ヘルサレムズ・ロットの中心で愛を叫びたい (三代目盲打ちテイク)
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虹と魔封街結社
かつて、正確に言えば三年くらい前。昔と言うにはほど近く、されど最近というには少しばかり遠い。ここは
その街は、三年前たった一晩で消失した。何が起きたのか。それを正確に知る者はいないだろう。おそらくは深淵にて暇を持て余している13の王がその理由の片鱗くらいは知っているのかもしれない。
今や、紐育は少しばかりが街並みの中にその痕跡を残すばかりとなっている。そう紐育は消失した。だが、一夜にして新たな都市が再構築された。
その名はヘルサレムズ・ロット。
ここにも一人。そんな思惑を持つ者がいた。クリスと呼ばれる少女。七色に輝く不思議な髪を棚引かせて、首から十字架の紋章を持つ歯車時計のような機械を下げた可愛らしい少女だ。
高級そうなドレスコートを纏った姿はどこかの令嬢を思わせる。
「ついに来た、ヘルサレムズ・ロット」
雑踏の中にあってクリスは大手を広げてそう呟く。キャリー付の大トランクを片手に持った姿は旅行者のようだった。今時は珍しくもないだろう。
だからこそ、誰も彼女を気にしない。彼女も気にしない。そんな彼女は地図とメモを片手にくるりくるりとペンを回しながら、どこに行こうかと観光マップを見ている。
「さて、まずはぁーっと」
約束の時間まではまだある。やっとHLに来たのだから、観光でもしよう。そんな思考回路で彼女はキャリーを引きずってブーツを鳴らして通りを歩く。
すると、きゅるるると可愛らしい腹の虫がなく。誰も気にしていないが、少女としては気にする。顔を赤くしてお腹を押さえながらどこかに食べ物屋はないだろかと探す。
「あ、あそこがいいかも」
彼女が見つけたのは一軒のジャンクフード屋。そう言った店にはとんと入ったことがない。というか、実家の方に知られるとかなり面倒くさいことになることは請け負いなのだが今はもう自由。
ならば、初ジャンクフードとしゃれ込んでもいいかもしれない。
「良し、そうしよっと」
ふんふんふーん、と鼻歌交じりにジャンクフード屋に入ろうとすると、そこから飛び出してくる少年とぶつかりそうになった。
「おっ、とっとっと」
「ごめん!」
糸目の少年。何を急いでいたのだろうか。まるで何かを追いかけているようだった。その答えは店の中に入ればわかった。
客の会話で音速猿という生き物にカメラをとられたらしいのだ。音速猿。その名の通り、音速で移動する猿。そんなのにカメラをとられるとは大変だ。
クリスはそう思いながらきょろきょろと入口で店内を見渡す。それなりに広い店内。カウンター席もある。これが庶民の店なのかと思う。
にぎやかで自分が今まで訪れた店とはかなり趣が違う。だが、楽しそうだった。異形も人も区別なく座っている。
「うん、やっぱり来てよかったかも」
「おーい、客なら早く座んな。冷やかしなら回れ右しな」
「あ、はーい」
看板娘だろう人物にそう言われたクリスはとりあえず彼女の前に座る。
「注文は?」
「ええと……」
クリスはメニューを手に取る。何がおいしいのだろうか。こういう店は初めてで勝手がわからないし、普通は何を頼むものなのだろう。
「あんた、こういう店は初めて?」
悩むクリスを見て看板娘がそう言う。着ている服とか、纏っている雰囲気がこの店の客とは一線を画している。有体に言うと貧乏人とは違う雰囲気。
簡単に行ってしまえば金の匂いがある。
「あ、はい、そうなんです。どれを頼めばいいんでしょう?」
「そりゃあ、好きなのが普通だろうさ。まあ、初めてならこの辺りかな」
そう言って看板娘がメニューのいくつかを指す。
「では、それでよろしくお願い致します。ありがとうございます。ええと――」
「ビビアンだよ。んじゃ、ちょいと待ってな」
そうやってしばらく待っていれば運ばれてきた皿に乗ったハンバーガー。
「おおぉおお、これがハンバーガーなのですね!」
おぉおおお、と何やら相当な食いつきを見せるクリス。ハンバーガー一つでそんなに感激するもんかねえと苦笑気味のビビアン。
「しっかし、アンタみたいなのがここになんの用で来たんだい?」
「ええと、お仕事です」
「仕事ねえ。まあ、詳しくは聞かないけど頑張んな」
「はい!」
さて、ではとばかりにクリスはハンバーガーに手を付ける。書物でこういうものがそのままかぶりつくということくらいはしっている。
だから、がぶりと小さな口をあけて一口噛みきり咀嚼。味が分かると同時に見る見るうちに顔が輝いていく。口の周りにたっぷりとケチャップを付けながらクリスは満面の笑みを浮かべた。
「おいしいです!」
こんなものは食べたことがありません、とばかりに。まるで至高の料理とでもいうかのように大げさに、そして大仰に。
そんな少女の様子を見て客たちはほほえましいものでも見るような表情を浮かべる。若いっていいねえ、だとか。純粋っていいねえだとか、そういう感じの。
ビビアンにしてもあまりに大げさなもんだから呆れと苦笑が入り混じっている。
「ほら、口元拭きなよ」
「ああ、ごめんなさい」
そう言いながら口元をぬぐうクリス。
「あまりにも美味しかったものですから」
「お、おう、しっかしそんなに大げさなもんじゃねえぞ」
「いいえ、美味しかったです。確かに実家の料理に比べたら雲泥の差で、もうなんだこれ料理じゃなくね? ごみじゃね、とか思いましたけど」
「おうおう、そりゃ喧嘩売ってるって解釈して良いんだな」
「でも、美味しかったです。温かい料理を食べたのは初めてで。こんなにもおいしいものだとは思いもしませんでした」
そう邪気もなく悪気もなく、満面の笑顔で言われてしまえば毒気も抜ける。その間にクレアははむはむとバーガーを頬張る。
ハムスターだとか小動物を想起させられる少女だ。そんな少女が仕事でHLに来る。一体その仕事とはどんなものなのか。
「ふぅ。ごちそうさまでした」
食べ終えて、クリスはコーヒーを注文する。ブラックで頼んで苦さに渋い顔。ミルクと砂糖を一杯入れてやっと飲める。
そんなものを飲みながら、クリスはジャンクフードショップから見える雑踏へと視線を向ける。そこから見えるのは外とは違う風景。
異形、異形、異形。右を見ても左を見ても、目につくのは異形。人類もいるが見るからに普通なのは少ない。上を見ても異形が飛んでいる。
腹向けて飛ばないで欲しい類の奴だとか。超巨大な奴が建物を踏みつぶしながら歩く姿だとか。本当、見ていて飽きはしない。
ここがHL。世界中でもっともホットな場所。日替わりで世界の危機が訪れるというこの街で、今もまた新たな世界の危機が始まる。
突如としてHLに存在する全てのモニターが、一斉に切り替わる。見ればわかるよ電波ジャックだ。それだけではなく魔術的、超自然的な映像までもが流れ出す。
クリスの周りのテレビ画面が一人の男を映し出す。。
「ごきげんよう、ヘルサレムズ・ロットの諸君。私だよ。堕落王フェムトだ」
騒々しい声で
異常極まる超越者。あらゆる魔法を極め尽くした人外のモノ。このHLにおいてもっともはた迷惑な暇人の一人。
堕落王フェムト。超常の魔導を極めた怪人。気分1つで世界を滅ぼせるだけの男がテレビの映像の中で楽しそうに今日も世界の危機だよー、と宣告するのだ。
シェイクのストローに口を付けて飲みながらクリスはその放送を聞いていた。
「どうだい諸君、最近は? 僕は全く退屈しているよ」
退屈で退屈で死にそうだ。なにせ、お前ら普通過ぎる。そうまるで他愛もないおしゃべりをするようにフェムトは言ってのける。
ツマラナイ。だから、面白くしよう、ってね。
「そういうわけで、僕は遊ぶことにしてしまった。ごめんね。これも君らが普通過ぎるのがいけないんだよ」
そう謝りながらもまったく悪いとは思ってもいないのだろう。少なくともあるのは喜色だけだ。そして、クリスは感じ取る。
近くで神性存在が現出した事実を。その証拠にフェムトの放送が新たな中継を映し出す。護送されている銀行強盗。
その背中がぱっくりと割れて現れる
それが現れた瞬間全てが両断された。
「さて、そういうわけで今回のゲームのルールを説明しよう。君達が見ているその邪神は、僕の精巧な術式をもって、半分に割ったまま生かしてあるものだ。凄かろう。まあ、半分でもご覧のとおり」
大暴れ。まったく衰えた様子もなく、そこらにあるものを片っ端から真っ二つにしまくっている。おお、大変だと心にもないことをフェムトは言っていた。
「気になるのは残りの半分がどうなったか。当然、どこかにあるに決まっているだろう人類諸君。今もこの街のどこかで絶賛召喚中さ。こいつがもう半身を得て合体したら――――おお、考えるだけでも恐ろしい」
ああ、怖い怖いと心底から愉しげに、フェムトは笑う。
「というわけでゲームさ。ルールは単純明快。半神が合体する前にどこかにあるゲートを発見し、破壊してくれたまえ。制限時間は117分だ。
ああ、これはフェアなゲームだよ。君らにもきちんと勝機がある。ゲートのある場所ではある現象が起きるのさ。とてもわかりやすい現象がね」
残りの半身の居場所を示す号砲が、HL全域に鳴り響く。
――巨大ビルの一棟が、真っ二つになった
「おお! 面白い場所で開いたようだね。そう、君らはあの真っ二つパーティーを追えばいいのさ。そこにゲートはある。
さあ人類の代表諸君! 全力を尽くしたまえ! 僕を退屈にさせないでくれよ」
それを最後にぷっつりと映像は切れる。そして上がるのは悲鳴だったり歓喜の笑いだったり。街中がお祭り騒ぎだった。
誰が最初にゲートを見つけるのか。あるいは半身が見つけて合体してこのHLを包む結界を解いてくれないだとか、そんな期待。
ともかく、街中が馬鹿騒ぎを始めていた。聞こえる声にはライブラの人狼が猿を追いかけているだとか。猿がゲートだから、ぶっつぶせだとか。
警察組織がミサイルぶちかましてたり、パワードスーツ部隊がたった1人の男にぶち壊されまくっただとか。騒がしすぎるほどに騒がしい。
治安維持組織による絨毯爆撃で通りは真っ赤っか。爆炎が色々と燃やしているし、建物は倒壊し放題。ここが壊れていないのが奇跡的だった。
客はさっさと野次馬しにいって残っているのはクリスだけ。
「うーん、さてと」
そんな彼女もようやくことり、カップを置いて立ち上がる。
「あんたも行くのかい?」
「たぶん、同僚が、あー、まだ同僚じゃないですけどそうなる予定の人たちが多分働いてると思うんで行かないといけないかなーとか思っちゃったり思わなかったり?」
「はっきりしないねえ」
まあ、とりあえず行きます、とそうクリスが勘定をしようとした瞬間――
「――っ!」
――斬撃が走って来た。
咄嗟に彼女はキャリーを斬線に投げつける。辛うじて見えた斬撃の軌跡に入ったキャリーは細切れなる。中に入っていた衣装やら下着やらが撒き散らされて恥ずかしいがそう思っている暇などない。
一瞬でもできたその隙間でやるべきことがある。クリスはそのままビビアンを掴みその親父さんを掴んで店の外へ飛び出した。
刹那細切れになる店。
「ふぅ、大丈夫ですか?」
「お、おう」
「ビビアンさん!」
「レオ! 無事だったの。良かった」
そこにやって来たのは糸目の少年。
「よかった無事だったんですね」
「彼女のおかげでね。それより早く逃げな。化け物がいつまた来るか――」
「彼女? って後ろ!」
「え?」
半身がそこにいた。クリスの背後に。あちゃー、ミスった。そう冷静に思っていたクリスであったが咄嗟に少年が飛び出してきたことで一緒に地面を転がることで間一髪難を逃れた。
「だ、大丈夫!」
「…………」
少年に抱きしめられるような形のクリス。彼女はどこか打ったのだろうか、熱に浮かされたように少年を見るばかり。
しかし、それをどうこうすることもできない。なぜならば更なる斬撃が来る。しかし、それもまた彼女らを傷つけることはなかった。突如として現れたチンピラがそれを防いだのだ。
まああまりの威力に三人して吹っ飛ばされてしまったのだが。
「おおっと……なんだよ、逃げたんじゃねーのか。何だよ。逃げてろよな。俺ぜってぇ逃げるって方に賭けてたのに」
「あんた、何気に最低だな、おい」
「で、そこの嬢ちゃん誰よ」
「え、あ、いや僕もそこまでは」
「まあいい。それより、俺があいつをひきつけるからお前はその間に猿をやれ。行くぜ。タイミングを逃すなよ」
チンピラが手元のジッポライターを強く握る。血が噴き出し、生成されるのは血の刃。
「
その太刀が眼にもとまらぬ速度の一撃を受け止める。
「ぐへっ……やっぱスゲエな。でも、見えてきちゃってんだわ、太刀筋。行けよ糞ガキ!」
その隙に猿に向かって駆け出す少年。
「旦那に比べると!やっぱ浅すぎだぜ、神様よお!」
半身の邪神が斬り刻まれ、十以上に分割される。恐るべき剣技。神を打倒するなど、とても人間技ではない。しかし、人に神など倒せない。
「駄目だ。あっという間に再生して……」
斬り裂かれた神が、急速に復元する。さながらそれはビデオを逆回しするかのように元通りになって行く。今も再生されていく、その腕は数秒後には少年の身体を捕らえるだろう。
「だから、あんま舐めてっと、承知しねえ――ぐはっ!?」
威圧感を発しながら、チンピラが咥えたタバコを吐き捨てた。見せてやるよとでも言わんばかりに一撃を放とうとした瞬間、そのチンピラの頭にクリスが飛び降りてきた。
「――見つけました! あの人はやらせませんよ、この私が! その勇気、その輝き、絶やさせるなど断じて許しません!」
パチンとクリスが手を叩いた。
「宝玉式紋章血闘魔術――青の術法」
ギチリと音が響く。彼女の胸の前の歯車時計にも似た機械が音を上げる。ガチリ、ガチリと歯車が回り。ラインに血が通っていく。
青の宝珠が輝く。それと同時に生じるのは大量の水だった。
「
生じるのは水の牢獄。邪神の半身は水に牢獄に捉えられ身動き一つできない。
「更にもう一つ重ね――黄の術法」
ガチリ、と歯車が切り替わり、血がはめられた宝珠のうち黄色の物へと流れ込む。バチリ、バチリと生じるいつか見た輝き。
「
雷電が水牢ごと全てを打ち砕いた。そして、その隙に少年が猿についていたゲート術式が施術されていたノミを潰して世界は救われた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
全てが終わった夜。一夜にしてHLは元通りの姿を取り戻していた。真っ二つパーティーで破壊された秘密結社ライブラの事務所も元通りとなっている。
そこのソファーにクリスはいた。
「ようこそお出で下さいましたライブラへ。このライブラのリーダーを務めさせていただいているクラウス・フォン・ラインヘルツです、お会いできて光栄ですクリスチャン・ローゼンクロイツ殿」
対面に座る偉丈夫――クラウス・フォン・ラインヘルツが丁寧にいう。
「こちらこそお会いできて光栄ですクラウス様。お噂はかねがね。私(わたくし)が今代のクリスチャン・ローゼンクロイツでございます。以後、よろしくお願い致します」
「いやいや、こちらもですよ。まさか、お出で下さるとは思いもしませんでした。最愛の孫娘を外に出すと良く翁が許可いたしましたね」
目元に傷のある、スーツを着込んだ男――スティーブン・A・スターフェイズがそう言う。
「ふふ、最後まで渋っておられましたがまあ、そこはほら女の武器というものがありますから」
有体に言えば泣き落としだ。
「なるほど、男というのは得てして女の涙には弱いものですからね」
「ふふ、あなたは、そうでもなさそうですねスターフェイズ殿」
「さてそれはどうでしょう」
「ちょーっといいっすか」
そんな会話に横から入り込むチンピラ――ザップ・レンフロ。
「どうしたザップ?」
「俺はこいつに言いたいことがあるんすよ」
「良いですよ。なんでしょう?」
「あんた、さっき俺の頭に乗ってくれたよなあ。人の頭に乗ったなら言うことがあってもいいんじゃねえの?」
「ああ、それは申し訳ありません。あの時は、少しどうかしていたものでして。そうですね、この場合は同等の返しが必要だと聞きます。どうぞ、私の頭をお踏み下さい」
「お、おう」
頭を差し出してくるクリスにさしものザップもどうしていいかわからなくなった。その様子にスティーブンは笑っている。
「ハハハ、ザップ、お前の負けだな」
「チッ、次はねえからな」
「はい、胆に銘じおきます。では、私からも一つ良いでしょうか?」
「どうぞ」
スティーブンが応じる。
「あの糸目の少年。彼の名前は何というのでしょう?」
「彼ですか? 彼はレオナルド・ウォッチ。神々の義眼保有者だそうですよ」
「そうですか。レオナルド、レオナルド・ウォッチ」
彼女は名を呼んで笑みをつくった。
「ふふ、見つけちゃいましたよ。私の王子様。人間賛歌を謳わせて下さい。どうか、ええ、私の喉が枯れ果てるほどに」
この日、ライブラに新たなメンバーが二人加入した。
色々と我慢できなかった申し訳ない。
というわけでアニメでいう第一話をお送りいたしました。
アニメでいちゃいちゃしてるレオを見たら、我慢できなかったよ。
続くかどうかは未定。評判次第。
ちなみにネタとしては甘粕をHLに放り込むネタとかあった。
あるいはセージを放り込んだり、神祇省を放り込む案とかあった。
神祇省なら別にHLでもやっていける気がしてならない。エイブラムスと狩摩の幸運はどっちが強いとかやったら面白そうではある。
クリスチャン・ローゼンクロイツ 名詞
牙狩りの一族の末裔であり魔術師の家系でもあるため、魔術と血の改造による特別な血法を扱う。
当主は常にクリスチャン・ローゼンクロイツであり、今代は幼い少女がその名を受け継いでいる。
宝玉式紋章血闘魔術 名詞
特殊な術式加工を行ったいくつかの宝石をはめ込んだ機械を介して血液の属性を変化させて様々な術を行使する血闘術。
特殊な血統が必要であるため現状ローゼンクロイツ家の者以外に扱える者がいない。
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虹と義眼の幻惑車両
異界と現世の交わる街ヘルサレムズ・ロット。日替わりで世界の終わりが訪れるこの街ではあるが、日常というものはある。
まあ、その日常が普通からしたら明らかに非日常なのだが、まあいいだろう。それもまたこのHLの日常というものなのだろう。
そんな街で世界の均衡を保つという目的を掲げたライブラと呼ばれる秘密結社の末端に所属することになった少年レオナルド・ウォッチはバイトをしていた。
ピザ宅配のバイトである。生還率が高い道をなるべく選びながらあと50%くらいで妥協しながら今日も今日とてピザを運ぶ。
ライブラからも基本給金は出ていたが、妹への仕送りの為にほとんど送ってしまう。だからこそこうやってアルバイトをしているのだが、
「くそ、このままザップさんの愛人宅トラップ喰らい続けたらいい加減死ぬぞ」
ライブラの同僚ともいえるザップ・レンフロのピザ奪取トラップを喰らい続けて散々な目に合わされている。これ以上やられたら死ぬ。
そう思うのだが、バイトをやめるわけにはいかず今日も今日とて嫌な予感がしながら配達をしている。なにせ、今運んでいるドギモピザのピザ全種類をある一軒のお宅に運ぶというのが配達の内容なのだ。
明らかに怪しい。早晩喰らい続けたザップのトラップが思い起こされる。しかし、それでも配達しないわけにはいかないわけで。
「ここ、か」
まずは周囲を確認する。ザップの影はない。マンホールも確認。出てくる気配はない。上も確認。いない。
「大丈夫、か」
いいや、まだ安心できない。配達先から出てくることだってある。最後まで気を引き締めなければ。そう思いながらレオは数十枚のピザを抱えてアパルトメントの階段を昇る。
軋む階段、軋む廊下。ぎしぎしと音を鳴らして角部屋までやってくる。顎でピザを抑えつつベルを鳴らす。耳を澄ませると聞こえてきたのは女の声。
ザップの声ではない。どうやら今回はザップはいないようだ。安堵して、軋みながら開くドアの向こうにいるであろう人に向けて定型文を言い放つ。
「どうもー、ドギモピザでーす」
「ぅ~ん、ああ、レオさん。おはようございます」
そうして、開いた扉の向こう側にいたのは、バスローブ姿のクリスだった。今まで眠っていたのか寝ぼけ眼で虹色の髪はぼさぼさだ。
しかも、バスローブは羽織ってきただけと言わんばかりで前は開いている。神々の義眼でなくてもその隙間から覗く肌色が眼に見える。当たり前だが、下着はつけていない。
「ちょっ!?」
まったくの予想外。これは予想外。頭に血が上る。
「く、ク、クリスさん!?」
「? そうですよ。クリスですよぉ。どうしましたレオさん? あー、ピザですか。ありがとうございます。さあ、どうぞお入りください。レオさんも一緒に食べましょう」
「いやいやいや、ちょっと待って、その前に、まずは前、前!」
「? 前? 私の前にはレオさんがいるだけですよ? 今日もかっこいいですよ」
「え、えっと、それはありがとうございます。じゃなくて、バスローブ!」
手で目隠ししながら言う。勿論隙間から見えているのだが、まあそれは良いだろう。幸運だったということで。しかし、そこまで言ってもわからなかったらしく、
「? とりあえず入ってください」
「…………はい」
レオは頑張った。しかし、通じなかったそれだけである。多くのピザを抱えてレオは招かれるままにクリスの自宅へと入るのであった。
壁のシミが縦横無尽に動き回っていたり、壁にかけられた肖像画がキメ顔をつくったりしている普通のアパルトメントの一室。
その中央におかれたテーブルにピザが置かれる。
「さあ、食べましょう?」
「ええっと」
「どうしました。おお、これがピザなのですね。はむ」
レオが何か言う前にとりあえずピザを食べていくクリス。
「チーズは絶品ですね。おいしいです。やっぱり温かい食べ物は美味しいですね。ねえ、レオさん」
「えっと、うん、そうだね」
「? どうしました? さあ、レオさんも食べてください。誰かと食べる食事なんて初めてでとても楽しいんです。それとも、レオさん迷惑ですか?」
「い、いや、そうじゃないよ。じゃ、じゃあ、いただきます」
とりあえず言われるままにレオもピザを食べる。色々と聞きたいことがあったがまずは食べてからだろう。ただ飯に勝るものはないのである。
そうやって食べながらレオは聞きたいことを聞くことにした。
「ねえ、聞いていい?」
「はい、なんでしょう?」
「君は、なんでライブラに?」
「人の輝きを守るためです。世界には色々な輝きがあります。それを守る為です。あなたは特に素晴らしい輝きを持っていると思いますよ」
「……僕なんてそんなに上等な人間じゃないよ」
そんな卑下したレオにクリスはいいえ、と首を横に振る。
「あなたの輝きはとても素晴らしいです。だってあなたはここにいるじゃないですか」
「え?」
レオはクリスの顔を見る。まるで、全てを見透かすかのように深い青の瞳がレオを捉えていた。彼女に自分の事情を話したわけではない。
だが、まるで彼女は知っているかのように言った。クラウスに言われたのと同じように。
「あなたは何かを諦められないからこそここにいるのでしょう? あなたのような方がここに来るのはそういうことでしょう。その眼があるにしてもライブラに入るなんて、そうそうあることではありません。
だからこそ、あなたの輝きはとても美しい。その命が放つ輝きを未来永劫、私は愛していたいのです。慈しんで、尊びたい。その輝きを、守り抜きたいと切に願うのです」
そして、一拍間をおいて、
「私は、あなたのような方を愛しているのですから。だからこそ自分を卑下しないでください。諦めていないのならあなたの夢は叶います。なぜなら、夢は諦めなければ必ず叶うのですから」
彼女はそう言う。
「…………とりあえずはだけてるのをなんとかしてください」
レオはそう返すのがやっとだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
翌日、明らかに一人乗りのバイクに三人のってるよくわからない連中がいた。
「自由とは、良いものです。温かいご飯があって、お友達が出来て。ここは良い場所ですね。ああ、そうだ今度はアルバイトというものもやってみたいです。ねえ、レオさんどうでしょう?」
天井に優雅に座りながらクリスがそういう。
「ここが良い場所とか頭湧いてんじゃねーのかこの虹色頭。お前みたいな箱入りのお嬢様には無理だって」
ザップがレオからピザだけでなく座席すらも奪いとって座りながらそう言う。
「いやいやいや! 何あんたら、こんなどうみても一人乗りにタンデムしてんの!? 馬鹿じゃないの!? てか、なんでその状態で普通に会話してんだよお前ら!」
「うっせーな、陰毛頭。あんま騒ぐなよこいつが勝手に乗ってきただけだろ」
「いや、あんたに言ってんだよ!」
「虹色頭! まさか、それはあだ名という奴ですか! 嬉しい! 私あだ名を付けられるのが夢だったんです! ありがとうございますザップさん!」
いや、それ明らかに馬鹿にしてる奴だから。しかし、クリスには関係ないのか満面の笑みで喜んでいる。馬鹿にしたつもりだったザップは明らかに色々と外されて顔を引きつらせている。
「おい、レオ。なんなんだよこいつやりにくいったらありゃしないぞ」
「知りませんよ。というか降りてくださいよ狭いんですよ」
「えー、もう少しいいでしょう? レオさん。こういう乗り物にのるのも初めてなんです」
正直言えば勘弁願うが女の子から言われては断れないレオであった。しかし、そういうわけにもいかなかった。急停車するレオ。
「きゃあっ!?」
「おわっ! おい、レオ!」
急停車によって転がって行くクリス。
「どうしたレオ」
「ザップさん、あれなんに見えますか?」
「クリーニング屋のトラックだろ?」
「そうですか。そう見えますか」
「おい、まさかお前」
「はい」
「ノイローゼか?」
「違いますよ!」
違うものが見える。神々の義眼が世界を書き換える幻術すら見通してその真実の姿をさらけ出す。そこにあるのは人を真空パックに詰めて運ぼうとしている異形共だった。
明らかにやばい奴ら。ゆえに、レオは逃げることを選択する。どうあがいてもやばいのは確実であるし、視えているのがレオだけなのだ。
ザップには見えていない。だからこそ、ここでどうにかすることはできない。ゆえに撤退。逃げる選択肢しかない。
「とりあえず、逃げますクリスさんはって――」
「あいたたた……まったくなんなんですか」
クリスは運が悪いことにトラックの目の前まで吹っ飛ばされていた。レオは必至にやばいから逃げろと合図を送るが、
「このトラックに何か? あー、これもしかして何かしら高度な幻術でも使ってるとか? じゃないとレオさんが慌てるなんてないですよねえ」
ザップはそれほど気にしている様子がないということはそういうことなのだろう。レオだけに何かが見えているのだ。
おそらくは不味いものだ。まあ、幻術使って何かしている時点で真っ黒なのでそれがなんであろうとも危険なの事には変わりないだろう。
「それに気が付いてるってことはお嬢ちゃん、ちょっと来てもらおうか」
そのままトラックに載せられてしまった。レオも合図を送ったせいで目が合ってしまった。即座に逃げ出すが、無駄無駄とばかりにぶった切られ、ザップ負傷。
レオはそのまま攫われてトラックは出発してしまった。余談ではあるが、それを追跡していた不可視の人狼チェイン・皇は即効でトラックを見失った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「これが誘拐というものですか。初めて経験しました」
「なんで、この状況でこんなに落ち着いてられるの」
「いや、本当だな。で、視えてるのはそっちの坊主だけか? 嬢ちゃんの方は見えてないみたいだしな」
異形の男が聞いてくる。
「世界を書き換える規模の高度幻術。凄いですね。お爺様でもこれはできませんよ」
「いや、だからなんでそんなに冷静なの。てか、なんで普通に捕まってるの」
「きゃししししし、どうしたの? 乱暴しちゃだめよ。大事な研究材料なんだから」
そこにやってくるもう一人の異形。目玉がいっぱいのお化けだ。
「見えてるのはこっちの男の子だっけ? それじゃあ御開帳。まあ! 神々の義眼!」
そいつがレオの瞼をこじ開けて神々の義眼を見ていた。クリスもこれはない機会とばかりに覗き込む。
「おぉ、あれが神々の義眼。神工品。凄い、初めてみました」
「俺が言うもあれなんだが、あれ嬢ちゃんの仲間じゃねえのか?」
その様子に刀をもった方の異形がそんなことを呆れた様子で言う。
「ええ、仲間です。ああ、仲間なんて良い響きなのでしょう。私、仲間が出来るのが夢だったんですよ。今までお爺様にしか会ったことがなかったので」
「お、おう」
なんだこのズレた感じは。しかし、何もする気はないのか、レオに対して何かすることはなかった。異形が満足して戻って行くまで終止にこにこ笑っている。
そして、レオが気絶して二人っきりにされた時も、クリスは笑っていた。ああ、これもまた試練だ。さあ、どうするのだレオナルド・ウォッチ。
お前の選択は? 諦めるのか、諦めないのか。ライブラはきっと追ってくる。ああ、素晴らしき絆かな。
「ふふふ、ああ、楽しくなってきてしまいました。行けませんね。悪い癖です。直さないと。ああ、でもじっとなんてしてられません」
「うぅ」
しばらくするとレオが眼を覚ます。
「おはようございます。レオさん。良く眠れましたか?」
「いや、眠れるわけないよね。おかしいよね、なんでそんなに普通でいられるの。しかも、なんか縄から抜け出してるし」
「ふふふ、縄抜けは乙女の嗜みという奴です。さて、どうしましょう。今どこを走っているかもわからないので正直打つ手がありません」
「えっと、外はだいぶ霧が濃い。かなりの深度まで来てるみたいだ」
レオがそういう。
「おお、それが神々の義眼の力ですか。目に関する能力なら色々できそうですね。凄いです。そうですね。おそらくクラウス様たちが助けに来てくださると思うので待ちましょうか」
「…………」
しかしレオは黙る。すぐに頼る。これではダメだ。これでもライブラの一員なのだから。だからこそ、自分でなんとかしたい。
そんなレオの様子にただただクリスは笑みを深める。ああ、やはりこの人は素晴らしい。この人の輝きは本物だ。
だからこそ、守りたいし尊重したい。そして、もっとその輝きを見てみたい。逆境で輝くその輝きを。
「なら、どうしましょうか?」
「少し、試してみたいことがある」
「わかりました。何でも言ってください。私に出来ることならばそうですね、避妊してくださるならばなにをしてくれてもかまいませんよ。そういうことはお爺様からも聞いています。初めてですが頑張りたいと思います」
「ちょっ!? なにいっちゃってんの!?」
「ほらほら、あまり騒ぐと誘拐犯たちが来てしまいますよ」
誘拐犯というか、あれは食材調達だろう。食人はクライスラー・ガラドナ合意で厳しく取り締まられて禁止されている。
だからこそ、こうやって隠れて人を攫っていくのだ。
「じゃ、じゃあ、ちょっと目を借りるよ」
「はい」
その後、相手方の視界をシャッフルして異界車両を転ばせて動きを止めることに成功した。まあ、そのおかげで横転しまくりで中はめちゃくちゃ。
クリスは無事だがレオはすっかりぼろぼろの重症である。さてそれだけならばまだいいのだが、外から聞こえる声がある。
『ブレングリード血闘術』
我らがリーダークラウスの声だ。さて、どうやら攻撃をしてきているご様子。助けに来てくれたのだろうが、このままでは自分はまだしもレオはぼろぼろが更にぼろ雑巾になって全身包帯のミイラになるのは間違いないだろう。
今でも半身包帯くらいなのにこれ以上ボロボロになるのは見ていて忍びない。そう、試練を越えた勇者には褒美がなければならないのだ。
「ふふ、良く頑張りました。だから、私がご褒美をあげます。
ガチリ、ガチリ。機関がその音を鳴らす。首の歯車が音を鳴らし、血が流れる。流れるのは銀の宝石。噴き出す何かはなく、生じる現象もない。
だが、圧力だけが高まって行く。彼女から流れる圧力は高まり続ける。
「
空間による絶対密封防御術式。それによってクラウスのブレングリード流血闘術
まあ、それ以外はバラバラだったのだが。それでもレオは入院。まあすぐに退院できるのだが、数日入院。そういうわけでお見舞いに来たクリスだったのだが、
「あれ、いませんね?」
ふむ、彼はどこへ行ったのか。とりあえず出歩けるのでそのあたりにいるのだろう。そう思ったので、探しに出てみる。
すると墓場で彼を見つけた知らない少女と話している。
「さてさて、どうしましょう」
突撃する? イエス。
「レオさーん!」
そういうわけで現場に突撃したクリスであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「~♪」
鼻歌交じりに部屋に戻ってきたクリス。そのポストに一通の手紙が入っていた。
「あらあら、なんでしょう?」
宛名に書かれていたのは堕落王の名。十三王からの食事のお誘い。
「食事会のお誘いですか。ふふふ、さて本来ならば私の方から行くべきなのでしょうが。これは、仕方がないですね。さて、どういたしましょうか」
ふふふ、と楽しそうにクリスは笑うのであった。
ゆるりゆるりとなぜだか連載。
もうすぐもう一つの連載が終わりそうなのでこちらをゆるゆると書いていこうかと。
そして、クリスの使う術式に今回ルビがふられました。
とりあえず、レオがラブコメ主人公的な目に合ってますが、まあ彼はいいやつなので許してやってね。
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虹と堕落の食事会
「うぬぬぬぬ」
今ザップは色々と困っていることがあった。というのもつい先日までライブラの新入りを守るピザを拝借して愛人宅で生活していたのだが、早晩その問題が片付いたのでそれが使えなくなってしまった。
ゆえに、これからどうやって何を食って生活して行こうかと考えていた。とその時、
「~♪~♪~♪」
鼻歌交じりにジャンクフードショップから出てきた同僚であるクリスを見つけた。さて、ザップとしてはこの少女が苦手である。
なぜならば自分がどんなに馬鹿にしても馬鹿にされていると思わないからである。まったくもってやりにくい相手。
だから積極的に声なんてかけるつもりがなかったのだが、
「あ、ザップさん。どうもこんにちは」
「お、おう」
見つかってしまった。
「どうかなさったのですか? あ、何かお仕事ですか?」
「そうじゃねえよ」
「そうですか。では、御暇ですか?」
「お暇だったら、何かしてくれんのかよ」
「はい! 一緒にご飯食べてくれませんか」
………………さて、この女は何を言ったのだろうか。
ザップがクリスの言葉を理解するまで数秒かかった。うん、まあお誘いである。デートではなく食事の。まさに願ってもないことである。
ただ飯に勝るものはない。他人の金で食うものほどうまいものはないのだ。なにせ、自分の金ではないのだから。
しかもこいつは
そうまさに願ってもなし。食に良いも悪いもなく、あるのは食べられるか食べられないか。食べられればなんでも良いが美味いもの食いたい。
それは万国共通の思考だろう。
「マジか!」
「ええ、本当です」
「何食うんだよ」
「これです」
さて、そうやってクリスが見せたのはバーガーである。
「…………」
ザップの顔が面白いくらいに変化する。超期待外れ。何言ってんだろこいつってくらい期待外れ。そんな顔だ。顔芸だ。
目聡くそれに気が付くのがクリスであり、
「えっと、気に入りませんよね。ザップさんは食べ慣れていらっしゃいますから。ええ、わかります。同じものを食べ続ければあきますよね。そんなものを食べても楽しくありませんよね。わかりました。ザップさん、食べたいものを言ってください。買って一緒に食べましょう、私がお金を出しますから」
このクズ野郎にこんな提案をしちゃうのも彼女だからである、
「マジか!」
さて、どこまでチョロいんだこの女とそろそろザップが思い始めたころである。
「あ、ザップさん、とクリスさんも。こんなところでなにしてるんですか」
HL善人代表のレオが登場。さて、ここでザップが
そう言う奴だレオは。それは間違いなく美点だし、ザップもそれは認めている。だが、ここでは邪魔だ。ゆえに、
「あー! 見ろ虹色頭、あそこにUFOが飛んでるぞ!」
そんな古典的な手に誰がひっかかるのか。
「え、どこですか!?」
ひっかかっちゃう
「ぜりゃああ!」
「うわああ、ぐはっ!?」
一瞬でレオに蹴りをかまして路地裏に放り捨てる。すまんレオ、俺のただ飯の為なんだ。無駄にキリッとした良い顔で心の中でゲスいことを言うザップ。
レオはザップの蹴りを受けて頭から血を流して気絶している。大丈夫、奴は丈夫だ。これくらいは大丈夫決まっている。きちんと頭に入れたので記憶も飛んでいるだろう。良し完璧だ。
「いませんよー、ザップさんー、どこですか?」
「あーすまねえ、見間違いだったみたいだわー」
超棒読みで言い訳をして、
「それよりさっさと行こうぜ。俺も腹減って来たしよ。さっさと本部にもいかなきゃらならねえしな」
「はい、では行きましょう。~~♪」
さっさと先へと促す。ここで時間をかけてレオが起きて来ても問題なのだ。再び鼻歌交じりに歩き出すクリスと、したり顔でついていくザップであった。
ちょーっと高い料理の店までもうすぐというところの路地を曲がる。その時、
「あひひゃ」
どんっ、とクリスにぶつかってきた男がいた。
「きゃっ」
ジャンクフードにばかり気を回しているから気が付かなかった。しかし、彼女がこけることはなかった。ザップがその腕を掴んで支えたからだ。
一応は金ずる候補であり、食事たかりの途中。ここでなにかあってはこまるという百パーセント打算からの行為である。
「へっ、何やってやがる虹色頭。お前、そんなんでよくここで生きていけるな」
「はい、私の不徳の致すところです。本当にありがとうございましたザップさん。このお礼は数倍にしてお返しします」
「お、おう……」
だから、期待してるのはそんな反応じゃなくてだな。というか、一々過剰すぎるんだよ。まあ、お礼はきっちりもらうけどな。
などと思っていると、更に先ほどの男が突っかかって来た。それがあまりに面倒だったので、
「おらあ!」
頸動脈をなで斬りにしてやった。しかし、
「おい、なんだこいつ!」
頸動脈なで斬りにしても向かってきた。手ごたえと断面は人間だというのにだ。さて、まるまる血を被ってしまったザップ。
さて、面倒な相手だ。
「む、面倒ですね。爆裂させましょう」
はい、どーん。っとクリスが術式を発動させて爆裂させる。しかし、それでもそいつは生きていてそのままどこかへ跳んで行った。
「なんだったんでしょうねえ。アレ」
「いや、人間か、あれ」
「そこらへんはザップさんの方が分かるのでは?」
「断面と手ごたえは人間だったな」
「中身も見たところそうでしたね」
はて、ではあの薬中はなんだったのやら。
「まあ、そんなことより早く買っていきましょう」
色々と気になるがとりあえずは食事。ひたすら高級食品(ザップ感覚)をクリスに買わせて二人はライブラの本部へ。
そこであの薬中についてスティーブンから色々と聞けた。どうにも新種の麻薬が出回っているらしい。
エンジェル・スケイル。単純に言えば人体改造を簡単に行ってしまう麻薬である。ザップが頸動脈なで斬りにしたり、クリスが高圧縮爆裂術式で爆散させても動くような化け物を創りだす薬。
てなわけでお仕事である。今回のライブラの仕事は単純。これの出所の特定と撲滅である。ドラッグダメ絶対。いや、まあ、そんな思想なわけなく。
顔役をスルーしてこれが外にまで流出していることが問題なのだ。だからこそ、ライブラが動く。下手をすれば外と中の均衡が崩れる。
そうなればどうなるか。ああ、恐ろしい。世界の滅亡である。日刊世界滅亡の街で何を言うのかと言うが規模が一つの都市からガチモンの世界になってみろ。
ライブラだけではどうあがいても鎮圧は不可能。そういうわけで、ザップと楽しく(クリスのみ)食事をしたあと地道に情報収集をメンバー全員で行うのだが、クリスは別の用事が入ったためにクラウスと共にどこかへ出かけて行った。
「申し訳ありません、クラウス様。今日は、どうも予定が入ってしまって」
「いえ、こちらこそ」
「その上途中まで送ってもらってしまって」
そう言いつつクリスは停車された車内から出る。
「では、ご健勝を祈っておりますわ。どうか、その勇気絶やさないことを」
そう言ってクリスは一つの建物に入って行く。単なるオフィスにも見えるが扉を開けた瞬間別の場所に出る。歩いているのは天井。
「天井を歩くなんて初めての経験ですわ」
なんて楽しいのかしら。そうふわふわしながら歩いていく。退屈はしない。ああ、まさにここの主が嫌いそうなこと排している。
歩きながら最後の扉を越えると、
「やあ、初めましてだね今代の黄金王。招くのが遅れて申し訳ない。僕は暇だが忙しくてね」
「はい、お初にお目にかかります。お招きいただき光栄でございますフェムト様。本来であればこちらから参らねばならぬところ。そちらの不手際ではございません。それはこちらの咎。ゆえに、気になさらず。
それから
「先代と寸分たがわぬことを言うね。やっぱり、君らは面白い。またここらで騒ぎを起こすなんてことはしないのかい?」
そこには正装の堕落王がいた。ゆえに、ドレスコードのクリスは招かれるままに長テーブルの対面に座る。人形が椅子をひいてくれるのでそれに合わせて座る。
内装は落ち着いてはいるが、さてどうだろうか。高度幻覚を見破る目はないのでわからないが、薄皮一枚したは化け物だらけだとかありうるかもしれない。
まあ、そうであってもクリスは眉一つ動かさないだろうが。モダンな内装。白と黒のモノトーンの床。テーブルは長く椅子は二脚のみ。
食事会でもしよう。そんなお誘いがあったのは先日のこと。それに了承したのは今朝のことだ。どのみち、自分という人間が来たのならばいずれは挨拶に行かねばならなかっただろうからあちらから来たのは好都合ではあったのだ。
言うとおり、本来ならば自分の方から行かねばならないが生憎とHLに来てから日が浅い。どこのレストランに行けばいいかなどわかるわけもなくこうやって相手の行為に甘えているわけだ。
貸し一つであるが、これは先代の分の借りを向こうが持っているのでそれを消費した形。次はない。それよりも先代だ。そう先代。
「さて、どうでしょう。先代が何をしたのか私は聞き及んでいないもので」
クリスは自らの父のことを知らないし聞かされていない。母のこともだ。誰が母親なのかもわからない。抱かれた記憶もないし、会話した記憶もない。
わかっているのは先代が死去する前にここに来ていたということ。
「それは大変だ。ならば今日はその話でもしようかい? アレは最高のショーだったよ。まあ、まずは飲みたまえ、食したまえよ。せっかく君の為に用意した場だ」
どうやら堕落王は知っているようだ。しかし、話をする前にまずはと、給仕が前菜とワインを運んでくる。芳醇な香りのワイン。
香りは爽やかであるが深みがある。味の方はすっきりしていて飲みやすい。黄金の夜明けと呼ばれる銘柄だった。
「美味しゅうございます。それだけですが」
「それは、良かった。先代もそう言っていたよ。君らは良く似ている」
「あら、そうでございますか。では、先代のことについて教えてもらえます?」
「ふむ、一言で言うなら、魔王だったよ彼は。ああ、あれは中々に最高のショーだった。まさか、ただの人間があれだけのことをやらかすなんて僕らは思いもしていなかったよ」
人が堕落するだからこそ試練を与えて尻を蹴っ飛ばしてやろう、と特大の試練をぶっ放した先代クリスチャン・ローゼンクロイツ。
その結果は、色々と複雑であり一言でいうのは難しいのだが簡単に言ってしまえば、このHLを壊滅寸前にまで追い込みかけた。
「しかも、楽しくなりすぎて奴は本来の目的を忘れちゃってねえ。いやはや、あわや世界滅亡寸前、人類滅亡寸前。本末転倒ってやつだよ」
「ふふ、私もそういうところがありますからわかりますわ」
ローゼンクロイツの家系というのは総じてそういうのが多い。行ってしまえば子供であり馬鹿なのだ。例えば人々の輝きを絶やしたくないと言って逆境でこそ輝くから試練を与えよう。
そういう風にしていて、人がそれを乗り越えてきたらもっと輝きが見たいとエスカレートしていき最終的にテンションがあがりすぎて人類滅亡まで行ってしまうのだ。
愛すべき人類が居なくなってしまっては本末転倒だろうに、そんな単純な事も計算できないのである。基本的にノリとテンションで生きている人種なのだ。
クリスもそう。箱入りお嬢様のようではあるが、その行動は基本的にノリである。ゆえに、堕落王はこういう。
「なら、君にも期待していいわけだ」
「さて、それはどうでしょう。これでも私正義の味方側の人間ですし」
何を言っているのやら。先代も同じようなことを言っていたんだよ。そうフェムトは言外に言いながら、
「ライブラ。律儀な連中だよ。まったくこの前もわざわざ出張って来たよ。特にあの少年だ。この僕渾身のギャグシナリオを潰されてしまった」
「ふふ、門と鍵とモンキーをかけていたのでしたっけ」
「他人に説明されると途端に恥ずかしくなるね。……このヘルサレムズ・ロットで殺生を忌避する普通さ。度しがたいよまったく」
「あらあら、私はそうは思いませんよ。むしろ、この異形都市で、見極めようとしたその勇気をこそ称賛すべきでさしょう」
クリスはそういう人類の輝きを愛しているのだから。
「君のそう言うところ、僕は好きだね。ああ、これは先代にも言ったんだった」
「あら、私は貴方の堕落を誘うところが嫌いです」
「ハハハ、そりゃどうも。なにせ堕落王だからね。僕は。そんな僕が、人を堕落に誘わなくてどうするんだね。まったく先代と同じこという」
「本当、そこだけは相容れませんね」
「残念、君のことはだいぶ好きになってきたというのに。まあいい。それで、どうだい、ここの味は?」
「普通です」
異形の給仕がいなくなってからクリスはそう言った。普通、良くもなければ悪くもない。普通。評価としては微妙と同義だろう。
「まったく、先代と同じことをいうね。君はもっと違うことは言えないのかい」
「あら、それはそれは。なにせ、いつもこの程度のものは口にしています。しいて言えば温かいか冷たいかくらいの違いですが、それくらい。感動するほどではありませんよ」
毒見が入ってない分温かいがそれだけ。この程度の料理は実家で飽きるほど食べている。というか、三食がこの程度の美食だ。
だからこそ、ジャンクフードに死ぬほど感動する。美食のように理路整然とした味が舌の上でオーケストラを奏でるものならばあれは粗雑な味が舌の上のステージで爆音のロック、あるいはデスメタルを奏でるようなものだ。
凄まじい衝撃と言える。だかこそ、感動と言う心の動きを与えてくれるのだ。確かに普遍的なオーケストラは素晴らしいのだろう。
しかし、それだけなのだ。如何に優れた味の演奏と言えど食べ慣れてしまえば飽きる。そういうこと。美味しいとは感じれる。だが、心が動かない。
作業で食べる毎日。だが、ジャンクフードというものは雑だ。こういっては悪いが、微妙に味が変動する。均一に作られているように見えて、クリスの舌はその下にあるわずかな違いがわかるのだ。
このようなレストランは食材にも気を使う為ほとんど違いというものが感じられない。いいや、正確に言えば微妙にはあるが数値にして1以下の違いしかない。
しかし、ジャンクフードは1から2くらいの違いがあるのだ。この違いは大きい。素材に気を使っていないとは言わないが、高級レストランほどではないだろう。
だからこそ、その違いが日々にうるおいを与えてくれるのである。だからこそ、ジャンクフード最高とクリスは思っていた。
出来るなら毎日食べたいがなぜかレオに止められたので、数日おきに食べることにしている。その時にはレオとかザップを呼んでみんなで食べるのだ。
一人でしか食事をしたことがないのでみんなで食べるのは楽しい。これもまた大きなスパイスと言える。だから高級レストランでの食事では満足できないのだ。
「ふむ、ならば機会があればモルツォグァッツァに共に行こうじゃあないか。このヘルサレムズ・ロット一の美食が味わえるレストランだ。君も気に入るだろう」
「それは楽しみですわ。本当に、私を満足させられるのであればやぶさかではございません。まあ、あとは性欲による快楽くらいですかね。私を満足させられるとしたら」
「本当、君らは同じことを言うね。さて、それじゃあそろそろ時間だし」
「はい、これでお開きと言うことで。では、楽しい食事会でしたよ。有意義なお話も聞けましたし」
では、とスカートの裾をつまみ礼をして来た道をクリスは戻る。先ほどクラウスに送ってもらったビルディングの前に出た。
そこで、
「んお、おい、虹色頭、てめぇこんなクソ忙しい時に何やってやがる」
レオを二ケツしたザップに遭遇した。
「お仕事ですか?」
「良いから行くぞ。失敗すると姐さんにぶち殺される」
「ふふ、楽しそうですね。行きます。広域殲滅なら任せてください」
その後、エンジェルスケイルはすっかり撲滅された。
第三話。旦那がゲームしている裏でクリスは堕落王とお食事。先代とかのお話が出ました。
レオの為のヒロインを用意してやろうと思ったら、なんかザップと絡んでいるクリス。ホワイトいるから良いか。
しかし、何だろう。ザップとクリス。ザップはクリスが天敵であるはずなのに、なんでこいつら絡んでるんだろう。
てか、クリス、チョロすぎるでしょ。
次回は血界の眷属とエイブラムスが出るのか。さて、どうしようかな。もう一体くらい眷属増やして時間稼ぎさせようかな。
流石に本来のローゼンクロイツなら滅殺出来るんだけど、クリスはまだそこまで至っていないので時間稼ぎかなぁ。
次回は、まあいつかゆるゆるとやります。
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虹と血界の眷属 前編
「~~♪」
「何がそんなに楽しいのよ」
ホワイトの病室にいるお嬢様は実に楽しそうであった。
「いえ、女の子の友人は初めてで、とても楽しいのです」
「そうなの。私もよ。もう三年もここに閉じこもってるの」
「勝ちました! 私実家に数か月前まで閉じこもってましたから閉じ込められてたとも言いますけど」
「いや、何の勝負よ」
話せるだけで、いるだけで楽しいとでもいうかのように笑顔のクリス。純粋な子供のような笑顔を向けられてしまえばそれ以上何か言う気もなくなる。
それは嫌と言うことではなく、まあいいかという風なそんな感じのあれだ。
それに同じくはじめての同年代のお友達だ。話すだけで楽しいのはホワイトも同じである。
「さて、では、そろそろ行きますね」
「明日は仕事先の親睦会でパーティーなんだっけ?」
「そうです! ああ、パーティー! 人と何かを祝うということは初めてなのでとても浮かれているのです! 楽しみです」
「そう、楽しんできてね。ちゃんと感想聞かせてよね」
「はーい」
そんな感じにライブラのパーティーを楽しみにしていたクリスだったのだが、
「うぅううぅうう、ぐぅうう」
親睦会の当日、彼女は物凄い気分が悪そうであった。いつもの血色の良い顔は冗談のように真っ青だ。
helpと、死にそうな声で言われたのでなにかあったのではないかと思いザップを伴い駆けつけたらこんな状況だったわけだ。
「大丈夫? クリスさん」
「ったく、軟弱じゃねえーのか。虹色頭」
「うぅうううう」
もはや反応できないくらいに気分が悪いらしい。レオが、医者に連れて行くべきかと思っていると、
「その必要はないよ」
そこに紙袋を抱えたライブラの番頭役であるスティーブンが部屋に入ってきた。
「スティーブンさん、どうして?」
「そろそろ時期だろうって、翁から連絡があってね。なんでも彼女はすぐ忘れるらしい」
翁、つまりクリスの祖父であり先々代のクリスチャン・ローゼンクロイツのことである。
「そうなんすか?」
「それで、預かりものを届けにきたんだよ」
そう言って紙袋をスティーブンがベッドわきのテーブルに置く。
「なんすか?」
「薬だよ。彼女に一般の薬は使えないし、輸血もできないからね。ローゼンクロイツ秘伝の薬というものがあるらしいよ。
で、彼女の症状は一ヶ月に一回あるらしいローゼンクロイツの女系特有のアレらしくてね。数日はこの調子だろうってさ。彼女は特別重いらしい」
「へえ」
「おいおい、つまりこれアレじゃね?」
アレだよ、アレってザップが騒ぎ出す。レオはまったくピンと来ない。
散々アレアレ言いまくったザップは、ついに解答にたどり着いた。
「生理じゃ――ぎゃぁあああ!?」
「デリカシー無さすぎよ、クソ猿」
すぅっとザップの頭の上に現れるチェイン。彼女は不可視の人狼であり、自らの存在を自在に希釈することが出来るのだ。
簡単に言うと外見は普通の人間と全く変わらないが、その名の通り自在に姿を消したり出来る種族である。
姿だけではなく、レーダーなどにも捉えられず壁や障害物を自在に通り抜けることも可能。
更には、因果律レベルで存在を隠すことまでできる。流石に限度はあるものの諜報員としてはまさに破格の人材だ。
そんなチェインは、ぐりぐりぐりとザップの頭を踏みにじる。
「犬てめぇえええ! ぎゃぁぁあああ」
ぐりぐりぐり。ひとしきり頭を踏みにじってからチェインはザップの頭から降りてスティーブンに買い物袋を見せた。
「買ってきました」
「助かるよ。こういうのは男にはよくわからないものだからね。すまないね、仕事でもないのに」
「いえ……これも彼女のためですから」
「じゃあ、あとは頼むよ。今、クラウスとギルベルトさんが消化に良いものを作っているから、その間によろしく」
「わかりました」
スティーブンが寝室を出てリビングへ行った。残されたレオ、ザップ、チェイン。
「チェインさん、あとを頼むって?」
「おい、犬女、何やる気だよ」
「はいはい、デリカシーのないモテない男ども。あんたらはこっち。こっから先は男子禁制だから。さっさ出て行きなさい」
遅れてやって来た眼帯を着けた長身でスレンダーな女K.Kがとても良い笑顔でそう言ってレオとザップを掴んだ。
そして、ぽいぽーい、と捨てられるように部屋から出されドアが閉められた。
「それじゃあ、見張っておくからやっておいて」
K.Kは外で見張りの為に外へ。
一方放り出されたザップら。
「くくくく、これで奴の弱点がわかるぜ」
「いや、辞めた方がいいですってザップさん。流石に不味いですって」
外ではザップがクリスの弱点を知るために無駄な技術力で血の糸電話を作ろうとしていたが、出て来たK.Kに粉砕された。
残されたチェインとクリス。
「大丈夫?」
「うぅぅ、す、すみません、死にそう」
「はい、飲んで」
「うぅ、まず。でも、ふふ」
チェインがスティーブンの持って来た紙袋から錠剤を飲ませる。かなりまずいらしいが、効果は劇的だ。
「楽になりました。それに誰かに看病されたのはじめてなので嬉しいです」
「親睦会出れないけどね」
「それを言わないで下さいうぅ」
結局、どんなに頑張っても動けなかったので、この日クリスは親睦会不参加になった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その日の深夜。クリスの家にレオはやってきていた。親睦会であったことの報告に来たのだ。かなりマズイ事態になる可能性があるらしく伝えておくように言われたのだ。
「まったくザップさんは帰っちゃうし」
親睦会終了後にレオが彼女の家に向かわされたのだが、本当はザップも頼まれていたのである。しかし、奴はバックレた。
「まあ、いいか。伝えるだけだし。クリスさーん、起きてる? って、開いてる?」
部屋のドアは開いている。入っていいのだろうか? そう思いながらレオはゆっくりと扉を開く。真っ暗な部屋。軋みながら開く扉はどこか古いホラー映画を思わせる。
先ほど聞いた話が嫌な想像を脳裏に描かせてしまう。大丈夫だろうと部屋の中に入った瞬間、ドアが閉まる。
「うえ!?」
そして、背後から何者かに組みつかれた。声を出そうとしたが口をふさがれる。首筋にかかる吐息。背中全体に感じる柔らかな感覚を楽しむなんてできない。
後ろからほとんど抱きしめられる形で口をふさがれ、開いているもう一方の手がレオの胸をなぞっていく。直前に聞いた吸血鬼にまつわる話が否応なくそれを想起させる。
(やばいやばいやばいやばいやばい――!)
「ひっ――」
ぺろり、と首筋が舐められる生温かな感覚。ぞわりと悪寒が全身を駆け巡った。ゆえに、火急速やかにこの状況を逃げ出す必要がある。
躊躇いなく義眼の力を使う。もうこんな時に使わなくて何の力だ。視界を支配してその滅茶苦茶にしてやる。
「うきゃぁ!? ――きゅぅ……」
「うえ!?」
そのせいで組みつかれている自分事後ろに倒れる。
「…………」
さて、真っ暗闇である。自分はどんな状態に倒れているのだろう。手を動かしてみる。動く。指を閉じてみる。何か柔らかいものを触る。
揉み心地が良い。丁度良いハリと弾力がまじりあいこう、なんとも言えない柔らかさが癖になる。手にぴったりおさまるというか、なんというか。それと同時に華のような芳しい匂いもしている。
さて、いい加減レオも自分がどういう状況になっているのかわかってきた。何がどうなってこうなったのかはまったく持ってわからないのだが、不味い。
そう非常にまずい。それと同時にザップが居なくてよかったとも思う。それから今、おそらく自分が上に乗っている彼女が本調子でなくてよかったとも。
これで彼女が本調子であったならば、まず間違いなく気絶なんてことはしてくれなかっただろうから。
「って、いやいやいやいや!?」
音速猿も真っ青な速度でその場から飛び退く。顔が真っ赤だ。落ち着け、レオナルド・ウォッチ。自分にそんな幸運が訪れるわけないだろ。
そう現実逃避として言い聞かせながら、電気をつける。先ほどまでのアレが、間違いであるようにと祈りながら。
「oh……」
そして、そこに倒れているのはバスローブ姿のクリス。しかも、すっかりはだけている。
「うぅ、うーん」
しかもお目覚め。この状況どういいわけすればいいのか。
「あれ? レオさん? どうしたんですかぁ?」
「え!? あ、え、えっと、そのありがとうございました!」
「?」
とりあえずなぜかお礼を言ってしまった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その後、クリスが何をやったのか覚えていなかったのでなかったことにして、レオは親睦会で発覚した事実について伝える。
クリスの顔を直視できないので壁の方を向いて。まったくなかったことに出来ていない。
「――
血界の眷属。それは所謂吸血鬼と呼ばれるような奴らだ。その実態は異界存在によりDNAに術式を刻み込まれて創りだされた作品である。
その中でも特に完成度の高い13体の血界の眷属を
外見は通常の人間と全く変わらないが、鏡や光学機器には映らない。また羽のような緋色の光を纏っているらしく、どうやらレオがそのオーラを見抜いてしまったのである。
「ええ、そんな淡白な反応なの?」
「そりゃあ、私ってそういう一族の末裔ですし」
クラウスも含めてライブラの大元は牙狩りと呼ばれる吸血鬼ハンターである。そういうわけで、クラウスたちにとっては専門分野なのである。
「まあ、もちろんエルダー級なんて、早々出てきたことはないですし、お爺様くらいにならないと滅殺できませんからとてもヤバイのですけど。というか、なんでこっち向いてくれないんですか?」
「え゛!? え、あ、えっと、その、ごめん」
「謝らないでください。それとも、私は直視できないほど酷い状態ですか?」
そりゃ、シャワー浴びてないですし、寝癖とかありますけど、そこまでですかね? となんか落ち込んでいくクリス。
「い、いや、ひ、酷くはないよ。うん、ちょっとこっちの事情で……ごめん」
「そうですか。クスっ、気にしてませんよ、謝らないで。すぐ謝るのはレオさんの悪いところですよ。いいところでもありますけど。
となると、明日は寝ているわけにはいけませんね」
「それなんだけど、クラウスさんが寝ているようにだって」
体調不良の女性を戦わせられないという彼の配慮であった。
「むむ、そうですか。正直助かりますね。実はこうやっているのも辛いですから」
「大丈夫?」
「ええ、お爺様のお薬のおかげで大丈夫です。ちょっとふらふらしますし、少しばかり魔術の加減が効かなくなってますけど」
この状態は血に付与された術式の調整なのだ。クラウスなどとは違ってローゼンクロイツの血においてのみ発現する特殊な血。
特に血であるため女である彼女はそれが時折乱れる。ぶっちゃけてしまうと女の子の日という奴である。そのおかげでこんなことになっているのだ。
「そっか。じゃあ、俺もう帰るね。お大事に」
「はい、レオさんも気を付けてくださいね」
そう言ってレオは部屋を出ていった。
「ああ」
そして、もう我慢できないとばかりに彼女は感嘆の息を吐く。
「ついに、ああ、ついにまみえるのですね。あなた方はどうするのですかライブラのみなさん。諦めるのですか? いいえ、あなた方は諦めないでしょう?
ああ、なんたる甘美。楽しいです。私はあなたたちを愛しているのですから、その輝きをどうか劣化させないでください。
その勇気を絶やすことなく燃やし続けてください。私は、そんなあなた方を愛しているのですから。人間賛歌を謳わせてください。ねえ、レオさん」
窓から見えるレオの背を見ながら彼女はただ笑みを深めていくのであった。
前後編にわけます。
レオ君がなんかいい思いしてますけど許してやってください。彼、いいやつなんです。
原作で女っ気なさ過ぎて妹絶対泣くので、このくらいのラッキーくらいはいいんじゃないかな。
というわけで、調子悪いクリス。ふらふらで部屋の中うろついてたらなんかレオに組みついて首舐めたりはむはむしようとしました。
なにしてんだこいつ。あと今現在彼女は、加減ができない状態です。出力が限りなく高くなるか限りなく低くなるかのどちらか。
敵と遭遇中に弱くなるとどうなるか。
さて、バーガー回は良かったですね。ネジの声がちょっと予想外でしたけど聞いてたら慣れました。
とりあえずホワイトとの思い出が消えなくてよかったとだけ。次回はステゴロ回。やらないと思ってたらやるんだ。
とりあえず楽しみです。
次回は、まあいつか。では、また。
あ、ホームパーティー回どうしようかな。あ、そうだエイブラムスと絡ませよう。そうしよう。
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虹と血界の眷属 後編
目を覚ますと昼下がりであった。体調が優れない。本来ならば眠って血の術式の調律をやっているはずだが、目が覚めた。彼女に流れる血が異変を感じ取ったのだろう。
ゆえに彼女はふらりと一瞬だけふらつきながらも衣装棚を開く。そこに納められた戦装束へと袖を通すのだ。黒を基調としたドレスのような戦装束を。首には専用の血闘魔術における重要な装備である
「さて、そろそろですかね」
身支度を済ませたその瞬間に鳴り響くスマホ。レオから習ったとおりに操作して出る。
「はい、私です」
『すまないがこちらに来てくれ』
スティーブンからの連絡。
一体であれば4分は保たせられる。だが、二体となれば話は別だ。一体ですらどうにもならないような相手。それが二体。時間稼ぎなど刹那のうちにしかできないだろう。
ゆえに、いかに体調不良だろうと戦力を眠らせておくことはできないのだ。クラウスもザップも今はユグドラシアド中央駅に血界の眷属対策の専門家である豪運のエイブラムスとともに行っているため不在だ。
血界の眷属の全貌解明のため神々の義眼をもつレオを連れて行っているわけだ。そのための護衛であろう。つまり、戻るには時間がかかるのだ。
奴らをどうにかするにはクラウスの力がいる。そのための時間稼ぎをするにはスティーブンとK・Kだったのだが、エルダー級がニ体だ。時間稼ぎどころではない。
『ストムクリードアベニュー駅に今すぐだ。そちらは直接向かった方が早い』
「ええ、わかりました。どのみち行こうと思っておりましたから。では、現場でお会いしましょう」
そう言って電話を切る。
「行きましょう」
そして、彼女は窓から飛び出した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「どうなっているんだ! 通常弾、炸裂弾、爆薬、火炎放射、電磁攻撃、ガス、レーザー照射、尽くが無効か!!」
「第2防衛線突破されました!」
「
「全滅です!」
「気を付けろ!
ストムクリードアベニュー駅は阿鼻叫喚の様相を呈していた。地下鉄駅であるが、その出入口では警官隊が防衛線を敷いているが、突入部隊が全滅して右往左往している。
この異形都市で治安維持しようとしている連中ですらこれなのだ。指一つで機動装甲警官がばらばらになる。それほどの化け物。
しかも、屍喰らいとして、やられた仲間が襲ってくる。まさに地獄だ。そこにクリス、スティーブン、K・Kの三人が到着する。
チェインは先に来ていて状況を把握しカメラの準備をしていた。
「コラコラ、これ以上アッチの兵隊増やすんじゃないわよ。退きなさい」
ついてすぐにK・Kが警部にそう言う。
「君たち、本当に行くのか……そんな軽装で、しかも子供までいるじゃないか」
「まあ、大丈夫だよ。餅は餅屋ってね」
「そうです。子供だろうと専門家ですので、ご心配なく。あのようなものに私は負けませんよ」
そう言ってチェインを含めた四人は地下鉄駅の中へと入って行く。そこはまさに地獄だろう。あちこち崩れているし、血がべったりとくっついている。
さらに言えば血界の眷属の冷気がここまで漂ってくる。
「あー、最悪だわー、腹黒男と一緒とかありえない。体調悪いクリスちゃんまで連れて来るなんて」
階段を降りながら、通路を進みながらK・Kがそんなことを言う。
「まー、そういうなよK・K。エルダー二体に僕ら二人で突っ込むよりいろいろマシだろ? 翁からも使ってくれって言われているからね。合理的に行こうよ」
「そうです。どのみち言われなくても血界の眷属に気が付いたら来ましたのでいらぬ心配ですよ」
「もー、あんたは直ぐそういう。良い、気分悪いなら帰ってもいいのよ?」
「大丈夫ですって。ただ加減が出来ないので、ちょーっと危ないだけですから」
具体的に言えば強くやりすぎて地下鉄駅を全て粉砕するだとか、仲間事粉みじんにしてしまったりとかする可能性があるだけで、それ以外はなんら問題がないのだ。
いや、問題ばかりなのだが、それでもやらなければならないことはある。エルダー二体。そんなもの野放しにしておけば、どうなることか。
「……まあ、そう言うなら良いわ。しかし、待ったわね3年」
「そうかい? 僕はこんな日が来ないでくれたらとずっと思っていたよ」
「駄目な人ですね。嫌いではありませんが」
地下鉄ホーム。そこに降りた三人の前に三体の屍喰らい。三人は構えた。
「954
「エスメラルダ式血凍道」
「
K・Kの銃からバチリと雷が爆ぜ、スティーブンから冷気が生じ、クリスからは莫大な熱が湧き上がる。
「Electrigger1.25GW」
「
「
雷電が煌めき、氷が全てを冷却し、焔が全てを薙ぎ払う。
「来た来た」
血界の眷属の女が三人を見てやっと来たかと言う。
「マスターシニョリータ。あれかい? 倒しておきたい友人っていうのは?」
そう聞くのは年若い眷属の男。
「そうだ。だが、油断するな。あれらの技は対我々に特化している。再生できなくなっても知らぬぞ」
そう言うのは偉丈夫の眷属。
相対する三者。
「4分もたすぞ」
「アタシに命令しないで」
「まあまあ、クラウスさんが来る前に周囲の障害を排除しましょう」
「当たり前でしょ」
「――行くよ」
その一言共に、
「応」
「はい」
彼らは対吸血鬼用の人間兵器と化す。
「行きます」
まず飛び出したのは彼らでも眷属でもなかった。まず飛び出したのは下僕と化した屍共。
「疾く
それに対応して動いたのはクリス、輝く黄金十字の機関。青の輝き。莫大な量の水が生じる。
「
咒と共に結果が生じる。加減を忘れたかのような大瀑布が落ちるが如き水量がさながら竜の進撃の如く前にあるもの全てを薙ぎ払う。
その一撃で全ての屍喰らいが粉々に砕け散った。ダムから生じる大爆流のように全てを押し流し、押し流された瓦礫が全てをひき潰したのだ。
若い眷属の男すら呑み込み粉みじんへと帰す。しかし、
「甘いわ、小童」
偉丈夫が動く。握った拳。ただ、それを爆流へと放った。ただそれだけで凄まじい衝撃が生じ、水流をはじけさせる。
しかもその途端に制御が失われて水流がその場に弾ける。加減が効かない。出力が上がり切らない。
「そっちこそね」
そこに走り込んでいたスティーブン。大量の水によりホームはびしょ濡れ。彼のエスメラルダ式血凍道の効果は倍増している。
「
足元に発生させた氷と共に相手を蹴りつける。しかし、偉丈夫は凍りつきこそすれ砕けることはなく、氷を砕いて自由になる。
「こんなものでアタシらがやられるわけないでしょ?」
女の眷属が技を放ったスティーブンへと指を突きだす。ただ、この程度でお前たちは死ぬのだとでも言わんばかりに。
その頭部に、雷電の弾丸がめり込む。距離を取るスティーブン。
「援護させんじゃないわよ」
「助かったよ」
しかし、女の眷属は死んでいない。即座にその傷を回復して見せる。
「ならば、これはどうでしょう――緑の」
「させんよ」
偉丈夫の眷属が技を放とうとするクリスへと疾走する。ただの一瞬で確かに開いていたはずの距離がゼロになる。
誰一人として反応すらできない。振るわれた拳。その一撃をクリスは避けることができない。万全の状態ならばいざ知れず、今の彼女では躱せぬ。
車なんぞ目ではない衝撃。それが全身を襲った次の瞬間には、地下鉄ホームの壁を数十は突き破り、下水道へと穴を穿ってK・Kたちからかなり遠くへと吹き飛ばされて止まっていた。
何をされたのか認識すらできず、スティーブンたちと分断させられてしまったわけだ。
「カハッ――」
内臓がただの一撃でシェイクされ、血反吐を吐く。骨が粉々に折れているし、損傷がない内臓の方が少ない。治療術式を発動しようとしたが、発動しなかった。ここに来て体調不良が邪魔をしてきた。しかし、そんな状態でもそれでも死んでいなかった。
即死しなかったのは術を発動しようとしていたから。あの瞬間、安定しない出力が一瞬だけ跳ね上がったおかげでインパクトを軽減できたのだ。しかし、急速に低下した出力によってそのまま殴り飛ばされてしまった。
「クリス!」
スティーブンが叫ぶが遅い。既に彼の声は届かない上に、目の前に迫るは女の眷属。助けには行けない。偉丈夫の眷属が追って行くのを見送る以外になかった。
偉丈夫の眷属は未だ息があるクリスを見て感心したように言う。
「ほう、まだ、息があるか。流石は我々に対する兵器であるといいたいが、足りぬな」
血を改造し、吸血鬼の天敵になった。しかし、彼らを滅するには足りない。殺したように見えても粉々になって再生を遅らせているだけなのだ。
ゆえに、お前たちの時間稼ぎなど意味はない。そう断じるが、クリスは笑った。
「ははっ、何を言っているのでしょうか、この人間でいられなかった弱い化け物は。足りない? ええ、そうでしょう。しかし、いつか必ず、
そう、未だ人間が滅んでいないのがその理由。眷属が人間を滅ぼす気がないから? ふざけるなよ、そんなことがあるはずがないだろう。
「たゆまぬ人間の努力に不可能はない。夢は、諦めなければ必ず叶う。お前たちは、人間の可能性に殺されるんですよ」
「それがどうした、お前はここで死ぬのだ。諦めるが良い劣等種族の女よ」
「私を、馬鹿にし過ぎですよ」
人の可能性は無限だ。だからこそ、愛していたい。慈しみ、尊いと思い、育み守りたいと切に願う。いいや、飾らない言葉を言おう。
稚拙だが、
「頑張っている人が私は。大好きです。だから、私も頑張る。ああ、この程度で、何を諦めろというのでしょう。死んでいないのであれば、私は最後まで足掻きましょう。あちらも最後まであきらめてなどいないのですから。私は諦めない」
数十の壁を隔てた向こう側にいるだろうスティーブンやK・Kも諦めてなどいないだろう。肉を貫かれ、満身創痍になりながらも、彼らは戦っている。
聞こえるのだ、声が。諦めない者の声が。1000年かかろうが、お前たちを必ず殺してやるという、不死者を殺すと言う矛盾を御してやるぞと言う声が。
「そうか」
連打を受ける。しかし、それでも彼女は立ち上がる。もはや、虫の息だというのに。クリスは笑っていた。もはや歪んだ視界で、耳で、聞こえたものがある。
「やめろおおお!」
最後の一撃が放たれる瞬間、クリスが吹き飛ばされた際に空いた穴から飛び出したレオが鉄パイプを偉丈夫の眷属へと叩き付ける。
一瞬だが、動きが止まり、その瞬間にザップが焔丸で斬りつける。もはや知覚できぬ速度域で戦闘を繰り広げている。レオはクリスの下へと走った。そして、彼女を助け起こす。
「クリスさん! クリスさん!」
「あぁ」
血を流しながらも彼女が漏らしたのは、感嘆だった。
それがどういうことかあなたはわかっているのだろうか。夢中だったのだろう。恐ろしかったはずだ、今も足が震えている。それでも逃げない。そこにいて、前を見ている。
それにいの一番に助けに入ってくれた。ああ、やはり、貴方の輝きは素晴らしい。
「私、貴方が大好きです」
ゆえに、今一度立ち上がる。
「その輝きを、今も燃やして、輝く貴方に祝福を。貴方に私の全てを見せます――黄金の術法」
偉丈夫の眷属にクリスが満面の笑顔で最終奥義の一つを放つ。これぞ勇気を示した男に捧ぐ人間賛歌。
黄金の一撃を受けろ血界の眷属。これが人間が築き上げてきた光だ。彼の輝きだ。
「神鳴る裁きよ、降れ雷――ロッズ・フロム・ゴッド!!!」
黄金の雷が降り注ぐ。名と共に、神の一撃が降り注ぐ。それはいつか見た輝き。空にて輝く黄金の閃光。加減できずに放たれたそれは、地表で最大威力を発揮し、地下に届くまでに本来の威力から数十倍も下がって発現する。
最寄の地下鉄駅どころか、街の街区一つを破壊し尽くしてから地下の男へまったくみすぼらしい威力で届く。
「ぐぬおおおおおおお!?」
そして、そこにあの男がやってくる。
「――ヴァルドクルエル・アルフエル・ガンズロツァーロ・アル・ガンツ」
名を呼んで、
「貴方を“密封”する」
憎しみ給え、赦し給え、諦め給え、人界を護るために行う我が蛮行を。
「999式
クラウスによって、偉丈夫が十字架へと封ぜられる。そして、全てが終わった。
「しょ、っとと」
「すみま、せん、レオさん」
クリスはレオに背負われてすっかりお空が見えるようになった地下鉄駅を出た。
「…………」
「どう、しま、した?」
「いいや」
誰もが、事実に打ちのめされる。たった二人ですらこの暴威なのだ。そんなものが奈落には千に迫る数潜んでいる。
誰も、諦めていない。そうレオが見たオーラは叫んでいた。
「ふふ、貴方もですよ。ねぇ、レオさん」
貴方の輝きもまた、美しいのです。
そうして、数日後、クリスはちゃんと治った。
血界の眷属が一体増量。
神の杖が降り注ぎ、街のブロックが一つ消滅しました。ただし、クリスが本調子ではなかった為、細かい調節が出来ず、地表で最大威力を発揮し、地下に届くまでに最低威力になってました。
ドジっ娘だなぁクリスは(棒)
とりあえずスランプ気味であまり納得できる出来ではないのでいずれ修正します。息抜きなので大目に見てください。
今回の大技はみなさん大好き神の杖でした。普通に雷落としに改変でしたが、現状使える三つあるクリスの奥義である黄金の術法の一つです。さて、あと二つは、わかるな?
それからアニメ次回はついに師匠の登場ですね。あの上と下が張り出したザップのシーンはやるのかやらないのか。
放送コード的に難しいだろうなぁ。まあ、無理は言わないです。
ふむ、そうだな。師匠登場なら、クリスの先々代も出すか。ザップと二人して逃げ出させようかな。
まあ、そこにいつ行けるかは不明ですが。
では、また次回。いつになるかはわかりませんがゆるゆると行きます。
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虹の休日
――虹とバーガー
「~♪~♪」
鼻歌交じりに陽気にクリスは紙袋を抱えて街路を歩く。その手の中に宝石でも抱えているかのように見えるが、それは違う。
その紙袋の中に入っているのは何のことはないハンバーガーなるジャンクフードだった。だというのに、この少女はとても嬉しそうにしているのだ。
「苦節、病院食と言うとてもおいしくない、楽譜にかじりついて正確無比に弾いているような
しかも今回は42街区、
霧を遮断し、異形を排除した往年のニューヨークの街並みを残した無菌室が如き場所。屋根をはり、青空を照射しているこの地区にあるハンバーガー屋ジャック&ロケッツで買った物ハンバーガー。
かなりの激レアであると聞けばもう食べないといけないだろう。だからこそ、あんなところに行ってまで買ってきたのだ。
もう我慢できないというのか公園のベンチでクリスはハンバーガーを一口食べる。
「はぅうぅ、おいしぃ」
ああ、ジャンクフード、ったらジャンクフード。まさに人生の麻薬。高級料理ばかりで飽き飽きしていたクリスにとってこういう雑な料理ほど心を揺さぶる。
「この舌の上で。、大音量の上滅茶苦茶に楽器をかき鳴らされて爆発している感じ、最高。これこそ、私が愛すべき輝きです」
いや、違うだろとかツッコミが来そうなことを言いながら恍惚とした表情でバーガーを食べるクリス。今の今までハンバーガーをこんな風に食べる人がいただろうか。いるわけがない。
「さて、もう一個――って」
もう一つを食べようとしていると、突然走って来た異界人が自転車に轢かれて吹き飛んで行った。
「…………」
あまりに見事な飛び方だったので、一瞬呆けてしまったが気にせずそのままバーガーに口をつけようとして、
「すみません! バーガー下さい!」
「へ?」
キノコのような軟体生物のような異界人がその手を差し出してきている。ふむ、なんといったかバーガー下さいだったか。
どうやら食いしん坊のようではあるが、どうにもこのバーガーに向ける気迫と言うものが感じられる。
「…………そんなにこのバーガーが欲しいですか? これわざわざ42番街まで行って買ってきたんですよ」
「バーガー下さい、下さい」
「ふむ……では、あなたにとってバーガーとはなんですか? これに――」
「人生」
即答というか食い気味で彼はそう言った。人生であると。言葉は不要。これだけで良い。多くを語るなど必要ないと切り捨てる。
ただ一言あればいい。至高の一つ。この言葉こそ、我がバーガーに対する愛である。それ以外などいらないだろう。そう彼の気迫は言っている。
と少なくともクリスには見えた。実際はバーガー大好きな食いしん坊なだけだ。
「なるほど。あなたの意志、確かに理解しました。そのバーガーにかける意志は素晴らしい。あなたほどバーガーに傾倒する者を私は自分以外に知りません。
あなたのような方を私は愛しています。良いでしょう。あなたほどのこれを愛する者はいない。気に入りました。ならばこそ、どうぞ」
「おお、ありがとうバーガーさん!」
「バーガーさんではありません。クリスチャン・ローゼンクロイツです。クリスで良いですよ、ええと――」
「アマグラナフ・ルォーゾンタム・ウーヴ・リ・ネジ、ネジでいいよ。クリスバーガーさん」
クリスに新しい友人が出来た瞬間であった。何かズレているような気がするが。
「では、ネジさん、私、もう十個ほど買ってくるので、待っていてください。一緒に食べましょう」
「いいの! いくら渡せばいい?」
「ふふふ、入りませんよ。これは私の為ですからね。なにより、お友達の為に動く。それに理由などいらないでしょう」
「おお、クリスさん、良い人だね!」
「さあ、目くるめく大音量の味の世界へ行こうではありませんか」
「おー!」
こうして、数日置きにバーガーを馬鹿食いしている異界人と女が目撃されるようになる。完全に太るコースである。
のちに、ザップから太ったとか言われて彼を半殺しにするクリスの姿が目撃されたとかされなかったとか。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――偏執王と虹の恋バナ。
「ねぇ~、あんたさぁ~、恋したことある?」
「はい?」
はて、なぜ自分の部屋の中に異界のヒマ――ではなく異界の十三王の一人であるゴスロリ服を着た少女偏執王アリギュラがいるのだろう。
この部屋には一応、悪いものが入らないように結界が張ってあるので、十三王でも早々入ってこれないはずだが、はて。
なぜ、ベッドの上で馬乗りになられて恋したことある? とか聞かれているのだろうか。まったくの謎だ。もしかしたら夢なのかもしれない。
「ちょっと~、聞いてるぅ?」
「いひゃ、いひゃい」
しかし、ペチペチと頬を叩かれ、引っ張られる感覚は確かに現実の物。つまり、これは夢ではないということだ。
「恋バナしましょぉ」
「なぜに?」
「暇だから?」
十三王はやはり暇人の集まりらしい。
「はぁ、ええと恋バナですか? 恋、したことはありません。ほとんど、お爺様としか口を聞いたことありませんし。他の男性の方と会ったのもここに来てからですし」
「ツマンナイわねぇ。何かないのぉ~」
「何か、と言われましても」
さて、自分は恋などという人間らしいことをしているだろうかと、HLに来てからの行動を思い起こすが、さてどうだろう。
「ああ、気になる方々ならいますよ」
「あるなら、さっさと話なさいよぉ」
「ライブラの皆さんです。あれほどまでに美しい輝きを持つ方々を私は他には知りません。その輝きが、私は堪らなく愛しい。絶やしたくない、もっと輝かせたいと切に切に願っているのです」
「…………それなんかちがくない?」
本心を語ったはずだが、アリギュラには不評のようだ。
「個人的にぃ、気になる個人はいないのぉ?」
「いませんね」
と言いつつなんかレオの顔が思い浮かんだが、顔にも口にも出さない。恋ではないし、何より目の前の女に興味を抱かせるとなにかと危険だ。
何せ、思考は子供のくせして御技は神の如し。そんな相手にレオのことが知れればどうなるか。と、そこまで思って、
(それはそれでレオさんの輝きが見れるかも)
な感じの欲求が鎌首をもたげてきた。しかし、やめておこう、今は。
「そもそも、ローゼンクロイツの女としての役割がありますから恋愛なんて出来ませんよ。いえ、ある意味燃えるところではあります。家に逆らうと言う試練、ああ、乗り越えることもまた甘美。ですが、継ぐことを放棄することは出来ませんので恋なんてできま――たぁ!?」
「あんたさぁ、女として終わってるから教えてあげるよ」
ぺちんとビンタ一発。というわけでアリギュラの恋愛講座スタート。
「あ、待ってください」
の前に、
「紅茶を用意いたしますよ」
こういうことはお茶を用意してやるのが良いだろう。あとは着替えたいのもある。そういうわけで指パッチン一つで早着替え、それから紅茶をいれにキッチンへ向かうためにリビングに行ったのだが、
「って、なんでいるんですか?」
「ああ、お邪魔しているよ。いやはや、しっかし、良いねえ。空間接続術式で見た目よりかなり広くしてある。羨ましいねぇ。この豆も良いものだし」
そこにいたのは仮面被った似非紳士のような風貌の堕落王と、
「ハッ、何がだよフェムト。このくらい、お前も片手間だろうが」
金髪に青のコートをまとった絶望王。異界のヒマ人代表の十三王がリビングで我が物顔でくつろぎコーヒーを飲んでいる。
「…………」
いつからここは十三王の遊び場と化したのだろうか。
「あたしが呼んだのよぉ」
「なんで?」
「? ヒマだから?」
「お前らヒマ人か」
「ヒマだよ。本当、ヒマ。だいたい、アニメ版で出番増えたと言っても原作じゃ全然出番ないんだよ僕ら。ヒマに決まっているじゃないか」
「ヒマヒマ~」
いや、何の話だ。アニメって。だからって遊びに来るなよ。
「はあ、レーエは何をしていたのかしら」
「お嬢様の命に従い、朝食のご用意をしておりました」
そこに登場したのはメイド服の女性。彼女は人間ではない。人間に見えるがその実、精巧に作られた歯車づくりの機関人形。いわば自動人形だ。
「彼らは?」
「敵意はないので放置してあります。というより、あんな暇人共いないものとして扱っております。ジャパンのことわざにもある様に触らぬ神に祟りなしということでございます」
「そう、それより紅茶を煎れてくれる? 一応、人数分」
「畏まりました。それからお嬢様。また、太りましたね」
了承して、キッチンに入ろうとした際に、レーエは爆弾を投下していった。
「うわ、ほんとだ、僕と食事した時よりも明らかに太ってるよ。ほら」
「ちょぉ」
「ジャンクフードの食べ過ぎ~」
「おいおい、良いじゃねえの。太るくらい。太ってる方が、潰した時楽しいぜ?」
そんな言いたい放題の堕落王、偏執王、絶望王。クリスがそろそろぶっ飛ばしてやろうかと思う前に、フライパンが飛び、三人の頭に見事なこぶを作って行った。
誰がやったのか。それはもちろんレーエである。自動人形として、そこにはクリスと同じ血法を再現するだけの機構が組み込まれている。
「なにするんだい。もう、こぶになっちゃったじゃないか」
「貴方方こそ我が主を愚弄するのはおやめください。我が主を愚弄して良いのは
「なんで、お爺様が作った自動人形はこんななのかしら」
「さて、では紅茶のご用意を致します。しばらくお待ちを。お嬢様はくれぐれも淑女らしく。お客様は、御客様らしく、遠慮と節度を忘れないように。忘れたならば、また、フライパンが飛ぶことになるでしょう、今度は、お嬢様に」
「望むところ。やれるものならばやってみると良いです」
それには答えずレーエはキッチンに引っ込んでしまった。
「さて、では~、これからクリスに恋愛を教えます」
「ワーワー」
「パチパチパチ~」
「なんでしょう、このやる気のない感じ。というか、なぜこんな状況に。ああ、
そういうわけで本題。アリギュラの恋愛講座。日が暮れるまで続いたとか、続かなかったとか。
「良いわ。見せてあげる。恋愛をね」
そう言って彼女は帰って行った。
今回は少し短め。時系列的には、ホームパーティー回の時ですね。
クリスの休日。どこかで見たようなキノコ君と遭遇し、徐々に太っているらしい。
それから、いつの間にか十三王に占拠されているリビング。
オチはない。
次回は、偏執王による恋愛とは何かの実技です。なので、クリスは……。
まあ、次回がいつになるかはわからないんですけどね。
しかし、ラン!ランチ!!ラン!!! 良かったですね。あのげてもの料理屋をあそこまでやるとは。しかも、モザイクで見せてくるスタイルとは恐れ入った。
そして、ビビアンさん可愛いな。
オリジナルも佳境だし、次回は総集編。続きが楽しみだ。
更に血界小説も読みました。良い話だった上にだいぶ参考になりました。
みなさんも読んでみよう。
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虹と偏執の恋愛講座
「ああ、なぜこんなことに」
本当、なぜこんなとになってしまったのだろう。クリスはこの儘ならない状況への嘆きの言葉を吐き出す。今どこにいるのかって? それは簡単だ。偏執王アリギュラが作ったのか、それとも創造したのか、はたまたどこからか連れて来たのか。
ともかくとしてそんな些細なことはどうでもいい。それで何か変わることはないのだから。ともかく彼女が所有しているモンスタートラックの中であり、今現在パンドラム超異常犯罪者保護拘束施設(アサイラム)へ向かって大爆走の真っ最中の渦中にある。
道行く車やらなんやらを捕食しながらの大、大、大暴走。何と言うか、もうモニターが赤いみなさんお馴染みのアレで真っ赤っかである。
明らかにいつもの世界滅亡待ったなしの展開。なにせ、アサイラムの中には途轍もなくやばい奴らが収監されているからだ。それもそうだろう。なにせ、ここはHLだ。犯罪者もド級である。
しかも、不味いことにあの中には先代ローゼンクロイツが遺して行った者たちが収監されている。黄金薔薇十字団。そんな秘密組織が。
それを今朝がた、この事態でも予期しているかのように先々代が電話で伝えてきたのだ。軽い調子で、そんなの在るよと。レーエを送ってきたのも突然だったので、まったくと言ってよいほど気にしてなかったのだが、その直後にモンスタートラックに拉致されてしまい、気にせざるを得なくなった。
では、なぜそんなところにこんなモンスタートラックで向かっているのかというと、
「寄りにもよって、こんな世界がヤバイ案件なのに、自分の作った作品を取り返しに行くだけなんて」
正確に言えば好きな人に会いに行くとかいうとても乙女チックで可愛らしい理由になるのだが、一般市民たちからしたらそんな理由で世界を危険にさらされてはたまったものではないだろう。
クリスからしたらバッチ来いだ。このような試練の時こそ、人の輝きというものは輝くのだから。ここはそれを見る特等席としては最上だろう。
喜ぶべきことではあるのだが、どうにも気が乗らない。これは非常に珍しい。こういう事態であれば常にテンションがあがってしかるべきなのだが、どうにも祖父からの
「いいじゃないのぉ。困難があるからこそ、燃えると言ったのはあなたでしょぉ~」
「そうですけどね。これでも一応、正義の味方なんですよ。残念なことに」
「向いてないわよぉ」
「自覚はしてますけど、お仕事ですからね」
「だったらぁ。辞めちゃえば~?」
アリギュラの一言に目を瞬かせるクリス。
「……その考えはありませんでした」
生まれた時から、人を愛していた。人を愛するがゆえに守りたいと思っていた。そう教育されたし、そうなることに誇りがあった。
「あんたって、馬鹿よねぇ」
「む、失敬なこれでも大学ほどの知識はあります」
「そういうことじゃないわよぉ。だから、気が付かないのよぉ。まあ、そんなわけだから、もう一つプーレゼントー」
「プレゼント?」
「そう、恋愛講座ともう一つ、あんたが、楽しく自由に出来るようにしてあげるぅ。まあ、それはあっちの仕事なんだけどねぇ~」
あっち、とはいったいどっちだろうか。少しばかり心当たりがあるのだが、嫌な予感がする。それを止めなければとも思う使命感はあれど、楽しく自由に、ああ、なんたる甘美な響きか。
その言葉に、期待している自分もいるのだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「さて、さて、さて」
アサイラムの前にその男はいた。堕落王フェムト。異界のヒマ人の中でもだいぶやばい類の男。そんな男と絶望王と呼ばれる少年が、その前にいた。
「さて、これから楽しくなりそうだし、彼女には彼ら必要だろうからねぇ。先代の置き土産、渡してくれって言うのも遺言だし。友人の頼みくらい聞いてやらないこともないよね」
「ったく、なんでそれで俺まで駆り出されなきゃらならねえんだ」
勝手にやってろよと半眼の絶望王。
「連れないこというなよ。僕だって、こういうことは性分じゃないさ。けど、彼女が輝くところを見たいだろう? 人類を堕落させる僕とは真逆だけど、なんともそそるじゃないか。この頃退屈していたからね、暇つぶしにはちょうどいい」
「……だいたいよォ、それは、先代の話だろ。アレが、先代と一緒とは限らねえんじゃねえのか」
「それはどうかな。なにせ、あの一族の事だ。どうせ、規格は変わらないだろうさ。最初の一人に戻ろうと躍起さ。おそらく、彼女が最もアレに近いだろう。勿体ないと思っていたんだよ。あれだけ戻っておいて、戻り切らないというのはね」
「――まあいい。俺の順番は、まだ先だからな。タイミングも悪い。それなら良い時まで、“あいつ”に譲ってやるとするか」
そういうこと、とフェムトが頷いて、こつこつと地面をたたく。
「それじゃ、まあ、始めるとしようか」
そう言って、呼び出される異界の化け物。走る異形の力、破裂する警備。異形によってくりぬかれるは黄金薔薇十字騎士団の牢獄。
さあ、パーティーを始めよう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「というわけで、みなさん、お久しぶりですー」
素晴らしい容姿をした短髪で浅黒い肌の青年――ドグ・ハマーと、現在はその血液となっている鋭い眼光に裂けた口、のっぺりした外見と、形状こそ人型だがいかにも異界人と言った風貌の持ち主だった――デルドロ・ブローディが無事、アサイラムからクラウスとエイブラムスによって被害を出さないように保釈された。
あのままでは、確実に暴走中のモンスタートラックがアサイラムに突っ込んで中にいた凶悪犯罪者たちを解き放ってしまっただろうから。
「刑務者入ってたわりには相変わらずだな、お前」
「いやぁ~、かたじけない」
「いや、褒めてねえんだけどね」
ザップとハマーがやり取りをしているとその横では、女性陣が感嘆の声をあげている。
「はぁ、やっぱ良いわねえ、ドグ・ハマー」
「マジっすか、姐さん!?」
「外見だけは熱いっすよね」
「犬!? てめえまで!? 虹色頭、てめえは――って? おい、レオ、虹色頭はどうした?」
今更ながら虹色頭がいないことに気が付いたザップ。朝からいないのに気が付かなかったらしい。
「いや、知りませんよ。電話したらどうっすか?」
「するが良い庶民よ」
「なんて、唐突な王様キャラ……。いや、ザップさんがしたらどうですか」
「俺が奴の電話番号を知っているわけねえだろ陰毛頭。もう少しものを考えてから言えよバァーカ」
「腹立つ――俺も知りませんよ」
「ハァ!? なんでだよ。てめえら仲良いだろ?」
「いや、そうなんすけど、なんか壊れたらしくて、買い直せばいいと言ったけど、機能が多すぎて目が回るとかで、解約しちゃってまして。家にあるのもなんか黒電話とかいうすっごい古い電話でしたし。だから、今連絡する手段ってないんすよね」
それは良いことを聞いたとばかりにザップの顔が輝きをあげて、レオはしまったと今更ながらに言ったことを後悔する。
「婆じゃねえか! あひゃひゃ、スマホつかえねえとか、完全に婆じゃねえか。しかも、黒電話って、あいつ何時代に生きてるんだよ!」
「それ、本人の前で言わない方が良いですよ。たぶん、ザップさんだと殺されちゃいますよ」
「馬鹿野郎、本人がいないから言ってるに決まってるだろ」
どうせ、すぐにそのこと忘れて本人の前で言ってぶっ飛ばされるに違いない。
「はいはい、そこの二人、漫才はそこまでにして作戦が決まったから聞いてくれ」
そこにスティーブンが手を叩いて注目を集めて作戦を告げる。作戦は単純。迎撃コースにのせて全員で勢いをそいでハマーの一撃で完全に破壊する。
「何か質問は?」
「あのー」
「なんだい少年?」
「いえ、あの、クリスさんは?」
「ああ、彼女ね。彼女付になったメイドに電話して聞いたら、なんでもあのモンスタートラックの中らしい」
「え? なんで、そんなことに」
「僕にもわからん」
スティーブンはわけがわからないとばかりに肩をすくめる。
「けど、ローゼンクロイツだからなぁ。そういうこともあるって、思ったら納得できるんだよね」
「ローゼンクロイツって、なんなんすか」
ローゼンクロイツ家が古くからある牙狩りの一族であり、代々当主がクリスチャン・ローゼンクロイツの名を継ぐということ。
魔術のような血法を使うということ。あとは、彼女の血に施された複雑怪奇な術式の存在を神々の義眼で見えてしまったくらいでしかしらない。
しかし、話を聞く限りでは、このHLにおいてその名はだいぶ有名であるということくらいだ。
「何があろうとも捕まっているのなら助けねばならん」
一体何者なのだろう。そんな考えは燃えに燃えているクラウスによって全て吹き飛ばされる。
「まあ、クラウスがやる気になっているし、いいんじゃない? 彼女ならぶっ飛ばされても防御できるだろうし。問題ないでしょ」
そういうわけで作戦決行ということで、
「良し、行くぜレオ」
「本当にやるんすか?」
「任せろ、俺が一本釣りしてやるぜ」
「それが信用できないんですよおおおおお」
モンスタートラック迎撃作戦開始である。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「――というわけよぉ」
「はあ、つまり恋愛とは押して、押して、押しまくれば良いと?」
「そういうことよぉ」
「はあ」
何がというわけなのかはまったくもってわからなかったが、恋愛はとりあえず押しまくれば良いらしい。アリギュラ恋愛講座によって、恋愛のレベルが上がったような気がしないでもないが、あまり使うこともない技能なので無駄になるだろうがその思想には大いに共感できた。
もし恋愛というものをするならば、私も押して押して、押すことにしよう。
今は、そんなことよりも、
「どうやらライブラが動き出したようですよ?」
HLに張り巡らせた
どうやら、このモンスタートラックの視界を操作して迎撃コースにのせるつもりらしい。教えなくてもよかったが、教えておく。
「あらぁ、そうなの?」
「そうですよー。どうするんです?」
「このまま突っ走るだけよぉ」
作戦に変更はなし。どのような障害があろうとも、どのように高い壁があろうとも、全てぶっ飛ばして目標一直線。なんと一途なことだろうか。
「ああ、良いですねえ。協力しましょうか?」
「いらないわぁ。私が、私の力でやらないと、何の意味もないじゃない」
「……そうですね。では、頑張ってください。見てますので」
「見てなさいぃ。これが、恋ってものよぉ」
そうは言うが、ライブラの面々は今も着々と動いている。
「
「普通にやれよおぉおおぉおぉおぉぉおお!!」
暴走するトラック。迎撃第一段階。レオによる視線誘導によってコース変更。旧パークアベニューの直線コースまでひたすら誘導。
一度クリスの自宅を経由した為、迎撃コースにのせるまで数度の車線変更を要するのだ。そういうわけで、血法で釣竿を作り、それにレオをくくりつけたザップがひたすら走る。
普通にやればいいものをこんなじみぃな役どころにされたザップはふてくされてこんな感じにやっている。真面目にやれと言いたいが本人はいたって真面目である。
なにせ、金がないのだから、ランブレッタ壊されてはたまらないというわけで、こんな感じに走ってます。
「あらー」
「あらら、乗せられちゃいましたね? どうします?」
「このまま一直線ー」
むしろ、この際にブローディー&ハマーがいるのだから、好都合。このまま一直線に走り抜けてしまえば無問題。
あとは押し勝つか、押し負けるかの力勝負である。そして、負ける気はさらさらない。いかなる妨害があろうとも、彼の下へ辿り着く。
「それが乙女の恋愛道ぉ!」
「その間に色々とされてますけどね」
次いで第二段階。K・Kによるバグの除去。
「954
放たれる紫電を纏う弾丸がバグどもを撃ちぬき連鎖的に破壊していく。
続いて、
「エスメラルダ式血凍道――
水のまかれた道路が凍結し、それと同時にモンスタートラックのタイヤまで凍りつく。加速の手段がこれで奪われてしまった。あとは慣性で進むだけ。
氷によって摩擦はほとんどゼロと言えるが、大気や風がある為速度は徐々に下がって行く。それでも重量があるためかなり早いと言える。
「加速手段も奪われましたね。どうします?」
「ゴーゴー!」
押して、押して、押して、押す! その思想に変わりなく、このような状況だろうとも諦めることなし。
そして、作戦第三段階。
「ブレングリード流血闘術――」
ハマーの迎撃コースに乗せるべく、クラウスによる車体のトス。
「
半ばジャンプ台が如く、生じた十字架の盾によって、モンスタートラックは宙を舞う。
「
血を纏うハマー。デルドロが、たぶん吹っ飛ぶだろうからと忠告してきたのでアンカーもセット。踏ん張りが基本のパンチ体勢に移行。
あとは破壊するだけ。
「ただパンチ!」
あとには何もないパンチ。
「ああ、駄目ですね。これ」
「あ、だめだ、これ」
内部から見ていたクリスと、ハマーは同時に気が付いた。このままでは打ち負ける。
「さて、私も一応、ライブラですし、少しは働きましょう。囚われの御姫様とか、がらでもありませんし。なにより、御姫様よりもなりたいものがありますからね」
「――緑の術法」
血が廻り、それは緑の宝珠によって属性が切り替わる。生じるは、風。
「
大気振るわせる圧倒的な暴風がモンスタートラック後部を細切れにして吹き飛ばした。
「あ、これならいけるかも」
結果、これによって盛大に重量が落ちたモンスタートラックはハマーのただのパンチによってぶん殴られて吹き飛ばされて木端微塵になった。
その後、二段階にわけて降り注いだ屑鉄によって死傷者は数十万を越えて出たとか、出なかったとか。途中で、警察が数えるのが面倒くさくなって集計は打ち切られた為正確なことはわからない。
そして、この事件の裏で、アサイラムからとある犯罪者集団が消えたことが発表された。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
暗がりの中で、顔に傷を持つ金髪の男がいた。他にも数人いる。
「まだだ。まだ、終わりではない。我らが主が今再びこの地にあるというのであれば、我らは集わん」
創世せよ――我らは、煌めく黄金の薔薇十字。
「人類の為、我らは皆、尽く、敵となろう」
今再び、黄金十字が動き出す。
徐々にフラグをちりばめていくスタイル。ハマーさん出番少なくてごめんね。そのうちクリスが遊びに行くのでそれまで待ってて。
やはり、登場人物多いと全員を出すのが難しというのと、クリス視点を中心に持ってきているので、出番減る人たちがいるのがまた悲しい。
群像劇風味だけど、とりあえずわかりやすく、レオとクリスを中心に持ってきてる弊害かなぁ。
まあ、それは置いておいてアニメ血界戦線11話。釘宮劇場でしたね、声優さんって凄い。
残すところ血界戦線アニメもあと一話。ラストどのようになるのか。とても楽しみです。出来ることならば全てが幸せになるハッピーエンドを。
こちらの本編では絶望王は少しばかりお休みしてますがね。その代わりに別の何かが動き出します。
次回は、どうしようかな。四巻の話、あまりクリスが関われそうな話がないんですよね。そろそろやらかしてくれないと困るので、盛大にオリジナルに跳ぶか。ああ、でもレストランの話はやりたいんだよなぁ。
クリスさん、その手の料理食べ慣れてるから、まともだし、暴走する面々の反応を見て楽しむ可愛らしいクリスを書きたい。
うむ、迷う。どの話を書こうか。
黄金薔薇十字騎士団 名詞
かつて、先代クリスチャン・ローゼンクロイツが率いたとされる超犯罪者集団。かつてHLを壊滅にまで追い込み、うっかり世界を破滅させかけた一団。
凄まじい化け物集団であるものの全員が人間という噂。
気合いと根性があればなんでも出来るというのが、この団を言い表す言葉らしいが真偽は不明。
この騎士団の構成員のモデルは一人は決まってるんですよね。気合いと根性で戦う主人公っぽい人たちの集まりがこの団です。
一人は放射線付きのエクスカリバーっぽいこと出来るあの人。相手が覚醒すると自分も覚醒しちゃうあの人がモデルです。
活動報告の方で黄金薔薇十字騎士団の団員を募集してます。
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虹と屑と義眼と十字架の拳客のエデン ――共通ルート――
ある昼下がり。
「今日こそ、その顔ぶっ飛ばしてやるぜえええ、この虹色頭あああああああ」
「緑の術法――てい」
ドガッ、バキ、グター。そんな擬音が似合うくらい簡単に虹色頭ことクリスチャン・ローゼンクロイツに襲い掛かったザップ・レンフロはコテンパンにされた。
レオが見た限りでは、風の拳によってバッキバキにされているのだが、
「ぬおおおおお」
呻いて悔しがるくらいには元気のようだ。
「あのザップさん、なんでクリスさんにまでちょっかいかけてるんすか」
今まではクラウスに問答無用で殺しに行っていたような馬鹿なので、これもまた同じ風に考えれば別に問題はないのだが――いや、問題だらけだが――クリスにも行くようになったのが気になったのだ。
問われたザップは無駄にキリッっとした良い顔で、
「そりゃ、お前、この頃、俺のライブラ内でのヒエラルキーが落ちまくってるからだよ。新入りに負けてるなんぞあっちゃならねえ」
「な――!?」
あのザップさんがヒエラルキーだなんて、そんな難しい言葉を知っているなんて、と驚くレオ。
「てめぇぶっ飛ばすぞ!」
「あ、しまった。つい、本音が」
「お前、回復したらぎっしぎしに泣かすかんな!」
いや、まあそれは置いて置いて、本当のところはクラウスに襲い掛かるのと理由は一緒。強い相手だから。一度は勝っておかないとプライドが許さないのだろう。
なんだかんだ言いつつクリスのことを認めている証拠だ。そうでなければ女に本気で襲いかかるなんてないはずである。
クラウスにぶっ飛ばされ、クリスにもぶっ飛ばされるザップ。そんな光景がいつも通りになりつつあるライブラの昼下がり。
「あれ?」
今日は何か違和感があった。そして、レオは直ぐに気が付く。
「今日はザップさん、暴れてないんですね」
「ん? そう言えばそうだな」
コーヒーをすすりながらスティーブン・A・スターフェイズが言う。
「心折れて諦めたに一票」
臆面もなくサムズアップで言うのがチェイン・皇。
「いやいや、まさかのあのザップさんですよ?」
「そうです。私の尊敬するザップさんが諦めるわけありませんよ」
あれで尊敬できるとかすげー、とか思うレオだったが、そこに電話がかかってくる。噂をすればなんとやら。ザップ本人からの電話だ。
出てみると
「おおおおおおぉぉぉおいいいぃぃぃぃぃ、旦那ぁー、虹色頭ぁー、そこにいるかぁぁぁ」
なっっっさっけない声色でクラウスとクリスをザップが呼んでいた。刃物やら銃火器やらを突きつけられて今にも殺されそうなザップがスマホの画面に映っている。
「…………」
「…………」
「…………」
そのあまりに嘘くさい画面に閉口するスティーブ、チェイン、レオの三人。その間もザップはお構いなしに棒読みを更に棒読みにした感じで、
「おれ、ころされちゃうよー、助けてくれってつたえてくれよぉおおお。ウワーン、ウワーン、ウワァァアァン」
ここまで来ると誰も信じないだろうというくらい清々しい棒読みだ。こんなものを信じる奴はと言えば、
「行くぞ、レオナルド君! ザップが危ない」
「行きますよ、レオさん! 私やクラウスのおじ様に倒されても向かって来た不屈の彼が、この程度で助けてくれという。そんな腑抜けた根性を叩き直しに行きますから!」
(やっぱり、行くんすねえええええ)
まさかの三人乗りで指定されたポイントへ向かうクラウス、クリス、レオの三人。絶対あれ、そんなに大変な事態じゃないよ。むしろ2人を呼び出す為に仕組まれているに決まっている。
しかし、二人はそんなこと微塵も疑っていない。片や本気でザップを助けに行こうとし、片やあの程度で助けを求めてきたザップの性根を叩き直しに行こうとしている。
どちらも本気だ。巻き込まれたくないのか、チェインとスティーブンは早々に退散してしまっているので、必然彼らを送るのはレオの役目。
燃えに燃えている二人を止めることなどできず、後ろにクラウス、その後ろに器用に立っているクリスというなぞの一人乗りに三人タンデム状態。
なんかもう凄い状態のまま爆走中。爆発する地面。地面を走るチェーソーの刃。今日も今日とて人死に満載。死亡確率120パーセント。
今日もヘルサレムズ・ロットは平和です。
「――あ、これ、死んだ」
「フン!」
「えいっ!」
何やら絶望するレオだが、この二人には関係なしとばかりに、容易く越えていく。彼と彼女の目標はザップのみ。
このようなところで足止めなどされている暇などないのだ。そのせいで、また一つ世界滅亡規模の事件が解決していたりするのだが。
「……ここ、見たいですね」
そんなこんななんやかんや。ザップが捉えられているらしい倉庫街的なところにやってきた。ここに来るまでに雨数十の世界がヤバイ案件を結果的に処理してしまった二人は、見張りの異界人の所へと向かう。
「あの」
「あ?」
明らかに凄んでいる異界人。あわや乱闘か、と思われたが、
「私、こういうものでして」
クラウスが名刺を差し出した。
「ズコー!?」
「入んな」
レオがすっころんでいる間に話は進んで中に通される二人。レオも慌ててついていく。
「えっと、私が右で」
「私が左か。レオナルド君はどうするかね?」
「えっと、中って通じてるんですか?」
「そうみたいですよ? しかし、ここ何なんでしょうね」
「わからんが、気を引き締めていこう。ザップが待っている」
「そうですね」
そういうわけで、二人して指示されたエレベーターに乗り込んでいく。レオは迷っていた。どっちに行くべきかを。
――クリスさんについていく
――クラウスさんについていく
レオの選択は――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「来たようだな」
「来たようね」
二人の男女が、やって来たクラウスとクリスを見て言う。恰幅の良い男と、女だ。どちらもこの闘技場のオーナーと言える人物。
「ああ、そりゃそうさ。鉄板だ。来るに決まってる」
あいつらはそういう奴だ、と彼らにザップは言う。
「で、本当にこれで俺の借金はチャラなんだろうな」
「それは、今日の興行しだいだ」
なら、心配はいらねえ。ザップはそう返す。
「なにせ、奴らはマジもんだからな」
クラウスとクリス。ふたりは マジだ。
「楽しめると思うぜ」
だから、頼む。どっちでもいいから、俺の借金のために頑張ってくれよ。そして、あわよくば――。
などと思いながらザップはエレベーターに乗って降りてきた二人を見て下卑た笑みを浮かべるのであった。
短いので、投稿。共通ルートです。
ええと、ここからルート分岐します。別段どっち行っても話には関係ないけど、ここでクリスルートとクラウスルートに分岐します。
クラウスルートは原作通りですが、少しばかり違う相手も出てきます。具体的に言うと騎士団とか。
クリスルートは、オリジナル。彼女の戦闘が見れます。あと、彼女が脱ぎます。クラウスも脱いだし、クリスも脱ぎます。
結末は拳客のエデンとあまり差はないですけど。どちらが先がいいですか? どっちがいいか感想のついでに書いてもらえると助かります。
多少クリスルート書いてたらレオ爆ぜろと言いたくなりました。
あと引き続き騎士団員を募集しています。詳しくは活動報告をご覧ください。
ではでは。
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虹と屑と義眼の拳闘――クリスルート―― 前編
クリスルートが半ば確定だったのでクリスルート開始。
レオの選択は――。
――クリスさんについていく。
「じゃあ、僕、クリスさんの方に行くよ」
「はい、ではクラウスのおじ様。お気をつけて」
「うん。二人とも気を付けるのだぞ。何かあればすぐに呼ぶんだ。遠慮はいらない」
そう言ってクラウスはエレベーターへ乗り込んで行った。
「では、私たちも行きましょうかレオさん」
「うん」
二人でエレベーターに乗り込む。ゆっくりとゆっくりと下へ降りていく。エレベーターの中は狭い。ふとすれば彼女の匂いが感じられる。
花のように素晴らしい匂い。それにレオはドギマギする。更には、連鎖的に彼女の胸を揉んだことなんかも思い出したりなんかして赤くなるレオ。
(おおおお、おおぉお、落ち着くんだレオナルド! 平常心だ、平常心!)
何やら念仏でも知っていれば唱えそうなくらいの勢いで平常心と唱えまくるレオ。
「どうかなさいましたかレオさん?」
そんなレオの顔を覗き込むようにしゃがんでレオの顔を見るクリス。
「なななな、なんでもないよ!」
「そうですか? 何かあれば言ってくださいね。レオさんは大切な人ですから」
「は、はは、はい!」
落ち着け、落ち着くんだ、レオナルド! 大切な人って多分友達とかそういう奴だから。だって、いつもクリスさん、言ってるじゃないか。
愛しい人だって。彼女、頑張ってる人が好きらしいし。なんか、人間がみんな大好きとか言ってたし! だ、だから期待するなよレオナルド!
とそう言って期待するんじゃないとか、色々と心の防波堤を築く。そんなことをやっているから一向に落ち着けない。
「大丈夫ですか? 顔が赤いですよ? えっと、こういう時は――」
そう言って、
「ふぁ!?」
コツン、と自分の額とレオの額をくっつけるクリス。
「熱は……少し高いですね。本当に大丈夫ですか?」
「あ、あああ、あのあの、な、ななな、なにを?!」
「? これはですね。こういう時はこうすればいいとお友達に聞きましたので実践してみました。えっとここから押し倒せと言われたのですが、狭いので無理ですね。まあ、ベッドに寝かせるためだと思うのですが、ここにはないから無理ですね。その次は添い寝でしたっけ。何やら食っちゃいなさいよぉ、とか言われたんですけど、どういうことでしょうか?」
「そそそそそそ、そうだねえええ!」
ここがエレベーターで本当によかった! と思うレオ。というかもういっぱいいっぱいなレオナルド君。とにかく早くついてくれと、願うばかりだ。
そして、そんなことを教えた馬鹿な友人を盛大に
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「クシュ――!」
「風邪かいアリギュラ」
「んー、誰かが噂してるんじゃなぁい?」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そんな永遠にも感じるほどの時間――実際は数分――でエレベーターは下降を終了した。エレベーターが降りて扉があいた瞬間、そこから感じられたのは異常な熱気だった。
女性の甲高い歓声が響いている。それから聞こえるのは拳打の音。
「ここは?」
目の前に広がるのは檻とボクシングリングのようなフィールド。そこで戦う一組の女たち。レフェリーの声が会場内にガンガンに響いていた。
「地下闘技場だよ」
ああ、なんてあの人向きの場所なんだろう。とレオは思う。中は繋がっていると言っていたが、クラウスの姿はない。どうやら、隣にももう一つリングがあるらしい。いるとしたらそっちだろう。
「女の人しかいませんねぇ。どうやら、こちらは女性専用の闘技場と言ったところですか」
そうクリスが納得して、とりあえずザップを探そうと一歩踏み出したところで、スポットライトが彼女に当たる。
「!?」
「クリスさん!?」
そして、あれよあれよという間にリング上へとあげられるクリス。
「レディイイイイイイイス、エン、ジェントルメエエエンン! ディスイズthe! ライブラ! クリスチャン・ローゼンクロイツゥウウウ!」
「はい?」
「ようこそ、特別ゲスト! ようこそ!! 女による女と強い女が大好きな草食系男子の為のステゴロの祭典へ!! ここがエデンだァ!!」
「えっと、あの? 私、ザップさんを捜しに来ただけなんですけど」
「そうかいそうかい。ルールは2つだ。その一、武器は使うな。その二、一対一で戦え。なに、安心しな。お前さんが戦えばザップに会える」
「そうですか」
クリスは納得したようにうなずいた。
「クリスさん!!」
マズイ。マズイぞ。レオは慌てる。とにかく、マズイ。術師である彼女が肉弾戦をしているところなど見たことがない。
明らかにこれは罠だ。いくら術師としてクリスが優れていたとしても、ここは先のルール説明でもあったようにステゴロ。つまりは素手で戦う場所だ。
クリスとは相性が悪すぎる。だから、なんとか止めようともがくが、レオでは届かない。
「大丈夫ですよ。さて、エモノの確認ですか? どうぞどうぞ」
そう言って、首の機械を渡す。
「ほう、術師か。まあ、関係ねぇ。けっこう、けっこう。さあ、始めようか!」
その言葉と共に観客のボルテージが上がって行く。
「ライブラ、実在したのねぇ」
「あの子術師だってよ。まさか、それでここに来ているだなんて、馬鹿じゃないのかしら」
「そうね、私の方が可愛いわ」
「…………」
「…………………………」
とてもつなく巨大な肉体を誇る異形女性たちがそんな会話をしている横で、対戦相手が入場する。すらりとした黒髪の凛とした女性。
「エルザだ」
面白くなってきた。と観客たちが興奮する中で賭けが行われる。オッズはエルザが1.06。クリスが3。レオはというと。
「あ、クリスさんに20ゼーロ」
ちゃっかり参加していた。
「って、そうじゃないよ。どうしよう。大丈夫って言っても」
その間もリングの上では戦いが始まろうとしていた。
「あなた、本当に大丈夫?」
「何がです?」
「あまり、こういう場所に慣れている風でもないし、術師って感じよ。大方、ザップに嵌められたんじゃないの? 今ならまだ怪我しないで済むわよ」
「あー、そうですね。これは確かに大変そうです。ですが、それと何の関係が? むしろ、私は今、感動しているくらいですよ。自分の不得意分野での戦い。試練です! あなたとて異界人の中で戦ってきた一人なのでしょう。私は、あなたみたいな人が好きです。だから、全力でやりましょう」
「…………」
そんなクリスの言葉に一瞬、きょとんとしたエルザは、大笑いして
「いいねぇ。それじゃあ、まあ、お互い後悔はなしってことで」
「はい」
「開始だあああ!」
リングがなると同時に試合は始まる。
まず動いたのはエルザ。すらりと長い脚から放たれる蹴り。顔面狙い。それに対して、クリスは腕を脚と顔面の間に置いて防御する。
骨を伝わる衝撃は、強い。その防御の上から、エルザは足を振りぬいた。
「クッ――」
そのまま返す。振りぬいた足とは逆方向に上半身を回して、その勢いのまま踵が戻ってくる。流れるクリスの側頭部に踵が入る。
打撃の鈍い音が会場に響き渡った。
「休ませはしないわよ?」
下ろした脚で踏み込む。手を広げて、クリスの顔面を掴み、そのまま地面へと叩き付けた。観客が沸く。浮き上がる彼女の身体を蹴り上げて、その腹に拳打を叩き込む。
ロープまで飛ばされるクリス。
「ツゥ――、やりますね」
「ほら、どうしたの? その程度?」
「まさか」
そう言って、彼女はコートを脱ぎ捨てる。
「この程度、このくらい。ああ、あなたから見れば私はそうなのでしょうね。拳打の基本も、構えも私は知りません。しかし、それがどうだというのですか。
ここは私とあなたの二人舞台。ならばこそ、共に踊りましょうよ。心行くまで、ここはそういう場所なのでしょう? 共に全力で、さあ、あなたの全力を私に見せてください。私もまた、あなたに全身全霊で挑みましょう。殴られたのならば、相応に殴り返して魅せましょう!」
そう言って踏み込む。拳を握り、強く、ただ強く基本など知らないのだから当然だ。全力。全てにおいて、ただ全身全霊で拳を叩き込むのだ。
エルザは当然防御。そのままカウンターで拳を叩き込む。それにクリスは笑みを浮かべた。ああ、良いぞ。もっとだ、もっと。そういうように。
足など使わない。そもそも、使えない。足を止めての殴り合い。そんな様相を呈す。
「お、おお!」
「おおおおおおお!」
観客もまた、そんな泥臭い試合に歓声を上げるのだ。派手な試合もいいだろう。それもまた好みだ。だが、しかし、時にはこのような泥臭い試合も見たくなる。
人の欲とは恐ろしいもので、食べ慣れたジャンクフードが如何においしくても、バリエーションが欲しくなるのだ。これもまたニーズ。
拳打によってボロボロになっていく美少女とあれば誰でも興奮するだろう。その手の欲求を持っている者らはここには多い。
だからこそ、ここは女の闘技場。派手な試合は隣の男の楽園でしているが良い。ここでは、ここでしか見られないものがあるのだ。
打、打、打。その中でエルザはクリスの変化に気が付いていた。拳打に重さが乗って来ていた。
「なるほど、こうですね」
試合の中で彼女はエルザの動きを見ていた。何度殴ろうとも、蹴ろうとも、彼女は視線を外さない。エルザの全ての挙動を見ていた。
そして、格段に彼女の動きが良くなってきている。
拳閃が鋭くなっていく。一撃ごとに研ぎ澄まされていく。無駄の多い動きの流れから無駄が消えていく。教化されている。
「なるほど、ザップめ」
「さあ、もっとです、もっと!」
振りぬかれた拳。頭が後ろへと流れる。
「さあ、その程度ですか! もっとやりましょう! あなたはこんなものではないでしょう!」
いつの間にか試合の主導権が逆になっていた。
「舐めんじゃないよ!」
ならば見せてやろう。本気と言うものを――。
そして、勝利のゴングが鳴り響く。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「なかなか、やるじゃないの」
女性拳闘場のオーナーの女性がクリスが勝利した試合を見てそう言う。筋骨隆々というか恰幅の良い女。
「チッ、旦那の方は旦那の方で、めちゃくちゃだし。虹色頭の方は、なんだありゃ、もっとぼこぼこにされると思ったのに何やってんだ」
「試合の中で成長する。まるで、どこかの主人公みたいじゃぁないの。いいねえ、次の試合を組みな。盛り上がるやつをねぇ」
「任せろよ」
とは言うものの、ザップとしては当てが外れている。クラウスの方はまだいいとして、クリスの方はまったくもって予想外だ。
エルザ相手でもぼこぼこにされるだろうと踏んでいたのだが、どういうわけか、適応してきている。先ほど勝利したのがその証拠だろう。
華々しい勝利ではないが、それでも勝利したというのが重要だ。術師としての能力をザップは認めているが、彼女の格闘能力なんてそんじょそこらのガキと一緒くらいだ。
それがなんで拳闘の達人相手に勝利しているのかと言いたい。
「頼むぜぇ、俺の為になぁ」
良いから負けろ。そう祈るザップ。どこまでも屑であった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「さあ、やりましょう!」
一回戦が終了し、ぼろぼろのクリスは満面の笑みでレフェリーにそう言った。
「ちょっ! クリスさん!?」
「あ、レオさん、預かってて下さい」
そう言って、スカートを脱いでレオへと投げる。
「わぷっ!? え、あ、な!?」
「ふぅ、動きやすくなりました」
スッパッツ姿になりながら拳打を握る。
「さあ、やりましょう」
「オーケーオーケー! あんたのサービス精神もいいじゃないの! それじゃあ、二回戦と行こうぜぇええ!!」
観客が沸いていく。次の相手は筋骨隆々の異界人。
「レディイイファイッ!!」
ゴングと共に突っ込む対戦相手。クリスを優に超える太さと長さの腕から極大の拳が放たれる。トップスピードから放たれる拳打。
この一撃を鍛え上げてきたのだろう。開始直後に一気にトップスピードへ持っていく踏み込み。引き絞られた弓のような拳。鍛え上げられた肉体は女ではなく、まさに戦士のそれだ。
岩すら砕く一撃。いや、アイアンパンチというリング名からして鉄すらも砕くのだろう。ああ、見てみたい。その輝きを。
ゆえに、その一撃をその身でクリスは受ける。まさに鉄を砕く一撃。めきめきと嫌な音が響き渡る。
「クリスさーん!?」
「ふふ」
その中でも彼女は笑っていた。
「ああ、ごふっ、素晴らしい! 気持ちがいいですよ! 貴方の一撃はなんて素晴らしい! 磨き上げてきたのでしょう。あなたの実力見せてもらいました!
何者をも粉砕しようと。ならばこそ、私も全身全霊でお相手します!! まさか、避けるなどしないですよね! あなたの勇気を私に見せてください!!!」
もはやなんで立っているのか、と言うくらいのダメージは喰らったはずだ。少なくとも、それくらいの一撃であった。
だが、クリスは立って拳を握りしめて振りかぶっていた。引き絞られた弓のように。それは先ほど見た彼女のそれのようで。
良いから、全力で撃ちあおう。そう言っている。ぐちぐちと避けながら戦うなど、そんなことしないだろう。全力で撃ちあおう。
そう言って、全力で殴りつけていた。その一撃、一撃ごとに、重さを増しながら。その一撃一撃ごとに鋭さを増しながら。
クリスチャン・ローゼンクロイツは、次第に会場の全てを魅了していった。
「勝者、クリスチャン・ローゼンクロイツぅううううう!!!」
拳闘の夜は始まったばかり。
テンション上げて書き上げた。
クリスもまさかの殴り合い。
本当は魔術合戦にでもしようと思った。でも、甘粕さんならばそんな逃げはしない。
というわけで、クリスも殴り合いに参加。女の為の女による拳闘の祭典へようこそ。これがクリスルートだ。
というわけで、滅茶苦茶な殴り合い。クラウスさんと違って近接戦の素人なので一撃で倒すなんてことは出来ません。
ゆえに、順繰りに教化していきます。
彼女の学習能力は高め。というか、相手の方が今は圧倒的に強いので覚醒コンボ入ってます。能力値にプラス補正が働いています。
学習速度が倍増しています。
つまり? 諦めなければ夢は叶う状態。
もっとわかりやすく。つまり、戦えば戦うほど強くなる状態。
ザップはやらかしております。クリスを一回戦目でぼこぼこにする計画だったのに、逆に接近戦の訓練をしているという結果に。
はい、ザップが死ぬことが確定しました。
あ、クリスが脱いだ服は全てレオが回収してます。誰かに拾われた残り香を嗅がれることはありません。
レオが全て嗅いでます。……冗談です。
ちなみに、脱げるのは後二枚。現在スカートを脱ぎ捨て、スパッツ姿に。あとは上にシャツ。二回戦目でベストを脱ぎ捨てます。
三回戦目ではシャツ。その下には、一応Tシャツ的なものを着ているので直後に下着が見えることはないです。
てか一番にスカート脱いだのはルーレットのせいです笑。
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虹と屑と義眼の拳闘――クリスルート―― 後編
「ふー、ふー、ふー。さあ、次です、次! あなたたちが磨き上げてきたその輝きを私に見せてください!」
「おお、ノリノリだねえ、嬢ちゃん! いいぜ、どんどん行こうぜ!」
ノリノリなクリス。第三戦目を終えて、彼女は髪をくくっていつもはさらさないうなじをさらしている。具体的に言うならばポニーテール。普段見慣れない髪型は彼女の印象を大いに変えてくれた。
まあ、そんな副産物は良いとして、今、レオにとって重要なことは次にクリスにいくら賭けるかということと、彼女がさっきから邪魔だと投げている衣服を嗅ぐかどうかということである。
(い、良いのかレオナルド! それはあまりにも変態じゃないか。ザップさんじゃないんだ。女の子の服の匂いを嗅ぐだなんて。良いことなのか?! ……クリスさんは今三戦目。…………少しなら。いやいやいや! でも!)
その時、神の啓示が降りてきた。
『レ、オ、ナ、ル、ドよ~』
「あ、あなたは!?」
なんか葛藤の末良くわからない何かが降臨していた。レオの脳内に。
「変態神様!?」
『ちがーう。紳士神だ~』
明らかに変態という名の紳士だ。
『良いかぁ~、レオナルドよ~、嗅ぐのだ。今後、いつこんな機会があるかわからない。良いから嗅ぐのだ~。そして報告するのだ~』
『待つのですレオナルド』
なんか天使も出てきた。
『良いですかレオナルド。それはあまりにもクリスに不義理でしょう。そんなことをして一体一体どうなるというのです』
なんか良心の呵責によって葛藤がよくわからないことになっているレオであったが、
「おーい、君、さっきクリスちゃんと一緒にいた少年でしょ? おーいったら」
「あ、え、あはい!?」
「やっと気が付いたか。しっかし、あんた相当怪しいぜ? 嬢ちゃんの服持って、なんかぶつぶつ言ってるし」
「あ、あははは、すみません」
そこに立っていたのは最初にクリスと戦ったエルザだった。治療を受けたのだろう。ところどころ包帯を巻かれている。
特に顔。足を止めてインファイトしていたは良いが、最後は顔面の殴り合いだ。まったく女なのにどうしてそこまですると言うのか。
「大丈夫ですか?」
「ん? ああ、腕のいい医者がいるからね。それより、どうしてそこまでやるのかって顔だね」
「あ、はい。このヘルサレムズ・ロットって、毎日何かしら流血事件がありますよね。なのに、なんでこんなところに来てまで血を見たいのかってのと、女の人なのにそこまでやるのは馬鹿じゃないのかと思いまして」
「あんた、正直だねぇ。まあ、そうだねえ。男にもある様に諦めきれないことってあるだろ。それが女にもあるってことさ」
ステゴロ最強。有史以来、まったく進化できない人種というのはいる。いつまでもそこで戦い続けていたいと願う奴らはいる。
そう言う奴らの集まりがここ。男も女も関係ない。ただ素手。ただそれだけを振るいたいと思う奴らはいるということ。
メスゴリラと言われようとやめられないのだから仕方ない。ステゴロ最強という病気は厄介だ。
「昔はさ、良く言ったじゃん。男は強く、女はおしとやかとかさ。まあ、これはうちのばあちゃんの言葉なんだけどね」
だが、男よりも強い女はどうすれば良いのか。おしとやかでいるのは苦痛だ。己の力が発揮できないのは苦痛だ。
発揮したい。試したい。そういう渇望を叶えられる。だからここにいるし、試合もする。そんな強い女を見たい男もいる。
「まあ、そういうこと」
「そうなんですか」
良くはわからない。それでもやりたいことであれば良いのかもしれない。少なくともレオにはそう思えた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『すげええぜええええ!』
オーナーの部屋で二人の男女オーナーが騒いでいた。
「へへへ、お気に召していただけたでしょうか!」
ザップ、盛大にへりくだっている。
「おうよ!」
二人のオーナーはご満悦のようだ。それもそうだろう。男の祭典で戦うクラウスも女の祭典で戦うクリスも。どちらも魅せている。
圧倒的力で全てを魅了するクラウスと、ノリをわきまえているのか、負けそうなところから急に覚醒して魅せるクリス。
どちらの試合も見どころ満天で楽しめないわけがない。興行は大成功と言えた。ただし、ザップの思惑としては半ば成功、半ば失敗と言ったところだ。
なにせ、
「どっちもノリノリになっちゃってますよねぇ!」
クラウスもノリノリになってきている。拳に力が入る、どこか笑みを浮かべてすらいる。消耗はしているだろうが、確実にやばいところに行っている。そんな予感すらした。
クリスの方は、ぼろぼろである。暑いのと邪魔なのかほとんどもう下着姿という女としては何かもう凄いやばい状態だという。ふーふーと息を吐き出して満身創痍ながら、その笑みはザップが見たこともないほどだ。
口角をあげて、殴られる度に浮かべる笑みは正直やばい引き金を引いているといか思えない。ついには現チャンピョンまで倒してしまっている。
興行的には大成功。ザップの借金もチャラだろうから良いが。
「さて、俺は帰るぜ。金を」
「よし。決めたぜ」
「え?」
オーナー共が部屋からいなくなっていた。見ればリングに立っている。どうやら、やる気のようだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「お、オーナー!?」
「よく来たわね。戦士よ」
「術師ですけどね」
筋肉達磨の如き女オーナーがやってきていた。
「それがここまでやる。だから戦いは面白いのよ。さあ、今度はあたしとやりましょう。満たされたいのよ。今宵の最期を盛大に飾りましょう」
「良いですよ。レフェリー。ゴングを。さあ、始めましょう! あなたの輝きを、私に見せてください!!」
「か、開始ぃぃぃいい!!」
――ゴングが鳴る。
最後の戦いが始まった。
オーナーがクリスへと突っ込んでくる。巨体を揺らし、姿勢を低くして肩を前にして突撃。この突撃を受けられるものならば受けてみよ。そう言わんばかりに。
「はい、受けます!!!」
満面の笑みで、応えるクリス。左手を前に、距離を測るように。そして、拳を突きだした。筋肉の差? 重量の差? 巨体、リーチ。それがどうした。
クリスはそんなもの関係ないだろうとでもいうように拳を放った。今までの濃密な戦いで磨いてきた格闘技術の粋を尽くして満面の笑みを浮かべて彼女は拳を突きだす。
重量の差など些末とでも言わんばかりに彼女はオーナーの突撃を拳戟で止めて見せた。気合いと根性。愛と勇気。それが今、己の胸には輝いている。ならば、そんなことなど関係ないだろう。
まさか、この程度止められないクリスなど誰も望んでいない。だからこそ、彼女は一歩も引かない。握ったぼろぼろの拳を更に固く握りしめて、振るう。
オーナーもまたその拳を振るい合わせる。一歩、二歩! 踏み込んで何よりも重い一撃をクリスの顔面へと叩き込む。
「ふはっ!」
その衝撃は脳を否応なく揺らすほど。頭蓋に皹すら入れるほど。その威力、重さに込められた不屈の願いと思いを感じ取って、彼女はまた笑みを深めるて殴り返すのだ。
殴る。殴る。殴る。ひたすらに、休まずに、何度でも。既にクリスの両の拳は折れ砕け、綺麗であった頃の面影などどこにもない。
今では潰れた泥団子のようにすらなっていたが、彼女はまったく頓着していない。むしろなおのこと、全力でそれこそ身体ごと叩き付けるかの如く、その潰れてひしゃげている拳を叩き付ける。
そこに宿るのは確かな輝きで。それは、まさしくこのエデンで彼女が築き上げた輝きだ。それが通らないということなどありはしない。
オーナーの巨体に確かにダメージを与えている。
「いい、いいぞ!」
それをオーナーはもろ手を挙げて喜ばん勢いだった。
オーナーはまさに極致にある。それに追従するクリスは未だ、その境地へと至れてはいない。だが、急速に。そう急速に彼女は今成長していた。
オーナーは今感じ取っていた。追いついてきているクリスというものの病み付きになりそうな
「楽しいわ!!」
「ええ、楽しいです!!」
轟音が鳴り響く。ぎちぎちと膨張する筋肉から放たれた一撃が、互いの頬を打ちぬく。それでもまだだ! とばかりに二人のテンション。試合の熱量が上がって行く。
どこまでもどこまでもどこまでも。
「まだ」
「まだまだ!」
どこまでも際限なく試合の熱量、彼らの技術、力。互いに高まって行く。もはや会場は静まり返り、ただ結果だけを待ち望んでいた。
技術も何もなく足を止めてただ殴り合う。先に倒れた方の負け。どちらに分があると言われればオーナーだろう。
しかし、誰もどちらが勝つかなどきにしていない。世紀のこの試合を目に焼き付けようと必死だ。
「はああああ!!」
「おおおおお!!」
交差する二つの拳。そして、弾き合う二人の顔。多大に表情は笑顔。拳が壊れ、身体はぼろぼろで血まみれ。だというのに、二人は笑っていた。
狂っているとしか思えない。そんな状況。しかし、やはり目離せない。
「クリスさん……」
レオが呟いた瞬間、クリスが拳を振るった。しっかりと握り込まれた拳。弓を引くように、引き絞られた矢のように放たれた。
その瞬間、全ての音が消え失せた――。
「――――!!?」
ぼろぼろと剥がれるように剥がれたオーナーの肉体。数百、数千は放った拳。それによって、何かが今、限界を迎えたのだ。
それと同時にリング上のクリスは全ての時間が静止したかのように錯覚した。
「あーあー、持たなかったか。まあ良いかぁ。楽しかったし。これ以上やったら、我慢できなくなりそうだし。私はあなたたちを愛しているから。殺したくはないのよ」
服を脱ぐように、秀麗な女がオーナーの肉を脱ぐ。その女を見て、
「クリスさん!! そいつは――」
レオが叫びをあげるが、遅い。
「それじゃあね。楽しかったわ。死体でも使わないと、私たちはあなたたちと遊べないのが残念。ああ、どうして世界はこうも総じて繊細に過ぎるのか。
ふふ、でも、今日は良い日だったわ。また遊びましょうね」
そう言って、クリスをフェンスに叩き付け刹那のうちに消え失せた。こうして伝説の夜は明けた――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「いやぁ、助かったぜだんなぁ~、虹色頭ぁ~」
へらへらとしたザップと外で合流する。クラウスもクリスも短期治療を受けてすっかり傷は目立たなくなっている。
「ザップ、無事で何よりだ」
それを大いに喜ぶのは純粋無垢なクラウス。ザップは内心でチョレーとか思っている。クリスも言うことがあったのだが、
「はふぅ~」
「大丈夫クリスさん?」
レオに肩を借りて、冷却中である。頭に氷を乗せて湯気を出している。レオとしては普段以上に高い体温と濃密な汗とか諸々のにおいと脳内メモリーに永久保存されることが決定した彼女の脱衣姿のおかげで色々と抑えるのに必死でザップにツッコム余裕がない。
その間にザップがクラウスに突っ込んでぼこぼこにされていた。
「さて、レオナルド君、私はザップを送って行くから、君はクリス君を送って行ってはくれないだろうか。君の方が早い。婦女子の帰りを遅くするのは良くない」
「わかりました」
そう言ってザップを肩にかけて帰って行くクラウスを見送り、レオも二ケツして帰ることに。
「えっと、しっかり掴まっててね――」
そうして背中に感じる彼女の体温! 柔らかな感触! 汗のにおい! 首元では更に温かな吐息! 腰に回された彼女の手。
意識するなというのは無理な話だった。
「そ、それじゃあ、い、行くね!!」
かなり声が上ずっていたが、クリスは何も言わずに背中で頷いてレオはゆっくりとスクーターを夜の街を走る。
「はふぅ、夜風が気持ち良いです」
「あ、あの、あまり耳元で喋らないでほ、ほしいかな」
吐息が当たってくすぐったい。
「ああ、すみません、ふぅ」
「ひゃぁぁ」
わざとやっているのではないだろうか。
「楽しかったですねぇ。またやりたいです」
「そ、そうだね」
「ねえ、レオさん」
「な、なに!?」
「呼んだだけです」
「えぇ!?」
どうやらテンションは下がっていないらしい。
そんなやり取りをしながら、クリスのアパートへ辿り着く。
「おやおや、まあまあ。お嬢様、ボロボロですね。これは、色々と誰かの手を借りる必要がありますね」
レオにおぶられるクリスを見てメイド自動人形のレーエは無表情で驚いた声をあげて、
「ではレオさん、お嬢様をお風呂へ運んでもらえますか。私はこれからお出かけする用事が今、ええ、今、できましたので、お嬢様をお風呂に入れて身体を隅々まで、隅々まで、隅々まで洗って差し上げてから下着から寝巻までに着替えをして差し上げてから寝かせてください」
「あ、は、はい――え!?」
何か言う前にレーエは消えていた。戻って来てくださいと追おうとしてもなぜか玄関の扉は開かない。まるで固定されているかのようだった。
ちなみに、窓も全て同じ状況になっている。完全な密室である。
「そうですか。仕方ありませんね。では、レオさんよろしくお願いします」
「え? ええええええええ!?」
どうするレオ!?
戦闘描写、やっぱり難しいですね。
まあ、本題は、色々と堪能したレオに訪れる幸運もしくは不運? ですし。空気の読めるクラウスとレーエ。ナイスアシスト。てか自分で書いておいてなんですが、いちゃいちゃしてるレオとか書いてると爆発しろと言いたくなりました笑。
果たしてレオはどうするのか! ということで拳客のエデン終了でございます。
次回はギルベルトさんの回か。あ、クラウスルートはいつか番外編でやります。
ギルベルトさんの回は、難しいな。クリスの介入の余地がないというか、彼女が介入すると、攫われなくなるというか。
む、まてよ従者回ということにしてレーエを絡ませればいいのか。クリスはクラウスとお留守番させておけばいいか。うん。
では、また次回。
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侍女の長い一日 前編
ローゼンベルク家の使用人は自動人形と呼ばれる歯車仕掛けの人形である。それはかつて、いつかの時代においてローゼンベルクの余技において作られたもの。
人型。人の形をした機械。それは無から人を生み出したということに他ならない。それは神の所業。それがローゼベルク家の使用人である。
レーエ・ドール。女である今代クリスチャン・ローゼンクロイツ付のメイドとしてヘルサレムズ・ロットにおいて生活の全てを管理するために先々代クリスチャン・ローゼンクロイツにより送り込まれたメイドである。
そんな彼女の一日は、主の起床時間に合わせて朝食を作ることから始まる。起動し、自らの歯車と機能を確認し問題がないのであればそのままキッチンへと向かう。
瞬間冷凍され、時を停めることで全ての食材を新鮮そのままに保存するという冷蔵庫から食材をチョイスする。これはクリスを除けば彼女にしかできない。
生きている者が手を突っ込むだけで、この冷蔵庫は全ての時間を凍結してしまうという欠陥品である。とある術師が立ち上げたという家電企業がふざけ感覚と真面目のはざま、それと五徹、寝起きのテンションで作った一点もの。
クリスがジャンクヤードで見つけてきた
見ればわかるとおり。理路整然と整頓された食材は色とりどりで新鮮その物の輝きを放っている。
「さて、今日はどういたしましょうか。この私が作ったものならばどれも最高の味なのは間違いありませんが、我が主である人類というごみの中でも比較的マシなごみであるクリス様は何様のつもりなのか一々味に文句を言います。まったく、何が不満なのでしょう。
クリス様が喜ぶ物と言えば、ごみ以下羽虫未満の有象無象が作った料理。それも、最底辺どころか、底が抜けたバケツのような
それもこれも、人類の中でも屑どころかもはや人類とすらいえないようなサルの排泄物であり、不敬にもクリス様の同僚を名乗る
そんな割合高濃度な毒を誰ともなく吐きつつ調理する手は軽快にして正確だ。某石川な五右衛門が使った刀と同じ素材で作られているという異界原産斬鉄包丁が奏でる旋律はそれだけで音楽界最高峰のパーカッションの演奏でも聞いているかのようですらある。
そこから作られていく料理もまた芸術品のようであった。芸術的に美しい女が芸術的に美しい料理を作り上げている。とても絵になるが、生憎と誰も見ているものはいない。
「しかし、彼は良いですね。レオナルド・ウォッチ。ミジンコ以下のごみの中では比較的有用な塵です。お嬢様も気に入っていますし、何より、お嬢様を止めてくれそうですし」
そんなことを言いながらレーエは、調理を続ける。スープを煮込み、サラダを作成し、飲み物を用意する。流れるように一連の動作を完璧に行ってみせ、一瞬にしてテーブルへとそれを運ぶ。
「さて、では、起こすとしましょう」
いつもの時間に寸分の狂いなくクリスを起こす。その起こし方は多少乱暴なくらいで良い。目覚ましに紅茶を一杯。
黄金色の異界特産の紅茶のような何か。少なくとも紅茶として売りに出されていた何かだが、実際は何なのか不明である。
味は限りなく紅茶に近いが、紅茶であって紅茶でないような、そもそも紅茶とは何か。そんなことを一口飲めば考える。
そんな宇宙的な真理の深淵を覗き込むような飲み物ではあり、一度飲んだレオが発狂しかけたのはレーエの中では中々に面白い分類で記録されている。
美味いことは確かであった。味覚回路とでもいうべき歯車構造がそう判断する。少なくとも毒ではない上に、異界人たちの上流階級では好まれているものだ。
日替わりで出す紅茶としては及第点。人間の紅茶も、異界の紅茶も総じて味が良ければ良いのだ。毒であろうとも、ローゼンクロイツにはなんら意味をなさないのだから。
血に刻まれた術式が彼女を生かす。だからこそ、重視されるのは味だ。最高の味。それこそが最高たる己の主人に出すことのできるものだ。
しかし、
「ふぅ、また同じ。もっと別のものが飲みたいわね」
味なんてものは、舌の神経が感じる電気刺激だ。言ってしまえば全てどこを何が刺激するかによって人は味を感じている。
つまり、それは容易く操作できる上に、同じなのだと主たる今代のクリスチャン・ローゼンクロイツは言う。調整された味。
何も変わらない同じ味。最高級だからこそ遊びの幅が少ない。それでも比較的紅茶という自然物であればこそ、幅はあれどそれも、予想の範囲内。
予測の外側へと飛び出していくものはない。
「そうですか。贅沢な悩みですね。本日の御予定は?」
「いつも通り」
「畏まりました」
「ああ、忘れていたわ。一人、ラインヘルツから
「
音の振動として自身の
――ラインヘルツ家特殊執事部隊所属フィリップ・レノール。
腰を怪我したギルベルト・F・アルトシュタインの代理として送られてくる人員。
網膜機関映写膜に映し出された写真と経歴、能力に関する評価を見る限り優秀な人材であることがわかる。しかし、それだけだ。
ラインヘルツ家クラウス・V・ラインヘルツ専属執事ギルベルト・F・アルトシュタインと違って
ただの戦闘技術を身につけた執事だ。それだけではここヘルサレムズ・ロットで暮らしていくことはできないだろう。
顔を見ただけでわかる。良くも悪くも善良であり、普通だ。ここは普通でいることはできない。異界と交わる異形都市だ。
誰も彼もが異形でなければ暮らしていけない。まともに見えて、誰も彼もがまともではないのだ。あのレオナルド・ウォッチですら神々の義眼を保有している。
フィリップがクラウスやザップなどのレベルで武術を習得していれば話は別だが、そういう経歴ではなさそうであった。
つまり、レーエが命じられた世話というのは、案内を含めた彼の護衛である。実に、気に入らないことであった。
「なぜ私がボウフラ以下の存在の護衛をしなければならないのです。その間、お嬢様はどうするのですか」
「レオさんといるから大丈夫よ」
絶対にジャンクフード食べる気である。しかし、命令は命令だ。従う事こそが彼女の存在である。
「では、お迎えに参ります。今日の便ですね?」
「ええ、よろしく」
一礼し、朝食の片づけとクリスの世話を影の中に収納していた、別の自動人形に任せてレーエは空港に向かった。
建物の屋根の上を飛び回り一直線に空港へ。空港では丁度、彼が乗っているという便が到着し、搭乗者が降りてきているところであった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!! やってやるぞおおおおおおおおお!!」
何やら叫んでいるのがいる。どうやらその叫んでいる黒髪で長身の男こそがフィリップ氏であるらしい。無駄に大声であった。
聴覚機関を絞って機能を落とすことで対処する。タラップを降りてきたところで、レーエは声をかけた。
「お前がフィリップ・レノールですか?」
「あなたは?」
「私はローゼンクロイツ家当主クリスチャン・ローゼンクロイツ付きの筆頭メイドレーエ・ドールと申します。あなたをお迎えするように当主より仰せつかっております」
「おお! よろしくお願いします!」
直角最敬礼で答えるフィリップ。それを非常に鬱陶しそうな半眼で見つめるレーエ。こんなのの相手は嫌であったが命令だ仕方がない。
「では、こちらへ。職場にご案内し足します」
こうしてレーエはフィリップを伴ってライブラへと向かった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「どうですか、彼の様子は」
壁際に立っていたレーエは腰をかばいながらやってきたギルベルトに話しかけられた。
「
あのギルベルトの煎れた紅茶以外飲まないクラウスがフィリップの煎れた紅茶を飲んだのだ。更に、折れたザップの腕を即座に応急処置したり、良く細かいことに気が付き配慮が出来る素晴らしい執事であった。
無論、それは至高の存在であるレーエには遥かに遠く及ばないことは言うまでもない事実である。それらすべてを抜きに評価だけを抜き出せばよくやっている、となる。
ただし、
「――今のところは」
「やはり、そう思いますか」
ギルベルトもその言葉に同意した。
「
「貴女に比べればどんな人間でも度し難い生き物でしょう」
合理的でなく、自分を理解できていないし、嫌なところを呑み込むことすらできない。何が出来るのか、何ができないのかも把握していないのだ。
レーエからすれば、至高の自分の主たるクリス以外は総じて有象無象であり、度し難く、ボウフラ以下のよくわからない生き物なのだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
レーエはレオとフィリップを案内する。
「あっちが永遠の虚方向で、ぐいぐい落ち窪んでいく割に抵抗なく進めますが近寄りすぎるのは禁物です。公共交通機関でも、赤文字で行き先表示されているところは、生還率が33.33パー割るってことですから乗らないで」
「なるほど……すごいですね! ここが聞き勝るHL! 本当によくぞ今まで生き残られました」
「いやいやいや。みなさんのおかげですよ。それにどこ行っても危険ってわけじゃないですしね、レーエさん」
「ええ、そうですね」
そう言って路地を通り抜けようとしたとき、
「おっと、すまねえ」
レオが肩をぶつけられた。その瞬間、フィリップが動いていた。武道でもって、男の腕を掴み地面へと押し倒す。
「いだ、いだあっだだだだあ!?」
「ちょっ!? 何してるんですか!?」
「彼があなたの財布を盗んだのです。ほら、これですよ。油断も隙もあったものではありませんね」
「ああ、いえ、それ別に大丈夫な奴です」
「え?」
ほら、とレオが盗られて取り返された財布を開く。そこには小銭しか入っていない。札などは全て身体中の至る所に分散させているのだという。
「どうして、そのようなことを? それでは盗まれるのが前提のように聞こえるのですが」
「いや、ほら、だってトラぶってやばいことになるよりはマシでしょ」
フィリップは理解できないという顔をした。助け船を求めて隣のレーエに視線を向けるがレーエは知ったことではないとばかりに無視だ。
「さあ、いつまでも油を売っていないで行きましょう」
それどころかさっさと行くぞと促す。
「――!!」
その時だった、レオの目が何かを捉えた。
(血――?)
レオの目が赤の軌跡を視た。それは、良く目にしているものだ。血法。ライブラの構成のほとんどが用いる牙狩りの技。
極細の針のようなそれ、一般人ではどうあがいても見ることができないほどの極細のそれがレーエたちを除いて降り注いだ瞬間、人が、消え失せた。
「レーエさん!」
「はい、レオ様はお逃げ下さい。ここは
「どうかいたしましたか?」
「フィルップさんこっちです!」
「逃がすと思うか?」
こつり、と足とと共に、路地の入口が強大な力でふさがれる。路地の反対側から現れたのはスーツの男だった。腕に十字架を模した腕輪を付けた白髪に翡翠の瞳に眼鏡をかけた男だ。
「まったく、日柳め。俺はこういうのは苦手だといつも言っているだろうに」
煙草をくわえて紫煙を吐き出しながら、その男はそこに立っている。
(ヤバイ、ヤバイヤバイヤバイヤバイ! なんだかわからないけど、なんかやばい! あれだよ、またなんか世界が、アレだよ!)
レオの本能が感じ取る。目の前の相手はやばいと。
「レオ様、フィリップ、今、道をつくるのでそちらからお逃げ下さい」
「しかし! 貴女を残していくわけには! 私とて
最後までフィリップが言い終わる前に、レーエのヒールが彼の頬をかすって壁へとめり込む。
「邪魔です。失せろ塵虫。己の分をわきまえなさい」
「し、かし」
「では、レオ様をお守りください。私は、あれの相手で手一杯になりそうですので」
「……わかり、ました」
「では、道を作ります」
――右腕、解放――
レーエの右腕の袖部分が、破け機関の腕が姿を現す。ガチリ、ガチリと機関が組み換わり、ギアが回転し、クランクが回る。
むき出しの歯車機関が組み換わり、その腕の機能を解放する。形作られたのは
「ローゼンクロイツ家当主付き筆頭メイドレーエ・ドール。これより、旋律を奏で貴方の首を刎ねますので、あしからず」
それは
「奏でろ、共鳴剣――」
刃は振動し、切断は超過する。壁が溶断され、道が出来た。
「行きなさい」
「は、はい! 行きましょう!」
「わ、わかりました!」
2人が走って行く。
「逃がすかよ」
「では、足止めと参りましょう。ローゼンクロイツ流侍女式戦闘術推して参ります。盟約に従い、名乗りなさい薔薇十字を持つ者よ」
「――チッ、盟約を出されちゃ仕方ない。黄金薔薇十字騎士団第六席レナス・アーガイルだ」
「そうですか、では死ね」
「それは困る。アグワマリーナ式血奏術、足止めさせてもらおう」
――歯車は、回る。
遅くなって、本当に申し訳ない。
血界アニメまだ最終回来てないから、良いよね?
うん、ごめんなさい。色々とやってたらこのざまですよ。
さて、今回は、ギルベルトさんの回だったので侍女であるレーエ・ドールという自動人形をピックアップ。
そして、皆さまから募集した騎士団の一人がついに登場です。
とある猫好きななにか様より
レナス・アーガイルが登場です。頭脳派のはずが、なぜか前線に。大丈夫、稀によくあることです。
さて、次回は後編か中編か。とりあえず、オリジナル展開です。ギルベルトさんももちろん活躍します。レーエと共に。
では、また次回。
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侍女の長い一日 後編
「――さん、レオナルドさん!」
「――ぅ」
レオナルド・ウォッチは、自分を呼ぶ声で目を覚ました。
「あれ、ここは」
「良かった、目が覚めたんですね! 申し訳ありません、私がついていながら!」
「ああ、なるほどこういうパターンですか」
いい加減慣れてきたパターンだ。
「あ、あの、随分落ち着いてらっしゃいますけど、大丈夫なんですか、この状況」
フィリップはこの状況になって、ようやく自分が殺される可能性とか、自分がどんなに甘かったとかいろいろと反省したというのに。
「ああ、大丈夫ですよフィリップさん。こういう状況ならきっと助けが来ますし」
それによる二次被害はどうなっても知らないが、助けは一応ちゃんと来る。銀屑とかは、なんだかんだ言いながら来てくれるのだ。
それに、クリスがいる。クリスチャン・ローゼンクロイツはこの場合必ず助けに来る。仲間思いなのかと言えばそういうわけではないのだが、ちゃんと助けに来てくれることは確かだ。
クラウスさんも絶対に来てくれるだろう。
「だから、大丈夫ですよ。この場合下手に抵抗した方が面倒くさいです」
ここがどこなのか、ある程度は義眼でわかる。どうにも異界というわけではないし、普通の雑居ビルの中だ。縛られてもいないが、扉がどこにもない部屋なので出ようにも出れないが、まあ、いつもの事である。
「なんというか君は……」
「だから、おとなしく待ちましょう。良いですか、とりあえず壁から離れましょう」
こういう場合、壁を突き破って入ってくる人たちばかりなので壁から離れていた方が良い。それどころか下手したらこのビルごと倒壊させかねない人がいるわけなので、それやられるとアウトなのだが、クラウスさんが助けてくれることを期待してなるべく壁から離れつつ何か盾になりそうなもので身構えておくことにする。
(クラウスさん、クリスさん。とりあえず、早く助けて下さい。それとレーエさんどうか無事で)
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
超高速で路地を駆けあがるメイドと男。その中で蹴りと刃が交錯する。
「俺は、
それでもレーエという人間を超えた機械人形に追従してくるあたり、このHLの人間と言えた。だが、そんなことよりもまず、レーエの思考にあるのは黄金薔薇十字騎士団ということば。
それは、先代が遺したもの。実在していることは知っていたが、こんなにも早く現れるとは思っても見なかった。狙いはおそらく――。
「お嬢様ですか」
「さて、詳細は日柳に聞いてくれ、と言いたいところだが――まあ、当たりだよ。狙いはあなたの大切な大切なお嬢様だ」
「――!」
それはこちらの意識を誘導するものだとわかっていても、レーエは逆らえない。レーエの歯車式頭脳が最優先事項として設定しているクリスのことが出ればそちらに嫌でも意識を割いてしまう。
それを見越していたのだろう。
「そういうわけで、一つあなたには退場願おう――」
ぱちんと弾いた指。路地の壁が全て剥がれ全力でレーエへと飛翔する。
「く――!」
それを当然、迎撃しようとするが――。
「動くな」
「――――っ!」
突然体の自由を失い、壁に挟まれる。いくつもの歯車が散り、煌びやかな光となって堕ちていく。
「やりやすい相手で助かるよ。俺は、おまえみたいなのを相手しているのが一番やりやすい。力任せの馬鹿ほど相性悪いやつもいなくてね」
「そうですか。では、残念でした」
「ん?」
「そういう塵蟲が来たようですよ――」
――
「刃身の弐
「では、御機嫌よう、またお会いしましょう」
「おいおいおい、こいつ――」
――七獄。
天より降り注ぐ血の糸。
逃げる刹那はありはしない。何よりレーエの腕が、逃がさないというようにレナスの腕を掴んでいる。
仲間がいるというのに、一瞬にして嚇炎が走り――あらゆる全てが吹き飛んだ――。
「良し」
それをやったのは誰に隠すことないザップである。
「おまえ、仲間事やるとかアホか! おまえに人の心はないのか!?」
あの爆炎の中で無事だったレナスは地面に黒焦げになって落っこちながらもそうツッコミを入れる。
「ダイジョブだ、俺は信じている」
とてつもなく良い顔でとてもいい顔言っているが、よく見ろ、助けるはずの仲間事爆破した直後なのだ。それでこれを言えるとかなんという屑なのか。
「ふざけるなよ、おまえ、仲間をなんだと思ってんだ!」
「全くです。それについては、非常に遺憾ながら同意です。このボウフラ以下の塵屑は、どうやっても馬鹿なのですから」
「なんで、生きてんだよ、虹色頭の侍女」
「首だけで落っこちて来たのを生きていると表現できる辺り、本当どうかしてますね」
ところどころ焦げてはいるが、レーエは首だけになってザップの足元に落ちて来ていた。どうやら無事のようである。
さすがは自動人形というべきか。ザップの火力を受けてなお、無事というのはローゼンクロイツの技術力の高さ故だろう。
「なんだと! こちとらタスケテやったんだろうが!」
「誰も助けてなどと言っていませんよボウフラ」
「誰が、ボウフラだ、こら! いいのかなー、今おまえー、首だけなんだぜ? 手も足もでねえだろ」
だから、こんなこともできるとジッパーを降ろし始める
「そんな粗末なもの見せられてもどうじませんし、何より戦闘中でしょうになにしてるんですか。やはり馬鹿ですね」
「大丈夫だって。なにせ、キレてんのが来た」
――
「後悔せよ、汝が働いた、その蛮行を。我が名は黄金王――その名を以て、汝を滅殺する」
王の声が響き渡る。
「自分の所有物をこんなにされて怒んない奴はいないだろ」
「お嬢様――」
――神々の黄昏――
「終末の時の中で永劫死に絶えろ」
黄金の術が炸裂する。
黄金の極光が全てを覆う。
世界すら滅ぼしかねないほどのエネルギー。それが指向性を以てレナスへと向かっていく。これを食らえば人間など消滅する。
普通の人間にこんなものなど防げるはずもない。最強最悪、ローゼンクロイツの秘法の中でも最悪の部類だ。自滅すらしかねないほどの威力。
レナスはその中で見た。黄金に輝く彼の髪を、その瞳を。
「状況は想定通り。一つ目の鍵は、やはり侍女であったか。七十二の想定の中で、これが当たるとなると、次は……」
確実な死が迫っている。その中でも、レナスは何ら痛痒を見せていない。このままでは間違いなく死ぬというのに、彼の意識は驚くほど凪いでいた。
これすらも想定の内だというかの如く、その思考はさらに次なる段階へと駆動している。その慧眼は果たして何を見ているのか。
「アーガイル。策謀も良いが、少しは目の前の事態に本気になれ」
「いやいや、本気だとも。この程度の苦難、乗り越えて見せるとも」
そこに響く更なる声。
確固たる軍靴とともに、英雄は舞い降りる。神々が与えし、試練を超えんとその意思は猛っていた。
「ふん。だが、まだだ。我々は、誰一人としてここで欠けることなど許さんし、このままアレを落とさせるわけにはいかん」
ゆえに――。
音を鳴らして鞘から刀を抜き放つ。荘厳たる神々の黄昏に、一人の男が挑戦の声をあげた。
その姿まさしく、英雄。
その背に、誰もが希望を見るのだ。
これより先は
「いやはや、気が早くノリやすいのは玉に瑕だ」
レナスがぼやくが、もはや男は聞いていない。迫りくる神々の黄昏に向かって、手にした二刀のみを持って歩いて行っている。
神々の黄昏。超高密度エネルギーの余波の第一陣が来る。
「邪魔だ」
それをあろうことか、この男は斬ったのだ。物理的衝撃ではない。エーテル階層に属する衝撃。精神や魂といったそれ本体に対する直接アプローチともいえるものであった。
小難しく考えなくていいのなら、それは物理では到底干渉など不可能。
だが、この男はそれを成した。何の技量も特殊な能力でもない、誰にでも備わった、気合いと根性というもので。
第二波も、三波も、飽和してあふれ出す神々の如き神話の一撃を、彼はその二刀で切り伏せていく。その回転速度は、人間業ではなかった。
一瞬のうちに蚊帳の外にまでぶっ飛ばされたザップですら見えないし、何をやっているのか意味不明な領域だった。
「おいおい、なんだありゃ」
「日柳」
「クサナギ? おい、生首なんだそいつは」
「かつて、このヘルサレムズ・ロットをただ一人で、壊滅にまで追い込んだかつての聖戦において、先代ローゼンクロイツと戦った英雄ですよ」
「マジか」
ザップもまた聞きでしかないが、その話は知っている。ヘルサレムズ・ロットが壊滅し、世界が破滅する可能性すらあった騒動のことだ。
「未だ、その時ではない。我らの聖戦が、このような形であっていいはずなどない」
ゆえに加速する。二刀を振るう速度、技の回転率があがる。
加速加速加速加速――。
人類全般が持つあらゆる限界を今現在も突破して、クリスへと肉薄していた。
「――――」
「意識がないか。あるいは、俺と話すことなどないという事か。良いだろう。今更言葉を交わすつもりなどない。今は――眠っているが良い我が宿敵。いずれ、聖戦にて会おう」
一閃がクリスの首へと走った――。
「虹色頭!!」
莫大なエーテルがはじけ、いくつかのビルをへし折ったが、それ以外に大きな被害はなく、事態は収束する。
首が飛んだかに思えたクリスは、どうやら気絶させられただけのようだ。
「帰るぞ」
「おい、待てよ」
「なんだ、ライブラの男」
――おいおい、冗談じゃねえぞ。
前に立っているだけで、凄まじい威圧だった。太陽の目の前に立っているかのようだ。さすがのザップですら、冷や汗が止まらない。
だが、おかしいのは、それが恐怖ではないということだ。寧ろ、それとは真逆に近い。
「……用がないのであれば失礼する。今回の仕事は終わった」
「そうかい。だったら、一つ教えろ。テメェらの目的は、なんだ」
「世界平和だ」
そう言って、日柳もレナスも去っていった――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その後、ギルベルトさんの活躍によって救出されたボクとフィリップさん。フィリップさんも、ギルベルトさんに再生者の能力があることを知り、いかに自分がこの街を舐めていたかを知ったようだ。
何より生首になってなお、生きている自動人形であるレーエが一番効いたようだった。
ただ、
「うぅ……気持ち悪いぃ……」
クリスさんだけは、何をやったのか覚えていないようで、さらに大不調なのだという。彼女特有のあの日というわけではないらしく、原因不明。
医者に見せたところでどうにもならず、本当になにもわからないのだという。
「大丈夫かな」
「心配よね」
「そうだねー」
僕はといえば、ホワイトのところで、クリスさんの心配をしている。
「そういえば、お友達は?」
「ああ、ザップさん? なんか最近は真面目に修行してるんだよ」
何がったのやら。明日はきっと槍でも降るかもしれない。
このヘルサレムズ・ロットは、何が起きてもおかしくない。
突然二週間くらいの記憶を失ったり、友達が出来たり。
「あら、電話?」
「はい、今からですか?」
緊急事態が、突然起きたりなんかも――。
もう、更新がないと思った? アーホーめー(堕落王風)
そんなんだから、堕落するんだよ。
いや、すみません。まあ、そんなこんなで更新して見たり。
え、どこかで見たような英雄がいる? はは、そんなマサカ。
次回、師匠が登場します。
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爺と師匠とZ 前編
今、クリスの全身に、悪寒が奔った。なんというか、子宮からぞくりと上がってくる悪寒は、マズイ。女としての本能が最大限の警鐘を鳴らしているに他ならない。
「あ、まずいかも……」
そう思った瞬間、かかってくる電話。最近ようやくスマホの使い方を覚えたクリスは、それでも四苦八苦しながら電話に出る。
これもレオの頑張りのおかげだろう。なお、全然使いこなせていないのだが。
「えーっと、もしもし?」
「私だ」
「おじい、さま……?」
「今からそっちに
何やら戦闘音をさせながら電話が切れた。
刹那、大量の汗を流し始めるクリス。
「ヤバイ……おじいさまが、来ちゃう……レオさん、隠さないと……」
「お嬢様」
「わきゃぁ!?」
「――kawaii――はっ、こほん。お嬢様。ライブラから連絡です。インドとヨーロッパで二つの血脈門の開放を確認とのことです。目標は、おそらく」
「ここですね……」
「お嬢様?」
「絶対、お爺様だ……お爺様が来ちゃう……」
だが、それでも仕事仕事。珍しく迎えに来たザップと二ケツして向かうことに。
相手はかなりの高位存在らしく、滅殺は諦めてクラウスによる封印を敢行するとのことだが。
「しかし、そんな大物、誰が」
「知らねえが、悪寒が止まらねえ」
「私も止まりません。片方はたぶん……」
何やらSS先輩とクリスが悪寒でぶるりと震えているころ、一足先にK・Kとスティーブンは、二体の血界の眷属とそれと戦う存在を確認していた。
コートに身を包んだ男。
牛の頭蓋骨をかぶったボロ雑巾のような誰か。
すっぽりとドラム缶のようなものをかぶった存在。
全身から異音を発する歪な何者か。
「ちょっとー、スティーブン先生? 確か、両方半身欠損してるんじゃなかったっけ?」
「見た目からすると、アッチだが」
見かけで判断していいほどこのHLは甘くない。
「鏡だ――」
古来より吸血鬼は鏡には映らないものゆえに、鏡に映らないものが敵である。
「「こっち!」」
鏡に映らなかったコートとドラム缶に雷撃を食らわせ、凍らせる。二体がほかに意識を割いているところを強襲できたのが良かったが。
「え?」
「は?」
ボロ雑巾のような方と異音を発する何かは、一目散に到着したばかりのザップとクリスに向かっていった。
「ぎゃああああああああ!?」
「あぁ……」
叫び声をあげるザップとこの世の終わりのような、普段の彼女からは考えられないような表情を見せるクリス。
つかみかかられるザップとクリス。
「かんべんしてください、師匠おおおおおおお」
「…………」
その瞬間――氷が砕ける音が響いた。
攻撃器官を自切し、互いに空中で再生する――。
「――斗流血法《ひきつぼしりゅうけっぽう》・カグツチ
刃身の百壱 焔丸――三口」
穿ツ牙 七獄五劫――。
すさまじいまでの業火が牛頭蓋骨のボロ雑巾から放たれる。ザップのそれと同じ流派。だが――それだけではない。
「斗流血法《ひきつぼしりゅうけっぽう》・シナトベ」
刃身の弐 空斬糸
龍搦め 天羽鞴
竜巻が生じ、焔とともにあらゆる全てを焼き尽くす。
火と風、ありえない弐つの属性が此処に共存を果たしていた。
さらにこちらもう一方――。
クリスを小脇に抱えた、人間大の時計のような異音を放つ何か。
「
――
発生する未源物質。あらゆる物質を対消滅させる反粒子の嵐が血界の眷属を包み込み破砕する。莫大なまでの純エーテルエネルギーが舞い上がる。
対消滅する際に湧きあがるそれを、無限に取り込み――。
「術法組替――白亜の術」
冥府より至れ《アルブムニウェウス》創生の白《アポトーシス》。
まるで何事もなかったかのようあらゆる損害が消え失せて、綺麗さっぱり元通りになったかと思えば、そこにはただ一つだけ血界の眷属が残っていた。
破壊と再生の二重奏。
生じる反作用が空間断裂を引き起こし、不可視の刃が血界の眷属を引き裂き細切れにした。
二人の滅殺者の技のあとに残ったのは、二つの――。
「
「いかにも。これが血界の眷属最終自閉形態じゃ。文献でしかみることのないレベルだろう憐れな小童どもは、これを目に焼き付けておくがよいわ」
泣きながらつかまったザップがそんなことを言う。どうやらしゃべらされているらしい。そうでなければ、彼がこんなにも博識なしゃべりなんてするはずがないからだ。
「ぬぉおぉおぉぉおっぉお、クリスちゃんかわいいよかわいいよー!」
それと、その隣でひたすらクリスに頬すりしてる誰かもまた、スティーブンは先ほどの技からわかっていた。
「――お初にお目にかかります。血闘神、斗流血法創始者、
「世辞は良い。一瞬、どちらを攻撃するか迷う未熟者どもの世辞に価値などない」
「はぁ、かわいいかわいい。ちょっと太ったところもぷにぷにしていて可愛い!」
とりあえず、汁外衛と話することにするスティーブン。正直なところ、先々代の方に関してはまったくもって話しになりそうにないためだ。
クリスから助けて、お願いします、という視線を笑顔でスルーして、今回の件について話し合う。
「汁外衛殿におかれましては、今回の相手は強敵でありますか」
「さあなあ、どうであろう」
そうはぐらかしたのか、それとも本当にそう思っているのか。捉えどころがない。
なにせ、十年単位の行方不明はザラであり、その間、かなり高位の血界の眷属の滅殺跡が発見され、汁外衛の仕業とも言われているのである。
身体のほとんどが欠損していて、それを血法で補っているという化け物だ。
「おい、そろそろ貴様も話したらどうだ」
「ぬ、おぉぉ、そうであった。我が先々代クリスチャン・ローゼンクロイツである。気軽に先々代と呼ぶが良い」
千年を生きるという生き字引。異界技術にも関わりがあり、最も完成された黄金の王と呼ばれている。本来は山奥の屋敷に引きこもっているらしいが、今日はどうやら外に出てきている。
彼が滅殺した血界の眷属の数は、汁外衛と比べてもそん色ない。彼もまた、身体のほとんどが血法を扱うための触媒に改造しているという。
まさしく、伝説のそろい踏みだ。
「おまえが滅獄の術式を付与されし血か」
「はい」
「良い面構えだ。長としても優秀なのだろうか。この糞蟲が、欠かさず鍛錬をしているらしい」
「いえ、それはザップ個人のこと。私は何もしておりません」
「謙遜なんてすることないぞクラウス君。このクリスちゃんがさらに可愛くなっているのは君のおかげだ」
いや、それはたぶん関係ない。
などとまあ、そんな感じに邂逅は成り、これからの話にうつる。相変わらず、ザップは釣り上げられているが、クリスは何とか抜け出したようだ。
「はぁ……お爺様は、いつもこれ……」
「なんというか、大変だね」
「そうなんです、聞いてください、レオさん。初めて一人でお風呂に入れるようになった時なんて、一晩中泣きはらして、最終的に私の入浴シーンを毎日撮影することでなんとかなったんですよ」
いや、それは大丈夫なのか。
と全員が思ったが、心の中に秘めておくことにしておいた。
なにせ、相手は伝説の中の人だ。へたに機嫌を損ねられれば、かつての聖戦が今ここで起きかねない。
「ああ、そうそう。そういうわけだから――」
「へ?」
いきなりクリスが持ち上げられ、真胎蛋の近くまでザップとともに連れていかれる。
「え? え?」
「良いか、負けるな、あの糞骸骨には絶対にな!」
「なぜに?」
どうやら、なにやら? 汁外衛の弟子であるザップと先々代から名を受け継いだクリスが、どちらがより優れているのかを、この二個の真胎蛋の攻性解除で競うのだという。
一歩間違えれば、両腕切断。下手したら足しか残らない。近づくものに超反射で反撃する真胎蛋の攻性解除、それも至近距離で。
目玉のような器官が6個、同時に射抜けばわけはないと既知外師匠どもが言っている。
「え……うそでしょ、これ……」
ご丁寧に逃げられないように血の結界が張られ、二個の真胎蛋が並べて置かれている。両側から同時に、一気に、コンマ数秒のズレすら許さずにやれという。
「あ、駄目だ、これ、濡れる……試練過ぎて濡れる……あまりの興奮で身体が熱い……脱いで良いですか……裸になりたいです……」
「虹色頭、気でも狂ったか……おいやめろ、オレがおめえの爺に殺される!」
そこでザップが閃いた。
「おい、虹色頭、テメェの血法なら、近づかなくてもやれんだろ」
「いえ、その、それが、あのですね……」
ごにょごにょと言いよどむクリス。
「はぁ!? 精密動作ができない!?」
「いえ、その苦手なだけで……だって、ほら、ダムの水を針穴に通すのって無理でしょう?」
力がでかすぎてそんな精密動作なんて無理。それに戦う敵、戦う敵強大な敵ばかりでそこまで精密操作は必要なかった。
「やべぇーよ、死んだ、オレ今日ここで死ぬんだぁ」
「大丈夫です。死ぬ気でやればできますから!」
「できねえよ!? あぁ、あの悪寒はやっぱり師匠だったんだぁ」
「それに、この血界の中だと、私の術式ってほとんど使い物にならないというか使うと二人して粉微塵になりかねませんし」
つまり、超精密動作で、本当に六つの眼を射抜かないといけないという。
「頑張りましょうね、ザップさん! 諦めなければ夢は叶います。人間に不可能はありません。素晴らしきかな、人類の可能性!」
「いやだー! 死にたくねぇよー!」
「人間、本気になれば何でもできますって。ザップさんが本気になればきっと。ああ、それとこの前言っていた、あの女の人のメアドですけど、お友達なのでお教えしますよ? なんでも? 誰でもいいから食いたいとか?」
一瞬でキリっとしたザップ。
「良し虹色頭、行くぞ。必ず生還するんだ」
「はい! 生還したら一緒にご飯に行きましょう」
メアドと財布をゲットする予定になったザップは、過去最高に集中していた。クリスはクリスでこの特大試練によって超ノリノリの連続覚醒中。
ピンチの中ほど強くなる阿呆は、今もなお、この最大試練を乗り切るべく進化の真っ最中であった。
「大丈夫なんでしょうか、二人は……」
「儂の孫娘があんな下品な銀の猿に負けるはずがない! それよりもだ――君がレオナルド君だね?」
「はい、そうですけど……」
「話はレーエから聞いているよ。とても、孫娘が、
「いえ、こちらの――」
そこでレオは気が付いた。
これは返答を間違えた瞬間にやられると。
顔がないため声からしか判断できないが、先々代は紛れもなく、笑っていない。笑っているように見えて、まったく笑っていないのだとレオは察した。
何より思い返される、クリスとの
レオにあるまじき幸運の数々を思い出して、これが伝えられると非常にまずいのではいかという、先々代の溺愛を見て判断。
そう、危機は、あちらではなくこちらなのだ。
「おやぁ、どうしたのかね。そんなに汗をかいて、緊張しているのかい? 緊張せずとも良いよい、孫娘のお友達に、儂が何かするはずないじゃないか」
――いやいやいや、まったく、そんな風には思えないオーラなんですけどぉおお!?
――やばい、やばいやばい。
――考えろ、レオナルド・ウォッチ。
――ここで死ぬわけにはいかないんだぞ。
「――レオ、来てくれ、諱名を見てほしい」
「はい、わかりました!」
助かった―!
どうやら無事にザップとクリスは真胎蛋を無力化したらしい。
ただ、何故かフル勃起してるのと全裸なのだが。
翁は、自重どしないヨ。
槍以上のなにかが振るよ
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爺と師匠とZ 後編
ヘルサレムズ・ロットに現れた血界の眷属を封印するためには、別れた上半身が必要になるという。心臓がないために諱名が見えないためだ。
よって、ライブラは汁外衛の弟子が連れてくるという本体の迎撃に当たることになったのだが――。
「なぜ、私は、こんなところに……」
クリスは一人、別行動を取っていた。
それも、ふりっふりのドレスを着て。全て爺の見立てであるが、どうして彼女がそこにいるのかというと――。
「二体がこちらに来ている。どちらも封印をするが、クラウス君は一人だ。ゆえに、片方と戦っている間に片方を足止めする役割がいる」
「しかし、高位の血界の眷属、そう簡単に行くのでしょうか」
「フッ、儂が連れて来た方だが、クリスがいれば完全な足止めが可能なのだよ」
というわけで、その方策としてオシャレして、街角に立っている。ここにいれば来るらしいのだが。
「それらしい人がいない……」
またお爺様の気まぐれだったのかと思った時――。
「おぉ、街角で可憐に咲く花よ。この邂逅は、きっと運命に定められた前世からの縁に違いない! 今まで見つけられず、本当に申し訳ない。どうか、赦されるのであれば、その美しいおみ足で、どうか罰を与えてほしい、ふみふみと」
あふれ出す変態性。ねっとりと、空気に張り付くのではないかと思うほどのボォイス。
「――――」
振り向けば、そこに跪き、クリスに手を伸ばす男が一人。その存在感は、人ではない。レオがいたならば赤く広がる翼を幻視しただろう。
そう、この男は血界の眷属だった。だが――。
「しとどに濡れる青く可憐な一輪の薔薇――おお、それは貴方のこと瑞々しい未熟な果実よ、その白桃が如き美の極限で今日も私を狂わせるのか。幼き魔性の艶を前にこの身はもはや愛の奴隷。
ゆえに、結婚してください。ぶっちゃけ超好みです!」
なぜか、求婚されたようである。
「――え?」
さて、えー、これはどういうことなのだろうか。クリスでも理解が追いつかない。とりあえず、これは変態なのだろうということだけは辛うじてわかったので、こういった場合どうすれば良かったを考え始める。
その間も目の前の変態は、何やら動き続けていた。
「ああ、出来れば、ここを踏んでほしいんだけど」
そう言って指すのは股間である。
「今は、ないんだよねぇ。極上のロリを探してヨーロッパ彷徨ってただけなのにさー、変な爺さんに下半身盗まれちゃって」
「えー、あ、はあ」
「そういうわけで、どうか、私にデートという栄誉をお与えくださると絶頂します。たぶん、下半身の方からBB汁ブシャーとかするけど、まあ、そこらへんは今は無いし」
「は、はあ……?」
「ともかく、今日君という美の女神に出会えたのは、まさしく運命! 君が何者であろうとも構わない。貴方に恋をした華よ! どうか、私と共に夜の街に繰り出そう。
具体的には、歓楽街のホテルとか、ラブゥなホテルとか、アダルティーなお店に行こう。ともに快楽の向こう側へ旅立たん!」
とりあえず、とてつもない変態であることはわかった。
「安心すると良い。今は、僕の自慢のマグナムはないが、磨き上げられたテクなら、君を昇天させることは容易いと自負している。毎日練習しているから、大丈夫!」
何が大丈夫なのだろう。とりあえず、まったくわからない。
遠くで爆音とか鳴っているから、ライブラが戦闘を始めたことはわかるが、クリスはすっかりわけわからない混乱モードで、思考停止中である。
試練大好きっ娘でも、年頃の娘である。こんな変態の相手などできないし、生娘クリスであるので、耐性などあるはずもない。
そんな惨状を見ているのは、派遣されてきたチェインと先々代である。
「うっわー……」
女性から見てもアレは酷いとしか言いようがない。よくもまあ、あんなのの相手に娘を駆り出したなと呆れるチェイン。
一方、その先々代はというと。
「良し、あいつ消そう」
「いやいやいや、自分から足止め提案しておいて、何言ってるんですか」
「さって、儂の可愛い、クリスちゃんに、求婚してるんだもん!」
自分でこうなること予想しているくせに、実際に見たらなくのやめませんかね。
などとチェインが思うのも仕方のないことである。
そんな感じに見張りの殺気がやばいことになっている間、クリスはというと――。
「…………」
とりあえず、時間稼ぎということだけを思い出したので、このままついて行くことになってしまった。これもまた試練。
ならば乗り越えようという気持ちが働いたのもあった。
「よーし、それじゃあ、何処から行こうか、いや、もう我慢できないね。さっそくホテル行こう!」
「…………」
しかし、既に挫けそう。どうにも、これ、いつもの試練と違う。
「というか、なんでレオさんが頭に浮かぶんでしょう。悪いことしてるみたいですし、なんででしょう……」
「おいおいおい、今、僕と楽しんでるんだから、他の男の事なんていいだろう? そんなことより、僕と遊ぼう! ほら、ホラ!」
「遊ぶ……何をして遊ぶんですか?」
「そんなこと、もちろん、無論、決まっているじゃあ、ないか! セックスだよ!」
そんな一言が飛び出したので――。
「コロス。ワシノクリスト、セックストカ、コロス」
「――あ、もしもし、こっちもう時間稼ぎとかできない感じなんですが、そっちはかかりそうですかー」
『すまない、チェイン。こちらはもう少しかかる。ひとまずレオとドグハマーを送る、なんとか耐えてくれ!』
また、そんな無茶なとは思うものの、このままではヤバイことが起きそうなのは間違いない。先々代ローゼンクロイツ。スティーブンからの命令もあり、チェインとしては彼を動かすわけにはいかないのだ。
興が乗っただけで、世界を滅ぼしかねない。それがローゼンクロイツ家というもの。その力は紛れもなく善性によって振るわれるものではあるが、どうしようもなく彼らは、やりすぎるのだ。
限度を知らない。限界を知らない。
自らの好みに対して我慢が出来ない。
それは普段のクリスを見ていればわかるだろう。ジャンクフードまっしぐら。それでぷにぷにになってきても気にせずジャンクフード。毎日ジャンクフード。
彼女は我慢が出来ない。
この一族は、そうなのだ。
「黄金の虚無にて滅びるが良い――乖離法 ローゼン・エクス・マキナ」
先々代の身体の機構が解放される。組み上がり射出される、鋼鉄の槍。
ヘルサレムズ・ロット全土に薔薇の槍が降り注いだ。
狙いはすべて一点であるが、単体攻撃のくせしてその規模が対世界であることを鑑みると、どう考えても単体攻撃にならない。
もちろん、ヘルサレムズ・ロット全土に降り注いだし、こちらに向かっているレオとドグハマーにももちろん降り注いだ。
「あはは、なにこれー!」
「ちょおぉおおおお!? なんなんですかこれぇ!?」
「あ、レオさん」
そこに何やらクリスが吹っ飛んできた。
「え、クリスさん? なんで、なしてこんなところに!? 足止めは!?」
「いえ、お爺様が本気を出して大人げなく全てを虚無に落とさんとばかりに槍を落としまして」
「え、じゃあ、血界の眷属は?」
「はい、生きてますね」
「なんですと?」
砂煙が晴れると、確かにそこには確かに無傷の眷属がいた。
「いやいや、人がプロポーズしているところに無差別攻撃とか、恥ずかしくないのかい」
まるで不自然に、攻撃が彼を避けたようだった。
薔薇の槍が大輪の花を咲かせるがごとく聳え立っている。
「鋼鉄の薔薇槍。いやいや、先々代黄金王か。僕の下半身を奪っただけでは飽き足らず、プロポーズまで邪魔するのかい?」
「おんどらぁ! わしの孫娘になにきゅうこんとか、死ねよ」
「孫娘? 僕はそこの美しい花に求愛しただけなんだが――え、マジで?」
「はい、そこのメカ爺は私の祖父ですね」
「うっそだろ……でも、君可愛いからいいや。そういうわけで、僕と素晴らしい一夜を過ごさないかい! あ、今、BB汁ブシャー、した」
隔離している下半身でBB汁がブシャーしたが、まあ、それはいいだろう。
「どうしましょう? レオさん、どうしたらいいと思います」
「うぇ!? ぼ、ぼぼ、僕!?」
「はい、私こういうのってあまり詳しくありませんし、不慣れですし、レオさんに決めていただこうかなって」
レオはその瞬間、全てを悟った!
もしここで間違った返答などしようものならば、先ほどの槍よりも非常にヤバイものがこちらに跳んでくると! 直感で理解した!
神々の義眼でとらえるまでもなく! 先々代の視線が何よりも恐ろしいことに赤く輝いているのが見えていた。
(ヤバイ、やばいやばいやばいやばい! なんで、いつも僕はこんなことに? あれか、ちょっといつもよりも幸せだったり、二人の女の子と知り合いになったからか?! いや、まずはそんなことよりも考えろ! 考えるんだ、レオナルド!)
どうすれば、この危機を乗り越えられるのか――などと考えたところで、
「陰毛頭にわかるはずもなく」
「おい、ザップさん。なに脈絡もなく登場して地の文読んでるんですが、止めてくださいよ」
「あれー、いいのかなー、せっかく旦那連れてきてやったのに」
「マジありがとうございます!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
今回の顛末を語れば無事に結界の眷属は封印された。
多大な被害をもたらしたのは、主に先々代であったが、それはそれ。
ザップの師匠は帰ることになり、先々代も山奥に引きこもるに戻るという。
その前に。
「レオ君、君は、クリスを危ういと思わないかね」
「危うい?」
「ああ、あの子には二つの面がある。天然でとてもプリティな年相応の女の子のような一面と、試練、試練、試練と人の輝きを愛する一面、その二つが危うく両立している。いいや、両立などしていないのかもしれない」
「それは……」
「儂はね、レオ君。クリスが普通の女の子ならばどんなに良かったかと思っているのだよ。黄金王の宿業、光の宿痾など、継承しない方がいいのだから。なにより、ちょっとわしらが本気出すと世界がヤバイになるの面倒だし」
レオにはそれがどういう意味なのか分からなかったけれど。
それが切実な願いであることはわかった。
「えっと――」
「レオ君、あの子を頼んだよ」
「はい!」
「ああ、それから、良いかい。もし、うちのクリスを泣かせるようなことがあったら……わかっているね」
「…………」
とりあえずヤバイということはわかった。
次回レオ君がいい思いします。
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