キノンの没作品シリーズ (いつのせキノン)
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史上最速の2番手
史上最速の2番手


ツイッターでもこっそり解説してたやつ。

「史上最速の2番手」
女教師オリ主モノ。千冬が辞退したモンド・グロッソから連覇しためっちゃ強い人がIS学園に特別講師に呼ばれる話。呼ばれた理由は単に千冬が業務辛くなって自棄酒中にIS委員会を顎で使って呼び寄せた所為。千冬がオリ主に尻に敷かれたりする百合話っぽい。
(ツイッター解説より)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つらい」

 

 ぼそっと彼女が呟いた。

 

 辛いのだ、現状が。何故か、単に仕事が辛いのだ。

 

 しかし単純故に解決策も考えづらい。

 

 

 

 

 

 織斑千冬は発泡酒で顔を真っ赤にしながらぐでんと机に突っ伏し、うだうだと「つらい、つらい」と呪いのように呻き声を上げていた。

 

「……何で私だけなんだ。ブリュンヒルデだからって何でもかんでも押し付けて……私にだって人権あるでしょ普通。何だこれは、ただのブラック企業だ……」

 

 グイッと缶を煽る。ごくごくと音を立てて物の数秒でまた1缶開けた。既に近くにはビールの空き缶が山積みになっていた。

 

「……可笑しい、世界は狂ってる」

 

 ぐしゃっ、と。空き缶が手の中で潰れた。

 

「私ばっか損な役回り……? 許さん、そんなの絶対に許さん……」

 

 震える手で彼女が懐から取り出したのは、ケータイ。緩慢な動きで電話帳を開き、電話をかけた。

 通話先は不明。ぼそぼそとうわ言のように要件を伝えた千冬は通話を切り、力なくケータイを落とした。

 

「……ひひっ、ざま、みろ……」

 

 結局意識が保てたのはそこまで。急な睡魔に襲われて、彼女は夢の中へ意識を沈めた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、ヘレン中佐」

「? はい、何事でしょうか少将」

「君に元帥から辞令が下った。異動だそうだ」

「……………………は?」

「ああ、うん。納得してないのはわかるんだがね。確かに君は優秀で部隊からの支持者も多いしここでの終身雇用も確定していた。それは事実だ。しかし今回ばかりは元帥も逆らえきれんかった」

「ちょっ、ちょ、待って下さい!! 話が全然見えてこないんですが!?」

「俺も信じたくはなかったさ。だが現実だ。なんなら体罰でも食らってみるか? 痛いぞぉ」

「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!! へ、異動ですか!? 誰がそんな無茶ぶりを!?」

「……IS委員会だ」

「あい、えす……?」

「ああ。向こうも大慌てでな。急がんと色んな意味でヤバいことになるらしい」

「ヤバいこと……?」

「ああ、モーゼもびっくりするだろうな。ブリュンヒルデが地球を割りかねん」

「ちょっと待って下さい。今ブリュンヒルデって言いました?」

「ああ、言ったな。なんだ、ルシファーの方が良かったか?」

「そうですね。堕天使の方がよっぽどマシです。好き勝手暴れられるより目的思考があった方が対処は楽ですから」

「よっぽどお前はブリュンヒルデが嫌いらしいな。イエス様も悲しむ」

「隣人は愛せても奴は別です。で、そのブリュンヒルデがまた何かやらかしたんですか。つくづく手間のかかる人ですね……」

「言ってやるな。あの人はそれだけの力を持ってたんだ。で、まぁお察しの通りブリュンヒルデ絡みだ。精々頑張ってこい。部隊の面倒は俺が見ておいてやる」

「……申し訳ありません少将、ご迷惑をおかけします。今度ブリュンヒルデに無理矢理でも奢らせますので」

「怖いねぇ。世界最強に奢らせるなんざ、世界中探してもお前しか言わんだろうな」

「奴はそれだけのことをしでかしてますので、当然の仕打ちです」

「ま、まぁ期待せずに待つとしようか……、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本。1年で四季の季節が移ろうその極東の島国は、今は梅雨が明けて夏本番へと突入しようとしていた。まだ若干のジメジメとした空気がありながら初夏の暑さがジリジリと体を蝕んでくる。

 今日は日曜日。IS学園の生徒達は皆休日ということで思い思いの日曜日を過ごしていた。部活に精を出す者、意味もなく部屋でゴロゴロと過ごす者、終わらない課題に悲鳴を上げる者。国の特別教育機関でありながら平和な光景は、全くいつも通りであった。

 

「暑い」

 

 凰鈴音がアイスを咥え木陰のベンチでだらしなく真上を仰いでいた。暑かったのでアイスを買いに出たは良いのだが帰りの都合を全く考えておらず、売店帰りに部屋に着く前にアイスを開封。風通しの良いこの場所で休んでいたのだが、思った以上に暑かった。もう歩く気力もない。IS学園の敷地内ということで格好も非常にだらしない。タンクトップにスウェットショートパンツと、人前に出るには少々というかかなり不格好である。

 

「Hello.」

「ふぉふぁっふ!?」

 

 と、不意に後ろから届いた声にアイスを取りこぼしかけてわちゃわちゃと手を振る。

 

「Can I ask you a course?」

 

 訪ねて来たのはプラチナの混じったブラウンの髪をサイドテールにしたスーツ姿の欧米人女性。スカイブルーの淡い瞳に目が合って思わず見とれてしまう程にその女性は可憐であった。

 

「ふぇ? こーす? 道ですか?」

「Where is the teachers' room?」

「ティーチャーズルーム……あ、教員室!! えっと、いっといず……あー、あっち?」

「Is there it over there?」

「い、いえす、いえすっ」

「Thank you lady.Have a nice day.」

「あ、ども……」

 

 スーツケースを引いて去っていく女性に鈴音は訳も分からずひらひらと手を振った。バリバリの流暢な英語と柔らかな物腰。色々とスゴい。今まで会ってきた女性の中でも異色なオーラがあった。多分色んな女性の的になるだろう。女優にもなれるに違いない。モデルならトップ間違いなし。

 

「え、あんな人がなんでIS学園に……? っていうかどっかで見たことあるような……、誰だっけ。有名人だったような気が……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だ、大丈夫かな……」

 

 1年1組副担任こと山田真耶は化粧室の鏡の前で身嗜みチェックを行っていた。

 本日、急なことながら外部から特別講師がIS学園に赴任することとなった。知らせが入ったのは昨日の夜のことだ。

 1年1組はIS学園内でも異色なもので専用機持ちが3人も集まっているクラスだ。転入により人数も増えて賑やかになることは良いことなのだが、如何せん教師2人には荷が重いと言えた。彼女の場合はまだ赴任して2年目。まだまだ不慣れであることは自他共に認めている。

 更に同じ1組の担任を勤める織斑千冬は教師というよりは鬼教官やボスと言った言葉が似合うような雰囲気。そんな訳で手助けをするための講師の派遣が急遽決まったらしい。

 非常に急なことではあったがこれは彼女にとって大助かりだった。基本的にクラスの仕事は殆どが彼女の分担で処理されている。お手伝いでもなんでも、とにかく手数が増えるのは有難いことであった。

 

「よしっ、大丈夫っ」

 

 チェックが終わり小さくガッツポーズ。頑張るぞい、と可愛らしく気合いを入れて意気揚々と待ち合わせ場所に向かう。

 待ち合わせ場所は教員室のある教員棟の正面玄関前。時間は約束の10分前だ。

 

 玄関から出てみたが、件の講師はまだ到着していないらしい。腕時計も再三と確認したのでこちらの不手際ではない。自分の抜けている部分を若干ながら自覚しているからこそ、失敗していない今日の自分に安心した。

 

「そう言えば誰が来るんでしたっけ……?」

 

 ふと昨夜急遽送られてきた穴だらけの資料を思い出してみる。Helen O'Brien(←読めない)と言う欧米人の人、だった筈。写真は無かった。よくよく考えてみると前情報も大して無かった。経歴が不明のその人が何故IS学園に来るのか、今更ながらに不思議に思う。

 と、しばし物思いにふけていると横合いから彼女を不思議そうな視線で見る女性がいた。

 

「Excuse me.」

「ひゃわぁ!! が、外人さん!?」

 

 真横にいても気付かなかった。と言うのは単に山田先生が思考に没頭していただけである。

 

「ど、どちら様です!?」

「You're Ms.Yamada,aren't you?(貴方が山田さんでお間違いないですよね?)」

(英語!? わかんないですぅ!!)

「Nice to meet you.My name is Helen O'Brien.I appreciate the help you will be giving me now.I'm looking forward to working with you.(初めまして。ヘレン・オブライエンと申します。今日からお世話になります。よろしくお願いしますね)」

「は、あはははは、はろー、はろー……さんきゅー…………うぅ……、英語、わかんないよぅ……」

 

 山田先生は涙した。何故学生時代もう少し英語を頑張らなかったのか。後悔しても遅いのだが、後悔するしかなかった。取り敢えず握手しておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エドワース先生がいて助かりました、一時はどうなることかと……」

 

 職員室にて。件の講師ことヘレン=オブライエンを何とか連れて来た山田先生ではあるが既にぐったりしていた。隣ではカナダ出身の数学教師エドワース=フランシィが苦笑いで彼女を慰めている状態である。

 

「まぁ本場の英語は大分クセがありますからね。聞き取れないのも無理はないかと思いますよ」

「うぅ、でも自分がここまで英語できないなんて知ったらショックですよぅ……学生時代は成績良い方だったのに……、」

「Ms.Edwards,why does she cry?(エドワース先生、何故山田先生は悲しげな顔を?)」

「Hmm...don't mind,she's only sorry,hahaha...(えっと……あまり気にしないであげて下さい。ちょっと後悔してるだけなので。あははは……、)」

 

 ヘレンはと言えば心配そうな顔色で2人を交互に見やる。言葉の壁とは非常に攻略し難い物であるのだ。

 

「By the way,Where's Chihuyu Orimura.(ところで織斑千冬がどこにいるかわかりませんか?)」

「Orimura...?(織斑先生、ですか?)」

「Yes.I have a message for her.(はい、彼女にはいくらか伝えたいことがありましてね)」

「I see.Wait a minute.(わかりました。少々お待ちを)山田先生、今日織斑先生はどこにいらっしゃるかわかりますか?」

「織斑先生ですか……今日はまだ出勤されてないみたいですし、多分寮の自室にいらっしゃるんじゃないでしょうか。元々今日はお休みですし」

「わかりました。Ms.O'Brien,She is in the room of the dormitory.(オブライエンさん、織斑先生なら寮の自室にいるそうです)」

「Thank you.I meet her.(ありがとうございます。ちょっと会ってきますね)」

「Is it all right without guiding you?(あ、寮までご案内しましょうか?)」

「Never mind.I learn all it.(ご心配なく。場所は覚えてきましたので)」

 

 早速、とヘレンが寮へ向かう。迷いなく正しい方向に進んでいるあたり本当に覚えてきているらしい。

 

「やっぱ突然の異動でも対応できる優秀な人なのね……」

「あのぅ、エドワース先生、オブライエンさんはどちらへ?」

「ああ、彼女なら織斑先生に用があるみたいで寮へ行きましたよ。知り合いの方なんですかね」

「多分、そうだと思うんですよ。私、オブライエンさんには多分何度か対面したことあります……」

「え、そうなんですか?」

「記憶が正しければなんですけど……あの、第1回モンド・グロッソ覚えてます?」

「織斑先生が優勝した大会ですよね。それに何か関係が?」

「確か、オブライエンさんは準優勝で、その後の大会は連覇続きの人ですよ……」

「…………ええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?? そ、そんなスゴい人が!? なんで気付かなかったんだろ……」

「間違いないですよ、あのオブライエン選手ですよ」

「じゃ、じゃあ今このIS学園には歴代ブリュンヒルデが2人……?」

「そうなりますね……」

 

 

 

 

 

 世界相手に戦えますね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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彼女の名前は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第1回モンド・グロッソ準優勝。以降、第2回から第7回まで優勝。6連覇という前人未到の記録を打ち立てた選手がいた。名をヘレン=クラーラ=ベアトリス・オブライエン。アメリカ出身で【最速の閃光(ソニック・フラッシュ)】の異名を持つギネスブックにも名を連ねる選手だ。

 第1回目は彼のブリュンヒルデこと織斑千冬に僅差で敗れ、第2回の大会では決勝にて織斑千冬が棄権。不戦勝により優勝となったが、彼女は決してブリュンヒルデの名を継ごうとはしなかった。インタビューで彼女は「織斑千冬がいなくなったから優勝したのではない」とだけ答えている。曰く、彼女を倒さない限りブリュンヒルデは名乗れない。暗にそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コンコン、と部屋の扉がノックされる。音に気がついてベッドの上で丸くなっていた影がもそもそと動いた。タオルケットがはだけて中から顔を出したのは、織斑千冬。世界最強、戦えば敵なしと噂される彼女はしかし、既に敗北を喫していた。主に昨夜のアルコール摂取による二日酔いの頭痛に。

 

「くそ、人が気持ち良く寝てたというのに……」

 

 ふらふらと体を不規則に揺らし、たっぷり10秒はかけてようやく体勢を起こす。更に10秒かけてベッドから立ち上がり、扉を開けようとしてふと自分の姿を見下ろした。よれよれのはだけたブラウスは黒の下着が丸見え、下半身に至っては下着1枚しか着ていない。

 流石にこれはマズいなぁと靄のかかる思考で判断し、床に落ちていた白いジャージを取り敢えず履いた。ブラウスの方は替えが無いのでボタンを留めるだけで良いか。

 うだうだと準備をして扉を開けるようになったのはそろそろ1分経つかもしれない頃合。その間にもノックは延々と嫌がらせのように続いており、更に頭痛へガンガンと拍車をかけていた。いい加減彼女も不機嫌でキレそうだ。

 

「今開ける、少しは静かにしt」

「ハロー、織斑千冬。いいご身分ね、このダメ教師」

「…………は……ぇ……?」

 

 扉を開ければ、そこには青筋を立てて笑顔を浮かべる顔見知り、というよりは悪友と言えようか。かれこれ10年以上の付き合いになるであろうヘレン=クラーラ=ベアトリス・オブライエンがいた。笑顔だが、目は笑っていない。ついでに言えば、ハイライトもない。

 

「へ、ヘレン、何で、ここに……?」

「おや、おやおやおやおやおやぁ? ご存知ない? 何故私がこんな極東にわざわざ自由の国から1日で飛んで来たかを? 昨日自分がしでかした事件も何も覚えていらっしゃらない? まさかアルコールで酔いつぶれて何も覚えてませんなんて言いませんよねぇ、ねぇぇっ?」

 

 ゴゴゴゴゴゴ、なんて効果音が背後に飛び交ってるかもしれない。あと、千冬にはヘレンの真後ろに死神が見えた。別に卍解とかそういうのじゃなくて、真面目に黒のボロボロの装束に大きな鎌を構えた骸のアレだ。

 

「へ、ぇ、あ、まっ待ってくれ、ヘレンっ、私にもまず状況の整理をだな」

「あれ、もうそろそろお昼なんだけど? 午前という数時間がありながらまだ何も理解しておられない? まさかまさか、生徒の見本である教師が正午起床ですか?」

「いや、ちがっ」

 

 ずいずいっ、と死神の笑顔を貼り付けたヘレンの顔が千冬に近付く。あまりの凄みに思わず顔を真っ青にして冷や汗を流しながら後ずさりする千冬。言っておきますがこれ、ブリュンヒルデです。

 

「素直に洗いざらい吐きなさい。アナタが酒で酔い潰れて何も覚えてないことなんか一目でわかるわ。説教してあげる」

「は、はいぃぃぃぃ……、」

 

 ここに、初代ブリュンヒルデは2代目ブリュンヒルデに屈した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、まずはアナタに大事なことを教えてあげるわ。昨晩何があったか」

 

 ビシィッ、とどこから用意したのか不明な赤縁の伊達眼鏡をつけたヘレンが竹刀を千冬の眼前に近付けた。対する千冬は不安定なベッドの上に正座させられ、若干涙目で頬を引きつらせながら青ざめた表情をしていた。

 

「昨日22時32分。アナタの携帯からIS委員会幹事の1人に1本の電話が入ったの。覚えてる?」

「ぁ……ぅ……、」

「 お ぼ え て る ? 」

「ぃぇ、ぉぼぇてましぇん……、」

「宜しい。さて、説明はざっくりとするけどその電話の内容はこう。IS学園に1人手伝いの講師を呼べ。ヘレンという2代目ブリュンヒルデだ、と」

 

 だらだらだらだらと千冬の汗の量が増す。既にヘレンを視界に入れる気力はなく、もうとっくに視線は斜め下方向を向きっぱなしである。

 

「その1本の電話によりIS委員会は大慌て。ブリュンヒルデ直々の()()にてんやわんやで意地でもやらなければと大変な騒ぎになったそうよ」

「め、命令なんて一言も言ってな」

「 だ ま ら っ し ゃ い 」

「ヒィィッ」

「そんな訳で、アメリカで後輩育成を頑張って清々しい汗をかいていた私が無理矢理ここに連れてこられた訳。ドゥーユーアンダースタン?」

「い、いえあ……、」

 

 弱々しく親指を立てた。

 

「さて」

 

 パァンッ、と竹刀が音を立てて地面に打ち付けられる。鋭い音に反応して千冬の方が大きく震えた。もう涙目うるうるで泣きそうである。

 

「ねぇ織斑千冬」

「ひゃ、い……」

「アナタ、私に言うことがあるわよね?」

「は、い……よく、知っております……」

「賢いですねぇ。私、素直な人間は大好きです。さぁ織斑千冬、言ってごらんなさい」

「はひっ……あ、の、私の身勝手な、誠意の無い行動に、巻き込んで、しまい……申し訳、ありませんでしたぁ……」

 

 震える体で、織斑千冬は土下座をした。プライドもクソもなく、ただただ恐怖に駆られて土下座をした。

 

「はい、よく出来ました」

「ほ、本当k」

 

 

 

「 だ が 許 す と は 言 っ て な い 」

 

 

 

「へ?」

 

 ガッとヘレンが千冬の肩を掴んだ。万力のような締め付けが痛みとなって彼女を襲うのだが、痛みどころの話ではなく、目の前の死神の微笑みの恐怖でもうどうにもならなかった。

 

「よぉく覚えておくことね、織斑千冬。他人に迷惑かけた分の負債、きっちり払ってもらうから」

 

 

 

 

 

 【速報】織斑千冬、トラウマを植え付けられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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おはよう

 【悲報】今日は月曜日。

 

 さて、月曜日と聞くと何人の人が絶望するだろうか。平日が楽しみ? 冗談じゃない。

 

 斯く言う織斑千冬も月曜日と聞くと良い気分にはならなかった。だって仕事行かないとじゃん。休んでたいじゃん。でも教師にそんなことは許されることはなかった。

 

「さぁ起きなさい織斑千冬!! 朝だからって怠けてるようじゃ教師なんて名乗れないわよ!!」

「か、勘弁してくれ……、」

 

 何故なら、今日から同室にヘレン・オブライエンがいるから。

 

「何で朝5時……、」

「早寝早起き、それが健康への第一歩よ。まさか7時まで寝てたいなんて怠けたこと言うんじゃないでしょうね?」

「せめて6時まで寝かせてくd」

「問答無用!! 私が来たからには徹底的に私生活は見直させてもらうわよ!!」

「う、うそだどんどこどーん……、」

 

 無理矢理薄手の毛布を取り上げられる。初夏とは言えやはり朝はまだ涼しい。何故かキッチリ窓も全開になっていて冷えたそよ風が流れ込んでくる。

 

「ホント、情けないブリュンヒルデね。ほら、枕抱えてないで顔洗ってきなさい」

「朝の水はちめたくてだな」

「だから目が覚めるんでしょうが」

 

 枕まで取り上げられる始末である。あー、と名残惜しそうに手を伸ばすがヘレンのひと睨みですごすごと手を引っ込め大人しく洗面所へ。流石に冷水は嫌だったのでちょっとぬるま湯にして顔を洗った。どの道目は覚めたので問題ない。

 眠気も覚めてスッキリしたところで戻ると、そこでは既にヘレンがジャージに身を包んでタオルを用意していた。2()()()()。多分1人分は彼女自身のものだろう。

 

「あー、ヘレン。聞きたくないんだがそのもう1人分のセットは……?」

「無論アナタのに決まってるじゃない。さ、走りに行くわよ」

「朝っぱらから運動ってお前、」

「若いんだから体動かさなきゃ。衰えていく一方なんだから、少しは健康のために運動しなさい。それに当時なんか私より努力して走り込みしてたじゃない。あの時の努力はどこに行っちゃったの?」

「昔は昔、今は今だ。最盛期には戻れん」

「……そう。まぁ深くは聞かないことにするわ」

 

 追求するかと思われ、しかしあっさり引き下がったヘレンに千冬は目を丸くした。

 

「普通なら聞くところじゃないのか?」

「誰が人の心を抉る悪魔だって?」

「あ、あぁ、いや、そんなことはないのだが……、」

「当人が重そうにしてるのに無理矢理掘じ繰り返そうなんて思っちゃいないわ。話したくないなら口は割らない。話したければ好きなだけ喋れば良い。私は他人を尊重するわ」

 

 さ、用がないなら行きましょ、とヘレンが先に部屋を出る。着替え途中だった千冬は慌てて身支度を整えると直様後を追って部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ランニングシューズが地面を叩く音と2人だけの息遣いが朝の遊歩道に響く。先頭を行くのはヘレン。勝手知ったると言わんばかりに速いペースで走り続けているが、疲れている様子は全くない。

 後に続く形で若干斜め後方を走る千冬は呼吸を整えながら付かず離れずの距離を走っていた。

 

「……なぁ、ヘレン」

「何、もう疲れた?」

 

 冗談めかした薄ら笑いでヘレンが並走する。

 

「今更だが、何故この話は断らなかったんだ。お前ほどならIS委員会相手でも簡単に説き伏せれただろうに」

「ああ、なんだそんなこと?」

 

 アハハハ、と高らかに笑う。真剣な話のつもりだったのにこの切り返し、千冬は思わず困惑して何も言えなくなった。

 

「簡単な話よ。断る理由がなかったから」

「もし理由があったら断っていたのか?」

「そうねぇ。断るって言ってもそれなら相当な理由が必要よね。例えば秘密作戦行動とか。何せ元帥からの辞令だったんだもの、断れる筈がないわ」

 

 肩を竦めて苦笑するヘレン。「来てほしくなかったの?」という笑いながらの問いに千冬は否定で返した。

 

「拒絶したかった訳じゃない。酔った勢いとは言え無意識でも呼んだんだ。何というかまぁ…………久々に会えて良かった」

「そ、そう……」

 

 照れたような微笑の千冬にヘレンは思わずそっぽを向いた。よくもまぁぬけぬけと恥ずかしげもなくそんな台詞をぬけぬけと言ってのけるものだ。咄嗟に顔を背けなければ赤い顔が見えてしまうではないか。

 

「? どうしたヘレン」

「ああもうっ、ホントにアンタはいっつもそうよね!!」

「っ? な、何を怒ってるんだ……?」

「知ーらないっ」

 

 プイッとまた前を向いてヘレンがペースを更に上げて遠ざかる。

 

「お、おいっ、いくら何でも速すぎやしないかっ?」

「私はいつもこれくらいなの!! 少しは負荷をかけなきゃ訓練にならないでしょっ」

 

 強がりで言ってみる。別にいつもだったらもっとペースは落としてる。今は単に何となく、自分の顔を見られたくなかったから。多分、ヘレンは今、だらしない笑顔を浮かべているに違いない。

 

 “会えて良かった”

 

 その言葉が胸にスッと染み込んでしまうくらいに、堪らなく嬉しかったら。

 

「チフユ!! 遅すぎたらジュース奢らせるからね!!」

「うっ、この前ビールを買ってあまりお金が…………えぇい、追い抜けば問題ない!!」

「やれるもんならやってみなさいな!!」

 

 世界最速を世界最強が追いかける。その光景はかつてもあった懐かしい記憶にも重なって見えた。実に5年以上も前の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




取り敢えずこんなところ。
つづきに900文字くらいのがあるけど1000文字以上ないと投稿でいないので、続きは投稿するかもしれないし、しないかもしれない。
と言っても次の話は自己紹介とか授業風景って言うありきたりなことしか書かてないからあまり面白くないかも。

話を書き始めた根本としてはちーちゃんとヘレンのブリュンヒルデコンビの絡みと、あとあとから出てくる束さんを絡めた三角関係な様相を百合百合しく書きたかっただけ。


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私は打鉄
私は打鉄


「私は打鉄」
打鉄のコアが意志を持ち始め、のほほんさんの専用機になって……その先は何も考えてない。
(ツイッター解説より)


 

 

 

 

 

 インフィニット・ストラトス。通称ISと呼ばれるパワード・スーツが世の中には出回っている。宇宙空間での活動を想定した、今までにない超高性能な代物だ。篠ノ之束の手によって生み出されたISは瞬く間に世界の情勢を塗り替え、それまであった常識を過去のものとしてしまった。

 

 そんなISが生まれてから10年という節目の年月が過ぎようとしていた、そんな時のこと。

 

 私は、目を覚ました。

 

 

 

 

 

 私が覚醒するのはいつだって唐突だ。しかし、それはあくまでISの起動という物理的電源のON/OFFに限ったものであり、ここまで私が私として意識を持つことができるようになったのは初めてであった。

 

「あれぇ~……」

 

 声がする。私にも、彼女が見える。

 

「『初めまして』」

「お~? 初めまして~」

 

 彼女に声をかけると、間延びした声が返ってきた。長さのあっていない袖とに腕を通し、黄色いキャラクターの付いたヘアゴムで髪をツインテールにする、ぼんやりと注意力のなさそうな見た目の少女だ。

 

「『パイロットデータの認証を行います』『パイロットのバイタルをスキャンしています』【バイタルスキャン中/完了】『バイタル:正常値を確認しました』」

「???」

「『パイロットデータが存在しません』【新規パイロットデータを作成しますか?/はい】『新規パイロットデータの登録を行います』『システムの初期化を行います』【初期化をすると全ての経験値がリセットされてしまいますがよろしいですか?/はい】『システムを初期化します』【システムの初期化中/完了】『初期化が完了しました』『ようこそ無限の成層圏(インフィニット・ストラトス)へ』」

「? ?? ???」

「『パイロットデータを作成します』『マスター名の登録を行います』『貴方の氏名を入力して下さい』」

「え~っと……自己紹介?」

「『貴方の氏名を入力して下さい』」

「えっ、あっ、あー……う~ん。あの……、」

「『貴方の氏名を入力して下さい』」

「うぅ……布仏本音です……、」

「【マスター名:布仏本音】【決定しますか?/  】」

「い、いえす~……?」

「【決定しますか?/はい】【マスター名:布仏本音】【データを登録中/完了】『続いて機体名のニックネームを決定します』『希望するニックネームを入力して下さい』」

「あのぉ~……、」

「『希望するニックネームを入力して下さい』」

「し、質問~っ」

「『ヘルプを参照します』【ヘルプ】『どうされましたか』」

「今は何をしてるんですかぁ~?」

「『新規パイロットデータの認証を行っています』」

「新規、パイロット?」

「【新規パイロット:新たに打鉄の搭乗者となる者】」

「えと、えっとぉ……何でこんなことに~……?」

「【ヘルプが見付かりません】『新たにページを作成しますか?』【ページを作成する/  】」

「ま、待ってっ、待ってぇ~」

「【ページを作成する/キャンセル】『パイロットデータ作成を再開します』『希望するニックネームを入力して下さい』」

「あのぉ~、ニックネームって、誰のですか~……?」

「『ヘルプを参照します』【ヘルプ】【ニックネーム:機体本体を起動する為のモノ】『マスターが命名対象とする機体は』【コアナンバー:034】【機体正式名称:打鉄】『です』」

「……初対面なのに、いきなりですか~?」

「『新規打鉄の起動にはニックネームの登録が必要不可欠です』」

「そっかぁ~。じゃあ……う~ん……、」

「『……………………………………………………………………………………』」

「……仮登録みたいなのって~……?」

「『仮登録を行う場合にはマスターへ改名権限が一度のみ適用されます』【よろしいですか?/  】」

「あ、じゃあそれで~」

「【よろしいですか?/はい】『ニックネームの仮登録を行います』『希望するニックネームを入力して下さい』」

「打鉄さんでお願いしま~す」

「【ニックネーム:打鉄さん】『仮登録します』『パイロットデータを保存します』【パイロットデータを保存中/完了】」

「……終わり~……?」

「『パイロットデータの保存が完了しました』『こんにちは、マスター』」

「こんにちは~」

「『これよりマスターの覚醒を行います』『反転まで残り10秒』【10】」

「? それ何ですか~?」

「【3】【2】【1】【反転】」

 

 フッと彼女――マスターの姿がここから消える。

 

 ここは灰色に包まれた牢獄。永遠に続くネズミの背が、私を閉じ込める。

 

 それも、今日までの話――――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ッカ、ァ、ゲホッ、ゲホッ……!!」

「本音!?」

 

 突然の全身を打たれたような鈍い痛みが襲ってきた。女の人が訳の分からないことを羅列し続けて、視界が暗転してみればこれだ。

 息切れする呼吸を整えながら薄く目を開けて視線だけで辺りを見渡すと、そこは保健室みたいだった。窓際のベッド、綺麗に選択された真っ白なシーツや枕に寝かされている。

 その横ではかんちゃん――更識簪ちゃんが焦った表情でこっちを見ていた。この人は私がお仕えする更識家のご令嬢様で、私の直接の上司、みたいな関係。あと幼馴染。

 

「ふぅ、ふぅー…………あー……、かんちゃん……?」

「大丈夫っ? 本音、授業中にいきなり倒れたって……ッ」

「そうなんだ~。困ったもんだねぇ~」

「困ったどころじゃないよ!!」

「ふぇ?」

 

 身を乗り出してかんちゃんが私の肩を掴む。その眼には眼鏡越しにもわかる程に涙を浮かべていたのがよくわかる。

 

「スゴい心配したんだよ!? 呼び掛けても反応しないし、ずっと寝たままで、さっきなんか急に咳き込んで……もしかしたらこのまま起きないんじゃないかって……!!」

 

 かんちゃんの声が震えてた。同時に私の胸を締め付けるような息苦しい感覚。

 

「……ごめんね、かんちゃん。心配かけちゃって」




本当に何も考えてなかった。ネタとしては斬新だから読み手はそれなりにいるんじゃないかという下心で書いてみたけど、何も考えてなかったから進まなかった。


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IS 言っておくけど私は男だよ
第1話


「IS 言っておくけど私は男だよ」
ただ単に腹黒っぽいような男の娘がIS学園来たら一夏の息子が危なくなるんじゃないかと言う思いつきで書いた奴。主人公は島風くんをイメージ。自分の外見が女の子っぽいのをわかった上で距離感を図りつつ接する子と一夏のSS、の予定だった。
(ツイッター解説より)


 IS学園では今年の入学式が滞りなく終わった。変わったことと言えば、男子生徒が2人ほど新しく入学したことくらいだろう。ただそれだけのことではあるが、世間からすればこのことは世界が注目する大ニュースとなる。

 

 

 

 

 

 

 1年1組。今日からこのクラスには2人の男子生徒が在籍することになる。織斑一夏、そして、鳴海玲(なるみあきら)である。

 

 さて、IS学園に男子だ。“ISは女性にしか動かせない”と10年来定着し続けてきたルールを今更破って入学に至ったからこそ、2人への注目度は異様に高い。

 だからこそ、織斑一夏は1人だけ女子からの視線に晒されて肩幅狭い思いを味わっていた。それでいながら視線をキョロキョロとさせてもう1人の男子生徒を探す。しかしながらそれっぽい人が見つからない。って言うか男子用の制服を着ている人が一夏以外にいない。

 周りの女子生徒も一夏を見てからそう言えばもう1人がいないと視線を彷徨わせ続けている。1年1組には男子が2人いるはずなのに、もう1人が見当たらない、と。席も空席はなく全員が席についている。これは、おかしいのではないか?

 

「初めまして~、皆さん揃ってますね~。それじゃあホームルーム始めましょうか~」

 

 ちょっと間延びした声で1人の女性が扉を開けて教室に入ってくる。成人しているようには見えない童顔の彼女は山田真耶、1年1組のクラス副担任である。これでも一応成人している。胸はどう見ても立派に成人しているのだが。

 

「山田真耶です。副担任としてまずは1年間、よろしくお願いします」

 

 にっこりと子供のような柔らかい笑み。クラス満場一致でこの人自分と同い年か年下なんじゃないかと思った。

 

「まずは自己紹介、しちゃいましょうか。私も早く皆さんの顔と名前を覚えたいので」

 

 では名簿番号順に、と言って名簿1番から自己紹介。

 

「はい、相川清香ですっ。趣味は球技スポーツ全般、中学校ではハンドボール部に所属してました。1年間よろしくお願いしますっ」

 

「初めまして、海乃枝満里奈(うみのえまりな)です。N県K市の泉帆(みずほ)中学校から来ました。趣味はクラシック音楽を聴くことと、あとは読書です。よろしくお願いします」

 

大友智恵美(おおともちえみ)、6月生まれのふたご座です。小さい頃から楽器に触るのが好きで、管楽器とか弦楽器とか色々弾くのが趣味です。ギターとかベースとかバンド楽器もやってます。音楽関係の話とか大好きなんで、是非よろしくお願いしますっ」

 

「………………………………、」

 

「あれ、織斑くん?」

 

 名簿番号4番織斑一夏、反応なし。何度か呼びかけてはみるものの、しばし難しい顔のままに微動だにせずに彼は考え事に(ふけ)っていた。

 

「織斑一夏くん?」

「っ、は、はいっ」

「ひゃっ!?」

 

 真耶が耳元で呼びかけ、ようやく反応した一夏。椅子を蹴るように突然立ち上がって、思わず彼女がびっくりして後ずさる。

 

「あ、あの、大声出しちゃってごめんなさい。その、自己紹介、織斑くんの番でね、だからその、お願いしてもいいかなって……」

「あ、はい、やります、やりますから、ね……手は、あの……、」

 

 何故か両手をしっかり握って上目遣いをされては一夏も断りきれず、というか元々そういう順番なので断れるはずもないのだが、気まずそうに目を逸らして苦笑いする一夏に対し、真耶は自分の置かれた状況を次第に理解して顔を真っ赤にした後、声にならない悲鳴(無音)を上げながらそそくさと教壇へ戻った。

 

「……あー、えーっと、織斑一夏、です。よろしくお願いします」

「「「………………………………」」」

 

 クラス中の視線が集まる。流れ的にそこは趣味の話をするべきだろうという、もっと喋れよという無言の圧力がひしひしと一夏を締め付けていく。

 

 さぁこの状況下で何を彼は喋るというのか。もし何も言わなければ、それは根暗で無言キャラのとっつきにくい奴というレッテルを貼られることになる。ようはボッチ道まっしぐらという訳だ。

 

「……い、以上ですっ」

 

 ガタタッ、と音がして何人かが椅子から滑り落ちかけた。期待していただけに突き落とされたと言ったところか。一夏も一夏で苦し紛れの一言に自分で苦笑いを浮かべ、直後に響いたスパァンッと言う音と共に頭頂部の痛みから顔を顰めた。そして、恐る恐る後ろを振り返れば、

 

「げぇっ、関羽!?」

「誰が三国志の英雄か」

 

 ジャーンジャーンジャーン、とどこからか銅鑼の幻聴が聞こえてきそうだ。

 出席簿を振り抜いて一夏の頭にたんこぶを作るのは、織斑千冬。織斑一夏の姉であり、第1回モンド・グロッソにて優勝経験を持つ、初代ブリュンヒルデである。

 

「私の弟ならもっとらしく自己紹介くらいできんのか。自分をアピールできないようだと、就職で行き詰まるぞ」

「うっ、何て現実的なお言葉……」

 

 日本人の謙虚さによる弱点である。

 

「まぁいい、取り敢えず惚けてないで席につけ。さて、知っているとは思うがこのクラスの担任の織斑千冬だ。1年間みっちり扱いていくから覚悟しておけ。返事は“はい”か“イエス”のみだ」

「「「「「イエス、マム!!」」」」」

 

 クラス女子が一斉に敬礼。織斑千冬のカリスマがなせるワザである。それほどに彼女の名前は全世界に知れ渡るほど有名なのだ。

 

「で、鳴海。貴様はまた悪ふざけか? 女子の制服等着たら誰も見分けられるはずがないだろう」

 

 と、千冬の一言と呆れ顔に後ろの席に座っていた一人が立ち上がった。

 

「いやぁ、バレました?」

 

 てへっ、と舌を出して小悪魔な笑みを浮かべた彼女……いや、女子用制服に身を包んだ彼は、全く悪びれた様子を見せずに満足気な顔をしていた。彼こそが鳴海玲その人。中性的……否、女性的な顔立ちとソプラノなハスキーボイス、違和感のない女装はもう男子という感じを全く思わせない。そこにはまごう事なき女子な男子がいた。

 

「あ、どうも、鳴海玲でっす!! 皆、よろしくね!!」

 

 イェイッ、とブイサインで満面笑顔。その辺の男ならコロッと落とせてしまいそうな、反則的な可愛さがそこにはあった。現にクラス内何人かが瞳をキラッキラに輝かせている。獲物を狙う目のそれだ。

 

 鳴海玲。身長143cm、体重秘密。スラッとした体型と童顔が拍車をかけて彼を錯覚させる。色の濃い金髪はサラサラのロングヘア、女子も羨む手入れの行き届いたその髪は美しく可憐であった。活発的な雰囲気を纏わせながら小悪魔的な雰囲気も醸し出す紅の瞳はジトッとした流し目がよく似合う。頭には大きな水色のリボンをうさぎのように跳ねさせており、歩くたびに揺れるソレは可愛らしさを助長させていた。

 

「男子用の制服は今朝渡されなかったのか?」

「係の人が寮の部屋まで来たんですけど、私を見たらどっかに行っちゃったんですよね~。で、私の制服無かったからその辺の人に『制服持ってきて?』って頼んだらこれ渡されました」

「まさか部屋で女装してた訳じゃあるまいな?」

「まさかぁ。ワイシャツしか着てませんでしたよ」

 

『裸ワイシャツ……!!』

『なんて反則級な組み合わせなの……!?』

 

 クラスのあちこちで鼻血に沈む女子が多発。妄想の加速度の高い人達だ。

 さて、少し妄想してみよう。朝日に照らされる白い肌、健康的で細い体の線は否応なしに艶かしい。神々しさ5割増しである。一夏も若干たぎっていた。何がとは言わないが。

 

「…………取り敢えず総務には伝えておくから今度はきちんと制服を貰っておけ。山田先生、鼻血は拭いておくように」

 

 朝っぱらから騒がしいのだが、一体どうなることやら。千冬は深く1つ溜息を吐いたのであった。



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第2話

 鳴海玲を一目見て、彼を男と断言できる人はいるか。意味不明な授業からの現実逃避を図る織斑一夏はそんなことを考えていた。

 現在1、2限の授業中ではあるが、一夏には話の内容がさっぱりわからなかった。内容はIS基礎論理というものでガイダンスはあっさり終了、既に周りは分厚い教科書を開いて授業を進めている。一夏はと言えば教科書を電話帳と間違えて捨ててしまったために全く話の内容を理解できていない状態にある。加えてある程度のことは予習されていることを前提で話が進んでいるらしいので一夏には手も足も出なかった。

 

(うーん、本当に男なのか? 寧ろ女子だけど男子でしたって騙したのが通っちゃったとか……いや、政府もそこまで甘くはないか)

 

 疑問が拭えず、ぼんやりと考えてみて、やっぱり解決はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 1、2限が終了し休憩を挟んで次の授業もまたISに関して。最終的に教科書を捨ててしまったのが担任こと姉の織斑千冬に発覚した一夏は素直に隣の人に見せてもらおうかなぁ、なんて考えて口を開こうとしたところで、

 

「そう言えば、再来週にいきなりだがクラス対抗戦がある。その代表者を決める必要があったな。出場者はクラス代表ということで、まぁ今後共クラス委員として働いてもらう。誰か立候補、推薦はいないか?」

 

 千冬の言葉で興味は一気に授業からクラス対抗戦へ持って行かれた。

 

 クラス対抗戦とは、各クラスより代表者を1名選出しISを使って競技を行わせる毎年恒例の行事だ。一夏はわかっていないが。

 

「はいっ、織斑くんを推薦します!!」

「ナイスアイデア、いいねそれ!!」

「賛成でーす!!」

「やっぱりやるなら男子だよねー」

「織斑くんを代表にしなきゃ1組が廃れるってものよ……!!」

「…………はっ!! ちょっ、いきなり何で……!?」

「織斑に賛成票多数か。他に立候補、推薦者は?」

 

 順調に一夏への票が集まる中、当の本人は「何て理不尽な!?」と悲鳴を上げるが誰かが聞き入れてくれるようなことは一向になかった。

 

 と言うことで、

 

「くっ、俺は同じ男子……男子の鳴海玲を推薦するぜ……!!」

 

 ちょっと(ども)ったけど大丈夫、確かに鳴海玲は男である。見た目女子だけど男子である。大丈夫、それは周りも承知のことである。

 

「うぇえ!? 織斑くんどういうことなの!?」

 

 と、後ろの方から驚いた顔の玲が椅子を蹴っ飛ばして立ち上がった。

 

(え、いや、男子……だよな?)

 

 やっぱり違うのか、と自問自答。もしかして違うのか。間違ってたらとても失礼なんじゃないのか……? ぐるぐると心中に荒波が騒ぎたて一夏の冷静な理性を打ち崩して行く。

 

「せっかく織斑くんにしてもらおうと思ってたのに……、」

(……あれ、泣いてね……?)

「「「「「…………………………………………、」」」」」

 

 しゅん、と玲のリボンが萎れ、悲しげに顔を伏せた。若干涙目で、声のトーンも落ちている。あと、とっても鋭い刃物のごとく視線がいくつも一夏を背中から貫いていた。これは完全に一夏が泣かせた雰囲気のソレだ。非常に気まずいことに味方と呼ばれる人物は彼の周りにはいない。全てが敵である。

 

「……おっ、俺がクラス代表をやります……!!」

 

 女の子(?)を泣かせた。その罪は重い。本能的に全てを悟った一夏は反対する気持ちを全力で捩じ伏せ声を振り絞った。

 そんな決死の宣言にクラスが湧く。救世主の誕生だと、我らが戦略の勝利だと、黄色い歓声がクラスを包み込んだ。

 

 

 

 

 

「――――待って下さい!! 納得がいきませんわ!!」

 

 と、歓声を遮って1人の凛とした声がぴしゃりと響いた。

 机を押しのけるように立ち上がったのは俗に言う金髪縦ロールこと英国淑女という雰囲気を纏ったセシリア・オルコット。英国代表候補生として名を馳せるIS乗り、エリートである。

 

「今更ポッと出てきた男子風情に、クラス代表を務めさせるとはどういうことですか!? そんなもの、ただの恥さらしに他なりませんわ!! クラス代表とは大勢を纏めるカリスマと絶対的実力を持つ強者でなければなりません、だというのに実力もままならないこんなモノに代表者を務める等無理です!!」

 

 まくし立てるように一夏を睨みつける彼女の言動に、一瞬一夏が引っかかった顔をする。少し可笑しいんじゃないかと。

 

「そもそも男だからという理由でちやほやされる理由が代表候補生であるわたくしであってもわかりませんわ!! エリートでもなければ凡人の域にすら達せていない極東のさr」

「わーわーわー、オルコットちゃんちょっと落ち着こうよーっ」

 

 突然、いつの間にかセシリアの目の前に回り込んで玲が小さな手で彼女の口を塞ぐ。それ以上余計なことは言わない方が良いと暗に赤い純粋な瞳で伝えながら。

 

「ッ、いきなりなんですの!?」

「そんなに怖い顔したらせっかくの美人さんが台無しだよー? ほら、落ち着いてもっと笑顔笑顔ッ、ねっ?」

 

 えくぼに指を当ててニコッと太陽のように笑う玲に、セシリアは面食らって黙り込む。いきなり出てきたかと思えばこの人物は……。

 

「……つかぬことをお聞きしますが、貴方本当は女子ではありませんの?」

「やだなぁ、オルコットさんってば。私は立派に男の子、だよ?」

 

 くるりとその場で回ってアピールする玲を見て、セシリアは嘘つけと言いたくなった。スカートとオーバーニーソックスの間から覗く絶対領域、首元からチラチラと見える鎖骨に、細く滑らかな体のライン。男子とは思えない小さく白いマシュマロのようにやわらかな手は、最早彼は彼女なのではと言いたくなる。男物の服を着せたりしたら、寧ろ女子が男装してますと言えるだろう。

 

「あとね、オルコットさん。あんまり他人を侮辱する発言はだーめっ。自分と相手だけの関係と思ってても、第三者ってその場の空気に敏感なんだから。度が過ぎる発言は自分の身を滅ぼす原因にもなるから、気を付けようね?」

 

 しーっ、と人差し指を柔らかそうな唇に当てて怪しげな微笑を浮かべる玲。彼の冷静な発言にちょっと視線をさ迷わせて、気まずい雰囲気をようやく悟った。

 

「でもでも、オルコットさんは自分がクラス代表になりたいってことなんだよね?」

「それは、まぁ、そうですが……、」

「わかった、じゃあ私、オルコットさんを推薦しておくね。ってことで織斑センセー、私はオルコットさんに1票ーっ」

「……そうか。で、他には?」

 

 それ以降、他に誰かが手を挙げるということはなく、最終的な候補は2人に決まった。

 

「ということだ。織斑、オルコット、それと逃げようとしている鳴海、貴様もクラス代表候補だ」

「わっつ!? 先生、私は辞退したいです!!」

「織斑が推薦したんだ、諦めろ」

「むぅ……おーりーむーらーくーん?」

「うっ、す、すまん……」

 

 ジト目で睨まれいたたまれない気持ちになりながらもどうしようもない一夏はただ浅く頭を下げることしかできなかった。

 

「では候補3人には来週月曜日に代表の座をかけて決闘を行ってもらう。オルコットの意図を組んで第3アリーナでIS同士の対決だ。各自それまでに準備をしておくように。では授業を始めるぞ」



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第3話

 放課後になりIS学園1年1組の教室は閑散と……なることはなく。寧ろ授業が終わったばかりのこの時間、珍獣を一目見たさに女子生徒がわらわらと教室の周りに集まっていた。……あ、珍獣って言っちゃった、ごめんなさい、男子です、珍獣じゃないです。ともかく周りには女子女子女子である。姦しいどころの話じゃなかった。

 

(視線さらされて集中できないから勉強が進まない……!!)

 

 午前中から授業内容が全く頭に入ってこなかった一夏は教科書を今一度見直して頭を抱えていた。先述通り理解できなかった自分のための復習中なのだが如何せん周りが五月蝿いというか何と言うか、とにかく集中できる環境でないことは確かだ。

 

(うぅ……そうだ、家に帰ろう。あそこならまだ安心できる……あ、でもマスコミとかいるなそう言えば……あれ、俺、詰んでね?)

 

「やっほー、織斑くん。元気ー?」

「うぇ? 鳴海、さん……?」

「どうしたのさーそんなに改まっちゃって。同い年なんだし、もっと砕けて行こうよー」

 

 バシバシと一夏の背中を叩くのは、朗らかな笑みを浮かべた鳴海玲であった。腕を振る度に頭のリボンが揺れてロングヘアが水のように流れる。これで本当に男なのかと疑いたくなるほどの容姿と顔立ちだ。相変わらず女子用制服のままだが。

 

「復習してるの? 偉いねー。私も授業内容さっぱりでさー、やっぱりいきなり連れてこられちゃ飲み込むもんも喉に詰まるよねー」

 

 わかるわかると1人腕を組んで深く頷く玲。どうやらどこまでもマイペースな人物らしい。レディースファッションを抵抗なく着こなす辺りゴーイングマイウェイなのがよくわかる。普通は女装とかノリがないと抵抗あるような気がするんじゃないか、と一夏は思った。

 

「あ、織斑くんに鳴海……さんも、良かった。まだ教室にいたんですね」

 

 不意に教室に人混みをかき分けて1人が来客。副担任の山田真耶だ。玲に対して若干詰まった呼び方をしたが、まだイマイチ彼が女子なのか男子なのか境界線ができていないようである。

 

「えっとですね、織斑くんの寮の部屋が急遽決まったので鍵を持ってきたんですよ」

「あれ、もうですか? 1週間はかかるって聞いてたんですけど」

「色々と問題もありますから。取り敢えず、入寮の方を無理矢理な形ですけど優先させてもらったんです。あ、荷物の方ですけどそれは織斑先生が用意してくれてるみたいですよ」

 

 ドサッとボストンバッグが机のすぐ横に置かれる。気付けば織斑千冬が荷物をまとめて入れた鞄を持ってきていた。

 

「そう言うことだ。着替えと携帯の充電器さえあれば大丈夫だろう」

「は、はは、どうも……、」

 

 娯楽はないんですかと言いたくなるが言葉をグッと飲み込んで我慢だ。余計なことを言うと口を縫い合わせられかねない。

 

「じゃあ織斑くんの部屋は1025室ですので」

「おぉー、それなら私と同じ部屋だねー」

「相部屋、なのか?」

「ルームメイトかぁ。これからよろしくねー織斑くんっ」

「お、おう……」

 

 一瞬、女子と同室って、と思ってそう言えば玲は(自称)男だったと思い出す。なら大丈夫なのか。色々とそうではないと本能が囁く気もするが、上が同室と判断したならそうなのだろう。嫌に緊張してしまうのは仕方ないとして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教室から寮へ移動した一夏。隣には肩を並べて歩く玲の姿があった。足を踏み出すたびに揺れるリボンについつい目を追わせつつ、気づけば指定された部屋の前にいた。




この後は一夏が寮で玲の女々しさに振り回され理性が飛びそうになる話を書きたかった。下手するとR-17.9くらいのを書くかもしれなかった。危ない危ない。


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織斑千冬の胃に穴が空きそうになる話
1つ目の話


「織斑千冬の胃に穴が空きそうになる話」
束さんがあんな研究者になっちゃった原因を作り出した男とのドタバタな日常モノ? 方向性がイマイチ定まってない。
まだ純粋な頃の幼いちーちゃんと束さんを書きたかった。
(ツイッター解説より)


 それは私、織斑千冬が幼稚園から小学校一年になった頃に始まる。

 

「僕が求める者は、友でもない。親友でもない。恋人でもない。唯一、僕が求める人物は、真の理解者であるッ!!」

 

 それは入学式を終えて、クラスで自己紹介を始めた時だった。

 東 野分(ひんがし のわき)と名乗った少年が声高々に宣言した言葉。ドヤ顔で、さも当然というように。周りの反応を全く気にしない彼は、続けた。

 

「僕の欲求に答えられる者を、僕はいつまでも待とう!! 僕が欲する者とは、僕を理解し、納得させ、打ち震わせる人材!! 是非とも我こそはという者は名乗りを上げてくれたまえ!!」

 

 シン、と静まり返る教室。私はその時、ただただコイツはバカなんだと思った。思い込むことにしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入学式等が終わり授業も本格的に始まった。

 相も変わらず東は何故しているのかわからないドヤ顔のまま休み時間中小学校を歩き回っていた。クラスにいる時間なんてのは授業以外無かったと言えるくらいに。

 

 それだけなら良かった。そう、東だけなら、まだ良かった。

 

 実に(変に)行動的な東とは対照的に、もう一人、いつもいつも教室の隅っこで分厚い本に目を通す少女がいた。自己紹介の時、ぶっきらぼうに「篠ノ之束」とだけ名乗った、物静かというよりは周りを拒絶する少女だ。

 

「……しののの」

「………………………………」

「おい、しののの」

 

 やけに“の”が多い苗字だと思ったがそれだけ。何故かクラス委員長をやることになってしまった私は、何度も何度も無反応の篠ノ之に話しかけた。そうでもしないとクラスに溶け込めない、そう思ったからだ。それにこうでもしないと周りから「なにがクラスいいんだ」とか言われそうで癪だったのもある。ともかく、篠ノ之の心をこちらに向かせなければと幼心ながら頑張ったのだ。

 

「……しののの、こっちをむけ」

「………………………………」

「しのののののっ」

「うっさい」

 

 のが多くなった。自分が噛んでしまったことに恥ずかしくなるが、それ以上に篠ノ之のつっけんどんな態度に頭に血が上った。

 

「いいかげんにしろッ!!」

 

 幼いから、という言葉で片付けられてしまうのが子供の特権と言えるのか。その時、私は彼女の読んでいた本を取り上げて頭を叩いた。

 

「ッ、何するのさ!?」

「そっちがはなしをきかないのがわるいんだろうがッ!!」

「話ッ!? そんなもの聞こえてるよッ!! 知ってて無視してるんだからどっか行けば良いじゃないか!!」

「おまえがいつもいつもひとりでいるからこっちはせんせいにまでたのまれたんだぞッ!! それをおまえは……ッ!!」

「黙れ!! て言うか、本返せッ!!」

 

 立ち上がって体当たりをしてくる篠ノ之。突然の攻撃に身を竦ませた私は彼女と一緒に倒れ、取っ組み合いの大喧嘩になった。

 本が手を離れて床を滑ったがそれどころじゃなかった。本を拾おうとする彼女に覆いかぶさり、私はそれを力のない腕で投げようとした。無論、投げれる訳が無い。しかし力が無いのは向こうも一緒でバランスを崩して床を転がった。

 

「~~~~~ッ、邪魔ッ!!」

「なにをぉッ!? っぁぐッ……」

 

 転がったまま蹴って来る足が肩に直撃、痛みに顔を顰めるがそれよりもやり返してやるという思いが強く、すぐに起き上がった私は彼女に馬乗りになった。マウントポジションという奴だ。

 殴ってやる。一心不乱に、周りも見えずに拳を固めて振り上げた。篠ノ之が私の下でビビって目を閉じ腕で防ごうとする。

 

「コラッ、二人共何やってるの!?」

 

 その時だった。誰れかが呼んできた先生が私を羽交い締めにして篠ノ之から私を引き離したのだ。振り下ろそうとしていた腕が空振り、二人掛りで押さえ込まれた。その後はよくわからないことを自分でも叫んでいたのだと思う。

 

 

 

 放課後には両親が呼ばれて何度も何度も頭を下げていた。私はこの時向こうが応じなかったのが悪いと言って頑なに謝罪を断ったが拳骨を落とされて涙目のまま渋々謝ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日である。

 

「………………………………」

 

 不機嫌な私は廊下側の机に座ったままむくれていた。昨日のことが余程納得いかなかったのだ。

 教室の隅では相変わらず篠ノ之が静かに本を読んでおりそれが尚私の歯車に拍車をかけていた。

 元々目つきも少々鋭い私が、不機嫌で、更にイライラから貧乏ゆすりまで始めれば、自然と周りから人が遠ざかっていく。

 

「む? やけに空気が悪いな」

 

 そんな空気の中にマイペースなドヤ顔を崩さずに入ってきた東。これ以上ややこしくしないでほしいものだと思った。

 

「ふむ。そう言えば昨日喧嘩があったか……」

 

 そう言って私と篠ノ之を交互に見やる東。不機嫌な私が全力で睨み返すが、奴は飄々とした態度でそれを流した。それが更に怒りのボルテージを上げていくのだが、昨日のことですぐに怒り散らしてもロクな結果が出ないと本能的に察知していた私は何とか自制心を保って席に座り続けた。

 

「いや、僕には関係がない話だ」

 

 それならあんな大声で言わなくても良いだろうに。

 関係がないと言ってから東は興味が失せたと言わんばかりに私達から視線を外して黒板に向かった。白のチョークで、私には理解できない幾何学模様を描き始める彼に、今度は何事だと不機嫌度マックスの視線を向けるが、やっぱり彼はそれを無視。嬉々として音程のズレた鼻歌を歌いながら尚チョークを走らせる。

 

「………………………………」

 

 ふと、彼に近づく人影があった。篠ノ之だ。読んでいた本を放り投げて、彼の描く模様に強い興味を抱いた瞳を向け、ふらふらと近付くと彼女は彼と同じようにチョークを手にとった。

 

「む、篠ノ之束君と言ったか。手伝ってくれるのかい?」

「………………………………」

 

 無言。しかし、篠ノ之はそのまま黒板に、彼の模様に更に線を書き足す。

 

「おお。そこは丁度僕が書き足そうとしていたところだ。君にもコレがわかるとは、中々嬉しいねぇ」

「………………………………」

「ではそのまま続きを頼むよ。僕はもう一次元先に進んでいるからね。出来たら声をかけてくれ」

「………………………………」

 

 やはり、無言だった。しかし東はそれを肯定と受け取ったらしく、(気持ちの良いとは言えない)笑顔で顔を歪ませた。

 

 そのどこかを、私は楽しげだな、と思った。そして、羨ましいと思った。

 

「篠ノ之君。そこは地味にするよりも、思い切って別の視点から切り込んだ方が良いぞ。例えば、こうだ」

「………………………………」

「そう、そうだ。そして、こう。そうすれば君が今まで考えていた頃よりもずっと効率的なモノが完成する」

「………………………………」

「ふむふむ。中々上出来じゃないか。……ほう、君はもうそこまで見つけたのか。素晴らしい」

「………………………………」

 

 小学校一年生とは思えない理解の及ばない会話。いや、会話というよりは東が一方的に篠ノ之に話し掛けけているだけなのだろう。その姿が思わず、友達のように見えた。ズキンッ、と胸の辺りに鋭い痛みが走ったように錯覚したのも、この時だった。

 

「ふふ、むふふふふ。良い出来栄えじゃあないか篠ノ之君っ。そんな君にはこんな本をオススメしようじゃないかッ。君はどうやら読書しかやることがないみたいだからねぇ」

 

 それはなんとストレートで失礼な言葉か。その言い方はないだろう、と思った私だが口には出さなかった。

 

「いずれも既に証明されたものだが、僕が言いたいのはそんな野暮で低脳なことじゃない。僕は、奇抜な発想から生まれる未来の可能性を探っているんだ。それを見つけるためのパートナーを欲しているんだ。篠ノ之君、君は現時点で、暫定的に僕としての評価が一番高い。この本を貸すから返すときにでも僕のパートナーになるかどうか返事をくれるかい? 楽しみにしているよ」

 

 言うだけ言って、篠ノ之に数冊の本を持たせた彼は上機嫌のまま席に着くと筆箱から鉛筆を取り出すとノートにまた何か書き始めた。それは昨日もやっていたことだ。授業の話もロクに耳を傾けず、ただひたすらに自分のしたいことだけをやり通す。東のマイワールドは、誰にとっても筆舌し難いモノであった。

 篠ノ之はと言うと、東に渡された本を早速、いつもの教室の隅で読み始めていた。今までのように適当に本を捲るのではなく、一ページ一ページを念入りに、舐め回すように。

 

 本当に、私はどういうことなんだと混乱し始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入学式から一ヶ月が経った。

 私と篠ノ之の大喧嘩は校内に瞬く間に広がったが、またあっという間に時間流されて忘れ去られた。

 それよりも、東と篠ノ之の奇行な行動の方が学校中に浸透していた。休み時間は黒板や紙を使ってひたすらに生徒や先生にも理解できない計算やら何やらを二人で展開させていくサマは、皆から気味悪がられた。東はそのキャラクターというか一般人とは遠くかけ離れた感性で。篠ノ之は、東以外の他人を完全に突き放すような態度で。二人は早くも校内で浮いた存在になっていた。

 

 そんな二人は、早くも高学年に目をつけられ、どうでも良いような理由でいじめにあっていた。

 二人はそんなことどこ吹く風という態度なのだが、それが益々気に入らないであろういじめの主犯達はいじめの内容を更にエスカレートさせていったのだ。

 学校側はというとそれを見て見ぬふり。二人が訴えないお陰で表立った騒ぎがないから良いものの、完全に無関係を貫く態度だったのだ。

 

 東はともかく、篠ノ之は私も嫌いだった。しかし、それ以上に自己満足だけで他人をいじめ、それに楽しみを見出すというものは、もっと許せなかった。

 

 

 

 とある放課後。篠ノ之と東はよく一緒に帰宅するようになっていた。変人同士気が合うのかと失礼ながら頭の片隅で思っていた。私はと言えば何故か二人の帰路が同じなので少し時間をズラして後を追うように、しかし絶対追いつかないように帰宅している。

 今日も支度を終えた私はしばらく教室の掃除を手伝いながら、友達などと話をしつつある程度時間を潰してから帰路についた。

 

 しばらく歩いていると、とある路地で高学年の男子たちが(たむろ)しているのが見えた。彼らが取り囲んでニタニタと下衆な笑みを向けているのは、東と篠ノ之だった。

 相変わらず東は飄々と。篠ノ之は無表情で彼らを見ているが、多勢に無勢と見た男子生徒達は余裕の態度を崩すことはなかった。

 

「よぉお前ら。さいきん調子のってるんじゃねぇのぉ?」

「デカい顔して歩いてんじゃねぇよ」

「学校じゃだれが一番えらいか、わかってねぇみただな」

「教えてやろうぜ、オレたちが学校で一番ってことをさぁ」

「いいなぁ、ソレ!!」

 

 汚い笑い声を上げる奴らに、思わず虫唾が走る。声も聞きたくないくらいに。だが、それでも、やはり人間として間違った行為をする奴らに無意味に絡まれる二人を放っておきたくないという本心も、確かに私の中にはあったのだ。

 

「……あ? 誰だお前」

 

 と、グループの一人がこちらを見た。ずっと見ていたのがバレたらしい。

 

「おいおいおいおい、アイツあれじゃねぇか? この“しのの”と大げんかした」

「はぁぁぁぁ? どんだけフリョーなやつだよ。それじゃあオレたちがキョーイクしてやんないとな!!」

 

 わらわらと数人がこっちにやってくる。拙い、と本能的に思ったが、恐怖なのか体が動いてくれなかった。私は小学一年、比べて向こう小学六年が二人掛り。もし襲われたら勝負なんてどころじゃない。一方的な暴力だ。武術の心得も何も無かった私は酷く後悔した。変な正義感に囚われず逃げ出して見て見ぬふりをいれば良かった、と。

 不気味な笑顔を浮かべてジリジリと地下よって来る男子。

 

 そんな中、一際不気味で、理解できない黒笑を浮かべた人がただ一人いた。――東だ。

 

 全員の目が私に集まる中、東は自分の目の前の男三人の膝を瞬く間に蹴り抜いた。膝カックンの要領で崩れ落ちる男、そいつらをおしのけて地面に転がし、篠ノ之の手を取って包囲網から抜け出す。男たちが走ろうとするが、倒れてから起き上がろうとする三人に躓いて足止めを喰らっていた。ここまでも東が全て思い描いた通りだと彼は後に語る。

 

 固まっていた私の所に来た彼は目配せでついてこいと言うとそのまま駆け出す。何が何だかイマイチ理解しきれていなかった私も取り敢えず東の言葉に従って後を追うことにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三人で一緒に全力で駆け込んだ場所は、大きな道場を構えた家の敷地だった。その隣には神社――篠ノ之神社が併設されている。

 全力疾走で疲れきった私達は無断で道場に上がり込み、そこに座り込んだ。東と篠ノ之は喋れないくらいに肩で息をし力なく横になっていた。

 

「ぷっ……はははっ」

 

 ふと、笑いが溢れた。あんなにあっさりと男たちを撒いてしまうような東が、私よりも消耗して板張りの床に張り付く光景がちぐはぐ過ぎたのだ。

 

「東、おまえ……くふふっ」

 

 言葉にできないながらも、面白かった。

 東はと言うと大の字に寝転がりながらもニタリとしたニヒルな笑みを崩さずにいた。

 

「織斑千冬君と言ったね。あの集団に絡もうなんて、なかなか度胸がある。いや、野蛮なだけかな?」

「なにおぅっ」

 

 なんて失礼な奴だ。当時“やばん”と言われても何を意味しているのか全くわからなかったが、取り敢えずこちらを滑稽にしているのだけは直感的に理解した私は、しかし、晴れ晴れした気分で東に言い返した。

 

「そっちこそ、じょしにたいりょくでまけるとはオトコらしさがないな」

「褒め言葉だね。僕は運動なんてクソくらえなのさ。その分僕にはコッチでやることがある」

 

 そう言って自らの頭を指す東は全く悪びれていないかった。

 

「……ほら、僕に声を掛ける暇があるなら、篠ノ之君と話したまえよ」

 

 東で顎で示す先には、ようやく息を整え終わった篠ノ之がボーっとしていた。疲れきって放心しているらしい。

 

「……、っ……、」

 

 話しかけようとして、言葉に詰まる。一体自分が何から話せば良いのか。アイツは話を聞いてくれるのだろうか。様々な疑問が浮かんでは消えるを繰り返す。

 

「僕が嫌いな非科学的な事を言うとだね。人間は目と目を合わせて話し合うと良いらしいよ」

 

 困った表情で俯いていた私が東の声にハッとそちらを向くが、ヤツは視線を逸らして窓の外を見ていた。全く、素直じゃないヤツめ……。

 

「し、しののの」

「………………………………」

 

 無言で、しかし、あの時よりは幾分か透き通った瞳が見える。目を合わせると、何かつっかえていたモノがスッと取れたように感じた。

 

「あのときは、すまなかった。わたしは、その、ついいらいらして、たたいて……、ごめんなさいっ」

 

 今思えば、あの時は本当にやりすぎたと痛感していた。元々は篠ノ之の都合を、こっちが勝手に変えて彼女を無理矢理引きずり出そうと乱暴にしていたのだ。後悔の念が津波のように押し寄せて来て目頭が熱くなった。

 ――――許されなかったら、どうしよう。

 許されなくても仕方ない。それだけの事をしてしまったことは確かにわかっていた。しかし、それでも、一方的に嫌われてしまうというのは、怖かった。

 

「…………顔、上げてよ」

 

 たっぷり一〇秒は経った頃。小さく篠ノ之が言った。

 

「……私も、ちょっと突き放しすぎた」

 

 ハッと顔を上げる。篠ノ之は顔を赤くして慌ててそっぽを向いた。その表情が、何となく可愛くて、可笑しかった。

 笑いそうになるのを堪えると、むっとむくれた篠ノ之が赤い顔で睨んで来た。しかし、あの時のような邪険なものではなく、何というか、戯れあうような感情が篭っていたように感じたのは嘘じゃないと思う。

 

「むふふ。どうやら一件落着と言ったところかね」

 

 ようやく、寝転んでいた東が起き上がって満足げな顔で私と篠ノ之を交互に見た。

 

「……東。君、これも全部織り込み済み?」

「ふふふふふ、課題を一つ一つ終われせるのは手間だからね。あの男子生徒は中々都合が良かったよ」

「なんだそれは。ただのぐうぜんだろ?」

「何を言うかね織斑君。僕はありとあらゆる事象を組み合わせて最適な行動をしただけさ。スリルがあっただろう?」

「もうあんなこわいおもいはしたくない」

「私も、かなぁ……」

 

 篠ノ之と視線が絡み合い、どちらともなく笑みを零す。この一瞬で一気に距離が縮まったかもしれない。何となく、いや、絶対的な確信があった。東も、やっぱりドヤ顔で笑った。しかしそれに私や篠ノ之から負の感情が沸くことはなく、寧ろ晴れ晴れした気分になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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2つ目の話

 時は流れて、小学三年生になった。相も変わらず東と篠ノ之の浮きっぷりは直らないままだったが、一年の頃とは違って彼らに関わろうというものは完全にいなくなった。お陰でいじめも消えたが、最早二人に話を振るような人間はいない。

 そして、私はというとあの日以降その二人とよく一緒にいるようになった。登校や休み時間、放課後の下校時間も三人で一緒になり、東と篠ノ之のあーでもないこーでもないという理解できない科学談義を流し聴いたり、二人が独自で作ってくる玩具のような物を動かして遊んだりしていたのだ。その所為なのか、それともそのお陰と言うべきなのか。東と篠ノ之に物事を頼むには私を経由すれば良いというよくわからない暗黙の了解がシステムとしてすっかり出来上がってしまっていたのだ。

 それと、私はちょくちょく篠ノ之道場に行くようになった。篠ノ之はあんまり良い顔をしていなかったが、あの日の力不足を感じて以降自分なりに強くなりたいと思ったからだ。

 

「そう言えばちーちゃん、弟がいるんだっけ?」

「ああ、そうだな。もう少しで生まれて一年になる」

「千冬君の弟かい。さぞかし男前なのだろうね」

「おい野分、それは一体どういうことだ?」

「どうも何も、僕は正直な事を言ったに過ぎないんだがね?」

 

 本当に、コイツはデリカシーというものが無さすぎる。因みに篠ノ之――今では束と呼んでいる――の言う“ちーちゃん”とは私のこと。ちふゆ、だからちーちゃんらしい。最初は恥ずかしいから止めろと何度も言ったのだが、結局私が折れることになった。束は一度決めたら本当に頑なに変えようとしないからな。しかし何故か野分――こちらも東から名前に変えた――の言う事は聞くのだ。私も「束の渾名(あだな)を止めさせるよう説得してくれ」と頼んだのだが、「それは君たちのやりとりであって僕が介入する余地は無いよ」と断られた。何を頼もうとものらりくらりとかわされるものだから私も諦めたのだ。

 あと、野分にはアイアンクローをかましておいた。しかしコイツは全然痛がる素振りを見せないから不思議だ。手をタップするのは毎回だがアイツの表情はいつ見てもドヤ顔を崩さない。本当に神経の通ってる人間なのか……?

 

「ねぇねぇちーちゃん。今度弟君見に行っても良いかなっ?」

「ふむ、僕も興味が出てきた」

「べつにかまわないが……二人してどうしたんだ?」

「「何となく」」

「お、おう」

 

 しかし野分と束は相性が良いのか息ピッタリである。二人の間で大体の問題も発展せずに治まるのでクラス委員としては本当に助かる。

 

「じゃあ今日の放課後だね!!」

「いきなりすぎるだろ!? こっちだって家の用事がだな」

「だって今日ちーちゃん剣道休みでしょ?」

「毎週この日は君も特に何もないから家で寛いでいる日だと一年と二ヶ月飛んで三日と更に飛んで二分前に言っていたからな」

「わたしはお前がこわいよ」

 

 何故コイツはこんなに記憶力まで優れているんだ。束もそうだが、コイツらは本当に頭の作りがズバ抜けて違い過ぎる。授業中は別のことをしている癖にテストは毎回満点。一度家から適当に持ってきた難関大学入試問題を解かせたら二人は口頭だけで全部解いてしまったのだ。

 

 ……まぁしかし、この二人なら仕方ないのと割り切る自分がいるのだが。

 

 

 

 

 

 放課後、いつも通り三人で下校するが、途中で別れることはなくまっすぐ私の家に向かう。

 家では母さんが私の弟――一夏の世話をしていた。今は寝てしまっているらしく、私達は三人でベッドを取り囲んで一夏の寝顔を眺めていた。

 

「へぇ、この子が弟かぁ」

「かわいいだろ?」

「ふむ。僕的な感性だと正直どうでも良いが、答えるとすれば可愛いのだろうね。だが、これは将来格好良いのソレになるだろう。目尻が千冬君にそっくりだ」

「おぉ、ホントだ。これは将来イケメン確定だねっ」

「て、てれるな」

「僕や束君は一夏君のことを褒めているんだがね」

「照れてるちーちゃんも寝てるいっくんも可愛い。真理だねっ」

「なるほど、新しい真理だ。覚えておくとしよう」

「まて、わたしがかわいいというのはなっとくがいかない」

「甘いねちーちゃん。ちーちゃんが納得するしないはもう無意味。これは決定事項なんだから」

「中々愉快ではないか、束君」

「いやいや、のんちゃんも負けてないよ」

「「むふふふふふふ」」

「ダメだこコイツら早く何とかしないと……」

 

 もう手遅れか。

 何やら怪しい笑みを浮かべる二人だが、もういつもの事なので気にしない方向にした。いちいち気にかけていては精神的に持たないと判断したからだ。

 

「どこまで千冬君について行くのかね。彼も剣道を志すのだろうか」

(ちーちゃん)を超えるべく(いっくん)が力を求め熱き闘いに身を投じる。安っぽいけど王道な展開だね」

 

 好き勝手言ってくれる二人だが、悪い気はしない。周りからはアレな評価を貰う二人だったが、やっぱり私にとってはそこが一番楽しい居場所だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「跳ね返らないボールを作ってみた」

 

 またまたある日のこと。放課後いつも通り集まった三人だが、唐突に野分が取り出したのは掌いっぱいいっぱいくらいのボール。

 

「はね返らないボール? かべにあたってもか?」

 

 私の疑問にやはりドヤ顔で答える野分。見慣れてしまったものだ。

 

「そう。千冬君、君は多分一瞬ボールが割れて『はい跳ね返りませんでしたー』と僕がからかうと思ったね?」

 

 正直言うと、そうだ。

 

「残念。これは正真正銘、跳ね返らないボールだ。普通なら重量を増すことで同じようなのを作れるけど、今回は中に特殊な機構を用いてみたんだ」

 

 よく言ってることはわからないが、スーパーボールみたいな材質のそのボールは跳ねないということ。

 

「壁に張り付くわけでもないんだけどね。単純に、壁に当たったら跳ね返らないで壁沿いに落ちるようになるんだ」

 

 そう言って野分が軽く壁に向かってボールを放った。普段なら跳ね返ってくるはずだが、ボールは壁に当たった後には壁を伝って落ちた。

 

「……なんだか、地味だな」

「そうだとも。こんなのは慣性制御を限定的におこなっているだけで中身はガラクタも良いことさ」

 

 壁際に落ちたボールを拾った野分が「投げてみる?」とこっちにボールを渡してきたので持ってみた。隣では束が興味津々といった様子で私の手の中を覗き込んでいる。

 材質はスーパーボールと同じだ。スーパーボールと言えば、あのよく跳ねるボール。小さい頃はアレを追いかけて遊んでいた覚えがあった。

 試しに一投、壁に向かって投げる。やっぱり先ほどのようにボールは壁に跳ね返ることなく壁際に落ちた。確かに跳ね返るような力加減で投げたはずなんだが……。

 次は束が。手の中のボールを「むむむ」と唸りながら見ているが結局また私と同じように投げた。結果はどう投げても同じ。いくら強く投げてもボールはこっちに転がって来ることはなかった。

 

「ねぇねぇのんちゃん、もしかして中に回転機構か何か使ってる?」

「ご名答。その通り、中身は極単純なものだよ」

 

 回転機構? と私が首を傾げていると野分が説明してくれた。

 

「ボールの中には中央を起点に磁力でその周りを自由に飛びまわる小さな鉄球を入れてるんだ。壁に衝突した時の衝撃を内部のセンサーで感知して、鉄球を任意の回数だけ内部で回転させる。お陰で跳ね返るはずのボールは慣性が調整されて跳ね返らなくなる。簡単に言えばこうかな?」

「…………あ、ぅ、そ、そうか」

「その顔はちーちゃん理解してないね?」

 

 束の言う通り、図星だ。そもそも慣性とは何だ。絶対それが重要なんだろう。

 

「まぁそのうちわかるとも。ただ、千冬君が理解する頃にはこれももう過去の遺物。わかったところで君の役には立たないよ」

「そうだねー。その頃ならもっとマシな奴が作られてるだろうし」

「作られていなかったら作るまでだ。どうせ暇になる」

 

 いやー楽しみだねーと笑みを浮かべる束。この二人、さらっとスゴいことを言っているのだが気付いていないらしい。いや、結局彼らにとってそれが“普通”なんだろう。私がその境地に至っていないだけで。無論ソコに行ける気は微塵もしないが。

 

「水中や宇宙空間での姿勢制御にも使えるね。まぁ重力の影響が無いところならブースターでも推進器でも使えば済む話だけど」

「それでもエネルギー効率は格段によくなるんじゃない?」

「それもそうか。ふむ、色々と考える余地がありそうだ」

 

 言ってることは相変わらずだが、取り敢えずこの会話は小学三年生のするものではないだろう。聞いてて脳が疲れる。

 

「それに、地球でやることが無いなら宇宙にでも進出すれば良い話」

「おぉーそれいいね!!」

「たしかに人間は宇宙にも行けるが……お前たち二人はムリじゃないか? あれは相当なくんれんがひつようだとテレビで言ってたが」

「だったら訓練しなくても行けるようになる物を作るまで」

「だね」

「オイッ!!」

 

 なんて無茶なことを!! そんな焦る私をからかっているのか、二人は笑いながらあれやこれやと次々に私にわかりそうもない話を振ってくる。答えられないと「こんなのもわからないのかい?」と煽ってくるし、適当なことを言えば「まだまだ甘いなちーちゃんはぁ」とやはり煽ってくる。むぅ。

 

「あ、ちーちゃんがむくれた」

「これは珍しい。写真でも撮ろうか」

「ヤメろバカもの!!」

 

 わーわーぎゃーぎゃーと、騒がしい一団が夕暮れの中を歩き始める。そこには笑顔で寄り添いながら時に冗談を言い合いながら、それでも楽しげに歩く子供たちがいたのは、確かなことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




続きは字数少なかったのでここで紹介

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 転機は本当に唐突だった。










 小学校六年生の梅雨の時期。その日は生憎の雨。天気予報できちんと傘を持ってきていたから良かった。

「ちーちゃん相合傘しよーっ」

 そう言って中に堂々入って来たのは、束。コイツは何故か傘を忘れていた。朝からあんなに天気が悪かったというのに。もしかして脳内が晴天の下のお花畑たる束には曇り空が見えないのかもしれない。

「仲睦まじいね」

 そう言ってニヤニヤとこちらを見るのは例のごとく野分。ああ、あのムカつく顔にアイアンクローをかましてやりたい気分だ、が、雨に濡れるのでそんなことはしない。

「むふふ、ちーちゃんと束さんは恋人だからねー」
「おっとこれはすまない。二人の恋路を邪魔しようとしていたとは、僕も気が向かなかった。それじゃあそそくさと帰らせてもらおうか」
「あ、待てッ!! ちがうっ、私と束はそういうかんけいじゃない!!」
「そんなッ、ちーちゃん、束さんとはお遊びだったの……?」





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こんな感じ。
冒頭で匂わせてるのはこの後織村家の両親が消えるって言う伏線のため。
鬱で萎えたのか続きを書く気が起きなかった。


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IS -engineer-
engineer1


「IS -engineer-」
めっちゃ頭の良い男子(楯無・刀奈と幼馴染)がIS動かしちゃって学園に入るお話。環境に戸惑いながらも楯無と支えあってISの選手よりはIS整備関連のエンジニアを目指そうという純愛的な奴にしようと思った。
(ツイッター解説より)



 織斑一夏の存在により、世界常識に綻びが出始めたのは明らかだった。女性しか動かせないISを、男性である織斑一夏が動かしたなど前代未聞。開発者である篠ノ之束でさえも予期しなかった事態である。

 

「はぁ、IS適性試験ですか……」

「そうだ。取り敢えずここの体育館が市内の会場になるから試験の手伝いを頼む」

 

 男性はISと無関係。今までであればそうだったのだが、如何せん織斑一夏というイレギュラーが現れてからそれは一変。女性のみにしか参加資格の無かったIS適性検査に、中学校三年生男児も参加させられるようになったのだ。目的は単純にまだ動かせる男がいないかどうかというものである。望みがあるわけではなく、宝くじを引くつもりでやるような運試しと同じだ。いればラッキー、仮にいたとしたら、モルモットは確定だろう。一人目の男子、織斑一夏さえいれば、二人目がいたところで大した価値はない。何故一部の男にしか動かせないかさえ見れれば良いが故、二人目はただの被験者になる。公にしなければいくらでも隠せるから、だからである。

 

「取り敢えず、これが大まかな資料だ。当日は会場設営とかの簡単な仕事だろうから、遅れずに来てくれさえすれば良いさ」

「わかりました」

 

 手渡されたプリントを見つつ教員室を出て溜息を吐く。損な役割を受けてしまったものだと俺こと紅宮彩翔は思った。

 現在高校二年の俺、二年一組のクラス委員長であり、生徒会副会長でもある。因みに望んでやったのではなく、誰もやらないから押し付けられた。殆どは悪友による組織的意図である。本当に困ったものだ。

 

 そんな平々凡々な人間の紹介はさておき。

 俺の在学するこの高校は市内でも規模は一番大きい。英検等の試験会場にも使われる整った広い校舎が役に立つのだ。

 この度急遽行われる事になったIS適性試験もここが会場となる。プリントを見る限り実際にISが一機体だけ持ち込まれてくるとのこと。

 ごてごてしたミリタリー物は好きな方だが、ISは一般的に女性の象徴である。ISを好きになる者は男子の中ではあまりいない。あまり、ということは若干名いたりはするのだが。

 

 取り敢えず、無駄に信用されている俺は教師の都合の良い小間使いである。損な役回りではあったが、なってしまった以上はいくら文句を言っても意味は無い。

 プリントの内容を流し目で確認しつつ大体は理解し、当日に遅れないようにと心に刻んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS適性試験当日、現在の時刻は09時27分。

 俺は体育館に試験官や受験者の座る椅子と幾つかの長机を出し終えて少々暇を持て余していた。試験開始が10時なのであと30分程やることがない。試験中は誘導員の仕事も押し付けられているのだ。

 

「おっ、」

 

 その辺に出した椅子に腰をかけていると、入口から大きな物が搬入されてきた。多分あれがISだろう。上部に人が一人入れるような空間がある。

 はぁ〜、と物珍しい視線を送っていると、ISの近くにいた髪の薄い校長が手招きしてくる。へいへい、どうせ手伝ってんでしょ全く。

 怒られない内に早足で向かい台車を押すのを手伝った。俺が押し始めたらすんなり台車が動く。どんだけ力無いんだよおいアンタら、と見たら大体の人が40代後半のいかにも運動していないおじさんプラス初老の校長だった。ここにもISによる女尊男卑の影響が色濃く出ている。男尊女卑の反対、ISにより立場の逆転した女性が男性を道具として使うのだ。

 

 ISを所定の位置に運び終えたら、周りにいたおじさんズはすたこらと体育館から逃げてった。これ以上仕事を押し付けられまいという処置だろう。全くもって遺憾だ。身勝手に動かれては生徒が困る。主にここにいる俺だけだが。

 再びシンと静かに沈黙する体育館。変わった事と言えばISが運び込まれたくらいか。

 

 何となく俺はその鉛色に鈍く輝くISを見上げた。腰の位置に“打鉄”とある。だてつ? うつくろがね? よくわからん。初見で読める名前にしろよと言いたい。

 …………触って良いかな?

 周りを見てみるが以前として体育館に人はいない。

 個人的な意見だが、戦車に一回くらい触れてみたいと思った事はないだろうか。銃火器に触ってみたいと思った事はないだろうか。多分、今俺を満たしている好奇心はソレと同じだ。人間は好奇心によりより強い刺激を欲する。無論人殺しになりたいワケではない。

 目の前にあるISは、多分普通ならお目にかかれない、テレビの向こう側の代物だ。一回くらい触ってみたいのである。

 

 ――――誰もいないなら大丈夫だろ。

 

 そんな一心で俺はそのISに手を伸ばした…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS適性試験会場に到着した山田真耶は職員室に顔を出した後その学校の教頭と軽い打ち合わせをしてから体育館へと向かっていた。

 本来なら彼女はIS学園一年一組の教師として教鞭を振るう筈なのだが本日は出張である。正直な彼女の意見としては今回の男性を対象とした試験は意味が無い気がしていた。今の今まで男性が動かせなかったというのに、いきなりISを動かせる男子が現れる等夢のまた夢だと思っていた(現在は織斑一夏の在席するクラス副担任ではあるが)。また織斑一夏のような存在が出るとは考えられなかったのである。が、今回の試験は各政府からの指示なので無視は出来なかった。

 

 しばらく一階を進んでようやく体育館につく。廊下から入口近くを見ると既に会場設営は万端であった。

 

「あれ……?」

 

 ふと体育館奥のほうから明るい光が漏れているのが見えた。太陽でもない、蛍光灯でもない、しかし、人工的な強烈な光。「うぉっ、眩しっ」と男の声が聞こえたので、恐らく教頭の言っていたお手伝いの生徒会副会長だろうと推測した。

 しかし、あの光は何だろうか。気になった彼女は体育館をそろりと覗き込み、

 

「…………へ?」

 

 その光景に唖然とした。

 

 

 

 ――――何故ならば、男性である紅宮彩翔があのISを身に纏い困惑した表情を浮かべていたからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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engineer2

 無駄に豪華なリムジンに乗り向かう先は彼の学園、IS学園である。

 男である俺、紅宮彩翔が一体何を言っているんだと正気を疑われそうだが、誠事実である。張本人である俺も信じられない。

 

 先日、何故かISという俺にとって未知の兵器を動かしてしまった俺は今、保護目的によりIS学園に向かっていた。因みに拒否権なんて無かった。試験が土曜日で、日曜日には「じゃあ君IS学園編入ね」と決定事項を言い渡され反論する暇すらなく現在移動中である。一人暮らしの部屋の荷物は全部勝手に持ってかれた。やめてくれよ、やましい趣味のものは勇気ないからまだ買ってないけどさ、あんまり私物触られたりジロジロ見られるの嫌なんだよ。

 

 リムジンに揺られ暫く。本州本土を離れ無駄に豪華な大橋を渡ると前方に白い塔のような建物が見えてきた。テレビで何回も見たことはある。IS学園だ。

 

 何か、嫌だなぁ、と思う。何がと聞かれれば困るが、俺はこの状況を心底嫌がっている。やりたいことは自分で決めて、自分のペースでとことんやりきる。それがモットーな俺には、周りに流し流されてやらされる事が大嫌いだ。大嫌いと言いつつも、結局生徒会やらクラス委員をしているのだが。

 

 乗り慣れないリムジンをえっちらおっちら降りて校門前に立つ。どう見ても学校じゃない。これはあれだ、芸術家とかが建てるオブジェクト作品だ。確かに近代的デザインだとは思うが、学び舎としては少々やりすぎな感じがする。

 いや、ここで現実逃避をしていても仕方がない。なし崩しに無理矢理編入させられたが、もう文句を言っても仕方ないのだろうどうせ政府直々の指示。抗いようがない。

 

 後ろでリムジンが走り去る音を聞き、さてここからどうすれば良いのかと現実逃避も兼ねて空を見上げながら考える。確かここでも案内人が来るとかそういう話だった筈だが、はて誰も来ない。

 なるほど、これが一般人の中から選び抜かれた二人目の待遇という訳か。織斑一夏という人物は彼の有名な織斑千冬、ブリュンヒルデの弟だからこそ専用機の配られる待遇なのだろう。俺は二人目、一人目で試験的に様々な物を与えて、俺は最終的に確かめる要員にすれば良い。つまりはモルモット。嗚呼、嘆かわしい。

 いっその事逃げてやろうかとも思ったが、それはそれで後が怖いので却下。仕方ないので校舎に向かって歩くことにした。

 

 綺麗に舗装された公道と芝生。一体誰が整備するのだろうか。いや、それこそ機械が自動的にするのか。流石は最新設備の投入される施設である。

 

 と、しばし庭に見とれながら歩いていると、前方から「ご機嫌よう」と声がかかった。一体どこの女子校だとツッコミたくなったが、そう言えば本来ここは女子校だった。

 視線を向けるとそこには扇子を持った淡いブルーマリンの髪をした、顔立ちの整った女子がいた。扇子には二字熟語で“歓迎”とある。

 

「初めまして、紅宮彩翔クン。ようこそIS学園へ」

「ああ、初めまして」

 

 はて、見覚えがある人物だ。テレビでは、確かに見た。だが、それより古い記憶の中に、微かに似たような記憶が俺にはあった。

 

「……あー、人違いだったら申し訳ないんだが、俺はアンタと会ったことがあるか?」

 

 その問いに、目の前の少女は薄く笑みを浮かべた。

 

「さて、どうだったかな。お姉さんは物覚えが悪いので」

 

 ああ、そうですかい。

 

「そんな物覚えが悪い奴が生徒会長なんて務められるのかね、更識生徒会長」

「あら、わかるんだ」

「ああ、そりゃ有名人だしな」

 

 それと、

 

「……久しぶりだな、刀奈」

「うん、久しぶり、彩翔クン」

 

 やっぱり、俺の記憶は間違っちゃいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠い記憶、かもしれない。小学校高学年くらいか。

 俺は更識という如何にも珍しい苗字の奴を知っていた。当然、紅宮なんていう自分の苗字は棚上げしてだ。

 当時、俺は小学校で生徒会の会長をしていた。誰もやらないから、だ。しかし何故か生徒会副会長という役職は人気がある。面倒事は生徒会長の仕事、副会長はそのお零れを貰うだけで優秀な評価が貰える。甘い汁に飛びつく輩が多かったからだ。

 しかし、俺が小学五年で六年生の候補に勝って会長に就任した時、副会長に就任した者は俺の考えていた者とは全く違っていた。

 

『次期生徒会長の紅宮です。今日は一回目の顔合わせということで、皆さん一人ずつ自己しょうかいをお願いします』

 

 文字通り一回目の顔合わせの時だ。俺は元々自覚出来る程のお人好しだが中々に雰囲気がキツいと友人に言われていた。集まったメンバーの中、副会長以外は皆萎縮してしまっており、それだけで俺は「ああコイツら役に立たないな」と結論づけた。仕事に関しては手を抜きたくない俺は徹底した実力・結果主義者でありやる前から意欲の感じられない奴はことごとく切り捨てた。

 

『次期生徒会副会長、更識刀奈です。今後ともよろしくお願いします』

 

 しかし、コイツだけは違った。同学年でクラスも一緒だった更識刀奈。俺と同じく来年度六年生を押しのけて入ってきた女子だ。何回か事務的に話をした程度の顔見知りだったが、その纏う雰囲気というのおだろうか。そういうものが他とは違うなと思った。

 

 その更識以外の自己紹介は覚えていない。どうでも良かったからだ。仕事の足を引っ張らなければ後は与えられた仕事をこなせば職務は終わりだからである。

 

 

 

『会長さん』

『ん?』

『今度の全校集会の司会なんだけど』

『ああ、まだそこまで手が回ってなかった。簡単に決まるし今のうちに決めよう』

 

 ある放課後の生徒会活動。話は更識の持ってきた全校集会の話になった。

 我が校では生徒の自立性や社会的行動の重要性を身につけるため、様々な行事は先生のサポートのもと生徒会が取り仕切ることになっている。大まかな骨組み等は全て作ってあるので、あとは生徒会が様々な案を出して脚色したりするのである。各行事の司会進行も同じ役目だ。

 

『誰か立候補する奴は?』

 

 そう言って生徒会室内を見回すが、誰一人として手は上げない。俺的には順番に回してやりたいのだが、如何せん積極性に欠ける。もう皆一回ずつしたから、後は誰でも良いんじゃないかという空気。本当にこれが俺は気に入らなかった。

 

『……そうか。じゃあ俺が次も、』

『会長さん。なら私がやる』

『更識が?』

『うん。いつも会長さんにたよりきりだったし。お仕事大変だから私がやる』

『でも2回れんぞくだろ?』

『だいじょうぶ。今から人前に立つことの大切さをおぼえたいし』

 

 決意に満ちた目、というのだろうか。そんな熱い眼差しに、俺は『じゃあ任せた』と頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局卒業まで俺は生徒会長、更識も生徒会副会長をやりきり引き継ぎ。何事もなく中学に上がった。この時、俺が居なくなった事で生徒会の空気が緩くなったとかならなかったとか。

 ともかく、中学である。

 

 中学1年、俺はまたもや生徒会に入れられた。小学校時代の手腕を買われたらしい。一部上級生からは睨まれたが、どうってことない。実力もなく結果も出せない自分自身が悪いのだから。それを自覚できない、今まさに俺を睨むような奴は更に愚かだと内心罵った。

 1年間雑用を手伝いつつ生徒会の仕事を眺め、まだ小学校よりはマシだと思った。年齢が上がりやっと責任の重さを理解できるようになってきた人達が生徒会だったからだ。

 

 なし崩しで中学2年。周りの評価もあって副会長になった。この時、更識が書記として生徒会に入った。やっぱり俺だけ色々と小耳に挟むような噂が囁かれたが、全校生徒の前で色々と堂々暴露してやった。壇上からの良い眺めだったため、噂の原因になる奴の無様な面が見れたのは良い思い出だ。視界の端で更識がニヤニヤしていたのが強く印象に残った。

 生徒会内は比較的平和。会長も人当たりが良く俺とは正反対の人だった。多分、自分で言うのもアレだが俺とは違う方向性のカリスマがある人なんだろう。

 

 3年生になった。俺は生徒会長になり、俺にちょっかいを出すような輩が居なくなった。それだけ優秀な人物だ、と生徒会顧問からは褒められたが対して心に響くようなことではない。

 また更識刀奈が副会長になった。これまた小学校以来である。選挙後は二人で小学校の話をしたのを今でも覚えている。何となく、友人以上に打ち解けた会話をしていたと思った。

 

 

 

『ねぇ、彩翔クン。また生徒会長だけど今度はどんな政治をするのかな?』

『さぁな。取り敢えず改善点があれば徹底的に改善することくらいじゃないか? 生徒会は恨まれる組織だし』

『いやぁ、それは彩翔クンがいる時だけじゃない?』

『失礼な。俺は能があるくせに仕事ができない奴が死ぬほど嫌いなんだ』

『徹底してるね、実力主義』

『結果も出せなきゃ意味はないから、結果主義者でもある』

『革命家みたいだね。これは前生徒会長とは全然違う』

『そうだな、あの人は俺とは正反対だ。あの人は無条件で周りを惹き付けるからな』

『彩翔クンは、そうだなぁ。力を見せつけて「オレについてこい!!」って感じ』

『俺はそこまで英雄じゃねぇよ。意地汚い政治家と同じだ』

『泥臭いのは私好きだよ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――懐かしいな」

「そうだね」

 

 更識刀奈と肩を並べ遊歩道を歩く。

 

 結局、中学では任期満了まできっちり仕事を終えた後、刀奈と俺は別々の学校へ行った。俺は日本でも偏差値トップクラスの高校へ、刀奈はIS学園へ。

 

 1年と少し、連絡先を交換していなかった為声を聞くのも姿をお互いに見合うのも久々だ。無論俺はテレビで見てたりしたが。

 

「変わんねぇな、刀奈は」

 

 ぽろっ、と溢れた言葉。その言葉に刀奈も「彩翔クンこそ」と返した。

 

「生徒会副会長してたんでしょ? また鉄血政策でもしてるんじゃないかなぁ、って思ってた」

「出来ねぇよ、そんなこと。俺の首が飛ぶ。それこそ、お前はもう生徒会長だけでなく世界的有名人の領域じゃないのか。あの時とは立場が逆だ」

「あー、まぁ、ねぇ。言ってもそこまで有名じゃないよ。更識楯無は、まだまだ駆け出し。彩翔クンみたいに言ってくれる人はまだいないかなぁ」

 

 てへへ、と照れたように笑う刀奈。最後に会ったあの時とは違う、少し大人びた顔は、不覚にも可愛いと思ってしまった。

 この目の前の人物は更識楯無という更識家当主の名前を襲名した。前々から特殊な家系だとは思っていたが襲名システムがあると知ったときは驚いた。

 

「そうか、そう言えば今は更識楯無だったな、名前」

「うん、そうだね」

 

 フッ、と一瞬表情に陰りが差したような気がした。

 

「……俺は、どう呼べば良い? 楯無か、刀奈か、それとも更識か」

 

 当の俺はどうすれば良いのかわからなかった。刀奈、という名前は本名。しかし、彼女は今更識楯無として生きている。学園でも恐らく更識楯無として過ごしているのだろう。

 そんな彼女の顔が、少し寂しげに見えたのは気の所為だったのか、はたまた……。

 

「……ねぇ、彩翔クン」

 

 彼女がコチラを向く。

 

「あの、さ。二人きりの時だけ、刀奈って、呼んで?」

 

 二人きり?

 

「うん。普段は、楯無で。二人きりの時だけだからねっ、約束」

「あ、おう。わかった」

 

 俺の同意に、彼女は、刀奈は、頬をほんのり朱色にして微笑んだ。それは、反則だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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engineer3

「実は私が、彩翔クンの案内人なのだよッ」

「校門前で待ち合わせだったのに、その案内人は居なかったけどな?」

「ぅぐっ」

 

 的確な正論を押し付けてみるとあっさり怯む刀奈。反応が面白い。

 今はIS学園も昼休みとのこと。俺は生徒会室に通され持たされた弁当をつついていた。刀奈もサンドイッチをつまんでおり、今は他愛も無い世間話の最中だ。

 少々物足りないかなと食べ終わった弁当を片付けて温かいお茶を入れる。一息ついたところで話題はISについての事になった。

 

「彩翔クンは結局ISのことどこまでわかっているの?」

「ほぼ全く。参考書もねぇし、そもそもいきなり連れてこられたも同然だったから調べる時間もなかった」

「やった、それじゃあ完全に立場は私の勝ちっ」

 

 小中学と俺は席次で1位、役職も常に生徒会長と刀奈の上だった。あの頃が懐かしい。俺も勉強を教える側だったんだが。

 

「プライドもクソもねぇや。頼む、今度からISのこと教えてくれ」

「にゅふふ、この生徒会長様に任せなさいなッ」

 

 扇子を開いてソファにふんぞり返る。胸を強調したいのか、それは。因みに扇子には“勝利”とあった。鼻高々である。

 

 と、不意にインターフォンがなる。そう言えば堂々居座っている俺だが、ここは生徒会室だ。

 

「失礼します。お嬢様、職務は……おや?」

「む」

 

 入ってきたのは眼鏡をかけた女子生徒。いや、IS学園だから女子は普通か、例外を除いて。ともかく知的雰囲気を感じさせる容姿だ。しかし、この人もまた見覚えが……。

 

「……もしや、元生徒会長?」

「んー、生徒会長はしてたな。そういうお前は、よくか……んんっ、楯無と一緒に居たな」

 

 お互いとも何やら面識はあるようだが、名前はわからない。多分向こうが一方的に俺を知っているのだろう。

 

「やっぱりですね、紅宮元生徒会長。私は布仏虚と申します」

「ご丁寧にどうも。ご存知の通り、紅宮彩翔だ」

 

 軽く会釈をすると向こうも同じように返してくれた。マナーがきちんと行き届いているのは素直にすごい。

 

「別に私の前では会長のことは本名でお呼びしても大丈夫ですよ。私は彼女に仕えてる身ですので」

「はぁ、そうかい」

 

 と、チラリと刀奈を見る。何か、睨まれた。

 

「……いや、人前では控えよう。ここでは彼女は、更識楯無だ」

 

 また上機嫌になった。御し易いのは有難いが、それで良いのか現生徒会長。

 

生徒会室(こ こ)に来た、ということは役職関係か?」

「如何にも。現在は会計を務めています」

 

 彼女の手にはタブレット端末。多分業務用だ。なんて贅沢なんだろうか。未だに紙媒体が殆どの機関で使われているというのに。羨ましい。

 

 

 

「へぇ、貴方もISを動かしてしまった、と」

「不本意ながら、ね」

 

 布仏虚を交えて三人で会話をする。全く知らない、という仲ではなかったのと、皆それぞれの形で生徒会という役職を背負っているからかスムーズな会話ができ、不思議と居心地は悪くなかった。

 

「なるほど、布仏さんは三年生だったか」

「学年が一つ違うんですよね。不自由はそこまで無いですが、生徒会の仕事と託けて授業をサボるお嬢様はいかがなものかと」

「ほう? あれだけ真面目に教えてやったというのに、サボるのか」

「ななななな何を言ってるのかなぁ!? 私はちゃーんとISのこととかわかってるつもりだよッ?」

「専門分野に長けていても、一般教養がなってなきゃ評価すらしてもらえないんだよ、世の中ってのは。一般人は皆理不尽な社会の中で生きてる」

 

 かくいう俺は一般人とはかけ離れた立ち位置ではあるが、それでも理不尽だと感じざるを得ない。

 

「ホント、彩翔クンは難しい考えしてるよね。石頭会長の異名はやっぱり伊達じゃなかった」

「居たな、下らない妬み口を言う輩が。能が無い奴程よく吠える。見てて滑稽だ」

「……訂正、腹黒会長にするわ」

 

 なんだとぅ。

 

 とわいのわいのと会話に花を咲かせていると気付けば休憩時間も残り僅かになった。

 

「さて。取り敢えず彩翔クンは私のクラスに来てもらおうかな」

「てっきり一年からやり直すものかと思ったが、そうじゃないのか」

「その案もあったらしいけどね。彩翔クン超エリートというか優秀な人だから一年生はやり直さなくて良いだろうって。ただISに関する知識だけは素人同然だから特別にプログラムは組まれるみたいよ? 強制的になる分、他のところではある程度自由は効くみたい」

 

 例えば英検取得による授業免除とか、と刀奈が言った。

 

「彩翔クン1級まで取得済みでしょ? もう英語の授業は免除されてるってワケ」

「なら数学検定もだな。1級はこの前暇だったから取得した」

「なにそれこわい」

「どうやら、IS以外はまだまだ上のようだな。安心した」

「ぐぬぬ、すぐに追いついてやるんだから……、」

 

 何となくドヤ顔を作って見下ろせば悔しげに歯ぎしりする刀奈。男としてまだまだ負ける訳にはいかない。

 

 そうこうしている内に二年一組の教室前に到着。チャイムが鳴った後なので皆教室に入っているようだ。

 

「取り敢えずここで待機してて。私が呼んだら入ってきて自己紹介って事で」

 

 言って仲に入っていく刀奈。なし崩しに来ているが、まだ俺の身辺状況があやふや過ぎて実は混乱している。学園に来て何故か生徒会室で飯食って午後からいきなり授業参加。可笑しい、常識的に考えて可笑しい。ここまで来て一度も教師に会っていないんだが。

 

「あ、彩翔クン、入ってきて」

 

 扉を少し開けて刀奈が手招きをする。不安でしょうがないのだが腹を括る他あるまいて。無様な姿だけは見られないよう努力せねば。

 姿勢を正し堂々と入室すると、ざわついていた教室が一瞬沈黙し、次の瞬間には慌てふためく。

 刀奈め、アイツ何も言わなかったな。どうせ「スゴい急だけど転校生が来たので紹介します」だけだろう。絶対に“男が来た”なんて言ってない。どうせ面白がっての事だろう。

 

「国立第一高校より編入となりました、紅宮彩翔です。右も左もわからない不束者ではありますが、IS等に関してご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします」

 

「男子……えっ、男の人ッ!?」

「ニュースやってたっけ?」

「嘘、そんなの全然聞いてないんだけど……、」

 

 津波のような会話を断片的に拾えば、俺の存在自体がまだ世に出回っていないのがわかる。恐らくこのまま公には回らないのだろう。俺の周りを管理する政府にも内密に生活するよう言われた。どうせモルモットとして消える役目なんだ、胸糞悪い話である。

 

「で、楯無。俺の席は?」

「彩翔クンは~……、そこのど真ん中の席で」

 

 俺と刀奈の会話で更にクラスが混沌とする。

 

「会長と名前で呼び合う仲っ……!!」

「まさかまさか……!?」

「機関!! 今、私は衝撃の事実(エージェント)による強烈な精神攻撃を受けている!!」

 

 全く、騒がしい。喚きたい気持ちもわからなくはないが、時と場所を選ぶべきだと俺は思うんだが?

 

「えっ、ていうか国立一高って最難関受験校じゃ」

「超エリート!?」

「ヤバい、私達より頭良いんじゃ……、」

 

 まぁ確かに国立一高は偏差値は高い。カンスト75は当たり前だ。それ以上に、そこには各地で偏差値三桁を叩き出す猛者が集う場所である。勉強内容など既に研究者入口を通過するレベルなのだ。

 

「質問だが、次の授業は?」

「へひゃいッ!? ハッ、歴史ですッ!!」

「ありがとう。名前を尋ねて良いか?」

「にゃ、長嶺京子(にゃがみねみやこ)でしゅっ」

長嶺(ながみね)か。隣席ということで、これからもよろしく頼む」

「ひゃ、ひゃぃぃい……、」

 

 この隣人はこんなにテンパっていて将来大丈夫なんだろうかと切に思う。17になるんだから頑張ってくれ、頼むから。

 

「彩翔クン、もう攻略ルートにでも入った?」

 

 背中に鈍い痛み。見れば刀奈が扇子で不機嫌そうに俺の背中をグリグリと突いていた。痛いんだよ。

 

「バカな事を言う暇があったら精進でもしてろ。言っておくが歴史検定は全級取得してるからな、本来なら出る必要もない」

「ぬぅぅぅぅ、見返してやるんだからぁぁぁぁぁ……!!」

 

 相も変わらず歯ぎしりする。こら、扇子を噛むな生徒会長。てか、攻略ルートとは何だ。長嶺に謝れ。

 

 

 

 

 

 俺は基本一般科目に対しては殆ど授業を免除できる仕様になっている。無論、一般人には無理だ。俺が資格所得者であるのが大きいと言っておこう。

 

 滞りなく授業は進み、放課後。しばらく教室で待機してるよう刀奈に言われその本人はすぐ戻るとのことで出て行った。

 そして出来上がる俺の包囲網。まだ授業が終わったばかりだが、他教室からどんどんと女子が集まり出している。これはあれか、客寄せパンダか。様子を見れば誰が話しかけるかを牽制し合っている様子。織斑一夏は既にこれを体験したのか。大した胆力だ。

 胆力に頼りたくないのであれば視線を一切合切カットして無視を決め込むのが得策だ。俺は自分から行動を起こせない輩が嫌いで仕方ない。集団行動が悪いということはないが、ただ金魚のフンのごとくついて行くだけの奴が気に入らないのだ。どうせ誰か一人が声をかければそれにつられて次、次と来る。正直言って迷惑以外の何物でもなかった。

 

「………………………………」

「………………………………」

 

 俺は机にIS基礎理論の書かれた分厚い電話帳のような教科書に目を通していて。隣の長嶺は黒板の板書を写し終えてようやくクラスの惨状に気付いたらしく固まって冷汗を流していた。長嶺は集中すると周りが見えなくなるタイプと見た。

 

「長嶺」

「ひゃい!?」

「いや、そんなに大きな声で返事はしなくて良い」

「あぅあぅ……」

「このISの基礎理論だが、辞書のような解説というか、手引きのような物は無いのか?」

「え、それは、多分、ない、です、はい……あ、ご、ごめんなさいッ」

「謝る必要は無いと思うんだが……そうか、わかった。ありがとう」

 

 長嶺は教室を飛び出して行った。何と言うか、突風のような人だ。鞄を忘れているが、イマイチ地理を把握していない学園内を探し回る事はしたくないので申し訳ないが放っておくことにする。どうせ取りに戻ってくるだろう。

 

「彩翔クンお待たせ~」

 

 人混みをかき分けて刀奈が戻ってくる。その手には鍵が三つあった。

 

「これ寮の部屋とクローゼットと机の鍵。部屋番号はその大きい鍵にあるよんっ」

 

 手渡された鍵には2099とある。まぁまぁ覚えやすい数字だ。

 

「軽く説明すると、彩翔クンはこれから寮に入ってもらいます。食事は全部食堂で出るから安心してね。部屋も男子なので二人部屋を一人で使ってもらうよ。後は部屋を自由に使ってもらって良いってことかな」

「質問だが、棟は分かれているのか?」

「男子と女子かって言われればNO。一応ここは女子高だし。まぁ織斑一夏君という前例があるからそれなりに大丈夫でしょ」

 

 まず思春期男女が一つ屋根の下にいるのが可笑しいと言いたい。

 

「案内するからついて来て。荷物も全部部屋に纏めて置いてあるみたいだし」

「そうか」

 

 有難い、とは思わない。無理矢理連れてきたんだからそれくらいやってくれないと困る。

 

「そう言えばさっき京子がスゴい勢いで駆けてったんだけど」

「長嶺か。板書を書き終えたところに質問したら慌てて答えてどっかに逃げていったんだ。鞄を忘れてな」

「あー、あの子男性恐怖症って言うか、周りが女子しかいない環境でずっと来てるからねぇ」

「難儀なモンだ。見てて将来が不安になった」

「彩翔クン基準じゃ皆危なっかしいんでしょ」

 

 それはノーコメントとしよう。女尊男卑が謳歌する時代なら、就職はまだまだ有利なはずだ。遺憾ながら、だが。

 駄弁りながら進み立派な寮棟へ。一瞬ホテルかと思った。その位に良い造りだ。これを税金の無駄遣いというのだろうかどうなのか。取り敢えず税金を引き上げる前に政府の人数を減らし天下りをどうにかして欲しい。好き勝手振舞った後に役にも立っていない奴が金を貰った後にのうのうと生きるのは酷く不愉快なのだ。

 

「はいココ。最初は慣れないだろうけど頑張って場所覚えてね。判らなかったら私に遠慮なくどーぞ」

「そうだな、そうさせてもらう」

「じゃ、頑張ってね。私は、」

 

 そう言って刀奈が俺の部屋の目の前のドアを開けた。

 

「ここの部屋だから」

 

 星が飛び出そうなくらいに似合うウィンクをしてドアの向こうに消えた。少し頭痛がした気がするが気合で捩じ伏せ自室へ。

 確認してみたところ、荷物は大体のものが揃っていた。恐らく学園でいらないものは全部親のところにでも行ったのだろう。取り敢えず必要な物をいちいち家に取りに戻らなくても済むということがわかった。

 

「存外、やることが無いな」

 

 ものの10分で荷解きと部屋の整理を終える。窓側と廊下側のベッドがあり、俺が使うのは窓側。廊下側は気が向いたら何かに使おうか。

 窓際に設置されているサイドテーブルとチェアのセット。その向こうにベランダだ。何となく窓を開いてベランダに出ると緑と近代ビルディングの調和が見えた。中々バランスが取れてて良い景色だし、風も今はあまり吹いていないので心地が良い。

 

「あれ、彩翔クンもう片付け終わったの?」

 

 と、新鮮な景色に目を向けているとずかずか入室してくる幼馴染みの姿が。コイツは遠慮という言葉を理解しきっていないようだ。

 

「ノックぐらいしたらどうだ。俺はそういうのに五月蝿い人種だとお前に言われたんだが」

「まぁまぁ良いじゃない。学園内とは言えプライベートな空間よ、ここは」

 

 俺もあんまりとやかく言う気は無かった。刀奈の言う通り、今はプライベートだし俺はただの……普通ではないが普通の一男子生徒でしかない訳だし。

 

「IS学園の空気はどう?」

「それは生徒会としての質問か?」

「じゃあ彩翔クンの考えている二つの意味での質問にするわ」

「そうだな。(パンダ)に寄って集るのはどうかと思うが、年齢的に見れば普通の高校とさして変わらないだろう。積極性に欠けるのは相変わらずだが。それと、俺個人としてはやはり男一人は辛い」

 

 打ち解けた男友達という者程頼りになる人はいないと俺は思う。何もかもをぶちまけられる相手が一人くらいは欲しいのだ。

 

「寧ろ喜ばないの? ハーレム作り放題なのに」

「バカを言え、俺がそんな人間に見えるか?」

「全く。彩翔クン程誠実で堅い人なんて見たことないもの」

「そういう事だ」

 

 ハーレムなんぞ興味ない。美人に囲まれるのは(やぶさ)かではないが、それは流石に男として一人を愛せない奴だと思うのだ。こんなに達観した俺を刀奈はまれにお爺ちゃんと呼ぶから困る。

 

「気を付けた方が良いわ。ここは女子だらけ。ハニートラップで貴方を引き込もうとする輩もいるかもしれない」

「…………わからんな。自分の子の大切な物を使ってまで金を求める奴のことは」

「私もそう思う。けど、いるのよ、世の中には。貴方が知らないだけで」

 

 ふるふると諦めたように首を横に振る刀奈。多分、コイツはそれを間近で見たんだ。顔に書いてある。こういう時、俺は何と声を掛ければ良いのかなんてわかる筈がない。俺は今まで普通の、ちょっと頭が良いだけの男でしかなかった。刀奈みたいに特別な人生を歩んできた訳ではないのだから。

 

「大事にならないように精進はするさ。どうせモルモットになるが、それまで俺は俺のやり方で生きてく。これ以上他人に好き勝手させられるのは、俺は許せんからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、隣で外の景色を見る彼は、自分のことを“モルモット”と言った。その言葉に無意識に自分の肩が揺れた。

 ――――悔しいが、それは否定出来ない。私が既に掴んだ情報では、学園内にいる間は無理にしろ、卒業後の彼の進路は研究所に入る事になる。織斑一夏とは、ブリュンヒルデの弟とは違う、実験される為だけに。後ろ盾も何もないが故に。

 彼は本当にここに来るまではただの一般生徒だった。頭の良い高校を出て、きっと大学だって良いところに行って、就職して……。彼が生きるはずだった花ある人生を思えば思うほど、私の心がズキズキと痛む。

 

 

 

「…………逃げてぇなぁ……、」

 

 

 

 ボソリと呟いた、彩翔クンの言葉。それは、私が初めて聞いた、彼の弱音だった。

 小学校の時から、彼は誰よりも達観した表情で弱点すら見えない双眸を構えてひたすら強く生きていた。それなのに、彼は、彩翔クンは、

 

「いっそ逃げ出して逃避行してみても、悪くはなさそうなんだがなぁ……」

 

 ――――とても悲しそうな、力の無い目をしていた。

 

「彩翔クンはさ、」

「ん?」

IS学園(ここ)に来て、良かった?」

「さぁ、どうだか。そんな早くに答えは出なさそうだ」

 

 そう、だよね。

 

 何か、力になれないのかな。ふと、思った。

 今までずっと頼りきりで、気付いたらずっと彼を目で追っていて、何でも一人で出来てしまう彼を、私は羨ましいと思った。

 私を私として評価し続けてくれたのを、私は嬉しいと思った。

 

 そんな彼を、優秀で、誰よりも優しい筈の彼が、何故こんなにも弱りきった表情をしてしまったのか。私はそれに怒りを覚え、また悲しく思った。

 

「彩翔クン。私から、ちょっと提案があるの。と言うよりは、スカウトかな」

 

 ついさっきまで、目の前にある絶望を眺めていた双眸が再び鋭く光った。それは以前よりも増して強く見える。何故なら、それだけ彼の内側には絶望が溜まってしまったから。それを出さないように強く固い蓋をしてしまったから。

 

 ――――助けたい。

 

 それが、私の、更識楯無であり、更識刀奈の本心。本人には、言えないけど。

 多分、私がこれを伝えても彼は断るだろう。他人に頼って人生を変えるなんて出来ないと。彼は強い自己を掲げて行動し、常にそれで結果を出してきた。私は、そんな彼に憧れたのだ。

 私は、彼が無自覚でも、彼に惹かれた。彼について行きたいと思った。どこまでも高みを目指す彼に、憧憬を抱いた。

 次は、私の番だ。私の嘘偽りない行動を示して、彼を助ける番だ。

 

「――――生徒会に、入らない?」

 

 これは、その第一歩である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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engineer4

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園生徒会。

 生徒会長、更識楯無。

 会計、布仏虚。

 書記、布仏本音。

 以上。

 

 

 

「俺はこれを生徒会と呼んで良いのかという疑問がまず出てくるんだが」

「そこは気にしない方向で大丈夫」

 

 更識楯無、もとい刀奈に生徒会に誘われた俺、紅宮彩翔は現在生徒会室にお邪魔している。

 生徒会室内にいるのは俺を外して三人。生徒会長、会計は言わずもがな、新たに書記の一年生がいた。

 

「布仏本音って言います~。よろしくお願いします~」

 

 彼女の名は布仏本音。会計布仏虚の実妹である。物凄く抜けているというか、天然というか。彼女が見た目通り以上にのんびりゆったりしているのは言うまでもないのかもしれない。

 

 今日、俺がここに来たのは刀奈にあの時の返事をする為である。

 

 

 

 

 

 ――――生徒会に、入らない?

 

 

 

 

 

「で、彩翔クン。私は君を生徒会副会長に任命します」

「………………………………、」

 

 何か言ってやりたかった俺だが、“強制”と書かれた扇子を開き真剣な目の刀奈を見ていると何も言えなくなったのでまだ温かい番茶を一口啜った。

 

「……楯無。お前は俺を、何の為に生徒会に引き入れる?」

「猫の手も借りたい。彩翔クン、わかるわよね」

「………………………………、」

 

 そう言われるとお人好しな俺は断れないということを、刀奈、お前は知ってる訳だ。

 

「…………いや、何も言うまい。生徒会長から言われちゃやるしかないな」

「流石は彩翔クン、話を判ってくれて会長は嬉しいのです」

 

 “悦喜(えつき)”と扇子を広げる刀奈。いい加減扇子の構造が気になり始めた俺である。

 

「会計さんに書記さんさ。職権濫用してるけど何か意見はないのか?」

「就任おめでとうございます、副会長」

「わ~、ふくかいちょ~よろしくお願いしま~す」

 

 布仏姉妹はわざとやってるのか。それとも素なのか。いや、多分後者だ、この二人は。

 

「……わかった。よろしく頼む」

 

 前途多難。今ならこの言葉を使っても良いと、俺は思う。

 

「因みに、返事はどうなってたの?」

「情けないことに、全てはお前に一存しようかと最終的には考えていた。どちらに転んでもメリットデメリットの天秤は傾かなかったからな。入って仕事をしても良いとは付け足そうとは思ってた」

 

 メリットデメリットの天秤。自分に対する利益と損害を計るソレだ。何故か刀奈はその言葉に若干眉根を寄せた。

 

「不満な返事だったか?」

「当たり前よ。彩翔クンらしくないもの……メリットだってちゃんとあるし、」

「ボソボソ言ってたって聞こえないんだが」

「聞こえなくていいの!!」

 

 なんだそりゃ。

 

「……まぁいい。しかし生徒会に入るには普通承認が必要なんじゃないのか?」

「別にー? そんなの会長が許可しちゃいますしぃ」

 

 いいのかそんな職権濫用で。本来なら世間的に色々と不味いだろうに。

 

「結局、ここに来ても生徒会か。つくづく悪運が良いみたいだ、泣けてくる」

「…………………………………………、」

「……だから何でそんなにむくれてるんだ」

 

 刀奈はしかし答えないでそっぽを向いた。

 

 結局のところ、終日まで刀奈は口を聞こうとはしなかった。話し掛けて欲しそうにこちらをチラチラと見てはいたが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜のこと。自室で音楽を聞き流しながらISに関する分厚い電話帳のような教科書を読んでいると扉がノックされた。

 返事をすると入ってきたのは布仏虚さんだった。手にはファイルと腕章が1つ。大方生徒会関係か。

 

「紅宮さんは勤勉な方ですね。お邪魔してしまい申し訳ありません」

「いや、特にそんなことは。それで、ご用は?」

「予想はつくかと思いますが、生徒会関係のことです。こちらが資料と、学園内にいる間は着用義務のつく腕章になります」

 

 手渡されたあまり使われていない、しかし古めかしいファイルと新品の腕章。使い込まれた感じがしないというのは使用人があまりいなかったのか。

 

「副会長自体稀な役職みたいなんです。今まで副会長を務めた方はいらっしゃらなかったようで 」

「ということは俺が初めての?」

「はい、学園初であり男性初の副会長ですね」

 

 ニッコリと微笑む布仏さん。そんな表情されても喜べない。

 

「基本的には会長の補佐になりますからそんなに難しくはないと思います。資料の方も軽く目を通す程度で良いかと。忙しい時期にご迷惑をおかけします」

「いやいや、まぁこういった仕事は慣れてるもんで」

「ふふっ、そうでしたね、生徒会関係なら紅宮さんはエキスパートでした」




オリ主×楯無・刀奈の砂糖吐くくらい甘々な奴書きたかったんだと思うけど、そのシーンまで持っていく前に力尽きたんだ……。


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IS -Identical of Second-
0.プロローグ


「IS -Identical of Second-」
ドイツの謎の多い黒ウサギ隊専属技師と大人達の話。英語は2人目の技術者的な意味だった筈。日夜裏でマイペースに暗躍するオリ主と束さん、それに振り回されるちょっと苦労人なちーちゃんやツッコミ役にされたラウラが何かする話だと思う
(ツイッター解説より)


 ドイツ軍IS配備特殊部隊シュヴァルツェ・ハーゼ、通称“黒ウサギ隊”にて。

 

「大尉」

「なんだい少佐」

「その……形容し難い装備は何だ?」

「よくぞ聞いてくれました。これは対中隊規模軍制圧用のパルスクラスターガトリングです」

「凶悪にも程があるだろ!? と言うか、絶対に人に扱える代物ではないだろこれは!!」

「何を言いますか少佐!! 念には念をと言われ私は常に最悪を想定しているのです。予算と時間があるのならば大隊相手専用装備すら制作してご覧に入れましょう!!」

「少佐権限で却下だバカ!!」

「因みにこれ2門をシュヴァルツェアシリーズに積めば対大隊規模軍を30秒で制圧可能ですよ?」

「誰が積むか!!」

 

 ここでは日常茶飯事的に行われる会話が今日もあった。二人の男女によるボケとツッコミのようなものだ。

 腰まで伸びた鮮烈な銀髪、鮮やかな紅の右目と、逆に左目は黒い眼帯で覆われている。身長は、平均的に見ればかなり低いと言えよう。事実、齢15の彼女は150cmに届いていなかった。身に付ける服は黒を基調としたドイツ軍服。軍属ならば当たり前か。因みに彼女がツッコミ役である。

 対し、常日頃から真面目に不真面目を生きがいとする男がいた。短く乱雑に切られた赤い髪、180cmを超える長身にギラギラと心中に眠らせる欲を輝かせるグレーの瞳。筋肉質の割には少々細いと感じられる体格。大尉という階級からか、少佐である小さな彼女に(へつら)っているのが酷くシュールに見えた。

 

「そんなことよりだっ。私のレールカノンの整備はどうなっているんだ、リヒャルト=マティーアス=シェーケル大尉」

「ご心配無く、ラウラ=ボーディッヒ少佐。回路不具合や排熱機構等全ての改装は順調です」

 

 ニコニコと心の内を見せない笑み。しかしラウラと呼ばれた少女にとってそれはいつもの事であり、彼女は彼を信頼していた。この男、リヒャルトだけは絶対に自分を裏切らないという、絶対的な信頼を。

 

「速射による弾丸生成の間隔は以前より0.32秒上昇。これによりフルオートでの3点バーストが可能になりました」

「そこまでやれとは言ってない」

「ご安心を。全ては少佐の使い方次第。使わなければ使わないで良いのです。技術者としては使い潰してくれるのが本望ですが」

 

 しかしこのリヒャルトという技術者、ラウラが他に類を見ない程の変態である。無論、技術的な意味で。

 この男がいなければラウラ自身のISは性能的に低かったと言えるし、ドイツ軍に技術的革新を持ち込んだのも全てはこの男だった。

 

「それと、砲身は全て折り畳みが可能になりました」

「何故だ?」

「浪漫だからです」

 

 ドゴォ、と男の腹筋に拳が突き刺さる。

 

「男の浪漫で私のレールカノンを改造したのか!?」

「落ち着いて下さい少佐。私は至って真面目です」

「落ち着いてなどいられるか大バカ者!!」

 

 重々しい音がしたというのに、リヒャルト大尉はケロッとした表情を崩さない。

 

「だから、これから説明します。確かに浪漫もありますが、それよりも後の有用性を私はそこに付加したのですよ。方針を中折れ式にして二つに分離して両肩部に接続することでアンマウント時の視界交差を防ぎます。更に排熱処理もこれにより加速します。後は砲身自体予備パーツとしての容量がかなり小さいのでもう一つ空きスロットに積むことによって砲身寿命を気にせず長期戦闘にも対処が可能に。どうでしょう」

「う、むぅ、そう言われてしまえばそれまでだ……、」

 

 でしょう? としたり顔の男。ウラウは妙な説得力に押し負けて黙り込んでしまう。

 

「私は少佐を決して裏切りません。貴方が目指すものへ、全力で背中を押してみせましょう。……ああ、もうこんな時間に。では少佐、私はこれで」

 

 そう言ってリヒャルトが去っていく。

 

「……全く、どこぞのハリケーンだ、アイツは……、」

 

 呆れた様に肩を竦めたラウラは、しかし、晴れやかな表情で微かに笑みを浮かべていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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1.始動

「IS学園、か……」

 

 上の空でオレンジジュースを片手にラウラ=ボーデヴィッヒは誰に告げるでもなく呟いた。

 

「ラウラ少佐。何か気分が優れませんか?」

「あ、ああ、クラリッサか。いや、そういう訳ではないんだが……、」

 

 向かいのベンチに腰をかけたのはクラリッサ=ハルフォーフ大尉。ラウラが隊長を務める同じ黒ウサギ隊のメンバーであり副官を務めている人物だ。

 歯切れ悪く答えるラウラにクラリッサは問う。

 

「ご相談であれば私が話し相手になりますよ、少佐。私達は仲間ですから」

「……そうか、感謝する」

 

 副官にこうも言われては自分もまだまだだなとラウラは苦笑した。

 

「……私がIS学園へ行くことが決まったのはクラリッサも皆知っているな?」

「それはもう。黒ウサギ隊は勿論、彼のリヒャルト大尉もご存知ですよ」

「ああ、まあアイツなら教えなくても自分でどっかから情報を引っ張ってくるだろうからな」

「ふふ、困ったお方です。が、あの方がいなければ今の黒ウサギ隊も無かったでしょうからね」

「そこだけは、感謝しなければか……複雑だ」

「そうでしょうか。彼には感謝しきれない程の恩がありますからね……。話が逸れました、申し訳ありません」

「いや、別に構わないさ。それで、IS学園だがな。教官が現在勤めていらっしゃる所だ」

「織斑教官ですね」

「ああ。久々に教官に会えるのが楽しみなんだ。しかし、」

「しかし?」

「IS学園に行く目的が、織斑一夏が関係しているのだから気に食わない」

 

 ラウラの表情が僅かに曇るのをクラリッサは見逃さない。

 

「アイツは、教官が手にしてきた栄光に泥を塗った屑だ。何故アイツ如きの為に私が行かなければならないのか……それを思うだけで心がぐちゃぐちゃになってくる」

 

 要は板挟みだ。憧れの恩人である教官と、その教官を堕とした元凶となる彼女の弟。両者の譲れない心の対立がラウラの心を荒波のごとく騒がせていた。

 

「決定事項だというのに、私はうじうじとしてばかりだ。最近は訓練にも身が入らない。自分の情けなさに泣けそうになってくる……」

 

 ハァァ、と深い溜息。彼女を蝕む葛藤は予想以上に大きかった。

 

「おや、少佐に大尉。何やら沈んでいますな」

 

 と、そこへ男の声が割り込んでくる。黒ウサギ隊専属技術者リヒャルト=マティーアス=シェーケル大尉だ。

 

「少佐がここまで意気消沈するとは珍しい。最近の訓練数値もやや右肩下がりだ。もしや、IS学園関係かな?」

 

 ビクッ、とラウラの肩が震える。あからさまな反応にニタニタとリヒャルトが人の悪い笑みを浮かべ、ラウラは赤くなって縮こまった。ここまで的確に突いてくとは中々侮れない大尉である。

 

「な、何故わかったんだ……?」

「そりゃあわかりますとも。教官だけにあんなにも執心される少佐がここまで落ち込むなんて、やっぱり教官以外有り得んのですよ。つまりはIS学園関係だ、間違いない」

「ぬ、うぅぅ……、」

 

 図星である。言い返せないラウラが小さく唸った。

 

「少佐、ここで燻っていちゃあ何も起きませんよ。丁度良い機会だ、向こうで過去に決着でもつけてきたらどうです」

「決着?」

「そうですよ少佐。過去の因縁に決着をつけるんです。大尉のコミックで読んだりしたでしょう? いつまでも過去を引きずっていちゃあ人間前には進めんよと」

「(リヒャルト大尉、私貴方に貸した覚えはないんですが……、)」

「(少佐が面白いからお前も読んでみろと渡されたのですよ。きちんと読みましたとも。面白かったですよ。それよりジョジョの続きが読みたいです)」

「(私だって読みたいですけど資金がないんですよ資金が)」

「クラリッサ、リヒャルト、何の話をしてるんだ?」

「「いいえ何も」」

「そ、そうか……、」

 

 目の前でヒソヒソと話し合う二人に首を傾げるも足並み揃った返答にラウラは何も言えなかった。

 

「……いや、大尉の言う通りだ。いつまでもうだうだとしていては部下に示しがつかない」

「その域ですよ、少佐」

 

 首を振って立ち上がったラウラに大尉二人は笑みを向けた。

 ラウラ顔に浮かんでいた暗い影はすっかりナリを潜め、そこにはいつもの力強い眼差しを宿した隊長がいた。

 

「大尉、感謝する」

「おや、私は普通のことを言ったに過ぎないんですが……少佐の感謝は有り難く受け取りましょう。では、これで」

 

 リヒャルトは浅く一礼して廊下へ消える。飄々とした態度は相変わらずだと休憩室の二人は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 SOUND ONLY....

 

「さて、博士。今はお時間大丈夫かな?」

『んぅ……? なにぃ……?』

「おや、就寝中であったか。これは失礼」

『あぁ、いいよいいよ。別にいつ寝ようがこっちの勝手だし。で、要件は?』

「VTS。これで大体のことはわかると思うが」

『出来損ないのシステムが何か?』

「織斑千冬を元にしたことがわかったんだ。君にとっては忌々しいことこの上ないだろうが、今回の件は私にとっても腹立たしくて仕方がない」

『ふぅん。確かにちーちゃんを使うのは殺してやりたいくらいだけど、リト君はなんで?』

「少佐だよ。私の娘に手を出した」

『わかるっ、わかるよその気持ちッ!! くーちゃんに手を出されたら同じ気持ちになるもんね!!』

「で、だ。ちょっとしたシナリオを用意した。私が半分、博士が半分だ」

『うん、全然構わないよ』

「感謝するよ博士。私は気が気でないからね、少しでも反論されたらどうしようかと思っていた」

『わからなくはないけどね。詳細は?』

「話すよりは纏めたデータを見た方が早いだろう。今そちらに転送するよ。結構日は、学年別トーナメント開始直後だ」

『むふふ、りょーかいだよ。徹底的に、潰そうか』

「博士の活躍、期待しているよ。無論、私も全力で消すが」

『いいよいいよぉ。アハハ、ちょっと楽しくなってきた。久々にリト君の兵器が見れるんだぁ。これはパーティの準備も……にゅふふ。あ、そう言えばリト君は相変わらず顔は見せてくれないんだね?』

「残念ながら、表に出せるほど良い顔立ちではないのだよ。君が見たらがっかりするだろう。織斑一夏には圧倒的大敗。一般人に比べれば平凡以下さ」

『へぇ~、そんな風には思えないけどなぁ。あれだよね、リト君の場合は「見たければ自力で調べてみたまえ」だよねっ』

「そうだな。別に博士に見られようとどうということはないのだがね、自力で見に来てくれれば構わんよ。流石に今回ばかりは予定が詰まっているから話は難しいがね」

『でも今度からIS学園にいるんでしょ? だったら今度遊びに行くよ!!』

「そうか。出向いてくれるなら有難い。酒の肴でも用意して待っているよ。期待しておきたまえ、私のオススメを振舞おうか」

『わぁおっ、リト君太っ腹ぁ~!! 楽しみにしてるねッ』

「ふむ。ではまた後日に」

『ばいば~い!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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2.編入

 ISとは、宇宙空間での活動を想定したマルチフォームスーツである。()()()

 篠ノ之束により作成された、女性にしか扱うことのできない超未来製品は、白騎士事件と共に世界へと知れ渡り、瞬く間に世界シェアを一変。表立って言われないものの、それは暗黙の了解として軍用品と化していた。『Infinite Stratos』、通称ISはたった一機で国家軍一つに相当する戦力とされ、アラスカ条約により戦争への投入は禁止されていた。無論、そのアラスカ条約も形骸化しているのだが。

 10年前に登場したこのISにより、世は女尊男卑の時代へと移行することになる。しかし結局のこと、その風潮というのは直接的な力がものを言わせるのではなく、簡単に言ってしまえば調子づいた女が男を見下すだけの非常に、そして実に下らない出来事なのである。

 

 そんな世界の常識をも変えてしまったISを乗りこなすため、日本にはIS学園という教育機関が設けられている。高校卒業程度の学力を身に付けるとともに、ISの稼働を集中的に行い、世界でも限りあるISを自由に扱えるようにする為の専門学校のようなものである。この場合は高等専門学校とも言えようか。

 

 現在午前8時。ラウラ=ボーデヴィッヒはIS学園の職員室を訪れていた。

 本日より一年生として編入する彼女はつい先ほど学園に到着したばかり。これから教員への挨拶である。

 

「教官、お久しぶりです」

「む、ラウラか。久しぶりだな。だが、ここでは教官ではなく織斑先生と呼べ」

 

 入室してラウラがまず向かったのは一年一組を担当する織斑千冬。彼女は以前、ドイツへラウラ達の部隊に教官として趣いた時期があるのだ。

 

「その節はお世話になりました。リヒャルト大尉がこれを渡すようにと」

 

 ラウラが手渡したのはのし紙に包まれた少し大きめの箱だった。わざわざ手書きで『御祝 織斑千冬』と書いてある。達筆な字に思わず感嘆の声をこぼした。ドイツ軍での指導のお礼と教員になった御祝とのことだ。

 

「リヒャルト……ああ、シェーケル大尉か。中々謎の雰囲気を出す男だったな……」

「今でも、何と言いますか……相変わらずです」

「そうだろうな。あの男が変わったなんて言ったら天地がひっくり返る」

 

 大袈裟な、とはラウラは言わなかった。本当にあのリヒャルト=マティーアス=シェーケルという男は色々な意味で規格外なのだ。一年程度の付き合いしか無かった織斑千冬でさえ苦笑するのである。

 

「それと、大尉から言伝が。『近いうちにお会いする』とのことです」

「ドイツからわざわざ来日するということか? 確かシェーケル大尉は専属の技術師だったろう、来るのは難しいのではないか?」

「いや、でも大尉ですし……、」

「あぁ、そうか、大尉だったな……、」

 

 揃いも揃って「そう言えば大尉だし、あの人なら仕方ない」と納得である。これは諦めか。

 

「彼には『ありがとうございます』と伝えておいてくれ。仕事が終わったら中身を見せてもらう」

Jawohl(ヤヴォール). 私はどちらで待機しておけば良いですか?」

「ああ、隣の応接室を開けておいた。そこで待機していてくれ。もう一人編入生がいるんだが、多分そのうち来るだろう」

 

 通されたのはソファーの設置された言う通りの応接室。まだ他には誰もいない。呼びに来るまで待機ということでラウラは素直にソファーに座って待つことにした。

 

「(やはり監視カメラはあるのか)」

 

 視線だけを不自然にならない程度に動かし部屋全体を見回す。四隅に視覚を潰すように、巧妙に外部からは見えないカメラが設置されているのがわかった。一般的な高校とはかなり掛け離れたものではあるが、ラウラは特に驚くようなことはない。そもそも軍属で訓練に明け暮れてきたラウラは学校という場所を知らない。知識教養は訓練の間にスパルタで詰め込まれただけであり、切磋琢磨や競争等は全くの無縁なのである。つまり、これが高等学校相当の場所であると信じ込んでいるのだ。寧ろ軍内部のような適度な緊張感があってこちらの方が少し空気に合っていると感じていた。

 

 しばし静かにピクリとも動かずにいると、不意に応接室入口に気配を感じた。織斑千冬ではない。

 

「失礼します」

 

 入ってきたのは、男子生徒用の制服を着た、ブロンド髪の少年だった。

 

「あ、こっ、こんにちは……じゃない、おはようございます」

Guten morgen(グーテンモルゲン)

 

 初対面、挨拶が出来る辺り礼儀作法はきちんと出来ている。寧ろ自分の方が無愛想すぎる気がしないでもないが、別に大丈夫だろう。ここは軍ではなく学校だ。

 

「えっと、初めまして。僕と一緒に編入する人……で間違いないかな?」

 

 自身なさげに眉を下げて聞いてくる。寧ろそれ以外に誰がいるのかと言いたいが、ここは敢えて突っ込まないことにした。

 

「そうだ。一年一組に入る」

「あ、じゃあ僕と一緒なんだね。僕はシャルル=デュノア、男性操縦者です。貴方は?」

「ラウラ=ボーデヴィッヒ」

「ボーデヴィッヒ、さん、だね。これからよろしくね」

 

 フランス語訛り。という事はフランスからの編入。だとすれば、デュノアという苗字からフランスの民間軍事企業デュノア社の者と推測できる。ラウラと同じ時期なのを見れば、大方織斑一夏関連か。正直なところ今回の編入は任務となるので邪魔だけはしてほしくないと思う。

 それ以上は喋らず、ラウラは眼帯の無い右目を閉じてじっと時間が経過するのを待った。彼女にとって生徒と馴れ合うのは不要な行為でしかないので特に問題は無かった。

 

 一方、ラウラより遅れてやってきたシャルル=デュノアはウンともスンとも言わない目の前の生徒の態度に困惑していた。こんなにも無愛想な人は初めてだ。

 

「(ど、どうしよう……気まずいよ……、)」

 

 応接室に満ちる沈黙。朝のHRまであと15分、シャルルに耐えることは出来そうになかった。何か話題を、と必死に頭をヒネる。

 

「そ、そう言えば、ボーデヴィッヒさんはドイツ出身、だよね?」

「………………………………」

「何かドイツで良いところとか、ある、のかな?」

「知らん。私は軍人だ。観光する暇あるなら訓練をするのが軍人であり、私だ」

「そっ、そう、でしたか……、」

「………………………………」

 

「(気まずいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!!)」

 

 何かもう、泣きそうだ。しかしめげない。

 

「あ、趣味とかありますか? 僕は、」

「ない」

「あ、はぃ……、」

「………………………………」

 

「(僕もう泣いて良いかな……)」

 

 逃げ出したくなってきた。だがこの部屋を出る訳にはいかないし、いきなり立ち上がって狭い部屋をウロウロし始めるのも明らかに怪しいし迷惑極まりないだろう。

 もう何を言ってもつっけんどんな態度で返されてしまいそうだ。本来なら「そんな態度はないだろう」とでも言うべきなのか。しかし初対面相手にそんなことは言えないし、何よりシャルル=デュノア、心が優し過ぎた。それすらも「人それぞれの個性だもんね、仕方ないよね」と割り切れてしまうのである。

 

 必死に、何か話題を。そう思いながら視線を彷徨わせていると、不意に目を開いたラウラと目が合った。

 

「………………………………」

「えっ、と、何、かな……?」

「………………………………」

「………………………………、」

「………………………………」

「………………………………、」

「………………………………」

「……あ、そのっ、ごめんなさぃ……、」

「………………………………」

 

 視線が鋭い。睨まれているのかと思う程に。思わず謝ったがラウラはそれでも無言。しかし、終始シャルルから視線は外さなかった。

 

「(……コイツ、本当に()か……?)」

 

 表には出さず、視線の先でびくびくと肩を震わせるシャルルを見やるラウラ。彼女から見て、シャルル=デュノアという人間は、怪しかった。言っておくがシャルルが立ち上がってウロウロし始めた訳ではないことをここに記述しておく。

 

『人間とは全員が“裏”を持っています。内面、とでも言いましょか。無論、私にだって秘密はありますとも、ええ。ですから、まず人間は疑って下さい。疑って疑って、疑問が全て解決するまで疑い続けて下さい。そうすれば決して騙されないし、裏切られない』

 

 リヒャルトの言葉である。彼の言った“疑う”という行為は、人間の根本的な位置から全力で暴けというものである。正直やりすぎではと思ったことはあったが、それでも彼は間違った事は言っていない。だからこそラウラは会う度会う度初対面の人間を信用するということはしてこなかった。尚、ラウラが完全に心を開いているのは黒ウサギ隊の面々と織斑千冬のみである。

 

「(疑う、か。ここまで顕著に出てくる例は初めてか……他に件があったようには記憶にないが)」

「(こ、コワイっ!! 何、ボーデヴィッヒさん睨んでるの!? バレた!? バレてないよね!? てか軍事関係の人ってバレたらとんでもないことに……!!)」

「(確証はない。が、骨盤の大きさが隠しきれてない。頭蓋骨も男というには些か、女性的過ぎる)」

「(何か言うべき!? で、でもここで『僕は男です嘘じゃないです信じて下さい』なんて言い訳しても逆に怪しいし……………………あれ、僕、詰んだ……?)」

「(そもそもIS学園に入学する程の男性操縦者ならばもっと情報が出回っても良いのではないか? 立ち振舞いも完璧、足捌きも訓練されたソレだ。つつけば出てくることだらけではないか)」

「(あぅっ、何かどんどん眼が鋭くなってく……。お母さん、僕は…………、)」

 

 

 

 いや、

 

 

 

「(待てよ)」

 

 一瞬、小さくラウラの眉根が下がる。同時に、シャルルが一層ビクリと震え上がった。

 

「(結論を急ぎすぎてはいないか? 本当にそんなに容易く答えを出して良かったのか…………いや、否だ。常に疑え、そうだ、あまり早すぎる結論はダメだ。リヒャルトも言っていたし)」

 

 ふっとラウラの視線が外れる。殺気に近いような理不尽さを間近で浴びていたシャルルは思わず溜息。

 

「……はふぅ……、」

「む?」

「にゃっ!?」

 

 大きすぎた。何事かとこちらを向いたラウラに驚いて出た悲鳴に、シャルルは真っ赤になりながら口を塞いで俯いた。シャルルの脳内は、既に羞恥心で埋め立てが完了。恥ずかしすぎて何も考えられなかった。

 

「(何が『にゃっ!?』だよ僕のバカ!! あんなのって、あんなのってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……!! 恥ずかしいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…………)」

「(……可愛い。が、奴は、男……ん、男? しかし今の悲鳴は、女……? しまった、わからなくなったぞ……振り出しからやり直しか)」

 

 

 

 結局、織斑千冬が呼びに来るまでの間、二人はひたすら物思いにふけるという行為に集中するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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3.躍動

『軍人たる者、いかなる時であっても冷静に。例え隣に立つ仲間が倒れようとも、その怒りは自らの心の内にしまいこんで下さい。仲間であっても、友であっても、それを味方だとは思わないことです。情を殺し、そして敵を殺す。悲しむ暇があるならば、己の敵を消すのが軍人なのです』

 

 朝のHRでラウラ=ボーデヴィッヒとシャルル=デュノアは一年一組に編入という事で挨拶を行った。

 ラウラの眼前に真っ先に映ったのは、織斑一夏。元教官、織斑千冬の弟であり、ブリュンヒルデの経歴に泥を塗る原因となった人物だ。一瞬、本気で殺してやろうかと身構えかけたラウラだが、織斑千冬の前であること、そしてリヒャルト=マティーアス=シェーケルの言葉がなんとか己の理性を押し止め、幸いにも自らの拳を固く握り込むだけで済んだ。だが、彼を睨み続けることだけは止めなかった。

 

「(ボーデヴィッヒさん怒ってるよね……うぁぁ、何か拙い事しちゃったかなぁぁぁ……)」

 

 隣で挨拶を終えたシャルルは、自分の近くで殺気を収めようとしない編入生にびくびくと怯えていた。既に顔は真っ青を通り越して真っ白だし、冷や汗が溢れ出して拙い。

 

「ラウラは真ん中の空席を、デュノアは廊下側にある空席を使え。自己紹介は以上とする」

 

 クラスに落ちる沈黙を破ったのは織斑千冬。ホッと空気が少し緩むのが感じた。彼女がいれば、何とかなる気がしたからである。クラス満場一致で。

 シャルルは若干早足でそそくさと。ラウラは堂々と自らの席に向かう。

 

「……織斑一夏。首を洗っておけよ」

「はぇ?」

 

 最前列の一夏の隣を通る時、ラウラは精一杯の殺気をぶつけて行く。しかし一夏はもう一人の男性操縦者シャルルに気を取られていたのか、間抜けな声を上げてしばし固まっていた。

 

「(落ち着け、まだナイフは出番じゃない、教官の前で恥を晒す訳にはいかん、落ち着け、落ち着け私の右手……!!)」

 

 尚、本当にこんな隙だらけの人間地獄送りにしてやろうかと画策するラウラは必死で右手を押さえ付けていた。間抜けな一夏に殺意がわいたのである。傍から見れば「落ち着け、我が右腕よ……!! まだ暗黒竜の力を使うべき時では……っ、沈まれ、ぐあぁぁぁ……!!」的なちょっとどころかかなりイタイ人であった。一夏以外のクラス全員が困惑した目を向けていたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……鬱陶しい……、」

 

 放課後、自分の割り当てられた部屋へと行く為IS学園学生寮の廊下を一人進むラウラは小さく呆れ声でごちた。

 ここの生徒はISという“兵器”に対する認識が甘すぎる。あれはファッションやトレンドではない。競技用と銘打った、()()()()なのである。一度(ひとたび)そのヴェールを脱げば、何千何万者人間を虐殺し蹂躙しかねないのだ。そんな危険な兵器を、安い気持ちで身に付ける者達が、ラウラには滑稽で腹立たしかった。自分は必死に訓練を受けて来ているのに、ここにいる者共はお気楽だ。いや、お気楽が過ぎている。本当だったら教員にでも怒鳴りつけたい程だったが、ラウラの場合はリヒャルトとクラリッサ=ハルフォーフから下手に逆らわない様に固く釘を刺されていた。流石に信頼をおく二人から言われていてはラウラも逆らえない。階級は彼女の方が上ではあるのだが、長く共に過ごしてきた仲がラウラにそういった懸命な判断をさせていた。

 

 割り当てられた部屋についたラウラ。まずドアノブやドアに仕掛けがないかを確認、入室したらすぐさま部屋の隅々まで監視カメラや盗聴器の有無をチェックする。シャワールームや鏡の裏まで入念にだ。こうしたクセは全て軍で叩き込まれたもの。とにかく初めての場所は警戒を怠ることはしない。窓の外を警戒することも忘れなかった。セキュリティは整っていると言われているIS学園だが、高い建物も敷地内にある以上狙撃ポイントがある。ガラスが防弾仕様となっているのである程度は安心できるだろうが、各所に劣化がないかをチェック。狙撃もないと見て大丈夫だ。

 ここまで来てラウラはようやく肩の力を抜いた。毎度の如く調べなければ気が収まらない性分なのである。どっと精神的な疲れがやってきたラウラはベッドに倒れこむ。洗濯されたばかりの手入れの行き届いた布団は柔らかく、いつでも眠れてしまいそうになる。

 

 現在四時半。食堂が開くまでは一時間半と時間があるし、シャワーを浴びるには早い。

 今の内に今日の報告だけあげようかと机に向かいディスプレイを立ち上げる。通信先はドイツ軍黒ウサギ隊だ。

 

『こちらクラリッサ=ハルフォーフ。お疲れ様です、少佐』

「クラリッサか。ご苦労」

 

 通話相手はクラリッサ。黒ウサギ隊副隊長である。

 

「今日の報告をデータで纏めて送る。提出の方は任せた。ああ、それと、教官からリヒャルト大尉に言伝だ。『品物の件、ありがとうございます』と伝えてくれ」

Jawohl(ヤヴォール). ところで少佐』

「なんだ」

『リヒャルト大尉なのですが……こちらを出発する時に何か彼に挨拶はされましたか……?』

「挨拶……あ、」

 

 しまった、とラウラは額に手を置いた。失態だ。

 

『はぁ、ですよね。大尉、大分落ち込んでいらしたので、やっぱり少佐何も言わなかったんですね』

「す、すまない。荷物を纏めるのが予想以上に手間取ってしまってな……」

『だから手伝うと言ったのですよ。今度からは遠慮なく言って下さいね』

「そうする。後、大尉には私が謝っていたと伝えてくれないか? 些か居心地が悪い……」

『いいえ、それは出来ません。きちんと少佐自身が謝って下さい。大尉の機嫌を治せるのは少佐だけなんですから』

「や、ja(ヤー)……、」

 

 件のリヒャルト=マティーアス=シェーケルは、ラウラにゾッコンの技術者である。その忠誠を誓ったとしか思えない従順っぷりは周囲が引くほどのレベルで、黒ウサギ隊の面々はすっかり慣れてしまったが他部隊から見れば不気味極まりない光景だったりする。

 彼はラウラが生まれる前からドイツ軍で技術者として勤務しており付き合いも長い。身辺環境の整備や当時まだ小さかったラウラに教育をしたのもリヒャルトなのだ。つまり、あんまり公で認めたくない事実だが、ラウラにとって父親とはリヒャルトということになる。

 

「な、なぁクラリッサ。その、リヒャルトは今どうしてる? まさか軍を飛び出したなんて事はないよな……?」

『何とか引き止めました。大分骨が折れましたけどね……』

 

 ラウラの預り知らぬところでは、実は激戦が繰り広げられていたりする。外出許可無しに白昼堂々「ちょっとIS学園行ってくる」とジェットに乗り込もうとしたリヒャルトを止めるため黒ウサギ隊が総動員されたのだ。わざわざISまで出てくる事態となり軍内一部が大混乱に陥ったのは秘密である。

 

「そうか、良かった、また大事になったらどうしようかと……、」

『ああ、ありましたね、そう言えば……、』

 

 二人が遠い目で見る過去。そこには一つの苦い思い出があった。

 

 

 

 

 

 それは、まだISが世に広まりきっていない頃。

 

 白騎士事件が勃発して二年。女性にしか扱えないというISに反抗して多くの軍部が起こした大反乱が起こったのだ。

 まだ黒ウサギ隊が無かった時代、ラウラはまだ訓練兵だった。しかしドイツ軍内部からも反乱が起きてしまい、ラウラも例外無く鎮圧の為に動員された。まさか初の実戦の敵が自分の軍とは思わなかった。

 

「ブラヴォー1、こちらスキャット1!! エリア4-7制圧完了した!!」

『ブラヴォー1、了解。ブラヴォー1よりスキャットへ、エリア4-10のシータが押されている。急ぎ救援に向かえ』

「スキャット、Jawohl(ヤヴォール)!!」

 

 隣で無線機に向かって怒鳴り散らすような尉官の隊長。生憎大声を出さないと銃声で声がかき消されてしまうのだ。

 ラウラは素早くG36A2を再装填、前を行く隊長に続く。現在は反乱軍と鎮圧部隊のCQB(近接戦闘)だ。今のところはラウラ達鎮圧部隊が優勢ではあるものの、反乱軍は決死覚悟で戦闘を起こしているため(タチ)が悪い。一発で仕留めなければ、致命傷でなくとも彼らはその命尽き果てるまで鉛玉をばらまき続けるのだ。

 反乱軍の目的とは、ISが出てきた女尊男卑という風潮の廃止。今この戦闘に勝てずとも、戦争においてIS等必要ないという結果さえ残せれば良いのだ。

 

『スキャット1ッ!! スキャット5がやられた!!』

「症状は!?」

『ッ……、もう、無理だ、息、してない……ッ!!』

 

 無線から流れる悲痛な叫びにラウラは唇を噛み締めた。コールサインで名前は出ていないが、スキャツト5はラウラとの同期生だった。別段仲が良かったとか、そういうことはなかったが、今まで一緒だった仲間が消えることに、ラウラは心を締め付けられるような痛みを味わっていた。

 

「各自、警戒を怠るな!! 戦闘域に突入するぞ!!」

 

 隊長の叫びにハッと我に返る。そうだ、今悲しんでいる暇はない。そんな暇があるのなら敵を討たなければ。

 

「……ボーデヴィッヒ。まだ泣くな」

「え……?」

「まだだ。仲間の為にも、我々は勝利を……お前が泣いて良いのは、勝ってからだ。それが聞けないならばここで死ねッ!!」

「ッ」

「お前だけが悲しいとでも思っているのかッ!? お前だけが泣いて良いと思っているのかッ!? 誰がそんな事を言った!? 泣きたいのは貴様だけではない、共に歩んできた仲間全員が、奴の死を認めたくないのだ!! 仲間を失う辛さ等、戦場に持ち込むな!! 我々に必要なのは勝利ただ一つ!! 己の魂に刻め!! 返事はYesかJaだ!!」

「Ja!!」

「よろしい!! スキャット、突撃するッ!!」

 

 構えよ、己の武器を。欲せよ、己の勝利のみを。越えよ、名も無き屍を。

 

「ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!!!!!」

 

 突撃銃(アサルトライフル)が火を噴く。マズルフラッシュが眩しいが、そんなことはどうでも良い。

 廊下の先、角から飛び出してくる影に向かって、無我夢中で引き金を引き続けた。

 

「スキャット4、下がれッ!!」

「が、ぅっ……!!」

 

 突然襟首を引っ張られ下げられる。直後、今までラウラがいた場所の床に銃痕が刻まれた。

 

「バカが!! 弾丸の量を確認しろ!!」

 

 気付けばマガジンは空っぽ。ラウラはのうのうと戦場のど真ん中で空撃ちをしていたのだ。

 いつもなら拳骨の一つや罵倒がもっと飛んでくるだろうが、今は訓練ではない。隊長が廊下の影に身を隠して必死に抗戦をしていた。

 

「グレネードだ、伏せろ!!」

 

 咄嗟に元来た道の方向へ飛び込み、積み重なる死体に身を隠す。刹那、耳を劈くような轟音が鼓膜を叩いた。訓練していたとは言え、戦場で聞く音は迫力と恐怖が違いすぎる。

 

「ぁ、ぎ、……!!」

「隊長!!」

 

 近くに爆風に巻き込まれた隊長が苦しげに伏していた。顔の左半分が見るも無惨に火傷になっており、左腕もあらぬ方向へ曲がっていた。

 

「ぼ、ボーディッヒか……」

「隊長、しっかりして下さい!!」

「ハハッ、叫ぶなボーデヴィッヒ。耳をやられた、何言ったって私にはもう聞こえんよ……」

「そんな、」

 

 隊長の抑える左の脇腹には服の上から血が滲んでいた。近くには血に濡れたハンドガンP8。恐らく隊長が使っていた物だ。廊下には新たに一つの死体が、頭を撃たれて転がっていた。

 

「私は、もう動けん。足が言う事を聞かないんだ……無様だな。一息に頭でも撃ち抜かれて死ぬと思ってたんだが……」

 

 こひゅー、と細い息が漏れている。肋骨が折れて肺に刺さったようだ。

 

「~~~~ッ、ブラヴォー、こちらスキャット4!! スキャット1が負傷した、急ぎ救――――ああッ!?」

「やめろ、ボーデヴィッヒ。私は、死ぬ。助けは、呼ぶな」

 

 耳は聞こえていないというのに、腕にはもう力だって無いはずなのに。ラウラは、どんどんと冷たくなっていく隊長から無線を取ることが出来なかった。

 とんでもなく痛い筈なのに、隊長は笑っていた。それは自嘲気味で、自らを嘲ていた。

 

「あー、フリッツは元気かなぁ……夫にはさよならも言えないのか……、」

「ッ!!」

 

 その目には、薄く涙が溜まっていた。

 

「ダメです隊長!! 貴方には、家族が……!!」

「ボーデヴィッヒ。コイツを」

 

 弱々しい、しかし有無を言わせない声音で隊長が首元の認識票(ドックタグ)を引きちぎってラウラの手に握らせた。

 

「お前は、私の息子みたいだったよ……無愛想で、でもやるときゃ、とことんやってくれる……もう一人の、育てがいのある娘みたいだった……。夫と、息子に、ありがとっ、て……づだ、えで……ごぶっ、ぐ、ぅぅぅ……」

 

 べちゃりと口から血の塊が床に落ちた。もう、持たない。

 

「イヤです!! 自分で、ご自分で言って下さいッ!! 私には、こんな……っ」

「たのむよ、()()()

「……ぁ……、」

「わ、だじの……さい、ごの、おねがい……だがら……」

 

 今までずっと追いかけてきた背中。先輩として、分け隔てなく、厳しく、そして徹底的に戦い方を教えてきてくれた隊長が初めて見せた、優しい表情。

 ラウラは、小さく頷くしか出来なかった。

 

「……あり、がと……らう、ら……」

 

 最期に、彼女は小さく笑った。涙を流しながら、ニッコリと。痛いだろうに、悲しいだろうに、悔しいだろうに、その笑顔はとても美しく、ラウラは目が離せなかった。

 

「隊長ッ!!」

 

 ラウラの握る彼女の右手から、力が抜けた。もう、彼女は、隊長は、息を吹き返さなかった。

 

「ぅ、ぁ、あ……、」

 

 ボロボロと、ラウラは涙は零した。あんな言い方は卑怯だ。自分を、娘だなんて。遺伝子強化試験体(アドヴァンスド)の出来損ないを。

 

「ぁぁあああぁぁぁっ、うあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!!!」

 

 嘘だ。これは、嘘なんだ。悪い夢だ。悪夢だ。誰かが私に見せる悪夢なんだ。覚めてくれ。夢なら今すぐ、こんな悪い上段は止めてくれ。お願いだから、私を現実へ戻してくれ。

 

「隊長!! 目を、目を覚まして下さい!! 隊長っ、たいちょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 いくら肩を揺すっても、いくら叫んでみても、いくら涙を流してみても、決して、彼女は生き返らない。

 

「(わかってる!! わかってるさ!! でも、でも……ッ!!)」

 

 諦めきれなかった。これが現実だと、夢なんかじゃいと、ラウラはわかりきっていた。だけど、こんなにも優しい人を失ったという悲しみが、それを認めようとしない。矛盾がラウラを苦しめていた。

 

『スキャット4!! 何があった!?』

「………………隊長が、隊長が……!!」

 

 言えなかった。言ってはいけない気がした。それを自分の口から言ってしまっては、それを認めてしまうことになるから。認めたくなかったから、隊長が今どうなったかなんて、言えなかった。

 

『――――スキャット4、今すぐそこを離れるんだ!! 撤退しろ!! 敵小隊がそちらに向かっている……!!』

「そんな、だって、隊長が……、」

『知っている!! だからこそ、これ以上仲間を失わない為に言っているんだ!! すぐにスキャット2、3が合流する!!』

「隊長は死んでない!!」

『死んだ!! 彼女は命を落とした!! バイタルは全て停止だ!! 言っている意味がわからないのか!? 貴様が見ているのは死体だ、屍だ!! 貴様が守る者ではない!!』

「違う!! 隊長は、死んでなんか、死んでなんか……、」

 

 隊長は死んだんだ。死んだんだよ。ああ、命を落とした。そうだ、それが現実なんだよ。

 

「嫌だ!! 認めないッ、そんなの、認めるものか……!!」

「スキャット4!! 何やってるんだ!! 早く立て!!」

「隊長がッ!! 隊長がまだいるッ!!」

「うるせぇ!! 黙ってこっち来いガキが!!」

 

 こちらへと走ってきた副隊長がラウラの腕を掴めて引っ張る。嫌だ嫌だと駄々をこねる子供のように、ラウラは抗う。

 刹那、廊下の向こう側から影が踊りだして来た。こちらと同じG36A2。しかし、ソイツは反乱軍だ。

 銃口から飛び出した弾丸が飛来する。ラウラの肩に、太腿に突き刺さり血が噴き出す。

 

「ぁっ!? ひっ、ぃぃッ、が、ぁあッ!?」

 

 激痛。意識が飛び、また痛みで覚醒する。チカチカと明滅する視界と、そこから自分が床に倒れたのを察知する。

 

「ケッ、アドヴァンスドの欠陥品かよ。ゴミが」

 

 副隊長は、頭を撃ち抜かれていた。当然のごとく息はしていない。

 

「あーあ、こんな奴殺したってゴミ撃つだけじゃんか。戦果にならねぇっつの」

 

 うだうだと銃を持った男が呆れた顔でこちらを見下ろす。

 

「まぁいっか。動けるんだったら邪魔だし。死ねよ」

 

 男がP8に持ち替え、その銃口がラウラの口をこじ開けた。冷たい金属の感触に震えが止まらなくなった。

 

「や、やめ、」

「きひひ、いい顔してんなぁ。ま、もうさいならだけど」

 

 引き金に、指がかかり、

 

 

 

 

 

 

 

 ――――刹那に、銃声が響き渡った。

 

 

 

 

 

「ッ!?」

「あぁ?」

 

 目の前のP8が、弾を吐き出した。

 

「……は、ぁ、ぇ?」

 

 一向に、痛みは来なかった。

 

 

 

「おやおやおやおや、私の生徒に手を上げる強姦魔は貴方だったか」

「か、体が動かねぇ……!? クソッ、テメェ何しやがった!!」

「何って、動きを止めさせてるだけんだがね?」

 

 現れたのは、リヒャルト=マティーアス=シェーケル中尉。防弾チョッキもヘルメットすらも身に着けず、ドイツ軍開発部の制服を着て悠々と戦場のど真ん中を歩いていた。

 

「仕事で遅れてきたら人数が減っているし。よくもまぁ好き勝手してくれたものだよ全く」

 

 はぁ、と落胆の溜息を吐き出すリヒャルト。隙だらけなその態度は、男であればいつでも撃てたはずだ。しかし、男は動けなかった。金縛りのように指先まで、首以外が全て動かなくなったのだ。

 

「さあボーデヴィッヒ。ちょっとお口を失礼するよ」

「ぁッ!?」

 

 ラウラの小さな口に、リヒャルトの指が銃との隙間から入る。すぐに彼は中から目的の物を取り出すとついでに銃も口から外した。

 唾液まみれのリヒャルトのに握られていたのは、弾丸。P8から銃声と共に吐き出された筈の弾だった。

 

「なんでだよ!? 俺は今確かに撃った筈だろォ!?」

「ああ、確かに君はUMP……P8の引き金は引いたさ。だけどその弾丸は彼女の喉を貫通する前に口内で止まっただけのことさ。わからないのかい?」

「ありえねぇんだよそんなことは!! クソッ、殺してやる!!」

「無駄だよ。貴方は絶対に拘束から逃れられない」

 

 男が必死に動こうとするのを、リヒャルトは感情のない笑みで観察し、ラウラはポカンと唖然とした表情で見ていた。

 

「ちゅ、ちゅう、い……?」

「どうしましたか、ボーデヴィッヒ。少しは落ち着きましたかね? 事前にお花を摘みに行って正解でしたね。さっきの貴方なら失禁してたでしょう。これ以上余計な噂が広がらずに済みそうです」

 

 ラウラの方を見ないリヒャルト。ただその言葉の節々が不気味に聞こえたのは気の所為ではない。

 

「さぁ、ボーデヴィッヒ。これを持ちなさい」

 

 リヒャルトがラウラを立たせて持たせたのは、血濡れのP8。紛れもなく、隊長の物だ。

 

「これで、彼の額を撃つだけの簡単な任務。勿論出来ますね?」

 

 その目は「やれ」と言った。命令ではなく、お願いとして。

 

「傷は()全て完治させたので問題ない。さぁ、しっかり狙いをつけて、赤い花を咲かせましょう」

 

 言ってることはわからなかった。それでも、やらなければならないことはわかった。

 P8のマガジンを確認。弾丸は充分ある。後は狙いをつけ、引き金に指をかけ、引く。この間、一秒。流れるような動作でP8を構えたラウラは、男の眉間を撃ち抜いた。

 

Wunber(ブンダバゥ). よくできました」

 

 ぱちぱちぱちと戦場には不釣り合いな拍手を鳴らす。

 

 意味が判らなかった。自分が今何をするべきなのか、自分は今何者なのか。移り変わる状況についていけないラウラは文字通り混乱の中にあり、リヒャルトの言葉を全て鵜呑みにしていた。

 

「さぁ、ボーデヴィッヒ。蹂躙しましょう、戦場を。陥れましょう、仇敵を。絶望させましょう、人間を。我々に必要なのは勝利だ。わかるね?」

「……Ja(ヤー)

「ふむ、よろしい。ではそこに立っていて下さい」

 

 刹那、廊下が揺れた。すぐそばの壁と床を突き破って機械の塊が顔出したのはそれから僅かに5秒だった。

 

「君には最高の特等席を用意した。私が戦場における虐殺を教えてあげるので、きちんと見ていて下さいね」

 

 機械の塊のハッチが開く。リヒャルトに促されて中に入ると、そこは多くの機器に囲まれた狭い場所。彼の腰をかける席の後ろ、少し高い位置に設置されたシートにラウラは座らされた。

 

「しっかりシートベルトをしてレバーに掴まって下さい。気持ち悪くなったら吐いても構いませんよ。というか、初めて乗る人はどんなに酔いに強くとも酔いますので」

 

 ニコニコと楽しげに鼻歌を口ずさみながら彼は機器を弄る。

 

「さて、では行きましょう。大量虐殺の始まりです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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4.乱雑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 反乱軍は全滅した。

 そこらじゅうに転がる炭化した塊は、全て人間だったものだ。過去の遺物だ。ひっくり返る戦車も、ひしゃげて転がる銃火器も。全部が全部、戦争の爪痕なのである。

 

「ふむ、結果は上々。これで3000人は消えたかね」

 

 そんな終わり切った戦場の真ん中に佇むリヒャルト=マティーアス=シェーケル中尉は満足気に頷き自分の真後ろを見た。

 

「わかるかねボーデヴィッヒ。これが戦争だ。これが虐殺だ。これが蹂躙だ。圧倒的力でもって容赦なく敵を捻り潰す、これが全てだ」

 

 兵法など、戦術理論など、そんなものはいらない。真正面から堂々と押し潰すのだ。

 

「ボーデヴィッヒ。力をつけなさい。相手を捩じ伏せる、確かな力を。この先の時代、力なきものにあるのは死のみなのだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日以来、軍部の人間の絶対数が減ったとラウラ=ボーデヴィッヒは思う。

 あの日、リヒャルトはISを持ち出させることなく反乱軍を全て殺して見せた。彼にはそれだけの力があるのだ。

 

「ともかく、大事にならなくて良かった。また連絡する」

『はい、いつでも回線は開けてますのでどうぞ。では』

 

 通信が切れる。盗聴はされていない。

 

 ――――さて、どうしようか。

 

 報告はいつもの癖で手早く終わってしまったし、また通話をし直すのは気が引けた。

 

 ――――大尉に謝っておくか……。

 

 不本意だが、と上部では考えつつ、やっぱり無意識の底ではほんのちょっぴり申し訳なさがあった。何だかんだでやはりラウラが頼る父親像を持つのはリヒャルトなのだ。

 

『おや、どうも少佐、三日ぶりですね』

「あ、あぁ」

 

 画面の向こうに映ったリヒャルトはいつもの如く飄々とした態度でいる。しかし、ラウラにとってわかったのはリヒャルトがいつもと違うということである。普段通りの彼であれば皮肉の一つでも言いながら応じるのだが、今回はそれがなかった。

 

「あー、その、大尉……怒ってるか?」

『怒る? 私が? ご冗談を少佐、私がそんな人間らしい人間に見えますか?』

 

 回答は、普段ならNein(NO)と答えるが、今回ばかりは違う。

 

「……その……、出るときに、挨拶ができなくて、……謝罪する」

『……ああ、その事でしたか』

「す、すまなかった。言い訳はしたくないが、本当に忘れてしまっていたんだ……いつも世話をかけているのに。……自分が恥ずかしい……」

『お気になさらずとも大丈夫ですよ』

「し、しかしだなっ、」

『またハルフォーフ大尉が少佐に仰ったのでしょう? よくわかりますよ、彼女は貴方を大事に思ってますから。こんなに回りくどいことなんてしなくとも良いのにねぇ。私は気にしませんよ、少佐はきちんと反省されているようですし』

 

 クツクツとリヒャルトが喉の奥で笑った。

 

『ありがとうございます、少佐。わざわざ私ごときに目を向けて下さって。部下として感激です』

「あまり自身を愚弄するな、大尉。貴方は私達をずっと支えて来てくれただろう。私は、感謝しているんだ」

 

 ――――貴方の娘として。

 

 気恥ずかしさにその言葉は喉まで出かかって止まり、ラウラは赤くなって俯き黙り込んだ。

 この世に生を受けたときからラウラの隣にいたのはいつだってリヒャルトだった。だからこそ、やはり彼は父親なのだ。本当だったらまだ未熟だったあの頃のように彼の後ろを一生懸命について歩き回りたかった。敬語なんて使わないでいてほしかった。

 でも、そんな我が儘は通らない。ラウラがラウラ=ボーデヴィッヒ少佐であり、リヒャルト=マティーアス=シェーケル大尉だからである。

 

『少佐の感謝ですか。嬉しいですね、大事にするとしましょう』

「……………………………………………………、」

『クフフッ。そんな顔もできるんじゃないか、()()()

「ッ、」

『安心してくれ、こうして声が聞けただけで嬉しいよ。ありがとう』

 

 力があっても化物にはなるな、常に人間らしくあれ。

 

『学園生活、何かとあるだろうが頑張ってくれ。また会おう。…………では少佐、これで』

 

 通話が終わる。

 

 いつ以来だろうか、彼がこうした表情をするのは。ラウラを全うな、強い人間として、人間らしくない彼が育て始めて。

 

「……今度は、土産話でも考えないとだな」

 

 そう言いつつ、ラウラはまたベッドに倒れ込み、しばし仮眠をとるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしよう……、」

 

 誰かにそれを告げるわけでもなく、トイレの個室でシャルル=デュノアは――――否、シャルロット=デュノアは独り呟いていた。

 彼は本来“彼”でなく“彼女”、つまりは生物として女の部類に入る人間だ。シャルルという名も偽名である。彼女は男性操縦者という偽物の経歴を堂々掲げてこの学園に来ていたのだ。

 何故男装をしたのか。別に彼女に男装癖があるわけではなく、言ってしまえば裏社会の事情を抱えた厄介事なのである。

 そんな彼女が学園内で数少ない男子トイレの個室にこもって唸っているのにも訳があった。

 出来事は今朝一番のこと。挨拶の前に待合室で一緒になったラウラ=ボーデヴィッヒに関してだ。

 

 ――――もしかして、バレた……?

 

 ラウラは今朝、シャルロットのことをじっと観察してきた。それも、疑問を抱きながら。こちらの抱えている闇を見透かすかのように。

 シャルロットは授業中も気が気でなかった。もしもこのことを別の誰かやどこかへリークされたら……、ゾッとして背筋が冷たくなる。しかもラウラはドイツの正規の軍人だ、軍に伝わればもしかしたらが有り得てしまう。学園潜入初日から前途多難が過ぎてしまい、そろそろ胃にも穴が空きかけていた。

 

 ――――でも、軍人にバレるなら織斑千冬(ブリュンヒルデ)にもバレるんじゃ……?

 

 少しばかり考えてみて、そう言えばブリュンヒルデは何も言ってないなと思う。既にバレていたとして、何のアクションも起こさないのは余裕の現れか。ともかく、ブリュンヒルデはシャルル=デュノアを眼中にいれていないことになる。ならばバレていたとしてもさほど問題は無いと見て良いかもしれない。

 しかしラウラ=ボーデヴィッヒはどうだろうか。下手にドイツ軍へ伝わりでもしたらそれこそ大事になる。

 

 ――――しばらくは様子見かな……。

 

 しかしここで派手なアクションを起こすのは愚の骨頂。焦らず慎重に動かねばならない。警戒はしつつ、任務を続行する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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5.暗闇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うむ。うむ、いいね、完璧ではないがノルマ的には充分だ」

 

 一人、薄暗く広い部屋の中、人とは比べ物にならない大きさの機械の塊の前でリヒャルト=マティーアス=シェーケル大尉は満足気に頷いた。

 

「さて、あとは共にスタートを切るだけだ……クフフッ」

 

 クツクツと、彼の喉が低く笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学年別トーナメント、その前日の夕方を過ぎて空がいよいよ黒くなり始めた頃のこと。

 机に向かってメールのチェックをしていたラウラ=ボーデヴィッヒは新着で届いたばかりのメールを訝しげに睨んだ。

 

「……学年別トーナメント、抽選……」

 

 そう言えばいつだったかの朝のホームルームで言っていたなと思い出す。

 内容は名称通りシンプルに、二人一組の生徒達がISを駆って勝負を行い優劣を競いあう、一種のエンターテイメントじみた行事である。

 

「メンバー登録をしなくとも、抽選で組まされて結局は強制的に参加となるのか」

 

 実際ラウラはタッグを組む相手を決めてなかった。もともとこういった行事がどうでも良いと思うのもそうだが、例えタッグのメンバーがいなくとも勝てる自信があったからだ。

 国家代表候補生程度とはレベルが違う、本当の人殺しの術を生まれてから休みなく叩き込まれてきたのだ、遊びとは訳が違う。

 

 メールの内容はこうだ。

 タッグでの申請が出されなかったので学園側が抽選を行ってタッグの相手を決めたということ。そのタッグを組む相手とは、

 

「……篠ノ之箒……束博士の妹、か」

 

 かの有名な、ISの生みの親。その妹だ。

 

 

 

 ――――で、それが何か意味のあることですかね?

 

「ハンッ、それが何だ」

 

 フッと不敵な笑みをラウラは一人浮かべた。

 

 篠ノ之箒の姉があの束だとして、それに一体何の力があるのか。答えは、なしだ。篠ノ之箒が一人の人間であり、それが篠ノ之束になる訳ではない。

 リヒャルト=マティーアス=シェーケルは言った。他人は他人、自分は自分でしかない。それが成立しないのであればそれは自分ではない他人であり、自分が進む場所ではない。考えるのが面倒になったら自己中に生きて自己満足で死ねばそれで良いと。

 

 取り敢えず、明日ラウラは学年別トーナメントに参加するのが決定した。丁度良い機会だ、兵器という存在の恐ろしさをしかと見せ付ける時でもある。

 ドイツの恥とならないよう気張るとしよう、そう誓ってラウラはディスプレイの電源を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして翌日。学年別トーナメントの開会式が始まる。

 

「ちょっ、大尉っ、画面見えないじゃないですかッ」

「そりゃこんな手持ちのタブレットに10人近く群がれば当たり前でしょうに」

 

 ここはドイツ軍のとある休憩室。そこを堂々占拠しているのはドイツ軍で最大戦力の黒ウサギ隊の面々だ。訓練を途中で放り出してきたのか、正装ではなく皆が身体のラインがはっきり浮き出てしまうISスーツのままの格好だった。唯一、紅一点の反対、一人だけの男のリヒャルト大尉はよれよれの白衣であるが。

 そんな彼が眺める最新型のタブレット端末へ、女達が姦しく、そして喧しく群がってきゃいのきゃいのと声を上げるのである。その数が10人に届きそうな為肩や身体が互いに当たり合うのは当たり前であり、リヒャルトにも容赦無いボディタッチが無自覚のうちに行われてしまっているのである。しかしとうの本人は嬉しそうにはせず、寧ろ鬱陶しいと言わんばかりの態度と表情だった。

 な何故こんなことになっているのか。僅か数分前のこと、同じ黒ウサギ隊のラウラがISが学年別トーナメントに出ることを思い出した隊員達が急いでディスプレイを探していると、たまたま休憩室でタブレットで学年別トーナメントの様子を眺めていたリヒャルトを目敏(めざと)く見つけ、他の場所へ移動するのも面倒になった隊員達。次々とリヒャルトの周りに集まり始め、最終的には押しくらまんじゅうの状態になったというわけである。

 

「少佐の活躍くらいゆっくり見せてくれませんかねぇ……」

「抜け駆けはズルいであります、シェーケル大尉ッ」

「そーだゾ、皆少佐が見たいんだゾ!!」

「た、大尉だけ独り占めはダメですぅ!!」

 

 げっそりとリヒャルトの影が濃くなった、そんな気がする。

 

「……全く、私は静かに見たいのでこれは貸してあげます。後でちゃんと返してくださいね」

「へっ、あれ、シェーケル大尉!?」

 

 近くにいたクラリッサ=ハルフォーフ大尉にタブレットを半ば押し付けるように手渡すとリヒャルトはすたこらと人混みから脱出、全力疾走をしているわけでもないのにあっさりと休憩室から姿を消した。

 

「珍しいでありますな、シェーケル大尉が少佐の舞台でああもあっさりしておられるのは」

「何か変だゾ」

「ど、どうしちゃったんでしょうか……」

 

 思い思いになんだどうしたと言う。クラリッサも、ラウラに対しては誰よりも真摯であるはずのリヒャルトの態度に少し違和感があった。

 

「あ、トーナメント発表されましたよッ!!」

 

 数瞬ほど呆けていた皆がその声にハッと我に返り、タブレットの画面に皆が目を向けた。

 

 

 

 ――――それは無論、当地にて試合に出場するラウラ自身も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Aブロック第1回戦。

『織斑一夏、シャルル=デュノアペアvs.篠ノ之箒、ラウラ=ボーデヴィッヒペア』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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6.予備

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこはどこだろうか。ただ一つ、言えることは。

 

 

 

 

 

 この場所が地図にも、衛星にも映らないことである。

 

 

 

 その地に一つ、巨大な影が空から轟音と共に降ってきた。

 長さは20m、幅もそれに負けていない、高さも負けず劣らずだ。見た目は(サソリ)に近いか。大地を踏み締める1対3組の太い脚、それが支える堅牢な胴体。艦尾に担ぐのは尻尾ではなく6角形の箱を3つだ。

 

 サソリの着地に地面が沈め込みながら揺れた。

 周辺に見える景色はただの研究施設のような白い建物とそれを取り囲む茂みや林だけ。その隙間から慌ただしく武装した、ゴツゴツとした駆動装甲(パワードスーツ)をまとった者達が現れた。EOSをかなり改造した物だ。

 

『歩兵を出すとは、判断を誤ったかね。これから行うのはCQBではないよ。徹底的な破壊と虐殺だ』

 

 サソリから聞こえる男の声が嘲笑うかの様に響くが兵隊は止まらない。腕に抱える常人には到底扱えない大きな銃器、アンチマテリアルライフルの弾丸を秒間4発放つトンデモ兵器を、スーツのパワーアシストを得て撃つ。

 

 しかし、

 

「なっ、AIC!?」

 

 銃口から飛び出した弾丸はサソリに命中せず、その前方の空間で時が止まったかのように運動を停止した。それは誰がどう見ようとも、ドイツ製ISの第3世代兵器のものだった。

 

「嘘だろ、ISじゃないのに!?」

『誰がいつAICはISでしか使えないと言った?』

 

 バラバラと弾丸が重力に捕らわれて地面に落ちると同時、巨大なサソリが巨体とは想えない機敏な動きを見せた。目が霞む程のスピードで6つの脚が動き出し瞬く間に装甲兵士達に接近して僅か1秒で10人をその太い脚でもって踏みつけた。金属が潰れる音と、血肉の塊がぐちゃぐちゃになる音が連続して響く。

 恐れをなして逃げ出す兵士達だが、サソリはそれを決して逃さず、的確に、そして迅速に潰していく。

 

「ッ、後方支援部隊に通達だ!! 防衛ラインをαまで下げろ!!」

 

 部隊の外側、サソリの行動範囲の外側にいた者達が銃器で牽制しつつ下がり続ける。

 

『窮鼠は猫の耳をかじれるかな?』

 

 ポツリとサソリがこぼした一言の刹那である。撤退していた部隊の駆動装甲が瞬間的に文字通りバラバラに部品単位にまで解体された。

 

『博士、2秒の遅刻だ』

「ぶーっ、リト君のケチんぼッ!!」

 

 ぷんぷんと幼子のように頬を膨らませてガラクタと化した山に着地して現れたのは機械のウサ耳が特徴的な、メルヘンなデザインのドレスを着た若い女性だ。サソリが博士と呼ぶ彼女こそ、あの篠ノ之束である。

 

『私が神経質なのは知ってるだろう? 今度からは気を付けてくれたまえ』

 

 サソリの、言葉に「ハイハイ」と面倒臭いと言わんばかりの態度をとる彼女だが、一般的に見てこの光景は本来有り得ないと言えた。篠ノ之束と言えばISの生みの親であり、ある一部の限られた数人以外とは口を聞くことはないと言われるくらいに自分勝手な人物なのだ。

 

『そら、次だ。私は予定が詰まっているのでね』

 

 サソリの顔の位置にある赤いセンサーアイが向く先にあるのは施設に入るための入口。各所に展開されていた部隊達が次々とその中へ下がっており、それを援護するようにまだ攻撃は続いていた。

 

「リトくぅ~ん、移動面倒臭いから乗せてってぇ~」

『勝手に捕まっているがいいさ。振り落とされても責任はとらんがな』

「えぇ~? そこはほら、束さん女の子だから男の子がエスコートするんだよ?」

『私が全うな男だとしたら、この世はとっくに終わってるさ』

 

 戦場にいるとは思えないような軽快な会話。篠ノ之束はケラケラとあっけらかんに笑い、人間離れした跳躍力でサソリの上に一息で飛び乗った。

 

『博士、そこにいると巻き込まれるぞ。6角形の箱の上に乗ってくれ』

「ああ、こっちね。じゃあ何かしら始まるのかな?」

『ちょっとした、浪漫のギミックさ』

 

 甲高く空気が抜ける音が短く鳴るとすぐにサソリに変化が現れた。真ん中の左右の脚が関節を回転させて真上を向くと同時に胴体の中央の部分がその脚部ごと持ち上がって、今度は前後の脚部が真ん中の脚があった場所に寄り添って下半身が出来上がった。それは四足の下半身だ。その上半身、持ち上がった胴体の3分の1と一対の脚。あの太かった脚が3つにバラけてしまった。

 

「四脚阿修羅とか、中々ツウだねリト君」

『最低限で飾るのも否定はしないさ。しかし戦術における役割において戦意の上昇低下は大切だよ』

 

 ことのつまり、この四脚阿修羅は相手の戦意低下というプレッシャーを与えるシルエットを作り出す為でもある。

 

『私はとことん実戦向きの人間さ。また戦争でも起きないかね。第二次大戦なんて特に楽しかったよ、ヒトラー君のアレは異端過ぎて悪くは無かったんだがね、やはり人間が根本的に嫌うことは世界に否定されるみたいだ』

「束さんはまだ生まれてないからなぁ。よくあんなので戦争しようと思ったよね、束さんだったらもっといいの作ったのに」

『時に調和というものも大事なんだよ、博士。君のお陰で何もかもが狂ったがね』

 

 四脚阿修羅の腕にはそれぞれ一対のガトリングガンとパイルバンカー、レールガンが一門に120ミリ砲が一門となっている。まさに凶悪な兵器だ。

 そのうちの120ミリ砲とレールガンが兵隊の群れと白い施設へ向けられ、銃口からマズルフラッシュが吐き出される。轟音が、衝撃が、兵士を貫き施設を破壊する。

 

『蹂躙されろ、虐殺されろ、踊れ、逃げ惑え、死に絶えろ』

 

 呪詛のように、重みをもって紡がれる言葉一つ一つが、まるで彼らを一人一人嬲り殺すように。みるみるうちに、四脚阿修羅と篠ノ之束の前から敵の影が失せていく。

 

『博士よ、あまり悠長に構えるようであれば私が全て貰ってしまうぞ?』

「ダメだよそれは。束さんだってイライラしてるんだから。出来損ないの役立たずは消えてもらうに限る」

 

 篠ノ之束が飛び上がり、頭を踏み台にして跳躍する。降り立ったのは残り3人となったEOSの歩兵部隊の真ん中。彼らの銃口が彼女を捉える前に、さっとひと振り腕を舞わせる。

 刹那にバラけるEOSと、顕になる生身の身体。その身体に赤い線が刻まれたかと思えば、綺麗な輪切りとなって細かく刻まれた肉の塊が地面に落ちて赤黒い血溜りを作り上げる。

 

『さぁ仕上げだ。汚そう。汚染だ。人間の忌み嫌う、最悪の兵器のお出ましだ』

 

 バシュウッ、と気圧の変わる音と共に、四脚阿修羅の背中にマウントされていた3つの6角形の箱が変化を起こす。平行になっていたものがスライドして一直線に並び直され連結、一番上の箱のハッチが開いて1つの弾頭が顔を覗かせた。

 

 ――――核弾頭搭載型短距離弾道弾。

 

『人間は面白い。矛盾の中で自らが嫌う悪質な兵器を憮然と作り出し行使する。嗤ってしまうじゃないか』

 

 

 

【射出シークエンスに入ります】

 

【カウント、10、――――、】

 

 

 

『恨むのは私ではない、人類だ。自ら首を絞め続ける、愚かな人間どもだ』

 

 

 

【2、1、0】

 

 

 

 背中の筒からミサイルが飛び出す。

 

『博士、どうする? 私はこれからIS学園へ行くが』

「んー、どうしよっかなぁ。別に今行っても用事とかないしぃ。取り敢えず途中までついて行く」

『そうかね』

 

 四脚阿修羅がまた形を返る。一度ソレは本来のサソリの形まで戻り、今度は地面を低く這うように脚部の関節を伸ばして寝そべった。不意に人一人が通れるくらいのハッチが開く。

 

『乗りたまえ。窮屈かもしれないが、狭い場所も中々落ち着けるものだぞ』

「ほいほい、おじゃましまぁす」

 

 篠ノ之束が中に入ると同時、サソリが円盤となり下部のスラスターが火を噴いて空高く浮上。それはまるでUFO(未確認飛行物体)を思わせる軌道で音速をあっさりと超えて空の彼方へ消える。

 

 

 

 ――――代わりに彼の大地へと向かうのは、一筋の死の光だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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7.登場

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『守ってやるよ、ラウラ=ボーデヴィッヒ。俺が、お前を』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不意に視界へ光が飛び込んで来て、ラウラ=ボーデヴィッヒは目を覚ました。眩しい。

 遮光性の無い薄地のカーテンの向こうから透けて真っ赤な夕日が照っていた。

 

「やっと気が付いたか」

 

 呆れを含んだ、聞き覚えのある声が横合いから聞こえる。織斑千冬の凛とした、己の敬愛する教官の声だ。

 

「きょう、かん……、」

「織斑先生だと言っておろうが。学習しない奴は補修対象だぞ」

「あぅっ」

 

 額に千冬の、軽いデコピンが当たる。無論痛いハズは無いのだが、ヒリヒリとした感覚に意識はあっさりと覚醒へ向かう。モヤがかかっていた意識と思考もハッキリしてくる。

 

「織斑先生、私は……あの時は、何が、あったのですか?」

「……まぁ当事者だからな。教えてはやるが他言無用だ」

 

 人差し指を口に当てて片目を瞑って言ってくる千冬に、ラウラは頷く。

 

「VTシステム。詳細は知っての通りだ。それが、お前のISに積まれていた。一定条件を満たさない限り、そのシステムの存在さえも浮き彫りにならない程、巧妙に隠されて細工されていたんだ」

 

 V(ヴァルキリー)()T(トレース)()S(システム)。過去のモンド・グロッソにおける部門受賞者(ヴァルキリー)の動きを模倣(トレース)するシステムの正式名称だ。こうして公にシステムという存在が明らかになっており、しかしこのVTシステムはIS条約により研究、開発、使用等の全てが禁止事項とされている。

 

「私が、貴方を……教官のようになりたいと、少しでも、望んでしまったから……そう、なんですね」

 

 嗚呼、情けない。シーツを握り締め、ラウラは固く口を引き結んだ。

 

「ラウラ=ボーデヴィッヒ。お前は、誰だ?」

「私、は……」

 

『では問いましょうか、少佐。貴方は誰だ?』

 

 答えは、何だろう。私はラウラ=ボーデヴィッヒであると、胸を張って言えるのだろうか。それは、はばかられることではないだろうか。他人になろうとした私等、ラウラではないのではなかろうか。

 

「答えが無い。それはつまり、お前はラウラでも誰でもない、そう言うことだ」

 

 ズブリ、と。言葉の刃が深く深く胸の奥を貫いて行く。

 

「だからこそ、丁度良い。お前はこれからたっぷりと時間をかけて、ラウラ=ボーデヴィッヒとなれ。悩むだろう、辛いだろう、もしかしたら絶望もするかもしれん。だが、諦めるな。お前はまだ若い。悩める時間も、何もかもがたっぷりと有り余る。小娘なら小娘らしく、振舞って苦悩することだ」

 

 その言葉に、ラウラは訳も分からずポカンと口を開けていた。それは千冬なりの励ましの言葉だったのだ。返す言葉が見つからない、そんな表情で固まるラウラに、千冬はフッと笑みを零した。

 

「お前は私にはなれんよ。私は、私だ」

 

『少佐、わかりますか? 私は私で、貴方は貴方だ。大尉が大尉であるように、個人は個人。AとはAにしかなれないのです』

 

 記憶の奥に紛れていた言葉がリフレインする。ラウラは、それを覚えていながら忘れていた。いらぬ執着だけに固執し続けて、見失ってしまっていた。本当に、何をしていたんだろうと思う。

 

「ああ、そうだ。ラウラ、お前に朗報だ。私達には悪報だが……、」

 

 しかし、途端に千冬の顔に暗い影が落ちた。何事だ。既に彼女の顔は疲労で青くなる一歩手前だ。

 

「……動けるようになったらでいい。あの人を……シェーケル大尉をどうにかしてくれ」

「は……えっ?」

 

 はい、と言おうとして何故そこで彼の名前が出てくるのか、ラウラには理解不能過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにこの紅茶、不味い」

「安物なんだから我慢したまえよ博士。こうして有無を言わず上っ面だけでも美味しいですよと表現するのが礼儀というものだ」

「でもそれって結局は不味いと言ってるのと同義だよね」

「そうだね」

 

 目の前の男女の何気ない雰囲気の会話に、山田真耶は何も言えず冷や汗をダラダラと止めど無く流しながらカチコチに固まって静止していた。下手をすればそろそろ心臓まで止まりかねないほどに。

 現在この応接室には真耶含め3人の影がある。向かいに並んで座る男女の内、1人は機械の兎耳にメルヘンなドレス。出るところは出る、引っ込むところは引っ込むという完璧なプロポーションを誇る女性。隣の長身の男から“博士”と呼ばれる篠ノ之束だ。

 男の方は高い背に短く乱雑に切られた赤い髪、ギラギラと不気味な鋭さと光を宿すグレーの瞳、筋肉質でありながら身長の割には少し細い身体の、乱れた白衣を着たドイツ軍属のリヒャルト=マティーアス=シェーケル大尉だった。

 2人の交わす会話は遠慮というものが無い。相手に失礼だと思えることさえ堂々口に出してみせる。しかし真耶に反論する勇気なんてこれっぽっちも微塵も無い。もし反論して機嫌を損ねればどうなるのかわかったものではないと反応が理解しているからである。

 

「(お、織斑せんせぇ~、助けて下さいぃぃぃ……!!)」

 

 もう泣きたい。どっかに逃げ出してしまいたい。取り敢えず、この部屋から脱出したい。

 そう言えば何故自分がこの2人の接待を任されてしまったのか、今になって沸々と疑問に加えて小さな憤りが沸いてくる。おかしい、絶対におかしい、何故高々普通の教師がISの生みの親とその彼女に気安く話しかける得体の知れないドイツ軍人の相手をしなければいけないのか。計画した奴は末代まで呪ってやる。

 

「失礼します。山田君、面倒な事を済まない。ここからは私が代わろう」

「織斑先生だったんですね失礼しましたぁ!!」

「山田君……?」

 

 誰だ織斑先生を末代まで呪うとか言った奴、私がソイツを呪い殺してやろうか。

 訳も分からず矛盾した思考のまま、真耶は晴れ晴れと涙しながら応接室を霞むような速さで退室していった。

 

「ちーちゃんおひさー!!」

「お久しぶりです。織斑閣下」

「こちらこそ、お久しぶりですシェーケル大尉」

 

 束のことをスルーする千冬。ニッコリと裏の読めないリヒャルトにのみ、千冬は穏やかな表情で返事を返した。束は泣き真似をしながら崩れ落ちる演技をしてみせるが、やっぱりスルーする。

 

「ここに来たのは他でもない、少佐のISの修理に来ました」

「それはこちらからも頼みたいと思っていたところです。公にしたくはありませんでしたが、VTシステムが大衆の目に止まってしまいました」

「映像は見ております。少佐はやはり貴方に憧れがあったようだ」

 

 クツクツと、自分の娘分に対して面白可笑しそうに喉を鳴らして笑うリヒャルトに、千冬は相変わらずよくわからないと内心思った。

 

「それでシェーケル大尉。何故この馬鹿が一緒なんです?」

「織斑閣下、残念ながら博士は馬鹿と言える程馬鹿ではないそうですよ。それはともかく、ここに来る際にたまたま会いましてねぇ」

「リト君との共同作業してたんだよ~、ぶいぶいっ」

 

 内容が噛み合っていない気もするが、取り敢えず2人が知り合いでかつ何やら怪しい事をしてきたということだけは直感的に理解した。

 

「何があったかは詮索しませんが、取り敢えずラウラのISのところまで案内します。で、束。お前は帰れ。ここにいると厄介事が起きる」

「えぇ~!? せっかくちーちゃんに会いに来たんだもんお話しようよ~!!」

「もう終わった。だから帰れ。なんならすぐそこの太平洋に流してやろうか?」

「リト君、ちーちゃんと束さんの仲介人を!!」

「嗚呼、残念だ。誠に残念なことだ。私はこれから少佐の為に全身全霊をかけてISの修理を行わねばならない。嗚呼、本当に残念だがもうこの部屋に私はいれないようだ。――――という訳で博士、また」

「リト君のいけずぅぅぅぅぅぅッッ!!!!」

 

 大仰に、ウザったらしいくらいに大振りの演技で、嘘の仮面を堂々被ったリヒャルトはするりと応接室を出て消えた。

 

「そう言うことだ。悪さなんてしてないで、さっさと妹との溝でも無くすんだな」

 

 フンッ、と不機嫌そうにそっぽを向いた千冬はリヒャルトを追って部屋の外へ。応接室には紅茶と束だけが取り残されて、窓の外から鴉がざまぁみろと言わんばかりに鳴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、鴉に馬鹿にされたと思ったから意地になってついてきた、と……ガキか」

「まだまだぴっちぴっちの永遠の17歳だもんっ」

「見苦しい」

 

 結局束は千冬とリヒャルトについて回っていた。

 現在3人がいるのは第3アリーナに併設された整備室の一角だ。今は黒を基調とした専用機のISが1体ボロボロの状態で保管されており、隔離された状態で置かれていた。周りには交代制で警備員や職員が居座っており、このIS『黒い雨(シュヴァルツェア・レーゲン)』がいかに危険なものであったかが伺える。装甲はあちこちが歪んでおり、最早シルエットすらも原型には程遠くなっていた。

 そしてその手前にはリヒャルトが空中ディスプレイを広げて立っていた。これからこのISを1人で直すとのことだが、明らかに機材や装備が足りていない。

 

「シェーケル大尉。本格的な修理は本国でやるので?」

 

 千冬の問いにリヒャルトは「Nein」と首を横に振って否定した。

 

「今ここで、やりますとも。いちいち帰っていては手間が多すぎますから。それに帰らなくとも損壊前にまで回復させることは一晩かからず出来ますし、今回の件もあったのでアップデートも行います。まぁ日付が変わる頃には終わりますでしょうな」

「しかし、機材や材料は、」

「ちーちゃん。リト君はねぇ、今この世界において私と同じくらい天才なんだよ?」

「……天災の間違いじゃないのか?」

「ノンノン。だって、リト君は()()()()()()()()()()()?」

「ま、だ……?」

 

 どういうことだ、と言おうとした時、リヒャルトがディスプレイを閉じてボロボロの黒い雨(シュヴァルツェア・レーゲン)に触れた。気付けばその手には紅のラインの入った黒い手袋をつけていた。僅かにそのラインが淡く発光する。ふむ、ふむ、と、何度も頷きながらぺたぺたと黒い雨(シュヴァルツェア・レーゲン)のあちこちを触っていくリヒャルト。大方殆どの場所を触れたところで、不意に彼は満足気な顔でその場を離れた。

 

「さて。織斑閣下、ここに喫煙所はありますかな?」

「は……? いや、修理は?」

「ああ、してますとも。現在進行形で」

 

 ニコニコと、如何にも裏がありそうでそれを読ませようとしない屈託の無い貼り付けた笑みのリヒャルト。しかし彼は現に何もしていない。手も白衣のポケットに入れたままで動かしてすらいない。黒い雨(シュヴァルツェア・レーゲン)の方を見ても何か大きな変化は無かった。

 

「織斑閣下は吸いますか?」

「…………生憎だが、私は一生吸う気はありませんよ」

「重畳。健康に努めて下さい」

「大尉。残念ながら喫煙所は教職員室付近にしかありませんよ?」

「じゃあそこに行って吸うまでです。どうもこれが無いと、ね」

 

 リヒャルトは懐からブラックレザーのシガーケースをチラチラと覗かせた。本人曰くヘビースモーカーと自覚するくらい葉巻が好きなんだそうだ。

 

「……いや、いいです。ここで吸っても。せめて換気扇の近くでお願いします」

「おや、ありがとうございます。では遠慮なく」

 

 何やら高級そうなギロチン型のシガーカッターを取り出して吸い口を切り落とす。あとはじっくりとガスライターで先を温め、用意してから1分弱でようやく葉巻を吸い始めた。

 

「趣味でもありましてね。博士は臭いから止めろと言いますが、中々乙なモノなのですよ。私にとってはね」

 

 煙が立ち上るのを目で追いつつ戯れて時間を過ごす。リヒャルトは絶えず葉巻を吹かすのを繰り返していた。

 

 

 

 結局、リヒャルトは日付が変わるまで2度とISに触れることは無かったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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8.談笑

 痛みを叫ぶ身体に鞭打って、ラウラ=ボーデヴィッヒは廊下の壁に手をつけながら整備室へ精一杯急いでいた。

 原因は全てリヒャルト=マティーアス=シェーケルだ。あの男が、ドイツ本国からわざわざこのIS学園に来ている。大方学年別トーナメントの件で起こったことの関係だろうということは容易く想像できる。いくら何でも早すぎる気がするが、それはあのリヒャルト大尉だ。何をしでかすかわかったもんじゃない。

 半ば引きずるように脚と身体を動かしてようやく整備室に辿り着く。自動ドアが開くと、突然中から人が飛び出して来て咄嗟に避けようとするも上手く身体が動かなかった。向こうも全く前を見ていなかったようで、止まりもせずにラウラに正面からぶつかってきた。

 

「あっ……!?」

 

 ドタバタと絡まって2人が倒れ込む。ラウラの視界に飛び込んできたのは、水色の髪の少女の、泣き顔だった。

 

「っ、ごめん、なさい……!!」

 

 少女は泣き顔を隠すようにすぐさま駆け出して廊下の先へと消えていった。

 ジリジリと連続的な痛みが身体中を駆けるが痛みを我慢して何とか立ち上がろうと――――するが、身体が言うことを聞かずにガクリと膝から崩れ落ち、

 

 また倒れそうなところで、彼の腕がしかと抱き止めてくれた。

 

「全く、来るなら来ると連絡を下されば迎えに行きましたのにねぇ。まだまだ頑固者のようだ、少佐は」

「た、大尉……っ」

「ああほら、無理はしないで下さい。後に響くといけませんから」

 

 と、リヒャルトは遠慮しようとするラウラを無理矢理持ち上げた。いわゆるお姫様だっこというやつで。

 

「や、やめろ大尉っ!! 私は自分で歩ける!!」

「何を言いますか、1人で立つのも辛いような人が」

 

 降ろせ降ろせと駄々をこねるがいかんせん暴れる訳にもいかない、というよりも身体が中々思うように動かないので暴れられなかった。

 

「織斑閣下も見ていますから、大人しくしてて下さい」

「きょ、教官ッ!?」

 

 リヒャルトの肩越しに見えた人影にラウラは悲鳴のような声をあげた。千冬がニヤニヤと笑いながらラウラを見ていたからだ。

 

「先生、だ。それにしてもラウラはまだまだ子供だな」

「リヒャルト大尉、降ろせッ、降ろしてくれッ!! 教官に見られたくない……!!」

「安心しろラウラ。今きちんと目に焼き付けてやったぞ」

 

 今度こそ本気で逃れようかと必死になるが、千冬の言葉と共に羞恥で顔を真っ赤にしてリヒャルトの腕の中で小さく縮こまった。それが余計に千冬へのサドな感覚を増進させるのが、ラウラには恥ずかしすぎてもう何が何だかわからなかった。

 

「さて少佐に朗報です。黒い雨(シュヴァルツェア・レーゲン)の修理が完了しました」

「…………そうか。驚いたが降ろしてくれ……、」

「残念ながら下ろせそうな場所がありませんのでね。しばらくお待ち下さい」

 

 ラウラを抱えたまま軽々とした足取りでリヒャルトは歩き、ピットの端に鎮座している黒い雨(シュヴァルツェア・レーゲン)の前まで来た。見上げればたった一晩で綺麗な形を取り戻したレーゲンが静かに眠っており、その姿は以前より幾分か凛々しく、そして厳つく見えた気がした。

 

「システム面は全てを1から手直ししましたのでもうVTシステムの起動等を心配する必要はありません。更に拡張領域(バススロット)を拡張して容量を増加。メモリも更に大きいものを積みましたのでAICの処理がより簡単になりました」

「簡単、とは?」

「少佐は普段、AICを使う際は自身も停止、更にはコマンドの為に右手を使用する必要がありました。が、戦闘中に止まることなど愚の骨頂ということで改善策を用意したのです。これで今度からは強度や発生速度もそのままにコマンドを省略してAICが使用可能になりました。後は少佐の意識しだいですので努力をすれば更に早い展開も可能かと」

 

 つまるところ、リヒャルトはAICをイメージさせるだけで発動するようにシステムを組み込んだということま。聞くだけ言うだけならいくらでもできる。しかしそれを実際に実現させるには相当な技術が必要であることはよくわかっている。だと言うのにこの男は、ドイツ屈指の技術屋達が築き上げて来た努力を、たった一晩で、たった1人で塗り替えてしまっていたのだ。

 

「ただ少佐がこの様子ではあと2日は安静にしないといけませんね。取り敢えずレーゲンは待機状態にして持っていきましょう」

「どこにだ?」

「このまま部屋へ。ご安心を、立ち入り許可は貰っていますから」

「そ、そのような問題ではない!! 寮までなら自分で歩けると……!!」

「それでは後の行動に支障をきたし、元のパフォーマンスもできなくなりますがそれで良いと?」

「そ、それは……、」

「無理でしょう? 大人しく安静にしていることです。では織斑閣下、これで失礼します」

「ご苦労様でした、大尉。ラウラ、あまり大尉に迷惑をかけるなよ。返す恩が増えるからな」

 

 千冬の面白がるような笑みに見送られ、2人は整備室を出ていった。

 

「で、束。お前は帰ったんじゃないのか?」

 

 自動扉が閉まり2人が見えなくなったところで千冬は振り返る。そこには篠ノ之束が何食わぬ、しかし何か裏がありそうな、機械で作ったような作り笑顔で立っていた。

 

「やだなー、久々にちーちゃんに会いに来たんだからさっさと帰る訳ないじゃーん。リト君もいるしぃ、まだいっくんと箒ちゃんには挨拶もしてないし」

「やめとけ、アイツらはまだ色々と忙しい。ここでお前に余計なことをされると処理しなきゃならんのは私なんだ。仕事を増やすようなら折檻を増やしてやるが」

「我々の業界ではご褒美です――――嘘、やっぱごめん、本気のアイアンクローは勘弁です、痛いです痛い痛い痛い痛いいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!????」

「ご褒美なんだろう? 有難く受け取れ」

 

 簡単に逃げれないようにヘッドロックからのアイアンクロー。流れるように綺麗で無駄なその動きに束はたちまち捕まってギリギリとこめかみを絞られる。ギブッ、ギブアップ!! と腕を叩くが千冬は我関せず。結局束がガチ泣きに入りかける一歩手前でようやく止めた。

 

「あーこれホント顔の形変わっちゃったよ。整形並の変化だよ。うわぁー……」

「嘘つけ」

 

 実際のところ骨格に変化はない。元々体が頑丈なのだから普通か。

 

「そうそうそうだよそう言えばだよちーちゃん!!」

「何だ、いちいち叫ばなくても聞こえる」

「整備室の横に明らかに誰かさんを住まわせるスペースがあったんだけど、アレもしかしなくてもリト君のでしょ?」

「そうだな、もしかしなくても大尉のだ。わざわざ大尉が学園内で自由に動けるのも、今日からここに勤務するからだ」

 

 通達があったのは昨夜のことだ。IS学園教師全員に緊急で連絡が回り、明日から新任で男性教師が入ってくるという大きな一報が舞い込んできたのだ。

 IS学園は言わずもがな女子校である。織斑一夏という例外を除き、基本的に男性が学園内に立ち入ることは厳しく制限されている。それにも関わらず、突然の男性教員の着任だ。教員内でちょっとしたパニックが起こったのはまだ記憶に新しい。

 

「リト君の部屋はあるのに束さんのはないのー?」

「お前は逃亡中の身じゃなかったのか?」

「あぁ、そう言えばそうだったねぇ」

 

 そう言いつつも特に気にした素振りを見せない。既に肩書きのような軽いものと捉えているに違いない。

 

「リト君が急に来ることになって驚かなかったの?」

「驚いたさ。同時にすぐ理解した、納得はしてないがな。大尉なら気が付いた時には何でもかんでもやっていたって可笑しくはない、とな」

 

 過言、ではない。元々付き合いのあった当時からリヒャルトという人物を知っている千冬は薄く苦笑した。そもそも彼のやることなすことにいちいち付き合っていては理解が追い付かずに脳がパンクしかねないのだ。

 

「いやぁ、でもリト君が日本に来てくれて束さん嬉しいよ。これでわざわざドイツまで行かなくても会えるしぃ」

「ここ最近は日本にいたのか?」

「日本じゃないけどアジア周辺をぶらぶら~っとね。暑かった暑かった」

「暑がりの兎にはキツい話だな」

「まぁクーラーつけてたんだけどね」

「おい」

「でもあれだよ、湿気はスゴかった」

「なるほど」

「まぁ除湿器普通に使ってたから快適だったけど」

「おい」

 

 千冬の鋭いツッコミが束に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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9.介入

「かんぱ~いっ!!」

「帰れ」

 

 IS学園第3アリーナ整備室。そこの一角に真新しい部屋が一室設けられていた。

 中にいるのは部屋に割り当てられたリヒャルト=マティーアス=シェーケル大尉。更に、何故かその部屋に備え付けられたソファーで堂々ビールを開けるウサギさんこと篠ノ之束。後は資料を届けるついでに様子を見に来た織斑千冬だ。

 

「束、私は帰れとあれほど言ったよな? 忘れたとは言わせんぞ」

「まぁまぁまぁまぁ、そう言わずにさぁ~」

 

 ささささっ、と千冬の背中を押してソファーに座らせドイツ産ビールをグラスに注いだ。

 

「仕事中なんだが」

「いいじゃん今日くらいは。それにこの味は今だけしか味わえないんだよ?」

 

 グラスを傾けて妖艶に微笑みかける束。やたらとウザいなと感じるが、それよりも鼻腔をくすぐる良い匂いがやたらと気になって仕方ない。

 

「んん~~~~っ、このソーセージ美味しいっっ」

「重畳。ビールによく合う」

 

 リヒャルトと束、ついでに今来た千冬の3人で囲むテーブルには焼き立てのソーセージが湯気を上げていた。肉汁の香りが否応なしに食欲をそそる。

 

「ちーちゃんも食べなよぉ。リト君のは絶品なんだから」

 

 特にこの焼き加減がねっ、とカレーソーセージを一口。そしてまたビールを飲む。

 

 ――――ああ羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい……なんて旨そうなんだ、食べたくなるじゃないか、あの濃厚な味がどれほどビールにマッチするだろうか。想像しただけで涎が……………………、

 

「…………ぐぅ……っ……、」

 

 しかし残念なことに織斑千冬、まだまだお仕事が残っている。欲求的に酒盛りをしたいのは山々だがそこにはちゃんとブレーキがある。混ざりたい衝動を押さえ付けてなるべくテーブルの上を見ないように努力し、彼女は資料を半ば押し付けるようにリヒャルトへ手渡した。

 

「おや、これは?」

「形式的ですが、教員手帳です。証明書としても機能しますので持っていて下さい」

「なるほど、IDガードのようなものですか」

 

 保険ですね、とリヒャルトは早速掌サイズ程度の手帳を胸ポケットにしまった。

 

「…………あと、シェーケル大尉。一応学園内なので程々にお願いしますよ。この兎が暴走して部屋から脱走しないように監視もして下さいね」

「かねがね承知ですとも。生徒に悪影響を与えるわけには行きませんからね」

 

 いやはやしかし旨い、とビールを傾ける。ついついその様子に目が泳ぎ、それを目ざとく見付けたリヒャルトが作り笑みだった表情を、今度は心の底から面白いものを見付けたと言わんばかりに顔を歪めて笑みを浮かべた。

 

「クククッ、誘惑に折れそうですねぇ、織斑閣下」

「っ」

「飲もぉよちぃちゃぁん」

「えぇいっ酒臭い!! 寄り掛かるな!!」

 

 寄りかかる束を押し合いへし合い。すっかり出来上がっている酔っ払い兎だがグラスを持っていては迂闊に手を出せない千冬であった。

 

「博士も煽るのはその程度にしておきましょう。流石に閣下が可哀想だ。それに、閣下もお仕事が終わりましたらどうです? まだ在庫も潤っていますし」

 

 ニコニコと屈託の無い笑みのリヒャルトにぐぅの音も出ず。千冬は誘惑に負けて素直に頷くしかなかった。

 

 

 

 この後の仕事のペースが上がったのは言うまでもないことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更識簪は靄のかかった思考の中で夢を見ていた。意識はあるのに、完全な覚醒はしていない。曖昧な平衡感覚の支配する空間で、彼女は第3アリーナの整備室に立っていた。

 目の前にはディスプレイ、その奥には中途半端に組み上げられたISの打鉄の姿が。本来の打鉄とシルエットが異なるのは、それが簪に与えられた専用機の未完成品だからだ。ISの名を『打鉄弐式』

 展開されるディスプレイに映るのは打鉄弐式に積む予定のプログラムシステムの一部。高水準言語で書かれているそのソースコードも、傍目から見れば暗号文の羅列にしか見えなかった。

 何度も何度もプログラムを見直してコンパイルからの実行。演習ソフトに走らせてみて、やっぱり失敗する。ああでもない、こうでもない。試行錯誤を繰り返し、しかし結局望む答えには届かぬまま刻一刻と時間だけが通り過ぎてゆく。

 

 そんな時、彼女はほんの気まぐれで視線を上げた。いつまでも首を固定していては疲れるから。少し首を回そうと顔を上げた時だ。

 視界に入ったのは、少し離れた距離の場所に立つ1人の男。高く細い体格と、底知れぬ感情を湛えたギラギラと光る瞳。貼り付けたような機械的な笑みが特徴的な、外人の男性だった。

 彼は何をする訳でもなくじっと佇んでは目の前のボロボロの黒いISを見上げていた。恐らくは海外の技術者だろう。専用機のISを持つ代表候補性などがいるIS学園では男の技術者が整備室にいることは別段珍しいことではない。しょっちゅうある訳でもないことだが。

 簪もいつも通りであれば普通に見てまた意識の外に追いやり自分の作業に戻るのが日課であり、今日もまたそれを繰り返そうとしていた。

 

「……マルチ、システム。ふむ、なるほど」

 

 その男の呟いた言葉に、簪は無意識に勢いよく顔を上げた。

 彼女が躓いている1つの壁。それはISのセンサー類を駆使して行う、複数対象に対するマルチロックオン・システムだった。

 相手側に数の有利が傾く場合など、ロックオンを1つに絞ることが出来ない時にこのマルチロックオンさえ使えれば、後はミサイルの雨でいくらでも対抗できる。そう考えた簪が1から作り出しているのがマルチロックオン・システムのプログラムなのである。

 

「ワイヤーもやはり多人数を相手にするにはいくらか自動で追尾させるべきだ。確かに少佐の主張は正しい。しかし単一ロックオンではどう考えても常識的にロックオンは無理。マルチロックオンは必須項目である訳だ」

 

 なるほどなるほどと独り言にしてはいくらか芝居がかった口調で呟く男から簪は目が離せないでいた。

 もしかしたら、あの人から今の壁を乗り越えるヒントが得られるかもしれない。そう思うと僅かな挙動すら見逃せないと躍起になる。

 

「しかし戦争でも起こさなければ必要性は皆無な筈じゃあないのかね……まぁ作れと言われれば作るしかないのだが」

 

 仕方ない、と男が空中にディスプレイとキーボードを投影しタイピングを始める。その手際が簪が戦慄する程に手際よく、そして素早かった。

 気付けば5分が経過し、「ふむ」と男が頷いてタイピングをピタリと止めた。ロクな見直しも行わずにプログラムを実行。僅かな時間に仕上げられたそれは正に、簪が目指したマルチロックオン・システムを忠実に再現し、プログラムは一旦終了する。

 

 

 

「――――さて、私のプログラムは参考になりましたかね、更識簪君」

「ッッッッ……!?」

 

 男がニッコリと、感情のない笑みをこちらに向けた。

 気付かれていた。いつから? いや、男の言葉からして、

 

「そりゃあ気付きますとも。貴方がこの整備室に入ってきた時から私は貴方を認識していた。周りの状況を常に把握するのは軍人の基本です」

 

 コツコツと革靴の踵を鳴らしてゆっくりと、敢えて遠回りをするようにその男は歩いて近づいて来る。簪は、立てなかった。足が異様に重くなって、動くことすらままならなかった。

 

「一応説明しておきますと、私は明日付でここに勤務になる者でしてね。まぁその内大衆の前で自己紹介でもあるでしょうから、名前はその時にしておきましょう。それはさておき。私はね、これでもドイツ軍の技術屋でね。今回は軍部に関係のないことだったから良かったものの、本来常識的に見て覗き見はマナー違反だ」




この後かんちゃんがどうなったのか忘れました


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兄と妹 -タイプ0観察日記-
【閲覧注意】 兄と妹 -タイプ0観察日記- 【残酷描写あり】


ツイッター解説を忘れてて発掘した奴を掲載。

兄妹愛というものをメインに据えて、くーちゃんを守るために頑張るお兄ちゃんを書きたかったんだと思う。コンセプトは不明。
あとはカッコイイナイフ戦闘書きたかった。IS相手に生身で挑んだりね(鬼畜の所業)

※【残酷描写あり】苦手な方は回れ右。


 

 

 

 

 

 

 

 真後ろにあるのは、透明な円筒。中は培養液に満たされており、そこには1人の少女が膝を抱えて浮かんでいた。

 

「君が、タイプ0だね?」

「………………………………、」

「そう睨まないでよ。せっかく助けに来てあげたんだから」

 

 目の前の兎耳を睨み付け、コンバットナイフを太腿から2つ取り両手に構えた。

 

「妹を、守りたいんだよね? 君にとって妹は、とってもとっても大事な存在。わかるよ、束さんもね、大事な妹がいるんだ」

 

 ニコニコと怯えるような仕草を微塵も見せない兎耳の女性。否、彼女は恐怖を抱いていなかった。だからこそ、怯えることもなかった。

 

「ねぇ、ここから出たくない? 妹と一緒に、自由に外を出てみたくない?」

 

 その言葉に、瞳が揺らいだ。魅力的、なんてことじゃない。それは悲願だ。自由の身で、何も縛られずに生きていきたい。道具として生まれながら、それでも人間に憧れた自分が望む、妹への願いだった。

 

「助けてあげるよ。こんな暗い場所とはおさらばしよう。青空の下で、この私と、妹と、世界を見てみたくない?」

「……ッ、ぁッ……、」

「……? もしかして、喋れないの?」

「ッ」

 

 ギリッ、と口を引き結んだ。口の中に広がる血の味が、明滅する思考を落ち着ける。自分が信用できるのは、この己の血と、妹だけ。それ以外の人間は全て敵。生き物は、全て、全て、全て。

 

 ダンッ、と地を蹴って飛び出す。その加速は人を超えていた。銃を構えるよりも速く、敵の懐に飛び込んで喉を掻っ切る。

 

「おっと、」

 

 しかし刃は届かない。喉に喰い込む直前に、柄と刃が解体されて宙を舞った。それも、両手に持っていた2つのナイフが同時に。

 

「ふぃぃ、セフセフ。君スゴいねぇ。これハイパーセンサー付けてても危ないくらいだし」

 

 ヒュンヒュンと宙を回転しながら落ちてきた刃を2本とも指で掴んだ兎耳。ニッコリと笑みを浮かべ、手も伸ばせない至近距離から瞳を覗き込んできた。

 

「取り敢えず一緒に来てよ。妹の事もちゃんと治してあげるし。まずは体験しなくちゃ。君に空を見せてあげる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒュントナイフが一閃。それだけで3人の喉元から血が噴き上がる。絶命を確認するよりも速く彼は人と人の隙間を低く低くくぐり抜けてマシンガンを構えようとする人間に肉薄。グリップの尻で銃口を叩いて跳ね上げ続いて二閃、男の両腕を半ばから切り落とす。フィニッシュは喉元への突き1つ、骨ごと貫いた。

 薄暗い廊下の曲がり角の先から人影が飛び出してくる。咄嗟に、無意識に、しかし洗練された霞むような速さで腰からスペツナズ・ナイフを迷いなく掴み出し射出。ナイフが影の喉元へ到達すると同時、肉薄してグリップで叩き込み刃を叩き込み装填も終わらせる。

 敵影、0。後ろへ向けてハンドサインを送る。すると後ろからは兎耳の女と、その背に銀髪の妹を背負って出てきた。

 

「いやぁ、この戦闘経験は肝抜きモンだね。こんなに使えるのに眠らせておくなんて、ドイツもバカの集まりなのかな?」

 

 兎耳の女の言葉に、しかし言葉をかけることはない。話す必要など無いし、そもそも声が出せないのでどの道無視する他にすることはない。

 

「疲れた?」

 

 ふるふると首を横に振る。

 

「まだ殺すの?」

 

 コクリと首を縦に振る。

 

「復讐?」

 

 もう一つ、頷く。

 

「虚しくない?」

 

 その言葉には沈黙で返した。

 

「でも、殺すんだね?」

 

 縦に頷き、肯定。

 

「辛くなるかもしれない。それだけの命を背負い切れる?」

 

 否定する。首を、横に2回振った。

 

「無責任な将来だね。君は悪者になるかもしれない」

 

 それでいいと肯定する。

 

「自分には妹さえいれば、それいいんだね?」

 

 ああそうさと、今までで一番強く深く頷いた。

 

「……素晴らしい兄妹愛だね。感服だよ。是非とも助けてあげたいね」

 

 よっ、と兎耳の女が妹を担ぎ直す。まだ妹は目を覚まさない。当たり前だ、彼女はもう意識を保てない程に衰弱したまま保存され続けてきた。どの道短い寿命だろう。それでも、彼女の苦しみをわかってやれたのは自分だけだから、だからこそずっと傍にいなければならないのだ。

 

「ちょっとした質問。今まで何人殺してきたの?」

 

 問いに、彼は指を5本立てた。

 

「50人?」

 

 否定。

 

「……500人。いや、それ以上って言いたい?」

 

 肯定する。

 

「そっか。なるほど、君はもう背負えないんだね。魂が、精神がキャパシティをオーバーしたんだ」

 

 凄いねぇ、逸材だねぇ、と嗤う。

 

「良いんだよ。君には紛れもない、邪魔できない妹への愛がある。君はもう背負う必要なんて無いんだよ。君には妹を思う気持ちさえあれば、後はどうにかしてあげるから」

「?」

「君はそのままでいて良い。そういうこと」

 

 ね? と兎が嗤う。

 

「さぁ、行こう。出口はすぐそこだ」

 

 ザッザッザッ、と雑踏が遠くから聞こえてくる。最後の兵隊、殺すべき対象の最後の人間達。

 数は12人。対しこちらは3人。内、戦闘を行うのは1人。兎は手を出さないし、妹はそもそも手を出せない。

 

 だが、関係ない。兎なんて守らなくとも自分でどうにかするだろう。そうすれば自然と妹は無事になる。後は1人で蹴散らせば良い。殺してしまえばそれで良い。

 

 殺せ、殺せ、と、内側から湧き上がる激情が身体を誰よりも速く突き動かす。先頭から順番に右手で6人、左手で6人の喉元を掻っ切る。大きく血が宙を舞い、紅い噴水の出来上がりだ。

 

 

 

 ――――刹那に、パァンッ、と拳銃の音が響く。

 

 脇腹の痛みを感じて手を当てれば、ぬるりと生温かい血が溢れていた。

 視線をついと出口のところへ向けた。1人、白衣を来た若い女がいた。ガタガタと噛み合わない歯を必死に抑えようとして、その震えが全身へ伝わって両手で撃った拳銃さえも取り落とした。

 

「ぁ、ゃ、ゃ……だ、来な、ぃで、来ないで……!!」

 

 腰が抜けてその場に尻餅を着く。必死に震える手と足を動かして後ろへ遠ざかろうとする。

 一歩、また一歩と女に近付く。脇腹の痛み等気にすることではない。この程度のこと、慣れっこだ。

 

「ぁ、ひぃっ、ひ、あ、やだ、おね、がぃ、たひ、ぁあひけ、」

 

 過呼吸でひゅーひゅーと息の詰まりそうな喉を開き口を動かす。言葉にならない掠れた声が出てくるが、それは止まる理由にならない。殺さねばならない。何故なら、コイツも復讐の対象だから。

 ピチャリと踏み込むと音がした。女の下半身から漏れ出した尿が水溜まりを作っていた。怖いのだ、死ぬのが、迫られるのが、睨まれるのが、死に近付くのが。

 

 それで、何がどうなる。

 

 ナイフを振り上げ、

 

「――――――――――――――――――――――――――ッッッッ!!!!!!!!????????」

 

 左耳を切り飛ばす。声にならない悲鳴がつんざく。次は、右耳を。

 

「あああぁぁあぁぁぁぁぁぁあああぁあぁぁぁあああッッッッ!!!!????」

 

 次。左腕と右腕、両方を肩から切り落とす。

 

「いギ、あぁぁぁああギギィィィいっぃ、あアアァあぁアアあアァッッッ、がいぃギぃぃぃィィィィああああアアアアぁあァァアァァァッッッッ!!!!????」

 

 ガクガクと白目を剥き泡を吹いて痙攣する。失禁した尿と血が広がり粘り気のある水溜まりが出来上がり、女が痙攣して跳ねる度にビチャビチャと音がした。

 

 そこで終わり。放っておけば後は勝手に失血死だ。もう助かる見込みは無い。苦しんで苦しんで、死ねば良い。

 

「さぁ、皆死んだよ。一先ず復讐は一旦中断。脱出して治療を……あれれ?」

 

 兎が脇腹を見ると、既に血は止まって傷口も塞がっていた。

 

「へぇ、そんなに早く治るものなんだぁ。ナノマシンも侮れないね」

 

 僅かな情報だけで、兎はそこまで看破してみせた。そうだ、体内には血液中や神経中、リンパ腺中にも、ありとあらゆる場所にナノマシンが投与されて活性化されており、全ての情報を把握している。身体が欠損すれば驚くべき速さで治療を完了させてしまう。

 

「でも別の場所から血肉を削る訳だ。果たして君の体はどこまで人間から離れたんだろうね?」

 

 そんなこと、わからない。何度も何度も死にかけて、その度に無理矢理治して。もう純粋な身体はとうの昔に失ったに違いない。

 

「まぁいいや。何か食べないと栄養失調で死んじゃうみたいだしね、何か食べさせてあげる。さぁさぁこっちこっち」

 

 兎は妹を担ぎながら器用に手を引いて行く。少し林の開けた場所に出ると、でっかい人参があった。人が乗り込めるようにタラップと扉が付いている。

 

「妹ちゃんはここに置いとくね」

 

 それに乗り込み、兎は妹をソファに座らせた。シートベルトを付けてあげて、ずり落ちないように隣に座って抱き込んだ。

 

「……箒ちゃんは、元気かなぁ……」

 

 ふと小さく呟いた兎の言葉に、聞き耳は立てたが何かを問うようなことはしなかった。必要ないし、どうでもいい。妹さえいるならば、それでいい。

 

「さってと。じゃあここを離れようか、揺れるかもしれないけど、そん時はどうにかしてね」

 

 空中ディスプレイとキーボードに指を走らせる兎。楽しそうだとそれを眺め。視線を腕の中の妹に移した。目を覚ますことは無い。眠り姫ではあるが、彼女が居るならばそれで大丈夫。ゆっくりと、眠りにつくように目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まぁ1話だけ書いて満足したんですわ


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影に沈むモノ
影に沈むモノ


「影に沈むモノ」
IS二次。楯無・刀奈がヒロイン。
HELLSINGの旦那的な人が楯無の周りで戦ったりするみたいな。能力とかもまんま旦那。IS使わない。てかもう吸血鬼だから必要ない的な……。
ただただ楯無が旦那的な人に振り回されて乙女になるのを書きたかった
(ツイッター解説より)


 ISことインフィニット・ストラトスが世を台頭する時代。ありとあらゆる軍略兵器は「旧兵器」と蔑称され、世界を流れる風は表から見て完全に逆風吹き(すさ)ぶものとなった。

 インフィニット・ストラトスとは即ち、国を、世界を支配する兵器なのである。その使用が競技という形骸化された枠組みに押し込まれているように見えても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏。7月も下旬のこの時期、梅雨がようやく明けたかと思えばカンカンと照りつける太陽が日毎に気温を底から押し上げ、アスファルトやら金属が鉄板のごとく暑くなる。

 

 しかしそれも言ってしまえば外での出来事である。気温が30度間近であるにも関わらず、好き好んで灼熱の太陽の元を駆け回るのは、大抵がアスリートなのだ。

 一方、ここIS学園の生徒会室は午前中からクーラーを全開に使用し、快適な空間を作り出していた。誰もが天国と羨むその程よい涼しさは至福の空間となるに違いない。

 

 そんな生徒会室にある人影は3つ。

 1年1組所属、布仏本音。3年整備課所属で現在主席、布仏虚。2人ともに姉妹である。

 そして、IS学園現役生徒会長と務める更識家当主、更識楯無。

 IS学園で唯一の生徒会役員である3人が部屋にはおり、楯無は会長席で第2学期予算案を眺め、虚は後期の行事に向けた企画書の作成を、本音はソファに深く腰掛けて足をぱたぱたと手持ち無沙汰にさせていた。

 

「……うーん……」

 

 楯無はと言えば、椅子の背もたれにぐでっと脱力して体を預けつつ、センスを顎に当てながら唸っていた。

 

「何やら難しい顔をなさってますけど、どうされました?」

 

 気が付いて声をかける虚。その手には淹れたばかりの紅茶があり、それをそっと楯無の前にティーカップを置いた。

 

「ありがと。学園祭の予算なんだけど、もっと増やせないものかと思ってね」

「また余計なお遊びでも?」

「いやいやいや、流石にそこまで巫山戯た事でもないのよ? ただ、やっぱり今年は特別にしたいじゃない」

 

 紙の資料をパシッと弾いて小悪魔な笑みを浮かべる楯無。こういう時は大抵自分が面白そうだと思う自己中心的な考えを巡らせていて、かつ譲れないものだと虚は長い付き合いから熟知していた。

 

「特別、というのはやはり男性操縦者の彼のことですか?」

「あったりぃ~。まぁともかく、織斑一夏に関することなんだけどね。1学期は忙しすぎて手が出せなかった分の項目が溜まってるから、ここらでちゃちゃっと片付けちゃいたいのよ。そうすれば後が楽になるってもの。IS学園生徒会長として、更識家として、今回は学園祭を変えておきたいわ」

「……打算があるならとやかくは言いません。ただ、常識の範囲内にして下さいね。あまり度が過ぎると監督不足で私まで痛い目を見るんですから」

「その時はケーキ奢りってことでっ」

「面倒事起こす前提で話を進めないで下さい」

 

 ピシャリとした口調の(さと)しに楯無はぺろっと舌を出して苦笑した。全く悪びれていない辺りいつもの彼女らしい。

 

「で、話は戻しますが予算のことですよね。結局それをどこから捻出するおつもりですか?」

「流石にもう決まっちゃったところから勝手に差し引くのは申し訳がないしただの横暴だもの。ここは追加予算を考えておきたいわね」

「と言っても既に貯金は底を尽きかけていますが。さて誰の所為でしょうね」

「うっ……」

 

 気まずそうに楯無がすっと目を逸らした。虚も虚で冷め切った視線を向けている辺り大体の状況は察している。

 

「妹様の援助を惜しまないのは立派なこととは思いますが、もう少し考えましょうね。お嬢様の場合、妹様のこととなった途端に周りが見えなくなるんですから。特に、お金の事に関しては私に一言言って下さい。咎めるようなことはしませんから」

「はい、ごめんなさい……」

 

 しゅんとなって紅茶に口をつける。肩を縮めているあたり、犬耳をつけていたら垂れて落ち込んでいることだろう。1つ年下の主人を見て、虚は気付かれないよう微笑んだ。

 

「そう言えば、()に頼んだ依頼はどうなったんですか? そろそろ報酬を抱えて帰ってくる頃でしょう?」

「え、あ、そう、だっけ……」

 

 虚がその言葉を言った途端、楯無が突然態度を変えた。怯えているような、恥ずかしがっているような、ともかく急にソワソワと落ち着きがなくなり始めた。

 

「……いい加減、まだ()には慣れませんか? もう何年の付き合いだと思ってるんです」

「だ、だってぇ……」

「今更初恋を経験したばかりの少女漫画な顔しないで下さい」

 

 扇子で顔を隠しさっきよりも縮こまる楯無。しかし残念なことに耳の赤さまでは隠しきれていなかった。

 

「会うたび、その……よ、要求してくるし……」

「仕方ないことですね」

「いつも、何かからかってくるし……」

「お嬢様が注文したことですしね」

「シチュエーションも、アレみたいだし……」

「お嬢様の意思を汲み取った結果ですもの」

「と、ともかく何か苦手なの!!」

 

 その顔、どう見ても恋する乙女の表情であるby布仏虚。

 

「苦手意識は早々に排除して下さい。これからに支障が出そうですから。あまり悠長に構えられる時間も今後は無くなっていくんですから」

「無茶苦茶よ虚ちゃん……」

「臨時収入の為です我慢して下さい。って言うかもう我慢しなくても良いようにして下さい。部下からの一生のお願いです」

 

 

 

 

「そうか、(あるじ)は私を苦手とおっしゃるか」

 

 突然低い男の声が聴こえたかと思えば、ぴとっと冷たい手が楯無の頬を後ろから包み、

 

「ぴゃあぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっっ!!??」

 

 楯無が悲鳴を上げて椅子から飛び上がり資料のある机の上を転がって反対側に落ちて、虚の足元にしがみついて頑張って身を隠そうとしていた。スタントマンもびっくりな早業である。

 

「ひゃ、へぇやぴょえよ……!!」

「落ち着いて下さいお嬢様、間抜けにも程があります」

 

 涙目でふるふると生まれたての子鹿のごとく震える楯無。ついでに言えば腰も抜かしているので、必死に立ち上がろうとはしているのだが、力が入らずへたり込んでいる次第である。

 

「お疲れ様です、センカ様」

「久方ぶりに声を聞いたぞ、虚。いつ以来だ」

「私が中学を卒業した直後のそれっきりですから、2年と半年になります。センカ様からしたら久しいとは言えないでしょう?」

「いやなに、少しは人間らしく振る舞ってみただけだ。存外、私は今気分が良いらしい」

 

 低い声で男はクツクツと喉を鳴らした。

 センカと呼ばれた男は正に“異様”と言えた。真夏になろうと言う今日この頃であるのに真っ黒なロングコートに漆黒のスーツとネクタイ。眼にかかる黒よりも黒い髪の間からチラチラと鮮血のように真っ赤な鋭い瞳を見え隠れさせていた。

 

「さて我が主。ただいま戻ったぞ。収入は全て貴方の口座に入れてある。好きなことに使うと良い」

「良かったじゃないですかお嬢様。予算が増えましたよ」

「そ、そうだけどぉ……、」

 

 と、より一層縮こまる楯無。心なしか、この先に起こる出来事から遠ざかりたいと表情に出ていた。

 

「一応確認致しますがセンカ様、今後のご予定の方は?」

「我が主から命令(オーダー)が無い限り、私が動くことはない。しばしは本家の庭にて待機していようか」

「それなら丁度良いところです。更識家当主から直々に任務遂行の命令があります」

 

 ね、お嬢様? と足元に話を振る。当の本人は突然の転換にビクッと肩を震わせて恐る恐る長身の男を見上げた。

 男はニィッと口角を上げていた。真正面から見れば完全にラスボスの笑みである。楯無は若干青ざめた表情になりながらも、数秒かけて口を開いた。

 

「……貴方に、ある人物の護衛と、観察を命ずるわ」

「ある人物…………言わずともわかるさ。織斑一夏、そうだろう、我が主よ」

「彼に寄り付くハイエナに容赦はいらない。喉元から丁寧に捌いてやりなさい。これは命令よ」

「――――御意に、我が主(マイマスター)

 

 男が(こうべ)を垂れて少女の元に(ひざまず)く。




まぁ旦那みたいなセンスある人なんて書けないんさ。私はヒラコーじゃないですしおすし。
ヒラコーのセンスは本当に脱帽もの。ああいうクリエイターになりたいっていうね。


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反逆の悪夢
1


「反逆の悪夢」
IS二次ドシリアスモノ。人が無残に死ぬ。
ISが支配する世界を覆す為に戦争をする人々の話。根本的にはISじゃない4脚阿修羅のACモドキが動いているのを書きたかっただけっていう
(ツイッター解説より)


 死屍累々。屍の積み上がる焼け野原の中心で、その機械は無機質に吠えた。

 

『笑止。ISもこの程度か』

 

 その図体は10mを超える巨体だ。全身がくまなく機械という装甲に覆われ、分厚く太い腕の先には左手に七連装ガトリングガン、右手には巨体の3分の2はありそうなレーザーライフルが腕と一体になって装着されており銃口に沿って耐熱加工の施された鋭角のブレードもあった。

 背には固定されたメインブースターが2つ、更に全身各部にも細かいブースターが目立つ。

 上半身を支えるのは四足の脚、それはまるで蜘蛛のような生物を思わせる。ゴツゴツと無骨なフォルムのソレは後ろ足にパイルを装着しており、地面にそれを打ち込んでいた。

 

 

 

 ――――ISを串刺しにしたまま。

 

 

 

【――――ザザッ――ガ――――uリゲーto、――いの――――ka――?】

 

『ミッションを終了。コアを回収後に帰投する』

 

【ピ――――をおmadiiiiii――ぅ――――】

 

 反動を抑える為に打ち込んでいたパイルが引き抜かれ、ボタボタと血肉の塊が滴り落ちた。

 

 

 

 この戦争は、反逆の、ほんの序章に過ぎない。

 

 ISを、王座から引き下ろすための、その序曲だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでナンデなんでなんでナンデなんでなんでナンデなんでなんでナンデなんでなんでナンデなんでナンデなんでナンデなんでナンデなんでナンデなんでナンデなんでナンデなんでナンデナンデなんでナンデなんでナンデなんでナンデなんでだよォォォォォォォッッッッ!!!!!!!!!!!!」

 

 モニターを食い入るように覗いていた篠ノ之束は狂ったように……いや、発狂して叫びだした。髪がぐちゃぐちゃになるのも気にせず頭を掻き乱し、喉が潰れるんじゃないかという奇声を上げる。時に散らかったガラクタを蹴飛ばし、踏み潰し、壁に投げつけ、破壊する。

 

「ISが、私の子が一番だッ、ISが世界一、宇宙一、それに勝るものなんて有り得ない……!! 有り得ないありえないアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイィィィ……!!」

 

 ガヅンッ、と自らの額を壁にぶつける。刹那に壁には細かいヒビと陥没が現れ、同時に真っ赤な血が付着した。

 フーッ、フーッ、と怒り狂った束が徐々に息を落ち着ける。もう一度、壁に頭突きをかます。今度は水気の混じった鈍い音がした。

 

「失礼します、束さ、ま――――、」

 

 大きな音を聞きつけたクロエ=クロニクルが部屋に足早に入ってきて、絶句する。壁際で束が額から血を流して佇んでいるのだ、そりゃあ驚くに決まっている。

 

「な、何をなさっているのですかッ!?」

 

 血相を変えてクロエは駆け出し、ポケットからハンカチを出して束に駆け寄った。

 

「すぐに手当を――――ヒッ……!?」

 

 額にハンカチを当てようと顔を覗き込んだところで、クロエは恐怖に顔を歪ませ地面にへたり込んだ。カタカタを噛み合わせが合わずに震えて足からも力が抜けた。

 

「ン? アァ、くーちゃン? どウしたのサ、そンなに怯エちャッテ……?」

「ぁ、あっ……!?」

 

 声が出ず嫌だ嫌だと必死に首を横に振り力が抜けそうな体を必死に後ろへ後ろへと追いやる。

 

「大丈夫だヨ、ほラ、束さンはイつも通りでショ?」

 

 束が笑みを作った。それはそれは、大層歪んだ悪夢のような笑みを。いつもクロエが自身へ向けてくれる優しいそれではなく、狂気に満ちた悪魔の笑みを。流れ滴る赤黒い血、抉れた額、充血して真っ赤になった目、口角を歪ませる口元。そこにいるのは、篠ノ之束(あくま)だった。

 トン、とクロエの背中に何かがぶつかる。壁だ。気付けば後退りをするだけで反対側の壁まで来ていた。即ち、クロエにとってそれは絶望を意味する。

 

「腰、抜けちャッたンだよネ? イつもみたイに束さンが治してアげル」

「っ、たっ、ひけっ、やだ、だ、だれ、……あ、あァァ、ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!!?????」

 

 フラフラとゾンビのような不安定な歩調の束がヘタリ込んでいたクロエに視線を合わせてくる。恐ろしい顔が目の前に迫り、ついにクロエの精神が壊れた。絶叫を上げたクロエは必死に床を這って体を引きずり扉へ逃げた。

 もう自分ですら何を叫んでいるかわからないほど混乱していた。涙で顔を濡らし、鼻水も、口から溢れた唾すらも気にする余裕などなく。

 

「そッかァ、くーちャン痛くて立てなイのかァ。ウンウン、わかッたヨ、束さンがきちンと治してアげるかラ」

 

 必死に離れようとするクロエの肩を、束が力強く掴んだ。

 

 

 

 

 

 薄暗いその研究施設に、1人の絶叫が響き渡った……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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2

 そのニュースは真っ先に国際IS委員会へと伝えられた。

 

「IS含む鎮圧部隊が全滅……!?」

「どういうことだ、誤報だろう!?」

「いえ、しかし……、」

 

 少し薄暗い会議室は騒然となり、伝令の若い青年は壮年の者達から口々に浴びせられる理不尽な罵倒に困惑するしかなかった。

 アメリカ合衆国、アラスカ州にあるここでは定期的にIS委員会の会議が行われていたが、今回ばかりはそんな悠長に構えている暇はなかった。

 

 委員会が招集されたのは一か月前にもなる。

 委員会直属の諜報組織が、反IS組織の動きをキャッチしてきたのだ。ISが登場してから世界中のありとあらゆる兵器達はISに劣る旧式兵器というレッテルを貼られ続け、それは即ち各国が持つ軍隊にも今までにない低い評価がついてまわるようになってしまっていた。

 更にISの代表的な“機能”として、ISは女性にしか動かせないというジンクスがある。ISの登場は女尊男卑という風潮の始まりでもあったのだ。ISを扱えるのは女性だけ、つまり女性は偉い。意味もなく広がった習慣は世界を狂わせてしまっていた。

 

 無論、それが気に食わないという者はごまんといる。男性は特にだ。

 かつて昇進が決まっていたものも、ISの台頭により昇進を取り消され、代わりに自分よりも功績の低い女性が上司に成り上がるなんていうのはザラだ。訴えてみようにもそれすら女性に潰される。男たちはただ女の道具に成り下がらざるを得なかった。全てが全てそんな事態に陥った訳ではないが、少なからず風潮が広がってしまったのは事実である。

 

 だからこそ世界には各地で反IS組織というゲリラだったり統制の取れた団体などが数多く存在する。そこに所属する者は皆ISの影響で苦汁を舐めさせられてきた者達だ。時に過激派と呼ばれる連中がテロを起こした数も数え切れない。それだけで何人が犠牲になってきたかは誠に残念である、とは方便である。

 

「ッ、ISはきちんと出撃したんだろうな!? でなければこんな結果は有り得ない!!」

「たっ、確かに確認しました……。基地に問い合わせたところ、装備もISも全て出動させたと……」

 

 一か月前、諜報組織が持ち込んできた情報は、反IS組織の一部が大規模な武装蜂起を起こすという情報だ。規模は推定20万人以上。本来ならば数百人や数千人程度のデモだったので各国の対応に一任してきたが、今回ばかりは見逃すことはできない。20万など戦争と同じだ。

 だからこそ、IS委員会はISを含めた鎮圧部隊を連合国として結成。大規模反抗組織を止めようとした。

 

 

 

 しかし結果はこのザマだ。

 鎮圧部隊は大金をつぎ込んで導入したIS合計5機全てが墜落、鹵獲され全滅。更にこの戦争だけで10万以上の命が失われた。

 

「部隊にはロシアの国家代表もいたはずだろう!?」

「確かにいましたが、生存は確認されておりません……」

「ロシアにどう説明をつけるつもりだ!? あれだけの交渉でようやく手に入れた戦力をこうもあっさりと失うとは……!!」

 

 会議室内は混乱も同然。大勢の官僚達が頭を抱えたり喚き散らしたり、これが大の大人がこれなのかと飽きられてしまいそうな程にそこは重苦しい空気が漂っていた。

 

「――――静粛に」

 

 しかし、1人の男性の声で喧騒はピタリと止んだ。声は会議室の上座、IS委員会委員長、轡木十蔵からだった。

 

「過ぎたことを言っていても仕方ありません。まずは事態の把握と収束を。騒ぎ立てるのはそれからでも遅くないでしょう」

 

 その言葉は当たり前だというのに、否応なく皆を安定させる声音であった。浸透するような深い声に室内は段々と緊張感だけは残しながら詰まったような空気から解放されていった。

 

「まずは生存者の確認を行いましょう。被害報告書を作成し、各国への連絡はそれからです。くれぐれも情報が漏れ出さないように最大限の警戒を行うようお願いします」

 

 鶴の一声とはまさにこのこと。彼の声に皆々が賛同し動き出す。それは不気味なほどに、彼に支配されているという事態を覆い隠していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お帰りなさいませ、フリゲート。お待ちしておりました」

 

 出迎えてきたのは軍服に身を包んだツヤのある黒髪の女性だ。無感情な表情でありながら刃物のように鋭い切れ目は冷徹さを醸し出しており、触れれば斬られてしまいかねないという雰囲気がにじみ出ていた。

 

「ご苦労」

 

 フリゲートと呼ばれた男は片手を上げて横を通る。その後に彼女は侍女のように続いた。いや、実際に侍女のようなものなのだが。秘書官、オペレーターと言った立ち位置が一番しっくりくるだろう。

 

「キリア、将軍は?」

「はい。体調は大分よくなられましたが、もう長くはありません。ご本人も覚悟はしているようでした」

 

 キリアと呼ばれた彼女は頭に入った情報を淀みなく答えながらピッタリと男の斜め後ろをキープ。男はその言葉に「ふむ」と少し考える素振りを見せてから口を開いた。

 

「将軍の元へ行こう。仮眠を取った後はまた出撃だ。キリア、貴様もよく話をしておけ」

「承知致しました、フリゲート」

 

 

 

 2人の訪れた場所はとある一室。清潔に保たれた部屋を何回は通り過ぎ、厳重にガラスに囲まれた真っ白な部屋へ来た。

 中央には白い清潔な大きいベッドと、そこに寝込む老人が1人。痩せこけて一回でもつついてしまえばポックリ逝ってしまうのではないかと言うくらいに細かった。

 

「失礼致します」

「将軍。挨拶に来たぞ」

 

 男とキリアの声に老人は首を巡らせた。

 

「フリゲートに、キリア、か」

「ああそうだ。わざわざ挨拶に来てやったぞ。感謝しろ」

「感謝……そうだな。こんなのうのうと喋ることしかできん老人の相手をしてくれた礼はせんとな」

 

 老人は無表情に言う。しかし声音はどこか嬉しそうだった。

 

「もう長くない。必ずや、悲願の成就を」

「心配されんでも、未来は約束されているさ。さっさと寝てしまえ」

「ああ、そうする。キリア、フリゲートを頼んだぞ」

「はい。全力でフリゲートを支援致します」

 

 話はそれだけだ。男は踵を返し、部屋を出ようとする。キリアも後に続き、それはやけにあっさりし過ぎな別れであった。

 

「フリゲート」

 

 老人が小さく、言う。

 

「約束が果たされた時、彼女におめでとうと言ってやってくれ」

「……了解だ。きちんと伝える」

 

 それっきり、男は微塵も振り返らず部屋を出た。

 以来、彼らは戻らなかった。誰一人、老人の場所を訪ねる者はおらず、彼はただ、静かに息を引き取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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3

 電話越しの声に耳を澄ましていた更識楯無は自分の聴覚が受け取った情報に未だ困惑していた。

 

「ジーナが亡くなったって、本当なのですか……?」

『確か、とは断言できない。しかしISコアの反応は完全に消滅し携帯していた通信機からの信号も途絶えた。我々はジーナ=アバカルトをMIAと認定、捜索は行わないこととなった』

「何で捜しもしていないのに諦めるんですか!? まだ生きてる可能性だって、」

『これは全幹部で一致した方針だ。もう変更はできない。よって、直ちに更識楯無をロシア国家代表と任命する。後に通達が行くはずだ』

 

 有無を言わせぬ口調に押し黙る楯無。電話越しの男はそれを気にすることなく淡々と述べていく。

 

『最近は反IS勢力の過激派による行動が活発化してきている。IS学園は恰好の的だ、生徒に被害が及ばぬよう尽力しろ。これは()()だ』

「っ……了解、しました」

 

 命令と言われてはもう文句も言えない。ギリッと唇を噛み締め泣く泣く楯無は反論を飲み込んだ。

 

『話は以上だ。また、後に支援員を派遣する。コンタクトは取っておくように。ではな』

 

 通話が切れる。ツー、ツー、と無機質な音を吐き出すスマートフォンを弱々しく握り締め、楯無は生徒会室の壁に背を預けずるずると床に座り込んだ。

 

「あー……、」

 

 力なく、掠れた声が喉から漏れた。

 情けないな、と思いつつ口を閉じると、僅かに唇が濡れていた。舐め取れば錆びた鉄の味がする。噛んでしまった所為で唇が切れていたようだ。じんわりと口の中に広がる血の味が、否応なく楯無の気分をどん底に沈めていく。これは無力の味だ。友人の為に何もできない自分を示す、現実だ。

 

「……ごめんなさい、ジーナ……、」

 

 足を引き寄せて顔を埋める。頭に思い浮かぶのは、国家代表の座を巡って何度も争った親友(ライバル)。いつも笑顔で周りに元気を振り撒き続けた、優しい優しい友達の姿。

 急に目頭が熱くなり、ズキズキと心臓のあたりが痛くなった。何故、こうも現実は非常すぎるのか。涙を流しながら楯無は更に小さく蹲るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アメリカ合衆国某所、地図にない基地(イレイズド)。その司令室は静かながらも緊迫した雰囲気が漂っており、いつもより落ち着きがないように思えた。

 

「辛気臭くなってきやがったな……」

「わかってても口に出さないのが礼儀(マナー)ってものよ」

 

 そんな司令室の様子を廊下に設けられた窓から覗いていたナターシャ=ファイルスとイーリス=コーリングは厳しい表情を作っていた。

 

「結局、アリスは見付からずか……」

「イーリ」

「……わりぃ……」

 

 アリス=ブロードベントは2人と同期の軍属アメリカンだ。先日の出撃以降その消息は不明の状態が長く続いている。

 出撃先は情報の漏洩防止のため知ることはできないが、南アメリカのどこかであることだけは辛うじてわかっている情報である。

 

「……ねぇ、イーリ」

「ん?」

「もし仮に、アリスがISを持ち出して負けていたとしたら…………どうなると思う?」

 

 どうなる。質問の意図は、その規模が個人なのか、集団なのか、はたまた国民、世界なのか。

 

「…………戦争だ。IS陣営と反IS組織との正面衝突。向こうは既に走り出したんだ、相対するIS陣営(ブレーキ)が無きゃ暴走列車は止められねぇ。ブレーキが無いなら無理矢理にでも、下手すりゃ線路爆破だって考えなきゃいけなくなるかもな」

 

 そう自分で言いつつ、イーリスは自分の気分が複雑なものになっていると気付いた。かつての世界対戦が再び起こり得ようとしているかもしれない。経験はないが、ソレがいかに物悲しく無意味なものなのか、戦場に身を置いてきたからこそわかる。

 

 と、そこで窓越しに動きがあった。一角から慌ただしく役員が動き出してそれが波紋のように広がって行ったのだ。

 

『イーリス=コーリング、並びにナターシャ=ファイルス。直ちに司令室へ集合して下さい。繰り返す、――――――――』

 

「コイツは、」

「来たわね」

 

 放送を聞いた2人はすぐさま蹴破るように司令室に入る。放送途中であったオペレーターが慌てて振り向くと焦ったように資料を掻き集めて駆けてきた。その中から抜き出したのは一枚の紙だ。

 

「2人に緊急の指令が入りました。アリス=ブロードベントの捜索願いです」

「アリスがかッ!?」

 

 ひったくるようにもぎ取った紙には走り書きで書かれた命令書だ。

 内容は南米にて現在消息不明のアリス=ブロードベントの捜索願い。書き写されているのは座標だけだ。

 

「正式な命令書は現在急ピッチで作ってはいますが、それを待っている時間もありません。2人には至急、出撃してもらいます」

「でも、何で急に? アリスを捜せるなら本望だけど、こんな急な依頼は何かあったんじゃないの?」

「はい、それはピットに向かいながら説明します」

 

 

 

 

 

 説明されたのは、アリス=ブロードベントの搭乗するIS専用機『太陽の賛美歌(ヒム・サンシャイン)』の反応が一瞬だけ復活し、その信号を司令部が捉えたとのことだった。

 南米にて多国籍軍との共同軍事作戦に参加していたアリス=ブロードベントは作戦行動中に消息を絶った。同時刻には同盟の多国籍軍が全滅、すぐさま捜索を開始しようとしていたが、反IS組織より妨害が入り捜索を断念。アリス=ブロードベント本人とも一向に連絡が取れない状況が続いていたのだが、つい先程一瞬だけ通信ができたらしい。本人のバイタルは確認ができなかったが、本来『太陽の賛美歌(ヒム・サンシャイン)』を起動できるのはアリス=ブロードベントのみ。司令部はこれに望みをかけて強行的な捜索をIS操縦者である2人に出したのだ。

 

「捜索もそうですが、現地では反IS組織による武力闘争に巻き込まれる可能性もあります。極力戦闘行為は控えて捜索に専念してください。仮にISを落とすほどの兵器があった場合はとにかく撤退を。ブロードベントの救出も無論大事ではありますが、我々名も無き部隊(ネームレス)はあなた方という戦力が消えることを望んでいません」

 

 ピットに入った3人。その内イーリスはハンガーに待機していたファング・クエイクに乗り込み、ナターシャは白銀のアームバンドに手を添えて第二世代型IS『ホワイト・ウィング』を展開した。

 

「ナターシャ、ソイツってラジエータとジェネレータの調整ができてなかったんじゃないか? 『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』に乗りゃあいいじゃんか」

「生憎、まだあの子は戦場に出せないわ。それこそ、この子より調整しなきゃいけない項目が多いんだもの。それに、もうすぐ退役のこの子にはもっと活躍して欲しいし」

 

 ハンガーから出たイーリスがナターシャの近くに降りながら言うが、当のナターシャは首を横に振った。

 彼女の乗る『ホワイト・ウィング』はシルエットが細く流線型をなぞっている。両肩から腰にかけて後ろに飛び出す垂直翼、側面と背部を僅かに覆う装甲に、腰には小型のビームライフルが2丁マウントされている。脚部は空戦を想定してホバリングに適した形になっており、それは人の足とは言えない。

 

 2人の出撃準備が整ったところで、オペレーターが口を開いた。

 

「司令部との回線は常に開けておいて下さい。何か少しでも違和感や異変があったら報告を。……無事の帰還をお待ちしています」

 

 オペレーターの彼女が敬礼をする。ナターシャとイーリスはカタパルトに乗り込むと返礼し、勢いよくピットを飛び出して空へと舞い上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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4

 山の中のどこか。洞窟の中にいる茶色混じりのブロンドをショートカットにし前髪を赤いピンで止めた女性が壁に背を預けている。彼女、アリス=ブロードベントは洞窟の中で小さく蹲りカタカタと震えていた。体温の低下というソレもあるが、何よりも彼女を震わせるのは“恐怖”だ。

 ズンッ、と、遠くで轟音がする。大きい何かが地面に衝突するような重々しい音にアリスは顔を青白くし大きく肩を震わせた。

 

 彼女は多国籍軍との同盟により過激派反IS組織の殲滅任務へ赴いていた。多国籍軍はアリスを含めISを合計5機も導入。世界的に見てそれは誰が何と言おうと戦力過多と言わざるを得ないだろう。無論のこと反対意見も多かった。

 しかしこれは反IS派に対するケジメを付けるチャンスでもあった。ここでISの有用性を示すことでISは更に絶対的な立場を確立し反IS派を抑える力になり得る、と。

 

 しかし結果は? 誰も予想し得なかった、IS陣営の完全敗北である。

 全ISが撃墜、多国籍軍は全滅。敵、反IS組織の規模は未知数でありながら被害は軽微だ。何がそこまで両者の差をつけてしまったのか。

 

 また、轟音がする。これは足音だ。巨体が歩く度に発される足音なのだ。

 この足音こそがその元凶。アリスにトラウマを植え付け、ISの全てを落としてみせた悪魔。

 

 入口に影が差す。そこには1本の巨大な機械仕掛けの柱が――否、4本の内の1本が地面に深々と突き刺さっていた。

 

『アリス=ブロードベント。どうした、あの時の威勢は嘘なのか?』

 

 巨体から響く音声は男の声だ。機械仕掛けの巨大な影は右腕のレーザーライフルを無理矢理洞窟の入口に突っ込んだ。縁に当たってゴリゴりと岩がけ削れて行くが腕のブレード部分には傷1つ付くことはない。

 

『知っているぞ。貴様が地図にない基地(イレイズド)へ連絡を取った事は。コアの反応ですぐわかる。これで助けが来てくれるなァ』

 

 クツクツと、男が喉を鳴らした。それはアリスの行動を嘲笑う悪魔の零す笑い声だった。

 

『貴様のお陰で仲間が来る。そしてその仲間は俺の前に倒れる。滑稽だ、笑いものだ、酷いものだ、醜いな、実に面白い。ISは世界最強ではなくなる』

 

 キィィィィィィ――――――――、と甲高い音がする。巨体の右腕のレーザーライフルの中に光が収束していた。エネルギーチャージだ、一度充填が終わってしまえば、森林地帯を更地へ変えてしまう程の威力を持つ光と熱の暴力が放たれてしまう。

 アリスは“恐怖”に突き動かされ、咄嗟に動いた。無意識でも彼女は洞窟の奥へは入らず入口へ、銃口の真横をすり抜けて外に飛び出した。

 直後、銃口から放たれる光が洞窟を蹂躙する。光が暗闇から逆流し巨体ごと巻き込んで爆ぜた。爆風に煽られてアリスも空中に投げ出されるが一応は無事であった。背中から地面に落ちて3、4回と地面を転がり咳き込む。体の節々が痛い。少しでも動かそうとすれば悲鳴を上げそうになるほどに。

 

『しぶとい。しかし流石は軍属だ。他の自意識過剰とは違う』

 

 男の声がよく響いた。あの巨体は健在だったのだ。あれだけの逆流してきたエネルギーを浴びていながら装甲に傷は1つも見えない。

 見れば風に煽られた煙は巨体の装甲に達する前に透明な何かに遮られていた。ISのシールドエネルギーに似た何かか。ともかく、並大抵の攻撃程度ではあのバリアを貫くことは不可能だろう。

 

 笑いそうになる膝を殴りつけてアリスは立ち上がり走り出す。林に飛び込み、蛇行し、木々を潜り抜け、とにかくかく乱するように動き回る。

 

『楽しいか、アリス=ブロードベント。それではただ無闇に自分の体力を削るだけだと気付いているだろう?』

 

 知ってる。しかしアリスは答えない。疲労で崩れそうな体を動かし、ひたすらひたすら走り続ける。時間を稼げば、どこかへ向かえば、誰かがいてくれるはず。叶わないかもしれない僅かな希望だけが、アリスを突き動かす唯一の原動力だった。

 茂みを飛び越え坂を下り、倒れた幹をくぐり抜けて、木の根に躓きそうになる。それでも金属のように重い足を前へ出す。

 と、そこで視界がガクリと崩れ重力に引かれて体が落ちた。なんてことはない、1m程度の段差に気付かず落ちたのだ。いつもなら問題ないそれすらも、アリスにとっては不幸なことに脅威だった。背後の恐怖にばかり気をとられ、足下が疎かになってしまったいたのだ。突然すぎる展開に受け身を取ろうとするが間に合わず、アリスは足を捻った状態で地面に着いてしまった。

 グギッ、という嫌な音と激痛が襲う。今まで踏ん張って支えていた身体が崩れ落ち、アリスは足首を抑えて痛みを堪えながら地面に蹲った。

 もうダメかもしれない。そんな考えが浮かぶ。必死に考えないようにしてきたというのに、ここにきてアリスの心を支配したのは言い様のない絶望感だった。




容赦のない戦争って多分鬱憤を晴らすには一番もってこいなやつなんだろうなぁ、と今の気持ちを吐露してみる。多分当時も大分心がやつれてたからその鬱憤晴らしだったんだろうね


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欠損少女は亡き国へ捧げる
1


百合はいいものだ


 GWCと呼ばれる世界的なシェアを誇るカンパニーがある。IS関連技術は世界最先端、第2世代型IS「メディウス・ロクス」は世界シェアNo.1であり、かつこのカンパニーは世界で最も早く第3世代型ISを作り上げた有名会社でもある。主な出資を行っているのは亜細亜諸国。豊富な資源と人口、先進国から取り入れた技術でもってIS界の先頭を駆けているのだ。

 本社はインドに置かれ世界各地に巨大な支社と製造工場を構え日夜大量の軍事兵器を生産。他にも日用品や家電製品の開発・製造等も執り行っている。「就職するならGWC」とはまさに今の時代をよく表していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とあるGWC支部のオフィスビル。全面ガラス張りの近代的デザインになされた高いビルの1階フロントロビーは今日も多くの人で賑わっていた。スーツを来た営業や顧客など様々だが、その中にふと車椅子の少女が過った。艶やかな大和撫子を彷彿とさせ、顔だちも端正でスッキリしている。見た目はまさに日本人形と言ったところか。赤いパーカーを羽織り、脚には薄手の毛布をかけていた。そしてだが、恐らくその彼女には脚がない。フットサポートに乗せているべき脚が見えないのだ。つまりはそういうことだろう。

 そんな彼女の車椅子を押すのもまた日本人だった。車椅子の少女と同じく黒髪黒目だがその印象は真逆と言えよう。どこかキツイ雰囲気というものが漂ってくる。一文字に結ばれた唇と刃物のような切れ目が象徴していると言っても過言ではない。

 

「ねぇマドカ」

「どうした、セン」

「わたし、皆からどう見られてるのかしら?」

 

 車椅子の少女センは自分を押してくれている少女マドカにそう問うた。マドカはその問いにすぐは答えず、しばし視線だけを辺りに彷徨わせる。2人を、特に、センを見る周りの視線とは。それは「痛ましい」という他人事の視線だ。

 

「可哀想な奴を見る目だ。不幸を他人に押し付け、蔑む視線だ」

「そう……皆同じね」

 

 マドカの答えに、センは微笑むだけだった。それは喜びとも苦しみとも捉えられない、不気味なものだった。ただただ妖艶に、見た者を凍りつかせてしまうような、絶対零度の笑みであった。

 

「でも仕方ないわ。皆知らないだもの。真に何もかもを失う恐怖を」

「ああ、その通りだ」

 

 2人は静かに頷き、ロビーからエレベーターホールへ。目指すは地下開発等。完成したISの兵装らが保存されている区画である。本来であれば立ち入り禁止の場所であるそこへ、2人は苦も無く堂々と入って行く。

 

 エレベーターを降りてすぐ、真っ直ぐに無機質な白い廊下が奥まで続いていた。両サイドには強化ガラス張りの部屋が等間隔に並び、中には兵器の数々が並べられていた。同時に研究員達が精密機械に向かい合って数値を眺めていたりエンジニア達が機械と悪戦苦闘していたりとその様子は様々だ。

 

 2人はしばし廊下を進み、白衣を着た研究員達に不審に見られながらもある一室へ入った。

 中で2人を迎えたのは、1つの待機状態のISだった。塗装の施されていない無機質な鋼色1色のソレは、畳まれていながら鋭利なデザインをしている。本来のISであれば手足に相当する部分にあるのは全てが突撃剣。他の武器を掴むという概念を一切排除した、異常なモノだった。

 

「素晴らしいわ。完璧」

「……これを使っていた時期があったと言うのか」

「そうよマドカ。これは私が世界で一番になった時に使っていたモノ。良かったわ、まだ全然元気そうじゃない」

 

 嬉しそうに微笑むセンに対し、マドカの表情は疑問が拭えなていないという感情が表に出ていた。

 目の前のISは手足が突撃剣なのだ。すなわち手足の延長線上に刃が着いているということになる。剣術だとか刀術とも違う、未知の領域の武器なのだ。

 

「久しぶりね、『(セツ)』。何年ぶりかしら」

 

 センがそっとそのISに触れる。『刹』とはISの名であり、かつてセンが乗っていたISであった。

 

「さあ行きましょ。また一緒に空を飛ぶの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは何て事の無い日常の中で起こった。

 

 平穏を切り裂くかのように鳴り響くサイレン。何事だと人々が困惑する中、突然GWC支部のビルの最上階が吹き飛んだ。ガラスと建材の破片が飛び散り下へ降り注ぐ。開けた穴から飛び出してきたのはISだった。片や蝶のような羽を背負った紫のIS。片や手足に鋭利な突撃剣を備えた鋼色のIS。そして、2機の間で装甲もボロボロにされて今にも落ちようとしているIS、ラファール・リヴァイヴだった。

 

 蝶のようなISがひらりと1回転、同時に羽からビットが飛び出しラファールを取り囲んだ。かと思えば先端から収束されたビームが何発も撃ち出されラファールを攻撃。撃ち抜かれたラファールが大きく体勢を崩し落ちそうになる。

 そこへ追撃となって鋼色のISが襲い掛かった。細身のソレは脚を閉じてその突撃剣をラファールの胴体へ容赦なく突き刺す。更にそのまま重力に加えてブースターを噴かし急降下、地上数百メートルはあろう場所から一直線にラファールを下敷きに着地した。

 人通りも気にせず、コンクリートの地面へ2機が落ちた。轟音と共に地面が割れ、煙が巻き上がる。突撃剣の切っ先がラファールの腹を貫かんとし、しかし間一髪の絶対防御が働いたのか、搭乗者の脇腹を抉った。

 

「目標沈黙。行きましょ」

 

 鋼色のISはバイザーしたの口元を微かに動かし、笑った。

 

 2機のISはラファールを置き去りにしたまま再び飛び上がり、空の彼方へと消え去った。ようやく到着した鎮圧部隊もその追跡は適わず、多くの怪我人を出してこのIS盗難事件は幕を下ろすこととなるのであった。



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2

「おかえりなさい」

 

 ここは砂漠地帯。灼熱の太陽が照りつける砂丘は地平線まで何一つとして遮蔽物が無かった。

 そんな中に女性が1人。黒の日傘を差した彼女は微笑みながら目の前に着地した2機のISの搭乗者を見やり声をかけた。

 

「無事取り戻せたみたいね」

「はい。塗装は全て落とされてしまいましたが」

 

 紫の蝶を模したISが脚を地面に着けるのに対し、鋼色のISはPICと反重力制御により着地することはなかった。元より脚部も全て突撃剣のソレ地上に落ち着くことを最初から考慮していないのだ。

 

「M。センとのコンビはどう?」

「問題ない。オータムと組むよりずっと良い」

 

 バイザーの下で不機嫌そうに口元を歪めたMの返答に女性は苦笑した。相変わらずな反応に思わず笑ったのだ。

 

「さて、じゃあ行きましょうか。次はIS学園よ」

「このまま向かうのか?」

「別にそれでも構わないけど。でもセンがいるのよ?」

「私にはお構いな」「一度帰投しよう」「…………マドカ?」

 

 遮るような物言いにセンが困惑する中、マドカは続けた。

 

「センも疲れただろう。帰って休憩してから、また出るぞ」

「マドカ、言っておくけど私は元日本代表よ? 脚が無くなっただけで弱ってなんか」「それでもだ。万が一で戦力が減るのは我々にとって愚策。行きがけで綻びを作るよりは、基地できちんとした準備を行う方が何倍も良いだろう?」

 

 と、マドカの返答にセンは「むぅ」とバイザーの下で唸るばかり。正論過ぎて反論できなかった。

 

「決まったみたいね。じゃあ一度帰投しましょ」

「了解」

「……了解しました」

 

 渋々、と言った様子でセンが頷く。返事を確認したところで女性は自らも黄金色のISを展開、先頭に立って飛び上がり、2機もその後ろに続いて砂漠を飛び去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数年前のことである。1つの悲惨な事故があった。

 

 ISの公式大会である世界選手権で日本チームが団体戦で世界一位を修めた時がある。その日本選手団は大会を終えてバスに乗り込み、空港へ向かっていた。帰国の関係でまた日本に戻るためだ。

 しかしバスが空港へ向かう途中に事故を起こし、選手団の多くが重傷を負った。不幸中の幸いか死人が出るようなことはなかったが、選手大半が入院する騒ぎとなった。

 

 その選手の中でも特に、日本を優勝に導いたエースの怪我は酷かった。両脚がバスと道路の下敷きとなり、両脚切断にまで至ったのだ。先述の通り一命を取り留めてはいたが、やむなく彼女は日本代表を外され、ISから縁遠い生活を強いられることになったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




オリ主とまどっちの百合書きたくなった。百合になりきれるかどうかはわからんかったけど


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殺し殺され、逝くが我が道
【閲覧注意】 1 【残酷描写あり】


これもIS二次戦争モノ。雇われの強化人間傭兵がISを動かして束さんの手足となって戦線を蹂躙する……んだと思う。方向性は何も決まってない。人がよく死ぬ。
(ツイッター解説より)



 11:17 a.m.

 Jul.7 20XX.

 Persian Gulf.

 

 

 

 1つの戦争があった。イスラム教徒と女性権利団体が敵対する大規模なものだ。簡単な構図と言えば、男性対女性だ。

 そして、優勢なのは女性側であった。元々イスラム教徒により弾圧行為が戦争に発展したのだが、既にその勢いは失われつつある。何故なら、女性側には絶対的暴力の化身であるISがあるから。通常の兵器を全く寄せ付けない火力、機動、装甲、ありとあらゆる力の頂点に立つISが、抵抗する男達を次々と吹き飛ばしていった。

 

「ISが出たんだっつってんだよ!! 信じねェんなら直接見に来い腰抜け!!」

 

 中東人の男性がAK片手に背中を倒壊寸前のコンクリート壁に預けながら無線機に怒鳴り散らした。劣勢に劣勢を重ね、イスラム側の勢力は既に虫の息だ。ISに恐れをなして逃げ惑う者達。その背を容赦なく兵器が蹂躙する。

 

「クソッ、()はまだなのか!?」

 

 無線越しの役立たずに呆れをなした男は手に持っていたそれを地面に投げつけた。プラスチックの外殻があっさり割れ中の配線が剥き出しになる。それでもまだ一応動いてはいるようで、ノイズ混じりの音をガリガリとスピーカーから吐き出していた。

 刹那、ドンンッ、と言う地響きと共に男の視界の端で建物が倒壊した。煙の中からゴロゴロと転がり出てきたのは、同じ教徒側の男。それを追うようにゆっくりと煙の中から大きな機械の影が浮かび上がって出てきた。

 

「IS……!!」

 

 ギリッ、と男が唇を噛み締める。ISは地面に転がって悶え苦しむ男を容赦なく踏みつけ充分に痛みつけた後蹴り上げた。ドブッ、と言う鈍い音が上がり、男がもみくちゃに宙を舞って地面に頭から落ちた。絶命した。ピクリとも動きやしない。

 と、不意にISがそれを見ていた男の方へ視線を向けた。拙い、と冷や汗が全身を伝う。死ぬ時が来たのだ。

 

「畜生……っ」

 

 銃を乱射して男は駆けた。狭い道を掻い潜り、物に身を潜め、とにかく走った。しかしISは障害物を片手間で排除しまっすぐ男へ近付いて来る。

 焦って足を前に出し、コンクリートの塊につま先をぶつけて男が転倒。破片だらけの地面を何度も転がった。腕が擦り剥け鋭い痛みが何度も彼を襲った。

 

「がっ、くそッ……!!」

「逃げんなよ、ゴミクズ」

 

 ガシャン、と。ISが、男がつまづいたコンクリートを踏み抜いて粉々する。まるで自らの力を誇示するように。

 彼女は笑っていた。いや、嘲笑していた。いつもいつもデカい顔ばかりしていた男を、鬱憤を、自らの手で殺せる、潰せる。その顔を男は悔しげに睨みつけた。

 

「滑稽だね。結局男は女に敵わない。それでも無駄に、必死に保身に走ろうとして、自らを滅ぼす。これを滑稽と言わずに何と言えばいいのかしら?」

 

 マシンガンの銃口が男に向けられた。目と鼻の先、男がこの境地を脱する術は、ない。

 

「ま、いいや。取り敢えずアンタを殺して次に行く。この際にしっかり自分の身の程を男どもにはわかってもらわないとね。いい機会をくれたことだけは感謝するわ。これをそのお礼」

 

 引き金を引いた。弾丸が何度も男を貫き、頭部もろとも吹き飛ばす。

 たかが数秒、そこに人の形だったモノがぐちゃぐちゃになって真っ赤な血を辺り一面に飛ばしながら横たわった。

 

「おい」

 

 不意に、彼女に声がかかった。男の声だ。まだ若い。

 彼女が振り返れば、1人の青年がボロボロの軍服のような物を着て立っていた。無表情な顔で、光の無い目をしていた。

 

「あら、わざわざ殺されに来た? 探す手間が省けて助か――――」

「バーカ」

 

 直後、男が何かを放り投げて背を向け走り出した。何事かと面食らっている間に、男が投げた物……閃光手榴弾が破裂。爆音と真っ白な光が周囲を覆う。

 ISの光量遮断システムが起動。瞬間的に彼女の周りが真っ暗になり被害を防ぐ。手榴弾の効果が消えると同時にシステムが終了しハイパーセンサーを通して先ほどと同じ風景が彼女に見えてくる。

 先程の男は既に道の曲がり角に駆け込んでおり、手だけをこちらに向けて親指を下に向けていた。

 

「テ、メェ……!!」

 

 ブースターが火を噴きISが飛翔する。その速度はあっさりと航空機のそれに追いつくレベルの加速度を叩き出し、男がいた場所へ勢いそのままに突っ込む。

 障害物を軒並み破壊して曲がり角へ達した時、男は袋小路のコンクリート塀を駆け上がって姿を消す。ちょこまかと逃げ回る男と、ISを駆る彼女。彼から申し入れられたのは、絶望的な鬼ごっこだった。

 

 

 

 

 

 青年を追いかけて10分が経過した。たかだか1人の男を捕まえられず、既に彼女の頭はガンガンに煮え立っていた。彼は逃げ回るだけでなく、搦手で何度も何度も彼女を弄び煽っていた。冷静な判断はもう下せない。男を徹底的に痛めつけるまで、その怒りは収まることはない。

 

 男の背を見つけた彼女が飛び出す。男はまた誘い込むようにコンクリートの建物の内部に駆け込んでいたのだが、そんなこと彼女にとってどうでも良い。ISという絶対的兵器がある以上、彼女に負けはないのだから。そう思っているから。

 建物のフロアに飛び込んだところで、彼女は男を見失っていた。辺りを見回すが、誰もいない。ここでハイパーセンサーをフル稼働させれば目の前の柱の後ろに彼がいたとすぐ見破れたのだが、それもできなかった。

 

「ようこそ、墓場へ」

「ッ、そこかッ!!」

 

 柱の影からゆっくりとした歩調で彼が現れ、彼女がそれに反応して飛び出す。が、彼をISで掴もうとして急激に機動力が衰える。見れば、超合金の頑丈なワイヤーがISに絡みつき移動を阻害していた。

 

「チッ、くそっ、こんなもの……!!」

「気付いた時にはもう遅い。お前は既に養豚場の豚と同じ運命にある」

 

 男が手に持っていたスイッチを押した。同時に彼女の真上にあった天井が爆発により吹き飛び、上階に置いてあったであろう鉄骨が降り注ぐ。ワイヤーに絡め取られ身動きの取れなかった彼女はなすすべなく鉄骨の濁流に飲まれた。

 

「クソッ、殺す!! 殺してやる!! 動け、動けよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!!!」

 

 既に彼女の顔は怒りで真っ赤だった。鉄骨とワイヤーで身動きが取れないこの状況。青年は無表情に葉巻を吸っていた。

 

「さて、」

 

 と青年が動く。一度彼女から離れたかと思えば、彼は建物の隅に置いてあった()()()()()()()持ってきた。

 それは本来、人が扱う物ではない。ガトリング銃であるソレは人が撃とうとすれば反動でたちまち立っていられなくなる。一般的にそれはGAU-19と呼称される、戦闘機や装甲車に固定して使われるはずの物だった。

 

「ISには絶対防御と呼ばれる操縦者を守るための機能がそんざいする。この機能は本来のシールドエネルギーを大きく消費する代わりに絶対に操縦者の生命を守るための物だ。さて、そんな機能が()()()()()()()()()()()()()I()S()()()()()()()()()()()?」

 

 男は人1人分の重量はあろうその得物を軽々担ぎ上げ、鉄骨の山を上って彼女の顔の目の前にまで来た。

 

「そう、例えば、装甲のない頭部を何度も銃撃された場合、絶対防御はどれほど維持できるのか、とか」

 

 銃口が自分の顔に定められたのを自覚し、彼女の顔が恐怖に染まった。身動きの取れない今、主導権は全て男にある。

 更に、絶対防御とはシールドエネルギーがあることが大前提だ。絶対防御が発生し続けてしまえばシールドエネルギーはいずれ尽きる。そうなれば彼女を守る物なんて何もない。

 

「や、やめっ、」

「嫌だ」

 

 キイィィィィィィィィィッ、と砲身が回転を始める。甲高い男は、彼女の処刑の始まりを告げる鐘そのものに他ならない。

 

「実験だ」

 

 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ――――――――――――――――――――!!!!!!!!

 

 12.7x99mm NATO弾が連続的に、絶え間なく、彼女の顔を狙う。その全てが絶対防御に弾かれ鉄骨の山に降り注ぐ。その圧倒的な暴力を、彼は片手で押さえつけて制御していた。

 

「ひっ、やら゛っ、だ、じげ……!!」

「聞こえんな。助けてとでも言っているのか?」

 

 現に男には彼女の声は聞こえていない。唇の動きを読んだだけだ。

 止むことのない銃弾の豪雨に、既に彼女の精神は死んでいた。死が迫る恐怖が彼女のプライドすらもずたずたに踏み潰していた。視界端に映るシールドエネルギーの残量こそが、死へのカウントダウン。恐ろしい程の勢いで減りつつある数値だけに彼女の精神は犯されていた。

 

「やだああああああああああああああ!! どめでッ……止めでぐだざいおねがい゛ま゛ず、死にたくない、じにだぐないじになぐあいあ、あああぁぁぁぁぁぁああああッッッッ!!!!????」

 

 ――――不意に、ピタッと銃撃が止む。静寂が訪れ、彼女の嗚咽だけが虚しく響いた。

 シールドエネルギー、残量2。絶対防御を発動させるエネルギーは既に底を突いた。

 絶望を前に彼女は男を見上げた。涙と鼻水と涎でぐちゃぐちゃになった顔で、死神を見つめた。

 自分の股間が生温く湿っているのも気にならない。気にする暇もない。自分の終わりが近づいてくる足音の前に、彼女はただただ唖然とするしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鉄骨の山が赤く染まっていた。その近くには頭部の無い女の骸が1つ。男はその近くで手に持った手袋をマジマジと見ていた。手の甲に貴金属のような素材で作られた三角形の装飾が埋め込まれた、黒地の指なし手袋(グローブ)だ。

 これがISのコアそのもの。ISをこうしてアクセサリーとして持ち運べるのは兵器としては便利だ。男が今持っているような重機関銃は何かしらの運搬技術が必要になる。アクセサリーなら運搬にも手間取らない。本当に惜しい兵器だ、女性にしか扱えないという点さえなければ。

 

「む」

 

 プレート部分をなぞると、不意にその部分が発光した。

 

『使用者のバイタルを認識できませんでした』

『ERROR』『ERROR』『ERROR』『ERROR』『ERROR』『ERROR』『ERROR』『ERROR』『ERROR』

『バイタルを確認しています......』

『ERROR』

『ISコアを装着して下さい』

 

「?」

 

 ISが、起動した。システム面だけだが、確かに、今男が触れたことによってISは動いている。

 何となく、グローブを手に嵌めた。刹那、手の甲からの光が強くなる。

 

『バイタルチェックを開始します』

『ISコアの初期化を行います』

『初期化開始......完了』

『フォーマットを行います』

『フォーマット設定を行って下さい』

『自動最適化によりフォーマットを開始します』

『フォーマット開始......完了』

『初期設定が完了しました』

『システムの再起動を行います』

 

 流れていく情報が止んだかと思えば、発光が収まり静寂が空間を支配する。

 取り敢えず、彼は特別なようだと言うことを悟った。女性にしか扱えない兵器を、彼は特別に扱える。世界で2番目の、男性操縦者になれる。

 

『システムの起動を確認』

『システムチェック......オールグリーン』

『マスターを承認します』

『搭乗者情報を登録しました』

 

無限の成層圏(インフィニット・ストラトス)へようこそ】

 

 粒子があっという間に溢れ出した。銀色の光が舞い上がり、男を包む込む。その数秒後、彼は装甲……ISをまとってそこに立っていた。

 

「……なるほど。これで殺せと、そういうことか」

 

 地面に置いてあった重機関銃を拾い、ゆっくりと宙を滑って建物の外へ出た。分厚い灰色の雲が覆う空には、今も各地から戦闘音が聞こえる。

 

「戦闘区域の地図は出せるか」

 

【衛生情報を受信しています】

【地図を表示します】

 

「持っている武装のリストは?」

 

【ファイルを表示します】

 

 視界に表示する数値の数々。ハイパーセンサーを通して見える景色。その何もかもが桁違いだ。精密で動作も重くなく、どんな既存のコンピュータ等よりも速かった。

 

「戦闘を開始する」

 

 ブースターが大きく火を噴き、男とISが空へ舞い上がる。世界を揺るがす大きな(わざわい)が、今動き始めた。



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2

 そこは薄暗い施設だった。廊下の蛍光灯も所々が切れていて明滅を繰り返してばかり。点検を怠っている証拠だ。

 しかし、その施設を利用する彼ら研究者にとって蛍光灯等気に止めるものですらなかった。現に今、彼らは今世紀最大の謎に立ち向かっているのだから。

 

「何故遺伝子の複製ができん……!?」

 

 資料の束を前に、壮年の男が低く唸った。彼が成そうとしているのは、人間の複製。クローンの作成だ。それも、I()S()()()()()()()()()()()()()の作成である。

 遺伝子はいくらでもある。しかし、その遺伝子を作ろうとしても、完成した瞬間に自壊してしまう。保存法を変えたりと様々な試行をしてきたが、その全てが尽く駄目だった。既に男の手に残された方法は少ない。人生の全てを投げ打ってでも成功させる価値があるこの研究が、全て台無しになるかもしれないのだ。

 

「ッ、クソッ!!」

 

 机を蹴り上げて彼は立ち上がりズカズカと大股で部屋を飛び出し、別のある部屋へ向かった。

 そこは何重物セキュリティで封鎖され、分厚い鋼鉄の扉で閉鎖された空間。薄暗いライトが照らすその部屋には、1人の男が大量の拘束器具に巻かれて微動だにせずにいた。服は全て剥ぎ取られ全裸、体中の至る所に傷跡が残り、現に数々の針が刺さっていた。

 

「どうした、そんな苦い顔をして。俺のクローンの作成は順調か?」

 

 拘束されていると言うのに、その男は無表情で、しかし余裕を含んだ声で研究者の男に問いかけた。

 

「いや、その表情で上手くいくはずもないか。それもそうだ、俺の遺伝子は全て劣性。加えてそれを維持するにはまた特殊なアプローチが必要だ。たかがこの程度の施設で再現できるとは考えないことだ」

「では何故その情報を教えようとしない!?」

「知らないからだ。俺は殺すための道具に過ぎない。実際に俺の遺伝子の詳しい情報なんぞ知るか」

 

 現に男は何度も拷問にかけられ、脳波の測定までされてなお嘘は言っていなかった。どんな方法かすら判明せず、既に研究は手詰まりである。

 ありったけの予算も今や底を突きかけている。戦場でISをまとっていた男を武力でもって多大な犠牲のもとに捕縛したはいいものの、結局はそこまでだ。自分たちでは男を作り上げた技術を再現不可能という結論しか出ない。

 

「さて、もう結論は出たんじゃないのか? 俺はそろそろ出るぞ」

「何を言っている。まだ研究は続いて」

「くどい」

 

 ギシッ、と鎖が音を立てて引っ張られる。

 

「無駄だ。拘束具の破壊など」

「やってみなければわからない。研究と同じだ」

 

 バギッ、とどこかで音がした。拘束具、ではなく、拘束具を壁に固定する器具が壊れた音だった。音が断続的に次々と鳴り、床に固定具だった物が落ちていく。

 

「取れたぞ。存外ぬるい」

 

 気付けば男の上半身の拘束具は既に意味を成していない。下半身の拘束具が使えなくなるのも時間の問題だろう。どう対応すれば良いのか考えている間にもどんどんと男の身が自由になっていく。

 彼が自由になれば、次の研究者がこの男を狙うだろう。そうなれば研究成果は全て横取りされる。それだけは、それだけはダメだ。

 

「ほう。研究者も銃を構えるのか」

 

 彼はホルスターにあったハンドガンを両手で構えて狙いを絞った。ここで彼を殺しておけば、研究はこれ以上続かない。彼の研究人生も終わるが、他人に自分の時間を盗られるのだけは我慢ならなかった。

 

「っ、死ね、化物!!」

 

 マズルフラッシュが瞬き、銃弾が銃口から飛び出し、男の眉間に命中した。

 

「で、その玩具で俺を殺せるのか?」

「なッ……!?」

 

 しかし、拘束されていた男は気怠げな表情を崩さなかった。眉間に当たった銃弾は押し潰れ足元へ落下、乾いた音を立てて床を跳ねた。彼の眉間は微かに傷が残っただけで弾丸は食い込みすらしなかった。

 人工強化骨格。彼の骨は全て超合金に置き換えられ生半可な衝撃程度では歪みすらしない。手持ちの重火器程度ではビクともしないのだ。

 男が拘束具を全て外し、彼の前に立つ。銃が効かないなら何がこの目の前の男に効果を示すのか。必死に頭を回転させ、しかし結論は出ない。焦燥に駆り立てられ、ロクな判断すら下せなかった。

 

 ――――と、そんな時。施設中に警告音が鳴り渡る。赤いランプが点灯、侵入者を告げる放送がスピーカーからガンガンと鳴り響く。

 

「さて、次に俺を狙う奴かね。どうやら君の研究も終わりのようだ」

「……嘘だ、こんなことが……っ」

「終わったんだ。現実を見ろ。君の施設(いえ)は蹂躙されているではないか。()()()1()()()

 

 ガンッ、と分厚い鋼鉄の扉が吹き飛ぶ。普通なら数トンの扉がボールのように吹き飛ぶなど有り得ない話なのだが、扉の奥から現れた機械を見て研究者の男は絶句した。ISが、そこにいたから。そして、その脇に控える女性の存在を認知してしまったから。

 

「篠ノ之、束……!?」

 

 機械の兎の耳、青いドレス、グラビア顔負けのプロポーション。ニコニコと場に似つかわしくない笑みを浮かべた彼女こそ、ISを生み出した“天災”、篠ノ之束。

 

「やけに豪華なお迎えじゃないか」

「お、君が2人目……って言うか服着てくれない?」

「それもそうか」

 

 束が嫌そうな顔をしたのを見て、男は近くでへたり込む研究者を掴むと無理やり服を剥ぎ取った。抵抗も虚しく片手間で服を取られた彼は無様に地面を転がった後に部屋を飛び出して逃げたのであった。

 

「篠ノ之束か。直接顔を見るのは初めてだ」

「そりゃそうさ。メディアに顔出すのなんて億劫でやってらんない。ともかく、一緒に来てよ。君を雇いたい」

「雇うとは、護衛か何かか? 充分に事足りているように見えるが」

「機械じゃダメ。君じゃなきゃ意味がない。与えられたプログラムただ実行するだけの奴なんてつまらないのさ。その点君は素晴らしい。男でISを起動させ、しかもその戦闘力はピカイチ。殺すための道具が増えるなら好都合だ」

「なるほど、貴方は他人を殺せないから、自由意思を持つ俺に代わりに殺させる。それなら殺したのは貴方ではなく俺だ。気兼ねなく破壊できる」

「いいね、そういうこと。人間ってのはどこまでも身勝手で無責任さ。好き勝手やって好き勝手死ぬ。素晴らしいと思わない?」

「生憎俺に人間の感性は無いから知らん。俺がすることとは殺しのみ。殺し殺される戦場だけあればいい」

「その意気だ。じゃあこれからはこの篠ノ之束だけの命令を聞いてよ」

「いいだろう。では命令を寄越せ」

「オーケー。じゃあここら一帯全部壊して。道具はほら、ここにある」

 

 彼女が投げて寄越したのは、彼がイランで奪ったISだった。代わり映えのない手袋をひらひらと弄び彼女を見れば「着けて」と言われて仕方なく装着、淡い光が灯った。

 

「これで破壊しろ、と?」

「そう。力を示してよ。君とISが合わされば、まず敗れることはない」

「俺は捕まってしまってた訳だが?」

「わざとなのは見え見え。君に下された命令はあくまであの女の集団に属する者の抹殺のみ。君を捕縛しようとした人は含まれていない。それに拘束具なんてさっきみたいに簡単に抜け出せた筈だし」

 

 確かにその通りだと頷く。彼が手を掛ける範囲はあくまで指示されたもののみ。指示が無ければ例え何をされようと手を出すことはない。




こういうのあさってて今更見付けると何書きたかったのかわからなくなる


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GIRLS and ARMORED CORE
1


何を思ったのかガルパン的ルール内でACを動かしたかったので書いたらこのザマ


 追い掛けてくる。真後ろ、距離200。離れている? そんな筈はない、アーマード・コアにとってこんな距離は一瞬で詰められる。ゼロ距離とまでは行かないが、近いのは確か。

 グライドブーストを駆使し建物の間を抜けて行くが如何せん距離が離せない。と言うよりも逆に詰められている。

 

「嘘でしょ、そんな……!! ――――キャアッ!?」

 

 機体に揺らされながらもハイブーストで角に滑り込む。刹那、先程まで自分がいた空間にレーザーが撃ち込まれ衝撃に晒される。

 

(あと2発……!!)

 

 機体を何とか立て直し再び低空を滑るように移動。先の攻撃は連発が効かない上に装弾数も少ないのは予測されていること。避けれれば充分に対処は可能である。

 

「高い建物さえあれば……!!」

 

 言って、それが幻想でしかないと唇を噛む。敵機の上を取れれば楽なのだが、この敷地では足場にできる高い物はないし、この距離では上っている間に撃ち抜かれる可能性もある。このACの場合、空中となると大分隙が出来てしまう。

 

「……あれ?」

 

 ある程度進んで牽制しようと真後ろにライフルを向けたところで、敵機がいないことに気付く。スキャンモードに切り替えリコンを飛ばしても見えない。辺りには突風と横から殴りつけるように降り注ぐ豪雨でロクな音さえも聞き取れない。精々聞き取れるのはACのジェネレータが稼働する音くらいだ。

 

「見失った……?」

 

 ブーストジャンプで低い建物に上り辺りを見回すがどこにもいない。脅威を逃れたは良いが、こちらから見えてないのでは奇襲してくれと言っているようなものだ。早急に見付けなければならない。

 

 ――――ピピッ。

 

「ッ!!」

 

 一瞬、何かを捕えた。間違うはずもない、敵機だ。

 反応のあった地点へグライドブーストで急行、距離が詰まったところでもう一度リコンを展開。しかし、

 

「また見失った……!!」

 

 いない。だが方向だけはあってる筈だ。

 

 刹那、

 

「――――ァがっ!?」

 

 背後を轟音と衝撃が襲う。機体の耐久値が減少、ガクンと期待に揺さぶられ体勢が崩れた。衝撃で操作レバーから手が離れ機体が暴れ横倒しになる。

 

「……ぁ、まず……っ」

 

 必死にレバーを掴んではみるものの、機体は言うことを聞いてくれない。カメラの端で、敵機が接近してくるのが見えた。

 

「うわぁあああああああああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」

 

 立ち上がるのは諦めた。右腕の武装をライフルからガトリングへ変更、トリガー。ガガガガガガッと鉛玉が撃ち出され――――その弾幕へ無理矢理敵機が突っ込んで来る!!

 

「嘘――――!?」

 

 影が迫り、一瞬霞む。刹那、蹴り出された足が自らの機体を捉え、大きなサイレンが鳴り渡った。

 

『勝者、霞中学校!! 見事全国大会3連覇の偉業を達成です――――!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大洗女子学園。学園艦と呼ばれる巨大な空母型の船の上に作られた女子学校の1つだ。

 そこの生徒会室では小山柚子が少し型の古いデスクトップパソコンに向かって調べものに勤しんでいた。

 

「『戦車道』と『機兵道』の連携……、」

 

 『戦車道』とは。乙女の嗜みとして古くから行われる武道である。非力な女性であろうとも強固な戦車を用いれば力を持って堂々戦えることから多くの女性に好まれる傾向にあるのだ。

 そして『機兵道』。アーマード・コアと呼ばれる高速機動兵器を用いた、『戦車道』に似た武道である。こちらは乙女の嗜み、までとは行かないものの、男女の間でそれなりの人気がある武道だ。

 

「スゴいな、このACとやらは」

 

 隣で同じ画面を覗きこんでいた河嶋桃が呟いた。

 画面の中では巨大な人型兵器がフィールドを飛び交い、互いが手に持った銃器を撃ち合う様子が流れていた。『機兵道』の試合の様子だ。

 

「最近の試合じゃ『戦車道』と『機兵道』を合わせて更なる相乗効果を、ってことでコラボさせてるみたい」

「となると、今後の試合でも導入されるという訳か……しかし、それっぽい兵器はこの学校にあるとは思えんな」

 

 スクロールして文章を読み進め、うむむと腕を組む。

 

「まー別にACって必ず必要になるって訳じゃないでしょ? 取り敢えず目先は戦車の覚悟が優先かねぇ」

 

 角谷杏がデスクでのんびり干し芋を齧りヒラヒラと手を振った。

 彼女の言う通り『戦車道』は戦車が必須。数年前に廃止したため余りの戦車が敷地内に見付かっており、こちらはまだ良い。『機兵道』とのコラボということで最近はACを持っているところも多いが、残念なことにここ大洗女子学園には『機兵道』のきの字もなかったためにACの余りを期待するのは絶望的であった。

 

「ACは、まぁ余裕が出来てからでいいっしょ。まだいい乗り手もいないしねぇ」

 

 ACはその独特の操作機構から乗り手を選ぶ、と巷ではよく言われている。

 

「よっしゃ、じゃあやっちゃおう」

「でもそれって情報操作になるんじゃ……、」

「どうとでもなる。河嶋ー」

「了解しました」



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2

 西住みほは酷く憔悴し困惑していた。そりゃそうだ。わざわざ『戦車道』のない大洗に単身飛び出してきたというのに、また強制的にやらされることになったのだから。だがしかし、自分からやると宣言してしまったのでもう遅い。

 気合を入れ直し、ひたすらに道を進む。今は何をしているのか。簡単に言うと戦車の捜索だ。『戦車道』をやるにも戦車が足りない、という訳で探しに出ているのだ。目標数は5、最初から学園の倉庫に放置されていたⅣ号中戦車D型があるので残りは4だ。

 

「……?」

「どうかしたー?」

 

 先を歩く五十鈴華がしばし辺りを見回し、後ろをついて行った武部沙織が不思議そうに尋ねる。

 

「今、花の香りに交じって鉄と油の臭いが……」

「わかるの!?」

「私だけかもしれませんけど……、」

 

 普通の人じゃわかるはずもない。相当な慣れが必要だ。

 

「では、目的地へパンツァー・フォー!!」

「パンツのアホぉっ!?」

 

 勇ましく秋山優花里が声を上げたところで空耳に敏感に沙織が反応。あははは、とみほが苦笑を漏らした。

 

「パンツァー・フォー。戦車前進って意味なの。よく使われるんだ」

「へぇぇ、初めて聞いた……」

「まぁでも戦車道が初めてなら仕方ないのかもしれないですね……」

「あっ、ありましたっ」

 

 しばし進んでいると華が前方を指差した。丁度そこには段差に乗り上がるようにして放置され錆びまみれとなった38(t)軽戦車があった。

 

「おぉぉぉぉぉっ、38(t)!! ロンメル将軍の第七装甲師団でも主力を務めた主力戦車っ、初期の電撃戦を支えた戦車じゃないですかっ!!」

「……めっちゃ生き生きしてる……、」

「はっ!? しゅ、しゅみましぇん……、」

 

 すりすりと後部装甲に頬ずりをする優花里に苦笑いしつつ、みほはぐるりと一周。すると、38(t)が何かに乗り上げているのがわかった。

 乗り上げているのも、また戦車と同じ鉄塊。しかしそれは戦車には全く関係のなさそうな物に見える。

 

「何だろう、これ……」

「何これー?」

「複雑そうな形してますね……」

「? これ、戦車に関係するパーツじゃないですよね?」

「多分……私もこんな複雑なのは見たことないかな……」

 

 考えてみてもよくわからない。取り敢えず目的の戦車は見つけたので本部に報告、下の鉄塊も気にはなるが戦車には関係ないと見て放っておくことにした。

 

「んー、しかしどこかで見た事あるようなないような……まぁその内思い出しますかねっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全員が本部へ戻ると5台分の戦車が勢揃い。八九式中戦車甲型、38(t)軽戦車、M3中戦車リー、Ⅲ号突撃砲F型、Ⅳ号中戦車D型が倉庫前に並んでいた。本来であれば壮観である筈のその光景も、全ての戦車が錆び塗れで履帯も切れている奴が多いとなるとそこまで喜べないものである。

 その各戦車は今、割り当てられた班のメンバーにより洗浄中である。錆びを落とし古くなった塗装も剥いでグリスを塗りとやることは山積みではあるものの、各員ともわいわいと進めている。ペースも悪くないので今日中には皆終わる事だろう。

 そして、その横。何故か各戦車の放置されていた近くに決まったように戦車とはまた別の鉄の塊のような物が山積みにされいた。そのどれもが複雑そうだが、その山の物は全てそこだけで関連性がありそうだと思われる。

 

「取り敢えず洗車は各班に振り分けてやってもらうとして……このパーツはどうしましょう……?」

「自動車部に預けて調べてもらうというのが良いかと。もし戦車に流用できるパーツであれば修理等にも使えるでしょうし」

「それがいいかなぁ。解体、廃棄はさせないよう話は通してみよっか」

 

 山積みのパーツは細長かったり、箱の様に大きかったりと様々。果たして本当に使える物なのかどうなのかは怪しいところ。

 

「……ちょっと待てよ」

「どうしましたか、会長」

「何か既視感が……、」

 

 じーっとパーツの1つを見つめ、しばし上の空で考え事をしてまたパーツを見つめる。10秒程考察したところでぽんっと手を打ち、2人に向き直った。

 

「これ、ACのパーツだ」

「「えっ」」

 

 声が重なりパーツの1つを重視する。よくよく見てみれば、先日見た映像に映っていた物に似ているような気がしなくもない。

 

「で、でも、ウチの学校は『機兵道』はやってなかったんじゃ……、」

「記録はないね。でもま、ここにパーツがあったってことは関係がある事は確かってことでしょ。河嶋」

「はい」

「生徒の記録、洗い出して。『機兵道』経験者を見付ける」

「ハッ!!」

「前調べた時はいませんでしたよ?」

「それでも、可能性があるなら賭けるさ。どんな手を使ってでもね」

 

 ま、出てくるまで辛抱強く待とうかね、と杏は呑気に干し芋を囓るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、時刻は8時半になる。

 

「河嶋ー」

「現在7割の生徒が確認済みです。もうしばらくかかるかと」

「ん、無理は禁物な。後15分で見付からなかったからそこで一旦切り上げよう。これ以上は用務員にも迷惑だ」

「了解しました」

 

 生徒会室では杏と桃が調べものを、と言っても杏は動かずにボーッと外を眺めているだけだが。桃はパソコンに向かっており、学園生徒の名簿を片っ端から読み漁っていた。

 

「はふぅ、ただいま戻りましたぁ」

「ご苦労」

「お疲れちゃ~ん」

 

 と、柚子が部屋に入って来る。手には数冊の分厚い本を抱えており、顔には疲労がどっと出ている。今にも倒れて寝てしまいそうだ。

 

「取り敢えず『機兵道』に関係してそうな資料あったんで持ってきたよ。これしかなかったけど……、」

 

 よいしょっ、と机の上に置く。タイトルは『機兵道入門編』『カラスでもわかる機兵道』『徹底研究!! 機兵道を極める』と大衆向けの専門書のようなものばかりであった。

 

「古倉庫も浅い所は探してみたんだけど無くて……後探してない場所は先生の立入許可がないと入れない場所くらいかな」

「ふぅん……」

 

 杏が適当に本を1冊取って捲り、

 

「……ダメだ、さっぱりわからん」

 

 何がカラスでもわかるだ、と内心悪態を吐く。本を開いた途端に出てきたのが機体の平衡制御云々の数値のオンパレードだったのだ、嫌にもなる。

 

「っ、霞中学校っ」

 

 するとパソコンに向かっていた桃が小さく声を上げる。気になって2人が彼女の肩越しに覗き込んでみると、そこには1人の少女の名簿があった。

 

「霞中学校と言えば確か何年だったか前に『機兵道』で前人未到の個人成績3連覇を成し遂げた無名校だったって聞いたことあるね」

「となると『機兵道』経験者がいる可能性が高い……が、」

 

 少しスクロールすると中学校時のプロフィールも見ることが出来る。しかし、その子の中学校時の選択科目にある字は『古道』。確か古い学問に関係する何かだった、と聞いたことはあるがその程度だ。

 

「今時『古道』を受けるとか変わった子だねぇ。いやでも待てよ、霞中学校に『古道』なんて無かったよな」

「知ってるのですか、会長」

「『古道』は大分廃れててやってる所もかなり少ないからなぁ。やってる場所ってのはそれなりの人数が確保できる学校……霞中学校はそこまででもないから『古道』はやってないはずさ」

「え、それって情報改竄!?」

「間違いなくそうだろうねぇ。河嶋、ちょっち変わって」

「は、はぁ……、」

 

 2分後。

 

「やっぱり霞中学校はこの子だけかぁ」

 

 背もたれに身体を預けてぐっと伸びをする。他に霞中学校出身者はいない。

 

「そんじゃ、まずは本人に聞いてみよう。河嶋」

「どうぞ」

 

 桃の手には既に電話の受話器が。既に電話番号も打ち込まれコールが始まっていた。

 

『もしもし』

「もしもーし、夜分に失礼。大洗女子学園生徒会会長の角谷だよ」

『これはこれは、夜遅くまでお勤めご苦労様です、会長』

「ありがと。それでお訊ねしたいんだけど、君は2年の井納輪ちゃんで間違いないかな?」

『はい、そうですが』

「うん良かった。でねぇ、質問があるんだけど」

『はぁ。ボクが答えられるものであれば答えますが』

「うんじゃあ1つ目。井納ちゃんは中学では『古道』を受講したってプロフィールにあるんだけどー、霞中学校って『古道』、あったっけ?」

『どうでしょう。ボク自身中学の記憶は大した思い出もないので……』

「そっかーじゃあ仕方ない。では2つ目。『機兵道』ってわかるよね?」

『知ってますよ。そりゃボクの同級生が3連覇したアレですよね』

「そーそーそれそれ。まぁアタシも詳しくは知らないから何とも言えないんだけど素晴らしい結果だってのはわかるよ」

『どうも。友人に伝えときます』

「そうしておいて。あ、後ね、その友人にもう1つ。コウノトリが待ってるよって伝えておいて」

『……面白い冗談を言う方ですね。わかりました。話は以上で?』

「うん。いやぁごめんねこんな時間に」

『いえ。ボクも暇でしたから。では』

「はいはい、じゃねー」

 

 ツーツーとスピーカーから音がする。薄暗い部屋に無機質な音がこだました。

 

「会長、今のコウノトリ、とは?」

「『機兵道』では、ACを運ぶ運び屋のことをストーカーと呼ぶんだ」

「それとコウノトリが何の関係が……?」

「ま、その内わかるさ。ね?」

 

 にこっ、と杏が笑う。その笑顔の裏で何を考えているのか、桃と柚子にはわからなかった。



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3

 今日は大洗女子学園に『戦車道』の講師がやってくる。校庭格納庫前には『戦車道』を受講した顔ぶれが集まりその到着を待っていた。

 不意に空から重々しいエンジン音が響いてくる。見上げれば遠くから大きな輸送機が低空で飛行して来て、学園の駐車場に差し掛かったところでハッチが開いて中からパラシュートを開いた戦車を降下。重々しい音と共に着地して地面を滑り、ついでと言わんばかりに車を一台撥ねて停止した。

 

「学園長の車……、」

 

 小山柚子が心配そうに呟くが他生徒会2人の杏と桃はどこ吹く風。

 

「こんにちはー!!」

 

 白昼堂々車をはねた戦車から1人、軍服に身を包んだ女性が出てきた。彼女が今日から『戦車道』講師を務めることとなる蝶野亜美である。

 

「さて、『戦車道』は初めてって人が多いと聞いているわ。でも誰もが皆通って来た道、最初は誰だって何でもかんでもできる訳じゃない。これから一緒に練習して行きましょう」

 

 ニッコリとスマイル。そしてふと気付く。

 

「あら、西住師範のお嬢様ではありませんか?」

 

 そう言われ、ビクッと西住みほの肩が震えた。触れてほしくなかった、そう思う。

 

「師範にはいつもお世話になっています。お姉さんも元気でしょうか?」

「あ、……はい、多分……、」

 

「――――は、ハイッ、教官!! 教官はやっぱりモテたりするんですかッ!?」

 

 と、話題を逸らすように武部沙織が大きく一歩前に出た。庇う様な形で出てくれた彼女に、みほは小さく苦笑する。良い友を持った、と。

 

「では早速訓練に入りましょう。いきなりだけど、班対抗戦をやってもらうわ」

 

「えぇっ!?」「いきなりかぁ~」「やり方全然知らないよ?」

 

「大丈夫。何事も成せば成る、習うより慣れろ、実戦は何よりも良い経験になるわ。それに、皆がそれだけの潜在能力があるかも見たいしね。では、各チームに分かれて!! 待機場所は乗り込んでから指示するわ」

 

 そう締め括りわらわらと移動を開始。

 横にいた生徒会チームも移動しようとしたところで、ちょいちょいと肩を叩かれる。

 

「会長さん。『機兵道』の子はまだ来ていないの?」

「まだ、来てないでしょうねぇ。でもその内来ると思いますよ」

「そう……まぁいっか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 格納庫の中。一番奥のそこには、大きな人型の金属の塊が置かれていた。

 ソレはAC、アーマード・コアと呼ばれる高機動兵器である。

 腕と肩に武装を携え佇むその姿から感じ取れる威圧感は凄まじいの一言に尽きるだろう。

 

「あはは、ジャンクの塊ですか。中々に刺激的、しかし面白いです。そうですねぇ、あとはリコンさえ良ければ……、」

 

 影に近付く小さな少女の影。彼女の名は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――戦車行動不能!! よって、勝者Ⅳ号Aチーム!!」

 

 校内チーム対抗戦はⅣ号が圧倒的勝利を収めた。的確な砲撃は3戦車を一発で仕留め、残り1両を自滅に追いやったのである。

 

「Aチームはやっぱり持ってるわねぇ。途中から格段に動きが良くなったし」

「それ以外は及第点にも届いていないようですけどね」

 

 真横からの声に亜美が驚いて振り向く。気付けば隣には柵に肘を付きじっと戦場を眺める女子生徒が1人いた。その首には黒いチョーカーが1つ。

 

「遅れて申し訳ございません。井納輪と申します。この学校にはありませんが、特別科目として『機兵道』を受けに参りました」

「貴方が……って言うか、もしかして……、」

「? どうかれましたか? ボクの顔に何か付いていますか?」

「……首輪付きの、後継者……、」

「…………誰かと勘違いしておりませんか? ボクは生徒会に頼まれて来ただけですが」

「そ、そうなの……? ……人違い、か。ごめんなさいね」

「いえ。ボクは全然気にしておりませんので」

 

 そう言って微笑む彼女の表情に、亜美は少し違和感を抱くのだった。本当に、人違いなのだろうか、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 校庭の格納庫前に再び全員が並び、現在は教官である亜美が今日の訓練について話している。

 その様子を一番奥の格納庫の扉から見守る人物が1人、特別科目『機兵道』受講者の井納輪である。

 

「一同、礼ッ」

「「「「「ありがとうございましたーっ!!」」」」」

 

 夕暮れの空に元気よく響く声にくすりと笑みを零して格納庫の中へ。奥に控えるACの前に立ちじっとその機体を見上げた。

 

「中量二脚、積載量は……完全にオーバーですね」

 

 HEAD ---- D/KT-2G3

 CORE ---- D/KT-1O3

 ARMS ---- D/KT-1S

 LEGS ---- D/ULG-10

 

 R ARM UNIT ---- D/KO-5K3(GATLING GUN)

 L ARM UNIT ---- D/KO-5K3(GATLING GUN)

 R HANGER UNIT ---- D/KO-2H4(BATTLE RIFLE)

 L HANGER UNIT ---- D/KO-2H4(BATTLE RIFLE)

 SHOULDER UNIT ---- D/CIWS-8

 

 GENERATOR ---- D/UGN-70

 FCS ---- D/KV-1T2

 RECON ---- D/STK-16

 BOOSTER ---- D/UBT-25

 

「これで試合出て行ったら普通はいろんな方面から怒られますよ……、」

 

 それもその筈。ジャンクパーツを掻き集めただけの劣化ACだ。これで『機兵道』等出て行ったら笑われ物である。舐めプしてますと宣言しているようなものでもある故、相手方にも失礼に当たる。

 

「やぁ、来てくれたんだね」

 

 背中越しの声に振り返れば、そこには生徒会の面々が。

 

「助かったよ~、これでACに支援要請出来る。試合運びも幾分か楽になるしね」

「あたたっ……けほっ、少しは丁寧に扱ってくれても良いのでは?」

 

 バンバンと背中を叩かれジト目で睨む輪に「いやぁ悪いね、以後気を付ける」と全く悪びれた様子を欠片も見せずに杏は右手を上げるだけ。全くわかっていない。

 

「直接会うのは初めてですね。ボクは井納輪です。今後ともよろしくお願いします」

「生徒会長の角谷杏だよ」

「副会長の小山柚子です」

「河嶋桃だ」

 

 杏が差し出す手に輪もそっと握り返す。

 

「しかし、よくもまぁこれでボクに『機兵道』をやれと仰いましたね。お言葉ですがこの機体、各方面に喧嘩を売りに行ってるようなモノです」

「残念なことにウチにはこれくらいしか無くてねぇ。新品は買えなかったよ」

「でしょうね。お話は伺っております。が、少しワガママを言いますと安い買い物をしたい気分ですね」

「パーツの購入、ってことかね?」

「然り。別に高い武装が欲しいとかそういうのでないんですよ。リコンさえ変えていただければ」

「リコン……?」

「索敵に関する重要な装備です。こればっかりは然るべき物を用意してもらわねば、貴方がたのご期待に添え切ることは不可能と言えましょう」

「言葉が上手いねぇ……まぁ1つくらいなら予算は出せなくはないと思うよ。ただし、後で修理費や弾薬費が足りないって言われても対処は難しくなる」

「結構ですよ、全く問題はありません」

「ふぅん……河嶋。彼女の注文を聞いてやれ」

「……わかりました」

 

 渋々、と言った表情で桃は折れる。予算も少ない中で新パーツの購入はあまりしたくないが会長の言葉には逆らえない。

 

「まーそう不機嫌にならないでって。彼女には無理言って頼んでるんだ。たまには条件飲まないとね」

 

 つまりは必要経費という訳だ。これで納得した結果が得られるのならば何も問題はない。

 

「井納ちゃん。この機体、このままで出てもらえる?」

「それは、リコンを変えた後のアセンブルを変更するな、ということになりますけど」

「そーなの」

「言っておきますが、この機体は積載量限界超過状態。中量二脚でありながら重量二脚で積むようなアセンブルです。このまま行けば動く的になりかねませんよ?」

「アタシはねぇ、井納ちゃん。君のことを信じてるからこの機体を託すんだ。君なら絶対にやってくれる、我々に勝利をもたらしてくれるってね」

 

 2人の視線がぶつかる。杏は不敵に、輪は無表情に、互いの心の奥を探るように見つめ合う。

 

「……貴方は本当に強欲な人だ。ここまでする人は生まれて2回目です」

「へぇ。それはまたアタシも稀有な人間なんだねぇ」

「そうですね。途中で倒れませんよう、健康を祈ります。では、ボクは用事があるので」

 

 くるりと踵を返し輪が格納庫を出て行こうとする。その背に「どこへ?」と訊ねれば、

 

「少し、願掛けでも」

 

 小さく呟き、扉の向こうへ消えた。



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4

 翌日。大洗女子学園の校庭には戦車が並んでいた。

 バレー部復活とでかでかとペイントされた八九式、赤に黄色に派手な色が目立ちのぼりまでもが立てられたⅢ突、ピンク色にべったりと塗装されたM3、陽光を反射しきらきらと輝く38(t)。寧ろ外装に何も変わりの無いⅣ号がかえって目立ってしまうような気がしてくる光景である。

 

「私達も色塗りかえれば良かったじゃーん!!」

「ああああああああああああああああっっっっ!!!!???? 38(t)がッ、三突がッ、M3がッ、八九式があああああああああああああぁぁぁぁぁっっっっ!!!! 何と言う、何と無慈悲な事をぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ……!!!!」

 

 武部沙織が不機嫌に拗ねて頬を膨らませ、秋山優花里が頭を抱えて断末魔を上げる。昨日、戦車を少しデコレーションしてみようと案が出て沙織や五十鈴華はノリノリで内装を変えて行った。塗装も変えようという提案もあったがそこだけは優花里が全力で死守。小一時間戦車の迷彩柄についての講義を始めうんざりして「じゃあ塗装はそのままでいいよ」ということになった。もしここで失敗していたらあちら側の仲間入りだった訳だ。

 

「……ぷっ、くふふ、ふふ……、」

「に、西住殿……?」

「あははははっ、まさか、戦車をこんな風にしちゃうなんて……考えられないよ」

 

 西住みほは、笑っていた。『戦車道』を家元としてきた彼女にとって、これはあまりにも非常識で異常。しかし、それは何だか心を温かく解して癒すような、そんな楽しい物にも思えてしまった。

 

「……楽しいね。こんな風に『戦車道』やってて楽しいなんて思った事、私初めてで……ふふっ」

 

 ちょっと腹筋が痛いかも。しかしその心地よさは格別のモノだ。

 

『あれまぁ、これはこれは……本格的に喧嘩を売りに来ましたねぇ皆さん』

「ふぇっ!? な、ななななななな何アレぇ!?」

 

 ズンッ、と腹の底から響くような轟音に沙織がおっかなびっくり振り向く。

 

「ろ、ロボット!?」「でっかい……、」「何であんなものが……?」

 

 人型兵器のアーマード・コア、ACがそこには佇んでいた。唸りを上げていたジェネレータがゆっくり音を萎ませていくと、不意にその肩に人影が現れた。

 

「おー、来た来た。待ってたよ井納ちゃーん」

 

 会長の角谷杏だけが驚いた様子もなくずんずんとACの前へ。ACがまだ何かわかっていない周りの生徒からは危ないですよぉ!? と声が上がるが無視。

 

「試験終了しました、会長。これより『戦車道』訓練に合流します」

「ほいほい。そんじゃあまずは皆に紹介しないとねっ。はいじゃあ『戦車道』受講者諸君、ちゅうもーく」

 

 何だ何だ新手のパフォーマンスか何かかとざわめきが広がる中、杏がゆっくりと説明口調で口を開く。

 

「こちら『機兵道』にて我々大洗女子学園『戦車道』をサポートしてくれる力強ーい味方、井納輪ちゃんでーす」

 

 はい拍手ーと手を叩く様子に皆が頭を混乱させたままぱちぱちとしょぼい拍手を送る。

 

「ところで西住ちゃん。何故『戦車道』と『機兵道』が関係しているのか、説明はできる?」

「へ、ぁ、はぃっ、……え、えっと、『戦車道』ではルールに則り支援要請を行うことが可能となっていて……制限はあるものの各武道に助力を申請できます。軍艦を用いる『軍艦道』、航空機を用いる『航空道』、歩兵戦による『(いくさ)道』などなど……中でも『機兵道』は大きな戦力として期待されています。『機兵道』は大型高速機動兵器アーマード・コア、通称ACに乗って競技を行いますが、機動兵器というだけあってその速度は航空機に匹敵、更に軍艦等の装甲に匹敵する防御力を併せ持つ戦力は戦場において大きな力になります」

「そーゆーこと。皆わかったかなー?」

 

 問いに返って来るのは微妙な返事。皆事態の展開早さに追いつけていないようである。

 

「でも……確か最初の選択欄に『機兵道』なんてなかったような……、」

「あぁ、ないよ。ウチに『機兵道』はね。ま、今回はパーツも見付かったし特例措置でゴーサイン出たからやっちゃってるワケ。井能ちゃーん、自己紹介ザックリとお願ーい」

 

 ひらひらと手を振り合図を送ると、肩に立っていた井能輪が深々と礼をする。

 

「初めまして。ご紹介に預かりました、井能輪と言います。此度は『戦車道』の皆様のサポートに入らせていただきます。以後宜しくお願い致します。どうぞ気軽に話し掛けて下さい。雑談はいつでも大歓迎ですので」

 

 気軽に、という言葉に皆苦笑しかできなかった。それもそうだ、戦車以上に威圧感のあるACに乗られていては、気軽に行けというのも酷な話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて。今日の訓練だがその前に1つのVTRが用意されているのでそれを見てもらいたい」

 

 場所を移動し学園内の会議室。河嶋桃が前に出てプロジェクターを起動していた。何やら講習をやるらしい。

 

「これから流す映像は『戦車道』と『機兵道』の関連性についてのものだ。先も西住が説明したが『戦車道』には支援要請と呼ばれるルールが設けられている。今後は『機兵道』とも密接な連携が必要になってくるので、各員集中して聞くように――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――『機兵道』。

 遥かに昔、人類は1つの機動兵器を開発した。名をアーマード・コア、通称ACという略称で呼ばれる物である。

 様々なパーツから構成される汎用兵器は人形から四脚、逆関節にタンクとその形態は多岐に渡り、航空機以上柔軟な機動力と装甲車以上の堅牢な防御力を有する強力な兵器であった。

 『機兵道』とは、そんなACを使った武道の1つ。古き伝統を受け継ぐこの武道は、他武道とも深い関連性を持つ。それが支援要請と呼ばれる制度だ。

 この支援要請が認められる武道は『戦車道』『軍艦道』『航空道』『(いくさ)道』等。『機兵道』は支援要請によりこれら武道への参加が認められている。

 ここで1つ、『機兵道』の試合を拝見していただこう。『戦車道』でもない、『航空道』でもない、他とは一線を画する彼ら傭兵の動きがどんなものであるのか……。

 

 

 

 

 

 ――――場面が移り変わる。

 

 背の低い建物が建ち並ぶ住宅街の中、低い唸りを上げて大きな鉄の塊――アーマード・コアが疾駆する。コンクリートの壁を物ともせず破り押し退け、目にも止まらぬ速度で低空を飛ぶ――かと思えば突然真横へ消えるようにブースターが噴かされた。先ほどまで1つのACがいた場所をグレネードの爆発が襲う。

 連続する爆発音はその殆どがACの瞬間的加速によるブースターが出す音だ。残像が空中に軌跡を描き、重火器の一撃が轟音と共に陽炎を打ち消す。

 

 敵対するACが縦横無尽に宙を飛び交う。その光景は『航空道』など生温いと言わんばかりの機動だった。

 

「これは20年前の映像だそうだ。試合は世界大会決勝、かつて伝説と呼ばれた方が残したものらしい」

 

 桃の言葉にしかし反応を返せる者は僅かしかいなかった。その反応もまちまちである。

 それも仕方のないことと言えよう。画面の中で動く圧倒的質量に、皆が気圧されていた。

 

『日本代表“首輪付き”AP残り7000!! 対しアメリカ代表は最初の5機から数を減らし遂に2機――――あぁーっとぉっ!! 今“首輪付き”が更に1機を撃破、ダメージを僅かに喰らいましたが1対1に持ち込みましたぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!』

 

 機体が炎を纏って落ちる。すれ違い様、“首輪付き”と呼ばれる機体がエネルギーブレードを振るっていたのだ。緑色の輝きが容赦なくアメリカの機体を襲った。

 

『どうするアメリカ代表ッ!! APは互角、しかし技量は“首輪付き”が圧倒的!!』

 

 “首輪付き”が動く。左右に何度も高速で移動しながらも上昇、相手の上を取る。アメリカ機も必死に抵抗するが如何せん機動力が足りていない。何度向きを変えても“首輪付き”は冷静に位置を変えて惑わせる。ペースが完全に傾いた。

 

 が、

 

『ここでッ、ここで“首輪付き”の遠距離武装の残弾がゼロッ!! 攻撃手段が全て潰えてしまった!! 万事休すか!?』

 

 “首輪付き”からの攻撃が止んだ。全5機を相手取ってきたのだ、当然弾薬の消費は激しい。

 “首輪付き”がバックユニットの武装をパージ、これで肩にも腕にも武装はない。“首輪付き”に遠距離による攻撃手段は無くなった。残りはブレードのみ。

 しかし、“首輪付き”は果敢にもオーバードブーストを起動しアメリカ機に突っ込む。好機と見たアメリカ機がガトリングで弾幕を張るが、当たらない。“首輪付き”は勝負を投げて闇雲に突っ込んで来た訳ではない、確信たる勝機を持っている!!

 武装パージにより軽くなった機体がクイックブーストで左右に振れれば、それは分身と言われても過言ではない速度。アメリカ機の攻撃はことごとく残像を貫くのみ。

 

 2機の距離が縮まる。僅かに数メートル、腕を伸ばせばぶつかる距離。

 この僅かに1秒にも満たない時間の中で、“首輪付き”の機体は緑色の光を纏っていた。

 

 ――――刹那、爆音と共に“首輪付き”から光が溢れ出しアメリカ機を飲み込み、試合終了を告げるサイレンが鳴り響いた。

 

『決まったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!! 最後はアサルトアーマーで決めた!! “首輪付き”、アメリカの連勝記録を打ち止め!! 日本を世界初優勝へと導きましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!!!!!』

 

 歓声が上がる。人々が歓喜に奮い立ったのだ。

 

「――――今見てもらったのが『機兵道』の試合だ。現在はレギュレーションやバージョンと呼ばれる規定でルールも幾つか改定されてはいるが、『機兵道』の試合はとにかく高速機動戦闘がメインだ」

 

 映像を見ていた生徒一同がポカーンと口を開けている。次元の違い過ぎる高速機動戦闘に、完全に圧倒されていた。

 

 

 

 

 

 ――――――――さて、『機兵道』の試合はいかがだっただろうか。興奮したか、はたまた圧倒されて言葉も出ないか。

 支援要請ではこのACを呼ぶことが可能だ。が、見てもらった通りACの戦力は非常に大きい。これをただ戦場に投入しただけでは、他兵器を蹂躙するだけで終わってしまうだろう。

 今回は『戦車道』との関連性なのだが、このACが『戦車道』の試合に参加した場合のルールを簡単に説明しよう。

 ACが投入される試合ではACが戦場相手に撃破できる数に制限が課せられる。ルールでは相手戦車の1割まで、数が1割に満たない場合は1両までが撃破可能対象として認められている。また、ACはフラッグ車に対する攻撃が禁止されておりこれを違反した場合は大きなペナルティが約束されているのだ。

 大きな制限ではあるもののACの持つ効果は大きい。上手く投入を行うことで一発逆転のチャンスを作ることもできる。この機会に是非『機兵道』の導入を検討してみてはいかがだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は再び校庭へ。各班ごとに分かれて皆戦車前に待機しているが、皆の視線は大半が校庭の真ん中で待機するACに向けられていた。

 これから行われるのはACによるデモンストレーション。実際のACがどのように動くのかを見ることになる。

 

「じゃあ井能ちゃんよろしくぅ」

『Copy.』

 

 ジェネレータが稼働を始め音を放ち、10秒程経過したところでACが動いた。豪とブースターを噴かし地上を滑るように動き、車両に匹敵する速さでグラウンドをあっさりと1周する。そのスピードは戦車であればすぐにでも追い付き、追い抜いてしまうだろう。

 続いて急加速、短くしかし爆発的に一瞬だけ加速しカクカクとジグザグの軌跡を描く。これがACならでは動きだ。普通の戦車などでは出来ない機敏な動き、本当なら強大なGで車体がバラバラになるだろう。

 更にACは向きを変え格納庫の方向へ加速。

 

「……こっち来てません……?」

「来てるな」

「危ないってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!!??」

 

 眼前までACが迫ってくる、その直後、あわやぶつかるかと思った矢先にACが大きく跳躍、戦車と人を軽々飛び込え格納庫の壁に足を向けて着地、更に蹴ってふわりと上へ、2回壁を蹴ることで壁を登り切り屋根からまた高く飛んで校庭へゆっくりと降りてくる。

 

「し、死ぬかと思ったぁ……」

 

 沙織がへなへなと倒れ込みⅣ号にもたれかかる。酷い威圧感で足腰に力が入らなくなったのだ。

 

「敵も同じのを使ってくるってことでしょうか……?」

「うっ、あまり嬉しくない現実ががががが……!!」

「流石に逃げ切る自信はないぞ。補足されたら終わりだ」

「ハンデが無いと本当に強いからね、ACは……」

 

 そもそも比べる次元が違うんだけど、とみほは苦笑い。戦車や航空機を上回る戦略的兵器を、という目的で作られたのがACの由来だと聞いている。戦車がACとまともに渡り合えないのは当然の話だ。

 

(そう言えば、黒森峰にもいたんだっけ……)

 

 苦い記憶の中に残る3つの影。黒のメインカラーと紅のラインが施されたあの部隊を思い出し冷や汗を流す。黒森峰は『戦車道』でも有名だが無論『機兵道』も並大抵ではない。最先端パーツを利用したAC部隊は全国最強、世界トップレベルとも言われている程のものだ。黒森峰の栄冠の影には必ず彼のAC部隊がいた。

 それを思い出すとどうも今目の前でゆっくり沈み込むようにしゃがむACを見て、試合で勝つのは厳しい気がしてならなかった。詳しいことはわからないが目の前のACは劣化パーツの寄せ集めに過ぎないことはみほでもよくわかる。よって、この機体が他学校に通用するかどうかは期待値も下がりざるを得ないという訳なのだ。

 

「いやぁ~素晴らしい機体操作だったよ。流石は見込んだだけのことはあるっ」

 

 ぱちぱちと満足げに拍手を送る杏にACから降りてきた輪は「どうも」と浅く会釈。ACの操縦に自信はあるようだが、慢心等をしているような訳ではないと思われる。

 

「ではデモンストレーションも終了したところで本日の訓練を行う。まずは行進訓練だ。全員戦車に乗り込め!!」

「「「「「はいっ!!」」」」」

 

 わらわらと皆が戦車に乗り込む様を眺め、輪も再びACのコックピットへ潜り込む。

 

「そーだよ井納ちゃん、ちょっといい?」

「? はい、何でしょう」

「これから訓練なんだけど、殿についてどんなもんか見ててくんない? そんでもって訓練の後で今日の内容について皆に講習。詳細は全部そっちに任せるよ」

「はぁ。まぁそれで単位が貰えると言うのであればお安い御用です。じゃあボクは皆さんが行くまでここで待機していますので」

「はいよー、じゃあ頼むねー」

 

 生徒会の戦車が最後に乗り込みを完了し発進。校庭を出て行ったのを確認して輪もACを起動しブースト状態をONにグライドブーストで彼らの後を追い掛けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「訓練の様子、と言いましてもねェ……」

 

 レバーを握る輪の表情は些か曇りがちであると言える。モニター越しに殿の位置から前方を行く戦車の様子を眺めてはいるが、

 

「隊列も乱れ気味。変更時も迷ってる節が見られる。車体も平衡制御ができていない……」

 

 あれこれ上げてたらキリないんじゃないですか? と思い始めた。と言ってもここにいるのは皆『戦車道』初心者の寄せ集めなのだ。技量を期待しろというのが酷な話である。

 

「……レポートの紙が足りるといいんですが、在庫ありましたっけねぇ……」

 

 今日は帰りにホームセンターにでも寄ってから帰路に付くとしよう。心の予定帳に追記しておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆、今日の訓練ご苦労であった!!」

「「「「「はぁ~い……」」」」」

 

 すっかり空は赤くなり訓練終了。1日近いみっちりとした密度の濃い練習には参ったようで皆表情に疲れを浮かべていた。唯一輪だけは涼しい顔をしていたが。

 

「で、唐突ではあるが今度の日曜日、聖グロリアーナ女学院との練習試合を行うこととなった」

 

 聖グロリアーナ女学院。過去に全国大会準優勝の経験を持つ『戦車道』強豪校の1つだ。『機兵道』では個人戦では成績は振るわなかったものの、団体戦においては毎年ベスト3をキープする一致団結型のチームが有名である。

 

「学校には朝6時に集合、時間厳守だ」

「……やめる」

「はい?」

「やっぱり『戦車道』やめる」

「え、えぇ?」

「もうやめちゃうんですかッ!?」

「麻子は朝が弱いからね……」

 

 つまり6時起き等無理だから勝手にやってろということ。

 

「あ、あのっ、待って、待って下さい……っ」

「6時は無理だ」

「モーニングコールさせていただきますっ……!!」

「家までお迎えに上がりますからっ」

「朝だぞ……人間が朝の6時起きれるかっ」

「いや、6時集合なんで起きるのは5時くらいじゃないと間に合いませんよ……?」

「……人にはできることとできないことがある。そして私には早朝に起きることなどできない。短い間だったが世話になった」

「ちょっ、麻子ストップ!! 麻子がいなくなった操縦主が誰もいなくなっちゃうじゃん!! それにいいの!? 単位取れなくなるよ!?」

「むぐっ」

「このままだと進級できずに留年、つまり私達の事先輩って呼ばないといけなくなるんだよ!? それでもいいの!? 私のこと沙織先輩って言ってみ!!」

「っ……さ、ぉ……り、せん……っ」

「……それにさ。ちゃんと卒業できないと、おばあちゃん滅茶苦茶怒るよ、カンカンだよ?」

「お、おばあ……!? っ、ぅ……わかった……やる」

 

 取り敢えず、事態は何とか丸く収まりそうな予感。今後がどうも心配になってくると言わざるを得ないなぁ、と輪は遠くから各員を眺め思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 訓練後、各チーム代表者を交えての練習試合対策会議が生徒会室で執り行われることになった。

 

「勿体無いくらいに広い部屋ですね」

「まぁ、言えなくはないかねぇ」

 

 皮肉を込めた輪の呟きに杏が半分肯定。実際のところ使っていないスペースというのはあるにはあるのだ。

 

 会議スペースではホワイトボードに敵チームの情報が書かれた紙が貼られていた。1枚は敵戦車車両2種類と、もう1枚は敵チームが所有するACだ。

 

「敵車両はマチルダⅡ歩兵戦車が4両、チャーチル歩兵戦車が1両。対しこちらはどれも火力不足な戦車ばかりだ、100m内でなければまともに砲も通らない」

 

 キュキュッと水性マジックでホワイトボードに図を書き込む。

 

「よって、我々戦車にとって有利な地形の高低差を利用する。まず1両が囮となって全車両をおびき寄せ、4両が待機する場所へ。キルゾーンに入って来たところを一気に叩いて殲滅する!!」

 

 バンッ、とボードが叩かれ周囲からは「おぉっ」と声が上がる。確かに現実的で良い作戦だと。

 しかしみほは不安そうに俯き、輪は顎に手を当ててじっと考えを巡らせている様子。今の作戦では不安要素が残るということか。

 

「西住ちゃん、何かあるなら言ってみ」

「え? あ、いえ、私は何も……」

「顔に書いてあるよ。まあ言っちゃいなって。『戦車道』経験者の意見、是非とも聞かせてほしい」

 

 喋って良いものなのか。迷い数瞬周囲を見回すが喋ってほしそうな視線に晒されみほは小さく口を開いた。

 

「……聖グロリアーナ女学院は、こちらが囮を使って来ることは充分に想定していると思うんです。もしかしたらこれを逆手に取られて逆包囲される可能性も否定できません……、」

 

 その指摘にそう言えば確かに、と周りが頷く。何でもかんでもが上手くいくほど現実は甘くなく、もしキルゾーンを突破されては大洗チームの逃げ道が無くなってしまう。そうなれば経験の差から言って負けも同然だ。

 

「横から失礼します。更に言ってしまえば敵が必ず囮に引っかかるとも限りません」

「何……?」

 

 小さく手を上げて輪も口を開く。

 

「向こうはこちらと違い場数が違います。相手チームになってみて下さい。1両だけ敵戦車が出てきた場合、まず何故1両しかいないのか考えます。行きつく答えは陽動、または個人の勝手な暴走。チーム戦が主体の『戦車道』の試合において後者はまず弾かれます。となれば相手は陽動でこちらを誘き出すか的を集めて注意を散漫にさせるのが狙いになると思うでしょう。ここまで思われた時点で全車両が誘い出せる可能性は限りなく低くなりますね。精々2両を偵察に出すのが関の山かと。そして2度目はありません。仮に1度目で成功してもそれが全車両撃破でなくては意味は無く、2度も同じ手にかかる程相手も馬鹿ではありませんから」

 

 輪の意見にシンと部屋が沈黙に包まれる。あくまで可能性の1つを喋っただけだが、それも有り得る話だ。対策を取られては動くこともままならない。

 

「河嶋ー。他に作戦はぁ?」

「…………少々お待ちを」

 

 苦虫を噛み潰したような顔で渋々引き下がる桃。まぁ仕方ないよねぇ、と杏は小さく呟いてみほに向き直った。

 

「やっぱり思うんだけど、隊長は西住ちゃんにしよっか?」

「へ?」

「うんそうしよう決定決定。大丈夫、君ならできるっ。作戦立案、頼んだよ? んふふ」

 

 ぱちぱちぱちと笑顔で拍手。強引に成り行きのように決まってしまったこの状況に、みほは困惑した表情を浮かべるしかなかった。

 

「頑張ってねぇ。勝ったら豪華賞品、負けたら罰ゲームがお待ちだからさぁ~」

「勝てば天国、負ければ地獄って奴ね……、会長!! その景品と罰ゲームとは!?」

「気になる? 気になるよね?」

「はいっ」

 

 興味津々、と手を上げて輝かしい表情で訊ねるバレー部主将磯部典子。しかし次の言葉で皆纏めて表情が一転する。

 

「勝ったら干し芋3日分!! 負けたら納涼祭であんこう踊りねー」

 

 瞬間、全員の顔が引きつる。唯一、よくわかっていないみほだけが何事かと焦って皆を見回していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――井納ちゃん」

 

 すっかり日も落ちて辺りは暗い。

 罰ゲームも明らかになった後は作戦を取り纏めて会議は終了。明日土曜日に全体練習を通してから翌日の練習試合に臨むこととなる。

 会議室では1人残るよう指示された輪が窓際から静かに海を見下ろして立っていた。その表情を窺い知ることは無く、生徒会室に戻ってきた杏に呼ばれいつもの涼しい表情に切り替え振り向く。

 

「いやぁ、ごめんね帰りが遅くなるようなことしちゃって」

「問題ありませんよ。ボクは1人暮らしですから、何時に帰ろうと当人の自由です」

 

 して、話とは? と訊ねると「まぁ座ってよ」と促され素直にソファーに腰掛ける。杏は対面ではなく輪の隣に座り懐から干し芋取り出すと1枚を手渡した。どうも、と受け取り一口。名産なだけあって美味しい。強過ぎない甘みが渋いお茶に合いそうだ。杏のように毎日毎時間は食べてられないが。

 

「資料には勿論目を通してあるよね?」

「はい。相手に取って不足なしです」

「それでなんだけどね。相手は多分1機しか出してこないんだよ。そりゃあウチもジャンクパーツの塊を戦場に出すんだから舐められて当然」

 

 だからさ、と杏が小悪魔の如く妖艶に微笑んだ。

 

「――――相手さんに2機目を投入させて、ボッコボコにしてくれない?」



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5

 時は過ぎて日曜日の朝6時前。

 大洗女子学園の校庭にはACが一機とその横にAC輸送機であるツインロータ式の多目的大型ヘリのF21C STORKが待機していた。

 

「こんなヘリ初めて見たかも~」

 

 ヘリの周りには早くから集まった1年生のチームがわらわらと集まって不思議な形のヘリを見ていた。朝早くから来たにも関わらず既にACとヘリが用意されていたのだ、気にもなる。しかも一番早く来た子が5時半なのだが、それよりも前に既にあったらしい。

 F21C STORKは先述通りのツインロータ式のヘリ。ACを輸送するのは勿論、『航空道』では戦闘ヘリを務めたり他にも『(いくさ)道』で前線へ重火器をコンテナに詰めて運ぶ等の役割もこなすことができるものだ。

 

「おっはよー諸君っ」

「「「「「おはよーございまぁーすっ!!!!」」」」」

 

 そこへ生徒会役員も集合。後ろからはAC乗り手の井納輪が一緒について来ており、その横にもう1人見知らぬ女子生徒がいた。

 

「ほんじゃあ取り敢えず移動開始しよっか」

「あれ、でも会長、隊長達は……?」

「んぁあ、だいじょぶだいじょぶ、昇降口で落ち合うことになってるから。ほらほら、乗った乗った~」

 

 は~い、と間延びした声で戦車に乗り込む面々。ここからは学園艦昇降口まで戦車で移動した後に船を降りて直接試合会場へ行く運びとなっている。

 

「ボク達はもう少しこの場で待機です。エンジンでも温めてたらどうですか?」

「うんにゃ。そーしるず」

 

 皆の様子を眺めている輪ともう1人はあくびを噛み殺しつつ会話。ある程度髪をショートに切り揃えた輪と違い隣の女子生徒は長い黒と金の混じった髪があちこちに跳ねていた。

 ぽけっとした印象を抱かせる彼女はシエル=ポーカー=ユキ・ササガワ。日本人の父とアメリカ人の母を持つハーフの子でF21C STORKの操縦手を務める。輪とは旧知の仲だ。

 ふらふらと空気の抜けた風船が地面を跳ねるようにヘリに向かうユキを見て「久々に会ったけど相変わらずですねぇ~」と輪はあくびをしながら言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ぴんぽんぱんぽーんっ。間もなく午前8時より、聖グロリアーナ女学院対大洗女子学園の「戦車道」親善試合が行われます――――――――、』

 

 大洗の町は朝から賑わいを見せていた。十数年ぶりの久しい『戦車道』の試合ということで一目見たさに多くの地元客が集まって来るのだ。更に今回は本格的に『機兵道』も組み込まれた試合。否が応にも期待は高ぶる。

 

 

 

 

 

 時刻は7時30分。試合会場となる平原には2校の戦車がそれぞれ集い、試合開始を今か今かと待っていた。

 そこにヘリのプロペラ音が近付いて来る。各校の後ろへACを腹に抱えたヘリが徐々に高度を下げて降下、ACを固定していたアームを離しACが地面へ落ちる。瞬間、爆音と共にブースターが唸り火を吐き出して落下速度を減衰、かくして無事着地する。

 

 両者ACのハッチが開き、大洗のACからは輪が。聖グロリアーナの逆関節ACからは華奢な少女が降りてきて対面。身長は輪の方が頭1つ分と少し小さい。杏よりも若干低いのでこのめんばーの中ではかなりの小柄だ。その輪は最初から青いキャップを目深く被りつばに手を添えながらじっと相手ACを観察し、不意に口を開いた。

 

「……ACは2機出さないのですか?」

「はい?」

 

 同じようにじっと輪を眺めていた聖グロリアーナ女学院のAC乗りキャンディが片眉を引き上げた。

 

「全力でお相手する。そのようにボクは伺ってましてね」

「今回は殲滅戦ですわよ」

「そうですね。ボクはてっきり2機を相手にするばかりかと思って用意してきましたので」

「…………貴方、自分がどのような状況に置かれているかわかっていて?」

 

 睨み付けるキャンディの視線に輪は笑顔で「はい」と返した。

 

「ボクは今、見下されている。このようなジャンクの寄せ集めごときで由緒ある学校へノコノコとすり寄ってきたカラスだと。だからこそ1つで充分だと」

「っ」

「ご安心下さい。高々1つなどすぐに落として見せましょう。それがボクの役目。それとも、全力でお相手していただけますか?」

 

 ニッ、と輪が歯を見せて笑う様子を見て周りが慌て出す。その大半が大洗の生徒だ。1人杏だけは面白そうに眺めているが。

 

「ちょっとちょっとちょっと、何で挑発しちゃってんの!?」

「あれだといずれこちら側が圧倒的不利に……」

「元から不利だがな」

「止めないと勝ち目無くなりかねませんよ!?」

 

 頭数で互角、これ以上くればACが2機居座ることになる。つまり、撃破可能戦車量数は聖グロリアーナ女学院側に増えて大洗の勝ち目ほぼゼロに近くなる。

 

「……そんなに蹂躙されたいのですね?」

「滅相もない。蹂躙するのは……我々大洗チームです」

 

「「「「「巻き込まれたーっ!?」」」」」

 

 滅茶苦茶だと叫ぶチームの面々。流石にこれ以上は武道的にもヤバい煽り合いに突入するのでは……。

 

 そう思った矢先、遠くからヘリのローター音が聞こえてきたかと思えば上空を一瞬で通過。そこから1人の影が飛び降りて来た。影が背負うのはジェットパック一式、バシュウッと音が鳴り火と煙を吐いて落下速度を落とし着地する。

 

「……遅れて申し訳ない」

 

 ジェットパックを背負った少女がヘルメットを脱ぎ顔を上げる。凛々しさが前面に押し出された気の強い表情と引き締められた唇。青い瞳は細く狭められじっと輪を真正面から見下ろしており、そこには油断も隙もない。ヘルメットからこぼれた長い金髪がヴェールのように重力に従って落ちた。

 

「……キーマンと呼ばれている。貴方にお会いできて光栄だ」

「キーマンさんですか。ボクは井納輪と申します。噂はかねがね聞いております」

 

 自らをキーマンと呼ぶ彼女の差し出す手に輪もそっと手を重ね握手を交わす。心なしかキーマンの表情が輝いたような、隣で立つキャンディはそんな気がした。 

 

「……ダージリン。昨日の作戦は撤回だ。私も今回の作戦、参加する」

「…………覆さなければ、いけないと?」

「……全力で挑む。貴方の言葉に偽りがあってはならない。このままでは私は、私の名に一生泥を塗って過ごさなければならなくなる。それだけは許されない、冒涜だ」

 

 品定めをするように視線を向けてくる聖グロリアーナ女学院隊長ダージリンに、キーマンも負けじと厳しい視線を向けた。

 

「……大洗の皆様にお訊ねしますが、彼女のACを戦線に加えることは可能でしょうか?」

 

 ダージリンの言葉に大洗の面々は押し黙る。それもそうだ、このまま加わることになっては自らの首を締めに行くような物。簡単に頷くことなどできない。しかしキーマンの譲れない雰囲気を見た彼女らは無下に断ることもできないでいた。キーマンの態度と雰囲気が並々ならぬものであったからだ。井納輪が何者であるのかはよくわからないが、恐らく何かしらの関係があるのだろう。

 

「いいんじゃない。参加しても」

 

 しかしそんな中で杏だけはあっさりと了承の意を示す。その顔に浮かぶのは気楽そうな笑みだ。

 

「キーマちゃんだっけ? 井納ちゃんと是非とも手合わせをしたいんだよね?」

「……はい」

「ん、オッケーオッケー。井納ちゃんも大丈夫でしょ?」

「問題ありません」

「西住ちゃん。ここは会長の顔立ててくれないかな。本人たちに問題はないみたいだし。責任問題なら後で色々取り計らってあげるからさ」

 

 ね? と笑いかける杏にみほはしばし俯いた。重要な選択を迫られているのだ。どちらを取っても、結果次第は遺恨が残りかねない。自然と強く握った握り拳の内側がじんわりと汗で滲む。

 

「西住さん」

「っ……井納、さん……、」

「酷なお願いかもしれません。きっと今貴方は悩まされている。相当苦しんでおられる。本当に申し訳ありません。……ボクからもお願いします。今回だけ、1度で良いのでボクを信じてもらえませんか」

 

 輪が帽子を取り深々と頭を下げた。みほだけでなく、大洗チームの全員に。

 

「…………井納さん」

「はい」

「私は『機兵道』に関しては全くの素人です。『戦車道』と絡めたとしても、必ず最良の指揮が取れる自信はないです。それでも……勝算はありますか?」

「勿論」

 

 みほの言葉に力強く輪は頷いて見せた。

 

「勝利の為ならば、ボクはどんな結果でも出して見せましょう。ACだろうとネクストだろうと、例えボクが最後の1人になろうと、必ずや勝利を。ボクは貴方に服従する。既に首輪は付けられた」

 

 輪の八重歯が覗く。その輝きは鋭く、何もかもを噛み砕いてしまいそうな、そんな気さえもしてくる。

 

「…………わかりました。参加を許可します」

 

 えぇっ!? と声が上がる。聖グロリアーナからも困惑の声が上がった。本当にそれで良いのか、と。

 大丈夫なのか、いいのか、そんな声が上がる中、少し苦い顔をしたみほの元へダージリンとキーマンがゆっくりと歩み寄って来る。

 

「……西住みほ隊長殿」

「は、はいっ」

「……本当に、ありがとう……」

「へ、えっ、あのっ……!!」

 

 キーマンはみほの前で膝を着きそっと両手を包み込んだ。最上級の感謝を、今込められる最良の想いを。

 

「……『機兵道』を志す者は皆1つの願いがある」

「願い……?」

「……ある人物と矛を交える為。貴方の心意気に感謝致します。私は今日、大きな夢を叶えることができる」

「っ」

 

 キーマンが小さく、本当に小さく微笑んだ。ずっと厳しい表情をしていた印象のある彼女の、柔らかい笑みだった。嬉しいそうに、楽しそうに、儚げに、一瞬だけ笑ったのだ。

 

「……西住さん。聖グロリアーナ女学院の言葉に偽りはないことを証明します。全力で、全身全霊で、お相手務めさせていただきます」

「……はい。こちらこそ、よろしくお願い致します」

 

 ダージリンの強い言葉にみほも強く頷き返し、離れる。もうこれ以上の言葉は必要ないと、後は結果に委ねるしかない。

 

「み、みぽりんっ!!」

「西住さん……」

「西住殿……!!」

「…………ふぅ……」

「武部さん、五十鈴さん、秋山さん、冷泉さん……それに、皆さん。ごめんなさい」

 

 深くみほが頭を下げる。

 

「……きっと、あそこで断っていたら、後悔したと思うんです。遺恨も残ったかもしれない……それだけは、ダメな気がしたんです。断ったら、多分、キーマンさんは傷付く……でも、ここで勝てば何も残らない。そうですよね、井納さん、角谷会長」

 

 視線が輪と杏の2人集中する。しかし当の本人らは深刻そうな表情等欠片もしておらず、寧ろ楽しそうに笑っていた。

 

「そうだね。ようは結果を出せば誰も文句は言えない。それで皆丸く収まる」

「おわかりいただけたようで何より。ご安心下さい。ボクは決して負けません」

 

 自信満々な笑顔の2人に大洗の不安は増すばかりの中、ついに初の『戦車道』の試合が幕を開けることとなる。

 

 果たして大洗チームに勝利の女神は微笑むのだろうか……?



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6

「キーマン」

「……ダージリンか」

 

 挨拶を終えてスタート地点に移動を終えた聖グロリアーナ女学院の面々。後は開始合図を待つだけになった時間、ACの横で待機するキーマンの元へダージリンが厳しい表情で歩み寄ってきていた。

 

「調子は良いですか?」

「……私は良好だ。寧ろ高ぶりを抑えきれる自信がない」

「いえ、貴方ではなく……、」

「……キャンディか」

 

 チラッとキーマンが視線を動かした先には既にACに乗り込もうとしているキャンディの姿があった。

 

「……少々力んでいるだろう。だが例え最善であったとしても、彼女には申し訳ないが敵わないだろうな」

 

 グローブをはめ直し手を握ったり開いたりしながら感触を確かめる。試合開始が近付くにつれてバクバクと鳴り響く心臓の音が心地好くなってくる。こんな高ぶりは久しぶりだと、キーマンは微かに口角を釣り上げた。

 

「珍しいですね、貴方がそんなにも楽しげにしているのは」

「……? そうか……いや、つい表情に出てしまうよ。待ち焦がれた瞬間だからな……」

「いつから彼女に?」

「……それこそ『機兵道』を初めてそんなに間もなかった頃だ。やっと慣れた頃に噂を聞いてどんなものかと公式戦の試合を見たんだ」

 

 キーマンがそっと手を掲げ太陽にかざし、指の隙間から差し込む陽光に眩しそうに目を細めた。

 

「……魅了された。一目惚れと言っても良い。私は確かに心打たれたのだ。嗚呼、あの人が私の目標なんだと。さっきは映像を見ていて本当に驚いた。まさか彼女がいるとはね……おかげで慌てて飛び出して来たところだ」

 

 寒い話だろう、と肩を竦めた。だが、その表情は相変わらず柔らかい。少なくとも高校生生活を共にしてきたダージリンにはそう見えた。

 

「立派なことだと思いますわ。彼女を目指してひたすらに『機兵道』に打ち込んできたその姿勢、素晴らしいことです」

「……やめてくれダージリン、私は誉められるのは嫌いだとあれほど……、」

「誉めます。誉めて誉めて誉めちぎり、貴方に激励を。全力で挑んで来て下さい」

「……わかっているとも。この機会、無駄にする訳にはいかない。そちらも、気を付けることだ。キャンディも私も、恐らく彼女に縛られる。ミス・西住は侮れない相手だ」

 

 硬く拳を握り締めたキーマンがACに乗り込む。狭いコックピットに座り込みシステムを起動すればAC専用OSが立ち上がり同時にジェネレータが稼働し始め静かに唸り声を上げ始めた。

 

 System scanning.....

 

 HEAD ---- Hd-U-C23

 CORE ---- CB-116

 ARMS ---- AC-129

 LEGS ---- SAWARABI mdl.1

 

 R ARM UNIT ---- AM/SRA-133(SNIPER RIFLE)

 L ARM UNIT ---- AM/SRA-133(SNIPER RIFLE)

 R HANGER UNIT ---- AMAGOROMO mdl.2(SHIELD)

 L HANGER UNIT ---- AM-SHA-207(SHIELD)

 SHOULDER UNIT ---- MONONOFU mdl.2

 

 GENERATOR ---- SUZUMUSHI mdl.1

 FCS ---- USUGUMO mdl.3

 RECON ---- RA-321

 BOOSTER ---- BA-309

 

 Completed.System all green.

 

「……こちらキーマン『チェイサー』だ。『フェンサー』」

『こちらキャンディ「フェンサー」です。どうされましたか、先輩』

「……我々2人で向こうのACを抑える。敵をぽっと出の初心者と思わない方が良い」

『先輩、貴方はわたくしに油断をするなとおっしゃっておられますの?』

「……無論のこと君が油断しているとは微塵も思っていない。だが、少し肩に力が入り過ぎだ。深呼吸を進める」

『…………イエス、マム』

 

 渋々、と言った雰囲気が通信越しに伝わってくる。まだ最初の彼女の挑発が残っているのだろう。この辺りはまた試合後に指導せねばなるまいとキーマンは心の中にメモしておく。恐らくキャンディもこの試合を通して気持ちを改めてくれる筈だ。そう信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 System scanning.....

 

 HEAD ---- D/KT-2G3

 CORE ---- D/KT-1O3

 ARMS ---- D/KT-1S

 LEGS ---- D/ULG-10

 

 R ARM UNIT ---- D/KO-5K3(GATLING GUN)

 L ARM UNIT ---- D/KO-5K3(GATLING GUN)

 R HANGER UNIT ---- D/KO-2H4(BATTLE RIFLE)

 L HANGER UNIT ---- D/KO-2H4(BATTLE RIFLE)

 SHOULDER UNIT ---- D/CIWS-8

 

 GENERATOR ---- D/UGN-70

 FCS ---- D/KV-1T2

 RECON ---- D/STK-16

 BOOSTER ---- D/UBT-25

 

 Completed.System all green.

 

【メインシステム、通常モードで起動】

 

 相変わらず酷いアセンですね、とモニターに映る文字を見て井納輪は内心ごちた。先の会話ではキャンディという子に申し訳ないことをしたかもしれないと思う。後で一応謝るべきだろうか、そんなことを考えた。

 

「ACよりAチームへ。こちら準備完了しました」

『こちらAチーム西住、了解ですっ。合図があるまでしばらく待機でお願いします』

「Copy.」

 

 試合開始まではしばらく時間はある。さてどうしてくれようかと輪はしばし思考に没頭し始めた。

 

 見た限り敵ACは軽逆のスナイパーライフル2丁にシールド持ちが2機。高速機動型の機体で2機のアセンブルは全て同じと見て良いだろう。

 

「……跳弾が望めないのは痛いですね」

 

 スナイパーライフルは貫通力が高い。このジャンクACでは戦車の盾になっても攻撃が弾けず機体にダメージが蓄積することになる。連射が効かないのが唯一の救いか。

 

「大見得切ったは良いものの、対策が実力で真っ向勝負しかないのはかなりアレですよねぇ」

 

 と輪は苦笑。会長にも相手にも大見得切って張り切って、これで惨敗ではもう皆に顔向けできない。

 

「……まぁ、もう土下座は確定してるから、いいですよね」

 

 一度深く息を吸って深呼吸をしてからレバーを握る。試合開始まで、後僅か――――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 各チームの準備完了を待って西住みほはハッチから後ろに立つジャンクの塊を見上げた。ちぐはぐな印象を受けるそのACに乗り込む井納輪という人物。彼女が一体何者なのか、みほはぼんやりと考えていた。

 

「みぽりんっ、皆準備オッケー!!」

「了解です」

 

 ACも今は準備を終えて待機。戦車よりも大きいというのにジェネレータの音は予想以上に小さい。すっかり戦車のエンジン音にかき消されてしまっていた。

 

「……井納さん」

『こちらAC、井納です。どうされましたか? 西住隊長』

 

 返ってきた声は相変わらず飄々としている。あれだけの啖呵を切った割に落ち着いているらしい。

 

「井納さんには相手のACを2機同時に抑えてもらいたいと思います。1機でも自由にされてしまうとこちらの戦車を1台簡単に撃破されてしまいますから」

『お安い御用です。早々に1機落として見せましょう。そうすれば皆さんの盾になれます』

 

 無理です、とは言わなかった。寧ろ自分に任せろとまで言いそうな雰囲気だ。

 

「……井納さんは、『機兵道』を始めてどれくらいですか?」

『ボクですか。ボクはまぁ幼い頃から惰性でずっとやって来てますからね……多分、そろそろ10年近くなるんじゃないでしょうか』

 

 まぁ井納輪は大して良い成績は修めてませんけど、と笑う様子が通信越しにわかった。確かに輪の活躍を耳に聞いたことはない。『戦車道』と『機兵道』が歩み寄ったのは大分昔だからこそ、みほも簡単な情報くらいは黒森峰にいた頃からチェックはしていたがそれらしい噂も聞いたことは無かったのだ。

 

『この試合が終わったら、皆さんの前で土下座しますよ。今はこれで許して下さい』

「土下座?」

『無理を言いましたから。勝っても負けてもボクの罪は重いです。今は見逃してほしいですが、終わったら好きなだけ恨んで下さい』

 

 キィィィィィィィィッとブースターから音が発せられる。これ以上喋ることはないと暗に伝えるように。

 

 間もなく試合開始だ。よしっ、とみほ気合を入れ直し真っ直ぐ前を向く。

 

 遠くの空でポンッと空砲が鳴る。

 

「パンツァー・フォー!!」

 

 戦車が動き出し、同時にACも地を蹴って加速、ブースターを全力で噴かして浮き上がる。

 

 戦いの火蓋が今、切って落とされた……。



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7

「敵戦車を確認。マチルダⅡ4両、チャーチル1両前進中。方向は……、」

「東ですね。ACも後方からついてきてます」

 

 丘の上から西住みほと秋山優花里が双眼鏡で平原を見下ろす。砂利の多い平原では聖グロリアーナ女学院の戦車隊が綺麗な隊列を組んで前進、その後ろを2機の軽逆AC『チェイサー』と『フェンサー』が左右を警戒しつつ追従していた。

 

「綺麗な隊列を組んでますねぇ。ACであの速度に合わせるのも上手です」

 

 優花里の率直な感想はそれだ。洗練された団体行動というのはチームの連携力を強く意味する。手強い相手であることは変わりないが、やはり力の差は出てしまう。

 

「しかしどうしますか? こちらの火力ではどう頑張っても正面装甲は抜けませんし」

「うん……そこは戦術と腕でどうにか、かな」

「……はいっ」

 

 力の差は今更言っても覆せない。後は現場での動きが重要になってくる。

 みほの苦笑しながらの言葉に優花里は笑顔で力強く頷く。彼女の戦術が頼りだ。自分はその指示に精一杯信頼し全力で答えるだけである。

 

「全車両、展開を開始。エンジン音が響き過ぎないよう充分注意して下さい」

 

 戦車に戻り冷泉麻子を起こし再びエンジンを始動。大洗チームは一度丘から引き返し作戦地点へ移動を開始する。

 

「では予定通り“コソコソ作戦”を開始します。Ⅳ号が囮となって敵を引き付けますので、皆さんは作戦領域で展開後、指示があるまで待機をお願いします。また“コソコソ作戦”が失敗した場合は即座に撤退、指定のルートを通り“もっとコソコソ作戦”に移行します。井能さんは状況の監視を、場合によっては“びっくり作戦”への移行を許可します」

『『『『『了解ッ!!』』』』』

『Copy.引き続き指定場所にて待機を続けます』

 

 この作戦、どこまで通用するか。策はあるが、不安要素は取り除き切れていない現状が否応なしにプレッシャーとなってくる。

 

「みぽりんっ。初試合、頑張ろうねっ」

「武部さん……、」

「努力は報われる。練習の成果を精一杯出しましょう。できます」

「五十鈴さんも、」

「西住殿ならやれますっ。我々は全力で期待に答えるまでですから」

「秋山さんまで……」

「……ん」

「冷泉さんも……」

 

 武部沙織が、五十鈴華が、優花里が、麻子が、それぞれの形で励ましてくれる。麻子だけはハッチから腕を出してサムズアップするだけだったが……。

 それでも、自分のことを思ってくれる仲間がいる。そのことに満たされている自分がいて、少し嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵、前方より接近中。砲撃準備っ」

「……はいっ、装填完了ッ」

 

 場所を変え聖グロリアーナ女学院の進行方向先に出るように、また丘の上にAチームのⅣ号が待機。装填を終えじっと奇襲の時を待つ。

 

「えっと、チャーチルの幅は……、」

「3.25m」

「4シュトリヒだから……距離810m」

 

 華がスコープを覗きこみ仰角を合わせ狙いを付ける。初期に比べて身近でない単位の扱いにも慣れ始め計算も大分早くなってきた。

 

「撃てッ!!」

 

 射程内に先頭のチャーチルを捉えてトリガー。Ⅳ号の主砲から徹甲弾が音速を追い抜いて飛び出し、轟音と共に着弾。チャーチル眼前の地面を捲り上げるだけに終わり、ダメージは入らなかった。

 

「すいません、当てられませんでした……、」

「大丈夫、目的は撃破じゃないから」

 

 申し訳なさそうに眉根を寄せる華にみほは笑って返す。今回の目的は囮。注意が引ければそれで充分合格点だ。

 

 

 

 一方で聖グロリアーナ女学院サイド。

 

「仕掛けて来ましたわね」

「お相手しましょう。我々は逃げも隠れも致しません」

 

『キャンディ、奇襲に注意しろ。スキャンモードで敵を炙り出せ』

『了解ですわ』

 

 砲撃に気付き、ダージリンの合図で隊列を乱さぬよう全戦車が綺麗に回頭、正面にⅣ号を捉えて進軍を開始する。

 後ろに追従する2機もより一層警戒を強める。囮がいるということは罠に誘い込まれるということ。敢えて真正面から破ることで相手の戦意を削るのが目的だ。戦車だけならば問題はないが、相手側にACが入れば話は別だ。戦車よりも自由で速い機動で奇襲されては敵わない。そこをカバーするのもACなのだ。

 

「なるべくジグザグに前進ッ。大丈夫、行進間射撃は滅多に当たらないからッ!!」

 

 Ⅳ号は左右を岩壁に挟まれた道へ侵入、道幅いっぱいいっぱいを使って車両を左右に振り決して的を絞らせない。操縦手の麻子は無表情に、しかし時折強く口を引き結びギアを何度も入れ替えながら緩急を付けて、しかしスピードは落とさない巧みな操作技術を見せ付ける。

 後ろから撃つチャーチルとマチルダⅡだがその弾丸は至近弾になりつつもⅣ号の車両を捕らえることはなかった。

 

「中々粘りますわね……速度を上げて下さい」

 

 チャーチルの増速に合わせてマチルダⅡも隊列を維持しながら更にⅣ号との距離を詰める。

 

『ッ、ここからなら……!!』

 

 ここで隊列の後方にいたキャンディの駆る『フェンサー』が飛び出して岩壁を何度も蹴り戦車隊の頭上を飛び越えてスナイパーライフルを両手で構えた。距離も充分、FCSも良好、スキャンモードから戦闘モードに切り替えⅣ号を狙って引き金を引こうとする。

 直前、真横から弾幕の嵐が『フェンサー』を遅い突然の衝撃と警告音にキャンディが肩を震わせ機体が岩壁に衝突した。

 

『……キャンディ、すぐに離脱を――――、』

『キャアァァァァッ!?』

 

 キーマンが声を飛ばすがそれよりも速く反対側の岩壁の上から輪の駆るジャンクACがガトリングガンをばら蒔いたまま飛び出しブーストチャージで『フェンサー』を蹴る。ガゴォンッと重々しい音が鳴って『フェンサー』が軽々と吹き飛び聖グロリアーナ女学院の戦車隊のギリギリ真上を通過、地面に背中から墜落した。

 

「井能さんッ!!」

『“びっくり作戦”を決行しました。西住隊長、しばしのお待ちを』

 

 みほの鋭い声に輪は頷いて敵へ突っ込む。戦車隊が発砲してくるがそれを無視、ダメージを受けながらも真上を飛び越えて『チェイサー』と復帰しようとしている『フェンサー』へ迫る。

 

『……キャンディ、体勢を立て直す暇があったら離脱を先に済ませろ』

『しかしっ……!!』

『……2度は言わんぞ』

『ひっ……ひゃ、はぃ……、』

 

 底冷えするようなキーマンの低い声にキャンディは声を震わせた。滅多にないことだが、キーマンの声が低くなる時は決まって状況が不利な時だ。更にその状況を作り出してしまったのはキャンディ自身。反論する気力も消え失せキャンディは唇を噛み締めた。

 

 ガガガガガガッと鉛弾を吐き出すガトリングガンが執拗に『フェンサー』を狙い、それを遮るように『チェイサー』がシールドを構えて前に出る。鉛弾が盾によって多く弾かれてはいるが、機体自体にも弾は食い込んでいる。直ちに影響が出るほどではないものの、盾が消えればどうにもなるまい。現に盾の耐久力は半分を切ろうとしている。

 

『先輩っ!!』

 

 と、ここで『フェンサー』が復帰。壁を蹴って飛び上がりジャンクACの背後を取ろうと動くが、近付こうとすれば逆にいきなり距離を詰められガトリングでAPをゴリゴリと削られる上に隙あらばブーストチャージで落とそうとしてくる。過積載の状態で蹴られてはAPが持たないだろう。既に『フェンサー』のAPは危険域に到達しているのだ。

 仕方なくKE耐性の高いシールドに切り替え『チェイサー』の後ろに下がる。たかがジャンクの塊と侮っていたがキャンディの中で輪への評価は既に別のものになっていた。奇襲で飛び出すタイミングも、自分の陣取りも簡単に崩させないスタンスと言いそのスキルは予想を遥かに上回って高い。

 

『……キャンディ、粘れ。挟撃に持ち込む』

 

 『チェイサー』両腕をシールドに切り替え、突貫。軽逆の強みである高速機動を駆使し、決して広いとは言えない道幅で縦横無尽に跳ね回る。味方の『フェンサー』、キャンディさえもその機動には舌を巻きたくなる程に素早く捕らえきれないでいた。

 輪は無言でガトリングの銃口を向けようとするが旋回性能がそ機動に追い付けずついに抜かれて背後を取られた。

 

 しかしだからと言って輪が焦ることはなかった。

 刹那に残弾がまだあるガトリングを両腕ともパージし、ハンガーにマウントしていたバトルライフルが回転機構により手に収まる。

 そこからの動きが速かった。ジャンクACがガトリングをパージしたのを見て再びスナイパーライフルに切り替えようとしていた背後の『チェイサー』を完全に無視し、恐ろしい程のサイドブーストの量で瞬きする間に『フェンサー』へ肉薄してブーストチャージを放っていた。

 壁を蹴った直後で宙に漂っていた『フェンサー』は成す術無く蹴られ地面に接触、マウントポジションにジャンクACが乗り上げ、両腕のバトルライフルを容赦なく至近距離から連射されて沈黙する。

 撃墜判定が出る――それを確認するよりも速くジャンクACは飛び上がって反転、『チェイサー』がいる方向に向き直るが……、

 

 予想に反してそこにACの影はない。

 導き出される状況の答えは1つ、『チェイサー』は『フェンサー』が肉薄された時点で援護を放棄して戦車隊へ合流しに行ったということだ。人道的でないと言われそうだが極めて合理的だと言えよう。キーマンの判断は正しい。

 

『西住隊長ッ!!』

 

 通信機に向かって輪が叫び、ジャンクACがグライドブーストで追い掛ける。状況が暗転しないことを願って。



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8

 時間は井納輪が聖グロリアーナ女学院の部隊を戦車とACに分断した直後にまで遡る。

 

 一瞬『フェンサー』に狙われたⅣ号ではあったが輪の介入により事なきを得る。遥か後方に遠ざかっていくジャンクACを見送り西住みほは冷泉麻子に更に増速を指示。介入により一瞬だけ反応の遅れた聖グロリアーナ女学院の部隊をいくばくか引き離して進んで行く。作戦地点まで後少し。

 

「こちらAチーム。敵を引き付けつつ、残り3分程度で待機地点へ到着します。どうぞ」

『Eチーム、了解。急げよ西住』

 

 咽頭マイクからの指示に返ってきた返事は生徒会の河嶋桃の声だ。少々苛立ちが込められているのは時間が経ちすぎてしまったからだろうかと頭の隅で考えつつみほは後ろを振り返った。と同時に発砲音が鳴り近くの岩壁に徹甲弾が衝突し瓦礫が道に落ちてきた。

 

「残り600mで敵戦車射程内ですっ」

 

 5両がぴったりついてきている。取り敢えずここまで来れば誘導は成功したと見て良いだろう。後はキルゾーンでどれだけ敵車両を減らせるかだ。

 

 と、その時、前方からの発砲音にみほは顔を上げた。刹那にⅣ号の真横へ弾が着弾し衝撃で車体が僅かに浮き上がる。

 

「あッ、ちょっと、待って下さい!!」

 

 砲撃は何故か味方から。真っ先に撃って来た生徒会の38(t)に釣られてM3やⅢ突までがⅣ号に向かって発砲してくる。

 

「味方に撃ってどうすんのよぉぉぉぉぉぉぉッッ!?」

『いやぁ、ごめんねぇ西住ちゃん達~。河嶋がねぇ……、』

 

 全車両の通信手に向かって叫ぶ沙織の返答に、生徒会長の角谷杏からケラケラとした笑い声と共に謝罪が帰って来る。ああ多分めっちゃ慌ててるんだろうなぁと思いを馳せた。沸点が低いのか緊張に弱いのか……。

 味方の砲撃を無事掻い潜りAチームも高台へ登ろうとする、丁度その時聖グロリアーナ女学院チームの戦車部隊がキルゾーンに突入してくる。

 

「こんな安直な囮作戦、私達には通用しないわ」

 

 その作戦を見切り、しかし戦車は速度を緩めることなく真正面から突っ込んで行く。

 桃が半狂乱で「撃て撃て撃てェッ!!」と連呼して主砲を撃つが、大洗の攻撃は全くの見当違いの場所へ辺り岩を砕くのみ。「履帯を狙って下さい!!」とみほから指示が飛ぶが今度は傾斜面に車体が隠れてしまい上手く狙えない。

 結局あっさりと最終ラインを突破され、今度は大洗チームが包囲されてしまう。

 

「全車前進、攻撃。1両ずつ、確実に撃破しなさい」

 

 静かにダージリンが告げ、チャーチルとマチルダⅡがどんどんと包囲網を狭めて行く。大洗は徐々に後退せざるを得ない。チャーチルが発砲、遅れてマチルダⅡも大洗の戦車に向けて撃つ。至近弾による衝撃が車体を揺らし、時に浮かせ傾ける。轟音が腹を突き抜け脳天を揺らすその状況、まさに死線である。

 

「くぅぅぅっ、スゴいアタック……!!」

「あ、有り得ないしぃ~!!」

 

 音とは無意識に恐怖を煽り出す。そうなれば集中力も何もあったもんじゃない。

 Bチームことバレー部の八九式は避けるのに手一杯、1年生チームの車体も前後左右に不安定に動き回るだけ。

 

「あのっ、皆さん落ち着いて、砲撃は止めないで……っ!!」

「も、もう無理ですぅ~!?」

「いやぁぁぁぁぁぁっっ!!」

「死んじゃう!! 死んじゃうって!!」

「怖いよぉぉぉぉぉぉッ!!」

「…………………………………………」

「逃げちゃダメだってばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!?」

 

 と、突然M3の横のハッチが開いて山郷あゆみと宇津木優季を先頭にわらわらと1年生が飛び出して砲撃の中を逃げて行く。全員が飛び出して行ったその直後、マチルダⅡの徹甲弾がM3の横っ面を叩き戦車が被弾、貫通判定により走行不能、無情にも白旗が上がった。

 

「撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て全部撃ちこめ動くの全部全部全部撃てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッッ!!!!!!!!」

「どうしよう、桃ちゃん止まんないよぉ……、」

「いやぁ、流石にもう何も聞こえてないっしょ」

 

 38(t)が後退しつつ、砲塔は滅茶苦茶な方向へ発砲。真後ろで狂った人形の如く奇声を上げる桃に小山柚子はお手上げ状態。杏はもう最初から取り合う気も無いようだ。

 マチルダⅡの徹甲弾が38(t)を狙う、が後退していたことによりギリギリ避けて真横へ着弾し車両が浮き上がる。と、突然履帯から異音が鳴る。

 

「あれっ、あれれッ!?」

 

 柚子がガチャガチャとレバーを引いたり押したりするも戦車は言うことを効かない。

 

「わあお、外れちゃったねぇ履帯。まぁ38(t)は外れやすいからなー」

 

 杏だけがのんびりした口調で原因を理解し、しかし残念ながら立ち直る術は無い。制御を失った38(t)がぐるりと回ってくぼみに滑り落ちた。

 

 さて、どうあがいても大洗女子学園ピンチである。

 

「武部さんッ、各車状況を確認して下さい!!」

「あっ、うん、わかった……えっとぉ……、」

 

 みほの指示に沙織は通信機のつまみを回して周波数を調整、各車両に通信を繋げる。

 

「Bチームどうですかー!?」

『何とか大丈夫です!!』

「Cチーム!!」

『言うに及ばず!!』

「Dチーム!!」

『…………………………………………、』

「うぇぇ、返事なし……あぁもうっ!! Eチーム!!」

『ダメっぽいね』

 

 戦車5両中4両生存、内1両走行不能状態。これ以上ここに留まっていてはいずれ逃げれなくなってやられてしまうだろう。

 

『西住隊長ッ!!』

 

 と、急に大きな音が通信に割り込んでくる。発信先はACを駆る輪からだった。

 

『申し訳ありません、1機撃破しましたがその間に「チェイサー」が戦闘を離脱し戦車隊へ合流しようとしています。急ぎその場を離れて下さいッ』

 

 急かすような輪の物言いに若干の驚きを隠せずみほは押し黙る。

 

「隊長は西住さんです。遠慮なく指示を」

「私達はみほに従うだけだよっ」

「西住殿、どうか決断を。期待に応えてみせますとも!!」

「……どこへでもついて行ってやる」

「皆……、」

 

 ここで決断しなければ、皆がやられる。それだけはできないと、みほは強く息を飲み込んだ。

 

「B、Cチームの皆さん!!」

『はいっ』

『よしきたッ』

「現時点をもって“コソコソ作戦”を終了ッ、“もっとコソコソ作戦”を決行します!! Aチームに続いて下さい!!」

『『了解ッ!!』』

『なッ、待て!! 許さんぞ!?』

 

 通信で河嶋が叫ぶがこの際無視だ。杏からもう無理という返事は貰っている。切り捨てても文句は言われないのだ、ここは心を鬼にしなければ。

 

「井能さん、今言った通りです!!」

『Copy.すぐに追い付きます。それまでは申し訳ありませんが、頼みます』

「了解しましたっ。五十鈴さん、それに他戦車の砲手さんっ、牽制しながら包囲網を突破します!! 発砲のし過ぎに注意しつつ足止めをして下さい!!」

「了解しましたッ」

『心得た!!』

『任せといてー!!』

 

 Ⅳ号が1発牽制でチャーチル目掛けて発砲してから背後の細道に逃げ込み、その後に三突と八九式が続く。

 

「逃げ出したの……? 追撃するわよ」

 

 大洗車両に続き聖グロリアーナチームの車両も進行を開始。山道を下り海岸線へ向かうルートを使い下山、大通りを進んでから大洗チームは市街地へ潜り込む。

 

「これより市街地へ入ります。地形を最大限に生かして下さい」

『Why not!!』

『大洗は庭ですッ、任せて下さい!!』

 

 第2の策“もっとコソコソ作戦”始動――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 つい先程まで戦車隊同士の激しい砲撃戦が交わされていた場所はすっかり静寂に包まれていた。取り残された生徒会チームだけがやることもなくボーッと空を見上げている。戦車は履帯が外れたのみでまだ撃破判定が下された訳ではないのだ。

 

「直りそう?」

「何とか、なる、かもぉ……っ!!」

 

 小山柚子が重いであろう履帯を一生懸命持ち上げて嵌め込む作業を杏は丁度良い高さの岩に座って眺めていた。汗だくで身体もプルプルと震え既に限界である。

 

「ひぇぇ……ぁ、む、無理だよぉ……、」

 

 案の定、重過ぎて履帯を取り落とす。少女1人が持つには質量があり過ぎるのだ。

 

「……手を貸そう」

「あっ、ありがとうございま――――あぁっ!?」

「なっ、貴様は……!?」

「およ?」

 

 突然の声に先程まで戦車の中にいた桃と柚子が驚愕、一歩身を引いた。

 

「キーマン……ッ!!」

「……何をしている。早くせねば合流出来ないぞ」

「そんな事を気にしてる場合か!? 我々と貴様は敵同士だぞ!!」

 

 履帯を持ち上げようとしゃがみこんだキーマンだが、桃の声に首を傾げるばかりであった。

 

「……敵だが、何かあるのか?」

「問題しかないわ!! 貴様が敵である我々を助ける等おかしいに決まっている!!」

「…………ふむ、流石にそうか」

 

 と、不意にキーマンは担ごうとしていた履帯をその場にまた戻し高台下に戻った。

 一体ACにも乗らず何をしに来たのかと考えていると、ACの稼働音が近付いて来て突然崖下から『チェイサー』が飛び出して38(t)の近くに着地、その両腕にはスナイパーライフルが握られていた。

 

『……では、行くぞ』

 

 まさか、と桃が顔を顰める。戦車が動けない間に撃破してしまおうという考えだろう。ACは1機につき相手チーム1割の戦車撃破が認められている。ここで数を減らせば聖グロリアーナ女学院が俄然有利となるのだ、見逃す手はない。自分も敵だったらそうするだろうと桃は直ちに理解した。

 

 

 

 

 

 ――――しかし、キーマンの『チェイサー』が起こした行動は全くの予想外のものであった。

 アームユニットに持っていたスナイパーライフルをその場に起き、窪みに落ちた38(t)を引き上げて片腕で持ち上げた後にもう片方の手で履帯を軽々と持ち上げる。

 

『……こちらで履帯と車体を支える。そちらで細かく調整して戻してくれ』

「あ、わ、わかった…………ではない!!」

『……? 何故だ?』

「貴様は敵を助けているのだぞ!! そんな事をして貴様に得はないはずだ!!」

『……何だ、そんなことか』

「“そんなこと”……!?」

 

 ピキッと青筋を浮かべる桃にキーマンは力の抜けた声音で答えた。

 

『……私は確かに君達の敵ではあるが、卑怯者ではない。試合ならば正々堂々闘って結果を出すのが選手だ。そこに「戦車道」も「機兵道」も関係ない。ここで君達を撃破すれば我々は勝利に近付くだろう。しかしそれで掴み取った勝利は私にとって価値ある勝利なのか? そうとは思わない。ここで撃破する“卑怯”を、私は決して許さない、自分自身を許せない。それだけは出来ないのだ』

 

 『チェイサー』のコックピットが開きキーマンが再び降りて来て履帯を戦車に嵌め直してゆく。ACの補助により履帯はあっさりと元通りとなり38(t)は再び戦線に復帰できる形となった。

 

「……これは私の自己満足だ。笑いたければ笑ってくれ。周りが何を言おうと私はこの考えを変えることはない。これは私の誇りだ」

 

 キーマンが38(t)を押し込み腕から降ろそうとする。少しずつ腕の上から車体がずれるが人1人分の力では中々動かなかった。

 

「英国淑女……いえ、この場合は紳士的と言えますかね」

「……?」

 

 キーマンの横に柚子が苦笑しながらそっと手を添えて同じように押し出す。

 

「……まさか、敵に塩を送られることになるとはな」

 

 柚子と同じように桃も仏頂面ではあるが隣で車体を押し出した。これでようやく車体がゆっくりと腕の上を滑りようやく地面に降りる。

 

「……仲間の元に行くが良い。私は君達が見えなくなるまで『チェイサー』に搭乗はしない」

「……信用して良いのだな?」

「……ああ。どうせなら山の麓まで徒歩でついて行こうか?」

「あはははっ、いーよいーよ。キーちゃんはACに乗り込んで待機しててもらって」

 

 けらけらと笑って杏が歩み寄ってきてキーマンの肩を叩く。

 

「君は英国紳士だ。信頼してるよっ」

「……一応、淑女なのだがな……、」

「淑女であり紳士っ。いーじゃないの。よしっ、じゃあ西住ちゃん達に合流しよっかね」

「はい」

「キーマンさん、ありがとうございました」

「……礼を言われることではないさ。ただの自己満足だからな」

 

 ひらひらと手を振るキーマンに礼を言い、戦車に乗り込みエンジンを始動。特に不調な点もなく無事走り出す。キーマンはその様子を『チェイサー』のショルダーユニットの上から見えなくなるまで眺め、視界から消えたところでようやくコックピットに乗り込む。

 システムを起動しスキャンモードで周囲を警戒しつつ通信を繋いだ。

 

「……ダージリン」

『キーマンね。どうされましたの?』

「……これより私は敵AC撃破に向けて動く。彼女は恐らくだが君達本隊を狙って動いている筈だ。ACが現れたら牽制しつつ全力で撤退、目標も放棄で頼む」

『元よりそのつもりです。戦車では到底敵いませんから。早く来て下さいね、私達の王子様』

「……わかったよ、マイ・プリンセス」

 

 『チェイサー』がグライドブーストを起動、街へ向けて一直線に飛び出す。ジャンクACの速度ならまだ追い付ける筈だ。本隊が接触する前に合流せねばとキーマンは空を駆け抜けた。



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9

 大洗チームを追跡していた聖グロリアーナ女学院の戦車部隊だが、市街地入口で集団を失いしばし立ち往生していた。

 

「隠れた、ということは……物陰からの奇襲でしょうか……?」

 

 ハッチを開けてキューポラから半身を出して周囲を見回し顎に手を当てながら考えに没頭する。と、そこで紅茶が手元にないことに気付く。頭が回らないのはその所為だったかと取り敢えずまずは紅茶を一口飲む。

 

『……ダージリン』

「キーマンね。どうされましたの?」

 

 通信機ごしに落ち着いたキーマンの声を聴いて不思議と気分が落ち着いたのに気付く。紅茶を忘れていた辺り、弾が当たらない焦りに晒されていたのかもしれない。

 キーマンからの通信は敵ACへの対応。恐らく敵ACは本隊を襲撃するだろうとの話だ。

 

「元よりそのつもりです。戦車では到底敵いませんから。早く来て下さいね、私達の王子様」

『……わかったよ、マイ・プリンセス』

 

 通信が切れる。と、隣でクスクスと笑う声が聞こえた。

 

「……どうしたんですの、ペコにアッサムまで」

 

 小さく笑っていたのは装填手のオレンジペコと砲撃手のアッサムだった。

 

「いえ……あの、ですね……」

「だってダージリン、あまりに嬉しそうだったものですから。キーマンに言われたのでしょう、“マイ・プリンセス”って。さっきまで顔が強張ってたのに、今ではすっかり笑顔なんですもの」

「なっ……、」

 

 アッサムの指摘にオレンジペコもコクコクと頷く。思わず頬を赤くして固まるダージリン、予想通りの反応に2人はますます面白そうに笑みを深めた。

 

「キーマンさんは学院では王子様ですからね。その王子様にお姫様と呼ばれるなんて、羨ましい限りです」

「ちっ、違いますわっ。ただの言葉の綾に決まってます……!!」

「ダージリン、その程度なら慌てて否定する必要もないのでは?」

「うぅっ……!?」

 

 正に図星。反論の余地も見付からずダージリンは力なく俯いた。

 

「とっ、とにかく競技にしなさいっ、周辺への警戒は怠らず索敵は念入りに……っ!!」

 

 全くもう……、と指摘された恥ずかしさにしょんぼりした表情で小さく呟くダージリン。実際のところ、キーマンの紳士的な対応に心惹かれるものは多々ある。落ち着いた物腰に冷静さを失わない精神力、時に見せる真剣で隙を見せない恐ろしい程のな眼差しは彼女が学院内でも特に人気を誇る要因だ。

 斯く言うダージリンも、知らぬ降りをしてはいたがキーマンの虜だった。一挙手一投足の所作の美しさや紳士的気遣いには、平静を装ってはいるものの内心のトキメキは自覚してしまっている。

 

 “マイ・プリンセス”

 

 キーマンの呟いた言葉がすっと胸に溶け込む。あんなことを言われたのは初めてで、当初は何も言えなくなったくらいに脳天を揺さぶられた気分だった。見栄を張って“王子様”と言った仕打ちがこれだ。

 全然悪いことではなく、寧ろ脳内で小躍りしたくなるほど嬉しい。

 しばしボーッとしてからハッと意識を取り戻しふるふると首を小さく横に振る。今は妄想に更けてる場合ではない、試合に集中せねば。

 

「……周辺に敵影はありますか?」

『現在確認中です。現状まだ発見できていません』

『散開して索敵に当たり――――Gi、ppppppppp』

「っ、どうされたのですっ?」

 

 と、いきなり片方の無線にノイズが走り異音だけが吐き出される。数秒ほど通信不能状態が続き、ようやく無線が復活、そこから聞こえてきた声は、トーンが落ちていた。

 

『…………も、申し訳ありません……マチルダⅡ、奇襲を受け走行不能、です……、』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奇襲成功。作戦の成功にCチームの松本里子ことエルヴィンと杉山清美こと左衛門佐は拳をぶつけた。隣では鈴木貴子ことカエサル、操縦席では野上武子ことおりょうがサムズアップして笑顔を浮かべていた。

 

『よっし!! ナイススパイクぅ!!』

 

 通信越しにBチームからも歓声が上がった。

 

「こちらCチーム、1両撃破!!」

『Bチーム、良いの一発かましてやりました!!』

 

 これで一気に2両撃破。あっさりと戦車を同じ数にまで減らせた。この功績は非常に大きいと言えよう。

 

「次だ。袋の鼠を叩く!!」

「窮鼠猫を噛む、となれば鼠はこちら側だがな」

 

 左衛門佐の言葉にそれもそうだなとエルヴィンは頷く。先ほどまで劣勢だったのは自分達、土壇場での逆転劇と言うのは窮鼠にこそ相応しい。

 

「むっ」

 

 と、前進するⅢ突の前方に敵のマチルダⅡが見えた。

 

「路地裏に逃げ込め」

「ほい」

 

 エルヴィンの指示を受けおりょうがⅢ突を旋回、角を曲がり入り組んだ路地に入り込む。

 

「裏路地ならこちらの姿も見えまい。Ⅲ突は車高が低いからな――――」

 

 刹那、真横からの轟音が塀を貫き衝撃がⅢ突を横殴りに叩く。

 確かに、Ⅲ突は車高が低く敵に見付かりにくいという性質がある。例外として、Cチームのようにのぼりを立てていなければの話ではあるのだが……。Cチーム戦車は塀より高いのぼりに目を付けられ狙い撃ちにされたのだった。

 

 Cチーム、徹甲弾貫通判定により走行不能、戦線離脱。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっはっはっは!! 作戦大成功!!」

 

 八九式の砲撃は確かにマチルダⅡの無防備な背中を捕えた。敵車両は炎上し立ち往生だ。

 

「よしっ、それじゃあ次に――――、」

 

 煙が晴れて、マチルダⅡが姿を現す。そこには予備燃料タンクだけが吹き飛んで焦げた車両があり、本体は煤を被っただけで無傷。撃破判定は下されていなかった。

 

「うああああっ!? 生きてたぁ!?」

「どうしよどうしよ!?」

それ(撃て)ッ……!!」

 

 慌てて後退しつつ至近距離からもう一発。しかし駐車スペースの後方は柵によって塞がれ動けず、更に砲撃は装甲に弾かれあさっての方向へ飛んでいく。残念ながらこの距離でも正面装甲は簡単には抜けない。

 

「さ、サーブ権取られたぁ……」

 

 マチルダⅡの砲塔がゆっくり八九式に照準を合わせる。この距離ではもう八九式に成す術は無かった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ぬぐっ……Cチーム、走行不能!!』

『Bチーム、敵撃破失敗、及び走行不能!! スミマセン……!!』

「ッ!?」

 

 通信による報告に西住みほはハッと顔を上げた。

 作戦は上手くいったかに思えた。しかし最後の最後で詰めが甘かった。撃破できた車両は1両のみ、大洗は2両も脱落し残るはⅣ号のみ。対して敵は4両が健在。状況は絶望的と言えよう。Ⅳ号でマチルダⅡやチャーチルの装甲を抜くのは至難の技、Ⅲ突が撃破され火力もなくなってしまってはどうしようもない。

 ここからどうするべきか。考えている間に聖グロリアーナ女学院は次々と戦車が合流、残るⅣ号を仕留めんと包囲網を狭めて来る。

 

「まずい、このままじゃ囲まれる……、」

 

 Ⅳ号の背後にマチルダⅡが飛び出して来た。いつまでも立ち往生していては囲まれて集中砲火で撃破される。

 

「どうする?」

「とにかく敵を振り切って……!!」

「ほい――――、ッ……、」

 

 Ⅳ号が走り出そうとする――――その時、進行方向に鉄の塊が着地して煙と瓦礫を巻き上げた。

 冷泉麻子は踏み込んだペダルを咄嗟に離してブレーキ、急制動で車体がガクンと大きく揺れた。

 

「ここでAC……!?」

 

 砲塔を後ろに回そうとしていた五十鈴華の手が止まる。挟まれた状況、どちらに背を向ければ良いのかわからなかった。

 

『……素晴らしい機転を見せた。だが、甘かった』

 

 降り立ったAC『チェイサー』がスナイパーライフルをⅣ号に向けて構える。前門の虎、後門の狼とは正にこの事、絶体絶命のピンチである。

 

(どうしよう……!!)

 

 もう手が無い、案が浮かばない。嫌な汗がみほのこめかみと背を伝った。

 左右に路地はあるが、位置が悪く方向転換している間に蜂の巣にされるのは目に見えている。Ⅳ号の砲塔は1つ、『チェイサー』に撃ち込んで隙を作ろうにもACに一発当てた程度で怯むとは思えないし後ろには複数のマチルダⅡ、1つを狙っている間に撃たれて終わりだ。

 

 ――――万事休す、か。

 

 諦めよう。そんな言葉が喉まで出て来た。

 

 その時、

 

『Aチームの皆さん』

 

 井納輪の言葉が聞こえてきた。

 

『全速力で前進して下さい。道を作ります』

「井納さん……?」

『急いで』

「ッ……冷泉さんッ!!」

「りょーかいっ」

 

 Ⅳ号がギアを上げて一気に加速。ギャリギャリと地面を削り上げ『チェイサー』へと真っ直ぐ突っ込む。黒い影がⅣ号を覆うように、眼前へどんどんと迫って来る。

 だがもう止まれない。策が無い以上、彼女の言葉を信じて進む以外に道は無い。

 

 ぶつかる。

 

 誰もがそう思った、刹那。『チェイサー』の横にあった家屋が吹き飛び、瓦礫の中からジャンクACが飛び出して『チェイサー』を巻き込み反対側の商店へ突っ込んだ。『チェイサー』のいなくなって道をⅣ号が駆け抜け包囲網を突破する。

 

『機体性能差程、憎たらしい現実はありませんねッ』

『……やはり来たか……ッ』

 

 満更でもなさそうにキーマンが呟いた。

 2機がもつれ合い建物を何棟も巻き込んで何度も転がる。鉄の塊が暴れ回るその様は暴力そのものだ。その中でも2機はお互いの得物で撃ち合いを始めていた。

 ハイブースト、ブーストチャージの応酬、鉄同士がぶつかり合い、バトルライフルが、スナイパーライフルが火を噴いて装甲を吹き飛ばす。

 その様子を尻目にⅣ号は道路を疾走、角を曲がりとにかく射線を合わせないように街中を駆け回る。マチルダⅡの砲撃はⅣ号が走り去った道路を削り、時に塀を貫通して砕く。

 

「っ」

 

 しかしまた角を曲がったところでⅣ号が止まる。目の前には工事中の表記で道路が塞がれておりこれ以上は進めない。



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国家代表の彼女は
プロローグ


仲の悪いオリ主と楯無会長を書きたかっただけ。設定が煮詰まってないとエタると痛感した。


『システム中枢部、ダウン』

「C-4設置後退避を開始して下さい。爆破のタイミングはそちらに任せます。オーバー」

『ウィルコ。アウト』

 

 無線通信が切れるのを確認するよりも早く平沢 (しおい)は腰から下げていたポーチのスタングレネードを引き抜きピンを外す。廊下の壁に背を付けて1秒だけ深呼吸の後、投擲。曲がり角の先から迫っていた足音達が地団駄を踏み始めたその時、閃光と爆音が響く。

 

「……無力化、確認。数、ひい、ふう、みい……、よし」

 

 追手が全員伸びているのを角越しに確認してから駆け出す。手持ちの武器は残りがM4カービンと弾薬がマガジン1つ分。グレネードは先程のが最後の1つで既にゼロ。ハンドガンはスプリングフィールドXDと弾薬未消費分がある。

 

(……あと、6分)

 

 短いようで体感する時間は実際長い。それまで集中力を持続できるか。いや、持続しなければならない。

 

 場所を移動し曲がりくねった廊下をひたすらに、と言っても目指す方向をきちんと把握して進む。

 しばらく行ったところで階段が見えた。周囲を警戒した後階段上へM4カービンを向ける。

 敵影、なし。素早く駆け上がりつつ、警戒は怠らないように周辺を何度も確認しつつ聴覚も張り巡らせる。廊下の壁という障害物がある以上、頼りになるのは耳だ。

 

『こちらウーサー1。ハウンド1、応答せよ』

「こちらハウンド1。オーバー」

『撤収完了だ。お前さんの帰還を待ってる。Good luck(アウト)

「……全く、いつも通り過ぎる、あの人は」

 

 汐は微かに笑みを浮かべ、再び表情を引き締める。激励は有難いが、油断は出来ない。

 残りフロア、4。汐は疲労の溜る足を動かして全力で階段を駆け上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにそれ」

 

 電話越しの声に、更識楯無不機嫌さを隠しもせずに言った。

 

「私言ったよね。失敗は許されないって」

『――――――――――――――――』

「五月蝿い。今更四の五の言ったって過去に起きた結果は変えられない。いつも貴方達が言ってたことじゃない。良かったわね、体験できたらその重要さが身に染みてわかったことだし」

『――――――――――――――――』

「はぁ? チャンスぅ? バカなの? そんなのがあったら今頃貴方達如きに仕事なんてさせてないに決まってるじゃない」

『――――――――――――――――』

「あっそ。で、遺言はそれだけ? 言っとくけど貴方達の素性なんて微塵も興味ないしそもそも知らないから伝える気なんてないのよ。残念ねー。あはははははははは」

『――――――――――――――――』

「罵詈雑言お疲れ様。いくら言ったって私は――――今なんつった? あ? 処女? 殺すぞ」

 

 ブヅッ、と。耳にしていた電話が切れる。正確には、スピーカー越しに聞こえた爆音のような音にかき消されただけだが。

 

「チッ。使えない奴らね。そう思わない? 本音ちゃん」

「全く、その通りかと」

 

 言葉を投げかけるのは真後ろに控える少女。更識家に仕える布仏家の1人、布仏本音。

 

「まぁ虚ちゃんの手際が完璧で処分は済んだことだし。取り敢えず私達は早く日常に戻りましょ。虚ちゃんが帰ってきたらお茶会でもしてのんびりと、ね」

「良いですね。私もお菓子は大好きですから」

 

 にっこりとお互いに見せる笑みに含まれるソレは、狂気。常人が持つことのない、闇に染まった笑みだ。

 

「では、本日の任務を終了。本音ちゃんはまだそのままでいてね? 虚ちゃんが帰ってきたら戻っていいから」

「了解しました、楯無様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まただ。まただよ。いくらそんなことしたって無駄なのにさァ。何してくれちゃってんの。あーあー、めんどくさい。何で機械ってこんなに頭悪いかなぁ……いちいち仕事増やさせないでよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「情報は上がりましたか? ……はい、確かに。ご苦労様でした。ええ、報酬はこちらでご用意致しますとも。ああ、そうだ。今度バカンスでもどうでございましょう? 暑くなってきたことでもありますし、プライベートビーチもありますが……ええ、勿論。ご協力致しますとも。彼女は可愛い娘ですから。では、その用に。こちらから上の方には話を通しておきましょう。それでは、また後日に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「首尾は? …………うんまぁ及第点ってとこか。でも、これ以上の遅れはフリゲートが許さないからね? ホント、頼むよ。ボクあの人ニガテなんだもん……あぁ、うん、あの時は正直チビった。寧ろチビらなかった人の方が珍しいでしょ。あ、キリアは別だよ? あの人はフリゲートに一番近いから……いいよねぇ、気が楽な人は。いっそのこと狂っちゃえば楽なのに……。ああ、ゴメン、独り言。取り敢えず、あと2週間以内に結果を出してね? それ以上は……ご想像にお任せするよ。無理だったら教えて、皆で遺言書でも書こう、うん。あー、言ってるだけでなんか悲しくなってきた……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……世界は、残酷だ……いつになれば、混沌は止むのか……検討もつかんのう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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01.日常に戻る

 日本国家代表、平沢 汐は、見た目だけは至って普通の女子高生である。とは、周りの友人の評価である。

 第3回モンド・グロッソへの出場が決まっていながら、見た目は完全に一般的な生徒なのだ。どこに国を代表するようなオーラがあろうか。それは本人もよく自覚していることだが。

 

「おはよう、更識会長」

「あら、おはようございます、平沢さん」

 

 しかし、だがしかし。彼女は更識 楯無とすこぶる仲が悪かった。

 2年3組の教室は今日も今日とて早朝から空気が悪かった。それもこれも2人が朝っぱらから感情の読めない笑顔で火花を散らし合いながらいるからだ。

 

「先日はいい訓練ができたよ。感謝しておくね」

「それは良かった。私も協力した甲斐があったわ」

「でもちょーっと物足りなかったかも。やっぱりもっと歯応えがなくちゃ経験値積むには物足りないよねぇ」

「そっかー。じゃあ今度は今よりもっともっとハードモードにしておくから」

 

 竜虎相搏つプレッシャーの掛け合いは、今日も相打ちのまま幕を閉じることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 平沢汐と更識楯無の仲が険悪であることは今に始まった事ではなかった。

 IS学園に2人が入学してから半年。つまり、後期の始まりから、突然2人は衝突を始めていた。

 事あるごとに、と言うより、どちらかが互いの姿を視認した瞬間には大喧嘩が始まっていたりする。巻き込まれて怪我を負わされた生徒は10人を超えるほどだ。それ程に2人の仲は過激なくらい酷かった。

 2年になってからは本当に落ち着いた方だ。同じ教室になり席が隣同士になっても飛び交うのは皮肉合戦などで今のところ拳や脚が飛び交うことは無い。クラスとしてはまだ安泰である。

 

 

 

 今朝のひと波乱から数時間。昼休みとなり、教室には人が疎らとなった。楯無は生徒会室へ行って不在、汐は友人のアメリカ出身学生、アン=スカーレット=オドノヒューと弁当をつついていた。

 

「……で、今度はどっちが先だったの?」

「向こう。だから迎え撃ってやった。IS使うまでも無かった。雑魚」

 

 もぐもぐもぐもぐと休みなく箸を動かし続ける汐にアンは苦笑いを浮かべるしかなかった。

 アンは汐の唯一無二の友人と言っても過言ではない。楯無との大喧嘩もあり汐の周りからは自然と人が離れて行くのだ。当たり前のことだが。

 それでもなお汐の元に残ったのがアンだった。汐は国家代表でよく軍事訓練に参加することが多く、軍人には知り合いが多くいる。その内の1人がアンの父親で、そのため汐とアンは非常に仲が良かった。

 

「雇われって聞いて尚更失望した。その程度の奴しか呼べないのかってね」

「雇われ軍人、ねぇ……」

 

 思い当たる節があるのかないのかしばし考え込む。日本国内に破落戸(ごろつき)軍人はいないと父は言っていたのでおそらくは海外のテロリストか何かだろう。

 

「」




プロローグのセリフ部分は没になった作品のオマージュを含みます。反逆の悪夢とか、他にも


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真剣で私に恋しなさい! -The Devil Ghosts Protocol-
第一話


マジ恋。にじふぁんがあった頃に書いてた奴を大幅にリメイクしたシリアス作品にしようとしたが1話だけ書いて満足してしまった。にじふぁん時代のタイトルも何だったか忘れた……。


 

 

 

 

 

 

 

 御祖父ちゃんが殺された。

 

 私は匿われた。

 

 そして、弟が囮となって世界中を逃げ回る。

 

 もう七年の時が過ぎようとしていた。

 

 一体いつになったら、私は……いや、私達は。何も起きない日常を送れるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 川神市は冬真っ盛り。と言っても日本海側のように雪が降り積もることは滅多にない。今日も精々最低気温が零度になるかならないかの境界を彷徨い続けるばかりである。

 

「……今日も、寒いな」

 

 携帯を取り出して時刻を確認し終えた川神百代は空を見上げた。

 

 時間は午前五時半。朝練三○分前かつ、丁度新聞が配達される時間だ。

 

 しかし、

 

 ――――遅い、のか?

 

 今日は、来ない。

 

 いつもならばそろそろバイクのエンジン音が聞こえてもおかしくはないし、そもそも音を聞かずとも百代であれば感じなれた“気”を察知すればどうということは無いのである。が、今日はその“気”すら微塵にも感じられない。

 

 試に郵便受けを覗いてみたが特に収穫は無し。休刊でもないのに一体どうしたのか。

 ここの配達員はよく見ているが、今までの中で決して休んだり代わりの配達員が来たりしたことは一度たりともない。

 

 ――――これも、なのか……?

 

 言い様の無い不安が胸に広がる。

 と言うのも、百代は毎日朝練のギリギリに布団から出る(既に起きてはいるが寒いのでどうしても布団の中で丸くなりたがる)のがデフォルトであり、いつもならばこんな時間、まだ布団の中で夢見心地である。しかし、今日に限っては突然目が覚めてしまった。川神市の空気が一変したような、そんな感覚があったのを覚えている。

 

 ――――馬鹿らしいな。

 

 フッと自嘲気味に笑う。

 そもそも考えすぎか。配達員だって人間だ。風邪だってひくし、今日がたまたまその日なのかもしれない。

 

 まだ寝たりないのか。

 そう考えてまた少し横になろうと決めて郵便受けから視線を外した。

 

 

 

 カコンッ。

 

 

 

「――――――――ッッ!?」

 

 刹那、百代は自分の背中へ向けてタックル紛いの特攻をしていた。

 

 ――――いつの間に……ッ!?

 

 気付かなかった。

 

 そう、()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 力の加減なんてあったもんじゃない。全力だ。

 

「なッ……!?」

 

 そして、初めて気付く。そこには誰もいないと。

 

 タックルは空振り、一瞬体制を崩すがそこは武闘家。直ぐに立て直す。

 

「……どこだ……」

 

 視界では捉えていない。ならば“気”はどうか。

 “気”の扱いならば誰にも負ける気はしない。必死で“気”を探る。

 

 が、

 

 ――――どうして引っかからない……!!

 

 百代の探知網ですら、ついに何も捉えられなかった。

 

 幽霊か、何か。オカルト主義者ではないが否が応にも考えてしまい身震いする。

 

 今後ろにいた“何か”が、言いようのない不安感を煽る。

 

 

 

「ついに来おったか」

「っ、ジジイ……ッ?」

「離れておれよ百代。まだ見るべきモノではない。この異変に気付けたのは不幸じゃったな」

 

 いつの間にか川神鉄心が真後ろで真剣な表情を作り佇んでいた。いつもの飄々とした雰囲気なぞ欠片もなく、真面目そのものだった。

 こんな殺気、初めてだ。無意識に身を固くする。鉄心を前に初めて、百代は動けなかった。

 

 その脇をするりと抜け、鉄心はポストの中から一つの封筒を取り出す。

 

「百代、今すぐ戻るが良い。命惜しくばな」

 

 封筒の中身は確認せずに懐へしまい、踵を返して中に戻ってしまう。

 

「おい、ちょっと……、」

「警告は済ましたからのぅ。あとはもう、わかるな?」

 

 表しきれない圧倒的威圧感。百代は鉄心の背後に、あの毘沙門天を見た。

 

「……っ、わかった……、……ん?」

 

 何がそこまでさせるのか。一瞬奪ってやろうかと思うがそれすらも許されない殺気に百代はぐうの音もでずに引き下がろうとした、その瞬間である。太陽がまだ顔を出さないおかげで少し薄暗いその空間に、僅かな“歪み”を見たような、

 

「何が……、」

 

 ツ、と脇腹に、痛みが走った。

 

「……は?」

 

 右手を添える。ねっとりと掌に濡れる感触。そして、今までにないほどの鉄錆た臭い。

 

「え……血……? ぁっ、づ……!?」

 

 刹那に、ようやく脇腹が激痛を訴え出す。

 

「なん、で……!!」

 

 深々と腹にナイフが刺さっていた。果物ナイフではない、正真正銘、人を傷付けるナイフだ。

 

「が、ぁぁぁあッ!!」

 

 柄を握り、引き抜く。ずるりと抜け落ちたナイフがカランと地面に転がり、血溜りに濡れる。

 回復を。気力を全力で脇腹に集中。みるみる内に傷が癒える。時間にして僅か一秒。しかし、痛みまでもを回復するわけではない。

 抉られた感触がズキズキと生傷のような痛みを脳に訴える。思わず、膝を着きたくなるほどに。

 

「モモッ、さっさと逃げんかバカタレィッ!!」

「っ、朝からうっさ、ぃ……え?」

 

 痛む脇腹を手で押さえ、今までこちらに見向きもしなかった鉄心を見やり、唖然。

 

 あの川神鉄心の腕に、二本のナイフが深々と刺さっているではないか。

 

「思った以上に早いのぅ……」

 

 ギンと睨みをきかせる先は、虚空。しかし、そこには僅かな歪み。

 

「儂やモモをここまでやらせるとは……栄玖め……」

 

 刹那、歪みが動く。銀の閃きが、武神に襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当に迂闊だった。七年をかけてようやく荷物を送り届けた直後、襲撃されるなんて。

 

「ぅ、ぐぅ、ゥぅぅぅ……」

 

 背中が痛くて熱かった。でも、体にくい込むのは冷たく硬い感触。

 きっと見たらナイフが深々と刺さってるに違いない。幸い心臓や大動脈には至らなかったが、出血を抑える手段が無い以上、もう助かる見込みはない。出血多量でのショック死か。

 ガクガクと足が震える。手先から感覚が無くなる。寒い。とても、寒い。これでは遭難して死にかけているようではないか。そんな風に思い、自嘲気味に笑った。

 

 ついに、力が抜ける。路地裏の真ん中で、地面に体を横たえた。

 

「…………何故だ」

「?」

 

 声がした。男の声だ。聞いたことは、ない、のだろうか……?

 

「全ては栄玖家と天音家だけの問題。なのに何故、お前たちは義理を通す」

 

 何故? そんなこと、決まってる。

 

「……だって、忌子の私を、受け入れてくれたんです。もう、生きれないと、思ってたのに……。だから、恩返し、しなくちゃ、なんですよ。……えへへ、一応、目標も達成したし……お爺様とお姉様、よろこんで、くれるでしょうか……?」

「……わからない。悲しみは、するだろう。君は、愛されすぎた」

「……そっか、私、愛されてたんだぁ……嬉しい、な……」

 

 視界がどんどんと狭くなる。眠くなってきた。痛みも、寒さも、感じなくなってきた。今なら、とても良い夢が見れそうな気がする。

 

「……眠れよ、愛されし子。もう、君は休んで良い」

「……えへへ、ありがとう、ございます……。貴方は、若様です、よね?」

「…………若様、か。そう、だな。以前は、そうだった。今は、当主だ……、」

「……当主、様……私、当主様に、お見送り、頂けるんですね……これ以上の喜びは、ないです……」

 

 ふわふわと、宙に浮いていく。気持ちの良い暖かさを感じる。

 

「……お先に、失礼、します。お爺様と、待ってます、ね……、椎珂様……」

「……おやすみ、柊」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 銀の閃光、完全に鉄心を捉えていた。逃げきれない。百代から見ても、“詰み”だった。

 

 

 

 だからこそ、次の瞬間に起きていたことが、尚更納得できなかった。

 

 ナイフの間合い。“歪み”が鉄心に肉迫した時にが起こった。

 百代達が視界に、一瞬の黒い人影を見た刹那、“歪み”が鈍い音と同時に吹き飛び地面を転がる。と、その“歪み”がようやく視認できる人に変化した。

 更に、謎の衝撃がその人を襲う。コンマ一秒も満たない瞬間に一〇回以上、人が人の形を成さないほどに捻じれ、折れ、ひん曲がり、どしゃりと地面に落ちた。

 

「……まさか、ここまで派手にやるとはこちらも思わなかった」

 

 すぅ、と。まるで最初からそこにいたように。ぼやけていて見えなかった物に焦点が集まるように。そこには、全身黒づくめの、ネックウォーマーに顔を深く埋めた男が立っていた。

 

「……お主、」

「お初にお目にかかる。川神鉄心。そして、川神百代」

 

 黒い男は、抑揚のない低い声で、そう言った。

 

「天音家現当主、天音椎珂だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




2010年頃くらいに、これの前身作品を書いてた時期があって、あの頃は一番物書きを無心で楽しんでたよ……文法もセリフも何もかもが酷かったけど。


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第二話

まさかの2話目が発掘されて私も驚き


 ざわざわと空気が後退する。比喩で表現すればそうなるのだろうか。

 異様な程の神経を逆撫でする雰囲気に気圧されるも、川神百代は何とか立っていた。

 目の前の、黒づくめの青年。目にかかりそうな闇より黒い黒髪と、感情の読めない濁りきった黒い瞳。全てが異常。そして、畏怖する存在。神々しさとは真逆の不気味さがその男――天音椎珂を物語るようだった。

 

「先に要件を話す」

 

 彼の視線が百代を通り過ぎて川神鉄心へと向けられる。心なしか鉄心までも体を固くしているように百代は感じた。

 

「総代。封筒の中身は契約書だ。ただ、俺自身の見立てではアンタじゃ扱えない」

「代わりを用意しろ、と?」

「好きにしろ。ただ、寄越すのなら足手纏いは勘弁願う。俺はそこまで面倒を見れないからだ」

「だが、儂以外に他は」

「誰でも良い」

 

 言葉を遮るように椎珂は放つ。

 

「人員が足りない。囮でも何でも、天音は欲している」

「……………………………………、」

「全ては祖父が手配した。そして契約は成立した。全ては同意の上でこの交渉は行われている」

 

 刹那、百代の眼には彼の背から黒い“ナニカ”が漏れ出した様に見えた。いや、今もそれはくっきりと見えている。

 憎悪、憤怒、強欲、侮辱、ありとあらゆる負の感情を無理矢理流し込んで作った泥が、意識を持ってこちらを睨みつけてくる。

 

「ハッ、ぁ、がッ、っ、ッ……!?」

 

 呼吸が出来ない。正常に身体機能が働かない。

 

「……見えるのか、コイツが」

 

 いつの間にか椎珂が目の前に立っていた。その泥を右手にすくい、百代の眼前に持ってくる。

 

「川神百代。お前には才能がある。天からの、ではない、地獄から授かった才能がだ」

 

 手を握る。ぐじゅっ、と生温い音が鼓膜を刺激し、泥が地面に落ちて飛び跳ねた。

 

「総代。川神百代だ。最も相応しいと俺が判断する」

「待て。百代は巻き込めん」

「ではお前が契約するのか? その弱りきった精神で? 無理だ。取り込まれて枯れる。結局は俺が殺す。全てはわかりきったことだ。それとも別の案があるのか? どうなんだ、答えがあるなら言え」

 

 一際泥が呻き声を上げて大きく躍動した。それは何かに突き動かされて震えている。目の前の男の、天音椎珂という人物をトレースしている。

 

「言えないか。そうだろう。今この世にソレを扱える者はこの川神百代を除いていない。全ては決まりきっていた。だから、川神百代、君に問う」

 

 最初から鉄心は眼中に無い。無意識にそれを感情だけで表に示し、彼は百夜を真正面から見つめる。

 

「死の味を知りたくはないか。血の中の絶望を飲んでみたくはないか。悪の悪に成り果て枯れてしまわないか。俺は君を望んでいる。受け入れたくば契約せよ。川神百代。君は悪魔に成り果て世の混沌に堕ちて壊れるのか」

 

 足元の泥が意思を持って動く。泥は百代を囲い、足に纏わり着き、段々と体を張って登ってくる。悪寒が止まらない。膝が笑う。何かが、入ってくる。

 

「受け入れるか。清い判断だ。俺は君を評価する、川神百代。君は人間で初めてその身に呪いを背負ったのだ」

 

 必死に息をしようとする口に、泥が飛び込む。鼻に、耳に、ドス黒い泥が入ってくる。

 強烈な嘔吐感。しかし、泥に押し込まれ胃酸ごと体内に戻される。自分の中に、何かが入ってくる。ドロドロとした、冷たくて、怖くて、固くて、

 

「喜べ人間。今ここに契約は完了した」

 

 刹那に、ごぼりと体内から泥が溢れ出し、百代はそこで意識を失った。

 

 

 

「素晴らしいな。これが現代最強の者か」

 

 足元で静かに横たわる百代を眺め、彼は言った。しかしその声に賞賛の響きは全く無い。ただひたすらに無感情で無感動な音がした。

 

「総代、これで契約は全て完了だ。これで川神と天音の因縁は全て断ち切れた。後は好きにしろ。天音を憎もうと妬もうと貶そうと全ては自由だ。ただ、川神百代はこちらで身柄を預からせてもらうが」




因みに物語の根幹には“悪魔”と“天使”が関係してる。

あと、もう続きはないです。


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ISの技術について疑問に思うこと
ISの技術について疑問に思うこと


ISのクレイジーサイコレズなSSを書きたかった。

などと供述しており


「何故レーザー兵器と呼称されたものが光速で飛ばないのか、酷く疑問に思う」

「……いきなり過ぎやしない?」

「仕方ない。どうもISの模擬戦闘を見てて疑問が湧いてさ。おかしいでしょ、なんで撃ってから避けれるの? あれレーザーじゃないよ。発光する粒子を収束して撃ち出してるだけで決してレーザーなんかじゃない。私は絶対に認めない」

「お、おう、流石は技術屋の娘……、」

 

 そも、レーザー兵器は元々が光を収束させて指向性を持たせて射出するものであって、着弾したって爆発することは無い。装甲が溶けることがあってもだ。

 

「これ訴えれば裁判勝てるんじゃね?」

「やめときなよ。きっと捩じ伏せられる」

 

 止められた。いつかこの訴えが世界に通る日は来るんだろうか……。

 

 私は日野沢城 了(ひのさわしろ あきら)。IS学園所属の2年3組。代表候補生だとか何か特別な肩書きみたいなのはない、普通の女子高生である。いえい。

 

「どこに向かってピースしてんの……?」

 

 隣でいつも呆れ顔と疲弊した表情を晒して生きているのは友人の安曇 飛鳥(あずみ あすか)。姓名の頭文字を取るとAA、そのクセ胸はEカップ……チッ。ええそうですよ、どーせ私に胸なんかねーですよ。

 

「……なんで胸を睨むかね」

「おっぱい魔神は胸を見られれば興奮して昇天する上に睨んだ人にそのバストを教授するって聞いたんで」

「でっちあげか、このセクハラ常習犯め」

「あうっ」

 

 チョップを脳天に落とすのは勘弁して下さいよ……地味に痛いし私の貴重な頭脳がダメになってしまう。

 

 こんな私ですが、一応社長令嬢です。と言っても小企業の。別に苦しい生活もしてませんし。そもそもIS学園に入れただけまだ家には余裕があったということで。

 

「クッ、しかしどうしてもさっきからレーザー兵器の(くだり)が納得いかない……」

「いい加減諦めなよ。それでも無理なら更識さんにでも頼んでくればー?」

「っ、その手があった!!」

「あ、マズ、火つけちゃった」

 

 ふははっ、もう遅い!! 早速たっちゃんの元へ行くのだ!!

 

 

 

「……あー、もしもし、更識さん? あれ、アキラが涎垂らしながら全力疾走でそっち向かって……え? もう遅い?」

 

 

 

 

 

「たっちゃんみぃぃぃぃぃぃっけっ!!!!」

「あ、安曇さん警告遅すぎぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!」

「たっちゃん何で逃げちゃうんですッ!? さぁ取り敢えず密室で2人きりでお話しようじゃあぁぁぁぁりませんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ犯されるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!??」

 

 ハハハハハハハッッ!!!! 遅いっ、遅すぎるっっ!!

 

「例え火の中水の中ぁ、どこにたっちゃんが行ってしまおうとぉ、私は瞬時に駆け付けるのだぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

「お、お願いしますアキラちゃん!! 今日だけはどうかかんにんしてつかぁさい!!」

「そのセリフ、聞き飽きた!!」

 

 生徒会室に飛び込むたっちゃん。それを追う私。

 

「ふふふふふふ……自ら死地に飛び込むとは笑止千万!! さぁ覚悟を決めるのですたっちゃん!!」

「かかった!!」

 

 うにゅ!?

 

「にゅああああああ!? 何ですこの原始的な仕掛けは!?」

「足元が疎かだったわねアキラちゃん!! これはかかった本人を文字通り宙釣りにして晒し者にして羞恥を煽る精神攻撃用の罠よ!!」

「くっ、なんと卑劣な……!!」

「そしてェ!! ここでスカートも捲れちゃえば一石二鳥な展開にもなっちゃう優れ物!!」

「残念ッ!! 私はホットパンツスタイルの制服だからそんなこと気にしません!!」

「あっ、いつの間に!?」

「にゅふふ、実は今日から活動的なスタイルにチェンジする為に制服を改造してきたのです!! 技術屋舐めんなァ!!」

「ウソ、一瞬であの縄を……!?」

「さぁ観念しなさいたっちゃん。大人しく私と一緒に夜もぶっ通しでベッドイン……ぐへへへへ」

「万事、休す、か……、」

 

 諦めたのか壁に背を預けてずるずると力なく座り込むたっちゃん。潔い人は大好きです。

 

「では、いただき――――」

「さっさと話を始めろ、セクハラ魔神」

「もげっ」

 

 く、首が……襟首が締まるぅぅぅぅぅぅ……、

 

「全く、急いできてみればやっぱり本題そっちのけだったね……」

 

 呆れて私を掴んで止めるのは飛鳥。クッ、たっちゃんの布越しの足に夢中で気付かなかった……。




途中までゲラゲラ笑いながら書いてて、それからいきなり賢者タイム突入して書かなくなった


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Re:START ~Change the WORLD~
Re:START ~Change the WORLD~


ティアナメインのシリアスなやつ。規模が早大になり過ぎた覚えがあるけどそもそもそこまで書く意欲が湧かず、ほんわかしてるティアナを書いて満足した。


 

 

 

 都市伝説、と聞いて思い浮かべるものはなんだろうか?

 

 宇宙人?

 地下帝国?

 世界の終焉?

 

 きっと様々なモノに違いない。

 

 ここ、ミッドチルダでもそんな他愛も無い都市伝説が噂として流行していた。

 

 最近のトレンドは「世界は変わる!? 改革の始まり」という、世界が再び生まれ変わるのでは? なんて、身も蓋も無い話である。

 

 人は皆流行に流されるものだ。仕方ないとは言えども。

 とある専門家なんかは「近いうちに“革命の大嵐”が来る」とか何とか、他人からすれば「お前はバカか」なんて言われそうな事を言い出す始末である。こんなんで良いのか、専門家諸君よ。

 マスメディアでも何か変わったニュースも無ければいつもその話だ。

 しかし、大衆は何故か飽きることを知らず。同じ話題だとしても決してテレビの視聴率が衰えることは無かったのである。

 

 それは、変わらず今もそうだ。

 

 かくいう管理局でも専ら暇つぶしの話題はソレである。

 

 ――――いい加減飽きるのよねぇ……。

 

 デスクに向かって報告書を仕上げる新人執務官ティアナ・ランスターは深く溜息を吐いた。

 

 唯一、と言って良い程、彼女ばかりはこの話題に飽き飽きしていた。

 来る日も来る日も「革命」だの「再生」だの「大嵐」だの。何なんだ一体。

 

 ――――アンタ等は暇人かってーのッ!!

 

 実際暇だからそうした話題を振るのであるのだが。やってる仕事が順調かどうかは別問題として。

 

 最後に力強く、鬱憤を晴らすように(半ば八つ当たりだが)エンターキーを叩く。

 今日は(ある意味で今日“も”)疲れた。早く一人になれる場所で休みたいものだ。

 

「ハァ……カフェでも寄ろう」

 

 溜息をすると幸せが逃げると言うが、どうやら幸せごと溜息を吐かないとモヤモヤした空気は出て行かないようで。全く困ったものである。

 

 私物をさっさとハンドバッグに詰め込み席を立ったティアナは足早に仕事場を後にし駐車場へ。

 赤のスポーツカーに乗り込み、一瞬ラジオに手を伸ばしかけたが直ぐに断念した。どうせ結局ラジオでもやってる話題は例のアレだ。聞いててもつまらないし、聞きたくもない。

 しかし、生憎音楽データなどは持ち合わせていない。仕方なく久々に聞いたエンジン音に耳を傾けティアナは車を発進させ、やけに物足りないカフェまでのドライブを始めるのであった。

 

 

 

 

 

 立ち寄ったカフェは大通りを小路に入って突き当りの小さなハウスだ。ログハウス、という表現が一番しっくり来るだろう。

 看板には『TEIFER WALD』とあり、確かベルカ語で『奥深い森』という意味だった気がする。

 木製の、湿気を吸った様な少し重い扉を開けると、森林の奥深くにやって来たような、そんな感覚になる。マイナスイオンに包み込まれる感じだ。

 

「いらっしゃいませ、ティアナ様」

「うん、お邪魔するわね」

 

 出迎えてくれたのはウェイトレス姿の少女。ティアナと大体同じくらいの子だ。

 まだ幼げな印象を残す顔立ちと少したれた目尻、艶のあるセミロングの黒髪に泣きぼくろが何とも小動物の様な可愛さを引き立てている。

 

「いつもの御席でよろしいですか?」

「ええ、お願い」

「畏まりました、ご案内します」

 

 別にいつもの場所だから案内はいらないのだけれど、なんて野暮なことは言わない。それがこのお店のルールである。

 常連であるティアナではあるが、ここで話題を振ったりするようなこともなく、静かにウェイトレスの後に続いた。

 

 店の内装はカウンター席が八席とテーブル席が六つ。出入りする客はほぼおらず、今しがた入って来たティアナを含め四人程度である。一組は二人組の女性仕事仲間のようで、もう一人は偶に見かける程度の初老の男性だ。

 カウンターの内側には青年が一人、淡々とコーヒーを入れていた。ここの店の若いマスターだ。ティアナよりは少々年上のようである。だからと言って彼女自身、特に不快感も無い。彼の淹れるものは何だろうと納得のいく最高級の味になるのだから。

 

「ご注文の方は如何なされますか?」

 

 店の一番奥にあるテーブル席に通されたティアナは「それじゃあカプチーノをお願い」と一言。畏まりました、とウェイトレスは会釈をして立ち去る。

 

 相も変わらず、ここは本当に落ち着ける場所だ。

 薄暗い空間と僅かに聴こえてくるピアノの旋律。コーヒー豆のほろ苦い香りも楽しめる。

 

 ティアナはこの穴場を誰にも教えてはいない。それにこれまでも、これから先も、誰かに教えることはないつもりだ。ここを紹介してしまうのは、なんだか勿体無いという独占欲がまた気持ち良い。基本的に一人静かにしているのが元来からの性格な彼女にとって、これ以上の快適空間は無いのだ。

 

「お待たせしました。カプチーノになります」

 

 座って静かに待つこと数分。淹れたてのカプチーノが運ばれてきた。

 苦味と微かな甘味がブレンドされた風味豊かな香り。シュガーを淹れて底をよく掻き混ぜて一口。

 

「ん、おいし」

 

 漸く、ホッと一息。

 嗚呼、これだ。この落ち着きが欲しかった。

 

 酷く久々に感じる気持ち良さに思わず顔がゆるむ。もう一生こんな時間が続けば良いのに。人間にはやはりこういった時間が必要だ。余暇とはよく言ったものである。

 心の器に溜まり溜まった鬱憤が溶けだして消えてゆく、そんな感覚にティアナは自分が大分くたびれていたんだと気付き、呆れた溜息を自分自身へ向けて吐くのだった。

 

 何となく、天井を見上げてみた。何の変哲もない、普通の天井だ。

 

「……皆、どうしてんのかしら……」




ティアナいいよねティアナ。スバルも好きだけど。キャロもいいよね。


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武闘少女フィジカルなのは
武闘少女フィジカルなのは


やっぱりマジカルよりフィジカルだよねっ!!

って言ったのに誰も書いてくれないから書いた。

途中で飽きた。


 朝。鳥の囀ずりが遠く聞こえる頃。高町家横にある道場に正座をしてじっと微動だにしない少女が1人。

 高町なのは、小学校4年生。私立校に通う彼女は、朝早くから鍛練に勤しんでいた。

 

 と、不意にカッとなのはの眼が見開かれたかと思えば、突然座った状態から飛び上がって前へ前転。刹那に、先程まで彼女がいた場所を木刀が薙いでいた。

 すぐさまなのはは地面を這うように反転、四肢を着けて獣のように自分を襲ってきた対象を睨み付ける。

 木刀を振り抜いていたのは高町家当主、高町士郎。自らの強襲を避けられても、彼の表情は変わらない。寧ろそれが普通だと言わんばかりだった。

 切り返しの2撃目が飛んでくる。インターバルなしの攻撃を、なのはは僅かに状態を逸らせることで回避、眼球スレスレを通り抜ける木刀の刃先を瞬きせずに見送り一歩踏み込む。

 踏み込みと同時に僅かな腰の捻りも入れて右腕を引く。最小限の力を溜め込んだところで掌底を繰り出す。レバーを狙った1打はインパクトの瞬間、ゆるりと水のように動いた士郎に難なく回避された。

 深追いせず、なのはが咄嗟に膝の力を抜いて体勢を沈めれば頭上を木刀が掠める。続けて降り下ろされる攻撃は、木刀の柄の部分を手の甲で掴んで止めた。しかし攻撃は止まない。両手が塞がったのを狙ったように木刀が迫る。

 回避も防御も無理。攻撃を察知した瞬間になのはは察し、咄嗟に木刀を押さえつけたまま体を真横に倒して手を使わず空中横転1回転、士郎の腕を巻き込み体勢を崩させ木刀の一撃を明後日へいなした。

 それだけでなく、なのはの脚が既に士郎の側頭部を浅く捉えていた。横転の瞬間を完全に狙った一撃だ。威力はないが、体勢を崩しきるには充分過ぎる。

 着地と同時に腰だめに構えていたなのはの一撃、両手を突きだし掌底を当てた。

 ざざざざっ、と地面を滑る士郎。距離が空いたのを見てなのはは残心を解き、再び構える。右半身を前に、右手を軽く伸ばして浅く握り、左拳を腰だめへ。ひゅぅ、と細い息を吐き僅かな時間で体をリセット。

 

「そこまでっ!!」

 

 と、そこで声がかかる。構えを止め、一礼。組手終了である。

 

「いやはや、一気に腕を上げたな、なのは」

「えへへ、ありがとうございますっ」

「まさかお父さんに攻撃を入れるとはね……、」

 

 嬉しそうに笑みを浮かべる士郎と、審判を務めていた高町美由紀。美由紀の場合は驚愕の表情が止められていなかった。

 

「なのは、木刀は全然使えないのに素手は異様なくらい強いのよねぇ……」

 

 美由紀の言葉になのはは苦笑いを浮かべるしかなかった。元来彼女の家系が守る流派の動きは、なのはにはすこぶる相性が悪かった。どうやってもなのはに定着しないのだ。

 その相性の悪さを払拭するかのように、高町なのはには超近接における戦闘、主に武道の才能があった。

 高町の流派を継げずとも、体の基礎は充分整っている。既に彼女の武闘スキルはプロの域に達しようとしていた。

 

 

 

 

 

 本日は休日。小学生らしく友達と遊ぶ約束を交わしていたなのはは、バスで移動中、考え事に没頭していた。首にから下げた赤い水晶のネックレスを握り締めながら。




結局のところ導入部分書ききって満足したってのが一番大きい。


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武闘逆行 -インフレーション・ストラトス-
武闘逆行 -インフレーション・ストラトス-


いつぞやかツイッターで言ってた火力インフレもの。


 

 織斑一夏が生まれて今年でもう15歳。数え年なら16歳となる。

 

「早いもんだよなぁ」

 

 ()()()()()()()()()を包む袋を撫でながらぽつりと誰に言うまでもなく呟く。

 

 彼が今いる場所はIS学園前。本日より晴れて高校デビューな彼だが、その心境は複雑である。

 

 IS学園はIS操縦者を育成するための女子校である。そう、()()()だ。そして織斑一夏は男である。別に男装が趣味の女子とかそんなのではない。断じてノゥ。

 では何故彼がここにいるのか。単純な話、彼が女性でしか動かせないISたる宇宙空間での活動を目的とした特殊な高性能パワードスーツを起動してしまったことに起因する。なお、原因は全くの不明である。

 

 よし、と一夏は一声気合を入れ直して門を潜り学園内へ――――、

 

「あ、あのぅ……」

「はい?」

 

 と、行こうとしたところで守衛から声がかかる。どこかおどおどしていて、その視線は一夏の肩越しを見たり逸らしたりと非常に(せわ)しない。

 

「織斑一夏さん、でいいんですよね……?」

「はい、そうですけど」

「えっとですね、そのぅ……背中の……」

「ああ、コイツですか? 問題はないですよ」

「え? ……あのぅ、問題ないって……、」

「許可も出てますし、こうして口も縛ってますし。抜刀もできないようにしてますから」

「は、……え……。いやぁ、そのぅ、しかしですねぇ……」

「っと、もう時間だ。じゃあスイマセン、俺入学式あるんで。これからよろしくお願いしますね」

 

 それじゃあッ、と一夏は駆け出す。後ろで困惑した声が聞こえた気がしたが、気のせいということにしておこう。何もやましいことはない。それよりも、入学式に遅れる方がマズい。主に後で姉から怒られる。

 本来なら重くてロクに走れないであろう身長程の大太刀を背負った一夏の足取りは軽く、迷いなく入学案内所のある方向へと向かって行くのであった。

 

 

 

 

 

 ――――受験会場を間違えて偶然ISを動かしてしまったのにも関わらず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 織斑一夏、15歳。女子校に入学である。

 

 うん、何度見ても酷い字面だ。捕まらないのが不思議でならない。

 

 まぁともかくIS学園である。右を見ても左を見ても女子ばっか。全く男は俺1人。物悲しい気分である。

 

 入学式中も酷く多くの視線を釘づけにしてた俺。確かに女子校に突然の男子なんだから仕方ないことだろう。珍しい人がいたら見るのは当たり前だ。

 背中に多くの視線を受けつつ今現在はホームルーム。1年1組所属ということで教室に用意された席で自己紹介の順番待ちをしてるところ。

 

「え、と……おり、むら……くん……?」

「はい」

 

 “あ”から名簿順に始まりあっさりと俺の番。副担任だと言う山田先生が困惑したような泣きそうな顔でいるけどどうしたんだろうか。もしかして俺の苗字読みにくい?

 

「織斑一夏です。織姫の“織”に斑点の“斑”で“おりむら”って読みます。特技は家事全般と剣術。趣味はトレーニングとコイツの手入れです。以後、よろしくお願いします」

 

 完璧。噛まなかったしどもりもつまりもしなかった。掴みは第一印象完璧だなこれは。

 

 直後、パァァンッと俺の脳天から乾いた音が……てか痛い!!

 

「……織斑」

「いててて……おぉ、織斑先生」

 

 振り向いて見ればスーツに身を包んだ千冬姉こと織斑千冬先生が出席簿を持って立ってた。

 

「全く、()()持ち込んだのか。だからそれは置いて来いとあれほど言ったというのに……」

「そう言わないで下さいよー。コイツは俺の半身と言っても過言じゃないんだし」

「TPOを弁えろと言ってるんだバカ者が」

 

 おう、相変わらず手厳しい。

 

 

 

 織斑千冬。俺の姉であり、IS学園で教師も務める元世界チャンピオンでもある。ISの世界大会である第1回と第2回のモンド・グロッソを制覇した世界最強(ブリュンヒルデ)と今もなお呼ばれている。

 

 で、その織斑先生は今回この1年1組の担任になったらしい。教壇に立ってきびきびとした姿勢を見るに……そうだな、教官って言葉がよく似合う。現に、現役を退いても世界最強の名を欲しいままにしている織斑先生の登場に湧き上がる生徒を一喝で静めてる。流石。

 

「私の仕事は貴様らを3年間で無価値から価値あるものに叩き上げることだ。妥協は許さん、逃げようたって逃がしはせん。最期の最期まできっちり(しご)いてから卒業させて(ケツを蹴り上げて送り出して)やる。返事はYesかJaだ」

 

 誤字じゃなさそうだ。そしてここは日本ではないらしい。おかしいな、俺さっきまで関東にいたはずなんだけど。

 

 取り敢えず織斑先生の統率力で纏まり上がったクラス一同。これなら多分下手に暴走することなく行けることだろう。

 

 

 

 

 SHRが終われば初日から授業が始まる。

 普通の高校とIS学園はカリキュラムの量が違う故に初日からみっちりと授業が詰め込まれてるのだ。

 織斑先生が横で見守る中、山田先生が教鞭を握って着々と授業が進む。取り敢えず内容はある程度まで予習できているのでまだまだついて行ける範囲だ。時折心配そうにこちらをちらちら確認してくる山田先生マジ天使。

 

「織斑君は大丈夫ですか~?」

「はい、全然問題なく」

「それは良かったですぅ」

 

 ほわ~っとした笑顔。癒される。

 

 でも決して俺の背中には視線を向けようとしない辺り徹底してる。何故だ。俺がコイツを持ってることそんなに可笑しいのか?

 

 だって見てみろよ左端を。箒だって帯刀してるだろ。

 

 彼女は篠ノ之箒。俺の幼馴染みで小学5年生の時に急遽転校してしまってそれ以来初めての顔合わせ。朝はバタバタしてて声がかけられなかったがアイコンタクトで会話は成立してる。つっても「久しぶり」って伝えたら「久しぶりだな」で終わったけど。

 

 そうだ、箒に聞いてみよう。俺がコイツ背負ってるのって可笑しいの?

 …………可笑しいことは何もないそうだ。寧ろよく似合ってるって返ってきた。嬉しい。




原作冒頭部分を考えるのが面倒だった


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GOD EATER二次創作(タイトル未定)
タイトル未定


GOD EATERのやつ。取り敢えずGEの何か書きたいって思って書いてた。


「やらかしましたぁー!! アリサさぁん、ヘルプミー!!」

「何事ですk――――なんですかその真後ろの大群は!?」

「わかんないですでも何か来ちゃいましたぁ!!」

「ちょっ、待って下さいこっち来ちゃダメですってば!?」

 

 フェンリル極東支部独立支援部隊クレイドルは今日も今日とて騒がしい出来事にて1日の始まりを迎えた。

 

 クレイドルはサテライト拠点の支援、更なる増設を目的を持った部隊であり、そのチームにはベテランとして前線で活躍するゴッドイーター達が集結している。

 何せ部隊員のほぼ全員がかつてのアーク計画を阻止した者として関わっており、その功績は計り知れないものがある。……少なくとも、評価を見た限りは。

 

 現在とある地にて背後に多数アラガミを率いて全力疾走する2人の女性の人影がある。片方、プラチナブロンドに赤い帽子と少々露出の高いクレイドル制服に身を包んだアリサ=イリーニチナ=アミエーラ。もう1人はワインレッドの髪をツインサイドアップテールにして前髪を紫陽花色の×字の髪留めで止めており、クレイドルの制服に身を包んだ少し背の低い娘だった。名前をロキノ=キノーシス。極東支部第一部隊隊長を務めた事もある、エリート中のエリートだ。

 2人はかつての元第一部隊所属員。言ったようにその実力派折り紙付きである。

 

 ……で、あるのだが。

 

「アリサさん神機あるなら倒して下さいよぅ!!」

「無茶なこと言わないで隊長が倒せば良い話じゃないですか!? っていうか隊長神機はどこに置いてきたんです!?」

「それが基地に忘れたまま探索出ちゃってたみたいで……てへぺろ(はぁと)」

「ボケかましてる場合じゃないですよ!!」

「あべっ!?」

 

 すぱーん、と聴き心地の良い音がロキノの頭から鳴る。ゴッドイーターが神機を忘れるとはどういった了見なのかと少々青筋をこめかみに現すアリサが頭を叩いたのだった。

 

「だ、だってわたしが見付けたところ早く探索終わらせようって言ったのアリサさんじゃないですかぁ!! わたし頑張って早起きして朝ご飯だって早く食べたんですよぉ!!」

「それでも隊長いつも通り30分以上かかってたじゃないですか!? あんなにのんびりしてて準備もできない方が驚きですよ!!」

 

 アラガミに追われて命の危機だと言うのに両者の間で交わされるのは危機感の無い責任の押し付け合いだ。反撃もせずに逃げ回る姿から、これが元第一部隊の隊員達だと誰が想像できようか。いやできない(反語)

 

「おーおー、今日も派手にやってるじゃねぇか」

「よっしゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ王子様キタコレ!!」

「あぁっ!? ズルいですよ隊長!!」

 

 ふと前方に黄金色の神機と左腕に同じ黄金の籠手を着けた男が愉快そうにこちらを見ていた。黒髪に白のコートを羽織る彼は雨宮リンドウ。こちらはロキノがゴッドイーターになる前から第一部隊隊長を勤めていた経験のあるベテランだ。

 そのリンドウを見つけるやいなやロキノはペースを上げて猛ダッシュ。アリサをいっきに突き放して彼の背中に隠れた。

 

「さぁリンドウさんやっちゃって下さい!!」

「嫌だ」

「「えぇっ!?」」

 

 まさかの返答に固まる2人。ロキノはともかく、アリサも驚いたのはこの面倒な処理を押し付けようとして失敗したからである。ロキノは色々な事情があってリンドウと仲が良く、ロキノが頼み事をすれば大体のことは「仕方ねぇな」と娘のように処理するのだが、今回ばかりは予想外だったらしい。

 

「ちったぁ動けよエース。神機ならほれ、そこにある」

 

 彼が指差す先には地面に突き刺さったスピアが1つあった。それこそがロキノの愛用する神機。長年使い続けてきた相棒だ。

 

「俺ァ手伝わねぇからな。さっさと帰って資料を纏める続きがある。って訳でアリサ、エースの世話は任せたぞ」

 

 リンドウはそそくさと、しかし持ち前の運動能力であっさりと駆け出して消えた。あの様子だと仕事が面倒になって散歩にでも出たのだろう。ついでにロキノの神機をわざわざ届けに来たというのは彼ならではの優しさか。

 

「た、隊長!! 急いで加勢頼みますってば!!」

 

 気付けばアリサは既にアラガミ達の攻撃を鮮やかにさばき続けて善戦していた。声をかける余裕はあるし、彼女もまだまだ本気ではない。元々の原因がロキノにあるだけに、アリサは中々全力でやる気にはなれていなかった。

 ロキノは素早くスピアに駆け寄り勢いよく地面から抜き取る。白と紫の刃先、濃いピンク色のショットガン、盾には蒼色のバックラーがある。神機はアラガミの素材から作られるが、彼女の持つスピアに用いられている素材はそれこそ一級品。生半可な実力では到底取ることのできない素材をふんだんに惜しみなく使った物だった。

 

「行きますよー……!!」

「――――いや、その技はマズいですって……!?」

 

 ロキノが力を込めた瞬間、槍が微かに紅に発光し始めたかと思えば刃先にオラクルが凝縮されていく様子が見て取れる。

 

「さぁさぁさぁさぁ……!!」

 

 1歩でロキノがアラガミ郡へ突撃。入れ替わりにアリサが慌てて離脱していく。アラガミから逃げる、というよりはロキノの行動範囲から避難しているような対応だが、実際のところそれで正解だったりする。

 

「せりゃあああああっっ!!」

 

 ズンンッ、とスピアがアラガミの1体を捕えた。体重と勢いを乗せた一撃が深々と貫く。刹那、内側から紅い光が膨れ上がりアラガミを破裂させ、連続的な発光がアラガミ達の群れをズタズタに吹き飛ばした。

 

「あ、危ないじゃないですかぁ!? 加減間違えたら私まで吹っ飛んでるところでしたよ!?」

「えー、別にアリサさんに当たらなかったからいいじゃないですかぁ」

「結果論だけ言ったって隊長は反省しないでしょ、このっ」

「うなああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? 痛いッ、痛いですアリサさん!! こめかみグリグリは痛いんですってばぁ!!」

「痛くしてるんだから当然です!!」

 

 アラガミの次は仲間割れか。何とも言い難い光景である。

 が、これは日常的なことであって一時的なことではない。2人の間でも大体は単なるじゃれあいであり、固い絆があるからこその行為だった。アリサだって本気で攻めている訳じゃないし、ロキノだってアリサが離脱するまできっちり待ったのだ。

 

「今日は隊長の分のお昼なしにしますからね!!」

「やだああぁぁぁぁアリサさんのボルシチ食べたいいいぃぃぃぃぃ!!」

 

 泣きながらも欲望に忠実だがこれでも元隊長である。一応言っておくと当時はもっとキリッとしてたのだ。多分。

 

 

 

 

 

 結局お昼はボルシチを食べた。ロキノご満悦である。アリサも何だかんだで食べさせてあげていた。泣き落としは卑怯だと彼女は後に静かに語る。それも素でやることなので対応のしようがないのだが。

 

「アリサしゃぁん……、」

「お昼寝なら自分のスペースがありますからそこで…………ナチュラルに私の膝を枕にするの止めてもらえません? これ何度目のやり取りだと思ってるんですか」

「えーっとね、5回辺りから数えてないや」




何がしたかったのかはよくわからん。取り敢えず主人公とアリサが可愛いってことを前面に押し出すのが目的だった模様。


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叛逆魔導兵器
叛逆魔導兵器


極限状態の命がけな戦闘をさせたかったのと、ハイペリオンを読み進めていた時期だったのでそれに感化された。


「足りない、ですか……?」

 

 訝しげになのはは首を傾げ、疑念の視線を目の前の男に向けた。

 

「その通り。高町なのは、君には最高の傑作を与えた。君のためだけのオンリーワンにしてナンバーワン。適合率も最高値に達した。しかし、まだ足りない。今のままでは、今の君のままでは彼女が報われない」

 

 男が感情の読めない冷たい視線と指で差したのは、なのはの右腕にマウントする機械。白を基調に青と黄色のラインが入ったデザインのデバイス。なのはの腕を覆うように取り付けられたソレは魔導兵器となり、圧倒的暴力にて敵を凪ぎ払う。

 

「君が今彼女をどれだけ扱えているか知っているか? それは数値にして7%だ。彼女はあと93%の余力を内に眠らせている。一重にそれが表に出せないのは君の力不足だからだ、わかるかね?」

「っ……、はい……」

 

 男の神経を逆撫でするような物言いに一瞬感情が沸点に近付きかけたが、現に今そのような状況であると認めざるを得ず、なのはは固く唇を引き結んだ。

 なのはの持つレイジングハートとはまた別の新たなるデバイス、名をI-00(アイ・ゼロゼロ)。高町なのはを魔導兵器そのものへ昇華させる、蛮賊(アレスター)を蹂躙すべく造られた兵器。

 

「しかし現実を言えば君は最も早く人間の限界へ達した。()執務官(フェイト・T・ハラオウン)歩くロストロギア(八神はやて)は君と同時期に彼女らを与えていながら未だに1%の力すら引き出せていない。その点は評価すべきところだろうと私は考えている。が、誉めようとは微塵も思わん」

 

 男は興味無さげに首を数回横に振った後、また向き直った。

 

「重要な話をしよう」

 

 ふと男が声音を変えて視線を全く別納方向へ向けた。同時に2つの空中ディスプレイが音も無く起動する。片方は男の前に、もう片方はなのはの前に展開されていた。

 

「君は現段階における限界値、即ちステップ1を終了した。ステップ2は外部より特殊なプロセスを行い、彼女の性能を引き出す。6項7行目を読んでみたまえ」

「…………アドレナリン分泌量の、増加……、」

「その通り。では君にこれを渡そう」

 

 男が研究品で散乱した部屋の端から持ってきた物は黒のチョーカーだ。見る限り何かギミックのような物は見当たらない。

 

「彼女は使用者の精神力によって大きくその性能を左右する。そして、君に与えた彼女は精神の昂りこそがエネルギー源。また、君にはその昂りが全く見られない」

 

 着けてみろ、と言われて少し狼狽しながらも首にはめる。今までにない違和感で少々息苦しく感じた。

 

「アドレナリンの効果は知っているか?」

「……詳しくは説明できないです」

「それもそうだろう。アドレナリンは、簡単に言ってしまえば人間のストレス反応を過敏にさせるものと思えば良い。要はアドレナリンで感情を昂らせて彼女の力を引き出すということだ。ここまでは理解しているな?」

「じゃあ、このチョーカーはアドレナリンと関係が……?」

「そのチョーカーにはアドレナリン分泌を若干だが促す効果がある。設定次第でレベルは変えられるが現在は最低値だ。そうでもしなければ君が死ぬ」

 

 死ぬ。その言葉になのはが思わずグッと息を飲み込んだ。

 

「ストレス反応とは血圧の上昇だ。心臓をより強く動かす、言い換えれば負荷をかけてやることで自身を緊張させる手段となる。下手に量を増やせば心臓が耐えられなくなるのは当たり前だろう。安心しろ、勝手にレベルを上げるようなことはしない。様子を見て逐一君には声をかける。アドレナリンに耐性をつけることだ」

「ちょ、っと、待って下さいっ、私はやるなんて一言も……!!」

「では蛮賊(アレスター)に蹂躙されて死ぬか? 奴らは今の君よりずっと力を有していてずっと残虐だ。友人の目の前で死にたくなるまで犯されるか? 痛みを感じなくなるまで地獄のような拷問を受けるか? それとも奴らの奴隷になるのがお好みか? 奴らに生温さを求めるようなことはするな。奴らは滅ぼさねばならない真性のゴミだ。情などない。ただ自らの欲望にのみ従う畜生共だ。奴らに殺されたくなくば力をつけろ、彼女を使いこなしてみろ、そして奴らを殺せ、蛮賊(アレスター)を殺せ、塵も残さず殺せ。さもなくば死ぬのは君だ、高町なのは」

 

 男の指先が鋭くなのはの鼻先に突き付けられる。男が言うこととはつまり、自らの体を削らねば死ぬということ。蛮賊(アレスター)に殺されるよりもひたすらに力を欲することこそが義務であると言う。

 

「よもやまだ話し合いができる相手だとは思っていまい。見ただろう、ミッドチルダでの悲劇を。奴は33人もの罪なき人を殺し、自らが命を絶たれるまでなお殺しを続けようとした。強盗、強姦、虐殺

、奴がしたことを君が忘れるはずもない」

「それは……、っ……!!」

 

 その後の言葉が出てこなかった。男の言うことは正しい。ミッドチルダの悲劇は今も鮮明に覚えてる。風前の灯火と化した状態の中でも、奴は狂った笑みを浮かべて次の獲物を狙っていた。最期の最期まで破壊を楽しんでいた。その事をなのはは覚えている。

 

「時間は限られている。加えて奴らがいつ来るかもわからん、早い内に慣れておくようにしておけ。それと、私の方でアリーナは特別に貸しきってある、好きに使え。今なら他の隊長2人もいるだろう。私はしばらく戦闘機人の方に取り掛かる。用があるならば直接本部の研究棟まで来い、私は連絡機器に触っていられるほど暇ではない」

 

 そう言って男は散乱した部屋を出て消えた。残されたなのは静かに、そしてしばし悔しさに唇を噛み締めてから1人乱暴な足取りで部屋を飛び出した。




誰か再編して書いてくれって感じだ


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IS二次創作(タイトル未定)
タイトル未定


オリキャラしか出てこないIS二次創作。
主人公枠の義理の姉妹が、クラスメイトの社会の闇を払拭する為の話。

多分だけど原作でシャルの奴が有耶無耶になったのが納得いかなかったのでは、なんて過去の自分を考察してみる。


「ッぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」

 

 ガツンッ!! という音を立て、身の丈五倍はあろうアメジストの斧が相手のブレードを大きくかち上げ、ついでにと言わんばかりにシールドエネルギーも大きく削り切った。そこでブザーが終了を告げる。

 

『そこまでッ。勝者、アイヴィー・シモンズッ』

 

 相手のエネルギーシールド残量は数値ゼロ。強制的に稼働が終了し、その場に硬直する。

 対し、勝者のIS【打鉄】は大斧を地面に突き立てて着地。紫の粒子を出していた斧はその放出をやめて稼働を停止。小さな粒子となり【打鉄】の中に収納された。

 

「ありがとうございました」

「こちらこそ……ってあれ?」

 

 アイヴィー・シモンズと呼ばれた少女はISを降りて一例をするとさっさとその場から立ち去る。

 対戦相手の少女がおろおろとその後ろ姿を見送って我に返るのは一〇秒以上たってからであった。

 

 

 

「……すげぇな、あの()

「確かに……だが、落ち着きがないというか、何と言おうか……兎角、鬼気迫るように見えたが」

「言えてるな、それ。声かけて聴いてみっか?」

「プライヴェートなことだったらどうする。誰にだって隠し事はあるだろうし、個人情報を詮索するのは良くない」

「うへぇ、手厳しいこって」

「君だって仮に父子家庭で知人に“何故父子家庭なんだ?”なんて聞かれちゃ気分悪いだろう?」

「んー……まぁそっか。うん、やめとこ。でも声かけるくらいは良いんじゃね? 辛くたってちょっとアドバイスっつーかさ。ちょっとぐらい支えになれねぇかな」

「……お人好しだな、君は。良いのか悪いのやら……」

 

 アリーナの観賞席からは二人組の女子がアイヴィー・シモンズを見ながら話し合っていた。

 片方、“お人好し”の彼女は万桜(まお)・バイルシュミット。ドイツ人と日本人のハーフ……ではなく、生粋の日本人だ。ドイツ姓なのは母が二度目の結婚をした、と言えばわかりやすいだろう。髪も目も黒で短髪。活発そうな雰囲気の少女だ。髪はあんまり気にしないのか、少々ハネ気味ではあるが。

 そんな万桜の傍ら。くすんだ銀髪の前髪にオレンジのメッシュが入った少女。こちらは生粋のドイツ人だ。目は細く鋭く深い蒼色。髪は腰あたりまで伸びており、先を黒いリボンで纏めていた。名をシュテファーニア・バイルシュミットという。

 なんとこの二人、義理の姉妹である。

 

「シモンズって確か、米国出身だっけ?」

「生粋のアメリカンだ。クラスじゃいつも一人のところしか見ていないな。しかし、誰にでも声をかける君が全然知らないとは」

「それがさぁ。最初は声かけようとしたら避けるようにどっか行っちゃうもんだしさ。んで、教室で大人しくしてる時に限って自分不在だし」

「つくづく運がないな。私はどうでも良いが」

「よぉしッ。こうなりゃこれから声かけるぞ!! 目指せ親友!!」

「(適当にあしらわれる未来しか見えないんだが……、まぁいいか)」

 

 義妹の爛漫な笑顔に若干な不安を覚えつつ、しかし止めることはせずにシュテファーニアは万桜と並んで歩き出す。なんだかんだで友好の良い彼女の事だ。どうにかなるだろう。そうささやかに思う。

 

「そんじゃあ早速。更衣室に行けばいるよな」

「ずかずか入り込むのというのか? デリカシーがないね」

「別に女子同士じゃんか。恥ずかしがることなんてナシ!! ジャパンでもよく言うっしょ、裸の付き合いだ!!」

「それは男子の場合じゃなかったか……?」

 

 ぬぬぬ、と難しい顔をして顎に手をやるシュテファーニア。一方考えることをしない万桜はズンズンと進んでしまう。

 ちなみに彼女らの脳内。裸の付き合い=お風呂に一緒に入るになってしまっている。

 よく使われるのは()()()()()()なのでそこは理解してもらいたい。(必ず、という訳ではないが、主に男性同士の付き合いを指す。別に物理的裸ではなく精神的な裸という意味なのでそこは理解されたし)

 

「ここだな……お、中にいるっぽい」

「まぁ待とう。着替え中に入られるのは気分悪いだろうし」

「あ、そっか」

「全く。君はいちいち男っぽいんだから自重してくれ」

 

 一時、街中でカップルと言う風にに見られたのは忘れがたい思い出だ。まだ兄妹の方がマシである。

 

 そんなこんなで数分後、と言っても五分も経たない内にシモンズが出てきた。

 

Hello,Simons!!(ヤッホー、シモンズ)

「ッッ!?」

 

 突然の大声にビクッと肩を震わせたアイヴィー。バランスを崩して倒れこんでしまう。

 

「ッ、大馬鹿者か君は。いや、君は大馬鹿だったね全く。Sorry(すまない),are you alright?(大丈夫かな)

「あ、いや、怪我は無いので……それに、無理に英語でなくても大丈夫」

「そうか、それは有難い。こちらもここに来るため日本語の方が詳しくてね」

 

 アイヴィーの手を取り立ち上がらせる。制服のゴミを落とし怪我がないのをもう一度確認してホッと息をつく。

 

「ほら、加害者がボーッと突っ立っててどうするんだ。ちゃんと謝れ」

「ぁぅ、申し訳ありませんでした……」

「いや、その、怪我も無かったし……気にしないでもらえると……、」

 

 パタパタと手を振り苦笑を浮かべるアイヴィー。

 何と言うか、とても一人でいるような冷たい娘ではない。それに少なくとも自分や万桜よりはよっぽど女の子らしい、と思う。

 

「あの、えと、お二人は……、」

「ああ、自己紹介がまだだったね。私はシュテファーニア・バイルシュミット。で、こっちが、」

「万桜・バイルシュミット!! よろしく、シモンズッ」

「あ、うん。アイヴィー・シモンズ、です。よろしく……。もしかして、姉妹?」

「そうそう、姉妹なんだ。義理だけど」

「私はドイツ人だが、こっちの大馬鹿は日本人でね。親がバツイチ同士なのさ」

「ああ、なるほど。それで同じ苗字なんだ……、」

「詳しくは知らないがね。まぁ何だかんだで一〇年の付き合いかな」

 

 一〇年……、と感嘆した息を吐くアイヴィー。言葉が出ないのか、しばらく感心したようにボーッとしていた。

 

 そこでピリリリリと電子音が鳴る。音源はアイヴィーの左手首に着けているアメジスト色のガントレットからだ。その音と共にアイヴィーの顔が真っ青になるのをシュテファーニアは見逃さなかった。

 

「あの、えぇと、その……。ご、ごめんなさいっ、用があるので失礼します!!」

「マジか、ごめんな急に呼び止めちまって」

「い、いえ……っ、そ、それじゃぁ……!!」

 

 急ぎの用か。慌てて駆けて行くアイヴィーの背中を見つつシュテファーニアは思案する。

 

「……悪い子ではないみたいだな。寧ろ好印象を抱ける……マスコットキャラクターみたいなものか」

「いやぁ、アイヴィーは可愛いよなっ。あれがいわゆる“萌え”ってやつか」

「その意見には同意だが……。あれはちょっと人には言えない事情持ちの態度だったな」

「え? そうなのか?」

「君よりは観察眼に圧倒的に優れていると自覚はしている。しかし、ガントレットか……」

「何か心当たりがあんのか?」

「まぁ、ね。一年に“世界で唯一ISを動かせる男”の織斑一夏という奴がいただろ? 彼は腕のガントレットが彼の専用機となってる。それが重なってな。アイヴィーもガントレットをはめてた。でもだ。アイヴィーは今までずっと【打鉄】に搭乗してるものだから、何か引っかかってな。通信手段ならケータイがある。しかし、彼女のガントレットは何か通信手段に使われるものの様に見えた」

「よくそんなとこまで観察してるな……」

「まぁ実際、彼女が離れた後にずっと聞き耳立ててたんだがね。喋り声が一人だし電話だろう。ケータイも鳴っていないのだから、大方あのガントレットが電話の役割を担っているんだろう。異様にガントレットを気にする素振りが印象的すぎたからな」

「……もう心理学者にでもなったらどうだよ? 滅多に乗れないISなんかよりよっぽど儲かるんじゃね?」

「心理学なんて当てになんないからね。TRPGでダイスの結果がわからない心理学を振るのと同じさ。当たってるか当たってないかなんてわからないんだから。そんな運にかけるならよっぽど白と黒がはっきりしてる方が良い」

「難しい話すんなよ……」

「ちっとも頭を使うような話なんてしたつもりはないけどね?」

 

 少しは自然に理解できるようになるように、と万桜に釘を刺しシュテファーニアは更衣室前から離れる。

 

「あ? ステフ、どこ行くの?」

「寮に決まってるだろう。今日は課題が山ほどあるから一緒にやろうなんて誘ってきたのはどの人かな?」

「あ、そうだった……」

 

 勉強が嫌いな万桜の場合、誰かが彼女を見張らないとすぐに遊びだすのだ。シュテファーニアはその役に適任な訳である。

 

「テストもあっという間だし、早く勉強して休みたいんだ」

「うへぇ、めんどくさい」

「留年しても知らないからね」

「そん時は慰めてくれよぉ」

「そうなる前に進級出来るように頑張らないとな」

 

 シュテファーニアの後ろを追う万桜はしょんぼりと肩を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この姉妹を子供にしたい


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魔法少女リリカルなのはViVid二次創作(タイトル未定)
タイトル未定


なのはViVid二次創作。
ベルカ時代から主従関係だった聖王家の付き人とアインハルトの話


 

「マイクラ!!」

 

 大きな城で若い男の声が響く。慌ただしく早足で廊下を進む彼の髪は碧銀色で瞳は(ブルー)(パープル)のオッドアイ、覇王を受け継ぐ血統の証だ。

 彼は焦った表情で使用人の制止も無視して突き進み、やがて城の奥の分厚い木の扉を壊さんばかりの勢いで開けた。

 

「そんなに慌ててどうしたんだよ、我が同志」

 

 部屋の中は薄暗かった。蝋燭の灯りが手で数えられる程度の照明しかなく、不気味な雰囲気を醸し出す。部屋中には所狭しと分厚い書籍が本棚に並べられ、その本棚も部屋のスペース殆どを使ってしまう程の数だ。

 そんな空間にぽっかりと空いたスペースには簡素な机と魔導ランプが設えられており、そこに向かって車椅子に座る小さな影があった。

 見た目はまだ幼女と言えよう。疲労に蝕まれたような病的なまでに白い肌とショートヘア。前髪には左目にかかりそうな部分にだけ黒いメッシュが。瞳は吸い込まれそうな程の漆黒。頭の奥で何を考えているのか、何を飼い込んでいるのか見当もつかない程に、言ってしまえば気味の悪い色合いだった。

 そんな彼女は開いていた本から視線を上げて、もともと細かった切れ目を更に細めて振り返りじっと彼の表情を観察した。

 

「何だよ、私が何かしでかしましたと言わんばかりじゃないか」

「全くもってその通りだマイクラ!!」

「おぉっ、やっぱりそうか。流石は同志だ」

「今はそんなことを言ってる場合じゃないんだ!!」

 

 嬉しそうに顔を綻ばせてうんうんと頷く彼女に対し、彼は態度を変えることはない。

 

「取り敢えず来てくれ、マイクラ自身が、ちゃんと自分の目で確認しろ」

「同志よ、それは酷と言うものじゃないかな? 私は既に車椅子を動かす腕の力すらないんだよ?」

「魔法を使えばいくらでもできるだろう!?」

「悲しいかな、私は同志のように魔法力に恵まれていないんだ。もうそんな魔法も使える程元気じゃないんだよ」

「ッ~~~~!! わかった、じゃあ僕が押してやるからまずこの埃臭い部屋から出ろ!!」

「埃臭いとは失敬な。ちゃんと掃除だってしてるんだぞ」

「全部部下にやらせてるだろうが、全く……ほら、行くぞ!!」

 

 彼女の座る車椅子を押し、部屋を出て行く。使用人達が止めに入るがやっぱり無視。2人は速いスペースで城の外へと向かって行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――ベルカ時代にかつて栄えた遥か昔の大地。王達はいつしか戦乱の時代へ巻き込まれて行き、儚く消えてゆく。諸行無常の世の中で、彼らは遠い未来を思い、そして眠った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い部屋。広い筈のその部屋は本棚が肩を並べ、奥に開けたスペースには机と電気スタンドが。部屋の灯りはそのスタンドだけで、灯りに照らされながら背丈の小さな彼女は静かに分厚い書籍を捲っていた。

 彼女の髪は病的なまでに白い。それは肌にも言えることだ。黒いメッシュの入った髪を時折弄りながら、黒い瞳で文字を追って行く。

 不意に胸元から音がする。首からかけたネックレスの先には透き通る銀色の輝きを放つ8面体の結晶が。昨今ではデバイスと呼ばれるその端末が点滅し、彼女の前に空中ディスプレイを展開した。

 もうこんな時間か、と彼女は呟き、本にしおりを挟んでから部屋の外へ向かう。歩くのではなく、車椅子で。魔導機器により自動化された車椅子は狭くなった部屋をするするとつっかえることなく通り抜けて見せた。

 

 向かった場所はキッチン。車椅子に座る彼女でも作業がしやすいように調整された物だ。慣れた手付きでテキパキと準備を進め夕飯を作る。今日のメニューは鳥の照り焼きをメインにポテトサラダを付けて、あっさりしたオニオンスープが良いだろう。台所は彼女の独壇場と化すのであった。1人しかいないけれど。

 

 

 

 

 

 夕飯が8割方完成する頃。玄関の方から声がした。同居人の帰宅だ。

 1度作業の手を止めて玄関へ向かうと、St.ヒルデ魔法学院中等科の制服に身を包んだ少女がブーツを脱いでいるところだった。

 碧銀の長い髪をリボンで纏め、碧と紫のオッドアイを輝かせる、物静かな表情の彼女は、アインハルト・ストラトス。正式に覇王の血統を受け継ぐ、齢14の少女である。

 

「おかえり、我が同志。夕飯ならもう少しでできるから、シャワーでも浴びてきなよ」

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」

 

 持っていた鞄を預かり、再びキッチンへ。さぁ、最後の仕上げだ。

 

 

 

 

 

 食卓に並ぶ夕飯を見て「よしっ」と満足気に彼女は頷く。我ながら良いデキだ、とは毎度ながら勝手に思うことである。

 

「おっ、上がったみたいだね。疲れはとれた?」

「はい。特に問題は……、」

「……んふふ、嘘はよくないねぇ。んまっ、取り敢えず食べなよ。味は保証するさ」

 

 トレーナー姿に着替えたアインハルトに座るよう促し、自身も席に着く。いただきます、と手を合わせてから、まずはスープを一口。調味料も控えた薄味だが、これで良い。向かいのアインハルトも静かにスープを飲んで、ポテトサラダを口に運んでいた。

 

「……美味しいです」

「そりゃ良かった。いっぱい作ったから、しっかり食べて栄養取ってね。……で、進捗はどう?」

「……あまり、芳しくはないです。手掛かりが少ないので」

 

 アインハルトの手が少し止まる。彼女自身の目的の行き詰まりが、表情に苦悶を現す。

 

「そうかい。それじゃあ今度は例の人を当たってみようか」

「例の、人……?」

「そう。ノーヴェ・ナカジマ。聖王の子の、ストライク・アーツの師匠をしている人物だよ」

 

 ひとりでに彼女の横にディスプレイが映り、次々と整理された情報がピックアップされタブごとに表示されて行く。その殆どが、アインハルトが知らない情報。今目の前にいる彼女が調べ上げた、信頼できる情報だ。

 

「ナカジマ家の人は皆聖王に関わりを持つ。ノーヴェ・ナカジマはその中でも特に聖王との関わりは深いんだ。彼女に聞いてみれば良いと思うよ。それと、冥王については彼女の姉、スバル・ナカジマが良いだろう。ただ、彼女は管理局にも顔の知れている人物だ。無闇な接触は大事になりかねないからあまりオススメはしないけどね」

 

 と、言ったとしても君はそんなことはお構いなしなんだろうね。敢えて口には出さず、彼女は言葉を胸の内で消化した。

 

「情報は全て渡そう。後は君の自由だ、我が同志。やりたいように、後悔のないように、好きなことをしてくれ」




原作はスポコンなのに、それを真っ向から捻り潰すような魔法戦を軸に置いたものを書きたかった。シリアスになりそうだったのでやめた。


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艦これ入れ替わりモノ(仮)
艦娘と提督の中身が入れ替わるって言うn番煎じをどう切り抜けるかを見守ってみましょう


提督と長門の人格が入れ替わって大変なことに~ってなる予定だった。

そこまで行けなかった。


 夜の海に静寂が訪れる。闇のように黒い水面は、あちこちで上がる火の手を乱反射し、時に波間に立つ人の影を映し出した。

 

「私からの感謝の品……冥土の土産だ」

 

 満身創痍、全主砲使用不能、大破判定。後ろで単縦陣のまま待機する僚艦の皆も同じようにボロボロの姿であった。既に全員の装備はロクに使うことさえできない。

 

 ――――しかし、皆の顔に浮かぶ表情は絶望ではなく、勝利を確信した不敵な笑みであった。

 

「貴様には最上級の感謝を贈ろう。これで私はまた1つの高みを征することができた」

 

 第一艦隊旗艦兼連合艦隊指揮艦。長門型戦艦一番艦長門が勇ましく告げた。

 右の拳を力一杯握り締め、左腕で殆ど動かなくなった、痛みに顔を顰めた戦艦ル級を持ち上げる。

 

「――――受け取れェェェェェェェェッッ!!!!」

 

 刹那、主砲にも勝るとも劣らない衝撃波と轟音が星の輝く夜空へ響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世に深海棲艦と呼ばれる謎の存在が現れてから結して短くない時間が流れた。

 既存の兵器では簡単には太刀打ちできない奴らに対して有効な海上機動兵器『艦娘』を開発。海を侵略せんとする深海棲艦に対抗し、世界大戦を上回る規模で大々的な海上戦闘が世界各地で行われてきた。

 人類側の損害がゼロであった訳ではないが、その戦果は最高ではなくとも素晴らしいの評価に尽きる。

 海上を塞がれ諸外国との交易も満足にできなかった初期に比べ、少しずつだが国交も回復の傾向にある。人類が再びかつての航路を深海棲艦の恐怖に怯えることなく使えるのも近いのかもしれない。

 

 しかし残念ながら依然として判明しない事もある。その殆どが深海棲艦の存在だ。奴らは船でありながらその名の通り深海から姿を現す神出鬼没な危険な存在。奴らは何故人類に敵対し、何を目的とするのか、長年の研究対象とされたこのタイトルも一向に進展を見せる機会は訪れることはなかったのである。

 

「……ふぅ」

 

 研究機関から届いた資料の整理を終えて一息吐く。夜通しの徹夜作業でカーテンの隙間からは朝日がチラチラと見えてくる。

 

「お疲れ様です、提督」

 

 提督と呼ばれた男が顔を上げると、執務室にお盆を抱えた女性が入ってきた。眠そうなトロンとした瞳に癖の強い雲のようなイメージの沸く白い髪と頭からピョコンと跳ねゆらゆらと宙を漂う緑の触覚らしきモノ(実は結構気になる)。大胆な衣装に身を包んだ彼女は、正規空母雲龍だ。お盆には湯気を登らせる淹れたてブラックコーヒーのカップが2つある。

 

「これ、コーヒーです。眠気覚ましにでも」

「ありがとう、雲龍。すまないね、戦闘に出せてやれずにこんな秘書艦紛いのことをさせてしまって……一夜も付き合わせてしまった」

「いえ、全く問題ありません。その気持ちだけで嬉しいですから」

「そう言ってもらえると救われる気分だ」

 

 コーヒーを半分ぐっと飲み込む。慣れた苦味が、また旨い。

 検閲済み資料を片手で片付けつつコーヒーを飲み終わったところで彼は執務机を立ち、部屋のすみにかけられた外套を手に取った。

 

「そろそろ我らが主力連合艦隊の旗艦だ。鎮守府総出で派手にお出迎えとしよう」

「面白そうですね。それじゃあ私は放送で全艦娘に呼び掛けて来ます」

 

 お盆を片付けてからぱたぱたと駆けていく背中を見送り一足先に岬へ。今日は忘れられない1日になりそうだと、何となくそう思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「旗艦長門だ。第一艦隊総員存命。他部隊全艦娘、健在であるな?」

「第二艦隊、全艦無事じゃぞ」

「第一支援艦隊も問題ないわ!!」

「第二支援艦隊もなのですっ」

 

 第二艦隊旗艦利根と支援艦隊各旗艦雷、電からの報告に「よし」と無事を確認し心中安堵する。今回も無事鎮守府に帰還できた。湾内に入りもう深海棲艦の心配をすることもないのだ。既に目の前には我らが舞鶴鎮守府と岬に立つ人達の影が見えてきた。

 

「全艦、機関停止!! 回頭、右向けェ右ッ!!」

 

 岬前まで来た所で長門の号令に伴い全艦娘が停止、岬の先頭に待機する人物へ向けて一糸乱れぬ動きで向き直った。

 

「敬礼ッ!!」

 

 脇を締めた海軍式敬礼をすれば、岬にいる彼らも同じく敬礼で返す。

 先頭の1人、提督が敬礼を終えると同時に艦娘も全員が敬礼を止めじっと彼を見詰めた。

 

「諸君。此度の大規模作戦、誠に御苦労であった。現時点を持って全作戦の終了を宣言する。誰一人欠けることなく戻ってきたことは何物にも変えられない最高の戦果と言えよう」

 

 提督の言葉に、ほっと艦隊内に笑顔がこぼれた。

 

「今日と明日、明後日の3日間は皆ゆっくり休暇として羽を伸ばすと良い。自室で惰眠を貪るも良し、街へ繰り出すも良し、間宮で寛ぐも良しだ。間宮には各品の値下げも申請しておいた」

 

 わあぁっ、と艦娘の間で歓声が上がる。久々の休暇に提督からの大盤振る舞いだ、喜ばない方がどうかしてる。

 

「私からは以上だ。各員まずはドックに入り傷を癒せ」

 

 最後に、敬礼。微笑を浮かべて皆を見渡す提督に全艦娘が答礼し、ここに第22次侵攻作戦は幕を閉じたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府には損傷した艦娘が艤装を修復し、また自身の傷を治すための入渠ドックと呼ばれる入浴施設が存在する。艤装は特殊工廠に預けられるが、艦娘自身が負った傷はこの施設で治すのだ。入浴施設とあるように内部は見た目が完全に銭湯のソレであるが。

 いつもならば1つの艦隊内の何人かが使っている風景が殆どだが本日はまた違った。今日は広い浴室内に4艦隊分の艦娘達が入り、わいのわいのと会話に花を咲かせていた。

 

「ふぅ……」

 

 湯船に肩まで浸かればすぐさま疲労が湯の中に溶けだしていくようだった。第一艦隊旗艦を務めた長門は長く長く息を吐きながら久々の温泉に満足げに頷く。毎度毎度この気持ち良さがたまらないのだ。

 

「お疲れ様、長門」

「陸奥か。そちらこそ、ご苦労だったな」

 

 長門の隣に湯をかき分けてやってきたのは長門型二番艦で長門の妹に当たる戦艦陸奥であった。2人は先の作戦で第一艦隊の主力艦として大きな活躍を見せた功労艦である。

 

「かっこよかったわよ、長門。特に最後。普通の子なら主砲が使えなくなった時点で諦めるって言うのに、徹甲弾を素手で投げるわ直接殴りに行くわ……我が姉ながら素晴らしい精神よね」

「旗艦は皆を導く義務があるからな。私が退いてしまっては、それ即ち艦隊の撤退と同義。なれば勇ましく進むしかあるまい」

「全く、無茶するんだから……、」

「言ってくれるな。長門型の装甲は伊達ではないぞ。同じ長門型ならそれに誇りを持て陸奥。私達は決して沈まないさ」

 

 大破状態だったことは棚上げで薄く笑って見せる長門に陸奥は苦笑で返した。慎重派の自分とは反対で姉は大胆不敵だ。だからこそこの艦隊の旗艦も任されるのだろうが、相変わらずの無理や無茶は控えてほしいものだと内心思う。

 

「長門さん、陸奥さん。お隣よろしいでしょうか?」

「赤城……それに加賀もか。丁度良い、軽く反省会でもするか?」

「ふふっ、それはまた、前向きな長門さんらしいですね」

「気が早すぎる気がするのだけれど……、」

 

 やってきた赤城はコロコロと笑い、隣の加賀はいつも通り小さく嘆息。この辺りも長門らしい。

 

「あ、あのっ……!!」

「おぉ、大鳳か。今回はMVPおめでとう。私としても鼻が高いぞ」

 

 2人の影に隠れるようにひょっこり顔を覗かせたのは装甲空母の大鳳。小柄でありながら正規空母に勝るとも劣らぬ性能を持つ彼女は堅牢な装甲甲板もあって空母の中でも一際輝ける存在である。

 

「そのっ、長門さんと陸奥さんのおかげで活躍できましたので、お礼を……っ」

「あらあら、そんなに固くならなくてもいいのに。戦艦なんて弾に当たって的を集めてこそよ」

「その通り。寧ろ礼を言うのは我々だろう。動けない中で的確な爆撃に雷撃、見事だった。私や陸奥もこうして皆と肩を並べていられるのだ」

「そ、そんな……あ、あああありがとうございますっ」

 

 にへらっ、と大鳳が思わず破顔しそうになる表情を必死に抑えて真っ赤になりぶくぶくと湯船に顔をつける。

 

「彼女、着任してまだ日が浅い方で……艦隊最高練度の長門さんと一緒の艦隊ってことでとても張り切ってたんですよ」

「ほう、彼の装甲空母にそう言われるとは、私も嬉しいな」

「長門ばっかり人気者ね。妬けちゃうわ~」

「大丈夫ですよ。陸奥さんだって人気なんですから。何と言ってもこの鎮守府を支えるツインタワーと言えば長門型戦艦のお二人と相場は決まってますからね」

「お世辞じゃないでしょうねぇ~?」

 

 からかうようにうりうりと肘で小突く陸奥に赤城が「くすぐったいですよぉ」と身体をくねくねと捻りじゃれ合う。そんな中、隣で静かにしていた加賀が「そうでもないわ」と小さく言った。

 

「他の鎮守府や泊地でも長門さんや陸奥さんの活躍は相当響いてるそうよ。大和型にも勝るとも劣らないその名声から、外部では日夜ファンが会いたいと言ってるとか何とか……、」

「さ、流石は長門型……ビッグ7は違いますね……っ」

 

 興奮気味に呟く大鳳。憧れは強いらしく、惚けた表情を向けてくる彼女に長門も陸奥も苦笑を漏らした。

 

「ところで、そこで不機嫌そうな顔をしてる五航戦妹」

「瑞鶴ですッ!!」

 

 加賀の声に噛み付くように反応したのは、隅っこでぶーたれた子どものように頬を膨らませていた瑞鶴だった。彼女も同じく第一艦隊の機動部隊に組み込まれた空母の1人だ。

 

「折角長門さん達が話して下さっているというのに1人でいるのは失礼だと思わないの?」

「っ、……わ、私なんか長門さんや陸奥さんに比べたらまだまだ未熟者ですし!? それに大鳳が誰に憧れようと個人の勝手だし別に悔しくもないし!!」

「そう。まぁ確かに五航戦にはお似合いの戦果だったものね」

「むかっ。……きょ、今日の加賀さんだって決戦じゃ開幕中波して置物状態だったじゃないですか!!」

「決戦前に艦載機を全部落とされて最後まで何も出来ずに棒立ちだった人に言われたくないわね」

「何をぉッ!?」

 

 ざばぁっ、とお湯をはねのけて瑞鶴が前も隠さずに加賀に詰め寄る。対する加賀は澄ました顔でツーンとそっぽを向いて無視。

 

「…………相変わらずはしたない」

「ッ、あのねぇ……!!」

 

 ボソッと吐いた毒を瑞鶴の地獄耳(加賀専用)は聞き逃さなかった。

 

「こらっ、2人ともっ」

「いたっ」

「あぅっ」

 

 瑞鶴が掴みかかってやろうかとしていたところへ、赤城が割って入って2人の脳天にチョップを入れて「喧嘩はダメですよッ」と頬を膨らませた。

 

「加賀さんはそうやって煽らない。瑞鶴ちゃんも真に受けすぎない。口喧嘩程度で冷静になってられないと、いざって時に失敗して、ミッドウェーの二の舞になりかねませんよ」

 

 赤城の最もな言葉に加賀も瑞鶴も二の句など告ぐこともできず素直に返事をするしかない。この辺りの説得力は流石空母勢最古参と言える貫禄がある。

 

「はははっ、まぁそんなに落ち込むこともない。腹を割って本音を言い合える仲間がいるというのは素晴らしいことだ。喧嘩するほど仲が良い、大いに結構。遠慮せずにどんどん言い合えば良いさ。サウナにでも入りながらな」

「「え゛っ」」

 

 ケラケラと笑う長門の声に嫌そうな加賀と瑞鶴の声が重なる。

 

「あの、長門さん……私、サウナは遠慮したいのだけど……、」

「あー私もー暑いのは苦手でぇ……、」

「苦手は克服してこそだ。忍耐力の訓練だと思えっ」

 

 容赦なく2人の首根っこを捕まえ意気揚々とサウナ室へ。

 そんな3人の様子を陸奥と赤城は苦笑しながら、大鳳はポカーンと口を開けて傍観していた。

 

「あの、加賀先輩と瑞鶴先輩は大丈夫でしょうか……?」

「大丈夫よ。加賀さんも瑞鶴ちゃんも、いざって時は長門さんがいるし。あれは2人が不器用なだけ」

「不器用、ですか?」

「そう。瑞鶴ちゃんは私たち一航戦や二航戦の後輩にあたるんだけど、加賀さんは特に後輩思いでね。瑞鶴ちゃんは才能を秘めてるから特に熱心に指導してるみたいで、あれは愛情の裏返しなの。瑞鶴ちゃんは瑞鶴ちゃんで加賀さんのことを何だかんだ言って憧れてるけど気持ちを前に出すのが恥ずかしくて……結局は2人とも素直になれない不器用な人なの」

「ツンデレのツンってやつよねぇ。デレたら相当お似合いよ、あの2人」

 

 ねー? と意気投合する陸奥と赤城。そんな関係にあったのか、と驚嘆する大鳳。取り敢えずこのことは本人達には内緒、と釘を刺されるのだが、どうも今後に期待してしまう大鳳であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「かんぱぁーいッ!!」」」」」」

 

 カチャンカチャンとグラス同士が触れる音が響く。今宵の鎮守府の専用食堂で開かれる祝賀会は艦娘総出となり、広かったはずの食堂も熱気に包まれ互いに身を縮めなければ通ることもできない状態だった。が、それがむしろ良い。艦種の壁も気にすることなく近い距離で親睦を深められる良い機会でもあるのだ。

 

「今夜は無礼講だッ、皆好きなだけ飲むといい!!」

「「「「「おおぉーっ!!」」」」」

 

 長門の掛け声に皆が笑顔でグラスやら酒瓶やらを掲げる。既に出来上がっている輩もちらほらと、だが今夜は特別だ。提督お墨付きで深夜まで騒ぐことを許されているし明日も明後日も休日。ここで今までの鬱憤を存分に晴らし、騒ぐだけ騒いで後はゆっくり寝るに限る。

 

 テーブルに所せましと並ぶオードブルの数々。唐揚げ、フライドポテト、エビフライ、ポテトサラダに海鮮サラダ。厨房の奥では間宮や伊良湖、臨時で鳳翔も加入して汗水垂らして料理を振る舞う。となるとホールが誰もいなくなるのだが、そこは艦娘が勝手にやってくれる。特に駆逐艦は大忙しだ。食材輸送任務こそ、先輩の艦娘の輪の中に入っていける簡単な方法なのだから。

 

 そんな駆逐艦の中でも一際大きなグループがある。先の作戦にて第二艦隊で水雷戦隊を組んだ時雨と夕立、並びに雪風だ。数ある駆逐艦の中から実力を認められた者のみが参加できる大規模作戦に選ばれた3人は全駆逐艦憧れの的そのもの。同じ艦種で普段から話している仲ともなれば自然と皆が集まるのも頷ける。柔らかい物腰の時雨、元気で分け隔てのない夕立、どこか抜けていてそれでも人を惹きつける魅力を持つ雪風。皆が入り混じってわいのわいのと騒いでいる。夕立と雪風は丁度武勇伝を語っているみたいだ。

 

 一方、上座。こちらは戦艦や空母の艦娘が集まりがちのところである。何と言っても第一艦隊の人気は鎮守府内随一、こちらも多く人が集まる。

 

「ナーガトー!! 飲んでマスカーッ?」

「飲んでるとも、金剛」

 

 長門がビールを嗜んでいると酒瓶を抱えた金剛が少し赤くなった顔でやってきた。後ろには比叡もいるようでお酌をして回っているらしい。

 

「今回は出番ナッシングだったケド、Nextは譲らないからネ!!」

「そうだな。切磋琢磨も大事だ。どんどん挑んできてくれ。まぁ、また初期の頃と同じように一緒に出撃も悪くないがな」

「むぅ、またそう言ってSweetyな……」

「金剛ー満更でもなさそうな顔丸わかりよー」

「陸奥は黙ってるデース!!」

 

 横から赤い顔でひゅーひゅーとからかう陸奥へ威嚇するようにピーンとアホ毛が伸びた。器用なものだ。

 

「比叡。お前はさっきから金剛と一緒だが飲まないのか?」

「ああ、いえ、私だって飲んでますよ!! あんまりお酒強くないので……あはははは……」

 

 あ、でも気合でならいけますよ!! とドヤ顔をかます比叡。流石は高速戦艦。

 

「Hey、ナガト。注ぎますヨー」

「すまんな……っと、」

 

 飲み干したグラスに金剛がビールをいっぱいに注いで2、3言葉を交わしてまた次へ。ああいうマメなところが金剛の人柄なのだろう。やはり周りからの信頼は厚いし提督からの評価も高い高速戦艦だ。提督へ尽くす姿が有名だが、他人への気配りは鎮守府でもトップクラスの出来と言えよう。高速戦艦内では最も練度の高い金剛はクセのある金剛型を取りまとめる長女でもある、やはりカリスマ性があるのだろうと長門は評価する。

 

「私も行くべきなんだろうなぁ」

「長門が行っちゃダメでしょ。今回の主役なんだから、いつも通りで堂々構えてれば良いじゃない」

「と言っても、これでは軽巡以下の子が中々来ないからな」

 

 残念そうに刺身にわさびを乗せて言う。長門と言えばその人気は鎮守府でもトップだが、同時に畏怖される存在にもなっている。その雄姿はある意味で触れてはならないような、言ってしまえば近づき難い印象を知らず知らずの内に抱かせてしまっていた。

 反対に陸奥は以外と話やすい対象とされている。印象としては“皆の優しいお姉さん”だ。面倒見の良い性格はどの艦種の艦娘にも人気がある。

 

「心配いらないわよ。この鎮守府にはいい子がたくさんいるもの」

 

 噂をすれば、と陸奥の視線の先を追うと、

 

「おぉ、第六駆逐隊か。支援艦隊ではご苦労だったな」

「当然よ!!」

Спасибо(ありがとう)

「もっと頼ってもいいのよ!!」

「なのですっ」

「可愛い子達よね~」

 

 暁、響、雷、電の4人。通称第六駆逐隊と呼ばれる彼女らは鎮守府でも仲の良い四姉妹で有名だ。いつもは遠征任務に従事する彼女らも、今回の作戦では支援艦隊の嚮導艦(きょうどうかん)という重役を担った功労艦である。

 長門と陸奥のグラスへ一抱えはある酒瓶を一生懸命傾ける様はまだまだ微笑ましい。




六駆可愛いよ。特に響


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Die Arpeggio Blauen Stahles
001


アルペジオ二次。何故書いたかは不明。設定プロット共にガバガバ。
書いたのは多分2年以上前。

正式なタイトルは『Die Arpeggio Blauen Stahles -Weiβ Schwarz-』


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 透き通った青の上に、小さな小さな寂れたゴムボートが、行く当ても無く、目的も無く、ただ静かに、その体を不規則に揺らした。

 

「………………………………」

 

 ボートの上に乗っているのは、まだ年端も行かない服も体もボロボロな子供。何をする訳でもなく、一人静かに仰向けになり海と色の変わらない晴れの空を見上げる。聞こえて来るのは波間に響く白波の音。今ではすっかりそれに慣れてしまい、何となく子守唄のように聞こえてきてしまう。

 

「……、」

 

 不意に少年が息を呑む。認識したのは、海の底から響いた連続的な駆動音だ。魚雷ではない、音が重い。潜水艦の類か、或いは……。

 力なく少年が体を起こす。たっぷり一〇秒は掛けて座り直すと、何となく、ボートの端に転がっていた錆びたナイフを手に握り感触を確かめた。もう一週間近くは何も食べていないのだろうか。もうずっと同じ景色を眺め続け感覚がよくわからなくなっていた。正直言って限界が近い。いつ倒れてもおかしくはないのに、少年は震える手でナイフをしかと握った。 ボートの端にそっと移動して海面を覗き込んだ。いつもと変わらぬ、やつれた少年の顔を映し出す水面……に、普通なら見えるだろう。彼にはその青色がどんどんと濃くなり始めているのが手に取るようにわかっていた。ゆっくりと自分とは比べ物にならない大きさの“何か”が真下から浮上してきている。 歯がカチカチと音を立てた。空腹、体温低下、そして、恐怖。負のスパイラルが少年を蝕み、思考を鈍らせる。今使えるのはボロボロになった自身の体と、今にも折れてしまいそうな錆びたナイフ一本だけ。彼がずっと前から絶望的状況に陥っていることは覆しようのないことだった。

 

 ――――海面が黒くなる。水を押し上げ“何か”が徐々に姿を顕にし始めたのだ。

 

 黒塗りの光沢を放つ“ソレ”は、まずボートごと水を掬い上げ海面から顔を覗かせる。ゴムボートなど比ではない圧倒的大きさと排水量――――戦艦に勝るとも劣らず。水を割り波をも砕いて轟音と共に消し去った。

 潜水艦ではない、巡洋艦だ。ボートは大きく跳ね上げられ、甲板に打ち上げられる。少年はボートへただただ必死にしがみつきながらその艦橋を見上げた。何かの視線を感じる。人ではない、しかし確かにこちらに意識を向ける何か。何となく少年はその正体がこの船なのではないかと漠然に感じた。

 (じき)に軍艦を動かしていたであろう重々しい音が小さくなりやがて収まる。それ以降船は沈黙を破らず、また波の音が聴覚を支配する世界に戻った。

 誰かが現れる訳でもない、船が進む訳でもない。何も起きない現状に少年は僅かに困惑していた。普通なら誰かが出てきたり何かギミックが起こるものだろう、常識的に考えて。しかしいつまで経ってもアクションを起こさない相手に少年はシビレを切らした。

 仕方なく、慎重にボートの縁を跨ぎ甲板に足を付けた。カツン、という固く響く音。どうにもこれは人の手によって生成されたものではないようだ。

 人っ子一人いやしない甲板を忍び足で移動し、何か出てこないものかと期待と不安の入り乱れた感情を持て余す。多分、人は出てこない。それだけこの船からは人間臭さを感じ得なかったからだ。

 ぐるりと艦橋の周りを一周したところで少年は壁に背を預けて座り込んだ。ここまでずっと姿勢を低く警戒しながら歩いていたせいでもう疲れきっていた。数日間何も口にしてこなかったのだから当たり前か。腕にも力が入らず、手の中からナイフがこぼれ落ちた。

 潮風に吹かれていると、どんどんとまぶたが重くなってくる。眠い。多分、今思い切って目を閉じてしまえば夢も見ずに永遠眠りこけてしまうだろう。二度と起きないに決まってる。それだけは勘弁願いたかった。まだ死にたくない。死を知ってしまっていたからこそ、尚更強く思った。最愛の両親も死んだ。多分、一ヶ月くらい前に。思考も鈍り始め自分が何を考えようとしているのかさえもわからなくなってきて、ああもう楽になって良いのかなと思い始める。結局、今まで何を目標に生きるという行為をしてきたのか、納得した答えはでない。死にたくないことがそのまま直結して、ただただ無目的に生きたいという望みになっていたのかもしれない。

 

 ――――コツ、コツ、と、靴が甲板を鳴らす音が酷く遠くに聞こえた。

 

 やっと来たのか。そう思い始めた頃、少年はついに目を閉じようとしていた。

 霞む視界の向こうに“誰か”が見えた。髪が長い、体のラインも細いから女性か。その人はゆっくりと自分の歩き方を確かめるように少年へと歩み寄り、彼の目の前でしゃがみこんだ。

 綺麗なサファイアの瞳が飛び込んできた。柔らかい色合いと心の奥まで見通してしまいそうなほど純粋な、透明な水晶玉のように美しかった。

 

「                     」

 

 何かを言っている。だが、言葉を聞き取れない。遠くへ遠くへと意識が少年を置き去りにし、闇の中へと彼は沈む。

 結局、彼は何一つ理解できぬまま眠りに就いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 未だに慣れない右手を伸ばし、そっと少年の肌に彼女は触れた。温かい、そう認識した。

 今、自分の目の前には人間が、小さくて脆い命の一つが無防備にさらけ出されている。どうすれば良いのか、彼女は『困惑』した。そして困惑したことにまた『困惑』した。迷っている。兵器として使役されるだけの存在が、考えることを必要としない自分自身という存在が、問の解を導き出せずにいる。たった一回の思考が様々な疑問を生み出す。何故自分はこの姿でいるのか、何故自分は今敵対する筈の人間をこうして眺めているのか、何故自分は、何故自分は、何故自分は、何故、何故、何故、何故、何故何故何故何故何故何故何故何故何故――――――――――――、

 

『――――チッ――――カット――――チッ――――』

 

 彼女は一度目を閉じた。思考演算に異常が出かけていた。機関部の熱暴走に似たような感覚だと彼女はひしひしと感じる。

 少年に触れていた手を離し、手の平を見る。握ったり、開いたり、指を三本だけ立ててみたり。

 

「――――人間、か……」

 

 なるほど、とさして演算を行った訳でもないのに、彼女は納得した。否、納得してしまった。これが、人間だ。今目の前にある物事に向き合い、正確無慈悲な計算はせずに、本能のままに動く。思考というのも本能が働くからこそできるものだ。ストラックアウトでパーフェクトを目指す為に体の軸を角度をつけて測定して記録する者がいないように、計算なんてものは本能の次なのだ。それが人間。メンタルモデルの言葉通りの“モデル”。人間を真似た結果が、この姿なのである。

 

 ふと少年の身体が横に倒れた。咄嗟に彼女は手を伸ばして身体を支える。

 身体が震えている。顔色も最初より僅かに青白くなり始めているのが見て取れた。生命反応が急激に弱くなってきており、多分、このまま放置すれば少年は息絶えるだろう。何となくだが彼女にとってその行為は許されないと感じた。

 

 ――――助けなければ。

 

 少年を抱き上げた彼女は少し違和感の残る歩みで甲板から艦橋の中へ。扉は全て全自動で開く。何故自分は使う必要も無かったであろう船内に部屋を用意したのだろうか。ふと湧き上がる疑問に、彼女は全力で蓋をした。今それを考える暇は無い。思考するという行為に慣れていない今ではきっと一つのことしか考えられなくなってしまう。それでは今腕の中で消えかけている命を救うことが出来ないから、とにかく現在に必要のない事は思考回路の済の隅に追いやった。

 

 

 

 まず、必要な事。人間は恒温動物であり体温を一定に保つ動物であり、体温が上がりすぎればの細胞が死ぬし、低すぎれば運動力低下によって血液の循環がされなくなり心臓が停止する。難儀な生き物だ、と彼女は思った。自分ならどこか損傷したとしてもナノマテリアルさえあればいくらでも修復できるのに、と。

 じゃあこのメンタルモデルだって――――と、そこで首を振る。いけない、これはまた後でも考えられる。

 取り敢えず、最初は体温を上げさせなければならない。暖かい部屋に行けば良いのだろうか。後は空腹を満たす食事。食物を消化して燃焼することにより人間は体温を維持するのだという。難儀でありながら繊細な動物だ。

 そう言えば食材なんてあっただろうか。何かを一度積み込んだ時に人間が持っていた物も紛れ込んでいた気がする。全部奪取品だが。多分そこに食物もあるだろうと彼女は結論付けた。

 しかし少年はどうしようか。生憎船内に冷暖房完備部屋があるかどうかなんて知らないし、それでは少年が凍え死んでしまう。

 

「……たいおん……」

 

 一瞬の思考でたどり着いたのは自分のメンタルモデルの温度が極めて人間の平均体温と近い値にあったこと。これは多分メンタルモデル生成時に勝手になったものなんだろう。とすればこのまま抱いていた方が寧ろ良いのかもしれない。しかしそのままでは熱が逃げてしまう。二人分を覆える布のような物がいる。毛布という物だ。確かこれも積荷と一緒のところにそれらしきものがある。そうなれば倉庫へ向かえば良いということ。

 腕の中の少年を今一度抱き直し、彼女は船の奥へと消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鼻についた匂いは食べ物のそれ。空腹が後を押して少年の目が覚める。意識の落ちた艦橋脇の甲板とは違い暗く、すぐに室内だと理できた。

 

「……おきたね」

 

 自分の耳元で優しい声音が響き恐る恐るそちらを見やる。意識を落とす寸前に見たサファイアの瞳が目に飛び込んできた。その目をじっと見ているうちに自分が彼女に毛布と一緒に抱かれているのに気付いた。

 

「おなか、すいてるとおもったから、これを」

 

 そう言って皿を引っ張ってくる。盛り付けられているのは冷凍食品を解凍して温めたスパゲッティだ。小さく細くお腹が鳴り、今にも飛びつきたい気分に駆られながら彼女をもう一度見た。

 

「だいじょうぶ、たべて」

 

 その一言に少年は数日ぶりの飯へと飛び付いた。わざわざ用意してあったフォークに口いっぱい分巻き付け咀嚼する。美味しい。味は夢中過ぎてわからない、けれど、美味しい。

 

「けっこう、たべるんだ……」

 

 少年の食べっぷりに彼女はただただ唖然とする。無我夢中でスパゲッティを貪る姿は正に飢えた動物そのものだと感じた。

 しかし、こうしてがっつく姿を見ていると彼女の中で満たされるものと不足し始めているものが現れ始める。異常か、一瞬そう思ってみるがどうにもシステム的なエラーは無かった。寧ろそれが精神的な『欲求』であると判断する。彼女が今欲する物は何か、そして同時に満たされいる物は何か。絞り込んで行くと、その大元は少年であると特定できる。

 

「……かわ、いい……?」

「?」

「おなか……すく……?」

 

 一人呟く彼女へ少年が目を向けた。彼女は自分の手と少年を交互に見つめてゆっくり首を傾げた。『無意識』にその手が少年へと伸びて頭を撫で始める。潮風に晒され大分固まっているが彼女には気にならなかったし、何より少年が照れたように目を細めたのが彼女の『心』を刺激した。

 これが満たされる『感覚』。では、不足している物は?

 

「……食べる?」

 

 と、少年が皿とフォークをこちらに差し出してきた。

 食べる。人間的に言えば栄養を摂取するためなんだろう。しかし、それは必要な事なのか。メンタルモデルの自分に、食事を取るということは。

 見かねた少年がフォークにスパゲッティを巻いて口元に持ってくる。

 

 『困惑』

 

 食べて良いのか。

 

 『困惑』

 

「食べて良いんだ、君がくれたから」

 

 承諾。

 一口でスパゲッティを食べる。最初は何も感じなかった。徐々に舌が情報を読み取り、その口に入れた物に味があるんだとわかって、初めて“美味しい”と認識した。

 

「……おいしい」

「そっか」

 

 また少年が自分の分を食べる作業に戻る。美味しそうに食べるんだなと彼女は思い、この美味しいという感覚に一種の快感を覚えた。人間はこんな感覚を毎日味わっていたのだとしたら何と羨ましい事か。

 

「ごちそうさま」

 

 気付けば少年はすっかり綺麗に平らげていた。

 

「…………………………………………、」

「?」

 

 名残惜しそうに皿を見つめる彼女。

 

「食べたかったのか?」

「……ん」

 

 コクリと一つ頷く。

 

「まだ食べ物はあるぞ?」

「つくりかた、よくわからない」

 

 彼女は何となく一番手近にあった冷凍食品を選んだだけであり、冷たかったからこれじゃいけないだろうと思って温めたまで。全てが偶然であり、決して作り方を読みながらやった訳ではないのだ。これはこれである意味天才と言えよう。

 

「じゃあ教える。お礼」

 

 そう言った少年は立ち上がって積荷が山積みになった方へと歩いていく。足取りもしっかりしており倒れる前の弱々しさはすっかり無くなっていた。

 

 ――――良かった……。

 

 ホッとした安心感。胸の内がポカポカと暖かくなったような気がした。不思議に思い首をまた傾げてそっと胸に手を当てた。

 

「あたた、かい」

 

 物理的、とはまた少し違う、気持ちがふんわりと軽くなったような、まだよくわからないという実感。ただわかったことはこの感覚が何よりも“嬉しい”と感じられたこと。

 

「どうしたの?」

 

 少年が彼女の方を振り向いた。座り込んだまま動かないのを不自然に感じたらしい少年は、進んだ道を引き返して顔を覗き込むようにして目の前にしゃがんだ。

 

「わっ、あ、な、なんでも、ない」

「そう。ほら、行こ」

 

 しどろもどろになりながら首を振る彼女のに優しく手を指し伸ばす少年。彼の顔が少し、笑っていた。

 少年の手を取って立ち上がり肩を並べて歩き出す。

 

 ――――幸福。

 

 ふと彼女の頭の中でそんな言葉が(よぎ)った。多分、今自分が満たされているこの感覚が幸福なのだろう。

 

「面白いもの、見つけた?」

 

 少年が問う。彼女はそれにこう答えた。

 

「うん、わたしの中で、大切だっておもえるもの、みつけたから」

 

 彼女も初めて声を弾ませ、笑顔で少年の手を握り返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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002

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは本当に突然の出来事であったと当時の者は語る。

 

 世界が温暖化の影響で陸地の版図を大きく失いつつあった頃、まるで予兆していたかのように“彼女”らは現れた。

 

 “霧の艦隊”

 

 濃霧の中から厳つい姿を顕にした“彼女”らは人間達の海を有無を言わせずに光のような早さで自らの手中に治め、まるでそこは我が領土であらんとばかりに人間達の侵入を(かたく)なに拒んだのだ。

 制海権は全て“霧の艦隊”のものに。孤島、大陸は海という分厚い壁に分断されて孤立を極めた。海を渡ろうとする航空機でさえ“霧の艦隊”は撃ち落としてみせたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソーヤ。新しい日記、見つけた」

 

 現在地、北海道室蘭市。地下に位置する書物庫には分厚い蔵書に埋もれながらも文字を読み進める二人の人間の姿があった。

 片方、艶やかで滑らか、麗しい白銀の髪を床スレスレまで伸ばしたサファイアの瞳を持つ優しげな印象の女性で、右頬には碧銀色の卍型のタトゥーが入っているが、それが目立つわけでもなく美しかった。

 そんな彼女が話しかける先。額に手を当てて難しい顔をしながら考え事をしていた青年が顔を上げた。黒髪を短く整えた少々細めの青年だ。瞳には強い意思が宿るように鋭くまるで鷹を思わせるようだった。

 

「名前はよくわかんないけど、丁度一六年前のやつみたい」

 

 彼女の言葉に「でかした」と青年。読んでいた古めかしい本にしおりを挟み、床に散らばった本を踏まないようにしながら隣に来てどっかりと座り込んだ。

 

「保存状態は中々良いみたいだな」

「そーかな? こっちの方が綺麗だけど」

「そっちは無駄な事しか書いてないのに、無駄に衛生状態の良いところにあったからな。限定生産でもされたんじゃないか? それで大事に保管してあったとか」

「ふーん。結構面白い話なんだけど」

「そもそも俺達が調べる内容じゃないだろ……」

 

 彼女が手にとった本のタイトルは『懐疑的に戦略を見分ける方法』。内容は主にボードゲームの攻略法のようで、表紙にはチェスやオセロなどが描かれていた。パッと見るに限定生産にする必要があるのかどうか疑われる物だが、帯に限定版とあるあたりそうなのかもしれない。

 

「日誌、貸して」

「はい」

 

 赤いカバーの掛けられた日誌帳は大した傷も無く欠損も見当たらない。虫食いやページ抜けなどが七割方の書物庫の中で見れば本当に良い保存状態だ。

 中身は普通の日誌とは大きくかけ離れたエッセイのようにまとめられていた。リアリティが出る分少し信憑性に欠けるかもしれないが、大した情報が手持ちに無い今にとっては大事な情報源だ。

 中身は一六年前の大海戦当日から始まっていた。当時の印象を細かく色濃く書かれた日誌は思った以上に量があった。

 

「あ、」

 

 と、不意に彼女が虚空を見上げてしばし呆ける。

 

「どうした」

「スゴい、人間達がヒュウガ撃沈させたんだってさ」

「イ401達がか?」

「ご名答」

 

 ふむ、と少年がまた額に拳を当てて考え込む。彼のクセだ。この時ばかりは恐ろしい程の冷静さで物事を脳内で処理しているので余程の事でない限りは彼女も彼に声をかけるのは控えるようにしている。

 

「……極東に穴が空きかけてきている。多分、五年以内……いや、もっと早いのか……?」

「二年以内。それ以上は演算できないよ」

 

 推測、予測、演算、シュミレーション。歯車が高速回転するように流れる数式が叩き出す答えに、青年は深く溜息を吐いた。

 

「一年後、こうしてのんびりする時間はないだろうな、世界を引っ掻き回すには。いくら我々が非常識の常識を外れたイレギュラーでも四面楚歌は免れないだろうね」

「でも、それは何よりも大きな大イベント」

「楽しみだな」

「本当、ゾクゾクするくらいに」

 

 青年が日誌帳を閉じる。その瞳には今までにない強い眼光が宿っていた。

 

「出よう、シャル――――いや、シャルンホルスト。グナイゼナウ――――ナナが待ちくたびれてる」

「御意に、我が艦長」

 

 彼女の――――シャルンホルストの額に淡く白い光が灯り、同時に頬の卍も力強く光を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようやくかぁ」

 

 そこは岩肌に囲まれた薄暗く湿った場所だった。滴る水滴が水面に落ちて大きく反響する。

 

「おかえりぃ、かんちょぉ。お姉ちゃんもぉ」

「待たせた」

「ただいま、ナナ」

 

 ナナと呼ばれた彼女――――グナイゼナウは大きく伸びをしてから後ろを振り返った。艶のある黒髪がふんわりと宙を流れる。

 振り返った先にいるのは青年とシャルンホルスト。グナイゼナウは彼女に比べると対照的で左頬には黒字の卍型タトゥーが入っていた。しかし感じる雰囲気までが正反対という訳ではない。いかにもおっとりとしていそうだ。ルビーの綺麗な瞳が少々垂れ目なのがそれに尚更拍車をかけているのだろう。

 

「それじゃぁ、ちゃかちゃか崩れた哨戒圏抜けちゃお?」

 

 一つ、グナイゼナウが柏手を打つ。刹那に広い空間を眩い照明が明るく照らし出した。白い光の中に姿を現したのは、威厳とした存在でありながら美しさを兼ね備えた二隻の“戦艦”だった。

 

「いつ見ても壮観だな、二人は」

「お姉ちゃん世界一美しい戦艦だよぉ。誰もそれ以外は言えないしぃ」

「大丈夫、ナナも綺麗だよ」

 

 ナナ()、と言う限りシャルンホルストもそれなりに意識をしているらしい。少々頬が赤みがかったも照れているからなのだ。

 

「さぁ、かんちょぉ」

「こちらへ」

 

 二人が左右に分かれ、青年に道を開ける。戦艦の甲板へと続く舷梯(タラップ)が自動で降りて、青年はそれに足をかけて臆することなく人一人には広すぎる甲板へ強く両足を着けた。

 

「巡洋戦艦シャルンホルスト級ネームシップ“シャルンホルスト”、並びに同型艦二番艦“グナイゼナウ”、出航する」

 

 青年の一声の直後、山をも揺らすような轟音が起伏の激しい岩肌に跳ね返り反響する。“巡洋戦艦”と言えどもその規模は大戦艦に勝るとも劣らず、それが二隻分ともなれば機関の繰り出す音は相当なものになる。

 巨大な船体がゆっくりと着実に動き始める。同時に僅かに沈みながら。当二隻が停泊していたこの人口ドックには艦船を迎える出入り口が存在しない。正確に言えば、海上には存在しないのだ。唯一の迎え口は海中深くに位置するもののみであり、ドック内に侵入できるのは潜水が可能な艦船のみに絞られていた。

 シャルンホルストとグナイゼナウは詰まることなく順調に海中を進みカモフラージュされた岩壁へと突っ込んだ。岩が砕ける、なんてことはなく自動的に岩がスライドし戦艦一隻が余裕で通れる大きさとなった。悠々と二隻が無事通過し終えるとまた岩がスライド、見た目もさながらまるで何もなかったかのように、そこには無骨な岩肌が広がるだけになる。二隻はそのまま深海の闇に飲み込まれて、遠い轟音の中に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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003

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目的無き無意識の中に“彼女”は生まれた。未完成でどうしようもなく不安定な“彼女”は形成される思考の中に違和感を見付け、それを無意識に受け入れた。“彼女”の隣に寄り添う“彼女”もただ感じるがままに、共にそれを受け入れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦力の補充?」

 

 艦長席に座りみかんを向く青年――ソーヤに向けて、美しいの一言に尽きる白銀色の絹のような髪を持つ女性――シャルンホルストが首を傾げながら彼の言葉を復唱した。

 

「現状、我々ドライが持つ戦力は巡洋戦艦二隻分のみ。心許無いのが本心だ。無論、二人を信頼していない訳じゃないんだけど……、準備のために多く戦力を持ちたい」

 

 彼の隣、座布団を敷いてみかんの実に付いたアルベドと呼ばれる白い筋を楽しいそうにかつ丁寧に剥くグナイゼナウが「賛成ぃ」と間延びした声で賛同した。

 

「私たちだけじゃぁ何でもかんでもこなせる訳ないしぃ、かんちょぉの意見は良いと思いまぁす」

 

 いくら単独戦力が過剰だとしても、数に押されては処理しきれないというもの。その点も兼ねて戦力増強というのは必要不可欠なのだ。

 

「でも、どうやって?」

 

 しかし、具体的な内容が読めずシャルンホルストは更に首の角度を傾けた。

 

「心当たりがある。ナナと会った時の事は覚えているよな?」

「勿論、ちゃんと記録してあるよ」

「その地点へ向かう」

「それだけ?」

「それだけ」

「……で?」

「現れるのを待つ」

「気長に?」

「気長に」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……」

 

 げっそりとした表情を浮かべるシャルンホルスト。無理もない、それでは大博打と何ら変わりのない殆どが運任せなのだから。

 

「シャルと初めて会った時。そして、ナナと会った時。また、霧の艦が出現したのを見たとき。全てがあの地点だった。なら、そこでスカウトするのが一番手っ取り早い。共同戦術ネットワークで検索出来ない以上、無闇に捜し回るよりは一箇所に網を張っておくほうが何倍も楽だ」

「一理あるかもだけど……でもあそこから出てくるのって大分稀だよね?」

「確かにそうだ。だが、シャルやナナが()()からアドミラリティ・コードに縛られていなかったからこそそこが良い。霧なのに霧にとってもイレギュラーな存在は、我々に一番近しい存在だからな。大穴を狙ってみても悪くない」

「ルートはどこ通りますぅ?」

「タスマン海を最短ルートで抜ける。ニュージラーンドを迂回するほどの時間の余裕が無い」

「確かにぃ、ちょぉっとのんびりしすぎたかもぉ」

「でもあそこ豪州本土スレスレでしょ? 豪州包囲艦隊もいるし……」

 

 シャルンホルストが虚空を見上げて戦術ネットワークをくまなく調べる。

 現在豪州を囲む包囲網は全部で五つの艦隊が成していた。旗艦は彼女らと同じ巡洋戦艦オーストラリア率いるものだ。

 

「なるべくならすぐに出たい。タスマン海通過時に接触されるでろう可能性がある艦隊は?」

「ジャストでオーストラリアが直々に率いる豪州第一艦隊みたいねぇ」

「巡洋戦艦一隻、重巡洋艦一隻、軽巡洋艦三隻、駆逐艦四隻……待って、ニュージーランド巡回の艦隊も一つあるみたい……」

「かんちょぉ? お姉ちゃん大分顔が青くなっちゃってるよ?」

「見ればわかる。確かに、左右から挟まれたら敵わないな」

 

 しかし、と彼は口角を釣り上げて笑みを浮かべ、それはそれは、面白い物を見付けたと言わんばかりに二人を見た。

 

「俺はシャルとナナを信頼している。二人は、何だ?」

「――――愚問ねぇ。私達は呪われた戦艦。そぉでしょ、お姉ちゃん?」

「……いかにも。私とナナは、ソーヤの船。絶対に沈まない」

 

 今までオロオロとしていたシャルンホルストの雰囲気が消え失せる。煌々と頬の卍が強い光を放ち、心なしか眼付きも鋭いものに変わっていた。それはグナイゼナウも同じ。瞳の奥から(ほとばし)る闘志がギラギラと光る。

 

「よろしい。では簡単なブリーフィングを始めよう」

 

 ソーヤが立ち上がると同時に空中にディスプレイが現れ広大な世界地図が投影される。かつて地球の七割が海と言われていた時代とは大きく違い、既に海は陸地の多くを飲み込み、最早海と陸の比率は8:2以上に深刻化していた。

 

「我々の現在地はインド洋。かつてモルジブという国があった場所の真上だ」

 

 地図が一つのマーカーをインド洋に落とす。丁度彼らが待機している座標だ。

 

「今回は豪州を迂回しタスマン海のど真ん中を突き抜けてハワイ諸島付近への航路を辿る。恐らく、と言うよりは確実に豪州包囲艦隊とは衝突が起きるだろう。ここを突破出来ないことには今回の最終目標である戦力増強は達成不可能となるため、全力でタスマン海を抜ける」

「それでぇ、かんちょぉは一体どぉんな策をお持ちなんですかぁ?」

「“霧の艦隊”に不足しているもの。そして、“霧の艦隊”であるが故に絶対的優位な演算能力と力を逆手に取る。戦闘が避けられない以上、奇襲を仕掛けて一気に崩すぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当時刻は午前五時。未だ日は上らず星が綺麗に輝く頃。しかし“彼女”に――――戦艦オーストラリアそれを楽しめる機能は無かった。“彼女”は兵器だ。無駄な感情はいらない。ただ敵を沈めればそれで良いのだ。

 

【南方向より機関音を探知。速度七〇ノット。深度一〇〇。距離一〇〇〇。推定クラス戦艦級】

 

 ソナーが捉えた情報が演算によって自動的に処理される。無論、人間達の作る潜水艦の可能性は真っ先に無いと処理された。当たり前だ、現段階で人間に大海へ進出された記録はない。それに加え機関から聞こえる音は全て重力子による物。霧の艦であるならば敵対する必要は無い。

 しかし、戦術ネットワークにこの付近で戦艦級の霧の艦が来るような情報は上がっていない。ここで演算が止まった。演算処理ができない。簡単に言えば、このパターンはマニュアルにない。

 考えることをしない彼女はそのまま艦隊を停止。しばらく海中の艦の様子を見ることにした。

 海中を高速で進む戦艦クラスの影は浮上せずに艦隊の真下を通過。何事も無く大きな船体が豪州本土へと真っ直ぐ進んでいった――――かに思えた。

 真っ直ぐ進むかに思われたその影は刹那に浮上を開始。転向しながらオーストラリアの方へと艦首を向け、黒の船体に紅い紋様を浮かび上がらせた巨大な影が現れる。

 

『おはよぅございまぁすぅ~。こちら通りすがりの巡洋戦艦になりますぅ』

 

 一瞬の光が集い、その浮上した艦の甲板に人が姿を現す。

 

『寝坊助の皆さんにぃ、とっておきの寝起きドッキリあげちゃいますよぉ』

 

 巡洋戦艦グナイゼナウがニッコリと笑みを作り、また消えた。

 こんな行動は作戦内に無い。オーストラリアの演算が展開され、しかし無回答に辿り着く。

 

「――――何なのよ、一体……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奴さん、大分混乱してるな」

「ナナが上手くやってくれた。次は私達」

「そうだな。じゃあ、シャル。超重力砲、撃て」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分でもわからない。オーストラリアはメンタルモデルを伴って何事かと首を巡らせた。気付けばさっきまで目と鼻の先にいたあの戦艦もいない。わからない。何故、こんなことが起きている?

 

「っ、何で、メンタルモデルなんて作って……」

 

 自分が人型を作っていることに驚き、更に自分が感情に晒されていることに驚く。

 

【旗艦、指示を】【旗艦、指示を】【旗艦、指示を】【旗艦、指示を】【旗艦、指示を】【旗艦、指示を】【旗艦、指示を】【旗艦、指示を】【旗艦、指示を】【旗艦、指示を】【旗艦、指示を】【旗艦、指示を】【旗艦、指示を】【旗艦、指示を】【旗艦、指示を】【旗艦、指示を】【旗艦、指示を】【旗艦、指示を】【旗艦、指示を】【旗艦、指示を】【旗艦、指示を】【旗艦、指示を】【旗艦、指示を】【旗艦、指示を】【旗艦、指示を】【旗艦、指示を】【旗艦、指示を】【旗艦、指示を】【旗艦、指示を】【旗艦、指示を】【旗艦、指示を】【旗艦、指示を】【旗艦、指示を】【旗艦、指示を】【旗艦】【旗艦】【旗艦】【旗艦】【旗艦】【旗艦】【旗艦】【旗艦】【旗艦】【旗艦】【旗艦】【旗艦】【旗艦】【旗艦】【旗艦】【旗艦】【旗艦】【旗艦】【旗艦】【旗艦】【旗艦】【旗艦】【旗艦】【旗艦】【旗艦】【旗艦】【旗艦】【旗艦】

 

 僚艦から指示を求める声が聞こえる。音が反響し、反響し、反響する。演算領域が音に埋め尽くされていく。

 

「待ってッ、止めてッ、今は、ダメッ……!!」

 

 何が起きている。

 

「思考停止ッ、何で、何で出来ないの!?」

 

 頭を抱えた彼女は膝を着き甲板に(うずくま)った。思考をしてはならない。

 演算領域の無駄だ。今すぐ停止を。停止を。止まれ。

 

「嘘、止まって、お願い……ッ」

 

 背後で音がする。いや、音がしなくても自分そのものだからわかる。VLSシステムの暴走でハッチが全て開いた。エンジンが唸り超重力砲のエネルギーまでもが充填を始める。

 

『はいはぁ~い、豪州第一艦隊の皆様ぁ。南の地平線をご覧下さぁい』

 

 思わずその声に、オーストラリアはそちらの方向を見た、直後である。光の帯が一瞬見えたかと思うと、自分の船とその取り巻きを飲み込み、破壊する。僚艦が次々と爆発を起こし、黒い海へゆっくり沈んで行く。オーストラリア自身もフィールドを破られ艦橋が吹き飛んだ。

 

「超重力砲!?」

『だぁいせぇかぁい。そんなオーストラリアちゃんにはぁ、ご褒美を進呈しまぁすぅ』

「ご、褒美……?」

 

 何だそれは。今そんな物を渡してどうする。

 

『ご褒美はぁ、高い高ぁいでぇすぅ』

 

 自身の真下。海に大きな穴が開く。そこにいたのは、先ほどの戦艦。既に超重力砲の装填を終わらせて今か今かと照射の瞬間を待っていた。膨大な重力子に包まれ船体が大きく浮き上がった。見れば海中にいた筈の潜水艦までが纏めて空中を踊っている。それも、超重力砲を目の前で。

 

『ではではぁ、』

 

 轟音と共に光が強さを増してゆく。もうあの凶悪兵器が火を噴くまで間もない。

 

「ま、待って、お願いッ、止まってよ!! 私達何もしてないじゃ――――!?」

『ざぁんねんっ。私達はぁ、ちょぉっとお忙しいのでぇ、またの機会にご意見お聞きしますねぇ』

「や、やだッ、まだ、死にたくな

 

 夜天の星空を貫く白い光が立ち上る。その日、豪州包囲網が崩れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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004

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 晴天の青空。立ち上る入道雲が真夏の暑さをこれでもかと見せつける。

 

「暑いね」

「暑いな」

「暑いわねぇ」

 

 現在地太平洋沖合。丁度南太平洋と北太平洋の境目を超えて北半球に入った直後である。

 シャルンホルストの甲板に三人の姿が見えた。シャルンホルストメンタルモデル、シャル。同じくメンタルモデルのグナイゼナウ、愛称はナナ。そして、艦長であるソーヤと呼ばれる青年だ。三人は甲板に椅子を出してかき氷を食べながらポーカーに勤しんでいた。

 

「フルハウス」

「え、ソーヤが?」

「むぅ、フラッシュなら行けると思ったのにぃ」

 

 シャルンホルストが驚いたように顔を上げ、グナイゼナウがぐでぇっとテーブルに手札を撒きながら突っ伏した。

 

「珍しい、あんなに運の無いソーヤが」

「マグレとでもどーとでも言えよ。今日が良かっただけかも」

「イカサマよぉ、かんちょぉイカサマぁ」

「してねーっつの」

 

 嘘だぁ、と脇腹を絶妙な力加減で突いて来るグナイゼナウに体を仰け反らせるソーヤ。脇腹は彼の数少ない弱点だ。

 

「えぇい、さっさとおつかい行って来い」

「ぶぅぅ、今度かんちょぉの椅子に細工しゃうからぁ」

「マジでやりかねんから止めてくれ。それぐらいだったら俺が行く」

「じゃぁお願いしますぅ」

 

 身代わり早いな、と悪態を吐きながら席を立つ。ポーカーの敗者は司令室まで冷えた飲み物のおつかいである。クーラーボックスなるものが無かったので、わざわざ冷蔵庫のある司令室まで取りに行かないといけないというのは面倒なので誰か一人代表者を決めようということでポーカーが始まったのだ。

 流石に自分の椅子に悪戯を施されてはどんな失態を晒すかわからないので仕方なく、珍しく勝てた筈のソーヤがおつかいの番となった。これではいつもと何ら変わりない。

 司令室の冷蔵庫からラムネを四本取り出して再び甲板へ。外へと続く扉を開けたところで彼はすぐ隣に声をかけた。

 

「で、オーストラリア。君はいつまでそうしてうじうじと体育座りをしているつもりかな?」

「うっさい」

 

 扉のすぐ横に座っていたのは、先日出会ったばかり、と言うよりは一方的にコテンパンにしてしまったばかりの巡洋戦艦オーストラリアのメンタルモデルだった。小麦色の健康的な肌に長い茶髪をリボンでサイドアップに纏めた少女の形態をとっており、今は膝を抱えてタオルケットに包まっていた。丁度艦橋の影になっており風も少々強いので肌寒く感じるのだ。

 

「寒いところにいるよりは少しでも陽の当たるところに出たらどうだ? 向こうに行けば二人共歓迎してくれるぞ。無論俺もだが」

「アンタって人間はトラウマでアタシを弄るのが好きなワケッ!?」

「いや、そんなつもりは微塵も無いが」

「じゃあアタシの目の前にあんなトラウマ置かないでよッ!!」

 

 涙目でオーストラリアが甲板の方を指差す。グナイゼナウが笑顔で手を振っていた。いや、あれは寧ろ手招きをしている。そうだ、そうに違いない。

 

「アイツまたアタシで遊ぶつもりなのよ!! 止めてって言ってるのに止めないし、どうにかしてよッ!!」

「そう言われてもな。アイツが止めるとは思わない」

「無責任にも程があるでしょ!?」

 

 オーストラリアがソーヤの服を掴む。

 

「いっそのこと誰も来れない部屋にでも閉じ込めてよ!! じゃないといっつもいっつもアイツが様子見に来るし、もううんざりしてんの!!」

「それは出来ない。閉塞空間では精神に著しい負担をかける。メンタルモデルを持ち始めたばかりの君をそんなところに置くわけにはいかないし、我々も君の姿がきちんとあることを確認せねばならないんだ。気付いたら艦に穴を開けて脱走してました、なんて言われたら困る」

「な、なによそれ、」

「君の身を預かる以上は君にとって悪い環境を与えるわけにはいかないんだ。わかってくれ」

 

 オーストラリアの肩に手を置き、じっと真正面から瞳を覗き込む。思わず彼女が赤面して何も言えなくなるくらいに。

 

「……うん、わかった……、」

「ならば良し。グナイゼナウ――ナナには俺からも釘は刺しておく。不快な環境は改善するさ」

「釘を刺すって、痛いんじゃ……」

「いやなに、本物の釘を使う訳じゃない。注意しておくと言う事だ」

 

 可愛い間違いをするんだな、と彼女の頭を撫でる。ますます恥ずかしくなってオーストラリアは縮こまり、ついには甲板方向へ逃げ出した。これ以上ソーヤの言いなりになるのは、何となく我慢が出来ない気がした。

 目的地に着き、さっと辺りを見渡す。左、天敵グナイゼナウ。右、印象良のシャルンホルスト。迷わず彼女はシャルンホルストの方へと駆け出して飛び付いた。

 

「わっ、どうしたの?」

 

 困惑した表情で、取り敢えずお腹に顔を埋めたまま黙り込むオーストラリアの頭を撫でるシャルンホルスト。どうにも状況が理解できなかった。

 

「甘えさせてやってくれ。それと、ナナはしばらく弄るのを自重するように。色々と制約を設けるかもしれないからな」

「うにゃぁ、それは勘弁願いたいかもぉ」

「だったら反省する態度でも見せてみろ」

 

 一つ容赦ないデコピンがグナイゼナウの額にヒット。あうっ、と情けない声を上げて当たった額を抑える。うっすら涙目であった。

 一方(くだん)のオーストラリアはというと、中々収まらない動悸に困惑しつつ真っ赤な顔を隠すようにひたすらシャルンホルストの服を強く握り続け微動だにしなかった。

 

 

 

 

 

「さて、これからの道のりを話そう」

 

 ラムネを飲んで一休みをし、ビンも三分の一以上が空いた頃。ソーヤがどこから取り出したのかタブレットをテーブルの上に置いて指をスライドさせる。映し出されたのは現在彼らが航行中の海域とその周辺の地図だ。メンタルモデルの三人もその画面を覗き込むようにしてソーヤも入れた四人が頭を突き合わせた。

 

「現在我々は南太平洋をハワイ諸島に向けて北進中。このままのペースで行けば後一時間もかからないで目的地に着くだろう」

 

 地図上の青い部分、海を模した場所に矢印が刻まれる。進路方向は丁度ハワイ諸島付近。その南の沖合に一つだけマーカーが記されていた。赤道線を挟んでやや北側の所だ。

 

「目的地はハワイ諸島沖南二〇〇〇キロメートル地点。シャルンホルストとグナイゼナウが最初に現れた場所だ」

 

 マーカーから注釈が飛び出し、様々な内包されている情報が書き出される。シャルンホルスト、グナイゼナウの出現地。他、“霧の艦隊”艦船の出現報告。数は多いとは言い切れないものの、偶然と割り切るには少々多いかもしれないと言える量の報告数があった。

 

「ドライ艦隊は付近で待機し、“霧の艦隊”の船が現れるのを待つ。いわば釣りと同じだ」

 

 今回の目的は戦力増強。ソーヤの考えは現れたばかりの“霧の艦隊”の船を仲間に引き入れようとするものだった。普通なら無理かと思われるものだが、彼が狙っているのはイレギュラー。アドミラリティ・コードと関連しつつ、大きくその影響を受けない、異端を捜しているのである。

 

「出てくる奴は皆生まれたばかりの赤ん坊と同等だ。何を信じれば良いか、何を信じてはならないのか、何もわからないからこそ言葉が何より武器になる」

「ソーヤは戦い、嫌い?」

「好きか嫌いかの選択なら嫌いだ。俺はどこまで行ったって結局は腑抜けな人間でしかない。争いは望まない。しなければならないなら全力でするがな。だからこそ、穏便な交渉で仲間に引き入れたいと思っている」

 

 臆病者は野蛮人よりよっぽど生きてけると彼は思っている。怖さを知らずに死ぬよりも、怖さを知って生き延びる方がソーヤという人間にはよっぽど性に合っているのだ。

 

「釣りってのは一種の賭けだ。エサを犠牲に獲物が釣れるか釣れないか。要は賭け金が無駄になるか無駄にならないか」

 

 一つ画面をタップする。ポンッ、と軽い音を立てて表示されたのは彼が纏めた具体的で簡潔な作戦要項。

 

「俺らは全てを曝け出す。全力で、誘い込む」

 

 作戦は簡単。

 

 

 

 ――――非武装のまま敵目の前へ悠然と現れること。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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005

 

 

 

 

 

 

 

 水平線が白ける。刹那に、海面が燃え上がるように真っ赤な太陽が顔を覗かせ始めた。幻想的なその光景を初めて目にした“彼女”は、何故こんなにも心が感動という波動を放つのかを深く考察していた。

 気付いたら真っ暗な海の底で何かをする訳でもないのにずっとそこに留まり、いつしか何もしないことを嫌い始めた。この移り変わりは一体なんなのか。自分がどんどんと思考という行為に没頭し始めるこの感触に“彼女”は惹かれていた。

 

「……フブキ、君は……いや、何でもない」

 

 君はどうだ? そう訊ねようとして振り向き“彼女”は首を横に振った。

 今“彼女”が立つ場所は大型艦船の甲板であり、艦首の先だ。船上に鎮座する巨大な砲塔は、かつて世界最大の砲塔と呼ばれた46cm三連装砲のそれと同じ。つまり、“彼女”は霧の艦隊の中でも最大の超戦艦である。メンタルモデルは黒髪を肩に触れる程度まで伸ばしたショートカットに、こめかみからもみあげの部分だけが赤く染まり胸まで伸びた髪。体型は細くなく健康的で艶やかであった。

 そんな“彼女”の横には、半分にも満たない小さな艦影があった。大きさにして駆逐艦だ。沈黙のまま“彼女”と同じ方向をただただ向く“フブキ”と呼ばれた駆逐艦が小さく反応する。

 

「君は、思考が出来ないんだった。そうだったよ……」

 

 “彼女”が悲しげに俯く。何故フブキは自分と同じようにメンタルモデルを持てないのか。何故共に思考するということが出来ないのか。それは何か、あまりにも不平等ではないかと感じたのだ。

 フブキは“彼女”が意識を現す前から常に隣にいた存在であり、それは“彼女”にとって何よりも有難いものであった。常にこちらを気にかけてくれているようで、一人黙り込んでいるとよく接触してくるのだ。

 

「何か、できることは――――うん?」

 

 フブキがもっと自由になれるような事はないものか。そんな事を考えていると、ふと“彼女”が気付く。何か、ではなく、今確かに“霧の艦隊”の船特有の重力子機関音を探知した。今もなお連続的に。音の発生源はまっすぐ“彼女”達に向かって近づいて来ている。方向は、東。純白の太陽を背負い白波を割り進む戦艦が二隻、確かにそこにはいた。

 “彼女”は静かに、フブキには決して動かないように命じて彼らの到着を待った。

 

 二隻の戦艦はあっという間に“彼女”とフブキの前へ並び機関を停止。すぐに甲板に人影が現れた。メンタルモデル、ではない。霧と敵対関係にあるはずの、人間だ。

 

「初めまして、超戦艦。巡洋戦艦シャルンホルスト並びにグナイゼナウを指揮する者だ。君の名を訊ねたい」

 

 男は“彼女”と同じく艦首前方部分に立ち臆することなく真正面からギラギラと光る瞳を向けてくる。

 これは驚いた。人間とはここまで強い者なのか。データを見る限り、彼らは霧とは険悪な仲であり互を見れば嫌な顔をするに違いない。だというのに、目の前の彼は違う。恐怖を抱くことなく、むしろ“彼女”を喰わんとばかりに鷹の眼を光らせているではないか。

 

「……私の名は111。元から知っているものはそれだけだ。隣のはフブキという」

 

 ブゥン、と。耳鳴りのような低い機関音がフブキから発せられる。威嚇に近い、唸り声のようなものだ。

 

「単刀直入に言おう。111、並びにフブキ。俺は君達を必要としている。これから俺についてくる気はないか」

「ほう。我々と敵対関係の人間が滑稽なことを言うんだな」

「他人が笑おうと何を言おうと、俺は本気だ。世界は広い。まだまだ見つけられない神秘がある。君はそれに興味があるはずだ。そうだろう?」

 

 その言葉に“彼女”、111はぐっと黙り込んだ。

 

「君は感じた筈だ。この世界には美しいものがあると。幻想風景とはそういうもだ。現実でありながら、まるでそれを思わせない儚さを併せ持つ。俺はそんな美しさを――世界の驚きを、革命的な愉悦を求めている」

 

 彼が作り出したいのは、革命の先にある光景。今はまだ成りえない、真の探求の先にあるもの。

 

「想像してみろ。今はない感動を。俺は今、それを探している。世界をひっくり返してでも、それを見つけてやる。魅力的だとは思わないか?」

 

 その問いは最もだと111は肯定する。“彼女”は一つ、朝焼けという美しさの片鱗を確かに目に焼き付けた。美しさは何ものにも勝るものだと、結論づけた。ならば、彼の誘惑は魅力そのものだ。

 

「……君は、私を満足させるものを見つける自信があるようだ」

「当たり前だ。俺は必ずこの野望をやり遂げる。霧にも、そして同じ人間にも、見せつけてやるのさ。さぞかし絶景だろうよ、世界が我々を見て驚く光景は」

 

 男の口角が釣り上がる。貪欲で、しかし、それは夢見る人の顔だ。希望が、欲望が、彼を大きく魅せる。

 

「共に美しさ探求しよう。共に大海原を駆けよう。共に世界を驚かせてやろう。111、そしてフブキ。我々ドライと共に行く気はないか?」

 

 真っ赤な太陽が背後で尚光る。それなのに男は、彼の存在感は微塵も衰えやしなかった。それだけ111に男は魅了されていた。心臓が高鳴る。全身を巡るアドレナリンがぞくぞくと興奮を促すのがわかる。くらくらと脳髄が痺れる感覚が実に心地良かった。

 

「……そうかそうか。そうだな、うん。これは本当に、良い提案だ」

 

 111が空を仰ぎ片手を額に当てて()()

 

「――――その覚悟は、本物か?」

 

 刹那、轟と111の船体から機関音が飛び出す。同時に主砲へと赤く光る光状エネルギーが収束され砲口が男を向いた。

 

「ここで俺が偽物だと掌を返せば君は超重力砲( ソ レ )を容赦なく撃つだろうな。――――やってみろ」

 

 男はしかし、臆さなかった。腕を組み真正面から睨み返してきたのだ。背後の、シャルンホルストやグナイゼナウの機関すら動かさず、クラインフィールドも展開させず。殺戮の代名詞たる兵器の前で堂々その姿を誇示していた。

 

「――――なるほど」

 

 瞬間、か細い音を立てて充填されていたエネルギーが霧散。やがて轟音を発していた機関音も止み静寂が訪れた。

 

「……気に入ったよ。君はどうやら、データにある人間たちとは全く違うらしい」

「そうかい。だが残念ながら俺はどこまでいっても所詮は人間だ。臆病で、軟弱で、醜い」

「それが良い。強大な力の前でなお君は立ってみせた。正義に(すが)る訳でもない。味方に泣き付く訳でもない。自らの思いだけで恐怖を振り払った。私はそれを評価したんだ」

 

 ふわりと111が飛び上がり男の乗る船に飛び移った。同時、“彼女”の前に立つ男の周りに三つの光が集まり人型を作り出す。その光が弾けて現れたのもまた皆メンタルモデルであった。巡洋戦艦オーストラリア、グナイゼナウ。そして、シャルンホルスト。その全てが男の率いる全てである。

 

「111、そしてフブキ。我々は君達を歓迎する」

 

 ここにまた新たなる仲間が加わった。超戦艦111号艦、駆逐艦フブキ。また一つ大きく、ドライ艦隊は進みだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――はーぃ、カットぉ」

 

 と、言ったところでグナイゼナウから声がかかる。

 

「かんちょぉ、お疲れ様ぁ」

「あー、終わった終わった。いや、マジで怖かった」

「ソーヤっ、あんな煽るような事もう言わないでよッ!? こっちだってヒヤヒヤしてたんだから!!」

「無茶するのね、ここの人間は……、」

 

「…………は?」

 

 突然、あれまで張り詰めていた空気が霧散。男が甲板にだらしなく寝転がり、シャルンホルストがその男に駆け寄ってあーだこーだと注意なのか心配事なのか早口で捲し立て、グナイゼナウはタブレットをいじりながら「良い画が撮れた」としたり顔を作り、オーストラリアは溜息を吐きながら遠い目をしていた。

 

「……いや、君達。あの、さっきの緊張感は?」

「あぁ、あれ? あれさ、ナナ……グナイゼナウが是非ともやってほしいっていうからさ」

「ご協力感謝ですぅ」

「ということはあれは全部茶番だというのか!?」

「いやいや、俺の本心は正にあれだよ? 本来ならあんなに大袈裟なパフォーマンスしないけど」

「……………………………………、」

 

 呆れて物も言えないとはこの事か、と111は痛感した。唖然とした表情で固まり、今までの流れは一体何だったのかと自問自答。そんな彼女にオーストラリアが諭すような、それでいて諦めた瞳で口を開いた。

 

「まぁ、頑張りなさい。ここの人、皆滅茶苦茶だから」

 

 面白い物が見れるのは間違いないだろうけど、とだけ言い、彼女は哀愁漂う背中を向けてシャルンホルストの艦橋内に消えていく。体験者はかく語りということだ。

 

 

 

「むふふぅ、すごぉい。これは黒歴史確定ねぇ。111ったらこんなにカッコつけちゃって……ぷふっ」

「おい待てそこの。まさかそれ保存したのか?」

「あたり前田のクラッカーぁ、ですよぉ? これはぁ、きっちり保存してぇ後でたぁっぷり笑いものにぃい、ね?」

「や、やめろ!! 私は乗せられたんだ、決してあれは私じゃないっ!! 私はもっとキッチリしててだなッ、」

「うんうん、貴方のキリッとした勇姿はぁ、バッチリ録画したからぁ、安心してねぇ」

「頼む、消せ!! いや消してください!! あんな恥ずかしい物を後世に残したくない!!」

 

 111の悲痛な叫びが甲板にこだまする。タブレットを持って跳ねるように逃げるグナイゼナウとそれを必死の形相で追いかける111。見れば見るほど、それは敵ではなく悪友のようにも捉えられた。

 

「ナナは流石に人を手篭めにするのだけは得意みたいだな」

「あれはやりすぎって気もしないでもないかなぁ。リアちゃんが苦手になるのもちょっとわかった気がする」

 

 男――ソーヤとシャルンホルストはというと座って走り回る二人を眺めて顔を綻ばせた。案外上手くいった結果に満足したといった様子。実は彼、超重力砲のくだりの時内心かなり焦っていた。正直逃げ出したかったのは内緒である。

 

「それでも、当面の問題はクリアってこった。しばらくは……そうだな。ドックに入って休もう。久々に地面を踏みたいな」

「賛成。しばらくはソーヤも安全なとこにいて欲しいし。本来なら艦長は船の外に出ないものなんだよっ」

「それは悪いと思ってるが、奇抜な展開にはもってこいだろ。特に霧に対しては。今回は、終わりよければすべてよしってことで。結果に免じて許してくれ。な?」

 

 このとーり、と手を合わせるソーヤ。流石にシャルンホルストもそこまで責める気は無かったのでこれで良いかと溜息を吐いた。

 

「……わかった。でも、次からは危険なことしちゃダメだからね。しようとしたら無理矢理にでも閉じ込めるから」

「善処することにしよう。さて、そろそろナナを止めんとな。流石に可哀想になってきた」

 

 艦橋を登ったりマストを駆け上がったり砲塔の周りを回ったりとまだまだ鬼ごっこに忙しいグナイゼナウと111。まだまだ完全に打ち解けてないとはいえ、大分距離は縮まっているようだ。

 

「そこ二人ー。いい加減にしないとシャルが怒るってよー。早く帰りたいからそろそろ終わらせといてくれな」

「……ねぇソーヤ。なんで私なの?」

「いや、こうするとナナが諦めてくれて手っ取り早いから……なんだが、今回は地雷だったか」

 

 

 

 

 

 特筆すると、後に甲板に正座させられた三人の頭にシャルンホルストの怒号が雷めいて落ちた。艦橋からその様子を見ていたオーストラリアは「ざまぁみろ」と小さく呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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006

「そう言えばさ、あの駆逐艦……フブキっての、大丈夫なの?」

「「あっ」」

 

オーストラリアに言われてシャルンホルストとグナイゼナウが間抜けな声を上げた。

 

「そ、ソーヤっ!! どうしよう下手したら下手しちゃうよッ!!」

「かんちょぉ、やっちゃったよぉ……」

 

言われて気付いて艦長たるソーヤの元に泣き付く二人。ソーヤはというと部屋に突然飛び込んで来た二人に驚いて読んでいた本をしおりも挟まずに閉じてしまった。若干後悔するが、まぁ仕方ない。

ソーヤの脇で椅子に座りながらボーッとしていた111――名前が呼びづらかったので改名して“キイ”――も突然の来客に肩を震わせて何事かと目を丸くしていた。

 

「主語を言え主語を。以心伝心出来る訳じゃないんだから」

「フブキが、」

「ヤバいかもぉ」

「あのだな……、」

 

何がどうなのかはわからないままだが、取り敢えず混乱していることは理解した。

 

「……フブキが何かあったのか?」

 

不思議そうに首を傾げたのはキイ。「……彼女は何もしていない筈だが……、」と訝しげに二人を見た。

 

「言ってみ。お前たちが何を懸念してるのか」

「えーっと、かくかくしかじか、」

「まるまるうまうま。……って通じるとでも思ったか馬鹿。ちゃんと説明しなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――で、フブキがこちらの居場所を共同戦術ネットワークに上げてしまったんじゃないかと思って焦ったと」

 

ひらひらと文庫本を片手に弄びながら言うソーヤ。シャルンホルストとグナイゼナウはそうだそうだと大きく首を縦に降った。

 

「安心しろ。フブキの管轄は全てキイに移して通信規制を掛けた。こちらの居場所が割り出される心配は無用だ。俺がそんな肝心なこと忘れるとでも思ったか」

 

彼自身自分が神経質なくらいに用意周到だとは自負している。策は思いつく限り張り巡らせるのが性分なのだ。()してや今も世界や霧を欺き続けている彼が居場所を晒す等という愚行を(おか)す筈がなかった。

 

「そうだな。それでも心配ならまだ手はある。オーストラリアを呼んで来てくれ。どうせ暇してるだろうし」

 

ソーヤの言葉に「じゃあ」とシャルンホルストが動こうとすると、バンッと音を立てて扉が蹴破られた。乱暴な仕草で入ってきたのは、丁度彼が呼ぶよう指示したオーストラリアだった。どうやら扉越しに話を聞いていたらしい。

 

「誰が暇人ですって?」

「お、来てくれてたか。呼ぶ手間が省けた」

 

わかっていながら言ったのか、ソーヤは飄々とした態度で彼女の怒りを受け流していた。ますます煽られたような気分に陥るオーストラリアだが、ここで逆上してしまっては()()彼のペースに乗せられてしまう。ここは我慢だ。彼女だってきちんと学習するのである。

 

「オーストラリア。君に頼みたいことがある。キイからフブキの全権限を譲渡。更にフブキに演算領域を貸してやってくれ」

 

ソーヤの言葉にグナイゼナウだけが「おぉ~」と納得顔で手を叩いた。他の三人は彼の意図を理解できず首を傾げて考え中である。

 

「…………シャル。妹より理解悪いのは姉としてどうなんだ?」

「だ、だってわかんないんだもんっ。私はソーヤとかナナと違って頭よくないし……」

「いや、俺はともかくシャルは元々ナナと瓜二つの能力だろ……」

 

こうも演算能力に差がでるのかとソーヤは驚きと言えば良いのか、はたまた呆れと呼べば良いのかわからない感情を抱いた。これも習慣による差異なのか、ますます気になる事ではあるが今は関係無いので頭の隅に置いておくことにする。

 

「まぁいい。キイ、オーストラリアにフブキの指揮を渡しといてくれ。彼女はちゃんとグナイゼナウの管轄下だから下手な事は出来ないさ」

「……わかった。君の考えとやらを見させてもらうとしよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ソーヤはメンタルモデル全員を引き連れシャルンホルストの甲板に出ていた。皆が視線を向けているのは、丁度シャルンホルストの隣に停止しているフブキだ。

 

「さて、ナナ。準備は?」

「万事おぅけぃだよぉ」

 

ばっちぐぅ、と指で丸を作るグナイゼナウ。そんな彼女は自分の目の前に立つオーストリアの背中に手を添えていた。

 

「じゃあ頼んだ」

 

ソーヤが片手を挙げると刹那にオーストラリア額に浮かび上がる紋様とグナイゼナウの頬の卍が強い光を放ち、二人の周辺に幾多の幾何学模様サークルが現れた。メンタルモデル達が起こす特有の現象だ。

同時にフブキの周りにも船体を取り囲むようにサークルが出現し、それは段々と幅を狭めついには甲板上に人一人分が収まる程度にまで縮小した。銀色の粒子が飛び交い、サークルの中央へ。ソレは生き物のようにうねり、少しずつ人の形を取ってゆく。

 

「……幻想的、だな」

 

その光景に思わず口を開いたキイの言葉にソーヤやシャルンホルストが頷く。

光が収まれば、そこには1人の少女が俯いて静かに立っていた。白のハンチング帽にブラウンのポニーテール、ダボダボのロングテーラードジャケットのみを着用しており、見た目はかなり幼いだろう。

 

「……演算領域22%譲渡。メンタルモデル、形成終了よ」

「ご苦労。さて、」

 

オーストラリアからフブキの甲板上の少女へソーヤは視線を移して口を開いた。

 

「駆逐艦フブキ、聞こえてるな」

「………………………………?」

 

佇んでいた少女がゆっくりと瞳を開く。ガラスのように透き通りそうなサファイア色の瞳がよく見えた。

 

「ドライ艦隊のソーヤだ。わかるか?」

「……わかります、よ?」

 

上手く状況が飲めていないのか、若干困惑した表情でゆっくりと声を出す。おっかなびっくり、と言ったところか。

 

「ならばよし。キイ、後は任せた。俺よりはフブキのことはよく知ってるだろう? 色々と教えてやってくれ」

 

ソーヤの声にキイは「了解した」と一言。それっきり彼は再びシャルンホルストの艦橋内に消えた。他のメンタルモデル達も空気を読んで静かに移動する。唯一、甲板にはキイとフブキだけが残った。

 

「……おはよう、フブキ。気分はどうだい?」

「……キイ、……」

「ああ、待て、今そちらに行く」

 

ふわりとキイは甲板を飛び上がって海をまたぎフブキの目の前へ着地。膝を折って顔を覗き込んだ。

まだ濁りを知らないサファイアの瞳。水晶のように綺麗なその眼に囚われそうになりながらも、キイは優しくフブキの頬を撫でた。

 

「異常は無いみたいだな。良かった」

「うん。大丈夫だよ」

「そうか。うん、それなら良いんだ」

 

正直なところ、キイ自身別の艦の演算領域を貸し出せるのかと疑問があったが上手くいっていることは確かだ。フブキから感じ取れる雰囲気は確かに、いつも自分の隣をついてきたあの頃と変わり無い。

 

「……彼には感謝せねばな」

「あの、おにぃちゃんに、ですか?」

 

こてん、と可愛らしく首を傾げるフブキにキイは頬を綻ばせて「ああ」と1つ頷いた。

 

「こうするように提案をして実行するようにしてくれたのは彼だ。フブキの演算を肩代わりしてくれている彼女もそうだが、何より彼の発案無しでは君はこうしてここにこうしてメンタルモデルを作れなかった。少し悔しいが、ここは彼の策略の勝ちだよ」

 

本当に、頭の切れる奴だ。悔しいことにソーヤに対する評価を少し上方修正せねばなるまい。

 

「キイ、私、おにぃちゃんにお礼しないとですっ。あと、おねぇちゃん達にもっ」

「そうだな、そうしよう。私も一緒に行かせてくれ」

「おっけーですっ」

 

そっと、2人は互いに手を取り合い、優しく握り合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何か、いい話だねぇ」

「そうねぇ……」

「こらっ、ナナにソーヤ!! 覗き見はマナー違反!!」

「いででっ、耳は勘弁……っ」

「お姉ちゃん痛いよぉ……っ」

 



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007

 

 

 

 

 

 

 

 

「お気楽な旅を続けるのだな、君は」

 

 キイは斜め前を悠々と歩くソーヤに声を投げかけた。

 

「人ってのはストレスに弱いのさ。病は気から。気持ちの持ち方次第で人間は自分を弱くも強くもできる。息抜きって言うのは人間にとって重要な生きるためのファクターなんだ」

 

 対しソーヤは興味深げに辺りを見渡すキイに微笑して返した。

 

 彼らが今いる場所は分散首都の1つ、札幌。その市場である。

 

 海路、空路を霧の艦隊により潰された人間達は限られた物資だけで今生を生きてきた。

 さて、日本は輸入大国というのはご存知であろう。これを考えれば、日本は自国のみでの自給自足は難しい。つまり、現在においても日本はどこも資材不足であった。加えて、資材がなければ工業も商業も動かない。最早日本という国に経済力などと呼ばれる力は欠片も存在し得なくなってきていた。

 

 そんな日本の市場とは、言ってしまえば戦後の闇市に近いだろうか。誰もが生きるために物資を売り、物資を買う。人々で賑わう市場にはありとあらゆる物達が所狭しと並ばれていた。

 

 2人が何故ここにいるのか。単純にソーヤは暇潰し。キイもそれに習ってか彼についてきた所存である。

 

「どうだい、霧の所為で苦しげな生活を人間を眺めてみて」

「……それは私に対する嫌がらせか?」

「不機嫌にならないでくれよ。単純に今の考えを聞いてみたかった。俺もメンタルモデルの全容を知ってるわけじゃないからな。人間、知識には貪欲なんだよ。俺は特に」

 

 親指で自分の頭を指すソーヤに、キイはありったけのジト目を向けた後に大きく息を吐いて言った。

 

「……In your face、という柄でもないな。私はこの光景を見て、何か特別思うことは、無い」

「なるほど」

「……だが、」

「?」

「……なんだろうな、よく、わからない」

 

 歩きつつ、そっと自分の胸の上に手を添えた。何かがある訳ではない。物理的に何かが刺さっている訳でもないのだ。しかし、そこには現実にない違和感と呼ばれるであろうものが存在している。

 

「……これを、人間的には苦しいと言うのか?」

「おっと、それを俺に聞く? 正直アンタが何を感じているのか俺にはさっぱりだが……、」

 

 振り返って一瞥し、またソーヤは前を向く。

 

「かねがね、間違いではないんじゃないか? 俺は少なくとも、そう思うよ」

 

 はて、彼は今どこを見ていたのか。視線は自らの顔、表情を見ていたように思うが……。

 そっと自分の頬にキイは手を触れた。人間と同じ体温を感じるその肌には、しかし何も感じるものは無い。

 

「……ソーヤ。君は、つくづく考えさせられる人間だ」

「そうかい。メンタルモデルにとっちゃ、考えることができる対象となるからいい経験値だろう?」

 

 おどけて肩を震わすソーヤに、「それもそうか」とキイは思い付いたように軽い声で返した。

 

「……ソーヤ」

「はいはい」

「出る前に、君はシャルンホルストに何か言われていなかったかな?」

「……地獄耳か」

「残念。秘匿通信だ」

「何っ、セコイなメンタルモデルめ」

「そういう訳だ。アイスとやらを奢ってくれ」

「シャルの奴俺が毎回貯金下ろす度にこういうことするんだよなぁ……」

 

 仕方ない、とソーヤは手近な屋台の1つに寄り、キイもその後ろに続いた。アイスバーと書かれた旗の横、数種類の味が記載されたメニューがある。

 

「お、久々の客にしては珍しいねェ」

「……(あね)さんかよ。変な店に来ちまった」

 

 店主が目ざとく玩具を見つけたと言わんばかりにソーヤを見て獰猛な笑みを浮かべた。

 日焼けした肌に黒のタンクトップ一枚とつなぎを腰まで着た女性だ。側頭部は刈り上げられ、残った髪はポニーテールに、額から左頬にかけて1線の傷跡が残っていた。

 

「後ろに連れてんのは……オイオイ、マジか。テメェいつの間にリア充してやがる」

「あー、面倒になってきた……」

「……ソーヤの知り合いか?」

「知り合いと言うか何と言うか、見ての通り絡まれると面倒臭い人だ」

「失礼な紹介してんじゃねぇよ、爆ぜろリア充め」

「いや、真面目にそんな関係じゃないから」

 

 ニタニタと笑いながら肩を組んでくる女性に鬱陶しさ全開のソーヤ。一通り絡み終わったのか、女性がソーヤの肩に肘を乗せて「よォ」と片手を上げた。

 

「始めましてだなァ嬢ちゃん。リオンってんだ、今後共ご贔屓にな」

「はぁ、了解した。私はキイだ」

「キイね、なるほどなるほど」

 

 頭の天辺から爪先まで、悪い言い方をすれば舐めまわすようにじっくりとジロジロと視線を向けてくるリオンにキイは居心地悪くなって少し視線を逸らした。何を探られているのか。どうにも予想できず僅かに身を固めた。

 

「嬢ちゃんほっそいよなァ。ガリガリ過ぎっとモテねぇぞ。女ってのはな、細いのよりはちょっと肉あった方がウケが良いんだ。男ってのは飽き性だからな。カラダも満足させてやらなきゃすぐ逃げる」

「そういうものなのか?」

「いや、俺に聞くなよ……」

「マニア受けはするかもだけどなー。アタシは好みだけど」

 

 相も変わらずの肉食獣のような笑みにキイはゾゾゾッと言い知れぬナニカを感じ取って体を震わせた。何だろうか、正直に目の前の人物は、ヤバい。危険信号がガンガン鳴り響くレベルでだ。

 

「はいはいわかったわかった。弄るのはそこまでにして、ちゃんと店員らしくしてくれよ。本命の目的がいつまで経っても終わりやしない」

 

 どうどうと宥めるようにリオンを店主席に押し付けて「取り敢えずオススメ2本くれ」と2本分の代金を手渡す。元々何のためにこの店に来たかはご存知のとおりキイにアイスを奢るためであり、決して弄られに来た訳ではないのだ。

 

「湿気てんなァ。暇なんだからちょっとくらい話し相手しろよなー」

 

 あとは労い込めて代金かさ増しとか、と冗談めかして笑うリオン。

 

「そうかい。じゃあもう1本買うよ。ところで姐さんは最近どうなの。この辺の状況とかついでに聞きたいんだけど」

「何もクソもねェよ。来る日も来る日も寂れた日常だ。飽き飽きするね。変わったことっつうと、また気温上がって来たことくらいじゃないか? んま、商売できるだけ良いけど」

「変わった人が出たとか、見かけない人がいたとか、そんなのも無い?」

「さあね。アタシが見た限りじゃいないよ。噂もないし」

 

 肩を竦めてワゴンの中からアイスを3本取り出す。オススメと言ったが全部適当に選んだのはいつも通りである。

 

「キイの嬢ちゃんには限定のマンゴー味だ。ソーヤ、テメェは一番安いのな」

「別に何でもいいさ。それと、その1本は姐さんのな。アイスと情報、ありがと」

「は、えっ?」

「キイ、行くぞ」

「あ、あぁ」

 

 颯爽と、そう言わんばかりに踵を返したソーヤは冷えたソーダ味のアイスを口に加えて「じゃあ」と屋台を後にする。キイは興味深げにアイスに視線を落としながら慌てて後を追う。

 

「…………ったく、これだからアイツは……、」

 

 不機嫌そうに、しかし若干嬉しそうに、リオンはソーヤと同じソーダ味のアイスキャンディーを舐めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ソーヤ、君がここに来た目的は?」

 

 今更だが、本当に暇潰しなのかと疑いが出てくる。マンゴー味のアイスに少し夢中になりながらも、キイはずっと彼を観察し続けていた。ソーヤは道行く知り合いに声をかけては何度も同じ質問ばかり繰り返す。この辺で珍しい人物を見なかったか? と。

 

「暇潰し。そのついでの情報収集さ」

「陸でか? 君は海の人間だろう、陸で情報を集めても意味はあるのか?」

「甘いね。戦争ってのは武力じゃない、情報戦だ。いかに相手の情報を掴み解析するかがネックになってくる。それだけ重要なのさ」

 

 食べ終わったキャンディーの棒を咥えたままキョロキョロと辺りを見回すソーヤ。また人探しか、と予測する。どうもこのソーヤという人間、情報に貪欲すぎる。

 

「暇か?」

「……そうだな。実質的なところ、君についていくという点で暇という言葉は使えないが、私が気持ちを持て余すという意味では暇になる」

「なら丁度いい。ちょっと寄ってかないか?」

 

 そう言って彼が指差すところ。丁度丘の上にある建物だ。寂れているのかいないのか、あまり積極的に使われていない様な施設で修繕も進んでないのか劣化の跡がやや目立つ。

 

「博物、館?」

「海軍資料だと。今の時代じゃ殆どが役立たずの代物だけど、一応記念にとってあるらしいね」

「役立たずなのに、記念?」

「俺にもよくわからんよ。ただ、人間ってのは形に残したがるんじゃないのかな。だからこそ、かつては古代遺跡やら何やらが世界あちこちにあったんだ」

 

 入口を潜って老年の男性の1人だけの受付を通り中へ。

 ある程度掃除はされているのか、そこまで暗い雰囲気は無いはずなのだが、いかんせん人影が1つも無い。この時代、海と聞いていい思いをする人間が少ないから当たり前なのかもしれないが。

 中に展示されているのは数十年前の艦船航行記録等様々だ。しかし、そのどれもが今の科学技術に劣り最早一般人の目に触れようとそこまで価値のあるものではなくなってきてしまっていた。

 

「人間ってのは、こんな道具使って海を渡ったり守ったりしてきたんだ。霧に比べればチンケな玩具同然さ」

 

 彼が触れたガラスケースの中には、ボロボロになって朽ちた榴弾発射器が並べられていた。当時のRPG-7と呼ばれる携帯用の兵器だ。

 

「旧式対空機銃か。今じゃあCIWSが標準装備だしなぁ」

 

 自動防空迎撃システム、とでも呼称しようか。自艦に対する対艦ミサイル等を自動的に認識し迎撃するシステムだ。

 しかしそれも海上艦のみの話。その海上艦も霧の艦隊の前に意味を成さないほど無力であるが。

 

「……この大きな装甲板は?」

「イージス艦のらしいな。大方16年前のアレで沈んだんだろ。よくもまぁ回収できたもんだな」

 

 進んだ先にあったのは穴が空いたり(ひしゃ)げたりした灰色の装甲だ。元はイージス艦のものらしいが、その詳細は不明。どの船についていたものかの記録も残っていないらしい。それだけ大海戦が凄まじいものであったということだけはよくわかるのだが。

 

「キイ。ここに来たのは、俺の気まぐれだと、そう思うか?」

 

 ふと装甲板を見上げるソーヤの呟いた言葉。キイはそれを聞いて「いいや」と首を振った。

 

「観察し続けてわかったのは、君の行動は無意味に見えていながら君自身の中で正当化されていることだ。どこへ行こうと、君の行動には全て理由がある。誤魔化して答えるのも、私に最初から警戒させるためだ」

「……(あなが)ち間違いでもないな。まぁ正解でいいや」

 

 ガリガリと後頭部を掻く。強ち、ということは全部正解ではないということだ。

 

「アンタを連れ回したのはもっとまぁ非常に、君とってどうでも良いような、人類にとっちゃ重要な理由なんだが、まぁそれは置いておこう。見せたいものがあるんだ」

 

 ソーヤが行く先は装甲板の裏。関係者以外立ち入り禁止と書かれたプレートのあるドアを躊躇いなく開けて中へ向かう。

 蛍光灯も外された暗い廊下の先、また1つドアがある。その扉だけは木製のくたびれたドアノブ付きの扉で、今にも崩れていしまいそうな印象を受ける。

 

「まさか、とは思ってね。一応確保しておいた甲斐があった」

 

 中に入れば、そこにはテーブル1つと椅子が3つ。壁際にはありとあらゆる資料が散乱し、テーブルの上もお世辞にも片付いてるとは言えなかった。

 

「好きなところにかけてくれ。何ももてなせないけど」

 

 言われた通りにキイは適当な椅子に腰掛けて部屋を見渡す。意外なことに埃っぽさは感じない。博物館の展示室よりはよっぽど掃除が行き届いているのかもしれないと思った。

 

「さて、話のタネはこれだ」

 

 本棚でから戻ってきたソーヤが持ってきたのは、数枚の紙と一冊の本。更に使い込まれたボロボロのノートだった。

 紙を束ねた資料には“超大和型戦艦”。本のタイトルには“111号艦”と書かれ、ノートには走り書きで“ヤマト”とあった。

 

「……私の、原型か?」

「正確には原案だな。かつて日本が仕掛けた戦争の中、計画だけ出しておじゃんになった物だ。原型すら造られなかったからな」

 

 資料を広げると、そこには複数人の手書きデータが所狭しと書き込まれていた。

 

「これは、君が……いや、シャルンホルスト達とまとめたのか?」

「ああ。何年前だったかな。取り敢えず、字が読めるようになってからずっとまとめ続けた」

 

 他にもあるぞ、とテーブルの上を指差す。確かにそこには書きかけの項目のものばかりだ。ちらちらと紙の端に落書きなども見られるが。

 

「少しばかり気になったことがあってな。この資料を渡したかった」

「これを見て、どうしろと?」

「さぁ。俺は別に何かをしてくれと要求はしない。ただ渡してみて、今後どうなるのか。その結果に興味があるだけだ」

 

 だって、

 

「予測できない未来を考えるのは楽しいだろ」

 

 ギラリと、再びあの鷹の目がキイを貫いた。初めて対峙した時と同じだ。彼は常に未来を見るためにありとあらゆることをしてのける。それくらいに、目の前の人間は勇ましい。

 

 ――――だからこそ、彼女自身も彼に惹かれたのだ。

 

「結局は古いデータだ。今の人類にとっちゃただの記録で現状に打ち勝つ要素になりはしない。が、メンタルモデルにとってはまた違う、価値の有無は無視した情報だ。是非ともその感想をじっくり考えてもらいたい」

 

 因みに、と彼は言う。これと同じことは既にシャルンホルストやグナイゼナウ、オーストラリアにもしてきたとのことだ。

 

「まだ皆答えは出し(あぐ)ねてるみたいだが。まぁゆっくり考えてくれ。時間はたっぷりあることだし」

 

 提出期限は世界をひっくり返すまで。そう締め括ったソーヤは「さて」と席を立つ。

 

「ちょっとばかし本を見繕ってから帰ろうか。何か持って行きたかったらその辺から取ってっていいぞ。ああ、書きかけのはまた時間があるときにやるから放置で頼む。見たかったらここで見ててくれ」

 

 そう言ってソーヤは本棚の方へ向かった。1人手持ち無沙汰になったキイはと言えば、取り敢えず手渡された資料を軽く目を通してみようと思って視線を落とし、テーブルの上の資料に目が行った。書きかけの項目が何なのか気になったのだ。

 

「……っ、」

 

 その項目に深く息を飲む。

 驚愕という言葉が一番似合うだろう。その項目が、あまりにもスケールが違いすぎた。

 

(何を、しでかそうとしてるんだ……?)

 

 世界をひっくり返す。その途方もない目標が今、改めて馬鹿げていると、キイは冷や汗を流しながら痛感せざるを得なかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




メモしてあったキャラ設定とか、単語とかを公開。



【キャラ】

シャルンホルスト/巡洋戦艦
~メンタルモデル~
白銀色の髪を床スレスレまで伸ばしている。瞳は細めでサファイア。身長はそこそこ高め。右頬には白い卍型のタトゥーが入っている。
落ち着いた物腰の女性で引きこもりがちな印象を受けやすい。興味が出たものはまず触る、持ち出す。とにかく自分のそばに誰かがないと落ち着かない。
現艦長ソーヤ(後述)に懐いており彼が近くにいないと落ち込む。
愛称はシャル。グナイゼナウから同型の姉妹艦としてお姉ちゃんと呼ばれている。

~艦船~
全長:235m
全幅:30m
排水量:38100t(満載時)
速度:水上90knot、水中70knot
形はほぼ第二次世界大戦時のシャルンホルスト。白がベースの船体に霧特有のサファイア色の紋様が入っている。



グナイゼナウ/巡洋戦艦
~メンタルモデル~
シャルンホルストと対照的。髪は艶やかな漆黒。瞳は丸目でルビーかつ垂れ目。身長もシャルンホルストと同じ。左頬に黒い卍型タトゥーが入っている。
常にふわふわとおっとりした印象を受ける。語尾が伸びるような喋り方が特徴。
姉であるシャルンホルストのことをお姉ちゃんと慕い無条件の熱い信頼を寄せている。趣味は万物改造。資源は全て硫黄島から持ち出している。
ソーヤは兄であり弟のような存在だと思っており懐いている。彼を艦長(かんちょぉ)と呼ぶのは彼女の指揮もソーヤが取るため。シャルンホルストだけでなくグナイゼナウに搭乗することもある。
愛称はナナ。

~艦船~
シャルンホルストと大体同じ。
黒ベースの船体にルビー色の紋様が入っている。



ソーヤ/人間
現シャルンホルスト艦長。黒髪黒眼の青年で中肉中背。眼は平均より細く鷹を思わせる眼光が強い印象を持たせる。
幼少期に海でシャルンホルストに拾われた後、彼女と行動を共にし続けている。
趣味は読書と昼寝。まれに音楽鑑賞をしながら海を眺める。
クセは考える時に右拳を額に当てること。この間の集中力はどんな問題も解決できるほど脳が回転しているとシャルンホルストは思っている。
あまり多くを語らない。というより口下手。話を続けさせるのが得意ではなく、一人で黙々文字を読んでいる方が性にあっていると言う。が、一人ぼっちは内心寂しい。誰かしらが傍にいないと貧乏ゆすりを始める。



オーストラリア/巡洋戦艦
~メンタルモデル~
健康的に焼けた小麦色肌。茶髪をサイドアップテールにして黄色のリボンで縛っている。
元豪州包囲第一艦隊旗艦を務めていたが、シャルンホルストとグナイゼナウの二隻に手も足も出ず艦隊は全滅。コアを回収され泣く泣く監禁状態にある。(003~004)
気の強い性格で色々と食ってかかる。が、想定外の自体にめっぽう弱い。その性格のおかげで船を沈められたと言って良い。ツンデレ。
追い詰められると涙目になってオロオロしだすので(グナイゼナウに)いじられやすい。
書いてる途中でちょろインに昇格。

~艦船~
シャルンホルスト、グナイゼナウにより撃沈



キイ(111)/超戦艦
~メンタルモデル~
黒髪ショートヘアでもみあげ部分のみが胸下まであって赤い。瞳はジト目でエメラルド色。
昼寝好き。波の歌は子守唄のように優しくてぴったりだと豪語する。
やることなすことに自信を持てず引っ込み思案。グナイゼナウに押されてやっと行動するくらいに消極的。
自身に懐いている駆逐艦フブキに演算領域の一部をメンタルモデル形成として使わせている。

~艦船~
全長:269m
全幅:39m
排水量:71000t(満載時)
速度:水上85knot、水中55knot
形は大和、武蔵を踏襲した戦艦型。
艦全体が黒に若干紅が混じる色合い。現段階で紋様のようなものは確認されていない。



フブキ/駆逐艦
~メンタルモデル~
茶髪ポニーテールにハンチング帽を被った少女。天真爛漫な表情で周りを(無自覚に)癒すのが特技(?)。
誕生時はキイと同時で近くにいたことからか彼女によく懐いている模様。演算領域を借りてメンタルモデルを形成している。
天真爛漫元気いっぱい、色んな事に興味があるお年頃(?)なので何かと食付く。
眠くなると大人しくなってすぐ寝てしまう。キイに膝枕してもらうのが大好き。

~艦船~
全長:119m
全幅:11m
排水量:2100t(満載時)
速度:水上100knot
一般的な駆逐艦。灰色をベースに黄色の細い線の紋様が斜めや横に多くある。縦に近いものはほぼない。



【単語他設定など】

ドライ/艦隊名
旗艦シャルンホルスト、僚艦にグナイゼナウが成す艦隊の名(001,002時)
後々僚艦にキイ、フブキが追加編成される。

秘密ドック(室蘭)/ドック
シャルンホルスト、グナイゼナウが拠点としている北海道室蘭市の廃棄ドック。現在はグナイゼナウが好き勝手に改造して原型は止めつつも全てが霧の艦隊特有の最新技術の代物に変わっている。
艦船出入り口は当初海中のみだったが、新たに出入り口が増設される。(大体グナイゼナウの所為)
元々人間が使っていたところだったが、水上出入り口が霧の艦隊によって崩されて使えなくなったため放棄され無人となった。フブキの為の出入り口はそこを再び改装したものになっている。

みかん/果物
ドライ艦隊名物。シャルンホルストが趣味で栽培している。ソーヤとグナイゼナウはこれが大好物。グナイゼナウの場合は白い筋(アルベド)を綺麗に剥ききって食べるのがいつもの食べ方。何でも食べづらいし美味しくないとか。ソーヤの場合は特に気にしていない。

硫黄島/資源
グナイゼナウが主に資源を調達するところ。現段階ではまだヒュウガ達が来ていないため要塞化はされていない。元々はアメリカ軍の軍事基地があったところだが、霧の艦隊が出現した時にはアメリカ軍も壊滅してしまっていたため無人島と化している。

タスマン海/海域
豪州(オーストラリア)とニュージーランドの間に広がる海。豪州包囲艦隊とニュージーランド巡回艦隊が近くを巡航するためここを通るものは必ずと言って良いほど彼女らに見つかる。強行突破をするのは難しいと言える。


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IS二次創作(タイトル未定)
【閲覧注意】タイトル未定【ガールズラブ】


ちーちゃんと束さんのイチャイチャレズが見たかったんだよ!!!!!!!!!!!!!!!!
因みにちーちゃんが総受け!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!ヘタれ攻めでもいいね!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!





真面目なこと言うと、ISが世に認められず束さんが危険人物として認定され、中東あたりから刺客に狙われていて、千冬はそれを助けて束さんと一緒に逃げ回るお話。
お互いがお互いに心配で気が気でならず、体の関係までもつれそうになる一歩手前で踏み止まってる状態。精神的に結構追い詰められてる感じ。


「ねぇちーちゃん」

「なんだ」

「宇宙の向こう側ってさ、どうなってるんだろうね」

「…………さぁな。私が考えても仕方ないことだろう」

「私はさ、興味あるんだよね。暗闇の向こう、星々のアーチを潜り抜けた先。光も届かない場所。何か未知のものが、私の知り得ないことがあるんじゃないかって思うの」

「ロマンチストだな」

「ダメ?」

「いや。お前にも人並みに夢のあることを言うんだなと思ってな」

「酷いなぁ」

「だが事実だ。自覚はあるんだろう?」

「…………まぁね」

「なら仕方ない。私にだってどうにもできないからな。お前は取り敢えずそのままで良いだろう」

「んー……そっか。そうする」

「それで?」

「?」

「話の続きだ。私が水を差したからな」

「あぁ、そうだったね」

「お前は宇宙の先を見たいのか?」

「見たいかも。でも、見たくないかもしれない」

「曖昧だな」

「そーだね。でも仕方ないのかも。未知のことを知りたいのはあるけど、それを知って知らないことがなくなったらって思うと、怖い」

「お前は今この地球上のことを全て知っている、と?」

「そうは言ってないよ。私は知ってることしか知らない。でも、興味のないことは知らないの範疇には入らないよ。それはもう既に知り得る方法があるから。私が知りたいのは、知る方法すら確立されていない未知だから」

「それが宇宙だと?」

「そう。宇宙(そら)は有限なのか、それとも無限なのか。私が知りたいのはそれ。有限ならそれまでだし、無限ならまだその先に知らないことがあるってわかる」

「壮大な夢だな。寿命がいくつあっても足りないんじゃないのか」

「それをどうにかするために頑張ってるんだから。ちーちゃんも協力してよ」

「……そうだな。できることは気が向いたら手伝ってやる」

「やったー、じゃあ約束ね」

「覚えてたらな」

「大丈夫、束さんがしっかり覚えててあげるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから何年の時がたったのか。よく、覚えていない。

 

 うとうととしていた思考を振り払うように私は(かぶり)を振って息を吐く。いかん、寝るところだった……。疲れが溜まりすぎて体が睡眠を欲してる。寝てはならないと言うのに。

 

 ここはとあるビジネスホテルの一室。2つのシングルベッドが並び枕元にはランプが。対面には少し型の古い薄型テレビが台の上に置かれ、極々小さな音量で深夜番組が流れていた。旅番組らしい。どこかはわからない、人の手のつけられていない場所をカメラがひたすら進むというだけの、静かなものだ。

 ベッドに座っている私は重いまぶたを必死にこじ開け、一振りの刀を抱きながらじっと画面を睨む。本当に何もない、自然の土地だ。緑豊かで、人工物は何も見えない。背の低い草原が丘となって静かに波打ち、地平線の奥には大地を突き破って出てきたような台地があった。岩肌には垂直な壁を必死によじ登るごとく木々が根強く張り付き、その横合いを上から降り注ぐ滝の雨が装飾する。

 

 ……あそこへ行けば、何も縛られずに生きてゆけるんだろうか。

 

 なんて、柄にもないことを考えて、自分は馬鹿かと下卑た。そんな妄想ができる世界なのだろうか、ここは。

 

「ちーちゃん」

「っ」

 

 突然の声で我に返りハッと顔を上げる。テレビと私の間に、バスローブを羽織った影があった。

 

「……あがったのか」

「うん。今度はちーちゃんの番。ゆっくり入ってきていいよ」

 

 そう言って暗がりで微笑んだのは、篠ノ之束だった。手入れのされたサラサラのロングヘアー。今はシャワーを浴びて出てきたばかりしっとり艶やかに濡れていた。浮かべる表情は憂いを帯びたような、疲れたような笑みだ。僅かに火照った頬が薄く染まっているのが色っぽい。垂れ目なのがよくマッチしているんだろうか。

 

「ちーちゃん?」

「っ、あ、あぁ……すまん」

 

 二度言われ、何をしているんだと自分に言い聞かせて重い腰をあげて立ち上がった。

 

「本当に大丈夫?」

「大丈夫だ。少し休めば、治る」

「……ごめんね、私ばっかり休んじゃって」

 

 束がゆっくりと歩み寄って来てそっと私の頬に手を当てた。顔の距離が近い。息がかかりそうなくらいに。

 

 やめろ、そんな、泣きそうな顔をしないでくれ。

 

「今日はちーちゃんが休んで。もう1ヶ月もまともに休めてないでしょ?」

「そんなことは……、」

「はいはい嘘は言わない。ちーちゃんが潰れちゃったら困るのは私もなんだからね」

 

 束に背を押されずるずるとユニットバスへ。刀はするりと取り上げられ入り口横に立て掛けられた。

 

「ほら、脱いで脱いで」

「言われなくても自分でできる」

「そう? 眠すぎて途中で寝落ちしりしちゃダメだよ」

 

 肩越しにくすりと微笑んだ束の息が耳元をくすぐり、思わず肩を震わせた。

 

「いっ、いいから離れてくれ……っ」

「ふふっ、ちーちゃん、顔が赤いよ?」

「っ、たっ……!?」

 

 脱ぎ掛けたブラウスの隙間から束の細い腕が滑り込んで肌を直接撫で上げる。体の芯からせり上がってくる震えるような感覚、きめ細やかな肌の感触に脳髄が麻痺するのだ。

 

「ぅ、ぁっ、たば、ねっ……」

「ちーちゃんてこういうとこ、弱いよね」

 

 気付けばズボンのチャックも外され、太腿の間に手が。細い指が艶めかしい手付きで内腿を撫でた。

 

「いいんだよ、私に身を任せて。気持ちよくなって、ぐっすり休めば、」

 

 ふぅ、と吐息が1つ耳にかかればゾクゾクとした快感が力を奪い去っていく。脱力した脚が崩れ、荒い息を吐きながら束に寄りかかった。

 

「ほらね。いつものちーちゃんなら振りほどくのに」

 

 しないでしょ? 束はそう言って私の服を脱がしていく。

 喋る気力すら起きない。時折肌にこすれる手の感触がなんと忌々しいか――なんと、気持ちの良いものか。




つづかせたかったけど無理だった。

誰か続き書いて(懇願)


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一夏を単細胞バカッコイイ感じにする
1


サブタイトル通り


 

 織斑一夏は特別であった。

 

 ISの公式世界大会モンド・グロッソで総合優勝という輝かしい成績を収めた姉、織斑千冬を持ち。

 かつ、彼はまたISを唯一起動し扱うことのできる男性操縦者となったのである。

 

 

 

 

 

 だが、若干変わり者だった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 本日はIS学園の入学式。世界中から生徒の集まるこの特殊教育機関は女子校である。

 が、しかし。織斑一夏は特別。ISを動かした希少な存在であることから、男性であるにも関わらずこの女子校への入学が認められていた。否、義務付けられていた、と言う方が正しい。

 

 そして今彼はそのIS学園の入学式を終え、1年1組の割り当てられた最前列の教壇前の席にてボーッと天井を見上げていたのであった…………。

 

 

 

(…………眠い)

 

 くぁぁ、と1つ欠伸をする。とにかく眠い。

 朝早くに家を出て来たものだから睡眠時間が無かった。道中にも軽く仮眠は取ったのだがあまり意味を成していないらしい。昨晩は少し遅くまで家事をしていたからだろうか。

 

 ともかくとして眠い。が、ここで寝るとよろしくない。授業そっちのけで寝てしまいそうな自信がある。

 嗚呼しかし、しかし。このまま授業開始を待っていると寝てしまう。何か、何か気を紛らわせるものは――――、

 

「あ、箒」

 

 誰かが教室に入って来る気配を感じて視線を向ければ、懐かしい顔が見えた。

 向こうもこっちに気付いたらしい。一瞬目を見開いて、すぐにまた表情を戻してつかつかと歩いてきた。頭のポニーテールがゆらゆら揺れる。いいよなあの揺れ具合。ついつい目で追いたくなる。

 

「よう、久しぶり」

 

 ソイツは、何だかより一層大人っぽくなったと言うか、成長したと言うか。一度別れた時より、ずっと綺麗になっていた。

 

「久しぶりだな、一夏」

 

 そう言って、篠ノ之箒はフッと薄く笑った。

 

 

 

 

 

 篠ノ之箒。俺の幼馴染。

 物心ついた時には既に隣にいるのが当たり前の存在で。

 そんな生活が小学校5年生まで続いて。

 箒はとある事情で転校して行って。

 俺の幼馴染との思い出はそこで止まっていた。

 

 

 

 思えば、箒は小さい頃は泣き虫だった。

 気が弱くて、ちょっと転んだだけで泣きじゃくる。

 それをいつも慰めていたのは俺だったか。

 いつまで経っても歩けないとぐずる箒を、幼い体でおんぶして、ひいこら言いながら家まで送り届けた事もあった。

 そして箒の姉に滅茶苦茶心配されて、でも俺だけはちょこっとお小言をいただいたり。

 

 

 

 懐かしい回想浸りながら、進んで行く自己紹介を聞き流す。

 

 箒と一言ずつ交わした後、すぐに教員が入ってきてその場は流れた。箒はさっさと席へ向かい、俺も回転の鈍い頭を叩き起こしつつ無意識に姿勢を正す。

 今は目の前の教員、山田真耶先生が指示した通り1人ずつ自己紹介が行われている。名簿順だそうだ。

 彼女も教壇に立った時は「はじめまして、こんにちは~」と挨拶をしたが、それに返したのは俺だけで非常に気まずい空気になったのを覚えている。山田先生だけは「救世主様……!!」って感じで俺を見てたんだけども。正直滑ったので勘弁して欲しかった。

 

「えーっと……あ、次は織斑君ですね」

「うっす」

 

 もうか。50音ならあ行だから、確かに早いのも頷ける。

 返事をして立ち上がり、そのままだと皆が見えないのでくるりと振り向く。

 俺を射抜く50個以上の眼球。何故そんなに期待を抱いた眼で俺を見ると言うのか。

 しかし箒、お前だけ何でそんなに何をしでかしてくれるかって感じで皆とは違う期待を込めてるんだ。

 

「織斑一夏。K県K市の■■中学校出身。趣味は剣道と料理。座右の銘は『一意専心』。ISはシロートだけど、姉みたいな世界一目指してるんでそこンとこは宜しく」

 

 どや。うむ、噛まずに言えた。

 満足して教室を見渡すと、皆ポカーンとしてた。何だ、何か変なこと言ったか?

 

 と、不意に横からぱちぱちと1人分の拍手が聞こえてきた。

 横目で見れば箒。何やらこちらも満足気で手を叩いていた。

 

 釣られ、拍手が教室に伝播する。

 多分、未だに俺が何を言っていたか理解してない感じ。いやそれなら無理に拍手しなくていいんだぞ?

 

 

 

 

 

 それ以降、特に大きなことは無かった。強いて言えば1人高飛車っぽいお嬢様口調の人がいたような気がするけど後ろを振り向く気力もなかったのでそのままのんびり自己紹介は聞き流した。因みに名前を覚えた子はゼロだ。箒くらいしかわからん。だって顔見てなかったし。顔がわからなきゃ名前が一致しないの当たり前だよな?

 

 まぁともかく何も事件も起きずに授業へ。

 ここまでは良かった。

 

 ここからが酷かった。

 

 俺の教科書がない。

 

 鞄の中を見たがない。可笑しい。

 ちらりと右隣の女子生徒を見る。教科書の表紙をちら見する。続いて左隣の子も。

 うん、あの教科書、鞄の中には無かった。でも見覚えはある。

 

 …………一昨日の古雑誌回収の日に電話帳と間違えた奴だ。

 

 ……いや待てよ。辞書と間違えたんだっけ。電話帳にしちゃあ小難しいことばっか書いてあるっぽいなぁなんて思って捨てる方に分別してたし。

 

 うん、思い出した。辞書と間違えた。電話帳は別で捨ててたわ。

 

 しかし不味いな。初日教科書を忘れただけならともかく、捨てちまった。今から取り行っても回収日は昨日の朝だったから、今頃灰になってるんだろうな。すまねぇまだ中身も見てなかった教科書よ。君のことは忘れない……ようにしたい。

 

 取り敢えず隣の人に見せてもらおうか…………ぬ、まずい。既に板書が始まってる。もう黒板半分以上?

 よろしくない。非常によろしくない。ここで「教科書忘れたんだよ~見せてくれよ~頼むよ~」「え~織斑君初日から教科書忘れたの~? おバカさんだな~こういう日は念のため全部持ってくるのが定石じゃな~い?」「バカ言えよ~そんなの重すぎて運ぶの嫌になっちまうだろ~そもそも俺教科書間違って捨てちまったからさ~」「うわ~擁護できない程の大バカなんだね織斑君って~」「よせやい照れる~」なんてやり取りしてる間にも授業は進むんだ。一刻の猶予も許されない。俺は自他共に認めるバカだしISの授業なんて初めてだから予備知識なし。板書を少しでも怠れば……成績が死ぬ。

 成績が死ぬとどうなるか? 姉である千冬姉にボロクソ言われた後折檻されて缶詰にされる。あれは嫌だ。どこかも知らないホテルに放り込まれて外出すら許されずひたすら参考書に向き合うんだ。もうあんな地獄は体験したくない。

 

 つまるところ俺がやることは1つ。周りになりふり構わず板書をノートに書き殴るのみ……!!

 そこからは速かった。新品のノートを開きシャーペンを取り出す。芯先は1ミリピッタリの○ルトガ、これで常に同じ太さで字が書ける優れもの。消しゴムは効率よく、シャーペンを持つ利き手とは反対、左手側に配置する。更に俺は定規を取り出す。別に図形を描く訳ではない。これはただ単に右手と紙の間に挟むだけ。これで何となく紙上における手の滑りが良くなる(気がする)。字は自分がギリギリ読める最低限の字体に、とにかく板書を片っ端から写し口上も空いたスペースに捻じ込む。これが俺の勉強スタイル。わかんないなら取り敢えず、写せ!!

 

 隣の隣から、何かこちらを嘲笑するような気配がしたが、無視した。

 

 

 

 

 

 1限、2限が終了した。俺の頭は沸騰した。周りから視線が集中してるのがわかる。俺の頭から湯気が出てるんだ。

 

「…………水」

 

 水が飲みたい。知恵と一緒に蒸発した水が欲しい。

 

「相変わらず、おつむは変わらないらしいな」

 

 ひんやりした机に頬を当てて気持ち良くなってると、眼前に500mlペットボトルのミネラルウォーターがとんと置かれた。買いたて冷え冷えだ。ほやほやと言わなかったのは温そうな雰囲気じゃなかったからだったり。

 

「箒か。水貰っていい?」

「好きにすればいいだろう」

「サンクス」

 

 体をお越し早速水を体に流し込む。知恵熱が引いていく。うまい。

 一気に3分の1程飲んだところで一息ついて視線を上げれば、飽きれ顔の箒が机に手を置いて寄りかかっていた。そんな表情を見るのは初めてだ。

 

「箒、面白い表情してるぞ」

「誰の所為だ、誰の。全く、いつまで心配かけさせる気だ」

「心配? 誰の?」

「お、ま、え、だ」

 

 ビシッと箒の人差し指で何度も何度も俺の額を突いて来た。痛い、痛いっス。

 

「この単細胞バカ。Fランにしか行けないような脳みそになっていたらどうする気だ。昨今阿呆共のしょうもない女尊男卑の所為で男の就職率が若干厳しくなった時代、お前のようなバカが就職できるとでも思ってるのか? 甘い、甘いぞ一夏。ラスグッラより甘い」

 

 ラスグッラってあれだよな、世界一甘いって言われてるお菓子。すげぇ、俺世界一を超えた。

 

「就職もせずフリーター気取りか? つまりは一生ヒモだぞ。千冬さんにおんぶ抱っこで養われる正真正銘の役立たずだ」

 

 何かすっげぇボロクソ言われてるんだけど。俺泣いていい?

 

 額が赤くなって来た頃、ようやく箒がつつくのを止めてくれた。これニキビできるかもしれん。

 

「少しは頭が良くなる努力をしたらどうだ? ただノートを写すだけでは何も意味はないぞ」

「いやでもお前授業中面白そーに俺の方見てたじゃん」

「小学校の時からやり方が全く変わらないから懐かしむと同時に憐れんでたんだ」

「憐れむ前に助けてくれよ……」

 

 可笑しいな、あの頃の純粋な箒ちゃんはどこへ行ってしまったのか……。

 

「実は教科書を使わない辞書と間違えて捨ててしまってだな」

「本当にお前は世界一のバカだな」

 

 間髪入れないツッコミが俺の精神を容赦なく抉る。へいへい、俺はバカですよ~。

 

「少し、よろしくて?」

「ぬ?」「む?」

 

 と、後ろから声がかかる。箒は顔を向けるだけで良かったが、俺は真後ろなので見えん。

 ああでも、この高飛車お嬢様っぽい声には聴き覚えがある。誰だったかな。

 と言うことで後ろを見る。振り向くんじゃなくて、見上げるようにして体を反らす。

 目に飛び込んで来たのは金髪縦ロール。あれどうやってセットしてんだろうか。

 

「……織斑一夏」

「俺に用か?」

「ええ」

 

 何だろう、俺何か変なことしただろうか。とっても不機嫌そうに、それこそよくある“養豚場のブタでも見るかのように冷たい目”って奴だ。今回は侮蔑の意味もそこにおまけでついて来てる……気がする。

 

「…………貴方、人と話すのにその態度と体勢は直そうとは思いませんの?」

 

 態度? それはまぁともかく体勢はいただけないか。

 反っていた体を元に戻し、今度は体ごと回って椅子に横合いから座り直す。

 

「ん、これでどうだ」

「わたくしは態度と体勢と申した筈ですが?」

「あ、そうか、態度……態度かぁ、忘れてた。うーん……それは難しいなぁ。俺ってば昔からこうだから」

 

 腕組んで態度を直す方法を考えるけど何も思い浮かばない。人って全然変わらないんだよな。箒は色々、それこそ本当に色々大きく変わったけど。チラッと視線を向けたら恍けた表情してる。大丈夫、バレてない。

 

「まぁそこはスルーってことで。どーしても直してほしいってんなら善処はする、かもしれないし、しないかもしれない。それで、用事ってのは?」

「…………百歩譲ってそれは置いておくとしましょう。本題ですが、貴方に質問がありますの。(ぼか)したり曖昧な返事はせずにハッキリと回答なさい」

 

 言われ、「おう、任せろ」と返すと、これまた何か言いかけて口を半分開けたが無理矢理閉じて一度咳払い。言葉を整理するように一息ついてまた口を開いた。

 

「先程の自己紹介、あなたはどこまで本気ですの?」

 

 先程の。つまりあの“そこンとこは宜しく”ってやつか。

 

「全部本気だけど」

「……………………耳が遠くなってしまったのかしら。もう一回言って下さる?」

「全部本気だけど」

 

 ふらりと、目の前の金髪が揺れた、ように見えた。一瞬貧血っぽいような倒れ方したけど大丈夫なんだろうか。

 

「大丈夫か?」

「……貴方程度に心配される程のことではありませんわ」

「そうか?」

「そういうものです。少しは察しなさい」

「無茶言わんでくれ。俺はバカだからな、あんまり細かいことはできねぇ」

「……本当にバカですの?」

「おう、俺はバカだ。なぁ箒?」

「そうだな、お前は私の知る限り最高峰のバカだ」

「な?」

「“な?”などと言ってる場合じゃありませんわ……」

 

 酷く疲れた顔をして大きく溜息。バカにされてるなぁ、俺。

 

「バカと自称しておきつつ、だからと言って何でもかんでもが許されると思っているのですか? だとしたら勘違いも甚だしい。ここはIS学園、貴方のようなパイロットになるための努力をしてこなかった輩が我が物顔で居座る場所ではありませんわ。その間抜け面を消しなさい。それが出来なくば即刻退学すると良いですわ。話はそれだけです。……ああ、そうそう。決心がつきましたらわたくしに仰いなさい。最後くらいは面倒を見て差し上げますわ」

 

 と言って金髪さんは颯爽と席に戻って行った。うーん、優雅だなあの人。常に余裕を持ってるって感じ。

 

「一夏。お前いつの間に貴族と知り合った?」

「いやいや、俺に貴族の知り合いなんていないぞ。そもそも外人さんすらいないってのに。……ああ、そう言えば」

「そう言えば?」

「あの人めっちゃ日本語流暢だったな」

「そこを気にするか……いや、何も言うまい。元々こうだったんだし……」

 

 箒が嘆息。幸せ逃げるぞ?

 

「お前と一緒の時点で色々逃げたからもういい」

 

 どうやら俺は疫病神だったらしい。

 

 

 

 

 

 



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2

 

「はーい、それでは3限目始めますよ~」

 

 俺が疫病神とわかったところで、山田先生の鶴の一声。わらわらと皆が席に着き始め、丁度その頃に教室の扉が開いた。

 生徒かな? と何と無しに視線を向けたら、白い例の制服ではなく黒のスーツだったので先生だった。

 

「…………あ?」

 

 で、問題はその人だった。頬杖着いていた俺が、思わず口をあんぐりと開けて固まってしまう程度には、よく知る顔だった。

 皆も皆でシーンとなった。椅子を引く音すら聞こえなくなったんだから。

 その人物は表情を変えることなくヒールを響かせて歩き、教壇に立った。

 

「遅れてすまない。手短に自己紹介だけしておこう。私は織斑千冬。お前たち、1年1組の担任を務める」

 

 マジかよ。

 

「マジかよ」

「思っても口に出すな」

 

 スパァンッ、と俺の頭の上で軽快な音がする。音が軽い割には衝撃は中々痛い。気付けば彼女の――千冬姉の手には振り抜かれたらしい出席簿が握られていた。

 

 

 

 

 

 いや、どこかで働いてるのは知ってたが、まさかIS学園の教師だったとは……。

 

 目の前で手元の資料を時折見つつ、電子黒板で授業を進めて行く俺の実姉こと、織斑千冬。うーん、まだ現実味があまりない。これ夢か何かじゃないだろうか。

 

 千冬姉が教室に姿を表して自己紹介したあの直後。俺を除く1組の生徒ほぼ全員が沸き上がった。

 世界最強を目と鼻の先に見て大興奮したのだろう。黄色い歓声が教室まるごと震わせたのを覚えてる。何だかんだで俺の姉が有名なのだ。

 そしてそれをただ一喝で静めた姉も姉だ。教師と言うより教官が似合う。きっと軍隊の新人を罵倒に罵倒を重ねて育ててきたに違いない。

 

 って思ったら千冬姉が一瞬だけ睨んできた。寿命と玉が縮んだ。俺が悪かったです千冬姉は世界一心優しい先生ですもんねそんなことするはずないですよねー。

 取り敢えず千冬姉のカリスマ性は即興の義勇軍が作れそうだと言うことは確認した。

 

 そして現在。千冬姉は思ったより先生だった。缶詰め時代を思い出すと喉元に刀の刃先を突き付けられて半ば脅され気味な感じにやっていたのでどうなることやらと思っていたんだが……流石に一般常識的な授業で助かった。相変わらず意味はわからんが。

 

 で、3限4限とやってきてそろそろ正午も近いなぁ、なんて思った頃。キリがよくなったところで千冬姉が資料を閉じた。

 

「さて、時間が少しあるので今のうちに決められることを決めておこう。お前たちの中から1人、クラス代表を選出する」

 

 クラス代表。読んで字の如く、クラスを代表する人物だ。と言ってもその内容はクラス委員に似たり寄ったりでクラスの取り纏めとか、後は雑用とか。と言うのが千冬姉の説明。なるほど、面倒だ。

 

「立候補、推薦は自由だ。遠慮せず意見を言え」

 

 とは言うものの。手はすぐに上がらなかった。

 まぁまだ慣れない環境で積極的に前に出ようってのは心理的に厳しいよな。

 

「はい」

 

 と、ここで手が上がった。ほほぅ、珍しい。

 視線を右側へ。教室の右端、一番前の席に座る子が手を上げていた。千冬姉に言われて立ち上がった彼女は、少しだけ浅く息を整えると、

 

「織斑一夏君を推薦しますっ」

 

 こちらを手で指し示した。

 

 ……ふと自分の後ろを振り向く。女の子と目が合った。

 君? と視線で尋ねると、ふるふると横に首を小さく振った。

 じゃあその横か……って箒じゃん。違うか。

 となるとその向こう側の子か。へぇぇ、俺と同姓同名の子がいるのかー。珍しいこともあるんだなー。

 

「織斑」

 

 なんて考えてたら、とんとんと頭頂部を小突かれた。千冬姉がいつの間にか俺の横に立ってて出席簿を俺の頭に乗せていた。

 

「この教室に織斑一夏はお前だけだ。現実逃避をするんじゃない」

 

 …………わかってたけどね!! さっきの子が言ってたの俺だって知ってたし!!

 

 うーん、辞退したい。

 

「なお推薦の辞退は却下だ」

 

 鬼だ。鬼がいる。

 

「クラス代表は(バカ)でも務まりますか?」

「バカを矯正すれば誰だってできる」

 

 やべぇ缶詰の未来が見える。

 誰か、誰か代わりに出てくれないとバカがクラス代表になりますよ!? いいの!? 1組の代表さんはバカ=1組はバカのレッテル貼られかねないよ!? 過去に俺がいたクラスは、俺の所為で無関係にモラルが低いって噂される程なんだからな。良くねぇに決まってるだろ。

 

 さて、誰か俺の代わりになってくれる人は……。知り合いごいれば推すんだけど……………………ん?

 

 いるじゃん。知り合い。

 

「はい千冬姉」

「織斑先生と呼べ愚弟」

「じゃあ織斑先生」

「発言を禁止する」

「はい…………ってちょっと待って理不尽過ぎる」

「考えが見え見えだ。自分がやりたくないからと他人に押し付けるのは推薦とは言わん」

 

 ど正論じゃねぇか反論思い付かねぇ……ッ!! くそ、これじゃあ俺の“篠ノ之箒ちゃん推薦作戦”が……。

 チラッと箒を見た。ほくそ笑んでいやがった。何だあの表情めっちゃムカつくんですけどぉ!?

 

「……はい」

「オルコット」

 

 お、いいぞ。立候補か? 推薦か? どっちでもいい、俺より適任なのは確定だな。

 

「わたくしが、立候補させていただきます」

 

 立候補。ますます素晴らしい。俺の出る幕はないな。

 

「意見を述べさせていただきますと……そこの方は代表を務める器がございません。態度さながら考え方も全く相応しくない。わたくし達の1組に泥を塗る以外ありえませんわ」

「ハッキリ言ってくれるねぇ…………あれ、もしかして……」

 

 と、後ろを振り向く。

 

「あ、やっぱりアンタか」

 

 金髪ロールの子だ。腰に手を当て、何ともつまらなそうな表情でこっちを見てる。

 

「何か、ご不満でも?」

「そりゃあねぇ。バカでも日本語くらいは理解できるのさ」

「あらそう。ですがわたくし、嘘を言った覚えはありません。わたくしが評価した貴方を正直に申しただけですから」

「そっかー……まぁ確かに俺には務められるような大役じゃないってのはわかるけど……、」

 

 ああ。頭では理解してる。

 俺はバカだから。皆を取りまとめようったって出来るはずもない。そんなやり方知らないし、教えられたってできない。俺はそういう生き物だ。

 

 けど。

 

 だが。

 

 でも。

 

「……やっぱさぁ、正面切って喧嘩売られてるって思うと、買いたくなるのが俺なんだわ」

 

 ムカついた。ただそれだけだ。

 子供(ガキ)か、だって? 大いに結構。俺はまだまだクソガキだ。ガキはガキらしく暴れてやる。後は大人が止めるまで、だ。

 何も最初から諦めてる訳じゃない。バカはバカだ、理解するのが遅かったりするのは承知のはずだろう。だな理解できない訳じゃない。努力を重ねて覚えれば良いだけの話だ。

 

「売られた喧嘩は買う。俺は推薦じゃなくて立候補するぞ。そんでもって、勝つ」

「あら、威勢だけは良いですのね。本気で勝てるとお思いで?」

「口だけしか動かせないような奴に負ける気はしねぇさ。俺は口より拳の方が強いんでね」

「あら、わたくし代表候補生ですのよ? たかが知れてるような貴方に負ける筈がありませんわ」

 

 互いに青筋立てて不敵に笑い睨み合う。

 ピリピリとした空気。いいね、一触即発の雰囲気。シビれる。

 

 さて、じゃあこれを解決するにはどうすれば良いか。

 簡単だ。闘って、決着をつければ良い。バカでもわかる。

 

「「決闘」」

 

 2人の声が重なる。そうだ、これでいい。

 

「ISで勝負だな」

「ハンデはいかがいたします?」

「いらん。お互い全力で叩き潰す。喧嘩は全力でやるもんだぜ?」

「喧嘩と決闘を混同しないで下さいます? 決闘は聖なる儀式と同義です」

「そりゃ失礼。だがやることは同じだ」

 

 互いに納得したのか、そこで話は終わり。前に向き直り、千冬姉を見る。

 

「話は纏まったな。では来週の月曜日の放課後に織斑とオルコットでISでの試合を行う。試合は一回きりだ、悔いなくやるように。以上」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大見得切ったな、一夏。ISもないクセに」

 

 カツ丼を食ってるとテーブル席向かいの箒が実に面白そうに笑っていた。そりゃあもう悪い笑みだ。お前の鯖の味噌煮込み食うぞ。

 

「仕方ねぇだろ。女の子殴る訳にもいかねぇし。だったらIS使った方が良い」

「そう言うところは紳士だな。前々からだが」

 

 次は呆れたみたいにフッて鼻で笑う。コイツいっつも俺見て楽しそうにしてるんだよなぁ……何でだろ。

 

「で、策はあるのか? 向こうは何と言っても代表候補生だ。ISの操縦技術に関してはお前より圧倒的に上。真正面から行っても撃ち落とされるのが現状だと思うが」

「策なんてないぞ。ただ試合に出てどうにかする。今更初心者(バカ)がどんな策立てようが経験者(アイツ)にとっちゃ策にならん。全力でやって勝つだけだ」

 

 結局のところ、俺とアイツには大きな経験値の差がある。

 箒にさっき聞いた代表候補生と専用機持ちという肩書き。ISの世界大会モンド・グロッソへ向けた強化選手の一員で、ISの稼働を何年もやってきている。ついこの前、初めてISを触って動かした俺とは大違いだ。策で勝とうなんざ考えたって無駄。アイツがちっぽけな策で落ちる程ヤワな奴じゃないことは最初から見てわかってた。

 

「要は当日に向けて最高のポテンシャルに仕上げる。これだけで充分」

「その自信がどこから湧いてくるのか、いつも気になるのだが……まぁ有言は実行して来たのだし、心配は無用か」

「そう言う事よ。で、当面の問題は、」

「ISの操縦か?」

 

 全くその通りで。

 

 教科書もなく基本すら何も理解してない俺。いきなりISに乗れなんて言われても操縦なんざ無理だ。せめて移動くらいには慣れておきたい。

 

「乗ったのは入学試験くらいか?」

「そうなる。でもそん時は向こうが勝手に飛んできて咄嗟に横に避けたら壁に突っ込んで俺何もしてなかったんだよ。確か山田先生」

「……それは教師として良いのか……? いや、そんな、良い筈が……」

 

 箒が何やら難しそうな顔でぶつぶつ言い始めた。

 

「…………取り敢えず山田先生のことは怪しい物として置いておこう。続きだが、ISの練習をするには訓練機を借りるしかない。で、借りるにも申請を通してかつアリーナの使用届もいる訳だ。専用機があればアリーナの届けだけだから楽ではあるのだが」

「ああ、確かに……専用機か……そう言えばさっき千冬姉が“お前には専用機が用意される”って言ってたなぁ」

「専用機……? ……そうか、確かに一夏になら用意されてもおかしくはないな。で、その用意される専用機はいつ届く?」

「来週の月曜」

「ん?」

「来週の月曜」

「……それは本当か?」

「千冬姉が言ってたから嘘じゃない」

 

 そう、月曜日。要は試合当日だ。うん、俺も思ったよ。バカじゃねぇのって。

 

「装備の内容は?」

「それもサッパリだってさ」

 

 肩を竦めると箒もやれやれと首を小さく横に振った。まぁ誰だって落胆するわな。専用機が貰える、なんて聞いた時は得した気分になったけど、いざこうなると得体の知れないモンが届くかもしれないので楽観視できない。

 

「……しばらくは訓練機での練習だな。予約が取れればの話だが」

「つっても訓練機が使えなかったらどうするんだ? てか使えない場合の方が多そうだけど」

「実機訓練ができないなら筋力トレーニング以外ないだろう。後は……剣道か」

「剣道?」

「ああ。戦いの感を掴むなら、それくらいしか手はないんじゃないのか?」

 

 言われてみれば。確かに実戦に一番近いのは剣道くらいな気もする。

 

「じゃあメインはそっちだな。訓練機借りれたらラッキーくらいで。箒、久々に剣道の相手してくれよ」

「臨むところだ。私も久しぶりにお前とやってみたかったからな」

 

 取り敢えずの方針は固まった。後はどうにかこうにかメニューをこなして試合の日を待つばかり。

 

 ……俺の専用機、どうなるんだろうか。使い方がわかりやすいのだといいんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 織斑一夏。

 織斑千冬の弟であり、ISの男性操縦者。

 知識、知性ともにレベルは低めと見える。運動能力は不明。ただ、外見から見るに運動不足という訳ではないだろう。

 

 それが現状でセシリア・オルコットの知り得る織斑一夏の情報である。

 

「……不気味ですわ」

 

 サンドイッチをつまみつつ、皿の横に置いた資料を斜め読みするセシリアだったが、その実内容はそこまで頭に入って来てはいなかった。

 

 考えるのは織斑一夏のことだ。

 幼い頃から社交の一環で様々な人物と出会ってきたが、セシリアにとって織斑一夏という人物はあまりに異質だった。

 

 バカを自称し、ヘラヘラと気の抜けた態度で居座る彼。授業中はそれなりに集中していたらしいが休み時間になればだらけた様子を見せる。とてもだがISを動かした人物には見えなかった。

 加えて、ただ男性だからという理由だけでちやほやされ続ける光景。クラス代表に推薦されたというのもセシリアには理解ができなかった。

 

 セシリア・オルコットは努力家だ。貴族の娘に生まれ、幼い頃から英才教育を受け、自身の秘めていたポテンシャルもさながら、努力に努力を重ね自身を磨き続けた。ISの代表候補生になったのもその努力故の結果だ。

 

 しかし、織斑一夏は違った。

 

 希少(レア)というだけで、彼女の歩んできた努力の道を全てすっ飛ばして来たのだ。気に入る訳がなかった。寧ろ毛嫌いするくらいだ。

 

 だから突っかかった。自分は貴方を気に入っていないと。

 それで反発してきて向こうから手が出れば万々歳。相手は自分の前から退場せざるを得ない。

 

 だがしかし違った。

 

 織斑一夏は、静かにキレた。

 

 別に予定が狂ったことには何も思わない。元から宝くじ程度のことでしか考えてなかったからだ。

 

 それよりも気になったのは織斑一夏の考えである。

 教室で数瞬視線が交わった時、彼の奥に見えたギラギラとした光。自分の実力を欠片も疑わず、目の前の事象に対して何ら疑問を抱かずに向かって行くかのような真っ直ぐな眼光。

 

 あれは何だろうか。

 

 少なくとも、セシリアが今まで出会ってきた男に、あんな瞳を持つ人間はいなかった。

 

 故に、気に入らない。

 

 男とはセシリアにとって害以外の何物でもなく、排除せねばならないモノ。

 

 よって織斑一夏も例外にあらず。

 

 正面から、圧倒的実力でもって撃ち落とす。あの、どこから湧いたのかもわからない自信を、徹底的に打ち砕く。

 

「精々足掻くことですわ……」

 

 サンドイッチを食べ切り、少し温くなってしまった紅茶を飲む。考えすぎか、等と心を落ち着け、資料を片付けてセシリアは席を立つのであった。

 

 

 

 

 

 



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3

 

 ここ1週間を振り返る。

 

 剣道。

 

 剣道。

 

 剣道。

 

 剣道尽くしだ。

 

「まさかISがここまで使えないとはな……、」

 

 隣で箒が疲れた顔してる。無理もない、淡い希望は尽く打ち砕かれた。

 言ってしまえば、俺は今日現在である月曜日放課後までISを一度も触らなかった。触れなかった。キャンセル待ちしてたんだが、残念なことに空きはゼロのまま時間は過ぎていって、もうクラス代表決定戦直前となった。

 時間は16時15分、試合開始予定まで残り15分。さて、ぶっつけ本番でISを乗りこなさなければならん。今回で起動は3回目、しかし本格的に動かすのは初めて。うむぅ、上手くできるんだろうか。するしかないのはわかってるけど。

 

 先述通り俺は1週間剣道とあとはトレーニングしかしてない。ISには触ってない。因みに察しの通り専用機もまだだ。

 

「『打鉄』乗るか、専用機とやらに乗るか……うーん、迷いどころだ」

 

 一応、専用機とやらは間もなく到着予定らしい。今はピット(ここ)に向けて運び込んでる最中なんだとか。

 しかしながら専用機は性能の代わりにクセがある。個人に合わせたが故の弊害だ。

 そして訓練機の『打鉄』は安定した性能だが突出した部分が全くなく、総合的な面で見れば専用機に劣る。

 

 どっちがいいんだろうなぁ……。

 

「箒、どっちがいい?」

「自分で決めろ」

 

 と、箒はアテにならない。何でか気付いたら一緒にピットに来てたんだけど、観客席に行かないでいいの?

 

 まぁそれはともかくとしてだ。

 

「織斑くーん!!」

 

 『打鉄』の前で悩んでいると、入口の扉が開いて巨乳が跳ね…………山田先生がぱたぱた走って来た。

 

「今届きました、織斑くんのIS!!」

 

 肩で息をし、それでもなお自分の後ろを指差す。

 カートに乗せられピットに入って来る白いIS。差し込んで来る光が鈍い銀色の装甲に反射し光った。

 

「IS『白式』。これが今日からお前の専用機となる」

 

 ISの隣には千冬姉が、ソレを見上げている。

 

 そのIS、何とも“鋭い”印象を受ける。

 今まで近くで見てきた『打鉄』と比べれば線が細い。

 

「乗るか。『白式』に」

 

 何となく、こっちの方がいい。本能的に感じた。これなら、もっともっと、予想よりももっと上へ行ける。

 

「乗る、か……そうか。らしいな、一夏」

「だろ」

 

 箒はクツクツと懐かしそうに笑い、俺も釣られていつものようにケラケラ笑う。あの時と同じだ。小学校のあの時と。

 

「『白式』は中身が全てまっさらだ。初期化(イニシャライズ)最適化(フィッティング)一次移行(ファーストシフト)もされていない。それでもやるか?」

「愚問だぜ千冬姉。俺は俺のやり方で勝つ。心配なら無理矢理止めてくれ」

「ハッ、誰が心配なぞするか。変な問題を起こさないかどうかが重要だ」

「それを心配って言うんだぜ、織斑センセー」

 

 運ばれてきた『白式』に飛び乗る。初めてISを動かした時、情報が流れ込んでくるあの感覚。俺と『白式』が混じり合ってゆく。

 

「…………試合開始は1分後だ。男らしく、散れ」

 

 そこは勝てって言ってくれよな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セシリア・オルコットは一足先にピットを出て、アリーナ中央の空中で静止していた。

 まとうISは『ブルー・ティアーズ』。蒼を基調とした射撃型の遠距離戦闘用ISだ。イギリス第三世代の象徴であるBT兵器を運用するこの気体はセシリアの専用機。苦楽を共にしてきた相棒だ。

 セシリアは大型レーザーライフル《スターライトMk.III》を静かに抱き、じっと対戦相手の登場を待っていた。

 自身のコンディションは問題なし。『ブルー・ティアーズ』も事前のメンテナンスで異常は出なかった。武装の手入れも怠らずにやってきた。

 ここまで来て自分に問題点はなかった。別にあるとすれば、相手の戦力が未知数であるということくらい。

 

 対戦までの1週間、セシリアは情報収集を怠らなかった。織斑一夏の運動能力は、まず並みではないということ。彼の身体は間違いなく鍛え抜かれたモノだ。

 また更に、彼は篠ノ之箒と共に剣道をしてきたという。観察し、聞き込みをし、わかったことはその腕前も凄まじいということ。織斑一夏と篠ノ之箒の打ち合いを見ていた者は皆が口を揃えて言うのだ。

 

 “あれは本当にヤバい”と。

 

 もっと具体的に知りたかったが、とにかくヤバいらしい。そのヤバいを説明するには語彙足りないとも聞いた。

 と言うことは、織斑一夏の近接戦闘能力は高い水準と見て間違いない。近付けさせるのは愚策だ。

 

 そう思考していると、反対側のピットから銀色のISが飛んできた。『打鉄』とは違う、鋭角なシルエット。専用機なのだろう。

 『ブルー・ティアーズ』のハイパーセンサーが解析結果を表示する。日本製第三世代型IS『白式』と出た。

 

「待たせたな。ISが届くのが遅くなった」

「無駄口は結構。早く構えなさい、織斑一夏」

 

 へらへらと笑って片手を上げながら彼はやってきた。何と苛立たしい事か。勝負前だと言うのにセシリアの思考は煮えたぎる。彼のこれがもし演技だとしたなら相当の役者である。

 

「わたくしと貴方は決闘を行うのです。それ以外に無駄なモノはいりませんわ」

 

 セシリアは無駄が嫌いだ。決闘に口先はいらない。必要なのは己の実力のみ。故に織斑一夏が気に入らない。

 

「そう急かすなよ」

「急かしてなどしておりませんわ。当たり前の事を言ったまで、それとも常識すら理解できない猿人ですの?」

 

 挑発するセシリアの言葉に、ピクリと一夏の頬が引きつった。セシリアの予想通り、やはり思考回路は単純。煽りに弱く、挑発にいとも簡単に引っ掛かる。

 彼女にとって微細な表情の変化を読み取るのは簡単なことだ。幼くして大人の貴族社会に溶け込むことを強要されたセシリアの観察眼は決して隙を見逃さない。

 

「……オーケー。ご託は無しだ。勝ち負け決めようじゃねぇか」

 

 一夏が、笑う。その瞳の奥、セシリアはあの時と同じくギラギラ光る獣の眼光を垣間見た。

 彼の言葉に無言の肯定を返し、1つ深呼吸をする。冷たい空気が肺を満たし、熱かった思考回路が冷える。闘志は熱く、しかして冷静に。冴え渡るスナイパーの眼はたちまち1匹の獲物を視界に捉えた。

 周りは静寂。否、声はするがセシリアには聞こえない。彼女に雑踏は意味をなさない。見据え聴くのはただ相手のみ。織斑一夏の一挙手一投足全てに神経を張り巡らせ、呼吸も、鼓動の音さえも聞き取ってしまおうとまで神経を尖らせる。

 

 試合開始までのカウントダウン。3つのシグナルが点灯した。そして、3つ時を数えて、

 

「――――」

「――!?」

 

 青い閃光が(したた)かに一夏の頭、ど真ん中を撃ち抜いた。

 一夏は呻く暇すら与えず視界が反転、景色がひっくり返りチカチカと明滅する。

 スローモーションの世界、衝撃に跳ね上がった頭から後ろへ倒れていく。

 

 その時既にセシリアは2度目のトリガーを引いていた。

 狙う先は再度ヘッド。落ちて行くその先目掛けてレーザーが穿つ。

 ヒット。絶対防御が2度目の発動、シールドエネルギーがごっそりと減る。

 絶えずトリガーを3回目、頭から落ちて行く『白式』の機体そのものが斜線を塞ぐが、セシリアは『ブルー・ティアーズ』を僅かに降下させるだけに留め、一夏の脳天を撃ち抜いた。

 更に4度目――を狙おうとして『白式』が地面に落下。()()()()()()()()()()()

 

「――……?」

 

 その違和感にセシリアは僅かに首を傾げる。

 

 ()()()()()()()

 

 今起きている光景で、有り得ないことが起きている。

 

 ――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――――ハッハァァァッ!!」

 

 違和感は正に的を得ていた。セシリアがそれに気付いて《スターライトMk.III》を構え直そうとする、その一瞬の隙を突くように、『白式』が煙を掻き消して飛んできた。

 

 簡単な話だ。一夏は落ちる寸前、わざと『白式』で加速した。土煙を上げてセシリアの視界を一瞬だけでも潰すために。

 

 自ら地面に飛び込むなど、正気の沙汰ではない。

 だが、織斑一夏ならやる。愚直に、()()()()()()()()()()()()()と。

 

 一夏は笑っていた。

 

 それは獣だ。

 空腹のハイエナが目の前の餌を喰わんとし、爛々と目を光らせる捕食者のソレ。

 

 セシリアは一瞬、ほんの一瞬だけ頬をひきつらせる。なるほど、確かにイカれてる。

 

 考えるよりも早く、セシリアの身体は素直に動き、銃口を一夏に向けて引き金を引いた。光速の一撃は真っ直ぐ一夏を撃ち抜く……と思われたが、一夏はその時既に1本の大きな大きなブレードを斜線に被せていた。

 長さがISに匹敵するほどの太刀だ。それはただのエネルギーブレード、されどそれはここにきて盾となる。

 レーザーは寸分の狂いもなく頭部を狙っており、3回頭を撃たれた一夏はセシリアが必ずまた頭部を狙ってくることを本能的に理解して『白式』の唯一の武装を盾にした。

 

 ――そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 転じて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ISの絶対防御は、操縦者へ生命の危機が発生する脅威に対し強制的に働く。

 『白式』の頭部は装甲もなく、エネルギーシールドを抜かれればたちまち頭部が攻撃に晒される。そうなれば人間、容易く死ぬ。

 《スターライトMk.III》はスナイパーライフル。その一撃は相手をより少ない手数で仕留めるためのもの。故にたったの一撃でエネルギーシールドを抜くのは造作もないことだ。必ずや絶対防御を発動させられる。エネルギーシールドで威力が幾分か減衰しようが、人間の体を一部分焼き削ることなど朝飯前だ。

 

 賭けは一夏に軍配が上がる。

 レーザーが刃の部分に斬られ、霧散した。

 

 二人の距離は一息もせず詰まる。セシリアの迎撃は一度きり、必然的に一夏の攻撃が始まる。

 

 頭部を守るために掲げた太刀はそのまま上段から振り下ろされる。

 剛の一閃は防御の上から無理矢理叩き斬る一撃だ。受けようとすればどうなるか。間違いなく力負けする。

 更に『ブルー・ティアーズ』に防御武装は一切積まれていない。既に『白式』は太刀のレンジに入ろうとしている。

 

「ゼァァッ!!」

「っ……!!」

 

 迎撃を諦め、素直に回避へ。咄嗟に真横へ、体を捻りながらスラスターを噴かした。

 一夏の一撃は愚直なまでほ大振り。軌道こそ丸見え、避けるのにはただ移動すればいい。

 

 無反動旋回(ゼロ・リアクト・ターン)

 『白式』を中心に円を描き真後ろを取った。

 既に照準は絞られた。後は引き金を引くのみ――。

 

 瞬間、斬、と。

 《スターライトMk.III》の銃身が真下から斬り上げられ、物言わぬガラクタと化す。

 見れば一夏は振り下ろしの一撃の勢いを殺さずその場で一回転、逆さになりながらもセシリアが真後ろに来るであろうと直感的に判断し斬ったのだ。

 

「……おやりになるわね」

「そりゃ光栄だね。貴族サマに褒められるなんてのは人生初の経験だ」

 

 セシリアはすぐさま『白式』のレンジから使い物にならなくなった《スターライトMk.III》を量子化しながら後退。

 対して、一夏は逆さのままに残身。重力を感じさせることなく太刀を肩に担いだ。

 

 時間にして僅かに十秒弱の戦闘は痛み分けで終わる。

 『白式』は三度の絶対防御発動によりシールドエネルギーの半分を失った。

 『ブルー・ティアーズ』はダメージ自体はないものの、主兵装たる《スターライトMk.III》を破壊された。

 

「どうよ。俺も素人にしちゃなかなか良い線行ってるんじゃね?」

 

 一夏の表情は実に楽しげだ。しかしそれは子供の笑みではない。

 

 愉悦。

 

 心の底から湧き上がる闘争心。噴き出すアドレナリンが脳に快楽をもたらす狂気の一種に近い。

 

「んで、代表候補生からの評価はどうだい、俺」

 

 その問いに返すは、無言。セシリアは静かに()()()。まるで狙撃種の様に。

 

「お?」

 

 刹那、蒼い光が収束して大型のエネルギーライフルを形作り、『ブルー・ティアーズ』の手に収まった。

 ()()は蒼を基調とする鮮やかな『ブルー・ティアーズ』からすると、些か意外性のある色合いと言える。

 根底に滲むような黒。蒼はあくまでサブに置き、銃身の下には黒塗りの大きな刃が牙を覗かせる。

 まるで不釣り合い。スナイパーライフルに銃剣を付けるとは、何をしでかす気だと言うのか。

 

「……武器複数ストックとかアリかよ」

 

 何と禍々しい。

 頭痛のようなものを感じて頬を引きつらせる一夏が思わず口に出した言葉は、苦し紛れの抵抗のようであった。

 

「てか何で最初からソレ使わなかったんだよ。まさか油断してたとか言わねぇよな?」

「そっくりそのままお返ししますわ。油断していたのは貴方。武装を一つ破壊すれば勝負が決する等と思い上がっていたのではなくて? ――()()()()()()()()()()()()

「嗚呼チクショウそうだよ武器壊せば後は楽勝だと思ってたわッ!! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 『白式』が真横に動く。同時に『ブルー・ティアーズ』は《スターブレイカーver.β》を撃つ。

 

「ガ――――ァッ!?」

 

 音より速く、暴力的な一撃が『白式』の方に突き刺さる。

 気付けば左肩の装甲が焼けて吹き飛んでいた。ビリビリと衝撃が脳髄に響き、耳が一瞬遠くなる程の一撃。間違いなくエネルギーシールドと装甲を抜かれた。これで4度目の絶対防御発動だ。

 

「チィッ……!!」

 

 下手をすれば左腕が千切れ飛んでいたかもしれない。どれだけのエネルギーを込めればそれだけの威力を出せるのか皆目見当もつかない。と言うよりその結論を出せる程一夏の思考は冷静にはなれなかった。

 

 エネルギー残存量100%の『ブルー・ティアーズ』に対し、既に6割を削られた『白式』。

 

 戦局は、俄然観客の予想通りに傾いている――――。

 

 

 

 

 

 



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4

 

 ふと、篠ノ之箒はアリーナを飛び交う白と蒼の見やりながら呟いた。

 

「……ぎこちないな」

 

 呆れ返るような声音。失望、落胆、そこには負の感情が混じる。

 

「そう思うか、篠ノ之」

 

 そんな箒に、同じく試合の行く末を眺めていた織斑千冬が問い掛けた。その顔に浮かぶのは微かな笑み。まるで面白いものが見えそうだと、童心に帰って喜んでいる。そんな風にも見えた。

 

「……全くモノにできていない。寧ろ機体に振り回されている。私はそう思います」

「然り。これで三度目の起動だ。時間にして僅かに数分、モノにできる訳がない」

 

 それに、と千冬は続ける。

 

「訓練用の『打鉄』とも違う。アレは専用機たる『白式』だ。誰もが乗れるのではない、たった一人の為だけの機体だ。『白式』が一夏を認めない限り、絶対に乗りこなすことはできんさ」

「……一夏は、認められるんですかね」

「なに、心配なんぞする必要もない。一夏はやるさ。――――私の弟なら、これくらい軽く乗り越えてもらわねば困る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なげぇ。たった数秒が何分にも感じるくらいになげぇ。

 俺は一体何時間飛んでる? たったの10分だと?

 ウソっぱち言いやがって、()()()()()()()()()()()()

 クソッタレ、奴さん全く隙が見えねぇ。武器が変わってから尚更だ。

 あの黒いライフル、()()()()。精密さとかそういうの全部度外視して攻撃にだけパラメータ振りきってやがる。

 当たり前だよなァ、食らったら装甲まで抜かれるハズだ。次当たったら間違いなく勝負が決まる。シールドエネルギーが残っていようがアウトだ、当たれば絶対怯む。

 連射が効かなかろうが全く関係ない、アイツは当てる、()()()()()()。確実に当てた落とす気だ、連射能力なんざ必要ねぇ。

 

 近付こうにもプレッシャーがヤバい。太刀一本背負ってるだけの俺に出来るのは寄って斬るだけ。

 でもアイツは突っ込もうとした瞬間に当ててくる。

 実際に撃たれた訳じゃない。ただ、俺が踏み込もうとした瞬間、()()()()()()()()()()()()()。予測じゃなくて確定未来だ。

 咄嗟に退いてなきゃ間違いなく今頃俺は土の上で負け犬宜しく這いつくばってた。

 

 ()()()()()()()()

 誰がどうかじゃなくて、俺が俺を許せねぇ。喧嘩売られて堂々買って負けるなんざクソだ。木偶の坊の極みだ。そんなモン、犬の糞の価値すら無い。

 

 さて、どうする。どうすれば勝てる?

 全く思い付かん。そもそも下手に止まればその瞬間負け確定なワケであって、そんなんじゃ落ち着いて考えることなんかできやしない。

 

「た、タイムっ!!」

「却下ですわ」

 

 即答ォーッ。つらいッ!!

 射撃を外すように横移動を繰り返す。




おわり


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アヴェンジャー
1


オリ主と束さんの逆行モノ。シリアスになり過ぎて嫌になったので没。


「……これが、終末か……、」

 

 荒れ果てた荒野の中央でタバコを咥えた壮年の男がふと呟いた。

 目の前に広がるのは、文字通りの焼け野原。あちこちから小さくない火の手が空へと手を伸ばし、魔の手に捕まった人間が喘ぎ苦しみ息絶えて燃え尽きる。

 阿鼻叫喚、死屍累々、絶体絶命。そこに人間の文化や営みは無く、地獄だけが広がっていた。

 

「……畜生が……ッ」

 

 タバコを吐き捨てる。小さかった種火が、大きく燃え上がった。

 

「世界の終わりか……アメリカも、ロシアも、中国も、アフリカも、ヨーロッパも……日本も」

 

 男の呟きは消え入りそうな程に小さく、掠れていた。滲み出る隠しきれない後悔と、絶望。男の目には既に涙などなかった。友のために流す涙すらも、彼は枯れ果てていた。

 

「……なぁ、神様。やり直しができる、なんつう便利な輪廻転生とか、起きねぇんかなぁ」

 

 感情の無い瞳が、黒煙に染まり上がった空を見上げる。今なお空には化学兵器の雲が立ち込め、もう2度と青空は拝めない有様だった。

 

「……篠ノ之束。お前が見たかったのは、こんな空だったのか……? お前が目指した(そら)ってのは、こんなにも酷いモンだったのか?」

 

 遠く空の果て、何かが落ちてくる音がした。

 

「……チャンスが、あれば……もう一度、やり直せれば……」

 

 

 

 男が最期に見たのは、真っ白な光。死の光景を最期に、男は長い長い眠りにつく――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――あ、れ……?」

 

 古びて朽ち果てそうな木製の天井が見えた。少し赤らんで見えるのは、ランプの明かりが部屋を照らしているから。普通に感じれば頼りない、ロウソク1つ程度の明かりも、暗すぎる部屋には丁度良い明るさだ。

 重りを詰め込まれた用に動かない身体が酷く苛立たしい。首を巡らせることも億劫で、何とか視線だけを彷徨わせて部屋を見渡した。自分が横たわっているのは安物のベッド。部屋の中央にはテーブルが1つとその上にランプの火がゆらゆらと揺れている。近くには椅子が2つ。その片方には、若い男……まだ高校生くらいにしか見えない青年が座っており、よく見れば彼は腕と足を組んで背もたれに背を預けてタバコを吹かしていた。

 

「……起きたか?」

 

 青年がゆっくりと振り向く。ランプに照らされて暗闇にぼうっと浮かび上がる顔に、目を覚ました“彼女”はよく見覚えがあった。

 

「なん、で……、」

 

 ゆっくりと覚醒に向かっていた意識が、頭を棒で殴られたようにハッキリと鮮明になる。

 

「その様子だと覚えてるみたいだな、安心した」

「どうして……、なんでアンタがいる……!?」

 

 タオルケットを跳ね除けて飛び起き――――ようとして、体に力が入らず“彼女”は再びベッドに尻餅を着いた。

 何かを叫びかけ、やはり止める。支離滅裂な事を自分が言いかけているのを直感的に判断したから、“彼女”は暴走しそうになる思考を必死に咎めて深呼吸をし冷静になれと言い聞かせる。

 それからたっぷり1分は過ぎたか。“彼女”は浅かった呼吸を落ち着かせ、ゆっくりと立ち上がった。

 

「まさか、また会うなんてね」

「ああ。俺だって驚いたさ。何せ、まだ――――いや、もう一度、俺達は生きている」

 

 男が口角を上げた。笑っているというのに、その目に感情は無かった。いや、相も変わらず無かった、が正しいだろうか。

 気味の悪い笑顔に“彼女”は何となく懐かしさを覚え、それを頭を振って思考から追い出した。今はそんな事を考えている暇ではない。今必要な事とは現状を把握すること。何故自分がここにいて、何故全てを覚えているのか。

 

「状況を把握したいの。新聞か何か、何も無いなら出来るだけ正確に現状を教えて」

「いいだろう。まぁ立ち話もあれだ。コーヒーを淹れてくるから、それでも飲みながら話をしよう」

 

 “彼女”は逆らわず、タバコを携帯灰皿に押し込む男の言葉に従うことにした。男の性格を知っているからこその判断。間違っていない回答に、自分はまだ正常だと少し安心することが出来た。

 

 

 

「さて、どこから話そうか」

 

 席を勧められ、“彼女”は男の目の前にテーブルを挟む形で座った。コーヒーは無糖のブラック。そう言えば彼は甘いものが苦手だったなと思い出す。

 

「そうさな。まずは今日の日付……2022年4月6日。意味はわかるな?」

「……10年前の明日、ISが全世界へ向けて公表される日」

「そう。そして1ヶ月後が、白騎士事件だ」

「つまり、()()は、過去に……?」

「過去……まぁそうとも言えなくはないが、ちょっと違うな。この世に()は1人だし、()()()()も1人だ。結論から言えば、2周目ってのが正しい」

 

 思わず“彼女”は額に手を当てた。くらりと気が遠のきそうになる。彼が言っていることが真実だとすれば……いや、既に話はたらればの段階をとっくに通り過ぎている。彼の言うことは真実で、目の前の男と“彼女”は2周目を生きている。前世の記憶を継承している。

 

「そして、俺が今確かに存在しているならば。11年後、地球は……世界は終末を迎える」

「ッ……止められなかったってこと……?」

「お前さんがいなくなった時点で地球の終焉は決定してた。もう遅かったんだよ」

 

 一瞬、男の表情が苦痛に歪められたのを“彼女”は暗い部屋の中でも見逃さなかった。

 

「面白い冗談か夢かと思ったよ。俺は地獄に落ちるとばかり思ってたからな。気付いたら着の身着のまま、生きてるもんだから気が狂いそうになった」

 

 しかし男は表情を何も無かったかのように、ニタニタとした気味の悪い笑みに変えた。

 

「しかも若返りと来た。それに気付くまで一日中現実逃避してたがな、ついに俺は現実を認めちまった訳だ。そん時が一番狂ってただろうなァ。何せ国道の真ん中で叫び散らしてたんだ。クハハッ、傑作だねェ」

「……で?」

「ん、おっと、すまん、身の上話だったな。ともかく、俺は俺が2周目にいるって確信したってこった。で、この世界が以前と全く同じ進み方をしてることもな。狂ったお陰で警察沙汰だったが、お陰で情報もたんまりもらった」

「……じゃあ、もうIS学園もとっくの昔に出来てて、」

「ああ、織斑一夏は今頃IS学園に向かってるだろうな。ニュースが流れたのは1ヶ月前のことだ。ここまでピッタリだと今度こそドッキリ何か疑っちまう、前世の記憶ってもの、難儀なモンだよなァ」

「……()がここにいる理由を聞いてもいい? 本来なら今頃倉持技研にいる筈だったんだけど」

「それなんだがな。ちょいと目が覚める前のお前さんを力ずくで連れてきた。骨が折れたぜ、物理的にも」

「全然元気なクセに」

「おいおい、勘弁してくれ。骨3本だぞ3本。左腕まで犠牲にしてやっとだ。ちったあ感謝してくれ。もし大衆の目に届く場所で狂われたら困るんだ」

 

 困ったような表情を演じてみせる男に“彼女”は気まずそうに目を逸らした。男が言うのならそうなのだろう。男は嘘を言えない人だ。

 

「あまり想像したくはないけど、狂うっていうのは?」

「ん? まぁ文字通り発狂さ。まずは突然黙り込む、次に頭を抱えて絶叫、苦しげに悶えて最後は気絶。そんなところだな。まぁ前世分が無理矢理脳に詰め込まれるんだから狂っても可笑しくはないが……安心しろ、()()()()は最初から俺が眠らせておいたから特にそんなことは無かった。発狂したのは俺だけだ。2回もだがな」

「うわぁ……1回目はよく補導されなかったね」

「いやはや、幸いにも自宅でサボってた甲斐があった。誰の目にも止まらなかったから行幸ってモンさ」

「でも2回目は何故外に出たかだよね」

「言ったろ、()()()()って」

 

 それもそうか、と“彼女”は溜息を吐く。

 男は現実をそのまま、ありのままに受け止めて鵜呑みに出来て、それでいて目を背けない人だ。事実を知ってしまえば、彼は誰よりも現実を見定めてしまうのだろう。

 

「……で、()をここに連れてきたっていうのは、理由があるんだよね?」

「おお、そうだとも。そちらか本題に入ってくれるなら話は簡単だ。“リベンジ”する」

「リベンジ……?」

「そう。リベンジ。俺は前世が死にたくなるほど嫌いでな。最期まで悪あがきしたが、結局は無意味だった。だから、次は成功させる」

 

 懐からタバコを取り出した男が火を灯す。相変わらずタバコが好きな男だ。前世でもヘビースモーカーな彼を煙たがっていた記憶が克明に思い出せる。

 

「……もう二度と、あんな事はやらせねェ」

「ッ」

 

 その男の声だけは、今までにない程の感情を帯びていた。低く腹の底に叩きつけるような怒気を孕んだ一言。初めて聞いた男の声音に“彼女”は思わず肩を竦ませた。

 

「アイツらはな、踏み躙ったんだ、人間の未来を。私利私欲を満たすが為だけに。引き分け(ドロー)には持ち込んでやったがな。滑稽だったよ、アイツらが泣き叫ぶ姿は」

 

 けどな、

 

「――――何も嬉しくなかったんだ。結局世界は滅びたんだからな」

 

 男が固く握る拳からポタポタと赤い血が流れた。激情が映る瞳に、“彼女”は唖然とするしかなかった。彼を知っていれば当然、男は感情を表に出すような事はしない人間だったからだ。

 

「だからこそのリベンジマッチだ。俺が望むのは完全勝利。誰も欠けず、奴らだけを叩きのめす、最高の、これ以上にない勝利のみだ」

 

 ランプの火が、大きく揺れた。

 

「協力してくれ。火種の俺が言うのもアレだがな」

 

 煙が気まぐれに形を変えながら立ち上り、天井にぶつかって霧散する。数秒だけ、その様子を目で追いながら見ていた“彼女”は大きく深呼吸を1つすると、男の方を向いて、笑った。

 

「……驚いた。アンタがそんな言葉を言うなんて」

「俺だってビックリさ。まさか、()()()()にこんな事を言うハメになるたぁ予想してなかった。それでも、必要なんだ。俺だけじゃ足りない。もう前世の過ちを繰り返さない為に、頼む」

「ちょっ、」

 

 男が頭を下げる行動に“彼女”は慌てふためいた。まさかそんな行動をするなんて、さっきの男の言葉を借りる訳ではんないが予想外過ぎる。

 

「止めてよ、そんなの……アンタらしくない」

「知ってる。だがな、プライドなんて下らないものも、俺には不要なんだ。何もかもを捨ててでも、俺はやりたい」

 

 男の力強い瞳に“彼女”は何も言えなくなって目を逸らした。すっかり変わってしまった男に、なんと声をかければ良いのかわからなかったから。

 

「……いいよ。頭なんか下げなくたって。多分、()もアンタに頼もうと思ってただろうから」

 

 憶測や予想ではない。自分自身も納得がいかなかったから。それはよくわかっている。

 

「協力する。いや、協力させて。()も、アレは納得してなかったから」

「……そう、か。そうか。ああ、そうか、わかった」

 

 “彼女”の言葉を噛み締めるように何度も呟く男。すっかりタバコも短くなっており、彼はそれを携帯灰皿へ押し込んだ。

 

「――――なんだろうな、告白が成功した時みたいに気分が高揚する」

「成功したことないでしょ」

「あ、バレた? そうなんだよなぁ、告っても告ってもことごとく振られ続けた人生だったからなぁ。実際俺ってどうよ、女から見た評価とか」

「マイナス振り切れてんじゃない?」

「フ○ック」

「だからそれだよ……」

 

 げんなりと“彼女”が表情をフクザツなものにするのを見て、男はまたニタニタとしたいつもの笑みに戻った。

 

「いいね、カンが戻ってきたじゃないか。それでこそだ。頼むぜ、初めての共同戦線だ」

「…………ははっ、ホント、スゴいよ、アンタは。楽しくなってきた」

 

 男の差し出す手を“彼女”は強く握り返す。前世では成り得なかった2人だけの共同戦線が、今初めて出来上がったのだ。

 

「さて、それじゃあ早速準備を……と言いたいところなんだが……、」

「?」

「……()()()()、今自分が何歳かわかるか……?」

「何歳って、()はこの時はもう…………え、ちょっ、ま、待って、鏡ある!?」

「そこの扉が洗面台、ついでにトイレもある。ショックで吐きたかったらそこでしてくれな」

 

 男が言い切るよりも早く“彼女”は部屋の一角にあった木製の扉の部屋へ飛び込んだ。本調子でないのか足を絡ませて転びかけたが何とか踏み止まる。

 そこは幸いなのか、いつ切れても文句は言えないような少し薄暗い豆電球が白い筈の洗面台を黄ばんだオレンジ色に照らしていた。

 洗面台に備え付けられた鏡を見て“彼女”は絶句する。自分の姿が全く思っていたのと違った…………ということではない。強ち間違ってはいないが、正確に言えばそれはあまりに非現実的だった。

 本来なら“彼女”は、前世であればとっくに成人している年齢だった筈なのに、今鏡を見てみれば、そこに写るのはかつての自分――――高校生時代の面影を強く残す、()()()()だったのだから。

 よくよく考えてみれば転びかけたのも体を思い通りに動かせないのも、やたら服の袖が長いと思ったのも、全ては自分の体の時間が巻き戻されていたからだったのだ。

 

「よう、()()()()

 

 そして男はそんな“彼女”――――篠ノ之束本人を見て、酷く愉快そうに笑みを浮かべていた。

 

「そのアホ面、よぉく似合ってるぞ」

 

 今度こそ、篠ノ之束はショックで盛大に倒れ込んだ。床が思った以上に固かったのは言うまでもなく、彼女はあまりの痛みに久々に大泣きした。



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2

「ね、ねぇ、ホントに大丈夫なのこれ? 不安しかないんだけど……」

「お前さんが不安とはこりゃまた珍しい。どれ、恥じらってる姿でも写真に納めておこうか」

「写メらなくていいから!!」

 

 篠ノ之束の容赦ないチョップが男の腕にヒット。安物のガラケーが地面に落ちた。ついでピロリーンと音が鳴り写真が撮れた。

 

「携帯は精密機器なんだから大事に扱えよなー全く」

 

 そう言って男が拾った携帯の画面には偶然にも見事に束の()()姿()のスカートの中身が撮れていた。男はそれをこっそり保存して携帯をポケットの中に忍ばせる。大丈夫、バレてない。

 束の制服は白を基調としたIS学園の制服だ。改造可能ということで、かつて愛用していたワンピースを意識したものになっている。更に髪形は大きめのリボンでポニーテールにプラスして、初めて眼鏡をかけた。赤のアンダーリムタイプの眼鏡で度は入っていない、いわゆる伊達眼鏡というやつだ。

 篠ノ之束と言えばISの産みの親。世界最先端技術の遥か先を行く技術で彼女の作り上げたマルチフォームスーツが世界をひっくり返して今はもう10年が経過した世の中になっている。更にこの時、篠ノ之束は雲隠れにより誰の目にも止まらず世界を欺き続けている筈だった。

 何故か。無論、世界各国が彼女の身柄を求めたからだ。ISを産み出すほどの技術なぞ、誰もが喉から手が出る程に欲しいに決まっている。

 だからこそ、若返ったとは言え本人に代わりない束は変装をしていた。本当にこれだけで誤魔化せるのか怪しいところではあるが、男が大丈夫だと言うのであれば大丈夫なのだろう。

 更には彼も束と同じように男子用のIS学園の制服を着込んでいた。こちらは予めデフォルトされたものをそのまま着ているが、首元は苦しいからという理由で大きくはだけていた。

 ところで、何故2人が制服なんぞに袖を通しているのか。ご存知の通り、これから2人はIS学園に通うのである。何も気紛れで、という訳でもなく、雲隠れの為という立派な理由が存在する。加えてIS学園生徒は他国家や権利団体から干渉されないという便利な法律が定められているので逃げ込むにはもってこいの場所なのである。

 因みに入学できるように裏で工作をしたのは全て束である。男は束の作業中に別のことをしていたらしいが、あまり喋りたがらない様子なので極力聞かないようにしている。恐らく時が来れば勝手に喋ってくれるだろうとの判断だ。

 

 2人が編入するのは1年2組。最初は色々と融通の効きそうな1組かいいのではと束も言ったのだが、「お前さんはバカか」と言いたげな表情の彼に完全に論破された。

 そもそもアンタは篠ノ之束本人で1組のクラス担任は唯一無二の親友である織斑千冬だ。万が一を考えて彼女と近い場所にいるのは却下だし、更には実妹やその幼馴染みまでいる場所に行ってどうしろと。はい正体を暴いて下さいと言っているようなものだと。口酸っぱく言われた時は束が珍しく弱気になっていた。

 そんなこんなで2組である。これは2人と同時期に中国の代表候補生が編入してくるから、それを見越しての編入だった。そも、このご時世で男がISを動かすのは非常識なことであって、彼は普通ならISは動かせない。しかしIS学園に入るなら動かせなければならない。という訳で、彼は前世と同じようにISを動かすことが可能なのである。だからこそ、束から注目を引き剥がす為に代表候補生と2人目のISを動かした男という肩書きで編入を狙うのだ。

 そこまで言われると束も反論の余地などなく素直に従うしかなかった。

 

 2人が今いるのはIS学園の正門前。既に2人が入ることは裏工作により連絡が行っているので後はここで案内役を待つだけだ。

 

「……にしても遅くない?」

「大いに同意しとこうか」

 

 腕時計を確認すれば時刻は間も無く16時。集合時間は合っているのだが、案内人が5分前にいないというのは少々礼儀に欠けると言えるか。

 と、しばし退屈そうに待っていると後ろからリムジンが走ってきて正門前に横付けされる。VIP御用達の大型リムジンだが2人は特に驚く様子も無い。

 中から降りてきたのは、ボストンバックを1つ持った、活発げな印象のサイドアップツインテールの女子だった。

 凰 鈴音。中国代表候補生の1人。急遽IS学園への編入を希望して見事試験に合格、晴れて学園生徒として通学を許可される。

 予定通り。内心しめしめと悪い笑みを浮かべていると、その鈴音がこちらを見付けてずかずかと物怖じせず近付いて来た。相変わらず堂々した性格に変わりは無いようだ。

 

「アンタ達どうしたの?」

「…………………………………………」

「見ての通り案内待ちだ。編入予定でここで待っていろと指示があったんだが……、」

 

 肩を竦めて苦笑する男を、鈴音は「そう」と訝しげに見た後正門に背を向けた。

 

「編入生が私だけじゃないってのはホントだったのね……男って言うのも」

「2人目の存在が、そんなに珍しいか?」

「さぁね。正直なとこ、アタシにはどうでも良い。いつかは出てくるんじゃないかと薄々は思ってたし……で、2人はいつまでここにいるつもり? 待ってるよりは直接出向いた方がいいんじゃないの」

「……それもそうか」

 

 さっさと先を行く鈴音に、束と男は取り敢えず続くことに。

 

「……で、お前さんさ。まだ他人とは馴れ合えねぇのかい。コミュ障か」

「別に、他人とかどうでもいいし。計画遂行に必要なのは友達じゃない」

「確かに友達は足枷にしかならんけどな……。取り敢えずある程度交友関係は作っておけ。特に、代表候補生とかとはね。パイプもある程度必要になってくるし、また下手に周りを拒絶し過ぎて目立つのも問題だ。自然にしてればその内時間に溺れる、それまではとにかく世間一般常識的な普通でいてくれ」

「…………わかったよ」

 

 すごく嫌そうな表情だった。そりゃあもう、この世で最も嫌いな物を目の前に並べられてさぁ食べなさいと言われた時のような。

 

 

 

 

 

 学園内を歩き続けること早10分。唐突に前を行く鈴音が歩くのを止めて2人の方を見た。

 

「…………あのさ。受付って、どこ……?」

 

 知ったこっちゃないと言いかけて、止める。

 

「てっきり知ってるのかと思っていたんだが……少しは地図でも確認したらどうだ。携帯にマップが転送されている筈だろ」

「え、そうなの…………あ、ホントだ」

「君はもう少し物事を考えてから動いた方が今後の為だな」

 

 言い返しかけて、男の正論にやっぱり黙り込む。ぐうの音も出ないとはこういうことかと痛感した。連絡をよこした時にマップがあるから参考にどうぞとか、何か一言でも添えてくれれば良いもののと思うが時既に遅し。

 

「まぁ、運は良かったな。道のり的には近い位置だ」

「む、ぅ……、」

 

 マップが示す場所は幸いにも総合受付への距離も近い。強ち鈴音の勘は間違っていなかったこととなる。

 

 

 

 無事受付を済ませた3人は次に学生寮へと向かっていた。今のところ不自然な点やそう言ったところはあまり無い為これと言った主だった障害は無い――――ように思えた。

 ここで思い出してほしいのは、IS学園に男がいることである。それも、織斑一夏と同じ生徒として。束に続いて歩く彼はどこをどう見ても男な訳で、織斑一夏とは似ても似つかない為完全な別人だ。つまり、彼は否応なしに目立つ。生徒集団とすれ違うことはなかったのだが、いくらかこちらを見た女子生徒達が絶句していたのは言うまでもない。

 

「前世は世界も流せれてた時代だったからこうも行かなかったが、中々に新鮮な反応が貰えるのだな」

「気になるんだけど、結局ISには乗らなかったの?」

「ああ。お前さんがいないんじゃ意味が無いからな。別の方法でひーこらひーこら出し抜いてやった」

「非効率的だね」

「まあな。おかげさまで」

 

 悪びれない様子の男に、これまた束は重い溜息を吐くハメになった。どうもこの男はやはり次元が違う。前世と同じように。

 

 2人で何かと話していれば、先を行く鈴音が興味深げな探るような視線を送ってきていた。

 

「……2人して仲良くコソコソしてるけど、付き合ってるワケ?」

「とんでもない。なぁ?」

「誰がこんな男と付き合うもんか」

「そ、そう……友達にしてはやたら距離が近い気がしたから」

「ある意味で、距離は近いな。似た者同士の境遇というもの、親近感はある訳だ」

「止めてよ親近感とか気持ち悪い……単純に利害の一致と言って」

「悲しいこと言うなよなー」

 

 と、言いつつも否定はしない。

 鈴音の方はと言えばてっきり本気で付き合っているのかと思いかけたし、付き合ってなくとも距離は大分近いし意識し合ってはいるんじゃないかと思ったのだが、女子生徒の反応を見てそれは無さそうだと察した。彼女の表情は完全に男を嫌悪しているような、仇を見るような感情が込められているのを見逃さなかったし、2人とも何かを割り切っていた。深い詮索はプライベートに関わるということで鈴音は素直に退くことにしたのである。

 

 

 

 IS学園の寮は基本が2人部屋となっている。その為、鈴音は1人だけ枠の空いていた部屋へ。そして何故か男と束は2人で同じ部屋を使うことになっていた。

 

「昨今の教育機関は面白いな。思春期の男女を同じ部屋に押し込むとは」

「思春期って……アンタ中身もとっくに中年オヤジでしょ」

 

 鞄を適当に放った束は眼鏡もリボンも外して早速ベッドに倒れ込んだ。無駄に材質がよくクッション性も良い。取り敢えず寝床は及第点か、と心の中で点数を付けておく。

 男の方はと言えばクローゼットやらベッドの下やら、とにかく部屋中をくまなくチェック。「何してんの?」と声をかければ「非常時に備えて何か使用できる物の有無の確認」と言った。

 しかし避難梯子(はしご)や防護マスクも目に見える位置にきちんと整備してあるし、使用の仕方も書いてある。

 

「あのな、俺がそんな高が地震だとか火事程度の備えにこんなことすると思うか?」

 

 備え付けのコンセントプラグを外して弄り回す男に首を振って否定を返す。コンセントプラグを調べるのはいくらんでもお門違いだ。

 

「監視カメラと盗聴器? そんなのとっくに無効化したよ」

「甘いね。ただ解除するだけじゃダメだ。ここは二度と仕掛けたくなるくらいの嫌がらせをするのが正しい」

 

 例えば、映像を偽物にすり替えた上に悪質なコンピュータウィルスを仕込んだり。後は取り外し時に爆発させるなんてのも面白いかもしれない。コンセントプラグの場所なら強制放電で感電させたり――――、

 

「わかった、いちいち説明しなくていいから……取り敢えず、死人は出さないでよ。死体が寝転んだ部屋で寝泊りなんかゴメンだから」

「死人まで出す気はねぇよ。けどよぉ、お前さんそんな甘い覚悟じゃまたさっさと退場するぞ? せめて死体に紛れて仮眠を取るくらいは出来るようになんないとな」

 

 男の言い分にいい顔は出来なかった。寧ろ苦い顔しか出来ない。何故好き好んで死体の山の横で寝なくてはいけないのか。相変わらずの胆力に舌を巻いた。

 

「よし。後は天井とスタンドのLEDと……他には無いんだな?」

「今のところはね。今後共油断は出来ないかなぁ……怠い」

 

 仰向けになり、首だけを巡らせて窓の外を見た。空はとっくに茜色。窓を締め切っているので何も音は聞こえないが、カラスでも鳴いていそうだなとふと思った。

 

「狙撃には気をつけろよー」

「ちょっ、物騒な事言わないでよッ」

 

 慌ててベッドから転がり落ちて床に伏せる。なんとも珍妙な光景だが、覚えがあるのだから行動してしまうのは仕方ないことだ。

 

「まぁガラスは防弾仕様の高級品2重サッシだ。対物ライフルでもなきゃ貫けねぇよ」

 

 作業を終えた男が軽くガラスを叩く。音からして普通の窓ガラスよりは幾分か厚いようだ。どんなもの好きでも窓ガラスを貫いて狙撃するために対物ライフルを持ち出す輩はいないだろうと思い、そして無駄にセキュリティ高いなと感想を吐く。と言っても彼女自身からしてしまえば簡単にファイヤーウォールなど突破できるのだが。窓自体も構造が簡単なので解体は楽すぎる。

 

「取り敢えずは明日からの動きだ。こうして大々的に干渉を始めた以上、前世通りに事が進むとは限らん。当面の目的はアイツらを探し出して叩く。それまではIS学園(ここ)で蓄えよう」

「具体的な策とか、そういうのはあるの?」

「ない。正直なところアドリブで切り抜けるしかないのが現状だろうな。こうして覚えてるのが俺達2人だけとは限らない。流石に時期を違えることはないだろうが、要注意には越したことはない。ともかく、戦力増強は優先事項だな」

「手っ取り早いのは、『紅椿』のグレードアップとか?」

「『白式』はしばらく手は出せない。織斑一夏が無防備になるのはそれこそ臨海学校まで無いだろうしな……。一番速い段階だと、ドイツ少佐のISだな」

「『黒い雨(シュヴァルツェア・レーゲン)』か。確かに1回プログラムから見直しがされて……」

「ドイツ軍の邪魔が入るだろうが、そっちは俺が対応しよう。とにかく、お前さんは少佐が来たらある程度パイプを作っておくことだな。その後は『紅椿』のグレードアップ作業。それと並行して『白式』の2次移行(セカンド・シフト)干渉システムとその間に詰め込む武装の作成、か……。いや、『白式』に関する事項は俺が引き受けよう。アイツに接する機会は俺の方が多くなる筈だ」

「正直そうして貰えるとこっちも『紅椿』に専念できる。あれはコンセプト的に根底から覆していかないとダメって言うのがわかったからね。中国とイギリスのは、ドイツのとぶつかってダメになったところでいいかな?」

「それが一番だろうが、流石に同時並行は難しいところがあるな……片方は『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が終わったらにしよう。確かセシリア=オルコットは夏期休暇はイギリスに帰ると言っていたから、後にするなら中国がいいだろう。ゴスペルのコアは乱闘に乗じて俺が回収、長期休暇に仕上げよう」

「そうなると、パイプはドイツとか……面倒だなぁ」

「それと、中国ともな。同じクラスなら作っておいて損は無い。計画遂行の為だ。面倒でも愚痴を言うだけならいくらだって聞いてやる。と、まぁ方針はこんなところだな」

 

 中々にブラックなスケジュールだ、とは男の言葉である。確かにスケジュールは過密を極めている。下手すれば過労で倒れるかもしれない。

 

 だが、2人にとって疲労など関係のない事柄だ。片や全盛期とまでは行かないとは言え、己の細胞を改造した改造人間。片や最期まで休憩も取らずに世界を掻き回し続けた狂人。既に2人の根底は常識を捉えてはいなかった。

 

「どれ、休憩出来るのは後3週間程度だ。それまでゆっくりと覚悟を決めようじゃないか」



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3

 翌日のこと。IS学園1年2組には新たな転入生徒が3人加わっていた。

 1人は中国代表候補生、凰 鈴音。本日付で2組のクラス代表に着任。何があったかは割愛とする。

 2人目はポニーテールに眼鏡の、大人顔負けのプロポーションをした女子生徒、白兎(はくと) 束音(つかね)。アメリカからの帰国子女でIS整備を得意とする。と言うでっち上げに近いプロフィールを偽造した篠ノ之束。

 3人目は今回一番の注目の的。高校生の筈だがどこか熟年の大人の雰囲気を見せる、2人目のISを動かせる男。名を夜野(やの) 日影(ひかげ)。無論、偽名である。

 

 世間一般常識的に考えて男がISを動かすことは珍しすぎることだ。全世界で見ても、現状では織斑一夏と彼のみ。当然1組の前例があるとは言え彼は大いに目立った。それはもう、専用機持ちの凰鈴音の話題を飲み込むくらいには。

 

「嗚呼全く、こうも姦しい空間が息苦しいとは……」

「アンタにもこんな弱点があるとはね」

「弱点? バカを言え。どいつに手を掛けてやろうか迷ってたんだ」

「それは男としてサイテーだよ……」

 

 早足で2人が向かう場所は不明。正確には彼がどこかを目指し、束音がそれについて行っている形となる。こうなったのも彼が転入初日で質問攻めになった為であり、前世では見れなかった彼の弱味に漬け込んでやろうと束音が後を追っているのだ。彼の疲れきった表情が実に見物であるのは間違いない。

 そうこうしている内に人気のない建物裏にやってきた2人。聞こえるのは木々の葉が擦れ合う音や鳥のさえずりのみ。人の気配は微塵も無かった。

 辿り着いた彼が懐から取り出したのは、タバコ。どこの自動販売機でも買えるような物だ。

 

「今更ながら確認するけどさ。アンタ今中身はアレでも体は16歳なんだよ?」

「Shut the fuck up.俺がベビースモーカーなのは今に始まったことじゃないだろう。コイツが無きゃ俺は今頃海の底にでも沈んでる」

 

 束音の言う通り、2人の体は完全に16歳のもの。成人している訳でもなく、依存性の高いタバコが与える悪影響は今なお変わることはない。

 それでも悪びれることなく喫煙続行。もうニコチン中毒は治療不能のようだ。思い出してみれば前世は1本吸い終えたらすぐまた次をと寧ろ吸っていない姿の方が珍しかった気がする。

 

「今のところは史実通り順調だな。俺が代表に抜擢されないで良かったと言おうか」

「それは色んな意味で同意だね。アンタがクラス代表とか考えたくもない」

「失礼な。必要な事はやるぞ、サボらない保証はないが」

 

 そこが既にダメなんだって、という声は届かない。マイペースなのはいつも通りだ。

 

 現在は昼休み。2人は既に昼食を手早く済ませてスケジュール調整を行っている。と言うのも3週間ちょっとを無意味に過ごす訳にもいかないので今のうちから出来ることは終わらせようという魂胆だ。そうすれば後の予定にも余裕が生まれる。緊急時の事を考えて予定に若干の穴を開けておくのは必然のことだ。

 

「昨日から調べてはいるが、相変わらずアイツらは見えねぇな。まだ亡国機業(ファントム・タスク)にすら接触してない」

「ってなると前世の手際がどれだけスムーズなモノだったかがわかるね。今回の見込みは?」

「状況は常に最悪を想定して動くものだ。と言ってもアイツらは夏休みを超えなきゃ本格的には動き出さねぇよ。そうだな、キャノンボール・ファストまでは準備期間。それ以降は冷戦開始だ」

 

 煙で器用にリングを作りながら言う彼は、おもむろに携帯を取り出す。

 

「現状のデータを纏めた。赤外線通信で送るぞ。流石に手書きで纏める時間はなかった」

 

 送られてきたのはテキストデータにまとめられた機密文書。3重のプロテクトに加えて中身は全て暗号化されており、専用の翻訳表でもなければ解読は不可能なのものだ。そうでもしなければいざ情報が漏れた時がマズい。更に、情報の8割以上がダミーにすり替えられており、まず解読できるのは彼を除いて束音以外にいない。翻訳表も暗記し、プロテクトの外し方も心得てる彼女にとっては造作もないことだ。

 必要な部分のみを抜き取って頭の中で整理し文章に組み直す。紙に書き出す必要は無かった。情報漏洩を防ぐためでもあり、そもそも彼女にそんな行為は必要ないのだから。

 読み終わったら暗記は完了。端末からデータを全て消去しクリーンアップ。念の為ディスクファイルも全て初期化まで済ませて入念にデータを消す。

 

「大体現状はわかった。それから、前世で何が起こったかも」

 

 携帯端末をしまいながら空を見上げた束音は、らしくもなく少し苦しげに見えた。

 彼が纏めたデータに書いてあったのは彼が前世にて調べ続けた記録の一部と全ての出来事を簡単に纏めた物だった。今更ながら、無責任なことだがどれほどの混沌が世界を狂わせたのか、想像するだけでゾッとするし、その一端に自分の影響があるのならば無視できないことであった。

 

「まぁ今更後悔したって遅いモンは遅い。必要なのは後悔ではなく次を活かすための反省だ。たらればの話で済まないとは言ったがな、時には必要になることだってある。矛盾してるよなァ、全く」

「アンタは何でもかんでも楽しそうに捉えるね。その胆力はどこから出てくるのか……、」

「真っ先に世界を狂わせた個人のお前が言うな。よくもまぁぶっつけ本番だけで世界相手にやろうだなんて息巻いたな……………………結局逃げ回ってたけど」

「いちいち聞こえてんの!!」

「いでっ……バッキャロウ、力加減くらい出来ねぇのか。お前さんみたいに細胞強化してる訳じゃねぇんだからよ」

「そのクセ叩いても首の骨も折れてないのに何生意気言ってんのさ!?」

「こちとらのうのうと生きてるんじゃねェからな。前世じゃ不十分だった分は補わせてもらってる」

「……だから四六時中吸わなくなったの……、」

「仕方あるまい。前世はお前さんが予想外に早過ぎたからな、準備もまともに出来なかった弊害だ」

 

 怠かったなァ、と彼が見上げる先は遠い。多分その目に映る光景はかつての終わりへと走り続けた世界の様相なのだろう。束音にはそれがどういったものなのかは全く想像できないが。

 

「……む、もうこんな時間か。存外のんびり出来ないんだな、昼休みとやらは」

 

 授業開始まで後10分を切る。ここから教室まで少し距離があるため徒歩で5分強以上はかかるだろう。

 

「ねぇねぇ、放課後はどうする?」

「お前さんも予定はないんだろ? 適当に過ごしてりゃあいいじゃねェか。それとも何か? 俺に言われなきゃ何も出来ない子供(ガキ)か?」

「失敬な!! これでも成人した立派な大人ですぅー!!」

「その態度がダメなんだよ」

「あッ、それこっちのセリフ……!!」

「立場を弁えておくことだな」

「なにおぅっ!?」

「ほら、またそれだ。んま、やることねェんなら凰鈴音とでも接触しておくことだな。アイツなら分け隔てなく話せるだろうよ。あと、()()()()()()()()()

「わかってる!!」

 

 ぷくぅっ、と子供らしい膨れっ面をする束音に、彼は小さく苦笑を零しつつ教室へ向かうのだった。



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4

 転入初日の放課後。部屋に備え付けのテラスでゆっくりと煙を吹かす彼は部屋のドアがノックされたのを聞いて手早くタバコを消して携帯灰皿へ押し込む。ついでにニオイカットののど飴を放り込んでから扉を開けた。

 

「おや。こりゃまた早い」

 

 扉の外にいたのは、IS学園でも珍しい男。制服に身を包んだ織斑一夏であった。

 

「噂はかねがね聴いてるぞ、織斑。夜野日影だ」

「どうも。知っての通り織斑一夏だ。2人目の男性操縦者が来たってことで気になってたんだよ」

 

 ニカッと白い歯を見せて笑みを浮かべる一夏に、彼はこりゃイケメンだと改めて面食らう。一夏自身は全て素でやってることだろうが、ここまで自然に(俗に言う?)イケメンスマイルを出せるとはある意味でスゴいと思う。イケメンとは縁遠い生活をしてきた彼からしてみれば次元の違う話だ。無論、比喩表現である。

 

「2組の知り合いに聞いたらもう寮に帰ったって聞いてな。何か取り込み中だったか?」

「いや、初日で少し気が気でなくてな。休憩してたところだ」

 

 と、取り敢えずそれらしい理由を並べておく。喫煙してましたなど言えるはずがない。立ち話はなんだから、ということで部屋に入れ、備え付けの椅子を2つテーブルを挟んで並べて座った。

 

「えーっと、夜野日影、で良いんだよな。俺のことは一夏って呼んでくれ。同じ苗字がいてこんがらがるからさ」

「同じ苗字? 織斑なんて苗字は珍しい気がするが……まぁ都合があるならそう呼ぼう。俺のことは呼びやすい方で構わんよ」

 

 実際一夏の事情を知っている彼はさも知らなかった様子を演じきる。

 織斑という苗字がもう1人この学園内に教師として勤務していることはよく知っていることだ。が、敢えて話さないのは自分があくまで転入初日の生徒であるということ。危険はないとは言え情報を拡散させてしまうのは得策ではなかった。

 

「じゃあ日影だな。名前で呼びあった方が早く親しくなれるってモンだろ? 男同士、仲良くしようぜ」

「友好的だな。俺は捻くれ者で人が悪いぞ」

「じゃあ悪い人ではないってことだろ、余計安心するじゃないか」

 

 一夏の返しに「ほぅ」と頷く。言葉の使い回しに気付くとは、思ったよりも頭の回転は良いようだ。

 

「クラスは違うけどこれからよろしくな。やっぱり男同士なら気を使わない会話が出来ていいんだ」

「確かに、その点は同意しよう。女ばかりでは気が滅入る」

「それなんだよなぁ。まぁでも日影がいてくれれば少しはやれるってもんだ。あ、何か困ったことがあったら言ってくれよな。出来る範囲でならカバーするぞ」

 

 1ヶ月は長くいるからな、と得意顔の一夏に「そうか、そうさせてもらう」と微笑で返す。彼の場合は既に学園の隅々、地下秘密施設に至るまでの全てを把握しシステムも掌握可能なのだが、常識的に考えて言わない。人情的にも、一夏の気分を害そうと「その必要はない」なんて断る気は更々なかった。

 

「ところで日影も女子と2人で部屋使ってるのか?」

「ああ、そうだが。“も”ということは、そっちもなのか?」

「そうなんだよ。なんでも俺が自宅通学出来ないように無理矢理突っ込んだみたいでさ。気不味いのなんのって」

「まぁ確かに、思春期男女を1つ屋根の下、それも同室に押し込むなんざ本来なら教育委員会が黙っちゃいないことだが……生憎IS学園(ここ)は他国の法律も適用されない上に干渉も出来ないからな。俺らが何か言ったって無駄さ」

 

 キョロキョロと視線だけで部屋を大雑把に見渡す一夏へ肩を竦めながら答える。残念ながら彼の言うことは真実なので覆しようが無かった。

 

「そう言えば校舎の方は大分ごった返してたよ。皆2人目が見たくて仕方がないって感じだったけど……でも、2組の人達はやけに落ち着いてたなぁ」

「落ち着いていた?」

「そうなんだよ。俺がここに入った当初なんかどの女子も珍しいから興味を示すんだけど、2組の生徒だけは日影にあまり注目していなかったように思えるんだ」

 

 俺の時は違ったんだけどなぁ、と小言を漏らす一夏の前で思わず彼は内心少し舌を巻いていた。女の気持ちには気付かない唐変木な朴念仁のクセにこういった観察眼は異様に鋭い。流石は“織斑”の子か、と評価を少しだけ修正しておく。

 

「俺は本来、他人に友好的に接するような人間じゃないからな。無意識に近寄るなオーラでも出てるんじゃないか?」

 

 おどけて苦笑してみせる。

 実際のところ、他人とのコミュニケーションが面倒だった。話しても良いのだが、どうしても今は作業が優先されてしまう為に周りを相手にする時間がないのだ。

 加えて、見た目。自覚していることだが、目の前の一夏と違って顔はお世辞にも良いと言えるかどうかは怪しい、いわゆる普通、にしては少々厳つい。それでいて目付きは常に鋭く、既にとある女子生徒内ではコワモテ男子として広まっていたりする。どう考えても一夏には遠く及ばないことは確かである。

 

「群がられない分動きやすいからまだ気が楽だからいいけどな」

「さばさばしてるな。嬉しくないのか?」

「何を言う。美少女ばかりに囲まれて嬉しくない男がこの世にいないもんか。そんな奴がいたらゲイかホモだ。まぁ、実際のところは息苦しくなるのが先だけど」

「そう、それなんだよな。いざ来てみると緊張しっぱなしなんだよ。少しは馴れたけど、気が抜ける時間は中々ね……」

 

 お互い大変だな、という苦笑を浮かべる。気苦労だけはこの先絶えることはなさそうだ。

 

「そうだ。日影、この後友達とISの練習があるんだけど一緒に行かないか? 噂じゃもう企業に入って専用機を持ってるって話を聞いたんだけど」

「出回るのが早すぎる気がしないでもないが……確かに専用機はある。しかしいきなり入り込んでも良いものなのか? 聞くところによるとそろそろクラス代表同士で対抗戦があるらしいじゃないか。敵陣営の俺は(かえ)って邪魔になるだろ」

「ところがどっこい、俺は機体的に近接戦闘しか出来ないから大して問題ないぜ」

 

 ドヤ顔でそれを言うのはどうかと思うところだが、どうやら一緒に来て欲しいらしい。今の言い訳ならいくらでも論破は可能だが、せっかくの誘いを断るのも失礼だろう。

 

「そういうなら、ついて行こうかな。どうせこの後は何も予定は無かったし」

「じゃあ決まりだな」

 

 1回タバコを吸いたくなったが、そこは我慢することとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋を出てアリーナへ向かう途中、2人を迎えたのは金髪縦ロールことイギリス国家代表候補生のセシリア=オルコットだった。見るに一夏を待っていたようだが、知らない顔触れに完全に面喰らった表情をしていた。

 

「どうも、初めまして。2組に転入してきた夜野日影だ」

「……あ、初めまして。セシリア=オルコットですわ……」

 

 浅く会釈するのに対し、少しの間惚けていたセシリアだが殆どラグもなく挨拶を返す。いかにも予想外だ、という感想が顔にありありと書かれている。

 

「一夏に誘われてちょっとついてきたんだ。流石に対抗戦前は迷惑だったかな?」

「……いえ、一夏さんにとっては似た境遇のお方ですもの。ご友人として誘われたのであれば、わたくしから申し上げることは何もありませんわ」

 

 作り笑いでそう言ってのける彼に、セシリアは一瞬嫌そうな顔をしかけて、しかし社交的な笑みに直した。流石にご機嫌取りが日常茶飯事の貴族に産まれただけのことはある。表情の作り方が一般に比べてよくできている。まだまだ及第点とまではいかないが。

 

「まぁ取り敢えず早く練習始めようぜ。日影も飛ばないか?」

「俺か? まぁ邪魔はしないように端の方で身体でも慣らしてるさ」

「じゃあさ、日影のISちょっと見せてくれるか? さっきから気になっててさぁ」

 

 と、目を輝かせる一夏に「まだまだ少年だなぁ」と中身だけは中年な思考で思う。

 

「見るなら構わないが、大して面白味もない特化機体だぞ。落胆しても保証しないのでそこは気を付けるように」

 

 浅く釘だけは刺しておきながらアリーナのピットに入る。と、そこには既に量産型練習機の第2世代IS『打鉄』をまとった人が腕を組んで待っていた。

 

「遅かったな、一夏」

「あれ、箒?」

「どうしましたの、一夏さ――――って、」

 

 篠ノ之箒。()の“天災”こと篠ノ之束の実妹である。代表候補生でもない彼女が専用機を持っていないことは普通のことだが、しかしここで訓練機を纏っているのもそれはそれでセシリアにとっては無関心ではいられない状況であった。

 本来であれば今日の訓練は専用機持ちの自分だけが一夏と2()()()()で練習する筈だったのだが、気付けば2人目の男性操縦者が混じってるわ、アリーナに来てみれば恋敵がスタンバイしているやら。今日は厄日かと言いたくなる。

 

「一夏は近接戦闘機体だからな。直々に私が近接戦闘のノウハウを叩き込んでやろうという訳だ」

 

 得意顔で語る箒の顔に、セシリアは誰にも見られないよう睨みを効かせた視線を送るが、箒の方は不敵な笑みで視線を返した。「貴様だけにはやらせない」と。

 

「お待ち下さい。今日はわたくしが一夏さんにコーチングを行う日でしてよ。部外者は引っ込んでいただけます?」

「部外者? そっくりそのままの言葉で返してやる。それはそっちの方だ。遠距離武装しか積んでない専用機では一夏に教えることなど何もないだろう」

 

 バチバチと両者間で飛び交う火花。そして蚊帳の外の男2人、なのだが、とっくにその場を離れて既にアリーナに降り立っていた。殆どは先を行くのを一夏が追いかける形だったのだが。手を出さなかったのは正解らしい。

 

「さて、じゃあ俺から」

 

 一夏がまずは腕につけたガントレットを握り精神統一。刹那に白い粒子が体を包み込み、あっという間に一夏は白いIS『白式』をまとった姿になっていた。

 

「中々良いデザインじゃないか。それで燃費が悪いとはねェ」

「ハハッ、それな」

 

 お気の毒に、と言う彼に一夏は苦笑で返す。

 

「では、俺も展開させてもらおう」

 

 まずは両手をゆるりと広げた。不意にどこからともなくアメジスト色の粒子が溢れ出し彼を中心に渦を巻き上げた。同時に体がふわりと浮上、重力の影響を完全に無視した動きに一夏の口からかすれた声が漏れる。その間にも飛び交う粒子は増え続け、次第に体に形を作りながら装着されていく。光が形作るのは装甲。しかし、それはアンバランスだった。堅牢で分厚い部分は胸から下に集中し、もう脚の部分に可動域は残っていない。対照的に腕部は腕が自由に動くように薄い装甲が装着。それは普通のISからすれば1回りも小さい腕だろう。首周りにはサポーターのような黒い装甲、頭部には大きな禍々しい角のような装飾が4本2対に飛び出ていた。背負うのは大型ブースターを4つ、サイドにも各部に小型のブースターがある。一目に見て、それはまさしく“城”だった。

 

「か、カッケェ……ッ!!」

「おお、そうかい、ありがとう。演出云々の話ではなく展開に時間がかかる分厚いISなんだがな」

 

 展開が終わり舞い上がっていた風も気付けば止んでいた。一夏の純粋な白とは対照的におどろおどろしい暗い紫色のISは地面に接地することはなく浮遊状態のままゆっくりと動き出した。

 

「全域制圧用IS『冨嶽(ふがく)』……すげぇ、何かすげぇよ……」

 

 ぐるぐると周りを回りながらハイパーセンサーに表示された『冨嶽』のデータと本体へ見惚れる一夏に彼は苦笑いを零すばかりだ。

 今は物珍しさからはしゃいでいるのだろうが、実際このIS『冨嶽』に出来ることは少ない。特に1対1においては。

 全域制圧。つまりは相手領地を制圧して無力化する、IS同士の戦闘を考慮していない単一性能機体。競技用よりも更に先、実戦戦闘に視野が向けられた物なのだ。

 幸いにもなのか、今この場でその意図を把握しているのはISを展開している本人のみ。近くにいる一夏や、遅れてやってきた箒やセシリアも気付けなかった。

 

「……ってか普通のISよりデカくね?」

「色々の詰め込んだからな。どうしても下半身過多に見えてしまうのは仕方ない」

 

 気付けば、同じ地面付近だというのに『白式』は『冨嶽』を見上げるになっている。ISを展開している場合、立ち上がるとなれば脚部ユニットの高さにより視線は更に高くなるのだが、それでもなお『冨嶽』はその上を行く。

 

「米国の小企業が作り出したと言われるものですわね。本当に存在したなんて……」

「オルコットはこのISをご存知のようだな。ならば説明は2人と親しい君に頼みたい」

「は、はぁ……まぁ構いませんが……」

 

 箒と親しいと言うのは反論の余地ありなのだが平行線を辿るのは流石に良くない。それに、ここで博学を一夏にアピールすればよりチャンスは増える。素直に頷いたのは下心も色々と含めて半々だった。

 

「米国で作られたこのISは『冨嶽』ですが、元の名前は『グレイド・オブ・ガーランド・キャッスル』。意味は“不動なる不屈の巨城”です。ISのコアは元々米国政府の物でしたが当時加工技術の無い米国ではこれを持て余していました。そこでコアを国内企業へ向けて莫大な金額で売り出しました。その金額は約300億(ドル)。日本円にしてみれば3兆円と言ったところですわ」

「「3兆!?」」

 

 途方もない金額に思わず声を上げる一夏と箒。しかしセシリアはNOと指を振り「驚くべきところはそこではありません」と続けた。

 

「ISの開発が急がれた当時コアはどこも喉から手が出るほどに欲しかったもの物です。無論、噂を聞きつけた様々な国家がこれに食いつこうとしましたが何しろ値段が値段です。どの国の予算もIS開発に大半が持って行かれてしまい、おいそれと手を出せるものではありませんでした」

「じゃあ、そのコアはどうなったんだ?」

「無論、買われました。()()()

「個人って……そんな金額を用意したというのか……?」

「ええ。買収したのはシャドウ=マーカー。恐らくプライベートを尊重しての偽名でしょうが、投資家でもなく何者でもなく、普通の一般サラリーマンでした。無論個人に買われたとなればコアの管理はずっと手薄になりますから各国からスパイや刺客が送り込まれたことでしょう。しかし残念なことにマーカー氏は2度と発見されることはありませんでした。代わりに、とあるISの完成が政府に届きました。それが……、」

「『冨嶽』だったってことか……?」

「半分正解ですわ一夏さん。当時はまだ名前は『グレイド・オブ・ガーランド・キャッスル』でしたから。それは置いておいて。コアが買収されてから僅かに3週間。マーカー氏が個人的に購入したISは米国の田舎町の、小さな小さな工場でISに生まれ変わってしまったのです。さて、ここで気になる箇所があります。本来ISの開発は政府と大企業間で行われるものでありますが、ここでは誰も目に止めることのない小企業がISをたった数週間で完成させてしまいました。明らかに可笑しいと思いませんか?」

「確かに。ISの開発は多額の予算がいると聞いた。田舎町の小企業がそんな予算を出せるとは到底思えん」

「そこです。明らかに怪しい。政府が予算を組むことなくISが完成したことは喜ばしいことですが、もしこれが不正な手段によって造られたものであっては不味いことになりますね。だからこそ米国政府は調査団を派遣しました」

「そ、それで……?」

「調査団が到着した時、既にISは試験運用のために別の企業に売り渡されていました。更に、ISを完成させた小企業も完全に姿を消したのです。その後、『グレイド・オブ・ガーランド・キャッスル』は米国各地を点々と移動していた、と言われています。決して米国政府に見つかることなく。そして、ようやくそのコアの所在が明らかになったのは先月のことです」

「そう。俺が留学中に知り合いの企業が購入していた奴を、俺が起動してしまった。いや、起動できてしまった、と言った方が正しいか。んで、そっからは俺がずっと持ち歩いてる。たった1ヶ月でカスタマイズされてすっかり専用機だ」

「じゃ、じゃあ日影は留学中にたまたま起動させてしまって、それでIS学園にってことか?」

「ああ。日本に蜻蛉返りした。本当だったら後3年は向こうにいるつもりだったんだがね。そして、このISのコアは米国さん管轄のものだったが権利買収によって管理は全て俺の所属する企業に委託されている。元は上司の知り合い同士が取り付けた交換留学生だったんだ、俺は。運命か何かだな」

 

 『グレイド・オブ・ガーランド・キャッスル』もとい『冨嶽』は長らく所在不明とされてきた、ある意味でレア物のISとなる。IS委員会も出てくる程の大騒ぎになっていたのを知る者は非常に少ない。

 

「と、まぁこんなところでしょうか。まさか目の前に現れるとは思ってもみませんでしたが……」

「へぇぇ、すげぇなセシリア、代表候補生なだけあるな」

「そ、それほどでもありませんわ」

 

 一夏の言葉に顔を赤くして俯くセシリア。だが残念なことに一夏は話を全部理解してなかった。哀れなり。

 

「しっかし話を聞くとどうも曰く付きにしか思えなくなってきたな。ひょっとして何か憑いてるとか?」

「ほぅ、面白い設定だ。もしかしたらこれからいきなり暴れ出してこの辺り一帯を焼け野原にするかもな」

 

 ゾクッ、とセシリアの背中に悪寒が走った。冗談じゃない。もしこの戦闘特化ISに暴れられたらひとたまりもないに決まっている。知らされてはいないが、元々が軍用として調整されていただけあって『冨嶽』の火力は競技用ISの追随を許すことはない。不動の城とあるように、このISは驚異的な防御力と固定砲台となって大多数の軍勢を相手取ることが目的だ。その火力が向けられるとなればどうなるか……想像したくもない話だ。

 

「夜野、と言ったか」

「そうだが。何か質問か、篠ノ之」

「その『冨嶽』明らかに機動性を無視しているように見えるのだが、そういうコンセプトなのか?」

「『冨嶽』のコンセプトは最前線の動く城だ。堅牢な壁で敵攻撃を弾き、巨城でしか扱えないような大火力武器を放出する。一言で言えば蹂躙だな」

 

 物理攻撃であればシールドは行わず全身の装甲で受け止められる。戦車砲や巡洋艦級の砲さえも耐えうるだろう。

 

「で、欠点は超重量過多だ。大型ブースターを脚部に付けることでようやく動ける。まぁコンセプト的にわざとこうしたらしいがな」

 

 つまり、下半身のスカートのような広がりの下には大型ブースターが取り付けられているために脚部の可動域が無くなってしまった訳だ。

 

「と、情報開示はここまでにさせもらおうか。対戦するかもしない相手に情報をおいそれとあげる訳にはいかないのでね」

 

 片目をつぶっておどけて見せる彼の視線は、遠くピットの入口を見ていた。

 気付けば観客席やピットには2人目の男性操縦者を見ようと多くの女子生徒達が集まっていたが、視線を向けたのはあくまで1人。自分が部屋を出てからじっとこちらを観察し続けていた者。視線に気付いたのか、その1人は踵を返して群衆の中に紛れて消えた。

 

「話は切り上げて練習はどうする? 俺は何をしても構わないが」

 

 どうせついて行けないし、という小さな呟きは無視された。

 

「俺、ちょっと日影と模擬戦がしたい」

「えっ」

「なっ」

「別に構わないが」

「スマン、箒、セシリア。どうしても『冨嶽』の防御能力を見てみたくってさ」

 

 一夏の駆る『白式』はIS内でも最高峰の攻撃力を誇る『雪片弐型』がある。絶対的な矛が、絶対的と言われる盾を貫けるのか、どうしても気になってしまうのだ。

 

「そうだな。俺も少し肩慣らしをしたい。相手をしてくれ」

 

 かくして、突然の男性操縦者同士の決闘が決められた。



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5

『ルールは『白式』及び『冨嶽』が戦闘不能となった時点で終了とする。一夏に夜野、構わないな?』

「オーケー。わかった」

『無論』

 

 アリーナを広く使い1度だけの決闘が始まる。

 片方、織斑一夏と『白式』。全ISに対し絶対的攻撃力を誇る単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)を武器に機動性の高いスタイルで相手を攻める。

 相対するのは夜野日影と『冨嶽』。長らく所在を不明にしていた鉄壁のIS。圧倒的な防御力でもって『白式』を迎え撃つ。

 

『両者、構え』

 

 審判を務めるのは篠ノ之箒。彼女の声に、見物に押しかけてきていた者達もシンと静まり返る。アリーナ全体が静寂に包まれた。

 『白式』は強く『雪片弐型』を握り、対して『冨嶽』落ち着いた様子で巨大な鎌を持ち直した。

 

『始めッ!!』

 

「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッッ!!!!」

 

 開始直後、一夏の瞬時加速(イグニッション・ブースト)。一瞬で音の壁を突き抜けた『白式』が一瞬で『冨嶽』へ肉薄。雄叫びと同時に『雪片弐型』を振り抜き――――、

 

「ぬぅおぉぉあぁっ!!??」

 

 硬い装甲に阻まれ大きく弾かれた。本来斬り抜ける予定が予想以上の硬度に弾かれて加速状態のまま錐揉み回転。反対側の壁にまでぶつかりかけて何とか体勢を立て直した。

 会場内から安堵した声が漏れる。ISの絶対防御があるとは言え『白式』の弾かれ具合は見ていて痛々しい程だった。固唾を呑んでいた身からすれば一安心である。

 

「硬すぎだろ」

『そりゃそうだ。物理攻撃なら戦艦級の砲でも担いでこい』

「生憎『白式』は近接武器しかないからな!!」

 

 再び接近。今度は直線ではなく少し軌道を曲げつつ背後や側面を狙いに行く。

 

「ここッ!!」

 

 フェイントを混ぜて側面を確保と同時に肉薄。しかし、

 

『甘い』

 

 ドンンッ、と『冨嶽』のサイドブースターが爆音を響かせたかと思えば既に方向転換を完了させ真正面に『白式』を捉えていた。重すぎる自身の機体を軸にしたターンだ。ブースターで無理矢理行っている機動にしては正確で加減も上手い。『冨嶽』の重量をよく把握している証拠だ。

 『雪片弐型』と鎌が衝突し鍔迫り合いに、しかし『冨嶽』が流すように鎌を振るうと先端の刃が『白式』を狩らんと迫る。これを何とか潜るようにしてい交わしてもう1度『雪片弐型』を次は抜刀の領域で、硬い装甲ではなく腕の部分を狙う。しかし『冨嶽』は鎌の柄で弾いて凌ぐ。

 反撃とばかりに鎌が斜めに迫る。首を狩り取るような軌道を『雪片弐型』で弾いて逸らし体を深く沈み込ませて回避、本来ならここから斬り上げたいが生憎『冨嶽』の下半身の装甲に刃が立たないのは先程実証済み。諦めて素早く真後ろに下がった。

 

『離れて良いのか?』

 

【敵にロックオンされました】

 

「何ッ!?」

 

 警告音声と同時に『冨嶽』の両肩部へユニットが現れてハッチが開いたかと思えばロケット弾が顔を覗かせた。距離は近すぎるし、普通のISなら自らも爆風に煽られる距離だ。しかしながら『冨嶽』は爆風程度でびくともしないことはわかる。つまり、圧倒的に『白式』が不利。

 歯を食いしばり、全力で体を真横へ倒すと同時に無理矢理加速。刹那、先程まで『白式』がいた点へ入れ替わるようにロケット弾が殺到し、目標を通り過ぎてフィールドへ着弾。連続的で大きな爆発音が地面に穴を穿つ。

 そして全て回避しきった。そう思い込むのが狙い。一夏は罠にかかった。先程『冨嶽』が『白式』に砲口を向けて射出したのは()()()()でありロックオンは必要ない。つまり、

 

「やっべ……!?」

 

 別の場所から本命の誘導弾が迫る羽目になる。

 見上げれば真上から弧を描いたミサイルが一直線に『白式』目掛けて落ちてきていた。数にして4、しかし全てを迎撃するには距離が離れていて難しい。

 

【警告、本機直下より熱源感知】

 

 真下からもミサイル。上下を挟まれた。理解が追い付くよりも本能的な動きで横へ動こうとするが、直後にミサイルが『白式』付近で爆発。接触してから爆発する着発信管ではなく、近接信管だ。

 直撃ではないが弱くない爆風に吹き飛ばされて宙を滑る。体勢を立て直そうにも混乱によって上下方向すらわからなかった。

 自分がどこを向いているかすらわからずに、しかし立ち止まることだけはしないようひたすらに真っ直ぐ動いた。

 

 

 

 

 

 誘導弾との鬼ごっこが始まり早くも5分が経過した。『白式』は『冨嶽』の誘導弾に対する策はないし、まさか刀1本で迎撃する訳もあるまい。結局いつも通りのヒット&アウェイで『冨嶽』の装甲の少ない上半身部分の隙間を狙うしか無かった。

 『冨嶽』の方はと言えば俄然有利な立場で向かってくる『白式』を迎撃していた。城の如く決してその場からは動かず、サイドブースターを利用した高速ターンで常に『白式』を正面に捉え続ける。遠くにいれば生い立てるように誘導弾を撃ち、近付けばロケット弾と鎌で迎撃、絶対に隙を見せなかった。

 精神的疲労が溜まるのは専ら『白式』だ。ゴリゴリとすり減らされる精神の磨耗により集中力も薄れている。当初のキレも気迫も最早見る影もない。心なしか剣筋も鈍いようだ。

 

(それは俺が一番わかってる……!!)

 

 自覚できるからこその悔しさに歯噛みする。中学時代のツケや経験不足が痛い。これでは、負ける。

 

(……いや、そもそもこれは勝てる試合じゃない)

 

 そう思った瞬間、スゥッと頭が芯から冷えて冷静になっていく。

 

(向こうと俺は地力が違う。多分日影は俺が思う以上に頭が切れて、用意周到な筈だ)

 

 初めて会った時、彼は“こりゃまた早い”、“噂はかねがね聴いている”と言っていた。同室者が帰ってくる時間を予想していて早いと言うならまだしも、織斑ー夏は彼と相部屋ではなかった。つまるところ彼は織斑ー夏が来ることを予想はしていたことになる。

 それにこの戦闘。彼は最初から『白式』に先手を取らせる気でいた。そして、必ずや装甲の厚い部分を無理矢理狙ってくると判断し、敢えて初撃は動かなかった。考えすぎかもしれないが、少なくともスタートから『白式』の先制まで迎撃は可能だった筈。彼はきちんと『白式』の動きを目で追っていたのだから。

 と、そこで誘導弾の嵐が止む。アリーナ中央付近に陣取る『冨嶽』からのロックオンも切れ、静寂が落ちる。

 

 チャンスか、罠か。

 

 弾切れならチャンス。と見せかけて至近弾による回避不可の面制圧。まだ試合は10分も経っていないから弾切れは有り得ないので恐らく後者。見え透いた結果だが、それを知っていて尚『冨嶽』は誘っている。

 

(じゃあ、乗ってやる……!!)

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)発動。駆動エネルギーも心許無いのでもう使用は控えたほうが良いだろう。

 更に零落白夜を発動させる。白碧の淡い光が『雪片弐型』を包み込んだ。これでISのエネルギーシールドを無効化。強制的に絶対防御を発動させてエネルギーを大幅に削る。当たればの話だが。

 思い描く軌道は一刀三閃。ひと振りにて3度斬り付ける。1は2の為の布石、その2が3の為の布石、本命は3の太刀。至難の業だが、織斑千冬は難なくやってのけた。なら、出来る。

 一閃が空気を斬り裂く。『冨嶽』を間に鎌を挟み込み弾く。それでいい。

 二閃目、弾かれた慣性を加えて反対に返しの太刀。今度は柄で防がれた。

 終わりかと思った、その刹那に三閃目が『冨嶽』を襲う。リーチは鎌が長く、刀な鎌に比べ短い。だが、長すぎる鎌では懐をカバーできない。

 

「と、思いたくなる」

「ッ!?」

 

 直後、斬られるかと思われた『冨嶽』がその場でターン。更に『白式』の背中側から何かの衝撃が牙を剥く。サイドブースターの高速ターンにより、柄の先の刃が『白式』を引っ掛けていたのだ。

 零落白夜が『冨嶽』の装甲を掠めるが絶対防御発動には至らない。体勢を崩された『白式』は鎌に引っ掛けられたまま真下へ投げ出され地面へ激突。

 その上へPICを切った『冨嶽』がズドンンと落ちて砂埃を舞い上げる。重力加速度による衝撃が『白式』を押しつぶした。

 会場中から悲鳴が上がる。想像も出来ない超重量の塊が落ちたのだ、ぺちゃんこにされてても不思議ではなかった。

 

「さて、まだやるかね?」

「……参りました」

 

 砂埃が晴れれば、『白式』が『冨嶽』にマウントポジションを取られ鎌首を突き付けられていた。

 

 

 

 初めての男性操縦者同士の決闘は、まず『冨嶽』に1つ軍配が上がったのだった。



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6

「――――という訳で、全てはブラフだった」

「うぉぉぉぉ……完全に嵌められてたのか、俺……」

 

 放課後も大分時間が過ぎ去りそろそろ5時半を回って6時も近い。

 アリーナに併設する更衣室でベンチに座った2人は今日の模擬戦での話をしていた。

 

「……私には何もないのか……、」

「わたくしと2人だけだった筈ですのに……、」

 

 一方女子2人は落胆していた。予定が狂いすぎた上に一夏は相変わらず話に夢中だ。同じ男同士というアドバンテージは大きい。

 

((……まさか、そっちの()が……!?))

 

 思いかけて首を振る。それはいくらなんでもあれだしあれだしあれがあれなので、信じたくはない。

 わなわなと2人が戦慄していると不意に更衣室の扉が開く。

 

「おいーっす、一夏お疲れーっ――――って、夜野じゃない」

「ん?」

「お、鈴か」

 

 入ってきたのは凰鈴音。手にはタオルとスポーツドリンクの入った水筒があった。

 

「流石は男子、距離が縮まるのが早いわね。はいこれ、ドリンクね。ちょっとだけ温めにしといたわよ」

「おーサンキュー。…………ふぅ、生き返る」

「ジジくさいわねぇ」

 

 くすくすと笑みを零す鈴音に「う、うっせぇ」と一夏は慌てたように顔を逸らした。まぁ確かにジジくさい気がしたのは同意する。

 

「あまり飲み過ぎると夕飯に響くかもしれんぞ。と、言う訳で俺は早めに上がらせてもらおうか」

「腹減ったのか? まぁもうこんな時間だもんな」

「学食? 一夏も一緒に行くの?」

「まぁな。食堂も丁度寮への行きがかりだし、荷物纏めて夕飯食って部屋帰るって感じだな」

「じゃあアタシもついてこーっと。外で待ってるわね」

「了解。日影は――――って制服そのまま着るのか?」

「ISスーツの上に、ということか? まぁ見ればそうだろう。どっかの動き回る誰かさんと違って俺は動かないから汗をかかないのさ」

「ちぇー羨ましい。俺は流石に着替えねぇと臭いが移りそうだからな……鈴と一緒に待っててくれ……ん?」

「どうした?」

「いや、そう言えば鈴と知り合いみたいな雰囲気だったけど」

「まぁ同じクラスで転入日も同じだったからな。お互いとも印象付くさ。取り敢えず、外で待ってるぞ」

 

 パシュゥ、と扉が開き外へ出る。そこでは何故か女子3人が睨み合いをしていた。さて、これは関わらない方が良い雰囲気だ、と言う訳で見て見ぬふりをし廊下の壁に背を預けて携帯を取り出した。

 

 

 

 

 

「よっす、待たせた。ってアレ? セシリアと箒は?」

「気付いたらいなくなってたから知らんね」

「同じく」

 

 2分程して一夏が着替え終わり鞄を持って出てくる。もう既に箒とセシリアの姿は無く、ちょっと不機嫌そうな鈴音と2人しかいなかった。

 

「先行ったのかな。まぁいいや。取り敢えず行こうぜ」

「ねぇ一夏」

「ん? どうした藪から棒に」

「一夏さ、あの篠ノ之箒とか言うのと同室なんだって?」

「ああ、そうだけど」

「何で!?」

「何でって……そりゃ俺はかなり特殊な転入だったからな。部屋が用意出来てなかったからあそこに無理矢理詰められたんだ。日影もそうだよな」

「俺に振るのはどうかと思うところだが……まぁそうだな」

「取り敢えずは幼馴染みだから助かったってもんだ。赤の他人だったら本当に落ち着いて寝れなくなるし」

「幼馴染みなら良いってことね!?」

「えっ」

「わかった、わかったわ。一夏、首を洗って待ってなさい!!」

「は、ちょっ、鈴……!? ……行っちゃった。何で俺首を狙われるハメになってるんだ……?」

「さぁね。未来の自分にでも聞いてみることだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夏は後ろから刺されたか。なんて、不謹慎なことを考えつつ夕飯を終えて部屋へ戻る。

 既に同居人の束音は帰ってきているようで部屋の鍵は開いていた。当然自室なのでノックなしに遠慮なくドアを開ける。

 

「む」

「うん?」

 

 中にはバスタオル1枚の束音が髪を乾かしていた。

 

「もう入ったのか。では遠慮なく次使わせてもらおう」

「いや慌てろよ。何で何事もなかったかのようにしてんのさ」

「別に俺がお前さんに襲い掛かる訳でもないしお前さんは見られても何も思わないんだろう? 面倒事を起こさないで済むじゃないか。ここでは何も起きなかった、そういうことだ」

 

 飄々とした態度でカバンを置くのに対して束音は若干納得行かない表情。確かに羞恥心は無いのだが、異性の半裸を見て興奮しないのはどうかと思う。

 

「カミングアウトなんてないからな」

「んなもん期待したかねーっつーの!!」

 

 止めてくれ、利害の一致とは言え陣営の者が同性愛者なのはいたたまれなすぎる。

 

「アンタはナイスバディな女が迫ってきても反応しないの? ED?」

「アホか。なんなら今すぐにでも犯してやろうか」

「きゃーおかされるー」

「萎えるわ」

「おう魅力が無いっての言いたいのか? あ?」

 

 結局は無反応だ。胸だってあるしスタイルも抜群。世の中の男ならとっくにタカが外れていそうな程に束音は無防備なのだ。

 

「それは置いておくことにしてだ。時にお前さん、もうそろそろクラス対抗戦の時期だが準備は出来てるのか?」

「それなら4月中にとっくに。下地だけなら8月分まで済ませてるから問題ないよ」

「重畳。俺の出る幕は無さそうだ」

「出たかったの?」

「いや、寧ろ別の要件があるから面倒事はしたくなかった。VTシステムの件でな。お前さんが潰したのはあそこだけだが、本来の黒幕は別だ。俺はソイツの処理に出なきゃならん」

「もしかしなくても繋がってるってやつ?」

「そう言うこった。それに、可能性として前世とは違うアプローチも有り得る。準備を怠りたくはないんだ」

 

 事態は常に最悪を想定する。真剣な表情で紡ぐ彼の言葉に、束音は何も言えなかった。



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7

 クラス対抗戦では1戦目から1組代表織斑ー夏対2組代表凰鈴音のカードだった。

 が、しかし。試合中にアリーナの特殊バリアを突き破って謎のISが浸入。試合は余儀なく中止され、専用機持ち達の活躍により何とか事態は終息を見せた。幸いながら軽傷者が1名出ただけで他に怪我人はいない。

 このことは学園中を騒がせたが上層部からの箝口令により学園外へ被害情報が漏れ出すのは一応未然に防がれた。迂闊に喋れば法に触れるとなれば大人しくはなるらしい。

 唯一の怪我人だった織斑ー夏は軽い打撲等があったのみで一晩で全快。目立った後遺症の影響もなく学園生活に無事復帰した。

 

 

 

 時間は前後し、クラス対抗戦の日の暮れ。

 白兎束音は自室の部屋の机に向かってキーボードを叩いていた。隣では夜野日影がヘッドフォンをしてミュージックを聞き流していた。

 不意に彼女の手が止まりディスプレイの画面端に視線が固定された。

 

「…………………………………………、ねぇ」

「ん……どうした?」

「ちーちゃんがこっち来てる。何かあった?」

「彼女に何かを悟られた気配は無かった筈だが……1組担任が2組の区画に来るとなると、業務か何かだろう。念のため眼鏡はしておけ。あと、入ってきたとしてもこちらは振り向くな。俺が全て対応する」

「了解」

 

 言うまでもなく束音は篠ノ之束だ。外見がいくらか幼くなったと言っても違和感を持たれれば不味い。眼鏡をかけ、適当なイヤホンをつける。いかにも来客には気付かなかったを装う為に。

 そして、嫌な予想は当たる。コンコンと2回扉がノックされた。

 

「織斑だ」

「はい、どうぞ」

 

 彼が扉を開ければ、白のジャージ姿があった。

 

「1組担任と1学年寮長の織斑だ。突然だが夜野、お前は部屋を移ってもらうことになった。1025室の篠ノ之箒と交代しておけ」

 

 一瞬、束音のタイピングが止まりかけて、何事もなかったかのように再開する。幸いにも千冬は気付いていない様子だった。

 

「了解しました。では荷物を纏めてすぐに向かいます」

「よし。では忘れ物の無いようにしておけ。それと、カードキーも必ず持ってくること。1度纏めたら荷物を持って共有スペースへ来てくれ。カードキーに関してはそこで受け渡しを行う。早めに準備を終わらせておけよ」

 

 話はまた向こうでだ、と言って扉が閉まる。最後まで彼女が束音に触れることは無かった。

 

「…………ちーちゃん、気付いたと思う?」

「さて、どうだろうな。意識は完全に俺にしか向いてなかったのは確かだ。それよりも、今後の方が問題だな」

「箒ちゃんがこの部屋に来るってことだよね」

「一番のネックだ。バレるリスクがなきにしもあらず……」

 

 2人で「むむむ」と唸る。いつか部屋を変えることはあるだろうが、まさかこうなるとは。

 

「ダメ元で1人部屋が良いと言ってみるのは?」

「あの織斑千冬(カタブツ)だ。許可するとは思えないな」

「そうなんだよねぇ……ちーちゃん意外に頑固だし」

 

 篠ノ之束が織斑千冬等の極少人数だけに心を開いているのは誰もが知っている。束と千冬の仲だこそ通せた無茶だってある。

 しかし今はただの一般生徒と別のクラスの教師という関係でしかなく、かつてのように頼み倒すことは叶わない。

 

「……いっそ上を脅すか」

「平和的じゃないな。そもそも、ここで対応を取ると寧ろ警戒されかねない」

「逆転の発想はどうなのさ。アンタは白兎とセットにしておけばお得みたいな」

「俺らはキャンペーンセットかってんだ。しかしお前さんが警戒されることは逃れられない。それに比べれば篠ノ之と素直に2人部屋の方が安全性は高い。もう数年も顔を付き合わせてないんだろう? 仮面さえ被ってれば何てことはない筈だ」

「やっぱそこに落ち着くかぁ…………うぅ、大丈夫かなぁ……」

「今から弱気でどうする。命の駆け引きをするよかマシだ。まぁバレたらバレたで何とかしてやる。お前さんはとにかくもっと強い仮面でも創るんだな。無理なら呼べ」

「今創って。正直来てからじゃ遅い」

「……はぁ、全く。体は成長してもまだまだガキだな」

「セクハラで訴えるぞコノヤロウ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋交換は何事も無く行われた。本来ならクラスごとに区画が分かれているのだが、ここは特例措置である。

 

「いやぁ、こういう待遇は素直に有難いぜ」

 

 同室者の変わった一夏は気が抜けた表情でベッドに寝転んでいた。幼馴染みとは言え女子と同室になるよりは男子の方が気が楽なのだ。

 

「……って日影、何してなんだ?」

「見ての通りのことさ」

 

 弄っているのはコンセントプラグ。つまりは、

 

「ほれ、この通りだ」

「何それ」

 

 解体して出てきたのは小さなブロック状の精密機械だった。

 

「用心が足りないぞ一夏。こいつは盗聴器だ。あとは、…………っと、これもだ。こっちの場合はカメラ付きだが」

「な、何でそんなもんがあるんだよ!?」

「よく思い出せ。俺達ゃ何者だ? 世界でたった2人しかいないISを動かした男だぞ、どんなデータだって価値がある。だからこそ世界中の諜報機関が付け狙ってるのさ」

 

 解体した盗聴器等を手の中で弄び、ニタニタと笑う。犯罪の明らかになった異常事態だと言うのに、それをまるで楽しんでいるかのように笑っていた。

 

「他にも天井の角だとか蛍光灯の影だとか、あとは鏡の裏もそうだな。この部屋にゃごまんと諜報機器があるぞ。……あぁ、安心しとけ、それらは今全部片っ端から取り除いといたからな」

「そ、そうか……、」

 

 飛び起きた一夏は再びベッドに倒れ込む。先程の清々しい表情とは違い、今は意気消沈しているような、ショックを受けている表情をしていた。

 

「確かにいきなり連れて来られて意味もわからんかったからショックなのも無理はないさ。何も知らされず、右も左もわからなかったんだ」

「ああ…………今更だけど、痛感したよ。俺達って特殊なんだな、って……」

 

 突然放り込まれた一夏ではどうしようもない。1ヶ月近くかけて入念に準備してきた彼と比べてしまえば心構えも何もかも満足なものではなかった。

 

「今後は俺が定期的にチェックしておくが、不安だったら言ってくれ。それに、俺が部屋にいない間は極力IS関連の事は控えた方が良いかもしれんな」

 

 面倒なことになった。その分束音から離れられたのはある意味で好都合だったかもしれないと考える。ヘイトが集まるのがここに集中すれば御しやすい。

 

「部屋が不安なら1回外の空気でも吸ったらどうだ? 俺も少し外に出たいし、帰ってきたらまたチェックするし」

「あー、そうすっかな。頭切り替えねぇと」

 

 一夏の言葉に「その意気だ」と薄く笑う。ここで潰れては後が困るのだ。

 

「さて、行こうか。今日は東海岸まで出てみるとしよう」

「結構遠くまで歩くんだな」

「夜風は気持ち良いぞ。それに星が綺麗に見えればさぞ良い気分転換だ」

 

 部屋を出て2人は外へと向かっていく。その背中をどこからともなく監視し続けている影があったのは言うまでもない。



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8

 6月。今月中にある目玉イベントと言えば学年別トーナメントだ。校内も大分ムードに押されて僅かに熱気も漂ってきた。そんな風に思えてくる梅雨入りの時期でもある。

 

「資料は?」

「はいこれ。特に言うほどのことはないよ」

 

 束音は今自室ではなく一夏達の使う部屋のベランダにいた。ベランダでこっそり喫煙中の彼に資料を手渡すためだ。

 資料内容はとある秘匿研究施設について。本来なら一般生徒が手にできるような情報ではないのだが、束音の場合は別だ。例え情報のセキュリティレベルが最高機密に設定されていようと破るのは他愛もないし、気付かれずにシステム内に浸入するのも、お手のものだ。

 

「……こうして見てれば引っ掛かる場所は無いんだがなぁ……」

「何か気になることでも?」

「何もないからこそ気になる。俺が以前に作成した資料と情報がまるまる同じだ。コピペレベルでな」

 

 指先で紙の資料を軽く弾く。経験済みの事象であり、前世に極めて近い出来事を繰り返す今の時間にあり得ない話ではないのだが、彼にとって意に介するような話でなくなるものはなかった。

 

「推論でしかないがな。俺はアイツらも同じようになってるんじゃないかと考えてる」

「前世の記憶を所持しているってこと?」

「恐らくは。最悪を考えればそうだ。そしてアイツらも、愚かだが低脳じゃない。同じ過ちを繰り返して、こんなにも重要な事を失敗させる筈がない。寧ろ罠なんじゃないかと疑う」

 

 疑心暗鬼に陥らせるのが目的だとすれば素晴らしい作戦だが、と彼は言う。

 

「……まぁどの道、後攻の俺らは見て対応するしかないんだが」

 

 後出しジャンケンではない。単純にスタートの差である。仕掛ける側でないからこそ、後手に回って対策を練ることしか彼らにはできないのだ。

 

「丁度良い、視察を兼ねてEUへ行こう」

「ハァッ!?」

「いい間抜け面だな」

 

 ピロリーンと写真を一枚。案の定叩き落された。でも表情はバッチリだ。保存しておく。

 

「ったく…………ああ、もうっ」

「何だ、何も言ってないのに納得か?」

「納得してないけど理解はしたよ!! 確かに丁度良いもんね!!」

「不機嫌になりなさんな」

 

 誰の所為だよ!? と不満を爆発させる束音に煙を吹きかけようとすると全力で飛び退いて行き「こっち見んなアホぉ!!」と言われた。離れてくれたなら僥倖だ、目的は達成された。

 短くなった吸い殻を携帯灰皿に詰め込む。そろそろ整理しないといっぱいになりそうだ。

 片付けたところで彼は外に向けていた体の向きを変え、背中から柵に寄り掛かり口を開いた。

 

「お前さんはどうする、一緒に行くか?」

「嫌だ」

「デートだぞ、デート」

「嫌だ」

「フランスだぞ?」

「嫌だ」

「ついでにドイツにも行くぞ」

「嫌だ」

 

 がるる、と敵意剥き出しで頑なに拒否する束音に彼はやれやれと嘆息して首を横に振った。

 

「わかったわかった。じゃあ俺1人で行ってくるさ。いない間にヘマやらかすなよ」

「さっさと行って来いよバカ」

 

 んべ、と舌を出してから踵を返し部屋を出ていく束音の背中に「お土産何がいい?」と投げ掛けると「バウムクーヘン!!」と威勢の良い返事が返ってきた。欲望には忠実な辺りが笑えてくる。

 束音が出ていくと入れ替わりに一夏が不思議そうな顔で廊下を見ながら部屋に入ってきた。

 

「なぁ、何かいつもの子がすげぇ怒った顔して出てったけど大丈夫なのか?」

「いつものことだ、気にする必要はないさ。どうせ夜には忘れてる」

「そう、なのか……?」

「そういう奴さ」

 

 惚ける一夏に肩を竦めて返す。

 

「いつもそんな感じだけど本当に大丈夫なのかよ。もしかしたら……、」

「勘違いも甚だしい。そんな関係な訳ないだろう。回りから見てどうだ、美少女に厳つい男だぞ? 不釣り合いにも程がある」

「うーん……別に俺は本人達がそれなら周りは関係ないとは思うんだけどなぁ……」

 

 一夏の意見に「どんな聖人君子だよお前は」と言い薄く苦笑する。これは価値観の違いだろうが、流石に彼としても付き合っているだとかそういった誤解を招くような状況はあまりよろしくないんじゃないだろうかと思った。

 

「取り敢えずこの話はここで終わり。で、話は変わるがフランス・ドイツの土産と言えばなんだと思う?」

「本当にいきなりだな……。んー、ドイツならシュトーレンとかか? クリスマスとは無縁だけど」

「なるほど。じゃあそれにしようか」

「って言うかなんでそんなこと聞くんだ? まさか行ってくるとか言わないよな……?」

「ところがどっこい。企業の関係で明日から欧州巡りをする」

「……マジで?」

「大真面目な話さ。期待して待っててくれ。もし帰ってこなかったから飛行機が落ちたと思えよ」

「やめろよそんな非現実的な話……」

「冗談だ。まぁしかし予定の前後はあるだろうからな。明日から丁度1週間で帰ってくる」

 

 寄りかかっていた柵から離れ部屋に戻る。

 一夏が見守る中スーツケースと資料を入れるようなビジネスバッグを用意し、必要最低限の生活必需品を詰め込み始めた。

 

「この後俺は出るからな。留守中は男1人でまぁ頑張ってくれ」

「結構急だな……」

「仕方ないさ。お前はともかく俺は企業所属、仕事なんてものもある」

 

 荷を準備し終えたら後は出るだけだ。さっと確認をしてから荷物を持って立ち上がる。

 

「そんじゃあな」

「おう、また1週間後に。いっらっしゃい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




おわり


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Fate/Memory of Origin
プロローグ


ぐだ子改変モノ。ネタバレは最後のあとがきで。


 

 耳障りな雑音(ノイズ)が聴こえる。

 

 ()()は悲鳴だ。

 

 誰のモノかはわからない。

 

 ただ、酷く不快な音であることだけがわかる。

 

 

 

 “何か”が()()()

 

 ()()は戦場だ。

 

 屍が無限に、血の染み渡るどす黒い大地に横たわる。

 

 山となり、突き立てられた剣が、槍が、矢が。既に息絶えた彼らの墓標となる。

 

 

 

 1人の男がいた。

 

 その姿は朧気で、時折蜃気楼の如く揺れる。

 

 今にも消えてしまいそうな儚い影が、丘の上で沈み行く夕日を見詰めていた。

 

 

 

 ()を知っている。

 

 ()()を、知っている。

 

 

 

 そう、()は――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢。

 

 これは、夢。

 

 そう、これは、夢。

 

 

 

 ぼんやりと思考が戻ってくる。

 

 あちら側に飛んでいた意識がこちら側へ。

 そして徐々に体の感覚も明瞭となってくる。

 

「先輩」

 

 声が聞こえる。優しい、やわらかい声音。

 

「先輩」

 

 ふんわりと、甘い匂いがする。何だろう、すごく落ち着く。

 

「起きてください、先輩」

「ふぁっ…………ぁ?」

 

 ゆさゆさと肩を揺らされ、ぱっと目を開けた。急激に飛び込んで来る照明が眩しすぎる……。

 

「…………あふ……?」

「おはようございます、先輩。お昼から硬い床でご就寝とは面白い趣味をお持ちですね」

 

 重力が、重い。

 ようやく動くようになった体に力を込めて、ゆっくりと起き上がる。

 いつの間にか寝ていたらしい。しかも床で。凝り固まった肩や首が尋常でなく痛い。あと腰も若干。この歳から腰痛は洒落にならない。

 

「先輩、お体に支障はありませんか? 流石に床で寝るとなると関節に負荷がかかるので推奨はできないのですが」

 

 そう言えば、と思い至り横を見た。そこには可愛い女の子が1人、こちらの顔を覗き込むように首を傾げていた。先程からずっと隣にいるのだが。

 

「……君は?」

「はい、マシュ・キリエライトです」

 

 淀みのない返答。記憶にその名前は該当なし。

 

「えっと、初めまして……だよね?」

「はい、初めましてになります」

 

 ああ、うん。やっぱり。そうだよね。

 薄く笑いながら肯定するマシュ。眼鏡をかけた、知的な雰囲気漂う女の子だ。

 

「――そう言えば先輩、今は立てますか? 土足の場に座り続けるのは衛生的によろしくありませんので」

 

 睡眠をとるのはもっとですけど、という小さな言葉を聞き逃すことはなかった。どうやら今の今まで床で寝てたらしい。

 差し出されたマシュの手をとってゆっくり立ち上がる。年甲斐もなくマシュマロみたいにやわらかい肌触りにどぎまぎしてしまった。

 

「外傷は特になし……怪我ではないようですね」

「あ、うん、大丈夫……」

「質問なのですが、先輩は過眠症と診断されたりした経験はありますか?」

「うぅん、全く。持病もないし」

 

 首を横に振って否定。するとマシュはこう言った。

 

「そうなると外的要因によるものでしょうか。外部ストレスが原因かもしれませんね。至急医務室に向かいましょう」

「え、大丈夫だよ……多分」

「確証がないのであれば放置は危険です。早期発見こそが予防への近道ですから」

 

 連れられるままにマシュに手を引かれて行く。

 歩いて行く廊下は殺風景だった。白い床と壁と天井、規則正しく配置された照明が並び、等間隔に柱が建っている。円周状になっているであろう湾曲した通路は窓もなくて、時折赤いロゴマークが壁にペイントされているくらい。映画とかで出てくる近未来の研究施設を彷彿とさせる光景だ。

 

「……ねぇ、マシュ」

 

 歩く間は無言で、その沈黙を嫌って思わず口を開いた。

 

「はい、先輩。何か質問ですか?」

「その、何で先輩なの?」

 

 問いに対し、しばらくマシュは閉口した。

 

「……先輩は、わたしが今まで出会った人達の中で、とても人間らしいと感じました。寝顔も穏やかで緊張感が無く、目が覚めた時からぼんやりしてます。とても好感が持てました」

 

 それは完全に油断してるところを見ているだけなのでは、と思わずつっこみたくなる。

 

「ふふっ。そういうところが人間らしいから先輩なんです」

 

 マシュは朗らかに笑った。その笑みを見て、悪くないと思う自分がいることに気付く。

 

 先輩。そう呼ばれるのは、()()()()

 

「ッ!?」

「先輩?」

 

 待て。

 待て。

 

 今。

 

 今、何故、()()()()と……?

 

 わからない。何故、わからない。

 

 覚えがない。

 

 先輩と呼ばれたのはマシュが初めてのはずだ。そうでなくては可笑しい。ずっと今の今まで“先輩”と呼ばれる生活なんてしてこなかったから。

 魔術師だから。平凡な一般人ではなく、魔術師としてそこそこの生活をしてきたから。

 

「  ぁ れ  」

 

 魔術師。

 

 魔術師?

 

 

 

 

 

 魔術師って、何だろう?

 

 

 

 わからない。

 

 今までのことが、全て、わからない。

 

 何もかもが、忘れ去られてしまっている。

 

 記憶が、空っぽだ。

 

「ぁ、ぁぁ、あぁぁっ!?」

「先輩っ、大丈夫ですか!? 先輩っ!!」

 

 こわい。

 

 何もない、何もない、何もない!!

 わからない。何もわからない。何もかもを忘れてしまった!!

 

「ちがっ、私は、っ、まじゅ、つ、し……、」

 

 私は、私は、私は、何だ。

 

 私は何だ。

 

 私は、私は。

 

 私は、私は私は私私私私私私私私私私私私私私は何は私ははは何何何、私は、私、何、だ、何、、、、、

 

「過呼吸……、落ち着いて下さい先輩っ、深呼吸をして、ゆっくりと……!!」

 

 思い出せない、何もかも、わからない、何だ、何故、私は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……マシュ?」

 

 ぼうっと視界が明るくなる。気がつけば、マシュが力一杯抱き締めてくれていた。

 

「ま、マシュ、苦しいよ……っ」

 

 ぽんぽんと背中をタップ。ようやく腕の力が抜けて自由になった。

 

「……先輩……、」

「……ごめん」

「……いえ。良かったです。急に倒れたので心配しました。今でもすごく心配です」

 

 ほっとマシュが胸を撫で下ろして、今度は優しく腰に腕を回してくれた。鼻孔をくすぐる甘い髪の香りに、思わず安心してしまう。

 

「……ねぇ、マシュ。私、どうなったの?」

「……突然立ち止まった後、頭を抑えて踞りました。過呼吸の症状も出ていて顔色も悪かったものでしたから……その後気絶してから今に至ります。ほんの数秒でしたけど……」

「急にごめんね。何も思い出せなくなって、混乱しちゃったの」

「何も、って……先輩、記憶に障害が……!?」

 

 今でもそうだ。目が覚める前の記憶が全くない。子供頃の記憶も、友達の顔も、昨日までのことも。

 そこはとても真っ暗で、何もない。本当に虚無だけが広がる真っ黒な記憶だ。

 

「大丈夫。大丈夫だよ、本当に。今度は、大丈夫、大丈夫だから……」

 

 自分に言い聞かせるように、震える腕を抑える。

 

「すぐに医務室に行きましょう。何かあってからでは遅すぎますから」

 

 マシュが手をとって強くそう言った。その言葉に頷く他なく、素直に従うことにした。

 

「――――マシュ、ここにいたのかい。捜したよ」

「レフ教授っ」

 

 不意に後ろから男の人の声がした。振り向くとそこには現代からすると少々古くさい……中性ヨーロッパ貴族を思い浮かべるような装束に身を包んだ男性がいた。

 

「……君はマスターの子か。マシュと一緒ということは以前に面識があったのかな?」

「いえ、教授。先輩とわたしは今日が初対面です。先輩が通路に倒れていましたので、医務室に案内しているところです」

「倒れていた? もしかして、霊子ダイブシミュレーションの影響かな? 表層意識が覚醒しないまま外に出たのかもしれないね」

「……教授。その影響なのかは不明ですが、先輩の記憶に障害が発生しています。霊子ダイブ以前の事を覚えていないと」

 

 マシュの言葉に教授と呼ばれた男が首を傾げる。

 

「記憶障害が……? ふむ、今までにない結果だ。医務室で安静にしているのが良いだろう。この後はマスター向けの説明会だが、所長にはこちらから説明しておこう」

「お願いします。わたしは先輩を医務室に案内して来ますので」

 

 そこで男とは別れた。マシュとは知り合いだったらしい。

 

「マシュ、今の人は?」

「レフ・ライノール教授です。ここカルデアの中枢システムを造り上げた方ですよ。っと言っても先輩にはまだ詳しい説明をしていませんでしたね。医務室で休憩がてらお話しします」

 

 レフ・ライノール。彼も気になるし、そう言えばここが何なのかも記憶にない。マシュはカルデアと言っていたが、心当たりはなし。その辺りは後に説明があるだろうということで今は聞かないことにしておいた。

 

 

 

 

 

 



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サーヴァント

 

 医務室の扉が開いて中に入ると、そこには何とも珍妙な格好の女性がいた。

 

「やぁマシュ。医務室に来るとは珍しい。そして後ろの子は……マスター候補の子かな?」

 

 その女性はかけていた眼鏡を外しそう問いかけた。女性の眼鏡率高いなと思った。

 

 その女性は赤いドレスにマントを羽織って左手には大きな籠手をはめており、その手で大きな杖も持っている。コスプレだろうかと疑り深い視線を向けてしまったことは仕方のないことだと思いたい。

 

「先輩の体調が優れないので来たのですが……ドクターはいらっしゃらないのですか?」

「ロマニなら所長に厄介払いされておサボりの途中さ。何なら私が代わりに診てあげようか」

「お断りします。ダ・ヴィンチちゃんが真面目に診察してくれるとは思いません」

 

 ダ・ヴィンチちゃんと呼ぶその女性の笑みは玩具を見付けて喜ぶ童子のソレで、嫌な悪寒が背中を駆け巡る。すかさずマシュが私と彼女の間に入って来てぷくっと頬を膨らませた。

 

「うーんアツアツだ。マシュがこんなにも入れ込むというのは余程気に入られたみたいだね、彼女」

「あー……ははは、どうもです」

 

 何だろう、嬉しい。

 

「すぐにドクターを呼び戻せますか?」

「呼べば来るんじゃないかな。いつもの無人部屋で休んでるだろうから5分くらいはかかるだろうけど」

「お願いします。できれば早めに」

「マシュに睨まれちゃあ仕方ないね。呼び出しておくから、私は工房に戻るよ」

 

 気の抜けた笑みを浮かべた彼女はひらひらと手を振って部屋を後にして行った。これまた不思議な雰囲気の人だ。

 

「……マシュ。ダ・ヴィンチちゃんって呼んでたよね」

「? はい、彼女はレオナルド・ダ・ヴィンチですからね。ダ・ヴィンチちゃんというのはそう呼べと言われてるので仕方なくですが」

「……レオナルド・ダ・ヴィンチって、あのモナ・リザの!?」

 

 レオナルド・ダ・ヴィンチ。詳しくは知らなくても名前なら聞いたことがある。天才的な画家であり多才な偉人だ。

 

「え、でもレオナルド・ダ・ヴィンチはもういないし……それに男だったし……」

「……先輩はサーヴァントの存在をご存知でないのですか?」

「サーヴァント? 奴隷?」

 

 全くわからない。

 

「では説明させていただきます。サーヴァントとは使い魔の1種でその中でも最高ランクのモノを指します。簡潔に言いますと、魔術によって過去の偉人達を呼び出し現世に繋ぎ止めたモノです。原理はもっと複雑ですが、説明するには時間がかかり過ぎるので割愛します」

 

 ダ・ヴィンチちゃんはそのサーヴァントの1人。過去のレオナルド・ダ・ヴィンチが“座”と呼ばれる場所からコピーされて魔力によって現界しているのがあの姿なのだと言う。女性の、モナ・リザと同じ姿でいるというのは単に彼女がそうしたいからあの姿なのであって、中身は本当にレオナルド・ダ・ヴィンチそのものである、とのこと。

 

「そのサーヴァントに密接に関係するのがマスターになります」

「マスター……と、サーヴァント……」

 

 主従の関係に結ばれる人間(マスター)英霊(サーヴァント)。過去の偉人や英雄達が、現代へ召喚される。その英霊召喚システムは古くから存在すると言う。

 

 その発祥は極東の地だとか……。

 

「っ、……頭がっ……」

 

 ズキンッ、鋭い痛み。脳の奥に刃物が突き刺さるような感覚に頭を抱える。

 何か、何かがある。記憶の奥底、忘れ去られた闇の中に、何かがあるんだ。正体はわからない、けど、大事なモノがある……。

 さっき程ではないにしろ、不快感が体を重くした。マシュが「大丈夫ですか……?」と不安げな表情で心配してきてくれているのには本当に頭が上がらなかった。

 

「ありがと……マシュがいてくれて本当に助かってるよ。さっきも、独りだったら壊れるところだった」

「……いえ。わたしは何もできませんでした。ただ、そばにいることしか……」

 

 顔を伏せるマシュ。影の差す表情に首を振って答えて、マシュの手を握った。

 

「そんなことないよ。マシュが心配してくれて、抱き締めてくれて、とても安心したの。すごく暖かかった。マシュは私を救ってくれたんだから、もっと胸を張っていいんだよ」

「そ、そうですか……? 先輩にそう言われると……何だか、嬉しいです」

 

 影を落としていたマシュの表情に笑顔が戻った。少し照れたように頬を赤くして笑う顔。思わずこっちまで釣られてしまうくらいにマシュの表情が輝いて見えた。

 

 

 

 

 

「――――はいはいお呼ばれされてきましたDr.ロマンですよーっと………………………………あれ?」

 

 ガーッ、と。今までの雰囲気をぶち壊すように扉の開く音がした。

 入ってきたのは気の抜けた印象を受ける白衣の青年。首からかけたスタッフ証で医務官であることはすぐにわかったけど……。

 

「…………お取り込み中だったかな……?」

 

 両手を上げてお手上げのポーズの青年。

 

 マシュとは現在向き合って手を握っていて、顔も僅かに数センチの距離。お互いにすごく良い雰囲気だったもので……、

 

「っ!!」

「あっ……」

 

 反射的に思わず手を放して1歩2歩後ずさってしまった。マシュが一瞬落ち込んだような表情を見せたような気がして罪悪感。

 

「あ、ごめん、マシュ、別に嫌だったとか、そういうのじゃなくて……その……」

「……だ、大丈夫です。わたしも、別に……」

「…………………………………………、」

「…………………………………………、」

「やっぱり取り込み中じゃないか……っ!?」

「「疚しいことは何もしてません!!」」

「うひゃあっ!? も、申し訳ございません!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入ってきたのはロマニ・アーキマンと言う、ここカルデア施設の医療担当とのこと。皆からはDr.ロマンと呼ばれているらしい。見た目やオーラも合間って非常に緩い……シリアスまで和らげてしまいそうな雰囲気がある。何でこうもこの施設の人間は不思議な人ばかりなんだろうと首を傾げた。

 

「――で、君がマスター候補補欠の子か。所長の説明会を欠席するって言うのは相当の症状なのかな?」

「先輩には現在記憶に障害が発生しています。教授曰く霊子ダイブの影響も考えられる、とのことでした」

「へぇぇ、記憶障害…………え゛っ、記憶障害ぃっ!?」

「あのぉ、そんな声を大にされるのは……」

「あ、ぇ、あっ、あぁごめんごめん……取り乱しちゃったよ……。えぇぇ、でも、記憶障害……?」

 

 診療器具を用意していたドクターが慌てた様子だ。手に持った器具を落としそうになっていた。

 

「……本来なら、私みたいに記憶に影響が出るって言うのはないことなんですか?」

「うーん、そうだね。かなりのシミュレーションを重ねてきたけど、そう言った話は全く聞いたことがない。そうなったら僕も患者を診るはめになってたろうしね。正直予想外だ」

 

 前例はなし。可能性はなきしもあらず、とは言われていたかもしれないが、対策を立てようにも原因すら特定できないだろうとされていただけに予防法も治療法もないのが現状だ。

 

「……身体に異常はないね。頭を強く打ったとかもないんだろう?」

「はい、覚えてる限りでは……」

「となるとやっぱり霊子ダイブかなぁ、レフも言ってたってことは。後でマリーに伝えておいた方が良いかも…………ってそう言えばマシュ、説明会は良かったのかい? 僕はともかく君はAチームだろう?」

 

 ロマンが時計を見たら意外と時間も経過していた。

 

「そろそろ説明会も終わる時間ですね。わたしは1度所長のところに行ってきます」

「そうした方が良い。彼女は僕がしばらく経過を見ておくから、レフやマリーに宜しく伝えてくれるかな」

「了解しました。では先輩、また」

「あ、うん、またね、ばいばい」

 

 ぺこりと礼儀正しく一礼してから部屋を出ていくマシュを見送り、医務室にはロマンと2人きりになった。

 彼は彼でしばらくじーっと症状のメモを取ったディスプレイとにらめっこをしておりこちらは手持ち無沙汰。やることもないので椅子に座ったままくるくると回る。

 

「そう言えば、説明会に出てないってことは何故このカルデアができたかもわかっていないんだよね?」

 

 不意にロマンがそう言ってきた。

 全くその通りなので首を縦に振って肯定する。

 

「じゃあ僕の方から軽く説明だけしておこうか。わからないことがあったら適宜聴いてくれ」

 

 

 

 

 

 人理継続保障機関カルデア。

 人類史の未来を観測し、人類の存続を保証するための特殊機関。

 魔術師の貴族であるアニムスフィア家が主導となって機関を運営し今に至る。

 機関の最大の特徴は先述通り人類史の観測である。電脳魔ラプラス、地球環境モデル・カルデアス、近未来観測レンズ・シバ、英霊召喚システム・フェイト、霊子演算機トリスメギストス、これらを総動員し、人類の100年先までを観測しているのだ。

 

 今回、このカルデアに集められたのは48人のマスター候補。自分を含めた彼らは、カルデアスの映し出す人類史の一部にレイシフトを行うために集められたのだとか。

 

「恐らくだけどあと少しで最初のレイシフトの実験が行われる筈だ。本当なら近くで見ていたいところだけど、生憎所長(マリー)から出禁を食らった身でね」

 

 粗方の説明を終えてロマンが苦笑して肩を竦めた。

 

「マシュもマスターとして一緒に?」

「彼女はここの研究員だよ。サポーターとして実験に参加するんだ。一軍のAチームとしてね。確か君は補欠だったからDチームだと思うんだけど……まぁよっぽどの事がない限りは出番もないかもね。所長は確率の低い賭けが嫌いな完璧主義者だし」

 

 それはそれでわざわざここまで来た意味がなくなってしまう。雪山の地下施設である所まで来たと言うことは、もしかしたら結構な志があったのかもしれないのに。記憶のない今となってはそれもわからないのだけれど。

 

「ま、呼び出しがあるまではゆっくり休んでサボろう。君には口実があるし、そのお陰で僕も正当な理由でいむしに残れるし。お菓子もお茶請けもあるよ。和菓子、食べれる?」

 

 しかしこうも堂々仕事をサボる宣言はいかがなものか……。

 

 が、休めるなら休もうとも思う。正直なところ、体はまだしも精神的な疲労はこう見えてかなり蓄積しているのだ。未だに記憶を掘り返そうとすれば頭痛がするくらいには……。

 

 ロマンが上機嫌に机の引き出しを漁り始める様子を見ながら、何となくマシュはどうしてるかなぁなんて考えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時、耳をつんざく轟音と警報がカルデアに鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 



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レイシフト

 

 まったりとした空気を切り裂く警報。真っ赤なランプが明滅し、今が紛れもない緊急事態だと思い知らされた。あまりの緊張感の変化に身がすくんで椅子の上で縮こまった。

 部屋の照明もすぐさま落ちて真っ暗に。そしてスピーカーから嫌に耳につく機械音声が流れ始めた。

 緊急事態発生の知らせ、中央発電所並びに中央管制室での火災。

 

「……管制、室……?」

 

 ふと、思い至る。管制室は確か説明会が開かれている場所であり、その後すぐにレイシフトの実験が行われるとも言っていた。

 

 そして、その実験には、

 

「――マシュ……ッ!!」

 

 ――マシュ・キリエライトが同行する。

 と言うことはつまり、管制室にはマシュがいることになる。

 

 そう思うや否やいてもたってもいられず、背後から聞こえたロマンの制止を振り切って部屋を飛び出した。

 普段から真面目に運動に取り組んできた訳でもなく。よって至って平均的な運動能力しか持たない自分が嫌になる。今は少しでも早く彼女(マシュ)の元に行きたいというのに。あっという間にスタミナが減ってきて、息が上がる。

 それでもひたすら全力で走った。もつれて転びそうになる脚を必死に前に出して。

 

 走って僅かに2分の距離。されどその2分が異常に長く感じた。

 壁に手をついて、ふらふらと前に進む。自分の体力の無さが恨めしい。

 

「フォウ!!」

「……?」

 

 煙の臭いが嫌でも鼻につく頃。ふと自分の足元に何かがいた。ふわっふわの白い毛並みを持つ、四足歩行の……何か。恐らく哺乳類。

 

「フォウ、キャーゥ!!」

 

 その子はパタパタと少し前を駆けて行き、時おり止まってはこちらを見てくる。

 

「ハァ、ハァ……待ってて……」

 

 進んでる方向は管制室と同じ。案内をしてくれるというのか。

 既に切羽詰まった思考はその白い生物を不思議に思うこともなく、ただただ着いていくことしか考えられなかった。

 

 

 

 やっとの思いで管制室前に辿り着く。

 廊下に面した扉や壁が内側から爆破されたかのように吹き飛び、中から炎の赤い光が吹き出している。

 

「そんな……っ」

 

 火災なんて生易しいものではない。これは、

 

「人為的な爆弾テロってとこかな」

「っ、ドクター……っ」

 

 気付いたときには後ろにはロマンが。同じように走ってきたのだろう、息も荒いし額にもうっすらと汗をかいてるいるのがわかる。

 

「ドクター、すぐに救出を……!!」

「待った、火の手が強すぎるッ、下手に飛び込むと火傷だけじゃ済まない!!」

「マシュが、マシュがいるかもしれないのに、黙って見てるなんてできない!!」

「ああっ、ちょっ、無茶苦茶だ!!」

 

 袖で口元を覆い、火の手に飛び込んだ。肌を焼く痛みを気力で無視し、瓦礫の中をひた走る。

 

「マシュっ、誰か!! 誰でもいいから返事をして!!」

 

 声を張り上げて叫ぶ。しかし、返事は一切なし。

 もう一度、声を張ろうとするが息苦しさに咳き込んだ。ぐらぐらと視界が揺れ、頭も痛い。身体中から汗が吹き出して気持ち悪いし、涙も止まらない。喉にも痛みが回ってきた。

 

「これ、じゃ……っ!!」

 

 歯を食い縛って部屋を見渡すが動く影はなし。いよいよもって絶望感が思考を襲ってきた。

 

『動力部の停止を確認。発電量が不足しています。予備電力への切り替えに異常があります。職員は手動で切り替えてください。隔壁閉鎖まであと60秒。中央区画に残っている職員は速やかに第二ゲートから――――、』

 

 そしてここで動ける時間も無くなってきた。脱出もそうだが、そもそもこの体で脱出までもつかどうか……。

 

「君ッ、早く戻るんだ!! そうじゃなきゃ自滅するだけだ!!」

 

 ロマンの声が聞こえる。炎の向こう、随分と遠くに思えた。

 

「でも、まだ誰かいるかも……!!」

「放送を聴いただろう!? 隔壁が閉まる前に脱出するんだ!!」

「ッ……!!」

 

 ギリッ、と唇を噛んだ。歯痒い。あまりに、悔しすぎる。もしかしたら誰かが生きているかもしれない。マシュがいるかもしれないのに。それを目の前で切り捨ててしまうなんてことは……。

 

「………………………………ぁ、」

「!! 誰かいるの!?」

 

 不意に聞こえてきた小さな呻き声。今にも潰えてしまいそうな力のない声に反応し、瓦礫を蹴って駆け出した。

 声の元は破損したコフィンのその陰に隠れたいちからだった。恐らくたまたま爆風をコフィンが遮る形になったのだろう。不幸中の幸いというものだろうか。

 

「大丈夫です、か――――マシュ!?」

「…………せ、んぱ、い……?」

 

 そこには捜していた影が――マシュがいた。横たわり、身体中から血を流す、弱々しい姿で。

 

「……なん、で……ここに……?」

「助けに来たんだよ!! 大丈夫、すぐ安全なところにつれて行くから……!!」

 

 マシュの体は瓦礫に埋もれていた。1つ1つは大して大きくもないが、熱を吸収して熱い。

 それでも、火傷を気にする暇はなかった。マシュを助け出せるのなら、この程度のこと。掌の痛みを泣きながらも全力で我慢し、やっとの思いで瓦礫から身体を引き摺り出した。

 

「は、はぁ、はぁ……これで、やっと、ぉ……!?」

 

 運べる。そう言おうとして、ガクリと膝から力が抜ける。ガンガンと頭の奥が痛い。手先の感覚も既に無くなりかけていて、喉も焼けつくように痛い。

 

「ダメ……まだ……!!」

 

 空気が、熱い。喉が焼けてしまったのか。声はとうの昔に枯れてしまっている。

 

 それでも、それでもマシュを助けなければ。言うことを聞かない身体に鞭打って、自分で自分の脚を殴り付け、動け動けと念じ続ける。

 

「無茶、です……先輩、……早く、に、げて……」

「嫌だッ……絶対嫌だ。助けるから、絶対に……っ」

 

 マシュの脚と身体に手を回し、横抱きにして持ち上げた。

 持ち上げたは良いが、そこから続かない。酸欠で視界は不明瞭、足腰の力も限界で、歩くことすらままならない。今すぐにでも崩れ落ちてしまいそうになる。

 

「ふぅぅッ、はっ……ぁ……!! 待ってて、もう……すぐっ……」

 

 前へ。脚を引きずって、出口へ。爪先が瓦礫に引っ掛かり、それでも進む。

 

『システム:レイシフト。最終段階に移行します』

 

 その時、低い男の機械音声が鳴った。

 

『座標:西暦2004年1月30日。日本、冬木』

 

「ふゆ、き……? ――――ぁぎぁッ!?」

 

 突然、頭痛が襲った。あの時と同じ、刃物を刺されたような鋭い痛み。そのあまりの苦痛に膝が折れ、床に倒れた。

 辛うじてマシュを下敷きにはしまいと背中から転んだが、力尽きた。足にも手にも力が入らない。ぐらぐらと歪んで回り続ける景色と、際限なく苦しくなってゆく呼吸、頭痛は止まることを知らず脳内を思考をぐちゃぐちゃに掻き乱し、感覚すらも失われていった。

 

 ()()()。何もかもが焼けてなくなり、物言わぬ残骸と化してしまった、あの光景が。

 

 知っている。あの光景を。知っている。あの景色を。

 

 

 

 ――――嗚呼、ここで死ぬのか。

 

「……先輩……、」

 

 声がした。優しい、儚い、そよ風のような声が。

 

「……手、を……にぎって、もらって……いいですか……?」

 

 ぼやけていた焦点が捉えたのは、マシュだった。真っ白な手をこちらに伸ばした彼女だった。

 

「……うん……」

 

 そっとその手に自分の手を重ねる。せめて、最期くらいは、先輩らしく後輩のために。自然と諦めのついた思考は無意識に会頭を弾き出す。

 

『ラプラスによる転移保護、成立。特異点への因子追加枠、確保。アンサモンプログラムセット。マスターは最終調整に入ってください』

 

「……ごめん、ね、マシュ……」

「……? どう、したのです、か……?」

「……助けて、あげられない……私じゃ、無理だった……。マシュを、助けられない……っ」

 

 視界が涙で歪む。あと少しなのに。もうちょっとで助かるかもしれなかったのに。自分の体は既に使い物にならなくなり、目の前でどんどんと衰弱してゆく友達も救えやしない。

 

『観測スタッフに警告。カルデアスの状態が変化しました。シバによる近未来観測データの書き換えをします』

 

 相も変わらずアナウンスは鳴り止まない。炎の勢いも弱まることを知らない。

 

「…………あ、……カル、デアスが……、」

 

 マシュがぼうっと見上げる部屋の中央。

 鎮座するのは大きなオブジェクト――カルデアス。擬似的な地球を表現したその球体が、赤く輝いていた。

 

『近未来百年までの地球において、』

 

『人類の痕跡は発見できません』

 

『人類の生存は確認できません』

 

『人類の未来は保証できません』

 

「……真っ赤、ですね……、」

 

 ポツリと呟いた力のない声音。ただそれに静かに答えようとして、声も出なかった。か細い息がヒュウと音を立てて喉を通るのみ。喋ることすら、もうできない。

 

「……だい、じょうぶ……先、輩……わ、たし、は……」

 

 マシュが手を伸ばす。力尽きて眠ろうとするその身体に手を伸ばす。

 

『コフィン内マスターのバイタル基準値に達していません。レイシフト定員に達していません』

 

『該当マスター検索中…………発見しました』

 

『適応番号無し再設定、適応番号48をマスターとして設定します』

 

『アンサモンプログラム、スタート。霊子変換を開始します』

 

「わた、しは、……ひとりじゃ、ない、です……。先輩が……いっ、しょで……」

 

 その手を、力一杯握る。

 

『レイシフト開始まで、あと3』

 

 ――世界が、燃えてゆく。

 

『2』

 

 ――――何もかもが赤い波に飲まれて、形を失ってゆく。

 

『1』

 

 ――――黒い、影が。

 

『全行程、完了(クリア)。ファーストオーダー、実証を開始します』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――いつまでも眠りこけている暇はないぞ、■■■■。

 

 

 

 

 

 



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冬木

 

 荒野が続く世界があった。

 

 色を失った空で■る■■と、持ち■を失った■たちが立ち並ぶ1つの世界。

 

 男は1人、■い■■を羽織り、■の上に立っていた。

 

「……貴方は……」

 

 思わず口から漏れた小さな声。

 反応した男が、こちらを振り返った。

 

「不思議な光景だ。まさか■の■■がこんな形で見れることになるとは」

 

 その男の顔はよく見えなかった。映像がぶれてしまっているようで、彼がどんな表情をしているのかもわからない。

 言葉の端々もノイズに掻き消されてよく聞き取れなかった。

 

「直接的に繋がらない■■だとしても、君は紛れもなく■の一部を■■する要因に成り得るのだろう。ならば■がこうして■がるのも不思議な事ではない。……っと、独り言が過ぎた。忘れてくれ」

 

 辛うじて、男が肩を竦める動作だけは見えた。声音から苦笑しているらしいが。

 

「憎らしい■と違って、君は大層素直そうだ。結果の行く末を眺めてみるのも、悪くない選択肢だとは思わんかね?」

 

 すぅぅっと、意識がまた遠くなってくる。

 

 世界が遠ざかってゆく。小さく小さく、■の中へ戻ってゆく。

 

「鍵は授けられた。後は使い方次第だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フォウ、フォーウ!!」

「ぐへっ」

 

 お腹への衝撃に情けない声が上がった。(もや)のかかる思考で何なんだいったいと愚痴を吐き、仰向けの体の上に乗り上げた何かを触った。

 

「…………あー……リス……?」

 

 薄っすらと目を開けて視線を向けると、そこにはカルデアで見た謎の生物が1匹。相変わらず立派な毛並みだ。

 やるせない気持ちでボーッとしたまましばらく撫で続け、やっとこさ思考が正常に回り始めた頃、ようやく辺りの様子を把握した。

 

「……外?」

 

 日がすっかり落ちた屋外だ。辺りは真っ暗、と言う程でもなく、あちらこちらから赤い光が――炎が黒い地面を照らしていた。

 

 ここはカルデアではない。標高6000メートルの景色はこんなものではなく、もっと雪深く凍えるような寒さが生命の存在を拒むような所だ。仮にあの火災の中で建物が崩壊したとしてもこうはならない。

 しかし今いる場所は違う。星の見えない夜空が広がる下、倒壊した街並みが火の手を上げて眼前に満遍なく俯瞰(ふかん)できる。

 

「フォウ、フォウッ」

「……あ、あぁ……うん、大丈夫だよ……」

 

 幸いにしてこの周辺に火種は無く、焦げ付いたコンクリートの上に寝ていたらしい。

 まだ痛む頭を抑えつつ、お腹に乗っている白いリスを抱えて起き上がる。

 ここはどこか、誰かいないのか。

 

 マシュはどこに行ってしまったのか……。

 

「……ここが地獄ってところなのかなぁ……」

 

 東洋の宗教にあるソレを何となくイメージしてみる。

 思ったよりも現代的だなぁ、と危機感のない呟きは虚空に吸い込まれる。辺りに生物の気配はなく、誰も答えてはくれなかった。

 臭いも酷い、と言いたいのだがカルデアの火事で嗅覚が麻痺してしまったらしく鼻が効かない。これはこれで助かったと見て良いのだろうかと思案する。

 

 それにしても死後の世界というのはリアルだ。熱も風も臭いも、五感全てが全うに働いている。人間の身体から魂が離れたとして、しかし魂だけになっても神経機能等は正常に動くのか、と。

 

 このリスまで一緒に来てしまったのは可哀想だが、致し方ない。死んでしまった身、この後どうすれば良いのか皆目検討もつかない今、特にやらなければならないこともない。

 せめてものマシュが見つかれば……。そう思い、炎の街をゆっくりと歩き始めた。

 

 ジャリジャリと小石を踏み、不安定な足場が続く。どうしてこんな冒険紛いの事をしてサバイバルに片足を突っ込んでしまったのか。

 思えば後悔ばかりだ。何で死んでしまったのか。まだ大人にも成りきれてなくて、やりたいことだっていっぱいあった筈だ。人並みに彼氏を作ったりだとか、人並みにお金を稼いで趣味に使ったりだとか、人並みに海外旅行をしたりだとか。

 記憶が無くなってしまっても、やっぱり生きていたかった。寿命を迎えて老衰で死ぬのが一番幸せだと思っていたのに。

 

「……はぁぁ……、」

 

 悲壮感はある。だが涙は枯れてしまったのか。空虚な溜息だけが出てきた。

 懐に抱えた白いリスだけが気を紛らわせる唯一の癒しだ。やわらかい毛並みが本当に羨ましい。

 そう言えば髪の毛の手入れをしていないなぁと思う。触ってみると火事の影響なのか毛先が傷んでいてボサボサだ。死ぬ直前の姿が反映されてるのだろうか。

 よくよく考えてみれば服装もカルデアで支給された服になっている。ブーツまでわざわざ揃えられた、それなりに値段の張りそうな物だ。残念ながら倒れていたお陰で既に煤だらけなのだが。

 

「……シャワー……ないか……」

 

 言ってみて、無いだろうなと自問自答。汗でべたつく身体を洗い流したい。そう思わずにはいられなかった。

 

 あてもなくふらふらとさ迷い幾ばくかの時間が経つ。相も変わらず景色は惨いまま。白いリスを抱え続けるのも飽きて今は肩に乗せている。そろそろ何か次のイベントが起きてもいいんじゃないだろうか、なんて考えつつ瓦礫の谷をよたよたと歩いていた。

 

「……痛っ!?」

 

 と、その視界の狭まる道を行き曲がり角。不意に視界外から歩いてきた影にぶつかり、よろよろとバランスを崩し尻餅を着いた。地味に細かい砂利が痛かった。

 

「うぅ……す、すみません、でし、――――うわぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 人影のようなものを見上げ、そして絶叫。悲鳴を上げながら後退り。

 直後、さっきまでいた場所に刃こぼれの酷い剣のような物が降り下ろされ地面を叩く。

 見てみればその影は骸骨。カタカタと骨を揺らす白い化け物が幾らかの布を身体に巻いて、大きな剣を持っていた。

 そして嫌なほどに感じる殺気。明らかに死んでるようにしか見えないアンデッドエネミーからひしひしと隠されることなく溢れ出て来るソレ。

 

 非常識オブ非常識とは正にこのこと。

 地面に食い込んだ剣を再び持ち上げて眼球のない顔でスケルトンがこちらを見やる。

 

「聞いてない聞いてない聞いてない聞いてないぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!」

 

 すぐさま立ち上がって回れ右、頭のリスを再び抱えてさっき来た道を引き返す。

 と、後ろのスケルトンが追いかけてくるではないか。

 

「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? こわっ、来んな!! こっち来んなバカヤロォォォォォォォォ!!」

 

 どこのホラーゲームに紛れ込んだと言うのか。人型には似つかわしくない、寧ろ関節可動域やら構造を無視した不安定な走りでがらがらと骨を揺らし音を上げて走ってくる。

 野郎なのか女郎なのかはともかくとして、追い付かれたら死ぬだろうなというのは充分理解できた。刃こぼれしてる剣だろうが、鈍器にするなら破格の性能だろう。地面にめり込んだ時点で人体に対し過剰威力だ。




以下ネタバレ。

ぐだ子のデザインが士郎を踏襲したものと知り、じゃあ無限の剣製いけるな? となって書いた。冬木のラストでセイバーあたりに斬られてから覚醒、みたいなストーリーを妄想してた。あとはぐだマシュの百合。


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特異点EX “毘沙門天の化身” A.D.1600 終末戦国時代 関ヶ原
アバンタイトル


FGOオリジナル特異点。
カッコいいノッブとぐだ♀マシュが書きたかった。
あとはオリ鯖も出してみたかった。


 

 その知らせを聞いたのは、わたしがマシュと一緒にお風呂に入ろうと画策していた時の事である。

 

「特異点……の成り損ない?」

 

 まだまだ痛々しい惨状の影を落とす管制室に呼ばれたわたしとマシュを待っていたのはいつものゆるふわ系ドクター、ロマン。

 

「そうなんだ。いつか特異点に成り得る可能性を秘めたモノ。現状だとガンを早期発見できたものと捉えてもらって構わないかな」

「そっかー特異点かー。また下らない事で呼び出されてマシュと一緒にお風呂でキャッキャうふふを邪魔する魂胆だったらアームロックかけてましたよ」

「部屋に来た時点で僕の腕を持ち始めたのってそういう理由だったの!?」

 

 マシュに「先輩、それ以上はいけません」って言ってもらえれば完璧だったのに。ちぇっ。

 

「それでドクター。成り損ないとは言え特異点、勿論行くんですよね?」

「話が早くて助かるよ、マシュ。そういう訳だからレイシフトの準備を始めて欲しいんだ」

「急だなぁ……まぁいいや。特異点ならやるしかないし」

「頑張りましょうね、先輩」

「うん!! 頑張る!! 頑張ったらマシュからご褒美ね!!」

「ご、ご褒美、ですか……? えっと、えぇっと……」

 

 くぅ~!! 一生懸命悩むなんて愛いやつめ!!

 

「まー別にそんな焦らなくて良いよ。わたしもそこまで本気じゃないし。……(あったら最高だけど)

「? 何かおっしゃいましたか?」

「何でもないさー」

「……君って本当、マイペースだよねぇ。まぁその方がやっていく分にはいいんだろうけど……」

 

 マシュに慰めてもらえるとか最高だろ常識的に考えて。

 

 

 

 

 

 特異点モドキの年代は西暦1600年の極東、日本。日本史ので言えば戦国時代の終わり、江戸時代の始まりが訪れる直前の年でもある。

 この年の出来事となると、日本が東と西に分裂した関ヶ原の戦いが有名だ。主な構図は徳川家康率いる東軍と、豊臣の後を次ぐ石田三成率いる西軍との対決である。

 記録によれば東軍の勝利に終わりいよいよ徳川幕府が日本を統治するのだが……。

 

 今回の人類史の歪みはその一歩手前にあるらしい。

 

「恐らくだけど東軍が勝つには難しい状況になる原因があるんだろうね」

 

 とはロマンの談。つまりわたしのやることは東軍に加勢して史実通りの結果を再現することにある。

 

「今までのやり口を考えると、西軍に聖杯を渡すなりで戦力を増強してる筈だ。だからこちらもサーヴァントを連れていって戦に勝つ必要がある。選定は君に任せるけど、いつも通り全員を連れて行ける訳じゃないからね」

「サーヴァント選定かぁ。日本だし、やっぱその辺り詳しい人連れて行きたいよねぇ。あっ、戦国時代ならノッブとか!!」

「えっ、先輩正気ですかッ!?」

 

 マシュに頭の心配されたら死ぬしかないじゃない。

 

「ああああごめんなさい大丈夫ですッ、先輩の頭はまだ大丈夫な方です!! いっつもお菓子食べてるドクターよりは!! だからそんな部屋の隅に縮こまらないで下さい!!」

「ならいいいや」

「そろそろ僕の待遇改善しない? ねぇ?」

 

 いつもの事だろうに。

 

 

 

 さて、言われた通りサーヴァントの選定だ。

 現在カルデアには召喚システムで呼び出したサーヴァントが何人も常駐している訳だけど、残念ながらわたし1人だけだと彼らを現界させる魔力量はとてもじゃないけど確保できない。その辺りはカルデアの施設のバックアップのおかげでどうにかなっているんだけど……。

 残念ながら支援範囲はカルデア内だけで特異点にまで範囲は及ばないのだ。よってレイシフトした場合はサーヴァントの全魔力を私が請け負うことになる。ということは全員を連れて行ってゴリ押し解決、なんてのは期待できない訳でありまして。

 マシュはデミ・サーヴァントでわたしともパスは繋がってるけど、元が人間だから現界に必要な魔力は必要ない。その分霊体化ができないけどそれはそれ。

 話は戻して、わたしが賄える魔力は精々サーヴァント1人が限界になっている。よってレイシフトで特異点へ連れて行けるサーヴァントは1人だけ。つまり選定は入念かつ慎重に行わなければならない。

 

「……ふと思ったんだけどさ」

 

 特異点攻略前は必ずサーヴァント全員を招集してブリーフィングを開く。それから選定に移る訳なんだけど。

 

「何で東洋系のサーヴァントって少ないの?」

 

 食堂を借りてそこら辺にあった椅子に乗りぐるっと見渡す。

 その顔触れは大半が西洋に偏っている。アジア方面の顔ぶれが本当に少ない。

 

「元々召喚システムが西洋で作られたのもあるんじゃないですかね? そう言った意味で東洋系のサーヴァントは引っ掛かりにくいとか」

 

 そう言うのは桜色の羽織と紅色の袴姿でお団子をもちもちと食べるおき太さんこと沖田総司。日本では誰しもが知っているであろう新撰組の一番隊隊長だ。しかしわたしは日本人ではないのでどの程度の人なのかはサッパリである。

 しかしおき太さん、顔が本当に似てる。具体的に言うとアルトリアとかジャンヌとかモーさんとか。お前ら別人だろ何でだよ。

 

「サルでも呼べぶか。あ奴なら喜んで来るじゃろうて」

 

 そのおき太さんの隣ではお茶をすする少女、ノッブこと織田信長が。日本史で必ず習う戦国武将筆頭の1人で、第六天魔王を自称するのじゃ系女子だ。史実じゃ男だった筈だけど。

 見た目に反して戦略思考に長けた武人……なんだけど結構フレンドリーだったりする。おき太さんとセットでの目撃情報が多い。あとたまにちっちゃいのを見かけたりする。

 

「……何かすげぇ不安になる面子だな」

 

 2人の対面にはすごく不満そうな式ちゃんこと両儀式。ちゃん付けすると怒ってコワいので呼び捨てにするようしてるけど慣れてないから時々地雷を踏み抜いたり。

 どうやらとんでもない魔眼の持ち主らしくどんなものも“殺す”ことができるんだとか。すごいねぇって言ったら「お前本当に把握してんの?」って言われた時の顔を良く覚えてる。

 

「仕方ないんだよ。何もかもガチャ運が悪い。聖晶石あんだけ溶かしたのに…………溶かしたのにさぁぁぁぁぁぁぁ……、」

「あ、先輩のトラウマがッ」

 

 くそぅ、何でウチのカルデアには金時が来ないんだ!!

 

「……あれ、エミヤさんはどうしたんです?」

 

 と、不意にキョロキョロとおき太さんが周辺を見回す。確かに今はアーチャーことエミヤは不在だ。ブリーフィングのはじめに日本に関係するサーヴァントを寄せ集めた訳なんだけど。

 

「アイツなら、ほら、あそこ」

 

 式ちゃんの指差す方を見てると、食堂でわいのわいのと談笑するサーヴァント達に飲み物を配給するエミヤの姿が。ウェイターの恰好もよく様になっていて良いね。

 

「おーいエミヤ!! 茶をもう一杯じゃ!!」

「待っていろ、すぐに行く」

「あ、私もお団子のおかわりくださーい」

「少しは食べるペースを考えろ。夕飯に響く」

 

 ノッブとおき太さんの声に何だかんだで世話を焼く姿はすっかりカルデア名物となってしまった。生前はきっと執事でもやっていたに違いない。本人も性なのか楽しんでる節も見受けられる気がするのでそのまま放置している。これはこれで厨房がよく回るので助かるのだ。

 

「質問なんだけど、エミヤは今回の特異点出る気ある?」

「君は確かその時代に詳しい人を連れて行きたいと言っているのだな。残念ながら私は現代から未来へかけての英霊だ。戦国時代の内容は授業で習った程度の知識しかない」

「それ言ったらオレもなんだが」

「私も幕末からですし、消去法でノッブだけになりません?」

「おき太の出番ないとかノッブ最高に笑える」

「マスター私連れてって下さいよ私。周回より攻略向きですよ」

「さり気なくアピールとかずるいぞおき太!! わしなら神性ライダー特攻込みでお得じゃぞ!!」

「大丈夫かこれ」

「はた目から見れば大丈夫とは言い難いだろうな」

 

 不安しかないよぉ……。

 

「うぅー……ちょっと待って、いったん保留。マシュと相談してくる。あ、他のサーヴァントは皆解散でいいよ。エミヤ言伝お願い」

「了解した、やっておこう」

 

 取り敢えず困ったときは相談だ。可愛い後輩ならきっと答えに導いてくれるハズ……!! ついでにロマンとダ・ヴィンチちゃんも呼んでおこうかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――と、言う訳なんだけど」

 

 一度食堂を抜け出して廊下の休憩スペースに集まったわたしとマシュとロマンとダ・ヴィンチちゃん。

 ダ・ヴィンチちゃんとはご存知レオナルド・ダ・ヴィンチその人。見た目はモナリザだが歴とした彼の万能人である。キャスタークラスで召喚された彼女は、わたしがカルデアに来るよりも前からカルデアの一部に工房を作ってそこに住み込んでいるんだとか。特異点修復の際には物資の転送をお願いしてもらっている。

 

「時代を考えてみると良い」

 

 説明し終えたわたしにそう言ったのはダ・ヴィンチちゃんだ。

 

「日本の戦国時代もいよいよ幕を閉じようとしているのは確かだけど、それでも武将たちの雌雄を決する場だ。必ず“戦”が起こる」

 

 戦。つまり戦争だ。

 戦争と言うと現代っ子なわたしは銃器だとか戦車だとか戦艦だとか、そう言った現代戦を思い浮かべるけど、戦は違う。軍と軍のぶつかり合い、1人1人が武器を抱えて戦場を駆け回る。

 

「必然的に相手にする人数も多くなる、ということですね?」

「そう。サーヴァントもいるけど、何より厄介なのは“数”だ。サーヴァントの“質”ならいくらでも突破可能、と思っていても相手にだってサーヴァントはいるからね」

 

 マシュとダ・ヴィンチちゃんの話を聞いてなるほどとわたしは納得した。

 戦は多対多の物量戦。よって1対多に対応可能な方が良い、ということだ。

 

「ぴんぽーん。正解だ。という訳で織田信長を連れて行くのが最善策だろう。いやなに、人類史の為なら彼女もしっかり働いてくれるさ」

 

 ダ・ヴィンチちゃんのお墨付きなら信用して良いかな、とも思う。取り敢えず、ノッブの場を引っ掻き回すクセさえどうにかしてしまえば…………あれ?

 

「対処できるビジョンが思いつかない……」

「あはは、そこはアドリブで頑張ってもらう他ないねぇ」

「後方支援だからって気を抜きやがってこのゆるふわぁッ!!」

「ちょ、ま、アームロックはかんbがあああああああああああああああああっ!?」

「それ以上いけない」

 

 やんわりとダ・ヴィンチちゃんに解かれロマンは事なきを得やがりましたとさ。チッ。

 

「僕さ、最近思うんだけどさ、本当に嫌われてる気がするんだよ……」

「……大丈夫、だと思いますよ……?」

「ロマニはたまに無自覚な地雷踏み抜くからねぇ。まぁ彼女もじゃれ合いの一環なんだろうし、大目に見てやりなよ。大人は我慢だ」

「とほほ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな訳でノッブ行くよー」

「出番ktkr!! 第一節、完!!」

「まだ終わりませんよ?」

 

 という訳で人選終了。レイシフトメンバーはわたしとマシュにノッブの3人だ。

 各人準備を終えて管制室に集合。いよいよレイシフトの運びとなる。

 

「妥当っちゃ妥当なんだろうけど……不安になる」

 

 と語るのはお見送りに来た式ちゃん。フリーダムなノッブには疑惑目線だけどノッブは全く気にしてない。

 

「まー大丈夫だよ。最終手段がない訳でもないし。……ところでおき太さんとかは?」

「エミヤに団子の食い過ぎで説教食らってる。ほっとけ」

 

 大方ノッブに出番をとられて不貞腐れてるってところかな。今度埋め合わせを用意しないと。

 

「レイシフト準備完了だ。皆、コフィンに入ってくれ」

「はーい。じゃ、行って来るねー」

「では、式さん。カルデアをお願いします」

「オレに任されてもね……まぁ、いいか」

 

 行って来い、と言ってくれた式ちゃんと軽く拳を突き合わせ、コフィンへ。この中に入るといつも緊張するのだ。コックピット風味なのがそうさせるのか、いよいよ出るんだなぁって。

 

『じゃあレイシフト開始だ。いつも通り頼むよ。健闘を祈る』

 

 ロマンのいつもと同じ穏やかな声を聞いてわたしは目を閉じた。

 

『往くぞ、マスター。緊張せずとも日の本はわしの土俵、案ずるより産むが易しじゃ』

 

 ふと念話でノッブの声が聴こえてくる。いつもカルデアで見る時とは違う、凛とした芯の通った激励だ。

 

「……ありがと。頼りにしてるね」

『ククッ、っははははははははッ!! 良い、良いぞマスター!! 是非もなし!!』

 

 一度は日本の天下を取りかけた人物。やっぱり精神の根っこが一般人なわたしとは全然違う。元気な笑い声と言い、戦場でこれ程頼もしい人はいないんじゃないかな。

 

【アンサモンプログラム:スタート】

 

【霊子変換を開始します】

 

【レイシフト開始まであと3】

 

【2】

 

【1】

 

【全行程、完了(クリア)

 

【グランドオーダー:実証を開始します】

 

 視界に光が飛び込んで来る。白い明りが輪となって、わたしを運んで往く――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

               特異点EX “毘沙門天の化身”

 

              AD.1600 終末戦国時代 関ヶ原

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第1節『極東本日真夏日和也』

 

 なぁにが燦々日光午睡宮酒池肉林だッ!!

 

「あっつぅっ……!!」

 

 暑い、暑すぎる……!!

 

「寧ろ日の本ならこれが普通じゃぞ?」

「マジか日本人強すぎる……」

 

 サーヴァントが羨ましい……寒暖差があり過ぎるのは苦手だ。本当に。

 

「先輩、大丈夫ですか? 立てますか? おんぶしましょうか?」

「お姫様抱っこを所望いたす!!」

「冗談言えるなら大丈夫ですね」

 

 マシュが冷たい……。

 

「ひー。しかし暑すぎるよ……ちょっと木陰に行かせて……」

 

 サウナかってくらいにここは暑い。まだ湿気が無い方だから良いとして……いや全然良くはないんだけどさ。

 避暑地は日陰。これだけでも全然違う。風がそよそよしてるから少し気持ちいい……。

 

「本当に暑いみたいですね……サーヴァントなのでそこまで不快には感じませんけど」

「ここでバテてると後がないぞ? 何せ戦じゃ。炎天下で大運動会ってとこじゃの」

「現代じゃ考えられない……」

「でもこの日差しだと帽子が欲しいところですね……サークルさえ出来てしまえば良いのですが……」

 

 すごいな武士。何でこんなクソ暑い日に動けるの。武士道って何さ。

 

「フォォォォォ……」

「あ、フォウさん」

 

 マシュの盾からのそのそとフォウが出てきた。しかしいつもの元気はどこへやら、ぐったりした様子でわたしのいる日陰にやってきてぐにゃりと横になり始めた。その毛並は暑いだろうね、心底同情する。

 

「そのフォウとやらの毛は剃らんのか?」

「「とんでもない!!」」

 

 わたしとマシュの声が重なった。こんな綺麗なフォウの毛を剃ってしまうなんて神への冒涜!! 許さないぞ。

 

「フォウのもふもふは毎日わたしとマシュが頑張ってブラッシングしてるんだ、それを蔑ろになんてできない!!」

「そうです、フォウさんの毛並は重要文化財、いえ、世界遺産です!!」

「……とやかくは言わんが、くたばる前に対処した方が良いのではないかのう」

 

 すげぇ、ノッブが珍しく真面目だ。暑さにやられてしまったか?

 

「寧ろやられたのはそっちの頭じゃろ」

「先輩、頭大丈夫ですか?」

「ナチュラルな煽りやめて」

 

 大丈夫だから、本当に。

 

『あー、あーテステス。本日は晴天なりー。もしもしロマンだ、聞こえる?』

「本日は晴天どころか灼熱地獄だよロマン。今すぐ代わって欲しいくらいに」

『……すごいぐったりしてるね』

「日本暑すぎる」

 

 ロマンからの通信。カルデアの涼しさが羨ましいよ全く。

 

『さて、通信も出来たしまずはサークル設置に行くとしようか』

「補給に帽子とアイスも追加でお願いロマン……」

『はいはい、その辺りはきちんと彼女に伝えておくよ』

 

 ともかくとしてサークルだ。あれさえ用意できちゃえばこの暑さもどうにかなる……と信じたい。

 

「それではドクター、霊脈の位置はわかりますか?」

『バッチリ把握済みだ。と言っても結構歩く事になりそうだから覚悟しておいてくれ』

 

 日陰ルートがいいなぁ……。

 

『君達が今いる場所は日本の関東地区だ。現代で言う東京を中心とする地域だね。今は西暦1600年の8月終わり頃。記録によれば徳川軍が会津征伐を取りやめて関ヶ原に向けて進軍してる頃合いと見て良いだろう。霊脈のポイントはそこから東にある。距離にすると……軽く40キロくらいはあるのかな』

「ごじゅうぅっ!? フルマラソンレベルじゃん!!」

 

 素っ頓狂な悲鳴を上げてしまう。いや、嘘だ、わたしは信じないぞ!! ロマンの嘘つき!!

 

「もっと近いのないの!?」

『残念ながら、だね。日本は霊脈が浮き出る場所が局所的だ。人為的に集められていると言っても良い。多分だけど神社とかに寄り添う形になってるんだろうね』

「車欲しい……」

「この時代にそれは望み薄ですよ、先輩」

「馬があれば充分じゃろ」

「その馬がないんだよォ!!」

 

 こんなんだったらライダー連れて来るんだった……。現代最高。

 

「……はぁぁ。仕方ない。歩こうか」

「疲れたらおんぶしてあげますから、頑張りましょうね」

「わたし頑張る!!!!」

「大丈夫じゃろうか」

『マシュと合法的にくっ付く為なら恥を知らない人間だから大丈夫だよ、きっと』

 

 アーアーキコエナーイキコエナーイ。

 

 と、いう訳で3人と1匹……1人と2騎と1匹? ともかくとして東の霊脈(パワースポット)に向けて移動開始だ。アメリカの時みたくエジソンが車を用意してくれる事もないので脚が無事でいてくれればいいんだけど。

 

「しかい日の本は良い。田園風景は欧州ではお目にかかれんからのう」

 

 わたし達が歩いているのは、田んぼの脇に作られた土手道。車一台分くらいは通れる程度の道幅はあるからまだ全然歩きやすい。

 道脇には用水路が引かれ、その横に広がる田んぼ。長い穂を持つ米が青々と茂っている。

 

「日本ってお米が主食なんだっけ?」

「パンも好きじゃがな、やはり主食は米よ。漬物によく合う」

 

 ノッブの得意げな顔に頷きながら稲とやらを観察。穂先に粒々がいっぱいあって、これがあの白いご飯になるらしい。カルデアでも日本のサーヴァントはお米が好きな人が多いからよく見る。

 カルデアの地下プラントで栽培できるだろうか。

 

「む?」「っ、先輩」

 

 なんてのんびり考えていると、不意にマシュとノッブがわたし達の行く道のその先を睨んだ。

 

「? どしたの?」

『生命体の反応が200くらい近付いてきてるみたいだ。速度的には馬だろね』

 

 マシュが大盾を、ノッブが火縄銃と刀を構える中、ロマンが通信越しに教えてくれた。耳を澄ませれば遠くから蹄が地面を叩く音がいくつも聞こえて来る。音も段々と大きくなってきてるし、近付いてきているのは明白だ。

 

「ふむ、この速さじゃと斥候か、はたまた逃走か。いずれにしろ向こうは最大限警戒しておるわ」

「信長さん、わかるんですか?」

「当り前じゃ。進軍さようならこうも馬に走らせることはせん。先に馬が潰れてしまう」

『なるほど、言う通りかもね。まぁしかし敵か味方かは相変わらず不明だ。警戒だけは解かないで、でも戦闘は避けた方が良いかもね』

「? 丁度脚があるんじゃ、馬でも拝借すればよかろう」

 

 ノッブは完全にヤる気満々だ。マシュはその横でわたしを見たりしておろおろしてるけど。可愛い。

 しかし拝借って言う雰囲気じゃないよノッブのオーラ。完全に略奪する気だよこの人。恐い。

 

 軍集団の音が間近まで迫り、緩く曲がった道から戦闘の騎馬が姿を現した。後から続々と列になった騎馬達が駆けてくる。

 

「ッ、停止ィっ!!」

 

 騎馬隊が止まる。先頭で軽そうな鎧を着込んだ男がこっちを見ていた。その視線は疑惑そのもの。

 

 ……当たり前か。現代軍の軍服を着て火縄銃と刀を持った女の子と大盾持った女の子、あとわたしとその足元に謎の白い生物。西暦1600年の、それも武士達の時代を鑑みれば充分可笑しな集団だ。

 

「……着物着てれば良かったのかな……?」

「先輩、今の状況でギャグに走るのは無いと思います」

「ごめん」

 

 睨まないで……ゾクゾクしちゃう。いつぞやの「先輩、最低です」の蔑み具合は絶頂寸前だった。

 

「して、マスター。如何する?」

「穏便に事を運ぶ方法は?」

彼奴等(きゃつら)を見よ、既に構えておるわ」

 

 斥候とはなんだったのか……。

 

「外観は家康様の仰る通りだ、()くぞ!!」

「「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッッッ!!!!!!!!!!」」」」」」

 

 ひぃぃぃ!? すんごい雄叫び!!

 てか完全に敵だと思われてる!!

 

「マシュ、ノッブ!! 何か事情がありそうだから適当に無力化!!」

「了解です、マスター!!」

「小難しい注文じゃのう」

 

 とにかく自衛だ、正当防衛!! 目くらましになるかなー程度の魔術を待機させつつわたしは後方に下がる。

 反対にマシュが大盾を持って前に出た。先頭を駆る騎馬へ飛びかかり、そっと盾をかざした。

 馬は急には止まれない。

 綺麗に、乗馬していた彼だけが盾に弾かれ落馬した。衝撃も大きかったのか、怪我はないけど気絶してる。マシュも大分峰打ちが上手になったもんだ。

 

 ノッブはと言えば両手に火縄銃を構えて容赦なく発砲。弾丸がマシュの脇を通り抜けて後方の騎馬を捉えた。

 撃ったら次、撃ったら次と持ち替えて、どんどんと騎馬の数を減らしていく。戦国最強と謳われた武田の騎馬隊を征しただけあって本当に扱いが上手い。

 

 ……でもいちいちマシュのすぐ近くを撃つのはひやひやして心臓に悪い。

 

「のっ、信長さんッ!! 背中に当てないで下さいね!?」

「当てぬわ阿呆。わしの腕を舐めるでないぞ」

 

 若干涙目のマシュ可愛い……じゃなくて、ノッブ、当てないでね!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分で鎮圧が完了。死者ゼロ名、重傷者もなし。

 

『うん、周囲に敵影はないよ』

「ふぅ。戦闘終了です」

「あっけないのう」

 

 馬はそこら辺にまとめておいて、乗っていた兵達を縛り上げて一ヵ所にまとめた。当初よりいくらか数が減ってる気がするんだけど。

 

「斥候であったようじゃの、いくらかは引き返して伝令に帰ったのじゃ」

「追撃しますか?」

()()せ。行ったところで無駄じゃ」

『それにとっくに感知の範囲外だ。追い掛けるのは難しいだろう』

 

 ひらひらと手を振るノッブ。ロマンもこう言ってるし、何よりノッブが言うなら追わなくても良いだろう。それに気になることもあるし。

 

「で、拷問な訳じゃが」

「ちょっと飛躍し過ぎじゃないですか……?」

 

 一理ある。

 

『一理……?』

「まぁ穏便に話し合おうよ。敵か味方かわからないのに争うのは嫌だし」

 

 って事で騎馬隊のリーダー格っぽい人のところに行く。

 

「おい、起きろ」

「!?」

「うぉぅ、ノッブ大胆」

 

 ぐりぐりと銃口を突き付けて起こすノッブぐぅ鬼畜。怯えちゃってるじゃないの。

 

「わしらの質問に正直に答えよ。さもなくば撃つ」

「ノッブ、それ質問じゃなくて脅迫って言うんだよ?」

「この方が手っ取り早いじゃろ。ほれマスター、さっさと聞きたい事を聞いておけ」

 

 撃つなよ? 絶対に撃つなよ? フリじゃないからね?

 

「えーっと、ごめんなさい、いきなりこんなことしちゃって。でも貴方達に敵対する気は()()()()()全くないので安心してほしいんです」

『強調するね……』

「シャラップロマン。……で、いくつか聞きたい事があります。貴方の上司……って言うか大将は誰?」

 

 わたしがそう言うと、男の人はきょとんとした顔に。

 

「……お前達は、家康様を狙う輩ではないのか?」

「狙う? とんでもない。徳川家康には勝ってもらわないと困るのはわたし達の方です。つまり、貴方達の大将は徳川家康で、わたしはその味方になります」

 

 味方なのに縛ったのはそちらの自業自得という事で……。

 

「俺の早とちりだったと言う訳か……申し訳のないことをした」

「あぁ、いや、そんな気にせず……一応無事ですし」

「いやしかし、味方である者を、しかも女子供を手に掛けたとなれば末代までの恥……!!」

 

 武士って面倒くせぇなぁ!!

 

「武士道とはそんなもんじゃ。礼儀を尽くし義理に生きる。それもまた大和男児よ」

 

 うむうむと頷くノッブ。主人公には持って来いな精神論かもだけど多分わたしには一生相容れないだろうね。

 

 取り敢えず敵でないとわかってくれたようなので縄は解いてあげた。敵だったらわざわざ気絶程度で済ませる筈がないと納得してくれた。

 

「それで、貴方方は家康様の軍へ合流を?」

「まぁ、そうなりますかねぇ。説明するには色々と面倒な事情がありまして……」

 

 人類史とか焼却とかその他諸々。説明の時は全部ロマンに丸投げしようそうしよう。

 

『……何か嫌な予感が』

「大丈夫だよ。後でロマンの出番が増えるだけだから」

『裏を感じる発言に変な汗が止まらない』

 

 後方支援なんだから口動かして頑張れロマン。

 

「しかしここ最近不思議なことばかりだ。先日も何人か異国の者達が家康様の元に集まっている」

「異国……?」

 

 異国ってなると基本海外。恐らくだけど欧州勢のサーヴァントとかだろう。これはラッキーだ。

 

「よし、ならば早速戻って報告せねば。案内しよう」

 

 よっしゃ、これで最初の弊害突破だ。順調で何より。

 

「何とか上手くいきましたね」

「わたしの話術も中々捨てたもんじゃないでしょ?」

「穴だらけじゃけど」

 

 武将クラスと一緒にするんじゃありません。一般人なめんな。

 

「ってか早く移動しようよ。日差しが暑くて暑くてもう溶けそう……」

「先輩、盾の下なら陰になりますよ」

「マシュと相合い()するぅ~」

 

 肩と肩が触れそうな距離……甘酸っぱい青春……今しかない!!

 

「じゃ、わしに馬を。なに、散々乗り回して来た故、問題ない」

「了解した。そちらのお嬢さん方も、どうぞ」

 

 足ゲットだぜ。

 

 

 

 

 

 



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第2節『セイバー』

 

 パカパカと馬の蹄の音をBGMに道を行く。馬の手綱はリーダーさんが引いてくれて、マシュの後ろにわたしが乗っている。合法的にマシュにくっついてお腹に触れる。鼻血出そうだ。

 

「あ、あのっ、先輩っ」

「ん~? にゃにかにゃ~?」

「お腹を触るのは、やめてくださいっ」

「えぇ~だってぇ~マシュのお腹最高じゃん? 触るしかないじゃん?」

「だから霊基再臨の段階1つ目のままなんですか!?」

 

 当たり前だのクラッカー。マシュの白くてきめ細かいお肌をあんな分厚い鎧で覆ってしまうなんてどんでもない!!

 

「はぁ~すべすべ~」

「ひゃぁあぁっ!?」

 

 片手は馬の手綱に、片方は日差しを避けるために盾を持っているので触り放題。おへそのスリットから手を滑り込ませる……天国かここは。

 

「もぉぉぉぉ先輩ッ!!」

「どうしたんだいマシュぅ、もっと触って欲しいの?」

「先輩なんて大っ嫌いです!!」

「ウッ」

 

 死のう。

 

「ああああああ嘘です嘘です!! そんな急に落馬して蹲らないで下さい!!」

「……ほんとに?」

「大丈夫ですから、勝手にお腹触らなければ」

 

 くっ……マシュに嫌われるくらいならお腹触るのやめる。

 

「マスター、阿呆をやっとる間にもう見え始めたぞ」

 

 マシュの後ろでぐったり運ばれてる前方のノッブが指を差して道の先を示した。

 

 小高い丘の上に見えたのは白い布に黒いラインの入った大きな幕。ある空間を区切るようにソレが置かれている。

 

「おぉっ、大河ドラマとか言うので見たことある奴!!」

「奇遇ですね先輩、わたしもです」

「わしは実際に使ったがの」

 

 三者三様の反応を交わしつつ近付いて行く。殆どの人は入る前に散り散りになっていくが、リーダーさんとわたし達だけが中に案内された。

 幕内は非常に厳かというか固い空気が漂っていて思わず緊張してくるレベル。マシュも心なしか少し落ち着きがない。

 逆にノッブは堂々構えてずんずんと歩いて行くんだけど……不意にピタッと立ち止まった。

 

「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

「!? ど、どしたの!?」

「お主!!」

 

 急に声を上げたノッブ。彼女が酷く驚いた表情で指を差した先には、本陣の多分一番偉い人が座るんだろうなってところに座ってる女の子。

 

 ん? 女の子?

 

「ちょっとノッブ、流石に指差すのは失礼だよ?」

 

 諭してみるが、効果なし。代わりにこちらに視線をやった女の子がすっくと立ち上がる。

 ノッブと同じく黒髪。すごく手入れが行き届いたさらっさらのロングヘアだ。首に口元くらいまでありそうな白いスカーフのような物を巻いていて、その上の表情は氷の様に冷たい。細められた切れ目は体格を錯覚させるほどに鋭かった。

 

「……ハハハッ、まさか聖杯がお主を選ぶとは!! 運命とは数奇なモノよ!!」

「……それはこちらの言葉だ。まさか貴様と再び相見(あいまみ)えようとは」

 

 その子はするりするりとこっちに歩いて来ていたかと思えば、腰に差していた刀を引き抜いた。

 明らかに異常な殺気とオーラ。そして突然ひしひしと肌を突き刺すように感じる魔力の波動。間違いなく、確信する。この子はサーヴァントだ。

 対するノッブはすんごい悪い笑みを浮かべて刀を抜き銃を肩に担いだ。ギャグ要員がなんてシリアス顔してんの?

 

 てか完全に殺る気だよコイツら!!

 

「ちょっ、ストップストップストップ!! 待った!!」

「ぬ」「む」

 

 間に割り込んで制止。後で気付いたけど殺気出してるサーヴァントの目の前に飛び込むとかバカな真似したなぁと我ながら思った。

 

「今はそう殺気出すとこじゃないでしょ!? ノッブは一旦落ち着いて!! あ、そっちの子も!! わたし達は味方!!」

 

 ね!? と必死に説得。その子はしばらく無表情のまま殺気立っていたけど、それからすぐにオーラが霧散して刀も戻してくれた。

 ホッと一息大きく溜息。スタート直後から問題がありすぎる。

 

「命知らずの“うつけ”じゃのう、マスター。少しでも遅れておっては斬られてたぞ?」

「知ってるよもう!! いいから問題事起こさないで!!」

 

 命がいくつあっても足らないよ……。

 

「……して、何用だ。その様子ならば(それがし)とはまた違うと見る」

 

 女の子はわたし達に背を向けて席に戻った。相変わらず無表情だけどさっきまでの戦う雰囲気はなくなったからまだいいかな……。

 取り敢えず、こっからの説明に関してはロマンに任せる。

 

「ってことで出番だよ、ロマン」

『そういうことか……』

 

 貧乏くじを引くのは決まってロマンだったりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ほう、“かるであ”、か。異国の地から来るとは酔狂な輩だ」

 

 遠回しにバカにされてる気がする。

 

『そんな訳で、人類史の焼却を防ぐために僕達がいます。彼女をマスターとしてしばらく行軍に参加させていただければと』

「……良いだろう。数があるならばそれで戦略の幅は増える。(それがし)と同じサーヴァントであるならば尚更だ。……しかしそうか。人類史の焼却……中々に狂った発想だ。だからこそ喚ばれた、と」

 

 ロマンの説明を聞いて納得した様子のサーヴァントの子。野良で聖杯に召喚された理由をしばし反芻して黙り込んだ。

 

 彼女はセイバークラスで呼ばれたサーヴァントとのこと。それ以上は全く教えてくれなかった。ノッブも知ってるみたいだけど中々口を割ってくれない。日本のサーヴァントなのは大体わかるんだけど……。

 

「……また後でじっくり考えるとしよう。目下、貴様らには此度の戦況を知ってもらわねばならない。我々東軍の現状は芳しくない故」

 

 ついて来い、と移動する。参謀らしい人にも声をかけて別の幕に移った。

 

「そこへ着け。説明する」

 

 中央に地図が広げられ、それぞれの勢力を表すコマがその上にいくつか。東京付近に分布する青の軍勢と、関西と東北に位置する赤い軍勢。

 

「青が徳川を中心とする東軍、赤が石田と上杉の西軍と見ておけ」

 

 赤い軍勢の大阪付近。こっちが石田三成と呼ばれる豊富軍の中心人物が率いる軍らしい。

 東北の軍勢は上杉家が中心。どちらも徳川家に敵対する勢力とのことだ。

 

「現状、東軍はこの二派、特に上杉家に対し防戦を敷いている状況にある。当初の予定だと会津征伐と称し上杉討伐に動いていたが、その隙を見て石田が挙兵した。徳川は軍を二手に分け対処に当たっている。本来の予定であれば本軍を西に向けておく筈だったが、思いの外上杉の軍勢が厄介だ」

『史実だと確か主力を関ヶ原に向けていたね。今回それが出来ていないとなると歪みは上杉家が抱えているのかな?』

魔術師(どくたー)の言う通りだ。彼らは異形の兵を束ね、南下を始めようとしている。現在は斥候を遣わせているのみ故、奴等を潰すだけで充分だが主力が来てしまえばわからん」

「異形の兵、ですか……」

「報告によれば、その大半が屍だったそうだ」

「ってなるとゾンビの集団か……また聖杯で増やしてるかなぁ。ってなると元を断たないと止められないね」

「聖杯……確か、願いを叶える等と言う眉唾物であったか」

 

 すごく興味なさげなこの人。特に願いもないというのか。

 

「どーせ魔力の塊じゃろ? 爆弾にするのが一番じゃよ、爆弾」

「ノッブどこと戦争する気なの」

 

 まだ国際間のいざこざじゃないんだよ。

 

「で、貴様らはその聖杯とやらを回収もしくは破壊するのが目的と言ったな」

『はい。これをどうにかしない限り、人類史の焼却は免れません』

「それはこちらとしても良い事だ。(それがし)にも目的がある」

 

 とは言うもののそれについて言及する気はないらしい。サクサクと話を進めていく。

 

「現状ではあるが、家康公は西に本軍を向ける算段だ。東北には幾らかを残してそれで対処をすると聞いている。これについては策を講じているそうだ」

『多分だけど結城秀康らだろう。牽制に最上義光、伊達政宗の名前が上げられる』

「そういうことだ。江戸に戻った家康公からもそろそろ西へ転進する命が下るだろう。我々はその行軍の殿に()()()()()()()()()()()()()

「途中まで?」

 

 わたしが首を傾げた。同様にマシュもだ。

 ついて行くならまだしも、途中で引き返すのは面倒な気がする。

 

「まるで効率が悪い、とでも言いたげだな。ただ引き返す訳ではない。我々は途中で軍を離れ北進し、越後より上杉の背を強襲する。上杉は必ずや最上義光へ軍を向ける、そこを突くのだ」

『史実では確かに上杉家は最上義光へ軍を進めて徳川軍は無視、石田光成は誤算を飲む羽目になった、とはある。けれど、それが保証されると?』

「問題ない。様相が違えど上杉家は根っこまで上杉家だ。そこを違えることはない」

 

 自信満々に答えるセイバー。心なしか表情もどこか嬉しそうなんだけど……。

 

「偉く自信満々じゃのう、セイバー。アテが外れるやもしれんぞ?」

「そう思うか、アーチャー。(それがし)の眼に狂いはない」

「それは誰が保証する?」

「言うまでもない」

 

 相も変わらず正体を伏せるようなやり取り。いい加減教えてくれてもいいのに……。

 

「ねぇ、マシュはセイバーの正体わかる?」

「申し訳ありません、わたしも全くです……。ヒントも提示しないみたいですから」

 

 唯一わかることと言えば、生前がノッブの知り合い、セイバークラスに該当する、くらい。推測できるのは戦国時代の武将ってことになるんだけど……流石に候補が多すぎる。

 織田信長と言えば日本屈指の名武将、一度は天下を取りかけた彼女の顔の広さは尋常じゃない。ノッブの生きた時代に限定したとしても、現状のヒントだけだと特定は不可能だ。

 ただ、べらぼうに強そうってのはわかる。サーヴァントは皆わたしよりずっと上だけど、セイバーの持つ力は凄まじい。最優のサーヴァントってだけじゃなくて、彼女そのものが有する実力の底が知れない。

 

「ねぇノッブ。セイバーってどれくらい強い?」

「奴か? そうじゃの、めっちゃ強い。今のわしと同じくらいじゃろな」

()()?」

「然り。まぁその内明らかになるはずじゃ」

 

 ノッブはそう言ってニヤニヤ笑うだけ。何でこうも皆面白がって事実を言いたがらないのか。上に立つ人ってわかんないや。

 

 

 

 

 

 そのまま一時解散の流れとなった訳だけど、警戒は解かない方が良いとセイバーは言っていた。

 先の話でも出た上杉の斥候の話だ。その頻度も少しずつ増えている傾向にあり、陣内では常に空気が張り詰めている。

 ここを任されているセイバーはよく見回りをして激励しており、おかげで士気は高い。が、いつまでも続くかと言われれば否。人間である以上常に緊張感を保ち続けるのは難しいし、長引けば長引くほど集中力は低下する。

 

「宿を移しつつ待機しているとは聞きますが、1ヶ月強を野宿というのはすごいですね」

『時代が時代だから衛生面もよろしくないのに、彼女はよくもたせているよ。兵士1人1人の意識が高い』

「1ヶ月野宿……」

 

 キャンプをするにしても長い。わたしは途中で音を上げる自信があるね。

 今は一度幕を出てわたしとマシュが丘の上に集まっているところ。ついでにロマン。

 ノッブはしばらくセイバーと談笑しながら陣内を回っているらしい。

 

「キャンプと言えば、まだサークルやってなかった」

「確かにそうですね。時間はあるようですし、物資の補給だけしてみたらどうでしょう?」

『賛成だ。次にいつ大きい霊脈に接触できるとも限らない。出来ることは早めにしておこう』

「よーしなら早速行こうか。わたしも帽子欲しいし。ノッブ~」

「忙しいのう」

 

 もうちょい装備を見て回りたかったんじゃが、というノッブの言葉に「後でゆっくりね」と返し荷支度をする。

 セイバーにはロマンの方から連絡をしておくとのことなので準備が出来次第出発だ。今からフルマラソン分往復移動するのはすごい嫌だけど。

 

「それじゃあレッツゴーっ」

「おー」

 

 可愛く合わせてくれるマシュに感謝しつつ一路東へ。未来道具がわたしを待っている!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……えぇ、ここで間違いありません。ありがとうございました。感謝します」

 

 そこは皮肉にも霊脈の集う地であった。

 ふわりと綿のように静かに降り立った大きな槍を持つ彼女は、しばし地面をぼんやりと眺め、不意に振り返ってたおやかに礼を述べた。

 

「どうってことねーさ。で、こんなとこでいいんかい? 敵さんの目の前だがよ」

「全く……問題はありません。命令されたのならば従うまで……それが、私です」

「ふぅん……ま、俺が気にすることでもねぇな」

 

 それを受け取ったのは1人の男性。戦国時代に不釣り合いな、時代で言えば現代の軍人が着るようなフライトジャケットを着込んだ男だった。

 

「どうするよ、援護は?」

「必要ありません。殺すことではなく、意味はその先にあります」

「ははぁ……軍師殿に言われたって訳か。そんじゃあ頑張ってくれ。迎えの足は?」

「優しいのですね……そこも気にせずお帰りになられれば良いかと。貴方は西、私は東」

「なるほど、そんならさっさと帰るとするわ。じゃ、お達者で」

「はい、お達者で……優しい人」

「最後まで名前は覚えてくれねぇのな……」

 

 短いやり取りを交わし男女は別れた。

 男は広場の外、林の中に紛れて遠ざかり。女は広場の中心で静かに佇み目を閉じた。

 

「英雄……私の……英雄……。嗚呼、嗚呼、……愛おしい……」

 

 その手に持つのは槍と、小瓶。

 

 

 

 

 

 



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第3節『愛しく待ち焦がれて』

 

 お日様は天辺を大きく過ぎて傾き、いよいよ山間に差し掛かろうとしている。夕方になり、空も茜色になってきた。

 

 セイバーの陣を離れたわたし達カルデア一行。馬を2頭程拝借し、順調に霊脈のある地点へ向かっていた。時おり馬を休めつつわたし達も休憩を取りながら道半ばもとっくに通り過ぎた。

 

「う゛ー」

 

 順調なのは結構。それはいい。

 けど、ずっと馬の上で揺られるのはよろしくない。お陰でお尻と腰は痛いわ酔って気持ち悪いでロクな事がないから困る。

 あーもーほんとに……怠い……。

 

「先輩は生物非生物を問わず乗り物に弱いですね……」

「こればっかりはどうしようも……船の時よかマシだと思ったんだけどなぁ……」

 

 マシュの膝枕に癒されつつ回復中。ただ寝るよりもマシュのやわらかい太ももがある方が回復が早い気がする。当社比で。

 

『これは湿布と酔い止めも追加だね』

「うぅ……早く快適になりたい……」

 

 まだ胃がムカムカするぅ……。あとこれがしばらくと、プラスして帰りの分まで続くのはいただけない。胃の中身をとことんぶちまけそうだ。乙女としてそれはどうかとも思う。

 

 休憩がてら駄弁っていると、不意にロマンが緊張した声音になった。

 

『――――っと、動体反応だ。だけど……何だろう、魔力みたいな波長は観測できるんだけど魔力じゃないな』

 

 魔力じゃない?

 

「妖怪じゃな」

 

 と、そこへノッブの声。どうやら知ってるらしい。

 

「ヨーカイ?」

「妖怪は(あやかし)物の怪(もののけ)とも呼ばれ、異常現象を起こしたり不可思議な力を使う非科学的な存在です。日本では古くから言い伝えられている伝承ですね」

「考えてみれば逢魔が時じゃ。彼奴等(きゃつら)が出ようが不思議ではない」

『逢魔が時……夕暮れ時ってことか。確かに今の時間は合致する。少々時間が早い気がしなくもないけど……ともかく、そっちに向かってる反応がある、気を付けて』

 

 まだ若干フラフラしてるけど気合で起き上がり、マシュとノッブは迎撃準備。

 妖怪がどんなものかはわからないけど、おおかた今まで戦ってきた魔物に近いと思って良いだろう。だったらそこまで油断することもない、ハズ。

 

「ぉ    ぉ     お」

「うわっ……キモ……」

 

 見えたのは、おどろおどろしい何か。焼けただれたよう腫れ落ちた赤い大きな顔。その大きさは一抱え以上もあり、それをえっちらおっちらと骨と皮しかないんじゃと言うような細い身体と腕で抱えている。目はあらぬ方向を向いていて、口から飛び出る大きな金歯。ぼたぼたと紫色の汁を口端から垂らしながら走って来るその形相。

 

「……う゛っ……胃にクリティカルが……っ」

 

 これ以上なくさっきまで酔っていたわたしの胃を嫌な方向に刺激する。もう出かかってるんですがそれは。

 

「何じゃアレ。妖にしては不出来に過ぎるのう」

 

 向かって来るそいつらの先頭に向かってノッブが容赦なく発砲。弾丸は綺麗に顔の中央を捉え、刹那に爆散。どういう衝撃の伝わり方をしているのかは不明だが、ともかくとしてあのでっかい頭が破裂した。青紫色の汁と肉の塊が飛び散り、後続の同じ妖怪達に降り注ぐ……。

 

「おぇぇぇぇぇぇぇぇ」

「せっ、先輩!?」

 

 胃が決壊した。無理。無理。気持ち悪い。

 

「あああああどうしましょうっ……。ど、ドクター、先輩の口からモザイク処理された虹色の光の奔流が……!!」

『あーダメだったか……いや、僕も一目見てすぐさま映像は切らせてもらったんだけど……。ともかく背中をさすってあげたらどうかな。信長さんが頑張ってくれてるみたいだし』

「ま゙じゅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙」

「大丈夫、大丈夫ですから、あっちは見ない方が良いですよ……!!」

 

 マシュが盾をかざして視界を塞いでくれているけど……絶えず発砲音と肉の弾ける音が聞こえてきて、また脳内でさっきの映像が色濃くリフレインされる。逃れられぬカルマ……。

 

「おーい、衛生兵。こやつらあといくつじゃ?」

『数的に半分減らしたってとこです』

「そろそろ先輩の胃が限界値です……胃酸が……」

「おろろろろろ……だじげで……」

 

 

 

 

 

 いっつみーぐろっきー。まだのりものよいのほうがましだった。

 

「ダメです、先輩が完全に再起不能です」

『うわ、こりゃ酷いな……今度からシステムにモザイク処理かけれるプログラム入れておこう』

 

 わたしのぅ、おとめりょく……はつろ、なう。

 

「先輩、出し切りましたね……」

「温いぞマスター。これから先べらぼうに出る」

 

 ふと空を見る。夕暮れ時。

 つまり、夜の始まり。

 

「そうですね、夜は妖怪の蔓延る時間帯です。今回の事が頻繁に、かつもっと大々的に起きるかもしれません」

「日本はわたしを殺す気なの?」

「寧ろマスターが軟弱なだけじゃ。死体くらい見慣れとるじゃろ」

「見慣れてねーよ!!」

「じゃと思ったわ」

 

 悪かったね!!

 

『時間が時間だ。早いところサークルの設置場所に急ごう。あるとなしとじゃ対策の幅も変わる』

「ドクターの意見に賛成です。先輩、すみませんが急ぎましょう」

「おっけー……あー、胃の中身すっからかんだ……」

「何も食わん方が良さ気じゃな。ほれ、また来た」

「待っ、ノッブ!! ダメッ、わたしの視界で発砲禁止ー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶっちゃけた事を言いますと、先輩に背中から諸々をかけられるんじゃないかと気が気でなりませんでした」

 

 目的地まで後少しというところ。馬に揺られグロッキーなわたしは一度馬から降りて木の陰にしゃがみ込んでいる。もう出る物も残ってないのにこのザマだ。もっと三半規管が丈夫な人に生まれたかった。

 あとずっとわたしと一緒に馬に乗っていたマシュには申し訳ないと思ってる。もし仮に胃の中に残ってたらノータムでリバース確定だった。すまない……。

 

「ふぅ……もうこっから歩きにしない? 短距離でももうダメ、死にそう」

「確かに顔も真っ青です。わたしが運びますね」

「ごめんね……大丈夫、もう出す物すら残ってない状態……馬なんて金輪際乗りたくない」

「まだ帰りもありますよ?」

「エジソン連れてきて車出してもらおうよ……」

「そうなるとわしカルデアに戻るハメになるんじゃが」

「先輩、この時代だと道が舗装されてませんからあまり走れないと思いますよ?」

 

 現実は非情である。

 

『――皆、ちょっと待った』

 

 マシュにおんぶをしてもらってさて移動しようかといったところでロマンから制止の声。何かあったらしい。

 

『霊脈の地点からかなり大きな魔力反応を探知した。恐らくはサーヴァントだ。それも尋常じゃない神秘を内包してる』

「まさか、神霊の類いですか?」

 

 サーヴァント、そして神霊。嫌な予感しかしない。

 元々サーヴァントとなるのは英霊であり、決してその魂の核は神にはなり得ない。

 しかし例外も存在し、神に等しい彼らの存在を神霊と呼ぶ。影の国の女王スカサハが最たる例か。

 

『充分にあり得る。慎重にね』

「了解です、ドクター。マスターの守備を最優先に動きます」

「ありがと、マシュ。……ノッブ、もしダメだったら対応できる?」

「任せておくのじゃ。日の本であればわしは負けん」

 

 自信満々のノッブと真剣な顔でわたしを守ってくれるマシュに安心感を抱き、しかし集中する。グロッキーだからって怠けてちゃダメだ。

 万が一の時はわたしを投げ下ろしていいよとマシュには伝えつつ、警戒しながら霊脈の地点へ向かった。

 

 

 

 

 

 サークルの設置ポイントは林の中にある開けた広場だった。

 元は村だったのか、崩れて穴だらけの小屋が辛うじていくつか残るのみ。風化した風景が夕暮れの闇に浮かんでいた。

 

 その中央の広場に佇む、神秘的な装いの女性。儚い雰囲気を纏う彼女は、まさしく女神であった。

 

「――お待ちしておりました。人類史()の、英雄(貴方)……」

 

 大きな大きな槍を持ち、陰りのある表情で、愛おしそうにわたし達を見る、ランサー。

 

「ブリュンヒルデさん……!!」

 

 マシュが苦々しく言った。

 ランサー、ブリュンヒルデ。()の戦乙女ワルキューレの1人。その身はまさしく神そのもの。

 

「少女……私を知っているのですね……いいえ、忘れて下さい。今宵、私は貴方達の敵。ますたー、マスター、……貴方を、私は……」

 

 うっとりと、まるで愛おしい者を見るような顔に、思わず私はマシュノ背中で縮こまった。

 歪んだ感情がわたしを見ている。わたしだけを見ている。わたしを殺すことだけを考えている。

 

「私は……私は、貴方を、殺します……」

 

 ヒュォッ、と音がした。自分よりずっとずっと大きく長い槍を、片手いとも簡単に振るう。風を切る音すら鋭く重々しい。あの槍が一体どれ程の重量なのか、想像がつかない。

 

「……マスター。絶対に、絶対にわたしの後ろから出ないで下さい」

 

 マシュがランサーから視線を外さずに、ゆっくりとわたしを下ろしてくれた。

 マシュのこめかみに冷や汗が浮かんでいるのがわかる。

 これまで幾多の特異点でたくさんのサーヴァントと戦ってきた。中には神にすら匹敵するとんでもない輩だっていた。

 

 それと同じ。一瞬の隙があっさりと死に繋がる。言わば難易度ベリーハード、いやそれ以上。また、神話と対峙するのだ。

 

「わるきゅーれ、とか言ったか。派手じゃのう」

「……派手……困ります……誉められるのは……とても……」

「誉めたつもりはないんじゃが」

 

 ノッブはノッブで刀を引き抜き、火縄銃持って肩に担いでいた。大胆不敵な構えはまさしく恐れ知らずの織田信長だ。

 

「あれじゃろ、お主“神様”なんじゃろ?」

「……はい。この身はワルキューレ……例え、サーヴァントであろうとも……」

「結構。そう言う輩を相手にするのは得意じゃ」

 

 ドドドドッ、とノッブの周りの地面に虚空から現れた火縄銃が突き刺さる。

 気力充分、万事オーケー。準備は全て整った。

 

「――行って!!」

「はいッ!!」「応ッ!!」

 

 両者が同時に地を蹴った。

 飛び上がったノッブは火縄銃を一斉射撃、弾幕を形成。ランサーはそれを槍で持って凪ぎ払う。

 技後硬直を狙いマシュがシールドバッシュで突貫、しかしまたも槍が高速で振るわれ、真正面から盾に叩き付けられた。

 ゴォンッ、と鈍く重々しい音がけたたましく鳴る。マシュが歯を食い縛って苦しげな声を漏らした。

 

「お、もい……!?」

 

 地面に脚がめり込み、膝が崩れる程の一撃。腕がビリビリと麻痺する衝撃だ。

 もう1度、槍が振り上げられ、霞む速さで盾を叩いた。

 

「くぅぅぅぅッ……!?」

「マシュよ、受け止めるでない、流せ!!」

 

 連続した発砲音と同時に鉛弾が飛ぶ。ランサーがすぐに後退、いくつかを掠めつつもノッブの攻撃を避けきった。

 そこへノッブが肉薄。刀を縦横無尽に振るう。

 斬撃を避け、槍で受け止めるランサー。直後にノッブの背後から浮かび上がる火縄銃が顔を狙って火を噴くが、ランサーは首を傾けるだけで回避し素早く距離を空け、槍を振って牽制した。

 ノッブは絶対に槍を受けようとはせず、当たりそうになっても刀で受け流したり弾いたりしている。シールダーのマシュでさえ力負けしかけているんだから当然だ。

 

「マシュ、大丈夫!?」

「大丈夫です、ちょっと手が痺れましたけど、問題ありません」

 

 ノッブが頑張っている間に、下がったマシュに駆け寄った。シールドを支える手が少し震えているのがわかる。これじゃあロクに動かせない筈だ。

 すぐに回復用の魔術を使って応急手当。これだけでも大分マシだと思うけど。

 

「どうかな、いける?」

「……はい、大丈夫です。ありがとうございます、マスター」

「うぅん、わたしにはこれしか出来ないから。頑張って」

「はい!!」

 

 大きく頷き返してくれたマシュ。

 それを見送り、わたしは強張った体の力を幾分か抜いた。

 今ので回復用にストックしておいた魔術は使いきってしまった。次に使えるようになるまで、わたしが今ある魔力を全力で注ぎ込んでもしばらくはかかる。

 令呪のブーストもなくはないけど、回復には魔力以上に時間がかかるから乱用は避けたい。

 こうなってくると後はマシュ達の頑張り次第だ。とにかくわたしか持つできる限りの魔力を2人に送って、最高のパフォーマンスを維持してもらわないと。

 

 サーヴァントの戦闘は人間の反応速度を遥かに上回る。瞬き1つする間に戦況は2手も3手も進んでしまう。

 

 今のスタンスは2人にとにかく攻めてもらうことだ。ブリュンヒルデは戦乙女、戦いの女神。故にその戦闘能力はたった1人で戦局を左右する。

 対策なんて簡単にひっくり返されからこそ、敢えてシンプルにする。

 それはとにかく攻めて攻めて攻めまくる。相手に攻撃する隙を与えない。攻撃さえされなければこちらはまだ戦える。泥臭いけど、今ので何度もやってきたことだ。粘り勝つやり方が一番性に合ってるというのもあるけど。

 

「はぁぁぁぁッ!!」

 

 再びマシュのシールドバッシュ。ランサーがそれを受け止めて押し返そうとする。それに敢えて逆らわず受け流し、更に一歩内側へ滑り込む。

 

()()()ッ!!)

 

 盾が轟と音を上げてランサーに迫った。これでクリティカルが狙える……かに思えた。

 

 刹那、ランサーの指が動いた。マシュの眼前、そこへ虚空に何かを描くような動き。

 その動作に嫌な予感がしたであろうマシュが体を強ばらせた。

 

 ――その予感は現実となる。

 

「ぅぐぁあぁッ!?」

 

 直後に、突然空間が爆発したのだ。マシュだけに衝撃が向かうように。

 

「マシュ!!」

 

 防御もできないタイミングでの攻撃……マシュがまともに攻撃を食らい、地面を何度もバウンドして転がり、背中から小屋に突っ込んだ。

 まずい。無防備なところへの一撃は何よりもダメージが大きくなる。受け身すら取れなかったのなら尚更だ。

 

 それまでは背後からランサーを狙っていたノッブが、今度はマシュの隙間を埋めるように間を詰めた。申し訳ないけどしばらくは1人で頑張ってもらわないと……。

 

「っ、うぐっ……!!」

「マシュ……!!」

 

 崩れた小屋から這い出てきたマシュだけど、怪我が酷い。咄嗟に避けようとはしたみたいだけど、ほぼ真正面から爆発の一撃を受けてる。駆け寄って抱き起こすと、防具の右半身にヒビが入ってるのがわかる。

 

「すみ、ません……ルーンのこと、失念、して……」

 

 そうだ、ルーン。彼女の持つ原初の“勝利”のルーン。現代では再現不可能な魔術はサーヴァント相手にだって充分通用する。

 その可能性を予想できなかったのはわたしの落ち度。苦しげに顔をしかめるマシュを見て、奥歯を噛み締めた。

 

「……謝らないで、マシュ。予め知ってなかったわたしも悪いの。今は無理しないで、魔力を全部回復に回して。わたしの分、全部持っていっていいから」

「はい……」

 

 マシュが目を閉じて深く深呼吸する。悔しいけど、わたしには魔力をあげることしかできないし、回復もままならない。

 ごっそりと自分の中から魔力が減っていく。少しクラクラするけど気合で我慢だ。この程度は毎度のこと、耐えるのは余裕余裕。

 

「お強いのですね……」

「はははっ!! こんなもの、朝飯前に決まっておろう!! お主こそわし相手にようやるのじゃ!!」

 

 ノッブとランサーの一騎打ちは更に激しさを増していた。2人の距離は付かず離れずを保ち続け、その内側で刀と火縄銃、槍とルーンの応酬が凌ぎを削っている。

 ノッブの周辺に火縄銃が現れ刹那に弾幕を張ったと思えば、弾丸を弾いてランサーの重い槍の一撃。まともに受ければ5つの斬撃をモロに浴びるであろうソレを、手元を狙った銃の一撃と刀の返しで器用に受け流す。

 その時既にルーンは描かれているが、発動と同時にノッブが背中へと回り込み斬りかかる。視覚外からの一閃、しかしランサーは背中に槍を回して簡単に受け止めてしまう。

 

 強い。

 

 日本の、それも戦国時代の知名度補正を受ける織田信長に対応しきる能力。やはり神霊、格が違う。

 

 しかし、お互いの表情にはまだ余裕があった。力んだ様子も焦燥した様子もなく、ただ我武者羅に戦っている印象があった。

 

 その勝負が、動く。

 

 弾丸を姿勢を低くして回避したランサーが片腕で持って槍を凪ぐ。足元を掠める一閃に、ノッブが軽く脚を浮かせて難なくそれを避けた。

 同時に、一瞬表情が強張った。

 ハメられた、と思うよりも速く、今度は両手に持ち替えられた槍が迫る。

 咄嗟に身体の間に刀を滑り込ませる、が、見た目以上の重量を持つ刃先に押し切られ打ち上げられた。

 すかさずランサーが追撃の為に飛ぶ。魔力が膨れ上がって行くのがその一瞬でわかった。間違いなく一撃で沈める気だ。

 轟、と槍が振るわれた。まっすぐ、その振り下ろしはノッブの顔を目掛けて――――、

 

 

 

 

 

 



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第4節『朝日の向こう側』

 

 ぽたり、ぽたり、と赤い斑点が地面の染みとなる。

 

「……これを、不覚、と言うのですね……」

 

 対峙するランサーが左手で顔を覆っている。その指の隙間から流れ出す真っ赤な血が土を濡らす。その量は尋常でない程に多く、果たして止血ができるのやら。

 

「チッ、首ごと捕ったと思ったんじゃがなぁ」

 

 対し、面白くなさそうに肩に刀を担いだノッブが言った。明らかに余裕の表情だ。

 あの瞬間、わたしには何が起こったのか全く分からなかった。ただ一瞬ノッブの姿が掻き消えた後にランサーが大勢を崩したように着地したのが見えただけ。

 

「少し、厳しいでしょうか……えぇ、そうですね。すみません……」

 

 血の止まる気配はなく、ランサーの白い肌と髪が赤く汚れた。恐らくだけどあの様子だと左目を抉ったのだろう。よくもまぁ平気そうな素振りをしてられるものだと思う。

 

「さて、如何するかランサー。わしはまだまだ行けるぞ?」

「……そうですね。流石に、武が悪いでしょうか……。では、今宵はこれで……」

 

 挑発するようなノッブの声に、ランサーは首を静かに横に振ることを返答として霊体化。金色の魔力を霧散させて消えた。

 

 そしてコトリと空の小瓶が地面に落ちる。

 

 

 

 斯くして、夕暮れの廃村に凍る程の静寂が訪れた。

 

「……終わっ、た?」

 

 思わず呟く。

 ゆっくり立ち上がったマシュがキョロキョロと周囲を確認する中、ノッブは刀をしまい銃も霊体化させてのんびりと伸びをしていた。

 それを見てわたしもようやく実感した。どうやら本当に終わったらしい。

 

「……良かったぁ……」

 

 あー、緊張した。神霊でランサーとか、スカサハ師匠以来だ。とてもじゃないけど何度もやることじゃない。もう精神方面ボロボロだし、マシュに魔力を回したおかげで残り魔力もすっからかんだ。

 

「ノッブお疲れ……いやはや、間に合って良かったよ」

「良い判断じゃった。褒めてつかわす」

 

 フフン、と鼻高々のノッブ。紛れもなく今回のMVPだ。彼女がいなかったらどうなっていたか、想像に容易い。

 

「あはは、有難き幸せ……。マシュも、お疲れ」

「いえ、わたし、何もできませんでした……。申し訳ありません、脚を引っ張ってしまいました……」

 

 対照的にマシュはしゅんと落ち込んでしまった。これはこれで可愛いんだけど、本人的にはかなり納得いってないみたい。今回の戦闘はほとんど戦線離脱でお休みだったから仕方ないのかもしれない。

 

「ま、そういうこともあるよ。ノッブが頑張ってくれたんだから、今回はしっかり生きてるってことで及第点。ね?」

 

 苦笑して頭を撫で撫で。いつもなら照れながら「子供じゃないですっ」と言ってくるところだけど、今日は素直に受け入れてくれた。強張っていた肩の力も抜けてリラックスできたみたいなので万々歳。これくらいなら幾らでも、というかわたしがしたいからいっぱいしちゃうもんね。

 

『3人ともお疲れ様。今回もまた厄介な人が敵に回ったね』

「あ、ロマン、ずっとだんまり決め込んでないでサポートくらいしてくれれば良かったのに」

『あはは、ごめんよ。戦闘が終わったらすぐにでも物資を回せるように急いでたんだ。さ、早いところサークルを設置してくれ。こっちは準備万端だ』

「はーい。マシュ、お願い」

「はい、了解しました」

 

 マシュが大盾を描いたサークルの上に設置。魔力を流し込みカルデアがその反応を拾う。魔力同期が完了すればカルデアと相互に物資のやり取りが可能となる。

 

 その後は送られてきた物を確認して荷物を纏めるのに小一時間ほどかかった。

 恐らくここで作業をするのは最初で最後。不足のないように入念にチェックをしなければ。次の補給がいつどこで出来るかは全くの不透明だからだ。

 備えあれば嬉しいな……じゃなくて、憂いなし。なるべく不安要素は取り除いておかないとね。

 

 

 

 あらかた終わった頃には山間の地平線に太陽が沈んだ頃だった。

 夜間の移動は先の妖怪の件もあって危険だとのことで、わたし達は廃村で一晩を過ごしてから早朝に戻ることにした。今は薪を集めて火を焚いているところで、マシュと一緒に暖まってる。周囲の様子はロマンのモニターとノッブが霊体化して監視してくれているので大丈夫だろう。

 パチパチと乾いた音を立てて薪が赤く燃え朽ちて行く。何となしに手をかざせば炎の暖かみがじんわりと掌に当たって心地いい。

 

「……無性にお腹減ってきたなぁ」

「お昼頃から何も食べてませんからね。酔って吐いていたら尚更だと思います」

 

 マシュの指摘にぐうの音も出ない。明日も朝からまた馬に乗って戻ることを考えると本当に億劫だ。

 取り敢えず何か食べたい。補給物資内の保存食をいただくとしよう。

 

 保存食は基本が軍で支給されるようなレーションだ。野宿を前提としているだけに、必然的にこういった物が多くなるのは仕方のない事。もうすっかり慣れたモンである。

 

「……いつもながら何とも言えない味……」

「これだけでかなりのカロリーがあったりしますからね。敢えて味は控えめにすることで過食を抑えるとか」

「初耳だー。なるほど、考えられてる……けど、休憩時間の食事くらい美味しい物食べたいよね」

「あははは……まぁ、かねがね同意です。言ってる事は勿論なので頭ごなしに否定はできませんけど」

 

 苦笑するマシュに内心賛同だ。カルデア内の物資だって一応限りがある。余った地下スペースなどを改良してプラントを作ったりと色々工夫はしてるみたいだけど、贅沢はできないのが現状だ。

 文句も程々に、精神疲労を紛らわすスパイス程度に愚痴を言いつつ缶詰のレーションを飲み込んだ。

 

「フォーゥ」

「あ、フォウだ。フォウも食べる?」

 

 のんびりと火を眺めていればいつの間にやらフォウがトテトテと足元にやって来た。戦闘前から物陰に隠れていたらしく、ついさっきまで色々と探索していたみたい。

 

「ンキュ……キャウッ」

「甘んじて食べる、だそうですよ」

「む、贅沢言っちゃダメだぞ~」

「フォウっ」

 

 残りを地面に置くとガツガツ食べ始めた。

 戦場でもフォウみたいなもふもふは癒しになる。毎度ながら勝手についてきてくれるのは本当にありがたい、なんて思うわたしだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廃村の小屋で寝袋にくるまり、ちょっと涼しい一夜をマシュと一緒に過ごし(こことっても重要!!)、わたしたちはすぐさまセイバーのいる陣へと引き返した。

 馬に揺られグロッキーになりながらもダ・ヴィンチちゃん特性の酔い止めで何とかこらえつつ無事帰還。往路とは違って早朝に出たので妖怪とかの脅威に出くわすことがなかったのが幸いだ。本当に、全く。

 

 陣に戻ったのはもうすぐお日様が天辺に昇る頃合いで、何だか撤収の準備を始めているような慌ただしい雰囲気に見えた。幕も一部が撤去されていたり、その周りで兵士達が片付けに勤しんでいる様子が見てとれる。

 

 その様子を眺めながら進んでいると、本陣の幕から見知った影が顔を出した。

 

「戻ったか」

「ど、どうも……」

「……顔色が悪い。まさか馬は慣れぬか?」

「いやぁ、ははは、乗り物は全般的に……」

 

 馬を下りて幕前まで行くと無表情なセイバーさんが出迎えてくれた。若干フラフラしてるわたしを見て怪訝そうな表情を作ったけど、すぐに切り替えて刀みたいな鋭い瞳に戻す。

 

「戻ってきて早々だが、すぐにここを発つ。家康公より行軍せよとの命が下った」

「じゃあ、ついに……」

「ああ。東軍は会津を一先ず保留とし、石田光成討伐に動く」

 

 正史通り、関ヶ原の戦いが始まる訳だ。そしてわたし達の役目はその結果を歴史通りにすること。つまりは東軍の勝利に持ち込む必要がある。

 

「あ、そうだ、セイバーさん。懸念事項が1つ」

「言ってみろ」

「向こうにも恐らくサーヴァントが何人かいます。サークルを設置しに行った時に接触しました。確認したのがランサー1人、真名をブリュンヒルデ」

「ぶりゅんひるで……?」

「北欧神話に登場するワルキューレなのですが……ご存じありませんか?」

「わるきゅーれ?」

 

 マシュが補足するように説明する。が、セイバーさん、イマイチわかってない様子。こてんと首を傾げてる。何ともまぁ女の子らしい仕草だ。この人が戦国武将とは……。

 

「……ま、まぁ良い。サーヴァントがいるという情報だけで充分だ。(あらかじ)めいるとわかっているならば対策も可能となる」

 

 じーっとわたしが見てた視線に気付いたのか、こほんと小さく咳払いをして持ち直すセイバーさん。しかし若干恥ずかしそうに視線を逸らす。見た目に反してギャップが可愛いなこの人……。

 

「……何を見ている」

「いやぁ……特には」

「何だその嘲る表情(かお)は。言ってみろ。言え」

「ちょっ、目が怖いですって!?」

「五月蠅い。言え。吐け」

「もう昨日散々物理的に吐いたから嫌ですぅ!!」

「口を開け。この、口、を、だッ」

「いひゃああまっへっ!! ほんおいやあみてああひぇえふぅ!!」

 

 チクショー、無理矢理離せない!!

 

「……先輩の、柔らかいほっぺ……」

「助けんで良いのか?」

「ハッ!! そ、そうでした!! セイバーさん、私も触りた――――じゃなくて、先輩をいぢめないで下さい!!」

「やれやれ、じゃな……」

「フォーゥ……」

 

 

 

 

 

 一悶着は有耶無耶なまま流れた。わたしとしては嬉しい限りである。




おわり。次話はオリ鯖の設定とか


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設定など

 ◆雑記◆

 オリ鯖は味方セイバーが上杉謙信。女性説があったので容赦なく女体化。可愛い子が書きたかった。

 ライダーはなんとなく閣下。一番しやすそうだったから。敵側鯖です。

 

 特異点のラスボスは豊臣家と上杉家。記憶が定かではないが、確か上杉が最終的にラスボス化したはず。

 

 シリアルを目指してたが、何か途中から完全にシリアスになりそうだったのと、書いてる途中でFGO熱が冷めたので執筆が止まった。誰か引き継いで。

 

 

 

 以下鯖設定。3騎目は特に気にしないでいいです。

 

 

 

【クラス】ライダー

【真名】ハンス・ウルリッヒ・ルーデル

【性別】男性

【身長・体重】178cm・72kg

【属性】中立・善

【ステータス】

 筋力:C

 耐久:C+

 敏捷:D

 魔力:E

 幸運:A+

 宝具:C++

 

【クラス別スキル】

・対魔力:E

魔術に対する守り。無効化は出来ず、ダメージ数値を多少削減する。

 

・騎乗:C+

騎乗の才能。幻想種を除き、大抵の乗り物を人並み以上に乗りこなせる。

航空機を乗りこなす際には有利な補正が掛かる。

 

【固有スキル】

・仕切り直し:B

戦闘から離脱する能力。また敗戦時に自軍(自陣)へ帰還する能力。

 

・心眼(偽):C

直感・第六感による危険回避。虫の知らせとも言われる、天性の才能による危険予知。

2500回を超える出撃の中、被撃墜数が30回だけという記録から来る。

 

【宝具】

蒼空に響く悪魔の咆哮(ユーズィーヴェントアハトツィヒ)

ランク:C++

種別:対軍宝具

レンジ:99

最大捕捉:1

急降下爆撃機であるJu87G、通称『シュトゥーカ』。

生前ルーテルが乗っていた機体であり、著名なことから宝具へと昇華した。

攻撃目標が車両等の騎乗物であった場合には命中率と攻撃威力に補正がかかる。

 

我は相棒と共にあり(■■■■■■■■)

ランク:B

種別:英霊召喚

レンジ:-

最大捕捉:-

座より、生前ルーデルの相棒であった人物を召喚する。

召喚する人物はルーデルの任意選択だが、各1人につき1回までしか召喚できない。

召喚された人物は『単独行動:E-』スキルを持つサーヴァントとして現界する。

 

【解説】

ドイツ空軍のエースパイロットの1人。『ソ連人民最大の敵』『シュトゥーカ大佐』等の異名を持つ。その戦果と逸話は有名であり、史上最も多くの戦車を撃破した『戦車撃破王』。当時のドイツ軍人で唯一『黄金柏葉剣付ダイヤモンド騎士鉄十字勲章』を授与された人物である。

 

本人はかなり気さくで物怖じしない性格。

生前の気質通り出撃には積極的であり、危機となれば嬉々としてマスターを連れ出して出ようとする。ジャンキーと言われても当人は全く気にしないようで、それよりも出撃できないことのを方を嫌う。

しぶとさに関しては随一と言える。

 

 

 

 ◆

 

 

 

【クラス】セイバー

【真名】上杉謙信

【性別】女性

【身長・体重】156cm・49kg

【属性】秩序・善

【ステータス】

 筋力:A

 耐久:B

 敏捷:B

 魔力:B

 幸運:C

 宝具:A

 

【クラス別スキル】

・対魔力:A

魔術に対する抵抗力。Aランク以下の魔術を完全に無効化する。事実上、現代の魔術師では、魔術で傷をつけることは出来ない。

 

・騎乗:C

騎乗の才能。幻想種を除き、大抵の乗り物を人並み以上に乗りこなせる。

 

【固有スキル】

・信仰の加護:B+

毘沙門天の加護。一つの宗教に殉じた者のみが持つスキル。

加護とはいっても最高存在からの恩恵ではなく、自己の信心から生まれる精神・肉体の絶対性。

 

・神性:E

神霊適性を持つかどうか。

自身を毘沙門天の生まれ変わりと称し、それを疑いもしなかったことから神性を持つ。

 

・軍神:A

カリスマ、軍略の複合スキル。

軍団の指揮能力、カリスマ性の高さを示す能力。団体戦闘に置いて自軍の能力を向上させる稀有な才能。また多人数を動員した戦場における戦術的直感能力としてもはたらく。自らの対軍宝具行使や、逆に相手の対軍宝具への対処に有利な補正がつく。

 

・破邪顕正:B

誤った考えを打破し、正しい考えを示し守ること。不正を破って、正義を明らかにすること。同ランクの勇猛スキルに等しい。

 

【宝具】

降臨:軍神毘沙門天(オンベイシラマンダヤソワカ)

ランク:A

種別:対軍宝具

レンジ:-

最大捕捉:-

謙信に毘沙門天を宿す。発動時には全ステータスと神性が1ランク上昇する。

また乱戦時において自身を含む自軍に有利な補正がかかる。

 

姫鶴一文字(ひめつるいちもんじ)

ランク:C

種別:対人宝具

レンジ:1~3

最大補足:5人

謙信の愛刀が宝具に昇華した大太刀。通常時はただの太刀だが真名解放時には七支刀と化し、レンジを50%アップする。

 

【解説】

『越後の虎』と呼ばれた軍神・上杉謙信その人。織田信長に対抗できる最後の武将とされていた存在で、その軍略は優秀な戦果をもたらした。記録によれば戦における敗戦は2回のみとその実力がうかがえる。

 

軍の指揮者であり家臣からの信頼も厚い人物。

しかし短期な性格で、いつでも堅い表情のため畏怖される存在。

史実では男性と伝えられているが、資料より女性説も浮上していたりする。

静かな場所が好き。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【クラス】ランサー

【真名】ロンギヌス

【性別】男性

【身長・体重】169cm・66kg

【属性】中立・中庸

【ステータス】

 筋力:D

 耐久:D

 敏捷:C

 魔力:E

 幸運:A++

 宝具:A

 

【クラス別スキル】

・対魔力:E

魔術に対する守り。無効化は出来ず、ダメージ数値を多少削減する。

 

【固有スキル】

・自己改造:E

自身の肉体に別の肉体を付属・融合させる。このスキルのランクが高くなればなるほど、正純の英雄からは遠ざかる。彼のスキルは宝具のようなシステムから零れ落ちたもの。

 

・天性の肉体:E-

生まれながらに生物として完全な肉体を持つ。このスキルの所有者は、一時的に筋力のパラメーターをランクアップさせることが出来る。

さらに、鍛えなくても筋骨隆々の体躯を保つ上、どれだけカロリーを摂取しても体型が変わらない。

 

・千里眼(偽):EX

視力の良さ。遠方の標的の捕捉、動体視力の向上。遠方の標的捕捉に効果を発揮。

彼の眼はイエス・キリストの血を浴びたことで再び視力を取り戻し、その時の神性が眼に影響を及ぼした。

彼が使用する場合の効果範囲は視界内、対象は一つだけに絞られる。ただし、使用すると強い負荷がかかり、視力が低下する。

 

・神性:E

神霊適性を持つかどうか。

神の子の血を浴びて視力が回復したことから僅かに神性を持つ。

 

【宝具】

其は死を顕す槍(ロンギヌス)

ランク:A

種別:対人宝具

レンジ:3

最大捕捉:3人

彼の名前でもある槍。見てくれはただの二又槍。生命体に命中した場合、その生命体の“体”の死を確定させる。無機物に対してはただの槍。

 

■■■■■■(アイム・インターセプター)

ランク:EX

種別:対■■宝具

レンジ:99

最大捕捉:1000人

宝具となっているが、厳密には宝具ではなく、彼に混じった彼自身のシステムであり存在意義。限られた条件下でのみ自動的に発動する。これが発動した場合、惑星のマナが著しく低下する。

効果は自身の最適化。体を再構築し、敵に対して優位となる最適なモノとして生まれ変わり、幸運を除く全ステータスと対魔力、天性の肉体、神性がランクEXに上昇する。

 

【解説】

サーヴァントとしての性能は非常に低く、下から数えてトップレベル程度。これは彼が名のしれた英雄なのではなく、彼の持つ槍の宝具によって彼が担い手として選ばれたためであり、彼は元々普通の平々凡々な兵士であったがためにステータスが低い。

 

正体はロンギヌス。ロンギヌスと名乗るが、聖ロンギヌスではないため、英霊の座とはまた違う場所から来た。

ただの一兵卒でしかなかった彼は、イエス・キリストが磔にされたとき、死亡したかどうかを確認するために槍で脇腹を刺した。その時の槍がロンギヌスの槍であり、その担い手が彼である。

しかし全てがロンギヌスという訳ではなく、聖ロンギヌスの微かな要素や、他の要素も混じり込んだモノ。真っ当な英霊ではなく、そこらの亡霊が人格として選ばれている。

 

本来ならば決して現界しない存在。特異点に現界しているのは、特異点が正史から遠い存在であるため。また特異点でも特に正史へ影響の出ない特異点でないと現界出来ない。

 

【ネタバレ】

一万四千年前、遊星に敗れた神々達が権能でもって作り上げた対遊星用の防衛装置。現界したのはその一部。

ガイアと神々の思惑が、地球を存続させるためで一致し、双方の権能が込められている。

本来の力を有してシステムが起動すると、必ず相手より優位な存在として現界する。

また地球上のありとあらゆる存在より頑丈に作られており、破壊に対して高い耐性を持つ。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 



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不可思議スローライフ
1.プロローグ


ダンまち二次創作。
とある神様と不思議な男のスローライフ


 

 ガタガタと馬車が揺れる。人が四人乗ればもうスペースが無くなるだろう、その程度の簡素な馬車だ。四つの車輪に年季の入った木の板で造られた箱型の客席、年老いた御者は震える手で手綱を握り、これまた年老いた馬がえっちらおっちらと馬車を引いてゆく。

 客席は硬い板に、ボロボロになった布を敷いただけ。そこに座るのは少女が一人、擦り切れたローブを頭から被り、簡易窓から覗く景色に視線だけを向けていた。

 

 この馬車は世界で最も有数の栄えた街、迷宮都市オラリオからの馬車である。

 そして、少女はオラリオから辺境の遠い村へ向かう途中であった。

 

「…………………………………………、」

 

 窓の外には平原と林と山々が広がっている。街道を外れた馬車は辛うじて土が出ている道を進み、少しずつ人の手が付けられていない大自然の中へ向かってゆく。

 木陰に入ったところで彼女は一度窓から視線を外し、長旅で固まった体を解そうと大きく伸びをした。腕を伸ばし「うーん」と小さく唸り、すると、ローブのフードが重力にひかれて脱げ、彼女の顔が露わになる。

 

 それは、くたびれた格好には似合わぬ美貌であった。

 プラチナブロンドのショートヘアはきっちりと切り揃えられており、顔に浮かぶキリッとした表情は彼女の気の強さを象徴するかのようで、バイオレットの四白眼の瞳がそれをより強調している。

 

「……本当に、遠いところまで来てしまった……」

 

 少し肩を回し、擦れて痛くなってきたお尻を気にしながら座り直し、再び窓の外を見やった。

 

 以前のことを考えると、まさかこんなところに自分が来てしまうとは微塵も思わなかったものだ。

 ちょっとした、というには少々重いトラブルに巻き込まれてオラリオを飛び出した……少々強引に追い出された、とも言うべきか。ともかくとして、様々な経緯が重なって一人身となり、今は大した当てもないままでいる。

 これから先はどう生活していけばいいのか。ほぼ着の身着のまま出てきたが故、生活用品やそう言った類の物はほとんど持っていないのが現状だ。事前の持たされた非常食が少し、それもあと二日もしてしまえば底を尽くだろう。切り詰めて節約してこれなのだから、相当の日数が経過したのだろうと彼女は一人思うのであった。

 

 ――――と、不意にガ馬車が不自然に揺れた。明らかに普段とは違う動きだ。つんのめるような急制動にバランスを崩し、ばたばたと向かいにあった座席に転びあがった。

 何事かと目を白黒させているうちに、馬車の外から興奮した馬の悲鳴らしき甲高い鳴き声が聞こえた。

 何かトラブルが起きたのだろう。瞬時に理解し、すぐさま起き上がって馬車の扉を内側から開け放った。

 

「どうしま――――なっ!?」

 

 馬車から飛び降りようとした刹那、鼻につく鉄の錆びた臭いに一瞬顔を顰め、そして目の前の惨状に絶句する。

 停止した馬車を囲む複数の屈強な男たち。各々の手には剣やら弓やら斧やらが握られており、刃先をちらつかせて脅す様子が見て取れる。そんな彼らの表情に浮かぶのは、獲物を目の前に舌なめずりをする勝者の下卑た笑みだった。

 対して、馬車を引く二頭の馬はどちらも地面に倒れ込んでいた。首には一本ずつ矢が刺さっており、それでやられたのだろう。呼吸は出来ているらしいが、それが憔悴していく様子なのかどうかは判断できなかった。

 御者台に座っていた老人はガタガタと震えており、まとも喋ることは不可能に見える。

 

 すぐに賊に襲われたのだと判断した。そして、もう助かる見込みはないだろうとも感じた。

 

 賊の数は十を超え、大してこちらは老人一人と女一人。戦力差は圧倒的、一方的に嬲られる未来が脳裏に見える。

 

「けっ、久々にいいモンが来たかと思えば女一人か。マトモに食糧もありゃしねぇ」

 

 賊の一人、恐らくはグループ内でも発言力のあるであろう、他より一回り大きな男が愚痴のようにこぼした。

 

「まぁ女一人いればいい方だよなァ。顔は上玉だし、たまには美人を抱きてぇのが男ってモンだ」

 

 彼の言い分に他が釣られて「違いねぇ」と肩を揺らして笑った。

 彼らを見て彼女は、オラリオの住人らとは違い文化的な生活を送れなかった人々なのだろうと判断を下した。教育もされず、本能のまま生きることだけを望んだ者たち。マトモに対話をしてくれるとは考えられなかった。

 

「……目的はなんでしょうか。残念ながら貴方たち全員を満足させらる食料は手持ちにありません」

「んあぁ? 別にいいんだよ食料は。まだ備蓄もある。けど、女はもういねぇ。みーんな壊れちまった。俺たち全員の相手してりゃ、そりゃあ当たり前だけどな!!」

 

 汚い濁声をこぼす男に、彼女は思わず顔を顰めた。彼らは強姦や強盗といったことに忌避感を抱かず肯定する者たちだ。このまま捕まれば汚されるのは時間の問題と言えよう。

 

「久々の獲物だが、女だけは絶対に傷つけるなよ!! 行け!!」

 

 男の掛け声と共に賊たちが群がってくる。四方八方囲まれた状態で逃げ道はない。

 一人、男が御者へ向かって走った。その手には棍棒が握られており、拭いきれなかったのであろう血の痕があった。御者は震えたまま動けず、声すらも上げずに蹲る。

 

「死ね――――ぎゃっ!?」

 

 老人に棍棒を振り下ろす、その直前。伸びてきた長い木の棒が男の胸に突き込まれて男が地面を転がった。

 槍のように棒を持つのは少女だ。老人の前に立ち、両手で持った棒を構え、ジッと鋭い眼光で賊を睨みつけた。

 

「へぇぇ、歯向かうかい?」

「無関係の人を見殺しにはできません」

 

 少女は向かってくる男たちに向けて棒を振るう。

 剣を振り上げて来る男には手を狙って棒を振り、剣を叩き落とす。そして素早く脇腹に棒を叩き込み、怯んだところで首元を突いた。一瞬の早業に翻弄され、詰まる息と激痛に男は地面を転がった。

 

「ご老人!! 早く逃げて下さい!!」

「ハハッ、ハハハァッ!! 自分よりそんなよぼよぼの爺さんの方が大切ってか!? 大した思考だ、傑作だねェ!!」

「黙りなさい!!」

 

 我武者羅に、遮二無二に棒を振るう。

 しかし多勢に無勢、ただの少女でしかない彼女に賊を凌げるだけの体力も技量もなかった。

 

 痛みで地面を転がる男が十人になる頃、ついに少女は息を荒くして地面に膝をついてしまった。

 しかし賊はまだ五人以上いる。全く状況は好転していなかった。

 

「ただの女かと思ったら、予想以上にやるなァ? ま、もう無理なんだろうが。取り敢えず、とっとの邪魔な荷物だけ処分しようさ。オイ」

 

 リーダーの男は顎で後方に控えていた弓を持つ子分に指示する。それを受けた男は弓に矢を番え放つ。

 目が捉えるよりも速く飛び出した矢は少女の脇を通り過ぎて、その後ろへ突き立つ。

 

「ッ!?」

 

 瞬間、少女は血相を変えて振り向く。その先には、矢が深々と胸の真ん中に突き立ち、背中から崩れ落ちる老人がいた。

 

「そんな……ッ!!」

「おー流石は自称百発百中なだけあるな」

 

 崩れ落ちた老人に少女が駆け寄るが、既に老人は虫の息。矢も間違いなく心臓に到達しており、もう助かる見込みはどうやってもない。手元にエリクサーでもあれば別だが、そんなものを持つ余裕など彼女にはなかった。

 

「さて、本日のメインディッシュだ、頂戴しようか!!」

 

 リーダーの男はただただ低く笑うだけであった。手を大きく振り上げ、仕上げと言わんばかりに迫って来る。

 完全に詰みだ。反逆の手立てはなし。残るは最期の悪足掻きが精々か。

 

 そう覚悟を決めて、動かなくなってきた体に力を込め棒を握り直した。

 

「おう、メインディッシュか。ソイツはいい、最高だ」

 

 それと同時に、全く別の場所から声がした。正確には先ほど矢を放った男の後ろ。道から外れた茂みだ。

 がさがさと草木を掻き分ける音がして、それからくたびれたローブを着込みフードを被った人影が現れた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……ん? なんだ、なんか変か?」

 

 まるで時が止まったのかと思う程に、その新たに現れたローブの人影は衝撃的だった。

 不思議そうに彼を見つめる視線を受け止め、不思議そうに首を傾げて右手の岩塊を振る。

 その岩は全長三M以上はあるだろう。そうなれば人間が片手で持ち上げるのは困難極まる。神の恩恵を受けた人間ならば十分その素質はあるのだろうが、これ程のものとなると相当の力が必要なはずだ。となればある程度の知名度もあって然るべきだと少女は思考する。

 

「別に変じゃないさ、俺にとっては。だからこれからすることも、俺が今までしてきたこと。何も変じゃない。だから食わせろ」

 

 その人影は男だった。

 そして男は笑っていた。

 ローブの下に見える口元から、鋭い犬歯を覗かせていた。

 

「イタダキマス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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2.諸行無常

 

 気付けば停止した馬車の周りには血肉が散乱していた。

 赤黒い血溜まりの中心に立つのはローブにフードを被った得体の知れない男。右手に持つ両刃の大剣のような岩塊を肩に担ぎ、左手には先程まで人間だったモノの上半身の首を掴んでおり、縦に揺すって(はらわた)をぶち撒けていた。

 

「なんだ、やっぱりただの人間か」

 

 落ちた内臓を一目見て興味が失せたのか、ゴミを放るように死体を投げ捨てた。べちゃり、と肉と血が跳ねる。

 

「その爺さんもただの人間だよな? あーあ、またハズレだ」

 

 ローブの男は、今度は少女とその足元に横たわる老人に目をやり、それから「残念だ」と首を横に振って溜息を吐いた。

 

「さて、どうするんだ、オンナ。見るに移動中だったらしいが」

 

 あまりの光景に少女は絶句する他なく、しかし男が声を掛けてきたところでハッと我に返った。

 

「……どうも何も、わかりません……取り敢えず、この方を埋葬しないと……」

 

 そう言って少女は足元に目をやった。

 既に老人は息を引き取っており、最期の表情は恐怖と痛みに染まった苦痛そのもの。報われない最期を迎えてしまったのだ。

 誰が悪いのだろうか。疫病神と呼ばれた少女なのか、老人自身なのか、あの賊なのか、この世間なのか。

 ただただ不運だった、巡り合わせが悪かった。そんな運命の中にあった。そうとしか言えなかった。

 

「……それと、賊だった人(その方)たちもです。手伝っていただけませんか?」

 

 少女がそう言って男を見ると、彼は不思議そうに首を傾げた。

 

「……? ああ、そのくらい構わない。しかし、これらもなのか? これらはオマエを狙ったいたぞ?」

「それは関係ありません。ここにあるのは全てが等しく魂が解き放たれたモノ。人間が生きるための役目を終えたモノです。それを弔う理由に善悪は関係ありません」

 

 少女は微塵の揺るぎもなく男の問いにそう返した。

 返答を聞いていた男は、それでも不思議そうにしながらも「ふーん、変わってんだな」と一応の理解は示す。納得まではしてないようだ。

 

「で、俺はどうすればいい?」

「穴を掘ってもらえますか。できれば道から外れた、あまり木がない場所が良いのですが……」

「んー……この辺だと厳しいな。木があると駄目なのか?」

「根があると掘り返すのも面倒でしょう?」

「別に、木くらいなら特に問題ないぞ」

 

 そう言って男は近場の木へ歩み寄った。そして、大きさが五M以上はあろう太い木の幹を大剣を持ってない左手だけで掴み、

 

「よっ」

 

 引き抜く。ドッと一瞬地面が揺れ、音と共に土が舞い上がった。

 

「ほれ、これで根っこごとなくなった」

「……デタラメな怪力……」

 

 楽勝楽勝、と余裕の笑み。確かに岩塊をブンブンと風切り音を鳴らしながら振るう男なのだから、木を引っこ抜くのも朝飯前なのだろうと、彼女は無理矢理納得することにした。

 

 

 

 男の働きで埋葬の作業はすぐに終わった。適当に岩を切り出して墓石っぽく加工し、埋めた場所の上に置くことも忘れない。

 

 埋葬を終えてから少女は墓の前に両膝をつき黙祷を捧げる。

 それを見て男はこれまた首を傾げて彼女にたずねた。

 

「らしくない。抜け殻に何を思うのだ」

「導きを。魂が迷いなく天へ昇るため」

「ふーん……?」

 

 いまいちわかっていないらしい。そうなのだろう、ここにあるのは血肉のみ、魂はとうの昔に肉体を離れてしまっているのだ。ここで何かをしたところで奇跡が起きるわけでもない。

 

 それからしばらく、黙祷を終えた少女は土を払いながら立ち上がり男の方へと向き直る。

 

「さて、次は馬車をどうにかしましょう。貴方、動かせますよね?」

「はぁ、何てことはないが……俺を便利屋扱いしてはいないか?」

「適材適所です。私にはアレを動かせる力もありませんので」

「滅多に人が通らんし、放置していいかと思ったんだがな」

「また通る人がいるかもしれません。障害は取り除いておくべきです」

 

 微塵も譲らない姿勢の少女に、男は「頭のカタいオンナだな」と小さくぼやいた。

 その呟きはきちんと少女にも聞こえていたのだが、彼女自身それを否定することはなかった。よく周りからも言われていたこと、今更何かを思うこともない。周りがそう思うならそうなのだと認めていた。

 

「馬車をどうにかっつっても、この辺に人がいる場所はないぞ? 歩いて、そうだな……五日ってところか」

「五日……貴方はそこから来たのですか?」

「いや、ここからすぐだ。そこでよきゃ馬車くらい引っ張るけど」

 

 どうする? と男はたずね、少女はしばらく思案したのち、お願いしますと頭を下げた。

 

 

 

 

 

 ローブの男が馬車を引き、御者台に少女が座る。傍目から見れば何とも珍妙な光景であったが、幸い人目につくことはなかった。

 

 男の言った彼の暮らす場所には一刻ほどでついた。

 岩肌が剥き出しの崖をバックに立つ山小屋のような木造の一階建てロッジがある。

 ロッジの脇には屋根と、その下には様々な道具が置いてある。そのほとんどが農業道具らしい。

 更に、崖とロッジから離れた日当たりのよい場所には畑があった。

 

 少女は一足先に馬車を降り、男は小屋の横に馬車を置きに行った。

 その間、少女は小屋の前に立ち周辺を見回す。

 

 小屋と畑以外にも、井戸や果樹園らしきまとまったものも見える。

 長い間ここで暮らしてきたのだろう。一人にしてはかなり広い土地を管理しているらしいが。

 

「馬車は俺の方で何か使わせてもらおうかね。馬でもいればまた使えそうだし」

 

 馬車を置いてきた男が戻って来て少女の横に並ぶ。

 

「で、オンナ。オマエはどうする?」

 

 そう言われ、少女は「どうしましょうか……」と考える。

 元より当てのない旅、どうするも何も適当な旅路をゆくつもりではあった。

 しかし肝心の足が頓挫してしまってはどうしようもない。

 次の村まで行こうにも食料なども乏しく、そろそろどこかに落ち着けるべきとも考えていた。

 

「……少しの間で構わないので、留まらせてもらえませんか? 旅を続けようにも食料がないもので……。邪魔でなければ掃除などもお手伝いします」

「あー、別に構わんけど……ちょっと待ってろ。泊まれそうな部屋を探す。適当に時間潰しててくれ」

 

 少女のお願いに男は後頭部を掻きながらロッジの中へ入って行った。一応了承は得られたと見て良いだろう。

 

 さて、適当に時間を潰して、とは言われたが何をすればいいのやら。

 パッと見て暇を凌げるような物は特に見当たらない。やるとするならば、

 

「……散歩、かな」

 

 適当に周辺を見て回る程度だろう。幸い畑や果樹園など見るには申し分なさそうな場所があるのだ。どんな物が育っているのか、少し興味もある。彼の準備が終わるまではその辺りを見て回るとしよう。

 

 

 

 

 果樹園には雑多な種類のものがある。林檎、梨、葡萄などなど、ある程度の区分けはされているらしいが、特に制限をする訳もなく。とにかく多くのものに手を出している様子だ。

 数の割には手入れが行き届いており、どこかが疎かになっていたりすることもない。大分手馴れているらしい。

 

「おーいたいた。準備できたぞ」

 

 不意に、ロッジの方から歩いてきた男が声をかけてきた。

 見ればボロボロだったローブは脱いでおり、どこかの村民が着るような麻布の服になっていた。

 その顔立ちは至って普通。光沢の見えない黒の髪と目をしており、中肉中背の背丈とどこから見ても普通の好青年に見えた。少女からして、あの岩塊を振りまわしていたとは到底思えない顔立ちであった。

 

 だが、同時に納得もした。

 

「かなりの種類のものを育てているのですね」

「ああ、そうらしいな。適当に種を貰ってやってみたんだが、思いの外うまくいった」

「行き当たりばったり、なのですか?」

「そんなとこさ。こんな辺境に住んでるんだ、見りゃわかるだろ」

 

 肩を竦める男に少女はそれもそうかと頷いた。確かに人との交流は望めそうになく、助けを求めるのは不可能というものだろう。

 

「ま、取り敢えず一旦案内すっから来てくれ」

 

 

 

 男の背中を追い、随分と年季の入ったロッジへと入る。

 第一印象は、思った以上に綺麗、であった。

 外見だけではわからなかったが中も広さがある。恐らくだが物がほとんど置いてないからなのだろう。

 

 扉を開けた先はすぐが広いリビングだった。暖炉とテーブルとイス。他は特になし。簡素すぎて一瞬目を疑うほどだ。

 そこを素通りて奥の廊下部分に進む。真っ直ぐに伸びる廊下には左右に2つずつ、奥の突き当りに1つ扉があった。

 男はその内の左奥の部屋へ少女を案内する。

 中はベッドが1つと窓際の机が1つ、あとはクローゼットだ。

 

「一応掃除したから綺麗なはずだ。誰も使わん場所だし、好きに使ってくれ」

「……ありがとうございます。突然無理を言ったにも関わらず……」

「いや何、暇だから構わんよ。一人身だったし久々に話し相手が出来て俺としちゃ万々歳なのさ」

 

 少女が頭を下げると男はヒラヒラと手を振って答える。

 

「ここでの暮らしは長いのですか?」

「まぁね。数えてねぇからよくわかんねぇけど長いんじゃないか? ま、別弾死ぬほど暇なわけじゃないからいいんだけどな」

「はぁ……そうなのですか」

 

 気楽に「そういうもんだ」と返してくる彼に少女は曖昧に頷いた。彼は相当な物好きらしい。

 そんなことを少女が考えていると「あぁ、そうだ」と男は思い出したかのように彼女の方を見やって口を開いた。

 

「そういやアンタ、昼飯は食ったか?」

「あぁ、いえ、まだですが。後で携帯食料でも食べようかと」

「おいおい、ここまで来て非常食かい。いいよ、何か作るさ。俺も腹が減ったし」

「え……しかし、そこまでお世話になるのも……」

「別に一人増えたとこで大して変わらんさ。まぁ食いながら俺の話し相手でもしてくれや」

「噛まいませんが……せめて手伝いくらいは、」

「いらんいらん、調理場はそんな広くないんでね。ってかその格好で来られても困る」

 

 男は少女を指差した。

 言われて彼女も視線を落とすと、確かに、今身に着けているのは草臥れたローブなど。とても衛生的とは言えない。

 

「向かいが風呂場だ。適当に使ってくれ。湯は魔道具で沸かせる。使い方はわかるだろ」

 

 それから男は「綺麗になるまで出るなよ」と釘を刺すように言い残して部屋を後にした。

 

「…………もしかして、臭う……?」

 

 少し不安になり、袖あたりに鼻を押し当てた。

 あまりそれらしい臭いはせず、首を傾げる。が、もしかしたら鼻が慣れてしまっていたのかもしれない。

 今度は襟の部分を掴んで鼻に当て――――一瞬息を詰まらせた。

 

「っ……やってしまった……」

 

 一瞬で顔が赤くなる。何が、とは言わないが、これは恥ずかしい。

 少女は赤い顔を隠すようにすぐさま風呂場へ駆け込んだのであった。

 

 

 

 

 

 




以下ネタバレ。

神様はアストレア。
男は神が降りてくるよりも昔に穴から出てきたモンスター。
人間の器用さを真似るために魔石を取り込み続け、学習し続けてきたモノ。


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クロエ・クロニクルに憑依しちゃった話
one


クロエに憑依しちゃった男の話。続きが思いつかなかった。


 

 目が覚める。重い体を持ち上げて上体を起こし辺りを見回す。

 眩しいくらいの白い天井と床と、壁は全面ミラーに360度をぐるりと囲まれた広い部屋。()は綺麗なベッドに寝かされ、真っ白なガウンのような物を着ていた。

 

 

 

 

 

 …………おかしい。()は確かに自分のベッドで、ちょっと狭いような一般的な部屋で寝た筈。こんなSF臭いモルモット部屋みたいな場所にはいなかった。

 

 

 

 ――――いや、それよりも。

 

 何故、()は女になっている……!?

 

 

 

 違う。違う違う違う!! ()はあの時、確かに男だった!! 例え夜中に気付かぬまま連れ出されたとしても、背丈骨格筋肉量エトセトラ、それらが全て変わるだなんて有り得ない……!! そんな手術だのなんだの、()が知っている世界では到底不可能だ!!

 

 慌てて薄い布団を跳ね除け、ベッドから飛び降りる……っと。よろけた。ダメだ、上手く力が入らない。身長も随分と縮んだ。いつもより景色が低いし、脚の筋肉も大分なくなって走ろうにも上手く脚が回らないからフラフラと千鳥足になりそう。

 何とか壁際まで来て見るが、如何せんまわりはミラーだ。()の顔がよく見える。流れるようなサラサラとした銀髪、濃く鮮やかな橙色の虹彩。小顔で童顔、目は釣り気味か。小さな鼻と唇、身長は……低い。体は全体的に細くてちょっとしたことで折れてしまいそうだ。プロポーションもお察し。

 

 ぺたぺたと自分の体に触れてみるが、特におかしなことは……いや、ある。すーすーする。まさか、パンツをはいていない……!? そっとガウンの隙間から手を入れて……、っ!? 本当に履いてない!! 痴女だコレ!!

 

 まずい。露出狂でも何でもない()だけど世間一般ではこういうことしてると絶対に逮捕されるアレだ。待って、待って、履くものないの!?

 膝上くらいまでしかないガウンを下に引っ張っておきつつベッドに戻る。金属素材で作られた台にそれらしい下着は見付からない……つまりノーパンで()は寝ていたということだ。これは酷い。

 

 そして。先程から()は自分に対する多くの視線を感じる。気のせいかと思いたいが……いや、これは事実。じろじろと確かな物を感じ取れているのだ。このロリコンどもめ。そうでなくとも変態なのは明らかだ。

 

 さてどうする。今すぐこんな部屋出て行きたいが出口わからないし仮に出口があってもノーパンで出たくはない。しかし残念なことにパンツなるものがこの部屋には存在しない。ある物と言えば簡素なベッドとシーツ……。

 

 シーツでパンツの作成とかできないのだろうか、と真面目に考えてみる。パンツは無理でも、ふんどしならワンチャン……? 待って、女の子がふんどしってどうなのさ。いやしかし、背に腹は変えられない……。覚悟を決めろ、()!!

 

 取り敢えずもう一度ベッドに戻り布団を被り直す。後は内職でシーツを破いたりすれば行ける筈。早速薄いシーツを破いて……破いて……やぶ……破け……破けないじゃん!! どれだけ非力なの()!?

 

「クロエ・クロニクル」

「っ!?」

 

 きゅ、急に近くから声が……ま、まさかバレた!?

 

「ち、違うんですっ、決してシーツを破こうだとかそんなことは……!!」

「? 君は何を言ってるんだ……?」

 

 布団の隙間から恐る恐る外を覗くと、困惑した顔の女性がいた。少し癖の目立つ黒髪のナチュラルショートボブ、気怠そうな黒の垂れ目の下には濃い隈がくっきりと見える。少しよれたシワのある白衣、その下にはやっぱりくたびれたブラウスを着ていて、辛うじてタイトスカートはまだキッチリしていた。

 

「あ、あのっ、その……っ」

「慌てる必要はない。まずは落ち着いて。大丈夫、乱暴にするだとかそんなことはないさ」

 

 女の人が()の横に、ベッドに腰を下ろした。手にはバインダー、その上に多くの資料がまとめられているみたい。

 

「少し、話をしよう。君は自身のことも、私のことも、周りのことも何もわからないだろうからな。これから1つずつ教えて行くから、そう身構えないでくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()の名前はクロエ・クロニクル。遺伝子強化試験体(アドヴァンスド)と呼ばれる遺伝子組み換えによって鉄の試験管の中から誕生した、所謂人造人間。ホムンクルス? ああ、そんな風にも言ってもらえるのか。

 そんな()だが、その作られた人の中で唯一の生き残りであり、それでいて常人以下の生体能力しか持ちえない、計画から言えば失敗作のモノ、らしい。()以外の姉妹兄弟達は、皆胎児の状態やそうなる前に死んでしまったと言われた。

 ……思うのだけど、何故私のような人間を作ったのか。()がこの体になる前、その時はまだクローン技術すら欠片も触れられない程のモノでしかなく、かつ人工的に生命を生み出すというものに大きなメリットも無かった。果たして何を理由にして、クロエ・クロニクルは作られたというのか。

 

 理由はいともあっさりと教えて貰えた。政府が秘密裏に進める、軍事強化の為、だそうだ。

 彼らが欲するのは強い兵士。しかし最初から万全の力を兼ね備えた人間はいるはずもなく、やはり時間をかけた訓練が必要となる。そこで時間短縮の為に最初から戦闘に適した人間を作り出すというのが狙いらしい。

 

 しかしその結果は散々。今までに3ケタ単位の未熟な生体が破棄されたそうだ。

 

「君は幸運だよ。常人より圧倒的に弱いが、しかしこうして生きている」

 

 バインダーの資料を大方読み終えた彼女は一度それを自分の横に置いて目を閉じ、仰ぐように上を向いた。

 

「……今の気分はどうだ?」

「……特には。ただ、亡くなった人は、気の毒だと思います……」

「それだけか?」

「……わかりません。ただ、何となく、憤りのようなものは感じてる、気がします」

 

 その通り。生まれてくるかもしれなかった命。それを尽く無駄にした。まるで道具のように命を扱っているように思えた。

 

「仕方ない。私は、そう思うことにしたよ。確かに彼らは捨てられた。だからと言って、彼らに死ぬ以外の、楽になる方法はなかったんだ。生命維持装置に繋がれて無理矢理生かされるよりは、無知のまま死ぬ方が良いのさ」

 

 天井を見上げる彼女の横顔は、どこか物悲しかった。

 彼女は何度もこの研究に関わり、多くの命を散らしてきたという。()にはその表情が、疲れ果ててしまった老婆のように見えてしまった。気のせいなのだろうか。

 

 不意に布団の上からぽんぽんと頭に手を乗せられた。気付けば彼女はこちらを向いていて、小さく笑みを浮かべていた。

 

「しかし君は生きている。紛れもなく健康体だ。それが私は何よりも嬉しい」

「はぁ……そうですか」

 

 反応に困る。そうも優しい表情をされては……。

 

「これから君には普通の人として生活をしてもらう。本来なら軍人になるよう教育は受ける筈なんだが、如何せん君は虚弱体質だからな」

「真正面からそう言われるとやるせない気持ちになりますね。まぁ仕方ないことなんでしょうが」

「すまんな」

「謝らないで下さい。恨まれたいんですか?」

「そう、なのかもしれないな。私は」

 

 ……はぁ。全く、息苦しい空間だこと。

 

「取り敢えずパンツ下さい。スースーして落ち着きません」

「……履いてなかったのか……?」

「貴方達がが履かせなかったんでしょう?」

「……………………そうなのか……」

 

 何故そんなにショックを……? ショックなのは寧ろこっちなんですけど。

 

「しかし困ったな。この施設に下着を取り扱ってるような所はないんだがな……誰かに買ってきてもらうまで待ってもらうくらいしか手はないか」

「もう適当なので良いから買ってきてもらえませんか……流石に下着なしで出歩くのは嫌ですよ」

「代わりに私のを履くか?」

「いやいやいやいや何言ってるんですかそんなの遠慮――って言うか今ここで脱ごうとしないで下さい何してるんですか!?」

「いや、パンツが欲しいんだろう?」

「違います!! いや違いませんけど!!」

「? 何を言ってるんだ……?」

「誰も他人が履いたモノ履きたいなんて考えちゃいないってことですよ!!」

「しかし世の中には女性の下着を着て喜んでいる男性もいるぞ?」

「それは超特殊な性癖を持った人だけで私は標準的な人間です!!」

「そうだったのか……確かにサイズが違うのは履きづらいな」

「論点ズレてんじゃないですか!?」

 

 何てことだ、この人に話が通じる気がしない……!! ツッコミ過ぎて息が……苦しい……。

 

「あまり無理はしない方がいい。肺活量もロクにないんだぞ」

「誰の所為ですか、誰の…………げほっ、けほっ」

「ふむ、やはり喘息の症状も出てくるか。しばらくは休むんだ。呼吸器に異常が出るのもよろしくない」

 

 息をする度にひゅーひゅーとか細い音がする。喉も詰まってる感じがして苦しい。叫んだだけでこれか……。

 

「ひゅー……要望、なんですけど……」

「なんだ」

「休息は、この部屋、以外を、所望したい、んですが……」

「そう、か…………うん。まぁ集中観察期間は過ぎたから移動してもいいだろう。そっちの方が気も休まる」

 

 息絶え絶えに辛さもアピールしてるんだけど、この人全く悪びれてない……。

 

 

 

 数時間後。監視部屋を離れ、晴れてパンツを手に入れた私はトイレの心配をし始めたのだが、それはまた別の機会に語るとしよう。

 

 

 

 

 

 



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two

 

 ()、ではなく、クロエ・クロニクルが目を覚ましてから1ヶ月が経とうとしていた。

 変わったことと言えば、パンツに不自由しなくなったのと手頃な大きさの部屋に来れたということくらい。非常に気が楽で助かる。

 

 しかし同時に困ったことにも気付いて色々と辟易した。

 

 言ったことがあるかもしれないが、()は元男だ。そして、体は未成年の女の子。トイレとお風呂の問題がある。

 最初は酷く……その、興奮気味だった。罪悪感と同時に背徳感。別にロリコンじゃないし。でも誰だって女の子が裸だったら危ない感情抱くでしょ……? そんなもんだ。

 でも何だかんだで慣れたし自分で自分にハァハァしてる絵面を想像して萎えた。萎えるモノもないけど萎えた。気持ち悪いの一言だった。

 

 

 

 

 

 ()が与えられた個室で過ごす大半の時間は読書が殆どだ。外部とのネットワーク環境を断っている関係によりインターネットは使用不可。必然的に買い与えられた本で暇をつぶす他なかったりする。

 本は文庫とかハードカバー等、ジャンルも種類も問わず。とにかく片っ端から読み進めており、部屋の片隅には読み終えた本が山積みになっていた。

 

 クロエ・クロニクルになる前は大して好きでもなかった読書。寝る以外にやることがない以上そうやって読書を進めていると不思議に慣れたのか今は大して苦痛にはならない。チョイスが優れて内容が面白いというのもあるのかもしれない。

 

 今日も今日とて読書に明け暮れてベッドの上でページを捲る。今読んでいるのはSFモノのハードカバー本で昨日からじっくり読み進めてる途中である。

 

「失礼するよ」

 

 のんびりとした時間を過ごしていると主任が入って来た。主任というのは目が覚めた時に色々教えてくれた彼女のことだ。こうして毎日よく様子を見に来てくれている。

 ベッドで寝ていた身体を起こして本にしおりを挟み「おはようございます」と挨拶。彼女も「ん、おはよう」と小さく返してくれて、これはこれでいつも通りだ。

 

「今日は、その分厚いやつかい?」

「はい。SFモノですね」

「ふむ、エンデュミオンか。名前だけは聞いたことがある」

「有名なのですか?」

「まぁまぁ、じゃないかね。私がまだ少女だった時代のものさ」

 

 それ相当前なんじゃないですかね、と言おうと思ったけど口を噤んだ。何か、触れちゃいけない闇に触れそうな気がした。

 

「今日はどうされたのですか? 定期検診は明日と聞いてましたが」

「いやなに、我々からちょっとした贈り物があってね」

 

 いつも通り疲労の濃い表情のまま薄く薄く微笑んだ。

 はて、贈り物とはなんだろうか。いつもなら特に何かを言う訳でもなく贈られてきた本が部屋の隅に積まれていくのだけど。

 

「まずは私から1つ。これだ」

「…………鍵?」

「こことはまた別の部屋だ。今度から完全に観察もなくなるからね。至って健康体だから、ということでこの部屋ともおさらばな訳だよ」

 

 今までは意識が覚醒したばかりということで注意深く経過を観察して診断も頻繁に行っていたが、それも今日が最後と言うことになる。彼女が言いたいのはそういうことだろう。

 

「それと、これは職員達からだ」

 

 次に渡されたのは、紙袋。何か色々入っているらしい。開けてみろ、と言う彼女の声にテープで止まっていた口を開けて中身を取り出す。

 

「……これは……」

「皆が似合うからと言ってな」

 

 出てきたのはフリフリのヒラヒラが付いたゴスロリとでも呼ばれそうな白いブラウスとスカートもセットに。黒いソックスもある。

 

「……いきなりこれレベル高くないですか? コスプレ? 原宿か何かですよね」

「君の口から原宿なんて言葉が出るとは……気に入らなかったか?」

「い、いえ、別にそんなことはないです。贈り物なんて初めてなので……」

 

 ちょっと悲しそうな顔しないでほしい。嬉しさより驚きの方が大きかっただけだから。

 しかしよく触ってみると良い手触り。きっと高級な素材を使ってるに違いない。

 

「……と言うか、よろしいのですか? こんな高価な物を……」

「ああ。君の健康を祝ってのことだ。大切にしてくれると皆が喜ぶ」




おわり


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Fate/stay night 地底人、聖杯を求める
地底人、聖杯を求める


凛が狩人(地底人)を召喚してしまうシリアルなF/snの予定だった。書きづら過ぎてダメだった


 

「――――正気を保っている人間か」

 

 召喚して、一言目が、ソレだった。

 

「…………は?」

「珍しい。よもや地下に人がいるとは。ふむ、しかしそのような出で立ちで、よくも無事でいられたものだ」

 

 そいつは、見てくれは実に騎士らしかった。

 女性で、ニメートル近い身長と、真っ白な肌と髪と、アメジスト色の瞳。羽付きのハットを眼深く被り、首元には赤いスカーフが巻かれていて、黒ずんだ深緑色の外套が妙にマッチする。

 

 ――――何より目を引いたのは、右手に持った刀。

 長刀と短刀が柄の底の部分で接続されていて、扱い辛そうというのが正直な感想。西洋チックな見た目に反してちぐはぐが過ぎた。

 反対に、左手には実に古めかしい銃を持っている。見た目は一発ずつ弾を込める物と思われ、時代的には18~19世紀程度だろうか。

 

「……レディ、貴方はここで何を? まさか神秘のみで聖体を求めに来た訳ではあるまい」

「ちょっ、ちょっと待って、待ちなさい。全然話が見えないんだけど……アナタ、自分がいる状況を理解してる? サーヴァントなんでしょ?」

「初見の場所や状況の渦中に飛ばされる経験は数えきれない程してきたつもりだが……私がサーヴァントであると?」

「……………………………………………………………………………………、」

 

 呆れた。

 

「嘘でしょ……完全にハズレサーヴァントじゃないの……っ」

「勝手に納得されると私も困る。貴公は何者だ。考えるに私がここに来るのを予期していたと見えるが」

「あー……じゃあ聞くけど、アナタはサーヴァントという言葉をご存知?」

「……否」

 

 この時点で既にアウトもアウトなのよねぇ……ッ!!

 

「はい、じゃあもういいわ、質問終了。説明してあげるわよ、もう」

「……気が進まない様子だ。貴公にとってこの状況はそこまで納得のいかないものなのか」

「当たり前じゃない。聖杯戦争でサーヴァント召喚して華麗に戦ってあっという間に勝ち進んで、見事聖杯ゲットの予定が水の泡よ」

 

 すっごい腸が煮えくりかえってるわ。

 

 まぁしかし、目の前のこの女性はサーヴァントに相違なく。

 パスが辛うじて繋がってるのも確認できるし、器を構成する膨大な魔力も認知できる。

 

「……ふむ……これは……、」

「何よ。何かあった?」

「いや、どうもここは()()()()()。上位者の気配もなく、正気を保った人間の存在。私がいつも置かれる状況とは違い過ぎて困惑しているところだ」

「獣って、ペットは飼ってないし当たり前だけど……ジョーイシャ?」

「知らずとも良いことだ、レディ。啓蒙を求めることは、結果的に、自らの身を滅ぼすことになるだろう。それよりも、この状況に詳しいというのなら説明を求めたい。対価は…………血晶石でいいだろうか」

「何それ、別に私は対価とか――――ひぃっ!? きもいっ!! 気色悪い!!」

 

 ごそごそと懐を漁り出したかと思えば、グロテスクな放射型の塊を取り出した。血肉みたいな赤黒さ、ところどころに浮き出た吹き出物のような斑点。素直に言おう、気色悪過ぎる。おかげで鳥肌が止まらなくてぞわぞわする。

 

「しまって!! 即刻!! 今すぐに!!」

「そうか……。いや、妥協用だったから性能が劣るのは確かだが……」

「性能とかそういうのはいいのよ!! ただただ生理的に気持ち悪いの!!」

 

 やばい、見た目すごい綺麗な女性なのに感性が360度…………待った、360度だと元に戻ってきてるわね。180度だわ。ともかく、このサーヴァントは人間的感性に何かしらの欠陥がある。英霊だから普通とは違うと思っていたけど……。

 

 

 

 渋々とグロテスクな塊をしまってくれた彼女を一階の洋室に通した。

 こっからはいわゆる説明。聖杯戦争、サーヴァント、マスター、その他もろもろ。

 何で聖杯から呼ばれるサーヴァントに聖杯戦争の説明をしなければいけないのやら、とは思ったけど、召喚してしまった以上は彼女と聖杯戦争を勝ち進まなければならないためやむなし。出来る手段は可能な限り実行して勝率を上げなければ。

 

 話してみてわかったけど、彼女はやはり正規のサーヴァントではない。

 とある地下の探索を続けていて、帰ろうとしたらこの洋館の地下に出たらしい。

 つまりはまだ存命の人物であり、魔術とは無縁の……けれど、何か摩訶不思議な力を携えた人物ということに。

 

 名前は、無名。強いて言えば“狩人”と呼ばれているとのこと。何でもある時を境に記憶を失っており、名前を思い出すこともできないとか。

 それと、聖杯から知識を授かっていないことからクラス割り当ても不明。本人は特に秀でた武勇はないとのことで、しかし見てくれからセイバーもしくはアーチャーかと思われる。ただややこしいので、狩人であるということから勝手にハンターと呼ぶことにした。

 

 そして、重要なことをもう一つ。

 

「ねぇ、ハンター。アナタは何を望んでいるの?」

 

 聖杯戦争は、あらゆる願いを成就させるという聖杯の奪い合い。呼び寄せられたというのなら、やはり叶えたい願いを持っているハズだ。私はそう考えた。

 

「それは願望、で良いのか?」

「何でも。さっきも言ったように聖杯はありとあらゆる願いを叶える聖遺物。アナタも何か叶えたい願いがあるからこそ参加したんでしょうし」

 

 私がそう言うと、ハンターは一度目を閉じて口元に手をやり、しばし考える素振りを見せた。

 

「……まぁ、願望ならば人並みには持ち合わせているだろう」

「へぇぇ、じゃあ一つじゃなかったり?」

「ふむ……そう、だな。一つあげるとすれば、まだ見ぬ秘境を求めること、か。あとは血晶石」

「もう血晶石はいいからしまって」

「……そうか……」

 

 ハンターはことあるごとに血晶石というあのグロテスクなものに執着する様子を見せてくる。

 何やら良いモノと悪いモノがあるのはわかったけど、本当に生理的に受け付けないのでやめてほしい。

 そして私が「しまってくれ」というと目に見えて落ち込んで懐に戻すのだ。もしかして布教でもしたいのだろうか。だとしたらまずはその見た目をどうにかした方が良いと切実にアドバイスを送りたい。

 

「話を聞いてみたが、その聖杯もまた特別製らしいな」

「特別の中の特別よ。過程をすっ飛ばして結果だけを再現するんですもの、アーティファクトになって当然」

「……儀式をしたらどんなダンジョンが生成されるのか楽しみだ」

「私が言うのもアレだけど、アナタちょっと使い方間違ってるわよね」

 

 願望の叶え方が絶対に違う。確信できる。

 

「聖杯と言えば儀式、聖体を求め地下へと潜る……古から続く狩人のやり方だ。私が見つけた最後の聖杯はこれだが、まだ新たな聖杯があるというのならば、求めるのは狩人(地底人)(さが)と言っても過言ではない」

「これまた薄気味悪いモノを出してきたわね……」

 

 私とハンターが挟むテーブルの上に、どっから取り出したのかは不明だけど、何か不気味なオーラを感じるモノを置いた。鈍い灰色で、形は林檎っぽく、中央には杯らしい窪み、下には(フラム)がある。

 

「……ねぇ、確認なんだけど……それも聖杯……?」

「ああ、そうだ。不吉なるイズの汎聖杯、というらしい。以前地下で会った同僚に聞いた」

 

 どう見ても聖なる杯ではない。どっちかっていうと呪いの杯だ。名前からして不吉なるとあるあたりでもう嫌な予感しかしない。

 

「一つたずねたい、レディ。聖杯というものは願いを叶えた後にはどうなる? ガワだけでも残るのならば貰いたいところだが」

「……さぁ、どうなるのかしら。今まで聖杯が顕現したことは一度もないって記憶してるけど。手元に残るかどうかは勝ち取らない限りはわからないわね」

「なるほど……仮に消えてしまうとしたら、無理矢理取り込む他手はない、と」

「……取り込むって、どうやって?」

「……血で、どうにか。今まで大体はどうにかなった」

「不安しかない……っ!!」

 

 確かに先ほどから色々と体積的にしまえない物まで出し入れしているのを見る限りそういう宝具か何かを保持していると考えられる。……けど、あまりに曖昧な自信過ぎて正直心配だ。

 

「ま、ざっとこんなものね。それでハンター、アナタはどれくらい強いのかしら。勝つからにはそれ相応の戦闘力が必要だけど」

「……そうだな。私は決して負けないし、諦めることはない。断言できるのはそれくらいか」

「何でそんなに曖昧なのよ」

「初見相手に勝ったことなど、私の経験からすれば稀だからだ。何度も何度も、回数を忘れるほどに挑み続けて、そうやって壁を超えてきた。今まで心が折れたことはない。最近自覚したばかりだが、私の強さなんぞその程度でしかない」

 

 結局、全ては自分のためでしか戦ってこなかったから、と彼女は言う。

 

 ……ちなみに理由の八割が既に聖杯の新たなダンジョンを探索するためである。残り二割はもう昔過ぎて忘れた。




おわり


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