、音が戻る。

 

『さあ始まりました話題の一戦! 超人対超人のガチバトル! 先に動いたのは葉隠選手! 事前情報ではどっしりと構え、防御に重きを置いた戦い方をするという話でしたが、序盤から前後左右に、積極的に動いている! 不思議な動きだ!』

『あれは……まさか“躰道(たいどう)”? 葉隠選手が躰道を学んだという話は聞いていませんが……いや、少し違うような? 躰道ではない?』

「ケン、あれは何かね? タイガーの学んだ格闘技の情報――もちろん映像にも目を通しているが、あの動きは見たことがない」

 

 知らないはずの答えが、もう頭に浮かんでいた。

 

「あれは、先輩の集大成です。これまで学んだことを復習して、追及して、分解して、一番経験の長い空手をベースに再構築したみたいです」

「向こうの解説が躰道という日本の格闘技に似ていると話しているが」

「空手がベースですからね。似ているところがあるんじゃないですか? 先輩の場合は……上半身は空手の構えで、下半身、フットワークはカポエイラってところですね。今のところ」

『あーっとここでウィリアム選手が前に出た! 速い! 巨体に似合わぬ驚くべきスピード! だが葉隠選手も負けじと足を使って避ける避ける避ける!!!』

 

 先輩は軽快なフットワークで動き続けているけれど、体の軸にブレがない。

 ウィリアムさんのジャブを、足を使って避け──

 

「!!」

『入った!! この試合、先にクリーンヒットをとったのは葉隠選手! 独特の蹴りでウィリアム選手の巨体が大きく後退させられた!!』

『いえ、どうやらギリギリですが腕が入って、ガードはできていたようですね。綺麗な一撃ではありましたが、ダメージはないでしょう。しかし一瞬完全に相手へ背を向けて、地面に手がつくほど体を倒していましたが、あれはカポエイラでしょうか? 先ほども申し上げた躰道にも“海老蹴り”という似た蹴り技がありますが』

 

 

 実況が直前の一撃について話している間にも、先輩の追撃は始まっている。

 器用な蹴りと長い腕での攻防が激しくなる。けど、

 

『おっと!? これはどうしたことか? 徐々に、徐々にですが、ウィリアム選手が防戦に! 葉隠選手が押している!?』

 

 既に先輩の作戦は始まっていた、

 

「……ウィリアムの動きが悪い、いや、どこか戦いづらそうだね」

「先輩がそうなるように戦ってますから」

「ほう? どうやってかね?」

「それは──」

「“アリ・シャッフル”だ!!」

 

 説明しようとしたことが、後ろから聞こえてきた。

 

「明彦?」

「葉隠のやつ、アリ・シャッフルを使ってるんだ」

「……世界チャンプの技だったか?」

「ああ、しかもあの縦横無尽に動くフットワークの中に、自然に混ぜる形でな。俺との試合の時、あいつはダンスのステップを組み込んで翻弄してきた。それをさらに洗練させた感じだ。動きが読みづらいし、タイミングが微妙に狂うんだ。あれは戦いにくいぞ」

 

 真田さんは一度先輩と試合をして、元となる技を受けたからか、誰よりも先に気づいたみたいだ。

 

 彼は興奮しながら大きな声で喋っていたから、それを聞いたMr.コールドマンも納得した様子。

 

「と、まぁそういうことで、あれが葉隠先輩の編み出した新技の1つ。“アリ・ダンス”です」

 

 アリ・ダンス……敵の攻撃の命中率を半減させるスキル。先輩はそれを体重移動とダンスのステップに、数々の中国拳法の歩法を応用した複雑かつ自由自在に動けるフットワークを編み出したことで習得した。

 

「ウィリアムさんを相手に、最も警戒すべきは圧倒的なパワー。一撃でも大ダメージを受ける可能性が高いので、先輩は回避に重点を置いています。……でも、それだけじゃありません」

 

 アリ・ダンスで相手を翻弄するのは回避のためだけじゃない。

 

 “しっかりと守りが身についているからこそ、前へ出られる”

 

 それが、先輩が学んだことの1つ。

 

 狙い済ました攻撃が空振り、ウィリアムさんに僅かな隙が生まれた。

 その隙を待っていたかのように、先輩が仕掛ける。

 

 空振った腕を引き戻す前に素早く。

 八卦掌の円を描く歩法で、ウィリアムさんを中心に、回り込むように。

 遠心力を加えた電光石火の連続攻撃が、瞬時に、全身に叩き込まれる。

 それはまるで、凶暴化した熊を屠った時の再現。

 

 ──“連撃・熊殺し”

 

『──!!』

 

 その瞬間、会場が沸いた。

 

『おーっと! 入った! 今度こそ間違いなくクリーンヒットォ!』

『凄まじい連打です。葉隠選手は一撃が軽いという前評判でしたが、あれだけまとめて全身に浴びればいくらかは効いたでしょう。顎にも入っていました』

 

 圧倒的体格差のある相手に対して、優勢に立ち回る先輩の姿に会場が沸いた。

 機械で増幅された実況の声が聞き取りづらくなるほどの熱狂。

 まるで先輩の勝利が決まったようだ。けど、

 

「────」

 

 声が聞こえた。

 熱狂の中でも耳に届く。

 込められた力を感じる。

 猛獣が吼えたような、その声が聞こえた次の瞬間、

 

『ああっ!?』

 

 実況者の驚きの声に合わせたように、先輩の体が吹き飛んだ。

 誇張ではなく、宙に投げ出されている。

 先輩はそのまま放物線を描いて、リング端の金網に衝突。

 直前まで先輩がいた場所には、拳を振り抜いた状態のウィリアムさんがいる。

 

 ウィリアムさんは文字通りの意味で、先輩を“殴り飛ばした”んだ。

 その衝撃的な光景に、会場は一転して静まり返った。

 けど、

 

『な、あ、ちょっ、嘘でしょう!?』

『人が飛んだ? 殴られた勢いで? リング中央付近から、端のあんな高い位置まで?』

『それよりも! いやそれもですけど! 立ってます! 金網まで殴り飛ばされた葉隠選手、平然と立っている!? あれだけの攻撃を受けて無事に着地!? まさかのダウンすらしていない!? 一体どうなっているんだ!?』

『私にもさっぱり……』

「ファ、ファイッ!」

 

 吹っ飛んだ先輩を見て、反射的に試合を止めていたレフェリーが再開を宣言。

 するとまたさっきまでのように、いや、激しさを増した攻防が繰り広げられる。

 

 ふぅ……一瞬ヒヤッとした。

 

 でも、どうやら先輩もギリギリでガードが間に合ったみたいだ。

 

 空手の三戦や剛体法に、地功拳の呼吸や気功を1つにまとめた防御用の技──“鉄塊”。

 

 先輩はこの一週間で磨き上げた新技を使って、再度ウィリアムさんに立ち向かっていく。

 本当に全力で、一切の出し惜しみをしていないのが分かる。

 

 強烈な攻撃をお互いに受けて、さらに試合はヒートアップ。

 むしろ良い攻撃を受けて、お互いに相手を認め直したみたいに。

 

 気づけば第1ラウンド終了のゴングが鳴っている。

 2人が一旦離れて、それぞれのコーナーへ。

 

 そして自分が、試合に熱中していたことに気づいた。

 手に汗握る。それどころか脇にも額にも汗。

 

「たった1ラウンドで凄い熱気だね」

 

 Mr.コールドマンの言葉に、黙って頷いて同意する。

 だけど、僕はもう感じていた。

 

 “試合はまだこれから。さらにヒートアップする”

 

 リング上の2人の雰囲気がそう語っていた。

 そしてこの時、僕の頭にはもう2人の試合を見届けることしかなくなっていた。



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番外編
番外編1-1・大切な日の前日に


皆様お久しぶりです。作者のうどん風スープパスタです。
今年は3月以降、投稿が滞っており申し訳ありません。

仕事の方が忙しくなり、執筆と投稿に時間が取れなくなっていましたが、
年末で少し時間ができたため、少しでも執筆の感覚を取り戻すべく、
また、投稿を待っていてくださる皆様に、年内最後にと思い、番外編を書いてみました。


今後番外編が続くかどうか、そして本編の投稿予定も未定ですが、
執筆の意思はありますので、待っていていただけたら嬉しいです。

来年もよろしくお願いいたします。



 12月23日 影時間

 

 ~タルタロス・16F~

 

 

 明日に大きな試合を控えた夜。

 コロ丸と別れても、まだ寝付けずに今日も来てしまった。

 まぁ、これが俺のいつも通りとも言える。

 

 そんな言い訳をしながら、散々殴り倒した壁を眺める。

 そしてなんとなく、いつものように壁の前へ立つ。

 

「ふぅ……」

 

 立禅での瞑想、からの一撃。

 放つは脳裏に思い描く、これまでで最高の一撃。

 

「……破ァッ!!」

 

 それは壁に穴を開けるに留まらず、端まで完全に破壊する。

 これが、今の俺にできる、俺が学んだことの集大成。 

 

「…………」

 

 しかし、この技の成功率は1割以下。たっぷり集中しても、極まれにしか成功しない。

 実戦で使えれば強力な武器だが……仕方ないな。それは今後の課題だ。

 

 こうしていると、また練習を続けてしまうかもしれない。

 心を落ち着けて、もう帰ることにしよう……

 

「なっ!?」

 

 転送装置に足を向けた、その時だった。

 感じたのは、地震かと思うほどの“衝撃”。

 それは俺の足元を、おそらくはタルタロス全体を震わせて、消えた。

 

「……何だったんだ?」

 

 周囲に見て分かるような変化は――

 

「壁が、消えた?」

 

 つい先ほどまで殴りつけていた、通行を阻むオーロラの壁が消えている。

 

「まさか、さっきの一撃で壊れた? んなバカな……これまで何度殴ってぶち破っても再生してたのに。いや、何度もやったからこそ壊れた? さっきの揺れはそれが原因か?」

 

 少し考えてみたが、何も分からない。

 

「……歩くか」

 

 考えて分からないなら、行動してみる。

 ただ、今日は探索までする予定はなかったので、装備はドッペルゲンガーのみ。

 明日もあるし、20階まで行って、変化がなければ帰ろう。

 

……

 

…………

 

………………

 

 

 30分後

 

 ~タルタロス・19F~

 

「ふぅ……」

 

 20階まであと1階。

 ここまで上ってきて思ったのは、出現するシャドウがいつもより、かなり多い。

 ただ、シャドウの種類や強さは変わっていないので、異変と言えるかどうかは微妙。

 そういう日もあるだろうという程度でしかない。

 

 ……ちょっと休むか。

 少し壁を殴って帰るつもりが、予定にない探索と戦闘をしてしまった。

 これで明日の本番に力が出せなくなっては大変だ。

 

 迷路のような道の中、敵が来る方向を一方向に絞れる適当な袋小路を見つけ、座って壁に寄りかかる。いざという時は転移魔法でエントランスに飛べばいい。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

「!」

 

休憩していると、突然爆発音が聞こえた。

おそらく、アギ系の魔法が使われたんだろう。

だが、いったい誰が? シャドウ同士の争いか?

 

……!?

 

警戒していると、周辺把握の感知可能範囲に反応あり。

それはとても、慣れ親しんだ反応であると同時に、ありえない反応。

 

反応は4つ。その内の3つは天田、荒垣先輩、そして順平だ。

天田だけなら、荒垣先輩だけなら、まだ分からなくもない。

だけど2人が一緒に、しかも順平まで同行しているなんて……

 

さらに不可解なのはもう1つの反応。

この反応は、俺がこれまでに会ったことのある人物ではない。

しかし、おそらくは間違いない。そんな確信があった。

 

最後の1人は“主人公”だと。

 

理解不能、と思考停止しかけた頭を、必死に動かす。

しかし答えの出ないまま、更に失策を重ねてしまった。

 

「おい山岸! 行方不明者はこっちでいいのか!?」

「!」

 

しまった! と思った時にはもう遅い。

俺がいる袋小路に繋がる唯一の道を、彼らがこちらに向かってきていた。

 

ここは転移魔法で逃げ――

 

待て、荒垣先輩の声からエントランスには山岸さんがいて、既に補足されている。

メンバーが揃っていることから、彼らは特別課外活動部の活動に来ている?

だとすれば、おそらくエントランスには真田や桐条先輩達も待機している。

その可能性に気づいて、ギリギリで思い止まる。

ここでとるべき最善の、最も不自然でない行動は何か?

思いつくと同時に、俺はその場に座り込んだ。

 

――ここは行方不明者を装う!

 

ただ、山岸さんがナビをしているなら、こちらの健康状態はバレる可能性が高い。

知らない間に、見知らぬ場所に迷い込み、時間の感覚が麻痺。

疲弊した体を休め、体力を温存に努めている。

心の中で自分自身にそう言い聞かせた。

 

そして、

 

「――!」

「あっ!」

「見つけました!」

「行方不明者発見! って」

 

荒垣先輩を先頭に、天田、そしてやはり原作の“女主人公”。最後に少し遅れて順平が曲がり角から姿を現した。彼らは俺を見て驚き、発見した場所から動かずに様子を見ているようだ。

 

「誰か、いるのか……人、なのか?」

 

遭難者を装って声をかけてみると、彼らは明らかに反応を示す。

 

「意識がある、だと?」

「――あっ、はい先輩! 発見しました! でもこれまでの人と違って、意識があるみたいで」

「と、とにかく助けましょうよ!」

「まぁ、それしかないか……」

「だよな! おーい!」

 

女主人公が連絡。天田、荒垣先輩、順平が俺を救助するために近づいてくる

 

「大丈夫か? えっと、誰だか知らないけど」

「おい、名前は言えるか? ケガは?」

「先輩達と同じくらいの年頃ですね」

 

……この反応、まるで3人とも俺を知らないみたいな……

タルタロスにいるはずのない知人を見たからごまかすため?

いや、こんな至近距離で、顔もはっきり見えているのに。

何より適性のない人間なら、ここでの記憶は消えると知っているはず。

そんな演技をする必要はない。つまり本気で、ここにいる彼らは俺を知らない?

 

「……聞こえてるか?」

「あ、ああ……少し意識が朦朧としているけど、大丈夫……俺は葉隠影虎。申し訳ないが、何か食べ物持ってないか……」

「食べ物? 確かアキから没収したプロテインバーがあるはず」

「あ、僕チョコ持ってますけど……食べます?」

「飴玉1つでよければ」

 

感謝して受け取り、それらを空腹に任せて一気に食らう!

 

「おお……ちょっとしかなかったのにすげぇ食いっぷりに見えたぜ……」

「そんなにお腹空いてたんですか?」

「ああ、助かったよ。糖分が回ったのか、意識もはっきりしてきた。質問ばかりで申し訳ないけど、ここはどこなんだ? 気づいたらここに迷い込んでいて……」

「説明は難しいな……チッ。とりあえず外に出ればもっと詳しい奴がいるから、話はそいつから聞いてくれ」

「分かった。えーと……」

「? ああ、俺は荒垣だ」

「あ、僕は天田乾っていいます」

「俺は順平、伊織順平な。そんでもって」

「こんばんは! 私は公子。えっと、これから外に出るまでかもしれないけど、よろしくね!」

 

エントランスとの連絡を終えた女主人公まで来て、自己紹介を始めた。

 

「ご丁寧にありがとう。改めまして、葉隠影虎だ。助けてくれてありがとう」

「いいっていいって! それよりここから脱出しよう。桐条先輩が早く連れてこいって言ってるし」

「マジ? じゃ急ごうぜ、桐条先輩を怒らせたらシャレにならねぇよ」

「順平さん、前に何かで怒られてましたもんね」

「あの時はマジでブルったぜ……」

「くだらねぇ事話してないで、行くぞ。葉隠は大丈夫か? 必要なら肩を貸すが」

「いや、問題ない。腹が減って困ってはいたが、体力は温存していたから。それよりここ、生き物って言っていいのか分からないのが襲ってくるだろ」

「あー、やっぱ見たのか。ってかよく無事だったよな。あ、影虎って呼んでいいか? たぶん歳近いし、俺も順平でいいから」

 

それでいいと答えると、続けて天田から、

 

「僕も気になります。葉隠さん、シャドウを知ってるって事は、襲われたんですよね? どうやって助かったんですか?」

「基本は逃げた。けど逃げ切れない時は殴り倒した」

「殴り倒した!?」

「シャドウを拳で倒すとか、真田さん以外にいるんだな」

 

そんな会話をする俺達、いや俺を、荒垣先輩は納得の目で見ている。

影時間のタルタロスで問題なく活動し、シャドウも倒す。

この時点で俺が適性持ちだと推察できるのだろう。

 

それはそうと、

 

「なぁ……今気づいたけど、順平達の服装……」

 

そう言った瞬間、天田と順平が気まずそうに目をそらす。

荒垣先輩に至っては、話しかけるなと言わんばかりの雰囲気を放ち始めた。

おそらく3人とも、自分の意志で着ているわけではないのだろう……“執事服”を。

 

そしておそらく着せたのは、

 

「わかっちゃいました? 私の趣味です!」

 

そう言った女主人公こと、公子も来ているのは“メイド服”だ。

確かにそんなネタ装備もゲームには存在したが……

 

「あんな化け物みたいなのが襲ってくる場所でコスプレって」

「言うなよぉ! 俺達皆そう思ってるんだからぁ!」

「僕達も反対したんですよ……」

「そこを私がリーダー権限で押し通しました!」

「こいつ、変なところで無駄に口が回りやがって、桐条も“装備についてはリーダーに一任している”としか言わねぇし……」

 

男子3人が暗くなる一方、唯一の女子である公子はとても楽しそうだ……

 

「大丈夫だよ皆! こう見えて意外と頑丈でそれなりの防御力はあるし! それに変な格好といえば、葉隠君も負けてないよ」

「執事服とメイド服の集団に言われたくないんだが。というか、何か変か?」

 

タルタロスに入る前は街をぶらついてたし、ごく普通のジーパンにシャツ、あとはジャケット。別におかしなところはないと思うけど……

 

「え? だってそれ冬物でしょ? ジャケットも厚手で真冬に着るようなやつだし、流石に早すぎない?」

「――」

 

その言い方はまるで、今が冬じゃないような言い方。

嫌な予感を覚えつつ、俺は理解できないフリをして、確認する。

 

「早すぎってことはないだろ、“今は12月なんだから”」

「えっ?」

「12月?」

「葉隠さん、何言ってるんですか?」

「今日は“9月10日”だぞ、2009年の」

 

嫌な予感が的中したようだが、最後の希望を込めて、

 

「9月10日? そんな馬鹿な、だって俺がここに来たのは2008年の12月23日。明日がクリスマスイブで、大事な試合も控えてたんだ。日付に間違いは絶対にない。ここでどれだけ時間が経ったかは正直分からないけど、半年以上も経ってるなんてありえないだろ。本当だったら俺は餓死してるはずだ」

「んなこと言われても……」

「葉隠さん、今日は間違いなく2009年9月10日ですよ」

 

順平が困惑し、天田が同じく困惑しつつも、彼らの知る今日の日付を伝えてくる。

彼らの感情を表すオーラの色には、噓の色が混ざっていない

 

 

……タルタロスを生んだ実験の本来の目的は“時を操る神器”を作り出すことだった。

その影響か、タルタロスには時間的、空間的な異常が恒常的に存在していた……

 

これはそんなタルタロスの性質のせいなのだろうか?

どうやら俺は、もといた場所とは“違う時間軸のタルタロス”に迷い込んでしまったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

……どうしよう……マジで……

 



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番外編1-2・平行世界の特別課外活動部

皆様お久しぶりです。作者のうどん風スープパスタです。
前回、去年の年末の投稿から丸々1年放置してしまい申し訳ありません。
今年も年内最後くらいは更新したいと思い、番外編の続きを書いてみました。
いただいていた感想への返信も、後ほど行いたいと思います。

放置の理由や今後の活動については活動報告に詳しく書こうと思いますので、
知りたいと思う方はそちらでご確認ください。



 2008年12月23日 → 2009年9月10日 影時間

 

 ~タルタロス・19F~

 

 何の因果か俺は未来の、しかもパラレルワールドのタルタロスに迷い込んだっぽい。

 そしてこの世界の特別課外活動部と遭遇し、遭難者として同行することになったが、脱出に時間がかかっている。

 

 その原因は2つ。

 

「また来たよっ! 順平!」

「うっしゃあ!」

 

 まず1つは、出現するシャドウが多いこと。

 合流前から感じていたが、今日は倒しても倒しても次から次へと現れる。

 

 そしてもう1つは、特別課外活動部の実力。

 ここにいるのは女主人公、順平、天田、そして荒垣先輩の4人。

 彼らは遭難者を装った俺に気を配り、守りながら戦っている。

 そのために常に誰か1人は隣にいて、残り3人がシャドウの相手をすることになっていた。

 

 ただ、それだけで窮地に陥るほど彼らは弱くはない。

 彼らが言うには今は9月で、ストーリー通りなら中盤から後半あたり。

 そしてここは19F、階層で言えばまだ序盤と言える。

 ストーリー中盤から後半の戦闘能力があれば、序盤のシャドウは雑魚になる。

 そして実際、戦闘は全員、1匹につき一撃で倒す光景の連続。

 

 しかし、どうも全体的に“戦闘のレベルが低い”ように感じる。

 

 重ねて言うが、彼らは“弱くはない”。

 シャドウは相手にならないし、一般的な高校生と比べれば圧倒的だと思う。

 ただ、それはスピードやパワーといった身体能力、ステータス的な意味での話だ。

 

 順平を例にすると、重そうな大剣を軽々と振るうけれど、その振り方はまるで野球のバットを振るようなスタイル。一振りの威力は大きいだろうけど、はっきり言って隙だらけ。ド素人にしか見えない。

 

 他の3人の戦い方を見ても、身体能力やステータスに任せて武器を振っている感が強い。

 強いて言えば荒垣先輩が喧嘩や戦いに慣れているからか、だいぶマシだと感じる程度。

 

 最初は戸惑ったが、考えてみれば天田や順平は元々ただの学生だ。

 さらに、作中では部の活動として戦闘訓練をしている様子もなかった。

 真田はボクシング、桐条先輩はフェンシングで個人的に鍛えているけど、それだけだ。

 

 ゲームではただ武器を持って、タルタロスに特攻して、シャドウを倒すだけで強くなる。

 コマンド1つで武器で攻撃、またはペルソナの魔法をぶっ放すだけ。

 互いに守りあったりもするので、そこまで単純ではないけれど、それに近い。

 これがまさに“レベルを上げて物理で殴る”ということ……なんだろうか?

 

 それにしても、

 

「だぁあ! 全然減らねー! なー、いくら雑魚でもこんだけ次々来るとウゼーし、ペルソナで一気にやっちまわねー?」

「ダメだって順平。数が多いからこそ、無計画に使ってたらガス欠になるよ!」

「あ、そっか……」

 

 このままでは脱出まで、もっと長くかかりそうだ。

 おまけに動き全体に無駄が多いので、皆、段々と余計な疲労が溜まってきている。

 

「もしよければ、俺も手伝おうか?」

「えっ!? 急になんで?」

「いや、俺もさっきから来てる連中は倒したことあるし、なんか俺がいるせいで全力が出せないみたいだったから」

 

 露骨にチラ見しながらそんな話されれば、気づかない方がおかしいだろう。

 

「あー、いや、その、な?」

「心配しなくても、自分の身だけなら守る自身はある」

「でもほら! 体の調子がアレでしょ?」

「空腹だけど、体力はある程度温存してたから大丈夫だよ。俺が協力することで早く出られるなら、その方が早く食事にもありつけるだろ?」

「う~、それはそうだけど……」

「おい! 次が来るぞ!」

「僕がカバーします!」

 

 こうして話している間にも、荒垣先輩と天田は追加のシャドウに対処している。

 

「でも、あ、ちょっと待って! ……はい、えっ? あ、はい!」

 

 女主人公が待機組と連絡を取っている。

 かと思えば、

 

「葉隠君! 参加OK! 桐条先輩から許可出たよ!」

「マジで!?」

「うん。なんか、本人がいいって言ってるなら手伝ってもらえって」

「えぇ……さっきまでと違うじゃんよー」

 

 この時期と原作の先輩の性格を考えると、素性不明の適性持ちへの警戒が半分。

 新たなペルソナ使いの発見と戦力増強への期待が半分ってところかな。

 

「まぁ先輩の指示だし、でも戦うなら装備がいるよね? どうしようか? 防具なら真田さんの分の執事服が余ってるけど」

「執事服は遠慮しておく。誰かに用意したなら、ぜひご本人に渡してほしい。あと、武器は要らないよ」

 

 というか、こんな訳の分からない状況で、よく知らない相手に武器を渡そうとするなんて、いささか無用心では? と伝えたら、女主人公は大丈夫っしょ! と明るく笑っている。

 

 一体何が大丈夫なんだと思ったが、とりあえず戦闘許可は出た。

 ひとまず協力して早くここを出よう。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 

 ~桐条視点~

 

『次の角を右に曲がってください。そうしたら突き当たりに脱出装置があります。あと一息です、頑張って!』

 

 タルタロスのエントランスから、山岸が探索に出たメンバーをナビゲートしている。

 その言葉から向こうの状況を推察するに、もう少しでこちらに戻ってくるのだろう。

 

「明彦、岳羽、コロマル、それとアイギス。もうすぐ探索チームが戻ってくるようだ。いつ戦闘になっても対応できるよう、警戒しておけ」

「戦闘準備? ただ行方不明者を救助してくるだけですよね」

「……今回はイレギュラーな要素が多いからだ。

 これまで救助した人々は全て、意識を失った状態だった。しかし今回、葉隠と名乗った男子は意識があるだけでなく、会話や歩行も可能。さらに探索チームが話を聞いた限りではシャドウに襲われ、倒している」

「私達みたいに適性があるんじゃないですか?」

「初めて影時間を体験した人間は混乱するものだ。それは岳羽も経験があるだろう。だが、葉隠少年にはそれがなく、至って普通に会話ができている」

「それは……そういう人もいるんじゃないですか? 公子だって最初から混乱はしてなかったみたいだし。それにその人、タルタロスをさまよって結構長いみたいですし、その内落ち着いたんじゃ?」

「確かにその可能性もなくはない、が、そもそもそんなに長期間タルタロスにいたのかが怪しい。本人が言うにはタルタロスに迷い込んだのは“去年の年末”……今年に入ってから、我々が何度タルタロスを探索した? もし仮に去年からタルタロスにいたのなら、なぜこれまで存在が掴めなかった?」

「それは……」

 

 岳羽の表情が目に見えて曇る。

 納得はできないが、反論もできないというところだろう。

 

「そんな顔をするな。私も別に喧嘩を売る気はない。

 ただ、先日のストレガに我々の把握していない仲間がいないとも限らないし、ストレガの例がある以上、在野で密かに活動しているペルソナ使いの存在も否定できない。

 それに、彼が戦闘に参加して明らかに探索チームの移動速度が上がった。どうやら、なかなかの実力者のようだから念のために、いざという時には動けるようにしておけ、というだけだ。威嚇をする必要はない」

「……分かりました。そういうことなら」

「分かってくれてありがとう」

 

 岳羽の了解も得られた、と思った直後だった。

 

「おい、どうやら来るみたいだぞ」

「ワフッ!」

 

 明彦とコロマルの視線の先。

 転移装置がかすかな駆動音と共に、光を放ち始めている。

 そして瞬く間にその光が強まり、最高潮に達したと思えば、輝きは失われていく。

 その後に残るのは、5つの人影。

 

 探索チームと救助された男子、葉隠影虎がエントランスに現れた。

 

「お帰りなさい! 皆さんお疲れ様でした!」

「ただいまー!」

 

 山岸が帰還した探索チームに声をかけ、リーダーが笑顔で返事をする。

 それはいつもの光景だが、そこに1人、見慣れない顔が混ざっている。

 連絡を受けていた葉隠影虎で間違いないだろう。

 

 軽く聞いていた通り、一見普通の、高校生くらいの男子だ。

 彼は転移装置で瞬時に移動したことに驚いているのか、エントランスを見回している。

 しかし、やはり影時間を初めて体験する時特有の混乱、錯乱に近い状態ではないようだ。

 理解できない状況をなんとか把握しようとしているのが分かる。

 

「あっ! 桐条先輩! 彼が例の葉隠君です!」

 

 そんな彼の努力を無視した公子が腕を引き、私のところに連れてきた。

 

「あ、どうも。葉隠影虎と申します。ええと……桐条さん、ですね?」

「桐条美鶴だ。うちのリーダーの公子がすまない。明るく活発な性格は美徳だと思うが、やや強引なところがあってな」

「いえいえ、助けてくれようとしているのは分かりますから……それで、いきなり不躾かもしれませんが、ここは一体……」

「君が疑問に思うのは当然だ。本来なら体調を優先するのだが、見たところ元気そうだ。よければこのまま少し説明、それと君の話も聞かせてもらってもいいだろうか?」

「こちらとしても、その方が助かります」

 

 彼の同意も得られたので、簡単にこちらの自己紹介と説明を行う。

 不幸中の幸いと言うべきか、彼はタルタロス内をさまよう間にシャドウを。

 また、探索チームと脱出するまでに、公子達のペルソナを見ていたらしく、

 

 “嘘みたいな話だが、実際に見たので信じるしかない”

 

 という感じではあるが、信用されがたい話を速やかに理解してくれた。

 

「理解が早くて助かる」

「こちらも状況を説明するとなると、似たような一般常識では説明できない話になりそうですからね」

「だろうな。葉隠君の状況は我々からしてもイレギュラーな事態だ。何があってもおかしくはない。それを踏まえて、君の話を聞かせてもらいたい」

「分かりました、と言っても何から話すか……」

 

 彼は少し迷った様子を見せるが、すぐに語る内容を決めたようだ。

 

「推測になりますが、俺は自分がこのタルタロスという場所を経由して、いわゆる“平行世界”の“未来”に来てしまったのではないかと考えています」

 

 その言葉を聞いて、驚きを隠せない仲間達。

 私自身もまさかと思わないこともないが、否定できる根拠もない。

 なによりも彼自身に嘘をついている様子はなく、なんらかの確信があるようだ。

 

「なぜそう考えたか、聞かせてもらいたい」

「根拠は2つ。まず1つめは、時間経過の矛盾。

 既に聞いていると思いますが、俺の記憶にある限り、タルタロスに迷い込む前は、皆さんからすると去年“2008年の12月23日の夜”でした。そして皆さんは今を2009年の9月10日だと言っている……皆さんが嘘を言っていないのであれば、俺は半年以上もタルタロスをさまよっていた事になります。

 俺も長時間タルタロスをさまよった覚えはありますが、長くとも1日程度です。流石に半年もさまよっていたら今以上に消耗、というよりまず間違いなく飢え死にしていると思います。だから、何らかの原因で未来のタルタロスに迷い込んだということになるかと」

「なるほど、確かに推測の域を出ないが、時間については私から見て納得できる。

 我々も半年以上タルタロスを探索しているが、君の存在を知ったのは今日が初めてだ。探知能力に長けた山岸がいるにもかかわらずな。彼女の能力を考えると、偶然出会わなかったというのは考えにくい。影時間は日中とは時間の流れが異なるため、そういうことがないとも言い切れない。

 だが、平行世界と考えた根拠は?」

「それは、皆さんが俺のことを知らなかったようなので。自分で言うのはどうかと思いますが、元の世界ではテレビやイベントに出ていて、それなりに有名人なんです。それに12月の24日には、大事な試合があったので」

 

 そういえば、そんな話もしていたな。

 

「その試合は俺が出ていたテレビ番組に関係するもので、素人格闘家が色々な格闘技の特訓を受けたら、プロにどこまで通用するか? という実験企画の結果発表会でした。

 それまでの過程を紹介する番組が好評だったこともあり、かなり派手な広告を打たれていたので、外出時は変装が基本になるくらいだったんです。

 あと、俺が試合前日から今までタルタロスにいたのなら、その試合をすっぽかして半年以上行方不明になっていることになるので……」

「そっか! テレビの企画なら、遅くとも試合当日の時点で行方不明が明らかになるよね。大きなイベントがダメになったら大事だし、テレビ局も試合中止の理由を説明しないとだろうし……有名人が大事な企画の前に失踪、しかも半年以上。ニュースになる可能性も十分に考えられる。

 つまり、同じ世界ならもっと騒ぎになっているはずだし、私達も聞いたことがあるはず! でも私達は葉隠君の事を知らない、だから葉隠君は葉隠君が有名じゃない世界に来た!

 ……ってことでOK?」

「そういうことです」

 

 葉隠君の言葉を、途中で引き継いだ公子が確認を取り、彼が頷く。

 彼の経歴については現状、彼の言葉しか情報がないが、彼が戦えることは確認している。

 

「そういえばリーダーと君は共闘したんだったな。格闘技と言っていたが、シャドウ相手にも格闘技で?」

「基本的には空手で。ただ企画で学んだ中国拳法や総合格闘技を交えているので、もはや別物になりつつありますが」

「凄かったですよ! もしかしたら真田先輩より強いかも!」

 

 それほどか、いや待て! そんなことを言ったら、

 

「何? それは聞き捨てならんな。ちょっと勝負を──」

「明彦は黙っていろ」

「むっ……分かった」

 

 危なかった……いや、既に手遅れかもしれん。葉隠の表情が僅かにだが歪んだ。今ので明彦が好戦的なことは理解されただろう。これが不信の素にならなければ良いが……

 

「ん? 待ってくれ“基本的には空手で”ということは、他に手段があるのか?」

 

 ふと、直前の言い回しが気になったので聞いてみると、あっさりと答えが返ってきた。

 

「一度、シャドウに追い詰められた時に、皆さんがペルソナと呼んでいるものが出ました」

『!?』

「葉隠君、ペルソナが使えるの!?」

「でも、葉隠さんって、召喚器持ってませんよね?」

 

 山岸と天田が疑問を口にする。当然だろう、私も彼が適正を持っていることはほぼ確信していたが、既に使えるとは思っていなかった。

 

「そうか、召喚器は補助装置であって、必須というわけではない。私達も強く死を意識することができれば、理論上は召喚器が無くてもペルソナの召喚は可能だ。おそらく葉隠君は、シャドウに追い詰められたことで条件を満たしたのだろう」

 

 あくまでも理論上の話だが不可能とは言い切れない。私も召喚器の全てを知っているわけではないしな。しかし、召喚器に頼らず召喚可能なペルソナ使い、しかもここまでの様子を見る限り、ストレガのように敵対する気配はない。もしかすると彼は、私が考えていた以上の拾い物かもしれない。

 

「へー、そうだったんですね。……あれ? じゃあ葉隠君は、今はペルソナ使えないのかな?」

「それは、どうだろう?」

 

 こればかりは本人に聞くしかない。

 

「どうでしょう、ちょっとやってみますか?」

「頼む、一応確認はしておきたい。山岸もペルソナで様子を見ておいてくれるか?」

「分かりました」

 

 山岸がペルソナ“ルキア”を召喚し、準備ができたと合図を送る。

 すると葉隠君は少し距離をとり、一言こちらにやってみますと告げて、目を瞑る。

 成功か、失敗か。結果はどちらかになるだろう。

 

 ……そう考えていた私の前で、予想もしていない事態が発生する。

 

『えっ!? これ──』

シャドウ反応(・・・・・・)確認!」

「なにっ!?」

「一斉掃射!!」

 

 ゆらりと彼の周囲に、黒いもやのようなものが発生したと気づいた瞬間、山岸の声を遮って、アイギスが排除行動を開始。突然のことで止める間もなく、連続して鳴り響く銃声。アイギスに目を向けた私が再び彼のいた方へ目を向ける頃には、彼は弾幕によって生まれた煙幕に飲まれていた。

 

「ちょっ! アイちゃん!?」

「アイギス! あんたなにやってんの!?」

「シャドウ反応を確認したであります」

「だとしても何故いきなり撃った!」

 

 ペルソナとシャドウは表裏一体、そしてどちらも人の心から生まれるものだ。

 ペルソナを出そうとして、間違えてシャドウが出てくることもあるかもしれない。

 だが、いきなり発砲する許可など与えていない。命令違反もしないはずだ。

 それがどうしてという思いが口から出た。

 

「美鶴さんの命令に従ったであります」

「私の命令?」

「美鶴さんは“いつ戦闘になっても対応できるよう、警戒しておけ。威嚇をする必要はない”と言っていました。だから命令通り“威嚇射撃”ではなく“即時対応”を選択しました。私の存在意義はシャドウの排除、そして皆さんを可能な限り守ることであります」

「……そういう意味ではない! いや、今はそんな話をしている場合では──」

 

 ここで違和感を覚えた。

 対シャドウ兵装であるアイギスの弾丸を受けた葉隠はどうなったか?

 すぐにでも治療しなければ命が危ない。いや、あの連射なら即死の可能性の方が高い。

 どちらにせよ、すぐに救助に動かなければならない状況、にもかかわらず、

 

「何故、誰も動かない」

 

 目をそらしてしまった私、アイギスの行動を見ていた伊織と岳羽を除いた仲間達が、いまだ立ち上る煙を見据え、戦闘態勢を取ったまま動かない。

 

「山岸! 状況報告を!」

『は、はい! アイギスの攻撃が全弾命中! ですが、葉隠君の生体反応は健在。ダメージもほぼないみたいです!』

 

 報告と同時に、煙幕がはれる。そこには体を縮め、両腕を顔の前で揃え、頭を抱いてかばうような体勢の彼がいた。腕は長い手袋をはめたように黒く変色し、足元には打ち込まれたであろう弾丸が散らばっている。

 

「ああ、痛ってぇ。マシンガンなんて体で受けるもんじゃないな……」

「葉隠……無事なのか?」

 

 無事でよかったと思う反面、警戒が跳ね上がる。

 対シャドウ兵装の特殊弾を生身で受けて無傷なんてありえない。

 銃撃に耐性のあるペルソナ使いだとしても、直撃すれば怪我くらいはするはずだ。

 

「なんとか無事ですが、いきなり攻撃はちょっと酷くありません? 突然現れた俺が怪しいのは分かりますし、警戒するのは仕方ないと思います。だけど、こちらはできるだけ穏便に、協力的に話をしていたつもりです。ペルソナの召喚もそちらを刺激しないよう配慮していたつもりです。

 それなのに、銃で撃たれるのは不愉快といいますか……俺じゃなかったら普通に死んでますよ」

 

 当然といえば当然だが、言葉の節々に明らかな怒気と敵意を感じる。

 

「えっと、葉隠君? 和解の方向で話はできないかな?」

 

 基本的に気楽に物事を考える公子も、流石に今回はまずいと思っているのだろう。

 いつもの明るさがなりを潜めて、慎重に言葉をかける。

 

 しかし、

 

「どうやら手違いっぽいし、俺も特には怪我もしてないけど、銃弾ぶち込まれたら普通の人間は死ぬでしょう。救助してくれたことには感謝していますが、殺されかけたと言ってもいいわけですし、流石にごめんで済ませて水に流そうとは言えませんね。

 なにより……今ので無事だったせいで、逆にそっちは警戒してるでしょう。アイギスさんと真田さん? に至ってはもう戦う気満々って感じですし。撃たれて死んだら信用、無事なら警戒して敵対って、ここは魔女裁判か何かか」

 

 正論と皮肉が返ってきた。それによって明彦はさらに戦意を高め、アイギスは完全に戦闘モードになっている。

 

 ……こうなっては仕方がない。確実に印象は悪くなるが、もう一度警告をして引かなければ取り押さえよう。いくら彼がペルソナ使いでも、1人で我々9人と1匹を同時に相手はできまい。そして、落ち着いてから改めて話を聞いてもらおう。

 

「葉隠君、君に攻撃を加えてしまったことは申し訳なく思う。だが、ここは大人しく引いてくれないか。無駄な争いはしたくないが、君が争うつもりならば、我々は君を取り押さえるしかない」

「……それが貴女の答えですか、桐条さん」

 

 するとどうしてか、彼の表情にこれまでで一番の変化があった。

 それまでの怒気や敵意まで、一瞬にして消えたようにも感じた。

 だが、怒りが落ち着いたわけではないようだ。

 

 その表情に浮かぶ感情は……深い“失望”。

 まるでよく見知った親しい相手に裏切られたかのようだ。

 そんな選択はしないと思っていた、と責められているようにも感じる。

 

 どうして彼がそんな表情をするのか?

 敵対するつもりはなかったとはいえ、初対面の私をそこまで信用していたのか?

 それは分からないが、確実なことは1つ。

 

 この瞬間、お互いに矛を収めるという選択肢が消えたことだ。

 

「残念です。俺も争いたくはなかったけど、数で囲んで武器をチラつかせれば諾々と従うと思っているなら大間違いだよ」

 

 黒い煙が彼の体を包み、漆黒の忍者装束へと変わる。

 同時に大型シャドウにも匹敵する威圧感が、我々のいるエントランス全体に放たれた。

 

「来るぞッ!」

 

 挑むように飛び出す明彦の背中を見ながら、私はペルソナを召喚する。

 戦闘が始まった以上は戦うことに集中すべきだ。

 

 相手の能力は未知数。唐突に変化した服装はペルソナの力なのか、それともアイギスの言うようにシャドウなのかすらはっきりしない。加えてこの威圧感……もしかすると私は、思っていた以上に厄介な相手と敵対することを選んでしまったのかもしれない。




影虎は平行世界の特別課外活動部と合流した!
しかし敵対することになってしまった!

番外編の特別課外活動部は、
影虎がいなかったので原作に近く、仲間内でもギスギスしてます。
あとこの時点ではアイギスもまだ機械っぽさが強いです。


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番外編1-3・影虎 VS 特別課外活動部

「俺が相手だッ!」

 

 真っ先に飛び込んできたのは、やはり真田。

 その動きは決して遅いわけではないが、分かりやすい。

 来ると分かっているジャブを捌き、逆の手で突く。

 俺にとっては、何度もやった試合の再現だ。

 

「! グッ!?」

「ペンテシレア!!」

「おっと」

 

 拳が真田のガードを貫く直前、真田の後を追うように距離を詰めていた荒垣先輩が、真田の背後から襟を掴んで引き倒した。それによって、当たるはずだった拳は空振る。さらに桐条先輩の放ったブフによって追撃も阻まれた。3年生トリオの連携は流石と言うべきか。

 

 回避した先には既に順平が大剣を構えているが、残念なことに隙が大きすぎる。

 

「オラ、あっ!?」

 

 空間把握で察知していた順平の手元に、バックステップからそのまま移行した後ろ蹴りを当てて武器を弾き、体勢を崩す。

 

「順平さん!」

 

 すぐさま天田がカバーに入り、突きを放ってきた。

 

 後ろ蹴りの勢いで体をひねり、天田に正対しながら軸足を屈伸。全身を下げると同時に、突き込まれる槍を手で上へそらすことで穂先から逃れつつ、入れ替えた軸足で天田の膝よりも低い位置から蹴りを放つ。

 

 限界まで片足屈伸をした状態から蹴られるとは思わなかったのだろう。地功拳独特の技に天田は全く反応できず、もちろん防御することもなく、俺の前蹴りを綺麗に腹に受けて後退する。

 

「天田さん!」

「チッ」

 

 天田の状態を確認する間もなく、アイギスの銃撃が襲ってくる。

 地面を転がり、勢いを利用して立ち上がり、時に片足立ちで、時に体をそらして。

 銃弾の雨をかいくぐり、避けられないものは気を集中した腕で叩き落とす。

 

 その間に攻め込んできていた真田達は元の位置まで後退。

 天田も順平に引っ張っていかれたが、今は自分の足で立っていた。

 

 戦況としては、ほとんど五分の状態で仕切り直し。

 しかし、向こうの精神的にはそうではないようだ。

 

「ゲホッ、何をするシンジ!」

「一人で突っ込むんじゃねぇよ馬鹿アキ。今の完全に見切られてたじゃねぇか、俺が引かなきゃ顔面に食らってたぞ」

「真田先輩! 影虎君は19階のシャドウを一撃でふっ飛ばしてました! 少なくとも私以上、もしかしたら荒垣先輩と同じくらいの攻撃力があります!」

「む、そうか、シンジと公子はさっき……シンジと同等のパワーとなると、ガードの上からでも少しキツイか」

「いやいやいやいやいや!? 真田さんも荒垣さんも、公子ももっと言うことあるだろ! 何だよあの動き!? 酔拳!?」

「順平さんの指摘は正しいであります。機械制御された私の照準の命中精度は、決して低くありません。機動力に優れるシャドウならばともかく、人間の運動能力で回避することは難しいであります」

「弾丸を避けるってどんな反射神経してんのよ。ってか天田君大丈夫?」

「平気です、このくらい。シャドウからもっと強力な攻撃を受けたこともありますし。でも、ぜんぜん反応できなかった……」

「ワンワンッ!!」

「コロマルさんが"気持ちを切り替えろ”と言っているであります」

「コロマルの言う通りだ天田、皆も、気を引き締めろ」

 

 どうやら彼らにとっては、俺が思っていた以上に衝撃的な動きをしたらしい。……まぁ、確かに普通の人間が銃弾避けるとか難しいよな。しかも機械制御されたアイギスのとなると、岳羽さんの感想が常識的か。

 

 そう思った矢先に、山岸さんの声が響く。

 

『お待たせしました! 葉隠君のペルソナは、煙のように特定の姿形を持ちません! だからこそ葉隠君の意思で自由自在にその形を変えられるみたいです! あっ、あと機動力と防御力が飛び抜けて高いです!

 そのほかの能力の詳細は、ごめんなさい、読み取るのが難しくて……たぶんストレガのような、私の探知を妨害する能力も持ってるんだと思います』

「大丈夫! 時間は私達が稼ぐから、風花は解析を続けて!」

 

 女主人公は俺から目を離さず、弱気になっていた山岸さんを励ます。

 おかげで山岸さんは気を取り直し、再度探知に集中し始めた。

 

「ナビゲーターとは聞いていたけど、情報収集能力に特化しているのか……厄介だな。潰しておくか」

 

 山岸さんの能力は敵に回すと本当に厄介なので、言葉で圧をかけると同時に、既にバレた変形能力で槍を作り出す。少しでも集中を乱せればと思ったが、

 

「風花の邪魔はさせない!」

 

 反応したのは岳羽さんだった。素早く弓に矢を番えてこちらに放つ、その直前、

 

「“クーフーリン”ッ!」

「!!」

 

 女主人公がペルソナを召喚。瞬時に向こうの全員が魔力に包まれた。

 “マハタルカジャ”の影響を受けて、岳羽さんの矢が鋭く風を切り飛来する。

 

 しかし、いくら強力でも単発の攻撃など怖くない。

 ドッペルゲンガーを変形させた槍で払い落とし、そのまま距離を詰める。

 急接近する俺を前にして、岳羽さんは次の矢を番えようとするが、間に合わない。

 

「ゆかりさん!」

「させるかよ!!」

 

 そんな本人に代わり、アイギスが間に割り込み、順平が召喚器を構える。

 だが、遅い(・・)

 

『魔──えっ!?』

「ペルソナァ!」

 

 順平の掛け声と共に、タルカジャで強化された爆炎が全身を包んだ。

 その勢いは激しく、一瞬視界の全てを赤く染め上げるほどだった。

 

 しかし、効果はない。

 

 足を止めることなく炎を突きぬけると、アイギスが両手の銃口を向けて狙いを定めている。

 

「ロック!」

『避けて皆!』

「ッ!? きゃあぁっ!?」

 

 エントランス全体に雷撃が降り注ぐ。

 

 特別課外活動部の面々は、山岸さんの声に反応して素早く回避行動を取った。

 しかし、硬直していた岳羽さん、そして彼女を守るために足を止めていたアイギスは一瞬遅れてしまったようだ。

 

『ああっ! ゆかりちゃんとアイギスがダウン!』

「これでまず一人」

 

 無防備になったアイギスに二連牙を叩き込む。

 確実に戦闘不能にすべく、重要箇所を狙う。

 

「させないよ!」

「ペンテシレア!」

「グルルッ!!」

 

 しかし、今度は女主人公が差し込んだ薙刀に穂先を弾かれてしまい、さらに桐条先輩やコロマルの邪魔も入った。動きのよさからして、互いに補助魔法をかけ合ってきたようだ。ダウンした二人にも、真田と天田の回復魔法がかけられている。この分だとすぐ戦線に復帰するだろう。

 

 またしても仕切り直し。

 

「流石に1対10だと面倒くさいな」

 

 山岸さんは戦闘に加わらないから抜いたとしても、9人。

 それだけ数がいると、誰かに隙を作ってもすぐにフォローが入ってしまう。

 各個人の技量的には正直それほどでもないけど、それを補うステータスもある。

 

 さて、どうしたものか……ん?

 

『皆、魔法に気をつけて。なにか変です!』

「風花、変ってどういうこと?」

『私にもよくわからないけど、魔法が二種類あるの。皆やシャドウが使う魔法と、同じようで違う感じがする魔法。その二種類を、葉隠君は同時に使えるみたい』

 

 それを聞いて、警戒の視線がさらに強くなった。

 

 本当に、山岸さんは敵に回すと厄介だ……

 

 試合に備えて、自分を見つめなおす過程で気付いたことだが、ルーン魔術とペルソナの魔法は同時に使用できる。

 

 ルーン魔術は事前に用意したルーンに魔力を通すことで発動し、ペルソナの魔法は使うと決めればペルソナが発動する。感覚的には、どちらも“スイッチを入れる”くらいだ。

 

 使った分だけ魔力を消耗するけれど、攻撃と防御を同時に行ったり、タイミングをずらして隙のない連続攻撃をしたりと、戦術への応用が利く。

 

『さっきは攻撃にマハジオ、防御に何かブフ系の魔法を使ったみたい』

「順平の魔法が聞かなかったんじゃなくて、氷の魔法で防がれちゃってたんだね」

 

 このまま時間をかけていれば、どんどん情報が抜かれていくだろう。

 しかし、今までの交戦で分かったこともある。

 

 そうだ、新技の実験も兼ねてやってみるか。

 

『! 気をつけて! 何かするつもりみたい!』

 

 槍の穂先にドッペルゲンガーを全て集めると、それを察知した山岸さんが警鐘を鳴らした。

 

 俺は構わず、どちらかといえば筆のようになった槍を振り回し、先端から液状にしたドッペルゲンガーを周囲に撒く。すると、撒かれた液体を毒か何かと思ったのか、特別課外活動部の面々は包囲の輪を広げた。

 

「気をつけろ! 何をしてくるか分からねぇぞ!」

 

 荒垣先輩が声を張り上げる。

 俺を警戒して、結果的にだろうけど、離れてくれたのは助かった。

 おかげで準備がしやすい。

 

 以前、コロマルの飼い主さんを助けた時のように。

 撒き散らされたドッペルゲンガーを操り、自分自身の周囲に魔法円を描いていく。

 

「うわっ! 気持ち悪っ!?」

「動いていますが、直接的な攻撃ではなさそうであります。風花さん」

『詳細はわかりません。現状では何の効果もない、ただの模様にしか……』

 

 あらかじめ円を描くようにドッペルゲンガーを撒いたのも功を奏し、魔法陣は数秒とかからずに完成した。せっかくなので、少し教えてやろう。

 

「そんなに警戒しなくてもいい。これは、格闘技のリングみたいなものだ」

「リングだと? ふざけているのか」

「分かりやすく例えるなら、という話だよ。尤も、ここでの試合はハンデマッチになるけどね」

 

 言うが早いか、ポイズマを発動。同時に、魔法円に仕込んだ魔術も発動。

 すると魔法円から、いかにも毒らしい緑がかった煙が発生。数秒とかからずエントランスに充満した。

 

『毒です! 皆、対処を!』

「こんな小細工くらい──!?」

「イオ! うそ、なんで!? 毒が消えない!?」

 

 特別課外活動部の面々は、各々回復アイテムや回復魔法で解毒を試みたが、その効果がないことに驚いている。しかし、その認識は正しくない。

 

 この魔法円の効果は“ペルソナの状態異常魔法の全体化”と、その効果をしばらく“継続”させること。だからアイテムや魔法の効果はちゃんと出ているが、回復したそばからまた状態異常にかかってしまい、効果が出ていないように感じるだけだ。

 

「うぷっ、げ、原因は明らかにこれだろ!」

「魔法陣をなんとかすれば……」

「ワウッ!」

「やらせるわけがないだろ」

 

 魔法円の外周を駆け、遠心力を加えた回転蹴りを繋げ、魔法陣に向かって武器を構える順平と天田、穴を掘るように引っ掻こうとしたコロマルを横合いから蹴り飛ばす。

 

「うぉおおお! ぐ、がっ!?」

 

 気合を振り絞り、真田が向かってくるが、その動きは明らかに精彩を欠いている。

 振りぬかれる拳を見切るのはたやすく、回転による受け流しから裏拳、肘の二連撃で返す。

 真田の背後でアイギスが射線を通すべく動いたので、撃たれる前に懐へ飛び込み、崩拳を叩き込んだ。

 

「っと」

「皆、大丈夫!?」

『順平君、真田先輩、アイギスがダウン! 天田君とコロちゃんのダメージも深刻です!

 』

 

 追撃を考えたところで、岳羽さんの矢が飛んできた。

 回避の隙に女主人公から全体回復魔法が放たれ、桐条先輩と荒垣先輩がダウンした3人のフォローに入る。

 

「くっそ、なんだよ今の」

『今のは電光石火で──え? うそ、これって、こんなの』

「風花? 風花!」

『は、はい!』

「大丈夫。落ち着いて、何が分かったの?」

『はい……まずこの毒は、そこにある“有毒の魔法陣”が破壊されるか、一定時間が経過するまで消えません。状態異常にかかりやすくするスキルも持っているみたいで、確率で防ぐことも難しく、アイテムや魔法で回復しても、また毒にかかってしまいます。

 それだけでなく、あの陣が効果を発揮している間は葉隠君の体力が回復しています。魔力も体力ほどではないですが、徐々に……これだと消耗の少ないスキルは、実質的にノーコストで使い放題だと思います。

 その上で、攻撃の威力を高めたり、弱点を突きやすくなるスキルの複数所持を確認。スキル使用による消耗量の割に大きなダメージが出ていますし、攻撃を受けると高確率でダウンさせられる可能性があります。

 あっ! でも今はペルソナを全て魔法陣に使っているので、本人は生身です! 武器や防具も作れないみたいです!』

「それは朗報かもだけど、スキルの組み合わせが鬼だね」

「んだよ、それ……そんなん卑怯だろ!」

「まぁ、そう言いたくなる気持ちは分かる。でも、そっちは10人がかりだろ? このくらいしてようやくイーブンじゃないか?」

 

 そう言うと、順平は反論できなかったのだろう。黙り込んでしまった。

 あちらは既に苦しそうな状態だが、残念ながらこれで終わりではない。

 ここでスクカジャを発動。

 

『!! 葉隠君の機動力が上がりました! 気をつけて!』

「強化魔法は君達の専売特許じゃないからね」

 

 と言いつつ、今度はラクカジャを発動。

 

『今度は防御力が向上!』

「くっ、公子! このままではこちらがどんどん不利になるぞ!」

「確かに時間を与えるとまずそう……皆! 短期決戦で行くよ! “コウモクテン”!」

 

 女主人公が鬼神の姿をしたペルソナを呼び出すと、かけていた強化魔法が消失した。

 強化なしの時点で押し負けていたのだから、強化を嫌がるのは当然だろう。

 

 強化の解けた隙を狙い、真田・アイギス・コロマルが突っ込んできたので返り討ちにする。

 基本は電光石火、遠距離なら範囲魔法で、なるべく全体を攻撃。

 向こうの攻撃は可能な限り出足を潰し、ダメージよりもダウンをとることを優先。

 余裕があれば、積極的に後方で支援をしている女主人公や岳羽さんも狙っていく。

 

『今度はコロちゃんがダウン! 真田先輩も体力に気をつけてください』

「イオ! ディアラマ!」

「マハラクカジャッ!」

 

 必死に傷ついた仲間を回復し、バフをかけ直す特別課外活動部メンバー。

 その隙に俺は再び自分を強化。すると再び女主人公は、俺の強化を打ち消す。

 

 それからは概ね同じやりとりが続いた。

 そして回を重ねるごとに、彼らは急速に消耗していく。

 

 しばらく戦って気付いた、この世界の特別課外活動部の弱点。

 それは、“女主人公に負担が集中している”ことだ。

 

 彼らの戦い方を見ていると、基本的にそれぞれの得手不得手に合わせて、役割が決まっている。そしてアイコンタクトや簡単なハンドサインで、女主人公からの指示を受けて動き、手の足りない所にワイルドで万能な女主人公が常にカバーに入っている。

 

 それだけなら一見、上手く連携が取れているように見えるが、彼らのオーラが見えると少し話が変わってくる。というのも、この世界の特別課外活動部は原作通りの流れをたどってきたようで、実は相互の信頼関係がいまいちらしい。

 

 もちろん、これまでの活動である程度の信頼関係はあるし、連携も一応はできている。しかし、お互いを完全に信じきれているとまではいかない。特に三年組と二年組には深い溝があるようだ。

 

 そんな中で、ワイルドやコミュのこともあるのか、唯一女主人公には全員が高い信頼を寄せていることが見て取れる。でも、その結果として全員が無意識に、他のメンバーよりも女主人公を第一に頼ってしまっているようだ。

 

 これは極端な言い方をすれば、女主人公という一本の柱に、全員がよりかかって立っている状態。戦術的にも精神的にも、彼女が支柱となって支え、まとめているから機能している。そんなギリギリのバランスで、このチームは成り立っているように俺には見えた。

 

 だから全体攻撃や状態異常、ダウンや強化で全体の負担を増やしてやれば、おのずと彼女に負担が集中し、苦しくなっていく。

 

 現に彼女は全体の指揮を取りながら、仲間のカバーをするためにペルソナチェンジと魔法やスキルを使い続け、時に物理攻撃で挑んできている。そのため他の三倍は動いているし、休む暇もない。

 

 このまま状況を打開できずに、彼女がその負担を抱えきれなくなれば、戦線は一気に瓦解するだろう。俺は守りを固めて、その時を待てばいい。

 

「あああーっ!?」

『そんな……ゆかりちゃんが!!』

「“リカーム”! “メディアラハン”!」

「あ、ありがとう……」

「ドンマイ! ゆかりは回復に集中して!」

「はぁ……はぁ……うっ」

『桐条先輩!』

「大丈夫だ! しかし、この流れはまずいな。葉隠を倒そうにも、まともに攻撃が当たらん。よしんば捉えることができても、体術で捌かれるか防がれる。多少のダメージを与えられたところで、すぐに回復してしまうのでは焼け石に水だ」

「そうは言っても、どうにかして彼を止めなきゃ魔法陣も止められないし、こっちの体力が削られていく一方じゃないですか」

 

 状況が悪いと口にした桐条先輩に対する岳羽さんの言葉には、僅かに棘がある。

 だんだんと余裕がなくなり、メンバー同士の不和が顕在化しかけているようだ。

 

「おっと」

「ぐっ!」

「荒垣さん!」

 

 殴りかかってきた荒垣先輩の腕を擒拿で固め、アイギスの射線を遮る壁にする。

 

「シンジを離せ!」

「いいよ」

「なんだっ!?」

 

 向きを変え、体当たりで先輩を吹き飛ばす。

 

「シンジ、おいシンジどうした!」

「うっ……」

『真田先輩、回復を。荒垣先輩は一度捕まった時に、体力と魔力を奪われたみたいです。それに伴い、葉隠君の体力と魔力がさらに回復しました』

 

 その言葉で、さらに絶望的な空気が広がっていく。

 

 一つ一つの回復量はそこまで高くないけれど、治癒促進に気功、魔法円に吸魂(吸血+吸魔)と回復効果を重複させることで俺は全くと言っていいほど消耗しないまま、相手にだけ消耗を強いる。

 

 特別課外活動部からすれば、地獄のような状況だろう。

 そんなことを考えていると、とうとう女主人公に限界がきたようだ。

 

「皆! 諦めちゃダメだよ! きっと糸口を──っ」

『リーダー!!』

 

 仲間を鼓舞すべく声を張り上げた女主人公が、全てを言い切る前にふらりと倒れかける。獲物の薙刀を杖代わりにして、かろうじて立ってはいるが、すでに疲労困憊なのは誰の目にも明らかだった。

 

 そして、リーダーの異常に気づいた特別課外活動部の面々はというと……心配と不安がないまぜになった、縋るような視線をリーダーに向けてしまう。まだ戦闘中にもかかわらず、注意も散漫になっている。

 

 そのあまりに稚拙な行動に、俺は思わず追撃の手を止めてしまった。

 

「脆い、脆すぎる……」

 

 女主人公が倒れたら戦線が瓦解するとは思っていたけど、これほどまでに素人同然とは思わなかった。

 

 もしかしてだけど、こいつらこれまでろくに苦戦を経験していなかった?

 

 ……よく考えたら特別課外活動部って、影時間以外は自由行動だよな?

 

 影時間じゃないとペルソナは使えないとしても、武器の扱いや戦闘について指導を受けている様子もなかったし、訓練はやる気のある奴は個人で自由にやっていたっぽい。

 

 ということは、ほぼ全員、タルタロスでの実戦のみで鍛えたわけで……仮にだけど、レベルを階層の適正レベルより上げて、安全マージンを取って攻略していたとしたら……あ、たぶんこれ当たってる気がする。

 

 勝手に混乱し、右往左往している特別課外活動部を見て、そんなことを考えていると、

 

「全リミッター、解放します!」

 

 “オルギアモード”を発動したようだ。

 湧き上がる過剰な力の奔流と共に、アイギスが叫んだ。

 

「皆さん、ここは私が時間を稼ぎます! そのうちに撤退を!」

「だめ、だよ、アイギス」

「……私の存在意義はシャドウの掃討。そのためには、ここで皆さんを失うわけにはいかないであります」

「だめ、絶対に。私はまだ戦えるから」

 

 懇願に近い声を上げる女主人公に代わり、桐条先輩が指示を出した。

 

「……総員、撤退だ! 互いを助け合って迅速に撤退せよ!」

「先輩ッ!」

「文句は受け付けない! 行くぞ!」

 

 桐条先輩は“すまない”と呟きながら、自ら女主人公に肩を貸して強引に連れて行く。女主人公はアイギスに向かって手を伸ばし、抵抗の意思を示しているが、抗うほどの力はないようだ。

 

 他のメンバーも撤退を始め、たとえ戻ってきても、もう魔法陣は必要ないだろう。

 そう思い、ドッペルゲンガーをいつもの服に戻すと、アイギスが声をかけてきた。

 

「どうして、追撃をしなかったんですか?」

「いや、どうでもよくなったというか、興醒めというか……なんかもう、弱いものいじめみたいになってたからなぁ……

 撃たれたことや、力づくで押さえつけようって態度にムカつきはしたけど、別に殺すつもりはないし、わざわざ逃げるのを追ってまで何かする気もないし……第一、その状態はそう長く続かないだろ」

「……分かりますか」

「俺も似たような力は使えるからな。一時的に能力は上がるが、その後は行動不能になるんだろ。そっちが向かってこないなら、勝手に行動不能になるのを待てばいい」

「私は貴方が動けば対処するつもりでしたが、撤退の邪魔をしないので下手に刺激をすべきでないと判断したであります」

 

 そこでアイギスは黙り込み、二人きりになったエントランスに沈黙が流れる。

 だが、それは僅かな時間。

 

 アイギスはゆっくりと銃口を構えた。

 

「やる気か」

「このままでは貴方の言う通り、私は行動不能になります。その後に貴方が皆さんを追わないという保障はありません。私を含め、特別課外活動部全員を相手にして、あの結果……貴方はシャドウではないようですが、危険であります。故に、私の全力で排除を試みます」

「そうか……まぁ、そっちがその気なら受けて立つ。故障くらいは覚悟しろよ?」

 

 次の瞬間、一発の銃声が戦闘の再開を告げた。




影虎は特別課外活動部と戦った!
凶悪なスキルの組み合わせを使用した!
特別課外活動部を圧倒した!

なお、次回は撤退した特別課外活動部の視点になります。
アイギス戦の詳細はその後に。



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