魔法科高校の劣等生 〜夜を照らす紅〜 (天兎フウ)
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プロローグ

 
初投稿です。

いろいろとミスが多いかもしれませんが、その場合は優しく教えていただけると助かります。

よろしくお願いします。



  

 

 

転生というのを知っているだろうか?二次小説などで見るアレだ。

その二次小説でよくあるパターンと言えば、神様のミスで死んでしまい特典付きで転生する、所謂神様転生というやつだと思う。

さて、何故俺がこんなことを考えているかというとだ。

 

 

俺、転生しました!

 

 

いや、自分でも意味がわからない。

冷静に思考しているが、コレは一周回って落ち着いたというやつだ。混乱しすぎると一周回って冷静になるというのが本当の事だったことが実証された。

 

本当に意味がわからない。

 

俺は神様なんかに会ってないし、況してや死んだ憶えすらない。普通に寝て、起きたら身体が赤ん坊になっていたのだ。

これで混乱しない方がおかしいだろう。

 

……うん、取り敢えず寝るか。

 

なんか考えるのが面倒になってきた。

現実逃避ではない、これは戦略的撤退だ。

そんな誰ともなしに意味のない言い訳をしながら、俺の意識は闇に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、俺が転生して一ヶ月経った。

何か展開が早いとかなんとか聞こえた気がしたが、何もすることがないのだから仕方がない。赤ん坊のすることなんて食うことと寝ること、そしてたまに動くことだけだ。

 

とまあ、それは置いといて。

 

不思議なことにこの一ヶ月、俺の父親と母親を見たことがない。何か事情があるのだろうか? まぁ、そのうちわかるだろう。

他にも不思議なことやわかったことがあるので、ここまでで判明した事を一度整理してみよう。

 

1.転生した理由は全く持ってわからない。

 

これについては考えてもわからないからもう諦めた。

とにかく二度目の人生を楽しみたいと思う。

 

2.どうも俺はかなり裕福な家に生まれたらしい。

 

これはかなり早い段階でわかった事だ。

何しろ俺がいる部屋が見るからに豪華で、とてつもなく広い。それに加え、高級ホテルのような内装をしているのだ。こんな部屋に入れる人物など、かなり限定されるだろう。

 

3.俺の年齢は1歳半といったところのようだ。

 

通りで生まれたばかりにしては動きやすいわけだ。

年齢がわかったのは俺が自分の足で立った時に、世話をしてくれるメイドさんらしき人がぽろっと漏らしてくれたのだ。

どうも前世――――かは分からないが、転生した俺の意識が戻る前は体調があまり良くなかったようで、今まで立ったことがなかったらしい。その時に興奮したメイドさんが、会話の中で俺の年齢を言っていた。

 

4.俺は双子の弟らしい。

 

前に一度、俺と同い年くらいの女の子が部屋に来て一緒に遊んだのだが、どうやらその女の子が俺の双子の姉だったみたいだ。

一度しか会ったことがないのは、体調が良くなかった俺が大事をとって別の部屋に移されたからだそうだ。

 

ここまでが昨日までに判明したことだ。

転生して一ヶ月も経ったにしては情報が少ないと思うが、俺の部屋には体調を考えてあまり人が来ないので、仕方がないだろう。

 

さて、問題なのはここからだ。

次は今日判明したことをまとめよう。

 

1.俺と姉の名前が判明した。

 

ついに、俺と姉の名前がわかった。

元々名前は判明していたが、今日まで苗字がわからなかったのだ。

しかし、その苗字が今日になって、ついにわかったのだ。

 

俺の名前は、四葉紅夜(よつばこうや)

 

そして、姉の名前は、()()()()

 

アレ? 気のせいだよな? なんか聞き覚えがあるけど、気のせいだよな?

魔法科高校に通ってる劣等生(笑)って名のチートお兄様で聞いた名前だけど、気のせいだよな?

四葉って主人公の家系だったけど、気のせいだよな? な!?

 

2.俺は魔法の才能があるらしい。

 

 

…………人の夢と書いて、儚いって読むよね。

 

 

 

 

 

 

 

魔法科高校の劣等生の世界、しかも主人公の弟に転生したという衝撃の事実が発覚してから色々考えた。

結果

 

強くなればどうにでもなる!

 

という結論に落ち着いた。

かなり強引だが、この世界では強さが重要だ。十巻までではあるが、原作知識によればこの世界はかなり物騒だし、トップは実際に実力を伴っていることが多い。

幸いなことに、俺は日本のトップ十師族。その中でも、最も力を持つ四葉家の直系だ。魔法の才能は遺伝するとされ、俺も例外なく才能を持っている。努力さえすれば、世界トップレベルの強さに十分届くのだ。

俺は四葉直系、つまり女である姉の深雪を抜き、次期当主候補第一位になってしまった訳だ。さらに主人公の弟に生まれたからには、騒動に巻き込まれるのは必然。場合によっては、即ガメオベラ(Game over)

ならばいっそのこと、それを楽しめるくらい強くなればいい。

そういった考えの元、先程の結論に落ち着いたのだ。

そうと決まれば特訓だ。時間は有り余る程にある。

 

 

さあ、目指すは最強だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅夜が転生してから早くも7年の年月が経ち8歳になっていた。

そこで、問題が一つ。

 

────病気になって隔離されてます……。

 

こんな時にどんな顔したら良いかって?

笑うしかねぇ!!

 

「あっははは―――げほっ!」

 

とりあえず笑ってみたはいいが咳込んでしまう。それだけ、紅夜の状態は悪かった。

紅夜は知る由も無いが、発症した病気はあの九島光宣と同じ病気だった。ただ、紅夜の病気は九島光宣は少しだけ違うところがある。

 

九島光宣の病気は、膨大な量の想子(サイオン)が体中に張り巡るサイオンの管の容量をオーバーして、サイオンの管を突き破り、破壊と修復が繰り返されることによって、体調を崩すというものだった。

しかし、紅夜の場合はサイオン量は確かに膨大だが、管の容量は十分あった。

 

では何故病気になっているのか?

 

それは紅夜がサイオンの制御がうまくできずに、体の中を膨大な量のサイオンが暴れ回っており、そのせいで管がズタズタに引き裂かれている所為だ。

九島光宣に比べて改善の余地はあるのだが、症状としては紅夜の方が酷かった。

なにせ、まともに歩くこともできず、体調が良くなったと思って少しでも運動をすると、途端に体調を崩すのだ。

しかも、深雪の弟だけあってなまじ魔法の干渉力が高いので、サイオンが暴走してしまうと周囲に莫大な被害をもたらす。

初めて暴走した時など、紅夜のいた屋敷が半壊した上に近くにいた約10人の人達が巻き込まれて死亡してしまった。紅夜は齢半月にして初めての殺人を経験したのだ。

 

死んでしまった10人には悪いが、不幸中の幸いと言うべきか、その時紅夜は体調を崩して別邸に移されていたので、被害は最小限で収まった。

 

紅夜自身にはこの病気になった理由は見当がついていた。

恐らく転生して前世の記憶を持っていたことによって、前の世界にはなかったサイオンに対応できなくなり、結果、制御に失敗して暴走を起こしているのだろう。

だが本人は多分月日が経てば制御ができるようになるだろうから、それまでの辛抱だと割り切っていた。

事実、紅夜が転生したころに比べれば、今はサイオンが暴走する事が減ってきている。

この調子なら、原作が始まるまでには普通の生活を送れるようになるはずだ。

 

そんなことを考えていると、突然殆ど人が来ない筈のこの部屋の扉がノックされていることに気が付き、ベッドから体を起こす。

 

「ん? はぁーい」

「紅夜、入ってもいい?」

「ああ、深雪? もちろんいいよ」

 

扉を開けて入って来たのは紅夜の双子の姉、四葉深雪と、そのガーディアンで兄でもある達也だった。

 

「久しぶりね紅夜。体調はどう?」

「久しぶり。体調は最近はかなりよくなってるよ」

「そう、よかったわ」

 

こんな調子で、その後もしばらく話をしていると、深雪が突然立ち上がった。

 

「ごめんなさい。そろそろお稽古の時間だわ」

「そうなのか? じゃあ稽古頑張って」

「ええ、また来るわ」

「ああ、今日は来てくれてありがとな」

 

いつも通りの挨拶をすると深雪は部屋から出て行く。それを見送った達也はこちらに向き直ると口を開いた。

 

「さて、挨拶が遅れたな。久しぶりだ紅夜」

「久しぶり兄さん(・・・)

 

今の会話からわかったと思うが紅夜と達也は結構仲が良い。理由としては病気で隔離され、あまりにも暇だった紅夜が、よく達也に話しかけていたから。それと――――――

 

「それで、例のアレは?」

「ああ、もちろん出来ている」

「おお、流石兄さん。早く見せてくれ!」

「そう急かすな」

 

達也は笑いながらそう言って、手に持っていた黒いアタッシュケースを差し出した。紅夜は嬉しそうにアタッシュケースを受け取るとロックを外し、蓋を開く。

 

「……おぉ!」

 

アタッシュケースの中を見た紅夜から、押さえきれぬ興奮の声が漏れる。そして、その中に入っていた拳銃型の機械を手に取った。

 

「これが俺専用の特化型CADか……」

 

CADを明かりにかざすと、その黒を基調にした中に走る鮮やかな紅いラインが光を反射する。

 

「自分で設計したCADなのに、大げさ過ぎるだろう」

「設計した物と実物とでは全く違うんだよ」

 

苦笑しながら言ってきた達也に即座に反論する。

そう、これは紅夜が設計したCADだ。あまりにも暇だった紅夜はCADに手を出し、かなりハマってしまった。

その時に原作の内容から達也に進めてみたところ、原作通り才能を発揮して、それ以来魔法やCADについて話すことが多くなり、距離が近づいたというわけだ。

 

「少し試してみたいな。兄さん、こいつの中に何か魔法を入れてある?」

「ああ、一応お前の得意な加速系魔法を入れてある。それとも他に何か入れておくか?」

「いや、魔法は自分で入れておくから別にいいよ。じゃあ早速」

 

紅夜はCADを握ると想子サイオンを流し込む。そして想子(サイオン)に反応したCADから起動式を読み取り魔法演算領域内で魔法式を組み立てる――――前に魔法を中断した。

 

「さすが兄さん。いい仕事をするな。これならコンマ3秒もかからずに魔法が発動できそうだ」

 

術式を『視て』わかった結果に素直に賞賛する。

 

「それは魔法の発動に時間がかかる俺への当て付けか?」

「そんなんじゃないから!」

「冗談だ」

 

クックックと笑う達也を見てなんだか珍しいなぁ、なんて思う。多分何だかんだ言って、兄さんもCADが出来たのが嬉しいのだろうと紅夜も笑みを浮かべた。

 

「そういえば、そのCADの名前は決めてあるのか?」

「ああ、とは言っても今思いついたんだけど……」

 

黒と紅の怪しげな美しさを見せるCADを頭上に掲げる。

 

「【ダークネス・ブラッド】それがこいつの名前だ」

「【ダークネス・ブラッド】か。ずいぶんと物々しい名前だが、見た目にピッタリだな」

「だろ?」

 

紅夜は早く病気を直し、こいつを思いっきり使いたいなぁ、と【ダークネス・ブラッド】を握る手に力を込めた。

 

 

 

 

 




 
ありがとうございました。




それにしても、【ダークネス・ブラッド】

……黒歴史確定ですね



追記
ヒロインの決定に伴い後半を三人称にしました。少し読みにくいかもしれませんがご了承ください。




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追憶編
追憶編Ⅰ



追憶編です。

……追憶編、ストーリーを変えにくいので、書くのが難しいです。




 

 

 

沖縄行きの飛行機の中、到着前のアナウンスが流れた為、弄っていた情報端末の電源を落とすとシートベルトを着用する。科学が進歩しているこの世界で着陸時に端末の電源を切る必要はない筈だが、これはマナーというものだろう。

 

さて、沖縄行きということで分かったかと思うが、ついに原作の追憶編に突入する。

幸いなことに10歳のころには体調がかなり改善してきて、今ではほぼ問題ないといえる程度まで回復している。

追憶編はこれからの兄さんの位置付けが決まるかなり重要な物語だ。それに原作通りだと桜井さんが死んでしまうだろう。そんなことは絶対にさせるつもりはない。病気の時に桜井さんにはお世話になったし、彼女の為にも原作を変えなければ。

回復が間に合って本当によかった。

 

そんなことを考えているうちに、着陸が終わっていた。

シートベルトを外すと隣に座っていた深雪と共に立ち上がり、母様―――深夜について飛行機から降りる。

母親のことを母様と呼ぶあたり、俺も四葉に染まってきたなぁ、などとくだらないことを考える。

兄さんがいないのは、俺たちがエグゼクティブクラスで、兄さんはノーマルクラスだからだ。

 

飛行機から降りると荷物を持って待っていた兄さんと合流する。

ちなみに深雪は原作よりは兄さんへの態度が優しい。理由は俺が兄さんに対して普通に接しているからだろう。

原作に影響がないか心配だが……まぁ、仲が悪いよりはいいか。

 

 

 

 

 

別荘に着くと先に来ていた桜井さんにお茶を入れてもらい、のんびりと休憩をとる。途中で深雪が兄さんと散歩に行ったが、俺は辞退させてもらった。

体調がよくなったといっても完治したわけではないので、あまり疲れるような真似はしない方がいいのだ。

それに、この後面倒なことがあるからな。

 

 

 

時間はもうすぐ6時。

今日はもうすぐ黒羽貢主催のパーティーがあるので、俺は自分の部屋で用意されていた服に着替えていた。深雪と兄さんもとっくに帰ってきていて二人もパーティーの支度をしている。

俺は着替えを済ませるとこれから始まるパーティーのことを考えて、一度だけ大きなため息を吐いた。

いくら四葉に慣れたとはいえ、元は普通の一般人なんだから、こういったパーティーはあまり気が進まない。ため息も吐きたくなるというものだ。

 

 

「叔父様、本日はお招き、ありがとうございます」

「ありがとうございます、貢さん」

 

パーティー会場に入ると、深雪と一緒に招待者である黒羽貢に挨拶する。まったくありがたいとは思っていないが、やはり建前というのは大事だろう。

 

「よく来てくれたね。深雪ちゃん、紅夜君。紅夜君は体の方は大丈夫かい?」

「ええ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます。もうこのように出歩いても問題がない程には回復しましたから」

「そうかい、それはよかった。おっと、こんなところで立ち話もなんだな。ささ、奥へどうぞ。亜夜子も文弥も、深雪ちゃんと紅夜くんに会うのを楽しみにしていたんだよ」

 

ガーディアンの兄さんは入口で待たせ、俺と深雪は奥へと案内される。

 

「亜夜子ちゃん、文弥も、元気してたかい?」

 

奥へと入った途端、待ち構えるようにしていた二人に声を掛けてやると、嬉しそうに顔を輝かせこちらに駆け寄ってきた。

 

「深雪姉さま、紅夜兄さま! お久しぶりです」

「お姉さま、お変わりないようで。紅夜兄さまも御体の具合は如何でしょうか?」

「体の調子は最近かなり良くなってきたよ。心配してくれてありがとう、亜夜子ちゃん」

 

パーティーにしても少し気合いが入りすぎているのではないか、と言いたくなるような二人の服装に笑顔が苦笑いになりそうなのを抑える。

亜夜子ちゃんは深雪に対抗意識を持っているのだが、俺に対しては何故かそのような意識はないようで、本当に心配そうな様子で俺の具合を聞いてくる。それに対して精一杯の笑顔で答えてあげると、亜夜子ちゃんは顔を真っ赤にして照れていた。実に可愛らしい。

 

その後、貢さんの話に付き合わされる。内容としては亜夜子ちゃんと文弥の自慢話ばかり、親馬鹿も大概にしてほしい。

だが、それも長くは続かなかった。

 

「ところで深雪姉さま……達也兄さまはどちらに?」

 

文弥がそう質問すると深雪が指で示して兄さんの場所を教える。すると亜夜子ちゃんも目に見えてそわそわとし始めた。

まあ、二人とも兄さんのことを尊敬しているようだから仕方がないか。

 

「……えっと、どちらでしょうか?」

「あそこだよ」

 

どうやら亜夜子ちゃんは深雪のそれが文弥に向けられたものだと思ったようだ。そんな亜夜子ちゃんに俺が兄さんを指し示してあげる。

 

「達也兄さま!」

 

文弥は我慢できなかったようで笑顔で兄さんに向けて駆け出した。亜夜子はしょうがないといったような顔をしながらも、弾んだ足取りで追いかける。貢さんはその様子を微笑ましそうな表情で見ているが、内心は不満なんだろう。そのことをわかっていた兄さんが二人を上手く納得させて会場の外に出ていった。

その後は特に何があるわけでもなく、その日のパーティーは終了した。

 

 

 

 

パーティーが終わった翌日の朝。

俺はいつも通り早起きをすると部屋のカーテンを開ける。

前世ではあまり規則正しい生活をしていたとは言えなかったが、転生してからはずっと部屋に籠っている日々だったので、昼夜逆転しないように意識してやっていたことが今となってはすっかり習慣となっていた。

 

窓を開けて籠っていた空気を入れ替えると、大きく深呼吸をして自分の体調を『視た』。一通りチェックして問題がないことを確認すると、安堵から小さく息を吐く。

 

それにしても今日は随分と意識が冴えている気がする。……まあ、それも仕方ないかもしれない。何しろ今日は大亜連合の潜水艦が攻撃して来る日なのだから。

窓の外に見える海を眺める。

今も大亜連合の艦隊がこっちに向かって来ているのだろうと考えると、気が引き締まるように感じた。

 

朝からこんなことを考えても仕方がないと頭を振って意識を切り替えると、ふと庭に気配を感じた。

窓から覗き込むと兄さんが庭に出て身体を解していた。多分これから鍛錬を始めるのだろう。俺が見ていることに気づいていて無視しているのか、そもそも気づいていないのか。いや、兄さんに限って気づいていないなんてことはないだろうから、気づいていて無視しているのだろう。

……そう考えると何故だか無性に腹が立って来た。俺はその気持ちに逆らうことなく、兄さんの顏を驚きに染めようと一策案じることにした。

 

俺は一旦部屋の中に戻ると、荷物の中からブレスレット型の汎用型CADを一機取り出す。この汎用型CADは市販の物に俺が少し手を加えたものだ。

CADを右腕に装着すると想子サイオンを流し、開いたままの窓から身を踊らせた。そして空中で待機させていた魔法を発動して重力を操作すると、音もなく地面に着地する。

 

兄さんは『視て』俺が来たことに気がついたようで体をこっちに向ける。が、俺はその前に行動を開始していた。

着地と同時に新たに魔法を発動させ、ほとんどタイムラグをなしに発動した加速魔法により、兄さんが体を向けると同時に兄さんの顔に拳を突き出した。

しかし、突然のことにも関わらず、兄さんはわかっていたかのように突きを躱すとカウンターでボディを狙ってくる。だが手加減された攻撃は避けることは容易く、俺はさらに攻撃を繰り出した。

 

「おいおい、そんなに動いて体は大丈夫なのか?」

「ああ、今日は調子がいいから、ちょっと付き合ってよ」

 

そんな風に喋りながらも、激しく動きながら拳と拳を、時には蹴りを交える。

 

「それにしても、正直お前がここまで強いとは思っていなかったよ」

「まあ、地道に鍛えてたから、な!」

 

そう言って回し蹴りを繰り出すと、兄さんはしゃがむことでそれを避け、俺の軸足に足払いをかけてくる。それにより体制を崩すがの要領で立て直すと、すぐさま反撃を仕掛ける。

 

こうして兄さんとまともに戦えているのも、日々の努力の結果だ。病気だとはいえ将来、戦闘で魔法に頼りきりにはなりたくなかったので、体の調子を見て、少しずつ鍛えていたのだ。

 

そんなことを片手間に考えながら戦っていると家の中から深雪の気配を感じたので一旦飛び退いて距離を取る。兄さんも『視て』気がついたようで追撃してくることはなかった。

戦いに集中していて気づかなかったが、どうやらかなり時間が経っていたようだ。

 

「兄さん、そろそろ疲れてきたし次で最後にしよう」

 

兄さんも特に異論はないようで、黙って頷く。

重心を低くすると兄さんの挙動を一切逃すまいと集中する。兄さんも同じく構えをとるとジッと俺を見据えた。

 

そのままお互い膠着状態となり、一秒、二秒と時間が過ぎて行く。

そして、ちょうど十秒が経った時、強風がザッと木々の葉を鳴らした。

それを合図に俺と兄さんは同時に飛び出した。

 

一歩、二歩と距離を縮め、最後の一歩を踏み出す瞬間、俺は加速魔法の出力を一気に上げ、この戦いで初めて本気で踏み込んだ。

突然俺の速度上がったことで、兄さんが驚愕に目を見開き、そして……

 

 

ピタリとお互いの拳が全く同時のタイミングで顔の前で止められた。

 

「……引き分けか?」

「……そうだな」

 

そう言ってお互いに拳を下ろした。

 

「だが、戦術面では完全に負けたよ。まさか最後までの戦闘が全てブラフだったとは」

「でもそんなこと言ったら、兄さんは本気じゃなかったし、魔法も使ってないじゃん。術式解体(グラム・デモリッション)を使われたら絶対に負けてたよ」

「それはもしもの話だろ」

 

俺と兄さんはお互いに勝ちを譲り合うが、俺はこの戦いに勝ったと思っていた。俺の戦闘方法は病気のせいで体力がないために、かなり魔法に依存しているところがある。しかし兄さんの言う通り、術式解体(グラムデモリッション)はもしも使っていたらの話だ。

何よりも最初の目的であった兄さんを驚かせることに成功したのだ。後半については一人勝負だったとはいえ、今回は完全に俺の勝ちだった。

 

 

 

 

 

 

兄さんとの戦闘を終えた後、激しい運動により汗をかいたので、シャワーで軽く汗を流して桜井さんが用意してくれた朝食を食べる。

ちなみに俺も料理ができるので、一度桜井さんに作ったことがあるのだが、桜井さんは何故か俺の料理を食べた途端に項垂れて、その後一度も料理を作らせてくれなくなった。

自分では不味いわけではないと思っていたのだが、口に合わなかったのだろうか?

 

 

閑話休題(それは置いといて)

 

 

食後の紅茶を飲んでいると、お母様の提案でクルーザーを借りて沖にでることになった。それまでの予定は特にないらしいので、俺は部屋に戻ってCADを弄ることにする。

そうと決めた俺はいてもたってもいられずに急いで部屋へと戻る。

…………横目で桜井さんに引っ張られていく深雪を見て、心の中で謝罪をしながら。

 

 

 

 

自分の部屋で一人CADを弄りに集中していると、この家の敷地内に気配を感じて一度作業を止める。集中して気配を探ると深雪と兄さんの気配を感じた。どうやらビーチから帰ってきたようだ。

 

俺は長年部屋に一人でいたからか、近くに来た人の気配を読む癖がついていた。別に不便とかそういうわけではないので構わないのだが、人間やればできるもんだ。恐らく兄さんが『眼』を使わないのなら、索敵能力は俺の方が優れているだろう。

 

そんなことを考えながらふと時計を見ると、既に正午に近い時間になっていた。どうやらCADを弄りに熱中しすぎてしまったようだ。そろそろ昼食の時間だろうと、そこらへんに散らばっている機材を片付けると部屋を出る。

昼食の時間には少し遅いが、タイミングとしてはピッタリだったようで、俺を迎えに来ようとした桜井さんと鉢合わせた。

その後昼食を食べ終わると部屋に戻り食後の休憩をすると再びCADを弄りだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺たちは予定通り桜井さんの手配したクルーザーに乗り込むと、北北西に進路を向けて出航した。

 

強い風を受けて予想よりも早い速度でクルーザーの上で風になびく自分の黒髪を押さえつけながら目を閉じ、風を肌で感じる。

 

そうしてしばらく風を楽しんでいると、突然、視界が赤く染まる。先ほどまで心地よかった空気がピリピリと肌を刺すようなものへと変じた。

 

来たか……

 

その言葉を声に出す代わりに一度大きく深呼吸をすると、閉じていた目を見開き、より一層冴えわたる目で沖を睨み付けた。

 

「お嬢様、紅夜様・・・、前へ」

 

そう言って兄さんは俺たちを庇うように前に出る。ここで俺がすることなど特にないので、兄さんの言う通り前に移動すると傍観に徹する。

予想通り特に俺が手を出すまでもなく、兄さんから放たれた魔法が魚雷をバラバラに分解した。

 

それを『視て』とりあえずこれ以上の危険はないと判断して、小さく息を吐く。俺がいることによって何か不測の事態が起きるかもしれないと思っていたが、どうやら今回は杞憂だったようだ。

 

その後、不審な潜水艦は姿をくらまし、後から駆け付けた国防軍からの事情聴取などがあったが、俺がすることなどは特になく、平和とは言えないものの無事に一日が終わった。

 

 




 
文才が欲しいです……



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追憶編Ⅱ

 
実はこの作品の題名とあらすじは、30秒で考えた適当なものだったり……




 

 

 

 

 

三日目は朝から荒れ模様。

強い風が吹き荒れ、まるでこれから起こることを予期しているような嫌な天気だ。

 

「今日の予定はどうなさいます?」

 

もはや通例と化しているのではと思う桜井さんの質問が母様に向けられる。

 

「こんな日にショッピングはちょっと、ねぇ……」

 

そう言って首をチョコンと傾げる母様は、本当に母親なのかと疑うほど可愛らしい。

 

「どうしようかしら?」

「そうですね……琉球舞踊の観覧なんて如何でしょうか?」

 

桜井さんの提案に母様と深雪も面白そうだということで、今日の予定が決まった……、かに思われた。

 

「ですが問題が……この公演は女性限定なんです」

「そう……」

 

母様は少し悩むと口を開いた。

 

「紅夜さん、達也。貴方達、今日は一日自由にして良いわ」

「はい」

「わかりました」

「確か昨日、達也が大尉さんから基地に誘われていたわよね?良い機会だから二人で見学してきたらどうかしら?」

「母様、俺は体調がイマイチなのでここでゆっくりしていたいと思います」

「そう? なら達也だけで行って頂戴」

「はい」

「あの、お母様! わたしも、兄さんと一緒に行っても良いですか?」

「深雪さん?」

 

深雪の突然の提案に母様は訝し気な目を向けると、深雪は必死に言い訳をしていた。

結局、母様はついていく許可を出したが、本当に深雪の言い訳を信じているとは思えなかった。

 

 

 

 

 

俺は自分の部屋に戻るとCADを弄る。

実は体調が悪いというのはこのための嘘だった。普段ならこんなことはしないが、ちゃんと理由がある。原作では大亜連合が攻めて来たとき兄さんが特化型CADを持っていたのだが、今の兄さんはCADを持っていないのだ。

原作で兄さんが持っていたCADはどうやって手に入れたか覚えていない。よって兄さんがCADを持っていないのは俺というイレギュラーのせいという可能性もあるのだ。

そのためにこうして兄さん専用のCADを作っているのである。

さて、もうちょい頑張りますか!

 

 

 

 

 

次の日の朝、朝食を食べた後またCADを弄っていると部屋のドアがノックされた。

 

「紅夜、居るか?」

「兄さん、どうしたの?」

 

入室の許可をだし入ってきた兄さんに問いかける。

 

「ああ、実はこれなんだが」

「へぇ、特化型CADか、見たことない機種だな。これどうしたの?」

「実は昨日軍の基地に行ったときに頂いたんだ。試作品らしいから見たことないのは当然だろう」

「成る程」

 

原作で持っていたCADはこれか。

 

「これの調整をしようと思ったんだが、お前の部屋の方が機材が揃っているからな。使わせてくれないか?」

「それならちょうどよかった。実は今兄さんの専用機を作ってたんだけど本体のスペックが今一でさ、試作品とはいえ軍のものなら問題ないだろ」

「なに? そんなことしてたのか」

「ああ、だからちょうどいいって言ったんだよ。端末につなぐからそのCADかして」

 

兄さんからCADを受け取ると立ち上げっぱなしだった端末に専用の機械を使って接続する。そして、もともと兄さん専用にしようと思っていたCADからデータを読み込むと画面を物凄いスピード流れ出した数字の羅列に修正を加える。

 

「とりあえずこんなところか、どうだ?」

「そうだな、もう少しここを……」

「だけど、そしたらここが……」

 

その日はずっと二人でCADを弄って終わった。

 

 

 

 

その後の3日間は特になにもなく普通の日々だった。

やったことといえば、魔法を作ったり、自分のCADを弄ったり、兄さんのCADを弄ったり、ショッピングをしたりすることだけのとても平和な時間だった。

 

そう、だった(・・・)のだ。

いつも通り朝食を食べ終わった時、緊急情報が流れた。

 

つまり、ついに大亜連合の侵略が始まった。

 

逸る気持ちを抑え、この後どうするかを黙考する。

もちろんこの状況をわかっていた俺は計画を立ててはいるが、それが上手くいくとは限らない。そもそも俺というイレギュラーが入った所為で原作通りとはいかないかもしれない。

とはいえ考えても何がわかる訳ではない、取り敢えず臨機応変に対応しよう。

 

その後、兄さんと深夜により軍の基地に避難させてもらえることになり、迎えのジョーにより避難する。

基地に着くと案内された部屋には俺達の他にも5人の民間人がいた。

こんな人達いたかなぁ、なんて考えながら外の気配を探っていると突然銃声が響いた。

それに気づいた兄さんと桜井さんが険しい顔をして立ち上がる。

 

「達也君、これは……」

「桜井さんにも聞こえましたか」

「銃声だな。しかもかなり近い」

「ええ、それも拳銃じゃなく、フルオートの、恐らくアサルトライフルです」

 

突然口を挟んだ俺に桜井さんは驚いているが、兄さんはそれをスルーして考察をする。桜井さんも驚きから立て直した。

 

「状況は分かる?」

「いえ、ここからでは……この壁には魔法を阻害する効果があるようです」

「そうね……どうやら、古式の結界術式が施されているようだわ。この部屋だけじゃなくて、この建物全体が魔法的な探査を阻害する術式に覆われているみたいね」

「部屋の中だけだったら魔法は使えそうだが……やはり中から外への干渉は無理そうだ」

「そのようですね」

 

俺の『眼』で視た結果に兄さんも同意する。

 

「おい、き、君たちは魔法師なのか」

 

いきなり先ほどまで怯えていた民間人の男が、声を掛けてきた。

 

「そうですが?」

 

訝しげに答える桜井さんに、男は何故か尊大な態度で続けた。

 

「だったら、何が起こっているのか見てきたまえ」

 

……何コイツ、超ウザいんだけど。

 

「私たちは基地関係者ではありませんが」

 

桜井さんも俺と似たような心境らしく、答える声はいつもよりも冷たかった。

 

「それがどうしたというのだ。君たちは魔法師なのだろう」

「ですから私たちは―――――」

「ならば人間に奉仕するのは当然の義務ではないか」

 

…………ないわぁ。

 

俺が感じたのは、苛立ちや怒りではなく呆れだった。

 

「本気で仰っているんですか?」

「そ、そもそも魔法師は、人間に奉仕する為に作られた『もの』だろう。だったら軍属かどうかなんて、関係ないはずだ」

 

アホだ、本物のアホがいる。

今更そんなことを言う人がいるとは思ってもみなかった。そもそも、今の時代に作られた魔法師なんて極少数だ。

まあ、桜井さんは作られた魔法師だけど。それに――――――

 

「なるほど、我々は作られた存在かもしれないですが」

 

思考の海の奥底に潜り込もうとしていた俺は、兄さんの言葉で我に返った。

 

「貴方に奉仕する義務などありませんね」

「なっ!?」

「魔法師は人類社会の公益と秩序に奉仕する存在なのであって、見も知らぬ一個人から奉仕を求められる謂れはありません」

「こっ、子供の癖に生意気な!」

 

今までのやり取りでこの男が下らない野郎だというのは分かっていたが、今の一言で俺の男に対する興味は完全に無くなった。

 

「その子供に言い負かされて、ムキになる貴方は何なんでしょうね」

 

突然口を挟んだ俺に男は顔を真っ赤にして言い返そうとするが、俺の絶対零度の視線を見た途端に固まった。

 

「先ほど達也が言ったように我々魔法師は国の為に奉仕する存在ですから、貴方のように国に害悪にしかならない害虫は消してしまってもいいと思うのですが、どうですかね?」

 

俺が首を傾げてイイ笑顔で尋ねると、男は顔を真っ青にして震えだした。そんなことできるわけがないのに、そのことに気が付かないほど動揺しているようだ。

 

「もちろん冗談ですが、それでも、いい大人が子供の前でそんなことをして恥ずかしくないんですか?」

 

冗談と言ったことで明らかにホッとした顔をした男だったが、子供と言われてハッとした様子で後ろを振り返った。振り返った先にいた男の家族は明らかな侮蔑をもって男を見ていた。

動揺する男に兄さんが追い打ちを掛ける。

 

「誤解されているようですが……この国では、魔法師の出自の八割以上が血統交配と潜在能力開発型です。部分的な処置を含めたとしても、生物学的に『作られた』魔法師は全体の二割にもなりません」

「達也」

 

突然、母様が気怠げな声で兄さんを呼んだ。

 

「何でしょうか」

「外の様子を見てきて」

「……しかし状況が分からぬ以上、この場に危害が及ぶ可能性を無視できません。今の自分の技能では、離れた場所から深雪を護ることは」

「深雪? 達也、身分を弁えなさい?」

 

その優しい口調とは裏腹に、ゾッとするほど感情の籠らない冷たい声で兄さんに注意した。

 

「―――失礼しました」

 

兄さんは短く謝罪の言葉を口にして頭を下げる。

 

「達也君、この場は私が引き受けます」

 

空気を換える為に桜井さんが兄さんに声を掛けた。

 

「分かりました。様子を見てきます」

 

兄さんは一礼すると部屋を出ていく。

俺はこの後に起きることを予想して、腰の【ダークネス・ブラッド】をケースの上から抑えた。

 

 

 

 

 

外から聞こえる銃撃音が徐々に近づいて来ている。

俺はそれと同時に、この部屋に向かってくる複数の気配を捉えていた。やがて、その気配は足音が聞こえるまでに近づき、俺たちがいる部屋の前で止まった。

桜井さんも深雪も母様の前に立つ、俺もそれに続いて前に出る。

 

「失礼します!空挺第二中隊の金城一等兵であります!」

 

警戒をしながらも開かれた扉の先には四人の兵士がいた。

他の人たちは警戒を解いていたが、俺と多分、母様もこの人たちを警戒しているだろう。

 

「皆さんを地下シェルターにご案内します。ついてきてください」

「すみません、連れが一人、外の様子を見に行っておりまして」

 

桜井さんの言葉に金城一等兵は顔を顰めて難色の色を示した。

 

「しかし既に敵の一部が基地の奥深くに侵入しております。ここにいるのは危険です」

「では、あちらの方々をお連れくださいな。息子を見捨てて行くわけには参りませんので」

「しかし……」

「キミ、金城君と言ったか。あちらはああ仰っているのだ。私たちだけでも先に案内したまえ」

 

男にそう詰め寄られて兵士たちは険しい顔で相談をし始めた。

 

「……達也君でしたら、風間大尉に頼めば合流するのも難しくないと思いますが?」

「別に、達也のことを心配しているのではないわ。あれは建前よ」

 

小声で返された返答に分かっていたこととはいえ少し落胆する。

 

「では?」

「勘よ」

「勘、ですか?」

「ええ、この人たちを信用すべきではないという直観ね」

 

結果、この勘が当たるのだから母様はすごい。

その時、四人の相談が終わった。

 

「申し訳ありませんが、やはりこの部屋に皆さんを残しておくわけには参りません。お連れの方は責任を持って我々がご案内しますので、ご一緒について来てください」

 

先ほどよりも、威圧的に感じる言い方をされたように感じると思った、その時だった。

 

「ディック!」

 

駆け込んできたジョーに対して金城一等兵がいきなり発砲したのだ。

俺は腰から【ダークネス・ブラッド】を抜き、想子(サイオン)を流し込む。それと同時に桜井さんも起動式を展開していた。

その瞬間、四人の内の一人がキャスト・ジャミングを発動した。

 

頭の中で黒板を爪で引っ掻いたような酷い騒音がするが、俺はそれを気合で無視して魔法を発動する。それは、今日の為に作った対キャスト・ジャミング専用魔法。

 

俺のCADから発せられる特殊なサイオン波が敵から発せられるキャスト・ジャミングのサイオン波を相殺した。

 

「なっ!?」

 

相手が驚愕で固まっている隙に、起動式を展開して敵を無力化する魔法を発動する…………はずだった。

 

―――ドクンッ!

 

と、身体の中で何かが膨張したような感覚を感じた途端、俺の中の想子(サイオン)が突如として暴走した。

 

「ガァッ!?」

 

身体の内側から中身をかき回されているような激痛に思わずその場に膝をつく。

 

瞬間、相手のマシンガンが掃射され、走馬灯のようにゆっくりと流れる時間の中で、深雪と、桜井さんと、母様、そして俺の身体に銃弾が穴を穿った。

 

そして痛みをトリガーとして、俺の身体から抑えきれない膨大な量の想子(サイオン)が噴き出した。

 

 

 

 




 
次回から、かなり不定期更新になるかもです。




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追憶編Ⅲ

 
お待たせしました。

今回は三人称に挑戦してみました。




 

 

 

 

 

司波達也は焦る気持ちを抑えつけ全速力で走っていた。

 

焦燥

 

それがだけが達也の心を占めていた。

達也は四葉の精神改造手術により感情が欠落している。故に、本来なら我を忘れるほどの強い衝動に駆られることなどありえない。だが達也は唯一、妹の深雪の為だけの感情が残っていた。

つまり、我を忘れるほどの焦燥を覚えている今、深雪になにかしらの危険が起きていることに他ならなかった。

 

来た道を全力で駆け戻り、途中で敵と遭遇すれば即座にCADを向け元素レベルに分解する。そうすることで、達也はスピードを一切落とさずに部屋にたどり着こうとしていた。

そして、部屋まであと少しというところで異変に気が付いた。

 

(なんだ? 周囲の温度が上がっている? ……まさか!)

 

達也の脳裏に一つの可能性が浮かび上がり、焦りが加速する。その焦りに比例するように走る速度が上がり、ついに部屋までたどり着いた。

開いていた扉から中に飛び込むと達也の身体に膨大な熱を帯びた空気が叩きつけられた。それと同時に達也は自分の予想が当たっていたことを理解する。

 

即座に【精霊の眼(エレメンタル・サイト)】を使いイデアに接続、状況を確認する。

身体から血を流して倒れている母親とそのメイド、母親たち同様に倒れている最愛の妹。それを確認しただけで血が沸騰するような怒りを覚えるがそれを抑えて更に情報を集める。

 

近くにはマシンガンとアンティナイトを持った四人の兵士、そして達也の予想通り、自分の身体を抱き込むようにして膨大な量の想子(サイオン)を噴き出す弟の紅夜がいた。

 

状況から達也は最適な行動を計算して実行に移す。

深雪たちを撃ったのは四人の兵士と判断、即座に分解で消し去る。

次にCADを紅夜に向けると『術式解体(グラム・デモリッション)』を使い紅夜の想子(サイオン)を吹き飛ばす。一時的な処置でしかないが、このまま放っておくと永遠と温度が上昇し続けて大変なことになりかねない。

ここまでで3秒。

 

達也は急いで深雪にCADを向け引き金を引く。

 

【エイドス変更履歴の遡及を開始】

 

その瞬間、人間の反射を上回る速度で『再成』の魔法が発動した。

 

【復元時点を確認】

 

魔法の発動とほぼ同時にエイドスを遡った達也の精神に想像を絶する痛みが襲い掛かる。だが、達也はその痛みを顔に出すことすらせず魔法の行使を続ける。

 

【復元開始】

 

複写したエイドスが魔法式として、エイドスを上書きする。

 

【復元完了】

 

そして、魔法が終わったころには深雪の怪我はなくなっていた。

 

「深雪、大丈夫か!?」

「お兄様……」

「良かった……っ!」

 

達也は深雪を強く抱きしめる。

 

「ゴホッ、ガハッ!」

 

しばらく抱き合ったままでいると、二人の後ろから、咳払いをしようとして失敗したような不自然な声がした。

ハッとして振り向くとそこには、口から血を吐き出し苦しそうな息をしながらも、二人を見て苦笑をしている紅夜の姿があった。

自身の力を制御できていないのか、紅夜の体から小さな炎が揺らめいている。

 

「いい、雰囲気……に、水、を差す、ようで、悪いけど……助けて、くれないか……?」

 

息も絶え絶えに言う紅夜に達也は一瞬気まずそうにしたものの、すぐに表情を引き締めて紅夜に『再成』の魔法を行使する。

紅夜の傷がなくなるのを確認すると、達也は深夜と穂波も同様に魔法を使い怪我をなくしていった。

 

 

 

「兄さん、助かった」

 

穂波が自分の身体を不思議そうに見下ろしているのを横目に、紅夜は達也に礼を言った。

 

「それはいいが、サイオンの暴走は大丈夫なのか?」

「ああ、キャスト・ジャミングのサイオン波で、身体のサイオンが乱れたところに瀕死レベルの怪我をしたことで、完全にサイオンの制御ができなくなったことが、暴走の原因だったからな。怪我さえ治ってしまえば制御を取り戻すことは、そう難しくなかった」

「そうか、ならよかった」

 

そんなことを話していると二人に向かって風間が近づく。

 

「すまない。叛逆者を出してしまったことは完全にこちらの落ち度だ。何をしても罪滅ぼしにはならないだろうが、望むことなら何なりと言ってくれ。国防軍として、でき得る限りの便宜を図らせてもらう」

 

そう言って頭を下げる風間に達也は頭を上げてくださいと告げ、正確な情報の開示を求めた。

 

「敵は大亜連合ですか?」

 

尋ねる達也に風間は恐らくだが、と肯定を示した。そして風間の口から語られるのは予想以上に酷い状況。それを踏まえて達也は紅夜たち四人の安全の確保を頼んだ。もちろん風間はこれも了承する。

 

「では最後に、アーマースーツと歩兵装備一式を貸してください。貸す、といっても消耗品はお返しできませんが」

 

達也の要求に紅夜を除く全員が疑問を抱く。風間も同様で達也に理由を尋ねた。

 

「彼らは深雪に手を掛けました。その報いを受けさせなければなりません」

 

そう言った達也の瞳には蒼白の業火が荒れ狂っていた。

その声を聞いた全員が血の気を失う中、もう一人、達也と同じ怒りを抱いている者がいた。

 

「待ってください、俺も行きます」

 

突如上がった声に全員が振り向く。

その視線の先にはは腕を組み、眼をつむっている紅夜の姿があった。

 

「なに?」

「ですから俺も行きます」

 

紅夜は眼を閉じたまま、力強く言い直した。

だが、その胸の中では様々な感情が入り混じっていた。怒りや憎しみ、そして深雪たちを守れなかった自責の念。

 

──ギシリ、と鎖が軋む音がした。

 

波が引くように感情が冷えていく。

熱せられた刀が急速に冷えて硬くなる。

 

「何故君まで?」

「姉を撃たれて怒らない弟がいると思いますか?」

「だが、君が行ってどうする?」

 

風間の問いを紅夜は鼻で笑った。

 

そんなことは決まっている。

 

怒りをぶつける? 憎しみを晴らす? それとも守れなかった腹いせか?

 

―――違う。

 

紅夜はそんな感情は無駄だと切り捨てる。敵を殺すのに感情は必要ない。

 

 

―――怒りを捨てろ。

 

―――憎しみを捨てろ。

 

―――自責を捨てろ。

 

―――何より、慈悲を捨てろ。

 

―――目的の為に感情は必要ない。

 

―――奴らは敵だ。

 

―――それだけ認識していれば良い。

 

―――奴らは敵だ。

 

―――ならばどうする?

 

―――簡単だ。

 

 

「敵を、殺し尽くす」

 

そう言って開いた目は、赤く、紅く、深紅に染まっていた。

だが、その瞳に浮かぶ感情は、何処までも冷たかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後、紅夜と達也は風間に許可をもらい戦場へと向かうことになった。

そんな紅夜たちの背中に声が掛けられた。

 

「お兄様、紅夜!」

 

その声に紅夜は達也と自分の呼ぶ順番が逆になってるな、などとこれから戦場に行くとは思えないこと考えながら振り向く。

 

「深雪、どうした?」

「お兄様、紅夜も、行かないでください。敵の軍隊と戦うなんて、危ないことはしないでください。お兄様と紅夜がそんなことをする必要はないと思います」

 

そんな深雪の願いに対する紅夜と達也の回答は否だった。

 

「さっきも言った通り、俺は、お前を傷つけられた報復に行くんだ。お前の為じゃなくて、自分の感情の為に。そうしなければ、俺の気がすまない。俺にとって本当に大切だと思えるのは深雪、お前だけだから」

 

達也は困ったように笑いながら言った。

 

「わがままな兄貴でごめんな」

 

達也の言葉に深雪は困惑の表情を浮かべた。

 

「大切だと思えるのは私だけ?」

 

深雪は違和感に気づく。

何故「大切なもの」じゃなくて、「大切だと思えるもの」なのか、そして何故「深雪だけ」なのか。

 

達也も深雪の言いたいことがわかったようで「参ったな」と苦笑を浮かべた。

 

「兄さん、深雪もそろそろ知ってもいいと思う」

「そうか……そうだな。知らずに済むなら、ずっと知らないままにしてやりたかったけど……そういうわけにも行かないんだろうな」

 

紅夜と達也の会話に深雪は困惑の表情を浮かべる。

 

「お兄様?」

「今は時間が無いし、俺から話して聞かせるべきではないと思う。だから深雪、母さんから教えてもらいなさい。今、お前が疑問に思ったことの、答えを」

 

更に困惑する深雪に紅夜と達也は「大丈夫」とだけ言って戦場へと向かった。

 

 

 

 

 

戦場に出た紅夜と達也は出し惜しみなどせず、全力で敵の殲滅をしていた。

 

 

黒いアーマースーツを身に着けた達也は悠々と歩きながら敵を消していく。

 

右手のCADの引き金を引けば敵が元素レベルまで分解され、左手に持つCADを掲げれば倒れていた味方が起き上がる。

 

 

その隣で歩くのは身軽な私服姿の紅夜。

アーマースーツを着ていないのは動きにくくなるから、そして、そもそも攻撃を受けることがないから。

 

左手を汎用型CADが入ったポケットに突っ込み、右手には【ダークネス・ブラッド】を持って、敵を焼滅させていく。

 

迫る銃弾は跳ね返され、魔法は紅夜の手前で消滅する。

 

それを可能にしているのは深紅の瞳【叡智の眼(ソフィア・サイト)】。

この魔法は紅夜の先天的スキルで魔法を『視る』ことができる。正確に言えば、エイドスを知ることができる知覚魔法だ。

達也の【精霊の眼(エレメンタル・サイト)】より効果範囲が狭く、通常では自分の周囲、半径約50メートル内のことしかわからないが、十分に使える魔法だ。

 

例えば、目で捉えることのできない銃弾のエイドス情報を視て、それを【ダブル・バウンド】でベクトルを倍にして跳ね返したり、例えば、発動された魔法により改変されたエイドスを読み取り、それを逆算、即座に相手の魔法を中和する魔法式を使用したり、などだ。

 

これにより、紅夜に対する物理攻撃は全て反射され、魔法は無効化される。

 

このように、紅夜の防御は完璧だ。ならば攻撃はどうか?

 

簡単だ。紅夜の得意系統である振動加速魔法を全力で使う。それだけか、と思うかもしれないがそれは違う。

膨大な魔法演算領域と強力な干渉力、それに大量のサイオン。どれを含めても世界トップレベルの紅夜が得意系統の魔法を全力で使った場合、それはもう酷いことになる。

 

一言で表すとすればそれは『地獄』。

 

これに尽きた。

 

紅夜がCADの引き金を引けば指定したエリアの温度は一瞬で5000℃を越え、そこに可燃性の気体を加え、業火とでも言うべき爆炎が上がる。さらに気流を操り火災旋風を巻き起こし、それを操る。

 

それにより、敵は一瞬で蒸発し、炎に焼かれ焼滅。そして旋風に巻き込まれ、猛スピードで飛んでくる車の残骸や家の一部。風穴が開き、押し潰され、炭化する。

 

これを地獄と呼ばずになんと言うだろうか?

 

味方は呆然と立ち尽くし、敵は当然の如く恐怖に怯え逃げ出す。

だからといって手心を加える必要があるのか? 否、ない。

 

紅夜にとって敵は消し去るべきものだった。

紅夜は転生してすぐの幼少の頃からサイオンの暴走により他人の命を何度も奪ってきた。自分に関係のない人が自分によって殺される。

もちろん紅夜は転生前は一般人であり人を殺したこと、それどころか人が死ぬことも見たことがなかった。

いきなりそんな状況に置かれていた紅夜は罪悪感により押し潰されそうになっていた。

 

人は適応する生き物だ。自分が精神的に潰れてしまいそうになった時、自分の精神構造を作り変えるという話しがある。

精神的に潰れてしまいそうになった紅夜は精神を作り変えることでその状況から逃れた。

 

自分が殺しているのは関係のない赤の他人だ。物語にも影響しないただのモブ。殺して何が悪い、と。

その精神を元に作り変えられた紅夜にとって人間は身内と他人、そして敵の三種類しかいなかった。

 

身内は大切なものだ。だから何をしても守る。

 

他人には興味がない。死んでしまったら仕方がない。

 

敵は消し去るべきだ。身内を害するものなどあってはならない。

 

これが紅夜の考えだった。

そして、今目の前にいるのは敵だ。消し去るのは当然のこと。紅夜にはもう罪悪感など欠片もなくなっていた。

 

いくら恐怖をしようが、逃げようが、降伏をしようが止まらない。何故なら敵は消し去るべきものなのだから。

 

その一心で敵の白旗を焼滅させようとした時、突然後ろから羽交い締めにされる。

 

「止めろ、バカ!」

 

だが紅夜は止まらない。CADを向けずに視線だけで白旗をロックすると魔法を発動させようとする。それはCADを奪い取られたことにより失敗した。

 

「敵に戦闘継続の意思はない!」

 

それでも紅夜は止まらない。強力な魔法師である紅夜にとってCADなどなくても魔法は使える。

 

「止めろと言うのだ!」

 

そう怒鳴られて紅夜はやっと周りに意識を向けた。後ろを見ると自分を止めたのは風間だと気づく。

 

「これ以上は虐殺だ。そんな真似は許さんぞ」

 

隣では達也も見知らぬ兵士に取り押さえられ、銃を突きつけられていた。そんな紅夜を見て安心と判断した風間は紅夜を解放した。

 

「落ち着け、特尉方。柳も銃を引っ込めろ」

 

特尉という呼称は達也と紅夜の二人に向けたものだった。民間人を戦場に出すわけにはいかないと達也と同様に紅夜にも与えられた地位だ。

 

「特尉方、出勤の際の条件は覚えているな?」

「了解です」

「わかりました」

 

冷静さを取り戻した紅夜と達也はようやく止まった。

 

 

 

 

 




 
いかがだったでしょうか?
三人称で書くのは以外と楽しかったです。

それにしても、今回の話しは後から見直してSAN値が削れました。

……深夜のテンション怖い。



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追憶編Ⅳ

 
今回も三人称です。

急いで書いたので、少々適当な部分があったり、ミスが多かったりするかもしれませんので、後で加筆修正する可能性があります。御容赦ください。




 

 

 

 

敵が降伏をしたことにより兵士たちの安堵が広がる。が、それは少し早すぎた。

 

「司令部より伝達! 敵艦隊別働隊と思われる艦影が粟国島北方より接近中! 高速巡洋艦4隻、駆逐艦8隻!」

 

この報告を聞いて紅夜は思わず舌打ちをした。

 

(チッ、こんなところで原作との違いが出てくるのか!)

 

原作よりも6隻多い艦隊数、だが紅夜はすぐに問題はないと判断した。

達也の【マテリアル・バースト】に艦隊数が少し増えた程度は問題ない。敵の砲撃の数が増えるだろうが自分が全て防ぎきればいい。

紅夜はそう考えていた。

 

その時、隣で通信機を使い何かを話していた風間大尉が大きな声を出した。

 

「予想時間20分後に、当地点は敵艦砲の有効射程圏内に入る! 総員、捕虜を連行し、内陸部へ退避せよ!」

 

その命令に紅夜はため息を吐いた。味方より多い捕虜を抱えて、一体どう逃げ切るつもりだろうか? そもそも生きて帰らなければ捕虜も逃げ出してしまうというのに。風間大尉も同様の考えなのだろう。顔にこそ出していないが、この命令を快く思っていないのは明白だった。いっそ殺してしまえばいいのに、なんて一瞬浮かんだ考えを振り払う。

 

「特尉方、君たちは先に基地へ帰投したまえ」

「敵巡洋艦の正確な位置は分かりますか?」

「それは分かるが……真田!」

「海上レーダーとリンクしました。特尉のバイザーに転送しますか?」

 

達也はその前に、と真田の質問を遮って、射程伸張術式組込型のデバイスを要求した。訝し気にする風間大尉に達也は有線通信のラインを出し、内緒話を始める。そして話終わった風間大尉は自分と真田中尉を残して撤退命令を出した。

 

「紅夜、お前も撤退を」

「断る」

「……何故だ?」

 

あまりの速さで即答され、達也は少し沈黙した後に理由を尋ねた。

 

「兄さん、【マテリアル・バースト】を使うつもりだろ。その間無防備になる兄さんを誰が守るんだよ」

「それは……」

「な? だから俺も残る」

「……分かったよ」

 

達也は紅夜を説得するのは無理だと分かったようで、諦めたようにため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五分後、達也の手元には要求した通り射程伸張術式組込型が握られていた。

達也はマシンガンから弾丸を抜き取り、一つずつ両手で合唱するポーズで手に持ち、再びマシンガンに込めなおすという傍から見れば意味の分からないことを五回繰り返していた。

だが、【叡智の眼(ソフィア・サイト)】でエイドスを視ている紅夜だけは何が起きているかを正確に理解していた。

達也がやっているのは銃弾を一旦元素レベルまで分解し、それを再成で元通りにするという作業だった。

 

「敵艦有効射程距離内到達予測時間、残り十分、敵艦はほぼ真西の方角三十キロを航行中……届くのかい?」

「試してみるしかありません」

 

達也はそう答えると、武装デバイスを構える。そして魔法を発動した。

 

銃口の先に筒状の術式が展開、本来ならそこまでで魔法は終了するはずなのだが、達也はさらに物体加速仮想領域の先にもう一つの仮想領域を展開させた。

そして達也は狙撃銃を発砲した。

 

「……ダメですね。二十キロしか届きませんでした。敵艦が二十キロメートル以内に入るのを待つしかありません」

「しかしそれでは、こちらも敵の射程内に入ってしまう!」

「分かってます」

「二人は基地に戻ってください。ここは俺と兄さんだけで十分です」

「バカなことを言うな! 君たちも戻るんだ」

 

真田中尉は何度も説得を試みるが、すべて突っぱねられる。

 

「我々では代行できないのか?」

「無理です」

 

風間大尉の問に達也が即答すると風間大尉は予想外のことを言ってきた。

 

「では、我々もここに残るとしよう」

「……自分が失敗すれば、お二人も巻き添えですが」

「百パーセント成功する作戦などありえんし、戦死の可能性が全くない戦場もあり得ない。勝敗が兵家の常ならば、生死は兵士の常だ」

 

風間大尉の言葉は達也が説得を断念するには十分だった。

 

 

沖合に水の柱が上がる。

それは紅夜たちが敵艦隊の有効射程内に入った合図でもあった。

 

達也はデバイスを構えると四発の弾丸を試しに撃つと弾道を情報として追う。

それと同時に敵艦隊の砲撃が始まった。

 

弾道を追うことに集中している達也は魔法が使えない。そこで、予想通り紅夜が砲撃を防ぐことになった。

原作よりも圧倒的に多い砲撃を紅夜は必至に防いでいく。

 

いくら紅夜が強力な魔法師だろうと必ず限界というものが存在する。サイオン量は残り半分を切り、酷使した魔法演算領域は徐々に痛みを訴えてきていた。いや、寧ろアレだけ後先考えずに魔法を使って、その程度しか消耗していないというのは異常と言うべきだ。

 

「援護します!」

 

そんなとき、穂波の声が聞こえ、同時に防御魔法が展開された。

紅夜としては本当は来てほしくなかったが、今の状況で助かることは間違いなかった。

 

原作では、ここで魔法酷使をしたあまり衰弱死してしまうことになるが、自分がいる以上、原作よりは負担はないはずだ。そう考え、紅夜は砲撃の四分の一を波穂に任せることにした。

少しだけ余裕ができた紅夜は敵艦への嫌がらせに所々に【ダブル・バウンド】を使い、砲弾を倍速で跳ね返す。

 

そして遂に達也の【マテリアル・バースト】が放たれた。

 

次の瞬間、眩い閃光が爆ぜ、遅れて轟音が鳴り響いく。

 

そして後には不気味な沈黙が残るのみ。

それはつまり、敵艦隊は消滅したことを示していた。

 

だが、ホッと一息を吐く間も無く波の鳴動が伝わる。

 

「津波だ! 退避!」

「ダメです! 間に合いません!」

 

風間が大声で叫ぶが真田が悲痛な声を上げる。

 

原作との違いはここでも現れていた。原作では艦隊数は合計6隻だったが、今回出てきた艦隊は合計10隻。当然それに伴い達也が放った【マテリアル・バースト】の威力も増加していた。

それにより、原作では撤退が間に合ったが、今回の津波はどう考えても逃げ切れる規模ではなかった。

 

全員がこれまでか、と諦めにも似た感情を抱いている中、一人だけ生への活路を諦めていない者がいた。

 

「兄さん、アレ(・・)を使う」

 

そう、紅夜だ。

 

「アレ? まさか、あの魔法(・・・・)か? だが、あれは万全の状態でもかなりの消耗をするはずだ。それを今の状態で使ったら……」

「だけど他に今の状況を切り抜ける方法があるか?」

「それは……」

 

達也は紅夜の使うという魔法に、リスクが高いと難色を示すが、紅夜の切り返しに言葉に詰まる。

 

「待て、今の口振りだと特尉にはこの状況を打破する方法があるように聞こえるが……」

「はい、あります」

 

風間の問いに紅夜は力強く確かな自信を持って答える。

 

「ならばそれをやってはくれないか。先ほどの話から、その魔法には相応のリスクがあるようだが、今のままでは、全員が津波に飲み込まれてしまう」

 

風間にまで紅夜の味方をされてしまえば達也もそれ以上反論するわけにもいかず、小さくため息を吐くと「しょうがないですね」と呟いた。

 

「よし、それじゃあ兄さん、津波の情報を視せてくれ。流石に【叡智の眼(ソフィア・サイト)】の情報は重すぎる」

「わかった」

 

達也は紅夜の肩に手を置くと【精霊の眼(エレメンタル・サイト)】を使い、イデアに接続した。

達也が接続したイデアを辿り保存されたエイドスの情報を読み取ると、魔法の発動エリアを指定していく。

 

「距離15キロ、高さ約18メートル、幅6キロ弱といったところか」

 

そう呟くと次の瞬間、紅夜からまるで暴風でも起きたかのように感じるほど莫大な量のサイオンが吹き出した。

 

「なんというサイオン量だ……」

 

そんな風間の声はもはや紅夜には聞こえていない。それ程集中をしていた。

 

使う魔法は紅夜の奥の手。

その魔法式が起こす効果は単純、原子振動の超加速。

 

四葉家一族は必然的に生れながらにして二つの系統を持つ魔法師を内包していた。一つは精神干渉の異能を強化された者。もう一つは強力で歪な魔法演算領域を備えている者だ。

この特徴はランダムに生まれる。例えば深夜は前者の特徴を強く受け継ぎ「精神構造干渉」という強化な精神干渉魔法を持っており、真夜は後者として精神干渉魔法を持たない代わりに彼女特有の魔法を生れながらに会得している。そして、深雪も深夜の子供らしく、生れながらにして「精神停止」という強力な精神干渉魔法を修得していた。しかし、その性質は精神干渉に留まらず、物理的な干渉に対しても影響を及ぼし、彼女の減速系統魔法は特異な魔法とすら言えるものだった。

 

魔法師の能力には、遺伝が大きく影響する。当然、紅夜もこの例に漏れず、特殊な魔法能力を保持していた。その性質は、双子である深雪に近しく、しかし正反対のもの。

紅夜特有の魔法、それは原子振動の加速による熱量の増加という単純明解な力だった。しかし、単純だからこそ、その威力には目を見張るものがある。

 

紅夜が【ダークネス・ブラッド】の引き金を引いた瞬間、指定したエリア内の温度は一瞬にして100万度にまで達した。

 

100万度、それは太陽の表面、コロナ部分の温度に匹敵する。

当然の如く、天災である津波でもその温度には敵うはずもなく、津波は何の前触れもなく一瞬で蒸発した。同時に、蒸発した水を収束系魔法を利用しエリア指定で遍在化させ、2次被害を防ぐ。

 

結果、残ったのは僅かな波と低空に発生した積乱雲のみ。

 

これが、人類が初めて『天災』に勝利した瞬間であり、また、戦略級魔法【灼熱劫火(ゲヘナフレイム)】が初めて使用された瞬間でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンコン

 

そんな、扉をノックする音で紅夜の意識は浮上した。

どうやら少し休憩するだけのつもりだったが、いつの間にかうたた寝をしていたようだ。

ベッドで横になっていた身体を起こし目を擦る。

 

すると、もう一度扉をノックする音が聞こえ、紅夜は慌てて返事を返した。

 

「あ、はい、どうぞ」

「お邪魔するわね」

「真夜様?」

 

そう言って部屋に入ってきたのはなんと、紅夜の叔母に当たる存在、四葉現当主である四葉真夜だった。当主が自ら相手の元に足を運ぶ事は滅多にない。

紅夜も突然のことに驚き、ベッドから立ち上がろうとする。

そんな紅夜に「そのままでいいわ」と言って、真夜はベッドの傍に置いてある深雪や達也が使うお見舞い用の小さな椅子に座った。

 

「……何の用ですか?」

「あら、御見舞いに来ただけだというのに、その対応は酷くないかしら」

「貴女が何の用もなく訪ねてきたことなんて殆どなかったと思うんですが」

「そうだったかしら?」

 

口元に小さな微笑を浮かべ、白々しくとぼけるふりをする真夜に紅夜は小さくため息を吐く。それは明らかに当主に対する対応ではなかった。

真夜は事あるごとに面倒ごとを持って来る為に、紅夜もそろそろうんざりしてきているのだ。誰も来ないで一人でいるよりはマシだったが、それでも面倒なことに変わりはない。

 

「体調の具合は如何かしら」

「まあ、かなり落ち着いて来てますよ。なにせ、あれからもう3ヶ月以上経ってますからね」

 

そう、紅夜の言う通り、あの沖縄の事件から既に3ヶ月以上の月日が流れていた。

紅夜はあの後、魔法演算領域の酷使とサイオンの使い過ぎによって倒れ、体調を崩していたのだ。

 

その後も真夜とたわいのない会話を続けていると、真夜が唐突に切り出した。

 

「そうそう、貴方に伝えておきたいことがあるのよ」

「……御見舞いに来たんじゃなかったんですか?」

「そうよ。この話は御見舞いのついで」

 

そんな屁理屈とも言えることを語る真夜に紅夜はジトッとした視線を向けるが、真夜が全く堪えていないのを見ると諦めたように首を振った。

 

「それで、伝えておきたいことって何ですか」

「貴方のことを氷雨夜光(ひさめ やこう)という名前で戦略級魔法師として101旅団、独立魔装隊特務士官の名義で軍に所属してもらうわ」

「……マジで?」

「マジよ」

 

思わず素が出た紅夜に真夜はクスリと笑いながら同じように返した。

 

「101旅団に所属するまでは予想はしてましたが、戦略級魔法師としてっていうのは想定外なんですけど」

「仕方がないじゃない。貴方と達也があんなに派手なことをするんですもの。情報操作も大変なのよ。それなら貴方に注目を集めてしまおうと思ったのよ」

「……どう考えても、ついでで済ませて良い話じゃないでしょう」

 

そんな紅夜のせめてもの皮肉は、真夜に黙殺されたのだった。

 

 

 

 




 
紅夜のチートっぷりどうでしたか? まあ、この程度では達也には及びませんけど。
ちなみに、この小説は主人公最強です。

つまり……分かりますよね?



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入学編
入学編Ⅰ


 
ついに、入学編の開始です。




 

 

 

 

 

「納得できません」

「まだ言ってるのか……?」

 

兄さんの言葉に俺は同意する。巻き込まれたくないので、声には出さないが。

 

俺が魔法科高校の劣等生の世界に転生してから15年が経った。

そして、今日は第一高入学式の日。だが、まだ開会式二時間前の早朝。

そんな時間に入学式の会場となる講堂の前で、兄さんと深雪は言い争いをしていた。

 

「何故お兄様が補欠なのですか? 入試の成績はトップだったじゃありませんか! それに紅夜も! 本来なら私ではなく、お兄様か紅夜が新入生総代を務めるべきですのに!」

「お前が何処から入試結果を手に入れたかは置いておくとして……魔法科学校なんだから、ペーパーテストより魔法実技が優先されるのは当然じゃないか。紅夜は別として、俺の実技能力は深雪もよく知っているだろう? 自分じゃあ、二科生徒とはいえよくここに受かったものだと驚いているんだけどね。紅夜は別として」

 

そういえば原作はこのシーンから始まったなぁ、などと考えていたら突然俺の名前が呼ばれて驚く。……俺、関係なくない? 巻き込まれたくないんだけど……

 

「なんで二回も強調するんだよ、兄さん。だいたい深雪、俺の成績は総合五位なんだから新入生総代になるわけないだろ?」

 

俺がそう言うと二人は呆れたようにため息を吐いた。

 

「何故お前まで入試の成績を知っているのかは別として、お前は狙って手を抜いたんだろう……?」

「お兄様の言う通りです。そんな覇気の無いことでどうしますか! 勉強も体術もお兄様並みなのですから負けるはずがありませんのに! 魔法だって私よりも」

「わかった、悪かったって!」

 

いつの間にか叱責されるのが俺になっているのに戸惑いながら深雪を押し止める。クソ、兄さんめ、俺を身代わりにしたな!

 

「ほ、ほら、深雪はこれからリハーサルだろ? 早く行かないと、な?」

「……分かりました。今更何を言っても仕方がありませんし、それでは、行って参ります。

……見ていてくださいね、お兄様、紅夜」

「ああ、行っておいで。本番を楽しみにしてるから」

「頑張れよ、深雪」

「はい、では」

 

深雪が会釈をして講堂へと消えたのを確認して、俺と兄さんはやれやれとため息を吐いた。

 

「さて、俺たちはこれからどうすればいいんだろう?」

「さあ? とりあえず何処か座れる場所を探そうよ」

「そうだな」

 

俺たちは入学式が始まるまでの時間を潰すため、座れる場所を求めて歩き始めた。

 

 

 

 

 

俺は兄さんと座れる場所を探して舗装された道を、周囲を見渡しながら歩いていた。

 

携帯端末に表示した構内図と見比べながら歩き回ること五分、ベンチの置かれた中庭を発見した。

三人掛けのベンチに隙間なく座り、二人揃って携帯端末を開き別々の小説サイトにアクセスする。

そんな俺たちの前を式の運営に駆り出されているのだろう在校生が二人の前を横切って行く。通り過ぎる彼ら、彼女らは一科生徒と二科生徒が並んで座っているのを見て不思議そうな顔をしながらも、結局は何も言わなかった。

 

「これは紅夜が居て助かったな」

「確かに、兄さんだけなら面倒なことになってたかもな」

 

俺は兄さんのこれからの苦労を察し、自分にまで降りかからないといいな、などと考えるが、どうせ無理だろうと諦めて情報端末の書籍データへと意識を向けた。

 

 

 

「そろそろ時間だぞ」

 

兄さんの声が聞こえて意識が引き戻される。

端末に表示されている時計を確認すると入学式まで、あと三十分だった。

 

「新入生ですね? 開場の時間ですよ」

 

端末を閉じて兄さんを追って立ち上がった時、突然声をかけられた。

そう言えばこんなこともあったな、などと15年で薄れた原作知識を思い出しながら顔を向けると、予想通りそこには現生徒会長である七草真由美(さえぐさまゆみ)がニコニコと微笑みながら立っていた。

 

「ありがとうございます。すぐに行ききます」

 

兄さんの返答にはあまり関わりたくないという意識が感じられる。

俺としては原作を知っているので、寧ろ仲良くした方がいいとは思っているが、そんなことを言うわけにもいかない。

 

「感心ですね、スクリーン型ですか」

 

俺としては幸いなことに真由美は兄さんの思いに気がつかなかったようだ。それでいいのか十師族、とは思うが今回は助かったと言えるだろう。

 

「当校ではディスプレイ端末の持ち込みを認めていません。

ですが仮想型を使用する生徒が大勢います。ですがあなた達は、入学前からスクリーン型を使っているんですね」

「読書には向いてませんから」

 

俺の返答に真由美は一層感心の色を濃くした。

 

「あっ、申し遅れました。私は第一高校の生徒会長を務めています、七草真由美です。よろしくね」

「俺、いえ、自分は、司波達也です」

「俺は弟の、司波紅夜です」

「司波達也くんと司波紅夜くん……そう、あなた達が、あの司波さんね……」

 

真由美が驚いていることに俺の方が驚く。兄さんと深雪が知られていることは分かっていたが、まさか俺まで知られているとは思わなかった。

 

「先生方の間ではあなた達の噂で持ちきりよ。実技試験トップの司波深雪さんと、ペーパーテストのトップ司波達也くん。実技ペーパーテスト共に優秀な司波紅夜くん、ってね」

「俺は兄さんや深雪と違って飛び抜けているわけでもないと思いますけど」

 

俺は確かに、()()()()()()()()()はずだ。

賞賛される理由がわからない。

 

「確かにそうだけど紅夜くんのテストを見た先生方が紅夜くんは魔法もペーパーテストもとても丁寧で模範的だったて言ってたわよ」

 

その内容に頭を抱えそうになるのを必死に堪えた。

まさか手を抜くためにやったことが、裏目に出るとは思っていなかった。

兄さんの自業自得だと言わんとする視線にイラっとしたのは仕方がないと思う。

 

 

 

 

 

真由美と別れた俺たちは入学式のために講堂に来ていた。

講堂に入り周囲を見渡すと席は自由なようだが、前と後ろで一科生と二科生が別れて座っていた。……面倒だし、くだらないな。

 

「どうやら、ここまでのようだな」

「そうだな。兄さん、また後で」

 

とはいえわざわざ波風を立てる気もないので、兄さんと別れると座れる席を探す。

やはりというか、一科生のいる前方の席は空いてる席がほとんど無かった。

深雪の答辞を近くで見たかったのだが、仕方なく少し後ろの何席か空いているゆったりできる場所を探すと、そこに座る。

 

入学式開始まで残り十分程度、さすがにここで端末を開く訳にもいかないので、俺は暇をもて余して誰かの隣に座ればよかったと、後悔していた。

だが、そんな願いは意外とすぐに叶えられた。

 

「隣いいですか?」

 

突然声をかけられ顔を上げると、大人しそうな女子生徒がこちらを見ていた。

暇を持て余している俺としてはありがたいが、何故わざわざ隣の席に座るのか疑問に思っていると、後ろからもう一人の女子生徒が来たのを見て納得する。

入学式開始まで残り十分を切ったこともあり、二人が並んで座れる席はほとんど無かったのだろう。

 

「もちろんいいよ」

「わぉ」

 

爽やかな笑みを意識しながら答えると奥から顔を出していた女子生徒が感嘆の声を漏らす。

もちろん、これは狙ってやったことである。

俺は深雪の双子だけあって、自分が美形だというのを理解していた。

もちろん自意識過剰とかではなく、客観的に見ての事実である。

 

「あ、ありがとうございます。あ、あの、私は光井ほのかといいます」

 

そんな笑みを向けられた女子生徒は少し頬を染めながら椅子に座ると、慌てたように自己紹介を始めた。

後ろの女子生徒はそんな、ほのかの様子にクスリと笑う。

 

「私は北山雫。よろしく」

 

二人の名前を聞いて原作にいたなと思い出す。

原作の人物達とは基本仲良くなった方がいいので自己紹介する。

 

「俺は、司波紅夜だ。よろしく、ほのか、雫」

 

 

 

 

 

深雪の答辞はやはり完璧だった。

もちろん深雪が失敗するとは思っていなかったし、心配もしていなかったが。

ただ、深雪の答辞を見て、やはり新入生総代ならなくてよかったと安堵していた。

そんなことを考えている内に入学式は終わり、窓口でIDカードを受け取る。

 

「紅夜くんは何組?」

 

雫の問いに受け取ったIDカードを確認する。

 

「A組だな」

「本当ですか!」

 

俺の答えにほのかが嬉しそうな声を上げる。

その様子を見て、予想を口にする。

 

「ほのかと雫もA組?」

「はい!よろしくお願いします!」

「これからよろしく」

「ああ、こちらこそ」

 

そういえば深雪は何組になっただろうか? 確か原作ではA組だったと思うんだが……

 

「どうしたの?」

 

俺が考え込んでいると、その様子に気づいた雫が不思議そうにする。

 

「いや、兄と姉がいるんだけど、何組になったか気になって」

「お姉さんって……もしかして新入生総代の司波深雪さんですか?」

 

ほのかの問いに頷く。

 

「なるほど、納得」

「確かに二人とも美形でよく似てますね」

「あれ?お兄さんもいるって言ってたけど……三つ子?」

 

雫の問いは定番のものだったので慣れた説明でスラスラと答える。

 

「いや、深雪と俺は三月生まれの双子なんだけど兄さんは四月生まれなんだ」

「なるほど」

 

俺の答えに雫は深くは聞かずに納得したことにしてくれた。

 

「あ、そういえば兄さんと深雪と待ち合わせしてたのを忘れてた!」

 

時計を慌てて確認すると、待ち合わせの時間まで残り10分もなかった。

 

「ほのかと雫はどうする?一緒に来るなら兄さんと深雪を紹介するけど」

 

ほのかと雫は顔見合わせる。

 

「えっと……すみません今日はこの後用事があるので」

 

ほのかが申し訳なさそうな顔でそう言うが、別に大したことではないので笑顔で首を振る。

 

「気にしなくていい、用事があるなら仕方ないから。それじゃ、また明日会おう」

「はい。また明日」

「じゃあね」

 

俺は手を振る二人と別れて集合場所へと急ぎ歩き出した。

 

 

 

 

集合場所へと急いでいると前から見知った顔の生徒が歩いて来るのに気がつく。

どうやら向こうもこちらに気がついたようで、笑みを浮かべた。

 

「こんにちは紅夜くん。また会いましたね」

「こんにちは生徒会長」

 

真由美に声をかけられて軽く挨拶を返す。

 

「先程、達也くんと深雪さんと話していたのですが、紅夜くんは二人と待ち合わせでもしているのですか?」

「ええ、約束をしていたんですが少し遅れてしまって」

 

達也と深雪はもう合流していると分かって少し急ぎたかったが、生徒会長にあまりはっきり言うわけにもいかず、少し滲ませる程度にする。

 

「そうですか、紅夜くんとも話したかったのですけど仕方がありませんね。引き止めてしまい申し訳ありませんでした」

「そうですか、機会があったら是非。それでは失礼します」

 

そう言って会釈をすると早歩きで立ち去る。

すれ違う時に真由美の後ろにいた男子生徒が睨んでいたことが気になったが、今は急いでいるのですぐに考えるのを止めて、目的地に向かうことに集中した。

 

 

 

 

 

「あっ、兄さん、深雪。お待たせ」

 

講堂の出口付近で他の女子生徒二人と一緒に話している兄さんと深雪を見つけると声をかける。

 

「紅夜か、さっきまで生徒会長と話していたからそんなに待ってはいないさ」

「そうか? ならよかった。そっちの人たちは?」

 

原作知識が薄れているとはいえ、さすがに主要人物は覚えている。なので名前は知っていたが、俺が名前を知っているのは変なので聞いておく。

 

「私は、千葉エリカ。達也くんのクラスメイトなんだ。よろしく」

「私は、柴田美月です。よろしくお願いします」

「俺は、司波紅夜。そこの二人の弟だ。こちらこそよろしく」

 

女子生徒二人、エリカと美月の自己紹介に笑顔でそう返した。

 

 

 

 




 
なんか、gdgdな感じになってしまった気がします。



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入学編Ⅱ


お待たせしました。
最近忙しくて書き上がったのが先程です^^;

それにしても、昼間に何気なく覗いたら日刊ランキングに載っていてとても驚きました。
これもこんな駄文を読んで頂いている皆様のお陰です。
本当にありがとうございます!




 

 

 

 

エリカと美月に自己紹介をした後は特に何があるわけでもなく、エリカに勧められたケーキ屋もといカフェテリアで昼食をとり帰宅した。エリカと美月の二人が兄さんと深雪の空気にいろいろ言いたげな顔をしていたが、俺としてはもう慣れたものなのでスルーした。

 

そして次の日の朝。

既に当たり前になった早起きをし、顔を洗うと動きやすい服に着替えてダイニングに降りる。

 

「おはよう、紅夜」

「おはよう兄さん。深雪もおはよう」

「おはよう紅夜。ジュースはいる?」

「ああ、もらうよ」

 

タイミングとしてはちょうどよかったようで、兄さんも降りてきたばかりらしい。深雪から受け取ったフレッシュジュースを一気に飲み干すと、いつも通り兄さんと出掛けようとしたとき、深雪が珍しく一緒に行きたいと言い出し、三人で家を出た。

 

 

 

家を出た俺たちは徒歩で目的地に向かっていた。……とは言っても、普通に歩いているわけではない。

 

深雪はローラーブレードで一度もキックをしないで坂道を滑り上がっている。その速度は時速60キロ近い。そして、兄さんは深雪の隣を一歩のストライドが10メートル近い走りで並走している。もちろん俺も普通に走っているのではなく、魔法を使っている。

使っているのは兄さんたちの使っている加速魔法と移動魔法の複合術式ではなく、加速魔法単体だ。効果は兄さんたちと同じでベクトル操作だが、俺の場合は移動魔法を使っていないので、少しでも失敗すると大きく飛び上がってしまうことになる。だが、この移動方法には慣れたもので、今ではポケットに手を突っ込んで某一方通行スタイルで走ったり、アクロバティックなことをしてみたりしていても余裕がある。

この場合、兄さんたちの方が魔法制御は難しいが、移動魔法を使っていない俺の方は身のこなしの訓練になる。

 

 

走ること10分、俺たちは目的地である小高い丘の上にある寺に着いた。

その寺の門を兄さんとくぐると同時に稽古が始まった。稽古とは言っても何か指導があるわけでもなく、中級以下の門人たちによる総掛かりだ。とはいえ、この手荒い歓迎にも慣れたもので、襲い掛かってくる門人を手早く倒していく。

そして最後の一人を地に伏せたところで視界の端に、怯える深雪と手をワキワキとさせながら詰め寄る先生――――九重八雲という何とも危ない光景が映った。

またか、と呆れながらも同じく門人を倒した兄さんと目を合わせると、先生に二人同時に襲い掛かった。

 

 

 

「先生、どうぞ。お兄様と紅夜もいかがですか」

「おお、深雪くん、ありがとう」

「サンキュー」

「……少し、待ってくれ」

 

既に恒例となっている騒動が終わり、深雪からタオルとコップを受け取る。

汗こそ掻いているが、まだまだ余裕のありそうな先生と、座り込んではいるがまだ動ける俺は笑顔で受け取るが、地に仰向けで倒れて余裕のない兄さんはしばらく呼吸を整えた後で受け取った。

何故兄さんが倒れ伏しているのに俺が無事かといえば、単に俺が途中で抜けたからだ。それでも、途中まで俺と兄さんの二人を相手にしていたのに余裕がありそうな先生は正直、化け物だと思う。

 

 

稽古で汚れた服を魔法を使ってきれいにすると、深雪が持ってきた朝ご飯を食べることにする。

 

「もう、体術だけなら達也くんと紅夜くんには敵わないかもしれないねぇ……」

 

縁側に腰を下ろし、サンドイッチを頬張っていると、珍しく先生が俺と達也を褒めてくれた。だが先生が言うとあまり褒められている気がしないのは何故だろうか?

 

「体術で互角なのにあれだけ一方的にボコボコにされるというのも喜べることではありませんが……」

「しかも二人掛かりで」

「それは当然というものだよ。僕は君たちの師匠で、さっきは僕の土俵で相手をしていたんだから。君たちはまだ15歳。半人前の君たちに遅れをとるようでは、弟子に逃げられてしまいそうだ」

「お兄様と紅夜はもう少し素直になられた方がよろしいかと存じます。先生が珍しく褒めてくださったのですから、胸を張って高笑いしていらしたらいいと思います」

「……それはそれで、ちょっと嫌な奴に見えると思うが……」

「寧ろ見てて痛い人だよな、それ」

 

……何故か【ダークネス・ブラッド】を片手に高笑いしている自分の姿が思い浮かんだが、頭を振ってその幻覚を振り払う。

俺は決して中二病では無い……はずだ。うん。

 

 

 

 

 

俺たちは学校に着くと兄さんと別れ、深雪とともにA組の教室に向かう。教室に入ると早速とばかりに深雪の周囲に人だかりができるが、いつものことなのでスルーすると自分の席に向かう。

 

「紅夜君、おはよう」

「おはようございます、紅夜さん」

「ああ、雫とほのかか、おはよう。雫とは席が近いみたいだな、よろしく」

「うん、よろしく」

 

運のいいことに雫と席が近くのようで、二人に挨拶をすると雫の後ろの席に座る。

 

「あの、紅夜さん。お姉さんのことあのままでいいんですか?」

 

そう言ってほのかが視線を向けた先には、深雪がクラスの半数近くに囲まれている光景だった。……まあ、可哀想だとは思うが助けるきはない。

 

「あんなのいつものことだし、それに俺があの中に入ったら状況が悪化するだけだろ」

「なんでですか?」

「……ああ、なるほど」

 

俺の言葉にほのかは首を傾げているが、雫は理解したようで小さく頷いていた。

分かっていないほのかの為にヒントとして周囲を見るように伝える。周囲をそっと観察すると深雪の周りに集まっていないクラスメイトのうち、半数以上が俺たちのことを見ていた。

女子は俺に話掛けようかと迷っていて、男子から向けられる視線は女子たちの態度と雫とほのかと仲良く話している俺への嫉妬。

そんな状況を見ればさすがにほのかも分かったようで、苦笑を浮かべる。

 

「分かっただろ? 俺が止めに入ったら、深雪の周りの奴らも同じような反応をするだけだろうし」

「ん、確かに」

「あはは……」

「そういえば二人はもう受講登録は済ませたのか?」

 

ふと気になり、話題を変えるためにも口に出す。

 

「うん」

「はい、終わってます」

「じゃあ、終わってないのは俺だけか」

 

そういうことならさっさと終わらせてしまった方がいいだろう。俺は情報端末を立ち上げると利用規約やらなんやらを高速で頭に叩き込みキーボードを叩いて受講登録を済ませる。

と、ちょうどそのとき教室の扉が開き教師が入ってきたので、全員が席に着き教師の説明が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んん? 何この状況……」

「修羅場?」

「違うだろ……いや、ある意味似てるか?」

「お兄さん、妹さんをください。みたいな?」

「どちらかというと、恋人とその仲を引き裂こうとしてる人達じゃないか?」

「そんなこと言ってる場合ですか!?」

 

雫と軽口を叩き合っていると、ほのかに焦った様子で注意される。

 

「だってさ、アレを止めようとしても逆効果だと思うぞ?」

「確かに」

「それは……」

 

そう言いながら視線を向けた先には今まさに啖呵を切っている美月の姿だった。

 

「良い加減に諦めたらどうなんですか? 深雪さんは、お兄さんと一緒に帰ると言っているんです。他人が口を挟むことじゃないでしょう」

 

こうなったのは、放課後、俺と深雪を待っていた達也に深雪についてきたクラスメイトが難癖をつけたことが発端らしい。そんな一科生に切れた美月が切れたというわけだ。

そんな状況確認をしているうちに話しはさらにエスカレートしていく。

 

「同じ新入生じゃないですか。あなたたちブルームが、今の時点で一体どれだけ優れているというんですかっ?」

「……どれだけ優れているか、知りたいなら教えてやるぞ」

「ハッ、おもしれぇ! 是非とも教えてもらおうじゃねぇか」

 

美月と、確かレオだったか? あの二人の言葉は悪手だ。冷静さを失っている今では相手を煽るだけだ。

……これは少々不味いことになってきたな。

 

「だったら教えてやる!」

 

激昂した男子生徒が特化型CADの銃口をレオに突きつけた。

だが、それも無意味に終わる。エリカが一科生のCADを弾き飛ばしたのだ。

 

「この間合いなら身体を動かした方が速いのよね」

「それは同感だがテメェ今、俺の手ごとブッ叩くつもりだっただろ」

 

突然言い合いを始めたエリカとレオに呆気に取られていた一科生が我を取り戻した。

事態を止めようと思ったのか、ほのかがCADに指を走らせる。

さすがに、止めようかと、目を閉じ【叡智の眼(ソフィア・サイト)】を展開した時、知覚範囲に複数の存在を捉え、肩の力を抜く。

 

ちょうどその時、飛んできたサイオン弾がほのかの術式が霧散した。

 

「止めなさい! 自衛目的以外の魔法による対人攻撃は、校則違反である以前に、犯罪行為ですよ!」

 

声を発した人物に視線を向けて、ほのかの顔色は蒼白になる。

その人物とは生徒会長の七草真由美だった。

 

「あなたたち、1ーAと1ーE組の生徒ね。事情を聞きます。ついて来なさい」

 

冷たい声で命令をしたのは確か風紀委員の委員長の渡辺摩利だったか? 彼女はCADを既に待機状態にしている。

そんな張り詰めた雰囲気の中、兄さんが摩利の前に進み出た。

 

「すみません、悪ふざけが過ぎました」

「悪ふざけ?」

「はい。森崎一門のクイックドロウは有名ですから、後学の為に見せてもらうつもりだったんですが、あまりに真に迫っていたもので、思わず手が出てしまいました」

 

兄さんの白々しいとも思える言葉に摩利は冷笑を浮かべてさらに追求した。

 

「では、その後に1ーAの生徒が攻撃性の魔法を発動しようとしていたのはどうしてだ?」

「驚いたんでしょう。条件反射で起動プロセスを実行できるとは、さすが一科生ですね」

「君の友人は、魔法によって攻撃されそうになっていたわけだが、それでも悪ふざけだと主張するのかね?」

「攻撃と言っても、彼女が発動しようと意図したのは目くらましの閃光魔法ですよ。それも、失明したり視力障害を起こしたりする程のレベルではありませんでしたから」

 

摩利の冷笑が感嘆に変わる。

 

「ほぅ……どうやら君は、展開された起動式を読みとることができるらしいな」

「実技は苦手ですが、分析は得意です」

「……誤魔化すのも得意なようだ」

 

兄さんを値踏みするような視線に俺も前に進み出る。

 

「兄さんの言う通り、本当にちょっとした行き違いだったんです。それに、彼女が魔法を発動するまでの状況を知っていたようでしたから、遠くで見ていたのでしょう? それなのに魔法が発動される寸前まで手を出さなかったということは、そこまでは校則に反していないんですよね? でしたら、そこまで問題にすることではないと思います。ちょっとした行き違いで先輩方の御手を煩わすのも申し訳ないですしね」

 

俺が笑顔でそう言うと摩利は何も言うことができないのか、悔しそうに黙り込む。

 

「摩利、もういいじゃない。達也くん、紅夜くん、本当にただの見学だったのよね?」

 

兄さんと俺が同時に頷くと真由美は笑顔を浮かべた。

 

「生徒同士で教え合うことは禁止されてされているわけではありませんが、魔法の行使には、起動するだけでも細かな制限があります。このことは一学期の授業で教わる内容です。魔法の発動を伴う自習活動は、それまで控えた方がいいでしょうね」

「……会長がこう仰せられていることでもありますし、今回は不問にします。以後このようなこのようなことがないように」

 

全員が慌てて姿勢を正し、一斉に頭を下げる。そんな俺たちに見向きもせず摩利は踵を返した。

が、一歩踏み出したところで足を止め、背を向けたまま問い掛けを発した。

 

「君たちの名前は?」

 

そう言って振り向いた摩利の目は、俺と兄さんを映していた。

 

「1年E組、司波達也です」

「1年A組、司波紅夜です」

「覚えておこう」

 

そう言って摩利たちは立ち去って行った。

 

 

 

 

 





急いで書いたのでミスがあるかもしれませんが、見つけた場合は教えてくれるとありがたいです。



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入学編Ⅲ


ヒロインが決まらない……




 

 

 

 

真由美たちが去ったことにより、その場にいる全員がホッと肩の力を抜く。

 

「……借りだなんて思わないからな」

 

A組の男子生徒が兄さんに向かって言った言葉には棘がある。

 

「貸してるなんて思ってないから安心しろよ。決め手になったのは俺じゃなくて紅夜のおかげだからな。……もっとも、生徒会長が口出ししていなかったら、どうなっていたか分からないが」

「イラッとしたので衝動的にやった。反省はしているが後悔はしていない」

 

兄さんの非難の視線に半分ふざけながら返すと、兄さんは呆れたように首を振った。

 

「……僕の名前は森崎駿。お前が見抜いたとおり、森崎の本家に連なる者だ」

 

そういえばそんな名前だったけか。上の名字だけは覚えてたんだがな……

 

「見抜いたとか、そんな大袈裟な話じゃないんだが。単に模範実技の映像資料を見たことがあっただけで」

「あっ、そういえばあたしもそれ、見たことあるかも」

「で、テメェは今まで思い出しもしなかった、と。やっぱ、達也とは出来が違うな」

 

レオの煽りにエリカが反応して言い争いを始める。

相性が良いんだか悪いんだか。もっとも、本人たちに聞けば確実に悪いと答えるだろうな。

 

「僕はお前を認めないぞ、司波達也。司波さんは、僕たちと一緒に居るべきなんだ」

 

言い争いをしているエリカたちを傍目に森崎は兄さんに向かって捨て台詞を吐いて背を向けた。

 

「いきなりフルネームで呼び捨てか」

 

兄さんの言葉に森崎はピクリと肩を揺らすが、何も言わずに去っていった。

 

「お兄様、もう帰りませんか?」

「そうだな。レオ、千葉さん、柴田さん、それから紅夜も、帰ろう」

 

兄さんの呼び掛けにそういえば、と思い出す。

 

「そうだ、そういえば友達を連れてきたんだけど、一緒にいいか?」

「そっちの二人か?」

「ああ」

 

俺が二人に視線で促すと、ほのかはおずおずと、雫はそんなほのかの背中を押すように進み出た。

 

「光井ほのかです。さっきは魔法を使おうとしてしまい、すみませんでした」

「北山雫。よろしく」

 

 

 

 

 

二人の自己紹介が終わった後は、そのまま帰ることになったのだが、その道中はどこか微妙な雰囲気だった。

何故かといえば、いつも通り兄さんの隣でくっつくように歩いている深雪、ここまでは普通だ。……ここで普通ではないと突っ込んではいけない。

だが今日は深雪の反対にほのかが陣取っているのだ。

今の兄さんを傍から見れば、美少女二人を侍らせている、羨ましい……もとい最低な男だ。

 

「……じゃあ、深雪さんのアシスタンスを調整しているのは達也さんなんですか?」

「ええ、お兄様に任せるのが、一番安心ですから」

 

ほのかの質問に深雪が自分の事のように誇らしげに答える。

 

「なら、紅夜さんのCADも達也さんが?」

「いや、俺は自分のCADは自分自身で調整してる」

 

俺がそう答えると、驚いた顔で見てきた。

 

「自分で調整したほうが万全の状態にできるからな。さすがに俺は兄さんみたいに他人のCADを弄る自信はないよ」

「それだって、デバイスのOSを理解できるだけの知識が無いとできませんよね」

「CADの基礎システムにアクセスできるスキルもないとな。大したもんだ」

「それに、紅夜さんが言う通りなら、達也さんってかなりの腕じゃないんですか?」

 

ほのかの問に兄さんは首を横に振る。

 

「少しアレンジしてるだけだよ。深雪は処理能力が高いから、CADのメンテに手が掛からない。それにソフトはともかく、ハード面では紅夜には敵わないよ」

「だったらさ、二人であたしのホウキを見てもらえない?」

「無理だ、あんな特殊な形状のCADをいじる自信はないよ。そういうのは紅夜の担当だ」

「おいおい、俺に振らないでくれよ。俺だっていきなりあのCADをいじる自信はない」

「アッハ、すごいね二人とも。これがCADだって分かっちゃうんだ」

 

そう言いながら柄の長さに縮めた警棒をクルクルと回して笑う。ただし、目の奥に何か含みがあるように感じるが。

そんな視線を向けられても、エリカより警棒型のCADに意識が向いてしまうのは研究者と開発者としての性か。表向き平静に見えるが、実は先ほどからあふれ出る好奇心を苦労して抑え込んでいたりする。

 

「え? その警棒、デバイスなの?」

「普通の反応をありがとう、美月。みんなが気づいていたんだったら、滑っちゃうところだったわ」

「何処にシステムを組み込んでるんだ? さっきの感じじゃ、全部空洞ってわけじゃないんだろ」

 

レオの質問にエリカが待ってましたとばかりに笑う。そして、説明しようと口を開いて言葉を発する――――前に俺の我慢の限界が訪れた。

 

「いや、このCADは柄以外は全て空洞だな。それでいて強度が高いのは硬化魔法の刻印術式か? だが、それだとサイオン量が……ああ、成る程、兜割りか。振り出しと打ち込みの瞬間にサイオンを流せば使用量は減るな。しかし、それには相応の技術が必要となる。ここは痛いな。近接系のCADの需要が少ないのはそれも原因か。だとしたら必要サイオン量を抑える為に術式の効率化をすれば……いやだがしかし――――――」

 

ああ、インスピレーションが湧き出てくる!

 

「……ねぇ、紅夜君ってもしかして研究者気質?」

「ああ、一度考え出すと中々止まらなくてな。頭の痛い話だ」

「何をおっしゃっているのですか、お兄様。お兄様もよく紅夜とあのように研究に没頭しているではありませんか」

「いや、そんなことは……」

「紅夜さんは普通の方だと思っていたんですけど……。うちの高校って普通の人の方が珍しいのかな?」

「魔法科高校に普通の人はいないと思う」

 

何故かみんなが心を一つにしてるけど、どうしたんだ? ……まあ、いいか。

それよりも今のイメージを早く書き出さなくては。ああ、となるとあそこの部分をもっと――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

突然だが、美少女が登校している時、手を振りながら自分の名前を呼び、走ってくるというシチュエーションをどう思うだろうか?

前世で一般ピーポーだった俺としては、かなり憧れる展開だ。

朝早くに美少女を見ることでテンションが上がるし、手を振るという仕草も自分に対してアピールをしていると感じていい気分になるし、名前を呼ばれるのは親しいようで嬉しい。さらに走ってくるというのは一刻も早く自分と一緒に居たいという気持ちを持ってくれているようで最高だ。

何が言いたいのかというと、このシチュエーションは一つの男の夢であるということだ。

 

……失礼。少々混乱して、変なことを考えているようだ。

 

話を戻して、美少女が登校中に手を振りながら、名指しで走ってくるというシチュエーション。これが知り合って1日、しかも話した時間がかなり短いという美少女だったらどうだろうか?

俺の実体験からすると、混乱ないし現実逃避をすることが分かった。

つまり、どういうことかと言えば、だ。

 

「達也く~ん! 紅夜く~ん!」

 

と、客観的に見れば恥ずかし声と共に、生徒会長の七草真由美が走ってくるという状況に現実逃避をするのは仕方がないことだと思う。

 

「達也くん、紅夜くん、オハヨ~。深雪さんも、おはようございます」

 

深雪に対して兄さんと俺への対応が砕けていると思うのだが、まあ、別にいいか。

 

「おはようございます、会長」

「おはようございます」

 

とはいえ、相手は生徒会長なので俺たちはそれなりに丁寧な対応を心がけなければならないので、言葉遣いに気をつけながら軽く頭を下げる。

 

「会長、お一人ですか?」

「うん。朝は特に待ち合わせはしないんだよ」

 

言外についてくるのか、という問いに会長は肯定する。

 

「深雪さんと少し話したいこともあるし……ご一緒しても構わないかしら?」

 

最後の問いは深雪に対するものだが、この状況で拒否権があるのか怪しいところである。

 

「あ、はい。別に構いませんが……」

「あっ、別に内緒話をするわけじゃないから。それとも、また後にしましょうか?」

 

そう言って、小悪魔めいた微笑みを離れたところで固まっている三人に向ける。

 

「お話というのは、生徒会のことでしょうか?」

「ええ。一度、ゆっくりご説明したいと思って。お昼はどうするご予定かしら?」

「食堂でいただくことになると思います」

「達也くんと紅夜くんも一緒に?」

「いえ、兄とはクラスも違いますし……」

 

そう言いながら消えた先の声は、昨日のことを思い出したのは昨日の出来事か。

 

「変なことを気にする生徒が多いですものね」

 

原作で真由美が今の一科生と二科生の状況をよく思っていないことは知っていたが、実際に聞くとなると結構驚くものだ。

 

「じゃあ、生徒会でお昼をご一緒しない? ランチボックスでよければ、自配機があるし」

 

その提案に兄さんはあまり乗り気ではないようだったが、結局は押し切られてしまい昼食は俺と兄さんと深雪の三人が生徒会室で食べることになった。

 

 

 

そしてついに昼休み。

前を歩く二人の足取りは対照的だ。兄さんは気が乗らないのか足を引きずるように、深雪は反対にとても軽い足取りだった。

そんな二人を面白く思いながら歩いていると、間も無く生徒会室の前に着いた。

深雪がドアホンで入室の許可を得ると、ドアを開ける。

 

「いらっしゃい。遠慮しないで入って」

 

真由美の声を受け生徒会室の中に入室すると、深雪は礼儀作法のお手本のようなお辞儀をした。ついでに俺も深雪に続いて、四葉現当主直々に仕込まれたお辞儀をする。自分で言うのも変だが、普段の俺からは想像できないような丁寧で洗練された仕草だった。

 

「え〜っと……ご丁寧にどうも」

 

真由美や他にも同席している役員がすっかり雰囲気に飲まれていた。そんな深雪の威圧的とも言っていい行動だったが、同様にお辞儀をした俺がイタズラが成功したような意地の悪い笑顔を見せたことによって、戸惑っていた生徒会メンバーの肩から力が抜けた。

深雪も兄さんのためとはいえ、わざわざこんなことをしなくてもいいと思う。

 

「さあさあ座って。お話は食事をしながらにしましょう」

 

上座から、深雪、兄さん、俺の順で座る。普段は俺か兄さんが上座に座るのだが、今回は深雪が主役なので我慢させた。

 

その後、昼食を頼むと生徒会メンバーの自己紹介をする。そうしている内に昼食が出来上がったので自分の分を運ぶ。

 

「そのお弁当は渡辺先輩が自分で作られたんですか?」

 

ただ一人、摩利だけが弁当箱を取り出したので、話し始めに差し障りのない話題として俺が話を振る。

 

「そうだ。……意外か?」

 

対して意味のない質問だったのだが、摩利は意地の悪い口調で答えにくいだろう質問を返してきた。とはいえ弄られるのは趣味ではないので多少の仕返しをすることにした。

 

「いいえ、全く。これは俺の勘ですが、そのお弁当は彼氏さんの為に練習として作ったんじゃないでしょうか? 先輩の彼氏さんは、先輩のような素敵な彼女を持てて幸せでしょうね」

「なっ!?」

 

俺が先ほどの摩利と同じような笑みでそう言ってやると、摩利は僅かに頬を染めて狼狽する。

 

「当たりのようですね?」

 

笑みを深めて問いかけると、自分の方がからかわれていることに気がついたようで、先ほどまでの気恥ずかしさは消えたのか、呆れたように首を振った。

 

 

 

 

 




 
本当にヒロインどうしましょうかね?
参考程度にはさせていただくので、誰がいいでしょうか?
活動報告で意見を募集しているので、よろしければお願いします。



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入学編Ⅳ


全話の後書きにて、ヒロインが決まらないと書いてから、一日でたくさんの意見をいただきました。
参考程度と言ったのに、たくさんの意見をいただくことができて、とても嬉しいです。
ありがとうございます!

活動報告にて未だに意見は募集中なので参考程度ではありますが、書いていただけると嬉しいです。

因みに、今のところは雫とリーナが人気です。




 

 

 

 

「そろそろ本題に入りましょうか」

 

唐突に、というほどでもないが、会話にできた少しの間に真由美が切り出して改まった口調で説明を始める。

 

「これは毎年恒例なのですが、新入生総代を務めた一年生は生徒会の役員になってもらっています。深雪さん、私は、あなたが生徒会に入ってくださることを希望します。引き受けていただけますか?」

 

真由美の問に深雪はしばらく俯いて黙り込むと、再び顔を上げて何故か思い詰めた瞳で口を開いた。

 

「会長は兄の成績をご存知ですか?」

「ええ、知っていますよ。すごいですよねぇ……。正直に言いますと、先生に答案をこっそり見せてもらったときは、自信をなくしました」

「……成績優秀者、または魔法師としての実力。有能な人材を生徒会に向か入れるのなら、わたしよりも兄の方が相応しいと思います」

 

ここまでは原作通り、そして予想通りの展開だった。……そう、だったのだ。

 

「それに有能な人材なら、わたしよりも弟の方がよっぽど適任です」

「―――――はっ?」

 

完全に予想外、全く想定していなかった言葉が深雪の口から語られ、思わず間の抜けた声を漏らす。

 

「達也くんはともかく、紅夜くんの成績は、総合で五位だったはずなのだけれど」

「それは紅夜が面倒くさいと言って手を抜いたからです。本来なら筆記も魔法力もわたしより上です。……全く、あんな覇気のないことでどうしますか」

 

ちょっ、余計なこと言わないでくださいよ、深雪さん!? ってか入学式のこと、まだ根に持ってるのかよ。

 

「……それは本当なの、紅夜くん?」

「い、いや、そんなわけないじゃないですか!」

 

真由美の問に慌てて否定する。が、何故か横から冷気が漂ってきた。

 

「紅夜……?」

「え、あの、深雪?」

「紅夜?」

「み、深雪さん……?」

「こ・う・や?」

「は、はい!? 嘘を吐いてすみませんでした、お姉様!!」

 

謝る、謝るから、そのイイ笑顔を止めてくれないか!? 他の人達が引いてるから!

 

「コホン……司波紅夜さんはともかく、司波達也さんが生徒会に入るのは無理です」

 

鈴音が空気を換えるように咳払いをしてから、淡々と告げた。深雪が不満そうにしているが、鈴音が理由を教えると一応納得したようで謝罪をした。

 

「それでは、深雪さんには書記として、生徒会に加わっていただくこということでよろしいですね?」

「はい、精一杯務めさせていただきますので、よろしくお願い致します」

 

こうして深雪が無事生徒会に加わったわけだが……

 

「結局、俺はどうすればいいんですかね?」

『―――あ!』

 

うぉい、忘れてたのかよ!

 

「ま、まあ、とにかく、深雪さんの話が本当なら、是非とも生徒会に入ってほしいんだけど……」

「本当かどうか、確認しないとな。というわけで、放課後に模擬戦をするぞ」

 

マジで? なにがどうしてこうなった。俺はちょっと刺激のある学校生活が楽しめればいいだけなのに……

まあ、四葉に生まれた時点で無理だろうけど。

 

「拒否権とかあります?」

「別に構わないが、姉の顔を見てから決めるんだな」

 

摩利にそう言われて、横を見るとそこには嬉しそうに満面の笑みを浮かべた深雪が―――

―――断れねぇぇぇ! そんなに嬉しそうな顔をされると断れないんですけど!?

 

……はぁ、仕方がないか。だがしかし、俺はただではやられんぞ!

 

「分かりました。しかし、条件があります」

「なに?」

「風紀委員の生徒会枠に兄さんを選んでください」

「紅夜、なにをっ―――」

「―――そうか!」

 

兄さんが俺に対して何かを言おうとしたとき、摩利の声で兄さんの声はかき消された。

 

「一科生の縛りがあるのは会長、副会長、書記、会計だけ。つまり、風紀委員の生徒会枠に二科生を選んでも違反にはならない」

「紅夜くん、摩利、貴方達……」

 

俺と摩利の突拍子もない発言に真由美は目を見開き、鈴音とあずさは唖然としていた。

そして、真由美は口を開き―――

 

「ナイスよ!」

「はぁ?」

 

予想外の言葉が飛び出した。さすがの兄さんもこれには驚いたようで、非常に珍しいことに間の抜けた声を漏らしていた。

兄さんは焦って反論していたが、結局昼休みが終わり、この話は放課後に持越しになった。

 

 

……因みに、兄さんと別れてA組に戻ったところで、深雪にめちゃくちゃ感謝された。

 

 

 

 

 

昼休みが終わり、授業が始まる。

今日の課題は指定のCADを使って小さな台車をレールの端から端まで三往復させるというもの。今日の授業はガイダンスのようなものなので、内容は二科生と変わらないであろう。

もはや定番となったグループ、俺と深雪、そして雫とほのかの四人で同じCADの列に並ぶ。

 

「紅夜くん、生徒会室はどうだった?」

 

後ろから制服の袖を引っ張られて振り向くと、雫がそんなことを聞いてきた。

 

「奇妙な話になった……」

「奇妙な話?」

「生徒会に入れ、だと。めんどいことになった」

 

俺がため息を吐くと、雫は俺の気持ちを分かってくれたのか、背中を軽く叩いて慰めてくれる。

 

「でもすごいじゃないですか、生徒会にスカウトされるなんて」

 

だが、前にいたほのかの感じ方は違ったようで、最後尾に戻る足を止めて感じ入った目を向けてきた。

 

「そうか? 深雪のおまけだぞ」

 

こんなことを言ったら深雪に怒られそうだが、幸い深雪はほのかの一つ前だったので今は列の最後尾にいる。

 

次は俺の順番なので、CADの前に立つとサイオンを流し込む。魔法の工程は加速と減速の二工程を六度繰り返すだけの単純な魔法だ。サイオンを流し込んだCADから起動式を変数として読み込む。その起動式に混じるノイズの多さに思わず眉を顰めるが、魔法を中断したくなるのをなんとか堪えて魔法式を展開する。

 

ノイズが酷いとはいえ、俺の魔法演算領域からすればこの程度の魔法は簡単すぎるので、ほとんど反射的に魔法が発動する。

そもそも、この程度の魔法ならCADを使わなくても発動できる。いや、寧ろこれだけノイズが酷い起動式を使うくらいなら、CADがない方が発動速度は速いだろう。

台車は滑らかで素早い動きで三往復する。その可もなく不可もない安定した魔法に満足して雫と入れ替わると最後尾に並んだ。

 

 

 

 

放課後、俺と深雪は兄さんと合流すると、生徒会室に来ていた。

既に認証IDは登録済みなので、そのまま部屋の中に入る。生徒会入りが既定事実扱いされているような気がするが、ここまで来た以上もう覚悟は決めているので割り切る。

頭を下げてから部屋に入ると明確な敵意をはらんだ鋭い視線が俺の方向、正確には俺の前にいる兄さんに向けられる。それを庇うように前に出た俺と深雪によりその視線は霧散したが。

 

「副会長の服部刑部です。司波深雪さん、司波紅夜さん、生徒会へようこそ」

 

立ち上がった服部は俺たちに挨拶をすると、兄さんを無視して席に戻った。ただ、俺に対してもしっかりと挨拶をしたことから、優越感といったものではなく一科生であることに誇りを持っていることが伺える。

 

「よっ、来たな」

「いらしゃい、深雪さん。紅夜くんと達也くんもご苦労様」

 

摩利と真由美の挨拶に適当に返す。既にこの二人の対応については雑なものになっていたが、二人もそのことを気にしたようすはない。

 

「早速だけど、あーちゃん、お願いね」

「……ハイ」

 

あずさに案内され兄さんと別れようとしたときだった。

 

「渡辺先輩、待ってください。その一年生を風紀委員に任命するのは反対です」

 

服部が兄さんが風紀委員に入るのを反対し始めたのだ。摩利がその提案を却下するが服部は諦めず再考し直すように進言する。

 

「待ってください!」

 

そしてついに深雪の我慢の限界が訪れた。深雪は服部に対して反論をするが、服部は親切に、しかし深雪からすれば逆効果の説得をする。

それにより、深雪は完全に冷静さを欠いていた。

 

「お言葉ですが、私は目を曇らせてなどいません! お兄様の本当のお力を以てすれば―――」

「「深雪」」

 

さすがにこれ以上はいけないので深雪の言葉を止める。深雪は冷静さを失ったことと、言ってはいけないことを言おうとした後悔と羞恥心に俯く。

だが、シスコンの兄さんが深雪にここまで言わせておいて何もしないわけがなかった。

 

「服部副会長、俺と模擬戦をしませんか?」

「なに……?」

 

兄さんの思いがけない宣言に生徒会の面々は唖然とする。

 

「それなら丁度いい。俺の模擬戦の相手もしていただけませんか、服部副会長?」

「なんだと……!」

「深雪の目が曇っているなんて言われたら、俺も黙っていられないんですよねぇ」

 

そう、実は俺も結構頭に来ていた。だったらこの際、兄さんに便乗して服部をボコボk……おっと、俺も服部に胸を借りるつもりでご指導いただこうかと思ったわけだ。

 

「一年生の分際で、思い上がるなよ!」

 

兄さんに加えて俺の宣言に服部はかなり頭に来たのだろう。身体を震わせ、口角泡を飛ばす勢いで怒鳴った。

その後、真由美と摩利が正式に模擬戦を行うことを認め、三十分後に第三演習室で行うことになった。

 

 

 

 

 

そして三十分後、第三演習室で向き合う兄さんと服部の姿があった。

両者の準備が整ったのを確認すると摩利が模擬戦のルール説明を始めた。

 

内容としては、直接、間接を問わず相手を死に至らしめる攻撃の禁止。相手に回復不能な障害を与えるのも禁止。ただし、捻挫以上の負傷を与えない直接攻撃は有り。武器の使用は禁止。勝敗はどちらかが負けを認めるか、審判が試合続行不可能と判断した場合に決する。試合開始の合図までCADの起動を禁止。

 

と、こんなところだろうか。

二人は五メートル離れた位置で向き合うと、両者共に構えをとり、摩利の合図を待った。

 

「始め!」

 

勝負は一瞬で決着した。

服部が崩れ落ち、兄さんが立っている。原作通りの結果だった。

違うことがあるとすれば、次の俺との試合の為に兄さんが手加減をして、服部の意識が残っていることだろうか。

 

「……勝者、司波達也」

 

兄さんの勝利が控えめに宣言された。

 

「待て、今の動きは自己加速術式を予め展開していたのか?」

「そんな訳がないのは、先輩が一番よくお分かりだと思いますが」

 

摩利の問いに兄さんは淡々と答える。

 

「しかし、あれは」

「正真正銘身体的な技術ですよ。俺もできますしね」

 

俺がそう言うと兄さんと深雪を除いた全員に唖然とされる。

 

「わたしも証言します。あれは、兄の体術です。兄と弟は、忍術使い・九重八雲先生の指導を受けているのです」

 

深雪が更に告げると摩利が息をのむ。

忍術使いの指導を受けているということで兄さんが服部を倒すのに使ったのは忍術かと真由美が質問するが、兄さんは否定の答えを返すと、振動魔法によるサイオンの波とその合成について説明する。

 

「それにしても、あの短時間の間にどうやって振動魔法を三回も発動できたんですか? それだけの処理速度があれば、実技の評価が低いわけがありませんが」

「あの、もしかして、達也さんのCADは【シルバー・ホーン】じゃありませんか?」

「シルバー・ホーン? シルバーって、あの謎の天才魔工師トーラス・シルバーのシルバー?」

 

真由美の質問にあずさの表情はパッと明るくなり、嬉々としてトーラス・シルバーについて語り出した。

……いつかこの人とデバイスについて語り合ってみたいな。

 

それにしてもトーラス・シルバーのことをべた褒めだ。片割れの初代トーラスとしては気恥ずかしいものがある。

原作では牛山さんがトーラスだが、この世界では俺が初代トーラスだ。何故初代かといえば未成年の開発権利者だとまずいから、俺たちが成人するまで牛山さんが二代目トーラスとして名を連ねているのである。

 

と、そんなことを考えている内に話が進み、服部が深雪に謝っていた。

 

さて、

 

「それでは服部副会長、次は俺との模擬戦ですが大丈夫ですか?」

「ああ、さっきは油断していたが、今回は最初から本気で行かせてもらうぞ!」

「望むところです」

 

そして、より一層気合が入った服部と部屋の中央に向かうと、そこから五メートル離れて向かい合った。

 

「それでは、始め!」

 

 

 

 

 





日刊ランキングでこの作品を見つけ、嬉しく思いながら開いてみると、あらすじとタグが寂しいことに今更ながら気がつきました。
……加筆修正した方がいいですかね?



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入学編Ⅴ


すみません。
体調があまり良くなくて遅れました。

今回は短いです。




 

 

 

 

 

 

部屋の中央、全員が見守る中で、紅夜と服部は五メートルの間を開けると向かい合った。

 

「ルールはさっきと同じだ。破った場合は即敗北が決定するので、気を付けるように。それでは両者、準備はいいか?」

 

服部は腕に付けたCADに手をかざし、紅夜は携帯端末型のCADを持った手をだらりと下げて構え、摩利の問に頷く。

二人の間に緊迫した空気が張り詰め、部屋には自然と静寂が訪れる。

 

「それでは、始め!」

 

静寂を打ち破るように発せられた開始の合図と同時に、二人はCADに指を走らせる。

サイオンが流し込まれ、呼び出された起動式を魔法演算領域に読み込む。ここまでの速度は互角、しかし、ここからの工程が本番だ。

読み込んだ起動式に変数を設定すると魔法式を構築、そして構築された魔法式をイデアに転写、そしてイデアから魔法式がエイドスを改変する。

ここまでの工程に紅夜が要した時間は約0.2秒、人間の反射速度と同じ、つまり、通常の(・・・)魔法師が意識的に(・・・・)出せる最速だ。対して服部が要した時間は約0.3秒、紅夜に比べれば遅いが、これも十分に早い。そもそもプロの魔法師の魔法式の展開速度が大体0.3~0.4秒くらいなのだ。これを聞けば服部がどれだけ卓越した魔法師かが分かるだろう。

 

それでも、並の魔法師とは絶対に言えない紅夜には及ばない。服部よりも早く発動された魔法がエイドスを改変する。

発動された魔法は、紅夜が振動魔法に次いで得意である収束魔法。空気を圧縮して撃ち出すだけの単純な魔法だが、紅夜が使う収束魔法はレベルが違った。

 

風弾の数、なんと二十。

 

唖然とする生徒会の面々の中で、戦闘中ということもあって、いち早く我を取り戻した服部が慌てて障壁魔法を展開する。

前方から迫り来る風弾をなんとか防いでいると突然足元に魔法の兆候を感じた。

 

(ちっ、マルチ・キャストか!)

 

内心で悪態を吐きながら、領域干渉で魔法を凌ぎきり、中断していた魔法を発動させる―――つもりだった。

 

「なっ、消えた!?」

 

達也との戦闘と同じ展開、しかし当然ながら達也との戦闘を踏まえて服部は紅夜の動きに注意していたし、そもそも達也の時のように突然消えるのではなく、揺らぐようにして掻き消えたのだ。

 

「残像だ」

 

硬直した服部の耳元でそんな声が聞こえた瞬間、突然目の前の視界が歪み、そのまま服部の意識は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前で服部が倒れるのを確認すると、ふぅ、と一息を吐く。それと同時に摩利の勝者宣言がされた。

兄さんの試合がインパクトが強すぎたからなのか、生徒会の面々も先程よりは落ち着いていた。

それでも、一様に驚愕の表情をしていることに変わりはなかったが。

 

「驚いたな、まさか純粋な魔法技能だけで服部に勝ってしまうとは……」

「魔法技能だけ? 紅夜さんが服部副会長の後ろに回り込んだのは、体術じゃないんですか?」

 

摩利の言葉にあずさが疑問の声を上げる。

その疑問に答えたのは俺ではなく真由美だった。

 

「幻影ね、しかもマルチ・キャスト。あれは結構な高等技術なのだけれど……まさか紅夜くんが使えるなんてね」

「正解ですよ。会長、さすがですね」

 

今回、俺がしたことは単純だ。

まずは収束魔法による風弾を服部の前方に配置。本来なら風弾を全方位から打ち出すことができたが、敢えて前方から射出した。

服部が対応している内にマルチ・キャストで待機させていた魔法を足元に展開。当然の如く服部は対応してきたが、それは計算内。服部が足元に気をとられている隙に再びマルチ・キャストで光を屈折させて幻影を使い服部の後ろに回り込んだ。そして、最後に振動魔法で三半規管を乱してやれば終了だ。

 

以上のことを簡単に説明すると、全員が感心したように頷いていた。

 

「今の試合で収束魔法をたくさん使ってたけど紅夜くんの得意魔法って収束魔法なの?」

「いえ、違いますよ。収束魔法は二番目に得意な魔法です」

「じゃあ一番得意な魔法は?」

「振動加速系統ですよ。まあ、試合には使えない魔法ばかりなので今回は使えませんでしたけど」

 

真由美の質問に軽く答えていく。

あまり手の内を晒すのは良くないが、この程度ならすぐにバレることなので構わないだろう。

それにしても、本当にこういう試合や捕獲などには俺の魔法は向いてない。振動加速系統では相手を傷つけることなく戦闘不能にするのは難しいからな。深雪の振動減速系統なら可能だろうが。

やはり、深雪とは違って、俺は止めることよりも壊すことの方が似合ってる。

 

「しかし、君もなかなか酷いことをする」

「何のことでしょう?」

 

考え込んでいたところで摩利に声を掛けられ、ハッと意識を取り戻す。

 

「達也くんの試合で軽いとは言えサイオンに酔ったところに、さらに三半規管を乱すなんてことをしたら、服部が目を覚ましても、しばらくは相当気持ちが悪いだろうな」

「……振動魔法を使ったのは、偶々ですよ」

「そういうことにしておいてやろう」

 

何が面白いのか、くつくつと笑う摩利を見て、俺は思わずため息を吐いた。

 

 

 

 

 

さて、あの後無事に生徒会入り次の日を迎えたわけだが、俺は早速生徒会に入ったことを後悔していた。

魔法科高校といえど、当然クラブというのは存在する。まあ、そのクラブの内半数近くは魔法関連のクラブだが。それでも、魔法が関わっていようがなかろうがクラブとして成立するには、ある程度の人員と実績が必要なのは当然だ。そのためクラブの新人勧誘活動の期間があるのは必然、期間中の生徒会が忙しいのも必然だ。そして、俺たちが生徒会または風紀委員に入った次の日、つまり今日から新人勧誘活動期間が始まるのもきっと必然なのだろう。

何が言いたいのかといえば、生徒会に入った次の日から殺人的な量の仕事をやらされているということだ。

幸いと言っていいのか、俺はデスクワークではなく巡回なので程よくサボることができるが、それでも言い争いに介入するのは精神的に疲れるし、偶に俺が一年生だということで取り締まろうとすると逆切れして一触即発の空気になることもある。

 

そんなわけで逆恨みでしかないことは分かっているが、脳裏で満面の笑みを浮かべた生徒会長に呪詛を送りまくる。

頭の中で下らないことを考えているとはいえ、ちゃんと巡回はしているので当然騒ぎがあれば気が付く。どうやら場所は体育館のようだ。

 

「そこの君たち、中で何が起きてるのか教えてはくれないかい?」

 

丁度体育館から出てきた女子生徒に、笑顔を浮かべながら普段は使わないような気障な口調を意識しながら問いかける。案の定頬を染めた女子生徒たちは中で何が起きてるかを一生懸命に教えてくれる。

どうやら体育館で騒ぎを起こしたクラブが、止めようとした二科生の風紀委員に逆上して乱闘になっているらしい。

 

……そういえば原作でそんなシーンがあったな。まあ兄さんなら問題ないだろうし、観戦にでも行くか。

情報を教えてくれた女子生徒にお礼を言うと体育館内に向かった。

 

 

中に入ると中央に人だかりができており、時々罵倒や怒声が響いてくる。

そんな人だかりの様子を一歩下がったところから見ていると、その人だかりの中にエリカを見つけた。

 

「よっ! エリカ」

「紅夜くん? なんでここに」

 

近づいて声を掛けると驚いた様子で振り返る。

 

「騒ぎを聞きつけてな、話を聞いたら兄さんだと思って観戦しに来たんだよ」

「観戦って、助けなくていいの?」

「アレ見て助ける必要があると思うか?」

「……それもそうね」

 

二人で視線を向けた先には兄さんが剣術部を相手に楽々と無双をしていた。

 

「でも、生徒会としては止めなきゃいけないんじゃない?」

「大丈夫だ、そこらへんの言い訳は考えてある。それに、あんな面白そうな状況を止めるなんて……じゃなかった。二科生だからって襲いかかるような奴は粛清されるべきだ」

 

おっといけない、本音が漏れかけてしまった。まったくこれっぽっちも、面白そうとか考えてないぞ? ちょっと返り討ちにされる一科生の表情が最高だなぁ、と思っただけだ。

そんなことを考えていると何かしらオーラを感じ取ったのかエリカが微妙に引いていた。

 

「紅夜くんってさ、性格悪いって言われない?」

「おいおい、酷いな。性格について文句を言われたことはないぞ。ドSとなら言われたことはあるが」

「同じじゃん! てか、そっちの方が酷いよ!」

「因みに俺をドSと言った女は、顔を赤くしてハアハア言ってたな」

「そんなこと知りたくもなかったよ!」

「ああ、魔王の再来と言われたこともある」

「もういいって!」

「随分疲れてるようだが、大丈夫か?」

「……紅夜くん、絶対、性格悪いって言われたことあるでしょ?」

「実はそうなんだ」

「今までの流れ全否定? っていうかデジャヴ」

「後は兄さんと一緒に、邪神と呼ばれたな」

「だからもういいって!」

 

その後も兄さんの乱闘が終わるまでエリカを弄り続けた。

 

 

 

 

 





ヒロインの意見を募集したことで運営から注意されてしまいました^^;
ご迷惑をかけてしまい、まことに申し訳ございませんでした。m(_ _)m
活動報告にてヒロインの意見を募集し直しているので、じゃんじゃん意見を書いて頂けると嬉しいです!



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入学編Ⅵ

 
お気に入り件数が急に増えててビビりました。ランキングの力って凄いですね。




 

 

 

 

あの後、俺と兄さんは部活連本部に呼ばれ事情聴取をされていた。

 

「―――以上が剣道部の新勧演武に剣術部が乱入した事件の顛末です」

 

兄さんの報告に俺たちの目の前に座る人物、十文字家次期当主である十文字克人はふむ、と頷いた。

 

「司波紅夜は途中から乱闘の様子を見ていたようだが、何故止めに入らなかった?」

 

座っているだけで、その巨漢を含め一般人では萎縮してしまうような威圧感を感じるが、生憎俺は到底一般人とは言えないので特に萎縮することもなく、予め用意していた台詞をすらすらとしゃべる。

 

「あの場で止めに入らなかったのは、それが最善の判断だと思ったからです。あの状況で弟である俺が止めに入れば、状況がかなり悪化する可能性がありました。それに、男の嫉妬は見苦しいですからね」

 

最後の台詞だけ茶化したように言えば、その意味が理解できた者たちは皆苦笑を浮かべた。

 

 

 

 

部活連で報告を終えた俺と兄さんは、深雪を迎えに生徒会室に向かうつもりだった。だが、昇降口から生徒会に向かおうとしたところで、その必要はなくなった。

 

「あっ、お疲れ~」

「お兄様、紅夜」

 

深雪は俺の名前も呼んでいたが、それはおまけ扱いのようで兄さんに向かって真っ先に駆け寄った。だがまあ、理由は容易に予想できるので、思わず苦笑をしてしまう。

 

「お疲れ様です。本日は、ご活躍でしたね」

「大したことはしてないさ。深雪の方こそご苦労様」

 

そういって見つめ合いながら頭を撫でる兄さんと深雪は、どう見ても兄妹には思えない。取りあえず自分たちの世界に入ってしまった二人は暫く放っておくことにする。

 

「悪いな、待っててくれたのか」

「……あの二人はスルーしちゃうんだ」

「もう慣れたんだよ。アレは暫く放っておけ」

 

俺がそう言うと全員が微妙な、そして俺に同情するような視線を向けてくる。

 

「あの二人は恋人同士だと思っておけば問題ないだろ」

「いやいや、大有りだよ!」

「気にすんな」

「気にするわ!」

 

暫くそんなカオスな空気が続いたが兄さんと深雪が帰ってきたことで、すぐに終わる。

 

「こんな時間だし何処かで軽く食べて行かないか? 一人千円までなら奢るぞ」

 

こうして全員でカフェに寄ってから帰ることになった。

 

 

 

 

新人勧誘期間が始まってから一週間が過ぎた。この一週間は過去最大級のストレスが溜まると同時に、過去最大級のストレス発散ができた日々だった。

兄さんの乱闘事件から兄さんへの嫌がらせが俺に向かってくることが何度もあったのだ。しかもそれに乗じて嫉妬をしてる奴まで襲い掛かってくるから、それはもうストレスが溜まる。それが四日間続いたところで俺はキレた。

最初にキレた時は、襲い掛かってきた奴を捕まえて、手足を縛った後に光と音を完全に遮断する結界の中に三十分間閉じ込めたが、その後さすがに兄さんにやりすぎだと言われたので次からは服部にやったように三半規管をかき乱す程度にしてやった。俺の所業を雫とほのかに教えたら引いてたけど。

そして、誰にも教えていないことだが、実は襲ってきた奴らの中に何人かエガリテのメンバーがいたので、そいつらにはお話をしていろいろ吐いてもらった。だが、特に有益な情報はなかった。あるとすれば、原作との違いが無さそうということくらいか。

 

 

 

閑話休題(それはともかく)

 

 

クラブの新人勧誘期間が終わったからといって生徒会が休みになるわけではない。いや、新人勧誘期間が終わってからがデスクワークとしては忙しいかもしれない。そんな中、俺と深雪はデスクワークも優秀で即戦力として働かされていた。

そんなわけで、当然深雪の仕事が全く進んでなかったら全員が気づくわけで……

 

「紅夜くん。深雪さん、どうしたの?」

 

聞いても正直に答えないであろう深雪に変わり、俺に質問が来るわけだ。

 

「今、兄さんが剣道部の壬生紗耶香先輩とカフェで会ってるんですよ」

 

俺がそう言った瞬間、全員の深雪に向ける視線が、心配そうなものから一気に生易しいものに変わった。

 

「ちょっと紅夜、何を言っているんですか!?」

「そんなにそわそわしてたらバレバレだって」

 

俺たちのやりとりを他の全員はニヤニヤしながら聞いていた。

 

 

 

 

 

次の日の昼食後、兄さんが仕事を始めてしばらくした時、摩利がタイミングを計ったように切り出した。

 

「達也くん、昨日、二年生の壬生を、カフェで言葉攻めにしたというのは本当かい? 壬生が顔を真っ赤にして恥じらっているところを目撃した者がいるんだが」

 

摩利が口にした瞬間、凄まじい悪寒が俺を襲った。

固まって動かしにくい首を壊れかけのロボットのようにギシギシと音を立てながら横を向くと、そこにはドス黒いオーラを纏った深雪が……

 

「お兄様……? 一体何をされていらっしゃったのかしら?」

 

次の瞬間、部屋の温度が下がり始めたのを感じて、俺は咄嗟に空気を温めた。

どうやら他の人たちは気がついていないようで、ホッとため息を吐く。

深雪も俺が魔法を使ったことが分かったらしく、恥ずかしげに顔を赤らめていた。

 

「落ち着け深雪、ちゃんと説明するから」

「申し訳ありません、お兄様。紅夜もありがとうございます」

 

先ほどの状況に気がついていなければ分からない謝罪に生徒会のメンバーたちは不思議そうにしているが、俺と兄さんにはもちろん分かったので気にしていないと首を振った。

 

その後、達也が説明し出した内容は、事実とはいえない言いがかりばかり。

その状況に真由美たちは心当たりがあるようで、兄さんの追及を誤魔化すが、話す様子がない真由美たちに兄さんが切り出した。

 

「俺が聞いているのは、背後の連中のことです。例えば、『ブランシュ』のような組織ですか?」

 

兄さんの言葉に全員が驚愕を浮かべた。

 

 

 

 

 

あの後、真由美たちと話したが、結局何か進展があるわけでもなかった。

夕食を食べ終わった俺は自分の部屋に戻り、CADを弄っていた。三人で暮らすにはかなり広いこの家だが、実は家の中で三人で過ごしている時間は意外と少ない。俺と兄さんは自分の部屋でCADを弄っていることが多いし、深雪は俺と兄さんの邪魔をしないように気を使っている。しかし、今日は珍しいことに深雪が部屋を訪ねてきた。

 

「紅夜、入ってもいい?」

「ああ、構わない」

 

丁度、作業に一区切りがついたところだったので、ディスプレイから目を離し、部屋に入ってきた深雪に向ける。

 

「お兄様に買っていただいたケーキが届いたのだけれど、お茶にしない?」

「兄さんは?」

「もうリビングに居るわ」

「分かった、すぐ行く」

 

そう答えると、ディスプレイに映っている情報を保存して電源を切ると立ち上がった。

 

 

 

 

「271ms。紅夜くん、クリア。すごい」

「そうか? ありがとな」

 

感嘆の声を上げる雫に少し照れながらも軽く答える。

今やっているのは実技の授業で、二人一組のペアを組み、基礎単一系魔法の魔法式を制限時間内にコンパイルして発動するという内容だ。

俺としては、課題とは言っても正直意味のないものだと思うし、何よりも学校のCADのノイズが酷くてイラつくので、座学よりも嫌いな授業だった。深雪もイラついてるだろうと思い隣を見ると、そこには237msという驚異的な数値を出しながらも不満気にしている深雪と、それを唖然と見ているほのかがいた。

 

「すごいね」

「本人は不満そうだけどな」

 

雫も見ていたようでポツリと呟くが、本気を出せば同じくらいの数値を出せる俺としては特に驚くことでもない。

 

「さて、課題も終わったことだし、昼食にするか」

「ん、そうだね」

 

苛立ちを紛らわせるようにわざと大きな声でそういい、深雪とほのかも誘って食堂へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一週間が経た日。授業が終わり放課後となった時、事態は起こった。

 

『全校生徒の皆さん!』

 

思わず耳をふさいでしまうような大音量がスピーカーから響き渡った。

 

「きゃあ! なんですかこれ!」

「ついにきたか」

「なにが?」

「ブランシュ」

「それってお兄様が言っていた……」

 

大半の生徒が慌てふためく中、俺たちは冷静に状況を把握していた。

 

『―――失礼しました。全校生徒の皆さん!』

 

少々気まずげに同じセリフが流れた。

 

『僕たちは、学内の差別撤廃を目指す有志同盟です』

 

続けて流れた言葉に教室にいた数人が大声で怒鳴る。プライドの高い一科生としては、そんな事態は許せないのだろう。

 

『僕たちは生徒会と部活連に対し、対等な立場における交渉を要求します』

「対等ね……」

 

まるで生徒会が一科生と二科生を差別しているような発言に思わず呟く。

 

「いかなくていいの?」

「そうだな」

 

雫の問に面倒だという気分を抑えながら返す。

 

「どうせそのうち会長から連絡がくるだろうな」

 

そう呟くと同時に深雪と俺のポケットから、メールの着信を知らせる音が鳴る。

 

「じゃあ行くか。深雪」

「はい、では行ってきますね」

「あ、はい、気を付けてください」

「頑張って」

 

ほのかと雫の声援を背に俺と深雪は放送室に向かった。

 

 

 

途中で兄さんと合流すると放送室の前に着く。

 

「遅いぞ」

「すみません」

 

既に他のメンバーは揃っているようで、形だけの叱責に形だけの謝罪を返すと、これからの対応について話し合う。

とはいえ、結果を知っている話し合いなんて面倒なので、さっさと終わらせたい。

 

「兄さん、番号知ってるだろ」

「……はぁ、仕方がない」

 

そういって携帯端末を取りだすと、音声通話モードを立ち上げた。5コールの後つながった。

 

「壬生先輩ですか? 司波です。……それで、今どちらに?」

 

その声に全員がギョッとして兄さんに振り返り、兄さんの会話に集中する。

兄さんは交渉で壬生の安全を保障する代わりに出てくるように説得し通話を切った。

 

「すぐに出てくるそうです」

「今のは壬生紗耶香か?」

「ええ、待ち合わせの為にとプライベートナンバーを教えられていたのが、思わぬところで役に立ちましたね」

 

兄さんがそう言ったとき、隣でピクリと深雪と反応したのを俺は見逃さなかった。

 

「それより、早く態勢を整えるべきじゃないですか」

「態勢?」

 

摩利の疑問に兄さんは、何を言ってるんだ? とでも言いたげな顔で返す。

 

「中のヤツらを拘束する態勢ですよ。鍵まで盗み出す連中です。CADは持ち込んでいるでしょうし、それ以外に武器を所持しているかもしれません」

「……君はさっき、自由を保障するという趣旨のことを言っていた気がしたのだが」

「兄さんが自由を保障したのは壬生先輩だけですよ。それに兄さんは、風紀委員を代表して交渉しているなんて、一言もいってないですしね」

 

俺がそう言うと摩利どころか、鈴音や克人までもが呆気にとられた顔をしていた。……解せぬ。

 

「悪い人ですね、お兄様は」

「兄さんが悪い人なのは今更だろ」

「確かにそうだが、お前だけには言われたくない」

「フフ、そうですね」

「うわ、酷いな」

 

そんな会話をしていると突然、深雪が笑みを深めた。

その笑みに何故か悪寒を感じるんだが……

 

「でも、お兄様? 壬生先輩のプライベートナンバーをわざわざ端末に保存されていらした件については、今更ではありませんから、後ほど詳しくお話をうかがわせてくださいね」

 

満面の笑みで楽しげに告げる深雪に、俺は兄さんに対して心の中で黙祷を捧げた。

 

 

 

 




 
今回は全然面白くなかった気がします。すみません。



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入学編Ⅶ


お待たせしました。

今回の話、少々端折り過ぎな気もしますが、これ以上書くとぐだぐだ感が半端ないことになりそうだったので、諦めました。
文才のない私を許してください……

では、どうぞ。




 

 

 

翌日、俺たちはいつもより早めに家を出て、駅で人を待っていた。

 

「会長、おはようございます」

「達也くん、紅夜くんと深雪さんも、どうしたの?」

「昨日のことが気になりまして、あの後、壬生先輩たちとの話し合いはどういう結論になったか教えていただけませんか?」

 

そう、俺たちは昨日のことが気になって真由美を待っていたのだ。

あの後、壬生以外の全員を捕らえたが真由美が交渉が出来ないと言って解放して、そのまま交渉に入ったのだ。

 

「明日の放課後、講堂で公開討論会を行うことになったの」

 

随分と急な展開と言えるが原作通りなので特に驚くこともない。

だが、もし原作通りに物事が進むとすれば討論会の後にブランシュの襲撃があるはずだ。問題が無さそうとはいえ、一応対応は考えておいた方がいいかもしれない。

いや、潜伏場所は分かっているんだ、いっそのこと襲撃の前に潰してしまおうか?

一瞬そんな考えが頭に浮かんだが別にそこまで大事ではないので、しばらくは傍観していようと決めた。

 

 

 

 

そしてついに公開討論会当日。

講堂には全校生徒の半分近くが集まっていた。他の人たちは予想外に集まっていることに驚いているようだが、この討論次第では学校のありかたが変わるかもしれないのだ。そこまで驚くことでもないだろう。

 

「実力行使の部隊が別に控えているのかな……?」

「同感です」

 

摩利の独り言のような問に、達也も同意を示す。

実際にその予想は当たっているのだから、二人の洞察力はさすがといえる。そんなことを考えているうちに、ついに討論会が始まった。

 

 

討論会の結果は言うまでもない。

具体的な案を考えているわけでもない同盟側が真由美に勝てるわけもなかった。言うなれば、同盟側は無謀な夢を語る子供と、現実を認識してそのうえで夢を掲げる大人との討論ともいえないものだ。

もはや真由美の演説となった討論会は真由美への満員一致の拍手で終了した。

 

その時、突如轟音が響き渡り校舎が震えた。

同時に、この事態を予測していた者たちが一斉に動き出した。

 

「では俺は、実技棟の様子を見てきます」

「お兄様、お供します!」

「じゃあ俺は、実験棟に向かいます」

「気をつけろよ!」

 

俺は兄さんたちと別れ、実験棟に向かった。

 

 

実験棟に向かう途中、俺は襲撃者たちを片手間に一掃しながら思考にふけっていた。

少し気になることに、実験棟に向かうほど敵が多くなっているのだ。敵の狙いは図書館だったはずなのだが……やはり、あわよくばとの考えだろうか? 敵の襲撃目的として予想には上がっていたが、原作では描写されていなかったので念の為という程度の気持ちで覗きに来たのだが、どうやら当たりだったようだ。

 

襲い掛かってくる生徒は気絶させ、生徒でない者たちは一瞬で焼滅させる。

今回敵を焼滅させるのに使っている魔法は【灼熱劫火(ゲヘナフレイム)】の対個人用の劣化版、【業火(ヘルフレア)】だ。

さすがに殺すのはまずいかもしれないが、敵である以上できるだけ殺しておきたい。その分この魔法なら敵を殺した証拠は一切残らないのでとても便利だ。

 

そんなことを考えているうちに、いつの間にか敵を殲滅し終えてしまったようだ。

途中でアンティナイトを持っている敵が数人いたが、とっくに対抗魔法を作っているので速攻で片付いた。別にわざわざ対抗魔法を使わなくてもサイオンのコントロールを完全に掌握した今では、膨大なサイオンを放出することでキャストジャミングのサイオン波を無効化することもできるのだが、対抗魔法を使った方が燃費がいいのだ。

随分呆気なく終わってしまったので、少し消化不足に感じる。もっと手ごたえのある敵が欲しかった、などと戦闘狂のようなことを考えながら図書館に向かうことにした。

 

 

 

図書館に向かう途中、突き当りの廊下の先から戦闘音がすることに気が付いた。通りたい道で戦闘しているようなので、状況を把握するために一瞬だけ【叡智の眼(ソフィア・サイト)】を発動する。どうやら十人近くの敵と一人の生徒が戦っているようだ。生徒の方を確認すると驚いたことに戦っているのはレオだった。一科生でもないのにテロリストを十人近くも相手にするとは予想以上に実力を持っているらしい。

とはいえ、このままだと戦闘が終わるのにはもう少し時間がかかりそうだ。別にレオに任せても問題はなさそうだが通行の邪魔なので、生徒が混じっていないことを確認してから、敵の足をすべて消し飛ばす。

 

「……は?」

「ようレオ。大丈夫か?」

「紅夜!?」

 

突然敵の足が消え、絶叫を上げ始めたことに戸惑っているレオに声を掛ける。悲鳴がうるさかったので、片手間で振動を遮断しておく。

 

「兄さんたちが何処に向かうか知ってるか?」

「あ、ああ。達也たちなら図書館に向かうらしいが……今のは、お前がやったのか?」

「確かに俺がやったが? それよりレオはこれからどうする? 俺は図書館に向かうが」

 

レオは俺が詳しく話す気は無いと分かったようで、少しオーバーに肩を竦めると首を振っると、呆れを含ませた声音で言った。

 

「分かったよ。オレも行くぜ」

「じゃあ先に行っててくれ。俺はこいつらを誰かに預けてから向かうよ」

「おう、任せた」

 

レオが素直に頷いて走り去っていくのを眺める。その後ろ姿が見えなくなったところで、足を抑えて倒れ伏す敵に目を向けた。

 

「……さて、片付けるか」

 

小さく呟き──眼前の敵にCADの銃口を突き付ける。それに気付き、何かを言いたげに口を動かすテロリストたち。そんな奴らを見下ろし、嘲笑うように呟く。

 

 

「ごめん、何言ってるか分かんないや」

 

 

そして、引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

その後、図書館に向かったわけだが、俺たちが着いたころには戦闘は終わっていて気絶した壬生を保健室に連れていくところだった。少し物足りない気分だが、既に襲撃者は鎮圧されており校内は日常的な静けさを取り戻していた。

結局は何があるわけでもなく壬生を保健室に連れて行き、間もなく真由美、摩利、克人を含めた事情聴取が始まった。

途中でいろいろとあったが、特に原作と流れが変わることはなく、そのままブランシュの拠点に襲撃をすることになった。

 

 

 

 

ブランシュの拠点に突入した俺は兄さんと深雪と一緒に工場の中を進む。

正直、そろそろ面倒になってきたので拠点ごと消し飛ばしたい気持ちに駆られるが、さすがにまずいので自重する。そうして進んでいると、ホール状のフロアで隠れもせずに待ち構えている敵集団と遭遇した。リーダーである司一が何やらいろいろとやっていたが、見るに堪えなかったのでスルーする。

いつの間にか話が進んでいたようで、敵から銃弾が撃たれそうになるが兄さんが全て分解した。敵がパニックに陥る中、リーダーである司一が真っ先に逃げ出した。

 

「お兄様、紅夜、追ってください。ここは私が」

「分かった」

「頼む」

 

言われた通り残っている敵は深雪に任せ、兄さんと一緒に司一を追う。

 

司一を兄さんと追い駆ける中、次の部屋に敵が待ち構えていることが視て分かった。俺同様に敵を把握している兄さんは壁越しに分解を使いサブマシンガンをバラバラにした。

敵の狼狽を知覚しながら部屋の中に足を踏み入れる。瞬間、キャストジャミング独特の騒音を感じるが、兄さんは分解、俺は対抗魔法を使うことで即座に無効化する。

司一は俺たちが魔法を使えないと思い込み狂気的な高笑いをしているが、煩かったので簡単なレーザー魔法で手の平を撃ち抜いてやる。途端に痛みと混乱で絶叫を上げ始めるが、もう一度、煩いと忠告と共に反対の手を撃ち抜くと地面を転げ回りながらも必死に声を抑えていた。

その様子に妙な達成感を感じながら周囲を確認すると兄さんの分解で足を撃ち抜かれた敵が転がっていた。どうやらもう終わってしまったようだ。

そんな時、突然司一が立っていた後ろの壁が切り裂かれ、そこから桐原が乗り込んできた。

 

「よぉ。コイツらをやったのは、お前たちか?」

 

軽く首肯をすると感心したように頷いた後、怯えている司一に目を移した。

 

「こいつは?」

「それが、ブランシュのリーダー、司一です」

 

兄さんの返答を聞いた瞬間、桐原の態度が一変して驚く程の怒気が桐原から発せられた。

 

「テメェの所為で、壬生がぁぁ!」

「ぎゃああぁぁぁぁぁ!」

 

憤怒の表情で詰め寄る桐原に対し、司一が咄嗟にキャストジャミングを使うが、まるで怒気そのものが魔法的干渉力を持っているかのようにキャストジャミングのサイオン波を無効化し、振り下ろされた刀はあっさりと司一の腕を切り飛ばした。

そこに桐原の後ろから克人が姿を現し、腕から血の吹き出す司一を見ると少し眉を顰めた後、魔法で傷口を焼くことで止血をする。司一はその痛みに耐えられなかったようで、泡を吹いて失神した。

 

 

 

 

事件の後始末は克人が受け持つことで、特に何か問題が起こることもなく終わった。本来ならいろいろと問題が起こった可能性があったのだが、それを無視出来るほどに十師族の権力は強いのだ。そもそも学校側としても俺たちが敵の拠点に乗り込んだことはあまり公にはしたくない事柄らしく、俺たちがあの場にいたこと自体がなかったことになっていた。

当然のように壬生のスパイ未遂もなかったことになっていて、壬生は表向き怪我の治療ということで入院することになった。

 

そんなこんなで、気づけば既に五月になっていた。

今日は壬生の退院の日だ。兄さんと深雪と一緒にお祝いに病院を訪れると、そこには桐原とエリカが既に来ていた。少し話してから壬生に声を掛けてお祝いの花束を贈る。もちろん深雪が。嬉しそうに笑う壬生とそれを囲む人たちを兄さんと一歩引いた位置で眺めていると、突然見知らぬ男が俺と兄さんに声を掛けてきた。

 

「私は壬生雄三、沙耶香の父だ」

「初めまして、司波達也です」

「妹の司波深雪です。初めまして」

「弟の紅夜です」

 

お互いに自己紹介をすると、俺と兄さんに用事があるようなので深雪には下がってもらう。

 

「司波達也くん、紅夜くん、君たちには感謝している」

 

そう言って俺と兄さんに何度もお礼と感謝の言葉を伝えてくる。少しその勢いに困惑しながら、特に特別なことはしていないと言うと、壬生雄三は小さく笑った。

 

「君たちは風間に聞いていた通りの男なのだな」

 

その台詞に俺と兄さんはかなり驚く。少し聞いてみると既に引退をしてはいるが風間と共に兵舎で過ごした同年代で、未だに親しくしてもらっていると教えてもらった。だが、俺と兄さんのことを知るとなると、ただ単に親しいだけではないということが伺えた。

その後も少し話をして、最後にもう一度、ありがとうと言って壬生雄三は離れていった。

 

もう少し聞きたいこともあったが話すつもりはないようなので気分を変える為にも軽く頭を振ってから、笑顔を浮かべ壬生の周りに出来ている輪に加わった。





これにて入学編は終了です。

さて、ヒロインの意見募集についてですが、このまま続けててもアレなので、九校際編が終わった頃に締め切りとさせて頂くことにしました。注意して欲しいのはあくまで意見の募集だということです。必ずしも票が多かったキャラクターがヒロインになるわけではありません。ご注意ください。
ですが、票が多い方が私の書く気が上がります。(笑)

九校際編が終わる頃までは活動報告にてじゃんじゃん意見を募集しているので、宜しければ書いてください。
よろしくお願いします!




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九校戦編
九校戦編Ⅰ



お待たせしました。

なんだか少しずつ投稿が遅くなってきてますね。少なくとも週一には投稿できるように頑張ります。




 

 

 

 

 

季節は夏、七月半ばに差しかかったころ。

既に気温は30°を超えるのが当たり前になってきている。とは言っても様々な設備が充実している魔法科高校では冷房が休むことなく動いていて、常に快適な温度を保っているのだが。

生徒たちは定期試験が終わったことで九校戦に向けての気迫が高まり、学校内の空気はどこか浮ついているように感じられた。

ちなみに試験の総合成績は以下の通りだ。

 

1位 司波紅夜

2位 司波深雪

3位 光井ほのか

4位 北山雫

 

見て分かる通り、総合成績上位をA組が独占していた。1位の俺と2位の深雪が僅差、少し離れて3位のほのかと4位の雫が僅差という結果になっている。俺がトップなのは入試とは違い1位になったとしても大して面倒事がなさそうなのと、原作に対して影響しなかったからである。何よりも入試に続き今回でも手を抜いたら深雪の反応が怖すぎる。なので試験で特に自重するつもりはなく、実技でも1位、理論も兄さんと僅差で2位という結果になっていた。

そんなこんなで試験が終わり生徒達は開放感でテンションが上がっているようだが、俺のテンションはそんな生徒たちと違ってダダ下がりだった。何故かと言われればそれは他ならぬ九校戦の所為である。

 

九校戦―――正式名称、全国魔法科高校親善魔法競技大会。

毎年、全国にある九つの魔法科高校から、それぞれ選りすぐりの生徒たちが集い魔法競技を競う大会である。九校戦は毎年魔法関係者だけでなく一般企業や海外からも大勢の観客とスカウトが集まる大舞台だ。当然、全国の魔法科高校はこの競技に力を込めており、それはこの第一高校も例外ではない。そんな大規模な行事に普通はテンションが上がるものかもしれないが、学校を仕切る立場、すなわち生徒会はそうも言ってられない。大会までは後半月以上もあるのに、その仕事の多さはもう殺人的だ。それは、あの真由美が軽口を叩くこともなく黙々と仕事に取り組んでいることから理解してもらえると思う。正確には黙々と仕事に取り組んでいるのではなく、軽口を叩く暇さえないということなのだが。

 

そんな中、俺と兄さん、そして深雪を含めた生徒会の面々と摩利は会議ようの机につき、向かいながら頭を悩ませていた。

 

「……今年の九校戦は、このメンバーなら負けることはないでしょう。それだけの人材が揃っているわ」

「そうですね、今年は一年生も優秀ですから。ですが……」

「エンジニアか」

 

鈴音の言葉を引き継ぐように摩利が発した言葉で、その場にいる俺と兄さん以外の面々がため息でも吐きそうな様子を見せた。

 

「私と十文字くんがカバーするっていっても限度があるしなぁ……」

「俺も出来ないこともないですが……」

 

俺の発言に真由美は驚いたように顔を上げた。……予想通りだ。

 

「え? 紅夜くんってCADの調整出来たの?」

「まあ、人並みですが。言ってませんでしたっけ?」

「聞いてないわよ! でも、紅夜くんも競技があるのよね……」

 

ガクッと机に突っ伏した真由美に俺は何気ない風を装って希望となる、そして特定の人物にとっては絶望となる言葉を掛けた。

 

「俺は兄さんみたいに深雪のCADを弄る自信はあまりありませんし」

「そっかぁ……ん?」

 

さらに深く項垂れそうになった真由美は俺の言葉に違和感を覚えたようでその動きを止めた。そして、俺の視界の端で真由美同様に兄さんが動きを止める。

 

「盲点だったわ……!」

 

ガバッと勢いよく身体を起こした真由美は獲物を見つけた鷹のような視線を兄さんに送る。視線を向けられた兄さんは俺のことを恨めしそうに睨むが、俺がそっぽを向いて素知らぬふりをしていると、やがて諦めたようにため息を吐いた。

それでも兄さんは抵抗を試みたが深雪の援護があっては敵う筈もなく、結局は無駄な抵抗となったのだった。

 

その後、兄さんのエンジニア入りの会議があったのだが原作と変わることはなく、無事に兄さんは九校戦のメンバー入りを果たした。

 

 

その日の夜、夕食を食べ終わった直後、電話が鳴った。

兄さんが電話に出ると、映し出されたのは見知った人物、風間大尉だった。会話の内容は兄さんに近々出頭してほしいというものと、もう一つ、九校戦の会場、富士演習場南東エリアでノーヘッドドラゴンの組織構成員らしき人物が確認されたらしいというものだった。

気を付けろよ、と言って電話を切った風間大尉と兄さんを傍目に俺は一人思考にふける。どうやら九校戦は原作通りの展開になりそうだ。少しの安堵とそれ以上に気を引き締める。恐らく今回の九校戦から少しずつ原作とのズレが大きくなってくるだろう。今までは魔法科高校という全体をまとめて事件が起きていたが、今回の九高戦は選手として出場するからには、俺の実力もある程度公になるはずだ。そうなってくると俺というイレギュラーの存在が大きくなり、物語は原作から大きく離れていくことになる。

その事実を再確認した俺は、より一層気を引き締めた。

 

 

 

 

「お兄様、深雪です。お茶をお持ちしました」

「ちょうど良かった。入って」

 

兄さんからの許可をもらい深雪が部屋に入ってくると俺がいることにに気が付く。

 

「やっぱり紅夜もここにいたのね」

 

やっぱりと言うのはこの部屋に来る前に俺の部屋に寄ったからだろう。深雪はお茶を持ってくるときは必ず俺の部屋に行ってからこの部屋に来る。本当は速く兄さんの部屋に行きたいのだろが、それをすると俺にお茶を持ってくるのが遅くなるので先に俺の部屋に寄るのだ。

毎回律儀だよな、などと考えながら振り返り深雪を見た瞬間、思考が一瞬停止する。俺同様に兄さんも一瞬固まっていた。

 

「……ああ、もしかして、フェアリー・ダンスのコスチュームか?」

「正解です。よくお分りですね、お兄様」

 

兄さんの言葉になるほどと思い出す。そういえばフェアリー・ダンスはこんな格好でやっていた覚えがある。あのコスチュームがミラージ・バッドの別称がフェアリー・ダンスである最もたる理由だ。正直コスプレのような格好だと思うが、深雪が着るとコスプレから衣装に変わるのは流石といえる。

因みにこれは完全な余談だが、実はコスプレの中でも魔法使いのコスプレは禁止されている。理由は日本の魔法師のイメージに関わるからとからしい。前世で本物のオタクとまではいかないまでも、そっち方面にそこそこ詳しかった俺としては少し残念に感じなくもない。

そんな下らないことを考えながらも深雪を驚かせる為に兄さんと完成させた魔法を行使する。しばらく話をして気が付かなかった深雪だが、頭を下げて視線が下に向いた瞬間、息をのんだ。

 

「……飛行術式……常駐型重力制御魔法が完成したんですね! おめでとうございます、お兄様、紅夜!」

 

そう、完成した魔法は飛行魔法だ。実は原作とは違い俺がいたことにより、術式自体は原作より早くできていたのだが、術式やデバイスの効率を調整していたので深雪に見せるのは今日になったのだ。

意外かもしれないが兄さんより俺の方が魔法を作るのが得意だったりする。兄さんにとっては魔法は当たり前に使えるものだが、前世の感覚が残っている俺は魔法を作ることにかなり嵌っていた。それにより作った魔法の数は兄さんより俺の方が多いのだ。

やはり魔法を作りそれを使い、使ってもらうのは楽しいものだ。美しく、そして楽しそうに空中を舞う深雪を見ながら俺はそう思った。

 

 

 

 

 

FLTに行った次の休みの日。昼食を食べ終わると自分の部屋に籠る。

兄さんはサードアイのテストに出掛け、深雪は下で昼食の片付けをしているのでしばらくは上に来ることはないだろう。兄さんと深雪にはあまり知られたくない用件があるので今うちに済ませることにする。

いつもならこの後はCADを弄るのだが、さっさと要件を済ませてしまいたい。俺は普段着より少し高い服に着替えると、部屋にあるテレビ電話を立ち上げた。

数度のコール音の後、通話がつながり豪華な部屋を背景に一人の女性が映る映像が投影された。恐らく向こうではリビングにいる俺が映し出されているのだろう。

 

『あら、久しぶりね。紅夜さん』

「お久しぶりです。真夜様」

 

そう、俺が済ませてしまいたい用件とは四葉真夜との話だ。このことを知ったら兄さんと深雪はいい顔をしないだろうことは分かったいるので、できるだけ気づかれないようにしたいのだ。まあ、あの鋭い兄さんに隠し通せるかは微妙なところだが、わざわざ教えるよりはいいだろう。

電話越しでもわかるほど緊張してしまいそうな雰囲気を纏っているが、俺にとっては慣れたものなので自然体で要件を告げる。

 

「飛行術式が完成しました。知ってるとは思いますけど一応報告しておこうと思いまして」

『もちろん知ってるわ。でも、それだけじゃないわよね?』

 

怪しげともとれる微笑を浮かべながら真夜は面白そうに問いかけてくる。威圧的にも取れる言葉だがこういったやり取りはいつものことなので気にすることはない。

 

「そうですね。実は真夜様に確認しておきたいことがあります」

『確認しておきたいこと、ね。何かしら?』

 

俺の言葉に真夜は僅かに目を細める。

本当に僅かだが、長い付き合いだからわかるこういう時の真夜は何かを見極め試そうとする表情だ。真夜は日常の会話の中でもこういった試しをすることがある。真夜の意にそぐわない回答をしなければその人物は使えないと判断される。だから、こういった質問をするときはよく考えないといけない。真夜の納得できる質問でなければ不興を買うのは目に見えている。

 

「今度の九校戦で俺がスピードシューティングとアイスピラーズブレイクに出場することが決まったんですが、どこまでやっていいですか?」

『ふふっ、そうねぇ……』

 

そういって真夜は勿体ぶるように言葉を切ると間を溜める。

こういった悪戯に近いことをするということは真夜が上機嫌の証でもある。つまり俺の質問は正解だったのだろう。

安堵に少し気が抜けた瞬間、それを待っていたように真夜が爆弾を投下した。

 

『全力でいいわ』

「……は?」

 

真夜の衝撃の発言に俺は思わず間の抜けた声を漏らす。

普通に考えたら何故そんなに驚くのだろうかと疑問に思うだろうが、俺が九校戦で本気を出していいというのは言葉通りの単純な意味ではない。もちろん俺が本気を出していいということも驚くべき要素ではあるのだが、それ以上に()()()()()()()()()()()()本気を出すというところに問題があるのだ。

アイスピラーズブレイクは敵陣の氷柱を先に早く倒した方が勝ちという競技なのだが、この競技は俺の魔法に相性が良い。しかし、俺の魔法以外にもう一つ、無類の強さを誇る魔法がある。その魔法とは一条の爆裂だ。そして今年のアイスピラーズブレイクには間違いなく一条将暉が出場するだろう。そこで俺が本気を出す。それはつまり十師族である一条を倒していいということになる。そうなると……

 

「俺の四葉との関係がバレる可能性があるのでは?」

『ああ、その心配なら必要ないわ』

 

俺の懸念を真夜はまるで鼻歌でも歌うような軽さで否定する。

その軽さに思わず疑惑の目を向けると、それに気が付いた真夜は微笑ながら本日二度目の爆弾を投下した。

 

『だって近々貴方を戦略級魔法師として正式に発表するつもりですから』

「……本気ですか?」

 

ここで、正気ですか? と尋ねなかった俺は凄いと思う。

最初の衝撃発言で少しは心の準備ができていたので、先ほどのように間抜けた声を漏らすことはなかったが、それでも一瞬言葉に詰まってしまった。

 

「確かに四葉から目を逸らすことはできるかもしれませんが、個人の情報を深くまで探れる者たち―――それこそ他の十師族にはバレてしまうのでは?」

『その心配はないわ、貴方達の情報操作は完璧よ。そもそもそこまで探れるのなら貴方達のことはとっくに気づかれているでしょう』

 

成る程、確かにその通りかもしれない。

そう納得しているところに真夜が、それにと続けた。

 

『最悪四葉との関係がバレても構わないのよ。一番ダメなのは達也さんの力が露見することだから、貴方が目立つ分には問題ないわ。まあ、貴方のアレが知られてしまうのなら話は別でしょうけど……』

「それはありえませんね。アレのことを知っているのは四葉の中でも極僅かでしょう?」

『そうね』

 

そう、アレが外部に漏れる可能性は万に一もない。そもそもアレを意図して使ったことなど一度もないのだから、情報自体が一切残っていないはずだ。

 

『それから、紅夜さんを戦略級魔法師として発表するには他にも理由があるのよ』

「……何故ですか?」

 

少し考えてもその理由が分からなかったので真夜に答えを尋ねる。

こういう時は変に間違ったことを言うよりも素直に聞いた方がいいのだ。その判断は間違っていなかったようで、真夜は理由を普通に教えてくれた。

 

『最近、大亜連合で大きな動きがあるのよ。近々日本に向けて何か仕掛けるつもりのようね』

「成る程、そこで俺を戦略級魔法師として大々的に発表するわけですか。それにしても、大亜連合も懲りないですね……」

 

五年前にあれだけやられておいてまだ何かしてくるつもりなのか。まあ、やったのは俺と兄さんなのだけれど。

それにしても、大亜連合の大きな動きといったら心当たりがあるな。恐らく横浜騒乱のことだろう、真夜はこんなにも早く知っていたのか。

そんなことを考えながら真夜と話していると、いつの間にか通話を初めてから一時間近くが経っていた。

 

『あら、もうこんなに時間が経っていたのね』

 

俺の考えを読んだかのように真夜がそう言った。

 

『名残惜しいけどここまでかしら。じゃあ紅夜さん、九校戦を見ているからいろいろ大変でしょうけれど頑張ってね』

「はい、ではまた」

 

その会話を最後にどちらからともなく通話を切った。

電話が切れるのを確認すると、俺は大きくため息を吐いた。真夜と話すのは結構楽しいのだが、それ以上に気疲れするのだ。それに……

 

「いろいろ頑張れ、ね」

 

これはつまり九校戦で起こるであろうことも把握しているのだろう。

真夜の言う通り少々頑張らなきゃなぁ、などと考えながら、乾いた喉と心を潤す為に深雪にお茶を入れてもらおうと少し重い足取りで部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 





どうしてだろう、プロットがどんどん壊れていく……



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九校戦編Ⅱ


お待たせ致しました!
一週間以内に投稿したいと言っておきながらこんなに遅くなってしまい誠に申し訳ございません m(_ _)m

次回からもこんな感じの不定期更新となってしまいそうですが、何卒お許しください。




 

 

 

 

 

九校戦へ出発する日。

会場に向かう為、バスに乗り込み出発を待つ中、はぁ、とため息を吐きたくなるが、表には出さずに内心に留める。チラリと横を見るとそこには黒いオーラを発している深雪がいた。憂鬱な気分で何故こうなった、と少し現実逃避気味に過去を思い出す。

 

兄さんのエンジニア入りが決まった少し後、正式に九校戦のメンバーが発表され、その際に一科生のエンブレムが付いたブルゾンを着た兄さんを見てから、深雪はしばらくの間、いや、先ほどまではかなりご機嫌だった。それは間違いない。では何故、今はこんなに不機嫌なのかといえば――――

 

「……まったく、誰か遅れて来るのが分かってるんだから、わざわざ外で待つ必要なんてないはずなのに……。何故お兄様がそんなお辛い思いを……」

 

というわけだ。兄さんが遅れた誰か――――真由美なのだが――――の所為で炎天下の中待たされているのが我慢ならないらしい。もちろん遅れたのが真由美だと教えるつもりはない。真由美は家の事情で遅れたのでしょうがないともいえるのだが、今の深雪はそれを分かっていても真由美に文句を言いに行きそうな雰囲気を発していた。まあ、実際にそんなことをするとは思っていないが、わざわざ教えて深雪の機嫌を悪くするつもりはなかった。というか、そもそも機嫌の悪い深雪の隣には座りたくもなかったのだが、姉弟なんだから深雪の機嫌を直してこいと無茶を押し付けられたのだ。いくら姉弟とはいえ、こんなにも機嫌の悪い深雪を鎮める方法など兄さんに頼むことしか知らない。本当にどうしてこうなった、と今度は隠すこともなくため息を吐く。

どうにかして深雪の機嫌を直す方法はないかと必死に頭をひねっていると、ふと、天啓のように原作知識を思い出した。

 

「兄さんも変なところでお人よしだよな。バスの中で待ってても文句を言う人はいないだろうに、わざわざ『選手の乗車を確認する』なんて面倒なことをするなんて、俺にはとてもできないよ」

 

俺はそう言いながら雫に目くばせする。雫は俺の意図に気が付いてくれたようで、いつもの無口からは想像できないほど饒舌に言葉を発した。

 

「紅夜くんの言う通りだよ。確かに出席確認なんてどうでもいい雑用だけど、そんなつまらない仕事でも、手を抜かず、思いがけないトラブルにも拘わらず当たり前のようにやり遂げるなんて、なかなかできることじゃない。深雪のお兄さんって、本当に素敵な人だね」

 

俺と雫の言葉に気を良くした深雪からは、先ほどまでの威圧感が消し去った。そんな深雪を見て、俺と雫は顔を見合わせて大きく頷く。深雪の機嫌を良くしただけなのに何故か俺と雫の間には、妙な達成感が生まれた。

 

 

 

 

 

深雪の機嫌が直り、鬱陶しい男子から逃げる為にも自分の席に戻った俺は、うとうととしながらのんびりとした時間を過ごしていた。普段はこういった大勢の人がいる中で寝ることはしないのだが、九校戦本番まで残り僅かなのに寝不足気味なのでコンディションを少しでも整える為にもこうしてのんびりとしているのだ。何故寝不足なのかといえば、この前の真夜の話の所為である。

戦略級魔法師として、大々的に――――とまではいかないものの、十師族や各国の魔法関連の上役に発表された俺の存在は国のバランスを動かすには十分過ぎる存在であり、その為いろいろと動く必要があったのだ。

それに加えて九校戦の為の魔法式の開発などをしていたら寝不足になるのも当然というものだ。まあ、後半の理由は完全に自己責任だが。

とにかく、そんなわけで久しぶりにのんびりとした時間を味わっていたのだが、そんな時間は唐突に終わった。

 

「危ない!」

 

そんな声に夢現とした状態から一気に現実に引き戻された。他の人達に倣い窓の外を覗くとそこには空中を舞いながらこちらに向かって突っ込んで来る車だった。反射的に【叡智の眼(ソフィア・サイト)】を使うと、車内から発動された魔法によって改変されたエイドスを視ることができた。

久しぶりの時間を台無しにしてくれたあの車を消し飛ばしてしまおうかと危ない考えが頭をよぎるが、小さく頭を振るとここは他の人達に任せることにする。実は俺が戦略級魔法師として発表されたので、そこまで行動を制限する必要はない。実際、この場に残る魔法式の残滓を吹き飛ばしたうえで魔法を使うことも可能なのだが、わざわざ公にする必要もないだろう。

俺は兄さんの【術式解散(グラム・ディスパージョン)】が魔法式の残滓を吹き飛ばしたのを確認すると俺たちと兄さんたちの乗っているバスに減速魔法をかけようとして、俺たちの乗っているバスには鈴音が減速魔法を使おうとしていることに気がつき、魔法を兄さんたちのバスだけにかける。それと同時にちゃっかり自分に収束系統の硬化魔法を使い座席との相対位置を固定しておく。

そして深雪たちの魔法が発動し、事態は無事に収束した。

 

「みんな、大丈夫?」

 

真由美の声に全員がハッと我を取り戻す。

 

「十文字くん、ありがとう。深雪さんも素晴らしい魔法だったわ」

「光栄です、会長。ですが、魔法式を選ぶ時間ができたのは市原先輩がバスを止めてくださったからで、そうでなければとっさにどんな無茶をしたことか、自分でも少し怖いです。市原先輩、ありがとうございました」

 

そう言ってお辞儀をした深雪に周囲は驚愕を露わにする。そんな中、鈴音は平然とした表情のまま会釈をすると口を開く。

 

「確かに私はこのバスに減速魔法を行使しましたが、それは紅夜さんも同じです。いえ、紅夜さんの方が発動速度は早かったうえに作業車にも魔法を行使していました」

 

鈴音の言葉に周囲の人たちは目を見張った。

 

「私がこのバスに魔法を行使したのに気がつき作業車の方にのみ減速魔法をかけていましたが、それがなかったら後ろの作業車と衝突していたかもしれません」

「……そうね。紅夜くん、本当にありがとうね」

 

真由美がそうお礼を言ってくるが、特に大したことはしていないので謙遜し過ぎないようにしながらも謙虚に真由美のお礼を受け取った。

…………イメージ戦略って大事だよな。

 

 

 

 

「では、先ほどのあれは事故ではなかったと……?」

 

あんな事があったりしたが、無事に宿泊予定のホテルに着き、自分たち荷物の運び出しをしながら兄さんと深雪と一緒に行動する。ただし内容は他人には聞かせられないことなので他の集団とは少し離れて歩いていた。

 

「あの自動車の跳び方は不自然だったからね。調べてみたら、案の定、魔法の痕跡があった」

「俺もあの時、車内から魔法が行使されたのを確認した」

「車内から? それはつまり……」

 

深雪の予想に兄さんが一つ頷き、その予想が当たっていることを肯定した。

 

「魔法が使われたのは三回。最初はタイヤをパンクさせる魔法。二回目が車体をスピンさせる魔法。そして三回目が車体に斜め上方の力を加えて、ガード壁をジャンプ台代わりに跳び上がらせる魔法。何れも車内から放たれている」

「恐らく魔法が使用されたことを隠す為だろうな。現に、兄さんと深雪も含めて優秀な魔法師がいたのにあの時は誰も気が付かなかった。俺も反射的に【叡智の眼(ソフィア・サイト)】で車を視ていなければ気が付かなかっただろうな」

「では、やはり魔法を使ったのは……」

「犯人の魔法師は運転手。つまり、自爆攻撃だよ」

「卑劣な……!」

 

深雪は肩を震わせ怒りを発露する。

人間としてはいいことだが、四葉の後継者候補としては一々反応していてはきりがないことだろう。

兄さんが深雪を慰めるようにポンポンと肩を叩くと再び歩き出した。

 

 

 

 

 

 

あの後エリカたちに会ったりしたが、用事があった俺は兄さんと共にすぐに別れてしまったので、殆ど話すことができなかった。そんなこんなであっという間に夕方になり、パーティーが始まる時間となっていた。

家の関係上、パーティーには何度も出たことがあるが、やはりあまり好きにはなれない。しかも、これから始まるパーティーは、プレ開会式の役割も含めているので和やかさよりも緊張感が目立ち楽しめるようなものではない。…………まあ、後継者問題やら何やらの関係で、笑顔のまま毒を吐き合う腹黒いパーティーよりも断然気が楽だが。

四葉関連のパーティーでは亜夜子と文弥は癒しに感じるくらいだしな。

 

そんなことを考えていると、とうとう会場に向かう時間となり移動をする。パーティー会場に入るとそこには既に大勢の競技関係者が集まっていた。

短い開会の後それぞれ好きな飲み物や料理をとって食べ始める。当然のことながら高校生のパーティーなのでアルコール類のものはない。ちなみにだが、俺は四葉の教育の一環としてかなり度数が高いアルコール類の飲み物も飲めたりする。個人的にはビールよりワインの方が好みだったりするが今は関係のないことだ。

俺も早速料理を取り終わった時、兄さんと深雪を見つけた。

 

「兄さん、深雪。料理はまだ食べてないのか?」

「紅夜か。実はさっきまでエリカと話していたからまだ料理は食べてないんだ」

 

二人に声を掛けると兄さんがそう返してきて驚く。

 

「エリカもこの中に来てるのか。でもどうやって?」

「エリカは給士としてここに来たそうよ」

「成る程、関係者ってそういうことだったのか」

 

そういえば原作でもそんな描写があった気がするな。

 

「深雪、紅夜くんも、ここにいたの」

「達也さんもご一緒だったんですね」

 

背後から声を掛けられて振り向くとそこには雫とほのかがいた。

 

「雫、わざわざ探しに来てくれたの?」

「ほのか、雫。……君たちはいつも一緒なんだな」

「友達だから別行動する理由もないし」

 

兄さんの質問に恥ずかし気もなく平然と返す雫にそりゃそうだと納得する。

兄さんが二人のことを名前で呼ぶようになったのはつい先月のことだ。ほのかの熱心なお願いもあったが、なによりも雫の無言の圧力に屈したようだった。正直、あの時の雫には俺も恐怖を覚えたほどだ。

 

「他のみんなは?」

 

あまり気乗りがしない様子で雫とほのかに尋ねる。

 

「あそこよ」

 

そう言われてほのかの指差す方向を見ると、そこには男女共に同じ場所で固まっていてこちらの様子をうかがっていた。

 

「深雪と紅夜くんの側に寄りたくても、達也さんがいるから近づけないんじゃないかな」

「何だそりゃ。俺は番犬か……?」

 

雫たちと普通に話しているので忘れがちかもしれないが、俺も深雪ほどとはいかなくてもかなりの美形だ。深雪が神の作った奇跡の造形とすれば俺は人間の作った最高の造形といったところか。そんなわけで俺のことを狙っている女子は結構多かったりする。なので慣れてるとはいえ、兄さんが女子避けになってくれるなら俺としては願ったり叶ったりだ。

 

「みなさんきっと、達也さんにどう接したらいいのか戸惑っているんですよ」

 

ほのかが慰めに言ったセリフだが、俺はあながち間違いではないと思っていた。

 

「バカバカしい。同じ一高生で、しかも今はチームメイトなのにね」

 

突然割って入った新な声に少し驚きながらその方向を見ると千代田花音と五十里啓がグラスを片手に会話に混じってきた。

 

「分かっていてもままならないのが人の心だよ、花音」

「それで許されるのは場合によりけりよ、啓」

「どちらも正論ですね。しかし、今はもっと簡単な解決な方法があります」

 

そう言って兄さんは俺と深雪に視線を向ける。その意味を理解した俺は面倒だと思いながらも一つ頷く。

 

「深雪、行こうか」

「だけれど……」

「後で部屋においで。俺のルームメイトは機材だ」

 

俺の言葉に深雪は渋るが兄さんの後押しもあって、渋々ではあるが頷いた。

 

「……分かりました。では、後ほど」

「俺も後で行くから、また」

 

雫とほのかの二人も兄さんに挨拶をすると、俺たちは一高生の集団に混ざる為に兄さんたちと別れた。

 

 

 

 

 





今更ですけどハーレムっていう選択肢もありですかね?
でもハーレムを書くのって難しそうですよね。ハーレムものの作品を書いてる作者さんは尊敬します。



以下本編の補足的な何か

【激おこ深雪さん】
雫とのコンビプレイ。ヒロイン有力候補とはとりあえず仲良くさせておくスタイル。

【影から支える俺、超cool!】
ちゃっかり硬化魔法。収束系統だから割と得意。

【腹黒パーティー】
イイ笑顔で毒を吐く。怖い、四葉家超怖い。

【ワインを嗜む紅夜】
成人前にお酒はダメ、絶対。

【イケメン紅夜】
分かる人には分かりそうな、ちょっとした伏線的なものを入れてみたり。

【番犬達也】
ワンワン!
……ギャプ萌え?



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九校戦編Ⅲ


言い訳はしません。書く気力が起きませんでした!反省はしています。だが後悔はしていない!


……はい、申し訳ありません。できるだけ間を開けずに投稿できるようにしますが、これからもこんなことがあると思います。
ですが、何度も言っているようにエタることはしません。

それから、いつの間にかお気に入りが1000件を超えていました。これも皆様のおかげです。誠にありがとうございます。

気分次第で投稿が遅くなるような作者ですが、こんなのでもよければこれからもよろしくお願いします!



 

 

兄さんと別れた俺は少しうんざりしながら他のチームメイトたちを片手間に対応する。正直、とても面倒なのでさっさと終わらせたいのだが、俺のそんな気も知らずにチームメイトたち(特に女子)は騒がしくしながら俺の周りに寄ってくる。これじゃあ深雪の方はもっと大変なのだろうと深雪の健闘を祈っておく。

そんな中、九島烈の挨拶が始まる頃になり、やっと俺は解放された。さすがに他の人達も九島烈は気になるようだ。

そしてついに九島烈の名前が呼ばれ、会場の全員が息をのんで檀上を見つめる。そんなとき、俺は自分の精神に魔法が干渉しているのを知覚した。少し驚きながら魔法を解析して、解析結果に呆れたようなため息を吐く。それと同時に檀上のスポットライトが金髪の女性を照らし出した。だが、檀上にいるのは女性だけではない。その後ろに一人の老人がたっていた。それこそが九島烈。成る程、確かにかつて最高と呼ばれた魔法師なだけはある。俺の視線に気が付いたのか、九島烈は視線をこちらに向けてニヤリと悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべた。

九島烈が女性に囁き、女性がスッと脇に退くとライトが九島烈を照らし出した。同時に大きなどよめきが沸き起こる。

 

「まずは、悪ふざけに付き合わせたことを謝罪する」

 

九島烈はそう謝罪をすると、一度会場全体を見回してコツコツコツンと不規則に足音を立てながら檀上を左右に動く。

 

「今のはちょっとした余興だ。魔法というより手品の類だ。だが、手品のタネに気が付いた者は私の見たところ六人だけだった。つまり」

 

檀上の中央で足を止めた九島烈は再度会場を見回して、俺の姿を捉える。それに対して一つ頷くと、九島烈は楽しそうに笑った。

 

「もし私が君たちの殺害を目論むテロリストで、来賓に紛れて毒ガスなり爆弾なりを仕掛けたとしても、それを阻むべく行動を起こすことができたのは六人だけだ、ということだ」

 

そう言って九島烈が演説をする中、俺は声には出さずに笑い続けた。

成る程、これが老師か、ただの老いぼれなどとんでもない。かつて最巧と呼ばれた魔法師は未だに健在だ。はたして今の彼でも勝てる者は一体何人か、俺の知る限りでは片手の指で事足りるだろう。ああ、これが笑わずにいられるか。こんなにも楽しい気分は久しぶりだ。九島烈、それならば俺も期待に応えよう。その度胆を抜かしてやろうじゃないか。それなら先ずは、直接会って話してみようか。

後から思い返すと、この時の俺はまともなテンションじゃなかった。だが、それほどに俺の中に響くものがあったのだ。

 

 

 

懇親会も終わりそれぞれが好きに行動をする中、俺はホテルの最上階にあるVIPルームに足を運んでいた。普通なら俺のような一般の学生がこの階に入った時点で止められるのだが、俺は何の問題もなく目的地に到着した。恐らくはこれから会う人物が手を回しておいたのだろう。目的の部屋の扉の前で一つ息を整えるとインターホンのチャイムを鳴らす。数秒の沈黙の後、インターホンから90歳の老人とは思えない若々しい声が発せられた。

 

「入りたまえ」

「…失礼します」

 

オートで鍵が開錠されたのを確認して一言告げてから扉を開ける。中に入るとそこは廊下で直線で進んだ一番奥の扉が開いていた。開いている扉の前で立ち止まり、もう一度声を掛けてから部屋に足を入れる。

中はとても広く、多分俺たち一般の学生の部屋の五つ分はあるだろう。そんな部屋の中央に置かれたテーブルにいる人物がソファアに座ったまま無言で対面に座れと促すので、礼儀として一言告げてからソファアに座る。沈黙が降りる中、最初に切り出したのは老人の方だった。

 

「さて、初めまして司波紅夜……いや、氷雨夜光君」

「ええ、初めまして。九島閣下」

 

この挨拶に俺は予想していたことなので驚きはなく安堵する。原作知識で九島烈が俺たちを四葉の人間と気が付いていることは知っているので、もしも四葉紅夜として呼ばれたのではないかと面倒に思っていたが、どうやらそんなことはなかったようで本当に安心した。もちろんそれを悟られるようなことはせず、完璧なポーカーフェイスで話を続ける。

 

「それで、わざわざあのような方法で呼び出した理由は何でしょう」

「ははは、まあ、よくもあの呼び出しに気が付いたものだ」

「いえ、さすがに一度目では気が付けませんでしたよ。まさか魔法による手品の後にモールス符号なんていうアナログな方法を取るとは思ってもみませんでした」

 

九島烈の言葉に無言でジト目を送り、貴方がやったことだろうと呆れたような視線を向けるが、九島烈は気にした様子もなく話を続ける。

 

「君を呼び出した理由だったかな。実は特にはないのだよ」

「はい?」

 

わざわざあんな面倒な呼び出しをしておいて用事がないとは一体どういうことだろうか。そんな俺の疑問を感じたのか九島烈は笑いながら口を開いた。

 

「いや、正確にはもう用事は終わったというべきか。ここに君が来ること自体が用事だったのだ」

「……どういうことですか?」

「先ほどの演説でも言ったが、魔法とは手段であって目的ではない。特に戦略級魔法師ほどの力を持つ者は猶の事そのことを理解していなければならない。魔法という力の為に事を成すのではなく、事の為に魔法を使う必要がある。これを分かっていない者ほど魔法に便り、他の事が見えなくなってしまうのだ」

「成る程、それであのような呼び出しをしたということですか。確かに無知でありながら強大な力を持つほど危険な存在は有りませんからね」

 

つまり、九島烈は俺が力を持つ意味とかそういうのを含めた俺の人間性を見て危険な存在かを確認したかったということだろう。そして、この話を聞かされている時点で俺は九島烈に問題ないと判断されたということか。

結局、九島烈の話は本当にこれだけで他愛のない話を少しして終わった。ただ最後に、「試合を楽しみにしている」という言葉をもらったので俺はそれに対して「楽しませて見せますよ」と返して九島烈の笑い声を聞きながら退室した。

 

 

 

 

 

九島烈との話し合いを終えた俺は自分の部屋に戻る為にエレベーターのボタンを押して上がって来るのを待つ間の暇つぶしとして大きな窓から外の景色を眺めていた。ここが最上階ということもありなかなかいい景色だったので、じっくりと外を眺めていたのだが、ふと何か違和感を感じてホテルの真下を見下ろす。すると、そこには黒装束を着た怪しげな集団が気配を消して潜んでいた。何事かと思い【叡智の眼(ソフィア・サイト)】を展開する。

 

今いる場所はビルの最上階。常時展開している【叡智の眼(ソフィア・サイト)】の知覚範囲50メートルでは、地上の情報を観ることができない。──そう、()()()()()()()()場合だ。

俺の眼は、兄さんの【精霊の眼(エレメンタル・サイト)】のようにイデアを観ることはできない。情報の記録されたプラットフォームにアクセスする能力はなく、ただそこにある情報を知覚するだけだ。当然情報を調べるときに必要な労力、つまり情報を処理する魔法演算領域の負荷は俺の眼の方が大きくなる。故に兄さんの1キロという規格外の知覚範囲に対して、俺は50メートルという限られた範囲の情報しか読み取ることができないのだ。

しかし、逆説的に言えば、どれだけ情報量が大きくても魔法演算領域の容量が大きければ知覚範囲もそれだけ大きくなるということになる。

四葉の完成作である俺は、魔法演算領域を常に圧迫されている兄さんと比べ、遥かに魔法演算領域が大きい。それでも兄さんより知覚範囲が狭い理由は、戦闘に備えて常に魔法演算領域に空きを作っているからだ。少なくとも、俺の持つ魔法の中で最も負荷の必要とする【灼熱劫火(ゲヘナフレイム)】を常に発動できる程度には余裕を持たせていた。

つまり、戦闘時に俺の持つ本来の魔法のみを使うのならば知覚範囲は格段に広くなるし、魔法を必要としない状況であれば、演算領域の大半を情報処理に回すことで俺の知覚範囲はどこまでも拡大することが可能となる。

 

そんな訳で戦闘時ではない今、ホテルの真下でしかも視界に入っている相手を知覚するなど俺にとっては容易なことだった。そしてエイドスを視た結果、あの集団は武装をしている上に爆弾を所持していることが分かった。夜の暗闇に紛れて気配を消した武装集団なんてどう考えても平和ではない。【叡智の眼(ソフィア・サイト)】で相手を捕捉したまま到着したエレベーターで一階まで降りる。運の良いことに時間も時間だからかエレベーターは一度も止まることなく一階に着いた。そのまま急いでホテルを出た俺の知覚範囲に知った人物を二人捉える。どうやら兄さんと幹比古も賊に気が付いているようで二人とも賊を追いかけていた。

そして幹比古が古式魔法を発動する態勢に入る。だが俺と兄さんは幹比古の魔法が発動するよりも早く賊が拳銃を撃つ方が早いのを認識していた。そこで兄さんが援護の為に拳銃に分解を照準しているのを知覚した俺は同じく援護の為に収束・移動魔法によって突風を起こし賊の足止めをする。その直後、幹比古の発動した【雷童子】によって賊が打倒された。

 

「誰だ!」

「俺だ」

「達也?」

 

幹比古の警戒心を露わにした声に兄さんが返し姿を見せたところで俺も同様に二人の前に出る。

 

「お疲れ兄さん。それと初めまして幹比古」

 

突然姿を現した俺に幹比古が警戒するが自己紹介を聞いて警戒心を解く。

 

「君は……確か達也の弟の司波紅夜さんだっけ?」

「ああ、改めて初めまして幹比古、俺のことは紅夜と呼んでくれ」

「う、うん。初めまして、紅夜。僕は吉田幹比古だ」

 

お互いに挨拶が終わったところで俺たちは生垣の向こうに倒れている賊に視線を移すと自己加重術式を行使して生垣を飛び越える。着地をすると真っ先に賊に近づいた兄さんが賊の状態を確認する。

 

「死んでいない。良い腕だな」

「え?」

「ブラインドポジションから複数の敵に対して遠隔攻撃。捕獲を目的とした攻撃で、相手に致命傷を与えることなく一撃で無力化している。ベストの戦果だな」

「……でも僕の魔法は本来なら間に合っていなかった。達也と紅夜の援護がなかったら僕は撃たれていた」

 

何故か幹比古は褒め言葉に自嘲を込めた返しをする。

 

「アホか」

「……え?」

「おいおい幹比古。援護がなかったらというのは仮定の話だろ。事実、お前の魔法で賊の捕獲は成功したんだから問題ないだろ。仮定じゃなくて結果を見ろ」

 

兄さんと俺の容赦のない指摘に幹比古は面食らう。

 

「現実に俺と紅夜の支援があって、現実にお前の魔法は間に合った。本来ならば? 幹比古、お前はいったい、何を本来の姿と思っているんだ?」

「それは……」

「相手が何人いても、どんな相手でも、誰の援護も必要とせず、勝利することができる。まさかそんなものを基準にしているんじゃないだろうな?」

「……達也に言っても分からないよ。言ってもどうにもならないことなんだ」

 

兄さんの言葉に幹比古は困惑しながらも暗い声音で返す。だがそれは俺から見れば逃げとしか思えない。

 

「どうにかなるかもしれないぞ」

「えっ……!?」

 

そんな逃げ道を兄さんが塞いだことで幹比古は絶句した。

 

「幹比古、お前が気にしているのは魔法の発動速度じゃないか?」

「……エリカに聞いたのかい?」

「否」

「……じゃあなんで」

「お前の術式には無駄が多すぎる」

「ああ、確かに」

「……何だって?」

「お前の能力に問題があるのではなく、お前が使用している術式そのものに問題があると言ったんだ。魔法が自分の思うように発動しないのはその所為だ」

「何でそんなことが分かるんだよ!」

 

幹比古が叫ぶのも当然かもしれない。古式魔法は古くから何年もかけて改良に改良を重ねてきたものだ。それを一度見ただけで欠陥品扱いされれば叫びたくもなるだろう。しかも幹比古の様子を見る限り、自分自身でも密かに考えていながら見ないようにしていた疑念のようだから猶更だ。

 

「俺たちには分かるんだよ。信じてもらう必要はないがな」

「……何だって?」

「俺と紅夜は『視る』だけで魔法の構造が解る。視るだけで起動式の記述内容を読み取り、魔法式を解析することができる」

 

俺と兄さんが当たり前のように使っているし、真由美や摩利もすぐに受け入れたことだから忘れがちかもしれないが、魔法の術式が見ただけで解読できるというのは普通ならあり得ないことなのだ。

 

「……無理に信じてもらう必要はない」

 

兄さんがもう一度突き放すように言った。

 

「兄さんも幹比古も今日のところは、この話はここまでにしよう。それよりこいつ等の処置だ。俺が見張っているから、どっちかが警備隊員を呼んできてくれないか?」

 

空気を変える為にも俺が話題を打ち切り別のものにする。

 

「あ、僕が呼びに行くよ」

「分かった、待ってる」

「じゃあよろしく」

 

幹比古が先ほどと同じく【跳躍】を行使して生垣の向こうに消えたのを確認すると兄さんと一緒に賊を拘束する手段を考える。方法としては様々なものがあり、俺の得意な収束魔法で固定して捉えたり、加重魔法で動けなくすることもできるが、どちらも魔法を継続して発動しなければならないので却下。減速魔法で凍らせるのも有りだが加減を間違えると大怪我になるのでこれもなし。結果、兄さんの案で分離と移動を使って地面に埋めることにした。地面に埋めるために使う魔法は全部で五工程が必要で兄さんの処理速度では時間が掛かる為、俺が魔法を行使することとなった。しかし、俺がCADにサイオンを注ごうとしたところでそれは無駄になった。

 

「随分と容赦のない指摘だったな、特尉方」

「少佐、聞いておられたのですか?」

「他人に無関心な特尉には珍しいのではないか?」

「無関心は言い過ぎだと思いますが」

「それとも身につまされたか? あの少年も君と似た悩みを抱えているようだからな」

「あのレベルの悩みなら自分は既に卒業済みです」

「つまり身に覚えがあるということか?」

「……この者たちをお願いしてもよろしいでしょうか」

 

風間が人の悪い笑みを浮かべながら追撃を重ね、退路を失った兄さんは話をそらした。その後は、賊の処置や目的について少し話してから、詳しい話は明日にすることにして終わった。

別れる直前、風間は少し足を止めると少し笑みを浮かべながら俺に質問をしてきた。

 

「ところで紅夜の方は達也と同じような悩みはあったのか?」

 

紅夜と名前で呼んでいることからも分かるように、風間にとってはちょっとした興味本位だったのだろうが、その質問は俺にとっては少し難しいものだった。

 

「……いえ、魔法の才能について悩んだことは一度もありませんよ。ただ、思った通りに魔法が使えないもどかしさなら少しは理解できます」

 

転生してからしばらくの間はサイオンの暴走によってまともに魔法が使えなかったのでかなり悔しい思いをしたのは未だに覚えている。

風間は俺が魔法を使えるようになってから出会ったからか、それをすっかり忘れていたようで、少しバツの悪そうな顔をした後「そうか」と一言だけ告げて別れた。

 

 

 

 

 





急いで書いたので少し変かもしれません。後で修正するかもです。

それにしてもまたプロットにないことを書いてしまった……





以下本編の補足的な何か

【九島烈】
作者が結構好きなキャラ。基本心の中では殆どの人を呼び捨てにしている紅夜がフルネームで呼んでる辺り、大物感が溢れている。

【叡智の眼】
何かまた変な設定を加えてしまいました。プロットにはなかった筈なのに……
書きながら考えた後付け設定なので、どこか矛盾があるかもしれません。
実はこの【叡智の眼】、プロットでは【賢者の眼(ソーサリー・サイト)】という名前で、改変されたエイドスを視て魔法を解析できるだけの能力だったんですが、書いてるうちに何故か【叡智の眼】になっていました。
どうしてこうなった……

【賊との戦闘】
これも書く筈ではありませんでした。プロットの意味が……




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九校戦編Ⅳ


今までの話でちょくちょく修正を加えていたりしますが、話しの流れには然程影響はないので、気にしなくても結構です。




 

 

 

九島烈との話の後、賊との戦闘という思わぬ事態があったが、翌日、九校戦は何事もなく開催された。選手は皆、一流の魔法師とはいえ、まだ高校生だ。選手の不安を煽るのは好ましくないとの判断から、昨晩の出来事を知る者は当事者の俺たち以外はほとんどいない。

 

開会式はあっさりと終わり、早速競技に入った。一日目の競技はスピードシューティング決勝までとバトルボード予選。そして原作知識によればこのバトルボードで摩利が妨害を受けて怪我をするはずだ。

しかし原作知識を誰かに知られることは絶対にする気はないので、摩利の事故を止めるつもりはない。心苦しくはあるが死にはしないし魔法師生命にも関わらないことなので優先順位として原作知識の秘匿の方が上だ。

そもそも俺というイレギュラーで原作知識とは違った展開になる可能性が高いので迂闊に介入するわけにもいかない。そうなると摩利や他の選手の命に関わらない保証もなくなるが、そこは直感で大丈夫だと判断した。どちらにしろ原作知識は墓まで持っていくつもりなので一生話すことはないだろう。今の俺は二生目だけど。

冗談はともかく、俺は原作知識が疑われるようなことはする気はないので、九校戦での妨害の対応は流れに任せることにすることにした。こういう時は自分の性格に感謝する。もしも俺がこういったことを簡単に割り切れる性格じゃなかったら、二次創作の心優しい主人公のように悩みに悩んでいただろう。

 

そんなことを考えている間にそろそろ真由美の試合が始まりそうな時間になっていた。

兄さんたちと一緒に会場に移動し一般用の観客席に陣取る。これから始まる真由美の競技はスピードシューティングで、予選は飛んできたクレーをどれだけ多く壊せるかを競い、準々決勝からは対戦式で百枚の自分の色のクレーを多く壊した方が勝ちという競技だ。なので一般的には予選と準々決勝以降は戦術を変えるのだが、真由美は予選からずっと同じ魔法を使うことで有名だ。

という話を兄さんたちと話しているとエリカとレオ、幹比古に美月が話に入ってきた。

 

「ハイ、達也君」

「よっ」

「おはよう」

「おはようございます。達也さん、深雪さん、紅夜さん、ほのかさん、雫さん」

 

四人も加わり、いつものメンバーが揃ったところでとうとう真由美の試合が始まろうとしていた。観客席が静まり返り緊張感が満ちる。

そして開始のシグナルが点ると同時に軽快な射出音と共にクレーが発射された。

 

「速い……!」

 

雫の言葉に俺も声を発さずに内心で同意する。真由美の魔法は三秒に一個、時には約十秒間で五個というハイペースで打ち出されるクレーを一個ずつ確実に撃ち落していた。俺も【叡智の眼(ソフィア・サイト)】を使えば同じことができるだろうが、あそこまでの速度で使える自信はない。それほどまでに真由美の【魔弾の射手】は発動速度が速かった。

そしてあっと言う間に五分が経過し、真由美のパーフェクトで試合は終了した。

 

 

 

真由美のスピードシューティングが終わった後、俺たちは摩利の試合を見るためにバトルボードの会場に移動していた。長い整備時間も終わり、四人の選手たちがスタートラインに着いた。

 

『用意』

 

スピーカーから合図が流れ選手たちが態勢を整え終わると空砲が鳴らされ競技が始まった。

 

「自爆戦術?」

 

呆れた声で呟くエリカの言葉が全員の気持ちを代弁していた。違うのは声が出ないほどに呆れているか否かである。

スタート直後に四高の選手が後方の水面を爆破したのだ。大波によって自分は推進し他の選手は攪乱させるつもりだったのだろうが、自分が制御できないほどの荒波を作ってどうするつもりなのか。当然他の選手も含めて荒波で態勢を崩し、唯一スタートダッシュを決めた摩利だけが無事に進み、早くも摩利の独走状態となっていた。

水面を滑らかに進む摩利のボードは硬化魔法の応用と移動魔法のマルチキャストが使われている。そういえば兄さんはこれを見て小通連を製作したのだったか。確か硬化魔法で分離した刀身の相対位置を固定して刀身を飛ばす魔法だったはず。いや、正確には飛ばすではなくて伸ばす魔法だったか。あの魔法は使い方次第ではかなり面白いことに使えそうかもしれない。どうせだから小通連作成を手伝のも楽しそうだ。

そんなふうに考えごとをしながら見ていた試合は摩利の独走のまま終了した。

 

 

 

 

 

午前に見る試合は摩利のバトルボードで最後だったので午後まで時間ができたが、俺と兄さんは昨日、風間と昼頃に会う約束をしていたので一旦別れてホテルに戻り、高級士官用客室に向かった。風間の部下に案内されて辿り着いた部屋では、風間を含め大隊の幹部たちが一服しているところだった。

 

「来たか。まあ、掛けろ」

 

風間にそう椅子を勧められたが、俺たちの階級を考えると人前で上官に対して遠慮なくとはいかなかった。だが、風間たちに今日は俺たち個人を友人として招いたのだから遠慮はいらないと言われ、そういうことならと円卓の椅子に腰を下ろす。

余談だが、実はこの円卓は独立魔装大隊のティータイムのため、円卓の精神をモットーに風間がわざわざ運び込ませたものだったりする。

 

「まずは久しぶりですね。ティーカップでは少し様になりませんが、乾杯と行きましょうか」

「藤林少尉。ありがとうございます」

「ありがとうございます。藤林さん」

 

藤林からカップを受け取ると、円卓に座った俺と兄さんを除いた風間、藤林、そして柳、真田、山中先生の五人と適当に挨拶を交わした後、ティーカップに口をつけながら話を始めた。

 

 

 

しばらくはたわいない話をしていたが話題は自然と現状報告になり、九校戦とそれに対する犯罪組織についてになっていた。

聞かされたのは昨日捕らえた賊が無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)だということ、しかし相手の狙いが何かは分からないということだった。捉えた賊に口を割らせることなどここにいるメンバーならば造作もないことなはずなのだが、どうやら今は積極的に関わるつもりはないらしい。

さらに話は移り変わり、九校戦についての話題になる。

 

「チームメイトはトーラス・シルバーのことは知っているのか?」

「いえ、それは一応秘密ですから」

「そもそも俺はエンジニアではありませんよ」

「それでも達也君はエンジニアで参加するだろう。それに君も立派な戦略級魔法師だ。レベルが違いすぎるんじゃないか?」

「真田大尉、二人ともれっきとした高校生ですよ?」

 

俺自身がもっともだと思う疑問を真田が言い、藤林が笑いながらそれをたしなめる。

 

「達也くんは選手として出場しないの? フラッシュキャストがあれば結構いい線いくと思うんだけど。いざとなれば【マテリアル・バースト】はともかく【雲散霧消(ミスト・ディスパージョン)】もあるんだし」

「藤林君、物質を分子レベルまで分解する【雲散霧消(ミスト・ディスパージョン)】は、殺傷性Aランク相当。完全にレギュレーション違反だよ」

「あら、真田大尉、ご存じないんですか? 九校戦の殺傷力規制は対人の影響がある競技に掛けられたもので、スピードシューティングとピラーズブレイクは対象外なんですよ」

 

そこまで言ったところで藤林は突然何かを思い出したように俺の方向に身体を向けなおした。

 

「そういえば紅夜君の出場する競技って新人戦のスピードシューティングとピラーズブレイクじゃなかったかしら」

「そうですよ」

「……それってつまり、紅夜君は本気で魔法を使えるってことかい?」

 

俺が藤林の問に簡潔に答えると真田が微妙な苦笑いをしながら疑問を発する。しかしそれは本当に疑問を感じているのではなく、あまり信じたくないことを確認する為のようなものだった。

 

「ええ、ですから少し本気を出そうかと思ってます。一条の実力がどんなものか楽しみですよ」

 

俺がとてもイイ笑顔で答えると真田だけではなく藤林や柳たちも一緒に顔を引き攣らせた。本人たちは聞こえていないと思っているのだろうが、俺の耳には藤林たちが「一条、哀れ」と呟いているのをばっちりととらえていた。……失礼な、ちょっと一条で遊ぼうと思っただけだというのに。ただこういう機会以外に本気を出せることが殆どないから少しはしゃいでるだけだ。真夜に許可を貰っているというのが理由の大半を占めているが、わざわざ真夜の名前を出して面倒なことにするつもりはないので風間たちには教えていない。

まあ、九校戦で【灼熱劫火】のような魔法は使うつもりはないので一条とはかなりいい勝負になるかもしれないから、本当に一条と戦うのが楽しみだというのも偽らざる俺の本音だけどな。

 

 

 

 

 

「達也くん、紅夜くん、こっちこっち!」

 

風間たちとのティータイムを終えた俺と兄さんはスピードシューティング女子決勝トーナメントが行われる会場に来ていた。会場で待ち合わせをしているメンバーを探していると俺たちを先に見つけたエリカから声がかけられる。

人の波の間をすり抜けるように進みエリカたちが確保してくれていた席に座り、しばらく雑談をしていると、とうとう試合開始の時間になり、真由美がシューティングレンジに姿を現した。途端に観客たちから凄まじい歓声が沸き上がる。会場の大型ディスプレイに「お静かに願います」と文字が表示されて波が引いていくように静かになるが、会場の熱気は数段増したように感じられる。まさかここまで真由美が人気だとは思っていなかったので少しの驚きと共に対戦相手への哀れみが湧き上がってきた。哀れむだけだが。

真由美がCADを構えると対戦相手も構えをとると競技開始のシグナルのライトが一つ点る。そして一つずつ増えていったライトが五つ点った瞬間、クレーが射出され空中を飛び交い始めた。

決勝トーナメントからは対戦方式になっているので、赤と白のクレーが宙を舞う。真由美の撃ち落すべきクレーは赤。赤いクレーは有効エリア内に入るとほぼ同時に全て撃ち砕かれていく。

 

「えっ?」

 

驚愕の声がほのかから思わずといったようすで漏れた。ほのかのみならず声に出さずとも他のメンバーも驚いているのが感じられた。

 

「【魔弾の射手】……去年より更に早くなっています」

 

深雪の言葉に兄さんがうなずいて同意を示した。真由美の得意としている【魔弾の射手】は【ドライブリザード】を原型に七草が作り上げた魔法式でフレキシブルな威力設定と使用コストも安いことをセールスポイントとしているが、何よりもドライアイスの形成座標を遠隔ポイントに設置できることが最大の強みだ。これにより相手の魔法干渉領域の外からクレーを撃ち落し真由美がパーフェクトで圧倒的な勝利を決めた。

 

 

 

 

 





今まで並列で作っていたプロットに少し余裕ができました。
これで、これからは少し楽に書ける……。

……そもそもプロットを並列して書くってことが、おかしかったんですけどね。



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九校戦編Ⅴ

 
夏ですね。暑いです。
作中の九校戦も夏に行われているはずですが、エンジニアの服が長袖だった記憶があるんですよね。
……暑くないんですかね?




 

 

 

九校戦二日目、今日は兄さんが真由美のCAD調整の為に呼ばれているので、兄さん抜きのメンバーでアイスピラーズブレイクを観戦することになった。花音が一回戦を最短で勝ち抜き、全ての一回戦が終了したところで兄さんも合流してアイスピラーズブレイクを観戦する。兄さんが急遽担当することになった真由美の試合が全て終了してから合流をしたのだが、アイスピラーズブレイクは大掛かりな舞台が必要になる性質上から一日かけて計十八試合をするのが限界なので兄さんも二回戦には余裕で間に合った。俺たちは五十里と一緒にモニタールームから花音の試合が開始されるのを待つ。

 

「始まる」

 

雫の呟きに俺たちは視線をモニターに向ける。

 

 

試合開始の合図と同時に地鳴りが響いた。それは花音の得意とする千代田家の魔法【地雷原】。地震という概念を持つ固体に強い振動を与える魔法、それが【地雷原】だ。それにより直下型地震に似た上下の爆発的振動が氷柱に加えられ、相手陣の氷柱がさながらビルが倒壊するように二本同時に轟音を立てながら崩れ落ちた。

相手の選手は移動魔法により移動速度をゼロにして氷柱を護ろうとするが、花音が次々に標的を変えながら発動する【地雷原】に魔法の切り替えが追い付かずにさらに氷柱が五本倒される。そこで防御を諦めた相手選手は攻撃魔法に切り替えた。

 

「あら?」

「なに?」

「?」

 

あっさりと倒れる花音の氷柱に、兄さんたちが意外そうな様子を見せている横で五十里は苦笑をしていた。

 

「思い切りがいいと言うか大雑把というか……倒される前に倒しちゃえ、なんだよね、花音って」

 

戦法としては間違っていないのだろうが、なんだかそれでいいのかと思ってしまうのは俺だけではないようで兄さんたちも横で何とも言い難いような表情をしている。そんな俺たちの視線の先で自陣の氷柱が六本になると同時に相手の氷柱が全て倒された。

 

 

 

三回戦進出を決めて意気揚々天幕に引き上げる花音に続き、俺たちも天幕に入る。だが、中に入った俺たちは重苦しい空気を漂わせている作戦スタッフたちに眉を顰めた。

 

「何かあったんですか?」

 

俺たちを代表して五十里が比較的いつもの雰囲気を保っている鈴音に尋ねる。

 

「男子クラウドボールの結果が思わしくなかったので、ポイントの見直しを計算し直しているんですよ」

「思わしくなかったといいますと……」

「一回戦敗退、二回戦敗退、三回戦敗退です。来年のエントリー枠は確保しましたが、計算外でしたね」

 

確かに他の競技に比べて男子クラウドボールでは実力者が不足していたが、それでも優勝は十分に狙えるだけの布陣ではあったはずだ。なのに一、二、三回戦で敗退するというのは偶然とは言いがたい。もちろん対戦相手の組み合わせのくじ運が悪かったというのが理由なのだろうが、無頭竜が裏で工作していることを知っている俺としては奴等が何かしら仕組んだ結果ではないかと予想している。

 

「新人戦のポイント予測は困難ですが、現時点でのリードを考えれば、女子バトルボード、男子ピラーズブレイク、ミラージ・バッド、モノリスコードで優勝すれば安全圏と思われます」

 

作戦スタッフの計算が報告されるが、その計算は少し甘いと言わざるをえないものだった。克人や真由美、摩利が優勝することを信じているのだろうが、その三人に何かアクシデントがあった場合、今の作戦はすぐに総崩れになってしまう。事実、原作では摩利が怪我でリタイアした結果、計算は崩れ新人戦の活躍なしでは優勝は不可能だった。

今回も俺がいるから原作よりはポイントが取れるかもしれないが、無頭竜の妨害がさらに激化する可能性も否定できない為、安心することはできないだろう。俺のCADは自分で設計から調整まで行ったものなので、視ればすぐに電子金蚕は分かるが他の手段を用意している可能性だってあるので、気を抜くことはできないだろう。少し準備をしなきゃいけないかもしれない。

俺はこれから起きることを考えて気を引き締めた。

 

 

 

 

 

時刻はまだ夕食前。時間が有り余っている俺は暇つぶしに兄さんの部屋に向かうことにした。同じく兄さんの部屋に行くと言う深雪も加わり、どうせならということでいつものメンバーに声を掛けて全員で兄さんの部屋に向かうことになった。

兄さんの部屋の前に着くと深雪がドアをノックする。すぐに出てきた兄さんに入室の許可をもらうと深雪に続きぞろぞろと大人数で部屋に入る。いくらツインの部屋だとはいってもこれだけ大人数が入れば少し手狭に感じるというもので椅子やベッドに座る人もいれば机に座る人物も若干二名ほどいた。それが誰だとは言わないが。ただ、机に置いてあった「剣」に真っ先に気が付いたのは俺だったことを明記しておく。

 

「兄さん、もしかして完成したのか?」

 

机の上に置かれた剣が何かを理解した俺は多少の驚きを含めて兄さんに問う。

 

「ああ、向こうが随分頑張ってくれたようだ」

 

続けて「遊びだと言ったんだけどな」と少し呆れをにじませた兄さんの言葉に俺も思わず苦笑する。

当然、俺たちがこんな話をしていれば好奇心を持つというもので、その好奇心を隠そうともせずにエリカが机の上の剣に目を付けた。

 

「達也くん、これ……もしかして法機?」

「正解。より正確には、武装一体型CAD。武装デバイスという言い方もするな」

「へぇ……」

 

兄さんの説明にエリカだけでなく、雫やほのかも興味深そうに視線を向けている。反対に幹比古と美月はあまり関心がないようだ。深雪は兄さんから話を聞いていたのだろう「ああ、それが」と納得のいった表情をしている。残りの一人、レオは本当は触りたそうだがエリカに妙な対抗心を燃やしているのか必死に興味の無さそうなふりをしている。それを見た兄さんは人の悪い笑みを浮かべ、試作機をレオに放り投げた。

 

「おっと! 達也、危ねぇじゃねえか」

「試してみたくはないか?」

「え、オレが?」

 

兄さんの言葉にレオの顔が一瞬にやける。隣でエリカが「分かりやすいヤツ……」とでも言いたげな顔をしていたがレオは手元のCADに夢中で気が付いているようすはない。

 

「これは達也が作ったのか?」

「ああ、紅夜にも少し手伝ってもらったがな」

「ちょっと待って」

 

兄さんがレオに小通連の説明をしていると会話に幹比古が割り込んできた。興味が無さそうだったが、どうやら話は聞いていたようだ。

 

「渡辺先輩の試合は昨日だよ? それをたった一日で作ったのかい? 有り合わせのものには見えないけど」

「部品自体は有り合わせだが? 外装もありきたりの合金で特別な素材は使ってない」

「でも、まさか手作りじゃないだろう? そんな暇もなかったはずだし」

「それは当然だろ。兄さんが考えた魔法に俺が設計図を引いて知り合いの工房の自動加工機で作ってもらったんだよ」

 

途中、知り合いの工房と言ったところで深雪が吹き出しそうになったが何とかこらえていた。

 

「さて。レオ……試してみたくないか?」

 

悪い顔で兄さんがまるで悪魔の囁きのような魅力的な提案をする。

 

「……いいぜ。実験台になってやるよ」

「堕ちた」

 

雫の呟いた一言が俺たち全員が抱いた気持ちを代弁していた。

 

 

その後兄さんはレオにHMDを渡しマニュアルを覚えさせたが、夕食の時間になっていたので、そこで一旦切り上げてテストは夕食後に行うことになった。場所は九校戦会場外の屋外格闘戦用訓練場を借りてテストすることになった。これは兄さんの手配ではなくエリカのコネである。

訓練場はホテルから歩いて三十分以上の距離がある山の中。昼間ならともかく今は夜。そんな中に女子組を連れて来るのはさすがにどうかということで、深雪はほのかに、エリカは美月に監視させてホテルに残ってもらった。なので、訓練場にいるほかは俺と兄さんにレオの三人だけだった。兄さんが記録用の情報端末を持ち、レオが小通連を使ってテストを行った。

結果は問題なく成功。実用性は少ないといっても新なデバイスは十分な成果を確認できた。さらにこのテストで俺の頭の中に面白いアイデアが浮かんだので、俺にとってはとても有意義な時間だった。

 

 

 

 

 

九校戦三日目。ピラーズブレイクとバトルボードが行われるこの日は九校戦の前半のヤマと言われている。そして原作知識によれば、今日の女子バトルボードで摩利の事故が起こるはずだ。

俺たちは女子バトルボードの会場に陣取りスタートを待つ。途中、真由美に連れて行かれた兄さんが帰ってきたのはスタートぎりぎりの時間だった。兄さんが席に座ると同時に選手たちがスタートの姿勢を取る。

 

「美月、この試合の間メガネを外していてくれないか」

「え?」

 

突然の発言に美月が疑問の声を上げ、全員の視線が俺に向く。これはもちろん、これから起こる摩利への妨害を考えてのことだ。美月がメガネを外したところで摩利の事故は防げないだろうが、犯人への手がかりは掴めるはずだ。原作知識がばれるようなことはしたくないが、この程度なら直感ということで誤魔化せる。

 

「あの……何かあるんですか?」

「分からない。けど、少し嫌な予感がするんだ」

 

俺の言葉に全員の頭上に疑問符が浮かぶが、兄さんと深雪だけは真剣な表情をしていた。

 

「美月、紅夜の言う通りにしてくれ」

「えっと……はい、分かりました」

 

兄さんの後押しもあり、美月はメガネを外す。外した途端に少し顔を顰めるが少しすると力が抜けた。

 

「紅夜くん、急にどうしたの?」

「きっとすぐに分かるさ。……何もないに越したことはないけどな」

 

エリカが俺の答えになっていない返答に訝し気な顔をするが、これ以上答える気がないと分かったのか、あっさりと引き下がった。

その時レディの意味を示すブザーが鳴った。観客席が静まり返る。そして二回目のブザーが鳴り、スタートが告げられた。

 

摩利が先頭に躍り出る。しかし今までと違うのは摩利のすぐ後ろに二番目の選手がついていることだ。

 

「やはり手強い……!」

「さすがは海の七校だ」

「去年の決勝カードですよね、これ」

 

二人が魔法を打ち合い水面が激しく揺れる。差は開かぬまま、ついに鋭角コーナーへと差し掛かる。それを確認した俺は【叡智の眼(ソフィア・サイト)】を使用した。

そして、コーナーを曲がる為に七校選手がCADにサイオンを流し込むと同時に、俺の眼がCADに起きた異常を確かに視た。

 

「あっ!?」

 

やはり来たか! 俺が内心で吐き捨てると同時に観客席から上がる悲鳴。俺たちが見ている先では七校選手が大きく体勢を崩していた。

 

「オーバースピード!?」

 

誰かが叫ぶ。事実、確かにそう見える。七校選手のボードは水を掴んでいない。止まることができない七校選手はフェンスに突っ込むしかないように見える。――――前に摩利がいなければ、だが。

自分に突っ込んでくる七校選手に気が付いた摩利の対処は素晴らしいものだった。前方への加速をキャンセルし、水平方向の回転加速に切り替える。水路壁から反射してくる波も利用して魔法と体さばきを上手く使いボートを反転させる。さらにマルチ・キャストを使い、突っ込んでくるボードを弾き飛ばす為の移動魔法と、自分が相手を受け止めた衝撃を緩和する為に加重系・習慣性中和魔法の二つの魔法を行使する。

これで助かる。誰もがそう考えた瞬間、水面が不自然に沈み込んだことがエイドスに記録されるのを俺の眼が捉えた。

小さな変化ではあったが、ただでさえ百八十度ターンという高等技術を駆使した後だ。摩利が無理に行った体勢変更は、浮力が失われたことにより大きく崩れた。それにより魔法の発動にズレが生じる。

七校選手のボードを吹き飛ばすことには成功した。しかし慣性中和魔法を発動するよりも早く、七校選手が摩利に衝突した。そのまま二人はフェンスに向かって吹き飛ばされる。観客席から大きな悲鳴が上がり、レース中断の旗が振られる。摩利は七校選手とフェンスに挟まれるように吹き飛ばされ、フェンスを打ち破り少ししたところで倒れている。遠くからなので詳細は分からないが、頭から血を流していてとても意識があるとは思えない。

 

 

「行ってくる。お前たちは待て」

「俺も行く」

 

俺は兄さんの言葉に被せるように発言する。ただでさえ事前に防げた可能性もあり、ある程度は罪悪感があるのだ。それに俺は兄さん程までは怪我に詳しくないが、眼を使えば大抵のことは分かるし、治療魔法は大会委員よりも使える自信がある。兄さんもそのことを理解したのか一つ頷いて了解の意を示した。

 

「じゃあ行ってくる」

「分かりました」

 

もう一度深雪を落ち着かせるように言うと、俺と兄さんは人混みの間を眼と体さばきを使って、ものともせずにすり抜けて摩利のもとへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 




 
あと少しで紅夜の出番です。
めちゃくちゃ暴れさせたいんですが、競技で使う魔法が思いつかない……



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九校戦編Ⅵ


どうも皆様、天兎 フウです。
魔法科高校の劣等生 〜夜を照らす紅〜 を読んで頂き、誠にありがとうございます。

えー、実はご報告があります。とは言ってもそんなに大したことではありません。
私の諸事情により次回の更新が遅れることになると思います。本当に申し訳ありません!
ですが、8月中には更新できると思いますので気長にお待ち下さい。

さて、今回の話しですが以上の報告の為に急いで書いたものですので短いです。更に次の更新へのつなぎのような話しなので読まなくても然程問題はありません。
まあ、せっかく書いたので流し読み程度に読んで頂ければ嬉しいです。

では、どうぞ!




 

 

 

俺たちがいる部屋にノックの音が響く。深雪が応じてドアを開くと、そこには五十里と花音が立っていた。深雪の案内に促されて部屋に入った二人は、この部屋に自身を呼んだ兄さんの前で立ち止まる。

 

「わざわざすみません」

 

そう言って頭を下げる兄さんに五十里は問題ないと気安げに手を振る。そんな五十里に兄さんはもう一度頭を下げた。

 

「それで、何か分かったの?」

 

早速本題に入る五十里に兄さんも応じて情報端末に身体ごと向く。

 

「一通り検証してみました。やはり、第三者の介入があったと見るべきですね。五十里先輩、確認していただけますか」

「了解。……さすがに司波君は仕事が早いね」

「紅夜にも手伝ってもらいましたから」

「それでもだよ」

 

五十里は兄さんと俺に感心を表現しながら椅子に座る。そして慣れた手つきで脳波アシスト付モノクル型視線ポインタを装着するとキーボードに手を持っていき、親指をクリックボタンに置く。五十里の操作によって卓上の小型ディスプレイに映る、実写映像とシミレーション映像が同時に動き出す。そして事故の場面に差し掛かったところでタイムゲージによって映像がスローダウンする。シミュレーション画面の上部に水面の変化に影響を与える数字が表された。そして問題の水面が陥没した瞬間、項目にunknownが表示され、水面に何かしらの干渉があったことを明確に示していた。

画面を止めた五十里が振り返る。

 

「……予想以上に難しいね、これは」

「啓、どういうことなの?」

「花音も知っている通り、九校戦では外部からの魔法干渉を防ぐ為に厳重な監視網を引いている。でも司波くんの解析によれば水面を陥没させた力は水中に生じている。外部から水路に魔法式を転写すれば間違いなく監視装置に引っかかるからあり得ない。可能性としては水中に工作員が潜んでいた、ってことくらいだけど……それこそあり得ないしね……」

「司波君の解析が間違っているんじゃないの?」

「それはない」

 

一瞬、深雪が顔色を変えたのでヒヤッとしたが、深雪が何かを言う前に五十里が疑念を否定した。正直、助かった。

 

「司波君の解析は完璧だ。少なくとも僕のスキルでは、これ以上のことはできないし間違いも見つけられない」

 

これには花音と五十里も揃って考え込んでしまった。

 

「実は水面に干渉した方法には心当たりがあるんです」

 

俺の言葉に俯いて考え込んでいた五十里と花音は弾かれたように顔を上げた。

 

「ちょっとそれ本当!」

「落ち着いて、花音。それで、どういうことだい紅夜君」

「それを話す為に友人を呼んでいるんですけど……そろそろか?」

 

俺が呟いた直後、狙ったようなタイミングで再びドアがノックされた。深雪が来訪者の対応に向かい、そしてすぐに戻ってくる。戻ってきた深雪の後ろには美月と幹比古の二人が付いて来ていた。

 

「ご紹介します。俺のクラスメイトの吉田と柴田です。二人とも知っているとは思うが、二年の五十里先輩と千代田先輩だ」

「二人にはさっき俺が言った通り、水中工作員の謎を解く為に来てもらったんですよ」

 

当然、これだけでは言葉が足りない為に分かるはずもないので説明を続ける。

 

「俺たちは今、渡辺先輩が第三者による魔法的妨害を受けた可能性について検証してる」

 

幹比古たちへの説明に幹比古は眉を顰め、美月は納得の表情でうなずいた。まあ、美月に関しては俺がメガネを外すようにお願いしたのだから、少し考えれば分かることだったのだろう。

 

「渡辺先輩が体勢を崩す直前、水面が不自然に陥没した。この水面陥没はほぼ確実に水中からの干渉によるものだ。コース外から気付かれることなく水路内に魔法を仕掛けることは不可能だ。だとすれば、魔法は水中に潜んでいた何者かによって仕掛けられたと考えるべきだ、というのが俺たちの見解だ」

 

兄さんがそこまで説明したところで幹比古の目に鋭い光が帯びる。

 

「しかし生身の魔法師が水中に潜んでいたと考えるのは荒唐無稽です。ならば、魔法を行使する人間以外の何かが水路内に潜んでいたと考えるのが合理的でしょう」

 

五十里と花音は顔を見合せ、お互いに戸惑いの表情を浮かべる。二人が問いを返してくるのには少しの時間を要した。

 

「司波君たちは精霊(SB)魔法の可能性を考えているのかい?」

 

五十里の言葉に兄さんと俺は同時に頷く。

現代魔法を行使する魔法師は、通常、サイオンの波動によって魔法を知覚している。だが、霊子(プシオン)は活性化しているものでなければ現代魔法師には知覚が難しいものだった。つまり、現代魔法の魔法師にとって、潜伏状態のSBを見つけ出すのは困難なのだ。つまり、活性化させてないSBを水路に潜り込ませたとしても現代魔法を使う魔法師にはばれない為、発動する時だけ活性化させてしまえば水中を陥没させたとしても摩利は気づけない。

 

「吉田は精霊魔法を得意としている魔法師です。また、柴田は霊子光に対して鋭敏な感受性を有しています」

「だから二人に来てもらったんだね」

 

兄さんは五十里の確認に対してもう一度頷くと視線を幹比古へと向けた。

 

「幹比古、専門家としての意見を聞きたい。数時間単位で特定の条件に従って水面を陥没させる遅延発動魔法は、精霊魔法によって可能か?」

「可能だよ」

「それはお前にも可能か?」

「準備期間による。今すぐやれと言われても無理だけど、半月くらい準備期間をもらって会場に何度か忍び込む手筈を整えてもらえれば、多分可能だ」

 

こうして兄さんと幹比古の質問と応答は打てば響くように続けられた。幹比古に聞きたいことが聞き終わった兄さんは次に美月の方へと向き直る。

 

「美月、渡辺先輩の事故のとき、SBの活動は見なかったか?」

「えっと、突然のことだからよく見えなかったんですけど、渡辺先輩が体勢を崩したときに水中で何かが光ったように見えました」

 

残念ながら事故が起きたとき、七校選手のCADは見ていなかったようだが美月は十分な成果は見せてくれた。これで兄さんが事件の真相に迫るのも少しは速くなるだろう。

 

「そういえば試合の前に紅夜さんがメガネを外すように言ってくれたおかげでSBが見えたんですけど、もしかして紅夜さんは今回の事件で何か起こると知っていたんですか?」

「ちょっと、紅夜くん。それ本当!?」

 

美月の言葉に反応して花音が俺に食って掛かるような勢いで問い詰める。とはいえ、この事態をある程度予測していた俺は、まず花音を落ち着かせてから台本通りの台詞で言い訳する。

 

「……これはオフレコで頼むんですが、この大会が始まる数日前に会場に侵入者が入ったらしいんです。恐らく幹比古の言うSBの準備はここで行ったんだと思います。この時はそれほど重要なことではないと思っていたんですけどね」

 

花音が俺に文句を言う前に先手を打っておく。花音が何も言わずに話を聞く体勢に戻ったのを確認して話を続ける。

 

「さらにパーティーの日の夜に賊が入り込もうとしていました。これは俺だけじゃなく幹比古も知っているはずだ」

「あ、ああ。あの時は僕と紅夜と達也の三人で賊を捕らえたからね」

 

突然話を振られて少し慌てるが幹比古はすぐに立て直すと真剣な表情で証言する。

 

「それから何かあるとは思って警戒していたんですが、今日まで何も起こらなかったんです。けど今日のバトルボードの会場に入った時に、なんというか直感で何か起こるって感じたんですよ。まさかここまでのことが起きるとは思っていませんでしたけど」

 

さらに続けて「俺が話していればこんなことは起きなかった」と言って落ち込んだように見せれば完璧だ。

 

「いや、今の話を試合前にしていたら、恐らく選手のコンディションに影響していただろう。紅夜くんの判断は正しいよ」

「……ありがとうございます。そう言ってもらえると気が楽になります」

 

予想通り五十里は俺の言葉を信じてくれた上にフォローをしてくれたのでお礼を言っておく。なんだか少し罪悪感が起きるが、計画通りになってくれた。花音は腑に落ちない顔をしていたが、一応納得したのか特に何も言わない。幹比古も花音と同様で難しい顔をしているが何も言わない。美月に至っては完全に俺を信頼しているらしく、無条件で信じてくれているようだった。俺の言葉が出任せだと知っている兄さんと深雪も、兄さんはポーカーフェイスで沈黙を貫き、深雪も笑顔の仮面を被ったまま、何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後もいろいろと話し合ったが結局は全てが予測の域を出ることはなく、ほとんど原作と変わらずに終わってしまった。そして話し合いが終わった後には深雪が摩利の代役としてミラージ・バッド本戦に出場することになったりしたが、それも大体原作通りに進んだ。しかし、明日は大会四日目。つまり本戦は一旦休みになり、新人戦が始まることになる。原作との道筋もここで完全に分かれるだろう。新人戦の最初の日に行われる競技はバトルボードとスピードシューティング。つまり――――

 

 

 

―――――――さあ、俺の出番だ。大いに暴れようじゃないか!

 

 

 

 

 





紅夜は本気を出せることにテンションが上がってます。
だから、試合で暴れさせても仕方がないですよね?

では、次回の更新でまたお会いしましょう。





……こういうセリフ、1回言ってみたかったんですよね。



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九校戦編Ⅶ


お久しぶりです。
何とか8月中に投稿することができました。久しぶりでちょっと変な書き方になってるかもしれません。




 

 

 

大会四日目。

ついに今日から新人戦が始まることになる。ここまでの成績は一校が一位で三百二十ポイント、二位に三校で二百二十五ポイントとなっている。一校と三校のポイントは百ポイント近く差があるが、新人戦の結果によっては大きく変わる可能性がある。本来の予定ならもっとポイントに差がある予定だったのだが、摩利の怪我によって予定が大きく崩れてしまった。つまり、一校の優勝は新人戦の結果次第と言っても過言ではない。

そんな新人戦だが、競技の順番は本戦と同じだ。

今日行われる競技はバトルボードの予選、さらに午前中には女子スピードシューティングの予選と決勝。そして午後には男子スピードシューティングとなっている。バトルボードはほのかが出場していて女子スピードシューティングには雫が、そして男子スピードシューティングは俺が出場する。

俺は自分でCADを調整できるのでエンジニアは付いていない。一応、手の空いているエンジニアがフォローに入れるようにはなっているが、試合について来たりはしないので本当に念の為のものだ。CADの調整は既に終わっているし、体調も十全。

とは言っても俺の試合は午後から、先ずは雫のスピードシューティングを応援するとしよう。

 

 

 

 

会場に着いた俺と深雪はエリカたちが空けてくれていた席に座ると既に入場していた雫に視線を向ける。試合開始の時間になり雫が構えを取った。スタートのランプがともり始め全てが点灯すると同時にクレーが空中に飛び出した。

クレーが有効エリア内に入った瞬間、それは粉々に粉砕された。それに続いて飛んでくるクレーも有効エリア内で粉々に砕け散る。

大勢の観客席から感嘆の声が漏れ、俺たちも感嘆と安堵を含めた息を吐き出す。

雫の視線にブレはなく、真っ直ぐ正面だけを見ていてクレーを見てもいない様子だ。

 

「うわ、豪快」

「……もしかして有効エリア全域を魔法の作用領域に設定しているんですか?」

 

エリカがシンプルな感想を述べ、反対では美月が自信なさそうに質問をする。

 

「そうですよ。雫は領域内に存在する固形物に振動波を与える魔法で標的を砕いているんです」

「より正確には有効エリア内にいくつか震源を設定して固形物に振動を与える仮想的な波動を発生させているのよ。魔法で直接に標的そのものに振動させているのではなく、標的に振動波を与える事象改変の領域を作り出しているの」

 

ほのかと深雪の解説に美月は感心したように頻りに頷いていた。

 

「知ってると思うけど、この競技の有効エリアの範囲は一辺十五メートルの立方体だ。雫の魔法はこの内部に一辺十メートルの立方体を設定し、その各頂点と中心の合計九つの場所に震源を配置するものだ。欠点として効果範囲外にクレーが通った場合に対応ができないということが上げられるが、さすがに学生の競技で死角を突くような意地の悪い軌道は設定されていないだろうと踏んだわけで……どうやらアタリだったようだな」

 

さらに俺が付け加えると、今度は美月だけでなくエリカやレオたちも兄さんの作った魔法に感嘆の声を漏らしていた。

そんな俺たちの視線の先で雫は最後のクレーを破壊し、準々決勝進出を確実なものとした。

 

 

 

 

 

《まもなく女子スピードシューティングBグループ予選が開始されます》

 

試合終了後、雫と合流して皆で一息抜いていたところに会場案内の放送が流れる。その放送内容に雫が興味を示す。

 

「見に行ってもいいかな。気になる選手がいて」

「それって三校の?」

「うん。そのうち当たるかもしれないし」

 

雫とほのかの会話に少し興味が湧く。三校の女子は原作では登場しない人物だ。いや、これは小説ではなく現実のことだというのは分かっているが、原作を知っていると原作に登場しない実力者に猶更興味が湧いてくる。

誰も知らない叡智というのはとても便利で有効なものだが、逆に楽しみを奪ってしまうという欠点もある。これが贅沢な悩みだというのは分かっているが、それでも望んでしまうのが人間だ。だから原作が崩れてしまうことを恐れていると同時に楽しみにもしている自分がいるのを理解していた。今回は、その悪い癖みたいなものが出てしまっただけだ。

一応事前調査で名前だけは知っている。確か、十七夜(かのう)栞という名前だったはず。俺の知らない未知の実力者、とても楽しみだ。

 

 

会場に入ると既に観客が沢山いて席を見つけるのが大変だった。どうやら十七夜栞はかなりの注目選手らしい。俺の期待も高まる中、ついにシグナルが全て点り試合が開始された。

試合開始と同時にクレーが射出される音が鳴り響く。そしていくつものクレーが有効エリアに入ると全てのクレーが砕け散った。途端に会場がざわつく。俺自身もざわつく観客と同じような驚愕と興奮の入り混じった感情を感じていた。遠くから見ただけでは分かりにくかったが、念の為に展開しておいた【叡智の眼(ソフィア・サイト)】起こった現象を確実に捉えていた。

今回使用された魔法は単純なもので、振動系魔法と移動系魔法の二つだけだ。行使した魔法だけ聞けば単純なものだが、彼女がやったことはそんな単純で済まされることではない。クレーを破壊した振動系魔法は一度だけ、最初の一枚を破壊したときのみだ。ではその他のクレーはどのように破壊されたのか、答え自体は単純だ。破壊したクレーの破片に移動系魔法をかけて他のクレーにぶつけたのだ。

言葉にすると簡単だが実際の難易度はあり得ないほど高い。破壊されたクレーの破片の数など数えるのも大変だ。それを一瞬で把握した上に移動系魔法をかけるとなると、それこそスーパーコンピューターでもなければ不可能に近い。それを可能にしているのは恐らく栞の卓越した空間把握能力と演算能力だろう。見た限り確かに才能もあるだろうが何よりも本人の努力の成果の賜物のようだ。

やはり原作とはあくまでも知識であってまだまだしらないことが沢山あると改めて理解できた。そんなことを若干興奮した頭で考えながら見ていた先では栞が最後のクレーを砕き、パーフェクトを叩き出した。

 

 

 

 

 

女子スピードシューティングの試合予定は午前中に決勝まで全ての試合を終わらせるという中々に忙しいもので、準々決勝の出所者が全員決まると、一時間もしない内に準々決勝が開始された。一校の選手の内、雫を除いた二人は既に準決勝に勝ち上がりを決めている。そしていよいよ雫の出番、最後の準々決勝が開始されようとしていた。

 

「いよいよ雫さんの出番ですね」

「こらこら、美月が緊張してどうするの」

 

興奮した様子の美月をエリカがたしなめる。

 

「今度はどんな工夫を見せてくれるのかな」

「そうだよな。今度は何が飛び出してくるのか、予想がつかないぜ」

 

幹比古の弾んだ声にレオが応える。前に見た様子からすると幹比古はあまり魔法に積極的に興味を示すようには思えなかったのだが、どうやらこの前の話しが幹比古の中に何かしらの変化を与えたようだ。

 

「まるでビックリ箱だよ、彼の頭脳は」

「言えてる」

 

そんな会話を聞きながら俺は表情に出さず内心で細く笑う。ここまで期待されると、こちらとしても驚かせてやろうという気分になって来る。そして今回は間違いなく皆を驚かせることができるだろう。そして俺の予想は幹比古が驚愕の声を上げるという形で的中した。

 

「え、あれって……」

「どうしたんだよ?」

「あのCAD……?」

 

幹比古の視線の先には雫が抱えているCADに向けられている。その小銃型のCADは一見、他の競技用のCADと何も変わらないように見える。しかしよく見ると実弾銃の機関部分に当たる場所が少しだけ厚みがあった。

これだけで気が付くのは中々深い知識がなければ難しいはずなのだが、古式魔法を主にする幹比古が知っているということは幹比古がどれだけ試行錯誤し、努力をしたかがよく分かる。

 

「あれって……汎用型?」

「えっ、マジか?」

「えっ、でもあれは」

「小銃形態の汎用型ホウキなんて聞いたことがないよ? 第一、照準補助システムと汎用型の組み合わせなんて可能なの?」

 

次々に上がる、常識に基づく当然の疑問。しかし幹比古は既に確信を持っているようで、自信を持って頷いた。

 

「でもあのトリガー部分の上に配置されたCAD本体部分はFLTの車載用汎用型CAD『セントール』シリーズに間違いないよ」

「よくお分かりですね。あれは紅夜とお兄様のハンドメイド。汎用型CADで照準補助システムを利用する為に作ったものよ」

 

……深雪に台詞を取られてしまった。俺の言葉で驚く皆を見たかったのだが、まあ驚いた顔は見れたしいいだろう。

全員の視線が俺に集まっているのを感じながらそう考える。元から聞かれるだろうと予想はしていたので、別に説明をしても構わないのだが――――

 

「どうせだから使用する魔法を含めて、試合を見ながら説明するか」

 

俺がそう言って視線を競技場に向けると六人が示し合わせたように息を呑み、前を向いた。俺たち全員が視線を向けた先では競技開始のシグナルが点り始めていた。

 

 

 

開始と同時に紅白のクレーが空を舞う。準々決勝からは対戦型で百枚出て来る自分の色のクレーをより多く壊した方の勝利が決まる。雫が狙うべきクレーの色は紅。そしてその紅に塗られたクレーは有効エリアに入った途端に軌道を曲げて有効エリアの中央に集まり、衝突してお互いに砕け散った。

 

「収束系魔法?」

「正解」

 

美月の声に視線を前方に向けたまま答える。チラリと横目で見てみると俺と深雪以外の六人は不思議そうな顔をしていた。どうして汎用型CADでそんな単純な魔法を使うのか疑問なのだろう。しかしその疑問も有効エリアの奥を飛び去ろうとしていた一枚の紅のクレーが中央に引き寄せられて壊れるのと同時に砕け散った。

 

「収束系魔法と振動系魔法の連続発動か!」

 

幹比古が見事に正解を言い当てた。よく分かっていないという顔をしている美月の為に詳しく説明する。

まず魔法の及ぼす効果だが、これは収束魔法により有効エリア内のマクロ的に認識したクレーを中央部分の密度を高めるという方法で集めて衝突させることにより破壊するというものだ。この時、中央に自分の色の紅いクレーを集める為に副次的な効果として白のクレーが中央から離れるようになり相手選手の妨害も同時に行うことができるので戦術としてとても効率が良い魔法となっている。では何故汎用型を使用する必要があるかといえば幹比古の言った通り収束と振動系統の魔法を連続発動する為だ。今回使っている魔法はクレーどうしを衝突させて破壊するのでクレーが一枚の場合、クレーを破壊することができない。そこでクレーが一枚の場合、振動魔法が発動するようにプログラムされているのだ。ここで問題になるのが特化型CADは同系統の組み合わせしか格納できないという制限だが、汎用型にすることでその問題を解決したというわけだ。

以上の説明をすると皆が感心や呆れを含んだ表情で口々に賞賛していた。

 

「それであのCADはどういうことなの?」

 

エリカからの質問にどう答えるかと少し考え込む。話せることと話せないことを頭の中でまとめて話の流れを構成してから皆にある程度の説明をする。

 

「そもそも照準補助と汎用型のデバイスを一体化したデバイスの実例自体は過去にあるんだ。確か発表されたのは去年の八月だったかな?」

「去年って最新技術じゃねぇか!?」

「前にも言ったけど知り合いに工房がいるし、情報自体は一般公開されてるはずだ。まあ公表された試作品は、到底実用では使えないようなただ繋げただけの実験品だったけど」

 

俺の言葉に皆は絶句する。そもそも去年発表された技術を取り入れたこともすごいが、何よりも実験品を完成品のレベルに引き上げたことが重要だった。普通、こんなことは高校生のレベルでできることじゃない。今回は調べれば気付かれることだから簡単に話したが、こんな話をしているとそのうちトーラス・シルバーのことが気づかれてしまうのであまり良いことではない。兄さんは自己評価が低すぎてそのことに気が付いていないのだから変な所で鈍感だ。

 

「その実験品を元に改造、と言うかほぼ一からだな。兄さんがソフトを、俺がハードを担当して作り上げたのが雫の使ってるCADというわけだ」

「それはなんというか……」

「……凄いですね」

「凄いっつうか、高校生のレベルじゃねーよ」

「ていうか、達也だけじゃなくて紅夜もデタラメだったんだね……」

 

俺が続けると皆は既に絶句を通り越して口々に呆れを出していた。それと同時に雫が最後のクレーを破壊し、またもパーフェクトで準決勝に駒を進めた。

 

 

 

 

 





今回は魔法科高校の優等生のキャラを出してみました。と言っても、予定に無かったことなので、優等生のキャラが出て来ることはもうないと思います。

本当は今回で紅夜を競技に出したかったのですが、スピードシューティングで使う魔法が思い付かず中々筆記が進まなかったことに加え、少し私の予定が伸びてしまいました。なので今回の話しは8月中に間に合わせる為に急いで作ったものなのです。

さらに申し訳ないことに、私の予定がまだ残っています。なので次回の更新も遅れてる可能性があります。本当に申し訳ありませんが、ご了承ください。
まあ、出来るだけ早く投稿できるように頑張ります!




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九校戦編Ⅷ


少し早めの投稿。

UAが10万を越えました。ありがとうございます!
UAを見た時、ジャスト10万で何だかテンションが上がりました。
キリの良い数字やゾロ目を見た時ってテンションが上がりますよね。

今回はやっと紅夜が活躍します。ですが、あまり期待しないでください。私の頭ではこれが限界です。

それから、後書きにて報告があります。




 

 

 

九校戦四日目の午後一時半頃。

俺は競技選手の控室で男子スピードシューティングの予選の為にCADの最終チェックをしていた。雫はあの後、十七夜栞との激戦を制した後に見事に優勝を飾った。そして今度は俺の番だ。

試合まで残り十分もないが俺の準備は完璧に整っている。少し緊張感が足りていない気がするが試合が開始すれば勝手に引き締まるだろう。まあ俺が負けるなどそれこそ万に一くらいの確率しかないだろうが、それでも気を抜かないようにしなければ。そんなことを考えている内に時計の針は試合開始まで残り五分を指していた。

さて、そろそろ競技場に行くとするか!

 

 

 

 

 

 

達也と深雪を含め、エリカ、美月、レオ、幹比古、雫、ほのかの七人は紅夜の応援の為に男子スピードシューティングの予選会場に来ていた。紅夜の出番は早めということもあり観客の数はそこまで多いわけではない。なので七人分の席でも割と簡単に確保することができた。

いよいよ紅夜の出番となり、紅夜が競技場に姿を現した。途端に会場がざわめく、主に女子生徒が。

 

「紅夜さん、大丈夫でしょうか……」

 

そんな会場の様子に美月が心配そうな顔をして呟いた。達也はその呟きの意味を理解して少し笑う。

魔法というのは精神状態に大きく左右される。なので美月は会場の雰囲気に紅夜が呑まれて魔法を失敗しないか心配しているのだろう。

だが紅夜がこの程度で緊張をするとは思えない、寧ろこの状況を楽しんでいるのではないだろうか。そんな達也の予想は大当たりだったようでシューティングレンジに立った紅夜は堂々としていて不敵な笑みを浮かべていた。

 

スタートのランプが点り始めた。

紅夜が構えを取り、不敵な笑みも少し引き締まる。

そして全てのランプが点った瞬間、クレーが射出された。

 

クレーが特点有効エリアに入った瞬間、紅夜がCADの引き金を引く。それは文字通り魔法発動のトリガーとなり、全てのクレーが破壊された。

 

 

「アレは……!?」

「単純な単体の振動系統魔法だな」

「そうじゃなくて!」

 

唖然とした様子の幹比古に達也が冷静に説明するが、幹比古の言いたいことはそんなことではなかった。達也もそれを分かった上で落着かせる為にわざとズレた説明をしたのだが、逆効果だったようだ。幹比古以外は呆然としすぎて声も出ないレベルである。だが、そうなるのも仕方のないことだろう。なぜなら紅夜が行ったのはそれほど非常識なことだったのだから。

 

「これって三校の十七夜選手が使ってた……」

 

 

 

 

 

数学的連鎖(アリスマティック・チェイン)!?」

 

ちょうど同じころ、天幕の中で紅夜の試合をモニターで観戦していた真由美も幹比古と同じように驚愕の声を上げていた。

 

「嘘……まさか試合を見ただけで技をコピーしたって言うの?」

「それだけではありません。もし紅夜君が十七夜選手の試合を見てからこの戦術を考えたとしたら、CADにインストールされた起動式を僅か二時間足らずで変更したということになります」

 

鈴音の言葉に真由美はさらに驚愕を大きくする。冷静に見える鈴音も内心は驚愕に占められていた。なまじ真由美と鈴音は自分のCADを調整できるだけあって紅夜のしたことがどれだけ非常識なことかを正確に理解できただけ尚更驚きは大きい。

 

「それにしても、【ドライ・ブリザード】に【数学的連鎖(アリスマティック・チェイン)】。どちらも相当な空間認知能力が必要なはずなのだけれど……」

「恐らくは会長と同じように何らかの知覚魔法を使用しているのでしょう」

 

鈴音の結論と同じように紅夜の試合を見ている魔法に深い人物たちは紅夜が知覚魔法を使用しているのだろうと判断していた。これは紅夜もバレることを承知の上だった。寧ろわざとバラしたと言ってもいい。

実は紅夜にとっては【叡智の眼(ソフィア・サイト)】が誰かに暴かれたとしても然程問題はない。いや、さすがに【叡智の眼(ソフィア・サイト)】の内容が完全に露見するのはまずいが、それでも知覚魔法を使用していること程度ならなんの問題もないのだ。

原作知識から考えると、この先紅夜が知覚魔法を使えるということは知られていた方が都合がいい。そこで真夜からの全力の許可を機にある程度の効果を見せるつもりだった。【叡智の眼(ソフィア・サイト)】がエイドスを視る眼だということがバレるのは相当な事がない限りあり得ないと言ってもいいだろう。普通に使っている限りは真由美の【マルチ・スコープ】と似たような魔法と思われると紅夜は予想し、事実、紅夜の試合を見ていた者はそのように思った。

 

「それにしても、紅夜くんが強いのは分かっていたけど、ここまでとは思ってなかったわ」

「そうですね。下手をしたら会長も危ういのではないでしょうか?」

「……笑えない話ね。今年の一年生はどうなってるのよ」

「将来有望ということでしょう」

 

真由美たちが話している間にクレーはラスト一枚となり、紅夜はパーフェクトで準々決勝を確実にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、そろそろ決勝戦が始まる。出場選手はもちろん俺、そして俺の対戦相手は三校の吉祥寺だ。

俺は当然、準々決勝と準決勝をパーフェクトで勝利している。しかし俺の準々決勝と準決勝間、兄さんたちは、ほのかの試合を見に行っていた。というより俺が行かせた。ほのかにはめちゃくちゃ感謝されて深雪には若干不機嫌な視線を向けられたが、もしもあのまま兄さんがほのかの試合を見に行っていなかったら、ほのかは優勝を逃していたかもしれない。

そんなことを考えている内に決勝開始の時間が迫ってきていた。俺は競技用に作成したCADを持つと競技場に向かった。

 

 

 

競技場に入ると途端に観客席から今までにない程の歓声が沸く。比率として女性の声が多いのも今となってはさすがに慣れた。まあ歓声が湧くのも当然と言えるだろう。俺は予選から今までの試合を全てパーフェクトで決めている上に顔も良い。これはスポーツ選手で例えてみると分かりやすいかもしれない。要するに観客は俺をスターか何かのように感じていると言うことだ。と言うわけで、ファンサービスの意味も込めて先ほど見つけた観客席の後ろの方にいる兄さんたちに向けて笑顔でウィンクをしてみると俺自身が驚くような大歓声が返ってきた。

もう一度兄さんたちに視線を向けてみると、兄さんと深雪は呆れた視線を俺に向け、雫も無表情だが兄さんたちと同じような視線を、ほのかと美月はいろいろな意味で顔を赤くしていて、レオと幹比古は感嘆した様子で、エリカは大爆笑と、それぞれが様々な反応をしていた。

そんな皆の様子に少し可笑しな思いを感じながらシューティングレンジに入ると、今度は吉祥寺が競技場に入ってきた。吉祥寺もカーディナルジョージとしてかなり有名なこともあって、これまた大きな歓声を受けながらシューティングレンジに入ってきた。そして俺のCADに目を向けた瞬間に眉をピクリと動かす。どうやら俺のCADが汎用型だと気が付いたようだ。

そう、今回俺が使うCADは照準補助付きの汎用型CADだ。先ほど競技用に作成したと言ったが別に大層なことをしたわけではなく、ただ単に雫の使っていた汎用型を俺専用に組んだだけのものだ。まあ、どうやら吉祥寺の反応を見る限り俺が汎用型を使うのは予想していたようなので、雫の試合のようなアドバンテージはないだろう。それでも負けるつもりなど欠片もないが。

 

 

そしてついに競技開始の時間になり、俺と吉祥寺がシューティングレンジでそれぞれ構えを取ると開始の合図であるランプが点り始めた。一つ、二つとランプに光が点り、最後の一つに明かりが点くと同時に俺はCADの引き金を引いた。

少し遅れて射出された紅白のクレーが空中を舞う。そしてクレーが有効エリア内に入った瞬間、全てのクレーが掻き消えた。

 

「なっ!?」

 

吉祥寺が驚愕の声を上げる。

しかし俺がそれに構わずCADの引き金をもう一度引くと、中央で俺の狙うべき紅色のクレーが砕け散った。

 

「くっ、しまった!」

 

そこで吉祥寺が俺の使った魔法の仕掛けに気が付いたようで慌てて白のクレーに照準を合わせようとするが、既にクレーは有効エリア外、吉祥寺は何もできずに次のクレーを待つしかない。

さて、俺が使った魔法だが実は特に難しいものではない。というか、魔法は雫が対戦形式で使った収束と振動魔法と全く同じだ。収束魔法で有効エリア内のクレーの密度を操り自分のクレーを中央に集め相手のクレーを外に押し出すというもの。

しかし、俺は雫の魔法からさらにもう一つの魔法を組み合わせた。加えた魔法は加速系領域魔法【定率加速】。この魔法は【定率減速】の反対の魔法で、領域内の物体の動きを一定の割合で加速させるというもの。これにより加速したクレーの速度は五倍から八倍。この領域を俺は有効エリア内全域に展開させているので、クレーはエリア内に入った途端に急に加速する。それにより吉祥寺は一瞬クレーを見逃したというわけだ。

吉祥寺の使用する魔法は【不可視の弾丸(インビジブルブリット)】、この魔法は対象物を視認していなければ使えない。なので五倍以上の速度で動くクレーを視認し、尚且つ収束魔法によりクレーがエリア内から弾き出されるよりも早く破壊しなければならないというわけだ。しかもそんなことを数分間続けなければならない上に俺がランダムで【定率加速】による加速度を変えているのでスピードに慣れることができず、ずっと集中し続けていなければいけないのだ。対して俺はいくら速度が変わろうと中央付近のみに集中していればいいだけだ。これはどちらが大変かなど聞くまでもない。問題があるとすれば雫よりも多い起動式が組み込まれている為にCADの処理速度が落ちることだが、そこは俺の実力があれば十分にカバーができた。

 

――――残り三十秒。

 

試合終盤になるにつれて吉祥寺は集中力が落ちて少しずつクレーを逃し、着実に点差が広がっていく。

 

――――五、四、三、二、一

 

「パーフェクト、ってな」

 

最後のクレーを俺が破壊し、吉祥寺が外したところで試合終了のブザーが鳴り、74-100という圧倒的な得点差で新人戦男子スピードシューティングの優勝者は俺に決定した。

 

 





ご報告です。
なんと、ヒロインが決まりました。

ヒロインはリーナです!

最初はすっかり忘れていて、ヒロイン候補の中にリーナは入っていなかったのですが、皆様に頂いた意見によりリーナに気が付き原作を読み直した結果、リーナをヒロインにすることに決めました。
意見をして頂いた皆様、本当にありがとうございました!
活動報告に詳しい事を書くつもりですから、気が向いたら見てください。

ここまでやっといてアレですが、私は恋愛については全くの無知ですので、期待に応えられる自信はありません。ですが私なりに精一杯頑張らせていただきますので、これからもよろしくお願いします!

……リーナが出るのは相当先になりそうですけどね。




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九校戦編Ⅸ

 
前回の話しを投稿してから、お気に入り登録件数が一気に伸びて驚きました。
やはり主人公が活躍したからでしょうか、それともヒロインが決まったからかもしれません。

もしリーナの登場に期待した方には申し訳ありませんが、リーナが出て来るのはこのペースの更新だと半年以上先になるかもしれませんよ?
主人公の活躍を期待した方はあと少し待っていてください。VS一条は私も書くのが楽しみですから、大暴れさせてやりますとも!(笑)




 

 

 

九校戦五日目の朝。

俺と兄さんに深雪の三人は今日から始まるアイスピラーズブレイクの会場に来ていた。俺と深雪の試合は最後の方なのでまだまだ時間があるのだが、第一試合の明智英美のエンジニア担当が兄さんなのでこんなにも早く会場に来ていたのだ。それでも試合開始まではあと三十分と少し早めに来たのだが、そこには既にエイミィが来ていた。話を聞くと早起きしすぎたと言っているようだが、よく観察してみると早く起きたのではなく寝れなかったというのが正しいようだ。それでもなんとか一回戦は勝ち抜き、二回戦が始まる間に感覚遮断カプセルを使って半分強制的に睡眠をとらされていた。

そして次は第五試合、雫が出場する番だ。ステージに上がってきた雫の衣装は豪華な振袖で派手と言ってもいいものだった。九校戦を初めて見る俺としてはこの衣装は派手過ぎるように思えるのだが、どうやら周りの反応を見る限りではそこまで珍しいものではないらしい。まあ、俺も人の事は言えないので少し安心した。

 

そしていよいよ試合開始の時間になった。フィールドの両サイドに立つポールに赤い光が点り、その光が黄色になる。そして更に青へと変わった瞬間、雫の指がコンソールを舞い、自陣の十二本の氷柱に情報強化が投射された。少し遅れて相手選手の移動魔法が襲い掛かる。しかし相手の魔法は雫の氷柱を微動だにさせることすらできなかった。そして攻撃魔法が途切れた隙に雫の魔法が相手の氷柱に行使され、三本の氷柱が粉々に砕け散った。

 

「あれは……【共振破壊】のバリエーションかしら?」

「正解」

 

深雪が見事に雫の魔法を当てて見せる。対戦相手の手の内を見ないようにとモニター室で兄さんと別れていたが、この試合の分だけなら特に意味がなかったような気がする。

雫が使う魔法については、照準補助システム付きの汎用型を作った時などに俺も少し手伝っているので全て把握している。なので魔法の詳しい説明も可能なのだが深雪は聞くのを自分の力のみで勝ちたいと言って拒否していたが、正解を教えるくらいは構わないだろう。

これだけ聞いていると深雪ばかりを応援しているように聞こえるかもしれない。もちろん姉弟として深雪を応援する気持ちは強いが、それ以上に雫が深雪を相手にどこまでやれるかを俺は楽しみにしていた。原作知識で結果は知っているし、そうでなくても深雪が負けるとは思っていないが、先ほど十七夜栞という存在を持って原作知識以外の可能性を見てしまったのだ。期待してしまうのも仕方がないだろう。

その為にも雫が決勝に行けるようにしっかりと応援しよう。俺がそう考えている目の前で、雫は自陣の氷柱を一本も倒されることなく次の試合への駒を進めた。

さて、そろそろ深雪の試合――――そして、俺の試合の番だ。

 

 

 

 

 

女子アイスピラーズブレイク一回戦の最終試合、深雪の試合がそろそろ開始されるのだが、紅夜は観客席にも深雪の控室にもいない。それは何故か、実は女子アイスピラーズブレイクの試合と同時に男子アイスピラーズブレイクの最終試合が始まるからだ。とは言っても競技の性質上、時間にズレが生じるのはよくあることで、紅夜の試合は予定よりも五分ほど遅れていた。それによって深雪の試合を控室のモニターで見る程度の余裕はできたので紅夜にとっては歓迎するべきことだったのだが。

 

いよいよ出番となり、紅夜がステージに上がると観客が大きくどよめいた。それも当然と言える。なにしろステージ上に現れた紅夜は制服姿ではなく、黒い燕尾服――――それも、執事服と言われるものに身を包んでいたのだから。男子アイスピラーズブレイクで衣装を変えた前例がないということではないのだが、それでも相当に珍しいことは確かだし、紅夜という誰が見ても満員一致で美形の人物が執事服などという恰好で出て来るのは観客にとって驚きしかないだろう。

紅夜は観客が大勢見ている中で緊張の欠片も見せず、綺麗な礼をして見せた。途端に会場からかん高い歓声が響く。

 

 

 

「こちらもか……」

「でも、やっぱり似合ってるよね」

「姉弟揃って似合い過ぎ」

 

紅夜の様子を別会場のモニターで見ていた達也や真由美たちは摩利、五十里、花音の言葉に同意するように頷いた。達也だけは頭を痛そうにして抑えていたが。

全員の視線が集まる先で、ついに試合が始まろうとしていた。

 

ポールに赤の光が点り、さらに黄色へと変わる。そしてポールの青が赤く染まった瞬間、紅夜の指が閃いた。発動された魔法は振動減速系魔法。故に紅夜の魔法発動速度は深雪よりも少し劣るが誤差でしかなく、もたらした効果に差異などなかった。

 

「まさか紅夜君まで……」

「……【氷炎地獄(インフェルノ)】」

 

紅夜の使った魔法は深雪が使ったものと全く同じもの。領域を二分し、運動エネルギーや振動エネルギーを減速、もう一方のエリアにその余剰エネルギーを逃がすことで冷却と加熱を行う高難易度魔法。当然、そんな魔法に相手はなすすべもなく、紅夜が空気の圧縮、そして解放を行うと同時に全ての氷柱が崩れ去り、一瞬にして勝敗が決した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大会六日目。

今日はアイスピラーズブレイクの第三試合から決勝までが行われる。ちなみに順番は深雪が第一試合で俺が最終試合だ。大会運営側は選手のコンディションから俺も第一試合にしようとしていたが、視察に来ている魔法関係者の為に俺の順番を最後に回したそうだ。かなり苦渋の決断だっただろう。

そんな訳で今回は深雪の試合を観戦する程度の余裕はあるので、兄さんと深雪と一緒に控室に向かう。その途中で原作通り三校の選手、クリムゾンプリンス一条将輝とカーディナルジョージ吉祥寺真紅郎の二人が立っていた。

 

「第三校一年、一条将輝だ」

「同じく第三高校一年の吉祥寺真紅郎です」

「俺は第一高校一年の司波紅夜、よろしく」

「第一高校一年の司波達也だ。それで、クリムゾンプリンスとカーディナルジョージが試合前に何の用だ?」

 

向こうが自己紹介をしてきたのでこちらも返しておく。

体格や身長は中性的と言われる俺の方が劣っているが、ルックスは俺の方が上だなと意味もなく対抗心を持ってみる。意味は違うが向こうも俺たちに対抗心を燃やしているようで闘争心むき出しの視線を向けてきた。

どうやら少し相手をしなければいけないようなので兄さんが深雪を先に行かせて話を続ける。

 

「プリンス、そろそろ試合じゃないのか?」

 

兄さんの言葉に一条が思いっきり動揺する。確か一条の試合は第一試合のはずなのでそろそろ時間的に不味いはずだ。試合が終わってからでもよかっただろうに。

俺と兄さんの呆れた視線に一条が言葉に詰まるが、吉祥寺が話を切り替えることでフォローした。

 

「僕たちは明日のモノリスコードに出場します。君たちはどうなんですか?」

「俺たちはモノリスコードは管轄外だ」

 

適当な返事を返しながら、心の中で戦うことになるだろうけどと付け足す。

 

「そうですか、残念です。いずれ君たちと戦ってみたいですね。今度は僕たちが勝ちますが」

「それにアイスピラーズブレイクも俺たちが優勝をもらう。時間を取らせて悪かったな」

 

完全な宣戦布告、だが俺にとっては望むところだ。さあ、どこまで俺を楽しませてくれだろうか。決勝が待ち遠しいな。

 

 

 

 

 

深雪の試合が終わり観客たちが醒めぬ興奮からざわめく中で俺は自分の控室へと移動していた。本当は時間ぎりぎりまで他の試合も見て居ようと思っていたのだが、自分のCADを衝動的に弄りたくなり早めに控室に来てしまった。

別に、本当に衝動的にCADを弄りたかったわけではない。ただ、一条たちからの宣戦布告を受けてちょっとテンションが上がっただけのことだ。本来なら今回の試合も【氷炎地獄(インフェルノ)】を使うつもりだったのだが、一条たちの宣戦布告に答える形でアピールしておこうと思った。どの魔法もいつでも使えるようにはなっているが念の為だ。どうせなら最高のパフォーマンスで試合に臨もうじゃないか。

 

 

 

そしてついにアイスピラーズブレイク第三回戦最終試合。

舞台上に上がった俺は執事風の礼をすると、今までで一番大きい観客たちの声援を聞きながら試合開始の合図を待つ。

 

ポールが赤い光を放つ。そして黄色に変わり最後に青く光った瞬間、俺は指を弾く動作と共に魔法を行使した。

魔法名は【スフィア・ブラスト】。効果内容は単純なもので可燃性の気体を収束、そして発火と同時に開放するもの。ただし、その魔法がもたらした効果は絶大だった。相手のエリアで爆発した気体は一気に膨張、爆轟とともに強烈な熱風と衝撃波をまき散らし、相手の氷柱を全て吹き飛ばした。そのまま広範囲に広がろうとしていた爆発は俺の障壁魔法に阻まれ、唯一出口の作られた上空に向けて飛び出した。そして爆風と共に吹き飛んだ氷柱は熱によって溶かされ水となり、さながら雨のように上空から観客席に降り注いだ。

 

観客たちから上がる悲鳴と歓声、そして試合終了の合図を受けて俺はもう一度お辞儀をすると舞台上から降りて控室に戻った。

 

さて、俺からの宣戦布告は受け取ってもらえたかな、一条将輝?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「受けて立つぞ司波紅夜。だが、決勝は俺が勝つ!」

 

紅夜が舞台を降りるのと同じころ、試合を観戦していた一条将輝は紅夜の意志に気が付き受け取った。

 

「司波紅夜、気を付けてね将輝。彼は強敵だ」

「ああ、分かっているさ」

 

真剣な顔で忠告してくる吉祥寺に将輝も真面目な表情で返した。

十師族として一条の名は伊達ではない。将輝なら並の相手なら本気を出さずとも簡単に倒すことができるだろう。それでも紅夜は全く油断のできない相手だった。

 

「将輝、楽しそうだね」

「……え?」

 

言われて気が付く、知らぬ間に将輝は口角が上がっていた。何故かと疑問に考え思い当たる、自分は司波紅夜のような強敵が欲しかったのだと。

誰かに自分の全力をぶつけてみたいという強者故の悩み。そして今、自分の全力を受け止められるかもしれない相手がいる。そう思うと将輝は自分の口に笑みが浮かぶのが抑えきれなかった。

 

同じような思いを持ち、強敵を前に笑みを浮かべる紅夜と将輝。この二人、実は結構似た者同士なのかもしれなかった。

 

 

 




 
今回の紅夜の衣装は完全に悪ノリしましたw

それと、雫のハードルが上がってるような気がしますが、特に何かあるわけではありません。




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九校戦編Ⅹ

 
ヒロインをリーナに決定したので、紅夜の原作知識を10巻までとしました。それに伴いプロローグを修正したのでご了承ください。
まあ、修正と言っても後半を三人称にしただけで、内容は全く変わってないんですけどね(笑)




 

 

 

女子アイスピラーズブレイク決勝。

決勝リーグを独占した一校に大会委員会から三人を同列優勝にしてはどうかという提案があったのだが、雫が深雪と戦いたいと言い、深雪がそれに受けて立って開催することになった。委員会は三人を同列優勝にしたいという意図があったようだが、今回は決勝を行って正解だっただろう。何せこの大会は全国放送しているのだ。もしも決勝を行わなかった場合、今まで最高の試合を見せてきた雫と深雪の試合が見れないことに批判が殺到したのではないだろうか。そうなったら、試合を行うよりもさらに大変なことになるのは簡単に想像できることだ。こんなことが想定できないことに加え、無頭竜の工作員が混じっているとなると大会委員は全く信用できなくなってくるな。

 

俺が満員の観客席で時間つぶしに意味もなく考えていると、ついに試合開始の時間になり、深雪と雫の二人が舞台上に現れた。途端に客席は水を打ったように静まり返る。二人の間にある戦意を感じ取ってか、会場にも緊張感が満ちる。

 

青いライトが点った。そして開始の合図となる赤い光に変わったり、同時に魔法が打ち出された。

 

雫のエリアに【氷炎地獄(インフェルノ)】が襲い掛かる。熱波が氷柱を溶かしに掛かるが氷柱は未だに形を保っていた。雫の情報強化がかけられているためだ。

深雪の氷柱を地鳴りが襲う。だがその振動は共振が起こる前に鎮圧された。【共振破壊】を抑える対抗魔法を深雪が発動しているからだ。

両者共に譲らぬ一進一退の攻防、と試合を見ている大半の観客たちは思っているのだろう。しかし一見互角に見える戦いは確実に優劣が決まっていた。雫の情報強化は氷柱に対する深雪の【氷炎地獄(インフェルノ)】の改変を防いでいたが、魔法によって生じた物理的なエネルギーの影響は避けられない。氷柱に対する加熱の改変は防げても、空気が熱せられたことによって氷が溶けるのは時間の問題だった。

このまま押し切られてしまうのか、そう思った時、雫の次の一手が打たれた。雫が袖口に手を突っ込み取り出したのは二つ目のCAD。拳銃型をした特化型CADは兄さんが授けた切り札だった。【フォノンメーザー】超音波の振動数を上げ熱線を起こす高等魔法。それにより、今まで一度たりとも傷つかなかった深雪の氷柱にダメージが入った。

しかし雫の攻勢もここまで、すぐさま立て直した深雪は新たな魔法を発動した。魔法名は【ニブルヘイム】振動減速系統魔法で、俺の得意とする振動加速系統の【ムスペルスヘイム】と対を成す魔法。威力は使用者によって前後するが、深雪が発動するとなればその威力は当然最大限に高められている。液体窒素すらも凍らせる冷気によってできた霧が雫の陣を覆い尽くす。

深雪は魔法を切り替えた。再度発動された【氷炎地獄(インフェルノ)】の熱が雫の陣を襲う。瞬間、起こるのは大爆発。【ニブルヘイム】によって付着した液体窒素が熱されたことにより一気に気化した。その膨張率は七百倍。当然氷柱が耐えられるはずもなく、雫の氷柱は轟音を立てて崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、ヤバい。テンションが上がりすぎて胸が苦しい。

先ほどの深雪と雫の試合、そしてこれから始まる一条との対決を考えると笑みが抑えられない。まさか自分がここまで戦闘狂だとは思ってもみなかった。流石にここまで戦いが楽しみなのは初めてなので、恐らく命に関わりがないのが影響しているのだろう。命の危険がない状態で自分の全力を発揮できる、こんな機会はそうそうない。

衣服の最終チェックをして乱れなどを整える。この執事服も最初は四葉として発表したら着れる機会がなくなるという適当な理由で選んだのだが、こうして何度も着ていると少し愛着が湧いてくる。最後にCADの最終チェックをして終了。

そろそろ試合開始の時間だ。存分に楽しもうじゃないか。

 

 

 

舞台上に上がった俺は、いつも通りに一つお辞儀をする。湧き上がる歓声、これまでの試合では特に意識にも入らなかった歓声が、今の俺には戦闘開始が徐々に近づいて来ていることを実感させた。離れた距離で向かい合う俺と一条将輝、抑えられぬ興奮に思わず笑みが浮かぶ。それは向こうも同じようで若干の緊張の色を滲ませながらも挑発的な笑みを浮かべている。高まる緊張感に会場が静寂に包まれるが、今の俺にはそれが心地良く感じられた。

自分の手の中にある拳銃型のCADを確認するように強く握りしめる。今までは、どんな状況にも対応できる、オールマイティな汎用型を使っていたが、今回の試合はそうもいかない。一条の秘術魔法【爆裂】、この魔法はアイスピラーズブレイクにおいて無類の強さを発揮する。もしも一条に勝つとすれば【爆裂】を使う前に片付けるのが、一番確実な方法だ。しかし、【爆裂】の発動速度は、兄さんの【分解】の発動速度に匹敵するレベルだ。もしもこの方法で勝つなら、特異魔法を使うしかない。だがそれは俺のルールに反する。正直に言って、特異魔法を使えば一条に勝つのは容易だ。なにしろ俺の魔法発動速度は兄さんを少し上回るのだから。

だが、俺は人の命が関わる可能性があるときなどの例外以外では、できるだけ特異魔法は使いたくないし、使わないと決めている。これは自分で定めた、ルールで、掟で、戒めだ。俺はあの時そう決めたんだ。

とにかく、俺は特異魔法を使わずに一条に勝つ。その為には先ず一条の【爆裂】を耐えるしかない。そして、【爆裂】が途切れたところで一気に勝負を決める。

さあ、試合開始だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新人戦男子アイスピラーズブレイク決勝戦。

午前の最後になるこの試合は多くの観客が集まっていた。午前の試合が終わった後にはしばらくの休憩時間が入ることから、毎日の午前最終は観客が大量に来る。しかし、今日は何時にも増して観客が集まっていた。その数は観客席が一杯になるだけではあきたらず、一般席通路の隙間さえ埋まる程だ。

そんな中、一般席よりはマシな関係者席に達也や真由美たちは座っていた。

 

「凄い人ね……」

「それだけこの試合は注目されているからな」

 

真由美の呟きに摩利が答える。

 

「それで、達也君は紅夜君が勝てると思うか?」

「ちょっと、摩利」

 

摩利が聞きにくい質問をズバッと切り込み、真由美が慌てて割り込む。流石に真由美は紅夜が一条に勝てるとは思っていなかったからだ。しかし、そんな真由美の気づかいを無駄にする驚愕の一言が達也から飛び出した。

 

「勝ちますよ」

「……へ?」

 

即答。これには摩利も目を見開き、真由美は間の抜けた声を出す。「勝てます」ではなく「勝ちます」という断定。この一言だけで、達也がどれだけ本気であるかが理解できる。

 

「……ほう、一条には【爆裂】があるが、それでもか?」

「ええ」

「達也くんが言うと本当に勝ちそうだから怖いわね」

 

もう一度頷いた達也に、真由美は震えながら腕をさすった。多少オーバーリアクションになってはいるが、これは間違いなく真由美の本心だった。それだけ達也のことを信用している証拠か、怖いというのもまた本心。十師族ではない者が一条に勝つとはそれだけ重大なことで、七草家の真由美としても無関係ではいられないのだ。

勘違いにもほどがあるのだが、真由美を含め紅夜たちの秘密を知る者など限られているのだから仕方がないだろう。

 

「達也君はブラコンでもあったのか」

 

だから、こう思われても当然かもしれなかった。

等の本人は相変わらず無表情。気持ちは別としてだが。

 

「違います。大体、その俺がブラコンどころかシスコンでもあるような発言は不愉快なんですが」

「ええ! 達也くんってシスコンじゃなかったの!?」

「驚いたな、てっきり君は妹のことが大好きだと思っていたのだが……」

「……先輩、下級生をイジメて楽しいですか?」

 

呆れを含ませた達也の声に、真由美たちは楽しそうに返答する。達也はもうやってられないとばかりに真由美たちの話を適当に流すことにした。

 

しかし、そんなお遊びもここまで。

 

「そろそろ時間ね」

「達也君の言葉が本当になるか楽しみにしておこう」

 

達也は二人の言葉に反応せずに無言で前を見ている。その視線の先では今まさに試合開始の合図が点り始めるところだった。

 

 

 

 

 

ポールに青い光が点る。

紅夜はCADの引き金に指を掛け、大きく息を吸った。

 

光がさらに黄色へと移り変わる。

吸った息を今度は大きく吐き出した。意識が切り替わり、周囲の音が消える。視界に映るのは氷柱のみ。

 

そして、赤い光が点った瞬間、紅夜と一条は同時に引き金を引いた。

 

刹那、爆発が起こる。

未だに両者の氷柱は健在だ。しかし、紅夜の陣にある最前列にある二本の氷柱が大きく形を崩していた。

流石は一条と言うべきか、紅夜が氷柱に掛けた情報強化を突破してきた。だが残り十本、このうち一本でも守り抜けば紅夜の勝ちは確定するようなものだ。

一条もそれは理解していた。恐らく【爆裂】が途切れた瞬間に形勢は一気に逆転するだろう。だからこそ、このまま一気にケリを付けなければならないということを。故に、一条は防御に力を割くことを一切せず、魔法演算領域を全て攻撃に回した。

ループ・キャストによって瞬時に発動した【爆裂】が再び紅夜の氷柱を襲う、残り八本。三度の衝撃、残り六本、ここに来て、紅夜の氷柱に掛かる情報強化が更に強くなった。氷柱が減ったことによって一本一本への干渉力が強化されたためである。一条が【爆裂】を発動するが、崩れたのは一本。もう一度【爆裂】が行使され、紅夜の氷柱は残り四本になる。三本、二本、そして――――

 

一条の【爆裂】は残り二本の内、一本に大きな亀裂を生じさせた。しかし、ここで一条の連続魔法使用にも限界が訪れる。一瞬の魔法の途切れ、だがその一瞬が、一条にとって致命的な結果を及ぼした。

 

紅夜の口元が三日月を描く。

CADのトリガーが引かれ、魔法が行使された。

出力された魔法式がイデアに投射され、エイドスに干渉する。

 

 

エリア内に、『夜』が舞い降りた。

 

 

やけに時間がゆっくりお流れる中、一条は何故かはっきりと感じることができた。

離れた距離にいる紅夜の三日月が割れたのを。

そして、形を崩した三日月から小さく囁かれるように発せられた【流星嵐(グリント・ライン)】と言う声を――――――

 

 

 

 

 

――――閃光が

 

      瞬いた――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

流星嵐(グリント・ライン)】。

この魔法は紅夜が四葉真夜の『夜』と呼ばれる所以の【流星群(ミーティア・ライン)】を参考にして作り出した魔法だ。製作動機はカッコイイからと何とも適当なものだが、完成した魔法は元が元だからか、適当では済まない強力な魔法になった。

魔法系統は収束、そして加速。真夜の魔法は室内などの光が限定された空間でなければならないという制限があるが、紅夜の【流星嵐(グリント・ライン)】は正反対で、屋外などの光が強い場所でないと効果を発揮しない。先ず加速系統の魔法により、光を反射して通さない空間を作る。そしてその空間内の光りを収束、文字通り無数の光球と光条と闇に分ける魔法だ。残念ながら紅夜は光が100パーセント透過する状態に改変する魔法演算領域は持っていないが、光に対する収束魔法の干渉力は、()()()()()()()()()()()()()()かのように得意だった。

そうしてできた、直径一センチ程度にしか満たない光が氷の柱を切り裂いた場合、どのようになるか。結果は一目瞭然だ。

 

バラバラになり崩れ落ちた十二本の氷柱、エリア内に残っている氷柱は二本のみ、そのどちらも紅夜の陣に立っているもの。つまり、勝敗は決した。

一礼。一泊置いて、歓声が爆発した。

 

 

 

 

舞台上から降りた一条は未だ信じられない気持ちで茫然としていた。もちろん一条も紅夜は強敵だと分かっていた、それでも自分の実力に自信を持っていたし、十師族どころか数字付き(ナンバーズ)でない者に負けるとは考えてもいなかった。それが傲慢な考えだとは理解はしているが、それだけ十師族という肩書は大きいものだったのだ。

 

「将輝……」

「……ジョージか」

「ごめん将輝、僕の見通しが甘かった。もっとしっかり戦力分析ができていれば……」

「いや、ジョージの所為じゃない。今回の敗北は完全に俺の力不足だ」

 

吉祥寺も相棒とも呼べる一条がここまで消沈した姿を見たことがなかった。

 

「もっと、強くならきゃな」

「そうだね、僕も付き合うよ」

 

二人が今回の試合で至らなかった点や反省、これからに向けてなどいろいろと話しながら控室を出たところで自分たちを待ち構えている人物を見つけた。

 

「司波紅夜……」

「俺のことは紅夜で良いよ、一条将輝」

「俺も将輝でいい。それで、何の用だ?」

 

いつの間にか一校の制服に着替えていた紅夜は、一条の質問に心底楽しそうに笑いながら右手の拳を突き出した。

 

「楽しかったよ、また戦おうな。将輝!」

 

将輝の動きが一瞬固まった。だが、徐々に言葉の意味を理解するにつれ、将輝の顔にも思わず笑みが浮かぶ。

 

「ああ、次は負けないからな。紅夜!」

 

将輝は紅夜の拳に己の拳を力強くぶつけた。

 

 

 

 




 
もう九校戦編終了で良くないですか? やりきった感がハンパないですw

真面目に、これから紅夜の出番がほとんどないかもしれません。
モノリスコード出場させるとなんか相手が瞬殺で面白くなくなりそうなんですよ。それでもモノリスコードに出させた方がいいんですかね?
……正直に言うと、面倒なんです(笑)



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九校戦編Ⅺ

 
ここからは紅夜の出番もほとんどないので駆け足で提供します。
(言えない、サブタイのローマ数字が大きくなるとカッコ悪いからだなんて絶対に言えない……!)




 

 

 

大会七日目。

今日は新人戦モノリスコードが行われる日でもあった。そして、原作通り事件は起きる。フライングにより開始直後に放たれた【破城槌】で廃ビルが崩れ、森崎たちが瓦礫の下敷きになってしまったのだ。原作知識を持つ紅夜はこの事故を止めることは可能だったのだが、原作からできるだけ剥離させたくない紅夜がこの事件に介入することはなかった。森崎たちには悪いが達也と深雪に関係ないことで原作を変えることはあまりしたくなかった為だ。まあ、それでも紅夜というイレギュラーな存在があるので原作が歪むのは避けられないだろうが。一応原作と違ったことが起きることを考えていろいろと対策、と言うほどでもないが準備はしていた。

 

紅夜がそんな感じでいろいろと動いている時、達也はミーティングルームに呼び出されて真由美や克人、摩利などの幹部たちにモノリスコードの出場を薦められているところだった。

 

「……二つほど、お聞きしてもいいですか?」

「ええ、何かしら」

 

真由美の許可をもらい達也は競技の予定について質問する、答えは予想通りのもの。だが、達也にとっては次の質問が一番重要なことだった。

 

「何故自分に白羽の矢が立ったのでしょう? 自分という特例を作るなら、一条選手に勝った紅夜を出場させる方が良いと思うんですが」

 

遠回しの拒絶、そして達也にとって今の質問は純粋な疑問でもあった。選手ですらない自分が出場するという特例が認められるくらいならば、既に二つの競技に出場している紅夜が三つ目の競技に出場するという特例も認められるのではないか。

そんな問いに、真由美は困った顔と嫌悪感が入り混じったような複雑な表情をして口を開く。

 

「もちろん最初は紅夜くんの出場を考えていたのだけど……。その、上から圧力が掛かったのよ」

 

その答えで達也は大体の事情を察した。恐らく一条に勝った紅夜を出させたくないのだろう。克人が交渉役をしていたことを考えると、もしかしたら十師族直々に圧力が掛けられたのかもしれない。これは確かに真由美が嫌悪感を現すわけだと達也は納得した。

ここにいる者たちが知るはずもないのだが、同じころ情報を得た将輝も真由美と同じような表情をして不満を露わにしていた。

しかし真由美や将輝が不満を現したところでそれが覆るわけもない。結局、達也はモノリスコードに出場することになり、選手も二科生から選ぶという異例の事態になったが、紅夜が出場することにはならなかった……のだが。

 

「もしもし、紅夜。今から小通連と幹比古の術式を調整するんだが、手伝ってくれないか?」

『何それ面白そう。今立て込んでるからちょっと待ってて、あと十五分で行く!』

 

本人は気にも留めていないようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ、どういうことだ!?」

 

とあるビルの一室、その中央に置かれたテーブルを囲む男の内の一人が手下からの報告に外面を取り繕う余裕もなく悪態を吐いた。

 

「大会委員に潜り込ませた工作員が行方不明! これでは電子金蚕を使うことができないではないか!?」

 

もう一人の男が叫び怒りを露わにする。もはや彼らには冷静な思考をする余裕など欠片も残されていなかった。

 

「もはや手段を選んでいる場合ではない」

「その通りだ、観客が大勢死ねば大会どころではないだろう」

「ではジェネレーターを送り込むということに異論はないな?」

 

誰かも反論の声は上がらない、この場に彼らを止める者は存在しなかった。

 

「念の為に行動を起こすジェネレーターは三体にするべきだ」

「そうだな、それなら誰も止めることなどできないだろう」

 

テーブルを囲む男たちは狂気を含んだ笑みを浮かべる。それは生への渇望、今の精神状態ならば男たちは生きるために核兵器の発射ボタンを躊躇いなく押すことだろう。傍から見ると滑稽な彼らの醜い足掻きは留まるところを知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新人戦モノリスコードは達也の巧みな作戦によって順調に勝ち進み、ついに新人戦モノリスコード決勝。

選手が登場に観客たちは困惑の雰囲気を漂わせている。それも当然のことで幹比古とレオの二人がマントとローブという、何とも言えない不思議な恰好をしていたからだ。そんな観客たちの中で周りとは違った反応を見せる人物が一人、エリカは幹比古たちの恰好に大爆笑していた。思いっきり周囲の注目を集めていたエリカだったが、実はもう一人、周囲の注目を集めずに大爆笑している人物がいた。

 

「アッハハハハハハ――――! げ、原作で知ってるとはいえ……プッ、お、面白すぎ……アハハハハ――――っ」

 

紅夜は会場に現れた幹比古とレオの恰好を手元の情報端末のディスプレイで見て、遠慮などせずに思いっきり声を上げていた。しかし、その声は強い風に攫われて誰の耳にも届くことはない。それもそうだろう、何せ今紅夜がいる場所はホテルの屋上なのだから。……いや、一人だけ聞いてる者がいた。

 

『ちょっと、紅夜君、声を抑えて!』

 

手元の情報端末のスピーカーから負けじと張り上げられた声に紅夜は冷静さを取り戻す。

 

「いやぁ、すみません藤林さん。ところで奴らに動きはありました?」

『いいえ、今のところ動きはないわね。それにしても、大会委員の工作員といい、ジェネレーターだったかしら? どこから情報を得たのよ』

「ちょっと知り合いに情報通がいるんですよ」

 

紅夜の返答は答えになっていないものだった。藤林も元々大した答えは望んでいなかったのか深くは突っ込まずに会話が途切れる。

今の会話から予想できるかもしれないが、紅夜が屋上にいる理由はジェネレーターの監視だった。そう、原作と違うことが起きたのである。実はモノリスコードの試合開始前にも無頭竜が達也たちのCADに電子金蚕を仕込もうとしているという情報を得て工作員を確保していた。途中、達也からかかってきた電話にヤる気が上がって、工作員の肢体を焼失させてしまったのはちょっとしたお茶目だろう。

とにかく、そんなこともあって予め警戒していた紅夜が情報を集めた結果、この試合にジェネレーターが三体も入り込むことが分かったのだ。無頭竜の動きが原作よりも活発なのは恐らく自分がスピードシューティングとアイスピラーズブレイクで優勝したことで焦っているからだろうと紅夜は予想していた。ジェネレーターを三体も送り込んで来る辺り、向こうはもう手段を選んでいる余裕すらないのだろう。こういう敵は何をしでかすか分からないので最後まで気が抜けない。

そんことを考えてしばらくした時、紅夜がディスプレイを見て声を上げた。

 

「流石に【精霊の眼(エレメンタル・サイト)】なしじゃ一条の相手は無理だったみたいですね。老師には気が付かれた可能性が高そうだ」

『…………』

 

紅夜の声に藤林は沈黙で返す。この質問は意地悪だったかと紅夜も少し反省した。またも奇妙な静寂が辺りを支配する。しかし、その静寂が破られるのは案外早かった。

 

『紅夜くん、ジェネレーターが動いたわよ!』

「了解!」

 

藤林からの報告を受けた紅夜は近くに置いてあった小型のバイザーを装着した。バイザーの電源を入れ、ディスプレイを見て起動したことを確認すると、黒を基調にして紅のラインが入った拳銃型CADを手に取る。

 

『数は三、映像と位置座標を送るわ』

 

バイザーに目標の映像と座標が映し出され、紅夜はその情報を元に【叡智の眼(ソフィア・サイト)】を発動した。ホテルの屋上から試合会場までは直線距離でも五百メートル以上は離れている。しかし、紅夜にとっては距離など関係のないものだ。膨大なエイドスの海を渡り、位置座標周辺の情報が脳裏に流れ込む。紅夜が把握した状況は三体のジェネレーターが今にも観客に襲い掛からんとしたところだった。しかし、ジェネレーターが観客に手を掛けるより、紅夜がCADの引き金を引く方が圧倒的に早かった。

 

業火(ヘル・フレア)

 

人間の反射神経の限界に迫る速度で発動した魔法は、ジェネレーターが無意識に張っている情報強化を易々と貫いた。ジェネレーターの身体に魔法が作用し、分子の振動が超加速する。一気に分子の動きが激しくなったことによって分子間力の働きがなくなり、ジェネレーターは自身が何をされたかも理解できずに身体が一瞬で統合力のない気体へと化する。僅かな炎を残し、ジェネレーターという存在は跡形もなく消滅した。

紅夜は続けて二回、CADの引き金を引く。行使された魔法はどれも同じ結果をもたらした。

 

「――――目標の焼滅を確認」

 

紅夜の言葉に誤字はなく、文字通りジェネレーターの身体は焼けて消え去った。

 

『こちらでも確認しました、お疲れさま』

「藤林さんも、わざわざありがとうございました」

 

バイザーを外すと一つ息を吐く。流石に紅夜も長距離射撃には神経を使う。別に疲れたわけではないが、緊張が緩んだことによる無意識の行動だった。

 

『それにしても、達也君の分解といい、相変わらず恐ろしい魔法ね』

「まあ、俺の魔法も熱によるものとはいえ、分子間力低減による分解とも言えなくはないですからね」

『そうだったわね。四葉の御当主も分解のような魔法を使うし、やっぱり遺伝かしら?』

「……兄さんはともかく、俺はそうかもしれませんね」

 

通話相手には気が付かれない表情の微妙な変化、それは今の会話で紅夜に思うところがあったからか。しかし紅夜は通話相手の藤林に微塵もそれを感じさせることはせず、話題を変えた。

 

「それじゃあ残りは任せますね。後の仕事は兄さんにお願いします」

『……私たちや達也君の行動はお見通しってことね。達也君もだけど、紅夜君も年齢を偽ってない?」

「まさか」

 

藤林は内心の動揺を隠して軽口を返す。風間たちは紅夜によって捕らえられた工作員を尋問して、深雪の試合を妨害することが企てられていたという情報を入手していた。その情報で達也のことを動かそうとしていたのだが、藤林は実行に移す前に紅夜に見破られるとは思っていなかったのだ。その答えは実は藤林の軽口に隠されていたのだが、藤林がそれを知るはずもなかった。

 

「では、お疲れ様でした。……ああ、もしも時間外手当の請求が無理ならバイト代くらいは払いますよ」

『ちょっと紅夜君それどう――――――――』

 

藤林の声を無視して一方的に通話を切り、切り替わる画面を確認することはせずに端末を放り出す。宙を舞う端末がコンクリートの上に置いてあるタオルに衝撃を吸収されたのを確認して、紅夜は大きくため息を吐き、苦虫を噛み潰したかのように顔を顰めた。

 

「胸糞悪い……」

 

吐き出した言葉は非道な手段を使う無頭竜に対してか、はたまた別のことに対してか。言葉をさらった強い風もその意を知ることはかなわず、真実は本人の胸の内。

タオルに埋もれた端末の画面にはモノリスコード優勝を飾った達也たちが大きく写し出されていた。

 

 

 

 

 




 


実は今回の話しは割と早く出来上がったので、書き溜めでも作っておこうかなぁ、とか思っていたんですよね。そう、思っていたんですよねぇ………。

ええ、シルバウィークということもあって時間があるので何かラノベでも買おうかなと思い、久しぶりに本屋に行ったのがいけなかったんです。
本屋で『問題児たちが異世界から来るそうですよ?』を見つけ、アニメを見たきり原作に手を出していないことを思い出し、たまたま財布にお金が沢山入っていたので、11巻全巻を大人買い。
二日で読み切ったところ、二次が書きたくなり、設定やら何やら考えていたら何時の間にか問題児の二次作が三話分が書きあがっていて、この作品の書き溜めは一つもできていないと。

全部シルバーウィークがいけないんです!


………はい、すみません。反省しています。
――――――ところで、ラストエンブリオが無かったんですけど、どこに行けばあるでしょう?←




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九校戦編Ⅻ

 
ギリギリ投稿。

危なかったです。前回の後書きの流れのままこの話しを書くのがズルズル遅れ、今日になってみれば、まだ千文字も書けていないという事態。慌てて書き上げ時間を確認して見れば、完成したのは投稿20分前。
そんなわけでミスがあったりするかもしれませんが、御容赦ください。




 

 

 

大会九日目。どうやら昨日の間に兄さんが後始末を終わらせたようなので、この日からは安心して試合の観戦を楽しむことができる。ミラージバットの試合も特に何か起こることはなく、深雪の優勝と共に一校の総合優勝が飾られた。

俺はまたも繰り上げになったパーティーのことを確認すると自分の部屋に戻りベッドに倒れ込む。原作では今日が兄さんが無頭竜を潰す日だったが、昨日の内にやってしまったので今は自分の部屋にいるだろう。

そういえば今頃は九島烈と風間が会っているころではないだろうか。うろ覚えだが四葉の戦力について話し合っていたはず。確かに四葉の戦力は強くなった。しかしそれは攻撃する為のものではなく、二度と悲劇を起こさない為に自分たちを護る力だ。それに俺と兄さんという戦略級の戦力が抜けた場合、四葉の力は他の十師族と同等までガタ落ちする恐れがある。

九島烈はそれを知っているのか、それとも知らずに言っているのか。あるいは何か他の狙いがあるのかもしれない。前々代当主で俺の祖父に当たる四葉元造と親しくしていたらしいので四葉を貶めるようなことはしないだろうが、弱体化を考えているとなると警戒せざるを得ない。まあ、向こうが直接的に手を出してくることはないだろうし、少なくとも俺の原作知識が残っている来年までは何もしないと考えていい。そんなことをつらつらと考えている内に俺の意識は落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いよいよ九校戦の最終日、今日行われるのはモノリスコードのみ。そのモノリスコードも克人や服部の活躍で危なげなく勝ち進み、ついにモノリスコード決勝戦、第一高校対第三高校が始まってた。

宿命の対決とでも言うべきこの試合は誰の目から見ても分かる程に一方的なものになっていた。先ほどから相手は氷の礫を飛ばしたり、崖を崩して岩を落としたり、沸騰させた水をぶつけたりと地形を利用した多種多様な攻撃が克人に向かって繰り出されている。だが、それらの攻撃は全て克人の張った障壁魔法に阻まれていた。様々な攻撃に対して克人は対応する障壁を幾重にも張り、全てを防ぎ、悠々と敵陣に向かう。

多重移動防壁魔法【ファランクス】。

この魔法は何種類もの防壁魔法を途切れさせることなく更新し続けるという高度な技術による持続力が強みだ。俺には克人のような高度な真似は不可能だ。元々、俺が障壁魔法があまり得意ではないことも理由の一つだが、それを抜きにしても感嘆するほどに克人の魔法は洗練されていた。

三高の選手は克人の歩みを止めることはできず徐々に距離は縮まっていく。そしてお互いの距離が十メートルを切ったところで克人の歩みが止まった。否、止まったのではない。一瞬の停滞は次の行動に向けての溜めだった。一歩、そして勢いよく地を蹴った。加速・移動魔法が掛かった克人の身体は水平に宙を飛ぶ。そのままショルダータックルで相手選手めがけて突っ込み自身の周囲に張ったままの対物障壁で相手を吹き飛ばした。克人は吹き飛ばした相手には目もくれず、次のターゲットめがけて跳躍した。相手がどんな魔法を行使しようとも、克人はそれを真っ向から叩き伏せる。なすすべもなく三人目の選手が吹き飛ばされ、圧倒的な結果でモノリスコードの優勝は一高に決まった。

 

 

 

「凄いですね……あれが十文字家の【ファランクス】ですか……」

 

観客席で手を叩きながら呟く深雪の感想はありふれたものだった。それだけ衝撃を受けている証拠だろう。実際、俺もこの試合、いや克人の魔法に圧倒されていた。あの鉄壁の防御を破るのにはどれだけの干渉力が必要になるのだろうか。少なくとも、俺がモノリスコードのレギュレーションの中で克人に勝つのは不可能に近いだろう。それこそあの防御を破るには特異魔法を使うことになるのは必須だ。

 

「違うな……あれは多分、本来の【ファランクス】じゃない。最後の攻撃……あれは【ファランクス】本来の使い方ではないように思える」

 

しかも兄さんが言ったように未だに本気ではないのだから恐れ入る。唯々感心して拍手を送っていると、ふと克人と目が合った。これは偶然ではないだろう。考えれば当然だ、兄さんが将輝に勝って克人は力を誇示するような試合をしたのだから、同じく将輝に勝った俺に対してアピールするのは必然だ。

フッと笑い、視線で俺はお前より強いと告げる克人に、俺は口角が上がるのを抑えることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無事に表彰式も終わり、閉会式の挨拶やその他諸々も終了した。それならば早く帰りたいところなのだが、そういうわけにもいかない。開会前と同じくパーティーが開催されるからだ。幸いなのは開会前の懇親会とは違って本当の意味で親睦を深める場だということか。面倒といえば面倒だが、開会前の下らない話がグダグダと続くパーティーよりもマシなことには違いなかった。それでも他校の生徒や大会関係者、挙句の果てにメディアの関係者まで纏わりついてくるので、うんざりとした気分になるのにはあまり変わりがないかもしれない。

そんな手合いの相手が面倒だったので、俺は将輝のもとへ避難していた。将輝も有名人には違いないが、一条ということがあり相手は少し遠慮するのだ。そこで俺と将輝が二人で話し合っていたら、声を掛けにくくなるというわけだ。将輝も俺と話したいことがある上に、面倒なのに纏わりつかれるのも嫌だと言って、快く了承してくれた。途中から吉祥寺も加わり、魔法の活用方法や戦術面など様々なことを話していた。兄さん以外の人物から魔法の専門的な考察を聞くのが面白くて、将輝を傍目に吉祥寺と話し込んでしまったのはご愛敬だろう。

まあ、そんなこんなでパーティーの名目通りに時間を有意義に使うことができたのだが、ここからがパーティーの本番、俺にとっては面倒な時間、ダンスの始まりだった。

 

「……メンド」

 

思わず呟いた俺を誰が責められようか。

 

「そんなこと言うもんじゃないぞ紅夜。……まあ気持ちは分からなくもないが」

 

……どうやら責める奴はいたようだ。

 

「分かるんだったら愚痴くらい言わせろよ、将輝」

 

苦笑する将輝に憂鬱な気分を吐き出すようにため息を吐く。将輝は生まれた時から慣れているかもしれないが、俺は元は一般人なのだ。この世界に完全に染まっている自覚はあるが、こういった部分はどうしても慣れることができない。いや、慣れることはできても、どうしても面倒だと思ってしまうのだ。さて、どうやってこのストレスを発散しようかと考えていると、一つ、この場で可能な発散方法を思いついた。

 

「じゃあ俺はお姉様と踊って来ることにするよ」

「は? お姉様って……」

 

キョトンとする将輝に俺はできるだけステキな笑顔を意識して笑う。

 

「もちろん深雪のことだ。じゃあ、頑張れよ!」

「……ちょ、ちょっと待て!」

 

固まった将輝に背を向け人の生垣に向かう。後ろから再起動した将輝のこえが聞こえるが、俺は努めて気が付いていないふりをした。

将輝をからかいストレス発散をしてスッキリしたところで改めて深雪のもとに向かって歩き出す。ここで周囲を見渡したりしてしまうと相手を探していると間違えられるので、真っ直ぐ目的地に視線を据える。さっきのはストレス発散も兼ねているが、深雪と踊るつもりなのは本当のことだった。最初に深雪と完璧な踊りを見せれば、ダンスに自信のない奴らは俺と深雪に声を掛けにくくなっているだろうという希望的観測があったからだ。問題は完璧なダンスを踊れるかだが、四葉として育てられた俺と深雪は基準よりも遥かに上手いはずだ。それに深雪とのダンスならば何度かしたことがあるので、息が合わないという心配もない。

人の壁をかき分けて何とか深雪の前に出る。都合の良いことに、どうやら集まっていた奴らは気後れして、まだ深雪を誘っていないようだ。確かに深雪のような美少女に声を掛けるのに戸惑うのは理解できるが、俺は深雪の弟なので、そこらへんの問題もなく自然体で深雪の前に進み出る。

 

「是非とも私と踊っていただけませんか?」

 

少々遊びながらも、作法に則り恭しく礼をした後、手を差し出す。

 

「ええ、よろしくお願いします」

 

深雪も作法通りの礼をして、俺の手を取る。……ここで将輝をもう一度からかってやろうかとも考えたが、流石に可哀想なのでやめておくことにした。

 

 

 

その後、深雪とのダンスを終えたのだが、やはり希望的観測は希望に過ぎなかったようで、何人もの相手と踊る羽目になった。途中から知らない相手よりマシだということで、最終的にほとんどの時間を一校の生徒と踊っていたのだが。真由美と踊った時はあまりに変則的なステップで、めんどくさいと漏らした俺は悪くないと思う。その言葉を真由美に聞き咎められて足を思いっきり踏まれてしまったのはご愛敬だ。それでもステップが乱れなかった真由美は流石と言えた。

ダンスをぶっ続けでしていれば疲れるのは当然のことで、一息つきたくなった俺は同じく疲れたようにしている兄さんのもとに向かう。まあ俺と違い兄さんは精神的に疲れているようだったが。途中で俺と兄さんの分の飲み物を貰い、いざ兄さんに声を掛けようとしたとき、反対から向かって来る克人を見つけた。

 

「紅夜もいたか。丁度いい、二人とも付き合え」

 

いきなり来たと思えばそう告げるなり、突然のことに唖然とする俺たちを気にせず背を向けて歩き出す。どうやら拒否権はないらしい。

 

「……飲み物いる?」

「……ああ、いただこう」

 

兄さんにグラスを片方渡し、中身を一気に飲み干すと、空になったグラスを二人分ウェイトレスに渡して克人を追った。

 

 

会場から離れ静寂が支配する廊下を克人の背を追いかける中、俺は原作知識から似たような状況の記憶を引っ張ってきていた。すっかり忘れていたが確かにこんなこともあった。思い出したのはこの後の印象的なシーンに繋がっていたからだ。そうなると原作でいえば、そろそろ九校戦編が終了することだろう。

そんなことを考えている内に克人は目的地に着いたらしく、そこそこ広い庭で立ち止まる。

 

「よろしいのですか? そろそろ祝賀会が始まる頃だと思いますが」

「心配するな。すぐに済む」

 

兄さんの問に、おもむろに振り返った克人が短く答える。そして単刀直入に用件を問いただしてきた。

 

「司波、お前たちは十師族の一員だな?」

 

原作知識を持っている俺はこの問は分かっていたので動揺することはない。逆に言えば原作を思い出していなかった場合、動揺を露わにしていた可能性があるということだが。

本当に原作知識を思い出せてよかったと心の中で安堵する。

 

「いいえ。俺は十師族ではありません」

「まあ、一条に勝ったので疑う気持ちは分かりますよ」

 

兄さんの答えに乗る形で俺は明言することを避ける。兄さんと俺が兄弟なのだから兄さんが否定をしておけば俺が疑われることも先ずないと言える。

 

「――そうか」

 

じっと俺たちを見据えていた克人だったが、嘘はないと判断したのか無表情に頷いた。実際嘘は言ってないし。

 

「ならば十師族家代表補佐を務める魔法師として助言する。司波、お前たちは十師族になるべきだ」

「…………」

「そうだな……七草なんかどうだ?」

「どうだ、というのはもしかして結婚相手にどうだ? という意味ですか?」

「そうだ」

 

ここで真由美のことを俺たち二人に聞いているのは、どちらかでも十師族と結婚すればもう片方も自然と十師族の枠組みの中に入ることになるからだろう。

しかし何というか、言葉を失うとはこのことか。原作知識で知っていた、知ってはいたが、実際に目にするのとでは衝撃が違った。

 

「……七草会長の相手にはむしろ、十文字会頭のお名前が挙がっているのではありませんか?」

「確かにそういう話もあるな」

「……七草会長はタイプではないんですか?」

「いや? 七草はあれで中々、可愛いところがある」

 

これには兄さんも言葉を失くしていた。今の克人を見ていると、昼間の威風堂々とした姿が全て夢だったような気がしてくる。できれば今の方が夢だと嬉しいのだが、残念なことに間違いなく現実だった。

 

「もしかして歳を気にしているのか? フム……ならば七草の妹はどうだ? 最後に会ったのは二年前だが二人とも将来が楽しみな美形だった」

「……自分は会頭や会長とは違って一介の高校生なので、結婚とか婚約とかそういう話はまだ」

「俺も考えたこともありませんし」

「そういうものか?」

 

そういえば、本当にそういった話を考えたことはなかった。やはり元一般人としての感覚が抜けきらないのか。実際問題、秘密主義な四葉は婚約者問題とかをどうするつもりなのだろうか?

 

「そろそろ戻るか。二人とも、あまり遅くなるなよ」

 

何時の間にか話が終わっていた。どうやら現実逃避が上手くいったらしい。いや、現実逃避が上手くいくとか意味が解らないが。

 

「お兄様? 紅夜?」

 

深雪の声に兄さんと一緒に我に返った。

 

「どうされたのですか? 珍しいですね、私が近づいて来るのも分からないくらいボンヤリなさるなんて」

「……いや、ちょっと意外なものを見てな」

 

首を傾げる深雪に気にするなという意味を、そして気を取り直す意味も含めて首を振る。

 

「そういえばそろそろパーティーが終わる頃だな」

 

反射的に顔を顰める兄さんに深雪と一緒にクスクスとわらう。

 

「じゃあ俺は最後の曲くらい自分から踊って来ることにするよ。兄さんと深雪も祝賀会には遅れないようにな」

 

言外に祝賀会が始まるまで戻って来るなと告げてパーティー会場に戻る為に歩き出す。

最後の曲が既に流れ始めてしまっていたが、俺の足取りが早まることは無かった。

 

 

 

 

 





これで九校戦編はおしまいです。
次からは夏休み編に入りますが、正直あまり書くことがないので、オリジナル番外編みたいな形になると思います。……多分。
もしも書けなかった場合は夏休み編を飛ばして横浜騒乱戦編に入ることになります。番外編を書くにしても横浜騒乱編を書くにしても、ほとんど何も考えていないので、次の投稿はかなり遅れそうです。ご了承ください。

まあ、長くても一ヶ月くらいで投稿すると思うので気長にお待ちください。
ではでは、お付き合いいただきありがとうございました。




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ハロウィン特別番外編

 

お久しぶりです。
ライヴやら旅行やら風邪で熱やら色々とやっていたら思ったより遅くなってしまいました。

しかし、本編を期待していた方には申し訳ありませんが、今回の話しはハロウィンの特別番外編です。
先ほど魔法科のスマホゲームをしていたら深雪の台詞でハロウィンだということに気が付いたので、急いで書き上げ投稿しました。ちなみに内容も深雪の台詞から膨らませたもの。

短いです。





 

 

 

今日は10月31日、俗に言うハロウィンの日である。ハロウィンとは簡単に言ってしまえば子供たちが仮装し、トリックオアトリート(お菓子をくれなきゃいたずらするぞ)と言ってお菓子を貰う風習がある。現代、22世紀初頭になろうとする時代においても民間行事として根強く定着しているハロウィン。本来は収穫祭など宗教的な意味を含むものだったのだが、今やその面影は殆どない。しかしそれが寒冷期に入り世界の食料資源が減り食糧危機に陥ったにも関わらず、収穫祭であるハロウィンがここまで存続している要因でもあった。

2010年代に入り、日本で爆発的に人気を伸ばしたハロウィンは今でも健在である。当然、ハロウィンの内容も世間の常識に入るのだが、司波家において一人、ハロウィンの詳しい内容を知らないという世間知らず――いや、この場合は箱入り娘か――がいた。

 

「ハロウィンとは一体何をするものなのでしょう?」

「「「――――は?」」」

 

今日は土曜日であるが魔法科高校は登校日、今日の授業は終わり各自自習の時間となっている。自習とはいえ成績優秀者である紅夜、深雪、雫、ほのかの四人は特に何をするでもなく雑談に興じていたのだが、深雪から衝撃的発言が飛び出した。紅夜も含め、呆気にとられる三人に深雪は首を傾げる。

 

「深雪、本当に知らないの?」

「あー、そういえば家では一度もやったことがなかったな」

「へぇ、なんだか少し以外です」

「でも何で紅夜くんはハロウィンを知っているのに深雪は知らないの?」

 

雫の疑問に紅夜はどう答えたものかと考える。まさか深雪がハロウィンを知らないのには驚いたが、よく考えれば箱入り娘とも言える深雪が知らないのも無理はないかもしれなかった。紅夜も前世の知識がなければハロウィンの詳細など知りもしなかっただろう。しかし、まさか深雪が箱入りだと答えるわけにもいかない。

 

「……実は俺と兄さんに深雪の三人で一緒に暮らし始めたのは一校に入学することになってからなんだよ」

「そうなんですか!」

 

ほのかが食いつき、上手く話を誤魔化せたことに紅夜は内心でガッツポーズをする。

 

「家の事情でいろいろあってな」

「なるほど」

 

紅夜は多くを語らず上手く話を濁した。家の事情、深雪と紅夜の二人と達也の誕生日が離れていることを考えれば家庭関係が複雑であることは簡単にわかることである。実際はさらに複雑な関係だったりするのだが、この場では紅夜と深雪以外に知る者はいない。

 

「そう言えばハロウィンの話だったな」

 

微妙になりかけた空気を誤魔化すように――実際は意図的に微妙な空気にしたのだが――紅夜が話を変える、というか元に戻した。

 

「ハロウィンはお菓子を貰ったり仮装したりして楽しむものなんですよ」

「随分と大雑把な説明だな」

 

ほのかの説明に紅夜は思わず苦笑する。

 

「ほのかの説明も間違ってはいないと思う」

「まあ、そうだな」

「なるほど、ハロウィンとはそのようなものなのね」

 

納得してしまった深雪に真剣に詳しく教えるか悩む紅夜だったが、楽しむ分には問題ないかと割り切ることにした。

 

(深雪の仮装か。サキュバスのコスプレとか案外似合いそうだな)

 

紅夜が内心、下らないことを考えていると、突如として膨大な悪寒、それどころか本物の冷気が降り注ぐ。

 

「こ・う・や?」

「はい! 申し訳ございません、お姉様!」

 

誰もが見惚れるような、それでいて恐怖を感じるような壮絶な笑みを浮かべる深雪に紅夜は反射の限界、0.1秒という魔法発動速度すらも超えて即効で謝罪をした。この笑顔を浮かべる姉には、声に出してるとかいないとか、そんなことは些細な問題なのである。

 

「そ、そうだな、どうせだから帰りに店にでも寄ってお菓子でも買って来るか!」

「あ、はい。いいですね、それ!」

「賛成」

 

何とか話しを逸らそうと必死な紅夜に雫とほのかも空気を読んでか、それとも深雪に恐怖を感じたのか、どちらかはわからないが、とにもかくにも賛成の意を示してくれた。「トリックオアトリートじゃないけどな」そう言って紅夜が笑うと他の二人、そして深雪もつられるように笑った。三人は深雪に気が付かれないように、ホッと胸を撫で下ろした。

 

「それじゃあ、お兄様に連絡して聞いておくわ」

「ああ、よろしく」

 

先ほどとは一転して少しワクワクした様子で情報端末を取り出す深雪に紅夜は苦笑しながらも、自分も前世以来のハロウィンを少し楽しみにしていることに気が付いたのだった。

 

 

 

 

 




 


特に落ちもないちょっとした日常。やはり私には日常の話しを書く才能が無さそうだというのが再確認できました。
しかし内容が酷くてもご勘弁を。寧ろこの内容を三十分で書き上げた私を褒めて欲しいくらいです。というか自分で褒めます。


まあ、冗談はともかく、ちょっと次回予告というか連絡的なものを。

次の話しは横浜騒乱編に入ります。今回で分かったように日常のほのぼのが苦手な私に夏休み編は無理です。申し訳ありません。

投稿は一週間以内にするつもりなのでお楽しみに!




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横浜騒乱編
横浜騒乱編Ⅰ



危ない……投稿を忘れるところでした(汗

さて、今回から横浜騒乱編の始まりです。
一通りの展開を考えたんですが、案外書くことが少なそうなんですよね……。

では、スタートです!




 

 

 

夏休みが終わり、さらに一高の新生徒会発足から一週間が経過した。

新生徒会選挙では、色々と面倒ごとというか問題が起こったりしたのだが原作と大した差異もなく終了した。ただ唯一、選挙の投票内容だけが大幅に変化していたが結果には影響がなかったので良いとしよう。

ちなみに投票内容の集計数だが、投票数は五百八十二票。内、有効投票数は百三十七票。あずさに百三十七票、兄さんが百二票、深雪は百八十四票、そして俺が百五十九票だった。

まあ、そんなこんなで色々あったが、特に問題が起こることもなく平穏な日々が過ぎ、時刻は既に放課後、地下二階の資料室に兄さんと籠り様々な資料を漁っていた。

 

「お兄様、紅夜、いらっしゃいますか?」

「深雪、こっちだ」

 

兄さんが閲覧用の端末から顔を上げ深雪を呼ぶのを傍目に、俺は端末をスライドさせ新たな項目を確認する。本当はここまで真剣に文献を調べるつもりなどなかった。何せ原作通りに進めば、向こうの方から目的の物がやってくるのだから。しかしいざ調べ出すと予想外に面白い内容ばかりで兄さんの目的、常駐型重力制御魔法による熱核融合芦の実現に関すること以外の資料まで調べてしまうくらいだ。

深雪が近くまで寄ってきた気配を感じ取り、切りの良いタイミングで資料から視線を離した。

 

「何をご覧になられているのですか?」

「『エメラルド・タブレット』に関する文献だ」

「最近ずっと錬金術関係の文献を調べておいでのようですが……?」

「知りたいのは錬金術そのものではなく『賢者の石』の性質と製法なんだけどね」

 

『エメラルド・タブレット』とは錬金術に関することが記述された板で、今まで実物は確認されたことがないが、現代では聖遺物(レリック)と呼ばれる物に位置する。この世界で聖遺物(レリック)の存在を知った時にはとても驚いたものだ。何せ聖遺物(レリック)の一つである『八尺瓊勾玉』は原作で一度しか出てこなかった為に印象が薄くすっかり忘れていたし、『アンティナイト』は当たり前のように使われ過ぎて貴重な物だということを忘れていた。

そして兄さんが知りたがっている『賢者の石』。これは卑金属を貴金属に変える触媒にされると言われている。そして卑金属を貴金属に変換する際に使われる魔法は『賢者の石』を作用させることにより発動すると考えられている。ここに他の魔法的プロセスが必要ない場合、『賢者の石』には魔法を保存しておく効果があるということになり、この魔法を保存するというのが兄さんが本当に求めていることなのだ。

この説明を受けた深雪は目を見開いて驚きを露わにした。

 

「魔法の保存、ですか?」

「変数を僅かずつ変更しながら重力制御魔法を連続発動するノウハウは飛行魔法の実現によって収集できた。正式に商品化する前から色々な魔法師が飛行魔法を試してみてくれたからね」

 

これが飛行魔法の起動式を無償解放した理由だった。FLTの飛行デバイスを利用したいという申し出は国内のみならず、USNAなどの友好諸国から数多く寄せられ、トライアルをモニターするという名目で高位の魔法師による重力制御魔法のデータを数多く手に入れられたのだ。

 

「重力制御魔法で核融合を維持する方法については目処がついた。だが魔法師がずっとついていて魔法を掛け続けなければならないのでは意味がない。それでは魔法師は核融合炉のパーツになってしまう。役割が兵器から部品に変わるだけだ。動かすには魔法師が不可欠、しかし同時に魔法師を縛り付けるシステムであってはならない。その為には魔法の持続時間を日数単位まで伸ばすか、魔法を一時的に保存して魔法師がいなくても魔法を発動できる仕組みを作り上げるか……どちらも手探り状態だが、安全性を考えれば後者の方が望ましい」

「それで『賢者の石』について調べられているのですね」

 

兄さんの言うことは常識的に考えると夢物語でしかない。しかし、それでも俺は何れ兄さんの夢は実現するだろうと信じていた。

魔法科高校の劣等生という世界(物語)の収束地点には必ず主人公である兄さんの夢が現実味を帯びたものになっているはずだ。この世界は物語ではなく現実だが、小説を元に作られた世界であることに変わりはない。それならば兄さんには夢を実現させるだけの可能性が必ずある。

だから俺は兄さんの夢を叶える為にいくらでも手を貸そう。兄さんの夢を叶えること、そして物語の完結を見ることが俺の夢なのだから。

 

「そういえば深雪、何か用があったんじゃないか?」

 

俺が内心で新たに決意の再確認というか、メタいというか、なんだか気恥ずかしくなるようなことを考えていると、いつの間にか話題が変わっていた。

 

「そうでした! お兄様、市原先輩がお探しでした。何でも、来月の論文コンペについてお兄様にご相談がお有りだとか」

「何処で?」

 

二人の会話を聞きながら、そういえばそろそろそんな時期だったなぁと思い出す。横浜騒乱編、大亜連合の襲撃が行われ兄さんの戦略級魔法によって収束し、後に灼熱のハロウィンと呼ばれる出来事。

分かっていたこととはいえ、もう少し平穏な時間が欲しかったと小さくため息を吐いた。まあ、俺が本当に欲しいのは平穏な時間よりも魔法やCADの研究・開発の為の時間なので、実験材料が向こうから来るのだから別にいいかと瞬時に気持ちを切り替える。兄さんが呼び出されたということは今日がその日だろう。家に帰るのが楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一緒に帰ったエリカたちと駅で別れ、無事に俺たちの家に着く。そして駐車場にシティコミューターが止まっているのを見て、俺は内心でガッツポーズを決めた。俺の存在で原作と違ったことになる可能性もあり少し不安だったのだが、どうやら杞憂だったようだ。

兄さんが深雪の肩を抱き、微妙な緊張感を出しているのを無視してさっさと家の中に入る。

 

「――お帰りなさい。相変わらず仲が良いのね」

 

そう言って待ち構えていたのは俺たちの義理の母親である司波小百合。その兄さんと深雪に向けたからかい混じりの声に答えたのは二人ではなく俺だった。

 

「お久しぶりです小百合さん。こちらに来るのなら連絡くらい入れてくれれば、おもてなしくらいできたのに。ご用件があるのならリビングで聞きますよ」

 

表面上は人当たりのいい笑顔を浮かべながら、言外にさっさと帰れとという意味を込める。

別に俺は小百合に対して思うことは無いのだが、深雪が震えているのを黙って見ているほど出来てはいなかった。

 

 

 

緊張を和らげる為か、普段より三割増しに兄さんに甘えた深雪は落ち着きを取り戻し着替えに向かった。所在無さげに立っている小百合をリビングへと案内し、さっさとソファに座る。それでももたもたしている小百合に兄さんが声を掛けた。

 

「急かすようで気が引けますが、妹が席を外している間に済ませてしまいたいので」

「相変わらず貴方たちは私のことが気に入らないようね」

 

取り繕っても無駄だと思ったのか、ソファに腰を下ろすと同時に小百合の態度はざっくばらんなものに変わる。

 

「深雪はそうでしょうね。俺は親という存在に対して思い入れはないので特に何とも思いません。ですがビジネス関係では良い関係を築きたいとは思っていますよ」

 

俺は前世の記憶、出自の特殊性から親に対する深い感情というのは特にない。しかし、小百合がそんなことを知るはずもなく、何か思うことでもあったのか微妙に眉を顰めて、今度は兄さんに視線を向けた。

 

「……貴方はどうなの?」

「そのような感傷には縁がありません。俺は、そういう風にできています」

「……まあ、いいわ。それが本音でも強がりでも、私にはどうしようもないことだから」

 

だったら聞くなと思ったのは仕方のないことだろう。その後に私の言い分も聞いてもらいたいなどと言い出したが、さっきも言った通り俺は親の関係など興味がないので本人たちの間で言って欲しい。それは兄さんも同じようで早く本題に入ることを促す。

 

「それで本日はわざわざ何のご用件ですか?」

「……じゃあ、担当直入に言うわ。貴方たちにまた、本社の研究を手伝って欲しいのよ。できれば高校を中退して」

「一応言っておきますが、俺は四葉次期当主で有力候補の一人ですよ? 病気で中学に行かず研究の手伝いなどはしましたが、本来は学校に行っている方が普通なんです。それに兄さんもガーディアンという役目がありますし」

 

俺の言い分に上手い反論が見つからなかったのか、小百合は言葉を詰まらせたが、どうにか研究を手伝ってもらいたいらしく、俺から視線を外し兄さんに問いかけた。

 

「貴方が進学しなければ別のガーディアンが派遣されていたはずでしょう」

「何処の業界も魔法師は人手不足だ。いくら四葉でも、そう簡単に代わりのガーディアンは見つかりません」

 

互いに譲らず何処まで行っても平行線。ふぅ、と小百合が漏らした大きなため息は、あながち演技とは見えないものだった。

 

「貴方たちのように優秀なスタッフを遊ばせておく余裕は、うちの会社には無いのだけど」

「遊んでいるつもりはありませんが? 今期も会社の利益に大きく貢献しているはずですよ。先日はUSNAの海軍から飛行デバイスを大量受注をしているでしょう。あれだけでも前期の利益の二十パーセントにはなるはずだ」

「……じゃあせめて、このサンプルの解析だけでも手伝ってくれないかしら」

 

そう言って小百合が取り出したのは大きめの宝石箱。そして慎重な手つきで蓋を開けると中には赤味を帯びた半透明の玉が一つ。

 

「……瓊勾玉系統の聖遺物(レリック)ですね」

 

ついに来たかと思わず頬が緩みそうになるのを抑え、何も悟らせないように真面目な表情で聖遺物(レリック)について問いただす。

 

「何処で出土したんですか?」

「知らないわ」

「成る程、国防軍絡みってことですね」

「解析と仰いましたが、まさか瓊勾玉の複製なんて請け負ったりはしていないでしょうね?」

 

兄さんの質問に小百合の表情が強張った。兄さんは大きなため息を吐く。

 

「何故そんな無謀な真似を? 現代技術で人工的に合成することが難しいから『レリック』なんですが」

「この仕事は国防軍からの強い要請によるものです。断ることはできないわ」

 

その経営判断は理解できないことでもない。FLTに限らず、魔法産業に携わる企業は実質的に官公需企業であり、魔法産業は軍需産業と言ってもいいものだからだ。

とはいえそこは交渉などで最低限の譲歩を引き出すべきだ。理想としては複製に失敗してもこちらに責任が来ないという確約をするのが一番だ。まあそこは後からでも不可能ではないだろう。何せ原作によればこの聖遺物(レリック)を狙って大亜連合が攻撃してくるはずだ。上手いこと責任を押し付ければそれぐらいの譲歩は引き出せる。それに俺にはあまり関係のない話だ。

 

「国防軍とてレリックという名称の謂れは知っているでしょう。レリックに分類されている以上、人工的な合成が不可能ということは分かっているはずだ。何故そんな無茶な要求を?」

「……瓊勾玉には魔法式を保存する機能があるそうです」

 

逡巡と共に返された答え、それにもう一度口角が上がりそうになる。分かっていても抑えるのは大変なことだった。辛うじて笑みを浮かべるのを堪えきり、無理やり口角を下に下げて不信な表情を作る。

 

「それは実証された事実ですか?」

「まだ仮説の段階ですが、軍が動くのには十分な確度の観測結果を出しています」

「事実ならば軍としては無視できないでしょう。それは理解できます」

 

魔法式の保存が可能となれば兄さんが目標とする常駐型魔法は兵器にも適用され、世界の魔法事情は大きく動くことになるだろうと兄さんと俺は重々しく頷いた。

 

「しかし今のFLTの実績を考えれば、あえて火中の栗を拾う必要はないと思いますが?」

「既に賽は投げられているわ」

「それは、俺たちに聖遺物(レリック)の解析を依頼したいということで良いんですね?」

「……そうよ」

 

小百合は俺の依頼という言葉に渋い表情をしながらも肯定したのを確認して、俺は心の中で小さくため息を吐いた。それは安堵によるもの。しかし、そんな様子は微塵も表に出さないようにして、俺は誰もが見惚れるような柔和な笑みを浮かべる。

 

「ではサンプルを開発第三課に回しておいてください。時間は掛かるかもしれませんが、他の研究員と協力して必ず結果を出しますよ」

「…………ええ、期待しているわ」

 

小百合は開発第三課という単語に反応して渋い表情をさらに歪めるが、答えは否ではなく是であった。できるだけそうなるように仕込んだのは俺なのだが。

どうやら小百合は俺たちに良い感情を持っていないようなので、話し始める時にビジネス相手ということを少し強調しておいた。そして先に俺たちに対する依頼だということを口に出させてから他の研究員と協力すると言っておけば頭に血が上ることはないだろうと考えたのだが、どうやら成功のようだ。それでも、あくまで保険程度の気持ちだったので上手く行ってホッとしていた。

まあ、やってもやらなくても結果に変わりはなかったが、後々の面倒を考えると向こうから依頼する形の方が楽だったのだ。

 

「そういえば深雪が遅いですね。そろそろ降りて来ると思うんですが」

「あらそう。私はそろそろ戻ります」

 

俺が暗に帰りを促すと、小百合も長居はするつもりはなかったらしく帰る支度を始めた。ここで帰ると口に出さなかったのは、一応ここが自分の家であることを思い出したからか。

 

「貴重品をお持ちだ。駅まで送りましょうか?」

「コミューターで帰りますから結構です」

「そうですか。お気を付けて」

 

 

扉が閉まったのを確認してから俺はため息を吐いた。

 

「じゃあ後のことは兄さんに任せてもいい?」

 

扉と、そして階段に視線を向けると兄さんは仕方がないと肩を竦める。

 

「なら頼んだ」

 

そう言い残した俺は階段の途中で深雪の肩に手を置いてから自分の部屋へと戻った。

 

 

 




 
今回判明した紅夜の夢、「物語の終わりを見る」。
これ、案外行動原理のようなものとして重要になってたりします。



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横浜騒乱編Ⅱ


劣等生の最新刊を読みました。
読み終えてからの最初の感想、

設定に矛盾が出なくて安心した……。

――――初投稿をしようとしたその一週間前に、16巻を読んだ時の衝撃は未だに忘れません。




 

 

 

兄さんが聖遺物(レリック)を無事に確保ししばらくが経った。昨日までは基本平穏な日々で、唯一目立ったことがあったとすれば、俺が自分の部屋のPCからネット小説を観覧していた時にホームサーバーにアタックがあったことくらいだ。

この時代、22世紀になろうとしている今でも、一次作、二次作関わらず、ネット小説のような日本が世界に誇るサブカルチャーは衰えを見せない。それでもSF作品やファンタジーといったジャンルは魔法の実現により少なからず影響は受けているが。

話が少し逸れたが、そんなわけで昨日までは特に何事もなく平穏が続いていたのだ。そう、昨日までは、だ。今日になり学校に来ると美月が視線を感じると言い出したのだ。さらに幹比古も精霊が騒いでいるという。詳しく聞くと余所の国の式が打たれているらしい。

どうやら本格的に横浜騒乱編の騒動が始まる頃になったようだ。俺はより一層気を引き締めようと決意する。いや、現在進行形で気を引き締めるどころか気を張っていた。今俺がいる場所は行きつけの喫茶店、そして何時ものメンバーでお茶を飲んでいるところだった。しかし場所が問題なわけではない。問題は俺たちを監視している人物がいること、そして――――

そんな思考を妨げるようにエリカがスッと立ち上がる。

 

「エリカちゃん?」

「ちょっとお花摘みに行ってくる」

「おっと。わりぃ、電話だわ」

 

エリカに続きポケットを抑えたレオも立ち上がった。

 

「……幹比古、何をやっているんだ?」

「ん、ちょっと忘れないうちにメモをとっておこうと思って」

 

兄さんの問いかけに幹比古は手元の小さいスケッチブックのようなものから視線を離さずに答える。

 

「派手にやりすぎると見つかるぞ。程々にしておけよ」

 

兄さんはそう言って一瞬だけ店の壁、そのさらに向こうに鋭い視線を向けると何事もなかったように内にカップを運んだ。

 

 

 

エリカたちが出て行って二分程経っただろうか。俺はちょうど飲み終わったカップを静かに置くと立ち上がる。

 

「ちょっとトイレに行ってくる」

「……ああ」

 

兄さんの返事を聞き、トイレの方向に足を進めた俺はそのままトイレには行かず裏口から外に出る。そして一度立ち止まると【叡智の眼(ソフィア・サイト)】を展開した。角を曲がった先でエリカとレオ、そして見知らぬ男の存在を確認した俺はCADを取り出すと【跳躍】の魔法式を行使した。重力を無視して軽々と跳び上がり喫茶店の屋上に着地する。その時、幹比古の張った結界が解かれた。どうやらタイミングは絶妙だったようだ。

 

煙玉と共にエリカたちから逃げ果せる男だが、一度【叡智の眼(ソフィア・サイト)】でエイドスを捕捉した以上、エイドスの補足をやめない限り、俺の知覚から逃げることはできない。男と約百メートルの距離を取りながら見つからないようにエイドスを追跡する。

屋根の上から追跡するということをしている為、魔法の使用は必須となり、街の監視システムに記録が残る可能性があるが、【跳躍】と自己加速術式程度ならさほど問題はないだろうし、問題ならば藤林が魔法使用の痕跡を削除してくれるだろう。俺たちを囮としているのだから、それぐらいの対価を払ってもらっても構わないはずだ。それに後で情報提供はするつもりだし別にいいだろう。

 

しばらく走っていると男が突然立ち止まる。そして現れたのは一人の青年、俺は距離を取っていて顔どころか気配すら感じ取れないが、恐らく今知覚している突然現れた青年が人喰い虎、呂剛虎(リュウカンフウ)だろう。その独特の存在感はただの知覚からでも強者であることが伝わる。この呂剛虎(リュウカンフウ)こそ今回俺が逃げてきた男の後をつけた理由だ。

呂剛虎(リュウカンフウ)を探しに来た理由は実は大したことはない、と言うかくだらない理由だ。俺は単に呂剛虎(リュウカンフウ)の実力が気になっただけだった。原作では真由美たちに倒されたが、それはガスという手段に対抗策を持っていなかっただけで、接近戦ともなれば俺でも勝つのが難しい相手だ。そんな奴の実力を見たいと思うのは当然のことだろう。

ついでにもう一つ、ここで呂剛虎(リュウカンフウ)を消してしまおうかとも考えていた。恐らく、呂剛虎(リュウカンフウ)を殺せば原作に大きな変化が生じるだろう。しかしそれは仕方がないことだと割り切った。もう既に原作との違いは出てきている。本来なら昨日、平川千秋からつけられるはずだった兄さんが何事もなかったのがいい例だ。これは俺が九校戦で電子金蚕の工作員を原作より早く捕えたことにより、平川小春が助かったことが原因だろう。多分、このまま俺が原作に関与しなかったとしても物語の流れは少しずつ変わっていくだろう。だからもういっそのこと原作を無視してしまうことにした。とは言っても流石に原作を完全に変えてしまうようなことはしない。あくまでも少しズレが生じる程度に収める。

 

そしてその記念すべき(?)第一回目の行動が呂剛虎(リュウカンフウ)の排除。原作から剥離した場合、かなりの危険分子になりえる人物だ。まあ、相手をしたところで兄さんと深雪に危害を加えることが可能だとは思えないが、原作ではすぐにいなくなる人物だし、消しておいて損はないだろう。

できれば周公瑾も消してしまいたいところだが、原作10巻まででは情報が少ない上に、その後の展開にも大きく関わってきそうな登場人物なので、迂闊に手を出すことができない。

 

そんなことを考えていると呂剛虎(リュウカンフウ)が動いた。一瞬で相手に接近し、喉に腕を突き立てた。そして男の力が尽きると埋まった手を引き抜く。その指は鮮血に染まっているが、量は驚くほどに少ない。ドシャりと重い音を立てて倒れ伏した男に黙祷を捧げる。助けようと思えば助けられたが、不用意に動いて俺の情報を教えるわけにはいかず、結局見捨てることにしたのだ。他人が死のうがどうでもいいのだが、流石に助けられる可能性があった人物が目の前で死ぬのは後味が悪い。それ故の黙祷だった。我ながら自分勝手だとは思うが、その分彼の死を役立てることにしよう。

血をふき取り男の死体に火をつける呂剛虎(リュウカンフウ)にCADの照準を向ける。距離は百メートル、これだけあれば気が付かれる心配はいらないだろう。流石に俺でも呂剛虎(リュウカンフウ)との正面戦闘は避けたい。特に接近戦は勝てる可能性が限りなく低くなる。だからこその奇襲。行使するのはエリア指定の魔法、【灼熱劫火(ゲヘナフレイム)】の下位変換魔法だ。忘れてはいけないのはここが住宅街だということ。故に周囲に被害を出すわけにはいかないので、温度は約五千度程度。人が燃え尽きるまで約二秒と時間は掛かるが、その分改変強度は高くなっている。

俺は一つ深呼吸をするとCADの引き金に指を掛け、そして、魔法を発動した。起動式を読み取り魔法式を構築、ゲートを通しイデアに投射された魔法式がエイドスを改変する。そして呂剛虎(リュウカンフウ)は燃え尽きる――――――はずだった。

 

「嘘だろ!?」

 

消滅するはずだった呂剛虎(リュウカンフウ)は全身に火傷を負いながらも生き残っていた。何故奴が生き残れたのか、それはしっかりと把握できていたが、そのあり得ない事態に思わず声を上げる。

しかし、起きた事実に変わりはなく、俺の【叡智の眼(ソフィア・サイト)】は確かに呂剛虎(リュウカンフウ)が生きていることを知覚していた。あり得ないこと、それは呂剛虎(リュウカンフウ)が俺の魔法が発動するよりも早く危険を察知し動き出したという理解不能なことだった。

魔法が発動してからならまだ分かる。イデアに投射した魔法式がエイドスを書き換えることを知覚できる魔法師など当たり前のことだからだ。しかし呂剛虎(リュウカンフウ)はその前、俺がCADの引き金を引いた時に危機を察知していたのだ。

 

俺が魔法を行使して実際にエイドスに効果が反映されるまで約0.2秒のラグがある。それに加え、CADの引き金を引くのに同じく0.2秒の時間が必要となる。そして約五千度の熱が呂剛虎(リュウカンフウ)消し炭にするまで約二秒。つまり呂剛虎(リュウカンフウ)が危機を察知してから俺の魔法で消滅するまで約2.4秒の短い猶予があった。

一応、俺は予め2秒のラグが生じることを予定して魔法有効エリアを50メートルまで設定していた。それだけあれば逃げ切れないだろうと予想していたからだ。

しかしそれに反して呂剛虎(リュウカンフウ)は0.4秒の間に自身の情報強化と物理障壁を張り、残りの二秒ギリギリで全身に火傷を負いながらも有効エリア内から抜け出していた。

 

思わず声を上げた俺は逃走を開始。百メートルも離れているので気が付かれる可能性は低いが、先ほどの事を考えると万が一もあり得るのだ。

ここで呂剛虎(リュウカンフウ)を追撃すれば殺すことは可能かもしれない。しかし、あの情報強化を抜くのは困難だし、もしも一撃を耐えられたら次は俺の居場所が見つかる可能性が高い。周囲の熱で焼き殺そうとしても周囲に被害が出ることは確実だ。できるだけ敵に情報を与えたくない俺としては深追いは禁物だった。特に周公瑾などに知られてしまったら厄介なことになる未来しか想像できない。

別に逃がしたとしても俺がやったということさえばれなければ問題ないし、向こうが警戒する分には俺たちにデメリットはない。もしも此方が攻める側なら警戒させるのは愚策だが、守備陣が敵を警戒させることにはほぼメリットしかないのだ。

 

一分ほど走り続けて呂剛虎(リュウカンフウ)が追ってこないのを確認すると一度立ち止まり大きく息を吐いた。

 

「あー、吃驚した」

 

まったく、どうやってあの距離から此方の魔法に気が付いたのか。予想としては殺気を感じたというところか。これでも一応、一流と言われる程度には武術にも長けているし殺気を感じるということは俺でもある。特に俺はとある事情によって他人よりも人一倍そういったものに敏感だ。しかしそれは、俺が特殊な能力を持っているからであって、それが無ければ気を抜いている状態で百メートルという離れた距離から殺気を感じ取るのは至難の業だ。そんなことは常日ごろから死闘を繰り返していなければ不可能に近い。

 

「怖い怖い」

 

思わず呟き腕をさすりながら、今度はゆっくり歩き始める。

戻ったら兄さんと深雪に怒られるだろうなぁ、と別の意味で割と本気(マジ)の恐怖を感じながら。

 

 

 





今回の話、別に入れなくてもよかったかなぁ、と書き終えてから考えました。
紅夜の行動に違和感を感じた人がいるかもしれませんが、こじつけっぽい理由は一応あります。……回収するかは分かりませんが。

劣等生の次の巻は来年の春頃らしいですね。待ち遠しいです。
今度も矛盾が出ないように祈っておきます。

――――投稿一週間前に設定を一から練り直した苦労を、私は絶対に忘れない……。



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横浜騒乱編Ⅲ

 

初登校をしてから約半年が過ぎました。
なんだか時間が短く感じます。

そろそろ自分で今まで書いた内容を忘れてきたので、少し読み返してみたのですが……、なにこれ読みにくっ!

安〇先生…!! 文才が欲しいです……




 

 

 

今日は土曜日、しかし学校は休みではない。魔法科高校は週休二制を採用していないのだ。なので今日もしっかり授業があるのだが、俺たちは今朝も八雲の寺に来ていた。しかも今日は深雪も同行している。実は先生から遠当て用の練習場を改装したので試してみないか、と誘われたのだ。

魔法射撃を実弾でできる練習場は少ない。一応学校にもあるのだが、俺や特に兄さんは人前では見せられない魔法を使うので部外者がいる場所では練習できない。そんな訳で俺たちとしては、わざわざ土浦まで行かなくても身近な場所で射撃練習場が使えるのはとてもありがたいことだった。

寺の射撃練習場は地下にあった。

 

「――――きゃっ! この!」

 

流石に寺の射撃練習場の設備は学校のものとは一味違うもので、今まさに深雪は汗を滴らせ息を荒げる程には充実した、もしくは意地の悪いものだった。

正方形のフロア。その壁四面の内、三面と天井に開いた無数の穴から次々と標的が現れる。ちなみに四面全部でない理由は敵の真ん中に孤立するというシチュエーションが寧ろ非現実的な想定で、実践ではそうなる前に逃げるべきだ、ということらしい。

現れるターゲットは同時に数十と出現した上に、一秒以内に隠れる設定になっている。さらに撃ち漏らした的の数に応じて模擬弾が降って来るから始末に悪い。

むざむざと模擬弾を喰らう深雪ではなく、撃ち込まれた弾は全て魔法でブロックしているのだが、射撃と防御を同時にこなして足元が疎かになり転倒する、というのを先ほどから何度も繰り返していた。

 

「はいっ、止め!」

 

先生の合図と同時に深雪が思わずへたり込んでしまったことからも、この訓練施設のメニューがいかにハードなものかは分かってもらえるだろう。

 

「お疲れさま」

「あ、お兄様……申し訳ありません」

 

兄さんが深雪とイチャイチャしているのを傍目に俺もCADを取り出し深雪と入れ替わるように部屋の中央に立つ。身体を斜めに構え、何時でもCADのトリガーを引けるようにだらりと下げた右腕に神経を集中させる。

スタートは突然だった。

何の合図もなしに訓練メニューが開始され、三面の壁にボール状のターゲットが現れる。瞬時に一度引き金が引かれ、十二のターゲット全てが同時に灰と化した。

一息つく間もなく、今度は天井も含めた四面からターゲットが出現した。その数は二十四。俺は腕を下げたまま照準を付けずに、今度は二度、引き金を引く。

十六個と残り八個が少しの時間差で灰になり落ちて来る。俺は灰を無駄のない動きで避けるとさらにCADの引き金を絞る。さらに灰が降り注ぐが休む暇もなく現れる球体に俺が引き金を引く数は三度、四度、と増えて行く。そして五回連続でトリガーに指を掛けた時、ペナルティの模擬弾が降ってきた。

瞬時に防御の魔法を行使し模擬弾を防ぐ。しかしブロックに気を取られた分だけ、さらに模擬弾が降り注いだ。

 

「――――チィ!」

 

思わず舌打ちをして、ここまでか、と内心でため息を吐く。

俺は立ち止まり、身体から無駄な力を全て抜いた。足は肩幅に開き、肩からストンと力を抜く。動かせるのは右手の人差し指のみ。そして瞳が紅く染まる。

叡智の眼(ソフィア・サイト)】、戦闘における俺の切り札の一枚を発動した。

目を閉じ無駄な情報を遮断する。脳裏に現れる情報によって構成されたTPS、つまり三人称視点。今の俺にはこの部屋の中で死角は存在しない。

壁から現れたターゲットに対して引き金を引き、一度で三十六の標的が灰となる。さらにもう一度引き金を引けば、全てのボールが灰色の粉塵となって降り注いだ。

俺の【叡智の眼(ソフィア・サイト)】は兄さんの【精霊の眼(エレメンタル・サイト)】とは違いイデアにアクセスする眼ではなく、エイドスを直接見る眼だ。その為、一度イデアにアクセスしてから情報体を視る兄さんとは違い、直接情報を視る俺は大した集中力を使わない。だからこそ戦闘中での常時発動という無茶なことができるのだが、その分、必要な演算能力は莫大なものとなってくる。そもそも俺の知覚の本質とは違うのだから相応の負担があるのは当然なのだ。それ故に戦闘中の知覚範囲は半径50メートルと限定されたものになる。

しかし今回、この部屋の大きさは半径50メートルを超えている。だが、この程度なら俺にとっては大した問題はなかった。何時も瞬時に複数の魔法を使用できるように空けている魔法演算領域を少し削ればいいのだ。まあこれは俺の規格外の魔法演算領域に頼った完全な力技なのだが。

次々と重ねられていく射撃回数に応じて降り積もる灰の量も多くなる。そして訓練メニューが終了するまで二度と模擬弾が放たれることはなかった。

 

 

「いやぁ、これをクリアされるとはねぇ」

「凄いわ紅夜!」

 

先生からそんなことを言われ、深雪からも褒められたが、一度ミスをした上に、【叡智の眼(ソフィア・サイト)】という反則にも等しい魔法を使ってしまった為、素直に喜べない。

そしてこの後、兄さんがノーミスの完全クリアしたのを見て地味に落ち込んだ俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一日が経過し今日は日曜日。俺としては特に用事も何もないのだが、兄さんが論文コンペまであと一週間と時間が迫る為、当然色々と準備が必要だった。そんなわけで学校に行っている兄さんに代わり俺が昨日先生に忠告された通り『瓊勾玉』をFLTに返却しに行くことになった。ちょうど開発中の完全思考操作型CADについて話したいこともあったので俺は兄さんに頼まれて二つ返事で了承したのだ。

 

念の為、再度の襲撃を警戒して公共交通機関ではなく、大型電動二輪で第三課に向かっていると、何かの視線を感じて速度を少し落とした。

叡智の眼(ソフィア・サイト)】で視線を感じた方向のエイドスを確認すると化生体である鴉の使い魔が此方を監視しているのを見つけた。原作知識から少し気を張っていたのだがどうやら正解だったようだ。さてどうしようかと対応について思案する。

別にこのまま監視を付けてFLTに向かってもいいのだが、その後も監視を続けて来る可能性がある。流石にそれは勘弁したい。常に視線を感じるなど鬱陶しいにも程がある。なのでさっさと排除してしまいたいところなのだが、【術式解体(グラム・デモリッション)】もこの距離では届かない。今日一日耐えて深雪に頼むという方法もあるのだが、この視線を耐え続ける程、俺は尊大な心を持っていない。

 

「仕方がない、か」

 

あまり気が進まないが、一瞬で消してしまえばバレないだろうし、少し化生体を消し飛ばす程度なら使っても問題ないだろう。

俺の特異魔法がCADを介さずに行使される。あの程度の使い魔一匹CADの補助がなくとも潰すことが可能だ。それも得意魔法ともなればなおさらのこと。しかし、CAD無しよりも有りの方が流石に楽だし発動速度も速いのは確かだ。

何時もより0.05秒程遅れて発動した魔法がエイドスに反映する。俺の『眼』は使い魔の鴉が術式の情報体ごと燃え尽き、サイオン粒子と共に散り散りになっていくのを捉えていた。

化生体が完全に焼滅したのを確信すると大型電動二輪に掛けた手を強く握り直し、遅れた時間を取り戻すようにスピードを上げた。

 

 

 

 

 

途中、少々の面倒ごとは有ったが無事FLTの開発第三課に到着したのだが、中に入った俺を迎えたのは早朝らしからぬ喧噪だった。

 

「――――ぐずぐず悩む前にさっさと回線を切れ! バックアップだ? そんなもん、できてるところまでで十分だろうが!」

「十番台、切断が完了しました。再接続に入ります」

「阿保! 侵入が続いているのに勝手に再接続するヤツがあるか!」

「よしっ、侵入経路、確定したぞ!」

「カウンタープログラムを起動します!」

 

怒号が飛び交うオペレーションルームに入ってすぐに大体状況の把握はできた。さて、これは待っていた方が良いのだろうかと考えていると牛山がこちらに気が付いた。

 

「あっ、紅夜の兄貴!」

 

牛山の声に思わず苦い笑いを零す。俺が第三課に入ったばかりのころ、牛山に自分の技術を色々と教えていたことがあったのだが、それがいつの間にか兄貴と呼ばれるようになっていた。独学だった俺も牛山から学ぶことは沢山あったので兄貴はやめてほしいと言ったこともあるのだが、何度お願いしても一向に呼び方を変える気がないようなので既に諦めている。

 

「スンマセン! おいでになっていることに気付きませんで……。おいっ! 兄貴がいらっしゃったのを知らせなかった間抜けは何処のどいつだ!」

 

細身の体格に似合わぬ牛山の大声に所員がすくみ上る。が、そこで手が止まってしまったのはまずい。

 

「皆、手を止めるな! モニターを続行しろ!」

「は、ハイ!」

 

牛山には及ばぬものの、不思議と響く声に所員が背筋を伸ばし返事をする。それを見て満足した俺は牛山に視線を戻した。

 

「牛山さん、お疲れ様です。随分と慌ただしいようですが、ハッキングですか?」

「はぁ、まあ……」

 

問いかけに対して牛山がやけに歯切れの悪い返答が帰ってきて思わず不審げに眉を顰める。その答えは然程待つこともなく説明された。

 

「ハッキングはハッキングなんでしょうが……どうも様子が変でして。侵入技術はかなりのものなんですが、何を知りたいのかがさっぱりなんでさあ。特に対象を絞り込んでいる様子もなくてですね、全くの手当たり次第、って感じなんですよ」

「完全に興味本位ってことでしょうか」

 

自分でも全く思ってもない言葉を口にする。タイミングと原作知識を照らし合わせると、確実に大亜連合のものだろうと断定できた。

 

「個人の仕業とは思えませんね。侵入の手口はかなりの人数を組織的に運用しなきゃあできないものです。相手が国家組織と言われても違和感はありませんな」

「それにしては目的がはっきりしない、と。……流出が予想されるデータの一覧はありますか?」

「いえ、今のところ流出したデータはありません」

「ハッキングはどれくらい続いているんですか」

「十分ほどです」

 

しかし大亜連合は何故こんなにも中途半端な干渉をしてくるのかと疑問に思う。本気で聖遺物(レリック)の確保を狙っているようには思えないのだ。原作知識をさらってみても全く思い出せない。既に原作を見てから十六年近くが経とうとしているし忘れていても仕方がないのだろうが、物語の重要な部分は毎日必ず思い出して忘れないようにしている。それを考えると大した理由でもないのだろうか。

 

「不正アクセス停止しました!」

「油断すんなよ! 今日は一日、監視体制を維持する! ……っと、失礼しました。それで、今日は一体どんな用件なんです?」

 

俺は聖遺物(レリック)に関するこれまでの経緯と会社の目的や兄さんの目的、そして俺が此処に来た理由を説明しながら、これからの大亜連合の対応についてとりとめもなく考えるのだった。

 

 

 




 
今回、【叡智の眼(ソフィア・サイト)】を情報によって構成された三人称視点と表現しましたが、実際のところどう見えているのか今一分かりません。
取り敢えずアニメのエレメンタル・サイトのイメージとしています。

もしも現実でソフィア・サイトやエレメンタル・サイトが使えても、情報を処理できずに確実に頭がパンクしそうですよね。



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横浜騒乱編Ⅳ

 
だんだんと寒くなってきましたね。
手がかじかんで文字が打ちにくい時があります。

寒さに関係あるのかないのか。最近身体の調子が悪く、全てにおいてやる気が起きません。
……ずっと布団を被って小説を読んでたいです。




 

 

 

一週間という時間はあっという間に過ぎ去り、10月30日日曜日、全国高校生魔法論文コンペティション開催日当日。

この一週間の間に関本が兄さんによって捕らえられたり、その関本が収監される場所が呂剛虎(リュウカンフウ)に襲撃されたりと色々あったが、俺が関わることはなく基本原作通りに進んでいた。一度、摩利と千葉の次男が呂剛虎(リュウカンフウ)に襲撃されなかったが、それは俺の攻撃が原因だろう。寧ろ関本の襲撃時にほぼ回復していた方が驚きである。

まあ、そんなこんなで当然のように兄さんがトラブルに巻き込まれたりしていたのだが、論文コンペの会場に向かう間は特段何が起こることもなく無事予定通りに到着した。

 

開幕時間が間近になると、どの高校の控室も賑やかになる。そしてそれは一校の控室も例外ではなかった。

 

「深雪さん、お久しぶりね。直接お会いするのは半年以上ぶりかしら」

「ええ、二月にお目に掛かって以来です。ご無沙汰しておりました」

「九校戦は見に行っていたのよ。ホテルの部屋で達也くんと紅夜くんを招いてお茶会をしたんだから、深雪さんも一緒に来てくれればよかったのに」

 

そう言いながら藤林は「何で連れてこなかったの?」と俺と兄さんを睨み付けてきた。

 

「深雪と一緒だと目立ってしまったでしょうから」

 

人目に触れるのはまずかったでしょう、と兄さんが付け加えると深雪は恥ずかし気にし、藤林は仕方がないわね、といった顔で笑った。

しかし、このままでは一向に話が進まない。どうやら此方から聞かない限り疑問には答えてくれないようである。

 

「ところで藤林さん。一校の控室に来て大丈夫なんですか?」

「大丈夫よ。こういう肩書が一杯あると便利ね。防衛省技術本部兵器開発部署の技術士官である私が、九校戦で高度な技術を披露した君の元を尋ねても不自然じゃないからね」

「藤林家の人間としても然り、ですか?」

「そういうこと。だから達也くんも紅夜くんも、『藤林少尉』でも『藤林さん』でも『藤林のお姉様』でもどれでもいいのよ?」

「いえ、お姉様、という呼び方はなかったと思いますが」

 

意外とお茶目な藤林の冗談に兄さんと共に苦笑する。

 

「さて、前置きはこれくらいにして……。良いニュースと悪いニュース、両方持ってきたんだけど、どっちから先に聞きたい?」

 

どこかで聞いたようなセリフを藤林が口にする。未だにこういった定番が残っているのかと妙な関心の仕方をしながらフラグとかも残っているのだろうかと少し疑問に思う。この後の戦闘で死亡フラグでも立ててみようか、などと下らないことを考えたが、元が小説なだけに実現してしまいそうで怖い。

 

「では良いニュースで」

「……そこは『悪いニュースから』というのがパターンじゃないの?」

「だが断る」

 

定番、フラグ、テンプレ、そんなことを思い出したからか、前世のネタを使ってしまった。無駄にキリッとした表情で答えると藤林がため息を吐いた。残念ながらネタは通じなかったようである。というか、十六年近くも経って覚えているとか、どれだけ印象に残っているのか。

 

「……いいわ。じゃあ良いニュースから伝えるわね。例のムーバルスーツ、完成したわよ。夜にはこっちに持ってくるって真田大尉から伝言」

「そうですか、流石ですね。しかし、明日東京に戻ってからでも……」

「明日、こっちでデモがあるのよ。もっとも、その予定をねじ込んだのは大尉だから、一刻も早く貴方達に自慢したかったんでしょうけど。基幹部品はそっちに完全に依存の形になっちゃたから、せめて完成品は、なんて頑張っていたもの。昨日なんて、『これで面子が保てる』なんて情けないこと言ってたし」

「情けなくなんてないですよ。実際問題、こちらでは実戦に堪えるものを作れなかったんですから」

「その言葉、大尉に言ってあげてね」

 

ウィンクでそう言ってきた藤林にまたも苦笑する。すると藤林が完全に俺の方を向いて話しかけてきた。

 

「それと、これは紅夜くんの話なんだけど、『ガンディーヴァ』が完成したそうよ」

「本当ですか!」

 

藤林の口から飛び出た予想外の言葉に、俺は思わず目を見開き立ち上がらんばかりの勢いで叫んだ。藤林は俺の反応を予想していたのか楽しそうに微笑む。

 

「ええ、明日一緒に持ってくるから性能確認をして欲しいって」

「了解しました。しかし、よくこんな短時間で完成できましたね」

「前例があったから、そこまで手間取ることはなかったって言ってたわよ」

「それでも十分早いですって」

 

話しながら、自分の声が興奮に少し上ずっていることが分かった。しかしそれでもなお興奮は収まらない。そんな俺の様子に微笑が苦笑に変わっていた藤林だが、俺が落ち着き次の話を切り出す時になると、スッと真面目な表情に変化した。

 

「じゃあ今度は……悪い方のニュース。例の件、どうもこのままじゃ終わらないみたい」

「何か問題が?」

「詳しいことはこれを見て」

 

そうして渡されたのはデータカード。どうやら無線で話すのも憚られることらしい。

 

「私の方もいくつか保険を掛けておいたけど……もしかしたらキナ臭いことになるかもしれない」

「分かりました。俺たちの方でも準備だけはしておきます」

「何も起きないのが一番だけど……もしもの時は、お願いします」

 

真剣な表情で頼み込む藤林は、やはり性格が良いのだろう。当然、イイ性格、ではなく、性格が良いだ。内心俺たちに対して頼むのに心苦しさを持っていることは表情に出ていなくても理解することができた。だから頑張る、というわけでもないが、その優しさに対しできるだけ報いようという思いは持つことができた。

藤林からの忠告もあるし、多分『ガンディーヴァ』を使うことになるだろうと、俺はより一層気を引き締めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は八時四十分を過ぎたところ。そろそろ観客席がうまってくるころだ。

兄さんと共に藤林が持ってきたデータに目を通していると花音を連れた五十里が入ってきた。

 

「司波君、交代しようか」

 

藤林からもらったデータを見ていたとはいえ、一応機材の監視をしていたのだ。

 

「お願いします」

 

その一言で引き継ぎを済ませた兄さんに続き、深雪と一緒に客席に向かった。

 

 

――のだが。俺たちはロビーで足を止めていた。

 

「司波さん、紅夜!」

「一条さん」

「将輝」

 

声を掛けてきたのは、一応、友人、もしくはライバルのような関係の一条将輝。それなのに深雪の名前が先に出たことを言ってやるべきか、それとも俺の名前を呼んだだけ褒めるべきか。微妙に判断に困るところだった。

 

「お久しぶりです、司波さん。ダンスパーティー以来ですね」

「……ええ、こちらこそご無沙汰しております」

 

そう言って丁寧に一礼する深雪。

 

「あっ、いえ、こちらこそ……」

 

その完璧な作法に上流階級のセレブな付き合いにも慣れているはずの将輝が棒立ちになった。

 

「会場の見回りですか?」

「ハ、ハイ、そうです」

 

ニッコリと笑って問いかけるだけでどもる将輝にそんなんで大丈夫かと思ってしまう。いや、この場合は特に何も感じない俺の方がおかしいのかもしれない。

しかし、それこそ二歳の頃からみている顔に見惚れるなど今更のことだろうし、自分の顔が深雪に似ているのだから、なおさら無理なことだ。

 

「一条さんが目を光らせてくださっているのであれば、私たちもいっそう安心できます。よろしくお願いしますね」

「ハイッ! 必ずやご期待に添えるよう全力を尽くします!」

「十三束くんも頑張ってください」

「あ……ありがとうございます」

 

少し調子に乗りすぎではないかと思える深雪の煽りに背筋を伸ばして答える二人を見て、本当に大丈夫だろうかと警備以外のことで心配になったのは仕方のないことだった。

 

 

空いている席に腰を下ろし雑談をして時間を潰す。そして時刻は午前九時。全国高校生魔法論文コンペティション厳粛な雰囲気の中で開幕を迎えた。格式重視の何の面白みのない、まるで校長の長い挨拶ののような眠くなる開会式が終了し、地味に精神的疲労を感じる中、ようやく最初の発表、二校の「収束魔法によるダークマターの計測と利用」という中々に俺の興味をそそる論文コンペが始まった。

 

 

 

 

 

二校の発表、そして四高の「分子配列の並び替えによる魔法補助具の作成」、さらには五校の「地殻変動の制御とプレート歪曲エネルギーの緩やかな抽出」というかなり壮大な内容の発表が終了し、十一時になったころ、予定より一時間早く鈴音たちが到着した。鈴音と一緒に来た真由美と摩利から関本がマインドコントロールを受けていたという報告を聞き、さらに気をつけることにして午後のプレゼンテーションが始まった。

 

 

そして時刻は午後三時。原作知識からなのか、どこかピリピリとした空気を感じる中、一校のコンペティションは予定通りに開始する。

一校の発表テーマは加重系魔法の技術的三大難問の一つである「重力制御型熱核融合炉」。当然のことながらこのテーマは大きな注目を集めていた。

鈴音の落ち着いた声が会場に流れ出す。五十里が鈴音の隣でデモンストレーション機器を操作し、兄さんは舞台袖でCADのモニターと起動式の切り替えを行う。

鈴音の説明がしばらく続いたところで最初の演出、巨大ガラス球内での収束魔法による重水素ガスのプラズマ化が行われた。煌びやかな閃光が弾けると共に俺の感じる空気がさらにピリピリとした緊張感を持った気がした。一校の演出に観客たちが小さくどよめくが、この演出は過去に何度も行われているものである為にすぐにざわめきは収まる。

それを機に鈴音の説明は続き次の演出に入る。巨大な円筒形の電磁石二つをぶつけるように片方を大きく動かす。しかし当たり前のことだが、磁石はぶつかり合うことがなく、もう片方が逃げるように動き、またもう片方が離れるというのが何度も繰り返される。しかし、耳を保護するヘッドセットを着けた鈴音が支柱のアクセスパネルに手を置いた途端、それまでぶつかることのなかった二つの電磁石がぶつかり、轟音が鳴り響いた。たまらず耳を塞ぎ顔を顰める周囲だが、予め実験内容を知っていた俺と隣に座っている深雪は何事もない。しかし、どんどん強くなる嫌な空気に俺は思わず顔を顰める。

鈴音がパネルから手を離し、電磁石は再び無音の弾き合いに戻る。

 

「今回私たちは、限定された空間内における見かけ上のクーロン力を十万分の一に抑えることに成功しました」

 

鈴音の言葉に今度は会場が大きくどよめいた。それもメインのデモ機が舞台下から出てきたことによって収束する。鈴音による装置の説明が続く中、俺はその説明を半分聞き流していた。もはや原作知識など関係なしに感じるピリピリと緊張感を持った感覚に隣に座る深雪の顔を盗み見るが、深雪は兄さんが関わる発表にキラキラとした嬉しそうな表情で聞き入っている。俺の方が向いているとはいえ、ほぼ同じ素質を持ちながらコレを感じ取れないのは深雪が未だに未熟だからか。

とはいえ、別に発表を聞いていなかったなんてことはなく、鈴音が発表を締めくくったところで大きな拍手で惜しみない称賛を送った。

 

 

「――――さて」

 

小さく呟くと立ち上がる。論文コンペの交代時間は十分しかない。それはつまり、この十分以内に横浜騒乱が始まるということだった。

 

「深雪、CADを何時でも出せるようにして兄さんのところに行くぞ」

「……何かあるの?」

 

どうしてと聞かず、すぐ行動に移すのは俺を信用してくれているからか。こんな時だが少し嬉しくなる。

歩きながら左手をポケットに手を突っ込み、何時でも対応できる体制を整えた。ポケットに手を突っ込んだのは、情報端末型の汎用型CADが中にあるから。そして右手を自由にしているのは、上着の下に装備した【ダークネス・ブラット】をいつでも取り出せるようにするためだ。

 

「来るぞ!」

 

勘に任せて注意すると同時に、轟音と振動が会場を揺るがす。

これが、横浜事変の開幕の合図となった。

 

 

 

 

 




 
二校の「収束魔法によるダークマターの計測と利用」というテーマが個人的に気になるところ。
最近、宇宙に興味をもって「宇宙論」など、色々とネットで調べているのですが、内容が半分どころか三分の一も理解できません。物理や化学だけでもお手上げなのに、哲学とかさっぱりです。まあ、原作での鈴音の説明を理解できていない時点で、お察しですね。
……勉強しなくちゃなぁ。



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横浜騒乱編Ⅴ

 
最近諸事情によってリアルが忙しいので、次回からの更新が遅れる可能性が高いです。



――――ちなみに今日、上位ハンターになりました。双剣エリアル楽しい。……嗚呼忙しい。




 

 

 

会場に襲い掛かる振動と轟音。

聴衆は何が起きたか理解できず、ただざわめくばかり。そんな中、いち早く動き出したのは事が起こる前から予想し警戒をしていた紅夜と深雪だった。達也の元に向かっていた足を速め、舞台上に出てきた達也の下まで着く。

 

「深雪!」

「お兄様!」

 

深雪の声を聴き舞台上から飛び降りてきた達也が次に探したのは紅夜の姿。そして深雪のすぐ後から現れた紅夜が戦闘態勢に入っているのを見て警戒心をよりいっそう高める。

 

「正面出入り口付近でグレネードが爆発したようだな」

 

ほぼ直観的に紅夜がこの事態を予測していたことを理解した達也は、状況を紅夜に伝えることで情報の共有を図る。しかし達也の言葉に反応したのは深雪だった。

 

「グレネード!? 先輩方は大丈夫でしょうか」

「正面は協会が手配した正規の警備員が担当していたはずだ。実践経験のある魔法師も警備に加わっている。通常の犯罪組織レベルなら問題ないはずだが……」

「いや、そうもいかないようだ」

 

なに? と達也が問いかける前に複数の銃声が耳に飛び込む。その銃声から紅夜の言葉を理解すると同時に、使われた銃器が対魔法師用のハイパワーライフルだと分かったことで達也の頭の中から相手が並の犯罪組織だという可能性は消えた。

そんな達也の思考を肯定するように、ライフルを構えた集団が雪崩れ込んでくる。勇敢にもステージ上の三校生徒が魔法を発動しようとしたが、それより早く銃声が轟き、ステージ後方の壁に銃弾が食い込んむ。

 

「大人しくしろ!」

 

何処かたどたどしく感じる怒声は、相手が外国人であることを決定づけている。

 

「デバイスを外して床に置け」

 

慣れた様子で指示する侵入者に、三校生徒は悔しそうに従う。勇気と無謀は違うものだと三校生徒はしっかり理解しているようだと感心する紅夜と達也だったが、他人事でいられるのもそこまでだった。通路に立っているのが三人だけだったので目についたのだろう。

 

「おい、オマエたちもだ」

 

そういって銃口を向けられているのは達也と紅夜であることは疑いようがなかった。紅夜がさてどうしようかと考えていると焦れた相手が急かしてくる。原作知識からこの後の展開は覚えているが、自分にも銃が向けられている以上、少し違った対応が必要だ。

 

「早くしろっ!」

 

怒鳴られても紅夜は大して恐怖を感じるわけでもなく、ただ単に面倒だという気持ちが沸き上がってくる。武器を向けられ、戦闘に適して思考が醒めていくのと同時に、紅夜は先ほどまで警戒していた自分がバカに思えてきて仕方がなかった。よくよく考えれば兄さんと深雪さえ無事であればいいのに何故敵から他人を守ること前提で考えているのか、と。

しかし物語の完結を見たい紅夜としては他人が死ぬのも原作に大きな影響がありそうで、できれば見殺しにはしたくないのも確かだった。そんな自身の中の矛盾した気持ちや、その他諸々に辟易として大きくため息を吐く。

そんな紅夜の態度が癪に障ったのか、侵入者は銃口を紅夜に見せつけるように向けなおして脅してきた。

 

「おい、命が惜しければ早くCADを床に置け!」

 

それでも紅夜に動揺はなく、ただただ気だるげに銃を突き付けて来る男を眺める。言葉通り、何の感情も籠らない、観察しているのとも違う、まるで景色を見ているような、道端の小石を見ているような、ただの情報を視ているような、物語に登場するモブを見ているような、紅い色とは裏腹の、熱があるわけでも冷めてるわけでもない虚無の瞳。

その瞳を向けられた男は得体なしれない恐怖を感じて、紅夜に銃口を向けた状態で引き金に掛けていた指を引いた。

止める者はいない。近くにいた仲間も同じような状況で、全く同時に引き金を引いたから。

二つの銃声が重なって轟き、悲鳴が上がる。

銃口から飛び出た明確な殺意がまさに達也と紅夜の身体に届こうとした途端、二人の右手がぶれた。

起こった変化はそれだけ。身体から血は一滴たりとも流れていないし、傷一つ見受けられなかった。そして放たれた弾丸の痕跡は何処にも残っていない。

 

「弾を、掴み取ったのか……?」

「一体、どうやって……?」

 

誰かが呟いた言葉が鎮まる会場にやけに響いた。

引き攣った表情を浮かべた男たちはさらに弾丸を撃ちこむ。しかし、またも手の位置が変化し、銃弾の痕跡はどこにも見当たらなかった。さらに一発、二発、と打ち込むが、その度に腕の位置がコマ送りのように変化し、一切の被害が出ない。

達也と紅夜のやったことは単純、達也は銃弾が接触する瞬間に分解を発動しているだけであり、紅夜は手をかざした位置に弾丸が一瞬で気化する温度に上げる仮想領域を展開しただけだ。

しかし、当然ながらそんなことが男たちに理解できるはずもなく、半ばパニックになりながらも銃を投げ捨てコンバットナイフを取り出して斬り掛かる。だが、男たちがいくら訓練をしてきた優秀な兵士だったとしても、二人の規格外(イレギュラー)には通じない。

襲い掛かって来た男たちに逆に詰め寄り間合いを潰した二人は、握り込んでいた拳を開き手刀の形に変えると、ナイフを持った腕に打ち込んだ。

 

達也と紅夜の手刀は何の抵抗もなく、男たちの腕を切り落とした。

 

男たちは驚愕と痛みから悲鳴を上げる前に拳を打ち付けられ意識を失う。達也が腕を切り落とした男から血が噴き出し服を汚すが本人は気にした様子もない。一方、紅夜がやった方の男は血を流していない。しかしその代わりに肉の焼ける嫌な臭いが漂っていた。その異臭に紅夜は思わず顔を顰める。慣れているとはいえ、わざわざ異臭を嗅ぎたいなどと思うわけもない。できれば一瞬で消し炭にしてやりたいところだったのだが、この大勢の前でそんな魔法を使うのは流石にまずいし、紅夜には達也の魔法を誤魔化す狙いもあった。

予想外の事態に敵も味方も関係なしに時が止まったように固まる。ただ一人を除いて。

 

「お兄様、血糊を落としますので、少しそのままでお願いします」

 

静まり返るホールに響いた深雪の声が合図になった。そして時は動き出す。

 

「取り押さえろ!」

 

警備隊から放たれる魔法に動揺していた侵入者は反応が遅れ、一人残らず抵抗を封じられた。

 

 

 

 

 

侵入者を片付けた紅夜と達也は深雪を連れて正面出入り口に向かおうと歩き出す。とそこで聞きなれた声が掛かり足を止めた。

 

「達也くん、紅夜くん!」

「達也、紅夜!」

 

そう言って駆け寄るエリカとレオに続き、幹比古、美月、ほのか、雫も三人を囲むように集まる。

 

「手は!? お怪我はありませんか!?」

 

後ろから駆け寄ってきたほのかが他の二人を押しのけるようにして達也に怪我はないかと焦った口調で聞いてきた。その時、紅夜のことが目に入っていなかったのは恋は盲目ということだろう。

二人が全く傷がないことをアピールすると、ほのかや美月がほっとした様子を見せるが、幹比古や雫は一体どうやったのかという疑問の眼差しを向ける。しかし、当然のこと言いたくないことで、聞かれてもいないのだから、答えるつもりはさらさらなく、二人は完全にスルーを決めた。

 

「それにしても随分と大事になってるけど……これからどうするの?」

「逃げ出すにしても追い返すにしても、先ずは正面出入り口の敵を片付けないとな」

「待ってろ、なんて言わないよね?」

 

目を輝かせるエリカに対して嬉しそうだな、と言ってやりたくなった紅夜だが、自分のこの状況で力を出せることを考えて嬉しく思っていることに気が付いてやめる。盛大なブーメランをかますことはギリギリで避けたのだった。

 

「いいんじゃないか? 別行動されるよりマシだろ」

「……仕方がない、か」

 

紅夜の進言に達也が消極的な同意を見せた途端、エリカやほのかだけではなく、美月や雫まで喜色を現したのを見て、達也は少し疲れたようにため息を吐いた。しかし、こんなことをしている間にも敵が攻めてきている為に、落ち込んでいる時間などない。達也が先頭に立ち、全員そろって歩き出そうとした。

 

「待って……チョッと待て、司波達也、紅夜!」

 

だが、そこへ混乱しながらも必死で呼び止める声があった。

 

「一体何だ、吉祥寺真紅郎」

 

この時間のない状況で足を止められたのが不満なのか、達也は愛想の欠片もない声で返す。

 

「今のは『分子ディバイダー』じゃないのか!? 分子間統合分割魔法は、アメリカ軍魔法部隊(スターズ)前隊長・ウィリアム=シリウス少佐が編み出した秘術。分子間統合力を弱める中和術式と違って、分割術式の方はアメリカ軍の機密術式のはずだ! それを何故使える!? 何故知っているんだ!?」

 

これは吉祥寺の知識故の完全な誤解、そして紅夜の思惑通りの形だった。

もちろんのこと、紅夜と達也がアメリカ軍の機密術式を知っているはずはない。達也が使ったのは相対距離ゼロで使っただけの分解魔法。そして紅夜が使ったのは自身で開発したオリジナルの術式だった。だが、達也はともかく、紅夜の魔法は【分子ディバイダー】が全く関係ないというわけでもなかった。

 

そもそも、今回使った魔法は、紅夜の魔法オタクと言ってもいい魔法収集癖から、【分子ディバイダー】を自己流で再現しようとしたことが始まりだった。魔法の効果内容は知っているのだから、逆算的にその効果を及ぼす術式を作るのは【叡智の眼(ソフィア・サイト)】を持っている紅夜からすれば不可能なことではない。そうして一ヶ月程度で完成したのが、【分子ディバイダー(仮)】。

しかし当然ながら本物よりも効率が悪く劣化版とも言うべきものになった。そこで紅夜は更に効率を上げて本物の【分子ディバイダー】に近づけようとしたのだが、そこでふと気が付いたのだ。

この魔法、完全に自分用に組み上げたら強そうじゃね? と。そうして完全に自分専用、もはや及ぼす結果が似ているだけで内容は【分子ディバイダー】からかけ離れ、術式内容に本来の魔法が影も形もなくなって完成した魔法。

 

振動加速系統仮想領域魔法【レヴァティーン】。

 

この魔法は展開した仮想領域内で一定以上の密度を持った物体を一瞬で気化するレベルまで加熱するという、完全に原型をなくしたものだった。唯一、元の魔法の形らしきものを残しているのが先ほどの使い方、薄板状の仮想領域を物体に挿入し一部だけ、切り裂いたような状態にさせるというものだ。

このように様々な形にできること、剣のように切り裂いたり、槍のように突き穿ったり、弓のように放ち穿ったり、そして魔法の杖のように広範囲を焼き払ったりできることから、様々な形で伝承されている炎の剣『レーヴァテイン』からとって【レヴァティーン】という魔法が完成したというわけだ。

しかし、こんなことを説明できるはずも、している時間もない。

 

「今はそんなことを話している時間はないだろ、ジョージ」

 

だから、紅夜は吉祥寺の質問に対して、どちらともとれる言い方でバッサリと切り捨てた。

 

「七草先輩。中条先輩も、この場を早く離れた方が良いですよ。そいつらの最終目的が何であれ、第一の目的は優れた魔法技能を持つ生徒の殺害または拉致でしょうから」

 

舞台袖から顔を出した真由美と審査員として最前列に座っていたあずさにそう言い残した達也に続き、紅夜たちも唖然とする周囲を置いてその場を後にした。

 

 

 

 

 




 
小説を書くのに飽きてきたこのころ。私の悪い癖が……。
せめて――――せめてヒロインだけでも出さなければ!

さて、横浜騒乱編もそろそろ大詰めに近づいてまいりました。多くても後五話くらいかな?
次回は人狩り行く予定。



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横浜騒乱編Ⅵ

 
お待たせしました。
モンハンに飽きたので投稿です。村と集会所のキークエを終えてやる気が一気に落ちました。まあ、なんだかんだでプレイ時間が50時間くらいまで行ったので私にしてはやり込んだ方です。大抵のゲームは二十時間以上プレイすると飽きちゃうんですよね……。




 

 

 

会場を出た俺たちは戦闘中の正面出入り口に向かったのだが、そこはライフルと魔法の撃ち合いの真っただ中だった。ゲリラ兵を撃退しているのは協会が手配したプロの魔法師。しかし中に侵入されたことからも分かるように、状況は芳しくない。数の優位か、それとも対魔法師用の武装をしていることからか、恐らく両方だろうが、本来なら通常装備の歩兵など寄せ付けぬはずの実践魔法師が何人も負傷し、倒れている。

先頭を走っていた兄さんが立ち止まったので、続いて走っていた俺と深雪も止まったが、その後ろに続いていたエリカとレオの二人は血気盛んに逸っていた。

 

「止まれ! 対魔法師用の高速弾だ!」

 

兄さんがエリカを呼び止め、レオは襟首を掴んで無理やり下がらせる。

 

「ぐぇっ!」

 

その際にレオが首が締まったのか、変な声を漏らしていたが自業自得というものだろう。

 

「……達也、容赦ないね」

「でも、おかげで命拾い」

 

少し遅れて追いついた四人が到着し、乱暴な止め方に幹比古がしみじみと、どこか感心した様子すら感じさせるように呟き、雫が冷静に反論した。ただ、何となくレオはあのまま出て行っても死なない気がする。実践経験もないはずなのに、この状況で何時もと変わらない様子に少し感心を覚えた。

 

「深雪、銃を黙らせてくれ」

「かしこまりました。ですがお兄様、この数を一度に、となると……」

 

何故か恥じらう深雪に周りは付いていけず疑問符を浮かべている。

 

「分かっている」

 

しかし、次の兄さんの行動で疑問が解消した。

兄さんの差し出した手に、そっと指を絡める深雪。そして、今までの恥じらいの表情は一転して真剣なものに変化した。そして魔法が発動する。

 

振動減速系概念拡張魔法【凍火(フリーズ・フレイム)

 

二度行使されたその魔法は、敵三十人の持つライフルの動作を全て停止させた。効果が発揮されているかどうかも確認せずに飛び出した兄さんの後を追うように俺も駆け出した。ゼロ距離からの【レヴァティーン】により兄さんと同じ効果を出して敵を殲滅していく。

エリカと幹比古の攻撃も含め、敵の大半が倒れたところで、残りの勢力は協会の魔法師に任せて一旦下がる。

 

「出る幕が無かったぜ……」

 

何故かいじけているレオを励まし、若干顔色の悪いほのかと美月に視線を向ける。

 

「すまない。ほのかたちには少し刺激が強かったかな」

「――――いえ、大丈夫です」

 

兄さんの問いかけに力強く頷いたのはやはり恋心のなせるものなのか。

 

「美月?」

「あっ……私も大丈夫です」

 

深雪が優しく声を掛けると強張っていながらも笑みを浮かべる。気弱そうな見た目に反して芯は強い娘だ。問題はないだろう。

 

「それにしてもエリカ、よくそんな得物を持ってこれたな。鞄に入る大きさじゃないだろ?」

 

俺がそう問いかけたのは美月やほのかの緊張を取る為でもあったが、割とかなり本気で気になっていたことだった。

 

「うん、このままじゃ無理だよ?」

 

エリカの口調が何時も以上に砕けていたのは俺の意図を読み取ってくれたからなのだろうが、私欲が含まれている側としては何となく罪悪感を感じる。

 

「でもこうすると……ね?」

「へぇ……成る程」

 

しかしエリカがギミックを発動させると同時に小さな罪悪感など吹っ飛んだ。エリカが柄尻のスイッチを操作すると、刀身が楕円形の断面を持つ短いこん棒へと見る見る縮んでいったのだ。流石にこんな状況ではしゃぐわけにもいかず自重したが、できれば今すぐ質問攻めにしたいところだった。

 

「凄いでしょ? 来年から警察に納入予定の形状記憶棍刀よ」

「そういえば千葉家は白兵戦用の武器も作っていたっけな」

「どっちかって言うと、そっちが収入のメインなんだけどね」

 

兄さんも会話に入り少し話をしている間に、美月も落ち着きを取り戻したようだ。

 

「……それで、これからどうすんだ?」

 

レオが待ちかねたといった様子で兄さんに指示を求める。

 

「情報が欲しい。エリカも言っていたが、予想外に大規模で深刻な事態が進行しているようだ。行き当たりばったりでは泥沼に嵌り込むかもしれない」

「VIP会議室を使ったら?」

「VIP会議室?」

 

VIP応接室ではなく会議室というのを兄さんは知らなかったようで、雫に聞き返す。

 

「うん。あそこは閣僚級の政治家や経済団体トップレベルの会合に使われる部屋だから、大抵の情報にはアクセスできるはず」

「そんな部屋が?」

「一般には解放されていない会議室だから」

「……よく知ってるわね、そんなこと」

「暗証キーもアクセスコードも知ってるよ」

「凄いんですね……」

「小父様、雫を溺愛してるから」

 

ほのかの言葉に夏休みに少しだけ話した人物を思い浮かべ、あの様子ならそういった重要な情報を教えていてもおかしくはないなと思わず納得する。しかしあの「北方 潮」が使う部屋ならば警察や沿岸防衛隊の通信も傍受することが可能だろう。

 

「雫、案内してくれ」

 

兄さんも俺と同じことを考えたのか案内を頼み、それに対して雫は彼女にしては珍しくオーバーアクションで頷いた。

 

 

 

雫に教えてもらったアクセスコードを使って警察のマップデータをVIP会議室のモニターに映し出す。

 

「何これ!」

「酷ぇな、こりゃ」

「こんなに大勢……一体どうやって」

 

モニターに表示された周囲の地図は、海に面する一帯が危険地域を示す真っ赤な色に染まっていた。その赤い領域は今現在も内陸部へと拡大している。

 

「改めて言わなくても分かっているだろうが、状況はかなり悪い。この辺りでグズグズしていたら国防軍の到着より早く敵に捕捉されてしまうだろう。だからといって簡単に脱出できそうにない。何より交通機関が動いていない」

「ってことは海か?」

「それも望み薄だな。出動した船では全員を収容できないだろう」

「じゃあシェルターに避難する?」

 

幹比古の提案に頷くが兄さんには珍しく表情に不安が残っている。

 

「それが現実的だろうな……」

「なら上から駅前のシェルター入口を目指すってことでいいか?」

「えっ、地下通路じゃなくて?……っと、そうか」

 

俺の言葉に疑問を上げるエリカだが、すぐさま納得を見せた。他の出入り口から入って来た敵と遭遇戦になるという可能性に即座に気が付いたのは流石といえる。

 

「それと、少し時間を貰えないか?」

「それは構いませんが……一体何故ですか?」

 

一刻を争う状況での兄さんの発言に、ほのかが首を傾げながら理由を訊ねる。

 

「デモ機のデータを処分しておきたい」

「あっ、そうだね。それが敵の目的かもしれないし」

 

幹比古のフォローもあり、全員が頷き肯定を示した。

 

 

 

 

 

デモ機データ消去に向かう道のりで偶然克人と合流し、共ににステージ裏へと向かうことになったのだが、そこには鈴音と五十里がデモ機を弄っていて、周りを囲むように真由美、摩利、花音、桐原、紗耶香が見守っていた。

思わず自分たちのことを棚に上げて何をしているのかと尋ねたのだが、先に逃げ出すわけにはいかないと当然のように言われた。他のデータを消去するのを手伝って欲しいと言われ、元々そのつもりだった俺たちは手伝うことになった。

そんなわけで兄さんについて作業を終わらせ、控室に戻って来ると既に鈴音たちも控室に来ていた。

 

「お帰り、早かったね」

「首尾は?」

「残っていた機器のデータは全て破壊しておきました」

「へぇ……どうやって?」

 

花音が驚きと興味を含めながら訊ねる。

 

「秘密です」

「花音、他の魔法師が秘密にしている術式のことは聞いちゃいけないって。マナー違反だよ?」

 

兄さんの答えに不満そうにしていた花音だが、五十里の言葉に大人しく引き下がった。不承不承な様子ではあったが。

 

「さて、これからどうするか、だが」

「港内に侵入してきた敵艦は一隻。東京湾に他の敵艦は見当たらないそうよ。上陸した兵力の具体的な規模は分からないけど、海岸近くはほとんど敵に制圧されちゃったみたいね。陸上交通網は完全に麻痺。こっちはゲリラの仕業じゃないかしら」

「彼らの目的は何でしょうか?」

 

真由美の説明を聞いて五十里が疑問を上げる。

 

「推測でしかないけど、横浜を狙ったということは、横浜にしかないものが目的だったんじゃないかしら。厳密に言えば京都にもあるけど」

「魔法協会支部ですか」

 

真由美の言葉を最後まで待たずに花音が答えを出した。

 

「正確には魔法協会のメインデータバンクね。重要なデータは京都と横浜で集中管理しているから。論文コンペに集まった学者さんたちを狙ったっていう線も考えられるけど」

「避難船は何時到着する?」

「沿岸防衛隊の輸送船は後十分で到着するそうよ。でも避難に集まった人数に対して、収容量が十分とは言えないみたい」

 

摩利の確認に苦い顔で答えた真由美の言葉は俺たちが確認した情報と一致していた。つまり、予想通り全員が避難できるわけではないということだ。

 

「シェルターに向かった中条さんたちの方は、残念ながら司波君の懸念が的中したそうです」

 

鈴音からの報告によれば、地下に向かったあずさたちは俺たちの予想通り敵との遭遇戦になって足止めを受けているらしい。幸いなことに敵の数が少なかったらしく、もう少しで駆逐できるとあずさから連絡があったようだ。

 

「状況は聞いてもらった通りだ。シェルターの方はどの程度余裕があるのか分からないが、船の方は生憎乗れそうにない。こうなればシェルターに向かうしかないと私は思うんだが、皆はどうだ?」

 

摩利がまとめた内容に三年生は反対も賛成もせずに沈黙する。どうやら先に俺たちの意見を聞くつもりのようだ。しかし、反対がないことから全員が摩利の考えに賛同しているのは明らかだった。

 

「……あたしも、摩利さんの意見に賛成です」

 

花音たち二年生も選択の余地がないと考えているようで、花音の言葉に反論は出ない。残るは一年生の俺たちのみ。だが、摩利以上の案がないのは確かなことで、答えは完全に決まっていた。しかし、それを口にすることはなかった。いや、できなかった。

 

直感

 

その曖昧な感覚が俺の中で警報を鳴らした。俺はその勘に逆らうことなく、即座に視野を広げる。一泊遅れて兄さんも有らぬ方向に視線を向ける。

判断は一瞬、俺の右手がCADの引き金を引いた。

 

 

俺が発動した【叡智の眼《ソフィア・サイト》】が捉えたのはこちらに突っ込んで来る装甲板で覆われた大型トラック。俺が普通の魔法で止めるには少し時間が足りない。いや、通常のトラックなら普通の魔法でも止められたかもしれない。しかし何よりも問題だったのは、トラックが内側から情報強化を掛けられていることだった。刹那の間の逡巡、そして俺は【業火(ヘルフレア)】を発動した。

 

一瞬でトラックは消滅し、乗っていた運転手も消え去った。

 

そこにトラックがあった痕跡は残らない。まさしく文字通り跡形もなくなっていた。しかし、だからと言って今何が起きたか誰も気が付かない、などということはなかった。

 

「……今の、なに?」

 

恐る恐る訊ねてきた真由美に、やはりかと小さくため息を吐く。予想していた通り、真由美は【マルチ・スコープ】で今の光景を見ていたらしい。さて、どう答えたものかと考えていたのだが、幸いなことに真由美に言葉を返す必要はなくなった。

視野を拡大していた俺の目に、こちらに向かって飛来するミサイルの群れが捉えられていた。真由美も視界を拡張していたのだろう。俺と同じく状況を把握して、顔を青ざめさせる。

どうやら俺たちは敵勢力側から危険兵力と認識されてしまったらしい。頭の片隅でそんなことを考えながらミサイルに対抗する魔法を構築する。

しかし俺が迎撃をする前に会場前に幾重にも重なった障壁が展開された。ミサイルはその壁に衝突する前に横から撃ち込まれたソニック・ブームにより空中で爆発した。

 

「お待たせ」

 

急に室内から掛けられた声に、俺は視点を肉眼のものに戻す。

タイミングを見計らったように控室に入って来た一人の女性。

 

「え? えっ? もしかして響子さん?」

「お久しぶりね真由美さん」

 

真由美に笑顔で答えたのは軍服を着た藤林響子であった。

 

 

 

 




 
予定では後二話で横浜騒乱編が終了です。
実はこの話、二日前に完成していたんですが、投稿するの忘れてたんですよね(汗
そんな訳で次の話しはもう半分くらいできているので次回の更新は来週中にできそうです。
横浜騒乱編はどうにか今年の間に終わらせるつもりですので後少しお付き合いください。



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横浜騒乱編Ⅶ

 
突然ですが、紅夜の戦略級魔法師としての名前を、大黒夜光から、氷雨夜光(ひさめ やこう)に変更しました。
かなり前に達也と紅夜の関係を秘匿するなら名字を変えた方がいいのではないかとの意見をいただいたのですが、ストーリーに大きく影響することもなさそうでしたし、ぶっちゃけ面倒だったので保留とさせてもらいました。
しかし、今回の話しを書くにあたり、大黒と言う名字だと紅夜と達也との呼び分けが難しいということで名字を変更させていただきます。
お手数をかけて申し訳ありませんが、記憶にとどめておいてください。




 

 

 

突如として野戦用の軍服を着て現れた藤林。しかし部屋に入って来たのは藤林一人ではなかった。藤林の後ろから、同じく国防軍の軍服を身に着けた少佐であることを示す階級章を付けた壮年の男性、風間少佐が入って来る。

 

「特尉方、情報統制は一時的に解除されます」

 

風間の言葉に、原作知識を持つ俺はついに来たかと表情を引き締めると、兄さんと共に姿勢を正して敬礼をした。

その時丁度部屋に入って来た克人も含め、全員が驚愕して俺たちに視線を向けて来るのがはっきりと感じ取れる。

俺たちの敬礼に敬礼で答えた風間は、今入って来たばかりの克人に身体を向けた。

 

「国防陸軍少佐、風間玄信です。訳あって所属についてはご勘弁願いたい」

「貴官があの風間少佐でいらっしゃいましたか。師族会議十文字家代表代理、十文字克人です」

 

風間の自己紹介に対して克人も魔法師としての公的な肩書を名乗る。

風間は小さく一礼して俺たちと克人が同時に視界に入るように立ちなおした。

 

「藤林、現在の状況をご説明してさしあげろ」

「はい。我が軍は現在、保土ヶ谷駐留部隊が侵攻軍と交戦中。また、鶴見と藤沢より、各一個大隊が当地に急行中。魔法協会関東支部も独自に義勇軍を編成し、自衛行動に入っています」

「ご苦労。さて、特尉。現下の状況を鑑み、別任務で保土ヶ谷に出動中だった我が部隊も防衛に加わるよう、先ほど命令が下った。国防軍特務規則に基づき、貴官等にも出動を命じる」

 

風間の言葉に真由美と摩利が口を開く。しかし、風間の視線に口を封じ、結局何を言うつもりだったのかは分からなくなった。

 

「国防軍は皆さんに対し、特尉方の地位について守秘義務を要求する。本件は国家機密保護法に基づく措置であることをご理解いただきたい」

 

そう言って向けた力強い視線に、まだ何か言い募ろうとしていた真由美や摩利たちも抵抗を断念した。

 

「特尉、君たちの考案したムーバルスーツをトレーラーに用意してあります。急ぎましょう」

「すまない、聞いての通りだ。皆は先輩たちと一緒に避難していてくれ」

「特尉、皆さんには私と私の隊がお供します」

「少尉、よろしくお願いします」

「了解です。特尉方も頑張ってくださいね」

 

兄さんに続いて藤林のありがたい提案のことも含めて一礼する。

 

「それじゃあ、行って来る。また無事に会おう」

 

この言葉は深雪に向けたもの。ここで大きく出て来る原作との違い。それはお母様が生きていることにより、兄さんの封印の鍵を深雪が持っていないということ。だから必ず帰って来ると言外に告げ、少しでも深雪の不安を取り除く狙いがあった。

深雪も俺の言葉に気が付いたのだろう。小さく頷いたのを確認して、俺は無言で風間に続いて部屋を出る兄さんの後を追った。

 

 

 

 

 

独立魔装大隊は独立した作戦単位として「大隊」と位置付けられてはいるが、人数面では二個中隊の規模しかない。今回、元々は本来の任務である魔法技術を運用した兵器のテストの為に出動していた人数は、俺たちを含めて五十人。大型装甲のトレーラー二台に、その人数分の新装備が搭載されていた。

 

「――――どうかな、特尉」

「流石です。脱帽しました」

「設計通りですね」

 

ハンガーに掛かったプロテクター付きのライダースーツのような外観のツナギを前に真田と一緒に何度も頷く。最も、俺が頷いている理由は真田とは違い、ムーバルスーツのできではなく、外観のビジュアル面についてだが。原作のムーバルスーツは実用性の重視ばかりで見た目はあまり気にしていなかったので、設計段階で俺が手を加えておいたのだ。

 

「サイズは合っているはずだから、早速着替えてみてくれたまえ」

 

正直、このムーバルスーツを俺が着る必要はほとんどないのだが、安全性とテストを兼ねている為に文句を言えるはずもなく、さっさと着替えることにする。服を脱ぎ捨てムーバルスーツを着るとベルトをつけてフルフェイスのヘルメットを被る。そして最後に、制服のポケットから汎用型CADを抜き出し、念の為に用意しておいた二丁のCADを腰のホルスターに仕舞った。

 

「問題はないようだね」

『ええ、誤差は許容範囲内です』

 

答える兄さんの声が耳元から聞こえる。どうやら通信機がオンになっていたようだ。確認すると俺の通信機能もオンになっていたので、ヘルメットを操作してマスクを外す。

 

「防弾、耐熱、緩衝、対BC兵器は元より、簡単なパワーアシスト機能も設計通りつけておいたよ。そして無論のこと飛行ユニットはベルトに仕込んである。緩衝機能と組み合わせて射撃時の反動相殺としても機能するように作ってあるから、空中での射撃も可能だ」

「お見事としか言いようがありません。自分たちが設計した以上の性能ですね」

「いや、僕も良い仕事をさせてもらったよ」

 

確かに真田の技術には感心するしかないのだが、正直な話、防弾、耐熱、緩衝、などの機能は全て魔法でどうにかできてしまい、俺が使うのは精々、飛行ユニットの機能くらいのものだ。

 

「真田、そろそろ気はすんだか」

 

今まで傍観に徹していた風間だが、そろそろ我慢できなかったのか、敬礼を返す真田をジロリと睨んでから話を本題に持っていく。

 

「では早速だが、特尉二人は柳の部隊と合流してくれ。柳の部隊は瑞穂埠頭へ通じる橋の手前で敵部隊の足止めをしている」

「柳大尉の現在位置はバイザーに表示可能だよ」

「了解です」

「了解しました」

 

柳との相対位置を確認した俺と兄さんはトレーラーからでると、飛行魔法を発動して地面を蹴り、そのまま空へと飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

飛行魔法の出せる速度は熟練度によって決まる。当然だが、この魔法の製作者である紅夜と達也の二人の習熟が遅いわけがなく、空という障害物のない空間において、二人は車などよりもずっと早く柳の部隊のいる場所まで向かっていた。

しかし、障害物がないからといって油断は禁物というもので、紅夜と達也は空に飛び立ってから常に知覚魔法を展開し続けていた。それが今回は功を奏した形となった。障害物が存在しないはずの空で知覚範囲に一つの物体を捉えたのだ。

 

(あれは……)

 

紅夜が詳しく意識を向けて見れば、それは空から状況を確認する為の無人偵察機であった。さて、どうするかと考えていると、達也からのプライベートチャンネルでの通信が入る。

 

『上に回るぞ』

『了解』

 

達也の言葉からどのような対応をとるか察した紅夜は重力を制御して無人機の死角範囲である上空に上がる。そして達也と一瞬視線を合わせた紅夜は、ホルスターからCADを抜き取ると無人偵察機に照準を合わせ、引き金を引いた。

一拍の間もなく、刹那とも呼べる速さで無人偵察機が昇華したことを確認した紅夜は達也との通信を繋げる。

 

『何だ?』

『この偵察機、多分他にもあるだろうから一旦別れて潰してきていいか?』

 

こういった時に達也が無駄な時間を取られるのが嫌いなことを知っている紅夜は、無愛想と取ることができる返事に対して簡単に用件だけを伝える。こういった索敵面では紅夜よりも達也の【精霊の眼(エレメンタル・サイト)】の方が効率が良いのだが、柳のいる戦場で負傷者が出た場合達也の【再成】が必要になると考えた為に紅夜自らが無人偵察機を潰しに回ると言ったのだ。

 

『……風間少佐に連絡はしておけよ』

『了解』

 

ほんの僅かな間の後紅夜と同じ結論に至ったのか、告げられた了承の言葉に紅夜は短く返事をすると、風間との通信をい立ち上げながら二人は別の方向へと飛翔した。

 

 

 

「――――つまり柳大尉が率いる隊の戦闘は終わっていると?」

 

紅夜は風間から告げられた「無人偵察機を撃墜した後は駅へと向かい避難民の脱出を護衛せよ」という命令に問い返す。しかし通信機の奥から響いた声は否定を示した。

 

『いや、未だ柳の隊は敵兵力との戦闘を継続している。だが、大黒特尉が合流したことにより戦況はこちらが押し返している為、すぐに戦闘は終わるだろう』

 

風間の言葉を聞きながらCADの照準を百メートル先の物体に定めると即座に魔法を行使する。

 

『そこで氷雨特尉には敵兵力を削りながら駅へと向かい、そこで柳たちと合流してもらいたい』

「成る程、了解しました」

 

既に五機目になる無人偵察機が焼失したことを視野で捉えると、紅夜は承諾の言葉を返して通信を切った。そして即座にCADを持った右手を真下へと向けると引き金を引いた。同時に下界の範囲百メートルから敵の姿が消滅する。既に周囲の状況は確認済みだった為に味方が巻き込まれている心配は万に一つもない。

 

「さて、ここから十分くらいかな?」

 

確認するように呟くと飛行デバイスへとサイオンを注ぎ、方向転換をすると駅へと向かって進みだした。

 

 

 

 

 

駅前ではいつ現れるか分からない敵に怯える民間人たちが小さな歓声を上げていた。それは彼らの不安をかき消すように大きな音を立てて一機の輸送ヘリが上空に現れたことが要因だった。雫の呼んだそのヘリは着陸しようと高度を落とし始める。そんな時にそれは起きた。

突如として飛来した黒い雲。空中から湧いて出た、としか言いようのない唐突な現れ方をしたのは、季節外れのイナゴの大群だった。

たかがイナゴといってもエンジンの吸気口に吸い込まれてしまっては大変なことになる。それに、こんな不自然な出現の仕方をしたモノが、自然の生物とは思えない。ヘリの迎えに来ていた雫は咄嗟の判断でCADを取り出していた。

空に向かって引き金を引く。

【フォノン・メーザー】による音の熱戦がイナゴの群れを薙いだ。

 

「数が、多い……っ!」

 

焼け死ぬのではなく、幻影のように消えていくイナゴの群れ。しかしそれは、黒い雲の一部をかき消しているに過ぎなく、ループ・キャストによって次々放たれる【フォノン・メーザー】は確かにイナゴの群れを焼いてはいるが、空を斬るように一時的なものでしかなく、少し見えた青空も端から黒く埋まっていく。

ほのかもそれに気が付いていたが、彼女の魔法はこういった迎撃には向いてない上に、雫の魔法と相克を起こす可能性もあり迂闊に手が出せない。

イナゴの群れがヘリに取り付く、と見えたその時、

 

 

全てを焼きつくす、灼熱の劫火が舞った。

 

 

黒い雲を成す大群が一瞬で燃え尽され、跡形もなく消え去った。

空を仰ぐ雫とほのか。遅れて異変に気が付いた真由美たちも同じように視線を上へと向ける。

そこには黒尽くめの人影が、漆黒の中で鈍く輝く紅いラインが刻まれたCADを右手に構え空に浮いていた。

 

「紅夜くん……?」

 

そう呟いたのは一体誰だったのか。

同じく黒尽くめのスーツに身を包んだ集団が飛来し、ヘリを守るように陣を組む。

ヘリは再び降下を開始した。

 

 

 

 

 

「化生体による攻撃を撃退しました。術者はどうしますか?」

『術者の探索には大黒特尉を向かわせる。氷雨特尉は他の者とヘリを護衛せよ』

「了解」

 

柳の指示を受けた紅夜は飛行魔法を操り陣形に加わりながら【叡智の眼(ソフィア・サイト)】で周囲を警戒する。

紅夜が化生体の術者について尋ねたのは、既に術式を見つけていた為にすぐにでも位置を割り出すことが可能だったからなのが、達也ならば術式を視たであろうから任せておけば問題はないだろうと判断した。

 

 

それから暫くして、雫たちを乗せたヘリが無事に飛び立ち、周囲を警戒していた独立魔装大隊も近辺のビルへと散らばった。残された市民たちにも安堵感が漂っている。そんな中、真由美の呼んだ新なヘリの到来を告げるローター音が鳴り響いた。

到着したのは軍用の双発ヘリ。雫が手配したヘリよりも一回り大きく、残りの市民全員が無事に避難できるだけの容量を持っていた。それにやって来たのは一機だけではない。双発ヘリに追従して、もう一機、戦闘ヘリが現れた。ようやくかと全員が安堵の息を吐いた時にそれは起きた。

 

「動くな!」

 

市民の中から一気に飛び出たかと思うと鈴音の首に腕をまき、もう片方の手でナイフを突きつける男。ビルの上からライフルが向けられたが別の男が前に出て手榴弾を持った手を突き出す。

 

「……成る程、この為の布石だったのですか」

「頭の回転がはや――――」

 

鈴音の言葉に僅かに優越感を滲ませながら答える男。しかし、その台詞を最後まで喋りきることはできなかった。

突如として舞い降りた夜。驚愕に声を発する間もなく闇を閃光が穿つ。そして重たいものが崩れ落ちるような音が聞こえると共に闇が引き、開いた視界に飛び込んだのは頭に小さな穴を空けて倒れ伏した男たちだった。

 

「何がっ……!?」

「……これは」

 

一瞬の間に起きた出来事に全員が混乱する。しかし、少しの混乱が過ぎ去った後冷静になった頭で先ほどの状況を思い返し、もう一度、今度は別の意味で驚愕した。

 

「この魔法は……」

「――――紅夜くん?」

 

真由美がこの魔法に思い当たり思わず呟くと、同じく気が付いた鈴音が反射的にその人物の名を呼びながら周囲を見渡す。だが、見渡した範囲では紅夜の姿を見つけることができない。一体どうやったのかと考え思い出す。紅夜が何かしらの知覚魔法を有していたことを。

 

「ありがとうございます」

 

だから鈴音は呟いた。知覚魔法とて万能ではない。例えこの状況を把握できたとしても、言葉を読み取ることができるかなど分からない。しかしそれでも感謝の気持ちが届けばと少しの希望を持って。

自分でどうにかできたなど野暮なことは言わない。いかにCAD無しでの魔法が優れているからといっても効力を発揮するのには時間が掛かるのだ。故に、精一杯の感謝を込めて呟いた。

 

 

 

「――――どういたしまして」

 

百メートル以上離れたビルの屋上で、そう言った人物がいたとかいないとか。

 

 

 




 
何だか書いてるうちに最後、鈴音からヒロイン感がでてましたが、この作品のヒロインは未だ一度も出ていないリーナです。間違えないで下さい(笑)

ちなみに氷雨という名字ですが、紅夜の使う魔法に対して捻くれている感じが個人的に気に入っています。
この名前の決め方は達也の、大黒→大黒天→シヴァ神というのと同じような決め方をしているので、よければ元となった神様を予想してみて下さい。

次回の更新は28日です。
この話が今年最後の、そして横浜騒乱編最後のものとなる予定です。

――――ヒロイン登場まで、あと少し!



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横浜騒乱編Ⅷ

 
何か文字数が凄いことになった……
本来なら二話に分けるところなんですが、最後の一話と言ったし分けるの面倒だからいっか、ってことでそのまま投稿。




 

 

 

真由美や鈴音を乗せて立ったヘリは途中、敵の足止めをしている深雪たちを拾い、今度は別の場所で戦闘中の摩利たちを迎えに来たところであった。

そんな真由美たちが目にしたのは最後の悪足掻きとばかりに歩兵部隊からの猛攻を受けている摩利たち。そんな様子に慌てながらも真由美たちはすぐさま五人の援護に当たった。いや、「真由美たち」というのは間違いか。正確には魔法を放ったのは真由美一人だったのだから。

敵兵の上から雹が降り注いだ。氷ではなくドライアイスで出来た弾丸が、亜音速で襲い掛かり防護服を貫く。真由美の得意魔法【魔弾の射手】によって頭上、背後、側面と様々な方向から十字砲火を受けた敵はその魔法が何処から放たれているかも理解できず、次々と倒れていく。

空中から地上への攻撃、しかも、ほのかの光学迷彩によってヘリが敵から見えていないとあって、真由美の魔法は五分とかからずその場を制圧した。

 

『お待たせ、摩利。ロープを垂らすから上がってきて』

「ああ、頼む」

 

今まで苦戦していた相手が一瞬で倒されたことに何処か釈然としない気持ちを覚えながらも摩利は他の二年生に声を掛けた。五十里と花音、桐原と紗耶香ペアになって歩いてくる。

彼らが周囲の警戒を怠ってしまったのは仕方のないことだろう。つい今しがたまでは激戦の渦中にいたのだ。戦闘経験の薄い彼らに戦闘が終わってきを抜くなというのは気の毒というものだ。だが、ゲリラの真骨頂はこういう状況の不意打ちにある。

 

「危ない!」

 

叫んだのは摩利だった。その声に合わせて咄嗟に動いたのは桐原と五十里の男子二人。桐原は紗耶香を突き飛ばして刀を振るう。そのおかげで敵の放った心臓に向かう弾は弾くことができた。しかし下半身を守る余裕などなく、太ももに突き刺さった弾丸が、桐原の足を吹き飛ばした。

五十里は刀など持っておらず防御の手段がない。反射的にできたのは花音に覆いかぶさり庇うことだけだった。五十里の背中に榴弾の破片が深々と突き刺さり、明らかに致命傷だと思われる傷を負わせていた。

 

「啓! 啓!!」

「桐原君! しっかりして!!」

 

悲鳴を上げ泣き縋る少女二人。

摩利が奇襲をかけたゲリラに魔法を発動しようとした。深雪がヘリから飛び降りようとした。しかし、それは行動に移す前に終わる。

 

 

断罪の業火が敵兵をなめた。

 

 

後には何も残らない。残った結果は異臭を漂わせ焼け爛れるアスファルトと血肉の欠片も残さず消え去った敵。

深雪を除いた誰もがその結果に息を詰めた。そんな彼らの見つめる先で、夜を思わせる漆黒のCADを構えた紅夜が重力をまるで感じさせない動きで着地した。

 

「ギリギリか……」

 

その呟きはフルフェイスのヘルメットに籠り、誰にも聞こえることなく消える。ヘルメットを外した紅夜は視線を上に上げると大きな声を上げた。

 

「兄さん!」

 

その声に誰もが紅夜の視線の先を見上げる。そこには紅夜と同じく黒尽くめの兵士の姿があった。紅夜の隣に降り立った達也に紅夜は一言、頼むと告げる。達也は小さく頷くと厳しい顔で五十里の側へ駆け寄り、左手にCADを構えた。

 

「何するの!?」

 

五十里に向けられた銀色のCAD。止める時間はなかった。引き金が引かれ、花音は反射的に目を瞑る。

 

【エイドスの変更履歴の遡及を開始】

 

達也の表情に変化はない。

 

【復元時点を確認】

 

紅夜は達也の奥歯が軋る音を確かに聞き取り、思わず自身も奥歯を噛み締める。

 

【復元開始】

 

達也に使えるもう一つの魔法【再成】が発動した。

エイドスの変更履歴を遡り、負傷する前のエイドスを復元し複写する。複写した情報体を魔法式としてエイドスに貼り付け、怪我をした状態を新たな情報で上書きする。

 

世界の持つ修正力が、五十里の肉体に加えられた改変に辻褄をするべく作用する。

 

榴弾の破片は五十里の身体に食い込まなかったことになった。

 

ボウッ、と五十里の身体が霞んだように見えた。

次の瞬間、彼の身体には怪我の跡どころか、事象の痕跡すら一切残っていなかった。

 

【復元完了】

 

五十里の身体は榴弾の破片で傷を負わなかった状態で世界に定着した。ここまで掛かった時間は一秒にも満たない。

 

達也は五十里に施した【再成】の効果を確認する間も惜しんで桐原に向けてもう一度引き金を引いた。

千切れた足が元の位置に引き寄せられ、接触したと見るや、桐原の身体が霞み、次の瞬間には傷一つ追っていない状態で横たわっていた。

 

達也はCADを左腰に収めると一度だけ、見えない筈のヘリに、深雪へと視線を向け小さく笑いかけるとマスクを上げ、バイザーを下ろす。紅夜も深雪に向けて軽く手を振るとヘルメットを被り飛行魔法を発動して二人で空へと舞いあがった。

 

 

 

 

 

魔法協会支部のある丘の北側で攻勢を押し返された侵攻軍は兵力を南側に迂回させて最後の攻撃を試みた。人質の確保は断念している。長期の占領が可能な戦力でもない。このままではなんの成果もなく撤退ということになってしまう。せめて協会支部に蓄積された現代魔法技術に関するデータを奪取し、その上で魔法師を一人でも多く殺害してこの国の戦力を削いでおこうというのが侵攻軍の決断だった。そんな時だった。装甲車の後部ハッチから上半身を出して警戒に当たっていた兵士は頭上を過ぎる黒い影に顔を上げた。次の瞬間、頭上から放たれた弾丸が兵士の頭を貫いた。侵攻軍車両の間で慌てて通信が交わされ、機銃が空へと向けられる。

その対応を嘲笑うかのように上空から飛来した無数の黒い影――――独立魔装大隊の飛行部隊は、道路沿いのビルの屋上に降り立ち、上方側面から一斉射撃を浴びせた。貫通力を増幅したライフル弾が豪雨のように降り注ぎ、魔法防御を緩和して直立戦車のコクピットを貫く。爆発力を集中した擲弾が装甲車両を吹き飛ばす。

侵攻軍も無抵抗ではない。榴弾を撃ち込みビルを瓦礫に変える。重機関砲で壁面を削り、飛行兵を吹き飛ばす。

だが、黒い部隊の火力は少しも衰えることはない。炎に巻かれた瓦礫の中からよりいっそう激しい銃撃が繰り出される。

侵攻軍はまるで不死身の怪物を相手にしているような恐怖に捕らわれながらも攻撃を繰り返す。

足元の瓦礫が崩れ落下した飛行兵を弾丸が貫通した。ムーバルスーツの防弾性により即死には至らなかったが間違いなく致命傷だった。ところが、その隣に舞い降りた銀色のCADを持つ魔人が左手をその兵士に向けた途端、兵士の傷が消えた。そして右手が直立戦車に狙いを定めた瞬間、全高三メートル半の機体が塵となって消えた。

 

『……摩醯首羅(マヘーシュヴァラ)!』

 

その声が電波に乗って広がった。途端、恐怖に駆られた侵攻軍は無謀な逃走や突撃によって混乱が生じる。

そんな中、ムーバルスーツを着た一人の兵士が逃走する直立戦車の目の前に立つ。無謀とも思えるその状況に、好機と考えた操縦者は狙いを定め、機関銃を掃射した。ばら撒かれた殺意の塊が黒い兵士を貫かんとした――――瞬間、ジュッ! と小さな音を立て、銃弾全てが消え去った。あり得ない光景に操縦者は思わず動きを止め、目の前を凝視する。そこには陽炎揺らめく炎の衣に身を包み、黒いCADを此方に向ける魔人の姿。それが操縦者の見た最後の景色だった。

猛火が舞い踊った。闇が訪れ閃光が走り、紅蓮が吹き荒れ熱波が広がる。まるで灼熱の地獄を体現したような惨状に混乱がよりいっそう大きくなる。

 

『まさか……烏枢沙摩(ウィチシュマ)!?』

 

摩醯首羅(マヘーシュヴァラ)烏枢沙摩(ウィチシュマ)、それは三年前の沖縄で大亜連合に破壊と絶望をもたらした魔人。上層部が存在を否定しタブーになった存在。葬り去ったはずの悪夢。しかしいくら否定しようとも、その悪夢は現実となって彼らに牙を向けていた。

 

 

 

接触から十五分。

 

それが敵の限界だった。

 

兵力の損耗と、何より士気の喪失に耐えきれず、侵攻軍は潰走を始めた。

 

 

 

 

 

 

北側からは鶴見の部隊、南からはようやく着いた藤沢の部隊、西からは保土ヶ谷の常駐部隊とこれに合流した藤沢の部隊。三方からの圧力に耐えきれず、敵は上陸部隊の収容を諦め撤退に掛かった。

敵艦が慌てて出航しているのをわざわざ逃がす必要はない。柳は部隊に追撃の命令を下した。

 

「逃げ遅れた敵兵は後詰めの部隊に任せて我々は直接敵艦を攻撃、航行能力を破壊する!」

『柳大尉、敵艦に対する直接攻撃はお控えください』

「藤林、どういうことだ」

 

今まさに飛び立とうとしていたところに藤林が通信に割って入り静止が掛けられる。

 

『敵艦はヒドラジン燃料電池を使用しています。東京湾内で船体を破損させては水産物に対する影響が大きすぎます』

「ではどうする」

『退け、柳』

「隊長?」

 

小さく舌打ちをした後に柳が尋ねると答えたのは藤林ではなく風間であった。柳は風間からの命令に訝し気な声をだす。

 

『勘違いするな。作戦が終了したという意味ではない。敵残存兵力の掃討は鶴見と藤沢の部隊に任せ一旦帰還しろ』

 

話を聞いている内に考えをまとめたのか、今度の返事は迅速で躊躇いがない。柳は部下に対し、移動本部への帰還を命じた。

 

 

 

 

帰還した柳に指揮を委ね、風間は真田、藤林、そして紅夜を連れてベイヒルズタワーの屋上に来ていた。

 

「敵艦は相模灘を時速30ノットで南下中。房総半島と大島のほぼ中間地点です。撃沈しても問題ないと思われます」

 

携帯を見ながら告げた藤林の言葉に頷いた風間は真田へと顔を向けた。

 

「ガンディーヴァの封印を解除」

「了解」

 

風間からカードキーを受け取ると、不謹慎なほど嬉しそうな顔で真田が傍らの大きなケースを開いた。鍵はサード・アイと同じく、カードキーと静脈認証と暗唱ワードと声紋照合の複合キー。

 

「オン・アギャナウェイ・ソワカ」

 

真田が呟くと同時にガチャリと音を立てて開く鍵。音声の応答は入れなかったんだな、などと紅夜は考えたが、後から聞いた話によると入れる時間がなかっただけらしかった。

厳重な封印が解かれ、中に入っていたのは大型ライフルの形状をしたCAD。このCADは縦に構えると何処か弓のようにも見える形状をしているが、実はこれは設計をした紅夜の趣味的なこだわりだ。

真田からCADを受け取った紅夜は少しだけ嬉しそうに笑ったが、フルフェイスのヘルメットを被ったままなので見られることはなかった。

 

「氷雨特尉。ゲヘナフレイムを以て、敵艦を撃沈せよ」

「了解」

 

答えた紅夜の声は隠しきれないほどに震えていた。緊張に、ではない。久しぶりに使う本気の魔法に精神が高揚し、武者震いのような感覚を覚えていたのだ。

紅夜は南を向きガンディーヴァを構える。

 

「成層圏監視カメラとのリンクを確立」

 

藤林の声を聴きながら、紅夜はバイザーに映った敵艦の赤外線映像に意識を集中させる。前に使った時は確実性を上げる為に達也の手を借りたが、別にこの魔法はエレメンタル・サイトやソフィア・サイトが必ず必要なわけではない。対象の位置情報さえ掴んでいればそれだけで十分だ。正確性は損なわれてしまうがズレたとしても誤差は精々五十メートルだ。この魔法は領域魔法なのだから、その程度の誤差など問題にならない。

船体の映像から座標を見分けると、ガンディーヴァの遠距離照準補助システムの力を借りて、情報体(エイドス)知覚の視力によって照準を合わせ、エリアを指定する。

 

灼熱劫火(ゲヘナ・フレイム)、発動」

 

紅夜はそう呟くと、引き金を引いた。

 

 

 

灼熱が降り注ぐ。

空気が加熱され、艦隊が昇華し、ヒドラジンを含めた全ての可燃物を一瞬で完全燃焼させ、劫火に巻かれて艦は消え去った。

 

 

 

「敵艦と同じ座標で爆発を確認。同時に発生した水蒸気爆発により状況を確認できませんが、撃沈したものと思われます」

「撃沈しました。津波の心配は?」

「大丈夫です。津波の心配はありません」

「約八十キロの距離で百立方メートルの領域を精密照準……ガンディーヴァは所定の性能を発揮しました」

 

真田が風間に対し自慢げに説明する。

風間は無言で頷くと、紅夜に労いのことばを掛けた。

 

「ご苦労だった」

「ハ!」

 

敬礼で答えた紅夜に頷き、風間は作戦終了を宣言した。

 

 

 

 

 

 

西暦二千九十五年 十月三十一日。

今日はハロウィンだが、クリスマスなどを含めこういったイベントには前世から興味が薄かった紅夜には大した感慨もなかった。

紅夜は今、対馬要塞の屋上にいた。何気なく海を眺めるが、太陽が落ちた夜闇の中では特に景色が見えるのでもなく、唯一見えるのは海の向こうに浮かぶ朝鮮半島の影。

十一月になろうとしているこの時期の空気は冷え込んでいて制服だけでは中々つらいものがある。ムーバルスーツを着たままでいれば寒さは凌げただろうが、個人的にあのスーツをずっと着ているのは気が進まなかった。念の為にヘルメットは持っているので問題はないだろう。

そろそろ中に入るかと考えた時、タイミングを見計らったようにポケットの中の情報端末からコール音が鳴った。

 

「……真夜から?」

 

取り出して画面を確認してみれば、そこに表示されていたのは四葉真夜という文字。何の電話だろうかと考えるが、特に思い当たる節はない。

だがまあ、タイミング的に真夜と話ができるのは好都合でもあった。ここでは電話の内容を傍受される可能性もあるが、真夜がそんなことを考えていないはずがないと、丁度五回目のコールが鳴り終わったところで通話ボタンを押した。

 

「もしもし?」

『こんばんは。夜分遅くに申し訳ありません、紅夜さん』

 

鈴の音が鳴るような実年齢に似合わない若々しい声がスピーカーから流れ出す。

 

「滅相もありません、真夜様。何か御用ですか?」

『いいえ、特に用があるわけではないのよ。ただ今日は大変な目に会ったようですし、可愛い親族の声を聞きたいと思うのはダメなのかしら?』

「それはご心配をおかけしました。ですが、これからちょっと戦略級魔法師としての面倒な仕事があるので」

『あら、それは大変ね。頑張ってちょうだい』

 

真夜のどう考えても白々しい言葉に紅夜は仕返しのつもりで、戦略級魔法師とか面倒だと言うが、軽く流された上に頑張ってなどと釘を刺される。

 

『そうそう、今日の日曜日にでも三人で遊びにいらっしゃいな。久しぶりに貴方たちに会いたいわ』

「恐縮です。帰ったら二人にも伝えておきます」

『楽しみにしているわ』

 

言いたいことは言い終わったのか、通話が終了しそうな流れの中、紅夜が思い出したように言った。

 

「そういえば真夜様。そろそろ誓約を解きたいんですが、こちらで勝手に解いてもいいですか?」

 

その言葉に通話越しに真夜の驚く気配がした。紅夜はしてやったりと小さく笑う。

 

『……ええ、構いません。深夜には私から言っておきます』

「ありがとうございます」

 

本来はこんな頼みはしたくなかったのだが、これから始まる来訪者を考えると念の為にも、このタイミングで封印を解くのが最適だと判断した結果だ。だから、次に続く真夜の言葉も覚悟をしていたものだった。

 

『では紅夜さん。ガーディアンを付けるということでいいわね?』

「はい。お手数をおかけします」

『いえ、紅夜さんに何かあっては心配ですから』

「ありがとうございます。それではお休みなさい、真夜様」

『お休みなさい、紅夜さん』

 

通話が着れたのを確認した紅夜は小さく息を吐く。真夜との会話は毎回精神を使うのだ。

しばらくの間、ボーっと海を眺めていると、ヘルメットの通信ユニットからコール音が鳴った。

 

『特尉、作戦室に来てくれ』

「了解」

 

風間からの指令にいよいよかと少し緩んでいた気を引き締め、紅夜は屋上から要塞に入った。

途中、気が付く。

 

(そういえば真夜の用事ってあれだけだったのか?)

 

今の紅夜の状況を知っているのなら、用事を告げる為には家にいる深雪に電話した方が確実だ。原作でも深雪に電話をしていたことを思い出した紅夜は何か意図があったのだろうかと首を傾げる。

 

(本当に俺の声を聞きたいだけだったとか)

 

そんなことを考えた紅夜だったが、自分の考えを突拍子のないものだと切り捨て頭をひねる。結局、作戦指令室に到着するまで何も思い浮かぶことはなかった。

 

 

 

 

 

 

「来たか」

 

作戦指令室に入った紅夜の敬礼に対し風間はぞんざいに答えると座るように指示した。

紅夜が座ってしばらくすると遅れて柳と山中が顔を見せる。全員が揃ったと見るや否や風間は前置きもなく本題を切り出した。

 

「予想通り敵海軍が出撃に入っている。この映像を見てくれ」

 

そう言って壁一面を使ったディスプレイに映し出される映像を見ながら風間が説明を始める。その内容は紅夜が事前に予想していたものと大差なく、自分の出番より先の話は聞く意味もないので、紅夜はこれからに精神を集中させていった。

 

 

紅夜は制服姿にムーバルスーツのヘルメットという奇怪な姿でガンディーヴァを持ち、第一観測室の全天スクリーンの真ん中に立った。このスクリーンは衛星の映像を三次元的に処理して、任意の確度から敵陣の様子を観察できるようにしたものだ。

 

「氷雨特尉、準備はいいですか?」

『準備完了。衛星とのリンクも問題ないです』

 

真田の問に紅夜はスタンバイ完了の答えを返す。

 

「ゲヘナ・フレイム、発動準備」

 

風間の声に紅夜はガンディーヴァを構えた。

鎮海軍港。

巨済要塞の向こう側に集結した大亜連合艦隊。

三次元処理をされた画像を元にエイドスを読み取り、艦隊全体を覆うように領域を展開する。

 

『発動準備完了』

 

紅夜の小さな呟きは静まり返った室内でやけに大きく響いた。

しかし、紅夜の本当の準備はここからだ。その場にいた者は誰にも気が付かれることなく、紅夜の中で決定的な変化が生まれる。

自身の魔法演算領域を縛る枷を内側から無理やり焼却し、封印を緩める。とは言っても完全に壊すことはしない。解除したのは大体三分の一といったところか。いきなり全開にしてしまっても慣れない所為で制御しきれない可能性がある為だ。

解放と同時にあふれ出した膨大な量のサイオンが予想通り紅夜の制御を離れ、室内にあふれ出し空気の温度を上昇させる。その感覚に紅夜の胸の奥が痛んだが、すぐに振り払い集中力を取り戻すと、あふれ出すサイオンの制御を取り戻し掌握した。

紅夜の中ので起きた変化に気が付いたのは唯一人。紅夜の願いを叶え、誓約を施した深夜だけ。

掌握したサイオンと魔法演算領域を用い、魔法に自身の力を込める。

 

灼熱劫火(ゲヘナ・フレイム)、発動」

『灼熱劫火、発動します」

 

確認に風間の言葉を復唱し、紅夜はガンディーヴァの引き金を引いた。

 

 

世界を焼き尽くす破壊の劫火が放たれた。

計測不能な高熱は、船体の金属を昇華させた。

急激に膨張した空気は音速の壁を突き破った。

衝撃波と金属の噴流が襲い掛かる前に、効果領域内の熱が全てを消し尽くした。

人も物も、その熱すら感じ取ることなく、一瞬で焼滅した。

少し離れた人物や物は、爆発し焼失した。

海面は高熱に炙られ、水蒸気爆発を起こした。

竜巻と津波が生じて、対岸の巨済要塞を呑み込んだ。

破壊は鎮海軍港だけには止まらず、衝撃波が周囲の軍事施設に及んだ。不幸中の幸いだったのは、鎮海軍港周辺に民間人の居住する都市が存在しなかったことだろうか。

灼熱の暴虐が収まった時、そこには何も残っていなかった。

 

 

過剰な光量にスクリーンがブラックアウトし、それが回復したとき、対馬要塞のスタッフ全員が息を呑んだ。誰もが顔を青ざめさせ、中にはトイレに駆け込み胃の中身を戻した者もいた。無様と笑うことはできないだろう。独立魔装大隊の面々ですら顔を青ざめさせていたのだから。

彼らは本当の意味での戦略級魔法をその目で確かめたのだ。

 

「敵の状況は?」

 

風間に問われて藤林が慌ててモニターを確認する。

 

「敵艦隊は全滅……いえ、焼滅しました。攻勢を掛けますか?」

「不要だ。以後の予定を省略し、作戦を終了する」

「全員、帰投の準備に入れ!」

 

風間の言葉を受け柳が撤収を命ずる。

紅夜はガンディーヴァを下ろし、ヘルメットを外すとモニターを確認する。画面に映る惨状を見る眼は、ただ自分の起こした結果に関心を持っているだけだった。

 

 

 

 

 

 

灼熱のハロウィン。

 

後世の歴史家はこの日のことをそう呼ぶ。

それは軍事史の転換期であり、歴史の転換期ともみなされる。

それは機械兵器とABC兵器に対する魔法の優越を決定づけた事件。

魔法こそが勝敗を決する力だと明らかにした出来事。

戦略級魔法師、氷雨夜光の名を畏怖と共に世界に知らしめた騒動。

それは魔法師という種族の栄光と苦難の歴史の真の始まりでもあった。

 

 

 




 
これで横浜騒乱編は終了です。
次回からは追憶編を飛ばして来訪者編に入ろうと思っています。ついにヒロインの出番です!
来訪者編は、上、中、下の三部構成ですしヒロイン登場ということもあるので、しっかりと全体の流れを構成してから投稿をしたいと思っています。そんなわけで何時もよりも更に投稿が遅くなるかもしれませんがご了承ください。

それから前回、氷雨という名の元になった神を推察してみて下さいなんて言いましたが、早速当てちゃった人がいました。なので答えと理由みたいなものを活動報告に上げておくので、よかったら見てください。

では、皆さんよいお年を!


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閑話 夜を染める紅

 
明けましておめでとうございます!

某歌番組を見ながら東方のイラストを漁っていたら、何やら画き納めなるものを見つけ、私も書き納めをしてみようと、テレビを放り出して急遽予定になかった閑話を書きました。
……しかし文字数六千文字とか、本編書かずに何やってるんだって話しですけれど。

まあ、そんなわけでミスやら何やら色々と酷いことになっているかもしれませんが、大目に見てください。

話しは変わりますが、お気に入りが何ともう少しで2000件になりそうです。最初は一年掛けて千件行ったら良いな、程度の気持ちで投稿したので、とても驚いています。UAもいつの間にか20万件を突破していて、嬉しい限りです。
これも、この作品を読んでくれている皆さんのおかげです。本当にありがとうございます!

こんな作品でもよければ、今年もよろしくお願いします!




 

 

 

灼熱のハロウィン、そう呼ばれる事件が起きてから一週間。俺と兄さん、深雪は揃って地図にも載っていない山村に訪れていた。今いる場所は大きめの武家屋敷調伝統家屋の中。此処こそが俺たちの実家、四葉本家の邸宅だった。

何故ここに来たかと言えば、あの日、真夜からの電話で告げられた招待と言う名の出頭命令によるものだ。

外観からは想像できないモダンな作りをした応接間――――通称謁見室と呼ばれる場所に通されたということは、今日の呼び出しが真夜の私的なものではなく、四葉家当主としてのものということだろう。まあ、最初から分かっていたことだが。俺と深雪はソファーに座り真夜が来るまでの時間を待つ。ここで兄さんの名が無いのは、兄さんが座るのではなく深雪の隣で立っているからだ。そのことに少しだけ何とも言えない気分になるが、こんなことを一々気にしていては仕方がないのですぐに振り払う。

 

しばらく静かな時間を過ごしていると扉の向こうから気配を感じて視線を向けた。同時にノックの音が響き、俺が許可を出すと「失礼します」という声と共に扉が開いて、着物の上にエプロンを付けた女中が姿を見せた。個人的に前世の憧れ的な意味でメイド服の方が嬉しいのだが、屋敷のイメージには合っていないので仕方がないだろう。

その女中さんが深々とお辞儀をしてから身体を横にずらすと、そこには見知ったスーツ姿の男性、風間が立っていた。女中が退室して扉を閉めると先に口を開いたのは風間だった。

 

「久しいな、達也に紅夜。先週会ったばかりだが」

「少佐……何故、いえ、叔母に呼ばれたのですか?」

「そうだ。貴官が同席するとは聞いていなかったが」

「……申し訳ありません」

 

謝罪を口にしたのは風間の入室と同時に立ち上がっていた深雪だ。風間はこの程度のことで気分を害するほど狭量ではないのだが、深雪は身内の不手際をスルーできなかったようだ。

 

「気にする必要はない」

 

そう言った風間に深雪は小さく礼をした後、誰からともなく席に着いた。

 

対馬要塞で別れてから一週間、当日一足先に帰っていた俺は、あの戦闘がどうやって決着がついたのかを詳しくは知らない。ここで風間と再会できたのは好機と思い色々と質問してみたのだが、どうやら風間にも詳細不明の部分が多いようだった。そうなってくるとできることは情報を交換することで、兄さんを交え三人で推理を出し合っていたのだが、こちらに近づいてくる気配を感じてそれは中断された。

 

「失礼致します」

 

形式的なノックの後返事を待たずにドアが開かれる。恭しく一礼したのは年嵩の執事、この四葉家の纏め役といってもいい真夜の右腕に当たる人物、葉山であった。

 

「お待たせ致しました」

 

そしてその後ろ、葉山の背後にはこの屋敷の主である四葉真夜が立っていた。

 

 

「本当に申し訳ございません。前のお客様が中々お帰りにならなくて……。お約束の時間を過ぎているとはいえ、追い立てるような真似もできませんし……」

「どうかお気になさらず。お忙しくしていらっしゃるのは、存じ上げています」

 

余所行の口調で謝罪する真夜に風間が返して、二人はようやく腰を下ろした。

 

「深雪さんと紅夜さんもお掛けになって」

 

促す声に深雪と俺も腰を下ろすと、俺たち四人の前にティーカップが置かれる。その四人とは当然ながら、俺と深雪、真夜、風間のことだ。

 

「本日おいでいただいたのは、先日の横浜事変に端を発する一連の軍事行動について、お知らせしたいことがありましたからですの」

「本官にですか?」

 

早速だけど、そう前置きして語り始めた真夜の言葉に風間が訪ね返す。

 

「ええ、達也さんと深雪さん、紅夜さんにも」

 

そう言って意味ありげな笑みを浮かべる真夜。俺たち「にも」と言ってはいるが、恐らく本当に聞かせたいのは風間ではなく俺たちの方なんだろう。

 

「国際魔法協会は、一週間前、鎮海軍港を消滅させた爆発が憲章に抵触する『放射能汚染兵器』によるものではないとの見解をまとめました。これに伴い、協会に提出されていた懲罰動議は棄却されました」

 

隣で座る深雪の表情が一瞬強張ったが、すぐに安堵の息を漏らした。

 

「懲罰動議が出されていたとは知りませんでした」

 

起伏に乏しい声音で風間が嘯く。俺でも予想できるようなことを風間が想定してなかったはずがないのだが、それを指摘する声は上がらなかった。

 

「では、敵艦の搭乗員に『震天将軍』が含まれていて、戦死が確実視されていることはご存知ですか?」

劉雲徳(りゅううんとく)が?」

 

続いた真夜の言葉に風間の保っていたポーカーフェイスが崩れ目を見開いた。

 

「ええ、国際的に公にされた十三人、いえ、十四人の戦略級魔法師の内の一人である劉雲徳その人がです。大亜連合は随分と厳重な情報規制を敷いているようですけれど」

 

戦略級魔法師のプライバシーなんてあって無いようなものですね、と真夜は笑う。しかし俺たちからしてみれば、どの口がそれを言うのか、お前が言うな、などの統一された感想になる為に全く信用性がない。

 

「政府は、これに乗じて大亜連合から譲歩を引き出したいと考えているようで、参謀長より五輪家に出動要請があり、五輪家はこれを受けました。佐世保に集結した艦隊に澪さんが同行しています」

 

これは驚きの情報だった。五輪家の澪と言えば俺と同じ戦略級魔法師だったはずだ。彼女は半径数十キロメートルにもわたり、水面を球状に陥没させる【深淵(アビス)】という強力な魔法を使えるのだが、それとは対照的に肉体面ではかなり虚弱だ。その彼女を比較的短距離とはいえ何日も戦闘艦艇にのせるのは、ある種の賭けともいえた。

 

「こちらが劉雲徳の情報を掴んでいたように、あちらも澪さんが出陣したことを掴んでいるでしょう。また、これは未確定情報ですが、本日、ベゾブラゾフ博士がウラジオストク入りしたとの報せも受け取っております」

「――――『イグナイター』イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフが、ですか?」

 

この新たな情報に、またも風間の表情が動く。声にこそ出してはいないが、俺や深雪、兄さんも驚きを僅かに見せていただろう。イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフは新ソ連が擁する戦略級魔法師である。つまり、これまで戦略級魔法師を実戦に投入することはなかったのに、今回の戦いにはこれで俺を含めて四人の戦略級魔法師が動員されたことになる。

 

「大亜連合も同様の情報を掴んでいるでしょうから……」

「近日中に講和が成立する可能性が高いと?」

「私どもはそのように予想しております。三年前からの因縁は、これで決着がつくでしょう」

 

そこで真夜は一旦言葉を区切った。

 

「ただ、今回の鎮海軍港消滅は多数の国から注目を集めています。あの攻撃が戦略級魔法によるものだと当たりをつけ、氷雨夜光の正体に探りを入れてて来ている国も増えています。しかし、紅夜さんの正体を知られることは、私どもとしてはあまり好ましくない事態です」

「重々承知しております」

 

風間が頷いたのを見て、真夜は嬉しそうに顔を綻ばせた。

 

「ご理解頂けて嬉しく思います。それでは念の為に、しばらく紅夜さんと、それから達也さんとの接触を避けていただきたいのですが」

 

 

 

 

 

風間との交渉は真夜にとって満足いく形でまとまったようだった。

そして今、応接室では俺と真夜が一対一で対峙している。風間は話が終わったので当然として、兄さんと深雪に加え、葉山まで退室しているのは真夜の強い希望によるものだった。

 

「貴方とこうして一対一で向かい合って話し合うのは久しぶりね」

「そうですね。一年ぶりくらいでしょうか」

「そうだったかしら」

 

先ほどまでとは打って変わって砕けた口調になった真夜。それに応える俺の姿は傍から見れば親し気なものだろう。傍から見れば、というのだけでなく、俺からしても十分親し気なのだが。

毎回面倒ごとを持ってくるとはいえ、俺が病気で臥せっているときに、深雪と兄さんに続き、長い時間を話し相手になってくれたのだ。例え腹に何かを抱えていようとも、今のところは敵対しているわけでもないし、何度も話した相手と緊張した空気を作り出す必要はないだろう。

 

「それで、話とは何ですか?」

「そんなに慌てないで。お茶でも如何?」

「そうですね。では冷えたものでお願いします」

 

俺の遠慮の欠片もない言葉に真夜はプッと吹き出した。

 

「そういえば、貴方猫舌だったわね」

「違います。熱いものが苦手なだけです」

 

俺の答えが軽くツボに入ったのか、真夜は暫くの間クスクスと笑い続け、それが収まった後も口元に笑みを浮かべながら呼び鈴を鳴らし、現れた葉山に冷えたお茶を持ってくるように言った。

それから、お茶が来るまで真夜は自分から口を開かなかった。

お茶でも如何、とは、話は飲みながらということだろう。それが分からないほど鈍感ではないし、それを待てないほど子供でもない。しかし退屈なものは退屈だ。そこで暇つぶしも兼ね、思い出したように問いかける。

 

「そういえば、お母様の様子はどうですか?」

 

俺の言葉に真夜は少し驚いた様子を見せる。俺から真夜に対してお母様のことを訊ねることなど一度もなかったからだろう。

 

「……あまり体調は良くないらしいわ。最近はずっと寝たきりだそうよ」

 

らしい、とつく辺り、相変わらずお母様との仲は良好とは程遠いようだ。

前に聞いた話では桜井さんも寿命が近づいてきているようだし、二人の体調は少し心配だ。そんなことを考えているとドアをノックする音が響き、真夜が入室の許可を出す。

 

「失礼します」

 

そういって入室してきた少女の顔を見て、俺は衝撃に見舞われた。予想はしていたし、覚悟もしていた。しかし、まさかこのタイミングだとは思ってもみなかった。予想外の出来事に、痛む胸を無視して表情を取り繕う。

 

「……如何なされました?」

「いえ、何でもありませんよ」

 

心中を占めた驚愕を抑え込み、問い掛けて来た少女――――桜井水波に首を振って答えた。

 

 

 

水波が退出したのを確認すると、一度お茶に口を付けて心を落ち着け、真夜に視線を向けた。

 

「……彼女は?」

「ああ、水波ちゃん?」

 

俺の質問に思い出したとばかりに頷く真夜。その行動は、普段なら葉山がお茶を持ってくるはずだし、狙ってやっているとしか思えないので、白々しい演技としか思えない。

 

「名前は桜井水波。桜シリーズの第二世代で、桜井穂波さんの、遺伝子上の姪に当たる子よ」

 

そこで言葉を止めた真夜に視線で続きを促す。まさか俺が驚く姿を見る為に水波を呼んだわけではないだろう。案の定、真夜の言葉は続いた。

 

「そして、あの子を紅夜さんのガーディアンにしようと思っているの」

「……そう、ですか」

 

まあ、予想はしていた。人材不足の四葉家において、俺のガーディアンを任される存在など限られている。それを考えれば、深雪のガーディアンとして育てていた水波を俺につけるのは不思議なことではない。ここで気になるのは水波がどのくらい原作に影響しているかだ。俺の知識は原作十巻までしかないが、そこで水波が出てきたのは一度だけだ。それでも覚えていたのは桜井さんが印象に残っていたからだ。もしも彼女が原作で大きな役割を果たすことになるのなら、あまり良くない事態だがそろそろ原作知識も終わりを迎えるころだ。原作を意識することをやめるいい機会かもしれない。

 

俺が考え込んでいた為に生まれた奇妙な沈黙をお茶をすすって誤魔化す。少しの間を開けて空気が何となくもとに戻ったところで真夜が口を開いた。

 

「今回はご苦労だったわね、紅夜さん」

「いえ、そんなことはないですよ」

 

真夜の褒めているとは思えない言葉に上辺だけの内容を返す。戦略級魔法師として公表することにしたのはアンタだろうと思うが口には出さない。

 

「でも、四葉にとっては少々面倒なことをしてくれたものだわ」

「申し訳ありません」

 

芝居がかった息と愚痴を零した真夜に、またも表面上だけの言葉を返す。「面倒な」と言っている辺り、真夜も本気で言っているわけではないのだろう。

 

「あそこまでする必要があったのか、本当は風間少佐を問い詰めてみたかったのだけど、過ぎたことは仕方がないわね」

「恐れ入ります」

 

今回の謝罪は結構本気で行った。できるだけ被害を原作に近づける為にやったとはいえ、少々やりすぎた感は否めない。封印を解除した所為で手加減が難しかったという言い訳もあるのだが、やろうと思えばもう少しスマートな破壊は可能だったのだ。流石に、領域内で熱を遮断する部分の術式を破棄したのは、やりすぎだったかもしれないと今更ながらに思う。

 

「それより問題は今後のことです」

「何か具体的な不都合が生じているんですか」

「……スターズが動いているわ」

「それはアメリカが動き出しているという意味ですか?」

「今はまだ、スターズが調査を開始した段階よ。でも彼らは、今回の爆発が氷雨夜光の魔法によって引き起こされたものだと掴んでいるわ。正体についても、かなりのところまで絞り込んでいます。――――具体的には貴方を容疑者の一人として特定するまでに」

 

それは真夜――――四葉にとっては不都合なこと。しかし俺にとっては吉報でもあった。この情報は来訪者編が上手いこと進んでいるということに他ならない。詳細は変わっているだろうが、俺はこのまま来訪者編に入らないという心配はしていなかった。

しかしそこまで掴んでいる真夜の情報網は流石と言える。それを口に出すことはしないが。

 

「身の周りには気をつけなさい」

「忠告、感謝します」

 

俺と真夜の視線が交わる。そこに先程までの親しげな雰囲気はなく、お互いに火花が散るような視線をぶつける。

お互いに何を言いたいのかは理解していた。故に、次の真夜の口から出てきた言葉は過程を飛ばしたものだった。

 

「紅夜、学校をやめなさい」

「……また、あの牢獄に戻れと?」

「そうではないわ。ただほとぼりが冷めるまでは家にいなさい」

「行動を縛られるという意味では大して変わらないでしょう」

 

俺の願いは物語を見届けるというもの。なのに折角の自由を自ら手放すわけがない。

 

「このタイミングで俺が突然退学したら、それこそ氷雨紅夜は俺だと言ってるようなものでしょう」

「理由はなんとでもつきます」

「そうですかね?」

 

一気に場の緊張感が高まり、今にも爆発しそうなところまで張り詰める。

 

「これが最後の忠告よ?」

「断ります」

 

最高潮に達し、緊張感が爆発する瞬間、

 

 

世界が「夜」に塗りつぶされた。

 

 

闇の中、燦然と輝く星々の群れ。

応接間の天井が、月のない夜空へと変貌していた。

その夜空に手を届かせるように、虚空に左手を掲げる。

星が、光の線となってながれ――――

 

 

そして次の瞬間、

 

 

音もなく

 

 

室内を満たす「夜」は、「紅」に染められた。

 

 

元に戻った部屋では変わらず向かい合う俺と真夜。

ただ、俺たちの間に漂っていた緊張感は「夜」と共に消え去っていた。

 

「――戯れは程々にしてくださいよ」

「偶には可愛い貴方と遊ぶのも良いでしょう?」

 

そういうと俺たちは同時に笑みを浮かべる。

要するに、真夜は俺を試したかったのだろう。

 

「今回は貴方の我が儘を叶えてあげることにしましょう」

「ありがとうございます」

「いいのよ。私の魔法を破ったことに対するご褒美でもあるのだから」

 

俺が礼をすると、真夜はヒラヒラと手を振った。

応接間を後にする俺に声は掛からない。ただ、それでよかったと思う。

俺の口元は自分でも抑えきれないくらいに三日月を描いていた。

 

 

 

 

 




 
本当は最後の殺伐とした部分を書くつもりはなかったんですが、タイトル回収をやってみたくて書いちゃいました。
紅夜の戦略級魔法ってどう考えても放射線とか出そうですが、マテリアル・バーストも同じようなことが言えるので、ご都合主義ということで(笑)

何となく、急に思いついたんですが、深雪と達也ってお年玉貰ってるんでしょうか?



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閑話 わたしの弟

 
お待たせしました。しかし、本編を期待していた皆さまにはこう言っておきましょう。

一体いつから――――本編が投稿されると錯覚していた?

……はい、すみません。スランプ気味で本編が書けないだけです。それなのに閑話は書けちゃう不思議。まあ、内容は酷いものですが。
それにしても、誤字報告機能というのは便利ですね。これで心置きなく間違えられます(ォィ

ちなみに時系列は追憶編で、深雪視点。超ダイジェストでお送りします。




 

 

 

――――わたしは紅夜が苦手だ。

 

別に嫌いという訳ではない。ただ好きではないだけだ。病気の所為であまり会えないというのもあるだろう。けれど、それ以外でもわたしは弟が苦手だ。何を考えているのか分からない。まるでわたしでも知らないような奥底まで自分を見られているような感覚がする。そう、言うなればお母様や叔母様と同じ大人と話しているような気分になるのだ。今だって――――

 

「ん? どうしたんだ深雪」

「……なんでもありません」

 

チラリと盗みみるように視線を向けると、偶然紅夜と視線があった。わたしは咄嗟にそっけない態度をとってしまったけれど、こんな何気ない時でも、紅夜は微笑みを浮かべてそれ以外の感情を見せない。……本当に叔母様みたいな反応。

後ろを無言で付いてくる兄に対しても何も言わず、それが当たり前のように行動していた。その兄に対してチラチラ視線を送っていたのがいけなかったのだろう。兄も此方へと視線を向けてきた。何となくこのままでは不味いと思って視線を逸らす。兄はそれに疑問の声を上げることもなく、無表情でわたしの後ろに付いた。

 

――――やはり、わたしは兄のことも苦手だ。

 

 

 

 

 

別荘に着いたわたしたちは桜井さんに出迎えられ、しばらく休憩をとる。そうして一息ついたところで別荘に居るのももったいない気がしたので周囲を散歩することにする。お母様から兄を連れて行けと言われたのは不満だったがその言葉に逆らう気は無い。予想外だったのは桜井さんの一言。

 

「紅夜くんも散歩に行ってきたらどうですか?」

 

別に嫌というわけではない。少なくとも兄と二人きりでいるよりはずっとマシだ。だからわたしも何も言わず紅夜の答えを待つ。

桜井さんの言葉に少し驚いた様子を見せた紅夜は、宙に視線をさまよわせてじっくりと考え込む。その紅夜の瞳を見て、わたしは嫌な感覚に襲われた。

 

――――あの目だ。

 

何を見てるか分からない、何を考えているか理解できない、まるで深淵でも覗き込んでいるかのような暗い瞳。わたしは弟のあの目が苦手だ。世界を外側から視ているような兄よりも無感情な目。あの深紅の瞳で見られると、まるで自分が人形のように思えてくる。

しかし、今回その視線がわたしに向けられることはなく、その目をしていたのも少しの間。ゆっくりと目を閉じ、もう一度開いた紅夜は首を横に振った。

 

「体調が不安ですし、この後のパーティーに出られなくなったら大変ですからね。俺は遠慮させてもらいます」

 

微笑と共に発せられた言葉に、わたしは先ほどのことも忘れ憂鬱な気分になる。そういえばこの後パーティーがあるのをすっかり忘れていた。憂鬱な気分を忘れる気分転換の為にも、わたしは早く散歩に出かけることにした。

 

 

 

 

 

 

散歩が思わぬ形の気分転換になってしまったが何とかパーティーも終わらせて、スッキリとはいかないものの十分に疲れがとれた状態で朝を迎えた。カーテンを開け、窓も開き空気を入れ替える。潮の香りがする風を胸いっぱいにして大きく伸びをすると深呼吸をする。

ふと視線を下に向けると兄と紅夜が向かい合って構えていた。格闘術のトレーニングだろうか。兄はガーディアンとして仕込まれているのは分かっていたけれど、紅夜までやっているとは知らなかった。

あまり体調の良くない紅夜が運動などして大丈夫なのかと不安になったが、そんな考えは二人が動いた時には吹き飛ばされていた。

 

目にも追えぬ速さで跳び出した紅夜が、兄にめがけて拳を振う。その速度は通常ではあり得ないもので、恐らく加速魔法を使っているのだろう。そんな紅夜の拳を兄は魔法を使う様子もなく身をかがめて躱すと、下からボディに向けて掌底を放った。しかしその攻撃は紅夜に軽く避けられカウンターを撃ち込まれていた。それを更に防いだ兄が突きを放つ。

何度も打ち合わせられる拳、目まぐるしく変わる立ち位置、繰り出される足技。そのどれをとっても素人目で分かるほどに洗練されていた。どれだけ時間が経ったのか、距離をとった二人が再び飛び出すと、わたしが気が付いた時には二人の拳がお互いの目の前で止まった状態で交差していた。そこで二人は大きく息を吐くと拳を下ろし息を整える。

 

――えっ、もう終わり……?

 

そこまで考えて自分が二人に見惚れていたことに気が付く。慌ててカーテンを引き窓際から離れる。

 

――気づかれてなかった、よね?

 

二人は一度も顔を上げなかった。お互いに集中していたし窓際の私の姿は見えていなかったはずだ。それなのにわたしは、兄と紅夜に見惚れていた自分を二人に気が付かれたような気がしてならなかった。

 

 

 

 

 

時間は経過し、夕方と言ってもいい時間に差し掛かったころ。予定通り桜井さんが手配したクルーザーに乗ってセーリングする。体全体で風を感じながら何気なく紅夜を盗み見ると、紅夜は気持ちよさそうに目を閉じていた。男性にしては長い髪が風になびく姿は何処か神秘的で、年齢にそぐわぬ大人びた雰囲気が拍車をかけて私でも思わず見惚れるほどだ。しかし、それは突如として終わることになった。いきなり目を開いた紅夜が冷たい視線を海に向けた。その紅夜の瞳を見てわたしの背筋をゾッと冷たい感覚が撫でる。

 

――――また、あの目だ。

 

それも、心なしか今までよりもっと嫌な感じがする。

炎を思わせる神秘的な深紅の瞳。それなのに、その奥には全ての熱が奪われて燃え尽きてしまったような灰色。

兄がわたしたちを庇うように前に出て、発射された魚雷をわけのわからない魔法でバラバラにしても兄の事を何も知らなかったことを理解して衝撃を受けても、わたしの脳裏から紅夜の紅い瞳が離れることはなかった。

 

 

 

 

 

 

その紅い瞳がわたしたちの目の前で揺らめいていた。それは錯覚なのだろう。しかし、わたしは確かに紅夜の目の中で炎が燃え盛っているのを幻視していた。

 

「敵を、殺し尽くす」

 

放たれた言葉は殺意にまみれ、憎しみを抱いているような激烈なもの。それなのに、紅夜の瞳に映る感情は何処までも冷めていて何も読み取ることができない。お兄様の目が虚空を映しているとすれば、紅夜の瞳は全てが混ざり漆黒に塗りつぶされた混沌を覗き込んでいるようだった。

 

 

 

そのまま流れるように戦闘員に加えられたお兄様と紅夜を見て急に不安が襲ってきた。いくらお兄様でも戦争に加わるなんて危険すぎる。そして紅夜も……

気が付けばわたしは駆け出していた。背後から呼び止める桜井さんの声が聞こえるけど、お母様から離れることはできないから追ってこられない。心の中で桜井さんにあやまりながらも、わたしはお兄様と紅夜を止めなければという一心で走り続けた。

 

「お兄様、紅夜!」

 

もしかしたら振り向いてくれないかもしれない。そんな心配に駆られながらも叫んだが杞憂だったようだ。何かあったのかとお兄様に尋ねられて、わたしは行かないで欲しいと正直に告げた。しかし返って来た言葉は否。

 

「さっきも言った通り、俺は、お前を傷つけられた報復に行くんだ。お前の為じゃなくて、自分の感情の為に。そうしなければ、俺の気がすまない。俺にとって本当に大切だと思えるのは深雪、お前だけだから」

 

お兄様は困ったように笑いながら言った。

 

「わがままな兄貴でごめんな」

 

でも、わたしはすぐに違和感に気が付いた。

 

「大切だと思えるのは私だけ?」

 

何故「大切なもの」じゃなくて、「大切だと思えるもの」なのか、そして何故、お母様や紅夜ではなく「わたしだけ」なのか。

その答えは聞けなかった。お兄様はお母様に聞くようにと言って「大丈夫」と告げた後、前を向いてしまった。

 

そこでわたしは紅夜のことも思い出す。ハッとなって視線を向けると、紅夜と目が合う。その瞳はわたしが苦手なあの目だ。それに気圧されたというわけではないけれど、わたしが口を開いてもそこから先の声が出なかった。とにかく言いようもない不安に襲われたのだ。それと同時にわたしはなんであの目が苦手だったか理解した。

まるで別の世界を見ているような目。その目を見ていると、紅夜がこのままでは何処か遠くに消えてしまいそうな、そんな気がしたのだ。

けれど、わたしを見た紅夜は、ふと表情を和らげると、しっかりとわたしを見て一言だけ強く呟いた。

 

「大丈夫」

 

それだけで、わたしは安心してしまった。それはきっと、紅夜の瞳があの目ではなかったからだろう。しっかりとわたしと目を合わせて大丈夫だと言っていた。まるで別の世界を見ているような瞳ではなく、わたしを見ていた。だからきっと大丈夫だろう。何の根拠もない勘だけれど、何となくそう思った。だから信じることにする。紅夜は私の弟なのだから。

 

 

 

 

 

 

部屋に戻ったわたしを迎えたのは、かなりお怒りになっているお母様だった。本当に申し訳なく感じて謝ったあと、わたしたちは指令室に通される。そこのモニターでお兄様の状況を見ながら、わたしはお兄様のことについてお母様に尋ねた。そうしてお母様から話されたのは、お兄様は魔法の手術により衝動が欠落していること。その手術をお母様が行ったこと。そしてお兄様に残った最後の感情が兄妹愛だけだという衝撃的なもの。

 

「まだ何か、訊きたいことはありますか」

 

話し終えたお母様にそう訊ねられ、いいえ、と答えようとしたけれど、モニターを見ていくつか疑問点が思い浮かんだ。

 

「それでは、お兄様は紅夜に対して兄弟愛は持っていないのですか?」

「ええ、そうよ」

 

淡々と返された言葉に、わたしは少なからず衝撃を覚える。紅夜の反応から紅夜はこの話について知っていたのだと思う。お兄様と紅夜は、わたしよりも仲がよさそうだったのに。

 

「それは何故ですか?」

「先ほども言ったように、キャパシティの関係で残せる感情が一つだけだったのなら、一番長く達也といる貴女に向ける愛情が残るようにした為です」

「……そうですか」

 

わたしは色々な気持ちが混ざり合い、何とも言えない気分になる。

モニターに視線を移せば、そこでは蹂躙が行われていた。もはや戦争ともいえない一方的な虐殺。お兄様の右手が向けられれば全てが一瞬で塵となる。撃たれた兵士に左手を向けると、そこには無傷の姿の兵士がいた。

お兄様の隣では片手をポケットに突っ込んで戦場とは思えない足取りで悠々と歩く紅夜の姿。紅夜の指が引かれる度に紅蓮の炎が舞い踊り、敵は跡形もなく灰になる。さらに竜巻が巻き起こり炎を呑み込み巨大な火災旋風へと姿を変える。炎の竜巻は敵兵を焼きながら進み、時には巻き込んだ瓦礫や武器が溶け、熱弾となって敵兵に降り注ぐ。それだけの規模の攻撃をすれば味方が巻き込まれるはずなのに、紅夜の周囲は暑さを感じた様子がない。それどころか、敵や竜巻から放たれた弾丸は紅夜の手前で止まり、倍速になって跳ね返される。

それだけの惨劇を起こしているのにお兄様も紅夜も無表情。まるで作業をしているかのように淡々と虐殺を繰り返していく。その様子を見て思う。お兄様だけでなく何故紅夜まであんなことができるのか。恐る恐るお母様に訪ねてみれば、返って来たのは予想外のものだった。

 

「紅夜さんは殺人には慣れていますから」

「どういうことですか?」

「昔、病気で魔法の制御が効かなかった時、よく周囲を巻き込んで魔法を暴走させていたそうですよ」

 

それは、わたしにとっては無関係ではないもの。もしも、わたしが魔法を暴走させてしまったら紅夜と同じことが起きてしまう。わたしは自分の持つ魔法という力に恐怖を覚える。それと同時に紅夜のことを何も知らないということも思い知らされた。そんなことを考えていると、お母様が――それに、と続けた。

 

「あの子は、自分のガーディアンを手に掛けたこともありますから」

「……え?」

 

独白のように呟かれたお母様の言葉に、今日何度目かも分からない衝撃を覚える。思わず上げた疑問の声はしかし、お母様は話す気がないようでそれきり口を閉じてしまった。

 

――これでは、わたしは何も知らない無知な子供だ。

 

いえ、知らなかったのではない。知ろうとしていなかったんだ。これでは紅夜より子供っぽいと思われても仕方がないのかもしれない。わたしは、これからどうすればいいのだろうか。一度知ったからには知らなかったとはもう言えない。お兄様のことも、紅夜のことも何一つ知らない状態でいることなど、今のわたしにはできそうもなかった。

 

 

 

 




 


何時か紅夜にオサレな戦闘をさせよかと考えている今日のこのころ。黒棺をやらせたいんですが、魔法科には詠唱がないという……

しかしスランプって辛いですね。読んでるときは、そんなに大変なのか? なんて思ってましたけど、書く側になってみると苦労が分かります。
二月中には投稿できると思うのでもう少しだけお待ちください。





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来訪者編
来訪者編Ⅰ


 
お待たせしました。ようやく本編の投稿です!

さて、今回から来訪者編に入ることになります。……ようやく、ようやくヒロインが出るよ。
とまあ、それは置いといて。原作来訪者編は上中下の三部構成となっており今までで一番長くなっています。そうなると必然的にこの作品も長くなるのですが、どうにも最近スランプ気味でストックとか全くありません。
今までは何だかんだで、ある程度定期的な投稿はできていましたが、今回からは定期更新がかなり難しくなりそうです。一応つけておいた不定期更新のタグがようやく出番になります(笑)
申し訳ありませんが、ご了承ください。




 

 

 

北アメリカ合衆国テキサス州ダラス郊外、ダラス国立加速器研究所。全長三十キロメートルの線形加速器で今、余次元理論に基づくマイクロブラックホールの生成・蒸発実験が行われようとしていた。二年前に準備ができていながら、そのリスクが読み切れないことを理由に中々ゴーサインが出なかったこの実験の後押しをしたのは、先日末に極東で起こった大爆発事件だった。

国防総省の科学チームは激しい議論の結果、この爆発を質量エネルギーの変換によるものの可能性が高いという判断をした。ところが、偵察衛星が記録した今回の大爆発のデータは、実験施設において観測された対消滅反応データと一致した特徴を示さなかった。いや、そもそも観測結果が質量エネルギーの爆発とは異なるものだった為に、結論付けることもできていなかったのだ。それの意味することは科学技術であれ魔法技術であれ、自分たちが知らない方法で高エネルギー爆発を引き起こす技術を実用化した者がいるということに他ならない。

この帰結はUSNA首脳部に焦りをもたらした。

仮にそれが魔法によるものなら同じことができないのは仕方がない。体系化が進んでいるといっても魔法はやはり属人的なものだからだ。だが、一体どういう仕組みで引き起こされたものなのかさえ分からなければ対抗策の検討もできない。一度その牙が向けられれば成すがままに蹂躙されるしかない。それはまさに悪夢だった。

 

しかし、誰も気が付かない。そもそもの前提が間違っていることに。

否、気が付いている者はいた。偵察衛星のデータは異常な熱を観測していたのだ。それについては全員が気が付いていただろう。だが、研究者たちはそれを起こした方法ばかりに目を向け気が付かなかったのだ。気が付いた者がいてもあり得ないと言って叩き潰してしまっていた。

それも仕方のないことだろう。まさか、誰が原子振動の加速による熱だけであの被害をもたらしたと信じられるのか。それを起こす現象も事象も過程すら飛ばして、ただの干渉力だけでその理不尽を起こしたなどと誰が予想できる。

誰もが自身の過ちに気が付かぬまま実験は開始される。そして、傍から見たら滑稽なその実験は、世界に災禍をもたらす可能性を持った存在を呼び起こすこととなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西暦二千九十五年も残すところあと一ヶ月となった。あと半月しかない学校だが、学生にとっては避けられない試練。定期試験が迫っていた。

そんなわけで俺たちはいつものメンバーで雫の家、というには広すぎる屋敷に集まって勉強会をしていた。まあ勉強会とは言っても、この場にいる者の殆どが成績優秀者だ。唯一の例外であるレオも、勉強ができないのはこのメンバーの中の話であって、一般的に見れば平均的成績なので赤点を取る心配はない。テストには魔法科高校ならではの実技もあるのだが、これについては勉強会の守備範囲外だ。

そんな訳で、勉強会とは思えぬ和やかな雰囲気の中、雫の爆弾発言によってその空気が一変した。

 

「えっ? 雫、もう一回言ってくれない?」

「実はアメリカに留学することになった」

 

慌てて聞き返すほのかに、雫は相も変わらず抑揚のない声で一言一句違わずに繰り返す。それを聞いて皆が驚愕の表情を浮かべる中、俺はそういえばそんな時期だったかなんて考えた。

 

「聞いてないよ!?」

「ごめん、昨日まで口止めされてたから」

 

血相を変えて詰め寄るほのか。この時ばかりは普段表情があまり変わらない雫も、誰の目にも分かる程申し訳なさそうな表情をして謝る。

 

「でもさ、留学なんて何でできたの?」

 

そう聞いたのはエリカ。一見失礼な質問にも思えるが、実際にはこの発言は雫の学力を疑ったものではない。優秀な魔法師は遺伝子の流出を防ぐ為に、政府によって非公式ではあるものの実質的に海外行きは制限されるのだ。その為、俺や深雪も生まれてこの方、海外旅行をした経験など一度もない。

 

「ん、何でか、許可が下りた。お父さんが言うには交流留学だから、らしいけど」

「交流留学だったら何故OKが出るんでしょう?」

「さあ?」

 

全く理解できない答えだが、首を傾げる雫に問いただすのは酷というものだろう。

 

「期間は? 何時出発するんだ?」

「年が明けてすぐに。期間は三ヶ月」

「三ヶ月なんだ……ビックリさせないでよ」

 

ホッとした様子を見せるほのかだったが、三ヶ月という期間は十分に、というか政府が許したという意味では長すぎる程だ。しかし、それは今どうでもいいことであり、

 

「じゃあ送別会をしなきゃな」

 

珍しく、兄さんはそんな言葉を口にした。

 

 

 

 

 

定期試験も無事に終わり、今日は十二月二十四日、土曜日。

二学期最後の日であり、同時にクリスマス・イブでもありながら、雫の送別会が行われる日でもあった。何故わざわざこの日にやる必要があるのかと疑問には思うが、口に出すのは無粋というものだろう。

 

「飲み物は行き渡った? じゃあ、いささか送別会の趣旨とは異なるけど、折角ケーキも用意してもらったことだし、乾杯はこのフレーズで行こうか……メリー・クリスマス」

「メリー・クリスマス!」

 

兄さんの落ち着いた声で取った音頭に、皆ははっちゃけた歓声で応えてグラスを突き上げた。

行きつけの喫茶店「アイネ・ブリーゼ」は、今日一日貸し切りである。

 

 

送別会、とは言っても春になれば再会できると分かっている旅立ち、しかも自分たちには普通認められない海外留学となれば、寂しさよりも興味の方が先行するのは仕方のないことかもしれない。

 

「ねっ、留学先はアメリカの何処?」

「バークレー」

「ボストンじゃないのね」

 

日本人魔法師の間には、アメリカの現代魔法研究の中心地はボストンであるという認識が強く根付いている。深雪の発言もそういった考えからだった。

 

「東海岸は雰囲気が良くないらしくて」

「ああ、人間主義者が騒いでるんだっけ。最近そういうニュースを良く見るよね」

 

雫の穏やかざる回答に幹比古は同調する。

 

「魔女狩りの次は魔法師狩りかよ。歴史は繰り返すって言うけど、バカげた話だよな」

「人間の心や行動原理は、何時の時代も似たようなものだからな。一般人にとって俺たちを排斥することは、異教徒狩りみたいなものなんだろ」

 

レオの吐き捨てるような言葉に、俺がバカバカしいという思いを込めて溜息と共に言葉を吐き出すと、予想以上に皆の注目を浴びていたようで、慌てて「俺、個人の感想だけどな」と付け足す。

 

「まあ確かに、東海岸は避けた方が良いかもしれない」

「それは存じ上げませんでした」

 

兄さんの言葉に深雪が合いの手を入れながら解説を求める。当然ながら兄さんが深雪の求めに答えないわけがない。

 

「活動団体のメンバーリストを眺めていると、結構高い確率で同じ名前が見つかるからね。メンバーのリスト自体、表で出回っているような物じゃないから知らなくても無理はないよ」

「達也くんの話の方がよっぽど犯罪くさいんですけど……暗い話題はヤメヤメ」

 

わざとおどけて首を振ったエリカに俺たちは苦笑をしながら頷いた。確かに話の流れとはいえ、この場にはあまり相応しくない話題だろう。

 

「代わりに来る子のことは分かっているの?」

 

少々唐突だが、微妙な空気を変える為に深雪が新たな話を振る。

 

「代わり?」

「交流留学なのよね?」

「同い年の女の子らしいよ」

「それ以上のことは分からないか」

「うん」

 

それだけ? と疑問の表情が浮かぶ中で、兄さんが笑いながら尋ねると、雫は当然とばかりに頷いた。

俺は知っているのだが、それは原作知識があるからで、実際には教えてくれるような人はいないし、もしも知っている人物がいても相手が来るまでは教えてくれることはないだろう。

そんな訳でこの話題は僅か三分足らずという短い時間で終いとなった。

 

 

 

 

 

その後、少しだけ期待していたコーヒー必須のクリスマスらしいイベントが起こることもなく、他愛もない談笑を続け相応の時間となった為に解散となった。もちろんのことだが、クリスマスらしいイベントを期待したのは他人の事情を眺めニヤニヤするという意味である。決して俺自身にイベントが起こることを期待したわけではない。

 

実は俺は前世を含め、精神年齢=彼女いない歴なのだが、あまり恋愛というものに興味がない。それは前世から興味が薄かったというのもあるが、それ以上に今の環境が要因だったりする。

先ず一つ目の要因としては、自分で言うのもアレだが、俺の容姿が深雪並に飛びぬけているからだ。これによって恋愛で色々と面倒なことが起こる可能性が高い。だがまあ、これについては面倒という点を除いては何とかなるので然程問題というわけではない。

 

次の要因として、俺の恋愛により物語に大きな変化が起こるかもしれないということだ。これは俺というイレギュラーがいる時点で既に問題なのだが、それでも今より更に大きなズレが生じる可能性があるということ。しかし、これについても割と整理は付けられる。

 

何よりも問題となってくるのが、最後の要因。とても単純だが一番の壁になるもの。即ちそれは「家」の問題である。どんなに足掻こうが変えようのない四葉家としての立場、これが単純かつ最大の問題だ。

四葉家次期当主の最有力候補である俺が自由な恋愛をすることができる可能性などほとんどない。今こそ立場を隠しているから大丈夫なものの、いざ公表されたとなれば数多くの縁談が持ち込まれ、そして許嫁が決まることになるだろう。

そして、例え自由な恋愛が許されたとしても、相手の最低条件として俺に匹敵するような魔法力を持っていることが必須となるはずだ。この条件に見合うものなど、世界全土を探しても数えるほどしかいないだろう。

そんな訳で俺にとって恋愛とは、あまり縁のないものなのである。

 

ところで、何故こんな急に恋愛の事を考えていたのかといえば、それは目の前で甘い空間を振りまいている兄妹に、早くくっついてしまえとサンタクロースにお願いしていたからである。自分の幸せより他人の幸せを願う俺はとても良い人なのではないだろうか? ……例え、そうでもしなければ空気に堪えられないのだとしても。

先ほどまでは三人で留学が不自然なものだとしてスターズの話をしていたのだが、途中で暗い方向になり兄さんが深雪を慰め始めたところから、シリアスな空気が一転して二人が桃色空間を形成し始めたのだ。もう既に慣れたものではあるのだが、クリスマスイブという特別な日の影響か、桃色空間の濃度が何時もの二倍にまで跳ね上がっていた。

流石にここまでくると俺が居辛いのでさっさと自分の部屋に戻ることにして、手に持ったカップの中身を一気に飲み干すと立ち上がる。

……何故か飲み干したコーヒーは砂糖のように甘かった。

 

 

 




 


最初のところは少し無理があったかもしれませんが、こうでもしないと物語が進まないので大目に見てください。

あと、突然だったかもしれませんが、ヒロインが出るということで今の紅夜の恋愛観を入れてみました。こうして条件を並べてみると、ヒロインをリーナにして良かったと思えます(笑)


どうでもいいかもしれませんが、紅夜の前世に関しては全くと言っていい程、設定を作ってません。ただ、一応年齢だけはふわっと、高校生以上だったことだけ決めてあります。
で、前世が十五歳以上だとして、転生して紅夜になったのが一歳の頃。合計すると、紅夜の精神年齢は三十歳以上となるわけです。リーナの年齢は分かりませんが、十六か十七でしょう。
…………なんか、大丈夫ですかね?




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来訪者編Ⅱ

 
何とか投稿。
前話の時に半分程度できていたので、どうにか間に合いました。……次回から大丈夫かなぁ?

今回からようやくリーナの登場です!
ヒロインが出て来るまで三十七話……本当に長かった……。




 

 

 

西暦二千九十六年の元旦を、俺はいつも通り兄さんと深雪の二人と共に迎えた。

最早癖となったが故に正月だからといって自堕落な生活を送るようなことはなく、普段と同じように朝日が昇る頃には目を覚ました俺は、登校時間と然程変わらぬ時刻に出かける準備を終え、玄関で兄さんと深雪を待っていた。

 

「お待たせしました」

 

聞こえてきた声に顔を上げると、振袖を身に纏いいつもの数倍の魅了を振りまく深雪の姿があった。

 

「うん、とても綺麗だ」

 

当たり前のように臆面もなく称賛する兄さんと、その言葉に頬を朱に染める深雪に俺はまたかと呆れを含んだため息を吐く。

 

「当然だけど、やっぱり似合ってるな」

 

俺は深雪の姿を褒めながらも、二人が自分たちの世界に入る前に流れを止める。

 

「紅夜も似合ってるわよ」

「そうか? ありがとう」

 

答えながら自分の姿を見下ろし、何となく袖をヒラヒラとさせて確認してみる。今俺は兄さんと同じく羽織袴姿なのだが、実は羽織袴を着るのは滅多にないことなので少し違和感を感じる。深雪が嘘をついているなんてことはないだろうが、俺は普段とは異なった違和感を感じる姿に、何となくそわそわとした気分を味わっていた。

 

「もちろん、お兄様もとてもお似合いです」

 

俺から視線を外した深雪が、まるで息をするのと同様の行為であるように頬を僅かに赤らめ、兄さんに賞賛の言葉を送った。

 

「ありがとう。じゃあ行こうか」

 

普通の人間ならば間違いなく赤面ものであろう深雪の微笑を、何でもないように受け止める兄さんは、やはり流石と言うべきかもしれない。

 

 

門の前で待っていた先生と小野に新年のあいさつをした後、コミューターに乗って駅へと向かう。恰好も恰好だからか、何時も以上に大勢からの視線を浴びながら電車(キャビネット)に乗り換え、キャビネットを降りて待ち合わせ場所までまたも注目を集めながら歩くこと五分。

 

「わっ、深雪さん、綺麗ですね!」

 

待ち合わせ場所に着いた俺たちを出迎えた第一声がこれだった。その声の主である美月は隣の俺たちが目に入っているのか怪しいほど熱いうっとりした視線を深雪に向けていた。

 

「明けましておめでとうございます、達也さん紅夜さん。よくお似合いです。達也さんが着るのはちょっと意外ですけど」

「明けましておめでとう」

「明けましておめでとう。ほのかも似合っているよ」

 

兄さんの飾り気のない褒め言葉にほのかは嬉しそうに笑う。

 

「でも、意外ってことは、やっぱり少し違和感があるのだろうか?」

「そんなこたぁないんじゃねぇの? 達也、良く似合ってるぜ。何処の若頭って貫禄だ」

「俺はヤクザか」

 

しかし何というか、こういった衣装を着たときに注目されないのは初めてで何となく疎外感を感じる。まあ、単に自意識過剰なだけかもしれないが。

そんな俺の気持ちに気が付いたわけではないだろうが、兄さんの服装について本心とも取りにくいコメントをしたレオは俺に視線を向けて服装を眺めた。

 

「なんつーか、紅夜は良いとこのお坊ちゃまって感じだな」

「それは褒めてるのか?」

「褒めてるんじゃね?」

「疑問形かよ」

 

何とも微妙な気持ちになる言葉をいただいた。内容が案外的を射ている上に自分でも納得してしまう為に余計に返しにくい。

 

「別にヤクザには見えないけど、紅夜君も含めて羽織袴がそこまで様になる高校生は珍しい、ってことだけは確かだと思うわ」

「ヤクザ者というより、与力か同心のイメージだね」

「お坊ちゃまについて否定はなしですか。そうですか」

 

小野と先生に少し拗ねたように言うと二人は苦笑して言いにくそうに言葉を選ぶ。

 

「まあ、なんというか、達也くんは十手や刀が似合いそうだけど、紅夜くんは扇子が似合いそうね」

「確かに、扇子を持って上座にいそうだ」

「それってお坊ちゃまと大して変わらないじゃないですか」

 

俺がそう言うと、もはや否定する気もないのか、曖昧に笑って流された。

今回集まったメンバーは美月、ほのか、レオの三人。エリカと幹比古は家の手伝いで抜け出せず、雫はいよいよ留学が近いということもあり、父親の仕事関係で来れなかった。そんなわけで予定通り全員そろったので無駄話は歩きながらすることにして今回の目的地、日枝神社に向かうことにした。

 

特に寄り道をするようなこともなく、長い階段を上って神門をくぐり、拝殿前の中庭に入る。そこで不意に視線を感じた。ぶしつけにジロジロ見るのではなくチラチラと伺う視線。俺は不自然にならないように周囲を見渡した。

 

「紅夜くん、心当たりは?」

「さあ? 見惚れてくれているんでしたら、嬉しいんですけど」

「確かにあんな美人さんに見惚れられているなら羨ましいのだけど、どうやらそういった様子ではないみたいだねぇ」

 

中々上手いことさり気無さを装っているが、まだまだ俺の気配察知を抜くには足りない。というか、今のところ気配察知でも捉えられないのは、BS魔法を持っている小野と得体の知れない先生くらいのものだ。当然ながら、そんな二人が俺の気が付いたことに気が付くのは当たり前だろう。

先生の言う通り俺を伺い見ていた女性はとても容姿が整っていた。典型的な金髪碧眼でありながらも、何処か日本人の面影を感じさせる俺とそう年齢は変わらないであろう少女。深雪が夜空に浮かぶ静かな月だとしたら、彼女は煌々と輝く太陽だろう。その少女は毎日深雪を見慣れている俺でも振り返りそうになる程の美少女だった。そして俺はこの特徴が当てはまる少女を知っている。

 

アンジェリーナ・クドウ・シールズ。魔法部隊スターズの総長であり、アンジー・シリウスの名で俺と同じく戦略級魔法師である少女。

 

薄れかけた原作知識から、そういえばこんなこともあったと思い出す。しかし、原作で兄さんに向いていたはずの視線が俺に向いているのは、やはり戦略級魔法師の容疑者が俺に絞られているということなのか。

しかし何というか、随分と懐かしい服装をしている。今の流行からすると随分とちぐはぐな印象を受ける服装。まるで戦前のころ、俺の生前の時代のギャル系ファッションを混ぜ合わせたような恰好だった。何故態々あんな目立つような恰好をしているのか疑問を覚え、思い出す。

 

――ああ、そういえばリーナはポンコツだった。

 

思わず哀れみのような生暖かい視線を送ってしまった。それに気が付いたのかは定かではないが、リーナは何事もなかったような顔で俺たちの方向に向かってくる。そのまま何も言わずにすれ違い、長い階段へと歩み去った。すれ違いざまに意味ありげな視線を向けてきたのは、きっと隣にいた兄さんへのものだったのだろう。……階段の下へと消えていく金髪を見ながら、俺はそう思っておくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

短いながらも色々あった冬休みが終わり今日から三学期。ちなみに色々の中には空港へ雫の見送りに行って、思いがけない涙ながらの別れに悪ノリしたりといったこともあったりする。

その雫の代わりに、今日はAクラスに留学生が来る予定になっていた。登校した俺は目の前の空席に僅かな寂しさを覚えながら自分の席に着く。そしてチャイムが鳴るまでは、深雪とほのかの二人という、何時もより一人少ない人数で時間を潰す。

 

ついにチャイムが鳴りクラスの生徒全員が席に着いたところで先生が教室に入って来た。内容は雫の代わりに留学生が来たというもの。

教室にはそんな情報は皆知っているので、もったいぶらずに早く留学生を紹介しろという雰囲気が流れていた。それは険悪なものではなく、留学生が女子だという情報が出回っていることから、早く見たいという焦れたことによるものだった。

 

そんな空気を先生も感じ取ったのか、無駄話もそこそこに教室の外で待機しているであろう生徒を呼び込む。

微妙な緊張感で張り詰める空気の中、臆した様子もなくガラリとドアが開かれ、留学生が入って来る。同時に、教室にいる者の殆どが息を呑んだ。

しかし、そういった反応に慣れているのか戸惑うこともなく、愛想には見えない綺麗な笑顔を浮かべた女子生徒は堂々と教卓の前に立つ。同時に先生が教卓のコンソールを操作すると教室の前、前世で言う黒板の位置にあるディスプレイと各自の机のディスプレイに顔写真と名前が表示された。

 

「アンジェリーナ・クドウ・シールズです。三ヶ月という短い時間ですが、皆さんと親睦を深めて日本について色々と学べたらと思っています。どうぞ、よろしくお願いしますね?」

 

満面の笑みを浮かべたリーナは、最後だけ僅かに口調を崩し、コミカルにウィンクを決める。

 

一拍の間、そして教室が沸き上がった。

 

やはり騒いでいるのは男子。教室にいる殆どの男子が立ち上がらんばかりに騒いでいた。そして女子も半数以上が近くの友人とキャッキャと姦しく話していた。

残りの半数は男子を見て仕方がないとばかりの表情をしているが、チラチラとリーナを見ている辺り、大して他と変わりがないだろう。教室の中で冷静でいるのは、俺と深雪、そして残りの数名だけだ。

同性をも魅了するリーナの笑みで一気に騒がしくなった教室を先生が呆れたように鎮める。

 

しばしの時が経過して鎮まった教室で先生が説明したのは、リーナが学校に慣れるまで面倒を見てほしいというもの。そしてその役割につくのは普通、生徒会副会長だろう。しかし、ここで予想外の面倒ごとが発生した。それは、俺もリーナの面倒を見てくれというもの。別にそれは納得できる。一応生徒会に所属している身ではあるのだから。

予想外だったのは深雪ではなく、俺がメインでリーナにつくことだった。何故そうなったのか、それは少し考えれば分かることだ。俺の席は雫の席の後ろだ。しかし雫は留学してそこにはいない。代わりに入って来たリーナが座る席は必然的に雫がいた席、つまり俺の前の席。そうなってくると深雪よりも席がすぐ後ろの俺の方が面倒を見やすいということになったわけだ。

そこらへんの事情を先生が説明しすると僅かな嫉妬の視線が浴びせられる。その視線に気が付いているのかいないのか、リーナは俺の前まで来ると満面の笑みを浮かべて一言。

 

「これから色々とよろしくお願いします。仲良くしましょうね!」

「……ああ、よろしく」

 

その意味ありげな笑みは今度こそ間違えようもなく俺に向けられていて、今年は大変なことになりそうだと理解した俺は、期待半分、面倒半分で微妙な苦笑をリーナに返した。

 

 

 




 
書いてみると予想していたより、リーナが動かしやすくて驚きました。
今までの原作キャラの中で一番書きやすいかもしれない……!

それとどうでもいい話ですが、原作のオフシャルゲームに追加された魔法に「エイドスを視る」というものがあって笑いました。ご丁寧に「視ることの出来る範囲には制限がある」なんて説明まであって……(笑)
ただし、ネーミングセンスは私の方が上でしたね(断言)

叡智の眼(ソフィア・サイト)――――カッコイイでしょう? ←厨二



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来訪者編Ⅲ

 
話が進まず、何故か新作の設定ばかり思いつく今日のこのころ。
最近、この作品の筆記欲が低下してきています。ストレートに言うと、飽きてきました。

いっそ新作でも書いて気分転換でもしようかな……?




 

 

 

アンジェリーナ・クドウ・シールズは、第一高校にセンセーショナルなデビューを飾った。それも当然だろう。深雪と並ぶ美少女が、注目を集めないはずがない。その美しさだけでも、学校で知らぬものが居ないほどに有名になるには十分だった。更に、それに加えて――――。

 

「ミユキ、行くわよ」

「いつでもどうぞ。カウントはリーナに任せるわ」

 

三メートルの距離を空けて向かい合う二人。その間には、直径三センチの金属球が細いポールの上に乗っかっている。その光景をクラスメイトだけでなく、自由登校となった三年生が見守っていた。

内容は中央地点に置かれた金属球を先に支配するというもの。

 

「スリー、ツー、ワン」

 

リーナのカウントに合わせ、二人は「ワン」のタイミングで同時に目の前の据え置き型CADに手をかざした。

 

「GO!」

 

最後の合図は二人揃えて。深雪の指がパネルに触れ、リーナの手がパネルに叩きつけられる。

眩いサイオンの光が、対象の金属球と重なり合って爆ぜた。

肉眼で見える光ではない為に目を瞑る必要のないそれはしかし、魔法師にとっては当たり前のように感じられるもので、外部からの魔法干渉を抑制する技能が未熟な者はこめかみを抑えたり頭を振ったりしている。

光は一瞬で消えた。金属球がコロコロとリーナの方へと向かって転がる。

 

「あーっ、また負けた!」

「フフッ、これで二つ勝ち越しよ、リーナ」

 

盛大に悔しがるリーナとホッとした様子で笑みを浮かべる深雪。結果は見て分かるように深雪の勝利だった。しかし、深雪の様子からも理解できるだろうが、内容はギリギリ、ほぼ互角のものだった。

寧ろ術式の発動速度はリーナの方が速かった。しかし干渉力で上回った深雪が魔法が完成する前に制御を奪い取ったのだ。力量というよりは戦術による勝利だったと言えるだろう。そんなギリギリの勝負を見て俺は思わず口角が上がる。

 

「深雪、今度は俺と変わってくれないか?」

 

深雪は一瞬驚いた様子を見せたものの、仕方がないと言った風に柔らかく笑うと自習用のパネル型CADから離れる。深雪の笑みに、なんだかくすぐったいもを感じながらも、入れ替わるようにして俺がCADの前に立つ。

 

「ちょっと深雪、勝ち逃げするつもり!?」

 

この一言だけでもリーナが負けず嫌いだということが理解できる。つまりこの手合いが興味を引きそうな一言を言えばいいわけだ。

 

「リーナ、そういう台詞は俺に勝ってから言うんだな」

「……いいわ。後悔させてあげるわよ、コウヤ」

 

リーナの面倒を見ているのが俺といっても、実は魔法実技で勝負するのはこれが初めてだったりする。少なくともこうしてお互いに名前で呼び合い、憎まれ口を叩き合える程度には仲良くなったと言えるが、常に付きっ切りというわけでもないので、基本的に自由行動の時は同じ女子である深雪との方が長くいるのだ。

 

「カウントはリーナがどうぞ」

「……それじゃあ、行くわよ紅夜!」

 

負けず嫌いには煽っていくスタイルは基本。そんなわけで上手いこと乗せられてくれたリーナがカウントを始める。

 

「スリー、ツー、ワン」

 

流石本場と言うべきか綺麗な発音で数字が減っていく。先ほどと同じく「ワン」のタイミングでパネルに手をかざすリーナ。それに対し、俺は不動のまま。

 

「GO!」

 

だが、パネルに手が触れたのは二人同時だった。所謂無拍子というやつだ。もちろん意味もなく使っているのではなく、戦闘時にCADを抜く際の訓練として反射的に構えられるよう、日常的に使っている。

無音で置かれる俺の手と叩きつけられるリーナの手。先ほどの深雪とリーナを静と動とするならば、今回のは柔と剛とでも表現すべきか。

 

衝突するサイオン、そして閃光。

瞬きをする間もない一瞬の攻防。

 

その刹那の中で、俺の気分は過去最高潮に高揚していた。しかしそれも一瞬のこと。一秒も経った頃には既に決着が付いていた。

 

「俺の勝ちだな」

「……嘘」

 

リーナの一言は結果に対するものか、それとも内容か。恐らく両方ではあろうが、後者の割合の方が高いように感じた。まあ、それも仕方のないことかもしれない。

 

「紅夜、貴方前より干渉力と発動速度が上がってない……?」

 

そう、深雪の言う通り、俺の魔法力が以前――正確には横浜事変の時よりも高くなっているのだから。今までだって深雪と同等の魔法力、発動速度においては上回る程だったのだ。それが更に強化されたから、リーナが驚愕するほどの魔法力を発揮したということだ。

 

「もう一回やるか?」

 

深雪の言葉を曖昧に笑ってスルーして、リーナに再戦を申し込む。俺とここまで張り合える相手は少ないのだから、態々逃す必要もない。深雪には悪いが、ここは俺が楽しませてもらうとしよう。

 

「望むところよ!」

 

リーナがもう一度スタンバイしたことを確認すると、今度は俺からカウントを始める。

――結局、俺とリーナの勝負は授業時間が終わるギリギリまで続き、五戦四勝で俺の勝ち越しで終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の放課後というのは、案外忙しかったりする。生徒会に入っているのだから、当然と言えば当然なのだが。

運が良いのか悪いのか、俺は兄さんのようなトラブル体質ではないので、生徒会で仕事をしているだけで厄介ごとが起こるようなことはない。しかし、今日は珍しいことに、大抵のトラブルには自分で突っ込んでいくスタイルの俺に対して、トラブルの種が向こうからやって来た。

 

授業が終わり教室を出た俺は、深雪と一度別れて事務室へと向かう。目的はCADの受け取りだ。生徒会は校内でのCAD携行は常時許可されているのだが、俺は授業中はCADを預けている。

別にCADが無くても魔法は発動できるし、俺なら特異魔法に限り、CADの補助なしでも一瞬で敵を消し炭にすることくらいできてしまう。まあ、学校でそんな物騒な魔法を使うことなど早々ないが。

そもそも俺が【領域干渉】を使えば、この学校でそれを突破できる者など限られている為に、CADを携行する必要性があまりないのだ。ついでに言えば、常にCADを持ち歩いているといないとでは、周囲の印象も変わってくる。そりゃあ、常に武器を持ち歩いている人物と一緒に居たいとは思えないだろう。そんなわけで、印象操作含めた意味でも、俺は放課後にCADを受け取るようにしているわけである。

何事もなく普通にCADを受け取った俺は、改めて生徒会室に向かう。部屋のロックを解除し中に入った俺を迎えたのは、普段この部屋で見かけることはない金糸を束ねた見覚えのある後ろ姿。何事かと思いながらも面倒ごとの気配を察知した俺は何もみなかったことにする。

 

「こんにちは」

 

普段通りの挨拶を済ませた俺は、普段と同じように自分の席に座ろうとして、

 

「こ、紅夜くん、ちょっといいですか?」

 

あずさの躊躇いがちな声にあえなく捕まった。問いかけという形を取りながらも拒否権のない言葉に、ため息を吐きそうになるのを堪えながら、努めて表情に出さないようにしてあずさに身体を向ける。

 

「はい、何ですか?」

「紅夜くんは今日の分の仕事は終わってますよね」

「ええ、昨日の内に片付けましたからね」

「でしたら、こちらのシールズさんの学校案内を頼めませんか?」

 

学校案内と言われても、一応リーナの面倒を任された俺は来た日の内に主要な教室や施設などは一通り説明したはずだ。ということは、今回頼まれているのは主要な場所だけではなく、より詳細で限定的にしかつかわれないような部分も含めてということだろう。

リーナが何を狙っているのかは分からないが、この頼みが俺に回って来るのには十分に合理性がある為に、無下に断るようなことはできない。

 

「分かりました」

 

結果的に、俺はその頼みを受け入れざるをえなかった。

 

 

 

まだリーナが留学してから間もないとはいえ、彼女の面倒を見る係りになってる俺が二人きりになることは初めてではない。生徒が行きかう校舎内なので正確には二人きりとは言えないかもしれないが、何時まで経ってもリーナと二人きりでいるのに慣れそうもなかった。

別に美少女と二人きりでいるから緊張しているとかそういった意味ではない。というか、そんな感覚は今世に転生してから失って久しいもので、今更緊張するような精神など持ち合わせていなかった。

では何故かといえば、リーナの此方の気配を探って来る視線が隠しきれていないからだ。残念ながら、俺は美少女に見られて喜ぶような趣味はないので、とにかく面倒なだけである。表向きはお互いに和やかな会話しかしていないので、微妙な空気になるというようなことはないが、俺から「お前はスパイなのか」などと訊ねるわけにもいかない為、ストレスのようなもやもやとした気分が溜まる一方だった。

 

生徒会室を出て校舎を回る俺たちに、予想通り無数の嫉妬の視線が突き刺さる。既に慣れたものとはいえ、気分の良いものではない。リーナも同じなのか、微妙に眉を顰めていた。

 

「私、嫉妬の視線なんてあまり向けられたことがないから、少し複雑だわ」

 

どうやら俺の予想は少しズレていたらしい。受けている嫉妬は俺が男から、リーナが女からという状況なのだが、どうやらリーナは嫉妬を向けられること自体に慣れていなかったようだ。そんな好奇心と嫉妬の視線に晒され気疲れしながらも、やることは忘れず校舎の説明をして回る。

実験室が並ぶ特殊棟の端、ここまでくると誰もいないような場所でリーナは足を止めた。

 

「どうした? 疲れたのか?」

「いいえ、大丈夫よ」

「何だ?」

 

勿論本当に疲れているとは思っていないが、何か話したい様子のリーナを促すつもりで声を掛ける。それでもこちらの意図が伝わらなかったのか、一旦言葉を切って躊躇った様子を見せたので、今度ははっきりと言葉にして表す。

 

「紅夜は、どうして強くなろうと思ったの?」

 

そうして発せられた言葉は完全に予想外のものだった。思わず首を傾げると、今度はちゃんと理解してくれたようで、質問の理由を語る。

 

「深雪に、紅夜とどっちが強いのって聞いたら、実戦ではかなわないって言ってたのよ」

「ああ、成る程」

 

リーナの質問の意味を理解した俺は、頭の中で適当な答えを組み立てる。本当の理由としては原作知識で将来面倒ごとに巻き込まれる可能性が高いことを知っていたからなのだが、まさかそんなことを素直に言えるはずがない。一緒に浮かんだ理由と共に、頭をっ振って考えをリセットする。他に何か理由などあったかと考えて、思い出したように妥当なものに行きついた。

 

「……楽しかったから、かな」

「楽しかった?」

 

ふざけているのかという思いが表情にありありと出ているリーナに苦笑しながらも、頭の中で慎重に選びながら言葉を口に出す。

 

「俺はもともと、病気で昔は碌に動けなかったんだ。だから、病気が治った時に動けるのが楽しくてな。兄さんが体術を教わってた先生に、俺も修行をつけてもらうことにしたんだよ。こう言うのもアレだが、俺は運動と魔法の才能があったから、楽しくて続けている内に強くなってたんだよ」

 

自分の気持ちを他人に話すことに、少し気恥ずかしさを感じながらも、表情には出さず、「やってる内に、兄さんと深雪を守れるようになるって目標ができたんだけどな」と付け足す。

今話した言葉に嘘はない。元々俺は、楽しくない物事はあまり続けていられない性質(たち)だ。いくら自分の身を守る為とはいえ、楽しくなければここまで続けていられなかっただろう。しかし、肝心のリーナは俺の答えが気に入らなかったのか、不機嫌な雰囲気を隠す様子もなく纏っている。

 

「ワタシは、実戦で役に立ちたい魔法師になりたいと思っているの」

「おいおい、物騒だな」

 

リーナから発せられる闘気のようなものに、小さく笑みを浮かべながら言葉を返す。

 

「分かるのね。凄いわ」

 

そんな俺に対し、リーナは全く熱の籠らない上辺だけの言葉と同様に、研ぎ澄まされた刃のような冷たい笑顔を返してきた。

リーナの腕が跳ね上がる。襲い掛かる掌底を、危なげなく掴み取った。俺の目の前で止まった掌底が、指鉄砲のように人差し指を突き出した形に変わる。眼前に突きつけられた形の良い爪。そこに集まるサイオンが撃ち出された瞬間、虚空でサイオンの光が霧散した。

 

「危ないじゃないか」

「避けられると思ってた。撃ち落すのは予想外だったけど」

「別にサイオンは指先から撃つ必要はないだろ」

 

先ほど空中で霧散したサイオンはリーナのものだけでなく、俺のサイオン弾でもあった。言葉にした通り、サイオンは指先や手からでなくても、体中の何処からでも放つことができる。撃ち落すにしても、集められたサイオン量を見切って同量のサイオンを当てなければ相殺はできないが、病気を抑える為に必死でサイオンコントロールを覚えた俺からすれば、造作もないことだった。

 

「で、一体どういうつもりだ?」

「……コウヤの腕を知りたかったのよ」

「それは実戦における実力ってことだよな」

「ええ」

 

わざわざ確認するまでもないことだったが、念の為にもリーナの口から答えを聞く。それによって分かったことがある。どうやらUSNAは兄さんや深雪ではなく、俺が戦略級魔法師の最有力候補だと考えているようだ。でなければ魔法力をわざわざ見せつけたのに、実戦の実力まで確認してくることはないだろう。

 

「しかし、実力を確認する為とはいえ、人の頭に穴を空けようとするのはどうなんだ?」

「単なるサイオン粒子の塊に物理的殺傷力なんてないわ。精々、銃で撃たれたような激痛を感じるだけよ」

「銃で撃たれるような激痛を精々か……」

 

恨みがましい言葉と共に、非難を込めた視線を向けると、リーナはため息を吐いて手を上げた。

 

「分かった、分かりました。ご無礼をお許しください、コウヤさま」

「……似合わないな」

 

かしこまった態度で丁寧に一礼をして見せたリーナに違和感を感じて思わず呟く。その呟きを聞かれたようで、リーナに思い切り睨まれた。

 

「いや悪い。けど、キャラじゃないだろ」

「そんなことないわよ! これでも大統領のお茶会に招かれたことだってあるんだから!」

「へぇ……大統領か」

 

ニヤリと笑うと、リーナは慌てて手で口を押える。

 

「はめたのね……?」

 

そう言って悔しそうに睨み付けて来るリーナ。この流れに何となくデジャヴを感じたが、意識してやったことではないので首を振って否定する。

 

「いやいや、今のは偶然だよ。どちらかと言えば、リーナの自爆じゃないか?」

 

俺の言葉に反論が見つからないのか、リーナは黙ったまま睨み付けてくるだけだった。

 

「じゃあ、校舎の案内を続けるか」

「……え?」

 

軽く言い放つと、先ほどとは一転して唖然とした様子を見せる。

 

「訊かないの?」

「何を?」

「何をって、例えば……ワタシの正体とか、確かめなくていいの?」

「構わないさ。世の中知らない方が良いこともある」

 

元々知っているから、とは言わない。しかし、わざわざ聞いてくる辺り、リーナにこういった捜査の仕事は合わないのだろう。シリウスとして活動しているにしては優しすぎるし甘すぎる。

 

「……アナタって嫌な人ね」

「そうかもな」

 

自分がどれだけ嫌な人間かなんて、自分が一番分かってる。否定をする必要もない。ただ、俺にはないその甘さを当たり前のように持っているリーナが羨ましくもあり、それを捨てられないリーナを哀れにも思う。しかし、俺はその甘さを嫌いにはなれなかった。

 

 

 




 
五戦中一敗という露骨な人間アピール。

今更ですが、紅夜の魔法力は特異魔法に特化しています。それこそ達也並に。
なので通常の魔法を使うのであれば、魔法力は深雪と同等か少し上くらいです。……それでも十分にチートなんですけど。
まあ、そんなわけでこういった実技授業の勝負なら、リーナの作戦次第では紅夜も負けたりすることもあるのです。



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来訪者編Ⅳ

 
魔法科高校の劣等生、劇場化!

うーん、期待していいものか……
続報を待つとしましょう。




 

 

 

週明けの教室は怪事件の話題で持ち切りだった。

昨日の朝、国内二位のニュースサイトに記事が上げられてから、報道界は連続猟奇事件で埋め尽くされた。事件の内容がオカルト的なものだったのも拍車を駆けたのだろう。当然ながら、報道社がそれだけ騒いだことが噂にならないはずがなく、吸血鬼事件と煽り名を付けられた殺人事件は、尾鰭に手足まで加えたような状態になりながら全国へと広まって行った。そして、それは魔法科高校も例外ではない。

 

「おはようございます。深雪さん、紅夜さん」

 

教室に入り、ほのかの挨拶に返すと自分の席に座る。俺と深雪の席は近いので、必然的にほのかが俺たちの席に来る形となっていた。

 

「そういえば、紅夜さんは昨日のニュースは見ました?」

 

しばらく他愛も無いもない話をしていたが、会話が途切れたタイミングで、ほのが切り出す。本人にとっては何でもない話題のつもりだろうが、俺にとっては今一番気になる話題だった。

 

「それは吸血鬼事件のことか?」

「なんだか怖いですよね。不可解な点が多いそうですし」

 

ほのかの言葉に頷き、俺は不可解な点を挙げていく。

 

「死因は衰弱死。しかし被害者には外傷は見受けられず、暴行の跡もない。なのに被害者に共通して、身体から血液が一割抜かれている。だがそれも、血液を抜き取った痕跡が見つからないって話だったな」

「紅夜さん、詳しいですね」

「少し興味があったからな。世間じゃ魔法師の仕業、なんて言う輩もいるそうだし。これを機に人間主義の活動が活発になったりする可能性もあるから」

 

人間主義という言葉に、ほのかと、そして深雪も微妙に表情を苦いものに変える。人間主義とは、簡単に言ってしまえば、魔法師排斥運動の一種だ。その中の過激分子が、魔法師の存在そのものを否定するように暴力沙汰に及び、何度か事件を起こしている為に、二人が良い顔をしないのも当然のものだろう。

 

「そういえば、アメリカでも同じような事件が起きているようなんですけど……紅夜さんは知ってましたか?」

「いや、初耳だな」

 

首を横に振ってから先を促すと、ほのかは一つ頷いて話し始める。

 

「昨日、電話で雫に聞いた話なんです。雫のいる西海岸じゃなくて、中南部のダラスを中心とした地域で起きているって言ってました」

「アメリカのニュースは最近よく確認しているんだが、知らないな。報道規制か?」

「はい。雫も向こうの情報通の生徒に聞いたみたいです」

「それは、やっぱり魔法師に対する配慮かしら?」

 

深雪の言葉に俺も考えを巡らせてみる。流石に原作知識もそこまで詳しく覚えているわけではないが、状況からして、アメリカの事件は確実に日本に来る前のパラサイトが起こしたものだろう。そこで何か魔法師にとって不都合なことでもあったか、そこまで考えてそもそもの前提を思い出す。

確か、パラサイトが憑りついたのはスターズ関係の人物だったか。それに、元々はアメリカの不手際でパラサイトが呼び出されたのだ。そのことに向こうが気が付いているかどうかは分からないが、スターズ関係者が事件に巻き込まれた時点で報道規制を掛けるには十分だろう。

そんな思考の海に浸っていると、ほのかの声が聞こえて慌てて我に返る。少し考えに集中しすぎたか。

 

「紅夜さんはこの事件は魔法師が起こしたものだと考えてるんですか?」

「いや、どうだろうな? 可能性がないと言うわけではないが、傷をつけずに血液を一割抜く魔法なんて聞いたことも見たこともない」

 

そもそも唯の衰弱死ならともかく、外傷をつけずに血液を一割抜くなど魔法でも不可能……か? 【爆裂】のような魔法なら一割の血を失くすことも……いや、それだと外傷がつかないようにしても被害者に何かしらの痕跡が残るな。だからといって治癒魔法で外傷を直すのは、兄さんの【再成】でもない限り不可能だ。後は体内の血液を魔法で分離や分解することか? しかし、それこそ兄さんの【分解】でもないと難しい。不可能とは言えないかもしれないが、それにしたって一割と言うのが問題だろう。一定量ならともかく、人によって違う血液を正確に一割抜くなど、一体どれほどの技量が必要になるか……。残るは系統外魔法だが――――

 

「紅夜?」

「ん? ……ああ、深雪か。ごめん、ちょっと考え込んでて」

 

俯いた俺の顔を覗き込むようにして訪ねてきた深雪の声で我に返り、思考を中断する。やはり、どうにも一つのことに意識を向けると、周りが見えなくなる。集中していると言えば聞こえはいいが、これは俺の欠点だな。

顔を上げれば、周囲に聞こえる程度の声で話ていた為か、いつの間にか俺は教室の注目を集めていたようだ。

 

「で、何だったか。確か魔法師の仕業かどうかって話だったかな。まあ俺は、この事件は魔法師の仕業ではないと思ってる。じゃあどんな奴か、なんて俺に聞かれても困るんだが、そうだな」

 

一拍、

 

「もしかしたら、本当に妖の仕業だったりするかもな」

 

 

 

――――まあ、もったいぶって言ったが、原作知識からパラサイトの仕業って知ってるんだけどな。ところで、

 

「リーナが来ないがどうしたんだ?」

 

訊ねたはいいが、この教室で俺と深雪以上にリーナのことに詳しい人間などおらず、何の答えもかえってこない。

この五分後、チャイムと共に教室に入ってきた先生が、リーナが家の事情で休みだと告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その報せが届いたのは、俺たちが登校する直前のことだった。

学校に行く支度は既に整え、リビングで兄さんたちと一緒にゆったりとした時間を過ごしていた時、兄さんの携帯端末にメールが届いた。端末を手に取り内容を確認した兄さんが、一瞬だけ表情を変えた。表情を変えたとはいっても、それは傍目には分からないようなごく僅かな変化だったが、その変化だけで俺と深雪が気が付くのには十分だった。

 

「お兄様、良くない知らせなのですか?」

「レオが吸血鬼に襲われて、病院に運び込まれたとエリカから連絡があった」

「……冗談では、無いんですよね?」

 

深雪が信じられないといったニュアンスの言葉を口にする。マスコミが大袈裟と言えるほどに報道しているオカルト的事件に知り合いが巻き込まれたとなれば、この反応も仕方のないものだろう。かくいう俺も、原作知識がなければ確実に深雪と同じ反応をしていたはずだ。

 

「事実だ」

 

しかし、現実感を持てないその事件は、兄さんの断言によって真実味が急激に増す。それが深雪に向けたものとなれば、それは一押しだ。もちろん、兄さんの言葉を疑うということが頭の中でさえあり得ない深雪にとっては、それだけで決定的だった。

 

「中野の警察病院で治療を受けているようだ。不幸中の幸い、命に別状はないようだから、見舞うのは放課後にしよう」

「――はい」

 

深雪の返事と同時に俺も無言で頷く。

原作知識から、行動を起こしていれば恐らく助けられたであろうという事実に罪悪感を感じながら。

 

 

 

 

 

そして放課後、俺たちは学校を休んでレオについているエリカを除いた何時ものメンバーで、警察病院へレオの見舞いに訪れた。

受付でレオの病室を聞き、皆でぞろぞろとエレベーターに向かう、その少し手前で横から声を掛けられた。

 

「みんな、来たんだ」

「エリカ、まだいたのか」

 

声の掛けられた方向に視線を向け、兄さんが少し驚いた様子で問いかける。学校を休んだということからも分かるように、エリカがレオについていたのは朝からであり、既に夕方ともいえる時間帯になっているのだから、この問いかけは妥当なものだった。

 

「ずっとここにいたわけじゃないよ。一旦家に戻って、一時間前くらいにまた来たトコ。達也くんたちが来るだろうと思ってね」

 

声にも表情にも、エリカが嘘をついている様子は見受けられなく、とても自然なもの。しかし、その自然さが逆に過ぎていて、返って嘘くさいようにも感じられた。

 

 

 

病室に向かいながらレオの容体などを話している内に、とうとう病室の前まで辿り着く。エリカが扉をノックすると、僅かな間の後、中から女性の声が聞こえてきた。

 

「はい、どうぞ」

「カヤさん、お邪魔するね」

 

聞き覚えの無い名前に全員が若干の戸惑いを見せながらも、気にした様子もないエリカに続き病室に入る。それなりに広く、相応にグレードが高そうな個室で俺たちを迎えたのは、退屈そうな表情でベッドから上半身を起こしたレオと、その傍らで椅子に腰掛けている灰色の髪の女性だった。恐らくカヤという名前であろうその女性は、見る限り俺たちより五歳ほど上で、レオと血縁を感じさせる程度には顔立ちに面影があった。

 

「こちら西城花耶さん。レオのお姉さんよ」

 

レオにお姉さんがいた覚えは無かった為に、内心かなり驚いていると、カヤが立ち上がり俺たちに向かって丁寧に頭を下げてきた。それに対し俺たちも頭を下げ、全員と一通りの挨拶をすると、カヤは花瓶の水を変えて来るといって部屋を退出した。

 

「優しそうなお姉さんですね」

 

扉が閉められ、少し時間を置いたところで、美月が呟くように言った。その第一印象は美月だけでなく、俺たちの共通認識だったのだが、レオはその言葉に対し苦い表情を見せる。それは、家庭関係に何かしら思うところがあることが理解できた。

 

「ひどい目に合ったな」

「みっともないとこ、見せちまったな」

 

それ以上踏み込まないように話しを切り出した兄さんの言葉に、レオも照れくさそうに答える。そこに先ほどまでの苦々しい表情は無かった。

 

「見たところ怪我もないようだが」

「そう簡単にやられてたまるかよ。オレだって無抵抗なわけじゃないぜ」

「じゃあ何処をやられたんだ?」

 

続けられる兄さんの質問に、俺は先ほどのことを忘れレオの言葉に集中した。

レオの話をまとめると、目深の帽子に白の覆面で性別が女らしき相手と殴り合っている最中に、急に身体の力が抜けて倒れてしまったらしい。しかし、何故身体の力が抜けて倒れたのか、検査をしても一切不明ときた。

その話を聞いて反応したのは幹比古。レオの相手は恐らく『PARANORMALPARASITE(超常的な寄生物)』略して『パラサイト』だと予想した。

 

「妖魔、悪霊、ジン、デーモン、それぞれの国で、それぞれの概念で呼ばれていた内、人に寄生して人を人間以外の存在に作り変える魔性のことをこう呼ぶんだよ」

「それが吸血鬼の正体か」

 

幹比古は兄さんの問いかけには答えず、真剣な表情でレオに向き直ると、幽体を調べさせて欲しいと頼み込んだ。しかし、霊体という言葉は知っているが、幽体という言葉は現代魔法には使われておらず、全員で首を傾げる。俺も名前に聞き覚えくらいはあるが、幽体がどんなものかは理解していない。

 

「幽体というのは精神と肉体をつなぐ霊質で作られた、肉体と同じ形状の情報体のことだよ。幽体は精気、つまり生命力の塊。人の血肉を喰らう魔物は、血や肉を通じて精気を取り込み己が糧としている、と考えられているんだ」

「つまり吸血鬼は血を吸うけど、本当に必要としているのは一緒に吸い取っている精気だってこと?」

 

エリカの問に幹比古は緊張した表情で頷いた。

 

「レオの幽体を調べさせてもらえれば、はっきりとしたことが分かると思う」

「良いぜ、幹比古」

 

説明を聞いたレオの答えは単純なものだった。

 

「……いいのかい?」

「ああ。ってかこっちからお願いするぜ。原因が分からねぇと治しようがないからな」

 

レオの言葉を聞いた幹比古は表情を更に引き締めて、足元に置いた鞄へと手を伸ばした。

取り出したのは墨で書かれた由緒正しい札と、俺でも初めて見るような伝統的な呪法具だ。それを駆使して丁寧に、しかし俺たちには理解できない方法でレオの身体を調べていく。

俺は幹比古の使っている呪法具に少し、いやかなり興味がある為に集中してその様子を見ていたが、その所為か殆ど時間が経つことなく、幹比古がレオの身体を調べ終わった。

身体の状態を確認し終えた幹比古は驚きを隠そうともせず、驚愕の声を上げる。

 

「何というか……レオ、君って本当に人間かい?」

「おいおい、随分とご挨拶だな」

 

冗談といった様子ではなく、本当にしみじみと呟かれた言葉に、レオは明らかに気分を害しているようだった。原作知識から予想すると、恐らくレオの出自に関わっているのだろう。しかし、幹比古はそんなレオに気付く様子もない程に驚いていた。

 

「いや、だってさ……よく起きていられるね? これだけ精気を喰われていたら、並の術者なら昏倒して意識不明のままだよ」

「精気が何かはともかく、失った量まで分かるのか?」

 

精気という未知の要素に少し興味を引かれた俺は、幹比古に訊ねる。

 

「幽体は肉体と同じ形状を取るからね。入れ物の大きさが決まっているから、元々どれくらい精気が詰まっていて、それがどれだけ減っているのかというのも、おおよそ検討がつくんだよ」

「へぇ……」

 

感心しながら何度も頷くと、俺は少しだけ思いつき、深くまで眼を凝らして視た。確かに、レオの形をした情報体が半分近く削られている。これが本当に生命力だとするなら、レオが起きていられるのが不思議なくらいだというのも理解できる。

慣れないことというか、本来とは違った領域を視た所為か、軽い倦怠感と共にいつの間にか面会時間終了が訪れていた為に、俺たちは面会を終えて病院を後にした。

 

 

 




 
まだ19巻は買ってないんですが、聞いた話によると、USNA関連でもリーナは出なかったらしいですね。てっきりリーナが出て来るかと思って、フラグ構築が楽になるぞ! と喜んでいたのに……。

それと、今週は予定が詰まっていて結構忙しいので、筆記時間があまり取れそうにないです。19巻も購入は金曜日になりそうですし。
そんな訳で、次の更新は今回よりも更に遅くなってしまうかもしれません。



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来訪者編Ⅴ

 
大変お待たせしました!

遅くなった理由はドラクエです。当初は適当にやるつもりだったんですが、案外面白くてハマってました。――モンスター数さえどうにかなればなぁ……。
取り敢えずJOKERとレオソードはゲットしたんで満足です。あとは竜神王を作りたい。キンスペ配布はよ。

そんなわけでようやく投稿です。ですが、お待たせした割には今回の話は短いです。





 

 

 

地べたに座り込む俺の前で、兄さんと先生の激しい攻防が行われていた。

上下左右から撃ち出される拳や手刀、そして掌。更にはそれを躱し、絡めとり、払い合う。先生と兄さんの体術はほぼ互角。体力は兄さんの方が上。読み合いにおいては俺も兄さんも先生には遠く及ばない。故に、俺たちが先生に勝つには駆け引きをさせる暇も与えず攻め続けるしかない。そうした結果、兄さんより体力が少ない俺は、こうして退場しているのだが。

そんなことを考えている合間にも、二人の攻防は続いており、兄さんが先生の間合いに入り込み、強烈な突きを繰り出そうとしていた。そこで、【叡智の眼(ソフィア・サイト)】によって組手を視ていた俺は、先生の存在が揺らいだことを感知した。

同じように【精霊の眼(エレメンタル・サイト)】で視ていたであろう兄さんは、先生に向かって【術式解散(グラム・ディスパージョン)】を放った。途端に消える先生の幻影であったもの。しかし、それを消しても先生の存在を掴み取ることはできなかった。

そこで俺は封印を緩めてから、良く視えるようになった眼で、何時も視ている場所の更に奥深くまで眼を凝らす。そうして視えるようになった先生の居場所は兄さんの前、兄さんが狙っていた場所の三十センチ先だった。兄さんは咄嗟に突きを伸ばすが、それは先生の体を残したフェイントであり、誘い込まれた兄さんの身体は八雲によって投げられ、地面に叩きつけられた。

 

 

 

「いやぁ、焦った焦った」

 

兄さんの関節を決めていた手を離して言った師匠のセリフは、普段と変わらず飄々としたものだったが、あながち嘘というわけではなさそうだった。

 

「先生、今のは何ですか?」

 

満足な受け身もとれぬままに地面に叩きつけられ、苦し気に咳込む兄さんが落ち着いたのを確認した俺は、体力が回復したこともあって、立ち上がると同時に問いかける。

 

「いや、まさか【纏衣の逃げ水】が破られるとは思わなかったよ」

 

汗をぬぐう仕草をしながら話す先生の言葉に、おぼろげな原作知識が反応する。詳しい効果は覚えていないが、確か兄さんの眼を誤魔化せるような術で、九島の使う【仮装行列(パレード)】の原型となった魔法だったと記憶している。

 

「その視ただけで術式を読み取ってしまう君たちの異能は、相手にとって脅威そのものだ。でも、それを逆手に取る手段がないわけじゃない」

「今の幻術がそれだと?」

 

ようやく立ち上がれるようになった兄さんが質問する。

 

「纏衣は本来、この世ならざるモノの眼を誤魔化す為の術なんだけどね」

 

先生の言葉に、俺は他の二人に気付かれないように笑う。

纏衣の術がこの世ならざるモノの眼を誤魔化す魔法なら、それを見抜けてしまった俺は一体何なのだろうか。まあ、ある意味では俺も『この世ならざるモノ』と言えるかもしれない。

そんな、どこか自虐染みたことを考えていると、兄さんの言葉で意識が引き戻される。

 

「師匠」

「うん? どうしたんだい?」

「今、この世ならざるモノの目と仰いましたが」

「ああ、成る程」

 

兄さんの問いかけに対し、先生はそれを予期していたかのように瞬時に答えた。

 

「僕たちが相手にするのは、人間ばかりじゃないよ。この世ならざるモノの相手は、それほど珍しいことじゃない」

「しかし、俺の友人の古式の術者は、本物の魔性に遭遇するのは極めて稀なことだと言っていましたが……」

「達也くんの友人と言うと、吉田家の次男か。まあ、彼の言っていることも間違いじゃないけど……君にしては、切り込みが浅いね」

 

先生はそこで一旦言葉を切る。もっとよく考えてみろということだろう。その言葉通りしばらく考え込んだ兄さんは、やがて答えを見つけたのか口を開いた。

 

「幹比古の言ったことは間違いではない。かといって、完全に正しくもない。そういうことですね? 本物の妖魔、化生と遭遇、つまり偶然出会うことは極めて稀であっても、偶然でなければ、何者かの作為の下でなら決して珍しくない、ということですか?」

「辛うじて及第点かな。うーん……達也くん程の知恵者でも記号化と先入観の罠を避けるのは難しいということか。ちなみに紅夜くんは分かるかい?」

「はい」

 

八雲の問いかけに対し俺が即答すると、二人とも少し驚いた様子を見せる。まあ、この答は兄さん程現代魔法の先入観にとらわれていないからこそ出たものだろう。俺は物事を論理的に考えることについては兄さんには及ばないが、その代わりに兄さんよりも柔軟な発想が出来ると自負している。

 

「多分現代魔法師でも全員接触したことがあるはず。特に兄さんは、その眼で知覚できるでしょ。名称にも入ってるんだから」

 

その言葉に兄さんはハッと目を見開く。その驚愕は予想を超えていたものだったのか、非常に珍しいことに、兄さんの口から「あっ」という声が零れた。

 

「紅夜くんは満点だ。達也くんも分かったようだね。現代魔法師がスピリチュアルビーイングと呼んでいるもの、つまり精霊も立派に『この世ならざるモノ』だ」

 

知性の有無は二の次だと続けて説明をする師匠だが、それは俺たち現代魔法師に理解しやすいようにこちらの理論に合わせて話しているからだろう。その証明に、先生は一通りの説明を終えると、そもそも精霊に意思がないことを確認できているのかと訊ねてきた。そして俺たちはその言葉を否定できない。いや、そもそも精霊に意思があるとした方が説明のつくことが多いくらいだ。それに、俺は精霊に意思があるのかは判らないが、精霊という存在が確固たる個として存在していることは解っている。

 

「師匠、もう一つ質問してもよろしいでしょうか?」

「言ってごらん」

「現代魔法においては、精霊は自然現象に伴ってイデアに記述された情報体が、実態から剥離して生まれた孤立情報体だということになっています。そして元になった現象の情報を記述している為に、魔法式で方向性を定義することにより、その情報体から現象を再現できる。これが精霊魔法だと解釈されています」

 

なっているやされているという表現を使っていることからも、兄さんはこの解釈が完璧なものではないと理解できているのだろう。この解釈を先生は大方合っていると言った。それはつまり、少しの食い違いもあるということになる。だが、兄さんの追及は食い違いに対するものではないかった。

 

「人の幽体に寄生して人間を変質させるパラサイトは、一体何に由来する情報体なのでしょうか?」

「パラサイトか……イギリス風の表現だね。彼らが何に由来する情報生命体なのか、残念ながら僕も知らない。人の精神に干渉するのだから、精神現象に由来するものだとは思うけどね」

 

精神に由来する情報生命体。それはつまり、精神に由来する魔法という現象を紐解く重要な手がかりになるのではないか。四葉がこの存在を知ったら間違いなく手に入れようとするだろう。いや、確か原作知識ではそうなるように動いていた記憶がある。そしてそれは俺にとっても望まれること。魔法とは何か、精神とは何か、これを理解することが四葉の研究であり、俺の願いでもある。

 

「僕は人型の妖魔も動物型の妖怪も、情報生命体である妖霊がこの世の生物を変質させたモノじゃなかと考えている。そして、物理現象に由来する精霊がこの世界と背中合わせの影絵の世界を漂っているように、精神現象に由来する妖霊は精神世界と背中合わせの写し絵の世界からやってくるんじゃなかと思うんだ。遭遇例が少ないのは存在しないからではなく、僕たちがまだ精神を観察する術を十分に持たないからじゃないのかな。ロンドンに集まった連中からすれば異端の思想なんだろうけど、それが僕の偽らざる自説だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先生の説は間違いなく本当のことだろう。

俺は原作知識から照らし合わせて、パラサイトの発生原因はUSNAで行われた余剰次元理論に基づくマイクロブラックホールの生成実験が原因となっていると考えている。これらのことから俺が導き出したのは、パラサイトがマイクロブラックホールを通し別次元から流れ込んだものだというもの。

余剰次元理論というのはそもそも異次元というものがあり、その異次元に重力が漏れ出しているという仮説から形作られているものだ。もしも、その異次元というのが先生の言う精神世界的なもの、もしくは魔法的世界であるのならば、異次元に干渉することで何かしらの安定を保っているであろう重力がブラックホールという形で消費された場合、物理的次元と精神・魔法的異次元の境界というものが揺らいでしまうのではないだろうか。そして揺らいだ境界から物質世界に流れ込んだのがパラサイトだとすれば、パラサイトとマイクロブラックホールの生成理論の関連性に辻褄が合う。

もしもこの仮説が事実だった場合、パラサイトがどういうものなのかを解析すれば、精神というものを理解することに大きく近づく。

 

そもそも、パラサイトが精神的情報生命体であり、それが異次元から流れ込んだものだとすれば、精神とは一体どこにあるのだろうか。

先生の言う精神を観察する術があったとして、その精神が何処にあるものなのか、精神とはどのように発生するのか、それが判明することはあるのだろうか。

俺は精神がどんなものか、どこにあるかは視知っていても解らない。

 

もしも、精神とは一体何なのかが理解できれば、世界が変わるのだろうか。

 

それを知りたくて、俺は精神を渇望する。

それが理解できれば、『物語』を終わらせることができるかもしれない。

故に、『物語』を傍観することはやめだ。

胸を焼く痛みに耐え、先を見据えよう。

 

 

そうすれば、俺がナニかが解るかもしれないのだから――――

 

 

 

 

 




 
何かノリで書いてたら、後半で紅夜くんが勝手に原作ブレイクを決意しました(ブレイクするとは言ってないない)

一応プロットは作ってあるんですが、ほとんど機能してないんですよね(笑)
次の投稿はもう少し早くできる……はずです。




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来訪者編Ⅵ

 
来訪者編Ⅵまで来て未だに9巻が終わっていない件。
原作の来訪者編は上中下の三部構成なので、もう少し巻いていきたい。




 

 

 

少ない街灯が照らし出す真夜中の小さな公園。その薄暗い公園で、四つの影が交錯していた。その内二人は顔を出し、すぐに誰かを判別できる。その二人――エリカと幹比古は、それぞれもう一つの影と別々に対峙していた。

エリカが対峙しているのは仮面をつけた赤髪の女。仮面の女の実力は尋常なものではなく、刀を持ったエリカと対等に戦っている。

仮面の持つ銃口がエリカへと向く。その直前にエリカの刃の無い刀が右手に持つ銃身を叩いた。サプレッサーで抑えられた銃声が鳴り、銃弾は見当違いの方向へと飛んでいく。しかし仮面の女はそれに動揺することなく、左手をエリカへと伸ばした。伸ばされた腕の先、親指と中指の間から小さな雷球が作られる。それがエリカの顔へと届こうとした時、エリカは自己加速術式を発動した。一瞬の内に後退し雷撃を避けたエリカは、その速度のままに相手の間合いへと踏み込む。

 

(――――もらった!)

 

そう思い、掲げた刀を振り下ろそうとした瞬間、下からの衝撃によってエリカの身体が吹き飛ばされた。咄嗟に振った刀は仮面の女の右肩を叩いた。吹き飛ばされたエリカは慌てて起き上がる。何とか追撃は防いだが、体勢を崩したエリカが大きな隙を晒していることには代わりがない。しかし、攻撃は飛んでこない。赤髪の女の視線は幹比古とパラサイトの方向へと、正確にはその更に向こう側へと向いていた。

 

 

 

 

 

幹比古が戦っているのはコートを羽織った覆面。その特徴はレオが襲われた吸血鬼と同じもので、一見するだけでは分からないが、恐らく女性なのだろう。こちらの実力も人並み外れたもので行使する力は人間のものとは思えないもの。だが、幹比古も簡単にやられるわけではない。

 

(『雷童子』)

 

吸血鬼の頭上に発生した雷が、落雷となって吸血鬼を貫く。女にしては獣染みた悲鳴が上がる。しかし、それはすぐに雄たけびへと変わった。消え去るはずの閃光が女の両腕へと移るように流れ、指先でバチバチと音を立てて帯電した。それは幹比古の作り出した雷よりもさらに多い電気量を持っているように見える。

放出系魔法によって操作されたその電気は、転がるように身を投げ出した幹比古をかすめた。幸いなのは、使われたのが古式魔法よりも操作性に劣る現代魔法だったことか。だが、一撃目は避けられても、至近距離で放たれる雷撃を何度も避けられるはずがない。故に取れる手段は防御だけ。しかし、相手は既に魔法を発動している状態。どういう仕組みなのか分からないが、吸血鬼は起動式もなく魔法を発動し、威力も劣ることなく雷を維持している。

 

――――間に合わない!

 

迫りくる脅威に覚悟を決める。

だが、幹比古へと電光が届くことは無かった。

 

――――燃え盛る(アカ)が電撃を呑み込む。

――――神秘を感じさせる鮮やかな炎は、吸血鬼の手から雷を焼滅させた。

 

予想外の事態に呆然とした吸血鬼と幹比古は、遅れてその発生源へと視線を向ける。そのタイミングは奇しくも仮面の女の視線を追ったエリカと全くの同時だった。

公園の脇道に止まる一台のバイク。それに乗っている人物は全身真っ黒に染められており、街灯が無ければ見失ってしまうだろう。ただ一つ、漆黒の中で輝く紅い瞳が、四人を鋭く見据えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――何とか間に合った。

 

俺は内心で安堵の息を吐く。パラサイトを探すと決めたは良かったが、肝心の捜索に手が回っていなかった為に、結局原作と同じタイミングになってしまった。ここまでくると運命の力でも働いているのではないかと思ってしまう。いや、この考えは案外的外れなものではないかもしれない。

 

そんなことを考えていると、仮面の女――シリウスが俺に向かって手を向けてきた。その手が印を結ぶように動き、直後に魔法式が展開される。

しかし、今の俺にそんな攻撃は意味がない。相手の魔法がエイドスに干渉するよりも早く、眼が捉えた魔法式に向かって左手に持つ紅いCADを照準する。直後、深紅の炎が現れ魔法の兆候ごと消し炭にした。

シリウスの眼に動揺の色が走るのが伺える。だが流石と言うべきか、すぐさまその動揺を消し去り先ほどとは種類の違う新たな魔法式を発動する。だが、それも俺がCADを向ければ全てが燃やし尽くされた。

 

その時、エリカと幹比古から「あっ」という声が聞こえてくる。知覚範囲を広げれば、今にも吸血鬼が逃げ出そうとしているところだった。

そちらに僅かな間意識がとられた瞬間、シリウスが持った銃が、地面に向かって弾を打ち出した。その弾は地面との間で火花を散らしたかと思うと、突然閃光へと変化する。続けて三連続の銃声。重なった閃光は更に大きくなり、目を開けていられないほどにまでになる。咄嗟に目を瞑るが、俺の視力は目を閉じていても問題ない。その知覚範囲にしっかりとシリウスを捉えていた。

シリウスを構成する情報体に向けて左手の指を引いた。次の瞬間には紅蓮の業火がシリウスだったものを燃やしていた。しかし、表面上シリウスの情報体とされていたものは中身を伴わない器だけ。つまりは偽物だ。先生の術で何度も視てはいるが、情報を偽るとは相変わらず厄介なものだ。だが、その術は俺には通用しない。俺の眼はしっかりとシリウスを――いや、リーナのことが視ていた。

 

とはいえ、ここでリーナとパラサイトを捕まえるようなつもりはない。また原作と同じ展開になってしまうが、兄さんの行動は基本的に正しい為に、このタイミングで俺がそれから外れることは簡単にはできない。

今回の場合は、パラサイトをリーナと幹比古、エリカの前で捕えるのはまずい為に敢えて逃がすのだ。リーナを捕まえるのも駄目だ。俺だけならまだしも、幹比古とエリカの前で正体を暴いてしまっては危険や面倒ごとが起こる。それに、覆面のパラサイトにはなるべく原作通りに行動してもらいピクシーに憑依してもらうつもりだ。現状、パラサイトを一番安全に確保できる手段。ここで逃がして新たな被害者が出ようとも俺には関係ないし、パラサイト確保の方がよっぽど重要だ。

ここに来たのはエリカと幹比古のピンチを救うため。そしてパラサイトを直接視ることと、パレードが俺にどこまで通用するかの確認だ。ついでに言えば最後のリーナへの追撃は、牽制と、そして俺がパレードを見破れないというブラフを仕掛ける為である。

 

閃光が収まると既にパラサイトとリーナの姿はなく、公園には静けさが戻っている。残されたのは俺と疲弊した二人だけだった。

 

 

 

「二人とも大丈夫か?」

 

CADを仕舞いヘルメットを脱ぐと、二人の様子を確認する。幹比古の方は見たところ怪我らしい怪我はしていないようだ。念の為に眼でも視てみたが特に問題はない。

そしてエリカ。こちらもどうやら怪我をしてはいないようだが、眼で確認してみれば幹比古よりもダメージや疲労が溜まっているのが分かる。とはいえダメージも大したものではないし、疲労も幹比古との戦闘スタイルの違いによるものだろう。

と、そこで俺はエリカから若干冷たい視線を向けられていることに気が付く。

 

「……あんまりジロジロ見られると恥ずかしいんですけど」

「ああ、悪い」

 

言われて気が付いたが、今のエリカはアウターのボトムから胸の下辺りまで所々裂けている。皮膚を保護するアンダーウェアに損傷は見られず、素肌が見えているというわけではないが、身体のラインが見え隠れしていた。エリカの頬が若干赤くなっていることからも、恥ずかしいという言葉に嘘も拡張もないのだろう。

俺は上に羽織っているハーフコートを投げ渡すと、隣で顔を赤くしている幹比古に倣い背を向けた。水着などで肌を見せることは平気なのに、何故現在の状態を恥ずかしがるかは今一理解できなかったが、そこらへんは見せることと見られることでは意味が違うのだろうということで適当に納得しておく。

 

まあ、ぶっちゃけてしまうと、俺にとって異性の裸など慣れているものだし、エリカの身体の状態も既に把握済みなので、身体のラインが知られるのが恥ずかしいというのは今更過ぎるものなのだが。

もちろんのこと、俺がエリカの裸を直接見たとかそういうわけではない。いや、視たことには間違いないか。俺は【叡智の眼(ソフィア・サイト)】でエイドスを視た時、そのエイドス情報のデータを魔法演算領域で処理し、脳内に立体映像として表示することを無意識に行っている。その為、俺が人の情報エイドスを視た場合、その人物の身体の隅から隅まで全てを情報と映像で把握しているのだ。やろうと思えば先ほどのエリカの情報からスリーサイズを割り出すのも容易ことだし、本物と寸分違わぬ裸体を映像として確認することもできる。まあ、もしも身体の表面上の情報だけでなく、内部構造まで取得した場合、裸で筋肉や骨が視えるという全く嬉しくない情報になるんだけど。

男としては一度は夢見たことがあるであろう透視能力とほとんど同じことができるわけだが、残念ながらとでも言うべきか。俺は既に女性の裸を見て何かを思うような感性など持ち合わせていない。もう少し視え方が違ったら変わるかもしれないが。

 

「ありがと、もういいわよ」

 

どうでもいいことを考えていると、エリカから許可がでたので再び向き直る。

 

「二人とも大丈夫だったか?」

「何とかね。紅夜が来てくれなかった危なかったよ」

 

先ほども訊ねたが、確認の意味も込めてもう一度聞いておく。

幹比古が緊張が解けたことからか、気疲れしたようなため息交じりで言う。

 

「念の為に鎧下を着けててよかった。そうじゃなかったら、エライ目に遭ってたとこよ」

「爆風の中にカマイタチが混じっていたみたいだな」

「そうみたい……あの仮面女め、今度会ったら服を弁償させてやる」

 

自分がやられたことを怒ってるんじゃないのかと考えたが、ここで言っても面倒なことになる気しかしないので黙っておくことにする。

 

リーナよ、もしもバレたら大人しく弁償したまえ。

 

ちなみに、見たところリーナも鎖骨を骨折していたようだったので、もしも正体がバレたらそれでお相子になるように口添えくらいはしてやろう。一方的に襲い掛かられた上に鎖骨を折られるとか哀れ過ぎる……

 

「ところで紅夜くん、どうしてここに?」

 

原作知識のおかげです。

と、答えられたら良かったのだが、流石にもう薄れつつある原作知識では戦闘があったことは覚えていても、何時何処で起こったことなのかまでは忘れてしまっている。ではなんと返すか、何通りかの答えは用意できていたがここは本当のことを教える。

 

「幹比古に連絡を貰ったんだよ」

「ふ~ん」

 

途端、エリカの視線が鋭くなり不機嫌なことがありありと表れている声と共に、幹比古へと向けられる。そして幹比古は「裏切り者」という視線を俺に向けてきた。

許せ、こちらの方か面白くなる予感がしたんだ。

ちなみに、連絡を貰ったのは俺と兄さんの二人だったが、俺がパラサイト捜索に外に出ていた為、兄さんに任せてもらった。

 

「それで危ういところに助っ人が間に合ったってわけね。ミキ、ファインプレーじゃない」

「あ、う……ぼ、僕の名前は幹比古だ」

 

苦し紛れに話を逸らそうとするがエリカによって黙殺される。

 

「ところで、いつ連絡したの? あたし、聞いた覚えが無いんだけど」

「…………」

 

二人の様子からも簡単に分かるように、どうやら幹比古が助けを呼んだのはエリカに無断で行ったようだ。エリカの冷たい眼差しを受けて、幹比古はマンガのように冷や汗をかいている。流石に幹比古が可哀想になってきた為に、横から口を挟む。

 

「二人とも、そこまでにして、そろそろ移動しないか?」

 

俺の言葉にエリカが瞬きをし、幹比古が助かったと感謝の視線を向けて来る。……今の状況に陥れたのも俺なんだけどな。

しかし、今はそんな悠長なことを言っている場合ではないだろう。

 

「人が集まってきてるぞ?」

 

俺の指摘に二人は慌てて端末を取り出し何かを確認している。安堵の様子が見えないということは俺の推測は間違っていないということだろう。

 

「二人とも師族会議には断りなしなんだろ?」

 

今回のパラサイト捜索に辺り、師族会議から協力するようにという通達が出ている。これは強制ではない為に、無視したからといってペナルティーが生じるわけではないが、独断で捜索していると知られれば面倒なことになるのは目に見えている。それが分かっているのだろう、エリカと幹比古は唸りながらこの状況をどう突破するかと頭を悩ませていた。

独断で動いたのはエリカと幹比古だとはいえ、俺が捕まっても面倒なことには変わりない。その為、次に取る俺の手段は決まっていた。

 

「エリカ、後ろに乗るか?」

「うん、お願い」

 

バイクにまたがり訊ねれば、エリカが後ろの席に座る。

 

「紅夜、僕は?」

「悪い、定員オーバーだ」

 

俺の言葉に、幹比古は再び「裏切り者」という視線を向けて来る。落として上げてまた落とす。我ながら幹比古には可哀想なことをしたと思う。今度何かを奢ることにしよう。

が、だからといってここで助けるつもりはない。俺に出来るのはエールを送ることだけである。

 

「じゃあ、頑張れ!」

 

そう言い残すと俺はバイクを発進させた。面倒ごとを回避する手段、それ即ち逃走である。

 

「ノーヘルは罰金だぞ!」

 

背後から聞こえる苦し紛れの声を受けながら、俺はバイクのスピードを上げた。

ついでに、現在の法律ではノーヘルの罰金は存在していなかったりする。幹比古の言葉は、本当に苦し紛れの負け惜しみだった。

 

 

 




 
どうでもいいですが、紅夜が忘れてる原作部分は大抵私が忘れてたところ。
転生して何年も原作見てないのに内容を覚えているオリ主はすごいと思いました(小並感)

そろそろ完結とか考えるこのころ。でも着地点とか見つかってないんですよねぇ……



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来訪者編Ⅶ

 
遅れないで投稿できたのが久しぶりな気がします。
一応、一週間に一回更新を目指しているんですけどね……。
不定期更新タグが付いてるので多めに見てください。




 

 

 

パラサイトたちとの戦闘が起きた翌日。

俺は放課後に一人でクロス・フィールド部の第二部室に向かっていた。このクロス・フィールド部というのは、魔法戦技によるサバイバルゲームのクラブなのだが、もちろん俺がこの部活に所属しているというわけではない。では何故クロス・フィールド部に行くかというと、今朝駅で待ち伏せしていた真由美に放課後に来るように言われたからだ。

クロス・フィールド部は十文字克人が所属していたクラブで、その第二部室が部活連の非公式な会合に使われていることは暗黙の了解として知られていた。そして、クラブ引退後の克人が第二部室を私室的に使っているというのも、知る人ぞ知る公然の秘密だ。

予想通り、第二部室の扉を開くと中では真由美と克人が待っていた。

 

「独りか?」

「ええ、呼ばれたのは俺ひとりですし」

 

克人の言葉には深雪というよりも兄さんがいないのかという疑問が込められていたのだろう。しかし、十中八九話の内容が昨日の事である以上、兄さんを連れて来る必要はなかった。それに、もしも兄さんを連れてきていたら深雪まで一緒に来るとごねていたと思う。

 

「紅夜くん、昨日の晩、外出しなかった?」

「ええ、出かけましたよ。バイクで」

 

真由美の質問の意図が読めている以上、わざわざ時間をかける必要はないだろうと考え、聞かれてもいない内に情報を追加しておく。

 

「……何処に行ったか教えてもらってもいいかしら?」

 

間が空いたのは俺が素直に答えるとは思っていなかったからか。例え予想外のことだとしても、こう簡単に動揺を表に出してしまうのは真由美が腹芸に向いていない証拠だろう。

俺としては探られても痛くなるような腹は無い、とはいかないものの、知られてもどうにかなる程度のことなので、一々黒い会話をする必要もそのつもりもない。

 

「件の吸血鬼との交戦中の幹比古――ああ、吉田に呼ばれて、吸血鬼と吸血鬼を追っていたであろう正体不明の魔法師とやり合いました」

 

正体不明などというのは完全に嘘なのだが、真由美と克人からも特に不審がられている様子はない。まあ、こうして嘘を吐くことには昔から慣れているので、腹芸に向かない二人では見抜くことはできないだろう。

 

「何時からだ?」

「昨日は呼ばれたから駆け付けただけですよ。俺は幹比古たちの捜索には加わっていません」

 

幹比古たちの捜索に加わってないだけで独自に探していますが、と口に出すことはなく内心だけで付け足しておく。

 

「二人とも1-Eの西城レオンハルトが襲われたことは知っていますね?」

 

誰に、とは言わずに疑問の形を取りながらも断定する。当然、二人から帰って来たのも肯定だった。

 

「一体何が起こっているのか、知りたいのは先輩たちだけではありません。犯人を見つけて、引き渡して、それで終わりというのは到底安心できるものではありません。単独犯なのか複数犯なのか、一体どうやって血を抜いているのか、これ以外にも様々な疑問が上がるというのに、何も分からずに幕引きなど到底許容できるものではありまん」

 

許容できないのは俺じゃないけど。

原作知識で俺はパラサイトの正体がほぼ分かっているのだから、これも完全に嘘。

 

「先輩たちがどの程度状況を把握していて、この事件をどう終わらせるかを教えてもらわないと、協力はできませんね」

 

これも嘘、もう既に知っていることだ。原作知識様様である。

ここで協力され行動を共にすることになっては寧ろ俺が困るのだが、一応最低限の協力的態度だけは見せておかなければならない。

 

「紅夜くんが協力を約束してくれたら、私たちの掴んでいる情報を教えるわ。ただし、わかっているとは思うけど他言無用よ」

「了解です。協力しましょう」

 

間髪入れずに即答した俺に真由美は胡乱気な視線を向けてくる。

 

「……それは私たちの捜査隊に加わってくれるということ?」

「まあ、そう取ってもらって大丈夫です」

「何故急に? 師族会議の通達を見なかったわけではあるまい」

 

克人が言っているのはパラサイトの捜査に当たって十師族から通達された協力要請のことだろう。本来一般の高校生が見れるようなものではないが、俺は一般的な高校生とはかけ離れているのでノーカウントとする。それに、マル秘指定されていない情報なら案外簡単に入手することができるのだ。

 

「百家でもない俺が出る必要はないでしょう? 直接依頼されれば別ですけど」

 

白々しさしか感じないセリフだが、建前としては完璧なもので文句のつけようがないはずだ。これがもしも腹芸に秀でている相手なら別だったかもしれないが、少なくとも目の前の二人はそういったことが苦手なタイプであり、内心でどうあれ形の上では頷くことしかできない。

 

「……でもいいの? さっきは協力する前に情報を開示することが条件だって言ってたと思うんだけど」

「そこにこだわってたら何時までたっても話が進まないでしょう。なに、騙されたら相応の対応をとるまでですよ」

 

正直すぎるように見せかけて脅しのような圧力をかけている俺の言葉に、真由美は乾いた笑いを漏らした。

 

「了解。じゃあ今の段階で分かっていること全部説明するわね。ただその前に、一言だけいいかしら?」

「何ですか」

「紅夜くん、性格悪すぎよ」

「知ってます」

「…………」

 

 

 

真由美たちから情報を引き出し、協力する際に単独行動することを取り付けることに成功した俺は、意気揚々と生徒会室に向かっていた。

放課後とは言っても外はまだ明るく、時計の針も十二時を半分ほど回った程度。それも当然といえば当然で、今日が土曜日であるからだ。授業が終わった俺は、そのまま真由美たちとの話し合いに向かったので昼食をとっていない。そこで生徒会室で深雪が昼食をもち、待ってくれているのだ。真由美たちとの話し合いはそう時間がかからないだろうと言った為、恐らく深雪と兄さんは俺が戻ってくるのを待っているだろう。

 

少し急ぎ足で階段を一段飛ばししながら登り、生徒会室の前に到着する。すると、まるで図っていたかのように生徒会室の扉が開き、中からリーナが出てきた。俺が脇に避けるのと、リーナが扉の陰に隠れたのはほとんど同時。俺としては偶然にドアを挟んで様子見する形になったわけだが、その状況が何だか漫画や小説にありそうな展開に思えて、自身の滑稽さに唇が吊り上がる。ちょっとした膠着状態から先に動いたのは俺だった。

普段なら譲るところを、レディファーストを無視してドアを通り抜ける。

 

「やあ、リーナ。調子はどうだい?」

 

すれ違い様に声をかけながら肩を軽くたたく。

 

「ハイ、コウヤ。上々よ。ありがとう」

 

いきなり身体を触るという、女性に対するボディタッチとしてセクハラと思われても仕方がない行動。しかしリーナはそれを気にした様子はなく、にこやかな顔で答え、お返しに俺の肩を二回叩いて出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

週末の夕食後。

自分の部屋に戻った俺は、設置されている中型スクリーンの画面を眺めながら、最後の調整をしていた。三分割されたスクリーンのメインセクションには、成層圏監視カメラが映し出した東京都心部のリアルタイム映像と、その上を移動する三種類の光点。サブセクションの上半分にはメインセクションに対応する道路地図とその上を動く光点。下半分にはテキストデータが三十秒間隔でスクロール表示されている。

この映像は全て独立魔装大隊のおかげによるものである。成層圏監視カメラは真田の協力、十師族の捜査隊と千葉の捜査隊のトレーサーシグナルは藤林が割り出してくれたからだ。妨害勢力――スターズだと思われる光点は、成層圏プラットフォームに搭載された傍受用無線機が補足したデータを、独立魔装大隊のスパコンで分析したものを流してもらっていた。

 

「しっかし、スターズの技術は凄いな」

 

作業に手を動かしながらも、スクリーンを見て呟く。

パラサイトの動きを直接確認することはできないが、パラサイトを探す三つの勢力の動きから大体の位置は絞り込める。そして、スターズだと推測される光点は、街路カメラ併設のセンサーも成層圏プラットフォームの観測機も使えないにも関わらず、いち早くパラサイトの動向に対応しているように見えた。

俺のおぼろげな記憶によれば特定のサイオンを感知する独自の技術を持っていたはずだが、その技術は日本にはないものだ。俺と兄さんが全ての技術を網羅しているとは思っていもいないが、悔しいという気持ちと、それを上回る知的好奇心が俺の中で疼いていた。

だが、今はそんなことをしている場合ではない。

 

「――――よし、行くか」

 

スクリーンを確認しながらも、端末のキーボードを叩いていた手を止める。そして先ほどまで調整していた黒に紅いラインの入るCADと、紅を基調にして黒の装飾が施された特化型のCADを両腰のホルスターに仕舞い込んだ。さらに何時も日常生活などに使っている端末の形状をした汎用型CADをポケットに突っ込み、最後に着慣れた黒いハーフコートを羽織る。

 

扉を開き一階に降りると、リビングでは兄さんと深雪が俺が見ていたのと同じ映像を大型スクリーンで見ていた。俺が降りてきたのに気が付いたようで、二人は立ち上がると玄関まで見送りに来てくれる。

 

「紅夜、本当に行ってしまうの?」

「ああ、さっきも言っただろ? 大人しく兄さんと待っていてくれ」

 

俺の手を握り、どこか不安げな様子で問うてくる深雪に、あくまでも軽く微笑みながら返す。

夕食の前にも同じやり取りをしたはずなのだが、それでも深雪は納得できていないらしい。弟として深雪に心配されるのは素直に嬉しいのだが、深雪をわざわざ危険な場所には向かわせたくない。

俺の記憶が確かであれば、原作だと兄さんが出かけた後に先生が来て深雪を連れてきたが、兄さんが一緒にいるのであれば、先生がいたとしても深雪を危険な場所に近づけたりはしないだろう。

 

「大丈夫だって。横浜の時ほど危険はないだろうしね」

 

茶化すように言って笑えば、深雪も笑顔で俺の手を放してくれた。

 

「じゃあ、行ってくる」

「ああ、気をつけろよ」

「いってらっしゃい」

 

二人の声を背中に受けながら、俺は戦場に向かうための一歩を踏み出した。

 

 

 

 




 
また短めですね。まあ、今回は溜め回のようなものなので、次回はもう少し文字は多くなると思います。
日常より戦闘回の方が文字数が多くなるのはどうにかしたいところ。でも戦闘の方かサクサク書けて楽なんですよね。

で、前書きで定期更新を目指したいと言っておきながらアレですが、次回の更新は遅れると思います。申し訳ないです。



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来訪者編Ⅷ

 
お待たせしました!
最近予想以上に忙しく、投稿が遅くなってしまいました。申し訳ないです。

ところで!
今日で私がこの作品を投稿してから一年が経ちました。これも皆様のおかげです。ありがとうございます!
せっかくの一周年なのに予約投稿の勝手が微妙に変わっていて手間取っている間に予定時間を過ぎてしまうという……

本当は一周年記念に連続投稿とかしたかったんですが、割と本気で忙しかったのでこれだけです。代わりといってはあれですが、文字数はそこそこいっているのでどうぞ。




 

 

 

辺りが暗闇に包まれる公園の陰で、紅夜はパラサイトとシリウスの戦闘を観察する。

こうして補足地点の予測が的中したのは分析力というのもあるが、何よりも紅夜は自身の勘と不快な気配によって交錯地点を割り出していた。

 

(しかし、また公園か)

 

そんなどうでもいいことを考えながら戦闘の様子を確認する。押しているのは確実に仮面の魔法師の方だった。パラサイトは逃げ出す機会を探っているようだ。

紅夜が周囲を視てみれば、シリウスの仲間であると思われる四人が包囲網を作っているが、その人数故に不完全なものとなっている。

 

(さて、先ずはどう出ますかね)

 

心の中でそんなことを呟くが、答えは既に決まっていた。

紅夜は自身の腰から右手で黒いCADを抜く。狙いはパラサイト――()()()()

引き金を引くと同時に仮想領域が展開される。イメージは空を切り裂く弓。紅夜の手元から放たれた仮想領域はパラサイトの肩を穿ち、その先に立つ赤髪の魔法師の足元に突き刺さった。

さらに、パラレルキャストで発動した自己加速術式で木陰から飛び出し、未だに晴れぬ闇の中を視力を頼りに走り、パラサイトに掌底を打ち込む。同時に打ち込んだギミックにより、パラサイトの体内に合成分子機械の発信機を送り込んだ。これでパラサイトを逃がした後は発信機の電波と周波数を真由美たちに渡せばいいだろう。

 

パラサイトを吹き飛ばしたところで闇が消えると同時に、仮面の奥から金色の瞳が紅夜を捉えた。そこにあるのは誤解の余地なき敵意。

シリウスがパラサイトとの戦闘に使っていたナイフを捨て腰に手を回すのと、紅夜がCADの引き金に再び力を籠めようとしたのは同時。このままであれば確実に紅夜の方が早く攻撃することができるだろう。しかし、紅夜は相手が腰から取り出したものを認識した瞬間に、指先に籠める力を抜いた。

シリウスが取り出したのは中型の自動拳銃。その拳銃を握った瞬間に、達也の分解に匹敵する速度で魔法式が展開されたのを紅夜の眼は捉えた。発動した魔法は情報強化、銃身を通過する弾丸の諸属性を強化するもの。紅夜はCADのセレクタを操作し、【レヴァティーン】から【クロスブレイズ】へと起動式を切り替える。

 

同時に引かれる引き金。

 

発射された弾丸は亜音速で紅夜へと迫るが、その手前で塵すら残さず消滅した。

仮面の奥から動揺が漏れる。危なかった、と紅夜は軽く冷や汗をかいた。

情報強化がかかった銃弾は普通のベクトル変換などでは防げなかっただろう。直感で仮想領域による炎の衣を纏ったが、もしもその判断をしていなければ今の攻撃は防げなった。

達也と違い、紅夜はいまの一撃だけでも十分な致命傷となりえる為に、慎重にならざるをえない。だからこそ、シリウスが動揺を見せ隙を晒した今が絶好のチャンスだった。

 

稲妻の如き速度で腰に手を落とした紅夜は、()()()()()C()A()D()()抜き放った。

読み込む起動式は封印を緩めてから使えるようになった特殊な魔法。

今まで補助なしに行使してきた魔法は、特化型CADを介すことによりゼロコンマ二秒以下で発動する。

紅夜の眼に映る「色」と「形」と「音」と「熱」と「位置」を記述した情報体。相手の本体ではなく、表面上の見かけのみを構成した偽装魔法に照準を合わせ、紅夜は魔法を行使した。

 

対抗魔法【術式焼却(グラム・コンバッション)

 

魔法式すら焼き尽くす深紅の炎が、偽りの仮面を打ち破る。

 

――次の瞬間、

――魔物が天使に生まれ変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の炎によりシリウスの魔法式を焼却され、見た目を偽造していたエイドスが散っていく。

禍々しさを感じさせる赤髪は神秘的な黄金に、闇で煌く黄金の瞳は澄んだ蒼穹の色に。身体つきすら変わっていき、先ほどまでよりも華奢で女性らしくなっていた。

事前に知識があったとはいえ、現実で見ると急激な変化に驚いてしまう。しかし、俺はその驚愕を内心だけに留め、身体は次の行動に移っていた。

リーナの銃から立て続けに五発の銃弾が放たれるが、全てが俺の身体に届く手前で纏う熱によって気化していく。さらに銃弾を撃とうとしているリーナに対しCADのトリガーを引き、仮想領域の弓で銃を打ち抜いた。普段なら【流星嵐(グリントライン)】を使うのだが、真夜とは違い太陽の光が届かない夜では十分な効果が発揮できない。しかし【レヴァティーン】でも銃を壊すのには十分だ。

 

「リーナ! お前と戦う気はない!」

 

武器を失い動きが止まった瞬間に、声をかける。とはいえ、リーナと戦う気がないというのは半分くらい嘘だ。

俺の目的はパラサイトの確保ではあるが、ここでスターズに捕らえられてしまっては、ピクシーの入手が不可能になる。だからこそ、俺は最初の攻撃でパラサイトではなくリーナの足止めを狙った。しかしだからといって、わざわざリーナと敵対するつもりなど毛頭ない。

それ故に、リーナに対して静止の言葉をかけたのだが、どうやらこれは逆効果だったらしい。リーナの瞳にキツイ光がやどり、手にはいつの間にかスローイングダガーが握られていた。ショートブーツが地を蹴り、普通の女子ではあり得ない速度で迫ってくる。しかしそれは常人の域を超えるものではなく、魔法を使用していないものである為に、次の行動に移す時間は十分足りる。

 

俺はハーフコートの内ポケットから長さ十五センチほどの針を取り出すと、躊躇なくリーナに向けて針を投擲した。右手の甲に向かって空気を切り裂きながら進んだ針は、そのままリーナの手を貫通した。しかしそこに抵抗はなく、針の速度は落ちないまま地面に突き刺さる。リーナの手は血を流すことはなく、そのまま腕を振った。肉眼での目測位置より一メートルズレた場所からダガーが俺に向かって飛んでくる。

 

「チィ!」

 

思わず舌打ちをしながらダガーを回避する。ダガーが横を通り過ぎるのを確認しながら、さらに針を二本取り出し、今度は脚と心臓に向かって投擲した。しかし、その針もなんの抵抗もなくリーナを透過する。

なるほど、確かにこれは面倒だ。パレードによって構成されたエイドスは表面上だけとはいえ本物と大差なく、肉眼で見抜くことは難しい。さらに、情報を知覚する眼でも本体の位置は探れず、中身のない情報だけが映される。

このパレードを破る方法は基本的に三つだ。

一つ目は、パレードの術式を破壊した後、新たに魔法を行使される前に隠れた本体を見つけ出すこと。

二つ目は、偽られた情報体を見抜き本体を発見すること。

そして三つ目は、リーナの居場所を特定することはせず、辺り一帯に範囲魔法を使うことだ。

 

俺はこれらの方法全てを取ることができる。だが、この方法の内、一つ目と三つ目の方法は、手段としては可能ではあっても実行するには難しいものだった。

先ず、一つ目の方法が難しいのは単純にその余裕がないからだ。俺の【術式焼却(グラム・コンバッション)】は兄さんの【術式解散(グラム・ディスパージョン)】に比べて発動速度が遅い。その差は0.05秒にも満たない僅かなものだが、リーナのパレードの展開速度は兄さんの術式解散の発動速度を上回っていた。

 

三つ目の方法が難しい理由は、俺の使う範囲魔法の殺傷性が高すぎる為である。深雪の魔法であればリーナを無力化することができるだろうが、俺の魔法では無力化の前に燃やし尽くしてしまう。他の範囲魔法も使えるが、それだとリーナ相手では防がれる。

 

残るは二つ目の方法、【叡智の眼(ソフィア・サイト)】で隠されたリーナの本体を見つける方法だ。が、実はこの方法も結構難しかったりする。理由としては、リーナのパレードを見破るのはとても難しく、情報体の方に大部分の意識を割かなければならない。そうなると、叡智の眼を使ってい情報を見ている間に物質の次元に割けるリソースが減り、大きな隙を晒す可能性があるからだ。

 

故に、今までの知覚は役に立たない。だからこそ、俺が視るのは情報の次元ではなく、そのさらに奥。この眼が視るべき本来の視界に限りなく近い場所。生命力とも呼べるソレは、白い光として幻影から三メートルほど離れた位置でリーナの身体をかたどっていた。

 

「フッ――!」

 

短く息を吐きながら、右手でCADに代わりに持っていた針を、リーナの本体に向けて投擲する。そして、同時にポケットに突っ込んだ左手で汎用型のCADを操作し、【定率加速】を発動させながら針を追いかけるようにリーナに突進した。

本体の位置が見破られるとは思ってもいなかったのか、定率加速により常識外の速さで突っ込む俺と針を認識した途端、目を見開きながら咄嗟に対物障壁を張る。それにより、針を弾くことには成功したが、それは悪手だ。

俺は左手でCADを握ると、照準を合わせることなく引き金を引いた。ドロウレスと呼ばれる技術によって、CADの照準を合わせる工程を省き、一瞬で発動された術式焼却がリーナの対物障壁を消し去った。

 

「いったい、どうやって……?」

 

無効化された対物障壁のサイオン残滓が輝く中、俺に押さえつけられたリーナが呆然とした様子で呟く。その言葉は主語の抜かれたものだったが、なにを言いたいのかを理解することは簡単だった。

 

「最初から俺にパレードは通じてない。前回見逃したのは幹比古たちを考慮してたからだな」

 

仰向けのリーナを組み伏せて言い負かすという状況に、若干優越感を覚えながら挑発のようなことを言う。俺の言葉はリーナの問いかけに答えるものではなかったが、話を逸らすには十分なものだった。

 

「それはワタシを何時でも捕まえられたって言いたいの?」

「いやいや、まさか。リーナを捕まえるのは苦労する。だから、前回ブラフを仕掛けて万全な準備の下で挑んだんだ」

「そんなにワタシを捕まえたかったの? 愛を囁くならもう少しロマンチックに迫って欲しいんだけど」

「それも悪くないが、生憎相手に武器を向けられている状況で愛を語れるほどロマンチストではないんだ」

 

細く笑い、片手でリーナの両手を重ねるようにして抑えると、厚手の手袋に包まれた左手を無理やり動かないように押し開く。

 

「……痛いわ、コウヤ」

「残念ながら、そのデバイスのカラクリは知ってる。さっきも言っただろ。武器を向けられてちゃ愛を語れないってな」

 

意図的に挑発的な笑顔を浮かべながら、前世では考えもしなかった気障なセリフを口にする。ただしイケメンに限るというやつだ。

そんな自画自賛にもなりそうな下らないことを考えながら、リーナのマスクに手をかける。リーナは目を閉じ顔を背けた。そのまま仮面を取ろうとした瞬間、リーナが叫ぶ。

 

「アクティベイト【ダンシング・ブレイズ】!」

 

その声に反応したかのように、五本の投擲済みダガーが俺に襲い掛かってきた。これは恐らく音声認識の武装デバイスにより、遅延術式を発動したのだろう。高速で殺到するダガーは、二本がマスクに手をかけた右手、そして右肩、左腕、脚にそれぞれ一本ずつが定められていた。やはりリーナはシリウスには向いていないなと、思わず苦笑する。しかし、いくら急所が外されているとはいえ、ダガーを受けたいとは思わない。

 

「セット【神精領域(スピリチュアルグリッド)】」

「なっ!?」

 

俺が呟いた途端、今にでも突き刺さろうとしていたダガーが飛翔力を失って地に落ちた。途端にリーナが目を見開く。

 

「これは……全方位無差別防御魔法?」

「惜しいな。これは全周防御魔法ではあるが、無差別ではない」

「でも、遅延術式でそんなことできるはずが……」

「全方位防御魔法でネックになるのは、座標設定と方向性の指定ができないことだ。だったらそれを解決すればいい」

 

そういって四方に刺さった針に視線を向ける。そうすればリーナも何となく仕組みを理解したようだった。

本来であれば自分の手の内を見せるなんてことは絶対にしないのだが、これは実用性は案外低いし半分お遊びで作った玩具なので、種明かしするのは問題ないだろう。自分の作った道具を自慢するのは嫌いではない。

 

「あの四本の針は結界針と言って、その名の通り結界を張るものだ。予め四本の針をマーカーとして結界を発動するように設定しておけば、問題が解決できる上に発動速度も格段に上がる。全方位無差別防御魔法は高難易度の魔法だが、この方法を使えばかなり簡単に発動できるというわけだ」

 

例えリーナがこの魔法についてUSNA教えても、実際に再現するのはかなり難しいはずだ。俺の張った術式はそれだけ高度なものだと自負しているし、そもそも開発の手間と実用性が釣り合っていない。この術式は趣味で作ったのをいいことに、俺の欲しい効果をふんだんに盛り込んである為に、効果は信頼できるが実用性を兼ね備えていないのだ。

具体的に話すとすれば、結界のベースに九校戦で弄った幹比古の古式魔法をアレンジして使用し、発動速度を代償に高い効果を得ている。それに加え、結界針にはマーカーの役目以外にも、刻印術式によって魔法の補助をする効果が与えられている。細い針に刻印を彫るのにFLTの開発第三課の人たちが苦労していたようだが、俺の趣味と理解していながら請け負った牛山の自業自得でもあるだろう。

話がズレたが、つまりはデバイスによって効率化した以上に非効率的な術式を使用している為、発動に必要な魔法力が洒落にならないレベルになっているということだ。生産性の欠片もないし、こうして実戦に投入できているのは、俺の桁外れな魔法力を使った力技に過ぎない。

 

「なるほどね。コウヤは最初からこれが狙いだったというわけ?」

「ああ、その通りだ。ちなみに、この結界には視覚阻害や音への妨害効果もあるから、周囲に助けを呼んでも無駄だぞ」

 

暗に、周囲に待機している四人には気付いているという意味を込めてしたり顔で言ってやれば、リーナは悔しそうな表情で俺を睨み付けてきた。しかし、リーナにできるのはそれだけ。すでに奥の手も潰したし、これ以上何かしてくることはないだろう。

 

これで俺は今回の目的をほぼ達成した。

第一目標はリーナに意図を気づかれないようにパラサイトを逃がすこと。既にパラサイトは俺たちが戦闘をしている間に逃走している。

第二の目標がリーナとの戦闘で勝利すること。これも今まさに達成した。これにより、USNAの監視対象は兄さんから完全に俺に移行するはずだ。

そして、これから最後の目標を達成することにする。

 

「リーナ、取引をしないか?」

「取引ですって?」

「そうだ。取引の内容は、俺の質問に正直に答えること。代わりに俺は、リーナの正体をばらさないことを約束する」

「何よそれ、ワタシのメリットが釣り合ってないじゃない」

「そうか? 俺はこの状態から強引に聞き出しても構わないけど」

 

そういって立場を明確にするように上からリーナの首筋に手を触れさせる。リーナは屈辱的だといった風に表情を歪ませた。しかし自分の立場は理解しているのだろう。長い葛藤の末に答えを出した。

 

「……いいわ。条件を呑んであげる。ただし、答えるのは『イエス』か『ノー』よ。それで答えられない質問には答えないわ」

「……なるほど、いいだろう。取引成立だ」

 

強気に笑うリーナに、俺もまた不敵に笑って返した。

 

 

 

 

 




 
相変わらずのガバガバ魔法理論。
結界針とか適当に思いついたから入れただけなんでご勘弁。

さて、今回で少し紅夜の手札が明かされました。真夜の「夜」などを無効にしていたのはグラム・コンバッションによるものです。
達也の再成と分解に利き手があるように、紅夜の魔法にも利き手があります。今まで使ってきた振動加速系統の魔法は右手。グラム・コンバッションは左手が利き手になっています。このちょっとした伏線に気付けた方はいたでしょうか?
気付けた方がいたら本当に尊敬します(笑)

さて、最後にこの作品が一周年を迎えたということで、もう一度皆様に感謝をば。
行き当たりばったりの適当な作品ですが、ここまでこれたのも皆様のおかげです。本当にありがとうございます!
相変わらず不定期更新になると思いますが、こんな作品でもよければこれからもよろしくお願いします!!




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来訪者編Ⅸ

 
大変お待たせしました!
エタってないからセーフ。え、アウト?

とにかく、久しぶりの投稿になりました。
更新が止まっているにも関わらず、お気に入り件数がじわじわと増えていて感謝感激です。

実は一カ月前には4000文字を書き終えていたんですが、モチベーションが上がらず放置してました。ごめんなさい。
20巻でモチベーションが上がったので投稿。と言っても、書いたのは500文字程度なんですけどね。
文章力が落ちてないことを祈ります。……久しぶりの投稿は結構緊張しますね。
 


 

 

 

リーナとの戦闘があってから二日後。俺たちは何時ものメンバーで食堂に集まり昼食をとっていた。あの戦闘が終わり、真由美たちにパラサイトに仕掛けた発信機の電波と周波数を教えた後は、特に何事もなく、無事に過ごせている。二日しか経っていないともいえるが、俺の中では既に大きな事件は立て続けに起きるものとなっているので、たった二日間の平和でもなんだか素晴らしいものに感じていた。

まあ、事件がなかったというだけで、実は普段通りだったわけではない。昨日の夜、アメリカに留学中の雫から連絡があったのだ。その内容はアメリカで行われたマイクロブラックホールの生成実験のこと。その内容はとても重要なものであったが、俺は既に知っていた為にそこまで驚くようなことはなかった。どちらかといえば、俺が驚いたのは電話をしていきた雫の恰好だ。どうやら雫は酔っぱらっていたようで、ネグリジェ姿で電話してきたのだ。流石にあれは衝撃的だった。まあ、それでも起こったことといえばその程度だ。平和でなことで何よりである。

――なんてことを考えていたのがフラグになったのか。

 

「!?」

「……ッ」

「痛ッ……!」

 

俺が視界が真っ赤に染まったような感覚に陥ると同時に、深雪が気持ち悪そうに身をよじり、美月が顔を顰めて両目を閉じた。流石に三人が同時にそんな反応をすれば、全員何かが起こったということに気がつく。

 

「なに……これ……こんなオーラ、見たことない……」

「柴田さん、眼鏡をかけて」

 

美月から漏れ出た言葉に何が起きたかを理解した幹比古が咄嗟に呪符を取り出し、霊的波動をカットする結界を張り、重ねてオーラカットの役割を持つ眼鏡をかけるように言う。それで幾分か楽になったのか、美月の表情がかなり和らぐ。

 

「二人とも、何を感じた?」

「……酷く不快な霊子波が、肌をかすめたように感じました」

「パラサイトの気配だ。間違いない」

 

俺は深雪ほどプシオンに対する感受性は高くないが、一度覚えた不快な気配を捉えられないほどに低いわけでもない。

兄さんの問いに答える深雪に補足するように情報を追加すると、皆の表情が強張り緊張が満ちた。その時、狙っていたかのようなタイミングで俺の端末から着信音が鳴る。

ナイスタイミング!と内心で喝采を上げながら、七草真由美と表示される画面をタッチして通話をオンにした。

 

『紅夜くん、大変よ!』

「七草先輩、詳しい位置はわかりますか?」

 

ユニットからなんの前置きもなく飛び出してきた言葉に、俺も前置きを省いて要点だけ伝える。俺が打ち込んだ発信機の稼働限界はまだ残っている。校内に突入したパラサイトが原作通りの相手であれば、現在位置が特定できるはずだ。

 

『吸血鬼が校内に──って知ってるなら話が早いわ。例のシグナルは通用門から実験棟の資材搬入口へ向けて移動中よ。今日はマクシミリアンの社員が新型測定装置のデモに来る予定です』

「了解しました」

 

おぼろげな原作知識からパラサイトが社員に潜んでいた理由を掘り返しながら、真由美との通信を切る。そして、一息の間を入れてから皆の方向に振り返った。

 

「今の、聞いてたよな?」

「昼間から学校に乗り込んでくるなんて、いい度胸じゃない!」

「エリカ。気持ちは分かるが、落ち着け」

 

返答の代わりに、エリカが椅子が倒れることも気にせず勢いよく立ち上がる。その勢いは今にも飛び出しそうなほどのものだったが、兄さんの慌てた様子もない何時も通りの声に冷静さを取り戻す。

 

「お前たちは武器を持っていないだろう。俺たちが先に様子を見てくるから、武器を取ってこい」

「……そうね。美月、教室で待ってて」

「ほのかも美月と一緒に待っていてくれないか?」

「いえ、私もいきます!」

 

エリカが美月に待っているように言ったのに続き、ほのかに待っているよう頼む。しかし、ほのかは大きく意気込んで頼みを拒否した。

だが、パラサイトが相手ではほのかは戦力外だ。人間が相手ならば、ほのかの光を操る魔法は強力だが、実体を持たず視覚という感覚器官がないであろうパラサイトでは足手まといにしかならない。

おぼろげだが、確か原作でもそれが理由でエリカがパラサイトに狙われていたはずだ。本当ならばエリカにも待っているように言いたいところだが、それを聞くようには思えない。

とにかく、ほのかを連れていくという選択肢はなしだ。俺では、ほのかを説得できるような気がしないし、兄さんにアイコンタクトでほのかを説得するように頼む。

 

「ほのか、できれば巻き込みたくないんだ。それに、もしもの為に美月を守っていて欲しい」

「……わかりました」

「頼んだ」

 

返事を聞いた兄さんが立ち上がり、後に続くように全員が席を立つと、それぞれが目的地に向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅夜たちとは別のAクラスの生徒たちと昼食をとっているリーナは、この後どうするかを迷っていた。その理由は、最近顔を合わせていなかったスターズの一員、ミカエラ・ホンゴウが潜入しているマクシミリアン・デバイスの仕事で一校に来ることになっていたからである。

同室でありながら、同じくスターズの一員でもあるシルヴィアに会いに行ってはどうかと進められたが、スターズの総長でありながら高校生をやっている自分を見られるのに何だか気が進まず、こうして迷っているというわけなのだ。

 

(……ミアに会いに行った方がいいかしら)

 

特に用事があるわけでもないが、ここ数日間仕事で顔を合わせていない為に、いい機会ではあったのだ。ミカエラの仕事も昼からだったので、時間もタイミングも丁度いい。

頭の中ではそんなことを考えながらも、表面上には出さずクラスメイトたちとの会話に答えて、最後の一皿を空にした時だ。突然、異様な波動が膨れ上がり、リーナに不快感をもたらした。

 

(これは!?)

 

幾度も感じた間違えようのないパラサイトの気配。思わず立ち上がりそうになるのを抑え、思考を巡らせる。

他の生徒たちが気付いていないのは、波動がプシオンによるものだったからだろう。しかし、何度も戦ったからこそ、リーナには相手が覆面のパラサイトということ、そして大雑把な方向も理解できた。通用門、業者が出入りする門の方だ。

 

(そうだ、ミア!)

 

場所を意識すると、連鎖的に先ほど考えていたことも思い出す。

パラサイトのいる場所が業者の専門口であるなら、ミカエラがいるはずだ。

 

「すみません、少し用事を思い出したので、失礼しますね」

 

クラスメイトたちに丁寧に断りを入れて、リーナは立ち上がった。

 

 

 

人目につかないところまで来たリーナは、駆け出しながら何故パラサイトが一校に来たのかを考える。しかし、いくら頭を捻っても一校とパラサイトの関連性を見つけられない。関係しているというだけなら、この学校にはパラサイトを狙う者が複数存在しているが、パラサイトがそれを理解しているなら、逆に近づこうとは思わないだろう。

 

『……なあ、リーナ』

 

そこまで考えて、先日の紅夜との会話が思い浮かぶ。それを振り払うように頭を振るが、一度思い出した記憶は頭の片隅で主張し続ける。

 

『パラサイトに憑かれたのはUSNA軍の兵士なんだよな?』

 

何時も浮かべている笑みを消して、珍しく他人の前で真面目に思案する紅夜は、リーナの記憶に焼き付いている。

 

『これはあくまでもほとんど根拠のない推測でしかないんだが────』

 

それはないだろうと思いたかった。

以前から考えてはいたが、それが身近な相手だと信じたくなかった。

しかし、今の状況が可能性があることを教えている。

 

『スターズ内部にパラサイトがいる可能性はないか?』

 

ミカエラの乗るトレーラーを視界に捉え、リーナは思わず尻込みしてしまった。そんな自分に気が付き、ミカエラを信じていないみたじゃないかと、自身を奮い立たせて歩き出す。

しかし、どうしても紅夜の言葉が引っ掛かり────

 

 

トレーラーから降りてきたミカエラを見て、リーナは飛び退った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ミア、貴女が白覆面だったんですか!?」

 

トレーラーを視界に入れた時、耳に入ってきたのはリーナのそんな声だった。

足を止めた俺が兄さんと深雪に視線を向けると、二人も俺の意図を理解してくれたようで、一度頷いた後トレーラーを回り込むように走って行った。

その姿を見送りながら、つなぎっぱなしだった音声通話をサスペンドから復帰させる。

 

「七草先輩、実験棟資材搬入口付近の監視装置のレコーダーをオフにしてくれませんか」

『何故、と聞いても答えてくれないわね』

「お願いします」

『ハァ……はい、切ったわよ』

「ありがとうございます」

 

真由美との通話を終えたところで丁度後ろから足音が聞こえ、CADを取りに行っていたエリカたちが走ってくる。その中にはどういうわけか克人も混じっていた。

克人はリーナがCADを取り出し、ミアと呼ばれた女性を睨みつけているのを確認すると、こちらに視線を向けてくる。

 

「紅夜、今どんな状況になっている」

「見ての通り、リーナの知り合いらしき相手がパラサイトで、リーナは今気が付いたところのようです。兄さんと深雪には他の従業員たちの確保を頼んでます」

 

克人の質問は状況を全員で共有する為のもの。だから俺も克人の質問に答えながら、エリカや幹比古にも状況を教えた。

 

「視覚と聴覚を遮る魔法を使う。機械は誤魔化せないけど……」

「既にここ周辺の監視装置は切ってあるから大丈夫だ」

「分かった」

「では吉田が結界を張った後の行動を決めよう」

 

克人は全員が首を縦に振ったのを確認すると、俺に視線を向けてくる。今一番状況を把握しているのは俺なので、そこらへんの話は任せるということだろう。

 

「やるべきことは3つ。一つは、マクシミリアンの従業員たちの安全確保と無力化だ。これについては、既に兄さんたちに任せてある」

 

状況確認と同時に役割分担を決める為に、全員の顔を見回しながら話しを続ける。

 

「二つ目は、リーナの安全確保と情報共有。これについては最低限、情報共有だけでいい」

 

こうして話している間も、リーナとパラサイトの間の緊迫感は高まっている。パラサイトはどうにかとぼけて切り抜けようとしているが、戦闘になるのは時間の問題だ。

 

「どうやら相手はリーナの知り合いのようだし、念のためにリーナの見張りも必要だろう。これについては先輩にお願いします」

 

俺は原作知識やリーナの性格からも、そのような事態になるとは思っていないが、それで全員が納得するかは別の話だ。だから、克人に監視を頼むことにした。安全の確保と隔離を同時に行うのは十文字家の魔法が最適だ。向こうもそれを理解しているので、特にもめるようなこともなく請け負ってもらえた。

 

「三つめ、パラサイトの確保。これは言うまでもなく最優先事項だ。パラサイトの捕獲について、それぞれ思うところはあるだろうけど、それは確保してから話し合うべきだ」

 

できるだけ早口で言い切り、全員が納得していることを確認する。

 

「よし、準備はいいな?」

 

そう言いながら幹比古に視線を向けると、幹比古の手から六枚の呪符が空に向けて放たれた。すると、呪符はまるで羽でも生えているかのように空中を飛んで行き、トレーラーを取り囲むように正六角形を形成する。

 

「行きます」

 

言葉と共に両手が印を結び、古式魔法の結界が発動した。

 

 

 




 
久しぶりに書いたので、途中からどんな展開を書こうとしていたのか忘れるという…
頑張って違和感のないようにしましたが、矛盾がありそうで怖いです。

今日20巻を買いましたが、最初は番外編のつもりで書いたとのことからか、個人的には読みやすい話でした。
大きな伏線もあまりなく、私としては矛盾が無さそうで安心しています。

おかげでモチベーションが上がりましたが、次の投稿はいつになることやら…(他人事)
まあ、エタらないようマイペースに続けていくつもりですので、そんな適当な感じでも良ければ、これからもよろしくです。



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来訪者編Ⅹ

 
毎回言ってる気がしてきた”お待たせしました”。そろそろ主人公の名前を忘れそう()
ポケモンをクリアした勢いで投稿です。

ポケモンの新作は、ヒロインが今までで一番ヒロインしてた気がします。
私はポケモンのパッケージや御三家は気に入ったデザインで選びますが、皆さんはどうですか?
ちなみに私はムーンを買って、最初のポケモンはモクローを選びました。理由は月、狩人のワードに惹かれたから(中二感)
ただ、モクローを選んだのは若干後悔してます。序盤キツイし、終盤もルナアーラとタイプが被ってせっかくの伝説に出番がありませんでした。

まあカッコイイから別に良いんですけどね!




 

 

 

認識阻害の領域魔法が周囲を覆った瞬間に、紅夜の人差し指が引き金を引いた。

それとほぼ同時に発動した魔法は、加速系統によって周囲を暗黒に包み、収束系統が一点に穴が空いた闇に光を注ぎ込む。一センチにも満たない細い線となった光は、反応できないままにパラサイトの足を穿った。

 

「グッ!?」

「なにが──ッ!?」

 

パラサイトの呻き声とリーナの声が響くと同時に、二人を包んでいた夜が明ける。

その途端、リーナとパラサイトの間に割り込むように現れたのはエリカ。パラサイトが咄嗟に放った電撃は、普通の魔法師ではあり得ない速度で発動し、エリカへと直進する。しかし、直撃するかと思われたエリカの眼前で、電撃は壁に当たったように弾かれた。

驚愕から僅かな間硬直するパラサイト。エリカはそれを見逃すほど甘くはなかった。

自己加速魔法によってパラサイトとの距離が刹那で縮まる。そして、速度と威力を重視した突きが、パラサイトの胸を貫いた。

 

誰がどう見ても致命的な一撃。

だが、エリカは喜ぶことはなく、表情を引き締める。剣士としての経験と直感から、スカートをはいてることにも頓着せずにパラサイトの腹をけり、大きく距離をとった。

次の瞬間、エリカが先ほどまでいた場所を、鉤爪のように形取られた手が切り裂く。その指先には何らかの力場が纏われており、攻撃を受けて無事で済むとは思えなかった。胸と足に空いた穴は、瞬く間に塞がってしまう。

 

「治癒魔法!? あの傷を一瞬で!?」

「どうやら本当の化け物みたいね」

 

克人の隣で、ある程度の情報共有を済ませたリーナが愕然とした声を上げ、エリカが吐き捨てるように言う。

 

「ならこれは再生できるか?」

 

その声はパラサイトの後ろから聞こえてきた。反射的に振り向くパラサイトの視界に映ったのは、CADを剣のように振りかぶる紅夜の姿。【流星嵐(グリントライン)】を発動すると同時に、パラレルキャストで自己加速術式を発動してパラサイトの背後に回り込んていたのだ。

直感のままに後退しようとするパラサイト。だが、自己加速術式を発動している紅夜の前では、ただ隙をさらすだけの行動となってしまう。

 

「──ッ!」

 

振り降ろされたCADは、その先に見えない刀身があるかのようにパラサイトの腕を切断した。肉が焦げる不快な臭いが漂い、パラサイトが体勢を崩す。そこを追撃するように、エリカの刀がパラサイトの背中を切り裂き、紅夜の返したCADがもう片方の腕を焼き落とした。

そして、エリカと紅夜は示し合わせたように、パラサイトから距離をとる。同時に雪崩れ込む冷気。抵抗する間もなく、パラサイトは凍り付いた。

 

 

 

 

 

 

「深雪、助かった」

 

俺はトレーラーの影から出てきた深雪に礼を言いつつ、落としたパラサイトの腕を両方回収する。深雪の後ろについてきた兄さんに片方の腕を放り投げ、()()()()()()()ジェスチャーで伝えてからリーナへと視線を向ける。

 

「リーナ、悪いが彼女はこちらが貰うぞ」

「……まあ、仕方がないわ」

 

おどけるように肩を竦めるが、それが虚勢に近いものなのは簡単に理解できた。

兄さんが投げ返してきた腕をキャッチし、一応俺も軽く眼を通してから特に情報になるものがないと判断する。逆に言えば、パラサイトは取りついた相手の肉体ではなく、精神に影響を及ぼすということが読み取れた。

念には念を込めて、パラサイトの腕を上に投げ、そのまま焼却しておく。必要ないかもしれないが、あの再生力を見たあとだと安心できなかった。

こうして会話している間にも、パラサイトを視野から外すことはない。既におぼろげな原作知識だが、パラサイトがこのまま終わるとは思えなかった。

 

だからこそ真っ先に反応できた。

 

「危ない!」

 

幹比古の声が響くと同時に、俺は左手をホルスターに回し、ドロウレスで引き金を引く。それだけで、空中放電は炎に呑み込まれた。

電撃を放った術者は未だ凍り付いたまま。だというのに、魔法を行使できるのは、現代魔法の理論からはあり得ないことだ。それがいとも簡単に覆される。

電撃に包まれる氷像。

 

「自爆!?」

 

リーナが悲鳴を上げ、全員が防御姿勢をとる。炎上した氷像は、全てが一瞬で灰燼と化した。

灰として舞い散る身体の残骸。リーナの言う通り、これでは完全に自爆したとしか言えないだろう。だが、視界が赤く染まるような感覚に囚われていることで、それは有り得ないと確信する。

どこからか再び放たれる電撃。その発動速度は、CADを使用しているわけでもないのに、ループキャストを使用するのとほぼ同等で展開されていた。

克人の張った障壁が電撃をかき消し、俺と兄さんの対抗魔法がいくつもの術式を消し飛ばす。しかし、それを上回るような速度で、電撃が放たれ続けていた。途中からリーナと深雪も電撃への対応に加わりある程度余裕が生まれたが、それでもパラサイトの攻撃が止む様子はない。

 

「……何故逃げない?」

「意図的か本能的かは分からないが、どうやら俺たちを足止めしたいらしい」

 

俺が思わず呟くと、兄さんも同じことを考えていたらしく、返答が来る。

 

「逃げる気になれば、いつでも逃げられるということか」

「少なくとも俺には拘束手段がありません」

「俺もだ。そもそも何処にいるかが分からん」

 

克人と兄さんの会話を聞きながら、ループキャストで【術式焼却(グラム・コンバッション)】を発動し続ける。俺の魔法力はまだ余裕があるが、このままではジリ貧だ。何れ体力の限界が来ることは目に見えている。

だからといって、現状ではパラサイトに直接攻撃する手段があるわけではない。俺の眼は兄さんとは少し違った視点を持っているが、今は視えている部分は同じだ。パラサイトを作っているプシオンを視ることができるが、それは情報次元に限ったもので、現実とのつながりが曖昧な為に、現実におけるパラサイトの座標が分からない。

まるで、干渉できない上位の次元から、一方的に攻撃を受けているようだ。もちろんそれは錯覚で、魔法という情報次元への干渉手段を持っているのだから、こちらからも攻撃ができるのは分かっている。しかし、相手の場所を認識できていない以上、手段がないのは事実だった。

 

簡単に言えば、向こう側から一方的に見える壁を隔てた状態で、両方が壁を透過する攻撃手段を持っている。どちらが有利かと言えば、俺たちの姿が見えている向こうに決まっているのだ。

 

「リーナ、何か知らないか?」

 

正直、あまり期待はしていないが一応聞いておく。俺も原作知識という情報があるが、パラサイトについてはリーナの方が知っていることは多いだろう。前世の俺は横浜騒乱までは3、4回ほど読み直していたが、そこから先は一度読んだきりなのだ。転生した時点で現在辺りの記憶は曖昧だったので、原作知識は全く役に立たないと見ていい。残りで覚えていることは、ピクシーの存在くらいだ。

 

「ヴァンパイアの正体は、パラサイトと呼ばれる非物質体よ」

「ロンドン会議の定義だろ。それは知ってる」

 

一瞬、ヴァンパイアと言われて何のことか分からなかった。俺の中では、既にヴァンパイアの名称はパラサイトで固定されている。しかし、リーナは知られているとは思っていなかったのか、たっぷり十秒絶句した。

 

「…何なの、アナタたちって。まさか、日本の高校生が皆こんなんだっていうんじゃないでしょうね」

「流石にそれは無い。俺たちは色々と例外だ」

 

特に俺はな、と意味もなく内心で付け足す。

リーナは全然納得できないようだが、今はそんな場合ではないことを理解してか、中断していた説明を再開した。

 

「パラサイトは人間に取りついて、人間を変質させる。取りつく相手に適合性がらしいんだけど、宿主を求めるのは自己防衛本能に等しいパラサイトの行動原理らしいわ」

「方法は?」

「知らないわ。ワタシが教えてほしいくらいよ」

「…………」

「何よその目は! 文句あるの!?」

「いや、何でもない」

 

逆切れ気味に開き直られて、その迫力に押されながら呆れ混じりに答える。まあ、人に取りつくことがパラサイトの行動原理だと分かっただけで、十分な情報だ。

こうして攻撃してきている以上、何かしらの条件があるはずだが、それを特定することもできない。今俺たちができるのは、とにかくパラサイトの攻撃を防ぐことだけだ。

パラサイトにもエネルギー限界というのがあるだろうが、それを待っていては俺たちの消耗とどっちが早いかの耐久勝負になってしまう。相手の限界が理解できてない現状で、それはまずい。

 

「幹比古! パラサイトに対抗できる魔法はあるか?」

 

攻撃をしのぎながら、幹比古に問いかける。古式魔法は昔から妖魔を相手にしてきた者たちだ。だったら、パラサイトの対抗魔法を持っている可能性も十分ある。

 

「せめて何処にいるかが分かれば、手の出しようはあるけど……」

 

エリカを狙うパラサイトから守るように結界を張っている幹比古の返答は、俺の期待に十分応えるものだった。

 

 

「──やるか」

 

 

覚悟を決めるつもりで呟く。

その声が聞こえたのか、兄さんと深雪が驚いたように眼を見開き、視線を向けてきた。二人とも、俺の魔法がこの状況を打破する可能性を持つことを知っている。それでも使うように言ってこなかったのは、兄さんと深雪の優しさなのだろう。だから、自分を鼓舞する意味も込めて、強く頷いて見せる。

元々そのつもりでここに来たのだ。それでも、ここまで躊躇ってしまう自分に、思わず苦笑が零れた。

 

一つ息を吐く。

意識を切り替える。

瞼を閉じた。

 

己の内に意識を向ける。だが完全に意識を潜らせることなく、半分無意識下で魔法の行使を続けていた。

今、俺の魔法を縛る枷は、3分の1が解き放たれている。それをさらに緩めた。前回開放された力で、既に俺の魔法は情報次元への影響を取り戻している。故に、己を縛る鎖は、外から容易に焼き切れた。体感で約2/3。ついに半分以上の力を開放した俺の魔法は、新たな領域に踏み込んだ。

 

眼を啓く。

 

眼に入った光景に、腹の底から嫌悪感がわき上がった。それを無理矢理抑え込みながら周囲に眼を向ける。

形を失った虹色の世界。全ての色が溶け合ったような不気味な色の中、輝くようにプシオンで形成された人型が複数存在していた。そして、その頭上でひときわ大きく輝く無数の触手のようなもの。

 

「エリカの頭上2.3メートル、右寄り1メートル、後ろ寄り50センチだ。やれるな、幹比古!」

 

その触手の起点となる部分に向けて、俺は人差し指を突き付けた。

この眼こそ、俺が四葉の最高傑作である証。情報体(サイオン)精神体(プシオン)を読み取ることができる、叡智の結晶。

 

故に【叡智の眼(ソフィア・サイト)

 

この眼からすれば、パラサイトの本体を見つけ出すことなど、実に容易いことだ。

俺が指さした場所向けて幹比古の放った「炎」の精霊が突っ込む。燃焼という概念を持ちながら、現象と切り離された独立情報体がパラサイトにダメージを与えたのが視えた。

しかし、それでもパラサイトは諦めない。俺が位置情報を特定したからだろう。突然、物理世界とのつながりが強くなったパラサイトは、慌てたように俺を狙ってきた。

 

「チィ!」

 

視えていても確実な対抗手段を持っているわけではなく、電撃に紛れて近づく触手のようなものを、術式焼却で電撃を焼き払いながら回避する。だが、パラサイトは執拗に俺を追ってきた。そのしつこさに、思わず舌打ちをする。

 

──仕方がない、か

 

内心で呟き、俺はサイオンの塊を右手に作った。原作通りに事が進んだ方が嬉しい俺としては、ここでパラサイトをしとめる訳にもいかない。それに、ここにいるメンバーに、これ以上俺の魔法を見せるのは避けたかった。

しかし、ここまで俺に苦労を掛けさせたのだ。ただで返す気も毛頭ない。だから、開放された力の漏れ出した分をサイオンに込めた。幹比古の魔法と似たような、炎の概念に限りなく近い力が込められたサイオン弾。

視線で狙いを定め、パラサイトに向かって撃ちだした。

 

 




 
いまいち内容に納得がいっていない……

今回出てきた独自設定的なナニカとして、サイオンとプシオンの色があります。正確には独自設定というか、あくまで紅夜の認識の仕方の問題ですが。
サイオンの色は原作者がサイオンは角度によって見え方が違うイメージと言っていたらしいので、それを反映して常に移り変わる虹色に。プシオンは私のイメージで白い光としました。


ポケモンがひと段落ついたらfate/extellaやFF15もやらなければ(使命感)
……次の投稿は来年になる可能性が(ボソ



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来訪者編Ⅺ


ま、間に合った……
ギリギリで書いたので、普段より雑です。短いです。すみません。
気付けば来訪者編を書き始めて、そろそろ一年という……
せめて今年中には終わらせられるよう頑張ります。

それでは皆様良いお年を




 

 

 

身体の一部にサイオンを収束、そして圧縮。

普段【術式解体(グラム・デモリッション)】を使う時のイメージ。いつもとは違うのがここからだ。本来であれば、そのまま術式に向かって放出するのだが、今求めているのは情報次元への干渉。必要なのは情報次元での認識。

眼を啓き、認識する。七色に煌めく不定の世界の中、狙い定めるのは孤立情報体( 式神 )。仮初とはいえ、孤立情報体はプシオンを核にしているが故に、変動する視界の中でも見逃すことはなくしっかりと視えていた。目視した標的に向かって、情報次元での座標を設定。そして、通常の放出のイメージではなく、指定した座標でサイオンを解放する。

イメージ通り、情報次元で孤立情報体の位置に出現したサイオン弾は、膨大なサイオン量を以て式神を構成する情報をかき消した。

 

「──よし」

 

理想の結果をもたらすことに成功して、思わず声が上がる。未だに制御ができないかもしれないと不安に思っていたが、成果は上々だ。これなら、恐らく()()の使用にも問題はないだろう。そんなことを考えていると、気分上々といった俺の横で、兄さんが悔し気に呻いた。

 

「うーん。こればっかりは適正の問題だよねぇ。できない人間には、どれだけ努力してもできない類の技だからね、これは」

 

先生が俺たちの結果を見比べて呟く。兄さんを突き放すような言葉に、深雪が鋭い視線を飛ばすが先生は表情一つ変えない。もっとも、こめかみ辺りに冷や汗を浮かべているのは隠しきれていなかったが。

 

「3日で(ことわり)の世界に遠当てを放てるんだから、適正がないということではないと思うんだけどね」

 

取り繕うような先生の言葉は、しかし嘘ではないのは確実だった。むしろ、たった3日で感覚を掴んだのなら、十分に早いと言えるだろう。それでも兄さんが悔しそうにしているのは、俺が遠当てを1日でモノにしたことが大きい。もともと俺の魔法は兄さんよりも情報次元への干渉に傾倒しているので、こればっかりは先生の言う通り生まれ持った才能の問題だ。

 

「兄さんは既に何処を狙えばいいのか分かってるんだから、アプローチの仕方を変えるか、いっそ別の攻撃手段を作ってもいいと思う」

「買い被りすぎだ。行き詰っているのは認めるが、そんな簡単に新しい魔法を作るのは難しい」

 

よりによって、兄さんが俺に向かってそんなことを言うのか……

兄さんのあんまりと言えばあんまりの言葉に、思わず心の中でため息を吐く。

 

「そうかな? 君は術式の改良や開発にかけては非凡な才を持っているじゃないか。自分から可能性を狭めてしまうのは得策じゃないと思うけどねぇ」

「そうそう。新しい魔法を作るんだったら、俺でも手伝えるし」

 

先生の言葉にも難色を示す兄さんに、後押しするように言葉を重ねる。実際詳しくは覚えていないが、俺は原作知識で兄さんが遠当てを改良して使えるようにしたことを知っているので、術式の改良をするだけならかなり容易く終わるはずだ。

 

「そうですよ、お兄様! 僭越ながら、どちらも諦めてしまわれる必要はないかと存じます。術式解体による直接攻撃を第一の対策としつつ、新たな魔法の開発を平行して進めればよろしいのではないでしょうか」

 

深雪の言ってることは普通であれば無茶苦茶なことなのだが、俺はそれが不可能ではないと知っている。先生の言う通り、兄さんの術式関係の才能はずば抜けているのだ。

あの兄さんが深雪の期待に応えようとしないはずもなく、これが止めとなって兄さんは肯定の意で首を振った。

 

 

 

 

 

 

二月上旬。皆が雪辱を晴らす為にパラサイト対策を進める中、凶報は太平洋の向こう側から唐突に舞い込んだ。俺たちが朝食を食べる為にリビングに集まっていた時、まるでタイミングを図ったようにそのニュースはテレビから流れてきた。

 

「これは……!」

「雫が教えてくれた情報と同じか」

「……内容は随分脚色されているようだけどな」

 

ニュースの内容は、とある政府関係者が匿名で内部告発したという形をとっていた。その言葉を簡単にまとめるなら、雫がもたらした情報をより詳細にしただけのものだ。

日本の兵器──俺の魔法に対抗して、魔法師たちがマイクロブラックホールの生成実験を強行し、異界からデーモン(パラサイト)を呼び出したこと。魔法師たちはデーモンを使役して日本の兵器に対応しようとしたが、制御に失敗して身体を乗っ取られたこと。昨年末から世間を騒がせている吸血鬼の正体が、身体を乗っ取られた魔法師たちによるものだということ。

ニュースでは、これらを踏まえた上で魔法という力の危険性を訴え、その力が本当に必要であるかを我々はもう一度考えなければならない、という形で締めくくられていた。

 

「うまくオブラートに包んではいるが……」

「ではやはり……?」

「魔法師排斥が本音だろうね」

「また面倒な……」

 

思わず呟き、首を振る。兄さんの言葉も強張ったようなものではなく、呆れを多分に含んでいるものだった。正直、俺は魔法師排斥など本当にどうでもいいのだが、兄さんの目標や物語的にも魔法師排斥運動というのは邪魔な存在だ。いずれ必ず物語の敵として立ちはだかるだろう。そう考えると、とてつもなく面倒だった。

 

「魔法師ではないものの方が多いのだから、メディアがどちらにつくかなんて考えるまでもないか。それより、問題なのはニュースソースだ」

「ちょうど、俺たちのクラスに詳しそうなのがいるじゃないか」

 

朝食を食べ終えて立ち上がり、二人に向けてニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

 

第一高校前駅の改札口の前。ここから高校までは一本道で行けるために、電車通学の人は余程のことがない限り、必ずここを通る。予想通り、疲れた表情で改札から出てくる金髪の女性を見つけ、俺は笑顔で行くてを阻んだ。

 

「おはよう、リーナ」

 

俺の姿を認めた瞬間、リーナは慌てて反転しようとして──固まった。俺の視線の先、リーナの背後に立つ兄さんと深雪の気配に気づけたのは流石と言えるだろうが、少し遅すぎた。

 

「人の顔を見て逃げ出すなんて、酷いと思わないか?」

「ア、アハハハハ……」

 

誤魔化すように笑顔を浮かべるリーナに合わせ、俺も目を細めてニッコリ笑いかける。リーナの笑顔が引き攣ったように見えたが、きっと気のせいだろう。

 

「まあ良い。これは後でしっかりと話し合うとして、今は別に聞きたいことがある」

「……何の話?」

「二人とも、このままでは注目を集める。歩きながら話すとしよう」

 

後ろから追いついた兄さんに促されて、四人で学校に向けて歩き始める。リーナが警戒心を露わにしながらも抵抗せずに大人しくついてくるのは、ここで騒ぎを起こすのが拙いと分かっているからだ。

 

「今朝のニュースは見たか?」

「……見た。不本意だけど」

 

俺の質問に対して、リーナは本当に不本意だというのが分かる表情で答えた。

 

「アレはどこまで本当なんだ?」

 

ほぼ全てが嘘だと分かっていながらも、確認の為に問いかける。相手も俺たちが事情を察していると分かっているからか、隠す必要もないと不満を露わにした。

 

「肝心なところは全部嘘よ! 表面的な事実は押さえてあるから質が悪い! 情報操作の典型だわ!」

「やはり、か。しかし、あの内容は機密扱いだろう? 何故簡単に外部に漏れたんだ?」

 

声量こそ抑えているが、激しい感情を表す声音。それに対して質問を返すと、僅かな沈黙が入った。こうして口に出すと、雫の持ってきた情報源が気になるところだが、いったん頭の片隅に追いやってリーナの答えを待つ。

 

「…………『七賢人』よ、多分」

「七賢人?」

 

全く覚えのない固有名詞に、記憶を掘り返しながら言葉を繰り返す。しかし、いくら考えようと『七賢人』という単語に覚えがない。単純に忘れた原作知識の中にあった言葉なのか、それとも原作にはいなかった存在なのか。恐らくは前者なのだろうが、後者だった場合は色々と不安だ。

 

「The seven Sages って名乗る組織があるの。正体不明だけど」

「君たちに正体が分からない? USNA国内の組織なんだろ? そんなこと有り得るのか?」

「あるのよっ! 口惜しいことに!」

 

思わずといった様子で訊ねた兄さんに、リーナは本当に口惜しそうに答えた。

 

「七賢人って組織名も向こうから名乗ってきたもので、どんなに調べても尻尾が掴めないのよ。辛うじて分かっているのは、セイジの称号を持つ幹部が七人いるらしいってことだけ」

賢者(セイジ)ね……まんまじゃないか」

「だから正体が分からないって言ってるでしょうが!」

「ちょっとリーナ。お兄様に当たらないで」

「なっ、ワ……」

 

深雪のらしいと言えばらしい発言にリーナは爆発しそうになったが、深呼吸することで何とか抑え込んだ。

 

「……気にしたら負けよアンジェリーナ。あんなブラコン娘の発言を気にしてたらキリがないんだから。あんなブラコン気にしちゃ駄目ブラコン気にしちゃ駄目ブラコン駄目ブラコン駄目ブラコン駄目」

 

リーナが口の中で呟いていた言葉が辛うじて聞こえたが、恐らく近くにいた俺以外は気づいていないだろう。軽く同情の眼差しを向けながら、ブラコンって言葉を使うのかと、どうでもいいことを考える。

 

気を取り直して質問を続けているうちに、やがて学校の門が見えてきた。流石に校内で質問を続ける気もないし、聞きたいことも大体聞けたので、質問を切り上げる。

とはいえリーナとは同じクラスの為にわざわざ離れるほどの必要性もない。兄さんとは途中で別れ、普通の世間話をしながら同じ教室を目指す。

いくら思い返しても出てこなかった七賢人の詳細を考えながら、ふと深雪とリーナに挟まれている今の状況は両手に花かもしれない、などとくだらないことを思った。

 

 





(少し早いですが…)
明けましておめでとうございます。
亀更新でも完結目指して続けて行くつもりですので、今年もよろしくお願いします。





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来訪者編Ⅻ

 
明けましておめでとうございます。



 

────夢を見た。

 

ペラリと、窓もない部屋で紙をめくる音だけが木霊する。

自然光が全くない中、数少ない光源である天井の電灯は、部屋の中央のベッド、その中で身体を起こしている一人の子供を淡い光で照らし出す。

部屋の中は、彼がめくる本の音がページの数だけただひたすらに響いていた。

 

一見洒落た洋風の大部屋にしか見えないが、この部屋は彼の為だけに作られたものであり、周囲に被害を出さなように徹底した設備が備えられている。それは、この部屋が窓一つない地下に作られたものだということで、十分に理解できるだろう。

更に、飾られた壁紙の裏には厚い耐熱障壁が張って在り、そこらのシェルターにも引けをとらない頑丈性を誇っていた。

 

それだけ厳重な封印処置が施された部屋で、彼はただひたすら無心に本を読み続けている。

紙をめくる音が永遠と重なり、息づかいすら聞こえてきそうな静かな部屋に唐突に雑音が混じった。

コンコン、と扉がノックされた音に、彼は子供に似つかわしくない落ち着いた態度で本を閉じると入室の許可を出す。

 

「失礼します」

 

そんな言葉と共に扉が開かれ、入口に立つ人の姿が見えるようになる。焦げ茶色の髪を短く切り揃えた綺麗な女性。

彼女は小さな微笑を携えながら、手に持ったトレイを傾けないように器用に一礼すると部屋の中へと足を踏み入れた。

 

「紅茶をお持ちしました。■夜様」

「ああ。ありがとう、■波」

 

────懐かしい夢を見た。

 

 

 

 

 

 

『全く、狂信者という輩は度し難いものです』

『ハハハ……あの手の連中は走らせるのは簡単でも手綱を取るのは────』

 

 

『──これは愚痴と思って聞いて頂きたいのですが、せめてあの”グレートボム”の概要だけでも明かして頂ければ、彼らを大人しくさせることもできると思うのです』

『……これも愚痴と思って聞いて頂きたいのですが、朝鮮半島南端で使用された兵器については軍部が情報を握りこんでいるのですよ。いくら機密性が高いとは言っても、シビリアンコントロールは民主主義の基本なのですが……軍というのは何故ああも頑固なのか──』

 

 

『──ああ、話は逸れてしまいますが、戦略級魔法の”灼熱劫火(ゲヘナフレイム)”の名はどういった意図で命名されたのか、個人的な興味ですがとても気になるところです』

『ははは。確かに戦略級魔法ともなれば、興味が惹かれるのも分かります。しかし、命名したのは開発者ですから私には何とも──』

 

 

……………………………

 

……………………

 

……………

 

……

 

 

 

盗聴を再生した機器を止め、対面に座った藤林が顔を上げる。同時に、少し詰まっていた息を気付かれないように小さく吐き出した。深雪が用意してくれた紅茶に口をつけ、再度一息つく。

 

「今、聞いてもらった通りよ。今回はウチの外交官の連中も結構頑張ってるみたい。さすがに『戦略級』の重要性は理解できているんでしょうね」

「まあ、大亜連合とUSNAが手を組んでいた可能性も考えれば意地もあるでしょう」

 

本来であれば大亜連合は、日米同盟を正面から相手取れるほど力があるわけではない。なのに大亜連合は横浜侵攻という暴挙に出た。そんな大博打は最初から結果が見えていない限り行わないだろう。

アメリカは日本の同盟国だが、実際はできれば日本の力が弱くなって欲しいと考えている。

こう考えると、可能性は高いと言わざるを得ないだろう。

 

「手を組んでいるというのは言い過ぎかもしれないが、一種の共謀関係にあった可能性は否定できないな」

 

俺の言葉に対し、兄さんも肯定を示す。

 

「例えば大亜連合の軍事侵攻に対し、USNAは太平洋艦隊の出動を故意に遅らせる、とか」

「実際にあの時のUSNA軍の艦隊は、後から思い出してみれば不自然なほどに動きが鈍かったわ」

 

続けられた兄さんの言葉に、藤林も肯定的な反応を返した。

大亜連合が狙った場所が論文コンペの会場や魔法協会だったことから考えて、恐らく大亜連合は領土の占領や重要施設の破壊ではなく、技術の強奪をしようとしていたのだろう。

結果的に彼らは虎の尾を踏むどころか竜の尾を踏んでしまったのだけれど。

 

 

「さてと、私はそろそろお暇するわね。いくら『青田買い』って名目があっても、軍人が日曜日の一般家庭に長居するのは不自然ですもの」

「今日はわざわざありがとうございました」

 

しばらく話をしていた藤林が時計を見て立ち上がると、兄さんも立ち上がり謝辞を述べた。俺もそれに続いて頭を下げ、藤林を玄関まで見送る。すると、藤林は玄関で靴を履いたところで「あっ、そうそう」と思い出したように言いながら、ハンドバッグからラッピングされた小箱を二つ取り出した。

 

「ハイ、二日早いけど義理チョコよ」

「ありがとうございます」

 

お礼を言って、兄さんと俺で片方ずつ受け取る。義理チョコというにしては包装に力が入っているようにも思えたが、藤林が何事においても手を抜かない性格だと知っているし、清々しいほどに期待を持たせない言葉と共に送られたので、勘違いなど起こりようもなかった。

 

 

 

 

 

 

第三次世界大戦を経て22世紀に突入しようとしている現在でも、日本独自の失われない風習というものがある。その一つとして挙げられるのが、2月14日に行われるバレンタインだろう。

バレンタインは元々聖ウァレンティヌスに由来する記念日とされ、世界では恋人たちが愛を誓う日として認知されている。どちらにせよ爆発して欲しい日ではあるのだが、特に日本ではチョコレートを販売する会社の策略により、親愛の情を込めてチョコレートをプレゼントするという様式が当たり前のものとなった。

つまり、本来のバレンタインはこんなに軽薄なものではないのだ。

 

──なんて力説してみたところで、学校に漂う浮ついた雰囲気がなくなるわけでもなし。ただの徒労に終わるだけだ。

明日にバレンタインを控えた状態でコレとは、明日はどれだけ騒がしくなるのか。想像しただけで、少しげんなりしてしまう。

別にバレンタインが嫌いなわけではないし、寧ろイベントのノリは好きなのだが、同時に疲れるのも事実だ。特にバレンタインは恋愛関係という性質上、精神的疲労が溜まりやすいイベントでもある。

 

昔からの癖というか、四葉の教育の賜物か。俺は外面を保つのは得意であり、関係の浅い相手には良い人と認識されていた。当然自分から演じているのだから、今更イメージを壊すようなことができるはずもなく、毎年大量に送られてくるチョコと告白の言葉に真摯に対応しなければならない。

もちろん嬉しくないわけではないが、数が数だけにうんざりする気持ちの方が勝ってしまう。さて、チョコを貰った時の対応はどうするべきか────

 

そんな風に明日に向けて考えを巡らせていたところで、この日何度目かになるエラー音に思考を遮られた。

 

「……光井さん、今日はもう上がってもらってもいいですよ?」

「そうよ、ホノカ。貴女、今日はもう帰った方がいいわ」

 

放課後の生徒会室。明らかに集中力が欠けているほのかに、あずさとリーナが心配そうに声をかける。

 

「いえ、大丈夫です」

 

ほのかは気丈な答えを返すが、その様子を見ると明らかに無理をしているのが分かった。先輩たちも心配して帰宅を促そうとするが、責任感が強く生真面目なほのかは迷いながらも素直に頷くことができない。そんなほのかの背中を押すように、深雪が不安そうな表情を浮かべながら声をかけた。

 

「ほのか、本当に無理しない方がいいわ。いくら頑張っても、今日は仕事にならないでしょう?」

「今日やらなきゃいけない仕事はもう終わってるし、明日から頑張ってくれればいいからさ」

 

深雪に続いて言葉をつなげ、一緒に困ったような表情をして見せれば、魅せられた生徒会の面々が一斉に首を縦に振った。ここまで言われてようやく決心がついたようで、僅かに逡巡しながらも立ち上がり勢いよく頭を下げた。

 

「誠に申し訳ありません、今日はお先に失礼させてもらいます! 明日からまた頑張りますから!」

「ええ、明日()頑張りましょう」

 

どことなく棘の感じられる深雪の言葉に内心で恐々としながらも、表面では苦笑を浮かべてほのかを見送った。

 

 

 

 

 

「……という事情がありまして、ほのかは先に帰りました」

「ああ、もしかして明日の準備か。ほのかはそういうことに力を入れそうなタイプだからなぁ……」

 

生徒会の仕事が終わった学校の帰り道。いつも通り深雪を待っていた兄さんと合流し、最近生徒会で遅くなると一緒に帰るリーナを加えた四人で、駅までの道を歩いていた。

 

「嬉しいですか、お兄様?」

「嬉しいというより申し訳ない気がするな。肝心なものが返せないんだから」

「……どうかそのようなお気遣いはご無用に願います。ほのかも私も、ただお兄様に喜んでいただきたい一心なのですから」

 

深雪のからかうような言葉に、少し深刻な顔をして答える兄さん。その様子に深雪が励ましの言葉をかけ始め、唐突に始まった桃色空間にリーナと俺はついて行けず顔を見合わせた。

「ちょっと、あなたアレどうにかしてよ!」「嫌だよ。何で俺がそんなことしなきゃいけないんだ」「兄弟でしょ!」「関係ないだろ!」大体そんな感じの押し付け合いを視線で行い、結局先に折れたリーナがやむを得ずといった様子で口をはさむ。

 

「あの~、雰囲気出してるところに申し訳ないのだけれど……」

「雰囲気? 何を言っているんだ、リーナ」

 

本気で理解できていない様子で返された言葉に、リーナが絶句するのが分かった。かく言う俺も、これは処置なしだと呆れて首を振る。リーナは何か言いたげに息を吸い込んだが、これまでの経験で対応を学んだのか、吸い込んだ息を言葉と共に飲み込んだ。

 

「要するに、ほのかの調子が悪かったのは明日タツヤにあげるチョコレートが気になっていたから?」

「よく分かったわね、リーナ。チョコレートをあげるのは日本固有の習慣だと思っていたけど」

 

深雪の問いに、そんなことはないと答えたリーナの声は少しうんざりしたような口ぶりだった。その様子から察するに、どうやらどこの国でもバレンタインの浮ついた雰囲気に変わりはないらしい。

 

「リーナは誰かにチョコレートを渡す予定はある?」

「……ミユキ、貴女までその話をするのね」

 

疲れ切った口調からは、今日何度も同じ質問をされたことが簡単にわかった。何となくリーナが質問攻めに曖昧な笑いで対応しているのが容易に想像できて、苦笑しながら告げる。

 

「まあ、深雪に限らずみんなが気にしてるだろうさ。特に男子は、リーナみたいな可愛い子からのチョコが貰えたら嬉しいだろうし」

「なっ……かわっ!? …………いえ、そうね。誰にもあげる予定は無いわよ」

 

リーナの動揺を見て、特に意識せず可愛いと口に出していた事に気づく。普段から言われ慣れているだろうに、チョロいな。なんて考えが過ったが、少し照れているのを取り繕う彼女の姿は間違いなく可愛かった。

 

「あら、義理チョコも渡すつもりはないの? きっと欲しがってる人はたくさんいるわよ?」

「ミユキにだけは言われたくないわね」

 

そう言ってリーナはため息を吐く。確かに深雪が言うと皮肉にしか聞こえない。リーナは深雪に劣らぬ美貌を持ってるからいいが、他の女子に向かって同じことを言ったら怒られそうだ。

 

「ミユキは誰にあげるの? やっぱり本命はタツヤ?」

「何を言っているのリーナ。お兄様と私は兄弟なのよ? 実の兄に本命チョコなんておかしいでしょう」

「………………」

 

絶句、二の句が継げないとはこのことか。たっぷり5秒も口を開けて停止したリーナを見て、諦めの境地に達した俺は他人事のようにそう思った。

 

 

 




 
今年もよろしくお願いします!



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来訪者編XIII

 
ついにタイトルが時計数字ではなくなってしまった……

今回は苦手だった日常シーンです。前よりはマシになったかな……?
でもやっぱり戦闘シーンの方が楽。

え?バレンタインタイン?……知らない子ですね。




 

翌日の朝。普段であれば俺も兄さんと寺に向かうのだが、最近師匠とパラサイト対策の技術を磨いている兄さんとは違い、俺は自宅でできる精神修行を行っているので、朝の鍛錬は兄さんと別になることが多い。その為、いつも通り鍛錬に向かう兄さんと師匠にチョコを届けに行く深雪を、玄関まで見送りに来ていた。

 

「兄さん、深雪。今日は俺、学校に先に向かうから」

「あら、どうして?」

 

二人が靴を履き玄関の扉を開けたところで呼び止め声をかけた。

俺の言葉に不思議そうな表情をした兄さんに代わり、深雪が問いかけてくる。

 

「ほら。今日は少し騒がしくなるから、時間に余裕を持っておきたいんだ」

「……ああ、なるほど」

 

自意識過剰な訳ではなく純然たる客観的事実として、俺は所謂イケメン、容姿端麗だ。中身はともかくガワだけ見れば、深雪と似ている俺が美形なのは間違いない。

顔が良いだけじゃダメだ、なんて良く言われるが、完璧とまで言われる容姿を持っている俺からすれば、そんなの詭弁だ。世の中、顔で8割の印象が決まると言っていい。残りの2割で全てをダメにする奴なんて、余程性格に問題がある奴だけだろう。

事実、心理学では人間の印象は出会って数秒で決まるという研究結果も出ている。

 

……話がずれたが、そんな容姿を持つ俺が女子からモテるのは当然だと言える。しかも、高校生という色恋に多感な時期ともなると余計に。

まあそんな訳で、バレンタインタインがどうなるのかは、お察しという奴である。

 

 

 

 

 

いつもより20分ほど早く学校に着けば、予想通り校舎の入口で女子に捕まった。

顔を若干赤らめてチョコを差し出してくる女子に綺麗な笑みを浮かべてお礼を言えば、その子は恥ずかしそうに一礼して駆けて行く。そんな光景が何度か繰り返された。

まるで本命チョコのような反応だが、恐らく学校で噂の男子にチョコを渡すという、一種のステータス付けの行為だろう。……いや、流石にこの考え方は失礼か。本命だろうとそうでなかろうと、チョコを貰えること自体は嬉しいと感じられるし、素直に感謝しよう。

────ただ、毎年大量に貰うチョコをどう処理するか。この悩みがバレンタインを好きになれない理由の一つでもあった。

 

 

校舎に入った後も何度かチョコを受け取り、結局教室に着いたのは普段とほとんど変わらない時間だった。クラスメイトたちに笑顔で挨拶をしてから席に座る。

そろそろ笑顔を振りまくのに疲れて、口の端が引き攣るのではないかと心配になって来る。普段であれば表情を作る事に疲れたりはしないのだが、女子から好意を伝えられるという行為に気疲れしていた。

しかし、バレンタインイベントが本格的に盛り上がるのは放課後になってからだ。思わず憂鬱な気分になり、小さくため息を吐く。

 

「おはよう、コウヤ。随分疲れているようね」

「ああ、リーナか。おはよう」

 

ため息を吐いていた俺に気を使ったのか、ただの挨拶なのか。前の席からかけられた声に、俯いていた顔を上げて挨拶を返す。

雫の代わりにリーナが前に座っているという状況に最初は違和感があったが、今ではすっかりその違和感もなくなっていた。

 

「よく見たら目の下にクマがあるじゃない。寝不足?」

「ああ……まあ、ちょっとな」

 

僅かに顔を近づけてくるリーナに、それと気づかれないように意識しながら距離を取る。

日常的に深雪のような美人を見慣れているせいか女性に迫られても大抵の事では動じなくなっているのだが、リーナほどの美人になると少し心臓に悪い。

もしこれをリーナが意識してやっているなら質が悪いが、間違いなく無意識の行動だろう。

 

「ところでミユキは一緒じゃないの?」

「今日は俺だけ早めに家を出たから」

「へぇ、珍しいこともあるのね」

「別に俺たちは何時も一緒ってわけじゃないだろ」

「そうかしら?」

「そうだろ」

 

そんなどうでもいい会話をしているうちに、予鈴の時刻が近づき教室に人が徐々に増えていく。そんなクラスメイトの中には、チラチラと俺に視線を向けてくる女子もいるのだが、幸いと言っていいのかリーナと話している所に割り込む勇気は無かったようで、諦めたように席に着いた。

そうしているうちに予鈴の鳴る5分前になり、ようやく深雪が教室に入って来た。隣に随分とご機嫌なほのかを連れて、クラスメイトに挨拶しながら俺の後ろの席に座る。

 

「おはよう、リーナ」

「お二人とも、おはようございます!」

 

そう言って挨拶してくる二人に、リーナと俺も挨拶を返す。

ほのかの席は俺たちの席から少し離れているが、深雪、俺、そして元々は雫の座っていた席が縦に並んでいるという事もあって、自由時間は真ん中にある俺の席の付近に集まるというのが入学当時からの恒例だった。

 

「あの……紅夜さん。これ、バレンタインチョコです!」

「ああ、ありがとう」

 

チョコを男子に渡すという経験が少ないのか、若干緊張した様子でカバンから小箱を取り出したほのかに、お礼を言って受け取る。丁寧な包装がされた小箱は、まるで本命チョコのようだったが、きっと兄さんにはこれ以上に手をかけたものを渡しているのだろう。とは言え、チョコを貰えた事は嬉しいし、何か小洒落た台詞の一つでも送ってみようか。

受け取った小箱をカバンにしまいながら、横目でほのかの髪飾りを確認する。

 

「ほのか。その髪飾り、とても似合ってるよ」

 

その言葉は、ほのかに効果抜群だった。頬を赤く染め口元を緩ませる姿に思わず苦笑する。何を勘違いしたのか、クラスの男子から嫉妬の視線を受けたのも苦笑いの理由の一つだった。

今の俺は、超が付くほどの美少女3人に囲まれながら、顔を真っ赤にしたほのかにチョコを受け取ったという状況だ。字面だけ見れば、確かに嫉妬するのも分かる。クラスメイトの男子ともそれなりに友好的な関係を結んでいるのだが、それはそれ、ということなのだろう。

チョコお礼に、ほのかを喜ばせる言葉を送ったつもりだったが、やり過ぎただろうか……? ほのかの隣でイヤに綺麗な笑みを浮かべる深雪を視界から追い出しながら、そんな事を考えた。

 

 

 

 

 

 

「さて、と……」

 

放課後。チャイムの音を聞きながら小さく呟き軽く体を伸ばす。

昔とは違い今は様々な物がデータ化している為、外出時に荷物を持つ必要がなく、情報端末さえあれば不便を感じることはない。それは学校の授業があろうとも同じこと。既に教科書はデータ化されており、最低限の小物さえ持っていれば十分だ。しかし、今日に限っては普段は持ち歩かない少し大きめのバッグを持って来ていた。

机に設置された自分の端末の電源を落とし、登校する時より重くなったバッグを持って席から立ちあがる。

 

「リーナ、深雪。一緒に生徒会室に行こう」

 

普段であれば言葉にすることもなく自然に生徒会室に行くことになるのだが、今日はわざわざ声に出して二人を誘った。周囲からしたら美少女二人を独占しているので面白いはずもないが、もちろん普段行わない行動には意味がある。まあ、簡単に言えば虫除けだ。普段であれば俺が虫除けなのだが、バレンタインに限っては役が逆転する。

リーナは虫除け扱いされるのが不満なのか、若干冷たい視線を向けてくるが、今日ばかりは我慢してもらおう。高嶺の花2人に囲まれれば、そう簡単には女子も近づけないはずだ。

 

 

 

────そんな期待は、1分と経たずに打ち壊された。

 

「あ、いたいた。紅夜くーん!」

 

二人と一緒に教室を出て10歩も歩かないうちに掛けられた声がこれである。振り返ってみれば、そこに居たのは我らが元生徒会長。廊下で手を振りながら歩み寄ってくる姿は、微かなデジャヴと共に頭痛を感じさせた。

 

「七草先輩。わざわざ一年の教室まで来るなんて、何か重要な話ですか?」

「もう、重要な話が無いと来ちゃダメなの? 私と紅夜くんの仲じゃない」

 

言外に重要な話じゃないなら来るなと含めたのだが、真由美は少し悲しげな表情で上目遣いを使ってきた。実にあざとい態度だが、聞き耳を立てていた周囲はすっかり真由美の味方になっている。まったく、質の悪いイタズラだ。

猫被りの小悪魔系先輩の行動に、内心で呆れたように首を振る。普段こう言ったイタズラは元生徒会役員などの気の許せる相手の前でしかやらないのだが、受験シーズンの所為なのかストレスが溜まっているらしい。

 

「それで? 意味もなく来た訳じゃないですよね」

「何よ、いけずね……まあいいわ。はい、コレ」

 

正直、この状態の真由美は相手にすると面倒なので、適度に流すに限る。そう思って雑な返答を返したのだが、続いた言葉と共に差し出されたモノを見て、流石に流すことができなくなった。

 

「何ですか、それ……」

「いやぁね。そんなの、チョコに決まってるじゃない」

 

真由美が持つソレは、見てくれだけならば確かにバレンタインでよくみる一般的なチョコだ。……そう、チョコである事には間違いない。しかし、辺りに漂う強烈なカカオの匂いが、一般的という文字を意味のないものにしていた。手に取ることすら躊躇われるソレをどうすればいいか答えに窮していると、真由美は喜悦混じった瞳で追撃を仕掛けて来た。

 

「もしかして、迷惑だった……?」

 

俯き加減にこちらを見ながら不安そうな表情をする真由美を見て、周囲の生徒から謎の圧力が発せられる。当然受け取るよなぁ? というアウェーな空気のなかで、助けを求めるように側にいる二人に視線を向けるが、深雪はなんとも言えない表情でスッと目を逸らし、リーナは虫除け扱いを根に持っているのか、ザマァ見ろと言わんばかりの表情で嗤われた。

既に俺に仲間はいない。最初から真由美はコレを狙って居たのかと戦慄していると、真由美は笑顔でチョコモドキの箱を突き出してくる。

 

「……後で有り難く食べさせて頂きます」

 

仲間に裏切られ退路を断たれた俺に出来たのは、せめてもの悪足掻きと共にチョコを受け取ることだけだった。

 

 

 

 

 

 

生徒会の仕事と一言で表すのは簡単だが、その内容は多岐に渡る。特にこの国立魔法大学付属第一高校の生徒会は、他の一般高校に比べて生徒会の持つ権限が非常に強い。その理由の一つとしては、魔法科高校の生徒会に選ばれる人物の多くが十師族や百家に連なる者だからだ。

現生徒会長の中条梓はナンバーズではないが、前生徒会長の七草真由美は教員すら気を使う相手だった。通常の学校では問題が起きた時に生徒は教員に頼るが、ナンバーズの在校生が多いこの学校では、生徒側で問題を片付けてしまうのだ。

要するに何を言いたいか一言でまとめると、この学校の生徒会は強い権限を持つが故に仕事が多いのである。

 

「ふぅ……」

 

ここ一週間分の仕事の大半を何とか片付け終わり、小さく溜息を漏らす。

四葉の後継者候補として情報処理の類も幼少から教え込まれているが、だからと言って疲れを感じない訳ではない。

 

「リーナ、そっちは片付きそうか?」

「ええ、すぐに終わるわ」

 

自分の仕事がひと段落ついたので、他の仕事を預けたリーナの調子を確認する。

クラスでは席が近いという理由でリーナを任されているが、それは生徒会の中でも変わらない。最も、理由は先生に任されたからではなく、もっと合理的な理由によるものだ。

リーナは本人の希望もあり、特別に体験として生徒会の仕事を任されているが、本来はこの学校の生徒ではない為、生徒会の重要な仕事を預ける訳にはいかない。結果としてリーナに任せられるのは、庶務の行う雑用だ。今までの生徒会では俺が庶務の役割を果たしていたので、リーナの仕事を見る事になるのは当然の結果とも言えた。

現在では、リーナに簡単な雑事を任せ、俺が重要な仕事を行うという形が出来ている。やはり現役の軍人な事だけあって、リーナの仕事振りは見事なもので、リーナが増えた事によって今まで以上に生徒会の仕事が円滑に進んでいる。この様子だと、来年には生徒会に庶務長の枠が増えるかも知れない。

 

「よし。コウヤ、ワタシも終わったから確認してちょうだい」

「流石、仕事が早いな」

 

今後の生徒会について考えを巡らせていると、リーナから声を掛けられる。仕事の重要度に差はあれど、量は俺がやっていたものと変わらなかったはずなのだが、リーナは俺とほぼ同じ時間で仕事を終わらせた。僅かに出た差は、処理能力の差ではなく情報端末の操作によるものだろう。ほとんど摩耗してしまった原作知識でリーナはポンコツの印象が強いが、こうして共に仕事をしてみれば有能であることが良く分かる。伊達にこの年齢でスターズの隊長をやってる訳ではないということか。原作でのポンコツ具合は、やったこともない任務を与えられたからなのだろう。全く、USNAは何を考えて潜入ミッションをリーナにやらせたのか。

 

裏でUSNAの真意について考えながら、リーナのまとめたデータを流し読みする。この後、このデータを生徒会長が確認し、さらにそれを教員がチェックするので、正直俺が確認作業する必要はない。しかし、元々は俺がやる仕事をリーナにやらせている為、最低限の事はやっておかなければダメだろう。

 

「……うん。問題ないな」

 

時間にして1分。本当に最低限の確認だけしてOKを出すと、リーナは当然とばかりに一つ頷く。

 

「今日の仕事はコレで終わり! それじゃ、帰ろうか」

「え? いいの?」

 

俺が帰ろうと言うと、リーナは少し困惑と驚愕が入り混じった反応を返した。チラリと視線を向けた先には、まだ仕事をしている深雪たち。そんなに俺と深雪が別行動するのが珍しいのかと思ったが、よく考えてみれば何か特別な用事があった場合を除いて別々に帰宅した事なんてないかも知れない。

確かに言われてみれば深雪と兄さんに何も言わずに先に帰った事なんてなかったので、一応確認の為に深雪に目を向ける。その視線を受けた深雪は、笑顔で軽く頷いた。

 

「私たちの事は気にしないで大丈夫よ」

「……それじゃあ、先に帰らせて貰うわ」

 

深雪の言葉にリーナも納得し、帰宅の為の準備を始める。俺も隣で軽く片付けをして、帰りの荷物をまとめた。リーナも片付けが終わったのを確認して立ち上がる。そして、ふと思い出したかのように深雪に声を掛けた。

 

「そうだ。深雪、今日は少し遅くなるから兄さんにも伝えておいて」

 

そう言ってキザにウインクを一つ。バレンタインに想い人とゆっくり過ごせるようにと、弟の粋な心遣いだ。

 

「分かったわ。あまり遅く成り過ぎないでね」

「了解。それじゃあ、お先に失礼します」

 

明日は日曜日なので、リーナと共に「また来週」と挨拶して生徒会室を出る。

 

さて、夕食までどうやって時間を潰そうかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「紅夜さんとリーナさん。凄く自然に2人で帰りましたね……」

 

────扉が閉まる時、そんな声が聞こえた。

 

 

 




 
MHWの合間に書いてたら予想以上に早くできました。(早いとは言ってない)



以下本編の補足とかなんかそんな感じ。

『完璧な容姿』
・やっぱ世の中見た目が大事。

『……いや、流石にこの考え方は失礼か』
・失礼ってレベルじゃないと思うんですが……

『教室での一幕』
・原作は学園要素が少なすぎると思う。

『寝不足紅夜』
・やっとラブコメっぽくなってきましたね!(ニッコリ)

『生徒会長からは逃げられない』
・カカオ99%。この後服部と達也は真由美の前で食べさせられた。

『有能リーナ』
・でもやっぱりポンコツ。

『キザにウインク』
・照れると敢てキザに振る舞うらしい。(深雪情報)

『自然に二人で帰る』
・やっぱりラブコメっぽいですね!!



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来訪者編XIV

 
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。



投稿が遅い?
許せサスケ……これで最後だ(願望)





 

────魔法。

 

この一言を聞いて思い浮かべるのは一体何だろうか? 俺なら、それは浪漫だと答える。未知、夢、憧れ。生前の世界であれば、表現の差異こそあれど皆が似たような答えに辿り着く筈だ。

 

即ち、摩訶不思議な力。

 

しかし、この世界では魔法は摩訶不思議な力ではなくなり、科学的に解明されたものになった。結果として、人々が魔法に抱く印象は俺の考えるものとは全く違うものになる。

 

そもそもの話。魔法師が『戦争の道具』として見られるようになったのは、魔法が世界に認知された瞬間だった。

1999年。狂信者集団による核兵器テロを、とある警官が超能力を使って未然に阻止したことが現代魔法の始まりとされている。

当然のことながら、個人で核兵器を無力化する能力を世界はこぞって研究した。急速に進む現代魔法の研究は、時代の移り変わりと共に縮小していった古式魔法の儀式や退魔的要素を全て省き、戦争の道具として洗練されていったのだ。

つまり、現代魔法は、そもそもの成り立ちからして戦争利用を前提としているのである。

 

そんなモノに対して何の力も持たない一般人が抱いたのが、漠然とした恐怖だったのは当然の流れだったのだろう。

まだ魔法が未知の力であったのならば、羨望や嫉妬などの感情を持ったに違いない。しかし、そてが現実的な兵器として開発されたモノであれば、抱くものが恐怖や嫌悪になることなど分かりきっていた。

 

これが、最近台頭する反魔法的風潮の根底である。

 

 

────そんな中でも世界に12人しかいない特別な兵器が二人、テーブルを挟んで向かい合う。

 

 

時間は放課後、バレンタインデー。行きつけの喫茶店アイネ・ブリーゼで、リーナと俺はメニューに目を通していた。

生徒会を先に抜けて喫茶店で二人っきり。しかもそれがバレンタインデーともなれば甘い関係に見えるのだろうが、実際はそんな甘さなど欠片もない。

リーナは戦略級魔法師の調査として俺を監視したい。俺は兄さんから目を逸らさせる為に自分が戦略級魔法師であると疑われたい。そんな利害による渋さすら感じる関係だ。

 

最も、得ている利と害が釣り合っているとは限らないが。

 

「それで、わざわざ喫茶店に寄って。話って一体何かしら?」

 

腹の内で少し悪どいことを考えていると、わざわざ話があると言って店に入ったのに中々要件を切り出さない所為か、リーナが焦れた様子で聞いてくる。

 

「そう焦るな。飲み物くらい頼んだらどうだ?」

 

肩を竦め、奢ってやるよ。なんてメニューを差し出してみれば、彼女は少し苛立った様子で、結構よ。と言いながらもメニューを受け取った。どうやら奢られるのは嫌でも飲み物は頼むようだ。

メニュー表を捲るリーナの視線の先を情報次元から辿る。実に無駄のない無駄で素敵な魔法行使は、途中で躊躇いがちにデザートの写真に目が行ったのも見逃さない。その視線が、妙にチョコレートの部分に向ける回数が多いのは気づかないフリをするべきか。

くつくつと忍笑いを漏らし、リーナの許可なく顔見知りと言えるくらいには仲良くなったマスターを呼んでメニューを指差す。

 

「コーヒーとチョコレートケーキを二つ」

「ちょっと、勝手に頼まないで」

 

極めて常識的な文句を言ってくるリーナに、じゃあ取り消すか? と尋ねてみれば、返ってきたのは無言の睥睨だった。その反応が普段にも増して過剰なのは気のせいではないだろう。表情豊かな彼女の態度を可愛らしく思い、今度は隠すこともなく笑いを零す。

全く、誰がこの様子を見て彼女を兵器だと思うのだろう。

それも、世界に100といない戦略級の兵器だなんて。

 

「……コウヤ?」

 

考えていたことが表情に出ていたのだろうか。不思議そうに名前を呼ぶリーナに、何でもないと首を振る。

 

「ちょっと今日の夕飯について考えてただけさ」

「本当に? それにしては随分深刻な顔をしてたけど」

「いやまあ、家に帰ったらバレンタイン仕様の兄さんと深雪がいると思うとな……」

 

訝しげなリーナを誤魔化すように小さく苦笑を零す。

先ほどまで怒ったポーズを取っていたのに俺が少し考え込んだだけで態度を変えてしまう辺り、優しさというか甘さというか、彼女のチョロさが露見していた。

 

「ところで今日の授業で──」

 

と、コーヒーが来るまでの雑談を振りながら、何気なく窓の外へと視線を向ける。

 

────分からない、か。

 

兄さんの話ではここ最近、遠方──それも恐らく衛星からの監視を受けているらしい。しかし店内にいるからか、もしくは相手が敵意を持っていない為か、俺の知覚では監視されているのか判断できなかった。

兄さんと違い、俺の眼はイデアにアクセスする知覚は持っていない。イデアというデータバンクから情報(エイドス)を観る【精霊の眼(エレメンタル・サイト)】に対し、【叡智の眼(ソフィア・サイト)】はエイドスを直接観ることしか出来ないため、どうしても兄さんよりも知覚範囲が劣る。

相手がこちらに対して敵意を持っているなら()()()ことはできるが、そうでない以上、衛星からの監視を知覚することは俺には不可能だった。

 

──まあ、仕方ない。

 

衛星からの監視である以上、最低限のプライバシーは守られているはずだし、外出時に気を使ってればいいだけだ。つまり、普段とあまり変わらない。

ならば、過剰に警戒するだけ無駄だろう。

そう思考に一区切りつけて、記憶領域の片隅で構築していた魔法式をイデアに転写した。

 

 

 

「これは……防音魔法?」

 

魔法を発動した瞬間、少しだけ警戒を含んだ声音でリーナが呟く。可能な限り魔法の発動兆候は押さえたつもりだったが、それでも発動する直前に気づいた辺り流石だと言える。

 

「どういうつもり? この防音魔法、普通のものとは違うみたいだけど」

「ちょっと手を加えてあるが、別に害のあるものじゃないよ。少し内緒話でもしようと思ってな」

「内緒話?」

 

少しだけ張り詰めた空気の中、俺は敢えて普段通りの態度で話題を切り出した。

 

「まあ内緒話とは言っても、少し質問するだけだから硬くなる必要はないよ」

「……それで、質問ってなに?」

 

だから硬くなる必要はないって、なんて笑いながらも言葉を繋げる。

 

「前に言ってたが、確かリーナは実戦で活躍できる魔法師になりたいんだろ?」

「ええ、そうよ」

「どうしてだ?」

「え?」

 

キョトンと。

まるで何を聞かれたか理解できなかったかのようにリーナは首を傾げた。

それだけで、俺の聞きたかったことは無駄だったと理解する。

 

「どうして実戦で活躍できる魔法師になりたいと思ったんだ?」

「そんなのワタシが…………魔法師としてUSNAに貢献するためよ」

 

言い淀んだ長い間に入るのは「シリウスだから」という言葉だったのが、何故か簡単に想像できた。だからこそ──

 

「──戦争の道具になっても?」

「そんな……!」

「そういう事だろ? ……魔法師とはそういうモノだ」

「そんなことは──」

「ないとは言わせない」

 

だからこそ、迷いが生まれる。

 

「国が何の為に魔法師を育てているのか、知らない筈はないだろう? ……人を殺させる為だよ。戦いの道具にする為だ」

「…………っ!」

 

……やはり彼女はシリウスには向いていない。

こんな当たり前の、誰でも思いつく言葉に揺れてしまうのだから。

 

「俺は怖い。戦いなんて出たくないし、人殺しなんてやりたくない」

 

嘘は言わない。嘘は言葉の重みをなくしてしまう。

言葉の重みで彼女を縛るのに、嘘なんて必要ない。

 

「でも、国が求めているのはそういう魔法師だ。リーナは分かってるはずだ。実戦で戦える魔法師になりたいんだもんな?」

「それは、そんな……」

 

シリウスという立場にいる彼女は、俺の言葉を否定することは出来ない。しかし、リーナは俺の言葉を肯定することもできない。

 

否定も肯定もできず混迷とする意識。

二つの立ち位置の狭間に置かれ、思考が鈍る。

 

ここには彼女を導く者はいない。

国から離れ、外の音が一切届かない隔絶したこの空間には、俺の言葉を否定できるモノが一つもない。

彼女を肯定する者が誰もいない。

 

────俺以外には、誰も。

 

「でも、俺はリーナの目標には共感できるな」

「え?」

「リーナは国に貢献したいんだろ? その考えには共感できるし凄いと思う。俺はリーナとは少し違うけど、国や世界、そして魔法師の為に役立つ事をしたいんだ」

「魔法師の為に……?」

「ああ。俺は魔法が戦いに使われるのなんて嫌なんだ。魔法にはもっと大きな可能性がある!」

 

例えば今使っている防音魔法。この魔法を日常に用いるだけで、騒音問題という社会問題が一つ解決することになる。

最もたるのが兄さんの研究だ。魔法によるエネルギー問題の解決は世界を大きく変えることになるだろう。

 

本当は魔法についてリーナはどう考えているか知りたかった。

兄さんと同じ戦略級魔法師が何を思って国につくのか。

何を思って魔法を行使するのか。

 

 

しかし、それは聞けそうにない。だったら────

 

 

「魔法で世界を変えるんだ。今はまだ空回りしている魔法師という歯車を世界の中心にする。魔法で争うのではなく、魔法で争いの元を解決するんだ!」

 

理想を語り、毒を乗せる。

混迷とした心に光を与えるように。

強烈な光で他のものが見えなくなるように。

 

「リーナも協力してくれないか? 国の為に世界を変えよう!」

「国の、世界の為に……?」

 

アンジー・シリウスを否定し、アンジェリーナを肯定する。

国の為ではなく、より大きな世界の為にシリウスは必要ないとリーナの重荷を取り除く。

 

「そうさ。リーナがいればきっとできる!」

 

微笑み、手を差し出す。

蒼穹の瞳に深紅の光を映しこむ。

 

「リーナが必要なんだ。俺について来てくれないか?」

 

 

────俺の理想に染めてしまおう。

 

 

「ワタシ、は……ワタシ────」

 

躊躇いながらも手が伸びる。

リーナの手が、俺の手に触れる────

 

────その瞬間、2人だけの隔絶された空間に他の人が踏み込んだ。

 

 

 

 

静謐でいながらどこか張り詰めた空気が一瞬で解け、雑多な生活音が戻ってくる。

どちらからともなく、ため息がこぼれるのが分かった。

 

「お待たせ。ブラックコーヒーとチョコレートケーキです」

「────ありがとうございます」

 

思わず舌打ちしたい気持ちを抑え、笑顔でマスターに礼を言う。

もう一度ため息を吐き、思考を切り替る為にソーサーからカップを手に取りコーヒーを口に含んだ。

慣れたように行う一連の動作に、リーナの視線が注がれるのを感じる。どうやら俺の所作はUSNAの大統領とのお茶会でも通用しそうだ。

そんなことを考えながら、フォークを持ちケーキに差し込む。

 

「うん。美味い」

 

呟いて、気まずげにしているリーナに視線を向けた。未だに手をつけていないケーキをチラリと見て、食べないのかと目で促す。

それに後押しされたのか、少しぎこちなさを残しながらもリーナもケーキを口に入れた。そして、小さく目を見開いて呟く。

 

「……美味しい」

「そりゃ良かった」

 

思わず漏れた声だったのか、感想に感想を返してみれば、少し恥ずかしそうに目を逸らした。リーナは気まずげに少し視線をさまよわせて、やがて俺の手元で視線を止める。

 

「その……コウヤはチョコが好きなの?」

「好きか嫌いかで聞かれたら好きだな。……カカオ99%とかではない限りだけど」

「何よ、まだ根に持ってるの?」

「まだってほど前じゃないだろ。お陰でカバンを新調する羽目になりそうだ」

「……確かにアレはちょっとどうかと思うけど」

「ホント勘弁して欲しいよ……」

 

普段、弄ってくる真由美を逆にからかっているつけか。カバンから漂ってくる濃いカカオ臭に、思わずため息を吐く。やろうと思えば魔法で嗅覚や味覚を誤魔化せるが、流石に人から貰った食べ物に対してソレをするのは何となく自分の中の良心や良識が邪魔をしていた。

 

「まあ、食べ物を粗末にする気もないし、貰ったものはちゃんと食べるさ」

「ふーん。そういうところは随分と律儀なのね」

「何だかでバレンタインも貰える分には嬉しいからな」

 

そう言って、チラリとリーナの鞄に目を向ける。

そして別に何を言うわけでもなく、ただ含みを持たせた笑みをリーナに向けた。

 

 

 

 




 


一年っておはやぁい。
前回の投稿が昨日のことのようだ(10ヶ月前)

昨日実は風邪を引いていたのですが気付かず、
朝から体がふわふわして軽いなぁとか思いながら過ごし、夜に飲んだ後車に乗って酔ったところで違和感を覚え、家に帰ってお風呂に入る前にようやく微熱だったことに気付きました。その頃にはもう大晦日でしたまる

3年ぶりくらいに熱を出しましたが今日の朝には治ってたので、無事によいお年を迎えることになりそうです。皆様も体調には気を付けて、よいお年をお迎えください。



以下必要性を感じないけど趣味でやる本文解説。………解説?

『現代魔法の始まり』
・警官だったって最近知った。

『アイネブリーゼ』
・入学からの行きつけなのに8巻まで店名が分からない。原作でマスターの台詞探すのに30分かかった。

『無駄に洗練された無駄の無い無駄な魔法』
・つまり無駄。

『衛星からの監視』
・お兄様の知覚能力どうなってんの……

『勧誘(誘惑)』
・せや!戦略級魔法師手駒にしたろ!
・衝動的にやった。

『防音魔法(改造)』
・多分本当に害はない。ただちょっと耳鳴りがするほど静かで、内部の音を反射するだけ。

『嘘は言わない』
・嘘つきの常套句。でも嘘じゃないかも?

『世界の為に』
・言ってることが悪人のそれ。ファンタスティックビースト2観たい。

『チョコ』
・渡すと思った? 残念トリックだよ!(書けなかっただけ)
・渡したか渡してないかは考えてないので妄想で補ってください。



『次の投稿』
・知らんな。





そんなことよりコレ書くのに集中し過ぎてボックスガチャ残り50箱開け損ねたんですけど!?


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来訪者編XV



ついに50話まで来ましたね。長かった……。
そして50話にも関わらず、この小説を投稿し始めて既に4年という衝撃の事実。

どういうことなの……?




 

 

その噂が話題に出たのはバレンタインの翌日、昼休みのこと。兄さんが噂の当事者である一年生に相談を持ち掛けられたことから始まった。

 

「3HのP94が笑いながら魔法を放った、ねぇ……?」

 

野次馬を掻き分けメンテ室に向かう中、レオが思わずといった様子で呟く。

3H──人型家事手伝いロボット( Humanoid Home Helper )のP94タイプ──通称ピクシー。表情を変える機能もなく、ましてや魔法を放つことなどあり得ない機械人形に起こった怪奇現象。あまりにも()()()()()()()その噂は、好奇心の有り余る学生たちによって瞬く間に学校中に広まっていた。

魔法という非現実的なものを使っていながらオカルト話を信じない辺り、如何に魔法が現実的なものになっているかが伺える。

 

「お兄様はそのお話についてどう考えているのですか?」

「些か信じがたい話ではあるが、先に調べた廿楽先生によればP94の胸部──電子頭脳の辺りから高濃度のサイオンとプシオンの痕跡が観測されたらしい」

「それって本当に幽霊が憑りついるかもしれないってことですか!?」

 

兄さんの返答に少しオーバーにも思えるリアクションでほのかが叫ぶ。その様子を見るに幽霊を怖がっているようだが、原作を知っている俺からすれば可笑しなことだった。

 

「幽霊というのは少し話が飛躍し過ぎているきもするが、その真偽をこれから調べるところだ」

「話は分かったが、どうしてそれで達也に話が来るんだよ。噂が事実なら調べるのは幹比古とかの方が適任じゃねーの?」

「アンタも少しは頭を使ったら? 仮に噂の内容が本当だったとしても、まずは3Hのソフトに異常がないか調べるのが普通でしょ? これだから脳筋は」

「テメェは一言文句を言わねぇと喋れねぇのかよ、この毒舌女!!」

「はぁ!? アンタがあんまりにも考え無しだから一々指摘してあげてるんでしょうが!!」

「ちょっと二人とも……!」

 

売り言葉に買い言葉。声を荒げて応酬するエリカとレオを美月がオロオロとしながら止めようとする。

そんないつも通りの光景に、他のメンバーは慣れたように苦笑を零した。

二人がヒートアップし過ぎる前に、兄さんが口を開く。

 

「まあ大体エリカの言った通りだな。五十里先輩は九校戦の時の『電子金蚕』のようなものが紛れ込んでないか危惧しているようだ」

「ああ、なるほど」

 

思わず納得の声を上げる。

俺は最初から今回の事件はパラサイトの仕業だと知っていたが、それを知らない人たちからしたらピクシーの仕業は電子金蚕のような遅延型の術式によるものだと考えてもおかしくない。

そんなことをして何の意味があるかという話になるが、家事手伝いロボットにパラサイトが憑依することよりは遥かに現実味があった。

 

 

ピクシーを運び込んだメンテナンスルームはCADのアレンジやチューニングを行う為の部屋で、学生では滅多に使わないような専門的な機器が多く設置されたいた。そこにピクシーを乗せた台車を伴って入室した俺たちは、先にメンテ室で待っていた五十里や生徒会メンバーと合流した。

部屋に散らばっている椅子を台車の置かれた部屋の中央に集め、先輩たちの好意によって途中に寄った購買で購入した昼食を手に取りながら話を聞く姿勢をとる。

 

「事件が起こったのは今朝7時頃。ロボ研のガレージでのことだ」

 

五十里から語られた内容を簡単に纏めると、本来機能に無いはずの笑みを浮かべたP94が勝手に起動し、強制停止コマンドが送信されているにも関わらず機能を停止することなく、何故かサーバーの生徒名簿にアクセスしようとしていたとの事だった。

 

 

五十里が話し終わった後、メンテ室にホラー映画を見終わった後のような奇妙な沈黙が下りた。特にあずさは恐怖からか顔を青ざめさせている。

しかし俺はあずさとは正反対に、内心でホッと安堵の息を漏らしていた。

五十里の話を聞く限り、記憶に残る原作の展開と相違点は見受けられない。つまり、ピクシーには原作通りパラサイトが宿っていると考えて間違いないだろう。念の為に【叡智の眼(ソフィア・サイト)】で確認してみるが、確かにほのかに似たプシオンが観て取れた。

これまでの展開上、ここで原作との剥離が起こる可能性は低いと踏んで行動していたが、どうやら予想は上手く当たってくれていたようだ。

 

────だが、安堵の感情と同時に、漠然とした不安がこみ上げる。

 

確かに俺は、ピクシーを手に入れる為に、原作を意識して立ち回った。しかし、イレギュラーな存在である俺がいるのに、ここまで原作通りに事が運ぶのだろうか?

俺という小石がこの世界に投げ込まれた時点で、原作の流れは変わっているはずだ。どれだけ俺が原作通りに事を進めようとしても、時間の経過と共に流れには大きな変化が生じる事になる。

これは、所謂バタフライエフェクトという現象を、因果関係に当てはめた考え方であり、あくまでも理論の一つだ。検証のしようもないのだから、証明もなにもない。

 

しかし、しかしだ。いくら俺が原作通りに行動したとしても、ここまで結果が変わらないという事が有り得るのだろうか?

 

例えば、ほのかの恋心。

それは、入学試験で兄さんの無駄のないサイオンコントロールを見たことがきっかけだ。しかし、その場には兄さん以上にサイオンコントロールに優れた俺がいた。

例えば、ピクシーへの憑依。

これは、兄さんが戦闘中にパラサイトを吹き飛ばしたことがきっかけだ。しかし、原作とは違いパラサイトを吹き飛ばしたのは俺だ。

 

正直俺は、できる限り原作通りに事を進めようとしていたものの、横浜の時点で原作から大きく外れる可能性も考えていた。そもそも、たった一人の人間が未来を思い通りにできるはずもない。

俺が原作通りに行動していた理由も、先を知るアドバンテージをわざわざ捨てるような事はしたくなかっただけであって、原作を再現したかった訳ではない。本気で原作通りにしたいのであれば、一高に入ること自体が悪手なのだから。

それにも関わらず、今までの結果は原作と変わらない。

 

────自分で決めたはずなのに、まるで他人が書いたシナリオ通りに動いているような気味の悪い感覚。

 

仮説はあった。世界の修正力というありふれた設定。この世界において、魔法によって歪められた事象の修正を行う力として定義されているソレ。

魔法によって歪められたモノを元に戻そうとする力なら、『俺』という存在によって生み出された歪みは世界にとって許されるものなのか。

 

 

ピクシーに抱き着かれている兄さん。

怖い笑顔を浮かべる深雪。

眼鏡を外してピクシーを見る美月。

自分の存在意義を語るピクシー。

暴れるほのかとソレを抑えるエリカたち。

 

 

目の前の光景を見て思う。

()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────嗚呼、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

ピクシーにパラサイトが憑りついたことを確認した日の夜。俺は()()()()()()()()()()一人で夜の街を歩いていた。

本来、四葉の次期当主候補の人間が護衛も付けずに外出するなど褒められた事ではない。深雪がある程度の自由行動が許されているのは、常に兄さんが深雪を観ているからだ。元々用事がなければ家に引きこもっている質だが、それを除いても護衛(ガーディアン)のいない俺は一人で外出することが滅多にない。精々学校の用事か仕事でFTLに行くときくらいのものだ。

その俺が最近頻繁に外出している理由。それは、パラサイトの捜索()()()()

実際、パラサイトを探しているように見せているし兄さんと深雪にもその説明で外出しているが、本来の目的は全く別のところにあった。

 

「……かかった」

 

道路の向こう側。停車したワゴンの中にいる存在を察知して小さく嗤う。どうやら相手は、俺が知覚系統魔法を使用できることを知らないらしい。そう結論付けて警戒度を一段階下げた。

俺が一人で外出していた理由。それは、この展開────俺の記憶にある最後の原作イベントが起こるかどうかを確認したかったからだ。

 

原作の展開では兄さんがUSNAの魔法師に襲撃されていた。しかし、この世界では兄さんが戦略級魔法師として注目されることはなく、代わりに俺が戦略級魔法の術者とされている。

世界の修正力が働いていると仮定した時、俺はこの状況でも兄さんが襲撃される可能性を考えていたが、どうやらそれは杞憂に終わったらしい。

これで、少なくともある程度の結果さえ同じであれば過程に多少の差異があってもシナリオに問題ないことが実証できた。

 

「五人か」

 

先制で制圧してしまうことも考えたが、サイオンレコーダーなどに残ることを考えて、一応正当防衛の形を取っておいた良いだろうと、右の腰に伸ばそうとしていた右手の動きを止める。代わりに頭の中で魔法式を構築しながらポケットに左手を突っ込み、素知らぬふりをしてワゴン車を通り過ぎた。

 

1メートル……2メートル……5メートル……

 

10メートル近く車から離れたところで、横開きのドアが音もたてずに開き、中から五人が素早く下りてフォーメーションを取った。同時に、小さく響くカチャリという音。

背中に照準が合わせられた銃は、サブマシンガンにCADを組み込んだ武装デバイス。展開された起動式は、ケイ素化合物の軟性弾丸に、射出時帯電、着弾によって放電する効果が付与されたもの。恐らくは生け捕りが目標なのだろう。

そこまで読み取って、どうでもいいかと無駄な思考を切り捨てる。そして、密かに組み上げていた魔法式をイデアに出力した。

 

術式焼却(グラム・コンバッション)

 

発動した魔法の効果が反映されたのか確認する間すら惜しんで、汎用型CADから自己加速術式を読み込み、地を蹴って一瞬で間合いを詰める。

 

『なっ!?』

 

同時に漏らした声は一体何に対するものなのか。流石USNA所属の兵士だけあって即座に驚愕から立ち直るが、自分たちの持つ武器が無力化されたことで僅かに次の対応への遅れが出た。

その隙に新たな魔法式を構築し、発動する。効果は振動魔法により相手を無力化するもの。単一工程であればCADを使う必要すらなく、魔法式は雷光をも思わせるような速度で展開された。

 

掌底で腹を打ち付け、同時に魔法を発動する。予想以上の魔法抵抗力に思わず眉をひそめるが、そのまま強引に干渉力を上塗りして魔法を打ち込んだ。

崩れ落ちる相手を意識から外し、後ろから突き出される拳を半身になって受け流す。そのまま身体の勢いを止めることなく裏拳へと繋げ、先ほどと同じように相手の情報強化を貫いて振動魔法を発動させた。

 

残り三人になったところで相手が体勢を立て直した為、一度距離を取り、予想外の魔法抵抗力の正体を見極める為に叡智の眼(ソフィア・サイト)の深度を深める。

 

「これは……強化人間か……」

 

眼で見て判明した事実に、胸糞悪いと誰に向かってでもなく吐き捨てる。

調整に調整を重ねた彼らの身体は、高い能力と引き換えに、既に立っていられるのが不思議なほどに中身がボロボロだった。そんな状態でも戦闘ができているのは、まさしく命を燃やしているからに他ならない。俺の眼には、最後の輝きを見せるかのように活性化する霊子(プシオン)が捉えられていた。

 

厄介だと、思わず内心で呟く。この程度の相手に後れを取るはずもないが、命が掛かっているような人間は予想もできない行動に出ることがある。USNAもそれを理解した上でやっているのだから、本当に質が悪い。

 

「……仕方ないな」

 

あまり得意じゃないが、と一人呟き汎用型CADを操作する。発動するのは加重系統魔法【グラビティフレーム】。効果は指定した空間の重力を操作するというもの。

加重系統魔法はどちらかといえば苦手な部類なのだが、複数の相手を捕縛するにはうってつけだ。空間を対象にすれば、わざわざ魔法抵抗力を突破する必要もなくなる。

 

「ぐっ……」

 

重力の檻に囚われ、うめき声をあげて地面に叩きつけられる襲撃者たち。強化人間を相手にするのは初めてなので、加減が効かなくて骨に罅が入っているかもしれないが、それくらいは許容範囲内だろう。

恐らくもうCADを操作することすら叶わないはずだが、念のために振動魔法で全員の意識を奪う。

 

 

「……さて、どうしたもんかな」

 

倒れ伏した襲撃者たちから視線を外し、小さく呟いた。

 

一つ、息を吐き──

 

飛び退く。

 

 

 

 

 

────瞬間、閃光と残光が煌めいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

千葉修次は焦っていた。

監視対称──現在では護衛対象の司波紅夜から800メートル離れた状況で、突然ストリートファイトが始まったからだ。

事前に確認した調査書に、護衛対象の少年は気配に機敏で何らかの知覚系統魔法を行使するという情報があった為に、監視されていると気付かれないように距離を置いていたのだが、それが裏目に出た。

監視対象が魔法技能に優れていることは分かっているので、そう簡単にやられることはないだろうが、護衛としては対称が戦闘を始めた時点で大きな失態だ。既に戦闘が始まっている以上、とにかく早く駆け付けなければならない。

 

到着まで約三十秒。

この魔法による高速移動も、護衛対象から距離を取ってしまった理由の一つだろう。

 

獲物を持ち、階段から飛び降りる。

落下の僅かな時間でさえも今は惜しかった。

 

修次は全速力で駆ける中、少年が敵二人に掌底を打ち込んで戦闘不能にしたのが見えた。僅かな驚きと共に、感知できた魔法の感覚から恐らく振動系魔法を使ったのだろうと推測する。

対称の少年が魔法に優れていることは分かっていたが、マジック・アーツを使えることはデータになかった。

 

魔法技能に優れている者が戦闘技能が高いとは限らないということを修次は経験から理解していたが、どうやらあの少年はそれには当てはまらないらしい。

しかも情報によれば相手はUSNAの『スターダスト』────人体に対する調整と強化に耐えられず、数年以内に死亡が確定視されている決死隊だ。

 

並みの高校生では全く歯が立たないであろう魔法生体兵器。しかし、その相手に司波紅夜は苦戦どころか埃一つもつけることなく圧倒して見せた。

修次が駆け付ける頃には既に戦闘は終わっていたのだ。

現場の手前で、思わず足を止める。

 

「さて、どうしたもんかな」

 

そう呟いた紅夜の眼は、間違いなく建物の影にいる修次を捉えていた。

──流石に気付かれるか。

僅かな驚嘆を覚えながらも、敵意を示さないようにゆっくり一歩を踏み出す。

 

 

 

直後、大規模な魔法の発動を感知した。

 

 

 

 

 

 

ガンガンと警報を鳴らすように、視界が紅く明滅する。

 

頭に響くような視界を意識外に追いやり、反射的に展開していた障壁魔法を解除して、魔法的リソースの大半を情報収集に回した。

 

叡智の眼(ソフィア・サイト)】により、エイドスとプシオンにアクセス。身体構造解析によるダメージの確認。攻撃方法の解析。周囲の索敵。敵意の有無。

ほぼ無意識下で収集した一連の情報は、0.1秒にも満たない刹那の間に脳裏に叩き込まれた。

 

「チッ……」

 

思わず小さく舌打ちをする。

油断しているつもりはなかった。確かに戦闘が終わった直後に千葉修次に意識が向いたことで、索敵範囲は狭まっていたかもしれない。しかし、警戒自体を怠ったつもりはなかったし、事実、攻撃を受ける直前に魔法の発動は察知していた。それでも、術式焼却(グラム・コンバッション)の発動は間に合わなかったのだ。

 

久々に感じた死の感覚に、鼓動が大きく跳ねる。

 

背筋を這い上る感覚を前にして、だからこそ俺は口角を釣り上げて見せた。

いつも通り、心から虚飾に彩られた笑みを貼り付け、魔法の発動地点に目を向ける。

 

「……っ!」

 

暗闇の先。街頭の明かりが薄く広がる道路の中央。

スポットライトに照らされて、深紅の髪を持つ悪魔が息を吞んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所詮、物語か────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





最近ハーメルンの機能が充実してて、感謝感激雨霰。
今日も、お気に入りの最新リンクが総話数から最新話に変更されたとのこと。ありがてぇ…。

出来る限り最新の機能を試して取り入れていきたい派。

と言うわけで、アンケート機能のテスト。
あくまでも意識調査なので、別にこのアンケで何が変わるわけでもないです。


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来訪者編XVI

 
明けましておめでとうございます。

ポケモンが楽しすぎる今日この頃。
ポケモンの小説書きたい欲が凄いけど、絶対難しいよね……。

ちなみに毎年この時間に投稿する話は、31日の15時から22時の間に書いています。
宿題は後回しにするタイプ。

あと、お気に入り4000突破ありがとうございます。
圧倒的感謝……!!



 

プラズマの余熱が肌を焼き、深紅の髪が炎のように揺らめく。此方を睨め付ける瞳は、彼女の蒼穹とは似ても似つかない金色に染まっていた。

 

「……リーナか」

 

呟き反応を見るが応えはない。それは彼女が「アンジェリーナ」ではなく「アンジー・シリウス」として立っているからなのだろう。

リーナから一切視線を外さないように警戒しながら、残りのキャパシティは全てエイドスの情報収集に回すが、やはりエイドス側からではパレードを打ち破ることはできないようだった。しかし、それ自体は大した問題ではない。いくらエイドスの情報を改竄しても、プシオンを観る俺の眼には無力だ。どういう訳か、位置座標のエイドスは改竄していないようだが……

 

問題は先ほど放たれたプラズマビーム。

 

現代魔法において、プラズマを放つだけの魔法なら然程珍しいものではない。だが、それが指向性を持ち完全に収束されたビームならば話は違ってくる。あれだけの威力を持ちながら完全に制御されたビームを放つのに、どれだけ魔法力が必要になるのか。恐らくあの魔法を放つ為に普段【パレード】で位置座標の改竄に使っている魔法演算領域を割いているのだろう。

深雪にも勝らずとも劣らない魔法力を持つリーナを持ってしても、多大なるリソースを割かなければならない魔法。さらに僅かに視えた放出系を基礎として構築された魔法式。これらが示すのは即ち────

 

「ヘビィ・メタル・バースト……?」

「────っ」

 

疑念を含んだ呟きだったが、その言葉に金色が小さく揺れ動いたのを俺の眼は間違いなく捉えていた。その反応があれば、今の魔法がヘビィ・メタル・バーストだと確信するには十分だ。

 

戦略級魔法【ヘビィ・メタル・バースト】

 

重金属を高エネルギープラズマに変化させ周囲にプラズマをまき散らす、数ある戦略級の中でも最大の威力を持つ魔法だ。

しかし、ヘビィ・メタル・バーストは戦略級の名が指す通り、広範囲殲滅型の魔法だったはず。だが、今の攻撃はプラズマを収束させてビームとしている上に、周囲の住宅地に一切被害がない事から、有効範囲までもが完璧に制御されているのは間違いない。

ここまで多くの事象改変を行う為に必要な魔法力は、()()()()()()()では足りないはずだ。それをどうしてリーナ1人で使えているのか。その秘密は恐らく、リーナが持っている杖。先ほど魔法の発射口となっていたあの杖こそがその秘密を握っているのだろう。

正直、今すぐにでもあの杖を調べ尽くしたい衝動に駆られるが、それを行おうとしたらもう一度あの杖からプラズマが放たれるのは想像に難くない。

 

そして何よりも問題なのは、その放たれたプラズマビームを防ぐ手立てを俺が持ち得ていないことだ。

 

現在の間合いは60メートルはあるが、先ほどの攻撃はその距離を2ミリ秒で詰めてきた。発動されてからでは対処できるような強度を持つ魔法は間に合わず、発動までの間も速すぎる為に術式焼却では後手を取るだろう。

 

だが、それほどの速度を持つのなら、それが例えプラズマだったとしても強い衝撃波が発生するはずだ。それがなかったということは、あらかじめプラズマの通り道が作ってあったのは間違いない。つまり、その通り道を先に察知すれば対処することも不可能ではないはずだ。

 

僅かな兆候でも見逃さないように知覚を総動員してリーナを観察していると、突如としてリーナが踵を返し振り返ると、薄く、笑う。誘っているのは、明らかだった。

悩んだのは一瞬。罠があるのは間違いないが、それを差し置いて往来の真ん中で魔法を打ち合うわけにもいかない。それに、罠があろうが何だろうが、俺が負けるはずがない。

自分を鼓舞するように、そして相手を挑発するように、不敵な笑みを浮かべる。

 

その視線を受けて尚、リーナは笑うと、軽やかに地面を蹴って跳躍した。

 

 

 

 

 

 

東京という煌びやかな街の中に埋もれるように存在する小さな空き地。昼夜を問わず明るい街の中にある暗い空白地帯。そこにある小さな街灯の下で、リーナは黄金の髪を晒していた。

空き地に一歩踏み入れて、気づく。夜の黒い帳の下に、さらに被さるように展開された光学系魔法。恐らく監視衛星や成層圏プラットフォームのカメラを遮る効果を持つ魔法。そしてそれが、この空き地にかけられている唯一の魔法だった。

 

「コウヤ」

 

罠の一つもないことに意外感を持っていると、除き見られる心配がなくなったからか、はたまた別の理由か。リーナは普段と同じように俺の名前を呼んだ。

 

「まさか本当についてくるとは思わなかったわ」

「女性の誘いは断らない主義なんだよ」

「嘘ね、嘘」

 

軽い冗談を取り付く島もなく切り捨てられ、おどけるように肩を竦ませる。

 

「リーナだって、誘うにしても随分とつまらない場所を選んだじゃないか」

「これで十分よ。アナタにも、ワタシにも」

「随分と自信家だな」

「アナタは自惚れ過ぎね」

 

まあ否定できないな、なんて内心で小さく笑っていると、リーナは脇下で抱えるように杖を構え、こちらへと向けてきた。

 

「コウヤ。投降しなさい。アナタがどんなに強くても、このブリオネイクの前では無力よ」

「ブリオネイク、ね……」

 

綴りから考えて、元はブリューナクか? それは何とも、運命的な話じゃないか。

最近使えるようになった魔法の名前を思い返して、小さく笑う。

 

それを勧告の否定と捉えたのか。

 

リーナの持つ杖の先についた円筒の中に、魔法式が構築されたのを知覚が捉えた。術式焼却は────間に合わない。

反射的に起動式を()()()()()()()()()、障壁魔法を構築する。

 

杖の先端が煌めいた。

 

障壁とせめぎ合ったのは、ほんの一瞬。ガラスが割れるような音と共に細い閃光が右腕の側をかすめた。

右肘の上に久しく感じることのなかった激痛が走る。衝撃に体が揺れ、その勢いを利用して後ろに大きく跳んだ。生垣を飛び越え、着地する。骨まで抉られ辛うじてつながっている右腕に気を取られ、片膝をつくと、プラズマの刃が目の前の生垣を焼き払った。

左手でCADを構えたまま、虚空に消えるプラズマの刃を観察する。

 

「ブリオネイク。太陽神ルーの持つブリューナクを再現したという意味か? 俺を自惚れていると言うなら、そっちは自惚れが過ぎるぞ」

 

杖を構えたまま、歩み寄ってくるリーナに語りかける。

 

「そうかしら? コウヤは今にも死ぬかもしれないのに?」

 

焼け落ちた生垣を挟んだ位置で立ち止まると、杖の中で再び起動式が展開される。

 

杖の中に仕込まれた重金属をプラズマに分解する魔法。そして、魔法によって生み出されたプラズマが、それを包む円筒の中で刃へと形を変える。

構えたCADのすぐ先に突き付けられた刃を見て、最後のピースが嵌る音が聞こえた。

 

「……自惚れが過ぎるという言葉は撤回しよう。まさか、FAE理論を実用化させていたとはね」

 

俺のセリフを今まで冷たい表情で聞いていたリーナだったが、FAE理論を口にした瞬間、大きく目を見開いて驚きを露わにした。

 

「どうしてアナタがFAEセオリーを知っているの?」

「別におかしな事じゃないだろ。アレはUSNAと日本の共同で行われた研究だ」

「でもあれは極秘研究よ! しかも破棄された研究のはずだわ!」

「その極秘を君は知っていて、破棄されたはずの研究成果がそこにあるじゃないか」

 

言葉に詰まったリーナを見て薄く笑い、会話を続ける。

 

「フリー・アフター・エグゼキューション。魔法の発動直後に生じる物理法則の破綻した僅かな時間に魔法を差し込むことによって、物理法則を完全に無視した改変を行うという理論だ」

 

 

「実に面白い理論だよ。これを利用すれば、物理法則によって縛られることなく事象改変を行える。例えば、拡散するはずのものを収束させて指向性を持たせたり、拡散する性質そのものを抑え込んで、一定の形状変化させることもできるはずだ。そのプラズマの刃みたいにね」

 

 

 

「だけど魔法発動直後に生じる物理法則の破綻なんて、ほとんどないに等しい。忌々しいことに、世界の修正力とやらが働かないのは、1ミリ秒にも満たない僅かな時間だ。そこに魔法を差し込むなんて、人間の反応速度では不可能に近い。だからFAE理論は、理論止まりで実証されることはなかった」

 

 

 

 

「まさかそれを────その物理法則を遮断する結界の中で魔法を発動させることによって、無理やり物理破綻のタイムラグを伸ばすなんて。それを考えた技術者は間違いなく天才だよ。……ああ、ヘビィ・メタル・バーストを考えたのもその技術者か。だったら、あの魔法の完成度の高さにも納得がいく。確かにリーナの言う通り、俺は自惚れてたみたいだな」

 

 

 

 

 

「コウヤ!」

 

 

 

 

 

俺の言葉を聞いていたリーナが突然大きな声を上げた。いつの間にかプラズマの刃が消えていたブリオネイクを構え直し、こちらを強く睨みつけてくる。

 

「もう一度だけ言うわ。投降しなさい!」

 

それは、戦意が失われそうな自分を奮い立てるような、そんな叫び声に聞こえた。

 

 

「俺を捕らえてどうするつもりだ?」

 

 

薄く、笑う。

 

 

「人体実験か? 俺は魔法力が高いから、その秘密を暴く為に体中を弄り回すのかもな」

 

 

リーナの顔が青く染まる。

 

 

「それとも、洗脳か? 便利だからな。実力があって何でも言うことを聞く死兵は」

 

 

それは、いつか聞かせた毒。

その続き。

 

 

 

「──そうやって、戦争の道具にするんだろう?」

 

 

 

 

 

 

「──……っ、動けなくしてでも連れて行く!」

 

何かを振り切るように告げたリーナが、ブリオネイクの先端を紅夜の足先へと向けた。

絶対絶命の状況。左手にCADは握られているが、引き金を引く様子はなく、今から魔法を発動してもヘビィ・メタル・バーストの発動には間に合わない。

それでも尚、紅夜は笑う。

 

そして、発動された魔法が紅夜の足を貫く────ように見えた。

貫かれたはずの紅夜の体は、ゆらりと不自然に揺れ、消えた。

 

「なにが!?」

 

動揺を隠そうともせず慌てて周囲を見渡すリーナ。その視線が自分の背後まで及んだ瞬間、深紅の瞳と視線が交わった。

 

「おやすみ」

 

その瞬間、リーナが何を言おうとしたのか。ただ、音もなく口を開けて、それより先に紅夜が()()()()()CADの引き金が引かれた。

 

 

 

 

 

「リーナ」

 

後片付けを終えて戻って来た紅夜は、未だに意識を失っているリーナに聞こえていないと知りつつも語りかける。

 

「やっぱり君には軍人は向いてないよ」

 

例えば最初にヘビィ・メタル・バーストを撃って来た時、周囲の被害を考えずに魔法を放っていたら、紅夜は間違いなく戦闘不能になっていただろう。

ヘビィ・メタル・バーストで右手を狙った時も、最初から両足を吹き飛ばすつもりで撃たれていたら、もっと大きなダメージを負ったのは間違いない。

FAE理論も別にバレたところでリーナには関係のないはずだったのに、律儀に紅夜の話に付き合っていた。

何よりも、紅夜の話にあんなにも動揺したことが、彼女の甘さを表していた。

 

「だからあんなにも、精神が無防備になる」

 

話に付き合わなければ、揺らぐことはなかった。普段の彼女なら、紅夜が発動した魔法に気付けないはずがない。リーナならば──クドウならば気付ければ対処できる程度には、簡単な魔法だったはずなのだ。

 

「やっぱり君は、シリウスには向いてない」

 

呟き、地面に倒れたリーナを抱えて、気づく。

 

「……この服、気に入ってたんだけどな」

 

右側だけが半袖になった服を見て、小さくため息をついた。

 

 

 




 
毎年後書きが長くなるのは小説的になぁ……と思いつつ、一年に1、2回しか更新しないから話したいことが多いのでついつい後書きが増えるんですよね。
まあ、活動報告でやれって話なんですが。

小説でどうしてこの表現を選んだのか、とか。もっとこうした方がいいとか。
ふと、他の人と文書について語り合ってみたいと思ったので、もしかしたら活動報告でそういう話をするかも。メッセージとかくれてもいいのよ?
というわけで、みんな作者のお気に入り登録をしてくれよな!(ダイマ)(ダイマックスではない)

それでは皆様、今年もよろしくお願いします。



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来年者編XⅦ

 
期待させてたらごめんね。
なんか先ほどXⅦが二つ投稿されているという指摘を受けて確認したところ、確かに2つあったんですが、どうにも小説の話数が両方52/52だったり、投稿した時点で確認したのに同じ時間に二つ投稿されていたことになってるし、なんだかバグっぽかったので、念のためにコピーをして削除。
案の定両方消えました。

マジでコピーとった自分有能。

再投稿となりますが、文句は運営に言ってください。
でも常に機能改善してくれる運営は神様です!(手のひらドリル)

というわけで、二度目のあけおめ!




 

「…………ッ」

 

鈍い頭痛と共に瞼を開く。目に入ったのは、見覚えのあるワゴン車の天井だった。鈍痛が響く頭を抑えながら体を起こす。ふらりと、体が揺れたのは身体的疲労からではなく精神的な疲労からだ。

先ほどの戦闘で受けた魔法を思い返し、今日一日はこの疲れは取れないだろうと判断する。重い頭で自己診断を終えた後、ようやく違和感に気付いた。

 

「誰もいない……?」

 

スッと頭が冷えていく。いや、血の気が引くの方が正しかったかもしれない。

今乗っている車は、見た目こそ普通の大型ワゴン車だが、その中身は移動中継基地としての機能を詰め込んだ軍用のものだ。それを、リーナを残して放棄するなど考えられなかった。

 

(一体何が……)

 

戦闘の跡もなく、忽然と人が消滅したとしか思えない車内。重い体を引きずって車載情報システムのコンソールにたどり着く。車内の状況を常に録画していたことを思い出したのだ。疲労からか、僅かに震える手でコンソールを操作し、システムを起動する──はずだった。

 

「えっ?」

 

何も起こらない。何かの間違いかと考え、もう一度操作する。今度は間違えないよう慎重に。それでも、システムの反応は一切なかった。何度繰り返しても得られる結果は同じ。電源は入っているはずなのに、コンソールをどれだけ操作してもシステムが動くことはなかった。

 

(……そうだ。コントロールルームは?)

 

そうして通信機器に向かい操作をしようとして、リーナはコンソールに拳を叩きつけた。何度確認しても、車内のシステムは何一つとして動くことはない。ありとあらゆるデータが、外からではわからないよう巧妙に破壊されていた。

 

「何が起きてるのよ……」

 

頭がこんがらがりそうだった。車内には戦闘の痕跡もデータも何もかもがない。最初から何もないのが当たり前のような不気味な状態。残っているのは、疲労感と気絶直前の記憶のみ。──まるで、夢を見ていたようだった。

そこまで思考を回して、ハッと気付く。

 

()()()()じゃなくて、本当に夢……?)

 

最後に紅夜がCADを持っていたのは、半ば切断されていたはずの右腕だった。何より、動かないはずのその手で発動したのは、精神干渉系魔法の【ルナ・ストライク】。

 

(まさか、紅夜は精神干渉系統に高い適正を持つ魔法師……幻影使い(イリュージョン・マスター)?)

 

それならば、今の戦闘にも説明がつく。切断された腕を治す魔法なんてあり得ない。あれは、右腕が切断されたという幻影を見せられていたと考えるなら納得がいく。そして、それほどの実力を持つ幻術使いなら、【パレード】見破ることだって可能なはずだ。

リーナは混乱した頭でそんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

リーナを気絶させた俺は、地面に倒れた彼女を放り公園に隣接する駐車場に向かった。

リーナには追ってくることはできないダメージを入れたので、拘束する必要はないだろう。俺が最後に使った魔法は、サイオン波で脳震盪の錯覚を起こさせる【幻衝】*1と精神に直接ダメージを与える【ルナ・ストライク】*2の合わせ技だ。簡単に目が覚めることはないだろうし、仮に意識を取り戻しても精神にダメージを入れたのだから、しばらくは魔法の発動に影響が出るようになっている。

 

それよりも今優先すべきなのは、バックアップチームの方だ。

USNAが自国の戦略級魔法師を切り捨てるはずがない。その証拠に、周囲の監視を誤魔化すための光学系魔法は、未だに解かれる気配はない。つまり、彼らが撤退するには、リーナを回収する必要があるはずだ。

それまでの時間で、バックアップチームを始末する。

 

リーナは仕方がないだろう。USNAの戦略級魔法師を殺害した場合、世界のバランスに大きな影響が出る。それに、恐らく彼女は原作に必要なキャラだ。だから、右腕を切られた後は俺が強力な精神干渉系魔法師だと勘違いさせるように立ち回った。

だが、他の奴らは別だ。データを残せば、俺が今の戦闘でルナ・ストライク以外の精神干渉系魔法を使っていないことがバレてしまう。故に、今の戦闘を見た者は誰一人として生かしておけない。

 

 

 

探知のために、【叡智の眼(ソフィア・サイト)*3にリソースを注ぐ。幸い、さして遠くない場所に光学系魔法の術者を乗せたワゴンがいた。

ポケットに手を突っ込んで汎用型CADを操作、【伸地迷路(ロード・エクステンション)*4を発動し、車両を走行不能にする。続けて光学系魔法で周囲の視界を遮る。

こちらの魔法発動を探知されたのか、ワゴン車の窓から無数の銃口が覗いた。右手でCADのトリガーを引き、【クロスブレイズ】*5を発動。特殊なサプレッサーがついているのか、殆ど音のない銃弾が射出される。しかし、俺の手前で全てが熱を残して焼滅した。

 

銃は効力がないと悟ったのか、ワゴン車の扉が勢いよく開け放たれ、大型ナイフを手にした男たちが飛び出してきた。同時に、車内で起動式が展開されたのが観える。

飛び出してきた男は3人。エイドスを読み取り、身体強化と概念強化以外の魔法がかかっていないことを確認する。この時点で、白兵要員は脅威ではないと判断。対応を後回しにして、車内の術式に焦点を当てる。左手を腰のホルスターに回し、ドロウレスで【術式焼却(グラム・コンバッション)】を発動。術式が全て意味のないサイオンとして散り散りになったところで、白兵要員の一人がナイフを振り切る。

動く必要はない。ただ魔法を維持しているだけで、俺の手前に到達したナイフは、腕ごと焼き消えた。

 

立ち止まった男たちに向けてCADを突き付ける。セットされた起動式は、俺の特異魔法【トリシューラ】。領域干渉と情報強化を破壊して、最後に標的を焼滅させるという、兄さんのトライデントに限りなく近い性質を持つその魔法を、白兵要員たちに向かって発動させた。

その後の結果を確認することなく、地面を蹴って一足でワゴン車の中に飛び込む。CADのセレクタを操作し、起動式を変更。読み込んだのは【レヴァティーン】*6。CADを実銃のように突き出し、その先端に発生した仮想領域で車内にいる魔法師たちの頭を打ち抜いた。

 

バックアップチーム全員の始末を終えて一息吐くと、最初に発動した光学系魔法を解除。データキューブを拝借して、車載コンピュータのデータをすべてコピーする。

本来ならば、ワゴン車ごと消してしまった方が楽だったが、念のためにデータが欲しかったので一人ずつ始末することにしたのだ。

最後にデータをすべて破壊した後、死体を車外に放り出し、床に付着した血液を魔法で綺麗にする。死体は片づける必要はない。どうせ、今覗いている誰かが片付けるはずだ。

そう判断して、リーナを回収するために公園に向かった。

 

 

 

 

 

「────以上が事の顛末です。俺がリーナをワゴン車に運んだ時には、既に死体は回収されていました」

『そう。きっと七草家の関係者でしょうね』

「七草ですか?」

 

電話越しに聞こえた真夜からの返答に、俺は軽く目を見張る。戦闘不能になっていた千葉直次も回収されていたし、てっきり千葉家が関係していると思っていたのだ。

そんな俺の意外そうな声が分かったのだろう。真夜は言葉を続ける。

 

『東京は現在、七草の勢力圏です。それに、弘一さんが何やら画策していたことも耳に入っていましたから』

 

現七草家当主、七草弘一。彼と真夜の関係は浅からぬものがあるはずだが、声音からはそれを読み取ることはできなかった。

 

『監視者には紅夜さんの魔法は見られていないのよね?』

「一応、周囲からの視覚は魔法で遮断していました」

 

最も遮断していたのは視覚だけだったので、他の感知手段を持っていた場合、完全に見られていないと言い切るには不安があった。かと言って監視者に手を出すと、もっと面倒なことになっていた可能性があったので、それ以上の手を思いつかなかったのだ。

そんな曖昧な返答だったためか、真夜の言葉も、まあ、いいでしょう。と煮え切らないものから始まった。

 

『今確証を得られるのは困りますが、遠からず紅夜さんの立場は、はっきりさせるつもりです』

「……わかりました」

 

それは、覚悟をしておけという真夜の遠回しな忠告だった。四葉紅夜としての先、そして兄さんたちのこれからのことを考える必要がある。

 

『ひとまず、紅夜さんのバックアップしたデータを送ってください。米軍の方は、こちらで何とかしますから』

 

真夜が簡単に言ってのけたその言葉に驚くことはない。

四葉という家は、他の十師族に比べて規模は小さい。しかし、秘密裏に活動している諜報員や暗殺部隊など、闇から闇に葬る仕事では他の家よりも得意とされている。三十年以上経ってもなお、アンタッチャブルとして恐れられる要因がそこにあった。故に、真夜ができると言ったのなら、それは現実となるだろう。

バックアップデータを転送した俺は、カメラに向かって頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

翌日の朝。

朝食を食べながらテレビを見ていると、USNA海軍の小型戦艦が日本の領海を航行中に機関トラブルが発生し、漂流していたところを防衛海軍に保護されたというニュースが流れてきた。昨日の電話をしてからの対応がいくら何でも早すぎる気もするが、真夜のことだし俺が連絡する前から何か手を回していても不思議じゃない。

流石だなと一人頷いていると、深雪がギリッと擬音が付きそうな目でこちらを睨んできて、思わず動きを止める。昨日の夜も大層機嫌が悪く逃げるように就寝したのだが、どうやら朝になってもそれは続いていたらしい。

こうなることが分かっていたから、深雪に黙って色々終わらせるつもりだったのだ。それなのに、こんな時に限って母様譲りの直感を嗅覚的に捉える能力を発動させて、家に帰った途端にリーナたちと戦闘したことがバレて洗い浚い吐かされたのだ。

 

「あー…まあ、もう終わったことだし、紅夜に怪我もないからいいじゃないか」

 

目を逸らした先で助けを求めると、兄さんが苦笑しながら深雪に声をかける。流石兄さんといえばいいのか、それとも流石深雪というべきなのか、その一言でこちらを睨みつけることはなくなった。

それでも深雪は文句を言いたげに、頬を軽く膨らませて不満げな顔を隠そうともしない。

 

「悪かったよ……。次から何かあったら連絡するし、頼らせてもらうよ」

 

その不満は、きっと姉としての矜持だった。深雪にとって、俺がどれだけ強くても、怪我をすることがなくても、姉として俺を守り心配することが当然のことなのだ。

それが少し嬉しくもあり、同時に照れくささも感じて、何となくむず痒さを感じながら、そんなことを言った。

 

 

*1
サイオンの衝撃で脳震盪の錯覚を起こす無系統魔法

*2
幻影で精神に直接ダメージを与える系統外魔法

*3
エイドスとプシオンを認識できる知覚系統魔法(オリジナル)

*4
摩擦を近似的にゼロにする放出系魔法

*5
中に入った物体を燃滅させる仮想領域を身に纏う振動加速系魔法(オリジナル)

*6
物体を燃滅させる仮想領域を自由に伸縮させる振動加速系魔法(オリジナル)




 
流石に前書きと後書きはコピーしなかったので、再現不可能です。
でも確か注釈機能のアンケートを取ってたはずなので、もう一度やっときます。

ことよろ!



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来訪者編XⅧ

 
あけおめ!



 

2096年2月16日月曜日。

本来授業が行われているであろう時間帯にも関わらず、俺は東京から遠く離れた旧山梨県の四葉本邸に訪れていた。

 

「……失礼します」

 

机の上に置かれた紅茶を無言で手に取る。

普段ならば、印象を良くする為にも笑顔でお礼の一言でも添えるのだが、どうにも今はそんな気分にはなれなかった。

 

場所は四葉本邸の一室。真夜が好んで使う和洋入り乱れた応接間。

普段と変わらぬ暗黙の指定席で、俺と真夜は向き合っていた。そして真夜の斜め後ろには、変わらず葉山が控えている。

 

暗黙で定型が出来る程度には重ねられてきた対話の時間。常に3人で行われていたその空間に、今日は1つの異物が混入していた。

 

チラリと、紅茶を置いたメイドに視線を向ける。

盗み見る、とうい行為を行なったのは何時振りだろうか。

この眼があればそんなものは必要ないはずなのに、どうしてか肉眼で確認をしておきたいという気持ちがあった。

 

「あら、紅夜さんはこの子が気になるの?」

「いえ……はい。すみません、真夜様」

 

咄嗟に誤魔化そうとして、嘘は意味がないと思い直し、素直に肯定する。

メイドの事を盗み見たのは、対面に座る真夜からは分かりやすかったようだ。

この眼に慣れ過ぎた弊害だな、と内心で苦いため息を吐いた。

意識を切り替え、目の前に座る真夜へと視線を戻す。

 

「構いませんよ。ちょうどこの子を紹介しようと思っていたのだから。水波さん、挨拶なさい」

「初めまして、紅夜様。わたくし、桜井水波と申します。よろしくお見知り置き願います」

「……ああ、こちらこそよろしく頼む」

 

真夜の後ろに周って頭を下げたメイド服の少女──桜井水波。そんな彼女に対して、俺はどうにかありきたりな短い言葉だけしか返すことができなかった。

思わず、水波に向けていた視線を真夜に向ける。

 

「真夜様、彼女は……」

「ええ、桜シリーズの一人。桜井穂波さんの姪に当たるわ」

 

桜井穂波。母様のガーディアンをしていた彼女は、俺や兄さん、深雪にとっても思い入れのある人だ。

俺たちが子供の頃に巻き込まれた戦闘、沖縄海戦に当たって、マテリアルバースト発動のために兄さんを守り、その際の魔法酷使によって倒れた人。

原作と違い、俺が大半の攻撃を防いでいた為に死には至らなかったが、元々の調整体としての寿命もあり今では床に伏している。

 

もう長くはないと告げられた桜井穂波。

桜井水波は、そんな彼女をそのまま小さくしたような瓜二つの容姿をしていた。

 

「そして、彼女が紅夜さんを呼び出した理由よ」

 

真夜の声に、ハッと意識が引き戻される。

そう。俺が平日にも関わらず四葉家に居るのは、真夜直々の呼び出しがあったからだ。

 

「……本題はなんでしょう?」

 

水波を紹介するのが目的というだけで、わざわざ俺を呼び出すとは思えない。

つまり、水波を紹介したのは本当に話したい事と繋がることなのだろう。

そしてそれは、余りにも簡単に予想ができる内容で、真夜もそれをわかっている様子で微笑み口を開いた。

 

「紅夜さん。制約を解きましたね?」

「……ええ、必要なことだったので」

 

系統外・精神干渉系魔法【制約(リストレイト)】。

兄さんに掛けられた【誓約(オース)】の前身ともなったこの魔法は、母様と俺が生み出したものだ。

効果は、魔法力を使った魔法演算領域の制限。つまり、魔法による魔法発動の束縛だ。

 

これだけ聞けば、魔法師に対して無類の強さを発揮する有用な魔法に思えるが、この魔法には致命的な欠陥が存在する。

それは、この魔法の発動対象にできるのが術者自身だけというもの。つまり、自分で自分自身の魔法演算領域を縛るという全く意味のない魔法だった。

誓約(オース)は暗示を利用した部分的なマインドコントロールとしてある程度応用の幅があるが、制約(リストレイト)は魔法演算領域を縛る事のみに特化している上に自身にしか効果がないため、使い道も何もない。

 

何故そんな魔法を作ったのか。

それは、俺の魔法が暴走しないように。そして、暴走した際の被害を減らす為だ。

つまりこれは、俺による俺の為だけの魔法。

 

灼熱劫火(ゲヘナフレイム)の被害から、紅夜さんが制約を解いたのは分かっていました。しかしそれに加えて、シリウスと戦闘した際に仮装行列(パレード)を見破っていたようですね。……いったいどこまで解放したのかしら?」

「今は2つ目です」

 

俺が自身に施した封印は3段階に分けられていた。

1つ目は、単純に普段から使用する演算領域に対するもの。これは灼熱のハロウィンにおいて、灼熱劫火の使用時に原作と同様の被害をもたらすには足りないと判断して解除した。

更に、この封印は俺の特異魔法を封じるもので、1段階目の解除によって特異魔法である振動加速がより本来の形に近づき、情報次元への直接干渉を可能とした。

 

2つ目の封印は、俺の特異魔法に付随する知覚能力への制限だ。これにより、叡智の眼(ソフィア・サイト)はより本来のものに近い精神情報(プシオン)への知覚能力を取り戻した。

ここまでが現在使える魔法領域。そして、3つ目の封印を持って、俺の魔法は完全なものとなる。

 

「あら、まだ最後の封印は解いていないのね」

「……えぇ、まあ」

「まだ、躊躇っているのかしら。今の紅夜さんなら、魔法を暴発させることもないでしょう?」

「いえ、タイミングがなかっただけです。必要になれば枷は外します」

「そう。それなら、約束通り紅夜さんにもガーディアンを付けることになりますけど、構いませんね?」

 

守護者(ガーディアン)。それは、真夜に起こった悲劇を二度と起こらないように作られた仕来りだ。

四葉の血を引く者には必ずガーディアンが付くことになっている。当然、俺もこの例に漏れることはないが、原作との乖離を恐れてガーディアンが付くことを避けてきた。

もちろん本当の理由を言う訳にはいかないため、表向きは兄さんが近くにいること。そして、俺の魔法が暴走した際に巻き込み兼ねないことを理由に拒否をしていた。

事実、俺の魔法が暴走した場合、兄さんしか止められる者がいない為、ここまで俺にガーディアンが付けられることはなかったのだ。

しかし、封印を解くということは魔法を完全に掌握したという事になる為、ガーディアンが付くことを了承する。そういう約束だった。

 

「という事は、彼女が……?」

「いえ。水波さんは、深雪さんのガーディアンとして働いてもらうつもりです」

「深雪は常に兄さんに守られています。ガーディアンが必要だとは思いませんが?」

「達也さんにはいずれ、それなりの立場について貰うつもりです。深雪さんに付きっ切りという訳にはいかないでしょう」

 

真夜の話に思わず眉をひそめる。それは、聞きようによっては兄さんと深雪を引き離すとも捉えられる発言だ。それに、深雪に付きっ切りとはいかない立場を与えるということは、間違いなく兄さんを四葉の兵器として利用する気だということになる。

態度があからさま過ぎたのか、俺の表情を見た真夜は苦笑しながら口を開いた。

 

「安心なさい。少なくとも私は達也さんと深雪さんを引き離そうとまでは考えていません」

「……そうですか」

 

私は、ということは他の四葉関係者には兄さんと深雪を引き離したい者がいるということだ。心当たりはあるが、それがどの程度のものなのかが問題だ。場合によっては、いずれ一戦交える必要があるかもしれない。……いや、それは今考えても仕方のないことか。

ふぅ、と一息吐いて気持ちを切り替える。

 

「ところで、結局俺のガーディアンはどうなるんですか?」

「紅夜さんのガーディアンになる予定の子は、現在暗殺の研修を受けて貰っています」

「暗殺ですか? ガーディアンの研修で行われていた記憶はありませんが……?」

 

四葉で暗殺の研修が行われていることに疑問はない。黒羽やその関係者が必ず受けていることは知っている。

しかし、ガーディアンにはそれ専用の訓練プログラムが用意されていて、そこに暗殺の項目はないはずだ。

 

「ええ。彼女は桜シリーズなのだけれど、魔法特性が護衛には不向きみたいなのよ」

「珍しいですね」

 

桜シリーズは障壁魔法を得意とする調整体だ。特に対物耐熱障壁が重点的に強化されていて、俺の特異魔法を防ぐ事までは出来ずとも、並大抵の魔法師では突破することはできない。

桜シリーズは遺伝子操作を受けた調整体の中では完成度が高く、かなり安定している為、例外が現れるのは意外だった。

 

「彼女の魔法特性上、盾よりも刃として使う方がいいと思いまして」

「それなら、それこそ黒羽に任せれば良いのでは? わざわざガーディアンにする必要もないでしょう」

 

黒羽は四葉の裏の仕事を受け持っている一家だ。暗殺を含めた裏仕事は殆どを黒羽が行っているため、常に人手は必要なのは間違いない。

 

「最初はそのつもりだったのだけれど、どうやら性格が暗殺向けじゃないなのよ。けれど、紅夜さんなら上手く使えるでしょう?」

「まあ、普通の盾は必要ないですから、その方が助かるのは事実ですね。ところで、そのガーディアンはいつから来るんですか?」

「ああ、失礼しました。何もプロフィールを紹介していなかったわね」

 

そう言って真夜が隣にいる葉山に目を向けると、葉山は今時珍しい紙の書類を取り出して机に置いた。

 

「名前は桜崎奈穂さん。水波さんと一緒に、来年度から第一高校に通って貰います」

 

 

 

 

 

 

午後6時直前。

予定より少し遅れて学校から帰宅した達也は、着替える時間も惜しんで備え付けの電話機へと向かった。普段使っている居間の大型ディスプレイに連動ものではなく、画像処理すら削ってセキュリティに特化させた特別な音声電話だ。

達也が電話の前に立ったタイミングでコール音が響く。時間は6時、指定された時間ピッタリだった。

 

『もしもし、兄さん?』

「ああ、聞こえている」

 

受信ボタンを押すと、スピーカーから聞こえてきたのは紅夜の声。メールで連絡されていた通り、受信した電話番号は四葉家本邸からのものだった。

 

「それで、わざわざ秘匿回線まで使ってなんの用だ?」

『そうだね。先に俺の方の要件を済ませようか』

 

通常の用事であれば、メールなどで伝えれば問題ない。わざわざ秘匿回線まで使って電話するなど、それ相応に気を付けなければならない要件があるということだ。

それに、今日四葉本邸に呼び出された紅夜だが、遅くとも明日の朝までには帰宅するだろう。その時に口頭で伝えればいいものを、電話をしてまで伝えるということは、それだけ火急の要件であることは間違いない。

 

『これは葉山さんから聞いた話なんだけど、どうやらパラサイトの件で国防情報部防諜第三課が動いてるみたいなんだ』

「国防の第三課というと……七草の息がかかった面白部隊か」

『そうそれ』

 

国防情報部防諜第三課は、魔法と科学における最新鋭の技術を取り入れた国防部隊だ。

最新鋭というだけあって高性能な技術や備品が多く備わっているが、その中には実験的な意味も含んだ少々使いづらいものまで取り入れていることがあり、それこそが二人から面白部隊とまで言われる所以でもあった。

最も、二人の所属する独立魔装大隊も同等、もしくは上回る程に面白技術を取り入れいるため、第三課が億が一にでもこの会話を傍受していた場合、心外だと憤るに違いない。

 

「興味というのは退治や事件の解決という意味ではなく、パラサイトの捕獲ということか?」

『そこまではわかってないけど、多分兄さんの予想で合ってると思うよ』

「厄介だな……」

 

達也の呟きに、紅夜も電話の向こうで深くうなずく。

現状ですら混み合っているパラサイト包囲網に新たな戦力が加わったのだ。しかも、同じ七草でも真由美とは目的と別とした協力も見込めない団体だ。

 

『加えて我らが御当主様から、できればパラサイトを確保して欲しいとのことだ』

「それはまたなんとも……」

 

面倒くさいというのが達也の正直な感想だった。とはいえ、助かるというのも一つの事実。達也達はパラサイトを確保したとしてもその後の手段がないのは確かだ。

とはいえ、達也としてはいずれ対立する可能性のある四葉にわざわざ厄種を渡したくないという迷いもあった。

 

『まあ四葉に関しては命令ではなかったし、ピクシーのデータでも渡しておけばそれで十分だと思う』

 

そんな達也の悩みを見抜いたのか紅夜が付け加えた言葉に、少し安堵の息を吐いた。

いずれにせよ、今までとやる事は変わらないということだ。

 

「そうか。情報助かった」

『ああ。どうせ今からパラサイトを探しに行くんだろ? 気を付けてね』

「お見通しか。お前も気を付けて帰ってこい」

 

ピクシーから聞いた話は紅夜に共由していた。

それだけの情報があれば紅夜も、今までリンクしていたパラサイトがピクシーを放っておく訳がないという達也の推理と同じ結論に至っていることに不思議はない。

それでも、自身の行動を簡単に当てて見せる紅夜に叶わないなと苦笑して、通話終了のボタンを押したのだった。

 

 

 




 


最近文章を書いてなかった上に半分以上今日急いで書いたので、あまりにも雑な内容になっているような気がする。

実はまだ31巻と32巻を読んでいないので、原作がどんな結末なのか分からないんですよね。メイジアンカンパニーに至っては買ってすらいないという……。
正月中に32巻までは読んでおきます。

作中に名前だけ登場した桜崎奈穂は「司波達也暗殺計画」の登場人物です。
スピンオフ?番外編?のキャラなら軽率に登場させていいやろ!の精神。

更新は変わらず、期待せずに待っていてください。

ことよろ!!


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