ご注文は護衛ですか? (kozuzu)
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プロローグ 護衛と敵影ってなんか似てるよな。それが答えだ。

グリザイアの迷宮、楽園アニメ化しているのを観て書きたくなってしまいました。
初投稿です。宜しくお願いします。
グリザイアの時系列は学園入学する直前です。
ごちうさの方はココアが入って少し。プールに行く前です。
それでは、


「今日から、お前に護衛がつく」

 

「え?」

 

 

唐突に親父に呼び出された私は、いつもなら「了解いたしました」と言うところを府抜けた返事をしてしまった。

そればかりか、鳩が豆鉄砲をくらったような面まで晒してしまう。淑女にあるまじき失態だ。

 

 

「発言を許可する」

 

「あ、そ、その・・・何か特別な事情でもあるのか?」

 

 

そんなこと、訊かずともわかっている。

特別な事情でもない限り、私に護衛が付くことなどあり得ない。それは私が幼い頃から軍人の子として育てられたからである。

ちょっとやそっとのことでは動じない為の訓練は積んできたつもりだ。暴漢や変態などの類いなどには遅れはとらない。

その事は、そう育てた親父が一番理解しているはずだ。

であれば、だ。

何か私の手に負えない状況なのかもしれない、そう推測するのは自然なことだ。

ラビットハウスや学校の皆にも危害が加わる可能性があるのかもしれない。

そう思うと、自然と顔が強ばり、背筋が延びる。

だが、そんな私の緊張を察した親父は、頬を緩ませる。

 

 

「大丈夫だ。特にそういった事情ではない」

 

「そ、そうか…なら、良いのだが」

 

 

まずは一安心といったところだろうか。

皆に危害が加わる心配は拭えたわけだが、それだと、私に護衛が付く意味が余計に理解できない。

 

「まあ、護衛といっても形だけのものだがな」

 

と、親父は苦笑する。

ますます意味がわからない。私は首をかしげるばかりだ。

 

 

「事情はおいおい説明する。まずは、護衛に付く者を紹介しよう。…入ってくれ」

 

「はい」

 

 

親父の呼びかけに一拍置き、聞き慣れない声が真後ろから聞こえた。

 

 

「!?」

 

「そう警戒するな。彼に敵意はない」

 

 

そうは言っても、これでも私は実戦に出たことはないが厳しい訓練を、受けた(受けさせられた)身だ。人の気配には人より少しだけ、ほんの少しだけ敏感なはずだ。

それが、全く気付けないなんて……。

 

 

「紹介しよう。今日からお前の護衛の任に付いてもらう、風見雄二君だ」

 

「本日付で護衛の任にあたることとなった、風見雄二であります! お嬢と同級であります」

 

「な!?」

 

入室してから直立不動、さらに軍人のような台詞で自己紹介を無表情に告げる彼。

そう、彼。 男。 男性。 少年。

様々な異性を意味する単語が頭に駆け巡る中、私は狼狽する。

 

 

「どういう事だ親父!?」

 

「こういうことだ」

 

「答えになってないぞ!!質問の答えには具体的かつ簡潔な返答をしろと教えたのはあんただろ!?」

 

「まあ、落ち着け」

 

「これが落ち着いていられるか。百歩譲って護衛の事は置いておくとして、何故それがお、おおお、男なんだ!?おかしいだろ!!」

 

「話せば長くなるんだが……そうだな、少し前に起きた旅客機の立て籠もり事件は覚えているか?」

 

「ああ」

 

 

確かに、空港でテロリストの旅客機の立て籠もり事件があったとテレビで放送されていたが、それがこの護衛の事と何の関係があるというのだろうか?

 

 

「あれで人質に取られた女性、メディアには内密にされているが、うちの軍の元帥の一人娘だったらしい」

 

「はあ!?」

 

 

衝撃の事実だ。確かに、少し前に旅客機の立て籠もり事件があったのはニュースで観た。

人質を取られたが、軍の突入部隊の活躍により、犯人のテロリスト以外は乗客、乗組員、人質までもが傷一つなく解放されたという、記憶に新しいニュースだ。

だが、先ほどの親父の言葉が本当であれば、軍の危機管理で軍法会議もの事案だ。

 

「どうも、元帥が一人娘と喧嘩して家出中の出来事だったらしい。その時は元帥は別件で立て込んでてな。歯がゆい思いをしたと同時に、その時一番の功労者、つまりは彼にお礼がしたいと申し出た」

 

「功労者……?」

 

「あの霧の中で、旅客機の入口に立っていた1300m先の犯人の、銃を持っている手だけを正確に打ち抜いた。そして、知っての通り、人質は無事だった。全くの、無傷」

 

「う、嘘だろ……??」

 

訓練の内容には、勿論実弾射撃も含まれていた。なので、その状況下での狙撃の無謀さ、またそれを成功させた手腕は、もはや凄腕という肩書をすっ飛ばし神業にまで匹敵する。

 

 

「流石に眉唾だろ……?」

 

「ああ、私も話を聞いたときには同じことを思った。戦果は往々にして尾ひれが付くものだ。兵士の士気を向上させるためにな……だが、彼は本物だ。私が、自分の目で確かに見た。約4000mにも及ぶ、超遠距離射撃をな」

 

 

その異常性は、もはや言葉に出来るものではなかった。対人狙撃最大有効射程は、差はあれど大体800~1000mが相場だ。

対物ライフルとそれに対応する弾薬を使用したとしても、その有効射程は2300mほどだったはずだ。その、約二倍。対人狙撃では、約四倍近い超々遠距離射撃だ。600m先の的にも当てられるかすらわからない私にとっては、もはや未知の領域だ。

 

 

「発言、よろしいでしょうか?」

 

「ああ、構わん。というか、肩書は護衛だが、君は我が国の元帥の恩人。もう少し砕けた口調で構わんよ」

 

 

親父は頬を緩ませる。だが、彼の表情は全く変わることはなかった。

私はそれが少し不気味だった。彼の変わることのない表情が、闇夜をさまよう幽鬼のようで。

 

 

「ありがとうございます。では、差し出がましい様ですが、さすがに4000mは尾ひれがつきすぎです」

 

「そ、そうだよな。流石に、4000mはないよな……ははは」

 

 

流石に、4000mは脚色が過ぎる。

全く現実味に欠けた数字だ。

 

 

「正しくは、4350ヤード。メートル換算で3977.64mです」

 

 

そこなのか!! 単位の問題なのか!?

 

 

「ははは、まあ約4000mという事でいいだろう」

 

「は、話を中断させてしまい、申し訳ございませんでした」

 

「ええと、どこまで話したかな…?ああ、そうだ。で、元帥がどうしてもお礼がしたいと申し出た。……そこで彼は、なんて言ったと思う?」

 

 

親父が、まるで小さな子供に諭すように私に疑問を投げかける。

そのニヤついた顔が心底気色悪く、思わずナイフを投擲しそうになったが、どうせ投げても最低限の動作で回避されるのが目に見えていたので、私は何とか心を鎮め、答えを模索した。

 

 

「……そうだな、二階級特進、とかか?」

 

「何故助けた相手を殉職させる必要があるんだ、違う」

 

「じゃあ、うさぎのぬいぐるみ」

 

「確かにそれはそれで笑えるが、違う」

 

 

面倒になってきた私は、投げやりに答える。

 

 

「じゃあもう、一個師団寄越せ、とか無茶な要求したんじゃないか?」

 

「そうだったら元帥は彼をここまで気に入らなかっただろうな」

 

 

じゃあ、何だというのだ。

面倒だ。さっさと答えが欲しい。

そんな不満げな表情を親父は満足そうに確かめ、こう言った。

 

 

「答えは、『報酬は既に貰っている。追加報酬は無用だ』と」

 

「一軍人の模範解答じゃないか。それのどこが元帥に気に入られる要素になりえるんだ?」

 

「まあ聞け。続きがあるんだ。その後に付け足すように『どうしてもというなら……そうだな、酒池肉林か又は……普通の学校というのに、通ってみたかった』ってね」

 

「……」

 

 

私は、本日二度目の豆鉄砲を食らい、先程よりもひどい阿呆面を晒した。

が、今度は瞬時に回復。すかさず反撃。疑問を親父にぶつける。

 

 

「それが何で私の護衛につながるんだ?」

 

「ああ、それは元帥の意向だ。本当は普通の学校に通わせてやるつもりだったのだがな、彼の所属する会社がそれを許さなくてね」

 

「それで?それがどうして」

 

「彼を所有する会社から、買い取った。丸ごと彼を」

 

「はああぁ!?」

 

「で、その才能を腐らせてはいけない、いつでも、起用できるようにと階級と軍属を与えた。流石に士官待遇というわけにはいかなかったが、護衛という任務を与え、あくまでその任務という建前で彼には卒業まで普通(、、)の学園生活を送ってもらうことにした」

 

「何故形だけの護衛なのかは理解した。でも、なんでわざわざ私のところなんだ?他にも学校は腐るほどあるだろう?」

 

「ああ、本来なら元帥の一人娘の学園に入れてやるのがしかるべきなのだろうが、残念ながら彼女の学園は女子高だ。更に運の悪いことに、彼と同い年の子供を持ち、尚且つ、その子がとある条件(、、、、、)を満たす学校通っている、という軍人が軍の中で十数名ほどしかいなくてな。どうすべきか揉めたのだが…結局、くじ引きになった。で、だ」

 

なんてしょうもない、と思いつつもそれでさらに揉め事が起きて足並みが乱れては笑えない。そんな顔で親父は言った。まあ、ここまで推理の材料が用意されているんだ。もう、答えは一つしかない。

親父は、一呼吸おいて、

 

 

「くじ、当たっちゃった」

 

 

予想通りの答えを、口にした。しかも、軍人にあるまじき超軽い態度で。

 

 

「いや、私も女子高なんだが……」

 

「いや、何事にも例外はつきものだしな」

 

「じゃあなんで元帥の娘の学校にしなかったんだよ!?」

 

「あそこはほら、軍の圧力とか効きにくいから」

 

「うちの学校は何とかなるような言い草だなおい……」

 

「知らなかったのか?あの学校、母体は我が軍関係だぞ」

 

「……おおう」

 

 

またもや衝撃の事実だった。

という事は、とある条件(、、、、、)とやらは、軍が学校の運営に関与しているか否かといったところだろう。

であれば、それらの条件を備えた軍の関係者は確かに数が限られてくる。だが、だからといって、そこで見事くじに当選してくる、この親父の無駄な幸運を恵まれない子供たちに分配しなおしてほしいところだ。

かなりのところまで追い詰められた私に、親父は、

 

 

「それにこれは元帥直々の行動だ。それに今更異議を唱える、などという事をしては後々の関係維持に支障が生じるかもしれん」

 

「だ、だが」

 

「最も、お前が嫌だというのであれば、この話は彼には悪いがなかったことにしてもらおう。お前の意志を、私は尊重する」

 

 

このタイミングでその発言は、多分確信犯だ。私が、断れないという状況をあえて作り出している。

元帥たってのお願いとあらば、逆らうことは許されない。先程言った通り、くじに参加し、当選した後にわざわざ辞退するなどという不祥事をやらかせば、元帥の面目は丸潰れ。印象は最悪だ。

 

「……」

 

 

隣に立つ彼を横目で観察するが、自分の境遇に対して話し合われているのに、まるでご近所の井戸端会議を聞き流しているかのような態度だ。

彼的には、別にどうでもいいし、なんでもいいのだろう。

自分の意見など、全く意味を成さない。それが日常だった世界の住人。その無表情からは、何も読み取ることが出来なかったが、私にはそれが一種の諦めのように感じられた。

……………何故だかそれが、私の心のどこかに引っかかる。

こんな感情は初めてだった。恋愛感情や、疎ましさとはまた別の何か。

心の中で、親父に対する怒りと、軍での立ち位置に関する冷静な損得勘定、そして、得体のしれないもやもやが入り混じって………やがて、私は溜息を一つ、そして、口を開く。

 

 

「わかった。引き受けよう」

 

「すまない、今度の休み一緒に買い物でも行こう」

 

「いや、お金だけ渡してもらえれば友達といってくる」

 

「………、」

 

 

沈んでいる親父はともかく、護衛とは言ったものの、隣に立つ彼の影からは護衛であるという状況下での頼もしさは感じられず、その影はまるで、野戦の最中に視界の端にチラリと一瞬だけ映り込んだ敵影のようだった。

これが、風見雄二と私こと天々座 理世のなんとものど越しの悪いファーストコンタクトだった。

 




あぁ^~心がぴょんぴょんするんじゃぁ^~
この言葉に、何度救われたか、もう数えることが出来ません。
全く、ごちうさは最高だぜ!
なんて調子こいてssを書いてみたものの、「どうしよう、癒された分だけ叩かれて心をへし折られたら、どうしよう」なんて今もキーボードを叩く手が震えています。
ああ、本当に、怖い、暗い・・・・ですが大丈夫。例え、たたき折られても、アニメで回復すればいいのさ(叩かれること前提)
さて、そんなこんなでグリザイアの果実、迷宮、若干楽園要素を詰め込んだssとなっております。
時系列は前記の通り、美浜学園に入学する直前。もしも助けた相手が学園長じゃなくて、リゼちゃんの親父さんとこのお嬢さんだったら?というifストーリーとなっています。
グリザイアはなまじ原作の出来が良かったため、グリザイアファンの方々には大変お見苦しい出来となっていることと思います。
また、ごちうさに関しても、原作の可愛さはもはや神の領域なので、0.00001%でもかわいさが伝えられたらと思っています。
長々と失礼いたしました。今回はここまでで筆をおかせていただきます。
次回から本格的にラビットハウスやその面々との出会いと絡みを書かせていただきたいと思います。それでは、あぁ^~心がぴょんぴょんするんじゃぁ^~


追記:なんだかんだで台本形式から脱してみました。


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第一話 そんな護衛で大丈夫か? 大丈夫だ。問題しかない。

ごちうさ、グリザイアクロス。
プロローグを経て、本格的に本編に入っていきたいと思います。
未だつたない点もあると思いますが、生暖かい目で見守っていてください。



「風見雄二だ。不慣れ事も多く迷惑を掛けると思うが、お手柔らかに頼む」

 

 

私たちのブレザーと全く同じデザイン服を来た彼が、丁寧にお辞儀をする。同じ、そう、同じ学校の制服(、、、、、、、)だ。だが、そこには一つ、決定的な違いがあった。

 

 

………きゃぁぁああああああああああああああああ!!

 

「転校生がくるって聞いていたけど、まさか男の子だったなんて!!」

 

「お嬢様学校に放りこまれて以来、男性との交流なんて、古典の高松先生(御年51歳)だけでしたのに……棚からショコラですわ!!」

 

 

その違いとはズバリ、スカートではないという事だ。

黒いワイシャツに白を基調としたシンプルかつ、清潔なデザインの制服。普段、学園のそこらじゅうで見慣れているはずなのに、何故か男の人がそれに見合う白いズボンを履いている、というだけで何故か別物に見えるのは何故だろうか?

 

 

「しかも、結構なイケメンです!」

 

「それにそれに、身長も高いわ!!」

 

「少しお色直ししてくる」ガタッ

 

 

一瞬の静寂の後、クラス中が貯水ダムが決壊したかのように黄色い声が教室中に反響している。

そんな中、私、天々座 リゼは一人頭を抱え、苦虫を百匹は噛み潰したような渋面をしていた。

先程クラスメイトの一人が言っていた通り、うちは女子高。しかも、上流階級向けの、所謂『お嬢様学校』というやつだ。

当然ながら、生徒は全員女子。

ならば何故、その女の園に何故男が転校してきたのか。してくることが出来たのか。

色めき立つクラス。そして、その喧騒をものともせず、私たちと少しだけ違う制服をまるで、スーツか何かの様にキッチリと身に纏い無表情で佇む彼。

これほどの刺激的な状況だ。

その手の話題に飢えた年頃の女の子にとって、与える効果は劇薬にも等しい。

普段ならば、私も普通の女子高生として渦中の人物を面白おかしく観察、考察した後、みんなと情報交換としゃれ込むはずだった。

何の因果だが知らないが、こと私に関してはそうもいかない。

 

 

 

「はい!質問いいですか?」

 

「風見君が困らない程度の節度をわきまえた質問であれば、許可します。風見君も、よろしいですか?」

 

「ええ、問題ありません」

 

 

(いや、そもそもお前がそこにいること自体が問題だろ)

そう言いたいのはやまやまだが、藪を突いて蛇を出してしまうわけにもいかないので、私は沈黙を選んだ。

 

 

「それじゃあ、私がみんなを代表して、一番聞きたい事を………なんでこの学校に転校してこれたんですか?」

 

 

確かにみんな気になってはいたが、それを直接訊くか普通!?

 

 

「ふむ、そうだな……強いて言うのであれば、一人の女の為ならばこそ、というのが適切だな」

 

 

きゃぁあぁあああああああああああああああああああああ!!

 

 

(間違っちゃいないが、その言い回しはとてつもなく不適切だぁああああああ!!!!!)

 

 

「ではでは、その子はうちの生徒ですの?」

 

「ああ」

 

「うちのクラスですか?」

 

「肯定だ」

 

「どの列ですか?」

 

「俺から見て、一番右の列だな」

 

 

(これは不味い、非常に不味い)

私の席は教卓を正面に右端の列、その最奥。つまり教室の端だ。

その教室の端っ子でどんどん狭まりつつある包囲網を前に、私は背中に冷たい汗をじっとりとかいていた。

冗談じゃない。

『お 嬢 様 学 校 に 転 校 し て き た 学 校 唯 一 の 男 子 が 、私 の 護 衛 で あ る 』なんてことが知れた日には、瞬時に学校中に、ひいては町中に広がり、動物園のパンダ状態となり後ろ指をさされ、『聞きました?奥さん。あの子、護衛なんて連れているらしいわよ?しかも、女子高なのに学校にまで連れ込んで』『まぁ、これだから最近の若い子は……!!』なんてことはになるかもしれない。いや、先ほどの黄色い声を聞けばそうなるのは火を見るより明らかだ。

それだけは、避けねばならない。私が普通の女の子として過ごしていく安寧の日々の為に。

(な、何とか、何とかしないと!?……そうだ!新しい話題でこの話題から興味を移させよう)

 

 

「しゅ、趣味は何ですか!?」

 

 

私は絶対に失敗は許されないという恐怖に背中をせっつかれて盛大にテンパりながらも、何とか話題を逸らそうと他のジャンルの質問をぶつける。

テンパっていたのになかなかいい球を投げたと、私は自画自賛した。

 

 

「趣味というほどではないが、本はよく読む。ジャンルは…特に気にしたことはないな」

 

(よし……!!)

 

 

何とか話題を逸らすことに成功し、私は内心ガッツポーズを決める。

だが、

 

 

「それで、その子の名前は?」

 

 

(ダメだった!?…………ああくそう、さようなら。私の普通の学校生活……。短い付き合いだった……願わくば、普通に、かわいいと、言われて……みたかった……ガク)

私は絶望し、机に突っ伏す。

私の視界の端が何かでにじみ、視界から光が消え失せようとしていた。

だが、

 

 

「流石にここからは個人情報となる。当人の許可なくしては、容易に口を割ることはできないな」

 

 

そう言って彼はフッと口元を緩める。それを一種のサービス勘違いしたクラスメイトたちは、更に黄色い声を上げる。

だが、私は見逃さなかった。彼が一瞬こちらを見てから口元を緩めたという事を。

(あいつまさか、全部ワザとか!?)

そう思うと、どうにも油断ならない。何故身辺を警護し安心を与えるはずの護衛に、こうも精神をすり減らされなくてはいけないのだろうか?

あそこで断っておけば、などと益体のないことを考え始めたが、あの場ではYESがベストの回答だという自分自身の冷静な部分と現状を嘆く自分が干渉しあい、堂々巡りになりそうなのでやめておいた。

 

 

「はい、それでは風見君の席ですが……丁度、天々座さんの隣の席が空いていますね」

 

「え?」

 

 

ふと、隣の席を確認すると、先程まで何もなかった私の席の隣に真新しい学習机と椅子のセットが既に設置されていた。

 

 

「天々座さん?どうかしましたか?前からその席は空席でしたが?」

 

「いえ、何でもありません……」

 

「それと、あなたには彼のお世話係を任せたいの。彼がここになれるまでの間でいいの。頼まれてくれるかしら?」

 

「え、あっはい」

 

その瞳には、有無を言わせぬ光が宿っていた。

(逆らったら殺られる!?)

厳しい訓練を積んできた私が、気圧されている事実に衝撃を受けながらも私は自然と首を縦に振っていた。

 

 

「お世話係なら、クラス委員であるこの私が引き受けますわ!」

 

「私だって保健委員だもん。クラスメイトのお世話をする義務がある」

「よろしい、ならば戦争だ」

 

ワタシヨ! イイエワタクシガ! ワーワーガヤガヤ……

 

「風見君のお世話係は、天々座さんに決まりました。イイデスネ?」

 

『アッハイ』

 

 

またもや有無を言わせぬ口調と瞳の光で、クラスを鎮めた。

これが、このお嬢様学校の現役教師の実力だ。

 

 

「それでは、一時限目を間もなく始めます。授業の準備をしてください。あ、早速ですが天々座さん彼に今現在進めている範囲についての簡単な説明と、教科書がまだ届いてないので、見せてあげてください」

 

「わ、分かりました」

 

「では、始めましょう。号令をお願いします」

 

キリーツ、レイ オネガイシマス

 

こうして、風見雄二はこの学園での生活をスタートさせた。

 

 

~昼休み~

 

 

「お前、ちょっと来い」

 

「なんだ?体育館裏か?見取り図的にはそこが一番人目につかない場所のようだが」

 

「いいからさっさと来い!」

 

 

私は声を潜めながらも、語勢を強くして彼を教室の外へ連れ出した。

後ろから「抜け駆けよ!」という声が多数聞こえたが、この際そんなことは些事だと捨て置く。

 

 

「ここまでくれば大丈夫だろう」

 

 

教室から離れ、掃除用具の倉庫まで来た。昼休み、ここに近づく者は殆どいない。

 

 

 

「ふむ、お嬢様と聞いていたが、意外と行動的なのだな初日から物陰に連れ込まれるとは……」

 

「その言い方は誤解を招くからやめろ。それと、行動的なのは昔から親父に待つだけの女になるなと教え込まれただけだ」

 

「いい親父さんじゃないか」

 

「私の親父の話は今は良いんだ!それより、貴様どういうつもりだ?」

 

「どう、とは?」

 

「……お前、一応形だけとはいえ任務なのだろう?いいのか?一般人に情報を漏らしても」

 

「なに、お嬢様学校というだけあって、みな社交スキルは高い。であれば、相手から吸い上げられる情報とそうじゃない情報ぐらい見分けがつくさ。現に、俺が少し待ったをかけたらみんな素直に聞いてくれただろ?」

 

「それは……そうだが」

 

「まあ、安心してくれ。任務はキッチリこなす。その上で、少し羽目を外す。だが、学園では一応、友人という立ち位置に収まりたいと思っている。……どうだろうか?」

 

「訊かなくてもわかっているんだろ?このどSめ」

 

「あまり誉めてくれるな。照れるだろう?」

 

「無表情で照れると言えるお前の図太さには素直に感心するよ……」

 

 

そこで、私は大きく深呼吸を一つ。そして気持ちを入れ替える。

 

 

「わかった。今からお前と私の関係は友人だ。これでいいんだろ?」

 

「協力感謝する」

 

「ああ、もういい。早くランチにしよう。友達を一人待たせているん……うひゃあ!!」

 

「どうした、やけに可愛い声で鳴くじゃないか?」

 

「か、かわ!?う、うるさい!ううう……そ、その、なんだ……あそこに虫が、だな」

 

 

私の目線の先には、一匹の小さな甲虫が地面を這いずっていた。

 

 

「意外だな。女の子らしい一面もあるじゃないか」

 

「お前は私を何だと思っていたんだ。言ってみろ!」

 

「拳銃を普段から携帯する男勝りな女だな」

 

「こ、この……言わせておけば」

 

「お前が言わせたんだろうが」

 

「く、くぅうう……!!お前、絶対性格が悪いって言われるだろ!!」

 

「そんなことはない。『イイ性格してるな』と、よく仲間には言われたもんだ」

 

「それは絶対にニュアンスが違うだろ!?」

 

「ああ。どうでもいいが、さっきの虫だが、今はお前の足元にいるんだが平気なのか?」

 

「それは早くいええぇぇぇえええ!!!」

 

 

冷静さなど地平線の彼方まで飛んでいった私は、思わず彼に飛びついてしまう。

普通ならば、突然の衝撃に二人して床に倒れこんでしまうのだが、そこは曲がりなりにも私の護衛。

しっかりと受け止め、尚且つ受け止めた私を両手で下から救い上げるような姿勢へ。

まあ、その、なんといか、所謂『お姫様抱っこ』という姿勢になってしまった……。

 

 

「……!!!!」

 

「どうした?熱病か?顔が真っ赤だぞ」

 

 

それなのにコイツはまるで、無理やり荷物持ちに付き合わされ辟易している、とでも言わんばかりの呆れ顔をしていた。

だが、何を思ったか今度はいつもの無表情に戻ったかと思うと、ニヤリと新しいおもちゃを見つけた少年のような顔をする。

短い付き合いではあるが、確実にわかる。こいつは不味い。

危険を察知した私はジタバタとコイツの腕の中でもがく。

 

 

「は、離せ!この!」

 

「ふむ、良い肉付きをしている。つくべきところに肉が付き、胸を除き、余計な脂肪はついていない」

 

 

ヤツは冷戦に分析し始め、私は必死に抱きかかえた姿勢から脱しようと更に四肢に力を込めてもがくが、その入れた力をうまく体と腕で外へ逃がされてしまう。

 

 

(これは、合気道!?いや、違う。これはCQCの応用か!!)

 

 

神業的な狙撃をする、と言っていたので、勿論CQCにも精通しているとは推測していたが、近接格闘においても全く尋常ではない技量を持っている。

全く、親父はこの平和な町にとんだスーパーマンを呼び込んだらしい。と、少しだけ戻って来た冷静な感情が告げる。

そして、それと同時に、当たり前の事を思い出す。

 

 

(ひょっとして今この状況、知り合い、というか人に見られたらヤバくないか!?)

 

 

ひょっとしなくても、非常に不味い状況だ。

ここはプライドを一時的に捨て、この状況から抜け出さなくては。

取り敢えず体の力を抜き、上にあるコイツの目を見る。このとき、上目遣いになっていたのは、体勢的に仕方のないことだった……。

 

 

「な、なあ。もういいだろ?いい加減離してくれよ……」

 

「別に困らせるつもりはなかったんだ」

 

 

そう言ってコイツはまた笑うが、その笑い(、、)嗤い(、、)に思えてしょうがなかった。

ここでさっさと下りればよかったのだが、何を思ったか、この時私は、「そういえば、お姫様抱っこされるなんて、普通の女の子みたいだ」なんて思ってしまったからいけない。

私の頬は仄かに朱に染まり、そのままコイツと見つめ合う格好になる。

そこへ、金色のふんわりヘヤーで、いかにもお嬢様といった風貌の少女が一人、こちらに手を振りながらこっちへ走ってくる……!!

 

 

「リゼせんぱーい、探しましたよ。待ち合わせの場所になかなか来ないので、教室まで探しに行ったんですけど、クラスの方々がこち、らの方面、へ行ったと、お、おお、しえて、てててええええええええええ!?!??!??!??!?」

 

 

手を振った格好のまま、少女はフリーズし、絶叫する。

よりにもよって。この学校で一番見られたくない友人にこの恰好を目撃されてしまう!!

 

 

「しゃ、シャロ!?違うんだこれは!!じ、事情があってだな!!」

 

「り、りりり、リゼ先輩が、お、おお、男の人と一緒で、男の人が、リゼ先輩と一緒で、ふ、、二人が抱き合ってて!!お姫様でええぇぇえぇえええええ!!」

 

「シャロ、頼むから落ち着いて話を聞いてくれ!」

 

 

そんな私の呼びかけは金髪の少女――桐間紗路(きりましゃろ)には全く届いている様子はない。

 

 

「お、おお、おおお?」

 

「シャロ?聞いているのか?シャロ!?」

 

「お邪魔しましたぁあああああーーーーー!!!!」

 

「待ってくれぇええーーー!!話をきいてくれえええーーー!!!!!!」

 

 

私の絶叫も虚しく、シャロは語尾のあを伸ばしたドップラー効果と共に、廊下の曲がり角を曲がって、姿が見えなくなってしまう。

 

 

「何やら、大変なことになってしまったな」

 

「お前がそれを言うか!?ことの発端はお前だろうが!!」

 

「いや、元をただせばさきほどお前の足元にいた……この甲虫が原因だな」

 

 

ヒョイ、と彼は私の足元にいた甲虫を摘み上げ、窓から外へ逃がした。

 

 

「何だ、殺さないのか?軍人だろ?臆したか!この臆病者め」

 

 

かなりの興奮状態にあった私は、勢いのまま過激な挑発をする。あわよくば、この挑発に乗ったコイツの隙を狙い、コイツから距離を取る為に。

だが、その後に意味深な返しが待っていた。

 

 

「確かに軍人だが、今の任務は殺しじゃない。それに、殺しだったとしても、俺には殺せない。文字通り、虫一匹たりとも、な」

 

「は?」

 

 

肩すかしを食らったかのように、私はあっけにとられ、眉をひそめる。

意味が解らない。

本当に、意味が解らない。だが、私はこのときコイツの大切な何かに微かに触れた。そんな気がした。

そして、今の発言はその言葉を発した本人さえも、少なからず驚いているようだった。なんて自分は今こんなことを話したんだ、といった具合に。

その驚いた拍子に力が微かに緩み、私は飛びだすように彼から距離を取る。経過はどうあれ、作戦は成功した。

しかし、距離を取ったは良いものの、この後どういった行動を起こせばいいのか、私はわからなくなった。

静寂が訪れる。

だが、そんな静寂を前に、先に意識を回復した彼がそれを破った。

 

 

「こんなとこで油を売っていていいのか?友人を待たせているんだろ?」

 

「あ、そ、そうだな、早くシャロと合流しないと。……って、さっきとんでもない誤解を受けたばかりだぞ…。どんな顔して会えばいいんだ」

 

「試しに、変顔で会ってみたらどうだ?緊張はほぐれるぞ」

 

「余計頭がおかしくなったと警戒されるだろうが」

 

「別に、通常通りでいいんじゃないか?やましいことはなにもないのだからな。きちんと話し合えば余計な衝突は避けられるだろう」

 

「そ、それはそうだが……いや待て、そもそもこれはお前が原因なのであって」

 

「その話はもういいだろ。今は、お前の友人にどうやって話をするかだ。軍人の娘なら、今やるべきことと、そうでないことの見分けぐらい付くだろう?」

 

「……わかった。お前の一件は持ち帰った後、処遇を決定する。……取り敢えず、シャロに連絡をしよう……だが、なんていえばいいんだ……?」

 

 

そこまで言われては、流石に頭も冷える。冷えた頭で改めて考え、誤解を解くのが先だとするが、そうなると、今度は連絡手段は普通に電話でいいだろう。

素早くポケットから携帯電話を取り出すが、そこで尻込みをしてしまう。

 

 

「……面倒だ。携帯を貸してくれ」

 

 

それを見かねた彼は、私から携帯をひったくると、シャロの番号に勝手に電話をかけてしまう。

 

 

『リゼ先輩!?……じ、実はですね。さっき妙な白昼夢を見まして。すごいんですよ。リゼ先輩とうちの制服を着た知らない男の人が、先輩をお姫様抱っこしてて、その人の顔を先輩が赤らんだ頬と、潤んだ瞳で上目づかいで見上げてるんです。アハハ、ほんと、すごい白昼夢ですよね~』

 

「リゼ先輩、とやらは預かった。返して欲しくば、先程の掃除用具室までこい。制限時間は一分だ」

 

「ちょ!?」

 

 

ぶつ、と言いたいことだけ言った彼は、通話を終了してしまう。

 

 

「おいこら、どうして誘拐犯なんだよ!?」

 

「こちらの方が急いでくれると思ってな」

 

「お前なぁあ!!」

 

「り、リゼ先輩!!無事ですか!?って、さっきの男の人!!??!??あなたが犯人だったんですか!?」

 

「人違いだ。他を当たってくれ」

 

「あ、そうなんですか、すみません」

 

(信じた!?)

 

「リゼ先輩!!ご無事ですか?」

 

「あ、ああ、大丈夫だ。この通り、ぴんぴんしている」

 

「よ、よかったぁ。さっき先輩の携帯から電話がかかってきて、知らない男の人が先輩を預かったなんて言うので。ああ、でも、無事なら良かったです」

 

「心配してくれてありがとう。……それで、さっきの事なんだが…」

 

「さっき?」

 

「ほ、ほら、コイツと私が、そ、その、抱き合っていたことだ」

 

「……夢じゃなかったんですか?」

 

「ああ、いっそのこと、私も夢の出来事にしてしまいたいが、事実だ」

 

 

友達には嘘はつけないし、付きたくないので、私は、こうなるまでの経緯を説明した。

彼の素性も含めて。

彼は「一般人に話していいかと聞いてきたのはお前じゃないか」とでも言いたげな顔をしていた。

そのことで多少溜飲は下がり、何とかシャロの誤解を解くことには成功した。

 

 

「と、いうわけなんだ」

 

「た、大変だったんですね」

 

「ああ、リゼは想定していたよりも体重が重くて大変だった」

 

「そんなことないだろ!?」

 

「なに、脂肪よりも筋肉が発達しているだけだ。太っているわけではない。安心しろ」

 

「なんのフォローにもなってない!!」

 

「えっと、と、取り敢えず、私、桐間紗路って言います」

 

「風見雄二。雄二でかまわない」

 

「じゃあ、雄二先輩で」

 

 

あんなことの後だというのに、丁寧に自己紹介を済ませるシャロ。あの社交性の高さは是非とも見習いたい。

と、思ったのだが、

 

 

(相手の歩幅三歩分距離が空いてる)

 

 

警戒はといていなかった。

 

 

その後、彼が食堂に出ていくのは注目を集め、尚且つ野放しにしておくのは危険だ、という事で、購買でサンドイッチを今日驚かせてしまったお詫びとして、私と彼が互いにシャロに昼食を奢った。

表面上は何も言わなかったが、明らかにシャロは彼を警戒していた。

そんなこんなで、シャロと彼――風見雄二のファーストコンタクトは、私に次ぐ惨事で幕を下ろしたのだった。

 

 

 

 

 




はぁ、はぁ。
途中、間違えて閉じてしまい、途方にくれました。
書き直してから気づいたんですけど、自動保存なんて便利な機能があるんですね。。。。
はははは、今日も平和だなーー(目の端に光るもの)


追記:台本形式から脱却、誤字脱字、おかしい表現などを修正


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第二話 たかが一杯。されど一杯。

ごちうさ、グリザイア、クロスオーバー第二羽です。
尺の都合か、はたまた作者の気分により、随分とあっさりとした学園デビューになってしまった模様。だがしかし、学園デビューはまだ始まったばかりだ!!
……ここが、WEB小説で良かった。打ち切りないもん。
さて、ここからはラビットハウスIN雄二編が始まります。
お楽しみに!!


           キーンコーンカーンコーン

 

夕日が窓から教室内に差し込み、校内放送用のスピーカーがとある合図を学園中に染み渡らせる。

これは、学生の本分である学業とは別の、日常から少しだけ離れた非日常へと緩やかに移行するための合図である。

長い一日が終わり、今まさに学園という檻から放された生徒たちが、校内を闊歩し始める。

各々の門限までの僅かな間ではあるが、太陽が一日の終わりを労うように赤く照らす、幻想的な木組みの家と石畳の街へと意気揚々と乗り出す。

この時間だけは、生徒当人たち以外、誰にも邪魔されることはなく、みなが思い思いの行動をとる。

部活の為に、一目散で教室を飛び出す者、また、しばしの間教室に残り、友人同士で談笑するもの。

その行動、表情、雰囲気はまさに、十人十色、千差万別だ。

人はそんなマジックアワーを、放課後と呼んだ。

そして、そんな様々な色を体現する生徒たちだが、各々の色は違えど、今日は活動へのベクトルはほぼほぼ同一だったらしい。

 

 

「雄二君!何か部活に入る予定はある?因みに私はソフトボール部なんだけど、その気があるなら、今からうちの部に体験入部しに来ない?歓迎するよ?」

 

「風見君には汗臭い球遊びなど似合いませんわ!!どうせ入部するのなら、わたくしの所属する演劇部に。部員を挙げて歓迎いたしますわ!!」

 

「でさ、私たち、風見君の歓迎会を開こうと思っていているんだけど、どうかな?この後にどこかの喫茶店を貸し切ってさ」

 

 

己が色を見せつけんと、彼女たちは奮闘していた。

突如として女子高、しかも所謂『お嬢様学校』に転校してきた学園でただ一人の男子生徒。風見雄二へ、一刻も早く自分という存在を刻み付けるために。

動機やただならぬ熱意は各自誰にも引けを取らぬものの、アプローチ自体の方法はは本当に多彩だ。彼女たちのその()の協演はまさに、刻一刻と模様の変化する万華鏡を覗いているかのようだった。

だがしかし、彼女たちには失礼であることを百も承知で言わせてもらえば。

…………私には全員、群れからはぐれた草食獣であるシマウマを、大勢で取り囲む肉食獣の群れの様にしか見えなかった。

 

 

「すまない、気持ちは嬉しいが何せ今日は登校初日。放課後にやらなければいけない案件が立て込んでいてな」

 

「そ、そっか。じゃあ仕方ないね」

 

「でしたら、無理強いはできませんわね」

 

 

彼のNOという返事に素直に応じ、引き下がるクラスメイト達。

相手の事を考え、計算し、その後の関係性を考えた上で、今は撤退がベストの戦術であるとわかっているのだろう。こういった場面で、お嬢様学校ならではの社交スキルの高さがうかがえた。

だが、そんな社交性の高い彼女たちよりも、さらに一枚上手の(つわもの)がいたようだ。

 

 

「じゃあさ、都合のいい日を後で連絡してよ。これ、私の連絡先ね」

 

 

その提案に、クラスメイト全員が電流が走ったかのように硬直する。今まさに彼女たちの頭には、この言葉が浮かんでいるだろう。

 

((((その手があったか!!)))と。

硬直したのはほんの一瞬ので、その後、鞭を入れられたサラブレッドのように慌ただしく口を動かす。

 

 

ヌケガケハヒキョウヨ! 

 

ソウヨソウヨ!

 

ジャアサ、イッソノコトゼンインブンワタセバイイノデハ?

 

ソレガイイワ!

 

ソウシマショウ!

 

 

と、これが放課後のチャイムが鳴ってから十秒後の現在の状況である。

女、三人寄れば姦しいとはよく言ったものだ、と思わずこの言葉を最初に言った古人に敬意を表してしまう図であった。

 

 

「はぁあああああぁああぁああ~。やっと、終わったぁああああ~」

 

 

そしてそんな中、ワイワイガヤガヤと盛り上がるクラスをわき目に、私 天々座 リゼは深い、非常にふかーーーい溜息を吐いた。

何やら彼の席(といっても隣の席なのだが)で人だかりができている。

それでも、そこに割って入ってゆけるほど今の私には活力が残されてはいなかった。

今日だけ一日で、夜戦何日分の体力と精神力を浪費させられたことだろうか。

彼にひょんなことから抱き付いてしまったり、それを目撃された金髪ふんわりヘアーの後輩―――シャロにとんでもない誤解をさせたり。

購買でパンを買っていると「噂の子はどこ!?」と耳が早い先輩方に迫られたり、新聞部に「彼の外見についてのアンケートを行っているのですが?お時間よろしいですか?」と廊下で危うく部室まで強制連行されそうになったり。

ああ、ちなみに、アンケートの選択肢は、イケメンが、はたまた訳ありのイケメンか、というどこぞのスポーツ新聞社も真っ青の世論誘導アンケートであり、その他の項目は趣味や生年月日、果ては彼の使用している筆記用具まで調べ上げ、個人情報まで丸裸にしようという内容だったらしい。流石に昨今、週刊誌でもここまではやらない。

そのアンケート(事情聴取)を蹴ったことと関係性があるかはわからないが、何故か私は校内でお尋ねものとなり、突如親父に仕込まれたスニークスキルの実践を余儀なくされてしまうのであった。

挙句の果て、屋上で待っていた彼は大体事の成り行きを見ていたようで、

 

 

「ローファーという非常に音の出やすい靴であそこまでのスニークをする技術は素晴らしいが、後方がかなりの頻度で疎かになっていたぞ。あれでは敵に後ろからザックリやってくれと喧伝して回るようなものだ。直ちに改善を提案する」

 

 

などと、冷静にダメ出しまでされてしまった。

誰のせいで学園でスニークなどをしなければいけなくなってしまったと思っているのだろうか。

………………いや、そんな事理由は百も承知に違いない。

本当に、『イイ性格』をしている。

話を戻そう。

今現在の状況は、先生という学園の監視の目から解放された彼女たちは、己の信念が命じるがまま、彼の席をぐるりと隙間なく取り囲んでいる。

昼休みに、「形だけとはいえ、任務は任務だ」という言葉をもらってから、彼がぽろっと、とある秘密(、、、、、)を暴露するという最悪の事態は起きえない、という安心感が芽生えた。

(これで、私の平穏が脅かされる心配はなくなった。ああ、なくなったと思う。なくなってたら、いいな。うん…………なくなっていて欲しい……!!)

ほんの小さな、本当に小さな芽ではあるが。それも、風が吹いたら土ごと持っていかれるような。

先程、十人十色、という(ことわざ)を持ち出した。私の今の状態を色を表すとしたら、黒色が限りなく強いブルーになるのは間違いないであろう。

私は再び溜息を吐き、強制的に自分の心の整理をつける。

 

 

「……はあ。考えていても仕方ない。さっさとバイトに行こう」

 

 

と、その前に、『私はちょっと寄るところがある。お前は先に帰っていてくれ』と、メールを打つ。

彼の仕事用の携帯へと。

彼のブレザーの内ポケットが僅かに震えたことを確認した私は、教室を出た。

すると、暫くして私が校門をくぐるあたりで、

 

 

『了解した。後で合流する』

 

 

と、短く簡素な言葉がメールで送られてきた。

しかし、その内容は非情に簡潔でもあり、同時にひどく奇妙なものでもあった。

 

 

「合流するって……私、アイツに行先を漏らしたか?」

 

 

バイトをしていることは事前に伝えたが、場所は教えていない。

何故かといえば、彼にバイト先を伝える、という行為だが、私にはオートマチック拳銃で自身の額にピタリと密着させてロシアンルーレットをするがごとく、自身に災いをもたらす行為にしか思えなかったからだ。

だから、今回もバイトではなく、寄るところがあると嘘を吐いて脱走してきたのだ。

バイト先を教えるだけで何を大げさな、と呆れるかもしれない。だが、少し考えてみればわかることだ。

私のバイト先である喫茶店――ラビットハウスには、一人の同年代である従業員(まあ、一応一つ年下だが)がいる。

人懐っこく、栗色の髪に、ふんわりとしたボブカット。近くにいると陽だまりのような温かさを感じさせる少女。

その名を、保登 心愛(ほと ココア)という。

長々と描写したが、何を隠そう、それ(ココア)が答えだ。

些か乱暴な回答かもしれないが、彼女を長年連れ添った姉妹のようによく知る人物(本人は否定するだろうが)。マスターの孫であり、彼女の父を除けば、ただ一人の正従業員―――香風 智乃(かふう チノ)は、言うだろう。

曰く、

 

 

「あの人は、そこにいるだけで場をあらぬ方向へもっていきます。しかもそれが、本人の意思とは無関係であり、また本人にも予測が出来ない。更には、起こされる事象は、考え得る最悪の事態のさらに斜め上を攻めていきます」

 

 

このコメントを聞けば大体の人間が察するだろう。

そう、ココアは所謂、『天然』、という人種なのである。

コーヒーカップがあれば当然のごとく手を滑らせて床に落とし、なにかしらの電子機器があれば思いもよらない発想で故障までの最短コースを突っ切る。

それが彼女、ココアという人間なのである。もはや、彼女のドジは天災といっても過言ではない。

では、ココアの生態が理解できたところで質問だ。

問題。ココアの前に、風見雄二を連れていったら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――結論。怖くて想像したくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は早々に思考を打ち切り、他の問題案件解決に頭を切り替える。深いことはあまり気にせず。さしあたって、今はバイトだ。この案件はいくら思い悩んでいても仕方ない。そもそも、彼にはバイト先を伝えていないのだ。

であれば、ココアと彼の化学反応の結果を心配する必要なんて始めからない。

 

 

 

「さて、行くとするか。確か、生クリームが切れかかってたな。ついでに、ミルクも買っていくか」

 

 

「よし!今日も気合入れていくぞ」

 

 

頬を両手でパンと赤くならない程度に叩き、気合を入れる。

さあ、お仕事の時間だ。

気張っていこうか。

 

 

カランカラーン

 

 

「遅くなってすまない。なくなってた生クリーム、それとミルクも買ってきたぞ」

 

 

扉を開ければ、今日も喫茶店ラビットハウスの香ばしいコーヒーの香りが鼻をくすぐる。

私は、毎回この瞬間が好きだ。お店に入る前と、出た後のコーヒーの香りが、荒れていた心の波を鎮め、同時に心を癒す。

店を始めたマスターも、そんな時間をお客様に感じて欲しかったに違いない。

学校での出来事はもう、私の心の海の奥底に沈み、もう物音ひとつ鳴らさない。

 

 

「この上質な酸味と、高貴な甘み……キリマンジャロか」

 

「わかりますか!?」

 

 

定位置ともいえるカウンターに陣取り、いつもは感情を表に殆ど出さない大人しい少女は、何故か今日に限って興奮した様子で一人のお客と会話に興じている。

織り立てたばかりのシルクかのようなサラサラの白く長い髪を腰まで下ろした、儚げな少女、この子が何を隠そうマスターの孫であり、この店の一人娘、香風チノだ。

 

 

「ああ、多少は、な。少しコーヒーに凝っていた時期があったんだ」

 

 

チノが声を興奮で荒げているだけでも異常事態だというのに、私はある意味ガラスを爪でひっかく音よりも、今は聞きたくない声を耳にし、一瞬で学校での出来事が深く冷たい深海から一気に引き揚げられ、私の心の海は海面に巨大な津波を発生させた。

 

「あ!リゼちゃん、ありがとう!!生クリームとミルク、同時に切れちゃって。これじゃあ、うちのアイデンティティであるラテアートが出来なくて、危うくお店が潰れちゃうところだったよ」

 

「いつからこの店はラテアート専門店になったんだ……。それよりも……なんでアイツがここにいる!?」

 

 

私はチノが定位置としているカウンターの内、白いブレザーを纏った背中を力一杯指さして叫んだ。

おかしい、絶対におかしい。

私の方が絶対に先に学園を出たはずだ。それなのに、何故、コイツが今、ここにいる!?

絶叫している私を尻目に、彼はうまそうにコーヒーを啜る(すする)

実際、チノの淹れたコーヒーは絶品だが、今はそこは重要ではない。

 

 

「ふむ、このブレンドは……マンデリン・スマトラ4割、コロンビアが3割、ブラジル・サントスとキリマンジャロをトントン、といったところか?すこし王道から外したブレンドだが、なかなかどうして、美味だ」

 

「す、すごいです。このブレンドを今までに初見で見破ったのは、お父さんとおじいちゃんだけです」

 

「お主、なかなかの舌じゃの……どうじゃ、うちで働いて見る気はないか?……将来的にチノと二人でm、フゴッ!?」

 

 

ティッピーよくチノの頭に乗っている、アンゴラウサギという毛玉のようなシルエットが特徴のうさぎだ。

そんなティッピーだが、時折、六十年代の初老男性かのごとき渋い声で腹話術でチノが人間のように喋らせる事がある。その腹話術は全く見事で、全く唇が振動している様子がない。

そんな見事な腹話術だが、今日は何故か位置を直す振りをして、話すのをキャンセルさせてしまった。何か気に入らない点でもあったのだろうか?

だが、そんな一幕に彼が気づいた様子はなく、何かを真剣に思い悩んでいるらしかった。

 

 

「……バイト、か。そうか、バイトか……。ふむ、なかなか魅力的な提案だ。前向きに検討しよう」

 

「一緒に働いてくれるのですか!?」

 

 

あのいつも冷静沈着なチノが、カウンターから身を乗り出して彼の言葉に耳を傾けている。

ココアがこの店で働きたい、といったら「家事もお店も、バイトの方と私でどうにかなってますので」と即いらない子発言を飛ばしていたというのに、扱いの差がもはや月とアンドロメダ銀河ほど違う。

 

 

「未だ検討中だが、大変に魅力的な提案だ。特に断る理由もない。俺個人には、な」

 

「で、でしたら!体験という事でいいので今から入ってもらえませんか?」

 

 

チノの瞳には、憧れと尊敬の眼差し。

あれは、そう。まるで、年の離れた兄を見つめるかのような、そんな視線。

私個人としては、チノが感情を表に出すのは嬉しいのだが、それを是としない者が私の極身近なところにいた。

 

 

「あ、味のことは、よく分からなくても、コーヒーへの熱意なら負けないよ!!」

 

「……お前の熱意は認めるが、多分それは粗熱の類だ」

 

 

にべもなくバッサリと私に切り捨てられたココアは、「ぱ、パン作りなら、負けないもん!」と、膝を抱えながら店の床に人差し指で「の」字を書いていた。

うん、今日もココアは平常運転だ。

と、律儀にツッコミを入れて続けてしまったが、最初の怒りを思い出し、すかさず私は彼ににじり寄る。

そして、軍隊仕込の抜身の刃物のような眼光を彼に容赦なく浴びせながら、彼を問い詰める。

 

 

「なんでお前がここにいる?」

 

「香ばしいコーヒーの香りにつられて来た」

 

「嘘を吐け!私の後をつけてきたんだろ!?」

 

「たまたまコーヒーの香りとリゼの行く先の出所が同じだっただけだ」

 

「こんの、屁理屈を……!!」

 

 

私の眼光などどこ吹く風、といった風体でチノのオリジナルブレンドをまたもやうまそうに啜る彼。

私は本気で殺意を覚え、コンバットナイフを収めてある懐に手を伸ばそうとしたところで、復活したココアがこちらに駆け寄よった。

 

 

「なんか、リゼちゃんとすっごく仲がいいけど………二人はお知り合いなのかな?」

 

 

(仲がいい?どこをどう見たらそんな結論に至るんだココアよ……)

今日も発想が斜め上をゆく奴だ。先ほどのやり取りで仲良しとみなされるのであれば、猿と犬は超マブダチに分類されてしまうことだろう。

だが、私と彼が知り合い、というココアの発言に反応したのか、普段のおっとりとした動きなど、全く感じさせない機敏な動きでチノがこちらに距離を詰めてくる。

まるで、餌場を見つけたウサギか何かのような軽快さだ。

 

 

「リゼさん。この方とお知り合いなのですか?」

 

チノが鼻息荒く私に質問する。

あ、えっと、と答えかねている私に、ココアがいらん考察力を発揮し、追撃をかけてくる。

 

 

「制服とかも似てるし、同じ学校の人かな?」

 

(なんでそういうどうでもいい時だけ鋭いんだ。お前は!!)

 

「ですが確か、リゼさんの学校は女子高だったはずですが?」

 

「きっと新しい学園の用務員さんなんだよ!」

 

(用務員さんが生徒と同じ制服を着るって、一体どんな学習環境だよ……ってか、さっきの考察はまぐれなのか……ココア、恐ろしい子ッ)

 

「それでリゼさん、この方とはどういったご関係で?」

 

「無視しないでよぉ…」

 

 

チノに相手にされなくてココアが泣き崩れている、というのはわりかしいつもの事だが、このチノ食いつき方……私が何か納得のいく説明をしなければ、「泊まっていってください。話してくれるまで私はあなたを返しません」と、さらりと軟禁発言さえも言ってのけそうな雰囲気だ。

 

 

(話すしか、ないのか…?)

 

 

私は葛藤する。話すにしてもチノならまだいい。口数が少なく、更に秘密は絶対に守る主義だ。だが、ココアおまえはダメだ。

ココアは、人の秘密をベラベラと吹聴するスピーカータイプの人間ではない。

だがしかし、ココアだ。

いかんせん、ココアだ。

例えば、常連のお客さんが彼を見つけ、「新人さんかな?」ココアに声をかけたとしよう。

ここで、はいそうです。に続く無難な反応をココアに期待してはいけない。それは、どこかで失くしてしまった財布が中身が無傷で返還されてくる、という希望的観測と同義だ

そうだな、ココアならば、と私は空想を膨らませる。

 

 

「あの子、新人?」

 

「はい、男の人のバイトは初めてで私も緊張してるんですよ」

 

「へー随分とがっしりとしてらっしゃるけど、学生さん?」

 

「はい、リゼちゃんと同じ学校に通ってるんですって!!」

 

「あの、リゼちゃんって、あのツインテの子よね?」

 

「はい!」

 

(うん、ここまではいいんだ)

 

「でもあの子の制服見たことがあるのだけれど、女子高よね?」

 

「はい!」

 

お「……ん?」

 

「はい?」

 

(おいこらココア!!何しれっと爆弾投下しているんだ!?)

 

「……………。ちょっと用事が出来たので失礼するわ」

 

「あ、はい」

 

お客さん「これ、お会計ね」

 

「はい、千円からお預かりいたします」

 

「おつりは結構よ!!」

 

「?すごいスピードでいっちゃった。おつり、渡しそびれちゃったどうしよう?」

 

(そこじゃないだろぉぉおおおおおおお!!!)

 

ってな感じで彼の事が町中に広がってしまう!? ※これは私の勝手な妄想であり、現実とは全く関係性はございません。

(いや、だが待て、女子高に男が通うことになった以上、もう噂は町中に流れているとみていい。この街の情報伝達の速度を舐めたらいけない!……となれば、その大きな話題性を隠れ蓑に、彼が私の護衛であるという事実が発覚する最悪の事態は防げるのではないか?)

結果的にまず彼を矢面に立たせることになってしまうが、そもそも彼は私の護衛だ。私の代わりに身代わりになることは何も不自然なことではないし、気に病む必要もない。

……というか、そもそも、私がこんなに悩んでいるのも彼のせいなので、反省する必要もない。

そして、そろそろチノたちが痺れを切らしてしまいそうなので、私は早速作戦を実行に移す。

 

 

「ああ、その通りだ。今朝、私の学校に転校して来てな。流石の私も度肝を抜かれたよ」

 

「そうですか。ですが、先ほどのやり取りを見る限り、二人はその時が初対面ではないようですが……」

 

「うんうん。まるで、久々に再開した恋人同士みたいだったよ?あれ、実際そうなのかな?」

 

 

いきなり作戦に予想外の事態が起きた。

 

 

(わ、私とアイツが恋人同士!?……ないない!!ぜっっったいにありえない!!)

 

 

思わず彼と私が腕を組み、街をデートしている姿を想像し私は顔中が熱くなり、更にはそれが全身にまで回っていくのをリアルタイムで観測する。

この手の話題は、私にとって不得意中の不得意。

これまで、親父のおかげで軍関係の知識や技術は豊富だが、それに反比例して年頃の女の子としての知識は同年代と比べて完全に一歩か、または二歩以上遅れている。

普段はお嬢様学校という事で、箱入りに育てられた人たちと並んでいるので、違和感はあまり感じないが、やはり、どうしてもココアたちとこういう話になった時には気後れというか、一歩引いた位置での聞き役に徹することが多くなってしまっている。

自分でも、何とかしなければとは常々感じてはいるのだが、何とかしようにも周りにいる異性といえば、実家のみんな、親父、チノのお父さんでこの喫茶店のマスターでもあるタカヒロさん、ぐらいだ。

この環境で、どうやって異性に慣れろというのだ。

しかし、ここで焦ってしまっては、かえって怪しまれると思い、小さめに深呼吸をして、冷静に答弁する。

 

 

「な、なな、ななな、なわけないだろう!?どうしてそうなるんだ!!」

 

 

私的には、したつもりだった。

だが、

 

 

「まさか、本当に……?」

 

「きゃー!リゼちゃん、大人だー!!」

 

「確かに、雰囲気がリゼと似ておる。お似合いじゃと言えるかもしれん。だが、ここはやはりチノと一緒になってもらって、店のあいんt、フゲボラッ!?」

 

 

今度は位置を直すフリに、それに失敗した、というフリを重ねてティッピーの顔面を叩き、地面に落下させる。

そして、拾うフリで何かをティッピーにつぶやき、それを聞いたティッピーが震え上がる。何かを言ったのは間違いないのだが、私が今それを気にする心の余裕は微塵も残っていなかった。

 

 

「だ、だから!!違う、コイツと私はそんなんじゃない!!」

 

「では、どんな関係なのですか?」

 

「う、うう、そ、その、あの……えっと、そうだ!親父との付き合いで、軍関係のツテで前にあったことがあってだな!?」

 

 

私は、何とか話題を逸らそうと、苦し紛れの言い訳を思いつく。

だが、割とこれはいい言い訳ではないだろうか?

彼が軍の人間であることは確かであるし、軍関係で知り合ったのも嘘ではない。

(あれ?これもしかして完璧な、かなりパーフェクトな説明じゃないのか!?)

 

 

「なるほど、という事は軍人さんなのですか?」

 

「ぐ、軍人さん……?え、えっと、確か言葉の後にサーをつけるんだよね?サー!」

 

「確かに軍人ではあるが、今は一線から外れているし、特に一般人と変わりはない。それと、俺はサーと敬称を付けられるほど偉くはない。普通に雄二と名前で呼んでもらって構わん」

 

「そ、そうなんだ。よかったぁ。リゼちゃんなんか、初対面で私に銃を向けてきたから、軍人さんはみんな気難しい人達なのかなーって」

 

「あのことは私が悪かったと謝っただろう?……というか、私ってそんなに気難しいか?」

 

 

一斉にみんな目を逸らした。

(え?嘘だろ?私ってそんなとっつきにくいオーラ出してたか!?)

 

 

「そ、そんなことないんじゃないかな?」

 

「じゃあなんで疑問形なんだよ」

 

「リゼさんは、ある意味うさぎと似ているかもしれません」

 

「なかなかなつかないと言いたいのか!?」

 

「まあ、人はみんなそれぞれだ。気に病むことはない」

 

 

そう言って、彼は励ますように肩を叩く。

だが、口の端が僅かに持ち上がっている。

 

 

「笑い、こらえなくてもいいぞ」

 

「わははははは!!!」

 

「そんなに笑うことないだろ!?」

 

 

恥ずかしいやら、悔しいやらで頭がごっちゃになった私は、懐からナイフを引き抜き、下から彼の首の皮かすめるように突きを繰り出す。

ヒョイ、と私の完全なる不意打ちを、当てる気はなかったが、彼は座ったまま首を少し動かしたまま回避する。

 

 

「ちょ、ちょっとリゼちゃん!危ないよ」

 

「ゆ、雄二さん危ない!!」

 

そんな私を見かねた二人が、制止に掛かるが、頭に血が上った私は、気にもせず連続で彼を攻撃する。

だが、

 

 

「こ、この!このこの、このぉ!!」

 

 

悔し紛れに私は連続で突き、薙ぎ払い、峰打ちなど、多彩な技を混ぜて彼に攻撃を加えるが、全て最低限の動きで回避される。

(なんで、なんで当たらないんだ!!)

私は途中から全く遠慮などなしに当てにいっているというのに、それが全て紙一重で回避されてしまう。

それも、コーヒーカップを優雅に持ったまま、でだ。

 

 

「なんだか、ボクシングのスパーリングみたいになってきました」

 

「二人とも、頑張れーー!!」

 

「くうううう!!」

 

 

最初は慌てていた二人も、だんだんと緊張感が薄れ、ココアに至ってはもはや競技か何かの様に声援を飛ばしている。

私は、悔しいやら恥ずかしいやらで、薄く涙が目にたまり、顔は真っ赤になっていた。

と、それを見かねたのか、彼は、

 

 

「これくらいでいいだろ?」

 

 

ガキン!

 

 

『な!?』

 

 

私のナイフは、火花を散らし、空中で静止した。

というか、止められた。

誰に、というのはこの状況では攻撃を受けていた本人、風見雄二に他ならない。

だが、あの状況からどうやってそれを止めたか、その方法自体が異常だった。

 

 

ギ、ギギギ!

 

 

私は何とか突き込んだナイフを手元に引き戻そうと、力を込める。

だが、ナイフは食器(、、)との擦れが生む軋んだ音を出すだけで、ピクリともその場から動かない。

そう、食器。今現在、ナイフの運動力とのつり合いを生み出しているのは、いつもこの喫茶店で見慣れた何の変哲もないコーヒーカップだ。

確かに、チノは丈夫で良いコーヒーカップを使っていると言っていたが、流石に本気で突き込まれたナイフの力を相殺するだけの耐久力はないはずだ。

だったら、何故私のナイフと止められたのか?

それは、ひとえに天才的戦闘技術がなせる業だ。

まず、私がナイフを突き込む、このとき、カップを掠めて軌道を逸らし、勢い余った私を取り押さえる、というのならばわかる。

だが、彼がやったのは、その技術の数段上だ。

受け止めたのだ、何のもないコーヒーカップ、その―――取っ手の輪の部分で。

突き込んだナイフを逸らすのではなく、輪っかに通し、奥まで完全に突き込んだところで手首を返し、てこの原理を応用し、完全に衝撃を抑え込み、いかなる力も受け付けない状態に持ち込んだ。

まさに、針の穴に糸を通すかのような繊細かつ、大胆な手口だ。

位置を少しでも間違えば、ナイフはガードを素通りし、彼を直撃し、輪に入ったとしても、一点が力を一気に引き受けては、カップが破損してしまう。

更に、ベストポジションに収まったとしても、手首の返しのタイミングを少しでも間違えば、これもまた簡単にガードを突破される。

こんな戦術、思いついたとしても、私なら絶対に実行しない。というか、絶対に試したくもない。

そして、私が固まった隙を見計らい、カップを止める為に回した縦軸ではなく、横軸へと捻り、そのまま、

 

 

ゴクゴク、カラーン

 

 

中身のコーヒーを飲み干す動作と連動して、私の手からナイフが取りこぼれる。

 

 

「少し、取っ手に傷がついてしまったな。なるべく壊さないようにしたのだが。これでは壊れていなくとも、店で使うことは出来んな。…リゼ、からかったのは悪かったが、少しやり過ぎだ。お互いにな」

 

「へ?あ、ああすまない?」

 

 

などととぼけたことをのたまった。

(思わず謝ってしまったが、これは本当に私が悪いのだろうか?いや、流石にやり過ぎたと思うが……。いや、そもそもなんだが、きっかけを作ったのはコイツじゃなかったか?私が謝る必要あったのかこれ!?)

と、心の中で一人自問自答する。

だが、それを口に出すことは出来ず、他のメンバーも似たような状況なのか、誰も口を開かずに沈黙が訪れる。

 

 

『…………』

 

 

全員、口を糸で縫いつけられたかのように口を閉ざして絶句し、仲良くその場に立ち尽くした。

もしこの状況でお客さんが来ようものなら、間違いなく何も言わずに回れ右して帰っていくことだろう。

だがこの沈黙、誰が責めることが出来る?

目の前でもし、ナイフが食器で止められたら、流石に現役の格闘家でも驚く。

誰だって驚く。リゼも驚く。結果、みんな驚く。

だが、そんな何とも言えない微妙な静寂を破ったのは、以外にも、あの人だった。

 

 

「何の騒ぎだい?」

 

 

店の奥から、黒のバーテンダースーツを着込んだ初老の男性がひょっこりと顔を出した。

若干色の抜けた髪に、浅く刻まれた皺。

この人こそが、cafe rabbit houseの現マスターであり、チノの親父さんでもある、香風 タカヒロさんだ。

この rabbit houseだが、昼は喫茶店、夜はバーという二つの顔を持つ。

そして、昼はタカヒロさんは厨房にいるか、夜の準備のために諸々のチェックを行っている。

大方、お客がいないので、チェックを始めようとフロアまで戻ってくると、いつもは騒がしいほどにぎやかなのに、今日に限って誰の話し声もしないので不審に思ってここまで来てくれたのだろう。

だが、この場に来て疑問を解決する腹づもりだったであろうに、この状況では何が何だか全く理解できず、謎は深まるばかりだろう。

そこで、

 

 

「あ、あの!これには事情があって……ありのまま、起きたことを説明するとですね?」

 

 

私は、私自身の非も認めたうえで、タカヒロさんに事情を説明した。

途中、というか彼がコーヒーカップでコンバットナイフを受け止めたあたりで眉をひそめたが、私が前置きで「ありのまま、起きたことを説明する」と述べてあったので、普段私がつまらない嘘を吐かいないという行いの良さが幸いし、何とか事情を理解してもらえることが出来た。

 

 

「なるほど、事情は分かったよ。で、リゼ君も、ええと、雄二君で良かったかな?」

 

「はい」

 

「互いに非を認め、更に罪を償おうと申し出てもいる。どうだい?」

 

「はい。その通りです」

 

「なるほど。リゼ君も、同じだと思っていいんだね?」

 

「は、はい」

 

 

一瞬、コイツと一緒にするな、と口にしかけたが、店の備品を私が私情に流された結果、壊してしまったというのは事実なので、素直に私は頷いた。

 

 

「……そうか。なら、コーヒーカップ一個と、チノのコーヒー一杯分だけ彼には働いてもらおうかな。丁度、女の子ばかりで男手が欲しいと思っていたばかりだからね。都合がいい」

 

 

これは名案だ、とばかりにタカヒロさんは微笑み、うんうん、と頷いている。

いや、いやいやいや!

 

 

「ちょ、タカヒロさん話聞いてました!?」

 

「ほんとですか!?」

 

「わーい、またバイト仲間が増える!これで私、先輩だぁ!!」

 

 

それに対し、チノとココアは大賛成。私は待ったをかけたいが、立場上かけられないため、背中に汗をかく事しか出来ず、結果として顔をひくつかせることになってしまった。

 

 

「多分、今日一日でカップの分は弁償が効くと思う」

 

「!」ガーン

 

(ほっ)

 

 

チノは何やら残念がっているようだが、私にとっては棚から338.ラプア弾(対人狙撃用の弾薬)1ダースががひょっこりと出てきたくらいに喜ばしい出来事だ。

だがしかし、その言葉には続きがあった。

 

 

「その後のバイトについては、君がよく考えて決めるといい。それでも、よくわからないなら、そうだね……チノの淹れたコーヒー。あれ一杯の為に君がどれだけ働けるか、とでもしておこうかな?」

 

「…………」

 

 

タカヒロさんは、そういって意味深な笑みを残して、また店の奥に戻っていった。

タカヒロさんの決断も、大岡裁きともいえる今回の事案だが、最後に余計な事を言ってくれたものだと私は、内心タカヒロさんに愚痴を吐いた。

ああ、誠に、まっっっことに遺憾ながら、最低今日一日一杯、私の護衛兼、クラスメイトである風見雄二は、ラビットハウスで一緒にバイトをすることになってしまった。

 

 

「おい。一応働く一緒に働くことになったが、ここでは私が先輩であり、教官だ。きちんと私の言う事を……って、聞いているのか?お…い……?」

 

 

ぼやいていても、仕方がないので、私は今日一日同僚であり、部下(いや、もともとクライアントなので、私の方が立場は上のはずなのだが)となった彼に呼びかけるが、その時に私は、見てしまった。

いつも無表情。そして、今も無表情。そのはずなのに、

 

 

「……ああ、俺はもう、自分の事は自分で決めなければいけないんだったな」

 

 

当たり前のことを、当たり前に言っているだけ。それなのに、私にはその顔が、とても脆くて、悲しそうで、同時に、『――――』と感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第三話 初めてアルバイトをした日を覚えているかい? 雑巾をねじ切ってしまったよね

お待たせしてしまって、申し訳ございませんでした(土下座)
リアルが半端なく忙しく、ちくちくを私の執筆時間を削っていったせいか、投稿予約の一日前にも関わらず、3000文字程度しかかけていない有様……。
自分で作った締切にすら間に合わないks作者であった……。
さて、前回までのお話ですが、コーヒーカップと、チノの淹れたコーヒーの代価として、喫茶店「rabbit house」でバイトとして働く事になった雄二。
でも、あの雄二だ。
いかんせん、雄二だ。
無難に終わるはずもない。だって、雄二だから・・・・・・。
お待たせいたしました。
それでは、どうぞ!!


「……ああ、俺はもう、自分の事は自分で決めなければいけないんだったな」

 

「…………」

 

 

私は、彼の事を何も知らない。

知っているのは、彼が、私の護衛であり、天才的な才を持つスナイパーである。そして、何故か生き物の命を奪うことが出来ない。例えそれが、虫一匹だったとしてもだ。

言葉にしてしまえば、たった二行で完結してしまう。その程度しか、私は彼の事を知らない。

否、これ以外、何も知らない。

彼が発した言葉。その言葉に秘められた思いを、そんな私は伺い知るすべはない。

当然だ。また彼との付き合いは、ファーストコンタクトを含め二日しかないのだから。

だが、そんな私でも、今の彼の精神状態が平常でないことぐらいは彼の態度と発言から察することがかろうじてできた。

何故だか、彼にはそんな顔をしてほしくない。そんな気がする。

だから、私には、こんなことしか、出来ない。

 

 

「ほ、ほら、もたもたしてないで、働くならさっさと着替えるぞ。そ、それとも、パパ、パンツ一丁で働く気か?お前は。とんだ露出狂だな!?」

 

 

冗談でその場の空気を弛緩させる。

それぐらいしか、私は現状を抜け出す方法を思いつく事ができなかった。

しかしながら、本来これは私の役目ではない。この役目は、その辺でまだいじけているココアの役目だ。

いつもなら、ココアが天然発言でその場をかき回し、それを私が元の流れに戻す、とこんなところだ。

ああ、人は、慣れないことはするもんじゃない。そのことを、私は深く痛感した。

何故ならば、場を和ませるために咄嗟に思いついた言葉が、最低最悪の下ネタ発言だったのだから。空気を弛緩させるどころか、その場を凍り付かせてしまった。

あまりの羞恥に悶えた私は、心の中で大理石の柱に何度も何度もヘッドバッドをかまし、柱の周りを転げまわる。

 

 

(あああああああ!!!何を言っているんだ私はっ!!今手元にMK3手榴弾があったら、私は迷いなく安全ピンを抜く自信があるぞ……!!)

 

 

私が下ネタを言うなんて思いもしなかったのだろう。

一瞬、訝しげに首を傾げた彼だったが、何かを悟り、私を見てフッ、っと小さく笑った(、、、)

いけない、と私はさっさとこの場から去ろうとするが、彼が行く手を塞いでしまう。

 

 

「ああ、すまない。少しぼーっとしていたようだ。すまんが、もう一度言って聞かせてくれないか?」

 

「な!?」

 

「今度はそちらが聞き逃しか?では、再度尋ねよう。もう一度いってきかs」

 

「聞こえなかったわけじゃないわ!!」

 

「なんだ、聞こえていたのか。なら、話は早い。さあ、プリーズ、ワンモア」

 

「できるか、そんなはしたない真似!!」

 

「ほう、つまりは自分の発言がはしたなかったと自認し、更に自分がはしたない淫乱ビッチであると、そう認めるのだな?」

 

「はしたない発言は認めるが、それ以下は全面的に否定する!」

 

「認めちまえよ、そうすれば、楽になる」

 

「たちの悪い取り調べの刑事さんかお前は!?」

 

「いや、尋問は専門外だ。本職には敵わんさ」

 

「物の例えだよ!解れよ!!」

 

「どうしたんだ?そんなに興奮して。コーヒーの飲み過ぎか?カフェインは弱性ではあるが、アッパー系のドラッグの一種だ。飲み過ぎは体を壊すぞ?」

 

「その前にお前との会話で精神が壊れるわ!!」

 

 

ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ。

機銃掃射のようなトークを繰り広げ、精神的な疲労と心肺的な疲労で、私は訓練されて以来、滅多に起こさない息切れを起こしていた。

だから、なぜ対象に安心感を与える護衛にSAN値をごっそりと持っていかれなければならないのか。

 

「やっぱり仲良しだよねー」

 

「……そうですね」

 

と、微妙に頬を膨らませたチノが言う。

 

「チノちゃんが、お兄ちゃんを恋人にとられた妹みたいに膨れてる!?大丈夫だよチノちゃん!!そんな時こそ姉である私の胸に飛び込んできてっ!!さあ!」

 

「ココアさん……」

 

「チノちゃん……」

 

 

見つめ合う二人。

 

 

「ちょっと裏で事務処理して来てください」

 

「窓際族!?」

 

と、私が息切れをしている間に、ココアとチノが二人仲良く姉妹漫才をしているのを見た私は、もうどうでもよくなり、さっさと着替えることにする。

 

 

「はぁ、もういい。とっとと着替えて仕事に入るぞ」

 

「了解した」

 

 

私は制服に着替えるため、店の裏、所謂バックヤードへと歩いていく。

そして彼も、そんな私の三歩後ろに続く。まるで、護衛のように。……いや、形式上、正真正銘私の護衛なんだが。

任務開始から今まで、一番雇い主(クライアント)雇用者(サプライヤー)の関係性を意識するのがバイト直前、更衣前って、形だけの護衛とはいえ、いかがなものだろうか。

と、地味に致命的な問題を感じはじめていた間に、更衣室前に到着し、私はいつものように一応ノックをして、更衣室に入室した。

 

 

「ふう。さて、着替えるか」

 

 

私は、自分にあてがわれたロッカーを開くと、ハンガーを一つ手に取り、着ていたブレザーを脱ぎ、ハンガーでレールにかけた。

 

 

「それで、俺はどれに着替えればいいんだ?まさかとは思うが、本当にパンツ一丁でやるのか?それは些か時間帯が早いと俺は懸念するのだが」

 

「確かに夜はバーだが、当店ではそのようなサービスは扱っていない。ちゃんと一番右端のロッカーに、男性用のバーテンダースーツがあるから、今日はそれを着るといい」

 

「確認した。……ふむ、サイズが少し小さいな。今日一日ならともかく、長期でやるとなると、少し尺増しをしなければならないな」

 

「そうか、それは災難だな…………………ん?」

 

と、私はここで違和感に気づき、周囲を見渡し、私は確信する。

 

「どうした?敵影か?」

 

「ああ……いるな」

 

「なに?どこだ、どこにいる?敵意や殺気など全く感じられない……もし、それが本当なら、そいつは相当のヤリ手だ。警戒を怠るな」

 

「ああ、心配ない。それなら視界にとらえてる。お前っていう女の敵をなあぁあぁぁあああああ!!!!!!」

 

 

私は半分脱ぎかけていたワイシャツのショルダーホルスターから、愛用の護身銃をクイックドロー。

彼はローリングで回避、その動きで衣装を持ったまま、部屋に転がり出ていった。

 

 

「……はぁああああ!!!見られた見られた見られたああッ~~~~!!!中学に入ってから今まで、親父にも見せたことなかったのにいぃいいーーーーー!!!!」

 

 

バイトを始める前に、体力とは別に精神力をすり減らしてしまった。

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

「どうしたのリゼちゃん?さっきなんかすごい音がしてたけど、なにかあった?」

 

「何、気にするな。少し私の女の価値が暴落しただけだ。リーマンショック並にな」

 

「それはシャレになってないよリゼちゃん!?」

 

 

仕事の開始直後、ココアに本日何度目も知れない深い溜息を目撃されてしまった。

取り敢えず、適当な冗談を言ったのだが、全く和みはしなかったらしい。

私には、お笑いの才はないのだろうか?

 

 

「大丈夫、リゼちゃんは存在そのものがギャグだから!」

 

「フォローになってない上に、心を読むなっ!!」

 

 

大事な場面では、ラブコメの主人公並に鈍いくせに、どうでもいいところで鋭いやつだ。

 

 

「……そうやって漫才をやってればいいのか?」

 

「……話しかけないでくれるか、この除き魔」

 

「……」

 

 

と、私が睨みを利かせると、彼は、流石に反省したようで、黙って壁際に寄って行った。

そして、なにやら壁を叩き始めた。

 

 

「…………」とん、とん、とん、とん。とんとん。

 

 

壁を規則的に叩く彼、不審に思い、それを聞いていくと、

 

 

「……」とんとん。とん、とん、

 

「……モールス信号?」

 

 

そう、それは軍の暗号や通信に使われ重宝された由緒正しき、モールス信号。その日本語版であった。

因みに、解読すると、「ソウヤッテ、マンザイヲシテイレバイイノカ?」となった。

 

 

「話しかけるなとは言ったが、誰がモールス信号で伝えろといった」

 

「……」とんとん

 

「もうモールス信号はいいから普通に喋れ!」

 

「で?そうやって漫才をしていれば良いのか?変わった喫茶店だな。どこに需要があるんだ?」

 

「変わっているのはお前の思考回路だからな?そこんところわきまえてくれるか?ああ?」

 

「それで何だが、ココア先輩、俺はこれから何をすればいいんだ?」

 

「私を無視するなぁあぁあーーー!!」

 

「先輩、ココア先輩かぁ。あはは。私、ココア先輩!」

 

(ダメだコイツ、早く何とかしないと。いや、もう手遅れか。だって、ココアだし)

 

 

彼の口車にまんまと乗せられたココアは、満面の笑みで仕事の内容を説明する。

ただし、それはココアが理解している範疇での説明だ。

少し耳を傾けていればわかる。

 

 

「まずは、元気よく、挨拶!いらっしゃいませ~!!」

 

「いらっしゃいませ」

 

「違う違う!もっとこう、コブシを利かせて!!いらっしゃいませ~!!」

 

「いらっしゃいませぇえ~」

 

「そうじゃなくて、もっとビブラートに!いらっしゃいませ~!!」

 

「いらっしゃいませ~~!!」

 

 

と、何故か演歌の練習かなにかのような間違った来店の挨拶を練習している。

だが、それをいちいち真面目に聞いて、試行錯誤している彼を見るのは、先程の除き事件のことも相まって、相当に気味がいい。

だが、そんな陰湿な私の趣味に気づいたのかどうかは知らないが、見かねたチノが、ストップをかけた。

 

 

「ココアさん、発声練習はもういいので、テーブルを拭いてください。リゼさんも雄二さんも、お願いします」

 

「でも、私先輩として雄二君にいらっしゃいませの何たるかを教えてあげないと!このままじゃ、恥ずかしくてお店に出せないよ」

 

(恥ずかしいのは、ココアの発声練習の方だと思うのだが……)

 

「いいからさっさとテーブルを拭いてください。さもないと、ココアさんの髪を雑巾代わりに床をモップ掛けしますよ?」

 

「そんなことされたら、髪が傷んじゃうよ!?」

 

 

いや、気にするのはそこじゃない。

チノに雑巾扱いされているこの現状をどうにかした方がいいと思うのは、私だけだろうか?

そこのところを、私はどうしてもチノの姉(自称)に尋ねてみたかったが、このままでは店が開く前にラストオーダーを迎えそうなので、私は店の厨房から布巾を一枚手にすると、水に浸してギュッと絞る。

それを目にした彼が、

 

 

「なるほど、まずはその布を絞ればいいんだな?」

 

「ああ、そうだ。その絞った布で、テーブルを拭いて回るんだ。ていうか、そんなことも知らないのか?」

 

「店で店員がやっているのを見かけるが、俺は家の掃除すらままならんからな。そんな高度な真似は出来ん」

 

「胸を張って言うべきことではないし、布巾でテーブルを拭くという行為のどこに難易度を感じるのか、私は理解できない」

 

「ふむ、それはだな」

 

 

彼は発言を途中で切ると、彼は私と同じように布巾を一枚手に取り、同じように水に浸し、布の水分を落とすため、ギュッと絞り、更にギュッと絞り、更に更にギュッと絞り――――そのまま布巾をねじ切った。

 

 

「おい!?」

 

「まずこの布巾を絞るというのがどうも苦手でな。どうやったらそんなにいい水の含み具合で仕上がるんだ?……これが、職人の技という事なのか」

 

「これが職人の技だとしたら、全国の飲食店には仙人が住んでいることになる」

 

 

それにしても、見事にねじ切られている。

断面を見てみるが、あまりの力にねじ切られた先端が少し焦げていた。

コイツ本当に私たちと同じ人間なのだろうか?

 

 

「ああもう、私が絞ったのをやるから、お前は取り敢えず、フロアのテーブルを一通り拭いておけ。いいな?」

 

「了解した。……それで、ドライバーはどこにあるんだ?」

 

「何故、テーブルを拭くのにドライバーが必要なのか、聞かせてくれないか?」

 

「一通りと言われたからには、螺子とねじ穴まで綺麗にしなくてはな」

 

「なんでそんなところだけ几帳面なんだお前は!!テーブルの天板だけ拭いてくれればいいから、お願いだからそれ以上の事はしないでくれ」

 

「なんだ、だったら最初からそう言えばいいじゃないか」

 

「今のは私が悪いのか?そうなのか?」

 

 

おかしい、コイツは、いろいろとおかしい。

コイツには常識ってものは、おしゃぶりと一緒にどこかに置き忘れてきてしまったらしい。

そのことを改めて痛感させられた私は、思わず頭を抱えてうずくまる。

私はまだ一日目だが、コイツが会社勤めって、上司は大変だったろうな。毎回毎回始末書と格闘することまでが仕事の一部と化してしまっているのが目に見えている。

そして、私は一瞬コイツの上司になっているのを想像し、頭を抱えたまま顔を顰める。

そんな事になれば、私は今より体重が10キロは痩せるに違いない。素敵なダイエットには違いないが、もはや話すこともままならない精神状態まで追い込まれるのは間違いない。

コイツの元上司に直接お目に掛かれたならば、私は思わず『サー』又は『マダム』と会話の語尾に付け足してしまうことだろう。

 

 

「すみませんが、真面目にやってもらえないと、夜までに店を開ける事すらできないのですが?」

 

「す、すまん。さっさと済ませる」

 

「ああ、それなら、今終わらせた」

 

 

そんな馬鹿な、と私はフロアを見渡すが、天板はまるでどれも新品のような光沢と艶で、天井を鏡のように映しこんでいた。

いつの間に、というのはもしかしなくても、先程私が頭を抱えていた僅かな時間であろう。

しかし、このくらいはもう驚かない。

だって、彼だ。風見雄二だ。それくらいやりかねない。

何故ならば、彼が風見雄二だからであり、それが風見雄二である所以(ゆえん)だからだ。

まあ、仕事が遅いのなら文句の一つも言えたのだが、仕事が早くて正確なら、特に口をはさむこともあるまい。

だが、個人的にいびりの一つも言えないのでは、面白くない、とも正直思ったが、口には出さない。

 

 

「見てましたが、人間業とは思えない手際の良さでした。どこかの飲食店で働いていたのですか?」

 

「……いや、前に働いていたのは飲食店ではなく、清掃業の会社だったからな。昔取ったなんとやらというやつだ。それで、次は何をすればいい?」

 

「あとは、お店の看板を開けてお客さんを待つだけだよ」

 

 

と、ここで復活したココアが、先輩面で得意げに語りだす。

 

 

「ふむ、取り敢えずはこれで下準備は完了という事でいいんだな?」

 

「そうですね。あとは、お客さんが来てから説明します。……それでは私は、学校の宿題をやりたいと思います」

 

 

いつもながら、ココアの発言は完全スルーだ。

チノの心に引っかかることなく、ココアの発言はそのまま境界の彼方まで滑って行った。

今日もrabbit houseは一部を除いて平和だ。

チノが宿題をし始めると、ココアが店員らしく、表の看板を裏返しcloseからopenに変えた。

これで、喫茶店rabbit houseが昼から夕方のシフトへチェンジしたことをお客さんに示す、というわけだ。

因みに、朝と昼は休日以外は私たちは学校があるので、タカヒロさんに全てお任せ状態になってしまう。

だが、幸いなことにここ、rabbit house平日のピーク時間帯は昼ではなく、夕方からバーにチェンジして朝の喫茶店にまた戻るところまでだ。

その為、タカヒロさん一人でも、昼間はさして問題はない。

だが、流石に喫茶店からバーにシフトする準備をする時間帯は、タカヒロさんも一度バックに戻らなければならない。

よって、ここで放課後の学生の出番というわけだ。

まあ、この喫茶店のピーク時間帯と言えば聞こえはいいが、その実態は昼間より客足が少し多くなる、といったものでしかなく、お手伝い三人でも十二分事足りる。

であるので、昼から夕方にシフトしてから、数十分はお客さんがこない状態が続く。そして、お客さんが来て、そのお客さんがお帰りになられると、また時間が空く。

そしてチノは、その空き時間の合間を縫って、学校の課題を終わらせている。

実に時間の活用がうまい。

これならば、実家の手伝いと学業の両立は容易いだろう。

 

 

「ううん……。この問題がわかりません」

 

「どれどれ?こんな時こそ、お姉ちゃんである私の出番だよ!!さあさあ、チノちゃん、どこの問題?」

 

 

チノが問題に苦戦していると、ココアが「ここだ!」(駄洒落ではない)とばかりに、年上の利を活かして、お姉ちゃんアピールを試みる。

 

 

「えっと、これは一次方程式の応用だから、こっちのxの値を、こっちのyの式に代入して、それを座標に当てはめれば、ほら!」

 

「相変わらず、理数科目だけは敵なしですね」

 

「そうかな?普通だと思うよ」

 

 

と、言葉は冷静だが、頬は上気し、顔は犬が「誉めて撫でて!」と尻尾を振らんばかりのドヤ顔である。

そう、このココアだが、やっていることは天然で、どうしょうもないトラブルメイカー。

頭の中は常にチノとコーヒーとお菓子の事でいっぱいだが、理系科目に関しては、一つ学年が上である私をも唸らせるような才を持つ。

本人は、そのことに最近気づいたらしく、おかげでチノが宿題をしていると、執拗に「どこかわからないところある?ねえねえ?」と、迫ってくる。

理数系の場合、それでよいのだが、チノはだんだんうざくなると、決まって、これを口にする。

 

 

「じゃあ、この英語の問題を教えてください」

 

「うぐ!?」

 

「There is a doll under the tree. but, I don't go to there. bacause The big dog is barking now」

 

「えっと、えっと、えっと??」

 

 

そう、英語の問題である。

ココアは先程述べた通り、理数系の科目ならば敵なしなのだが、一旦そこに文系科目がからんでしまうと、もう駄目だ。

そう、典型的な理数人間なのだ。ココアは。

 

 

「えっと、あそこの人形が、釣りをしているけど、私は行けない。何故なら、大きなホットドッグがバッキンガムなうだから?」

 

 

見事にカオスな回答だ。

全く意味が解らない。

 

 

「ココア、人形が釣り、というのはtree、木を勘違いしたとして、なんでいきなりジャンクフードがバッキンガム宮殿に現在進行形で出現しなきゃならないんだよ……」

 

 

ココアを半目で見てもって呆れつつ、私は解説を入れる。

 

 

「この回答は、There構文で、人形がunder the treeつまりは木の下にある。だけど、私はそこに行かない。because、何故ならThe big dog is barking now、あの大きい犬が吠えているから、となる」

 

「おー!さっすがリゼちゃん!!」

 

「いや、中学の内容だからな?高校生は皆出来て当たり前の問題だからな?」

 

「自分の基準を他人に押し付けたらいけないんだよ。人はみんな違ってみんないい、なんだから!」

 

「それは確かに正論だが、これは私個人の基準ではなく、世間一般、全国の高校生の基準だ!」

 

 

人はそれを、常識と呼ぶ。

 

 

「流石リゼさんですね」

 

「いや、これは流石に高校生なら誰でもわかる」

 

「その誰でもに当てはまらない人もいるようですけど」

 

 

ジト、と擬音が付きそうな半目を、チノがココアに向ける。

 

 

「やめて!私をそんな目で見ないでーー!!」

 

 

いつも通り、ココアが泣き崩れる。

と、ここでいつもならチノの愛のある(本人は否定するだろうが)放置プレイに緩やかに移行するのだが、今回はこの一連のお約束を知らない奴が約一名いることを、私は失念していた。

 

 

「そう気を落とすことはない。人間誰でも、得て不得手があるものだ。ココアにはそれが文系科目だったというだけだ」

 

「雄二君……」

 

 

彼が、打ちひしがれているココアに手を差し伸べている。

しかも、私にはかけたこともない優しい言葉つきで。

人間、傷心の際の優しさが、一番心に響く。

それを計算しているかのように、彼がふんわりと笑みを浮かべる。

すると、人一倍感受性が強いココアは、この手口にあっさりと引っかかった。

 

 

「そうだよね!人間、不得意分野の一つや二つ、あるものだよね!!」

 

「ああ、その通りだ」

 

「ずいぶんと優しいじゃないか」

 

「当たり前だろ?目の前で女が落ち込んでいるのに、放っておくような奴は男じゃない」

 

「お前、それ本気で言ってるのか?」

 

「? 何かおかしなことを言ったか?」

 

 

呆れたことに、先程のアクションとキザッたらしい言葉は計算などではなく、天然らしい。

コイツは、更衣室に侵入してきたのとは別の意味でも女の敵だ。

 

 

「お、女……。私が、女……」

 

 

生々しい言い回しに照れたのか、さっきまで元気だったココアが、頬を朱に染めて俯く。

やばい、さっそく女の敵の毒牙にかかった被害者が出現した。

それとは正反対に、カウンターで英語のテキストから目だけ出す形で、チノが先程とは違う意味でジトッとした目を向けた。

 

 

「ココアさん、暇だったら、裏で在庫確認してきてください。そこで何もしていないのでしたら、置物と変わりませんし、むしろ邪魔です」

 

「へ、あ……う、うん?」

 

 

と、ここで我に返ったココアがこの場から逃げ出すかのようにして裏へ下がっていく。割と酷いことを言われていたのだが、それは本人の耳には届いていないらしい。我に返ったといったが、まだ夢幻状態らしい。

チノはチノで、最近は毒舌を控えていたので、どうかしたのだろうか、と裏に回ってみると、教科書に隠れた顔、というか頬がフグのようにぷっくりと膨らんでいた。ヤキモチを妬いているらしい。

まだ初対面から一時間も経っていないというのに、すごい懐きっぷりだ。

懐き?これは本当に懐きで済まされるのだろうか?

 

 

(いや、というか、これ、不味くないか?早くも被害者二人目じゃないのか!?)

 

 

私が焦っている内に、ココアが裏へ行ってしまったので、彼はチノのところへ歩み寄っていき、

 

 

「それと、さっきの英文だがな、場面的には、I don't ではなく、I can'tの方が適切だ」

 

「そうなのですか?」

 

「え?……あ、そうか。確かに」

 

 

と、ここで私は初歩的な文法ミスを犯している問題文に気づいた。

確かに、この場合なら、いかなかった、というdon'tよりも、行けなかったというcan'tの方が適切だ。

私としたことが、とんだケアレスミスだった。

 

 

「確かに、この英文のままでも、日常会話であれば問題はないだろうが、手紙などのキチンとしたものにするならば、こちらの方がより良いものだろう。だから、先程のリゼの回答も、正解だ。気に病む必要はない」

 

「た、確かにその方がしっくりきますね。……雄二さんは、英語が得意なんですか?」

 

「いや、職業柄、日常会話程度のものだ。あとはまあ、本を読むからな。それなりに知識はあるつもりだ」

 

「すごいですっ!コーヒーに詳しいだけでなく、英語も得意で、更に読書家でもあるなんて……!!私なんて、学校の勉強はいつも平均点か、その少し下ですから」

 

 

先程膨れていたのことなど忘れ、チノは微妙に自虐を混ぜつつ、彼を褒めちぎる。

その目は、やはり年の離れた兄に、恋心に似た憧憬を抱く、妹の様だった。

 

 

「先程、ココアにも言ったが、人間、不得手なことの一つや二つあるものだ。ただ――――」

 

「ただ、何ですか?」

 

「その不得手を努力で覆すこともできる。勉強など、いい例だ。あれは、努力すれば、努力するだけ結果が出る。テストの点数という形でな。考え方を学ばせる、という観点からも学校の教科は有効だ。そしてさらに努力の仕方を教える、という観点でも学校の教育制度というのよくできたものであるといえるな」

 

「確かに、そうですね」

 

「だから、苦手である、という事をそのままにしておくというのは、些か勿体ない。……そうは思わないか?」

 

「そ、そうですね!……私も、頑張ってみようと思います!!」

 

「ああ、それがいいと思うぞ」

 

 

彼はそう締めくくると、カウンターにある器具を指さし、

 

 

「貸してもらっていいだろうか?」

 

「あ、はい。どうぞ」

 

 

そして、コーヒー豆の瓶を一つ手に取ると、蓋を僅かに開け、匂いを確認するかのように嗅ぎ、やがて満足したかのように瓶の蓋を閉じ、その他の瓶も同じようにして一つ一つ確認していく。

そして、おもむろに先程嗅いだ豆の中から、豆を選び取り、スプーンを使って分量を量っていく。

その様は熟年のバリスタを彷彿させた。チノの祖父が存命であったなら、このような光景が日常となっていたことだろう。

チノは、どこか懐かしそうにその作業を横目で観ながら宿題を黙々と片づけている。

量った豆を、ミル―――コーヒー豆を粉砕し、挽くための器具に投入し、蓋を閉めると、上部についているハンドルを回し始める。

ごり、ごり、と規則的にコーヒー豆を挽く音がお客のいない静かなフロアに響く。やがてそれが終わると、挽きたての豆をエスプレッソマシーンに投入していく。慣れた手つきでマシーンを操作し、豆を高圧、高温で抽出していく。

その作業が終わると、彼がカップを用意し始めた。そこで、チノがパタンとノートを閉じ、「ふう」と文字通り一息ついた。

その動作を見る限り、どうやら今日の分は終わったらしい。

手持ちぶさになっていた私は、適当に箒と塵取りでフロアの掃除をしていたが、教材を片づけたチノが、カップにコーヒーを注ごうとマシンに手をかけた彼に、制止を求めるように声をかけた。

 

 

「待ってください。その配分、カフェ・ラテですよね?」

 

「ああ、確かにその通りだが。……何かマズかったか?」

 

「いえ、マズイということではないのですが……リゼさん」

 

「ああ、そういうことか」

 

 

私はチノのその言葉、そして場の状況で大体の察しをつけた。

要はアレをやろう、という事なのだろう。

 

 

「できたら、ミルクを入れないで私に回してくれ」

 

「ああ、分かった」

 

 

彼は止めていた手を再び動かし、マシンからコーヒーをカップの半分だけ注ぎ、私に回してきた。

彼が注いでいる間に、手洗いを済ませた私は、ミルクピッチャー(ミルクを温め、ミルクを注ぐ道具)を手に取り、それでミルクを注いでいく。

注いだ後に、マドラーを手に取りカップの中を手順に沿ってかき回す。

すると、

 

 

「ほう、ラテアートか」

 

「ああ、ここでこうしてっと。よし、出来上がりだ」

 

 

私がマドラーをカップから引き抜くと、そこには自分で言うのもなんだが、見事なリーフが出来上がっている。

 

 

「うまいものだな」

 

「はい。リゼさんは、このお店で一番のラテアート職人ですから」

 

「そ、そうか?いやいや、それほどでもないが」

 

 

などと私は謙遜するが、頬は緩んでしまっているのを自覚していた。

 

 

「そして、このお店ではラテアートをお客さんにサービスでお出ししているんです」

 

「なるほど。それを俺にもやってほしいというわけか」

 

「はい」

 

「やったことはないが、全力を尽くそう」

 

「全力を尽くすのは結構だが、道具を壊すなよ?」

 

 

と、意気込む彼に一応釘をさしておく。

ここで私が釘をささなければ、きっとというか確実に彼はミルクピッチャーの取っ手を彼の手の形に変形させていただろう。

 

 

「ところで、これは何を書けばいいんだ?」

 

「何でもいいんじゃないか?私もさっきのは適当に思いついたのを書いただけだしな」

 

「そうですね。特に何か縛りがあるわけではないので」

 

「そうか。了解した」

 

 

彼は頷くと、そっとミルクピッチャーを手に取り、コーヒーカップにミルクを注いでいき、素人とは思えない動きで、マドラーでカップ内をかき混ぜる。

すると、そこに出来ていたのは、

 

 

「犬ですね」

 

「ああ、犬だな」

 

「普通ですね」

 

「ああ、普通だな」

 

「ふむ、自分ではよく出来たと思ったのだが、どうやら失敗してしまったらしい」

 

 

私たちは素人とは思えないほどよくできた普通の犬の絵だと舌を巻いていたのだが、どうやら彼は出来が気に入らないらしく、首を横に振っていた。

一体、どういうことなのだろうか?

どこからどう見ても、これは犬である。それ以上でも、それ以下でもない。

 

 

「別にどこも失敗してないじゃないか?」

 

「いや、失敗してしまった。なかなか難しいな。……後方前方を見据えながら全力疾走している犬を書く、というのは」

 

「お前の頭の中で何が起こった!?」

 

 

後方に向けて前を見据えて全力ダッシュしている犬をリアルに想像し、私はその過程に何があったのかと彼に突っ込んだ。

 

 

「知らないのか?ヤブイヌは前を向きながら、後方に全力で走ることが出来る犬だ」

 

「知るかそんなもん!!」

 

「え?リゼさん知らないんですか?」

 

「ええ!?チノ知ってるのか!?」

 

「はい?」

 

 

不思議そうな顔でうなずくチノ。

あれ、ヤブイヌって有名な動物だったのか?

私が世間の常識について、一人苦悩し始めた、その時だった。

 

 

カランカラーン

 

 

ドアベルが鳴り、三人組の男の人が店に入って来た。

 

 

「いらっしゃいませ。三名様でしょうか?」

 

 

私は瞬時に頭を切り替え、接客に向かった。

だが、その三人組は、異様な格好をしていた。

 

 

「おお、すっげえ美人!!」

 

「マジだ!すっげえ上玉じゃん」

 

「寂れた街だと思ってたら、いい店に来たぜ」

 

 

その三人組は、全員が黒い革ジャンとジーパンを履き、目や鼻にピアスをしており、ポケットからは用途不明なチェーンがジャラジャラと音を立てていた。

 

 

 









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第四話 うさぎも跳ねれば地面に落ちる

rabbit houseにお客様がご来店です。
このまま何もせずコーヒーを飲んで、何事もなく帰っていってほしいものです。(切実)

・・・・・まあ、そんなことは天地がひっくり返ってもあり得ないんですけどね・・・。


「おお、すっげえ美人!!」

 

「マジだ!すっげえ上玉じゃん」

 

「寂れた街だと思ってたら、いい店に来たぜ」

 

 

ぎゃははは、と下卑た笑いが先程までの心地よい静寂を引っ掻き回す。

私個人としては、今すぐにでも手に持ったモップで近接戦に持ち込みたいところだが、生憎今はバイト中であり、私情を挟んで客をえり好みすることなど、できるはずもない。

なので、ミミズが足元を這いずり回るような嫌悪感を何とか堪えて、私は接客の定型文を並べる。

 

 

「三名様でよろしいでしょうか?」

 

「いいんや、四名だ」

 

「えっと、お連れ様が来られるのでしょうか?」

 

 

見たところ、三人しかいないようだが、ここで待ち合わせでもするのだろうか?

正直、こんなのがまだ増えるかと思うと、憂鬱と嫌悪感のダブルパンチに私の理性がノックダウンし、思わずこのガラの悪い男たちをコーヒー豆の入っていたズタ袋に突っ込み宅急便でキリマンジャロ山の麓まで運送して貰うことになりかねない。

盛大に吐き気を催してしまった私だが、この後、更に不快かつ生理的嫌悪感が襲いかかる。

 

 

「いんや、アンタの分さ、綺麗なお嬢さん……」

 

 

ぞわぞわぞわ……!!

 

 

(うひいいいぃいぃぃいい……!!!)

 

 

足元のミミズの行進に、蛙や蜘蛛、ムカデが追加された。

猛烈な寒気とともに鳥肌が立ち、吐き気と嫌悪感が私の体中を駆けずり回り、理性の崩壊を加速させる。

それをどうやら自分のセリフに酔いしれた、とか勘違いしたのだろうか?

男は私の肩に手をまわそうとしてきた。

 

 

「!?……そ、それではこちらへ!」

 

 

このアクションで私は理性をひき戻し、軽くバックステップを踏んで相手の手の届く間合いから脱出すると、引き攣る頬を何とか抑え、何事もなかったかのように席に案内する。

勿論、三人分の椅子が用意された席へ。

案内が終わると、私はカウンターに戻り、お冷をとりに向かう。

お冷が載ったトレーを手にした。金属製のトレーはお冷の冷気が伝播し、ひんやりとしているが、私はそんな冷気がぬるく感じるほど背筋が凍っていた。理由は……言うまでもない。

 

 

「ううう……寒気がする。まだ春先だぞ…一体どうなっているんだ」

 

「……春だからこそ、ああいうのが沸くんだと思います」

 

 

私がボソッと漏らした愚痴に、チノが男たちに軽蔑の視線を向けながら答えた。

どうやらチノも、さっさと店からた叩き出したいのを必死に堪えているようだ。

 

 

「あんな奴らがウチの店に出入りするなど、お断りじゃ! チノ、塩をありったけまくのじゃ!! ありっタトバ!?」

 

 

またもやチノが腹話術の途中でティッピーを落下させた。

あれは、動物虐待ではないのだろうか。いや、ティッピーは怯えているなら、チノの頭に乗ったりなどしないはずなので、何かしらの意味があるのだとは思うが。

 

 

「……取り敢えず、お冷です」

 

「ああ、すまない。……行ってくる」

 

「ご武運を」

 

 

チノは戦場に赴く兵士に敬礼するかのような雰囲気で私をフロアへ送り出した。

チノも先程の発言からするに、あのお客さんにはいい印象を持たなかったようだ。

出来ればさっさとお帰り願いたいところだが、今のところ私の精神的苦痛以外は被害報告はないので、私はまさに戦場に向かうかのような面持ちでテーブルに向かった。

 

 

「こちらお冷になります。メニューはこちらです。それではお決まり次第お呼びください」

 

 

必要最低限の愛想笑いと決まり文句で私は爽やかに下がろうとするが、

 

 

「まあ待ちなって。一緒にコーヒーでも飲もうぜ。な?」

 

「いえ、仕事中ですので」

 

 

にべもなく私は誘いを袖にする。

 

 

「ぎゃははは。振られてやんの!!」

 

「ぶひゃひゃひゃ!!」

 

 

下品な笑いの独唱(アリア)が、途中で二重奏(デュエット)に変化し、私の神経を逆なでする。

今にも投げ飛ばして関節技をキメて現代風の素敵なオブジェにしてやりたい衝動に駆られ、私は一瞬力を抜く。

だが、それがいけなかった。

今更になり、親父の言葉を思い出す。

 

 

『常住戦陣、軍人はそれを常に心がけるべきだ。例え、それが喧嘩一つない平和な市街地であっても、だ』

 

 

 

 

 

「そうつれなくすんなって、おら!」

 

「うっ」

 

 

そして、それにひどくプライドを傷つけられた男は、戻っていこうとしていた私の腕グイ、と掴んで無理矢理席に着席させる。

普段ならば、掴んできた腕の力を支点に、CQCの関節技か、投げ技につなげるのだが、我慢の為に力を抜いていた最悪のタイミングで腕を掴まれたせいで、私は体幹に力を入れることが出来ず、あっけなく私は男達と相席することになってしまう。

 

 

(これもうセクハラでいいよな?殺っちゃっていいよな?――――っていやいや待て待て!落ち着け、落ち着くんだ私。そう、あの時に、夜戦訓練の間、三日間ほど風呂に入ることが出来ない状況だってあったじゃないか!その時に比べれば、こんな男の体臭なんて、腕なんて……)

 

 

決壊寸前の私の理性など露知らず、男は私の肩に手を回し、顔を近づけてくる。

 

 

(思い出せ、思い出せ、堪えろ、抑えろ……ああでも、臭い。息が臭い。猛烈に臭い。台詞も臭い。臭い。臭い。臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い――――ああ、ああ、あああああああ!!!!!!!)

 

 

ブツリ。私の中で、何か大事なものが断線する音を、確かに聞いた。

鏡を見なくてもわかる。今私の顔は、全ての表情が抜け落ちて、目のハイライトが完全にオフなっているだろう。

私が黙り込んだのを誘いに乗ったと勘違いした男は、聞いてもいないのに、自分の身の上をベラベラとしゃべりだした。

 

 

「俺たちさぁ、バイクで自分探しの旅に出てんだよね」

 

「いや、普通に隣街に殴りこみしに行くだけだろ。かっこつけてんじゃねーよっ。ぎゃはははは!」

 

「でもま、こんな何もねえ石と木ばっかのしけたとこでも、美人さんとの出会いが待ってんだからよ。人生わかんねえもんだぜ!」

 

「んなわけで、これから俺たちとデートしない?バイトなんかフケちまってさ。金なら俺が持ってるからよ。……それに、イイ夢見させてやるぜ?」

 

「あ、ずりぃぞテメエ!俺にも分けろよ?」

 

「ざっけんな!……ほんの少しだぞ?ぎゃははは!」

 

 

………………ふう。よし。もういいか。

ここまでの合唱は、名前もないチンピラ三名のご提供でお送りいたしました。

それではこれから、この御三方には少しばかり遠くの景色を見てもらうとしよう。

具体的には、先祖が向こう岸で手を振っている川とか、もしくは雲を抜けたところにあるという黄金の塔とか。

そして私は、肩に載せられている手を掴んだ。

 

 

「おい、お前ら。客と思って―――」

 

「……これは、当店からのサービスです」

 

 

ゴト、と彼が私が爆発する寸前にねずみ色の液体が入ったグラスを彼がテーブルに置いた。

何を言っているんだこいつは、という目で彼を見上げるが、その彼の顔は、いつもながら全くの無表情。

だが、その瞳が、「手を出すな。いいな?」と声なき声を私に伝えた。

その目で冷静になり、私は取り敢えず矛を収めることはしないが、掛けていた敵の首から少しだけ矛をずらした。

 

 

「おお、気が利いてんじゃねえか……んぐんぐ……んだこれ?」

 

 

男は、大して疑うことなく、彼の持ってきた液体(、、)に口をつけた。

だが、流石の男でも、それが飲んだことのない味だったらしく、柳眉を寄せていた。

他の二人も、その様子からどんな味なんだ、と興味がわいたらしく、同じように口をつけた。

 

 

「確かに、のんだことのねぇ味だな」

 

「これはなんつう飲み物なんだ?」

 

「これは当店のオリジナルブレンドだ。年季の入った材木と、その材木に降り積もる、埃やちり、後は雑菌やら何から何までをまとめてブレンド。雑巾をフィルターとして活用し、水でドリップした。――――――――名付けて、店の垢だな」

 

「「「ぶうううううううぅうぅぅぅう!!!!!」」」

 

 

男三人は、揃って口に含んでいた液体……もとい、私が先程掃除で集積したゴミ、それを水で溶いた液体を噴射した。いや、正確には噴射しようとしたが、彼が男達がドリンク(笑)を噴射する前に、グラスを三人の口元に押し付け、フロアに散布されるはずだったものはグラスに戻ってきていた。

因みに私は、日頃訓練の賜物なのか、妙な危険を察知し、掴んでいた男の腕を瞬時に振り払い、カウンターまで退避していた。

カウンター戻ってくると、チノが心配そうな顔で覗き込んできた。

 

 

「リゼさん、大丈夫でしたか?災難でしたね」

 

「ああ。本当に災難だった。まあ、現在進行形で災難なのはあいつらなんだけどな」

 

 

と、私は再び彼と男達に目を向ける。

するとそこには、グラスを強く押し付けられたせいか、口元に赤い円の跡が付いた男達が、その跡に負けないぐらい真っ赤な顔で憤慨していた。

 

 

「テメエ、何しやがる!!」

 

「解らないのか?ただ、俺はお前らに相応しいドリンクをサービスしただけだ」

 

「この野郎!喧嘩売ってんのか!?」

 

「ようやく気付いたか。話が早くて助かる」

 

「こんのぉ!!」

 

「やっちまえ!」

 

男達はテーブルから立ち上がり、古典的な負け台詞を吐きつつ、彼を取り囲む。

チノはその様子を見て、オロオロと私と彼に交互に視線を彷徨わせる。

 

 

「あの、あれって大丈夫なんでしょうか?」

 

「普通にやばいと思う」

 

「やっぱり!警察とかに連絡した方が……ああでも、救急車の方がいいのでしょうか!?」

 

 

チノは不安そうに彼を見つめるが、私は逆にこれから起こるであろう惨事に備え、一言チノに言い残し、厨房に入って行く。

 

「いや、アイツら三人がヤバいから、どっちも呼んどいてくれ……私は少し、休憩を貰うよ」

 

 

チノはポカンとしていたが、慌てて警察に電話をかけているようだった。

すると、その数秒後に、

 

 

「「「死ねええぇえぇぇぇえぇ!!!」」」

 

という叫びが聞こえ、またその数秒後に、

 

 

「「「し、死ぬうううぅぅぅ!!!」」」

 

 

同じ動詞だが、目的語が彼ではなく自分たちにすり替わった叫びが聞こえてきた。

その間、私が何をしていたかというと、ミルクピッチャーに入っていたホットミルクをカップに注ぎ、そこに蜂蜜を加えて溶かしていた。

マドラーでホットミルクをかき混ぜている間も、「俺たちが悪かった!!」や「もうやらねえから許してくださいお願いします」のような叫びが聞こえた気がしたが、きっと気のせいだ。

ミルクに蜂蜜が完全に溶けきると、フロアは不自然な静寂に包まれた。

不自然な静寂をあえて意識からシャットアウトし、私は出来たドリンクに口をつけ、はふう、とため息を吐いた。

 

 

「ふう。やはり、ホットミルクは心が落ち着くな……」

 

 

まるで戦場から帰還した兵士が、煙草を一服するかのように、そう呟くのだった。

この後はお客さんが入ることはなく、警察と救急車が店の前に止まり、彼らをまず病院に運んでいった。

この騒動の後は特に変わったことはなく、タカヒロさんにバトンタッチすることになった。

因みにこれは余談だが、あのチンピラ三名に出したグラスは流石に再利用というわけにはいかず、彼バイトの日数は、今日で消化されるはずだったコーヒーカップに加え、グラス三杯分。都合、二日間追加されることと相成った。

 

 

 

 

 

 

雄二がゴミ(、、)を掃除しているのと同時刻、市ヶ谷のオフィスの一室

 

 

「お疲れ様です。今日は随分と楽に終わりましたね」

 

 

褐色の肌に赤い眼鏡をかけた、銀色の髪の可愛らしい少女(のようななりをした成人女性)、キアラがウェーブのかかったブロンドの髪の白人女性に労いの言葉と共にコーヒーを机に置いた。

女性は、「ありがとう」とお礼を言うと、コーヒーを一口啜った。

ソーサーを持ち上げ、コーヒーを優雅にいただくその姿は、男ならば、誰でも息を呑むことうけあいだ。

そして、女性はコーヒーを机に置くと、

 

 

「ほんと、あの子がいないだけで、こんなに仕事が楽になるなんてねぇ」

 

 

しみじみと、つらかった過去の案件の事後処理を思い出しながら、ブロンドの白人女性―――JBこと春寺由梨亜は、心なしか数歳若返ったようなすがすがしい笑顔をキアラに向けた。そんな笑顔を向けられた当人であるキアラは、同意するように「あはは」と力のない笑いを漏らした。

だが、その次には真剣な表情で、JBに問う。

 

 

「でも、本当に良かったんですか?9029号を手放してしまったりして」

 

 

 

ここ、市ヶ谷は少しばかり特殊な清掃業行う、ほんの少しだけ特別な会社である。

以前、風見雄二もここで予備役として清掃を行っていた。その時に使っていたのが、9029号という識別番号だ。

9029。この番号は社内では特別な意味を持つ。その番号は、絶対的な力と力量、仕事のスコアを要求され、その高い水準に達した者だけが、呼ばれることのできる番号なのである。そして、彼が退役した今、その番号の水準に届く者は現れず、欠番となっている。

そのため、9029号は未だ社内では彼、風見雄二の呼称とされることがままある。

そして今現在、彼がこの会社から突然姿を消した事に、社内では色々な憶測が飛び交っている。

中には、宇宙人に連れ去られた、などというトンデモ説までまことしやかに語られているが、真相を知っている数少ない人間であるJBは、さっきまでとは打って変わり、母親のような穏やかな微笑みで、キアラの問いに答えた。

 

 

「あの子―――雄二が自分から何かをしたいって、自分の事を決めたのは麻子の為にこの仕事に就くって決めたことだけだった。でも、今回は違う。誰でもない、自分の為だけに普通の学生みたいに過ごしてみたいって、そう、言ったの」

 

「……」

 

 

彼の過去を知るキアラは、黙り込んだ。

JBは続ける。

 

 

「だったら、私からは何も言えない。何も言わず、あの子を見送る。それが、あの子の保護者である私が出来る唯一母親らしいことよ。親鳥の巣から、雛が巣立っていった。それだけのことよ。まあでも、この会社のエースを引き抜かれたのは痛かったけど、同時に大国の軍の元帥にツテができたのは喜ばしいことではないかしら?」

 

「そう、ですね。確かに」

 

 

キアラは、小さく笑うと今度は彼女が語りだす。

 

 

「そういえば、その9029号なんですが、あっちでは楽しくやってるみたいですよ」

 

「確か、護衛という名目で学校に入学して、その後卒業まで在籍するのだったかしら? ……護衛対象にちょっかい出してないといいけどね」

 

 

JBは彼の常識外れな人間性を思い出し、護衛対象となったその人物に内心で手をあわせる。

 

 

「あー。目に浮かぶようです。でもま、編入した学校は女子高、しかもお嬢様学校らしいですからね。周りの目を気にして、流石に学校では大人しくしているはずですよ。いいなー私ももう一回青春を送ってみたいですよ。セーラー服を着て、恋占いに一喜一憂する。くー最高ですね!! あ、でも、流石に年が年なので、無理ですけどね」

 

「あなたのその容姿なら、女子高生どころか、女子中学生で十分通るから、安心なさい……って、ちょっと待って、キアラ今あなた、なんて言った?」

 

キアラ「いや、ですからね? 私ももう一回青春がしたいなーと」

 

「もっと前!」

 

「えっと、お疲れ様です。今日は随分と」

 

「お決まりのボケなんかかましてないで、さっさと言いなさい!! あなた、あの子が女子高、しかもお嬢様学校に編入したって!!」

 

「ほんと、漫画みたいですよね」

 

「これが漫画だとしたら、それは確実にピンク色の暖簾の向こう側に置かれてる類のものよ!!」

 

 

まずい。非常にまずいことになったと、JBは唇をかむ。

息をするように女を口説き、そのくせ無自覚。しかも、抱いてくれとせがまれれば、全く拒みもせずに抱く。

そんな天然の女の敵が、箱入り娘の巣窟である、お嬢様学校に編入させた?

正気の沙汰とは思えない。

野生の勘を忘れた動物園の草食動物の群れに、サバンナから直輸されてきた肉食獣を解き放つようなものである。

まさに、自殺行為。

そこでJBは、一つの決断を下した。

 

 

「キアラ、明後日に私、有給とるから」

 

「へ?ちょ、ちょっと待ってくださいよ先輩!」

 

 

目に見えてキアラが狼狽する。

それもそのはず。この会社の管理職という椅子にJBが座って作戦指揮の判子をその手に握っている以上、彼女がいなければ仕事をする事も、拒否する事も出来ないのだから。

 

 

「大丈夫、明後日の分の仕事は明日まとめてやるから!!引き継ぎも作るから!!」

 

 

それに対するJBの回答は、明日に二日分の仕事をこなし、更にその先の仕事の引き継ぎもこなす、というものだった。

普通の会社ならばともかく、前記の通り、この会社、市ヶ谷は、少しばかり特殊な造りになっており、一般のサラリーマンの三日分の働きを一日にこなすのが日常の風景となっている。それが、明日明後日、そしてその後の引き継ぎも一日でこなすというのだから、その言葉は狂気としか言いようがない。

そこまでして、一体彼女は何をする気なのか、キアラは問い詰める。だが、答えは酷く日常的な語であり、ここ(、、)では絶対に耳にすることのないであろう語だった。

 

 

「何をする気なんですか先輩!?」

 

「決まっているでしょう?……授業参観よ!」

 

 

 

 

 

視点は戻り、タカヒロにバトンタッチした女性陣の更衣中での会話

 

 

「はぁ……何だか今日一日で一か月分働いた気がする…」

 

 

勤務時間が終了し、私たち未成年はお役御免と相成り、只今絶賛更衣中だ。

今日は本当に、様々なことがあったものだと一人回想していた私の口からは、自然と愚痴が漏れた。

普段は愚痴や弱音の類はご法度と自分自身に言い聞かせていたのだが、何事にも例外はつきものであり、今日はその例外に該当するものと私は判断した。

そんな平時とは明らかに様子が異なる私の姿を、隣で着替えていたココアが好奇心と心配が入り混じった瞳で尋ねてきた。

 

 

「どうしたの、リゼちゃん?なんだかとってもお疲れみたいだけど。私が裏でコーヒー豆を数えている間に、お客さんが満員電車だったとか?」

 

「ああ、うん。もう、それでいいや……」

 

「リゼちゃんのツッコミがおざなりだ!これは重傷だよチノちゃん。一体どうしちゃ…って、チノちゃん!?」

 

 

私の精神が完全にイッている事を確認したココアは、チノに意見を求めるが、そこには既に着替えを終え放心状態のチノが窓際で上弦の月をまるで吸い込まれていくかのように見上げており、手元には何故か電話子機が握られていた。

この時チノは、リゼが厨房に、ココアが裏でコーヒー豆を数えるという無駄な頭脳労働に励んでいる間の状況が何度もリピート再生されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回は何とか自分で決めた〆切を守ることが出来たぜ!(当たり前)
と、こんな感じで次回、あのもっさりさんが、遊びに来ます。
わあい。グリザイアキャラ、初の表舞台だー。
と、次回予告もキッチリしたところで、大変私事なのですが、この作品、感想が少ないんだよね……た、確かに、まだプロローグ含めて五話しか出してないし、仕方ない…のかな?
いや、単純にこのSSが面白くないのかも……。
と、作者は電車の中で揺られながら悶々としています。
そんなわけで、感想、ジャンジャンください!
評価、酷評でもなんでもいいので、ください……作品の品質向上に、貪欲かつ、前向きに取り組んでいきたいと思います!!

次回は雄二さんがどのようにして、運の悪いお客様にお帰りいただいたか、そしてそれを目にしたチノの反応とファーストコンタクト時点で抱いていた幻想の破壊ソノゲンソウヲ、オレガ(ryをお送りいたします!(後から書きくわえました)



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第五話 いつだって、君はそうやって常識を打ち破っていくよね

さあて、やってまいりました!
雄二君、処刑タイム。
哀れ不良君たちが「死ねええええ!」から「死ぬううううう!」に至るまでの経緯と、それを見ていたチノの最初に抱いていた幻想を見事にぶち壊してくれます。
???「その幻想を、俺がb」はい、そこまで!君は出てこないからね~。


上弦の月をどこか呆然とした目で眺めながら、私、香風チノは今日の出来事を回想します。

これで何回目なのかも、もう忘れました。

それほどに、ショッキングな出来事でした。

 

 

「どうしたの、リゼちゃん?なんだかとってもお疲れみたいだけど。私が裏でコーヒー豆を数えている間に、お客さんが満員電車だったとか?」

 

「ああ、うん。もう、それでいいや……」

 

「リゼちゃんのツッコミがおざなりだ!これは重傷だよチノちゃん。一体どうしちゃ…って、チノちゃん!?」

 

 

リゼさんとココアさんが、何かを言っていたような気がしますが、それを言語化して理解する余裕が、今の私にはありませんでした。

 

 

 

チノたちの勤務時間帯、例の出来事の真っただ中

 

 

 

「やっちまえ!」

 

 

三人組の内、リーダー格と思わしき人が、声音を荒げ他二人もそれに続き、雄二さんを取り囲みます。

それもそのはずです。あれだけの事をされれば、どんな聖人君子でも怒りを爆発させることでしょう。

そのあれというのはつい先ほどの事です。

リゼさんが掃除していた塵取りと箒、それと使い物にならなくなってしまった雑巾で、何をしているのかと私が怪訝な顔をしていると、雄二さんは言いました。

 

 

「なに、少しばかりお客様にサービスをするだけだ。身の丈に合った、サービスをな」

 

 

雄二さんはバケツの上に雑巾を被せました。まるで、コーヒーのペーパードリップを行うときのように。

そして、私が抱いた感想はあながち間違いではなく、過程だけ見るのならば、それは確かにコーヒーを淹れる工程に違いありませんでした。

使ったフィルターは雑巾で、豆は埃とチリ、受けるサーバーはバケツでしたが。

 

 

「あ、あの……??」

 

「すまない。追加で三日ほどお世話になりそうだ」

 

「?」

 

 

意味が分かりません。雄二さんは一体、何をなさろうとしているのでしょうか?

と、私が脳内に疑問符を量産している内に、雄二さんはさっきまでドリップしていた液体をおもむろに取り出したアイス用のカップに注ぎ、リゼさんが向かっていった席まで行ってしまいました。

雄二さんの行動に気を取られている内に、何故かリゼさんが怖いお客さんたちの席に相席していました。普段なら絶対にありえない事です。

仕事熱心なリゼさんは、お客さんを選り好みするような真似は頭に馬鹿と着くほど真面目な性分からして、絶対に出来ません。

ですが同時に、リゼさんは男性に対しての耐性がありません。それはもう、男性に肩を叩かれたら反射的に床に組み伏せてしまうくらいに。(あの時はお客さんに謝るのが大変でした)

そんなリゼさんなので、あの男のお客様に肩を回されて、何かしないわけがありません。

これは、由々しき事態です。このお店がお昼のワイドショーの現場になってしまいます。

そう私が憂いでいると、リゼさんの目からハイライトが消え、どこか虚空を見つめているようになっています。

あの状態のリゼさんは、放っておくと相手を簀巻きにして、協会の屋根からミノムシのようにつるすことも躊躇いはしないでしょう。

 

 

「おい、お前ら。客と思って―――」

 

 

大人しくしていれば、とリゼさんは続けたかったのだと思います。その後に警告なしで、椅子から引きずり落とし、意識を刈り取っていたはずです。

ですが、そうはなりませんでした。

 

 

「……これは、当店からのサービスです」

 

 

ゴト、とさっきの液体をテーブルに置く雄二さん。

まさか!と思ったときには既に遅く、お客さんは、何の警戒もなく、それに口をつけてしまいます。

確かに、リゼさんにした粗相の数々は許せませんが、私はあの方々に少し同情してしまいました。

それと同時に、

 

 

(あそこまでやる必要があったのでしょうか……?)

 

 

私は、最初に抱いていた雄二さんの印象からは想像もつかないその鬼畜な所業に、困惑します。

私と、雄二さんの出会い、それはやはりここ、rabbit houseでのことでした。

 

 

 

 

 

 

 

突然やって来た見慣れない男性―――雄二さんは、店内をぐるりと見渡すと、静かにカウンターの一席に座りました。

座った席から、カウンターの後ろに置かれているエスプレッソマシーンとミル、コーヒー豆の入った瓶などのコーヒー器具を興味深そうに眺めていました。

私は、カップを乾いた布で丹念に磨いていましたが、視界の端で雄二さんの事を観察していました。

これも、一種の職業病というやつなのでしょうか。

喫茶店で働いていると、自然と人を観察するようになってしまうようです。お父さんやおじいちゃんレベルになると、見ただけでその人がどんな職業で、どんな性格であるかが大体わかってしまうそうです。…もう、探偵にでもジョブチェンジしたらどうなんでしょうか。と、最初にこの職業病の話をされた時はそう思ったものです。

ですが、喫茶店を手伝っていくうちに、私もいつの間にかお客さんを視界の端で捉え、観察している自分がいる事を確認しました。

最近ようやく、ぼんやりとではありますがお客さんの人となりがわかるようになりました。

流石にまだ、お父さんたちのように職業や趣味、性格までは当てることは出来ませんが。

なので、いつも通り私は視界の端で雄二さんを眺め、その身に纏う雰囲気や、身体的な特徴から、人となりなどを感じ取ろうとしているのですが……。

観察対象である雄二さんからは、白を基調としたどこかパーティスーツのような恰好をどこかで見たことがある、といったことしか私は読み取ることが出来ませんでした。

今のところ、それ以外は何も感じることが出来ません。やはり私はまだ、経験値が足らないようです。

 

 

(どこかに人となりを解き明かしたら、経験値が大量にゲットできる、メタル〇ライムみたいなお客様はいらっしゃらないでしょうか?……いらっしゃらないでしょうね)

 

 

適当に自己完結していたところに、道具を眺めるのに満足したのか、雄二さんは初めて口を開きます。

 

 

「ブレンド、頼めるか?」

 

「ブレンド、ホットとアイス、どちらになさいますか…?」

 

「そうだな……では、ホットでお願いしよう」

 

「かしこまりました」

 

 

いつも通り、注文を請けたまわった私はいつも通り棚の方を向き、既にミルで細かく粉砕されたブレンド用の粉を、ペーパードリッパーにセットします。

そして、お湯を注ごうと雄二さんの方へ向き直ると、雄二さんは少し意外そうな顔でこちらを見ていました。それを怪訝に思った私は、小首を傾げて雄二さんに尋ねます。

 

 

「どうかしましたか?」

 

「もしかして、君が淹れるのか?」

 

「はい。もしかしなくてもそうですが、何か問題でも?」

 

「ああいや……気を悪くしたならば謝ろう」

 

「いえ、別に…いつもの事ですので」

 

 

そう、私はこの幼い外見(中学生になのに、小学生だと思われてしまうこともしばしば)のせいなのか、初見のお客様は、私がコーヒーを淹れるという事が以外に感じるらしいのです。

この幼い外見については、どうにかならないかと常々思ってはいるのですが、想いの力だけでどうにかできるほど、人間の体の神秘とやらは甘くはないようです。

そう思って自分の体を、主に成長が乏しい胸のあたりを一瞥します。

その後、リゼさんの高度性徴真っただ中の摩天楼を思い出し、人間は決して平等などではないという事を再確認します。

気持ちを入れ替えよう。私は、溜息を一つ吐くと、それきり目の前のコーヒーと、お客様である雄二さんの事以外を頭の中から締め出し、シャットダウン。

コポコポ、と少量のお湯そっと乗せるようにして均一に注がれたドリッパー(コーヒーの粉末をフィルターで()して抽出するときに使用する器具)上で、コーヒーの粉末が蒸気と共にその独特な香ばしい香りをフロアの天井へ押し上げながら蒸発していきます。そのまま、二十秒ほどその状態―――蒸らしと呼ばれる工程を経た後、焦らず、さりとて怖がらず、それなりの勢いをもって、螺旋(らせん)描くようにお湯を注いでいきます。

注いだお湯がフィルターを抜け、三分の一ほどがサーバー(コーヒーを受けるカップのようなもの)に落ちてコーヒーに変わったところで、最後に慎重に量を調節しつつ仕上げていきます。

全てが落ち切った(、、、、、、、、)ところで、私はドリッパーを外してサーバーからカップに注ぎます。

そして、低温殺菌のミルクをミルクピッチャー(ミルクを入れる小さなコップのようなもの)に注ぎ、ソーサーにマドラーと一緒に乗せます。

これで、完成。

完成したコーヒーは、早く飲むに限ります。

よって私は、完成した品をすぐさま雄二さんへとお出ししました。

 

 

「どうぞ」

 

 

コト、と雄二さんの前にソーサーゴト差し出すと、雄二さんはカップと私の顔を視線で一往復すると、

 

 

「いただこう」

 

 

カップの取っ手に手をかけ、ミルクや砂糖などを全く入れず、ブラックで一口。

そして、

 

 

「うまい」

 

「……ありがとうございます」

 

 

お客さんに褒められたことは数える程しかなく、素直にうれしいと感じます。

うれしかったのですが……。

 

 

「が、」

 

 

予想外の言葉。

そこで雄二さんは一旦言葉を切ると、

 

 

「先程の工程。その一つで、ドリッパーを全てお湯が落ち切った後に外しただろ?」

 

「え……あ、はい」

 

 

確かに、お湯が全て落ち切ってから私はドリッパーを外しました。

ですが、それが何だというのでしょうか?

 

 

「そのおかげで、コーヒーに僅かだが雑味が混じっている」

 

「そ、そんな……ちょっとまってください!」

 

 

私は慌ててソーサーからコーヒーをカップに注ぎ、ミルクと砂糖を入れて飲んでみます。

ですが、

 

 

「いつもと変わらない…はずですが」

 

 

味はいつもと変わらず、私の好きなrabbit houseのオリジナルブレンドの味です。

……そのはずです。

 

 

「……もしや、砂糖とミルクがないと飲めないのか?」

 

「そ、そうですが…それとこれと何か関係が……?」

 

「そうか。ならば、仕方がないか」

 

 

雄二さんは僅かながら残念そうな表情をすると、再びコーヒーに口をつけました。

 

 

「ああ、うまいな」

 

 

先程と変わらない賞賛の言葉であるはずなのに、今度は素直に喜ぶことが出来ません。

どうしていいかわからず、今日はまだ、一言も発していない頭上のアンゴラウサギことおじいちゃんを見上げますが、こればっかりは何も言いません。

お父さんとおじいちゃんは、コーヒーの事になると、例え娘や孫の私にさえ、何も教えてはくれません。

なので、私はおじいちゃんとお父さんの技術を少しづつ盗んできました。その結果として、コーヒーの香りだけで銘柄などを判別できるようにもなりました。

ですが、どうしても砂糖とミルクは入れないと飲むことが出来ませんでした。

それにより今回のような失敗を犯してしまいました。

私は、まだ残っているコーヒーを、別のカップへと移し、意を決して口に含みました。

 

 

(苦い……です。ですが、それだけじゃなくて、酸味や、深み、香りも少しなら分かります……!)

 

 

苦みと、その他の味をしっかりと記憶した私は、雄二さんが指摘した部分を直し、再度挑戦します。

すると、

 

 

「あ…なんだか、さっきより渋みが抜けて、それぞれの味がはっきりしてます……」

 

 

苦みはもちろんありますし、ついつい顔を顰めてしまうものの、先程飲んだものから雑味が抜け、味のディテールがしっかりとしています。

それを見ていた雄二さんは、まるで年の離れた兄妹を見るかのような優しい笑みを浮かべていました。その笑顔を見た私は、別に気温が高いわけでもないのですが、何故だか体温が少しだけ上がるのを感じていました。

そして、その時、名前を聞いていなかったことをふと思い出した私は、カップを持ったまま、雄二さんに話しかけます。

 

 

「あ、あの……お名前、伺ってもよろしいでしょうか……?」

 

「人に名前を訊くときは、自分から名乗った方がいいんじゃないか?」

 

「あ、すみません。私は、香風チノです」

 

「風見雄二だ」

 

「えっと、風見さん?」

 

「雄二でいい。それと、さんはいらない。堅苦しいのはどうも苦手でな」

 

 

そう言って、肩をすくめる雄二さん。

 

 

「わかりました。じゃあ、雄二さんで。じゃあ、わたしも、チノでいいです」

 

 

これが、私と雄二さんのファーストコンタクトです。

その後、コーヒーの飲み比べや、ブレンドの話などに花が咲かせていると、リゼさんが入ってきて、雄二さんが軍の関係者であると知ったときは、心底驚きました。

あんなに優しくて、お兄ちゃんみたいな人が、軍の関係者だなんて、夢にまで思いませんでした。

 

 

 

 

 

ですが、そんな雄二さんは今、

 

 

「テメエ、何しやがる!!」

 

「解らないのか?ただ、俺はお前らに相応しいドリンクをサービスしただけだ」

 

「この野郎!喧嘩売ってんのか!?」

 

「ようやく気付いたか。話が早くて助かる」

 

「こんのぉ!!」

 

「やっちまえ!」

 

 

と、かなり好戦的な態度でお客さんたちを煽っています。

困惑を通り越し、狼狽していたところに、リゼさんがカウンターに帰ってきました。

頭の中がマドラーでかき回されるような、そんな感覚と感情に流され、帰って来たリゼさんに私は縋ります。

 

 

「あの、あれって大丈夫なんでしょうか?」

 

 

それは、雄二さんと、同時に向けた私の感情も含まれた言葉でした。

具体的でない上に、私自身、何が大丈夫なのか、誰が大丈夫なのか、混乱しきっていてました。

でも、それでも雄二さんの身に危機が迫っているという事だけは理解していました。

なので、

 

 

「普通にやばいと思う」

 

「やっぱり!警察とかに連絡した方が……ああでも、救急車の方がいいのでしょうか!?」

 

 

危惧していたことを、ズバリ言い当てられた私は、更に混乱し、狼狽します。

ですが、リゼさんはそんな私を見て、どこか遠い目をしながら、こう言いました。

 

 

「いや、アイツら三人がヤバいから、どっちも呼んどいてくれ……私は少し、休憩を貰うよ」

 

 

え?え?何でですか?

多勢に無勢ってことで、雄二さんのピンチじゃないんですか?

私は、更に言いつのろうとしましたが、リゼさんは言ったまま言いっぱなしで、厨房に消えていってしまいました。

 

 

「えっと、ええっと、そうです!電話を、110番を!!」

 

 

未だ混線をしている思考回路で、私は何とか電話をするという最優先事項を思い出し、お店の電話子機で、110に電話を掛けます。

トゥルルル、と数コールの後、電話の窓口が開きます。

 

 

『はい。こちら110番。警察ですか?救急車ですか?』

 

「どっちもお願いします」

 

 

落ち着いた声音のサポーターさんに、私は混乱で支離滅裂な言葉になりながらも、事情を説明します。

 

 

『分かりました。ではそちらに警察と救急車どちらも向かわせます』

 

 

と、サポータさんは事態に冷静に対応していきます。

その間に、

 

 

「「「死ねええぇえぇぇぇえぇ!!!」」」

 

 

雄叫びがフロアに広がっていきました。

ハッとして、雄二さんの方を見ると、三人が雄二さんの周りを取り囲んでいます。

どうしよう、ただ混乱するしかない私を置き去りに、雄叫びの数秒後に、三人同時に雄二さんにとびかかります。

 

 

『どうかしましたか?』

 

 

押し黙った私を心配してか、サポーターさんが状況を、と促します。

なので私は、今目の前で展開されている状況を、リアルタイムでサポーターさんに説明することに決めました。

 

 

「あ、ありのまま、起こった事を話しますよ……?」

 

『ええ。大丈夫ですよ』

 

 

サポーターさんは、私の口調からただならない雰囲気を悟ったのか、私と自分自身に言い聞かせるように言いました。

なので、先程述べた通り、私は今起こっていることを、ありのまま話し始めます。

 

 

「うおりゃあ――あぐべ!?」

 

 

「うおあっ!?」

 

 

雄二さんを時計の中央に置いたとすれば、取り囲んでいる三人の位置は、それぞれ二時、六時、十一時の方向に位置しています。三人はそれぞれの利き手を振り上げ、雄二さんに向かってゆきます。

そして、まず最初にリゼさんにちょっかいを出し、二時の位置から突撃してきた一人が、殴りかかろうとしていました。

ですが、突進を始める数瞬前、雄二さんはまるで見えない何かに弾かれたかのような急加速で行動を開始し、腕が振り上げられたことで生じていた脇の隙間に体をねじ込み、後ろに入る動作と共に、けたぐりの要領で足をかけ、上半身を前に押し出します。このまるで忍者のような動きは、遠くから客観的に観ることが出来た私だけが何とか確認することが出来ました。……この動きを理解できたのはこの時ではなく、回想をしている時でしたが。支離滅裂ですが、何とか目の前の光景をサポーターさんにうわごとのように説明します。このときの私の説明は今の私がもし聞くことが出来ても、絶対に理解することが出来なかったと思います。であれば、当事者である彼らには何が起こったのか、何をされたのかさえ理解できなかったと思います。

そして、足を掛けられ、前傾姿勢になったところで後ろから雄二さんが背中に肘を叩き込むと、そのまま同じように六時の方向から突っ込んで来ていた人に頭から鳩尾にタックルをするように倒れこんでいきました。

視界から雄二さんが消え、拳が空振りに終わったことで狼狽している残りの一人に、背中を肘を打ったことで得た勢いで素早く肉薄すると、空振りで行き場をなくし空中に伸びきっていた腕を取り、一本背負いで無理矢理投げ飛ばします――絡み合いながら倒れこんでいる他の二人の元へ。

 

 

「ぐえ!?」

 

 

受け身もとれずにフロアの木組みに背中から叩き付けられたその人は、肺にため込んでいた空気を吐き出すように喘ぎました。

ですが、これで終わりというわけではありませんでした。

きっと、最初からこうなるように位置を調整していたのでしょう。

絡み合っている二人の足と、投げ飛ばされたその人の足が絡まり、身動きが取れなくなっているようです。

ですので、

 

 

「早く起きろよ気色悪い! いぐぎっ!?」

 

「わかってるぐべえぎっ!?」

 

「お前ら動くなぁあぁあ!! 足が折れるぅううう!!!」

 

 

と、お互いに自分勝手に動こうとするたび、足に激痛が走るようで、そこには気色の悪い悲鳴を発するピカソのゲルニカのような物体Xが出来上がっていました。

ここで雄二さんは、三人がさっきまで座っていた椅子の一つを手に取ると、その足を、絡まっている足の中央に突き刺します。そして、それをグイッとレバーで機械を作動させるかのように手前に引きました。

すると、

 

 

「「「いぎぎぎぎぎぎぎぎぃぃいいいいいい!!!!!死ぬううううううう!!!!!」」」

 

 

と、数秒前と全く同じ動詞ですが、その対象は他ならない自分たち自身になっていました。そして、次第に三人組の足から、メキメキ……という謎の音が鳴り始めます。

自分たちが瞬殺され、現在進行形で主導権を握られていることを悟った三人組は、口々に、

 

 

「俺たちが悪かった!!」

 

「もうやらねえから許してくださいお願いします」

 

 

と雄二さんに赦しを乞います。

それに反応したのかどうかは分かりませんが、雄二さんは動きを止め、それ以上は椅子を動かしません。一応、これで終結した、とみてよかったのでしょう。

ですが、ちょっとしたアクシデントが発生します。

いえ、喫茶店では普通の事であり、特に特別なことではないのですが。

 

 

カランカラーン

 

 

お客様のご来店を知らせるドアベルがこの状況には全く釣り合わない軽く爽やかな音を奏でます。

騒ぎ立てる三人組と、それを見下ろす雄二さん。

すると、雄二さんは、

 

 

「いらっしゃいませ」

 

 

と、来店の挨拶と共に、軽く頭を下げました。頭を下げと、それに連動して握っていた椅子が動き、ボキボキボキ!という音が物体Xから鳴り響き、それっきり三人組は沈黙してしまいました。

因みにお客様は、雄二さんと、私を交互に見て、最後に完全に沈黙してしまった物体Xを確認すると、回れ右をしてドアをドアベルが鳴らないほどそっと閉じて、出ていってしまいました。

それからきっかり十分ほどで警察や救急車が到着し、三人組を連れていきました。

警察には、雄二さんが、

 

 

「殴りかかって来たので、避けたらあいつらが転んで足がもつれて、勝手に足が折れた」

 

 

などと意味不明な供述をしていましたが、訝しんだ警官が何やら無線で一言三言やり取りをすると、普通に解放されていました。

一体、雄二さんは何者なのでしょうか。

と、去っていく救急車と警察車両を眺めながら、私は通報したときに使った電話の子機を右手に握ったまま、一人呆然としていましたが、

 

 

「やはりな。彼は、そっち側の人間じゃったか」

 

「え?」

 

 

ティッピーもとい、死んでしまって、魂だけがうさぎのティッピーに乗り移ってしまった私のおじいちゃんが、ぽつりと呟きました。

その言葉は、私にとって看過できるものではなく、チョコンと頭に乗っているおじいちゃんを見上げながら、私は尋ねます。

 

 

「ど、どういうことですか?そっち側って、何ですか?」

 

 

そっち側。そっち側とは、何なんでしょうか。言葉の意味合い的に、今、私がいるこの場所でないという事だけは確かですが……。

おじいちゃんは、暫く黙り込んでいる、というより私に話すべきか否かを、静かに思案していました。

一分、いえ、時間にしてみれば、数秒も経っていなかったのかもしれません。それほどに、私はおじいちゃんの回答を待ちわびていたのでしょう。

その、短くも永く感じた時はやがて終わりを告げました。

 

 

「彼は……風見雄二は、日常的に人の命を刈り取ることを生業としていた人種じゃ」

 

「えっと、それはリゼさんが言っていた通り、軍人さんという事でしょうか…?」

 

「いや、そうではない。そうじゃないんじゃ……彼からは、もっと何か別の……言うなれば、飢えた猟犬の…いや、そうじゃないの…あれは、まるで」

 

「まるで?」

 

 

おじいちゃんの、今まで見たことのない表情(うさぎですが)と雰囲気を感じ取った私は、自然とその先を促します。

 

 

「まるであれは、死に場所を探す一匹狼じゃの。それも、鉄や鋼すら噛み砕く強靭な顎と、ナイフの切れ味すらすら生温いと言わんばかりの鋭い牙を持った獣じゃ」

 

「獣……獣……雄二さんが……」

 

 

おじいちゃんの言葉をどこかうわ言のように私は反芻します。

 

 

「じゃがの」

 

 

おじいちゃんは続けます。

 

 

「彼は今、とても大事なものを見出そうとしておる。……まあ、本格的にそれが何かを自覚するのは当分先になりそうかのぉ」

 

 

のんびりと、さりとて厳かな口調でおじいちゃんはそう締めくくりました。

とても大事なもの。それは何なのか、と私はおじいちゃんに質問をするため口を開きかけましたが、途中で口をつぐみました。

何故、と言われれば、答えることはできません。

ですが、そこだけは譲れない、と私は自然にそんなことを思っていました。

会話が途切れると、私は黙って店へ戻ります。

ドアベルを鳴らしながら店内に戻ると、カウンターには既に、スーツを着込んだお父さんがカップを磨きながら佇んでいました。

 

 

「チノ、もう今日は上がっていいよ」

 

「で、でも…まだバーの時間には早い」

 

「大丈夫。わかってる。全部わかってる。わかっていて、彼を雇ったんだから」

 

 

私の言葉を遮り、お父さんはいつも通りの笑顔を浮かべます。

おじいちゃんは、私の頭から飛び降りて、カウンターに着地、そして、お父さんと一瞬目があうと、二人とも頷きあい、それ以降、何も言いませんでした。

これが、マスターという職業なのでしょうか。

人を見て、人を悟って、平静を装って万事を見通す。

私には、身内でありながら、おじいちゃんとお父さんが仙人ように見えていました。

それ以上何も言えなかった私は、今こうして、着替えが終わったにも関わらず、電話子機を握りしめたままぼーっと窓の外から見える月を眺めているわけです。

何度目かももう忘れてしまった回想から再び帰ってきた私は、おじいちゃんの言葉の雄二さんと、私の抱いていた雄二さんの第一印象を重ねてみましたが、全く像を結ぶ気配はなく、私は混乱しつつも、これが正しい彼の姿だ、と心のどこかが納得を示していることに、驚きを隠しえませんでした。

 

 

 

 

 

夜、リゼの自宅の浴室で

 

 

「学校へ行くのが憂鬱だ……」

 

 

やたらと広い浴室の、やたらと大きいバスタブののふちに頭を預けながら膝を抱え、肩まで湯に浸かっていた。

私はバスタブのふちに預けた頭で高い天井を見ながら、どんよりとした暗雲を背負いこみ独白した。

バイト先でちょっとしたお掃除(物理)が行われ、まるで幽鬼のような足取りで帰宅した私は、疲れのせいかいつもは美味しく感じる夕食を半ば押し込むようにして胃に収めると、疲れを湯と共に洗い流そうと、風呂に入った。

だが、いつもならば、ここで大抵のことはどうでも良くなり、文字通り水に流してしまえるのだが、今日という日はそうはいかず、体についた垢をボディソープで浮かし、排水溝に流すが、全く疲れが取れない。

それどころか、湯に浸かった瞬間、こわばっていた筋肉が一気に弛緩し、自分が今の今までどれだけ肩に力を入れていたを実感し、更に疲れを感じるとる結果となってしまった。

ぴちゃん、ぴちゃんと、水滴がシャワーノズルからタイルへ落下する音が、私一人きりの無駄に広大な浴室に反響する。

別に、学校の勉強ができないわけではない。

別に、学校でいじめを受けているというわけでもない。

では何故か。

それは簡単だ。

 

 

「あいつ、明日は一体どんな騒動を引き起こすんだ…?」

 

 

そう、あいつ。

彼、風見雄二だ。

彼が来てまだ一日だというのに、まるで一か月以上は経過したような気がするのは、何故だろうか。

それだけ濃密で忘れがたい時間が過ぎているという現れなのだろうか。

そして、それがこれからあと最低二年は続くのか、と先を考えだすと、またどんよりと暗雲が立ち込める。

だが、どんなに嘆いたところで、日はまた昇り、登校時間が訪れる。

会社で失敗を犯してしまったサラリーマンというのは、このような心情なのだろうか。

 

 

「……考えていても仕方ない、か」

 

 

言葉にはしてみたが、暗雲が消える様子はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

リゼが風呂に入っているのと同時刻、バーへと変貌したrabbit houseカウンターにて

 

 

昼間とは打って変わり、照明の光度を落としアダルティーな様を見せるrabbit houseのカウンターにて、一匹と一人が、それぞれ目線を合わせることなく会話をしていた。

 

 

「で?あやつはなんじゃ?」

 

 

ティッピー―――チノの祖父が唐突に話題を切り出した。

 

 

「あいつ? 誰のことだい親父。親父が昔通ってたスナックの田村さんのことかい?」

 

「な、何故それを!? って、今はそんなことはどうでもいいんじゃ。……わかっておるじゃろう? あやつ、風見雄二といったかの」

 

「ああ、彼の事か。彼が、どうかしたのかい?」

 

 

タカヒロは、カップを乾いた布で丁寧に磨きながら、返答した。

 

 

「とぼけんでもよい。あやつ、明らかに堅気じゃないぞい」

 

「知ってるよ」

 

「そうか。なら、いいんじゃがのぉ」

 

 

そう言って、会話を区切る。一人と一匹は、ツーカーと言わんばかりに互いの言いたいことを察し、それっきり、会話をやめた。

だが唐突に、今度はタカヒロが話題を切り出した。

 

 

「親父こそ、どういうつもりだ?」

 

「なんじゃ、倒してダメにした花瓶は、ちゃんと儂の死亡保険からだしたじゃろうが」

 

「そうじゃない。……彼に、家の娘を薦めるようなことを言いかけていたじゃないか」

 

「聞こえてたのか……相変わらず地獄耳じゃのぉ。……何、簡単な話じゃよ」

 

 

一拍おき、

 

 

「チノは、儂らに似て誰かと積極的に関わろうとせんじゃろう?」

 

「ああ、そうだな。小さいころから、俺たちを見て育ったんだ。だが、最近はココアちゃんのおかげで、大分マシになったと思うがね」

 

「そうじゃの。あの娘が来てから、家は騒がしくなってしまったの……もっと、こじんまりと、隠れ家的な店にしたかったのじゃがの…」

 

「それで、チノが引っ込み思案で人見知りなのがどうかしたかい?」

 

「実の娘に結構な言い草じゃの。まあ、それはいいんじゃ。それがの、今日は、楽しそうに初対面のお客さんと談笑しておった」

 

「ああ、それが彼だっていうのは分かってる。でも、それだけじゃないんだろ?」

 

「勿論。楽しそうに談笑しているチノと、あの小僧。じゃがの、あの小僧は、過去に何があったかわからんが、酷く孤独な目をしておった。それと同時に、目の奥にの。ドロドロとした黒い何か。そして、それから何かを必死に守っている少年。そんなイメージがみえた」

 

「……」

 

ティッピー「それから、もう一つ。…これは、チノにも言ったんじゃが、あやつは今、本当に大事なものを、見出そうとしておる。大切なものと、大切な居場所。あやつにしてみれば、楽園となりうる場所じゃな」

 

「大切なもの、大切な居場所…か」

 

「ああ。そして、それらに気づいたとき、あやつは誰よりも優しく、強く生きてゆける。………その時に、隣にいるのがチノで、楽園となる場所が、このrabbit houseだったら、とそう思っただけじゃよ」

 

「つまりは、老人のお節介と受け取って構わないのか?」

 

「ああ、そう受け取ってもらって構わんよ」

 

「そうかい」

 

 

それきり、一人と一匹は口を閉ざし、何も言わなかった。

夜は、明けていく……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アイエエエエエエ!!
難産!圧倒的難産!!
ああもう、チノちゃんの心理描写が難しすぎる!
なんだもうこんちくしょう!可愛いなぁおい!?(錯乱気味)
雄二君のバイト編で結局三話ほど使ってしまった・・・・。
そして、もっさりさんを出せなかった・・・・。
じ、次回こそは本当に学園編やりますから!

てなわけで、感想、評価、推薦ジャンジャンお願いいたします!!
長々と失礼いたしました!

追記
投稿予約をしていることが頭からすっぱりすっきり抜け落ちていた間抜け作者です。
読者の皆様には、大変お見苦しいものを見せてしまいました・・・・あああああ!恥ずかしいぃいいい!!(ベッドでゴロンゴロンとのたうち回りながら)
いえね、最初はあの日付で行けると思ったんですが、リアルが忙しすぎて完全に小説のことが頭から抜け落ちてたんですよ……。
ええ、反省していますとも……。


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第六話 白衣の天使、だが男だ!

このお話が冒頭部分だけ誤爆で投下してしまうという、とんでもミスを犯した馬鹿作者はこちらです。
さて、やっと学園に戻ってこれた……。
そして、グリザイアキャラをやっと本編にからませることが出来た。
……もっさりさん、あと2、3話待ってください……。


窓に掛かったカーテンの隙間から、朝日が差し込み、光の線がベッドの上で寝息を立てていた私の目元をチクチクと刺激する。

光の線が何度か私の目元を往復したとき、ベッドの近くに置かれたサイドテーブル上の目覚ましが、惰眠を貪ろうとしている私を叩き起こした。

 

 

「ふぁ……あふ。……ああ、朝か」

 

 

寝ぼけ眼をこすり、上体を起こした私はあくびを一つ。

カーテンの隙間から除く朝日をぼーっと眺めていた。

朝の心地よいまどろみをおよそ五分ほど享受し、私は完全に覚醒した。

 

 

「よし、起きるか」

 

 

最近では気温が上がり、若干暑くなってきた羽毛布団を跳ね除け、私はいつものように顔を洗いに洗面所に向かった。

洗面所に着いた私は、いつも通り、何気なく。そう、本当にまるで少し前と同じようにドアノブをひねり、洗面所のドアを開けた。

 

 

ガチャ

 

 

「おはよう」

 

「ああ、おは……よ……きゃ、きゃああああああああ!??!??」

 

 

そこには、私の護衛(形式上は)こと、風見雄二がバスタオルで頭をガシガシと乱暴に拭きながら、全裸で立っていた。

全裸で立っていた。まごうことなき、素っ裸で。

あまりの衝撃に、私はまだ少しだけ残っていた眠気が全て吹っ飛び、体中の血が顔に集まったのではないかと思えるほど顔を真っ赤にして、悲鳴を上げた。

そうだった、コイツは昨日から私の家の客間の一つを間借りし、同じ学校通っているのだった。

昨日、バイトから帰った私は、何故かバイト後半時間帯の記憶がないことに首を傾げながらも、余計なことは一切せず、夕飯を食べ、風呂に入り、泥のように眠った。

結果、気持ちよく眠ることが出来た。そして、綺麗さっぱり問題の山を棚の上にまとめて放り込んだのだった。

 

 

(ああ、あくまでも、冷静に、そう大丈夫だ。なんだ、男の裸なんて、教科書で見慣れてるだろ?そうだ、生物室の人体模型、コイツはあれだ。人体模型だ。なら、だいじょ……ぶなわけあるかぁぁああああああ!!)

 

 

冷静になろうと、コイツは人じゃないから大丈夫、と言い聞かせてみたが、顔の紅潮と、激しい動悸が収まる気配はない。それどころか、半狂乱状態に陥ってしまっている。

と、錯乱状態の私とは打って変わり、全くの平常通りで、しかも、それどころか呑気に髭までそり始めた彼が、正論を飛ばしてくる。

このおかげで、前が隠れてその、なんというか、お、おお、男の象徴たるアレが隠れたのは不幸中の幸いだった。

 

 

「なあ、ここで悲鳴を上げるべきなのは俺の方じゃないのか?」

 

「う、うるさい!さっさと服を着ろ服を!!アダムとイブにでもなったつもりか貴様!?」

 

「俺がアダムなら、リゼはイブか。よし、それならばリゼも脱いでしまえば完璧だな」

 

「ああ、完全に完璧に変態だよな!?」

 

「うるさいな。今見ての通り、髭剃りをしてるんだ。静かにしててくれないと、手元が狂うだろ?」

 

「私は起床早々、精神が狂いそうなんだが!?」

 

 

まだ起き抜けで纏めていない髪を振り乱し、私は必死に抗議する。だが、彼の態度はまさに柳に風のそれだった。

私がぜえはあと息を乱す中、剃り終えた口周りをさっと指で人撫でして、こちらを振り返る。

勿論、生まれたままの姿で。

 

 

「よし。これでいい。それで……なんでリゼは俺の着替えを覗いてるんだ?」

 

「話を聞けええええええ!!」

 

 

その後、彼の言う通り私がさっさと退室すればよかったという事に気が付いた私は、同時に彼の引き締まった裸体を思い出してしまい、頭と顔が湯気を出しながら悶絶してしまうのだった。

 

 

 

朝食をとり、私達は通学路を並んで歩いていた。

 

 

「しかし、ここは良い街だな」

 

「そ、そうだな」

 

 

朝の件が尾を引いてしまい、私は彼の顔をまともに見ることが出来ずにいた。

気恥ずかしさとと、彼の方が被害者であり、非は私の方にあったという罪悪感何とも言えない微妙な心の内のせいで、私の返事は普段の冷静さが欠けている。

そのことを自覚しながらも、改善しようと試みてはいるのだが、中々どうして心ってやつは、肝心な時にいう事を聞いてくれない。

 

 

(うう……なんでこいつは平気な顔してられるんだよ…おかしいだろ、他人に裸見られたら恥ずかしいもんだろ普通!?)

 

 

と、心の中で恨み言を吐いてみたが、そもそも彼に常識というアプリケーションがインストールされていないことは、会ってまだ間もない私でも理解できた。

彼が恥ずかしがっておらず、特に気にしていないのであれば別にいいではないか。今朝の事は運の悪い事故だった。これ以上考えるのはやめだ。

そういう事にしておこう。

うんうんと私は彼にも確認できないくらいに小さく頷いた。

だが、

 

 

「そういえば、今朝の事なのだが―――」

 

「!??!??!?!!!?」

 

 

言葉の弾丸が、塹壕の中から僅かに頭を出していた今朝の出来事を打ち抜いた。

ぶちまけられた中身が、私の中で駆け巡り、彼の贅肉など一切ない、引き締まった肉体が脳裏にフラッシュバックし、頭と顔に血が集まり、

 

「日課のランニングを終えて、少し汗をかいたんだ。あの時間帯なら、浴場は誰も使わないと思っていたんだが……リゼ?おい、しっかりしろ!お―――」

 

 

そこで、私の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ツンと鼻をつく、薬品のにおい。それが気つけとなり、私は本日二度目の起床を果たした。

 

 

「知ってる天井だ……」

 

 

純白のカーテンで囲われた、純白のベッドの上で、私は声を漏らした。そう、ここは、私の通う学園の保健室だ。

意識がはっきりしてきた私は、タプンと、額に違和感を感じ、その感触に手を伸ばした。

 

 

「つめたっ……ってこれは、氷嚢(ひょうのう)?」

 

 

違和感の正体は、熱を出した際に使用される、民間医療器具、氷嚢だった。

だが、それが何故私の額に乗っていたのだろうか?

そして、登校途中だった私が何故、学園の保健室のベッドで寝かされているのだろうか?

私が次々と浮上した疑問に首をかしげていると、カーテンの向こう側からカツカツと固い靴の足音が聞こえ、やがてシャアと囲っていたカーテンを広げ、見知らぬ成人男性が顔をのぞかせた。

 

 

「やあ、お目覚めかい?」

 

「えっと……?」

 

 

鮮やかなブロンドの髪と、整った顔立ち。一切邪気を感じさせない爽やかな笑顔。ワイシャツに青のネクタイ、そして白衣。

十人いれば十人が魅力的だと言うであろう、その笑顔を向けられた私は、更に困惑する。

だってそうだろう。

この学園には、古典の高松先生(御年51歳)。そして、彼―――風見雄二以外に、男性がいないのだから。

そう、であれば、この男性は誰なのだろうか?そして、ここは本当に学園のなのだろうか?

警戒心をあらわにした私は、上体を起こす振りをして、ある物の有無を確認し、

 

 

(……ない)

 

 

とある物が、私のショルダーホルスターに存在しないことを確認した私は、目の前で微笑んでいる見知らぬ金髪男性への警戒ランクを引き上げる。

そして、その雰囲気を悟られたのか、男性は肩をすくめ、一旦デスクまで戻っていくと、ある物を手にして戻って来た。

 

 

「探し物はこれかい?」

 

 

そう言って、右手に持った無骨な金属の塊、私の相棒ともいうべき愛銃、M1911―――通称コルト・ガバメントを、こちらに無造作に放った。

 

 

「!?―――お前!危ないだろ!?暴発したらどうするんだ!」

 

「大丈夫大丈夫。弾倉は抜いてあるから」

 

 

確かに、咄嗟にキャッチした私の相棒からは、弾倉の重さが感じられない。

そして、一応スライド(自動拳銃の前後する部分)を引いて薬室(弾丸が装填され、発射される内部分)を確認するが、確かに弾丸は入っていない。

どうやらこの成人男性は、銃の基礎知識は弁えているようだ。

であれば、

 

 

「いや、だったらなんで私に返したんだよこれ」

 

「僕に君への害意はないって証明みたいなものかな? でもほら、返した途端、こっちに向けて発砲させたらたまったもんじゃないだろう?」

 

 

あっけらかんと笑い飛ばす、その表情からは真意を読むことは出来ない。

だが、奴さんに私を本気で害す気があるなら、気を失っている間にどうとでもできたはずだし、私が起きてからも、銃で脅迫すれば優位に立てたであろう。

そうしなかったという事は、少なくとも今すぐ私をどうこうする、という気はないさそうだ。

私はそう結論づけると、警戒のランクを、ほんの少しだけ下げ、対話を試みた。

 

 

「で? 私に何の用だ? ここは見た限り私の知る場所にそっくりだが、よろしければご教授願えないだろうか?」

 

「ああ、いいよ。今の僕は、先生ってことになってるからね。さて、まずは自己紹介からしていこうか。ああ、君の自己紹介は結構だよ。天々座リゼ君?」

 

「ああ、そうかいそうかい。そりゃ、私の話す手間が省けて助かった」

 

 

私は余裕綽々な態度と口調を必死に装いながらも、相手の顔と声を今までにであった人物の記憶に片っ端から当てはめていくが、該当するものはない。

誰なんだよコイツ、という念を必死に押し殺し、相手の自己紹介を待った。

 

 

「僕の名前は、ジャスティン・マイクマイヤー。今日からこの学園の養護教諭を担当することとなった。よろしく」

 

 

手を差出し、また、気のいい笑顔を浮かべる、ジャスティン氏。

 

 

「……はい? すまんが、もう一回自己紹介お願いしてもいいか?」

 

「ああ、いいよ。僕の名前は、ジャスティン・マイクマイヤー。今日からこの学園の養護教諭を担当することとなった。よろしく」

 

 

一字一句たがえることなく、リピートして見せた。

…………………。

 

 

「はぁぁあぁああああああ!?!!??!?」

 

 

ちょっとまて、おいほんとにちょっと待て、え?ええ?マジか?マジなのか!?

混乱で目を白黒させる私に、ジャスティンと名乗る養護教諭(仮)は、

 

 

ジャスティン「混乱してるみたいだね。そりゃそうだ。女子高にいきなり男の養護教諭だ。僕も最初に聞いたときは先日飲んだコーヒーに何かマズいものを入れて飲んでしまったかとも思ったよ」

 

「あ、え?えっと、マジ……なのか?」

 

 

さっきまでの余裕綽々な態度はどこかへ旅立ち、無様に呆けた顔を晒す現役JKの姿があった。

あろうことか、それは私だった。

そんな姿を見たジャスティン先生(仮)は、一旦握手を求めていた手を引き、その手で白衣の内側をがさごそとまさぐり始める。

 

 

「疑っているようだね。当然だ。っと、待っててくれ……あった。管理が面倒だから白衣の内ポケットに突っ込んどいたのが役に立ったね」

 

 

そう言って取り出したのは、この学園の先生方が皆持ち歩いているという、教員証明書だった。

それを、こちらに今度は放り投げずに、手渡しでこちらに持ってくる。

名前、顔写真。そして、偽造が出来ない特殊な印と、ホログラム。

お嬢様が通う学園とだけあり、その造りはしっかりしており、偽造は相当面倒だ。

出来たとしても、事情が学園側に通っていなけば、すぐに警備員にバレて、縛り上げられてしまう。

そして、見た限り、不審な点はなく、本物であると判断できる。

 

 

「何なら、一緒に学園長室にでも行くかい?」

 

「……いや、いい」

 

 

観念した私は、取り敢えず、ベッドから降り、カーテンを開けた。

見回すと、そこは確かに学園の保健室であり、窓の外から、グラウンドで走っている生徒が目に入る。

目線を、保健室の中央に置かれた丸いテーブルに向けると、そこには、いつも通り、落ち着いた雰囲気を纏わせる見慣れた女性の養護教諭もおり、

 

 

「もう大丈夫?どこか具合の悪いところはない?」

 

 

と、これまた見慣れた(別に保健室に入り浸っているわけではない)笑顔を向けてくる。

 

 

「はい、もう大丈夫です」

 

「そう、なら良かった。……この時間帯だと、HRは終わって、一時間目の授業が始まっている頃ね。どうする?二時間目まで休んでいく?」

 

 

壁に立てかけられた時計を確認すると、確かにHRの時間帯は過ぎ去り、一時間目の授業開始時刻を五分ほど過ぎた時間になっていた。

しまったなぁ、と頭を抱えたくなる気持ちを抑え、更にはジャスティンと名乗る新人教諭の事も意識から追い出し、精神の棚の奥に放り込む。

そして、流石に体調も悪くもないのに、このまま授業をサボるのは気が咎めたため、

 

 

「いえ、このまま、授業に出ます」

 

女性養護教諭「そう、分かったわ。じゃあ、また気分が悪くなったらいつでも来てね」

 

「じゃあね、弾倉は放課後にでも返すから、取りに来てほしいかな。……今度は風見も一緒に、ね」

 

「……分かりました。失礼します」

 

 

荷物を纏めた私は、自分の教室へと歩き出した。

 

 

「というか、またアイツ関連なのか……?勘弁してくれよ」

 

 

廊下を歩きながら、ジャスティン先生の最後の言葉を反芻していた私は、肩が上下するくらいの特大の溜息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まえがきでも記したとおり、日付のmsで誤爆してしまった。。。。
投下後三十分ほどで気づけてよかった……。
そして、ボリュームの半減……。
ああ、私も思ったさ。少なすぎるんじゃないかと。
でもね、あちゅいんだ。
とてつもなく、あちゅいんだ。
お部屋と、夏と、何より……PCが……。





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第七話 自覚のない善行はフラグを建設する

あっついこの夏、皆さまはいかがお過ごしでしょうか?
因みに私は脱水症状で二回ほど病院送りになりかけました。



さて、私こと天々座リゼは、一つ大きな問題を棚の奥の奥に放り込んだ事を、深く、それは深く後悔している。マリアナ海溝の底をおよそ二千メートルくらいぶち抜くぐらいには後悔している。

何故か?

それは、私が気を失って保健室で眠っていて、一時間目の授業に遅れて参入したところから感じる、視線から疑念を呼び起こされたことだった。

 

 

「すみません、気分が悪く保健室で休養していた為、遅刻してしまいました!」

 

 

報告と謝罪は理由を明確にするべしと親父に教わっていた私は、失態を犯した軍属の部下が、上司に謝罪報告をするかのように、部屋に入った瞬間に自分の腰の位置まで頭を下げた。

シーン、と場が静まり返る。

何か自分の報告に落ち度があるのかと、背中に冷たい汗をかきながら、私は少しだけ頭を上げた。

すると、上げた場所にはいつも通り、こちらを無表情で評価するような眼差しを向けるクラス担当教員。

そして―――

 

 

――――ギンッ!!!!!

 

 

体中に鳥肌が立った。まさに、すわ殺気!というやつである。

まるで親の仇を睥睨するかのよな、血走った眼差し……というか、機銃掃射に勝るとも劣らない弾丸(視線)を放ち続ける、クラスメイトたちの姿があった。

……約一名を除いた、全員が。

 

 

「天々座さん、遅刻の理由は連絡が来ていますので、もう頭を上げてもらって結構です。それではみなさん、授業を続けます」

 

 

改めて私は頭を上げると、やはり戦場がそこにはあった。

先生が、冷静な声を放つが、弾幕(視線の嵐)が止む様子はない。

だがしかし、

 

 

「―――授業を再開します。よろしいですね?」

 

 

バッと擬音が付きそうな速度で一同が目線をノートと黒板に戻し、不自然な静寂を醸し出す。

先生(絶対的支配者)により徹底的に管理された教室(戦場)の姿が、そこにはあった。

あろうことか、それは私のクラスだった。

それから、四時間目の授業が終了するまで、クラスは異様なまでの緊張と静寂に包まれた。

そして、昼休み突入直後。

つまり、今現在私は棚の奥の奥に突っ込んでおいた案件が、今の今になって津波のごとく我が身を押し流していた。

 

 

「おい、今日も購買で何か買ってくるから、おm」

 

 

お前は屋上で待っていろ、と続けるつもりだった。

 

 

ドドドドドドド!!!!!

 

 

「天々座さん!一体今朝のあれはどういうこと!?」

 

「そうよ、今朝の……風見君とのお姫様抱っこ登校について、説明を要求するわ!!」

 

 

濁流のように迫って来たクラスメイトに席の周囲を完全に固められ、代表格と思わしき二人の質問に、私も思考が固まる。

 

 

(お姫様……だっこ?)

 

 

お姫様抱っこ。正式名称、横抱き。

元々は古代ローマの風習で、新郎新婦が新居に入る際に花嫁が入り口から屋内まで抱きかかえられたまま運ばれたことに由来する。

………。

そして、彼女たちの言葉をリピートしつつ、5W1H(状況)を確認していく。

まず、どこで。

 

学園周辺。

 

誰が。

 

彼が私を。

 

何をした。

 

お姫様抱っこで抱えて登校した。

 

つまりは、私は今日、彼にお姫様抱っこで抱えられて、まるでどこぞの姫君のような格好で、登校していたという。

大勢に、睨まれながら(見守られながら)

普段ならば、そんな馬鹿なことが、あるはずはない、私が何で彼にそんな事をされなければいけないんだ!と、憤慨したことだろう。

だが、

思い起こされるのは、何故か登校途中で気を失い、そしてこれまた何故か学園の保健室備え付けのベッドで寝かされていたことへの、疑問。

そこへ、今回の彼女たちの、証言。

ギギギギ、と油の切れ、錆びたロボットのように私が隣の席を確認するが、そこには彼の姿はなく、確認した直後、コトンと教室の扉が閉まる音がした。

見渡す限り、一人を除いてクラスメイト達が、「事情聴取だヨ!全員集合!」を実行しているので、十中八九出ていったのは、彼だ。

 

 

「それで、風見様とはどのような間柄なのです!?」

 

「そうよ!一体どんな関係なの!?まさか……こ、ここ、こ、恋人なんておっしゃいませんよね!?」

 

コイビト⁉カザミサンニ、コイビト⁉

 

オチツイテ、マダソウトキマッタワケデハナイワ‼

 

ガヤガヤ、ザワザワ!

 

 

教室内は、喧々囂々と言葉が飛び交い、

 

 

「雄二ぃいいい!貴様ァアアアアアアア!!」

 

 

という、私の絶叫は、クラスの喧騒にかき消されていった。

そういえば、私が彼の名前を声に出したのは、初めてだったと冷静な部分が些事な報告をしていた。

 

 

 

コトン。

扉を閉めた俺は、廊下で昼飯をどうするのかを静かに検討していた。

リゼがああなってしまった以上、一緒に昼飯を食べるというのは出来ないだろう。

しかし、リゼは大した人気者なようだ。

昼休み突入十秒の間に、クラスに取り囲まれるぐらいなのだから。

あの分であれば、昼食も彼女たちと食すのだろう。

で、あれば。

女の群れに、男一匹というのは中々に落ち着くものではないだろう。

そう考えた俺は、入学前に渡されたパンフレットに学生は全員無料で利用できる!と蛍光色かつ、やけに角が取れた丸っこい字でデフォルメされた見出しからなるページの存在を思い出した。

 

 

「学食とやらに、行ってみるか」

 

 

決断から行動までは、迅速に。常識だ。

取り敢えず、懐からメモ帳サイズの生徒手帳を取り出し、校内見取り図のページを開く。

合計7ページにも及ぶ校内見取り図では、この学園には、多目的用途の体育館が三つに、室内プール、アーチェリー、球場。サッカーグラウンド、剣道場、ゴルフ場。果てには、それらを繋ぐ路面電車まで完備しているという。

ホームページに表示されていた総面積を換算すると、日本の皇居とどっこいどっこいだという。

 

 

「とんでもないところに来てしまったものだな」

 

 

一人、思わず呟いてしまったのは、仕方のないことだ。俺の姉兼天才の代名詞、風見 一姫(かざみ かずき)でさえも、ここまでのレベルの施設を持った学園には通っていなかった。

しかし、総面積と設備の充実などはとんでもない(、、、、、、)という形容詞内には入らない。何故か?

それは、それ以前にこの学園が上流階級の婦女子専用教育機関――――所謂、お嬢様学校であるからに他ならない。

廊下を見渡せば、女子、女子、女子、たまに教員(殆ど女性職員)。そして各要所に警備員(こちらも殆どが女性警備員)。

俺がどれだけ場違いな存在であるかが、一歩、いや、半歩この学園の敷地を歩けば伺えることだろう。

九割九分九厘、冗談で吐いた妄言が、実際に実現されたわけだが、あの好々爺然とした元帥殿はとんだ狸だったらしい。

俺は常々、JBに「常識ってもんをわきまえなさい!」と口を酸っぱく言い聞かせられてきたわけだが、ここまで常識破りであれば、一周回って常識そのものが間違っているのかもしれない。

いや、そもそも常識というものは、個々の価値観によって形成されるものであり、元帥殿の中ではこれが常識なのかもしれない。

そう考えると、俺の常識がJBに通じなかったのは、相当な頭痛の種になっていたのかもしれない。

 

 

「初任給が出たら、また何か買って送っておこう」

 

 

そんな一言で俺は今までの罪悪感をすっぱりと断ち切り、当初の目的通り食堂を目指すことにした。

が、

 

 

「うう、お、重い、ですぅ」

 

 

何やら背の高い紙束が、生やした手足が自重に耐え切れず、プルプルと震えながら自身をよろよろと運搬していた。

 

 

「さ、流石に一気に全部は無茶だったのです……」

 

 

と、紙束が一人独白した。

その一瞬後の事だ。

……足元に偶然転がっていた、リップクリームに足が乗ってしまったのは。

 

 

「ふえっ!?」

 

 

気の抜けた声とともに紙束、もとい女子生徒がリップクリームのケースのせいで方足を前方に滑らせる。

別に、そのまま前方へうつ伏せになるように転ぶのであれば、放置したのだが、あの格好のまま転べば、あの積載量過多の紙束のせいで受け身が取れず、間違いなく骨盤か後頭部を床に強く叩き付けることになってしまうだろう。

そうなってしまっては最悪、下半身不随などの後遺症に悩まされることになりかねない。

流石に、花の十代乙女が下半身を動かせないマグロ女になってしまうのは国全体の損失だろう。

そう思い、偶然近くにいた俺は、

 

 

「っと」

 

 

取り敢えず女生徒の後頭部と腰を両手で支えるようにして、女子生徒の転倒を阻止した。

女子生徒が、最後の最後で両手を自由にしようと試みた結果、紙束は天井へ巻き上げられ、まるで上空で撃墜された鳥の羽のようにひらひらと廊下中に飛び散った。

 

 

「大丈夫か?」

 

「……んえ?」

 

 

反応がないので、取り敢えず意識の確認をすべく女子生徒に声を掛けた。

すると、来るべき衝撃と痛みに耐える為なのか、両手を胸の前でぎゅっと握り、固く閉じられた瞼を両方とも少しづつ弛緩させた女子生徒は、今度もまた、間の抜けた声を上げた。

 

 

「その量は、流石に重量オーバーだ。一度に全て運搬し、効率化を図るのは良いが、それで怪我をしてしまっては効率うんぬん以前の問題だ」

 

「え?……え?えっと、ごめんなさい……?」

 

 

未だ状況をあまり理解できていないらしい女子生徒は、俺に窘められたことだけは悟ったようで、全く意味のない謝罪の言葉を述べた。

だが、その後、首だけを左右に動かし、周囲を伺い、戻って来た視線が、俺の視線と交差した。

すると、

 

 

「ご、ごめんなさい!! すみません! すみません!! 本当にすみませんでした!!」

 

 

突如として現実に帰還したらしい女子生徒は、俺の腕の中から飛び跳ねるようにして即座に立ち上がり、九十度まで腰を曲げたり、戻したりを何度も繰り返していた。

どうやら、長髪を後ろに流していたらしい女子生徒が頭を上下に振るたびに、ブオンブオンと擬音が付きそうなほど長い髪が振り乱されていた。

どこぞのクラブで見たヘビィメタルのバンドマンが、同じようなパフォーマンスをしていたな。

 

 

「落ち着け。それより、怪我はないか?」

 

「えっと、はい!問題ありません!!全く問題なくて、むしろご褒美でしたというか……!!」

 

 

俺が見かねて声を掛けると、高速ヘッドバンキングは止み、乱れた髪の奥に、真っ赤な顔が早口にまくし立てた。

早口すぎて、正直何を言っているのかはよくわからなかったが。

 

 

「そうか。それならいいんだが。後に気分が悪くなったり、言葉がうまくでてこないのであれば、周囲の人間に保健室まで同行を頼むといい。……流石に、今ここで俺が抱いていたから気分が悪くなった、というのは勘弁だが」

 

「そ、そんなことありません!えっと、本当にありがとうございました!!このお礼は必ずいたしますので!!」

 

「いや、礼は良いから、今すぐに身なりを整えた方が良いと俺は思うのだが」

 

「え、あっはい!」

 

 

女子生徒は、俺の言葉に一瞬きょとんとしたものの、懐から手鏡を取り出すと、自身の惨状を悟り、俺に背を向けて櫛やら何やらで身なりを整え始めた。

これは少々時間がかかりそうだ、と経験則から察した俺は、散らばってしまった紙束―――もとい、何やら連絡事項が記載されたプリントを拾う。

そして、俺が全てを拾い集めたタイミングでおめかしが終了したらしく、女子生徒はこちらに向き直った。

きちんと服装を整えた黒髪の女子生徒は、それは整った顔立ちをしており、やはりどこぞの令嬢なのだ、という雰囲気を醸し出していた。

 

 

「えっと、あの、改めまして、助けていただいてありがとうございました! このお礼は、近いうちに必ずいたしますので!!」

 

「だから、礼はいい。これは、俺の損得勘定に基づく行動だからな。アンタは助けてとは一言も言ってない。繰り返すが、俺が自分勝手な算段と、損得を天秤にかけて勝手に行動したに過ぎない。だから、気にする必要はない」

 

「いえでも!それでも、助けていただいたという事実は覆りませんし……そうだ!私も同じですよ!!ほら、風見先輩が偶然通りかかって、偶然私が怪我をしないように行動してくれた、それを私は勝手に助けられたと勘違いして、恩に感じてお礼をしたいと言い張っているに過ぎない……これで、どうですか?」

 

「ふむ……」

 

 

どうやら、お嬢様学校に通っているだけあり、頭の回転は速いらしい。

だが、それだけ頭が回るのなら、あの紙束は自分には重すぎる、といった勘定もできてしかるべきだ。

しかして、気まぐれで助けた相手から素直に謝意を伝えられるのは、なかなかに新鮮な気分である。

今までの立場であれば、何の命令もなく、かつ私情で人助けなどすれば、

誰も頼んでなどいない、だから礼も言わんし、何もやらん。と、随分な言い草をされるであろうことに疑いはない。

そう思うと、自然と笑みが零れた。

 

 

「……納得していただけましたか?」

 

「そう、だな。そういう事にしておこう。……それで、こいつはどこに運べばいい?」

 

 

腕に抱えた紙束を、俺は少し揺らしてその存在を主張する。

 

 

「あ、集めてくれたんですね! ありがとうございます!!」

 

「だから、礼はいい。何、乗り掛かった舟だ。最後までやり通さねば、後味が悪い。……これもまた、俺の勝手な行動に過ぎない」

 

「じゃあ、また私は勝手に感謝しておきますね……っと、あの目と鼻の先ある、広報資料室ってところにお願いします」

 

 

すると、本当に目と鼻の先に『広報資料室』とプレートに書かれた扉が目に入る。

この女子生徒はあと少し、というところで気を抜き、転倒してしまったのだろう。

というわけで、指示された資料室内のトレーに紙束をそっと安置した。

 

 

「すごいですね。あんなに重かったのに、軽々と運んでしまうなんて。私でしたら、絶対にトレーにドスンって落とすように置いちゃいますよ」

 

「少し鍛えている。それだけの話だ」

 

「そうなんですか。男の人って、すごいんですね」

 

「ああ、女の荷物一つ持てない男は、男とは言わない」

 

女子生徒「お、女……」

 

 

若干たじろいだ様子の女子生徒は、何やら小さく「お、女、私は、女……そっか、そうだよね…今まで、そういうのは本とか映画しか見たことなかったけど……うぁぁああ」などと、意味不明な事をぶつぶつと呟いていた。

そして、どこか虚ろな様子で部屋を出ようとしていた、その時だった。

ガッ!

と、女子生徒が、部屋にあった他の机の脚に躓いた。

 

 

「わわっ!」

 

「またか……」

 

 

今度は前のめりに倒れかけた女子生徒を、俺は腕を掴んでこちらに引き寄せる。

思ったよりも女子生徒の体重が軽かった為か、勢いがあまり、またしても俺の腕の中に収まる形になった。

 

 

「流石に注意力散漫じゃないのか?」

 

「え、えっと、ええう!?」

 

 

俺が諭すようにして耳元で言うと、女子生徒は首筋から顔までを朱に染め上げ、何度目もう既に分からない奇妙な声を上げた。

何故、女子生徒が真っ赤になってしまったかは理解しかねるが、俺には少し、気になることがあったため、このまま情報を引き出すこととした。

 

 

「なあ、少しいいか?」

 

「ひゃ、ひゃい!なんれひょうか!?」

 

 

まるで強い酒に酔っぱらったかのように呂律(ろれつ)の怪しい返答をした女子生徒に、俺は声が遠いのかと思い、口を耳元までよせ、囁くように質問を投げかけた。

 

 

「アンタは、俺の名前、風見という苗字を知っているみたいなんだが……どうしてだ?」

 

「ひゃい!……えっと、れすね。今、学園中で話題にらっているんれす。その……風見先輩の事が……」

 

「話題……?」

 

 

話題、というのは、うら若き婦女子の間では、噂というスラングなのだという事を、そは妙齢の金髪もっさりが得意げに語っていたのを思い出す。

さも、自分がまだ十代のうら若き乙女かのようなもっさり、ふんわりとした語り口調で。

……いい加減、年を考えて婚活を始めるか、老人ホームの予約でもしといた方が良いと、その時口にしてしまい、二、三日「どうせ私はもう老人ホームに突っ込まれてしかるべき、おばあちゃんですよ!!」という皮肉が口癖になってしまい、対応が非常に面倒になってしまった。

後日、サプライズで予約が面倒なホテルをディナー付で奢り、その後一夜を共に過ごすと、機嫌がマイナスの数値がプラスに反転したのだった。

そんな事は今はどうでもいいのだ。

 

 

(俺が噂にになっている、か。まあ大方、突然お嬢様学校にどこの馬の骨とも知れない男が転入して来て、警戒している、といったものだろうな。……本当に、場違いなところに来てしまったものだ)

 

 

俺の転入先のクラスは、みな警戒心などよりも好奇心が勝り比較的好意的な態度で接してくれているが、本来は噂の通り、遠巻きに観察されるかのようなスタンスが、俺にとっての正位置なのだろう。

事実、そのスタンスは正しい。

 

 

(俺が、俺みたいな人間が、居ていい場所じゃない。)

 

 

悲観しているわけでも、自虐しているわけでも、ましてや自身の決断に後悔しているわけでもない。

事実、(これ)はどれだけ拭おうとも、どれだけ表面を覆ったとしても、ベットリとこべりついた汚れは、消えもしないし、隠せもしない。

自分で普通の学校生活がしてみたいと申し出ておきながら、自身が普通でないというのは、中々に滑稽ではある。

だがしかし、それでも、だとしても、自身の決断に後悔はしない。

それだけは、絶対にしない。

――――と、己について思春期の男子(年齢的には間違いではない)かのように無駄な思考を巡らせていたが、腕に未だ女子生徒を抱いたままだったことを思いだし、

 

 

「ああ、すまないな」

 

 

また倒れたりしないよう、手で支えつつ、徐々に体を離す。

 

 

「ぁ……」

 

 

離した直後、女子生徒から小さな声が漏れた気がするが、体に異常はなさそうなので、問題なしと結論付けた。

女子生徒も、その数瞬後に瞬きを何度か繰り返すと意識を復活させた。

それならば良かったとばかりに、広報資料室を後にした。

 

 

 

 

 

「……これは凄いな」

 

 

広報資料室の女子生徒を後に、また何件か困りごとの類に巻き込まれ、辿りついた学食。

中に入った第一声がこれである。

小学生並の感想だと、自分自身でも自覚しているが、誰に何と言われようと、俺にはこの感想しか出てこない。

それでもなお、描写していくとすれば、それは下記の文となる。

まず学食の面積だが、生徒手帳の地図を確認すると、その広さは体育館を丸々収納してしまえるレベルの面積が、三階建てになっているらしい。

もはや、ここまで来ると呆れが先に来るが、実際に建物の前に立つとその呆れは吹き飛び、今度はその滑り台のような流線型の美しいフォルムに息を呑む。

一階は、外にまでテーブルがでており、オープンカフェとフランス様式のレストランを合体させたかのような外観。そして、その見た目を裏切ることなく、メニューもフランス料理と、軽食と紅茶やコーヒーなどが並んでいる。

二階だが、ここはうって変わり、多種多様な国籍の料理がバイキング形式で置かれている。その様はまるで、上流階級のの立食パーティを彷彿とさせた。

アメリカ、中国、日本、タイ、果てにはイギリス料理までもが並んでいた時には、正直な話、正気を疑ったが。

三階は、丸ごと食事スペースになっており、窓際からは校舎とゴルフ場などを兼ね備えた森林を望める。

以上が、この学食の簡単なレビューとなる。

分かってもらえただろうか?

そんなわけで、結論をつけると、結局はこれは凄いな、固まってしまうわけである。

序盤で初見でお上りさんを前面に押し出してしまった俺は、この際プライドなど、些細なものだと断じ、二階の立食コーナーに移動する。

一階のレストラン形式は初見ではメニューの良し悪しがわからない為だ。

そして、二階に足を踏み入れた途端、それまで楽しげに話していた少女たちが、一斉に足を止めた。

 

 

「ねえ、あれはもしかして……」

 

「そうね、あれが噂の……」

 

 

 

ヒソヒソ、ザワザワと、耳を寄せ合って内緒話に励む女子生徒たちを極力刺激しないように、俺は静かにトレーを手に、料理のコーナーへ向かった。

 

 

「……取り敢えずは、これでいいか」

 

 

目を付けたのは、日本食のコーナー。

味噌汁、白飯、豆の煮もの、菜っ葉のおひたし、そして緑茶と典型的な一汁三菜の組み合わせをトレーに乗せ、三階に移動。

空いている席を探し始めたが、お昼時真っ盛りという事もあり、中々空席が見つからない。

俺が前に通っていた学校(、、)では、昼飯時に席の位置取りに熱くなった一部の熱心な生徒たちが、教官に見つかり精神的にも物理的にもクールダウンさせられることがままあった。

だがしかし、ここは平和な街の平和な学園であり、そのような蛮行は重箱の隅つついて角をぶち抜き、その穴を顕微鏡でのぞいたとしても、見つかることはないだろう。

トレーを持ってきょろきょろと、いかにも席を探していますと誇示するような行動をとっていたせいなのか、中央付近の既に食事が終わっていたと思われる女子生徒二人が、席を立った。

これは僥倖、とばかりに俺はその席にトレーを置き、着席する。

少々強引な席取りだったかと危惧し、周りを見渡すが、何故か俺の周りの席だけ席が空き始めていた。

 

 

「なるほど……ふむ、これが所謂ボッチというやつなのか」

 

 

あの女子生徒が口にしていた噂、というのはどうやら確かな芯のある話だったようだ。

証拠に、俺がすわっいる席の周りには人がまるで色水に油を一滴垂らしたかのようにぽっかりと空間が空いているが、こちらを警戒し、一挙一動を伺うかのような眼差しを幾つもその身に感じることが出来る。

 

 

「近いうちに、俺が警戒すべき対象ではないと、イメージアップを図らねばならないな」

 

 

流石に、このまま鼻つまみ者、腫物状態で三年間を過ごしていくのは、非生産的過ぎる。

そう痛感した俺は、未だ教室で生徒たちに詰め寄られているであろうリゼに、アドバイスを求めるべく、仕事用の黒い携帯を開くと、メーラーを起動して文面を考える。

 

 

「そうだな、まずは軽く挨拶でもしておくか」

 

To リゼ

 

件名 なし

 

本文

 

調子はどうだ?

 

 

送信。

 

 

すると、数秒も待たぬうちに携帯のランプが点灯し、返信を知らせた。

 

 

From リゼ

 

件名 なし

 

本文

 

誰のせいでこうなったと思っている!!

 

 

 

「なんだ、嫌味か?」

 

 

すかさず返信を送る。

 

 

To Re:リゼ

 

件名 なし

 

本文

 

リゼが人気者だからじゃないか?

 

 

 

すると、たまもやすぐに返信を伝えるランプが点灯する。

 

 

 

From Re:Reリゼ

 

件名 なし

 

本文

 

よし分かった今すぐそっちに行く首を洗って待ってろ

 

 

何故か喧嘩腰に宣言されてしまった。

はて、何かリゼを怒らせてしまうような事を書いてしまったのかと、送信メッセージを確認するが、文面を見る限り特に問題はない。

そして、今すぐそっちに行ってやると宣言されたが、肝心の行先を告げていない。

追加のメールを送るべきか否かを悩むが、その前に俺の前でホカホカと出来立ての証である湯気を立ち昇らせる料理を認めると、

 

 

「先に食べているかな」

 

 

手を合わせ、いただきます、と一人呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




話が進まないのは仕様だ。もう認めます。
ああ、そうとも!
私は、更新が、亀さんなんだよぉおおおおお!!!



さて、キチガイな作者は置いておいて、感想、評価、どしどしお待ちしております!!

追記

新作執筆を検討しているのですが、それ書いたらきっと、ただでさえ行進の遅いこの作品の更新頻度が更に遅くなるんだろうなぁ。
書くかどうかは、活動報告でのアンケートで決めることにいたします・・・・・。


追記の追記

結局、新作書くことと相成りました……。
おいこら作者、アンケートの意味は何だったんだよ!と、ご立腹の方もいらっしゃるでしょう。
ええ、私もアンケートを取っていた過去の私の顎を思いっきり殴りつけてしまいたい所存でありますです……。
ですが、弁明の機会をいただけるのならば、それはWEB作家の皆様方大半が発症されたご病気、「急性新作小説書きたい症候群」を作者も発病させてしまったからなのです……!!
ちょ、やめて、空き缶投げないで!リゼちゃん謝るから、ガバメントをこっちに向けないで!
え、雄二さん?その、人体はそんなふうに曲がったりはしn……アァーーーー!!


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第八話 君がいたその席には、狂おしいほどの殺意を抱くよ

べ、別にエタってたわけじゃないんだからね!


……うん。なんか思い付きで始めたもう一方の作品が思いの外好評で、中々こっちに帰ってこれんかった。



……まあ、まあまあまあまあ。ごちうさ二期も始まったことですし、気長に行きましょう!








人間、興味というものを失うと、人間性も徐々に薄れていく。

例えば、今まで大好きだった歌手や漫画、ぬいぐるみの収集みたいな趣味。

突然興味を失くしたりすると、今まで心を満たしていたそこに、ぽっかりと穴が空くことがある。

そんな時その心の穴は、大体は代用を見つけようと大きくほかの物事を強く吸引する。

まあ、そんな穴が空いていなくとも、女子と言う生き物は常にある一定の物事に対しては、どこぞの掃除機のように変わらぬ吸引力を持つ。

それは、

 

 

「それで、今朝の風見君との件についてだけど……どうしてそうなったのでしょうか…?」

 

「ええ、ええ。大丈夫です。考えられる最悪のパターンを全て頭にインプットしましたわ……もうこれで、何も怖くない」

 

 

 

 

 

「「「「それで、今朝のお姫様抱っこ登校は一体どういうことですか?(ですの?)(なの?)」」」」

 

 

 

 

ズバリ、恋バナ――――恋愛関連の話である。

 

 

 

まあ、なんというか私、天々座リゼは今、絶賛現実逃避中なのである。

恋バナ、そう、恋バナ。

私とて女子高生の端くれとして、そういう話に興味がないわけではない。

だが、だがしかし、それは話の対象が自分でない場合に限る。

 

 

「だから、何度も言っているだろう!? アレは事故なんだ! というか、その時私は意識なかったから、何とも言えないんだよっ!」

 

「嘘だッ! あんなにたくましいお、おお、男の人の腕の中で安眠なんて、出来るはずない!! 私だったら、私だったら…………え、ええ………私たちにはまだ、は、はやいよ…でも、風見君がどうしてもって言うんだったら……」

 

「戻って来てくださいませ! それ以上逝ったら、戻れなくなりますわよ!?」

 

 

 

カザミサマノオヒメサマダッコ……キュウ

 

キャアアア、マタヒトリギセイシャガ‼

 

ナンテコトナノ、ソンナニカザミサマノオヒマサマダッコノモウソウガハカドルワケ……アァァアアア……

 

ダレカ、コノナカニセイシンカイハイラッシャイマセンカ‼

 

 

 

「もう、なんだこれ……」

 

 

今、教室はまさに混沌(ケイオス)に支配されていた。

何度も何度も同じ質問を壊れたオーディオ機器のように繰り返され、最初の方にあった彼への怒りの炎は鎮火し、それどころか衰弱した私の心は、口元に「アハハ」という虚笑を自動的に浮かべさせるぐらいにはまいっていた。

そんな時だ。私の制服の内ポケットが振動し、メールの受信を告げた。

 

 

brrr……brrrr……

 

 

「うん?……メール…?誰だよ、こんな時に……」

 

 

 

 

 

From 風見

 

件名 なし

 

本文

 

調子はどうだ?

 

 

 

 

 

 

……………。

ビチッ!

私の中で何かが切れて、新しい何かが電流のように通った音がした。

 

 

「あぁいいいぃいつうぅぅうう!!!」

 

 

ほとばしる憤りを、短文に乗せ、私はスマートホンの送信ボタンを親指で叩く。

 

 

 

 

To Re:風見

 

件名 なし

 

本文

 

誰のせいでこうなったと思っている!!

 

 

 

もしもこれが漫画の世界だったとしたら、私の額には乙女にはあるまじき青筋が何本も通い並び、山脈のようになっていることだろう。山脈は山脈でも、バリバリの活火山帯である。

そうして、マグマのように煮えたぎった私の心を弄ぶかのように、彼からの返信をスマホが受信した。

 

 

From Re Re:風見

 

件名 なし

 

本文

 

リゼが人気者だからじゃないか?

 

 

 

んなわけあるかあああ!!

どう考えてもお前のせいだ!お前が明らかな戦犯だ!!

ああ、もう、こうなれば……。

 

 

「わかった。お前がそういうつもりなら……よろしい、ならば戦争だ」

 

 

素早く、かつ正確無比に私の指がスマホのスクリーンを踊り、簡素な一文を完成させる。

 

 

 

 

To Re:Re:風見

 

件名 なし

 

本文

 

よし分かった今すぐそっちに行く首を洗って待ってろ

 

 

 

 

スマホのサイドについているボタンを一撫でしてスリープ状態へ移行させると、それを静かに制服の内ポケットにしまう。

未だに混沌とした様相を呈しているクラスを尻目に、私は静かに席から立ち上がった。

それを目ざとく発見したクラスメイトの一人が、私を呼び止めようとするが、

 

 

「天々座さん?どちらへ行かれるのですか……?まだお話はおわっていn」

 

「悪い。ちょっと……御首級(みしるし)を摘みに行ってくる」

 

「え、ええと……行ってらっしゃいませ?」

 

「ああ。―――――逝ってくる」

 

 

それだけ言い終えると、私は静かに席を立ち、堂々とした態度で教室を出た。

カツン、と僅かな開閉音をドアがこぼし、それが私と彼の開戦の合図となった。

 

 

「かざぁああみいぃぃいいいい……!!!」

 

 

低い声で心の叫び(乙女が決して上げてはいけない類の)を上げた私は、奴のいる方向を探す。

学院の廊下はほぼ白い大理石でできており、その冷たい外装が、私の熱くなった頭の熱を少しずつ緩和していく。

だが、心の中のマグマは煮えたぎったままである。

そして、ひとまず周囲を奴がどこへ行ったのか、という情報を収集するために廊下を見渡すと、

 

 

「風見先輩……思ったよりもとても素敵な殿方でした……ハ! 私としたことが、いつの間にか風見先輩のクラスへ来てしまいました……」

 

 

階段から、何やら惚けた顔で下級生が上級生の階へ迷い込んで来ていた。

そして、そのつぶやきを拾った私は、

 

 

「そちらかッ!」

 

 

迷わずその方向へ駆け出す。

下級生が昇って来た階段を駆け下り、下の階へと降りてゆく。

すると、

 

 

「ああ、風見様……危ないところを助けていただきましたわ……」

 

「ええ、殿方はあまり慣れていないのですが、とっても気さくに接してくださって……」

 

 

その更に下の階から生徒が彼の話題を口にしながら階段を上って来ていた。

 

 

「もっと下の階か!」

 

 

そして、その後も、

 

 

「ああ、風見さん……」

 

「そっちの方向だな!」

 

 

またその後も、

 

 

「風見様ぁ……」

 

「今度はそっちか!」

 

 

またまたその後も、

 

 

「とっても素敵な殿方でしたわ……風見様…」

 

「この学内列車に乗ったんだな!?」

 

 

その後も各地で、それも同じような惚けた顔で「風見」と呟く少女たちを、なんだかヘンゼルとグレーテルのパンの切れ端を追うかのように駆け回っていると、

 

 

「ここか……!」

 

 

ついに私は、学院内食堂までたどり着いたのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




学院内での風見雄二の見つけ方。

その1 まず、「風見」と呟いて惚けている生徒を探す。

その2 それをたどっていく。

その3 風見雄二発見。






さて、ギャグもそこそこ。
まずは、二か月近く更新できず、誠に申し訳ございませんでした。m(_ _;)m
というのも、まえがきで書いた通り、私のもう一方の作品が、ノリで書いたらものっそい反響でして、お気に入りの伸び方を見て作者は半狂でして。(親父ギャグ飛ばしてる場合じゃない)
そして、その作品との折り合いをつけるべく、今回からこの文量、多分3000文字ぐらいになるんじゃないかと思います。
「ここの、あの重厚感が好きだったんじゃぼけこの亀作者!」という方も勿論いらっしゃるかと思います。
ええ、自分も毎回あの文章量が唯一の誇りでした。
ですが。……ぶっちゃけ、マジきついっす。あの文章量。
てなわけで、大変私事ではございますが、今回から減量したします。お腹に着いた肉は減量いたしません。


よろしければ、感想評価お願いします。



Twitter始めました。
kozuzu@二次創作小説 (@kozuzu_monokaki) https://twitter.com/kozuzu_monokaki?s=09






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第九話 そうだ、OHANASIをしよう

……。
タブレットが、逝きおった……。


リゼが雄二をとある手段で捜索していたその頃、雄二は一人寂しく昼食を胃に収めていた。

 

 

「……うまいな」

 

 

うまい。咀嚼し終え、菜っ葉のおひたしを嚥下した俺は自然、そうこぼしていた。

日本人らしく、純和風の献立を一汁三菜の割合で適当に皿に取り、席に着いた。

だがしかし、何故か俺の周りだけ人の波が引き、必然、俺はドーナツ化現象のようにぽつりと空間の中央にに取り残されてしまったのだった。

この状況から鑑みるに、どうやら俺は、お嬢様方から、完全に警戒されてしまっている様である。

まあ、唐突にどこの馬の骨とも知れぬ異性が乙女の花園に土足で踏み込んできたのだ。あちらが警戒しなければ、こちらの方が警戒してしまっていたことだろう。

そんなわけで、護衛対象兼オトモダチの天々座 リゼにどうしたものかとメールで相談したのだが、

 

 

『よし分かった今すぐそっちに行く首を洗って待ってろ』

 

 

と、何やら彼女の機嫌を損ねてしまったようなのだ。

まあ、喧嘩腰なのはともかく、一人で昼食というのは何やら体裁が悪く、お嬢様方の警戒を一層強くしてしまうだろうと危惧していたところであったので、この返事は渡りに船だった。

メールに俺の現在地は記載していなかったはずだから、どうやってここまでたどり着くのかは甚だ疑問だったが、リゼ自身がああして言っているので、あてがあるのだろう。

そんなこんなで、リゼを待つべく、かなりゆっくりとしたペースで食事をしていたが、その為なのか思いの外、個々のの料理の味をじっくりと堪能することが出来た。

そうして、文頭の小学生並の感想に戻るわけだ。

今度は豆の煮ものを(はし)で一口分つまみ、口内に運ぶ。

すると、口の中に醤油ベースの出汁と、豆本来の甘みが調和した形で味が発露する。それらを舌の上で転がし、噛みしめ、最後に嚥下する。

 

 

「うまい」

 

 

また、自然と称賛の言葉が口から零れる。

普段、食事は栄養補給と割り切り、胃が消化できるか否かで胃に収めるかを決定してるが、そんな俺でもこれらの料理は素直に賛辞を呈することが出来た。

料理は殺菌消毒の為にどうこうする、という認識しか持ち合わせがないので、これがどれほどの逸品であるかは想像もつかないが、学校の学食でポンとセルフサービスで放置されていて良いクオリティでないことだけは確かだ。

 

 

(……一体、これ一品で俺の給料何か月分に値するのか、逆に興味が湧いてくるな…)

 

 

それを聞いてしまったが最後、この学食での料理を取る際にいらん勘定をしてしまいそうだが。

と、至高の品々を心中で絶賛していると、

 

 

「相席、よろしいかしら?」

 

 

前方から声が降りかかった。

途端、周囲の喧騒が消え、生徒たちの視線が俺と声の主へと集まった。

それを肌で感じた俺は、声の主へと目を向けた。

第一印象は、『清』だ。

白いブレザーとモノクロチェックのスカートによく栄える、長い青く清い印象を持たせる髪。それとお揃いのアジュールブルーの瞳。

肌は不健康に見えない程度で白いが、しかして、柳眉は長い時間をかけて精練されたかの如く整い、頬はほのかに朱がさしている。

そんな印象とはうらはらに、身体の肉付きは「女」として完成しており、街に出せばその艶やかなプロポーションに、百人中百二十人は振り向き熱っぽい溜息を吐くことだろう。

 

 

「あら……日本人とお伺いしていたのですが…日本語、通じていますか?」

 

「ああ、すまない。別に日本語が聞き取れていなかった訳じゃないんだ……ただ」

 

「ただ?」

 

「素直に、見惚れていただけだ」

 

「まあ、お上手ですわね」

 

「俺は世辞は好きじゃないんだ」

 

「そうですか。だとしたら、とても光栄ですわ……ところで」

 

 

優しげに微笑む少女だが、言葉を途中で切り、両手に持ったトレーを誇示するかのように一度揺すると、再度言葉を紡ぐ。

 

 

「私はいつまでこうしていれば良いのでしょうか?」

 

「ああ、すまなかったな……ふむ」

 

 

意図せず少女に立ち話をさせていたようであったので、謝辞を一つ並べると自身が陣取っている座席数を確認する。

現在座っているのは、白い円卓で、それを三人で囲むタイプのものだ。よって、目の前の少女が座席を取ったとしても、リゼの座席は確保できる。

リゼと何か因縁がある人間であればともかく、彼女はあまり周囲に敵を作るタイプの人間ではないことが、先の言動から見て取れる。

そして、そういうタイプ程敵に回すと厄介だ。敵の敵は、敵。敵の味方は敵。すなわち、目の前の少女を敵に回せば、彼女の味方が全て敵に回るというわけだ。

さて、あまり見知らぬ人間と飯を食らうのは好まない俺だが、ここで俺が「NO」と拒絶すれば、尚の事この学園で孤立していくわけだ。

それは好ましくない。で、あればだ。悪手を避けるために、目の前の少女が伸ばした手を握った方がベターというものだ。

 

 

「ああ、後から連れが一人くるが、それでも良いいか?」

 

「ええ、問題はないです。ありがとうございます」

 

 

そう言って微笑んだ彼女は、トレーを円卓へ安置すると、今度は自身が静かに座席の一つを引き、着席した。

 

 

「そういえば、自己紹介がまだでしたね……私、こちらの学園の生徒会長を務めさせていただいております、マーロウ・ブルームと申します。以後、お見知りおきいただければ幸いですわ」

 

 

生徒会長。さて、確かこれは生徒を牽引する生徒会という組織のトップという役職だったはずだ。

 

 

(……提案を突っぱねなくて、正解だったか。……いや、分からん。こういう手合いは、突っぱねても何かしら屁理屈をごねて提案を押し込んでくる可能性があるからな…俺の第一印象は可もなく不可もなく、といったところか?)

 

 

「……風見 雄二だ。雄二で構わない。マーロウ、で発音は合っているか?」

 

「あら、いきなり呼び捨てですか?」

 

「気に障るのなら他の呼び方を考えるが?」

 

「いえいえ、親しみがあっていいと思いますわ。それでは、私も雄二さん、と」

 

 

にこにこと微笑むマーロウ。

ここ周囲のお嬢様方はどうも温室の設定温度が高めだった為か、異性に対しての免疫がほぼゼロであった。

が、こちらはそれなりに場慣れしているようで、明らかにこちらの腹を探りに来ている。

まあ、こういう露骨なのはここに来て初だ。秘密の花園に紛れ込んだ正体不明の種子。それが益が害か、案じるのは当然だ。

きっとこれが然るべき反応だろう。

と、マーロウについての大体の推察を頭にインプットしていると、トレーに並べた小皿のサラダをまるで小鳥が餌を突っつくかのように小さくフォークで刺し、口に運んでいたマーロウが、突然手を止め、こちらに話の種を蒔く。

 

 

「どうですか、雄二さん」

 

「どう、とは?」

 

 

漠然とした質問に、俺は食事の手を止め、あまり褒められた行為ではないが、質問に質問で返した。

 

 

「まだ二日目ですが、乙女の花園にトリップした感想ですよ」

 

「……」

 

 

にこにこと微笑むマーロウ。

……さて、なんと返すのが正解なのだろうか?

正直に「一々気を張っていなければならないのは面倒だ」と言うのか?

またまた、前言を撤回し、「素敵な学び舎です」とお茶を濁すか?

…………。

 

 

「……はあ。もういい。やはり、俺に腹芸は向いていない。ってか、面倒だ」

 

「あらあら、もう降参ですか?化かし合いは始まったばかりですよ?」

 

「あんたのホームに土足で踏み込んでいくほど、厚顔無恥ではないつもりだ。……それに、あんた俺の事を識ってる(、、、、)だろ?」

 

「……ええ。なんたって、生徒会長ですから」

 

 

えへん、とその豊満な胸を張る生徒会長殿。

開き直り、ちょっとしたカマを掛けてみたが、案の定、この腹の探り合いはただのお遊戯だったらしい。

なんせ、ここまでの規模の学園、その生徒達の長だ。それなりの事が知らさせていても、不思議はない。というか、上層部に情報がある程度回っていなければ、そもそもこちらの学園への編入など、土台無理な話だろう。……いや、それでも異常は異常なのだが。

 

 

「それで、あんたは何が目的なんだ?」

 

「あら?うら若き乙女が、同年代の異性に興味を持つのは、当然の事でしょう?」

 

「……ああそうかい」

 

 

……俺の元上司へ、男への免疫を三倍濃縮して投与したら、こんなのが出来上がりそうだ。

 

 

「何て、冗談はさておき。……そう難しい話じゃないわ。あまりうちの生徒に手を出さないでね、って釘を刺しに来ただけ」

 

「……なるほど。何、その辺りはわきまえているさ。そもそも、俺はあまり自分から女に手を出したことはない」

 

「あら意外。女に慣れているのは、否定しないのね?」

 

「別に、珍しいことじゃないだろ? 否定したところであんたは識っているんだから、偽ったところで意味がない」

 

「ええ、そうね。……んん! 今日もここのグリルチキンは絶品ね」

 

「……はあ。話はそれだけか?」

 

「ええ。生徒会長(わたくし)の話は、ここまで。でも、年頃の乙女(マーロウ)の話はまーだまだ、終わってないのよ? ……と、言いたいところなんだけど」

 

 

と、マーロウはまたしても言葉を中断し、いつの間にやら空になっていた食器と、それを積載したトレーを両手で持つと、席を立った。

 

 

「シンデレラがお城に到着したみたいなの。意地悪なお姉さんは、ここらで退散するわ」

 

 

ちゃお、とウィンクを一つ飛ばすと、マーロウはそのまま人の波へと消えていった。

その直後、

 

 

「風見ぃ……」

 

 

肩を怒らせ、息を弾ませ、うら若き乙女がしてはいけない類の形相を浮かべたリゼが、入口で仁王立ちしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、まえがきの通り、出先でこちらの小説を執筆しようかとタブレットを開いたら、なんか知らんけど、windws8のアプリが強制終了する……。
おかげで、blue toothのキーボードが使えない(;~;)



そんなこんなで、更新が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。
そして今回、オリキャラ、颯爽登場!
原作キャラ、ほぼカメオ出演!
そうさ、これがkozuzuクオリティさ…。
あとあと、活動報告にて、少しこの小説についてのアンケート擬きをやっております。
よろしければ意見を。
それでは、タブレットが大破して涙目な社畜作者ですた。


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番外編 別に、忘れてしまっても構わんのだろう?

リゼちゃんお誕生日おめでとう!!


……え、何?一日遅いって?

ほら、あれだよ……ハッピーバレンタイン!!(唐突な話題転換)


現時刻、マルヨンサンマル。

冬将軍がノリノリで軍配を振り回し、寒気という名の軍勢が町を闊歩しているのか、時折手を擦り会わせて、白旗代わりに白い吐息を振る。

そんな冬の日に、私こと天々座 リゼは、自宅の厨房にて業務用冷蔵庫を覗き込んでいた。

 

 

「よし、寝かせておいたチョコはバッチリだな」

 

 

ざっと見渡す限り、型崩れや気泡の跡であるクレーターは見つからない。思わず片手でガッツポーズをとる。

それほどに、今年は改心の出来だった。

チョコ──正式名称は、チョコレート。それは、カカオを原料として作られる世界で最大の知名度を有するであろうお菓子だ。

起源は開拓前、紀元前二千年中央アメリカでカカオが栽培されたことから始まる。当初は先住民族の間で嗜好品、又は薬用として珍重された。

そして、アメリカ開拓時にかの有名な冒険家クリストファー・コロンブスの紹介によって世界に広まった。

そんな甘くてほろ苦いお菓子、チョコレートが最も世間で注目されるのが今日、二月十四日つまりはバレンタインデーだ。

 

 

「今年も皆、喜んでくれるといいな……」

 

 

そんな願望が、私の口から意図せずして漏れた。

バレンタインデーに、私は毎年決まって、大量の手作りチョコレートを作る。

何故かと言えばそれは、毎日欠かさずに私たちの家を警護してくれる皆――――親父の部下たちを労う為だ。

我が家では毎年の恒例行事ではあるが、念のためタカヒロさんに量産しやすい手作りチョコレートのレシピとレクチャーしてもらった。そして、今日の会心の出来に至るわけだ。

だが、こんな事を毎年続けていると、

 

 

「そんな面倒な事をせず、市販の物を渡してしまえ」

 

 

と、前に親父にも言われた。

言われたが、親父は何にもわかっていない。

私が、自分自身の手で作るからこそ、意味があるのだ。

別に、市販品を渡すことが悪いと言っている訳じゃあないが、やっぱり、日頃の感謝の気持ちを伝えるもであれば、丹誠込めて、手間をかけて作るのが筋というものだろう。

まあ、これは持論であり、そんなの個人の自由だ、と言われてしまえばそれまでなのだが。

そんな事を回想しながら、冷蔵庫の一番奥に鎮座したソレ。

彼の嗜好を考え、若干他より苦く作ったハート型のチョコを、何の気もなしに眺めた。

 

 

(アイツも、喜んでくれ……いや、いやいや。これは義理チョコであって、そういうのじゃないだろ!)

 

 

毎年毎年、恒例恒例と言っているが、今年だけは例外に当てはまるだろう。

そう、今年は彼―――風見 雄二がいる。

いつもいつも、一々私の勘に障る奴だが、親父たち全員に配るのに、奴だけに渡さないというのは、なんというか、その―――

 

 

(その、親父たちや親父たちの部下にも渡すから不公平の無いように、一応作っただけであって……そう!言うなればこれは、義務チョコだ!!だから、別にアイツが美味しいとか、どうとか関係ないしな!!)

 

 

誰に向けるでもない言い訳を何よりも自分自身に言い聞かせ、心を落ち着ける。

本当に、彼がこっちに来てから、私は心が休まるときがない。

油断すれば、同じ更衣室に入ってきたりするし。

寝起きに、その、は、はだ……裸!とか見せてくるし!!

 

 

「ホント、アイツはいつも私の心をかき乱してくれる……」

 

 

頬が紅潮し、その熱がじんわりと体中に巡っていくのを感じながら、私は独白した。

そして、私が油断しきっていたこの時、

 

 

「ほう、アイツというのは心理戦のエキスパートか何かなのか?リゼを手玉に取れるというのなら、ぜひその手腕を伝授してもらいたいものだ」

 

「うあああああ!?」

 

 

寄りにもよって、この瞬間最も聞きたくない声が後方から降って来た。

反射的にチョコレートを寝かせておいた冷蔵庫をバシンと閉じ、後ろ手で隠すように立ちはだかる。何故だろう、別にやましいことなどあるはずもないのに、私は冷や汗をだらだらと滝の様にかきながら、彼を問いただす。

 

 

「な、なな!なんでお前がここにいる!?」

 

「何だ、下宿先の冷蔵庫の使用すら許可してもらえんのか?」

 

 

そう言って、彼は私など最初からいなかったかのように私の前を通り過ぎ、こちらも同じく業務用の冷蔵庫から良く冷えたミネラルウォーターのボトルを一本手に取ると、ごきゅごきゅと喉を鳴らした。

そうだった、彼は毎朝十五キロのランニングを日課としているのだった。

であれば、水分補給の為にここに来るというのは予測できたはずだ。

何やってるんだ、私……。

 

 

(う、迂闊だった……)

 

 

何故、コイツはいつもいつも狙いすましたかのように、私の意識の隙をついてくるんだ……。

そんな私の心中など知りもせず、500mlのペットボトルを半分ほど飲み干したところで、彼は飲み口から唇を離すと、

 

 

「で、リゼはこんな朝っぱらから厨房で何をやってるんだ?朝飯のつまみ食いなら、もっと後に起きるんだったな」

 

「んなわけあるか!お前には私が朝っぱらからつまみ食いをするような奴に見えるのか!?」

 

「ああ、もっと言えば、炊いた米を窯ごとばっくりといかないかと、」

 

「食べるかああああああ!!」

 

 

そんなこんなで、私は何か重要な事を忘れているのではないか、という疑念を完全に失念したまま、学校へ登校した。

誓って、つまみ食いなどはしていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、学校に到着し、

 

 

「起立、礼!」

 

 

「「「「ありがとうございました」」」」

 

 

あれよあれよという間に朝のホームルームが終了した。

そして、皆が次の授業の準備の為に、ロッカーへ向かった時に、その事件は起きた。

 

 

「さて、次は確か、物理だったかな……。よし、今日も一日、張り切っていk」

 

 

 

 

――――ガラガラガラガッシャーンッッ!!

 

 

 

ロッカーのあたりから、轟音が響いた。

 

 

「何だ!敵襲か!?」

 

 

日頃の訓練の賜物か、それとも弊害か、咄嗟に愛銃であるガバメントに手が伸びるが、その音源に視線を向けることで、伸ばした手は宙をかいた。

 

 

「……忘れてた……そうだ、そうだよな、そうなるよな…」

 

 

そこには、

 

 

 

「フム……新手のいじめか?」

 

 

顎に手を当て、膝までチョコに埋もれた風見雄二の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バレンタインデー、か。……なるほど、良いトレーニングになる日だな」

 

 

どこか、と言うか世の男どもが聞いたらc4を体中に巻いて特攻してきそうな感想を漏らす彼。

現在彼は、事務員室にて貰った袋に、大量のチョコをはち切れんばかりに詰め込み、次の授業の会場である講堂まで歩いていた。

右腕に三袋、左腕に三袋、計六袋をウェイトトレーニングかのように腕を上げ下げしていた。

 

 

「いや、お前な……」

 

 

横目で私が呆れていると、

 

 

「あの、風見先輩!これ、良かったらどうぞ!!」

 

「わたくしも、わたくしも作りましたので、どうかお納めくださいまし!」

 

 

ワタシモ、ツクッテキマシタ!!

 

アタシモ!!

 

 

 

行く先々で、その量を増やすものだから、始末に終えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、お昼時。

四時限目が終わった瞬間、私はダッシュでその場を離脱した。

それはもう、周囲をテロリストに囲まれた米兵をも余裕で置きさってゆくレベルで。

何故かと言えば、

 

 

「風見様!」

 

「風見先輩!私のチョコを!!」

 

 

チョコヲ‼ワタクシノチョコモ‼

 

 

ワーワーワーキャーキャー‼

 

 

(危なかった……あともう少しで、あの波に呑まれるところだった……)

 

 

後方でとぐろを巻く風見チョコ軍団を後ろ目に、私は安堵するのだった。

携帯で、「今日の昼は別行動で」とメールするのを忘れずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、シャロー!」

 

 

屋上にて、今日も律儀に待ってくれていたシャロに、声を掛けた。

 

 

「あ、リゼ先輩!……よ、よくぞ、ご無事で……!!」

 

 

開口一番、戦場から帰還した兵士を労うように、シャロは言った。

まあ、ある意味では間違いではない。

で、二人で昼食を終え、

 

 

「あの、リゼ先輩!……こ、こ、ここっこ、ここここっ!」

 

「どうした、シャロ?」

 

「こ、コケコッコー!!」

 

「本当にどうしたんだシャロ!?」

 

 

突然シャロが鶏になった。

おかしい、食べてすぐになるのは、牛だったはずだが。

と、思ったら今度は茹で上がったカニみたいになった。

 

 

「お、おい……シャロ?大丈夫か?熱でもあるんじゃないのか?」

 

「い、いえ!あの……ちょっとすみません!!」

 

 

そう言うと、シャロは大きく深呼吸。

その後、パンパンと頬を叩くと、

 

 

「リゼ先輩!ハッピーバレンタイン、です!!」

 

 

ポケットから、オレンジ色に緑のリボンが掛かった小箱を手渡してきた。

ああ、なるほど、それでか。

 

 

「ありがとう、シャロ!大切に食べるよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、結局紙袋で収まらなくなった彼のチョコレートを、皆に頼んでトラックで家まで運んで貰った。

その時、受け取りに来た一人が「リア充め、もげろ」と言っていたのは聞かなかったことにした。

で、ラビットハウスでは。

 

 

「雄二君、リゼちゃん!ハッピーバレンタイン!私のチョコは、チョココロネパンにしてみたよ!!」

 

「あの……雄二さんあの、これ…うまくできているかわからないですけど……」

 

 

二人から、追加でチョコを貰った。

また、その日は何故か、タカヒロさんが用事があるようで、早めにお店を閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、私たちは帰路についた。

 

 

「フム……皆タダでチョコを配るとは、気前がいいな」

 

「いや、お前バレンタインデーの意味って理解してるか?」

 

「前の職場では、その言葉を口にすると周囲の職員が一斉に舌打ちするのでな。よく知らん」

 

 

マジかよこいつ……。

で、門の前に着いたわけだが。

 

 

「あれ……?明かりがついていない……」

 

「ゲリラに占拠でもされたか?」

 

「いやいや、ウチに限ってそれはないだろ…」

 

 

おかしい、明かりがついていないのだ。

そして、見張りもいない。

おかしい。

ゲリラに占拠された、なんてのは置いといて、確かに奇妙だ。

訝しく思いながらも、私は裏口から家に入った。

そして、

 

 

 

 

「「「「「お誕生日おめでとう、リゼちゃん(さん)」」」」

 

 

そこには、ラビットハウスで別れたはずのココアとチノ、そしておまけにシャロと千夜の姿まであった!

そうか、何か忘れていると思っていたら、今日は私の誕生日でもあるんだった……。

自分に関心なさすぎだろ、私……。

その後、突然のサプライズパーティに目を白黒させたが、チノ、ココア、シャロ、千夜、親父たちに盛大に祝ってもらい、涙が出そうになったのは内緒だ。

ああ、絶対に、内緒だ。

 

 

そして、その日の内に皆チョコレートを配り、皆で一緒に食べた。

この時のチョコの味は、きっと一生忘れないだろう。

 

 

よ、余談だが、ちゃんと彼にも渡した。

ああ、なんたって、「義務チョコ」だからな!他意はない。ああ、断じて、絶対、だ。……多分。

私は、誰に言い訳しているのだろう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜。

 

 

「全く、皆人が悪いなぁ……サプライズパーティ、だなんて……ははは…」

 

 

によによ、へらへら……。

きっと、私の今の表情に擬音を付けるとしたら、そんなところだろう。

まあ、とても人様に見せられるような顔じゃない。それだけは確かだ。

毎年毎年、皆へのチョコを作る過程、こんな感じで自分の誕生日の事を忘れてしまう。

 

 

―――コンコン。

 

 

まあ、私が忘れていても、親父たちはしっかり覚えていて、毎年きちんと祝ってくれる。

自分自身が一番自分の扱いが雑なのに。

 

 

『おい、リゼ。入るぞ?』

 

 

だから、皆に大事にされているような気がして、また頬が緩む。

まあ、今日ぐらいいいだろう。

 

 

『沈黙は肯定と受け取るが、構わないな?』

 

 

 

だって、今日は、

 

 

「誕生日、だしな。……ふふっ。ああ、全く、そうは思わないか、ワイルドギース?」

 

 

そういって、私はお気に入りのうさぎのぬいぐるみに微笑みかけた。

すると、

 

 

「そうか、それは良かったな」

 

「ぬいぐるみがしゃべった!?」

 

「ああ、そうだ。今日はリゼの誕生日だからな。ぬいぐるみぐらい、幾らでも喋るさ。なんなら、日本国憲法を第一条から補則百三条まで暗唱してみせるが?」

 

「何が楽しくて、誕生日に日本国憲法を清聴しなきゃならないんだ!?っていうか、お前風見!!いつからいた!」

 

「いや、ノックはしたぞ?入室許可も取った」

 

「許可なんかした覚えないぞ!?」

 

「沈黙は時に肯定を意味する」

 

「恣意的な解釈!?」

 

 

ってことは、私の一人芝居も聞かれていたってことだろ?

……。

 

 

「……一気に最悪の誕生日になった!」

 

 

ボスン、と枕に頭を埋め、うーううーと、声にならない呻きを上げる。

耳が熱い……!!

 

 

「恋人とのピローキス中に悪いが、少し顔を上げてくれないか?」

 

「……やだ」

 

「……なら、そのままで構わん。これだけ、言っておくぞ。誕生日おめでとう。プレゼントは、机の上に置いておく。じゃあ、邪魔したな」

 

 

パタンと、扉が開閉する音がして、私は顔を上げた。

そして、机の上を見ると、

 

 

「……あり、がとう、な。……雄二」

 

 

 

 

 

そこには、小さな紫色のうさぎを象った、ネックレスが鎮座していた。




疲れた……。
今朝、リゼちゃんの誕生日に気づき、仕事中にプロットを練って、家に帰って一時間で書いた……。

おい、時速10kbとか……。



つーわけで、なんか荒っぽいけど、まあいっか。
こういうのは気持ちだよ!!(イイハナシダナァ……)





尚、本話は番外編であり、本編とは一切関連性がありません。
ご了承下さい。


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第十話 迸る熱に感じる切なさは総て風見のせい その一

  リゼは激怒した。必ず、かの邪知謀逆(じゃちぼうぎゃく)の風見を除かばならぬと決意した。

  リゼは至って普通のJKである。

  ライフルスコープを覗き、軍隊式の訓練を積んで暮らしてきた。

  リゼには男の心理が分からぬ。何故ならば、それは小中高と女子校で過ごし、尚且つ周囲に明確に異性と区別することができる人間がいないかった為である。

  だが、リゼは人一倍邪悪には敏感であった

  であるから、

 

 

「風見ィイイ……!」

 

 

  諸悪の根元(風見雄二)に怒りの矛先を向けているこの状況は決して間違いではないであろう。

 

 

 

 

 

 第十話 迸る熱に感じる切なさは総て風見のせい

 

 

 

 

 

  煮えたぎる思いの丈を、鍋の中にぶちこんで濃縮し、さらに水分を飛ばして再結晶させたような怨嗟(えんさ)の声が、私の口から漏れた。

  淑女であれ、という暗黙の了解が敷き詰められたこの学園でこのような声が発されるなど、学園創設以来、初の快挙だろう。

  だがしかし、臆さずに言うならば、

 

 

  今 そ ん な こ と は ど う で も い い

 

 

  ああ、本当に、今なら親父が私の部屋で昔の戦友とテキーラで乾杯していたとしても、笑って赦せそうな気がする。

  ……いや、流石にそれは言い過ぎだ。だって、アルコールの匂いが部屋に染み付いてしまうからな。あれは他の匂いの消臭剤としては優秀なのだが、アレ単体の匂いは常時嗅ぎ続けていたい類いのそれではない。

   それはちょっとまた別件で親父を怒鳴ってしまうかもしれない。いや、怒鳴る。

 

 

 ……ふう。少し冷静になった。

  では、状況を整理しよう。

  まず、何故ここまで私が激怒していたか。

  事の発端は、朝にまで遡って、私が洗面所赴いたところから始まる。そうして、迂闊にもノックをせずに洗面所のドアを開けてしまって……そ、その、あれだ。……か、かか、彼が、風見が、そ、そのなんというかつまりその、率直にいって、ほらあれだそのなんというか……ああ、もう落ち着け私!

  詳しくはWEBで!!

  ……おかしい。落ち着きを取り戻す為に行った回想が、私の思考を全力で邪魔しているのだが。

  ま、まあいい。何がいいのかはわからないが、まあいい。

  そうだ。問題は彼だ。

  要らん思考に囚われていた私は奴を索敵すべく、視界を左右に振った。

  まさに血眼。その表現がぴったりと当てはまるような形相で周囲の卓をサーチしていると、

 

 

「彼なら、中央の円卓ですよ? 先程から待ち人来たらず、といった風体でしたよ彼。……それではごきげんよう、天々座さん」

 

 

  目の前をアジューブルーの何かが横切り、耳元で囁いていった。

  一瞬、後ろを振り返って確認するが、そこには誰もいない。

  ……心霊現象の類いだったのだろうか?

  気にはなるが、今は優先順位的には下位の案件となる為、つきまとう疑問と好奇心をねじ伏せて、先の囁きを元にサーチを再開する。

 すると、

 

 

「いた……!!」

 

 

  謎の囁きの通り、奴は中央の円卓で呑気に煮豆を摘まんでなんかいた。なるほどなるほど、つまり、私が教室で今朝の件で質問攻めにあっていた間、奴は呑気に煮豆を摘まみ、味噌汁をずるずると啜っていたと。つまりはそういうことだな?

 

 

「よし、排除しよう」

 

 

  即断即決。兵は拙速を尊ぶ。それは現代戦においても自明の理であり、多分人類が撲滅されない限りは普遍の理とあり続けるのではないだろうか。

 何はともあれ、現状は奴のこと以外は捨て置く。

 私は奴の方へ肩を怒らせながら進んでいく。

 途中、「やだ……あの子まさか風見様とお食事を!?」とか、「と、殿方と一対一でお食事など……!! なんて剛毅な……!!」だとか聞こえた気がするが、知らん。どうでもいい。いまは捨て置く。

 そうして、彼の座る円卓に足早に詰め寄った私は、奴と面を正面から合わせる形で円卓の前に立ち、怒りのままに両手を卓に叩き付けた。

 

 

「……風見! 今朝は良くもやってくれたな!?」

 

「……」(咀嚼していて口を開かず)

 

「おいこら聞いているのか!?」

 

「ゴクン」(豆を飲み込んだ音)

 

「おい!」

 

「……騒がしいな。腹が減っているのなら、あそこで好きなものでもとってくればいい」

 

「私のイライラの原因はここ最近ずっと貴様なんだがなぁ!?」

 

 

 なんでこいつはこうも私の神経を逆撫でするような発言が出来るのか、不思議でならない。

 護衛だよな? こいつ私の護衛だよな?

 そんな私の疑念を歯牙にもかけず、彼は食事を継続する。

 

 

「いや何でそこで食事を継続できるんだ貴様!?」

 

「……。んく。……ふむ、その問いに対する答えは単純だ。腹が減った。飯がうまい。以上だ」

 

「さては貴様まともに取り合う気がないな! そうなんだな!?」

 

 

 暖簾に腕押し、糠に釘とはこういうことを言うのだろうか。

 彼の神経逆撫で技術はもはや達人の域に達しつつあるのではないだろう。主に私限定で。いや、元の職場の上司の方もそうだったのかもしれない。やはり、彼の元職場の上司殿とは将来いい友達になれるかもしれない。

  いや、なれる(断言)

  それでも食事を続ける彼はやはりただ者ではない。……ただ者というか私の護衛なんだが。

 ともかく、

 

 

「貴様、今朝私にした辱めを覚えているな?」

 

「辱め……?」

 

「今朝、私が、気絶したとき、お前は何をしたかと聞いているんだ!」

 

「……ふむ。まずは脈の確認、次いで呼吸の有無。そして然るべき施設への搬送だな。突然に気を失ったものだから、心臓麻痺(heart attack)心筋梗塞( Myocardial Infarction)かと気を遣ったぞ?」

 

「模範的な応急処置をありがとうな! でも最後の最後に致命傷を運んでくるのはどうかと思うぞ!!」

 

「話は聞かせていただきましたッ!!」

 

「うわあ!? どこから湧いて出た!?」

 

 

 私が怒りの矛先を彼に思いっきり突き付けていると、思わぬ横槍が入った。

 ……不意に後ろから大きな声を出すのはやめてほしい。背後の気配を悟る為に親父が抱き付いてくるのを避ける訓練を思い出すから。……アレはもうやりたくない。何故って親父の奴うなじに顎を思いっきりこすりつけてくるから、髭のじょりじょりがダイレクトに……うん。やめよう。これ以上は誰も得しない。

 さて、親父との訓練を思い出したことで少し落ち着きを取り戻した。

 後ろを振り返り、私は大声の発生源を視認した。

 

 

「ってなにやってるんですか生徒会長!?」

 

「何って……That's so called rubberneck,right?(いわゆる、野次馬?)

 

「わかってるんならやめてください」

 

「え、いやですけれど」

 

「ちょ」

 

 

 お解りだろうか。今、私の目の前でゲスイことをさも、晩餐会でスピーチをこなすかのような優美な表情と仕草でこなすこの女生徒こそ、我が学園の誇る才色兼備の生徒会長、マーロウ・ブルームその人である。

 普段の生徒会長といえば、曲者ぞろいの学園を優雅かつ流麗に仕切り、肩書だけで卒倒しそうな重鎮の相手を一挙に引き受ける淑女の中に淑女。

 しかして、そんな彼女にも一つ欠点がある。それが、私が遭遇している今この状況に発動してしまったようなのだ。

 

 その名も「突発性これおもしろそうだなよしやってみよう症候群」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まあ、そんなわけで。

 

 

 ──私に一つ提案があるのですが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




久々すぎて何が何やらもうわかんなくなってる作者←

まだ読んでくれている読者様に頭が上がらないよぉ……。


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