魔法科高校忍法帖~もう一つの四~ (珍獣)
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プロローグ
中部地方の山奥にひっそりと佇む屋敷の一室、月明かりが唯一の光源である薄暗い部屋で、二人の人物が向かい合っていた。
装飾の施された豪華な椅子に座るのが、険しい顔をした30代半ば程の男性であり、少し離れて片膝を着いているのが、飄々とした雰囲気の少年。
先に口を開いたのは、険しい顔をした男性の方だった。
「先程、四葉本家から連絡があった」
「……例の件が決まったんですね?」
少年――
「そうだ。 例の兄妹が来年、国立魔法大学付属第一高校に入学する。その二人の護衛・監視をお前に命ずる、とのことだ」
「まあ、あの兄妹と同い年で尚且つ面識があるということを考えれば、妥当な人選でしょうね」
忌々しげに頷く清十郎に対して、隼人はやれやれと肩を竦めつつ清十郎の顔を窺う。
清十郎は先程より更に顔を険しく、憎悪に満ちた表情を浮かべていた。
「四葉め、縁者の護衛の為だけに我が大切な手駒を使うとは……。 全く忌々しい連中だ……!!」
心なしか、声も先ほどよりドスが効いている。
彼が四葉家を心底怨んでいることが、赤子でも理解できそうなほどに、全身から憎悪を滾らせていた。
「(四葉を嫌う理由は分からんでもないが…。 手駒扱いとはいえ、実の息子の前で隠す気もなく曝け出さないで欲しいもんだ。 アホ丸出しじゃないか)」
歳の割にくっきりと皺が刻まれていて強面な清十郎に対し、飄々としているが爽やかな風貌の隼人。
苗字も異なり顔立ちも似つかない二人だが、しかし彼らは紛れもなく親子であった。
「急に黙りよって、何ぞ言いたいことでも?」
「…いえ、何でもありません」
隼人は内心で父親を批判していたが、それを表に出していないつもりであったため、父の指摘に一瞬肝を冷やす。
たまに忘れそうになるが、目の前に居るのは古より忍びの技を受け継いできた魔法一族、四紋家の当主である。
あんまりな言動ではあるが、これでも
鋭い指摘に、平静を装いつつも何でもないと答え、話を逸らすために隼人から話題を切り出した。
「ところで、この程度の話であれば、態々自分は呼び出されませんよね? ……別に本題があるのでしょう?」
急な話題転換について特に気にすることなく、清十郎はまたしても尊大に頷いた。
「その通り、ここにお前を呼んだのは他でもない。 お前に極秘任務を言い渡すためである」
ここまで表情を崩さなかった隼人の顔に、僅かに動揺の色が走る。
今まで頻繁に家の仕事を手伝っていたものの、極秘と言われるほどの任務が任されることは初めてであった。
直前の会話の内容から、嫌な予感を覚える隼人に対して、清十郎はさも簡単なことだろう?と言いたげな口調で続ける。
しかし言い渡された任務は、ここまで平静を保っていた隼人の表情を驚愕で染めるに足る、荒唐無稽な内容であった。
「護衛と同時進行で司波兄弟に接近し、四葉の情報を聞き出す。 その上で必要となれば、これを排除しろ」
「っ!? 父上!! それは……!!」
「四紋家復興のための、大いなる計画の為である。 失敗は許さん」
動揺を隠しきれない隼人を尻目に、清十郎は更に言葉を続ける。
「四紋が四葉に取り込まれ、長い年月が経った。……しかし! とうとう我々が覇権を手に入れる時が来たのだ!!」
「…………」
「この任務に、今後の四紋の命運が左右されるであろう。 ……心して掛かれ。 分かったな!?」
「……はい、承知しました」
渋々と返事をし、満足そうに頷く清十郎を尻目に、隼人は退室した。
「…………」
無言で屋敷を歩きながら、先程突き付けられた
「必要となれば排除しろ、か……。 正気なのかね、あの人は。 あの兄妹を始末できるものなら、とっくに四葉家当主を暗殺させているだろうに」
口をついて出る言葉は、どれも四葉への憎悪しか頭にない父の悪口だ。
だが、しかしとも思う。
「第一高校……まさか通えることになるとはな」
隼人にとって第一高校は、父の手駒として動くようになって、諦めざるを得なかった夢の舞台。
遠き日に交わした、もう果たされることはない約束の場所であった。
「まぁただ、マトモな学園生活は送れそうにないな……」
そうボヤキつつも、苦悶の中にどこか喜色を滲ませながら、隼人は四紋の屋敷から去るのであった。
皆さん初めまして、珍獣です。
ひとまずプロローグを読んでくださってありがとうございました。
拙い文章かと思いますが、今後もよろしくお願いします。
(2021/07/13追記)
永らく、本当に永らくエタっていましたが、この度更新を再開することとなりました。
亀更新になるかと思われますが、もしよろしければお付き合いいただければ幸いです。
感想、評価、叱咤激励の言葉をお待ちしております。
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第1話~再会~
4月、魔法科第一高校の入学式の日、隼人は校門に立っていた。
「しっかし、まさか俺の魔法力程度で受かるとはな」
隼人は軽いため息をつきながら、真新しい制服の左胸部分をチラリと見る。
そこには八枚の花弁をデザインした第一高校のエンブレムが刺繍されていた。
まあそれはともかく・・・
「余りにも暇だったから学校に来たけど、これは流石に早すぎたな・・・」
時計を見れば、まだ入学式が始まる2時間程前だ。
自分みたいに真新しい制服を着た生徒は周りにはいないし、準備に駆られる在校生ですらそこまで居ない。
とりあえず座るところを探そう。
そう思って敷地に足を踏み入れた時だった。
「納得できません!」
ふと、少し進んだ所から声が聞こえた。
良く見ると、男子生徒とそれより頭一つ小さい少女が言い争っている所だった。
・・・というか
「こんなハナっから発見するとは、いやはや運命なのか」
あの二人はおそらく、いや間違いなく今回の任務のターゲットの兄妹だ。
まさかこんなに早く接触するとは思わなかったのでどうするかと考えていると、少女の方が校舎の方に去って行った。
少年の方も、奥の方にフラーっと去って行こうとしている。
とりあえず隼人は彼を追いかけることにした。・・・気配を消して。
こそこそと少年の近くの木の裏に身を隠す。
「(よし、まだ気づかれていない。そーっとだ、そーっと・・・)」
「久しぶりなのにご挨拶だな、隼人」
木の陰から身を乗り出した隼人の目の前には、いつの間にか振り返っていて感情のこもっていない目で隼人を見ている少年が立っていた。
「うっ、やっぱりバレちゃうか・・・ 久しぶりだね、達也」
「ああ、久しぶり」
少々驚いたものの、すぐに切り替える辺り二人にとってはいつものやり取りらしい。
そしてこの達也こそが、今回隼人が第一高校に入学する理由となった要因の片割れである。
ところで四紋の中でも極一部の人間しか知らない事だが、この達也と先程彼と口論をしていた少女、
この兄弟は実は四葉に連なる人間である。
訳あって正体を隠す二人と隼人は、家の関係で小さい頃からの知り合いだ。
深雪とはしばらく会っていなかったが、達也とは少し前に顔を合わせている。
それでも、久しぶりという程には会っていなかったのだが。
「とりあえずその辺に座ろうか」
立ち話は疲れる為、達也と近くのベンチに座る。
座ると同時に、隼人はポケットから携帯端末によく似た物を取り出した。
それは、CADと呼ばれるものである。
正式名称は「キャスティング・アシスタント・デバイス」で、魔法の発動を補助する機械である。
魔法とは、事象を改変する技術の事。
その事象に大きくかかわるのが、
サイオンとは、非物質粒子で認識や思考結果を記録する情報素子で、現代魔法とはエイドスを書きかえることによってエイドスが付随する事象を改変する事である。
CADは魔法師の体内に宿るサイオンをCADni送り、CADはサイオンを起動式と呼ばれる魔法の設計図のようなものに変換して魔法師に返す。
そして魔法師は返って来た起動式を精神の無意識領域に存在する魔法演算領域と呼ばれる場所に送り、魔法式と呼ばれる事象に付随する情報体を改変する為のサイオン情報体を構築、これでエイドスを書きかえることによって事象を改変する。
これがCADを使った現代魔法の手順である。
CADを使うことによって魔法の発動速度は飛躍的に上昇し、CADは現代の魔法師にとって必須のツールとなったのである。
隼人は自分のCADにサイオンを流し、起動式を受け取って魔法式に変換してエイドスに投射した。
直後に、隼人と達也の周りに見えない内側からの音を漏らさないという、指向性が与えられた遮音防壁が張られた。
遮音防壁を張った理由は一つ、他人に聞かれてはいけない話をするという意思表示だ。
「さて、何を聞きたい?」
「そうだな、まずは何故お前がここにいる」
隼人に向けての達也の質問は、達也らしく単刀直入の物だった。
それに対して隼人は予め用意していたセリフを放つ。
「上からの命令で達也たちの監視と護衛だよ」
隼人の返事を聞いて、達也は僅かに顔を顰めた。
そして、しばらく考え込むような表情をして、隼人にこんな一言を放った。
「もう一つの目的はなんだ?」
「!?」
いつものような感情のこもっていないように見える目で隼人を見つめる達也。
その目に一切の迷いは見れない。
達也は、隼人が四葉の命令以外にも目的を持ってここにいるという事が分かっているのだ。
恐らくそれが四紋の指示であることも。
自分が嫌っている父を裏切って達也に事情を話すという考えが頭を過ぎったが、隼人はそれを
「・・・悪いがそれは話せない」
結局、隼人が選んだ答えは拒絶だった。
「そうか。まあ秘密を守らなきゃいけないのは分かっているから気にするな」
それに対する達也の反応も、あっさりしたものであった。
「すまない、いつか話せるときが来ると思う」
嘘だった。
父からの命令は、達也たち兄弟から四葉の情報を聞き出して、必要となれば始末しろというものだ。
この必要なら始末しろというのは、四葉の直系である二人を消すことによって、四葉に混乱をもたらそうとしているらしい。
当然二人に伝えることなど出来無い。
それをすれば、裏切ったと判断して四紋は総力を挙げて隼人を消しに掛かるだろう。
残念だが、今の隼人には四紋を敵に回して勝つだけの実力が無い。
もし秘密がバレるとしたら、恐らくその時は達也とCADを向け合っている時であろう。
「ねぇねぇ、あの二人って新入生よね?」
これ以上遮音障壁を発動したまま話していては明らかに怪しまれるという理由で、魔法を消した途端、目の前を通り過ぎようとしている女子生徒がボソッとつぶやいた。
「見たとこ友達みたいだけど、可哀想にね。
もう一人の女子生徒が小さい声で今のように返しながら、目の前を通り過ぎてどこかに消えてしまった。
一見同じに見える隼人と達也。
しかし二人には小さくて、大きな違いがあった。
「
隼人は口に出して、二人の間に存在する違いを確認した。
二人の違い、それは隼人の胸と肩には第一高校のエンブレムが刺繍されているのに対し、達也の制服には何も刺繍されていないと言うところだった。
魔法科高校は国立大学付属の教育機関、魔法師育成のための国策機関だ。
国から予算が与えられる代わりに、一定の成果を上げる事が義務付けられている。
第一高校のノルマは、毎年100名以上の生徒を魔法科大学および魔法技能専門訓練機関に送り出すこと。
魔法教育に平等という言葉は存在しない。
制服にエンブレムを持つ
入学試験の成績で、定員は真っ二つに分けられる。
実技の個別指導を受けられるのは一科生のみ。
1科生が全員進学できるなら二科生は不要である。
しかしながら、魔法教育には事故が付きものである。
ノウハウの蓄積により、死亡事故や後遺症が残るような事故はほぼ根絶されているが、事故のショックで魔法を使えなくなった生徒が毎年少なからずこの学校を去っていく。
その為の、二科生制度。
二科生は、魔法事故によって退学していく生徒の補欠でしかない。
隼人は一科生、達也は二科生。
二人の間には制服の見た目だけではない、見えない大きな壁が存在した。
「気にするだけ労力の無駄だ」
達也が心底つまらなさそうにつぶやく。
演技などでは無く、彼は心の底からどうでもいいと思っているのだろう。
「そうだなぁ・・・ってもうこんな時間か」
ふと、携帯端末をとりだして表示された時刻に目を向けると、もう入学式開始まで30分程となっていた。
達也も話しがてらに開いていた携帯端末で時間を確認していた。
その時だった。
「新入生ですね?そろそろ開場の時間ですよ」
突如、頭上から声が降って来た。
視線を前に向けると、制服のスカートと左腕に巻かれたテンキー付きの幅広なブレスレットが目に付いた。
汎用型のCADだ。
書類に書いてあったことだが、校内でCADを常時携行出来るのは限られた人間だけだったはずだ。
確か、生徒会役員と特定の委員会メンバーのみ。
もちろん左胸には第一高校のエンブレムがある。
「ありがとうございます。直ぐに向かいます」
達也は端末を閉じながら先輩にお礼を述べる。
ここに至るまで、達也はまだ先輩の顔を見ていない。
達也の抱える事情を考えると、恐らく校内でCADの携行を許されるような優等生とあまり関わりたくないのだろう。
「感心ですね、二人揃ってスクリーン型ですか」
しかし、相手は達也とは違ったようだ。
こちらだけ座ったまま話すのも失礼なので達也と揃って立ち上がり、ここで初めて相手の顔を見た。
隼人は178cm、達也は175cmなのだが、この先輩は隼人達より20cmは小さい。
女性としても小柄な方なのではないだろうか、と適当に考えながらも、隼人の意識はこの先輩の容姿に向いていた。
「(深雪ちゃんとまではいかないけど、かなり可愛いな・・・)」
先輩は隼人と達也を交互に見た。
身長差からして、ちょうど二人の左胸が良く見える位置だ。
しかし、先程の女子生徒と違って達也の制服を見ても一切見下すような表情は無い。
軽い観察を終え、先輩は口を開いた。
「当校では仮想型ディスプレイ端末の持ち込みを禁止しています。しかし、残念なことに多くの生徒が仮想型端末を使用しています。貴方達は、入学前からスクリーン型の端末を使用しているのですね」
「仮想型は読書に不向きですので」
それに達也が返事を返す。
達也はよく端末で電子書籍を読んでいるので、嘘ではない。
先輩が何やら嬉しそうな顔をしているのは、彼女も映像資料より書籍資料の方が好みなのだろうか
しかしそんなことを考えていた隼人は、一瞬で現実に引き戻された。
「あ。申し遅れましたね。私はこの学校の生徒会長を務めています、
ということで第1話投下です。
プロローグの直ぐ後に投下したかったんですが、少し時間が開いてしまいました。
今回は基本達也との関係性についての話です。
他のキャラは次話になってしまいましたが・・・
それでは、感想お待ちしています。
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第2話~見え隠れする陰~
「申し遅れましたね。私はこの学校の生徒会長を務めています、七草真由美です。ななくさ、と書いてさえぐさと読みます」
目の前の先輩の自己紹介を聞いて、隼人と達也は普通に見ていれば気づかれないレベルで眉を顰めた。
「(数字付きだな・・・しかし七草とは)」
何とか平静を保って愛想笑いを浮かべ、二人は名乗り返した。
「自分は司波達也です」
「夜津谷隼人です」
「司波達也君に夜津谷隼人君・・・そう、あなた達があの司波君に夜津谷君ですか」
「・・・・」
「・・・?」
二人の自己紹介を聞いて、真由美は何か思い当たったような顔をした。
隼人には何が『あの』なのか解らなくて変な表情をしてしまったが、達也は表情を変えずに黙っている。
「ふふ、先生方の間では貴方達の噂で持ち切りでしたよ」
「(どういうことだ?深雪ちゃんの兄である達也が噂になるのは分かるが、表面上は特にこれと言った目立つ能力が無い俺の噂まで?)」
彼女の笑顔からは、ポジティブなものしか見えない。
どういうことかと考えていた二人だったが、真由美の言葉はかなり意外なものであった。
「入学試験、二人とも七教科平均百点満点中九十点越え。特に達也君は平均九十六点だったわね。特に圧巻だったのは魔法理論と魔法工学。
受験者平均が七十点に満たないのに、両教科とも小論文含めて二人揃って文句なしの満点。・・・前代未聞の高得点だって」
「・・・ペーパーテストの成績です。情報システムの中だけの話ですよ」
左胸を指さしながら、少し素っ気ない態度で達也が言った。
当然この言葉の意味は、彼女には良く分かっていることだろう。
隼人だって思うところが無いと言えば、嘘になる。
この成績は、ただただ足りない才能を補おうと死に物狂いで努力したから取ることが出来た物である。
普通に聞けば良く聞こえるだろうが、隼人にとっては逆に自分の魔法力の弱さを付きつけられているようなものだ。
しかし、特段隼人の魔法力が低いわけではない。
隼人自身は疑問に思っているが、一科生になれたということがそれを証明している。
「(・・・そんなこと気にしてもしょうがないか)」
そう思って、隼人はネガティブな思考をシャットアウトした。
「いいえ、少なくとも私にはこんな高得点取れない。凄いわ!」
しかし、そんな二人の心情も全く気にした様子が無い真由美は、純粋に称賛の表情を浮かべてそう言ってきた。
「そろそろ時間ですので・・・失礼します」
「・・・失礼します、先輩」
突然、達也が軽く礼だけして歩きだしてしまったため、隼人も失礼のないレベルで軽い礼をして達也の後に続いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
真由美と話していたからか、隼人達が講堂に入った時には半分ほど座席が埋まっていた。
この学校は、入学式の後にIDカードを交付し、その時にクラスが判明する仕組みになっているため、クラスごとに分かれて座るということはない。
つまり座席の指定は無いのだが、新入生の分布には明らかに規則性があった。
座席の前半分が
後ろ半分が
「もっとも差別意識が強いのは、差別を受けている者である・・・か」
達也がポツリとつぶやいた。
確かに、それも生きる知恵の一つである。
達也はあえて逆らうつもりはないようだ。
しかし、達也と一緒に後ろに座れば、間違いなく周りの目を引くことになる。
それは望ましくなかったので、隼人は達也と別れて前から2列目のほぼ最前列に座った。
時計を見ると、後20分程時間が余っていた。
何もしないで過ごすには些か長い時間だ。
どう過ごそうか考えようとした隼人だが、その思考は横から掛けられた声に中断させられた。
「すいません。隣、開いてますか?」
声のした方を見ると、胸にエンブレムの刺繍がある女子生徒と、陰になって顔は見えないもう一人女子生徒が立っていた。
「ええ、どうぞ」
隼人は気にした様子も無く、迷わずに承諾した。
というか、後ろの少女は分からないが声をかけてきた少女は一般の水準と比べても結構美少女である。
隼人は別に女好きというわけでも無いが、可愛い女の子が隣に座るのを拒む男はそういないだろう。
二人の少女が座るのを視界の片隅で捕えながら、軽く周りを見渡すと、空席はさっきより明らかに減っていた。
特に最前列はほぼ満席で、二人で並んで座れるのは隼人の横だけであったところを考えると、二人は前の学校からの友達なのだろう、と隼人は適当に推測する。
「俺の名前は夜津谷隼人だ。よろしく」
「え・・・あ、私は光井ほのかです」
隼人の方から話しかけてくるとは思っていなかったのか、返事にはタイムラグがあった。
しかし、特に嫌な表情をすることなく、少女は名乗り返してきてくれた。
ほのかが自己紹介をした直後、自分も自己紹介をするためか、今まで隠れて顔が見えていなかった少女がひょこっと顔を出した。
「北山雫です。よろしくおねがいします」
雫と名乗った少女は、パッと見無口な雰囲気で無表情なイメージを受ける。
しかし、何故か雫を見て隼人は固まっていた。
確かに雫もほのかに劣らず十分な美少女である。
ただ、隼人が固まったのは別に雫の容姿に目を惹かれたという訳ではなかった。
いや、一応雫の容姿を見て固まっているのだが、正確に言えばかわいいという側面の容姿では無く、
「・・・どうかしました?」
突然隼人が固まったことに疑問を感じたのか、雫が問いかけてきた。
「いや何でもない、こちらこそよろしく」
言葉を濁すようなことはせず、隼人は本当に何もなかったかのように返事を返す。
特に大したことも無かったのだろうと思ってくれたのか、雫は追求せずに顔を元の位置に戻した。
その後は、三人で中学の時の事などを話していた。
ただ、二人と話しながら、隼人は別の事を考えていた。
彼女ーー雫は、余りにも似ている。
これは運命なのか、はたまた偶然なのか・・・
隼人の思考は、入学式が始まる直前まで続いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
開会式が始まり、校長の挨拶に始まったプログラムはスムーズに消化され、とうとう新入生の答辞になった。
「続きまして新入生答辞ーー新入生代表、司波深雪」
講堂に流れるアナウンスと共に、壇上に一人の少女が姿を現した。
それと同時に、会場の人間のほぼ全てが言葉を失った。
演台の中央に立った少女こそ、達也の妹であり、隼人の任務のターゲット、司波深雪である。
会場の人間が言葉を失った理由、それは深雪の容姿であった。
隼人の横に座っているほのかと雫も十分に可愛い。
しかし、深雪のそれは最早次元が違った。
超高精度に作った3DCGだと言っても、全ての人が信じるだろう。
青少年の願望を実体化させた、と言っても疑う人は誰ひとりとして居ないだろう。
それほどの、美貌。
男子生徒だけではなく女子生徒も深雪に見とれている中、彼女の答辞が始まった。
「皆等しく」や、「一丸となって」、「魔法以外にも」等の際どいフレーズが多々出てきたが、流石と言うべきか、それらを上手に建前で包み一切の棘を感じさせない。
そんな深雪の態度は堂々としていながらも初々しく慎ましく、聞いているものの心を掴んで話さないような巧みな答辞だった。
そして、彼女の元々の美貌と相まって、新入生・上級生や男女の区別なく、全ての生徒の心を鷲掴みにしていた。
昔からそうだったが、やはりここでも深雪の周りはさぞかし賑やかになることだろう。
世間一般の基準に照らしてシスコンと言っても過言ではない、深雪のお兄様こと達也は彼女の事を今すぐにでも労ってやりたいことだろう。
しかし、式が終われば即解散というわけではなく、IDカードの交付がある。
IDカードの交付はどの窓口でも出来るのだが、やはり一科生と二科生の間で壁が出来てしまう。
ちなみに深雪は新入生を代表して既にカードを交付されている為、今は来賓と生徒会の人ごみの中である。
ということで隼人は、ほのか・雫と一緒の窓口に手続きに来ている。
「二人とも、どうだった?」
「私はAクラスです」
「私もAクラス」
レディーファーストということで先にカードを受け取っていた二人の元に行くと、二人とも同じクラスのようだ。
「夜津谷君はどうでした?」
「俺もAクラスだよ」
「やった!同じクラスですね!」
かくいう隼人もAクラスなのだが。
ところで、第一高校は一学年八クラスで、一クラス二十五人となっている。
もっとも、一科生はA~D、二科生はE~Hと同じクラスになることは無いが。
「ところで、夜津谷君はこの後ホームルームに行くんですか?私と雫は行く予定なんですけど」
そう言いだしたのはほのか。
現在の学校は、ごく一部の例外を除いてほとんど担任教師と言う制度は存在しない。
全て学内ネットを利用した端末通信で済まされる。
学校用の端末が一人一台体制になったのはかなり昔で、個別指導も実技の指導でなければ基本は情報端末が使われる。
担任もいないのに何故ホームルームがあるのかと言うと、授業や実験の都合や、自分専用の端末があれば何かと便利だという理由である。
そして、ホームルームという一つのコミュニティで一緒に過ごせば、自然に交流が深まる。
友達を作りたいのなら、ホームルームに行くのが一番の近道と言うわけだ。
任務で入学したとはいえ、昔からの夢だった魔法科高校。
隼人は任務に支障が出ない範囲で出来るだけ学園生活を楽しむつもりだった。
新しい友人作りも、その中に含まれる。
・・・しかし、隼人はほのかの誘いに首を横に振った。
「悪いけどこの後用事があるんだ」
今日はもう連絡事項も無い事が分かっているので、隼人はこのまま用事を済ませて帰るつもりだった。
「そうですか・・・では、また明日」
「さようなら」
ほのかは多少残念そうに、雫は変わらず無表情で別れの言葉を告げ、ホームルームに向かって行った。
「さて・・・俺も行くか」
隼人は振り返り、二人とは逆の方向に向かって歩き出した。
どうも、珍獣です。
今回も長々と入学式の話をしてしまった・・・
しかし、次は微量ですが、戦闘シーンを入れる予定です。
心苦しいですが、隼人君の実力に就いては次話までお待ちください。
ちなみにお分かりでしょうが、この作品は雫をヒロインとする予定でいます。
では、評価・感想お待ちしています。
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第3話~手袋~
二人と別れてしばらく歩くと、二人の女子生徒と話している達也を発見した。
「お疲れ達也」
後ろから近づいて達也に話しかけると、多少驚いた顔で達也が振り返った。
「隼人、ホームルームには行かなかったのか?」
「ちょっと、この後用事があってね」
「なるほど、大変だな」
隼人の言葉に、達也は物知り顔で頷いた。
「ねぇ司波君、この人誰?」
すると、隼人が入って来たせいで蚊帳の外にされていた女子生徒が横から声をかけてきた。
「ああ、悪かったな。こいつは小さい頃からの付き合いの友人だ」
「夜津谷隼人です、よろしく」
「司波君の友達かぁ。私は千葉エリカ、こちらこそよろしく」
「柴田美月です。よろしくお願いします」
達也の紹介に合わせて自己紹介をすると、二人とも自己紹介をを返してくれた。
エリカは、ショートの明るい髪に、整った顔立ちが目立つ美少女だ。
そして美月も眼鏡をかけていて分かりにくいが、癒し系という感じのかわいらしい美少女だ。
ちなみに眼鏡は、治療技術が普及した結果、この国ではかなり珍しくなっており、重度の先天性視力障害でもない限り、視力矯正具は必要ないし、必要でも今は年単位で装着可能なコンタクトレンズも開発されている。
そのため眼鏡をかけるのは、ファッションなどでかける場合がほとんどだ。
しかし、若干気弱そうな雰囲気の彼女がそういう目的で眼鏡をかけるのは考えにくい。
「(となると、霊子放射光敏症か・・・)」
霊子放射光過敏症とは、通称見えすぎ病とも言われる、意図しないで霊子放射光が見えたり、意図的に見ないようにすることが出来ない一種の魔力制御不全症である。
このプシオンの波動が霊子放射光で、プシオンに対する感受性が強い人には、霊子放射光が光・色として見えるのである。
別に光が見えるくらいなら放っておいても良いじゃないか、と思わなくもないが、もっとも見られやすい放射光は感情の波動とされている。
そして強い感情であればある程強い光や色に見え、その強い感情はネガティブなものが多い。
霊子放射光過敏症の人は、このネガティブなプシオン波動の影響を受けて、精神に異常をきたすことが多い。
予防手段は、プシオン感受性をコントロールする技術を身につける事だ。
だが、それが出来ない者には道具などでそれを補助する必要がある。
その一つが、オーラ・カット・コーティング・レンズと呼ばれる眼鏡である。
しかし、魔法科高校に入学できるだけの魔法技能がありながら、保護用眼鏡を必要とするほどの鋭敏な感受性をもつ者は稀だ。
つまり美月は極めて強いプシオン感受性を持っているということになる。
それだけ強い「視力」となれば、ただ霊子放射光を見るだけの能力ではなく、もっと別なものを見られるかもしれない。
ーー例えば、素情を隠している達也の本来の力。
ーー例えば、隼人の持っている禁断の魔法。
今は何もないだろうが、彼女の前では今後注意しなければいけないな、と隼人は自分を戒めた。
そして、美月だけではなくエリカの方も名字が「
あの千葉なのかは分からないが、数字付きの可能性は高い為、一応注意しておいた方がいいかもしれない。
といっても二人とも、クラスは違えどこれから学校生活を共にする友達ーー会って直ぐに友達と言うのも少し気が速いと思うがーーである。
なるべくそう言った警戒心を捨てたいものだ。
「自己紹介して早々悪いんだけど、俺この後用事があるんだ。また次の機会にでも話そう」
隼人は、本当はもう少し話していたかったのだが、この後外せない用事ーーというか工作ーーがあるので三人と別れることにした。
「そっかぁ、残念だね。じゃあね~」
「用事があるんなら仕方ないですね。ではまた明日」
「うん、また明日。達也もね。・・・それと深雪ちゃんにもよろしく」
「深雪の事をちゃん付けで呼ぶのはもうお前だけだぞ・・・」
三人と挨拶を交わし、隼人は校門を出た。
学校から家に帰る時、家と学校の距離が近くない場合殆どの生徒が駅を経由する。
隼人の家は今回の任務の為に四紋が用意した一軒家で、学校から遠い訳ではないが、近いというわけでもないために駅を利用しなければならない。
そして、駅は第一高校の目の前の一本道を歩けば一度も曲がらないで駅に着くことが出来る。
ただ隼人は駅に直接向かわず、学校から100m程のところの店に立ち寄った。
ちなみだが、魔法科高校の中にも普通の学校と同様売店が存在しており、その品揃えはーー魔法関係の物も多いがーー普通の売店と比べてかなり充実している。
そしてこちらも第一高校に限らない事だが、魔法科高校の前にはその門前町とでも言える商店街があり、校内の売店で買えない物は大抵ここで揃う。
そして第一高校の前の商店街は特に充実しており、一高生以外の魔法関係者も遠くから足を運ぶことがあるほどだ。
というわけで商店街で必要な物を買い揃えた隼人は、その後寄り道せずに真っ直ぐ家に帰った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
駅のキャビネット(現在電車と言うものは既に無くなっている)に乗って最寄りの駅まで移動し、そこから歩いて少しの所に隼人の家がある。
外見は特に変わった所が無い普通の一軒家だ。
高校生が一人で住むには少し大きい。
家に入ってまず自室へ行き、制服を脱いで私服に着替えながら思い出す。
昔の隼人だったら、ここで着替えるのがシャツやジーンズなどでは無く、動きやすさを重視した戦闘服であっただろう。
小学校の時から、隼人は放課後誰とも遊ばずに直ぐに家に帰っていた。
子供同士の遊び程度で時間を無駄にすることなど、父が許さなかったのだ。
そして四紋の屋敷に帰った隼人は、着替えたらすぐに屋敷の外の森に出る。
殆ど知られていないことなのだが、四紋は古式魔法”忍術”を伝える家で、隼人も当然忍術を教えられていた。
古式魔法とは、忍術・陰陽術・SB(Spiritual Being)魔法ーー精霊魔法ともいうーーなど、現代魔法とは違った方法で魔法を発動する魔法である。
ただ、古式魔法はCADを使用する現代魔法と比べて魔法を発動する速度が著しく劣っている。
現代魔法がほぼ一瞬で発動できる魔法を、古式魔法なら5秒掛かるというのは良くある話だ。
なので一般の魔法師は、古式魔法は現代魔法より劣っている、というイメージを持っている場合が多い。
これは間違ってはいないのだが、少し訂正しなければならない。
確かに古式魔法は魔法の発動速度で現代魔法に劣っている為、正面からの撃ちあいでは現代魔法に分がある。
しかし、隠密性やフレキシブルな発動座標などの点で古式魔法は現代魔法よりも優れているため、知覚外からの奇襲は古式魔法に分があるのだ。
隼人が習得した忍術は、森林などの障害物が多くある場所での戦いで真価を発揮するものである。
その為普段は森で戦闘訓練をさせられていた。
しかしそのお陰か、隼人は現代魔法こそ普通であるものの、忍術においては優秀な”忍び”となった。
といっても魔法力が平凡なために、優秀なのは魔法の威力や規模では無く忍術の運用や発動に対しての技量であり、現代魔法よりも忍術が得意だというわけではない。
閑話休題。
私服に着替えた隼人は、デスクの上に乗っていた小包を開けた。
中に入っていたのは、薄めの黒い手袋だった。
パッと見はただの革製の手袋。
だが、これはただの手袋ではない。
少し話は戻って忍術の事だが、忍術の場合魔法を発動する時は主に印契を使う。
その印契にも色々あって、普通に印を組んで発動するものもあれば、徒手格闘をしながら魔法を発動する為に身体全体などで意味のある形を作って魔法を発動するものなどもある。
この手袋はその印契の補助のために使われ、魔法陣を織り込んだ特別なものである。
それと同時に、隼人の持つ
ところで、第一高校では決められた委員会の生徒以外は校内でCADを持ち歩くことは出来ない。
しかし、CADを持っていない時に何かが起こる可能性はゼロではない。
手袋は、この校則の抜け道として用意したものだった。
ただ、使っていたのが少し前の事なのでサイズが隼人の手に合わなくなってしまったのだ。
さっきの買い物はそれを直すための工作、もとい裁縫の為の道具であった。
買ってきた道具を作業用のデスクの上に置いて、隼人はさっそく作業に取り掛かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
時刻は午前0時を少し回った頃、手袋の手直しを終えた隼人は、遅めの夕食を取ってベッドの上で横になっていた。
ぼんやりと天井を眺めながら、隼人は今日出会った人物の事を思い出していた。
小柄で無口・無表情で、可愛い容姿の美少女。
隼人の視線が、天井からベッドの横のデスクに移る。
デスクの端には、一枚の写真が入った写真立てが飾られていた。
そこには、まだ幼さを残す小学生くらいの少年と、同じくらいの歳の少女が綺麗な海をバックに仲よさそうに映っている。
良く見ると、少年は隼人に、少女は雫にどことなく似ている。
しばらく写真を眺めていると、睡魔が襲ってきた。
隼人は睡魔に逆らうことなく、意識を闇に沈めていった。
どうも、珍獣です。
まずは謝罪を。
作者のプライベートの事情で投稿がかなり遅れてしまったこと、そして前回戦闘描写を書くと言ったのにも関わらず入れられなかったこと、スイマセンでした。
次回は間違いなく戦闘シーンを書きます!!
それまで、どうかお待ちください。
では、感想お待ちしています。
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