試練の魔王と境界線 (そるのい)
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第一巻
序章Ⅰ『境界線前の朝食』


失わないと分からない

その大切さ、愛おしさ

もう、二度と失わない

 

配点 (日常)

 

 

 町並みから遠い林の中で佇む人影が一つ。

 

「ふむ、半径五百メートルに人がいない場所と言う条件はこれでいいな。……しかし、取り扱い説明書付きの食料とは面白いものもあったものだな」

 

 黒髪に鋭い目の青年。各所に金色の装飾がされた詰め襟型制服をきっちりと着込み、右手には大きな缶詰、左手には『必読!』とでかでかと書かれた紙を持っている。

 

「『次は付属の術式契約書を用いて自分の周りに結界を展開しましょう』これか。……随分と大掛かりなことだ。」

 

 青年の周りに半透明の結界が展開される。それは、物理的強度は大したことはないが、空気の遮断性にかけてはずば抜けている。

 

「『最後に汁が跳ばないように気を付けながら缶を開けましょう』やっと最終段階か。販売していた通神サイトでは朝食を食いながらいい修行が出来ると書いてあったが、どんな事が起きるのか実に楽しみだ! ――――ぬぅっ!」

 

 ハイテンションで叫びながら缶を開ける青年だが次の瞬間、缶から溢れ出る強烈すぎる臭いに悶絶する。それは魚を陽当たりの良い所に一ヶ月ほど放置したような殺人的な臭い。

 ――俗にシュールストレミングスと言われる世界有数の悪臭食物である。

 

「ぐっ! ……は、ははははは! これは良い! この臭いと戦いながら、朝食と言う安らぎの時間を過ごす……何と、何と言う困難な試練だ! しかし、諦めんぞ! 諦めなければ何事も乗り越えられると信じているのだ!」

 

 困難な試練(朝食)にテンションが上がり過ぎた結果、青年の体から多量の流体が放出され、その流体圧に耐えきれなかった結界が弛み、――そして音を立てて崩れ去った。結界が壊れたためにシュールストレミングスの悪臭が辺り一面に広がっていく。

 

「おっと、ついやってしまったなぁ! だが、武蔵の住民ならばこれ位の試練、易々と乗り越えられるだろうと信じている! 俺も負けずに乗り越えなくては、武蔵副長の名が廃れてしまうな!」

 

 そう、このノリノリで叫ぶ超弩級の馬鹿こそが武蔵アリアダスト教導院副長、その名を甘粕正彦と言う。

 

 

 さて、ちょうど馬鹿が臭いと戦いながら安らぎの時間を過ごす、前人未到のたどり着きたくない境地に至ろうとしているとき。奥多摩から歌声が響いていた。

 

「――通りませ――」

 

 歌声は大空に響き渡り、やがて緩やかに消えていった。それに代わるように連続する鐘の音が鳴る。そして、それに重なるように放送が掛かる。

 

『市民の皆様、準バハムート級航空都市艦・武蔵が武蔵アリアダスト教導院の鐘で朝八時をお知らせ致します。本艦は現在、サガルマータ回廊を抜けて南西へ航空。午後に主港である極東代表国三河へと入港致します。

 途中、三河の山岳地域の村の上を通過する際に、下の方達をビックリさせては武蔵の名折れですので、情報遮断型ステルス航空に入りますので御協力御願い致します。

 なお、只今左舷二番艦・村山の林において甘粕様が朝食と言う名の臭気テロを実行しておりますので近づかないよう勧告致します。――以上』

 

 甘粕についての報告がされた途端に武蔵中、特に勧告された村山の方が瞬時に騒がしくなる。

 

「また馬鹿がやらかしたか……!」

「総員迅速に退避しろ!」

「おい! 消臭術式が使える奴は全力で撃ち込むぞ!」

 

 それらの掛け声と共に林近くの人間は全速力で退避し、林に向かって消臭術式が無数に撃ち込まれた。

 余りにも突拍子もない内容なのに迅速に対応する辺り、馴れというものの恐ろしさがよく分かる光景である。

 何が一番恐ろしいと言えば、こんなことが一週間に二回ペースで起きることであろう。

 

 …………朝から武蔵は平常運転である

 

 

 一方、そのころ。

 

「よぅーし。三年梅組集合――」

 

 武蔵アリアダスト教導院の正面、橋の上から声が響く。

 そこにいるのは、まず門側には、黒い軽装甲型ジャージを着た黒髪の女性が一人。背中には白塗りの長剣を差している。その彼女の正面には白と黒の制服を着た若者たち。

 そんな彼らを見渡して、女性は笑みを浮かべて宣言した。

 

「では、――これより体育の授業を始めまーす」

「せんせーい、放送にあった副長はー?」

「関わりたくないから、先生今の発言は聞かなかったことにするわねー」

 

 良いのか教職。と言う声が上がるがオリオトライは笑顔でそれを黙殺した。

 

「さて、今日の授業内容を説明するわよー。いい? ――先生、これから品川の先にあるヤクザの事務所まで、ちょっとヤクザ殴りに行くから、全員ついてくるように。そっから先は実技ね。――ハイ返事は? Jud.?」

「……Jud.」

 

 生徒たちから諦感の漂った答えが返ってくる。

 同時に、″会計 シロジロ・ベルトーニ″という腕章を着けた長身の男子が手を上げる。

 

「教師オリオトライ、――体育と品川のヤクザとどのような関係が。金ですか?」

「馬鹿ねぇシロジロ、体育とは運動することよ? そして、殴ると運動になるのよね。そんな単純なこと、――知らなかったら問題だわ」

 

 シロジロと呼ばれた男子の袖を、″会計補佐 ハイディ・オーゲザヴァラー″と名札をつけたロングヘアの女子が引っ張る。その女子は笑顔のまま、

 

「ほらシロ君、オリオトライ先生、最近表層の一軒家が割り当てられて喜んでたら地上げに遭って最下層行きになったんだよ。

 それで不貞腐れてビール飲んでたら、甘粕くんが店にスチュワーデス探しに来たから吹っ飛ばしたら、壁をおもいっきり割っちゃって教員課にマジ説教食らったから。

 ――つまり、序盤以外ヤクザ関係ないけど初心を忘れず報復だと思うのよね」

「……途中に出たバカの行動には触れないでおくが、本当にヤクザ関係無いな」

「だから報復じゃないわよー。先生、ただ単に腹が立ったんで殴りに行くだけだから」

「「「通り魔かよ!!」」」

 

 皆から突っ込まれるが、オリオトライは気にしていない。

 そして彼女は背中の長剣を鞘ごと外して脇に抱えた。

 

「さて、休んでるの、甘粕の他に誰かいる? ミリアム・ポークウは仕方ないとして、あと、東は今日の昼にようやく戻ってくるって話だけど、他は――」

 

「ナイちゃんが見る限り、セージュンとソーチョーがいないかなあ――フクチョーは放置するけど」

 

 黒い三角帽を被った金髪少女″第三特務 マルゴット・ナイト″が背中の金の六枚翼を揺らしながら報告をした。

 その声に、彼女の腕を抱いている黒翼の少女″第四特務 マルガ・ナルゼ″が首を傾げた。

 

「正純は小学校の講師をしに行ったるし、午後から酒井学長を三河に送りに行くから、今日は自由出席のはず。総長……、トーリは知らないわ。――副長に関しては……知りたくもないわね」

「んー、じゃあ″不可能男″のトーリについて知ってる人いる?」

 

 その問いかけに答えるように、人を掻き分けながら茶色いウェーブヘアの少女が前にでる。

 

「フフ、皆、うちの愚弟のトーリのことがそんな聞きたい? 聞きたいのよね? だって武蔵の総長兼生徒会長の動向だものね。フフ、でも教えないわ! だって私が朝八時に起きたらもういなかったから、知らないわ!

 ――それと、誰か甘粕についても気にしてあげなさいよ。しょうがないから私が気にしなきゃいけないなんて、何これ複雑っ!」

「「「お前何が言いたいんだよ!」」」

「と言うか喜美、あなた起きるの遅すぎないですか?」

「フフフ大丈夫、メイクはしたし、朝から余裕をぶちまけてるだけよ。それと浅間、今の私はベルフローレ・葵よ! 断じて青い黄身なんてイカさない名前じゃないわ!」

「ナイちゃん思うんだけど、三日前はジョゼフィーヌじゃなかったかな?」

「あれは三軒隣の中村さんが犬に同じ名前をつけたから無しよ! 今度名前料として抱かせてもらうのよ! ねえ、これって負け惜しみ? 負け惜しみなの!?」

「えっと、とりあえずトーリは遅刻かな? ――総長と副長が揃っていないとかダメねー」

「――おはよう、諸君。遅れて申し訳ない」

 

 オリオトライが出席簿片手に言ったと同時に、門の方から声が掛かった。

 皆がそちらを見るとそこには、――菩薩のような慈愛に満ち溢れた顔をした、甘粕正彦が立っていた。

 

「今日もいい天気ですね、体育をするのに最適な日だ」

「「「誰だよ、お前!?」」」

 

 思わずオリオトライを含めた全員が突っ込んだ。

 

「いやなに、臭いに耐えながら安らかな気持ちになるために悟りと言うものを開いてみてな!」

「あっさりと、とんでもないことしてやがる……!」

 

 安らかに朝食を食べるためだけに悟りを開くとは、仏陀涙目である。

 

「まあ、甘粕も来たことだしそろそろ始めましょうか」

 

 そう言いながら女教師はわずかに身を低くした。

 その動きに瞬時に反応した生徒が複数いるのを見て、

 

「いいねえ、戦闘系技能を持ってるなら、今ので″来″ないとね。だから――、ちょっと死ぬ気でついてきなさい。」

「ルールは簡単、事務所にたどり着くまでに先生に攻撃を当てることが出来たら、出席点を五点プラス。意味わかる? ――五回サボれるの」

「ハイ! 先生、攻撃を″通す″ではなく″当てる″でいいので御座るな?」

「それでいいわよ? 手段も構わないわ」

「では、先生。先生のパーツでどこか触ったり揉んだりしたら減点されるところはあり申すか? またはボーナスポイントが出るところとか」

「あはは、授業前に死にたいのか、お前」

 

 半目で言ったオリオトライは甘粕の方を向いて、

 

「ああ、甘粕。遅刻の罰として、あんたは攻撃を当てたとしても加点はなしね」

「了解した、全力で挑ませてもらおう!」

「はは、かかってきなさい。――んじゃ」

 

 その言葉に皆が反応するよりも早く、オリオトライは背後に向かって跳んだ。

 一拍ほど遅れて戦闘系の生徒たちが続く。

 

「さあ、死ぬ気で追ってきなさい」

「ははははは、では挑ませてもらおうか!」

 

 甘粕の高らかな笑い声が青空の下に響き渡った。




後悔はしていない、反省はしている
申し訳ありませんでしたー!(土下座

ここの甘粕は夢界に挑んでないため、邯鄲法は使えません。
と言うか、使えたらチート過ぎるわ!


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序章Ⅱ『境界線前の粘液』

切りの良いところで切ったので、今回内容的にはほとんど進んでません。原作でいうと十一ページ相当。


無理、無駄、出来っこない

そんな戯れ言知ったことか

それは自分が決めることだ

 

配点 (気合い)

 

 

 武蔵に銃撃、剣劇、金属音や破砕音が響く。その音は中央後艦・奥多摩か右舷二番艦・多摩へと向かっていく。

 

「……よっ、しゃぁあー!! 万歳ー! 万歳ー! 万歳ー! ざまー!」

 

 左舷側の艦から歓声が上がり、後方の高尾の住民たちは多摩の人間に見える位置で万歳三唱をした。

 

「おう、貴様らの買ったエロ本の内訳を公開してやろうか」

「……タマモ、代演四つで呪詛術式いくよ」

「いやいや、ここは儂も加えて代演七つで逝こうではないか」

「なら私は今日、林で拾った缶詰めでも撃ち込むとしましょうか」

「それはやめろ!」

 

 それらに対して多摩表層部の住民は万歳をしている連中に社会的、肉体的呪詛をマジ掛けしてから、

 

「――ヤバい」

 

 という感想と共に即座に店を閉めて防御術式でガチガチに固める。また、一部の空いている店は、

 

「まあ、いつもの事だからね。被害に遭わないことを祈るさ。――あったら泣くが」

「俺らも昔は似たようなことをしてたしな。――あの副長は行き過ぎだが」

 

 などという感想と共に、請求書を準備することで備えとしながら、店主同士で集い″今回は甘粕がどんな事をやらかすか″で賭けを始めた。

 

「さて、前回は上空からクラーイ、ハーイ! をしたら、あっさりとかわされてそのまま下層まで貫いていったんだっけか」

「その前はアイム、ナットォー! で周囲を巻き込んで盛大に自滅。――毎回派手だなぁ」

「毎回徹夜で修理するはめになるこっちは堪ったもんじゃないけどな!」

 

 そんなことを言い合いながら、胴元に掛け金と賭けの内容を書いた紙を回す。

 

 

 建物の屋根を疾走するオリオトライ。それを追うは、直射型の射撃術式ならびに弓矢などの射撃。

 それらを時には避け、時には迎撃し足を止めることは一瞬たりともない。

 

「ほらほら、これだけじゃ先生は止められないわよー」

「――では、従者アデーレ・バルフェット、行きます!」

 

 宣言と共に、足元の屋根瓦を吹っ飛ばしがら白い長槍を持った眼鏡の少女がオリオトライに向けて突っ込んだ。

 そして、その勢いは止まることなく、最高速の状態まま槍による一撃を放とうとする。

 流石のオリオトライでも加速術式込みの短距離加速を振り切ることはできない。

 その上その速さに槍での突きという動作を加えることにより、さらに加速された一撃は回避することを許さない。

 そして、全力のチャージは受けるには辛いほどの威力が込められていた。

 

 確かに、格上の相手と戦う場合、相手が手を見せる前に速攻で決めにいくのは有効な戦術だ。

 オリオトライは心の内で感心していた。去年、いや前回と比べてもまた成長している。

 あの副長の全方位無差別試練の影響もあるだろうが、それよりも本人が自らの意思でしてきた努力のほうが大きいだろう。

 ――だからこそ教員として、それが通じない相手が存在することを教えなくてはならない。

 オリオトライは今まさに槍を射出せんとするアデーレに、対して後退する速度を落とした。

 

「……っ!」

 

 それによって相対距離が詰まり、槍を振るう距離が減ってしまう。

 それは加速させるために必要な空間が足りなくなり、本来であれば回避不可能なはずの突きがギリギリで回避されるという結果をもたらした。

 

「さて、ちゃんと防ぎなさいよ?」

「うわー、嫌な予感しかしませんね。その台詞」

 

 そのまま慣性で接近してきたアデーレに向かってオリオトライは長剣を大きく振りかぶる。

 瞬時に槍で防御の構えに入ったアデーレを心の内で誉めながらも、力強く長剣を叩きつける。

 防御したため外傷はないが、その勢いで上空に向かって盛大に吹っ飛ばされるアデーレ。

 そして、剣を振るった反動を用いて再び後方への疾走を開始するオリオトライ。

 

「イトケン君、ネンジ君! アデーレ君の回収お願い!」

「よし、行こうかネンジくん」

「うむ、我のサポート力を見せてやろうではな、グハァ!?」

「ネ、ネンジくーん!」

 

 アデーレを受け止めようと動き出した朱色のスライムは、台詞を言い終える前に踏み潰された。

 

「フフフごめんねネンジ! 悪いと思ってるわ、ええ、本気よ! 私はいつだって本気よ! 邪魔だななんて欠片も思ってもないわよ、ええ!」

「喜美……じゃなくてベルフローレ! 謝るときにはもうちょっと誠意を見せなさいな。大体淑女たるもの――」

「クククこの妖怪説教魔め。しかしミトツダイラ、アンタ地べた這いずり回ってないで、その鎖で一発ドカンとやりなさいよ。その胸みたいに先生を平らにするのよ!」

「喧嘩売ってる! 喧嘩売ってますわよね貴女!」

「……えーっと、誰か助けてくださーい!」

「…………あ」

「その反応、完璧に私のこと忘れてましたよね!? と言うか既に地表付近ですよこれ!」

「ど、どうしましょう!?」

「――我に任せるのだ!」

 

 周囲に散らばった朱色の粘液がアデーレの落下点を中心に集結し、更に空気中の水分を吸収することで巨大化していき直径二メートルほどのネンジがそこに現れた。

 

「我の奥義、短期ブーストで完璧に受け止めブゴォ!」

「や、やっぱりぃー!」

 

 自信満々のネンジだったが、やはり落下の勢いには勝てず敢えなく粘液の藻屑となった。

 

「ちょっとアデーレ、大丈夫ですの?」

「……きゅう」

「完璧にダウンしてますわね……」

「そんな時はカレーを食べるネー。カレーは神の食べ物ネー。この程度の怪我すぐに治るネー」

 

 そう言いながらアデーレの口にカレーを流し込む頭にターバンを巻いた少年、ハッサン。

 

「…………ゴホッ! ゴホゴホ。あー、死ぬかと思いましたよ。何ですかこれ? 妙に口の中が辛いし、と言うか何か体が軽いんですが誰か治癒術式でも掛けてくれたんですか?」

「…………」

「ちょっ、何で無言で目をそらすんですか!? 答えてくださいよー!」

 

 アデーレの叫び声だけがその場に響いた。



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序章Ⅲ『境界線前の試練』

お待たせしました


この一瞬を全速力で駆け抜ける

転んで落ちても気にしない

それら全てが糧となる

 

配点 (学習)

 

 

 アデーレを退けたオリオトライは平坦な屋根の上を疾走していた。ここに至るまでに数々の妨害があったが、それら全てにおいてオリオトライが攻撃が当たることはなかった。

 それらの幾つかを抜き出すと、

 

 妨害一:足場の悪い企業区画における、近接忍術師である点蔵の突撃を囮とした半竜ウルキアガの上空からのパワーダイブ。さらに本命として、点蔵の忍術により隠されたノリキの打撃。

 結果:長剣の鞘を活かしたリーチの延長、及び超蛮族パワーにより無傷で逃走される。

 

 妨害二:跳躍により滞空中に、浅間による自動追尾、迎撃回避が付与された狙撃術式の撃ち込み。

 結果:切った髪をチャフがわりにされて、かわされる。損害は自ら切った髪の毛数本。

 

 これらの妨害をくぐり抜け、オリオトライが現在走っているのは、品川艦尾の貨物庫の屋根。ここからヤクザの事務所までは障害物がほとんどなく、オリオトライの足を緩めるものは存在しない。

 ゆえに、追い付くのは困難であり、ここでの主戦力は遠距離術式主体の者たち。

 まずは、高速機動が可能なナイト、ナルゼの両名がオリオトライを足止めし、その間に他の者たちが術式の準備をするのが鉄板だろう。

 しかし、

 

「は、ははははは! もはや我慢の限界だ! 挑ませてもらうぞ、教師オリオトライ!」

「ああ、やっぱりか……」

「おうとも! ――遠距離砲撃師、甘粕正彦。いざ尋常に、勝負!」

 

 それを待ちきれなかった男が一人。当然、甘粕正彦である。

 むしろ甘粕が、同級生が全力で挑み、それを越えていくオリオトライを見て、ここまで我慢できたことに驚くべきだろう。

 

「さあ行くぞ! シンノ!」

「あぁんめいぞぉぉっ、ぐろぉぉぅりぁぁす!! はーい、主さまー」

 

 甘粕に呼ばれ、首もとのハードポイントから出てきたのは黒い煙。それらが甘粕の肩に集まって出て来たのは二頭身の黒い人影と言うべきもの。

 

「シンノォ! 雷撃術式に停滞祓いをそれぞれ二つ、代演奉納で行う!」

「全く、久々だって言うのに主様はつれないぇ。まあ、いいや。代演四つ、ストックから使うよー」

「問題ない。それで行くぞ!」

「りょうかーい。――ほい、拍手ー!」

 

 シンノの拍手と共にオリオトライの頭上にバチバチと言う音と共に青色の球体が現れる。

 次の瞬間、球体からオリオトライに向けて雷が走った。

 

「っと! やばっ!」

 

 先ほどの浅間の狙撃と違って、外逸と障害の祓いが付いていないため追尾性能は持ってはいない。

 だが、ただでさえ雷は弓よりも速い上に、停滞祓いによる高速化が加護されているため遥かに速い攻撃が二つ。その上、雷であるがゆえに剣による切り払いは不可能である。

 

 

 ああ、もう毎度毎度、体育をやるたびに術式の選択が的確になってきてるわね! と心の中でオリオトライは叫びながらも、雷への対処に動く。

 雷撃は二つ。一つは回避できても、もう一つは回避できない。迎撃は事実上無効化される。

 故に、まずは一つ目の雷を確実に回避し、迫り来るもう一つの雷に対しては屋根に長剣の鞘を立てることで避雷針の代わりとして機能させる。鞘に当たった雷はそのまま屋根を伝い地面へと逃がされた。

 

 

 お互いの誤算は一つ。最初に回避した雷の軌道を考える余裕がなかったこと。

 回避された雷はオリオトライの背後の連接された貨物庫に直撃し、その屋根を伝って電流が広範囲に広がった。

 

「ぎゃぁぁぁぁ!」

「何でこっちまでー!?」

 

 威力は落とされていたとは言え、さすがに電気を体に流されれば無事ではすまず、周囲から阿鼻叫喚の声が響く。

 

「くひひ、やっちゃったねー、あるじさま」

「おう、やってしまったぜ!」

「ノリノリで言うセリフじゃないで御座るよ!! というか、甘粕殿も電撃食らってるで御座るよ!?」

「この程度の電撃では俺は沈まん! お前たちもこれくらいなら耐えられる!」

「その自信はどこから来るんで御座るか?」

「うん、漫才の流れぶった切るけど、先生は先にいかせてもらうわねー」

「あ……お、追えー!」

 

 

 やがて再開した品川艦上での戦闘音や光を、遠くから見る視線があった。

 中央前艦の艦首付近、展望台となっているデッキの上から見つめているのは、黒い髪の自動人形。肩に″武蔵″と書かれた腕章を着けている。

 不動のまま見つめている彼女だが、彼女の周りではデッキブラシやモップなどが自在に動いて甲板を磨き上げていく。

 そんな彼女の背後から男の声がした。

 

「あれ、どう思う? ″武蔵″さんとしては」

 

 声を掛けたのはくたびれた様相の中年おやじ。武蔵アリアダスト教導院の学長、酒井・忠次である。

 

「Jud.、昨年度より表現的に言えば派手だと判断できます。物質的に言えば破壊量が上がっており、住民的に言えば迷惑度と観戦度が上がっており――」

「個人的に言えば?」

「武蔵本体と同一である″武蔵″は複数体からなる統合物であり、また、人間ではありませんので個人という観点の判断は下せません。――以上」

「武蔵全艦としては、どう?」

「jud.、ここ十年、改修以後の記録で言えば一番かと。戦科が持てず、警護隊以外の戦闘組織も持てない極東の学生としては、他国戦士団と比較して――」

 

 彼女は少し言葉を止め、

 

「個性が生きれば、相応だと考えます。――以上」

 

 その言葉に対して、酒井は煙管を吹かせながら、

 

「じゃあ、今さっき単体攻撃に見せかけた自爆特攻をした副長に関してはどう思う?」

「jud.、商人会から正式に請求書が届きましたので、後で請求に向かう所存です。また、戦闘面で見るならば前回と比べ、術式の展開速度、ならびに精密性が上昇しています。――以上」

「自分から無茶無謀に飛び込み、自爆をも躊躇わないから″神風″か。聖連も皮肉な字名をつけるねぇ」

「jud.、ですが、甘粕様はその字名を気に入っている御様子です。――以上」

「ま、本人がしたくてしていることだからね」

「jud.、ところで――」

「ん?」

 

 酒井が首を傾げたところで、背筋に悪寒が走る。

 

「む、武蔵さん?」

「酒井学長、書類の処理がまだ五割しか進んでいないのですが、ここで何をしているのでしょうか。――以上」

「いや、これには深い訳がありましてですね……あの、武蔵さん? その手に持っているものは何でしょうか?」

「jud.、仕事をしない駄目な大人に使う特効薬だそうです。甘粕様から頂きました。――以上」

「ちょっ、それ絶対ヤバイものだよね!」

「jud.、ご安心ください周囲に被害をもたらすものではございませんので。――以上」

 

 遠くから、爆発の音が再び響いた。




原作部分が多くなりすぎたので、前半部分をカットしました。
甘粕の契約等に関してはまた次回にでも説明できればと思います。


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序章Ⅳ『境界線前の馬鹿』

更新が遅れて申し訳ない
では序章最終話です


自分が何をしたいのか

他人に何を求めるのか

自分だけが知っている

 

配点 (願い)

 

 

「コラコラ、後から来たのに勝手に床で寝ない」

 

 オリオトライの前には、生徒たちが死屍累々と地面に横たわっていた。

 

「んで、生存者は鈴を含めて五、六人ってとこかしら?」

「わ、私は……運んで貰っただけです、けど」

「それはチームとしての選択だからいいのよ。他の途中リタイヤ者も大体回収できてるわね」

「今、甘粕殿が自分で撃墜した者たちを回収に行っているで御座る」

「駄目ねー、あのくらいちゃんと避けないと」

「屋根を伝って広範囲に広がった電撃とか、どうやって避ければいいんですか」

「そこら辺はあれよ。――勘?」

「「「あんただけだよ、それ!」」」

「うるせえぞ! 誰だ騒いでやがるのは!?」

 

 オリオトライの背後の事務所の正面玄関が開き、そこから怒声が上がる。出てきたのは、全長三メートルは下らないであろう、赤い鱗で四本の腕、頭からは二本の角が突き出た巨体。

 

「あらあら、魔神族も地に落ちたものねー。――まあ、ここは空だけど」

「なんだてめえ!?」

 

 響く怒声に鈴が身を震わせる。

 

「叫んじゃ駄目よー、鈴を泣かせたら武蔵総住民から袋にあうわよ?」

「ああ!?」

 

 魔神の返答を意に介さず、オリオトライは魔神に背を向け、長剣を肩に担いだまま生徒に向けて説明をする。

 

「んじゃ皆、これから実技。解る? 魔神族、体内器官に流体炉に近いものを持っているおかげで内燃排気の獲得速度がハンパじゃないの。肌も重装甲並みだし、筋力も軽量級武神とサシでいけるくらいよね」

「解ってんじゃねえか。一体なんのようだ! うちの前で遠足か!?」

「ん。ああ、実はちょっと夜警団にも頼まれてんのよね。――シメてくれって。あ、個人的には先日の高尾での地上げ、覚えてる?」

「ああん? んな、そんなんいつものことで覚えてねえよ!」

「そう。――建前すら解らずにぶっ飛ばされるのも大変よねぇ」

「てんめぇ……!」

 

 魔神が走る。その身体能力は一気にその体を加速させ、ハンマーのような形状の四本腕を前に掲げてのチャージへと移行する。本来、対人に用いるべき威力ではないが、

 

「夜警団とかの話からの警戒? いい判断だけど――」

 

 オリオトライは言葉と共に右足を前に出した。

 

「――これから先生が手本を見せます」

 

 長剣は左下に下げられている。

「巨体と筋力、装甲があろうとも、魔神族には致命的な弱点があるわ」

 

 それは、

 

「生物には頭蓋があり、脳があるわ。頭蓋を揺らせば、神経系が麻痺する。それが脳震盪。そして頭蓋を揺らす効果的な方法とは、頭部に密着しているものを打撃すること。頭部から離れた位置を叩けば、振動は大きく響く」

 

 魔神族の場合は、

 

「ここね」

 

 オリオトライが先ほど踏んだ右足を軸に、体を時計回りに回転させる。そのまま一回転して魔神の突撃の軌道から逃げながら長剣を振る。回転の勢いがついたそれが魔神の角、その先端に軽くあたる。それは、わずかに魔神の首を傾げさせただけに過ぎない一撃だが、

 

「――!?」

 

 そのまま数歩進んだ魔神が、不意に膝から力を失って転倒した。地面を擦りながら倒れ混んだ魔神は、立とうとするが膝に力を入れることができずに、身体を持ち上げては転ぶという動作を繰り返す。

 そんな魔神の前に立ち、

 

「魔神族や大型生物は、こういう状態になると脳の代わりに身体の各部にある神経塊が働き出すから回復が早いの。だからそうなるまでに、――落ち着いて対角線上の位置を強く打つ」

 

 言葉通りに、彼女は左ホーン先端の対角線上である右顎を強く打った。

 力が入らない魔神は防御も回避もできずに、首をぐるりと回して、白目を剥いた。

 

「実は固く見えるところを打つのがポイント。その方が振動が直接響くからね。こういう連中の頭部は内部骨格が張り出しているだけだから、ちゃんといい方向から叩けば脳に直接響くわ。やっちゃいけないのは首を埋めるような方向から打つこと。衝撃が背中から尻へと抜けちゃうのよ」

 

 そう説明する間に魔神が床に倒れ伏し、背後の事務所が慌てて正面扉を閉めた。

 

「あ、警戒されたかな」

 

 当たり前だ、と生徒たちは床から身体を起こし始める。

 

「んー、じゃあどうやって入ろうかな。入り口は待ち構えられてるだろうし、皆を引率するのに屋上からの突入はちょっとなぁ……」

「……あの、引率って何ですか先生」

「ん? 社会見学で実技。今、手本見せたっしょ?」

「「「あんなん、出来るかー!」」」

 

 皆が叫んだとき、

 

「――あれ? おいおいおいおい、皆、こんなとこで何やってんの?」

 

 横から間抜けな声がした。

 その声に皆が振り向くと、そこには一人の少年が立っていた。

 茶色の髪に、笑った目。崩して着込んだ鎖付き長ラン型制服に、小脇には紙袋を二つ――内一つは軽食屋のパン、右手には紙の束を抱えている。

 

「トーリ″不可能男″葵……!」

「武蔵馬鹿筆頭……!」

「――んと、うん、俺俺。って何だよ馬鹿筆頭って。馬鹿言うなよ、武蔵馬鹿筆頭はアマッカスに決まってるだろ?」

 

 トーリの言葉に反応したのは、撃墜者を背中に担いで通路側から歩いてきた甘粕だった。

 

「……俺も自分が馬鹿であるとは自覚しているが、お前に言われる筋合いはないだろう。なあ、武蔵馬鹿筆頭」

「おう、人のことを馬鹿馬鹿と。知ってるか? 馬鹿って言ったやつが馬鹿なんだぜ!」

「「「お前ら両方とも大馬鹿だよ!」」」

「えー。まあ、でも皆、こんなとこで奇遇だな。やっぱ皆も並んだのかよ!?」

 

 彼はもう一つの紙袋を掲げた。

 その言葉にオリオトライが額に青筋を浮かべながら、

 

「……さて、話ハショると授業サボって何に並んだって? 先生に言ってみなさい」

「え、なんだよ先生。俺の収穫物に興味あんのかよ! 俺参ったなあ!」

 

 そう言いながらトーリが紙袋から取り出したのは、

 

「ほらこれ見えるか先生! 今日発売されたR元服のエロゲ″ぬるはちっ!″。これ超泣かせるらしけて初回限定があさから行列でさあ。俺、今日帰宅したらこれ電簒器に奏填して涙ポロポロ溢しながらエロいことするんだ! ほら点蔵も欲しいだろコレ!? ――ってか、お前の親父は店舗別特典求めて他の店にも忍者走りで行ってたけど行かなくていいのか?」

「お、親父どのー!? せめて忍んで欲しいで御座る!」

 

 父親の行為を止めに全速力で走っていった忍者を気に掛けるものは居らず、その代わりにオリオトライは無言でトーリの肩に手を置いた。

 

「あのさあ、先生が今何を言いたいか、分かる?」

「当たり前だろ! 俺と先生はツーとカーの関係じゃないか!」

「うんうん、先生の言いたいこと分かっていたら君は今すぐ武蔵から紐なしバンジーしなくちゃいけないんだけどねぇ」

「き、汚ねぇ。汚ねえぞ先生! 胸を揉ませてくれるんじゃ無かったのかよ!」

「おーい、何か変なもん見えてない? 今何が見えてる?」

「うん、今はとりあえずこれだな!」

 

 そう言ってトーリはオリオトライの胸を無造作に揉んだ。

 ――場の空気が完全に死んだ。

 

「あんれー、おかしいなぁ。もっとこう、骨や筋肉で硬い感じになってて驚愕する予定だったんだけど」

「あれ、これって攻撃を当てたことに……?」

 

 呟くアデーレの声は風に流された。

 ブルブルと震えるオリオトライを無視して、トーリは皆の方を向いて言った。

 

「ああ、そうだ聞いてくれよ皆。――俺、明日コクろうと思うわ」

 突然の発言に皆の頭に疑問符が浮かぶが、すぐに納得の表情に変わる。

 

「フフフ、乳揉んでエロゲー持ちながら説明なしに告白宣言とか、いい具合に人間として終わってるわね。告白する相手が画面の向こう側にいるならチンコをコンセントに突き刺して感電死するといいわ! 素敵! どういうことか、この賢い姉に説明なさい!」

「画面の向こうという、決して届かぬ位置にいる者に思いを届かせようという、その決意。素晴らしいぞ! 俺は全力で応援しよう!」

「おいおい、姉ちゃんにアマッカス何、朝からいきなりエクストリーム入ってんだよ。あのな? 明日コクるから、これはエロゲ卒業のために買ってきたんだぜ? わっかんねえかなこの俺の真面目なメリハリ具合!」

「フフフますます駄目度が増していくわね愚弟、エクセレント! でも明日フラれたらどうすんの?」

「んー、その場合はまず泣きながら全キャラ実名でコンプリートすんじゃねえかな」

 

 そうじゃねえよ! という叫び声が上がる。

 それを、聞き流しながら喜美は一息ついて、

 

「じゃあ愚弟、賢姉を相手にコクりの練習よ。――相手は誰かゲロしなさい、さあ!」

「馬っ鹿、知ってるだろ? 皆だって前に『そうじゃないか』って言ったじゃねぇかよ」

 

 トーリは全員の顔に視線を合わせた後、こう言った。

 

「――ホライゾンだよ」

 

 それを聞いて、喜美は肩を落としながら、

 

「馬鹿ね。――十年前にあの子は亡くなったのに。あの、アンタの嫌いな″後悔通り″で。……墓碑だって、父さんたちが作ったじゃない」

「解ってるよ。ただ、そのことから、もう逃げねえ」

 

 トーリは笑みのまま、もう一度皆を見渡して、

 

「コクった後、きっと迷惑掛ける。俺、何も出来ねえしな。それに、その後にやろうとしていることは、俺の尻拭いってか――」

 

 一息ついて、

 

「世界に喧嘩を売るような話だもんな」

 

 その言葉に皆は反応せず、じっとトーリの話を聞いている。

 

「明日で十年目なんだ、ホライゾンがいなくなってから。皆、覚えてねぇかもしれないけど」

 

 甘粕も無言で佇み、彼の言葉を聞いていた。

 

「だから、明日コクってくる。彼女は違うのかもしれねえけど、この一年考えて、それでも好きだと解ったから、――もう逃げねぇ」

「じゃあ愚弟、今日は準備の日で、……今日が最後の普通の日?」

「……そうだな。でも安心しなよ姉ちゃん。俺は何も出来ねえけど、――高望みは忘れねえから!」

 

 笑顔で言ったトーリの肩を後ろから叩く手があった。

 トーリが振り向くと、そこにはオリオトライが据わった目付きで立っていた。

 それを気にせずトーリは右の親指を立てて見せると、

 

「先生! 今の聞いてたかよ!? 俺の宣言!」

「ん? 人間って怒りが頂点に達すると周囲の音が聞こえなくなるのよねぇ」

「おいおい先生、生徒の話は真摯に聞こうぜ。可哀想な先生のために、もう一回言ってやるからさ」

「いいか? ……今日が終わって無事明日になったら、俺、コクりに行くんだ!」

「――よっしゃ、死亡フラグゲットー!!」

 

 次の瞬間、オリオトライの回し蹴りがトーリに炸裂し、事務所の壁に穴を開けた。

 

 ――もう一人の馬鹿が高笑いをしながらその穴から事務所に突っ込むまで、あと三秒。




前半のほとんどが原作通りなので削りたかったけど、ここを削ると後が面倒いからってしたらこんなに長くなった。

さて、序章は原作沿いで行ったので、ここから少しずつ逸れていく予定。

トーリと甘粕のどっちが馬鹿なのかは凄く気になるところではある。


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第一章『教導院前の愛求者達』

前に投稿したのが短かったので少し加筆して再投稿


それは決して美徳じゃない

けれども見ていて痛快で

そして力が湧いてくる

 

配点 (バカ)

 

 

「ハイ、それではこれから臨時の生徒会兼総長連合会議を行います」

 

 教導院前の階段で宣言するネシンバラにパチパチとまばらな拍手が送られる。

 

「本日の議題は『葵くんの告白を成功させるゾ会議』ということで。生徒会書記、僕ことネシンバラの提供でお送り致します。――ってことで葵君、どうぞ」

「んー、いきなり視聴率だけ考えると、俺がフラれた方が面白くね?」

「「「言い出しっぺが会議の意味全否定かよ!」」」

「何だよお前ら! 俺がフラれちゃ駄目なのかよ!? 知ってるぞ、せ、成果主義の押し付けってやつだな!? そんなモテない男を認めない社会に対してワタクシは断固抗議しまーす!」

「俺はそれを認めよう! フラれても諦めず男を磨き、再挑戦し、またフラれる。それによって、どんどん魂が輝いていく。――素晴らしいではないか!!」

「おい、アマッカス! 人がフラれる前提で話を進めるとかひでぇな! 極東最終奥義、遺憾の意を表明すっぞ!?」

「「「お前だよ最初に言い出したのは!!」」」

 

 その後、なんやかんやで落ち着いたトーリは忍者帽子の点蔵を見る。そして、

 

「なあテンゾー、告白って基本的にどうやんの? お前、数だけはこなしてるだろ? 数だけは」

「あれ、今自分ナチュラルに煽られたで御座る? ……まあ、いいで御座るが。告白ならここは一つ手紙などどうで御座ろう?」

「手紙? それでどうすんだよ?」

「正面切っての告白は緊張してトチってしまうことがよくあるで御座る。例えば『君のことが好きだ』と言おうとして『君の男が好きだ』と噛んでしまったり、カッコつけて『月が綺麗ですね』と言おうとして『積み木が嫌いですね』と言ってしまったりなど。……よくあるので御座るよ」

「オマエはホントに経験豊富な。心強いけど、そこまで噛むのお前だけじゃね?」

「そ、そこで手紙を使うで御座るよ!」

 

 逃げたなという声が潜まずに囁かれる。点蔵はそれを遮るように強い口調で、

 

「ま、前もって、伝える代わりに伝えたいことを書いておいて、コクる代わりにそれを手紙にして手渡すで御座るよ! さすれば、絶対にトチることとは無縁で御座る」

 

 トーリは渡されたメモ帳を見て、首をひねりながら、

 

「うーん……、あんまし気が進まねえなあ。だってさ? こういう好きとか嫌いとかの感情の働きって、上手く言葉に出来ねえもんじゃん?」

 

 その言葉に反応したのは点蔵ではなく、橋の欄干に身を寄りかからせていた喜美。風に髪をなびかせながら、トーリを見て、

 

「フフフ愚弟、好きとか嫌いとか、感情の働きが上手く言葉に出来るわけがない? 可愛い話ね。だったら試しにそこのエロゲ忍者と試練バカの嫌なとこを書いてみなさい」

「いや姉ちゃん、友人の嫌なとこなんて、上手く言葉に出来るわけねえじゃん」

 

テンゾー

・いつも顔を隠しているのは人としてどうかと思うが上手く言葉に出来ない

・ゴザル語尾はそれギャグのつもりかと思うが上手く言葉に出来ない

・たまに服から犬のような臭いがするのは本当にどうにかして欲しいが上手く言葉に出来ない

 

アマッカス

・いつも目付きが悪くお前ヤクザか何かかよと思うが上手く言葉に出来ない

・二言目には試練試練とそれ語尾なのかと思うが上手く言葉に出来ない

・バカがバカすぎてどうかと思うが上手く言葉に出来ない

 

「やっぱ上手く言葉に出来ねえもんだなあ、友人の悪いところは」

「ス、スラスラ書きまくって御座るよ! 御座るよ!! しかも箇条書き!」

「俺はバカだが、バカにバカと呼ばれる筋合いは一切ない!」

 

 点蔵と甘粕がトーリの襟首を掴んでがくがく揺するが、トーリはへらへら笑ったままだ。その代わりと言うように、喜美がトーリの背後に立つと、

 

「フフフ愚弟、とりあうずいい踏み台で練習できたところで、アンタの心の中にある彼女のいいところを書いてみなさい」

「ええ? また姉ちゃんは難しいことを要求すんなあ。テンゾーやアマッカスの嫌なところはもう見た目とかのダイレクトだからスラスラ行けたけど、彼女はハートだぜ! そんな俺の清純な思いが上手く言葉に出来ると思うのかよ!?」

 

・顔がかなり好みで上手く言葉に出来ない

・しゃがむとエプロン裾からインナーがパンツみたいに覗けて上手く言葉に出来ない

・ウエストから尻のあたりのラインが抜群で上手く言葉に出来ない

・俺を見つめるあの冷めた目を見るとゾクゾクするが上手く言葉に出来ない

 

「うーん、やっぱ清純な思いは上手く言葉に出来ねえもんだなあ」

「ず、随分と具体的で御座るよこれ! しかも即物的! そして最後なんか目覚めかけてるで御座るよ!?」

「騒ぐなよテンゾー。俺が本気で具体的になったらこんなもんじゃ済まないぜ……!」

「その本気は見てみたい気がするで御座るが、間違いなく犯罪になるで御座るな!」

「待て、待て待て、……その箇条書き、トーリにしては肝心なことが抜けておるぞ」

 

 そんな二人のやり取りにたいし、ウルキアガからの横槍が入る。

 

「え? トーリ君の即物的かつM的好意に何か抜けがあるのかな?」

 

 ああ、とハイディの問いに頷いたウルキアガは、

 

「このオッパイ県民が、相手の胸への言及をしていない」

 

 ウルキアガの言葉に皆は、はっとしてトーリを見る。

 周囲の通行人も静止し、ヒソヒソと言葉をかわす。

 

「……総長がオッパイについて何も言わないなんて」

「……何かの病気か?」

「……毎日連呼してるけど、好きな女相手にはヘタレ……?」

 

 全ての人の注視を受けたトーリは、

 

「俺もしかして、その道のプロになってね?」

 

 そして真面目な顔で頷き、ペンを紙に走らせて、

 

「……出来た。つまり――オッパイは、揉んでみないと、解らない」

「「「無差別に上の句読むなよ!!」」」

「――益荒男ならば、揉みにいくべし、などはどうだろうか?」

「「「お前も下の句読むなよ!!」」」

「あれ、季語どうしよ?」

「ふむ、オッパイは季語にはならんか」

「フフフ愚弟、試練バカ、今ちょっとアンタたちの詫び寂びに戦慄したわ。でも、――」

 

 喜美はトーリの隣に座り、頬杖をつき、

 

「どうしてアンタが相手の魅力の十代喋り場にオパーイ話題を提供しないわけ?」

「そりゃ姉ちゃん、俺が今オッパイ慕情歌で詠んだ通りだよ。揉んでないから解らねえ」

「フフフ、つまり、――オパーイに対していい加減は出来ないのね? なんて誠実な!」

 

 トーリと喜美と、ついでに甘粕は共に握り拳を掲げ、

 

「俺、こう見えても真面目だからな! 適当なことは言わないぜ!」

「そうとも! 揉みにいって初めて、そのオッパイの素晴らしさが解るのだぁ!」

「……この姉弟と甘粕殿の頭がおかしいのはもはやどうでもいいことで御座るが、ここ数分のオッパイ連呼ぶりは一般人の生涯使用量に匹敵するで御座るよなあ」

「フフフ負け犬忍者は黙ってなさい。しかし愚弟、アンタの歌の通りだとしても、大体のところは見ればわかるもんじゃない? 浅間なんか見た目そのままだし」

 

 

 さて、少しだけ時間を戻して、教導院内の畳が敷かれた部屋に視点を移そう。

 そこは静寂に包まれていて、茶を点てる音だけが響いていた。

 

(平穏ですねぇ……)

 

 茶をすすりながら浅間は束の間の平穏を噛みしめていた。

 ……窓の外から聞こえるバカどもの話し声は聞こえないふりをする。

 

「――オッパイは、揉んでみないと、解らない」

「益荒男ならば、揉みにいくべし」

(……聞こえない、聞こえない)

 

「フフフ、つまり、――オパーイに対していい加減は出来ないのね? なんて誠実な!」

「俺、こう見えても真面目だからな! 適当なことは言わないぜ!」

「そうとも! 揉みにいって初めて、そのオッパイの素晴らしさが解るのだぁ!」

 

(な、なにを叫んでるんですかあの三人は!? いけない、我慢、我慢ですよ浅間智! 今は部活中! 精神集中ー!)

 

「大体のところは見ればわかるもんじゃない? 浅間なんか見た目そのままだし」

 

「――っ!」

 

 カラダネタだけならともかく、自分をネタにされたら黙ってなどいられるはずもなく全速力で窓に掛けよった。

 その急ぎ様でも手に持っていた茶碗をきちんと畳に置いていたのは性格の表れなのだろうか。

 

 

 喜美が浅間について発言した瞬間、校舎の窓が開き、そこから顔を出した浅間が赤面全開で叫んだ。

 

「こらー! 勝手に人のカラダネタをやらない! 大体なんですか見た目そのままとか!」

「そうだよな! 浅間のは見た目通りじゃないよな! こう、まろやかな中に少しの――」

「うわソムリエ語り出した最悪です――!」

「まあ待て馬鹿」

「あ、まさかの意外なところから救援が――」

「そういう話は個人的に売りにこい。金になる」

「はい、悪化したー! ちょっ、そこ動かないっ!! 弓! 弓!!」

「おいおい最近の茶道部は弓道もやるのかよ」




活動報告に詳細は書いたけど、この小説は一巻終了時点で一旦完結とさせていただきます。

まあ、当分先の話なんですけどね!


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