『H』 STORY (クロカタ)
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アリサ・バニングスの場合

このタイトルの適当感よ……。


ワンサマーのSOSが一段落ついたので、惰性的に書けるSSをもう一つ作ろうかなと思い書きました。後は、こういう主人公ってあまりいないなぁと思って。

不定期更新の各キャラに視点を当てた一話完結でお送りするギャグ小説です。




お主の望みは?

 

ワンパンマンのサイタマ!

 

 何千、何万と行われている転生の最中。

 今までのように繰り返される筈だった輪廻の中で―――異変が起きる。

 

 それは万の願いの中での些細な……ほんの小さな異変。おおよそ天上を生きる超常の存在達には微かすぎるもの……。願いの漂流。ごく一部の人の願いが不幸にも本来与えられるはずだった者からはぐれ、流れ、固有の形を成し転生する魂の中を飛ぶ―――。

 

 その願いは最強の拳を持つ戦士のものだった。

 

 その願いは徐々に力を失いながらも魂の合間を漂いその力に見合った魂を探す。何時しか強大だったその力は削りに削れ、残りカスに等しいほどにまで削れていったその時、濁流の如く押し寄せて来る魂の中から一つの魂を見つけた。

 自らの力が入いり籠める願望を持つ欲が果てしなく少ない人間の魂。

 

 そして偶然にも【彼】はある一柱の神に拾われ、転生者としての権利を得た。

 拾われた【彼】が願うのはささやかな願い。決して傲慢でも欲望にまみれないただのちっぽけな願い。

 

 

 彼は願う、切実な程―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「毛根を……ください」

 

『…………え?』

 

 

 

 

 

 

 ―――髪が欲しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼が目覚めたのはほんの数日前。齢25という若さで急死してしまった彼が、死後よく分からないふわふわとした契約のようなものをボヤっとした煙のような何かと契約したその後、9歳児の体で目覚めた。自分を取り巻く状況はこの肉体に残された記憶でしか理解できない。

 後は、学校にいかなくてはいけないという本能的な目的意識。そして生前の時とは違う名前、、何原行方(いずはらゆくえ)という名前。

 

「(……神は嘘吐きだ)」

 

 彼は神を憎む。果てしない程に憎んだ。二度目の生に文句があるわけでもない。目覚めた家に家族という温もりがあったことでもない。ただ、己が願いすら満足に叶えてくれない事について怒り狂っていた。

 何故9歳児でまた学校に行かなくちゃいけないとか、この際どうでもいい。

 

 彼がここまで怒る理由を知れば最もと言える。

 彼は生前、20代半ばにしてあるコンプレックスを抱えていたからだ。高校生の時から兆候があった、だがそれを見てみぬふりしていた。だが大学在学時、『それ』が浮き彫りになってきたのだ。だが焦っても既に遅し、病に似た様に侵食していく異変と同じように彼の心は焦燥していった。

 

 大学の友人からはネタにされ。

 同僚からもネタにされ。

 両親からは隔世遺伝と言われ、チョイ笑され。

 祖父の若かりし頃の写真を見て絶望した。

 

 彼の生前の悩み、だがそれは神によって解消されるはずだった。

 ―――はず、だった。

 

 転生後、彼の毛根は綺麗さっぱりなくなった。

 しかし傍目から見ると髪はある。ハゲなのに髪があるという謎の事態が起こってしまうだろうが、そんな事はなく、彼は正真正銘のハゲであり、彼の頭の上の物体も本物の髪ではない。転生してベッドから起きたら頭の上にある筈の草原が焼け野原に変わってしまっていたのだ。

 側らにはなくなった髪の代わりに別のものが置いてあった。

 

「(何故、俺の頭髪がオープンゲットしているのだろうか?)」

 

 それはヅラだった。頭に被せるアレである。それを齢9歳の小学生が無表情で被り、フッサフサの小学生達に混ざって授業を受けている。中身25歳の良い年した大人がヅラを被って小学生の授業を受けている。

 

 

「………ッ」

 

 

 社会的に死んだら、神マジ殺す。頭皮に血管を浮き上がらせるほどに激昂した彼は手に持った鉛筆をバキリとへし折り怒りに燃える。どうやって間違えたら、『毛根をくれ』が元からあった髪からリサイクルして高級桂にしろって言った?

 転生直後の両親にも言えねぇよこんな事。どうしてくれるんだ、この秘密を最悪自立できる20歳まで守らなければいけなくなってしまったではないか。

 

「ねえ」

 

 お金とかその辺は用意良いのにそこらへん何でしっかりしないのよ。本当に訳分からない。このまま一生このヅラで頭部を守っていかなければならないと思うと悲しくなってくる。ともかくこの砂上の楼閣を守りきるかが不安だ。

 

「ねえ……ッ」

 

 しかし、今いるこの場所は好奇心旺盛な刺客(小学生)達が蔓延る小学校。校名は忘れたがここは俺にとって、守るべきもの(ヅラ)が危険に晒される敵勢力のど真ん中。

 意思に反して学校に来てしまうこの強制力が恨めしい。

 

「ねえってば!」

 

 ピキーンッ!と頭の中にニュータイプ的な何かが流れ咄嗟に頭を防御し身を沈める。次の瞬間、肩の横を何かが横ぎる。とても軽くささいな風圧。だが彼にとってそれは危険なもの。危機に対する回避に常軌を逸した反応を見せた彼は、安堵の表情を浮かべ、手を空ぶらせている少女に視線を向け、ごめん、と一言謝る。

 

「あ……いえ、こちらこそごめん……本当にごめん」

 

 何故か引き気味に謝られる。この体になってから何度目かの登校からかこの少女の名はうろ覚えだが覚えている。確か、バニングス、という名前だった筈、とにかく面倒見が良く悪い子ではない、という印象があったので取り敢えず頭から手を離し、安堵の息を吐きながら金髪の少女の話に耳を傾ける。

 

―――どうやら、今日は彼女と彼が日直の日らしいので日誌を書かなくてはいけないらしい。なんとも小学生の体は難儀だな、と思いながら若干、引き気味のバニングスから日誌を受け取り書ける部分を書き込んでいく。

 

「(全く、悪い子じゃないのは分かるが、さっきのは危なかった)」

 

 小学生と言えどもヅラを揺らすくらいのそよ風は起こせる。もし先程の張り手が直撃していたらヅラがフライアウェイしてしまっていただろう。

 

 ハゲにとって日常的な危険が多すぎる。

 彼は日誌に鉛筆を走らせながらこれからの学校生活を想いを巡らせ、ため息を吐く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリサ・バニングスはクラスメート、何原行方(いずはらゆくえ)に気まずい気持ちを抱いている。

 それが恋とか嫉妬といった感情だったならどれだけ良かっただろうと彼女は時々思う。気まずい気持ちというのは、授業を受けている時や日直の仕事を一緒にしている時にユクエを見るとどうにも胸の奥底がムカムカするような気持ちになるのだ。アリサはハッキリ言えるだろう、これは恋などではない、と。

 

 そしてそのムカムカの理由は分かっている。そしてそれが自分が悪い事もちゃんと理解している。

 

 話は変わるが、アリサ・バニングスは目敏い少女である。良く言えば人を見る目がある、と言えるが逆を言えば気にしすぎているともいえる。そんな彼女が席替えで偶然一緒になったユクエの事を無意識的に見てしまうのは無理のない話だろう。

 

 時間は数日前までに遡る。

 小学三年生になって少し経った頃、席替えが行われた。出席番号順で並べられた席からクジによって別の席に座る事になった彼女は、彼、ユクエの右隣の席に移動することになった。ユクエの席は窓際の一番奥、必然的に彼の隣はアリサだけという事になる。

 隣同士になったなら仲良くしようかな、等と思っていたアリサだが、ユクエの隣に移動したその瞬間、微かな違和感を感じとった。

 

 それがなんなのか一瞬分からなかった彼女は、席替えが行われたその時限をユクエの観察につぎ込んだ。

 小学生らしいあどけない顔、妙に達観した瞳。それだけではおかしいとは思わなかった。彼女とて大人っぽいとか時々言われているからだ。

 30分ほど横目で観察してようやく突き止めた違和感の正体は顔ではなくそこより少し上の場所、髪の毛。

 

 何処からどう見ても普通の髪の毛。

 真っ黒い髪の毛。男の子らしい髪型。

 

 授業が退屈なのか、目を瞑り小さな寝息を立てている彼に合わせて、僅かに揺れ動いている髪の毛を見て、自分でも何がおかしいのか思わず首を傾げてしまった。というより、何で自分は隣の男の子の顔を30分以上凝視してしまっているのだろうか。

 少し恥ずかしくなったアリサは若干羞恥に頬を赤く染めながら前を向こうとした、が。先程まで観察していた肘を支えにして居眠りをしていた彼の肘が倒れ、支えを失った頭がガクンとやや勢いをつけて下がった事でアリサの意識は再びユクエにへと向けられた。

 

「え」

 

 まず見えたのは太陽の光。

 バカな、今は昼時で太陽は真上に上がって居る筈、意外と冷静に判断したアリサが、突然照り付けられた太陽に光に目を瞬かせながら手を影にして、ユクエの方を見る。

 

「…………ぶほっ!!!!?」

 

 乙女らしからぬ声が彼女の口から吐き出された。

 ユクエの頭は玉のような光沢を放っていた。何を言っているか分からないかもしれないが、とにかく太陽に反射して輝いていた。「じゃ、じゃぱにーずまるこめぼーい……」と自分でも訳の分からない言葉を吐き出しながら、机に突っ伏しながら床に落ちた物体を見る。

 

―――先程、ユクエの頭に乗っていた桂がそこにあった。

 

「くほっ、げほっ…………ひ、ひぃ……」

 

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、内心、ひらすらに謝ってしまった。笑ってはいけないと分かっているはずなのにお腹が笑う事を強要しているかのように、笑いたい衝動をひっこめてくれない。

 

「バニングス、大丈夫か?」

「はひ!?」

 

 机に突っ伏しながら体を震わせていた彼女を不審に思ったのか、担任の先生が声を掛けてくる。彼女は瞬時にこの事態のヤバさを理解した。このままでは、ユクエのハゲが周知となってしまう、と。

 当の彼はこの状況に気付いていないのか、呑気に居眠りをしている。こんな時に何で寝ているんだッと思わず言葉を吐き出しそうになってしまうも、先生に注目されてしまうという事態を引き起こしてしまったのはあくまで自分なので、必死に言葉を飲み込みながら、咄嗟に机に開いていたノートをユクエの頭に被せる様に叩き付け、先生に愛想笑いを浮かべる。

 

「な、なんでもないです……」

「……そうか?」

 

 先生と一部のクラスメートの視線が別の方へ向かったその瞬間に、雷の如き速さで床に落ちる桂を掴みノートでカモフラージュされているユクエの頭にソレを叩きつける。

 ファサァという滑らかな音と共に本来あるべき場所に戻った桂を見て、アリサはすごく気まずい気持ちになった。

 

「ち、力になってあげなきゃ……」

 

 この秘密を知っている者は自分しかいない。

 妙な使命感が彼女を突き動かした。ほとんど知らない子だが、クラスメートで隣同士ならできるだけ力になってあげたい。

 

 アリサ・バニングスは目敏い子であり、それでもってどうしようもなく親切な子であった。

 

 

 

 

 

 時間は戻り、ユクエに日誌を渡した彼女は、頬杖をつきながら日誌を書いているユクエを何となしに眺めていた。一目じゃ判別がつかないほどに精巧なヅラ、自分でなければ分かる人はいないだろうな、と自画自賛しながら先程の光景を思い出していた。

 

 声を掛けているのに無反応だったユクエの肩を軽く叩こうとしたら、頭を凄まじい挙動で抑え睨み付けられてしまった。あの時の本気で恐怖したような眼が少し忘れられなかった。

 

「―――かみ」

「っ!?」

「は、どこかしらー」

 

 「かみ」という言葉に過敏なほどの反応をするユクエにアリサは何処とない嗜虐心を抱く。彼の反応はいちいち面白い、というより楽しいのだ。

 先程までは怖がらせて申し訳ない、程度には思ってはいたが、案外こういうのもいいかもしれない。この秘密を知っているのは自分だけというのは、中々の優越感だ。

 

 アリサの方を戦々恐々とした目で見た彼に、首を傾げながら彼女は罪悪感と嗜虐心の間で揺れる。

 




こんな感じで各キャラに視点を当てて展開していくスタイルです。
短編形式のようなものなので、話が飛びます。
そしてワンサマーのSOSのようなものなので、気長に書いて更新していくつもりです。



後一話更新致します。




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高町なのはの場合

二話目の更新です。


 サッカーとは一チーム11人×2で行うボールを蹴って行うスポーツである。小学生がやることにはそれほど珍しくはないスポーツ、いやむしろ小学生だからこそ自分から率先して参加していくものだろう。

 ボールを蹴り、フィールドを走りキーパーが守るゴールへとシュートし点を入れる。細かなルールはともかく、おおまかに見れば単純な競技ではあるが、かなりの体力を使うスポーツである。それに激しい動きもする。

 

 何故、ここでサッカーの話をしているのか、多くの人は疑問に思うかもしれないがその理由は単純。

 頭皮に爆弾を隠した主人公、何原行方は何故か地元のサッカーチームのメンバーとしてほぼ強制的に駆り出されたからだ。

 何故?と聞かれれば、まず自分の意思ではない、とまず答えただろう。事の発端は小学校生活初の友人、朝倉和久(あさくらかずひさ)からサッカーの試合に出てくれないかと頼まれた事から始まった。中身は大人とはいえ、友情を育むことを重要視していた彼は朝倉のお願いを受けるかどうか渋った。

 

 普通ならば桂が吹き飛ぶ危険性があるサッカーなど悩む素振りさえ見せずに却下する、のだが、朝倉はこの試合に勝ったら好きだった子に告白するという願掛けをしているという話を数日前の昼休みに彼は聞いたのだ。

 

 協力してあげたい。しかし危険すぎる。

 ユクエの頭の状況を例えるならば、砂上の楼閣。容易く崩れ去ってしまう程に脆い。

 そんな状況でサッカーなどすればボールと共に桂がフライアウェイしてしまう。そんなことが起これば、彼は海鳴小の後輩に語り継がれる伝説の存在になってしまうだろう。

 

 正直それは嫌だ。

 そもそも何故自分なのかと朝倉君に訊いてみると、彼は凄い人懐っこい笑顔で「友達だから」と答えてくれた。良心の呵責で余計断れなくなった彼が、悩ましげに唸っていると……。

 

「出てあげたらいいんじゃないの?」

 

 隣席の友人、バニングスがキラーパスを繰り出してきた。転生してから何気に交流がある彼女に彼は苦手意識を抱いていた。嫌いという訳ではない、むしろ親切な彼女に感謝しているのだが、時々彼女の身振り、言動から繰り出される自身のハゲについての確信めいた行動に怯えているのだ。

 

 もしかしてハゲがばれている?

 いや、そんなはずがない!と彼は頭の中に浮かんだ最悪の推測を即座に否定する。この数日中で自分の桂に対するカモフラージュはパーフェクトと言っても良い。鬼門と思われた体育の時間もアクシデントこそあったが、細心の注意を払い参加し乗り切った。そもそも、ハゲが露呈したとなればクラス中、否、学校中にそれが広まっているはず、それが無いという事はまだ自分のハゲがばれていないという証拠。

 

「ね、特に出てあげない理由はないでしょ?」

 

 だが、こちらをにっこりと浮かべた笑みで見ている彼女にユクエは「おっふ」と訳の分からない返事をしながら無意識に自分の髪に手を添え慄いた。

 

 

 

 

 

 結局は朝倉の押しに負けてサッカーをすることになった。

 「見に行くから」と言い放ったバニングスの一言に何故か、自分が崖の端にまで追い込まれているような幻覚に苛まれたのは、きっと気のせいじゃないだろう。

 

「ユクエくんっ守ってくれぇ!!」

 

 試合が始まってから数分。サッカーのルールをよくは理解していなかった彼が任されたポジションはゴールキーパーの前であった。動かず、飛んでくるボールを止めればいいという単純なポジションに、彼は内心喜んだ。念の為、桂に両面テープを固定し万全を喫してはいるが、サッカーはヘディングのしやすいハゲには最適だが、ハゲを隠す者には優しくない競技。

 

 だがゴール前とて危険がないとは限らない。今相手チームの少年が今まさにボールをこちらへと蹴り飛ばしてたが、もしあのボールが頭に当たったら、という事を考えると怖気が立つ。

 

 幸い元25歳の彼にとっては小学生が繰り出したボールは、取るのにそれほど難しくはないものだったが……。

 相手チームの子には申し訳ないと思っている。しかし彼とて必死なのだ。

 

「ナイスガードよー!」

 

 ボールを味方の方に蹴ると、何処かしらからバニングスの声が聞こえてくる。

 そちらを向くと、ベンチにバニングスと彼女の友人である二人の少女。ユクエからすればクラスメートである二人の名は、月村と高町。あまり交流はないが、クラスの中で一際目立つ存在だとユクエは思っている。

 

 その中で、栗色の髪の少女、高町がユクエと視線が合うが顔を青褪めさっと視線を逸らされる。ほぼ交流のない少女に顔を青褪められる覚えのないユクエは、疑問に思いつつ試合が行われている運動場の方へ顔を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうユクエくん!これで、僕、告白できるよ!」

 

 試合はユクエの居るチームの勝利で終わった。

 友人の決心がつき、ハゲが露呈しなくて良かった、と思いつつ。試合後お礼を言ってくる朝倉に「気にするな」と言い、チームのメンバーとで打ち上げに行こうと促すと、お礼を言い足りないのか朝倉はポケットに手をツッコんでひし形の宝石のようなものをユクエに差し出した。

 

「……本当はあの子へのプレゼントにしようかと思ってたけど、やっぱり気持ちを伝える方が大事だよね……だから、あげる!」

 

 押し付ける様に手に握らされたひし形の宝石に困惑する彼だが、頑として返されようとしない朝倉に呆れた様な笑みを浮かべポケットにしまう。

 

「そういう石って持っていると願いが叶うって話があるよね」

 

 と、冗談交じりに言った朝倉の言葉に、彼は無表情になりながらポケットに入れたその石を取り出しジッと見つめだした。石を持つ手とは逆の手が髪に添えられている事に、疑問を抱く朝倉。

 数秒ほどして我に返った彼は、無表情から一転して柔らかい笑みを浮かべ、チームメイトの居る場所へ戻ろうと提案してくる。朝倉は察したような表情をし、黙って彼についていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高町なのはは良い子である。

 それがどういう意味を持つかは様々ではあるが、彼女の『良い子』は良い意味の方である。そんな彼女の使命は魔法少女として海鳴市に散らばったジュエルシードを回収する、というものである。その経緯を語るとなればかなりの時間を要するので割愛するが、とにかく彼女はジュエルシードを集めその危険から街を守らなくてはいけない。

 

 そんな彼女はある日、父親が監督をしているサッカーの試合を観戦しに来ていた。サッカーを観戦すること自体は別に嫌いじゃないので応援しながら見てはいたが、ゴールキーパーの居る場所から少し前に立つ一人の少年を見て固まる。

 

 何原行方。

 

 彼女はユクエの秘密を知っている。

 良い子である彼女は、その秘密を知ってしまったことを悔いている。

 

 

 

 

 ―――それは数日前、学校で行われた体育の時間にまで遡る。

 

 

 

 

 高町なのはは体育が苦手だ。

 そもそも運動することが苦手な彼女は、体育という時間はひたすらに苦しいものだった。しかしその日はドッジボールと言う当たれば外野でボールを投げればいいだけのスポーツだった為か、若干軽い心持だった彼女は案の定呆気なくボールに当たり外野への移動を余儀なくされた。

 

「ふぅ……」

 

 浅く息を吐きながら外野へ移動しようとすると、すぐ後ろでまた誰かがボールに当たっていた。何気なしに振り向こうとすると、お腹にボールをめり込ませながらも、何故か頭を抑えて地面にズザザザ―――ッ!!となのはのすぐ隣の地面を滑っていく少年の姿が視界に映りこんだ。

 

「あ、ごごごごごめん!手が滑っちゃって……」

 

 彼が飛んで来た方を見れば、顔を真っ青にした親友、月村すずかが頭を下げている。手が滑ったならしょうがない………うん、と親友の膂力にやや現実逃避しながら、先程彼女のボールに吹き飛ばされた少年、何原行方に駆け寄る。

 彼女と同時にクラスメートの少年、朝倉と相手チームのアリサの二人が駆け寄り、いまだに髪を抑え呻いている彼を抱き起す。というより、何故彼はお腹ではなく頭を抑えているのだろうか、襲い掛かるボールは既に傍らにあるのに、何から頭を守っているのだろうか。

 

「ユクエ、貴方……ッ」

「ゆ、ユクエくん!?今のは受けるんじゃなくて避けるべきだったんだよ!というより何でお腹より頭を防御したのー!?ユクエくーん?!」

 

 呻きながらも「……頭は、頭はついているか……」と苦しげに言葉にした彼に絶句する朝倉、対してやけに冷静なアリサは、ユクエの頭を見て安心するように安堵の息を吐いた。

 

「大丈夫、ちゃんとついているわ……」

「ユクエ君、それでも頭なの!?」

 

 アリサのその言葉にどことない安堵の表情を浮かべた彼は、心配いらないと言わんばかりに起き上がり。フラフラとしながら唖然としている先生に「大丈夫です。でも、水道で、洗ってきます」とだけ言って水道のある方向へ歩いて行ってしまう。

 呆気にとられた先生は、水道のある体育館の方へ消えてしまったユクエを見て、なのはの方を見る。

 

「高町、すまないがユクエを看て来てくれないか?きつそうだったら保健室に連れて行ってくれ」

「え、あ、はい!」

 

 何故自分が指名されたのかは分からない。

 とにかくクラスメートの事を任された彼女は、小走りで彼が行ったであろう場所へ小走りで行く。

 

 息を切らしながら、体育館の角を曲がりユクエの姿を視界に捉える。フラフラとした足取りを見れば、大丈夫じゃない事が分かる。保健室に連れて行かなくちゃ……っ、そんな使命感の元声をかけようとするも、お世辞にも運動ができる方じゃない彼女は少しだけの走っただけで声が出ない程に疲労していた。

 

「はぁ……はぁ……スゥ―――」

 

 膝に手を置き、息を整え大きく息を吸う。

 無理するのは駄目なのそういうの良くないの、無意識にそう呟きつつ大きく吸った息を言葉にして前方を歩くユクエに吐き出す。

 

 

 しかし次の瞬間、高町なのははこの場に来てしまったことを物凄く後悔した。

 

 

 ユクエへ声を投げかけようとしたその瞬間、水道の前に立った彼は不意に自身の髪に手を掛け―――

 

 

 

 

 

 ―――スポッと髪の毛を持ち上げた。

 

 

 

「ブホォァッ!?」

 

 髪が持ち上がった、否、髪が頭から外れた。吐き出されかけた声はそのまま噴き出される形で吐き出された。

 その際に体を一瞬震わせながらユクエが背後を振り向くが、其処には誰もいない。

 

「な、なんで、嘘……え……なんで……」

 

 自分も驚くほどの速さで一瞬の内に体育館の影へ隠れた彼女は、再びユクエの方を見る。

 神々しい程に眩い光沢。

 お坊さんの様なテカリ。

 その手に持たれた、髪だったもの。

 

「………ふぇぇ……」

 

 彼女の頭は混乱していた。無理もないだろう、これまで一緒に授業を受けてきた男の子の髪の毛が外れ、マルコメくんも真っ青なスキンヘッドになってしまったのだから。確か、彼はアリサと仲が良かった筈だ、アリサは彼女の友達、いわば彼は友達の友達という事になる訳でなのはの友達という事になる(?)そんな子の秘密を知ってしまった。きっと誰にもバレたくないだろう。

 自分なら嫌だ、というよりあの桂は髪の毛が無いのをばれたくないから被っている訳で、つまりユクエも髪の毛が無い事をバレたくないと思っている訳だ。

 

 それを彼女は知ってしまった。

 どうすればいい、このまま体育館の裏から出て「ごっめーん、見ちゃった☆、でも私気にしなーい」とでも言えばいいのか、駄目だろ。人間としてそれは駄目だろ。じゃあ何だ「似合ってるよ、そのヘアースタイル」―――そもそも髪もないのにヘアースタイルとか「バカにしているのか」と怒られてもしょうがないじゃないか。

 

 グルグルと思考がドツボに嵌っていくなのは。

 そうこうしているうちに水道で頭を洗ったユクエが、無い頭髪をかき上げるような仕草をし乾いたようで、虚しい笑みを浮かべ、カポッと桂を被り直した。

 

「い、いましかない」

 

 このタイミングならば桂を被った状態で出会わす事が出来るし、丸く収まる。

 彼女の行動は速かった、あらかじめ勢いをつけて偶然を装う様に体育館の裏から飛び出す。

 

「ゆ、ユクエくん!大丈夫!?」

 

 この時、気付くべきだったと後になのはは思う。彼とは同学年でクラスメート、嫌が応にも毎日顔を合わす彼の秘密を知ってしまった自分は、とてつもない罪悪感に苛まれてしまう事に―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして今、サッカーの試合が終わった後、自身の両親が経営するスイーツショップ『翠屋』で打ち上げを行っている最中、未だにユクエへの罪悪感が拭えないなのはは、朝倉と共に打ち上げの際に出されたケーキを食べている彼を見ていて、ある事に気付いた。

 

 

 ユクエくん、ジュエルシード持ってる……。

 

 

 喋るフェレット、ユーノを気付いたようで念話でその事を訴えかけてきている。レイジングハートもあるし、魔力と体調にこれといった不調も無い。だけど、自分は彼相手にジュエルシードを渡してもらえるように交渉することができるのか。

 

 いや、できない。出来る筈がない。

 

 あの衝撃の体育から一度たりとも彼と接触をするようなことはしていない。彼自身、悪い人じゃない、悪い人じゃないのは分かるのだけれども、罪悪感のせいで近寄れない。

 動こうとしない彼女にフェレットがどうしたといわんばかりにボディランゲージしてくるが、それは彼女には見えていない。

 

「あ……」

 

 視線の先に居る彼が、そわそわしながら店の外へ歩き出していた。何時までもこうしていても始まらない、勇気を振り絞って彼の後を追い、店を出る。ユーノは敢えて置いて来た、いくら動物でも彼は意思がある、ユクエの秘密を知ってしまっているのは自分だけで良い。

 

 物陰に隠れユクエの後を追っていく。

 背後から見る彼の髪は、少し見ただけじゃ偽物と分からない程に精巧だ。余程のことが無ければ自分では気づくことは無かっただろうと思えるほどに。でも、気付いてしまった。偶然だったが、それでも申し訳ない気持ちになってしまう。

 

 己の過ちをひたすらに悔やんでいると、彼は近くにある公園へと入っていってしまった。何しに公園へ?と疑問に思いながら入り口付近へと移動すると、人気のない公園の隅の方に彼が立っているのが見えた。ゆっくりと公園の周りの茂みの裏から彼の居る場所に近づくと、彼の姿が鮮明に見える。

 

「!」

 

 彼はジュエルシードを掌に乗せ無表情にそれを見つめていた。

 その瞳にはただひたすらに悲壮感が伴っている。

 

 まずい、そう彼女は思った。ジュエルシードは願いを歪んだ形として叶える宝石。もしユクエがジュエルシードを発動させてしまったら、彼自身のみならず周囲の人々にまで危険が及ぶ可能性がある。もう、気まずいとか罪悪感云々とか考えている場合じゃない、そう判断しレイジングハートを握り茂みに手を掛けたその時、ユクエの口が僅かに動く。

 

 

 

 

 

「なあ、こういう石って願いを叶えてくれるんだよな」

 

 

 

 

 

「ッッ!!」

 

 

 

 手を掛けた茂みがガサリと音を立てるが、目の前の宝石に集中しているのか気付いていないユクエは、なのはが飛び出すよりも先に次の言葉を発する。

 

 

 

 

「俺に………髪をくださいっ」

 

 

 

 

 結局それなの――――!?と飛び出そうとしていた彼女は、あんまりな願いにズッコケてしまう。だがジュエルシードはどんな願いも歪んだ形で叶えてしまう、せめて暴走する前にユクエから離せば、と思い彼に再びを目を向けるも、彼の掌の上に置かれたジュエルシードはうんともすんとも反応しない。

 

 

 

「………は、はは、分かってた。うん……分かってた……」

 

 

 虚しげにジュエルシードをポケットに仕舞い、近くのベンチ……なのはの居る茂みの目の前に座った彼は肩を落とし俯き、哀愁漂う背中をなのはに向ける。

 ジュエルシードが反応しなかった。だがあれは本物のジュエルシードだ、どんな願いも歪んだ形ではあるが、叶えてしまう万能の宝石が、ユクエの願いを拒否した。

 

「……この世界に神なんていない……そして、俺の髪も無い……」

 

 もし、正常に動いているジュエルシードがユクエの願いを拒否したのだとしたらどれだけこの世界は残酷なのだろうか。泣きそうだ。もう気まずいとか罪悪感を通り越して、可愛そうになってきた。

 

 もう暴走でもいいから髪の毛を生やしてあげてよ……っ。

 

 ジュエルシードに意思があったのならばそう叫んでいたかもしれない。彼の座るベンチの後ろで静かに号泣している彼女は、思い立ったように立ち上がり入り口の方へ歩いていく。

 

 自分は今まで逃げていた。

 罪悪感とか、気まずい何かとかに……。今理解できた。それって全部の自分の都合だ。髪の毛が無い事に苦しんでいるユクエの心を理解しようとせずに、自分の事し考えていなかった。

 

 彼女は公園の入り口の前に立って深呼吸し、堂々と中へ入り込む。向かう先は隅のベンチ、迷いない足取りでベンチに座る彼、何原行方の前に立つ。

 

「高町?どうしてここに……?」

 

 彼の秘密をしっているのは自分だけ、それならば彼に気付かれないように彼を助けてあげよう。ジュエルシードが、例え神様だって彼の髪の毛が生える事を望まないのならば、せめてそれがバレないように力の限りを尽くそう。

 その第一歩として……。

 

「ユクエ君が居ないから皆心配しているよ?」

 

 まずは友達になることから始めよう。




 これで一先ず更新は終わりです。
 シリアスはありません、シリアスを装ったギャグならあるかもしれませんが、こんな調子に更新していきます。


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フェイト・テスタロッサの場合

何故かランキング入ってて髪が抜けそうになりました。
皆ハゲが好きですね(白目)

なんというか……反響が凄かったので取り敢えず一話だけ更新です。




 子供の体というのは色々疲れる。春の麗らかな日差しに照らされながら彼、何原行方そうは思う。買い物袋を片手に家への帰り道を歩く彼は何処か疲れ切っているようにも見える。

 本来ならその日は休日で、髪が無いことを露呈しない自室でのんびり過ごそうとした矢先に彼の転生後の母親が、買い物を命じてきたのだ。

 

 彼にとっては外とは油断が許されない危険な空間。突風、サッカーボール、野球少年の暴投、特に突風には気を付けても防げない場合があるが、幸い今日は雲一つない快晴、そよ風程度は吹いているが危険度でいえば低い。

 

 だが、どんな些細な原因でヅラが飛んで行ってしまうか分からないので、最初は「小学三年生の子供一人で買い物にいかせるのか」という理由でやんわりと拒否しようとしたが、行く場所は自分が通学路に使っている商店街。勝手知ったる商店街、今さら一人では行けないなどという嘘はつけないだろうその場所へのお使いを余儀なくされた彼は子の自堕落な生活を許さない母の指示に従う事になった。

 

 未だに母という認識はできないが、この抗えないような感じはまさに母の特徴ともいえる。だからこそ生前両親から離れ一人暮らしをしていた彼には中々に気恥ずかしいものがある。中身25歳でお使いって……何でこんなことせにゃアカンのだ、と思ってしまう。

 

 商店街のスーパーで購入した食パンと牛乳を掲げため息を吐いた彼は、母が待つ家へ歩いていく。帰ったら、初めてのお使いさながらに褒められると思うと、かなり気恥ずかしくなってしまう。しかし頭を撫でようとするのはやめてほしいと思う、ヅラは縦の衝撃には強いが横の衝撃には限りなく弱い。撫でるなんてことをしたら、スケートよろしくヅラがスライドしてしまうだろう。

 

 家族に自分がヅラなどとバレるのは嫌だ。生前、両親からチョイ笑されたのが地味にショックだっということもあるが、転生の弊害によってハゲになってしまった自分に妙な心配をさせたくはないからだ。

 

 だからこの秘密は墓まで持っていく。

 家族にもクラスメートにも、アリサや朝倉、友達にさえも。どんなに苦しい試練だろうが乗り越えてみせる、ハゲを隠す技は生前磨いた、と自分で思って悲しくなった彼は、どんよりと瞳を濁らしながら道を歩く。

 

 すると。

 

 ………?

 

 道端に人が倒れているのが見える。

 どうみても子供、アリサよりも眩い金髪の少女。道の端に追いやられるように倒れ伏している少女に駆け寄った彼は、「大丈夫ですか」と声を掛ける。

 

「う、あ……母、さん」

 

 意識があるかどうか微妙なラインだが、やや虚ろな目で何かを掴もうとしている。見える範囲には怪我をしていはいないが、酷く衰弱しているように見える。近くで休ませるべきか、そう判断しようとすると、未だに虚空に手をかざし何かを掴もうとしている彼女。

 

 こういう時、とりあえず安心させることが重要だと、テレビで見たことがある。惰性的に見ていた医療番組の無駄知識を思い出し、彼女の手を握ろうと右手を伸ばす。

 

 しかし、少女は力尽きるように伸ばした手を落とした事により、彼が伸ばした手は見事に空を切る。

 それだけで終わったなら良かっただろう。

 彼が少しだけ恥ずかしい思いをすれば良かっただろう。

 めいいっぱい伸ばされ落とされた彼女の手は、ユクエの頭を的確に捉え、ヅラを伴って落下していった……。

 

「………」

 

 完全に意識を落とした彼女は、手に握られたヅラを両手で握りしめ大事そうに抱えてしまった。

 残されたのは春の麗らかな日差しをその頭部で乱反射させている少年だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フェイト・テスタロッサは純粋な少女である。

 硬い意志を持つ頑固者。彼女の使命は海鳴市に散らばったジュエルシードを回収し、愛する母に届けること。その為には酷いこともしたし、傷つけたりした。でも、それは母が、母さんが望んだ事だから一生懸命やった。使い魔であり、彼女にとっても大事な存在であるアルフはそんな母を嫌っているようだが、それは彼女の身を想うがための怒りによるものだと理解している。

 

 それでも、母はどうあっても母なのだ。自分に優しくしてくれた、そんな遠い昔の記憶があるから、どんな無茶も、苦行も乗り越えられる。

 

 しかし、ジュエルシード集めの最中、高町なのはという一人の魔導士が現れた事で、彼女は外目には見えないが酷く焦燥した。ここまで早く敵対者が出る事を予期していなかった彼女は、より一層ジュエルシード集めに尽力を尽くすことになった。それも寝る間も食事の間を惜しんで……心配するアルフにも申し訳ないと思いつつ二手に分かれて探すようにした。

 

 だが、そもそもが無茶な話。

 いかに魔力があろうとも、人並み外れた事ができても彼女はどうしようもない程に少女だった。動けば疲れるし、寝なければ眠くなるし、食べなければお腹が減る。すり減らしながら行われている探索の日々に限界が来た彼女は、前触れもなく倒れた。

 

 睡眠不足、ただ単純なそれだが今や彼女の体はそれをどうしようもなく欲していた。意思に抗うように視界が朧げになっていく中で、何時も見る母との優しい夢を幻視した。

 

 白昼夢の如く現実と夢を混濁させていた彼女に誰かが近づいてくる。「大丈夫ですか」と声を掛けられながら抱き起された彼女は、霞がかった意識の中で手を伸ばす。

 

「う、あ……母、さん」

 

 何かを掴もうという気はさらさらなかった。眠気で視界が狭まっていくとその伸ばされた手に力が入らなくなり、ぱたりと重力に従いながら下へ落ちる。

 

 その最中、ファサァ、という柔らかい感触が彼女の手に触れる。無意識にそれを握りしめた彼女がほとんど認識できない視界の中で見たのは、とてもおかしな光景だった。

 

 背後から、その頭部から光が溢れだしている少年が無表情のまま自分を見下ろしていたのだ。ジュエルシードの輝きとは違う暖かな光。幻想的と思えるその光景と光に安堵の息を吐いた彼女は、ようやく意識を手放した。

 

 その手に持ったヅラを大事そうに両手で抱えながら………。

 

 

 

 

 

 

 

「………ん」

 

 目を覚ました時、彼女は見覚えのある公園のベンチに寝かされていた。随分と長く寝ていたからか、太陽が赤くなり周囲を明るく照らしている。何故、自分は公園のベンチ何て場所で寝ているのだろうか、自分は道端で寝てしまったはずじゃ……そう疑問に思い起き上がると、彼女は手に何かを握っている事に気付いた。

 

「え……なに、これ」

 

 カツラ、というものなのだろうか、それが何故か手に握られていた。色々と訳の分からない状況で若干混乱している彼女は、自身の相棒であるバルディッシュにここまで経緯を聞くため待機状態のデバイスを取り出そうとすると……隣から「起きたのか」という声が聞こえた。

 

 バッと振り向くと、そこには一人の男の子が居た。

 だがその姿に彼女は絶句した、彼女の座っている場所からやや離れた場所に居る彼、ユクエは奇天烈な格好をしていたからだ。

 

「あの、何でそんな恰好をしているんですか?」

 

 Tシャツの裾から顔だけを出す形で着ている。伸びに伸ばされたシャツによってお腹は見えてるし、頭と耳は服の中に隠れてしまっている。頭にTシャツが被っているからか、とてつもないなで肩なっている。なんだろうか、中途半端にTシャツを着ていると言った方が正しいのか……。

 

 笑いもせず、ただ困惑しながらそう言葉を投げかけたフェイトに対して、ユクエは何処となく空虚さを感じさせる目で真正面を見て、ただ一言、「趣味です」と答えた。

 気のせいだろうか、その一言を言った数秒後に徐々に目が潤んで行っているような気がする。

 この見ず知らずの少年だが、今の状況からして彼がベンチに寝かせてくれたのだろうか?

 

「……あれ?」

 

 そうなると気絶する前に見たあの光り輝く人は彼ということになるのでは?彼女はTシャツを被り、顔だけ見える彼を良く見る。彼女のその視線にジワリと汗を流した彼は、何か問い詰められる前に立ち上がり手を差し出す。

 

 少し口を噤んでから「その、返して貰っても……」と、若干声を震わせながら放たれた言葉に、彼女は一瞬何を言われているかわからなかったが、手の中にあるカツラを見て、あっ、と声を上げる。

 

 そうだ、目の前の彼があの光る人だったならこの桂も彼のものではないか、そう思い至り途端にすごく申し訳のない気分になった彼女は恥ずかしそうに頬を染めながら、同じく気まずいであろう彼にフォローの言葉を投げかけた。

 

「あの、私、かっこいいと思う、よ……?」

 

 この場合、純粋が故の彼女の言葉は、ユクエの心に深く突き刺さった。勿論悪い意味で。

 彼女から斜め下に視線をそらし、途切れ途切れに「あ、あざっす」となんとか答えた。正直、休日という公園でハゲを隠すとはいえ、おかしなTシャツの着こなしをして視線を集めていた彼のメンタルは、先程の言葉の一撃でもうボロボロだった。

 優しさは時には刃になるというのは本当のことだったようだ。いたたまれない、できることなら今すぐヅラを回収してこの場から離れたい。年頃の少女から強引にヅラを返してもらうなんて行為ができない自分を恨みながら、彼は心の中で羞恥心に悶える。

 

 一方の彼女は、嫌味も何もなく本心で言った言葉がまさか彼を大いに傷つけてしまった事に気づかずに、手に持った桂を彼に手渡し追撃とばかりに言い放つ。

 

「大事な、ものなんだね」

 

 この言葉にも嫌味なんて微塵もない。ただ、心に思ったことを正直に言葉にしただけ。事情という問題を省けばそこそこいい話に見えるだろう、だが今彼女が渡したのはヅラ、両親から貰ったお守りでもなければ、友の形見などでもない。感動できる要素など微塵もない物体を「大事なもの」と評されても、どこをどうしたって良い話などには成り得ない。

 

「私も大事なものが沢山あるよ。君と同じように……」

 

 まさか君も髪が……?と一瞬錯覚してしまった彼だが、こんないたいけな少女が自分のように髪に悩むはずがないと思い至り、差し出されたカツラを受け取る。

 

 自らの元に戻ってきた桂をそのまま被らずポケットに入れた彼は何もかも見通しそうな純粋無垢な彼女の瞳にバレてるにも関わらず、Tシャツに覆われた頭部を抑える。

 

「だからっ、諦めないで……私も……諦めないから……っ」

 

 まるで自分に言い聞かせるように吐き出されたその言葉だが、その言葉を向けられた彼はその意味を別の意味に捉えたようで、「貴方の髪、諦めないで!」と言いたいのかこの少女は、等と思っていた。

 

 第一、何を諦めなければいいのだろうか、彼の毛根は諦める以前に死滅してますが何か?状態なのだ。全てヅラへとコンバートしたのでもう髪が生える事は無い。

 

 

 死んだ大地には草木は実らない、人の手によって苗を植えられなければ育たないのだ。

 

 

 しかし、何処までも純粋且つ一生懸命な彼女の言葉に、ノックアウト寸前にまで追い詰められた彼はその場で膝を屈しそうになりながらもぐらりと堪え、「もう大丈夫なようだ、な」と彼女の安否を確かめ、傍らに置いてあるスーパーの袋を持ちその場を後にする。

 

「あ、ありがとう!」

 

 気分は戦場を生き残った兵士。背後から聞こえる彼女からの感謝の言葉に、片手を上げながら暗くなった公園から出ていく。

 

 Tシャツの襟を頭に被せたお山型スタイルのままで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フェイト!」

 

 彼が公園から出て行った後、入れ違う形でアルフが血相を変えて走ってきた。とても心配させてしまったようだ、素直に謝りながら彼が出て行った方向に目を向ける。

 彼の名前も性格も何も知らない、けど、少し心が明るくなった。

 

「頭が光る人っているんだね……」

「え、何言っているんだい?……大丈夫?最近根を詰め過ぎだよ……」

 

 自分の身を案じてくれるアルフに感謝の念を抱きながら、優しげな微笑を浮かべる。

 

「……うん、心配かけさせちゃったね、ごめん」

 

 少しだけ自分の思いを吐き出した彼女は何処か晴れやかな表情でそうアルフに言い放った。

 




『死んだ大地には草木は実らない、人の手によって苗を植えられなければ育たないのだ』

 なんとなく抜粋してみました。
 これだけ聞くと凄い良い言葉に聞こえますが、比喩が……もう……。


 Tシャツを中途半端に着て顔だけ出すというのは、大抵の人は子供の頃やったことがあると思います。私はやりました(自白)
 


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月村すずかの場合


更新致します。





 人には何故髪が生えているのだろうか。古来、毛むくじゃらな猿人から進化した我々の頭部には髪の毛がある。進化する過程で何故髪の毛が残されたのか、髪の毛は進化する過程で必要すら無かったのではないか?

 むしろ進化する上でいらない物なのではないか?髪なんて手入れとか面倒くさいやら、夏場は暑いやらで良い所が無い。

 

 ま、人類進化の不可解な部分を考える事はやめて、時代を進めよう。

 古来日本男児は、ジャパニーズマゲという髪型を作り出した。その始まりは平安時代にまで遡る、マゲ……丁髷と呼ばれる髪型は、偏に兜を被るときに頭が蒸れ逆上せ上る事を事を防ぐ為の髪型である。

 

 その形態は年齢と嗜好により若干の違いがあるが、広い目で見ればどの時代もおおまかな形は同一と言っても良い。

 

 ここで曲解して考えるならば、頭頂部を剃いで、残りの髪の毛を結って紡がれるちょんまげとは、広く定義すればハゲ、という事になるのではないか?この考えを当てはめるならば、ようするに古来侍は皆ハゲなのだ。例えハゲでもないのにハゲにされてしまう、なんとも恐ろしい時代だ。しかし、考えるとマゲというヘアースタイルは世の髪に悩む男性に希望の光になるのではないか?皆ハゲれば怖くない。外国にはオオウケだろう。

 

 落ち武者スタイル、なんとも散々な言い様だが、世間は奇抜なものに注目する。小説然りファッション然りゲーム然り、普通でないものを人は求める。どう見ても「これはねーよ」と思うものですら、予想外の好評を見せる事だってある。……長続きするとは限らないが。

 

 だがしかし、一旦定着させてしまえば後は簡単だ。認識さえされていえば、例え流行遅れだろうとも奇異の視線に晒されることはない。笑いものにされれば「日本男児ですけど何か?」とでも言えば大丈夫な筈。

 

 

 

「………俺には髷を結う程の髪はないけどな……」

 

 

 そこまで考えて何原行方は、手に取った【歴史の雑学書】という題名の本をパタリと閉じ、静かに息を吐き出した。

 昼休み、彼は学校の図書室に居た。何時ものように教室にて朝倉と昼食の弁当を食べた彼は、ふと気まぐれに図書室へと脚を運んだ。流石私立の学校の図書室というべきかそれなりに沢山の本があったが、彼が興味を示した本は何処か可笑しかった。

 小学低学年が読まないであろう難解な本、それをパラパラと捲りながら読み流していた彼は、先程まで呼んでいた項目、【丁髷の起源】という奇天烈極まりない項目を見つけたのだ。

 

「あれ?ユクエくん、珍しいね」

 

いつの間にか背後に立っていた少女に驚愕の表情を浮かべ振り返る。艶やかな紫色の髪が特徴的な女子、月村すずかが抱えるように本を持ち彼をやや驚いた面持ちで見つめていた。正直、彼女とはあまり仲は良くないと思っていた彼は、若干首を傾げながら手に持った本を本棚に戻し彼女の方を向く。

 

「ユクエくんも本が好きなの?」

 

 やや食い気味に質問してきた彼女に、合点がいったユクエは苦笑いしながらも「嗜む程度には」と曖昧に答える。実際、図書室に来たのだって気まぐれで読む本だってメジャーな小説だけだ。

 しかし、彼女は違うように受け止めたようで若干上機嫌になりながら、抱えた本を持ち直しユクエの前にある本棚を眺める。

 

「歴史が好きなんだねっ」

 

ぐいぐい来るなこの子、と若干引きながらそう思っていると昼休みの終了を意味するチャイムが鳴り響く。好機とばかりに教室へ戻ろうと促しながら話題を変えた彼は、慌てるように図書室の貸し出しに行く彼女と共に歩き出そうとする。

 

 そういえば、何時からだろうか。この大人しそうな子が積極的に話しかけてくれるようになったのは。目の前で本を借りている少女に目を移しながら彼は考え、思い至る。

 

 

「確か、バニングスにお茶会に誘われた時からか……」

 

 

 数日前の話だが、その日彼女と親交を深める何かがあったのだろうかと疑問に思いながら彼は再び歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月村すずかがユクエに対して友好的なその理由は、彼が月村邸にお茶会に誘われた数日前にまで遡る―――。

 

 

 

 

 

 

 

 月村すずかは物静かな少女である。

 とある事情と臆病とも取れる性格のせいか友達作りが苦手な彼女にとって友人であるなのはとアリサは大切な存在である。変わらない日常に幸せを見出していた彼女だが、ある一人の男子の登場によって彼女の日常は少しだけ変わった。

 

 何原行方(いずはらゆくえ)

 

 最近、親友二人と親交がある少年。妙に大人っぽい面があるところを除けば普通の少年だが、アリサをはじめ、二人は妙に彼に構っていた。別段、嫉妬とか疎むような気持ちはなく純粋に気になった。

 

 試に何原についてのことを二人に別々に聞いてみると、どちらも目を丸くしながらどう言葉にしていいのか分からないといった表情を浮かべ、こう言い放った。

 

―――ユクエくんは、若いうちに苦労しているの―――

―――ここでは言えないわ、絶対―――

 

 あの二人にしてそこまで言わせるとは……一体、彼はどんな運命を背負っているのだろうか。素直に気になった。まさか自分と同じような(・・・・・)悩みを抱えているだろうか、と勘繰ってから自分でその考えを否定する。自分のような秘密を二人が知れば、あんな態度で接しない……はずだ。

 

 ………。

 

 そういえばこの前の体育のドッジボールで彼に思いきりボールをぶつけてしまった。学期初めの授業ともあって手加減できなかった……。あの時は本当に申し訳ないと思った。後で謝りには行ったが、彼は幸い無傷だったので安心した。

 

 思えばその時からなのははユクエに気を使う様になっていた気がする。気をつかうと言ってもアリサのように構えうとかではなく、一定の距離を置いているという感じだった。かくいう彼女も慣れない男子に自分から話しかけるような事はしなかったので、その時は不思議には思わなかった。

 

 しかし、今となれば違う。

 そのなのはも彼を手助け?するかのような行動を取っている。なにやら意思を固めた様に……。すずかは少しだけ仲間はずれにされた気分になった。別に、二人と彼女の距離は全く離れていない。昼休みも一緒にお弁当を食べている、けども自分だけ何もしていないというのはなんとなく情けなくなった。

 

 なので、彼女はアリサに彼を家のお茶会に誘うように勧めてみた。断られちゃうかな?と思っていたが、特に嫌がる様子もなくOKしてくれた。

 彼女もこれを機に友達になれればいいな、思いながら親友二人とユクエが来るのを心待ちにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 お茶会が行われるその当日。

 アリサ、なのはと一匹のフェレット、そして彼女の兄、高町恭弥がやってきたすぐそのあとに、何原行方は到着した。お茶会をするのは恭弥を除いた4人と1匹なので、彼はすぐに恋人であるすずかの姉、月村忍の居る部屋へ移動していってしまった。

 

 道が分からないであろう彼に車での迎えを用意したことに感謝されつつも、滞りなくお茶会は開始された。女子に囲まれて話すのはどこか肩身が狭そうにしている彼だったが、次第に慣れていったのか口少なくではあるが会話に参加するようになった。

 

 すると、お茶会の最中、一匹の子猫がユクエの足元に近づいてきた。月村邸には沢山の猫が住んでいるのでその中の一匹がテラスにやってきたのだろう。その子猫に気付いた彼は「んお!?」と驚いたように立ち上がり椅子を引くが、子猫は物怖じせずに彼の足に体をこすりつけた。

 

「懐かれてるね」

 

 彼の足に体をこすりつけている子猫を持ち上げて、目の前に持っていく。猫を目の前にさしだされた彼は、彼女の方を不安気に見やった後に、子猫を見る。

 

「ユクエ、あなた猫さわるの初めてなの?」

 

 アリサの言葉に「こんなに人懐っこい猫は初めてだよ」と答えたユクエは、再度すずかを見て「持っていいのか?」と口を開く。そんな彼に、彼女は笑顔で頷きながらおどろおどろしく手を伸ばした彼に子猫を持つ両手を差し出す。

 

 しかし彼の手が猫に触れようとしたその瞬間、両手で包むように持ち上げた子猫が突如暴れだした。何がどうしたのか、慌てたすずかが咄嗟に地面に下ろそうとしたその瞬間―――

 

 にゃあ!と子猫が手からぴょーんと飛び上がる。この時、大人顔負けの身体能力と反射神経を兼ね備えていた彼女は、猫の飛び上がった先にいる、ユクエが驚愕の表情を浮かべたのを見た。

 

 驚いた表情だけではない、なんとなく「しまったッッ」と言いたげな表情だ。このまま彼の頭か顔に子猫がぶつかってしまう、かくいう自分も目では認識できてはいるが、突然の事態に体が動かない。

 でも、子猫だからそんなには痛くないよね?とそんなには危惧していなかった事もあるだろう。

 

「ゆ、ユクエく―――ん!?」

「避けるのよ!ユクエ!!」

 

 ………彼を除いた二人の親友が悲鳴を上げるまでは……。

 え、なに!?なんでそんなに慌ててるの!?と混乱した彼女が、再度ユクエを注視すると彼女でさえ認識できない速度で頭を抑えたユクエが、その場でブリッジするように飛び掛かる子猫を躱している姿を目撃する。

 

 彼を飛び越えるように着地した子猫は、一瞬だけ彼の頭を注視した後にどこかへ走り去っていく光景を確認した彼は、片手で頭を抑えたブリッジの体制から器用に起き上がり「危なかった……」と額の汗を拭っていた。

 親友二人も安堵の表情を浮かべ胸を撫で下ろしている。

 

「…………え」

 

 誰か説明してくれない?今のそんなに危ないような光景じゃなかったよね。むしろ、自分にすらギリギリ認識できる速度で躱しにかかったことが驚きなんだけども……、と意味不明な展開に若干混乱する。

 

「下手すれば大惨事になっていたところだったわ……」

「うん……」

 

 親友は何も言ってくれない。

 

「ど、どうなさいました―――!!」

 

 先ほどの二人の悲鳴を聞き大慌てでやってきたのは、メイドのファリンであった。彼女は手にお茶が入れられたカップが乗せられたお盆を持っている。

 とりあえず混乱したままの頭で、彼女に心配いらないと言おうとしたその時、再度事件は起こる。

 

 慌てたファリンがテラスの会談に足を取られ転んだのだ、その際に両手に持たれたお盆は前に投げ出されカップの中身が宙を舞う。そして投げ出されたその手は―――

 

 

 先ほどブリッジから起き上がったユクエの頭へ叩き付けられた。

 

 

「あ”」

「え”」

 

 親友二人の絶句する声が聞こえると同時に、ベシーン!とファリンが叩き付けたその手は、彼女が地面へ倒れると連動するように滑り落ちていく。気のせいだろうか、ユクエの髪が分離するように下へズレて―――

 

「!?」

 

 いや、違う。何故か彼もファリンの手に合わせて地面へ倒れている。彼は「させるかぁ……ッ」と鬼気迫った表情で体を傾け自ら地面への落下を行っていたのだ。その行動の意味は分からない、がなんだか凄い緊迫した光景だ。

 一体何が彼をそうさせるのか。

 そもそも今彼は何を守ろうとしたのか。

 

 そのままバシィーンと片方の手で地面を叩き、受け身を取った彼。依然としてファリンの手が置かれている頭にもう片方の手を置き安否?を確かめた彼の表情は何処か満足気だ。

 

「あ、ああっすいません……」

 

 ユクエの頭に手を叩き付けたことに今更ながらに気付いたファリンは、ユクエの頭から必死に手を離し立ち上がり、泣きそうな表情になりながらも必死に頭を下げる。一方の彼は、全然大丈夫とばかりに手を振り気にしていないという意思を示した。

 

 しかし、その光景を傍目から見ていたすずかは何処か違和感を感じた。ユクエの姿がさっきと少し違う?何故そう思ったのだろうか、彼をよく注視すると―――気付く、否、気付いてしまった。

 

「………あッくふぅ――――!?」

 

 思わず出てしまった声は、背後からにゅっと突き出された手によって口を塞がれ止められる。びっくりしたように後ろを見ると、彼とは別の意味で鬼気迫った表情のアリサが居た。すずかの口を塞いでいる彼女は、首をゆっくりと横に振り、再度彼の方に視線を向けさせると―――全てを理解した。

 

 

 

 

「……ずれてる……」

 

 

 

 

 正確に言うなら、彼の髪の毛がずれていた。普段の彼の髪形を知っている人なら容易に気付けるほどに、ズレていた。そこで彼女はようやく彼の秘密、親友たちが彼に構う理由を理解することができた。

 

 彼はカツラを被っている。

 どういう理由でそうなのかは分からないけど、それを隠している。

 

 驚くほど溜飲が下がった彼女は彼の秘密を理解することが出来たと同時に、何処となく彼の秘密に共感してしまった。程度は違えどそれがバレれば当人にとって良くならない事が起きる。彼女自身の特性(・・)も人にバレれば大変な事になる。

 

「あれ?ユクエさん、でしたよね?……先程と髪が……」

 

 ファリンに指摘され、バッと頭に手をやった彼は目にも止まらぬ速さで髪の向きに直し「へ?なんのことですかね?」としらばっくれる。あまりの速さにファリンは気のせいだったか、と首を傾げているが、背後で事情を知った彼女にしてみれば、あまりにも涙ぐましい努力と言える。

 

 首を傾げながら、割れたカップの片付けにかかるファリンに「なんとか誤魔化せた」と呟いた彼は、背後に居る彼女達を思い出したのか、ギギギと音が鳴りそうな動きで後ろを振り向く。

 

「あはは、いきなり倒れるからびっくりしちゃったよ~」

「心配したわよ、ねっすずか」

「う、うん」

 

 彼のその挙動を予測していたのか、すずかの口から手を離したアリサと、その隣に居たなのははごく自然な表情で応対する。その答えに安堵したのか、大きく息を吐き出した彼は、疲れた様に先程座っていた椅子に座り脱力する。

 その様子に同様に安堵の息を吐き出したアリサは、やや影のかかった表情を浮かべ、すずかから目を逸らす。

 

「すずか、このことは……」

「うん、内緒にする」

 

 その言葉に良かった、と言ったアリサを見てすずかはもう一度椅子の上でぐったりしている彼を見る。彼にとっては日常のどんな些細な事も危険な障害になり得るだろう。そんな中でカツラの事を誰にもバレずに貫き通す事はきっと過酷な道になるだろう。

 

「秘密は、守らなくちゃ……駄目だよね」

 

 結果、彼女達は何処までも親切で優しい三人組であった。

 




銀魂151話って面白いですよね。
……特に意味はありませんが(メソラシー

前話のシャツの着方は『ジャミラ』と『シャツ』で検索すると出ます。
感想でジャミラと出て凄いしっくりきました……。





おまけ

『なのは!今彼の髪が……!』

『なんのことかな?ユーノくん』

『え?彼の髪が―――』

『ユーノくん……何も、なかったよね?』

『………うん』


おわり



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プレシア・テスタロッサの場合


お待たせいたしました。
書く予定は無かったのですが、感想蘭で要望があったのでプレシア回です。




 興味深い事を聞いた。

 

 【時の庭園】の主、プレシア・テスタロッサは高揚する感情を抑えながら、デバイスが展開した映像の文字列に目を通していた。

 

 事の発端は単純。プレシアがジュエルシードの集まりが乏しくないフェイトの話を聞き流していたその時、彼女は実に興味深い事を口にしたのだ。

 母の気を必死に引こうとしていたフェイトは、唯一反応を示したその話題を夢中になって話した。

 

『あ、あの………頭が光る、男の子が居て……でもジュエルシードとは関係なくて……』

 

 頭が光る男の子?

 何言っているんだ、と最初は思ったが地球は管理外世界。広く普及している魔法とは別な体系の力が存在してもおかしくはない。特に地球は、文化によって様々な錬金術、占星術、陰陽術、等々の得意な技術が存在していたと言われている。中には人の死を覆する外法の術すらもあったという。

 

 デバイスを介して地球における【光る】【人】と検索し調べる。検索により出てきたのは―――。

 

「後光……光背、いや、ず、頭光……?」

 

 何だこれは。

 プレシアは出てきた情報に混乱する。話があまりにも突拍子も無さ過ぎたのだ。ある意味ジュエルシードよりも危険なものかもしれないとさえ思える程に程荒唐無稽で現実味が無くそれでもって希望に溢れていた。

 

 光背こうはいとは仏、菩薩、キリストなどが発する光。ここで重要なのは光を発していた事ではなく、光を発していたたとされる者達。仏、菩薩、キリスト、これらの存在をミッドチルダに当てはめるのならば、聖王教会が祀り上げる聖王のようなものだろう。

 

 ―――総じて彼らは奇跡を起こす。

 

 必然的に、確定的に起こされる奇跡の数々。

 それに目を奪われるように、様々な記事に目を通す。

 

「もし、もし……フェイトが見た者がそうだとしたら」

 

 プレシア・テスタロッサは神を信じない。

 だが、可能性があるならば、神でも奇跡でも何でも利用して娘を、アリシア・テスタロッサを生き返らせたい。愛する娘を失ってから止まってしまった時間を動かすために―――彼女はフェイトを呼び出すべくデバイスを手に取る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何原行方は、公園のブランコで静かに黄昏ていた。何故彼が夕暮れ時の公園で黄昏ているか、それは最近彼を取り巻く日常に微妙な違和感が生じているからだ。

 

 何だか、何時の間にかクラスの三人娘と仲良くなっていた。これには特に悩むことはない、隣同士であったアリサの友達と友達になっただけなのだから。元20代が小学生と友達とか、と言われればお終いだが、精神的に成熟しているユクエには小学生に欲情するほどの異常な性癖は持ち合わせていないし、これといった優越感も感じる事は無い。ただ、この縁をずっと大事にしていきたいとは思ってはいるが。

 

 だが、気のせいかもしれないが彼が願う平穏な日常とは徐々に離れて行っている気がしてならないのだ。風も吹かないし、流れ弾も、桂を叩き落とす魔手も来ない安全な場所でずっと居たい、そんなささやかな願いすらも最近叶わなくなっている気がした。

 

「母さえも、俺を追い出すか……」

 

 からからと乾いた笑みで頭を抑え俯いた彼の姿は何処か疲れ切ったサラリーマンを思わせる。

 ―――実際は、家にばかり籠っているユクエに『子供なら外で遊びなさい!!』と喝を入れた母親が、ユクエの為に買ってあげた縄跳びと共に家から出したのだ。つまりは、ユクエの自業自得なのだが、左手で持つ縄跳びを見る度にユクエは自らの無力さに苛まれる。

 

「縄跳びとか……ワロタ……ワロタ……」

 

 ヅラが一番しちゃいけないスポーツ筆頭、縄跳び。都合上両手が使えなくなる危険なスポーツに加え、垂直に飛ぶ縄跳びは、例え両面テープで安全策を取ろうとも容易くそれを引き剥がす。

 もはや重力、風、地球がユクエの頭を剥がしにかかっているとして思えない事態に、彼は瞠目せざるを得ない。

 

「はああああああ…………」

 

 今日何度目かになる大きなため息を吐いた彼がそろそろ帰ろうかな、等と思っていると、視界に見覚えのある艶やかな金髪が映り込んだ。

 

「い、いた!!」

「?……ッ……あ、ああああ……」

 

 世界はどうしてこんなにも残酷なんだ。彼は目を瞬かせ吸った空気を情けない声と共に口からこぼれ出すように吐き出しながら、こちらに走り寄って来るツインテールの少女を見る。以前、路頭で気絶していた名も知らぬ少女、ユクエにとってはある意味一番会いたくない子が物凄い笑顔でこちらを見る。

 

「ちょ、ちょっとフェイトぉ!!」

 

 後ろから保護者らしき橙色の髪をした女性が居る、が、今のユクエにはその女性が見えて居なく。ただただ目の前で止まった少女を己を社会的に殺す死神を見る様に見ていた。

 

「一緒に来て……っ!」

 

 有無を言わさず手を掴まれ、何処かに連れて行かれるユクエ。もう彼はどうしたらいいか分からない、連れと思われる橙色の髪の女性も訳が分からないとばかりに困惑の表情を浮かべる。

 

 ついには人気のない路地裏にまで連れて良かれてしまったユクエ。前回の少女の凶行を思いだしたのか、またヅラを剥ぎ取られると勘繰り頭を抑えながら後ずさる。

 

「アンタがフェイトの言ってた友達?」

 

 フェイトって誰だ。

 警戒するユクエに声を掛けた女性に首を傾げる彼だが、直ぐフェイトと呼ばれる少女が目の前の金髪の少女と分かり、誤魔化すように視線を逸らす。

 そもそも友達になった覚えもない。ならない理由は無いのだが、とくにそれほど仲が良くなったという訳ではないし、フェイトと呼ばれた彼女が何故ユクエをこんな路地裏に連れてきた理由も分からない。理由を聞こうにも、何やら自分の手にある棒状の物体を見てブツブツと何かを呟いている。

 地味に怖い。

 

「あの―――」

 

 恐る恐る質問を投げかけようとした、次の瞬間彼の視界は真っ白になり訳の分からない浮遊感にさらされる。強烈な光に思わず目を瞑ってしまう彼だったが、次に目を開けたその瞬間、彼の目の前には路地裏とは違う光景が広がっていた。

 

「トリック、か……全く、なんと手間のかかることを……」

 

 きっと光のマジックとか実は別の場所に入り口があったのだろう、と可愛げのない理屈で自己完結しながらもユクエは周りを見渡す。地下なのか、とても薄暗いが一瞬で移動したと思えない程に広い。

 特に驚きもせずに周りをぼんやりと見つめている、ユクエに何かを確信したのか、彼を連れてきたフェイトは意を決し彼に話しかける。

 

「ごめんね……いきなり連れて来ちゃって……あの、遅いと思うけど……母さんに、会ってもらってもいいかな?」

「母、さん……君の?……何で?」

「会いたいって」

 

 何故いきなり保護者面談……と、少し前まで名も知らぬ、というより自分の名を知ってもらっていない少女の母親に会わなくてはいけないのか。気まずい、それにこんなアグレッシブな子だ。きっとダイナミックな母親かもしれない、出合い頭にヅラをぶんどられる可能性を考慮しつつユクエは覚悟を決める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――母さん、連れて来ました」

 

 早い、件の少年を連れてくるように指示を出したプレシアは、命令してから一時間足らずで少年を連れてきたフェイトのあまりにも迅速すぎる行動に若干引きながらも、遅れながらやってき少年を見る。

 

 子供らしくない。妙に大人びた眼差しをしている、という理由もあるが、プレシアがそう思ったのはもっと別の理由があった。

 

「よくやったわ。……少し彼と話をさせてくれないかしら?」

「は、はい」

 

 取り敢えず少年に対する考察をする前に、現状邪魔になるであろうフェイトを外に出す。さりげないながらも母に褒められたフェイトは、一瞬呆けながらも喜色の表情を浮かべ扉から出ていく。

 残されたのは、無表情で手元の縄跳びを所在無さげに弄っている少年と、椅子に座っているプレシアのみ。

 

「座りなさい」

 

 少年を見定めながら彼女は、対面に用意しておいた椅子に座るよう促す。彼は遠慮気味に頷いたその後に、促された通りに椅子に座り「何原行方です」と自身の名を言った。

 

 やはり子供らしくない。無理に大人びた敬語を使うフェイトよりも枠に嵌っていて、それでいて違和感を感じない。何よりその瞳、あれは苦悩を経験している目、何時かの彼女のように淀んでいる瞳だ。

 

「ここの主、プレシア・テスタロッサよ。貴方、フェイトから話は聞いたわ」

 

 瞬間、彼は動揺するように表情を硬直させる。

 これだけのやり取りでここまでの動揺を見せるとは思わなかった彼女は、驚きつつも内心ほくそ笑む。半信半疑ではあったが、信憑性は高くなった。地球の文化においての神の定義は理解しきれてはいないが、ミッドのソレよりは信用できる。

 目の前の少年、何原行方は動揺しながらも「む、娘さんからは、ど、どのような話を……」と呂律の回っていない口調で訊いてくるが、プレシアは普段は見せない笑顔を浮かべる。

 

「勿論、全部よ」

 

 貴方が背光、頭光を放ったことをね………ッ。

 その言葉にユクエは、ゆっくりと視線を下に落とす。

 

「隠しても無駄よ」

 

 プレシアはさらに追い打ちをかける。彼は何故か頭部を抑え「なんの事やら……」と目線を左下向けそう呟くが、年の功があるプレシアにとっては無意味に等しかった。

 

「私は気が短いの、時間をかけさせないでちょうだい」

 

 だがユクエの往生際の悪さに苛立ってはいた。

 バカみたいな憶測が事実であるならば、ジュエルシード等という危険ありきの願望器など使う事は無い。これ以上しらばっくれるのならば、例え神の御使いだろうとも力でねじ伏せる―――。

 後に引く脚は無い、プレシアは圧を増すようにその身から雷撃を迸らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何原行方は往生際の悪い人間である―――が、いくら往生際が悪くともどうにもならない事態があるという事を今まさに痛感していた。

 

 唐突に始まった二者面談。

 相手はフェイトという少女の母親。見た目が同齢の少女の親とは思えない程の妙齢だが、何処か顔色が悪いという印象を持った彼女から吐き出された言葉はユクエを振るわせるには十分な言葉だった。

 

『フェイトから聞いているわ』

 

 ぶんどられたカツラの事を話してしまったのか、だがまだ大丈夫、常識的に考えてこんな年ごろから毛根が消滅している少年なんてマルコメ君以外居ない、少なくとも彼は知らない。あってスポーツ刈りの野球少年だろう。

 若干上擦った声で答えるも、妙齢の女性、プレシア・テスタロッサからの懐疑的な眼差しは変わらない。

 

 そもそも何故そこまで自分のハゲを暴くことに執心する?ユクエはカツラの下に滲んだ汗を鬱陶しく思いながら、目の前でこちらを覗う彼女について思考を巡らせる。

 

 見るからに子煩悩。娘に近づいた不貞なハゲを排除する為に連れてきたと見るべきだろう。証拠にいの一番にフェイトは外に出された。そして、執拗にこちらのハゲを暴こうとするその姿勢、友人関係を裂く理由としてハゲは十分な理由に成りえる。

 

―――髪が無い子にうちの子は任せられないわ!―――

 

 立ち直れなくなる確かな自信があった。外聞も無く泣いてしまいそうな自信もあった。

 想像したら割と本気で吐きそうになりながらもこの重圧を耐える。

 

「いい加減にしてくれないかしら?貴方に構っている時間はないのよ……」

 

 相当な子煩悩である彼女は怒っている。

 その証拠に今のユクエには彼女から電撃が飛び散っているような幻覚が見える。これが追い詰められた人間が見る極限の世界、避け得ぬ地獄。普段の彼ならば「トリックだな」と即答するレベルの幻覚が彼のハゲという秘密を守るという決意を鈍らせてゆく。

 

「……分かり、ました」

 

 二度目の人生、一か月も経っていないにも関わらず、これまで完璧に―――誰にも露見せずに守り通してきた鉄壁の要塞を崩す。

 彼は観念したようにゆっくりと両手を頭に置く。

 何故か目の前がうるんできているが、この際仕方がない。中身が大人な彼でさえきつい、知り合い、かどうか分からない少女の母に自身が守り通してきた恥を見せるのだから……。例えるならそう、職員室で駄目だしされた読書感想文の朗読させられた時のような体験に似ている。

 

「……?……何故頭に手を掛け―――」

 

 そんな声が聞こえたが、もう諦めた彼は構わずカツラを持った両の手を未練を断ち切る様に上へあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユクエは頭に手をかけた。

 その意味不明な行動の意図を問うたその時、プレシア・テスタロッサの眼前に目を見開くほどの衝撃の光景が映り込んだ。

 光、少し眩いほどの輝き。これがフェイトの言っていた光か等と思っていた彼女だが、ユクエの姿をよく注視したその瞬間彼女は「ぇ?」と呆けた声を上げる。

 

「………な」

 

 彼の頭にあるべきものがなかった。

 髪が、毛が、頭髪が。ある程度成熟していれば特に驚くことではないのだが彼は幼い子供。わざわざカツラなんて被っているという時点でばらしたくない秘密なのは一目瞭然。

 

 カツラを持った両の手を机に置き肩を震わせているユクエから視線を逸らし、プレシアは現実逃避気味にフェイトの言葉を思い出す。

 

『頭が光る』

 

『ジュエルシードとは関係ない』

 

 思えば既にここで答えが出ていたはずだ。フェイトは世間知らずだからこの少年のが抱く苦悩は理解できなかった。悪気がないからこその仕打ち、何故ああ育ってしまったのか、と考えてから自分のせいと自覚し、軽く自己嫌悪に陥りながらユクエを見る。

 

 見事なまでに毛根が無い。

 顔色は悪くない、病気ではなく生まれつきの何かだろうか。どちらにしてもこれまでの言動を振り返ると、物凄く彼を追いつめてしまった気付き罪悪感が湧いてくる。追い込んでしまった原因が悲しすぎる。

 

「あのッ……すいません、でした……おれぇ……髪がなくてぇ……そんな怒られとはッ……思わなくてぇ……何かぁ、もう電気とか幻覚とか見えてぇ……凄く吐きそうでぇ……す、ほんとうに……すいませんでしたぁ……ッ」

 

 無言のプレシアに耐えきれなかったのか、ついには本格的に泣き出してしまったユクエ。中身が大人と思えないほどの大号泣に、流石に冷酷と自負する彼女も慌てる。

 先ほどまでの追及を見ればそう捉えられてもおかしくはないが、何だ、髪がなくて怒られるとは。訳が分からない。

 

「俺なりにぃ……隠そうと頑張っているのに……世界が俺のハゲを……ハゲを暴こうとするんです……ッ」

 

 世界がハゲを暴こうとするとはどういう意味だ。

 流石にどう反応していいか分からないボケが飛んできてさらに困惑する彼女だが、異変を感じ取ったフェイトとアルフが来るとまずいと考え、とりあえず彼を宥めるべく声をかける。

 

 冷酷非情な彼女だが、流石に見ず知らずの子供相手にトラウマを掘り返すような陰湿な事をして喜ぶようなサディストではない。というより相手は魔法も知らない子供、そんな相手に割と本気の殺気と威嚇をしてしまった大人げなく考えが浅かった自分を情けなく思う。

 

「も、もう怒ってないわ……いえ、さ、最初から怒ってはいなかったわ」

 

 彼女らしくない焦ったような言葉に、一先ず泣き止み袖で目元を拭ったユクエはテーブルに乗せられたカツラを被り直し、「じゃ……じゃあ何で怒っていたんですか?」と遠慮気味に聴いてくる。

 

「っ」

 

 貴方が神の使いと思って連れてきたなんて言えるはずがない。しかしこのままではただ苛々しながら頭を言及しただけという訳の分からない女性という認識になってしまう。扉の外にはフェイトがいる、もし彼を返す際にそれが伝われば、ジュエルシードの回収に支障が出るかもしれない。

 それだけは避けなくてはならない。あくまで最終目的はアリシアの蘇生。その為にはフェイトが必要なのだ。

 

「娘が、心配だったのよ」

 

 間違ったことは言っていない。フェイトのジュエルシード回収が遅れ、アルハザードに行けず娘のアリシアが蘇生できなくなるという事態は起こってはならない。

 ユクエは「娘さんの為ですか、それなら……しょうがないですね」とあっさり引いた。

 

「そう……娘の、為よ……」

 

 アリシアの為の言葉、の筈なのに脳裏には【人形】の姿がよぎる。

 深くは考えないでおこう。それが自分の為にもなるし、【人形】の為にもなる。もう、引き返せない段階まで来ているのだ。ここで計画を止めるという選択は無い。

 

 無言になった彼女に訝しむような視線を向けるユクエだが、その視線を受けたプレシアは瞳を鋭くする。

 

「……もう用はないわ。帰りなさい」

 

 念話でフェイトを呼び出しながら、ややきつめに言い放つ。怖がるように肩を震わせたユクエは彼女の指示に従う様に椅子を立つ。

 その際、彼女は何を思ったのか立ち上がったユクエに、複雑な表情で話しかける。

 

「貴方は……フェイトと友達なの?」

 

 この問いに深い意味はない。

 ただ、頭のせいで日々の生活に絶望している彼が【人形】―――フェイトの事をどう思っているかが気になった。彼は少しだけ悩むように眉を渋めてから「とりあえず自己紹介してから友達になれればなります」と曖昧に答え、一礼してから扉の方へ歩いて行ってしまった。

 

 彼の答えにプレシアは無意識に安堵の息を吐いた。

 しかし先程のユクエの言葉に引っかかる部分があった事に気付き頭を抑える。

 

「……あの子、名前も知らずに連れてきたの……?」

 

 

 

 

 

 

 プレシア・テスタロッサと何原行方の邂逅。

 それは原作という大きな流れには大きな影響を与えはしないが、些細な、ほんの小さな変化を与えたのだった。




 特に良く知らない少女の母親にハゲを隠している事を根掘り葉掘り聞かれたら中身が大人でも泣いてしまっても仕方がないと思います(真顔)



 今回の話でプレシア生存ということにはなりませんが、ユクエとの出会いを機にプレシアがほんのちょっとだけフェイトに優しくなりました。



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アルフの場合

お待たせいたしました。



 アリサの家に橙色の大型犬がいるらしい。

 

 高町なのはが長い休みから久しぶりに学校に来たその日、帰り際にアリサに聞かされたことがそれだった。橙色の犬は珍しい、というより見た事が無い。少なくとも前世の分も含め黒や白色の毛並みの犬は見た事があっても、アリサの言う橙色の犬は見た事も聞いたことも無いユクエは、珍しくも自分から犬を見てみたいとお願いをした。

 

 何原行方は犬が好きだ。

 犬派と猫派と聞かれればどちらもと答えるが、どっちかと言われれば犬を選ぶ。

 だってモフモフしてるから、触っていると髪のない自分を補えるような気がするから。でもスコティッシュフォールドを引き合いに出されれば猫派を選ぶ、中途半端と人は言うかもしれないが、とにかくユクエは頭髪の事を忘れることができる癒しが好きなのだ。

 

「アリサちゃんのお家にはね、犬がたーくさんっいるんだよ」

 

 学校の帰り、アリサの家の車に同乗し、高級車のシートの上で緊張しているユクエに、すずかがそう言ってきた。アリサの家に犬が沢山いる事は話には聞いていた、が、月村邸の時の様に猫が頭部に襲い掛かってくるような事態がもうないようにアリサには既に安全を確認しているのだ。

 

 アリサ曰く『元気だけど、噛んだりしない大人しい子達よ』

 

 他ならぬアリサの言葉だ。

 信用に値する。これから出会う橙色の犬を少し楽しみにしながら彼は、ふと少し離れたところで思いつめた顔をしているなのはを見る。

 アリサに犬の話を聞いてから何処か変だ。道中でユーノというイタチを迎えてからジッと見つめ合っている。

 

「……成程な」

 

 それほど橙色の犬に興味深々なのか、無理もない。彼女とて9歳児、中身大人なユクエでさえ若干ウキウキしているのにジッとしていられるはずがない。

 古来、男というのは未知というものに憧れるものだ。女子もまた然り。

 

「もう着くわよ。あれ?ユクエって来るの初めてよね?」

 

 アリサの言葉に小さく頷きながら背負うのに慣れてしまったランドセルをしょい直す。次第に窓の外に大きな屋敷が見えて来る。その建物の大きさを見て、月村邸もそうだが自分の友人はどれだけお金持ちなんだと、ありきたりな感想を抱くのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 使い魔アルフは、主思いの女性である。

 度重なるフェイトへの虐待、母親ながらもあまりにも彼女をないがしろにする行為。アルフは我慢できなかった。フェイトに対するあんまりな仕打ちにとうとう激昂した彼女は、プレシアに反旗を翻した。

 

 結果は惨敗。

 返り討ちにされ、人化ができないほどの重傷を負い打ちのめされてしまった。怪我で動けない彼女は死を覚悟していたが、地球に住む心優しい少女により治療を施され、なんとか生きていた。

 

 だがあくまで怪我は処置しただけで治ってはいない。しばらくは動けない状態に歯噛みしながらも、檻の中でジッとしていたアルフは、ずっと自身の主、フェイトの安否を心配していた。

 

 ちゃんとご飯食べているんだろうか。

 ちゃんと睡眠を取ってくれているのだろうか。

 また無理をしてないのだろうか。

 鬼ババアに苛められていないだろうか。

 

 それだけが心配で心配で仕方が無かった。

 本来ならば、今すぐここから飛び出したいが怪我があるので動けない。今は耐えるべき、そう自分に言い聞かせひたすらに檻の中で伏していると……。

 

「?」

 

 自身を救ってくれた少女が飼っている犬の鳴き声が聞こえた。一応、犬に近い使い魔である彼女は言葉とまではいかないが、その感情位はなんとなく理解できる。感じられた感情は、歓喜。

 

 遊んでもらえてうれしい!とばかりの真っ直ぐな感情で鳴いているその声。

 

『ユクエくん!あぶない!!』

 

『ジョ、ジョンッ!?』

 

『ああっ!』

 

 三人の少女の声が遅れて聞こえたその時、聞き覚えのある声が屋敷の敷地内を走り回る音と、犬が駆ける音が響く。

 

―――な、何が起こっているんだい……。

 

 顔を上げながら困惑するように首を傾げる彼女だが、屋敷内を走り回っていた二つの足音が側方から駆け寄って来る音を聴き、そちらを見る。

 

「ハフッ……ハフッ……」

 

 視界に入ってきたのは、以前フェイトが時の庭園に連れた少年だった。息を身だし背後から追って来る金色の毛並みが特徴の大型犬から必死に逃げている彼を見て、アルフは割りと本気にどう反応していいか分からなくなった。

 

 ずざざっと檻の前で立ち止まり同じく立ち止まった大型犬を見る少年、何原行方。「何で、俺を追ってくるの……」等と呟く彼に対し犬はハッハッと楽しそうに尻尾を振りながら、彼を見ている。相対する一人と一匹、険しい表情で頭部を抑える少年はジリジリと後ずさりしながら、対面の獣を警戒する。

 

 状況が分からない、素直にアルフはそう思った。

 ユクエの目の前にいる犬はただの犬だ。彼女が戦闘の際に出すような威嚇もせず、ただ尻尾を振り遊んでもらいたそうにしている。何を怖がる必要がある?

 

―――訳が分からないよ……。

 

 目の前の奇怪な光景に理解が及ばないアルフは、静かにため息を漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユクエが金色の毛並みの犬、ゴールデンレトリバーの「ジョン」を異常なほどに警戒しているのには理由がある。それは彼が此処、バニングス邸に訪れたその時にまで遡る。

 

 

 特に何事もなくバニングス邸に到着した彼となのは達は、執事に案内され敷地へと足を踏み入れた。自宅とは比べ物にならない豪邸に開いた口が塞がらなくなりながらも、件の橙色の大型犬を見せてもらおうとその場所まで案内してもらおうとしたその時、事件は起こる。

 

「……ワォン!」

 

 何処からともなく一頭のゴールデンレトリバーがアリサの方へ走り寄ってきたのだ。犬はアリサの方に駆け寄ると人懐っこく身を寄せ、撫でてと言わんばかりに伏せる。

 

「ジョン、また抜け出したのね。もうっ、悪い子ね」

 

 ジョンと名付けられた犬を呆れたような優しげな表情で撫でつけたアリサは、呆けていたユクエ達を見て「本当にやんちゃで困った子なの」と苦笑しながらそう言った。確かにユクエからみれば活発そうな犬に見える。年も一歳か少し老いているくらいだから今が一番元気な頃だろう。

 

 少し触りたくなった彼は、アリサに了承を得てから手をジョンの頭の上に乗せるように伸ばした。大人しい犬なのは感じで分かっていたし、尻尾も振ってくれてるし大丈夫。

 そう思って伸ばした手が、ジョンの頭に触れる……その瞬間。

 

 

「わう!」

 

 

 伏せていたジョンが突然目を輝かせ、ユクエへとのしかかるような形で跳躍した。ジョンは大型犬、大きさでいえば小学3年生であるユクエの体よりも大きい、子犬ならキャッチして終わりだろう。大型犬ののしかかりなど受けたら倒れてしまう。下は原っぱ、それほど痛くはない。だがそれでも、ヅラが落ちるのは避けられない。

 

「ぅぁッ」

 

 ユクエの動きは早かった。

 そう、彼とて成長しているのだ、度重なる危険にさらされ一度は暴かされ、苦悩と苦労の先に今のユクエはいる。彼の研ぎ澄まされた防衛本能が反射を促し、のしかかろうとするジョンの奇襲を躱すことを成功させる。

 

 ただ単にビビッて横にずれただけといえばそれだけなのだが、とりあえずの危機は去った。安堵の息を吐きながら背後で着地したであろうジョンへ振り向こうとしたその瞬間―――

 

「ユクエくんっ!あぶない!!」

「ジョ、ジョン!?」

「ああっ!!」

 

 三人の声、背後を振りむかずにそのまま横に跳ぶと頭の有った位置に折り返して飛び掛かったジョンの前足が通り過ぎる。この瞬間、ユクエは背筋が凍るような悪寒が走った。

 

「……お前、見えているのか……?」

 

 狙って、いるのか?知らないであろう高町達には言葉が出せなかったが、尻尾を振りながらこちらを伺っている大型犬は、ハッハッと嬉しそうに息を吐き出しながらゆらゆらと揺れながら彼に体を向けている。

 

 犬の先祖はオオカミと聞いたことがある。オオカミとは狩りを行う肉食動物、相手の弱点を突き喉元を喰らい確実なる勝利をもぎ取るハンター。目の前の犬、ジョンの目には自分の弱点が克明に見えているのではないか?そう急所よりも脆い弱点(ウィークポイント)が。

 

「ハッハッ……ッ」

「見えているのかと聞いているッ!!」

 

 彼らしくもない声音だが、目の前の犬は不敵に尻尾を振るだけ。

 既に彼の右手は頭部に置かれている。だがこの状況、この犬と戯れるには聊か危険すぎる。離れなければならない……高町達に気付かれず、尚且つこの犬を相手取るには彼女らをまく必要がある。

 

「ッ!!」

「わふ!?」

 

 彼の取った行動はシンプルなものだった。

 その場からの離脱、あまりにも簡潔すぎる彼の行動に犬はおろか彼女たちも目を丸くする。

 

 オオカミの子孫と言われている犬は、動くものを追いかけようという本能がある。それは脱兎の如くその場から逃げだしたユクエも動くものに当てはまる、本能と好奇心に従い、ジョンはさらに嬉しそうに一声鳴き、己の本能に従い逃げるユクエ目がけ走り始だした。

 ―――こうしてユクエとジョンの逃走劇の幕が開けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして話はアルフの居る檻の前まで戻る。

 彼は目の前のゴールデンレトリバー、ジョンとにらみ合うように構えていた。ユクエは自ずと理解したのだ、へたに動けば取られると。あの興奮冷められないであろうジョンの猛攻を止められる手段は自分にはない。

 

 ではこんなところで止まらず逃げればよかったのではないか?と思うが、情けないことに彼は日々の運動不足のせいか呼吸することすら苦しくなり、グロッキーになってしまったのである。

 

 だが、そんな彼にも収穫はあった。

 逃走の最中、犬の散歩に使うようなリードを見つけたのだ。流石に失礼だと自分でも思うのだが、とりあえず失敬しここまで持ってきたリードを左手に握りしめる。

 

「後でバニングスに謝らないとな……」

 

 屋敷の中を走り回ってしまい、かなり迷惑をかけてしまった。いくら秘密を隠すためとはいえ失礼なことをしてしまったということは自覚している。この犬の首輪にリードを取り付けてから謝りに行こう。

心にそう決め彼は意を決するように彼はジョンを見据え、半歩足を広げるのだった。

 

 

―――何しているんだこいつら……。

 

 一方でそんなユクエを奇異の視線を見ていたアルフは、この状況のあまりの不可解さに頭が痛くなった。本当に訳が分からない。フェイトの友達だっていう彼が、なぜ今どこにでもいるような犬とにらみ合っているのだろうか。しかも犬の方は、遊んでくれるの?!とばかりに気色の感情を見せている始末。

 

 わんっ!と犬が少年へ飛びかかる。

 大型犬さながらの大きさの犬は、軽く飛び上がっただけで容易くユクエを覆えるくらいの大きさにな、彼へ迫る。だがユクエは鬼気迫るような表情を浮かべ「うおおっ……」と叫びながらその場を離れるように飛び、前転しながら地面を叩き起き上がる。

 右手を頭に乗せていること以外は綺麗な飛び受け身だが、なぜこの場面でそれをする理由が不可解すぎた。

 

「ハッハッハッハッ………」

 

 着地した犬は舌を出しながら息を吐き出している。その様子を見たユクエは得意げに微笑をもらし、確信する。勝てる……、と。一体、彼は何を相手に勝とうとしているのかは本人以外知りようもないが、はたから見ているアルフにとって、本当に意味が分からないやり取りだった。

 

 しかし、ユクエを暫し観察していた彼女は、偶然あることに気付いた。

 

―――こいつ、ほんの少しだけど……魔力がある……。

 

 フェイトと比べるまでもない量だが、ギリギリ感じ取れるくらいの魔力が彼にあった。フェイトの魔力が25メートルのプールほどの大きさだったのなら、ユクエのはポリタンク一つくらいの量だろう。

 

 つまり比肩する必要が無い程の脆弱な魔力だが、全くないよりはいい。

 なにせ、魔導士が用いる通信手段、念話が使える可能性が出てきたからだ、正直アルフ自身もユクエのような無いに等しい魔力量しか持っていない相手に念話をするのは初めてなのだが……。

 

 というより……。

 

―――これ、今念話しちゃっていいのかな……。

 

 本人は至って真面目に犬と向かい合っているのを邪魔してもいいのだろうか。

 いや、今の彼女にとって一刻を争う事態だ。傷を癒すという彼女にとって歯痒い時に現れた彼はフェイトとを助ける為の助けになるかもしれない。フェイトの友達であろうこの少年ならば、あの鬼ババアにあった彼ならばきっと助けてくれるはず。

 

 だからこそ、今の自分には犬と戯れている少年を見ている暇はない。

 彼女は念話を飛ばす、今まさに犬と睨みあいを続けている少年へ―――。

 

 

 

『ちょっとあんた!』

 

 

「っ!?」

 

 この時、アルフはあることを失念していた。

 魔力がほぼないに等しいユクエへどう念話が伝わるのかを……。伝わる筈の言葉は言の意味を無くしただただ雑音として彼の頭に届く。そう言うなれば、脳を震わせる直感めいたものへと。

 

「わふっ!」

 

 その時不運にもジョンは動いた。犬としての本能がユクエの致命的な隙を無意識について飛び掛かる。

 普通の状態ならば避けられただろう、しかし念話により生まれた致命的な硬直が彼の判断を鈍らせた。

 

 ユクエはジョンののしかかりを真正面から受け止めてしまった。ゴールデンレトリバーが小学三年生へのしかかる、そのあってないような異様な状況の中、芝生の上に叩き付けられた彼が見た光景は―――

 

 今まさに自分の顔へ顔を近づける犬……ジョンの姿だった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年が犬に顔を舐められている。

 その微笑ましい光景とも思える光景に、アルフは罪悪感のようなものを抱いていた。

 

 何せ、今犬に舐められている少年は「うわああああ、やめっ、あぶ、きぇぇ」と恐怖の叫び声をあげ必死に抵抗しているのだ。犬の方は元来人懐っこい性格なのか、じゃれつくようにユクエの顔を舐めていた。

 

―――これ、あたしのせいなのかな?

 

 正直自覚がないと言えばうそになるが、誰もこんな事になるとは思わないだろう。むしろこんな状況になるとはふつう思わないだろう。

 次第に少年の声が小さくなったことに一抹の不安を覚えながらも、現実逃避気味に逸らしていた視線を彼に戻すと、白目を剥いてしまった彼が力なく横たわっていた。

 

―――なんか、ごめん。

 

 思わず謝ってしまったアルフだが、彼にとっての悲劇はそこで終らなかった。

 何を思ったのか、ユクエを舐めていた犬は唐突に彼の髪の毛を食み引っ張ったのだ。これには流石のアルフも「あっ」と声を上げた。流石に犬の力で髪を引っ張られれば大変な事になるのは分かっている。

 

 しかし、予想と反して髪はするりと彼の頭から抜ける―――全部まるごと。

 露わになる彼の秘密、光沢のある頭皮をまじまじと見ることになったアルフは暫しの絶句の後、腫れものを見る様に目を背ける。

 

―――………ごめん。

 

 理解してしまった。

 彼が何故必死に犬の猛攻を躱していたのかを。

 

「わぉん!」

 

―――あ。

 

 彼の髪を食んだジョンは尻尾を振りながら、何処かへ走り去ってしまう。残されたのはカツラをぶんどられ白目を剥き顔をべたべたにさせた少年のみ。

 

 最初とは別の意味で困惑しながら、どうしたらいいか悩んでいると犬が走り去ってしまった別方向から、三人の少女が彼の元にやってくる。一人は彼女を助けてくれた少女と、もう一人は見知らぬ少女、そして最後の一人は彼女にとって因縁浅からぬ少女、高町なのはだった。

 

 彼女らはカツラを取られ気を失っているユクエの元へ駆け寄ると、顔を青くさせ口元をを押え、彼を抱き起す。

 

「ユクエ……っ……なんて、酷い……」

「こんなのっ、あんまりだよ……」

「護れなかった……」

 

 悲壮に駆られるように嘆く彼女等。だが、すぐさま彼を芝生に寝かせると意を決したように立ちあがり、犬が逃げて行ったであろうその方向を見る。視線の先には、少女達を見て楽しそうに尻尾を振り、カツラを咥えている犬の姿。

 

「……待っていなさい。直ぐに取り戻してくるわ」

「手伝うよ」

「……うん」

 

 並々ならぬ決意と共に犬の方へ駆け出す三人の少女達。

 結局、気付かれぬままに傍観に徹していたアルフは、高町なのはの肩から降りたと思われるフェレットと視線を合わせたその後に、形容できない表情と思いと共に思い切りため息しながら、今日二度目になる言葉を吐き出した。

 

―――もう、本当に……訳が分からないよ……。

 

―――本当にね……。

 

 この後、彼女達の奮闘によりカツラを無事、ユクエが気絶から目覚める前に戻すことに成功しようやくアルフとの会話をすることができた頃には、一匹のフェレットとアルフはほんの少しだけ仲良くなるのだった……。

 

 




(U^ω^)<遊んで!遊んで!!

((( ;゚Д゚)))<こいつ、狙ってやがるッ。

犬に負ける主人公でした。
でも小学生の身体で大型犬はわりと恐怖。






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八神はやての場合

お待たせしました。




八神はやては強かな少女である。

 幼い頃に両親を亡くし、天涯孤独の身である彼女は両足が不自由という己の境遇を悲観しつつも、前を向きでき得るかぎり悲しさを表に出さないように日々を過ごしていた。

 

 一人だけの生活。

 

 齢9歳の子供には厳しすぎる環境に慣れてしまった彼女だが、病院の先生や援助してくれる親戚らしき人の助けもあり、足の不自由さも気にならないほどには生活できるようにはなった。

 

「………あ、もうすぐ誕生日かぁ」

 

 そんな彼女はふと自分の誕生日に気づいたのは近くの薬局に切れてしまった薬と日用品を買いに行った時のことだった。今の今まで気づかなかった自分に苦笑しつつも、誕生日のことについて彼女は考ようとして……すぐに考えるのをやめた。

 どうせ祝ってくれる身近な人なんていない。

 親もいない。

 友達も学校にいってないから居ない。

 だから……たった一人だけの誕生日なんて空しいものでしかない。

 

「………っとと、今日は少し風が強いなぁ」

 

 店の前で少し風に煽られながらも店の中に入り小さなため息を吐く。、

 店に入ったら日用品を器用に膝に載せを前に進める。最初は不自由と思っていた買い物も慣れればお手の物、最近はなんでも一人でできるような気持ちになってはいたが……やっぱり一人だけというのは虚しいなぁ、と何気なく思いつつ車いすを進めていくと……薬局の一角で一人の少年を見つけた。

 

「んー?」

 

 特段これといって特徴のある少年ではない。

 耳にかかる程度の長さの黒髪、近くの小学校の制服とリュックを背負っている。何処にでもいる普通の男の子に見えた。

 そんな彼は彼女の視線の先でじっと座り込んで商品を手に取りずっとそれを注視していた。

 彼が見ていたのはシャンプーだった、薬効効果のあるようなシャンプーで、しかもそれはなんというべきか……髪が気になる人向けのものだった。

 何をやってるの?と素直に彼女は疑問に思った。

 

 お父さんに買ってあげるにしては随分とパンチの利いた代物だ。買ってあげた次の日までずっと落ち込んでもおかしくない。かといって目の前の彼が使うとも思えない。

 興味本位で見ているのかな?いや、吟味するように見ているあたり購入しようか迷っているということもある。どちらにしろ、はやての興味を引くのに十分な子だった。

 

 普段は他人に迷惑をかけないように行動している彼女だが、この時だけは異様な行動力を見せた。理由は彼女自身も分からない、誕生日という特別な日に少なからず自分も影響されているということかもしれない。

 

「ねぇ、そこの君なに見てるん?」

 

 声を掛けてみるも無反応。それほど没頭して選別しているのか、見方によれば凄まじい子供と思えるが、そんな事関係なしにそっけない態度をする少年がはやては少し気に入らなかった。

 

「ねぇってっ」

 

 手を筒の形にして、ちょっと大きめの声で耳元に声を投げかけると少年はようやくこちらに気付いたのか、ビクッと猫のように全身を振るわせて振り向いた……のだが、何故か頭に手を置いている。

 

 まるで自らの髪を守る様に頭部をカバーする少年に少しばかりの不信感を抱いた彼女だが、まさか同い年の少年がその頭部の下に地雷を隠しているとは露知らず、ようやくこちらに反応を示した彼によっと片手を上げ挨拶する。

 

「こんにちわぁ、さっきから熱心に育毛剤を見ているようやけど。どうしたん?使うん?」

 

 そう質問すると、驚愕したように目を丸くする少年。

 質問したはやてからすれば、親に送る?プレゼントなのかと言外に聞いただけでこんなに驚かれるとは思わなかった。

 なんだろうこの子、反応が面白い。

 少年からややミステリアスな気配を感じとった好奇心旺盛な彼女は何時にもなく積極的に少年へのコミュニケーションを交わそうと試みる。

 

「君、名前なんていうん?」

 

 そう聞くと、彼は『いずはらゆくえ』と名乗った。珍しい名前だなぁと思いながら、自分も自己紹介しつつ、彼がさりげなく隠そうとしている育毛剤の一つに目を移す。

 

 謎の気配……というほどのものではないが、興味がそそられる事には変わりない、思いつつあったはやてだが、自分が目の前の少年に対し結構不躾な事に気付き未だに困惑してるユクエに向き直り、慌てて弁解するように口を開く。

 

「あ、あー、ちょっとここで買い物してたら君の姿を見かけて、気になっただけなんよ」

 

 幸い彼はそこまで気にしていなかったようで納得したように頷き、立ち上がると彼はさりげなく後ろ手に持った育毛剤を持って流れるような動作でレジに持って行こうとする。

 

 あまりにも流麗な動きに反応が遅れたはやては何故か、後方へ通り過ぎようとした彼の腕を思わず掴んでしまった。

 

「……何か?」

 

「いや、なんとなく」

 

「離してくれ」

 

「な、何でそんな声震えてるの……?」

 

 手を掴んでいるこちらが悪いのは分かるけども、挙動がおかしい。

 訝しげな眼で見つめて来るはやてに、諦めに似た空虚なため息を吐き出した彼は、はやての掴んだ手を優しくほどきポケットに手を入れ財布を取り出した。

 財布を取り出してどうするの?と思うはやて、だが彼が財布から千円札を差出した瞬間、呆然とする。

 

「すいません……これで勘弁してください……」

 

 …………。

 

「カツアゲじゃねーよ!!」

 

 予想外すぎる彼の行動に思わず標準語になってしまう。

 何だこの子どんだけ深い闇を背負ってんねん!そこまで守りたいか親のハゲを。どんだけ切羽詰っってんねん!!―――と心の中でツッコみ切れない声を堪えながら、差し出された千円札を彼に押し返す。

 自分をカツアゲか何かと勘違いしている無礼さはこの際目を瞑ろう、理由も無く彼を止めてしまった自分も悪い、でも行動があまりにも素っ頓狂過ぎないか?

 押し返された千円札を震える手で財布に戻した彼は、もう片方の手に持った育毛剤を棚に戻す。はやてとしてはただ育毛剤を買う理由が知りたかったというだけの単純な好奇心だったのだが、ここまでの事をされると逆に気が引けて来る……というよりここまでされる理由を訊くのが怖い。

 

 名残惜しそうに育毛剤を見ていた彼。

 だがその次の瞬間、彼の瞳に涙があふれ出した。

 

「………ッ…………………ッ」

 

「へ?う、うわっ……何で泣くん!?」

 

 歯を食い縛り必死に嗚咽を漏らさないようにし、上を向き男泣きしているユクエの姿は異様の一言に尽きるのだろう。しかし、この状況で最も困惑しているのはユクエではなくはやてである。

 彼女は、君の父親は育毛剤送らなくちゃいけないほど深刻な頭髪環境なんか!?という喉にまで差し掛かった台詞を必死に飲み込みながら、あわあわと周りを見ながら慌てる。

 

「え、ええええ!?何で泣くん!?ちょ、ちょちょちょちょこんな所で泣かないで!外っそう!外に出よう!」

 

 訳が分からないが、泣いている子をこのままにはしておけへん。

 はやてはユクエの手を掴み、もう片方の手で車いすを押し店の外へと彼を連れ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫?なんかごめんなぁ」

 

 商店街近くの公園のベンチにまで彼を引っ張っていき向かい合うような形でベンチに座らせた彼に、申し訳なさそうにはやてはそう言った。

 公園に移動する途中で泣き止んだ彼は、謝るはやてに慌てて謝り返しす。

 その慌てた様子にくすりと笑った彼女は、車椅子の向きを彼に向ける。

 

「何で、あれが欲しかったなんてもう聞かない。誰にだって触れられたくないものはあるのは私はよ~く知っているんよ」

 

 家族の事や車いすの事。

 気軽な善意に任せて人の心に土足で入って来ることは、気持ちの良い物ではない。

 なにより、彼が抱えている問題はなんとなく察しがついていた。

 

 お父さんの髪が薄くなっている事。

 きっと自分と同じくらいの年の子がヤバイと思う程にヤバいのだろう。自分にはよく分からないが、親の恥ずかしい所は自分も恥ずかしく思うらしいのでそれだろう。

 

「……俺の、愚痴を……聞いてくれないか」

 

 不意に俯きそんなことを訊いてくるユクエ。

 その言葉にはやてはどうするべきかと逡巡するも、彼の言葉を訊いてみる事にした。

 

「夢で、よく見るんだ……もし、この現実で失ったものが、元通りになって……本物になって、全て元通りになっている夢を……でも、それがどうしようもなく現実みたいで、それでもそう思えなくて……俺はどうしようもなって……それが、とても虚しくなる」

 

 俯いたままポツリポツリと吐き出した彼の言葉にはやては絶句した。

 彼に何があったのか、自分と違い傍目には普通の少年に見えるがその言葉には色々な意味が込められているようにも思える。

 

「虚しくなって、もう手遅れだって。もう戻らないって、そんなのは目が覚めた時にはもう分かっている筈なのにっ……でも、だとしても諦めきれないじゃないか……だって、そこにあったんだから……確かに其処に存在していたんだからっ……でも、神様は俺をこんなに嫌っている」

 

 感極まった彼が俯きそう慟哭したその言葉ははやての心を大きく揺り動かした。

 彼の言っている事は、彼女にとってよく理解できるものだった。

 だからこそ、彼女は―――

 

 

「上を向いたら、いいんや」

 

 

 失くしたものに囚われるのは一番駄目だ。

 自分はまだ抜け出せていないかもしれないが、人よりも低い視点にいるからこそ何時も前を―――上を向いて生きている。

 失ったものは、取り戻せない。

 在るものだけが自分を助けてくれる。

 

「私も、そうしてるから」

 

 数秒ほどの沈黙の後、顔を上げた彼は憑き物が落ちた様な表情で、はやてに「ありがとう……」と言う。

 たった一言二言しか言っていないはやては、今頃自分が言った言葉の気恥ずかしさに気付き少し顔を赤くさせる。

 

「そ、そういえば……君が買おうとした育毛剤って、あまり効果ってないんやってなぁ」

 

 あまりにも苦しい話題転換。

 先日、どっかのバラエティ番組に話題として挙げられ、先程ユクエが育毛剤を買おうとしていたという事もあり何気なく出した話題。

 はやてとしては照れ隠しのようなものだったが、ユクエにとっては意味が違った。

 

「…………え」

 

「髪を生やす効果はそれほどないって聞いたけど……でも、さっきみたら結構な値段だったし……むー、どうなんやろうなぁ」

 

 ユクエとしては育毛剤は最後の最後の手段の植毛の前段階に位置する手段であったが、それが効果がないと言われ白目を剥き能面のような表情になるも、すぐにその表情を苦笑いに変える。

 

「は、ははははは………」

 

 複雑すぎる心境だが、はやてと話して少し心が軽くなった彼はそのまま立ち上がる。

 そろそろ時間も遅いし、帰りにお使いを頼まれていたのでそろそろ行かなければならない。

 

 それに―――少し風も強くなってきた

 はやてにその旨を話した後に返ろうと踵を返す―――その前に。

 

「じゃ、また会おう八神」

 

 自己紹介をした間柄なので別れの言葉を言っておく。

 彼の言葉にはやては少し衝撃を受けた様に面を喰らったその後に笑みを浮かべ手を振った。

 

 夕暮れに染まった公園ではやてに背を向けて帰路へ戻るユクエ。

 結局は育毛剤を買う事ができなかった。

 だが―――彼はもっと大きなものを得る事が出来た。

 それはお金で帰るものでも、ましてや形のあるものでもないたった一つの言葉。

 ―――上を向くこと―――

 少し、自分は頭の事ばかりを気に過ぎていたかもしれない。今、この時から頭ばかりを抑えていないで心を軽くしておこう。

 

 晴れ晴れとした心境の中、ユクエは橙色に染まった空を少し見上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、そんな甘い話しで終る筈も無く。

 機をてらったかのように、自然が彼に牙を剥いた。

 穏やかに見えた公園に突如として突風が吹き荒れ、無防備な………頭に手を添えず若干斜めの状態にある彼の頭部に荒れ狂う風が直撃し、風の波に一房のヅラが乗った。

 

 風の波に乗りくるくると回転しはやての膝元に落ちるヅラ。

 はやてに背を向けたまま硬直するユクエ。

 そんな彼の頭とひざ元に落ちたヅラを目を見開き交互にガン見するはやて。

 状況はあまりにも最悪の一言に尽きた。

 

 はやては思った。

 これ、マジモンのアカンやつやないの?と。

 そして理解した。彼が育毛剤を購入しようとした訳を、断じて父親の為に買ったものではないと。

 気まずっ、なにこれどうしたらいいんや?もうこれアウト、セーフって言い張っても無理なレベルのアウトなんやけど。というよりこの子の心の闇が完全に分かってしまった……ッてかヅラキューティクルぱない。

 

 もうすぐ齢9歳になるはやてに訪れた人生最大の試練。

 まさかそれが今日会ったばかりの男の子の最大の秘密を知る事とは露とは思わなかっただろう。

 だからこそ、混乱した。

 

 未だに動かないユクエを見る限り、もう自分にばれてしまった事は決定しているものなのだろう。

 だが、まだ自分はあまりの衝撃で声も出せていない。

 

「あ、うーん……まったくもぉ、今日は風が穏やかって聞いたのになんやもう目が痛いわぁ……ユクエくん、大丈夫やったかぁ?」

 

 さりげなくヅラをやさしく地に落とし、わざとらしくも目をこするはやて。

 その言葉に体を震わせ振り向いたユクエは、目を擦っているはやての前に落ちているヅラを見て、息を吞んだ。瞬時にヅラを拾い上げ頭に装着した彼を見て、指の隙間から見えていたはやてはなんだかとても悲しくなった。

 

 

「は、ははは、今日は風が強いからな。あ、あはははは……大丈夫かー!」

 

 

 もう、なんというか……頑張って。

 地面に落ちた時についた砂埃がびっしりと張り付いヅラを見たはやてにはそんな言葉位しか思いつかなかった。

 

 何原行方、なんて少年なのだろうか、自分が見るファンタジー小説に出る苦しい運命を背負った主人公――――と言う風なシリアス過ぎる運命ではないとは思うが、色々な意味で十分に厳しい運命を背負った少年だろう。

 先程の風の衝撃も収まり、今度こそ別れの挨拶を交わそうとした時、はやては意を決したようにもう一度の別れの言葉を言おうとした彼よりも早く手を上げる。

 

「あの……また、なぁ……ユクエくん」

 

 なんだか力になってあげたい。

 こんな自分でも何か力になれるならばなってあげたい、今度はちゃんと彼に別れの言葉を言い渡した彼女はそう思うのだった。

 





更新が遅れてしまって申し訳ありません。
なろうの方と、リアルの方が少し忙しくなってしまったので他の作品の方も少し更新が滞ってしまうかもしれません。


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クロノ・ハラオウンの場合

明けましておめでとうございます。






 

 管理局執務官、クロノ・ハラオウン。

 齢14歳にして優秀な管理局員としてアースラに所属している彼にはある悩みがあった。

 

「……やっぱり気になるな」

 

「こんなことしていいのークロノ君」

 

「民間人の安全の為だ。彼女たちが止めようとも、僕自身の目で確かめなくては気が済まない」

 

 それはプレシア・テスタロッサが引き起こした事件からしばらくたった日の事だった―――。

 

 

 

 

 

 

「何!?民間人をプレシア・テスタロッサに引き合わせただと!?」

 

 事情聴取の為、アースラに拘留している彼女から話を聞いている最中にフェイト・テスタロッサは驚くべきことを口にした。

 あのプレシア・テスタロッサが少年を連れてくるように彼女に指示したのだ。クロノを含めてその場に居合わせた全員が驚いた。

 

「その子は大丈夫だったの、フェイトちゃん……?」

 

「うん、ちゃんと私が帰してあげたよ」

 

「その男の子の名前を教えてくれないかしら?一応、安全を確認しておくから……」

 

 クロノの母、リンディ・ハラオウンがそう訊くと、フェイトは特に悩まずにその少年の名前を口にしようとすると、ダラダラと顔から汗を流した使い魔のアルフが彼女の背後から口を塞いだ。

 

「そ、そそそそその子は全然大丈夫だよ!ちょっと前に見たけどピンピンしていたから!!」

 

「……」

 

 怪しい、あからさまに名前を出さないようにしているアルフに訝しげな視線を向けるクロノ。

 咄嗟に口を押えられて驚いたのか、目を丸くしたフェイトだが自身の使い魔の意図を察する―――のだが、どうにも間違った風に解釈してしまった。

 

「アルフ、別に隠さなくても大丈夫でしょ?それに、私も彼が大丈夫かどうか知りたいの」

 

「フェイト、違うんだ……隠さなくちゃいけないのは名前じゃなくて、もっと別な……」

 

 アルフは悲しい秘密を抱えている少年を調べさせるようなことにはさせてほしくなかったのだが、フェイトはアルフがこちらの世界に巻き込んでしまわない為に黙ってほしいものだと解釈したのだ。

 フェイト自身、ユクエには恩がある。

 道ばたに倒れていた自分を助けてくれたし、彼のおかげで今は亡き母の優しさを少しだけ見ることができた。だからこそ、もう一度会ってお礼が言いたい、その一心で彼女は彼の名を告げた。

 

「彼の名前はユクエ……イズハラ・ユクエ」

 

「え”」

 

 驚いたのはその場に居合わせた少女、高町なのはであった。何でユクエくんがフェイトちゃんと知り合っているのぉ―――!?と内心シャウトしながら、必死に表情に出さないようにしていると、彼の名を聞いたエィミィが何か心当たりがあったのか、手元のコンソールを弄びある報告書を表示させた。

 

「あれ、イズハラ・ユクエって……確かユーの君が作ってくれたジュエルシードの報告書に同じ名前が……なのはちゃん?……え、どうしたの!?顔が真っ青だよ!?」

 

「あば、ばばばば……」

 

 まさかこんな形でユクエが関係するとは思わなかったなのはは顔を真っ青にさせて震える。

 その様子を見てただ事じゃないと見たフェイトは、若干挙動不審になりながらもクロノ達にユクエについてのフォローをしどろもどろに話し出した。

 

「ユ、ユクエは悪い人じゃないよ……その、倒れてる私を助けてくれたし……髪の毛を取っちゃっても全然怒らなかったし……それに、優しくて、眩しい人で……」

 

「髪の毛を取る……?」

 

「眩しい人……?」

 

「フェ、フェイト!」

 

「行方くんっ、ガードが緩すぎるよ……っ」

 

 悪意の無い彼女の言葉にアルフは慌て、事情の知らないクロノ達は彼女の不可思議な言葉に首を傾げる。

 そして、一番ユクエの事情を理解しているなのはは、想像以上に悲しい目に会っているユクエに人知れず口を押えた。

 

 ―――結局、イズハラ・ユクエとクラスメートだという事を白状したなのはによってこのちょっとした騒ぎは収束を迎えた。しかし、その騒ぎはクロノの心にひっかかりのようなものを覚えさせることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして―――。

 クロノ・ハラオウンは件の少年、イズハラ・ユクエの住む家の前にやってきていた。

 フェイトとなのはが信じられない訳ではない。むしろ共に危険な状況を切り抜けた仲間とさえ思っている。しかし、彼も執務官、いかに管理外世界といえども一時危険に侵された少年を見て見ぬふりしておくことなどできない。

 ジュエルシードを一時所有し、プレシア・テスタロッサに呼び出されたという少年ならなおさらだろう。一応、母であるリンディに許可は取ってはいる。

 

「ここが、そうなのか」

 

 チャイムを鳴らし、訪問を試みる。

 話だけ聞いて、何も異常がなければすぐに帰るつもり―――そう考えると、彼の母親らしき人物が扉を開けクロノを迎えた。

 同級生の友達と見られたのか、思いのほか怪しまれずに彼のことを話してくれた。

 どうやら彼は出かけているらしく、恐らく何時も居る公園にいるらしいとのこと。話を聞いたクロノはお礼を言い、彼の家を後にする。

 公園の場所なら知っている、臨海公園、なのはとフェイトにとってある意味で縁のある場所だ。記憶を辿り道を歩き、公園の近くにまで移動する。

 

「……彼か」

 

 公園の入り口から中を覗き見ると人の居ない公園のベンチに座っている一人の少年が見える。

 しかし、なのはやフェイトから聞いたような普通の少年とは言い難く、どこか人生に疲れ切った―――労働に明け暮れている管理局員のような目をしていた。

 

 彼は誰も居ない公園の遊具をぼけーっと見ている。

 その姿にどことなく身を引き締めたクロノは意を決してユクエの元へ歩み寄る。

 

「少し、いいかな?」

 

 まず声を掛けてみる。

 すると、はい?と思ったよりも通った返事が返ってくる。

 

「君はイズハラ・ユクエ君で合っているね?」

 

 クロノの問いに訝しみながらも頷いてくれる。とりあえず普通に話ができるように、なのはとフェイトの知り合いと伝える。すると彼は首を傾げながら、何でテスタロッサさんと高町が知り合いなんだ、と聞いてきた。

 しまった、とクロノは思った。

 彼の中では、フェイトとなのはは全くの関わりのない二人だ。いきなり、二人の知り合いと言われても余計困惑させてしまう。なのはの話からすれば、彼は魔法の存在を知らない。

 

「クロノ、さんは何で俺の話を聞きたいんですか?」

 

「え……大したことじゃないんだ。最近、君に起こったことについて聞きたいんだ」

 

「俺に起こった事……。ッ! まさか、テスタロッサさんから俺の話を……?」

 

「そうだが……?」

 

 この時、ユクエの中で目の前に居る黒服の少年、クロノが自分のハゲを知っているのかという疑念に囚われる。フェイト・テスタロッサはいわば彼の中で頭部の秘密の漏えいを意味する言語のようなものへと変わっており、数週間前のプレシア・テスタロッサに問い詰められた恐怖体験がフラッシュバックされていた。

 

 対してクロノは明らかに挙動不審になったユクエに何かを隠している、という確信を得ていた。

 何を隠しているかは分からない。だが、フェイト・テスタロッサの名前で動揺するということは十中八九プレシア・テスタロッサ絡みだろう。

 この少年が悪い少年ではないのは第一印象から分かっていた。だが、もしフェイトのように第三者によって操られているような可能性があるのならば、管理局員として見過ごすわけにはいかない。

 

「プレシア・テスタロッサ」

 

「……っ」

 

「知っているね?」

 

「……は、い」

 

 名を言うだけで俯いてしまったユクエ。

 そんな彼に罪悪感が湧くも、引くわけにはいかない。

 プレシア・テスタロッサとイズハラ・ユクエの関係性は何か、まずそこから始まる。

 まず一つはフェイト・テスタロッサ。

 だがこれは偶然だと思える。

 フェイト・テスタロッサがどれだけ身を削ってジュエルシードを集めていたのかはクロノも知っている。極限にまで消耗した彼女ならば何時倒れてもおかしくないし、そこに居合わせたユクエが彼女を助けたのも偶然と片付けられる。一部、彼女の言葉に可笑しい所もあるが、そこにプレシア・テスタロッサとの関係性を見出すことはできないだろう。

 ならば―――、

 

「君はなのはに宝石を渡したと聞いているのだが、それは本当かな?」

 

「それは、渡しました。俺みたいな男が持っているより、女の子が持っている方が良いと思って……」

 

 ジュエル・シード。

 願いを歪な形で叶える願望器。彼はそれを所持していたが、幸い暴走もせずになのはによって回収された。プレシア・テスタロッサとの関係性を疑うならこれだろう。

 

「あの宝石はある言い伝えがある特別なものなんだ。……確か、願いを叶えてくれるとか……」

 

「ははは、そうだったらどれだけ良かったか。俺も願ってみたけどウンともスンとも言わなかったですよ。ウンとも、スンとも……願い何て……叶えちゃくれませんよ……」

 

「……なんだって」

 

 どういうことだ。

 ジュエルシードが発動しなかった?報告書では発動していないと確かに記されていた、その日時にもジュエルシードが暴走したという記録は無かった。

 願ったにも関わらずジュエルシードが発動しなかった、それはつまりただ単に発動しなかったか、拒否したか。そんな前例は聞いたことがない。

 まさか、プレシア・テスタロッサはこれを知ってイズハラ・ユクエとの接触を試みたのか?

 彼女はジュエルシードの力を用いてアルハザードへ行き、アリシア・テスタロッサを蘇生させることを目的としていた。だが、その矢先に願いを叶えることができない少年、イズハラ・ユクエという少年が現れた。

 不確定な少年の存在にプレシア・テスタロッサは焦り、フェイトに彼を連れてくるように頼んだ。

 

 いや、まだ断定するには情報が少なすぎるし、それがもし本当だったのなら事態はイズハラ・ユクエの安全を確認するでは済まされない。

 もし……もしだ、彼がジュエルシードのみならずロストロギアの効果を無効化するレアスキルを持っているとすれば―――彼を守らなければならない。

 

「君はフェイトに連れられてプレシア・テスタロッサに会って話をした」

 

「え、ええ……その時はまだテスタロッサさんの名前も知らなかったけど、彼女に連れられました」

 

「そこで君はプレシア・テスタロッサと重要な話をした。……君にとって重要な話を、ね」

 

「……っ!」

 

 重要な話、という言葉を強調すると明らかに動揺するユクエ。

 その反応を見て、当たってほしくなかったクロノはさらに疑惑を確信へと近づける。

 

 

 だがユクエからしてみれば、内心阿鼻叫喚の嵐である。

 こいつは知っている……ッ。俺のハゲを……ッ、しかもじわりじわりと追い詰めるように問い詰めてくるぅ。

 何故、そんなマネをするかは分からない。だが理由があるとすれば最初に言ったフェイトとなのはの知り合いだ、ということが関係あるのかもしれない。二人は子供ながらに可愛い容姿をしている。性格も悪くもなく、心を惹かれる男子が多いのだろう。

 そしてクロノという少年もその一人。

 つまり、つまりはだ、このクロノという少年は―――

 

 

 気になる二人の女子に近づいたハゲを排除するためにやってきたイケメンという事になる。

 

 

 まるで乙女げーのような嫉妬系男子である。

 そう思えば今まで柔らかい笑みで話しかけてくれたクロノが、こんなハゲ野郎が可愛い子と知り合ってんじゃねぇよと安易に言われているような気がしてならない。

 正直、精神年齢大人で子供に惚れるとかありえない話なのだが、ショックなことには変わりない。

 ハゲが、ハゲで何が悪い……ッ。好きでハゲになったんじゃない……ッ。

 そう叫びたい衝動で一杯だった。

 

「プレシア・テスタロッサと何を話したんだ?」

 

「……分かっているでしょう。貴方はもう知っている」

 

「君は!……そうか……」

 

 クロノは目に手を当て、ユクエの残酷な運命を嘆く。

 何時だって……何時だって、世界はこんなにも残酷だ。こんな男の子にも厳しい現実を歩ませるのだから。

 

「俺はこの状況に甘んじている訳じゃない」

 

 目に手を当て悲観に暮れるクロノにユクエが沈んだ声で呟く。

 

「何時か必ず、あの宝石に願ったことを……実現させてみせる。自分の力で、絶対に……神様にも誰にもできないって言われても絶対に成し遂げてやる」

 

「ユクエ……君は……」

 

「ああ、そうさ。プレシアさんには問い詰められたさ。最初は、こんな頭の俺が愛娘に近づくな、と言われているかと思ったけど……あの人はただ娘を大切にしている母親だった。……重要な話?いいさ、教えてあげますよ」

 

「……ん?」

 

 あれ、何か違う。

 ここで違和感に気付くクロノだが、ユクエは止まらない。

 彼は震える手を頭に近づけ始める、目の前に居るクロノからすれば彼の一挙一動が気になってしょうがない。何せ、話の流れが自分の思っていたものと違っていて、なおかつ当のユクエが苦虫を噛み潰したような苦い表情で頭に手を近づけているのだ。

 

「くっ……くぅ……」

 

「いや、あの……無理しない方が……」

 

「いいや、良いんです!知られているなら、探られているなら……俺は自ら、秘密を明かします!!」

 

 何の話なんだ……。

 困惑するクロノに構わず、頭に叩き付けるように右手を押し付けたユクエは過呼吸になりながらもクロノを見る。

 彼のプライドが、男としての意地が、あらぬ方向に空回りしすぎた結果―――自滅に向かっていることに気付かずに、勢いのまま右手で掴んだ髪の毛を引っ張った。

 

 

「え……」

 

 そこに在ったのは、珠のように光る頭頂部だった。

 ―――瞬間、クロノが危惧していた憶測が全て消え去り、ある一つの事実が浮上した。

 そして、フェイトの訳の分からない言葉も、アルフとなのはが何故ああまでしてひた隠しにしようとしていた理由も理解した。

 理解、できてしまった。

 

「俺の髪は成長しない。でも俺は、失敗の数だけ成長する……」

 

 何故かドヤ顔でそう言い放ったユクエはヅラを被り直すと、呆然としているクロノに背を向けた。実際は成長していると思っているのは彼の勘違いなのだが、当の本人が自覚していないのはある意味で救いだろう。

 

 公園の外へ消えていったユクエを唖然としたまま見送ったクロノは、その後十数分ほど放心したようにその場で座り込んだ末に、呆然自失のままアースラへ戻った。

 アースラに戻った彼を迎えたリンディとエィミィだったが、何処か虚ろな目をしているクロノにただならぬ何かがあったことを察し、問い詰める。

 

「―――何もありませんでした」

 

「何もないって……そんな……」

 

 クロノ・ハラオウンは責任感の強い人間である。

 だが、それと同時に―――

 

「何も、ありません、でしたぁ……」

 

「!?」

 

「男泣き!?本当に何があったのクロノ君!?」

 

 ―――情に厚い少年でもあった。

 悲しくも力強い背中を見せた少年に彼は言いようもない尊敬の念を抱き、初めて人前で泣いた。 




主人公、とうとう自らハゲを明かすという自滅を行う。


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