冒険者に憧れるのは間違っているだろうか (ユースティティア)
しおりを挟む

プロローグ

 手足が動かない。意識が朦朧とする。

 いつかは来ると思っていた。多くの人間を言われるままに殺して来たんだ。その報いを受ける時が、ようやく来たんだ。

 

 ああ、ようやく解放される。辛いとも、苦しいとも思わなかったけど真っ先に思い浮かんだのはその感情だった。

 

 近づいてくる足音。大きな影がわずかに路地裏に差し込む月明かりを遮る。その影は先程まで僕が殺そうとしていた標的だった。

 

 逆光のせいで表情はわからない。しかしつい先程まで自分を殺そうとしていた相手だ。良い感情は抱いていないだろう。

 

 不思議と恐怖はなかった。目を閉じ、己の死の時を待つ。

 

 

 

 しかしいくら経ってもその時は訪れなかった。

 

 恐る恐る目を開く。影は相変わらずこちらを見下ろしていた。感情の揺らぎもなくただただ見下ろしていた。

 

 どのくらいそうしていたか、影は僕に興味が失せたかのように踵を返し、去っていった。

 

(……見逃、された?)

 

 その事実を受け止めるのに数十分かかった。そして、その事実を受け止めて次に沸き上がってきたのは、生き残った喜びではなく……見逃された屈辱だった。

 

 なぜその感情が沸き上がってきたのかはわからない。僕は武人ではない。ただの暗殺者だ。()()()()()()()()で卑怯卑屈に言われた標的を殺すだけのクズだ。

 

 しかし、その感情はわき出る水のようにどんどん大きくなっていく。そんな自分がわからなくなってきた。

 

 いろいろ考え--それこそ短い人生全てを可能な限り思いだし--出た結論は……

 

(そっか、羨ましかったんだ……)

 

 僕は武人ではない。けど、相手が武人であった。戦ったのはほんの数分。しかしその数分に魅せられたのだ。力強く、そして気高いその戦いに。

 

 ああ、くそ。今になって死にたくなくなってきた。もう一度、今度は暗殺なんかじゃなくて、正々堂々と勝負がしたい。僕に僅かな興味も持たなかったあの人ともう一度勝負がしたい。だから、だから……

 

「死にたく、ない……!」

 

 ------------------

 

 コツコツ、と足音が聞こえた。あの人が戻って来たのかと思ったがすぐに違うとわかった。

 

 足音は二人分あった。一人は歩幅の間隔と足音の大きさからいって女。もう一人は男だろうがあの人と比べると歩幅の間隔や足音の大きさが全く違う別人だ。

 

 カップルか何かか? と、いうか何でこんな路地裏に男女二人きりなんだよ。

 

 やがて足音の主達がこちらにやって来る。すると女の方が小走りで移動-恐らく男の前にかばうように移動-し、男に声をかけた。

 

「ヘルメス様、お下がり下さい。何かいます」

 

 ヘルメス、確かこのオラリオに【ファミリア】の本拠地を構える神。あまり有名ではないが弱小でもない、かといってどこかの【ファミリア】と同盟を組むでもない、そんな不思議な【ファミリア】の主神。

 

 女が近づいてくる。一瞬、殺すか? と考えるが神が側近にするくらいだ、弱っている僕では勝てないな、と考え直し、そのまま寝たふりをする。

 

 死にたくはないが、まぁ最期くらいは神の判決に身を委ねてもいいかな、と今までの僕なら考えつかないような考えが頭をよぎった。

 

「子供ですね。わずかですが血の匂いがします。どうしますか?」

 

「んー、そうだね……」

 

 男、ヘルメスが近づいてくる。

 

「なっ、ヘルメス様、下がって下さい! まだこの子供が安全だとわかった訳ではありません!」

 

「まあまあ、固いこと言わないの」

 

 女がため息を吐く。なぜかは知らないが疲れているようだ。

 

 ヘルメスが僕を見下ろす。

 

「んー、ん? 君、もしかして起きてる?」

 

「……さすが神。よく、気づいたね……」

 

 観念して目を開ける。女が警戒を強めた。

 

「まあね。で、君はここで何をしていたのかな?」

「……ある亜人(デミ・ヒューマン)を……殺そうとして……返り討ちにあった」

 

 瞬間、空気が凍りついた。女が息を飲み、ヘルメスは……高らかに笑いだした。

 

「はははははははははは、あはははははは!」

「ヘ、ヘルメス様笑いごとじゃありません!」

 

 ヘルメスはひとしきり笑った後、座り込んだ。

 

「いやー、笑った笑った。しかし少年よ、どうしてそんな事をオレに話す?」

「偽っても……意味がない……。だから、あんたが僕に裁きを……下してく、れ」

「オレに君を裁けと?」

「そうだ」

 

 ヘルメスは少し黙った。女は以前こちらを警戒しながら、何かハラハラしているようだった。

 

「うーん、俺は裁きを下す神じゃないからな。……そうだ、少年、何かやりたいことはあるか?」

「……ある」

「ほう、それは何だい?」

「冒険者、になりたい」

 

  再び、空気が凍った。そしてヘルメスはまた笑い出した。

 

「はははははははははは、あはははははははははははははははは!!! いやー、まさか1日に2回もこんなに大笑いするなんてな。どうだ、アスフィ。たまには寄り道して帰るのもいいものだろう!」

「へ、ヘルメス様、まさか……」

「少年、名は何と言う?」

「トキ、オーティクス」

「OK、トキ。では君にオレの判決を言い渡そう」

 

  ヘルメスは立ち上がり、そしてその審判を口にした。

 

「君をオレの【ファミリア】に迎え入れよう! ただし、すぐには冒険者にはしない。3年間オレの従者として働き、その後3年間オレの【ファミリア】の雑用係をしてもらう。そうすれば君は晴れて【ヘルメス・ファミリア】の冒険者だ!」

 

  その言葉を聞いた時、最初何を言われたのかわからなかった。段々とその言葉を理解すると涙が溢れた。ああ、この気まぐれな神は、自分を受け入れてくれるのか、と。

 

「それじゃあ、アスフィ。彼を抱えてくれ。そしたら帰るぞ」

「……はぁ~、もう嫌だ……」

 

  アスフィに抱えられ、僕は夜のオラリオを移動する。アスフィが通った道には僕の涙が点々と落ちていった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

冒険者、トキ・オーティクス
兎と共に


早速ですが原作に入っていきます


 迷宮都市オラリオ。ダンジョンと呼ばれる地下迷宮の上に築き上げられたこの街は様々な人がいる。

 

 しかし、今俺がパーティを組んでいるベル・クラネルという少年ほど変わった人はいないだろう。

 

 冒険者登録の時にたまたま同時に申請し、ダンジョンに潜るのもたまたま一緒になる、不思議な少年だ。白髪に赤目、そしてその雰囲気から兎を、連想させる彼はダンジョンに出会いを求めているらしい。

 

 内心はあ? とか思ったけど話を聞いてみると、どうやら育ての親が原因らしい。曰くハーレムだの、男のロマンだの、とおおよそ普通の人が抱かないような夢を持っている少年だ。

 

 そんな夢を持っているくらいだから相当のスケベなのかと言われるとそうでもない。むしろウブなくらいでいかにこの少年がチグハグな存在かわかると思う。

 

 ちなみにこういった情報は全て本人の口から聞いた。というか聞いたら答えてくれた。とても素直な少年だ。素直すぎて真っ先に詐欺とかに引っ掛かりそうだけど。

 

 さて、そんなベルと俺、トキ・オーティクス、14才は現在……

 

『ヴヴオオオオォォォォォォッ‼』

「ほぁああああああああああっ‼」

 

 ミノタウロスに追いかけ回されています。

 

 念願の冒険者になって半月、調子に乗って5階層まで降りて来たのが間違いでした。

 

「と、いうか何でミノタウロスがこんなところにいるのかなぁ? ミノタウロスって確か『中層』で出てくるモンスターだよね、ベル」

 

「そんな事はいいから走って‼」

 

 おっしゃる通りです。

 

 そしてそんな事をしてたら重要なことに気がついた。

 

「ベル……」

 

「何っ!?」

 

「今の曲がり角、曲がらないと行き止まりだ……」

 

「えっ?」

 

 果たして、本当に行き止まりに追い詰められてしまった。

 

「くっ!」

 

 身をひるがえしミノタウロスと相対する。改めて敵を確認する。2Mを超える体格、強靭な筋肉の鎧、頭部の角、ミノタウロスが所持する武器は主にこの3つだ。しかし、膨大な【ステイタス】の差により俺達の攻撃では傷1つ付かない。

 

 そう普通ならば。

 

 俺にはこいつを傷つけられる武器がある。というかスキルがある。しかし問題は……

 

 (スキルだけで足りるか?)

 

 そう思考仕掛けたところで、ミノタウロスが動き始めた。蹄が俺達の命を狩ろうと振り上げられる。

 

 (迷っている時間はない!)

 

 足元に魔力を集中させ……

 

 その瞬間、ミノタウロスの胴体に一線が走った。

 

「「え?」」

『ヴぉ?』

 

 俺とベル、ミノタウロスが間抜けた声。

 

 さらに線は胸、腕、ふくらはぎ、足、肩、首と次々に入っていく。そして、俺が決死の覚悟で討伐しようとした怪物は、あっさりとその命を終えた。

 

 次いでミノタウロスの大量の血しぶきが襲いかかってくる。

 

「うわっ!」

 

 咄嗟に先程中断した行動を再開、影で血しぶきから身を守る。

 

 そして身を守ったところでスキルを解除し、改めてあの怪物を倒した人を見る。

 

「……大丈夫ですか?」

 

 そこにいたのは冒険者に成り立ての俺でも知ってる人物だった。

 

 艶やかな金髪、しなやかな肢体、綺麗な金眼。【ロキ・ファミリア】所属、二つ名【剣姫】、その名は……

 

「アイズ・ヴァレンシュタイン……」

 

「あの……大丈夫、ですか?」

 

 再び声をかけられ現実に意識を戻す。

 

「あ、はい。大丈夫で……」

「ほおぁあああああああああああああっ!?」

 

 ビュッ! と俺の横を何かが通り過ぎていった。

 

「………………はぁ?」

 

 その物体はなにやら赤かった。その物体は人の形をしていた。横を見てみる。先程まで一緒にいた友がいなくなっていた。

 

 Q.あの赤かった物体はなんですか?

 A.友達のベル・クラネル君です。

 

「ヴァレンシュタインさん、助けていただいてありがとうごさいました! 失礼します!」

 

 体を直角に折り、お辞儀をし、その後全力でベルの後を追う。

 

 今ならまだ間に合うはずだ!




主人公のスキルについては次の話で出したいと思います。

ご意見、ご感想、ご批判お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ギルドにて

謝罪。【ステイタス】紹介までいけませんでした。すいませんでした!

次こそは必ず紹介します!


 結局、追い付けなかった。【ステイタス】には結構自信があったのだがいかんせん、あいつが周りを見ずに走るものだから終始つかず離れずだった。やはり人間、何かに集中すると実力以上の力を発揮するんだな。

 

 で、結局血まみれの赤い物体ことベルはダンジョンからギルドまで全力で走ってしまった。ああ、こうなることを防ぎたかったんだけどなー。

 

 まあ、理由は単純で血まみれで街を走るような知人を持ちたくなかっただけだ。

 

  明日から他人のフリでもしようかなー、とか思ったけど、そうすると明日からパーティになってくれる人がいなくなってしまうため、明日も彼とダンジョンだ。

 

「て、訳なんですよ、ミィシャさん」

 

「へー、大変だねー」

 

 と、俺の担当アドバイザーのミィシャ・フロットさんは相槌をうった。

 

 ちなみに今俺が何をしているかというと、ベルを待っているのである。ベルの所属している【ヘスティア・ファミリア】は構成メンバーがベル1人という始まったばかりの【ファミリア】だ。そのため、ダンジョンの知識や心構えは全て担当アドバイザーのエイナ・チュールさんに教わっている。さらにエイナさんはとても冒険者思いの人で新人のベルに懇切丁寧にアドバイスしてくれるそうだ。そのため、何かと時間が掛かる。

 

 俺は【ファミリア】に先達がたくさんいるし、アドバイスもそこそこなのであまり時間がかからない。

 ミィシャさん曰く、トキ君は全く手がかからない、らしい。

 

 ちなみにのちなみに、ベルを待っているのは今日のダンジョンでの分け前を渡すためだ。俺とベルは別々の【ファミリア】に所属しているため、きちんと換金したお金をわけないといけないんだ。

 

「……お待たせ」

 

「ああ、ようやくきた……なんか元気ないな?」

 

「……ああ、うん、ちょっとね」

 

 エイナさんと共に戻ってきたベルはあからさまに元気がなかった。まあ、ベルは単純だし、何かいいことがあればすぐに元気になるだろう。

 

「とりあえず、はい今日の分け前」

 

「……うん、ありがと」

 

 のろのろとした動作でお金を受け取るベル。

 

「1200ヴァリスか……」

 

「まあ、今日はあまりダンジョンに潜ってられなかったしな。ちなみに俺も1200ヴァリス」

 

 そう言って今日の稼ぎを見せる。この行動の意味はベルに俺は分け前を偽ってないよ、というアピールである。本来なら換金する場をベルに見てもらうのが一番なのだが今日は話が長そうだったのと、俺が魔石の欠片を持っていたのが理由で先に換金してしまったのだ。

 

「それじゃあ解散するか」

 

「うん、明日も同じ時間でいい?」

 

「ああ、またよろしくな」

 

 

 

 

「……ベル君」

 

「あ、はい。何ですか?」

 

 帰り際、見送りにきたエイナさんにベルが引き止められていた。ちなみに俺はない。しかし、美人の見送りって………………べ、別に羨ましくなんかないんだからね!

 

 まあ、それはさておき。こっそり聞き耳を立ててみる。

 

「あのね、女性はやっぱり強くて頼りがいのある男の人に魅力を感じるから……」

 

 驚いた、エイナさんはむしろ頼りがいのないまさにベルみたいな人が好みだと思っていた。

 

「えっと、めげずに頑張っていれば、その、ね?」

 

 ベルは真剣にエイナさんの話に耳を傾けている。こんな真面目なベルは初めて見たかもしれな。

 

「……ヴァレンシュタイン氏も、強くなったベル君に振り向いてくれるかもよ?」

 

 ああ、なるほど。さっきの話はベルの恋愛相談だったんだ。でアドバイザーとして現実を見ろとアドバイスしたんだ。それでさっきのベルは落ち込んでいたのか。で、今はアドバイザーとしてではなく1人の知人としてのアドバイスと。

 

 ……本当にいい人だなエイナさん。

 

 その言葉を聞いたベルは顔をみるみるに笑顔にさせる。勢いよく駆け出した後、すぐに振り返り、叫んだ。

 

「エイナさん、大好きー!」

 

「……えうっ!?」

 

「ありがとぉー!!」

 

 エイナさんの顔が真っ赤に染まる。ベルは笑いながらその場をあとにした。しばらくぼーっとしているエイナさん。これは声をかけないと再起動しなさそうだ。

 

 顔がニヤニヤと笑顔になるのを抑えられないままエイナさんに近づく。

 

「しかし、今のって」

 

  バッ! とエイナさんが俺の方をむく。そんな彼女に対し満面の笑みを浮かべてこう言った。

 

「聞きようによっては告白ですよね」

 

「な、な、な、な」

 

  素早く身をひるがえし帰路に付く。

 

「と、年上をからかうんじゃなーい!!」

 

  エイナさんの怒号を無視しながら。




ご意見、ご感想、ご批判よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【ステイタス】

 それなりの広さを持ちそれなりに外観を飾りそれなりに存在感を放つ石造りの館。それが俺が所属する【ヘルメス・ファミリア】のホームだ。

 

 総合するとそれなりの建物という評価が付くが、実は造りはしっかりしていて、小さな砦くらいの頑丈さがある。一見大したことなさそうだが中身はとんだ食わせもの。まさにこの館の主神みたいだなー、という感想を持ちながら、ホームに入っていく。

 

「あ、おかえり。早かったね」

 

「ただいま、メリルさん」

 

 ホームに入ってばったりと、 小人族(パルゥム)の女性と出くわした。メリルさんはこの【ファミリア】に所属する人で俺の先達の1人。魔法の威力ならこの【ファミリア】1、2を争うほどの実力者だ。

 

「ヘルメス様は?」

「奥の部屋にいるよ」

「ありがとございます」

 

 メリルさんにお礼を言い、早速奥の部屋に向かう。

 目的の部屋の前にたどり着き、ノックする。

 

「ヘルメス様、トキです」

「ん? ああ、入っていいよ」

 

 木製の扉を開け、中に入る。そこに目当ての(人物)はいた。

 

 この部屋を一言で表すのなら地図の部屋。様々な地図に囲まれながら目的の人、ヘルメス様は1人チェスをしていた。その手を止め、彼は俺に向き直る。

 

「早かったね、何かあったのかい?」

「5階層でミノタウロスに追いかけ回されました」

 

 空気が、凍った。

 

「……ミノタウロスって、あのミノタウロス?」

「はい、牛面、人型の魔物で本来なら『中層』に出てくるミノタウロスです」

 

 あ、来るな、と思いながら自分が体験したことの端的を話す。予想を裏切らず、ヘルメス様は大笑いしだした。

 

「ははははは、ははははは! ミ、ミノタウロスって、ははははは、ははははは!」

「わ、笑うのはいいですけど、こっちは死にかけたんですからね!」

 

 急に恥ずかしくなり、主神に言い返す。ヘルメス様はひとしきり笑うと目に涙をためながら、席を立つ。

 

「なるほどねー。それでこんなに早かったんだ。じゃあ今日の【ステイタス】更新しちゃうか」

「はい、お願いします。今日はさんざん走り回ったから敏捷の伸び具合には自信がありますよ」

 

 上着を脱ぎ、部屋にあったソファに寝そべる。ヘルメス様が懐から針を取りだし、自らの指を刺す。すかさず俺の背中に指を滑らせ、刻印を施していく。

 冒険者は少なくともどこかの【ファミリア】に所属し、そこの主神に【ステイタス】-『神の恩恵』を授かる。この地上にて神々が唯一行使することを許される『神の力』。授けた者の歴史を刻みその経験にあった能力を引き出す奇跡の力。

 

 ……どうでもいいけど初めて【ステイタス】を刻まれた時、神様の血も赤いんだなー、て思った。ヘルメス様とか見てるとなんか黄色とか緑色とか想像してたから地味に驚愕だった。

 

【ステイタス】を更新させられながら今日あった出来事の詳しい内容を話す。こういった話はヘルメス様の、というか神々の大好物だ。俺も話すのが好きだ。俺の中ではヘルメス様は恩人であり、恩師であり、父親みたいな存在だ。絶対口では言わないけど。絶対。

 

「終わったよ。んー、やっぱり敏捷が凄いなー」

 

 上着を羽織、ヘルメス様が用意した俺の【ステイタス】が写された用紙を見る。ちなみに共通語(コイネー) ではなく神々が使う【神聖文字(ヒエログリフ)】で書かれている。理由としては【神聖文字】の読みの練習だ。人間学んだことがいつ役に立つかわからないから出来るだけ多くの経験をしとけ、というのがヘルメス様の持論だ。

 ちなみに他の人はこういったことはしてないらしい。つまりこんなことされるのはこの【ファミリア】で俺だけだ。解せぬ。

 

 まあそんな事より、【神聖文字】を解読した俺の新しい【ステイタス】は……

 

  トキ・オーティクス

  Lv.1

  力:H103→H105 耐久:I15→I16 器用:H126→H130 敏捷:H130→H154 魔力:G214→G225

《魔法》

【インフィニット・アビス】

 ・スキル魔法。

 ・『神の力』の無効化。

 ・詠唱式【この身は深淵に満ちている 触れたものは漆黒に染まり 映るものは宵闇に堕ちる 常夜の都、新月の月 我はさ迷う殺戮者 顕現せよ 断罪の力】

《スキル》

【果て無き深淵】

 ・スキル魔法。

 ・『神の力』の無効化。

 

 まあ、順当な【ステイタス】だ。若干魔力の伸びがすごいが。

 

「君を見てると本当に飽きないな」

 

 ヘルメス様がニコニコしながら言ってくる。まあ理由はわかっているが。

 

 スキル魔法。スキルと魔法の欄を1つずつ埋めているものだ。

 

【インフィニット・アビス】、【果て無き深淵】。この2つは実際には同一のものだ。ただ【インフィニット・アビス】は詠唱すると威力や質量が10倍ほどに跳ね上がる。物心つく前から持っていたスキル魔法。これの最大の特徴は『神の力』の無効化。つまり、相手の【ステイタス】を無視して攻撃することができる呪いの加護。俺が暗殺者時代に冒険者を殺すことができた最大の理由だ。

 

 ちなみに無効化であって無力化ではない。無力化だとそもそも俺に【ステイタス】を刻むことすら出来なくなる。

 

 こんな【ステイタス】だから俺はいつまでたってもベルの前で本気が出せない。出してしまうとベルが不信に思い、そこからこのレアスキルが露見してしまう可能性があるからだ。……まあ、あいつに限ってそれはないと思うけど。

 

「では、ヘルメス様。失礼します」

「ああ。君の成長、楽しみにしてるよ」

 

 ヘルメス様にお辞儀し、部屋を出ようとする。

 

「ああ、そういえばトキ」

 

 扉に手をかけたところでヘルメス様に声をかけられた。

 

「なんですか?」

「君とパーティを組んでいる子、なんて名前だったかな?」

 

 ヘルメス様は俺に対しては何かと過保護だ。俺の身の安全をそれとなく気にかける。その理由が親心なのか、俺に何かしらの価値を見出だしているのかはわからないが。

 

「【ヘスティア・ファミリア】のベル・クラネルというヒューマンです。」

「……ベル・クラネル?」

 

 すると、ヘルメス様の雰囲気が変わった。

 

「間違いないのかい?」

「はい」

 

  返事をするとヘルメス様は何やら考え出した。ベルを知っているのか?

 

「トキ」

「はい」

「その子、絶対に手放すなよ」

 

  いつになく真剣に下される、主神の命令。それに対し俺は口端を釣り上げ……

 

「もとよりそのつもりです」

 

 と返答する。ヘルメス様もその言葉に口元を緩めた。

 

「それは良かった。そうそうついでにアスフィを探して来てくれ」

「どこかに出かけるんですか? 確か次の『神会(デナトゥス)』には出席するって言ってましたよね?」

「今回はすぐ戻ってくるさ」

 

  そういうとヘルメス様は何やら準備を始める。この人の行動(わがまま)はいつも突然だ。そしてそれに付き合わされるのが我が【ファミリア】団長、アスフィ・アル・アンドロメダだ。

 

  心の中で彼女に同情しながら俺は部屋を後にした。




【果て無き深淵】は鋼の錬金術師に登場するホムンクルス、プライドの能力をイメージしました。まああんなにチートではないですけども。というかそれをしてしまうとただの俺TUEEEE! になってしまいますから。ちなみに弱点もあります。それはまた後の話で。

ご意見、ご感想、ご批判お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夜が明けて

サブタイトルを考えるのがこれほど難しいとは……!


 俺、トキ・オーティクスは朝が早い。これはヘルメス様と一緒に世界を旅していた頃より以前、暗殺者時代からの習慣だ。朝、早く起きて、訓練をする。1日でも早く憧憬(ゆめ)にたどり着きたいが、無理なものは無理だ。だから早起きして健康な体を保ち、訓練によって実力を積み上げる。これが一番早く、かつ確実に夢を叶える方法だと俺は信じてる。

 

 太陽がまだ顔を現さない、午前4時。ベッドから抜け出し、洗面所に向かう。顔を洗い、運動着に着替え、庭に出る。

 

  俺が住んでいるのは【ヘルメス・ファミリア】のホームではない。オラリオ東部にある少し豪華な一軒家(小さな庭付き)だ。ヘルメス様と旅をしていた時、様々なところでお金を稼ぐ機会があり、いろいろやっていたらいつの間にかとんでもない額になっていた。ヘルメス様との旅も終わり、オラリオに根を下ろすようになってから【ファミリア】に還そうと思ったのだか……

 

「いや、いいよ。君はまだ冒険者じゃないだろ? それは君が稼いだ金だ」

 

 と、言われ結局丸々残ってしまい、意を決して購入したのがこの家だ。

 

 閑話休題。

 

 庭に出たら、まずは軽くストレッチ、その後影から短剣を取りだして素振りをする。

 

 俺のスキル【果て無き深淵(インフィニット・アビス)】は無生物なら収納する能力がある。大きさは最大小さな馬車くらいまで。容量は現在不明である。

 

 と言うかこのスキル、俺でもわからない点が数多く存在する。ヘルメス様に聞いてみたがヘルメス様も分からず、いろいろと試行錯誤中なのだ。

 

 再び閑話休題。

 

 一通りの訓練が終わったら家に戻り、朝食にパンを食べながら装備を装着する。

 

ベルの前では今のところスキルは使っていない。同じタイミングで冒険者になった俺がスキルを発現させたとなると怪しまれるかもしれないからだ。……まあむしろ、怪しむ前に目をキラキラさせて根掘り葉掘り聞かれそうだから話してない、というのが本音だけど。

 

 支度を整え、戸締まりの点検をし、家に鍵を掛ける。

 

「いってきます」

 

 返事が帰ってこないことを承知でそう呟いた。

 

 ------------------------

 

「ん!?」

 

 ベルとの待ち合わせ場所に向かう最中、視線を感じた。しかし……

 

「あそこ、からだよな?」

 

 視線を感じたのは街のシンボル、白亜の塔バベルの最上部からだった。あそこには一部の神が住んでいるだけだが……

 

「あんなところに住む神が俺になんの用だ?」

 

 しばらく考えてみたが……神の考えなんていちいち考えてたら切りがない、と考え直し待ち合わせ場所に急いだ。

 

 ------------------------

 

「はっ!」

「せあ!」

 

 迫りくるコボルトを右の短剣で葬る。その後ろにまたコボルト。

 

「ああ、もう! なんでコボルトが群れてんだよ!」

「僕が知りたいよ!」

 

 犬頭の人型モンスター、コボルトに囲まれながら愚痴をはく。そもそもコボルトは通常1、2匹で徘徊している。それが8匹も一緒に行動しているんだから何かおかしい。

 

 昨日のミノタウロスといい、やっぱりヘルメス様に拾われた時に人生の運全部使っちゃったかな?

 

 とりあえず、ベルと2匹ずつ倒し、残り4匹。

 

「そっちの2匹頼むぞ!」

「うん!」

 

 しかし俺は1人じゃない。俺もベルも駆け出し冒険者。連携もまだできないけど、それでもこれくらいの相手なら背中を任せられるくらいには強くなったし、信頼している。

 

『シャアッ!』

 

「おっと」

 

 右のコボルトの爪を短剣で防ぎ、連携で迫ってくる左のコボルトに蹴りを叩き込む。運よく顔に当たり、その勢いで首が折れる。

 

『グェ!?』

 

「よそ見禁止だっての!」

 

 仲間がやられたことに動揺した隙を見逃さず、短剣で喉笛をかき斬る。2匹のコボルトが絶命したのを確認し、振り向く。

 

「ふぅ、あ、そっちも終わった?」

「ああ、ちょうど終わった」

「それじゃあ『魔石』の回収しちゃおっか」

 

 そういうと、自分が仕留めたコボルトに向かう。俺も自分が仕留めたコボルトに近づき、その胸をえぐる。この作業も半月もやっていれば慣れたものだ。胸部の『魔石の欠片』を取りだし、腰の袋に入れる。ちなみにこの『魔石』、【果て無き深淵】の中には容れられない。ベルがいないところで試してみたがどうやっても入らなかった。

 

 ふとベルの方を見てみると鼻歌を歌いながら作業をしていた。

 

「なんだか嬉しそうだな?」

 

 作業する手を休めずに声をかける。

 

「うん。僕ってさ【ファミリア】で先輩も仲間もいないから最初は1人でやるんだって思ってたんだ。けどトキのお陰でいろいろ勉強になるし、こう、なんていうの? パーティプレイっていうのが実感できるんだ。ほら、さっきみたいな場面とかさ!」

「ああ、確かに。……お、ドロップアイテム!」

「え! うそ!」

「よっし! いやー、俺の運もまだまだ捨てたもんじゃないな!」

 

 ドロップアイテムにテンションを上げつつ、作業を続ける。すると……

 

『ガアアッ!!』

 

 目の前に新しいモンスターが現れた。

 

「ちっ! ベル! 作業中断!戦闘態勢!」

「わ、わかった!」

 

  急いで立ち上がり、ベルと共にモンスターに突っ込んで行った。

 

 -----------------------

 

「そういえばさ、トキはなんで僕とパーティを組んでくれたの?」

「ああ、俺の【ファミリア】って俺以外みんな結構実力者ばかりなんだ。だからパーティーを組むとバランスがとれないんだ。ベルとパーティを組んでいるのは……まあ、1人じゃいざというときに対処できないこともあるし、何より一緒にスタートするやつがいるなら一緒ににやりたい、て思ったからなんだ」

「へー…………あ、そうだ。今日、シルさんって人のお店で夕飯を食べるんだけど良かったら一緒に行かない?」

「シルさんって言えば…………ああ、『豊穣の女主人』か! なかなかいいチョイスするな! でもあそこって今の俺達の稼ぎだとちょっと高いぞ?」

「え、そうなの?」

「知らなかったのかよ……まあ、いっか。とりあえずペースあげるぞ!」

「うん!」

 




次はいよいよヒロイン登場! になるかな?

ご意見、ご感想、ご批判お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『豊穣の女主人』

 太陽が今まさに西の空に沈もうという時間。俺はぽつんと、1人ある店の前で立っていた。『豊穣の女主人』。ドワーフの女性が店主をやっている冒険者の間では人気の酒場だ。人気の理由はいくつかあるがまあ、それは今のところ置いておこう。

 

 なぜ、俺がここに立っているかというと……

 

「お、来た来た。おーい、ベルー!」

「あ、トキ!」

 

 と、まあベルを待っていただけだ。

 

「ごめん、待たせた?」

「いや、そんなに待ってない」

 

 一言二言話しながら店に入る。すると……

 

「あ、ベルさん!」

 

 ヒューマンのウエイトレスが近づいてきた。

 

「…………やってきました」

「いらっしゃいませ! ……あれ、トキさん?」

「こんばんは、シルさん」

「あれ? 二人は知り合いなの?」

「まあ、何回か来たことはあるな」

 

 するとシルさんは澄んだ声を張り上げた。

 

「お客様2名はいりまーす!」

 

 シルさんの後に体を縮こませたベルが続き、その後ろを俺が続く。と、いうかベル、目立ちたくないんだろうけどそんな態勢だと逆に目立つぞ?

 

「では、こちらにどうぞ」

「は、はい……」

 

 案内されたのは店の隅のカウンター席だった。角の席にベルが座り、そのすぐ近くの席に俺が座る。

 

「アンタがシルのお客さんかい? ははっ、冒険者のくせに可愛い顔してるねぇ!」

 

 席についたところで店主のミアさんに声をかけられた。

 

「何でもアタシ達に悲鳴を上げさせるほど大食漢なんだそうじゃないか! じゃんじゃん料理を出すから、じゃんじゃん金を使ってってくれよぉ!」

「ぶっ!」

 

 おもいっきり吹いた。ベルを見る。びっくりした顔をして、ばっと背後にいるシルさんを見る。あ、シルさんが目を逸らした。

 

「ちょっと、僕いつから大食漢になったんですか!?僕自身初耳ですよ!?」

「……えへへ」

「えへへ、じゃねー!?」

 

 い、いかん、ここでベルを笑ったら可愛そうだ。肩を揺らし、必死に笑いを押し殺す。

 

「その、ミアお母さんに知り合った方をお呼びしたいから、たっくさん振る舞ってあげて、と伝えたら……尾ひれがついてあんな話になってしまって」

 

「絶対に故意じゃないですか!?」

「私、応援してますからっ」

「まずは誤解をといてよ!?」

「や、やっぱむり。あははははは!!」

「僕絶対大食いなんてしませんよ!? ただでさえうちの【ファミリア】は貧乏なんですから!」

 

「……お腹が空いて力がでないー……朝ごはんを、食べられなかったせいだー」

「止めてくださいよ棒読み!? ていうか、汚いですよ!?」

「あははははは、ははははは!!」

「ていうか、トキは笑いすぎ!」

 

 いやー、お腹痛い。こんなに笑ったのは久しぶりかもしれない。

 

「あーおかしかった。まあ、ベル。いざとなったら俺のへそくり使うから好きなだけ食べていいぞ」

「……まあ、頑張ってみるけどさ」

 

 本当に女性に弱いなお前。

 

 それから俺達は次々出てくる料理を楽しんだ。ベルはシルさんとおしゃべりしていたが、まあ邪魔するのも野暮だからミアさんに近況の報告などをした。

 

 すると……

 

『……おい』

『おお、えれえ上玉ッ』

『馬鹿、ちげえよ。エンブレムを見ろ』

『……げっ』

 

 突然店がざわつき出した。何事かと思って振り返ってみる。そこにはあの【ロキ・ファミリア】の一同がいた。

 

 ベルはしばらく【ロキ・ファミリア】……というかヴァレンシュタインさんを見ていたが真っ赤になってカウンターに伏せた。

 

「……ベルさーん?」

 

 シルさんが声をかけているが、構っている余裕はなさそうだ。

 

「よっしゃあ、ダンジョン遠征みんなごくろうさん! 今日は宴や! 飲めぇ!!」

 

 主神であるロキ様のもと、【ロキ・ファミリア】の宴が始まった。

 

「【ロキ・ファミリア】さんはうちのお得意様なんです。彼等の主神であるロキ様に、私達のお店がいたく気に入られてしまって」

 

 まあ、俺もこのお店を知ったのは【ロキ・ファミリア】の友人からだけど。

 

 それからベルは目を皿のようにしてヴァレンシュタインさんを見つめていた。まるで夢心地のような表情に先程とは違う意味で笑みがこぼれる。

 

 宴が半ばに差し掛かったころ、ヴァレンシュタインさんのはす向かいの狼人(ウェアウルフ)が声を張り上げた。

 

「そうだ、アイズ! お前のあの話を聞かせてやれよ!」

「あの話……?」

 

 ヴァレンシュタインさんは心あたりがないのか首を傾げる。

 

「あれだって、帰る途中で何匹か逃がしたミノタウロス! 最後の1匹、お前が5階層で始末しただろ!? そんで、ほれ、あん時いたトマト野郎どもの!」

 

 突然、頭に冷水をかけられた錯覚に襲われた。

 

「ミノタウロスって、17階層で襲いかかってきて返り討ちにしたら、すぐに集団で逃げ出していった?」

「それそれ! 奇跡みてぇにどんどん上層に上がっていきやがってよっ、俺達が泡食って追いかけていったやつ!こっちは帰りの途中で疲れていたのによ~」

 

 耳を塞ぎたくなる衝動に駆られる。しかし、なぜか腕は動かない。

 

「それでよ、いたんだよ、いかにも駆け出しっていうようなひょろくせぇ冒険者(ガキ)どもが! 抱腹もんだったぜ、兎みたいに壁際へ追い込まれちまってよぉ! 1人は立ち向かおうとしてたんだが、もう1人は可哀想なくらい震え上がっちまって、顔をひきつらせてやんの!」

 

 身体中が火であぶられたように熱くなる。

 

「ふむぅ? それで、その冒険者どうしたん? 助かったん?」

「アイズが間一髪ってところでミノを細切れにしてやったんだよ、なっ?」

「……」

 

 ヴァレンシュタインさんは……答えない。

 

「それでその震えてた方、あのくっせー牛の血を全身に浴びて……真っ赤なトマトみたいになっちまったんだよ!」

「うわぁ……」

「アイズ、あれ狙ったんだよな? そうだよな? 頼むからそうと言ってくれ……!」

「……そんなこと、ないです」

「それにだぜ? そのトマト野郎、叫びながらどっか行っちまってっ……もう1人にも逃げるように走り去られて……ぶくくっ! うちのお姫様、助けた相手に逃げられてやんのおっ!」

 

 どっと笑いに包まれる店内。その反対側にいる自分たちは大きな壁に隔たれているような気がして。

 

「しかしまぁ久々にあんな情けねぇヤツラを目にしちまって、胸糞悪くなったな。1人は泣くし、もう1人は実力も考えないで立ち向かおうとするし」

「……あらぁ~」

「ほんとざまぁねぇよな。ったく、実力がわからないくせに立ち向かおうとするわ、あげくのはてに泣きわめくわ。そんなことするんじゃ最初から冒険者になんかなるんじゃねぇっての。ドン引きだぜ、なぁアイズ?」

 

  今すぐあの口を塞ぎたい。けどなぜかそれができない。

 

「ああいうヤツラがいるから俺達の品位が下がるっていうかよ、勘弁して欲しいぜ」

 

 だんだんと周囲の、音が消えていく中、あの狼人(ウェアウルフ)の声だけが不思議と耳の中に入ってくる。

 

「おーおー、流石エルフ様、誇り高いこって。でもよ、そんな救えねぇヤツラを擁護して何になるってんだ?」

「それはてめえの失敗をてめえで誤魔化すための、ただの自己満足だろ? ゴミをゴミって言って何が悪い」

「アイズはどう思うよ? 自分の目の前で震え上がるだけの情けねぇ野郎どもを。あれが俺達と同じ冒険者を名乗ってるんだぜ?」

「何だよ、いい子ちゃんぶっちまって。……じゃあ、質問を変えるぜ? あのガキどもと俺、ツガイにするなら誰がいい?」

「ほら、アイズ、選べよ。雌のお前はどのの雄に尻尾振って、どの雄に滅茶苦茶にされてえんだ?」

「……じゃあ何か、お前はあのガキどもに好きだの愛してるだの目の前で抜かされたら、受け入れるってのか?」

「はっ、そんな筈ねえよなぁ。自分より弱くて、軟弱で、救えない、気持ちだけが空回りしてる雑魚野郎に、第一級冒険者(お前)の隣に立つ資格なんてありはしねぇ」

 

 

「雑魚じゃあ、第一級冒険者(アイズ・ヴァレンシュタイン)には釣り合わねえ」

 

 

 

 ガタンッと、椅子が倒れる音がした。視界の隅でベル(白い何か)が横切っていく。

 

「ベルさん!?」

 

 追いかけていくシルさんを端にとらえつつ、影からお金を出す。

 

「ミアさん、これお勘定。あいつの分も」

「いいよ、あんたの分だけで」

「いや、もともと俺が払うことになっていたからさ」

 

 渋々ミアさんは()()()()()()()()を受け取ってくれた。立ち上がって踵を返し、走り出したい気持ちを抑え、早歩きで店を横切る。と……

 

「待って!!」

 

  服の袖を捕まれた。振り返って見ると……

 

「……レフィーヤ」

 

  俺の友人、レフィーヤ・ウィリディスがいた。




ぐっ、ギリギリで登場させられた……。というかこれでもいつもより3倍くらい長い。というか話が全然進まない。もう少し全体的に長くしてもいいのかな?

ご意見、ご感想、ご批判お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エルフ少女の心

今回はヒロインであるレフィーヤサイドからスタート!

原作のイメージを壊さないようにしつつ、頑張ります!


 ダンジョンからの遠征から帰ってきた翌日の晩。私達【ロキ・ファミリア】は恒例の遠征の打ち上げをやっていた。今回は到達階層こそ更新できなかったものの新種のモンスターとの戦闘などでとても大変な遠征だった。

 

 打ち上げ会場は西のメインストリートにある『豊穣の女主人』。料理もおいしく、楽しい雰囲気のお店だ。

 

 みるみるなくなっていくお酒や料理。忙しそうに働くウエイトレス達。とても楽しい時間が過ぎていった。

 

「そうだ、アイズ! お前のあの話を聞かせてやれよ!」

 

 ロキに遠征の話を聞かせていた時、狼人(ウェアウルフ)のベートさんがアイズさんに何かの話の催促をしていた。

 

 遠征帰りに襲ってきたミノタウロス達を返り討ちにした時の話だった。

 

 ベートさんの話によると、あのミノタウロス達の最後の1匹はなんと5階層まで逃げていったとか。

 

 そのミノタウロスを倒した時に駆け出しの冒険者の2人組を助けたのだとか。しかも今度はその2人に逃げられたと。

 

 とても堪えきれず笑ってしまった。

 

 そのあとベートさんはその冒険者達を悪く言い始めた。ベートは根っからの実力主義者で、悪い人ではないけど、お酒が入っていたこともあり、とてもひどい言い種だった。

 

 そして……

 

「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねえ」

 

 ベートさんがこう言った直後だった。店内の1人が勢いよく店を飛び出していった。

 

「ベルさん!?」

 

 その後をウエイトレスの1人が追いかけていき、さらにアイズさんもその人を追いかけていこうとした。私を含め店中が何が起きたかわからなかった。

 

「あぁん? 食い逃げか?」

 

「うっわ、ミア母ちゃんのところでやらかすなんて……怖いもん知らずやなぁ」

 

 ロキはそういうと外に出ていったアイズさんを連れ戻そうと外に出ていった。

 

 何気なくその人がいたであろう席に目を向けた。

 

「あっ」

 

 そこには知っている人の背中が見えた。いや、ただ知っているだけじゃない。3年前からいろいろ、それこそ冒険者の心得を一緒に考えてくれてた人だ。彼のお陰で私はLv.4(、、、)になることができたといっても過言ではない。自信がない私が【ロキ・ファミリア】の一員として堂々としていられるのも、彼のお陰だ。

 

 声をかけようかな? って思ったけど、今は【ファミリア】の打ち上げの最中だし、明日は確か彼のお店の日だからその時でいいかなと、思い目を逸らそうとした時だった。

 

 彼の表情が見えたのは。まだ見たことない、怒りという負の感情を隠そうともしない顔、それでいてどこか泣きそうな顔。

 

 なんで? と思った。そして1つの心当たりが見つかった。それは遠征に行く前日のことだった。

 

 ------------------------

 

「へー、明日遠征に出発するんだ」

「うん、だからまたしばらく来れないから」

「わかった。っていうかいいのかよ、遠征前日にこんなところに来て」

「うん。準備も終わったし、許可も取ってきたから」

「そっか。しかし明日かー」

「? 明日何かあるの?」

「ああ。俺、明日誕生日なんだ」

「え、嘘!」

「本当だよ。待ちに待った14才の誕生日だ」

「あっ、じゃあ……」

「ああ、ヘルメス様も帰って来てるし、念願の冒険者デビューだ!」

「よかったね!」

「おう! まあ冒険者になってもこの店は続けるつもりだけどな」

「なくなったらいろんな人が困るからね。というかそういうことはもっと早く言ってくれないと」

「え、何が?」

「誕生日! 言ってくれないとお祝いできないよ」

「あれ、言ってなかったっけ?」

「聞・い・て・ま・せ・ん! まったく、妙なところで抜けてるというか子供っぽいというか……」

「失敬な、俺はまだ子供だぞ」

「あなたみたいな子供が普通にいてたまるものですか!」

 

「いくらなんでもそれはひどいぞ……」

 

 ------------------------

 

 確証はない。そもそも多くの人が集まるこのオラリオで5階層でミノタウロスに会い、私達が打ち上げをするこのお店に同じ時間にいて、ベートさんがその話をする、なんて確率、それこそ0に等しい。

 

 でも、それでも。私は席を立っていた。お店を出ていこうとする彼の袖を掴む。

 

「待って!!」

 

 彼は止まって振り向いてくれた。

 

「……レフィーヤ」

 

 振り向いた彼の表情はさっきと変わらなかった。

 

「何か用か?」

 

 店中が再びざわめき出す。彼は辺りを見渡し……

 

「ここじゃなんだから外で話そうか」

 

 と無理に笑ってお店を出ていった。

 

 ------------------------

 

 日はすっかり沈んでいた。お店を出る時、ロキが何か言ってた気がするけど相手をしている余裕はなかった。

 

「トキ、あのさっきのベートさんの話……」

「ベート? ああ、彼が【凶狼(ヴァナルガンド)】か。なるほど噂通りの人だな」

 

 トキは笑っていた。誰が見ても明らかに無理をしているってわかる笑顔だった。

 

「彼が話していた冒険者ってのは俺とさっき出ていったやつのことだよ」

 

 心臓が握り潰されるような思いだった。

 

「あの、ごめんなさいっ!!」

 

  謝った。知らなかったとはいえ、その場に本人がいてそれを楽しく話して、笑ってしまったことに。

 

「別に謝ることじゃない」

「でも!」

「それにさ、俺は別にお前や【ロキ・ファミリア】の人達に怒ってるんじゃない。もちろん、話していた【凶狼(ヴァナルガンド)】でもない」

 

 彼の笑顔が消える。その顔はバベルの最上部を見つめていた。

 

「俺が怒っているのは、自分自身にだ」

「えっ?」

「俺さ、浮かれてたんだよ」

 

 その顔は懺悔するかのように寂しい色をしていた。

 

「念願の冒険者になって。ようやく目標に明快に1歩近づけたって浮かれてたんだ」

 

 ぐっ、とトキは拳を握り締めていた。

 

「トキ、その手……」

 

 彼の両手は拳の握りすぎで血に染まっていた。

 

「あの人の話を聞いて、否定したくて、でも出来なくて……。だからさ、それをわからせてくれたあの人に感謝こそすれ、憎むようなことはないよ」

「トキ……」

 

 トキの瞳が私を射ぬく。力強い、戦士の目だった。

 

「だから謝ることないよ、レフィーヤ」

「……うん、わかった」

 

 踵を返し、去っていく彼。その方向にあるのは……バベル。

 

「えっ」

「そうそう、明日は普通に店やるからよかったら来てくれよー!」

 

 そういうと、彼は走り去っていった。

 

 ------------------------

 

「おー、遅かったなレフィーヤ。あの少年と何話してたん?」

 

 お店に戻るとロキが話かけてきた。

 

「何でもいいじゃないですか」

「なんやつれないなー。あ、ひょっとしてさっきの少年、レフィーヤの男か?」

「だったらなんですか?」

「…………え、まじで?」

 

 固まるロキをしり目に視線をベートさんに移す。ベートさんはティオナさん達に縄で縛りあげられていた。あのリヴェリア様も彼の頭を踏んづけている。どうしてそんな状況になったかはわからないが、今、私はかつてないほど彼に怒りを感じていた。

 

 抑えきれない怒りをとにかくぶつけたかった。

 

「あ、レフィーヤ!」

「どうした? 先程誰かと話していたようだが?」

「はい、もう大丈夫です」

 

 ティオナさんとリヴェリア様に笑顔でそう返す。そして……

 

 

 

  ベートさんのお腹をおもいっきり踏みつけた。

 

 

 

「ぐほっ!?」

 

 リヴェリア様に頭を踏みつけられているにもかかわらずくの字に曲がるベートさんの体。

 

「レ、レフィーヤ……?」

 

 リヴェリア様の戸惑った声。

 

「てめぇっ!? なにす……」

「な・に・か・も・ん・く・で・も?」

 

 --その時のレフィーヤを見た【ロキ・ファミリア】の面々はこう思った。今のレフィーヤは自分たちが見てきたどのモンスターよりも怖い、と。

 

「な、なんでもないです……」

 

 急にしりごむベートさんを無視しつつ席に戻る。

 

 私が怒っているのは、怖かったからだ。もしあのとき、トキに拒絶の言葉を口にされていたら……

 

 そこまで考えて私は首を振った。

 

「ティオネさん」

「な、何?」

「私にもお酒ください」

 

 さっきまで団長のフィンさんにお酒を注いでいたティオネさんにそうお願いする。いつもなら渋るであろうティオネさんだが今回はなぜか素直に注いでくれた。

 

 ジョッキに注がれたそれを一気に飲み干す。

 

「もう一杯お願いします」

「レ、レフィーヤ? そんなに一気に飲まん方が……」

「ロキは黙っててください」

「…………はい」

 

 注がれたお酒をまたすぐに飲み干す。そしてまた注いでもらう。

 

 …………私はその後すぐに潰れた。

 

 ------------------------

 

「あーさっきのレフィーヤ、すごく怖かった」

「ああ、私もあんな彼女を見たのは初めてだ」

「そう言えばさ、ティオネ?」

「何?」

「なんでレフィーヤにお酒注いであげたの? てっきり私のお酒は団長のものよ! って言い返すと思ったのに」

「ああ、あれ? まあ、ね」

「なんで?」

「だってさっきのレフィーヤ……恋する乙女の顔をしてたもの」

 




いかがだったでしょうか? 自分ではまあまあのできだと思ってます。……思いたいなー。

この作品のレフィーヤはすでにLv.4です。誤字や勘違いではなくそういう設定です。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

親友

今回はベルサイド。原作キャラって難しい。


 地面を蹴り抜き、すれ違いざまにモンスターを切る。背後のモンスターが断末魔の悲鳴を上げ、崩れ落ちる。

 

 どれほどモンスターをそうしてきただろう。考えるよりも早く次なる獲物を求め、迷宮(ダンジョン)をさ迷う。

 

 あの言葉を聞いて、惨めな自分が恥ずかしくて、笑い種にされ侮蔑され失笑され、挙げ句の果てには庇われるこんな自分を僕は初めて消し去ってしまいたいと思った。

 

 青年の言葉を否定出来なくて、言い返すことすら出来なくて、彼女にとっては路傍の石に過ぎなくて、そんな自分がたまらなく許せなかった。

 

『ゲェ、ゲェ』

 

 新たにモンスターを見つける。巨大な単眼を持つ蛙のモンスター、『フロッグ・シューター』。それに向かって地面を蹴り抜こうとし……その横を何かが横切った。

 

『ィィアッ!?』

 

 崩れ落ちるモンスター。それを視界の端で捉えながら自分の横を通りすぎていったものを確認する。

 

「あっ」

 

 知っている背中だった。冒険者になって、いつも見てきた背中だった。先程の酒場でも一緒だった。友達の背中だった。

 

 自分と同じ、防具の1つも纏っていない私服姿。あちこちにモンスターの爪や牙の掠めた跡が残っており、その全身は雨にでも降られたのかわずかに濡れていた。

 

「っ!!」

 

 沸いてきたのは怒りだった。ずんずんと彼に近づき、その胸ぐらを掴む。

 

「邪魔しないで!」

 

 怒りのまま当たるように声を張り上げた。

 

「邪魔なんかしてねぇよ」

 

 顔を伏せたまま彼は答えた。

 

「僕は強くならなくちゃいけないんだ! 何をすればいいかじゃない、何もかもしなければならないんだ! それを邪魔するんだったら……」

「うるせぇよ」

 

 大きな声じゃなかった。むしろささやくように小さく、けど自然と耳に入ってくるような声だ。

 

「あの酒場での言葉、自分に怒りを感じているのが自分だけだと思ってるのか?」

「っ」

 

 顔を上げたトキの表情は怒りと悔しさが溢れていた。まるで鏡を見ているかのようだった。

 

「邪魔はしてない。さっきのは俺の八つ当たりだ」

 

 目に涙を貯め、歯を食い縛り、震える声でそう言った。

 

「……いい加減離せよ」

「……ごめん」

 

 腕を離す。服の乱れを整え、右手の短剣を握り直す。

 

「まあいい。それよりもベル、ちょっと俺の八つ当たりに付き合え」

 

 僕から目を逸らし、辺りを見渡す。その姿は先程の僕のように次なる獲物を探していた。

 

「いいよ。その代わり僕の八つ当たりにも付き合ってよ」

「いいぜ」

 

 トキのお陰で身を焦がしていた熱も少し下がり、理性がよみがえってくる。

 

(ここ、どこだろう?)

 

「6階層だ」

 

 まるで僕の考えを読んだような発言。ちょっとビックリした。

 

「なんで僕の考えていることがわかったの?」

「お前は分かりやすい」

 

 まあ、確かによく嘘が下手だと言われるけど。

 

「それと、ほれ」

 

 言うとトキの影からナイフが飛び出してきた。あわててキャッチする。

 

「そのナイフ、もうぼろぼろだろ。そんな装備じゃすぐにくたばっちまうぞ」

 

 おとなしくナイフを渡す。受け取ったそれを足元に落とすと彼の影が飲み込むようにナイフが消えた。

 

「今の何?」

「生き残ったら教えてやる。来るぞ」

 

 トキが言った直後だった。ビキリ、と何かが割れるような音がした。

 

「────」

 

 ビキリ、ビキリと【ステイタス】によって強化された五感がその不穏な音を拾っていく。薄緑色に染まった、ダンジョンの壁面。そこから壁が破れた。

 

「あれは……」

 

 現れたのは『影』だった。身の丈は僕達と同じくらい。その体躯は頭から足先まで黒一色で限りなく人間に近いシルエットをしている。唯一、十字の形を描く頭部に顔面と思わしき手鏡のような真円状のパーツがはめ込まれている。

 

「『ウォーシャドウ』……」

「はっ、俺への当てつけのつもりか?」

 

 得物を握り直し、構える。がしゃりっ、と後方からも音が上がった。振り向くとそこにはもう1体のウォーシャドウが産まれ落ちていた。それを機に次々と産まれ落ちるウォーシャドウ達。

 

 自然と背中合わせになっていた。

 

「後ろ、任せるぞ」

「そっちもね」

 

 どこまで出来るかわからない。けどその信頼がたまらなく嬉しかった。

 

「「ッ!!」」

 

 僕達は同時に駆け出した。

 

 ------------------

 

「生き残れた……」

 

 何度も危ない場面に会いながら、それでも冒険者になって半月の僕達が6階層で戦い、不思議なことに生き残ることができた。

 

「ああ、そうだな……」

 

 隣で肩を借りているトキがそう呟いた。いや、この場合は肩を貸しているのかな? お互いがお互いに寄りかかっているようなそんな状態だった。

 

 お互いぼろぼろだった。傷は塞がっているが至るところから血が流れた跡があり、服も見る影もないくらいぼろぼろだった。

 

 今はダンジョンから僕のホームへ帰る途中だった。けど、お互いふらふらだからなかなか進まない。

 

「あ、そういえばナイフ返すよ」

「ん? ああ」

 

 持っていたナイフを返す。それを受け取ったトキはそれをまた足元に落とした。消えるナイフ。そして、表現しがたい音とともに別の……僕が護身用に持っていたナイフが黒い触手のようなものに捕まれ出てきた。

 

「ほい」

「ありがとう。……それ何?」

「ああ、俺のスキルだ」

 

 と、あっさりと答えは帰ってきた。

 

「隠してたんだけどな。……物心つくより前、それこそ生まれた時から身に付いていたもんだ」

 

 言葉を失った。生まれた時から。彼は確かに言った。

 

「俺はさ、もともと暗殺者だったんだ」

 

「親はいない。生きているのか、死んでいるのかもわからないし、気にしたこともない」

 

「育て親はどうしようもないクズだった。孤児院をやる傍らその子供達を暗殺者として育てる」

 

「子供達もそれしか教わらないから、それが常識だと思ってただひたすらに訓練を重ねていった」

 

「俺はその中でも特に優秀だった。飲み込みも誰よりも早かったし、このスキルのお陰で冒険者すら殺していった」

 

「俺が初めて人を殺したのは5才の時だった。育て親に言われた大人をこのスキルで殺した」

 

「言われるままに殺した。それしか生き方を知らなかったからな」

 

「そんな生活が変わったのは8才の時だ。ある冒険者を殺そうとこの街に来た」

 

「三日月がきれいだった日だった。背後からのスキルを使った不意打ち。いつも通りにやった」

 

「けど、そこから反応された。不意打ちをかわされ、暗殺が戦闘になった」

 

「正直、結構自信はあった。暗殺が失敗して、戦闘中の暗殺っていうのも何回かあったからな」

 

「けど、相手はすごかった。圧倒的な【ステイタス】。その【ステイタス】に寄りかからない技の数々。数分だったか、数十分だったかわからないけど終始押された」

 

「倒れ伏し、死ぬかな? て思った。けど死ななかった。相手が見逃したんだ。その理由は今でもわからない。けど負けて悔しかった」

 

「同時に憧れた。世の中には、冒険者の中にはこんな凄い人がいるんだ、って。暗殺とは違う、純粋な技があるんだって」

 

「倒れて動けなくなっているところを、ヘルメス様に拾われた。あの時ヘルメス様が寄り道してなかったら俺は死んでいたと思う」

 

「それから3年間、ヘルメス様と【ファミリア】の団長の3人で世界中を回った。初めて行く場所、初めて見る物、初めてやる経験。何もかもが幸せだった」

 

「その後3年間、今度は【ヘルメス・ファミリア】で雑用係をやった」

 

「って言っても、【ヘルメス・ファミリア】って結構運営が適当だからあんまりやることなかったけどな」

 

「そこで俺は店を開いた。『深淵の迷い子』。まあ、大層な名前だけどようは何でも屋だ」

 

「ヘルメス様との旅の経験を活かして困っている人達を助ける。その見返りにその人の話を1つしてもらう」

 

「これの目的はただ単純に話が聞きたかったからだ。人の数だけその人の物語があり、その一部を聞くのは本の一話を読む感覚に近い、かな?」

 

「そんな経験をして、俺は半月前冒険者になって、お前と出会った」

 

  それはトキの今までの人生だった。波乱万丈で、時に苦しく、時に楽しい、僕が好きな英雄譚にも負けないくらいのお話だった。

 

「どうだ? 軽蔑したか?」

 

  しかし、彼はそんなことを言った。

 

「どうして?」

「中盤から終盤はともかくもともと俺は暗殺者だぜ? 怖くないのか?」

「全然」

 

 トキの目は僕を真っ直ぐ見つめていた。その目には怯えがあった。その目を見つめ返す。

 

「だって、今は違うんでしょ?」

 

 本心をそのまま口にした。トキは驚いた顔をして……そして笑った。

 

「ちょ、ちょっと! なんで笑うのさ!」

「いやーわりわり。しっかしあれだな。俺が女だったら今のでお前に惚れてたわ」

「か、からかわないでよ……」

 

「おい、なんでちょっと赤くなる。言っとくけど今の冗談だからな」

「わ、わかってるよっ」

 

 お互いふらふらの足取りで、それでも一緒に歩いていく。

 

「そういえばこの話をするのは初めてだな」

「そうなの?」

「ああ。暗殺者時代の話はヘルメス様にもしてない」

「へー、じゃあなんで僕に話したの?」

「んー、まあ、あれかな。共に死線をくぐり抜けた親友として、同じ日に冒険者になったライバルとして知って欲しかったのかな」

「親友でライバル……」

 

 胸にさっきまでとは違う熱い何かが込み上げてくる。

 

「なんか、かっこいいね」

「気が合うな」

 

 僕らは互いに笑いあった。

 

 ------------------

 

「ベル君!?」

 

 ホームに帰ってきた僕を神様は血相を変えて出迎えた。

 

「どうしたんだい、その怪我は!? まさか誰かに襲われたんじゃあ!?」

 

「いえ、そういうことは、なかったです……」

「じゃあ、一体どうして!?」

「……ダンジョンに、もぐってました」

 

 一瞬、神様がぽかんとした表情になった。

 

「ば、馬鹿!? 何考えてるんだよ!? そんな格好のままでダンジョンに行くなんて……しかも、一晩中!?」

「……すいません。でも1人じゃなかったです」

「なんだって?」

 

 神様が僕の後ろを見る。そこには僕と似たような格好のトキがいた。

 

「初めまして、ヘスティア様。【ヘルメス・ファミリア】所属、Lv.1の冒険者トキ・オーティクスと申します。ベルとはよく一緒にパーティーを組ませてもらってます」

 

「君がベル君をそそのかした……訳じゃなさそうだね。どうしてこんな事態になったんだい?」

「そうですね、言うなれば……若気のいたり、ですかね」

「はあ?」

 

 神様がものすごい顔になり……そして、ため息を吐いた。

 

「まあ、いいや。その辺のことはベル君に聞くよ。君ももう帰りたまえ。君もベル君と同じくらいひどい状態だからね」

「お気遣い感謝します」

 

 神様にお辞儀した後、今度は僕向き直る。

 

「じゃあベル、また明後日な。今日は無理すんなよ。あ、あと酒場の代金払っといたから後で返せよ。シルさんにも謝りにいけよな」

「うん、わかった」

 

 そうして、トキは帰っていった。




よ、4000文字オーバー。長い、長かったぞ……! 一気にやり過ぎたかもしれない。

次はオリジナル回です。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『深淵の迷い子』

「なるほど、あれがロリ神様か……」

 

 ベルを送り届け、自宅へ戻る最中、ふと先日聞いた噂を思い出した。その名も『ロリ神様の祟り』。なんでもとある神が魔石点火装置(ひのもと)の扱いを間違え、バイト先の露店を大爆発させたらしい。そしてその神こそがロリ神様ことヘスティア様だとか。

 

 ちなみに俺がその噂を知ったのは露店のおばちゃんに修理を手伝ってくれるよう、頼まれたからである。これでもヘルメス様に連れられて大工仕事をやらされた経験がある。

 

 

 トキ・オーティクス

 建造Lv.2

 日曜大工レベルなら何でも造ることができる。時間をかければ小屋レベルも造れる。

 

 

 ……今、なんか変なことを言われた気がする。まあ、それはさておき。

 

 先程も言ったが俺は現在、東ストリート近辺にある自宅に向かって杖(影から出した)をつきながら移動中である。

 

 体が重いし、正直かなり疲れているのだが、いかんせん今日は店をやるとレフィーヤに言った手前、近くの【ヘルメス・ファミリア】のホームに泊まることなく自宅に向かっている。

 

 店というのは先程、ベルに話した『深淵の迷い子(何でも屋)』のことだ。冒険者になった今でも3日に一度のペースで開いている。

 

 と、言ってもそれほど忙しい訳でもなく(ごくまれにものすごく忙しいときもあるが)、冒険者をしている傍ら、他の冒険者やオラリオに住む人々の話を聞いている。まあ、ヘルメス様が旅が趣味なのと一緒のような感覚である。

 

 太陽が顔を出し始めた。俺は疲れる体に鞭を打った。このくらい、人々から聞く話が聞けなくなるのに比べれば安いものである。

 

 ------------------

 

「あれ?」

 

 家が見え始めた頃、見覚えのある人物が自宅前に立っているのが見えた。体にさらに鞭を打ち、その人物に近づく。

 

「こんな朝早くから何をやっているんですか、親方さん?」

 

 自宅前に立っていたのは【ゴブニュ・ファミリア】の親方さんだった。親方さんは1年前くらいからうちのお得意様で、あることがあるとうちに来るのだ。

 

「おう、帰ってきたか……って、おい大丈夫か!?」

 

「ええ、こんななりですが血は止まってますし、ポーション飲めばすぐに治りますよ」

 

「いやでもよ……まあいい。それよりもお前さんを待っていたんだ」

 

「また、ですか」

 

「すまんな、またなんだ」

 

「とりあえず中へどうぞ」

 

 家の鍵を開け、親方さんと共に中に入った。

 

 ------------------

 

「くっそおおおおおおっ!! 俺達が不眠不休で打ったウルガをあっさり壊しやがってええええええ!! 【大切断(アマゾン)】てめぇっ、くたばりやがれええええええ!!」

 

 大音量の叫び声に耳を塞ぎながら、あーまたか、と親方さんに同情の目を向ける。そう、この人がうちに来るのは【大切断(アマゾン)】ことティオナ・ヒリュテさんが武器を壊したときである。しかもただの武器ではない。ティオナ・ヒリュテさんは【ロキ・ファミリア】に所属する第一級冒険者だ。その武器は一級品であり、当然耐久性も一級である。

 

 しかし彼女はそんなことはお構い無しと言わんばかりにその一級品の武器を壊してくる。しかも今回はティオナさんのために作られた専用武器(オーダーメイド)だった。それを壊してくるなんて、さすが第一級冒険者、こちらの予想をはるかに上回ってくる。

 

 ひとしきり叫んだ後、親方さんはふーっと息を吐いた。

 

「すまんな、愚痴っちまって」

「いえ、大丈夫です。それよりも今回はどのよう壊れたんですか?」

「ああ、なんでも溶けた、らしい」

「なるほど、溶けた、ですか。耐熱加工はしていたから考えられるのは……強力な酸とかですかね?」

「ああ、どうやらそのようだ」

「となると……」

 

 別に親方さんはティオナさんのことを愚痴りに来る訳ではない。むしろ、そのティオナさんが次に作る武器を壊さないようにどんな風に工夫すればいいか俺の意見を聞きにくるのだ。まあ、毎回愚痴っているけど。

 

 これでも俺は世界中を旅し、オラリオにはない知識がそこそこある。この店はそういった知識を活かして困っている人にアドバイスするのが主な仕事だ。

 

 隠しスキル

 助言Lv.4

 世界中を旅した経験と本業ではない違った角度から物事を捉えながら助言することができる。

 

 それから俺達は小一時間、どんな工夫をするか話し合った。

 

「悪かったな、こんな朝っぱらから。これからまた不眠不休で仕事だからよ」

「いえ、自分もいい勉強になりました」

「武器で困ったことがあったら言えよ。ちっとは融通してやるから」

「はい、お願いします」

 

 そう言って親方さんは帰っていった。

 

 ------------------

 

 その後、いつもより遅めの朝食を取り(いつもは5時ごろ)、さらに貯めておいたポーションを5、6本煽り体力を回復させ、服を着替えて仕舞ってあった看板を家の前に出す。

 

 さて、今日はどんな話が聞けるかな。

 

 ------------------

 

「それでね、家の主人がね……」

 

「はははっ、それは大変ですね……」

 

 ------------------

 

「その時、後ろからモンスターがバーっと来て……」

 

「ほう、それからそれから?」

 

 ------------------

 

「ふう、昼食にするか」

 

 午前中は世間話が1人と第二級冒険者のグループが一組だった。世間話も最後のオチがかなり面白かったし、冒険者グループはやはり先輩だけあり、かなり勉強になった。

 

「そう言えばレフィーヤ、遅いな」

 

【ロキ・ファミリア】のレフィーヤはこの店の常連だ。遠征の話や【ファミリア】の様子など多くを語り、時には様々な悩みを打ち明けてくれる。うちの一番最初の顧客と言ってもいい。そんな彼女だがいつもなら午前9時ごろには来て、夜までうちにいる。しかし今日はまだ来ていなかった。

 

 コンコン。

 

「ん? 噂をすればってやつかな?」

 

 玄関に向かい、扉を開ける。そこには予想通り、レフィーヤがいた。

 

「ごめん、ちょっと遅くなっちゃった」

 

「いや、ここで働いている訳じゃないんだから。けどいつもより遅かったな。何かあったのか?」

 

「ううん。……………………ちょっと二日酔いがあったけど」

 

「? なんか言ったか?」

 

「なんでもないよ! それより、お昼御飯もう食べちゃった?」

 

「いや、これからだけど」

 

「じゃあ急いで作っちゃうね」

 

 そう言って家に上がると彼女は真っ直ぐ台所に向かった。看板を休憩中に変え、彼女の後を追う。彼女は冷蔵庫の中から具材を取りだし、調理をしていた。

 

「毎回言うが別に作らなくてもいいんだぞ?」

 

「いいの。私が好きでやっているんだから」

 

 お決まりのやり取り。最初の頃は無理やりやめさせようとしたが、意外に頑固で今ではとっくに諦めている。……まあ、俺が作るより何十倍も美味しいんだけどさ。

 

 料理が完成するまでリビングで待つ。次第に漂ってくる美味しそうなにおい。

 

「はい、できたよー」

 

「ああ」

 

 せめて料理を運ぼうと台所に向かう。その時……

 

「きゃあ!」

 

「レフィーヤ!」

 

 レフィーヤが転びそうになった。慌てて駆け寄りその体を抱き止める。ついでに料理もキャッチする。

 

「あ、ありがとう」

 

「まったく、お前はどじっ娘なんだから無理しちゃだめだぞ」

 

「なっ。ドジじゃないもん!」

 

 顔を赤くしながら怒る彼女を可愛いな……って思いながら料理をリビングのテーブルに運んでいく。

 

 今日も美味しそうである。

 

「じゃあ、食べるか」

 

「うん」

 

 二人向き合いながら一緒に食べる。食事の話題はやはりレフィーヤの遠征の話だった。今回は到達階層を更新できなかったらしい。なんでも新種のモンスターが現れて撤退を余儀なくされたらしい。

 

「そう言えば親方さんが朝来てたよ」

 

「……本当に申し訳ないです」

 

 彼の愚痴を知っている彼女はとても申し訳なさそうに頭を下げていた。

 

 それから、俺の冒険話になった。レフィーヤの話と比べればあまり盛り上がりにかける、と思ったのだが……

 

「半月で6階層!? すごい!」

 

「まあ、いろいろあったけどな」

 

 やはりハイペースの攻略だったのか、かなり驚かれた。その後ミノタウロスと昨日の件について改めて謝罪された。まあ、ミノタウロスは仕方なかったし、昨日の件は本当に勉強になったから大丈夫だと言った。……思うところがまったくなかった訳じゃないけど。

 

 とにかく、楽しい昼食だった。

 

 ------------------

 

 その後、午後の仕事が始まった。と言っても午前とやることは変わりなく、強いて言うならレフィーヤが増えたくらいだ。

 

 2、3組の客が訪れ、様々な話を聞いた。

 

 そして、夕方の5時ごろ。ひそかに待っていた客が来た。

 

「やあ、邪魔するよ」

 

「いらしゃい、スミスさん」

 

 スミス・アームストロングさん。【ヘファイストス・ファミリア】所属の鍛治師でうちにも頻繁に来る常連客の1人だ。

 

 レフィーヤがお茶を出す。こういう気配りができる女性ってすごくモテるとひそかに思う。ありがとう、とレフィーヤにお礼を言うスミスさんは心なしかいつもよりテンションが高い。

 

「何かいいことでもあったんですか?」

 

「そうなんだよ!」

 

 興奮気味に声を張り上げるスミスさん。彼はあまり大きな声を出さない性格だから俺もレフィーヤもとても驚いた。

 

「実はついにLv.2になれたんだ!」

 

「おお!」

 

「ええ!?」

 

 まさかの発言に俺達はさらに驚いた。

 

 彼が【ヘファイストス・ファミリア】に入団したのは4年前。地道に努力していたが、それがようやく実を結んだのだ。

 

「それはおめでとうございます!」

 

「ありがとう。これも二人のお陰でだよ」

 

 スミスさんは大抵、どういう武器を作るか、スランプに陥ったり、この武器や防具はどうすれば売れるのかと相談に来ていた。

 

 しかし……

 

「ちょっと残念です」

「ん? なんでだい?」

「いえ、実はスミスさんに防具を造ってもらおうかと思ってまして……」

 

 そう、俺は彼に防具の製作依頼をしようとしていた。ベルが異様なスピードで成長している。このまま行けば1ヶ月経たないうちに7階層に行けそうだ。あいつとパーティを組んでいる以上、俺も追い付かないといけない。

 

 しかしそれでは今の防具では心もとなくなってくる。そこで知り合いであるスミスさんに防具を製作してもらおうと思っていたが……

 

「さすがにLv.2になったスミスさんにLv.1の自分の装備を造ってもらう訳には……」

 

「いや、その依頼受けるよ」

 

 とスミスさんはあっさりと引き受けてくれた。

 

「いや、でも……」

 

「むしろ受けさせてくれ。さっきも言ったが君達のお陰で僕はLv.2になれたんだ。その恩を返させてくれ」

 

 そういうスミスさんの顔は既に職人の目になっていた。

 

「わかりました。お願いします」

 

「了解した。早速だけど体のサイズを測らせてくれるかい?」

 

「あ、私メジャーを持って来ます」

 

 それから体のサイズを測られ、防具の見積りを行った。

 

「そういえば材料は? なんならこっちで用意するけど?」

 

「いえ、こちらで準備してあります。ちょっと待っててください」

 

 そう言って寝室に入り、影の中から金庫を取り出す。こういう貴重品をしまう時このスキルはとても役に立つ。金庫を開け、中から1つの金属を取り出す。

 

 超硬金属(アダマンタイト)。ダンジョンで採れる金属だ。以前、親方さんに相談にのったお礼として余ったこれをもらったのだ。

 

 応接室に向かい、金属をスミスに見せる。

 

超硬金属(アダマンタイト)か……。質はそこそこだが……よく手に入ったね」

 

「前に知り合いの鍛治師さんに頂きました。防具を作るならまずこれを使おうって決めてましたから」

 

「そうか……。何か他にリクエストはあるかい?」

 

「そうですね……我が儘を言ってしまうと切りがないのでとりあえず動きを妨げないものにしてください。あ、色は黒でお願いします」

 

「また黒? 本当に黒が好きだよね、トキは」

 

「いいだろ。黒はいわば俺のイメージカラーなんだから」

 

「ははは、わかった。となるとやっぱりライトアーマーかな?」

 

「その辺はお任せします」

 

「わかった。できるだけ早く仕上げてくるよ」

 

「はい、お願いします」

 

 金属を受け取り、スミスさんは帰っていった。

 

 ------------------

 

「いつもありがとね」

 

「いいよ。さすがにこんな時間に女の子1人を帰らせるとかしたくないし」

 

「私、これでもLv.4の冒険者なんだけど」

 

「レフィーヤは接近戦、苦手だろ?」

 

 夜10時。店を閉め、夕食を食べてレフィーヤをホームまで送る。これも店がある日の日課となっていた。

 

 明かりがまばらな街を二人同じペースで歩いていく。……できれば、この時間がずっと続けばいいのに、と何度願っただろうか。

 

 しかし、それは許されないことだった。レフィーヤは【ロキ・ファミリア】の第二級冒険者。俺は【ヘルメス・ファミリア】の下級冒険者。立場が違い過ぎる。

 

 以前、彼女から【ロキ・ファミリア】に入らないか、と言われたことがある。しかし、俺はそれを断った。やはりヘルメス様に拾われた恩は大きいし、何よりレフィーヤが好きなのとは別に【ヘルメス・ファミリア】の皆が好きだからだ。

 

 そう返事してからレフィーヤは一度も勧誘してこない。しかし、一緒にいる時間が長くなった気がする。

 

 案外、この関係が一番かもしれない。結婚しても彼女はエルフで俺はヒューマンだ。種族や寿命など様々な問題がある。友達以上恋人未満。この関係がずっと続けばいいな……。

 

「お、着いたな」

 

「あ……」

 

【ロキ・ファミリア】のホームに着く。見張りの二人も慣れたものでちゃんとレフィーヤを待っていてくれた。

 

「じゃあ、またな」

 

「うん、またね」

 

 そう言って彼女は館に入っていった。

 

「さて、俺も帰るかな」

 

 来た道のりを引き返す。明日も朝からダンジョンである。




結局、昨日より長かった……。そしてグダグダだった……。

一応、トキの家はリビング、台所、寝室、シャワー室、応接室、庭付となっております。ローンは組んでません。それくらいトキは稼いでました。ぶっちゃけ、今よりも稼いでました。

そしてなにげにオリキャラ初登場。いや、出すつもりはなかったのですが、話の展開的に出さないとキツかったので。ちなみに名前の由来は鍛治師=スミス、ファミリーネームは鋼の錬金術師のアームストロング少佐から。イメージは優男なんですけどね。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

激闘、モンスターフィリア
祭りの準備


今さらながら3日に一度のペースで別の仕事を入れる設定ってけっこうキツイ。おもに原作に関わらせるという意味で。
反省はしている、だが後悔はしていない。これからもこの設定で突き進みます!


「ふう」

 

 額を流れる汗を拭い、今しがた終わった自分の仕事のできばえを確認する。なかなかかな?

 

「毎年すまんね~」

「いえ、大丈夫です。それでは次の仕事があるのでこれで失礼します」

「あいよ」

 

 おじいさんにお別れを言い、次の仕事場に向かう。

 

 防具の作製をスミスさんに依頼してから3日が経った。つまり、何でも屋の仕事の日なのだが……俺はいつものように自宅待機ではなく、オラリオ中を駆け回っていた。

 

 その理由は開催を明日に控える怪物祭(モンスターフィリア)の準備の手伝いだ。

 

 怪物祭(モンスターフィリア)とは、強豪派閥【ガネーシャ・ファミリア】が1年に一度開催するお祭りのことだ。東のメインストリートにある闘技場をまる1日使い、ダンジョンからモンスターを捕らえてきて、そのモンスター達を手懐ける(テイムする)までを見世物(ショー)として披露するイベントだ。

 

 年に一度ということもあり、世界中からオラリオに人が集まってくる。かく言う俺も毎年楽しみにしているイベントだ。登場するモンスターは『上層』では見られないモンスターばかりだし、手懐ける(テイムする)冒険者も一流ばかりで立ち回りがすごく参考になる。

 

 さて、そんな大きなイベントだから当然街は明日に向けて準備に大忙し。露店もたくさん出て、とても盛り上がる。だからどこも猫の手も借りたいくらい忙しくなる。

 

 そんな訳で前日にあちこちから手伝い要請が入っており、こうしてオラリオ中を駆け回っているのだ。

 

「こんにちはー。お手伝いに来ました」

「ああ、トキちゃん。ありがとね」

 

 やってきたのは北の商店街にあるじゃが丸くんの販売露店。このお店は怪物祭(モンスターフィリア)が開催される闘技場に続く東のメインストリートに露店を置くことができる権利を獲得したラッキーなお店だ。

 

 怪物祭(モンスターフィリア)は当然だがその日に東のメインストリートに人が殺到する。すると必然的に他の地域に人が来なくなり、東のストリートに店がないところはその日の売り上げがぐっと落ちる。そこで【ガネーシャ・ファミリア】は救済処置として事前に東メインストリートに露店を置くスペースを作り、そこに露店を作るなり、移動させたりなどできるという権利を作った。

 

 毎年凄い倍率らしいが今いるこの露店はそれに当選した幸運なお店の1つだ。

 

 移動式の露店を引いて東のメインストリートに向かう。かなりの重労働だ。

 

「すまないね。急にヘスティアちゃんが来れなくなっちゃったんだよ」

「ヘスティア様が?」

 

 そういえば2日前にベルが神様がパーティーに行ってそのまま帰って来ない、と言っていた。

 

 ベルが言うパーティーというのはおそらく怪物祭(モンスターフィリア)前にガネーシャ様が開く『神の宴』のことだろう。前にヘルメス様がタケミカヅチを弄るために参加する、と言っていた記憶がある。まあ、あの方は現在オラリオにいないため、結局参加できなかったのだが。

 

 しかし、あのヘスティア様がベルをほっとき、バイトも休むなんて……よっぽどのことがあったのではないか?

 

  いろいろ考えてみたが……やっぱり神の考えていることなんてわかんないや、と結論づけ、露店を引くことに集中した。

 

 ------------------------

 

「あー疲れた……」

 

 肩と首を回しながら帰路につく。朝早くから夜遅くまでオラリオ中を駆け回り、ようやくすべての依頼が終わった。とりあえず日を跨ぐことはなんとか防いだ。

 

 しかし、俺も信用されたものだ。最後のほうの依頼なんかギルドの雑用だったり、怪物祭(モンスターフィリア)で使われるモンスターの移動の手伝いだったり、普通に考えれば他の派閥の冒険者にやらせないような仕事ばかりだった。それだけ忙しかったというのもあるが、俺への信用もあるのだろう。やはりこういう仕事は長年の信用の積み重ねであると実感した1日だった。

 

 それに今日はオラリオを駆けずり回り、時に力仕事、時に精密作業と様々なことをした。今日はかなり【経験値(エクセリア)】が貯まったのではないかと期待してしまう。

 

「ヘルメス様、早く帰って来ないかなー」

 

 ------------------------

 

「はっくしょん!!」

「わっ! び、びっくりした……」

「ああ、すまないアスフィ。んー、誰かがオレのこと噂してるのかな?」

 

 オラリオから離れた街道で男神ヘルメスはそんなことを言っていた。

 

「それにしても今年のフィリア祭は見れなさそうだなー。あー失敗した」

「3年前まで気にもしてなかった人が言う台詞ではありませんね」

 

 その少し後ろを【ヘルメス・ファミリア】団長アスフィ・アル・アンドロメダが溜め息を吐きながら続く。

 

 今回の旅はあまりに唐突だった。ある老人(かみ)を訪ねるだけの旅。団員、トキ・オーティクスが話したベル・クラネルという少年のことを報告するだけだという。

 

 そんなことでつれ回さないで欲しい、と心底思うアスフィだが、ふと以前から気になっていた疑問を口にした。

 

「ヘルメス様、1つお聞きしてもよろしいですか?」

「ん? なんだい?」

「トキのことです」

 

 まばらに広がる雲がちょうど月を隠す。辺りが暗くなる中アスフィは疑問を続けた。

 

「彼に何を期待しているのですか?」

「何のことだい?」

「とぼけないでください。あなたが子にあれほど肩入れするのを私は知らない。彼になにがあるというのですか」

「なんだ、嫉妬かい?」

 

 からかうような主神に思わず顔を赤くする。

 

「ち、違います。ただ、あなたの我が儘に振り回されるのは私1人で十分だと思っただけで……」

「ああ、トキに対してではなくオレに対してか。確かに自分の弟分がこんな神に振り回されるのはおもしろくないよな」

「いいから質問に答えてくださいっ!!」

「ははは」

 

 そして先程までとは打って変わって真剣な雰囲気が漂う。

 

「最初は気紛れだった。汚れ仕事をしていた死にかけの少年を育てようとあちこちに振り回した」

 

「ところがその少年はオレの予想をはるかに超えていた。一を聞いて十を知る、それを自分の糧とする。天は二物を与えずって言葉を正面から叩き壊すような天才だ」

 

「極めつけが彼に【ステイタス】を与えた時だ。彼のスキルを見たとき歓喜したよ。そして思った」

 

「ああ、この子を英雄に育ててみたい、と」

 

 そう語るヘルメスはまるで子供のように目を光らせていた。その様子は新しいおもちゃを買ってもらった子供そっくりだった。

 

「……はあ、わかりました。しかし彼も大変ですね。自らの主神に眼をつけられてしまうなんて」

「ははは、そうだね。ちなみにあの子が可愛いのも本心だ。具体的に言うならあの子をいただくとか言う【ファミリア】に戦争遊戯(ウォーゲーム)をふっかけるくらいには」

「洒落にならないからやめてください!」

「ははは、心配するなアスフィ。お前が同じ立場でも同じ選択をするからさ」

「そんなこと心配してません!」

 

 ------------------------

 

「はっくしょん! ……誰かに噂でもされているのかな?」

 

 明かりがまばらな道に俺のくしゃみが響き渡る。

 

「まあ、いっか。さて、明日どうしよ。誰かと一緒に行くか?」

 

 まあ、せっかくのお祭りだし、誰か誘おうかな? と思った。例年はヘルメス様やアスフィさんといくのだが、今年はいないので今のところ1人だ。

 

「明日一番にベルでも誘ってみようかなー」

 

 そんなことを思いながら家が見えた時、誰かが家の前に立っていた。

 

 いや、誰かじゃない。あれは……

 

「レフィーヤ?」

 

 急いで近寄り確認する。やはりレフィーヤだった。

 

「あ、お帰り」

「なにやってんだよ、こんな時間にこんな場所で」

「ひどいなぁ、トキを待ってたんだよ?」

 

 いや、待ってたんだよって……

 

「明日……は無理だから明後日とかじゃだめなのか?」

「うん。今じゃないと、だめ」

「はぁ。わかった。で用件はなんだ?」

「えーっと……」

 

 それからレフィーヤは少しもじもじし始めた。緊張しているのか、言いにくいことなのか分からないがどことなく顔が赤い気がした。

 

「なんだよ、早く言えよ」

「うん。あのね、明日誰かと回る予定、ある?」

 

 思わずドキっとしてしまった。確かにベルを誘おうかと思っていたが今は誰もいない。

 

「……いや、誰もいない、かな」

「じ、じゃあ、明日一緒にフィリア祭、行かない?」

 

 実はこれまでレフィーヤと一緒にフィリア祭を回ったことはない。お互いに、別の人と行ったりしていたからだ。

 

「あ、ああ。別に構わないぞ」

「ほ、本当!?」

「ああ」

 

 よし、っと小さくガッツポーズをとるレフィーヤ。

 

「じゃあ明日迎えに来るからね」

「え、いや俺が……」

「トキが迎えに来たら余計手間がかかるじゃない」

「あ、そうだな……」

 

 ヤバイ、そんな簡単なことにも気づかないくらい頭が回ってない。

 

「じ、じゃあまた明日!」

「お、おい! レフィーヤ!」

 

 その後いつもなら考えられないようなスピードでレフィーヤは走り去っていった。




東のメインストリートの露店設置の権利はオリジナル設定です。

また、感想でいくつか誤解されていた部分があったのでこの場を借りて説明させていただきます。

まず、主人公のトキはもともと闇派閥に所属していた訳ではなく、オラリオの外の暗殺組織に所属していました。その辺は『親友』の話でも取り上げています。

次に主人公のスキル、【果て無き深淵】の『神の力』無効化というのは【ステイタス】自体を無効化するのではなく、【ステイタス】を無視、つまり【ステイタス】の耐久の値を無視して攻撃できる、というものです。またこれはスキルにしか効果がついていないのでトキが持つ武器が耐久の値を無視できるわけでもありません。

まあ、生まれたころからついてますし、影で攻撃できない訳ではありません。それどころか、遠くから伸ばして不意討ち、影の触手をたくさん出して全方位攻撃。重装備相手には鎧のスキマに通してブスリ、など応用すれば子供でも簡単に暗殺できます。

さらに暗殺者としての英才教育もあり、かなりの腕前でした。

以上で補足を終わらせていただきます。また何かご不明な点がありましたら感想欄にご記入ください。作者が心の中で小躍りしながら回答させていただきます。

ご意見、ご感想、ご質問お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

怪物祭

今回、多くの原作キャラが出てきます。その口調が少しおかしいかもしれませんが何卒勘弁してください。


 たとえどんな日でも生活習慣を変えない、というのが俺の信念である。いつも通りに起床し、いつも通りに訓練し、いつも通りに朝食を取る。たとえ特別な日でもそれは変えてはいけない。そう、変えてはいけないのだ。

 

 それに仕事がある日は二人で出掛ける日もあるし、別に気負うこともない。

 

 そうだ、レフィーヤが来るまでまだ時間があるし、今日は余計に訓練しておこう。その方がなにも考えなくて済むし。

 

 それから一時間、余計に訓練し、リビングでレフィーヤの到着を待つ。そして午前7時ごろ、コンコンコンと控えめなノックの音が聞こえた。

 

 わずかに緊張しながら玄関に向かう。と、ここで気がついた。

 

(レフィーヤの他に二人いる?)

 

 考えてみれば一緒に行こうと言っていただけで二人きりで行こうとは言ってない。若干落胆しつつ、玄関の扉を開ける。

 

「おはよう、レフィーヤ」

「お、おはよう、トキ」

 

 いつもと変わらぬ姿の彼女、そしてその後ろに予想通り、二人の人物がいた。予想外だったのはその二人が双子のアマゾネスだったことだ。

 

「へー、この子がレフィーヤの彼氏くんかー」

「顔はそれなりね。レフィーヤ、どこが好きになったの?」

「ちょっと、ティオナさん、ティオネさん! からかわないで下さい!」

 

 名前から察するに【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者、ティオネ・ヒュリテさんとティオナ・ヒュリテさんのようだ。そういえばレフィーヤが仲がいいって言ってたっけ。

 

「はじめまして、お二方。【ヘルメス・ファミリア】所属、下級冒険者、トキ・オーティクスと申します。以後お見知り置きを」

「ティオネ・ヒュリテよ。よろしく」

「ティオナ・ヒュリテだよ。よろしく!」

 

 簡単に自己紹介を済ませる。

 

 その上で浮わついていた頭を切り替える。そうだ、これはむしろ役得だ。第一級冒険者と一緒に行動できるなんて滅多にないのだから。

 

「ねえねえ、彼氏くん」

「別に自分はレフィーヤの彼氏ではないですよ。何ですか、ティオナさん」

「レフィーヤと二人きりじゃなくてがっかりした?」

 

 いきなり図星を突かれ、顔に出そうになるが根性で押し止める。

 

「そうですね、正直残念ではありますがその分魅力的なお二方と知り合えてしかもお祭りを一緒に回れるのですからむしろ役得です」

「あら、ずいぶん正直なのね」

「偽ってもレフィーヤにはバレてしまいますから」

「ふーん」

「そ、そんな目で見ないでください」

 

 ティオネさんがレフィーヤを弄るなか、その隣ではティオナさんが何か呟いていた。

 

「ね、ねぇ、彼氏くん?」

「何ですか?」

「ちなみに聞くけど、あたしのどこが魅力的かな?」

「ティオナ、あんた……」

「そうですね、まずティオネさんもそうですが美人ですね。肌もお綺麗ですし、何より活発で親しみやすい性格は個人的に好感が持てます」

 

 ばっとティオナさんはティオネさんの方を向いた。

 

「ティオネ、この子ものすごく良い子!」

「あんたは何やってんのよ」

 

 と、呆れるティオネさん。そしてレフィーヤは何かおもしろく無さそうな顔をしている。

 

「それにしてもあんた、ティオナを口説こうなんてね」

「口説いてなんかいませんよ。特にティオネさん、あなたはね」

「あら、私は魅力的ではないと」

 

 と若干怒気を膨らませるティオネさん。しかし恐れることはない。

 

「いえ、ただティオネさんは【ロキ・ファミリア】団長、フィン・ディムナさんの女なのでしょう?」

「「「え?」」」

「さすがにかの【勇者(ブレイバー)】の女を口説くほど自分は命知らずではありませんよ」

 

 他の二人が驚愕の表情を浮かべる中、ティオネさんのテンションが一気に上がる。

 

「ふふふ、聞いた二人とも! 他の【ファミリア】のしかもLv.1の子にまで私は団長の女だと認知されているの!」

「えーっと……君本気でそう思ってる?」

「当たり前ですよ。それよりも朝食はお済みですか?」

「う、うん」

「わかりました。では自分は少し出掛ける準備をしてきますので少々お待ちください」

 

 扉を閉め、急いで準備する。別段持っていく物はないが火や蛇口、戸締まり等を確認し、外に出る。

 

「お待たせしました、行きましょう」

 

 この後テンションが高いティオネさんにフィン・ディムナさんについて話を聞いたのだが……少しだけ後悔した。

 

 -----------------------

 

 レフィーヤside

 

 大観衆の拍手と喝采が闘技場を揺らさんばかりになり響く。

 

「やっぱりガネーシャのとこ、すごいなー。調教(テイム)をあんなに簡単に成功させちゃって。あんなの真似できないや」

「そうですね。ただでさえ成功率は低いのに、こんな大舞台で……」

「華もあるわよね、一々。ただ調教するんじゃなくて、観客(わたしたち)を魅せる動きをしている。お金も取れるわ、これなら」

 

 朝早くから入場していた私達は【ガネーシャ・ファミリア】の技術の数々に舌を巻いていた。

 

 テイムは素質の面も強いが成功率がかなり低い。ダンジョンのモンスターとなれば尚更だ。それをあんなに簡単に……

 

「まあ、それだけじゃないけどな」

 

 と私の横に座っているトキがそう言った。

 

「どういうこと?」

「【ガネーシャ・ファミリア】がテイムを成功させやすいのは単純にテイムの腕が上手いのもあるが、ここがダンジョンじゃないってことも大きな要因の1つだ」

 

 説明しているトキはどこかそわそわしていた。

 

「ダンジョンのモンスターはダンジョンがホームだ。けどここはダンジョンじゃない。環境が違えばわずかにだが力を十全に発揮できない。それが続けば大きな要因となる。だからダンジョンのモンスターでも成功率が上がるってもんだ」

「へ~」

「もちろん、【ガネーシャ・ファミリア】が上手いっていうのが一番のポイントだがな。……それよりもちょっとまずいことが起こっているみたいだぞ」

「あ、彼氏くんもやっぱりそう思う?」

「そうよね……さっきから【ガネーシャ・ファミリア】の連中が慌ただしいもの」

 

 辺りを見てみれば【ガネーシャ・ファミリア】の人達がしきりに冒険者や神達に耳打ちをしていた。その動きにはどこか余裕がなかった。

 

「どうしますか?」

「……少し、様子を見てきましょうか」

 

  私達は盛り上がる観客の間を通って階段を駆け上がっていった。

 

 -----------------------

 

「ロキ!」

「おっ?」

 

  外に出るとロキがいた。駆け寄る私達に手を上げる。

 

「よく来たな。……ん? レフィーヤ、その男がレフィーヤの彼氏か?」

「ち、違います!」

「はじめまして、ロキ様。【ヘルメス・ファミリア】のトキ・オーティクスと申します。それよりもロキ様状況のご説明をっ」

「まあ、言いたいことは山ほどあるけど、後にしたるわ。簡単に言うと、モンスターが逃げおった。ここらへん一帯をさまよっとるらしい」

「えっ、不味いじゃん、それ!?」

「ん、不味いなぁ」

 

 驚くティオナさんに平然とした態度を崩さないロキ様。

 

「なに暢気に言ってんのっ」

「ああ。それでティオナ達はアイズがモンスターを討ち漏らしたら叩いてくれへんか? そうやな、うちももう移動するから、見晴らしいいとこでも陣取っといて」

「アイズさんはもう、モンスターのもとに向かったんですか?」

「いや-」

「闘技場の外周部に立ってるよ」

 

 答えたのはトキだった。言われた通り闘技場の外周部の一角に人影が見えた。

 

「ミィシャさん、逃げ出したモンスターの内訳は?」

「ええっと。ちょっと待って」

「大丈夫です。焦らせてないですから確実にお願いします」

 

 黒いスーツを着た女性ギルド員から情報を聞き、頭に叩き込む。

 

「何してるのレフィーヤ! 早く行くよー!」

「ティオナさん、向こうの建物の方が見晴らしがいいです! そっちに陣取りましょう!」

「わかった!」

 

 私達はモンスターを探すため移動を開始した。




やばい。今までで一番つたない文になってしまった。本当に申し訳ありませんでした。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

食人花

明日はソード・オラトリア4巻の発売日! そしてGA文庫の6月の新刊情報にダンまち8巻の文字が! 心の中で狂気乱舞だ、ヒャッホーイ!!

てなわけで戦闘シーン、前回から引き続きレフィーヤサイドからどうぞ。


「うわー、本当に出番なさそー」

 

 家屋の屋根伝いに移動していた私達は足を止めた。見るとアイズさんは的確にモンスターをほふっていた。これなら私達の出番は無さそうだと心の中で安堵する。

 

「餌を用意されておいて、そのままお預け食らった気分ね」

「あ、わかるかも」

「お二人とも、武器もないのによくそんなこと言えますね」

「そういうレフィーヤも平然としているように見えるけど?」

 

 ティオネさんの問に私は微笑み、頷き返す。

 

「はい。杖がなくても魔法は使えますし、それを発動する時間もお二人がいれば安心できます」

「お、言うようになったわね」

「うんうん、最近のレフィーヤ随分頼もしくなったよね!」

 

 二人に誉められて少し照れ臭くなる。そして考える。

 

 もしも、あの時彼に出会っていなかったら、こんなこと言えただろうか? 仲間と自分を信じる。単純で、それでいて難しいこの事を気づかせてくれた彼と……。

 

「で、あんたはなんでついて来てるの?」

「いやー、さすがにあのまま避難するっていうのも嫌だったので。大丈夫です。せめて魔法を詠唱するレフィーヤの盾くらいにはなりますから。まあ、この分だと出番無さそうですけどね」

 

 彼……トキはそうおどけながら周囲を見渡している。その目はピリピリとしていた。その時……

 

「……?」

「ティオナ?」

「どうかしたんですか?」

 

 突然ティオナさんが周囲を見渡し始めた。

 

「地面、揺れてない?」

「……本当、ね」

「地震……じゃないですよね」

「むしろ……」

 

 地震というにはあまりにもお粗末な揺れ、そしてトキの言葉に不穏なものを覚えた。

 

 

 

「何かが地面を掘り進んでいるような揺れですね」

 

 

 

 トキが言った直後だった。通りの一角が爆発した。

 

「!?」

 

『き──きゃああああああああああああ!?』

 

 女性の金切り声が響き渡る。

 

 次いで石畳を押しのけて地中から長大なモンスターが現れた。ぞっっ、と首筋に悪寒が走る。

 

「ティオネッ、あいつ、やばい!!」

「行くわよ」

 

 全員一斉に飛び出し、屋根の上を跳んで一直線に突き進んだ。

 

 ------------------------

 

 悲鳴を上げて逃げ惑う市民の中、アマゾネス姉妹は通りの真ん中に、だんっ、と勢いよく着地した。

 

「こんなモンスター、ガネーシャのところはどっから引っ張ってきたのよ……」

「違います」

 

 答えたのはトキだった。

 

「ギルドの人に逃げ出したモンスターの他に今回ショーで使われるモンスターの種類を聞いてきました。その中であのモンスターと特徴が一致するものはありません。つまり、完全な異常事態(イレギュラー)です」

「そう、笑えないわね」

「新種、これ……?」

 

 細長い胴体に滑らかな皮膚組織。体の先端部分に顔はなく、わずかな膨らみを帯びた形は何かの種を連想させた。全身の淡い黄緑色は、ティオナ達に遠征中に出会った新種のモンスターを連想させた。

 

「ティオナ、叩くわよ」

「わかった」

「レフィーヤは様子を見て詠唱を始めてちょうだい」

「はいっ」

「君は──」

「お二人の邪魔にならないようにレフィーヤの護衛に入ります。それとトキでいいですよ」

 

 目付きを鋭くするティオネの指示に他の面々と、件のモンスターが反応した。

 

 地面から生える体をたわませ、力任せの体当たり。それを回避したアマゾネス姉妹が死角から拳と蹴りを叩き込んだ。

 

「っ!?」

「かったぁー!?」

 

 しかし、その攻撃はモンスターの皮膚に阻まれた。アマゾネス姉妹の、第一級冒険者の渾身の打撃が阻まれた。並みのモンスターならばそれだけで粉砕される強撃が表面をわずかに陥没させるだけにとどまり、逆にティオナ達の手足にダメージを与えていた。

 

『───────!!』

 

 ティオナ達の攻撃に怒ったのか、モンスターは体を蛇行させ、押し潰そう、あるいは蹴散らそうと苛烈にティオナ達に攻め立てる。もらえば一溜まりもないモンスターの攻撃をティオナ達は危なげなく回避し、すかさず打撃を叩き込む。

 

「打撃じゃ埒が明かない!」

「あ~、武器用意しておけば良かったー!?」

 

 しかし、結果は等しくただ表面を陥没させるのみ。互いに決め手が見出だせないまま膠着状態に陥った。

 

 その戦闘の外でレフィーヤは詠唱を始めた。

 

「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹。汝、弓の名手なり】」

 

 その速度は明らかに他の冒険者よりも速かった。

 

『高速詠唱』。詠唱はただ速く言えば良いものではない。体を暴れる魔力を制し、コントロールすることにより、初めて魔法は完成する。詠唱を速くすればその分だけ、魔力のコントロールが難しくなる。それを可能としたのが『高速詠唱』だ。

 

『並行詠唱』と比べ、派手さはないが難易度はほぼ同じだ。それをレフィーヤはこの3年間の地道な努力により完成させていた。今のレフィーヤは通常、詠唱にかかる時間の約3分の1以下で完了させる。

 

 さらに唱えているのは速度に特化した短文詠唱。出力は控えめな分、高速戦闘にも対応できるものだ。

 

 モンスターはティオナ達にかかりきりで、レフィーヤのことを歯牙にもかけていない。

 

 山吹色の魔法円を展開しながらレフィーヤは魔法を構築していく。

 

「【狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢】!」

 

 詠唱を完了させ、魔力を集束した直後……

 

 ぐるんっ、とモンスターがレフィーヤの方を振り向いた。

 

「──ぇ」

 

 体に走る悪寒、そして……

 

 

 

 横から伸びる手に体を突き飛ばされた。

 

 

 

 次いで横にいた誰かが地面から生えた黄緑色の触手により、吹き飛ばされる。ぐしゃり、という音が聞こえた。

 

「ぇ?」

 

 吹き飛ばされた誰かは壁にぶつかる前に()()()()に受けとめられた。地面から生えた触手が不気味に震え、一方ティオナ達と交戦しているモンスターにも変化が現れる。

 

 先端部分を空にもたげたかと思うと、ピッ、ピッといくつもの線が走り、次の瞬間咲いた。

 

『オオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 咆哮が轟き渡る。極彩色の花弁、中央にいくつもの牙の並んだ巨大な口、そこからは粘液が滴っている。

 

「蛇じゃなくて……花!?」

 

 正体を現したモンスターにティオナが驚愕の声を漏らす。

 

 花はトキに目標を絞ったのか、そちらの方を向く。胴体から派生する何本もの触手を周囲の地面からどんっどんっと突き出させ、本体は蛇のようにトキのもとに這っていく。

 

 トキは倒れた体勢のまま影から同じく触手のようなものを出し、花の胴体を攻撃する。しかし……

 

 キンッという音ともに弾かれた。

 

 トキのスキル魔法、【果て無き深淵(インフィニット・アビス)】の影の正体は彼の体から出る魔力が具現化したものである。そして、あまり知られていないが()()()()()()()()()()()()。モンスターとは魔石の魔力によって産み出された生物だ。

 

 

 

 つまり、トキの【果て無き深淵(インフィニット・アビス)】はモンスターに効きづらい。

 

 

 

 もちろん、全く効かない訳ではない。今の彼であればコボルトやゴブリンはもちろんのこと、『中層』に出現するモンスターにもダメージを与えられるし、時間をかけ精神力(マインド)を注ぎ込めばこのモンスターにもダメージを与えられる。

 

 しかし、相手は第一級冒険者でも苦戦するモンスター。今のトキのスキルでは、威力が不足し、精神力(マインド)を注ぎ込む時間もない。

 

 しかしなおもトキは影による攻撃をやめない。

 

「トキ、逃げなさい!」

 

「あーもう、邪魔ぁっ!!」

 

「トキっ、お願い逃げてっ!!」

 

  駆けつけようとするレフィーヤ達を触手の群が行く手を阻む。レフィーヤ達の叫びもむなしく食人花はトキの眼前に迫る。

 

「トキッ!!」

 

 レフィーヤの悲鳴にも似た絶叫。食人花が襲い掛かるその時……

 

 金と銀の閃光がモンスターの首をはね飛ばした。

 

「えっ?」

 

 みたび驚愕の声を漏らすレフィーヤ。彼の窮地を救ったのはレフィーヤの憧憬(あこがれ)、アイズ・ヴァレンシュタインだった。

 

  崩れ落ちる食人花。

 

「アイズ!」

「アイズさん!」

 

 レフィーヤ達を襲っていた触手もまた、力を失ったように地面に落下する。

 

「トキッ!」

 

 レフィーヤがアイズの横を通りすぎ倒れているトキに駆け寄る。トキは必死に起き上がろうともがいていた。

 

 アイズは自分に駆けよってくるティオナ達を視界に入れつつ、レフィーヤと少年のところに歩み寄ろうとする。

 

 だがそれは、アイズを取り囲むように現れた食人花に阻まれた。

 

「ちょ、ちょっとっ」

 

「まだ来るの!?」

 

 ティオナ達の悲鳴を聞きながらアイズがモンスターに斬りかかろうとした瞬間だった。

ビキッ、と前触れなく彼女が持つレイピアが粉砕した。

 

「──」

「なっ──」

「ちょ──」

 

 突如壊れた得物にアイズだけでなく、ティオナ達も言葉を失った。

 

 -----------------------

 

「大丈夫!?」

 

 その頃、トキとレフィーヤにエイナが近寄ってきた。

 

「はあ……はあ……はあ……」

 

 トキはレフィーヤとエイナに支えられながら立ち上がる。

 

「歩ける? 治療のためにここから離れるから」

 

 しかし、トキはエイナの言葉を無視し、状況を見て瞬時に判断を下した。

 

「レフィーヤ、あいつらを倒せるだけの魔法、あるか?」

 

 戸惑いながらもレフィーヤは答える。

 

「う、うん。有るけど……」

「なら準備してくれ。詠唱が完了するまで俺が囮をやる」

「「なっ」」

 

  二人は同時に言葉を失った。エイナはベルの友人として、レフィーヤはトキ自身の友人として、彼がLv.1の冒険者であることを知っていた。

 

「だ──」

「駄目! さっきだってあいつの攻撃を受けてたじゃない!」

「あれは影で間一髪防いだ。衝撃も逃がしたし、大したことない」

「ウソ! ふらふらじゃない! そんな体で……」

「レフィーヤ」

 

 激昂するレフィーヤにトキは優しく語りかける。

 

「頼む、信じてくれ」

 

 真っ直ぐに見つめられる。その目はレフィーヤが惚れた理由の1つ、戦士の目をしていた。

 

「……わかった」

「なっ」

 

 今度はエイナが驚愕をあらわにした。

 

「駄目だよ! 君はまだLv.1なんだからここは【ロキ・ファミリア】の人に任せて……」

「あいつらはどうやら魔力に反応してます」

 

 その目を戦闘に戻し、息を吐く。

 

「あいつらを倒す魔法となると、ヴァレンシュタインさんが発動している魔法では引き寄せられない可能性が高いです」

 

 言いながらトキは影から1つの武器を取り出した。それは剣ではあったが異様な形をしていた。刀身が湾曲しており、その内側に刃があった。

 

 それは、トキが主神ヘルメスから冒険者になった際に送られた、Lv.1の冒険者には不相応な武器、ハルペー。ヘルメスから唯一教わった武器であった。

 

 しかもその大きさは普通のハルペーよりも大きく、先程アイズが持っていたレイピアほどの長さがあった。

 

「大丈夫です。これでも魔力には自信があるので」

 

 彼はそう言って駆け出し……

 

「【この身は深淵に満ちている】」

 

 同時に詠唱を開始した。




戦闘が盛り上がっていますがここで切ります。続きはまた明日。

この小説レフィーヤはLv.4なので若干改造しております。なおレフィーヤの『高速詠唱』はこの小説、オリジナル設定です。

また、魔力で魔力を防ぐ云々もオリジナル設定です。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

少年の実力

ソード・オラトリア4巻購入! そして読破!

プロットに若干の修正を入れましたが、大きな変更はありませんでした。良かったです。

さて、いよいよトキの見せ場です!


 アイズは目の前の光景に驚愕していた。

 

「【触れるものは漆黒に染まり】」

 

 怪物祭(モンスターフィリア)の最中、脱走したモンスターを6匹まで倒した後、突然現れたこの食人花に嫌な予感がし、駆けつけ間一髪のところでティオナ達と一緒にいた少年を助けた。

 その後、新たな食人花が3体現れ、いざ戦おうとし--自分の得物が壊れた。愛剣(デスペレート)が修理されている間、【ゴブニュ・ファミリア】の主神から借りたものだが、ついいつものように振るってしまい、結果壊してしまった。

 打撃は効かず、ティオナ達の援護でなんとか少年から引き剥がそうとして、誘導していたその時だった。逃げ遅れた獣人の子供を見つけたのは。

 とっさに庇おうとして、子供に近づき食人花に捕まろうかというときに……いきなりすべての食人花が一斉に別のある方向を向いた。

 

  そのままそちらに突撃していく食人花。子供を逃がし、食人花が向いた方向を見て、驚愕した。

 アイズの目に写ったのは、彼女が助けた少年が食人花を相手しているところだった。しかもただ相手している訳ではない。

 

「【映るものは宵闇へ堕ちる】」

 

 すべての食人花の触手を避け、手に持つ得物(ハルペー)で弾き、さらに詠唱しているのだ。

 

 同じく、ティオネ達も驚愕していた。

 

『並行詠唱』。攻撃、移動、回避、詠唱の4つの行動を高速かつ同時展開する、上級冒険者の中でも限られた者しかできない高等テクニック。

 そして彼は、レフィーヤの友人である彼は。自分はLv.1の下級冒険者と言っていなかったか?

 

「【常夜の都、新月の月】」

 

 さらに驚くべきことに彼はそれだけでなく、足下の影から触手を出し、食人花の触手を逸らし、弾いているのだ。影の触手は先程のような先が鋭いものではなく、拳のようなもので食人花を叩き反らしていた。

 

 つまり、彼は一般の『並行詠唱』の上にスキルの同時行使まで行っているのだ。

 

「【我はさ迷う殺戮者】」

 

 確かにティオネ達が思っていることは正しい。トキは紛れもなくLv.1であるし、そもそも彼はこのスキルに詠唱があることを知らなかった。

 

 しかし、天は彼に二物だけでなく三物も与えていた。明晰な頭脳、暗殺のための第一級冒険者すらしのぐ空間把握能力。そして生まれながらのスキル。

 

「【顕現せよ】」

 

 トキにとってこのスキルは手足と同じであり、魔力は生まれながらに暴れまわる自分の体の一部だった。そしてその精神力(マインド)の総量は最強魔導師(リヴェリア・リヨス・アールヴ)に匹敵する。

 

「【断罪の力】!」

 

 その膨大な精神力(マインド)が今、解き放たれる。

 

「【インフィニット・アビス】!」

 

 瞬間、トキの影から全方向に12の漆黒の大蛇が奔り、触手に噛みつく。

 

 大蛇は触手よりも一回り大きく長さも長い。しかし、大蛇の歯は触手に食い込んではいなかった。

 

(やっぱりか……)

 

 その結果をトキは予想していた。スキルから魔法に変わったそれにさらに精神力(マインド)を注ぎ込んでいく。しかし、やはり結果は変わらない。

 

 いくら魔法になって威力が高くなっても下級冒険者(トキ)では食人花は倒せない。

 

 しかし、

 

「【ウィーシェの名のもとに願う】!」

 

 今の彼には充分だった。

 

「【森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと来たれ】」

 

 上級冒険者(レフィーヤ)が詠唱を始める。その目には涙が伝っていた。

 

 トキが詠唱し終わるまで、レフィーヤは詠唱できなかった。『高速詠唱』があるからこそ、トキが詠唱し終わる前にレフィーヤの方が詠唱を終えてしまう。そうするとトキが囮を引き受けた意味がなくなってしまうのだ。

 

 だからこそ待っていたのだ。いくら自分が速く詠唱できても、結局は動けない砲台だ。その悔しさに涙しながらレフィーヤは『高速詠唱』により歌を歌う。

 

「【繋ぐ絆、楽宴の契り。円環を廻し舞い踊れ】」

 

 唱えるのは彼女が最後に習得した魔法。それはまるで彼に捧げるラブソング。

 

「【至れ、妖精の輪。どうか──力を貸し与えてほしい】」

 

 魔力が集束する。それに伴いトキも影に精神力(マインド)を注ぎ込む。

 

「【エルフ・リング】」

 

 魔法名が紡がれ、山吹色であった魔法円が翡翠色に変化した。しかし、食人花は見向きもしない。より強大な魔力(トキ)へ攻撃を重ねる。

 

 未だトキは危なげなく食人花を相手どっていた。積極的な攻撃こそしないもののまるで上から見えているかのように全方向から迫る食人花の触手を己の武器と12の大蛇を操り捌いていく。

 

「【--終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に風を巻け】」

 

 そして第二番が歌われる。同胞の魔法に限り、詠唱及び効果を完全に把握したものを己のものとする前代未聞の(レアマジック)

 

「【閉ざされる光、凍てつく大地】」

 

 二つ名【千の妖精(サウザンド・エルフ)】はその歌を今この時、彼だけのために歌う。

 

「【吹雪け、三度の厳冬-我が名はアールヴ】!」

 

 その詠唱を聞き、少年の動きに固まっていたティオネが慌てて警告する。

 

「トキ、詠唱が終わる! 早く離脱しなさい!」

 

 言い切る前に、大蛇が霞のように消えた。否、大蛇を構成していた魔力が空気中に霧のように分散した。

 

 突如として己の標的を見失う食人花達。そして、気づいたときには遅かった。

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

 

 三条の吹雪が、大気をも凍てつかせる純白の細氷が食人花達を襲う。全身が凍りつき、完全に動きが停止する。

 

「ッッ!!」

「いっっくよおおおぉーーーーッ!」

 

 待っていたかのように──実際待っていた──ティオネとティオナが一糸乱れぬ回し蹴りを叩き込み、2つの氷塊を砕く。

 

「アイズー」

「……ロキ?」

 

 いつの間にかいたロキに剣を渡されるアイズ。

 

「これは……」

「ん、そっから、ちょちょっとな」

 

 その剣はアイズが今朝見回っていた際に見つけた剣だった。

 

(いつの間に……)

 

 そう思いながらも剣を抜き、最後の氷塊を細切れにした。

 

 ------------------------

 

「おーい、彼氏くん! 大丈夫?」

 

 モンスターを退治したあと、トキはレフィーヤの魔法の射程外ギリギリのところに座っていた。ティオナ達が駆け寄り、安否を心配する。

 

「ええ、大丈夫です」

 

 トキは平然と立ち上がり、笑顔を向ける。その髪が若干凍っているが。

 

「やるやないか、少年」

 

 とティオナ達の後ろからロキが現れ、声をかける。

 

「うちの子が世話になったな」

「いえ、たまたま居合わせて、たまたまお力になれただけですよ」

「なんや、えらい謙虚やな」

「事実ですから」

 

 と二人は笑顔のまま言葉を交わす。しかしその目は笑っていないようだった。

 

「トキ、大丈夫!?」

 

 そしてレフィーヤがトキに近づいてくる。

 

「ああ、レフィーヤだいじょ……」

 

 と、手を挙げたところで、トキは倒れた。

 

「あ、れ?」

 

 続いて襲ってくる強烈な睡魔。抵抗むなしく彼はそのまま眠りについた。

 

 ------------------------

 

「そういえばフレイヤ」

「あら、何かしら?」

 

 時刻は夕方まで進み、2柱の女神が一室にいた。

 

 先程までお互いを脅し合い、結局ロキが負けた。話し合いが終わり、さてそろそろ帰ろかな、とロキは立ち上がり、部屋を出ていこうとした時だった。

 

「朝言っていたもう一人ちゅうのどないな子や?」

 

 それは今朝のことだった。ロキはアイズを連れて敵対【ファミリア】の主神と密会していた。そのときフレイヤが言っていたのだ。一人は、と。

 つまり、最低でももう一人美の神(フレイヤ) のお眼鏡に叶った子がいるというわけだ。

 

「そうね……」

 

 フレイヤは朝と同じように顔を緩ませながら言った。

 

「あの子の場合見初めたというより、興味が湧いたと言った方がいいかしら」

「興味?」

「ええ、あの子の魂は2色に別れていた。それ自体は珍しいことだけど全くいない訳じゃない。けど、その子の色はちょっと変わっていたのよ」

 

 さながら玩具を見つけたような顔でフレイヤは微笑んだ。

 

「1つは黒。それもとびっきりの純粋な黒よ。これ自体も珍しくはないのだけど、問題はもう一方」

「何色なんや?」

「透明よ。何色にも染まる純真なあの子と同じ透明。その2色が交わることなく、一緒に存在してるの」

 

 フレイヤはオラリオのどこかにいるであろう二人を想いながら微笑んだ。

 

「ふふ、だから下界は興味が尽きないわ」

 




日付を跨いでしまった……。すいません。

さて、いかがだったでしょうか? 正直、これチートだろって作者自身思ってしまいましたが、レフィーヤがヒロインだとやっぱりある程度反則級に強くないとうまく展開できないのでこんな感じです。

次話でダンまち原作小説1巻の内容は終わりです。それを投稿したあとちょっとしたアンケートを取りたいと考えていますので出来ればご協力、お願いします。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

感謝

さて、これにてダンまち原作小説一巻の内容は終了です。ちょっとしたオリジナル回です。


 目が覚めた時、見覚えのない部屋に俺は寝かされていた。

 

「ここは……」

 

 起き上がろうとし……腹の激痛で動きを止めた。

 

「っ~~!?」

 

 その痛みを無視し、起き上がる。辺りを観察するがやはり見覚えがない。どうやら拘束はされていないようだ。

 

 確か俺は……

 

 ガチャ。

 

「あ、目が覚めたっすか?」

 

 瞬間、弾かれるように部屋に入ってきた男の背後に回り込み、手から黒いナイフを作り、男の首筋に当てる。

 

「……は?」

「答えろ、ここは何処だ?」

 

  脅すように耳元で囁きながらナイフで首筋を少し切る。男の首筋から血が一筋流れた。

 

「えーっと、ここは【ロキ・ファミリア】のホームで……」

「【ロキ・ファミリア】?」

 

 ふと、背中に嫌な汗が流れる。

 ナイフを離し、男の正面に立つ。そういえばこの人、どこかで見たような……

 

「あのー、もしよろしければお名前を……」

「あ、自分、ラウル・ノールドと言うッス」

 

 ラウル・ノールド。確か【ロキ・ファミリア】に所属するLv.4の冒険者。しかもその筆頭。

 

「す、すいませんでした!!」

 

 飛び上がりながら空中で体勢を変え、着地と同時に額を床に打ち付ける。ヘルメス様がお友達(とある神)から聞いて面白半分に教えてもらった謝罪の最終奥義、土下座である。

 

「ちょ、いきなりなにやっているすか!?」

「すいません! すいません!」

 

 額を何度も床に打ち付けて謝罪する。このやり取りは帰ってこないノールドさんの様子を見に来たティオネさんが来るまで続いた。

 

 ------------------------

 

「何やっているのよ、あんた達……」

「すいません……」

「面目無いっす……」

 

 男二人並んでティオネさんに謝る。いや、ノールドさんは謝る必要無いけど。

 

「ノールドさん、本当に申し訳ありませんでした……」

「いや、いいっすよ。突然見知らぬ場所に寝ていたら警戒するのは当然のことっすから」

 

 ただちょっと怖かったす、とノールドさんは苦笑いしていた。ノールドさん、いい人だ。

 

「まあいいわ。トキ、あなた動けるの?」

「はい、大丈夫です」

 

 本当は腹部がめちゃくちゃ痛いがいつまでもここで厄介になるわけにはいかない。

 

「それじゃあちょっとついて来てくれる? ロキと団長があなたと話したいって」

「? わかりました」

 

 立ち上がって歩こうとし……危うく転びそうになる。

 

「ちょ、ちょっと。本当に大丈夫?」

「え、ええ、大丈夫です」

 

 影から杖を取り出し、右手に持つ。二人が驚くがティオネさんの前ではスキルを使ったし、隠して置くと後々面倒になりそうだ。

 

 と、言うかこの杖、4日前にも使ったばかりなのだが。

 

「それじゃあ行きましょうか」

 

 ------------------------

 

「トキっ」

 

 ティオネさんに案内してもらったのはエントランスホールだった。外はすっかり暗くなっており、館内には灯りが灯っている。そんな中レフィーヤが俺を目視するとすぐさま駆けよって来た。

 

「もう動いて大丈夫なの?」

「ああ、大丈夫大丈夫」

 

 と言ってみたがレフィーヤの目は信用できないっと言っていた。徐々に涙目になっていく。ばつが悪く目を逸らす。

 

「……すいません、腹部がめちゃくちゃ痛いです」

「だったら無理せんでええよー」

 

 レフィーヤの後ろからロキ様が声をかけた。

 

「いえ、そういう訳にはいきません。目も覚めたことですし、自宅に戻ろうかと思います。それでロキ様、なぜ私はギルドの医療室ではなくこちらの館に運びこまれたのでしょうか?」

 

 あの場には確かエイナさんもいたから普通はギルドの医療室で治療してもらう。しかし、なぜか起きたら【ロキ・ファミリア】のホームだった。

 

「ああ、そんなら倒れた君をレフィーヤが離そうとせんでな、仕方なく、ウチがギルドに面倒みますって言うたんや」

「そうでしたか、お心使い感謝致します」

「ああ、そういうのええから。首の裏がかゆうなる。ぜひ止めて」

「ではそのように」

 

 と若干ふざけつつも改めてお礼を言う。

 

「こちらこそ、団員を助けてくれてありがとう」

 

 そのロキ様の側にいた人物が声をかけてきた。

 

勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナさん。【ロキ・ファミリア】を纏めるLv.6の小人族(パルゥム) である。……というかその後ろにいるのは【九魔姫(ナイン・ヘル)】リヴェリア・リヨス・アールヴさんに【重傑(エルガルム)】ガレス・ランドロックさんだ。なんだこの豪華なメンバー。

 

 しかも側にはアイズさんとティオナさんもいる。そして……【凶狼(ヴァナルガンド)】ベート・ローガさん。……て【ロキ・ファミリア】の幹部集結してるじゃないか。やっべー、今更ながら緊張してきた。

 

「いえ、ロキ様にも言いましたがたまたま近くにいて、たまたま力になれただけですから」

「しかし、無理はしない方がいい。下手をすれば致命傷になりかねない怪我だったのだから」

「ありがとうございます、リヴェリア様」

「……君はエルフではないのだから様付けは止めてくれ」

 

 と若干表情を歪ませるリヴェリアさん。

 

「く、はははははは! なかなか度胸あるやっちゃな! 普通こんな面子に囲まれとったら緊張でガチガチになっているところやで?」

「これでもヘルメス様にいろいろな経験を積ませていただいたので。その経験の賜物です」

 

 本当はめちゃくちゃ緊張してますが。

 

「なかなか面白いな君。でちょっと聞きたいことがあるんやけど?」

「自分に答られるのであれば」

「君、何者や?」

 

 と細目をうっすら開けながらそう訪ねてくる。それに笑顔で答える。

 

「おっしゃる意味がわかりませんが?」

「ティオネに聞いたら君はまだLv.1らしいな。けどあんな魔法を使って、あんな動きして。とても信じられんのや」

「本当のことですし」

 

 とおどけて見せる。

 

 

 

「なんなら【ステイタス】を今この場で見せましょうか?」

 

 

 

「「なっ!」」

 

 ティオネさん達が息を飲む。ロキ様はまだ目を開けて笑ったままだ。

 

【ステイタス】は冒険者にとって生命線。それを開示するのは愚の骨頂である。しかし……

 

「いや、やめとくわ」

 

  とあっさりとロキ様は引き下がった。

 

「だって君、もし公言したらこの【ファミリア】潰すって目で言うてるやん。さすがに【シャドー・デビル】を敵にまわすほどうちは馬鹿やない」

「彼が【シャドー・デビル】だって?」

「あのー、その名前止めて欲しいんですけど……」

 

 1年前のことだ。ある【ファミリア】が【ヘルメス・ファミリア】の団員に手を出した。

 

 それ以降その【ファミリア】はなぜか他の【ファミリア】 でアイテムの補給や武器の手入れができなくなった。さらに頻繁に起こる闇討ち。

 

【ヘルメス・ファミリア】の報復と思った【ファミリア】がケンカを売り……【ステイタス】すら授かっていない少年に負けた。

 

 少年は影を操り、【ファミリア】構成員の手足を突き刺して動けなくさせ、その構成員にトラウマを植え付けた。

 

 以降、その【ファミリア】は解体され、構成員の多くはオラリオを去ったという。

 

「そんなこんなでついた二つ名が【シャドー・デビル】て訳や」

 

「あのすいません、まじ勘弁してください」

 

 そうその【ファミリア】を潰したのは、なにを隠そう俺なのだ。【ヘルメス・ファミリア】に所属するLv.2のルーシャさんがぼろぼろになって帰ってきた時、頭に血が登って、つい人脈を使いあることないことを吹聴し、暗殺者時代の経験を活かし闇討ちして、最後には構成員全員を脅した。

 

 まあ、ヘルメス様がいなかったし、その事が帰ってきたアスフィさんにバレ、三日くらい怒られた。

 

「けっ、どんな話でも結局雑魚には変わりねえ」

 

 と今まで黙っていたベートさんが口を開いた。その口調はとても不機嫌そうである。

 

「ベート、そんなこと言っちゃ悪いよ。それに彼氏くんはそんじょそこらのLv.1とは格が違うんだよ?」

「はっ、雑魚がいくら足掻こうが雑魚だ。どうせその話もどっか脚色されてんじゃねぇの?」

 

 とさらに不機嫌になる。そんなベートさんに近づいて……

 

「そうですね。自分もそう思います」

 

 徐々に距離を詰め……

 

「それはそうとベートさん」

「ああ?」

 

 あと一歩でぶつかると言うところまで来て、

 

「この度は本当お世話になりました」

 

 と笑顔で言った。

 

 ------------------------

 

 それを見たベートはキレた。

 

 もともと気になる冒険者が運びこまれたから見にこいとロキに言われどんなやつかと来てみればただの下級冒険者(雑魚)。そんな雑魚が媚びを売るような笑顔で自分の目の前に立ったのだ。

 

「ベート!」

 

 リヴェリアの静止の声も聞かず、右の拳を繰り出した。

 

 カランっと杖が落ちる。

 

 そしてベートは己の目を疑った。他の面々も信じられなかった。

 

 あろうことか、トキはベートの拳をかわし、いつの間にか持っていた黒いナイフをベートの首筋に当てていたのだ。

 

 Lv.5の拳をLv.1がかわしさらには反撃までしたのだ。当然ベートの拳はトキにとって当たれば大怪我では済まない。ましてやこの至近距離だ。Lv.1のトキがかわせるはずがなかった。

 

「腕、下ろしてもらえませんか?」

 

 とトキは先程とは打って変わって凍えような低い声で言った。

 

 その声にベートは恐怖した。相手はLv.1。【ステイタス】は圧倒的にこちらが上だ。にも関わらず、ベートはこの彼から蛇のようなまとわりつく殺気を感じた。

 

 獣の本能に従い、後方に跳ぶ。トキは笑顔に戻っていた。

 

「それではロキ様。俺はこのまま帰らせてもらいます」

 

 とトキは床に転がった杖を拾い、外へと出る扉へ向かう。

 

「あ、私送るよ」

「いや、行きはいいけど帰りは一人になるだろ?」

「外出てすぐのところまでだから」

 

 とレフィーヤは何事もなかったかのようにトキに近づく。

 

「なあ」

 

 帰ろうとする彼をロキが止めた。

 

「なんですか? 今の件でしたら殴られそうになったのでかわしてナイフで脅しただけですが?」

「そうやなくて……君、ウチの【ファミリア】に入らん?」

 

 とロキは笑顔で言った。

 

「「「「なっ」」」」

 

 幹部の面々は再び息を飲んだ。他の【ファミリア】の団員の引き抜き。別に珍しい訳ではない。しかしオラリオを代表する二大派閥の主神の引き抜きは古参のフィン達にとっても記憶になかった。

 

「お気持ちはありがたいですが、断らせていただきます」

 

 そんな勧誘をトキは断った。

 

「この身はヘルメス様に救われたもの。その恩に報いるため、俺は【ヘルメス・ファミリア】を脱退するつもりはありません」

 

 それに、とトキはベートを一瞥し、子供のような純真な笑顔で、

 

下級冒険者(ざこ)では上級冒険者(あなたたち)とは釣り合いませんから 」

 

 と言った。

 

 その言葉に固まる【ロキ・ファミリア】の面々。そんな中失礼しました、とトキは去ってった。

 

 ------------------------

 

 レフィーヤがトキを門まで送って戻ってくると幹部の面々はまだその場に佇んでいた。

 

「レフィーヤ」

 

 と沈黙を破ったのはリヴェリアだった。

 

「なんですか?」

「あの少年は、我々が宴の時にそしった一人なのか?」

「はい」

 

 レフィーヤが答えた瞬間、幹部の面々、特にアイズは顔を歪ませていた。

 

「でももう気にしてないと思いますよ?」

「何?」

「だってさっき、しゃあ!! ってガッツポーズしてましたから」

 

 とレフィーヤは弾けるような笑顔で言った。その言葉に笑いだすロキ。

 

「で、でもすごかったね。あんな至近距離で殴ったベートの攻撃をかわすなんて」

 

 微妙な空気の中、ティオナが話を逸らそうと先程のトキの様子を挙げる。

 

「いや、ベートは殴ったんやない。殴らされたんや」

 

 と今まで笑っていたロキが解説しだした。

 

「どういうことじゃ?」

「そのままの意味や。ベートを挑発するような言葉でキレさせ、無意識に右の拳を出すように近づき、動きはじめてから手に隠してたナイフを抜く。あんな顔してとんだペテン師や」

 

 と、ロキは楽しそうに言った。

 

「しかし、レフィーヤ。えらい男を好きになったなぁ」

 

 そのロキの言葉にレフィーヤは

 

「はい。けれどそれが彼の魅力の1つですから」

 

 と嬉しそうに言って自室に戻っていった。

 




今回何気にオリキャラ登場(名前だけ)。ちなみに本編登場予定はありません。

やべえ、完全にやりすぎた。俺TUEEEE!! にはしないはずだったのにどんどん暴走してしまった……。タグ増やした方がいいかな?

と言うわけでタグアンケートします。詳しくは活動報告にて。ぜひコメントしてください。

以下、原作一巻終了時のトキの【ステイタス】です。

トキ・オーティクス
Lv.1
力:H105 耐久:I16 器用:H130 敏捷:H154 魔力:G225
《魔法》
【インフィニット・アビス】
・スキル魔法。
・『神の力』の無効化。
・詠唱式【この身は深淵に満ちている 触れたものは漆黒に染まり 映るものは宵闇に堕ちる 常夜の都、新月の月 我はさ迷う殺戮者 顕現せよ 断罪の力】
《スキル》
【果て無き深淵】
・スキル魔法。
・『神の力』の無効化。

まあ、ヘルメスが帰ってきてないので変わってません。

また、今回トキがベートに一本とれたのはベートの油断かつ不意打ちだったからです。タイマン張ったら速攻でボコボコにされます。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

信頼と成長
ベルの成長


今回は悩みました。ソード・オラトリアの話にするか、ダンまち本編の話にするか。結局ダンまち本編の方にしました。


「-ふっ!」

 

 ベルが踏み出す。対するのはここ7階層になって初めて出現するモンスター、『キラーアント』。6階層で出てくるウォーシャドウと並んで『新米殺し』と呼ばれているモンスターだ。

 

 その外見は蟻を彷彿とさせるが大きさが俺達くらいある。

 

 このモンスターの特徴はなんと言っても頑丈な甲殻と、今までのモンスターとは比較にならない攻撃力であろう。実際の蟻もそうだが昆虫の殼というのはとにかく硬い。小さいからわからないかもしれないが蟻は人間に摘ままれているとき、まるで両側からずっとハンマーで潰されるような衝撃に襲われる。

 

 その蟻が人間サイズまで大きくなったのだ。それはもちろん硬いだろう。さらにその鉤爪はあらゆる壁に張り付けるほど鋭い。

 

 硬い甲殻に阻まれ、強烈な爪に切り裂かれる、というのがこのモンスターにやられるパターンその1。

 

 さらにこのモンスター、瀕死になると仲間を呼ぶ。人間にはわからない特殊なフェロモンを出し仲間を呼び寄せるのだ。

 瀕死になったキラーアントを倒しきれず、仲間を呼ばれて囲まれる、というのがこのモンスターにやられるパターンその2。

 

 なので戦闘をベルに任せ、俺は辺りの警戒をしていた。

 

 しかし、そんな心配など不要と言うかのようにベルは鮮やかな手際でキラーアントを相手どっている。

 

 キラーアントを倒すにはその甲殻の隙間の柔らかい部分を突くのがセオリーだ。だがあいつはそんなことお構い無しとばかりにキラーアントの首を切り飛ばした。

 

「……うん、いい!」

 

 とベルは己の短刀を見て言う。それは怪物祭(モンスターフィリア)の前に会ったときとは違うものだった。

 

「なあ、ベル。ずっと気になってたんだがそのナイフどうしたんだ?」

「ふふ、聞きたい?」

 

 とってもご満悦のようだ。ちょっとイラっとしたがまあ俺も新しい武器や防具を買ったときはだいたいこんな感じなので怒りを抑え込んだ。

 

「これはね、神様が僕のために贈ってくれたんだ! しかもヘファイストス製の!」

「へー」

「……あれ? 驚かないの?」

「知らないようだから言っておくけど、【ヘファイストス・ファミリア】にも駆け出し鍛冶師はいるからな。そういう人達が作った武器は俺達でも買えるものがある」

「そ、そうなの!?」

「ああ。確かに【ヘファイストス・ファミリア】は高級ブランドだが全部が全部って訳じゃない」

「そ、そうなんだ……」

 

 あ、ちょっと落ち込んだ。まあ無理もないか。子供(ベル)の夢を壊したようでちょっと罪悪感が生まれる。

 

「まあ、なんだ。もしかしたらヘスティア様がヘファイストス様に頼んでもらっていただいたものかも知れないな。ベル、ちょっとそのナイフ貸してくれ」

「いいけど、なにするの?」

 

 と言ってベルが短刀を渡してくる。

 

「いや、ちょっと鑑定してみようかな? てね」

「え、トキって鑑定できるの?」

「……前にギルドの人に人手が足りないから手伝ってくれって頼まれたときに覚えた」

 

 

 トキ・オーティクス

 鑑定Lv.4

 ギルド員(本職)仕込みの目利き能力。大抵の物の価値がわかる。

 

 

 全体が漆黒の短刀を受けとり、観察してみる。すると……

 

「なんだ?」

「え、どうしたの?」

「これ、刀身が死んでる」

「ど、どういうこと?」

「これじゃあ台所にある包丁よりものが切れないってことになる」

 

 俺の言葉に驚愕するベル。

 

「そ、そんなわけないよ! さっきだってそのナイフでモンスターを倒したんだから!」

「それは俺も見てた。けどな……ん?」

「今度は何?」

「いや、この短刀。よく見たら【神聖文字(ヒエログリフ)】が刻まれてる」

「え?」

「ちょっと待ってろ。今読み取るから」

 

 くそ、黒くてよく見えないな。えーっとこれがこうだから……てあれ? これってどういう……あ、そういう意味か。

 

「なるほどな~。これはすごいわ」

「どっち!? っていうかトキは【神聖文字(ヒエログリフ)】が読めるの?」

「ヘルメス様に教わった。まあ、そんなことは置いといて。ベル、さっきの言葉訂正だ。この短刀やっぱりすごいわ」

「えーと、どういうこと?」

「このナイフに刻まれた【神聖文字(ヒエログリフ)】、これは【ステイタス】だ」

「【ステイタス】?」

「ああ。恐らく使い手によってその強度や切れ味が変化するんだ。しかも使い手が成長すればするほどこの武器も強くなる。しかもこれは恐らくお前しか、厳密にはヘスティア様から恩恵を受けていないと反応しないんだ」

「そ、それは……」

「そう。お前が強くなればなるほどこの武器もより強力になる。まさにお前のためだけに作られた専用武器(オーダーメイド)だ!」

「ぼ、僕の専用武器(オーダーメイド)……」

 

 ベルに短刀を返す。震える手で受けとる彼はとても感動しているようだ。

 

「か、神様。ありがとうごさいます……!」

 

 感動のあまりちょっと泣いてる。

 

「トキ」

「なんだ?」

「僕、強くなるよ。神様がくれたこのナイフに恥じないように」

「そうだな」

 

 その後俺達はダンジョン探索を再開した。

 

 しかし、気になることが1つ。ヘスティア様はあれほどの武器、どうやって手に入れたんだ?

 

 ------------------------

 

「ななぁかぁいそぉ~?」

「は、はひっ!?」

 

 はい、やって参りました、エイナさんの激おこプンプンタイム。今回の原因は7階層まで到達階層を増やしたこと。

 

 まあ、当然と言えば当然です。忘れているかもしれないが俺達は冒険者になってから3週間しか経っていない。普通そんなやつが7階層にいくのは十分『冒険』になるのだ。

 

「キィミィはっ! 私が言ったこと全っ然っわかってないじゃない!! 5階層を越えた上にあまつさえ7階層!? 迂闊にもほどがあるよ!」

「ごごごごごごごめんなさいぃっ!?」

 

 冒険者は冒険してはならない、というのがエイナさんの持論だ。常に安全を考え、無茶をしない、という意味なんだとか。

 

 けど……俺はこの考えに賛成できない。確かに安全は大事だ。だけど、それであの人にたどり着けるのか? あの時のあの人はその時まで出会った冒険者の中でも一線を画していた。今ならわかる。あれは『冒険』を超えて手に入れた強さだ。

 

 エイナさんの説教を隣で聞き流しつつ、そんなことを考えていると、

 

「ほ、本当です! 僕の【ステイタス】、アビリティがいくつかEまで上がったんです!?」

「はっ?」

「……E?」

 

 とベルの発言に固まってしまった。E、つまり最低でも400以上の基礎能力があるということだ。人のこと言える訳じゃないがそれは恐るべき成長スピードだ。

 

「そ、そんな出任せ言ったって、騙されるわけ……」

「本当です本当なんです! なんかこのごろ伸び盛りっていうか、とにかく熟練度の上がりがすごいんです! あ、そうだ! トキにも聞いてみて下さい! 多分僕と同じくらいのはずですから!」

 

  と盛大なとばっちりが来た。

 

「……トキ君、本当?」

「いえエイナさんが言う通り俺の【ステイタス】の最高評価はHです」

 

 実は魔力がGに届いているがあえて言う必要はないだろう。

 

「ほら見なさい!」

「え、でもだって……」

「俺がベルについて行けるのは冒険者になる前にいろいろとやってたからだ。で、そんな俺から見てもベルのアビリティは決して低くないと思います。なんだったら一人でも7階層に行けるくらいに」

「う~ん、でもな~」

 

 やっぱり信じられないのかエイナさんはまだベルのことを疑っていた。

 

「ねぇ、ベル君。キミの背中に刻まれてる【ステイタス】、私にも見せてくれないかな?」

「……えっ!?」

 

 とここで爆弾発言を投下した。

 

「あっ、キミの言っていることを信じていないわけじゃないんだよ? ただ……」

「まあ、信じられませんよね」

「で、でも、冒険者の【ステイタス】って、一番バラしちゃいけないことですよね……?」

 

 まあ、普通はそうだ。俺なんかはバラした相手に報復する力があるから駆け引きの材料の1つとして使えるが、本来【ステイタス】はその冒険者がどのような能力を持っているか、どんなスキルや魔法が発現しているか、勘が鋭い人はそこからその人がどんな人かまでわかってしまうまさにその人物を現すものだ。

 

「今から見るものを私は誰にも話さないと約束する。もしベル君の【ステイタス】が明るみになることがあれば、私は相応の責任を負うから。キミに絶対服従を誓うよ」

「ふ、服従って……。そ、そもそも、エイナさん【神聖文字(ヒエログリフ)】読めるんですか?」

「うん、ちょっとだけだけど。【ステイタス】のアビリティくらいは読み取れると思う」

 

 どうやら話の方向性は決まったようだ。

 

「じゃあ俺はあっちでに誰か覗かないか見張っておきます」

「うん、お願い」

 

 席を立ち、移動する。ここでベルの【ステイタス】を盗み見るのは簡単だ。けど、それは同時にベルの信頼を裏切ることになる。例え気づかれなかったとしても、俺はそんなことで初めてできた親友を裏切りたくなかった。

 

「トキ君、終わったよ」

 

 しばらくして、エイナさんに呼ばれた。もとの場所に戻る。

 

「それで二人とも、明日予定空いてるかな?」

「……へ?」

 

 とベルが間抜けな声を上げる。

 

 その後のエイナさんの話をまとめるとどうやら【ステイタス】については納得いったが今の攻略状況から防具が心許ない、と。だから明日、エイナさんが見繕ってくれるとのこと。

 

 まあ、俺が危惧したことだ。そして、

 

「すいません。俺はもう知り合いの鍛冶師に防具の製作を依頼したので大丈夫です」

「そっか……じゃあベル君は?」

「え、えーっと……」

「ちなみに俺、明日仕事だから」

「じゃあ決まりだね」

 

 と、あれよあれよという間に話が決まった。

 

 若干放心しかけているベルに帰り際、

 

「よかったな、明日はエイナさんとデートだぞ」

 

 と言ってやった。顔を真っ赤にして襲いかかられた。




ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サポーター

主人公のスキル魔法があまりにも某正義の味方の固有結界に似ているとのことでスキル名、魔法名、詠唱文を変更しました。
ご意見をくださった、みそじ様、熾火の明様、本当にありがとうございました。

そしていつの間にかお気に入り200件、UA10000突発! こんな作品を見くださる皆さま、本当にありがとうございます! 拙い作品ですができるだけ皆さまのご意見を聞きつつ、少しでも良い作品にしようと努力いたしますのでどうぞこれからもよろしくお願いします。

長々と語ってしまいましたがそれでは本編の方をどうぞ。


「よし……」

 

 ベルがデートしていたであろう日から1日明けて、俺は昨日届いた新しい防具を身に着けていた。

 

 超硬金属(アダマンタイト)で作られたライトアーマーは俺の注文通り、動きを阻害することなく、しかもかなりの強度を誇っている。恐らくこの防具で14階層くらいまではもつのでは? と思ったぐらいだ。さすが上級鍛冶師が作った防具だ。色も注文通り黒だ。

 

 ちなみにベルがデートしていたであろう、というのは昨日仕事があったのだ。それさえなければ普通に尾行して後でからかうネタにできたのに……。本当に、本っ当に残念だった。

 

 いつものように家を出て、鍵を閉める。約束はしていないがだいたいこの時間に行けばベルがいつもの広場にいるはずだ。道すがら昨日のことを振り返ってみる。

 

 昨日はこの防具に加えて、レフィーヤから興味深い話が聞けた。なんでも安全階層(セーフティポイント)にあの食人花を始めとする新種が何体も現れた、とのこと。偶然、居合わせたレフィーヤ達、【ロキ・ファミリア】と安全階層(セーフティポイント)にある街、リヴィアの街の冒険者が退治したらしいが、最近きな臭いことが多いな。

 

 事件と言えばもう1つ。【ガネーシャ・ファミリア】のハシャーナ・ドルリアさんが赤髪の女性に殺されたらしい。ハシャーナ・ドルリアと言えば【剛拳闘士】の二つ名で知られているLv.4で、なんでも頭をもぎ取られたらしい。直接面識はなかったが怪物祭(モンスターフィリア)で何回か彼のショーを見たことがあった。

 

 レフィーヤによると他にもいろいろあったようだがまだ後始末が残っているらしい。そんな忙しいなか、会いに来てくれる彼女には本当に感謝している。俺も人脈を使って犯人に該当する人物がいないか調査するつもりだ。

 

 そんなことを考えていると、いつもの広場に到着し、見慣れた頭を見つけた。

 

「おーい、ベル」

「あ、トキ」

 

 と振り向いた彼は新しい防具を身に着けていた。鉄色のライトアーマーに左手には緑玉色(エメラルド)の色をしたプロテクターをしている。

 

「わぁ、トキもこの前言ってた防具できたんだ!」

「ああ、これでやっと冒険者らしくなったって感じがするな」

「うん!」

「しかし、お前……」

 

 先程から気になっていたことを口にする。

 

「より兎っぽくなったな」

「なっ」

 

 ベルが着ると鉄色が白色に見えて彼の雰囲気と相まって本当に兎ぽく見えた。

 

 顔を赤くし襲いかってくるベル。ふっ、このくらいアスフィさんに鍛えられた俺にとってはまだまだぬるいわ!

 

「あのー、ベル様?」

 

 とふざけているところに声がかかった。

 

「そちらの方が先程おっしゃっていた……」

「ああ、ごめん」

 

 声の主はクリーム色のローブを身に着けた、100C(セルチ)ほどの女性……いや、この場合は女の子だった。その背中にはその背丈に見合わないほど大きなバックパックを背負っている。

 

「ベル、彼女は?」

「えーっと、さっきそこで会った……」

「リリルカ・アーデです」

「【ヘルメス・ファミリア】所属、トキ・オーティクスです。よろしく」

 

 と右手を差し出す。アーデさんは少し驚いた顔をしたがちゃんと握手に応じてくれた。しかし、その眼は獲物の様子を伺うような、そんな感じがした。

 

「で、どういった経緯でこんなことになったんだ? まさかベル、お前……ナンパか?」

「違うよ! さっきトキを待ってたら声をかけられたんだよ。サポーター、要りませんか? って」

 

 なるほど、逆ナンか。

 

「そういうわけですので、よろしければ同行させていただけないでしょうか?」

「構いませんよ。むしろこんな駆け出し二人と一緒でいいんですかアーデさん?」

「トキ様、リリのことはリリと呼んでください。さん付けもダメです。あと、敬語もなしです。ベル様もですよ?」

「え、でも……」

「なるほど、冒険者とサポーターの区別をキチンとするわけか。わかった。そういうことならそうしよう」

「えっ、トキ!」

「いいか、これはチャンスだ。今までのバックパックいっぱいになったらギルドまで戻ってまたダンジョンに往復するという工程が一気に改善される。しかもこれは彼女なりのけじめだ。つまり、彼女はプロだ。サポーターのプロ。そんな人が俺達みたいなひよっこに同行してくれるって言うんだ。ここは彼女の言うこと聞いておこう。な?」

「う、うん。わかった」

「ご理解いただけたようでなによりです。それじゃあ行きましょうか」

 

 ------------------------

 

「じゃあ、君は無所属(フリー)のサポーターじゃなくて……」

「そうですよ、リリはちゃんと【ファミリア】に入っています」

 

 ダンジョンでモンスターを倒す道すがら、ベルとリリはなにやら話をしていた。まあ、この辺は俺一人でなんとかなるし、そもそも俺の一存でリリの同行を決めてしまったのだ。ベルもリリを見極めるつもりなのだろう。

 

 階層を下りずにぐるぐると回る。

 

「【ファミリア】の名前は?」

「【ソーマ・ファミリア】ですよ、ベル様」

 

 ……早まったかもしれない。【ソーマ・ファミリア】はけっこう有名な派閥で探索系の【ファミリア】だが、お酒も販売している特殊な【ファミリア】だ。そのお酒は物凄く高値であり、俺とベルの装備の総額よりも高い。

 

 そんな【ソーマ・ファミリア】だが、所属する冒険者はいろいろと面倒なことを起こすとしてちょっと有名だ。そしてそのことに共通するのが、金。1ヴァリスでも多く稼ぐ、というのが【ソーマ・ファミリア】の傾向だ。

 

 そんなことを考えながら後ろのベル達を見てみると……ベルがリリの両耳をいじっていた。……何これ?

 

「ベル、何やってんだ?」

「……はっ! ご、ごめんっ!」

「あぅぅ……」

 

 リリは両耳をペタリと押さえつけ、ほんのり頬を赤く染め、上目遣いで、意地悪そうに笑った。

 

「男性の方にリリの大切な(モノ)を、あんなにめちゃくちゃにされてしまうなんて……これは責任を取ってもらわないといけませんね?」

「がんばれよー、ベル。ヘルメス様曰く結婚ってのは人生の墓場らしいぞー」

「話が飛躍しすぎだよ!」

 

 とベルをからかいつつ、ゴブリンを蹴散らす。うん、これくらいなら問題ないな。

 

「リリもそんなことは要求しません。ただトキ様と同じようにベル様もリリの同行を認めてもらえませんか?」

「……わかった。ひとまずお願いします」

「ありがとうございます!」

「えっと、こういう場合は契約金とか、そういうのは必要なんですか?」

「その場合もありますが、今日はお試しという形なので……」

「契約金については俺が払うよ」

 

 と横から声をかけた。

 

「え、いえ、でも……」

「これでも店をやっている身でな、そういった契約とかはきっちりしてないと気が済まないんだ。とりあえずそのことについて詰めたいから今度は俺と話してくれ。ベル、護衛任せた」

「うん。こんなことならバベルの食堂とかで話せばよかったね」

「言うな、俺もさっき気づいた」

 

 だって早く防具の性能見たかったんだもん。

 

 ------------------------

 

 ダンジョンはある階層を境に地形や性質が変わってくる。1~4階層はモンスターの種類も少なく、能力も高くない。しかし5~7階層は上に比べて一気に変わってくる。

 

 モンスターの種類が一気に増え、さらに産み出される間隔が短くなる。通常、これらの階層はある程度経験を積んだ下級冒険者が三人以上必要になってくる。だが、

 

「ふッッ!」

「よっ、と!」

 

 俺達の場合、少し事情が違った。ベルの爆発的な成長スピードと俺の戦闘経験により問題なく戦えていた。

 

『ギシャアアッ!?』

『ビュギ!?』

 

 上空から降下してきた『パープル・モス』を仕留め、着地。ベルと並んで突撃する先には2体のキラーアント。

 

「右任せた!」

「わかった!」

 

 打てば響くような相棒の声に若干にやけつつ、キラーアントの甲殻の隙間をナイフで刺し仕留める。

 

「いっ!?」

 

 と、横から変な声が上がった。見てみると、ベルの武器が絶命したキラーアントの体に挟まって抜けなくなっていた。

 

「何やってんだ、次いくぞ!」

「わ、わかってるよ!」

 

 言い合いつつ残存するモンスターの群に駆け出す。

 

「お二人ともお強い~!」

 

 俺達がモンスターを蹴散らす傍ら、リリは俺達が仕留めたモンスター達の死骸を1ヶ所にまとめていた。

 

 これまでの彼女の動きは本当に見事なものだった。俺とは違う警戒の仕方でモンスターとの鉢合わせを引き起こさず、今もこうしてモンスターの死骸を集めて戦闘の邪魔にならないようにしてくれる。

 

「シッ!」

『ギギッ!?』

 

 ベルは基本に忠実に、仲間を呼ぶキラーアントから倒していく。殻の硬いキラーアントは俺だと倒すのに若干時間がかかる。そこで俺よりも攻撃力が高いベルがキラーアントを片付け、他のモンスターを俺が優先的に受け持つ、という連携が言わずともできていた。

 

『──グシュ……ッ! シャアアアアアアア!!』

 

「わああっ! お、お二人ともーっ、また産まれましたぁー!?」

「ベル、お前の方が近い!」

「任せて!」

 

 ベルが壁から出てこようともがくキラーアントに疾走していく。その間に残っているモンスターを片付ける。

 

「あ~ぁ……どうするんですか、ベル様? このキラーアント、壁に埋まっちゃってますよ?」

「ど、どうしようかっ?」

 

 そんなやり取りが聞こえた。見ると壁面からキラーアントが中途半端に垂れ下がっており、リリがピョンピョンと跳び跳ねている。

 

 思わずプッと吹き出した。

 

「相変わらずどっか抜けてるな、お前」

「わ、笑わないでよ!」

「そうですね、ベル様はお強いのに、どこか変わっています」

「り、リリまで……」

 

 リリの笑い声に先程まで情けない顔をしていたベルはゆっくりと苦笑した。

 

 その後リリによってモンスターから魔石が回収される。これはリリの独壇場で俺達は警戒することくらいしかやることがなかった。

 

「はぁ~、上手いもんだねぇ……」

「リリはこのくらいしか取り柄がありませんから。このモンスター達を倒したお二人の方がずーっとすごいですよ」

「いや、逆に言えば俺達にはそれくらいしかできないからな。リリの細かなサポートは本当に助かるよ」

「またまた、ご謙遜を」

「本心だよ」

 

 リリの技術は本当に洗練されていた。モンスターにわずかな穴を開けてそこから魔石を取りだす。俺やベルと比べたらその作業効率は雲泥の差だった。

 

「ところで話は変わりますが……本当にお二人は駆け出し冒険者なのですか? こんな数のモンスターをお二人だけで倒すなんて……」

「あーそれについてはちょっとした秘密があるんだ。悪いが詮索しないでくれ」

 

 少しきつめに言い含めておく。これに関しては踏み込まれるとベルがボロを出しかねない。

 

「そうですか……。まぁ、ベル様の場合、そのお強さは【ステイタス】以外にも、武器によるところも確かにあるのでしょうが」

 

 リリの雰囲気が変わった。その目線がベルのナイフに注がれる。

 

「やっぱりそうだよね。僕もちょっとこのナイフに頼っちゃってるんだ。こんなんじゃ本当に強くはなれないかなぁ。それより、トキの方がすごいと思うよ」

「いや、俺の場合昔いろいろあってそのおかげもあるからな。それに比べればベルの成長スピードは羨ましいくらいだぜ」

「そう、かな」

 

 今、俺達はリリに背中を向けている。しかし、俺はモンスターのそれよりも人間の動きの方が敏感である。

 

「そういえばベル様。そのナイフは一体どうやって手に入れたのですか?」

「神様に……僕の【ファミリア】の主神様に頂いたんだ。トキから聞いたんだけど僕の専用武器(オーダーメイド)らしいんだ。何でも友達の神様に無理言って譲ってもらったんだって。無茶するよね」

「……それは、良い神様ですね」

 

 その声に動揺と僅かな嫉妬が含まれていた。どうやらわけありみたいだな。

 

「ベル様」

「あ、終わった?」

「あの壁に埋まっているキラーアントの魔石も取っちゃいましょう、せっかくですから」

「そうだね。トキ」

「ああ、警戒は任せとけ」

「うん、お願い。でもどうやろっか?」

「あの細い胴体を切っちゃえばいいと思います。魔石は胸の中にあるんですし。後はリリがやっちゃいます」

「なるほど。じゃあ……」

「はい、ベル様」

「え……あ、うん」

 

 仕掛けてくるか? と背後の警戒を強める。ベルはつま先立ちになり、キラーアントの胴体を切ることに夢中だ。

 

 リリから殺気にも似た気配がする。その気配が最高点まで上がる……前に俺は振り向いた。

 

「そういえばベル」

「っ!」

 

 慌てて手を引っ込めるリリ。俺からは角度的に死角になっているが気づいている。

 

「何? 今ちょっと集中してるんだけど」

「この前の『豊穣の女主人』の支払い。そろそろ返してくれ」

「あ、ごめん。忘れてた」

「やっぱりな。今回の稼ぎから返してくれればいいから」

「うん、わかったっと。はい、リリできたよ」

「えっ、は、はい」

 

 その後俺達はパープル・モスの毒鱗粉による『毒』の治療のため、バベルに戻った。




切りがいいのでここまでにします。もしかしたら次回は短いかもしれません。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

契約と更新

 ダンジョンからギルドに戻ると既に日が落ち始めていた。ギルドで治療してもらい、一旦三人でロビーに集まる。

 

「リリ、今日はありがとう」

「はい、こちらこそありがとうございました」

「それで契約の方なんだがどうする?」

 

 正直、彼女は信用できない。盗みの腕を見るにやり始めたのはここ半年くらいだろう。それくらいだったら俺がついていれば問題ないが、パーティーに盗人がいるというのはあまり気持ちのいいものではない。

 

「そうですね今日だけではやはり判断しづらいですから、一週間ほど契約しましょう」

「そうか、助かるよ」

 

 お互い握手を交わす。しかしリリ、そんな眼をしてたらいかにも何かたくらんでます、って教えているようなものだぞ。目星をつけるなら笑ってつけられるようにならなくちゃ一人前とは言えないな。

 

「じゃあ、とりあえず。はい」

 

 リリの死角からコインが入った袋を取り出す。ジャラッと大量のコインが擦れる音がした。

 

「へ?」

「なに驚いているんだ?」

「いえ……その……多くないですか?」

「そうか?」

 

 戸惑いつつもリリは袋を受けとる。その袋の中を見てさらに驚愕する。

 

「あの、これ間違いなく10000ヴァリス以上あると思うのですが!」

「足りなかったか? 一応一日2000ヴァリスの計算で14000ヴァリス入っているんだが?」

 

 これはリリと話し合ってそこから俺が独断と偏見と今日の働きぶりを見て決めた額だ。

 

「多過ぎます! リリ達サポーターがトキ様達冒険者様と同格であろうとするのは傲慢です! こんなことをされては……」

「んなこと知らねぇよ」

 

 捲し立てようとするリリの言葉を遮り、低い声で脅すように言う。

 

「いいか、俺はリリがこれまでどんな目に会ってきたか知らない。だがそんなこと抜きにして俺は俺が見たリリを評価してこの額を出した。上げることはあっても下げることはない」

「そ、それでは困ります!」

「他の冒険者と一緒にダンジョンに潜れないってか? 当たり前だ、俺はお前を逃がすつもりはない」

「え?」

「こんな駆け出し二人に付き合ってくれるサポーターなんか少数だ。リリほどの腕ならなおさらだ。正直俺はお前を他の冒険者に渡したくない。だからお前を逃がさない」

 

 腕のいいサポーターとしても、盗人としても。

 

 ゴンッ!

 

「痛ったー!」

 

 突然後ろから頭を殴られた。見るとベルのげんこつをもらったらしい。

 

「そこまでにしなよ。まるで脅しているようじゃないか」

「脅しているようじゃない。脅してるんだ」

「なおさら悪いよ! リリは女の子なんだからもっと優しくしないと!」

「いや、これはビジネスの話で……」

「あーもう! トキは黙ってて!」

 

 ベルの気迫に圧されてしまった。こういう時のベルは妙に頑固だ。

 

「えーっと、その……」

「あ、リリごめんね」

「いえ、それでこのお金は……」

「ああ、その額については僕も賛成。本当は僕も支払わなくちゃならないんだろうけど僕、そこまでお金持ってないから。その代わり明日からはリリの分まで一杯稼ぐからさ。だから、僕達とまたダンジョンに行ってくれない?」

「……はい、わかりました。このお金は貰っておきます。それではまた明日」

 

 リリはバックパックを背負い直し、帰っていった。

 

 ------------------

 

「ベル、ちょっといいか?」

「ん? なに?」

 

 リリに続いて帰ろうとするベルに先程ダンジョンでの窃盗未遂を話す。

 

「そんなことが……」

「どうする? 俺は利益だけを見て契約したが、お前が嫌なら本当に一週間だけの契約にするが……」

「……トキはどう思う?」

 

 ベルに尋ねられ、考える。思い出すのはダンジョンでのベルの答えに対するリリの動揺。

 

「……同情の余地はあると思う。なんらかの目的のために金が必要なんじゃないかな?」

「なら大丈夫だよ」

「お前なぁ、自分の武器がスられそうになったんだぞ?」

「でも結局、盗られなかったじゃん。それにトキがそう言うなら信じても大丈夫だよ」

「いや、俺は信じるなんて一言も……あーもういいや。じゃあリリの契約金は俺が払うから、そのかわりリリ自身の問題はお前に任せる」

「えっ」

「おそらくリリが抱えている問題は金なんてシンプルなものじゃない。俺は盗みを働くようなやつに親身になるなんてできない。だからお前がリリの問題を解決してやれ」

「……そういうことなら任せて」

 

 あー、やっぱりこいつ底抜けのお人好しだ。ま、そこがこいつのいいところでもあるが。

 

「じゃあ、頼むぞ」

「うん」

 

  ベルは力強く頷いた。

 

 ------------------

 

 ベルと別れた後、俺は【ヘルメス・ファミリア】のホームに向かっていた。現在、団長であるアスフィさんが留守のため、【ファミリア】の事務仕事を手伝っている。というか任されている。曰くトキがやるのが一番速くて正確だ、とか。こっちとしては堪ったものではないが。

 

 トキ・オーティクス

 事務Lv.3

 大抵の事務仕事をこなすことができる。団長や主神が眼を通さなければいけないものは不可。

 

 で、ホームに帰ってみると。

 

「あ、アスフィとヘルメス様帰ってきてるよ」

 

 と団員の人に言われ、急いで団長室に向かう。

 

 扉をノックする。

 

「どうぞ」

「失礼します」

 

 中に入ると、アスフィさんが書類に目を通していた。

 

「ああ、トキ。お帰りなさい」

「ただいま戻りました。そしてお帰りなさい、アスフィさん。随分早かったですね」

「……ええ」

 

 あ、これすごく面倒くさいやつだ。

 

「えーっと、俺でよければ愚痴に付き合いますよ」

「ありがとう。では……」

 

 そこから延々と続くアスフィさんの愚痴。どうやら今回は何か目的があったらしいが、ヘルメス様の勘とかで急遽戻ってきたらしい。

 

 俺はその話を書類を手伝いながら聞き、時折相づちを打った。

 

「ふー。今回はこんなところですかね。いつもありがとう」

「いえ、【ファミリア】の末端である俺にできることと言えばこれくらいしかありませんから」

「他の団員もあなたを見習って欲しいものです。と、これでとりあえずは終わりです。ご苦労様でした」

「はい。じゃあこっちの書類は俺がヘルメス様に渡してきます」

「では私は少し休ませてもらいます」

 

 書類を持ち、部屋を出る。

 

 ヘルメス様は旅好きで俺もいろんなところに連れていってもらった。そのヘルメス様の我が儘に付き合わされているのが団長のアスフィさんだ。神の気まぐれに振り回される彼女を少しでも休ませようとこういった雑用は今でも続けている。

 

 そんなことを考えているとヘルメス様の部屋にたどり着いた。ノックをする。

 

「どうぞー」

「失礼します」

 

 中に入るとヘルメス様は何かメモのようなものを書いていた。

 

「ヘルメス様、書類を持ってきました」

「わかった。本当はアスフィが全部処理してくれればいいのに」

「無理を言わないでください。アスフィさんでも全部が全部、処理できるわけではありません」

「はいはい。こういうところはアスフィに似ちゃったんだよなー」

「誉め言葉として受け取っておきます。ついでに【ステイタス】の更新もお願いします」

「よし、きた!」

「そっちは喜ぶんですね……」

 

 若干あきれつつ、上着を脱ぐ。いつも通りヘルメス様の指先が走り【ステイタス】が更新され……その手が止まる。

 

「? どうかしましたか?」

 

「トキ、一体なにがあった?」

 

 …どうやらすごい数値になっているらしい。

 

 でその数値がこちら

 

 トキ・オーティクス

 Lv.1

 力:H105→F341 耐久:I16→F327 器用:H130→E439 敏捷:H154→E461 魔力:G225→D523

《魔法》

【インフィニット・アビス】

・スキル魔法。

 ・『神の力』の無効化。

《スキル》

【果て無き深淵】

 ・スキル魔法。

 ・『神の力』の無効化。

 

 ………………え、何これ? 熟練度上昇トータル1100オーバーって……。

 

「ヘルメス様、写し間違えてたりとかしませんか?」

「君の気持ちはよくわかる。しかし現実を受け止めるんだ!」

 

 そういうヘルメス様の顔はとても嬉しそうだ。

 

「それで? なにがあったのか言ってごらん?」

 

 まあ、こんな値になることなんて一つしか心当たりがない。俺はヘルメス様に怪物祭(モンスターフィリア)でのことを話した。案の定、ヘルメス様はめちゃくちゃ笑顔になった。

 

「しかしこれでロキに借りができてしまったね」

「申し訳ありません」

「いいよいいよ。無事でなによりだ」

 

 しかしあの食人花、すごく強かったけどそのおかげでこんなに成長するとは思わなかった。どうやらやつの能力(ポテンシャル)はLv.2以上だったらしい。……ていうか既に魔力がD越えちゃっているんですけど。

 

 ……これじゃあしばらく【ステイタス】を交渉材料にすることはできないな。こんなの見せられないよ。

 

「ではヘルメス様、俺はこれで失礼します」

「ちょっと待ってくれ。この書類の処理を……」

「手伝いません」

 

 後ろでさらに何か言っている主神の声を無視し、俺はホームの部屋に戻っていった。




うーん、リリのところが強引すぎたかな? しかし自分にはこれ以上書けませんでした。すいません。
そしてひさびさ……というかこの作品2回目の【ステイタス】更新です。上がりすぎな気もしますが、あの食人花を相手どったんだからこれくらいは上がるかな? って思いながら書きました。
ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

成果

【ステイタス】を更新した翌日。俺達は早朝からダンジョンに赴いていた。さらにリリから特に期限を設けずに契約したい、と言われた。……やっぱり強引すぎたか。

 

「ベル様、トキ様、改めてリリを雇って頂いてありがとうございます。お二人に見捨てられないよう、リリは鋭意努力しますよ」

「見捨てるって、そんなことしないよ。僕達はリリ以外のサポーターの当てなんてないし。ね、トキ」

「俺ははなからリリを逃がすつもりはない。……まあ、昨日はちょっと強引すぎた。すまなかった」

 

 頭を下げる。どうもベルに手を出そうとしていたから気づかぬうちにかなり頭に血が上っていたらしい。

 

「昨日の金は謝罪料としてリリの懐に納めてくれ」

「わかりました。それに昨日はリリも少し強引だったと反省しています。ですから頭を上げてください」

「わかった」

 

 まあ、昨日の事でベルも最低限は警戒しているようだし、俺も気をつけておれば大丈夫だろう。

 

「それでお二人とも、本日の予定を伺ってもよろしいですか?」

「えっと、今日も7階層に行って夕方まで粘ろうと思ってるんだけど。リリとトキは平気?」

「俺の方は問題ない」

 

 ダンジョンに潜る時の予定は基本的にベルが立てることになっている。理由としては俺とベルとでは経験の差があるため、ベルのペースに合わせることになっているのだ。……まあそれで一週間とちょっと前にミノタウロスに追いかけられる羽目になったのだが。

 

「お二人がお決めになられたのならリリはそれに従いますよ。でも、いいんですか? リリはご覧の通りサポーターですから、戦力としてはお役に立てません。お二人はずっと連戦することになりますよ?」

「それは大丈夫。ずっと二人で戦って来たし、それに僕、今日は溜まっていた【ステイタス】を神様に更新してもらったから」

「奇遇だな、実は俺も昨日、【ステイタス】を更新してもらったんだ」

「へー、どれくらい上がったの?」

「具体的には言えないがかなり上がった、と言っておこう」

「実は僕もなんだ!」

 

 こいつの言うかなりは本当にかなりだから俺も油断できない。

 

「それより、リリの方に負担をかけちゃうことになると思うんだけど大丈夫? 二人分だし、ドロップアイテムが立て続けに出たら荷物がすごいことになるし……」

 

 そう、リリはしっかりしているし、盗みを働くようなある意味賢い性格だが、その種族は犬人(シアンスロープ)、しかも子どもだ。ヒューマンよりは体力があるだろうがその小さい体にはとても体力があるようには見えない。

 

「心配はご無用ですよ、ベル様。リリも『神の恩恵(ファルナ)』を授かっている身ですからね、荷物がかさばったくらいでへばったりしません」

「そういえば【ファミリア】の団員から聞いたことがある。スキルの中には一定の装備過重時に補正がかかるスキルがあるって。まさかリリはそれを発現しているのか?」

「はい、お察しの通り、リリにはそのスキルが発現しております」

「ええっ! リリ、スキル発現してるの!?」

 

 おい、ベル。顔が羨ましいって言ってるぞ。

 

 そんなベルの様子にリリは苦笑して顔を振る。

 

「持っているだけマシ、というような情けないスキルです。ベル様が考えているような『恩恵』ではありませんよ?」

「それでもいいよ。僕なんてまだ1つもスキル持ってないし……。同時に冒険者になったトキはもう発現してるし……」

「いや、聞く限りだとお前はずっと農民だったんだろ? 経験の違いだ。俺はヘルメス様に世界中引っ張り回されていろんな経験したからな」

 

 尤もベルの成長スピードは異常だからなんらかのスキルを発現していてヘスティア様がそれを本人に教えていないっていう可能性もあるが……まあ、俺には関係ないか。

 

「やっぱり羨ましいなぁ。スキルも魔法もそう滅多に手に入るものじゃないんでしょう? 僕なんて魔法だってないし……あ、そういえばリリは魔法も発現してるの?」

「……残念ながらリリも魔法は発現していません。一生自分の魔法を拝めない人は多々いると聞きますので、リリも例に漏れずそのケースかと」

 

 ……嘘だな。僅かだが声が震えていたし、声のトーンが落ちていた。まあ、【ステイタス】を隠すのは当然の事だが。

 

「おい、ベル。あんまり【ステイタス】の内容に大きく踏み込むのはマナー違反だぞ。エイナさんに教わっただろ?」

「あ、ごめんリリ。ついトキに聞くような感覚で聞いちゃった」

「いえ、問題ありません。ベル様がそういう人だっていうのは昨日から何となくわかっていましたから」

「あとさ、本当に契約金とか前払い金はいいの? まあこれは僕が言えることじゃないけど」

「そうだぞ。金額を指定してくれれば昨日とは別のをベルと検討して払うから。あんまり法外でなければ」

 

 これは今日、改めて契約する時に儀式した際、リリに言われたことだ。報酬はダンジョン探索での収入の分け前だけでいいと。いくら疑わしくてもそれはそれ、これはこれと反論したのだが、結局俺が折れることになった。リリ、意外と強情だった。

 

「ええ、構いません。トキ様がしっかりなさっているので配分はきちっとしてくれるでしょうし。……それに」

「それに?」

「……それに、そちらの方がお二人にも都合がよろしいでしょう?」

「え?」

 

 先程までの朗らかな態度とは違い、嘲りと自嘲を滲ませた声。そんな一瞬の彼女の言葉に少し動揺する俺達。

 

「さぁ行きましょう。お二人が頑張ってリリの食いぶちをふやしてくれれば、何も問題はありませんから!」

「う、うん……」

「……わかった」

 

 今の態度……。

 

「ベル」

 

 リリに聞こえないようにベルに小声で囁く。

 

「な、何?」

「今の言葉、おそらくリリの本心だ」

 

 ──お前達も他の冒険者と同じなんだ。

 

 俺にはそう聞こえた。

 

「リリの抱えている問題はけっこう根深いかもしれないぞ」

「う、うん。でも……」

 

 先程までとは違い、ベルは決意の眼差しでリリを見ていた。

 

「それならいっそう、リリの力になりたい」

 

 やっぱりこいつ、いいやつだ。

 

 ------------------

 

「はあ!!」

「せい!!」

 

 襲いかかってくるモンスターを倒していく。今の群れはこれで最後だ。

 

「ねぇ、けっこういい感じだよね」

「そうだな、順調だな」

 

 リリが魔石を回収してくれる間、ベルと二人でそんなことを話す。

 

「……ねぇ、トキ」

 

 突然、ベルが声を低くする。このトーンは、なにかを聞く時のトーンだな。

 

「8階層まで行ってみない?」

「は?」

「ほら、僕もトキも【ステイタス】が上がった所為かこの階層でもけっこう余裕あるじゃん? だからさ今日はこれから8階層に挑戦してみない?」

「お前なぁ、それで一週間とちょっと前にミノタウロスに追いかけ回されたのおぼえてないのか? 7階層だって3日前に到達したばっかだぞ」

「で、でも……」

 

 おい、目を潤ませるな。いじめているみたいじゃないか。

 

「はあ、しょうがない。リリ、ちょっといいか!」

「はい! なんですか!」

 

 と、リリは作業の手を止めて、こちらに振り返る。

 

「作業中すまない。一つ聞きたいんだがリリの到達階層ってどこまでなんだ?」

「えーっと、11階層までですが?」

「じゃあリリから見て今の俺達は8階層で通用するか?」

「そうですね……はい、問題ないと思います」

「よし、いくぞベル!」

「ええ!? なんで僕の時は渋ってリリの時は何も言わないの!?」

「馬鹿、お前は素人、リリは先輩。どっちの言うことを聞くかなんて考えるまでもないだろ」

「ぐ、それはそうだけど……」

「あ、あの……」

 

 なんか納得いかない、と言っているベルを無視し、リリの方を向く。その顔は驚いていた。

 

「リリの言葉を信じるのですか?」

「当たり前だろ。ここで嘘をついてもリリにはメリットがないだろ?」

「それは……そうですが……」

 

 それにこれはベルが突発的に言ったことだ。リリがなにか罠を仕掛けているとは考えにくい。

 

「それじゃあ、8階層まで行くぞ!」

「あの、まだ作業が残っているんですが……」

「……すまん」

 

 ……ちょっとはりきりすぎました。

 

 ------------------

 

 やはりリリというサポーターの存在は劇的であった。

 

 まず、彼女がバックパックを持っていてくれるため、俺達は溜まってた戦利品をいちいちギルドに換金する必要がなくなった。戦闘した階層から地上までけっこうあるし、バベルの換金所は混んでいるからギルドまで移動しなければならなかったが、(まあ、俺が影の中に入れてもよかったのだが俺の影はなぜか魔石は入らないから結局あんまり変わらなかったりする)今日はその手間がなくなり、ずっとダンジョンに潜っていられた。

 

 さらにバックパックを背負わなくてよくなったため、俺もベルも戦闘に集中できるようになった。

 

 俺とベルが素早くモンスターを倒し、リリが魔石と時折出るドロップアイテムを回収していく。

 

  その結果、ギルドの換金所から受け取った今日の稼ぎは……

 

「「「……」」」

 

  口が開いた袋の中身を三人で頭をくっつけ一緒に覗き込む。その中身は、ぎっしりと金貨だった。大金を見るのは初めてではないが、いつもより眩しく見える。

 

「「53000ヴァリス……」」

 

  ベルとリリが呟き、三人一緒に顔を上げる。そして次の瞬間、

 

「「やああーーーーーーっ!!」」

「っしゃあっ!!」

 

 歓喜に声を上げ、文字通り飛び上がった。

 

「すごい、すごいですっ! ドロップアイテムはそこそこ出ましたが、それでもお二人で50000ヴァリス以上稼いでしまいました!!」

「わっ、わっ、わっ! 夢じゃないよね! 現実だよね!? 一日でこんなにお金が手に入るなんて……これもリリのおかげだよ!」

「まったくだ! ありがとう、リリ!」

「馬鹿言っちゃいけないです、お二人ともっ。モンスターの種類やドロップアイテムにもよりますけど、Lv.1の五人組パーティが一日かけて稼げるのが25000ヴァリスちょうどくらいなんです。つまり、お二人は彼等の2倍以上の働きをしたことになりますっ!」

「いやあ、ほら、兎もおだてりゃ、木に登るって言うじゃない! それだよ、それ! ね、トキ!」

「何言ってるか全くわからんがここは便乗しておく! うん、ベルの言う通りだ!」

「では、リリも便乗しておきます! お二人ともすごい! まだまだ上を目指せますよ!!」

「誉めすぎだよぉリリ!」

 

 周りの迷惑も気にせず三人ではしゃぎまくり、イエーイ、とハイタッチする。

 

「……では、お二人方、そろそろ分け前をいただけませんか?」

「うん、はい!」

 

 どばっっ、とベルがリリに袋を渡す。その額、18000ヴァリス。

 

「…………へ?」

「あ、これ俺から」

 

 自分の袋から1000ヴァリスを渡す。これで分け前はベル17000、俺17000、リリ19000だ。

 

「ちょ、ちょっと!」

「あぁ、これだけあれば普通に神様へ美味しいものを食べさせてあげられる…!」

「今度ヘルメス様に何か……いや、ここはお疲れであろうアスフィさんか……?」

 

 これだけ稼いだんだ。貯金じゃなくて日頃お世話になっている人にささやかながらプレゼントを渡したい。

 

「お、お二人とも、これは……?」

「分け前だよ、きまってるじゃん!」

「俺からはまあ、初日だし少し色をつけた。まあ契約金も払わなかったしこれくらいはいいだろ?」

「あ、そうだ! せっかくだし、良かったらこれからみんなで酒場に行かない? 僕、美味しいお店知ってるんだ!」

「お、いいね! リリの分は二人で割り勘して、今日の稼ぎとリリとの契約を祝していっちょやるか!」

「じゃあ、行こうリリ!」

「お、お二人とも!」

 

 善は急げと荷物をまとめ出した俺達にリリが叫んだ。

 

「ん? どうかしたか? 言っとくがこれ以上は分けられないぞ?」

「そ、そうじゃなくて……ひ、独り占めしようとか……お二人は、思わないんですか?」

「え、どうして? 僕達だけじゃこんなに稼げる筈なかったよ。リリがいてくれたから、でしょ?」

「正当な働きに正当な報酬を支払う。冒険者の前に人間として当然だろ?」

「「だから、ありがとう。これからもよろしく(ね)」」

 

 俺達は上機嫌でそう言った。

 

「リリに会えて本当に良かったよ」

 

 と、ベルは付け加えた。

 

「なんだ~ベル。告白か? 口説いてんのか?」

「ち、違うよ!」

 

 とテンションが上がりっぱなしの俺達。

 

「……変なの」

 

 だからその言葉を見事に聞き逃した。

 

 




うーん、稼ぎすぎたかな? ベルの【ステイタス】はトキと一緒に冒険している分、原作よりも少し低いですが、単純に二人がそれぞれ戦うので2倍くらいかな? と思ってこの額にしました。
……いや、トキがいる分モンスターの倒す回数と負けたくないという競争心で原作と同じくらいかな? どう思いますか? よかったらご意見ください。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

突撃! 隣の【ロキ・ファミリア】!

今回の話は自分的に書きたかったエピソード、第3位くらいの話です。まあ、クオリティは高くないと思いますが……。


 ベルとリリと『豊穣の女主人』でささやかな打ち上げをした翌日。俺は朝からある資料を作っていた。(ちなみに今日は仕事である)

 

 その資料とは3日前にレフィーヤが言っていた赤髪の女の資料である。別に頼まれた訳ではないが、レフィーヤの話の中で、あのヴァレンシュタインさんと互角以上に戦っていた、という信じがたい話を聞いた。

 

 さすがにそんな人物がオラリオを堂々と闊歩している訳がないが、明日は我が身とも言うし、何より知人が襲われたというのは放っておけない。

 

 そこで今日は仕事を午前まで行い、午後はその女の調査に当てようと思っている。

 

 コンコンコン。

 

 いつも通りの控えめなノック。資料から目を離し、部屋にかけられている時計を見る。午前9時、レフィーヤがいつも来る時間だった。

 

「もうこんな時間か……」

 

 筆─アスフィさんからいただいた少量の血をインク代わりにできる魔法具(マジックアイテム)─を置き、玄関に向かう。

 

 扉を開けようとし……固まった。

 

(あれ? なんか多いぞ?)

 

 1、2、3……7人?

 

 いや、多すぎだろ。え、何? 今日なんか大勢来る予定とかあったっけ? あれれ? おかしいな? なんだか嫌な予感がするぞ?

 

 恐る恐るドアを開ける。

 

 ガッ!

 

「うわっ」

「ちょっと、団長が来てるのよ。1秒以内に開けなさい」

「まあまあ、ティオネ。僕達が押し掛けたんだから無理を言っちゃ駄目だよ」

「はい、団長!」

「よー、少年! 久しぶりやな!」

「遊びに来たよー!」

「……お邪魔します」

「当然大勢で押し掛けてすまない」

 

 突如、扉を強引に開けられ、そこにいたのは【ロキ・ファミリア】の幹部(一部を除く)の面々、そしてその主神ロキ様だった。

 

 無言でノックしたレフィーヤを見る。彼女はとても困ったように笑っていた。

 

「……どう言うこと?」

「あ、あはははは……」

 

 取り敢えずこのままという訳にもいかないので応接室に通した。……あれ、椅子足りたっけ?

 

 ------------------------

 

【ロキ・ファミリア】の方々にお茶を出し(椅子もコップも足りました)、なぜ来たのか聞いてみた。その内容をまとめると。

 

 さて、今日もトキの所にいこうかな→あ、レフィーヤどこいくの? え、彼氏くんのとこ? じゃあわたしも行く! →なんやどっか行くんか? え、あの少年のとこ? んならウチも行く! アイズたんも一緒に行こう!→……うん→ん? 彼のところに行くのかい? ちょうどいい、彼とは1度ゆっくり話して見たかったんだ→団長も行くなら私もいくわ! →そうだな、彼にはレフィーヤがいつも世話になっているしな。きちんとお礼をしに行くか→結果←今ここ

 

「……頭痛くなってきた……」

「ご、ごめんね?」

 いや、レフィーヤが謝ることじゃない。

 

「しっかし少年、君いいとこ住んどんなぁ」

「ヘルメス様と旅をしている時にお金を度々稼ぐ機会がありまして。その時のお金を全部つぎ込んだ結果です」

 

 まあ、オラリオに来てからもそういった機会はあったけど。

 

 ぐぅ~。

 

 その時、俺の腹が鳴った。咄嗟に押さえる。

 

「そういえば朝食まだだった……」

「あ、じゃあ私何か作るよ」

「いや、いいよ。一応お前、客なんだし」

「私がやりたいの。いいから座ってて。台所のもの借りるね」

「ああ。いつも悪いな」

 

 いつも通りのやり取り。そんなやり取り見てを【ロキ・ファミリア】の方々がひそひそと何か言っている。

 

「何かレフィーヤ、生き生きしてない?」

「そうね、自然体というか……」

「まるで恋人同士の会話だな」

 

 俺は何も聞いてない俺は何も聞いてない。

 

 しばらくして台所からいい匂いが漂ってくる。

 

「お待たせ、あんまり材料なかったからそんなに量ないけど」

「いや、作ってくれるだけで助かるよ。でも食材は仕入れないとな」

 

 レフィーヤが持ってきた料理を口に運ぶ。うん、今日もうまい。

 

「なんや、レフィーヤ。まるで通い妻みたいやな」

「ぶっ」

「ロ、ロキ。からかわないでっ」

 

 ニヤニヤしながら茶々を入れてくるロキ様を無視しつつ少し遅めの朝食を終える。

 

「ふー、ご馳走様」

「はい。ところでトキ、どうして朝御飯食べてなかったの?」

「ん? ああ、ちょっとした資料作りに夢中になってな。あ、そうだ。フィンさん、ちょっといいですか?」

「なんだい?」

「俺が作った資料を見て欲しいんです。今持ってきますから」

 

 と言ってリビングから先程作っていた資料を一部持ってくる。

 

「これなんですが」

「これは……18階層を襲撃した女の資料か」

「はい、レフィーヤから話を聞いて今日の午後から目撃者がいないか調査しようと思っていたところです。それでこの資料に不備はありますか?」

「……いや、特にはないな。リヴェリア、アイズ、君たちはどう思う?」

「どれ? ……うん、私も特に不備はないと思う」

「……私も」

「ありがとうございます。ではこれで今日は調査を進めようと思います」

 

 やっぱり当事者がいると、資料の信頼度がグッと上がる。

 

「しかし、いいのかい? 君は【ロキ・ファミリア】でも、ましてあの現場にいたわけでもないだろう?」

「いえ、どんな縁があってうちの【ファミリア】に影響があるかわかりませんから」

「……そういえば」

「どうしたんですか? ヴァレンシュタインさん」

「アイズでいい」

「わかりました、でどうしたんですか?」

「18階層でその女が狙っていた荷物を【ヘルメス・ファミリア】の人が持ってた」

「名前は確か……ルルネさん、だったかな?」

 

 ルルネ・ルーイ。【ヘルメス・ファミリア】所属のLv.3の第二級冒険者。主に盗賊(シーフ)の役割をすることが多い。お金に目がない。

 

「……すいません、一気に当事者になりました」

「はははははは! 大変やなぁ少年!」

 

 コンコンコン。

 

 その時、ドアををノックする音が聞こえた。

 

「はーい」

 

 立ち上がり、玄関のドアを開ける。

 

「やあ、今いいかな?」

 

 そこにいたのは【ヘファイストス・ファミリア】の売店で働いている売り子の人だった。

 

「あ、いつもの用件ですか?」

「そうなんだ。しかもけっこう量があってね。頼めるかい?」

「はい、大丈夫ですよ。では庭の方へ移動しましょう」

 

 ------------------------

 

 レフィーヤside

 

「ねぇ、レフィーヤ」

「なんですか?」

「あれ、何やってるの?」

 

 私達の視線の先にはトキが剣を振っていた。その近くではさっき来た人が真剣そうに彼を見ている。

 

「あれは武器の良し悪しを見ているんです」

「武器の良し悪し?」

 

 ちょうどトキが剣を振り終わったようだ。

 

「どうだい?」

「そうですね。剣の長さが若干短いですね。重さも若干軽いですし、小人族(パルゥム)や歳が若いヒューマンとかがいいと思います」

「なるほど……。次はこの槍をお願いできるかな?」

「わかりました」

 

 そう言って剣を渡し、今度は槍を受けとり再び振る。

 

「ああやって武器の特徴を掴んでどんな相手にお薦めしたらいいか調べているんです」

「へー」

「まあ、あんまり上手くはないようだね」

「少しかじった程度だそうです。彼の得物はナイフとハルペーですから」

「ハルペーって……また使いにくいものを……」

 

 その後、その作業は小一時間続いた。

 

 sideout

 

 ------------------------

 

 作業が終わり、お客さんが帰った後、再び【ロキ・ファミリア】の面々と話をする。……正直、かなり緊張する。

 

「……ねぇ、ちょっといいかな?」

「はい、なんですか?」

「5階層でミノタウロスに追いかけられたの、君?」

「ええ、そうですよ。その節はどうもありがとうございました」

「ううん、もともとを言えば私達の責任だから」

「……いや、第一級冒険者が束になってかかったらさすがのミノタウロスも逃げ出しますよ」

「……それに逃げられちゃったし」

「……は?」

 

 言っている意味がわからなかった。ミノタウロス以外にも何かに逃げられたのか?

 

「君とパーティ組んでいる子に逃げられちゃったし……」

「……あ」

 

 そういえば、ベルのやつ文字通り脱兎の如く走り去っていったな。

 

「なんですかその人は! アイズさんに助けてもらって逃げ出すなんて!」

「あの時の私、怖かった?」

「……くっ」

 

 そういうことか。て言うかアイズさん気にしてたんだ。

 

「?」

「ああ、いえ。なんでもありません。結論から言いますとあいつはアイズさんが怖くて走っていった訳じゃありません」

「じゃあどうして?」

「自分がモンスターに追いかけ回されて、もうだめだーって時に颯爽とそのモンスターを倒してくれて、しかもそれが超美人で強いと有名な【剣姫】だったんです。そのあまりの美しさと強さに思わず逃げ出したくなっちゃったんですよ」

「えーなにそれー」

「うん、わかる」

「わかるの!?」

 

 とまあこんなやり取りをしていた時のことだった。

 

 コンコンコン。

 

「おーい、トキよ。いるかー」

 

 たまに来る知人……というか知神の声がした。

 

「ん? 今の声……」

「はーい、今開けまーす」

 

 ドアを開け、そこに立っていたのはやはり想像した通りの神様だった。

 

「おー、メルクリウスやないか! 久しぶりやな!」

 

 俺の後ろからロキ様がひょっこりと顔を出す。

 

「うん? ロキじゃないか! なんでいるんだ?」

「いやー、この少年がうちの子の彼氏言うから、どんな子か確かめよー思おてな。そういう自分は何しに来たんや?」

「ああ、それはな……」

 

 メルクリウス様は持っていた手荷物を取り出す。それはポーションのようだった。

 

「新製品の相談だ」

 




書きたいことが多過ぎて長くなりそうなのでここで一旦切ります。すいませんでした。

そしてオリ神様登場。メルクリウスはローマ神話の商業を司る神でギリシャ神話のヘルメスと同一視されるとか。まあ具体的なエピソードは知らないんですけどね。

また今回出てきた【ヘファイストス・ファミリア】の売り子は今後の登場予定はありません。いわゆるモブです。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

密着! 『深淵の迷い子』!

今回、前回よりも会話文が多いです。オリジナル回だから仕方ない、ということにしておいてください。


【メルクリウス・ファミリア】はポーションやダンジョンで使うアイテムなどを売る商業系の【ファミリア】だ。商業系で有名なところを挙げると【ディアンケヒト・ファミリア】などがあるが、【メルクリウス・ファミリア】はそれほど大規模ではない。

 

 しかし、【メルクリウス・ファミリア】の最大の特徴は変わり種の商品が多いところである。特定のモンスターしか誘き寄せられない血肉(トラップアイテム)や特定のモンスターを長時間マーキングするペイントボールなど、使い道が限定されているが確かに役に立つアイテムを売る、知る人ぞ知る名店なのだ。

 

「それで今回はどのような商品なのですか?」

「うむ、実はな」

 

 そう言ってメルクリウス様が取り出したのは先程、ちらりと見せたポーション瓶だった。中に入っているのは……高等回復薬(ハイ・ポーション)

 

「なんやそれ? 見た目ただの高等回復薬(ハイ・ポーション)やないか」

「ちっちっちっ。違うんだなそれが。これは! 我が【ファミリア】が開発したその名も! 解毒高等回復薬(ハイ・ポーション)だ!」

 

 立ち上がり、ポーション─メルクリウス様曰く解毒高等回復薬(ハイ・ポーション)─を掲げる。

 

「あの、座ってください」

「うむ、失礼した」

 

 俺の催促に素直に応じるメルクリウス様。

 

「解毒高等回復薬(ハイ・ポーション)と言うと……依然開発された解毒回復薬(ポーション)高等回復薬(ハイ・ポーション)版と言うことですか?」

「うむ。お主のあのアドバイスから早1年。ついに完成したのだ!」

「おめでとうございます」

「うむ、ありがとう」

 

 一年ほど前、俺はどこからかここの噂を聞き付けてきたメルクリウス様にヘルメス様との旅の途中で見つけた様々な素材の話をした。そしたらなんと、メルクリウス様は【ファミリア】の団員の一部を率いてその素材を取りに行き、新商品を次々と開発。知る人ぞ知る名店となったのだ。

 

「では、少し効果を試してみてもいいですか?」

「うむ」

 

 メルクリウス様からポーション瓶を手渡される。瓶を開け、中の液体を1滴手に垂らし、匂いを嗅ぐ。……あれ?

 

「あのー、メルクリウス様?」

「なんだ?」

「なんですか、この匂い?」

 

 臭くはない。しかし、いい匂いでもない。かといって無臭とも違う。なんとも表現しがたい匂いが漂っていた。

 

「うむ、匂いについては未だ改良中なのだ!」

 

 いや、それ威張っていうことじゃありません。

 

 気を取り直して雫を舐めてみる。……うん。

 

「メルクリウス様」

「味も改良中だ!」

 

 だから威張って言うことじゃありません。

 

「それで、どう思う?」

「そうですね……ちなみに生産費用は?」

「ちょっと待て、確かこの辺りに……と、あったあった。えーと……」

 

 ------------------------

 

「なあ、レフィーヤ」

「なんですか、リヴェリア様?」

「あれはいったい……?」

「あれはメルクリウス様の新商品をどれくらいの値段で売れば一番売れるか、って話しあっているんです」

「はぁ? 高けりゃいいんじゃないの?」

「私も最初はそう思っていたんですけど……例えば極端な話、回復薬(ポーション)を10000ヴァリスで売ってたらティオネさんは買いますか?」

「そんなの買うわけないじゃない」

「そんな風に、ものにはそれぞれ売る適正価格? っていうのがあるらしいんです。それをメルクリウス様はトキに相談しに来たんです」

「えーと、それってすごいの?」

「せやな、自分の【ファミリア】の構成員ならともかく他の【ファミリア】の人間に話すことやないなぁ。それで適当な額を言われたら商売に失敗してまうからなぁ」

「トキはそんなことしませんよっ」

 

 ロキの言葉にレフィーヤが少し強めの声で反論した。

 

「だってトキは、この仕事に誇りを持っていますから」

 

 そういう彼女の顔は正に恋する乙女の顔だった。

 

 ------------------------

 

「ではこの価格で様子を見ましょう。また何かあったら来て下さい」

「うむ、この度も助かったぞトキよ!」

 

 そう言ったメルクリウス様はポーションをしまうと懐から大きな袋を取り出す。

 

「ではこれは今回の相談料だ!」

「あの、メルクリウス様。毎回言いますが俺は相談料をもらうために相談にのっている訳では……」

「わかっておる。しかしお前のおかげで利益が上がっているのは確かなのだ。何も言わず受けとれい!」

「は、はい」

 

 ちなみにこれ、渋ると翌日あたりに倍額で押し付けられる。しかも外で、大声で。さすがに近所迷惑の元となるのでおとなしくもらっておく。

 

「それでトキよ、我が【ファミリア】に入る気にはなったか?」

「あ、なにしとんのや、メルクリウス! 少年を勧誘してんのはウチやぞ!」

「笑わせるでない! こっちは1年前から勧誘しておるのだ!それでなくともトキは倍率が高いのだ! こんな面白く、有能な子は滅多にいないからな!」

「あの、そのことなのですがメルクリウス様。自分は一月ほど前に正式に【ヘルメス・ファミリア】の団員になりましたので……」

「うむ、そうだったか。では勧誘は諦めよう」

 

 ほっ、よかった。これで勧誘してくる神様が一人減った。

 

「ではトキよ、我が【ファミリア】に改宗(コンバージョン)する気はないか?」

「いや、それ意味同じですから!!」

 

 断るのに30分かかった。

 

 ------------------------

 

 さて、そんなこんなで時間が過ぎていき、昼食の時間。しかし、食材がないためどこか食べに行こうとしたのだが……

 

「大丈夫、私がすぐに買って来て作るから!」

 

 というレフィーヤの意見に押され、【ロキ・ファミリア】の面々は買い物に出てしまった。というか一緒に行こうとしたら断られた。解せぬ。

 

 ということで、同じく留守番しているロキ様と暇つぶしにチェスをすることになったのだが……

 

「いやー強いですね、ロキ様」

「にゃはははは! そういう少年も強いやないか」

「さっきから思っていたんですけどその少年っていうの呼びづらくありませんか? トキでいいですよ」

「そうか、なら今度からそう呼ばしてもらうわ」

「ただいまー……て何、この空気?」

 

 ちなみに俺、自覚があるくらい負けず嫌いである。

 

「あ、お帰りなさい」

「おかえりー」

 

 そう言いながらもお互い視線をチェス盤から離さない。

 

「むむ、これは……」

「両者互角。一歩も引いてないね」

 

 帰ってきたフィンさんとリヴェリアさんが近づいて盤を覗き込んでくる。

 

「これでどうや」

「甘いです」

「なんと」

「ふふふふ」

「ねぇティオネ、チェスってあたしやったことないけどこんな雰囲気でやるものなの?」

「私もやったことないけど多分違うわ」

 

 それからずっとお互い喋らずチェスを続ける。

 

「皆さん、昼食ができました」

「はーい」

「ほら、二人とも。ご飯よ」

「待って、この勝負が終わってからや」

「譲りませんよ」

「それはこっちの台詞や」

「はい、没収」

 

 突然レフィーヤにチェス盤を取られてしまった。

 

「「ああ~!!」」

「なにすんやレフィーヤ!?」

「そうだぞ! いいところだったのに!」

「ご・は・ん・で・す!」

「「……はいぃ」」

「なんか最近のレフィーヤ、ときどき怖いよね」

「……フィンのことが関わるティオネみたい」

「……私、あんなに怖い?」

「「うん」」

「くっ、この勝負はいつか付けたるからな!」

「ええ、望むところです!」

「二人とも! 早く食べちゃってください!」

「「は、はい!」」

 

 そんなこんなで昼食は無事? 終わった。

 

 ------------------------

 

 昼食も終わり、いよいよ赤髪の女の調査に出る。

 

「それで、どうするんや?」

「取り敢えず聞き込みと協力の依頼ですね。まあ協力と言っても見かけたらこちらに連絡をするよう言うだけですが」

 

 まずはダイダロス通りからだ。

 

 ------------------------

 

「この人なんですが……」

「うーん知らないね」

「そうですか。実はですね、この人……」

 

 ------------------------

 

「こんにちはー」

「お、坊主じゃないか! 親方! 何でも屋の坊主が来ました!」

「おう、よく来たな……げえぇ大切断(アマゾン)!」

「ごめんくださーい」

「ああ、今日彼女達は俺の仕事の見学だそうです」

「なんだ、違うのか。てっきりこの前作ったばっかの大双剣(ウルガ)をさっそく壊したから坊主に俺らを説得させに来たのかと思ったぜ……」

「ん? どういうこと?」

「この坊主はな、お前が武器を壊す度に俺の愚痴と相談にのってくれる、言わばもう一人の大双剣(ウルガ)の製作者だ!」

「そんな大げさですよ。それで今日なんですけど……」

 

 ------------------------

 

「こんにちは」

「いらっしゃいませ。あらトキ君。それに【ロキ・ファミリア】の皆様も」

「こんにちは、アミッドさん」

「今日はどうなされましたか?」

「実はですね、この人を探しているんですが……」

 

 ------------------------

 

「あれ? デメテル様?」

「あら、トキ? 久しぶりね」

「こんにちは」

「よーデメテル。先日ぶりや!」

「あら、ロキも」

「こんなところでなにをなされているのですか?」

「実はね、あのヘスティアに男ができたらしいの!」

「はあ? あのドチビに男?なんの冗談や」

 

(あ、ベルのことだ)

 

 ------------------------

 

「この人なんですけどね?」

「うーん見たことないわね」

「そうですか」

「ねぇ、そんな女のことより私と遊んでかない?」

「ははは、けっこうです。それでは」

 

 ------------------------

 

「しっかし、彼、顔本当に広いわね」

「そうだねー。私達が知ってるところなんかほとんど行ったんじゃない?」

「それだけやないでー」

「? どういうこと?」

「あの子の調査を見て何か気づいた点、ないか?」

「えーなにー?」

「あの赤髪の女を悪く言っている点だな」

「その通りや。行くところで言ってる内容はまちまちやけど、共通する点はその女に悪い印象を与える点。しかもただ言ってるだけやない。聞く子が強く印象を持つように内容を変えとるんや」

「これは、【シャドー・デビル】の噂は本当だったようだね。しかもさっきティオナが言った通り僕達がいつもお世話になっているところはほとんど顔見知りだ。つまり……」

「あの子はその気になればほんまにウチの【ファミリア】を潰せるちゅーことや」

「ごくり……」

「ええなー、トキ。ますます欲しぅなってきたわ」

 

 ------------------------

 

 結局、オラリオ中の知り合いに尋ねても何も手掛かりが見つからなかった。

 

「すいません、フィンさん、ロキ様」

「ええよええよ」

「朝も言ったけどこれは君に義務があるわけじゃない。むしろ、こんなに協力してくれて感謝しているよ」

「そう言ってもらえると助かります」

「ところでトキ。やっぱりウチの【ファミリア】に入らんか?」

「先日も言った通り、自分は【ヘルメス・ファミリア】に入ってますから」

「さよか。なら今日のところは帰るわ。ほな帰るでー」

「え、ロキ。私まだ……」

「いいからいいから。帰るでレフィーヤ」

「うう、じゃあまたねトキ」

「ああ、またな」

 

【ロキ・ファミリア】の皆さんを見送る。さて、明日もダンジョンだ。

 

 ------------------------

 

「レフィーヤ」

「……なんですか?」

「あの子絶対落としや」

「……え?」

「色仕掛けでも、胃袋掴むでもなんでもして絶対落とすんや! 主神命令や!」

「は、はい!」

 

 ------------------------

 

「はっくしょん!! うー、寒気が……」




ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24階層への遠征
準備


感想の返信で少しだけ話していましたが、今回からソード・オラトリア第3巻の話に入ります。


「あーどうするかな?」

 

 ロキ様達の襲来から2日が経った。あれ以来、寒気と胃がキリキリ痛むのでアスフィさんも使用している胃薬を購入した。というかメルクリウス様のところで開発されたものだった。

 

 さて、俺が絶賛悩んでいるのはベルとリリの事である。あの二人は最近段々と仲が良くなってきている。というよりリリの毒気が抜けて来ている。パーティの雰囲気も段々と良くなり、稼ぎも安定してきた。

 

 そんな中、ささいなことであの二人がこじれた。いや、気持ちがすれ違ったと言うべきか。とにかく今日は微妙な雰囲気になった。一応フォローはしてみたが、こればかりは本人達の問題なのでしばらく様子を見てみることにした。

 

 そんなことを考えながら明日の仕事のために自宅に戻ろうとしたところを同じ【ファミリア】のエルフのセインさんに呼び止められた。

 

「なにか用ですか、セインさん?」

「アスフィから君に召集がかかった。すぐに来てくれ」

 

 ……? 召集? 一体何の用件だ? 書類ならこの前手伝ったし、【ファミリア】に納める上納金も納めた。うーん、わからん。

 

「わかりました。すぐに行きます」

 

 ------------------------

 

「アスフィ、トキを連れてきた」

「ご苦労様です。あなたもかけてください」

 

 セインさんに連れてこられた場所はアスフィさんの団長室ではなく、【ファミリア】ホームにある会議室だった。中には俺以外に15名ほどいた。……あれ? て言うかここにいるのこの【ファミリア】の主力達じゃね?

 

「何をしているのです、トキ。早く座りなさい」

「は、はいっ」

 

 一番後ろの席に座る。このメンバーの中で一番レベルが低いのは俺だ。やはりここは年功序列ならぬ強者序列に従うべきだろう。ちなみに隣にはヒューマンでサポーターのネリーさんがいた。

 

「それではこれよりルルネが持ってきた依頼について話します」

 

 あ、なんか嫌な予感。

 

「依頼の内容は現在24階層で起きているモンスターの大量発生の原因の調査、およびその解決です。援軍もいるそうですがどこまであてにできるかわかりません。ここにいるメンバーでこれの解決に当たります。何か質問は?」

「あのー、アスフィ……」

「なんですか、駄犬」

「うぐっ。えっと、なんでトキがいるんだ?」

 

 会議室全体がざわめく。それはそうだろう。俺は一月ちょっと前に冒険者になったLv.1だ。今回の依頼に関して俺はあまり役に立たないと思う。隣のネリーさんもなんでいるの? と聞いてくる。俺が知りたいです。

 

「今回の依頼はあらゆる場合が想定されます。彼は万が一今回の件が人為的なものだった場合、これに対処してもらいます。この【ファミリア】で一番対人戦に長けているのは彼ですから」

 

 その言葉を聞き会議室が納得の雰囲気になる。いやいや違うでしょ。こういう時って誰か反論するところでしょ。後、ネリーさん、よろしくね、じゃないですよ。

 

「また今回、彼にはサポーターとしてついてきてもらいます。なので皆さん、余分に準備して来て構いません。念には念を入れて準備してください」

「あの、アスフィさん。やっぱり自分、皆さんの足手まといになりそうですし、同行を拒否……」

「だめです」

「いや、ですから……」

「だめです」

「あの……」

「では出発は明日の夜11時。闇に紛れてダンジョンに向かいます」

 

 ……無視された。ちょっとショックだ。

 

 ------------------------

 

 翌日。うじうじ言っても仕方ないので今回の依頼を遠征と受け止め、その準備に取りかかる。

 

 まず、自宅に戻り看板に本日一身上の都合により休み、と貼り紙をしておく。

 

 次に先日行ったばかりの【ゴブニュ・ファミリア】に赴く。朝早かったがホームである『三鎚の鍛冶場』には金属を叩く音が響いていた。

 

「おはようございます!」

「いらっしゃい! お、何でも屋の坊主じゃねえか! 親方!」

「おう、今行く」

 

 親方さんは他の団員の指導をしていたのか、作業している人に一言二言話した後こちらに来た。

 

「坊主、今日はどうした? 例の女ならまだ見かけてないが?」

「いえ、別件です。【ゴブニュ・ファミリア】に俺の武器を打ってもらいたいんです」

「ほう」

 

 親方さんの目が職人のそれに変わった。あらかじめ影から出しておいたハルペーと短刀を見せる。

 

「注文はこのハルペーと短刀と同じ形のものを作ってもらいたいんです。それも20階層以降でも使えるものを。期限は今日の夕方位まででお願いします」

「は、いきなりだな」

「できますか?」

「誰にものを言っている?」

「よろしくお願いします」

「おう、いつも世話になってる坊主の頼みだ! 一級品を作ってやるよ!」

 

 ……あの、やり過ぎないでお願いします。

 

 ------------------------

 

  で、その後は……

 

「あれ? 確か『深淵の迷い子』の……」

「はい、メルクリウス様にはいつもお世話になっております」

 

【メルクリウス・ファミリア】の売店に来ていた。

 

「いやいや、こっちこそ。おかげであの解毒高等回復薬(ハイ・ポーション)、微妙な味と匂いに関わらずけっこう売れてるんだよ」

「それはなによりです」

「あ、メルクリウス様に用事? なら今から呼んで来るけど?」

「いえ、そうではありません。今日は別件です。普通に買い物に来ました」

「そうなんだ、いつもありがと。また回復薬(ポーション)かい?」

「いえ、今回【ファミリア】の皆さんの到達階層更新にサポーターとして同行することになりまして、それでそのための道具を買いにきました」

 

【ヘルメス・ファミリア】の公式到達階層は19階層。今回行くのは24階層だがら筋道としてはあっている。ちなみに本当の到達階層は37階層である。

 

「そうかい、なら何を持っていく?」

「そうですね、えーっと……」

 

 その後、この団員はメルクリウスになぜトキが来ていたことを話さなかったのか、と小一時間怒られるのだが、いつものことなので、気にしなかったとか。

 

 ちなみに、必要な道具の他に頭痛薬と胃薬を買っておいた。

 

 ------------------------

 

 次に俺が向かったのは【ロキ・ファミリア】のホーム、『黄昏の館』だ。見張りの人にレフィーヤへの伝言を伝える。ちなみに俺は見張りをやっている【ロキ・ファミリア】の団員全員と面識がある。主にレフィーヤを送る時とかに会うから。

 

 それと、フィンさん宛に先程買った頭痛薬と胃薬を贈るよう頼んだ。先日来た時に少し言っていたからごますりしておこう。

 

 次に向かったのはベルのいる【ヘスティア・ファミリア】のホームだ。

 

 コンコンコン。

 

「神様? 忘れ物ですか……あれ? トキ?」

「よ、ベル」

 

 ベルの性格から昨日あった件で今日はダンジョン攻略を休むと思っていたが当たってよかった。外れたらエイナさんに伝言を頼むだけだが、エイナさんだといろいろと説明が面倒になる。

 

「どうしたの?」

「実は【ファミリア】の先輩のサポーターとしてダンジョンに行くことになってさ。どれくらいかかるか分からないから一応の報告」

「そうなんだ。なんなら上がっていく? お茶出すからさ」

「いや、すぐに別のところに行くからいい。それよりもベル」

「ん? 何?」

「リリのこと。頼むぞ」

「あっ」

 

 その一言にベルの表情が陰る。まあ、昨日の今日だしな。

 

 しかし、俺が次の言葉を言おうとした瞬間、ベルは表情を引き締めた。

 

「うん、任せてよ。トキが帰ってくるまでには解決してみせるからさ」

「お、言ったな?」

「言ったとも」

 

 お互いに笑い合い、ぷっと吹き出す。そうだこいつは俺の親友なんだ。何も心配いらない。

 

「じゃ、頼むぜ」

「うん、いってらっしゃい」

「いってくる」

 

 俺達は互いの拳をコン、とぶつけあった。

 

 ------------------------

 

 それから昼食を食べ、午後はアスフィさん監修で24階層までのモンスターを徹底的に頭に叩き込む。今回はサポーターとして行くが、どうせ荷物は影の中だし、手は空くので俺は中衛としてサポートすることになった。

 

 それを夕方まで続け、その後武器を取りに行く。

 

「こんにちは」

「いらっしゃい! お、来たな。親方、坊主が来ました!」

「おう」

 

 親方さんは手に俺の武器と見るからに業物の武器を持ってきた。……あれ? ていうかハルペーと短刀だ。

 

「できたぞ」

「え、いえ、あのこれって……」

「なに、少しばかりはりきっちまった」

 

 いや、どうはりきったらこんな業物になるんですか。

 

「それに言ってただろ? 20階層以降で使える武器って」

「いや、でもこれ明らかに俺のレベルと釣り合ってませんよね」

「は、テメエが武器に溺れる玉かよ。そういうのを見越してこの武器を打ったんだぜ?」

「でもお代は……」

「10万でいい」

「じ、10万ヴァリス!? 安すぎますよ!」

「いつも世話になってる礼も込めてだ。どうした、払えないのか?」

「いや、払えますけど……」

 

 渋々ながら持ってきたへそくりから10万ヴァリスを渡す。50万は覚悟していたから少し拍子抜けだ。とぼとぼと『三鎚の鍛冶場』を後にする。

 

「坊主!」

「?」

「生きて帰ってこいよ!」

「……はい!」

 

 そうだ、なによりもまず生きて帰らなければ。

 

 -----------------------

 

 夜11時。辺りにはまばらな明かりが点いているばかりの街中を足音を消しながら走る。

 

 俺達【ヘルメス・ファミリア】の主神であるヘルメス様の方針は、『台頭を好まず中立を気取る』というものだ。そのためこのような、主力が集まってダンジョンに向かう、なんて場面をそうそう見られる訳にはいかない。

 

 まあ俺は何人かに遠征に行くと言ったが、その人達は俺が遠征に行っても気にしないであろう人達なので、まあ大丈夫だろう。

 

 また、万が一姿を見られないように俺達はある魔道具(マジックアイテム)を使っていた。『ハデス・ヘッド』。漆黒色の兜のその能力は『透明状態(インビジビリティ)』。あらゆる者から姿を確認されなくなるアスフィさんの傑作の1つ。

 

 ちなみにこれ、この遠征の間俺はその1つを貸し出されている。もし問題のモンスターの大量発生が人為的なものでその犯人がいた場合、隙をついて取り押さえろとのこと。まあ、できなくはないけど。

 

  いつも通っている『はじまりの道』が違って見える。さあ、『未知』への冒険のはじまりだ。

 

 --------------------

 

  一方そのころ。

 

「フィンさん、プレゼントです」

「ん? 誰からだい?」

「団長に贈り物!? どこの女狐よ!」

「レフィーヤの彼氏からですよ」

「これは……頭痛薬と胃薬?」

「……彼にまた借りができたようだ」




この話を始めた理由はふたつあります。

1つはヒロインがレフィーヤだから24階層の事件は参加させないと、と思ったから。

もう1つベルがリリを堕とすところに邪魔を入れたくなかったから。あのシーンにポツンと登場させるとか作者には無理です。

ですから決してこの後の展開が思いつかなかったとかじゃありません!

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

援軍




 遠征に出発してから3日が経った。俺達は18階層(セーフティポイント)の『リヴィラの街』の裏道にある酒場『黄金の穴蔵亭』にたむろしていた。ルルネさんの話によるとここに、依頼した人物が援軍をよこすらしい。

 

 正直助かった、と思った。この3日間、俺は持ち前の情報収集能力を発揮し、24階層の情報を集めたのだが、思った以上に酷かった。24階層といえば『中層』の後半であり、稀に『下層』からもモンスターが来ることがあるらしい。その能力値はLv.2の後半くらいはあり、更にそんなモンスターが大量に押し寄せてくるらしい。

 

 いくら俺以外の人達が【ファミリア】の精鋭でも、たかが16人だ。そんな数が押し寄せてきたら、ただでは済まないだろう。

 

 いわゆる怖じけづいてしまった、というわけだ。まあ、他の人達はそんなこと気にしてないようで、俺の中の尊敬度がさらに高まったわけだが。

 

 しかし、その黒衣の人物は一体誰を援軍によこすつもりなのだろうか?

 

「あ、はい。また俺の勝ちです」

「くそっ! またか!」

「強すぎだよ君!」

 

 ちなみに今、俺はセインさんとネリーさんと賭博(カードゲーム)をしていた。現在12連勝中。

 

 とその時店内に人が入って来る気配を感じた。横目で見て……驚愕した。

 

 金色の髪と金色の瞳。その佇まいからは一種の神々しさすら感じる人物。

 

【剣姫】、アイズ・ヴァレンシュタイン。

 

 まさか、彼女が援軍? いや、たまたまこの店を知っていてたまたま入ってきたのかも。落ち着け、過度の期待をするな。

 

「んん? あれっ、【剣姫】じゃないか!? こんなところで、奇遇だな!」

「……ルルネ、さん?」

 

 アイズさんが店で唯一空いている隅のカウンター席に近づく。そこに座っているのは今回の依頼(やっかいごと)を持ち込んだ張本人、ルルネさんだ。そういえば以前この街で起きた赤髪の女の襲撃事件で一時的に行動を共にしていたって言ってたっけ。

 

「前は世話になったな。おかげで死なずに済んだよ。あらためて礼を言わせてくれ」

「いえ……体は、大丈夫ですか?」

「あはは、この通りピンピンしてるよ」

 

 一杯おごらせてくれよ、というルルネさんの提案をやんわりと断るアイズさん。やめてくださいルルネさん、噂ではアイズさんは酒を飲むと手がつけられないそうです。

 

「今日は一人で探索かい? この店を知っているなんて、【剣姫】も通じゃないか」

 

 あれ? そういえばアイズさん、酒が弱いという噂なのになんで酒場に一人で来たんだろう?

 

「注文は?」

 

 ドワーフの主人(マスター)の問いかけに、

 

「『ジャガ丸くん抹茶クリーム味』」

 

 とアイズさんは答えた。

 

 瞬間、ガシャーンッ!! とルルネさんが椅子をひっくり返し、尻もちをついた。逆に俺は飛び上がるのを必死に抑えた。この人が、援軍!

 

「……あ、あんたが、援軍?」

 

 店内のみんなが一斉に立ち上がり、アイズさんを見つめる。とりあえず俺も立っておく。……あのセインさん、よし、って何に対して言ったんですか? アイズさんが援軍のこと? それとも俺との勝負がうやむやになったことに対してですか?

 

「彼女で本当に間違いないんですか、ルルネ?」

「ア、アスフィ……」

 

 団長であるアスフィさんが歩み出る。

 

「そうみたい……」

「……貴方達も、依頼を受けたんですか?」

「ええ、この金に目がない駄犬のせいで【ファミリア】全体が迷惑を被っています」

「ア、アスフィ~」

 

 容赦のない言葉に情けない声を上げるルルネさん。

 

「【剣姫】も会ったと思うけど……ほんの何日か前にあの黒ローブのやつが現れてさ、協力してほしいって。最初は『もうご免だ』って突っぱねたんだけど……」

 

 そういえば俺は今回の顛末について詳しく知らなかったな。まあ、知らなくてもいいってアスフィさんが判断したんだろうけど。

 言い淀むルルネさんの言葉をアスフィさんが継いだ。

 

「Lv.を偽っていることをバラす、と脅されたそうです。その挙げ句、私達に皺寄(しわよ)せまで……」

 

 なるほど。確かにこの【ファミリア】はLv.を偽っている団員が大勢いる。その事が明るみに出るといろいろと面倒になる。

 

 まず【ファミリア】の等級(ランク)が一気に上がる。これに伴い、ギルドに払う税も激増する。

 また、これは脱税扱いになるから相当な罰金または罰則(ペナルティ)を受けるだろう。

 

 なにより、ヘルメス様の『台頭を好まず中立を気取る』という姿勢(スタンス)が取りづらくなる。

 

「この馬鹿っ、愚か者っ。脅されようが最後まで白を切れば良かったのですっ。それでも盗賊(シーフ)ですかッ」

「うぅ~、許してくれよぉ~」

 

 アスフィさんの言葉に耳と尻尾をしおらせるルルネさん。他の人達からも半眼で見られている。これは……一応、弁護しておくか。

 

「まあまあ、アスフィさん。その辺にしておきましょうよ」

「うぅ~トキ~」

「……あれ?」

「こんにちは、アイズさん」

 

 突如現れた俺に目を丸くするアイズさん。

 

「トキ、【剣姫】と知り合いなのですか?」

「はい、命の恩人です。それでですねアスフィさん、ルルネさんのことですがその状況では仕方なかったと思います」

「え?」

「相手はこちらがLv.を偽っているという情報を既に掴んでいました。下手に白を切ればそれこそ本当に罰則(ペナルティ)を受けたかもしれません。そうしたら今回のことよりもさらに面倒な事になり、その解決もできない状態になっていたかもしれません」

「ふむ、確かにそうかもしれませんね……」

「ト、トキッ」

 

 納得するアスフィさんと感激したようにこちらを見るルルネさん。いや、まだ終わりじゃないですよ。

 

「それに……ルルネさんは盗賊(シーフ)ですがそういう言葉の駆け引きとか苦手ですし」

「それもそうですね」

「さらに言わせてもらえば、受けるにしても報酬をもっとせしめるとか、せめて相手の名前だけでも聞き出して欲しかったですね」

「だそうですよ、ルルネ。一番下っ端のトキですらこんなことを思いつくのですからもっと精進しなさい」

「うぅ、ぐすっ」

「あ、それとこれ頭痛薬と胃薬です」

「ええ、助かります」

 

 渡した薬の袋を開けて薬を飲むアスフィさん。やはりお疲れのようだ。

 

「あの……これからのこと、なんですけど」

「ああ、すいません。見苦しいところをお見せしました」

 

 いくらか表情がほぐれたアスフィさんが表情を引き締め直し、冒険者依頼(クエスト) についての話に戻す。

 

「依頼内容の確認をしますが、目的地は24階層の食料庫(パントリー)。モンスター大量発生の原因を探り、それを排除する。間違いありませんか?」

「はい」

「では、次にこちらの戦力を伝えておきます。私を合わせて総勢16名、全て【ヘルメス・ファミリア】の人間です。【ステイタス】は大半がLv.3」

 

 依頼内容の照らし合わせと戦力の確認を進めていくアスフィさん達。武器やアイテムのストック、そして役割分担を話していくところで、不躾だと知っていながらある提案をする。

 

「あの、アイズさん」

「……何?」

「24階層で大量のモンスターに出くわした時、そのモンスター達をアイズさんが受け持ってもらえないでしょうか?」

「「なっ」」

 

 アスフィさんやルルネさんが息を飲む。

 

「それまでは俺達がアイズさんを護衛します。ですからどうか引き受けてもらえないでしょうか?」

「トキ、いきなり何を言い出すのですか」

「すみません、アスフィさん。でも24階層の大量発生したモンスターの物量はかなりのものと聞きました。これに対処するとこちらも大きな被害を受けるでしょう。それなら第一級冒険者であるアイズさんに対処してもらえればと考えました」

「何を言い出すかと思えば--」

「いいよ」

 

 アスフィさんが俺を叱ろうとする声をアイズさんが遮った。

 

「その提案、受けてもいいよ」

「しかし【剣姫】」

「昨日【ランクアップ】したばかりだからその調整もしたいし」

 

 この言葉に今度は俺も息を飲んだ。つまりアイズさんは今、Lv.6。

 

「ありがとうございます!」

「いいのですか、本当に?」

「かまわない」

「大丈夫です。相応の報酬は払います」

「どんな?」

「好きな味のジャガ丸君を好きなだけおごります」

 

 俺のその言葉にアイズさんの目の色が変わった。

 

「好きなだけ?」

「はい、俺のへそくりから出しますからかなりの量を保証します」

「わかった、がんばる」

「なあ、アスフィ。【剣姫】、燃えてない?」

「ええ、先程までとはやる気が違いますね」

 

 そんなこんなで打ち合わせと顔合わせが終わる。

 

「こうなっては仕方ありません。各員、全力で依頼に当たりなさい。特にルルネ、貴方は死ぬほど働くんですよ」

「わかったよぉ……」

 

 みんなが頷き、ルルネさんも消沈した声で返事をする。

 

「【剣姫】である貴方がいてくれるなら心強い。しかし先程の提案本当にいいのですか?」

「大丈夫、任せて」

「わかりました。短いパーティになると思いますが、どうかよろしく」

「よろしく、お願いします」

「ですが、くれぐれも私達のことは口外しないように。もししたら……トキに貴方達を潰すように命じます」

「は、はい」

 

 あれ? なんか俺の評価おかしくね? さすがに【ロキ・ファミリア】はちょっと難しいですよ?

 

 こうして、アイズさんがパーティに加わった。街で最後の補給を済ませ、俺達は24階層を目指す。




今回はちょっと年相応のトキを書いて見ました。情報収集が上手くても戦闘がそこそこ出来ても彼はまだ14才。身内が傷つくのは見たくないのです。


ふと、思い付いた一発ネタ。



「あの、大丈夫?」

私は出会った。白い髪と赤い眼を持つ少年と。

「だ、大丈夫……」

僕は出会った。金色の髪と金色の眼を持つ少女と。

「半分持つよ」

その子はやさしく、だけど少し寂しい眼をして。

「だ、大丈夫……」

その子は強く、だけどどこか寂しそうな眼をして。

「どうしてそんなに頑張るの?」

純粋でそれが私には眩しくて。

「強く、ならなくちゃいけないから」

強くてそれが僕には羨ましくて。

「どうしてそんなに無茶するのっ!」

その子はとても真っ直ぐで。

「私の気持ちなんて……君にはわからないよっ!」

その子はとても必死で。

「僕は……君の、君だけの英雄になりたい!」

その出会いは偶然で。

「ベル……」

その出会いは必然だった。

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうかIF
~ソードアンドラビット・オラトリア~

「行こう、アイズ」

「うん」

少年と少女はそして出会った。



はい、設定としてはアイズとベルが同じ年ということになっています。ヘスティアはこの時【ファミリア】勧誘してねぇよとか、ゼウ……げふんげふん。ベルのお祖父ちゃんはどうなったとか、そもそもベル、どうやって生まれたとか色々と突っ込みどころはありますが、その辺は目をつぶってください。

後、再度言いますが一発ネタです。複数投稿とか自分にはできません。気が向いた人は書いてもいいです。←上から目線ぽくてすいません。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24階層

それでは本格的に24階層、始めて行きます。


「せあっ!」

 

 迫る剣角を左手のナイフで弾き、その隙に雄鹿のモンスター、『ソード・スタッグ』の側面に回り込む。

 

「ふっ」

 

 右手に持つハルペーで首を切り裂く。音を立て地面に横たわるモンスター。

 

「ひゃ~。すっげーひやひやした~」

「あはは、すいません」

 

 アイズさんを含めた臨時パーティは階層ごとに強さも量も増えるモンスターを蹴散らしながら、目的地である24階層に足を踏み入れた。

 

 やはりと言っていいのか上層や今までの中層と違い、通路やルームがとても広く、それに伴ってか遭遇するモンスターも増えていた。

 

 しかしそんなモンスター達を先輩達は苦戦せずに片付けていた。

 

「でも、良い動きだったよ」

「ありがとうございます。ですがやはりみんなと比べるとまだまだですよ」

「伊達にLv.偽ってた訳じゃないからなぁ。私はともかく、アスフィや他の連中は素っ惚けた顔して結構な武闘派だよ」

「そんなことを言うルルネさんも武闘派ですよね」

「お前もな」

 

 前進します、というアスフィさんの指示のもとダンジョンを進み出す。

 

 実際、俺なんかと比べるとみんな強く、上手い。アイズさんを大量発生するモンスターに温存するために先程は俺がソード・スタッグの相手をしたが、俺の出番はそれだけだ。

 特にアスフィさんの短剣捌きはLv.が1つ飛び抜けているからか、一段と素晴らしかった。

 

「ん、アスフィが気になるのか?」

 

 一瞬ドキっとなったが、ルルネさんが問いかけたのはどうやら俺じゃなくアイズさんのようだ。

 

「……ルルネさん、アスフィさんのLv.っていくつ?」

「ルルネ、でいいよ。私達、結構年近いだろ? アスフィはLv.4だよ」

 

 アイズさんの問いかけにあっさりと返答するルルネさん。……まあ、これくらいならいいだろ。

 

「【ファミリア】の到達階層は?」

「37階層。モンスターがえらい強いし、流石に深入りはしてないけど」

 

 いつか俺も参加したいなぁ、到達階層更新の遠征。……まあ、まだまだ先の話だろうけど。

 

「よくそんな深い階層に潜って、他の冒険者達にバレないね……?」

 

 あ、これはまずい。

 

「うちの--」

「それはですねっ!」

 

 大声でルルネさんの声をかき消す。これ以上は本当にまずい。

 

「企業秘密です。ルルネさん、口が軽すぎます」

「その通りです」

 

 余計なことは言わなくてもいい、と半眼で釘を刺すアスフィさん。他の面々もうんうん、と頷く。

 

「ご、ごめん。アスフィ。あと助かった、トキ」

「全く……」

「いえいえ」

 

 そんなやり取りの後、アスフィさんがアイズさんに近づく。

 

「【剣姫】。貴方の率直な意見が聞きたいのですが、この依頼についてどう思いますか?」

「……どういう、意味ですか?」

「リヴィラ襲撃の件に関してはルルネと情報を集めたトキから経緯を聞いています。謎の宝玉に執着する、黒いローブなる人物の依頼……今回の騒動も危険なものだと思いますか?」

 

 アイズさんはしばらくなにか考え間を置いて頷いた。その反応にアスフィは溜め息を堪えるような表情を浮かべる。

 

「本当に、厄介なことに巻き込まれてしまいましたね……」

「あ、アスフィさん。これ、ハーブティです」

「気遣いありがとう。いただきます」

「ほら、ルルネさんも」

「あ、ああ。さんきゅー」

「アイズさんもいかがですか?」

「……いただく」

 

 他のみんなにも配る。この階層、というより『中層』から俺ができることは少ない。パーティの連携に入れるほどの力もないし、戦闘の時はアイズさんとネリーさんと一緒に観戦しているくらいだ。

 

 せいぜい回復薬(ポーション)を配るかこうして雰囲気が悪くなったときにお茶を配るくらいだ。こういう時スキルの収納性が凄くありがたい。

 

「しかし凄いですねー。本当に木の中にいるみたいだ」

「そっかトキはここまで来るのは初めてなんだっけ」

「はい」

 

 安全階層(セーフティポイント)の18階層にある大きな中央樹。その根のところから進出できる19階層から24階層は通称『大樹の迷宮』と言われている。壁や天井、床にいたるまでまるで巨大な樹の中にいるような不思議な階層だ。光源は専ら発光する苔でその青い光に照らされ、奇妙な形と色をした葉っぱ、大きな茸や銀の滴を垂らす花達など実に幻想的な雰囲気を醸し出す。

 

 一方で出現するモンスターも上の階層以上に厄介なものであり、24階層ともなれば、Lv.2の最上位の【ステイタス】、何よりパーティの密度が求められるようになる、とか。

 

 ……やっぱり、なんで俺ここにいるんだろう?

 

「あのアスフィさん」

「必要だからです。貴方がいるといないとでは私や他のみんなの負担が大幅に変わります」

 

 力強く頷くみんな。いや、そこは誰か反論して欲しい。

 

「なんせ、トキがLv.4になったらアスフィ、団長を譲るって言ってたもんな~」

「えっ!?」

「事実です。貴方の力量なら私以上に【ファミリア】をまとめ上げ、より良い方向に導いてくれるでしょう。既に引き継ぎの資料は作ってあります。ですから早く強くなってください」

「えっ、ええっ!?」

 

 

 

  トキは【次期団長】の称号を手に入れた。

 

 

 

  そこからしばらくアスフィさんに考え直してもらうよう説得したが、アスフィさんが意固地になり、他の人達からの支援もあって結局決定を変えることはできなかった。いや、しかしまだ時間はある! その間に説得しよう!

 

「お、白樹の葉(ホワイト・リーフ)。アスフィ、ちょっと採取していかないか?」

「止めなさい。取りに行ってモンスターに囲まれるのが落ちです。依頼前に無駄な労力を費やさないでください」

「今はどこの道具屋(みせ)でも品不足で高く売れるんだけどなぁ……もったいない」

 

 ルルネさんの尻尾が名残惜しそうに揺れる。通路の先のルームの奧。白い大樹が生えているのが見えた。

 

 そういえばメルクリウス様や【ディアンケヒト・ファミリア】のアミッドさんが今品薄だって呟いてたっけ? ……ここからならギリギリ届くかな?

 

 大樹に向けて影を伸ばす。あの食人花でもないかぎり魔力に反応するモンスターなんていないだろう。

 大樹の枝を1本切り落とし、それを影に収納。よし。

 

「トキ、何をしているのですかっ。早く来なさい」

「は、はい!」

 

 いつの間にかパーティから離れていたようだ。慌てて戻る。やっぱり団体行動に慣れていないとこういうことが起こるんだな。今度から気をつけよう。

 

 しばらくすると今度は赤や青の美しい宝石の実をつけた樹を発見した。それを見てパーティがざわつく。

 

「ルルネさん、あの樹はなんですか?」

「宝石樹っていう滅多にお目にかかれない樹だよ! くっそ~こんなときじゃなかったら取りに行ってたんだけどな~」

「そうですね、前進……いえ待ってください」

 

 泣く泣く素通りしようとしたアスフィさんが待ったをかけた。そして、俺の方を向く。

 

「トキ、あそこまで届きますか?」

「えーっと、多分」

「ノルマ10個です。やりなさい」

「……あい」

 

 なぜかアスフィさんは俺に対する時だけ若干口調が砕け、時々横暴になる。まあ、やりますけど。

 

「あのアイズさん、あのドラゴンに睨みを効かせていてください」

「……倒してこようか?」

「そこまではしなくていいです」

 

 こちらを見ているドラゴン─後で聞いたが木竜(グリーンドラゴン)と言うらしい─を警戒かつ迂回するように影を伸ばす。木の実を落とさないように回収し、急いで戻す。

 

「あ~怖かった」

「よくやった!」「よし!」「わーい!」「よっしゃ!」

「上出来です」

 

 そんな一幕がありつつも俺達は先に進んだ。




ソード・オラトリア3巻を読んでやりたかったことができました。ここで終わってもいいかもしれない。……まあ、嘘ですけど。

トキが自分は連携ができないというのは強さ的な問題ではなく、単にパーティに慣れていないだけです。ちょっと先輩達に囲まれて緊張しちゃっているだけです。←親バカならぬ作者バカ

さて、書いていて思ったのですがこの話、意外に長くなりそう。ある程度で切っていきますが、いつもより長くなるかもしれないのでそこのところはご了承ください。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

予感

 宝石樹の入手(アスフィさんの無茶ぶり)から少しした後、前方の通路から無数の気配が現れた。

 

「全員、止まってください」

 

 アスフィさんが片手を上げ、進行を止める。

 

 皆の視線の先。巨大な十字路に無数の影が入り乱れていた。嫌な予感しかしないが目を凝らしその影を見る。その正体は─半ば予想していたが─十字路を埋めつくすほどのモンスターの大群だった。

 

「うげぇ……」

 

 ルルネさんが呻き、他のみんなも嫌な顔をして後ずさりする。統一性のない無数の集団は、それだけで人間に不快な感情を抱かせる。

 

「アイズさん、お願いできますか?」

「お、おいっ!?」

 

 群れから目を離さず、半ばすがるように声をかける。

 

「大丈夫」

 

 しかしアイズさんはこの光景を見ているにも関わらずいつもの調子で返事をし、抜刀。モンスターの群れに突っ込んでいく。

 

 モンスターがそんなアイズさんに気づき……そして掃討が始まった。

 彼女が剣を振るたび散っていくモンスター達。そんなモンスター達の攻撃はアイズさんを捉えられず、逆に返り討ちにされてしまう。

 

【ヘルメス・ファミリア】が懸命に戦ってようやく勝てる大群に彼女はまるで己を確かめるかのごとく剣を振る。そんな光景に俺達は絶句する。

 

「……トキが提案したときはどうなることかと思いましたが、これはもう全部彼女一人でいいんじゃないですかね」

「俺もまさかここまで凄いとは思いませんでした」

「……帰っちゃう?」

「そういうわけにもいかないでしょう……」

「そうですよ、ここで帰ったら俺、なんのためにここまで来たんですかっ」

 

 リリの件をベルに丸投げし、ここまできたのだ。このままでは本当に何をしに来たかわからなくなる。

 

 それに……この現象についても気になる。あの群れはあまりにも統一性が無さすぎる。デッドリー・ホーネット、ソード・スタッグ、リザードマン、ダーク・ファンガス、ホブゴブリンなど多種のモンスターが入り雑ざったこの群れはあきらかにおかしかった。

 

「そういえば、アイズさんの動きどこかおかしくないですか?」

 

 アイズさんの戦いを見てふと思ったことを口に出す。彼女はかわせる筈の攻撃をわざと防ぎ、加速していく。

 

「あれは多分、【ランクアップ】した自分の【ステイタス】を把握しているのでしょう」

「? どういうことですか?」

「【ランクアップ】すると急激に【ステイタス】が強化され、自分の認識とのズレが生じます。彼女はあの群れを相手にそれを確かめているのでしょう」

 

 それを聞いた俺は畏怖の眼でアイズさんを見る。そういえばアイズさんはあの酒場で言ってていた。調整がしたい、と。つまり、これのことだったのだ。

 

 アイズさんの一挙手一投足を見逃すものかとばかりに目を皿にする。彼女は怪物祭(モンスターフィリア)で見かけた魔法は使っておらず、純粋な剣と体術だけで戦っている。

 

 ベル、お前の目標は果てしなく高いぞ。そして俺も……。

 

「……あれが【剣姫】、ですか」

 

 およそ10分であれだけいたモンスターは掃討された。

 

「や、やっぱり第一級冒険者ってすごいなっ。あれだけの群れを一人で倒すなんて、他の冒険者達(やつら)が、ビビるわけだよっ! あ、回復薬(ポーション)は要るか?」

「ううん、平気……ありがとう」

 

 少し気後れしていたが、戻ってきたアイズさんを口々に褒め称える。

 

「ネリー、トキ。さすがにこのまま放って置くわけにはいきません。魔石を回収してください」

「はいっ」「わかりました」

 

 触手を12本出現させ、落ちている魔石を利益拾い、ネリーさんのバックパックに入れていく。俺はサポーター役だが戦闘も行うからバックパックは背負っておらず、こういう魔石は全てネリーさんに持ってもらっている。いや、できれば俺が回収した分は俺が持っていれば早いのだが、俺の影は魔石を入れられない。こういう時だけは本当に申し訳無いと思う。

 

 ちなみに俺が12本以上触手を出さない理由はそれ以上は必要なかったからである。基本ソロか少数で行動してきた俺は全方向、12方位に対応できるように12本まで触手を自由に操作できる。それ以上になると上手く扱えないが。

 

 それにしても、やはり魔石の抽出は難しい。俺が一体の作業をしている間にネリーさんは三体は片付けてしまう。やはりリリやネリーさんのようにはいかないようだ。

 

 回収作業をしている間、アスフィさん達はこれからの方針について話しているようだ。

 

 モンスターが来た方向に目をやる。その方向は北。確か24階層にある3つの食料庫(パントリー)のうち、1つが北にあったはずだ。

 

「トキ、終わった?」

「あ、はい」

「じゃあみんなのところに戻るよ」

 

 ちょっとぼーっとしすぎた。慌ててネリーさんの後を追いかける。

 

 作業を終えた後、やはり同じ考えだったのか、アスフィさんはパーティの進路を北の食料庫(パントリー)に通ずる通路に向けてとった。

 

 途中、何度もアスフィさんに注意されながら先へ進んで行く。はたして考えがあっていたかのごとく、モンスターが断続的かつ大量に襲いかかってきた。

 

 俺との約束通り、アイズさんはそれらをみんな相手してくれた。

 

「アイズさん、俺の我が儘を聞いてくれてありがとうございます」

「……大丈夫、私も場数が欲しかったし。後、ジャガ丸くん。楽しみにしてる」

「はいっ、なんだったら一年分を買い占めますよ!」

「一年もほおっておいたら美味しくなくなっちゃうよ?」

 

 ……アイズさんは天然だった。今度ベルに教えてあげよう。

 

「そういえばアイズさん」

「何?」

「18階層を出発する前にプロテクターを誰かに預けてましたよね?」

 

 こくり、とアイズさんは頷いた。

 

「あれ、見覚えがあったんですが……」

「うん、君とパーティを組んでいた子のもの」

「やっぱりそうでしたか。どうしたんですか、あれ?」

「うん、ちょっとね」

 

 それからアイズさんは俺達と合流するまでの話をしてくれた。エイナさんにベルを助けて欲しいと頼まれたこと。10階層でモンスターに囲まれていたベルを助けてまたすれ違ったこと。モンスターを片付けた後、あのプロテクターを見つけたこと。

 

 またすれ違った、と言うのが気になったのでそれを聞くとなんだか落ち込んだような顔をし、話してくれた。

 

 37階層で階層主を倒した後、帰りがけに精神疲弊(マインドダウン)で倒れているベルを発見。起きるまで膝枕していたが、起きた瞬間逃げられてしまった、と。……頭痛くなってきた。影から頭痛薬と水を取りだし、口に含む。大量に買ってきてよかった。

 

「……やっぱり怖がられてるのかな?」

 

 話していて思い出したのか、若干涙目のアイズさん。

 

「いえ、違います。いいですか、アイズさん。アイズさんのような美人に膝枕されて、しかも起きたら目の前にアイズさんのような美人がいたから、驚きと喜びあまりビビりなあいつは咄嗟に逃げてしまったのですよ。だから決して怖がられているわけではありません」

「……本当に?」

「これでもあいつとお互い命を預けて戦っている身ですからね。なんとなくわかります。そういうことでしたらプロテクターはアイズさんが直接返しますか?」

「……そのつもり」

「でしたら俺があいつが逃げないように協力します。この依頼が終わったら打ち合わせをしましょう」

「……うん」

 

 どことなく気合いが入ったのかその後のモンスター達は今までとは比べものにならないくらい迅速に掃討された。

 

 やがて樹の皮のような周囲が洞窟のようなものに変わる。聞くと食料庫(パントリー)に近づいている証拠とのこと。モンスターが食事する食料庫(パントリー)は大空洞になっており、その奧に石英(クオーツ)大主柱(はしら)が存在する。そこから栄養価の高い液体が滲み出てくるそうだ。その石英(クオーツ)が立つ大空洞の環境に合わせて、食料庫(パントリー)近辺の迷宮が姿を変えている、らしい。

 

 いよいよ食料庫(パントリー)が近づいてきたこともあり、否が応にも緊張感が高まる。いつしかモンスターの気配もなくなりパーティが足を進める音だけが響く。

 

 そして。

 

「なっ……」

「壁が……」

「……植物?」

 

 それ(・・)にたどり着いた。不気味な光沢とぶよぶよと膨れ上がる表面。気味の悪い緑色の壁は誰かが呟いたように植物のように見えた。

 

「……ルルネ、この道で確かなのですか」

 

 アスフィさんが先導していたルルネさんに確認する。ルルネさんは持っていたマップを見直し返答した。

 

「ま、間違いないよっ。私は食料庫(パントリー)に繋がる道を選んできたんだ、こんな障害物存在しない……筈なんだ」

 

 つまりこれが……いや、これからが異常事態(イレギュラー)。確かな予感が頭をよぎる。

 

「……他の経路も調べます。ファルガー、セイン、他の者を引き連れて二手に分かれてください。深入りは禁じます、異常があった場合は直ちに戻ってきなさい」

 

 アスフィさんの指示に虎人(ワータイガー)のファルガーさんとセインさんが頷く。二人は予備のマップを持ち、他の団員を引き連れて戻って行く。

 

「トキ、壁の向こうの様子は確認できますか?」

 

 肉壁には『門』のようなものがあった。今は閉じているが……。影を伸ばし、開閉するであろう『門』の隙間に通す。問題なく通り、向こう側に出た。

 

「はい、大丈夫です」

「ではもう少し様子を探ってください」

「はい」

 

 残ったアスフィさん、ルルネさん、アイズさん、ネリーさんが周囲の調査に入るなか、慎重かつ迅速に影を伸ばし、その感覚に集中する。

 

 影には感覚器官があるわけではない。しかし、どれだけ伸ばしたか、くらいはわかる。幸いにも中の壁は肉壁のように僅かに脈動しており、その感覚でどれだけ伸ばしたがわかった。

 

 しばらく進めると脈動が途切れる。慌てず脈動していたところで影を曲げる。思った通り分かれ道になっているようだ。

 

「ルルネさん、マップを見せてもらえませんか?」

「いいよ。はい」

 

 ルルネさんに渡されたマップと影の感覚を照らし合わせる。……やっぱり、違う。

 

「アスフィさん、この先は既存のマップとは違う構造をしています」

「そうですか」

「アスフィ、戻った」

「どうでしたか」

「こっちもここと同じようにこの壁に塞がれていた」

「こちらも同様だった」

 

 一通りの調査が終わり、戻ってきた二人の話を聞く。この様子だと食料庫(パントリー)に続く道は全て閉ざされていると考えられる。

 

「アスフィさん、今回のモンスターの大量発生、どうやら……」

「ええ、大量発生(イレギュラー)……ダンジョンから急激に産み落とされた類のものではありませんね」

「ど、どういうことだ?」

 

 ルルネさんの疑問にアスフィさんが答えた。

 

食料庫(パントリー)には腹を空かせたモンスターが階層中から集まってきます。もし、とある食料庫(パントリー)に入れない事態に直面したら……はるばる来たモンスターの群れは、次にどのような行動を取ると思いますか?」

「あっ……」

「……別の食料庫(パントリー)に、向かおうとする」

「その通りです。この階層には南に2ヶ所、他の食料庫(パントリー)がありますから、モンスターの群れは当然そこに移動します。つまり、今回の依頼内容であるモンスターの大量発生は、モンスターの大移動だったということです」

 

 ことの真相にみんなが納得する中、ルルネさんが肉壁の方を向く。

 

「モンスター達が動き回っていたのはわかったけどさ……じゃあ、この奧には何があるんだ?」

「少なくともろくなものではないでしょうね」

 

 そんな予感がした。




中途半端ですがここで切ります。次回から本格的な戦闘になるかな?

ご意見、ご感想毎回、ありがとうございます! みなさまのお陰でモチベーションが上がり、飽きっぽい作者がこのペースで書けています。本当にありがとうございます!

これからもご意見、ご感想お待ちしております!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

食人花再び

「……アスフィ、ここからは?」

「……行くしかないでしょう」

「だよな」

 

 溜め息混じりにアスフィさんが方針を決め、ルルネさんも意識を切り替える。

 

「一応、『門』みたいなものはあるけど……」

「やはり、破壊するしかなさそうですね」

「見た目的に炎が効きそうですね」

「斬りますか?」

「大人しそうな顔してさらっと物騒なこと言うな、お前……」

 

 アイズさんが剣を抜くと、ルルネさんが呆れた視線を送る。

 

「アイズさん、それだとこの人数が通れる大きさの穴を開けるのに少し時間がかかりますよ?」

「そうですね。それに情報が欲しい、『魔法』を試します。メリル」

 

 メリルさんがパーティの前に進み出る。杖を構え詠唱するその姿はなかなか様になっている、と関係ないことを思いながらその詠唱に耳を傾ける。

 

 魔法名が口ずさまれ大火球が肉壁を焼く。それにより『門』があったところは完全に焼けた。俺ではこうはいかないからこういう魔法は羨ましい。

 

 みんなの視線にアスフィさんが頷くと、列になって肉壁の内部に侵入する。すると。

 

「壁が……」

 

 気味の悪い音を立て、肉壁が修復していく。少し時間がかかったがこの大きさを鑑みれば相当の修復速度だ。

 

 みんなの様子を見ればまるで閉じ込められたかのように動揺している。

 

「大丈夫ですよ。帰りはまたさっきみたいに魔法で穴を開ければいいだけですし、高等精神力回復薬(ハイ・マジック・ポーション)もまだまだ残っていますから」

 

 その声にすぐに意識を切り替えるみんな。……あのアスフィさん、なんでそこでよくやった、みたいに頷いているんですか?

 

 改めて周囲を見回してみる。内部も肉壁と同じ色をした壁に覆われていた。僅かに脈動するそれはまるで生物の体内に入り込んでしまったかのような錯覚すら覚える。

 

 アイズさんが剣を抜き、壁を斬りつけると先程まで見た石壁が見えた。つまりダンジョンを覆うようにこの壁は存在している、ということだろう。

 

 それにしても先程の肉壁からもした臭いが辺り一面に広がっているからヒューマンの俺でも鼻が曲がりそうだ。きっと獣人の人達はもっときついだろう。……なんかなかったかな?

 

「あ、あった」

 

 影から出てきたのはいくつかの鼻栓だった。何に使ったっけ? ……思い出した、以前生ゴミの処理を依頼されたときに念のために買って結局使わなかったやつだ。人数分はないが獣人の人達の分はちゃんとある。

 

「みなさん、ここに鼻栓があります。使いたい方はいますか?」

「あ、私使う」「俺も使う」「私は……遠慮します」

 

 やはり獣人の人達は辛かったらしく、我先にと鼻栓をとっていく。……やばい、ちょっと面白い顔になってる。

 

「……ルルネ、変な顔になってる」

「いいだろっ、臭いんだから!」

「さぁ、行きますよ。ルルネ、ここから先は既存のものが役に立ちません。地図を作りなさい」

「りょーかい」

 

 アスフィさんに従い、迷宮を進む。ルルネさんはマップとは違う羊皮紙と赤い羽根ペンを取りだし、マッピングを始める。

 

「すごい、ね……地図を作れるんだ」

「んー、そうか? 【剣姫】に褒められるなんて光栄だけど……私は一応、盗賊(シーフ)だからな」

 

 ちなみに俺もできる。というか以前ギルドにオラリオ地下水路のマッピングを依頼されてやらされた。あの時は本当にルルネさんに教わっておいてよかったと思った。

 

 

 トキ・オーティクス

 マッピングLv.5

 ルルネに教わり、地下水路を経験したことで正確な地図を書くことができる。(ルルネと同レベル)

 

 

 しかし紛れもない異常事態(イレギュラー)に自然と進む足が慎重になる。

 

「なぁ、怖い想像してもいいか? もしこのぶよぶよした気持ち悪い壁が全部モンスターだったとしたら……私達、化物の腹の中を進んでるんだよな?」

「おい」「よせ」「止めてくださいっ」

 

 ルルネさんの恐ろしい独り言にみんなから非難の声が次々と上がる。しかし、それのお陰か緊張しっぱなしだった雰囲気が少し和らいだ。

 

「トキ」

 

 ふと、アイズさんに呼ばれた。

 

「なんですか?」

「あれ」

 

 アイズさんが一点を指差す。そこにあったのは僅かに光る極彩色の花。

 

 嫌な予感が強くなってくる。

 

 パーティは先程俺が確認した分かれ道まで到着した。影を1本しか使わなかったからわからなかったが、分かれ道は正面、左右、上方にも分かれていた。

 

 右の道を選択し、ルルネさんがそれに伴いマッピングしていく。

 

「本当に、上手い……」

「あはは、都市の外に出るヘルメス様の付き添いで、よく怪しい遺跡とかにもぐったりするんだよ、私達は。もう慣れたもんさ」

 

 うん、それで何回か死にかけたけど。主にヘルメス様のうっかり(ドジ)で。というかあの方はわざとやっていたような気がした。

 

「それにしても……この様子じゃあ、リヴィラで買い込んだ血肉(トラップアイテム)隠蔽布(カモフラージュ)は使わなそうだなぁ」

「そのようですね……ん?」

 

 モンスターと遭遇もせず、異様な静けさの迷宮の雰囲気に、不気味な感覚を感じ始めていた時のことだった。通路の中心に、散乱した灰を見つけた。近くにはドロップアイテムらしき物が落ちている。しかし、魔石はない。

 

「モンスターの、死骸か?」

「ええ。間違いなさそうです」

 

 影からハルペーを取りだし、腰のナイフを抜刀する。前後、左右、そして上方に警戒の意識を広げていく。

 

「恐らく、例の『門』を破ることのできた複数のモンスターが、ここまで侵入してきたのでしょう……そして、何かにやられた」

 

 アスフィさんの発言でパーティに緊張が走る。

 

 神経を、感覚を研ぎ澄ましながら考える。あの『門』はもしかしたら強いモンスターを選別するための分別の機能をしていたのではないか? そしてそのモンスターから魔石、正確には魔力を捕食する。そして先程見た花。導き出されるのは……。

 

 その時、上方で何かが動いたのを感じ取った。

 

「「──上(っ)」」

 

 アイズさんと声が被る。一斉に顔を振り上げるみんな。そしてその視線の先にはやはりあの食人花がいた。それも群れを成して。

 

『オオオオオオオォォォォォォォォォッ!!』

 

「各自、迎撃しなさい!」

 

 食人花達の突撃を回避し、それぞれが斬りかかった。

 

 ------------------

 

 モンスターの体当たりを前衛の盾が弾き、無数の触手を中衛の戦士と黒い触手が弾き飛ばす。敵の目標は後衛で詠唱している魔導士ではなく、それよりも手前の中衛にいるトキであった。的が絞られているぶん、対処がしやすいためか不意打ちされながら戦況は若干優勢であった。

 

「敵は打撃攻撃があまり効きません! 武器による切断、または刺突で対処してください!」

「ルルネ、相手の『魔石』はどこですか?」

 

 多角度から押し寄せる触手をトキの触手が迎撃しているぶん、ある程度落ち着きがあるのか、アスフィは戦況にいち早く順応する。

 

「えっと、確か、口の中!」

「口の中ですね。トキ、纏めなさい!」

 

 アスフィの指示に黒い触手が応えた。襲いくる食人花の口を力をねじ曲げるのではなく、逸らし、誘導することにより、数ヶ所に集める。アスフィがベルトのホルスターから緋色の液体が詰まった小瓶、爆炸薬(バースト・オイル) を取り出す。それを瞬時に食人花の口の中へ投げ入れ、まとめて爆破。

 

『------------ァッ!?』

 

 口の中に入れられたものはもちろん、近くにいたものまでが『魔石』を破壊され、断末魔の悲鳴を上げていく。

 

 それを機に他の団員も攻めに転じる。

 

「大丈夫?」

「は、はいっ!?」

 

 黒い触手が捌き損ねた少数の触手が魔導士達に襲いかかるが、全てアイズに処理される。

 

(それにしても……)

 

 アイズが目を向けるのはふたり。団長であるアスフィと下級冒険者のトキだ。アスフィは冷静な分析と行動力で頭1つ飛び抜けた実力を持っている。その戦い方は【ロキ・ファミリア】の団長フィンを彷彿とさせる。

 

 一方、パーティの中で一番力がないトキは触手によるフォローで他の団員が戦いやすいよう、戦況を操作している。

 

 アスフィとトキ。ふたりはやはりこのパーティの中核を担っている。トキが次期団長である、というのも納得がいった。

 

「あらかた片付けましたね……」

「ふぃ~。落ち着いて戦えば、何とかなるもんだなぁ」

「トキが打撃が効かないことを教えてくれなければもう少し苦戦していたでしょうが……上出来でしょう」

 

 爆炸薬(バースト・オイル)の消費も最低限に抑えられたらしく、戦果を前向きに捉えるアスフィ。

 

 一方、トキはというと。

 

(やべぇ)

 

 己の武器を見て恐怖していた。先程の戦闘、何回か武器を使用することがあった。武器は食人花をバターを切るかのごとく切り裂き、しかも損耗もそこまでしていない。

 

(これ、本当はいくらしたんだろう……?)

 

 親方の心遣いに感謝と恐怖を感じながら武器を収める。念のため、ハルペーはベルトの右部分に引っかける。

 

(使いどころに注意しよう)

 

 その後、パーティは武装とアイテムの点検を素早く済ませ進行を再開する。

 

「聞いてはいましたが、あれが例の新種のモンスターですか……」

「固くて、速くて……しかも数が多い。嫌になるよなー」

「【剣姫】、貴方はあの新種の性質を熟知しているようでしたが、知っていることがあれば今の内に教えてもらっていいですか?」

「わかりました」

 

 アイズが話す食人花の情報を頭に叩き込んでいく面々。打撃が効きにくく、斬撃の耐性が低いこと。『魔力』に過敏に反応し、『魔法』の発生源に押し寄せること。

 

「あと、他のモンスターを率先して狙う習性が、あるかもしれません」

「え、モンスターがモンスターを襲う?」

 

 その言葉に反応したのはトキだった。アイズが不思議そうな目で彼を見て、そういえば堂々と戦っていたが彼はまだ一ヶ月前に冒険者になったと聞いたことを思い出した。

 

 レフィーヤによると彼は冒険者になる前に主神に鍛えられ、冒険者になる前から強かったらしい。

 

「そういえばトキは知らなかったのですね。この際ですから覚えておきなさい」

 

 とアスフィはまるで子供に教えるかのような声で解説を始める。

 

「モンスターがモンスターを襲う行動には、大きく分けて2つの可能性があります」

 

 指を1本立てる。

 

「1つは突発的な戦闘。偶然、あるいは何らかの事故で被害を受け、逆上したモンスター同士が争い合う。群れ同士で戦う場合もあります」

 

 トキとアイズがこくりと頷くと、アスフィは2本目の指を上げた。

 

「そして2つ目。モンスターが、魔石の味を覚えてしまった場合」

「魔石の味を覚える……?」

「そうです。別のモンスターの『魔石』を摂取すると、モンスターの能力には変動が起こります。【ステイタス】を更新される我々のように。このようなモンスターを『強化種』と言います。過剰な量を取り込んだモンスターは、本来の能力とは一線を画するようになります」

「なるほど……」

「有名なのは『血濡れのトロール』……聞いたことはありますか?」

「はい。上級冒険者を50人以上殺害し、最後には【フレイヤ・ファミリア】に討伐された推定Lv.を遥かに越えた怪物と」

「ってことは、あの新種も『魔石』を目的に他のモンスターを襲っているってことか?」

「と、私は考えますがね。共食いに走るということは、何らかの理由があって然るべきです。それに先の戦闘の中でも、能力差の著しい個体が数体存在していました」

「それに戦闘前に見かけたモンスターの死骸。ドロップアイテムはありましたが魔石は1つもありませんでしたね」

 

 ルルネの問いにアスフィが答え、トキが補足する。

 

「そういえばそうだったな……でも、群れ全体で『魔石』を狙うって、そんなのアリか? 最初から『魔石』の味を占めてるって、冗談じゃないぞ」

 

 ルルネの言葉に同意するかのように空気が重くなる。この先に何が待っているのか。アイズだけが先の道を強く睨んでいた。




また中途半端ですが今回はここまで。やはりちょいちょい小ネタを挟むと長くなりますね。まあこのスタンスは変えるつもりはないですが。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

食料庫

最近、更新時間がどんどん遅くなってきている……。1日1回はやっぱりきつい……。でも頑張ります!


「また分かれ道か……」

 

 今度はT字の分かれ道。やはり先は見えず、気味の悪い通路が続いている。

 

「アスフィ、今度はどっちに--」

 

 その時、ルルネさんの声を遮り、ズルズルと左右の道から再び食人花達が現れた。

 

「両方からかよ……」

「違う……後ろからも」

「げっ」

 

 三方向からの挟み撃ち。完全に囲まれていた。

 

「……【剣姫】、片方の通路を受け持ってくれませんか?」

「わかりました」

「トキ、貴方は全体のサポートを」

「はい」

 

 T字の中央に立ち、触手を出現させる。三方向からだから一方向4本の計算だ。

 

「かかりなさい!」

 

 アスフィさんの号令により他のみんなが一斉に飛び出す。後ろに8人、右に7人、そして左にアイズさん。アイズさんは一人だが他のところが殲滅し終わるまで時間を稼いでくれればそれでいい。そのためにもフォローを重点的に行おう。

 

 そう思った時だった。アイズさんが食人花に斬りかかった瞬間、天井から巨大な柱が落下した。

 

「なっ!?」

 

 さらに柱は次々と射出され、あっという間に左の通路を塞いでしまった。

 

「分断!?」

「アイズさん!」

 

  触手で柱を攻撃するがびくともしない。

 

「アイズさん、大丈夫ですか!?」

 

【ステイタス】で強化された聴覚で柱の壁の向こうの音を聞こうとする。かすかに聞こえる戦闘音。

 

 しかし、その音はだんだん遠ざかっていった。

 

「アイズさん!?」

「どうしたっ」

「アイズさんが通路の奧にっ」

「なっ、おい【剣姫】、どうした!?」

 

 モンスターが迫りくるなか、ルルネさんが必死に声を張り上げる。

 

「ルルネっ、彼女のことを心配するくらいなら、自分達の身を案じなさい。道を確保でき次第この場から移動します!」

「おい、アスフィっ、薄情だな!」

「彼女は【剣姫】です!!」

 

 恐らくもう声が届かないところまで離れたのであろう。俺の【ステイタス】では既に戦闘音は聞こえない。

 

 だが、あの人は【剣姫】なんだ。ベルが憧れる第一級冒険者なんだ。こんなところでくたばるはずがない!

 

「後方からモンスター! 数、5!」

「前からも来るぞ!」

 

 咄嗟に触手で迎撃しようとする。しかし。

 

「トキ、やめなさい! 各員、魔石をばらまきなさい!」

 

 アスフィさんの指示に慌ててスキルを解除。腰のポーチに少しだけ入っている魔石を壁際にばらまく。

 

 すると食人花はこちらを無視し、ばらまかれた魔石に向かって突撃する。

 

「全員、前へ!」

 

 アイズさんの情報にあった魔石を優先的に狙うという習性は正しかったようだ。食人花が魔石に夢中の間にすかさず前進する。

 

 最後尾のアスフィさんは止めを刺すように3つの爆炸薬(バースト・オイル)を投げ込んだ。

 

「ネリー、魔剣を」

 

 同時にネリーさんが魔剣を取り出し、振り抜く。すると魔剣から火炎の刃が飛び出し、アスフィさんが投げた爆炸薬(バースト・オイル)に着火、大爆発を起こした。

 

 それにしても、やはり他のみんなの動きは俺と違ってかなりいい。いや、高度に統一されている。緊急時における対応、素早く指示を実行する能力。まるでパーティが1つの生き物ように連携する。

 

 それに比べ俺は……

 

「アスフィ、前からめちゃくちゃ来るぞ!?」

 

 思考に嵌まろうとした頭にルルネさんの報告(叫び)が聞こえる。見ると、おびただしい数の食人花が押し寄せて来た。

 

 ルルネさんは言いながらモンスターの間を縫い、すれ違いざまに斬りつける。それを機に前衛が武器を取り出し、応戦を始めた。

 

「よっぽど我々をこの先に行かせたくないようですね……!」

 

 アスフィさんが唇に笑みを浮かばせる。そう、モンスターの迎撃が激しくなるほどこの先に何かある、と言われているようなものだ。

 

「トキ、中衛に上がって援護しなさい」

「はい」

 

 アスフィさんが最前に移動し、俺も中衛でサポートに撤する。パーティの進行速度は先程となんら変わっていない。

 

  何度モンスターを迎撃しただろうか、ふと前方に赤い光が漏れ出していた。

 

「……あれは」

「もしかして、石英(クォーツ)の光? 食料庫(パントリー)が近いのか?」

 

 ルルネさんの決して大声ではないつぶやきが耳に入ってくる。確かに、あれは肉壁に入る前に道を照していた赤い光に似ていた。

 

「アスフィ」

「このまま、突っ込みます」

 

 アスフィさんの言葉に力を振り絞る。最後の食人花を仕留め、みんなに置いていかれないよう、全力で駆け抜ける。

 

 そして、ついに食料庫(パントリー)の大空洞に足を踏み入れた。

 

 視界が開ける。まず目に飛び込んで来たのはこれまでの通路と同じ緑壁。そして、石英(クォーツ)大主柱(はしら)に寄生する巨大なモンスター。

 

「宿り木……?」

 

 食人花に似たモンスターが計3体。30Mほどの大主柱(はしら) に絡み付いていた。それはこれまで見てきたどの食人花よりも長く、太く、そして毒々しかった。その体から出ている蔦のような触手を大主柱(はしら)に絡ませている。

 

「まさか……大主柱(はしら)から出る養分を、吸っている?」

 

 一定の間隔で脈動するそれらは大主柱(はしら)から出る液体を逃さないように吸収していた。

 

 つまり、こういうことだ。あの巨大な食人花が食料庫(パントリー)の養分を吸い上げる。そのために迷宮を侵食し、他の個体には肉壁を越えてきたモンスターの魔石を食わせる。

 

 確かに効率的だ。つまり、あれが今回の元凶。

 

「あ、あれはっ」

 

 ふと、誰かが声を上げた。視線を落とすと俺達の他に謎の集団がいた。上半身を覆うローブ、口元まで隠す頭巾、共通の額当て。

 

 集団はこちらを指さし、大声で警戒を呼び掛けあっている。

 

 だが、俺はなぜか、吸い込まれるかのように、その奥を、見ていた。

 

 緑色の宝玉。その中の雌の胎児。脈を打つそれに同調するかのように、心臓が暴れだす。

 

 なんだ、あれは……?

 

 ふいに胎児の目と視線が合わさった。

 

「うっ……」

「トキっ!?」

 

  耳鳴りがする。体中をミミズが走り回るような感覚に襲われる。強烈な吐き気が込み上げてくる。

 

 立っていられない。口元を抑え、片膝をつく。

 

「トキ、大丈夫ですか!?」

「これって、【剣姫】と同じ……」

「どういうことですか、ルルネ!?」

「わ、わかんないよっ!?」

 

 駄目だ。俺が理由で、俺の所為でパーティの和が乱れるのは駄目だ。

 

 吐き気を強引に飲み込む。ふーっと深く息を吐く。なるべくあの宝玉を見ない。……よし。

 

「アスフィさん、ルルネさん。もう大丈夫です」

「本当ですかっ?」

「はい。それよりもこの状況の整理を……」

 

 再び視線を謎の集団に向けると全身白ずくめの男に他の者と違う色のローブを纏う者が詰めよっていた。

 

 そして、向こうの全員が抜刀。得物を掲げ、こちらに押し寄せてくる。

 

「おい、なんかあいつ等やる気満々だぞ!」

「応戦します。こちらとしても彼等がここで何をしているのか、聞き出さなくてはいけませんから……ね」

 

 それに奴等の殺気、こちらを本当に殺そうという殺気だ。

 

「トキ、貴方は……」

「戦います」

「けどよ……」

「俺なら大丈夫です。それに俺は対人戦のために呼ばれてきたんですから」

「……わかりました。そうですね……あの色の違うローブの者と奥の白ずくめの男は生かしておいて下さい」

 

 つまりそれ以外は殺してもかまわない、と。

 

 意識を切り換える。もう、言われて殺すだけの人形じゃない。

 

 仲間を守るために、みんなの役に立つために、人を、

 

「殺す」

「殺せ!」

「かかりなさい!」

 

 そして、開戦。




さて、前座はここまで。これからトキの大活躍が始まります。

……あのトキってチートですか? 作者的には多才なだけでチートというつもりはないんですか、その辺どうでしょうか? ご意見をおうかがいしたいです。まあ、聞いたところでトキのこの路線を変えるつもりはありませんが。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ひとりはみんなのために

今回、トキ君無双回。さんざんチートじゃないとか言っておきながら無双します。
仕方ないよね、トキが勝手に動くんだもの! ……冗談はさておきそれではどうぞ。


 ぶつかり合う得物。鳴り響く金属音。人間同士の争いが巻き起こる。

 

【ヘルメス・ファミリア】16人に対し、謎のローブ集団の数は倍以上。しかし【ヘルメス・ファミリア】は中衛が前衛に上がることで人数の不利を補っていた。

 

 確かにローブ集団の数は【ヘルメス・ファミリア】を上回っているかもしれない。しかし、高度な連携と潜在能力(ポテンシャル)の高さによって数の不利をものともせず、むしろ圧倒していた。

 

 そんな中トキは連携よりやや外れたところで同時に3人を相手どっていた。

 

「はあっ!」

「やあっ!」

「うおおっ!」

 

 迫りくる剣を槍を棍をかわし、剣を持った者に近づき……そのまま素通りする。驚く男が振り向いた瞬間、ドスッと心臓が黒い触手により貫かれた。

 

 仲間が殺られたのを見てふたり同時に襲いかかる。しかもわずかな時間差攻撃、未だトキはローブの者達に背中を見せていた。前のローブの者が棍を繰り出そうとした瞬間、後ろから衝撃が走る。後ろにいた仲間がぶつかってきたのだ。

 

「なっ」

 

 体勢が崩れ、地面に転倒する。起き上がろうとしたところで……黒い触手がふたりをまとめて貫いた。こと切れるふたりを見つつ、息を吐く。

 

(この調子なら大丈夫そうだな)

 

 次なる標的を探そうと顔を上げ、視界の隅が爆発した。

 

「……は?」

 

 続いて体に吹き付ける熱風。それは戦っている【ヘルメス・ファミリア】のところからだった。

 

「-愚かなるこの身に祝福をぉ!!」

 

 今度ははっきりと見えた。ローブの者達が上半身に真っ赤な紅玉を巻き付け、腰の小箱の紐を引き、爆発。

 

「アスフィ、こいつら死兵だ!?」

 

 ルルネの叫び声がトキの耳に入る。

 

  死兵。それは使命のために己の命さえもなげうつ者達。何より、高度な連携を取る集団にとっての最悪の敵。

 

「セイルがやられた!?」

「誰か治療を!」

「おいっ止めろおおおおおお!!」

 

 次々と仲間が爆炎に呑み込まれていく。

 

「同志よ、死を怖れるな!」

 

 ふと、色違いのローブを着た者が声を張り上げた。声を聞く限り男だ。

 

「死を迎えたその先が我々の悲願だ!」

 

 しかし、トキの脳内には別の、はるか昔に聞いた男の声が聞こえていた。

 

『いいかいトキ。死兵の対処法はとっても簡単だ。それはね-』

 

自爆される(やられる)前に殺す(やる)

 

 判断は一瞬だった。仲間目掛けて腕を伸ばす者を触手により突き飛ばす。触手により【ステイタス】を無効化され、不意打ちで突き飛ばされた者達は後ろによろけ、爆発。後方から続けて自爆しようとしていた仲間もろとも弾け飛ぶ。

 

 手から黒いナイフを出現させる。トキが唯一足以外から出現させられる暗器。小箱の紐を引こうとする者目掛けて駆け出し、すれ違いざまに一閃。喉元を切り裂く。

 

 触手を伸ばし、死兵の集団に突っ込む。小箱の紐を引き抜いた者を突き飛ばし、小箱の紐に手をかけた者の腕を切り飛ばし、小箱に手をかけようとする者を刺し貫く。

 

 触手を振り回し、手に持つナイフで切り裂く。

 

 しかし、そんなことをすれば目立つのは当然。ローブの者達は一斉にトキの方に注目し、そちらに向かう。

 

(狙い通り!)

 

 だが、それはトキの思惑通りだった。仲間から注意を逸らした、その間に体勢を立て直させる。それに一対多はトキが最も得意とする戦闘。敵の行動を誘導し、不意打ち、同士打ち、複数撃破を狙う。

 

 ズルズル。

 

 ふいに、何かが蛇行するような音が聞こえてきた。

 

「トキ、避けなさい!!」

 

 アスフィの声に反射的に上へ跳ぶ。そして、すぐ下を食人花が通りすぎた。さらに前から横から後ろから食人花が迫りくる。

 

「ちっ!」

 

 トキはさらに()()()()()()、上空に跳ぶ。

 

 トキの影は彼の魔力が足から出ているものだ。そして攻撃の際それは具現化する。それの応用でトキは足から出る影を一瞬具現化させ、足場とした。

 

 さらに影で出来たナイフを消し、腰のナイフとハルペーを抜刀。食人花の首を刈る。

 

 さらに襲いかかって来る食人花を上空に跳び、回避。その勢いが最高点に達する前に体を180°転回。影を踏み締め、地面に向かって跳ぶ。

 

 すれ違いざまに食人花を2体切り裂き、着地する前に体全体を使って前転、落下の衝撃を逃がす。そこへ襲いかかってくる死兵と食人花を同時に相手取り始めた。

 

 その光景に【ヘルメス・ファミリア】の面々は絶句していた。彼がLv.1ながら強いことは知っていた。しかし目の前で起こっている戦闘は自分達の想像をはるかに越えたものだった。

 

「何をしているのですか!!」

 

 そんな中、団長のアスフィが声を張り上げた。彼女には見えていた。モンスターと死兵に囲まれ、それに応戦する彼の顔が苦渋に歪んでいるのを。

 

 いくらトキが多才であるからと言っても死兵を自爆させる前に倒し、全方向から襲いかかってくる食人花の体当たりを回避し、葬るのは彼の処理能力の限界まで達していた。その証拠に彼はこの情況下でまだ詠唱をしていない。

 

「死兵はトキに任せますっ。私達はモンスターを!!」

 

 団長の声に【ヘルメス・ファミリア】の団員は慌てて得物を構え、モンスターに突撃する。後衛が詠唱を始めると食人花がいくらかそちらを向く。

 

  仲間が食人花を討伐し始めたおかげで少し余裕ができたトキはここに来て詠唱を始めた。

 

「【この身は深淵に満ちている】」

 

  その声を聞いた【ヘルメス・ファミリア】の団員が声を張り上げた。

 

「よせ、トキっ!!」

「【触れるものは漆黒に染まり。写るものは宵闇へ堕ちる】」

 

 しかし、トキは止めない。再びトキへ向かう食人花。

 

「魔石をばらまきなさい!」

「来る途中で全部ばらまいちまったよ!」

「くっ!」

「【常夜の都、新月の月。我はさ迷う殺戮者】」

 

 全ては仲間を傷つける敵を葬るために。

 

「【顕現せよ、断罪の力】」

 

 彼は唄う。

 

「【インフィニット・アビス】」

 

 8匹の漆黒の大蛇が食人花達を抑え、残りの4匹が死兵を喰らい尽くす。

 

「な、な、な-」

 

 全滅。自爆できたのは極一部。それ以外は全て一人の少年に倒され……否殺されてしまった。自分達は死を怖れない。しかし、あまりに圧倒な光景に色違いのローブを着た男は声が出なかった。

 

 するとトキは色違いのローブを着た男に視線を送り、そのままその男目掛け、走り出す。

 

 咄嗟に片手剣を構えるが、横合いから出現した漆黒の刃に両腕を切り裂かれる。

 

「があああああああっ!!」

 

 血を流し、倒れる男の横をすり抜け、トキは白ずくめの男へ向かう。

 

食人花(ヴィオラス)に大人しく喰われていればいいものを……」

 

  口端に皺を寄せる白ずくめの男は雌の胎児が取りつく石英(クォーツ)大主柱(はしら)から離れ、トキを迎撃するために前に出た。

 

  あっという間に埋まる距離。しかし、その速度は明らかに白ずくめの男の方が速い。トキはその場で急ブレーキをかけ、影を目の前に展開。白ずくめの男の視界を奪う。

 

「ふっ」

 

 白ずくめの男はそんな壁ごと突き破ろうと拳を振り上げ……瞬間影から何かが飛び出してきた。

 

 それは今回の依頼で使う予定だった隠蔽布(カモフラージュ)だった。

 

「なっ」

 

 隠蔽布(カモフラージュ)に突っ込み、そのまま覆われる白ずくめの男。

 

「くっ、小賢しい真似をっ」

 

 急ぎ布を取り、辺りを見渡す。しかし、トキの姿はどこにもなかった。

 

「どこへ行った!? 食人花(ヴィオラス)、小僧を探せ!」

 

 しかし、食人花はあっちを見たりこっちを見たりとキョロキョロするだけだ。

 

「どうした、食人花(ヴィオラス)!? さっさと探せ!」

 

 食人花には視覚というものがない。代わりに魔力を探知してものを判別している。そして、この辺り一帯にはトキがばらまいた魔力の濃霧がたちこめていた。これにより食人花はどこにトキがいるのか、またどちらが前なのかわからなかった。

 

「ええい、役立たずどもめ!」

 

 いらだちを隠せない白ずくめの男。ふいに、後ろから殺気を感じとった。

 

 振り返りそのままバックステップ。1秒前に首があったところを何かが通りすぎた。

 

 トキは魔力の濃霧を展開し、隠蔽布(カモフラージュ)を影から出した裏でアスフィから受け取っていた『ハデス・ヘッド』を装着。その効果で『透明状態(インビジリティ)』になり、白ずくめの男の背後に回り込んだ。

 

 しかし『透明状態(インビジリティ)』を利用した不意打ちすらも布石。本命は、さらに背後からの影による不意打ち。

 

 この影にはあまり精神力(マインド)を注いでいない。それこそ魔力の濃霧よりも低いくらいだ。しかしトキの【果て無き深淵(インフィニット・アビス)】は人を殺すのに大量の精神力(マインド)を必要としない。人体を刺し貫くだけの精神力(マインド)で十分。スキルの効果で【ステイタス】が無効化されるからだ。

 

(もらった!)

 

 トキの必殺の一撃。

 

 キンッ。

 

 しかしそれは男の体に当たった瞬間、弾かれた。

 

「なっ!?」

「そこか!」

 

 白ずくめの男の拳が唸る。咄嗟に影を二重に展開しガード。さらに腕を交差し、後ろに跳ぶ。

 

果て無き深淵(インフィニット・アビス)】の盾は触れた瞬間に力のアビリティが無効化され、普通の打撃にしかならない。

 

 しかし、敵の拳は影をやすやすと貫き、腕に当り……その衝撃で吹き飛ばされた。

 

「がっ!」

 

 地面を転がり、停止した瞬間に立て直す。

 

(くそっ)

 

 不安定な体勢で『透明状態(インビジリティ)』のおかげで距離感も掴めず、さらに二重のガードまでして……左腕を折られた。

 

 正確には交差した時に前になっていた左腕に当り、それだけで肘から下の腕の骨を折られた。

 

 相手の潜在能力(ポテンシャル)は自分よりはるかに上だった。しかし、ここで引くわけにはいかなかった。なぜなら、敵は恐らくアスフィよりも強いからだ。

 

 アスフィと白ずくめの男だと白ずくめの男の方が潜在能力(ポテンシャル)が高いであろうとトキは見破っていた。アスフィの短剣は確かにレベルが高い。しかし、アスフィ自身の対人戦闘能力はそこまで高くはなかった。

 

(俺が殺らなきゃ)

 

 魔法が効かない。ならばそれ以外の方法で殺す。幸いまだ『透明状態(インビジリティ)』は解けていない。

 

 トキは再び白ずくめの男に向かって駆け出した。




食人花の感覚については独自解釈です。違うんじゃないか、という人はご感想の方へ書いてください。参考にさせていただきます。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

奇妙な共闘

まずは報告を。感想にてご意見があり、いろいろ考えた結果スキル【憧憬一途】の消去、それに関する記述の改変、タグ:多才チートの追加をいたしました。
はい、という訳で作者もようやくトキがチートであることを受け入れました。それならいっそよりチートらしく【憧憬一途】を削除し、才能と経験のふたつによるチートという路線でいきたいと思います。
また、【憧憬一途】に代わる新たなスキルも考案中ですのでベルとかレフィーヤに置いてけぼりにされることはないと思います。……多分。…………まあ【憧憬一途】の記述を消去する作者は涙目でしたが(小声)

そんなわけでトキの大活躍回改めチート回始まります!


【ヘルメス・ファミリア】団長、アスフィ・アル・アンドロメダは目の前の光景に歯噛みしていた。

 

 繰り広げられる戦闘。白ずくめの男と『透明状態(インビジリティ)』を利用したトキとの一騎討ち。端から見ると白ずくめの男が何もない場所で踊っているかのように見える。

 

 しかし実際行われているのはあまりに不条理な戦いだ。圧倒的潜在能力(ポテンシャル)を誇る白ずくめの男に対し、トキは可能な限り己の気配や殺気を消し、暗殺者時代に培った全ての経験を活かし、戦っていた。

 

 だがそれは戦えているだけに過ぎない。食人花を欺くために魔力の濃霧を発生させ続けているため魔法は使えず、トキ自身の打撃では歯が立たない。唯一【ゴブニュ・ファミリア】の親方が授けたナイフだけが白ずくめの男にダメージを与えている。

 

 白ずくめの男の攻撃は最初の一撃以来当っていない。なぜなら当たった瞬間にトキの敗北が決定するからだ。圧倒的な潜在能力(ポテンシャル)の差により白ずくめの男の攻撃は軽いものだとしてもトキにとっては致命傷(必殺)になりかねない。

 

 ゆえにトキは折れた左腕を強引に動かし、敵の攻撃をコンマ1秒単位で予測し、そこから男の性格を読み取り、さらに予測の精度を上げていく。

 

 一方、白ずくめの男は本当に自分があの冒険者と戦っているのか、本当はいない敵と戦わされているのではないか、という錯覚に陥りそうになる。こちらの攻撃は当たらず、殺気も音もなく、ただ自らの直感だけを頼りに回避を行う。本当は幻覚魔法か何かに踊らされているのではないかという思考が頭をよぎる。

 

 しかし現に自分の体は少しずつだが傷ついている。いるのは間違いない。だがまるで空気を相手にしているようだ。

 

 対するトキも苦渋の表情を浮かべていた。確かにナイフで傷は与えている。しかし与えた端から治っていくのだ。人間離れした能力に加え、折れた左腕と予測のし過ぎで起こる頭痛の痛みを抑えこみ標的に向かう。

 

『標的に対するいっさいの常識は捨てなさい』

 

 暗殺者時代に教え込まれた言葉が頭をよぎる。

 

 トキは暗殺の知識を教えた育て親が大嫌いだ。暗殺をしていた頃の自分が大嫌いだ。かといってそれを使わないのは愚の骨頂。知識や経験を毛嫌いし使わないのはただの愚か者がすることだ。

 

 暗殺をしていた頃の自分も自分。その経験すらも糧とし、標的に向かう。全ては仲間を守るために。

 

「なにやってんだ、アスフィ!? 早くトキの援護に向かえよ!!」

 

 ルルネが声を張り上げる。こちら側には未だ食人花が襲いかかってくるが、ほとんどがトキの魔力の濃霧により混乱している。今ならアスフィがいなくても十分戦えた。しかし、

 

「いえ、できません」

 

 アスフィは頭を横に振った。

 

「どうして!?」

「援護に向かえば、トキの足を引っ張ってしまうからです」

 

 歯を食い縛り、まるで射殺さんばかりに一騎討ちを見るアスフィ。その言葉にルルネを始めとする【ヘルメス・ファミリア】の面々が絶句する。

 

 確かにアスフィはLv.4。トキよりもはるかに潜在能力(ポテンシャル)が高いし、経験も豊富だ。しかし白ずくめの男の潜在能力(ポテンシャル)はそれを上回っていることをアスフィも気づいていた。さらにアスフィはトキよりも対人戦闘が得意ではない。今の状態のトキとアスフィが一騎討ちした場合、トキに軍配が上がる。

 

 それほどトキの対人戦闘能力は秀でており、この状況でもっとも適切な行動だとアスフィは理解していた。例えどんなに残酷なことかわかっていても。

 

 故にアスフィは己の無力さを呪う。自分の弟分が必死になって頑張っているのにそれを手助けできない自分に腹が立っていた。

 

 その時、食料庫(パントリー)の入り口から声が聞こえてきた。

 

「【誇り高き戦士よ、森の射手隊よ。押し寄せる略奪者を前に弓を取れ。同胞の声に応え、矢をつがえよ】」

 

 もはや早口言葉ではないか、というような速度で紡がれる詠唱()。その存在を目にし、アスフィの胸にかすかな希望の光が灯る。

 

「【帯びよ炎、森の灯火。撃ち放て、妖精の火矢】」

「ったく、どういう状況だっての!」

 

 山吹色のポニーテールを揺らすエルフの少女とそれを守護する黒髪のエルフ。さらに高速で自分達の回りの食人花を撃破する狼人(ウェアウルフ)

 

「【雨の如く降りそそぎ、蛮族どもを焼き払え】!!」

 

『高速詠唱』による詠唱の完成に伴い、足元の山吹色の魔法円(マジックサークル)が強い光を放つ。注がれた精神力(マインド)は魔力の濃霧をはるかにしのぐもので食人花が一斉にそちらを向いた。

 

 装填された魔力にメリルがばっと振り向き目の色を変えて叫んだ。

 

「み、みんなっ、逃げてっ!?」

 

 警告により退避した冒険者のパーティを確認し、エルフの少女レフィーヤは己の砲撃魔法を解放した。

 

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!!」

 

 火炎の豪雨と表現することすら生ぬるい災厄が降り注ぐ。射程距離を最大に設定した最高出力。それは食料庫(パントリー)の7割、それこそ退避したはずの冒険者達を巻き込まん勢いで炸裂した。それまで無数にいた食人花が全滅する。

 

 その光景にレフィーヤは、

 

「また、やり過ぎちゃった……」

 

 遠くから狼人(ウェアウルフ)が殺す気かっ!! と叫んでいる。

 

 触らぬものに祟りなし、と彼女は小声で呟くと臨時パーティメンバーであるフィリヴィスを伴い冒険者の一団に近づく。

 

「なっ」

 

 その光景に白ずくめの男は驚愕し、

 

「ぬっ!?」

 

 トキの不意打ちを手でガードした。ガードした手から赤い血が流れる。初めてのまともなダメージ。

 

(よし)

 

 トキはレフィーヤ達の援軍に心の底から感謝していた。今の一撃でわずかながらこちらに流れがよる。

 

 焦らず、じわじわと。トキは蛇のように白ずくめの男を追い詰める。

 

 ------------------

 

「お前……確か、レフィーヤ!?」

「えっ、ルルネさん!?」

 

 レフィーヤは冒険者達に近づいてみると見知った顔を見かけた。リヴィラの事件の際に面識を持った相手は、仲間と共に全身を傷だらけにして……その時、ふとあることを思い出した。

 

 ルルネの所属【ファミリア】は【ヘルメス・ファミリア】。そして想い人(トキ)からの伝言によると【ファミリア】メンバーとダンジョンに行くと言っていた。

 

「ルルネさん、トキは─」

「おいっ、アイズはここにいねえのか。答えろ」

 

 詰め寄るレフィーヤの横からベートが割り込んで来る。むっとしながらやはりレフィーヤもアイズのことが気になりベートの邪魔をしない。

 

「け、【剣姫】はさっきまで私達と一緒に……」

「後にしなさい、ルルネっ」

 

 ルルネの言葉をアスフィが遮った。

 

「【剣姫】については後程説明しますっ。今はトキを、私達の仲間を助けてくださいっ」

「あぁ? どういう-」

「トキがどうしたんですか!?」

 

 訝るベートに今度はレフィーヤが横から割り込む。

 

 アスフィは視線を奥へと移す。レフィーヤは弾かれるように、ベートは心底どうでもよさそうに、フィリヴィスはゆっくりとその視線を追う。

 

 そこには白ずくめの男がまるでなにかと戦うように右へ左へと動いていた。

 

「誰もいねぇじゃねぇか」

「現在、彼は私が造った魔法具(マジックアイテム)により『透明状態(インビジリティ)』となっています。ですがあの男相手ではそれでも攻めきれていません。この食料庫(パントリー)の状況も、あのモンスターもあの男の仕業と推測しています」

「……!」

「私達の事情や【剣姫】については後程全て説明します。ですからどうかトキを……」

 

 捲し立てるようにアスフィが状況を説明する。その説明を裏付けるかのように白ずくめの男がさらに複数の食人花を呼び出す。しかしその目線は見えないトキに向けられていた。

 

「おい、剣を寄こせ」

「はいっ!」

 

 白ずくめの男とそれと戦っているであろうトキから目を逸らさず、ベートはレフィーヤに告げる。レフィーヤは筒型のバックパックを開け、中から50Cほどの双剣を取りだし、自身も杖を構える。

 

「……気に入らねぇ」

 

 そんな中ベートは苛立っていた。白ずくめの男に、アイズのことが聞けないこの状況に、何よりトキに対して。あの蛇のような殺気を出す雑魚のことをベートは覚えていた。雑魚のくせに【ファミリア】の、なによりアイズの前で恥をかかされたのだ。その事を思い出すだけで頭に血が登る。

 

 双剣を装備した途端、食人花が動き始める。その狙いはトキ。魔力の濃霧は先程のレフィーヤの砲撃魔法によりなくなっていた。

 

「トキッ!」

 

 ルルネの悲鳴にも似た叫びとベートが駆け出すのは同時であった。瞬く間に食料庫(パントリー)を突っ切り、食人花を始末する。

 

「「なっ」」

「退いてろっ、蛇野郎っ!!」

 

 続けて白ずくめの男への攻撃。トキは突如割り込んできたベートに驚愕しつつ、その場から跳び退る。

 

「つまらねえ芸を見せびらかしてんじゃねえぞ!!」

「次から次へと、冒険者め!」

 

 放たれる上段蹴りを、白ずくめの男はなんなくかわす。背をさらしたベートに攻撃しようとするが、ベートはそれ以上の速度で回転、回し蹴りを繰り出す。驚愕する男は右手でそれを防御する。

 

「ぐっ!?」

 

 先程までの攻撃とは違う威力に白ずくめの男は呻き、

 

「ちッ!?」

 

 ベートも相手の反応速度と強固な腕の固さに舌打ちした。

 

「【凶狼(ヴァナルガンド)】……そうか、【ロキ・ファミリア】! 【剣姫】を追ってきたか!!」

「っ! てめえ、アイズをどうした!?」

 

 先程のこともあり、白ずくめの男に歯を剥いて襲いかかるベート。双剣の斬撃を紙一重でかわしながら相手は返答する。

 

「私の同志が相手をしている。なに、今頃はぐっ!?」

 

 しかしその返答(挑発)は下から飛来した黒い触手によって最後まで言われることはなかった。そもそも、しゃべるなどの行為()を彼が逃すはずなかった。

 

 ベートは背後を振り返る。そこには兜を外し、ふてぶてしく立っているトキの姿があった。

 

「てめぇ、蛇野郎っ。邪魔すんじゃねえ!!」

「邪魔をしてきたのはそっちが先でしょう?」

 

 喰ってかかるベートに睨み付けながら返事するトキ。さらに雰囲気が険悪となる。

 

「それにさっきの攻撃を見る限り、貴方の攻撃、効いてないようでしたが?」

「はっ、さっきまで散々苦戦していた奴の言うことかよ! 雑魚は引っ込んでな!」

「できない見栄は張らない主義なんでね。貴方こそ退いててください」

 

 そんか険悪なふたりをレフィーヤは不思議そうに見ていた。トキの【ロキ・ファミリア】に対する確執は怪物祭(モンスターフィリア)の夜に終わっていると思っていた。事実、先日会った時もそんな事は欠片も気にしていない様子だった。

 

 しかしベートを前にしてトキは駄々をこねるように言い合う。賢い彼ならばベートの方が相手と戦えるとわかるはずだ。

 

「う~ん」

「ウィリディス、何を悩んでいる! 早く奴の援護を─」

 

 フィルヴィスが隣で何か言っているが、戦闘しながら言い合うふたりを観察し……ある可能性が頭をよぎる。

 

 ベートは普段の言動から誤解されがちだが、何かと仲間を気遣い、他人でもピンチになれば見捨てない性格だ。一方トキも言葉には出さないが仲間を思いやり、他人との繋がりを大切にする。

 

 一見まったく違うように見えるふたりだが、

 

「実は似た者同士?」

「「誰が似た者同士だ!!」」

「貴様らっ!! 戦闘中にも関わらずよそ見とは余裕だなっ!!」

 

 激昂する男が攻撃を仕掛け、それをトキが死角から触手による攻撃で体勢を崩し、ベートが攻撃を重ねる。

 

 戦況は圧倒的にふたりが有利であった。

 

「ぐっ、食人花(ヴィオラス)!」

 

 男の呼び掛けに天井の蕾が複数開花する。

 

「あれは俺が引き受けますからベートさんはこっちをお願いします」

「なんだ? さっきとは言ってることが違うじゃねえか」

「貴方が相手した方が早く倒せるのは事実ですからね。さっさと倒してアイズさんを助けにいきますよ」

「てめえがアイズを名前で呼ぶんじゃねえっ!!」

「勝手に援護するんで思う存分戦ってください」

 

 ベートの言葉を無視しトキは上空に向けて跳ぶ。そんな彼に舌打ちしつつ、ベートは白ずくめの男に向かって駆け出した。




はい、と言うわけで今回はベートとの共闘です。まあやり方は白ずくめの男を相手していたときと同じで今度はベートの動きを予測し、隙になりそうなところに触手を叩き込むだけですが。

それとトキとベートが仲悪いのはレフィーヤが言った通り同族嫌悪です。レフィーヤが思った理由もありますが、マンガソード・オラトリアで幼いベートが【ロキ・ファミリア】の面々に拾われるような描写がありました。そして、トキはヘルメスにその命を拾われます。
つまり、冒険者になるきっかけもちょっとだけ一緒なのです。

という訳でトキとベートの共闘、まだまだ続きます。

ご意見、ご感想お待ちしております。


そういえばレフィーヤの砲撃魔法で生かしておいた色違いのローブの方が上手に焼けましたっ‼ 状態に。レフィーヤちゃんまじドジっ娘。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

化け物

 繰り広げられる攻防に黒髪のエルフの少女、フィルヴィス・シャリアは目を見張っていた。

 

 地上で繰り広げられているのは第一級冒険者ベートと謎の白ずくめの男の白兵戦だ。視認できるだけでも凄まじい攻防の応酬。それを見たフィルヴィスは支援射撃に徹しようとしたが、目まぐるしく入れ替わる二人にまったく照準できなかった。

 

 その上空では冒険者の一団に救助を頼まれたトキというヒューマンの少年が複数の食人花を相手どっていた。黒い触手を巧みに操り、右手に持つ大型ハルペーで的確に食人花を倒していく。さらに驚くべきことに時おり凄まじい攻防を繰り広げる地上の白兵戦に触手の援護までする。

 

「第一級冒険者、ここまで……」

「いえ違います」

 

 思わず漏れたつぶやきを隣にいたエルフの少女レフィーヤに否定される。

 

「確かにベートさんは第一級冒険者ですが上空で戦っているトキはまだLv.1です」

「なっ、Lv.1だと!?」

 

 レフィーヤの言葉が信じられず、もう一度少年を見てみる。

 

 言われてみればお世辞にも【ステイタス】が高いとは言えない。スピードも遅いし、攻撃もハルペーのみで黒い触手は全て誘導や援護に使っている。しかしそれを抜きにしても彼の戦い方はLv.3の彼女から見ても巧いと言えるものだった。

 

「それにトキは本調子じゃありません。彼が使える触手の最大数は12本。けど今操っているのは8本だけ。つまりそれだけ彼も疲弊しているってことです」

「あれで本調子ではないだと!?」

 

 だとしたら本当に彼はLv.1なのか、わからなくなってくる。その堂々たる戦い方は決して下級冒険者の戦い方ではない。まるで何度も死線を潜り抜けた一流の冒険者のようだった。

 

「でもさすがに不味いですね」

 

 今のところベートもトキもやや優勢ではある。しかしその表情は芳しくない。ベートはトキの援護もあり、なんとか優勢ではあるものの決定打がなく、いたずらに体力を消耗していた。

 

 またトキも、白ずくめの男以上に速いベートの動きを予測し、なおかつ複数の食人花を迎撃するのは処理能力の限界を超えていた。ベートの援護はしっかりしているが、ときどき捌ききれない食人花の攻撃がかするようになってきている。

 

「フィルヴィスさん、先にトキの援護をしましょう。短文詠唱の魔法で少しでもモンスターの数を減らすんです」

「だが狼人(ウェアウルフ)の方はどうする?」

「そっちはトキが援護しているので問題ありません」

 

 言うやいなや、レフィーヤが『高速詠唱』に入る。膨大な魔力の上昇に食人花がそちらを向く。慌ててフィルヴィスがレフィーヤを護衛しようとするが、

 

「構うな、食人花(ヴィオラス)! 先にそのヒューマンをやれ!」

 

 白ずくめの男の言葉により、再びトキの方を向く。

 

「【アルクス・レイ】!」

 

 それを読んでいたかのようにレフィーヤが詠唱を完成させ、明後日の方向へ光線を放つ。

 

「なっ、どこを狙っているんだ、ウィリディス!?」

「大丈夫です」

 

 しかしレフィーヤは慌てることなく己の魔法の行く末を見守る。光線は放たれた方向からぐいっと進路を変更する。

 

 トキが大きく上空へ跳ぶ。それを追いかけようと食人花達が上空を向き……光に呑み込まれた。光線は標的に設定した食人花とその回りの食人花を巻き込んで消滅する。

 

「よし!」

 

 狙い通りにいったのかガッツポーズをし、第2射を装填する。

 

 その姿にフィルヴィスは何度目かの驚愕を表す。彼女のレフィーヤに対する印象は真っ直ぐでそれでいて少しおじおじしたところがあるというものだった。

 しかし戦闘になるとまるで普段の様子が嘘のように豹変する。思いもよらぬ発想力と強大な魔力。この2つが彼女の武器だ。

 

 自分よりもLv.が高いというのを彼女は改めて実感した。

 

 ------------------

 

「ぐっ」

「おらっ!」

 

 ベートの攻撃をかわし、反撃に拳を振り上げる。

 

 ビシッ!

 

 しかしそれは死角から現れた触手によって一瞬ではあるが止められる。その一瞬の間にさらにベートの追撃が放たれる。

 

 白兵戦は終始この展開だった。上空で激しい攻防をしているにも関わらず、時おりこうして触手による援護(邪魔)が入る。そのせいで攻めきれずどうしても受け手に回ってしまう。

 

 速度だけならばあちらの方が上だ。しかし膂力と打たれ強さであればこちらが圧倒的に凌いでいる。本来であればこちらが有利であるはずだ。

 

 だがそれも忌々しいヒューマンの小僧のちょっとした援護(邪魔)によって崩れる。先程とは違い力はないが確実に男の動きを阻害してくる。

 

 ふと、背後に何かが転がるような音が聞こえた。次いで襲いくる触手。

 

「ぐっ」

 

 条件反射でかわしてしまい、

 

「らあああああああァッ!!」

 

 (ベートの連撃)の中に飛び込んでしまった。双剣とメタルブーツによるラッシュ。この機を逃すかというような連撃。

 

「図にっ、乗るなあぁあああああああああああ!?」

 

 怒号を吐き出し押し返そうと前に出る。だが、それも、

 

 ヒュンヒュンヒュン。

 

 全身に巻きつく触手により妨害されてしまう。既に男の怒りはピークを超えていた。

 

「小僧おぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 ベートの連撃に傷つく体を無視し、振り返る。しかしそこにトキの姿はなかった。

 

「なっ!?」

「ベートさん、行きます!!」

 

 背後で女の声が聞こえ、次いで閃光が放たれる。急いで振り返り腕で防御しようとし……自分の過ちに気づいた。

 

 あまりにも強大すぎる魔力の光線。さすがの男でも防ぎきれるかわからなかった。衝撃に備え、突き出した腕を反対の腕で掴む。

 

 しかしその閃光は男の眼の前で曲がった。

 

「!?」

 

 曲がった閃光の先にいたベートがメタルブーツを叩きつける。

 

 ベートが装備するメタルブーツは第二等級特殊武装(スペリオルズ)《フロスヴィルト》。その真価は魔法効果の吸収にある。

 

 完全に虚を突かれた男に既に回避するという選択肢はなかった。ベートが口を笑みに歪め、メタルブーツが眩い光を放つ。

 

「死ねっ!」

「っっ!?」

 

 最高速度で叩きつけられる閃光の一撃。男は大主柱(はしら)まで吹き飛ばされた。

 

 ------------------

 

「トキ、大丈夫ですか!?」

「トキ、大丈夫!?」

 

 異口同音の言葉で自分を心配するアスフィとレフィーヤをトキは見ずに片手で答える。その視線は吹き飛ばされた男を見ていた。

 

「やったのか……?」

「殺すつもりでブチ抜いてやったがな」

「ベートさんの蹴りが当たる瞬間に両腕でガードするのが見えました。普通だったら焼け石に水でしょうが……」

 

 フィリヴィスの問いにベートとトキが答える。ベートの《フロスヴィルト》はレフィーヤの魔法を全て吐き出し、通常のブーツに戻っていた。

 

「つーかレフィーヤ、もっと手加減しろ! あと一歩で靴がお陀仏になるとこだったぞっ!」

「ご、ごめんなさい……」

 

 レフィーヤはベートに怒られながらトキの様子を確認し、不自然な左腕に気がついた。

 

「トキ、その腕─」

「ああ、折れてる」

 

 その言葉にレフィーヤと【ヘルメス・ファミリア】の面々が驚愕する。すぐにレフィーヤが治療しようとするが、

 

「いや、いい。それはあいつを倒した後にしてくれ」

「えっ?」

 

 全ての者が男が吹き飛ばされた方向を見る。モンスターの死骸である灰が舞う中、その奥から影がゆっくりと歩み出てくる。

 

「嘘……」

「化け物ですか……」

 

 レフィーヤとアスフィが呟き、ベートが舌打ちする。

 

 あの一撃はレフィーヤの本気の魔法にベートの渾身の蹴りが合わさったものだ。(もう少しレフィーヤの魔法の出力が強ければベートの靴が吹き飛んでいたが)

 

 それをくらってなお、男は存命していた。しかし、その体はぼろぼろだ。まず片腕が無くなっていた。もう片方も火傷を負い、変な方向に曲がっている。胸を中心とした部分の戦闘衣(バトル・クロス)は大きく破け、薄紅色の血肉が晒されている。もともとかぶっていたドロップアイテムであろう白骨も破壊され、くすんだ長い白髪が流れていた。

 

「……今のは危なかった」

 

 血の気のない男の唇が動く。それが薄気味悪く笑みに歪む。

 

「だが『彼女』に愛されたこの体はまだ朽ちてはいない」

 

 そして、傷が修復されていく。

 

「え─」

 

 魔法を唱えた訳でもないのに腕の火傷が、ベートが与えた傷が、治っていく。さらに複雑骨折したであろう腕もゴキッ、バキッという音と共に治っていく。そして極めつけと言わんばかりに失われた腕すらも徐々に生えてくる。あり得ないほどの自己再生能力。それを目の当たりにした誰もが絶句する。

 

 煙が晴れ、男が顔を上げた。

 

「なっ……」

 

 最初に反応したのはアスフィだった。

 

「フィ……フィルヴィス、さん?」

「……どうして」

 

 フィルヴィスもまた声を漏らす。胸にざわつきを感じたレフィーヤが見つめる横でフィルヴィスの震える唇が開く。

 

「オリヴァス・アクト……」

 

 その言葉に周囲の者達が目の色を変える。

 

「オリヴァス・アクトって……【白髪鬼(ヴェンデッタ)】か!? 嘘だろう!?」

 

 悲鳴に近いルルネの声に首をかしげるトキ。そしてルルネが動揺した声を絞り出す。

 

「だって、だって【白髪鬼(ヴェンデッタ)】は……!?」

 

 レフィーヤが挙動不審になりかけながら辺りを見回し、トキが続きを促すようにルルネを見つめる。そして、アスフィが耐えきれないように言葉を漏らした。

 

「馬鹿な、何故死者がここにいる!?」

 

 トキもレフィーヤもすぐにはその言葉を理解できなかった。

 

「し、死者って……?」

「そもそも誰なんですか? オリヴァス・アクトとは?」

 

 レフィーヤが呟き、トキも混乱を隠せない声音でアスフィに問う。アスフィが動揺を抑えこむようにトキの問いに答える。

 

「オリヴァス・アクト……推定Lv.3、【白髪鬼(ヴェンデッタ)】の二つ名を付けられた賞金首。既に主神は天界に送還され、所属【ファミリア】も消滅しています」

 

 その言葉をトキは一つ一つ理解していく。戦った感じでは男の推定Lv.は5。主神が送還されているということはオリヴァスという男はその力を【ステイタス】の恩恵なしで体現しているということになる。

 

「悪名高きあの闇派閥(イヴィルス)の使徒……そして、『27階層の悪夢』の首謀者」

「──っ!?」

 

 その言葉にレフィーヤがフィルヴィスを見る。彼女は顔色をなくし、立ちつくしていた。

 

『27階層の悪夢』。トキは6年前に起こったその事件を概要だけ知っていた。27階層にて闇派閥(イヴィルス)が有力派閥のパーティを階層中のモンスター、果てには階層主まで巻き込み殺した悪夢のような事件。

 

 レフィーヤの反応とフィルヴィスの様子を見る限り、彼女はその事件の関係者だろう。

 

「彼自身、あの事件の中でギルド傘下の【ファミリア】に追い詰められ、最後はモンスターの餌食に……食い千切られた無残な下半身だけが残り、死亡が確認されていた筈」

 

  トキはもう一度、男の姿を見る。既になくなった腕も生え終わり、傷も徐々に塞がりつつあった。そしてどう見ても五体満足だ。

 

「生きていたのですか……?」

「いや、死んだ。だが死の淵から、私は蘇った」

 

 男の顔に狂気が宿る。全身を手で撫でる男の全身を見て、あることに気がついた。下半身の破けた服の中、2本の足がまるで食人花の体皮と同じような黄緑色に染まっていた。

 

 そして、上半身に極彩色の結晶、魔石が埋め込まれていた。

 

「────」

 

 同じものを見たであろうレフィーヤが絶句する中、トキの頭は急速に冷えていった。

 

「私は二つ目の命を授かったのだ! 他ならない、『彼女』に!!」

 

 レフィーヤが、ベートが、フィリヴィスが、【ヘルメス・ファミリア】の面々がうろたえる。

 

「一体、何の冗談ですか……」

 

 敵は人なのか、モンスターなのか。せり上がる感覚に耐えきれなくなったレフィーヤが口を開こうとし、

 

「いや、あれ弱点ですよね?」

 

 トキの言葉がそれを止めた。

 

「え?」

 

「いや、だってモンスターと一緒で胸の中央にあるし、自分で新しい命って言ってましたし。あれを壊せばあの男倒せるんじゃないですか?」

 

 その言葉に急速に頭が冷えていく。確かにあの男はトキが言った通り魔石が自分の新しい命である、というようなことを言った。男の体の色が食人花の体皮と似たような色からその可能性は高い。

 

「さっきの攻撃で体を吹き飛ばせるのはわかっているんですから、今度はあれを魔石(あそこ)に叩き込めばこっちの勝ちです」

 

 勝ち。その言葉に全員の目の色が変わる。

 

「確かに奴は怪物です。人智を超えた者なのでしょう。だからといって不死身ではありません。ちゃんと殺せる生物です」

 

 その言葉に混乱していた頭が冷え、手足の震えが止まる。そうだ、相手は確かに化け物だ。けど倒せない敵じゃない。

 

「さて、倒す目処もつきましたし」

 

 トキは持っていたハルペーをしまい、今度はナイフを抜きながら、

 

「いろいろと聞いてみましょうか」

 

 と言った。




というわけで24階層でやりたかったことその2。オリヴァスに対する意識の改変、いかがでしたか?

実はこれ以外に没になった案がありまして、それというのが以下の通りです。

オリヴァス、魔石を見せびらかす→トキ、オリヴァスがしゃべっている間に隠れて『ハデス・ヘッド』を装着。透明になる→トキ、オリヴァスに近づく→魔石をナイフで壊す。

これの方がよりトキらしいと思ったのですがそうするとアイズが来るまでにどうするか、という問題が発生し、没になりました。

あと【憧憬一途】を消したことに関していろいろとご意見をいただきましたが、前回も言ったとおりそれに代わる新たなスキルを考えています。なのでご心配はいりません。安心して読んでください。お願いします。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

狂信者

感想にて主人公の名前に作者名が入っているのはおかしいと指摘されましたのでファミリーネームを変更しました。……まあ二文字消しただけなのですが。

というか作者は名前を考えるのが非常に苦手です。ですからなにか良い名前があったら教えて下さい。お願いしますm(._.)m

そしてUAが50000を突破しました。\(^-^)/それもこれも日々見てくださる皆様のお陰です。本当にありがとうございます。これからも頑張っていきます。


「そうですね。倒せる見込みができた以上、次はこの食料庫(パントリー)の謎を解明しましょうか」

 

 落ち着きを取り戻したアスフィが本来の目的を思い出す。先程の精神状態から言っても尋ねればいろいろと答えてくれそうだ。

 

「貴方は一体、何なんですか?」

 

 自分に酔っているであろうオリヴァスは落ち着きを取り戻した冒険者達の様子に気がつくことなく、笑みを浮かべ答える。

 

「人と、モンスターの力を兼ね備えた至上の存在だ!」

 

 オリヴァスは冒険者達を見下すように……否、見下しながら高言を吐く。その言葉を裏付けるかのように、こうしている今も傷が徐々に癒えていき、魔石がある胸部も塞がっていく。

 

「神々の『恩恵』にすがるのみの貴様らが……どうしてこの私に勝てる?」

 

 いや、勝てる。現に先程腕を吹き飛ばしたし、弱点もわかった。勝機は充分にある。それに未知に挑むのが冒険者の本業だ。

 

 化け物でも、勝てなくないとわかっていれば立ち上がれる。そう思いながらアスフィは次の言葉を口にする。

 

「貴方は闇派閥(イヴィルス)の残党なのですか?」

 

 その言葉にオリヴァスはくだらなそうに笑い返した。

 

「私はあのような過去の残り滓とは違う。神に踊らされる人形ではない」

 

 この言葉にトキは疑問を持った。果たしてそうなのか? と。

 

 オリヴァスの様子を見る限り誰かしら──先程言っていた『彼女』というもの──のために動いているのは本当なのだろう。しかし彼は酷く『彼女』なるものを崇拝している。その存在に利用されているとは思わないのだろうか?

 

「ここは何ですか? ここで貴方達は何をするつもりだったのですか?」

 

 質問を重ねるアスフィにオリヴァスはあっさりと答えた。

 

「ここは苗花(プラント)だ」

苗花(プラント)……?」

「そうだ。食料庫(パントリー)巨大花(モンスター)を寄生させ、食人花(ヴィオラス)を生産させる……『深層』のモンスターを浅い階層で増殖させ、地上へ運び出すための中継点」

 

 その言葉に再び驚く冒険者達。食人花が『深層』のモンスターであったこと、そしてなにより、

 

「モンスターが、モンスターを産むなんて……聞いたことがない」

「いや、前例がない訳じゃない。地上に侵出したモンスターは種の繁栄のため群れをなし子を作る。だけどそれはそれ以外に増殖する手立てがないからだ。当然生まれてくる子には魔石が必要となるから地上のモンスターは魔石が小さく、その分弱いんだが……そんな感じはしないな」

 

 再び混乱しないようになんとか男の言葉に他の事例を上げるもあまり効果がない。

 

「つまり、調教師(テイマー)である貴方がモンスターを使役し、この空間を作り出したと?」

「違う、違うぞ。私は調教師(テイマー)などではない」

 

 語気を強め、本格的にオリヴァスは語り始めた。

 

食人花(ヴィオラス)も、私も、全て『彼女』という起源を同じくする同胞(モノ)。『彼女』の代行者として、私の意思にモンスターどもは従う」

 

 理解できないものを前にするような嫌悪の表情でアスフィは核心をつく。

 

「貴方の目的は、何ですか?」

 

 その質問にやはりオリヴァスは笑いながら簡単に答えた。

 

 

 

迷宮都市(オラリオ)を、滅ぼす」

 

 

 

 大それた言葉に冒険者が愕然とする。

 

「じっ、自分が何を言ってるのか……わかってるのかよ?」

 

 無意識なのか震える尻尾を片手で無理矢理握り込んだルルネが尋ねる。

 

 オラリオはその昔、まだ神々が下界に来ていなかった頃、ダンジョンのモンスターを外へ出さないための防波堤としてダンジョンの上に建てられた。オラリオを囲う防壁はその名残である。

 

 もし、オラリオが滅ぼされモンスターが溢れだしたらそれこそ戦乱の世の幕開けである。

 

「理解しているとも!!」

 

 しかしオリヴァスは高々と返答した。

 

「私は、自らの意思でこの都市を滅ぼす!! 『彼女』の願いを叶えるために!」

 

 そう言って彼は背後を指し示す。

 

「お前達には聞こえないか、『彼女』の声が!?」

 

 その先にあるのは、宝玉の胎児。

 

「『彼女』は空を見たいと言っている! 『彼女』は空に焦がれている!! 『彼女』が望んでいるのだ、ならば私はその願いに殉じてみせよう!!」

 

 病的なまでに白い顔に高揚した笑みを浮かべる。要領を得ない言葉を連ねるその姿からはっきりとわかるのは、オリヴァスの『彼女』に対する忠義と妄執だ。

 

「地中深くで眠る『彼女』が空を見るためには、この都市は邪魔だ! 大穴(あな)を塞ぐこの都市は滅ぼさねばならない!」

 

「愚かな人類と無能な神々に代わって、『彼女』こそが、地上に君臨するべきなのだ!!」

 

「娯楽だと笑い、生を尊ぶなどと抜かし何もしない神々とは違う! 『彼女』は私に二つ目の命を、慈悲を与えてくださった!」

 

「私は選ばれたのだ、他ならない『彼女』に!! 私だけが、私達だけが『彼女』の願いを叶えられる! 『彼女』の望みは必ずや私が成就させてみせる!!」

 

「『彼女』こそが、私の全てだ!」

 

 狂信者(ファナティック)。そんな言葉が冒険者一同の頭をよぎる。

 

 そんな中トキは別の感想を抱いていた。それは……なんて弱い人なのだろう、という憐れみだった。男が指し示た胎児。あれは言語を話すものではない。男には本当に聞こえるのかもしれない。

 だがそのために都市(オラリオ)を破壊して何になる? 『彼女』なるもの願いを叶え、一体どうなる? 願いが叶ったその先は?

 

 そんなちょっと考えれば思い付くようなことをオリヴァスは考えてもみないだろう。結局、彼の忠誠は己の存在を示すものでしかなく、彼の妄執は『彼女』に対する依存でしかない。そうトキは思った。

 

「それで、結局『彼女』とは何者なのですか?」

 

 刺激しないよう、細心の注意を払いつつ一番気になっていたことを口に出す。

 

「ふん、小僧、お前には理解できまい」

 

 そんなトキの疑問を男は鼻で笑った。

 

「『彼女』は人智を超えたもの! それを理解することなどできはしない! だが私には『彼女』の声が聞こえる!! これこそが、私が『彼女』に選ばれたという証なのだ!!」

 

 その言葉にオリヴァスの言葉で混乱していた空気が一気に冷めた。

 

「え、なんだよ。どういうことだよ!?」

 

 理解していないルルネをはじめとする極一部が詰めよってくる。トキは頭を抑えながら、影から頭痛薬を口に入れ飲み込んでから答えた。

 

「えーっと、要約すると……よくわかってない、だそうです」

「……はあ?」

 

 先程までの混乱が嘘のようにさらに空気がシラケる。つまりオリヴァスは、自分でもよくわかっていないもののためにここまでのことをして、こんなに熱く語っているのだ。

 

「……あいつ頭おかしいんじゃねぇの?」

「……狂信者(ファナティック)なんてみんなそんなもんですよ」

 

 さすがのベートも呆れ、トキが溜め息混じりに呟く。しかし、ふたりはもう聞きたいことは全て聞いたと言わんばかりに表情を引き締めた。

 

「御託はいい。とにかくてめえは大人しくくたばれ。……どうせ、もうろくに動けやしねえんだろ」

 

 その言葉にレフィーヤ達が驚いて彼の横顔を見た。

 

「トキ、貴方は──」

「はい、気づいていました。あいつが時間を稼いでいることは。まあ、あのダメージを回復しきるのは無理だろうとわかっていましたし、聞きたいこともあったのでしゃべらせていましたが」

 

 その洞察力にレフィーヤ達は再び驚愕する。つまりこのふたりは最初から気づいていたのだ。オリヴァスの回復には彼の魔力と生命力を利用し、先程までの動きはできないと。

 

「ふん。【凶狼(ヴァナルガンド)】はともかくやはり貴様も気づいていたか小僧」

 

 二人の読みを認めるオリヴァス。しかし、彼は不敵な笑みを作った。

 

「私を生かそうとしてくださる『彼女』の加護は、未だこの身には過ぎた代物……貴様らの言う通り、今の私はろくに動けん。──私はな」

 

 その瞬間、アスフィとベートの瞳が何かに気づいたように見開かれる。オリヴァスは彼等が行動する前に片腕を高々と上げた。

 

「やれ──巨大花(ヴィスクム)

 

 直後、大主注(はしら)に寄生していたモンスターの内、一体が蠢き、その花弁を開く。ベリベリと大主注(はしら)から身を剥がす。

 

「──散れっ!!」

 

 ベートの激声に皆が一目散に散開する中、トキはその場を動かなかった。そして、

 

「舐めるな」

 

 オリヴァスを睨みながら12の大蛇を出現させる。

 

「なっ!?」

「馬鹿野郎!?」

 

 アスフィとベートが悲鳴に近い声を上げる。しかし、それも巨大花が動く音に掻き消されてしまう。

 

 トキの黒い大蛇は確かに大きい。しかし、巨大花と比べるとその大きさは歴然だ。このままでは大蛇はすぐに潰され、トキは押し潰されてしまうだろう。……そう、このままでは。

 

 黒い大蛇が巨大花に向かいながら身を寄せる。その姿が混ざり合い……一匹の巨蛇が姿を現した。

 

「なに!?」

 

 巨蛇は巨大花に正面から噛みつき、その落下を止める。その力に、重力によって落下していた巨体が止まった。

 

「しゃべりながら時間を稼いでいたのはお前だけじゃなかったってことだ」

 

 挑発するような笑みを浮かべオリヴァスに言う。

 

 トキの【果て無き深淵(インフィニット・アビス)】の魔法の解除は通常の魔法と違い、トキの任意で行われる。トキはオリヴァスを吹っ飛ばした後も魔法を解除せずにいた。

 

 さらに【果て無き深淵(インフィニット・アビス)】には、隠された能力としてチャージ能力がある。えらく時間がかかるため普段あまり使用しないが、それもしゃべっている間になんとか最低限のチャージが完了したのだ。本音を言うともう少ししていたかったのだが。

 

「おい、蛇野郎っ!」

「こいつは俺が抑えます! その間に魔石の位置を調べてください!」

「お、のれ小僧っ、またしてもおぉおおおおおおおおおおっ!!」

 

 オリヴァスの激昂に反応するかのように巨大花が動き出し、巨蛇の束縛から逃れようとする。そうはさせるかと巨蛇は長い体を巨大花に巻き付け地面に叩きつけないよう右へ左へとその巨体を振り回す。

 

 さらに巨大花から分岐する触手がトキを襲おうとするが、

 

「はあっ!」

「おらっ!」

 

 他の者達がそうはさせなかった。

 

「助かります」

「こんな手があるなら最初から言ってください」

「あははは、すいません」

 

 から笑いをするトキだが、その表情は芳しくない。

 

 確かに巨大花の動きは抑えている。しかし、圧倒的なチャージ不足によりパワー負けしているのだ。今はなんとか抑えている状態だが時間が経つにつれその動きがどんどん大きくなる。

 

「あのー、できれば早めにお願いします。あとできれば高等精神力回復薬(ハイ・マジック・ポーション)を二個ほど飲ませてくれるとありがたいです」

「自分では飲めないのですか?」

「操作に集中していて手が離せないです」

「わかりました。ネリー、高等精神力回復薬(ハイ・マジック・ポーション)を二つください!」

 

 遠くにいたネリーを呼び戻し、彼女から高等精神力回復薬(ハイ・マジック・ポーション)を受けとるアスフィ。そして……トキの口に思いっきり突っ込んだ。

 

「ふん!」

「ふごっ!?」

 

 巨蛇の制御が一瞬乱れる。慌てて持ち直し、アスフィに抗議の目を向ける。

 

「あにふるんでふか?」

「こんな無茶をして。帰ったら説教です」

「おい、コントしてないで手伝ってくれよアスフィ~!」

「では私はこれで」

 

 去っていくアスフィを見つつ巨蛇の制御に集中する。

 

 今トキが最も恐れているのはオリヴァスが二体目の巨大花を動かすことだ。それをされたらさすがに止めきれない。全滅は必至だ。

 

「ぐっ、ならばっ!」

 

 予感が的中したのかオリヴァスが片腕を上げる。その瞬間、

 

 

 大空洞の壁面の一角が爆発した。




今回の大蛇が巨蛇になる能力はストライク・ザ・ブラッドのディミトリエ・ヴァトラーをモチーフとしています。……しかし自分で考えておいてなんですがトキって本当に万能ですね。怪獣戦までできるなんて。ここまで来たら言われなくてもチートだということを認めてたかも。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

剣姫

主人公のファミリーネームを変えました。由来はローマ神話の正義の女神ユースティティアと死の魔神オルクスから。

ちょっとだけこの名前に関する設定もできたのですが、本編で出せるかどうかわかりません。


 その爆発音に大空洞にいる全ての者達の視線が集まる。巻き起こった煙を引いて飛び出してきたのは、以前レフィーヤから聞いていた赤髪の女。凄まじい勢いで壁を破壊した彼女はそのまま地面に叩きつけられ、地面を削り、巨大花と巨蛇が暴れる戦場から離れた位置で止まった。

 

「ぐッッ……!?」

 

 呻き声をあげる彼女は剣身が折れた長剣を放り捨てる。酷く消耗しているようで、体中は傷だらけで、その場で片膝をついた。

 

「はっ、はぁッ……!?」

 

 破壊された壁からまた人─恐らく赤髪の女と戦闘をしていたであろう人物─が出てくる。

 

 その人物に見覚えがあった。来る途中で分断され、行方が分からなくなっていた人物、アイズ・ヴァレンシュタインだ。こちらも傷だらけではあるが得物の性能の差があるのかわずかながら赤髪の女よりも優勢のようだ。

 

「アイズさん!?」

「レヴィス!?」

 

 レフィーヤとオリヴァスが同時に叫ぶ。アイズは周囲を見渡し、レフィーヤ達がいることに一瞬、驚いた顔を見せたが自分は大丈夫だと言うように頷いた。

 

 その姿にレフィーヤとトキの瞳に涙が溜まる。他の者達も笑顔を見せた。

 

「……口だけか、レヴィス。情けない」

 

 アイズ達を観察していたであろうオリヴァスが味方であろう女を嘲笑う。その瞳がアイズに向けられると笑みを消し、眉間に皺を寄せた。

 

「この小娘が『アリア』などど……認められるものではないが、いいだろう。『彼女』が望むというなら」

 

 その目に嫉妬の感情が宿っていることにトキは気づいた。

 

 そしてオリヴァスは片手を真上に上げた。

 

巨大花(ヴィスクム)

 

 果たして二体目の巨大花が起き上がった。その顔と思われる花が向けられるのは……アイズただ一人。

 

「アイズさん!?」

「まずいっ!」

 

 抑えている巨大花を利用し、もう一体を止めようとするがパワー不足がたたり、抑えているだけで精一杯だ。

 

 レフィーヤ達もなんとか救援に向かおうとするがモンスターの蔦によりアイズのもとに行くことができない。

 

「持ち帰るのは死骸でも構うまい」

 

 焦り、アイズの方を向き……そしてトキは気づいた。

 

(アイズさん、魔法を使っていない?)

 

 1度だけ見たアイズの風を纏う付与魔法(エンチャント)。しかし彼女からはその風が感じられない。

 

「おい、止めろ」

「止めるなよ、レヴィス。貴様の手に負えない相手を片付けてやる」

 

 レヴィスと呼ばれる女の警告を無視し、オリヴァスは巨大花をアイズに差し向ける。対してアイズは己の武器、《デスペレート》を構える。

 

「死ね、【剣姫】!!」

 

 オリヴァスが吠え、

 

「──馬鹿が」

 

 レヴィスが舌打ち、

 

「──行くよ」

 

 アイズが愛剣に呼び掛ける。そして

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

 暴風が巻き起こり、巨大花の首が飛んだ。

 

「────」

 

 その光景に誰もが声を失う。戦闘中にも関わらず数秒全ての音が止んだ。そして、巨大な肉塊が轟音と共に地に落ちる。

 

「うそ、だろ……」

 

 一撃。抑えこんでいるトキだからこそわかる。巨大花は食人花とは比べものにならないほどの能力(ポテンシャル)を持っている。Lv.5のベートを始めとする冒険者が十人以上いても苦戦する相手だ。

 

 それを一人で。しかもたった一撃で。倒してしまった。

 

「これが【剣姫】……。オラリオ最強の、冒険者の一角……」

 

 半ば呆然と呟く。今日見た中で一番信じられないものを見て驚愕し、そして憧憬を強くする。

 

(俺の目標はさらに高い)

 

 拳を握り、無数の食人花を相手取る彼女を目に焼き付けつつ、自分の相手に向き直る。

 

(今は無理でも、いつか、必ず!)

 

 アイズの姿を見て、己の憧憬の高さを知って、それでも上を向くことを諦めない。それがトキが覚えた初めての感情であり、彼の中で一番強いものだからだ。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 精神力(マインド)をさらに巨蛇に注ぎ込みパワーを上げる。そして巻きついた巨蛇は巨大花を締めつけ、さらに動きを封じる。

 

「おい、さっさと片付けるぞ!?」

 

 他の冒険者達もアイズの姿に鼓舞され大いに士気が高まっていた。ベートの声に応じさらに連携を繋げていく。

 

「みんな、魔石があるのはやっぱり頭の方だ! 花の部分を狙え!」

「トキ、叩きつけなさい!!」

「はいっ!!」

 

 いつの間にかルルネがアイズが倒した巨大花の死骸から魔石の位置を皆に教える。その報告を聞いたアスフィがトキに指示を出し、トキがそれに応じる。

 

「せあああああああああああああああああああっ!!」

 

 巨蛇を操り、巨大花を地面に叩きつける。轟音と共に叩きつけられる巨大花。まるで地面に縫い付けられたかのように動けなくなる。

 

「抑えたはいいものの……未だ魔法は撃たせてもらえない状況、火力が足りません」

 

 確かに巨大花の本体はトキが抑えている。しかし他の魔導師達は触手に狙われていて思うように魔法が打てない。さらに本体を抑えるために巨蛇を行使するトキを守るため、【ヘルメス・ファミリア】の前衛陣やベートが彼に迫る触手を叩いていてまともに前衛壁役(ウォール)もできなかった。

 

 その様子を見ていたフィルヴィスが決然たる表情を浮かべる。

 

「私が行く!」

「フィルヴィスさん!?」

 

 レフィーヤの声を振り払い、激しい抗戦が起こっている巨大花の花頭を目指し疾走する。

 

狼人(ウェアウルフ)、穴を開けろ!」

「……ちっ、指図するんじゃねえっての! 蛇野郎、そのまま抑えとけ!」

「言われなくとも!」

 

 ベートはすぐさまフィルヴィスに追い付き、追い抜くとそのまま花頭を目掛け突進する。邪魔をする触手を蹴り払い、開いた道をフィルヴィスが続く。

 

 二人はあっと言う間に花頭にたどり着く。

 

「おらっ!」

 

 まずベートが跳躍し、落下の勢いを利用した空中踵落としを放つ。巨大花の体皮が抉れ、僅かに魔石が顔を覗かせた。その魔石目掛け、フィルヴィスが手に持つ短杖(ワンド)を向ける。

 

「【一掃せよ、破邪の聖杖(いかずち)】!」

 

 超短文詠唱を終え、

 

「【ディオ・テュルソス】!!」

 

 短杖(ワンド)から雷が放出、魔石を貫いた。

 

 巨大花は断末魔の悲鳴を上げることなく灰へと帰る。その光景を見て、トキは巨蛇を消し、【ヘルメス・ファミリア】は歓声を上げた。

 

「ありえんっ、負けるなど、屈するなどっ─ありえるものかァ!?」

 

 その時オリヴァスが叫び声を上げ、アイズに突進した。しかしその動きはトキから見てもあまりに遅いものだった。

 

「──」

 

 無数の斬閃が走り、オリヴァスが声にならない悲鳴を上げる。『怪人』の特性なのか体の各部位は未だ繋がっており、しかしその全身から血飛沫が溢れる。

 

「嘘だ……種を超越した私が、『彼女』に選ばれたこの私がぁ……!?」

 

 とどめを刺すつもりなのかアイズがオリヴァスに近づき、その横からレヴィスがオリヴァスを助けた。

 

 彼女は大主柱(はしら)のところまで移動すると無造作にオリヴァスを放る。大空洞にモンスターの姿はなく、アイズはもとよりトキやレフィーヤ達の視線も残っている二人の敵に集まる。

 

 この時、トキはとてつもなく嫌な予感がしていた。

 

 大主柱(はしら)に寄生する巨大花はあと一体。オリヴァスは既に戦闘不能であるから残る敵は巨大花一体とレヴィスと名乗る女一人。だがそれでもなお何かを見落としているような気がした。

 

 辺りを見回し、レヴィスの顔を見てそして気がつく。

 

 レヴィスの表情。無表情なその顔は同志を見限る顔ではなく、利用する顔だった。

 

(まずい!)

 

 走り出そうとし……バタッと倒れた。

 

「ト、トキ!?」

「おい、大丈夫か!?」

 

 レフィーヤとルルネが近寄ってくる。トキは体を起こし震える足でなんとか立ち上がる。

 

 体力の限界。Lv.1にも関わらず度重なる格上の敵との戦闘によりトキの体は確実に疲労を溜め込み、ついに限界に到達した。

 

「……めろ」

「えっ?」

 

 それでも震える声を振り絞り、叫ぶ。

 

「あの女を止めろぉおおおおおおおおおおっ!!」

 

 しかし、時既に遅し。

 

「なっ──」

 

 レヴィスの手は既にオリヴァスの胸に深々と突き刺さっていた。その光景にアイズ達が絶句する。

 

「レ、レヴィスッ、何を……!?」

「その目で周りをよく見ろ」

 

 立ちつくす冒険者達を見てレヴィスはさらに言葉を続ける。

 

「より力が必要になった。それだけだ。モンスターどもではいくら喰ってもたいした血肉(たし)にならん」

 

 その言葉にオリヴァスが何かに気づいき、トキは顔を歪ませた。

 

「ぼさっとしないでっ! あの女に魔石を喰わせないでっ!」

 

 トキの言葉に我に返り、慌てて飛び付く冒険者達。だが、レヴィスは素早くオリヴァスの胸から魔石を取り出すと、それを口に放り込み、噛み砕いた。

 

 そして……他の者が反応できない速度でアイズに突進する。

 

「っっ!?」

 

 咄嗟にアイズが風を纏った《デスペレート》を構え、防御。次の瞬間、真後ろに凄まじい勢いで弾き飛ばされた。遅れて他の者が振り返る。その先でレヴィスとアイズは激突した。

 

「アイズさん! そいつは人の姿をした『強化種』です!」

 

 驚愕の表情を露にするアイズに向けてトキが手に入れた情報を叫ぶ。その言葉が聞こえたのか、アイズは表情を引き締め直し、レヴィスに向かう。

 

 しかし戦況は辛うじて『風』を使うアイズの方が優勢だ。だが『風』を抜きにすればレヴィスは間違いなくアイズの【ステイタス】を上回る。さらに驚くべきことにレヴィスは地面に腕を突き刺し、勢いよく引き抜いた。その手に大剣を持って。

 

「「ッッ!!」」

 

 再びふたりが真っ向からぶつかり合い、衝撃と轟音が生じる。

 

「な、何なんだアイツ……出鱈目だ」

 

 確かにオリヴァスはLv.5のベートとトキの援護があって漸く互角以上に戦えた。だがそのオリヴァスの魔石を喰らったレヴィスはその能力(ポテンシャル)を飛躍的に上げ、Lv.6のアイズに喰らいついている。

 

「あっちもヤバいですが……!」

 

 ベート達が援軍に走り出す中、アスフィは一人で逆方向に向かう。その先にあるのは大主柱(はしら)、そしてそれに寄生する『宝玉の胎児』だ。あのオリヴァスの証言からあの胎児が今回の事件とリヴィラで起こった事件、この2つの鍵を握っているのは明白だった。

 

 トキも追いかけようと足を動かそうとし、膝をつく。まるで生まれたての小鹿のように足が震え、上手く歩けない。

 

「トキ、無理しないでっ」

「そうも、言って、られないだろ……!」

 

 レフィーヤの警告を無視し、なんとか立ち上がり、アスフィの後を追おうとする。そして前を見た瞬間、アスフィが吹き飛ばされていた。

 

「なっ!?」

「アスフィさん!!」

 

 紫の外套を身に纏い、顔には不気味な紋様の仮面。トキは突如現れた襲撃者に戦慄を覚えた。

 

(くっそ、こいつどこにいた!?)

 

 トキの気配察知能力は上級冒険者すらも上回るものだ。そのトキに気づかれることなく現れ、なおかつアスフィに攻撃したのだ。

 

「アスフィ!」

「まだ仲間が!?」

 

  吹き飛んだアスフィに【ヘルメス・ファミリア】の足並みが乱れた。歯を食い縛り、必死に頭を回す。

 

「ルドガーさん達前衛はアイズさんの援護を! 他の皆さんはあの襲撃者を止めてください!」

「「了解!!」」

 

  しかしそれもトキの指示により回復する。前衛陣がアイズの援護に向かい、他の者達がこちらに引き返して来る。

 

「完全ではないが、十分に育った、エニュオに持っていけ!」

 

『ワカッタ』

 

 レヴィスの叫びに仮面の襲撃者は男とも女とも若人とも老人とも聞こえる声で返事をし、宝玉を大主柱(はしら)から引き剥がし、脱出を図る。

 

「逃がさないで下さい!!」

 

 アスフィの声にさらに加速する団員達。だが、

 

巨大花(ヴィスクム)!」

 

 レヴィスが叫ぶ。

 

「産み続けろ!! 枯れ果てるまで、力を絞りつくせ!」

「なっ!?」

 

 その言葉と共に大空洞が揺れ、全ての冒険者が足を止めた。巨大花が大主柱(はしら)から何かを吸い上げるように蠢く。その行動にさらに嫌な予感が走る。

 

「全員密集体形! 集まってください!」

「【剣姫】はどうする!?」

「あの襲撃者は!?」

「そんな事に構っている余裕はありません! 早く!!」

 

 切羽詰まるトキの様子に全員が集まる。

 

 そして、大空洞全域に存在する蕾が一斉に開花した。




えーいろいろすっ飛ばしましたがその辺は勘弁してください。

さて、いよいよ24階層編もクライマックス。この章一番の見所にしますので期待して……やっぱり普通に待っていてください

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【ファミリア】

 怪物の宴(モンスター・パーティ)。突発的に起こるモンスターの大量発生。それにより冒険者達を絶望に突き落とす迷宮の罠(ダンジョン・ギミック)

 

 人生初となるそれにトキは一瞬思考が停止し、瞬間、

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 全方位から一斉に襲いかかられた。

 

「くっ……!?」

 

 襲撃者の方を見ると既に大空洞から離脱したようでその姿はない。

 

「無理無理無理っ、無理だってぇ!?」

「離れるなァ、潰されるぞ!?」

 

 咄嗟に集まっていたことが幸いしたのかパニックになるルルネをファドガーが一喝。なんとかそれ以上バラバラになることを防ぐ。

 

「どうするアスフィ!?」

 

 襲いかかってくるモンスターを迎撃しながらルルネが悲鳴に近い声で団長に指示を仰ぐ。

 

「この陣形のままモンスターを迎え撃ちます!」

 

 現在、トキを始めとする後衛を中心とした円陣を組み、モンスターを寄せ付けないようにしている。

 

「メリル、詠唱を始めなさい!!」

「で、でもっ!」

「これだけ密集していれば詠唱しようがしまいが変わりません!」

「わ、わかった!」

 

 メリルがアスフィの指示により短文詠唱を開始する。ネリーも武器を壊れた端から取り換え、円陣の中を走り回っている。

 

(俺だけ、何もしていない……)

 

 その事に腹を立て、震える手で腰のハルペーを持つ。

 

「ネリーさん、高等回復薬(ハイ・ポーション)を下さい。俺も戦い──」

「いえ、貴方はそこで休んでいなさい」

 

 ネリーに声をかけようとした瞬間、それをアスフィに止められた。

 

「な、なんでですか!? これだけの数です、戦えるやつは多い方がいいでしょう!?」

「確かにそうですね」

 

 モンスターの声が響く中、決して大声ではないアスフィの声が自然とこの場にいる全ての者の耳に入った。

 

「ですからこれは私の意地です」

「ど、どういうことですか!?」

「この食料庫(パントリー)に入ってから私は、私達は貴方に助けられてばかりでした」

 

【ヘルメス・ファミリア】の団員の頭にこの大空洞に来てからの光景が甦る。

 

 最初の死兵に始まり、モンスター、オリヴァス・アクト、巨大花。戦闘面で、精神面で自分達はトキに助けられぱなしだった。

 

「それは当然でしょう!? 仲間なんですから!!」

「ええ、私達は同じ【ファミリア】の仲間です。ですがそれ以前に貴方の先達です。いつまでも後輩に頼りすぎてばかりではいられません」

 

 団長(アスフィ)の言葉に【ヘルメス・ファミリア】全員の目の色が変わる。武器を力一杯握り、詠唱の声を張り上げ、激しくなるモンスターの攻撃を押し返す。

 

「で、でも!」

「でもじゃねぇ!!」

 

 反論しようとしたトキをファドガーが一喝した。

 

「お前は黙ってそこで見ていろ!! 俺達はお前に守られるだけの弱い奴等じゃねぇ!!」

「そうだ、俺達は冒険者だ!!」

「後輩に助けられっぱなしで終われるか!!」

 

 ファドガーが、セインが、ルルネが、ネリーが、メリルが、【ヘルメス・ファミリア】全員が叫ぶ。

 

「全員、気合いを入れ直しなさいっ!! 後輩(トキ)に先達の意地を見せつけるのですっ!!」

 

『おうっ!!』

 

 その背中は、まさしく子供(トキ)が憧れた冒険者の背中だった。

 

「……やっぱり、冒険者ってかっこいいなぁ」

「なに言ってるの?」

 

 トキの呟きに今までずっと付き添っていたレフィーヤが反論した。

 

「トキももう冒険者でしょ?」

 

 その言葉をトキはすぐに理解できなかった。

 

 いや、確かに自分は冒険者になった。だが、冒険者とは一体なんだったか。どうすれば本物の冒険者になれるのか、わからなかった。

 

「なあ、レフィーヤ」

「なに?」

「本物の冒険者になるにはどうすればいいのかな?」

「うーん、そうだね……」

 

 質問の意味を誰よりも理解しているであろう先輩(レフィーヤ)後輩(トキ)に向けて彼に学んだことを口にした。

 

「冒険……ううん、挑戦することかな?」

「挑戦?」

「そう。強敵に、未知に挑戦する。私は貴方にそれを教わったの」

 

 挑戦。その言葉にある光景、トキ・オーティクスが生まれかわった時の光景が頭をよぎった。

 

 そうだ、挑戦だ。もう一度、今度は正々堂々と。あの人に手を伸ばすんだ。

 

 そのためにただ憧れるのはやめよう。ただ上を見るのはやめよう。これからこの胸の憧憬を闘志に変えて、この夢を目標に変えて!

 

「レフィーヤ、ありがとう」

「うん、じゃあ私も行くね」

「ああ、仲間を、先輩達を頼む」

 

 トキの言葉に一瞬驚き、そして頬を染めるレフィーヤ。トキから離れ、その瞳をモンスターに向ける。

 

「私を守って下さい!」

 

 杖を握り締め、突き出し、魔法行使の構えを取る。アスフィはそんな彼女の様子を見ると団員に指示を出した。

 

千の妖精(サウザンド)に全てを委ねます! 全員、死ぬ気で守りなさい!」

 

『了解!』

 

 決して手を止めず、しかし力強い返答にレフィーヤは続けて声を飛ばした。

 

「2分、いえ1分半持たせてください!」

 

 全精神力(マインド)を練り上げる。高まる魔力にモンスターの攻撃が激しくなる。

 

「【凶狼(ヴァナルガンド)】! 貴方は【剣姫】の援護に向かって下さい!」

「……だから指図するんじゃねえっ!」

 

 アスフィの指示にベートは一瞬迷ったが、レフィーヤとアスフィ達の様子を見てアイズの元に駆け出す。

 

「【ウィーシェの名のもとに願う】!」

 

 Lv.4の最高峰の魔力が一気に高まる。展開される山吹色の魔法円(マジック・サークル)は円陣より二回り以上巨大になり、膨れ上がる魔力光は目の前が眩しくなるほど光輝いていた。

 

「【森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと来たれ】」

 

 彼女の胸に広がるのは歓喜。想い人に真っ直ぐに純粋に頼まれそれに応えようという乙女心。

 

「【繋ぐ絆、楽宴の契り。円環を廻し舞い踊れ】」

 

 最強の魔導師(リヴェリア・リヨス・アールヴ)に迫ろうかというその魔力にフィルヴィスを始めとする魔導師が言葉を失う。

 

 前にティオネから聞いたことがある。想い人のためなら戦闘力が5割増しになると。その時はよくわからなかったが、今ならわかる。恋はこんなにも人を強くするんだ!

 

「【至れ、妖精の輪】」

 

 彼が見ていてくれる。ただそれだけで力が沸いてくる。最高のパフォーマンスができる。

 

「【どうか──力を貸し与えてほしい】」

 

 全方位から迫るモンスターをルドガーとドワーフのエリリーが吹き飛ばし、スィーシアが双剣を振り回し、ルルネとアスフィが頭上のモンスターを切り伏せ、メリルが短文詠唱にてモンスターを焼く。【ヘルメス・ファミリア】は怯むどころか徐々にモンスターを押し返していた。

 

「【エルフ・リング】」

 

 山吹色の魔法円(マジックサークル)が翡翠色に変化した。召喚した魔法、リヴェリアの全方位殲滅魔法の詠唱に入る。その時、

 

「大型!? しかもあの数、ヤバいぞ!?」

 

 通路の奥から巨大な食人花の塊が現れる。その速度は他の食人花を圧倒し、メリル達魔導師は今しがた魔法を放ったため今から詠唱しても間に合わない。

 

「退くんだ!」

「お、おいっ!?」

 

 盾を構えるルルネ達を押し退け、フィルヴィスがモンスターの前に出た。同胞(レフィーヤ)の詠唱が終わるまでもう間もなく。その最後の最後でやらせるものかと彼女は己が有する第2の魔法を唱えた。

 

「【盾となれ、破邪の聖杯(さかずき)】!」

「【ディオ・グレイル】!!」

 

 それは白い輝きを放つ、巨大な聖なる盾。眼前で閃光(スパーク)を放ちながらモンスターの群れをまとめて受け止めた。

 

 ------------------

 

 アイズは苦戦を強いられていた。レヴィスとモンスターの挟撃により剣を飛ばされ、『風』のみの戦闘。しかし、それでは大剣を振り回すレヴィスには勝てなかった。

 

 そんな時だった。

 

「【──間もなく、焔は放たれる】」

 

 モンスターの咆哮を縫ってアイズの元にレフィーヤの詠唱が聞こえた。

 

「っ!」

 

 リヴェリアの玲瓏な詠唱を彷彿させる力強い響きに目を見開き、チラリとそちらを向いて……別の意味で目を見開いた。すなわち、

 

 -何、あれ?

 

 レフィーヤが詠唱をしているであろう方角。白い光を放つ巨大な盾の向こうで……それに負けないくらい光輝いている魔力光を見た。

 

 その光は第一級冒険者であるアイズでも見たことないほどの光だった。

 

「な、なんだあれは!?」

 

 レヴィスもその存在に気づいたのか一瞬だけその手を止めて驚愕の声を漏らす。

 

「失せろ!!」

 

 そこにベートが疾走してきた。

 

「よこせ、アイズ!」

「!」

 

 突っ込んでくるベートの要求にそれだけで全て理解した。

 

「風よ!」

 

 アイズの風をメタルブーツが吸い込み、埋め込まれた黄玉が輝く。ベートの両脚に凄まじい風が宿る。

 

「【忍び寄る戦火、免れえぬ破滅。開戦の角笛は高らかに鳴り響き、暴虐なる争乱が全てを包む】」

 

 ベートに『風』を渡したアイズは全力で離脱。吹き飛ばされた剣の元に向かう。そしてベートはレヴィスに真っ向勝負を挑んだ。

 

「なにっ」

「大人しくしてろ、化物女!!」

 

 アイズを追おうとするレヴィスをベートが全力で足止めをする。

 

「【至れ、紅蓮の炎、無慈悲の猛火。汝は業火の化身なり】」

 

 舌打ちをするレヴィスは食人花をアイズの足止めに向かわせたが、あまりの魔力に食人花は命令より本能を優先させた。

 

「馬鹿なっ」

 

 驚愕するレヴィスの隙を突き、ベートが風を纏った一撃を入れる。

 

 いくらアイズに風を受け取ったベートでもパワーアップしたレヴィスの能力には勝てない。それをわかっていながら彼は全力でレヴィスを足止めしていた。

 

「どけ、狼人(ウェアウルフ)!!」

 

 焦ったレヴィスが攻勢に出る。大剣の速度を上げ、ベートを沈めようとする。

 

「【ことごとくを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを】」

 

 防戦一方となるベートの耳に聞こえてくるのはレフィーヤの詠唱、そしてその脳裏には強敵を相手どるトキの姿があった。

 

 雑魚のくせに、身のほどもわきまえずに、無謀とも言える相手に立ち向かい、勝利に貢献してきた少年。

 

 その端麗な顔を歪め、吠える。

 

「てめえに、負けてたまるかあぁあああああああああああああッ!」

 

 無理矢理押し返す。攻守が逆転したレヴィスは苛立たしげに大剣を振りかぶる。ベートもまた踏みしめた地面を割り、風を纏った足を振り上げる。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」

 

 激突し、砕ける足。灼熱の痛みが足から、体、脳へ到達し、その顔を歪めさせる。

 

「【焼きつくせ、スルトの剣──我が名はアールヴ】!」

 

 そして、レフィーヤの詠唱が完了した。大空洞を翡翠色の魔法円(マジックサークル)の光が余すとこなく包み込む。

 

「【レア・ラーヴァテイン】!!」

 

 召喚された巨炎が大空洞を焼く。それはベート達を避け─ようとして髪や服の一部を焦がし─て天井まで昇る。対象になったモンスターは魔石も死骸となる灰さえ、残らない。

 

「──後でぜってーぶん殴る」

 

 愚痴りつつも潰れた足を無理矢理動かし、吠える。

 

「るォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」

「なっ!?」

 

 大剣を蹴り飛ばされ、レヴィスは大剣ごと上体が仰け反る。そこに、金色の閃光が駆け抜ける。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】!!」

 

 袈裟斬り、斬り上げ、そして

 

「-ああああああああああああッ!!」

 

 振り下ろし。

 

「ッッッ!!」

 

 袈裟斬りによって大剣を粉砕され、斬り上げによってさらに体勢を崩し、振り下ろしを両腕で防いだレヴィスはそれでも吹き飛ばされ、大主柱(はしら)に叩きつけられた。

 

「はぁ、はっ……」

 

 肩で息をするアイズはそれでもレヴィスの方に足を向ける。

 

 レフィーヤの魔法により大空洞はまるで地獄のようだった。火の粉と熱気が満ち、巨大花によって覆われていた組織も完全に焼け落ち、本来の岩肌も熱を帯びていた。気のせいか天井の壁が貫通し、23階層の通路が見える気がする。

 

「……今のお前には、勝てないようだな」

 

  レヴィスがアイズに向けて呟く。その後ろでピキッピキッと嫌な音がしている。

 

「この大主柱(はしら)食料庫(パントリー)中枢(きも)だ。これが壊れるとどうなるか……知っているか?」

「っ!?」

 

 止めようとするアイズより先にレヴィスがコンッとあまり力を入れずに石英(クオーツ)大主柱(はしら)を叩いた。

 

 それだけで蜘蛛の巣のように罅が広がっていく。

 

 考えてもみればレヴィスが大主柱(はしら)に激突する前にオリヴァスがベートによって大主柱(はしら)に叩きつけられていたのだ。それが今の一撃で完全に止めを刺された。

 

 音を立て崩れていく大主柱(はしら)。それと連動するかのように食料庫(パントリー)の天井が崩れ始めた。そのことにモンスターの猛攻を退け、座り込んでいた【ヘルメス・ファミリア】とレフィーヤ、フィルヴィスが慌てて立ち上がる。

 

「荷物を俺の方に投げて下さい!」

 

 トキが叫び、全員の装備とネリーのバックパックを影にしまう。

 

「怪我人には手を! 一刻も早く脱出します!!」

 

 ベートと彼に肩を貸したルルネが言い合ったりしているがそんな事を無視して、出口に急ぐ。

 

 ふと見るとアイズとレヴィスが何か会話していた。

 

「おい、【剣姫】!」

「アイズ、急げ!」

「アイズさん、早く!」

 

 最後にもう一度レヴィスと視線を合わせ、冒険者達のもとへ向かう。

 

 

 

 

 ややあって、あれほどの激戦を繰り広げた冒険者達は、それでも一人も欠けることなく、生還することができた。




うーん、けっこう書きたかったところなのにそんなにクオリティが高くない……。文才が欲しい今日この頃です。

さて、24階層での戦闘も無事終了。ちょっと原作を改変しつつ、さらにフラグも立てる。なかなか大変でした。

見所はやはりトキの意志の改変とレフィーヤのドジっ娘発動。トキに関してはここでやらなきゃいつやるの? というわけで前々から決めていました。レフィーヤに関しては……うん、特に言うことありません。いつも通りです。因みにあの後レフィーヤはベートに殴られ、アイズに少し引かれました。まあ、それはトキに慰めてもらうのですが。おそらく書かないのでここで書いておきます。

次はいよいよまとめに入ります。長かった24階層も次でラスト……になるハズ! うん、ハズ!あと、新スキルも出します!

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【ランクアップ】

『俺にとって魔法って何?』

 

 奇跡、かな? 冒険者が己の才能を発現し、事象を書きかえる奇跡の力。

 

『俺にとっての魔法って?』

 

 生まれつき備わっていたもの。手足のように動き、誰よりも、何よりも俺と一緒にいてくれる相棒。

 

『俺にとって魔法はどんなもの?』

 

 うーん、いろいろかな? 熱い炎、はじける水、吹き荒れる風、轟く雷。道具を使わず、己の精神力(マインド)だけで発現する事象の全てが俺にとっての魔法。

 

『魔法に何を求めるの?』

 

 奇跡を。どんなに手を伸ばしても、届かないとわかっていても、それでも手を伸ばしたくなるほどの憧れを。不相応だとわかっていても、不可能だってわかっていても、あの人のような、あいつのような、奇跡を、この身で再現したい。

 

『それだけ?』

 

 後は、そうだな。挑戦がしたい。数多の強敵に、まだ見ぬ世界に。例えこの身が焼かれようとも、例えこの身が引き裂かれようとも。己の技を、己の力を、己の全てを使って挑戦したい。

 

『蛮勇だな』

 

 ああ、わかっているさ。

 

『だが、それが俺だ』

 

 ------------------

 

「……キ……トキ……」

 

 頭がぼーっとする。まぶたが重い。あれ? 俺寝てた? それに誰かが俺を呼んでいる?

 

 次第に覚醒していく頭。はっきりと聞こえてくる声。昔はいつも聞いていて、今でもちゃんと俺を見てくれる人の声。

 

「トキ、起きたかい?」

「……おはようございます、ヘルメス様」

「まだ寝ぼけているのかい? 今は夕方だよ?」

 

 ……夕方? うん? じゃあなんで俺は寝てたんだ?

 

「どうだい、魔導書(グリモア)を使った感想は?」

 

 魔導書(グリモア)? 一体なんの事だ?

 

 上体を起こし、伏せていた机の上を見てみる。そこには一冊の分厚い本が置かれていた。

 

「……おおぅ」

 

 だんだん思い出して来たぞ。今日はあの24階層の事件から2日経った日の夕方。依頼の報酬としてルルネさんが持ち帰ってきた宝石や金銀の指輪をどうするかみんなで話し合っている時に、報酬の中の魔導書(グリモア)を俺に使わせる、とヘルメス様がのたまったのだ。

 当然俺は断った。俺は既に魔法を発現しているし、それだったら魔導師のメリルさんとか団長のアスフィさんとかの方がよっぽど相応しいと。

 しかしその場の流れと今回一番弱く、一番活躍した、という理由で全員がヘルメス様の意見に賛成。いくら俺が交渉術を持っているからと言っても、それを教えてくれたヘルメス様とその意見に賛同するみんなの数の暴力には勝てず、結局押し付けられ、こうして使用した、と言うわけだ。

 

 ちなみに魔導書(グリモア)とは簡単に言うと魔法の強制発現書のこと。確か、『発展アビリティ』の『魔道』と『神秘』を極めた人しか作れない、希少な物。その値段は【ヘファイストス・ファミリア】の一級品装備を上回る、と言われている。

 

「さて、魔法も発現したことだし【ステイタス】を更新しようか!」

「……楽しそうですね、ヘルメス様」

「当たり前だろう! みんなから聞いたけど大活躍だったそうじゃないか! そんな君が一体どんな成長をしたのかオレはもう待ちきれないよ!」

 

 そう俺はこの2日、【ステイタス】を更新していない。

 

 あの24階層から命からがら脱出した俺はまず【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院で左腕の骨折を治してもらった。その時、アミッドさんにいろいろと注意を言われた。曰く無理矢理動かしたから折れた骨が変な方向に曲がっていて治療しにくかった、と。

 それを隣で足を治療していたベートさんにからかわれ、ものすごく腹がたった。絶対いつかみたいに脅してやろうと思う。

 

 その翌日は仕入れたアイテムの売却に費やした。あの宝石樹はやはり高価だったのか交渉の末、億単位で売れた。夢中で交渉してたから気づかなかったけど、付き添いで来ていたネリーさんやルルネさんがすごく引いていた。

 

 白樹の葉(ホワイト・リーフ)を見せた時のルルネさんの反応はすごくおもしろかった。尻尾をぶんぶんと振り、目を輝かせていた。内緒で取っておいたかいがあったというものだ。ちなみにメルクリウス様のところや【ディアンケヒト・ファミリア】のところで売った。合わせて100万くらいだったかな?

 

 さらにルルネさんが持ってきた報酬もアスフィさんの研究材料となるもの以外全て売り捌いた。総額は……夢中だったから気づかなかったけど、とてもLv.2が中心の【ファミリア】が稼ぐ額じゃないだろう、とだけ言っておこう。

 

「さあ、早く!」

「……あのヘルメス様。はしゃぎすぎて若干キモいです」

 

 そう言いながら上着を脱ぐ。ヘルメス様にはああ言ったが実は俺もけっこう気になっていたりするのだ。新しい魔法もそうだけど、あんなに夢中で戦ったからけっこう成長したのではないかなーと思う。

 

 ヘルメス様の指が俺の背中を滑り、そして止まった。

 

「? ヘルメス様、どうかしました?」

「……ラ」

「ら?」

「【ランクアップ】キタァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

「ぎゃあァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 物凄い大声に耳が痛かった。

 

 ------------------

 

「おめでとう、トキ! これで君も上級冒険者だ!」

 

 いつも以上にニコニコしながら俺の【ステイタス】を写していくヘルメス様。

 

 当人である俺はというと、ヘルメス様が出した大声とあまりの現実味のなさに放心していた。

 

【ランクアップ】? 何それ? 新しい魔法? それともスキル? 【ランクアップ】……【ランクアップ】!?

 

「え、ヘルメス様。本当ですか!? 俺まだ冒険者になって35日くらいしか経ってませんよ!?」

「え、自分が冒険者になってからの日にち数えてたの……? ……まあいいや。そうだとも! 今回、君は【ランクアップ】したんだ! ついでに新しいスキルも追加されていた!」

「あ、新しいスキル!?」

 

 ヘルメス様から渡される俺の【ステイタス】が書かれている紙をひったくるように受け取り、読む。

 

 トキ・オーティクス

 Lv.1

 力:F341→S957 耐久:F327→A872 器用:E439→S978 敏捷:E461→S999 魔力:D523→S999

 《魔法》

【インフィニット・アビス】

 ・スキル魔法。

 ・『神の力』の無効化。

【ケリュケイオン】

 ・模倣魔法。

 ・発動条件はその魔法を見たことがあることかつ詠唱文の把握。

 ・詠唱文【さあ、舞台の幕を上げよう この手に杖を ありとあらゆる奇跡を産み出す魔法の杖を ああ、我が神よ もし叶うならば かの日見た光景を この身に余る栄光を 一度の奇跡を起こしたまえ】

 《スキル》

【果て無き深淵】

 ・スキル魔法。

 ・『神の力』の無効化。

挑戦者(フラルクス)

 ・格上の存在との対峙時における全アビリティ能力高補整。

 ・潜在能力(ポテンシャル)に差があるほど効果上昇。

 

「じ、熟練度上昇トータル2700オーバー!? しかも敏捷と魔力においてはカンスト!? ていうかこのスキル何!? そもそも模倣魔法ってどんな魔法だよ!?」

 

 じ、自分のことながらツッコミどころが多すぎる……。

 

「はっはっはっ! それだけじゃないぞ! なんと発展アビリティもたくさん発現している!」

「ま、まだあるんですか……?」

「そうともさ!」

 

 別の紙を渡される。そこにはいくつかの単語が【神聖文字(ヒエログリフ)】で書かれていた。解析した結果がこちら

 

『耐異常』『狩人』『調合』『魔導』『精癒』『暗殺』

 

 む、6つも。しかも2つはレアアビリティ!

 

『耐異常』は地味ではあるが『毒』などの異常効果を防ぐアビリティ。これは『パープル・モス』なんかと戦ったから発現したと思う。

 

『狩人』は戦ったことのあるモンスター限定で【ステイタス】がアップするもの。ベルと凄まじい勢いでモンスターを狩ったり、24階層で食人花相手に無双したりしたから発現したと思う。

 

『調合』はポーションなんかを作ったときにその効果が上がるというアビリティ。これはメルクリウス様に聞いてもないのに教えられ、いつの間にか趣味の一環としてやっていたから発現したと思う。

 

『魔導』は魔法の威力が上がったりするもの。24階層とかで【インフィニット・アビス】を長時間発動してたし、そのおかげかな?

 

『精癒』は精神力(マインド)の自動回復、らしい。たしかリヴェリアさんが発現しているって聞いたことがある。発現条件はわからないし、ヘルメス様に聞いてもわからない、とのこと。

 

 そして最後は……

 

「『暗殺』……」

 

 胸に込み上げてくるものがある。『暗殺』。たぶんだけど相手が認識していない攻撃が上がる、というアビリティだと思う。

 おそらく発現条件は……生物の大量暗殺。

 

「さて、どうする? どれを発現させる? オレ的には『精癒』とか……」

「……『暗殺』でお願いします」

「……いいのかい?」

「はい、【ステイタス】が俺の【経験値(エクセリア)】を認めてくれたんです。せっかく発現したんですから、これにします」

 

 ヘルメス様は()を心配するような親の表情をしている。

 

「それにこのアビリティは俺に合っていると思うんです。このアビリティはいつか俺の助けになってくれる。そんな気がするんです」

「……わかった。じゃあ【ランクアップ】しちゃおうか」

「はい!」

 

 もう一度寝そべる。再びヘルメス様の指が背中をなぞる。

 

 ふと手を見て、握る。脳裏に甦るのは冒険者になってから1ヶ月余りの記憶。その隣にはいつもベル(あいつ)がいた。

 

 ──ベル、俺は先に行くぜ。

 

「はい、終わったよ」

「え?」

 

 ヘルメス様が離れる。手を開いたり閉じたり、足をとんとん、としてみるが特に変化はない。

 

「あの、ヘルメス様? 本当に【ランクアップ】したんですか?」

「ああ。まあ今は実感がないと思うけどおいおい調べていけばいいさ」

 

 新しい紙を渡される。

 

 トキ・オーティクス

 Lv.2

 力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0 魔力:I0

 暗殺:I

 

 本当に【ランクアップ】したんだ。なんか実感が湧いてこないけど、でも漠然と理解できた。

 

「しかし、トキはもうLv.2かぁ。あの【剣姫】だって1年だったから世界記録(ワールドレコード)更新だなぁ。……くっそオレのスタンスをこれほど恨む日が来るとは……!」

 

 ヘルメス様は中立を気取るため、【ファミリア】を中堅以下に留めておいている。そこに世界記録(ワールドレコード)ホルダーなんて現れたら注目され、そこからなにかボロが出る可能性がある。

 

「とりあえず2年……いや1年、いやこの際半年は待ってくれ! そうしたら【ランクアップ】を申請するから!」

「あの、2年でも別に構わないのですが……」

「いや、いっそのことスタンスを捨てて申請してしまうか……?」

「いやそれはさすがに……ていうかなぜ?」

「だって自慢したいじゃん!!」

「そんなことでスタンスを変えるのやめてください!」

 

 それから小一時間俺達は言い合った。

 

「ふう、仕方がない。この話は後日にしよう。さあ、新しいスキルとか魔法とか気になるけど今日は打ち上げだ! 君は主役みたいなものだから早く来るんだ!」

 

 ヘルメス様に手を引かれ、部屋を出る。

 

 そう、今日は24階層で様々なことを経験し、戦い、そして全員生還ということを祝してホームで打ち上げをする。打ち上げ費用とかは主に俺が売り捌いた今回の報酬を換金したものの一部を使った。

 

 ちなみに残りは【ファミリア】の貯金である。今回のことで貯金がさらに膨れ上がり、これ下手にペナルティとかくらったら芋づる式で脱税のこととかばれるんじゃないか? というくらいの額になった。

 

 そんなことを考えているうちに会場にたどり着く。

 

「いやーお待たせ!」

「ヘルメス様遅ーい」

「さっきの叫び声ここまで届きましたよ?」

「ていうかトキ、お前もう【ランクアップ】したのか? 早すぎだろ?」

 

 会場に入ると既に準備は終わっており、みんな俺達を待っているようだった。

 

「はい、グラス」

 

 ネリーさんにグラスを渡される。匂いを嗅いでみるとどうやらお酒のようだ。

 

「それではヘルメス様……は別にいいですね。ではトキに一言言ってもらって乾杯しましょう」

「えっ!?」

 

 突然のアスフィさんの無茶ぶりに戸惑う。周りを見てみるがどうやら味方はいないようだ。意を決し、息を吐く。

 

「今回の依頼で、自分は先輩方の偉大さを学び、己自身と向き合うことができました。今回みなさんについていって本当によかったと思います」

 

 そう、本当によかった。多分今回のことがなかったらきっと俺は憧れていたままだっただろう。それを改め、新しい感情を持つことができた。

 

「それでは【ヘルメス・ファミリア】のさらなる発展を祈願いたしまして、乾杯!」

 

『乾杯!』

 

 やっぱり、この【ファミリア】に拾われてよかった。




これにて24階層事件は終わりです。長かった。本当に長かった。

トキのスキルについては後の話で詳しく説明したいと思います。スキルの名前の由来はギリシャの英雄ヘラクレスと愚者(フール)から。作者的にはヘラクレスは12の試練に挑戦し、見事成し遂げた、という印象があったから。愚者は格上にも関わらず好んで挑んでいく愚か者という意味から。

新魔法のお披露目は……ゴライアス戦になるかな?

次回からは修行編を予定しております。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

譲れない思い
一件落着?


今回から原作3巻スタート。とは言ってもこの章はぶっちゃけトキはあんまり活躍しません。なぜならベル君が活躍するから!

はい、では始めます。


「じゃが丸くん小豆クリーム味、20個」

「はい!」

「それとそれ以外の味を10個ずつ」

「……え?」

 

 ヘスティア様の動きが止まる。客として現れた金髪の少女、アイズ・ヴァレンシュタインを2度見する。

 

「君、本気かい?」

「……はい」

 

 彼女はいつも表情の変化が乏しい。しかしこの時だけは誰がどう見てもやる気に満ち溢れていた。

 

「お、お代は?」

「あ、それは自分が」

 

 アイズさんに気をとられていたのであろう。ヘスティア様は隣にいた俺に今気づいたようだ。

 

「あれ? 君は確かベル君とパーティを組んでいる……」

「トキ・オーティクスです」

「そうそう、トキ君だ。なんだい、君達付き合っていたのかい?」

 

 にやにやと嬉しそうにヘスティア様は俺とアイズさんを見比べる。

 

「ははははは、ヘスティア様は冗談が上手ですねー。そんなことになったら俺、殺されちゃいますよー」

 

 レフィーヤとかベルとかに。

 

「ちっ、そうかい。注文の方はちょっと時間がかかるけどいいかい?」

「……構いません」

「なら、ちょっと待っていてくれ。おばちゃん! じゃが丸くん小豆クリーム味20個とそれ以外の味を10個ずつ!」

「はいよ!」

 

 むんっ、と気合いを入れてじゃが丸くんを揚げ始めるおばちゃん。その様子を熱心に見ているアイズさん。

 

 それじゃあ今のうちにお代を数えておこう。えーっとじゃが丸くん1つがこの値段で、種類がひい、ふう、みい……。

 

 

 

 現在俺は24階層で大移動していたモンスターを一人で倒してくれたアイズさんに約束の報酬としてじゃが丸くんを奢っていた。あとついでにベルをどうやって逃がさないかの打ち合わせも。

 

 それにしてもアイズさん、少食だという噂だったが案外食べるようだ。いくらじゃが丸くんが食べやすいと言ってもこれだけの量は普通一度では食べきれないだろう。いや、それとも【ファミリア】に持ち帰ってみんなに分けるのかな? うん、そうに違いない。

 

 

 

「はぐはぐはぐ」

「……」

 

 そんなことを考えてた時が俺にもありました。

 目の前には大量のじゃが丸くんを横に置き、リスを思わせるような可愛らしい動作でじゃが丸くんを食べるアイズさんの姿が。そして、俺の横には食べられたじゃが丸くんを包んでいた包装紙の山が。

 

 アイズさんは少食という噂は間違いだったようだ。いや、じゃが丸くんだからこそこんなにも食べるのであろうか? ともかく食べた端から消化し、エネルギーとしているようだった。

 

 あれだけあったじゃが丸くんは30分ほどで食べきられてしまった。

 

「……ごちそうさま」

「あ、はい。あのおいしかったですか?」

「うん」

 

 とてもご満悦の様子だった。

 

 話を変え、どうやってベルにプロテクターを渡すか、という話になった。いろいろ話した結果、あらかじめアイズさんがギルドのエイナさんに話をし、その間に俺がベルを連れていく、ということになった。

 先ほどヘスティア様に話を聞いたら今日の正午に近くのカフェでサポーターについて話があるらしいからそれに付き添う形になっている。

 

「じゃあアイズさんは先にギルドに向かってください。俺はこの包装紙を片付けてから行きますから」

「……わかった」

 

 別の意味で気合いが入ったのか、アイズさんの目はいつもよりギラついて見えた。

 

 ------------------

 

「おーい、ベル君!」

「あっ、神様! ……と、あれ? トキ?」

「よっ」

 

 手を上げてベルに挨拶する。ヘスティア様だけが来ると思っていたベルはキョトンとした顔をしている。

 

「お待たせ。すまない、待ったかい?」

「そんなことないです。それよりも神様、なんでトキと一緒にいるんですか?」

「ああ、君に個人的な用事があるらしいんだ。詳しい話は後で彼に聞いてくれ」

「と言うわけだ。それよりもベル、そこにリリがいるってことは……」

「うん、解決したよ」

「そうか」

 

 実は本当に解決するとは思っていなかったが、案外こいつもやる時はやるもんだな。

 

「おいおい、君達だけで勝手に話を進めないでくれたまえ」

「あ、はい。神様、この子が前に話した……」

「リ、リリルカ・アーデです。は、初めましてっ」

 

リリが緊張した面持ちで椅子から立ち上がり、一礼する。その様子からは遠征前に感じた邪気は感じなかった。

 

「あっいけない。神様とトキの椅子を用意してもらってないや……」

「……! なぁにっ、気にすることはないさ! この客の数だ、代わりの椅子もないだろう! よし、ベル君座るんだっ、ボクは君の膝の上に座らせてもらうよ!」

「あはは、神様もそんな冗談を言うんですね。ちょっと待っていてください、店の人に頼んできますから」

「あ、俺の分は自分で調達するから俺も一緒に行くよ」

 

 そう言ってベルの隣に並ぶ。なんかこの配置も久し振りな気がする。

 

 店の人にふたり分の椅子を用意してもらう間、少しベルと話す。

 

「ねぇ、トキはいつダンジョンから戻って来たの?」

「3日前だな。けっこうしんどかったんだぞ」

「3日前って……あ、リリがモンスターに襲われそうになった日だ」

「どういうことだ?」

「えっとね-」

 

 そこから話を聞いて……頭が痛くなった。

 

 なんでも、その日ベルとリリは10階層まで行ったらしい。初めて大型のモンスターと戦ったベルだが難なく倒せたそうだ。

 

 問題が起こったのはここから。なんとリリに血肉(トラップアイテム)で殺されそうになったらしい。リリを追いかけるために群がるモンスターから逃れようと必死に戦い、途中で他の冒険者が助けてくれたそうだ。これがアイズさんだろう。

 

 で、7階層まで急いで戻り、間一髪キラー・アントに襲われそうになったリリを助けたのだとか。

 

「で、そんなことをしたリリをお前は許したと」

「うん」

 

 思わず額に片手をあて、天を仰ぐ。なんというか、言葉が見つからない。

 

 普通そんなことをすればやられた側はまずやった人を許さない。だがこいつはそれを許した。本当に根っからのお人好しなのか、それとも器が大きいのか。……多分どっちもだな。

 

「それで今日はリリをヘスティア様に会わせて正式にパーティに加入の許可をもらう、と」

「そうなんだ」

 

 ……まあ、こいつがこれでいいならいいか。

 

 椅子をもらい、リリとヘスティア様が待つテーブルへ戻る。

 

「ごめんなさーいっ、遅くなりましたぁー!」

 

 ベルを見つけたヘスティア様はリリに一言二言話した後こちらに近づいてくる。

 

「すみません、神様。遅くなりました」

「ああ、いいんだ気にしないでくれ」

 

 そう言ってヘスティア様は、ベルの腕を取って自分のもとに引き寄せた。

 

「──なっ」

「神様……?」

 

 リリが驚愕し、ベルが戸惑う。そんな中ヘスティア様はまるで縄張りを守る虎のごとくリリを威嚇する。

 

「さてあらためて……初めまして、サポーター君。()()()ベル君が世話になっていたようだね」

 

『ボクの』のところがやたらと強調されていたのはおそらく聞き間違いではないだろう。そんなヘスティアを見たリリは驚愕した表情から一転、女の顔となりヘスティア様に威嚇し返す。

 

「いえいえこちらこそ。()()()()()()()()ベル様には、いつも良くしてもらっていますから」

 

 こちらも負けじと『リリにはお優しい』を強調する。二人の女性に挟まれ、ベルはパニック寸前だ。

 

「ト、トキっ」

 

 助けを求めるような目でこちらを見るベル。そんなベルから目を逸らしつつテーブルに椅子を置き、座る。

 

「すいませーん。紅茶1つお願いしまーす」

「そ、そんなっ」

 

 すまないベル。いくら親友と言えども助けられることと助けられないことがあるんだ。

 

 

 

「あの、トキ様……」

「ん?」

 

 運ばれて来た紅茶を飲んでいるとリリが話しかけてきた。どうやらヘスティア様との悶着は一先ず終わったらしい。その顔はなにやら沈んだものになっている。

 

「その……」

「ああ、俺に謝罪とかは必要ないから」

 

 そう言うと驚きの表情を浮かべるリリ。

 

「で、でも──」

「もともとリリのことはベルに一任してたんだ。ベルが許したなら俺もそれに従うさ」

「そ、そうですか……」

 

 しかしやはり納得いかないのか浮かない表情をしている。はぁ、とため息をつく。

 

「そんなに罰が欲しいなら俺からは与えてやるよ」

「ちょ、ちょっとトキっ」

「いいんです、ベル様。トキ様、お願いします」

 

 焦るベルを押さえ、俺に向き直るリリ。その顔は覚悟をした顔だ。

 

「一生涯、ベルの側にいてやれ」

「えっ?」

「命を救われたんだろ? だったら残りの人生全部をベルのために使え。俺もずっとこいつと一緒にいられるわけじゃないし、抜けてるところあるからな。世界中がこいつの敵になってもお前だけはこいつの味方でいてやれ」

「ト、トキ。いくらなんでもそれは……」

「わかりました」

「リ、リリ」

「いいんです、ベル様。トキ様が言われた通りリリはベル様に命を救われました。そのご恩をこれからのリリの人生をかけて返したいと思います」

「だ、そうだ。よかったなベル。こんな可愛い子がずっと一緒にいてくれるてよ」

「き、君が言わせたんじゃないかっ!」

 

 顔を真っ赤にして怒るベル。その隣でむむむむむ、と唸るヘスティア様。気合いに満ちるリリ。うん混沌としてるな。

 

「あ、そういえばリリ」

「なんですか?」

「いいのか? こいつの好みのタイプは歳上だぞ?」

「なっ!?」

「何言ってんの!?」

「違うのか?」

「違うよ!?」

「ベ、ベル様。ベル様は今おいくつですか?」

「じ、14才だけど」

 

 その言葉を聞き笑顔になるリリ。

 

「なら大丈夫です! リリは15才ですから!」

「え、ええええええええ!? リリ歳上だったの!?」

「え、て言うかリリって犬人(シアンスロープ)の子供じゃ-」

「あ、これは変身魔法で変身しているだけで本当の種族は小人族(パルゥム)です」

「なるほど。魔法だったのか。なら仕方ないな」

 

 

 

 あの後、リリのこれからのことについて話があったが根本的な解決にはならず、とにかくお金を稼いでリリの【ファミリア】の脱退金を稼ぐことになった。【ファミリア】の脱退は本人だけでなく脱退する【ファミリア】の情報漏洩の可能性などにもリスクが発生する。リリは【ファミリア】を脱退するにはお金が必要だと言っていたから脱退を禁止されているわけではないのだろう。

 

 そんなことを考えながらベルと二人で並んでギルドを目指す。途中でベルがパーティでアイテムを買っている冒険者達を見つけた。

 

「ああいうのいいなぁ」

「なら今度一緒に行くか?」

「いいの!?」

「ああ。なんならついでにアイテムの善し悪しの見分け方を教えてやるよ。覚えておいて損はないからな」

 

 そんなことを笑いながら話し、ギルドに到着した。

 

「そう言えばトキ。僕に用事って?」

「ああ、お前に会いたいって人がいてな。ギルドで待ち合わせしてるからお前がギルドに行くって言ったときはまさに一石二鳥だったね」

「そうなんだ」

「えーっと、待ち合わせの人は……あ、いたいた。ちょうどエイナさんと話している人だ」

「どれどれ……」

 

 俺が指を指し、ベルがそちらの方を向いて、固まった。あちらも気がついたのかこっちを見て固まっている。どうやら予想より早く来てしまったらしい。

 

 そのまま固まり……ベルが回れ右をしたところでその肩を掴む。Lv.2の力を使い、絶対に離さない。

 

「ちょ、なんであの人が!?」

「いやー、実はさ。遠征の時、偶然アイズさんと一緒にパーティ組むことになってな。その時にモンスターに囲まれている冒険者を助けてその冒険者の装備と思われる防具を拾ったらしいんだ。で、どうしても直接渡したいから俺が仲介をしたわけ。というかお前が逃げるからこんなことになってんだぞ?」

「いろいろとツッコミたいところはあるけど、トキあの人とパーティ組んだの!?」

 

 羨ましいっ! という顔をするベル。そんな彼の正面に回り込み、再び回れ右。その正面にはアイズさん。

 

「いっ!?」

「えっと……」

「じゃあアイズさん、俺はこれで」

「ちょ、ちょっと、待ってよ!」

「いや、今日は本当は仕事があるんだ。昼まで留守にしたから午後から再開しないと。そうでなくとも最近休みがちだったからな」

 

 助けを求めてくるベルを見捨て、ギルドを去る。がんばれよ、ベル。




リリの公式設定の年齢を見て某革命軍の殺し屋の少年を思い浮かべたのは作者だけではないはず。

そんなわけでいろいろはしょりましたが、いかがだったでしょうか? 作者的にはちょっといまいちでしたからちょくちょく付け足していくかもしれません。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

奇妙な特訓

早いものでこの小説を書き始めて早一月。飽きっぽい作者がここまでかんばって書けたのも読者である皆様の感想などによる温かい言葉のおかげです。本当にありがとうございます。そしてどうか、これからも宜しくお願いします。

そしてなんと、お気に入りが1000件を突破いたしました! 本当にありがとうございます! これからもがんばっていきます!

と言いながら今回は短いです。


 ベルをアイズさんと引き会わせ、立ち去った俺は自宅に向かっていた。ベルに言った通りそもそも今日は仕事の日なのである。ここ最近は遠征で営業していなかったので久し振りの仕事である。

 

 そんなことを考えながら中央広場を通りすぎ、東のメインストリートを歩いている時だった。その人を見かけたのは。

 

 銀髪に犬科の耳。つい最近、命を預け合い共に戦った人。なぜか未だに気にくわない人。

凶狼(ヴァナルガンド)】、ベート・ローガさんである。彼は道行く人を眺めていた。いや、あれは誰かを探しているのか? 彼の交友関係はとても狭そうだからこんな冒険者がいないエリアで見かけるのは正直意外だった。

 

 まあ関係ないだろう、と思い自宅へ向かい歩き出そうとして……ベートさんと目が合った。そしてそのまま俺の方に近づいてくる。

 

「えっ?」

 

 俺の目の前まで来たベートさんはとても不機嫌そうな顔をしていた。

 

「よーやく見つけたぞ、蛇野郎」

 

 どうやら俺を探していたらしい。

 

「あの、俺に何か用ですか?」

「でなきゃこんなとこ、来ねえよ」

 

 ああ、このひどい言い草はやはりベートさんだ。一瞬とてもよく似た人か、生き別れの兄弟か何かかと思っていたのだが。

 

「どのようなご用件で?」

「ここじゃなんだ、場所を変えるぞ」

 

 そういうとさっさと歩いていってしまう。

 

 有無を言わせない言葉にイラつきながらも、ここでついて行かないのはなんか負けたような気がするので大人しくついて行くことにした。

 

 ------------------

 

 ベートさんに連れて来られたのはオラリオの街外れにある倉庫だった。広さは大体『中層』のルームほどの大きさだ。

 

「あのベートさん」

「なんだ?」

「前から思ってたんですけどその蛇野郎ってどういう意味ですか?」

 

 ここまで無言でついてきたがいきなり本題にかかるのもあれなので気になっていた俺への呼び名について聞いてみる。【シャドー・デビル】なんて呼ばれているが、あれもあれで嫌だがそれ以上になんか癪に触った。

 

「蛇みたいな殺気出すから蛇野郎だ。んな下らないこと聞くな」

 

 返ってきた答えはさらにこちらを困惑させた。蛇みたいな殺気とは何だろう? 殺気というのはおそらく怪物祭(モンスター・フィリア)の夜に脅した時に出した殺気のことだろう。だが殺気が蛇みたいってなんだ?

 

 とりあえずわからないからそれを置いておいて本題に入る。

 

「で、本題ですがこんなところに連れてきて何をさせるつもりですか?」

 

 問いの答えは高速の蹴りだった。5M(メドル)の距離を一瞬で詰め寄り右のハイキック。予測できていたのでかがんでかわし、足払いをかける。跳んでかわされるがこれも予測できていたのでスキルによる空中迎撃。わずかだがベートさんの戦闘衣(バトル・クロス)を擦った。

 

 再び距離をとるベートさん。

 

「今ので確証した。てめえ俺の動きについて来れるな?」

「ついて行けるというか、予測しているだけです」

「どっちも変わんねえよ。いいから俺の訓練に付き合え」

「……は?」

 

 突然の頼み?事。いや、もはやこれは命令に近い。当然意味がわからなかった。

 

「ちょっと待ってください。なんで俺なんですか? 俺はベートさんが嫌いな下級冒険者(ざこ)ですし、【ロキ・ファミリア】でもありません。俺に頼むのは筋違いではないですか?」

「あいつらに頼み事とかできるかっ。それにてめえは雑魚だがただの雑魚じゃねえ。あの変態野郎と戦って生き残ったんだ。なんか秘密があんだろ? 一人でじゃ効率わりぃし、てめえが一番手っ取り早いんだよ」

 

 えーっと、つまり。同じ【ファミリア】の人には知られたくない。かといって一人だと効率が悪い。そこで俺に白羽の矢が立ったと。

 

 ……こういう人なんて言ったかな? ……そうだギャップ萌えだ。……やっぱりなんか違うな。

 

「わかりました。けど、俺にも予定とか都合があるのでその辺を少し考慮していただきたい」

「あん?」

「具体的にはですね-」

 

 そこから俺とベートさんの特訓のスケジュールについての話し合いが始まった。意固地になるベートさんをなんとか説き伏せ、期限は【ロキ・ファミリア】の遠征まで。俺が仕事の日は特訓は休み。時間は朝から夕方までとなった。

 

 ……本当は今日も仕事なのだが、この際仕方がない。レフィーヤには後で謝っておこう。確か北の外れにあるお店のスイーツが美味しい、って噂をお客さんから聞いたことがあるからそれを持って。

 

「最後にですね……」

「まだあんのかよ……」

「これで最後ですから」

 

 うんざりしているベートさんに忠告をする。

 

「俺のこの影ですがある能力があります」

 

 影を出し、体を覆う。これで大抵の攻撃を防ぐことができるだろう。

 

「その能力とは『神の力(アルカナム)』の無効化。つまり俺は【ステイタス】を無効にすることができます」

「!」

 

 俺の言葉に初めてベートさんが驚愕する。能力をしゃべったことに対して。能力の効果に対して。

 

「ですからこの影の攻撃は貴方の耐久の値を無視してダメージを与えます。この影の防御は貴方の力の値を無視して防ぎます」

「はっ、おもしれぇ」

 

 この言葉を聞いてベートに笑みがこぼれる。

 

「てめぇを訓練相手にしたのは間違いじゃなかったらしいな」

「俺も第一級冒険者の技、盗ませてもらいますよ」

「はっ、ぬかせっ!」

 

 互いのボルテージが上がっていく。そんな中、背中の【ステイタス】が熱を持ち始めた。

 

 どんどん熱くなり、まるで中から焼けるような。しかしそこから力が沸き上がってくるような、不思議な感覚。

 

 心当たりは1つ。新スキル、【挑戦者(フラルクス)】。その能力補正。どこまで通用するかわからないが、一方的な展開だけは避けられそうだ。

 

「いくぞ、蛇野郎。くたばるんじゃねえぞっ!」

「だったらちゃんと手加減してくださいよっ!」

 

 そして、激突。

 

 ------------------

 

「ふふふ、あの子もまた強くなったみたいね」

 

 白亜の塔バベル。その最上階。銀髪の女神が一人静かに微笑んでいた。

 

「でも少し強くなりすぎかしら? これではあの子の試練の妨げになってしまうかもしれない」

 

 銀髪の女神にとって最も重要なのは白兎の冒険者の成長。漆黒の冒険者に対する想いは興味止まりでしかない。

 

「そうね……ヘグニ、ヘディン」

「「はっ」」

 

 暗闇から二人の人影が現れた。団長のオッタルがいない代わりにフレイヤの側に控えていたエルフとダークエルフだ。

 

「オッタルと合流してあの子にも試練を与えるようにして。あくまで足止め程度でかまわないわ」

「「承りました」」

 

 二人は静かに消え、銀髪の女神の楽しげな笑い声だけが部屋に響いていた。




ベートの口調、すっごく難しい。あとやっぱり訓練に入る件がぐだぐだ。もの凄く拙い回になってしまった……。申し訳ありません。

後、感想にてベルが活躍するだけだったら原作読んだほうが早いじゃん、というコメントをもらいました。確かにその通りなのですが、この章、トキは活躍しない代わりにベルとトキの関係が若干変化する章となっています。ですからどうか見捨てないでええええええええっ‼

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

続・訓練

『運命の出会い?』

『うん!』

 

 目の前の少年、ベル・クラネルの言っていることを俺は咄嗟に理解できなかった。

 

『……なんで?』

『お祖父ちゃんが言ってたんだ、出会いは偉大で、男のロマンなんだって! だから僕は出会いを求めてオラリオに来たんだ!』

『えーっと……』

 

 今度は理解できた。だがかける言葉が見つからない。

 

『どうしたの?』

 

 不思議そうにこちらの顔を覗きこんでくるクラネル。どうやら純粋にそして本気で言っているようだ。

 

『あのなクラネル。これから行くダンジョンっていうのはとても危険な場所なんだ。確かにお前が思い描いているような出来事があるかもしれない。だがそれはお前が女の子を助けられるくらい強くならなくちゃできないことだ』

『う、うん』

 

 まくし立てるように話す俺に若干引きながらも真剣に受け止めるクラネル。

 

『つまり、出会いがしたいならまずは強くならなくちゃいけない、ということだ!』

『そ、そっか。そうだよね』

 

 俺の力説に納得したような顔をするクラネル。どうやらわかってくれたようだ。

 

『よし、それじゃあ行くぞクラネル! 俺達の冒険の始まりだ!』

『あっ、待って!』

 

 意気揚々とダンジョンに行こうとしていた俺をクラネルが止めた。出鼻を挫かれた。

 

『……なんだよ』

『その、できれば名前で呼んで欲しいな。これから一緒に冒険する仲間なんだからさ』

『……そうだな』

 

 改めて彼の前に立ち、右手を差し出す。

 

『よろしくな、ベル』

 

 彼は一瞬びっくりした後、表情を緩め俺の手を握り返した。

 

『よろしく、トキ』

 

 ------------------

 

「はっ」

 

 目の前に足の裏が迫る。背中から影を出し、一瞬の足止め。直ぐ様転がり回避する。直前まで顔があった場所を足が轟音を立てて踏みつけた。

 

「ちぃ、かわしやがったか!」

「ええ、今のは危なかったですよ、っと!」

 

 足止めに使った影でベートさんの足を締め付け、右手にナイフを出現させる。素早く立ち上がり、首もとを狙いナイフを振る。

 

 顔を後ろに反らされかわされてしまうが、本命は反らした頭への背後からの奇襲。鋭く尖った触手がベートさんの頭を串刺しにせんとばかりに迫る。

 

「くっ!」

 

 不安定な体勢のままバク転。間一髪でかわされた。

 

「ちっ、おしい」

「その程度でやられるかよ!」

 

 再び迫ってくるベートさん。それを12の触手と右手のナイフで迎撃する。

 

 時刻は午後6時。日は半分ほど沈んでおり、夕焼けが倉庫の窓から射し込んでくる。俺達の訓練、もとい殺し合いは既に6時間近く続いていた。

 

 いや、最初は本当に訓練だった。それがいつの間にかお互いの急所を狙い始め、致命傷になるであろう攻撃が頻発し、最終的に殺し合いに発展していった。

 

 お互いの攻撃が重なり、一旦距離を取る。ベートさんは身に纏った戦闘衣(バトル・クロス)をボロボロにし、肩で息をしている。また、所々切り傷や刺し傷、打撲と思われる痣など全身ボロボロだ。……まあ、俺も似たようなものだが。

 

「……今日はこの辺にしておきませんか?」

「……そーだな」

 

 構えを解く。けど警戒は緩めない。

 

「そういやてめえ、戦う前に言ってたあれ、全部が嘘ってわけじゃねぇが、全部が本当ってわけでもねえだろ?」

「……ええ、その通りです」

 

果て無き深淵(インフィニット・アビス)】の【ステイタス】を無効化する効果には抜け穴がある。それは金属を隔てられると効果が発揮されない、というものだ。

 

 これが布程度のものなら問題はない。だが金属などで隔てていると皮膚に触れることができなくなり、結果【ステイタス】が無効化されないのである。

 

 このことにベートさんが気づいたのはおそらく訓練が始まって1時間程した頃だろうか。ベートさんの拳は影で防ぐのに、蹴りは防がない俺を不審に思い、それ以降蹴りを中心に戦闘を組み立ててきた。

 

 ちなみにこの抜け穴を教えなかった理由は2つある。1つは言わないことでベートさんのスキルに対する警戒を強めるため。もう1つは……言うとなんか負けた気がするから。

 

 それにしてもさっきは危なかった。走馬灯を見たのは多分短い人生の中でも初めてだろう。これまでも何回か死にかけたが、あそこまではっきりと走馬灯が見えたのは始めてだった。その他にも対岸に綺麗な花畑が広がっている川が何回か見えたが。

 

 それにしてもスキル【挑戦者(フラルクス)】の効果は絶大だ。一時的とは言え第一級冒険者と対等に戦えるだけの能力ブーストができるとは。このスキルがなかったら多分2、3回は本当に気絶していただろう。まあ、気絶しても殺気で起きられる体質なのだが。

 

「じゃあこれからどうします?」

「……この傷だ。これでお互い帰ったら間違いなく不審に思われるだろーな」

「……アミッドさんのところ行きますか」

「……そうだな」

 

  どちらともなく倉庫の出口に向かって移動する。【挑戦者(フラルクス)】の効果が切れたのか体が何十倍にも重く感じる。だが、この人の前で倒れるのは絶対に嫌だ。俺は根性で意識を繋ぎ止め、【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院まで体を引きずった。

 

 ------------------

 

 ベートはアミッドの説教を聞き流しながら隣に座るトキを見る。

 

 今日の訓練。この雑魚は先日の動きとは比較にならないほどのものを見せた。それこそ第一級冒険者であるベートとほぼ同等と言っていいほどの。

 

 しかし、それはあり得ないことだった。先日の彼は動きこそ卓越したものだったが、【ステイタス】の面だけを見ればやはりただの雑魚(Lv.1)。例え【ランクアップ】したとしても、Lv.5のベートの動きについてこられるはずがなかった。

 

 そもそも今回の訓練の目的は【ステイタス】を上げることではなく、より技と駆け引きを磨くためだ。トキはLv.1でありながら技と駆け引きだけであの戦闘を生き残った。悔しいがその点に関してだけ言えばベートはトキに劣っていた。故にトキを訓練相手とすることによりその面を鍛えようとしたのだ。

 

 ところが今日対峙した時、彼はベートの動きについてきた。やはり【ステイタス】は若干ベートが勝っているだろうが、それでもそこまで差は感じなかった。

 

 ──この雑魚はまだ何か隠している。

 

 聞き出そうとはしない。気にはなるが他人の【ステイタス】を詮索するのはマナー違反であるし、何よりトキ(こいつ)に負けた気になるからだ。

 

 それにそんな些細なことは関係ない。重要なのはこいつと訓練することにより当初の目的と同時に【ステイタス】アップも見込めることだ。

 

 トキのスキルは確かにベートの【ステイタス】を無効化し、ベートに直接ダメージを与えた。ここまでボロボロにされるのは久し振りだった。

 

 ──俺はまだまだ強くなれる。

 

 もう先日のようなへまはしない。そのためにこの雑魚を徹底的に利用する。そう決めたベートであった。

 

「おい、蛇野郎」

「なんですか?」

「明日はぜってー殺してやる」

「それはこちらの台詞です」

 

 ……やはりこの雑魚は気にくわなかった。

 

 その後アミッドによってふたりは治療された。……悲鳴を上げさせられながら。

 

 ------------------

 

「こいつでいいだろう」

「そうだな」

 

 一方、【フレイヤ・ファミリア】のエルフとダークエルフのふたりは15階層にとどまっていた。

 

 団長であるオッタルと合流した彼らはオッタルの指示により、彼とは別の試練をトキに与えることになった。

 

 今、彼らの目の前には2Mを超えるモンスター、ミノタウロスがいる。その手には『迷宮の武器庫(ランドフォーム)』を利用したであろう石剣が握られていた。

 

 しかもただのミノタウロスではなかった。通常のミノタウロスに比べ、さらに一回り大きいのだ。

 

 ダンジョンではたまにこういった通常のモンスターと特徴が違うモンスターが現れることがある。そういった固体は通常のものより断然強い。

 

「役にたってもらうぞ」

「あの方のためにな」

 

 しかし、彼らはオラリオ最強派閥に所属するLv.6の冒険者達。この程度の相手、多少強かろうが関係なかった。




スキルの補足。【果て無き深淵】の『神の力』の無効化の能力は某幻想殺しさんの右手と同じように触れた『神の力』だけを無効化します。つまり【ステイタス】のアビリティを利用し、発生させた現象については無効化できません。
例えば力のアビリティを利用して投擲された石から力のアビリティを利用しただけの威力を無効化するなどはできません。……すいません、説明が下手で。質問があったので解説させていただきました。

また、前回登場した【フレイヤ・ファミリア】の人影をLv.6のエルフとダークエルフ、ヘグニとヘディンに変えました。

それから、モンスターの謂わば『変異種』はオリジナル設定です。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

相談

今回の話は書くか迷いました。書かなくても問題ないし、むしろ書かないほうが今後の展開的には楽なのですが、やっぱり書くことにしました。

それではどうぞ。


「それではヘスティア様、ベルに伝言お願いします」

「ああ、わかってるさ」

「では。朝方から失礼しました」

 

 ヘスティア様にお辞儀し、【ヘスティア・ファミリア】のホームである教会を出る。

 

 ベートさんとの訓練2日目の朝。ベートさんとの訓練のため、1週間ほどダンジョンに潜れないのでベルにそのことを報告しようと、不躾を承知で訪ねてみたのだが、ベルは既に出た後だった。

 仕方なくいらっしゃったヘスティア様に伝言を頼み、家に戻る。

 

 時刻は7時過ぎ。既に太陽が顔を完全に出しているが、ベートさんとの訓練の時間にはまだ余裕がある。今から戻れば朝食を食べて倉庫に向かっても十分余裕があるだろう。……いや、あんまり食べ過ぎると吐く可能性があるからパン1個にしておこう。

 

 そう思いながら歩いていた時だった。中央広場で肩を落としながら歩いているレフィーヤを見つけた。昨日のこともあり、とりあえずお詫びと食事の約束を取り付けておこう。

 

「おーい、レフィーヤ」

 

 俺の呼び掛けにピクリ、とエルフ特有の耳が動き、こちらを向く。振り向いたその顔は絶望、という表現しかできないほど落ち込んでいた。

 

「ど、どうした!?」

 

 慌てて近より彼女にそんな顔をさせる原因を聞く。

 

「アイズさんが……」

「アイズさんが?」

「男と抱き合ってた……」

「……え?」

 

 アイズさんが、男と抱き合ってた?

 

「ええええええええ!?」

 

 早朝の中央広場に俺の絶叫が響き渡った。

 

 ------------------

 

 いったん家に帰り詳しい話を聞く。

 

 レフィーヤによると、いつも通り詠唱の練習と魔法の勉強のために早起きした時にアイズさんがホームの塀を飛び越えて行くのを目撃。自分も塀を飛び越えて後を追った。

 

 北西区画まで追いかけられたのだがそこで見失い、途方にくれていたところに一人の冒険者と衝突。その冒険者にアイズさんのことを聞いてみると即座に逃げられたらしい。

 

 相手はLv.1だったようだがダイダロス通りで鍛えられていたのか、逃げるのがとても上手かったとか。

 

 それでも後3Mのところまで迫ったのだが途中で見失ったとのこと。その後、数時間探し回ったが見つからず、ふと気配を察知し路地から顔を出してみると……抱き合っているアイズさんと先程の冒険者を見つけたとのこと。

 

「……」

 

 なんて言うか……。

 

「なあ、レフィーヤ。本当にアイズさんはその冒険者と抱き合ってたのか?」

「……どういうこと?」

「話を聞いている限り、アイズさんと冒険者を見た時のレフィーヤは平静を失っていた。もしかしたら抱き合ってたように見えただけで本当は違うんじゃないか?」

「そう言われてみると……」

 

 レフィーヤが必死にその時の光景を思い出そうとしている。

 

「じゃあ具体的にどんな感じで抱き合っていたんだ?」

「えーっと……」

「正面からか?」

「……ううん、違う」

「じゃあ横から?」

「……うん」

 

 横から抱き合うって、何?

 

「……それって肩を貸してたんじゃないか?」

「肩を貸す?」

「そう。動けなくなったそいつにアイズさんは肩を貸していたんじゃないか?」

「……言われてみれば、そうかもしれない。ううんきっとそう。そうに違いない!」

 

 立ち上がり、拳を握りしめ顔を明るくする。よかった、気は晴れたみたいだ。

 

 それにしてもアイズさんが朝早くから抜け出したのはその冒険者に会うためで間違いないだろう。レフィーヤの話だとLv.1らしいし、一体どんな冒険者なんだ?

 

「なあ、レフィーヤ。その冒険者ってどんなやつだったんだ?」

「え? ちょっと待って。えーっと、確かヒューマンで……」

「ヒューマンで」

「髪が白くて……」

「髪が白い」

「目の色は深紅(ルベライト)で」

「ん?」

「後はそうそう、なんか兎っぽかったかな?」

「……あれ?」

 

 なんか俺の記憶の中に該当する人物が1名、存在した。

 

「もしかして……ベルか?」

「え、トキ、あの冒険者のこと知ってるの?」

「知ってるも何もいつもパーティ組んでるし」

「……え?」

 

 それから俺はレフィーヤに俺とベルとの関係を簡単に話した。その結果、

 

 ゴンッ。

 

 机が叩き壊されました。……あれれ?

 

 見るとレフィーヤは見るからに怒っていた。……どうでもいいけど端正な顔立ちをしているレフィーヤは怒っていても綺麗だな。

 

 

 

(う、羨ましいっ)

 

 その時、レフィーヤの中にあった感情は嫉妬であった。

 

(私だってトキと冒険したいのにっ)

 

 聞いた話だとトキとそのベルというヒューマンは同じファミリアではないらしい。

 

 やはりLv.か。Lv.が違うのがいけないのか。3日に1回は会えるが、逆にそのヒューマンはそれ以外でトキと会っているということだ。

 

 しかも今朝に限ってはアイズとまでいっしょにいた。憧憬と想い人。ふたりと密接に関わっているベルなる人物に怒りが沸いてくる。

 

(ベル・クラネル。確かに覚えたっ!)

 

 ------------------

 

「は、はっくしょん!」

「……大丈夫?」

「は、はい、大丈夫です!」

 

 ------------------

 

 ふと時計を見る。午前8時15分。ベートさんとの待ち合わせは9時。……ちょっとまずいかな?

 

「レフィーヤ、わるい。今日これから人と会う約束があるんだ」

「……さっき言ってたベル・クラネル?」

「いや、別の人」

 

 そう言いながらパンを口の中に放り込み、着替える。念のため回復薬(ポーション)精神力回復薬(マジック・ポーション)も余裕を持って影の中に入れておく。

 

「じゃあ悪いけど俺出るから」

「わかった」

 

 レフィーヤが立ち上がり玄関に向かう。……さて、机直しておかないとな。

 

 ------------------

 

 太陽が顔を沈め、西の空がまだ若干明るいくらいの時刻。俺は体を引きずって帰路についていた。

 

 今日の訓練も死ぬかと思った。と言うか途中で足を折られかけたし。まあギリギリで回避したし、こっちも腕を折ろうとしたが。こっちも失敗したが。

 

 明日はどんな攻め方をしようか? いっそのこと新魔法を試して見るか? けどあれいまいち威力がなぁ。

 

 そんな事を考えながら家に近づいた時だった。見たことある人物が家の前に立っていた。あれ? なんか今既視感を感じたのだが?

 

「ここ、だよね?」

 

 というか、ベルだった。家の前でオロオロしている。

 

「何やってんだ、お前?」

「あ、トキ」

 

 困った顔から一転、ぱあぁっと笑顔になる。

 

「実はトキに頼みたいことがあるんだ」

「……とりあえず、中に入るか 」

「うん」

 

 ------------------

 

 ベルの話によると彼は今日から1週間、アイズさんに冒険者としての戦い方の教授をしてもらうことになった。だがやはり第一級冒険者の指導はベルの想像をはるかに超えたものでボロボロにされてしまったらしい。

 

 そんな自分が惨めでとりあえず、アイズさんの指導とダンジョンにもぐる以外にも訓練しよう、と思ったらしい。

 

「で、俺のところに来たと」

「うん」

 

 確かに俺は冒険者に成り立てのころ、ベルに教授をしたことがある。

 

 しかしそれは簡単な短刀の振り方だけで、それ以外はなにも教えていない。というのも。

 

「なあ、ベル。俺言ったよな。俺の戦い方は冒険者の戦い方と違うからお前が望んでいるものじゃないって」

 

 いくら暗殺者を辞めたと言ってもその技術までは捨てていない。要するに俺の戦い方は根っこのところが暗殺なのだ。

 

「うん。でも、君しか頼れそうな人がいないんだ。それに-」

「それに?」

「……親友である君になら話せると思ったんだ」

 

 親友。その言葉に始めて損得なしに頼られているんだ、てことを意識した。

 

「……わかった」

「本当!?」

「ああ、とりあえず庭に出よう」

 

 庭に出た俺達はとりあえず軽く準備運動をした後、向き合っていた。

 

「前にも言った通り俺の戦い方は冒険者のものじゃない。暗殺者の戦い方だ」

「うん」

「だから戦い方はアイズさんに任せるとして、俺は人との戦い方を教える」

「人との戦い方?」

「そうだ。この戦い方は人間だけでなく、人型のモンスターにも有効になる場合がある」

「人型のモンスター……」

 

 その言葉にベルが反応する。おそらく、思い出しているのは……1ヶ月前のミノタウロス。

 

「そうだ。じゃ、早速始めるぞ。とりあえず短刀の鞘を構えろ」

「短刀の鞘?」

「ああ、鞘は短刀自体と違って武器として持ちにくい。それで武器を落とさない訓練をする」

「わかった」

 

 漆黒色の短刀を腰から抜き、家の壁に立て掛けるベル。俺も影から短刀の鞘を取りだし、構える。

 

「明日もアイズさんの指導があるからそれに疲れを残さない程度にやるぞ」

「わかった」

「ただ真面目にやらないとその分回復薬(ポーション)を使うはめになるから金が飛んで行くぞ?」

「その辺は大丈夫だよっ」

「じゃあ始めるぞ」

「うんっ」

 

 そうして、夜の訓練が始まった。

 

 ------------------

 

「ところでトキ、1つ聞いていい?」

「なんだ?」

「あの真っ二つに壊れている机は何?」

「……諸事情で壊れたんだ」




ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

修羅場

書いたら面倒なことになる話第2談。今後の展開がつらくなるけどやっぱり書きます!


 ベートさんとの訓練も今日で3日目。明日は仕事だし、後はベルに戦い方を教授すれば終わりだー、って考えながら帰宅していたときのことだった。その光景を見たのは。

 時刻は日の入り少し前。場所は俺の家の前。そこで妖精と兎が睨み合っていた。……訂正、妖精が兎を睨んでいた。

 兎とは言わずもがなベルのことである。今日もダンジョンにもぐって来たのであろう、いつものライトアーマーに緑玉石(エメラルド)色のプロテクターが光っている。

 妖精の方はレフィーヤだ。昨日の朝相談に来て、机を壊し、去っていった彼女である。いつもの格好だがよくよく見るとどこかボロボロな気がする。

 そんなふたりが俺の家の玄関先で顔を合わせ、レフィーヤがベルをにらみ、否、威嚇している。俺にはふたりの後ろに端正な顔を怒りの表情に変えている妖精とぶるぶると震えている白い兎の姿が見えた。

 

 ……とりあえずベルを助けよう。

 

 ------------------

 

「これはどういうこと!?」

 

 今にも机を叩き壊しそうな勢いで詰めよってくるレフィーヤ。まあまあ、となだめてみるが効果はないようだ。ベルはレフィーヤの向かいの椅子に腰掛け、びくびくと震えている。うん、その気持ちわかるよ。俺も超怖い。

 

 あの後、とりあえずふたりを家に入れ、お茶を出して落ち着こうと思ったのだが……気持ちを落ち着かせるハーブティーでもレフィーヤの気持ちは落ち着かないようだ。

 

「と、とりあえずお互いの自己紹介をするから座ってくれ……」

「……わかった」

 

 しぶしぶ座るレフィーヤ。ふう、怖かった。

 

「じゃあまずベルから。レフィーヤ、こっちは【ヘスティア・ファミリア】所属の下級冒険者、ベル・クラネル。俺の親友」

「よ、よろしくお願いします」

「ベル、こっちは【ロキ・ファミリア】所属の第二級冒険者、レフィーヤ・ウィリディス。俺の-」

「彼女ですっ」

「……え」

 

 友達、と言おうとしたところにレフィーヤが言葉を重ねてくる。え、何? 彼女?

 

「ええええええええっ!? トキ、彼女いたの!?」

「い、いや俺とレフィーヤは──」

「恋人ですっ!」

 

 いつになく真剣な表情でベルをにらむレフィーヤ。その言葉は何故かベルに対する対抗心が含まれているように思えた。

 

 心臓がバクバクとうるさい。レフィーヤが、俺の、恋人? いつ? どこで? あれ?

 

「えーっと、恋人のレフィーヤだ」

「よろしくっ」

 

 彼女は何故か誇らしげだ。俺の方はまだ状況が整理できてなくて、頭が真っ白になっている。ど、どうしよう。そうだ、レフィーヤに今日訪ねてきた理由を聞かないと。

 

「レフィーヤ、なんでこんな時間に訪ねてきたんだ?」

「あ、うん。あのね、トキに『並行詠唱』を教えてもらおうかな? って」

「あれ? レフィーヤって『並行詠唱』できなかったっけ?」

「私の場合、『高速詠唱』があるからそれのせいで魔力が安定しないの」

「ああ、なるほど」

 

『並行詠唱』と『高速詠唱』。この二つはどちらも同じくらいの難易度だ。戦闘をしながら魔力をコントロールする『並行詠唱』と短い時間で魔力を一気に練り上げる『高速詠唱』は対になる存在と言ってもいい。

 

 恐らくレフィーヤは『並行詠唱』をしようとすると、いつものように『高速詠唱』を行ってしまい、魔力を練るのが普通の魔導師に比べ難しいのだ。

 

「ねぇ、トキ。『並行詠唱』と『高速詠唱』って何?」

「ああ、ベルは知らないんだったよな。『並行詠唱』ってのは-」

 

 そこからベルに『並行詠唱』と『高速詠唱』について説明する。その内容と難しさを教えると、ベルのレフィーヤに対する視線がキラキラと輝いて見えた。

 

「やっぱり上級冒険者ってすごいんですね!」

「う、うん」

 

 さすがに怒りで我を忘れていたレフィーヤでもベルの純粋な視線に勢いが落ちる。

 

「でもなー『並行詠唱』かぁ」

「トキは『並行詠唱』できたよね?」

「え、トキできるの!?」

「まあ、できるけど……たぶん教えられない」

「な、何で!?」

「何でって言われても……レフィーヤ、手足ってどうやって動かしてるか説明できるか?」

 

「え、えーっと……」

「手足をどうやって動かすか……?」

 

 レフィーヤとベル。ふたりが己の手を見たり、開いたり閉じたりしている。

 

「説明できないだろ? 俺も物心ついたころにはもうこのスキル、というか魔力を扱っていたからな。『並行詠唱』も魔力練ってただしゃべっている感覚でやってるし」

 

 その言葉にレフィーヤが愕然とする。それはそうだろう。先天的に魔法が使えるエルフでもこう言える人物はまずいないだろう。今の俺の言葉はエルフに喧嘩を売っているようなものだ。

 

「というわけだから俺がレフィーヤに教えられるようなことは……」

「ならこいつと一緒に私にも稽古をつけてっ」

「いっ!?」

 

 レフィーヤがベルを指差す。というかレフィーヤ、口調変わってないか?

 

「まあ、それくらいだったらいいけど……ベル、いいか?」

「う、うん。僕は全然いいけど……」

「決まりね」

 

 そう言って彼女は立ち上がり、玄関の方へ行く。

 

「お、おいどこに行くんだ?」

「ダンジョンだよ。私の稽古なんだから魔法を使うの。だからダンジョン」

 

 通常、魔法の練習や魔導師の訓練は、情報の秘匿の関係でダンジョンで行われることが多い。というか街中でやると、情報の秘匿どころか周りの建物を吹き飛ばしかねない。

 

「……わかった。いくぞ、ベル」

「う、うん」

 

 こうして俺達はダンジョンに向かった。

 

 ------------------

 

 レフィーヤに連れられて来たのは5階層にある入口が1つしかないルームだった。なるほどここなら広めだし情報の秘匿もバッチリだな。

 

「でもトキ、彼女は上級冒険者なんでしょ? トキで相手が務まるの? むしろ逆じゃない?」

「まあ、普通はそうなんだが……ぶっちゃけ暗殺者時代に格上との対決なんてごまんとやってきたから魔導師のレフィーヤならお前を相手どっていてもなんとかなる。……と思う」

 

 正直不安である。前衛のベル、後衛のレフィーヤ。どちらかだけならば普通に相手どれるが、役割が違うふたり相手だとぶっちゃけ厳しいものがあるかもしれない。

 

「あ、そうだベル。お前って魔法使えたっけ?」

 

 ふと、24階層でアイズさんが言っていた事を思い出した。確か精神疲弊(マインドダウン)で倒れていたと。

 

「あ、うん、そうなんだ! 僕にもやっと魔法が発現したんだ!」

「いや、やっとっていうか、お前まだ冒険者になって一月ちょっとしか経ってないだろ」

 

 魔法やスキルはその人の存在的可能性の発露だ。中には一生発現しない人もいるらしい。

 

「ちなみにそれ、見せてくれるか?」

「うん、いいよ!」

 

 あっさりと頷き、壁に向かって手を突き出す。そして。

 

「【ファイアボルト】!」

 

 突き出された手から炎の雷がほとばしった。

 

「……えっ」

 

 隣にいたレフィーヤが絶句する。それはそうだ。なぜなら……。

 

「ベル、今お前詠唱したか?」

「ううん、僕の魔法って詠唱がいらないんだ。速攻魔法って言うんだって」

 

 速攻魔法。詠唱を用いず発動できる魔法。威力は低めだろうが、その速度はまさに雷のようであり、対人戦ではかなり強力な手札になるだろう。

 

 少し考え、ふとある疑問が浮かび上がった。

 

「なあ、ベル。その魔法って動きながらでも撃てるか?」

「え、どうだろ。やったことないなぁ」

 

 というわけで、実戦。結果。

 

 ボンっ。とベルの腕が爆発した。

 

「ベ、ベルっ。大丈夫か!?」

「う、うん。平気」

 

  涙をにじませ、腕を押さえるベル。影から回復薬(ポーション)を出し、ベルの腕にかける。止血され、皮膚も治った。

 

「む、難しいね」

「そうだな。というわけで今日から動きながらその魔法を撃つ訓練をやるぞ」

「……え」

「当たり前だろ。その魔法は確かに速攻性があるが基本的にまっすぐしか飛ばないんだ。足を止めて撃ってたらその意味がないだろ?」

 

 俺だったら普通にかわせるし、影で防御することも可能だ。

 

「じゃあ、始めるか。レフィーヤ、お待たせ」

「あ、うん」

 

 影から4本の触手を出す。

 

「とりあえずベルは昨日の続きと魔法を動きながら撃つ練習。最初は手を俺に向けるだけで魔法は撃たなくていい。自然にできるようになったら撃ち始めよう。レフィーヤは多方向からの攻撃をかわしながらの『並行詠唱』の練習。最初は2本から始めるぞ」

「「は、はいっ!」」

 

 この時ふたりは思った。あ、これアイズさんとの訓練よりきついかもしれない、と。

 

「じゃあ時間も勿体ないし、始めるぞ」

 

 そう言って触手をレフィーヤに向け、俺自身はベルに突撃した。

 

 ------------------

 

 余談。訓練の翌朝、山吹色の髪のエルフは昨日自分が言った言葉を思い出し、アイズとの訓練までベッドで悶えていた。




ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

変わる関係

今回のサブタイトルは本当に悩みました。後内容も。……全部悩みました。


 彼女が作った料理を口に運ぶ。いつもと同じ味付け、いつもと変わらぬ美味しさ……のはずだ。

 

 今の俺には料理の味がわからなかった。カチャカチャと食器とフォークやスプーンが擦れる音が響く。

 

 ベルとレフィーヤに同時に訓練した翌日。いつものように起きて、いつものように彼女が来て、いつものように仕事をして、いつものように昼食を食べている……はずだ。だが、俺達の間には言葉に表せないような空気が漂っていた。

 別にギスギスしたとかそういう悪い雰囲気じゃない。ただなんて言うか……お互いの距離感がまだ掴めていないような、そんな感じだ。

 

 チラリと彼女を見る。すると彼女……レフィーヤの空色の目と視線が合わさった。慌てて逸らす。……いや、逸らしてどうするんだ、俺。

 

 レフィーヤが来てからずっとこんな感じだった。お互いの顔をまともに見ることができない。昨日のレフィーヤの言葉によって俺達は恋人になった……と思う。

 

 けど、数多の経験を積んだ俺でも恋人ができたことは1回もない。というかそんな暇はなかった。そんな訳で俺は現在進行形でテンパっていた。

 

「そ、そう言えばさ」

「な、何?」

「きょ、今日はアイズさんとの訓練はいいのか?」

「う、うん。今日はトキのところに行くって言ってあるから。アイズさんも何となく察していたみたいだし」

「な、なにを察していたんだ?」

「えっ!? いや、ほら、私がいつもトキのところに行く日ってこと……」

「あ、ああなるほど」

 

 会話が、続かない。

 

 ------------------

 

 昼食が終わり、午後の仕事の時間になる。いつもなら笑って会話しているところだが今は沈黙していた。その時。

 

 コンコンコン。

 

「あ、はーい」

 

 どうやら客が来たようだ。よかった、正直このままの空気が続いたらどうしようかと思っていたところだ。

 

 玄関に向かいドアを開ける。

 

「よっ!」

「こんにちは」

 

 ロキ様とフィンさんだった。……なんだかますますややこしいことになりそうだ。

 

 ロキ様とフィンさんを応接室に案内する。

 

「あれ? ロキと団長? どうしたんですか?」

「ファイたんとこに遠征の打ち合わせに行ってその帰りや。レフィーヤ、昼飯まだやからなんか作ってー」

「わかりました」

 

 レフィーヤは席を立ち上がり、台所に向かう。その間にお茶を用意しふたりに配った。

 

「昼飯ができるまでなにをしますか?」

「そんなら前途中やったチェスの決着、着けよか」

「ええ、望むところです」

 

 影からチェス盤を取りだし、机に置く。駒を並べ、ゲームスタート。ただゲームに集中する。

 

 ロキ様の考えを読み取り、先読みし、駒を動かす。レフィーヤが作る料理の匂いがするなか勝負は中盤戦へ。そして。

 

「なぁ、君、レフィーヤと付き合い始めたやろ?」

 

 思考が鈍った。

 

「な、何のことですか?」

「惚けても無駄や。神の前で嘘はつけん」

 

 ぐっしまった。つい能力を使わず神と会話してしまった。

 

 実は神の前で嘘をつけない、というのは『神の力(アルカナム)』が関係している。神の体から僅かに漏れる『神の力(アルカナム)』が子に作用し、嘘かどうか見極めているのだ。

 

 なので微量の【果て無き深淵(インフィニット・アビス)】の魔力を体に纏わせることでこの神に嘘はつけない、というのは回避できる。……ただし、体全体に纏わせるので一時的に【ステイタス】が無効化されるというデメリットがあるが。

 

「初々しいなぁ。まあトキやし、交際くらいやったら認めてもええよ」

「……ありがとうございます」

「せやけど誠意くらいは見せて欲しいなぁ」

「……改宗(コンバーション)はしませんよ?」

「そら残念やわ。で、君はどうするつもりや?」

「ロキ、それくらいで──」

「フィンは黙っとき」

 

 息を大きく吐く。ある考えがあるがこれはヘルメス様のスタンスに大きく反するだろう。でも、今更レフィーヤと別れるなんてことはしたくなかった。

 

 影から金庫を取り出す。この金庫は特別製で内側に錠前がついている。触手を1本金庫の隙間から中に入れ、その触手から金庫の鍵を取りだし、開ける。

 

 そして中から、5000万ヴァリスが入った袋を取りだしロキ様とフィンさんの前に置く。

 

「っ!?」

「5000万ヴァリス入っています。遠征の費用にあててください。また、今後できる限り【ロキ・ファミリア】の皆さんが武器やアイテム、食料の購入の際の割り引き、遠征の際の他派閥の連盟交渉の優遇などを俺の情報網の全てを駆使してサポートします。これでどうですか?」

「……なかなかやるやないか」

「それだけ俺は本気です」

「ま、最初から認めてたけどな」

「……え?」

「で、ウチの勝ちや」

 

 机の上の盤を見てみる。チェックメイト。完敗だった。

 

「……参りました」

「ハハハッ!」

「ロキ、大人げないよ」

「ええんよ、勝てば!」

 

 ちなみにお金は受け取ってもらえなかった。今の話はチェスに勝つために吹っ掛けただけらしい。

 

 後、こういう時は金銭で解決してはダメだと指摘された。……難しいなぁ。

 

 ------------------

 

 ロキ様とフィンさんは昼飯を食べ終わってもそのまま居座っていた。遠征の打ち合わせが他にもあるらしいが、他の団員に任せてもいいらしい。……大丈夫か、【ロキ・ファミリア】。

 

 レフィーヤは主神が交際を認めてくれたのがうれしいのか、いつもより距離が近かった。

 

 コンコンコン。

 

「はーい」

 

 立ち上がり、玄関に向かう。ドアを開けてそこにいたのは……太ったエルフだった。

 

「こんにちは、トキ君」

「こんにちは、ロイマンさん」

 

 ロイマン・マルディールさん。ウラノス様が組織するギルドの事実上の最高権力者だ。その後ろには配下の人と思われる人が2名ほど。恐らくボディガードの人達だ。

 

「そう言えばもうそんな時期ですか、どうぞ中へ」

「ええ、ありがとう」

 

 笑顔で接客するが、正直俺はこの人が苦手、というか嫌いだ。

 

『エルフの豚』とも言われるこの人は俺から見ても醜い。エルフであることを忘れて、豪遊し、堕落した人だ。俺が暗殺者を続けていたら絶対標的になっているであろう人間の典型例みたいな人。何より……この人が来るとレフィーヤが嫌な顔をする。

 

 もちろん仕事はきちんとしている。こんな見た目でも150歳を超える賢人だ。だがレフィーヤが嫌な顔をする。

 

「お、ロイマンっ! 先日ぶり! 何でここにおるんや?」

「か、神ロキ!貴方こそなんでこんなところにおられるのですか!?」

 

 こんなところで悪かったですね。

 

 レフィーヤがロイマンさんにお茶を出す。その顔はいつもと違い無表情だ。そして俺のすぐ隣に座る。……見えないように手を繋いでおく。これくらいだったらいいよね?

 

「で、ロイマンさん。私用と公務、どちらの相談ですか?」

「いや、神ロキもおられるし……今日はこのまま……」

「ああ、ウチらやったらいないもんと扱ってくれや」

「しかし……」

「ロイマンさん、自分実は最近忙しくなりまして、まとまった時間があまりないんですよ。ですから今日を逃すと今度はいつ話せるかわからなくなります」

「そ、そうか。なら仕方ないな」

 

 うろたえるロイマンさん。その横でロキ様とフィンさんがなにやら小声で話していた。

 

「あのロイマンが説得されるってなんなん?」

「彼はギルドにも顔が効くようだね」

「それでは私用の方から参りましょう。前回と同じ簡単にできるダイエットでしたっけ?」

「「ぶふっ!」」

「くっ!」

 

 俺の言葉にロキ様とフィンさんが吹いた。

 

「ロ、ロイマン。その体型気にしとったんやな」

「う、うるさいですっ!」

「えーと、その方法ですが……」

 

 前回のがどうダメだったか具体的に聞き、それについての改善案を提示する。まあ、ぶっちゃけ今回も失敗するだろうけど。なぜかって? 本人にやる気がないから。

 

「ではそれで様子を見てください」

「うむ、いつもすまんな。毎回一時期は効果が出るのだがなぜ失敗するのだろうな?」

 

 貴方のやる気の問題です。

 

「次に公務、来週に控える『神会(デナトゥス)』で神々にお配りする資料作成の件ですか-」

「な、なんやと!? あの資料、トキが作ってたんか!?」

「どういうことだい?」

「半年前から『神会(デナトゥス)』でウチらに配られる資料がえらい丁寧になってなぁ。おかげで命名式がまあカオス……やなかった、はかどってな。そうかあの資料トキが作ってたんかぁ」

 

 半年前、ロイマンさん直々に『神会(デナトゥス)』で神々に提出する資料を作ってくれないか、という依頼があった。ものは試しと人物情報(プロフィール)、似顔絵の他に本人インタビューや主神の一言なども載せてみたのだかそれが神達に大受けしたらしい。

 

「ええ、今回もお願いできますか?」

「そのことなんですが、ロイマンさん。この度ヘルメス様から正式に恩恵を授かりまして、そういった仕事は遠慮させて-」

「いや、ウチが許可する!」

 

 と断ろうとした時、ロキ様が横から口を出してきた。

 

「えーっと、どういう権限でロキ様が許可を?」

「ウチが今回の『神会(デナトゥス)』の司会やからや!」

「ええええええええっ!?」

 

 驚きの声をあげたのは俺ではなくロイマンさんだった。

 

「か、神ロキ! 勝手に決められては困ります!」

「ええやろ。『神会(デナトゥス)』が始まる時にはウチの子らは遠征や。どうせ暇になる」

「しかし……」

「ちゅーことで。ロイマン、そこんとこ担当のもんにゆーといてな?」

「……わかりました」

「せやからトキ、ぜひ資料作りしてな」

「……わかりました」

 

 はぁ、とロイマンさんと同時に溜め息をつく。……『神会(デナトゥス)』の前に1回ベルとダンジョンに行こう。ここのところずっと訓練しかしてなかったし。ベートさんとの訓練が終わったら絶対行こう。そう心に誓った。

 

「ああ、それとギルドへの移籍の件。考えてくれました?」

「こぉらぁロイマンっ! トキを勧誘しとんのはウチやぞ!」

「いえいえ、神ロキ。トキを勧誘している派閥はたくさんあります。これでも我々は出遅れている方なのですよ」

「……なあ、トキ。お前を勧誘してるとこ、どのくらいあるん?」

「そうですね、だいたい……3、40くらいはありますね」

「え、50派閥くらいはあったと思うけど?」

「そうだっけ?」

「……あかん。これは本気(マジ)でやらんとアカン」

 

 そう言ったロキ様は直ぐに立ち上がった。

 

「行くで、フィン!」

「え、何処へ?」

「決まっとるやろ、ヘルメスんとこや!」

 

 そう言ってロキ様はフィンさんを連れて出ていった。なんだったんだろ?

 

 その後、ロイマンさん達も帰り、ベルが来るまでいつもと違う、けど心地よい時間を過ごした。

 

  ------------------

 

「ちゅーことでヘルメスっ! トキをウチにくれ!」

「ハッハッハッ! だが断る!」

「くっ、なんならこの【ファミリア】を攻めてもええんやで?」

「別にいいぜ? その代わりトキに【ロキ・ファミリア】潰させるから。天下の【ロキ・ファミリア】でも物資の補給ができなくなるのは痛手だろ?」

「ぐぬぬぬぬ~」

 

 こんなやりとりがあったそうな。




神から漏れ出す『神の力』によって嘘がわかる、というのはオリジナル設定です。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

訓練風景、そして予感

 俺の本気度をロキ様に見せた日の翌日。ベートさんとの訓練に来た。

 

 本当は夜の訓練の時、ベルに冒険者依頼(クエスト)を手伝ってくれないか、と頼まれたのだが……さすがに2日も休むとベートさんが乗り込みに来かねないので断った。……これも全部ベートさんの所為だ。今日こそ絶対殺す。

 

 そういう訳で意気込んで訓練場所の倉庫に行ってみるとベートさんは既にいた。一昨日と違い、腰に双剣を提げて。

 

「なんで武装してるんですか?」

「てめえをより確実に殺すためだ」

 

 どうやら向こうも同じ考えだったらしい。

 

「【この身は深淵に満ちている】」

 

 詠唱開始。同時に両手に短刀を生成。ベートさんも双剣を抜く。

 

「【触れるものは漆黒に染まり。写るものは宵闇に堕ちる】」

 

 合図もなく、駆け出す。背中が発熱し、身体能力が上昇する。

 

「【常夜の都、新月の月。我はさ迷う殺戮者】」

 

 ベートさんもこちらに駆け出してくる。俺の『並行詠唱』に関しての驚きは薄い。半ば予想していたのだろう。

 

「【顕現せよ、断罪の力】」

「【インフィニット・アビス】」

 

 影が脹れ上がり、ベートさんに襲いかかる。

 

「それがてめえの魔法か」

「ええ、今までとは威力も規模も違います。一発でも食らったら気絶間違いなしですよ?」

「てめえみたいなトロいやつの攻撃なんぞに当たるかよ!」

「よく吠えますねっ。さすが狼ですっ!」

 

 全方位、時間差、死角、拘束。ありとあらゆる攻めかたで仕留めにかかる。だが、この人は最近、スピードに緩急をつける事を覚え始めた。それにより捉えるのがより難しくなったのだ。

 

 認識できない人ならばあまり変わらないかもしれないが、スキルのおかげで動きを捉えられるくらいまで能力が上がっている俺はどうしてもその動きを含めて予測してしまう。そのため緩急をつけられると予測がしづらくなる。今ではこの人のトップスピードがどのくらいのものだったかも曖昧な状態だ。

 

 その上、今回は双剣を装備している。これでは手による打撃は使ってこないだろう。蹴りもメタルブーツを履いているから実質防御不可。全ての攻撃をかわさなくてはならない。

 

 だが今の俺は休日を挟んだせいかすこぶる体調が良い。頭も冴えてるし、コンディションは絶好調だ。

 

 ──今日こそは仕留める。心の中でそう呟いた。

 

 ------------------

 

 ──ちっ、やっぱりやりにくいっ。

 

  ベートは心の中で毒づいた。目の前の少年、蛇のような殺気を出す野郎を殺そうと双剣を振るう。

 

 しかしそれは少年が持つナイフに弾かれ、カウンターとばかりに影による死角と正面からの挟撃。サイドステップ、さらにバックステップで構えていた触手をかわす。

 

 この少年を相手取る時に最も重要なことは死角を作らないこと。それは冒険者として必須のことだ。

 

 だが、何かに気をとられたりすると一瞬隙ができる。この少年はそれを見逃さない。一人と戦っているのに複数人を相手にしているようだった。

 

 昨日は用事があるとかで仕方なく自主訓練をしたが、どうにも気分が乗らない。いくら体を動かそうとも訓練している、という実感が沸いてこないのだ。

 

 ガレスにも付き合ってもらったが、やはり何かが足りなかった。確かに強かったし、倒せなかったが本気ではなかった。

 

 やはりこの少年のように本気で殺し合うほど激しく、体がズタボロになるように苛烈でなければ。

 

 ベートは少なからずトキを認めていた。口には出さないがこの少年は他の下級冒険者と違うと実感していた。ひたすら上を見上げ、必死に食らいついてくるこいつはまさにベートが思い描くような雑魚だ。

 

 だが同時に認めたくなかった。目の前にいるのは自分が本気になっても殺せない野郎。あのオリヴァスやレヴィスのように圧倒的な能力を持つわけでもないのに。

 

 だから殺す。この蛇野郎を殺し、さらに強くなる。そしてアイズに追いつく!

 

 ベートの攻撃はさらに激しくなっていった。

 

  ------------------

 

 ベートさんとの訓練が終わり、次はベルとレフィーヤの訓練の時間。朝から夕方までみっちりとやるベートさんとの訓練に対し、こちらはそこまで時間をかけない。ふたりとも翌日にアイズさんとの訓練があるからだ。

 

 今回、ベルは冒険者依頼(クエスト)の関係でオラリオの外に出ているため休みなので、今日はレフィーヤと二人きりなのだが……なぜかご機嫌ナナメだ。

 

「どうした、レフィーヤ?」

「……アイズさんが」

「アイズさんが?」

「……明日の訓練、ベルの方に1日かけるから休みにするって」

「……ああ」

 

 確かにベルの成長スピードは異常だ。だが短い時間では教えられることは少ない。そのためまとまった時間が欲しいのだろう。あいつを教導する身として気持ちはよくわかる。

 

「どうする? 今日はやめにするか?」

「……ううん、やる」

「わかった」

 

 影を出現させ、レフィーヤに襲いかかる。

 

「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹。汝、弓のぉっ】!」

 

 詠唱するレフィーヤに触手が直撃、詠唱が止まる。【ステイタス】を無効化され、痛みに涙を滲ませる。だが、それでも訓練を続ける。

 

 レフィーヤが『並行詠唱』ができない理由は既にわかっている。『高速詠唱』をしながら『並行詠唱』をしようとするから失敗するのだ。確かに同時にできた方が強力になるだろう。だが、同じ難易度である2つを同時にやるというのも難しい。

 

 試しに『高速詠唱』をしないでやってみたらどうだ? と聞いてみたら癖になってもう直せない、と答えられた。こればかりはどうしようもないだろう。

 

 せめて俺よりも上手く教えられる人がいればいいのだけどなぁ……。

 

 ------------------

 

 訓練が終わり、レフィーヤを『黄昏の館』まで送った後、つけられている気配を感じた。しかもその雰囲気から普通の冒険者ではない。

 

 家に帰らず、ダイダロス通りの方向に向かう。やはりついてきた。

 

 ダイダロス通りはオラリオの第2の迷宮と言われるほど入り組んでいる。現地民でもときどき迷うくらいだ。そのため尾行を撒くにはもってこいの場所なのだ。

 

 だがいくら突き放そうとしても的確についてくる。あちらもバレていることを承知でついて来ているようだ。

 

 ──仕方がない。

 

 路地に一気に駆け込む。路地に入った瞬間に跳躍。影を利用し、壁に張り付く。

 

 尾行者が路地に入ってくる。その格好はローブとフードで全身を覆ったいかにも怪しい人物だった。

 

 直ぐ様降り、手にナイフを生成する。ローブの人物の背後に着地し、ナイフを首筋にあてる。

 

「っ!?」

「動くな」

 

 息を飲む気配。反撃されると思っていなかったのか?

 

「フードをとって手をあげろ。妙な真似をしたら殺す」

 

 そう言うとローブの人物は肩を揺らし始めた。これは……笑っている?

 

「ふふふ、冒険者になったと聞いたのでどれだけ甘くなったか見るつもりでしたが、腕は鈍ってはいないようですね~」

 

 その声に、思考が、止まった。

 

 声からして男、それも若い。だが、あり得ない。だって、風の噂では、死んだって。

 

 男がフードを取る。その髪の色は綺麗な金髪、そして顔の横から覗いているのは、エルフ特有の長い耳。

 

 突如、上から殺気を感じる。反射的に後ろに跳び、かわす。俺と男の間に着地したのは、ローブで全身を覆った160M後半くらいの人物。

 

「大丈夫ですか?」

「ええ、助かりました」

 

 男が振り向く。その顔には、見覚えがあった。

 

「6年ぶりですか? お久しぶりですね、トキ」

「先、生……」

 

 俺の育て親。本名不明、通称先生。俺に暗殺の手解きをした張本人。

 

「ですが、ダメですよ~。尾行者は直ぐに殺さなくては。自らの情報が敵に持ち帰られてしまう可能性がありますから。その辺は甘くなりましたね~」

「今更……なんの用で俺の前に現れた!?」

「こんなことで取り乱すのも減点です」

 

 目を細め、いつも笑っているその顔は6年前と変わらない、本心を隠すような、そんな表情をしている。

 

「まあ、いいでしょう。ではトキ、一応聞いておきますが、私のところに戻ってくるつもりはありますか?」

「ないっ!」

「おやおや、即答ですか」

 

 今すぐにでも息の根を止めたいが、俺とやつの間にいる人物が邪魔だ。隙なくこちらの様子をうかがっている。

 

「そう言えばあのエルフの少女、トキの恋人ですか?」

「あいつに手を出してみろっ。全身の骨を折った後、手足の指を全部切り落とし、喉を潰した後、体中を叩きながら出血死させてやるよっ」

「……そんなに大事なのですか。変われば変わるものですね~」

 

 何が面白いのか、しきりに肩を揺らしている。

 

「まあ、今からどうこうするというわけではありませんよ。私もこちらにきてから日が経っていません。いろいろと準備したいですからね~」

「準備だと? いったい何をするつもりだ!?」

「それはひ・み・つです。では今日のところはこれで失礼します」

 

 やつがそう言うと、ローブの人物がやつを抱えた。

 

「待てっ!」

 

 影を伸ばし、やつに襲いかかる。だが、ローブの人物の()()()()、俺の影をガードした。

 

「なっ!?」

「それではトキ、また会いましょう」

 

 ローブの人物はそのまま飛び上がり、屋根を跳んで消えていった。

 

 今のは……まさか……。拭いきれない不安が俺の中に芽生えた。




一応伏線みたいのは張りましたが回収はけっこう先を予定してます。作者の気分次第ですぐになるかもしれません。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

訓練終了

今回は短めです。


 夕日が射し込む倉庫内に激しい剣撃音が響く。

 

「うおぉおおおおおおおおおおおっ!」

「せあぁあああああああああああっ!」

 

 目にも止まらぬ速さで動く何かに影が縦横無尽に襲いかかる。しかし移動する何かは捕まらず、影の中心にいる少年に襲いかかる。一瞬の交差。その間に10もの斬撃が放たれ、内7を少年が捌く。

 

 さらに反転し、強烈な蹴りが放たれる。だがその蹴りは影によって補強された少年の後ろ回し蹴りに相殺される。

 

 距離を取る。互いににらみ合う。両者ともその格好はボロボロで、肩で息をしている状態だ。

 

 ふと、少年が呟く。

 

「この辺にしておきますか?」

「……ちっ、そうだな」

 

 互いに構えを解く。少年、トキは影から高等回復薬(ハイ・ポーション)を2本取り出し、内1本をベートへ放る。ベートは何も言わず高等回復薬(ハイ・ポーション)を掴み、蓋を開け、煽る。

 

「結局、殺せませんでした。やっぱり腐っても第一級冒険者ってところですか」

「けっ、よく言うぜ。その第一級冒険者の訓練についてこれるてめえは一体なにもんだって話になるが?」

「それはほら、企業秘密です♪」

「……ぶっ殺すぞ」

「あれれ~? いいんですか~? 【ロキ・ファミリア】の幹部ともあろう人が遠征前に疲れを残すようなことをして~」

「くそっまじでムカつくっ」

 

 煽るトキとそれを睨むベート。実際に先ほどまでふたりは訓練という名の殺し合いをしていた。しかし、やはり訓練だと思っていたようで、第一級冒険者とそれに準ずる力を持つ冒険者の殺し合いにも関わらず、ふたりとも存命していた。

 

「んじゃ俺はもう行く。疲れを残したくねぇし、てめえの顔もしばらく見たくねぇ」

「それはこちらの台詞です」

「けっ、やっぱりてめえは気に食わねぇ雑魚だ」

 

 そう言ってベートは倉庫を出ていこうとする。

 

「ベートさん」

 

 その後ろ姿をトキが止めた。顔をそちらに向けず、ベートは立ち止まった。

 

「ご武運……いえ、俺に殺されるまで死なないでください」

「はっ、てめえこそ俺に殺されるまでくたばんじゃねぇぞ」

 

 今度こそベートは倉庫から出て行った。

 

 ------------------

 

 日が完全に沈んだ頃、トキはレフィーヤと共に自宅にいた。今日は【ロキ・ファミリア】の遠征前日と言うこともあり、夜の訓練は休みだ。その辺はベルにも伝えてある。

 

「ていうかここにいて良いのかよレフィーヤ」

「うん、ロキや団長にも許可は取ってあるし、遅くならなきゃ大丈夫だよ」

 

 前回もこんなやり取りしたなー、とボーッと考える。

 

「明日は見送りに行こうか?」

「ううん、見送りに来られるとみんなにからかわれそうだし、それに……」

「それに?」

「トキと会っちゃったら遠征前の緊張感がなくなっちゃいそうだから」

「なんだよそれ」

 

 苦笑するトキに微笑むレフィーヤ。前回とは違う桃色の空気が部屋を充満していた。

 

「それじゃあそろそろ帰るね」

「送ってくよ」

「ううん、それもいい。今みんな遠征前でピリピリしてるから」

「……そっか」

 

 玄関まで送り、レフィーヤが家を出る。

 

「じゃあまたね」

「ああ」

 

 踵を返し立ち去ろうとするレフィーヤ。

 

「レフィーヤ」

 

 素早くその背後に立ち、振り向かせる。

 

「え?」

 

 疑問を浮かべるその唇に己のそれを重ねる。少し歯が当たったが、柔らかい感触がした。

 

 呆然とするレフィーヤから離れる。トキの顔は真っ赤だった。

 

「……がんばれよ」

 

 短くかつ小さく激励の言葉を言い家に戻るトキ。レフィーヤはトキと同じように耳まで真っ赤に染め、しばらくボーッとしていた。

 

 ------------------

 

「ベート、いったいどんな自主練したんや?」

「いいから【ステイタス】を教えろ」

「熟練度上昇トータル120くらいやなー」

「ちっ、そんなもんか」

「いやいや、そのレベルでこんだけ上がんのはむしろ異常や。さあ、どんな自主練したんや?」

「ぜってー教えねぇ」

「なんやなんや! ベートのいけずー!」

「勝手に言ってろっ!」

 

(次に機会があったらぜってー殺してやる)

 

 ------------------

 

「ふー」

 

 レフィーヤに不意打ちでファーストキスをしてしばらく経った後、トキは先ほどとは打って変わって凍えるような目をしていた。

 

 その脳裏にあるのは3日前に出会ったかつての育て親。あれの目的が何なのかであった。自分が目的ならそれはそれで面倒だが、もし違う目的ならやっかいだ。いずれにせよ後手に回る可能性が高い。

 

 一応昨日の仕事の日にオラリオ全体に捜索を要請したが、効果はまずないと見ていいだろう。あれはクズだが、エルフであり、トキに暗殺の手解きをしたプロだ。そうそう見つかるとは思えない。

 

 更に、来たばかりで準備をすると言っていた。あいつの準備は短くても3週間、かかって半年と意外と長い。

 

 だからしばらくは大丈夫。その間にできるだけ強くなる。どんな()()を作ろうとも全て破壊する。この6年間で培ったものを、手に入れたものを、愛する人を守るために。

 

 トキは決意を新たにした。




「緊急アンケートッ! 皆さんこんにちはトキ・オーティクスです。いつも『冒険者に憧れるのは間違っているだろうか』を御覧いただきありがとうございます。
今回、感想にあるリクエストが入りました。それは……俺と第一級冒険者が灰になるまで燃え尽きるような熱いバトルが見たい、という内容です。……ぶっちゃけて言いますと冗談じゃないですよ。普通に死にます。もう帰ってもいいかな……? ……え、だめ? いやそこを何とか……わかったよ。やるよ、やればいいんでしょ。というわけで今回のアンケートでは対戦する第一級冒険者を募集します。
ちなみに断りを入れておくと、作者はダンまち7巻、ソード・オラトリア4巻までの情報しかありませんのでそこのところよろしくお願いします。
アンケート締切は6月20日までを予定しています。ぜひ活動報告の方にコメントしてください。また、リクエストに関してはいただければできるだけ応えていきたいと作者は言っています。
その際、今回のようにアンケートをとる場合があるかもしれませんがご協力してくださるとありがたいです。……ていうか協力してくれないと考えられないんだよ、作者は。ほんと発想が貧相なんだよなー。

また、ご意見、ご感想お待ちしております。以上、【ヘルメス・ファミリア】所属、第三級冒険者、トキ・オーティクスでした」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大罪

最初だけレフィーヤsideから。トキと出会った彼女の変化をまず御覧ください。


 レフィーヤside

 

「レフィーヤ、そろそろ行くよ?」

 

 同室者(ルームメイト)に肩を叩かれ、私は瞑想を止めた。

 

「はい、すぐに行きます」

 

 いつも通りに起きて準備し、朝食をいつもより早めに摂って出発まで瞑想をする。これは3年前からやり始めたことだ。瞑想することで精神を安定させ、僅かな緊張感を持ちつつ自然体でいる。昔からドジな私は遠征前になるといつも緊張のしすぎで何かしらの失敗をしていまう。

 

 そんな私がこうしていられるのもトキのおかげだ。緊張し過ぎることはあまりよくないが、緊張感が無さすぎるのもダメだと言う。だから瞑想でもして気分を落ち着けつつ、緊張感を持ったらどうだ? と言われ実践している。おかげで失敗の数が減った。

 

「……//」

 

 そこまで考えて私は顔が熱くなった。思い出されたのは昨日の夜のこと。トキの家を出る前、彼にく、口づけされたことだ。見送りはいらない、と言った。見送りに来てもらうと、うれしいだろうけど緊張感が抜けてしまう自信がある。だからいつも見送りは断っていた。

 

 だから前日に激励をもらうのは私にとっていつものことだった。そ、それでも……あれは、反則だ。ファーストキスだったのに。あんな不意打ちで。ちょっと痛かったし。

 

「レフィーヤ、先に行ってるよー?」

「あ、はい、すぐに行きますっ」

 

 思考を切り替えて荷物を持つ。今回挑むのは未到達領域である59階層。失敗は少なく、常に余裕を持つ。

 

 私は部屋を後にした。

 

 Side out

 

  ------------------

 

  俺はベルとリリとともにダンジョンに来ていた。ひさしぶりでなんだか懐かしささえ感じた。原因はやっぱりベートさんだ。次に機会があったら絶対殺そう。

 

 ベルとリリともひさしぶりにパーティを組む。いつも通りの時間に中央広場で待っていると、ベルとリリがお互いの装備を交換して現れたのは若干驚いたが。

 

 訳を聞くと【ソーマ・ファミリア】の団員達にリリの存在を突き止めさせないためだとか。変身魔法によってリリは犬人(シアンスロープ)の容姿をしているが、勘がいい人はリリだと気づくかもしれない。そこで装備を取り換えるという小細工でそういう人達を欺いているのだとか。

 

 これだとリリの借りが増える一方のようだが、本人は本気で一生を使って返していくらしいので気にしていないのだとか。……冗談半分で言ったとか言えなくなった。

 

「そう言えばそろそろ【ロキ・ファミリア】が遠征に出発する頃だな」

 

 影から懐中時計を取りだし、時間を確認する。……そう言えば昨日、見送りはいいと言われたがダンジョンで正規ルート上にいれば鉢合わせてしまう。……何とかして外れなければ。

 

「もうそんな時間かぁ……。あれ? トキ、レフィーヤさんの見送りはよかったの?」

「ああ本人からいらない、って言われた」

「そうなんだ」

「ベル様っ、レフィーヤ様とは一体どなたですかっ?」

 

 女性の名前を口にしたベルにリリが反応した。

 

「トキの彼女だよ」

 

 そんなリリの心境を知ってか知らないでか、ベルは事実を口にする。

 

「本当ですか、トキ様っ?」

「まあ、一応。ロキ様には許可もとってあるし、ヘルメス様は……許可とらなくても大丈夫だろ」

 

 むしろ教えると腹を抱えて笑いだしそうだ。なんかムカつくから言わないでおこう。

 

 ちなみに後日、ロキ様から直接聞いたと言われ恥ずかしい思いをしたが、それは別の話。

 

 リリは安心したのか胸を撫で下ろした。

 

 その時、ベルがピクリと体を震わせた。

 

「……」

 

 どうも様子がおかしい。

 

「ベル様?」

 

 リリもベルの様子がおかしいことに気がついたのか、怪訝そうな顔をする。

 

「何か気になることでも?」

「……いや、何て言うんだろ」

「重要なことかもしれない。話してくれないか?」

「……視られている、気がする」

「視られている?」

 

 辺りを見回してみる。現在9階層のルーム。背の低い草花が存在するだけの空間だ。隠れられるような場所はない。ここまですれ違ったのは……俺の憧憬、『猛者(おうじゃ)』オッタルとエルフとダークエルフの冒険者の3名のみ。

 

 すれ違った時は心臓が飛び出るのではないかと思った。あまりの突然の出来事に固まってしまい、ベルやリリに不審がられてしまった。体が震えた。できれば模擬戦をしたかったが、不躾なのはわかっていたのでなんとか堪えた。面識もないに等しいので湧き起こる衝動を必死に抑えた。

 

 それ以外は誰ともすれ違っていない。

 

 だが、もし先生(あいつ)なら、俺にも気づかれずにベルを観察できるかもしれない。

 

「ベル、リリ、念のため今のうちに装備を取り換えておけ」

「……うん」

「あ、は、はい」

 

 突如雰囲気が変わった俺達にリリが戸惑いながら装備を交換していく。万全の状態になったベルだが、その表情はすぐれない。

 

「トキ、ちょっとおかしくない……?」

「……気づいてたか」

「おかしい、ですか?」

「モンスターの数が少なすぎる」

「9階層に来てから1度もモンスターに遭遇してない。せいぜいゴブリンが逃げるように走っていったところだけだ」

 

 俺の言葉にベルが頷く。何か言いがたい雰囲気がこの階層には漂っていた。ベルは今にも吐きそうな顔をしていた。

 

「ベ、ベル様?」

「……行こう。10階層に」

 

 ベルが口もとを押さえて方針を告げる。

 

 今回の目的は10階層の突破だ。不気味な雰囲気が漂うこの階層にとどまりたくない、と思ったのかもしれない。だが、それは俺も同じだった。

 

 10階層へ向かおうと足を動かし、

 

 

 

『──ヴ──ォ』

 

 

 

 その足が止まった。

 

「い、今のは……?」

 

 その鳴き声を聞いたのは5回。内4回はアスフィさん達と遠征に行った時。そして、最初の1回は……ベルと一緒にダンジョンを探索していた時。

 

 あり得ない、と思いながらもゆっくりと振り向く。目を凝らし、通路を睨む。

 

 そして、それは現れた。

 

『……ヴゥゥ』

 

 その頭部にある角は何故か片方だけ折れていた。その体毛は何故か赤黒く染まっていた。その手には何故か『迷宮の武器庫(ランドフォーム)』ではない大剣が握られていた。

 

 それでもそれは間違いなく、ここにいるはずのないモンスター。

 

 ミノタウロス。俺達の悪夢がそこにいた。

 

『オオオオオォォォォォォォ……』

 

「な、なんで、9階層にミノタウロスが……」

 

 俺だって聞きたい。だが、考えていいのはそんなことじゃない。この場をどうやって切り抜けるかだ。

 

 咄嗟に正面、10階層に続く通路を見る。そこには、

 

 

 

 後ろのミノタウロスよりも一回り大きなミノタウロスがいた。

 

 

 

『変異種』という言葉が頭を過る。ダンジョンにおいてまれに通常の個体よりも強力なものが産まれ落ちる場合がある。通常の個体の能力をはるかに凌ぐそのモンスターを冒険者は『変異種』と呼ぶ。

 

「嘘、だろ……?」

 

 挟み撃ち。片方に逃げるわけにもいかず、このままだと全滅の恐れがある。それだけは……絶対に嫌だっ!

 

「おい、ベルっ!!」

 

 相棒の名前を呼ぶ。だが、ベルは答えなかった。見るとベルは震えていた。心傷(トラウマ)から来る恐怖。それがベルを縛り付けていた。

 

 バシッとベルを叩き、強引にこちらを向かせる。

 

「しっかりしろっ、このままだと全滅するぞっ! そうなると、リリも死ぬんだぞっ!」

「リリが、死ぬ?」

 

 ベルが呆然とリリの方を向く。リリは必死に俺達に退避するよう催促していた。その様子を見たベルの目に恐怖の他にかすかな闘志が宿る。

 

「どうすればいい……?」

「俺達でミノタウロスを引き付ける。時間を稼ぐんだ」

「そ、それは……!?」

「リリはバックパックを捨ててすぐに上へ。今からなら遠征に出発した【ロキ・ファミリア】に鉢合わせる可能性が高い。彼らに救援を頼め。いざとなったら俺とベルの名前を出せ」

「む、無理ですっ! お二人をおいてリリだけなんて……!」

「躊躇すればそれだけ全員の生存確率が下がるっ! 言い争ってる時間はないっ!」

 

 俺の気迫にリリが怯え、渋々頷いた。

 

「ベルは後ろのやつをっ! 俺は正面のでかいやつをやるっ!」

 

 親方さんに作ってもらったハルペーとナイフを影から取り出す。緊張からか、辺りの音がどんどん遠ざかっていった。

 

「いくぞっ!」

 

 自分に言い聞かせるように叫び、ミノタウロスへ突進する。10M以上ある距離が徐々に縮まっていく。

 

『変異種』であるミノタウロスはその手にハルバードを持っていた。それを振り上げ、こちらに向かってくる。背中が発熱し、スキルが発動される。だがベートさんの時と比べるのもおこがましいくらい弱い熱だった。

 

 振り下ろされるハルバードを跳躍でかわし、その牛面の顎を右足で蹴り抜く。その牛面が後ろに反らされる。

 

「あああああああああああああああああっ!」

 

 空中での右回転。右手に持つハルペーを振り、ミノタウロスの首を刈る。

 

 抵抗なく振り切れその顔が宙を舞う。首を無くした体が膝を折り、まもなく魔石を残して灰になった。カランっとハルバードが地面に転がる。

 

 呆気なく倒せたミノタウロスに呆然とする。その行為がいけなかった。

 

 ドンッと何かがぶつかるような音が後ろからした。はっ、となって振り向くとベルがミノタウロスに吹き飛ばされていた。

 

 頭が真っ白になった。次いで怒りが体を支配した。

 

「おおおおおおおおおおおおっ!」

 

 ミノタウロスに向けて突進する。スキルが発動するが先ほどのミノタウロスよりもはるかに小さいごく僅かな熱しか持たなかった。

 

 勢いに任せて右の回し蹴りを叩き込む。その巨体が左に吹き飛ぶ。

 

 その隙にベルに駆け寄った。知らぬ間に息が上がっていた。

 

「ベルっ、大丈夫かっ!?」

 

 選択を間違えたっ。俺が一人で2体のミノタウロスを引き付ければよかったっ。そうすればベルはこんなことにはならなかったっ。

 

 後悔の念と自らを罵倒する言葉が次々と浮かぶ。そんな中、ベルは確かに息をしていた。

 

「~~~~~~~~っ!? ……と、ぎ?」

 

 生きてる。その事に安堵し、息を吐く。膝を折り、ベルの様子を観察する。吹き飛ばされた衝撃で軽装(ライトアーマー)がバラバラになっていた。だがそれ以外は目立った傷はない。もう1度大きく息を吐いた。

 

 後ろでミノタウロスが立ち上がるのがわかった。それに対し顔を引き締め、立ち上がり後ろを向く。

 

 ナイフとハルペーを構え、ミノタウロスを睨む。ミノタウロスは僅かにたじろいだ。

 

「待ってろ、ベル。俺が、必ず守る」

 

 そうだ。絶対に守る。ミノタウロスからも、あいつからも。

 

 意を決し踏み出そうとした瞬間、ベルの雰囲気が変わった。

 

 弾かれるように振り向く。ベルはしっかり立っていた。体は震えておらずその体から沸き上がっているのは、怒りと闘志。

 

 ベルが俺の腕を掴む。

 

「……ないんだっ」

 

 まるで握り潰さんが如く腕を掴むその手は、俺を見るその顔には、自分への怒りが込められていた。その顔は酒場を飛び出した時(あの日)の顔に似ていた。

 

「君だけには、助けられるわけにはいかないんだっ!」

 

 俺を突き放すように前に、ミノタウロスと対峙するために前に出る。あまりの変わりように呆然とした俺は我に返りベルを止めようとする。

 

 だがそのベルの背中は冒険するもの(俺が憧れたもの)の背中だった。

 

「……ベル……」

 

 ベルはプロテクターに収納していた《バゼラード》を右手で、腰の《ヘスティア・ナイフ》を左手で抜刀する。

 

 ミノタウロスが前に出てきたベルを見て目を見開き、獰猛に笑った。そして、その意思に応じるように大剣を構えた。その動きには確かな知性が備わっていた。

 

「勝負だッ……!」

 

 ベルが駆け出す。それに呼応して、ミノタウロスも前に出る。両者の間隔は見る間に埋まり、激突した。

 

 

 

 

 ミノタウロスの大剣が振るわれ、ベルのナイフがそれを捌く。ベルが死角に入ろうとするとミノタウロスはさせるかと大剣を振るう。

 

 お互いの命をかけた真剣勝負。俺から見ても拙い戦いだ。加勢すればすぐに決着がつくだろう。

 

 だが、そんなことはしたくなかった。何故かはわからない。加勢したほうがいいに決まっている。安全をとるならそれが正しいのだ。けど邪魔をしたくなかった。

 

 ------------------

 

 最初は見下していた。

 

 そんなつもりはなかったが、今にして思えば心のどこかで、言葉の端々でそうしていた。

 

 ただの農民だったあいつと世界を回った俺。比べる相手が欲しかったのかもしれない。

 

 傲慢にも、そう思っていた。

 

 それは次第に嫉妬へと変わっていた。

 

 あり得ないほどの成長スピードに、なにより冒険者としての才能に。

 

 俺はどこまでいっても暗殺者かぶれの冒険者まがいだ。だが、あいつは違った。スポンジが水を吸うかのごとく成長し、その才能を開花させていく。

 

 それに嫉妬した。

 

 だからLv.2になった時は嬉しかった。あいつよりも先に行けたことが何よりも嬉しかった。

 

 自分で親友だとか、ライバルだとか言っておきながら酷いな、と心の中で毒づく。

 

 なあ、ベル。俺はお前の親友でいていいか?




今回の話は賛否両論あるかと思います。あと、多数のツッコミどころも。

……いえ、わかっています。ミノタウロス吹き飛ばした時にそのまま倒せよ、とか吹き飛ばしたならそのまま追撃しろよ、とかツッコミがいっぱいあるのはわかりますっ。ですがこうでもしないとベルとミノタウロスを戦わせられなかったんですっ。

発想力が低くて本当にすいませんでしたっ! どうか見捨てないでくださいっ!

というわけで次回はベルsideから。原作とは違う心情のベルをお楽しみにして下さい。

ご意見、ご感想お待ちしております。また、アンケートの方もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

意地

予告通りベルsideから。

ところで今日書店に行ったらもうダンまち8巻が発売しておりました。分厚っ、と思いながら読破した感想は……やば、これリリの話出来なくね? です。……本当にどうしましょうか?


 ベルside

 

 体が動かなかった。トキにはああ言ったけど、やっぱり怖かった。

 何度他のモンスターにその姿を重ねたであろう。何度夢に出てきただろう。何度アイツを怖がっただろう。

 それほど僕にとってミノタウロスは悪夢の象徴だった。

 

 けどトキが言った言葉、リリが死ぬ。それだけはもっと怖かった。魔法で牽制し、なんとかリリを行かせた後、僕はアイツが振るった大剣に捕まった。

 

 アイズさんとの訓練のおかげで生き残った僕は、それでもそこから動けなかった。

 

 そこに現れたのはトキだった。トキは僕の心配をして、外傷がないことに安堵すると、ミノタウロスに向きあった。

 

「待ってろ、ベル。俺が、必ず守る」

 

 守、る?

 

 誰が? ──トキが。誰を? ──僕を。

 

 そう考えた瞬間、頭が真っ白になった。次いで湧き起こってきたのは、自分への怒り。

 

 誰かに守られたい。誰かに助けて欲しい。

 

 トキは確かに強い。僕よりもはるかに強い。

 

 けど、だけど、ただ守られるのは嫌だっ! 僕は、トキの親友なんだっ! 対等な存在なんだっ!

 

 なによりトキだけには、親友(トキ)だけにはただ守られるのは嫌だっ!

 

 いつまで寝てるんだっ。立ち上がれっ。立って戦えっ。僕は、冒険者だろっ!!

 

 四肢に力を入れ、立ち上がる。僕と同じくらいの腕を掴む。驚愕するトキに向けて声を絞り出す。

 

「……いかないんだっ」

 

 自分を鼓舞するように叫ぶ。

 

「君だけには、助けられる訳にはいかないんだっ!」

 

 トキの前に出てミノタウロスと対峙する。プロテクターに収納していた《バゼラード》と腰の《神様のナイフ(ヘスティア・ナイフ)》を抜刀する。

 

「勝負だッ!……」

 

 地面を蹴り、ミノタウロスに向かって駆け出す。

 

 冒険をしよう。譲れない思いのために。

 

  ------------------

 

 最初は羨ましかった。自分と仲間。同じ歳なのに経験してきたものが違った。

 

 僕の世界はあまりにも狭かった。彼と一緒にいるとそう痛感させられる。

 

 だからあの日、親友だ、ライバルだって言われた時、本当に嬉しかった。同じ冒険者だって言われた時は涙が出るくらい嬉しかった。

 

 だから僕は、英雄になりたい。

 

 妄想とか虚栄心とか不相応な願いなんかじゃない。

 

 コイツを倒せるような、ライバル(トキ)と並び立てるような、そんな英雄になりたい。

 

 弱い自分を奮い立たせ、強い英雄みたいな男になりたい。心の底からそう思った。

 

 僕は、英雄になりたい。

 

 Sideout

 

  ------------------

 

 剣撃が鳴り響く。一方的ではない、お互いの命をかけた真剣勝負。それは僅かにベルの方が優勢だった。

 

(図体に、騙されるな!)

 

 恐怖を振り払ったベルはその目からあらゆる情報を読み取っていた。

 

 頭は今まで以上に鮮明であり、体は自分のものではないのではないか、というほど軽い。

 

(ただでかいだけだ! よく見ろ、目を瞑るな!)

 

 多少の知性はあるようだが常に全力で動く相手はベルでも先読みできてしまうほど雑だった。

 

(コイツより速い相手と、コイツより巧い相手と、何度も戦ってきただろう!)

 

 相手の動きを予測し、どう弾くか、どう移動するか。トキとの対人訓練がここに来て力を発揮した。

 

『相手の思う通りに攻撃させない。相手の思う通りに動かせない。潜在能力(ポテンシャル)で上回られてる相手と戦う時の基本みたいなものだ』

 

 僅かでもいい。相手が振りにくいように弾く。相手が動こうとする位置に移動する。徐々に自分のペースへと持っていく。

 

 しかしベルは攻めきれていなかった。《バゼラート》ではミノタウロスの大剣を弾けないため、必然的に大剣の迎撃は《ヘスティア・ナイフ》で行う。隙を見て《バゼラード》を叩き込むも弾かれる。

 

 徐々に焦りが込み上げてくる。

 

『対人戦にとって一番重要なのは冷静であることだ。己を律し、冷酷なまでに冷静でいろ』

 

 親友に言われたことを思いだし、焦りを抑える。

 

 体力は自分も向こうもほぼ万全だ。持久力はあちらが上だろうが、常に全力で動いているから体力が尽きるのはほぼ同時だろう。

 

(まだ勝負に出るのは早いっ)

 

 相手を観察し、体力の消耗を抑える。今は耐える時間だ。チャンスは必ずくる。ベルはひたすら大剣を弾き続けた。

 

 

 

  一方、トキのもとへアイズとリリが到着していた。正確には助けに入ろうととしたアイズをトキが止めた。

 

「どうして止めるのですか、トキ様っ! このままではベル様が──」

「よく見ろリリ」

 

 アイズの視線の先、ミノタウロスと戦うベルは決して劣勢ではなかった。

 

 一撃でも食らったら沈むであろう大剣による攻撃を、己のナイフで弾き、回避する。

 

「あれは、ベルの『冒険』だ」

 

 真っ直ぐに戦況を見つめるトキ。それを聞いてリリは言い返せなくなった。

 

「これだから冒険者は……」

 

 口癖で悪態をつき、心配するようにその目をベルに向けた。

 

 暫くすると今度はティオナを始めとする【ロキ・ファミリア】の幹部の面々が現れた。ただベートだけボロボロだったが。

 

「よお蛇野郎。生きてやがったか」

「どうしたんですか、その傷? 転んだんですか?」

「ちげえよ」

 

 目線を逸らさず悪態を付き合う。自然と【ロキ・ファミリア】の面々の視線も繰り広げられるベルとミノタウロスの攻防に向いた。

 

「おい」

「なんですか?」

「あれは、何が起こりやがった」

 

 ベートが声に動揺を乗せながら訊ねた。

 

 ベートは戦っているベルに見覚えがあった。今から1ヶ月前、アイズが助けた駆け出しだった。ムカつくやつ(トキ)と違って正真正銘の素人だった。

 

 1ヶ月。たった1ヶ月である。どんなに才能があっても1ヶ月という期間はあまりにも短い。

 

 だが、目の前で攻防を繰り広げている少年は紛れもない新人冒険者(ルーキー)だった。

 

「どういうこと?」

 

 トキとベートのやり取りを見ていたティオナが訊ねた。

 

「あの白髪、1ヶ月前にアイズが助けたトマト野郎だ」

「え、で、でも」

「それって……」

「僕の記憶が正しければ……」

 

 ベートは動揺を必死に隠し、背後を見る。フィンが得物である槍を担ぎながら隣に立った。

 

「1ヶ月前、ベートの目にはあの少年がいかにも駆け出しに見えたんじゃなかったのかい?」

「だからそこの野郎に聞いてんだよ」

 

 ベートの視線がトキに向く。

 

「ええ、あいつは1ヶ月半前に農民から冒険者になった正真正銘の駆け出しですよ」

 

 その言葉に【ロキ・ファミリア】の面々は息を飲んだ。

 

「証拠は?」

「俺が冒険者登録をした時に一緒に手続きしましたから。ギルドに確認すればわかりますよ」

「んなこと聞いてねぇよ」

 

 誰もが動揺する最中、ベートだけが鋭く突っ込んだ。

 

「あれに何が起こったのかって聞いてんだ」

「それは俺にもわかりません」

 

 ただ1度も目を逸らさず、淡々と答える。その目にはある種の憧憬が混じっていた。

 

「まあ俺から言えることは。あり得ないほどの成長スピードをひっくるめてあいつの才能ってところですかね」

 

 トキの言葉にベートは口を閉ざした。そして精鋭である【ロキ・ファミリア】の冒険者達はその戦いを見守った。

 

 確かに拙い戦いだ。彼らと比べるのもおこがましいほどレベルが低い戦い。だが、それでも彼らの足を止める何かがそこにはあった。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオッ!』

「あぁあああああああああああああっ!」

 

 一人と一体が吠える。戦局が動く。

 

「『アルゴノゥト』……」

 

 ふとティオナが呟いた。

 

 その名は1つのおとぎ話に出てくるものだった。

 

 英雄になりたいと夢を持つ青年が、牛人によって迷宮に連れさらわれたとある国の王女を助けに向かう物語。

 

 滑稽で、カッコ悪くて、英雄譚ではなく、喜劇として有名な童話だ。だが、それでも、アルゴノゥトは確かに英雄だ。

 

「あたし、あの童話、好きだったなぁ……」

 




中途半端ですがここまでにします。

ちなみにアイズとリリが早くこられたのはベートがかんばって3人を相手どったからです。具体的には、分身とかして。リクエストをくれればそのうち書きます。

ご意見、ご感想お待ちしております。また、アンケートの法もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決着

続きです。


 もう何合打ち合っただろうか。肩で息をするベルはふとそんなことを思った。

 

 息は上がっているのに、依然として頭も鮮明なままだし、体も軽いままであった。

 

 対するミノタウロスも息が上がっていた。体格では圧倒的に有利なはずであるのに。何故か攻めきれない。そのことがミノタウロスの中で徐々に焦りとなり積もっていた。

 

 そして、それがついに決壊した。

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオッ!』

 

 渾身の一振り。

 

(来たっ!)

 

 それをベルは敢えて《バゼラード》で逸らした。その衝撃で《バゼラード》が破壊される。髪を薄く切り、ミノタウロスに肉薄する。煌めく《ヘスティア・ナイフ》。己に決定打を与えるであろうその武器をミノタウロスは臆病なまでに警戒していた。故にそれを叩き落とそうと頭を振る。

 

(かかったッ!)

 

 ミノタウロスに向けていたナイフを、大剣を握る腕へと向ける。

 

「ふッッ!!」

 

 そのまま手首に深々と、突き刺し、一捻り。そのまま切り飛ばす。

 

『ゴ、ォオオオオオオオオオオオオッッ!?』

 

 ミノタウロスの悲鳴を無視し、その体を使って跳躍。空中を回る大剣を掴みとる。

 

『相手が装備している武器は奪えば相手は武器を失うのと同時に自分の武器になる。相手に有効打を与えられるものもあるから覚えておいて損はない』

 

 大剣を取り返そうとミノタウロスが吠える。

 

 一方、ベルは大剣を構えるが使ったことのないそれに一抹の不安を覚える。故に駆け出しながら、

 

「【ファイアボルト】!」

 

 牽制を放つ。ベルの目の前から炎の雷が走る。

 

 魔法は本来、どこから発生するか決まっていない。ベルの【ファイアボルト】がその手から発生するのはベルが無意識にそれを癖にしているからだ。その癖は初めて魔法を使った時、腕を伸ばして発動したため、そのイメージが定着してしまった。

 

 それに気づいたトキはその癖を矯正するべく訓練を施した。まだ違和感はあるが両手が塞がっている時などは非常に有効だ。

 

 魔法によるダメージに大剣を奪還しようと前に出たミノタウロスがのけ反る。

 

「あああああああああああああああああああッッ!」

 

 ザンッとさらに大剣による追撃。

 

『ヴグゥッッ!?』

 

 ミノタウロスの筋肉の鎧に鮮血の線が走る。流れが完全にベルへと向いた。

 

「んのぉおおおおおおおおおおお!!」

 

 一心不乱に大剣を振る。お世辞にも上手いとは言えない剣さばき。大剣の重量に完全に体が振り回されている。だがそれでもベルはこの好機を逃さなかった。

 

 一方、ミノタウロスは流れを完全に持って行かれ、それに動揺していた。急激に変わった戦況に頭がついていかず、防御行動を取ることができない。半端な知性がこのままでは勝てないと告げる。

 

『ゥォオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 その考えが失われていた獣の本能を呼び覚ました。

 

 これ以上後退はしまいと足を踏ん張り、負けるかと剛腕を振る。

 

「『────────────ァッッッ!!』」

 

 一人と一体の叫びが空気を叩きルーム全体に響く。

 

 獣の一撃を人間の技術で押し返す。人間の技を獣の本能で弾き返す。互いにもつれ合うように攻撃を繰り出す。後のことなど考えず体力の一滴まで絞るようにぶつかり合う。

 

 決着が近いことを誰もが感じとっていた。

 

「うああああああああああああああっ!」

 

『ヴゴォッ!?』

 

 ベルの全身を利用した回転切りがミノタウロスの腹部を捉えた。刃は途中で止まり、そのまま横へ吹き飛ばされる。

 

 ビキリ、と大剣が悲鳴を上げるのをベルは確かに耳にした。

 

『フゥーッ、フゥーッ……!? ンヴゥウウウウウオオオオオオオオオオオオッ!』

 

 離れた距離はおよそ7M。ミノタウロスはつけられた数多の傷を無視し、両手で地面を踏みしめる。頭を低くし、逆に臀部を高く上げる。

 

 それはミノタウロスが追い詰められた時にとる構え。最大の武器である角とその筋力を利用して生み出される瞬発力によるミノタウロス最後の奥の手。まともに食らえばミノタウロスの格上とされるLv.3でも一撃で倒す強力なチャージタックル。

 

 助走は少し足りないが、それでもこの距離なら3分の2の威力は出る。追い詰められたミノタウロスの最後の一撃。

 

 そのことを感じたベルは静かに大剣を構える。

 

『相手が大技を繰り出す時。それは相手が追い込まれた証拠だ』

 

 あらゆる場合を想定していた親友の指導に内心苦笑しながら力を溜める。

 

 ベルとミノタウロス。互いの眼光が重なりあう。

 

 そして。

 

「ああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 正面から突っ込む。

 

「馬鹿がッ!」

「駄目です、ベル様ぁ!?」

 

 ベートが罵声をリリが悲鳴を上げる。その瞬間。

 

「【ファイアボルト】!」

 

 ベルの眼前から炎雷が放たれる。

 

『そんな時こそ裏をかけ』

 

 放たれた炎雷はミノタウロスの顔に命中し、突進の勢いと僅かに落とし、発生した煙がその視界を一瞬封じる。

 

 関係ないとばかりに煙を振り払うミノタウロス。だが煙を抜け出した眼前には大剣の刃が迫っていた。

 

『ヴヴッ!?』

 

 大剣が角にかち合い刃が砕ける。だが、持ち主であったベルの姿を完全に見失った。

 

『体が大きい者は視野が高くなるがその分死角も多くなる。一瞬姿を消すだけで決定的な隙を作ることだって可能だ』

 

 大剣を囮とし、ミノタウロスの懐に潜ったベルは足に急ブレーキをかけ、大剣によって生み出された傷を《ヘスティア・ナイフ》でえぐる。

 

『ヴオッ!?』

 

 腹部の痛みに下を向き、仇敵の姿を見つけたミノタウロスはその剛腕で叩こうとする。

 

 その前にベルの砲声が響く。

 

「ファイアボルト!」

 

《ヘスティア・ナイフ》を通じ、全身を炎雷が駆け巡る。ミノタウロスの胸部が膨れ上がる。口からは炎が吐血するように漏れていた。

 

「ファイアボルトォッ!」

 

 さらに砲声。ミノタウロスの上半身が風船のように膨れ上がる。

 

『グッ……ォオオオオオオオオオオオオッ!?』

 

 それでもなお拳を振り下ろす。剛腕によって繰り出された拳は容易くベルの頭蓋をかち割るだろう。だが、ベルの方が一瞬速かった。

 

「ファイアボルトォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 爆散する上半身。断末魔の声を上げ、散るミノタウロス。

 

 血肉が炭化し、黒い雪のように降り注ぐ。ミノタウロスの下半身が崩れ、灰となった。黒い雪が積もる中、ひときわ大きな物体、魔石が地面に突き刺さった。

 

 

 

「勝ち、やがった……」

 

 ベートが呆然と呟く。畏怖さえも覚える目の前の光景に体が熱くなる。

 

「……精神枯渇(マインドゼロ)

「た、立ったまま気絶しちゃってる……」

 

《ヘスティア・ナイフ》を振り抜いた体勢のまま気絶したベルにアマゾネスの姉妹も唖然と呟いた。

 

 まるで物語のワンシーンのような光景に誰もが棒立ちとなる。そんな中で一番早く動いたのはトキであった。ゆっくりとベルに歩みよる。

 

「ベル様……ベル様ぁっ!」

 

 しっかりとした足取りでリリもベルに駆け寄る。

 

 リリがベルにすがり付く中、トキは影からマントを取りだし、ベルの背中、剥き出しにされている【ステイタス】を隠すように被せる。

 

「……お疲れ」

 

 囁くようにベルを労い、ベルに肩に腕を回す。だが、それでは移動しにくいだろうと思い至り、しゃがみこむ。

 

「リリ、ベルを背中に乗せるのを手伝ってくれ」

「は、はいっ」

 

 リリの力を借り、ベルを背負い立ち上がる。

 

「リリ、自分で動けるか?」

「だ、大丈夫です。それよりもトキ様、ベル様はっ」

「外傷は思ったよりも少ない。バベルに運んで寝かせてもらおう」

「待てよ」

 

 歩き出そうとするトキをベートが止めた。

 

「そいつの【ステイタス】を見せろ」

「お断りします」

 

 突然の命令にトキはまるで予想してたかのように端的に断る。

 

「おいベート」

「お前らは気にならないのかよ。そいつの【ステイタス】が」

 

 リヴェリアの咎める声にベートが反論する。内心、ドキリとする【ロキ・ファミリア】の一部の面々。

 

「気にはなりますが見せる訳にはいきません。俺はこいつの…………パーティメンバーですから」

 

 一瞬、答えに間があった。表情を鎮め、そのままベート達の横を通り過ぎる。

 

「名前は?」

 

 今度はフィンがその歩みを止めた。半目でしかし真剣な眼差しでトキに問う。

 

「彼の名前は?」

 

 その言葉に今度は誇るかのようにトキは答えた。

 

「【ヘスティア・ファミリア】所属、ベル・クラネル」

 

 それだけ答えると今度こそトキはリリを伴い、歩き去っていった。

 

 ------------------

 

 ベルをギルドに送り、ヘスティアに説明をしたトキはそのまま治療施設を後にした。

 

 しかし出口を出た後、立ち止まりバベルを見上げる。

 

(もし、俺が同じような状態だったらベルのように立ち向かえたか?)

 

 その自問に頭を振る。

 

 (無理だな。簡単に諦めるだろうな)

 

 トキは自分のために本気で戦ったことが1度もなかった。死力を尽くすのはいつだって他人のため。逆に言えば他人に理由を求めていた。

 

「やっぱりすごいな、お前は」

 

 ここにはいない相棒に向かって呟く。

 

 もう帰ろうとしたその時。

 

「あ、いた~! トキくーん!」

 

 トキの担当ギルド員、ミィシャがこちらに近づいてきた。

 

 感傷に浸っていたトキは正直なところ誰とも話したくなかった。

 

「ミィシャさん、すいません今日は……」

「お願い、仕事手伝ってっ!」

 

 そんなことお構い無しにミィシャに手を取られる。

 

「はい?」

「『神会(デナトゥス)』へ提出する資料作り、今回の担当私なのっ! お願いっ!」

 

 走りながら有無を言わさず頼みごとをするミィシャ。そういえば『神会(デナトゥス)』は3日後。ダンジョンから帰ったらギルドに手伝いにいこうと思っていた。

 

「あのミィシャさん、今日は──」

「いいからっ!」

 

 何も言い返せず、トキはそのままギルドに引きずられていった。




これにて原作3巻の話は終了です。ですがこの章はもう少しだけ続きます。

ご意見、ご感想お待ちしております。またアンケートの方もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

万人に平等であり、無慈悲なるもの

見返してみるとこの章やっぱり長いですねー。まあ区切ってもいいのですが。……区切るところが思い当たらないデース。

というかサブタイトルの適当感が半端じゃない……。本当にサブタイトルって難しいですね。


『深層』のモンスター、『怪人(クリーチャー)』、第一級冒険者。冒険者になってから数々の強敵達と死闘を繰り広げ、今日まで生きてきた。

 

 そんな俺にかつてない強敵が立ちはだかった。この敵の前では俺は、いや第一級冒険者でさえも手も足も出ないだろう。さらにこの敵の前では俺のスキル、【挑戦者(フラルクス)】も発動しない。正真正銘の怪物だ。

 

 戦いは3日3晩続いた。何度膝を折りそうになったことか。何度諦めようと思ったことか。だが、俺はトキ・オーティクスの名にかけこの敵に負ける訳にはいかなかった。

 あらゆる知識を、あらゆる技を、あらゆる力を、それこそ14年間生きてきた全てを出しきり俺は敵に立ち向かった。

 

 そして今、ようやく勝機を見いだすことができた。さあ、後はこれを……

 

「あれ? トキ、何してるの?」

 

 突如声をかけられた。振り返って見ると、私服姿のベルがいた。

 

「よお、3日ぶり」

「うん。で、なんでその格好をしているの?」

「これか?」

 

 己の体を見下ろす。今の俺は私服姿でも、冒険者の鎧姿でもない。

 ギルド職員が着るスーツ姿なのだ。自分ではなかなか似合っていると思うのだが、どこかおかしいだろうか?

 

「なんでと言われると……今俺ギルドの手伝いをしてるからな」

「ギルドの手伝い?」

「ああ、ほら今日って3ヶ月に1回行われる『神会(デナトゥス)』が行われるだろ? それの資料作りを手伝っているんだ」

「へ~」

「そういうお前はなんか嬉しそうだな」

 

 声をかけてきたベルはどことなく嬉しそうな顔をしている。

 

「あ、わかる?」

 

 俺が指摘するとベルは満面の笑みを浮かべた。訂正、ものすごく嬉しそうだ。

 

「なんかいいことあったのか?」

「うん、えーっとねぇ……」

 

 少し考えた後、

 

「やっぱりギルドで話すよ」

 

 と珍しくもったいぶった。

 

「なんでだよー」

「エイナさんに報告するからそのついでに教えてあげるよ」

 

 ……なんだろ今ものすごく嫌な予感がした。

 

 ベルと並んでギルドまで歩く。心なしか俺の足取りが若干早歩きになる。

 ギルドにたどり着くと中は大勢の冒険者で溢れていた。

 

「す、すごい人だね」

「『神会(デナトゥス)』も近いってこともあるが、やっぱり一番の話題はあのミノタウロスの9階層進出だ」

 

 俺の言葉にベルが顔を引き締める。ミノタウロス。3日前俺とベルが倒したモンスター。だがその1ヶ月前にもミノタウロスは上層に進出している。

 

 Lv.2のミノタウロスが上層に進出したら、上層を主な活動場所にしている多くのLv.1の冒険者にとっての死活問題となる。

 

 故に冒険者達はこうしてギルドで情報を集めているのだ。

 

「で、でもこれじゃあエイナさんのところにいくのも難しいね……」

「何を言ってるんだ? 人の動きを読み、流れを見出だせば簡単に行けるぞ? 戦いと同じだ」

「えっ、そうなの?」

「今のお前ならできる。自信を持って飛び込むぞ!」

「え、あ、ちょっと、待ってよー!」

 

 するすると冒険者達の間を抜け、カウンターまでたどり着く。

 

「ミィシャさん、ヤマト・命さんへのインタビュー、終わりました」

「御苦労様。なんとか間に合いそうだね」

「あ、エイナさん。さっきベルに会いましたよ」

「え、本当に!?」

「ええ、もうすぐ来ると思います」

 

 後ろを見るとちょうどベルが人混みを抜けて来るところだった。

 

「や、やっと出られた……」

「こんなことで苦戦しているようじゃまだまだだな」

「トキと同じにしないでよー」

 

 ベルの文句を受け流し、ミィシャさんに持っていた資料を渡す。受け取ったミィシャさんはそれを確認したあと、小山になっている書類の上に乗せてそれを抱え立ち上がる。

 

「じ、実はですねっ……」

「うん」

 

 隣ではベルが満面の笑みでエイナさんに先程もったいぶった話をするところのようだ。

 

「僕、とうとうLv.2になったんです!」

 

 足元が崩れる音がした。頭に衝撃が走る。

 

「え、だ、大丈夫、トキ!?」

 

 ベルが何か言っているが、耳に入ってこない。今俺は必死にベルが言ったことを理解しようと頭をフル回転させていた。

 

 ベルが、Lv.2になった? つまり、【ランクアップ】した?

 

 ばっとギルドにかけてある掛け時計を見る。午前8時37分。『神会(デナトゥス)』の開始時刻は午後1時。後、4時間23分。

 

 まだだ。まだ終わらないっ!

 

「ベル、この後の予定は!?」

「え、えーっと、エイナさんに発展アビリティについて相談したあとホームに戻る予定だけと……」

「ならエイナさんに相談したあとここに残っていてくれっ! すぐに戻る!」

 

 カウンターを飛び越え、奥にある紙を取る。それは今日の『神会(デナトゥス)』で神様達が見る資料の元となる用紙だ。

 

「ミィシャさん、神ヘスティアへのインタビュー、行ってきます!」

 

 カウンターを飛び越え、さらに冒険者の人混みを影を用いた三角跳びで飛び越える。

 

 慢心していたっ。まさかベル(ふくへい)がいるとは思わなかったっ。

 

 ギルドを跳びだし、【ヘスティア・ファミリア】のホームへ向かう。今日は『神会(デナトゥス)』がある。ヘスティア様も、いやヘスティア様だからこそ今日はバイトを休み、ホームにいらっしゃるだろう。

 屋根に跳び移り、そこから一直線に目的地へ向かう。

 

 まだ負けた訳じゃない。俺は時間(おまえ)なんかに負けはしない!

 

 ------------------

 

「ぐ、時間をかけすぎたか」

 

 さすがはベルを溺愛しているヘスティア様。一言と言ったのに30分もベルについて語ってくれた。いや、俺が途中で止めなければもっとかかっていただろう。

 

 情報は多い方がいいが、今回ばかりは勘弁して欲しかった。時刻は9時17分。来るのに10分ほどかかったから帰りはもっと急がなくてはならない。

 

 教会の屋根に跳び移り、ギルドに向けて一直線に移動する。そもそも、なぜこんなに忙しいか。それは一重にミィシャさんが資料を3日前にまっっっっったく作っていなかったからだ。

 

俺はこの資料作りの仕事をする時、いや『深淵の迷い子(何でも屋)』の仕事をする時、必ずそのクオリティーだけは下げないようにしている。

 

 いくら信頼されても、仕事を疎かにするとその信頼は直ぐ様崩れてしまう。しかも今回は冒険者やダンジョンを管理する公共(ギルド)の仕事だ。手伝いだからと言って手を抜くことは許されない。

 

 死力を振り絞り、ギルドにたどり着く。行きと同じ要領でカウンターの前に着地する。突如現れた俺にミィシャさんと、彼女と話している冒険者が驚くが、そんな事を気にしている余裕はない!

 

「ミィシャさん、ベルは!?」

「エ、エイナと一緒に面談室に……」

「ありがとうございます!」

 

 人混みを飛び越え、面談室の前に着地。ノックする。中からエイナさんが出てきた。

 

「エイナさん、今いいですか!?」

「ト、トキ君。お、落ち着いて。ね?」

 

 エイナさんに言われて気づく。今の俺は息が乱れ、スーツのネクタイも曲がっている。とてもギルド職員には見えない。

 

 ネクタイを引き締め、呼吸を整える。……よし、完璧だ。

 

「エイナさん、ベルは?」

「うん、今終わったから」

「わかりました」

 

 エイナさんとすれ違いに面談室に入る。そこにはベルが難しい顔で悩んでいた。

 

「ベル、今いいか?」

「あ、トキ。うんいいよ」

 

 ベルの許可をもらい向かいの席に座る。ここからはギルド職員としての仕事だ。

 

「ベル・クラネルさん、この度は【ランクアップ】おめでとうごさいます」

「……何? その喋り方?」

「……ギルド職員としての口調だ。暫く付き合ってくれ」

「わ、わかった」

 

 影から用紙とペンを出し、机に置く。

 

「今回は初の【ランクアップ】となりますからいくつか質問をさせていただきます。答えたくなかったら拒否しても構いません。よろしいでしょうか?」

「う、うん」

「ありがとうございます。ただしこの質問は今回の『神会(デナトゥス)』に提出するものとなりますからできるだけ正直に答えてください」

「わ、わかった」

「ではまず最初に。貴方が冒険者になったきっかけはなんですか?」

「き、きっかけっ?」

「はい」

「えーっと」

 

 しどろもどろしながらベルは考える。まあ、ロマンを求めてー、なんて言えるわけないもんな。

 

「祖父が……育て親が、亡くなる前に言ってて……『オラリオには何でもある。行きたきゃ行け』って」

「ふむふむ」

「オラリオにはお金も、その、可愛い女の子との出会いも、何でも埋まってる……何だったら女神(美人)の【ファミリア】に入って、手っ取り早く眷族(家族)になるのもありだって」

 

 ……ベルのお祖父さんいったい何者だっ。

 

「英雄にもなれる。覚悟があれば行け。そう言われたんだ」

「なるほど。それでオラリオに来て冒険者になったと」

 

 一語一句間違わないように書き写す。後で見やすいようにまとめるものも作るが、こうした本人の言った言葉も『神会(デナトゥス)』では非常に受ける、らしい。

 

「それでは次に【ランクアップ】した今の心境をお聞かせください」

「えーっと、とにかく嬉しい、かな? ようやく目標に明確に1歩近づけたっていうか……」

「その目標とは?」

「えーっと……ノーコメントで……」

「わかりました」

 

 まあ、知ってるんだけどね。すらすらと書いていく。テンプレートは一応終わりだ。ここからはギルド職員として俺が疑問に思ったことをきく。

 

「クラネルさんは1ヶ月半という驚異のスピードで【ランクアップ】を果たしましたがその成長に秘訣とかはありますか?」

「特にはないけど……強いて言えば努力かな?」

「わかりました」

 

 やっぱりベルは自分の成長スピードの速さの秘密を知らない。となるとヘスティア様が意図的に隠しているようだ。資料に書いておこう。

 

「これにて質問は終りです。御協力ありがとうございました」

「な、なんか疲れた……」

「そう言うな。俺はこれからこの資料のまとめ、印刷の作業が残っているんだからな」

 

 そう言って立ち上がる。

 

「あ、そうだ。今日【ランクアップ】のお祝いを『豊穣の女主人』ですることになっちゃったんだけど、トキも来ない?」

「なっちゃった、ってことはシルさんに押しきられたな?」

「……うん」

「わかった。その頃には仕事も終わっているだろうから行くよ」

「ほ、本当!?」

「俺が行かないと男がお前一人になりそうだからな。じゃあ今日の夜な」

 

 そう言って面談室を出る。

 

 時計を見る。9時39分。

 

 さあ、最終決戦だっ!!




次回は『神会』の話をします。お楽しみに。

ご意見、ご感想お待ちしております。また、アンケートの方もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『神会』

「じゃ、始めるでー」

 

 間延びした声が響き、ざわついていた円卓が静まる。

 

「第ン千回神会(デナトゥス)開かせてもらいます、今回の司会進行役はうちことロキや! よろしくな!」

 

『イェー!』

 

 喝采と拍手に顔に笑みを浮かべ手を上げて答えるロキ。彼女は手元にある分厚い資料を取り、仇敵ロリ巨乳ことヘスティアを一瞥する。いつもならここですぐに突っかかるのだが、それは後にしておこうと思い、役目を果たす。

 

「よぅし、サクサクいくで。まずは情報交換や。お前ら、資料作製者が見つけられなかったであろう特ダネ、見つけてきたかー?」

 

 ロキのその言葉に神々が表情を引き締める。

 

「え、なんだい? この空気は?」

 

 神会(デナトゥス)初参加であるヘスティアが突如変わった空気に戸惑う。その疑問に答えたのは隣に座る赤髪の片眼の女神、ヘファイストスであった。

 

「前々回に資料を作ったギルドの子がこの情報交換で上がるネタを全部資料に書き込んでいたのよ。役に立ったけどこれじゃあ情報交換の意味がない、てことで前回リベンジしようとしたんだけどそれも全部載ってたの。それで変なところで対抗心を持ったやつらが躍起になってこの空気になったってところよ」

「な、何者なんだ、この資料を作った子は……!」

 

 ヘスティアは手元にある分厚い資料を持って戦慄する。この神会(デナトゥス)に参加している神の数は約30柱ほど。その全ての情報を先取りするとはそれは本当に人間()の力なのか……! とヘスティアは震えた。

 

「まずは俺からだっ! ソーマ君がギルドに警告食らって、唯一のご趣味を没収されたそうです!」

 

『なんだってぇーーーーーーーー!?』

 

「ロキ、今の情報は!?」

「……13ページにある」

「ち、ちくしょーーーーーーーーっ!」

 

 悔しがる報告した神を他所に他の神々は言われたページに目を通す。ヘスティアも同じく目を通し始めた。

 

「以前から活動が問題視されていた【ソーマ・ファミリア】の主神、ソーマ様が10日ほど前、ギルドによって趣味である酒作りの停止を言い渡された……」

 

 資料にはことの発端から詳しい内容、そのオチまで丁寧かつ面白く書かれていた。その結果、それを面白がった神々のテンションが上がった。

 

「すまない。真面目な話、王国(ラキア)がまたオラリオに攻め込む準備をしているらしい。ロキ、何ページ目だ?」

王国(ラキア)の話やったら5ページ目や」

 

 その言葉に資料に目を戻す神々。予測期間は2ヶ月~半年以内、予測規模は2万~5万と書かれている。

 

 またかー、という反応が飛び交う。王国(ラキア)は今までにも5回、オラリオを攻めてきている。そのすべてがオラリオ側の圧勝で終わっているのだ。今回も同じだろ、という神々の呆れ声が漏れる。

 

 その後も多くの神が情報を出し、撃沈していく。それほどまでにこの資料は作りこまれていた。

 

「あ、うちからも1つ情報や。……この資料の製作者がわかった」

 

『な、なんだってぇーーーーーーーー!?』

 

「誰なんだ!?」

「教えろっ!?」

 

 最早必死というレベルでロキを問い詰める神々。超越存在(デウスデア)である自分達の上を行く子の存在の発覚は神々にとってこの神会(デナトゥス)の最大の情報となった。

 

「ヘルメスんとこの【シャドー・デビル】や」

 

『なにぃーーーーーーーー!?』

 

「おい、まじかよ!?」

「まあ【シャドー・デビル】なら仕方ない」

「おいヘルメスっ! まさか力を使ったんじゃないだろうな!?」

「ハハハ、そんな訳ないだろう。あの子の才能さ!!」

「うわ、ドヤ顔ウゼエエエエエっ!」

 

 口々に飛び交う罵声や文句をドヤ顔で受け流しながらヘルメスは愉悦に浸っていた。

 

「じゃあオレからも。その【シャドー・デビル】が正式にオレの【ファミリア】の一員となった!!」

 

『な、なんだってぇーーーーーーーー!?』

 

「今までもチートなのに恩恵まで受けたらそれこそ(俺ら)越えるんじゃね?」

「ありそうで逆に楽しみすぐる」

 

 その情報にさらにテンションを上げる者と逆にテンションを落とす者。トキを狙ってない者と狙っていた者の違いだ。

 

「うっし。まとめとくと、今気にしとかなあかんのは王国(ラキア)やな。一応ギルドにも報告しとく。まぁ資料見る限り必要なさそうやけど。ここにいるもんの【ファミリア】は召集かけられるかもしれんから、よろしくな?」

 

『了解』

 

 ロキのまとめに他の神々が頷く。その後も資料のせいもあってかスムーズに会は進み……一拍あけて、ロキがニッと口端を吊り上げた。

 

「なら、次に進もうか。命名式や」

 

 場に緊張が走る。ロキの発言にそれまで口を閉ざしていた数名の神が顔色を変えた。

 

 一方神会(デナトゥス)常連である一部の神々がニマァ、とゲスな笑みを浮かべる。ここから神会(デナトゥス)の目玉、命名式という悲劇()の始まりである。

 

「資料の26ページ目からやでー。お前ら、いいかー? んじゃあ、トップバッターは……セトのとこの、セティっちゅう冒険者から」

「た、頼む、どうかお手柔らかに……!?」

「「「「「「「断る」」」」」」」

「ノォォォォォォォォォォォォ!」

 

 神と子。その感性に大きな違いはない。だが、命名の感覚だけは違った。神が前衛的すぎるのか。地上の者達が時代に追い付けていないのか。子が目を輝かせる裏で神達が身悶えてしまう『痛い名前』が確かにあった。

 

 さらにそれに拍車をかけたのがトキが作った資料だ。【ランクアップ】した子供のインタビューや主神の一言により、より細かくその子供の性格がわかりその子が望み、神が悶える名前が続出した。

 

『──決定。冒険者セティ・セルティ、称号は【暁の聖竜騎士(バーニング・ファイティング・ファイター)】』

 

「イテェエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!?」

 

「酷すぎる……」

「あんたの気持ちはよーくわかる……。私も最初はそうだったし。この資料もこの時だけは恨めしいわね」

「ほい、次。タケミカヅチんとこの……おおぅ、めっちゃ可愛えぇ、この子。えーと、極東の方の生まれで名前が後やから……ヤマト・命ちゃんやな」

「ほぅ?」

「こいつは……レベル高いぞ」

「やっぱ黒髪はいいなー」

「うーん、流石にこの子にはちょっと……」

「そうだな、こんないたいけな()に残酷な真似をすると……胸が熱くなる、じゃなかった、良心が痛むな」

「ほ、本当かっ!?」

 

 神会(デナトゥス)で酷い二つ名を回避する方法はいくつかある。その内の1つが構成員の人物像がよっぽど神達に気に入られる場合だ。

 

「だが、タケミカヅチ、てめーがダメだ」

「備考のとこにちゃんと書いてあんな。主神のことをどう思いますか? という質問に顔を真っ赤に染めてあたふたしていたっと」

「ちっ、やっぱりか!」

「このロリコンめッ!」

「な、なに言ってんだ、お前ら!?」

「ああ、この想い届かぬというならいっそこの手で……フヒヒ」

「てめぇ等ぁ……!?」

 

 だが、神が思い付くような考えをトキが考えつかないはずもなかった。

 

「よし、命ちゃんに引導を渡すのらオレだ!【 未来銀河(フォーチュンギャラクシー)】!」

「ミコトちゃん、君はいい女の子だったが、君の主神がいけないのだよ。【零落聖女(ラストヒロイン)】」

「おい、よせっ、止めろ! 命はっ、命は手塩にかけてここまで育ててきたんだぞ!?」

「知ってる。だって主神の一言のとこに書いてあるもん」

「【天使(テ・シーオ)】」

「「「「「それだ」」」」」

 

 少数のまともな意見も出るが全く相手にされなかった。

 

「じゃあ、命ちゃんの称号は……【絶†影】に決まりで」

『異議なし』

「うわぁ、うわぁあああああああああああああああああっ!?」

 

 その後も新参の【ファミリア】の眷族の命名が続き、その度に神が崩れ、笑いが溢れる。

 

 その後は都市上位の【ファミリア】の構成員の番となる。その間美の神2柱による不毛な茶番があったが、ロキは気にせず会を進めていく。

 

「今度の冒険者は……ぬふふっ、大本命、うちのアイズや!」

「【剣姫】キタァー!!」

「姫は相変わらず美しいな」

「ていうかもうLv.6かよ……」

「インタビューは……遠征時期と被り、できませんでした? なんだこれ?」

「なんでもこの資料、3日で作ったらしいでー」

「嘘、だろ……」

「これを3日で?」

「じゃあ仕方ない、のか?」

「ていうかこの主神の一言。『結論。アイズたんはうちの嫁っ!!』てのはなんだ?」

「馬っ鹿、裏とその次のページにびっしり書いてあるだろっ?」

「あ、本当だ」

「ていうかアイズちゃんは別に無理に変えなくていいんじゃないか?」「だな」

「変えるとしたら、【剣聖】とか?」

「アイズたんのイメージとはちょっと違うだろ、それ」

「まぁ、最終候補は間違いなく【神々(オレたち)の嫁】だな」

「「「「「「「だな!」」」」」」」

「殺すぞ」

「「「「「「「すいませんでしたぁぁぁ!!」」」」」」」

 

 そんなやり取りがありつつも、命名式は最後の冒険者に差し掛かった。【ヘスティア・ファミリア】所属、ベル・クラネル。

 

 その名前を呼んだ後、ロキは静かに立ち上がった。

 

「……ロキ?」

「二つ名決める前になぁ、ちょっと聞かせろや、ドチビ。1ヶ月半で『恩恵』を昇華させるちゅうのは、一体どういうことや? 」

 

 そこから始まるロキの詰問にヘスティアは汗をだらだらと流す。ベルの成長の秘密、成長促進スキル【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】は間違いなくレアスキルだ。さらに資料には本人は成長スピードの秘密を知らないと言っている、とまで書かれている。

 

 言葉巧みに誘導され、万事休すか、と思ったその時、

 

「あら、別にいいじゃない」

 

 思わぬ方向から援護が来た。声の主、フレイヤはさらにベルを弁明していく。さらにそれを裏付けるかのように資料にもベルの【ランクアップ】に関する考察が書かれていた。

 

 結果、ベル・クラネルの実態を無理に暴く必要はない、というのが、一部を除いたこの場の総意となった。

 

「あれ、フレイヤ様帰んの?」

「ええ。今から急用があるから、失礼させてもらうわ」

「せっかくだし、ロリ神の眷族()の二つ名決めてからにしない? 最後の最後だしさぁ」

「ふふ、悪いけれど、そういうわけにもいかないの。でも、そうね……どうせなら、可愛い名前を付けてあげてね?」

「「「「「「「「オッケーッ!!」」」」」」」」

 

 女神の今日一番の微笑みに男神達が清々しい笑みを浮かべた。

 

「よし、ちょっと本気出して二つ名決めるか」

「おうとも」

「しかしこのヒューマン……完全にノーマークだったなぁ」

「その割には資料にはそこそこ書いてあるな」

「ヘルメス、どういうこと?」

「ああ、資料を作った子はこのベル君とパーティを組んでいるんだ」

「あー、なら納得だわ」

「ていうかオレらすら注目してなかったのに先取りとは……」

「本当に何者なんだ、【シャドー・デビル】……!」

 

 トキに対する神々の感心がさらに高まった。ちなみに【シャドー・デビル】は正式なトキの二つ名ではない。トキの噂を聞いた人達が勝手に呼び始め、それが神々に伝わった結果だ。

 

 あーでもないこーでもない、と論じ合いが続いていく。過去最長に議論されているのではないかというくらい真剣に話し合われる。そして、

 

『『『『『『『決まったぁー!!』』』』』』』




最後の方はけっこうはしょりました。原作通りだったので。

作者の進みたい方向とキャラの心情が一致していないという指摘を受けました。確かにご都合主義になってしまったり、発想力を言い訳にする作者の設定の練り込み不足もあります。

ですが前回のトキがベルに対する態度に関してだけは言い訳させて下さい。あの時のトキは(ダジャレじゃないよ!)3徹明けのテンションだったんです! なので意識が若干曖昧だったり、一方的に気まずいはずなのにベルに普通に接したのです!

はい、言い訳終わりです! 不満があったら感想欄で批判してください! できればどうすればもっとよくなるかも付け加えて下さい! 他力本願で本当にすいません!

ご意見、ご感想、ご批判お待ちしております。またアンケートの方もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

祝賀会

【挑戦者】ですが、ちょっとばかりずるをさせていただきました。すみませんが許して下さい。
ゴライアスに向けて【ステイタス】が欲しかったのです。


神会(デナトゥス)』の司会であったロキ様に資料に関することを言われ、ついでに勧誘を受け流し、午後4時にギルドの仕事が終った俺は、時間があったので一旦ホームに戻ってヘルメス様に【ステイタス】を更新してもらった。その結果がこちら。

 

 トキ・オーティクス

 Lv.2

 力:I0→F323 耐久:I0→D531 器用:I0→D512 敏捷:I0→F345 魔力:I0→B745

 暗殺:H

 

 ……言葉になりませんでした。どうやら【挑戦者(フラルクス)】でブーストされた能力は【ステイタス】の熟練度上昇とは関係ないらしい。通常、能力ブースト系のスキルで上がった能力と熟練度上昇は関係していて、能力が上がるとその分【ステイタス】が上がりにくいのだが、このスキルはそうではないらしい。

 まあ、今回のようなことは滅多にないのでこれ以降これほど大幅に上昇することもないだろう。……うん、そう思いたい。そして相変わらず魔力の伸びがおかしいです。

 

 ヘルメス様はまた旅に出るみたいだった。当然アスフィさんもついていくから今度は【ヘルメス・ファミリア】の書類仕事もしなければならない。……まあ今回のギルドの仕事のようにはならないと思うが。

 

 そういえば気になることを言っていた。なんでもヘルメス様がいない間、ベルについてのレポートを作っておいて欲しい、とか。さすがに【ステイタス】を盗み見るような事はできません、と言ったら見聞きしたことで構わない、と言われた。

 主神の命令なので逆らえない俺はとりあえず頷いておいた。

 

 それでも時間が余ったので、仮眠を取り、目覚めた俺は……激しい憂鬱と自己嫌悪に陥っていた。

 冷静に考えると俺は3日前、自分にベルの親友でいいのか? と問うたはずだ。だが、今日ベルと会った時は普通に接していた。自分で決めたことを3日も持たずにやめていたとか子供か! と思ってしまった。

 さらにこれからベルの【ランクアップ】を祝したパーティーに行くのだ。どんな顔して会いに行けばいいんだ……って思いながらホームを出て、あっと言う間に『豊穣の女主人』についた。

 

 中には既にリリがいた。同じ席にはシルさんとエルフのリューさんがいる。

 

「あれ? ベルは?」

「まだ来てません」

 

 ……さてはホームを出たところを神達に追いかけられているな? それはそれで面白そうだ、と考え、直後不謹慎だと再び自己嫌悪。やばい、今日の俺、なんだか調子悪い。

 

 しばらく待っているとベルがやって来た。入り口で猫人(キャットピープル)のアーニャさんとヒューマンのルノアさんになんか言われている。たぶん文句だ。

 ベルに気づいたリリが椅子の上に立ってベルを呼んだ。その様子はとても嬉しそうだ。

 

 それに反応したのはベルだけでなかった。ベルの名前を聞いた店内の人達がざわめきだした。それに感づいたベルは姿勢を低くしながらこちらに来る。いや、だからそれだと余計に目立つんだって。

 

「一躍人気者になってしまいましたね、ベル様」

「そ、そうなのっ? 何だかすごく落ち着かないんだけど……さっきも、知らない神様達に追いかけ回されちゃって……」

「ま、名を上げた冒険者がいずれも通る道みたいなものだ。ベルに限った事じゃないから、しばらくの辛抱だ」

 

 なるべく不自然にならないように話す。今日は祝いの席なのだ。暗い気持ちで臨むのはベルやリリに失礼だ。

 

「ふふ、ベルさんもいらっしゃったことですし、始めましょうか」

「あの、シルさん達お店のほうは……?」

「私達を貸してやるから存分に笑って飲めと、ミア母さんから伝言です。後は金を使えと」

 

 ちらりとミアさんの方を見る。彼女は不敵に笑いながらぱっぱっと手を振った。こういうところがこの店が冒険者に人気の秘密の1つだと思う。

 

 それから各々グラスを持ち、カンっと乾杯する。ベルはジョッキのエール、シルさんは柑橘色の果実酒、リリはジュース、リューさんは水。ちなみに俺はシルさんと同じ果実酒である。……酒は苦手なんだ。【果て無き深淵(インフィニット・アビス)】の制御にも影響が出るからあまり飲みたくないが、飲まないと不審に思われかねないのでここは酒の力を頼ろう、ということになった。

 

「さぁ、ベルさん。沢山お飲みになってください。今日はベルさんが主役なんですから。それとも、何かお食べになりますか?」

「あ、ありがとうございます……」

 

 いつの間にかベルの隣に移動しているシルさんがいろいろと世話をしている。反対に座っているリリの笑顔が怖い。

 

「何だか……すごく機嫌が良さそうですね、シルさん」

「そう、ですか? 私のお手柄というのはおこがましいんですけど……あの本を渡して、ベルさんのお役に立てたのかな、って。そう思ったら、何だか嬉しくて」

 

 あの本? といぶかしむがここで茶々をいれるのは無粋だと思いとどまる。それに聞いたら頭痛がする予感がした。

 それにしてもなぜかベルの表情が引きつっていた。テーブルの下で何が起こっているのだろう?

 

「ですが、本当におめでとうございます、クラネルさん。よもやこの短期間で【ランクアップ】を成し遂げるとは……どうやら、私は貴方のことを見誤っていたようだ」

 

 俺の隣に座るリューさんからも祝いの言葉を受け、照れるベル。なんだか1週間前の自分を見ているようだった。

 

「い、色々な人に助けてもらったおかげですよ。リューさんにだって、僕は……」

「謙遜しなくていい。Lv.2にカテゴライズされるモンスターの中でも、ミノタウロスを倒したことは快挙と言うべきです。クラネルさん、貴方はもっと誇っていい」

「それに助けてもらったとしても成し遂げたのはお前自身だ。胸を張れ」

「う、うん。トキもありがとね」

 

 ……その言葉を素直に受けとることが出来なかった。

 

 なぜかここにいるのが酷く場違いなような気がする。まるで今の自分が自分でないかのようだ。

 そのまましばらくボーッとしてしまった。

 

「……トキ。……トキ!」

「わっ、び、びっくりしたー」

「大丈夫? ボーッとしてたみたいだけど」

「あ、ああ。ギルドの資料作りで3徹したからな。その疲れが出てるのかもしれない」

 

 俺の言葉に、しかしベルは怪訝そうな顔を浮かべた。

 

「で、何の話だ?」

「あ、うんパーティの話なんだけど……」

「ああ、そういうことか。欲を言えばもう1人欲しいな」

「やっぱりそう思う?」

 

 俺達のパーティは一応三人一組(スリーマンセル)だ。だがリリがサポーターであるからあまり戦闘能力は高くない。俺もずっとパーティを組んでいられる訳じゃないしできればもう1人、パーティメンバーが欲しいところだ。

 

「でも、リュー? ベルさん達なら逃げ出すことは簡単なんじゃないの? 人数が多いと、逃げ遅れる人も出てくるんじゃあ?」

「いえ、シルさんの言うことも一理ありますが、そういった状況にならないのが最善です。そうならないためにも人数は多い方がいい」

「なんだか詳しいですね」

「アスフィさん……【ファミリア】の団長に色々と教わったからな」

 

 その後、酔っ払った冒険者の人達に絡まれたが、リューさんを始めとする『豊穣の女主人』の人達に追い払われていた。

 

  ------------------

 

 祝賀会が終わった後、俺はベルに無理を言って時間をとってもらった。場所は北西区画にある城壁の上。なんでもアイズさんと訓練していた場所らしい。

 

「それで話って?」

「ああ」

 

 勢いよく頭を下げる。ベルの困惑する声が聞こえた。

 

「すまなかった」

「ど、どうしたのっ?」

「俺は、お前の事を見下していた。今になって思えばお前とパーティを組んだのも、自分と比較したいやつが欲しかっただけなんだっ。そんな事に先日まで気がつかなかったっ。だからすまなかったっ!」

 

 気づけば、泣いていた。なぜかはわからないけど泣いていた。ベルはしばらくだまった後、

 

「顔を上げてよ」

 

 と静かに言った。

 

「僕ね、君に親友だって言われた時、すごく嬉しかったんだ」

 

  その声はとても穏やかで。その顔には怒りも失望もなく、ただいつも通りだった。

 

「僕はずっとお祖父ちゃんと一緒だったけど、友達がいなかったんだ。だから僕よりも色々なところですごい君に親友だって言われた時、涙が出るくらい嬉しかったんだ……だから、謝らないで」

 

 ……ああ、くっそ。本当に俺が女だったら絶対今ので惚れてたぜ。

 

 涙を拭う。息を吐き、頭を整理する。

 

「わかった。だけどそれだと俺の気持ちが収まらないから一個だけ頼みを聞いてくれ」

「頼み?」

「俺を殴ってくれ」

 

 その言葉にベルがポカンとした表情になる。

 

「……な、なんで?」

「ヘルメス様に聞いたんだがこういうけじめをつける時は1発殴られるとすっきりするらしい。だから頼む」

「わ、わかった」

 

 と言ってベルは拳を握る。

 

「……本当にやるの?」

「ああ、頼む」

 

 ベルの右の拳が唸る。反射的に避けようとする体に制止の命令をし、そのまま殴られる。痛かったが、どこかスッキリした。

 

「これでいい?」

「ああ、ありがとう」

 

 この日俺達は本当の意味で親友になった。




……すいません。調子が悪かったのか今回はとにかくぐだぐだでした。書きたかった場面もあるのに何やっているんでしょうね、作者は。

次からいよいよ新章突入です。

ご意見、ご感想お待ちしております。またアンケートの方もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

そして『中層』へ
新メンバー


今回から若干ベルが性格改変してます。この作品のベルはこのスタイルでいくのでご容赦ください。


 ベルと仲直り?したその2日後。俺達は11階層に来ていた。新しいメンバーと一緒に。

 

「やってきたぜ、11階層!」

 

 燃えるような赤髪をし、大刀を背負ったヒューマン。それがベルが新しく見つけてきたパーティメンバーだ。……期間限定の。

 

「……新しいお仲間が増えたと聞いてみれば、なーんですか、ただベル様はモノで釣られて買収されただけではありませんか」

 

 リリの言葉による攻撃にベルが空笑いをする。ベルがちらりとこちらを見るが、すまん援護は無理だ、と目で答える。

 ベルの装備は昨日、買い物をした時に一新されていた。なんでも今回同行している鍛冶師の人の作ったもので、新しい物を作ってもらう代わりに今回のパーティ参加を提案されたらしい。

 

「はぁー、リリは悲しいです。とてもとても悲しいです。お買い物に行かれただけなのに、見事にリリの不安(期待)を裏切らず厄介事をお持ち帰りになるなんて……リリは涙が出てしまいます」

「まあ厄介事ってのは言い過ぎだが、アビリティ獲得まで、ていう期間限定の臨時パーティメンバーだからな。それが終われば元の状態に戻るわけだし。……人のことあんまり言えないけど」

 

 リリが爆発する前に要点だけを述べてベルを非難する。俺の口撃は新しい装備でも防げないようだ。後ろでは鍛冶師の人が何とも言えない視線を送る。

 

「トキ様の言う通りです! それにどうしてもリリに何の相談もなしに勝手にパーティの編成を決めたんですか、ベル様!」

「だ、ダメだった……?」

「駄目ではありません、駄目ではありませんがっ」

「報告、連絡、相談は世の中を生きていく基本だからな。勝手にパーティメンバーを増やされるとその人が信用に足りるかわからないからな」

「その通りです! 後、リリはヘスティア様にベル様の事を頼まれているんですから!」

 

 ……ごめん、それはフォローできない。

 信用ないなお前、という目線を送るとベルはガックリとうなだれた。うーん、ここはダンジョンだからこんなコントしていい場所じゃないんだけどな。

 

「何だ、そんなに俺が邪魔か、お前ら?」

 

 ここで鍛冶師の人が話に加わってきた。

 

「ああ、気を悪くしたなら謝ります。ベルはいいやつなんですが、何分人の悪意に疎いのでつい心配になって」

「……僕はトキに心配されるほど子供じゃないよ」

「わかってるよ」

 

 一昨日の事から俺とベルの言動は少し変わった。まず俺の軽口にベルが反論するようになった。妙なところで子供っぽい。

 俺もベルを無意識に謗るような言葉を使わなくなった。まあ小さな変化だがより親友ぽくなったと俺は思う。

 

「そういえば自己紹介がまだでしたね。【ヘルメス・ファミリア】所属、Lv.1のトキ・オーティクスです」

「トキ・オーティクス? どっかで聞いたような……ああ、思い出した。スミスのやつの客か」

「スミスさんをご存じで?」

「あいつとは同期でな。この前【ランクアップ】したって鼻高々に自慢してたぜ」

 

 口では悪態をついているが、顔は自分のことのように嬉しそうだ。なるほど鍛冶師さんとスミスさんは俺とベルのように親友でライバルなのだろう。

 

「……リリルカ・アーデです。よろしくお願いします」

「おう、よろしくな、リリスケ」

「なっ!」

 

 リリスケ? ……ああチビスケとリリだからリリスケか。なるほど、分かりやすい。

 

 色々と文句を言ったリリだが相手にされず、そのまま歩いていってしまう。はぁ、先が思いやられる。

 

「……えーと、二人とも。今更だけど紹介するよ? この人はヴェルフ・クロッゾさん。【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師(スミス)なんだ」

「クロッゾっ?」

 

 鍛冶師の人……ヴェルフさんの家名にリリが過剰に反応した。

 

「呪われた魔剣鍛冶師の家名? あの凋落した鍛冶貴族の?」

 

 その言葉にベルが疑問の声を上げ、ヴェルフさんが苦虫を噛んだ顔をする。

 

「あ、あの……『クロッゾ』って?」

「何も知らないんですか、ベル様……?」

「ええっと、その……う、うん」

 

 これは……まずいかな?

 

「『クロッゾ』とは-」

「リリ、そこまでだ」

 

 説明しようとしたリリの言葉を遮る。

 

「……なぜ止めるのですか、トキ様」

「ここはダンジョンだ。どんなことが起こるかわからない。だからパーティの雰囲気を悪くするような言動は控えるべきだ。ベルの事を思って言っているんだろうが、ヴェルフさんの機嫌が悪くなり、結果的にパーティ全体の雰囲気が悪くなる」

 

 ちらりとヴェルフさんの方を見る。彼は驚いたような顔をしていた。

 

「だから今その説明は控えるべきだ。その説明なら地上に戻った時に、ベルと、二人きりでやるべきだ」

「ねぇ、なんで二人きりのところを強調したの?」

「年上の女性と合法的に二人きりになれるチャンスを作ってやったんだよ」

「そんな気遣いいらないよ!?」

 

 途中から始まった俺とベルのコントに二人が吹き出す。どうやら上手くいったみたいだ。

 

 その時、ビキリとルームの壁にひびが入った。

 

「う、わっ、……!」

「……でけえな」

「『オーク』、ですね」

 

 くすんだ緑色の体、足が短く、胴長の人型モンスター。『オーク』。スピードはないがその分一撃が重いモンスターだ。

 

「……まだ続く、と。これがあるから10階層からは怖ぇよな」

 

 さらに壁が次々と突き破られる。何もいなかったルームはあっと言う間にモンスターに囲まれた。所謂『怪物の宴(モンスター・パーティー)』なんだけど……24階層のを経験しているからか全然危機感がない。かと言って慢心しているわけでもないから、純粋に力が上がったおかげかな? と自問する。

 

「まぁ、そこまで悲観することはないでしょう。幸いこのルームでは霧が発生しませんし、面積も広いです。すぐに囲まれる心配はありませんし、いざとなれば10階層に引き返せます」

 

 さすがリリだ。肝が据わっている。状況判断も的確だし、やはり彼女は優秀なサポーターだ。

 

「よし、オークは俺に任せろ」

「えっ、いいんですか?」

「むしろ大歓迎だろ? 動きはトロいし的はでかい。俺の腕でも楽勝で当てられる」

 

 そんな風に考えられるんだ……という風な顔をするベルに少し補足しよう。

 

「戦闘スタイルの違いだな。ベルは一撃離脱(ヒット&アウェイ)、ヴェルフさんは一撃に重きを置いてる。だから考え方が違うんだ」

「あ、そうなんだ」

「まあ、経験の差もあるだろうけど」

「……やっぱりそこなんだ」

「お前、まだ冒険者になって1ヶ月半しか経ってないだろ。そんなやつが経験を積めるか」

 

 軽口を叩きつつ、この場の対処法を考える。チラリとリリを見るが、どうやら俺に任せてくれるみたいだ。

 

「ベル、好きに動いてくれ。ヴェルフさんのフォローは俺がする」

「わかった」

「了解」

「リリ、念のため全体の動きを見ていてくれ」

「わかりました」

 

 各々武器を取りだし、構える。

 

「戦闘開始!」

 

 俺の号令と共にベルとヴェルフさんが駆け出した。

 

  ------------------

 

 戦闘は何も問題がなく終わった。やはり戦闘が出来る者が3人いると動きが違い、その分個人の負担が減る。パーティの利点の1つだ。

 で、俺達は何をやっているかというと、

 

「ねぇ、トキ。さっきの動き、何?」

 

 リリが魔石回収をしている間、ベルに問いつめられていた。

 

「いや、この間【ステイタス】を更新したんだよ~」

「それにしても動きが違いすぎない?」

 

 どうやらこの親友はこういう時鋭いようだ。さっき自分で言った通りパーティの雰囲気を悪くするのは良くないし、ベルとヴェルフさんだけなら問いつめられることもないだろう。それに、これからパーティを組むんだ。情報は正確な方がいいだろう。……なによりベルに嘘をつきたくなかった。

 

「実はその……【ランクアップ】して……」

「いつ!?」

「お前の1週間前くらいに……出来れば内緒で頼む」

「……わかった」

「ヴェルフさんもお願いします」

「わかった。でもギルドに申請しなくていいのか?」

「……さすがに世界記録(ワールドレコード)更新とかして注目されたくないですし。ヘルメス様に止められてますし」

「そうなんだー」

 

 ベルはあははははと笑っていた。俺も笑っていると思う。

 

「ところでトキ……なんかムカついたから殴ってもいい?」

「ここはダンジョンだから駄目だが……地上に戻ったらいくらでもケンカを買うぜ?」

 

 親友なら時にはぶつかり合うことも大事だと、ヘルメス様に教わったことがある。その意味が何となくわかった瞬間だった。

 

 ヴェルフさんに仲裁されて矛を納める。まあベルも本気じゃなかったみたいだしな。

 

「ところで、他の連中も増えてきたし、どうする? 場を移すか?」

「うーん、そうですね……」

 

 今ルームの中には俺達以外に他の冒険者達がちらほらと見掛けられた。このルームは10階層とを結ぶ階段の前にあり、霧も発生しないことから多くの冒険者がここを狩りの拠点とする。人が集まりやすいこのルームではパーティ間のトラブルが発生する可能性がある。

 

 どうする? というベルの視線に影から懐中時計を取りだし、時間を確認。それをベルに見せる。ベルは頷いた。

 

「どうせなら、ここで昼食取りましょうか? 沢山の人達がいるから、モンスターを警戒することもないでしょうし」

「なるほどな、ただ場を譲るのも癪だし、利用させてもらうか。いいぞ、俺は賛成だ」

 

 どうやら意図を読み取ってくれたようだ。なら早く昼食にするためにリリの手伝いでもするか。そう思いリリの方に向かおうとする。すると、リン、リン、という音が聞こえてきた。音源は……ベルの右手。そこに小さな光の粒が集まっていた。まるで川辺に集まるホタルのように点滅している。

 

「……おい、ベル。それ、何だ?」

 

 ヴェルフさんも同じことを思ったのだろう。ベルに訊いている。ベルは己に起こっている現象に今気づいたのか、困惑した顔をする。

 

「……詠唱はしてないから、魔法じゃないな。となるとスキルだろうな」

「いや、そういうことじゃなくて」

 

 冷静に分析していたところにヴェルフさんのツッコミが入る。うん、わかってて言いました。

 さらに続きを言おうとした時だった。

 

『------オオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 すさまじい雄叫びが聞こえた。弾かれるようにそちらを見る。

 

 そこには竜がいた。

 

「『インファント・ドラゴン』……」

 

 名も知らぬ冒険者の呟きが聞こえた。

『インファント・ドラゴン』。11、12階層に希に出現する希少種(レアモンスター)。その戦闘力はミノタウロスには届かないが、それでもLv.1の冒険者の一団を全滅させるだけの力がある。

 そしてその目線の先に……リリがいた。

 

「リリスケェッ、逃げろっ!?」

 

 ヴェルフさんが悲鳴に近い声で叫ぶ。リリは迫る竜に立ちすくんでいた。

 

「ベル、牽制してくれっ!」

 

 言うと同時にスタートをきる。【ランクアップ】し、強化された今の俺ならベルが牽制するだけでリリを確保できる。

 俺の指示を待つまでもなく動いていたベルは右手を突きだし、叫んだ。

 

「【ファイアボルト】!!」

 

 直後、俺の隣を純白の閃光が追い抜いていった。

 

「えっ?」

 

 思わず声が漏れた。そのまま閃光はインファント・ドラゴンの頭部に命中し、それを突き抜ける。頭部を失った体はそのままぐらりと傾き、灰となった。

 走る勢いを弱め、振り返る。ベルは己がやったことに呆然としていた。

 

 さっき放ったのは間違いなくベルの魔法、【ファイアボルト】。だがあれは威力が低いし、インファント・ドラゴンの鱗は耐火の能力があったはずだ。それを【ランクアップ】したとは言え、いとも簡単に倒すのはどう考えても無理だ。

 となるとあの威力の原因はあの光の粒子だろう。あの光がベルの【ファイアボルト】を強化したのだ。

 

 とりあえずなんか呆然としているベルに近づき、意味もなくコツンと殴った。

 

「いたっ」

 

 再起動したベルは少し恨めしそうに俺をにらんできた。




ベルがあんな態度をとるのはトキ限定なのでご安心? を。

さて、アンケートも明日が閉め切りです。明日の投稿と同時に閉め切りたいと思います。その後作者が寄せられた意見の中から採用するものを決め、出来上がったら番外編として投稿します。

ご意見、ご感想お待ちしております。また、アンケートの方もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十人十色

 ベルがインファント・ドラゴンを吹き飛ばしたその翌日。俺はヴェルフさんとともにベルを待っていた。

 

 先程リリが急いで来て、下宿先の店主の人が倒れたからその看病をする。そのため今日のダンジョン探索に付き合えない、と。

 何度も謝るリリから伝言を頼まれ、こうして遅れているベルを待っているのである。

 

 ちなみに今日の予定はリリが去った後ヴェルフさんと話し合い、ベルが良ければベルの装備を新調するらしい。

 既にライトアーマーは新調したのだが、他の装備も同様にするそうだ。 確かにこれから『中層』にアタックするのに、それ以前に冒険者として新しい装備を整えるのは重要なことだ。鑑定の技能を持つ俺から見てもヴェルフさんの作るものは決して悪くはない。むしろLv.1の鍛冶師が打ったものの中ではいい部類に入る。彼の腕なら安心だ。

 

 そう考えていると西のメインストリートから見慣れた白髪が見えた。ヴェルフさんと並んでそれに近づく。

 

「お、本当に来たな」

「今日はちょっと遅かったな。シルさんにでも捕まったか?」

 

 どうやら考え事をしていたようで今俺達が近づいてきたのに気づいたようだ。

 

「あ、おはようございます。えっと……二人はなんでここに?」

「リリからの伝言。下宿先のノームのお爺さんが倒れたから、その看病をするので今日はダンジョンに一緒に行けません、だって」

「え!?」

「それで、今後の予定なんだけど……」

 

 言葉を切り、ヴェルフさんに引き継ぐ。意図を察してくれたのかヴェルフさんは頷いてくれた。

 

「ベル、今日1日俺に時間を貸してくれないか?」

「はい?」

 

 ……ベルその返事はやめた方がいい。疑問か肯定かややこしくなる。

 

「約束しただろう? お前の装備、全部新調してやるってな」

 

 ------------------

 

 ヴェルフさんに連れられ俺達が向かったのは工業区である北東メインストリートの外れにあるヴェルフさんの工房だった。【ヘファイストス・ファミリア】の団員はそれぞれ個人の工房が【ファミリア】から提供されるらしい。主神であるヘファイストス様の方針なのだそうだ。

 俺が行ったことのある【ゴブニュ・ファミリア】は皆が一緒に作業していたからやはり同じ鍛冶系の【ファミリア】でも違うのだな、と思う。

 

 ヴェルフさんの工房は木造の平屋だった。構成している木々が少々黒ずんでいるが、それはこの工房が使い込まれているという証なのだろう。

 中はそこそこ広く、【ゴブニュ・ファミリア】で見掛けたことのある道具が並んでいる。こちらもかなり使い込まれているようだ。

 

「悪いな、汚い場所で。少しだけ我慢してくれないか?」

「い、いえっ、大丈夫です!」

「お気遣いなく」

 

 むしろもっと見学したいです、というのが本音だ。親方さんと打ち合わせで【ゴブニュ・ファミリア】やその他の鍛冶師のところに行くことはあるが、こうやってじっくり見たことはなかった。

 

 ベルがヴェルフさんと話しているのを視界の端に捉えつつ道具をじっくりと見る。

 鍛冶系の事に関しては俺は素人同然だ。せめて研磨がちょっと出来るくらい。しかもそんなに上手くない。

 

 トキ・オーティクス

 研磨Lv.1

 あまり上手くない。精々磨耗した武器の切れ味を少しよくする程度。

 

「ねえ、トキどう思う?」

「ん? ああ悪い聞いてなかった。何の話だ?」

「新しい装備を作ってもらうんだけど僕に必要なものとかわかる?」

「うーん、そうだな……」

 

 俺とベルは戦闘スタイルが似ているからこの質問をされたのだと思う。だが……言われてみるとぱっと思いつくものがない。

 

 ベルと並んで頭を捻る。とベルが何かを見つけた。

 部屋に立て掛けられている武器。その中から大剣を手に取った。

 

「これなんかどうかな?」

「いいんじゃないか? 作りはしっかりしてあるし、これだったら当分使えそうが……お前大剣なんて使えたっけ?」

「そこは、ほらトキに教えてもらうから」

「……俺もあんまり上手くないぞ?」

「でも僕よりは上手でしょ? ヴェルフさん、これ使ってもいいですか?」

「駄目、ってことはないが……それ、店の方から返された売れ残りだぞ?」

「でも僕、これ使ってみたいです」

 

 無垢な子供のような笑顔でそう告げる。

 

「お前は、魔剣を欲しがらないんだな」

「え?」

「なに、魔剣じゃなくて売れ残りの剣を要求されるなんて、流石に思ってもみなかったていう話だ」

「えっと、それだったらトキだって」

「おい、そこで俺に振るか」

 

 ヴェルフさんが視線をこちらに向けた。うんまあ、俺も魔剣はねだらないけどさ。

 

「えーっと、個人的な意見として。魔剣って武器って感じがしないんだよな」

「は?」

「ほら魔剣ってさ、鍛冶師が作って武器の形してるけど、魔法が出て最後には必ず壊れるじゃん。だから武器って言うよりも鍛冶師が作る魔法具(マジックアイテム)って認識なんだけど……」

 

 魔剣。それは振れば炎や雷などの魔法を放つ強力な代物。だが魔法よりも威力が低いし、使い続けると壊れる。時には1回で壊れるという。それは武器というよりも回数制限のあるアイテムと同じではないか、というのが俺の認識だ。

 

 その言葉にヴェルフさんが笑い出した。

 

「え、なんか俺、変なこと言いました!?」

「い、いや、そうじゃない。なるほどな。そういう考え方もあるのか」

 

 どうやら試されたらしい。

 

 そこからベルの装備の話になった。そこでヴェルフさんが目をつけたのはベルの腰にある『ミノタウロスの角』だった。

 ベルとヴェルフさんは直接契約を結んでいるらしくドロップアイテムとかは依頼すれば武器を作ってもらえるんだとか。……今度スミスさんと交渉してみよう。

 

 その後、ベルはヴェルフさんの作業を見学することになった。俺も知的好奇心から同じ提案をする。

 思えばちゃんとした鍛冶師の作業風景を俺は見たことがなかった。自分が知らない未知ということもあり好奇心を抑えられなかった。

 

 許可をもらい見学をする。炉の熱で暑くなる部屋の中、ベルとヴェルフさんが話をする。流石に部外者である俺は(泣く泣く)退席しようと思ったがヴェルフさんは俺の同席を許してくれた。

 

 それはヴェルフさんの話だった。

 初代クロッゾはある時精霊を助けその精霊の体を分け与えられた。それ故にクロッゾは精霊の血をひいている。だから魔剣が打てた。

 だがその事に調子に乗った子孫達は魔剣を量産し、その魔剣は王国(ラキア)の兵士によって自然をえぐった。精霊は元々自然豊かなところに住むと言われている。故に住む場所を焼かれた精霊は怒り、罰を下した。クロッゾの魔剣を砕き、その魔剣を作る能力を取り上げたらしい。

 クロッゾは魔剣によって貴族となった。それが作れなくなれば当然没落する。故にクロッゾは没落貴族となった。

 

 ヴェルフさんはそんな中、魔剣を打つ事ができたという。だがそれを知った家族はヴェルフさんに魔剣を打て、と言ってきた。一族の英華を取り戻すために、と。

 ヴェルフさんはその事を拒否した。先程俺が魔法具(マジックアイテム)と言ったが、ヴェルフさんはそれとは違う意味での道具は作りたくなかった。武器とは使い手の半身。使い手を裏切ってはいけない。だから使い手を見捨てて砕けていく魔剣が嫌いだと、ヴェルフさんは言った。

 

 ……確かに共感はできた。だが、それでもヴェルフさんは己の才能から逃げていた。少なくとも俺はそう感じた。嫌いだから作りたくないからと自分の力から逃げている。そう感じた。

 どうやらヴェルフさんとは仲良くなれそうだけど、心の底から分かり合えるというのはなさそうだ。

 鉄を打つ音を耳にしながら俺はそんなことを考えていた。

 

  ------------------

 

 出来上がった短刀は俺から見てもいいものだった。

 

「よし。それじゃあ、名前をつけるか」

 

 とヴェルフさんは目を細め、己が作った緋色の短刀を見つめる。

 

牛若丸(うしわかまる)…………いや、牛短刀(ミノたん)

「いやいやいやいやいやいやいやいやっっ!? 最初のやつでいいじゃないですか!?」

 

ベルのその言葉に……俺は反論した。

 

「いや、どう考えても牛短刀(ミノたん)の方がいいだろ」

「ええっっ!?」

「お、お前わかってくれるか!」

「はい、とてもいい名前だと思います」

 

 がしっと手を取り合う。うん、前言撤回。心の底から通じあえそう。

 

 ──この時ベルは嫌な予感がした。それを確かめるためにある質問をすることを決意する。

 

「ね、ねぇ、トキ。トキがいつも使ってるナイフ。あれはなんて名前なの?」

「ナイフ? あれには特に名前はついていないが……内心では切丸(きりまる)って呼んでる」

「き、切丸(きりまる)?」

「ちなみに今使っているのは8代目だ」

「いい名前だな」

「ありがとうございます」

 

 親方さんが作ってくれた方は真・切丸(きりまる)でハルペーの方はハルルンと呼んでる。

 ちなみに店の名前である『深淵の迷い子』はアスフィさんを始めとする【ファミリア】の人達が考えてくれた。というより俺の案が全部却下されてその結果考えてくれた。解せぬ。

 

 命名Lv.?

 酷い。とにかく酷い。ヴェルフと気が合う。

 

 その後、ヴェルフさんに敬語なしでと言われ、それを直し、ベルは俺達に土下座までして名前を牛若丸(うしわかまる)にした。……そんなに変かな? 牛短刀(ミノたん)




今回の投稿を持ちましてアンケートの方は終了です。

気になる結果は……フィンが1位でした。……いや、よかった。これでリヴェリアとかアレンとか言われたらまず無理でした。というかフィン人気ですね。原作でも現実でも。

アンケートでも言った通りリクエストは番外編として投稿します。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『中層』突入




 ヴェルフがパーティに加わって9日が過ぎた。冒険者2人、鍛冶師1人、サポーター1人の計4人パーティとなった俺達は着々と攻略を進めて行った。

 

 そして--

 

「せっ!」

 

 紫紺の斬撃が霧の奥から迫るインプを切り伏せる。

 

「霧、抜けます!」

 

 パーティの最後方、リリの声に前方へ意識がいく。

 今俺達がいるのは12階層から13階層に降りる階段があるルームだ。そう、俺達はこれから『中層』の攻略をしようとしている。

 

 はぐれないようにパーティメンバーを意識しつつ、霧の中を進む。

 

 そして視界が一気に開けた。

 前方に見える壁には高さ3M(メドル)ほどの穴が開いている。間違いなく、3週間前に見た『中層』への入り口だった。

 

 戻ってきたぞ……! 今度は先輩達に頼らず、自分達の力で!

 

 今いる位置から『中層』の入り口までにはモンスターが点々と存在している。視界が開けた分モンスターもこちらを視認できる。

 だがモンスターがこちらに気づく前にベルが奇襲をかけた。

 

 紅緋の斬撃がアルマジロ型のモンスター『ハード・アーマード』をほふる。さらにベルは止まることなくモンスター達を2本の短刀で始末し、道を作っていく。

 

「いい使いっぷり……だなっ!」

 

 ヴェルフの大刀がうなり、撃ち漏らしたモンスターを蹴散らす。そのモンスターの後方から天然武器(ネイチャーウェポン)を装備したオークがこちらに迫ってきた。

 

 だがヴェルフのさらに後方、パーティの後衛をしている俺の目には別のモンスターが迫っているのがわかった。

 暗いダンジョンの天井付近。闇に紛れ迫ってきているのはコウモリ型のモンスター『バッドバット』。それが発する音波は冒険者の感覚器官を狂わせ、平行感覚を一瞬、破壊する。

 

 今、ヴェルフは前方のオークに気をとられていてバッドバットに気づいていない。

 それを確認した俺はこの9日間訓練した行動をする。それは手から物質、投げナイフを取り出すことだ。

 

 この投げナイフは先日個人契約をしたスミスさんに量産してもらった上級鍛冶師(ハイ・スミス)特製品だ。

 それを1本だけ取り出し、バッドバット目掛けて投げる。

 

『キィィッ!?』

 

 小さい体の顔面に当たり、バッドバットは灰へと帰った。

 

 

 

「じゃあ、最後の打ち合わせをするぞ」

 

 視界内のモンスターを全て倒した俺達は『中層』へと続く階段の手前で円となり突入の打ち合わせをしていた。

 

「中層からは隊列を組む。まず、前衛はヴェルフ」

「俺でいいのか?」

「悪いがヴェルフが務まりそうなところがここしかない。次に中衛がベル。攻防を両方担当するから一番大変だ」

「うん、大丈夫」

「俺とリリが後衛を務める。といってもそんなに火力がないから俺は中衛兼後衛って感じだな」

「それではトキ様が一番大変なのでは?」

「兼ねると言ってもベルの手が回らなさそうなところだけだ。基本は後衛。そのための投げナイフだしな」

「ああ、あれってそのために使い始めたんだ」

「まあな」

 

 お陰で最近、モンスターと切り合うことが少なくなり敏捷の伸び具合が心配になってきている。まあ今はどうでもいいな。

 

「このパーティは圧倒的に後衛の火力が低い。モンスターに囲まれた時に魔法で一掃、というふうにはいかないから十分注意してくれ」

「囲まれたら終わり、か。厳しいのか?」

「上層と違い中層はモンスターの質も量も格段に上がる。気をつけないとあっという間にそういう状態になる」

「尻尾巻いて引き返しますか、ヴェルフ様。今ならまだ間に合いますよ?」

「馬鹿を言え。俺はさっさと上級鍛冶師(ハイ・スミス)になるんだ」

 

 恒例となった二人の言い合いを苦笑しながら見守る。ふと、ベルを見るとその口元が緩んでいるのに気づいた。

 

「ベル、顔がにやけてるぞ」

「え、嘘……」

「本当だ。まあ気持ちはわからなくもないがな」

 

 生粋の冒険者である俺だから、ベルの気持ちにすぐに気づいた。この高鳴る衝動の正体に。

 

「何でお前ら笑ってるんだ?」

 

 こちらに気がついたヴェルフが尋ねてくる。リリもコクコクと頷いた。

 目線でお前が話せと譲る。渋々ながら、でもまんざらでもなさそうにベルは口を開いた。

 

「え、えっと……賑やかでいいなぁっていうか……すごいパーティらしくなってきて、嬉しいというか」

 

 始まりは二人だった。

 

「それに、さ。こういうのワクワクしてこない? みんなで力を合わせて、冒険をしようって」

 

 それが2ヶ月も経たずしてこんなにもパーティらしくなって、今まさに新たな冒険をしようとする。気の合う仲間と『未知』へと挑むのだ。それはまさしく冒険者としての醍醐味だ。

 

「……くっ、ははははははははっ! そうだよな、こういうの、ワクワクするよな! ワクワクしなきゃ、男じゃないもんな!」

「リリは少し賛同しかねますが……でも、ベル様のお気持ちはわかります」

「俺は言わずもがな」

 

 皆が笑顔になる。

 

「んじゃ、準備はいいか?」

「ああ、問題ない。行こうぜ」

「バッチリです!」

「うんっ」

 

 立ち上がり列となって13階層、『中層』へ続く入り口に入る。

 今回は以前と違い、アスフィさんも【ファミリア】の皆もいない。でも大丈夫だ。こんなにも頼もしい仲間がいるのだから。

 

  ------------------

 

 13階層の地形を一言で言えば天然の洞窟。辺りは岩盤で形成されており、空気もなんだか湿っている。

 

「ここが中層か……」

「話には聞いてましたが、今までの階層より光源が乏しいですね」

 

 ちなみに俺は夜目が効くから暗さはほとんど関係ない。

 他にも中層には下の階層へ落ちる穴、縦穴が存在する。これに落ちると下の階層に移動するし、現在地がわからなくなるため見えていても厄介な迷宮の罠(ダンジョン・ギミック)の1つだ。

 

「13階層はルームを繋ぐ通路が非常に長い。安定した戦闘を行うためにも最初のルームへ素早く移動するぞ」

 

 その言葉に全員が頷いた。

 

「モンスターと出くわす前に少しでも移動する。リリこの先の道は?」

「一本道です」

「ありがとう。ヴェルフ、このまま道なりに進んでくれ」

「わかった」

 

 実はというと俺は13階層の正規ルートを覚えていた。しかしリリがこういうのはサポーターの仕事だからとルートの選択はリリが行うことになっている。

 

「……それにしても、やっぱり派手だよな、コレ」

 

 隊列になって移動しているとふとヴェルフが呟いた。

 

「『サラマンダー・ウール』のことですか?」

「ああ。着心地は文句ないんだがな」

 

 俺達はこの『中層』進出においてある装備を着ていた。光沢のある鮮やかな赤い生地。『精霊の護符』と呼ばれるこれは精霊が作り出した特別な装備だった。

 

 この『サラマンダー・ウール』は火の精霊(サラマンダー)の加護が備わっている。火炎や熱による攻撃を軽減あるいは無効化してくれる。

 

 これは13階層から出現するあるモンスターの対策として着ている。そのモンスターというのは……。

 

「っと、ちょうど来たみたいだな」

 

 夜目が効く俺が最初にその存在に気づいた。パーティに緊張が走る。

 現れたのは犬型のモンスター『ヘルハウンド』。その最大の特徴は口から放たれる火炎放射だ。

 上層では殴る、噛みつくといった物理攻撃しかしてこなかったモンスターが中層からは遠距離攻撃をしてくる。中でもヘルハウンドの火炎放射は13、14階層でのパーティ全滅の原因ナンバー1。それを防ぐためのサラマンダー・ウールである。

 

 ちなみにこれすごく高い。ベルと割り勘したがそれでも金額が6桁をいっていた。

 

「なぁ、この距離はどうなんだ? 詰めた方がいいのか?」

「ヘルハウンドの射程距離は甘くみない方がいい、って担当官(アドバイザー)の人に言われたけど……」

「ヘルハウンドの射程距離は約30~40Mだ。射程ギリギリからスタートすると途中で火炎攻撃を食らう可能性がある」

「なら、叩くぞッ!」

 

 ヴェルフが駆け出し、ベルがその後方に付く。2体現れたヘルハウンドの内、1体がヴェルフに襲いかかる。

 その突進をベルが左手に装備したバックラーを噛ませて防ぐ。宙に浮いたヘルハウンドにその横からヴェルフが大刀を振り下ろした。崩れ落ちるヘルハウンド。

 

『ゥゥゥゥゥツ!』

 

 もう1体のヘルハウンドはその場から動かず、四肢を開き口から炎を漏らしていた。

 

「シッ!」

 

 投げナイフをヘルハウンドに向けて投擲。その左目に深々と刺さりをその視力を潰す。

 すかさずヴェルフが懐に入り大刀を一閃。その顔面を叩き切った。

 

「よし……幸先は良さそうだな?」

「にわか仕込みの連携も、そろそろ形になってもらわないと困りますからね。このくらいは当然です」

「でも、いい感じだったよ。ねっ?」

「ん? ああ」

 

 中層初の戦闘を無事に終え、パーティの空気が緩む。投げナイフを回収し、血を拭き取った俺は警戒を続ける。

 

「っと。また来たぞ」

 

 ヴェルフが敵を見つけた。それは……。

 

「あれは……ベル様!?」

「違うよっ!?」

 

 現れたのは兎型モンスター『アルミラージ』。見た目は兎が二足歩行しその額から1本の角が生えている。それが3体。

 

「ベルが相手か……冗談きついぜ」

「いや完璧に冗談だから!?」

 

 パーティがコントをしている間にアルミラージ達は手近にある岩を砕き中から石の斧、天然武器(ネイチャーウェポン)を取り出す。

 

「アルミ……ベルの特徴は俊敏な動きとその連携の高さだ。1体ずつ確実に倒していくぞ」

「トキ、ケンカ売ってるの!? 今言い直したよね!?」

「ほらベル、行くぞ」

 

 涙目になりながらベルはやけくそ気味に武器を構える。

 襲いかかる3体のモンスターへ俺達は一丸となって迎え撃った。




はい、ついに中層に突入です。まあ、トキがいますし楽勝ですね。……なんてそうは問屋が卸しません。ちゃんとピンチになってもらいますよ。……それが皆様のご期待に応えられるかは別として。

ご意見、ご感想お待ちしております。またアンケートの方もよろしくお願いします。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

怪物進呈

原作を読んでいて気づいたのですが、原作だとモンスターはすぐには死骸、つまり灰にならないのにアニメだとすぐに灰になりますね。

やっぱり表現の問題なんでしょうか?

まあ、本編には全然関係ない話でした。m(。_。)m


 右手に持った3本の投げナイフを右方向のアルミラージに投擲。力のアビリティにより勢いを増したナイフは3体のアルミラージの胸の中央、魔石がある位置に当たり、即座に灰にする。

 

「トキ様、左方向からアルミラージ2!」

「俺が処理するっ!」

 

 さらに投げナイフを出現させ、投擲。さらに近くのアルミラージを左手に持った短刀で仕留める。

 

「息つく暇もない、ってな!」

「無駄口を叩かないでください! 一番大変なのは指示を出しながら戦っているトキ様なのですから!」

「本当、トキって同じヒューマンなのかときどき疑わしくなるよっ!」

 

 軽口を叩きながら、しかし必死の形相でベルがアルミラージを戦闘不能にする。

 

 俺達は想定された最悪の事態、モンスターに囲まれるという状況に陥った。不幸中の幸いか、囲んでいるモンスターはアルミラージのみ。だがしきりに増援が来ており俺も後衛から中衛に上がっている。

 

「ヴェルフ、伏せろ!」

 

 言った瞬間に投げナイフを投擲する。

 

「うおっ!?」

 

 伏せたヴェルフの上を投げナイフが通過し、彼に飛びかかろうとしていたアルミラージを灰に変える。

 

 ──今ので投げナイフのストックが半分を切った。

 

 内心毒づきながらパーティの様子を見る。

 リリは後衛であることもあり、まだ体力のほうは問題ない。ベルは一番動いているが、Lv.2になったお陰か少し怪しい程度だ。

 問題はヴェルフだ。汗を滴し、肩で息をしている。ヴェルフの【ステイタス】は敏捷を除きアルミラージと同等かそれ以上だ。

 だがアルミラージはその連携の上手さによりLv.2にカテゴライズされている。その連携を受け続けているのだ。彼が一番体力の消耗が激しい。

 

 一か八かスキルで一掃しよう、そう思った時だった。

 視界の隅を見たことのある集団が通り過ぎた。東洋の服をモチーフとした戦闘衣(バトル・クロス)を身に纏ったパーティが今まさに俺達が戦闘するすぐ横を通り過ぎた。その最後尾にいるのは10日前にインタビューした女性、ヤマト・命さん。つまり彼らは【タケミカヅチ・ファミリア】。

 

 ──そんな事を考えている場合じゃないっ。

 

 今の行動の意味に俺は遅まきながら気がついた。

 

「-!? いけません、押し付けられました!」

「え……?」

「リリ達は囮にされました! すぐにモンスターがやって来ます!」

 

 彼らの行動の意味を同じく理解していたリリが警告の声を上げる。

 

 次の瞬間、通路から交戦している数を上回るモンスター達が押し寄せてきた。最悪なことにアルミラージだけでなくヘルハウンドも複数体確認できる。

 

 怪物進呈(パス・パレード)。撤退等をしている際に何らかの方法でモンスターを他のパーティへ押しつける作戦。

 他のパーティを犠牲にするという行為ではあるが、自分達が生き残るために度々行われる。むしろこういった作戦を使用しないと中層からは生き残れない。

 それを実行した【タケミカヅチ・ファミリア】のリーダーに感心する。

 

 ──ま、そんな場合じゃないけどな。

 

 押し付けられたことにより、パーティがより一層混乱する。

 

「落ち着けっ!」

 

 これを切り抜けられず何がヘルメス様の眷族か!

 

 皆を一喝し、パニックになるのを防ぐ。

 

「撤退するぞ! リリ、ルートを指示しろ! ベルは先行して退路を作れ! 殿(しんがり)は俺がやる!」

「「「了解!」」」

 

 リリが通路を指示し、ベルが前衛に上がりモンスターの群れに穴を開ける。

 なんとか通路に逃げ込んだがやはりリリが一番遅れ、今にも追い付かれそうになる。

 

 ベルが後ろを気にしながら走る。

 

「ベル、前だけ向いてろ。後ろは俺に任せろ」

 

 先の通路を頭に入れ、反転。後ろ向きに走りながら追ってくるモンスターの魔石をスキルで貫く。

 

「……ねぇ、トキって本当に人間?」

「そこまで疑うかよ……」

 

 走りながらこちらに迫ってくるヘルハウンド4体をほふる。

 

 とそこでドン、とヴェルフの背中にぶつかった。

 

「うおっ!?」

「わっ!?」

 

 転んでしまい、体勢を崩す。起き上がりながらも後方から続けてくるモンスター達をほふりながら訊ねる。

 

「何があった!?」

「前からもモンスター!」

「くそっ」

 

 立ち止まり、互いの背中を守るように四角形を作る。

 

「中層ってのは何でこう、モンスターが寄ってくるのが早いんだ。休む暇がないぞ」

「中層だから、でしょう」

「ちなみにこれより下はもっと多いし、もっと強いぞ」

「今それ関係ないよね?」

 

 軽口を叩く俺だがあんまり余裕はない。知らぬ間に積もってきた精神的負荷に体力が削られていく。

 

「とりあえずさっきと一緒だ。ベルが先行して片方に突破口を開き、そこに全員で突っ込む」

「いいけど……ヴェルフやリリはどうするの?」

「襲ってくるやつは俺が影で叩き落とす。行くぞ!」

「「「了解!」」」

 

 駆け出そうとした瞬間だった。その音に気づいてしまったのは。

 ビキリとひび割れる音がした。慌てて周囲を確認するが壁にひびは入っていない。

 

 しかしビキリ、ビキリと音は次第に大きく、そして増えていく。

 いち早く気づいたのはベルだった。弾かれるように天井を向く。釣られて向いたその先におびただしい数の亀裂が入っていた。そしてそこから発生するであろう事態も想像がついてしまった。

 

「はし──」

 

 その言葉を言い切る前にモンスターが生まれた。数えるのも憶測になるほどのバッドバットが天井を突き破り生まれてくる。

 そして、それに伴い脆くなった天井が落ちてきた。

 

「ぐっ!」

 

 一斉に走り出す仲間の頭上に苦し紛れに影を屋根のように展開する。だが、その重さに足が鈍る。

 

「くっそぉッ!」

 

 なんとか崩落に巻き込まれないように走り、影に乗った岩を屋根を斜めにすることにより後方に落とす。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 崩落が終わったころ、膝に手をつき、少しでも呼吸を整えようとする。

 後ろを振り向くと岩が積み重なり、通路を完全に防いでいた。

 前方を見ると荒い息をしているが全員が無事だ。

 

 そのことに安堵していると、さらにその奥からヘルハウンドが複数、姿を現した。

 

 条件反射でナイフを投げる。疲れからか、手が震え目標の右を掠める。

 

 その存在に気がついたのかベル達の表情が凍りつく。

 

 その後ろからさらに投げナイフを投擲。今まさに火炎攻撃をしようとしていたヘルハウンドの目に刺さる。

 

「諦めるな!」

 

 

 

 そこからは正直あまり覚えていない。疲労と混乱でまともでない頭で指示を出しながらなんとか撤退、だが迫りくるモンスターに対応していたら突然、地面の感覚がなくなった。

 

「あっ」

「トキッ!」

 

 重力に従い落ちていく体、突然の事態に影で上に昇ろうという考えも浮かばなかった。そんな状態だったからしばらく落下した後、まともに受け身も取れなかった。

 

「がッ!?」

 

 グキリっと足から嫌な音がした。痛みにうずくまるとその上から……ベルが落ちてきた。

 

「うわっ!」

 

 慌ててそこから退く。ベルはなんとか着地を成功させた。

 

「トキっ、大丈夫!?」

「お、お前……」

 

 恐らく心配して来てくれたんだろう。だが、それは悪手だ。

 

「この馬鹿! なんでお前まで落ちてきてるんだよ! 縦穴に落ちたら見捨てるのが普通だろうが!」

「ふざけないで! 仲間を見捨てるなんてできないよ!」

「この野郎っ!」

 

 確かに嬉しい。しかし俺のせいでパーティをさらに危険な目に遭わせたことに怒りを感じた。咄嗟に殴りかかろうとし、足の痛みにうずくまる。

 

「トキ、その足……」

「うるせえ、いいからとっとと俺を置いて行けっ」

 

 しかしベルは俺に近づき、その肩を持った。

 

「アホっ、何やってんだっ」

 

 痛みで上手く声が出ない。だがそれでも馬鹿な真似をしようとするベルを罵らずにはいられない。

 

「……親友を助けられるなら、馬鹿でもアホでもかまわないよ」

 

 さらに先程落ちてきた縦穴からリリとヴェルフが落ちてくる。

 

「いってー」

 

 着地に失敗したのかヴェルフは尻餅をついていた。

 

「リリ、ヴェルフ、何で……」

「リリ達だけではあの場から生き残れませんでしたから追いかけてきました」

「ま、仲間を見捨てられなかったってのもあるがな」

 

 疲労が顔に出ながらそれでも微笑む二人に涙が出てくる。

 

「……本当、お前ら馬鹿ばっかだな……」

 

 顔を引き締める。ベルに肩を貸されながら歩き出す。

 

 絶対に全員で生きて帰るんだっ。




今回の話は最後まで構成を悩みました。トキとパーティを分断しても良かったのですが、やっぱりこっちの方を先に考えていたのでこっちにしました。……批判多そうだな……。

ご意見、ご感想お待ちしております。またアンケートの方もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

生き残るために

今回は少し短いです。


 縦穴から落ちてから数分が経っていた。ベルに肩を支えてもらい、光源が乏しいダンジョンを進む。

 幸いなことにモンスターの気配はない。だが先程の撤退で全員がかなり疲労しており、今モンスターに襲われたら全滅の可能性は高い。

 

 そんな中俺は影から紙と魔法具(マジックアイテム)であるペンを取り出し、触手を操り地図作成(マッピング)していた。

 

「ほんと、トキってなんでもできるね……」

「……ヘルメス様が旅好きだからな。よく怪しい遺跡とか連れてってもらったのさ」

 

 地図作成(マッピング)により少しでも効率的に上を目指そうとしていた。

 

 ……だが、地図作成(マッピング)をしている最中にあることが頭をよぎった。それを認めたくない思いで必死に地図作成(マッピング)した地図から遠征前に記憶した14階層のどの位置にいるか割り出そうとする。

 

 そしてまた行き止まりにたどり着いた。

 完全に迷っていた。ダンジョンにおいて一番避けなければならない事態である。

 皆の顔を見る。ここまで何度か行き止まりにあたったがその度に表情が曇っていく。

 

「1度、落ち着きましょう」

 

 するとリリが大きな深呼吸をし、提案した。その行為に倣い俺も深呼吸する。新鮮とは言えないが新しい空気を吸ったことにより幾分か気が紛れる。

 ダンジョンの行き止まりの一角で俺達は座り込み、円になる。ここからの進行は俺がやることになった。

 

「じゃあまずは治療用アイテムの確認だ。皆、どれくらい残っている?」

「リリは回復薬(ポーション)が4、解毒剤が2です」

「俺は何も残っちゃいない」

「僕はまだ、レッグホルスターに回復薬(ポーション)がいくつか。トキは?」

回復薬(ポーション)が4、解毒回復薬(ポーション)が3、後精神力回復薬(マジック・ポーション)が3、高等精神力回復薬(ハイ・マジック・ポーション)が3残ってる」

 

 俺の言葉に皆が絶句する。疑う目に対して実際に影から実物を取り出し、証明する。

 

「あれ、これは?」

 

 ベルが持ち上げたのは回復薬(ポーション)瓶に薄い色の液体が入ったものだった。

 

「ああ、それは俺が趣味で作った回復薬(ポーション)もどきだ。市販の回復薬(ポーション)の3割くらいしか効果がない」

 

 調薬Lv.1

 回復薬(ポーション)もどきが作れる。もどきなのであまり効果は高くない。

 

「んじゃ次に武器の確認だ。俺の武器は全部無事。投げナイフのストックは13本だな」

「リリのボウガンも無事です。矢はそこまで残っていませんが」

「俺も大刀は無事だ。ベルは……大剣とバックラーをなくしたか」

「う、うん」

 

 ……やはり袋小路であることからか、皆の表情が固い。それもそうだ。もし今モンスターが生まれたら逃げ場がない。

 とりあえず腰の短刀の鞘を添え木代わりに足を縛る。これで先程よりもましになるだろう。

 

「でも、ナイフはどっちも無事」

「『サラマンダー・ウール』も健在ですね」

「わかった。とりあえずリリ、そっちのバックパックから必要なものだけを出してこっちに入れてくれ」

 

 言いながら取り出したのはリリが背負うよりも二回りほど小さいバッグパック。俺がリリと出会うまで使っていたものだ。

 

 リリはバックパックを下ろし、アイテムを選別していく。

 

「リリは作業しながら聞いてくれ。とりあえずアイテムも武器もまだあるが戦闘する余裕はない。基本的には逃げる。これでいいな?」

 

 しっかりと3人とも頷いてくれた。そして、ずっと思っていたことを口にする。

 

「全員落ち着いて聞いてくれ。この階層、おそらく15階層だ」

 

 その言葉にベルとヴェルフが絶句する。リリはやはりといった表情だ。

 

「リリは気づいていたか」

「はい。縦穴から落ちた時間、階層の特徴、通路の幅や光源、迷宮の難解さから。トキ様は?」

「……1回、【ファミリア】の先輩達と一緒に来たことがある」

 

 混乱する頭の中、必死に記憶を辿り、その結論をついに認める。

 

「これから取れる選択は2つ。1つは上層への階段を探す。もう1つは……18階層に降りる」

 

 その提案にベルとヴェルフが再び絶句した。

 

「18階層はダンジョンに数層ある、モンスターが産まれない階層だ。そこなら一先ず安全は確保できる」

「ちょ、ちょっと待って。この階層からも生きて帰れるのかわからないのに、これ以上下の階層へ向かうなんて……」

「縦穴を利用する。中層に無数に存在する縦穴を利用すれば1つしかない上の階層への階段を見つけるより効率良く下に下れる」

「階層主は、どうする? 17階層だろう、例の化物(デカブツ)がいるのは」

「2週間前に【ロキ・ファミリア】が遠征に出発している。階層主であるゴライアスが出現するのは18階層へ続く連絡路の前だと【ファミリア】の先輩達から聞いたことがある。いつもゴライアスがいるときは倒すって【ロキ・ファミリア】の知り合いから聞いた」

 

 ひと呼吸つく。

 

「ゴライアスの産まれるインターバルは2週間前後。今ならギリギリで間に合う筈だ」

「正気か、お前……?」

 

 ヴェルフから呻くような疑問が投げかけられる。

 

「……と言っても俺はこんな足だからな。お前らの足手まといになる。だから最終決定はベル、お前に任せる」

 

  その言葉にベルは汗を一気に吹き出した。

 

「ま、待って、このパーティのリーダーはトキでしょ?」

「何言ってんだ、このパーティはベル、お前が中心になって集まったパーティだ」

「僕を、中心に?」

「リリはお前に救われなきゃここにはいなかった。ヴェルフはお前と契約したからここにいる。……俺は、お前と出会わなければここにはいなかった」

「ベル様、リリは全てベル様に委ねます」

「俺もだ。どっちをどうしようと、お前を恨みはしない」

 

 リリとヴェルフの言葉にさらに顔色を悪くするベル。ここからでもベルの心臓の音が聞こえてきそうだ。

 

「大丈夫だ」

 

 だからこそ、親友として声をかける。

 

「どんな道を進もうと俺が全力でカバーする。リリも、ヴェルフもだ」

 

 俺の言葉に二人が頷いた。

 それを見て、ベルの表情が引き締まり……唇がゆっくりと動いた。

 

「進もう」




次は神様side。果たしてヘルメス達がとのように動くのか。お楽しみに。

ご意見、ご感想お待ちしております。またアンケートの方もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

捜索隊

今回も短いです。


【ヘルメス・ファミリア】ホームにて【ファミリア】の主神であるヘルメスは自らの子、トキが製作したベル・クラネルに関する資料を読んでいた。

 先程彼は『豊穣の女主人』に行き、シルにベル・クラネルについて聞きに行ったものの見事に追い返されてしまった。アスフィから聞いた冒険者達の間で話されている噂も信憑性に欠けていた。

 

(ま、あんまり期待はしてなかったけど)

 

 だが自分の眷族であるトキは主神であるヘスティアを除けばベル・クラネルに一番近い存在だ。今は姿が見えないがきっとベル・クラネルと一緒にダンジョンに潜っているのだろう。アスフィの情報の中に『サラマンダー・ウール』を購入したとあったし、中層に行っているのだろう。

 

 ベル・クラネルの育て親である大老(ゼウス)は彼は英雄の器ではないと言っていた。だがヘルメスは信じていなかった。あの大老(ゼウス)の【ファミリア】から生まれた子、さらに自分の眷族と共にいる子だ。器でなくとも見所はあると思っている。

 

「それにしても、やっぱりトキの資料は見やすいなー。お、これがアスフィが言ってたやつか。スキルだったのか……。うん、やっぱりおもしろい」

「ヘルメス様!!」

 

 その時、部屋の扉が勢いよく開かれアスフィが入ってきた。彼女は珍しく急いでいたのか息が乱れていた。

 

「ど、どうした、アスフィ?」

「これを!!」

 

 そう言ってアスフィが1枚の羊皮紙を見せる。それはギルドが発注した冒険者依頼(クエスト)の依頼書だった。

 

「これがどうした……っ!?」

 

 その内容を読みヘルメスは息を飲む。その内容は、ベル・クラネルのパーティの捜索。

 そこから導き出されるのは……トキも一緒にいるという可能性。

 

「アスフィ、トキは!?」

 

 珍しく声を荒らす主神にアスフィは冷静になろうと深呼吸する。

 

「昨日はホームに帰ってきていないそうです」

 

 ヘルメスは咄嗟に自分が与えた恩恵の数を確認する。数は……減っていない。つまりトキはまだ生きている。

 

「今動ける子は何人いるっ?」

「……ほとんどの団員が出払っており、とてもではないですが私達だけでは救助隊を組織できません」

「くそっ」

 

 アスフィの報告にヘルメスは悪態をつく。

 しばらく考えた後、勢いよく立ち上がった。

 

「ヘスティアと合流する。ついてこい」

「はい」

 

 ヘルメスもアスフィも努めて冷静であろうとする。しかしその顔には焦りの表情が見え隠れしていた。

 

  ------------------

 

 冒険者依頼(クエスト)に書かれている招集場所は【ミアハ・ファミリア】のホームである『青の薬舗』であった。既に日は傾いており、夕闇が東の空から迫っていた。

 

 ヘルメスはここに来るまでにだいぶ頭が冷えていた。だがそれでも胸の奥にある焦燥は消えない。

 大きく深呼吸した後、中の様子を聞くために聞き耳を立てる。

 

 ……どうやらタケミカヅチのところの子が発端のようだ。まあそんな事はどうでもいい。取り敢えずヘスティア達は捜索隊を組織できたが、まだ人数が足りないようだ。

 

 タイミングを見計らい、勢いよく扉を開ける。

 

「オレも協力するよ、ヘスティア!」

 

 ヘルメスの登場に中にいる全員が目を見張った。

 

「ヘルメス!? 何しに来た!」

 

 突如現れたヘルメスにタケミカヅチが声を張り上げる。

 

「ご挨拶だなぁ、タケミカヅチ。神友のピンチに駆けつけたに決まってるじゃないか」

 

 極めていつも通りに振る舞う。いつもの足取りでヘスティアに近づき、アスフィもそれに続く。

 

「やぁ、ヘスティア。久しぶり」

「ヘルメス……どうしてここに?」

 

 ヘルメスはアスフィからもらった冒険者依頼(クエスト)の依頼書を懐から取り出す。ひらひらと揺らし、ヘスティアに見せつけた。

 

「困っているんだろう?」

 

 だがそんなヘルメスの様子がおかしいことをタケミカヅチは見逃さなかった。

 

「……ヘルメス、お前何でそんなに焦っている」

 

 図星を突かれたヘルメスは一瞬、ピクリと反応する。タケミカヅチに向き直る。

 

「ははは、おかしな事を聞くな、タケミカヅチ。ベル君がダンジョンに行ったのは昨日なんだろ? なるべく急いだほうがいいに決まっているじゃないか」

「それにしたって焦りすぎだ。お前、何が目的だ」

 

『青の薬舗』にいる全員の視線がヘルメスに注がれる。

 ヘルメスは1度息を吐くとその表情を引き締めた。

 

「まあ、ベル君を助けたい、っていうのはおまけみたいなものさ」

「何だと?」

「オレの目的は、トキの捜索だ」

「……そうか、トキ君は君のところの子だったね」

 

 突如雰囲気が変わったヘルメスに驚きながらもヘスティアは彼の言葉に納得した。

 

「あの子はオレのお気に入り、オレが育て上げた子だ。絶対に助けたい」

 

 再び、ヘルメスはヘスティアに向き直った。

 

「だからヘスティア、協力させてくれ」

「……わかった、お願いするよ、ヘルメス」

 

 そう言われたヘルメスは顔に再び笑みを張り付ける。

 

「ああ、任されたよ!」

 

 誰も文句は言わなかった。それほどまでにヘルメスの神意は本物だった。

 

「けどヘルメス、あんたの派閥って、確かLv.2の構成員がほとんどじゃなかったかしら?」

「ああ、ヘファイストスの言うとおりだ。生憎他の団員は出払っているけど、今回はアスフィを連れていく! うちのエースだ、安心してくれ!」

 

 主神の勝手な言い種だが、アスフィは今回だけはため息をつかなかった。

 

 それからヘスティア達が方針を決めていく中、アスフィはふと先程のヘルメスの言葉に疑問を抱いた。

 

「ヘルメス様……先程、私を『連れていく』とおっしゃっていましたが、まさか……」

「ああ、オレも同行する」

「なっ!? 神がダンジョンにもぐるのは禁止事項ではないのですかっ」

「迂闊な真似をするのが不味い、っていうだけさ。何、ギルドに気づかれない内に行ってさっさと帰ってくればいい。言っただろう? オレはトキを助けたい、って」

「ぐっ、それは、そうですが……」

 

 同じ思いであるアスフィは主神の言い分に言い返せなかった。

 

「オレのお守りを頼んだぞ、アスフィ?」

 

 その後、なんだかんだでヘスティアも同行することになり、ヘルメスはある人物に助っ人を頼むため、『青の薬舗』を後にした。

 

 




リューさんの件はカットします。原作通りになるので。

……最近、スランプなのか全然書けません。申し訳ありません。できるだけ早く立ち直りたいと思います。

ご意見、ご感想お待ちしております。また、アンケートの方もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

強行軍

雨に降られて体調が少し悪くなりました。なので今回も酷いできたと思います。こんなのばかりですいません。ですがやはり毎日続けてこそ価値があると思うので投稿します。


 コツコツと足音が洞窟のような構造をしたダンジョンに響く。回復薬(ポーション)はまだ残っているがあまり無理はできないのでなるべく節約している。

 

 俺はベルに肩を貸してもらいながら周囲の警戒をしていた。この中でもっとも体に負担が少ないのはこの階層に来たことのある俺だ。そのため、地図作成(マッピング)しながら全方向を警戒している。

 

 18階層を目指すと言って結構時間が経っているが、見たところまだ深刻な疲労の症状を見せるメンバーはいなかった。

 

「っ……リリスケ、この臭いはどうにかならないのかっ」

 

 ふとヴェルフが背後にいるリリに半目で訴える。

 

「我慢してください……トキ様が持たなければリリ達の誰かが持たなければならなかったのですから」

 

 ヴェルフの言い分にリリも半目で言い返す。

 

 俺が持っている-正確には触手に引っ掛けている-ヴェルフが言うところの『臭い』の元、『強臭袋(モルブル)』は鼻が曲がりそうな強烈な臭いを発する。その臭いによりモンスター達が近寄ってこないのだ。

 

 このアイテムはリリやベルが懇意にしている【ミアハ・ファミリア】という派閥に作ってもらったらしい。

 

「ああ、あの二大たら(しん)の1柱が治めているところか」

「……何、二大たら神って?」

「オラリオを代表する女性をたらし込める2柱の神様のことさ。なんでも貧乏のくせにイケメンとか言われている」

「……へー」

「俺としてはイケメンだから貧乏なんだと思う。イケメン過ぎてなんでも善意でやるから見返りを求めない。だから支出ばかり増えて収入が少ないんだと思う」

「……うん、だいたい合ってる」

 

 ……ちなみにこのアイテム、最初にリリが取り出した時すごく欲しくなった。主にムカつく狼用に。

 

 うん、こんな小話もパーティの雰囲気を和らげる緩衝材になるな。それならいろいろストックがあるから少しずつ話していこう。

 

「……!」

 

 その時前方に気配。数は3。大きさは……おそらく子牛程度。

 

「ベル、前方からモンスター。数は3。おそらくヘルハウンドだ」

「っ!?」

 

 全員が息を飲んだ。そして言った通りヘルハウンドが3体、前方の通路から現れた。

 今いる通路は1本道で脇道はない。『サラマンダー・ウール』がまだ無事だとは言え、下手をすれば全滅だ。

 ヘルハウンドは臭いが届かない約30M(メドル)のところで放射体勢を取っている。

 

「俺が影で攻撃する。ベル、その間に距離を詰めて──」

「いや、ここは俺に任せてくれ」

 

 俺の指示にヴェルフが声を重ねてきた。何をするつもりだと、視線を移す。

 

 ヴェルフは片腕をヘルハウンドに突きだし、詠唱した。

 

「【燃えつきろ、外法の業──ウィル・オ・ウィスプ】」

 

 瞬間、ヘルハウンド達が内部から爆破された。

 

魔力暴発(イグニス・ファトゥス)!?」

 

 リリが驚愕の声を上げる。

 

 魔力暴発(イグニス・ファトゥス)。魔法を使用する際、魔力の制御を誤り暴発させてしまう現象。未熟な魔導師や魔法に慣れていない冒険者がまれに引き起こす。……俺は1回もないけど。

 

「成功したか……」

「ヴェ、ヴェルフ、今のはっ?」

「俺の魔法は特殊らしくてな。一定の魔力反応を切っ掛けにして、爆発させるらしい。モンスターで試したことは今までなかったんだが……」

 

 ……今不吉な言葉が聞こえた。

 

「モンスターでってことは、人で試した……実験したことはあるのか?」

「……スミスのやつに頼んだ。1週間くらい口を利いてくれなかったが、飯奢ったら許してくれたぜ」

 

 ベルと顔を見合わせる。……俺達に同じ事ができるだろうか? ……できそうだな。

 アイコンタクトで会話し、なんとなく理解する。それでもこういう親友の話というのは聞いていると羨ましくなるものだ。

 

「取り合えずヴェルフ、精神力回復薬(マジック・ポーション)を2つ渡しておく。【メルクリウス・ファミリア】産だから効果は保障する」

「トキ様はあそこの【ファミリア】の商品を使っているのですか?」

「そこの主神がお得意様なんだ。新商品の試作品とか【ファミリア】の勧誘とかで月に1回は顔を合わせてる」

「お前本当、顔広いな」

「ヘルメス様の教えは伊達じゃないのさ」

 

 どんな相手にも上手く立ち回り、決して敵を作らない。気まぐれな風のような振る舞いは俺の憧れだ。

 

「そう言えばさ、トキの主神のヘルメス様ってどんな方なの?」

 

 ふとベルがそんな質問を投げかけてくる。どうやらパーティの雰囲気を和らげる為のフリらしい。

 

「ああ、それはな──」

 

 そこから俺は様々な事を話した。ヘルメス様のこと。旅の思い出。オラリオに来てからの出来事。思い出せば無数に話の種が出てくる。

 孤立無援。アイテムも多いとは言えない。それでも諦めない。

 

「あった……」

 

 索敵に意識を割いていた俺にベルの呟きが聞こえる。見ると曲がり角の先に縦穴があった。全員で覗き込むと下にはこの階層とは違う地面が確かに見えた。

 

「行くぞ」

 

 頷き合い、縦穴に飛び込む。影をクッションのように展開し、落下の衝撃を和らげた。

 辺りを見回せば、先程のとは違う岩盤の洞窟が広がっている。記憶を辿り、その特徴が16階層のものだと認識する。

 

「後、2階層だ。全員踏ん張れよ」

 

  ------------------

 

 16階層に降りてしばらくして、ふと先程まであった臭いが途切れた。

 

「臭い袋が、なくなりました……」

 

 リリの消えそうな声が洞窟に響きわたるような錯覚に陥る。

 

 ……絶望はしていられない。臭い袋がなくなった今、これまで以上にペースを上げて縦穴を探さなければ。そう言おうとした時だった。

 

 ドンッ、ドンッ、と通路の奥から何かが地面を踏みしめる音が聞こえた。

 目を移すとそこにいたのは……2Mを超える大型モンスター、ミノタウロスだった。

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 ミノタウロスが咆哮(ハウル)を放つ。モンスター特有の威嚇行動。Lv.1であるヴェルフとリリがその意志を折られる。

 

 そんな中、俺は、折れた足の痛みを無視し、スタートを切った。

 ほぼ同時に横から白兎(親友)が飛び出す。

 

 一瞬のアイコンタクトの後、短刀を手に出現させ、ミノタウロスの両腕を斬り飛ばす。すかさずベルが魔石のある位置に《ヘスティア・ナイフ》を突き刺す。たったそれだけでミノタウロスは断末魔の悲鳴を上げ、消滅した。

 

 一瞬の出来事にヴェルフ達のが呆然とするなか、俺達は未だ警戒を解いていなかった。通路のさらに先、吐き気を催すほどの数のミノタウロスがこちらに向かっていた。

 

 その数、16。

 

「トキ、20秒お願い」

 

  そんな中でも俺達は冷静だった。

 

「10秒で構わん。12体は俺が片付ける」

「わかった」

 

 ゴン、と拳をぶつけ合う。

 

 ベルとのコンビネーション。ベルのチャージ時間を俺が稼ぐというオーソドックスな作戦。

 

 ベルの手にリン、リンと光の粒が踊る。それを目の端で見つつ、影を走らせた。

 鋭く尖った触手は猛烈な速度でミノタウロスの胸に迫り、その分厚い胸筋を貫く。

 

 断末魔の声を上げて倒れるミノタウロスを他所に後続4体がこちらに迫る。それを、ベルが迎撃した。

 きっかり10秒。先程倒したミノタウロスの天然武器(ネイチャー・ウェポン)を持ち、ミノタウロスに向かって駆け出す。

 そして……それを静かに振り下ろした。

 

 目が眩むような光の奔流。その純白の光にミノタウロス達が飲み込まれ、消滅した。

 

 ベルに駆け寄り、影から回復薬(ポーション)精神力回復薬(マジック・ポーション)を取りだし、口に押し込む。

 このスキルが判明した次の日から俺達はこのスキルを研究した。

 ベルのスキルは強力だ。しかしそれがノーリスクで撃てる訳がない。最大チャージ時間は3分。代償は体力と精神力(マインド)

 

 もう一度あれに来られたら全滅だな。ベルに肩を貸し、立ち上がる。その肩を返された。見ると疲労しながらベルは不敵な笑みを浮かべていた。

 生意気な奴め、と笑顔で返しながら通路を進んでいった。




アンケートの期限が明日となっています。ぜひ皆様ご協力ください。

アンケートは明日の投稿を持ちまして終了とさせていただきます。

ご意見、ご感想お待ちしております。また、アンケートの方もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

階層主

ダンまちのアニメが、終わってしまった……! 今期の一番の楽しみでした……。

まあ、この小説はまだまだ終わりませんが。とりあえず原作に追い付くまで。そこからはまたどうするかその時考えます。


「【ウィル・オ・ウィスプ】」

 

 ヴェルフの魔法により、ヘルハウンドが魔力暴発(イグニス・ファトゥス)を起こす。複数の爆発が俺達の髪や服を揺らす。

 全員が肩で息をしていた。『強臭袋(モルブル)』がなくなってから更に空気が重くなったように感じる。まともに休息も取っていないため、頭の回転もいくらか遅くなってきている。

 

「ヴェルフ、精神力回復薬(マジック・ポーション)を飲んでおけ。そろそろ倒れるぞ」

「あ、ああ」

 

 それでも考えることをやめない。仲間の状態に注意しつつ、辺りを警戒する。余裕があるという態度を取り続ける。

 これで俺も限界という態度を取るとパーティの空気がさらに重くなる。一人でも余裕があるように見えればまだ大丈夫だと思える。そういう心理で俺はこの態度を演じ続ける。

 

 ヴェルフが精神力回復薬(マジック・ポーション)を煽る。これで精神力回復薬(マジック・ポーション)は品切れ。俺の影にまだ高等精神力回復薬(ハイ・マジック・ポーション)が残っているが万が一またモンスターの大軍に襲われた場合、ベルや俺のスキルが必要になってくる。できるだけ使用は避けたかった。

 

 後方のリリを見てみるとこっちもそろそろヤバかった。

 

「リリ、これを飲んでくれ」

 

 取り出したのは俺が作った回復薬(ポーション)もどき。もうこれしか残っていなかった。

 

「リリは、大丈夫、です……」

「なら俺達はもっと大丈夫だ。それにここで倒れられるとそっちの方が負担になる。きつい言い方をして悪いがそれだけ必死なんだ。それにこれは数だけはあるから」

 

 俺の言い分にリリは僅かに躊躇した後、回復薬(ポーション)もどきを受けとり一気に飲んだ。

 

「進むぞ」

「うん」

 

 こうして会話がないとそれだけで見えないプレッシャーに押し潰されそうになる。言葉を紡ぎ、少しでも気を紛らわせる。

 隣のベルを見る。一応回復薬(ポーション)精神力回復薬(マジック・ポーション)を1本ずつ飲ませたがそれでも疲労の色が濃い。それでも歯を食い縛り、前を向く。

 

 ──負けてられないな。

 

 痛む足を前に出し歩き続ける。痛みが逆に意識の覚醒を促し、沈みそうな意志を奮い立たせる。

 

「……あっ」

 

 ベルが声を漏らした。見ると、そこに待ち望んでいたもの、縦穴があった。

 

 覗き込むとちゃんと下の階層まで続いているようだった。全員で顔を見合せ、頷き合い、飛び降りる。

 16階層に降りてきた時と同じように影をクッションのようにし、着地の衝撃を和らげた。

 

 辺りを見回してふと気がつく。

 

「運がいい。18階層に向かう正規ルートに降りられた」

「それじゃあ──」

「ああ、近いぞ」

 

 皆の顔がほころぶ。前を見つめて歩き出す。

 

 ここに来てダンジョンのプレッシャーは最大に達した。見えない重圧に押し潰されそうになる。

 

「ふざ、けろっ……!!」

 

 ヴェルフが声を漏らす。自分の体が楽になりたがっている。それを意思の力で抗う。

 

「全員で、生きて帰るんだ……!!」

 

 ベルの力強い呟きに全員が頷く。そうだ、ここまで来たんだ。生きて、帰るんだっ。

 

 静かなダンジョンに複数の足音が響く。そして、気づいてしまった。

 

「……なんで」

「静か、過ぎる……」

 

 ベルと俺の呟きが虚空へ消えていく。あまりにも静か過ぎだ。

 

 先程からモンスターの気配はそこかしこからする。だがこちらに向かって来ない。まるでこの先の何かに怯えるように。

 

 次第に歩調が早くなる。息が乱れ、汗が止めどなく流れる。恐怖を意志の力で抑え込む。

 

 そして、辿り着いた。

 幅100M、奥行き200M、高さ20M。綺麗な長方形をした広大なルーム。そしてその左側の壁は他の壁と違った雰囲気を醸し出している。

 まるで板を紙やすりで磨いたのかというほど美しい壁面。そこからはある種の芸術すら感じるほどだ。

 

「『嘆きの大壁』……!」

「こいつが、あの……」

 

 思わず圧倒されるそれに数瞬足が止まる。無理もなかった。俺だって時間があるならずっと眺めていたかった。

 視線を正面に戻す。長方形型のルームの先、そこにぽっかりと穴が空いていた。18階層に続く連絡路。今なら、まだ間に合う。

 

「行くぞ」

 

 足早にその穴を目指す。心臓が早鐘のようにうるさい。もう取り繕っている余裕もない。ルームの3分の1を通り過ぎた頃だった。

 

 バキリ、と。

 

 鳴った。

 

 ばっと横を向いたその先、先程の大壁に巨大な亀裂が走っていた。

 

「……!!」

 

 全身の鳥肌が立った。

 

「走れっ!!」

 

 ヴェルフが全力で走り始め、ベルに肩を貸されながら俺も懸命に走る。足の痛みなど気にしている余裕もなかった。

 

 バキッ、バキッ、と壁が、そして心の中の何かがひび割れていく。

 

 そして、壁が崩壊した。巨大な岩石がゴロゴロとルームに散らばる中、それは降り立った。

 

 それは人の形をしていた。しかし、その大きさは7Mを超えていた。そこに存在しているだけで圧倒的な威圧を放っていた。

 

 17階層、その最後のルームにだけ現れる唯一(ユニーク)モンスター。迷宮の孤王(モンスターレックス)、『ゴライアス』。

 

 その怪物が確かにこちらに目を向けた。そして、

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 吼えた。

 

 ただひたすら走る。もうルームの半分は過ぎた。このまま行けばゴライアスの攻撃が来る前に18階層に続く洞窟に飛び込める。そう思った時だった。

 

 

 

 どしゃ、と後ろから何が倒れる音がした。

 

 

 

 弾かれたように振り向くとそこにはリリが倒れていた。

 

 正確には転んだのであろう。必死に立ち上がろうとしている。

 だがパーティの中で一番種族的にも【ステイタス】的にも体力がないリリは既に限界だった。

 

 そこにゴライアスの左腕が迫っていた。

 

 駄目だ、間に合わない。その結論は一瞬で出ていた。

 にも関わらず、俺は何の躊躇いもなくリリに向かって走り出していた。

 

 ベルが叫ぶ声が聞こえた。足の痛みがここに来て再び疼き始める。だがそれらを無視し、18階層に続く洞窟とは反対方向に走った。

 

 リリのところに到着し、その首筋を猫のように持つ。ゴライアスの腕はもうそこまで迫っていた。その恐怖を振り払い、ありったけの声で叫んだ。

 

「ベルッ、受け取れぇえええええええええええええええええッッ!!」

 

 リリを全力で前方、ベルに向かって投げる。【ステイタス】によって強化された投擲はまるで矢のようにリリを投げ飛ばし……それとすれ違うように巨大な腕が現れた。

 

「ッッ!?」

 

 咄嗟の影による防御。

 

 その上から吹き飛ばされた。

 

「────────────ッ」

 

 もはや悲鳴にすらならない声を上げていた。高速で吹き飛び、ルームの壁に激突。

 

 そこで俺は意識を失った。

 

  ------------------

 

 鋭い巨大な殺気が体の意識を覚醒させた。

 

「はっ!!」

 

 目の前には巨大な拳。反射的に右へかわし、その拳圧に吹き飛ばされた。

 

 次いで来る足の痛み。状況を把握しようと周りを見渡す。

 

 先程の拳圧で10Mは吹き飛ばされていた。だがそんなことはどうでも良かった。問題なのは目の前にゴライアスがいて、その奥に18階層に続く穴があることだ。

 

 つまり俺はゴライアスを抜いてあの穴に飛び込まなければならない。

 

 さらに、背後から複数の殺気を感じた。振り返るとそこには多数のモンスターが。

 

 まだ数は少ないがそれでも俺と同じLv.2に分類されるモンスター達だ。

 

 前門のゴライアス。後門のモンスター。疑似的な怪物の宴(モンスター・パーティー)にから笑いが出る。

 

 立ち上がろうとし、体に力が入らないことに気がついた。

 

 ここまでの強行軍、そして先程のゴライアスの一撃によって体力が底をついた。

 

「……ここまで、か」

 

 不思議と恐怖はなかった。冒険者になる前から、暗殺者だったころからこういう日が来ることはわかっていた。

 

 見たところベル達の姿はない。どうやら上手く18階層に辿り着いたようだ。それだけで満足だ。

 

  全部出しきった。未練はあるけど後悔はなかった。静かに目を閉じる。

 

 

 

『全員で、生きて帰るんだ……!!』

 

 

 

 カッと目を見開いた。迫る拳を全力の跳躍でかわす。

 

 そして右の拳で自分の頬を殴った。

 

 全部出しきった? ふざけろっ! まだ動けるじゃねーか!

 

 こんなデカブツ、乗り越えてやるさっ!!

 

 背中が熱を帯びる。スキル【挑戦者(フラルクス)】の発動。

 

 ゴライアスの公式推定Lv.4。格上の怪物と正真正銘対峙したことによりスキルが発動した。

 

挑戦者(フラルクス)】には発動条件がある。それは強者に挑戦するという蛮勇な覚悟。無謀で愚かな冒険者としての覚悟。

 

 スキルにより体力が回復する。体に力が戻る。

 

 依然として状況は変わらない。単独で上層まで行くことはできないし、ゴライアスを掻い潜ろうものなら逃げるという意志によりスキルが解除される。

 

 残された選択は1つ。ゴライアスの討伐。

 

 体力は少ない。武器もおそらく通じない。だが、あの男によりもたらされた膨大な精神力(マインド)はまだ有り余っているっ!!

 

 体が嘘のように軽くなる。頭も今まで以上にスッキリする。未知への挑戦という高揚感が体を支配する。

 

 ──ベル、お前もこんな感じだったか? ……んな訳ないよな。さすがに高揚感はない。

 

 笑みを消し、目標を、ゴライアスを睨む。

 

「……行くぞッ!!」

 

 己を鼓舞するように叫び、モンスターの群れに突っ込んだ。




番外編を挟んでゴライアス戦やりまーす。だいぶ前に予告した通り新魔法も出ますよー。……何人の人が引っ掛かったかな?

またこの投稿を持って現在行われているアンケートの方は終了とします。結果を集計して作者の好みで子供の性格を決めます。……ここだけの話、作者は子供の設定を0~3才くらいと考えていました。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

冒険

さあ、ゴライアス戦やっていきますよ!


 巨人の拳がモンスターの群れを吹き飛ばす。推定Lv.4の階層主の拳に宙を舞うモンスター達。

 

 そんな中をトキが這うように移動していた。

 いくらスキルの効果で体力が回復し、【ステイタス】が強化されたと言ってもゴライアスとモンスターの群れ、両方を同時に相手取るのはさすがに無理だ。

 そこでわざとモンスターの群れに突っ込み、それを追うゴライアスによってモンスターの群れを倒してもらおうという考えである。

 またこれだけ密集していればモンスターの攻撃が他のモンスターに当たり、そのまま乱戦になると考えた上での行動だった。

 

「【さあ、舞台の幕を上げよう】!」

 

 ヘルハウンドの火炎放射をミノタウロスを盾にし防ぐ。虎型モンスター『ライガーファング』の爪を誘導し、後ろに迫っていたライガーファングと同士討ちさせる。

 

「【この手に杖を。ありとあらゆる奇跡を産み出す魔法の杖を】」

 

 息つく暇もない状況の中、トキは新たな魔法を行使していた。使いどころが難しく、戦闘には不向きな魔法。それでもこの状況ではこれが最善だと考えてその歌を紡ぐ。

 

「【ああ我が神よ。もし叶うならば】」

 

 ゴライアスの拳をかわす。それだけで20近くのモンスターが吹き飛ばされた。一撃でも食らえばたちまち戦闘不能になるだろう。それでもトキは挑戦をやめない。

 

「【かの日見た光景を。この身に余る栄光を】」

 

 トキの手には1本の杖が握られていた。白く透き通っていて、その先端には1枚の羽がつけられていた。【果て無き深淵(インフィニット・アビス)】がトキの魂の漆黒の部分を司る魔法ならば、この魔法はトキの魂の透明な部分を司る魔法だ。

 

「【一度の奇跡を起こしたまえ】!」

 

 詠唱が完成する。

 

「【ケリュケイオン】!」

 

  歌の一番が終わった。

 

「【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏の前に(うず)を巻け】」

 

 ()()()()()()()()()()

 

 模倣魔法、ケリュケイオン。記憶にある魔法を真似るトキのレアマジック。

 見たことがある、詠唱を覚えている、という比較的低い難易度で複数の魔法を放つことができる魔法。

 そしてトキが歌う歌は、最愛の女性が彼に歌ったラブソング。怪物祭(モンスターフィリア)の時、食人花の攻撃を捌いている際に聴こえてきた歌。

 

「【閉ざされる光、凍てつく大地】」

 

 トキはモンスターの群れを抜け、ゴライアスの足元をくぐる。咄嗟のことにゴライアスは反応仕切れず、モンスター達はパニック状態で、トキを追う個体は一体もいなかった。

 

「【吹雪け、三度の厳冬──我が名はアールヴ】!」

 

 杖の羽が散る。そして、トキの想像(魔法)が放たれた。

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

 

 三条の吹雪がゴライアスとモンスターを襲う。大気を凍てつかせると言われる吹雪はあっという間にモンスター達の命を奪い、氷像へ変えた。さらに凍りついた大気がそれ以上の侵入者を許さないと言わんばかりにルームの入り口を塞いでいる。

 

 その氷の壁の内側にはこちらに振り返り、トキを襲おうとしたゴライアスの氷像が立っていた。

 

 それを見たトキは……精神疲弊(マインドダウン)で飛びそうな意識を根性で起こし、高等精神力回復薬(ハイ・マジック・ポーション)を3本一気に飲み干す。

 

 そして、

 

「【この身は深淵に満ちている】」

 

 再び詠唱開始。

 

「【触れるものは漆黒に染まり、写るものは宵闇に堕ちる】」

 

 ゴライアスはまだ生きていた。

 トキの魔法はあくまで模倣魔法。どんなに上手くできても本物ではない。最強の魔導師(リヴェリア・リヨス・アールヴ)の魔法でも、本物ではないそれではゴライアスは倒せなかった。

 

「【常夜の都、新月の月。我はさ迷う殺戮者】」

 

 それはトキも承知の上だった。元よりダメでもともと。本命は長年の相棒。全精神力(マインド)を注ぎ込んだチャージ攻撃。吹雪はその時間を稼ぐためと他のモンスターの足止め。いかに模倣と言っても能力ブーストされたトキが放った吹雪で作られた氷壁はLv.2のモンスターでは突破できない。

 

「【顕現せよ、断罪の力】」

 

 静かに魔法を紡ぐ。

 

「【インフィニット・アビス】」

 

 しかし何も起こらなかった。いや、表面上は変化がなかった。

 

 トキは静かに手を開く。そこに黒い影が集まり始めた。影は1つの形、巨大なハルペーの形を作っていく。

 

 以前巨大花を相手にした時の巨蛇ではゴライアスは倒しきれない。正確には倒しきる前にトキの体力が尽きる。

 そこでトキは巨大なハルペーの形に影を集め、それをチャージ。膨大な魔力で首を刈る作戦だ。

 

 洞窟状のダンジョンを静寂が支配する。まるで時が止まったかのような空気が18階層手前のルームに漂う。

 

 1分、2分、3分と過ぎ、やがて。

 

 ピキッ、と氷像に罅が入った。まるでモンスターが産まれる時のようにピキッ、ピキッと音は次第に大きくなる。

 

 そして、氷像が砕ける。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 ゴライアスが吼えた。身動きを封じられたことに怒りを覚えたのかトキに向けて鉄槌を振りかぶる。

 一方、トキは音もなく疾走。ゴライアスに向かって駆ける。

 

 ゴライアスの視界に赤い影が跳ぶのが見えた。それに向かって拳を突き出す。拳は容易く影を吹き飛ばし……ゴライアスはそれに目を見張った。

 

 今、ゴライアスが吹き飛ばしたのは『サラマンダー・ウール』。しかし着ていた本人がいなかった。

 この時、ゴライアスは完全にトキを見失っていた。

 

 その背後。トキは氷壁を用いた三角跳びでゴライアスの顔の位置まで跳んでいた。『サラマンダー・ウール』を囮にし、ゴライアスの意識を完全に外したトキは静かに巨大ハルペーを振るう。

 

 能力ブースト、さらに発展アビリティ『暗殺』の能力補正。それにより巨大ハルペーはするりとゴライアスの首を刈った。

 

 ゴライアスが()(じろ)ぎする。その頭がズルリとスライドしていく。それと同時に体が崩れていき、瞬間、灰となった。

 

 膨大な量の灰が降り積もる中、トキは地面にバタリと落下した。

 

 スキルの効果がなくなり限界以上にまで酷使された体は既に言うことを聞かなかった。さらに全精神力(マインド)を注いだことにより意識が遠退く。

 

 それでもトキは必死に体を引きずる。腕だけで前に進む。

 

 (帰、るんだ……!)

 

 薄れ行く意識の中、もがく様に18階層に続く穴を目指す。

 

 (生きて、帰るんだ……!)

 

 必死に手を前に伸ばし…………パタリと地面に落ちた。




いかがだったでしょうか? 作詞的には満足です。

最後のゴライアスに止めを刺すシーンはヘルメスのアルゴス殺しを元にしました。
一応アニメしか見ていない人のために補足。通常のゴライアスに再生能力はありません。なので首を飛ばしただけで倒せます。

たくさんのリクエスト、ありがとうこざいました。一気には無理ですが徐々に応えていきたいと思います。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

心配

 ベルside

 

 テントを飛び出す。ダンジョンとは思えない光景も今は気にする余裕がなかった。

 

 17階層でゴライアスに吹き飛ばされ、この18階層に辿り着いた。目を開けるとそこにアイズさんがいて、彼女にまた助けられたんだって実感した。

 最初はアイズさんにまた会えてとても舞い上がっていた。けどアイズさんが言った一言で心臓を抉られたような感覚に襲われた。

 

2()()とも、大丈夫』

 

 2人。けど僕達は全部で4人だった。恐る恐るアイズさんに聞いてみた。

 

『あの、トキはどこですか?』

 

 その質問にアイズさんは首を傾げながら答えてくれた。

 

『君達は3人だったよ?』

 

 3人。つまり、トキはここにはいない。

 

 その結論に達した時、体がまともに動かないのも気にせず、立ち上がった。アイズさんに責め立てるように17階層に向かう連絡路の場所を聞き、それに向かって走る。

 

 -頭に浮かぶのは最悪のイメージ。倒れ伏したトキの姿。その体からまるで水溜まりのように鮮血が広がっていく。

 

 何度も頭を振り必死にそのイメージを振り払おうとする。けれども頭にこびりついているかのようになくならない。

 

 ──あり得ない。トキに限ってそんなことはあり得ない。僕よりも強くて賢い彼が死ぬなんて絶対にあり得ない!

 

 歯を食い縛り、体を動かす。こんなにも体が重いと思ったことは初めてだ。

 

 ようやく辿り着いた連絡路を一気に駆け上がる。体中が熱い。それでも走ることをやめなかった。

 

 一層分の連絡路がとても長く思えた。

 

 ようやく登りきり、まず目に飛び込んできたのは広大なルームの入り口を塞ぐようにそびえ立つ氷壁。15Mはあるそれから視線を下に移す。

 

 そこに、トキはいた。

 モンスターの死骸と思われる灰を体に被り、力尽きたようにうつ伏せで倒れていた。脳裏に先程の最悪のイメージが強く現れた。

 

「トキッッ!」

 

 足をもつれさせながらも必死に駆け寄る。トキの近くに寄りその体をひっくり返す。心臓の位置に耳を当てその鼓動を聞き取ろうとする。

 

 トクン、トクン。

 確かに聞こえた。でもとても弱かった。

 

 痛む体に鞭打ち、トキの体を抱える。力が抜け、その全体重が僕にかかるがそんなことはどうでもよかった。

 

 急いで来た道を戻る。連絡路を降りたところで僕を追いかけて来たであろうアイズさんに鉢合わせた。

 

「アイズさん、トキを、トキを助けてくださいッ!」

 

 僕の必死の形相と抱えられているトキを見たアイズさんは一瞬目を見張った後、

 

「君はテントにその子を連れていって。私はリヴェリア達を呼んでくる」

 

 と言ってそのまま駆け出していった。

 

 言われた通りトキをテントまで運び、僕が寝ていた布団にトキを寝かせる。

 

 ちょうどその時、アイズさんと翡翠色の髪をしたエルフの女性がテントに入って来た。エルフの人はすぐにトキを診察した。

 

「右足の骨折が一番酷いな。両腕も捻挫している。打撲も数ヵ所。おまけに精神疲労(マインドダウン)まで起こしているな」

 

 彼女の口から出るトキの症状は絶句するほど悲惨だった。同時に、故意ではないとは言えトキを一人見捨てた罪悪感が僕の胸に積もる。

 

 エルフの人は小さく詠唱するとその手に翡翠色の光を灯し、トキを治療していく。

 

「アイズさんっ、トキが運ばれて来たって本当ですか!?」

 

 そこに山吹色の髪をポニーテールに纏めたエルフの少女、レフィーヤさんがテントに入って来た。彼女は寝かされているトキを見ると言葉を失い、直ぐ様駆け寄るとトキの治療に加わった。

 

「ベル」

 

 横にいたアイズさんに名前を呼ばれた。いつもなら飛び上がるくらい嬉しいのに今は何も感じなかった。

 

「フィンに……私達の団長に、連絡するように言われてるから、一旦付いてきて?」

「でも……」

「それに、ここにいてもリヴェリア達の邪魔になる」

 

 アイズさんの言葉を聞き、しぶしぶながら立ち上がる。

 

 テントを出て、初めて18階層の様子をまじまじと見た。だけど心打たれるはずのその光景を目にしてもちっとも感動できなかった。

 

 その後、【ロキ・ファミリア】の団長、フィンさんに会っても、第一級冒険者であるヒュリテ姉妹に声をかけられても、緊張こそすれ心が晴れることはなかった。

 

  ------------------

 

 階層の天井にある夥しい量の水晶の光が弱くなり、夜がやってきた。

 

 アイズさんから聞いた話だと、この階層は天井にある水晶の光量が時間によって昼夜に分かれるという。

 

 それでも僕は片時も仲間から離れなかった。

 トキの治療もだいぶ前に終わった。幸い命に別状はないが怪我が酷く、精神疲労(マインドダウン)も起こしているため数日は起きないかもしれないとのこと。

 

 治療の後、僕はレフィーヤさんに謝った。すると。

 

『貴方が謝る必要はありません。無茶をしたのはトキ自身ですから。だから貴方を恨んだりしません』

 

 その目に涙を溜めながら言った。彼女もこのテントに残っている。

 

 正直、糾弾してくれた方がよかった。僕がしっかりしていれば。あの時トキと一緒にリリを助けに行けば。後悔ばかりがつのっていく。

 

「んっ……」

 

 その時、ヴェルフが呻いた。同時に身動ぎをする音も聞こえる。

 

「……どこだ、ここは」

「ベル様……?」

 

 二人が目を覚ました。少しだけ胸のつっかえが取れた気がした。

 

「リリ、ヴェルフ、大丈夫? 僕のこと、わかる?」

「リリが、ベル様のお顔をわからないだなんてこと、ありえません」

「あー……リリスケの減らず口が聞こえてくるようなら、俺も問題ないな。よっ、ベル」

 

 目を覚ました二人に現状の説明をする。そして……まだ目覚めていないトキに目が移った。

 

 助けてもらったリリは特に罪悪感が強いのか、今にも泣きそうだったがレフィーヤさんが僕と同じことを言うと顔をうつむかせた。

 

「……食事の用意ができたけど、大丈夫?」

 

 そう言ってアイズさんがテントに入ってきた。僕は慌てて立ち上がりお礼を言う。

 

 トキの事も心配だったけどお世話になっているからどうしようと悩んでいると

 

「貴方達は食事に行ってきて。トキは私が見てるから」

 

 とレフィーヤさんが言った。少々渋ったが彼女の決意は固いらしく、半ば追い出されるようにテントを出ていく。外に出る時、彼女の横顔が泣いているように見えた。

 

 

 

 気持ちが落ち着いたのか食事をとっているときは沈んだ気分にはならなかった。初めて食べる果実の甘さに吐き気を催したり、アイズさんと明日街に行く約束をしたり。

 

 楽しいけれど、やっぱりどこか冷めた自分がいた。

 

 その時だった。

 

『誰かっ、ベル君を知らないかっ!?』

 

 聞こえてくるはずのない声が聞こえてきた。リリと顔を見合わせ、アイズさん達に断りをいれて声が聞こえてきた方向に走った。

 

 そこにはここにいる筈のない人がいた。その人……神様は僕を見つけるとこちらに走ってきて、僕の腹に頭突きをかましてきた。

 

「ベル君!!」

 

「ごふぅ!?」

 

 咄嗟に片足を引き、神様を受け止める。こんな時にトキとの訓練が役にたった。

 

 神様は僕の体にペタペタと触れ、頬をぐにっと引っ張る。その顔はとても心配そうな表情だったが僕が無事だとわかると顔を綻ばせた。

 

 僕に抱きついた神様をリリが引き剥がす。【ステイタス】がある分リリの方が力が強い。まさに幼女が幼女に引きずられていく光景だ。……二人とも僕より年上だけど。

 

「クラネルさん、無事でしたか」

「え……リュ、リューさん!? どうしてリューさんまで……」

「とある神に、冒険者依頼(クエスト)を申し込まれました。貴方の捜索隊に加わってほしい、と」

 

 彼女が視線を移した先には一人の男神様がいた。こちらに気がついたのか彼はゆっくりと僕に近づいてくる。

 

「君が、ベル・クラネルかい?」

「は、はい」

「ああ……会いたかったよ」

 

 その声には何やら色々な意味が含まれていた……ような気がする。

 

「オレの名はヘルメス。どうかお見知りおきを」

「ヘルメス、様……!」

 

 その名前を僕は知っていた。そう、目の前にいる男神様こそがトキの主神。きっと彼を探しにここまできたんだろう。そう思うと再び胸が苦しくなった。

 

「それで、トキはどこかな?」

 

 

 

 神様達を僕達が使わせてもらっているテントまで案内した。中には、寝ているトキとその側にいるレフィーヤさんがいた。

 

 ヘルメス様はテントに入るとトキの様子を確認して安堵の息をついた。

 

「えっと、貴方は?」

「ああ、オレはヘルメス。君がレフィーヤちゃんかい?」

「は、はい」

「そうか。いつもトキが世話になってる。ありがとう」

「い、いえ。こちらこそ。トキにはいつも迷惑ばかりで……」

「そうかい? 君のことを話すトキはとても楽しそうだったよ」

 

 ……トキ、今寝ていてよかったかもしれない。僕だったら羞恥心で死にたくなる。

 

「さてと、ちょっとトキを起こすから少し離れてくれ」

 

 ヘルメス様は突然そんなことを言った。

 

「え、でも数日は起きないって……」

「ああ、大丈夫。トキを1発で起こす方法があるんだ。アスフィ、よろしく」

 

 ヘルメス様が呼ぶと純白のマントを纏い、眼鏡をかけた女性の冒険者が前に出てくる。彼女は溜め息をついた後、眠るトキを睨んだ。

 

 瞬間、トキは弾かれるように飛び起き、女性の冒険者目駆けていつの間にか出したナイフを振り上げる。それに女性の冒険者は慌てることなくナイフを持つ腕を掴んだ。

 

「やあ、おはようトキ」

 

 ギリギリと腕を押し合う二人の横からヘルメス様が声をかけた。

 

 トキは2、3度パチパチと瞬きすると顔をずらし、ヘルメス様の方を見た。

 

「……おはようございます、ヘルメス様」

 

 続けて正面に顔を戻し、女性の冒険者を見る。

 

「……おはようございます、アスフィさん」

「おはようございます。とりあえず腕を下ろしてください」

「……わかりました」

 

 寝起きだからかぼーっとした表情で腕を下ろす。そして辺りをキョロキョロとして……頭が覚醒したのか目をカッと見開き、ヘルメス様の方向を向いた。

 

「なんでヘルメス様がダンジョンにいぐごはっ!」

 

 ……言い切る前に倒れた。

 

「な、なんだこれっ。体中が痛い!」

 

  ……とても元気そうだ。

 

 トキが落ち着いたところで現状の説明。そして、謝罪した。

 

「ごめん、トキ。トキを見捨てるような形になっちゃって」

「申し訳ありませんでした。リリを助けるためにあんな……」

「肝心なところで助けられなかった。すまん」

「いや、別に気にしてないよ」

 

 僕達の謝罪をトキは何でもないように返した。

 

「あれは俺が勝手にやったことだ。お前らが気にすることじゃない」

「でも……」

「どうしても気になるなら地上に戻る時に俺の分まで働いてくれ。こんな体だしな」

 

 笑顔で返されて一気に毒気が抜けてしまった。

 

 その後レフィーヤさんにひとしきり泣かれた後、ヘルメス様はフィンさんに話をつけると言ってテントを出ていった。代わりに入って来たのは……13階層で見た冒険者達だった。

 

 

 

「──申し訳ありませんでした」

 

 眼前で土下座する少女に僕と神様、そしてレフィーヤさんに支えられているトキがおおっ……!? と戦慄する。これが、本家本元(タケミカヅチ・ファミリア)の土下座……!

 

「いくら謝られても、簡単には許せません。リリ達は死にかけたのですから」

「まぁ、確かにそう割り切れるものじゃないな」

 

 その光景を見ても、リリとヴェルフは気圧されながらも【タケミカヅチ・ファミリア】の3人を睨む。

 

 とりあえず土下座をした少女、命さんに土下座を解除してもらい話を続ける。

 

「あの、その、本当に……ごめん、なさい……」

「リリ殿達の怒りはもっともです。いくらでも糾弾してください」

 

 目を前髪で隠している少女、千草さんがおどおどと謝り、命さんもきっぱりと謝意を見せる。

 

「あれは俺が出した指示だ。そして俺は、今でもあの指示が間違っていたとは思っていない」

 

 すると巨漢の男性、桜花さんが前に出る。

 

「……それをよく俺等の前で口にできるな、大男?」

 

  それを聞いたヴェルフが桜花さんを睨む。一触即発の空気に咄嗟にトキの方を見て……ある考えが浮かんだ。

 

「じゃ、じゃあさ桜花さん達の判決はトキにやってもらわない?」

「おい、そこで俺に振るか」

「だってトキは僕達の中で一番怪我が酷いしある意味一番の被害者でしょ? 僕達のパーティのまとめ役だし」

 

 それにトキなら落とし所をきちんとつけてくれるハズだ……!

 

 僕の提案にリリとヴェルフが頷く。全員の視線がトキに集まった。

 

「はぁ、まあいいけど。個人的な意見を言わせてもらえば桜花さんの指示は間違っていないと考えている。パーティを管理する身から言わせてもらえばあの指示は最善だった」

 

 一旦言葉を区切りトキはさらに続けた。

 

「まあそれで片付けるとリリ達が気が済まないだろうし、何より命さん達が納得しないだろう。だから今回の事は【タケミカヅチ・ファミリア】への貸しにしておく」

「貸し?」

「しかもただの貸しじゃない。大きな貸しだ。俺達が頼んだらそれこそ馬車馬のように、命をかけて働いてもらう。それでいいか?」

「……トキ様がそうおっしゃるなら……」

「……割り切ってはやる。だが、納得はしないからな」

「ああ……それでいい」

 

 うん、さすがトキだ。こういう時はやっぱり頼りになる。

 

「やぁ、帰ったよ。【ロキ・ファミリア】には話をつけてきた」

 

 ちょうどその時、ヘルメス様と【ヘルメス・ファミリア】の団長、アスフィさんが戻ってきた。

 

「あ、二人ともお帰りなさい。こっちもちょうど終わったところです」

「そうか。それじゃあ今後の予定について話し合おう!」

 

 アスフィさんの話によれば【ロキ・ファミリア】は2日後にこの18階層を出発するとのこと。

 

 1日暇になるから18階層を観光しよう、という話になった。……トキは怪我が酷いから留守番だけど。そのことを言うとトキは。

 

「じゃあ明日はレフィーヤと1日イチャイチャしてるよ」

 

 と照れながら言った。それを聞いたレフィーヤさんも真っ赤になる。……二人とも照れるなら言わなきゃよかったのに。

 

 話し合いはスムーズに進み、解散になった時にふと今まで胸に引っ掛かっていたことを思い出し、トキに聞いてみた。

 

「ねぇトキ、ゴライアスはどうしたの? 僕がトキを見つけた時にはいなかったけど」

 

 その後のことはトキのために言わないでおく。ただ結果的にトキはレフィーヤさんとアスフィさん、二人に説教をもらい、心身ともにボロボロになったと言っておく。

 

 Sideout




ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

休息

 天井にある水晶の光が、木の葉に遮られながら僅かに顔にあたる。太陽のような暖かさはないが穏やかな光は、それだけで自然と心が安らぐ。近くには川があるのか、水が流れる音が耳を通り抜けていく。

 

 ──平和だ……。

 

 13階層からこの18階層への強行軍、階層主、ゴライアスの撃破。それによって俺の体はボロボロだった。正直自分でもよく生きていたと思う。

 リヴェリアさんやレフィーヤをはじめとする【ロキ・ファミリア】の人達のお陰で骨折や打撲はなんとか完治した。しかし精神疲労(マインドダウン)の影響で体が怠く、さらに体力も回復しきっていない。

 

 そんな訳でヘルメス様やアスフィさんがリヴィラの街に行っているにも関わらず、俺は【ロキ・ファミリア】の野営地で留守番することになった。

 

 だがテントの中で寝たきりというのも退屈だ。そこでレフィーヤを誘って近くの森でのんびりすることにした。

 

 この18階層はダンジョンの中であるにも関わらず、草原や森林などの大自然がある豊かな階層だ。時々モンスターが来るのを除けば。

 

 そんなこの階層に付けられた通称が『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』。この前来たときはばたばたしていたからあまり堪能できなかったが、なるほど、いい場所である。

 

 そして俺は今、そんな自然の中でレフィーヤに膝枕をしてもらっている。もう一度言おう。レフィーヤに 膝 枕 を し て も ら っ て い る!

 

 妖精と言われるエルフの美少女の膝枕である。……もう死んでもいいかもしれない。

 

更に時折髪を撫でるレフィーヤの指がこう……なんとも言えない心地よさがあるのだ。まさに夢心地である。

 

 街に行くベルが申し訳なさそうな顔をしていたが……うん、やっぱり留守番で正解だった。

 

「ねぇ、トキ?」

 

 あまりの心地よさに眠気を感じていると、レフィーヤに声をかけられた。

 

「何だ?」

「トキはゴライアスを倒したんだよね?」

「まあな」

 

 と言ってもスキルがなければ動くことすら出来なかっただろうし、レフィーヤの魔法を記憶してなかったらあの巨大ハルペーを作るだけの時間も作れなかった。もっと言えば【ケリュケイオン】が発現していなければ倒せていなかった。

 

 全ては幸運。あらゆる経験を凌駕すると言われる幸運に俺は助けられたと言っても過言ではない。戦いにおいて運を味方につけられる人間は強い。そういう意味ではベルの運のつきようは天に愛されていると言っても過言ではないだろう。

 

「じゃあ、さ。トキは今レベルいくつなの?」

 

 その言葉に少し黙ってしまう。レベルだけならばギルドに【ランクアップ】を申告すれば多くの人に知られる。しかし【ヘルメス・ファミリア】の多くはレベルを偽っている。ヘルメス様の姿勢(スタンス)である、『台頭を好まず、中立を気取る』というのが【ファミリア】の方針みたいなものだ。

 

 そう言われれば、今の俺の状況は【ファミリア】の方針とはあっていないと思う。レフィーヤという恋人によって【ロキ・ファミリア】という大きな派閥と強い繋がりができた。もし敵対している【フレイヤ・ファミリア】に目をつけられたら、【ヘルメス・ファミリア】は間違いなく潰れる。

 

 そのことをヘルメス様に言ったら、

 

「大丈夫、フレイヤ様にはオレがご機嫌はとっておくし、いざとなったらロキに泣きつくからっ!」

 

 とウインクされた。……なんか本当に申し訳ないです。

 

 そんな訳で【ヘルメス・ファミリア(俺達)】はレベルを偽っているのだが……レフィーヤは口が固いし、確かルルネさんの本来のレベルを知っていたから大丈夫だろうと思う。

 

「今朝更新してLv.3になった」

 

 俺はまたランクアップした。冒険者になってちょうど2ヶ月。異例のスピードである。いくら経験が豊富といっても普通では絶対に無理だ。

 冒険者になってからの事を思い浮かべてみると……うん、10回以上は死にかけてるな。主にベートさんのせいで。

 

 そう思うと俺は本当に恵まれていると実感した。死にかけていた所をヘルメス様に拾われ、様々なことを経験させてもらい、オラリオでレフィーヤに出会い、冒険者になってからベルに出会った。

 もし1つでもかけていたら俺はとっくに死んでいた。そのことだけは感謝している。

 

「そっか」

 

 俺の発言にレフィーヤは驚きもせず、ただ目を細めるだけだった。

 

「何も言わないのか?」

「トキだもん。何があっても不思議じゃないよ」

「それは褒めてるのか?」

「褒めてるよ」

 

 ちなみに発展アビリティは『精癒』をとった。ふと気になったからレフィーヤにこのアビリティの事を聞いたら発現条件は長年の魔法の連続行使らしい。まあ短い生涯でずっと魔力を使い続けてきたから納得がいった。

 

 レフィーヤに【ステイタス】のことは話しちゃ駄目だよ? と言われたのでお前だから話したんだ、と答えておいた。恋人として、なによりレフィーヤの人柄を信頼しての言葉だった。

 

 そのことに照れたレフィーヤの顔はとても可愛かった。

 

  ------------------

 

 しばらく穏やかな時間を過ごしていると複数の声が聞こえてきた。声は皆、女性の声だった。

 

「あれ? レフィーヤ?」

「こんなところで何してるの?」

「あ、ティオナさん、ティオネさん」

 

 木々の向こうからティオナさんとティオネさんがやってきた。さらにその後ろからヘスティア様やリリ、命さんと千草さん、アスフィさんもいる。他にも【ロキ・ファミリア】の女性団員が何名かいた。

 

「おや、トキ。キャンプにいないと思っていたらここにいたのですか」

 

 アスフィさんが声をかけてきたので起き上がる。

 

「こんにちはアスフィさん。皆さんお揃いでどうしたのですか?」

「これから近くに水浴びに行くんだよ」

「よかったらレフィーヤも一緒に行かない?」

 

 やはりこの近くには川なり湖なりの水源があったのか。

 

「えっと、私は……」

 

 ちらりとこちらを向くレフィーヤに頷く。

 

「行ってきなよ。俺にばかり付き合わせたら悪いし」

「じゃあお言葉に甘えて……」

「なんなら彼氏君も一緒にくればいいんだよ!」

「やめてください。殺されます」

 

 アスフィさんとかレフィーヤに。

 

 これ以上の追撃を避けるため、俺は足早に野営地の方へ向かった。

 

 

 

 野営地に着くとちょうどヘルメス様とベルが一緒にいた。

 

「やあトキ。どこに行ってたんだい?」

「ちょっと森で森林浴を」

「そうか。オレ達はこの後用事があるんだが、よかったら一緒に行かないかい?」

 

 その顔を見て察する。覗きだな、と。

 

 昔、ヘルメス様に教わったことがある。覗きとは男のロマン。麗しい女性達の開放的な姿を目に収めようとするのは男として当然である、と。

 

 確かにその通りだろう。←洗脳済みby作者

 

 俺も覗きたい。むしろ覗かないのは逆に女性に失礼ではないか、と幼い日の俺はヘルメス様と語った。

 

 しかし。しかしだ。今の俺には恋人がいる。覗きをするというのは彼女に対する裏切りだ。浮気といっても過言ではないだろう。故に俺は行かない。

 

 しかし。ここでヘルメス様を止めるのは男として、そして子として間違っている。故に。

 

「いえ、今日は調子が悪いのでテントで休んでます」

 

 見逃すことにした。ヘルメス様は察してくれたのか、ベルを連れて森に向かった。すれ違い様にベルの肩をポンと叩く。ベルはキョトンとした顔をしていた。

 

 

 

 キャンプに戻った俺はテントに戻ろうとした。そこに……あの人がやってきた。正確には走ってきた。

 

 溜め息をつきながら影を操作。『精癒』のお陰である程度は回復した精神力(マインド)で迎撃する。向かってきた人は影に当たる前に、分身した。

 

 体を捻りその攻撃をかわす。

 

「さっきからどうも臭せえと思ったらなんでテメエがここにいる、蛇野郎」

「いろいろあったんですよ、ベートさん」

 

 分身が消え、一人に戻った狼人(ウェアウルフ)、ベートさんが獰猛な笑みを浮かべてくる。

 

 それに対し、俺の表情は晴れない。今この状態でベートさんを相手にするのは無理だ。能力(アビリティ)はスキルで補えるが、体力がまだ完全に回復しておらず、本調子ではないから多分普通にやったら殺される。

 

 そのことをベートさんも見抜いているだろう。そしてこの好機を逃さないつもりだ。

 

 俺が生き残る方法はただ1つ。殺される前にフィンさんに泣きつく!

 

「行くぞ、オラァ!」

「ごめんこうむります!」

 

 その後、俺達は二人仲良くフィンさんやガレスさんに説教された。解せぬ。




ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

無意味なショー

 ベートさんと仲良く説教をくらった翌日。俺は【ロキ・ファミリア】の出発の手伝いをしていた。というのも昨日の覗きの件でレフィーヤの怒りを買ってしまい、その罪滅ぼしの一環としてやっている。

 

 どうやら一般の女性は覗かれるのが嫌なのだとか。その辺、ヘルメス様にしか教わらなかった俺はよくわかっていなかった。……というか覗きをした回数が少なく、バレたことがなかったので知らなかった。無知というのは罪となることを改めて知った。

 

 ヘルメス様達を止めなかったことに怒ったレフィーヤは昨日、それからずっと口を聞いてくれなかった。……口を利いてくれないのがこんなにもつらいなんて初めて知った。土下座と誠心誠意の謝罪により、なんとか許してもらえた。南のメインストリートにある喫茶店『ウィーシェ』の裏メニューの一番高いやつを奢るということになったが。……あれって確か3千ヴァリスはしたが、そんなものレフィーヤに許してもらえるなら安いものである。

 

 ちなみに主犯であるヘルメス様はアスフィさんにお仕置きされ、ベルもレフィーヤによって顔に紅葉の葉を作っていた。話はヘルメス様が悪いということになったのだが、修業仲間であるレフィーヤは我慢出来なかったらしい。これもいい経験になった、と夜、二人で話し合ったものである。

 

「トキ」

 

 ちょうどテントを片付け終わった時にレフィーヤに声をかけられた。

 

「本当に一緒に行かなくていいの?」

「ああ、ヘルメス様がまだ観光していくって言ってたからな。アスフィさんだけにお守りを任せるわけにもいかないから俺も残るよ」

 

 俺の地上への帰還は【ロキ・ファミリア】の第一陣やベル達も同行する第二陣ではなく、ヘルメス様とアスフィさんと一緒に個別で戻ることになった。……本音を言えばレフィーヤやベル達と戻りたかったのだが、アスフィさん一人に任せるとあの人のストレスが大変なことになるので、下っ端である俺も残ることになったのである。

 

「大丈夫だ。アスフィさんも一緒だし、近い内に戻るよ」

「……うん」

「ああ、ウィーシェの裏メニューのことならバックレたりしないから安心してくれ」

「そ、そういうことじゃなくてっ!」

 

 そっと近づき耳元で囁く。

 

「デート、楽しみにしてるよ」

 

 離れるとレフィーヤは予想通り顔を真っ赤にしていた。あそこは落ち着いた雰囲気が人気でカップル客が多い。デートにはもってこいなのである。

 

「も、もうっ。知らないっ!」

 

 ぷいっと頬を膨らませてそっぽを向くレフィーヤ。まあ何となく言いたいことはわかるけど。

 

「心配してくれてありがとな。レフィーヤも気を付けて」

「え?」

 

 踵を返し、その場から立ち去る。レフィーヤはしばらくぼーっとしていたがティオネさんに呼ばれ慌ててそちらに向かった。

 

  ------------------

 

 レフィーヤと別れた後、俺はヘルメス様に連れられとある木の上にいた。そこからは森と、劇を披露するようなステージが見える。

 

「ヘルメス様、こんなところで何があるんですか?」

「まあね。ただトキには少し退屈かもしれないけど」

 

 悪巧みをするときの顔で笑うヘルメス様と呆れて溜め息をつくアスフィさん。……ろくでもないことが起きるようだ。

 

「お、来たようだ」

 

 ヘルメス様が視線をステージからそれに向かう道に移す。それを追ってみると冒険者の集団が見えた。その中のベルの姿もある。

 

「……あれ、何ですか?」

「昨日の夜、ヘルメス様が焚き付けた冒険者達です。何でも【リトル・ルーキー】のことが気にくわないとか」

 

 俺の問いにアスフィさんが答えてくれた。

 まあ仕方がないことだろう。ベルのここ最近の活躍は目を見張るものが多い。何年も前から冒険者をやっている者達にとっては妬みの対象になるだろう。

 

「言っておくけど、邪魔をしないでくれよ」

「わかってますよ」

「……意外だな。てっきり助太刀に行くと思ってたのに」

「あいつは人間の悪意を知りませんからね。遅かれ早かれこういうことに巻き込まれていましたよ。だったらこの試練はちょうどいいくらいです」

「薄情だねー」

「親友思いと言って下さい。まあ貴方に育てられましたから」

 

 遠目から見た限りベルはそこまで焦ってはおらず、むしろ幾ばくか余裕があるくらいだ。相手は……あれ?

 

「あの冒険者……どこかで見たことあるような……」

「確かどこかの酒場で彼にちょっかいを出して返り討ちにあったそうです」

「?」

 

 記憶を手繰り寄せてその出来事を思い出そうとする。…………………………あ。

 

「『豊穣の女主人』で絡んできたやつらか」

「覚えてなかったのですか?」

「あの時はいろいろあって沈んでましたし、第一喧嘩を売ってきた冒険者なんていちいち覚えてられませんよ」

 

 そうこうしている内にベルともう一人がステージに上がる。……なんだ、全員で戦うわけじゃないんだ。

 

「つまらなそうだね」

「ええ、つまらなくなりますから」

「さて、それはどうかな? ベル君と対峙している子を見てみなよ」

 

 言われた通り顔を見てみると……頭に漆黒色の兜、『ハデス・ヘッド』があった。

 

「頭に『ハデス・ヘッド』がありますね」

「おもしろくなりそうだろ?」

「全然」

 

 その発言にヘルメス様だけでなくアスフィさんも目を見開く。

 

「どういう意味だい?」

「答えてもいいですが、それだとつまらないショーがさらにつまらなくなりますからね。まあ見ていればわかりますよ。ちょうど始まるみたいですし」

 

 ステージ上では短刀を2本構えたベルと大剣を構えた冒険者が相対する。

 そして冒険者が大剣を振り下ろし、土煙を発生させる。ベルの視界を奪ったところで『ハデス・ヘッド』の効果により『透明状態(インビジビリティ)』 となる。

 

 そして『透明状態(インビジビリティ)』を利用した攻撃をみまい……ベルにかわされた。

 

「はっ?」

 

 ヘルメス様が疑問の声を上げる。アスフィさんも驚愕の表情を露にしていた。

 どうやら観客の冒険者達も動揺しているのか、ざわざわしている。

 

 そんな中、再び冒険者が攻撃し、ベルがかわす。さらにベルは紫紺の光を放つ短刀で反撃までしてみせる。かわされたのか首をかしげているがその目に戸惑いはない。

 

「どういうことだ?」

「『ハデス・ヘッド』は確かに透明になり人間はおろかモンスターにさえ気づかれません」

 

 その様子を冷めた目で見ながら解説する。

 

「ですが透明になれるだけです。足音や空気を切り裂く音なんかは消せません。特にあいつは()()()見られることに関して敏感です。あんな殺気丸出しの相手が透明になった所で不利になったりしませんよ」

「……」

 

 呆然、とはまさにこのことだろう。仕掛けた火種がまさか不発に終わるとはさすがのヘルメス様も予想していなかっただろう。

 

「それに、あいつには視覚を頼らない戦い方を5日くらい前に教えましたからね。圧倒的な能力(ポテンシャル)の開きがない限り、あいつは大抵の相手には負けませんよ」

 

 ベルが【ランクアップ】してからも俺はベルと二人で訓練を続けていた。ライバルとして負けたくなかったというのもあるし、お互い切磋琢磨し成長を促そうとしたのである。

 

 ちなみに今のところギリギリで俺の方が強い。というのも技や駆け引きで一応勝ってはいるが、ベルの吸収スピードはとても早く大抵の技は1度使えば通用しなくなるので訓練をするたびに手札がなくなっていくのだ。

 

 ……ていうかあいつ、こっち気づいてるな。一瞬こっちを向いた。今の内になんて謝るか考えておこう。

 

 動揺しきった冒険者の側頭部にベルの蹴りが叩き込まれた。バラバラになる『ハデス・ヘッド』。アスフィさんがあっ、と声を漏らした。

 

 さらにここでヘスティア様が登場した。意外に早く助けられたな、と思ったがその後ろにリリがいた。なるほどリリの魔法、【シンダー・エラ】は変身魔法。姿を変えるだけでなくその特性も使うことができると言っていた。

 おそらく犬人(シアンスロープ)狼人(ウェアウルフ)といった鼻が効く姿を利用し、ヘスティア様を見つけたのだろう。

 

「ね、つまらなかったでしょう?」

「ま、まあ彼の実力がほんの少しわかったことだし、今回はこれでよしとしよう」

 

 俺とアスフィさんはジト目でヘルメス様を見る。その様子にヘルメス様はだらだらと汗をかいていた。

 

 すると、突然影の魔力が俺を覆うように展開された。何事かと思ってステージの方を見てみるとヘスティア様から神威が出ているようだった。

 

 俺のスキル、【果て無き深淵(インフィニット・アビス)】は神威に敏感だ。お陰で神の前で嘘をついたりできるし、1度会ったことがあるイシュタル様の魅了も無効化したことがある。どうやら美の神の魅了は神から僅かに漏れだしている神威が作用しているらしい。僅かでそれなら本来の魅了はどういうものなのだろう? と疑問に思ったことがある。

 

 とにかく神威に関してはこのスキルは俺の意思と関係なく……いや、俺の深層心理にある本能によって動く。まるで神を目の敵にするような本能に……。

 

「さて、とりあえず終わりですかね」

「……そのようだね」

「帰りますか?」

「……そうだね、帰ろうか」

 

 そう言い木から降りようとした時だった。階層が揺れた。

 

「……嫌な揺れですね」

 

 ポツリとアスフィさんが呟いた言葉に予感がどんどん大きくなる。

 

 そして、バキリッ、と天井の水晶に亀裂が走った。

 

「なっ!?」

「まさか……先程の神ヘスティアの所為でっ?」

「いや、ヘスティアの所為じゃない」

 

  意味深な言葉にヘルメス様の方を向く。

 

「ヘルメス様、今度は何をやらかしたんですか!?」

「流石にオレが小細工を弄しても、あんなことはできないな。ああ、ウラノス、祈祷はどうした。こんな話は聞いてないぞ」

 

 苦虫を噛んだかのようなヘルメス様の表情に今起こっていることがかつてない異常事態(イレギュラー)と思い知らされる。

 

「一体何が起こってるんですか?」

「暴走、かな。しかも今までにないほど神経質になって、オレ達に感付いた」

「暴走?」

「ダンジョンは憎んでいるのさ。こんなところに閉じ込めている、オレ達をね」

 

 水晶の砕ける音が加速する。それに伴いモンスターの遠吠えもどんどん多くなってきた。

 

「アスフィ、リヴィラの街へ行って応援を呼んでこい」

「応援? まさか、アレと戦うんですか、この階層から避難するのではなくっ?」

「いや、多分……」

 

 南の方角から何がが崩落するような音が響いた。見ると南端にあった17階層への連絡路が岩で塞がれていた。

 

「塞がったかな、逃げ道が……やっぱり逃がすつもりはなさそうだ」

「~~~~っ!? ええいっ、もうっ! 生きて帰れなかったら恨みますからね、ヘルメス様!? トキ、行きますよ!!」

「はい!!」

 

 アスフィさんに続いて木の上から降りる。

 

 怪我は完治している。体力も精神力(マインド)も回復しているし、体の調子も悪くはない。

 

 そんな中、上を見てみると、そこには見たことのある顔が覗いていた。




ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

異常事態

VS黒ゴライアス。頑張りたいと思います。


 天井の罅から黒い物体が落下してくるのを視界の隅に留めながら、アスフィさんへの対抗心で無理矢理【挑戦者(スキル)】を発動させる。正直自己暗示の類いだが、それでも【ステイタス】はきちんと応えてくれた。

 

 かくいうアスフィさんだが、彼女は今空を飛んでいる。比喩とかではなく実際に空を飛んでいるのだ。

 アスフィさんの二つ名は【万能者(ペルセウス)】。オラリオに片手で数える程しかいない『神秘』のアビリティの保持者。

 その最高傑作の1つ、飛翔靴(タラリア)。アスフィさんの靴から生える七色の翼が羽ばたき空を飛ぶ。

 

 いつ見ても美しい姿だが、今回は見惚れている場合ではない。その速度は地を走るよりも圧倒的に速く、今にも置いていかれそうだ。

 それでも足に無駄な力を入れずに這うように走る。リヴィラの街に着いた時、息も切れ切れだったが、なんとか置いていかれずに済んだ。

 

「ボールス! ボールスッ、いますか!?」

「ア、アンドロメダ!? 一体どこから現れやがった!? ていうか、今、空から……?」

「んなこたぁどうでもいいんです!」

 

 いや、普通は気になります。

 

「ボールス、街の冒険者とありったけの武器を集めなさい、あの階層主を討伐します!」

 

 そう、現れたのは階層主、ゴライアス。それも通常とは違い色が黒い。そして数多の生物を狩ってきた経験からわかる。あのゴライアスは俺が倒したものとは比較にならないほど強いと。

 

「と、討伐ぅ!? 馬鹿言ってんじゃねえよアンドロメダ、オレ等の財産はたいてまであのデカブツを相手にする必要がどこにある!? こんなもん、逃げるが吉だ!」

「南の洞窟は崩落が起きて通れません。崩落の規模から掘り返すのに最低2日はかかります。さらに掘り返している間に二次崩落が起きたら目も当てられません」

 

 ボールスさんの発言にあらかじめ用意しておいた反論をぶつける。南の洞窟の方を見て、俺の言葉が正しいことを認識する。

 

「……オ、オレ等が全員出しゃばらなくても、ゴライアスの一匹くらい、精鋭を連れていけば……」

「あのゴライアスは明らかに『変異種』です。その証拠に通常種が使わない『咆哮(ハウル)』を使っています」

 

咆哮(ハウル)』とは通常のモンスターが行う威嚇行為ではなく、魔力を使って放つ衝撃波。その威力と射程は見たところヘルハウンドの火炎放射が可愛く見えるほどだ。

 

「……ちくしょうめ。おいアンドロメダ」

「なんですかっ?」

「後輩に口の効き方くらいちゃんと指導しとけ」

「余計なお世話ですっ」

「話は聞いてたな、てめら等ァ!? あの化物と一戦やるぞぉ! 今から逃げ出しやがった奴は二度とこの街の立ち入りを許さねえ!」

 

 ボールスさんの号令に一斉に散らばっていく冒険者達。

 

「トキ、貴方は武器を集めなさい!」

「わかりました!」

 

 街へ入り、複数の武器を抱える冒険者にことわってその武器を影で運ぶ。こうすることによって援軍に向かえる冒険者が少しは増えるだろう。

 

 アスフィさんは既に行った。俺も早く追いつかなくては。

 

 

 

 街で武器を集め、ゴライアスの方に向かっているとヘスティア様と千草さんに鉢合わせた。さらにそこから移動し、ゴライアスから距離を置いた小高い丘に持っていた武器を下ろす。

 

『よおおしっ、てめー等! アンドロメダが囮になるから心置きなく詠唱を始めろぉ!』

 

 遠くからボールスさんの 叫び声がする。……アスフィさん、御愁傷様です。

 

『トキィッ! 何油を売っているのです!? さっさとこっちに来なさい!!』

 

 さらに遠くからアスフィさんの悲鳴に近い叫び声がする。恐らく声を拡声する魔法具(マジックアイテム)を使ったのだろう。ちゃんと聞こえた。

 

 溜め息を吐き、ヘスティアに声をかける。

 

「ヘスティア様、呼ばれたので行ってきます」

「ああ、気を付けて!」

 

 直ぐ様走り出し、同時に【果て無き深淵(インフィニット・アビス)】を並行詠唱する。詠唱し終わったと同時に2本の大きな腕を出現させる。

 

 今回のゴライアスは俺が倒したものよりも強い。対峙したお陰で【挑戦者(スキル)】が発動したが、魔法も物理も有効打は与えられそうにない。

 そこで、アスフィさんと囮をやることになった俺は、いつもの大蛇で縛るのではなく、大きな腕で殴り、その攻撃を捌くという役割を思い付いたのである。

 

 ゴライアスの口が開き、そこから魔力が収束する。すかさず腕を操り、ゴライアスの顎に向けてアッパーを繰り出す。その勢いによりゴライアスの顔が上を向き、『咆哮(ハウル)』は天井の水晶を砕いただけだった。

 

 周りからおおーっ!? という声が上がる。

 

「逸らせるだけです! 過度な期待はしないでください!」

「十分だ! 野郎ども、『咆哮(ハウル)』は気にせずどんどん叩きまくれぇ!」

 

 ……どうやら『咆哮(ハウル)』は全部俺が処理することになったようだ。

 

 ------------------

 

 元々リヴィラの街にいた冒険者は同じ【ファミリア】に所属もしていないし、パーティを組んでいるわけでもない寄せ集めの集団だ。連携はできない。故に互いに干渉しないように動いていた。

 

 魔導士達の多種多様な歌が響き、命知らずの前衛攻役(アタッカー)達がゴライアスに突撃していく。

 

 ゴライアスは2本の巨腕を振るい冒険者達を蹴散らそうとするが、動き始めると同時に漆黒の腕に叩かれる。『咆哮(ハウル)』を撃とうにもモーションに入った瞬間に殴られ狙いがずれる。

 

 その漆黒の腕を操作しているトキはアスフィの後ろにくっついていた。

 

「左腕、叩きます!」

 

 言うやいなや漆黒の腕を操りゴライアスの左腕を叩く。その隙に冒険者達がゴライアスに迫り、各々の武器を叩きつける。

 

「トキ、『咆哮(ハウル)』ですっ!」

「ぐっ!?」

 

 もう一方の腕を操り、ゴライアスの頬を殴る。『咆哮(ハウル)』は狙った90°右にずれる。

 

「きつい、なっ!」

 

 アスフィの短剣が切りつけたところを寸分違わずに短刀で切りつける。トキはこの戦闘において2つの腕を別々に操る、己自身で攻撃するという3つのことを同時に行っていた。

 

「こうなったら仕方ありません。後先考えずに全力でやりなさいっ」

「わかってます、よ!」

 

 腕を操るその視界に白兎(ベル)の姿が写った。あちらもこっちに気付いたのかチラリとこちらを見てくる。

 

 ──負けないよ。

 

 ──それはこっちの台詞だ。

 

 その一瞬のやりとりで、二人の闘志にさらなる火が点いた。

 

  二人の少年は先達の後を追いつつ、武器を握る手にさらなる力を込めた。

 

 

 

「前衛、引けえぇっ! でかいのぶち込むぞ!」

 

 ボールスのかけ声により、前衛で奮闘するリュー、ベル、アスフィ、トキを含む前衛攻役(アタッカー)達が直ぐ様離脱する。

 

 その直後、轟音と共に魔法が放たれた。

 

 炎が、雷が、風が、氷が一斉に放たれ、黒い巨人が膝をついた。

 

「ケリをつけろてめえ等ぁ!! たたみかけろおおおおっ!」

 

 今度は前衛攻役(アタッカー)達が一斉に巨人に殺到する。そんな中、トキは不意にとてつもなく嫌な予感を覚えた。

 

「……駄目だ」

「え?」

 

 呟いた直後、ゴライアスから膨大な魔力が膨れ上がった。損傷した箇所に赤い光が灯り、みるみると傷を治していく。あっと言う間にゴライアスについていた無数の傷は全てなくなっていた。

 

「自己再生!?」

「しかも、速度が早すぎる!!」

 

 立ち上がったゴライアスはその巨腕を頭上高くあげてから振り下ろした。慌ててトキが迎撃しようとするが、間に合わなかった。

 

「──────────────────」

 

 振り下ろされた巨腕により、大地が割れ、衝撃波が起こる。前衛攻役(アタッカー)だけでなく後衛の魔導士達まで届くそれは、一瞬にしてゴライアスの周囲に展開されていた包囲網を崩壊させた。

 

 更にゴライアスはそこから『咆哮(ハウル)』の体勢に入る。

 

「させるかっ!!」

 

 間一髪、アスフィとともに衝撃波から逃れていたトキが、今度はさせまいと漆黒の腕を振るう。

 

 だが、その腕をゴライアスは来ることがわかっていたかのごとくその巨腕で受け止めた。

 

「なっ!?」

 

 さらにトキに向けて連続で『咆哮(ハウル)』が放たれる。アスフィと別々の方向へ逃げるが、ゴライアスは執拗にトキを狙う。

 

 対するトキは全力で走りつつ、影の腕で必死に応戦する。

 

 その光景にただ呆然となる冒険者達。

 

「撤退する人! 倒れている人を最低一人担いで撤退してっ!」

 

 そんな中、件のトキから指示が飛んだ。

 

「魔導士! いつまでぼさっとしてるんですか! 詠唱するのは後っ、まずは寝ている人を叩き起こしてっ!」

 

咆哮(ハウル)』と2本の巨腕に狙われているにも関わらず、周りの様子を見て細かい指示を送るトキ。

 そのトキの指示に半ば思考が停止していた冒険者達は素直に従っていた。

 

「トキッ、3分頼む!」

 

 そんな様子に感化されたのはやはり親友のベルだった。その手に光の粒子を集め、ゴライアスを睨む。

 

「アスフィさん、リューさん、もう一度囮をお願いします!」

「「わかりました!」」

 

 それを見たトキはすかさず二人の上級冒険者に指示を送る。

 

 冒険者達はまだ諦めていなかった。




……上手く書けませんでした。すいません。…………あ、いつものことか。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

英雄の条件

 リヴィラの街を統括する眼帯の冒険者、ボールスは目の前の光景に目を疑っていた。

 階層主との戦いは毎回様々な冒険者が参加するが、その全てが連携なんてありもしない、所謂共闘というスタイルになる。互いが互いに干渉しない程度に距離を取り、階層主を叩いていくというのが常だ。

 

「今来た冒険者! 右側が空いています! そこに入って!」

 

 それがなんだ、これは。一人の少年の指示で烏合の衆だった冒険者達が連携をとりだしている。1度は崩壊した包囲網が再び築かれ、お粗末ながらも連携をとっていく。

 その数、50人弱。それだけの人数をたった一人の少年が正確に動かしていく。

 

 もちろん指示を聞かない冒険者も少数ながらいる。しかしそれさえも利用した少年は、無秩序な冒険者達を1つの組織としていた。

 

 ボールスは指示を出している少年の様子を見る。彼はゴライアスに『的』として認識され、絶え間無く浴びせられる『咆哮(ハウル)』をかわし、迫る巨腕を漆黒の腕で弾いている。

 息をつく暇もない高速戦闘。にも関わらず少年はまるで戦場全体が見えているかのように指示を飛ばす。

 

 少年にカリスマ性があるか、と聞かれれば首を傾げる。だが、少なくともあの少年には人を惹き付ける何かがあった。

 

 ──後でアンドロメダのやつにあの小僧の名前を聞いておこう。

 

 ボールスはそんなことを思った。

 

 

 

 ゴライアスに接近しているリューの木刀が、ゴライアスの足首を打つ。会心の当たりであったがその表情は冴えない。

 

「リオン、貴方死にますよっ」

 

 同じ囮をしているアスフィから叫び声が聞こえる。

 リューはずっとゴライアスの懐に居座り、攻撃を繰り出すことで、巨人の注意をこちらに引こうとしていた。

 

「アンドロメダ、その言葉、そっくりそのまま返します」

 

 だが、そんな無謀な戦い方をしているのはリューだけではなかった。アスフィも同様にゴライアスに密着し続け、攻撃を繰り出していた。

 

「あの子が頑張っているのですっ。師である私が無茶をしない訳にはいかないでしょう」

 

 アスフィの視界には、冒険者達に指示を飛ばしながら巨人の攻撃を捌くトキの姿が写っていた。

 

「それにしても、この階層主(ゴライアス)っ」

「こちらに見向きもしない」

 

 二人の第二級冒険者が歯を噛む。Lv.4の冒険者によって繰り出される攻撃は一撃一撃が強烈であり、普通なら無視できるものではない。

 しかしこのゴライアスはその二人を歯牙にもかけず、ひたすら集団の中心であるトキを襲い続ける。

 

「アンドロメダ、敵の魔石は狙えますか」

「無理ですっ、あの化物は硬過ぎる。武器が貫通しない」

「では『魔法』は?」

「……私の詠唱はトキに比べてエラい時間がかかります。しかもショボい。高い治癒能力を持つあのゴライアスとも相性は最悪です」

「わかりました。やはり、魔導士達の援護がもう一度欲しい」

「なんとか立て直してはいますがモンスターが多い。詠唱に入れないようですっ」

前衛壁役(ウォール)は何を?」

「機能はしているようですが、モンスターに比べて数が足りないそうですっ」

 

 ゴライアスに絶え間無く攻撃を繰り出しながらアスフィは美しい顔を歪める。

 今一番負担がかかっているのは間違いなくトキだ。ある程度距離をとっているとはいえ、『咆哮(ハウル)』の嵐にさらされながら冒険者達に指示を出している。

 

 ゴライアスの高い再生能力に1度は心が折れかけた。しかし弟分であるトキがまだ諦めていない。ならば自分も折れるわけにはいかない、とアスフィは自分を鼓舞する。

 

 そうしてアスフィは、ゴライアスに向けて何度目かもわからない攻撃を繰り出した。

 

 

 

 

 3分。どうにか冒険者達を立て直し稼いだ時間。それはベルが放つ蓄積(チャージ)攻撃の最大時間。

 

前衛攻役(アタッカー)、引けえぇっ!」

 

 トキの号令により全ての冒険者がゴライアスから飛び退き、入れ違いにベルが前に出た。

 

 高い再生能力を持つゴライアスでもあの光の攻撃ならば倒せる。トキが一瞬気を弛めた時だった。

 ゴライアスの右腕が唸り、トキの体を吹き飛ばした。

 

「トキッ!?」

 

 アスフィが悲鳴を上げる。その悲鳴は途中でベルが放った光線に掻き消された。

 

 

 

 

 吹き飛ばされたトキは戦場を、草原を横切り、大きな木にぶつかりようやく止まった。

 

「ぐっ、っ~!?」

「トキ、大丈夫ですか!?」

 

 痛みに悶えるトキに追ってきたアスフィが駆け寄る。素早く触診すると、胴体の骨が何本か折れており、打撲も何ヵ所かしている。重傷であった。

 

「アス、フィさん、ゴライアス、は……?」

「今は自分の体の心配をしなさいっ!」

 

 アスフィは己のポーチを確認するが、その中には回復薬(ポーション)しか残っていなかった。

 

 もともとトキは病み上がりだ。怪我は完治したとはいえ、そんな体を酷使し続けたらこうなることはわかっていた。

 

 遠くからゴライアスの咆哮が聞こえる。トキは必死に立とうとするが痛みで上手く立ち上がれない。

 

「トキ、貴方はもう──」

「トキ」

 

 アスフィがトキを休ませようと声をかけようとした時、横槍を入れられた。その声の主は彼らの主神ヘルメスだった。

 

「アスフィ、まだ戦いは終わっていない。すぐに戻るんだ」

「……わかりました。ヘルメス様、トキをよろしくお願いします」

 

 アスフィはトキをヘルメスに任せると再び死地へと駆けていく。それを見送ったヘルメスはトキに近づく。

 

「ヘルメス、様……?」

「トキ、よくやった。君は十分に働いた」

 

 その言葉には労りの心が籠っていた。

 

階層主(ゴライアス)相手に奮闘し、バラバラだった冒険者達を瞬時にまとめあげた。立派な偉業だ」

 

 ヘルメスは1度言葉を区切るとその声に乗せる感情を変えた。

 

「だけどまだ終わっていない」

 

 それは己の子に対する期待だった。

 

「こんなものじゃないハズだ。オレとアスフィが育てた君は、こんなところで倒れているような器じゃないだろう?」

 

 微笑みながら、とても楽しそうにしながら、ヘルメスはトキに鞭を打つ。

 

「オレに君の成長した姿をもっと見せてくれ」

 

 その言葉を聞いてトキは、立ち上がった。

 

 全身の痛みに顔を歪めながら、歯を食い縛り足を震わせながら立ち上がった。

 

「本当に、我が儘な(ひと)ですね」

 

 悪態をつきながらも口許に笑みを浮かべる。その目はまだ死んでいなかった。

 

 

 

 

 立ち上がったトキは直ぐにゴライアスの元へは向かわず、ヘルメスに連れられて草原を歩いていた。

 

 戦場と補給地点の中間であるそこには倒れている少年(ベル)と彼に必死に呼び掛けている女神(ヘスティア)の姿があった。

 

「もし、英雄と呼ばれる資格があるとするならば──」

 

 そんな二人に対して、ヘルメスは声音を変えて語りかける。

 

「ヘルメス!? それにトキ君!? 無事だったのかい!?」

「ええ、まあ」

 

 女神と少年が言葉をかわすのを尻目にヘルメスは言葉を続ける。

 

「剣を執った者ではなく、盾をかざした者でもなく、癒しをもたらした者でもない」

 

 トキはその言葉を知っていた。ヘルメスと旅をしている時に、時折ヘルメスから聞いた言葉だった。

 

「己を睹した者こそが、英雄と呼ばれるのだ」

 

 まるで己に英雄になって欲しいと言わんばかりのそれを、幼いトキは鼻で笑った。

 

「仲間を守れ。女を救え。己を賭けろ」

 

 だが今になってその言葉に価値を見いだした。

 

「折れても構わん、挫けても良い、大いに泣け。勝者は常に敗者の中にいる」

 

 ただ1つ不満を上げるならば、その言葉が自分ではなくベルに向けられていることだ。心に嫉妬が芽生える。しかし嫉妬(それ)をひっくるめて、トキはベルの親友であろうと誓っていた。

 

「願いを貫き、想いを叫ぶのだ。さすれば──」

 

  一歩前に踏み出す。ベルの隣に立つ。

 

「──それが、一番格好のいい英雄(おのこ)だ」

「ッッッ!!」

 

 ベルが起き上がった。その横でトキはゴライアスを睨む。

 

「ベル、くん……」

「やっと起きたか?」

 

 視線をゴライアスに向けたまま、ベルに声をかけた。

 

「寝坊なんて珍しいな」

「まあね」

 

 冗談を言い合いながらベルは立ち上がる。そしてトキと並ぶ。

 

「ベル様ぁ!」

 

 遠くからリリが叫ぶ。ベルが振り向くとリリは体を一杯に使って抱えていた物をベルに向けて投擲した。

 それは大剣のような形をしていた。まったく手を入れられていないそれは天然武器(ネイチャーウェポン)のようだ。

 それをベルは片手で掴みとる。

 

「トキ、また3分頼む」

「この状況で、か」

 

 戦線は既に崩壊している。体はボロボロで、正直立っているのも辛いくらいだ。それでも──

 

「頼んだ」

 

 この信頼を裏切ることはできない。

 

「任せろ。お前こそ、今度はしくじるなよ」

「任せて」

 

 二人はどちらともなく片手に拳を作った。

 

 そしてそれを、ゴンっと合わせる。

 

 瞬間、トキはゴライアスに向けて疾走し、ベルは蓄積(チャージ)を開始した。




ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

英雄の誕生への序章

気づけばこの小説を投稿し始めてから二ヶ月。早いものですね~。というか毎日更新とかサボり癖のある作者にしてはすごい偉業だと思います。……相変わらず文章スキルは向上しませんが。

それでは黒ゴライアス、決着です。


 ゴライアスまでの距離、およそ100M(メドル)を漆黒の影が地を這うように疾走していた。

 

「【さあ、舞台の幕を上げよう】」

 

 同時に行使される『並行詠唱』。トキの体から膨大な魔力が膨れ上がる。

 

「【この手に杖を。ありとあらゆる魔法を産み出す魔法の杖を】」

 

 しかしそれは並々ならぬことであった。既にトキは【果て無き深淵(インフィニット・アビス)】の魔法を唱えている。その上でさらに魔法を唱えることは、左右の手で別々の事を行うのと同じ事だ。

 

「【ああ我が神よ。もし叶うならば】」

 

 それでもトキはそれを実行する。後ろから聞こえてくるゴォン、ゴォォン、という大鐘楼(グランドベル)を聞きながら、その音に応えようと自分の限界を超える。

 

「【かの日見た光景を。この身に余る栄光を】」

 

 トキの手に白く透き通る杖が現れる。その先端には()()の羽がつけられていた。

 

「【()()の奇跡を起こしたまえ】!」

 

 前方のゴライアスを睨み、魔法の名を口にする。

 

「【ケリュケイオン】!」

 

 さらにトキは己の身を弾丸に置き換え、ゴライアスに向けて跳躍する。ゴライアスはベルを敵と認識し、その巨体を跳ねさせるように走っている。正面からぶつかれば今度こそ死んでしまうだろう。

 

 アスフィとリューから悲鳴に似た絶叫が響く。

 

「【盾となれ、破邪の聖杯(さかずき)】!」

 

 突撃するトキは超短文詠唱で迎撃する。杖の羽が1枚散る。

 

「【ディオ・グレイル】!!」

 

 現れたのは直径3Mほどの純白の盾。あらゆる攻撃を弾く盾はしかし本来の使い方をしても意味がない。そこでトキは盾を生み出す座標を自分との相対距離1Mとした。その結果。

 

 ドオォン! という音と共にゴライアスの巨体を弾き飛ばす。

 魔法でできた盾を用いたシールドバッシュ。助走距離が必要であるがLv.3の敏捷による加速を利用したその効果は絶大だ。

 

「【この身は深淵に満ちている】」

 

 さらにトキは『杖』を行使する。

 

【ケリュケイオン】の詠唱式は【ランクアップ】の時に変わっていた。試してはいなかったが、トキにはなんとなく効果がわかっていた。

 

「【触れるものは漆黒に染まり。写るものは宵闇に堕ちる】」

 

 即ち模倣数の増加。【ランクアップ】が関係しているのかわからないが、出現した『杖』の羽の数は増えていた。

 

「【漆黒の都、新月の月。我はさ迷う殺戮者】」

 

 そしてもう1つの模倣でトキは自らの魔法を行使する。即ち、【果て無き深淵(インフィニット・アビス)】の重ね掛け。

 2枚目の羽が散る。

 

「【顕現せよ、断罪の力】!」

 

 その模倣は自らのものであるが故に限り無く本物に近い再現となる。

 

「【インフィニット・アビス】!!」

 

 トキの足元から4匹の巨蛇が現れる。巨蛇はゴライアスの四肢に絡み付き、その動きを力付くで封じた。

 

「オーティクスさん、合わせなさい!」

 

 着地と同時にリューが脇を駆けていく。その意図を一瞬で理解するとトキはゴライアスのバランスを崩しにかかる。

 同時にリューがゴライアスの膝裏を木刀で強打した。

 

 ゴライアスは人型のモンスターだ。そして人はもともと重心が高い。さらにトキのシールドバッシュにより体勢を崩されている。そこにリューの強打によって足を完全に掬われた。

 

 轟音を立て尻餅を付く巨人。その目には驚愕の色がはっきりと映っていた。

 

『グッ──オオオオオオオオオオオオオオオオッ!?』

 

 ここぞとばかりに攻撃するリューとアスフィを払いのけようと、立ち上がろうとするゴライアス。しかしトキの巨蛇が四肢に絡み付き、思うように動けない。

 

「【今は遠き森の空。無窮の夜天に(ちりば)む無限の星々】」

 

 だめ押しとばかりにリューの詠唱が響く。

 

「【愚かな我が声に応じ、今一度星火(せいか)の加護を。汝を見捨てし者に光の慈悲を】」

 

 高速戦闘をしながらの『並行詠唱』。それはトキのような産まれ持った才能ではなく、【疾風】と言われたリューの冒険者としての実力であった。

 

「トキ殿!」

 

 ゴライアスを封じ込めているトキの耳に少女の声が聞こえてきた。

 

「そこから離れてください!」

 

 そういいながら彼女は詠唱を開始した。

 

「【掛けまくも(かしこ)き、 いかなるものも打ち破る我が武神(かみ)よ、尊き天よりの導きよ。卑小のこの身に巍然(ぎぜん)たる御身の神力を】」

 

 その歌を聞きトキは後方に飛ぶ。その瞬間ゴライアスが立ち上がろうと四肢に力を込めた。

 

「寝てろ、デカブツッ!」

 

 しかしそれをトキが許さない。巨蛇を操りその動きを封じる。再び地に落ちる巨人。

 

「【来たれ、さすらう風、流浪の旅人(ともがら)。空を渡り荒野を駆け、何物よりも疾く走れ。星屑の光を宿し敵を討て】!」

 

 そこにリューの魔法が炸裂した。

 

「【ルミノス・ウィンド】!!」

 

 緑風を纏った無数の大光球がリューの周囲から生まれ、次々とゴライアスに直撃する。大光球はゴライアスの硬い体皮を撃ち破り、巨人の体を削っていく。

 

『アアアアアア────────────ッッ!!』

 

 しかし、調子に乗るなとばかりに強引に立ち上がろうとする。その瞬間的なパワーにトキの表情が歪み、次第に巨人の体が持ち上がっていく。そして、足を踏みしめ立ち上がった直後。

 

「【天より(いた)り、地を統べよ──神武闘征】!!」

 

 少女の魔法が完成した。

 

「【フツノミタマ】!!」

 

 ゴライアスの真上に巨大な光剣が出現する。同時にその足元にも魔方陣が現れる。光剣がゴライアスを通り抜け、地面に突き立った瞬間、重力による檻が生まれた。

 

『~~~~~~~~~~~ッッ!?』

 

 ゴライアスの体が再び沈む。更にもう好きにさせるか、とトキの巨蛇がさらにその体を締め付ける。

 

「ぐ、ぅぅぅぅぅぅ……!?」

 

 しかしそれでもゴライアスは立ち上がろうと巨体に力を込める。

 

「大人しく──してやがれェェ!!」

 

 トキの影からさらに巨蛇が現れ、ゴライアスの真上からその体を叩いた。重力の檻によって加速したその体当たりはゴライアスを完全に封じ込めた。さらに巨蛇はゴライアスの首に巻き付く。

 

 それでなんとか拮抗。トキと命の全力の魔法によりゴライアスは封じ込められた。

 

「お前等ァ! 死にたくなかったらどけぇえええええええええ!!」

 

 そして後ろから聞こえてくるヴェルフの咆哮と炎が暴れる音。

 

「命さん、ヴェルフが通り過ぎたら魔法を解除してください!」

 

「──ぐ、わかりました!」

 

 一瞬のためらいの後、命はトキの指示に頷いた。

 

「ヴェルフ、任せるぞ!」

 

「ああ!」

 

 ヴェルフがトキと命を追い越す。それと同時に二人が魔法を解除した。

 重力の檻と巨蛇の拘束から開放されたゴライアスが勢いよく立ち上がる。そこに、ヴェルフの咆哮が轟いた。

 

火月(かづき)ぃいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 

 ヴェルフの手に握られた長剣から轟炎が迸る。その炎はゴライアスの巨体を一瞬にして包み込みその体を焼く。

 

『────────────アァァァァ!?』

 

 ゴライアスの体から赤い粒子が迸る。だが追い付かない。あらゆる傷を治すはずの再生能力をヴェルフによって作り出された魔剣が凌駕した。

 

「あれが、『クロッゾの魔剣』……!」

「超える!? 正式魔法(オリジナル)を!?」

 

 リューとアスフィの驚愕の声を耳にする中、ヴェルフは静かに砕けた刀身に詫びた。

 

 そして。

 

「3分だ」

 

 トキが1歩横にずれる。

 

「みんな、道を開けろぉおおおおおおおおおおおお!!」

 

 ヘスティアの叫びに誰もが道を開ける。

 

 そして……トキのすぐ近くをベルが通り抜けた。

 

 ──決めろ。

 

 ──うん。

 

 言葉も視線もいらなかった。ベルが走り抜けた後を遅れて風が追いかける。それを背中に感じながらトキは親友の行く末を見つめる。

 

 ベルとゴライアスとの距離が瞬く間に埋まる。そして。

 

「あああああああああああああああああああッッ‼」

 

 ベルの一撃が振るわれた。純白の光が全ての者の視界を埋めつくし、轟音が耳を襲う。その光景をしかしトキは目を逸らさずに見つめていた。

 

 そして光が晴れた先では、決着がついていた。

 

 ゴライアスは完全にその体を消し飛ばされており、体のパーツが散り散りに転がっている。あの一撃でも残った巨大な魔石は、しかしピキリと音を立てて二つに割れた。

 

「……消し飛ばし、やがった」

 

 ばたりとベルが崩れ落ちる。ゴライアスの体のパーツが灰となり、その一角にドロップアイテム『ゴライアスの硬皮』がポツリと残された。

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

 

 歓声が上がった。階層を揺るがすのではないかというほどの歓声が響く。

 崩れ落ちたベルの周りに仲間を始めとする大勢の人が集まる。

 

 トキもそれに加わろうとし……体が崩れた。ゴライアスを倒した安堵により限界を超えて酷使された体についに力が入らなくなった。

 

 地面に倒れこむ……前にアスフィがその体を支えた。

 

「あ、ありがとうございます、アスフィさん────」

 

 アスフィの顔を見てトキの表情が凍った。

 アスフィは笑顔を浮かべていた。これまでの6年間、見たこともないほどの笑顔だった。しかし……その目はまったくと言っていいほど笑っていなかった。

 

「あ、あの、アスフィさん?」

「……後で話があります」

 

 どこからが主神の笑い声が聞こえるような気がする。しかし、そんな事はどうでもよかった。

 

 トキは先程のゴライアスよりも今のアスフィの方が怖かった。




ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

つかの間の安らぎ

とあるご指摘があり、番外編の位置を前章の最後に移動しました。


「はい、お茶」

「サンキュー」

 

 ベルに手渡されたお茶を一口啜る。

 

「しかし今回は本当に死ぬかと思ったなー」

「もう両手の指じゃ足りないくらいは死にかけたよねー」

 

 ズズズと二人一緒にお茶を啜り、ほっと一息。うん、おいしい。

 

 俺は今、【ヘスティア・ファミリア】のホームである教会の地下室に来ていた。

 

 あのゴライアスを倒してから既に3日が過ぎた。

 ゴライアスを倒した後、俺を待っていたのはアスフィさんのお説教だった。動かない体を治療されながらくどくど言われ続けていた。

 ちなみにヘルメス様も、治療されている俺の隣に正座させられていた。俺を焚き付けたのを怒られていた。

 

 ゴライアスを倒した翌日に地上に帰還。久しぶりに浴びた太陽の光に涙が滲んだ。

 

 その後【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院に直行。アミッドさんのありがたーいお説教と言い足りなかったアスフィさんの2度目のお説教をくらった。

 

 体が治った後はオラリオ中を駆けずり回り、何でも屋のお客さん達に謝罪しに行った。遠征の時もそうだったのだが、冒険者になってから店を休むことが多くなった。特に今回は告知もなく休んでしまったので愛想を尽かされてしまったのではないか、と少し不安になった。

 しかし回ってみるとみんな愛想を尽かすどころか俺の心配をしてくれた。そんな心の広い人達に涙腺が崩壊しそうになった。というか誰も見ていないところで崩壊した。

 

 レフィーヤのところに行くと思いっきり抱きつかれた。余程心配させたのか彼女の目には涙がたまっていた。……恋人を泣かせるなんてつくづく俺は彼氏失格であると思う。

 

 あまり時間がなかったのでその日は3分の1ほどを回り、残りを翌日に回した。親方さんやメルクリウス様などたくさんの方々が心配してくれていた。

 

 そして、挨拶回りを終えたその翌日、ベルのところにお茶をしに来たのである。ちなみにヘスティア様はバイトだ。

 

「そう言えばギルドの罰則(ペナルティ)、取り返せる目処は立ってるのか?」

「うん、ドロップアイテムの『ゴライアスの硬皮』を押し付けられたから大丈夫。そっちは?」

「……精一杯働くよ」

「あ……ごめん」

「気にすんな」

 

 今回、ヘルメス様とヘスティア様が無断で、しかも神が立ち入りを禁止されているダンジョンにもぐったとして、ギルドから両【ファミリア】に罰則(ペナルティ)が課せられた。内容は──罰金。ベルによると、【ヘスティア・ファミリア】は【ファミリア】の資産の半分をとられたらしい。

 そして【ヘルメス・ファミリア】だが……派閥の大きさが【ヘスティア・ファミリア】よりも大きい俺達は莫大な額を言い渡された。

 具体的な数字で言うとちょっと怖いので言わないが……あの遠征での稼ぎが全て吹っ飛ぶ+αとだけ言っておく。

 

 俺はその場にいなかったのだが、ベルによると、罰則(ペナルティ)の内容を言い渡されたヘルメス様は真っ白になって空笑いをしていたとのこと。……本当に申し訳ありません。

 

「あ、そう言えばヘルメス様がトキの【ランクアップ】の申請してたよ?」

「……ああ、昨日聞いた」

 

 罰則(ペナルティ)を言い渡されたヘルメス様はその後、気を取り直し嬉々とした様子で俺の【ランクアップ】を言ったらしい。

 とりあえずLv.2の申請だったが、それでも偽っていることには変わりないのでこれからも注意が必要だ。

 

「でもトキは本当はLv.3なんだよね? また先超されちゃったなー」

「……まあ1つ懸念事項があるんだがな」

「懸念事項?」

「……通常のとは言え、階層主(ゴライアス)を単独撃破したからな。つまり次の【ランクアップ】に必要な経験値(エクセリア)がそれ以上になるんだ」

「……それって実質【ランクアップ】不可能じゃない?」

「……俺もそう思う」

 

 微妙な空気が部屋を包む。ゴライアスを単独で撃破以上のことって何かあるのか?

 

「で、でも経験値(エクセリア)は一気に貯めるんじゃなくて少しずつ貯めていくのが本来のやり方らしいよ!」

「ああ、うん。ありがとう」

「って、僕も人の心配をしている場合じゃないか」

「いや、お前の場合そうでもないだろ」

「え、どうして?」

「お前の回りはトラブルがいっぱいだからな。すぐにまた違う事件に巻き込まれて【ランクアップ】しちまうよ」

「な、なにそれっ。人をトラブルメーカーみたいに」

「違うのか?」

 

 無言でベルが拳を振り上げる。振るわれたそれを避ける。振るわれる。避ける。そんなやり取りをしばらくしたあとベルは拳を下ろし、お茶を啜った。

 

「あ、そう言えば今日これからリリと一緒にヴェルフの【ランクアップ】のお祝いに行くんだけどトキも行かない?」

「別に構わないぞ。どこでやるんだ? 『豊穣の女主人』か?」

「ううん、『焔蜂亭(ひばちてい)』ってところ。ヴェルフの行き付けらしいんだ」

「ああ、あそこか。あそこの蜂蜜酒は旨いんだよな~」

「……トキは本当に何でも知ってるね」

「何でもは知らないよ。まあオラリオの要所とダイダロス通りの地図くらいなら頭に入ってるけど」

「それは十分すごいんじゃない?」

 

 ふと時計を見てみるとそろそろ日が落ちる時間だ。

 

「行こうか」

「ああ」

 

 コップを片付け、教会を出る。

 

「そう言えばなんで『豊穣の女主人』で祝賀会やらないんだ? シルさんが真っ先に誘い、もとい強行しそうなのに」

「……ミアさんにリューさんのことでちょっと怒られた」

「……ああ、あの人怒ると怖いもんな」

 

 茜色に染まった街を俺達は二人並んで歩いていった。




それでは章終わりのトキの【ステイタス】をどうぞ。

トキ・オーティクス
所属 ヘルメス・ファミリア
種族 ヒューマン
職業 冒険者 何でも屋
到達階層 24階層
武器 短刀 ハルペー 投げナイフ
所持金 2億7千万ヴァリス
Lv.3
力:I53 耐久:H125 器用:I67 敏捷:H142 魔力:G249
暗殺:G 精癒:I《魔法》
【インフィニット・アビス】
・スキル魔法。
・『神の力』の無効化。
・詠唱式【この身は深淵に満ちている 触れたものは漆黒に染まり 映るものは宵闇に堕ちる 常夜の都、新月の月 我はさ迷う殺戮者 顕現せよ 断罪の力】
【ケリュケイオン】
・模倣魔法。
・発動条件はその魔法を見たことがあるかつ詠唱文の把握。
・詠唱式【さあ、舞台の幕を上げよう この手に杖を ありとあらゆる奇跡を産み出す魔法の杖を ああ、我が神よ もし叶うならば かの日見た光景を この身に余る栄光を 二度の奇跡を起こしたまえ】
《スキル》
【果て無き深淵】
・スキル魔法。
・『神の力』の無効化。
【挑戦者】
・格上の存在と対峙時における全アビリティ能力高補整。
・潜在能力ポテンシャルに差があるほど効果上昇。

またこれに伴い33話【ランクアップ】のところのステイタスを少しいじりました。上昇数値がおかしかったら言ってください。ぶっちゃけベルやトキがはちゃめちゃした所為で感覚がおかしくなっているので。

それで番外編なのですが……作者的には日曜日の夜に書いているのですが、それだと本編の流れを切ってしまう、というご意見を受けました。
そこでご相談なのですが……どういったタイミングで番外編を読みたいでしょうか? 感想の下にでもご意見を書いていただけるととても嬉しいです。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦争遊戯と洒落こもう
酔い


新章突入です。


 オラリオの南のメインストリートは賭博場(カジノ)大劇場(シアター)、高級酒場などの店が集まった繁華街が主な特徴だ。昼よりも夜の方が騒がしいというこの区画の路地裏の一角に、真っ赤な蜂が目印の酒場がある。

 

焔蜂亭(ひばちてい)』というその酒場は、ベルと以前訪れた『豊穣の女主人』よりも少し狭く、小汚い印象だが、だからこそザ・冒険者の酒場という雰囲気がある。

 

『乾杯!』

 

 俺達はそんな酒場にてジョッキとグラスをぶつけ合う。ガチン! という音と共にジョッキの中の酒がこぼれた。

 

 グイッと一飲みし、ぷはーと息を吐く。ちなみに今日は少し挑戦して、店の名物の真っ赤な蜂蜜酒だ。紅玉(ルビー)色に輝くそれはダンジョンのモンスターが生み出したものを酒にしたとも、店の秘蔵の方法で加工されたものとも言われ、この酒の虜になって連日通ってしまうという人もけっこう多い。

 

「【ランクアップ】おめでとう、ヴェルフ!」

「これで晴れて上級鍛冶師(ハイ・スミス)、ですね」

「ああ……ありがとうな」

 

 ベルとリリの言葉に、対面に座るヴェルフは顔を弛め笑顔で答える。

 

 先日の中層での出来事でヴェルフは見事【ランクアップ】を果たした。それにともない彼の念願だった『鍛冶』のアビリティも発現したとのこと。

 

「これでヴェルフ様は、【ファミリア】のブランド名を自由に使うことができるのですか?」

「自由に、とはいかない。少なくとも文字列(ロゴタイプ)を入れられるのは、ヘファイストス様や幹部連中が認めたものだけだ。下手な作品を世に出して、ヘファイストス様(あの方)の名を汚せないしな」

「いや、ヴェルフの作品は間違いなく売れるぞ。元から良いものばかりだったからな」

「僕もそう思うよ」

「お前ら……」

 

 ヘファイストス様の名が出たからか謙遜するヴェルフに応援(エール)を送る。実際ヴェルフが作り出した作品は、元から中層でも通用するような良い物だった。『鍛冶』アビリティによって昇華されたそれらはより強力なものになる。

 更に【ランクアップ】したことがギルドによって発表されればその名前も広く広がるだろう。

 

「でもこれで……パーティ解消、だよね?」

 

 ふとベルが残念そうな声で呟いた。

 

 ヴェルフのパーティ加入の理由は『鍛冶』アビリティの入手だ。それが叶ったのならもうパーティにいる理由がない。

 ショボくれた顔をするベルと困った顔をするリリに、ヴェルフは手で頭をかく。

 

「そんな捨てられた兎みたいな顔するな。お前達は恩人だ。用が済んで、じゃあサヨナラ、なんて言わないぞ」

「えっ……」

「呼びかけてくれればいつでも飛んで行って、これからもダンジョンにもぐってやる。だから心配するな」

 

 そうヴェルフが言うとベルは嬉しそうに笑った。景気にもう一度乾杯する。

 

「それにしても、ヴェルフ様がパーティに加わって二週間……【ランクアップ】するのもあっという間でしたね。リリはもっと時間がかかると思ってました」

「お前達と組むまで、それなりに修羅場はくぐってきたつもりだからな。確かにここまでくるとは俺も思ってなかったが……『中層』で5回は死にかけたし、な」

「ならこれからも覚悟しておいた方がいいぞ。なんてたってベルはトラブルメーカーだからな」

「もう、まだ言うの!?」

「冒険者になってミノタウロスに追いかけられ、怪物祭(モンスターフィリア)でシルバーバックを倒し、ミノタウロスを倒して【ランクアップ】。さらに『中層』での事件をプラスしてこれで2ヶ月しか経ってないんだぞ? 明らかなトラブルメーカーだろ」

「なんでトキが怪物祭(モンスターフィリア)のこと知ってるの!?」

「おいおい、俺の家は東のメインストリートの近く。ダイダロス通りは近所だぞ? 一時期お前は有名だったんだからな。『街角の英雄』として」

「街角の、英雄……!」

「トキ様、その話を是非聞かせてください!」

「俺も興味あるな」

「ああ、いいぜ」

 

 次々と運ばれてくる料理を口に運びつつ、俺達は様々な話をした。酒にあまり強くない俺だが今日ばかりは無礼講だ。

 

「ベルは【ランクアップ】しなかったのか?」

「うん、僕はまだ」

「ヴェルフ、さすがに半月はないだろ。……ないと、いいな」

「Lv.1とLv.2では獲得する【経験値(エクセリア)】の基準も、【ランクアップ】に必要な総量も違うでしょうが……まぁ、最後の戦闘に限っては、ほぼトキ様の総取りでしょうからね」

「そうそうトキ、お前はどうだったんだ?」

「俺はその前に【ランクアップ】してたから」

 

 ああ、と全員がなんとも言えない顔をする。

 

 確かにあの戦闘で俺はあのゴライアスに執拗に『的』にされた。しかしその前に【ランクアップ】し、Lv.3となった俺は基礎アビリティこそ膨大に上がったもののそれ以外に特に変わった点はなかった。……いや、Lv.3にもなって熟練度上昇トータル600オーバーとかふざけてるとしか言い様がないんだけど。

 

「結局、何だったんだ、あのゴライアスは?」

異常事態(イレギュラー)としか言い様がありませんが……間違いなく前代見聞でしょう、安全階層(セーフティポイント)に階層主が産まれ落ちるなんて」

能力(ちから)も普通のやつより上だったんだろ? 上級冒険者が虫みたいに吹っ飛んでたぞ。あんなことがこれからも続くようなら、命がいくらあっても足りない」

「ダンジョンの生態が変わった……とも言えなくもないがそれだったら他のモンスターが安全階層(セーフティポイント)に産まれ落ちても不思議じゃない。だけど聞いた限りだとそんな話はないからな……」

 

 う~んと頭を捻るがこれだ、という意見が思いつかない。しかしチラリと頭を過ったのは……『怪人(クリーチャー)』レヴィスと『強化種』である食人花。だけどこれも何か違う……ような気がする。

 

「ヘスティア様は何か知っていたようでしたが……」

「いや、ヘルメス様がヘスティア様の所為じゃないって言ってたぞ?」

「え、そうなの?」

「ああ」

 

 しかし神達がダンジョンについて何か知っているのは間違いないようだ。まあ、口出ししたら絶対厄介な事に巻き込まれるのだろうけど。

 

「ま、これ以上は話してもしょうがないか……世間の方は今どうなっているんだ?」

「ギルドが真っ先に箝口令を敷きましたから、都市や冒険者の間で目立った混乱はないみたいですね。詳細を知っているのは、当事者であるリリ達だけでしょう」

「絶対口外するな、って徹底されたし……」

罰則(ペナルティ)も厭わない、って確かに鬼気迫っていたな、ギルドの連中は」

「18階層の『リヴィラの街』は既に機能を取り戻してるって。ダンジョンもあれから変わったこもないそうだ」

 

 ちなみにこの情報、昨日夜に訪ねてきたボールスさんの使いという人から聞いた。何でもゴライアス戦における俺の采配に目をつけたらしく、これからの階層主討伐の際に指揮をとって欲しいとかなんとか。気が向いたら行きます、とだけ言っておいたけど。

 

 それよりも……さっきからこちらを見ている視線、もとい殺気が非常に気になる。ちらりとその殺気を辿ってみて……見ないことにした。うん、せっかくの祝いの席なんだ。余計なゴタゴタは避けるに限る。

 

「そういえば、ベル様達は大丈夫なのですか? ギルドに言いがかりをつけられて、罰則(ペナルティ)を課せられたと聞きましたが?」

「あー、うん……」

「まあ、な……」

 

 リリの言葉にベルの顔が曇った。俺の顔もそんな感じだろう。

 

「罰金の額はおいくらだったんですか?」

「えっと……【ファミリア】の資産の、半分」

「……キツイな」

「むしろ、僕達の方はまだマシだったよ。それよりトキ達の方は……」

「……額は言えないがベル達の数千倍とだけ言っておく」

「うわぁ」

 

 リリとヴェルフの同情の眼差しに心が痛む。

 

 それからしばらく料理に舌鼓を打ちながら会話を楽しんでいると、リリが何やら暗い表情をしていた。

 

「リリ……大丈夫?」

「あ、すいません、ぼーっとしてました」

 

 誤魔化すように笑うリリに思わず半目になる。

 

「ベル様も、先日の事件で随分株が上がったことだと思います。少なくともあの戦いに参加した冒険者達には、認めてもらったのではないでしょうか?」

「う、うん」

 

 リリの様子にベルとヴェルフと目を合わせる。今は探っても無駄だろう、という二人の意見にとりあえず追求しないことにした。

 

 ふとジョッキの中を見てみると酒がなくなっていることに気がついた。ジョッキをテーブルに置き店員を呼ぼうとした時だった。

 

「──何だ何だ、どこぞの『兎』が一丁前に有名になったなんて聞こえるぞ!」

 

 そんな大声が店中に響いたのは。




ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

酒は飲んでも呑まれるな

【アポロン・ファミリア】との喧嘩です。ここはけっこう原作改変しちゃいます。


 ベルside

 

 声の主は僕達の隣のテーブルにいた小人族(パルゥム)の冒険者だった。

 

「ルーキーは怖いものなしでいいご身分だなぁ! 世界最速兎(レコードホルダー)といい、嘘もインチキもやりたい放題だ、オイラは恥ずかしくて真似できねえよ!」

 

 その声はあまりに大きかったためか、騒がしかった酒場全体に響き、その小人族(パルゥム)に酒場中の視線が集まる。

 

 僕も釣られるようにそちらを見てみると隣のテーブルには6人の冒険者がいた。その肩には金の弓矢に燃える球体……いや、輝く太陽のエンブレム。ちらりとトキを見てみるとすぐに答えは返ってきた。

 

「【アポロン・ファミリア】だ。ギルドランクはD。規模もそれにゃりにでかい中堅派閥だにゃ」

 

 その答えに小人族(パルゥム)の冒険者に再び視線を向ける。…………にゃ?

 

「ああ、でも逃げ足だけは本物らしいな。【ランクアップ】できたのも、ちびりながらミノタウロスから逃げおおせたからだろう? 流石『兎』だ、立派な才能だぜ!」

 

 わざとらしく嘲りの言葉を大声で言う小人族(パルゥム)の冒険者を同じテーブルの人達は止めもしない。逆に面白そうにこちらを見ている。

 

 気持ちの良いものではないけど……反論はしなかった。派閥同士の揉め事は避けた方がいい。【ファミリア】の規則(ルール)を入団直後から神様やエイナさんに教え込まれてた。

 

 それに僕が問題を起こしたら神様にだって迷惑がかかる。ただでさえこの前の『中層』の一件で心配をかけたからこれ以上の負担はかけたくない。その一心で僕は口を閉ざした。

 

「オイラ、知ってるぜ!『兎』は他派閥(よそ)の連中とつるんでるんだ! 売れない下っ端の鍛冶師(スミス)にガキのサポーター、『兎』と同じインチキ新人(ルーキー)の寄せ集めのパーティだ!」

 

 小人族(パルゥム)の冒険者の言葉に同席の者達が嘲笑った。

 

 ぴくり、と肩が震えた。仲間を、親友を馬鹿にされたその言葉に両手に力が入る。

 

「よせ、構うな。気が済むまで言わせてやれ」

「ベル様、無視してください」

 

 余裕そうにお酒を飲むヴェルフと嗜めるように言うリリに注意され、胸に込み上げてきた衝動を抑える。

 

「すいませ~ん、蜂蜜酒追加お願いしまーすにゃ!」

 

 トキは眼中にすら入っていないように追加注文をした。その声に店員さんが若干顔を引きつらせながらお酒を持ってくる。……うん、この雰囲気の中近づきたくないよね、普通。

 

 それにしても……トキの様子がおかしい気がする。

 

 反応の薄い僕達を見て小人族(パルゥム)の冒険者はここからでも聞こえるくらいの盛大な舌打ちをした。

 

「威厳も尊厳もない女神が率いる【ファミリア】なんてたかが知れているだろうな! 主神が落ちこぼれだから、眷族も腰抜けなんだ!!」

 

 瞬間、僕は()()()

 

「取り消──」

 

 ガン!

 

「~っ!」

 

 椅子を勢いよく飛ばそうとしたが、椅子は全く動かず僕はテーブルに膝をぶつけた。

 膝をさすりながら見てみると椅子の足に黒いものが絡み付いて椅子を固定していた。その黒いものは、トキの足元から伸びていた。

 

「トキッ!」

「落ち着け、こんなところで喧嘩にゃんてしたりゃヘスティア様をにゃかせちまうぜ?」

 

 運ばれてきた酒を一飲みしながらトキは笑みを浮かべている。

 トキのその言葉に、頭が冷えた。そうだ、もしここで激情のまま喧嘩してしまったら神様を悲しませてしまうかもしれない。大きく深呼吸する。

 

 トキにお礼を言おうと口を開き──

 

「それに見てみろよ、あの小人族(パルゥム)! 俺がお前を止めた瞬間に、仲間のことちらっちらっ見てにゃがるぜー!」

 

 大声を出したトキに遮られた。

 

 トキの言葉に小人族(パルゥム)の冒険者がビクリと反応した。

 

「図星かにゃ~? 大変だにゃ~【ファミリア】の下っ端は。損にゃ役回りを押し付けられて」

「トキ様、どういうことですか!?」

「あの小人族(パルゥム)、ベルを嘲ってた割りには目が震えてたんだにゃ~。まるで怯えるように」

 

 その言葉に一段と体を震わせる小人族(パルゥム)の冒険者。

 

「そもそも~、お前りゃ俺達のことつけてたにゃろ? 具体的には教会を出たあたりから」

「ええぇ!?」

 

 その発言に今度は僕が驚いた。視線には敏感だから尾行されてたらすぐに気づくと思ってたのに。

 

「どうしてわからなかったのか、って顔をしてるにゃ~。それはにゃ……お前が祝賀会をスキップするくらい楽しみにし過ぎてたからにゃ!」

 

 ぐっ、と息を詰まらせる。確かに【ランクアップ】の報告をしてくれたヴェルフのあまりの嬉しそうな様子にこっちまで嬉しくなっちゃったのは認めるけど……。

 

「……言いがかりは止めてもらおう」

 

 隣の席から静かな、しかし不思議と響く声がした。トキを睨み付けているの声の主は、エルフにも引けをとらないほどの美青年のヒューマンだった。

 

 茶色の髪に碧眼。その肌は女性のように白く、イヤリングを始めとする冒険者用装身具(アクセサリー)を身につけている。

 

『あいつ……ヒュアキントスだ』

『【太陽の光寵童(ポエブス・アポロ)】……』

『Lv.3の第二級冒険者様かよ』

 

 青年は依然としてトキを睨み付けている。

 

「ベル、ヴェルフ。喧嘩ににゃるからテーブルを退けてくれ」

 

 そう言ってトキはジョッキを置き、椅子から立ち上がった。言われた通りテーブルを移動させてトキを見てみると……その足取りが覚束いていなかった。

 

「まさか、あいつ……!」

「酔っぱらってる……!」

 

 そういえば前にトキは酒にあまり強くない、て言ってた。それなのに今日、トキは無礼講だと言って蜂蜜酒をかぶ飲みしていた。僕も飲んだけど、喉と体が熱くなるそれは強くはないが決して弱くもないお酒だ。

 

「あ、邪魔すんにゃよー。これは俺が売る喧嘩にゃんだから」

「そんなこと言われても……」

「こちらとしては喧嘩をする理由がない」

 

 ヒュアキントスと呼ばれた青年は憮然たる態度でトキに告げる。

 

「フッフッフッ、だったらこの攻撃、否、口撃をくらうにゃ!」

 

 トキはビシッとヒュアキントスを指差すと息を大きく吸い込み叫んだ。

 

「ストーカーなんじゃやってる【ファミリア】の主神なんじゃぶっちゃけヘスティア様以下の変態に決まっているにゃ!!」

 

 ガタン!! とヒュアキントスは椅子を勢いよく飛ばして立ち上がった。

 

「貴様ッ!!」

 

 そのままトキに飛びかかるとその拳を振り上げ……次の瞬間に床に倒されていた。

 

「怒るってことはストーカー行為を認めるってことにゃぜ~」

 

 余裕そうに笑うトキに対してヒュアキントスはポカンとしている。いや、ヒュアキントスだけじゃない。僕にも、ヴェルフやリリにも彼の仲間や周りのお客さんも何が起こったのかわからない様子でポカンとしてしまった。

 

「ん? 何が起こったかわからない、って表情してるにゃ? フフン、なら教えてあげるにゃ」

 

 上機嫌そうにヒュアキントスからさりげなく1歩放れてからトキは解説する。

 

「お前が拳を突き出したタイミングで腕を掴み、お前の飛びかかる勢いを利用して投げ飛ばしただけにゃ。タイミングさえわかれば【ステイタス】なしでもできる技にゃよ~?」

 

 小馬鹿にしたように笑うトキは本当に楽しそうだ。どうやら酔っぱらっていてもその戦闘能力は健在らしい。

 

「それにしてもー、お前らはかかってこにゃいのかにゃ~?」

 

 トキは視線をヒュアキントスから彼の仲間に移す。彼らは未だポカンとしている。

 

「主神を馬鹿にされて飛びかかってもこにゃいにゃんて忠誠心がたりにゃい証拠じゃにゃいかにゃ~?」

 

 クイクイと手を曲げ、挑発するトキ。それに反応したからか、他の【アポロン・ファミリア】の団員も立ち上がり、トキに襲いかかる。

 

「ほい!」

 

 一番近くにいた小人族(パルゥム)の冒険者を捕まえると彼を盾にして他の仲間の攻撃を防ぐ。

 

「よっ!」

 

 小人族(パルゥム)の冒険者を投げ飛ばし、攻撃してきた冒険者を迎撃する。さらにその後ろから殴りかかってきた冒険者の腕を掴んで立ち上がっていたヒュアキントスの方にぶつける。

 

 背中が空いたトキに獣人の二人の冒険者が拳と蹴りを振るうが、トキは素早く座り込み二人の足を払った。よほどの勢いなのか二人は絡まるようにして倒れた。

 

「フフン」

 

 一瞬。一瞬で6人全員が倒れていた。気を失っているのは盾にされ、投げ飛ばされた小人族(パルゥム)だけだが、それでもあしらうかのようにトキは6人を床に伏せさせた。

 

「こんにゃものかにゃ~? 【アポロン・ファミリア】の団員達は」

「ぐっ、お前ら、やれっ!」

 

 ヒュアキントスの声に意識のある4人が立ち上がり、トキに向かう。ヒュアキントス自身もトキに襲いかかる。

 

 途端に歓声があがった。周りのお客さんによってできる即席の喧嘩場(リング)。1対5という普通なら圧倒的に不利な状況の中、トキはやはりと言っていいのか5人をあしらっていた。

 相手が投げ飛ばす椅子やテーブルを避けて他の仲間に当てたり、攻撃してきた人の腕を誘導し他の仲間の攻撃とぶつからせたり、しまいにはバク転で攻撃を避けたりと終始圧倒していた。

 

 それに……トキは反撃らしい反撃をしていない。投げたり、誘導したり、足をかけたりしているがまともな攻撃を何一つしていない。

 そしてその表情は、とても楽しそうに笑っていた。

 

「ああもうっ、これだから冒険者は!」

「おいベル、俺達も加勢に──」

「ううん、大丈夫。だってトキ、本気すら出してないもん」

 

 その言葉に乱闘をしている【アポロン・ファミリア】の人達がピクリと反応した。

 

「どういうことだ?」

 

 それに気づいてか気づいていないのかヴェルフが訊ねてくる。

 

「だって『影』使ってないから」

「あ~」

 

 納得したようにヴェルフは頷いた。そう、トキは攻撃どころか影すらも使っていない。完全に遊んでいた。

 

「貴様、どういうつもりだッ!」

 

 その言葉が聞こえたのかヒュアキントスが大声を上げる。

 

「いや~、本気出しちゃうとすぐに終わっちゃうからにゃ~」

「ぐっ、どこまでもこけにしてッッ!」

 

 そう言ってトキに再び殴りかかろうとした時、木を砕くような音が響いた。

 

『!』

 

 全員の視線が音の先に向けられる。そこには灰色の毛並みを持つ狼人(ウェアウルフ)の青年がテーブルを蹴り倒したように足を出していた。

 

「チョロチョロとうぜえぞ、蛇野郎」

 

 その視線はトキに向けられていた。しかし、その不機嫌そうな様子に全ての者が言葉を失う。

 

 その人に僕は見覚えがあった。あの人は『豊穣の女主人』で、僕が憧憬の剣士(アイズさん)をがむしゃらに追いかけるようになったきっかけになった人。ミノタウロスに追いかけ回された僕達を散々罵った【ロキ・ファミリア】の冒険者。

 

「すいませんにゃー、ベートさん」

 

 そんな彼、ベートさんの様子に臆することもなくトキは言葉をかける。

 

「てめえの所為で不味い酒が糞不味くなるだろうが。蹴り殺すぞ」

「ハハハ、やめてくださいにょ~」

 

 あくまでも笑うトキは。

 

「あにゃたを相手にすると……本気を出さざるを得ないじゃにゃいですかー」

 

 その目に殺意を込めてベートさんを睨んだ。途端にベートさんからも殺気が膨れ上がる。

 

 その光景に誰もが息を飲む。二人はしばらく睨み合い……どちらともなく殺気を消した。

 

「やめましょう。あにゃたと戦うのにここは狭過ぎるにゃ」

「ちげえねぇ」

 

 ベートさんはそう言って立ち上がると酒場の出入り口に向かう。【ロキ・ファミリア】の他の団員の人達が慌ててその後を追う。

 

「おい蛇野郎」

「わかってますにゃー。迷惑をかけたお詫びにベートさん達の代金は払っておきますにゃ」

「ならいい」

 

 そう言うとベートさんは店を出ていった。あまりの出来事に酒場にいる全員が放心する。

 

「ところで~」

 

 再び笑みを浮かべるトキはヒュアキントスに向けて言葉を発する。

 

「まだ続けるかにゃ~?」

 

 ヒュアキントスは顔をひきつらせた後。

 

「ちっ、おい行くぞ」

 

 他の団員を引き連れて帰っていった。

 

「お前らの分は払わないからにゃー!」

 

 息を吐くトキに駆け寄る。

 

「だ、大丈夫!?」

「ああ、大丈夫-」

 

 途端にトキは口を押さえた。みるみるうちに顔色が悪くなっていく。

 

「ど、どうしたの!?」

「き、気持ち悪い」

「……え?」

「は、吐きそう」

 

 そ、そういえば、トキは酔っぱらっているんだった。1発ももらってないとは言えそんな状態で激しく動いたりなんかしたら、当然吐きそうになるだろう。

 

「うぷっ」

「わあ! 待って待って! ヴェルフ、この店で吐いてもいい場所は!?」

「はあ!? なんだそりゃ!?」

「トキが吐きそうなの!!」

「そりゃ不味い!!」

 

 ……結論からいうと店に吐くようなことはありませんでした。

 

 その後僕はふらつくトキに肩を貸しながら【ヘルメス・ファミリア】のホームにまで送って、事情をアスフィさんに説明した。アスフィさんはため息をついた後、仕方がないというような表情をしてトキを【ファミリア】のホームに入れた。




酔っぱらったトキはエセキャットピープル。次に出る予定はいまのところありません。

そしてチラリと見たランキングでこの作品が6位にありました。思わず2度見。とても嬉しいです!

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『宴』への誘い

感想からつい先程知ったのですがこの作品がなんと日間ランキング1位になっていました! それもこれも読んでくださる皆様のおかげです! 本当にありがとうございます!

これからも頑張りますので、どうかこの作品とトキのことをよろしくお願いします。


 酒場の一件から翌日。今日は仕事がある日なのだが……朝から二日酔いによる頭痛でまともに動けなかった。それでもなんとか【ヘルメス・ファミリア】のホームから自宅まで戻り、店を開ける。

 

「トキ、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ。ちょっと頭痛が痛いだけだから」

「……普通頭痛が痛いとは言わないよ?」

「いや、ただのボケなんだけど……」

 

 レフィーヤに心配されるほど顔色が悪いらしい。

 

 そして追い打ちをかけるようにたくさんの神々が店を訪ねてきた。……そういえば俺もベルほどではないがあのアイズさんの【ランクアップ】記録を塗り替えたことになってるんだよな……。

 

 なんとか午前中をしのぎきり、少し早めの昼食を取る。その間に入ってくるような神には、耳元でその神に関する特ダネを囁いてお帰りいただいた。

 

「トキ、邪魔するぞ!」

 

 レフィーヤと昼食を取っているとヘルメス様が来た。……さすがに自分の主神を追い返す訳にはいかないな。

 

「おや、レフィーヤちゃん。こんにちは」

「こ、こんにちは」

「ヘルメス様、何か用事ですか?」

「そうなんだ! これを見てくれ!」

 

 そう言ってヘルメス様が懐から取り出したのは1通の手紙。封は既に切られているがその封蝋を見て絶句する。それには弓矢と太陽のエンブレムが刻まれていた。

 

 とりあえず言いたいことを飲み込んで中の手紙を見てみる。内容はアポロン様主催の『神の宴』への招待状。

 

「あの、ヘルメス様。これを見て俺にどうしろと?」

「決まっているだろう! 君がオレと一緒に行くんだ!」

「……やっぱり」

 

 ため息をつく俺の様子にレフィーヤがキョトンとした顔をする。

 

「何でトキがヘルメス様と『神の宴』に参加するのですか? 『宴』は神々だけで行われるものでは?」

「いや今回の『宴』は少し趣向を凝らしているようでね」

 

 レフィーヤの疑問に対し、ヘルメスは笑顔のまま答える。

 

「招待状によると今回の『宴』は眷族1名を引き連れるのが参加条件なんだ」

「へぇ~」

「いや、あのヘルメス様?」

 

 一人納得しているレフィーヤを尻目に俺はヘルメス様に反論する。

 

「正直あまり覚えていないのですが、昨日俺は【アポロン・ファミリア】と揉め事を起こしたのですが……」

 

 そう、記憶が曖昧だが昨日『焔蜂亭(ひばちてい)』で【アポロン・ファミリア】の団長を含めた6人と乱闘し、倒した覚えがわずかながらあった。

 

「さすがに出席しないのは相手の顔に泥を塗ることになりますが、【ヘルメス・ファミリア】は俺だけではありませんし、誰か他の人を連れていってください」

 

 というかこういう時はアスフィさんがヘルメス様のお供をしているので、俺に声がかかるとは思っていなかった。

 

「トキ、君の言い分はよくわかった」

 

 そんな俺の言葉を聞いてヘルメス様は何度か頷いた。

 

「だが断る!」

 

 その上で断られた。

 

「あのヘルメス様。すいません、二日酔いで頭が痛いので大声を出さないでください」

「ん? ああすまない」

 

 咳払いをし、気を取り直したヘルメス様は再び胸を張る。

 

「確かにこういう行事の時はアスフィを連れていくのがオレの常だった。しかし。そのアスフィに負けないくらいオレは君が自慢なんだ」

 

 その真摯な眼差しに思わずたじろいだ。

 

「それに前回の神会(デナトゥス)で散々自慢してきたから多分他の神も君が来ると思っている」

「だったらその期待を裏切ってください」

「いや、ここはあえてその期待に応えよう。というかオレが君を自慢したい」

「本音はそこですか」

 

 駄目だ。神の意見を覆すなんて俺の技量ではできない。チラッとレフィーヤを見て助け船を頼む。

 

「そこでレフィーヤちゃんとこれから君の礼装を見に行こうと思うんだけど。どうだい、レフィーヤちゃん?」

「トキの礼装……」

 

 ヘルメス様の一言によりレフィーヤが妄想の世界に行ってしまった。くそっ、先を越された!

 

「……いい。はい、ヘルメス様。是非ともお供させて頂きます」

「話は決まった。という訳で行くぞ、トキ!」

「あの、俺まだ店が……」

「パッと行ってパッと帰ってくればいいさ。さあ行くぞ」

 

 その後、昼食を片付け、看板をしまいヘルメス様とレフィーヤと一緒に礼装を見に行った。結果、オシャレ好きのエルフ女性、レフィーヤによって夕方まで礼装を見る羽目になった。

 

  ------------------

 

 2日後。馬車を操作しながら地図に書かれていた『神の宴』の会場にたどり着く。影で作り出した馬を止め、その馬を消す。馬車の扉を開け、一礼。中からヘルメス様が出てくる。

 

「運転ご苦労様」

「いえ、それほどではありません」

 

 トキ・オーティクス

 騎乗・運転Lv.3

 馬など主な動物や乗り物を操る事ができる。モンスターでも調教された低レベルのものであれば可能。

 

 ヘルメス様が降りきったのを確認し、馬車を影の中に収納する。周りの神や同伴の冒険者、他の馬車の御者がギョッと驚く。……本当は普通に高級馬車に乗ってくる予定だったんだ。でもヘルメス様がそっちの方が面白いからって。

 

「何をぶつぶつ言っているんだい?」

「いえ、何でもありません」

 

 すぐに顔を元に戻し、ヘルメス様の後に続く。今回の『神の宴』の会場は北のメインストリート界隈にある高級住宅街の中に建っているギルドの管理する施設だ。

 通常『神の宴』を行う時はその主神の【ファミリア】のホームではなく、こういった貸し出しの施設を利用する。でないと情報の秘匿やらなんやらあったものではないからな。ちなみに【ガネーシャ・ファミリア】の主神ガネーシャ様はホームである『アイアム・ガネーシャ』という建物で『神の宴』を執り行うらしいが、あれは例外である。

 

 外装は豪華な宮殿というのが一番わかりやすいだろうか。高級住宅街に建っているだけあってうちのホームとは見た目から違うなー、とぼんやり思いながら玄関をくぐる。

 

 中も外装に負けず劣らず豪華であった。開放感のあるホールに入るとまず目に飛び込んで来るのは壁際に建てられている雪花石膏(アラバスター)で造られた2体の彫像。それぞれ男神と女神を現しているのだろう。

 大階段を上り、二階の大広間へ。天井にはシャンデリア型の魔石灯が広間を照らし、多くの長テーブルの上にはいかにも高級そうな料理がところ狭しと並んでいる。背の長い窓の外はバルコニーになっているようだ。

 

「お、いたいた」

 

 ヘルメス様の後を追っていると見慣れた人物達が集まっていた。

 

「やぁやぁ、集まっているようだね! オレも混ぜてくれよ!」

「あ、ヘルメス」

 

 集団の中の一人、マリンブルーのドレスを着たヘスティア様がこちらに気づいた。東洋の礼装を着ている男神、タケミカヅチ様がげっ、と嫌そうな顔をされる。ヘルメス様、いったい何をしてきたんですか?

 

「ヘルメス様、とりあえずもっと声を下げてください」

 

 今回俺はアスフィさんからヘルメス様の事を頼まれている。少々厳しくいこう。

 

「何でお前がこっちに来るんだ。今まで大した付き合いもなかったろうに」

「おいおいタケミカヅチ、ともに団結してことに当たったばかりじゃないか! オレだけ仲間外れにしないでくれよ!」

 

 そう言うとヘルメス様はタケミカヅチ様の脇を抜け、正装したベル達をからかい……もとい褒め始める。

 

「まったく……」

「タケミカヅチ様」

 

 今のうちに挨拶しておこう、と思い俺はタケミカヅチ様に向き直る。

 

「ん?」

「お初にお目にかかります。【ヘルメス・ファミリア】所属、第三級冒険者トキ・オーティクスと申します。先日は危ない所を眷族の方々に救っていただきました。本当にありがとうございました」

 

 そう言って一礼する。

 

「ああ、気にするな。元を言えば俺達の所為だからな」

「それでも助けていただいたことには変わりありません」

「……本当にヘルメスのところのやつは主神と違ってできたやつばかりだな」

「お褒めに預り光栄です」

 

 ふと見るとヘルメス様がドレスを着た命さんの指にキスをしていた。それを見たタケミカヅチ様はヘルメス様に近づき、その頭部を殴った。俺もアスフィさんに言われたことを思い出し、つま先で蹴りを放つ。

 

「ぐあっ。トキ、なんで君まで……」

「アスフィさんにヘルメス様が女性に色目を使ったら容赦なく蹴っていいと言われているので」

「くそ、アスフィめ……」

 

 その様子にご満悦のタケミカヅチ様。本当にどんなことをしたらこんなに毛嫌いされるんだろうか?

 

 崩れ落ちたヘルメス様を立たせ、周りを見てみる。どうやら大分人が増えてきていたみたいだ。

 

『──諸君、今日はよく足を運んでくれた!』

 

 大広間の奥から声が響き渡った。目線をそちらにやれば、その先にいるのは1柱の男神だった。日の光のように輝く金髪。その頭の上には緑葉にあしらわれた月桂冠の冠。おそらくあの方がアポロン様だろう。

 

『今回は私の一存で趣向を変えてみたが、気にいってもらえただろうか? 日々可愛がっている者達を着飾り、こうして我々の宴に連れ出すのもまた一興だろう! 多くの同族、そして愛する子供達の顔を見れて私自身喜ばしい限りだ。──今宵は新しき出会いに恵まれる、そんな予感すらする』

 

 アポロン様の挨拶を聞き流しつつ、来賓の顔を確認する。……見たことある方が3分の1、というところか。これを機会に新たな人脈の開拓をしてみても良いかもしれない。……いや、【ファミリア】のスタンスに反しない程度に、だよ?

 

『今日の夜は長い。上質な酒も、食も振る舞おう。ぜひ楽しんでいってくれ!』

 

 アポロン様の言葉に男神を中心とした人達から歓声が上がる。……どうやら挨拶が終わったみたいだ。

 

 給仕役の団員の人にジュースを頼む。……いや、さすがに酒は当分いらない。

 

 ふと見るとヘルメス様はタケミカヅチ様や女神1柱、男神1柱と会話をしていた。そっと近づき挨拶する機会を待つ。

 

「お、トキ。ちょうどよかった。ヘファイストス、ミアハ、彼がオレの自慢の子だ。タケミカヅチはさっき話してたよな?」

「ああ」

 

 神達の視線が集まる。

 

「お初にお目にかかります、ヘファイストス様、ミアハ様。【ヘルメス・ファミリア】所属、第三級冒険者トキ・オーティクスと申します。以後お見知りおきを」

「へー、この子が噂の【シャドー・デビル】か。私はヘファイストス。よろしく」

「ヘルメスとは違い礼儀正しい子であるな。私はミアハ。よろしく頼む」

 

 お二人と握手を交わす。

 

「時にトキよ、回復薬(ポーション)で困ったことはないか? 私の【ファミリア】は商業系の【ファミリア】で主に回復薬(ポーション)を売っているのだが」

「はい、存じております。先日、ディアンケヒト様がミアハ様に一杯食わされたと、愚痴りにきました」

「そうか」

「ありがたいお言葉ですが、私は既に回復薬(ポーション)に関しては【メルクリウス・ファミリア】の物を格安で購入させていただいているので申し訳ありません」

「メルクリウスのところか。あそこは変わり種が多かったな」

「はい、メルクリウス様も店によく来られて相談をしていかれたりします」

「ふむ、そうか。そういうことなら仕方がないな」

「まことに申し訳ありません」

「いや、気にする必要はない」

 

 そう言って微笑むミアハ様に一礼し、今度はヘファイストス様に向き直る。

 

「ヘファイストス様、いつも眷族であるスミスさんとヴェルフに大変お世話になっております」

「こっちこそ、スミスをはじめとする複数の子達が世話になっているわ。ありがとう。それよりも後ろの子が貴方と話したがってるわよ?」

 

 ヘファイストス様に言われて振り向くとベルがいた。礼装に身を包んだベルはいつもと雰囲気が違って見える。……単に緊張しているのかもしれないが。

 

「よ、ベル」

「うん。それしてもやっぱりトキはすごいね」

「うん?」

「神様達を前にしているのに平然と話してるんだもん」

「まあこれも経験だな。ヘルメス様やアスフィさんに連れられてこういったパーティーは初めてじゃないからな」

「そうなんだ~」

 

 ベルは今度は命さんに向き直る。

 

「あの、命さん。18階層ではありがとうございました。沢山助けてもらって……」

「い、いえっ。自分は何も……ベル殿こそ、お見事でした。あのような事態に陥っても果敢に階層主へ挑み、最後にはご自身の手で決着まで……恥ずかしながら、あの光景には心が浮き立ってしまいました」

「あ、あれは僕一人の力じゃないというか、一人じゃ何もできなかったというか……」

「まあまあ二人とも。命さんのお陰で俺達は助かったようなものだし、ベルのお陰で階層主を倒せたのは事実だろ? そんなに謙遜することないと思うが?」

 

 俺の言葉にキョトンとした二人は顔を見合わせると同時に笑みをこぼした。

 

「……ベル殿、トキ殿。何かありましたら、いつでも声をおかけください。微力ながら助太刀します」

「命さん……」

「桜花殿も千草殿も、ベル殿やトキ殿達の力になりたいと願っています。無論、自分も」

「えっと、それじゃあ……命さん達も何か困ったことがあったら、呼んでください。力を貸しますから」

「……うちの主神がそちらの主神に迷惑をかけているようだからな。その分俺も力を貸すよ。特に情報に関してだったらけっこう強いから、何かあったら聞いてくれ」

 

 命さんから差し出された手を握り返しながら言葉を紡ぐ。悪い人ではないし、こういう関係も悪くない。

 

「伝聞ですが、お二人の成長には目を見張るものがあると聞き及んでいます。何か強くなる秘訣はあるのですか?」

「ベルは改造人間、私お手製のヤバイ薬を飲んで、日々薬物強化(ドーピング)している……」

「嘘言わないでくださいよ!?」

 

  命さんの疑問に答えたのはベルではなく犬人(シアンスロープ)の女性だった。

 

「初めまして【ヘルメス・ファミリア】のトキ・オーティクスです」

「【ミアハ・ファミリア】のナァーザ・エリスイス。よろしく。ところで……」

「あ、すいません、回復薬(ポーション)の件でしたら既にミアハ様から聞いて断りました」

「……そう。……ちっ」

 

 ……今この人さりげなく舌打ちしたな。

 

「ええ、ですからお詫びといっては何ですが【ミアハ・ファミリア】の回復薬(ポーション)の事を店に来た人に宣伝しておきますよ」

「店?」

「ええ。多種多様な方々が来るので売れ行きに貢献できると思います」

「……貴方、いい人ね」

「いえいえ」

 

 笑いながら握手を交わす。

 

 その後、ベルに会場のことについて聞かれたので答えた。するとベルは、

 

「すいません……アポロン様ってどんなお方なんですか?」

 

 とヘルメス様に尋ねた。

 

「ん、気になるのかい、ベル君?」

「はい」

「面白いやつだよ。オレは天界から付き合いがあるけど、見ていて飽きない。他の神々からは笑い種にもされている。とにかく色恋沙汰の話題につきないやつでね。冒険者でもないのに、【悲愛(ファルス)】なんて渾名をつけられているほどさ」

 

 キョトンとするベル。俺も多分同じような顔をしているだろう。

 

「恋愛に熱い神、ってことさ。なぁ、ヘスティア?」

「知らないよっ!」

 

 いつの間にか食事をしていたヘスティア様にヘルメス様が笑いかける。そんなヘスティア様の様子は……何だか不機嫌?

 

「なあ、ベル」

「なんでも神様はアポロン様のことが苦手らしいんだ」

「へー」

「後はそうだな……執念深い」

「え?」

 

 ベルが疑問の声を発した直後、大広間の入り口の方がざわめきだした。

 

「おっと……大物の登場だ」




気づいたら6000文字突破。いや、これでも切りがよさそうなところを選んだのですが……。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

憧憬への布告

心の中でずっと思っていたことがありました。……最近タイトル詐欺しているんじゃないか、と。それを今回挽回します!


 大広間の出入り口のところを見ると、そこには銀髪の女神とオッタルさん(俺の憧憬)がいた。

 

「あっ、あれって……」

「フレイヤ様だよ、ベル君。【フレイヤ・ファミリア】の名前は知っているだろう?」

 

 その女神が発する神威に影が反応した。俺の体を包むように魔力があふれ、女神が発する『魅了』の効果を打ち消す。

 

【フレイヤ・ファミリア】。【ロキ・ファミリア】と肩を並べるオラリオ最大派閥だ。構成人数は【ロキ・ファミリア】ほど多くはないが、その質はオラリオ最高と言われている。

 

「──ぬっ!?」

 

 突如、視界の隅にいたヘスティア様のツインテールが震えた。比喩とかじゃなくて本当に。それまで料理をかきこんでいたのだが、バッと振り返ると勢いよくベルに襲い……失礼、飛びかかった。

 

「フレイヤを見るんじゃない、ベル君!!」

「へあっ!?」

「子供達が『美の神』を見つめると、たちまち虜になって『魅了』されてしまう!」

 

 周りを見ると他の【ファミリア】の団員達は口を開けて女神に魅入っていた。男女区別なく。

 

「あれ? トキは平気なの?」

 

 ヘスティア様と格闘しているベルが、フレイヤ様を見ている俺に尋ねてきた。ちらりとヘルメス様に視線を送ると、頷かれたので答えた。

 

「スキルの中に『魅了』を無効化するものがあるんだ。だから俺は大丈夫」

「な、なんだとっ!?」

 

 それに驚いたのはヘスティア様だった。

 

「『美の神』の『魅了』を無効化するなんて一体どんなスキルなんだい!?」

 

 ベルから離れ、俺に詰め寄るヘスティア様。大声を上げたから他の神達にも聞かれたようだ。

 

『フレイヤ様の『魅了』を無効化するだと?』

『ハッタリか?』

『だがあの様子、本当に『魅了』されていないようだぞ』

『どこの【ファミリア】の子だ?』

 

「あの、ヘスティア様。さすがにそれはお答えできません……」

 

「そこを何とかっ!」

「こればかりは土下座されても無理です。ですからここで土下座はやめてくださいね」

「なっ! よ、読まれただと!?」

 

 あ、本当にやるつもりだったんだ……。

 

 それでも土下座しようとするヘスティア様をベルが必死に止めにかかる。土下座を教えたタケミカヅチ様も加わった。

 

「まあ『魅了』がなくてもあの女神様には魅入ってしまいますけどね」

「さすがオレの子。わかっているじゃないか!」

 

『ヘルメスの子だと?』

『じゃああれが【シャドー・デビル】か!』

『うん、【シャドー・デビル】ならありえるな』

 

 ……神達の間で俺の認識はどうなっているのだろうか?

 

「ガネーシャの『宴』から続いて2回目……フレイヤがこうも(おおやけ)に顔を出すなんて、本当に珍しいわね」

「ど、どういうことですかっ?」

「普段フレイヤ様は『バベル』の最上階にいて、人前には全く出てこないんだよ。男神の中には彼女を拝みたいがために、一縷(いちる)の望みを賭けて『宴』へ足を運ぶやつ等もいるくらいだ」

「まあ、『美の神』が普段から出歩いていたら日常的にパニックが起こるだろうな」

 

 ヘファイストス様の呟きに、ヘスティア様を止めに入っているベルが聞き返し、ヘルメス様と俺が補足する。

 

 それにしても普段『バベル』の最上階にいる、か。じゃああの奇妙な視線はフレイヤ様のものなのだろうか? 以前から2週間に1回くらい感じる視線があった。殺意でも好意でもない、ただの視線。……どうでもいいけどその視線の主がフレイヤ様だったらすごく視力が良いんだな。

 

そんな事を考えているとフレイヤ様がこちらに歩いてきていた。その視線の先には……ベル?

 

「来ていたのね、ヘスティア。それにヘファイストスも。神会(デナトゥス)以来かしら?」

「元気そうで何よりよ」

「っ……やぁフレイヤ、何しに来たんだい?」

 

 挨拶するフレイヤ様にヘファイストス様が挨拶を返す隣で、ヘスティア様は土下座の構えをやめ、威嚇するように立ち上がった。

 

「別に、挨拶をしに来ただけよ? 珍しい顔ぶれが揃っているものだから、足を向けてしまったの」

 

 そう言ったフレイヤ様は、男神達に流し目を送る。その視線にヘルメス様はデレデレし、タケミカヅチ様は「おほん」と咳払いをし、ミアハ様は「今宵もそなたは美しいな」と褒めた。タケミカヅチ様は赤面していたことを付け加えておく。

 

アスフィさんの教え、『万が一『美の神』が現れ、ヘルメス様がデレデレし出したら蹴りを叩き込みなさい』の下、先程よりも強い蹴りをヘルメス様の足に叩き込む。

 

「ぐあっ!?」

「ヘルメス様、すいません。これもアスフィさんに言われたことなんです」

「い、いやいい。後でアスフィとじっくりと話し合うから。ただ今のはシャレにならなかった……!」

 

 再びフレイヤ様に視線を戻すと、彼女はすっとベルに手をさしのべ、その頬を撫でる。

 

「──今夜、私に夢を見させてくれないかしら?」

「──見せるかァ!!」

 

 フレイヤ様の問いかけとほぼ同時にヘスティア様が吠えた。その手をはたき落とし、ベルを庇うようにして立つ。そして、そのままベルへの文句へ。

 

「君もなに赤くなっているんだベル君!?」

「ごっ、ごめんなさいぃっ!?」

「いいかい、この女神は男を見れば手当たり次第ペロリと食べてしまう怪物(ドラゴン)みたいなやつなんだ!! (きみ)みたいな子がぼーっとしていると一瞬で取って食われるぞ!?」

 

「はいぃっ……!!」

 

 俺の脳裏に蠱惑的に微笑む竜と、それに魅入る兎が浮かぶ。……あながち間違っていないだろう。

 

「あら、残念。ヘスティアの機嫌を損ねてしまったようだし、もう行くわ。それじゃあ」

「ちょっと待ってくれ、フレイヤ様」

 

 踵を返そうとしたフレイヤ様をヘルメス様が止めた。ん? 何か用件があったかな? というかいつ復活したんですか?

 

「この子が前に神会(デナトゥス)でも紹介したオレの自慢の子だ」

「……はぁ!?」

 

 ヘルメス様は手で俺を指し、紹介した。その行為に思わず変な声を上げてしまった。あろうことか、俺を紹介するためだけにフレイヤ様を呼び止めたの!? どんだけ俺を自慢したいんですか!?

 

「へぇ、この子が……」

 

 そう言ってフレイヤ様はじっくりと俺を見てくる。その舐めるような視線に戸惑うが紹介されたからには名乗らないわけにはいかない。

 

 意を決して1歩前に出ると……すっ、と後ろに控えていたオッタルさんがフレイヤ様の前に出た。

 

「オッタル?」

 

 彼の突然の行動に、フレイヤ様が疑問の声を上げる。

 

「……久しいな」

 

 オッタルさんの口から出た一言。それに全身の産毛が立った。

 

「おやトキ、【猛者(おうじゃ)】と知り合いなのかい?」

 

 ヘルメス様が尋ねてくる。跳ねる心臓をなんとか鎮め、答える。

 

「ええ、前にダンジョンで1度すれ違って──」

「それよりももっと前だ」

「なっ!?」

 

 その言葉に、今度こそ驚きの声を漏らした。

 

 もっと前。それは即ち6年前、俺がこの人を暗殺しようとした時だ。

 

「……覚えていてくれたんですか?」

「俺に傷を負わせたからな。印象深かった」

 

『!』

 

 その言葉に今度は会場全体が息を飲んだ。

 

『あの猛者(おうじゃ)に傷!?』

『おい、どんなことをすればそんなこと出来るんだよ!?』

 

「不意打ちで、しかもかすり傷1つしか付けられなかったんですが……」

 

 ざわめく会場に言い訳するように呟く。息を吐き、再び心臓を鎮める。

 

「……俺は、貴方に憧れて冒険者になりました」

 

『おおぉ』

 

 俺の言葉に会場が再びざわめく。隣でヘルメス様も驚いていた。この話はヘルメス様にはしたことなかったからな。

 

「それで? 冒険者になった貴方は今は何を望むの?」

 

 オッタルさんの後ろからフレイヤ様が声をかけてくる。

 

 目を閉じ、頭をキレイに、雑音を、余計なものを追い出す。

 

「……失礼を承知で申し上げるならば」

 

目を開き真っ直ぐに憧憬を見つめる。

 

「『猛者(あなた)』への挑戦を」

 

 会場の時が止まった。そう錯覚するくらいに静まり返った。

 

「……ふ」

 

 それを破ったのは。

 

「うふふふっ! あはははははっ!」

 

美の神(フレイヤ様)』の笑い声だった。片手を口元に持っていき、お腹を抑えて上品に笑う。

 

「ふふふっ。ヘルメス、貴方の眷族()、予想以上に面白いわね」

「い、いやオレもこれはさすがに予想外だったよ……」

 

  すいません、ヘルメス様。でもどうしても言いたかったんです。

 

「どうするの、オッタル? その子の願いを叶えてあげる? なんならアポロンに頼んで余興としてやらせてあげるわよ?」

「いえ、その必要はありません」

 

 俺の視線に真っ直ぐに答えてくれる。それがとても嬉しかった。

 

「今戦ったとしても勝負にならないでしょう。それはこの者が一番わかっております」

 

 そう、あの時は不意打ちだったから。夜の街だったから。だから傷を負わせられた。今どんなに挑んでも全く相手にならない。

 

()()まで上がって来い」

 

  目を見開いた。それはフレイヤ様にかけた言葉じゃなかった。俺への激励だった。

 

「その時はお前の願いを叶えよう」

 

 そう言ってオッタルさんは下がった。俺は無言のまま一礼した。

 

「それじゃあね」

 

 フレイヤ様はオッタルさんが戻ると今度こそ踵を返し去っていった。

 

「……今度ばかりは心臓が止まるかと思ったよ」

「すいません、ヘルメス様」

「いや、気にしなくていい。それよりも」

 

 俺に向き直るヘルメス様の顔は、遊戯を楽しみにする神の顔だった。

 

「期待してるよ、我が息子よ」

 

 肩を叩かれる。

 

「お任せください、我が神よ」

 

 今度はヘルメス様に一礼した。




……やってしまった~。というわけで(作者の中では)この章の一番、盛り上がる話でした。

次回を番外編を挟みます。番外編でありながら長編ってぶっちゃけどうよ? という感じなのですがリクエストをいただいたからには書きます。

……切りもいいですし、良いですよね?

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Shall we dance?

本編に戻ります。


「──なかなか面白いこと言うなぁ」

 

 俺とオッタルさんのやり取りによって誰もが口をつぐんでいた時、不意にその声が響いた。振り向くとそこにはロキ様と、薄い緑色のドレスを着たアイズさんがいた。

 

「ロキ!?」

「よぉードチビー。ドレス着れるようになったんやなー。めっちゃ背伸びしとるようで笑えるわー」

「お久し振りです、ロキ様」

「ん、久しぶりや」

 

 ロキ様に一礼する。

 

「いつの間に来たんだよ、君は!? 音もなく現れるんじゃない!」

「うっさいわボケー!! 意気揚々と会場入りしたらあの腐れおっぱいに全部持ってかれたんじゃー!?」

 

 ……すいません、オッタルさんに注目していて気づきませんでした。

 

 ふとベルの様子を見てみる。やはりと言っていいのかアイズさんに見惚れていた。アイズさんも着なれないドレスを身に纏っている所為か顔を伏せている。あ、顔を上げたアイズさんとベルの目があった。再びうつむくアイズさん。そのままロキ様の影に隠れた。……なんだろうすごくかわいい。

 

「……えいッ」

「いたいっ!?」

 

 あ、嫉妬したヘスティア様がベルの太ももをつねった。

 

「ふーん、その少年がドチビの眷族()か……」

 

 ロキ様はベルに近づき、その姿をジロジロと観察する。そして。

 

「何だかぱっと冴えんなぁ。うちのアイズたんとは天地との差や!」

 

 ベルに強烈な攻撃。ふらりとベルの体が揺れた。

 

「前のように直接言い争っても勝てないと知って、今度は眷族(こども)自慢かい!? あーやだやだっ、浅はかで見苦しい!」

「──あァん?」

 

 ビキッ、とロキ様の額に青筋が走る。

 

「そもそもそっちのヴァレン何某よりボクのベル君の方がよっぽど可愛いね! 兎みたいで愛嬌がある!!」

「笑わすなボケェ!! うちのアイズたんの方が実力もかっこよさも百万倍上や!?」

 

 そこから始まる眷族自慢。それを見た俺はというと……素早くベルに近づき、その肩を叩く。

 

「俺が時間を稼ぐ。アイズさんと話してこい」

「え、ええぇ!?」

「さっさと行けっ」

 

 背中を押し、自らは2柱の女神の口論の間に入る。

 

「お止めください、お二人とも」

「ちょ、何をするんだいトキ君!!」

「せやせや! そこの分からず屋にアイズたんの魅力をわからせてやるんや!」

「こっちこそ、ベル君がいかに可愛いかその無乳にわからせてやるんだ!」

「だれが無乳やと!?」

 

 俺を挟んで再び口論を始めようとする女神達。

 

「落ち着いてください。その程度で怒っていては神としての器が知れてしまいますよ?」

「「あァん?」」

 

 怒りの矛先がこちらを向いた。女神達が口を開く前にさらに言葉を続ける。

 

「お二人がいかに自らの眷族を愛しているかは自明の理。であるならば、相手の言う言葉などに異を返さない方がより器の大きな女神、となるでしょう」

「器の大きい……」

「女神……」

 

 お互いに視線を合わせるロキ様とヘスティア様。

 

「ふん、今日のところはこれで勘弁してやろう。なんせ僕は器の大きい女神だからね!」

「ハッ、それはこっちの台詞や。まあ、うちの方がより器が大きいから、ドチビが何をゆーてもまったく気にならんけどな!」

 

 ふいっ、と顔を逸らす女神達。これで喧嘩は避けられた。

 

『何、だと……!』

『あのロリ巨乳とロキ無乳の喧嘩を』

『止めた、だと!?』

『【シャドー・デビル】、恐るべし』

 

 ……何でだろう。ただ喧嘩を止めただけなのに、こう、いたたまれない気持ちになるのは。

 

「しかし、ロキ様」

「ん? なんや?」

「先程から気になっていたのですが、何故男性用の礼装なのですか?」

 

 ロキ様の姿はタキシードであった。ドレスを着たアイズさんと一緒にいると主従が逆転しているかのようだ。

 

「何や、からかっとるんか?」

「いえ、そういう気持ちは全く」

「……まあ、ええやろ。ちゅーか分かるやろ? うちみたいなもんがドレスを着ても似合わへんのは」

 

 やけくそ気味に言うロキ様。しかし、俺はそうは思わなかった。

 

「そうですか? ロキ様もドレスを着たらお似合いになると思いますが?」

 

『……はあ?』

 

 あれ、何で会場全体で同じ反応なんだろう?

 

「正気か、自分?」

「正気ですよ。というかドレスが似合わない女性はいません。もしロキ様のドレス姿が似合わないと思われるのであれば、それは見る者の目がないのか、ドレスがロキ様に合わなかったのでしょう。個人的には赤いドレスなんかがお似合いになると思いますが?」

「……ファイたんみたいなやつか?」

 

 ファイたん? と頭に疑問が浮かぶが、すぐにヘファイストス様だと気づく。ヘファイストス様のドレスは紅玉(ルビー)のような光沢のあるドレスだった。

 

「いえ、ヘファイストス様の紅玉(ルビー)のように輝く色ではなく、冬の家を温める炎のようなドレスです」

「……さよか。トキがそこまで言うんやったら今度機会があったら着てみるわ」

 

 恥ずかしそうにそっぽを向くロキ様。

 

『……おい、誰だよあの可愛い生き物』

『確か……ロキ?』

『……やべぇ今俺、不覚にもトキメキかけた……。末期かな……?』

 

 外野が何か言っている。そこでふと、悪戯心が芽生えた。

 

「我が主神は自分が幼い頃に言ってくれました。女性とは紅玉(ルビー)緑玉(エメラルド)のような違いはあれど、皆等しく美しい、と」

「ぶふっ!」

「お、おい、トキ!?」

 

『『『『『クッセェー!?』』』』』

 

 タケミカヅチ様が吹き出し、ヘルメス様が驚愕の声を上げる。直後たちまちヘルメス様に神々が殺到する。

 

『おいヘルメス、そんなこと言ってたのか!?』

『くさい、くさすぎるぞ!?』

 

「いや、待ってくれっ! あれはあの子が勝手に……」

 

『おいおい言い逃れするつもりかよ!』

 

 慌てふためくヘルメス様の様子に口端を釣り上げる。その後、足元から影を伸ばし、ベルの靴を叩く。ちらりとそちらを見るとベルは意図を察してくれたのか、アイズさんから離れていった。

 

「それではロキ様。また後程」

「あ、う、うん」

 

 身をひるがえし、ベルに近づく。

 

「……いいの、あれ?」

「後でフォローに行く。それよりもどうだった?」

「えっと、うん。ちょっと話せた。ありがとう」

「そうか」

 

 それだけ話し、ベルから離れる。いざ、神々の群れの中へ。

 

  ------------------

 

 神々と交流を深め、勧誘を断り続けて2時間程が過ぎた。どこからともなく流麗な音楽が流れ始める。

 

「トキ、オレは少し外すから誰かと踊ってきなさい」

 

 ヘルメス様はそう言うと給仕に何か言って、グラスを受けとり窓際へ移動していく。その先には……ベルがいた。

 どうやらヘルメス様はベルの事が気になっているらしいし、俺も目当ての人を探そう。

 

 顔を巡らせると目当ての神物(じんぶつ)はすぐに見つかった。人を避けつつ、真っ直ぐに近づく。片手を差し出し、頭を垂れる。

 

「女神よ、私と一曲踊って頂けませんか?」

 

 手を差し出された女神、ロキ様はキョトンとした顔をしていた。さらに周囲から驚きの声が上がる。

 

「え、いや、え?」

「踊って頂けませんか?」

 

 キョロキョロとロキ様は辺りを見渡した後、恐る恐る手を握った。その手を握り返し、広場の中央に移動する。手を握っている反対側の手をロキ様の腰へ回すと、ロキ様も俺の肩に手を置く。そして、曲に合わせて踊り始める。

 

「……なあ、なんでうちなんや?」

「踊ってみたかったから、ではいけませんか?」

「……まあ、別にええけど……」

 

 顔をうつむかせるロキ様を先導(リード)する。

 

「……なんや自分、慣れてへんか?」

「ええ、まあ。【ファミリア】の先輩にスパルタで教えてもらいましたから」

 

 トキ・オーティクス

 舞踏Lv.4

 アスフィ仕込みのダンス。初心者でも上手く先導(リード)することができる。

 

「そういうロキ様は慣れていないご様子ですか……?」

「……ダンスなんか、男役ならともかく、女役なんて踊ったことあらへん」

「では、私がロキ様と初めて踊った、ということですか?」

「……まあ、そうなるなあ」

「それは光栄ですね」

 

 道化師(トリックスター)と呼ばれるロキ様をからかいながらしばらく踊っていると、見知った男女が踊っているのが見えた。

 顔を真っ赤にしているベルと、表情は乏しいが照れているアイズさんだ。ちらりと広間の端に目をやるとヘルメス様がヘスティア様を押さえ込んでいた。

 

 何となく察してベル達から離れる。

 

『──うおおおおおおおおおおっ!! こらあロキィッッ!! 何を悠長に踊っているんだあああああああああっ!! 早く二人を止めろおおおおおおおおおお!!』

 

 しかしそんなヘルメス様を掻い潜り、ヘスティア様の絶叫が響く。

 

「はあ? ドチビ何言うて……うおおおおおおおおおおっ!? アイズたん、何をやっとるんやー!?」

 

 ヘスティア様の叫びに、ロキ様もベルとアイズさんが踊っていることに気がつく。離れようとするロキ様の手を強く握り、腰に当てる手にさらに力を入れる。

 

「ダメですよ、ロキ様」

「な、何するんや!?」

「今貴方は俺と踊っているんです。他の事に気をとられないでください」

「な、な、な!?」

「踊り終わるまで、この手は離しませんよ?」

 

 顔を近づけ囁くように言葉を発する。それからロキ様は大人しく俺に先導(リード)され、踊り続けてくれた。




ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

開戦へのカウントダウン

思った以上に可愛いロキが人気です。……いや、本当に想像の遥か上を行ってました。


 ダンスを終えた俺とロキ様はヘルメス様の元に向かう。最後までロキ様を先導(リード)し、手を放す。あっ、とロキ様は声を漏らした。

 

「いやー中々見事だったよ、二人とも」

「ありがとうございます、ヘルメス様」

 

 未だにヘスティア様を押さえているヘルメス様の言葉を受けとる。ヘスティア様の様子に、そういえばまだベルとアイズさんは踊っているからロキ様を押さえないと、と思い出し彼女の方を見る。

 ロキ様は何やらぼーっとした表情をして、その場から動いていなかった。

 

「……ロキ様?」

 

 手を顔の前で振ってみる。……反応なし。

 

「おーい、ロキ様ー?」

 

 少し大きな声で呼び掛けてみるがやはり反応がない。

 

「トキ、ロキの耳元で囁くように呼び掛けてごらん?」

 

 ……何やらニヤニヤとした顔でヘルメス様がアドバイスをくれたので実践してみる。

 

「ロキ様?」

「わひゃあ!?」

 

 飛び退かれた。……地味にショックだ。

 

「い、いきなり何するんや!?」

「いえ、先程から呼び掛けていたのですが応答がなく、ヘルメス様のアドバイスを実践してみたのですが……」

「ヘルメスの?」

 

 ロキ様がヘルメス様の方を見る。ヘルメス様は未だにニヤニヤしていた。それを見たロキ様はヘルメス様の顔面に拳を叩き込む。

 数歩後ろに下がったヘルメス様はその際にヘスティア様の拘束を解いてしまった。

 

「おい、ドチビ、手ぇ貸せや」

 

 明らかに怒っているロキ様。

 

「いいだろう。今回ばかりは君に協力しよう」

 

 ツインテールが荒ぶっているヘスティア様。

 

 女神達はヘルメス様の肩を掴むと、会場の隅の方へ引きずっていく。間もなくヘルメス様の絶叫が響き渡った。

 

 続けてヘスティア様がベル達に突撃しようとするが、さすがにそれは阻止する。

 

「何をするんだ、トキ君!? 離したまえ!」

「すいません、親友の恋路くらい手伝ってやりたいですから」

 

 今度は俺がヘスティア様を押さえる役になってしまった。これではロキ様を押さえられない、と考えているとロキ様は大人しく俺の方に寄っていた。

 

「な、なあトキ?」

「何ですか?」

「な、何か欲しいもん、あるか?」

「……いきなりどうしたんですか?」

 

 突然の申し出に頭に疑問が浮かぶ。

 

「せ、せやから、その……あれやっ。いつも世話になっとるし、今日もええ経験させてもろうたから、お礼したろうかなーて」

「いや、別に見返りは求めてないのですが……」

「ええから言うてみ!」

 

 何やら顔を赤くして迫ってくるロキ様に圧され、考えてみる。………………あ、そうだ。

 

「それなら、【シャドー・デビル】以外の二つ名が欲しいです」

「ん? 何やその名気に入らんの?」

「いえ、確かに【シャドー・デビル】は俺のもう1つの名前と言っても過言ではないのですが、その、悪名みたいなものですから……」

 

 この名前が付けられたのは、俺が闇討ちで【ファミリア】を潰してしまったことに由来する。中々いい名前ではあると思うが……どうしても物騒なイメージが湧いてくる。

 

「【ランクアップ】もしましたし、できれば冒険者としての二つ名が欲しいなー、って思いまして」

「……ええやろ。そんならうちが次の神会(デナトゥス)までに考えておくわ」

「あ、我が儘を言ってもいいのでしたらなるべく短めでお願いします。あんまり長いと名乗り辛いので」

 

『【シャドー・デビル】の二つ名か……』

『こいつはちょっと本腰入れて考えてみるか……』

『長いのは禁止か……こういう縛りを入れるのも案外面白いな……』

 

 話を盗み聞きしていた神々がウンウンと唸り始める。……いや、そこまで真剣に考えてもらわなくても……。

 

「か、神様!? 何やってるんですか!?」

 

 広間の中央からベルとアイズさんが戻ってきた。アイズさんを先導(リード)し終えたベルがこちらに近づいてくる。

 

「お前とアイズさんが踊り終わるまで、ヘスティア様を押さえてたんだ」

「え、えーっと、ありがとう?」

「じゃ、後頑張れよ」

 

 そう言ってヘスティア様の拘束を解く。自由になった彼女は俺を睨んだ後、ベルに飛びついた。

 

「ベル君っっ、今度はボクと踊ろうぜ!!」

 

 その言葉にはっ、としたロキ様もアイズさんに飛びついた。

 

「アイズたんもうちと踊ろー!! 拒否権はなしやァ! 何ならアイズたんが男役でもええでェ!」

 

 鬼気迫る様子で己の眷族に迫る2柱の女神。ベルは苦笑しながら、アイズさんは戸惑いながら応じようと手を動かす。

 

「──諸君、宴は楽しんでいるかな?」

 

 しかし、その行動は突如響いた声に遮られた。

 

 声の主、アポロン様は従者を連れて、ベル達と相対するように立ち止まる。いつの間にか流麗な音楽は止まっていた。

 

「盛り上がっているようならば何より。こちらとしても、開いた甲斐があるというものだ」

 

 主催者の言葉に人が集まる。瞬く間にアポロン様を中心とした円が出来上がった。

 

「遅くなったが……ヘスティア。先日は私の子が世話になった」

「? 何の事だい?」

 

 笑みを浮かべるアポロン様に、ヘスティア様は首を傾げる。その様子にアポロン様は目を見開く。

 

「惚けるつもりかい?」

「惚けるも何も……先日の件でベル君はいっさい手を出していない、と聞いたよ?」

 

 追求するアポロン様にさらに首を傾げるヘスティア様。アポロン様はそんなヘスティア様を無視し、再び笑みを浮かべる。

 

「私の子は君の子に重傷を負わされた。代償をもらい受けたい」

 

 その言葉にヘスティア様は驚愕した。

 

「言いがかりだ!? さっきも言ったけど、ベル君は君の子には指1本触れていない! これはベル君本人から聞いたことだ!」

「だが私の愛しいルアンは、あの日、目を背けたくなるような姿で帰って来た……私の心は悲しみで砕け散ってしまいそうだった!」

 

 アポロン様は演劇のように胸を押さえ、次いで両手を広げ嘆く。従者達も泣く素振りを見せる。

 そこによろよろと近づく小さな影があった。

 

「ああ、ルアン!」

 

 アポロン様はそれに駆け寄る。それはミイラのように全身を包帯で巻かれた小人族(パルゥム)であった。

 

「痛えぇ、痛えよぉ~」

 

 その様子にさすがに心配になった俺はベルに駆け寄る。

 

「なあ、俺はあそこまで相手をボコボコにしたのか!?」

「してない、してないよ!? 大体、トキが本気になったらあんな程度で済むわけないでしょ!?」

 

 そのベルの発言にざわめいていた会場が静まりかえる。

 

「おい、それどういう意味だ?」

「だってトキが本気で喧嘩なんてしたら、まず自分で歩くなんてできるわけないでしょ!?」

 

 ……否定できない。

 

「しかもあの時、トキはまともな反撃はしてないよ? あの小人族(パルゥム)だって、トキに捕まって盾にされたくらいだったよ」

「いや、それ十分危ないから」

 

 子供たちのやり取りにその場にいた神々がベルが言っていることは嘘ではない、と感じとる。そして白い目で見られたアポロン様は、咳払いをした後、再びヘスティア様に向き直る。

 

「とにかく、私の子はヘスティアの子がけしかけたその子に、ボコボコにされた。証人も多くいる、言い逃れはできない」

 

 パチン、と指を弾くと、周囲を囲む円から複数の神々と団員が歩み出てくる。彼等は口々にアポロン様の言葉を肯定する。その顔は、一様にゲスな笑みを浮かべていた。

 

「待て、アポロン」

 

 そう言って近づいてきたのはヘルメス様だった。どうやら復活していたらしい。

 

「手を出し始めたのはそちらから、とオレはベル君から聞いている。さらにトキは一人じゃ帰ってこられないほどフラフラになって帰って来た。ヘスティアだけを責めるのはお門違いじゃないのかい?」

「……ヘルメス、まさか君がヘスティアを庇うとはね。しかし無意味だ、此方には多くの証人がいる。そんな事が嘘だとすぐに分かるぞ?」

 

 ヘルメス様の訴えをアポロン様は一蹴りした。今この状況においては、数で勝るアポロン様の方が断然有利だ。

 

「団員を傷つけられた以上、大人しく引き下がるわけにはいかない。【ファミリア】の面子にも関わる……ヘスティア、どうあっても罪を認めないつもりか?」

「くどい! そんなもの認めるものか!」

「ならば仕方がない。ヘスティア──君に『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を申し込む!」

 

 その言葉に、ベルとヘスティア様、そして俺も固まった。

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)』とは言わば神の代理戦争。対立した【ファミリア】同士で行われる決闘。眷族を駒に例え、【ファミリア】全てのものを賭けて行われる総力戦。

 勝利した【ファミリア】の主神は敗北した【ファミリア】の主神から何でも、それこそ命さえも奪うことができる、遊戯という名の戦争。

 

『アポロンがやらかしたぁー!!』

『すっっげーイジメ』

『逆に見てみたい』

 

 面白いことが大好きな神々は進んでアポロン様を支持する。

 

「我々が勝ったら……君の眷族、ベル・クラネルをもらう」

 

 その言葉に、全てを理解した。つまりあの酒場での一件もこの『神の宴』も全てベルを引き込むための策略か。

 そう考えた瞬間、殺気が溢れだした。

 

『!』

 

 直ぐ様団員達が己の主神を庇う。だがそれでも大半の団員は震えていた。

 

 俺はというと、アポロン様を睨み付け、その手に短刀を呼び出し──

 

「トキ」

 

 ポン、と肩を叩かれた。振り返るとヘルメス様が笑って俺を見ていた。

 

「急用を思い出した。帰るよ」

「……わかりました」

 

 渋々殺気を押さえ、短刀を消す。

 

「先に行って帰る支度をしておいてくれ。オレはアポロンとちょっと話していく」

 

 黙って頷き、出入り口に向かう。

 

  ------------------

 

「さて、アポロン。盛り上がっているところ悪いけど、オレは帰らせてもらうよ」

「……あ、ああ、いいだろう」

「それと、1つ忠告しておこう」

「忠告?」

 

  笑みを引き釣らせながらアポロンはヘルメスに問う。

 

「……君は悪魔(あの子)の怒りを買った。それ相応の譲歩を期待しているよ」

 

 そう言ってヘルメスは身を翻した。

 

「あ、そうそう」

 

 くるりと振り向き、アポロンの近くにいるルアンに目を向ける。彼はトキの殺気に腰を抜かしていた。

 

「君、重傷なようだけど、転んだりして大丈夫かい?」

 

 そう言って今度こそヘルメスは会場を後にした。

 

  ------------------

 

 夜も更けた高級住宅街で、二人用の馬車を漆黒の馬が引いていた。御者を務めているのは礼装を纏ったトキである。

 

「トキ」

「……何ですか?」

「悪いが【アポロン・ファミリア】には手を出さないでくれ」

 

 トキは馬車の中にいるヘルメスの言っていることが最初わからなかった。次第に頭が理解し、怒りの声を出そうと口を開く。

 

「その代わり、ヘスティアとアポロンの『戦争遊戯(ウォーゲーム)』に君を出場させる」

 

 しかしそれは、ヘルメスのさらなる言葉に遮られた。

 

「……できるんですか?」

「アポロンは天界からの付き合いだ。何だかんだで丸め込める」

 トキには馬車の中にいるヘルメスの様子はわからなかった。だがいつもと雰囲気が違うとは感じていた。

 

「……アポロン、君はオレの子をコケにした」

 

 ヘルメスは馬車の中でトキに聞こえない程度の声で呟く。

 

 今回の件、トキはまんまとベルを貶めるダシに使われた。その事にヘルメスは珍しく怒っていた。

 

「この代償は支払ってもらうぞ」

 

 カタカタと馬車を引く音が聞こえる。トキとヘルメス。二人の目には怒りの感情が宿っていた。




……やっぱりアポロンがヘスティアに『戦争遊戯』を仕掛けるところは無理矢理感がハンパない。でもこれ以上上手くできませんでした。すいません。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

行き場のない殺意

どうやら作者にはトキの感情が不安定になると何かしらのポカをやる傾向があるようです。そういう時はいつも冒頭のところでトキに言い訳をしてもらっています。本当にトキには感謝しています。

それでは作者の言い訳からどうぞ。


 魔法具(マジックアイテム)であるペンを置き、今しがた手紙に書いた内容を確認する。2度の見直しにより、問題ないと判断し、手紙を封筒の中へ。

 

「まさか、使うとは思わなかったな……」

 

 封筒を閉じ、悪魔の翼のエンブレムの封蝋(ふうろう)を捺す。

 この封蝋は1年前にヘルメス様が俺の噂に悪ノリし、アスフィさんに作らせたものだ。何でも【デビル】だから悪魔の翼だとか。

 

 昨晩、ヘルメス様はヘスティア様が断ったにも関わらず、俺を『戦争遊戯(ウォーゲーム)』に出場させる、と言った。つまりヘルメス様はアポロン様が何かしらの手段を使って、ヘスティア様に『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を承諾させるつもりだ、ということを予想している。

 さらに昨晩のやり取りから、アポロン様は策を巡らせるが、アドリブに弱いという事が判明した。まあ、そうでもなければヘルメス様に丸め込まれたりはしないだろう。

 

 一晩寝て、頭もだいぶ冷えたようだ。今日は仕事なのでダンジョンには行かない。さすがの【アポロン・ファミリア】も昨日の今日で騒ぎを起こしたりしないだろう。

 

 手紙を影の中にしまい、開店させようと看板を持って外へ出る。

 

 すると何やら外が騒がしい。不思議に思っていると中央広場のほうからレフィーヤが走ってきた。

 

「レフィーヤ、いったい何があったんだ?」

「ベ、ベルが……【ヘスティア・ファミリア】が【アポロン・ファミリア】に襲われてる!」

「何っ!?」

「私は団長から介入するな、って言われてるけどせめてトキに知らせようと──」

「ありがとう!」

 

 看板を投げ捨てるように置き、西のメインストリートを目指し走る。中央広場を通り過ぎると魔法らしき爆発が見えてくる。そこまで最短ルートで行こうと、建物の屋根に跳び移る。

 

「トキ、待ちなさい」

 

 そこで声をかけられた。振り向くとヘルメス様とアスフィさんがいた。

 

「手出しをするな」

 

 ヘルメス様の言葉に頭が真っ白になる。

 

「何故ですか!?」

「今手出しをするのはまずい。下手をすれば派閥を巻き込むことになってしまう」

 

 ヘルメス様に言われ、歯を噛み締める。

 

 1年前の【ファミリア】壊滅の時、俺はまだヘルメス様から正式に『恩恵』を授かっておらず、最悪の場合切り捨てられる状況だった。

 だが今では『恩恵』を授かり、【ヘルメス・ファミリア】の正式な団員となった。ただでさえ昨晩、中立を気取るヘルメス様がスタンスを曲げて弁明してくれたのに、これ以上は迷惑をかけられない。

 

「なら──」

「言っておくけど改宗(コンバーション)も認めない」

 

改宗(コンバーション)』。今の派閥を抜け、他の派閥に移籍する儀式。これならば【ファミリア】に迷惑をかけないだろう、という俺の目論見は再びヘルメス様に却下された。

 

「君は次期団長だ。今は好きにさせているけど、そのうち色々と制限がつく。それを今学んでくれ」

 

 それに、とヘルメス様は言葉を続ける。

 

「オレは、いやオレだけじゃない。アスフィや他のみんなだって君にいなくなって欲しくないんだ。悪いとは思うが今は耐えてくれ」

「……はい」

 

 ヘルメス様に対する返事は、自分で意識したわけでもないのにかなり掠れた声だった。

 

 その後、ヘルメス様達と一緒にベルの様子を観察する。ヘスティア様を庇いながら必死に逃げ回るベルの姿を見ていると、何もできない自分に腹が立つ。

 

 怒りで顔が歪む。体が震える。奥歯を痛いほど噛み、両手を握りつぶす程に拳を握る。

 

 その時、【アポロン・ファミリア】の団員達が今いる屋根の近くに現れる。

 

「おい、貴様! いったいなんのつもりだ!?」

 

 そいつらのリーダーと思われるエルフが尋ねてくる。

 

「何の事だ?」

 

 口から出た声は思いの外、低いものだった。

 

「とぼけるな! その殺気は一体なんだ!?」

「リッソス、こいつ【シャドー・デビル】だ!」

「と言うことは、【リトル・ルーキー】の仲間か!」

 

 次から次へと【アポロン・ファミリア】の団員達が駆けつけ、武器を構える。ヘルメス様を守ろうとアスフィさんも短剣を抜く。

 

「私達は戦うつもりはありません。武器を納めてください」

「はったりだな。そんなこと誰が信用するか!」

 

 アスフィさんの言葉も一蹴し、今にもこちらに襲いかかってきそうになる。

 

「……俺達はただ観戦しているだけだ」

 

 既に取り囲まれ、逃げ場はない状況。だがそんな状況でも俺は武器を抜かなかった。

 

「だがそちらから襲いかかってくるというのなら──」

 

 無意識に溢れ出ていた殺気を、リーダーと思われるエルフに向ける。

 

「殺すぞ?」

 

 それだけでエルフは腰を抜かした。手に持つ短剣が震えている。

 

「いやー済まないね。今、彼はものすごく殺気立ってるんだ」

 

 そんな中、ヘルメス様がきわめて明るい声で【アポロン・ファミリア】の団員に呼び掛ける。

 

「本当にオレ達はこの騒動を観戦しているだけさ! こっちから手を出すことはない!」

 

 大袈裟な身振りで【アポロン・ファミリア】の団員達を説得する姿は何かの芝居のようだ。

 

「だけど彼が言ったように手を出されると……このヘルメスの派閥とまず戦争することになるけど……どうする?」

 

 その言葉に【アポロン・ファミリア】の団員がざわめく。

 

【ヘルメス・ファミリア】は中堅派閥だ。しかし構成人数も決して少ないわけでもなく、さらに【万能者(ペルセウス)】、【シャドー・デビル】がいる【ファミリア】だ。ある意味、【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】よりも得体の知れない【ファミリア】である。

 

「ほ、本当に手を出さないんだな?」

「ああ、本当に本当さ! そこは安心してくれ!」

「……わかった。その言葉を信じよう」

 

 そう言ってエルフが他の団員に立たせてもらった後、【アポロン・ファミリア】の団員達はベルを追うために去っていった。

 

「よく我慢してくれた」

「……これで約束を破ったら本当にどうなるかわかりませんよ?」

「大丈夫だ、任せてくれ!」

 

 ヘルメス様を睨んだ後、再びベルの方へ視線を送る。ベル達は今までとは明らかに違う方向に移動していた。

 

「そろそろかな? アスフィ、トキ追いかけるよ」

「はい」

「……了解」

 

  ------------------

 

 ベル達が向かった先にあったものは【アポロン・ファミリア】のホームだった。

 

 ヘスティア様が門番を押し退け、敷地内に入る。石造りの屋敷の前には襲撃を警戒していたかのように大勢の団員が待ち構えていた。さらにアポロン様が屋敷から出てくる。

 

 ヘスティア様はアポロン様に伴っていた小人族(パルゥム)から何やら手袋を受け取り、それをアポロン様の顔に投げつけた。そして。

 

『上等だっ! 受けて立ってやる、戦争遊戯(ウォーゲーム)を!!』

 

 遠くにいても聞こえる大声で宣言した。

 

『ここに神双方の合意はなった──諸君、戦争遊戯(ウォーゲーム)だ!』

 

 続けてアポロン様が高らかに叫ぶ。

 

『いぇええええええええええええええええええッ!!』

 

 するといつの間に隠れていたのか、屋敷のいたるところから神々が現れる。

 

 そんな中、俺はチラリとヘルメス様を見る。ヘルメス様が頷くと、直ぐ様ベルに向かって駆け出す。

 

 ベルの元にたどり着くと、ヴェルフが何やらベルとヘスティアに話をしていた。

 

「ベルッ!」

「っ、トキ!?」

 

 こちらに気づいたベルに駆け寄る。

 

「すまない」

「ううん、トキにはトキの事情があるもん」

 

 やはりベルは俺達が見ていることに気がついていた。

 

「ベル、これを」

 

 影から今朝書いた手紙を取り出す。

 

「これは?」

「アイズさんへの紹介状だ。無下にはされないはずだ、役立ててくれ」

 

 俺の言葉にベル達が目を見開く。

 

「お前はこうなるってわかってたのか?」

「俺じゃなくてヘルメス様が、だな。保険のために書いておいたんだ。まさかこんなに早く使うことになるとは思わなかったけど」

 

 ヴェルフの問いかけに顔を険しくしながら答える。

 

「そうだ。トキ、リリが【ソーマ・ファミリア】に連れ去られたんだっ!」

「何だと!?」

 

 道理でリリがいないはずだ。

 

「わかった。ヴェルフ、明日お前の工房の前に協力してくれそうな人を集めてくれ」

「かまわないが……どうするんだ?」

「今日中にリリの居場所を突き止めて、明日取り返しに行く」

「なっ!?」

 

 その言葉にヘスティア様が瞠目する。

 

「……わかった。リリのこと頼んだよ」

「任せろ」

 

 ベルと拳をぶつける。ベルはそのまま走り去っていった。

 

「じゃあヴェルフ、頼んだ」

「いいけどよ、当てはあるのか?」

「まあな」

 

【ソーマ・ファミリア】についてはリリの件が解決した後から調べていた。

 

 調べた中で、他所から施設を借りずに人を監禁できそうな場所は2ヶ所。【ソーマ・ファミリア】のホームともう1つである。しかしホームは実質機能していないことから、可能性が高いのはもう1つの方だ。

 

 俺はアスフィさんの元へ急いだ。アスフィさんの魔法具(マジックアイテム)、『ハデス・ヘッド』を借りるために。




最近、感想が増えてきてここ二日ほど嬉しい悲鳴を上げております。これからもこの作品をよろしくお願いします。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リリ奪還作戦

リリの奪還を原作よりも予定を早めてお送りします。


 ヘスティア様の戦争遊戯(ウォーゲーム)承諾宣言から一夜明け、時刻は午前10時。オラリオの北東区域にあるヴェルフの工房前。そこにリリ奪還作戦のメンバーは集まっていた。

 

「最初に確認しておきたいことがある」

 

 集まった全員の顔を見渡し、口を開く。

 

「この中で破壊力がある魔法を使えるやつはいるか?」

「いや、俺は使えない。お前らは?」

 

 俺の問いにヴェルフが否定し、その視線を【タケミカヅチ・ファミリア】のメンバーに移す。

 

「俺達の中にもそういう者はいない」

「そうですか……。ナァーザさんは?」

「私も無理」

「となると……ヴェルフ、無礼を承知で尋ねるが、今すぐに使える『魔剣』はあるか?」

 

 その質問にヴェルフはピクリと眉を動かしたが、文句を言わずに答えてくれた。

 

「……ねぇな。昨日の段階で言ってくれれば1本は作れたかもしれないが」

「それは俺のミスだな。気に触ること言って悪かったな」

「いや問題ない」

「となると作戦はプランBだな。じゃあ皆、これを見てくれ」

 

 そう言って懐から取り出したのは1枚の羊皮紙。

 

「これは?」

「リリが捕らえられている、【ソーマ・ファミリア】の酒蔵の見取り図だ」

 

 その言葉に皆が驚愕する。

 

「ほ、本当に1日で調べてきたのかい!?」

 

 皆の意見を代表するようにヘスティア様が声を上げる。

 

「賭けでしたけどね。まあ分の悪い賭けではなかったですけど」

 

【ソーマ・ファミリア】の施設はそう多くない。その中で人を監禁できそうな場所は、ホームとこの酒蔵のみ。だがホームはあまり機能しておらず、人を閉じ込めるのであれば酒蔵だと睨んでいた。

 

 まあ当てが外れた場合盛大に恥をかくことになるのだが、当たってよかった。

 

「この酒蔵の地下に牢屋がある。その1つにリリは監禁されていた」

「されていたって……まるで見てきたような口振りだな」

「ああ、実際に見てきた」

 

『……はあ!?』

 

「どうやってだい!?」

「すいません、そこは企業秘密です」

 

 まあ、言ってしまえば『ハデス・ヘッド』をかぶって『透明状態(インビジビリティ)』となり、普通に見てきただけだ。その際にこの地図も作った。

 

「話を進めるぞ。見ての通りこの酒蔵にはいくつか出入り口があるが、正面を除いてどこも狭く、乗り込んで戦闘をするには狭すぎる」

「トキ殿がもう一度忍び込んで、リリ殿を密かに拐ってくるのではダメなのですか?」

 

 命さんが先程の俺の発言を思い出したのか、そんな疑問を投げかけてくる。

 

「それだと根本的な解決にならない。今回の作戦の第1目標はリリの奪還だが、第2目標はリリを【ソーマ・ファミリア】から解放すること。ただ連れ出しただけだとまた連れ戻される可能性があるからな」

 

「さっきの破壊力がある魔法ってのは?」

 

 今度は桜花さんだ。

 

「この人数で乗り込むにはどうしても正面から入るしかない。だが破壊力のある魔法なら壁を破壊して乗り込むことができる。相手の意表もつけるしな」

「でもそれならお前がやればいいんじゃねえか?」

 

 ヴェルフが尋ねてくる。俺の魔法【ケリュケイオン】なら確かに可能だろう。

 

「……悪いが俺は今回、表立っての協力はできない」

「な、何でだよ!?」

「ヘルメス様に止められているからだ。ここで俺が出張ると【ヘルメス・ファミリア】全体に迷惑がかかる恐れがある」

「……そうか」

「すまない……」

 

 頷いてくれるヴェルフに謝罪する。

 

「き、気にする必要はないさ! 君はサポーター君の居場所をこんなにも早く見つけてくれた、それだけでボク達は十分助かってる!」

「……そうだな。ヘスティア様のおっしゃる通りだ。お前にばかりおんぶにだっこじゃ気が済まないからな」

「……ありがとう。話を戻すぞ。そこで、突入のルートは自然と正面からになる。ホームが手薄な分警備の人数は多いが、昨日の騒動の所為か妙に浮き足立ってる。今なら混乱に乗じてリリを奪還できるだろう」

「わかった」

「リリを奪還した後は、ソーマ様へリリの改宗(コンバーション)の説得だ。これに関してはヘスティア様、お願いします」

「任せてくれ!」

「酒蔵は『ダイダロス通り』の近くにあります。これがその周辺の地図です」

 

 ヘスティア様に2枚の地図を渡す。ヘスティア様は受け取った地図を見て何度か頷いた。

 

「協力ありがとう。後はボク達に任せてくれ」

「肝心なところでお役に立てず、申し訳ありません」

「さっきも言ったけど気にしないでくれ。それじゃあ皆、行こう!」

 

『はい!』

 

 ヘスティア様を先頭にその場から去っていくヴェルフ達。

 

 彼等の姿が見えなくなった後、周りに誰もいないことを確認した俺は影から『ハデス・ヘッド』を装着する。

 俺は今回、協力することができない、()()()()()。つまり誰にも気づかれなければ問題ない。

 

透明状態(インビジビリティ)』となった後、俺はヴェルフ達の後を追いかけた。

 

  ------------------

 

 オラリオ東南部、『ダイダロス通り』近くの【ソーマ・ファミリア】の酒蔵にて、ヘスティア様率いるリリ奪還チームと【ソーマ・ファミリア】の団員がしのぎを削っていた。

 技や駆け引きでは【タケミカヅチ・ファミリア】やヴェルフ、ナァーザさんの方が上手だが、【ソーマ・ファミリア】側はホームを空けている分、人数が多い。

 

 その戦闘の横を通りすぎ、最短ルートで地下牢へ向かう。すると、地下牢までもうすぐというところでリリ本人がいた。

 

 リリは壁に取り付けられている明かり取り窓に飛び付いていた。壁の向こう側ではヴェルフ達が戦闘している。

 

「リリは大丈夫ですから、早く逃げてください!?」

 

 リリが鉄格子を握り締めながら叫ぶ。

 

「そうはいかない!! 君を連れ帰るまで、ボク達はここにいる!」

 

 壁の向こう側からヘスティア様の叫び声が聞こえた。

 

「どうしてっ!? もうご迷惑をおかけしたくなかったから、ヘスティア様達を巻き込みたくなかったから、だからリリは……っ!」

「ボク達は、アポロン達と戦争遊戯(ウォーゲーム)をする!」

 

 ヘスティア様の叫びにリリが息を飲んだ。

 

「詳しいことはまだ決まっていない、でもどんな形式でも君の力が必要だ!!」

 

 過去の戦争遊戯(ウォーゲーム)の形式を調べてみたが、現在の【ヘスティア・ファミリア】で行えそうな形式は、一対一の決闘方式かそれに準ずるもの。だがこれらが採用された回数は少ない。

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)は【ファミリア】の存亡をかけた戦いだ。代表だけでなく、【ファミリア】の総力でぶつかることが多い。何より、そちらの方が盛り上がる。

 

「ベル君は勝つために、今は一人で頑張ってる! 戦争遊戯(ウォーゲーム)に勝つために、あの子は今地獄のような目に遭ってるんだ! でもそれだけじゃ足りないっ、ボク等が勝つためには、君の力が必要なんだ!!」

 

 ヘスティア様の叫びを聞いているリリの泣きそうな顔には疑問の感情が見て取れた。この(ひと)は何を言っているのだろう、と。

 

「勝つには君がいないと駄目なんだっ、君じゃないと駄目なんだ!」

 

 そんな事はお構い無しと言わんばかりにヘスティア様は叫ぶ。

 

「お願いだ、ボク達を──────ベル君を助けてくれ!!」

 

 その言葉を聞いたリリは、窓から顔を剥がすと全力で走り出した。

 

 それを追いかける。リリの走った後にはキラキラと光る雫が舞っていた。

 

  ------------------

 

 酒蔵を駆け巡ったリリは上に続く階段を見つけると、それを駆け上がる。

 

 2階は1階と違い、全体的に幅広く開放感がある。

 

 階段を登りきったリリはなおも走る。リリが走る方向に、先日忍び込んだ俺は心当たりがあった。この先にあるのはさらに上へと続く階段。さらにその先には、【ソーマ・ファミリア】の主神、ソーマ様の部屋がある。どうやらリリはそこを目指しているようだ。

 

「どこに行く、アーデ?」

 

 突然廊下の窓が割られ、そこから一人のヒューマンが現れた。俺は昨日の調査でその男について知っていた。

 

【ソーマ・ファミリア】の団長、ザニス・ルストラ。Lv.2の第三級冒険者。二つ名は【酒守(ガンダルヴァ)】。団長と言ってはいるが、その実体は、団長の地位と主神の名を勝手に借りて、団員を意のままに操るクズだ。

 

 リリは1度振り返った後、走る速度を速める。ザニスはリリを追おうと駆け出す。

 レベルの差もあり、すぐに追い付かれるリリ。ザニスの手がリリに触れようとした瞬間、俺はザニスの顔を蹴り飛ばしていた。

 

「があっ!?」

 

 突如吹き飛んだザニスに驚愕するリリ。しかしこれを好機と読み取り、再び駆け出す。

 

「ま、待てっ!」

 

 ザニスが立ち上がり、駆け出そうとした瞬間、今度はその腹に拳を叩き込み、上段回し蹴りでザニスを吹き飛ばす。

 

 訳がわからないザニスは腰の剣を抜き、構える。しかしそんな事は関係ない。

 今ここにいるのは俺とザニスだけ。リリにも何が起こったかわからないだろうから、俺の存在を知ることができるのは現在ザニスだけだ。

 

 つまり、こいつを黙らせれば何も問題ない。

 

 いつもなら一撃で意識を刈り取るのだが、【アポロン・ファミリア】の策に嵌まり、昨日ベルがピンチの時に何もできなかった所為か、思ったよりもフラストレーションが溜まっていたようだ。

 

  ザニスの剣を蹴り飛ばし、その勢いを利用して後ろ回し蹴りを食らわせる。

 

 ただでは寝かさない。ストレス発散のサンドバッグにさせてもらおう。

 

  ------------------

 

 ザニスで遊んだ後、ドワーフの人が彼を連行し、さらにしばらくしてからヘスティア様達が上がってきた。どうやら戦いは終わったようなので、誰にも気づかれないうちに酒蔵を脱出する。

 

 酒蔵から離れたら、適当なところで誰も見ていないことを確認し、『透明状態(インビジビリティ)』を解除する。

 

 これでリリの件は片付いた。後は頼みますよ、ヘルメス様。




書いていて思ったこと。

『透明状態』になり、全力で走るリリ(幼女)の後を追いかけるトキ……。あれ、これって……わ、ちょ、何をするっ。やめ-

ご意見、ご感想お待ちしておりますbyトキ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

神々の戦い

昨日は本当にすみませんでした。どうしても気が乗らず書けなかったのです。

という訳で神会回。予定を切り詰めてお送りします。


 リリを【ソーマ・ファミリア】から改宗(コンバーション)させた翌日。ヘスティアは、臨時の神会(デナトゥス)に出席していた。

 仮病を使って時間を稼ごうとしたのだが、それは何故かヘルメスに止められた。

 

 他の神達は1日待たされた分、退屈させられたのだが、まあ1日だけだし、という意見も多く、あまりもめ事は起きず会は始まった。

 

「我々が勝ったら、ベル・クラネルをもらう」

 

 ヘスティアとアポロン、2柱(ふたり)が必要書類にサインし、手続きをした後、アポロンは開口一番に切り出した。

 

「そこだけははっきりとさせておく。後で聞き苦しい言い訳を並べられても煩わしいのでね。ヘスティアが勝者になった暁には、要求は何でも呑もう」

 

 ヘスティアが押し黙る中、議事録を取る書記の神がその内容を明文化する。

 

 そして話は勝負形式に移っていく。

 

「一対一、【ファミリア】の代表者の一騎討ちでケリをつけようじゃないか」

 

 ヘスティアが対面に座するアポロンに向かって発言する。

 

「闘技場を使って観衆のもと、決闘を行うんだ。これが一番盛り上がるやり方だろう?」

 

 と言うよりもヘスティアにしてみれば、それしか勝てそうな勝負形式がない。昨日、リリが加入したとは言え【ヘスティア・ファミリア】の構成人数は二人。万が一複数戦になった場合、勝ち目はほぼない。

 

 ヘスティアの意見をミアハとタケミカヅチが支持する。さらに円卓につく神々がちらほらと賛同する。

 

『どうするんだ、アポロ~ン』

『相手は猛牛殺し(オックス・スレイヤー)だぜ?』

『格上の敵、しかも一騎討ちには滅法強いかもな~』

 

 一方、敵でも味方でもない神々から押し黙るアポロンに向けやじが飛ぶ。

 

「【ファミリア】の団員が少ないのは、ヘスティア、今日まで積極的に勧誘してこなかった君の怠慢だ」

 

 しかしアポロンは予想していたかのようにヘスティアの意見に反論する。

 

「子の数が少ないという君の泣き言に、我々が合わせる道理はないな」

 

 笑みを浮かべるアポロンに対し、ヘスティアはぐぬぬっ、と呻く、

 

「ここは公平に、くじで決めようじゃないか」

 

 結局ヘスティアは反論することができず、このアポロンの提案が認められた。

 

 円卓につく神々が1柱(ひとり)1枚、やって欲しい、見てみたい戦争遊戯(ウォーゲーム)の形式を書き、何故か準備されていた箱に集める。

 

 ほどなくして、くじが完成した。だが誰が引くかで揉めた。

 

「アポロンの息がかかったやつ等は信用できないな」

「……それはこちらも同じこと。ミアハやタケミカヅチ達には自重を願おう」

 

 ヘスティアとアポロンの視線が円卓を見渡す。

 

「ヘルメス」

 

 ヘスティアがヘルメスの名を上げる。ヘルメスは基本中立を気取っているので問題ないと判断した。

 

「いや、ヘルメスにも遠慮してもらおう」

 

 しかしまたもやアポロンによってその発言は却下された。ヘスティアが驚いて目を見開く。

 

「どうしてだい?」

「ヘルメスは先日、君を庇ったじゃないか。今回限りはヘルメスも信用できない」

「……ま、そうだね」

「じゃあロキ」

「じゃあって何やねん」

「ロキも駄目だ。私の開いた『宴』でヘルメスの子に少なからぬ思いを抱いているようだからな」

「お、想いって何やねんっ! べ、別にうちはトキの事なんかどうとも……」

 

『はいはい、ツンデレツンデレ』

 

「おい、そこ! 誰がツンデレや!」

 

 その後も様々な神の名が上げられていくが、全てヘルメスに横やりを入れられた。眷族、あるいは神自身がトキと関わりを持っていたからだ。

 

『おい、お前のところ【シャドー・デビル】と知り合ってたのかよ』

『昨日聞いてみたら相談に乗ってもらったことがあるんだとさ。全然知らなかったぜ』

『俺のとこの子なんて恋愛相談持ちかけて、今の彼女と上手くいったらしい』

『『『『『【シャドー・デビル】マジぱねぇ』』』』』

 

 中々くじを引くものが決まらない。そんな時、ヘルメスが手を上げた。

 

1柱(ひとり)だけあの子とあんまり関わりのない方が、この中にいるんだけど……どうする?」

「……まあ、それでいいだろう」

「……このままだと日が暮れそうだしね」

「決まりだな。それじゃあお願いできるかな――フレイヤ様」

 

 ヘルメスの言葉に円卓につく神々が凍りつく。一方、名を上げられたフレイヤも驚いていた。

 

「私でいいのかしら?」

「と言うよりも、他に引くやつがいないんだ。頼むよ」

「わかったわ。二人もそれで構わないかしら?」

「……いいだろう」

「……わかった」

 

 フレイヤが立ち上がろうとし、箱に一番近い神が慌てて立ち上がり召使いのごとく、フレイヤの元へくじ箱を持っていく。その様子に微笑むフレイヤ。その神はたちまち鼻の下を伸ばした。

 

 フレイヤの白い指が箱に伸び、スッと1枚の羊皮紙が引かれる。

 神々が固唾を飲む中、フレイヤは書かれた内容を見ると小さく微笑んだ。そして紙に書かれた内容を公開する。

 

『攻城戦』。フレイヤの引いた紙にはそう書かれていた。

 

 ドンッッ!! とヘスティアの拳が円卓に叩きつけられる。

 

「フハハハハハハハハハハハハッ!? これほどまでに神聖かつ公平なくじの決定だ、異論は認められないぞ!」

 

 アポロンの高笑いが恨めしい。

 

 攻城戦。守るにしても攻めるにしても多くの人員が必要となる。これはアポロンが書いたものだった。

 

「たった一人で城を防衛するのは不可能だろう。攻めはヘスティアに譲るとしよう」

 

 アポロンは、にやけながらヘスティアに攻撃側を譲る。

 しかし、本来城攻めというのは攻めるよりも守る方が圧倒的に有利だ。城攻めをする時、通常は守る人員に対して攻める側は3倍の人員が必要となる、と言われるほどに。

 

 ヘスティアが真っ赤になりながら奥歯を噛み締めていると、ヘルメスが口を挟んだ。

 

「アポロン、1つ提案がある」

「提案?」

「オレの子、トキをヘスティア側として参加させることはできないかな?」

 

 あまりに直球の言葉にアポロンはポカンとしていた。

 

「君がヘスティアに今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)を申し込んだきっかけである、酒場の件。あれにオレの子も関わっていたのは知っているだろう? その事を気にしていたから、オレはあの子と約束してしまったんだ、君を戦争遊戯(ウォーゲーム)に参加させる、ってね」

 

 あまりの言い分にアポロンは呆れた。

 

「そんな事認められる訳がないだろう。これは私とヘスティアの遊戯(ゲーム)だ。関係のない君の子を参加させる道理はない」

「そこはほら、天界からの神友の頼みとしてさ」

「ふん、取り合う必要はないな」

 

 顔を背け、ヘルメスの申し出を却下するアポロン。一方、他の神達は疑問に思っていた。ヘルメスってこんなに強引だったっけ? と。

 

「参ったなー」

 

 ヘルメスは頭をかきながらアポロンを見る。

 

「そうなると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉にアポロンが反応した。

 

「……どういうことだ?」

「言葉通りの意味さ。戦争遊戯(ウォーゲーム)前に君の【ファミリア】が潰れて中止になる、って言っているんだ」

 

 得意げに笑うヘルメスはさらに言葉を続ける。

 

「あの子、トキは今すごく殺気立っている。今はオレとの約束で大人しくしているけど、もし参加できないとなると……最悪、【アポロン・ファミリア】全員を殺してしまうかもしれない」

「ふん、はったりだな」

「あの子は1年前、オレの『恩恵』なしで1つの【ファミリア】を闇討ちで壊滅させたんだ。そんな子が今や『恩恵』を受け、Lv.2にまでなったんだ。十分可能性はあると思うけど?」

 

 ヘルメスの言葉にアポロンは絶句する。天界からの付き合いだからこそわかる。ヘルメスは嘘をついていない、と。

 

「な、ならば君が押さえつければいいだろうっ。君の子だろう!」

「あの子を押さえつけるとなると、少々骨なんだ。まずあの子は神威が効きにくい。それこそ全開でやって言うことを聞かせられるかどうかだ」

 

 楽しそうに子供自慢をするヘルメスの言葉に、円卓につく神々は絶句する。神威が効きづらい子供。嘘だ、とは言えなかった。何せあのフレイヤの『魅了』が効かなかった子だ。

 

「さらにオレの他の子で押さえようとすれば、少なからず被害が出る。自分の子達が争うくらいなら、オレは傍観に徹するよ」

 

 アポロンの顔が次第に赤くなっていく。

 

「1年前、あの子は怒りに任せて1つの【ファミリア】を闇討ちで潰した。確かあそこの規模は今の【アポロン・ファミリア】よりも少し小さい程度だったと思うけど?」

「何だか今日のヘルメス、妙に強引じゃないかい?」

 

 ヘルメスの言葉にヘスティアは隣のミアハに耳打ちする。

 

「そうであるな」

「恐らくあいつ、自分の子がコケにされて怒ってるんだよ」

 

 ヘスティアの問いかけにミアハが相槌を打ち、タケミカヅチが正解を言う。

 

「怒ってる?」

「顔は笑ってるが目が完全に怒ってる。俺も初めて見たぜ」

 

 武人であるタケミカヅチは人の観察が得意だ。その人を観察することで次にどのような行動をとるか、今何を考えているか、おおよその事がわかる。

 タケミカヅチとヘルメスの仲は決して親しいものとは言えない。ヘルメスがタケミカヅチで遊ぶ程度だ。だがそれでも少なからず付き合いがあり、その優れた観察眼がヘルメスの変化を捉えた。

 

「これでも頷かないか……ならしょうがない。参加させるに当たって条件を出そう」

「条件?」

「トキと君のところの団長、【太陽の光寵童(ポエブス・アポロ)】との交戦を禁止する」

「なっ!?」

「もし交戦した場合は……ヘスティアの負けでいいかい?」

 

 ちらりとヘスティアを見る。

 

「……いいよ。もしトキ君がアポロンのところの団長と戦ったらボクの負けでいい。本来、助っ人っていうのはそういうものだろう?」

 

 ヘスティアは先程のヘルメスの発言により自分に仮病を使わせない理由がわかった。トキの戦争遊戯(ウォーゲーム)参加を明確化させ、【アポロン・ファミリア】を襲撃させないためだ。

 

「なあアポロン、何でそんなに警戒する必要があんのや?」

 

 さらに援護が飛ぶ。

 

「さっきからヘルメスが言うとるやないか。【シャドー・デビル】は()()()で1年前に【ファミリア】を潰したって。けど今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)やったらその心配はないやろ? だったら【シャドー・デビル】はただのLv.2と同じやないか。警戒する必要はないんとちゃう?」

 

 さらに周りからもロキの意見に賛同する声が上がる。何と、アポロンの手が回っている者達からもだ。

 

『たかがLv.2がたった一人だろ?』

『今回は闇討ちできないんだからさ』

 

「……いいだろう」

 

 完全に場を敵に回したアポロンは怒りに震えながら声を絞り出す。

 

「【シャドー・デビル】の参加を認める! ただしヒュアキントスとの交戦は禁止、また、戦争遊戯(ウォーゲーム)までに私の【ファミリア】に襲撃があった場合、ゲームが始まる前にヘスティアの反則負けとする!」

「ならボクのところに襲撃があった場合、アポロン達の負けでいいよね?」

「構わん! ヘルメス、これで満足か!?」

「ああ、ありがとうアポロン! やはり持つべきものは神友だな!」

 

 白々しく笑顔を浮かべるヘルメスをアポロンは睨み付ける。

 

「ここまでヘルメスの要求を呑んだのだ、助っ人はその【シャドー・デビル】のみで構わないな?」

「……うん、構わないさ」

 

 その後細かい日程をギルドと話そう、というロキの発言により神会(デナトゥス)は解散となった。

 

 期待してるぜ、という声がヘルメスに送られる中、アポロンは部屋を出るまで睨み付けていた。

 

  その場に残ったのはヘスティアを始め、ヘルメス、ミアハ、タケミカヅチ、ロキだけだった。

 

「すまないね、ヘスティア。無理を言っちゃって」

「いや、気にすることはないよ。トキ君には世話になってるし、昨日も助けてもらった。むしろ借りっぱなしさ」

「ロキもさっきはありがとう」

「構わへん。それに……トキの実力を知りたいっちゅー思いもあるしな」

「あー、そうか……。中継されるんだもんな……」

 

 ヘルメスは腕を組み、考え事をする。

 

「そうだな……。アポロンのところに本気を出す必要もないし、ちょっと縛りを入れてみようかな?」

「し、縛り!?」

「ま、ええんとちゃう? どうせ被害に遭うのはドチビだけなんやし」

 

 ヘルメスの発言にヘスティアが文句を言うが取り合うつもりはないようだ。

 

「そうと決まれば、さっそく帰ってアスフィと相談しよう。特訓も必要だな」

「……なあ、ヘルメス?」

 

 ちらちらと上目使いでヘルメスを見上げるロキが口を開く。

 

「トキの特訓、うちの子にやらせてもらえへんか?」




……実は原作だと助っ人の部分はトキではなく、リューが入るのです。何が言いたいのかと言うと……全国のリューファンの皆様、リューの活躍の場面を取ってしまい、申し訳ありません!

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

縛りプレイ

投稿初日以来の連投。まあ、クオリティはそこまで高くありません。


「どうしてこうなった……」

 

 目の前の光景にぽつりと呟く。

 

 今俺がいるのはダンジョンの11階層。正規ルートから外れたかなり広いルームだ。そこまではいい。

 目の前にいるのは武器を構える冒険者達。その数、30人ほど。さらに少し離れたところにフィンさんを始めとする【ロキ・ファミリア】の幹部の方々。さらにその後ろには【ロキ・ファミリア】の下級冒険者や第三級冒険者の人達。

 

 そう、今目の前にいるのは【ロキ・ファミリア】の冒険者。その中堅陣営。Lv.3やLv.4を中心とした人達だ。

 

「相手はただのLv.2じゃないっす。技や駆け引きはあっちの方が上。皆、階層主(モンスターレックス)が相手だと思って戦うっす!」

 

『おう!』

 

「いやいやいや! やめてください!」

 

 指揮をしているラウルさんに抗議するが、どうやら聞いてもらえないようだ。

 

 向かってくる冒険者達に悪態をついた後、その群れに突っ込んでいく。

 

  ------------------

 

 どうしてこうなったのか。事の発端は昨日まで遡る。

 

 昨日、臨時の神会(デナトゥス)が開催され、【ヘスティア・ファミリア】と【アポロン・ファミリア】の戦争遊戯(ウォーゲーム)の形式が話し合われた。

 

 その際、ヘルメス様が約束通り俺の参加をこぎ着けてくれた。ただし、【アポロン・ファミリア】の団長との戦闘は禁止、とのこと。

 思うところがなかったわけではないが、そちらはベルに譲ろうと納得した。

 

 俺が驚愕したのはそれからだ。何とヘルメス様は俺に縛りを言い渡した。

 

果て無き深淵(インフィニット・アビス)』の使用の禁止。これがヘルメス様から言われた縛りである。

 

 ……まあ、ヘルメス様の言い分もわからないわけではない。何でも戦争遊戯(ウォーゲーム)はその戦いをオラリオ中に中継するとのこと。そんな中でスキルや魔法を使いまくったら、【ステイタス】の隠蔽もない。

 

 幸いにも、俺は一対多の戦いはそこまで苦手ではない。しかし、【アポロン・ファミリア】の構成人数は100人を超える。さすがにそんな人数を正面から、しかも対多数戦の切り札である『果て無き深淵(インフィニット・アビス)』の使用を禁止された状態でなんて無理だ。

 

 とりあえず抗議したが、やはり取り合ってもらえず渋々その条件を受け入れた。確かに【アポロン・ファミリア】の構成員のほとんどはLv.2。対して俺はLv.3だ。数が多いからと言っても格下であるわけだから、本気を出さずに戦うことは、これからヘルメス様の【ファミリア】において必要となるスキルだろう。

 

 けれどせめて特訓しよう、と考えてアスフィさん達に頼もうとすると、もう特訓相手が決まっているとのこと。

 

その翌日、つまり今日。ホームの前にティオネさんが迎えに来てくれた。……え? と固まる俺を引きずり、ティオネさんはダンジョンへ直行。このルームまで案内してくれた。

 

 そこにはフィンさんを始めとする【ロキ・ファミリア】の方々がいて、話を聞くと、昨日ロキ様から俺の特訓に付き合うように言われたとか。

  ついでに中堅陣の強化も兼ねるそうで、俺は最初、ラウルさん率いる【ロキ・ファミリア】中堅陣営10人と戦い……勝ってしまった。

 

 まあ、10人程度なら『果て無き深淵(インフィニット・アビス)』を使わなくても勝てたのだが……そこから、【ロキ・ファミリア】の人達に火をつけてしまった。

 

 -----------------------

 

「ラウル、さっきなぜ負けたか、わかるかい?」

「……正直、相手はLv.2だって侮ってたっす」

「そうだね。彼は恐ろしく上手い。【ステイタス】ではこちらが勝っているだろうけど、それを埋める技術が彼にはある。少なくとも僕達、第一級冒険者に匹敵するだろう」

「そ、そんなにっすか!?」

「ああ。相手はただのLv.2じゃない、その事を頭に入れてもう一度やってくれ」

「はいっす!」

 

 -----------------------

 

 という訳で2回目。迫る剣をかわし、その剣を持つ手を捻って落とさせる。使い手を蹴り飛ばし、横から来ていた槍使いと衝突させる。

 背後の短刀使いの攻撃を先程の剣で弾き、顎に拳を打ち上げ、気絶させる。あの黒いゴライアス戦でもそうだったが、【ランクアップ】した所為か以前にも増して視野が広くなった。

 

 Lv.4が混じっているからか、【挑戦者(フラルクス)】の効果によって上昇したアビリティにより、なんとか成功した。

 

「前衛、避けるっす!」

 

 俺を取り囲んでいた冒険者が一斉に離れる。直後、様々な魔法が俺を目掛けて飛んできた。

 俺はそれを……逃げようとした冒険者の襟を掴んで盾にした。

 

「「なっ!?」」

 

 盾にされた冒険者はどうやら死んではいないようだ。すみません、と一言謝りそのまま投擲。固まる魔導士にぶつかる。

 

 さらに【ケリュケイオン】を詠唱。先程飛んできた魔法の1つを模倣する。

 

 15分後。【ロキ・ファミリア】中堅陣、再び全滅。

 

 

 

 

「さて、反省会だ」

 

 ボロボロになったトキを治療するレフィーヤを除いた先程のメンバーがフィン達の前に集まっていた。

 

「ラウル、今回の敗因は?」

「……団員が魔法の盾にされたことに驚いたこと、さらに魔法をコピーされたことによる動揺で起きた、指揮の乱れに付け込まれたことっす」

「そうだね。それにしてもあの魔法はどういうものなのだろうか? リヴェリア、君はどう思う?」

「そうだな……彼が放った魔法は私達の団員が放ったものと比べ、威力や速度が劣っているように思えた。【ステイタス】の差を考えても、だ」

「つまり、彼の魔法はレフィーヤの召喚魔法とは違うもの、ということかい?」

「ああ。発動条件はわからないが、レフィーヤの『エルフ・リング』よりも条件が低い分、威力も低いのだろう」

「わかりましたっす。その事を踏まえてもう一度挑戦してみます!」

 

 気合いを入れ直し、トキに駆けていく【ロキ・ファミリア】のメンバー。

 

「やれやれ、これではどちらの訓練かわからんのう」

「いいじゃないか、彼には悪いけど団員が強くなるための相手になってもらおう。……ところでベート、さっきから彼を睨んでいるようだけど、何かあるのかい?」

「けっ、何でもねーよ」

「言って置くけど、僕達はこの訓練には参加しない。さすがにこの中に僕達が入っては訓練ではなくなってしまうからね」

「……ああ、そうだな」

 

 フィン達の目の前でトキとラウル達がぶつかる。トキを取り囲むラウル達に対し、トキは先程の白く透き通った杖でその攻撃を捌く。

 

「ふむ、どうやら彼は杖術もできるようだな」

「だがあれでは捌ききれないだろう。……後で私が教えておこう」

「頼むよリヴェリア」

 

 その後、ラウル達との戦闘に加え、リヴェリアによる杖術の指導も追加されたトキは、その日動けなくなるまでボロボロになった。

 なお、ラウル達と交代でトキと戦った冒険者の何人かが、後日【ランクアップ】していたことを付け加えておく。




ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

地獄の訓練

 訓練4日目。本来なら仕事があるのだが、今は戦争遊戯(ウォーゲーム)のために訓練優先だ。

 

 俺も集団戦にある程度慣れ、ラウルさん達の連携も上手くなった。所々処理できなくなり、つい影で迎撃してしまう場面もあり、いかに自分がこのスキルに頼ってきたかを身に染みて感じた頃。

 

 俺は……そのスキルをフル活用し、目の前の相手を迎撃していた。

 

 褐色のスラリとした足が迫る。眼前まで迫るそれを顔に当たるギリギリのところで反応し、避けながら影で防ぐ。

 

「ちっ」

 

 相手は小さく舌打ちするが、それに構ってる暇もなく拳が迫る。当たれば確実に死に至らしめられるそれを、全身の筋肉を駆使してかわす。

 

「……すごいっすね」

「ああ。僕もこれほどとは思わなかったよ」

「あの動き……どうやら彼のスキルには能力を一時的に高めるものがあるようだな。でなければ、あのティオネと渡り合える筈がない」

「ふむ、フィンよ。次はワシがあの小僧とスモウをしてもよいか?」

「……そうだね、僕も彼の実力に興味が出てきたよ」

 

 不穏な会話があちらでされているような気がするが、気にしている余裕はない。

 

 横から隠そうともしない殺気。倒れるように体を反らす。一秒後、先程まで頭があったところに強烈な蹴りが繰り出された。

 

「ちょっとベート! 邪魔!」

「うっせーぞ、バカゾネス! てめえこそ邪魔すんじゃねえ!」

 

 なんとか俺が生きていられるのは、単にこの二人が連携してこないから。もしされていたら13回は既に死んでいるだろう。

 

 体中から汗をかき、内心も汗だくになりながらケンカをする二人を見る。どうしてこうなったのか、それは数時間前に遡る。

 

 

 

 訓練が始まってから4日目の今日。物資を買いに行っていた人達によると、戦争遊戯(ウォーゲーム)の詳細が決まったらしい。

 

【アポロン・ファミリア】と【ヘスティア・ファミリア】の戦争遊戯(ウォーゲーム)。形式は『攻城戦』。戦いの舞台はオラリオ東南にある『シュリーム古城跡地』。……一瞬シュークリームと見間違えたのは内緒だ。

 

『シュリーム古城跡地』は元々盗賊の住処になっていると記憶していたのだが……どこかの【ファミリア】に討伐でもされたのか?

 

 移動の時間も考えると今日が訓練最終日となる。それを聞いた(ベートさん)がついに爆発した。

 

「おい、蛇野郎。今日くらい俺と本気で戦え」

 

 有無を言わせない口調に最初に噛みついたのは、俺ではなくティオネさんだった。

 

「ちょっとベート、それじゃあ訓練にならないでしょう!?」

 

 だが、次のベートさんの言葉がいけなかった。

 

「けっ、テメエなんぞこいつが本気を出したら、手も足もでないくせに」

 

 カチンときたティオネさんは、急遽俺と模擬戦をやることに。加減された拳を影を纏った手で受け止めた。

 

果て無き深淵(インフィニット・アビス)】ともっとも相性がいいのは、ティオネさんみたいなアマゾネスだ。露出が多い彼女達は手や足に防具を着けるということがほとんどない。

 

 さらにスキルによって強化されたアビリティにより受け止めることはできた。……けれども痛かった。

 

 いくら影を纏ったといっても、本人の技術は消せはしない。ティオネさんの加減されたとは言え腰が入った拳は【ステイタス】を無効化し、影で軽減させて、それでもなお痛かった。

 

 さすが第一級冒険者、と思っていると。

 

「なるほど、ベートの言ってたこともあながち嘘じゃないみたいね」

 

 一撃を受け止められたことによりティオネさんのスイッチが入った。そこから怒濤のラッシュ。

 さすがに正面から受け止めるなんてことはできず、影で逸らしたりかわしたりしていると、ベートさんに横やりを入れられた。

 

「ベート、邪魔しないで!?」

「ふざけんな! こいつと戦うのは俺だ!!」

 

 そこから、不本意ながら三つ巴の戦いが始まったのである。

 

 

 

 

『肩の力を抜いて。腕だけで先導(リード)しないように』

『……難しい』

『ダンスには決まったリズムはありますが、貴族とかでなければ相手の目を見て判断しなさい』

『……目?』

『そうです。ダンスは駆け引きと同じです。相手を観察し、次にどう動くのか予測するのです』

『……それならできる』

『けっこう。では続けますよ』

 

 

 

 

「はっ!」

 

 二つ同時に来た攻撃を全力で誘導し、相殺させる。二人が互いの攻撃の痛みに硬直する隙を突き、距離を取る。

 

 今のは5年くらい前の記憶だ。ちょうどアスフィさんと打ち解け始めた頃、ヘルメス様に言われてダンスの練習をしていた時の記憶。

 なるほど、あれが走馬灯か。……全然洒落になってない。というか走馬灯を見るってどんだけ追い詰められているんだよ、俺。

 

「フィンさん! そろそろ二人を止めてください!」

「……ん? ああそうだね。もういいかな。二人ともそこまでだ」

「はい、団長!」

 

 フィンさんの言葉にティオネさんが素直に従う。さすが想い人、まさに鶴の一声だ。

 

「け、嫌だねっ!」

 

 そしてやはりこの人は従わなかった。フィンさんの言葉を無視し再び俺に迫ってくる。迎撃しようと構える俺とベートさんの間にガレスさんが割り込んだ。

 

「なっ!?」

 

 そのままの勢いで突っ込むベートさん。腕を振りかぶるガレスさん。そして次の瞬間、ものすごい音と共にベートさんが吹き飛んだ。ゴロゴロと転がるベートさんはルームの壁に当たりようやく止まった。

 

「あ、ありがとうございました、ガレスさん」

「いや、気にすることはない」

 

 にこやかに話すガレスさんの後ろからラウルさん達が現れ、なにやら俺とガレスさんを中心に円を描いていく。

 

「……あの、ガレスさん。これは?」

「お主はスモウを知っておるか?」

「……ええ、極東で行われる組打ちの1つで、昔は神事や祭の際に行われていたものだとか」

「ほお、そうなのか。ワシはロキから聞いただけなのじゃがな」

 

 ガレスさんと話している間にも円は着々と描かれていった。そう今ちょうど話しているスモウを行うリングのような。

 

「あの、ガレスさん?」

「今からスモウする」

「……誰と誰がですか?」

「ワシとお主がじゃ」

 

 嫌な予感的中。今すぐ逃げ出したい。本当、切実に。

 

「ガレス、あまり苛めないでくれよ」

 

 横からフィンさんの咎める言葉が発せられる。助かった!

 

「君の後は、僕が彼の相手をするんだから」

 

 ただの死刑宣告でした。

 

  その後、ガレスさんとスモウを取りあっさりと負け。フィンさんと模擬戦をやり、これまたボロボロに負け。止めとばかりにリヴェリアさんと魔法戦をやるという、【ロキ・ファミリア】最大幹部と戯れるという他の冒険者にとっては夢のような体験をした。

 もっとも、心身ともにボロボロになった俺は、終わった後にすぐにレフィーヤに泣きつき、幹部の皆さんはレフィーヤに怒られるという珍しい光景が広がった訳だが。

 

  ------------------

 

 その晩、【ロキ・ファミリア】にて団員の【ステイタス】更新が一斉に行われた。

 中堅陣を始めとするメンバーはそこそこ【ステイタス】が伸びており、下級冒険者にいたっては【ランクアップ】する者までいた。

 

 しかし、やらされるロキからしたらたまったものではない。ひたすら【ステイタス】を更新し続けるロキは、その日初めてトキを恨んだ。




今回、トキの回想に出ているアスフィとの思い出はいつか番外編でキチンとやります。ですのでリクエストをくださったエルエルフ様、ご安心ください。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

いざ、戦場へ

 オラリオ東門前。未だ太陽は顔すら見せておらず、空気は冷えきっているような時間帯。俺は、オラリオを出発する隊商(キャラバン)の馬車の中にいた。

 

【ロキ・ファミリア】の皆との修行を終えたのは昨日の夜10時ごろ。そこから地上に戻り、まだ起きていたヘルメス様に頼んで【ステイタス】を更新。アスフィさんから贈り物を受け取り、そこから仮眠。

 3時間ほど寝た後、着替えて支度をし、あらかじめヘルメス様が話を通してくれていた隊商(キャラバン)の馬車に乗ったのが2時間ほど前。

 さらに仮眠をとっていると外が騒がしくなってきたからか、目を覚ました。一番乗りだった箱馬車の中には既に数人の冒険者(どうぎょうしゃ)が乗っていた。

 

 完全に目が覚めたのでしばらくぼーっとしていると、乗っていた冒険者の一人が俺に気がついた。

 

「あんた……【ヘルメス・ファミリア】の【シャドー・デビル】か?」

「ん? ええ、そうですけど」

「やっぱり! 戦争遊戯(ウォーゲーム)の助っ人をするって聞いてるぜ、本当か!?」

「はい」

 

 それを皮切りに周りの冒険者の人達も集まってくる。目的地の『シュリーム古城跡地』に一番近い町、アグリスには馬車を使って1日かかる。正直、走った方が早いのだが、何分遠いので今回は馬車を使う。

 何が言いたいのかというと、丸1日この馬車に乗るので、同乗者と良好な関係を持つことは旅の中で重要なことの1つだと、ヘルメス様は教えてくれた。

 

 そうして話していると、馬車に飛び乗ってくる人がいた。確認してみると、身軽な旅装にマントを羽織ったベルだった。肩には荷物袋を担いでいる。

 

「よ、おはよ」

「あ、あれ? トキ? 先に行ってるんじゃ……」

「それはヴェルフ達だけだ。俺は昨日の夜まで訓練してたから」

「そうなんだ……」

 

 ベルが俺の横に腰を下ろす。

 

「……なあ、【シャドー・デビル】。そいつは……」

「ええ、今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)の主役、【ヘスティア・ファミリア】の【リトル・ルーキー】、ベル・クラネルですよ」

「やっぱりそうか!」

 

 たちまち今度はベルに人が殺到する。

 

『相手はやばいけど頑張りなよ!』

『お近づきのしるしだ、食べてくれ!』

『これもどうだ!?』

 

 砂糖菓子やフルーツのタルトなどを次々と押し付けられていく。こちらを見て助けを求めてくるが、無言で両手を見せる。既に俺の手も同じ状況だった。

 

 殺到していた人達が収まったころ、ようやく落ち着いて話をすることができるようになった。

 

「随分とギリギリだったな」

「う、うん。早起きはしたんだけどちょっと事情があってね」

 

 ぎこちなく笑うベルの様子に違和感を感じた。体を観察してみると何となく理由が察せた。

 

「……筋肉痛か」

「うっ」

 

 ビクリと体を震わせ、次にピギッと変な悲鳴を上げた。

 

「な、何でわかったの?」

「……俺も同じだからさ」

 

 昨日の【ロキ・ファミリア】幹部陣との戯れの後、訓練の追い込みとしてハードな内容のものをやり、結果全身筋肉痛という失態を犯した。

 

「お前は?」

「……僕も同じ理由で」

 

 お互い微妙な表情で笑った後、ため息をついた。

 

 やがて馬車の車輪がゆっくりと回り始めた。それに伴い、座っている座席からガタガタと断続的な衝撃が伝わってくる。つまり……筋肉痛の所為で痛い。

 

『──ベルさん!』

 

 ふと、外からベルを呼ぶ声が聞こえてきた。驚いて馬車に付けられている窓から外を見ると、『豊穣の女主人』の店員であるシルさんの姿があった。

 

「シルさん!? あ、危ないですよ!」

 

 ベルが慌てて窓を開け、シルさんに警告する。俺は座っているため、外の様子はわからなくなったが、話し声だけは聞こえた。

 

「これをっ……!」

「えっ?」

「私達の酒場を懇意にして頂いている冒険者様から譲ってもらって……お守りです! 頑張ってください! また、私達のお店に来て下さい! お、お弁当を作って、待ってます!」

 

 次第に遠くなっていく声に比例するように、ベルは窓から身を乗りだしている。恐らく手を振っているのだろう。

 

 座席に戻ったベルの手には首飾り(アミュレット)が握られていた。雫の形をしている金属に緑色の宝石が埋め込まれている。効果まではわからないが、恐らく冒険者用装身具(アクセサリー)だろう。ベルはそれを首にかけ、服の中に入れた。

 

「……勝とうね」

「……当然だ」

 

 互いに笑みを浮かべながら誓い合う。この戦いに勝つ、と。

 

  ------------------

 

 馬車に揺られること数時間。いろいろなことを話して時間を潰していると、ふとどのような訓練をしていたか、という話題になった。

 

「そういえばあの紹介状、ありがとうね。お陰でスムーズにアイズさんに訓練をしてもらうことができたよ」

「そうか。ところでどんな訓練をしたんだ?」

「……ああ、うん」

 

 ベルの顔が一気に曇った。

 

「えっと、ひたすらアイズさんとティオナさんと模擬戦」

「……ああ」

 

 理由がわかった。確か戦争遊戯(ウォーゲーム)の開催が決まってから昨日まででちょうど1週間。その間ずっとであろう。

 

「いろいろあったけど、一番ヤバかったのは……1回城壁の上から落ちたこと」

 

 ベルは遠い目をして話してくれた。

 俺との日常訓練で技や駆け引きがある程度完成していたベルは、アイズさんとティオネさんの連携にひたすら対処してたらしい。しかし一昨日、アイズさんの攻撃を大きく回避し過ぎて体勢を崩し、そこにティオナさんの強烈な一撃。城壁の上から落ちたらしい。

 

「それで、どうしたんだ?」

「城壁にナイフを突き立てて、魔法の反動で落下の速度を落とした」

 

 本当にギリギリだったらしく、その時は生きた心地がしなかった、とのこと。

 

「そういうトキは?」

「何でもヘルメス様がロキ様に話をしてくれたみたいでな。【ロキ・ファミリア】中堅陣と一対多の模擬戦」

「……うわぁ」

「しかも最終日は、もれなく幹部陣との戯れ」

「……何だろう、羨ましく思うのが普通なんだろうけど、全然羨ましくないや」

「……ああ、できれば2度としたくない」

 

 お互い遠い目を馬車の天井を見つめる。

 

「……僕達、よく生き残れたね」

「……これに比べたら【アポロン・ファミリア】なんて目じゃないさ」

 

 オラリオ最大派閥は伊達じゃない、というのを思い知った話だった。

 

  ------------------

 

 その日の晩、目的地のアグリスに到着し、同乗していた冒険者達に激励されながら馬車を降りる。アグリスの町には臨時のギルド支部が設置されており、そこで手続きを済ませ、ヴェルフと命さんと合流した。

 

 この二人は今回の騒動で【ヘスティア・ファミリア】に加入した。命さんは臨時の団員らしいが、一度改宗(コンバージョン)すると、1年間はその【ファミリア】にいなければならない。それでも彼女は来てくれた。本当に義理堅い人だ。

 

「遅かったな」

 

 暗闇の中、話が始まった。

 

「ごめん」

「悪い、少しでも勝率を上げたくてギリギリまで訓練してたんだ」

「それならば、仕方ありませんね。準備はいいのですか?」

「僕の方は大丈夫です。神様にも【ステイタス】を見てもらいました」

「俺も問題ない」

「そうか。じゃあほら、約束のナイフだ。1代目より切れ味は抜群だ、保証する」

「ありがとう」

「それと……トキ、本当によかったのか? 一応急造だが2振りはできたが」

 

 ヴェルフが2本の長剣を見せてくる。『クロッゾの魔剣』。かつて海をも割ったという伝説の魔剣。

 

「いや、大丈夫だ。それに頼らない戦い方を身につけてきたからな。一応アスフィさんから貰ったとっておきもあるし」

「そうか。けど一応持っていてくれ」

「わかった」

 

 ヴェルフから受け取った魔剣を影の中にしまう。

 

「ですが、トキ殿が魔剣を使わないとなると作戦が……」

「それなら心配ない。作戦についてはベルから聞いてる。無事に役目を果たすから作戦に変更はない」

「そうですか」

「んじゃ明日中に──城を落とすぞ」

「うん……勝とう」

 

 VS【アポロン・ファミリア】。戦闘形式、攻城戦。期間3日。勝利条件、敵大将、ヒュアキントスの撃破。

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)、いよいよ開幕。




ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

開戦

【ヘスティア・ファミリア】VS【アポロン・ファミリア】の戦争遊戯(ウォーゲーム)当日。雲もまばらな晴天に恵まれ、四方を城壁で囲まれた迷宮都市は人々の熱意により、春にも関わらず夏のような暑さに包まれている。

 

 早朝から全ての酒場が開店し、街の至るところには無数のポスターが貼られている。ポスターには【アポロン・ファミリア】の太陽のエンブレム、対して【ヘスティア・ファミリア】はまだ【ファミリア】のエンブレムがないため、代わりに悪魔の翼が生えた1匹の兎が描かれている。

 

 この絵は神会(デナトゥス)に参加していた神々の内1柱(ひとり)が悪ふざけで提案し、そのまま採用されたという経歴を持つ。これを見たヘスティアは顔をしかめ、ヘルメスは逆に至極ご満悦だったとか。

 

 ほとんどの冒険者は戦争遊戯(ウォーゲーム)を見るために休業し、一般市民も、大通りや中央広場に集まり開始時刻を待つ。

 

『あー、あー! えーみなさん、おはようございますこんにちは。今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)実況を努めさせていただきます【ガネーシャ・ファミリア】所属、喋る火炎魔法ことイブリ・アチャーでございます。二つ名は【火炎爆炎火炎(ファイアー・インフェルノ・フレイム)】。以後お見知りおきを』

 

 ギルド本部の前庭では無駄に派手なステージが無断で置かれ、褐色の肌の青年が魔石製の拡声器を片手にその声を響かせていた。

 

『解説は我らが主神、ガネーシャ様です! ガネーシャ様、それでは一言!』

 

『俺が、ガネーシャだ!!』

 

『はいっありがとうございましたー!』

 

 青年の横には象の仮面を被った男神、ガネーシャがいつものごとく声を上げていた。【群衆の主】とも呼ばれるこの神に、前庭に集まっていた人々から喝采が送られる。

 

「おー、盛り上がっとる盛り上がっとる」

 

 そんな様子を摩天楼施設(バベル)の30階の窓に張り付いているロキは面白そうに見下ろす。

 この日を誰よりも楽しみにしていた神々の多くはこの『バベル』に赴いていた。対決する【ファミリア】の主神である、ヘスティアとアポロンもこの場にいる。

 

 それ以外には、酒場に赴き冒険者達に混じってギャンブルをするもの、ホームで眷族達と戦いを見ようとするものなど、様々な神がいた。

 

 そんな中、【ヘスティア・ファミリア】側の助っ人の主神、ヘルメスは何故かブスーっとした顔をしていた。

 

「どうしたんだヘルメス、そんな顔をして?」

 

 気になった近くの神の1柱(ひとり)がそんなヘルメスに声をかけた。

 

「聞いてくれよ!? この前ギルドの罰則(ペナルティ)で減った【ファミリア】の資産を増やそうとギャンブルしようとしたら、アスフィに止められたんだ!」

 

 天を仰ぐヘルメスを、何故かこの場にいる唯一の眷族であるアスフィが半目で睨む。

 

「止めますよ、あんな馬鹿げた金額をつぎ込もうとすれば」

 

「アスフィ、君はトキ達が勝てないとでも言うのかい!?」

 

「そんな事はありません。……ですが、【ファミリア】の資産の3分の1を賭けに出そうとすれば、誰だって止めますよ!?」

 

 アスフィの発言にギョッとする神々。

 

「大丈夫だって、それだけつぎ込んでもトキ達のオッズの方が高いから!」

 

「そういう問題ではありません!」

 

 不毛な言い合いをするヘルメスとアスフィに、周囲の神が口を挟む。

 

「あー、ヘルメス。そろそろ……」

 

「ん? ああ」

 

 ヘルメスは懐から懐中時計を取り出すと時刻を確認する。時計を閉まった彼は顔を上げ、そこに誰かいるかのように話しかける。

 

「それじゃあ、ウラノス、『力』の行使の許可を」

 

 ヘルメスの言葉が空気中に溶ける。その数秒後。

 

【──許可する】

 

 ギルド本部の方角から重々しい老神の声が響き渡る。その言葉を聞いたオラリオ中の神々が一斉に指を鳴らす。

 

 するとオラリオ中に無数の『鏡』が現れた。その『鏡』には戦争遊戯(ウォーゲーム)の舞台である『シュリーム古城跡地』が映されている。

 下界で特別に行使が許されている『神の力(アルカナム)』、『神の鏡』。千里眼の能力を持つ鏡は、離れた位置の出来事を見ることができる。

 

『では映像が置かれましたので、あらためて説明させて頂きます! 今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)は【ヘスティア・ファミリア】対【アポロン・ファミリア】、形式は攻城戦!! 両陣営の戦士達は既に戦場に身を置いており、正午の始まりの鐘が鳴るのを待ちわびております!』

 

『鏡』が置かれたことにより一気に盛り上がる人々に、実況が戦争遊戯(ウォーゲーム)の概要を話し始める。

 

「もういいかァー!? 賭けを締め切るぞ!」

 

 一方街の酒場では戦争遊戯(ウォーゲーム)の勝敗を予想する賭けが行われていた。

 

「アポロン派とヘスティア派、15対1って……」

 

「【ヘスティア・ファミリア】のオッズが10倍超え程度、っていくら何でも低すぎやしねえか?」

 

 胴元の冒険者達が賭けの状況を整理する。それは当初予想していたものとは全く違うものだった。

 

「神連中が大穴狙ってるとしても、10倍は低すぎだろ……」

 

「どうやら【シャドー・デビル】参戦でヘスティア派に賭けるやつらがいるらしい」

 

「でもやつは今回の勝利条件には関係ないだろ? そんなやつに何を期待してんだか」

 

『それでは、間もなく正午となります!』

 

 実況の声に全ての者の視線が『鏡』に集まる。そして。

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)──開幕です!』

 

 戦いの火蓋が切られた。

 

 ------------------

 

 開始の銅鑼が遠方の丘から響く。盛り上がるオラリオとは打って変わって、戦場である古城の士気は低めであった。

 

 今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)は攻城戦ということだけあって、期間として3日がもうけられている。相手の人数は少なく、集中力が低下してくる最終日に本格的な攻撃がくるだろう、というのが【アポロン・ファミリア】の予想だ。

 

 しかしそんな予想は開始直後に裏切られた。

 

「て、敵襲ー!?」

 

 北の城壁の上の見張りからそんな声が上がった。

 

 北の見張りは二人いて、一人が叫ぶ中、もう一人が長弓(ロングボウ)に特注の巨矢をつがえている。

 その視線の先にいるのは漆黒の戦闘衣(バトル・クロス)を纏った少年、トキだった。彼は戦闘衣(バトル・クロス)と同色のマントを風になびかせながら、真っ直ぐ城に突っ込んでいく。

 

 トキの左腕が横へと伸び、虚空から白く透き通った杖が現れる。徐々に加速していくトキへ見張りの弓使い(アーチャー)は矢を放った。しかし、風の影響か矢はトキから外れる。

 

「馬鹿め!」

 

 もう一人の見張りも矢をつがえ、トキへ放つ。しかしこれも外れた。

 

 だが、見張りの二人は焦らなかった。トキとの距離は徐々に詰まってきている。このまま近づいてくれば矢の雨の餌食となる、二人はそう考えていた。

 

 ある程度距離が詰まってきたところで、矢を乱れ撃つ。無数の矢が文字どおり雨のように降り注ぐ。

 

 しかし……矢は1発も当たらない。

 

「う、嘘だろ!?」

 

 弓使い(アーチャー)の二人は混乱しながらも弓を引き、矢を放つ。しかしその全てが当たらない。

 次第に距離が詰まっていくなか、それでもまったく減速することなく、トキは城を目指す。その口は歌を口ずさんでいた。

 

「あ、あいつ詠唱してやがる!?」

 

「『並行詠唱』……!? 嘘だろ、Lv.2だろ!?」

 

 半ば狂乱する見張り。次第に縮まっていくトキと城壁との距離。

 

 そしてトキが杖を前に突きだし。

 

「【──────】!」

 

 轟音と共に城壁が破られた。




ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蹂躙

ふと小説情報を見るとUAが30,000突破、お気に入りも2200以上。いつの間に……。

これからもこの作品とトキをよろしくお願いします。


 トキの至近距離からの長文詠唱魔法によって、奥行きがある城壁にぽっかりと風穴が空く。粉塵が舞い、城壁を構成していたレンガがガラガラと崩れる。

 

 開戦直後の奇襲。破壊された城壁。これにより、近くにいた【アポロン・ファミリア】の団員は、一瞬その動きを止めてしまった。

 そこへ粉塵の中からトキが姿を現した。突如現れたトキに面食らう冒険者達。そんな彼らにトキは【ケリュケイオン】を振る。鳩尾(みぞおち)(あご)、首筋をそれぞれ打ち、意識を刈り取る。

 

 さらに近くに階段を見つけると、それを駆け上り城壁の上に出る。

 

「くらえ!」

 

 待ち構えていた弓使い(アーチャー)二人が矢を放つ。これほどまでの至近距離ならばどんな素人でも外すことはまずありえない。

 だが、それでも矢はトキに当たらない。

 

「う、嘘だろ!?」

 

 混乱する二人にトキは杖を振るい、その意識を刈り取る。そのまま周囲を見渡すとそこから東門の方へと駆けていった。

 

 

 

「はあ……」

 

 トキの戦闘の一部始終を見ていた小人族(パルゥム)ルアン……に化けているリリは思わずため息をついた。

 

 そもそも何故リリが(ルアン)の姿で既に城の中にいるのか。それは4日前、古城跡地に向かう本物のルアンを捕らえ、リリが彼女の魔法、【シンダー・エラ】で彼と入れ換わったからだ。

 

 それにより敵陣の中で諜報活動を行い、昨日の物資搬入の際にヴェルフ達と合流。そこで情報を渡したのだが……その夜、到着したトキが、あろうことか城に侵入し、リリに接触してきたのだ。突然のことで慌てるリリをトキはなだめ、作戦の細かな変更を提案した。

 

『作戦自体に変更はない。けど俺が囮になる時、外じゃなくて中でやりたいんだ』

 

 最初は意味がわからなかったが、とりあえず了承し、今、その理由を知った。つまりトキは囮をやりながら他の団員を全て倒すつもりだ。そのためには城壁に登れない外よりも、階段がある中の方が都合がいい。

 

 無茶苦茶だが、何故か彼ならば本当に出来てしまう気がする、とリリは思った。

 

 現在リリの姿は、トキが城壁を破壊したことにより起こった粉塵で見えなくなっている。これならば、オラリオで観戦している観客達にも、リリが裏切っているとまだわからないだろう。だからこそ、ため息なんてついたのだ。

 

 気を取り直し演技を再開。トキの狙いを理解したリリは、その望みを叶えるべく、行動を開始する。

 

 

 

 城壁の上の弓使い(アーチャー)が矢を射る。しかしトキにはかすりもしない。驚いた弓使い(アーチャー)をトキが当て身で気絶させる。

 

 トキが矢に当たらない理由。それは彼が耳に付けている耳飾り(イヤリング)にあった。それは冒険者用装身具(アクセサリー)なのだが、普通のものではない。

 

万能者(ペルセウス)】アスフィ・アル・アンドロメダが作った『矢避けの加護』が宿った冒険者用装身具(アクセサリー)である。矢限定ではあるがどんな距離から射られたものでも当たらないというものだ。アスフィの【神秘】のアビリティだからこそ作れたものだった。

 

 ちなみに彼が身に纏っている戦闘衣(バトル・クロス)もアスフィの手製である。彼がLv.3になった祝いの品として渡されたものだ。【ヘルメス・ファミリア】として出場しているので、トキは今回こちらを身に纏っている。

 

 崩れ落ちた弓使い(アーチャー)の奥から魔導士が魔法を放つ。トキはそれを崩れ落ちた弓使い(アーチャー)の襟元を掴み盾にすることで防いだ。

 

「そ、そんなのありかよ!?」

 

 驚愕する魔導士にお返しとばかりに先程放ってきた魔法を模倣。魔導士を倒す。ここで【ケリュケイオン】の回数がなくなるが、直ぐ様詠唱し、杖を再び握る。

 

「いたぞ、あそこだ!」

 

 城壁の下に【アポロン・ファミリア】の団員達が集まっていた。彼らはすぐ近くの階段に向かっていた。

 それを見たトキは城壁から飛び降りると、下にいた獣人を下敷きにして着地、突然の事で戸惑っている団員達に向け、杖を振る。

 

 瞬く間に四人を倒したトキに、階段を上っていた団員が気づき、こちらに戻ってくる。トキは下敷きにした獣人を掴むとこちらに向かってくる団員に投擲。体勢が崩れたところにすかさず杖を振る。

 

 全員が気絶したことを確認すると1つ息を吐いた。

 

「【アポロン・ファミリア】の団員数はおそよ110人……。大将のヒュアキントスと玉座の近衛の数を除くとちょうど100人くらい……」

 

 ぼそりと呟くトキの顔には笑みが浮かんでいた。

 

「残り、90人弱!」

 

 さらなる敵を求めて再び駆け出す。

 

 

 

 

 再び城壁に上ったトキは、とりあえず東門を目指していた。リリから事前に聞いた情報によると、そこが一番、人が集まっている場所とのことである。

 

 すると、前方から30人ほどの冒険者の集団が向かってきた。

 

 その集団に対し、短文詠唱の魔法を行使。先頭の冒険者の足を止める。先頭が止まったことにより、後続の冒険者達が先頭にぶつかる。ルアンに化けたリリに錯乱させられ、責め立てるように駆り出された冒険者達は、集団が戦うには狭い城壁の上へとまんまとおびき出されていた。

 

 立ち往生する冒険者達の足元を縫うようにトキは駆け抜けると、最後尾にいた魔導士達の意識を奪い、短文詠唱の魔法を集団にぶつける。

 

「なっ、後ろから!?」

 

「誰か裏切ったのか!?」

 

【ケリュケイオン】を詠唱しながら、再び集団の中に飛び込むと、今度は冒険者達の死角から小突くような攻撃をする。すると途端に仲間割れが発生した。

 

「がっ! てめえ、今俺のこと殴っただろ!?」

 

「はあ!? んなことしてねぇよ!」

 

「おい、俺を斬ったの誰だ!?」

 

 口々に喧嘩を始め、乱闘まで起こす集団から抜けると、走っている最中に詠唱していた長文詠唱の魔法を行使。まとめて集団を吹き飛ばした。

 

 ------------------

 

『これはすごーい!? 【ヘスティア・ファミリア】、まさかの短期決戦でしょうか!?』

 

 オラリオでは興奮した人々の歓声が上がり、実況も白熱した展開に拡声器を握りしめていた。

 

『それにしても助っ人の【シャドー・デビル】、強い! 【アポロン・ファミリア】の団員達を瞬く間に倒していきます! 城内を駆ける姿は、まさに生け贄を求めてさ迷う悪魔そのものだー! ガネーシャ様、何か一言!』

 

『俺が、ガネーシャだ!』

 

『はい、ありがとうございましたァ‼』

 

 一方、バベルでも神々の驚愕した声が上がっていた。

 

『つ、強すぎだろ!?』

『あれ、完全にLv.2じゃないだろ、ヘルメス!?』

 

「いやいや何言ってるのさ。混乱する相手の隙をついているだけで特別なことはしてないよ。あの子は強いんじゃなくて、上手いんだ」

 

『ていうか何種類の魔法を持ってんだよ!? 絶対3つ以上使ってるだろ!?』

 

「ハハハ、それについてはひ・み・つ」

 

『『『『『ウ、ウゼェー!』』』』』

 

 やんややんやと盛り上がる神々を尻目にアポロンも、リリと共に作戦を考えたヘスティアも驚愕の表情を顕にする。『鏡』に映るトキは敵を見つけると即座に接近。迎え撃つ相手を歯牙にもかけず倒し、城を駆け回る。

 

  (もう、あの子1人でいいんじゃないかな……?)

 

 ヘスティアはそんな事を考え始めていた。

 

 

 

 

 目の前のエルフの小隊長を倒したトキは、今度は敵の大将がいる玉座の塔へ向けて走る。既に50人以上の敵を倒した彼は次の作戦に移行する。

 

 トキが向かう先に深紫色の光剣が現れ、地面に突き立った。命の魔法【フツノミタマ】による重力の檻だ。

 

 魔法の効果範囲ギリギリで停止したトキは懐から精神力回復薬(マジック・ポーション) を取り出すと【ケリュケイオン】を構え、詠唱を開始する。

 

「【間もなく、焔は放たれる】」

 

 その脳裏にあるのは24階層での光景。動けない自分を庇い、必死に食人花と戦う先輩達の背と、翡翠色の魔法円(マジック・サークル)を展開し、歌う少女(おもいびと)の姿。この戦いを見ている先達に、自分を育ててくれた主神に、自分を慕ってくれた少女に、今の自分を見せるためにトキは最強の魔導士に挑戦する。

 

「【忍び寄る戦火、免れぬ破滅。開戦の角笛は高らかに鳴り響き、暴虐なる争乱が全てを包み込む。至れ、紅蓮の炎、無慈悲の猛火】」

 

【ケリュケイオン】の模倣はトキのイメージによってその威力が変動する。本物に近ければ近いほど威力が上がり、範囲も大きくなる。

 トキがこの魔法を見たのは1度きり。だがそれでも彼の脳裏には鮮明にその魔法が刻まれていた。

 

「【汝は業火の化身なり。ことごとくを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを】」

 

 沸き起こる魔力に重力の檻に捕らわれていた冒険者達が驚きを表す。

 

「【焼きつくせ、スルトの剣──我が名はアールヴ】」

 

 そして遅まきながら気がついた。自分達を捕らえていた重力の檻が解除されていることに。詠唱をしている少年の横に、自分達を魔法で閉じ込めていた少女が立っていることに。

 

「【レア・ラーヴァテイン】‼」

 

 次々と立ち上る火柱。最強の魔導士が持つ超長文詠唱の魔法に、【アポロン・ファミリア】の団員達が絶叫する。

 

 炎が消えた頃には全ての団員が倒れ、気を失っていた。トキは杖を下ろすとふぅ、と息を吐いた。

 

「あの、大丈夫なのでしょうか……?」

 

 横にいる命が彼に声をかける。目の前に広がるのは死屍累々。地面は焦げ、人は時折ピクリと痙攣するだけだ。

 

「このままだと何人かは死にますね」

 

「ええ!?」

 

「いや、【魔導】のアビリティがないとはいえ、超長文詠唱なんて使ったら【ステイタス】が低い人は死にますよ。でも大丈夫です、こんな時のために高等回復薬(ハイ・ポーション)を用意してありますから」

 

 そう言うとトキは本当に死にそうな冒険者だけに高等回復薬(ハイ・ポーション)をかけて、それ以外は放置した。

 

「これでよし。今倒したのが1、2、3……13人か。とりあえずリリと合流しましょうか」

 

「は、はいっ‼」

 

「……あの、何でそんなに顔を強ばらせているんですか?」

 

 トキの所業に若干引いた命。そんな彼女の視線を受けながら、トキは再び城内へ向かう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦争の幕間

遅れました……。先の展開を考えに考えた所為です。スミマセン。

そして短いデース。


【レア・ラーヴァテイン】を盛大にぶっぱなした後、俺と命さんはリリと合流しようと考えていたが。

 

「トキ殿、ベル殿達は既に玉座の塔付近にいる模様です」

 

 という命さんの言葉により予定を変更し、玉座の塔に向かっていた。

 

 そもそも、何故命さんがベル達の場所を特定できたのか。それは、彼女が持つスキルが関係している。

 彼女のスキル【八咫白烏(ヤタノシロガラス)】は、同じ神から『恩恵』を受けた同胞の位置を特定できる、とのこと。今彼女はヘスティア様の眷族であるから、彼女はベルやリリ、ヴェルフの位置がわかる。俺が彼女と合流したのはそのスキルでリリの位置を特定してもらうためだ。

 

「命さん、リリはこの先にいるんですね?」

 

「はい、このまま進めばちょうどリリ殿とぶつかります」

 

「なら急ぎましょう」

 

 途中で倒れている(恐らくベルやヴェルフに倒された)【アポロン・ファミリア】の団員達から武器を拝借しつつ、走り続ける。すると、前方からルアンに化けたリリがこちらに向かっていた。

 

「トキ様と命様?」

 

「ああリリ、よかった、合流できた」

 

「どうかされました……じゃなくて、どうかしたか?」

 

 ルアンに化けている彼女は念には念を入れ、口調や仕草まで本物のルアンに似せている。見事な演技力だ。

 

「ベル達が玉座の塔に入ったんだろ? だったらもう囮の必要はない。後は他の団員を王塔に入れなければ俺達の勝ちだ」

 

「それは……急ぎすぎじゃないのか? まだ混乱させておいた方が……」

 

「それよりも、どうせベルの花火を見たら全員が塔に集まるんだから、囮をやっているよりも待ち伏せた方がより多くの人数を倒せるからな」

 

 顔がにやけるのを意識しつつ、王塔を見据える。

 

「しかしトキ殿、本当にベル殿に加勢しなくてもよいのでしょうか?」

 

 今回の作戦、人数の関係もあるが敵の大将であるヒュアキントスと戦うのはベルだけだ。

 

「大丈夫だ」

 

 命さんの問いに対し、今度は別の意味で笑みを浮かべる。

 

「あいつはお人好しで優柔不断でヘタレだけど、意外と強い。それに──」

 

「それに?」

 

「あいつも男ですから」

 

 キョトンとする命さんとリリに苦笑しながら王座の塔に向かう。剣撃の音が聞こえてくる。視線の先ではヴェルフが女性冒険者と戦っているのが見えた。

 

「ヴェルフッ‼」

 

 先程拝借した武器を振りかぶりながら叫ぶ。

 

「避けろ‼」

 

 ヴェルフがこちらを向いた瞬間に、走りの勢いを利用し武器を投擲。突如飛来してきた投擲物にヴェルフと女性冒険者がのけ反る。

 

「もう1ぱアァァつッ‼」

 

 今度は左腕で投げる。俺は利き腕が右だから左だとあまり力がでない。案の定、女性冒険者を狙って投げた武器は彼女の剣に弾かれる。だが、崩れた体勢のまま反射的に弾いたため、さらに体勢が崩れる。

 

「もらったァ‼」

 

「しま-」

 

 そこにヴェルフの大刀による一撃が直撃する。彼女は吹き飛んだ後、壁に激突して気を失った。

 息を吐くヴェルフに駆け寄る。

 

「ヴェルフ、お疲れ」

 

「ああ、さっきはサンキューな」

 

 その時、王座の塔から純白の雷が()()()

 

「いよいよか……」

 

「はい」

 

 ヴェルフの呟きに命さんが答える。

 

 ──ベル、頑張れよ。

 

 パンッと自分の頬を叩き、気合いを入れ直す。

 

「んじゃこれからの動きを提案するぞ。俺がここに陣取って、さっきの花火に食いついたやつらを迎撃する。リリ達はこのまま玉座の間に向かってベルの戦闘の邪魔をしようとするやつらを止めてくれ」

 

「「えっ!?」」

 

 俺の提案にリリと命さんが疑問の声を上げた。

 

「ん? 何か問題あるのか?」

 

「疑問も何も、何でお前だけ残るんだよ」

 

「俺がヒュアキントスと戦うとその時点でこっちの負け。だけど俺以外だったら問題ないだろ? だから皆がベルのところに行ってあいつの戦いに邪魔が入る前に阻止して欲しい。それは多い方がいいに決まっているだろ?」

 

「……わかった」

 

「なっ、ヴェルフ様!?」

 

 俺の回答にヴェルフが頷き、リリが驚愕する。

 

「だが行くのはリリスケと命だけだ。俺もここに残る」

 

「いや、だから……ってそんな言い合いをしている場合じゃないな。わかった、リリ、命さん、頼んだ」

 

「……わかりました。行きましょう、リリ殿」

 

「……お二人とも簡単にやられないで下さいよ?」

 

 リリの呟くような声に手をヒラヒラと振って応える。彼女達はそのまま通路の奥へと向かった。

 

「さてと」

 

 王座の間に続くものと反対側の通路を見る。そこには10数名の冒険者達が迫ってきていた。その中には遊戯(ゲーム)開始時に俺が気絶させた冒険者もいる。

 

「……何であんなに残ってんだよ」

 

「ああ、俺が軽い気絶で留めておいたから」

 

 ヴェルフの呟きにあっけらかんな調子で答える。はあ!? とヴェルフが声を上げた。

 

「だって…………その方が何回もボコせるだろ?」

 

 後にヴェルフはこの時のトキをこう語った。あの時のあいつは本当に悪魔みたいな顔をしていた、と。

 

「さて、んじゃ始めるか」

 

 倒れている冒険者から剣を拝借し、構える。戦場で落ちている武器は全て己の武器となるのだ。

 ヴェルフも大刀を構える。

 

「途中でへばるなよ?」

 

「ぬかせ!」

 

 同時に駆け出す。さて、次はどの程度までボコボコにしようかな。




次回はベルの戦闘です。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

白兎の炎牙

最近暑くて創作意欲が沸きません。その所為か更新が滞ってます。本当に申し訳ありません。

また番外編ですが、戦争遊戯編が終わった後に更新します。楽しみにしてくれている方(いてくだされば)、誠に申し訳ありません。


 ベルside

 

 視線の先にいる青年(ヒュアキントス)を見据える。あちらはまだ僕に気づいていないのか、波状剣(フランベルジュ)を手に持ち、周囲を警戒している。

 

 さっき僕が放った、【英雄願望(アルゴノゥト)】で強化された【ファイアボルト】によって彼がいた玉座の塔は上半分が消しとんでいた。なぜ彼が無事なのかはわからない。僕や彼の周りには彼を警護していたであろう人達が倒れている。直撃を受けた人はいないと思うから死んではいない……と思う。

 

 さっきの一撃で彼を倒せるとは思っていなかった。けど無傷とは思っていなかったから、正直ちょっと落ち込んでいる。

 

 気を取り直して、レッグホルスターからナァーザさんから譲ってもらった2属性回復薬(デュアル・ポーション)をありったけ飲む。それでも【英雄願望(アルゴノゥト)】の反動で体が重い。今の僕に長期戦をする体力は残っていない。

 

 普通ならここで撤退するのが賢い選択だろう。相手はこちらを見つけていない。今なら気づかれずに撤退し、ヴェルフや命さんを連れてあの人と戦えるだろう。

 

 だけど、それじゃ意味がない。協力してくれたみんなも、オラリオでこの戦いを観ている人達も、僕だって、彼との決着は僕自身がつけたいと思ってる。

 何より、約束したんだ。

 

『ヒュアキントス以外の団員は俺が片付けておく』

 

「だから僕はトキ(きみ)の分まで彼と戦って来るよ」

 

 2本の紅緋色のナイフ、牛若丸(うしわかまる)と、ヴェルフが上級鍛冶士になった後に作ってくれたナイフ、牛若丸弐式(うしわかまるにしき)を抜刀する。

 呼吸を整え、ヒュアキントスさん目掛けて駆け出す。

 

「──」

 

 彼はバッとこちらに振り向くとその勢いで波状剣(フランベルジュ)を振る。短刀と長剣が切り結び、火花が散る。

 

 ──今の一撃、トキなら決めていた。

 

 その場に留まることなく、彼の回りを駆け回り、2本のナイフで斬撃をくり出す。『敏捷(あし)』に物を言わせた一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)。力はあちらの方が上。だけど、速さなら僕の方が速い。

 

「誰だっ、お前はっ!?」

 

 彼が何を尋ねているかはわからない。こっちはさっきの反動で疲れている。いちいち問答に付き合っている暇はない。

 

「私は、Lv.3だぞ!?」

 

 言葉と同時に強引な切り筋。それを見逃すことなく牛若丸弐式をくり出す。相手の波状剣(フランベルジュ)を叩き切る。

 

 相手は直ぐ様予備の短剣に手を伸ばす。けれどその隙を逃すことなく2本のナイフによる連撃を叩き込む。

 

 9つ目の斬撃をくり出した時、ようやく相手は短剣を抜き、斬撃を防いだ。

 

 ──遅い。

 

 体のギアを一つ上げる。それだけで相手は僕に対処しきれなくなる。

 

 ──やっぱりこの人、下手だ。トキよりも。アイズさんよりも。

 

 アイズさんやティオナさんに訓練してもらって、強くなって、わかったことは親友(ライバル)との差。トキは既に、あの二人(第一級冒険者)よりも、上手かった。

 もしトキとアイズさんとの間に【ステイタス】の差がなければ。戦って勝つのはトキだろう。そう思えるほど親友は上手かった。

 

 ──それでも、諦めない。

 

 今はまだトキの方が強い。それは認めよう。だけど、強くなって、もっと強くなって、いつか胸を張って彼の親友と名乗れるくらいに強くなるんだ! だから!

 

「こんなところで、立ち止まるわけには、いかないんだッ‼」

 

 さらにギアを一つ上げる。体が悲鳴を上げる。だけどそんなこと関係ない!

 

「う、おおおおおおおおおおッ!?」

 

 ギアを上げた所為か、さっきの僕の言葉が気に触ったのか、彼は雄叫びを上げると足元に短剣を振り下ろした。

 

 第二級冒険者の一撃に衝撃と風圧が発生し、瓦礫が砕け土煙が舞い上がった。その中へ僕は飛び込む。抉れた地面の破片が体を叩くけど、それを気にせず土煙の向こう後退するヒュアキントスさんに突っ込む。焦燥で歪んでいた彼の顔に驚愕の表情が表れる。

 

 恐らく今の一撃は衝撃や風圧、土煙で僕を引かせ、その間に魔法を詠唱するつもりだったのだろう。確かに僕には魔法を受けきるような体力は残っていない。距離を離されたら負ける。

 

 幸い僕の方が速い。彼は何故か短剣を仕舞っている。今なら、勝てる。

 

「やぁー!?」

 

 勝利を確信して油断したその時、横から奇襲を受けた。見ると僕に『神の宴』の招待状を届けにきた女性の一人、カサンドラさんが僕に体当たりをして来ていた。

 

 体勢を崩し、走っていた体がよろける。

 

「ベル様!」

 

 そこに背後から飛び出してきた小さな影が、カサンドラさんをはね飛ばした。その支援が誰かなんて見なくても分かった。

 

 ──ありがとう、リリ。

 

 カサンドラさんの体当たりにより足が止まった僕を見て、詠唱を始めたヒュアキントスさんに再び接近する。彼は慌てて短剣を抜こうとするが、詠唱を途中で止めたことにより魔力暴発(イグニス・ファトゥス)を起こす。

 

 魔力暴発(イグニス・ファトゥス)によって動きが止まった彼にナイフを仕舞い、拳を握る。

 

 それはトキとの約束の1つ。

 

『あ、出来ればさ』

 

 走りの勢いを殺さず足を踏み締める。

 

「【ファイア──】」

 

敵の大将(ヒュアキントス)を全力で殴っといて』

 

「【──ボルト】!」

 

 拳を突き出すのと同時に魔法を発動。拳の勢いとゼロ距離で発動した速攻魔法が彼の顔面に突き刺さった。白兎の炎牙(ヴォーパル・フレイムファング)。ダンジョンに出現する殺人兎の一撃に炎を乗せた僕の全力。

 

 ヒュアキントスさんは攻撃によって吹き飛び、何回か地面を跳ねた後、ゴロゴロと転がり、50M(メドル)ほど転がったところでようやく止まった。

 

 会心の一撃だった。肩で息をしながら仰向けに倒れている青年を睨む。その体が起き上がる──────ことはなかった。

 

 銅鑼の音が古城跡地に鳴り響く。

 

「勝っ、た?」

 

 けっこう、あっさりだった。10日前まで敵うはずがなかった相手に、今僕は勝った。実感が湧かなかった。

 

「ベル様!」

 

 名前を呼ばれた。振り向くとリリが感極まったような顔で立っていた。

 

「リリ、僕は、勝ったの?」

 

「はい!」

 

 リリの言葉にようやく感情が込み上げてきた。顔が自然と笑顔になった。

 

「リリ!」

 

「はい、何で──」

 

 ガバッ!

 

「ひゃあ!? ベ、ベル様!?」

 

 感極まって僕は屈んでリリに抱きついた。

 

「勝った、僕達勝ったんだ!」

 

「ベル様、く、苦しいです!?」

 

「ありがとう、ありがとうリリ!」

 

 胸に湧き起こる感情をそのまま吐き出す。

 

「リリのお陰で勝てた! 本当にありがとう!」

 

 Sideout




ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

動き出す影

今回で戦争遊戯編は終了です。


「ん~終わった終わった」

 

 両腕を頭の上で組み、体を伸ばす。疲弊している、とは言えないがある程度疲労を感じているのは確かだ。

 

「ま、個人的にはもう少しやってもよかったかなー?」

 

 そんな事を呟いていると後ろでヴェルフと命さんが何やらこそこそと話をしていた。

 

「……ヴェルフ殿」

 

「何だ?」

 

「今回の戦い、我々は必要だったのでしょうか?」

 

「……言うな。確かにあいつ一人で十分だったんじゃないか、って何回も思ったが、とりあえず俺達も少しばかりは勝利に貢献しただろ?」

 

「……そうですね」

 

 ……そっとしておこう。ここで俺が下手に言葉をかけても、かえって二人を傷つけかねない。

 

 二人の話から気を逸らし、ベルとリリを探す。ベル達は少し離れたところで話をしていた。ベルがリリの前で屈み、二人とも眩しい程の笑顔で何やら会話をしている。

 

 これは邪魔をしてはいけないな。まあ、帰りの馬車の中ででも何を話したのかからかって……じゃなくて聞いてみよう。

 

「ベルー、先に街に戻ってるからなー」

 

 少し遠くからベルに声をかける。ベルはこっちを見た後、手を振って答えた。

 

 ヴェルフと命さんに声をかけると、二人もちょうどそう思っていたとのことなので、並んで街に戻る。

 

 ……それにしても、今回の騒動で俺はまともに動くことができなかった。それは仕方がないことだろう。俺とベルは所属している【ファミリア】が違う。もともと冒険者になったのが偶々一緒だったということから行動を共にしているだけだ。

 

 むしろ今回は運が良かった方だ。形はどうあれ、騒動の解決に携わることができたのだから。だけど毎回こういう幸運に恵まれる訳じゃない。

 

 ……裏の方にも手を出し始めた方がいいかもしれないな。

 

 今まで意識的に避けていた世界。1度は足を洗った場所。そこにもう一度足を踏み入れることを決意する。と言っても昔みたいに暗殺をする訳ではなく、そちらの方の情報にも手を出してみよう、というだけだ。

 

 臆病になったもんだな、と自虐の笑みを浮かべる。昔は何もなかった。だけど今は、家族、友人、知り合い……何より恋人。この手には収まりきらない程の物を手に入れてしまった。それを失うのが、とても怖い。

 

 ……こんな時、俺の憧憬の人ならどうするだろう? ……考えるまでもなかったな。どんなものでも圧倒的な力で受け止め、跳ね返し、叩き潰す。俺にはない力でどんな状況でも覆すだろう。

 

 俺にはマネできない。当然だ、俺はあの人じゃない。だから俺は俺のやり方で俺の守りたいものを守る。そのためにもっと強くなろう。

 

 決意を胸に拳を握り、空を見上げる。惚れ惚れするほど綺麗な空だった。

 

 ------------------

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)を終えた俺達は、ギルドが用意した馬車で1日かけてオラリオに帰還した。凱旋する俺達をオラリオの人達は笑顔と歓声で出迎えてくれ、俺達はぎこちない笑顔でそれに応えた。

 

 ベル達と別れた後、ヘルメス様や【ファミリア】のみんなに(知っていると思うが)勝利の報告をし、今回お世話になった【ロキ・ファミリア】の方達に挨拶しようと『黄昏の館』に向かう途中、俺を待ち受けていたのは階層主討伐(ボールスさんから)のお誘い。

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)から帰って来たばかりだし、断ろうとしたがそんなことお構い無し、とのことで強制連行。18階層に着いたのが帰って来た夜のことで、朝一番に対ゴライアス戦。1度倒している相手だし、今回は人数もそこそこいたので特に苦戦することなく撃破。

 

 ……だけどそこから分け前の争い。俺は依頼されてやって来たのにそんなことは関係ない、と言われさすがにカチンときた。乱暴な冒険者を言葉で丸め込むのは少々手間なので、彼らの流儀、競売(せり)に参加。結果、ゴライアスの魔石の入手に成功。

 

 その後、地上に戻るパーティに同行させてもらい、魔石を換金。その足で『黄昏の館』に向かう。リヴェリアさんに【レア・ラーヴァテイン】の事を聞かれたり、何故かレフィーヤに冷たい目で見られたりといろいろ大変だった。

 

 なぜか戦争遊戯(ウォーゲーム)をしている時よりも、その後の方が疲れたというおかしな日となった。

 

 そうそう戦争遊戯(ウォーゲーム)の後始末だが、ヘスティア様はアポロン様に全財産の没収、【アポロン・ファミリア】の解散、そしてアポロン様の無期限のオラリオ追放を言い渡した。……どうやらたいそうご立腹だったようだ。頭のツインテールを荒ぶらせながら、顔をひきつらせるアポロン様に裁きを下すヘスティア様のご様子が浮かぶ。

 

 そんなこんなで、【ヘスティア・ファミリア】と【アポロン・ファミリア】の戦争遊戯(ウォーゲーム)は幕を閉じた。

 

 ------------------

 

 カツカツカツ、と足音が響く。音の主は闇色のローブで全身を覆った人物だった。

 

 ローブの人物は灯りに照らされた空間に入ると、一直線にある人物の元へ向かう。その人物はローブの人物に背を向けていて、何やら作業をしていた。

 

「ただいま戻りました──────()()

 

 ローブの主の声は若い男のものだった。男の声に気づいた人物が振り返る。その人物は、以前トキと接触したトキの育て親、先生と呼ばれる男であった。

 

「おかえり。ご苦労様、レゴス」

 

 先生がそう声をかけると、レゴスと呼ばれたローブの男の纏う空気が和らぐ。

 

「それで、どうだったトキは?」

 

 トキ、という言葉にレゴスの雰囲気が剣呑なものになる。1回深呼吸してから彼は自分が見てきた遊戯(ゲーム)の様子を報告する。その報告を聞いた先生は顔に笑みを浮かべた。

 

「ハハハハハ、やはり私の目に狂いはなかった!」

 

 その目は狂気の色に染まっていた。

 

「やはりあの子だ。あの子こそが私の願望を叶えてくれる、私の最高傑作だ!」

 

 先生は振り返ると止めていた作業を仕上げる。そこにいたのはレゴスと同じローブを来た()()()()()。先生がトキの胸に触れ、何かを呟く。そして、トキは覚醒した。

 

「ふむ、まあこんなものか。王国(ラキア)からの依頼もあるから、そろそろ動くとしよう。レゴス、皆を集めてきてくれ」

 

「わかりました」

 

 レゴスは一礼すると再び闇の中に姿を消した。

 

「ようやくだ。ようやく君を取り戻せるよ、トキ」

 

 目の前にいるトキの頬を撫でながら、先生はここにはいないトキに語りかける。よく見ると、彼と同じ空間にはトキと同じ顔をした者達がさらに数人いた。

 

「さあ、君と私の遊戯(ゲーム)を始めよう!」

 

 天を仰ぎながら、先生は高らかに宣言した。




という訳で、次章はまさかのオリジナル回&いつだったか張った複線の回収となります。色街編を予想させた方、残念でした。また楽しみにされていた方、申し訳ありません。

ですが、この辺で入れておかないとやる時がないんです! どうかご理解下さい!

まあ、でも次回は番外編なんですけどね。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

暗躍する影達
デート


それではオリジナル章に突入します。と言っても色街編をちょくちょく入れていくので完全にオリジナルという訳ではありませんが。


 光あるところに影があり、人の営みの裏に闇が広がる。幼少のころから世界を渡り歩いてきて学んだことの1つである。

 人が集まれば様々な思惑が生まれ、他者を騙すもの、虐げるもの、利用するものなど、所謂人間のクズのような存在も現れてしまう。

 

 ましてここ迷宮都市(オラリオ)は1000年以上の歴史を持つ街だ。そこに広がる闇は、14年しか生きていない俺には想像もつかないようなものだろう。

 

 そう思って、それでも戦争遊戯(ウォーゲーム)後に決意した意思は揺るがず、オラリオの闇に片足を突っ込んでみたのだが……拍子抜けした。

 

 確かに俺が『闇』と呼ぶような業界はあった。けれど正直ショボい。俺が思っていたよりもショボかった。

 

『闇』に突っ込むぞ、と意気込んでいて気づかなかったが、よくよく考えてみると人間の闇が広がるわけがないのだ。なぜなら今この都市を支配しているのは超越存在(デウスデア)である神達なのだ。

 

 彼ら彼女らは人間(こども)達を見てはしゃぐ、個人的に、こちらからすれば迷惑な存在だと思うことが多いが、人間を超越した存在には変わらない。

 彼らの前で嘘はつけず、言葉の駆け引きもこちらには想像もできないほど長く存在している神々の方が上手だ。とてもではないが人間が勝てるような相手ではない。

 

 というか、1000年も街が存在していたら普通とっくに衰退、もしくは腐敗しているだろう。

 

 そんな訳でこの街の『闇』に飛び込んでみて出鼻を挫かれた俺は、安全階層(セーフティポイント)でヘルメス様とベルの覗きを止めなかった罰である『ウィーシェ』の裏メニューである、1つ3000ヴァリスもするパフェをレフィーヤに奢っていた。

 

 このパフェ、大きさは普通のものと変わらないのだが、材料に18階層で取れるハニークラウドという果物を小量ながら使っており、その材料費や加工費でこの値段なのだとか。

 本当はもっとハニークラウドの使用量を増やしたいが、これ以上使用量を増やすとパフェ全体の味が損なわれてしまう、と前にエルフの店主に聞いたことがある。

 

 そして肝心の味なのだが……甘い。ハニークラウドはそれ単体だけでかなりの糖度を誇る。多分甘過ぎるものが駄目な人は食べられない。ちなみに俺は連続2個までなら食べられる。

 そのハニークラウドの甘味を出しつつ、他の果物やアイスの味も損なわないこのパフェはもはや芸術なの!とレフィーヤは言う。

 

 そんな事を力説する彼女はパフェをパクパク食べながら幸せそうな顔をしている。ちなみに俺にはあんなにハイペースであのパフェを食べることはできない。絶対に胸焼けするから。

 

「あ~、おいしかった~」

 

 パフェの余韻に浸るレフィーヤ。その様子を紅茶を啜りながら眺める。

 

「そう言えば戦争遊戯(ウォーゲーム)の所為か、トキの知名度もさらに上がったね~」

 

「……まあな」

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)が終了して数日。その熱は未だ完全に冷めることはなく、オラリオを沸かしている。

 

 あの遊戯(ゲーム)で派手に立ち回った俺は、元々の知名度に加えてさらに有名となってしまった。……正直【シャドー・デビル】は悪名みたいなものだから広まって欲しくないのだが。

 

 現にこの店に来るまでにもこちらを見てヒソヒソと話す人達を何人か目撃した。

 

「そういうレフィーヤの方はどうなんだ? 遠征では大活躍だったらしいじゃないか」

 

「ま、まあね」

 

 この前【ロキ・ファミリア】を訪れた際に前回の遠征の話をティオナさんから聞いた。詳しい内容は聞けなかった(というか説明が抽象的でかわからなかった)が『高速詠唱』で『深層』の竜型のモンスターや新種のモンスターを一掃したり、59階層の巨大モンスターへとどめを刺すアイズさんの援護を勤めるなど、大活躍だったらしい。

 

「でもあれは『並行詠唱』ができるようになったからで、その『並行詠唱』はリヴェリア様やアイズさんやフィルヴィスさん、後トキのお蔭だし……」

 

「それでもそれはレフィーヤが成したことなんだ。自信を持っていいよ」

 

 微笑みながら言葉をかけると彼女は照れながらはにかんだ。

 

 その様子を見ながらチラリと店の他の客を見てみる。

『ウィーシェ』は、訪れるには複雑な道を辿る必要がある、知る人ぞ知る小洒落た喫茶店で、主にカップル客をメインターゲットにしている。

 

 そんな中、店の一角にこちらを見ている集団があった。数は3人、否3柱。ニヤニヤしながら様子を窺うそれは、面白いものを見つけた様子の神達だった。どうやらここに来る時につけられていたようだ。それにしても俺に気づかれない尾行術とは……やはり神は侮れない存在である。

 

 そんなことを考えていると、店主が少し大きめのケーキを運んできた。そのケーキは所謂カップルケーキと呼ばれるもので、カップルが互いに食べさせ合うケーキだ。それを見た俺とレフィーヤはうろたえる。

 

「あの、これ頼んでないんですが……」

 

「あちらの方々からサービスだそうです」

 

 店主が指し示す方向にはニヤニヤと笑う神達の姿が。やはり迷惑な存在だ。

 

 どうせ彼らは俺とレフィーヤをからかい、その様子を楽しむつもりなのだろう。パッと見、俺と直接の関係がない神達のようだし、俺とレフィーヤの付き合いがそこそこあるのを知らないのだろう。

 

 確かに数週間前の俺ならばきっと取り乱していただろう。しかし、正式に付き合い始めた今、躊躇する必要はない!

 

 ケーキにフォークを入れ、それをレフィーヤに差し出す。

 

「ほらレフィーヤ、あーん」

 

「え?」

 

 キョトンとするレフィーヤは、次第に顔を赤く染め、目を瞑ってゆっくりと口を開く。その様子にドキッとしながらもケーキを彼女の口へ運ぶ。

 

「美味いか?」

 

「う、うん……」

 

「そうか、じゃ次は俺の番だな」

 

 そう言って口を開く。レフィーヤはさらに顔を真っ赤にしながらもフォークでケーキを切り、こちらに差し出す。

 

「あ、あーん」

 

 ケーキを口に入れながら、咀嚼(そしゃく)する。正直に言おう、恥ずかしくて味なんてわかりません! 確かに躊躇する必要はない。けどそれと羞恥心は別である。

 だがここで今更恥ずかしくなってやめてしまう、という選択肢はない。そんなことをすれば神達はさらに調子付くだろう。それは何か負けたような気がする。

 

 再びケーキにフォークを入れ、レフィーヤにあーんをする。しばらく食べさせ合っていると。

 

『店主、珈琲をくれ! 砂糖やミルクはいらない!』

『くそっ、このデザート甘すぎるぜ!』

『早く、早く珈琲を!』

 

 どうやら勝ったようだ。テーブルの下で拳を握る。

 

「はい、あーん」

 

「あーん」

 

 半分も食べれば慣れたもので、神達の視線も気にせずケーキを食べていった。ちなみに味もわかるようになり、とても美味しかった。

 

 ------------------

 

 その後、どうせならこちらから神達をからかってやろう、ということで『ウィーシェ』のカップルメニューの半分を制覇し、会計。店を出る時、神達にドヤ顔も忘れずにした。

 

「いやー楽しかったなー」

 

「ちょっと恥ずかしかったけどね」

 

 そうは言いながら満更でもなさそうなレフィーヤの様子に笑みがこぼれる。

 

 複雑な道を抜けて『黄昏の館』に向かっていると。

 

『おい、聞いたか』

『何のことだ?』

『【ヘスティア・ファミリア】のことだよ』

『ああ、あの話か』

『何でも莫大な借金があるらしいぞ』

『2億ヴァリスだとさ。いったいどっからそんな借金したんだか』

 

「「……」」

 

 聞こえてきた冒険者達の話に思わず無言になる。

 

「……今の話、本当?」

 

「……いや、聞いたことはないな」

 

「じゃあ心当たりは」

 

「……ベルの黒い短刀。あれ【ヘファイストス・ファミリア】製なんだ。ロゴ入りの」

 

「……それだね」

 

「……それしか思い当たらないな」

 

 とりあえずレフィーヤを送った後、【ヘスティア・ファミリア】を訪れることにした。




久しぶりに本編を書いたせいか、すごく変な文になってしまった……。相変わらずのクオリティですいません。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新【ヘスティア・ファミリア】

 レフィーヤを『黄昏の館』に送り届けた俺は、その足で来た道を戻っていた。

 実のところ、今日訪れた喫茶店『ウィーシェ』と新しい【ヘスティア・ファミリア】のホームは、通りこそ違えど、そこまで離れていない。

 

 つまり二度手間になるのだが、流石にレフィーヤを連れてベル達の所へ行く訳にもいかない。……え、俺? 俺はいいんだよ、今日行われたであろうことに関わっているし。

 

 今日行われたであろう事とは【ヘスティア・ファミリア】の入団面接だ。ヘスティア様に頼まれ、街中を駆け回り、知り合いの商隊に頼んで近隣の街にもビラを配ったのだ。

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)のお蔭で【ヘスティア・ファミリア】の名は一気に売れ、通常であれば入団希望者多数、【ヘスティア・ファミリア】は弱小派閥脱出、となるのだけど……。

 

【ヘスティア・ファミリア】のホームを訪れる道中で少し情報を仕入れてみると……話を聞き付けた神達が言い回った所為か、かなりの速度で情報が回っているっぽい。

 曰く【ヘスティア・ファミリア】は2億ヴァリスの借金(ばくだん)を抱えた【ファミリア】だとか。……何だろう、あんなに活躍したのにベル達の状況がまったく変わってない。

 

 そんなこんなで【ヘスティア・ファミリア】のホームにたどり着くと、ちょうどリリがホームから出てくるところだった。

 

「よ、リリ」

 

「あ、トキ様」

 

 こちらを視認したリリはどこか疲れているようだった。……一瞬、アスフィさんの顔がチラついたのは内緒だ。

 

「どうしてここに?」

 

「噂を聞いてな。今日の件に関しては俺も多少関わっているし、様子を見に」

 

 疑問を口にするリリに対して、理由を答える。

 

「そうですか……。あの、これから街へ偵察に行こうと思ったのですが……」

 

「その情報に関してはちょっとだけ仕入れてきた。話したいから中に入ってもいいか?」

 

 俺の問いにリリは一瞬間を置いた後、頷いてくれた。

 

「トキ様でしたら信用できますし、許可しましょう」

 

「ありがとう」

 

 リリの後に付いて【ヘスティア・ファミリア】の新しいホームへと入っていった。

 

 ------------------------

 

【ヘスティア・ファミリア】の新しいホームは【アポロン・ファミリア】のホームを乗っ取り、改装したものだ。外装は質素だが、決して品が悪いというものではない。

 

 正面の玄関口には炎と鐘のエンブレムが飾られている。戦争遊戯(ウォーゲーム)に勝ち、新たに【ヘスティア・ファミリア】が発足した際にヘスティア様が考案したんだ、と先日ベルは嬉しそうに言っていた。

 

 石造りの新【ヘスティア・ファミリア】のホームに入り、リリの案内で奥のリビングに通される。そこには唸りながら寝ているベルとそれを看病するヘスティア様の姿があった。

 

「皆さん、ただいま戻りました」

 

「随分早かったね、サポーター君……あれ、トキ君?」

 

「お邪魔します、ヘスティア様」

 

 顔を上げたヘスティア様に一礼して、ベルに近づく。顔を青くしているベルは本当に具合が悪そうだ。

 

 影からここに来る途中で買った果物の盛り合わせを出す。

 

「これ、お見舞い品です」

 

「おお、ありがとう!」

 

「本当はちゃんとした祝い品を渡したかったですが」

 

「……」

 

 果物盛り合わせを受け取ったヘスティア様は、俺が皮肉を言った途端沈んだ顔をした。あ、やり過ぎた。

 

「ヘスティア様ー、後片付け終わりましたー……って、あれ、トキ?」

 

「こんにちはヴェルフ、命さん。いや、時間的にもうこんばんは、かな?」

 

 部屋に入ってきたヴェルフと命さんに挨拶する。

 

「全員そろったので話を始めましょう。どーいうことですか、説明してください、ヘスティア様」

 

 リリがそう切り出し、ヘスティア様を問い詰める。

 

 視線がヘスティア様に集まる中、ヴェルフに近づき事の顛末を聞く。

 

 それによると今日の昼頃、予定通り入団希望者面接が行われた。多くの入団希望者が集まる中、命さんが荷物の中から借金2億ヴァリスの契約書を発見、それをあろうことか入団希望者の前で言ってしまったらしい。

 100人を超える入団希望者はそれを聞いた途端、蜘蛛の子を散らすように解散。結果入団希望者0人という結果に。

 

 ……部外者から言わせてもらえば、今回の件は借金をしたヘスティア様だけでなく、そのことを口走った命さんにも責任がある。まあ、こんなことを考えるのはうちの【ファミリア】が秘密主義だからだろう。多分だけど命さんがうちの【ファミリア】に入団したら数日のうちに【ヘルメス・ファミリア】が潰れると思う。

 

 そんなことを考えながらヘスティア様を見ていると、彼女はぽつぽつと話し始めた。

 

 それは予想した通りベルの《ヘスティア・ナイフ》に関した話だった。あのナイフはヘスティア様が神友であるヘファイストス様に無理を言って作ってもらったとのこと。俺が鑑定した通り、あのナイフには特殊な力があり、恐らくヘファイストス様しか作れないものだとか。そしてナイフの値段として2億ヴァリスの借金を組まされた、とのこと。

 

 ヴェルフはナイフがヘファイストス様の作品だと知って驚き、命さんは莫大な借金に踏み切ったヘスティア様に驚いている。

 

 そんな中、リリが俺に視線を送ってくる。どうやら出番のようだ。

 

「……ここに来る途中で情報を少し集めて来たが、【ヘスティア・ファミリア】が2億の借金がある、っていうのは神達によって街中に広まっている。これを聞いて入団を希望するような人はまずいないだろうな」

 

 俺の言葉にベルが寝ながら落胆する。

 

「現実問題……2億ヴァリスは、やばいだろ」

 

「非常に、やばいですね」

 

 ヴェルフと命さんが絞り出すように呟くと、リリに視線が集まる。リリは重々しい表情で口を開く。

 

「ホームの改装で賠償金はほとんど消費しています。【ファミリア】の資産は、大して残っていません。また、戦争遊戯(ウォーゲーム)での勝利、更にベル様が【ランクアップ】したことで派閥のランクは一気に上がってEランク。伴ってギルドに収める税も上昇します。年間で100万以上の徴収は、覚悟してください」

 

 リリの言葉にどんどん空気が重くなっていく。

 

「つまり……借金返済には今まで以上にダンジョンに潜り、稼ぎを上げてこなければいけません」

 

 沈黙が場を支配する。誰もが口を閉じる中、それを打ち破ったのはヘスティア様だった。

 

「か、勘違いしてもらっちゃ困る! これはボクの借金さ、ボクが自分の手で返す! いや、ボクが一人で返さなきゃいけないんだ!」

 

 そう言ってヘスティア様は片手に羊皮紙を持ちながら胸を叩く。おそらくあれが借金の契約書であろう。つい目で追ってしまい……その内容に疑問を持った。

 

「あの、ヘスティア様。その契約書、見せてもらってもいいですか?」

 

「な、何故だい!?」

 

「いえ、ちょっと気になることが」

 

 そう言うとヘスティア様は契約書を渡してくれた。改めて内容を見てみるが……やっぱりおかしい。

 

「ヘスティア様、この契約書には利息も期限も書かれていませんがどうしてですか?」

 

「り、利息? 期限?」

 

「……」

 

 頭に疑問を浮かべるヘスティア様を見て、今度は俺が何も言えなくなった。

 

「……利息というのは借金自体とは別に払うお金のことです。借金とはお金を借りる、ということなのでお金の使用料としてその使用費が発生します」

 

「な、何だって!?」

 

「ついでに期限とは借金を払い終えるまでの期限です。期限を設けないと最悪の場合、借金を踏み倒される場合がありますからね」

 

「……」

 

「他にもいろいろあったり、利息についてはもっと細かい設定があるのですが……心当たりは?」

 

「な、ないよ」

 

「……どうやらこの借金は随分と良心的なようですね。利息も期限もないなんて。まあ、オラリオにはこのことを知らない神や冒険者が多いですが、外の商隊とかは普通に使うので心の隅にでも留めておいてください」

 

「わ、わかった」

 

 ヘスティア様に紙を返す。ヘスティア様はありがとうヘファイストスと呟いた。

 

「と、ともかく、君達が借金を請け負う必要はないんだ。ボクがバイトをしているのは知っているだろう? あれの対価は全部ナイフの支払いに当てている。期限が決められていないんだ、何百年かかろうが返してみせるさ。借金を隠していたのは確かに悪かったけど……約束するよ、君達に迷惑はかけない」

 

 そう言うヘスティア様にリリ達は戸惑いの表情を顕にしながら顔を見合わせる。

 

「……でも」

 

 その時、ベルがゆっくりと上体を起こした。

 

「神様は……僕のために、借金までして、このナイフをくださったんですよね?」

 

 ベルの問いにヘスティア様は答えなかった。しかし、その沈黙は肯定しているようなものだった。

 

 己の主神の神意を知り、ベルは胸を押さえる。《ヘスティア・ナイフ》はベルをいつも助けてきた武器だ。急激に成長するベルにあわせ、成長するナイフの存在はベルにとってとてつもなく大きいのだろう。

 

「気に病まないでくれよ、ベル君。これはボクが勝手に……」

 

「神様……僕は、二人で一緒にお金を返していきたいです。手伝わせて、ください」

 

「……君に手伝ってもらったら、ボクの立つ瀬がないんだけどなぁ……」

 

 懇願するベルにヘスティア様は苦笑した後、手を髪を結ぶ髪飾りへと伸ばす。

 それは冒険者になった当初、まだミノタウロスに追いかけ回される前にベルに頼まれてお金を稼ぐのを手伝い、ベルが買った髪飾りだった。必死に頼んできたベルの気迫に押されて手伝ったのだ。

 

「お金はボクが何年かかっても必ず返す。だからベル君達は……こんなボクを倒れないよう支えてほしい」

 

 ヘスティアの言葉にベル達が目を見開く。

 それは神から子への信頼。1つの【ファミリア】の在り方であった。

 

「借金まみれの神で悪いけど……いいかなぁ?」

 

「も、勿論です!」

 

「……主神様がこう言ってるんだ。俺達は逆らえないな」

 

「ふふっ、そうですね」

 

「もうっ。今後、こんなことはないようにしてくださいねっ」

 

 それぞれが立ち上がり、輪になる。もちろん俺は輪の外だ。部外者だからな。……というか出ていくタイミングを逃したんだ。

 

 そんな俺を他所に今後の方針を話し合うベル達。最後に団長になったベルが、頑張ろう! と号令し、おーっ! と皆が声を上げる。

 

 これこそが新生【ヘスティア・ファミリア】の真の発足であった。

 

「よし! そうと決まれば今日は精のつくものを一杯食べて、明日に備えようじゃないか! 今夜はごちそうだ‼」

 

「言ってる側から無駄遣いしようとしないでください!? 今日から少しでも節約ですっ、ヘスティア様は浪費癖が酷すぎます!」

 

「おいおい、堅苦しいこと言うなよ! いいだろう、今日くらい!」

 

「駄目です‼」

 

 ギャーギャーと言い合うリリとヘスティア様。俺は二人に近づいた後、リリの肩にポンと手を置く。

 

「何ですか、トキ様!? 今大事な……」

 

「駄目だ、リリ」

 

 諭すような口調でリリに話しかける。

 

「神の我が儘を子が覆すのは偉業にも等しい。諦めるんだ」

 

「し、しかし!」

 

「俺達にできることは1つ。いかに被害を少なくするか、だ」

 

 そう言って影から羊皮紙と羽ペンを取りだし、さらさらと書いていく。

 

「これ、オラリオで安い肉と魚が売っているそれぞれの店の場所だ。参考にしてくれ」

 

「ト、トキ様ぁ」

 

「今度、組織運営の資金管理について教えに来る。頑張れリリ」

 

 踵を返す。すまない、リリ。許してくれとは言わない。

 

 俺から言えることは1つ。頑張ってくれ。




ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

迷走

 右手の短刀を振るい、霧の奥から現れたシルバー・バックを切り裂く。すかさず左手の投げナイフを投擲し、霧の奥にいるインプを仕留める。辺りの気配を探り、何もいないことを確認してから、仕留めたモンスターから影を用いて魔石を取り出していく。

 

 新生【ヘスティア・ファミリア】に立ち寄ってから一晩明けた。今日は仕事もなく、やることもなかったので久々にダンジョンに潜っていた。……一人で。

 

 いつも一緒のベル達は、新しいホームの荷物を片付けるためいない。【ヘスティア・ファミリア】とは比較的親しい仲ではあるが、さすがにホームの中を自由に闊歩するのは気が引けたので、今日は一人でダンジョンに来ていた。

 

 思えば冒険者になってからソロでダンジョンに潜るのは初めてなので、これも経験と思い、とりあえず12階層で肩慣らし。霧で視界が悪いが、モンスターは気配を消すということをしないので、特に気にする必要はない。

 

 だが、初めてのソロということもあり、立ち回りが大変だ。索敵に戦闘、魔石の回収と今まで分担していたことを一人でこなさなければならないので、体力の消耗が早い。

 

 何より………………一人という状況は、少し寂しかった。今までベルと一緒にダンジョンに潜ってきたため、心細いと思うことがなかった。だが、今日初めてソロで潜ってみて、周りに仲間がいない、ということに心細いと感じていた。

 

 魔石を回収し終え、手元の懐中時計で時間を確認する。午後12時17分。いつもはあっという間に迎える昼食の時間も今日はなんだか長く感じた。

 

 霧の中に身を潜め、気配を消し、影から街で買った昼食のパンと水筒を取り出す。会話がない食事を早く終わらせようと、パンを口にかきこんだ。

 

 ------------------------

 

「あ~~~疲れた~~~」

 

 まだ太陽が沈み始めないくらいの時間に俺はダンジョンを出て、ギルドのカウンターで担当アドバイザーのミィシャさんに開口一番その言葉を吐露した。

 

「お疲れ様。やっぱりトキ君でもソロは大変だった?」

 

「まあ、ソロも大変だったんですけど……」

 

 本当は日が沈むまでダンジョンに潜っている予定だったが、それを切り上げた理由を口にする。

 

「昼食を食べた直後に、運悪くインファント・ドラゴンと鉢合わせしまして……」

 

「……え?」

 

「階層中を逃げ回りつつ、戦闘すること2時間。ようやく倒して魔石を回収したんですが、あまりにも疲れたんで探索を切り上げたんですよ」

 

 この話、最後以外は全部嘘である。

 

 本当は昼食を食べた直後ではなく、食べてしばらくしてから。戦闘も霧の中で死角をつきながら行い、大体30分くらいで終了した。だが、実質的な階層主であるインファント・ドラゴンとの戦闘は流石に疲れ、こうして戻ってきたのである。

 

「えっと、インファント・ドラゴンを一人で倒したの?」

 

「いえ。霧でよく見えなかったんですけど何人かの冒険者グループに助けてもらいました」

 

 これも嘘である。俺がいたルームは正規ルートから外れていたため、他の同業者はいなかった。

 

「そ、そうなんだ……」

 

 どこかほっとしたようにミィシャさんが息を吐く。今の話でどうやら納得してしまったらしい。

 今、俺が話した内容だとおかしな点がまだまだあるので、そこについて聞かれるかと思ったが、ちょっと拍子抜けである。

 

 ちなみに何故俺がこんな嘘をつくのかというと、レベルの関係である。今俺の公式レベルは2。しかも3週間ほど前に申請したので、普通の冒険者であればアビリティ評価はH、よくてGというところだ。流石にそれでインファント・ドラゴンをソロで倒すのは難しい。というか普通は無理である。

 

 なので本当のレベルを悟らせないためにこんな嘘をついていたのである。

 

「それにしても、今日はちょっとギルドが騒がしいですね」

 

 慌ただしく動き回るギルド職員を見ながらそんな事を口にする。俺がミィシャさんに話し掛けたのも、その原因を聞くためだった。

 

「うん、何でも最近3階層のモンスターがとっても少ないらしいの。それの調査でね」

 

 ミィシャさんが話してくれた原因に頭を傾げる。

 

「3階層は出現するモンスターの種類や数も下の階層よりずっと少ないですが、それで慌てるようなことあるんですか?」

 

「そうなんだけど、私が担当している冒険者に聞いたところによると昨日1日で、3階層でモンスターに会った回数がたったの14回なんだって」

 

「それは……確かに異常ですね」

 

 先程も言った通り、3階層はモンスターの種類も数も多くない。だが、それを差し引いても14回というのはあまりにも少な過ぎる。

 

「この前のミノタウロスみたいな下層のモンスターが上層に紛れ込んだ、という可能性は?」

 

「調べてみたけどそんな報告はないなぁ」

 

 下層のモンスターが上層に出現し、それを避けるためにモンスターが息を潜めている、と考えたがやはり違うようだ。

 

「わかりました。俺の方でも少し調べてみます」

 

「いいけど、大丈夫?」

 

「これでもLv.2ですからね。3階層のモンスターだったら『怪物の宴(モンスター・パーティー)』に遭っても切り抜けられると思います」

 

「……そうだね。でもくれぐれも気を付けてよ?」

 

「はい、それでは」

 

 ミィシャさんに手を振ってギルドを出る。

 

 さて、さっそく調査を……と思ったが、換金したお金もたくさんあるし、一旦ホームに戻って【ファミリア】に納金しよう。戦争遊戯(ウォーゲーム)でヘスティア様から賠償金の一部をいただいたが、その前の罰則(ペナルティ)による罰金の分は未だ取り返せていないからな。

 

 ホームに着き、お金を納めて、帳簿に書き込み、ホームを出るとアスフィさんがこっちに駆け寄ってきた。

 

「アスフィさん? どうしたんですか?」

 

「トキ、ヘルメス様を見ていませんか!?」

 

「いえ、今日は見ていませんが……」

 

 なんとなく。なんとなくだがこの後の展開が読めてしまった。

 

「もしかして、撒かれました?」

 

「……ええ」

 

「……わかりました。俺も探しに行きます」

 

「助かります」

 

 アスフィさんに詳しい情報を聞き、俺は街へ駆け出した。

 

 ------------------------

 

「で、なんでここにいるんだろう……」

 

 日もすっかり暮れ、満月に近い月が街を照らす。そんな中、俺はあまり来たくない場所に来ていた。

 

 様々な文化圏が混ざりあった建物が並び、そんな建物を桃色の魔石灯が照らす。どこからともなく甘い匂いが漂うここは、南東区画にある、所謂歓楽街であった。

 

 街を駆け回り、得た情報をもとにヘルメス様の後を追ってみると、ここにたどり着いてしまったのだ。

 

 ため息を吐きながらヘルメス様を探す。途中、娼婦達が誘って来るが、相手にするとレフィーヤに殺されるので、断固たる意思で断る。

 

 そんな事を続けながら歩いていると、見覚えのある人達を見つけた。気になったので声をかけてみる。

 

「何やっているんですか、命さん、千草さん」

 

 すると命さんがどつくように手を出してきたので、その手をかわす。

 

「命さん、俺です。トキです」

 

「え、あ、トキ殿。す、すいません……」

 

 どうやら俺に気づいてくれたようで、命さんはすまなさそうに顔を伏せた。

 

「いえ、大丈夫です。それより何で二人がここにいるんですか?」

 

 命さんと千草さんは胸の辺りでお互いの手を握り合い、寄り添うように立っている。顔も真っ赤だし、明らかにここを訪れるのは初めてというのがわかる。

 

「わ、私達は人を探していて……そ、そういうトキ殿は何故このような場所に?」

 

「……ええ、ちょっとうちの主神を探しに」

 

 命さんの問いかけに顔をしかめながら答える。

 

「そういう訳で、お二人はヘルメス様を見かけたりはしませんでしたか?」

 

「い、いえ……」

 

「わ、私も見てない、です……」

 

「そうですか……」

 

 まあ、あまり期待はしていなかったが。

 

「では自分はこれで。とりあえず後は後ろで尾行している人達に任せます」

 

「後ろ……?」

 

 命さんと千草さんが振り返ると、そこにはヴェルフとリリの姿が。驚く二人を尻目にその場を後にした。




活動報告にて、本編に関わるアンケートをとります。ご協力をよろしくお願いします。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

過去との再会

今回から本格的にオリジナル回に突入します。


 命さん達と別れてから数時間。俺は未だに歓楽街をさ迷っていた。

 

『世界の中心』と呼ばれるオラリオは、歓楽街の規模も大きい。具体的には第3、4区画は全て歓楽街だ。時間も時間なので、この辺りの知り合いも今は仕事中で邪魔をするわけにいかず、捜索は自分の足だけが頼りとなっている。

 いや、聞いてもいいんだろうけど……恐らくこちらから近づいたらそのまま喰われそうなので、聞けないのだ。

 

 とは言っても第3区画はけっこう回ったので、ヘルメス様がいるとしたら第4区画だろう。そう思って第4区画に移動する。

 

『──────トキ』

 

 その道中だった。その声を聞いたのは。

 

 呟くような声だった。普通であれば絶対に聞こえるような音量ではなかった。けれど、不思議と耳に入ってきた。懐かしい、そしてもう2度と聞くとは思っていない声だった。

 

 声が聞こえた方へ振り返る。魔石灯の明かりが届かない暗い路地。その奥に、闇に溶けるような色のローブを着た小柄な人物が確かに見えた。

 その人物は俺が気がついたのを確認すると、路地の奥へと走っていく。

 

「待てっ!」

 

 急いでその人物を追いかける。Lv.3の『敏捷』のアビリティにより、距離がどんどん縮まる。

 

 だが、残り5M(メドル)というところで路地奥から猫が飛び出してきて邪魔をする。異様にしつこい猫を振り払い、再び人影を追うが、後少しというところで今度は犬に進路を阻まれる。

 

 その後も追い付けそうで追い付けない、まるでいたちごっこのようなことを繰り返し、気がつけば歓楽街から遠く離れ、東区画の『ダイダロス通り』に迷い込んでいた。それでも人影を追い続ける。

 

 いたちごっこは唐突に終わった。『ダイダロス通り』の路地の一角。辺りに魔石灯はなく、月明かりが人影を照らす。

 

「……あいつから聞いていたけど、随分変わったみたいね」

 

 人影はこちりに振り返るとローブから顔を露にする。その顔はやはり見覚えがあるものだった。

 

 一見すると妖精(エルフ)と見間違うほどの端麗な顔立ち。亜麻色のセミショートの髪は月の光によって輝いて見える。

 

「サーバ……」

 

「久しぶりね、トキ」

 

 サーバ・マクール。俺の暗殺者時代の同僚。その中でも姉貴分として振る舞っていた小人族(パルゥム)の女性。

 

 思えば彼女はあの孤児院の中でも、まともな感性を持っていたのだろう。そうでなければ俺はオッタルさんに敗北した時に、死にたくない、などとは思わなかっただろう。人形のように、ただただ死を受け入れていたに違いない。彼女は謂わば今の俺になるきっかけの人だ。

 

「何で……」

 

「わかるでしょう? あいつの準備が完了したのよ」

 

 あいつ。サーバは先生と呼ばれる()をあいつと呼ぶ。あの頃はその理由がわからなかったけど、今ならわかる。()がしている事が外道のものであるからそう呼んでいるんだ。

 

 だけどそれだと1つの疑問が浮かび上がってくる。

 

「サーバ、何であいつのもとにいる?」

 

「逃げたところで捕まるのは目に見えているもの。なら大人しく従っておいた方がまだマシよ。あいつも私が大人しく従っている間は手を出さない、って言ってたし」

 

 つまり、裏切るような事をすれば何らかの方法で人格や精神を文字通り矯正する、と。相変わらずゲスだな、と悪態をつく。

 

「でもトキ。やっぱり貴方、変わったわね」

 

「ん?」

 

「だって……こんな誘いに乗ってくるんだもの」

 

 サーバの言葉と同時に複数の気配が俺を取り囲むように現れる。その事に息を詰まらせる。

 

「正直、ソロンの動物達がいなかったら危なかったけど……でもここまで釣れるとは思っていなかったわ」

 

 見るとここまで何かと邪魔をしてきた動物達が俺を取り囲んでいる人影達の中に混ざっていた。

 

「ソロンか……。これまた懐かしい名前だな」

 

 影から短刀を取り出しながら、必死に考える。

 

 ここで戦うのはあまり得策ではない。なぜなら一対多の状況。しかもあちらにはサーバがいる。彼女は()()()()()()()()()()()()()()相手だ。

 

 だが戦闘が始まれば戦闘音が発生する。ここは『ダイダロス通り』の中でも閑静な場所だが、戦闘が始まれば人が集まる。彼女達はそれを望まないだろう。つまり人が集まるまでの短期戦になる。それまで彼女達の猛攻に耐えれば……。

 

「言っておくけど攻撃を耐えればいい、なんて考えは甘いわよ」

 

 そのサーバの言葉と同時に、人影の一人が高々とその言葉を紡いだ。

 

「【サイレント・プリズン】!」

 

 その言葉と同時に透明な何かが俺達がいる路地を覆った。

 

「一応教えてあげる。今発動したのは音を隔絶する『結界魔法』。どんなに激しく戦闘したって結界の外へ音が漏れることはないわ」

 

 そんなサーバの言葉に驚愕する。

 

「魔法、だと……!?」

 

 だが、驚愕したのは魔法の効果に対してではない。魔法を使ったことに対してだ。

 

「まさか、『神の恩恵』!?」

 

「ええ、そうよ」

 

 俺の叫びに近い疑問に、サーバは何でもないように答えた。

 

 その事に絶望に近い感覚に襲われる。人が集まる可能性を断たれ、只でさえ低い勝率がさらに低くなった。

 

「ほら、何をボサッとしているの?」

 

 気がついた時にはサーバが目の前にいた。咄嗟に飛び退くがサーバはさらに距離を詰め、いつの間にか持っていた短槍を突き出す。短刀で弾くが、捌ききれず、服を掠める。

 

 これが俺がサーバに勝てない理由。彼女は、俺よりも戦闘が上手い。

 

 追い打ちをかけるように周囲から人影と動物達が襲いかかってくる。それを何とか影で迎撃するが、サーバの攻撃に気を取られ、こちらも捌き切れない。

 

 さらに感覚だが襲いかかってくる動物達にも『ステイタス』が発生しているのか、その爪や牙の攻撃は普通の動物のそれとは違う力がある。

 

 そして極めつけに短文詠唱による魔法攻撃。これだけは何としても防がなければならないのでどうにか影で防ぐが、その隙に人影が襲ってくる。

 

「貴方を連れ戻して来い、と言われている。どうせ大人しくついてきてくれないだろうし、無傷でとは言われていないから、戦闘不能になるまで追いこませてもらうわ」

 

 サーバの囁きに顔を歪ませながら、この状況を打開する方法を考える。

 

 今俺が立てているのは、『ステイタス』の差によるものだ。だけどそれもサーバ相手にどこまで持つかわからない。早急にこの状況を脱する方法を思いつかなければならない。

 

 だが、こんな状況では考えは纏まらない。

 

 ……仕方がない。

 

 戦闘の合間に影から漆黒の兜『ハデス・ヘッド』を取り出し、頭に被る。そしてその効果で透明化する。標的を見失ったサーバ達が一瞬その動きを止めた。その隙をつき、人影の中央から抜け出す。

 

 それを阻止しようと犬や猫、ネズミが襲いかかってくる。動物達は人間よりも感覚器官が強い。それにより動きが阻害されるがすぐに振り払い、なんとか包囲から脱する。

 

「そこっ!」

 

 しかし息をつく暇もなく、サーバが短槍を投擲してくる。それを体を捻ってかわす。

 

 なんとか包囲から抜け出し、いくらか余裕が出た頭で考える。

 

 この状況をどうすれば脱することができるか。ネックとなるのはやはり周囲に張り巡らされている『防音結界』だろう。これをどうにかすれば僅かながらこの状況から脱することができるだろう。

 

 パッと思いつく方法は2つ。1つは結界自体を壊すこと。もう1つは発動者を倒すこと。

 

 だが結界というからにはある程度の強度はあるだろうし、サーバ以外はローブで全身を覆っているため、発動者もさっきの戦闘で見分けがつかなくなっている 。

 

透明状態(インビジビリティ)』を利用し、必死に考え…………ある1つの方法を思いつく。その考えに苦笑しながらも、それを実行する。

 

透明状態(インビジビリティ)』を解除し、サーバ達に姿を見せる。さらに短刀を影に戻す。

 

「……降参して大人しくついてくる気にでもなった?」

 

 姿を現し、武器をしまった俺の様子に、サーバが怪訝そうな顔をしながら尋ねてくる。

 

「サーバ、1つだけ教えてほしい。お前達に『恩恵』を与えた神は誰だ?」

 

「……貴方なら少し考えればわかるでしょう?」

 

 俺の質問に、サーバは質問で返してくる。

 

 少し考えればわかる、ということは俺も知っている神なのだろう。

 

 けれどオラリオの神々が、()が率いるような怪しい集団に『恩恵』を与えるとは思えない。となると、オラリオの外にいる神。

 

 すぐに思いつくのは先日オラリオから追放されたアポロン様。だけど、彼の性格から全員に『恩恵』を与えるとは思えない。他にオラリオの外にいる神といえば……。

 

「そうか、アレス様か……!」

 

 アレス様ならオラリオに勝つために()を雇っても奇怪しくない。なんせ戦いの神()、なんて言われる神だ。偏見かもしれないが、戦争とは本来手段を選ばないもの。恐らく()もそんな事を言って、アレス様を丸め込んで『恩恵』をもらったのだろう。

 

 サーバは正解とばかりに頷いた。

 

「ということは、お前達は王国(ラキア)のスパイ、ってことか。随分と落ちぶれたな」

 

「軽口を叩いている暇があるのかしら?」

 

 サーバは懐から新たに折り畳み式の短槍を取り出し、それを展開する。

 

「まあな」

 

 サーバの問いかけに返事しながら、紅の長剣を取り出す。

 

「サーバ」

 

「何?」

 

「死ぬなよ。敵になったとは言え、かつての同胞を手にかけたくないからな」

 

 そう言いながら長剣、戦争遊戯(ウォーゲーム)の際にヴェルフから受け取った『クロッゾの魔剣』を振る。

 

 瞬間、路地を巨大な熱線が照らした。ついで、人影が悲鳴を上げる。

 

「なっ!?」

 

 間一髪熱線をかわしたサーバへさらに『魔剣』を振る。歯噛みをしながらそれを避けるサーバ。しかし、少なからず熱線に人影が巻き込まれる。

 

「撤退するよ‼」

 

 サーバの判断は早かった。

 

「で、でもっ」

 

「あの『魔剣』は恐らく『クロッゾの魔剣』よっ。あんなのがあと何本トキの手にあるかわからないっ。このままだとジリ貧になる!」

 

 抗議の声を上げる人影の1人に、サーバが有無を言わせない。

 

「シーカ、『結界』を解除して!」

 

 サーバの声に直ぐ様結界が解除される。それでもこちらに襲ってくる可能性を考慮し、『魔剣』をいつでも振れる体勢をとる。

 

 しかしサーバ達は迅速に撤退していった。

 

 気配が感じられなくなってようやく一息つく。

 

「まったく、最低な戦い方のお手本みたいな戦い方だったな……」

 

 手にある『魔剣』を見ながら呟く。

 

 2発の砲撃を放ちながらも『魔剣』は健在だ。『魔剣』は強力であればあるほど放てる回数が少ない。普通の『魔剣』ならばあの威力のものは1度が限度だろう。だが、この『魔剣』は未だ壊れていない。

 

 なるほど確かにこれは人を堕落させる。ヴェルフが危惧していたことがわかる。

 

 そう思いながら『魔剣』を影に戻す。

 

 それにしても、ついに()が動き出した、か。……これは俺の問題だ。他の人に迷惑はかけられない。なんとしても迅速に解決しなければならない。

 

 そう思いながら帰路につく。今からヘルメス様を探しに行っても見つからない気がした。

 

 

 

 家に向かっていると、どんどん人が多くなってくる。何かあったのか? と思い近くのおじさんに声をかけると驚かれた。

 

「ト、トキ君、大変だ!」

 

「どうしたんですか?」

 

「き、君の家が燃えている!」

 

 ……理解するのに数秒かかった。

 

 人ごみをかき分け、家に向かう。すると、確かに家が燃えていた。




ご意見、ご感想お待ちしております。アンケートの方もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

東奔西走

お久しぶりです。更新します。

今回の話、【ロキ・ファミリア】を参戦させるか悩みましたが、レフィーヤがヒロインですので、参戦させることにしました。レフィーヤがヒロインですので。


 レフィーヤside

 

 手に持つ羽ペンで文字を書き、しばらく考えてからそれを消す。そしてまた文字を書いていく。さっきから……いや、数日前からこの作業を繰り返している。

 

 ペンを置いて、書庫から借りてきた本を手に取る。ページをめくって内容を読むが、参考になりそうなものは見つからない。持っている本を置き、別の本を手に取る。

 

「レフィーヤ、朝食できたよー」

 

 4冊目の本を手に取ったところで声をかけられた。部屋の時計を見てみると、作業を開始してから随分と時間が経っていた。

 

「はい、今行きます」

 

 椅子から立ち上がり、グッと伸びをして長時間座って固まった体をほぐす。

 

「すいません、朝食の支度を手伝わないで……」

 

 ここ数日、私はいつもより早く起きているが、作業に集中しすぎて朝食の支度を手伝っていなかった。

 

「いいよいいよ。何か一生懸命やってるし、邪魔しないようにしてるんだから」

 

 謝る私にルームメイトの彼女は笑顔で答えてくれた。

 

 食堂に着くと既に配膳が終わっていた。席を探すと、運良くアイズさんの隣が空いていたのでそこへ座る。

 

「おはようごさいます、アイズさん」

 

「……おはよう、レフィーヤ」

 

 アイズさんに挨拶してから朝食を食べ始める。しかしその間でも頭に浮かぶのはさっきの作業のことだ。いい考えが浮かばず、悶々としながらパンを口に運ぶ。

 

「ねえねえ、レフィーヤ」

 

 そうしていると逆隣に座っているティオナさんから声が飛んできた。

 

「何ですか?」

 

「この間から何かしてるみたいだけど、何してるの?」

 

 ティオナさんの質問に、アイズさんがコクコクと首を振る。どうやらアイズさんも気にしていてくれたらしい。特に隠す必要もないので今している作業について話す。

 

「ちょっと、魔法を──」

 

「……? レフィーヤはもう魔法を3つ修得してるよね?」

 

 私の回答にアイズさんが首を傾げる。

 

【ステイタス】に刻むことができる魔法は最大3つまで。そして私は【アルクス・レイ】、【ヒュゼレイド・ファラーリカ】、【エルフ・リング】の3つを既に刻んでいる。

 

「いえ、自分で魔法を作ってまして……」

 

 しかしそれにも抜け道がある。それが、魔法を自作することだ。自分で術式を考え組み上げれば、【ステイタス】に刻んでいなくても魔法が使える。

 

 私は【エルフ・リング】によって別の人の魔法を使うことができるが、使える魔法はエルフのもの限定であるし、最初に【エルフ・リング】を唱えなければならない。そのため、どうしても行使までに時間がかかる。

 

 そこで、戦略の幅を広げることも兼ねて新しい魔法を自作しようとしていた。

 

「レフィーヤ魔法作ってるの!?」

 

 私が続けた言葉にティオナさんが驚愕の声を上げた。大きな声だったので、食堂にいる全員の視線が集まる。

 

「えっと、はい」

 

 その事に恥ずかしくなりながらもティオナさんの言葉に頷く。おおぉ、というどよめきが聞こえた。

 

「なるほど。最近本を部屋に持ち込んで何かしていると思っていたが、魔法を自作していたのか」

 

 するとリヴェリア様が話に入ってこられた。

 

「だがレフィーヤ、自力で魔法を製作する、というのは非常に困難なことだ」

 

「はい、わかっています」

 

 今でこそ魔法は、『神の恩恵』によって当人の才能と知識を蓄えることにより、発現する可能性が高くなっている。しかし『恩恵』がなかった『古代』の冒険者達は、長い年月をかけて魔法の術式を組み上げ、行使していた。

 

「それに魔法の開発は既に1度経験しているので、大変さは身に染みていますから」

 

 その言葉にリヴェリア様が固まった。いや、周りを見渡すと食堂にいる全員が固まっていた。

 

「レフィーヤ、お前は既に自作の魔法を持っているのか!?」

 

「? はい」

 

 突然驚愕の声を上げたリヴェリア様のご様子に首を傾げつつ、肯定する。

 

 2年と少し前。トキと、とりとめない話をしているとふと『古代』の冒険者達が自分達で魔法を作り上げたことが話題に上がった。それについていろいろと話している内に自分達もやってみよう、というのがきっかけだ。

 

「でもその魔法、私は1回も見てない……」

 

「あたしも!」

 

 アイズさんとティオナさんの指摘に頬をかく。

 

 トキと協力してなんとか魔法は完成した。内容は超短文詠唱の攻撃魔法だ。しかし完成した魔法を試してみたところ様々な問題点が見つかった。

 まず威力が弱い。当時Lv.2だった私が使用したところ、10階層のオークをなんとか倒せるくらいの威力だった。恐らく今のレベルだと『中層』域のモンスターに通用するかどうか程度の威力だと思う。

 次に燃費が悪い。感覚だけど1発で【アルクス・レイ】と同じくらい精神力(マインド)を消費する。作った魔法は超短文詠唱なので明らかに効率が悪い。

 

「ですから作った魔法を使うよりも【アルクス・レイ】を使った方が皆さんのお役に立てるので、皆さんの前で使ったことはありませんね」

 

 作った魔法を使わない理由を説明すると、話を聞いていた皆さんが何とも言えないような顔をする。

 

「それは……自作した魔法に意味があるのか?」

 

「短期間で作った魔法ですし、その時の目的は魔法を作ることだったので、攻略で使うような魔法は目指していませんでしたから」

 

 怪訝そうなリヴェリア様に苦笑しながら答える。まあ短期間と言っても2ヶ月ほどかかったけど。

 

 それにあの魔法はトキと一緒に考えて作り上げた思い出の魔法だ。使い勝手は関係ない。

 

「じゃあさ、その魔法見せてよ!」

 

「え、今からですか?」

 

「うん!」

 

 ティオナさんからの提案に頭を悩ませる。この後も魔法製作の作業に戻りたいのだけど……。

 

「私も、見てみたい」

 

「今から行きましょう」

 

 ティオナさんに便乗するアイズさんに私は提案を受け入れた。そうだ、作業もちょっと根を詰めすぎていたし、気分転換に外に出よう。

 

「決まりだな。それでは各々準備ができたら中庭に集合しよう」

 

 リヴェリア様の一言に話を聞いていたであろう皆さんが立ち上がり、食堂を出ていった。……え? こんなに付いて来るんですか? 言っておきますけど本当に大した魔法じゃないですよ?

 

 

 

 結局、付いてくるのはアイズさんやリヴェリア様を含めた10人ほどとなった。

 

「あ、レフィーヤ。さっきトキが来てたぞ」

 

 正門から出ると見張りをしていた団員に声をかけられた。

 

「トキが? どんな用事だったんですか?」

 

「ただの噂話をしにきただけだったぞ。確か……最近、夜中に怪しい集団が目撃されているから注意してくれ、って話だった」

 

「……怪しい集団?」

 

 ……おかしい。具体的に、どこがおかしいかはわからないけど、トキの行動に違和感を感じた。

 

「それっていつのことですか?」

 

「確か……日の出前だったかな?」

 

 ……そんな早朝に、噂話をするためだけにわざわざここまで来た? 普通に考えればおかしな行動だ。

 

 ということはトキはその集団について何かを知っている? そしてその存在を私達に警告しに来た? 【ロキ・ファミリア(わたしたち)】に?

 

 ……どうやらトキは()()何かに巻き込まれたみたいだ。さらにトキの不自然な行動からしてけっこうな大事に。

 

 こっそりとため息をついて、私は見張りの団員にお礼を言ってその場を後にした。

 

 

 

 魔法を見せるので、一応ダンジョンに行こう、ということになりバベルに向かって進んでいると、だんだんと周囲が騒がしく……否、ざわついていた。

 

「何かあったのかな?」

 

 周囲の様子にティオナさんが辺りをキョロキョロする。私もつられて顔を動かすと見知った冒険者達を見かけた。トキのお店によく来る冒険者達だ。

 

「ちょっと聞いてきます」

 

 ついてきた皆さんに断りを入れ、冒険者達に近づいて声をかける。

 

「すみません、何かあったんですか?」

 

「ん? 何だ知らないのか……って、【千の妖精(サウザンド・エルフ)】!?」

 

 ……声をかけただけなのにとても驚かれた。以前二つ名で恐怖されていたティオナさんの気持ちが少しだけわかった。

 

「【シャドー・デビル】の家が火事になったんだってよ‼」

 

 しかしそんな暗い気持ちは冒険者の口から出た言葉に一瞬で吹き飛んだ。

 

「火、事?」

 

 この人は、今、何て言った? 火事? どこが? 【シャドー・デビル】?

 

 

 それってトキの家が燃えたってこと?

 

 

「っ!?」

 

 気づいた時には駆け出していた。

 

「おい、レフィーヤ、どこへ行く!?」

 

「こんなの前にもなかったっけ!?」

 

 中央広場を通り過ぎ、東のメインストリートへ。しばらく進んで角を二つほど曲がると、見慣れた家の前にギルド職員が立っていて、家を封鎖していた。

 

 封鎖されている手前で立ち止まり、家の状態を観察する。

 家は全焼しておらず、原型を留めていた。だけどいくつかの部屋が焼け落ちていた。

 焼け跡はある場所から広がっていた。あの場所は……キッチン?

 

「すいません、ちょっといいですか!?」

 

 封鎖の見張りをしていたギルド職員に声をかける。私がこの家の住人の関係者だと伝えるとギルド職員の人は火事について教えてくれた。

 

魔石点火装置(ひのもと)の不始末、ですか?」

 

「発火元がキッチンであることから、その可能性が高いと思われます」

 

「そうですか……」

 

 もう一度家の状態を見てみる。

 

 トキは貴重品等をこの家に置いていない。そういったものは全部彼の影の中に保管している。

 

 だけど思い出は別だ。トキはこの家で3年間暮らしていた。その間、多くの人がここを訪れてきた。その度に思い出が出来てきた。

 

 私もこの家にはよく来ていた。特にキッチンは私がよく利用していた。食器や調理器具なんかはトキと一緒に選んだものばかりだった。

 

「それで、トキはどこですか?」

 

 涙をこらえ、トキの居場所を聞く。きっとトキもつらい筈だ。こんな時こそ一緒にいてあげなきゃ。

 

「それが見当たらないんです」

 

「……え?」

 

 見当たらない? 自分の家が火事になったのに?

 

「周辺の住人によると、火事の当初はいたらしいんです。何せ彼自身が魔法で火を消したようなので」

 

 ……おかしい。おかし過ぎる。

 

「火事が起こったのはいつのことですか?」

 

「日の出の二時間前くらいだそうですよ」

 

 つまりトキは家が火事になって、その火を消し、その後『黄昏の館』に来て見張りの団員に噂話をした……。

 

 明らかにおかしい。

 

 発火元がキッチンだったことからその時間に料理をしていたことになる。また周辺住人に目撃されていることからトキは料理を中断し、外に出たことになる。

 

 何で料理を中断して外に出たのか? どうして家が燃えたにも関わらず【ロキ・ファミリア】のホームまで来たのか?

 

 考えれば考えるほどいくつもの疑問が湧いてくる。駄目だ情報が足りない。

 

「お、追いついた!」

 

「レフィーヤ、一体どうした? ……っ、これはっ」

 

「ここって彼氏君の家だよね!? うわっ、燃えちゃってる!?」

 

 とりあえずトキを探そう。他に彼が行きそうな場所は……。

 

 再び駆け出す。

 

「え、また!?」

 

「レフィーヤ、どこへ行く!?」

 

「【ヘルメス・ファミリア】のホームです!」

 

 後ろからかかるリヴェリア様の声に反射的に返事をしつつ、私は【ヘルメス・ファミリア】のホームへと向かった。

 

 

「すみません、トキはいますか!?」

 

 

 石造りの館に着くと同時に見張りをしていた【ヘルメス・ファミリア】の団員に尋ねてみる。

 

 彼らは、突然目の前で止まった私に戸惑っていたが、すぐに首を横に振った。

 

 ここでもない……。となると後は……。

 

「【千の妖精(サウザンド)】? 何か用ですか?」

 

 次の行き先を考えていると後ろから声をかけられた。振り返ると【万能者(ペルセウス)】アスフィ・アル・アンドロメダが立っていた。

 

「あの、トキを見ていませんか!?」

 

「ど、どうしたのですか!?」

 

「答えてください!」

 

「き、昨日の午後に会って以来ですが……」

 

 つまりアスフィさんは火事以前にトキと会っている!

 

「その時の様子は!?」

 

「様子、ですか? 特に変わったところはなかったですが……」

 

 トキとアスフィさんの付き合いは長い。その彼女が言うのだから本当なのだろう。

 

「【千の妖精(サウザンド)】、落ち着いてください。私にもわかるように説明してください。トキに関わることでしたら力になれるかもしれません」

 

 ……確かに、気が動転して頭が回らなかったが、この案件は私一人では荷が重すぎる。事情を話して協力してもらおう。

 

「実は──」

 

 今までの出来事と私の考えを一通り話すと、アスフィさんはため息を吐きながら口を開いた。

 

「……どうやら今回の事件はトキを中心として動いているようですね」

 

「はい」

 

「しかもあの子の性格から言って一人で解決しようとしているのでしょう」

 

「……確かに」

 

 トキは自分の事になると人を頼ろうとしない。今までは小さい問題ばかりだったし、トキの能力でなんとかなってきたが、今回は規模が違う。

 

「とりあえずトキを捕まえましょう。動ける団員を全て捜索に回します」

 

「私は引き続き、トキが行きそうな場所を当たってみます」

 

「情報の交換も定期的に行いましょう。とりあえず正午になったらまたここへ」

 

「わかりました」

 

 私が頷くとアスフィさんはホームの中へ入っていった。

 

「さて私も行こう」

 

「レフィーヤ!」

 

 足を動かそうとした瞬間、遠くから声をかけられた。見てみるとリヴェリア様達がこちらに走って来ている。…………あ。

 

「まったく、あちこち振り回してくれたものだな」

 

「す、すいませんっ‼」

 

 追いついたリヴェリア様に開口一番に小言を言われる。さっきまでトキのことで頭がいっぱいだったからすっかりリヴェリア様達のことを忘れていた。

 

「それで何があったのだ?」

 

「実は──」

 

 先程アスフィさんに話した内容をリヴェリア様達にも話すと、リヴェリア様は少し考えた後、私に協力する、とおっしゃってくれた。

 

「但し派閥を巻き込むわけにはいかない。ここにいるものだけでことに当たる。皆もそれでいいか?」

 

「はーい!」

 

 ティオナさんが元気よく返事をし、アイズさんがコクリと頷く。

 

『ここらで【シャドー・デビル】に恩を売っておくのもいいよな』

『いや、うちの【ファミリア】、けっこう向こうに借りがあるから実質返済になるかなー?』

 

 他の皆さんもどうやら協力してくれるようだ。

 

「ありがとうございます!」

 

 私達はその後、複数に別れてオラリオに散らばっていった。




まさかの主人公不在回。この裏でトキが何をしていたかは後々書いて行こうと思います。

今回出てきた自作魔法による【ステイタス】外の魔法は一応オリジナル設定です。というのも原作だとその辺詳しく書かれていないので、一応オリジナルにしておきます。

ご意見、ご感想お待ちしております。また、アンケートの方もよろしくお願いします。是非お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

過去

……おかしいな、9月になる前に既巻の内容を終わっている予定だったのに……。いや、本当にすいません。


 その後、私達はオラリオ中を駆け回りトキを探した。しかし結局彼を見つけることは出来ず、気づけばすっかり日も暮れていた。

 

「見つからないな……」

 

【ヘルメス・ファミリア】のルルネさんが暗い顔で呟く。犬人(シアンスロープ)である彼女の鼻でもトキを捉えきることはできなかったらしい。下水道で強臭袋(モルブル)を使われ、鼻を潰されたとか。

 

「そもそもあの子が本気で隠れようとしたら、私達で見つけられるかわからないですからね……」

 

 アスフィさんもため息混じりに言葉を吐き出す。

 

 私が昼間に【ヘスティア・ファミリア】の【絶†影】からもらってきた、トキが主神を探すために歓楽街にいた、という情報を聞いて彼女は額に青筋を浮かばせていた。

 

『ヘルメス様……っ。こんな大変な時に……!』

 

 男神様の派閥は大体こういった悩みが出るらしい。御愁傷様です。

 

「どういう意味だ?」

 

 アスフィさんの言葉にリヴェリア様が反応する。私達では見つけられるかわからない……。どういう意味だろうか?

 

「あの子は元々身を隠すことを十八番としていまです。時に人間の死角となる場所へと隠れ、時に集団の中に紛れ込む……。冷静に考えてみると闇雲に探してもあの子は見つからないでしょう」

 

 何か心当たりがあるのか、アスフィさんが遠い目をしていた。

 

「集団の中に紛れ込む……。では人員を増やしても──」

「恐らくあまり効果はないでしょう。増やしたとしても精々数人ですね」

 

 人数を増やすほど見つからなくなる……ってトキ、何でもできるなぁ。

 

「ねえねえ、ちょっと気になったんだけどさ」

 

 トキの捜索方法を考えているとティオナさんがこんな話題を提示した。

 

「彼氏君って冒険者になる前は何をしてたの?」

「どういう意味ですか?」

「だって彼氏君っていろいろ出来るけど『恩恵』をもらったのは数ヵ月前って聞いたよ? それまで何してたのかなーって」

 

 ……確かに。私は3年前からトキと関わっているけど、彼はその頃から様々なことができた。その起源を知ってみたい。

 

「トキの昔か……そういえば私も知らないな。アスフィ、教えてくれよ」

 

 彼と同じ派閥のルルネさんも便乗する。どうやら彼女よりもアスフィさんの方が詳しいようだ。

 

「そうですね……。まあ話してもいいでしょう。あの子は6年前、路地で倒れていたところを私とヘルメス様が拾ったのが始まりです」

 

 ……いきなり重い話から始まった。

 

「拾って3年間は私とヘルメス様と共に、世界各地を回りました」

「あの、質問いいですか?」

 

 以前から気になっていたことがあったので質問をしてみる。

 

「何ですか?」

「どうしてトキはその頃から『恩恵』を授かっていなかったんですか?」

 

 アスフィさんの話によると彼がヘルメス様と出会ったのは6年前。しかし『恩恵』を授かったのは最近のことだ。どうしてすぐに授からなかったのだろう?

 

「あの子は拾われる以前に罪を犯していたそうです。『恩恵』を授けないのはそれに対する罰なのだと、以前ヘルメス様から聞いたことがあります」

 

 罪……一体どんな罪なのだろう?

 

「今でこそあらゆる事ができますが、当初は本当に手がかかる子でした。常識に乏しく、口数も少なくて……ある意味純粋な子でした」

 

 懐かしんでいるのか、話している彼女の表情は和らぐ。

 

「……私にも覚えがあるな」

 

 アスフィさんの話に共感したのはリヴェリア様だった。

 

「ここにいるアイズやレフィーヤ、他にも多くの団員は私が教導していたからな。そういった経験も何度もある」

「今も手がかかりますけどね」

「まったくだ」

 

 ……そうはっきりと言われると何とも言えない気持ちになるんですが……。

 

「特にアイズは、今でもときどき手を焼いていてな……」

「【剣姫】はまだいいではないですか。うちの子はヘルメス様の影響か、ときどき神のように娯楽に走るんですよ……」

 

 何だろう、リヴェリア様とアスフィさんが、子供の教導について話し合う母親みたいに見えてきた。

 

「何だかアスフィと【九魔姫(ナイン・ヘル)】って母親みたいだな」

「断じて母親ではない」

「それを言うなら姉でしょう」

 

 同じ事を思ったルルネさんの言葉に二人が間髪入れずに反論した。

 

「まったく。どうして皆、私を母親とかママとか言うんだ」

 

 リヴェリア様の呟きにアスフィさんが何度も首を縦に振る。あの二人って意外なところで気が合うんだな……ってぼんやり思った。

 

「脱線してしまいましたね。ヘルメス様の付き人を終えた後は【ファミリア】の雑事をすることになっていました。ですが既に様々なことができたあの子には物足りなかったようで……。次に戻ってきた時には店を経営していました」

「それが『深淵の迷い子』……」

 

「ええ、多くの人々と関わることで、あの子は人間として大きく成長しました」

 

 拾った当初からは想像もしていなかった、とアスフィさんは笑った。

 

「長くなりましたが、これが私が知っているあの子の過去です」

「えっと、つまり彼氏君の強さはヘルメス様のお供をしていた頃についた、ってこと?」

「半分はそうですね。ですが今回のような技術は既に身につけていました」

 

 トキは昔の事を話したがらないから、そのことについて聞けたのは嬉しいけど……肝心なことは分からず仕舞いだった。

 

「ところで………………あなた方は一体何者ですか?」

 

 突如アスフィさんが顔を引き締め、視線を部屋の一角に向ける。そこには全身を黒いローブで覆った集団が立っていた。

 

「「「「「!?」」」」」

 

 部屋にいた全員に緊張が走る。

 

「おやおや気づかれていましたか。いつからですか?」

 

 集団の中央にいる人物がアスフィさんの問いかけに応えた。声からして男性だろう。

 

「トキの話を始めた辺りからですね。その時に貴方の気配が揺らぐのを感じました」

「あの子の話と聞いて静聴してしまったのが原因ですか……。やはり慣れないことはしないものですね」

 

 アスフィさんは丁寧な物腰だが、既に短剣を抜き、戦闘体勢に入っている。

 

「何で教えてくれなかったんだよ、アスフィ!?」

 

 慌てて武器を構えながらルルネさんが彼女に文句を吐く。

 

「話の腰を折りたくなかったのです。せっかくいい気分で話していましたし、あちらは手を出さない様子でしたので」

 

 ……アスフィさん、本当に疲れているんだろうなぁ。今回もお世話になったし、今度何か贈ろう。

 

「もう一度聞きます、あなた方は一体何者ですか?」

「そうですね……貴女の前任者、とでも言いましょうか」

「……どういうことです?」

「トキの育て親、ということですよ」

 

 その言葉にアスフィさんがピクリと反応したが、さらに顔を険しくした。

 

「それで、仮に貴方がトキの育て親だとして、我々の【ファミリア】に無断で侵入して、一体どんな用件ですか?」

「いえ、この子が貴女達に用があるというので、その付き添いですよ」

 

 男が言うと彼の背後にいたローブの人物が進み出てくる。そのままローブの頭部分を脱ぎ、その顔を露にする。

 

「え!?」

「な!?」

 

 その人物に私達は驚きの声を上げた。何故ならその人物は、()()()()()から。

 

 彼は右腕をスッと横に伸ばすとその手に短刀を出現させる。

 

 そして…………そのまま襲いかかってきた。

 

 咄嗟のことに誰もが硬直する。

 

「っ!!」

 

 そんな中、アスフィさんがトキを迎撃した。その事にトキは眉をひそめるが、直ぐ様左手にも短刀を生成し、アスフィさんを切りつける。

 

 それをアスフィさんは身を(ひるがえ)してかわし、反撃に短剣を振る。

 

 その後もトキとアスフィさんは()()の戦いを繰り広げた。突然の事に、彼女以外は理解が追い付いていなかった。

 

 二人が距離を取る。短剣を構えたままアスフィさんはローブの男を睨み付ける。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 アスフィさんの言葉にさらに混乱する。似ている? つまり彼はトキではない?

 

「どういう意味ですか?」

 

 ローブの男がアスフィさんの言葉に質問を返す。

 

「言葉通りです。確かにトキに似ていますが、そちらにいるのはあの子とは別人でしょう」

「何を根拠に?」

 

 断言するアスフィさんにローブの男は質問を重ねる。

 

「ナイフの握り方、ですよ」

 

 それに対するアスフィの答えに男は首を傾げた。

 

「あの子はナイフを出現、または生成する時に必ず順手でする癖があります。ですがそちらの方は最初から逆手でしていました」

 

 確かにトキ? は短刀を逆手で持っていた。戦闘を見ていたが、1度も持ち替えていないので最初からその握り方だったのだろう。

 

「何よりあの子と私が互角、というのがあり得ないのですよ。対人戦であればあの子の方が強いのですから」

 

 言われてみるとトキは団長やリヴェリア様とある程度戦うことができる。その彼が第二級冒険者であるアスフィさんを倒しきれないのは少しおかしい。

 

「なるほど、トキにはそんな癖があったのですか……。これは調査不足でした」

「納得しましたか? ではこちらの疑問にも答えてもらいましょうか」

 

 頷くローブの男にアスフィさんは短剣を突き付ける。

 

 その返事は意外なものだった。男は指をパチンと鳴らす。すると控えていた者達が一斉にローブを脱いだ。

 

「どういうことだよ、これっ!?」

 

 現れたのは()()()()()()()




ちょっと長くなりそうなのでここで切ります。

ご意見、ご感想お待ちしております。またアンケートの方もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

先生

しみじみ思うことがあるんです。この話をしてから番外編のトキの先祖を出せばよかった、と。

という訳で暖めていたトキの設定についてです。


 同じ背丈、同じ顔。男の後ろに控えていた人達は、気味の悪いほどトキに似ていた。その数、13人。いや先程アスフィさんと戦闘していた人を含めて14人だ。

 

 アスフィさんが戦っている人物がトキではない、と言った時、私は双子かな? と密かに思っていた。だがこれはあまりに()()()()()()……!

 

 双子であるティオナさんとティオネさんだってよく見れば顔のパーツの位置や大きさが若干違っている。

 

 だけど目の前の14人はそんなレベルではない。髪の色、目の大きさ、鼻の位置、他の要素もまったく同一なのだ。

 

 双子とか、他人のそら似なんてものじゃない。

 

「……っ」

 

 同じことを思っていたのか、アスフィさんも目を見開いている。他の皆も驚愕のあまり、誰一人として声を出さない。

 

「……人工生命体(ホムンクルス)

 

 静寂を破ったのは、リヴェリア様だった。

 

「知っているのですか!?」

「……様々な物質と魔力によって人工的に作り出された人間だ。まだ私が里にいた頃に何度か見たことがある」

 

 説明するリヴェリア様の顔は優れない。目の前の光景を信じたくない、という風に。

 

「そしてそれはとあるエルフが起こした事件によって禁忌とされた」

「その事件とは?」

「……王族殺しだ」

「っ!?」

 

 王族殺し。エルフであればそんなことはまず考えない。高貴な御方には敬意の心を忘れてはならない、と教わるからだ。そうでなくとも、王族は纏うオーラからして敬うべき存在だと感じ取る。

 

「幸いその事件は未遂で終わり、首謀者は処刑前に自害した、はずだ!」

「あの程度の偽装で簡単に騙されてくれましたか。それとも里を出たくないために、わかっていて見逃してくれたんですかね?」

 

 リヴェリア様の語りに相槌を打ったのは、偽トキ達の中心にいる、未だローブを被った人物だった。

 

人工生命体(ホムンクルス)というのは半分正解です。この子達はその技術を応用した作品。私はクローンと呼んでいます」

 

 クローン。それがあのトキ達の正体。本物ではないとわかり少しほっとする。

 

「その声、どこかで聞いたことがあると思っていたが……生きていたのか──スヴェイル・デック・アールヴ!!」

 

 えっ、と声が漏れた。

 

 男がローブに手をかけ、ゆっくりと顔をさらす。

 

 黄金色の髪、整った顔立ち、何よりエルフの本能が訴えかける。あの方は王族(ハイエルフ)だと。

 

「お久しぶりですね、リヴィ」

「貴様が私をその名で呼ぶなっ!!」

 

 親しそうに話かけるスヴェイル様をリヴェリア様は睨み付ける。普段からは想像もできないそのご様子に私は戸惑いを覚える。

 

「つれないですね~、一時期は婚約までしていた仲だというのに」

「黙れっっっ!! それは貴様が私を殺すために取り決めさせたものだろう!?」

「それじゃあ殺されかけた王族って--」

「リヴェリアの、こと?」

 

 ティオナさんとアイズさんの呟きに、リヴェリア様は押し黙ってしまう。

 

「ふふふ、その話はまた後日にゆっくりしましょう。今回はそちらのお嬢さん方に用があるので」

 

 スヴェイル様がリヴェリア様からアスフィさんと私に目線を移す。思わず身構えた。

 

「そう怖がらなくていいですよ。今日は話をしに来ただけですので」

「話?」

「あの子、トキがどういった存在か、ということについてです」

 

 トキがどういう存在か?

 

「あなた方は『反逆の精霊』という存在を知っていますか?」

「?」

 

 精霊、というのは恐らく()()『精霊』のことだろう。神の分身であり、エルフ以上の魔法種族(マジックユーザー)。『魔法』と『奇跡』を司る神聖な種族。

 

「『反逆の精霊』とは、『古代』より以前に神を殺した『精霊』のことです」

 

 スヴェイル様は愉快そうに顔を歪ませる。

 

「どういった経緯かは未だに論争されていますが、『精霊』が自身の主人である神を殺した、というのは本当の事のようです」

 

『古代』より以前というのは神々が地上に降りてこられるより前、ということになる。つまりその『精霊』は何らかの方法で天界までたどり着き、神の一柱(ひとり)を殺した?

 

「その『反逆の精霊』がトキだとでも?」

「いえいえあの子は歴としたヒューマンですよ。……その『精霊』の力を受け継いだ、ね」

 

 ……驚きはなかった。

 

「『反逆の精霊』は神を殺した後、自らの力をとあるヒューマンに授けた、という説があります。あの子はその力を濃く受け継いだ子なのでしょう」

 

 スヴェイル様が笑みを深くする。

 

「あの子を見つけた時は本当に嬉しかった! ずっとおとぎ話だと思っていた存在が目の前にいたのですから!」

 

 それは狂喜に染まっていた。

 

「私はあの子を暗殺者として育てました。実に優秀な子に育ってくれましたよ。5才の頃から始めさせたのですが、私の元を離れるまでの3年間で73人も殺してくれました」

 

 ふふふ、と彼は面白そうに笑う。

 

「以上で私の話は終わりです。いかがでしたか? なんならあの子がどのような人物を殺したのか教えて差し上げましょうか?」

 

「いいえ、けっこうです」

 

 ようやく話が終わった。

 

「なるほど私達と出会う前のあの子はそのような事をしていたのですね。彼はかたくなにその事を話してくれませんでしたから、知ることができてよかったです」

 

 アスフィさんはスヴェイル様を睨みながら言葉を続ける。

 

「それで? 結局貴方は何が言いたかったのですか? まさかその話をして私達がトキを追い出すとでも?」

「なっ!?」

 

 スヴェイル様が驚きの声を漏らす。……どうやら本当にそう思っていたらしい。

 

「だとしたらとんだ笑い種ですね。『反逆の精霊』? 元暗殺者? ここをどこだと思っているのですか? 『世界の中心(オラリオ)』ですよ? 外と一緒にしないでください」

 

 このオラリオには様々な人物がいる。『精霊』の力を受け継いだ元暗殺者なんて珍しいかもしれないけれど、拒む理由にはならない。

 

「ですがあなた方の主神は?」

「それこそ愚問ですね。あの主神(ヘルメス)様がそんな理由で彼を追い出す訳がありません。むしろ嬉々として自分好みに育てるでしょう」

 

 焦りの表情を浮かべるスヴェイル様にアスフィさんは淡々と応じる。彼はこの話をしてトキを【ファミリア】から追い出そうとしたらしいけど……どうやら神々の性格を理解していなかったようだ。

 

「それでは、貴女はどうですか?」

 

 スヴェイル様が私の方を向く。

 

「アスフィさんと同意見です。確かに彼は暗殺者だったかもしれませんが、今は違います。()()()()()()()、私は彼を嫌いになんかなりません」

 

 嫌みを込めて笑顔で言ってやった。確かに彼は王族(ハイエルフ)なのだろう。だけどトキを、リヴェリア様を陥れるような人に敬意を持つほど私は謙虚ではない。

 

 スヴェイル様はさらに顔を歪めた後、深く息を吐き、再び笑顔を作った。

 

「どうやら失敗のようですね。………………ならば予定変更です」

 

 パチン、とスヴェイル様が指を鳴らす。それに反応して偽トキ達が一斉に短剣を構え、影の触手を展開する。

 

「クローンは製作工程で人の血を使います。生まれながらにして力を持つトキの血を用いたこの子達は彼の能力を使うことができるのです」

 

 触手は精々1本か2本。多いもので4本。だけどそれが14人となると厄介だ。

 さらにここは屋内。攻撃魔法が使えない。

 

「【九魔姫(ナイン・ヘル)】、何人押さえられますか?」

「4人が限度だろう。アイズ、ティオナお前達は?」

「……剣があれば5人はいける」

「あたしは何人でもいいよ」

「いえ、彼が言っていることが本当であれば、【大切断(アマゾン)】が一番相性最悪です。精々2、3人と仮定します」

 

 先程の戦闘で相手はアスフィさんと同レベルの戦闘能力であることがわかっている。それを踏まえると──

 

「他の者達を含めても数が足りんな」

「それに【ロキ・ファミリア(あなたたち)】は武器がありません。現状、あれらを迎撃するとなるとかなり不利です」

 

『【万能者(ペルセウス)】ってレベルいくつだっけ?』

『Lv.2じゃなかった?』

 

「いえ、Lv.4です」

 

 後ろの話し声にアスフィさんが割り込む。ここで隠していると後で取り返しのつかない事になりかねない、と考えて答えたのだろう。

 

『Lv.4!?』

『でも公式では……』

『馬鹿、隠蔽していたに決まっているだろ。今の流れから察しろ』

 

「もうそろそろいいかな?」

 

 黙ってこちらを見ていたスヴェイル様が作戦を練る時間の終了を告げる。

 

「ルルネ、戦闘が始まったら急いで人と武器を集めて来なさい」

「で、でもよ~」

「あなたではあれらの一人も押さえることができないのです。それよりもその足を使いなさい」

 

 張り詰めた弓のように緊張が高まる。そして──

 

 

 

 パリン、と窓が割られ、部屋の外から何かが投げ込まれた。

 

 

 

 全員の視線がそちらを向く。それは…………トキだった。着ている服はボロボロに切り裂かれ、至るところから出血をしている。

 

「っ!?」

 

 目の前の敵の事を忘れ、彼に駆け寄る。途中、何かとすれ違った。それも4回。

 

「え?」

 

 誰かが声を漏らした。自分だったのか、他の人だったかはわからなかった。なぜなら──

 

 

 

 偽トキ達の内、数人が一斉に吹き飛んだから。

 

 

 

「なっ!?」

 

 スヴェイル様が驚きの声を上げる。振り返ると、4人の冒険者が偽トキ達に襲いかかっていた。

 

 偽トキ達は連携して、冒険者を倒そうと短刀を振るうが、相手取る彼らはそれのさらに上を行く。そしてよく見ると全員が小人族(パルゥム)であった。

 

「【炎金の四戦士(ブリンガル)】……!? 何故!?」

 

 突然の襲撃者にアスフィさんが叫ぶ。

 

炎金の四戦士(ブリンガル)】。【フレイヤ・ファミリア】所属の第一級冒険者。4人で一つの二つ名を持つ、珍しい冒険者達だ。

 

 彼らは次々と偽トキ達を倒していく。それを見たスヴェイル様は懐に手を伸ばすと、何かを床に叩きつけた。

 

 瞬間、大量の煙が部屋を包む。

 

 窓から煙が出ていく頃には既にスヴェイル様達の姿はなかった。【炎金の四戦士(ブリンガル)】はそれを確認すると無言で窓から出ていこうとする。

 

「待ってください!」

 

 その背中をアスフィさんが呼び止めた。彼女が何かを言う前に、彼らは口を開いた。

 

「こいつを連れてきたのはあの方の神意に従ったまでだ」

「だがもう付き合う義理はない」

「確かに届けた」

「我々は奴を追う」

 

 そう言うと彼らは今度こそ出ていった。

 

「……とりあえずトキを部屋に運びましょう。ルドガー、運んでください」

 

 再起動したアスフィさんは次々に指示を出していく。

 

「ルルネ、念のため『開錠薬(ステイタス・シーフ)』を。……あ、あとミスリルの鎖も用意してください」

 

開錠薬(ステイタス・シーフ)』は【ステイタス】を暴くアイテムだ。恐らく彼が本物か確認するために使うのだろう。

 

「いいけど……『開錠薬(ステイタス・シーフ)』はともかくミスリルの鎖なんて何に使うんだ?」

「決まっているでしょう、勝手な行動をした悪い子を縛っておくんですよ」

 

Sideout




北欧神話においてスヴェイルアールヴは黒いエルフ、デックアールヴは闇のエルフを意味します。しかしダンまちのダークエルフがどういった種族かわからないので、リヴェリアに絡めるべく、やむを得ず先生を普通のエルフの容姿にしました。

番外編が流れを断ち切ってしまう、というご意見が複数寄せられたので、それらを纏めて新しい小説を投稿しました。今後番外編はそちらに投稿していきます。またリクエストの方もそちらへお願いします。

ご意見、ご意見よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

敗北

ダンまち9巻買いました。読みました。……どうやって絡めよう……。……10巻次第かな……?

今回は前話から時間を戻してトキの様子を書いていきます。ただしメインは前話でやったので、ちょっとあっさりします。


 家とは、そこに住む者にとっての心休まる場所である。一部例外はあるかもしれないが、大抵はそうであろう。それを焼失させるのは人を追い詰める上で有効な手段だ。今回、俺はそれにまんまと嵌まった。

 

 家の火事を【ケリュケイオン】による水魔法で消した後、人目を避けて街を移動する。

 

 恐らく家を燃やしたのはサーバ達ではない。彼女達が撤退してから火を放ったにしては燃えすぎていたので、実行したのは別のグループだろう。

 

 そしてそのグループは俺を徐々に追い込んでいこう、と考えているだろう。だとすると下手に人と接触するのはまずい。だが俺の事を調べているはずだから知人に危害を加える可能性も否定できない。

 

 悩んだ結果、接触を最低限にしてそれとなく警告する、という行動に出る。

 

 一番最初に思い浮かんだのは…………レフィーヤだった。何故かはわからない。だけど彼女の笑顔が頭をよぎった。

 

『黄昏の館』へ向かい、見張りをしている団員に怪しまれない程度に話をする。手早く話して館を後にし、次の目的地に向かう。

 

 俺ともっとも関わりがあるのはレフィーヤ、【ヘルメス・ファミリア】、そしてベルだ。他に思い当たる人達もいるが、ほとんど仕事からの関わりなので直接的な結びつきは弱い。

 

 次に向かうとしたら……ベルのところだな。……というか普通、最初に向かうべき場所だな。派閥の強さはあそこが一番弱いんだから。逆にレフィーヤ達【ロキ・ファミリア】はオラリオ最大派閥だ。本来最後に行くべきだろう。

 

 それに、家からだと【ロキ・ファミリア】より【ヘスティア・ファミリア】の方が近い。効率的にもそちらを優先させるべきだった。

 

 どうやら家を燃やされて……いや、昔の組織と邂逅して冷静な判断ができなくなってきている。少し頭を冷やした方がいいかもしれない。

 

 いつの間にか朝日は昇り始めていた。周囲ではダンジョンへ向かう冒険者達が道を急いでいる。思っていたよりも時間が経っていたらしい。

 

 足早に【ヘスティア・ファミリア】のホーム、『竈火(かまど)の館』を目指す。その途中だった、すれ違い際に襲われたのは。

 

 何気ない動作で短刀を構え、急所をひと突き。よく見れば表面に毒らしき液体が滴っていた。

 

 咄嗟にかわすと、襲撃者はなに食わぬ顔で人混み紛れる。追おうとしても咄嗟のことで顔を見ていなかった。

 

 人混みは不味い、と考えメインストリートから外れる。途端に周囲から動物達の奇襲。全力で走ってそれらを回避する。しかし動物達は人間よりも優れ、さらに『恩恵』によって強化された感覚器官を用いてこちらを追ってくる。

 

 相手取ればたちまち囲まれ、袋叩きにあうだろう。人間よりも小さい体の彼らは影での迎撃がしにくい。

 

 とりあえず撒くために下水道へ逃げ込む。追ってきた彼らに対して、影からまず『強臭袋(モルブル)』を取り出して使う。後ろで上がる動物達の悲鳴を無視して、さらに強烈な閃光を放つ『閃光玉(フラッシュ)』、人間には聞き取れない高音を放つ『音響筒』を使用する。

 

 念には念を入れて、水道をジグザグに進み、さらに水の中を進んで自分の臭いを少しでも落とす。しばらくは地上に出られないな……。

 

 水を吸った服を絞りながら、下水道をさ迷う。……って、追っ手を撒くことに夢中になってたけど、ベル達への警告どうしよう……。

 

 とりあえず出口を探そう。

 

 

 

 

 下水の臭いを消し、地上に出たときには既に太陽は傾いていた。これからまた奴らの時間がやってくる。

 

 一番心配なのはやっぱりベル達だ。幸いにも出たところは『竈火(かまど)の館』からあまり離れていなかったので、すぐに向かう。

 

「やっぱり出てきたか」

 

 後ろから声をかけられた。それは殺意に満ちたものだった。

 

 振り返るとそこには漆黒のローブを纏ったエルフ、かつて同じ組織に属していた同胞、レゴス・ドラウがいた。

 

「ここら辺で張っていればいつかは現れると思っていたよ」

 

「どういうことだ?」

 

「家を燃やされた人間がすることは大抵知人を頼る、だ。だがお前はそれを知っている。調べたお前の性格から、知人に警告をしに来るだろうと思っていたよ。そして、その中で一番気にするのは所属派閥の【ヘルメス・ファミリア】、恋人のレフィーヤ・ウィルディス、親友のベル・クラネル」

 

 思わず歯噛みする。完全に思考が読まれている。

 

「だったら話は簡単だ。お前が来るまでそいつらに張り付いていればいい」

 

「もし来なかったらどうするつもりだったんだ?」

 

「決まっているだろ、始末するんだよ」

 

 やっぱりか。とりあえずここに来たのは正解ではなかったけど、失敗でもなかったようだ。

 

 レゴス・ドラウ。()ともっとも付き合いの長い男。サーバと違って()の事を崇拝している。話し合いが通じない相手だ。

 

「それで、これからどうするつもりだ? ()から俺を連れてこいと言われているんだろ?」

 

「……ああ、そうだ。だが、俺はそうはしない」

 

 レゴスの言葉に頭に疑問が浮かぶ。()を崇拝している彼が言うことを聞かない?

 

「俺はずっと思っていた。どうしてお前なんだ、と」

 

 低い声で呟くように話す。

 

「なぜお前があの人の寵愛を受ける? どうして一番仕えて来た私ではなく、お前のような子供(ガキ)なんだ、と」

 

 その瞳は憎悪を映していた。

 

「だがそれも今日までだ。お前を殺して、私があの人の寵愛を一番に受ける!」

 

 脳裏に24階層で戦ったオリヴァス・アクトが過る。

 

「そうかよ」

 

 短刀を出現させ、構える。レゴスはサーバほど強くない。6年の歳月を考えても【ステイタス】で優っている俺の方が分がある。

 

「戦うのは私ではない」

 

 そう言うとレゴスは指を鳴らす。すると物影から、建物の中から、ぞろぞろと人が出てくる。

 

 素早く見渡して影の触手を出現させる。

 

「ああ、言っておくがそいつらは()()()()()()()()()

 

「なんだと?」

 

「そいつらはな……()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 その言葉に息を飲んだ。

 

「当然、神の『恩恵』なんて受けていない。触手(そんなもの)で傷つけられたら……どうなるだろうね?」

 

「っ!?」

 

 レゴスが言いきった瞬間、囲んでいた人達が一斉に襲いかかってくる。老若男女問わず、よく見ると全員目の焦点が合っていない。殺気もないため、攻撃を察知しにくい。今朝の襲撃は彼が操っていた者によって行われたのだろう。

 

 さらに人間離れした動きで手に持つ得物を振る。その度に彼らの体から変な音が聞こえてくる。

 

 昔聞いたことがある。人間は普段、本来の力を抑えている、と。理由はそれを発揮してしまうと、体が持たないから。

 

 四方八方からの攻撃に体を切り裂かれ、出血する。どうやら使われているのはLv.3の【ステイタス】でも傷つけられるくらいの業物らしい。

 

 歯を食い縛りながら一人に当て身を食らわせる。これで気絶させれば少なくともこれ以上体を壊す心配はない。

 

「甘いな」

 

 だが目論みは外れ、逆に鎚による反撃を食らう。体勢が崩れたところに短刀による刺突。頬を掠めた。

 

「その程度の当て身で気絶するわけがないだろう? 体の枷を外したそいつらは通常の人間の数倍は頑丈だからな」

 

 ならば術者のレゴスを倒せば……そう思い彼の方を向く。

 

 途端に体ががくっと崩れた。しまった、毒……!

 

「安心しろ、それはただの睡眠毒だ。次に目が覚めることは……ないだろうがな」

 

 だんだん気が遠退いていく。

 

「いいことを教えてやろう。今夜、先生が【ヘルメス・ファミリア】へ向かう」

 

「!?」

 

「どうやらお前は昔の事を話していなかったようだが……それを知ったお前の【ファミリア】はどう思うかな?」

 

 そして完全に意識が途絶えた。

 

 ------------------------

 

「……ま、成功はしないだろうがな」

 

 トキが眠りについた後、レゴスはそんな事を口にした。

 

 先生ことスヴェイルは、基本的に外には出ない。クローンの製作にかかりきりになるからだ。なので情報収集はレゴス達の役目だ。さらに彼はスヴェイルへの報告をする役割も担っている。

 

 今回、準備期間が長いにも関わらずスヴェイルが成功率の低い作戦をとったのは、レゴスの故意による報告不足が原因である。

 

 さらに、それは万が一トキがここに来なかった場合に彼を追い詰めるための保険だ。作戦に失敗すれば、スヴェイルは【ヘルメス・ファミリア】の団員を始末するだろう、という考えでの作戦だった。

 

 だがそれももう必要ない。レゴスは口元を邪悪に歪める。

 

 万が一の事を考えて、トキの始末は操っている人間に任せる。彼の近くに立っている者が得物を高く掲げ……

 

 

 

 瞬間、武器を振り上げていた者が、横に吹き飛ばされた。

 

 

 

 

「なっ!?」

 

 驚愕しながらも後ろに跳ぶ。その間に数人が吹き飛ぶ。

 

 突如現れたのは4人の小人族(パルゥム)だった。彼らは息の合った連携で洗脳した人間を吹き飛ばしていく。

 

 洗脳していることを叫ぼうとし、やめる。既に知っているかもしれないし、言ったところで相手が躊躇するか不明だからだ。

 

 襲撃者達に洗脳している人間達を全員けしかけ、その間に逃げる。動きから彼らは【炎金の四戦士(ブリンガル)】だろう、と考えてのことだった。

 

 トキを殺す最大のチャンスを逃したことに、レゴスは歯を食い縛った。




はい、というわけであっさりでした。

準備期間が長いにも関わらずスヴェイルがあんな行動をとったのはおかしい、という指摘がありましたので、その言い訳としてレゴスにこのような行動をとらせました。

文中に出てくる『閃光玉』並びに『音響筒』はオリジナル設定です。原作にて類似品が出た場合、すぐに変更します。

なお、今回の投稿をもって二つ名アンケートを終了します。皆様、ご協力ありがとうございました。結果発表は後日、作中にてしたいと思います。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

目覚める力

13日ぶりの更新。待たせてしまって本当に申し訳ありません。

時間軸としてはトキが【ヘルメス・ファミリア】に投げ込まれた翌日です。


 体が動かない。まどろみの中でまず感じたことはそれだった。

 

 あれ……? 昨日何をしたっけ? 確か……ヘルメス様を探して……。いや、違う。それは一昨日だ。

 徐々に意識がはっきりしてくる。

 

 ヘルメス様を探索している途中でサーバ達と戦って……家が燃えて、その後、下水道に逃げ込んで……。

 

『それを知ったお前の【ファミリア】はどう思うかな?』

 

 眠気が吹き飛んだ。

 カッと目を開いて、飛び起きようとする。しかしジャリッという音と共にそれは阻まれた。

 見てみると、鎖で体を拘束されていた。しかも拘束の上からさらに寝ているベッドごと縛ってある。材質は……色からしてミスリルだな。

 

 続いて周囲を見回し……キョトンとなった。なぜならそこは【ヘルメス・ファミリア】ホームにある俺の自室だったから。

 

「お、起きたか」

 

 声がした方を見るとエルフのセインさんがいた。奥にはメリルさんの姿もあった。

 

「アスフィを呼んでくる。トキを頼むぞ」

「はい」

 

 そんなやり取りの後、セインは部屋を出ていった。

 

「大丈夫? どこか痛いところとかはない?」

「えっと……」

 

 いまいち状況が飲み込めていないが、とりあえず聞かれたことに答えよう。再び体に意識を向けて異常がないか確認する。……よし、問題ない。

 

「痛む箇所はありません」

「よかったぁ。けっこうボロボロだったから心配してたんだ」

 

 笑顔になる彼女に事情を聞いてみる。すると、

 

「それはアスフィから説明があるから」

「そうですか……。じゃあこの拘束を……」

「ダメ」

「えっ」

 

 言い切る前に返答された。

 

「あの……」

「ダメ」

「拘束を……」

「できない」

「……」

 

 いつもはオドオドしているメリルさんが強めの口調で即答してくる。こう言っては失礼だろうが、それに対して少し驚いた。

 

 この様子だと説得は無理そうなので、自力での解除を試みる。だが(がん)()(がら)めにされているため顔しか動かせない。影を使おうにも鎖がどのように絡まっているか分からないため、使用できない。

 

 こんなことをしている場合じゃない。早く()を捕まえなければ……。

 

「メリル、ご苦労さまです」

 

 そうこうしている内にアスフィさんが部屋に入ってきた。

 

「具合はどうですか?」

 

 いつもと同じ声音。だがどこか違和感を感じた。

 

「はい、問題ありません」

「そうですか。ではここで起こったことと現状を話しておきましょう」

「っ。はい」

 

 それから俺は()ことスヴェイルがアスフィさん達に話した内容を聞いた。まさかレフィーヤやアイズさんまで一緒とは思わなかったが。

 

 おそるおそるアスフィさんの顔を見てみる。

 

「ん? 何ですかその顔は? まさか、この話を聞いた私達が貴方を追い出すとでも思っていたのですか?」

「え、えっと……はい」

「……ふう、どうやら説教の内容を増やさなければならないようですね」

 

 恐ろしい呟きに震えつつ、話の続きを促す。

 

「では現在の状況についてです。昨晩の戦闘後、【ロキ・ファミリア】がスヴェイル・デック・アールヴの潜伏をギルドに報告。その後ランクC以上の【ファミリア】にスパイ探索の強制任務(ミッション)が発令されました」

「なっ!?」

 

 アスフィさんの言葉に驚きの声が漏れた。

 

「ま、待ってください、これは──」

「俺の問題、とでも言うつもりですか?」

 

 声に怒りの感情が乗るのがわかった。息を吸い込むと目を見開いて怒鳴った。

 

「何を考えているのですか!? 確かに、昔貴方が所属していた組織でしょう。しかし事は個人が判断して処理する規模を越えています! せめて【ファミリア(わたしたち)】に相談しなさい!」

「で、でもっ」

「でもではありません! 大体何ですか、昔の事を聞かれたら追い出されるかもしれない? この【ファミリア】にまともな過去を持つ人間がどれだけいると思いますか!?」

 

 ……納得しました。

 

 その後アスフィさんは休むことなく説教をし続け、解放されたのは正午をだいぶ過ぎた頃だった。

 

「……ひとまずこの辺りにしておきましょう。私も捜索に戻らないといけないので」

「……え、強制任務(ミッション)を発令されたのはランクC以上の【ファミリア】だって……」

「貴方が関わっているとギルドに伝わり、こちらにも声がかかったのです。ええ、いい迷惑です」

「……すみません」

「これに懲りたら次に何かあった時は真っ先に私達に報告しなさい。……どうやら貴方に【ファミリア】を任せるのはまだまだ早いようですね」

 

 ため息混じりに呟かれた言葉には、どうしようもない弟分に対する呆れが混ざっていた。

 

「あの、アスフィさん」

「何ですか?」

「この拘束は……」

「既にクローンについて説明してあります。貴方のクローンが複数いる以上、混乱を招かないように本物をわかるようにしなければなりません。貴方が本人であるという証明は【開錠薬(ステイタス・シーフ)】によってされています」

「はい」

「後はクローンと混ざらないようにここに留めておく必要があったのです」

 

 一応筋は通っている。

 

「まあぶっちゃけた話、勝手な行動をした罰なのですが」

「やっぱりそうでしたか」

「というわけで、もうしばらくそのままでいなさい」

 

 そう言ってアスフィさんは部屋を出ていこうとする。その後ろ姿を見て……ふと思い付いたことがあった。

 

「……あ、アスフィさん」

「まだ何か?」

「市壁の監視はどうなっていますか?」

「市壁?」

「あれくらいの壁なら登りさえすれば門を使わなくてもオラリオから出ることができます」

 

 実際、この前ベルが偶然とはいえ市壁の上から降りている。不可能ではない。

 

「わかりました。ギルドに伝えておきます」

 

 彼女は今度こそ出ていった。続いてルルネさんが入ってくる。恐らく見張りなのだろう。

 

 逃走は無駄と考え、アスフィさんが話していたことを振り返ってみる。

 

 ()はスヴェイルって名前だったんだな。というか王族(ハイエルフ)だったのか。世も末だな。

『反逆の精霊』。それが俺の根源(ごせんぞさま)。正直ピンと来ないが、影が精霊の力であるならば、魔法種族(マジックユーザー)でない自分が魔法を生まれつき使えたことにも一応説明がつく。他にも、妙に勘がいいのも『精霊』の血が混じっているからかな?

 アスフィさんや話を聞く限りではレフィーヤも過去の事を聞いてそれでも変わらずに接してくれるのはすごく嬉しい。本当に幸せ者だ、俺は。

 

 ……感傷に浸るのはここまでにしよう。今、俺にできることをしよう。

 スヴェイルの性格から潜伏場所を考える。ここ数ヵ月の出来事を思い出し、妙な事を洗い出す。

『ダイダロス通り』……いやあそこは迷路みたいだが、人は多い。それに近所だったから何か異変があれば気づいただろう。

『下水道』……スヴェイルはあれでもエルフだ。本能的にそれは避けるだろう。奴のコンディション次第では人形(クローン)の製造に障害を引き起こしかねない。

 他にも様々な場所が思いつくがどれも決め手に、かける。強制任務(ミッション)が出されたことから、近日中に奴らはオラリオを出ていこうとするだろう。その前に……。

 

『何でも最近3階層のモンスターがとっても少ないらしいの』

 

「っ!!」

 

 まさか、まさかっ!

 

「『ダンジョン』?」

 

 ダンジョンの3階層。あそこなら【ステイタス】が育っていなくても攻略は可能だし、広いから人目につかない。ギルドだって、1日中ダンジョンの出入口を監視しているわけじゃないから潜伏は可能だ。実際、ちょっと前にヘルメス様とヘスティア様が入っているし。

 

 だが3階層だけでも広い。人海戦術で隈無くさがしてもいいが、暗いダンジョンの中ではあちらの方が有利だ。

 それにただルームを拠点にしているだけなら、壁からモンスターが出てきた時に困るだろう。モンスターが産まれない場所、もしくは産まれにくい場所は……。

 

「……そうか『食料庫(パントリー)』だ!」

 

食料庫(パントリー)』は他の場所と比べてモンスターが産まれにくい。あそこなら一応の拠点になるし、モンスターも複数人で対処すればどうにかなる。よくよく考えれば3階層は人型のモンスターも多いから対人戦特化の奴らにはうってつけだ。

 

「ルルネさん!」

 

 俺は今思い付いたことをルルネさんに報告した。

 

 

 

 窓から差す光が橙色に染まり始めた頃、その(ひと)は現れた。

 

「やあトキ。随分と窮屈そうな格好だね」

 

 いつもと違う雰囲気のヘルメス様は、苦笑しながら部屋にある椅子に座る。

 

「帰って来てたんですね」

「オラリオ中がバタバタしているし、その原因は君に関係があるっていうじゃないか。飛んで帰って来たよ」

 

 ま、知ったのはちょっと前のことなんだけどね、とヘルメス様は笑う。

 

「……ベルに何かありましたか?」

「っ!?」

「あ、あったんですか」

 

 鎌をかけたけど本当にかかるとは思っていなかった。

 

「まったくこのオレが一本取られるとはね。さすがは、かの『精霊』の子孫って訳か」

「っ、ヘルメス様それはっ」

「ああ、知っていたさ。神の間では有名な話だからね」

 

 いつものように破顔する主神に何も言えなくなる。

 

「さて、それじゃあ…………【ステイタス】を更新しようか!」

「……え?」

「でもそのままじゃできないな。よし、待ってろすぐに解いてやるから」

 

 鎖をほどこうとするヘルメス様。

 

「アスフィめ、どんだけ頑丈に縛ってあるんだ。えーっと、これがこうなって……」

「あのヘルメス様? 俺が聞くのも何ですが、ほどいてしまっていいんですか?」

「大丈夫大丈夫。更新したらまた縛っておくから!」

「……そうですか」

 

 数分後、拘束から解放された。

 

「さてパッパと済ませちゃおうぜ!」

「……はい」

 

 上着を脱ぎ、背中を晒す。その上をヘルメス様の指がなぞっていく。

 

 

 

 

(もっと寝かせておくつもりだったんだけどなぁ~)

 

 トキの【ステイタス】をいじりながらヘルメスはそんな事を思う。

 

(でもこの子が過去と向き合うって決めたんだ)

 

 指に宿る力をトキの奥へと向ける。

 

(最高の状態で送り出してやるのが、親としての勤めだろ?)

 

 そこにあるのは、『恩恵』を()()()()()()()()()()()()もう1つの魔法。

 

 ヘルメス自身が、あえて【ステイタス】に刻まず、ずっと寝かせていたものだった。

 

(さあこのヘルメスに見せてくれ)

 

 それを満を持してトキに刻む。

 

(君の真の力を!)

 

 

 

 

 やけに長い更新が終わり、新しい【ステイタス】が書かれた羊皮紙を受けとる。

 

「えっ」

 

 思わず声が漏れた。

 

 基本アビリティは変わっていない。だが『魔法』の欄に新たな文字が書かれている。

 

「ヘルメス様、これは……」

「いや~ついに3つ目だね。まさかこんなに早く発現するとは思っていなかったよ~」

 

 問い詰めようと口を開くと白々しく感想を言うヘルメス様。完全に嘘であるが……問いただしても無駄だろうと思って大人しく諦めた。

 

「じゃ、オレはこれで──」

「どこへ行こうというのですか、ヘルメス様?」

 

 部屋を出ていこうとしたヘルメス様の動きが止まった。ゆっくりと首を動かすとそこにはアスフィさんの姿が。

 

「こんな大事な時に、いったい、どこへ行っていたのですか!?」

「い、いやちょっと、ね」

「一昨日歓楽街に行っていたことは既に調査済みです!」

「な、なぜそれを!?」

「言いたいことがたくさんあります! ……が、今回は急を要するので文句は後日にします」

 

 その言葉にほっとするヘルメス様。

 

「トキ」

「は、はいっ」

「これからダンジョンへ王国(ラキア)のスパイを捕縛しに行きます。ついて来なさい」

 

 拘束を脱け出していることを怒られると思っていた俺は言われたことがすぐに理解できなかった。

 

「……返事は?」

「っ、はい!」

 

 どうしてかはわからない。だけど許可は出た。

 

 さあ、過去と決着をつけよう。

 

-----------------------

 

神々の間にこんな話がある。神が『反逆の精霊』について語るとその神に災いが降りかかる、と。

 

ズルッ。

 

「えっ」

 

 

 

「ギャアァアアアアアアア!!」




『食料庫』にモンスターが産まれにくい、発現しそうな魔法やスキルを寝かせておくというのはこの小説のオリジナル設定です。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蟻の侵攻

この話を考えている時にあるゲームの実況動画にハマっていました。多分読めばわかると思います。


 ……どうしてこうなった。

 

 確かにミスリルの鎖から解放され、王国(ラキア)のスパイである元同胞を捕縛する任務に就くことができた。

 内部の状況が分からず、敵の戦闘力も高いと予想されるため、腕の立つ冒険者達と少なからず彼らを知っている俺がパーティを組むのは実に合理的だろう。

 

「それでは打ち合わせを始めるよ」

 

 だが──

 

「おいフィン、何で蛇野郎がここにいるんだ?」

「彼はスパイ達と因縁があるらしいんだ。相手は相当の手練れだと考えられる。実際、【ガネーシャ・ファミリア】を中心としたパーティが撤退させられているからね。情報は少しでも欲しいんだ」

「……けっ。何でもいいけどよ、足引っ張んじゃねえぞ」

「アッハイ」

 

 誰が【ロキ・ファミリア】の精鋭陣とパーティを組まされると予想できようか?

 

 

 

 現在、俺は戦争遊戯(ウォー・ゲーム)の際にも纏った戦闘衣(バトル・クロス)の姿で、『始まりの道』の手前にて【ロキ・ファミリア】の面々(パーティメンバー)とミーティングを行っている。

 

 てっきり【ヘルメス・ファミリア】で動くと思っていたのであまりの驚きに思考回路が停止している。比較的親しいとは言え、かの【ロキ・ファミリア】の、しかも精鋭陣とパーティを組むなんて……光栄にも程がある。

 

「しかしフィンよ。スパイどもはそんなに強いのか?」

 

 正常に頭が働いていなくても話は進んでいく。ガレスさんの問いにフィンさんは首を振った。

 

「撤退してきた【ガネーシャ・ファミリア】によると、彼らは3階層に降りた途端、『キラー・アント』に襲われたらしい」

「『キラー・アント』? 3階層にか?」

「うん」

 

『キラー・アント』は7階層から出現するモンスターだ。3階層に出るのはおかしい。しかもおかしいのはそれだけじゃない。

 

「でもそれって変ですよね。『キラー・アント』程度でしたら【ガネーシャ・ファミリア】が撤退する状況に追い込まれるはずがありません」

 

 ティオネさんの発言に心の中で頷く。

 

『キラー・アント』は厄介なモンスターだが、所詮はLv.1だ。オラリオでも有数の派閥である【ガネーシャ・ファミリア】が負けるはずがない。

 

「ああ、普通ならそうだろう。ただし【ガネーシャ・ファミリア】の交戦した『キラー・アント』は………………体長が通常のものの5倍はあったらしい」

「ご、5倍!?」

 

 信じられないと言うようにティオナさんが叫ぶ。フィンさんはさらに補足を続ける。

 

「しかもフェロモンで仲間を呼んでいるらしく、既に通路は『キラー・アント』で埋め尽くされている、とのことだ。……全てが巨大な、ね」

 

 一瞬、その光景を想像する。見慣れたダンジョンの3階層。通常の『キラー・アント』でさえも仲間を呼んだ時には通路やルームが埋め尽くされるのだ。その5倍となると……。

 

 ブルリと体が震えた。

 

「トキ、モンスターを強化するようなスキルを持った人物を知らないかい?」

 

 フィンさんの声に意識を現実に戻し、該当するであろう人物を答える。

 

「恐らくですが、ソロンという獅子人(レオーネ)のスキルだと思います。それもとびっきりのレアスキルです」

「……なぜ断言できるんだい?」

「先日、俺は彼が使役しているであろう動物に攻撃を受けました。……魔法で」

「動物が魔法を使う? いったいどういう……まさかっ」

 

 疑問を口にしたリヴェリアさんがある答えにたどり着く。多分俺と同じものを想像したのだろう。

 

「自らが使役している動物やモンスターに『恩恵』を与える。それが、俺が予測したソロンのスキルです」

「人間が、『恩恵』を与える……!?」

 

 驚きの声を漏らすラウルさんに首肯する。出発前ヘルメス様に、犬や猫みたいな動物に『恩恵』を与えられるか聞いてみた。答えは、できないことはないが普通はしない、とのこと。そう言った生物は人間よりも寿命が圧倒的に短く、与えても面白くない、らしい。

 

「もちろん動物を強化する、というスキルの可能性もあります。ですが使う魔法が違ったり、身体能力に差があったりという点からそう推測しました」

「そうか……。そのソロンという人物の特徴は?」

「性別は男。特徴としては獅子人(レオーネ)であること、耳の片方が若干欠けていること、尻尾が変な方向に曲がっていることですね」

「それは……」

 

 ……言いたいことはわかる。だが詳しいことを話している時間はない。

 

「ソロン自身はそこまで強くないと思いますので、できれば生け捕りでお願いします」

「わかった。他に注意する人物はいるかな?」

「主格であるスヴェイルを除けば二人。一人はサーバ・マクール。小人族(パルゥム)の女性で、亜麻色の髪とエルフ並の容姿をしています。俺の技能面での師匠です」

 

 ピクリとフィンさんが反応するのがわかった。それを意識の隅に留めつつ話を続ける。

 

「特に一対一なら俺よりも強いです。ですがスヴェイルの事を毛嫌いしているので、奴を処理すれば話し合いに応じてくれると思います」

「わかった」

「二人目はレゴス・ドラウ。エルフの男性で、一般市民を操る洗脳魔法という魔法を使います」

「洗脳魔法……そんな魔法が……」

「こちらは完全にスヴェイルに心酔しているので、説得はまず無理でしょう。というよりも、スパイ側のエルフは基本スヴェイルを慕っているので、こちらの言葉に耳を貸さないと思います」

「……頭が痛い話だな」

 

 リヴェリアさんが眉をひそめる。レフィーヤも難しそうな顔をしていた。

 

「この二人は組織の中核でもあります。彼らを押さえることができれば、確保もしやすくなると思います」

「わかった。全員、今の話を頭に留めておいてくれ。それじゃあ行こう」

 

 ------------------------

 

 エルフの少女、レフィーヤは複雑な気持ちで、隣を歩く己の恋人を見る。 その顔はいままでに見たこともないくらい険しいものだった。

 

 一緒にパーティを組めるのは嬉しい。だけど今回の件は彼の過去と深く関わっているものだ。そんな表情になるのも無理はないだろう。

 

 けど、できればそんな顔をしてほしくない。それがレフィーヤの本音だった。

 

「トキ、気負い過ぎよ。少し肩の力を抜きなさい」

 

 レフィーヤの心境を知ってかティオネがトキに注意を呼び掛ける。

 

「……ああ。すいません。皆さんとパーティを組むというのでなんか力が入っちゃって」

「そう? ま、いつも通りで構わないわ」

「はい」

 

 深呼吸した彼は確かに無駄な力が抜けていた。それに安心したレフィーヤはほっと息を吐く。

 

 それからまもなく、2階層から3階層に続く階段の手前でトキがパーティに停止を呼び掛ける。

 

「下がどうなっているか確認してきます。降りた瞬間に不意打ちされる、という事態は避けたいので」

「わかった。ラウル、君も行ってくれ」

「団長、私も行きます」

「わかった、三人とも気を付けて」

 

 前衛にトキとラウル、後衛にレフィーヤという布陣で階段を降りる。道中、トキは【インフィニット・アビス】と【ケリュケイオン】を詠唱する。

 

「鼻歌混じりに『並行詠唱』する、っていうのはどうかと思いますっす」

 

「あ、すいません。やっぱり皆さんと組めて嬉しい、というのがあるんで」

 

 ……どうやらトキは自分が所属していた組織について、あまり気にしていないようだ。日中何かあったのだろう。

 

 階層に降りる手前で止まる。トキが顔だけ覗かせ……すぐに引っ込めた。

 

「どうしたの?」

「……でっかい『キラー・アント』が気持ち悪いくらい大群でいた」

 

 好奇心にかられ、ラウルと並んで顔を覗かせる。

 

 通路の先に巨大な赤い光がうごめいているのが見えた。目を凝らせばそれが『キラー・アント』の眼光だとわかる。目測で4~5M(メドル)程。通常の『キラー・アント』が1,5M(メドル)程 なので約3倍の大きさだ。報告と違うのは急に襲われてまともに判断できなかったのだろう。

 

 ふと、1体の『キラー・アント』と眼が合った……気がする。悪寒が走った。急いで顔を引っ込める。

 

「……気持ち悪いくらいいたね」

「……気持ち悪いくらいいたっす」

「でしょう?」

 

 3人とも体を震わせた後、どうするかという話になる。

 

「とりあえずフィンさん達を呼んで来ましょう」

「そうですね」

 

『キィァ!』

 

「……どうやら見つかったみたいです」

 

 直ぐ様3人とも武器を構える。

 

「レフィーヤ、フィンさん達を呼んで来てくれ!」

「わかった!」

「ラウルさん、抑えますよ!」

「了解っす!」

 

 レフィーヤは階段を駆け上がり始め、トキとラウルは己の武器で迫ってくる『キラー・アント』を迎撃する。

 

 トキが短刀を甲殻に走らせるが、薄く切るだけに終わる。

 

「それなら!」

 

 今度は甲殻の隙間を狙い、短刀を振る。『キラー・アント』は断末魔の悲鳴を上げた。

 

「ラウルさん、どうやら大きさに対して殻の硬度も上がっているみたいです!」

「そうみたいっすね!」

 

『キラー・アント』はその鉤爪で壁や天井に張り付き、縦横無尽に襲いかかってくる。

 

「トキ、死体を残しちゃダメっす! 身動きがとれなくなるっすよ!」

「はい!」

 

 ラウルの指摘に狙いを『魔石』に絞るトキ。短刀で切り裂き、影でほふっていくが……対処が追い付かない。

 

「ラウル、トキ無事か!?」

「フィンさん!」

「助かったっす!」

 

 後ろから聞こえた援軍の声。それと同時に二人を4つの影が追い越した。

 

「うわっ何これ!?」

「いくらなんでも多すぎでしょう!?」

「文句言ってる暇があったら手を動かせバカゾネスども!」

 

 第一級冒険者達が次々と『キラー・アント』を倒していく中、フィンの指示が飛ぶ。

 

「全員死体を残すな! 動けなくなるぞ!」

「ちっ面倒くせぇな!」

「ラウル、あの『キラー・アント』の能力(ポテンシャル)は?」

「推定Lv.2ってとこっす。ちょうど『樹木の迷宮』の昆虫モンスターと同じくらいだと思うっす」

 

「わかった。今後のためにも殲滅する必要があるな」

「あんなのLv.1じゃ対処できませんからね」

 

 息を吐きながら、彼らは黒いモンスターの軍団に飛び込む。




獅子人のルビ(振り仮名)は適当に考えました。原作で出た場合、すぐに修正します。また、もっといいものがあったら教えて下さい。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

搦め手

最近、筆……というか指のノリが悪いです。後日修正を加えるかもしれません。


 その異変に最初に気づいたのはフィンだった。

 

 3階層には食料庫(パントリー)が3箇所存在する。『キラー・アント』が現れる方向から、敵の拠点は東の食料庫(パントリー)と予想をつけ、【ロキ・ファミリア】の精鋭+α(トキ)は進んでいた。

 

 押し寄せる『キラー・アント』に行く手を阻まれながらも着実に目的地を目指す。その道中のことだった。

 

(前衛の動きがおかしい……?)

 

 3階層に降りて数十分。『キラー・アント』達は絶え間無く彼らに襲いかかってきており、前衛はローテーションをしながら進んでいた。

 

 巨大な『キラー・アント』の推定レベルは2。その甲殻は硬く、並みの武器では歯が立たない。また、天井や壁などお構い無しに突進してくるので正面だけでなく、上や左右にも注意しなければならない。

 

 だが彼らは歴戦の冒険者達。これが『深層』や『下層』ならともかく、『中層』レベルのモンスターでは疲れることはまずありえない。現に、奥から迫ってくる『キラー・アント』を瞬く間に倒していく。一見すれば何ら変わりない。

 

 しかしフィンは気づいていた。前衛達の攻撃が少しずつ急所(ませき)から外れていることを。

 

 3階層の通路はそれほど広くない。対して巨大『キラー・アント』の体長は3~4M(メドル)。倒した後、死体をそのままにしておくと戦闘や進行に支障をきたす。そこでフィンは前衛に魔石を狙うように指示を出した。

 

 けれど徐々に攻撃が外れていく。後衛が死体を処理しているが、倒すスピードと比べると雲泥の差だ。

 

 僅かだが親指が震え始める。このままではいけない、と思ったフィンは口を開き──

 

「だー! さっきからなんだこの音は!?」

 

 ベートの叫び声にその動きを止めた。

 

「音?」

 

「何にも聞こえないよ?」

 

 彼の隣で『キラー・アント』を倒していくアイズとティオナが疑問を口にする。

 

「嘘だろ!? 奥からチョクチョク聞こえんだろ!?」

 

「いや、僕にも聞こえないよ」

 

 はあ!? と叫ぶベートをからかうティオナ。その様子を注意するリヴェリア。

 

 フィンとベートだとフィンの方がレベルが高い。当然、その分『恩恵』による感覚器官の強化も強い。もちろんフィンは小人族(パルゥム)でベートは狼人族(ウェアウルフ)という種族の問題はあるが、それを差し引いても同等であろう。

 

 ベートには聞こえてフィンにはまったく聞こえない、というのは明らかにおかしかった。

 

「あの団長、私もさっきから笛のような音が聞こえます」

 

 パーティの猫人(キャットピープル)の女性が進言する。

 

「アキもかい?」

 

「笛のような音?フィンさんは聞こえないんですよね?」

 

「ああ」

 

 ローテーションで後ろに下がっていたトキがフィンにそう尋ねると返ってきた肯定にしばし考え込み……1つの回答を口にした。

 

「もしかして、犬笛?」

 

「「「「ぶっ!?」」」」

 

「おい、蛇野郎、誰が犬だ!?」

 

「いや、別にベートさんを犬扱いしているわけじゃありません。ただそういう笛があるだけです」

 

「犬笛って、犬や猫の、訓練なんかに、使う、あの犬笛っすか?」

 

 笑いを堪えながらラウルが尋ね、トキが首肯する。

 

 犬や猫などは人間には聞こえない音域の音を聞き取ることができる。犬笛はその音を出して動物を訓練するための道具だ。

 

「でもなんで犬笛なんか……」

 

 辺りに動物の姿は見えない。見えるのは前方から押し寄せる『キラー・アント』と周囲にいるパーティメンバーだけだ。

 

蝙蝠(こうもり)……」

 

 ぽつりとトキが言葉を漏らす。

 

「確かソロンは蝙蝠に指示を出す時にも犬笛を使っていたような……」

 

「それだ!」

 

 トキの言葉にフィンが反応する。

 

「全員蝙蝠を探すんだ!」

 

「蝙蝠?」

 

「恐らく音波で感覚器官を狂わされている! 近くにいるはずだ!」

 

 団長の指示に団員達が反応する。目を凝らして目標を探す……が発見できない。

 原因はダンジョンの薄暗さと押し寄せる『キラー・アント』だ。『キラー・アント』が隙間なく並んでいるため、まともに視界を確保できない。

 

「レフィーヤ!」

 

「【解き放つ一条の光聖木の弓幹、汝弓の名手なり】」

 

『キラー・アント』を一掃すべくエルフの少女が歌を紡ぐ。その脳裏にあるのは前回の遠征の際、59階層で戦った『(けが)れた精霊』。

 

「【狙撃せよ妖精の射手、穿て必中の矢】」

 

 強敵であったからこそ、その技術を盗み、模倣する。憧憬(アイズ)想い人(トキ)と並び立つために。何より好敵手(ベル)に負けないために。

 

「【アルクス・レイ】!」

 

 放たれた光線は『キラー・アント』の群れを殲滅し、はるか先の行き止まりで止まった。

 

「いた!」

 

 ティオナが声を上げる。その指が指し示した先には一匹の蝙蝠が天井に張り付いていた。

 

 発見された蝙蝠は、直ぐ様羽を広げ逃走を謀る。しかしその前に、飛来した物体に体を貫かれ、絶命した。

 

「よくやったティオネ」

 

 フィンが(ねぎら)いの言葉をかける。蝙蝠を貫いたものはティオネが投擲したナイフだった。ティオナが発見したのとほぼ同時に彼女はナイフを投げ、目標を仕留めた。

 

 フィンに褒められ喜ぶティオネ。その一方でトキがレフィーヤと話していた。

 

「さすがの反応だったな、ティオネさん」

 

「そうだね」

 

「レフィーヤも凄かったけど、って言うかなんだよあの詠唱スピード。普通の超短文詠唱と遜色ないんじゃないか?」

 

 トキの言葉にしかしレフィーヤは首を横に振る。

 

「そんなことないよ。まだ【アルクス・レイ】だけだし、『並行詠唱』中はできないんだ」

 

「できること自体凄いと思うぞ」

 

 僅かにパーティの空気が和らぐ。……だがカサカサッという音がそれを破壊した。

 

 音源は、巨大『キラー・アント』の足音。

 

「うへぇ」

 

「キリがないのぉ」

 

 前衛が辟易する中、

 

「団長、後方からも『キラー・アント』が!」

 

 団員の報告に顔をひきつった。

 

 振り向くと前方とまったく同じ光景が広がっている。

 

「討ち漏らしか?」

 

「いえ、恐らく蝙蝠がやられた時の策でしょう。相手は自分達を倒すことはほぼ不可能とわかっています。なので精神的に疲労させてヘトヘトになったところで逃げるつもりだと思います」

 

 いくらスヴェイルの一団が対人戦に特化していても上級冒険者を倒すことは難しい。だが精神は別だ。精神が疲労するとその影響は肉体にも及ぶ。その隙をついて逃げるつもりだとトキは予想した。

 

「全てを倒す時間はない、か。アイズ、ベート、前方の敵を薙ぎ払え! 食料庫(パントリー)まで走るぞ! ティオネ、ティオナ、追ってくる奴らを蹴散らしてくれ!」

 

 フィンの指示に若き冒険者達が応える。アイズとベートが前方の敵を今まで以上のスピードで倒していき、パーティが前進する。後方では、追い付いてくるものをティオネとティオナが沈める。

 

 

 

 

 数分後、一行は目的地である食料庫(パントリー)にたどり着いた。

 

 食料庫(パントリー)に着いてまず目に飛び込んできたのは石英(クオーツ)大主柱(はしら)……ではなく、その前に陣取っている10M(メドル)を超えるモンスター。

 

 階層主(ゴライアス)の巨体を上回るその外見は『キラー・アント』にそっくりだ。しかし、その背中には大きな羽が生えていた。そして、その腹から次々と『キラー・アント』が産まれてくる。

 

「モンスターを産むモンスター……」

 

「『クイーン・キラー・アント』ってところかね」

 

「蟻って普通、卵から産まれるんですけどね」

 

 見れば『クイーン・キラー・アント』……女王(クイーン)は、産まれてきた『キラー・アント』の半分を自ら殺し、その魔石を捕食していた。その様子から『強化種』であることがわかる。

 

「なんか……ズルいっすね」

 

「全くだ」

 

【ロキ・ファミリア】の面々が女王(クイーン)に注目する中、トキは顔をしかめていた。

 

 ──スヴェイル達がいない……。

 

 食料庫(パントリー)には既に人影が存在していなかった。いるのは女王(クイーン)を始めとする『キラー・アント』と、『恩恵』を受けているであろう動物達のみ。

 

 動物達の種類は豊富で、犬や猫を始め、鷲、鷹、狐、馬などがこちらを見つめ、否、睨んでいる。

 

「既に逃げた後……いや、ここ自体が囮か……?」

 

 完全に出し抜かれ歯噛みする。トキの呟きは普通の人間であれば聞こえないくらいの小さな声だった。

 

「さすがじゃな。いい読みをしておる」

 

 だがそれに反応するものがいた。老いながらもしっかりとした声だった。だがトキは首を傾げた。声の主に覚えがないのだ。

 

 それに食料庫(パントリー)を見渡してみるが、先程と一緒で人影は見当たらない。隠れている気配もない。

 

「どこを見ている? こっちじゃよ」

 

 けれども声は確かに正面から聞こえた。

 

「えっ!?」

 

 突然ティオナが驚きの声を上げる。

 

「どうした?」

 

「あ、あの猫ちゃんが──」

 

 フィンの問いかけに彼女は一匹の猫を指差す。

 それは黒い毛の猫だった。一見すれば年老いたただの猫である。

 

「しゃべった……!」

 

 だが絞り出したような言葉に、一瞬パーティの時間が止まった。

 

「カッカッカッ! ちゃん付けとは嬉しいよ、アマゾネスのお嬢ちゃん」

 

 するとその老猫は本当に言葉を発した。

 

「久しぶりだね、トキ」

 

「……まさかマアルか?」

 

「ああ」

 

 その老猫の肯定にトキは信じられない、という表情を表す。

 

「俺の記憶が正しければ、マアル今年で20歳を越えていると思うんだが?」

 

「その通りさ」

 

「……まじかよ」

 

 猫の平均寿命は10~16歳。人間で換算すれば54~78歳となる。そして20歳ともなれば人間でいうところの94歳に相当する。

 

「猫でも気力さえあればなんとかなるもんだね。お陰でこんな体になれたよ」

 

 そう言ってマアルは()()()()()を揺らす。

 

「猫又って言うらしい。極東に伝わるモンスターの一種だとさ」

 

「……本当に何でもありだね、君がいたところは」

 

「流石に俺もあれは予想外です」

 

 冷や汗を流しながら改めて周囲をトキは見回す。

 

 周りは動物と『キラー・アント』に囲まれている。出入り口は無数の『キラー・アント』で溢れており、引き返すのは難しいだろう。

 

「やられたね」

 

「やられましたね」

 

「ま、そういうことさ。しばらくわし達に付き合ってもらうよ」

 

 マアル達が戦闘体勢に入る。それに対し冒険者達も己の武器を構えた。

 

()()がいるから取り逃がす可能性はないと思うけど、どうする?」

 

「……ちょっと試したい魔法があるので、彼女達の相手をお願いできますか?」

 

「彼女……ああ、なるほどね。わかった。みんなもそれでいいかい?」

 

 トキの要請を承諾するフィン。団長の決定にコクりと頷く冒険者達。若干1名そっぽを向いていたが。

 

「引き返すつもりか!? そうはさせんぞ!」

 

 マアルの号令に動物達と『キラー・アント』が一斉に襲いかかる。巨大な女王(クイーン)も甲高い鳴き声を上げた。そんな中、

 

「【悠久の時を眠る力よ】」

 

 少年の歌が始まる。




ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

動物の猛威

ソード・オラトリア5巻、読みました。いろいろと書きたい衝動にかられましたが、途中で追加すると話がごちゃごちゃになると思ったので書かないことにしました。

タグ:レフィーヤ微改造を追加しました。


 トキを中心に暴風が生じる。彼の周りにいた冒険者達は反射的に腕で顔をかばった。しかし予想していた衝撃は来ない。

 

 暴風が実際に発生したわけではない。冒険者達が錯覚した原因は、トキから溢れる圧倒的な魔力だ。

 

 それはアイズやベート達、若き冒険者だけでなく、フィンやリヴェリア、ガレスなどの古参冒険者達も目を見張るものだった。

 

「【永遠の、静寂、を過ごす力、よ】」

 

 その量は本人(トキ)ですら想定外のものであった。額に汗を浮かべ、途切れ途切れに詠唱を続ける。

 

「【、めよ】」

 

 詠唱の中断はできない。それをした瞬間、待っているのは今までにないほどの魔力暴発(イグニス・ファトゥス)だ。

 

「トキを止めよ!」

「彼を守れ!」

 

 両陣の指揮官の指示が飛ぶ。冒険者とモンスター・動物がぶつかった。

 

 ティオネ、ティオナは群がる『キラー・アント』を切り伏せ、指揮官であるマアル目掛けて猛進する。そうはさせまい、と動物達から魔法が飛ぶ。その所為か全く距離が縮まらない。

 

 一方後方では、通路から『キラー・アント』が迫り、それをラウルを中心とした中堅陣が迎撃する。こちらは魔法が飛ばない分、『キラー・アント』の数が多い。

 

「【我、に眠り、し偉大な、力よ。祖より、受け継、がれし力、よ】」

 

 トキが詠唱する横でリヴェリア、レフィーヤの詠唱が響く。リヴェリアは広域殲滅魔法(レア・ラーヴァテイン)、レフィーヤは短文詠唱(アルクス・レイ)だ。

 

 だがそれは動物達も同じだった。マアルの横で一匹の鼠が、長文詠唱と思われる魔法を展開している。その詠唱速度はリヴェリア達には及ばないが、『キラー・アント』や動物達が守っており、近づくことができない。

 

「【覚醒(めざ)め、よ】」

 

 上空では、アイズとベートが飛行動物と『クイーン・キラー・アント』を相手取っている。自由に飛び回る動物達に対し、ベートがメタルブーツに風を纏わせ蹴りを放つ。

『クイーン・キラー・アント』が多量の酸を腹部から吐き出し、アイズが風で身を守る。

 

「【迫りくる、災厄を、襲いくる、災害を、巻き起こる、崩壊を】」

 

 そしてトキの眼前ではフィンとガレスが無数の動物と1頭の馬と相対していた。

 馬の額には1本の角が生えており、その姿はまるで『深層』に出現する一角獣(ユニコーン)のようだ。もちろん、肉体能力(ポテンシャル)を比べればこの場にいる馬は一角獣(ユニコーン)には劣っている。だが、この馬は全身に雷を纏う付与魔法(エンチャント)が使えた。(ほとばし)る雷が馬の能力を上昇させ、その『力』と『敏捷』を底上げしていた。

 

 当然、フィンとガレスはその突進を回避することができる。けれどそれをした瞬間、それはトキを貫き、大爆発を起こす。避けられる状況ではなかった。

 

「判断を誤ったかな……」

「誰も予想出来んじゃろ、あれは」

 

 自嘲を口にするフィンをガレスが慰める。無数の動物の攻撃や魔法を己の武器で弾きながら二人は、いや、ここにいる全ての冒険者が、トキの詠唱が終わるのを待つ。

 

「【打ち払い、薙ぎ払い、はね除けよ】」

 

 だがトキの顔は晴れない。あまりにも長い詠唱に彼自身が焦りを感じ始める。

 

 冒険者達はそんな彼を責めることはしない。なぜなら、あの膨大な魔力をコントロールするトキに驚嘆しているのだから。

 それにこの状況を打開するには彼の魔法に賭けるしかなかった。能力(ポテンシャル)では圧倒的に敵を上回っている。だが暴力的なまでの数にいまいち攻めきれていなかった。負けることはないが、勝つのにはあまりに時間がかかる。

 その時が来るのを、冒険者達は今か今かと待ちわびていた。

 

 

 

「あーもう鬱陶しいわね!?」

 

 アマゾネスの本性を曝しながらティオネが『キラー・アント』を吹き飛ばす。その穴を塞ぐように別の『キラー・アント』が迫る。

 

「本当に切りがないよ~!」

 

 ティオナが大双刀(ウルガ)を振り回し『キラー・アント』を一掃する。できた空間に魔法が放たれ、慌てて回避した。

 

「埒があかない!」

 

 焦れてきたティオネが強引にモンスターを弾き飛ばす。その横合いから一匹の犬が飛び出した。ティオネは反射的にその攻撃を避け──

 

 瞬間、突撃した犬が爆発を起こした。

 

「なっ!?」

 

 驚愕するティオネにさらに猫や兎が突進し、爆発を起こす。

 

「『魔力暴発(イグニス・ファトゥス)』!?」

 

 ティオナも目を見張った。突撃、否、特攻する動物達はわざと詠唱を中断し、全身の魔力を暴走させ、爆発を引き起こす。

 

「ここまで来る冒険者さん達ですからね」

 

 そんな様子をマアルは何かに耐えるように声を抑制させながら、言葉を紡ぐ。

 

「何としてでも足止めさせてもらいますよ。文字通り命懸けでね」

 

 

 

 

「ぐっ!?」

「大丈夫っすか!?」

「問題ない!」

 

 団員の呻く声にラウルが反応する。声をかけられた団員は大丈夫だ、と声を張り上げ武器を振る。

 

(けど不味いのは変わらないっす)

 

 団員達の体力はまだ大丈夫だ。問題なのは武器の方だった。硬い甲殻を持つ『キラー・アント』を倒し続けたことで、武器の劣化速度が予想以上に早いのだ。さらに、この『キラー・アント』は体内に酸を持っていた。今のところその酸での攻撃はないが、切り裂いた瞬間に酸が付着し、劣化を加速させている。

 

(予備(スペア)はまだあるっすけど、それもいつまで持つかわからないっす……)

 

 そして彼の脳裏にはある可能性が(よぎ)っていた。即ち、()()()()女王の存在。

 

(だとしたらヤバイっす。このままじゃあっ!?)

 

「【アルクス・レイ】!」

 

 思考するラウルの横を光線が焼く。光線は『キラー・アント』を殲滅し、通路の奥へと消える。振り向くとそこには、杖をかざすレフィーヤの姿があった。

 

「次で『結界』を張ります!」

 

 宣言するレフィーヤに中堅陣は頷く。

 

『高速詠唱』で紡がれる彼女の(レアマジック)。その応援歌を聞きながらラウルは覚悟を決め、仲間を鼓舞する。

 

 

 

 

 上空での戦闘も、互いに譲らない戦況になっていた。鷲の翼がはためくと風刃が巻き起こり、それをベートがメタルブーツで吸収する。お返しとばかりに蹴りを放つが、間合いを見切られ上空に逃げられてしまう。

『クイーン・キラー・アント』と戦っているアイズも、状況を打開する方法を見つけられていなかった。女王(クイーン)のその甲殻は、産み出される『キラー・アント』と比較にならないほど頑丈だった。

 

(推定レベルは6)

 

 近づこうにも大量の酸が邪魔をし、接近できたとしてもその甲殻で攻撃が弾かれる。完全にジリ貧だった。

 

(こうなったら……!)

 

 チラリとベートの方を向く。狼人(ウェアウルフ)の青年はそれだけで意図を察してくれた。

 アイズが風をベートのメタルブーツに送る。

 

「落ちろ!」

 

 飛行動物の隙をつき、ベートの風を纏った蹴りが女王(クイーン)に炸裂する。その衝撃で女王(クイーン)の甲殻に罅が入った。そこへ──

 

「リル・ラファーガ」

 

 神風となったアイズが貫いた。断末魔の悲鳴を上げ、地上に落ちる女王(クイーン)。その事にアイズは一息つく。

 

「アイズ、上だっ!」

 

 そこへベートの警告。ハッとして見上げるとそこには、もう1体の女王(クイーン)がアイズ目掛け落下してきた。

 

「っ!?」

 

 その(あご)がアイズを捕らえる。咄嗟に風の鎧で防ぐが、予想以上の力に身動きが取れない。完全に捕まった。

 

(一体どこから!?)

 

 今まで影も形も見えなかった女王(クイーン)。その秘密は、指揮を取るマアルにあった。

 彼女の《スキル》、『妖術:隠遁』で女王(クイーン)を隠していたのだ。しかもベートのような獣人に気づかれないように、臭いや音まで対象にする徹底ぶりで。しかしアイズがそんなことを知るよしもない。

 

「アイズ!?」

 

 ベートがアイズを助けようと地面を蹴る。

 

『キェェェェ!!』

『カァァァァ!!』

 

 だがそうはさせまいと飛行動物の攻撃が激しさを増す。

 

「邪魔だ、鳥どもォオ!!」

 

 状況は変わらず、むしろ悪化していた。

 

 

 

「ガレス、本命が来るぞ!」

「わかっとる!」

 

 一角馬が地を蹴り、その突進をガレスが待ち構える。両者の間隔は瞬く間に縮まり、激突する。

 

『ブルルルッ!!』

「フンッ!」

 

 通常、馬の突進を人間が受け止めることはできない。けれど、Lv.6まで強化されたガレスの【力】なら可能だった。対する一角馬は『恩恵』を受けたとはいえそのレベルは1。種族を考えてもガレスの方が有利だ。

 

『ブルルルルルルルッ!!』

「ぐううううっ!?」

 

 しかし僅かに一角馬が(まさ)っていた。一角馬の雷がガレスにダメージを与え、『恩恵』の差を埋めていた。ガレスの体が押され地面を抉る。

 

「舐めるで、ないわぁあああああ!!」

 

 ガレスが吼える。全身の筋肉が盛り上がり、いっそう力を込める。後退が止まった。

 

『ブルルル!?』

 

 一角馬が驚きの鳴き声を上げる。ガレスはそのまま一角馬を投げ飛ばそうとした。

 だがそれは飛来した火球によって妨害された。火球は腕に当たるとそのまま燃え続ける。

 

「な、何じゃこれは!?」

 

 ガレスの顔が驚愕に染まる。その炎は熱かった。しかし、ただ熱いのではない。腕の外でなく中が熱いのだ。

 通常の炎であればガレスにダメージを与えることはできない。冒険者として長く生きている彼にとってはLv.1程度の魔法、耐えられるものだからだ。

 しかし飛来した火球はただの火ではない。司令塔であるマアルが飛ばした『妖術:幻炎』である。これは物を燃やす炎ではない。生物に熱いと錯覚させる炎だ。『耐久』でも、『サラマンダー・ウール』でも防ぐことができないそれは、確かにガレスを怯ませた。

 

 その隙に一角馬が反転し、ガレスから逃れた。

 

 

 

 

 

「全員下がれ!」

『チュー!』

 

 一人と一匹の号令が下る。地上で戦っていた冒険者達が後退し、女王(クイーン)が引いたことでその牙から逃れたアイズと彼女の身を案じたベートが着地する。そして──

 

「【レア・ラーヴァテイン】!」

『【チューチュチュ・チュチュ】!』

 

 両者の魔法が発動する。立ち上る火柱に対抗するのは……出現した魔法円(マジックサークル)から出現した鼠。その数、数億。

 

「キャァアアアアアアア!?」

「ィヤアァアアアアアアア!?」

 

 女性団員から悲鳴が上がる。モンスターであればともかく通常の鼠が大量にいれば悲鳴の1つは上がるだろう。

 

 鼠は恐れることなく火柱に飛び込み、その勢いを弱める。

 

「どういうこと!?」

「恐らくだけど、あの鼠達には相当の火耐性があるんだろう。一匹一匹は弱くてもあの数だ、リヴェリアの魔法の威力がどんどん削がれている」

 

 ティオネの叫びにフィンが推測を述べる。

 

 魔導鼠が唱えた魔法は人間の言葉に直すと【ハーメルン・ピフ】。その効果は、大量の自らの分身を召喚すること。さらに魔導鼠は『火鼠の衣』という耐火のスキルを持っていた。それによりリヴェリアの魔法を抑えているのだ。

 

 だめ押しとばかりに『キラー・アント』の群れが炎に飛び込み、リヴェリアの魔法を完全に防いだ。その跡には大量の魔石が散らばり、すかさず生き残った鼠達がそれを回収し、女王(クイーン)の元へ運ぶ。

 

『チュ………………チュゥゥー!』

 

 魔導鼠が叫ぶ。そして、魔法円(マジックサークル)から千の鼠の分身が飛び出した。全ての魔力を魔法に注ぎ込んだ魔導鼠は精神疲弊(マインドダウン)を起こしパタリと倒れる。現れた分身は真っ直ぐに冒険者達に向かう。冒険者達は──一部、腰が引けていたが──武器を構える。

 

「【ヴィア・シルヘイム】!」

 

 激突する前にレフィーヤの魔法が発動する。それはリヴェリアの『結界魔法』。あらゆる物理、魔法攻撃を弾く結界。

 

 一歩遅く、鼠達が結界に取りつく。一部の団員がほっと息をつく中──

 

 

 

 ガジガジと、鼠が結界をかじり始めた。

 

 

 

「…………え?」

 

 レフィーヤが思わず声を漏らした。そうしている間にも、ガジガジガジガジと鼠が少しずつ結界を削る。その速度はあまり早くない。しかし、確実に削られていることが術者の彼女にはわかった。

 

 鼠は一生伸びる前歯を削るため、あらゆるものをかじる。そのため、その前歯はかなり頑丈だ。魔力でできた彼らは、同じく魔力でできた結界をかじることができた。

 

 タラリとレフィーヤの額に汗が流れた。

 

 

 

 

 

「【脆弱なる、この身に、宿りし、代行者の、血よ】」

 

 目の前の戦闘を見ながら少年は詠唱を紡ぐ。

 

「【我に、彼方の力を、振るうことを、許したまえ】っ!」

 

 暴れまわる魔力を制御しながら、その歌を歌い上げる。

 

「【その名はウンディーネ! 水を司りし神の代行者なり】!」

 

 その魔力が集束する。

 

「【スピリット・リグレッション】!」




……すいません。書いていて結構強引だということはわかっています。特にリヴェリアと魔導鼠の辺りとかは。でも思いつかなかったんです。本当にすいません。

ご意見ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

精霊回帰

トキ、さらにチート化。反省はしている。だが後悔はしていない!!


【スピリット・リグレッション】。トキが唱えたそれは変身魔法に分類される。にも関わらず、外見的変化は髪と瞳の色が蒼色に変わっただけだ。その真価は人間が神の分身(せいれい)に変身する、というものである。

 

「【流麗なる水よ、我が同胞に災厄を払う加護を与えたまえ。代行者の名において命じる。与えられし我が名は水精霊(ウンディーネ)、水の化身、水の王】」

 

 エルフを越える魔法種族(マジックユーザー)にして『魔法』と『奇跡』の使い手。

 

「【アクア・ベール】」

 

 冒険者達を蒼く光る衣が包み込む。それを確認したトキは息を吸い込み……『高速詠唱』を開始した。

 

「【水よ轟け】」

 

 ただひたすらに詠唱(うた)を紡ぐ。初めての『高速詠唱』。だが彼に失敗の恐れはない。なぜなら彼がもっとも愛する者が守っているのだから。

 

「【深く深く深く、泉の波紋よ大河の流れよ大海の波よ。繁栄せし文明を原初の海へと洗い流せ】」

 

 周りの冒険者達はそれを固唾を飲んで見守る。レフィーヤが張っている結界の外ではガシガジと鼠がその歯を立てる音が聞こえた。

 

「【空を呑め大地を覆え、方舟を運び生命を裁け】」

 

 知るはずのない歌が頭に流れ込んでくる。否、知っていたのだ。血が、肉が、彼を構成する細胞が記憶していたのだ。

 

「【あらゆるものに平等なる終焉と新たなる誕生の芽を与えよ。愚かなるもの達への天罰と未知なる可能性への天恵をここに──】」

 

 ──『精霊』に『恩恵』を与えることはできない。なぜなら彼らは神に創られた者達だから。いわば神の一部。それに『恩恵』を与えても大した効果はない。だが、トキの『恩恵』はこの瞬間もその効果を発揮していた。

 ──即ち『恩恵』を受けた『精霊』。矛盾した存在へとトキは変身していた。

 

「【代行者の名において命じる。与えられし我が名は水精霊(ウンディーネ)、水の化身、水の王──】」

 

 チラリ、とトキはレフィーヤに目配せした。レフィーヤはその心意に目を見張った後、彼を信じ頷いた。

 

「【ディザスター・ウェーブ】!!」

 

 巨大な蒼色の魔法円(マジックサークル)が展開される。そして特大の津波が現れた。

 それと同時にレフィーヤが結界を解除する。

 

「ちょ、レフィーヤ!?」

 

 周りから驚愕の声が上がるがそれは津波の轟音によってかき消された。

 

 波は食料庫(パントリー)の天井にぶつかった後に地表へと落下。瞬く間に食料庫(パントリー)を呑み込んだ。

 

 

 

「……あれ?」

 

 最初にその声を発したのはティオナだった。首を傾げ、あーあー、と声を出す。

 

「……声が、普通に聞こえる?」

 

 アイズの呟きに、他の冒険者達もそれぞれ顔を見合わせる。

 

「というよりも、水中で呼吸ができているね」

「あ、本当だ」

 

 彼らがいるのは先程と同じ食料庫(パントリー)だ。そこは波に呑まれ、見渡す範囲は全て水で満たされていた。

 

「この魔法が原因だろうな」

 

 リヴェリアが己の手、正確にはそれを包む蒼い衣を見つめる。

 

「詳しい効果はわからないが、水中での呼吸……いや──」

 

 スッと腕を動かす。その動作に水の抵抗は感じられなかった。

 

「水中でも地上と同じ動きを可能とする魔法。しかも傷の回復までできるようだな」

 

 その言葉に冒険者達が己の体を見直す。かすり傷程度しかついていなかったが、それもすっかり消えていた。

 

「だけど……使うなら一言言って欲しかったな、レフィーヤ?」

「……すいません」

 

 リヴェリアの流し目にレフィーヤは頭を下げ、謝罪する。続いてこの状況を作り上げた元凶を見ると……彼は正面、敵の方を見ていた。

 釣られてそちらの方を見る。波の勢いにより動物達は気絶し、大量の『キラー・アント』が水中を漂っている。もがくものもいたが、次第に動きが鈍くなり、ピタリとその動きを止めた。

 

 トキが再び【アクア・ベール】を発動する。衣は動物達の顔のみを覆った。

 

「……やっぱり甘いかな」

 

 トキはポツリとそんな事を呟いた。

 

「そうだね」

 

 フィンが辛辣な言葉を返す。苦笑するトキに、だけど、と続ける。

 

「やらずに後悔するよりはマシだろう。あの様子ならすぐに反撃はしてこないだろうしね」

 

 ありがとうございます、とトキは返した。

 

 

 

「それでこれからどうするつもりだい?」

 

 フィンの問いかけにトキは神妙な面持ちで答える。

 

「できればスヴェイルを追いたいと思います。『始まりの道』には()()()()がいてくれますが、自分の手で決着をつけたいです」

「フィン、私も同意見だ。奴の存在を私は看過できない」

 

 リヴェリアが眉間に皺を寄せる。その様子に他の団員が押し黙る。

 彼らは事前にリヴェリアとスヴェイルの関係を聞かされていた。特にエルフのアリシアは怒りに震え、同期であるフィンやガレスも眉を潜めた。

 

「わかった。今から全速で追いかけよう。道中の敵は……」

「それなら問題ありません」

 

 トキがフィンの言葉を遮る。髪と瞳の色が変化した彼からは『精霊』特有の神威が感じられた。

 

「さっきの【ディザスター・ウェーブ】で階層を沈めたので、モンスターは一匹も生き残っていません」

「…………………………は?」

 

 彼の口から自然に出た言葉に頭が追いつかない。他の冒険者もポカンと口を開けていた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。階層を沈めた、というのはつまり、この3階層全てを水没させた、ということかい?」

「その通りです。さらにこの水は俺が出したものなのである程度の生体反応がわかります。人間はここにいる俺達だけです」

「………………………………………………そうか」

 

 あまりの出来事にフィンは考えるのをやめた。前回の遠征からずっとまともな休みを取れていなかった彼は、見た目以上に疲れていた。それに追い討ちをかけるような異常事態(イレギュラー)に思考が停止した。

 

「ラウル、後を任せた」

「え、ちょ、ちょっとフィンさん!?」

 

 あまりの無茶振りにテンパるラウルだが、任されたからにはやるしかない。

 

「そ、それで何か追い付く手段はあるっすか?」

「『魔法』で水を操って流れを作り、それに乗って一気に階段まで移動します。その後は……走っても構いませんし、水を2階層まで浸水させて移動でも構いません」

「走っていくっす」

 

 これ以上事態を大事にしては堪らん、とラウルは即決した。




毎度お馴染み独自設定。今回は『精霊』に『恩恵』を与えられない、というところ。というのも普通に強い『精霊』が『恩恵』まで受けられたらチートなんてレベルじゃない、と思って設定しました。
じゃあトキはどうなんだって? 大丈夫です、ちゃんとデメリット、というか反動はありますから。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二人のパルゥム

ゲリラでAPが……。キャンドル……。カボチャ……。


 サーバside

 

「何の音だったんだろう?」

 

 漆黒のローブを纏った人影がポツリと呟いた。その呟きに、サーバ・マクールは後ろ……3階層への階段の方へ振り返る。

 

 先程まで、尋常ではない音が下の階層から聞こえていた。様子を見に行こうという者もいたが、危険があるかもしれない、と先生が止めた。

 

「先生、音はもう止みましたっ。様子を見に行ってもいいですか!?」

 

 小柄な人影が先頭を歩く人影─先生─に尋ねる。その様子は危機迫ったものであった。

 

 小柄な人影の名前はソロン・シェバ。今年で20になる獅子人(レオーネ)だ。

 

「ダメですよ。今は一刻も早くオラリオから脱出することが最優先です」

 

 しかし先生は平淡な声音でそれを却下する。ソロンはさらに言葉を続けようとしたが、口ごもってしまった。

 

 現在3階層で冒険者達を足止めしているのはソロンを慕って付いてきていた動物達だ。彼にとっては家族とも言えるだろう。

 

『サーバ、どうかソロンをよろしく頼む』

 

 作戦前に猫又に言われた言葉を思い出す。ソロンとマアルはかなり長い時間を共にしていた、と聞いている。サーバが見ている限りはいつも一緒であった。普通の猫の寿命が平均10歳、長生きしても16歳にも関わらず気力だけで20歳まで生き、彼の『恩恵』で猫又になった彼女の信念は、サーバにとって敬意を表するものだった。

 

 そんな彼女は、先生に命じられ、冒険者達を足止めしている。彼女だけではない。ソロンを慕う動物達全てが、彼を逃がすために先生の提案を受けた。

 

 生存は絶望的だ。相手は上級冒険者である可能性が高い。いくら『クイーン・キラー・アント』がいたとしても、正面から戦えばどちらかが死ぬまで戦い続ける。マアル達はその覚悟で囮を引き受けた。

 

「時間がありません。急ぎ──」

 

 ひゅっと何かが飛来する音がした。サーバは反射的に短刀を抜刀し、切り払う。ザバッと飛来物は消滅した。

 

「サーバ、今のは?」

「水で出来た短刀だったわ。追手が放ったものでしょう」

 

 短刀が飛んで来たのは後ろ、サーバ達が来た方向だ。それが意味するのは…………マアル達の敗北。

 

「そんな……」

 

 ソロンが言葉を失う。だが慰めている時間はない。すぐそこまで追手が来ているのだから。

 

 サーバは自らの槍を構える。それを機に13人の同胞と18体のクローンが武器を構えた。

 

 そして現れた冒険者の中には見覚えのある顔がいた。

 

 Sideout

 

 ------------------------

 

 強化された視覚が黒いローブを捉えた瞬間、右手が動き短刀を放った。いつもの感覚で放ったそれは影ではなく、水で造られていた。

 

【スピリット・リグレッション】の副作用。この魔法を発動している間は、【果て無き深淵(インフィニット・アビス)】、ひいては神殺しの能力が使用できない。

 元々あの能力は、俺の根源(ご先祖様)である『精霊』が何らかの理由で堕天し、その際に身につけたものだ。それが『浄化』された、今のこの姿では使うことはできない。

 

『恩恵』を受けた者を相手にするならば、神殺しの力は使えたほうがいいだろう。だけどトキは笑みを浮かべた。

 

 ローブの集団に追い付く。向こうはすでに戦闘体勢に入っていた。

 

「……トキ、何ですかその姿は?」

 

 ローブの集団の後方にいる人影が声を震わせながら問う。それに対しトキは得意気に笑った。

 

「『反逆の精霊』本来の姿さ」

 

 普通であれば敵に自分の情報を教えるのは失策だ。だがこの場合は違った。

 

「……本来の姿? ふざけないでくださいっ、漆黒の力こそ貴方の本質。それを──」

「だが事実、俺はこの姿に変身できた。……もうあんたのところにいた時とは違うんだ!」

 

 体を震わせる人影─スヴェイル─に対しフィンが最後通告を下す。

 

「武器を収めてくれ。出来れば手荒な真似はしたくない」

「拒否しましょう。捕まれば何をされるかわかりませんからね」

 

 交渉は決裂。まあ最初からわかっていたことだが。

 

「サーバ、時間を稼ぎなさい。私はその間に逃げます。クローンも何体かは預けましょう」

「……わかったわ」

 

 ()が身を翻す。その後を数人の人影が付いていった。

 

「トキ、マアルは、皆は!?」

 

 ローブの一人が悲鳴にも似た声を上げる。その声だけで主がわかった。

 

「ちゃんとは確認していないが無事だと思う」

「そっか……」

 

 安堵の声が漏れた。……本当に暗殺者が似合わない奴だよ。

 

「トキ、スヴェイルを追ってくれ。ここは僕達が引き受ける。リヴェリア、君もだ」

「……すまない、フィン」

「ありがとうございます」

 

 サーバ達の脇を抜ける。それを阻止しようとしたのは5人。

 

 足元より魔力を練り上げ、水蛇を形成。その喉元に噛みつかせる。ローブの中を曝すと俺と全く同じ顔をしていた。

 眉を潜めたその喉元を噛み千切らせる。何事もなかったかのように俺とリヴェリアさんはスヴェイルを追いかけた。

 

 ------------------------

 

「随分とすんなり通してくれたね」

 

 槍を構えながら話かけるフィンに同じ槍を構えるローブが答える。

 

「貴方達全員を止めることは不可能よ。だったら何人かは通して残りを足止めすれば問題はないわ」

「なるほど」

 

 互いににらみ合いながらも自然に会話をする二人。

 

「1つ提案があるのだけど」

「何かな?」

「一騎打ちをしない? 【勇者(ブレイバー)】」

 

 その提案に数瞬、息がつまる。

 

「私が勝ったら私達を見逃す。貴方が勝ったら私達は投降するわ。どう、悪くない提案だと思うのだけど?」

 

 確かに悪くない提案だろう。フィンはLv.6、対する相手はLv.1。トキのような特殊な能力を持っていたとしても到底覆せない差だ。

 

「何が目的だい?」

 

 だからこそフィンはその裏を探る。あまりにも都合が良すぎる申し出。疑わない訳にはいかなかった。

 

「私はね、あの男から解放されたいの」

 

 返って来たのは独白だった。

 

()()を填められ、逃げることはできない。だったら戦って、この束縛から逃れたいのよ」

 

 言っている意味はわからない。だけど長年の経験から、彼女が嘘を言っているようには思えなかった。

 

「私の言った条件は必ず守らせるわ。()()()()()()()()

 

 フィンが目を見張った。そして、その一言で彼は彼女を信じた。

 

「皆、手を出さないでくれ」

 

「団長!?」

「おい!?」

 

「頼む」

 

 抗議の声を上げる団員に真剣な声音で懇願する。渋々と団員達は下がった。

 

「ありがとう」

 

 フィンは数歩前に出る。

 

「貴方達も手を出さないでね」

「でも、サーバ……!?」

「大丈夫」

 

 問答していた人影が前に出てくる。そしてそのローブを取った。

 

 現れたのは亜麻色の髪を持つ小人族(パルゥム)の女性。槍を持つその姿は、フィンの脳裏に敬愛する女神の姿を過らせた。

 

「図々しいようだけどいいかしら?」

「なんだい?」

「私が負けたらあの子達は丁重に扱って欲しいの」

「……できるだけ尽力するよ。フィアナに誓って」

 

 今度はサーバが目を見開いた。フッと笑い……そして表情を引き締め、槍を構える。

 

「ラキア王国仮所属、サーバ・マクール」

 

 対するフィンも槍を構える。

 

「【ロキ・ファミリア】団長、【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナ」

 

 一瞬の静寂。そして──

 

「「ッッ!!」」

 

 二人の小人族(パルゥム)がぶつかり合う。




ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

愚者

お久しぶりです。お待たせしてすみません(いてくれたら)。

今回はトキsideの話。


 トキの足元より2匹の水蛇が飛び出す。その前方には、ダンジョンの影に溶け込むような色のローブを纏う一団がいる。

 水蛇はその一団を追い越し、行く手を阻む。慌てた様子もなく止まる影達。

 

「逃げられると思っていたのか?」

「いえ、無理だとは思っていましたよ。しかしサーバを捨てましたからね。足掻かない訳にもいかなかったんですよ」

 

 リヴェリアの剣呑な声にも、スヴェイルはまるで焦りを感じさせない。諦めているのか……あるいはまだ打つ手が残っているのか。

 

「さてどうしましょう……?」

 

 (とぼ)けるスヴェイルの前に周りの人影が彼を庇うように立ちはだかる。その数を見てトキは違和感を覚えた。

 

「……おい、レゴス達はどうした?」

 

 スヴェイル一味の構成員は3分の2ほどがレゴスのようなエルフであった。しかし先程の場にもここにも彼らの姿はない。

 

「ふふふ、さあ? どこにいるのか、私にもわかりません」

 

 その笑みでトキは確信する。スヴェイルは既に逃走する気がない。

 一度捕まり、その後、前もって逃げていたレゴス達に救出してもらうつもりだろう、と。

 

(だが甘い)

 

 スヴェイルはオラリオを、冒険者を(あなど)りすぎだ。確かにこの街の闇の部分は薄いかもしれない。それでも……ここは世界の中心オラリオだ。そんな甘い考えは通用しない。

 

(というか、レゴス達には同情するよ)

 

 何せダンジョンの外にいるのは世界最強の冒険者だ。街に潜んでいるのであれば別だが、違うのであれば……まあ、死ななければいい方だろう。

 

 意識を切り替え、眼前の男を睨み付ける。スヴェイルは未だ涼しい顔だ。その顔を見ているだけで殺意が湧いてくる。

 

 手に短刀を生成し、飛び出そうと足に力を込めた瞬間、隣のリヴェリアが口を開いた。

 

「貴様の目的は何だ?」

「目的? 決まっているでしょう。トキを連れ戻すことです」

「それは今の目的だ。貴様が目指すもの、里を出て、その手を汚してまで手に入れたいものとは何なのだと聞いている」

 

 それは殺されかけた彼女だからこそ溢れた問い。今までずっと心の奥底で(くすぶ)っていたもの。里を出て、冒険者となり、第一級冒険者にまで上り詰めた彼女が乗り越えられなかった事件。その答えを、彼女は欲していた。

 

 そんなリヴェリアの思いにスヴェイルはクックッと笑い出し、幼子を見るような顔で語り出す。

 

「人間は堕落した。そうは思いませんか?」

 

 突然の問いかけに二人の頭に疑問が浮かぶ。

 

「神達が地上に降り立ってから1000年。『恩恵』という名の麻薬は、人間の存在を小さくしてしまった」

 

 この男は……何を言っているんだ? 二人はまったく違う感情を持ちながら、同じ言葉を思った。

 

「『古代』の時代、『恩恵』がなかった人類は、しかし多くの伝説を作り上げていた。なのに神達が降りて来て以来、人間はその価値を著しく下げてしまった」

 

 まるで自分に酔っているかのようにスヴェイルは語る。

 

「だから私は世界を再びあるべき姿へと還す! 人間という存在を神の家畜から解放する! それが私の目的です!」

 

 その語りに、その言葉に、トキはわななく口で男に聞いた。

 

「それじゃあ、あんたが俺にさせたい事って──」

「神達の抹殺。この地上にいる全ての神を殺し尽くし、人をあるべき姿へと還す。そのために、私は貴方を育てました」

 

 息が上がる。何もしていないのに目眩がおこった。

 神々の抹殺。送還ではなく、殺害。可能不可能で言えば可能であった。

 そもそもトキの持つ力は神殺し。文字通り神を殺す力だ。試したことはない、だが直感的にトキは、己がそれを成せると理解していた。

 

 やはり、この男は──

 

「下らない」

 

 トキの心が恐怖に縛られそうになったその時、リヴェリアがそう吐き捨てた。

 

「……どういう意味ですか、リヴィ?」

「貴様がその名で呼ぶな。……まったく、私はこんな男に殺されかけたのか。あの頃は本当に未熟であったと改めて理解したよ」

 

 その目に移るのは失望。目の前の男とかつての自分への落胆であった。

 

「お前のそれはただの自己主張だ。大層な言葉で飾っているが、要は自分は選ばれた人間だ、特別な存在だ、ということを誰かに認めて欲しいだけだよ」

 

 この場に神が同席していれば、スヴェイルに対しこう言っていただろう。厨二乙、と。

 そんな彼の顔がこわばる。

 

「なまじ頭がよかったことと、実際に実現しうるトキ(しょうねん)がいたことが、その思想を維持させ続けていたのだろう。ああ、我々エルフは長寿である分精神の成長も遅かったな。ならばそれも原因の一つか。ま、いい歳をした大人の思想ではないな」

「…………い」

「だが実際に行うのは無理であろうな。確かにトキの対人能力は卓越している。ハイドスキルもそれなりに高いだろう。だが神々はそれほど甘くはない」

「……りな……い」

「普段こそふざけた態度をしているが、そもそも彼らは超越存在(デウスデア)だ。ただのセクハラ魔に見えて、要事の時には恐ろしい考えをするような神もいるしな」

「……黙りなさい」

「そもそも本気でトキ一人で全ての神を殺害できると思っているのか? オラリオに存在するだけで100を越える、都市の外に出て行方不明のものもいる神を」

「黙りなさいっ」

 

 途中の例えが妙に具体的だったりしたが、リヴェリアの言葉にスヴェイルはたまらず声を張り上げた。

 

「図星か?」

「うるさいっ!? 小娘風情が知ったような口を聞くなっ!?」

 

 スヴェイルが指を鳴らす。それを合図にローブの集団がトキとリヴェリアに襲いかかった。

 

「トキ、30秒時間を稼いでくれ」

「それだけあったらあいつを殺せますが?」

「ギルドからの達しでは、可能であれば生け捕りだった筈だが?」

「……わかりました」

 

 トキがスタートを切る。それと同時にリヴェリアの詠唱が始まった。

 

「【終末の前触れよ白き雪よ、黄昏を前に風を巻け】」

 

 紡がれるのは『高速詠唱』。レフィーヤの師である彼女にできないわけがなかった。

 

 トキが先頭のローブの人影とすれ違う。その一瞬でトキは短刀を振り抜き、自らと同じ顔を持つ人影を絶命させる。その心には既に恐怖はない。あるのは冷酷な殺意のみ。

 

「【閉ざされる光、凍てつく大地】」

 

 影による妨害も、同じ短刀による迎撃も、まるで意に返さぬ様子で確実にその命を奪う。8人いたクローンは瞬く間に全滅した。そしてスヴェイルの元へとたどり着く。

 

「【吹雪け三度の厳冬──我が名はアールヴ】!」

「なんでだろうな……」

 

 リヴェリアの詠唱が終わる。その瞬間、トキはスヴェイルのみに聞こえる声で囁いた。

 

「あれだけ怖かったあんたが、今はとてもちっぽけに見えるよ」

 

 そう言って…………短刀を振り抜いた。スヴェイルの顔が驚愕に染まる。

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

 

 トキが離脱するのと同時にリヴェリアの魔法が行使された。三条の吹雪があっと言う間に空間を支配し、絶対零度の世界を創造する。

 

「生け捕りと言った筈だが?」

 

 そんな中、リヴェリアが低い声でトキを問い詰める。実際、トキは短刀を振るった。彼女から見たそれはスヴェイルの首もとを一線していた。

 

「よく見てください」

 

 対するトキは不満そうな顔を隠そうともせず、氷像となったスヴェイルを指差す。リヴェリアが目を凝らすと……首もとに鮮血の後はなかった。

 

「標的や周りに殺した、という錯覚を起こさせる小手先の技です。使いどころがあまりありませんけど」

 

 その言葉に、リヴェリアは呆気に取られる。小手先の技と言ったが、実際そんなことができるものは第一級冒険者でも皆無に等しいだろう。それを何気ないような物言い……その才能に危機感を覚えた。

 

「というか、これどうするんですか? 帰り道塞がってますよ?」

 

 トキの視線は氷漬けになっているスヴェイルの、さらに向こうの通路に向いていた。そこは吹雪の影響で通路ごと凍りついており、完全に道が塞がれていた。

 

「心配はない。スヴェイルを回収した後、私が【レア・ラーヴァテイン】で氷を溶かす」

「……ちなみにあの氷からスヴェイルを回収するのは?」

「ガレスとフィンが行う。私達が駆け出しの頃はよくやっていたことだ」

 

(よくやってたのか……。やっぱりこの人達半端じゃないな)

 

 とりあえず合流しようと、二人は来た道を戻っていった。

 

 ------------------------

 

 人通りのない裏路地。閑散とした雰囲気が漂う街を、闇に紛れながら一人のエルフが疾走……否、逃走していた。

 

(クソックソックソッ!? 何だあの化け物は!?)

 

 振り返ってみるが追っ手の姿はない。しかしそれでもまったく安心できなかった。逃走するエルフ──レゴス・ドラウは必死に足を動かす。

 

 数分前、エルフの同胞達とスヴェイルよりも一足先にダンジョンを脱出しようとしていたレゴスは、『始まりの道』を塞ぐ冒険者の集団を見つけた。

 

 脱出の障害となる彼らを、数人の囮を使って突破しようとし……瞬く間に隊は崩壊した。

 囮となった者達は一瞬のうちに無力化され、バベルを脱出する頃には動ける者は5人にまで減っていた。

 

 さらにそこからの逃走劇。以前【炎の四戦士(ブリンガル)】を撒いたハイドも、追ってきた猪人(ボアズ)には通用せず、ついにはレゴス1人になってしまった。

 

 レゴスは知らない。その男は世界最強の冒険者であると同時に武人であることを。6年前、とある少年の不意打ちを受け、自分が未だ未熟であると知り、修行に明け暮れたことを。その索敵能力は6年前の比ではないことを。

 

 

 逃走するレゴスの体を巨大な影が覆う──

 

 

──【猛者(おうじゃ)】に死角なし。




次回はフィンとサーバの対決。見ごたえは……あるかな?

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

交錯する槍

前回期待させておいて(いてくれたら)この短さ。


 得物(やり)がぶつかり合う度に火花が散る。金と鋼の穂先が線を描き、壮絶な戦闘を(いろど)る。

 

 音速を越える刺突をもう一方の刺突が弾く。繰り出される薙ぎ払いを得物に滑らせてかわす。

 

 その光景にサーバの同胞は瞠目する。いつも優しい小人族(パルゥム)の少女の本気の戦いと、それと渡り合う少年の実力に対して。

 

【ロキ・ファミリア】の若き冒険者達も驚愕する。自らよりも強者である団長と互角に渡り合うスパイの技に対して。

 

 攻防は終始一貫していた。フィンが攻めて、サーバが受ける。

 

 この戦いにおいて、両者にアドバンテージの差はあまり多くなかった。

 体格は男性であるフィンの方が大きいが、彼らの場合、その差はあまり関係ない。フィンは長年冒険者をやっているが、ほとんどの相手が、自分よりも体格が大きなものばかりであり、サーバも暗殺する相手は常に自らよりも大きな人物ばかり。

 長槍と短槍という違いはあれど、その技量も積み上げた経験も、モンスターを中心に戦ってきたフィンとほとんどが対人戦であったサーバにとってその差はないに等しい。

 フィンの魔法は超短文詠唱の強化魔法であるが代償として判断力を失う。目の前の少女に対してそれは愚策であると悟る。サーバの魔法は感覚器官を強化する魔法ではあるが、長文詠唱のため今は使うことができない。

 

 だからこそ……戦う両者、そして歴戦の冒険者であるガレスには、()()()()()()()()()()()()()

 

 その()()に、最初に気がついたのは第一級冒険者達であった。金と鋼の穂先が戦う二人の肌を掠める。サーバはそこから出血し、しかしフィンは無傷であった。

 

 それだけで理解した。この戦い、フィンが勝利する、ということを。

 

 フィンとサーバのそれぞれに対するアドバンテージは多くない。しかしその差は大きかった。

 それは昇華させた『恩恵』の差。サーバの武器では、彼女の技では、フィンの『耐久』の値を貫くことができない。

 

 今まで、繰り広げられる技ばかりに目を奪われていたが、よく見ればサーバの方は大量の汗をかき、対するフィンは冷や汗1つかいていない。

 

 昇華させた『恩恵』による体力の上昇。Lv.6であるフィンよりも、Lv.1であるサーバの方が限界が早いのは必然であった。

 レベルの差が1つであれば、彼女は劣勢を覆せたかもしれない。しかしLv.6とLv.1の差を覆すのは、トキのような力を以てしても困難だ。まして彼女は才能はあれど、そのような力を持っていない。

 

 しかし彼女の顔に焦りはない。彼女は最初からこの結果がわかっていたから。

 幼少期からその身を人殺しに捧げてきた少女は、彼我(ひが)の差を承知でこの戦いに臨んだ。

 

 さらに、サーバはこの勝負を諦めた訳ではない。限界突破(リミット・オフ)でその差を少しでも埋め、受けに回ることで体力の消耗を少しでも抑える。億が一、兆が一の奇跡を彼女は諦めず、その覚悟を悟っているからこそフィンは全力を尽くす。

 

 生み出される衝撃が得物を振るう速度を加速させ、頭痛がするほど相手の先の手を、その次の手を、さらにその次の手を読む。

 

 幾度交錯したであろうか。その時間はあまり長くはなかった。だが二人にとってそれは、生きてきた人生の中でも体感で最も長い戦いであった。

 

 そして──

 

 

 バキッ!!

 

 

 決着は意外な、そして呆気ない形で付いた。

 

 サーバの槍が折れた。

 

 それはフィンのアドバンテージの1つ、所持武器の差。フィンの持つ《フォルティア・スピア》は第一等級武装であり、サーバの持っていた槍は【ヘファイストス・ファミリア】の店舗から拝借してきた品ではあるものの、それ自体は第二等級武装。

 苛烈な戦闘に、サーバの体力が尽きるよりも先に、武器が限界を迎えてしまった。

 

 暫し無言で折れた槍を見つめるサーバ。それを終えると両手を上げて苦笑しながら言った。

 

「降参よ」

 

 サーバは決して槍術だけが優れている訳ではない。体術も出来るし、他の武器も扱える。しかし、それでも槍が一番得意であった。他の武器では槍を扱うフィンには勝てない。

 

「了承しよう」

 

 粛々とフィンはそれを受けた。【ロキ・ファミリア】の面々が安堵を漏らし、サーバの同胞は悲嘆に暮れる。

 

 こうして決闘は、予想外の展開も、偶然の奇跡もなく、フィンの勝利で幕を閉じた。




ふと思った疑問。フィン達っていつから冒険者をしているんでしょうか? 原作で15年前に目の上のたんこぶである【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】を倒した、とヘルメスが言っていたのでそれよりも前、しかもその時点で結構強かったと愚考する作者です。……ま、いつか明かされるでしょう。もう明かされていて教えてあげてもいい、という心の広い方がいれば教えてください。お願いします。

ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

首輪

今思えば張らなくてもよかった伏線なのですが、せっかく張ったので回収しようと思います。


 決闘が終結し、それぞれの陣営は粛々と己の役割を果たす。

【ロキ・ファミリア】は持ち込んだミスリルの鎖でスパイ達を縛っていく。既に彼らに抵抗の意思はないが、形だけでも取ろうと1人1人を拘束する。

 

 縛られるスパイ達も嫌がる素振りを見せない。暗殺を生業としているためこういったことは覚悟しており、むしろ先生ことスヴェイルから解放されるのであれば望むところであった。

 スヴェイルが隠れ蓑としていた孤児院には2つの派閥があった。レゴスを中心としたエルフの派閥と、サーバを中心としたそれ以外の派閥だ。

 

 レゴス達エルフはスヴェイルの志と王族(ハイエルフ)のカリスマから彼を崇拝し、サーバ達はその狂気を忌避していたが、他に行く(あて)もなく命令に従っているだけだった。

 

 ここで捕まれば神の裁きを受けることができる。少なくとも地獄のような世界から解放される、そう思っていた。

 そんな中──

 

「あ、あのっ」

 

 鎖に縛られながらソロンが声を上げた。彼を縛っていた猫人(キャットピープル)の少女、アナキティが(いぶか)しげに聞き返す。

 

「何?」

「さ、サーバを助けてくださいっ」

 

 その言葉の意味を彼女は瞬時に理解できなかった。

 

「……見逃せってこと?」

「そ、そうじゃなくて……あの、その……」

 

 言い淀むソロンにさらに疑問を募らせる。するとそれに気づいたティオナが彼らに近づく。

 

「どうしたの?」

「この子がサーバを助けて欲しいって言ってるんです」

「サーバって……誰?」

「団長と決闘した人ですよ」

 

 ティオナが人の名前を忘れたり間違えたりするのはよくあることなのでアキは若干呆れながらも返答する。

 

「そうだったっけ? それで助けて欲しいって、何から?」

「それがよくわからなくて……」

 

 二人は件のサーバを見てみる。すると──

 

「……ねえあの子、顔色悪くない?」

「そうですね……」

 

 二人が気づいたその時……サーバが膝を突いた。鎖で手を突くことができない彼女はそのまま倒れる。

 

「!?」

「サーバ!?」

 

 周りにいた彼女の同胞が彼女に駆け寄ろうとし、バランスを崩して倒れる。偶然サーバの異変にいち早く気づいたティオナとアナキティは、直ぐ様彼女の側に駆け寄った。

 

「大丈夫!?」

 

 近づいて様子を見てみれば、彼女は異常状態、具体的には『毒』状態に陥っていた。

 

「アキ、解毒ポーション!」

「はい!」

 

 彼女の状態を理解したティオナは直ぐ様指示を出し、アナキティはバックパックから解毒ポーションを取りだし、サーバに飲ませる。しかし症状は改善されるどころか緩和する様子すら見せない。

 

「無駄よ……」

 

 驚愕する二人に毒に犯されながらサーバが口を開く。

 

「この『毒』はあの男の特別製でね……解毒できない毒なのよ……。解毒ポーションはもちろん……万能薬(エリクサー)だって効かないわ……」

 

 告げられた言葉に絶句する。

 

「まさか他の子達も!?」

「いいえ……私以外には施されていないわ……。主な情報は私しか持っていないもの……。他の子は口封じをする必要がないって訳……」

 

 辺りを見回すティオナに対し、サーバは安心させるように言葉を紡ぐ。その口調は『毒』にうなされている所為か、息も絶え絶えだ。

 

「どうした?」

「団長、それが……」

 

 異変に気づいたフィンが近寄る。彼だけでなく、冒険者達が皆何事かと周りに集まっていた。

 

「治療する方法はないのか?」

「一度発動してしまえば治す方法はないわ。少なくとも私は知らない」

 

 神妙な顔で問いかけるフィンに、脂汗を流しながらサーバは答える。それを聞いたフィンが悔しそうに歯噛みする。

 フィンにとって彼女は、初めて出会った、同じ女神を信仰する同胞だった。

 

 口外に、助からないと告げる彼女の周りに沈んだ空気が流れる。そんな中レフィーヤは、先ほどのサーバの言い回しに何か妙な引っ掛かりを覚えていた。

 

()()()()()()()()?)

 

 毒に犯される、とはいうが発動する、という言い方はしない。必死に記憶を巡らせ違和感を探り……決闘前の彼女の言葉を思い出す。

 

()()を填められ──』

 

 首輪。それがどうにも引っ掛かった。

 

「すみませんっ」

 

 サーバの元に座り、その首もとを見る。そこにはシンプルなデザインのチョーカーが巻かれていた。それに手をかけ、外す。

 

「これはっ」

「え!?」

「何これ!?」

 

 そこには、鈍く光る何らかの文字の羅列があった。

 

「これが……首輪の正体……」

 

 刻まれている文字は共通語(コイネー)でも神聖文字(ヒエログリフ)でもなかった。しかしその様子から魔法に近いものだと推測できた。

 その様子にサーバは笑みを浮かべる。

 

「フフフ、まさか気づくなんてね……。ご褒美に教えてあげる……。この首輪の発動条件は──」

「術式を施された者が、術者が不利になるであろう情報、または行動を取ろうと自覚した場合」

 

 サーバが告げようとした事をレフィーヤが先んじて口にした。その事に目を見開く。

 

「貴女……」

「これは古代エルフ語ですね。『古代』の時代、エルフ達が日常的に使っていた言語です」

「読めるのかいっ?」

「前に魔法を作る時にかじりました。長文詠唱のような複雑なものは無理ですけどこれくらいだったら……!」

 

 レフィーヤはサーバの首もとに目を落とし、文字の羅列を解読していく。数十秒の沈黙が訪れる……そして。

 

「アキさん、解毒ポーションと精神力回復薬(マジック・ポーション)を飲ませ続けてください! アイズさん、リヴェリア様とトキを呼んで来て下さい!」

 

 解読が終わったレフィーヤが指示を出す。出された二人が迅速に行動へ移った。

 

「この『首輪』と呼ばれる『術式』は2つの魔法で構成されています」

 

 アナキティが一定間隔で2つのポーションをサーバに飲ませる傍ら、レフィーヤが解読した内容を説明する。その手には日常的にメモをとる為の羊皮紙があり、必死に何かを書き込んでいた。

 

「1つ目は『毒』を精製し続ける『術式』。『毒』自体は毒胞子(ダーク・ファンガス)のものに似てますが、地上のものを基準にしていますのでそこまで強力ではありません」

 

『古代』の時代、地上に進出することに成功したモンスターは、子孫を作る関係から己の魔石の一部を子に分けるという方法をとってきた。そのため、ダンジョンのモンスターと比べて力が圧倒的に弱い。

 

「ですがこの『術式』は施された人の精神力(マインド)を使って『毒』を精製してます」

「つまり解毒ポーションは効かないんじゃなくて、効いているけどまた『毒』の状態になっているということかい?」

「はい」

 

 フィンの言葉に肯定を示しながらもレフィーヤは手を止めない。彼女が書いているのは『首輪』の術式を共通語(コイネー)に翻訳したものだった。

 

「じゃあ精神疲弊(マインド・ダウン)させればいいんじゃないの?」

「その場合、第2の『術式』が発動します」

 

 ティオネの主張にレフィーヤは首を横に振る。

 

「二つ目の『術式』は『毒』が精製できなくなったのを条件に発動する魔法です。条件を満たした場合、『術式』に内包された魔力が、施された者の体を爆発させる仕組みです」

「証拠隠滅か……徹底してるな」

 

 多くの者が顔をしかめる中、サーバはレフィーヤの行動に疑問を抱く。

 

「どうして……?」

「……」

「どうして貴女はそこまで必死に私を助けようとするの……?」

 

 その呟きにレフィーヤは手を止めずに答えた。

 

「いろいろ理由はあります。貴女が一番多く情報を持っているだろうから、貴女を抑えれば他の人達を確保しやすいから、ただ単純に目の前で人が死ぬのが嫌だから」

 

 でも、と彼女は一度言葉を飲む。

 

「一番の理由は……貴女が死ねばトキはきっと悲しむから」

「えっ?」

「いつか言っていました。俺には姉と呼べる人が2人いるって。1人はアスフィさん、もう1人はきっと貴女です」

 

 レフィーヤの手の動きが止まる。それは解析が終わったことを意味していた。彼女はまっすぐにサーバの目を見る。

 

「だから、私は彼を悲しませないために貴女を助けます。それが私の理由です」

「……そう……。トキは、素敵な彼女を見つけたのね……」

「サーバっ!!」

 

 レフィーヤとサーバが話し終えたのとほぼ同時にトキが戻って来た。その顔は悲痛に歪んでいる。

 

「レフィーヤ、サーバに掛けられた術式は!?」

「これっ」

 

 レフィーヤが羊皮紙をトキに渡す。

 

「『毒』と『自爆』の二段構造……。言うなれば『呪い型』……! 厄介なもの残しやがって……!」

「トキ、あの男は……?」

「向こうでちょっとした美術品になってるよ」

 

 羊皮紙に目を通した後、目を瞑り、己の中を探る。数秒の後に『詠唱』を開始した。

 

「【彼の者の楔を解き放て、霊水の盃よ──ソウル・セイク】」

 

 そのまま指をサーバの首もとへ持っていく。すると彼の指先に魔力が収束し、1滴の雫となる。雫は『術式』の上に落ち、弾けた。

 間もなく、パリン、という音と共に文字の羅列が消えた。

 

 トキが安堵のため息を吐き出す。今度こそ事件は終わりを告げた。

 

 -----------------------

 

「何だ、呼ばれて来てみればもう終わってしまったのか?」

 

 リヴェリアがアイズと共に戻って来る。彼女の言い分に、レフィーヤは申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「申し訳ありませんっ。緊急事態だったのでリヴェリア様の知恵をお借りしたいと思ったのですが、トキが全部解決してしまって……」

「片付いたのであれば構わない。それに仮にもあの男が造ったものだ。私では力に成れたかわからん」

 

 リヴェリアはレフィーヤに頭を上げさせると、今度はフィンとガレスに向き直る。

 

「そうそう二人とも、あっちが()()()()()()()通れるようにしておいてくれ」

「……僕は決闘で疲れているんだけど」

「……やれやれ人使いの荒いエルフじゃ」

 

 文句を言いながら、二人は彼女が来た方向に向かう。口から出る言葉とは違い、二人の口元には笑みが浮かんでいた。

 付き合いの長い二人だからこそわかった。彼女が、憑き物が落ちたような晴れやかな空気を纏っているのを。

 

「ところでトキ、いつまでその姿でいるつもり?」

 

 レフィーヤの指摘にトキは頬をかく。

 

「いや、なんとなくなんだけど、これを解くと嫌な予感がするんだ……。まだ精神疲弊(マインド・ダウン)にはならないと思うからこのままでもいいかな? って」

「戦闘もしないのにその姿はちょっと違和感があるよ?」

「………………わかった」

 

 レフィーヤの意見に意を決し、トキは解除の魔法式を唱える。

 

「【眠れ血よ。再び時が来るまで】」

 

 瞬間、彼の髪と目が元の色に戻り……そのまま意識を失った。

 

「……え?」




次回でこの章も終わりです。……長かったな……。

ご意見、ご感想お待ちしております。



サンタオルタの歌が「パドルパドル」にしか聞こえない作者は耳がおかしいのかな……?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

スイートピーの花言葉

長かったオリジナル編も今回で最後です。


 ぼんやりする意識の中、辺りを見回す。霞がかかる頭で認識したのは、ここが【ファミリア】のホームにある自分の部屋だったということ。

 何だか同じようなことがあったなー。しかもつい最近。

 

 体に力を入れようとしてみるが、まったくと言っていいほど入らない。別段縛られている訳ではないので、単純に意識がはっきりしていないだけだろう。

 

 この部屋に入って寝た記憶はないので、眠る前の記憶を思い出してみる。確か……誰かとダンジョンに行った。…………で、誰かと戦って…………あ、レフィーヤ。

 レフィーヤが出てくるってことは、誰かっていうのはレフィーヤのこと? いや、だけど他にもいたな……誰だったっけ?

 

 コンコンコン。

 

「トキ、入りますよ?」

 

 どうにも思い出せないでいると、部屋にアスフィさんが入ってきた。珍しいな、彼女が部屋の主に断りもなく入ってくるのは。

 

「おや、ようやく目が覚めましたか」

「アスフィさん、俺は……?」

「その様子ですと意識がはっきりしていないようですね。無理もありません、()()()()()()()()()()()()()

 

 今、ちょっと聞き捨てならないことを言われた。7日?

 詰め寄ろうと上体を起こす。

 

「ちょ、それどういう──」

 

 そしてベッドから落ちた。しかも顔から。しかし痛みはまったくない。

 

「大丈夫ですか!?」

「……別の意味で大丈夫じゃなさそうです」

 

 なんとか起きようとしたが、まったく動けない。仕方ない、とため息を吐いたアスフィさんに肩を貸してもらいそのまま椅子に運ばれた。

 

「とりあえず状況を確認しましょう。どこまで覚えていますか?」

「えっと、レフィーヤとダンジョンに行ったような……それで誰かと戦って……」

「……なるほど、ほとんど覚えていませんか。1つずつ説明する必要がありそうですね」

 

 再びため息を吐いたアスフィさんに、来客用の椅子を取り出す。

 

「まず貴方の状態ですが、『魔法』の反動でしょう」

「『魔法』の……反動……?」

 

 そう言われてもピンとこない。俺が使えるのは【インフィニット・アビス】と【ケリュケイオン】だけだ。でもこれほどの反動なんて──

 

「いや……違う」

 

 もう1つ、新しい『魔法』を覚えた。名前は…………そう、【スピリット・リグレッション】。

 

「どうやら思い出したようですね」

「はい」

「『九魔姫(ナイン・ヘル)』の見解では、『精霊』に変身し、その後元の姿に戻ったことによって、その反動で倒れたのではないか、とのことです」

 

 なるほど。言われてみれば、『神の分身』と呼ばれる種族だ。ノーリスクである筈がない。……あれ?

 

「アスフィさん、それって……」

「ええ、この反動はどんなに強くなろうとも、例え【ランクアップ】したとしても軽減されることはないでしょう」

「なん……だと……!」

 

 そ、そんな……。それじゃあ普段のダンジョン探索で使うことができない……。じゃあずっと変身していればいいじゃないかと思うが、あれは『魔法』なので、変身している間精神力(マインド)を消費し続ける。そのためずっと使用し続けることは不可能だ。

 今までずっと火力に欠けると思っていたところに強力な『魔法』が発現して、それが解消されたと思ったのに……! そして何よりも──

 

「「『ウンディーネ・ドレス』を【ファミリア】で取引できると思ったのに……!!」」

 

『ウンディーネ・ドレス』は水精霊(ウンディーネ)の加護が宿った特殊な装備。その値段は最低でも0が5個。それを自作して他の派閥に売れれば……なんてずっと思っていたのに!!

 

「仕方ありません。この計画はお蔵入りにしましょう」

「……すみません」

「いいのです。利益よりも貴方の体の方が大事ですから」

 

 なお、俺が水没させた3階層は、いつの間にか水が引いていたらしい。恐らくダンジョンの自動修復機能によるものではないか、とのこと。

 この話はそれで終わりのようで、アスフィさんは次の話題に移る。

 

「次に捕縛されたスパイ達についてです」

「っ!?」

 

 そうだ……。思い……出した……! 俺は、王国(ラキア)のスパイとして潜り込んでいたかつての同胞と戦ったんだ。そして……あいつと、スヴェイルと決着を着けたんだ。

 

「まずサーバと名乗る小人族(パルゥム)が司法取引を申し出ました。これにより、彼女達が王国(ラキア)側に流した情報、さらに王国(ラキア)の細かい編成の情報を入手。それを元に現在戦争が行われています」

「そう、ですか……」

 

 流した情報がわかれば、王国(ラキア)が何を狙って攻めてくるか、大まかにだが検討がつく。というか失礼だが脳筋神(アレス)であればそれを鵜呑みにして正直に突っ込んで来そうだ。

 

「というか司法取引なんて制度、オラリオにあったんですね」

「利用される機会がないですがね。『学区』に通ったことのある者でも数名しか知らないようです」

 

 司法取引とは、簡単に言えば何らかの罪を犯した者が、仲間を売る(この場合は情報)ことで罪を軽くする取引のことだ。

 

「それで、対価は?」

「戦争終結後に他の子達を『学区』あるいは【ファミリア】に入れる権利、だそうです」

 

 オラリオが勝った場合、通常であればサーバ達は『恩恵』を『封印』される。そうなるとサーバ達は昔に逆戻りだ。ならば『学区』なり、【ファミリア】なりに入って保護してもらおうということだろう。

 

「でもそれって承認されたんですか?」

「……ヘルメス様がうっかり貴方の昔を話したことにより大盛況ですよ」

「……」

 

 ……これは俺の名誉のために言っておこう。本当に何も知らなかったんだ!

 というのも、スヴェイル(正確にはそう吹き込んだレゴス)は俺達を従順な駒にするために、暗殺や戦闘に関することしか教育しなかった。つまり、それ以外は何も、常識すらも教わっていない。だから初めてお使いを頼まれた時に店の主人に襲いかかったのもお金の使い方を知らなかったのも全部スヴェイルの所為なんだ!!

 

「神々いわく『むちしちゅ』キタアァアアアアアア!? とか言ってそのまま争奪戦が勃発。神々の護衛をしていた冒険者達が抑えこみました」

 

 恐らくアスフィさんはそのうちの一人だったのだろう。隠しきれない疲労が顔に浮かんでいる。

 

「それで結局どうなったんですか?」

「貴方に一任されました」

「……………………は?」

「どの人物がどの【ファミリア】に所属するのか選定するのを、貴方がすることになりました」

「……………………はあ!?」

 

 なにその大役!? ちょっといくらなんでも責任重大過ぎるだろ!?

 

「どうしてそうなったんですか!?」

「『彼はいろいろな【ファミリア】に繋がりを持っているから適任じゃない?』とヘルメス様が提案し、『【シャドー・デビル】ならいっか』と神々も納得。『トキなら任せられるわ』とマクール氏も承諾しました」

「信頼が重い!?」

 

 この場合の【ファミリア】に入る、は正確には【アレス・ファミリア】から他の【ファミリア】に『改宗(コンバージョン)』する、となる。そして1度『改宗(コンバージョン)』すると、再び行うのに1年間置かなければならない。つまり適当に決めてしまうとそいつの人生を台無しにしてしまう可能性もある、ということだ。

 

「これは貴方の人脈と腕の見せ所です。期待していますよ」

「しないでください!?」

 

 ちょっと楽しんでますよね!?

 

「というかレゴス達エルフ組はちょっと……」

「そちらは心配ありません。彼らは既に【フレイヤ・ファミリア】への入団が決まっています」

「……え?」

 

【フレイヤ・ファミリア】に? いったい何故?

 

「何でも『猛者(おうじゃ)』がやり過ぎたとかで精神面に大きな(トラウマ)を与えたらしく、その責任をとるとか」

 

 ……なんでだろう。何か納得した。同時にちょっとだけ嫉妬した。

 

「それから主犯のスヴェイル・デック・アールヴですが──」

 

 -----------------------

 

 アスフィさんの話を聞き終え外に出ると、既に日は西に傾いていた。久しぶりに太陽にあったからか眩しくて目を細める。

 

 未だ完全に動ける訳ではないが、杖をついて移動できるくらいには回復した。アスフィさんや、ホームですれ違ったネリーさんに、同伴しようかと尋ねられたが、首を横に振った。

 反動の影響が残る体を、ゆっくりとほぐすように動かし歩いていく。

 

 やることは多い。ギルドへ司法取引の条件の受諾。店の顧客への挨拶回り。【ロキ・ファミリア】や今回の件に関わった人達への謝罪とお礼参り。各【ファミリア】への視察などなど。

 

 店は散々悩んだが継続することにした。冒険者となり、3日に1回という頻度を守れなくなってきたが、様々な出来事が起こる今日(こんにち)、独自の情報網は必要だと思ったから。それに俺に話をしに来てくれる人達もいると信じているから。

 

 でも……だけど、まず最初にやっておきたいことがあった。どうしても、これだけは後回しにしたくなかった。忙しくなる前に、自由に一人で歩ける時に。

 

 目的地に向かう途中で花屋を見つけた。折角なので入って店員にある注文をしてみる。店員は怪訝そうな顔をしたが、俺のリクエストに応えてくれた。

 

 手に花束を持って向かったのは都市外に存在する『第3墓地』。戦争中ではあるがさすがにここでは戦闘は行われていなかった。小高い丘に存在するそこにはたくさんの『墓』があった。

 ここはオラリオの南東区画にある『第1墓地』に入りきらなくなった者達を埋葬する場所。……と言っても大半は冒険者の墓であり、その下に死体が埋まっていることは少ない。

 

「てことは五体満足で埋まっているあんたは幸せなのか?」

 

 目の前の墓に冗談っぽく話しかけてみる。

 その墓には既に花束が1つ、供えられていた。こんなやつに花束を送るなんて、あの人はやっぱり律儀だと思う。

 

「ま、それは俺も同じか?」

 

 目の前の墓石に刻まれた名は『スヴェイル・デック・アールヴ』。そう、スヴェイルは、死んだ。

 

 2階層で氷付けになったスヴェイルは救出された後、ギルドの牢に入れられ、レゴス達が失敗したと知るとそのまま舌を噛み千切って自殺したらしい。神に裁かれるくらいなら自決する、とか言っていたと。

 どこまで神達が嫌いなのか、と逆に呆れた。

 

 本当はもっとやりたいこと、言いたいことがいろいろあった。レフィーヤに手を出そうとしたから言った通り、全部の爪を剥がしてー、とか、あんたと違って俺は今とても幸せだぞー、とか。

 

「けど、死んだら何にもできねぇじゃねーか」

 

 ……死んだ者の魂は『天界』にいる神によって浄化され、次の器に転生する。そんな話をヘルメス様から聞いたことがある。

 だからこれはただの自己満足。俺の、俺だけのけじめ。

 

「あんたはどうしようもないクズだったと思ってる。あんたの所為で俺はいっぱい人を殺したし、その罪を背負って生きていかなきゃならない。だからこの重荷を背負わせたあんたのことは憎い。自殺してなかったら俺が殺したいとも思ってる」

 

 だけど──

 

「今の俺があるのも、あんたのお蔭なんだよな」

 

 風が吹く。その風が言葉を消してくれることを願って。この言葉を遠くへ飛ばしてくれる事を祈って。

 

「『─────、──』」

 

 手に持つ花束を供える。彩るのはピンクっぽい色の花。その名はスイートピー。

 

 

 花言葉は、『別離』。




マンガ『ソード・オラトリア』で24階層へ向かった【ヘルメス・ファミリア】のメンバーの名前がわかったので、修正しました。

さてこれからなのですが、しばらく本編はお休みしようと思います。というのも自分でリクエストを募集しておきながらまったく応えていない、という状況を改善するべく、そちらを消化していこうと思います。……長編も途中ですし。
なお、リクエストの順番が前後したりするかもしれませんがご了承ください。

ご意見、ご感想よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。