ハイスクールD×D ~絶対悪旗のラスト・エンブリオ~ (白野威)
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最強の三頭龍が異世界から来るそうですよ?

『来るがいい、英傑たち。そして踏み越えよ――――我が屍の上こそ正義であるッ!!!』

 

 後に"  "の二つ名で畏れられる白銀の蛇龍は、敵対者である世界にそう告げた。

 

 

 

 

 意識が再起する。

 雲一つも無い青い空が視界に写る。同時に周りには木々が生えているため、森の開けた場所に出たのだろう。と、そこまで考えて疑問が出た。

 

――――どこ、ここ。

 

 “彼”はなんのへんてつもないただの人間だ。容姿が秀でているわけでなく、能力が優れているわけでもない。ましてや天才などという存在ではなく、何方かと言えば凡才の方に類するだろう普通の人間。普通に生まれて普通に生きて、普通に恋人と仲良くデートしていた際に此方に向かって突撃してきたトラックを避けようとした際にバナナの皮を踏んで逃げ遅れたこと以外、何ら変わったところはない人間だ。多少運が悪い所はご愛嬌である。

 しかし“彼”が轢かれた時、周りに森なんてなかったはずだ。というより、街中でデートしていたのにトラックに轢かれて気が付いたら森の中に居るとは、何処のSF映画だろうか。ゴールデンラズ○リー賞を総なめにするつもりか。

 くだらない事を考えながら大の字で寝っ転がっていた身体を起き上がらせ、自分の身体にある違和感に気付く。

 

――――身長が異様にデカいし、なんか視界が三つある。

 

 “彼”は、ある種コンプレックスになっているほど低身長であった。何度二十歳になっても150cmしかないのかと自問自答しただろうか。しかし今の身長は周りの木々に生い茂る葉が頭にかかるぐらいの大きさ……大凡3mほどの大きさとなっていた。何故気が付いたら150cmの身長から3m程度まで伸びるのか。青狸のビックラ○トで大きくなったわけじゃあるまいし、普通に考えて3mの身長を持つ人間なんてどこで暮らせというのか。

 まあ身長云々はこの際おいておくが、視界が三つあるのは違和感しかない。どこかに水辺は無いだろうかと三つの視界を使って探し、ちょうど真裏に水辺があったのでそこを覗き込み――――絶句した。

 

 

 夜天に輝く凶星のような紅い瞳を持った、白い蛇の様な三つ首。

 両手を見れば四本の指が生えた、まるで蜥蜴(トカゲ)の様な手。

 双肩で縫い留めた“(Aksara)”の原語が記された深紅の御旗。

 

 

 “彼”が持つ記憶に該当するその存在は、たった一つ。

 世界が一丸となって倒すべき不倶戴天の化身。汝“悪であれかし”と人々に願われた存在。

 “拝火教(ゾロアスター)”神群が一柱であり、“人類最終試練(ラスト・エンブリオ)”の一つ。

 

 

 

『アジ……ダカーハ……?』

 

 

 

――――最古の魔王が一つ、“絶対悪(アジ=ダカーハ)




気が向いたら続くかも?


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一般人が三頭龍に成り代わるそうですよ?

 水辺に三つの顔を映し出したまま硬直すること一時間。

 ようやく現実を受け入れることが出来た“彼”は、少量の水を飲んだ後、水辺から少し離れたところで状況を整理するために座り込んでいた。

 

――“絶対悪(アジ=ダカーハ)

 “拝火教(ゾロアスター)”神群が一柱であり、元となったライトノベル内において五大魔王に数えられる三つの双眸に六つの紅玉の如き瞳を持つ異形のモノ。公式チートと言ってもいい主人公でさえも絶対に勝てないと思わせてしまう程の実力を持った魔王であり、ヒロインの故郷である月の都を一刻で滅ぼした“人類最終試練(ラスト・エンブリオ)”。最終的にヒロインが投げた必勝の槍を避け切ったところを主人公が受け取り、それを心臓に刺されたことで彼は消滅したが、その強さは下層のあらゆるコミュニティ総出で挑み、無数の犠牲を生み出し漸く消滅させるに至った存在。

 その爪による一撃は地盤を容易く引き裂き大地を溶岩で紅く染め上げ、己の影を操って数多の敵を刺し貫き、双掌(そうしょう)から生み出された灼熱の渦は主人公の最強の一撃と引き分ける力を持つ。己の身体に傷ができ、血が流れれば神格を宿した分身体が現れる。そして“疑似創星図(アナザー・コスモロジー)”が一つ“アヴェスター”による敵対者の(相手の特殊能力を含めて)額面上の力全てを己に上乗せする。またアジ=ダカーハの脳内には魔術・錬金術・科学技術などの歴史ごとに名称を変える「術の全て」の知識が収められているとされ、かつて封印された際に無数の制限を掛けられた状態で尚簡単に封印されなかったのは、その制限を解くための鍵を無条件で手に入れられたからだとされる。

 

 ざらっとアジ=ダカーハの特徴を挙げて行き、

 

『なぁにこれぇ』

 

 某相棒のセリフを言いながら、悪夢か何かか。と“彼”は頭を抱えた。

 いくら“彼”が三頭龍に憧れを懐いていたとは言えど、三頭龍本人になりたいなど思ったことは一度も無い。そもそも憧れを懐いていた要因は、あの三頭龍のカリスマとも言うべき雰囲気によるものだ。例えるなら某奇妙な世界のWRYYYY!!な吸血鬼や、戦争大好きな狂気の少佐だとか、ようはそこら辺の人物なのだ。後者の二人にも憧れてはいるが石仮面をかぶるつもりは無ければ、残機∞チートな吸血鬼との闘争を楽しみたくもない。というか遠慮願いたい。特に後者。

 あくまで“彼”は争いとは無関係な場に居た、探さなくても何処にでもいるような一般人なのだ。争い事は嫌うし、ちょっとした小競り合いさえも嫌うような平和主義なのだ。

 だがしかし、現実とは非常なモノであり、今この身体は“絶対悪”――魔王アジ=ダカーハ。この世の悉くを打ち砕き、世の全てに牙をむき、ただ己の生を持って悪を示し、己の死をもって善を築く。それが魔王アジ=ダカーハの生きざま。三頭龍の不退転の覚悟。

 とてもではないが一般人であった“彼”には出来ないことだった。

 

 と、そこまで考えた時に、“彼”の脳内に僅かな電流が奔った。

 

『……“俺”がアジ=ダカーハになる必要はないじゃないか。“私”そのものがアジ=ダカーハなのだから』

 

 その考えはこうだ。

 

 身体(からだ)能力(ちから)までもがアジ=ダカーハになったのなら、その思考(こころ)が一般人であるのは実におかしい。衝動のままに悪行を成す事こそが“拝火教”神群、引いては魔王アジ=ダカーハなのだ。ならば"その思考すらアジ=ダカーハ(・・・・・・・・・・・・・)にしなければならない(・・・・・・・・・・)"と、そう考えたのだ。

 その思考はおかしい、と“彼”の周りに誰かが居ればそういったかも知れない。しかしここに居るのは“彼”と自然のみ。彼の考えを止められる者は居なかった。

 

『……そうだ、“私”こそがアジ=ダカーハなのだ。それ以上でも以下でもない』

 

 立ち上り、長い首をコキッと鳴らした“彼”――否、魔王“アジ=ダカーハ”は、その三つ首の全てを用いて、天地に産声をもたらす。

 

 

「――――GYEEEEEEEEEEYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」

 

 

 アジ=ダカーハとして生まれ変わった今、彼の目的は"悪行を成す事(・・・・・・)"のみ。

 

――――今ここに、三つ目の   が生まれた。

 

 

 

 

 ある二匹の龍が、その産声を聞いた。

 

 

 

 

 何もない空間。虚無の世界。或は次元の狭間とも言うべき場所で、黒の神龍は彼の者の産声を聞いた。

 

「……我、探す。三つ目の  」

 

 客観的に述べたような口調で話すその龍は、何の動作も無しに、その場から消え失せた。

 

 

――――その口に、僅かな三日月を携えて。

 

 

 

 

 何もない空間。虚無の世界。或は次元の狭間とも言うべき場所で、紅の神龍は彼の者の産声を聞いた。

 

『………………………』

 

 虚空を暫く見つめ、そして紅の神龍は再び泳ぎ始めた。

 

 

――――その口に、獰猛な笑みを携えて。

 

 




アジさんや他キャラの性格等に違和感がある場合、感想にて報告or質問していただければある程度対応いたします。
なお、意図的にキャラの性格を変えている場合がありますので、その時はご了承ください。


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三頭龍が怒るそうですよ?

 火だ。

 あらゆるものを燃やし尽くさんとする火の海がそこにあった。

 超常的な力によって引き起こされた炎は未だに燃え盛り、建造物の一部となっていた木々が炭となって地に堕ちる。

 そんな火の海の中心に、三頭龍は居た。

 

『………………』

 

 三頭龍の視線の先には、赤子を抱いた人間の女が居た。女は既に息は耐えている。

 冷たくなった女の腕の中で、赤子は不思議そうな表情で女を見ていた。まだ“死”という概念を知らぬ赤子が、母親だっただろう女が死んだ事を理解できるはずも無かった。

 三頭龍は右腕を天高く持ち上げ、一気に振り下ろした。

 

 

 大地に、一輪の血の華が咲いた。

 

 

 

 

 ふと、目が覚めた。

 夢の中で見た光景が、まるで壊れたビデオのように繰り返し再生される。

 

(……今更、悔いているのか)

 

 馬鹿馬鹿しいと一蹴するも、先程の夢が脳裏に染みついて離れない。

 この生き方は“彼”自身が選んだもの。そこに悔いを挟む猶予などない……はずだった。

 いくらアジ=ダカーハとしての身体(からだ)能力(ちから)を得たとしても、精神(こころ)は“彼”のままなのだ。覚悟していたが故に嘔吐感を催すことは無かったが、それでも元一般人にとって、殺すという事は衝撃が強すぎたのだ。

 その事を理解しつつも、彼は止める気は無かった。“アジ=ダカーハ”という存在にかけて。

 今ここに“彼”が居るという事は、アジ=ダカーハ(オリジナル)はどうなったのか? それは“彼”が“アジ=ダカーハ”として再誕する直前に考えたことだった。

 原作の最期の様に、主人公たちに討ち果たされたのか。

 討ち果たされず、箱庭を滅ぼしたif世界の存在なのか。

 或は封印され、そのままになっていた時の存在なのか。

 そのどちらだとしても、そのどれでもないとしても、“彼”がアジ=ダカーハとして憑依、或は転生したことに変わりない。ならば、“彼”がアジ=ダカーハの代わりに“絶対悪”の御旗を掲げ、光輝の剣でこの心の臓腑を貫く時を待つ。その瞬間(とき)まで、この身は“アジ=ダカーハ”、絶対悪の御旗を背負いし不倶戴天の敵そのものなのだ。

 そう思い込ませる(・・・・・・)ことこそが、彼なりの覚悟だった。

 

『………………』

 

 目が冴えたアジ=ダカーハは、ねぐらとしている洞窟の中から外を一見する。

 外は暗闇に閉ざされ、満天の星空だけが大地を照らしていた。人間の頃であれば、この星空の美しさに息を零しただろう。それほどに美しい光景が広がっていた。

 暫く夜空を見ていたアジ=ダカーハは、ポツリと呟いた。

 

『いつまで私を観察している気だ、姿を現せ』

 

 そう、アジ=ダカーハは背後にいる存在(・・・・・・・)に呟いた瞬間。

 

 

 

 ――――世界が歪んだ。

 

 

 

 世を構築するすべての物質が軋みをあげる。世界が悲鳴を上げるように、ギチギチと、まるで肉を力任せに引き裂くような音を奏でる。そんな音と共に感じられる強大な力の渦。その質はアジ=ダカーハと同等か、それ以上のものだ。

 やがてボギンッ、と、無数の骨を一斉に折ったような音が辺りに響く。同時に、感じられていた力の渦がすぐそばにいる事を察知する。が、その渦はアジ=ダカーハの後ろにぴったりとくっついたまま動かない。

 疑問に思ったアジ=ダカーハは左の頭で背後を確認すると、

 

 

「………………」

『………………』

 

 

 何故か人間の幼子が、黒い境界線らしきところから顔を出していた。

 腰から上のみ。

 

(………………ゑ?)

 

 思わず素に戻ってしまう程困惑するアジ=ダカーハ。

 そんな三頭龍を他所に、その幼子は不思議そうにきょろきょろと周囲を見渡し、腰から下が出ていない事に気付く。

 その状態から抜け出す為に境界線の縁を両手で押さえ、下半身を引き抜くために力を入れている…………のだろうか。見る限り、全く動いていない所を見ると、恐らく挟まったままなのだろう。

 というか、自ら時空を開けただろう境界線に何故挟まっているのだろうか、この幼女は。

 

「……抜けない」

『……そうか』

 

 お互い一言話してからジッと見つめること数秒後。

 

「……抜けない」

『………………』

 

 アジ=ダカーハは 無視する を えらんだ!

 

「……抜けない」

 

 しかし その行動は 防がれて しまった!

 アジ=ダカーハは とうとう あきらめてしまった!

 

『……どうしろと?』

「手伝って」

 

 このあと滅茶苦茶引っこ抜いた。

 

 

 

 

 一時間後、漸く少女を境界線から引っこ抜けた。永く苦しい戦いだった、とはアジ=ダカーハ談。

 とりあえず少女を引っこ抜いた直後に「ぐ~」という可愛らしい音が響いたので、焚火を灯し、覇者の光輪(タワルナフ)で肉を焼いてから少女に手渡した。モグモグ、とさながらリスの様に頬張る幼女を横目で見つつ、骨部分を入れて約2mもある肉の塊を、右の首を使って食らい付く。

 一口かじれば香ばしい肉の臭いが嗅覚を刺激し、溢れ出る肉汁が味覚を刺激する。本来ならば食物水分を取る必要性が無い身体ではあるが、暇な時があれば食べてしまうほど美味な肉だ。

 ちなみにこの肉、何故か10mほどある巨大なチーターから手に入れたものである。

 

「………………(モグモグ)」

『………………(バリバリ)』

 

 余談だが、アジ=ダカーハは肉のついでに骨まで噛み砕くタイプである。

 

 暫くして食べ終えてしまったアジ=ダカーハは、先程まで境界線に挟まっていた黒い少女を観察することにした。

 腰まで伸びた黒い髪、首から腹にかけて開放的なデザインが目立つ黒い服。そして、光を宿さない黒い瞳。

 一言でいうのなら、正しく「黒」という言葉だけで済むほどに、何から何まで黒尽くし。黒ばかりで飽きないのか、という言葉がのど元まで出かかっていたが、寸でのところで飲み込む。下手な所で地雷原を踏み抜き、周囲一帯が焼け野原になってしまったら目も当てられない。

 アジ=ダカーハが観察し終わったのとほぼ同時に、黒い少女の手元から肉塊が消え失せていた。

 人間が短時間で食べられるサイズの肉を選んだが、それでも少女の口では多少時間が掛かるだろうと思っていた。だが現実は異なり、僅か3分で少女は完食してしまった。ちなみに、少女に渡した肉は大の大人でも完食するのに10分は余裕でかかるレベルの肉である。

 手に着いた油が気になるのか、指を舐めている少女を横目で見つつ、アジ=ダカーハは問う。

 

『……それで、なぜ私を観察していた?』

 

 アジ=ダカーハの言葉を聞き、黒い少女は舐めていた舌を止め、アジ=ダカーハの中央の顔を見る。

 おおよそ人とは思えぬほど黒い瞳は、いっそ機械的な印象を与える。

 しかし、そんな印象は、

 

「見定めるため」

『……なんだと?』

 

 黒い少女の、たった一言で失った。

 ゴウッ、と、アジ=ダカーハを中心に強風が吹き荒れる。焚火は消え闇が辺りを支配し、外の木々が悲鳴を上げるように騒めき、鳥たちは異変を感じて上空へ避難する。

 この“絶対悪”を、アジ=ダカーハを見定める?

 

 それは、“(アジ=ダカーハ)”にとって、禁忌に近しい一言。

 “彼”がアジ=ダカーハ(オリジナル)を尊敬し、羨んだ理由。それは、その一生にある。

 ただ一人の女性の涙を拭うために自ら“絶対悪”の御旗を掲げ、この世の不倶戴天の敵として君臨し続けた孤高で、しかし誇り高い悪神。

 例え独りよがりでもいい、光輝の剣を持った真の勇者が現れ、この心の臓腑を穿つ時こそ、彼女の涙が拭われるのだ、と。

 そう信じ続けた彼の想いと願いは、生前の“彼”の記憶に残るのは必然と言えた。

 それをこの見知らぬ、名も知らないただの小娘が、見定める(・・・・)だと?

 率直に事実を言っただけだろう、彼女の言葉は――――

 

 

 

 

――――彼の理性を失わせるには十分だった

 

 

 

 

「――――ッ!?」

 

 咄嗟に少女が飛び退く。

 瞬間、その地面には無数の刺突による穴が出来上がる。

 

「なにを――――」

 

 三頭龍に抗議する間もなく、少女は洞窟の壁を破壊しながら吹き飛ぶ。その速度は第一宇宙速度に匹敵し、彼女がある種族の特殊な存在でなければ肉体が崩壊していた事だろう。

 数十kmと移動したところで少女はようやく止まった。足元を見れば荒々しく残る、何かを突き刺したまま引きずったような跡。少女の手を見れば傷一つないものの、土だらけになっている。

 彼女は自分の両手を大地に突き刺し、第一宇宙速度という速さを減速させたのだ。このような荒業すら難なくこなす存在、それが彼女なのだ。

 しかし、絶望は待たない。

 

「……?」

 

 ふと、影が差した。

 月光が背を照らしていたはずだが、雲が月光を遮ったのだろうか。しかし様子がおかしい。

 そう思い、彼女は振り向いた。

 

 

 振り向いて、しまった。

 

 

「――――――」

 

 

 月は見えない。当然だ、雲が覆い隠しているのだから。

 

 

 だが雲も見えない。はて、それはおかしい。

 

 

 目を凝らす。どうやら雲の前に、何かが居る。

 

 

 更に凝らす。よく見れば、それは人のような形をしている。

 

 

 上を見る。

 

 

 

 

 禍々しい雰囲気を放つ紅玉が“六つ”、少女の真上で輝いていて――――

 

 

 

 

『“アヴェスター”起動――――相克して廻れ、“疑似創星図(アナザー・コスモロジー)”……!!!』

 

 

 

 

 絶望の言ノ葉が、静かに響いた。




ほのぼのとした雰囲気を掻こうとしてたら、いつの間にか絶望感(?)漂う雰囲気に。
どうしてこうなった…(´・ω・)
次は戦闘……かもしれない


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三頭龍がまともに戦うそうです・上

 轟音とともに大地が爆ぜ、瞬間、周囲一帯の森林を燃やし尽くさんとする劫火が渦を巻いて巨大な塔と化す。

 劫火の塔から飛び出すのは、大小異なる二つの影。

 一つは前方を解放しているデザインの服装を、所々焦がしている少女。

 一つはそんな少女を目の敵としているように追い回す三頭龍。

 二つの影はそれぞれの残像を残すほどの速さで移動しつつ螺旋を描き、その余波で地上の自然を破壊していく。

 

「っ……!」

 

 苦しげに歪められた少女の顔に、一筋の汗が伝う。

 現状、苦戦しているのはどちらか。そう問われれば一般人が見れば「少女だ」と答える。

 しかし、少女の正体を知っている者達からすれば、今の光景は異常の一言だった。

 

――――“無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)”オーフィス

 

 それが黒い少女の正体。

 たった一体を除き、世界最強を名乗るにふさわしい実力を持つ最凶のドラゴン。無限の龍神という異名にもある通り、無限の龍気(オーラ)を有し、その龍気(オーラ)を使った“蛇”はあらゆるタイプを作る事を可能とする。“蛇”を飲んだ対象に絶大な力を与える蛇がもっとも有名だろう。

 そのオーフィスが追い詰められている(・・・・・・・・・)

 今の彼女は少女の姿だ。対して三頭龍は3mもの身長とそれに見合う手足を持つ。体格やリーチ差から見てオーフィスの方が不利であるのは誰が見ても明らかである。大の大人と子供が喧嘩して、何方が勝つか? そう問われているのと大差ない。

 しかし、オーフィスは外見こそ少女だが、本来の姿はそれこそ無限に思える体長を持つ長大な蛇の如きドラゴンだ。その長大さは宇宙の端から端まで伸ばしてもまだ収まり切れないのではないか……そんな懸念を生み出すほどに大きい。また、その体格から繰り出される一撃は、一惑星など息を吹いて火を消す事よりも容易く行われてしまう。その圧倒的な攻撃力は、たとえ少女の(なり)をしていたとしても健在だ。

 が、どんな攻撃力を持っていたとしても、当たらなければ意味がない。少女の姿を取っている今のオーフィスでは、三頭龍――アジ=ダカーハに攻撃を当てることが出来ないのだ。

 それは単純に体格差、という意味合いもある。

 

 だがそれ以上に、

 

 オーフィスとアジ=ダカーハとの相性が悪すぎた。

 

「――――っ」

 

 オーフィスの双掌に無数の球体状の龍気(オーラ)が集う。その外見こそ黒色のビー玉程度の大きさだが、その内包された力の質は最上級ドラゴンの全力の一撃に等しい。

 それがアジ=ダカーハに向けて放たれる。

 至近距離から放たれた凶弾を避ける術などなく、元より避ける気も無かったアジ=ダカーハは、その凶弾を真っ向から受け止める。着弾する度にアジ=ダカーハを覆い尽くすほどの爆発が巻き起こる。

 三頭龍の足が止められている間にオーフィスは片手で龍気(オーラ)によって形作られた弾丸による牽制をしつつ距離を取り、もう片方の手でボウリング玉程の大きさの龍気弾を生み出す。今度の龍気弾は少しの溜めが必要なものの、その内に宿る龍気(オーラ)の質はビー玉サイズよりは遥かに高い。そしてその威力は、大陸程度の大きさであれば一撃で消滅することを可能とする。

 大陸一つを消滅させる龍気弾をビー玉サイズの龍気弾の中に紛れ込ませ放つ。放たれたそれは、アジ=ダカーハに吸い込まれるように着弾する。一際大きな爆発とともに発生した爆風が周辺の自然とオーフィスを襲う。

 

「………………」

 

 いくらオーフィスと同格の存在であるとは言え、あのグレートレッドの甲殻の表面に傷を入れる事が出来るこの猛攻を受けて致命傷を負っていない筈が無い。

 そうオーフィスは考えながらも、心のどこかで警戒心をさらに強めていた。

 

 故に、オーフィスには見えた。

 

 空へと立ち昇る煙の中に、六つの紅玉が光っているのを。

 

 

 その少し下に、二つの火球があるのを。

 

 

「……しぶとい」

 

 “それ”を見たオーフィスの対応は速かった。

 自身の双掌に龍気(オーラ)を送り、それを球体状に形作る。それの大きさこそバスケットボール並だが、その質は先程のボーリングサイズの弾丸とは比べ物にならない。あまりの質量に弾丸付近の空間が湾曲して見え、さながら光さえ吸い込むブラックホールに似ている。

 双掌の手首を合わせるのとほぼ同時に、形成された弾丸を合成する。

 瞬間、漆黒に染まった柱がアジ=ダカーハに向かう。その先端は槍のように鋭く、これが白い柱であれば光輝く神槍に見えただろう。

 放たれた漆黒の柱を前に、アジ=ダカーハは悠々と構えながらも双掌に宿る火球をオーフィスと同じ動作で撃ち放つ。

 

 激突。

 

 漆黒と紅蓮が入り混じり、周囲の環境を破壊し尽くしていく。木々は葉一つ残らず空中に打ち上げられ、漆黒と紅蓮の激突に巻き込まれて原子レベルに分解される。

 例えあの火球がオーフィスの身体に僅かに傷つけることが可能な代物であったとしても、月程度の大きさの惑星であれば容易く破壊する攻撃力を凌ぎ続けることなど不可能だ。

 他人が聞けば慢心というその思考は、己が最凶にたる存在であるが故の僅かな自信。

 生まれた時から最凶であるが故に、彼女は“敗北”というモノをグレートレッド以外から教わることが無かった。グレートレッドに敗れつづけていた時でも、相手は遥か格上の存在だから、という言い訳が罷り通っていた。

 そう、グレートレッド以外で負けることなど万に一つも無い、と。それが当然だと思っていた。

 

――――その当然が、裏目に出た。

 

 

 

「――――え?」

 

 

 

 辛うじて出たのは、純粋な疑問の声。

 彼女の瞳が写すその光景は、これまでの“当然(あたりまえ)”を根本から打ち崩す光景だった。

 

――――漆黒の柱(じぶんのちから)が、二つの火球(あいてのちから)押されている(・・・・・・)

 

 オーフィスは氷漬けされた物質のように固まる。が、すぐに再起動して思考をフル回転させる。

 単純に考えれば漆黒の柱(じぶんのちから)より二つの火球(あいてのちから)の方が上回っていると考えた方が自然だ。しかし、オーフィスはその考察を無視した。

 初めて邂逅した際にアジ=ダカーハから感じられた力の質は、はっきり言ってオーフィスより下だったからだ。その上オーフィスは無限の存在。那由他の数殺されようがその度に生き返り、幾ら消費しようとも枯渇することのない龍気(オーラ)を持つ存在だ。本来ならばアジ=ダカーハは彼女にとって取るに足らない存在になるはずだった。

 だが今こうして対峙している状態でのアジ=ダカーハの力の質は、オーフィスの“無限”としての格と同等かそれ以上の質を誇っている。突然の戦闘から10分にも満たないこの時間で、これほどまでのパワーアップをすることは、オーフィスの“蛇”を用いること以外にはありえない…………と、ここまで考えた時に、オーフィスの脳裏にある言葉が思い浮かんだ。

 

 

【“アヴェスター”起動――――相克して廻れ、“疑似創星図(アナザー・コスモロジー)”……!!!】

 

 

 アヴェスター。オーフィスはその言葉に聞き覚えがあった。

 オーフィスの記憶が確かならば、アヴェスターとは拝火教(ゾロアスター)の根本教典。アヴェスター語というインドのサンスクリットの最古層・ヴェーダ語と酷似した文法で記された代物であり、何時頃だったかは定かではないが、イスラム教などによる迫害を受け、本来あったテキストの1/4しか残らなかったと言われる。

 その内容は、善悪二元論の神学、神話、神々への讃歌、呪文等から成り、大きく分けて五つに分かれる。

 

――ヤスナ

 全72章にも及ぶ祭儀書の総称。そのうちの17章は開祖ザラスシュトラ自身の作と考えられている『ガーサー』と呼ばれる韻文詩で、言語学的に一番古層を示し、特にガーサー語と呼ばれる。

 

――ウィスプ・ラト

 “ヤスナ”に手を加えられた補遺的小祭儀書。「ウィスプ・ラト」という名称はアヴェスター語の“ウィースペ・ラタウォー”が転訛した物で「全ての権威者」を意味する。この場合の「権威者」とは神々を指すものとされ、事実その内容は神々への讃歌などが記されている。

 

――ウィーデーウ・ダート

 除魔書。“ヴェンディダード”とも呼ばれる。旧約聖書の一書である“レビ記”に比される宗教法で、清めの儀式次第などを説く。また、聖王イマ(インド神話におけるイマ、後に閻魔と呼ばれる)とその黄金時代に関する神話も含まれている。

 

――ヤシュト

 21の神々に捧げられし頌神書。言語的にはヤスナ、もといガーサーより新しいが、内容はガーサーのそれよりも古いものであるとされる。内容の一部に拝火教(ゾロアスター)神学完成以前のインド・イラン共通時代の神話が見られる。また第19章にはイラン最古の英雄伝説が描かれており、後にイラン最大の民族叙事詩で“王書”とも呼ばれる事となる『シャー・ナーメ』にも記されている。

 

――ホゥワルタク・アパスターク

 アヴェスターの簡易版。別名を“ホルダ・アヴェスター”。こちらはアヴェスター本来の文章から日常的に使われるだろう短めの祈祷文を集め、記したものである。

 

 以上が、アヴェスターについてオーフィスが覚えている事である。上の五つを鑑みても、アジ=ダカーハが言ったアヴェスターとオーフィスが知るアヴェスターとは関わりがない事は明らかだ。だからこそアジ=ダカーハがあの時言い放った“アヴェスター”の意味が分からない。先に言った通り、アヴェスターとは本来拝火教の根本教典であり、例え技の名前だったとしてもアヴェスターを名乗るには些か違和感がある。

 それにアジ=ダカーハがアヴェスターの後に言った“疑似創星図(アナザー・コスモロジー)”という名称も気になる。一体何を指す言葉なのか、流石のオーフィスですら疑似創星図についての知識は皆無であった。

 

 が、ハッキリと分かったのは一つ。

 

 あの擬似創星図というモノが、アジ=ダカーハの切り札的存在である、と。

 

『アヴェスター起動――――相克して廻れ、疑似創星図(アナザー・コスモロジー)……!』

 

 唐突に紅蓮の放出をやめた三頭龍だが、その直後に疑似創星図を起動した。同時に、無限と思えるほどに膨れ上がる龍気(オーラ)。それは無限(オーフィス)の存在を揺るがすもの。起動時の衝撃でオーフィスの龍気弾が霧散する。

 自身に並ぶ龍気(オーラ)を肌で感じ、目を細める。

 やはり自身が感じたあの感覚は間違いではなかったのだ、と。

 ムゲンとは、その存在そのものが脅威である。たった一匹で世界を滅ぼすことを可能とするのがムゲンに属するモノ達。人類にとっての災害のような存在、天使たちにとっての罪深き欲のような存在、悪魔たちにとっての神のような存在。

 それがムゲン。

 そしてそのムゲンはあの時まで二つのみだった。

 だが二匹は感じ取った。あの日、新たなムゲンが生まれたのを。

 

 無限(オーフィス)夢幻(グレートレッド)に連なるモノ。

 

 それが、アジ=ダカーハ。

 

「……故に、見定める」

 

 ボソッ、と呟いた。

 現状のアジ=ダカーハはあくまでもムゲンの資格を得ているだけのドラゴンだ。まだ完全なムゲンになったわけではない。ならばこそ、その真価を発揮させる必要がある。

 アヴェスターという技にあの劫火の火球。少なくとも、アジ=ダカーハがこの二つの能力を有するのは分かった。しかしオーフィスは三頭龍を見定める為に彼を探していたのだ。まだ隠し持っている技術や能力があるというのなら、それの全てを見てようやくムゲンとしての格を見定めることが可能となるだろう。

 

 そう考えたオーフィスは空中に龍気(オーラ)を散らばせ、それを球体状に構成する。その一撃は星一つを容易く滅ぼすことを可能とする。

 

 腕を上げる。龍気弾が唸りをあげて標的を穿たんと槍のような形へ変化する。

 

 腕を下に振るう。闇を固形化したような無数の槍が、光とほぼ同等の速さで三頭龍へ向かい、その全身を――――

 

 

 

 

『“光”よ、“盾”と成れ』

 

 

 

 

 貫かなかった。




オーフィスの戦い方やドラゴン姿はオリジナルです。
このあたりからタグ「よりチートになった~」が効果を発揮します。詳細は次回に。

次回は意外にすぐ投稿できるかも?(遅くなるフラグ)


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三頭龍がまともに戦うそうです・下

27日前後に投稿すると言ったな



あれは嘘だ


 アジ=ダカーハは憑依前or生前の頃、常に考えていたことがあった。

 

 何故、“アジ=ダカーハ”は魔術or魔法を使うことが無かったのか。

 

 知識こそあっても適性が無かったからなのか。単純に使う気が無かっただけなのか。それとも過去に受けた数々の封印によって使えなくなったのか。いずれにせよ、元となった作品の時系列で使っていないのは事実である。

 故にアジ=ダカーハは魔術or魔法を試してみたくなった。それは“彼”であった時からの憧れのような感情もあったが、なにより戦闘の際に引き出しは多い方が有利になるからだ。魔法以外にも、錬金術や武術などの“術”に関するすべては一通り習得した。

 

 しかし、そのどれもが暴発してばかりという結果。

 

 その原因は、アジ=ダカーハの魔力(あるいは魔法力とも言うべき力)がオーフィス程でないにしろ厖大なものであるが故であった。そもそも無限と比べること自体が間違っているのだが、その辺りは見なかった事にする。

 ともかく、通常の魔法を使おうとすれば対象の魔法が暴発してしまう。アジ=ダカーハの場合、体内魔力(オド)の量と対象魔法の許容量が割にあっていないのだ。

 それは例えるのなら、コップ一杯の水が対象魔法のキャパシティとし、アジ=ダカーハの厖大な魔法力をダムの水に置き換えてみれば分かりやすいだろう。たったコップ一つだけでダムの水がせき止められるか? つまりはそういうことである。

 普通の魔法などではアジ=ダカーハに宿る体内魔力(オド)には耐えられず、術者であるアジ=ダカーハ自身に害を与える結果となる。

 そこでアジ=ダカーハは考えた。

 

 

 自身の魔法力に通常の魔法が耐え切れないのなら、自身の力に耐えられる魔法を創りだせばいいのだ、と。

 

 

 

 

「……?」

 

 見たことのない術式。いや、正確に言うのなら“それ”に術式はない。

 ただ二言、元となる素材と固形名を言うだけの二工程(ダブル・アクション)。そんな魔法、オーフィスは知らない。

 なお激しく降り注ぐ漆黒の龍気弾を光の盾で完全に防ぎつつ、三頭龍は呟いた。

 

『“大気”よ、“害あるもの”を“地に堕とせ”』

 

 言いながら、腕を軽く、上から下に振り下ろされた。

 

 

 瞬間、オーフィスは文字通り地に堕ちた(・・・・・)

 

 

「――――――――」

 

 

 一瞬の間を置いて、オーフィスは自身が大地に堕ちたことを理解した。そしてこの未知の魔法に対して大きな興味を持った。

 オーフィスが地に堕ちるほんの一瞬だけ感じ取った、三頭龍の体内魔力(オド)外的魔力(マナ)の動きは、オーフィスでなくとも興味を持つことは必定であった。

 三頭龍の龍気(オーラ)こそオーフィスよりも下に位置するが、反面体内魔力(オド)はオーフィスやグレートレッドなど、特殊過ぎるドラゴンを除いた並のドラゴンよりも遥かに高いものを持っている。

 そも龍気(オーラ)とはドラゴンにとっての生命力みたいなものであり、質が高ければ高いほど威力は増すものの長期間戦えない欠点があり、それは最悪死に至る可能性を秘めているのだ。オーフィスが最凶と呼ばれる所以はそこから来ている。

 対して体内魔力(オド)外的魔力(マナ)は魔法、あるいは魔術などを発動するうえで欠かせない要素で、おおよそ専門用語となっている。

 体内魔力(オド)とは名の通り、術者本人の内に宿る魔法力or魔力のことを指す。大半の術者は体内魔力(オド)を使った魔術or魔法を得意とする。外的魔力(マナ)はその反面、術者の周囲、及び大気中に存在する魔力or魔法力を指す。こちらは扱える者こそ少ないが、代わりに半永久的に魔法を扱える事が可能だ。

 何方も一長一短だが、この二つの架空元素にはある規則性がある。

 

 体内魔力(オド)外的魔力(マナ)に、外的魔力(マナ)体内魔力(オド)に干渉することが出来ない、という規則だ。

 

 この法則は(オーフィスが記憶している限りで)絶対的なモノであり、迂闊に体内魔力(オド)を用いて外的魔力(マナ)に干渉しようとすれば身体の方が耐えきれず、死に至ることがままあった。あのアーサー王の傍らにいた強大な魔法使い・マーリンでさえ、この二つを干渉させて魔法を発動することは叶わなかったのだ。

 しかし、あの三頭龍はその法則を難なく乗り越え、体内魔力(オド)を用いて外的魔力(マナ)を操っているのだ。

 それもその媒体は言葉と単調な動きのみ。

 通常の魔法や魔術が魔法陣を媒体にしており、強力な術になれば枝などの媒体が必要になる。しかし、彼の三頭龍は“言葉”や“行動”といった、本能的な所で発するものを媒体としているのだ。

 

 あまりにも出鱈目(デタラメ)だ。いくら人間の伸びしろに限度があるとはいえ、悪魔と人間との間に生まれたマーリンですら成し得なかった干渉魔法を、この世に産声を発してからわずか十年(・・)のドラゴンが開発し、完璧に操っている。

 これを出鱈目と言わず、なんと言えばいいのだろうか。

 

「…………っ!」

 

 腕に力を入れ起き上がろうとするも、まるで星に押しつぶされているかのように動かない。いや、と思考を巡らせて真の答えを探り当てる。

 数瞬の思考の末、オーフィスは自身がもっとも納得できる答えを得た。

 

 その答えに辿りついたのと、遥か上空からオーフィスを見ていた三頭龍が急降下し始めたのはほぼ同時だった。

 

 

 

 

 地上に落下して行った少女を見つめながら、アジ=ダカーハは妙な違和感を覚えていた。

 

 実を言えば、アジ=ダカーハがまともに戦うのはこれが初めてである。近くの村落を燃やし村人を殺し、動物などを狩猟して戦闘の感覚を掴みつつあったが、それらは一方的な虐殺である。虐殺によって得られる経験値など程度が知れており、いずれは遠出してよりより大きな悪行を成す必要がある。そう多少の計画を練っていた際にこの戦闘である。丁度良いと言えば丁度良いが、些か相手が強すぎる気がしなくもない。そんな考えなど決して表に出すことはないが。

 少女を吹き飛ばした後のアヴェスター起動以前から分かっていたことだが、彼女が内包する力の質は体感で感じるものよりも遥かに高く、それこそ無限に思えるほどだ。更に不可思議な力を使った攻撃方法を用いり、そこから繰り出される破壊力は星を割る事を可能とするだろう。そうアジ=ダカーハに思わせるほど、彼女は実力が高い。

 そんな彼女と(こっちが一方的にキレてしまったとはいえ)一戦交える事は、今のアジ=ダカーハからすれば自殺行為にも等しかった。この状態を例えるなら、“最低難易度でレベル上げしてクリア後、最高難易度で2週目をしようと思ったらチート級中ボスに殺されそうになった”というべきか。

 

 しかし、現実は違った。

 

 身体(わたし)が動き、精神(おれ)が置いて行かれる。無意識的に動いている、とでも言うのか。

 奇妙な感覚だった。まるで身体が戦場を覚えているかのような、そんな感覚。

 

『……フン』

 

 この感覚については後で考えよう、そう考えてとりあえず疑問を振り払ったアジ=ダカーハは、地上に落ちて地べたを這う少女の姿を見ながら、そこへ突撃するために翼を羽搏かせる。

 少し上空へ飛んだあと、弾かれたように地上へ落下していく。右手を手刀にして魔力を込め、相手の心臓目掛けて疾走する。その速度は光速に並ぶか否かという速さ。

 

 僅か15分の間に起きた、短い戦いが幕を閉じようとしていた。

 

 

 

 

 急降下してきた三頭龍が何をしようとしているのか。それに気付いたオーフィスは、対抗策を数瞬の内に練る。

 そしてオーフィスが考え得た最善策は、相手とほぼ同じ質量(・・・・)を叩き込む事だった。

 

 この時、二人は気づけなかった。

 それは接近戦を全く繰り広げていなかった事もある。だがそれ以上に、アジ=ダカーハが勘違いしていた。

 アジ=ダカーハの質量は大陸並である(・・・)。そう思い込んでいたからこそ起きた勘違い。

 

 激突した。二人の衝突は瞬く間に周囲を崩壊させ、近辺にあった森や山々を砕き消滅させる。

 なおも勢いを増す衝撃に耐えきれず大陸に亀裂が入り、オーフィスを中心に巨大な一つの大陸が無数に分裂する。亀裂から、溶岩が火柱となって立ち昇る。見る者が見ればその光が生み出したのは地獄と呼ぶにふさわしい光景だった。

 

 

『――――なんだ、これは……!?』

「……これは、想定外」

 

 

 アジ=ダカーハは原作で大陸並の質量を持つドラゴンとして描かれている。そして主人公はそれを「大陸かそれ以上」としか言っていない。なるほど、これならば勘違いしてもおかしくはない。

 だが、“彼”は一つ、忘れてはならない事を忘れていた。

 

 三頭龍があるコミュニティから受けた封印を破って表に出てきた時、200年以上前の封印の影響が残っていた(・・・・・・・・・・・・・・・・・)ことを。

 

 この封印は帝釈天(インドラとも呼ばれる)から受けた物であり、身体能力などの全能力が著しく衰退させるものだった。その上でとあるコミュニティが与えた封印も身体能力を低下させるものだった。だからこそ原作の主人公たちが奮闘できたのだろう、と当時の“彼”は考えていた。

 さて。帝釈天が与えた封印は身体能力など(・・)を衰退させる代物だ。では、身体能力以外になにを下げたのだろう?

 あまりある術への知識? 否、原作において三つの難関なゲームを受けて平然とクリアしたその知識が衰えている事などあり得ない。

 “アヴェスター”や“覇者の光輪(タワルナフ)”の同時発動制限? これも否である。相手の能力を吸収するアヴェスターと全てに破滅をもたらすタワルナフは互いに相容れないだけであり、超高度なコントロール技術を身に付ければ同時発動は無理な事ではない。が、最悪どちらかの能力に支障をきたす可能性があるため、無理に使う必要性が無いだけなのだ。

 ではなにが衰えているのか? それは、その質量だ。原作において大陸に程近しい質量を持つといわれるアジ=ダカーハだが、それは帝釈天の封印とコミュニティの封印などの要因があったためにそう思われていた。

 

 では。帝釈天の封印が無いアジ=ダカーハ本来の質量(・・・・・・・・・・・・)とは、どれほどなのだろう?

 

 

『「――――まさか」』

 

 三頭龍の異様なまでの質量。二人は同じ疑問を持って、そして二人は同じ結論に至った。

 

 

 大陸の二つ分?

 

 

 地球の表面上の全てにある物質?

 

 

 岩盤を含めた物質量?

 

 

 否、そのどれもが、否。

 

 

 正解は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球、そのもの(・・ ・・・・)だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後に、大陸移動説と呼ばれる原因が起こった日である。




※これでも最初より規模が小さいです
 独自設定がちらほら見え始めたので、そろそろタグに「独自設定あり」と追加した方が良いのかな……(今更)

あと、最近になって艦これ始めました。
誰か私の鎮守府に響を下さいorz


・追記
なんで評価バーが赤いの……(震え声)


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考察と襲撃

 

 暖かな光に包まれ、しかして狼煙の様な霧が立ち込める森の中枢に近しい場所。霧の合間から注がれる日の光が森を僅かに照らし、見る者が見れば神秘的な風景を醸し出しただろう。

 そんな神秘的な場所で、うつぶせになって長い尻尾をプランプランと泳がせている白くて巨大な身体を持つ生物が居た。

 現在惰眠を貪りつつも僅かに得た情報と持ち前の知識で答え合わせをしているアジ=ダカーハであった。

 

 あの黒衣の少女――――オーフィスとの戦闘から数週間。

 巨大な一つの大陸が徐々に分裂し始め、あの天災級の戦闘から僅かに生き延びた人類が慌てていた。無理もないか、とアジ=ダカーハは考える。あの時、咄嗟の判断で威力を極限まで弱め、かつオーフィスが此方の攻撃を押し返す勢いで力を放出してくれたおかげで大部分の衝撃が上空へ逃れ、大陸が分断される程度に済んだ。が、この時代の人間からすれば大陸の中枢から突然光と共に強大な衝撃が訪れたと思ったら、急に大陸が分断し始めたのだ。慌てるな、という方が無理だろう。

 その時、どさくさに紛れてオーフィスが逃げていったが、アジ=ダカーハは彼女の様な境界線を破る術を持たないので仕方なくあきらめた。勿論、次に会った時には容赦はしないつもりだ。

 帰り際に名前を呟いて帰って行ったが、あれには一体どういう意図があったのか。普通なら考えるところだが、アジ=ダカーハは考えなかった。理由を考えている暇があったら人々の村を焼いて人を殺しているだろうし、なにより面倒だったからだ。

 が、彼女の正体がアジ=ダカーハの考えている通りならば、少々危険視するべきかもしれない。

 

 惰眠を貪りながら、アジ=ダカーハは持ち前の知識で彼女と関連するだろう知識を並べていく。

 彼女から得られた情報は実に少ない。が、彼女の名前と異名と思わしき名を並べれば、その正体について容易に推測可能だ。

 オーフィスは自らを“無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)”と名乗った。ウロボロスと言えば自らの尻尾を呑み込む蛇、あるいは一足の龍として描かれる。なお、一匹が自らの尾を呑み込む絵もあれば、二匹が互いの尾を呑み込む絵もある。これらの絵を“ウロボロスの蛇”と呼ぶ。

 このウロボロスの蛇は多種多様な意味が存在する。

 例えば、錬金術におけるウロボロスの蛇は相反するもの ――ここでは光と闇、陰と陽といった感じか―― の統一を象徴するものとして扱われる。また古代後期におけるアレクサンドリアなどのヘレニズム文化圏では錬金術の基礎とも言える共通哲学「全は一、一は全」という考えや完全性などを現している。これ以外にも“カール・グスタフ・ユング”が人間精神(プシケ)の原型を象徴するものとしているほか、様々な意味・象徴を持つ。

 悪循環・永劫回帰などの特性を持つ“循環性”。

 死と再生、創造と破壊などの特性を持つ“永続性”。

 宇宙の根源という特性を持つ“始原性”。

 不老不死の意を持つ“無限性”。

 そして、全知全能を意味する“完全性”。

 多種多様な意味を持つウロボロスの蛇だが、その呼び名は過去と現在で異なる。語源としては古代ギリシア語の「 (δρακων(ドラコーン)ουροβóρος(ウーロボロス)」と呼ばれるが、現代に訳すとギリシア語で「ουροβόρος(ウロボロス) όφις(オフィス)」と呼ばれる。

 そう、όφις(オフィス)だ。ギリシャ語で“蛇”を意味するこの単語が、そのままオーフィスの名として使われているのだ。

 偶然と捉えるべきか、あるいは必然と捉えるか。どちらにせよ、彼女が“ウロボロスの蛇”の原型だというのなら、“循環性”や“永続性”などの特性を持っていると考えた方が良い。この仮説が正しいのなら、“完全性”も持っていると考えられる。

 仮に全知全能であったとしたら、彼女の前でアヴェスターを使ったのは非常にマズイ。

 

 彼女の名を知る前だったとはいえ、己の浅慮に腹が立った。荒い鼻息と共に白い花に止まっていた蝶が吹き飛ばされた。が、目を瞑っていたアジ=ダカーハがそんな事を知る筈が無く、鼻息は荒いままだった。

 全知全能を有しているのだとすれば、アヴェスターを出した時に正体を見破られていてもおかしくはないだろう。アヴェスターとは拝火教(ゾロアスター)の根本教典の名。拝火教で三つ首のドラゴンと言えば、すなわち(アジ=ダカーハ)以外に居ない。つまり、次に相対する時は自身を殺せる可能性が考えられるのだ。絶対悪という名に誓って人外に殺されるつもりは最初からないが、彼女ならば自身を殺せる可能性はゼロではない。

 最悪の場合を想定し、いずれ来るだろう彼女との再戦をイメージする。勝てないわけではないだろうが、彼女の起源を考えるなら現状のままでは火力不足と言ったところか。恐らく、覇者の光輪(タワルナフ)でも彼女を傷付けることは可能であっても、殺し切ることはできないだろう。宇宙そのものとも解釈されるウロボロスと、世界の三分の一を焼き尽くす覇者の光輪(タワルナフ)とでは相性が致命的に悪すぎる。

 ではどうするか。と考えるも、やはりアヴェスターによる性能の上乗せしかありえないだろう。最も、彼女の性能全てを上乗せしたとしても、“アジ=ダカーハ本来のスペック+ウロボロスの力”ではなく、“本来のスペック<ウロボロスの力”という力関係となり、アジ=ダカーハも“無限”となるだけなのでどちらにせよ決定打とはなりにくい。

――――あるいは、彼女よりも強力なドラゴンが居れば、その前提は変わるが。まあそうそういないだろう。“無限”の反対に位置するものとすれば、虚無や虚空といった――それこそ、夢や幻と言った様な存在だろうと推測される。

 

 まあ、いかなドラゴンといえど、人々の夢幻を司るようなドラゴンはいないだろう。そう考えて思考を中断したアジ=ダカーハ。

 

 むくりと起き上がり、長い首をコキリと鳴らす。本来の音は「ゴキンッ」だが、そう大した違いも無いだろう。

 朝焼けの空を見上げながら、今朝の朝食はどうしようかと考える。不思議な事に、この森に生息する動物は他所の場所にいる動物達よりも活きが良い。心なしか、アジ=ダカーハ自身の調子もいいように思える。

 恐らくは森自体が発している微量な外的魔力(マナ)による活性化術だろうと推測する。

 

 ふと、右の首の視界の端にイノシシの群れがワラワラと通り過ぎた。丁度いい、彼らを食すとしよう。

 

 そう決断するや否や、龍影を用いて大人一匹と子供数匹を除いて突き刺した。

 

 

 

 

 今度自作の魔法で鍋を作りぼたん鍋でもやろう、と密かに決意するアジ=ダカーハであった。

 

 

 

 

 朝食を食べた後、ここ最近になって建設されつつある“ある建造物”を雲より上の遥か上空から見下ろす。それでもなお建造物の天辺が見える。今この時代にはなさそうだが、エベレスト山脈よりも高いのではないだろうか?

 数週間前に大陸が分裂してから、人間達はこの場所に集ってその建造物を建てていた。アジ=ダカーハが見つけた時には既に富士山の標高を超えていたのだから、この時代の人間達の技術力は“彼”が居た時よりも発展している事が分かる。

 だが、アジ=ダカーハはこの建造物についてある程度の予想を立てていた。

 

 この建造物はいずれ崩れることになるだろう(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)と。

 

 ――バベルの塔。そう呼ばれる古代の建造物が旧約聖書・創世記に記されている。

 旧約聖書にはその存在は明記されているものの、名前は記されておらず、"the city and its tower"もしくは"the city" と記されている。アッカド語曰く、バベルとは“神の門”という意味を持つという。一方、聖書ではバベルはヘブライ語の“ごちゃまぜ”という意味から来たとされる。また、バベルの塔は一般的に神話的存在だとされているが、一部の研究者は紀元前6世紀のバビロンのマルドゥク神殿に築かれたエ・テメン・アン・キのジッグラト(聖塔)の遺跡と関連づけた説を提唱する。が、こちらはマイナーなものであるため、知らなくてもいい知識だろう。

 話を変えよう。前者と後者で意味が異なるバベルの塔だが、アジ=ダカーハの個人的解釈ではあるものの、この二つの意味はバベルという存在の的を得ていると考えている。

 まずは前者の“神の門”だが、ラビ伝承では“ノアの子孫ニムロデ(ニムロド)王は、神に挑戦する目的で、剣を持ち、天を威嚇する像を塔の頂上に建てた”という文章がある。神へ挑戦するにはまず、神々が降臨する際に必ず通るとされる(ゲート)に辿りつかねばならない。ゆえに人間達は彼の建造物を作り上げ、神々の門へたどり着こうとしたところを聖書の神がそれを観、怒りに触れてしまったことで人類の原語は無数に分かれてしまった。つまるところ、“神の門”という意味でのバベルは、さながら“門への道”と言ったところだろう。

 では後者の“ごちゃまぜ”の意味は? というと、まあ単純な話だ。黒人・白人・黄色人種、様々な人類がこぞって塔を建てようとしたからだろう、とアジ=ダカーハは考える。簡単に考えただけだが、大凡合っているだろう。

 兎にも角にも、最終的に崩される運命にあるバベルの塔だが、実はバベルの塔が“崩される”という文章は旧約聖書にも記されてはいない。ましてや“壊された”とも記されておらず、バベルの塔が本当に建設されたのか。仮に建設されたとして、なぜ跡形も無く消えているのか? その事についても記されていないのだ。まるで禁忌に触れないように(・・・・・・・・・・)しているかのように。

 アジ=ダカーハはこう考える。消滅したのか、あるいは破壊されたのかは知らないが、後の世にとって不都合であるという事。それこそ、信仰が失われる(・・・・・・・)可能性もあるのではないか、と。

 ――――そしておそらく、今からアジ=ダカーハがやろうとしていることは、その禁忌であるのだ、と。

 

 巨大な塔の根元。その周辺には細々とした村――いや、街があった。“彼”が知る現代とはまた違う発展の仕方をした街だった。“石の代わりに煉瓦を、漆喰の代わりにアスファルトを”という一文も、あながち間違いではないようだった。

 

 耳をすませば聞こえてくる、街中から活気づいた声。楽しげな声、人生を謳歌する声……希望に満ちた声。

 

 それを地獄に変える。アジ=ダカーハが変えるのだ。慟哭する声、人生を憎悪する声……絶望に満ちた声。

 

 アジ=ダカーハは悪の神。絶対悪の御旗を背負い、世界に仇名す不倶戴天の敵。

 いつかこの胸に光輝の剣を突き立てる英傑が現れるまで、彼は悪道を極める。“アジ=ダカーハ”がそうしたように、“彼”がそう望むように。“彼”が■う■き■ように。

 

『――――今宵、絶望の蓋は開かれる』

 

 今はただ悪道を極めよう。そしていつか訪れることを願おう。

 この命が断たれることを。

 

 右の拳に魔力を纏わせ、自由落下する。

 

 地面に着地すると同時に拳を振り下ろし、巨大なクレーターを作り上げると同時に阿鼻叫喚する声が響いた。




誰かデフォルメした閣下が両手にタワルナフ発動させてこっちを睨んでるつままれストラップを作ってくれませんかね。
言い値で買うから(真顔)


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人間の王と戦うそうですよ?

「…………ふむ」

 

 僅かな振動。それと共に聞こえてきたかすかな悲鳴。何者かの襲撃があった、と自己完結した“ソレ”は、座っていた玉座から立ち上った。

 その手にはいつの間にか一振りの得物を持っていた。

 

「殿下! 大変です、で――――っ!?」

 

 “ソレ”が臣下と思わしきモノを見る。

 たったそれだけで臣下は心臓を鷲掴みされたかのような心持になった。

 

「喧しいぞ、我が眷属。どうせ何者かの襲撃であろう?」

 

 殿下と呼ばれた人間がそう問うた。事実、臣下が知らせに来たのは襲撃があったという事だった。

 

 だが

 

「は、はい……! しかし我々のような人の形ではありません……!」

「……ほう?」

 

 殿下が興味を示した。

 全てを既知とするあの殿下が、少しだけでも興味を示した。臣下は無表情という仮面をかぶりつつ、驚嘆していた。

 殿下と呼ばれた男は生まれながらの王だった。誰よりも強く、誰よりも敏く、誰よりも心優しい。しかしてその実、誰よりも冷酷で、誰よりも闘争を望む男。それがその臣下から見た殿下と呼ばれる男だ。

 流れる金髪を腰まで伸ばし、人とは思えぬほど整った顔立ちのその男は、僅かな微笑みと共に、視線で続きを促した。その意を察した臣下は早口で告げていく。

 

「偵察班によると、その者は白き巨躯にトカゲの様な尻尾を持ち、背には紅き布と不可思議な模様、影のような一対の翼を持っているとの事。またその体長は目測でも3mに及ぶそうで……」

 

 臣下は突然、言葉を濁した。

 殿下は表情にこそ出さぬものの、訝しんだ。殿下が覚えている限りの臣下は、何事も真摯に受け、嘘偽りなく答える、生真面目が過ぎたような人格の持ち主だったはず。その臣下が言葉を濁すことなど、彼を眷属としてから初めてだろう。

 思わぬ所に未知があった、と内心喜びながらも疑問を投げかけた。

 

「どうした、我が唯一の臣下よ。貴公が言葉を濁すなど、初めてではないか?」

「え、えぇ……報告を受けた私も、信じがたい事ですが……」

 

 二度三度、何かを言おうとしてやめる行動が続き、そしてその臣下は告げた。

 

 

「その襲撃者は、三つの首に六つの紅い瞳(・・・・・・・・・・・)を持つそうです」

 

 

 瞬間、玉座の間から音が消えた。正確には、その臣下の耳に音が入って来なかった。

 長年殿下に付き添ってきたその臣下だが、彼が笑っている所はついぞ見たことが無かった。だが、今日においてようやくその笑みを見ることが出来た。

 ――――残虐性に満ちた、狂気の笑みを。

 

 

 

 

 燃え盛る火炎。無数の突起状に隆起した大地に刺し貫かれている、無数の死体。死体より流れる血は川となり、散り散りになっていく。

 死体の一つ一つを見ていく。

 怒りに染まった顔。

 絶望に満ちた顔。

 訳が分からぬまま死した顔。

 愛するものを奪われ、紅色の涙を流すもの。

 ――――みな、負の感情を表に出し、死んでいる。

 その光景を見ているオーフィスは、崩れ落ちた街中を一人歩く。

 

 死屍累々。今のこの町の現状を一言で表すのなら、それが正しいだろう。

 何故ここにオーフィスが居るのか。それはあのムゲンに類するだろうドラゴンを引き続き見極めるためでもある。だがそれを抜きにしても気になったのだ、あの純白のドラゴンの事を。

 三頭龍とオーフィスが戦った後、オーフィスはアヴェスター、もといそれに類する知識を徹底的に洗い出した。そして彼の純白のドラゴンの正体はおおむね掴んだ。よく考えればすぐに分かるような答えだ。

 アヴェスターは拝火教(ゾロアスター)の古典教本。拝火教に類し、かつ三つ首の龍と言えば“アジ・ダハーカ”以外に存在しない。

 

 と、ここで疑問が出てくる。

 

 仮にあの純白のドラゴンがアジ・ダハーカだとしよう。

 

 だがアジ・ダハーカの枠は既に埋まっているのだ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 オーフィスの知るアジ・ダハーカは、どの個体でも度重なる悪行で精神を病んで狂気に囚われ、狂いに狂ってしまった。どれくらい狂っているのかというと、オーフィスから見ても「駄目だコイツ」と思わせる程度には狂っている。そんなドラゴンなのだ。

 しかしあのドラゴンは違った。オーフィスの知らないアジ・ダハーカだった。外見も異なれば、その精神力も実力も違う。元来のアジ・ダハーカは“邪龍”と呼ばれるカテゴリに属し、精々が六大龍王レベルだった。それに生まれてくる時期も遥か先の事だ。

 だが三頭龍は生まれた。“世界”が定めた時期よりも遥かに早く生まれ、ムゲンに類してしまう程の実力を有し、数千万の命を屠っても尚壊れない精神力を持つ。

 

 ――――未知、という言葉が、オーフィスの脳裏を過る。

 

 思わず笑みを浮かべる。生まれてこの方、全てを既知と感じていたオーフィスが、初めて未知と感じれた存在。それがアジ・ダハーカに類するもの、ムゲンに属するドラゴン。

 

 ピタリ、と立ち止まる。

 この街の広場となっていたのだろう、大きく開けた場所に出た。そしてそこには、目的のドラゴンと、人間が相対していた。

 アジ・ダハーカと思われるドラゴンと、このあたり一帯を支配していたらしい若い男だ。

 恐らく、あの男は三頭龍に挑もうとしているのだろう。そう解釈したオーフィスは、近くにあった大きめの岩の上に座り、事の顛末を見守る。

 

――――あの三頭龍が勝つのだろうな、と、考えながら

 

 

 

 

 三頭龍は視界の端に黒衣の少女――オーフィスを捉えた。が、肝心の彼女は近くの岩へ乗っかって、ジッとこちらを見ている。どうやら事の顛末を見守る気のようだ。

 本来ならば眼前のこの男と共に葬りたいところだが、恐らく彼女は争う気は無いのだろう。現に彼女からは戦闘に対する意欲が見当たらない。数瞬の思考の後、どのみち争うことになるのだから、まずはこの男と戦う事にしよう。そう考えてアジ=ダカーハは僅かに逸れていた意識を、眼前の男に向ける。

 

「――――初めまして、と言ったところかな? 異形の者よ」

『………………』

「……だんまり、か。或は言語を話せないのか。まあどちらでも構うまい」

 

 一人、アジ=ダカーハと会話する人間の男。男の方はオーフィスに気付いていないらしい。極限まで気配を薄めているのか、あるいは気づいていて尚、三頭龍にしか目が行かないのか。

 後者だろうな、と三頭龍は考えた。男の目を見ればわかる、あの目は“未知のモノ”に対する好奇心と、“知りたい”という欲求に飢えている目だ。外見上唯の少女でしかないオーフィスに興味を示すとは思えない。

 

「私の名はニムロド。しがない一国を束ねる王だ」

 

 仰々しく礼をする男――ニムロド。前置きが長い男だな、と思うと同時に、やはりあの塔はバベルで合っていた、という確信を得た。

 

「……しかし、これは手酷くやられてしまったものだ」

 

 周りを見渡してつつ一言呟いたニムロド。

 ビル群はその大部分が倒壊し、下敷きとなった一般家屋と人間が見える。そしてその中からくまのぬいぐるみの片腕をもって下敷きにされている、恐らくは女の子供が下敷きとなって死んでいた。それを庇おうとしたのだろう、最早女か男かもわからないほどにミンチになったヒトガタがその子供と共に下敷きになっている。

 三頭龍の周りには軍服に身を包んだ――恐らくは防衛班と思われる人間が野垂れ死んでいた。その一つの顔に、ニムロドは見覚えがあった。確か、己に憧れを懐いて防衛班となった少年だ。己のどこに憧れを懐いたのか、よく分からないままだった。その表情は恐怖に満ちていたが、その瞳には死した後も宿る闘志があった。

 

「如何に感情が希薄であると言われる私とて、ここまでやられてしまうと――――」

 

 

 

 

 

 

 

 ――――怒りしか湧いて来んのだぞ?

 

 ニムロドは残像を残し、三頭龍の前に躍り出た。その手にはいつの間にか、長大な槍が握られていた。

 あぁなるほど確かに、その素早さは人間からすれば脅威的だろう。

 だが遅すぎる(・・・・)

 

 迫りくる槍を前に、三頭龍は右手の甲でそれの側面を軽く打ち、軌道を逸らす。それによってニムロドは無防備な状態をさらし、その隙を三頭龍がそれを見逃すはずもない。右の首で、愚かにも挑んできた人間をかみ殺そうと牙をむき――――

 

 ガチンッ、と、牙同士がかみ合う音が響く。その直前に右肩に僅かな衝撃が走った。

 

『…………?』

「我が民に手を出した報い、ここで晴らさせてもらうぞ……!」

 

 右の首の視界が着地した瞬間らしいニムロドを捉える。どうやら右肩を足場に、牙から逃れたらしい。

 だがその位置は尻尾の射程距離内だ。

 尻尾を天高く振り上げ、大地諸共砕く勢いで振り下ろす。ニムロドは横に跳ぶことでそれを避けたが、地面を砕いたときの衝撃と無数の小石によって着地時に僅かな隙を見せた。

 そこを狙い、尻尾でニムロドを突き殺そうとする。

 

『………………』

 

 しかし、その尾による攻撃はニムロドが持つ槍で防がれた。尾と槍がぶつかる直前に真後ろへ跳ぶことで衝撃を極力いなしたらしいが、やはり無理な体勢で防いだためか、100m先まで吹き飛んでいた。

 防がれたことを疑問に思いつつ、ならば、と三頭龍は身体の向きを変えるため、右脚を軸に急速反転。ニムロドと向かい合うような立ち位置になった瞬間、ニムロドに向かって跳躍した。一瞬にも満たぬ時間で距離を詰めた三頭龍は今度こそその命を刈り取らんとし、右手を鎌の様に形作り横に振るった。

 普通ならばここでニムロドは死んだと思うだろう。しかし彼は槍の石突きで大地を打ち、まるで棒高跳びのように攻撃を回避した。

 

 随分と戦い慣れているものだ、と三頭龍は関心を示す。だが空中へ飛んだのは下策である。

 今度は左腕を下から上へと振り被る。もはやニムロドに回避の術はない。

 

 直撃。

 

 辺りの粉塵を消し飛ばすほどの衝撃が奔る。その衝撃の威力は、とてもではないが人の身体で耐えられるものではなく、脆弱な身体であれば一撃で消し飛ぶ。

 強大な衝撃によってニムロドは吹き飛び、大地を転がる。数十と転がった後、両足を杭として勢いを殺していく。勢いが完全に止まったのは、三頭龍から見て大凡200mだった。

 三頭龍から見える限り、ニムロドは満身創痍だった。左腕はあらぬ方向へ曲がり骨が見え、大地を転がった時に出来ただろう裂傷が体中に出来ている。傷だけを見れば満身創痍とは思えないだろうが、内蔵の方は致命傷と言ってもいいだろう。仮に先程の衝撃の威力をいなしたと鑑みても、大部分の内臓が潰れていると見ていい。

 

「ハ、ハハ……! まさか、一撃で致命傷を与えられ……ゴフッ」

 

 衝撃を受けた時の反動か、足を震わせながら立ったニムロドの口から大量の血反吐が出る。恐らくは大腸の辺りをやられたか、あるいは心臓や肺に肋骨が突き刺さったか。どちらにせよ、もう長くはないだろう。

 右手にある槍を見れば、先程まで神聖さを持つ光を放って輝いていたその槍は、持ち主の死を感じ取ったからか、徐々に高貴な光を失わせていく。

 どうあがいても死ぬ。万人が見ても明らかであるがしかし、ニムロドの目から光は消えない。

 

『……強いな、貴様は』

 

 つい、言葉を発した。

 知恵無き者と思っていたニムロドは驚嘆の顔で三頭龍の顔をじっと見、フッとほほ笑んだ。

 

「……なんだ、人語を解すのではないか」

『末期の相手と別れ際に話す程度だ。本来ならば、私という“怪物(バケモノ)”に人語は必要ない』

「……そうか」

 

 なにかを悟った表情で天を仰ぐニムロド。一瞬だけ瞳を閉じ、そしてなにかの決意を固めた目で三頭龍を睨む。

 

「ならば尚の事、膝を折ることは出来なくなったな……!」

 

 光を失いつつあった槍から、先程とは比べ物にならないほど光輝く。どうやらあの槍は持ち主の意志の強さに応じて光の強弱が変わるらしい。同時に、その威力も増しているのだろう。現に、槍から漏れ出した光に当たった物質が消滅している。

 なるほど、物質界の全てを消滅させる光のようだ、あの槍は。と、考えた時に一人の少年が三頭龍の脳裏を過った。

 

 金色の髪を持つ、あの勇気ある少年を――

 

『……その決意、高く評価しよう。持てる蛮勇全てをもって挑むがいい、人を統べる王よ……!』

「言われずとも挑むさ。だが、一つだけ聞かせてほしい」

 

 震える身体に鞭を打ち、ニムロドは片手で槍を構える。

 彼の末期の問いに、三頭龍は答える。

 

『聞くだけ聞こう』

「あなたの名を、聞かせてほしい。生涯最後の相手の名を、心に残しておきたい」

『…………………』

 

 ニムロドの問いに、三頭龍は数瞬だけ迷った。すぐそばには自信と同等以上の実力を持つオーフィスが居る。おおよその正体が掴めているだろう彼女の前で名前を言うのは憚られた。

 が、その思考を別の思考で拭い去る。「何を迷う必要があるのか」と。

 

 アジ=ダカーハは絶対悪の権化。暴力には更なる暴力で、策略にはより練度の高い策略で相手を捻り潰す。それがアジ=ダカーハ(わたし)だ。

 相手は相応の覚悟をもって名を問うているのだ。ならば名乗るのが、絶対悪としての礼儀と言えるだろう。

 

『――――我が名はアジ=ダカーハ……世界全ての悪を背負う悪の心髄である』

「――――――」

 

 息を呑む音が聞こえた。それは驚愕したからか、あるいは三頭龍が背負う重さを悟ったからか。

 三頭龍は続ける。

 

『英傑よ、来るが良い。その一撃に己の全てを乗せ、我が心の臓腑に突き立てて見せよ……!』

 

 

 ――――その“覚悟”が偽りでないのなら

 




※一瞬でボコボコにされてますが、未来から見ても人類最強です

◇追記:今更ですが、タイトルを打ち忘れたので追加


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死闘/絶望

『英傑よ、来るが良い。その一撃に己の全てを乗せ、我が心の臓腑に突き立てて見せよ……! その心内に猛り狂う覚悟が偽りでないのならば――――!!』

 

 

 三頭龍――――アジ=ダカーハがそう宣言したのと、ニムロドが音速を超えてアジ=ダカーハに斬りかかったのはほぼ同時だった。

 

 上から下に槍を振り下ろす。あらゆる物質を消滅させる光を纏う槍に当たれば、流石の三頭龍でも致命傷は免れない。当たる直前すれすれでアジ=ダカーハは左に向かって跳ぶことで回避した。

 地上から2m30cmほど離れているニムロドは、攻撃が回避されたことで空を斬る。傷付けられた大地が深い傷跡を残す。それこそ、跡形もなく。

 その威力を脇目で見つつ回避に成功したアジ=ダカーハは、着地に成功したと同時に右の拳によるストレートを繰り出す。その速度は音速のそれよりも遥かに速く、そこから生まれる威力は途方もない。

 そんな超小型の隕石を前に、ニムロドは身体を強制的に横に回転。槍の柄で防御するように構え、向かい来る隕石に備える。

 

 直撃。

 

 吹き飛ばされたのは、当然ながらニムロドである。しかし今度は無様に吹き飛ばされることはなく、1kmという長距離を槍を支えにすることによってなんとか体勢を崩さずに堪えた。

 

「ハァ……ハァ……ッ、ガッハ!!」

 

 隕石のそれよりも大きな衝撃によって内蔵に多大なダメージを負わせ、思わず吐血した。吐き出した血の量からして、そう長くはない事を悟るニムロド。アジ=ダカーハに告げられていた時から覚悟はしていたが、やはり未練を感じてしまうのはヒトとして当然なのだろう。

 

 ――――だからこそ、

 

 

「せめて一撃、見舞ってやらねば気が済まんよなぁ……!」

 

 

 出撃前と同じ狂気の笑みを浮かべ、ニムロドは駆ける。

 全てはあの悪の巨峰に己が覚悟を見せつけんが為に。

 

 最早ここにいるのは王としてのニムロドではない。

 

 ――――“ニムロド”という人間(こじん)

 

 

「――――――ォオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!」

 

 

 獣の如き咆哮を撒き散らしながらニムロドは突き進む。その速度はもはや人の目では目視不可能であり、1kmという差を5秒という僅かな時間で埋める。

 だが、その5秒はアジ=ダカーハ相手には長すぎた。

 

『フン……』

 

 右手を掲げ、その指で何もない空間を横にスゥッ、となぞった。

 

 瞬間、一対の影の翼がその形を崩し、無数の影の刃となってニムロドに襲い掛かる。800mを切ったところでニムロドは第六感による危険察知を当てにし、槍を上から下へ斜めに振るう。

 直後、ガインッ! という鉄塊同士で殴ったような音が響き渡る。全てを消滅させる光を纏った槍であったならば、影の刃は消滅を免れなかっただろう。しかし次の一撃で勝負を決するため、生命力の塊である光を槍の内側に留めていたことによって相殺程度に済んだ。

 黒い影は下に弾かれたために地面へ突き刺さる。しかし間を置かずに右方から迫る影の刃。その後に続く無限の黒い空間は、その全てが影の刃となっていた。

 手首の動きだけで右方から迫る刃をはじき、続く薙ぎ払いで複数の刃を弾き飛ばす。普通の人間ならばその空間に足を踏み入れることを恐れるだろう。だが、ニムロドは一片の躊躇もなく足を踏み入れ、また一歩アジ=ダカーハに近づく。

 時に指先で弄び、時に手首で円を描き、時に腕で獲物を狙う大蛇の様にしなりを持たせ振り回す。様々な方法で向かい来る影の刃を払いつつ、一歩一歩、確実に進んでいた。

 しかし、それと同時にニムロド自身の傷も増えていく。打ち払ったはずの刃が再び牙をむき、肩を掠めていく。反応が遅れたことで右側の頬の肉を削がれる。左腕などとうの昔にボロ雑巾の様に傷だらけとなり、なぜまだ繋がっているのかと疑問に思うぐらいだった。そんなボロボロの状態であってもニムロドは足を止めない。足を止めた瞬間、死が待っていると感じているからでもあったし、何より今のニムロドに“後退”の二文字は消えうせていた。

 その蛮勇をアジ=ダカーハはジッと見つめていた。

 

 

 残り500m。

 全身を巡る痛覚によってニムロドの理性は徐々に摩耗していき、ついには原初の姿である“獣”へと変わり始めていた。

 

「■ハ■■ハハハ■■■■■■ァァァ――――――ッ!!」

 

 半ば人語を解さぬ獣となりつつあるニムロドは、ただひたすらに己の本能と直感に従って向かい来る刃をいなし続ける。

 その行進を見つめていたアジ=ダカーハは何を思ったか、突然影の翼を基の形へ戻した。

 ニムロドに知性があったのなら開けた空間に疑問を持っていたのだろうが、理性が崩壊しつつあったニムルドはそれを好機と判断し、それまで以上の速度で距離を詰め――――

 

 

 

「ッ――――!?」

 

 

 

 突如として眼前に突き出された白銀の腕を見た。

 即座に身体を限界まで捻り上げ横に跳ぶことで回避。直後、腕によって突き破られた無数の空気の層が衝撃となって、直線状にあったビル群に巨大な穴をあけた。

 地面に着地した瞬間に後ろに向かって全力で跳躍する。それとほぼ同時に、上から白銀の腕――――アジ=ダカーハの腕が押しつぶさんとした。アジ=ダカーハの剛力によって拳を中心に大地が隆起する。その一つ一つが槍のように鋭く、まるで大地がニムロドを敵と認めた様な、そんな錯覚をニムロドに覚えさせる。

 まだ平たい大地のままになっている場所に着地した瞬間、全速力でアジ=ダカーハヘ駆ける。アジ=ダカーハとの距離はおおよそ100m前後。通常の人間であるならばおおよそ10秒以上かかるその距離は、ニムロドの驚異的なまでの脚力をもってすれば1秒以下にまで縮められる。しかし、1秒以下の速度で距離を縮めようとも、アジ=ダカーハの前では亀よりも遅かった。

 

『フンッ!』

 

 手刀を大地に差し込み、大地その物を持ち上げ、そのまま空中へ投げつけた。直径500mにもなるその大岩を足場にしていたニムロドは、槍を大岩に突き刺すことで、急速に上昇していくときに生じる衝撃を逃していた。

 一息つく間も無しに、ニムロドは槍に光を集わせ、より巨大な刃を形成した。大剣と合体したような形となった槍を逆手に持ち、ニムロドは足場であった大岩を両断せしめた後、大岩を足場にアジ=ダカーハへと急速落下していった。

 生涯最後とも言える一撃で、彼の龍を打ち倒す為に。

 

 

 

 

 天から落ちる、黄金色に輝く彗星。その正体は眩く光る槍を手にしたニムロドだった。

 地上から約4000m超の地点から落下するニムロドはその速度を徐々に増していき、その槍の穂先をアジ=ダカーハへ向けていた。否、正確には槍に付けられた刃に光を纏わせているのだ。

 それを驚異的な視力で視たオーフィスは、それ(・・)を見た。

 

「……あの人間、まさか――――」

 

 そう、呟いたのとほぼ同時。

 

 

 彗星は三頭龍に向けて堕ちた。

 

 

 

 

 分かっていたことだった。この命を賭しても、彼の龍には届かない事など。

 だがそれでも、一矢報いたかった。

 

「――――――――」

 

 ――――まさか、こんな巧妙な技を持って受け止められるとは微塵も思っていなかったが。

 

 

 地上へ落下しつつも彼の龍――――アジ=ダカーハへ一撃食らわそうと、穂先を地上へ向け堕ちていった。

 しかし彼の龍は刃のその上、柄の部分に向けてあの影の刃を当てることで地面に突き刺した。その程度は予想の範囲内だった。

 その後、突き刺さるよう誘導された槍を引き抜く動作と共に切り上げる。これもまた回避される。これもまた予想通りだった。

 一歩踏み込みつつも身体を右に回転させ、薙ぎ払った。相手は回避の動作中であり、避けようとしても避けれない。また受け止めようとしても全てを滅する光がそれを許さない。だからこそ、一矢報いた! そう思い振り払った一撃は――――

 

 

 

『……終わりか?』

 

 

 

 柄の部分を膝と肘で受け止めることで(・・・・・・・・・・・・・・・・・)光の刃すれすれの状態のまま、微動だにしなかった。

 力を入れようとも、引きはがそうと力を込めようとも、微動だにしない。いや、正確に言うのなら引きはがそうとする気力もなくなっていた。血の流し過ぎか、相手との圧倒的なまでの力量差か。そのどちらであろうとも、どちらでなかろうとも、最早関係なくなった。

 今の私に生きる術など持たない。唯一の得物であった槍は彼の龍によって封じられ、今まさに龍の左手が断頭台の様な鋭さを持つ手刀となっていく。

 ここから生き延びることなど不可能である。どんな奇跡が起きようと、逃げ切ることなど不可能である。そう思わせられる程の力の差。

 

 

 

 ――断頭台が振り下ろされる――

 

 

 

 だが。

 

 

 

 ――首が断ち切られる光景(ビジョン)が浮かび上がる――

 

 

 

 こんな、絶体絶命の時でさえも。

 

 

 

 ――その寸前に槍を手放し、槍の柄を踏み台にして左側の首を思い切り蹴り上げた――

 

 

 

 次の一手(・・・・)を思いついた自分にあきれ果てた。

 

 

 

『――――ッ!?』

 

 

 

 大地が悲鳴を上げつつ渓谷を作り上げた。その奥底から、穴を満たす様に溢れ出る真紅の液体。己以外の全てを溶かそうとするその熱は、まるでこの大地の血液のようであった。

 諦めかけていたものからの奇襲を受けた三頭龍が、僅かによろめく。同時に驚嘆したからか、それとも別の何かからか。理由はともあれ、その力は僅かに緩んだ。

 足場に付けていた足の方で槍を引っ掛け、手元まで戻らせる。まるで曲芸師だな、と考えつつ、槍を薙ぎ払った。驚嘆から回復した三頭龍はそれを避けた。

 咄嗟に思い付いた技法だが、まあ二度は通じないだろう。限界が訪れようとしている身体に鞭を打ち、地面に着地する。まだ倒れるわけにはいかないのだ、あの龍と決着をつけるまでは。

 そんな私を見てか、三頭龍はつぶやいた。

 

『まだ戦う気概があったとは、関心するほかないな』

「生憎と、この往生際の悪さは父上から嫌悪を示されたほどでね……!」

『…………どこまでも小賢しい人間だ』

 

 笑いながらそう言った三頭龍が音の壁を越えて攻撃を繰り出した。相も変らぬ速さだが――――

 

もう慣れたよ(・・・・・・)、アジ=ダカーハ」

 

 その先には槍の穂先がある。

 全力で打ち払う。その時、此方は大きく仰け反り、三頭龍は僅かに仰け反るだけとなった。だが、その結果だけでも大きな戦果である。

 

 龍にとっては小さすぎる隙。

 

 だが、私にとっては十分な隙だった。

 

 

「グッ――――ォォォオオオオオオオアアアアアアアアッッ!!」

 

 雄叫びを挙げつつ強引に槍を構え直せば、骨が軋み、肉が断裂する音が聞こえた。

 だが、その音を無視して穂先を相手の心臓目掛け、全力で投降する。穂先にこれまで以上の光が灯り、一見すればその光の軌跡は、光輝の剣のようにも見えた。

 

 ここが勝機なのだ。

 

 ここを逃せば、もう奴には勝てない――――!!

 

 

 決死の想いを懐いて投げた無銘の槍は、

 

 

 吸い込まれるようにして奴の胸へ突き刺さった

 

 

 

 

 静寂が訪れる。

 

 赤色の液体が地面に滴り落ちる。

 

 その発生源は他ならぬ三つ首の龍であり。

 

 それを突き刺したのは、他ならぬ唯の人間だった。

 

 

「――――――」

 

 

 オーフィスは驚嘆のあまり絶句していた。自身が強者であるという事実、そしてムゲンという絶対強者の立ち位置、それを自負していたからこそ目の前の光景は信じられない。

 

 弱者(にんげん)強者(ムゲン)に勝ることがあるなど。

 

 だが事実として、アジ=ダカーハはあの人間……ニムロドに心臓を突き刺された。身体を貫通する形で刺された以上、生きている事はほぼ不可能だろう。それこそ、心臓が二つあるだとか、ある一定の威力を持つ技や武器で無い限り効かない身体だとか、そういった特異体質でない限り、生き残ることはできない。

 そう考えたオーフィスは目の前の光景を受け入れ、アジ=ダカーハを打ち倒し、ムゲンを上回る可能性を持つだろう人間を侮らぬよう細心の注意を働かせようとして――――

 

 

 

 

 

 

 

『――――我が心の臓腑を突き刺したか』

 

 

 

 

 

 

 

 その思考が……否、空間そのものが固まった

 

 のそり、と静かに、しかし圧倒的な威圧感を出しながらアジ=ダカーハは胸に突き刺さった槍を抜き取り、適当な場所へ放り投げた。抜き取った個所から大量の血しぶきが飛び出すが、それをものともせずにアジ=ダカーハは告げた。

 

『だが、惜しかったな』

 

 胸に決して小さくない風穴を開けられたにもかかわらず、血反吐も吐かず、ただ淡々と告げるアジ=ダカーハ。オーフィスの耳には、その言葉の裏に僅かな落胆の色が付いている事を聞き取った。

 まるで、あの人間に倒されることを望んでいたかのような、そんな落胆の意。

 理解できなかった。生まれながらの強者でありながら弱者相手に倒されようとする、その思考。だがそんな事よりも、なぜアジ=ダカーハは心臓を突かれてまだ生きているのか? その疑問しか頭に湧いてこない。

 

「――――な、何故……?!」

 

 オーフィスの心理を読み取ったかのように、ニムロドが代弁した。無理もない、オーフィスさえも混乱に居るこの状況で、ただの人間であるニムロドはその極みに居る事だろう。

 そしてふと、アジ=ダカーハの足元で何かが蠢くのを見たオーフィスは、それ(・・)を注視した。

 

 してしまった。

 

 

『簡単な事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 私を殺したいならば、こいつらを全て殺すこと(・・・・・・・・・・・)から始めるべきだった(・・・・・・・・・・)、それだけのことだ』

 

 

 

 その言葉と共に生まれたのは、アジ=ダカーハによく似た(・・・・・・・・・・・・)双頭の龍。アジ=ダカーハの最大の特徴とも言える背にたなびく真紅の旗がない、龍というよりは竜と言われた方がしっくりくる特徴を持つが、それでも外見的特徴はアジ=ダカーハのそれとほぼ変わりない。

 それが数匹。

 どうやって生まれたのか、そう思考を巡らす寸前にある事に気が付いた。とても些細な事であったため気付きにくいが、しかし周囲に気を配っていればすぐに分かるような特徴に。

 

「血が無い……?」

 

 さきほど、槍を抜いたときに飛び散った血液がどこにも見当たらない。代わり、というべきか、血の水溜りとなっていた部分には双頭龍が存在している。

 これが指すのは、つまり――――

 

『我が血潮より生まれ出る眷属――――これらを全て殺し、我が質量の全てを消耗させたうえで心の臓腑を貫けば、あるいは勝てただろう』

 

 アジ=ダカーハの語らいを聞きながら、オーフィスはアジ・ダハーカについての伝承で、三頭龍の眷属に纏わる文章を思い起こしていた。

 神話に曰く、アジ・ダハーカの身体を剣で持って斬りつけたところ、その傷口から爬虫類などの邪悪極まる生物が溢れ出て、アジ・ダハーカに挑んだ戦士の行動を妨害したという。

 アジ=ダカーハが仮に“アジ・ダハーカ”であるというオーフィスの推測が正しければ、多少の誤差はあるが、あの双頭龍は神話に描かれる爬虫類と言ってもいいのではないだろうか。とするならば、単純計算でも地球そのものを覆い隠すほどの総軍(・・・・・・・・・・・・・・・・)を相手にしなければならない(・・・・・・・・・・・・・)

 敵対者からすれば地獄のほかないだろう。現にニムロドはアジ=ダカーハの質量の全てを知っているわけではないだろうが、それでも絶望の色を濃くしていた。

 

『それに――――』

 

 絶望の色を写すニムロドを軽く無視して、三頭龍は先程自身が適当に投げ捨てた一振りの槍を見る。

 持ち主の手から離れたからか、その輝かしい光は失われ、一見すればただの槍のように見える。

 

あの神槍では私は殺せない(・・・・・・・・・・・・)

 

 感情を写さない瞳でそう告げる三頭龍。まるでゴミを見るような目で槍を見つめる三頭龍に疑問を覚えたのか、ニムロドは膝をついていた足を奮い立たせ、三度立ち上った。

 よくそこまで気力が持つものだ、とオーフィスは関心を示す。

 

「神槍だと?! 何を馬鹿な、あの槍は普通の槍のはず――――」

『では問おうか、ニムロドよ。普通の槍は持ち主の召喚(・・・・・・・・・・・)に応じて手元に現れるのか?(・・・・・・・・・・・・・)

 

 アジ=ダカーハの意味深な問いに、ニムロドは何かに気付いたかのように沈黙した。

 同時に、あぁ、そういうことか。とオーフィスも納得する。あの槍の正体を、否、あの槍が分類されるべき種別を知っていたから。

 

『恐らく貴様がこれまで使ってきただろうあの槍は、神造兵器(しんぞうへいき)――――神々が造ったものの一つ。意思を持つ武具、あるいは所有者を選ぶ性質を持つ武具だ。そして、槍が発してたあの光は“対象を消滅させる光”ではなく、“対象を消滅させるほどの熱量を持った”光なのだろう。光の正体さえつかめば、あとは簡単に答えが導かれる。

 あの槍は――――太陽神か、それに連なる神々が造った武具。さながら“太陽の槍”というべき存在か』

 

 まああの槍の名称などどうでもいいが。とアジ=ダカーハは声を小さくして呟いたが、オーフィスは聞きとっていた。

 どうでもよくない事だろう、とその槍の正体を知っているオーフィスは思ったがまあいいやと考えを改める。オーフィスにとっては些細な事だし、アジ=ダカーハからすれば名称はどうあれ、それが自身に“効く”か“効かない”かのどちらかしかないからだろう。あるいは本当にどうでもいいのか。

 

『人間が作った後に神秘が宿ったのなら話は別だが、神々が創った代物で私を殺すことは、極一部の例外を除いて不可能だ。現にあの槍を心臓に突き刺したにもかかわらず、私が生きているのがその証明だ』

 

 随分と酷な言い方をするな、とオーフィスは考える。

 ニムロドは聖書にも記されている通り、神々へ挑戦しようと“バベルの塔”を作り上げた。その理由こそ不明だが、どちらにせよ挑戦するのなら神々が造った武具を用いて神々に挑む、という愚行はしないだろう。まともに“ニムロド”を見たのは今回が初めてだが、そういう卑怯……いや、この場合は愚かな手段を取らぬ男であるのは容易に考えれる。でなければ、正面からたった一人でアジ=ダカーハに挑むはずがないからだ。

 しかし彼は、()の神槍を振るい、神々へ反逆しようとしていた。ならば彼は本当に、彼の神槍を“ただの槍”として見、思うがままに振るっていたのだろう。

 呆れを通り越して、哀れに思う。これでは神に踊らされた舞台の上の人形ではないか、と。

 

「わ、たし……は……!」

 

 絶望に打ちひしがれたニムロドを追い詰めるように、重ねてアジ=ダカーハが問うた。

 

『――――どうした、英傑よ。もう終わりか?』

「……っ……!!!」

『策謀は尽きたか? 闘志は枯れたか? 希望は潰えたのか? どうなのだ、英傑よ』

 

 恐慌状態に陥ったであろうニムロドを見、三頭龍はその紅玉の瞳を見開き――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そうか、ならば死ね(・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 躊躇いなく、その命を刈り取った




ニムロドさんの散り際を古き良き武士並に良くしようと書いていたら、いつの間にか絶望感(?)溢れる最後に。
これも全部閣下が絶対悪なのが悪い←


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三頭龍が拉致られたそうですよ?

難産した挙句前話より少ない文字数

泣いていいかな(´・ω・)


 絶望の色を瞳に宿したまま、男――――ニムロドの首が宙を舞う。

 ベチャリ、と、泥を地面にぶつけた様な音と共に生首が地面に落ちる。何回か転がった後、まるで狙ったかのようにオーフィスを見つめる様に止まった。

 

「………………」

 

 オーフィスもまた、生首となり果てたニムロドの目を見つめる。見れば見るほど絶望の色が濃く、奈落の底を見ている気分になる。または次元の狭間特有の、あの空間か。どちらにせよ、今となってはオーフィスにとってどうでもいい存在となり果てた。多少過程が異なったものの、結果だけ見れば戦闘が始まる前にオーフィスが呟いた言葉と同じ結果となった。ここで相討ちか、アジ=ダカーハが敗れる、という未知の結果も見てみたかったとは思うものの、有り得ない事だと分かり切っているためそう期待していない。

 そうえいば、と、神槍の方を見る。宿主であったニムロドが殺されたからか、その槍に纏わりついていた光は跡形もなく消え失せていた。あの槍にあるはずの加護さえも、どこへなりと消え失せている。

 誰がどう見ても多少大きめのただの槍としか見えなかった。

 オーフィスはその事に、微かな違和感と不安を覚えた。

 

 あの槍は神造兵器(しんぞうへいき)。ある神が将来持つことになるはずだった、神々の槍。

 “全てを貫くもの”という名を持つあの槍はあの神話勢に必要なモノのはずだが、どういうわけか正史では持っていない筈の(・・・・・・・・・・・・)ニムロドが持っていた。その事さえも未知であるというのに、肝心の槍本体から加護が消え失せたとなれば後の世に響く事だろう。

 さて、とオーフィスは考察を開始する。加護を失った要因として考えられるのは、所有者の命を糧に加護を発動しているという説。別段、所有者の命を糧に加護を与える神造兵器はそう珍しくない。おおよその神造兵器は自身さえも気づかない程度で削られる程度なので誰も気にせず、誰もがその加護を使って寿命を縮めていく。この場合の“寿命”とは、一般的に言う命ある間の長さではなく、原因がなんであれ(・・・・・・・・)死ぬ時間までのことを指す。異なる言い方をするならば、自身の今生の運命を糧にして加護を発動している、と言えなくもない。純粋な人間や半神半人などの英雄英傑が寿命・事故死・病死に関係無く早死にするのはこれらが原因である。

 だが、あの槍は神造兵器の中でも上級に位置する武具。その加護は強力ではあるが、その分おおよその神造兵器とは比べ物にならないほど代償は高くつく。人間程度の寿命で加護を一回用いるとすれば、単純計算でも数十人分の寿命は必要である。神造兵器に宿る加護とは、そのくらい効果が高く、また代償も高いのだ。

 これが真の使い手とも言うべき神々であれば、その加護を使う時に寿命を削ることはない。否、そも神々には“寿命”という概念そのものが無い。正確には、厖大な生命力と驚異的な回復力によって寿命で死ぬことが無い。“在り方(そうあれかし)”という人々の総意がある限り、それによって神々が神造兵器を十二分に扱うことを可能とするからだ。

 

 だが、あの男はごく普通の人間であった。そう、普通の人間のはずなのだ。

 だというのにあの男は何の苦も無く加護を発動させていた。最後の攻防、命が失われる最期の時まで、加護を発動させ続けていたのだ(・・・・・・・・・・・・・・)

 永続して加護を与える類のものがないわけではない。だがあの槍は、オーフィスが覚えている限りそういう類の代物ではない筈。

 であるならば、なぜ持続的に加護を発動させることができ、かつ生命力が失われる気配が無かったのか? 考えてみるも、答えは出ない。

 オーフィスが脳内至高の海を漂っていた時、宿主を失った槍を見たままであった三頭龍――――アジ=ダカーハが声を上げた。

 

『――――龍の神よ、幾つか問いがある』

 

 振り向きながら言ったアジ=ダカーハ。その胸に突き刺さった跡は無い。

 血液から生物を生み出し、その回復力も目を見張るものがある。全ドラゴンの中でもトップクラスの回復力を持つオーフィスさえも、アジ=ダカーハの回復力には僅かに目を開く。

 

 ――――あぁ、愉しい。

 僅かに感じた愉悦が、オーフィスの身体を支配する。ゾクゾクと身体を奔る刺激を堪えつつ、オーフィスは答える。

 

「……なに?」

 

『先程の神造兵器――――あれは“ルーの槍”か?』

 

 

 

 

 ルーの槍。

 この槍については不明な部分が多く、ただケルト神話の太陽神・ルーが持っていたというだけで、正式な名前はない。後に世界的に有名となる神槍“ブリューナク”がルーの持っていた槍ともされるが、詳細は不明のままである。

 “槍”と一言に言っても、ルーの持つ槍は大まかに分けて六つある。

 

 一つは四秘宝のルーの槍。

 “ドゥアハ・デ・ダナーンの四秘宝”の本文では、ルーの槍はその内の一つとされる。またその本文では「ルーやその槍を手にした者に対し戦(の優位を)保ちつづけることこれかなわず」とされ、不敗の槍と称される。

 その出自については謎が多く、“アイルランド来寇の書”では「トゥアハ・デ・ダナーンがアイルランドに来寇した際、それ以前に暮らしていたロフラン(=北欧)の都市ゴリアスからルーの槍を持込んだ」と記され、また四秘宝本文では「ヌアザの槍は都市フィンジアスから」という文章がある。またジェフリー・キーティングのアイルランド史によれば「ルーの剣はゴリアスから」「ルーの槍はフィンジアスから」と、両方ともルーがもたらしたかのような文章もあり、意見は多々分かれている。

 

 二つ、アッサルの槍。

 ルーが己の父であるキアンを殺された賠償として、トゥリル・ビックレオから要求した一振り。Ibur(イヴァル)と告げれば槍自身が宿した呪いによって敵に必中し、Athibar(アスィヴァル)と告げればその槍が手元に戻ってくるとされる、必中必殺の槍と記される。

 

 三つ、アーラーワル。アラドヴァルとも呼ばれる。

 “トゥレンの息子たちの最期”という物語に登場し、ルーがトゥレンの息子たちから求める賠償の一つ。槍の穂先を水につけておかなければ、都市一つを燃やし尽くすと伝えられる代物だ。槍の名に関しては諸説あり、「屠殺者」や「殺戮者」など、物騒極まりない名前が挙げられる。

 

 四つ、イチイの名木。“森一番のイチイの名木”とも呼ばれる。

 “トゥレンの息子たちの最期”において、「森でこよなきすばらしきイチイの樹」と詩人に扮したブリアンに歌われる。

 奇しくも、上記とほぼ同じ文言の美称「森の名だたるイチイの樹」。これもまた、ルーの槍の呼び名として16世紀にあったある写本の一部のくだりに記されているのだが、そのくだりではアルスター戦士時代にあった“ケルトハルのルーン”と同一とされており、西暦160年ごろのコルマク・マク・アルトを失明させたクリヴァルと同一視されている。

 

 五つ、ルイン。

 アラドヴァルと称すルーの槍。アルスター伝説に登場する英雄“ケルトハル”や“ドゥフタハ”が用いていた槍、ルイン、ルーンと呼ばれる槍は共通点が多い。

 イチイの名木にもある通り、度々同一視される事もある。

 

 六つ、五つに分かれた穂先を持つ槍。

 “クアルンゲの牛捕り”に曰く、疲れ果てた息子・クーフーリンを助けるためにルーが現れ、その手に持っていたのが五つの穂先を持つ槍であると言われる。

 なお、この五尖槍(ごせんそう)はルーのみならず、無数にある神話・伝説に数多く登場する。五つの穂先を持つ槍はルーが手にするこの槍のみだが、穂先の数は兎も角、最も一般的な武器として登場する。

 

 以上の六つがルーの槍として知られる。

 

「……そう。あれは、ルーの槍」

 

 オーフィスが口にしたのは、肯定の意。

 やはりか、とアジ=ダカーハは己の考察が当たっていたことを確信する。

 六つ、あるいは五つあるとされるルーの槍だが、その存在は非常に曖昧(あいまい)なものだ。まともに形が描かれているのは“クアルンゲの牛捕り”のみであり、その他については能力についてしか書かれていない。アジ=ダカーハはそこに疑問を持った。

 今から見て未来である現代の視点で考えれば、ルーの槍=ブリューナクというのは人間界における一般的常識。とするならば、未来から見て過去に当たる今においても、それは例外ではないだろう。

 とするならば、ブリューナクは槍に纏わる六つの伝承をまとめ、形としたものではないか? その結論に達した時、オーフィスはニムロドが持っていた槍を横目に見た。伝承全てをまとめ、ブリューナクと化したのがあの槍ならば、あまりにも、

 

『――――私が知っているものと形が違うが(・・・・・)、まあ厳重に施されていてば見れるはずがないか』

「…………!」

 

 アジ=ダカーハの呟きにオーフィスはピクリと肩を動かした。まるで心の中を読まれたような気分だった。

 そう、ブリューナクはその大元の伝説でも“五つの穂先を持ち、その穂先から放たれた光は一度に五人の人間を射殺した”とされ、その能力は“絶対的な勝利へ導く”、“投降しようと手元から離したその刹那、槍は強大な稲妻となり、敵を焼き殺す灼熱を持つ”と言われる。そう、伝承でのブリューナクは五つの穂先を持つ槍として描かれている。

 だが、ニムロドが持っていた槍の穂先は一つしかない(・・・・・・)。最も一般的な槍の形をしているのだ。これはおかしい。

 先程まであった神聖さを感じさせる灼熱の光も、ニムロドが絶命した瞬間に微塵も感じなくなった。果たして、そんな事があり得るのだろうか。

 

「――――偽物?」

 

 一つの仮定が思い浮かんだのだろうオーフィスが、そう呟いた。

 だが、アジ=ダカーハの仮定とは少し異なる答えだった。

 

『いや、あれは“本物”だ』

「? 一つしか穂先は無い」

『見ていればわかる』

 

 オーフィスの問いに軽く返事をしたアジ=ダカーハはそのままスタスタと槍の元まで歩いて行く。

 その答えに疑問を持つオーフィスだったが、アジ=ダカーハの言う通りであれば見ているだけで結果が分かるらしいので大人しく見守る。

 

 アジ=ダカーハが槍の元までたどり着き、その柄を握り、抜いた。

 

 

 

 瞬間、ニムロドが握っていた時よりも遥かに眩しい光が辺りを包み込み――――

 

 

 

 

 

 光亡き暗闇へ叩き落とされた




※タイトルの意味は次話で分かります(無駄に引っ張る)


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ムゲンが集結するそうですよ?

話が進んでいるのか進んでいないのか、日々悩む今日この頃(´・ω・`)
グレートレッドがネタキャラになってしまったが、まあいいか←


 

 槍を手にした瞬間、光亡き暗闇に引きずり込まれる感覚が私を襲った。

 

 上を見上げる。何も無い。

 

 下を見下げる。何も無い。

 

 左右を見る。やはりというべきか、何もない。

 

 後ろには龍神――――オーフィスだけがいる。

 

 暗闇に居るというのに、オーフィスの姿ははっきりと見える。不思議ではあるが、それ以上に不気味な空間である。

 槍を手にした影響だろうか、と一考するも、ありえないと断言する。

 ルーの槍――――引いてはブリューナクに“昼を夜に変える”などという力があるなど聞いたことが無い。それにこの空間は夜という、生半可でやさしめな表現では表しきれない。

 

 荒れ果てた大地も、黒く染まった空も、無数にある星も、直視できる程近い銀河も。

 

 本来動いているべき時や空間さえも……確かに、そこに存在している(・・・・・・)のに死んでいる(・・・・・・・)

 

 こんな空間が存在していいのだろうか。

 思わず驚愕の意を表に出してしまう。アジ=ダカーハとしては珍しいだろう感情だが、しかし……表に出すな、という方が無理だろう。ここまで死に満ちた世界は、少なくとも“自分”は初めて見たのだから。

 

『……此処は……』

「次元の狭間」

 

 驚愕のあまりに呟いたその言葉は、いつのまにか隣で立っていたオーフィスが答えた。

 左の首で左下を見れば、どこか懐かしげな表情で辺りを見回すオーフィスの姿があった。

 

我等(・・)が生まれ、育った場所」

『……この死に満ちた世界で?』

「そう。だからこそ我等は異常な力(ムゲン)を持った。持たなければ、ここでは生きていけないから」

 

 驚き以外の何物でもなかった。

 ここで生きてきた、というオーフィスの言もそうだが……彼女以外にもまだ生まれ育った存在が居るという、その事実に。同時に“無限”という大層な名前が付けられる、その所以がこの空間にあるのだと納得してしまう。この異常空間で生き延びるには、それこそなにかしらの異能が必要となるのだろう。

 生まれた時より強者足り得る要素があるのだから、相応の努力鍛錬を積めば世界を取ることなど容易いだろう。あるいは“強者”であるからこそ鍛錬が必要ないのか。どちらにせよもったいないことである。

 

「あまり、今のお前が長居する場所じゃない」

 

 忠告の様なものをしてくるオーフィス。彼女の発言をまっすぐに受け止めるのなら、この空間は今の私では毒になるという事だろう。

 

『分かっている。こんな何もない所ではすることもない、さっさと元の場所へ戻りたい』

 

 

【――――まあまて、アジ=ダカーハ。お前には用がある】

 

 

 瞳を見開く。先程まで私はオーフィスを注視していた。それはつまり背後を見ていた、ということになる。

 だが、それは現れた(・・・)

 

【随分久しぶりだな、オーフィス。元気でやってたか?】

 

 それを一言で表すのなら、“紅蓮”という言葉が真っ先に思い付く。

 全身を鮮やかな紅蓮に染め上げた巨躯のドラゴン。その鱗一つ一つが帯びる絶対強者としての風格。その瞳は全てを見透かすような輝きを持ちながら、深淵の様に取り込まれそうな色合いを持つ。顔の表面から生える一角は見ているだけでも凶悪な切れ味を持つことが分かり、地球程度の質量を持つこの身体など容易く切り裂かれるだろう。

 突然幻の様に現れたこともそうだが、なによりもその身体に宿す力の質がオーフィスを超えている。“無限”を超えるなど起源的に考えれば有り得ない事だが、この世界は恐らくそういう“ありえない”ことが許される世界なのだろうと思考する。

 そんな私の思考を他所に、そのドラゴンはオーフィスと会話しようと言葉を発したが……

 

「…………………………」

 

 当の本人(本龍?)が無視を決め込むうえに、紅蓮のドラゴンを睨み続けていた。

 

【…………なんで俺睨まれてんの?】

『知らん』

 

 【ですよねー】と悟ったような表情でオーフィスを見ていった紅蓮のドラゴン。分かってるなら最初から問うな、と言いたいが、心の内に留めておく。

 何気なく持ちっぱなしだった槍を地面に突き刺し、ついでとばかりに用は何だ、という意思を込めて睨みつける。悪業しかやることがなくとも、アジ=ダカーハ(おれ)は暇ではないのだ。

 

【まあオーフィスについては触れないでおくか。触らぬ神に祟りなんとやらだ】

 

 そこまで言ったなら最後まで言えよ、と思った。思うだけで口には出さないが。

 “これ”の言に振り回されてたらいつまでたっても会話が終わらない、と本能的に察知した。いつかの幻想(グリム)の詩人の様な、ああいう手合いの空気を感じとったのだ。

 

【――――さっさと用件を済ませろ、という視線が痛いのでさっさと進めるとしようか……】

『………………………』

 

 残念そうな表情……というよりは雰囲気でオーフィスに向けていた視線を此方に向けた。その光を帯びながら闇も帯びている翡翠の瞳はとても大きく、今の身長程度の大きさを持っていた。縦に長い瞳孔を見つめつつ、どうしてか目つぶししたくなる衝動を抑える。本当に謎である。

 

【まず用件は三つある。一つはオーフィスからも聞いているだろうが、お前を見定めることだ】

 

 瞬間、握り拳を作る。だが紅蓮のドラゴン目掛けて飛びかかるような真似はしない。

 それを疑問に思ったのか、紅蓮の龍が話題を中断して問うてきた。

 

【……オーフィスの時は理由も聞かず暴れたが、今回は耐性が付いたか?】

『二度も同じことを言われては、聞かざるを得まい。そこにどんな理由があり、どういう意図でその発言をするのか、私はそれを聞かねばならん。下らん案件だったら貴様と龍神諸共この場で殺すつもりだがな……』

 

 発言するとともに殺気を混ぜた視線を紅蓮のドラゴンとオーフィスに送る。

 オーフィスは案の定無反応だが、紅蓮のドラゴンは違った。

 

【あー待て待て待て、今ここでお前と取っ組み合いするつもりはねえよ。これからもな】

 

 紅蓮のドラゴンの発言を聞き流しつつ握り拳をほどき、腕を組む。

 どのみち彼らとは雌雄を決する時が来るだろう。己はこの世の何よりも罪深い、絶対悪(アジ=ダカーハ)であるが故に。

 

【聞いてねえなお前……】

『いずれ敵対するだろう貴様の言など聞く気はない』

【……まあいい。なら一つ目は後回しとして、二つ目の用件を言おう】

 

 己の発言を聞いた紅蓮のドラゴンはこれまでの少しふざけたような雰囲気から真面目な空気を漂わせた。

 

【お前の傍らにある、それについてだ】

 

 そう言って紅蓮の龍は私から視線を外し、そのすぐそばを見た。

 ――――傍らにあった、ブリューナクに。

 

『……これがどうした』

【どうもお前達は思い違いをしているらしいのでな、それを訂正してやろうという親切心だ】

 

 ピクリ、と指が動く。あの龍はブリューナクについて此方が決定的に間違っていると良い、それを訂正しようと言う。普段ならばそんな言など聞き流すが、話題が話題だ。謎に思っていた部分もあるのは確かであるし、なによりどこか見落としている部分がある気もしていた。

 故に私は、目の前の龍の話を聞くことにした。視線で続きを催促すれば、ニヤリと口に三日月を描いた。

 

【では教授してやる。ついでだ、オーフィスも碌に働かせないその頭フル回転させてよく聞いとけよ】

 

 先程から無視を貫くオーフィスに釘を刺した龍は、一つ息を吸ってから口を開いた。

 

【お前達がブリューナクだと思っているその槍は、確かに“ブリューナク”ではある。だがルーの槍(・・・・)ではない(・・・・)

「……? ブリューナクはルーの槍のはず。何が違う?」

 

 オーフィスは理解できないようで首を可愛らしく傾げた。その姿を右の首の視界に納めつつ、龍に続きを促した。

 漸く会話してくれたことがうれしいのか、龍の口は僅かに三日月を描いていた。

 

【正確には、“あるもの”の雛型として模されたのがそのブリューナクだ】

『あるもの?』

【あぁ。最もお前は知らなくて当然だし、こっちに帰って来てもそこら辺を漂わずにその場で眠るオーフィスも知らんだろうがな】

「答えは?」

【いきなり答えを言うんじゃあつまらんだろう。一種のクイズだと思って謎解きしてみな】

「…………グレートレッドのバカ」

【言われ慣れたぞ、それ。もうちょっと引き出しを増やしてから出直して――――】

「赤トカゲ、最強ボッチ、盗み見変態、からかい中毒者、いつも一人で寂しがるわりに表に出てこないヘタレ【お願いですからもう勘弁してください俺が悪かったですハイ】

 

 二人(二匹?)の戯れを聞き流しつつ、さて、と思考を回転させる。

 龍――――オーフィスの言葉を信じるなら、グレートレッドと呼ばれる龍の言う事をそのまま受け取るのなら、光を失ったブリューナクは正確には“ルーの槍”ではないという。そしてこのブリューナクは“あるもの”の雛型、あるいは原型とも言うべき存在である。そしてアジ=ダカーハ(わたし)が知らなくて当然の代物で、オーフィスの場合はこの場に帰って来ても眠るため知らない。これを逆手に取ればオーフィスは地球上でならば知っている(・・・・・・・・・・・・)ということになる。

 アジ=ダカーハの知識量は“術”のつくものであれば何でも内包されていると言ってもいい。その知識量をもってしても知らないと断言されてしまえば、たどり着く可能性は一つ。

 この世界独自の技術、あるいは代物であること。

 情報こそ少ないものの、この程度の謎かけであれば容易に回答を求められる。あのサラマンドラの女のゲームの方がまだ歯ごたえがあった。

 

【ゴホン……まあアジ=ダカーハの方は答えにたどり着いたようだし、答えを言うとしよう。

 あのブリューナクは“神器(セイクリッド・ギア)”という、人間の血筋を持つ者のみが手に入れられる異能存在のプロトタイプだ】

神器(セイクリッド・ギア)……?』

【そうだ。聖書の神が造りだした、人間でも人外相手に立ち向かえるような力の塊、それが神器(セイクリッド・ギア)だ】

 

 数瞬の思考を挟み、私は口を開く。

 

『つまり、ニムロドが持っていたこの槍はそのプロトタイプの一つである、と?』

【いや、プロトタイプはそれだけだ(・・・・・・・・・・・・)。アイツは頭が固いのが難点だが、それ以外を除けば正しく全知全能だからな。一度コツを掴んでしまえば後は簡単だったんだろう】

 

 グレートレッド(仮)の言葉を聞きつつ、思考と仮説を並び立てる。

 アレの話を聞く限りでは、神器(セイクリッド・ギア)とは対人外用の恩恵(ギフト)であると考えられる。そしてそのプロトタイプともなれば絶大な力を持っている事は明白。プロトタイプとは、総じて“その内容でどれだけの力が引きだされるのか”という実験的意味合いが大きく、神器(セイクリッド・ギア)が私の考えるような代物である場合その力は脅威的なものだろう。

 仮に神々さえも滅ぼすような代物だった場合、多少なりとも警戒しておくことに越したことはないだろう。

 

【でだ、要はヤハウェによって一から創られたのがそのブリューナクなわけだが……】

『……なんだ』

 

 急に歯切れが悪くなるグレートレッド(仮)。何故かその後の言葉に嫌な予感がひしめいた。

 

【プロトタイプなだけあって不完全な代物でな、通常の神器(セイクリッド・ギア)は持ち主が死んだあと、また別の持ち主を選ぶんだが……そのブリューナクだけは例外だ。

 最も異なる点は所有者を選ばない事だ。つまり人外でもそれを扱うことができるんだが、人外では真の力を発揮することは難しい。元々が人間用に作られたものだから当たり前だな。次に所有者のその時々の意思によって、纏う光の色が違う事だな。喜びなどの正の感情であれば白に近しい色になり、憎悪などの負の感情であれば黒に近しくなる。

 そして所有者が死んだとき、その所有者の魂を槍(・・・・・・・・・)本体の中に蓄積して喰らう(・・・・・・・・・・・・)

 

 なにやら不穏な言葉がグレートレッドの口から出てきた。だが箱庭の世界にも所有者の魂を喰らい力を得ていく魔剣の類(ダインスレイブ)があったし、なによりも“彼”の記憶にもその類の代物は星の数ほどあった。具体的には獣○槍など。

 

【これは神器(セイクリッド・ギア)の能力としては危険すぎてな。ヤハウェ自身が槍自体に無数の封印を施した後、槍本体があった空間そのものを切り取って次元の狭間(ここ)に放置したってわけだ】

『………………………』

 

 三つの首全てを使って辺りを見渡す。やはりというべきか、そこに存在していながら皆すべからく死んでいる光景しかなく、ある種のおぞましささえ感じ取られる。そんな光景の中、オーフィスが暇そうに地面に絵を描いている光景はとてもシュールであった。

 そんなオーフィスの頭をつまみ、己の眼前へと持っていくグレートレッド。

 

【お前はなんで地面に絵をかいてるんだよ】

「暇だから」

【俺、頭使えって言ったよな? 言ったよな!?】

「そんなことよりお腹減った」

 

 ブチッ、と何かが切れる音と共に大怪獣戦争(うち一匹は人型)が勃発した。

 

『………………………ハァ』

 

 自然とため息が出た。

 

 アジ=ダカーハは伝承でも、三つの首を持つドラゴンとして描かれている。事実アジ=ダカーハは三つの首を持ち、その醜悪さは(外見上は)同じ龍種からみても嘔吐感をもたらし、高位な神々さえも嫌悪感を露わにするものだろう。しかし考えてみてほしい。首が三つあるということは、単純計算でも頭が三つあることになる。それはつまり、思考を三分割できるのではないか(・・・・・・・・・・・・・・)と。

 アジ=ダカーハはその三つの頭のうち一つを使い、次元の狭間に訪れた経緯を考えていたのだ。

 槍を手にしたその時から今までずっと。

 そしてグレートレッドが発したある言葉によってその思考は急速に纏められ、一つの答えにたどり着くまでに至った。

 

 

 すなわち、グレートレッドこそがアジ=ダカーハ(・・・・・・・・・・・・・・・・・)とオーフィスをここに拉致した張本人である(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 目の前の大怪獣戦争を観つつ、アジ=ダカーハはボンヤリと思考する。

 

(気を抜いていたとはいえ、こんなやつ(グレートレッド)に私は拉致されたのか……)

 

 まだまだ精進が足りない、と気合を入れつつ、アジ=ダカーハは目の前の喧嘩を止めるために一歩踏み出した。





喧嘩を止めるアジ=ダカーハの図

閣下「イヤーッ!!」
ムゲンs「グワーッ!!」

終わり


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真紅の龍が三頭龍に問うそうです

遅れに遅れて2月の終わりとなりました(土下座
漸く書けたのはいいのですが、話の流れが急すぎる気がするので後々修正するかもしれません(;´Д`)


 

 最強の一角である無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)・オーフィスは、元々話すのはさほど得意ではない。

 突然何の話だろう、と思われるかもしれないが、まあとりあえず聞いてほしい。

 オーフィスが会話を不得手とするのは、話し相手となる人物がグレートレッドぐらいしかいなかったからだ。人間相手に話をしようとしても、オーフィスは言葉が拙い上に話したとしても単語――「久しい」や「うん」などの単語や短い文章――「グレートレッドのバカ」といった程度しか話さない。よほど気の長い人物でなければオーフィスの話し相手は務まらないのだ。グレートレッドの場合は少々異なり、彼は好き勝手に話してからオーフィスに同意を求め、何かしらの単語を話した瞬間に、単語の内容によって話を変えていくスタイルだ。ある意味オーフィスに一番適した会話だと思われるが、オーフィスはそれが不満だった。

 また長い間グレートレッドと共に過ごしていたからか、重度の人見知りでもあるオーフィス。仮に彼女が求めた「自分の話を聞いてくれる人物」が現れたとしても、グレートレッド以外に話したことがないため会話に詰まる。

 

 ――――故に、現状が一番心地いいのだが、現状が一番ピンチでもあった。

 

「…………………」

『…………………』

 

 現在、12、3歳程度の少女の姿となっているオーフィス。その目の前にいるのは身長(体長?)3mに届くだろう、ドラゴンとしてはごく小さい部類に入る白亜の三頭龍――アジ=ダカーハ。向こうを見れば、喧嘩を仲裁するためにアジ=ダカーハが放った一撃で気絶したグレートレッドの姿があった。

 まあグレートレッドの事はオーフィス的に路傍の石に意識を向けることよりも無駄なのでスルーするとして…………自らを“悪の心髄である”とニムロドに対し誇張したアジ=ダカーハだが、オーフィスはその事を不思議に思っていた。

 

 ――――“悪”とは、大凡(おおよそ)その当時の人間の常識によって決まる。

 例えば。とある王が統べている国は奴隷制度が常識であった。にもかかわらずその中で「奴隷たちにも人権はあるのではないか?」と問いかける人物がいたとしよう。その時代では奴隷制度が常識であるが故に、その人物は王族らに逆らう逆賊(あく)と見なされる。

 例えば。近代化が飛躍的に進んだ国は世に生けるもの全てに人権を持っているのが常識であった。だがその中で「奴隷の存在があってもいいのではないか?」と考える人物がいたとしよう。その時代ではみな平等であるという思想が主であったが故に、その人物は古臭い思考(あく)と見なされる。

 このようにその場その時の状況によって“悪”と見なされるものは千差万別である。前者と後者で共通する“悪”も確かにあるのだろうが、それらを含めてもなおオーフィスは理解できない。

 故に、オーフィスは意を決して口を開き――

 

「………………アジ=ダカーハ」

『……なんだ』

 

 ざっと5秒ほど息を吸って、吐き出せた言葉はそれだけだった。

 もどかしい気持ちに怒りを感じつつ、オーフィスは問おうと思っていたその内容を、しかし口にできずにいた。

 

 目の前のドラゴンが、歴代のアジ・ダハーカとは違う――いや、その根底から別の存在であることは既に確信している。オーフィスの知っているアジ・ダハーカが用いる魔術は、アジ=ダカーハが使っているようなものではない。古今東西の魔術・魔法を片端から習得し用いているのがオーフィスが知るアジ・ダハーカであり、アジ=ダカーハが用いたあの口にした言語のみで不可思議な現象を発生させる術など見たことが無い。それにオーフィスの記憶内にある術式にも、そのようなものは覚えがない。

 またその外見も、共通点こそあれどその他すべてが異なっていた。オーフィスの知るアジ・ダハーカは全身が黒く、巨大な翼を持ち、三つの首それぞれが意思を持っていた。その内の二つはヒトを苛立たせる天才である。その天才ぶりは、感情が希薄と言われるオーフィスさえもイラッと来てつい9割殺しを行ったくらいだ。それに比べてアジ=ダカーハは動物の骨の様な白さを持ち、その身体の色に反して背にある影の様な翼は漆黒且つ非常に薄い。三つある首は全て一つの意思で動いているのも、アジ・ダハーカと異なる点だろう。なにより傍にいて苛立たないのが良い。

 それに、アジ=ダカーハが付けている首飾り――――疑似創星図(アナザー・コスモロジー)という謎の代物も非常に気になっていた。“無限”であるオーフィスの力を取り込み、恐らくグレートレッドの“夢幻”さえも取り込むだろうあの物体を、一体どこで手に入れたのか。

 ――――なぜ、絶対悪という最も業深いモノを自ら背負うのか。

 それらが気になってしょうがない。気になってしょうがないのに……

 

「…………なんでもない」

『…………………』

 

 オーフィスは、それらについて聞く事が出来なかった。

 どうしたのだろう、とオーフィスは自身の行動について不思議に思った。

 なぜ自分は気になることをアジ=ダカーハに言えないのか。今までにない未知の感覚……なのに――――歓喜と興奮を覚えない。その事に、オーフィス自身でも分からない謎の感覚、感情に苛立ち、自然と不機嫌になった。

 ごく短い間しか会話していないアジ=ダカーハさえ、その行動を訝しみ、一つの首を動かしオーフィスを見る。その視線から逃げるように、とりあえず――

 

【……zzz……zzz】

「起きる」

【……zz――ヴォゴァ!?】

 

 気絶ついでに眠りこけていたグレートレッドの顎を蹴り上げた。衝撃で浮かんだ頭部を見据え、とりあえずもう一発、流れるような足運びで再度蹴り上げた。名古屋城のしゃちほこのような体勢になったグレートレッドは、そのまま重力に引かれて大地へその頭を落とす。巨大な衝撃と共に砂煙が舞い散り、オーフィスの前方を解放しすぎた衣装のスカートがめくれ上がる。

 

【――――ってめぇ! 今顎外れそうになっただろうが!】

「眠ってるのが悪い」

【なっ……んの野郎……!】

 

 アジ=ダカーハによって気絶させられたとはいえ、そのまま眠ってしまったのはグレートレッドの自業自得だと、オーフィスはそういうのだ。まあその気絶させられた原因こそオーフィスがグレートレッドの話を聞かずに地面に絵を描いていたことからなのだが、それに気づかないグレートレッドは凄まじい勢いで悔しげに歯軋りする。

 そんなグレートレッドが気に食わなかったのか、僅かに不機嫌そうな表情でオーフィスは片手に龍気(オーラ)を集わせ始める。それを見たグレートレッドもまた臨戦態勢に入り――――

 

「【ッ!】」

 

 二匹の間に入ってきた黒い刃がそれを遮った。其の刃は大気を紙のように斬り裂き、干乾びた大地に巨大な溝を作り上げる。

 

『いい加減にしろ、貴様等』

 

 黒い刃が出てきたところを辿って行くと、そこにいたのはアジ=ダカーハただ一人だ。その背に生えている影の様に薄い翼は、彼の体長並に膨れ上がり、そこから刃を出していた。オーフィスはそれを見て、初めて邂逅し戦った時の鋭い刺突攻撃の正体はこれであると確信した。グレートレッドもまたオーフィスとの戦闘を見ていたためその答えに行きつくが、同時に戦慄する。

 

『私は貴様等の喧嘩を見に来たわけではない。喧嘩をするなら私を現実に返してからやれ』

 

 影による攻撃の軌跡が全く見えなかった(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。オーフィスを力尽くで下すほどグレートレッドの実力は相応に高い。能力的な相性もあるが、それでもグレートレッドがオーフィスより強者であることに違いはない。最強の一角は伊達や酔狂で名乗らされているわけではないのだ。おまけにグレートレッドの目は光速で飛び交う光さえ目視することができる視力を持つのだ。その視力を――――夢幻(グレートレッド)をもってしても見切ることが叶わない、アジ=ダカーハの翼による攻撃。

 それはつまり……

 

【……まあ俺も本気でオーフィスと殺り合う訳にはいかんしな。ここらで終わりと行こうか】

 

 そこで思考を中断し、呆気からんとそう宣言する。いつもならこのまま喧嘩に発展するはずだった流れを中断したことから、オーフィスはグレートレッドを不思議そうな目で見る。その視線を感じ取ったグレートレッドは、あえてそれを無視した。

 

【とりあえず、ルーの槍についてはもういいか?】

 

 そう二人へ問う。5秒ほど待ってみるも声は上がらない。

 ルーの槍についてはこれで終結した、そう判断したグレートレッドは本題を話すべく真剣な表情でアジ=ダカーハを見つめる。

 

【んじゃ、そろそろ本題へ入らせてもらうぜ】

『……見定める、というやつか』

【おうそうだ…………だからその闘気を納めてくれ頼むから】

 

 土下座しそうな勢いで頼み込むグレートレッドを見かねてか、渋々と言った感じで闘気と殺気をしまう。その眼光は依然鋭いままだが、グレートレッド的には眼光が鋭い程度なら無視する範囲のようで、そのまま話を続ける。

 

【オーフィスは見定めると言ったが、ちと違う。正確には……アジ=ダカーハ、俺達はお前を見極めなきゃいけない】

『…………………』

【だから殺気立つな! これから説明するから抑えろ!】

 

 にわかに殺気を放つアジ=ダカーハを必死に諌める。長ったらしい前置きは嫌いらしい、頭の片隅にそう留めながら口を開く。

 

【見極めるって言っても、これまでのお前の行動を見て粗方の見当はついてる。故に俺から……いや、俺達が問うのは一つだ】

 

 グレートレッドはそういうと、直下の地面を指でトンと軽く叩く。その刹那、地面より少し浮かんだところに鏡が出現する。ひとりでに浮かんだまま固定される鏡は、その面にある光景を映し出す。

 映し出されたそれは、アジ=ダカーハが今までやってきた悪業の全てだった。

 

【お前が今まで行ってきた悪業は既に星の数を優に超えるだろう。無知の赤子を一片の容赦なくその爪で引き裂き、童たちを喰らい、時には生きたまま飲み干し、勇敢に立ち向かってきた者達には抗えぬ絶望を与え、怯え逃げ惑うものには躊躇なくその翼で貫き引き裂いた。力無き老人らがお前に抗えるはずもなく、恐怖と怒り、嘆きが篭った眼差しでお前を見つめ、それさえもお前は無感情に殺した】

 

 グレートレッドが言葉を述べるたびに、鏡に映し出された光景は変わっていく。

 骸となった母親の手中で、血の大輪を咲かせる赤子が居た。

 約束されていたはずの未来の光景を浮かべつつ、無慈悲に食われ呑まれる子供らが居た。

 絶望に染まった表情のまま立ち向かい、その命を散らせた戦士が居た。

 怯え惑い、足が絡まったがために命を落とした平民が居た。

 こちらに怒号を浴びせ、涙を流し、嘆きながらも、敵意のこもった眼で見る老人らが居た。

 それらの光景を見つめたまま動かないアジ=ダカーハを横目で見つつ、グレートレッドは続ける。

 

【それに、お前は先程ニムロドにこう告げていたな。「我が心の臓腑を貫いてみよ」と……あれは、そのままだと受け取っていいわけか?】

『……それ以外になにがある』

【話は変わるが。俺はな、アジ=ダカーハ。古今東西、あらゆる自殺願望者を星の数を超えるほど見てきたよ。そのどれもが小さくない絶望を抱え、その命を絶やすものばかりだ。そんな光景を見続けていた……見せられ続けてきた俺はある程度分かっちまうんだよ、そいつが今現在持つ心象って奴がな】

 

 鏡から目を逸らし、アジ=ダカーハを見つめ、告げた。

 

【だからこそ分かる。お前には、自殺願望者のそれを一切持っていない(・・・・・・・・)。自身への絶望、神が居ないと悟ったが故の絶望、愛する者に先立たれたが故の絶望……世の中、絶望と意味づけるのはたった一つだが、その種類は無数に分かれる。親を亡くした子供たちが、起因は一緒であれ感じたものは別であるようにな。それがお前にはない。

 最初こそ俺の見通しが甘いのかと思っていたが、それも違う。奇妙な違和感を感じた俺は、オーフィスと戦闘を繰り広げた日から常にお前の行動を見て来て、確信に至った。お前は確たる意志で、確たる決意(おもい)の上で悪業を成していると】

『……………………』

【お前がどういう決意を持ち悪業を成すか、どういう心持で人間どもに地獄を見せるのか、それは構わん。俺達ムゲンはそれら一切の事情を聴かんと約束しよう……だからこそ、たった一つ。たった一つだけ答えて貰えればいい】

 

 もったいぶったような言い方に苛立ちを感じつつ、アジ=ダカーハはその先の言葉を待つ。

 そして、真紅の龍の口から、その言葉は放たれた。

 

 

 

【アジ=ダカーハ、悪の心髄と名乗る悪徳高き龍よ。お前は人間(じんるい)に何を期待する――?】



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落ちた王都にて、刃向う者一人

 グレートレッドから問われた内容をこたえ、アジ=ダカーハはオーフィスに脅迫染みた要求をして、地球へ帰って行った。

 心底くだらないと思っていただろう雰囲気を纏いつつ。

 

「……なぜ、急に呼び出した?」

 

 グレートレッドと二人きりになった後、オーフィスは唐突にそう紅い龍に問うた。

 問われた紅蓮の龍は、三頭龍がオーフィスの開けた穴から出ていった箇所を見つめながら答えた。

 

【……理由は特にないさ。強いて言うなら一つ二つ、気になってたことがあるんでな、直に見て答えを得ようとしただけだ】

「気になる……?」

【あぁ。まあ一つはさっき解けたが、もう一つが分からんままだった】

 

 肩をすくめ、グレートレッドは再び次元の狭間を漂うために長大な翼を羽搏かせ始める。

 

【ほれ、お前も地球に戻れ。お前が監視から離れてたら意味がないだろう】

「……楽したいだけのくせに」

【それは言わないお約束だ】

 

 そう軽口を叩いた後、グレートレッドは一際大きく羽搏いて宙に舞い上がり、そのまま飛び去って行った。

 それを見届けてから、オーフィスも地球へ戻って行った。

 

 

【まさか"ヤツ"まで動くとはな……】

 

 

 ――グレートレッドが、何かを口にした事すら気づかずに。

 

 

 

 

 

 一方の三頭龍は、オーフィスが第四宇宙速度を超える速度で石を投げつつ開いた"穴"をくぐり、地球へと帰還した。ながら作業で開いていたため一幕の不安はあったが、どうやら杞憂だったようだ、と密かに安心した。

 場所はオーフィスと三頭龍自身がグレートレッドに拉致される以前の場所と同じであった。そう時は経っていないらしく、無数の黒煙が天へ昇って行く。血の匂いや早くも腐りかけた肉の匂いが鼻を満たす。今となっては嗅ぎ慣れた匂いだ、いまさら感傷に浸る所以も無い。

 

『………………』

 

 ふと、三頭龍は天高くそびえる塔を見上げる。雲を突き抜けた先にある頂上は、そういうデザインなのか、まだ建設途中だったのかはさておき、屋根や覆い一つも無い開放的な屋上だ。大気圏外から地球を眺めていた時ですらハッキリと見える程度の大きさを誇っていたのだから、屋上に降り立てばより大きいのは確実だろう。

 恐らく高度は95km、幅は優に1000km以上はいっているだろう。あまり高すぎると吹き荒れる風で崩壊するはずだが、そういう類の恩恵(ギフト)でもあるのか、暴風を受けて尚バベルの塔は微動だにしない。

 そう考えつつ塔をじっと眺めていた時、ふと背中に何かが当たる感触が襲った。

 

『…………?』

 

 随分とあの塔を眺めていたらしい。1時か2時程度であった時間帯は、既に夕方になりつつあった。背中に当たったのはごく小さな物質――がれきの石だと判断したアジ=ダカーハは、首の一本をもたげて後ろを見る。そこには五体満足で健在している、頭部以外を豊かなローブで包んだ人間だった。

 ローブに僅かながらも装飾されている事から、ニムロドの部下か何かだろうとあたりを付けた三頭龍は、その人間と面と向き合った。

 

「っ……王を、何処へやった……!!」

 

 非常によく整った顔立ちをした、顔と声だけで判断するなら女であろうその人間は、三頭龍に対して極限の怒りと憎悪を込めた目で睨みつける。だが、その四肢はローブ越しからでも分かるほど震えていた。目の前の未知の化生(アジ=ダカーハ)に対して恐怖に打ち震え、なおその人間は三頭龍に対し僅かながらの抵抗を示したのだ。

 立ち向かってくるのならば己の全てを持って砕いて来たアジ=ダカーハだが、その人間の姿勢を見て一人の少年を想起した。

 

 だからこそ、気紛れを起こした。

 

『王、か……貴様の言う王は、そこの首のことか』

 

 醜悪な笑みを浮かべながら、アジ=ダカーハは龍の遺影によって首から上のみとなったニムロドを視線で指した。腰まで伸びていた輝く金髪は龍の遺影によって、断ち切られた首と同じ長さになっている。

 

「――――――――」

 

 すぐそばにあった身体の方は、アジ=ダカーハの分身たる二頭龍が喰らい尽したのか、いくつかの骨とそこにこびり付いた肉片だけがあった。頭部だけを残したのはただの気紛れか。

 食うならもう少し綺麗に食ったらどうか、と思うが、この状況においてはむしろちょうどいい、とアジ=ダカーハは思案する。目の前の彼女を絶望させるに足る材料に、これ以上相応しいものはないだろう。

 

 

「――――――(ない)

 

 

 小声で何かを呟いた。常人であったならば聞き取ることが難しい距離であったが、五感が著しく強化されているアジ=ダカーハの身体は、その小声を正確に聞き取った。同時に、余人から見れば嫌悪感を露わにするほどの醜悪な笑みが、より色濃く浮かび上がる。

 

 

 ――――さあ、お前は勇者足り得るか?

 

 

「許さない―――!!!」

 

 女はその片手をアジ=ダカーハに突き出す。その刹那、彼女の周囲に浮かび上がるいくつかの魔法陣。数は八つ、恐らくは砲撃系統の魔法だろう。そうあたりを付けたアジ=ダカーハは真正面からそれを打ち破らんと闘気を高め――――身体に違和感を感じた。

 

『…………?』

 

 両脚に何かが絡みついているような感覚がアジ=ダカーハを襲う。片首をもたげて見れば、樹木が足に纏わりついていた。いくら箱庭の世界とは法則の異なる世界であるとは言え、急激とまで言える樹木の成長などありえるはずがない。

 ならば導き出される回答は一つ。

 

『操作系の恩恵(ギフト)か。小賢しい』

 

 そう苛立たしげに吐き捨てながら軽く動く。それだけで足に纏わりついていた樹木は、ベキベキと音を立てて圧し折れる。だがその一瞬ともいえない合間に、女は魔法陣から太い槍を取り出し、それを射出した。

 だが、なんの神秘も含まれていない武具など怖れるに足らず。神速を凌駕する勢いの裏拳を放ち、飛んできた武具を粉砕する。ギリッ、と歯軋りする音をアジ=ダカーハは聞き取った。その形相は、その視線だけで悪鬼羅刹を射殺さんばかりの鋭さを含み、瞳に映る憎悪は、アジ=ダカーハをして感心するほどだ。

 だからこそ(・・・・・)、火に油を注ぐ。

 

『……この程度で私を殺せると思ったか? あの男の方がまだ歯ごたえがあったぞ』

「貴様のような醜い化物が、我等が王を語るなアアァァアアアッ!!」

 

 喉が壊れる勢いで女は叫び、次いで八つの魔法陣から次々と武具を射出してきた。十や二十では事足りないほどの物量が音速の二倍の速さで襲い掛かるが、それを上回る速度でアジ=ダカーハの恩恵の一つ"龍の遺影"が、それらを打ち落とす。たった八つの魔法陣からのみの射出――それも一方向からのみの射撃など、アジ=ダカーハにとっては『ない』も等しい攻撃だ。

 それを悟ったのだろう。女は憎悪の光をより濃くしながら、展開する魔法陣の数を劇的に増やす。その数は数瞬の間に幾万にも増加し、今なお増え続けている。

 魔術の腕は確かなようだ。女の評価を一段階上にあげたアジ=ダカーハは、その実力を上回らんと言葉を発する。

 

『"大地"よ、"敵意"を防ぐ"盾"となれ』

 

 片手を前に掲げる動作をしながら、そう発する。瞬間、女と三頭龍との間にある大地が、あたかも三頭龍をかばうように捲りあがり、文字通り"盾"となった。その一身で女が放つ武具の数々を防ぐ大地の盾には傷一つつかない。

 女が放つ武具は、その射出速度や展開数などから驚異的なのは確かだ。だがその通常であれば脅威であるはずのそれらは、アジ=ダカーハから見れば児戯に等しい。それが神秘を少なからず持っているのなら話は別だったが、放たれるそれらは全てただの武具。ケルトの光の御子が持つような呪いの朱槍(ゲイボルグ)でもなければ、北欧神話の燃え盛る武具(レーヴァテイン)でもない。人間が一から生み出し、今日まで使い続けてきた、言ってしまえばどこにでもあるような武具だ。

 

『小癪な』

 

 数千万を超える魔法陣から射出される武具群を、大地の盾ごと腕の一振りで粉砕する。振り抜かれた腕によって発生した暴風は、マッハ2に値する速度で降り注ぐ武具群をいとも容易く吹き飛ばし、それを間近で受けた大地の盾は粉々に砕かれ、弾丸となって女を襲う。それを防がんと、女は魔法陣そのものを自身の目の前に展開する。亜空間に繋がっている魔法陣に吸い込まれるように入って行った弾丸たちは、別口で展開された魔法陣から、逆にアジ=ダカーハ目掛けて襲い掛かる。

 迫りくる凶弾に対して、アジ=ダカーハはどこまでも無感情な瞳を向ける。マッハ2程度の速度で飛ぶ大地の弾丸など、星辰体(アストラル)となれるアジ=ダカーハにとっては、トンボの視点から見たナメクジのようなものだ。そもそも例え当たったとしても軽い打撲にもならない、怪我と呼ぶことすら抵抗感を覚えるレベルのものだ。

 故にアジ=ダカーハは、正面から岩の弾丸を付け止めつつも女に向かい軽く走る。

 

「ぐっ……!」

 

 夕日に照らされて煌めく六つの凶星が、赤い尾を引く。女は全力で回避行動をとるも、軽い疾走状態であっても埒外の速度を誇るアジ=ダカーハを完全に躱すことは難しく、身に纏うマントが容易く引き裂かれ、腹部を深く切り裂かれる。血液の通路を引き裂かれ、血液が腹部から噴水の如く溢れだす。すぐさま治癒魔法によって怪我を治療するも、流れた血液が戻ることはない。

 かるい貧血状態になりながらも、自身の怨敵であるアジ=ダカーハを睨む。その視線を受けながら、アジ=ダカーハは笑みを浮かべた。

 

『……良い目だ』

 

 唐突に、龍は呟く。

 

『怨敵を前にしてなお、最低限の理性を保ちつつ本能が囁くままに敵を排除せんとする、その眼。実に潰しがいのある目だ』

「貴様如きに、屈する私ではない……!」

『威勢がいいな、女。だが貴様では私には勝てん、傷一つ付けることすらできぬままな』

 

 事実だった。それは女も分かっている。

 アジ=ダカーハは女が持つすべてを上回る。魔法による戦闘やその経験、身体能力や知能、それら全てを遥かに。巨人殺し(ジャイアントキリング)なんていう伝説もあるが、あれは限られた人間のみが成し得る偉業中の偉業。凡人が出来るものではない。

 つまり―――その女では、限られた人間(英雄たちのよう)にはなれない。

 

「――それが、どうした」

 

 確かに、凡人では超常には勝てまい。蟻が象に勝てないように、人が自然から逃れられないように。

 凡人である女が、超常の存在である龍に勝てる道理はない。

 ―――だが

 

その程度の理由で(・・・・・・・・)私の憎悪が収まるのか……私の、この悔恨の情が終わるのかッ!?」

 

 多種多様な魔法陣から、アジ=ダカーハに向けて砲撃や武具が放たれる。

 その一つも、アジ=ダカーハを掠りもしない。

 

「王に尽くす事だけが、私の全てだった!それこそが私の生きる理由だった!!」

 

 当たらない。

 

「戦場で背を預けられるのはお前だけだと、そう言われた時の私の歓喜が……貴様に分かるか!?」

 

 当たらない。

 

「王を返せ化物! 王を……あの人を返してぇ!!」

 

 当たらない。

 

 アジ=ダカーハは無情にも、迫りくる悉くを回避――するまでもなく、龍の遺影によって迎撃していた。最小の動き、最小の接触、最小の反動で、あたかも迫る武器の方がアジ=ダカーハを回避しているかのように錯覚させていた。全ての術を記憶しているというアジ=ダカーハの頭脳が、この神技中の神技を繰り出していた。

 ゆったりと女の方へ歩いていく。激情に駆られる女は未だに魔法陣の展開数を増やして攻撃するも、その全てが打ち払われる。

 

 ―――そして、射出できる武器が無くなったのと、アジ=ダカーハが女の目の前まで来たのは同時だった。

 

「………………」

『……抵抗しないのか、女』

「……したところで、貴様には無意味なのは分かり切っている。それにもう放てる武器の類がない。これ以上は無駄だろう」

『賢明な判断だな』

 

 手品はこれで終わりらしい。アジ=ダカーハはそう思い、口を開き

 

 

 

「――――と、諦められたらよかったんだがな」

 

 

 

 女の身体から武器が飛び出した(・・・・・・・・・・・・・・)

 僅かに驚愕の表情を表に出すも、すぐさま回避行動をとる。幸いにも女の身体から放たれた武器は、先程と同様の人間が使うような小さいもの。回避行動は容易だった。迫る武器をバックステップで回避する。再び、10m前後の間隔があく。

 それを、女は見逃さなかった。

 

「まだ私の心は死んではいないらしい……どうせだ、この心が燃え尽きるまで付き合え化物!!!」

 

 両の掌をアジ=ダカーハにつきだし、その掌から鎖の様なものが現れる。重力や物理力学を完全に無視した動きでアジ=ダカーハに迫る鎖の大群を前に、アジ=ダカーハは

 

『本当に、小賢しい女だ』

 

 好戦的な笑みを浮かべた。

 その自信を真っ向から潰すため、鎖を迎撃せんと龍の遺影を広げる。龍の遺影は主たるアジ=ダカーハの意思をくみ取り、体長の1.5倍前後まで広がり、その翼膜に類するだろう影から槍のように鎖に向けて放つ。

 ―――そうして、鎖と影による打ち合いが始まった。

 

 

◇◇◇

 

 

 これは面白い。

 

 思考の九分九厘を善なる感情で埋められていた。それはこの世界で生まれ変わった"彼"への歓喜(きたい)と、歓喜(かんしゃ)と、歓喜(こうふん)である。

 一方で、たんたんと処理する心を持ち。

 一方で、しくしくと悲嘆する心を持つ。

 視界に入れることすら悍ましく禍々しく恐ろしい――なのにこうも美しい。

 なんと希少な性質(ものがたり)なのか。数えることすら馬鹿馬鹿しい年月を生きたが、よもや君のような人材(タイトル)が残っているとは、針の穴程すら思っていなかった。

 

 しかし口惜しいかな。私ごときでは君の物語を語ることはできない。

 

 異界の理を持つ君よ。悪になろうとして、しかし今は悪になり切れぬ君よ。

 彼方にある記憶の片隅にのみ残るその決意だけを懐き、君は悪へと走るのだろう。

 "君"の知る"彼"には成れないと知っていてなお、君は彼のように走り続けるのだろう。

 君の物語を語れぬとならばせめて、私は君の誕生を祝福しよう。

 たとえそれが、誰にも望まれていない生誕だとしても。

 たとえそれが、誰もが忌避するような生誕だとしても。

 私が、私だけが、君を祝福しよう。

 

 新たなるムゲン――無間(だいろく)体現者(せつり)よ。

 

 その道が途切れることの無いように、私は祈って(呪って)いる。




|壁|・) チラッ


|壁|・ω・)つ 三「本文」カァオ


|壁|・)三 スーッ


追記:6/21時点でタグを一つ追加しました
対象タグ=ナメクジにも劣る更新速度


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