転生失敗!八神家の日常 (ハギシリ)
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トラックに轢かれたけど転生できなかった

誤って消してしまったので、再投稿です


 

 

 ――トラックに轢かれた。

 そう頭で理解するのに、一体どれくらいの時間がかかっただろうか。

 

 学校の帰りにちょっとGE○に寄ってアベンジャーズ借りて帰ろうとウキウキしていた俺がふと前を見ると、なんと信号無視で、突っ込んできたトラックに子猫が轢かれそうになっているではないか。

 

 普通の人なら見捨てるか、これから起こるであろう惨劇に目を覆っていたことだろう。だが、俺は…俺達は違う。愛しのキャップならきっと子猫を助けるはずだ。

 

 足に力を込めて前方へ駆け出す。身体能力は良い方ではないが、やるしかない。

 

 伸ばされる手。

 華麗に避けるネコ。

 一人吹っ飛ばされる俺。

 

 まっすぐ家に帰らず寄り道をしたバチでも当たったのだろうか。こうして俺は子猫を救った英雄から、奇声をあげてトラックに突っ込んで行った変態へとジョブチェンジを果たしたのだった。

 

 ぼんやりとした意識の中で、これまでの人生の記憶がスローで流れていく。

 へぇ、走馬灯ってこんな感じなんだ……。

 

 小さい頃に他界した両親との少ない思い出、家族とバカな話で笑いあった記憶。

 そのどれもが思い浮かんでは泡のように消えていった。

 待ってくれよ、それは大事な物なんだ。

 必死に手を伸ばそうとしても、届かない。

 

 最後に浮かんだのは姉さんの顔だった。

 厳しいくて口うるさいけど、その何百倍も優しい俺の自慢の姉。

 姉さんは悲しそうな顔でこっちをじっと見ていた。

 

 ああ、悲しまないで、姉さん。

 生まれ変わったら俺、銀髪オッドアイのイケメンのチート能力持ちにしてもらうんだ。やべっ、新しい名前も考えとこ。なんか米国風のかっこいいの。

 おーい、神様ー?

 そろそろなんかやたらフランクな口調で現れるんじゃないのー?

 

 あっ、なんか天から白い光が降ってきた!これ死なない感じのやつだ!

 やったー神様だぁ!ねぇ、俺が死んだのは手違いなんてしょ?

 

 あっ、違うあれ天使だ。完全にお迎えだわこれ。

 

***

 

 

「全治2週間ですね」

 

「…はい、先生」

 

 事故った翌日、なんとか天使を振り払って現世に蘇った俺を待っていたのは病院の無機質なベッドの感触と、主治医の石田先生の冷たい宣告だった。

 

 先生はカルテを手に持ちながら、俺の今の状態についてあれこれと聞いてきた。当然、一番聞かれたくない事も…。

 

「それで、どうしてこんな事になったの?」

 

「……キャプテン・アメリカになりたかったんです…」

 

「……はぁ」

 

 先生、患者の前で露骨に溜め息をつくのはやめてください。

 

「私がわざわざ言わなくても分かってると思うけど、お姉さんのこともあるのよ? やんちゃするなとまでは言わないけど、無茶なことをするのはやめなさい」

 

「はい、ごめんなさい……」

 

「もういいわ。それよりもお友達が来ていますよ」

 

「お友達?」

 

 体を起こそうとすると、脇腹の辺りに激痛が走る。

 やばい、これめっちゃ痛い。

 というか、友達って誰だ?

 

「こんにちはー」

 

「お邪魔します。楓くん、お見舞いに来たよ」

 

 お友達の正体は同じクラスのアリサ・バニングスさんと月村すずかさんだった。

 正直、クラスで何度か話したことがあるくらいで、そこまで親しいわけじゃなかったから、2人が来てくれた事は意外だった。

 普段は高町さんとよく一緒に行動してる2人だけど…どうやら今日はいないみたいだ。

 

「アンタ事故ったんだって? ホームルームで聞いてびっくりしたわよ。よく生きてたわね」

 

「ああ、うん…」

 

 …ホームルームで言われたのか、俺のこと。

 多分、初めて俺がクラスの話題の中心になったんだろうけど、多分自分からトラックに突っ込んだアホだとか言われてんだろうなぁ…。あぁ、なんか目頭が熱くなってきた。

 

「…やっぱり神様なんていなかったね」

 

「ちょっと、あんた大丈夫? 頭打った?」

 

 気にしないで、バニングスさん。ちょっと世界の残酷さに気付いただけだから。あと、神様はいなかったけど天使ならいたよ。

 

「やっぱりまだ体は痛むの?」

 

「まぁ、一応トラックに轢かれたわけだからね。でも、なんてゆーか…ちょっと感動したかも。バニングスさん達って、すごく優しい人だったんだね。わざわざ、お見舞いに来てくれるなんてさ…」

 

「ん?ああ、ちょっと怪我したフェレット拾ってね。ついで?」

 

「ついで!? 俺、フェレットのついで!?」

 

「ちょっとアリサちゃん!」

 

 今明かされる衝撃の真実! 俺、フェレット以下!!

 なにこれ? いじめ? 優しさを装った新手のいぢめですか?

 というか、その「あっ、やべっ」みたいな顔やめろ。

 

「もう帰れよ、あんたら…」

 

「アンタなにカッカしてんのよ?

これだからコミュ障は…。何でキレるか分かったもんじゃないわね」

 

「き、きっと入院しててお友達に会えなかったらからちょっと機嫌が悪いんだよね?」

 

「ははっ、やぁねぇすずか。だったらこいつは年中機嫌が悪いことになるじゃない」

 

「帰れェッ!!」

 

 というか、今まで俺をどんな目で見てたんだよバニングスさん。

 

「でも、実際あんた友達いないじゃない? クラスで誰かに話しかけられたことある?」

 

 ―――っ!

 

「…はは、やだなぁバニングスさん。

確かにクラスじゃ目立たない方だけど、俺だって友達の一人や二人…」

 

「例えば?」

 

「……虎吉とか」

 

「それって近所の野良猫でしょ?

こういう猫と壁しか友達のいない人間にはなりたくないわねぇ」

 

「ねぇ、もしかして俺嫌われてんの!?」

 

 あと壁を友達にした覚えはねぇよ。時々話し相手になってもらうだけで。あれ? なんか死にたくなってきた。

 

「そ、そんなことないよアリサちゃん!

わっ、私は楓くんのこと友達だと思ってるよ!」

 

 そうだそうだ月村さん、もっと言ってやれ。そして俺をこのイエローデビルから救っておくれ。というか俺これからクラスでどんな顔してバニングスさんと過ごせばいいんだよ。無理だろ、もうなんか怖いわこの人。

 

「あら、もうこんな時間。

すずか、そろそろ戻らないと習い事のバイオリンに遅れちゃうわ」

 

「あ、ほんと…。あの…今日は邪魔しちゃってごめんね。…また、来ても良いかな?」

 

「…まぁ、俺が暇なときならね」

 

「つまりいつでもOKだそうよ」

 

 そうは言ってねぇよ。もう嫌だこの人…

 

「じゃあまたね、バイバイ。

…ああ、アンタにとっては未知の領域だろうけど、日本人は別れる時にこういう挨拶をするのよ」

 

「俺だってするよ!?」

 

 こうして嵐のような女は悪魔の微笑を浮かべながら去っていった。何であいつに友達がいて俺にはいないんだよチクショウ。もう退院しても学校行きたくねーよ。

 

 次にお見舞いに来てくれたのは近所に住むオバハンだった。所謂カミナリババアとは違い、この人は普段から何かと気にかけてくれる人の良いババアだ。時々夕食なんかもウチに持ってきてくれる非常に頼れるババアだ。

 

「それにしても楓ちゃんも運が良かったわね。打ち所が偶然よかったおかげで助かったんですってね」

 

「そうですねぇ。本当に運が良ければそもそも轢かれない気もしますけどね」

 

 いや、まぁ9割方自分の責任なんですけどね。

 

「そういえばお姉さんはまだお見舞いに来ないのかい?」

 

「あー…姉さん。姉さんね…」

 

 軽くこめかみの辺りを押さえる。

 

「実は俺…姉さんには教えてないんですよね、病室」

 

「はぁ?」

 

 おばさんが素っ頓狂な声を上げる。そりゃそうなるよね。

 もちろん、俺だって別に意地悪でこんな事をしたわけじゃない。ちゃんとそれなりの理由があってのことだ。…本当なら入院、ひいては事故のことそのものを隠したいところだったけど。

 

 なぜなら…

 

「姉さんの趣味は俺の身を心配することだからね。この事を姉さんが知ったらどうなるか…」

 

「どうなるって言うの?」

 

「楓ぇぇぇぇえええぇぇえぇぇぇえええぇぇええ!!」

 

「こうなるんだよ」

 

 車椅子でF1カーのような加速とドリフトを華麗に決めながら、病室に小柄な女の子飛び込んでくる。

 

 俺と同じ顔、同じ体格、同じ声。言うまでもなく、我が双子の姉、八神はやてだ。

 

 おばさんには目もくれず、華麗なスピンでベッドの真横に車椅子を停止させる。

 もう俺の知ってる車椅子じゃねぇなこれ。つかどうやったの?

 

「楓! 怪我痛ない? 

ババアになんか変なことされてへんか!?」

 

「おい姉さん!そんな言い方したらババアに失礼だろ!!」

 

「あんたもね」

 

「ごめんな、楓。お姉ちゃん、楓が痛い思いしてる時になんもしてあげれんかった…お姉ちゃんのこと嫌わんといて!!」

 

 いや、嫌わないし。ちょっとウゼェけど。

 

「それと何でお姉ちゃんに場所教えてくれへんかったん!? お姉ちゃん心配で心配で昨日はお風呂もご飯もトイレも行けんかってんよ!?」

 

「いや、それまぁ…ごめん。姉さんに心配かけたくなかったんだ」

 

 あと、今まさに起きてる姉さんの暴走を食い止めたかったんだけどなぁ…。でも確かに唯一の肉親としては不義理な態度だったかもしれない。

 いや、まぁ、あんなしょうもない理由で事故ったからどんな顔して会えばいいのか分からないっていうのもあったんだけどさ。

 

「というか、風呂と飯はともかくトイレには行こうよ…。ねぇ、姉さん。これから俺の入院中は自分のことは自分でしなきゃ駄目なんだよ?」

 

「…えっ?」

 

 姉さんの表情がピシリと凍る。まるで世界の終わりでも聞いたような顔だ。

 

 そして、姉さんがおもむろに携帯電話を取り出して誰かに電話をかけはじめた。何秒かのコール音の後、相手につながった様だ。

 

「石田先生、恋の病がひどいんで入院したいですぅ」

 

『ごめんね、バカにつける薬はちょうど切らしてるの』

 

 ブチッと、電話が切られる。

 そらそうだろうよ。俺も今兄弟の縁を切りたくなったもん。

 

「いややぁ! いややぁ! 楓のいない生活なんて耐えれへん!!」

 

 車椅子に乗ったまま手を放したまま車椅子を動かすという奇妙な駄々のこねかたをする。何だよそれ? 何がしたいんだよ? どうなってんだよ?

 

「分かった。分かったから! 姉さんがお見舞いに来てるうちは相手するから! ね?」

 

「うう…分かった……。あっ」

 

 さっきとは一転、姉さんは何故かやたらニコニコしながら俺を見ていた。いや、正確には俺と、ベッドの近くに備え付けられた車椅子を見てだろうか。別に姉さんにとっては車椅子なんてさほど珍しくもないだろうに。

 

「おそろいやね!」

 

 うん、嬉しくないね。というか車椅子がおそろいで喜ぶ兄弟とか気持ち悪いわ。

 

「それよりも楓、またそないな喋り方して…。そんなに方言が嫌なん? お姉ちゃんホンマ悲しいわ…。お姉ちゃんのこと、嫌いになってもうたんか?」

 

「ああもうめんどくせぇよこの姉!! でも大好き!!」

 

「私も愛してる! でも、それならなんで喋り方変えたん?」

 

「それは…っ!」

 

 言っていいものか一瞬迷う。

 

 でも、姉さんの表情からして、言わないと絶対に納得しないんだろうなぁ…。ああ、分かったよ、言うよ。言いますよ。

 

「…だってさ姉さん、俺が関西弁使うたんびクラスの奴らにからかわれるんやもん! いや、別にそれだけならええねんで? でもな? あいつら面白がって似てもないへったくそなな関西弁のマネしだすんやもん! 耐えられへわ!!」

 

 『~~やねんで!』 とか言ってとけば関西弁になると思っているやつとかはかなりイラッと来る。馬鹿か。あと姉さん、俺、別に愛してるとは言ってないです。

 

 

 まぁそんでもって、案の定姉さんは日中ずっと病院に入り浸るようになった。

 日本よ、これが姉だ。

 

 



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類は友を呼ぶってある意味詰みだよね

 

 人は自ら悪魔を創り出す。

 

 誰が最初に言ったのかは知らないけど、とりあえずトニー・スタークが言ったのは知ってるからそれでいいや。

 

 でも俺はこの言葉を始めて聞いた時、はずかしながら正直よく意味を理解していなかった。でも今ならはっきり分かる。なぜならその日、俺自身が気付かぬうちに一人の悪魔を生み出してしまったんだ…

 

 

――ピンポーン

 

 滅多に鳴ることのない玄関口のジャーヴィスこと、インターホンが来客を告げる。うちに来るのなんてババアか石田先生か三河屋のサブちゃんくらいなので、わざわざインターホンを押すのは宗教の勧誘か新聞の勧誘かキャッチセールスくらいらいなので、どうにもこの音を聞くと億劫な気持ちになる。

 

「はーい、ただ今ー。……げっ」

 

 来訪者の正体はあの入院騒動以来、変な縁ができているバニングスさんと月村さんだった。

 …まだセールスの方がましだったな。

 

 ――よし、気付かなかったフリをしよう。

 

 息を潜めて扉に背を向け、足音を立てないように忍び歩きをする。

 

「出ないね…楓くん、留守なのかな」

 

「仕方ないわ、帰りましょう。せめてあいつが休んでる間に見つかった奇妙な一人交換日記だけでも届けたかったけど」

 

「やぁ、二人とも。今日もとてもいい天気だね」

 

 思わず出てしまったが後悔はない。今出なければ俺はきっと何か大切なものを失っていただろう。というかなんで俺の日記の内容が交換日記風になっていることを知っている? 読んだな貴様。

 

「あっ、楓くん!こんにちは!」

 

「はい、こんにちは。ごめんね、玄関で待たせちゃって。ちょっと手が離せなくてさ」

 

「…あれ? あんたこの前死んでなかったっけ? まあいいや」

 

 よくねぇよ。死んでない上に生きていた奇跡を『まぁいいや』で済ませんな。鬼か。

 

「突然押し掛けてごめんね。楓くんが休んでいた間のプリント持ってきたんだ。…迷惑だったかな?」

 

「迷惑だなんてそんな!こっちこそわざわざこんなことさせちゃってごめんね?」

 

「ううん、好きでやってることだから!」

 

 なんて心優しいんだ月村さん。どこぞのイエローデビルとは大違いだ。なんだかこの人を見ていると心が洗われるようだ。きっと前世は天使に違いない。

 

 あっ、でも俺この前天使に拉致られかけたんだっけ? まぁいいや!

 

 そんなことを考えていると、奥の部屋から「おーい」と陽気な声が響いた。もちろん、姉さんだ。

 

『楓ー、お姉ちゃんとゲームしよー』

 

「いいよー、ちょっと待ってー」

 

「…誰?」

 

「ん?ああ、そういえば二人は会ったこと無いっけ。俺の双子の姉さん」

 

「えっ!?」

 

 バニングスさんがわなわなと体を震わせながら、信じられないものを見たような目で俺を見る。

 

「あんた…!ぼっちを拗らせすぎて遂にクローンを…!」

 

「違うからね? 俺が弟だからね?」

 

 というかぼっちを拗らせるって何だよ。仮に拗らせたとしてもクローンを作ろうって言う発想にはならないよ。アンタ未来に生きてんな。

 

「…まぁ、とりあえず上がっていってよ。お茶くらい出すからさ」

 

「え、いいの…?」

 

「うん。姉さんもきっと喜ぶし、俺も基本的に暇だったからさ」

 

「知ってるわよそんな事」

 

 何か余計な一言が聞こえた気がするが、無視して二人を姉さんのいるリビングへと案内する。この機会に紹介しておくのもいいだろう。特に月村さんとは是非姉さんと友達になってもらいたいし。バニングスさん? どうでもいいや。

 

 リビングのドアを開ける。

 

「これからこのゲーム機を楓が…ふひっ、ふひひっ…。だっ、誰!? 何してるんや!?」

 

 ――閉めた。

 

 あんたこそ何やってんの?

 なんで実の弟のゲーム機に息荒くして頬擦り付けてんだよ。ちょっと意味わかんない。一体何がしたいんだよ? それ楽しいの? 気持ち悪いというか情けなくなってくるわ。

 

「な、なかなか個性的なお姉さんだね…」

 

 見ないで、そんな穢れを知らない目で俺を見ないで。

 

 気を取り直して、ドアをもう一度開くと、変態が「あら、いらっしゃい。ごきげんよう」などとのたまっていた。姉さん、猫かぶってるところ悪いけど、ポケットから4DSが顔を覗かせてるぞ。

 

「私、八神はやて言います。ちょっと訳有りで学校は休学してるけど、同じ年なんでよろしゅうお願いしますー。二人は楓のお友だち?」

 

「いや、そういう訳じゃないです」

 

 1秒と待たずに即答されるとなかなか心に来るものがあるね。巷で流行りのツンデレってやつかな?

 

「友達と言えば、前はよく高町さんと遊んでたよね?今日はいないの?」

 

「んー…、なんか最近なのは忙しそうなのよね。誘っても用事があるって断られるし」

 

 そっか。まぁ、高町さんもいろいろ忙しいんだろう。

 

 自己紹介も済ませたところで、姉さんの「せっかくやからアリサちゃんとすずかちゃんも一緒にゲームせぇへんか?」という提案し、皆でボケモンをすることに。

 

 意外なことに、渋るかと思ったバニングスさんは乗り気で姉さんの提案を受け入れていた。そうか、同じ顔でも君が刃を向けるのは俺だけなんだね。特別な関係って素敵やね。

 

「そういえば、月村さんはもう図鑑揃えた?」

 

「えっ!?う、ううん。数が多くてまだ全然なんだ…。楓くんは?」

 

「俺も全然なんだ。月村さんさえよければ後でお互い持ってないののデータ交換しない?

 

 月村さんは頬を紅潮させながら顔を縦にブンブンと振ってくれた。これはオッケーってことでいいのかな? というか今ボケモン何体いるんだろうね? ボケモンは全部で151匹とか言ってたオーケド博士は今息してるのかな?

 

「あっ、コラッタや!可愛いから『カエデ』って名前つけよ!」

 

「うわっ、メタモンだ。相変わらずむかつく顔してるわねこいつ。『カエデ』って名前つけとこ」

 

「どっちも変えろォッ!!」

 

 両親から貰った大切な名前を齧歯類とスライムもどきに取られてたまるか!

 というか後半どういうことだよ!もう一人同じ顔いるじゃん!

 

「なんでバニングスさんはそうやって俺を貶したがるの!? 俺、バニングスさんに嫌われるフェロモンでも出してんの!?」

 

「だって、抑えきれないんだもん、この気持ち…」

 

「悪意だよね? それ完全に悪意だよね? 頼むから抑えつけてよその気持ち!」

 

「まぁまぁ、そんなことよりちょっとあんたの手持ち見せてよ。…へぇ、意外といいの揃えてるじゃない」

 

 そんなことって言いやがったよ、このアマ。

 

 まぁ、俺の確かに手持ちは伝説やら幻と言ったものこそ入っていないが、低いレベルから地道に育て、あらゆるタイプとのバトルに対応できるようにした非常にバランスのとれたパーティーになんだけどね。どや。

 

「なんだったら後で通信対戦してみる?バニングスさんにだって負けないと思うよ」

 

「何言ってんのよ? あんたにとっては通信機能なんてこの世に存在しないに等しい機能じゃない」

 

 OK、バカにしやがったな。

 

「あのねぇ、今時友達がいなくたって通信くらいできるんだよ? ケーブル使ってた時代じゃないんだから」

 

 wifiを使った対戦とかすごいよね。全国どこにいるお友達とも気軽に通信できるんだもん。多分発明した人は俺と同じぼっちだったんだろうな。

 

「……? …ああ、今もしかしてあたしに話しかけてた? ごめん、また見えない友達に話しかけてたのかと思った」

 

「ねぇ、バニングスさん。君の中の俺は集団の中で親しげに独り言をする人間なの…?」

 

 話してたじゃん。たった今まで楽しくおしゃべりしてたじゃん。なんかもう、だんだん怒りより恐怖が勝ってきた。俺、なんかこの人に悪いことしたっけ…?

 

 

 

 

 

 やがて1時間もするとボケモンにも飽きてしまい、手持ち無沙汰になってしまった。

 

 リビングでだらだらと過ごすのもいいが、他ならぬ月村さんに退屈な思いをさせるわけにはいかないと、何か別の暇潰しを考えることに。

 

「姉さん、何か録画してるアニメとかなかったっけ?」

 

「う~ん、アニメは無いなぁ…。あっ、昼ドラの『恋破れた幸子。~駄目よ、私には心に決めた人が~』があった」

 

「なんでそんなもんが家のHDDに混ざってんの!?」

 

 普段楓が学校行ってる時に見てるんよ、とのこと。

 俺がいない間家で何やってんだよ姉さん…。

 

 結局、他にやることも思い付かないので、ソファに横一列になってみんなで仲良く昼ドラを鑑賞するはめに。

 うわっ、幸子さんの旦那さん浮気してやがる。というかこれ、タイトル的には逆じゃねぇの? あっ、幸子さん浮気に気付いて出家した。え、これそういう話なの?

 

 その後、幸子さんが尼になるための修行が延々と繰り返されてドラマは終わった。クソドラマじゃねぇか。

 

 というか俺達も俺達で何で小学生が4人も揃って放課後に昼ドラ見てんだよ。

 

 俺達が三者三様にドラマの内容にケチつけながら昼ドラを見ていた中、一人食い入るように幸子さんの生き様に見入っていた月村さんが不意に口を開いた。

 

「…ねぇ、はやてちゃん。はやてちゃんだったらどうする? もしも、好きな人が別の女の人と仲良くしてたら?」

 

「えっ、楓が? そうやなぁ…とりあえずその人がどんだけ楓を好きか試させてもらうかなぁ…」

 

「具体的にはどんなことするのよ?」

 

「具体的に?

そうやなぁ…まず第一関門は楓の昔の写真を見せて、当時の身長、体重、座高、趣味を正確に言い当てるテストから始めよかな」

 

「…すごく具体的ね」

 

「ああ、ちなみに今のところこれをクリアできたんはお姉ちゃんだけやから安心してな!」

 

 今の会話に安心できる要素が一つでもあったのなら教えてください。

 

「そういうアリサちゃんは?」

 

「あたしはよく分かんないわね。正直、人を好きになるとかまだよく分かんないし。楓は?」

 

「え、俺? 好きな人が別の人と仲良くしてたら?」

 

「ううん、もしも自分の正体が実はメタモンだったら」

 

「そんなん俺も分かんないよ!? なんか俺だけ質問の方向性おかしくない!?」

 

 というか昼ドラ見ながらずっとそんなこと考えてたのかよバニングスさん。『この幸子って女、やるわね。ねぇ、メタ…あ、楓』とか言ってたのはそういうことかよ。もう完全に俺を姉さんに変身したメタモンとして扱ってんじゃねぇか。

 

「で、楓は実際のとこどうなん?

もしお姉ちゃんが別の男の人と仲良くしてたらどないする? 嫉妬か? 嫉妬か?」

 

「安心」

 

 そして心配かな。主に相手の。

 というかなんで姉さんの中ではナチュラルに俺の好きな人=姉さんになってんだよ。いや、そりゃ好きだけどさ。家族としてなら。

 

「…やっぱり、楓くんは嫉妬しちゃう女の子なんて鬱陶しいって思う…?」

 

「へ?」

 

 月村さんから飛んできた予想外の質問に思わず間抜けな返事をしてしまう。

 

「いや、俺は特に鬱陶しいとかは思わないけど…」

 

「ほ、本当っ!?」

 

 なんなんだ? やけに食い付いてくるな…。なに、好きな人でもいるの月村さん? は?誰だよこのレベルの女子に好かれてるハッピーボーイは? 相手死ねばいいのにクソが。

 …うん、虚しくなるから止めよう。

 

 まずは月村さんを励ますとしよう。どうやら自信が無いみたいだし。

 

「本当だよ、月村さん。だって嫉妬してもらえるってことは、相手がそれだけ自分の事を好きでいてくれてるってことでしょ? それってすごく嬉しいことだと思うな」

 

「そ、そうだよねっ!他の女の子と仲良くしてたら嫉妬しちゃうのは普通だよね!」

 

「うんうん、普通普通」

 

「最近遂に盗聴器と監視カメラにまで手を出しちゃって不味いかなって思ってたけど、普通なんだね!」

 

「うんう―――ん?」

 

「あとは帰り道をずっとバレないように付けてニヤニヤしたり、ときどきお弁当の使用済みのお箸を新品の物と交換したりするのも、普通だったんだねっ!!」

 

「ごめん、それはちょっと異常だわ」

 

 月村さんは一人で「普通普通!」とはしゃいでいらっしゃる。もう聞いちゃいねぇな。

 

 駄目だ、この子だけは常識人かと思ってたけどそんな訳なかったね。バニングスさんとか可愛いレベルのヤバイ人だったんだね。というか後半普通にストーカーじゃん。

 

 死ねとかいってごめん、名も知らない男子。君らやっぱお似合いのカップルだ。どうか永遠にこの子を幸せにしてやってくれ。

 

 

 

 この日、俺は二度とこの人たちには関わらないで置こうと固く決心したのだった。

 

 



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授業参観? いいえ、授業崩壊参観です

授業参観。

 

「ふぅ…」

 

 手に持ったプリントを見て、思わず息が漏れる。授業参観のお知らせ…可愛い熊のイラスト付きで、そうでかでかと書かれたプリントこそが、この溜め息の原因だ。

 

 そもそも授業参観って必要なのか?確かに人によっては素直に喜ぶのかもしれないし、また恥ずかしがりながらも明らかに普段よりハッスルする奴だっているだろう。

 

 でも俺はというと、そのどっちでもなかった。両親ともいない家には関係の無いことだし。

 

 いや、授業参観そのものは全然構わないんだ。

 そもそも悩んでいるのは別に親が来なくて寂しいとかそういうんじゃないんだ。

 

「問題は…今後ろにいるあんたなんだよ……」

 

 おっと、思わず声に出てしまった。

 でもしょうがないだろ? だって今俺の背中ではこの世のありとあらゆる悪夢をかき集めて、長時間煮込んでスパイスで味付けしたようなカオス空間が広がってるんだぜ?

 

 ああ、そもそもあの日、俺が姉さんにあんな話さえしなければこんなことには―――。

 

 

***

 

 姉さんと2人、夕食を囲む。いつも通りの風景。そして、姉さんがいつも通りニコニコしながら俺にその質問をした。

 

『楓、今日は学校どうやった? なんかええことあった? お姉ちゃんに聞かせて欲しいな』

 

『特に何もないよ。あー…でも…』

 

『うん?』

 

 一瞬、姉さんに言っていいものか迷う。だが、隠したら隠したで後で拗ねられても面倒だし、白状しておくか。

 

『…なんか授業参観やるらしいよ』

 

『授業参観っ!』

 

 姉さんが勢い良く身を乗り出して顔を近づけてくる。なんか鼻息が荒くて怖いんだけど。

 

『もしかして…来るつもり?』

 

『え? そんなんあたりまえやん。行くに決まっとるよ』

 

 なんでそんなんわざわざ聞くん? とでも言いそうな顔だ。まあ、正直そう言うと思ってたけどさ。

 

『いや、いーよ来なくて。そもそも授業参観って姉弟が見に来るもんじゃないから…』

 

『そうやけどぉ…ダメ?』

 

『駄目。そもそも休学中の姉さんが学校に来たら、先生に見つかって病院に逆戻りだよ? どうするつもりなんだよ?』

 

『うー、そうやけどぉ…うぅ…』

 

 

***

 

 

「姉さん、あの後もずっとうーうー唸ってたけど、変な気を起こさないだろうな…。いや、姉さんのことだ、またなんか妙な事を考えてるに違いない」

 

 確か去年は家にあるパーティーグッズの髭眼鏡付けて「父です」って真顔で先生見つめてたしな。今の内に姉さんが何かやらかした時の対策をしっかりと考えなきゃな……うん、時間の無駄だな。

 

「楓くん! 楓くん!」

 

 そんな憂鬱な空気を切り裂くような、明るい声を掛けられる。月村さんだ。

 ウェーブの掛かった長く綺麗な紫色の髪に端整な顔付き。こんな可愛い子が実はパッパラパーの変人だって言うんだからから世界って面白いよな。

 

「ん、どうしたの月村さん。なにか用事?」

 

 一緒に盗撮同好会作らない? とかいうお誘かな。恋する乙女って誰しもアグレッシブになるもんだもんね。盗撮、盗聴、家宅侵入ぐらいはみんなするよね。はっはっはっ、月村さんはいじらしいなぁ。

 

 …うん、無理だわ。どうにかして月村さんをかつての天使に戻そうとしたけど、俺の思考回路じゃ限界ってもんがあるわ。

 

「楓くん、これ…あげるねっ!」

 

 月村さんから可愛らしいラッピングの施された四角形の箱を渡される。

 

「…俺、今日誕生日じゃないよ?」

 

「うん、6月4日だよね?

でもこれは誕生日プレゼントじゃなくてお礼なんだ」

 

 はて、俺は何か月村さんにお礼を言われるようなことをしたっけ?

 

「楓くん…私に気付かせてくれたよね。好きな人の為なら

体操着の匂い嗅いだり、使用済み水着を新品と交換したり、着替え中の写真を肌身離さず持ったりするのも全然おかしいことじゃないんだって。私、楓くんに勇気を貰ったんだ! だからそのお返し」

 

「すげー言い辛いけど君おかしいよ」

 

 そのブラックゾーンを堂々とホワイトと言い切る姿勢、俺は好きかな。ちょっと関わり合いにはなりたくないけど。というかさりげなく罪状に盗撮が混ざってる時点で十分にアウトだろ。

 

「楓くん、私がんばるね!」

 

「恋は盲目って言うけど、月村さんの場合耳まで聞こえなくなるんだね」

 

 この子実は危ないお薬でもキメキメしてんじゃないの?

 というかこの子、さも当然のように俺の誕生日当てたけど、月村さんに誕生日教えたっけ? …いや、深く考えるのはよそう。考えれば考えるだけお互いが不幸になる。どのみち月村さんの意中の相手が人柱にさえなってくれれば全ては終わるんだ。

 

「えっと…開けてみていいかな?」

 

「うん!」

 

 ゆっくりと月村さんから渡された小さな箱を開ける。小さいので最初は小物でも入っているのかと思ったけど、中身は手作りらしい色とりどりのドーナツだった。

 よかった。これでもし渡されたのがお勧めの盗聴器とかだったらどうしようかと思ってたよ。

 

「すごく美味しそうだね。ありがとう! 帰ってから食べさせてもらうよ」

 

「うんっ! 特別な材料も使ってるから楽しみにしててね!」

 

 月村さんの言葉に、思わず胸が高鳴る。下世話な話、月村さんの家はお金持ちだ。その月村さんが特別というくらいだからそれはそれは美味しいんだろう。この期待感はちょっとすごいぞ。特別な材料って言うくらいだから……トリュフとか? 食べたことないけど何かリッチなイメージがあるし。

 

「―― ――ふふっ……」

 

 

 ――キーンコーン、カーンコーン。

 

 

 授業開始のチャイムが鳴り、生徒はいそいそと席に戻り、次に父兄の人達が次々と教室に入ってくる。随分と若いお母さんや、気合い入りまくりのお父さん、逆におじいさんやおばあさん、トトロなんかがいた。

 

 トトロは「んん…んばっ!!んん…んばっ!!」と奇妙な声をあげながら手を上下させている。

 

 …うん、どう見ても姉さんだね。確かにトトロは子供にしか見えないから先生にはバレないね。すごいね、考えたね、賢いね姉さん。バカじゃねぇの?

 

 俺に気付いたトトロがぶんぶんと友好的に手を振ってくる。 なにそれ? ネコバスでも呼んでんの?

 

 もうやだ……なんなのこの学校? 休学者含めて変な人しかいないんだけど……。

 

「何してんの!? いや、むしろ何してくれてんの姉さん!?」

 

 トトロの胸倉を掴むと、トトロは「んばぼっ!」と声を洩らした。なに、驚いてんの? そうだろうね、俺だってトトロに掴みかかる日が来るとは思わなかった。欲しくなかったよそんな現実。

 

「だって楓の授業参観来たかったやもん…」

 

「やもん…じゃねぇよ! 見ろよクラスの反応を!

誰一人としてトトロに目を合わせようとしてねぇよ! 子供の時にだけ訪れる不思議な出会いなのに!」

 

「みんな大人の階段登ったんやろ」

 

「生々しいトトロだな!? いいから脱いでよ!」

 

「えっ、こんな所で!? でも、楓がそう言うんなら…」

 

「はーい、八神くん。もうチャイム鳴ったから座りましょうね~」

 

「あっ、す、すいません、先生! ……とにかくもう来たことはいいから早く着替えてね姉さん。恥ずかしいから」

 

「?」

 

 僕にはそこで可愛らしく小首を傾げられる姉さんの神経がちょっと分かんないかな。生まれて初めて姉さんを本気のグーで殴りたくなったよ。

 

 ここで姉さんといつまでもコントをやっているわけにも行かないので、トトロの胸倉を離して席に戻る。

 

「えー、今日は英語の授業を行います。みなさん! 保護者の方の前だからって緊張せず、いつも通りにやりましょう! ではまずは和訳問題です」

 

 明らかにいつも通りじゃないテキパキとした動きで先生が黒板に例文を書いていく。いるよなぁ、こういう言ってる本人が明らかに緊張しまくりな先生。

 

 

『問 Susie has a pen.』

 

 

 答えはスージーはペンを持っています。まぁ、簡単だな。スージーがペンを持ってるからどうしたって話ではあるけど。

 

「それじゃあ答えが分かる人は挙手を……。あらあら、みんな緊張してるのかな? じゃあ父兄の方で分かる方は…」

 

「はいっ! はーい!」

 

「えっと……それじゃそこの……え? トトロ? え? なんで? ……とりあえず、トトロさん、どうぞ……」

 

 なんかだんだん語尾が震えてたけど、これ絶対怯えてるよね。そりゃ大事な授業参観になんか妖怪混ざってんだもん、無理ないよ。

 

 ごめんなさい、先生。あなたは正常です。そいつは俺が責任を持ってお隣に返還するので気にしないでください。

 

「寿司恵はペンを持っています!」

 

「えー……正解です」

 

 おい、それでいいのか教師。寿司恵だぞ。今絶対に面倒だから諦めただろアンタ。

 

「えー、この『has』という動詞は『have』の三人称単数形で『持つ』という意味があります。では次は、このhasを使って例文を作ってみましょう。では……バニングスさん、お願いします」

 

「はい」

 

 バニングスさんは緊張した様子もなく、綺麗な文字でスラスラと英文を書いていく。もともと海外の血を引いている為か、その姿はすごく様になっていて、思わず少しかっこいいとさえ思ってしまった。

 

『Susie has no future.After all,she can't stand the store front because she is weeds.」

(寿司恵に未来はありません。彼女は所詮、花屋の店先には並べない雑草だったのです。)

 

「な、なかなか個性的な回答ですね…。先生、ついつい寿司恵さんの身に何があったのかと深読みしてしまいます」

 

 というかなんでバニングスさんまで寿司恵を推してんだよ。ちょっと気に入ったのかよ。スージーが何をしたって言うんだ。

 

「で、では次は隣の席の人と教科書に書いてある英会話を実践してみましょう! アドリブ込みでもいいですよ」

 

『はい!』

 

 隣の席…右側は月村さんだから、左側の田辺くんとにしよう。あっ、でも俺、田辺くんに話しかけたこと無いから気まずいわ。やっぱ月村さんにしとこ。

 

「じゃあ始めよっか! 楓くん!」

 

 君は君でなんで準備万端なの? いや、ありがたいけどさ。

 

「えーっと…How are you?(調子はどうですか?)」

 

「I'm fine. There was a thing very good today.(元気です。今日はとてもいいことがありました)」

 

 流石は月村さん、会話に全く淀みが無い。変態だから忘れがちだけど、この人学年でも1,2を争う秀才なんだよなぁ。変態だけど。

 

「次は…What is your hobby?(貴方の趣味は何ですか)」

 

「My hobby is to smell the smell.Can I sniffed your smell?(私の趣味は臭いを嗅ぐことです。嗅いでいいですか?)」

 

「ええと、It's my……って、ちょッ、What!? そんなこと教科書に書いてあってあったっけ!? というか人としてどうなのその質問!?」

 

「Or, please the used underwear.(もしくは、使用済みの下着をください)」

 

「Syoukini modotte Tukimurasan!(正気に戻って月村さん!)」

 

 なんでこの人今日に限ってこんなにブーストかましてんだよ。意味分からん。というか今まで怖くてごまかしてたけど、これ完全に狙われてんの俺じゃん。やっぱり意味分からん。告白されて「え? なんだって?」とか言う難聴野郎とか鈍感野郎っていけ好かないって思ってたけど、気付かねぇよ。俺、月村さんと会話したの3~4回くらいだぞ? なんでだよ。

 

 

 そしてその後、ひらりはらりと月村さんの暴走をかわしつつ、やっと長い授業は終わりを迎えた。

 

「はい! 先生の心をバッキバキに折ってくれた授業参観はここまでです! 先生、今年で32になりますが、ここまで早く学校から帰りたいと思ったのは小学校以来です。それでは最後に今日の授業の感想を誰かに代表で言ってもらって終わりましょう、そうしましょう! では…八神くん、お願いします」

 

「はい」

 

 ヤケクソ気味の先生に指されて立ち上がる、今日の授業の感想? 

 そんなもん、1つに決まってる。クラスの守護神となったトトロ、寿司恵・バニングス、俺のパンツを執拗に狙う月村さん…その姿が脳裏に浮かんでは消えていった。

 

「なんでこうなったの……?」

 

 俺は、ちょっと泣いていたかもしれない。

 

 



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八神楓の一日は大体こんな感じ

今回はギャグ控えめ。次につなぐための伏線回です



 

 俺達姉弟はとても仲がいい。

 

 正確には、姉さんが一方的に俺を溺愛しているって感じだけど。具体的には 俺が1年生の時に書いた『ぼくの大すきなおねいちゃん』というこっぱずかしい題名の作文を額にいれて飾ったり、趣味は俺のことを心配することだって言くらいにはブラコンだ。これは本人が以前聞いてもいないのに熱く語ってくれたから間違いない。

 

 まぁ、世間一般でいう過保護というやつだろう。

 俺の一日は、そんな姉さんの布団を引っぺがして起こすことから始まる。

 

「おはよう、姉さん。ほら、もう朝だよ」

 

「うぅーん……、あと5分だけぇ……」

 

「うん、いいよ。じゃあ俺は勝手に準備して学校行くからね」

 

「起きるっ」

 

 ガバッと勢いよく姉さんが布団から飛び出す。こういうところは扱いやすくて助かる。

 

「かえで~、きょうのあさごはん、なに~?」

 

「ご飯と味噌汁と焼き魚だよ。それよりも姉さん、眠いんだったら別に無理に起きてなくてもいいんだからね?」

 

「ううん。おきる~~……いっしょにごはん~」

 

 姉さんを起こした後は、自分の弁当と、朝ごはんを作るのが俺の日課だ。

 弁当に関しては姉さんは自分が作りたがってたけど、姉さんに任せたらそこかしこにハートが散りばめられた、新婚のリーマンの愛妻弁当みたいになるので却下した。

 

 15分も経つ頃には完全に覚醒した姉さんと2人で朝ごはんを食べる。

 

「あっ! まだお味噌汁熱いかもしれん! お姉ちゃんがふーふーしたげるからね!」

 

「いや、そのくらい自分でやるよ…」

 

 心配されているっていうのは分かるけど……そういうのは、なんというか困る。この年にもなって人にふーふーされるのは流石に恥ずかしい。

 

 そして姉さんに見送られながら学校へ行き、授業を受ける。休み時間は寝たふりをしているけど、誰も話かけてこない。みんなコミュニーケーション能力ないんじゃないの?

 

「楓くんっていつも授業が始まるとすぐに起きられるからすごいよね」

 

「違うわすずか、あれはね? 寝てるんじゃなくて、あいつなりの祈りのポーズなのよ。ああしていればいつか誰かが声をかけてくれるって信じてるのよ。成功率0だけど」

 

「そうなんだ! じゃあ話しかけなきゃ起きないんだね! 今のうちに靴下貰ってくるね!」

 

 何故かは分からないが、足元で荒い鼻息を感じたかと思うと、続いて勢いよく靴下が引っ張られた。やめろ、脱がすな。その靴下を持っていってもサンタは来ないぞ。

 

 

 

 

 

 帰り道、普段の帰宅路で『XⅡ』と書かれた綺麗なビー玉を拾った。あんまりに綺麗だったから一瞬宝石かとも思ったけど、こんな所に宝石が落ちてるわけないよね、常識的に考えて。

 

 ビー玉を片手で弄びながら帰っていると、不意に後ろから声をかけられた。

 

「それを……ジュエルシードを渡してください」

 

 声の主は黒い服に金髪の可愛い女の子だった。じゅえるしーど? ……ああ、もしかしてこのビー玉のことかな? だとしたら勝手に持って行ったことを謝らないと。

 

「ごめん、落ちてから勝手に持ってっちゃってた。これ、君のだった?」

 

「いや、そういう訳じゃないけど……母さんがそれが必要だって」

 

 女の子はどこかおどおどとした様子で答えてくれた。さっきからあんまり目も合わせてくれないし、あんまり人と話すことに慣れてないのかも。もしかして仲間(ボッチ)か?

 

「……ま、いいや。はい、どうぞ」

 

「……いいんですか?」

 

 本当なら落としたものは一度交番に持っていくのが正しいんだろうけど……まぁ、別にいいだろ。ビー玉くらい。

 

「別にいーよ。元々俺のじゃないし」

 

 それにウチ親いないからさ、お母さんの為とかって……なんというかちょっと羨ましい。というのは言わないでおこう。初対面の人にするような話じゃない。

 

「ありがとう…よかった……。今度はあの人達が来る前に回収できた……」

 

「あの人達? もしかして君の他にもそのビー玉を探してる人がいるの?」

 

「はい……えっと、私と同じくらいの年の女の子と、意地悪なことばかり言うフェレットが……」

 

 女の子が嫌なものでも思い出したような表情を浮かべる。

 意地悪なフェレット……ってどういう意味なんだ?

 あ、自分にだけ噛みついたりしてくるとかかな?

 

「『チッ、女か。どこかその辺で待ってなよ。後で適当に相手してあげるからさ、なのはが』とか『生憎だけど僕はホモなんだ! 魔法少女に興味なんてないね!』って言ってくるんだ……」

 

「そりゃ確かに嫌だわ!」

 

 なにその予想の遥か斜め上を行く意地悪!?

 意地悪というか、怖いよそのフェレット。

 事情は分からんけど、全世界の少年少女に同時に喧嘩売ってんじゃん。買いたくもないけど。

 

「ま、まぁ、きっとフェレットの世界にもいろいろとあるんだよ。いろいろと。腹立つだろうけど、動物相手だし大目に見てあげよう?」

 

「じゃあ君はもしそのフェレットに『ホモーニング!』って元気よく挨拶されたらどうする?」

 

「無言で川に突き落とす」

 

「……私も次からそうしよう」

 

 無言で女の子と熱く握手を交わす。なんだか知らないうちに変な友情が芽生えたみたいだ。それにしても、ツンドラとブラコンとストーカーの次はホモかよ。世界はいつの間にこんなことになったんだ……。

 

「え、えっと……これ、XⅡとかかいてあるけど、何個かあるものなの?」

 

 少し強引だけど話題を変える。だって健全な小学生二人がホモの話しててもしょうがないじゃん。

 

「はい、えっと……全部で21個あって……」

 

 21個……もしランダムに町にばら蒔かれてるとしたら、一人で探すにはちょっと酷な数だ。

 

「本当は探すの手伝ってあげたいけど、俺もちょっと事情があってさ……。でも、もしまた見つけたら必ず連絡するよ」

 

「!! ありがとうございます!!」

 

「うん。大変だろうけど頑張ってね。俺も出来る限り気を付けてみるからさ」

 

 ペコリと可愛らしくお辞儀をする女の子に手を振りながら、再び帰宅路につく。

 久しぶりにまともな人と会話したおかげか、ちょっとだけ足取りが軽くなった気がした。それにしても可愛い子だったなぁ。また会いたいなぁ。えっと、たしか……

 

「……あっ、名前聞き忘れた……。これじゃ連絡取れないじゃん」

 

 足取りはまた重くなった……。

 

 

 

 

 

「楓ー、お風呂行こー」

 

「いいよー、ちょっと待ってー」

 

 姉さんは生まれつき足が悪い。

 この家は姉さんの体に合わせたバリアフリーデザインなので、姉さん一人でも問題なく生活できるのだが、人の助けがあるに越したことはない。

 

 例えば、風呂もそうだ。湯船に入ること自体は出来ても、そもそも服の脱ぎ着がままならない。

 実際、姉さんとは生まれてから風呂には一緒に入った記憶しかない。流石に俺もこれは介護の一環として割り切ってるので、あんまり恥ずかしいという事はなかった。

 

「お姉ちゃんが髪の毛洗ったげる! あっ、あと体も! と、特に前とか…フヘッ」

 

 ……そう、恥ずかしくはない。ただ時々イラッとくるだけで。とりあえず今も身の危険を感じたので、フェレットよろしく湯船に突き落としておいた。

 

 続いて俺も湯船に入ると、今度は後ろから抱きつかれそうになったので、今度は冷や水をぶっ掛けておいた。

 

「か、楓も最近逞しゅうなってきたな……。アリサちゃんとかすずかちゃんのおかげかな?」

 

 あと間違いなくアンタのおかげだよ。

 

「じゃあ平和な恋バナでもしよか。楓は誰か好きな人とかおらんの? 誰やって好きな人くらいいるやろ? 言うまで出ていかさんからな」

 

 うわぁ、めんどくさいわこの人。

 というかこっちはそもそも好きな人ができるほど知り合いいないんだよ。知り合いなんて精々……

 

「あっ」

 

 自分でもどうしてか分からないけど、今日ビー玉を上げた、お母さんの為に頑張っているというフェレット嫌いの女の子のことを思い出した。

 

「好きな人とかはいないけど……友達なら1人当てができたかな」

 

「友達!? 楓に!? 

また今度家にも招待せな! お姉ちゃん、腕によりをかけてご馳走作るで~!」

 

 もう完全に反応がお母さんのそれだな。本人に言ったら『お母さんやのうてお姉ちゃんやの!!』ってキレるから言わないけど。

 

「それで、その男の子はなんて名前なん?」

 

「あ~、実は女の子なんだ…」

 

「オンナノコ! なんや可愛らしい名前やねぇ」

 

 頬に手を当ててあらあら、と姉さんが微笑む。あくまで認めないつもりかこの人。

 

 風呂から上がり、姉さんの体を拭いてから着替えさせたら、後はもう寝るだけだ。

 2人の部屋においてある二段ベッドの上が俺、下が姉さん。

 もっとも、姉さんにせがまれて下の段で二人で寝ることがほとんどだけど。例えば今日とか。

 

「お姉ちゃんが子守唄歌ってあげよか?」

 

「いや、流石にこの年で子守唄はいいよ。はずかしい」

 

 子守唄で寝かしつけてもらう小学3年生とか絵的にちょっと痛すぎるだろ。しかも姉さんの子守唄はやたらと替え歌を仕掛けてくるから笑って眠れないんだよ。

 

「そっかぁ…楓ももうすぐ9才やもんな……。もうお姉ちゃんの子守唄なんて…ヒック……いらんよなぁ……エグッ…。でもお姉ちゃん、楓に喜んでもらいたくて……!」

 

「姉さん、今日は日本昔ばなしのやつがいいな 」

 

 姉さんの表情がパアッと明るくなる。

 人間っていいなだと? そういうのはボッチを知ってからほざけ畜生風情が。

 

 

 

 

「……楓、もう寝てもーた?」

 

「……起きてるよ」

 

 夜の12時。案の定姉さんのカオスな子守唄のせいでとても寝ることは出来ず、笑いをかみ殺しながら起きるハメになっていた。絶対にこれ明日思い出し笑いする。前も一回恥じかいたから本気で止めて欲しい。

 

「……なぁ、楓。ごめんな。お姉ちゃんのせいやんな……楓はこんなに優しい子やのに」

 

 姉さんが不意にそんなことを漏らす。

 なんのこと? なんて野暮な事は言えない。無論、俺の交遊関係のことだろう。

 

 前々から薄々とは感じてたけど、どうやら姉さんは自分の存在が俺の重荷になっていると思っているようだ。

 

 実際、今までクラスメイトから遊びに誘われることが無かった訳じゃない。自惚れでさえなければ、当時は休み時間に俺が誰と遊ぶのかを巡ったいざこざさえあったくらいだ。もちろん、放課後も。

 

 でも俺はそれをすべて断り続けてきた。

 ごめん、今日は。明日も、明後日も――と。

 学校が終わった以上、家に姉さんを一人で残して置くわけにはいかなかった。

 

 そしていつしか、俺は遊びに誘われることは無くなっていた。もっとも、嫌われてる訳じゃないとは思うけど。こっちから話しかければ普通に笑顔で返してくれるし。バニングスさん以外。

 

「でも……楓はいなくなったりせぇへんよな? お父さんとお母さんみたいに……」

 

 姉さんの声は、すこし震えていた。

 やっぱり姉さんだって俺と同じ子供なんだ。

 誰も側にいないのは寂しいし、一度手に入れたぬくもりを失うのは、怖い。特にそれが、経った一人残った肉親となれば。

 

 本当なら今この場で姉さんを抱き締めて、ずっと一緒だよ、だなんて言ってあげたかった。

 でも、それはできない。

 俺は姉さんを支えはするけど、逃げ道にはならないって決めたんだから。

 

「……少なくとも、姉さんがいい人見つけるまでは側にいるよ」

 

 結局、自分でもよく分からないような答えを出すことしかできない。

 それでも姉さんはにっこりと微笑んで応えてくれた。

 

「そっかぁ…じゃあやっぱりずっと一緒やね。お姉ちゃん、楓より素敵な人なんて絶対に見つけられへんもん」

 

「……そうなの?」

 

 それはそれで、すこし問題がある気がする。

 

「うん、無いよー。私にとって、 楓以上の人なんて、絶対におらんしー」

 

 そこまで言って、姉さんは一度言葉を区切る。

 

「……ごめんな。ほんまは私が楓に、お姉ちゃんのことは気にせんでええんよ……なんて言えたら良かったんやけどなぁ……。やっぱり、お姉ちゃん楓がおらんと寂しいわ」

 

「……俺も、友達がいないのはいいけど、姉さんがいないのは嫌だ」

 

 

 

 俺達姉弟はとても仲がいい。今日だってお互いの絆を確認しあったばかりだ。

 

 だからこそ――その次の日に『彼女たち』が現れたのはは皮肉としか言いようがないだろう。

 

 



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家に帰りたい……→家にも帰りたくない……

紹介回って難しい


 出会いっていうものはいつだって偶然の連続だ。

 いつ、どこで誰と出会うかなんて誰にも予想できないだろう。

 もしかしたら学校で、映画館で、図書館で、新しい出会いが待っているのかもしれない。

 でも、今回ばかりは本当に衝撃的な出会いだったとしか言いようがないだろう。

 

 なにせ俺達の出会いは……あの眩い光と轟音から始まったんだから。

 

 

「なっ、なに!? また姉さんなんかしたの!?」

 

 その時はまだ、姉さんがまた妙なイタズラでも考え付いたのかと思っていた……でも、俺の目に飛び込んできたのは、姉さんのイタズラじゃ済まないような現実離れした光景だった。

 

「闇の書の起動を確認しました」

 

「我ら、闇の書の蒐集を行い、主を守る守護騎士でございます」

 

「夜天の下に集いし雲」

 

「ヴォルケンリッター……なんなりと命令を」

 

 何故か空中浮遊していた姉さんの本が何故か光ったかと思うと、その場には何故かさっきまでいなかったはずの四人組が跪いていた。意味が分からん。

 一体何が起こったのか、理解がとても追いつかない。これは夢なのか、そうじゃないのかすら判断が出来ない。

 

 一つ分かっていることは……伝えなければならないということだけだ。俺に向かって跪き、忠誠を誓っている彼女達に……この残酷な現実を。

 

「あの……盛り上がってる所悪いんだけどさ……主、多分あっち……」

 

『え?』

 

 下のベッドで目を回している姉さんを指差す。

 

「き、きゅう~~……」

 

『……え?』

 

 

 そんなこんなで、俺と騎士の初対面はなんともマヌケなものだった。

 

 

 

 翌日、目を覚ました姉さんを交えて彼女達から事情を聞くと、姉さんの本は何でもベルカとかいう異世界で作られた魔法本で、彼女たちはその持ち主である主……つまりは姉さんを守るための守護騎士だという。

 

 意外……でもないけど、姉さんはあっさりと彼女達を受け入れる姿勢を見せていた。家族って言葉に人一倍憧れがある姉さんなら、多分そうなるだろうとは思っていたけど、まさかものの5分で受け入れるとは思わなかった。

 

 一方の俺は――正直どうしていいか分からなかった。

 

「魔法に闇の書に、その守護騎士ねぇ……。にわかには信じがたいけど、魔法って実在してたのか……」

 

「……あまり驚かれないのですね」

 

「まぁ、こっちは普段から変な人たちと関わってるからね。ホモのフェレットがいたくらいだし、もう大概のことじゃ驚かないよ。えっと……シグナムさん?」

 

「我々に敬称は不要です、ご令弟様。 我等の事はどうぞ、呼び捨てでお呼び下さい」

 

「いや、それじゃ俺が落ち着かないし……。そもそもあなた達って―――」

 

「まぁまぁ、これから家族になるんやし、お互いに変な遠慮は無しや。楓も、詮索するようなことはやめとき、な?」

 

 な? と言われてもこっちだっていきなりこんな事態になれば戸惑うのは当然だ。正直、未だに何がなんだか分からないんだ。姉さんが完全に受け入れ態勢になってるんじゃ、俺は疑うしかないじゃないか。

 

「……家族になるとは言っても姉さん、犬猫を拾うのとは訳が違うんだよ? これからずっと生活していく以上、少しはこの人たちのこと知って置くべきだと思うけど?」

 

「う~ん……楓の言うことも分かるけど……。そうや! それやったらこないしよう!」

 

 

 

 姉さんが何かを思い付いて数十分後、そこには『どきどき!第一回、みんなのことが知り大会!!』と書かれた横長の垂れ幕と、なぜかクリスマスやら正月の飾りでデコレートされた我が家のリビングあった。

 

 早い話、まぁた姉さんの悪ノリが始まったよ。

 

 姉さんはまるで面接官みたいに長机とパイプ椅子に座り、同じく正面でパイプ椅子に座らさせられた騎士のみんなに説明を始めた。

 

「えー、本日はお日柄もよく、みなさん忙しい所をお集まり頂きありがとうございますー。今日はまだお互いのことがよう分からんってことで、こういう場を設けました。……つまり、みんなで自己紹介大会や!」

 

 なるほど、自己紹介か。確かに手っ取り早く相手のことを知るにはいいかもしれない。姉さんにしては意外とマトモな提案で安心した。自己紹介に大会があるのかは実に微妙な所だけど。

 

「じゃあまずは……お手本みせたげて、楓」

 

「自己紹介にお手本も無いと思うけど……ま、いっか。

えっと、俺は姉さん……つまり君達の主の弟の、八神楓です。あんまり気の効いたことは言えないけど、よろしくお願いします」

 

 パチパチと手を叩く音が3つほど聞こえる。

 自己紹介なんて長らくしてないけど、こんな感じで大丈夫だよな?

 

「えっと、じゃあエントリーナンバー一番、ザフィーラさん。お願いします」

 

 パイプ椅子の一番左に座っていたザフィーラさんが無言で立ち上がる。もう完全に面接じゃん。

 

「盾の守護獣、ザフィーラ。主の盾となり、あらゆる外敵から御身を守るものです」

 

 盾の守護獣……ザフィーラさん。

 褐色の大男でイヌミミという萌えに正面から喧嘩売ったようなヴィジュアルに最初は圧倒されたけど、すごく真面目そうで頼りがいがありそうな印象だった。

 

 前々から俺が学校に行っている間、誰も男が家にいないのは少し不安だったから、その間姉さんを守ってくれるっていうならこれ以上の逸材はいないかもしれない。

 

 なにより、盾のってのがいいね。盾ってのが。

 キャプテン・アメリカもメイン武器が盾だし。

 

「よろしくお願いします、ザフィーラさん。俺が不在の間は姉さんのこと、お願いします」

 

「はい、一命に代えても」

 

 やだ、かっこいい。俺、もし女に生まれてたら絶対この人に惚れてたわ。

 一番手のザフィーラさんがこれだけの人格者なら、他のみんなもきっとすごい人に違いないだろう。

 最初にみんなが出てきた時は不安だったけど、今は少し安心した。

 

「では次、エントリーナンバー二番、シグナムさん。どうぞ」

 

 はっ! と気合の入った返事と共に、シグナムさんが立ち上がる。

 座っている間もずっと背筋を張ってたし、生真面目な性格なんだろうか。

 

「烈火の将、シグナム。主の剣となり、騎士の誇りにかけてあらゆる命令を遂行させてみせます。つい先程も任務を遂行させて参りましたので、その報告も兼ねさせて頂きます」

 

 ……? 命令?

 俺はもちろん、姉さんもずっと一緒にいたから命令なんて出してないよな。

 

「ねぇ、俺、命令なんて出してないけど……姉さんは?」

 

「私も知らんよー」

 

 シグナムさんが怪訝な表情で俺達を交互に見やる。そんな目で見られても、俺達なにも知らないんだけどな……。

 

「……? グリコのポーズで交番の周りを全力ダッシュしてこいというご命令があったとシャマルから聞いていたのですが……」

 

「」

 

 言葉を失った。

 待て、冷静になって考えてみよう。

 何? シグナムさんがグリコ? はは、有り得ないだろ。まだ知り合ってそんなに経つわけじゃないけど、この厳格そうな人が? うん、ないない。

 

「……もしや、お二人のご命令では無かった……? おのれ!騙したなシャマル!! よくも私にあんな恥知らずなマネを……! 少し楽しかったではないかッ!!」

 

「少し楽しかったんですか!?」

 

 グリコしたことよりそっちの方が大問題なんですけど。恥知らずなマネと言いつつ再犯する気まんまんじゃねぇか。命令を遂行しても守りきれてねぇよ騎士の誇り。

 というかよく信じたなそんなん。いつの間にやって来たんだよ? よく捕まらなかったな。

 

「ま、まぁ、シグナムさんが忠実な騎士さんだってことはよく分かったよ。これからもよろしくお願いしますね」

 

「はい。ご希望とあらば例え水上だろうが、ホワイトハウスだろうがグリコで走りきって見せます」

 

 そんな期待は誰もしてないよ。国際問題になるわ。しかもグリコめっちゃ気に入ってんじゃねぇか。もういいよ、次、次に期待だ。

 

「では、エントリーナンバー三番、ヴィータちゃん。どうぞ」

 

 3番手は俺達よりも更に年下なんじゃないかというオレンジの髪の女の子だった。

 今までの2人が好意的? だった為か、少し機嫌が悪そうに見えるのは気のせいかな。

 

「……鉄槌の騎士、ヴィータ。……あんまじろじろ見んなよ」

 

「……あ、うん、ごめんね。騎士ってこんな小さい子までやってるのかって思って」

 

「……別に小さくねーです」

 

「そ、そうだね。あ、そうだ。ヴィータちゃんは一体どんなことができるのかな?」

 

「呼吸」

 

 ……か、会話が続かない。

 な、なんだろう、めっちゃ警戒されてないか俺。

 いや、俺だけじゃない……この子、主の姉さんにまでちょっと敵対心出してないか?

 やっぱり、こんな小さい子が騎士なんてのは相当ストレスを感じるものなんだろうか。もしそうなら……この子にとって俺たちは自分を縛り付ける鎖みたいな物なのかもしれない。あまり良い感情が湧かないのも当然か。

 

「お互いに突然のことで戸惑うかもしれないけど、できれば家族として仲良くして行きたいな。よろしくね、ヴィータちゃん」

 

 ヴィータちゃんに握手を求めて手を差し出す。ヴィータちゃんはその手を不思議そうに見つめて、しばらくしてからおずおずといった様子で握り返してくれた。

 

「よ、よろしく、お願いします……」

 

「うん、こちらこそ」

 

 まだ手探りの状態だけど、少しずつ仲良く慣れたらいいな。

 今回ばかりは、素直にそう思った。

 

 

 

「では最後はエントリーナンバー4、シャマルさん、お願いします」

 

「はい! 湖の騎士、シャマルです。趣味はお料理と、お裁縫、あとは……読書かしら」

 

 シャマルさんはおっとりとした感じの優しそうな女の人だった。

 家庭的な趣味に、知的な雰囲気を感じさせる佇まいは流石は騎士って言うだけあって、非の付け所がない。

 

 ……ん? でもシャマルって確か、シグナムさんに要らんことを吹き込んだ名前じゃなかったっけ? いやいや、まさか。多分同名の別人だろう。どう見てもこの人そんなキャラじゃないじゃん。

 

「シャマルさんは本が好きなんですか。姉さんと話が合いそうですね。ちなみに普段はどんな本を?」

 

「はい! それはもう小さな少年少女がくんずほぐれつしてる薄い参考書を嗜んで――」

 

「不採用」

 

「そ、そんなご無体な!」

 

 ご無体じゃねぇよ、常識に基づいた判断だよ。むしろなんで子供の前でロリショタ好きをカミングアウトして大丈夫だと思った? 頭大丈夫か。ていうかシグナムさん炊きつけたのも確実にあんただろ。

 

「そもそも、いつそんなものの情報を手に入れたんですか?」

 

「ネットって便利ですよね。なんでも知りたいことがワンタッチで分かるんですよ」

 

 現代への適応早すぎだろ古代ベルカ。

 

「わっ、ワンチャン! ワンチャンを希望します! あっ、ザフィーラは座ってて。とにかくもう一度だけ私にチャンスをください!!」

 

 自己紹介の段階で信頼を地に落としておきながら諦めてくんないよこの人。正直全く気が進まないけど、ここはもう一度機会を与えて、今度こそまともに自己紹介してくれるのを期待してみるか。

 

「……では、もう一度、どうぞ……」

 

「湖の騎士シャマルです! 私は子供が大好きで、毎日小学校の前を通る。それだけでもう私は生きる幸福をひしひしと噛みしめられます」

 

 なんだろう……得体の知れない後悔に襲われた。

 

「なんか怖いんで、やっぱり不採用で……。とりあえず、今度物置小屋を買ってくるんで、寝泊まりはどうか、そちらで……」

 

「そんな!? 私に合法的にロリショタと同棲するチャンスをみすみす捨てろって言うんですかッ!?」

 

 知らねぇよ、発狂するな。あと本人の前でロリショタとか言うな。シグナムさん、出番だぞ。騎士として俺達をこの変態から守っておくれ。

 あ?いつの間にかシグナムさんいないじゃん。書き置きが……『ちょっと病院の前でカバディ踊ってきます』だと? そのまま入院してこい。

 

「フフフ、言っておきますけど、はやてちゃんと楓くんだって余裕で私のストライクゾーンなんですよ? 今だってこうして会話しながら二人でエッチな妄想しているんですからね?」

 

「したり顔で言うことか! ザフィーラ! ザフィーラーー!! 助けてー!!!」

 

「Yesロリショタ・Goタッチ」

 

 その後、シャマルさんと鬼ごっこをする羽目になったり、捕まったシグナムさんを警察まで迎えに行ったり、ヴィータちゃんと遊んだり、ザフィーラに慰めてもらって、騎士との共同生活一日目は終わりを告げた。

 

 

 

 拝啓、天国のお父さん、お母さん。

 

 今日、我が家に愉快な同居人が増えました。

 

 

 




次回から三~四話かけて遊園地編の予定。

ギャグは今回の八割増し位でいきたい


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バキボキ!八神家の楽しい家族旅行! そのいち

※この作品はフィクションであり、 実在の人物・団体・事件などとは一切関係ありません


 騎士達が我が家に現れて、早くも1月が流れようとしていた。

 最初はこのキテレツな同居人に度肝を抜かれたけど、やっぱり人間って言うのは慣れる生き物で、一緒に暮らしはじめて二週間も立つ頃には彼女達への警戒心もすっかりと薄れていた。その代わり、シグナムの奇行を見張ったり、シャマルの暴走を食い止める別の警戒が必要になったけど……。

 

「シグナムー、ザフィーラー、そろそろ始まるよー」

 

 そして俺はシグナムさん……もといシグナム達への敬称と敬語を止めた。本人たちの希望もあるけど、なによりこの人達に敬語は要らないなって俺が思ったのが大きい。

 

「ああ、もうそんな時間でしたか。シャマル、チャンネルを回してくれ」

 

「はいはい、ただいま~」

 

 シャマルさんがリモコンでチャンネルを変えると、『動物発見!地球の仲間たち!』という番組タイトルがでかでかと表示される。元々はヴィータちゃんが見ていた動物番組だけど、釣られて我も、我もと見るうちにいつの間にか毎週家族揃ってこの番組を見るのが我が家の日課になっていた。

 

 画面ではムリゴロウさんが子犬を撫で、犬も嬉しそうにムリゴロウさんにじゃれついている平和な映像が流れている。

 

「『よぉ~し、よしよし。こうしてあげるとねぇ、人間ってのは喜ぶんですよ。ちょろいですねぇ~』」

 

「やめて! 変なアフレコつけないで!?」

 

 あんなに楽しそうに遊んでる犬がもう邪悪な存在にしか見えなくなったじゃん。ムリゴロウさんかわいそうじゃん。もうあの犬を直視できねぇよ。

 

 何をとち狂ったのか、シグナムはたまにこうやって唐突なアフレコを始めるので、番組一つすら油断して見ることができない。最初にゴリラの映像を見ながら『ウホッホッホッエアッ!』と叫びながら唐突に立ち上がってドラミングを始めた時は本気で心配したくらいだ。頭を。

 

『ウォウォ! この感触は……アオチビキですね! この子はすごいお魚さんなんですよ!』

 

「うおっ! さかなサンすげぇ! 触っただけで種類当てやがった! ……ところでさ、ずっと気になってたんだけど……さかなサンの下にいる奴って誰なんだ?」

 

「ヴィータちゃん…… それが君の大好きなさかなサンなんだけど……」

 

「え、上のあいつじゃないの!?」

 

 さかなサンが目隠しをして、触っただけで魚の種類を当てるコーナーはヴィータちゃんのお気に入りだ。この子も出会った当初に比べれば大分態度は軟化していて、今じゃまるで妹ができたみたいでかわいい。

 

 やがて番組も終わってもしばらくCMまで見ているヴィータちゃん。どんなしょうもないCMでも一々『はやて、楓、見てみて!』『おお!スゲェ!』と反応している。やっぱかわいい。

 

「ねぇねぇ、楓、これなに?」

 

「うん? どれ……って、ああ……」

 

 それは国内でも有数のテーマパークことユニバーサル○タジオジャパンのCMだった。なんでも最近新しいアトラクションができて連日大入りだとかクラスのやつが話していたのを聞いた気がする。俺は行ったことないけど。

 

「これは遊園地だね。ヴィータちゃんは遊園地って知らなかった?」

 

「知らない。何するところなんだ?」

 

「そうだね……おっきな遊具を使ってみんなで遊ぶ、みたいな感じかな?」

 

 本当は少し違うかもしれないけど、俺だって行ったことないから説明できん。

 

 でも、ヴィータちゃんは俺の稚拙な説明でも満足してくれたようで、目をキラキラと輝かせていた。

 

「ヴィータちゃん……もしかして、行きたい?」

 

「行きたいッ!」

 

 そう元気一杯に返事されると連れて行ってあげたくなるけど、こればっかりは流石に俺が一人で決めていいことじゃないし……。一度姉さんにも相談してみよう。

 

「……行こか、遊園地」

 

「……え?」

 

「行けるの!?」

 

 ……まじか。姉さん思い切り良すぎるだろ。

 

「……うん、決めた! 今までは保護者もおらんかったから楓を連れて行ったげることもできへんかったけど……今はみんながおる! なぁ、みんなは遊園地行きたい?」

 

「それが主のお望みとあらば」

 

「シグナムに同じく」

 

「いいですね遊園地! そこら中に小さい男の子や女の子が溢れているじゃないですか!」

 

 うん、要らなかったね後半部分。遊園地に行く動機としてはおそらく最低の部類に入ると思います。

 

 

 

 そんなこんなで、唐突に決まった家族旅行は、善は急げということで翌日には決行される予定になっていた。

 

 土曜日の朝から日曜日の夜にかけての小規模な旅行だけど、初めての家族旅行ということで、みんなでワイワイ言いながら準備をするのは予想以上に楽しかった。修学旅行は行く前が一番楽しいって言うのはよく言ったものだな。これ家族旅行だけど。

 

 遊園地にはまずはバスで駅に向かい、そこから新幹線を使って到着する算段だ。シャマルの転送魔法っていう手もあったけど、せっかくの旅行でそれは味気ないってものだ。みんなで電車の旅って言うのも乙なものだろう。

 

「みんなー、忘れ物とかないー?」

 

「ハンカチ、お金、ティッシュ、携帯……うん、俺は大丈夫だよ」

 

「あたしらは元々荷物とかあんまりないし……」

 

 出発前に姉さんが確認を取る。姉さんってこういうところがやっぱりお母さんだよな。

 

「ああ、忘れ物といえば一つ伝え忘れていたことが……」

 

「どうしたの、シグナム? 何か問題でもあったの?」

 

「ええ、実は先程お部屋にお迎えにあがった際に、ベッドの下でご令弟の下着を恍惚の表情で握りしめていた少女が……」

 

「それは忘れて。質の悪い妖怪だから」

 

 今更、どうやって侵入したの? なんて聞かない。

 なんかもう最近じゃその位のことで一々驚かなくなってきたわ。慣れって怖いね。

 

「な、なんやよう分からんけど、とにかくどきどき! 八神家の初旅行にいざ出陣や!」

 

『おー!』

 

 

 

***

 

 バスに揺られること約30分、俺たちは既に新幹線の中にいた。

 予定よりも少し早くついたので、席に座って雑談に興じている最中だ。

 

「新幹線って初めてだからなんか妙に緊張するかも……。みんなは新幹線って乗ったことあるの?」

 

「いえ、我らにとっても初めての経験です。普段は長距離の移動は魔法を使用していますからね」

 

「うふふ、楓くんの初めて……これはイける」

 

「そもそも我らは闇の書と共に数年、あるいは数十年をかけて転生を繰り返す身である故に、近代のテクノロジーには疎いのです」

 

「え、そうなん?」

 

 やべ、思わず素で関西弁が出た。

 ザフィーラの話が本当なら3人はともかく、妹だと思っていたヴィータちゃんまで年上って事か? なんてこったい。

 

「前はたしか11年くらい前だったな……。そういえばエイリアンとプレデターってまだ喧嘩してんの?」

 

「一応完結したよ。というか意外とニッチなこと知ってるんだね……」

 

 11年前に一体どんな生活してたんだよヴィータちゃん……。

 

「新幹線の発車まではもう少し時間あるみたいですね……。ヴィータちゃん、もしおなか減ってたら今の内に何か買ってきた方がいいわよ」

 

「あたしは別に大丈夫。シグナムは?」

 

「私は駅弁とやらが気になるな。出発前に買ってくるとしよう。主は如何ですか?」

 

「じゃあサンドイッチでも頼もかな。おおきにな、シグナム」

 

「いえ、騎士として当然の務めです」

 

 普段こうしてる分にはシグナムも普通にかっこいいのにな……どうしてああなった?

 戦犯、シャマルをジト目で睨んでみたが、悦ばれるだけだった。悶えるな変態。

 

 そして、シグナムが無事に駅弁を買い終えてこっちに向かって歩みを進めている時に、それは起きた――

 

『ドア、閉まります』

 

 ――え、まだシグナム戻ってきてない。

 シグナムも異常を察したのか、走ってこっちへと向かっていたけど、ドアが閉まるまでの数秒までには間に合わず、皮肉にもシグナムの目の前でドアは完全に閉じた。

 

『あっ』

 

「あっ」

 

「あっ」

 

 シグナム、シャマル、俺がそれぞれマヌケな声を洩らす。

 そして無常にも新幹線は発車し、棒立ちのシグナムの姿は横にスライドして消えていった――。

 

「大変です! シグナムが新幹線に乗り遅れました!」

 

「いや待て! 窓の外を見ろ! 走って追いかけてきているぞ!!」

 

「しかもよく見たらグリコのポーズしてんぞあいつ!?」

 

 意外と平気じゃねぇか。バケモノか。

 

「ええとぉ……お、ここ通話OKなんやね。ちょっと待っててな」

 

「姉さん、電話なんてかけてる場合じゃ……!」

 

「えいっ」

 

 言いかけたところで人差し指で唇にピトリと触れられて、最後まで言い切ることが出来なかった。

 

 プルル、プルルとコール音だけが周囲にこだまする。

 

「あっ、シグナム~? 悪いねんけどな、そのまま目的地まで頑張れる? 私らも駅の出口で待ってるからな」

 

『御意に』

 

「相手シグナムかよ!?」

 

 この状況で電話する姉さんも姉さんだけど、出る余裕があるシグナムさんは本当に何者なんだよ。

 

 

***

 

 

「――ふぅ、なかなか良い運動になりました」

 

「お疲れ~、シグナム。ポカリあるけど飲む?」

 

「いただきます」

 

 マジで遊園地まで走ってきやがったよ……しかもほぼ並走で。

 明らかにポカリでどうにかなる運動量じゃなかっただろアレ。ここまで正面から常識に喧嘩売られると僕もうどうしていいか分かんない。

 

「いや、正直自分でも驚きです。この旅が終わったら『魔法騎士 フィジカル☆シグナム』を始めようかと思います」

 

「なぁ、ザフィーラ。あんたアレ真似できる……?」

 

「無茶を言うな。俺は奴とは違って常識の枠内で生きているんだ。本格的なバカの力を開眼させた奴と一緒にするな」

 

「姉さん、俺、この年でター○ネーターに追いかけられるジョン・コナーの気持ちが分かるとは思わなかったよ……」

 

 なんで俺たち、初の遊園地入場の瞬間にこんな奇妙な気持ちになってるんだろう……。

 うん、気持ち切り替えよう。

 

 わー、遊園地って広いなー。結構込んでるもんなんだなー。

 

「……せっかくだし、早速何かに乗ろうか。あのオジョーズってアトラクションが比較的空いてるみたいだね……げっ、それでも90分待ちか」

 

 流石は日本有数の遊園地、待ち時間も半端じゃないな。

 

「シグナム。はやてちゃんからの命令よ。

オジョーズに並んでいる客全員を古代ベルカカラテで捩じ伏せてらっしゃい」

 

「御意」

 

「御意じゃないよ!? シャマルも姉さんをダシにとんでもないことさせないでよ!!」

 

 その後、ちゃんと90分待って俺たちは無事にオジョーズに乗ることが出来ていた。

 乗り物のサイズの都合上、全員で一列になることはできなかったので、前列にザフィーラ、俺、姉さん、ヴィータちゃんの順で並び、後列にはシグナムとシャマル行って貰うことになった。シャマルはロリショタに挟まれない遊園地なんて、とかぼやいてたけど知らん。

 

 なんでも船に乗って、映画『オジョーズ』の舞台を回るアトラクションらしいけど……それ以上のことは俺も知らなかったので、前に同乗してる職員のお姉さんの解説を待つことにしよう。

 

『本日は当遊園地へようこそいらっしゃいました! 今日はアトラクション・オジョーズを楽しんでいってください!ところで皆さんご存知ですか? 実はこの海には昔、オジョーズという凶暴な人食いザメが出ていたんですよ』

 

 えっ、まじで? なにそれ怖い。

 

『もちろん、今はサメなんて出てきませんのでご安心ください! それでは私と海の旅を楽しみましょう』

 

 そういうなら最初からサメの話するなよ。こっちは内心ガクブルだわ。

 横を見ると、ヴィータちゃんも怯えた様子で姉さんの服の裾を掴んでいた。

 

「は、はやてぇ~……サ、サメ出ないよな? 本当に出ないよな?」

 

「おー、よしよし大丈夫やで、ヴィータ。サメなんか出てきてもシグ……ザフィーラが倒してくれるからな」

 

「主!? 今誰か別の名前を言いかけて止めませんでしたか!?」

 

 自業自得、日ごろの行いのせいだと思うよ。さりげに重大責任押し付けられたザフィーラには可哀想だけど。

 

「でもザフィーラなら本当に―――」

 

 

【オジョォォォォオオオオオオオズ!!!!】

 

 

 ――かてるかも……ゑ?

 

『わっ! み、みなさん! サメです! 大きなサメがこっちに!!』

 

「はやてー! はやてーー!!」

 

「大丈夫やでー、ヴィータ。私はちゃんとここにおるよ。さぁ、楓もカモン」

 

「ザフィーラー! ザフィーラァァ!!」

 

「俺に来るのか……」

 

「あっ、ザフィーラずるい!! 私も楓に抱きつかれたい!」

 

「それ私も同席していいですか? 出来ればサンドイッチでお願いします」

 

「おのれオジョーズめ! レヴァンティンの錆びにしてくれる! くっ……安全っ、バーがっ……動けん!」

 

 なんで俺とヴィータちゃん以外は動じてないんだよ?サメだぞ、サメ!

 シグナムは相変わらずなんかおかしい方向にぶっ飛んでるけど。

 

 しばらく安全バーと格闘した後、外れないと悟ったのかシグナムは大きく目を見開いて叫んだ。

 

「オジョォォォォズ! 主とご令弟には手を出すな! 食べるならシャマルからにしろ! 一番被害が少ないッ!!」

 

「ちょっとそれどういうことよ!? 貴重な色気担当を殺す気!?」

 

「ええい、昔からサメの餌は金髪の女と決まっているのだ! 守護騎士としての務めを全うして逝け!」

 

 だからそういう情報ってどっから仕入れてるんだよ。あとシャマルさんは完全にネタ担当だよ。

 

 シャマルがまさに生け贄に捧げられようとしたその時、なんと職員のお姉さんが果敢にもオジョーズに向かって船に備え付けられていたライフルで応戦をはじめ、しかも勝利してしまっていた。お姉さんすげぇ。

 

「いいぞお姉さん!」

 

「燃やせ! 燃やせぇっ!」

 

 でもなんだろう、死に行くオジョーズに必死に野次を飛ばす後列の大人2人を見ていると争うということの虚しさがひしひしと伝わってきたわ。というかそれでいいのか守護騎士?

 

 

 

 ちなみに後で姉さんにオジョーズの正体が作り物だったと聞いて少し恥ずかしくなったけど、もっと恥ずかしい大人が2人いてくれたおかげで黒歴史にならずに済みました。

 

 

 

 

 



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バキボキ!八神家の楽しい家族旅行! そのにっ

先週は忙しくて更新が遅れてすいません


 オジョーズとの戦いを終え、俺たちは現在、土産物屋の中を見て回っていた。ちょうどオジョーズのアトラクションを出てすぐのところにあり、後から回るのも時間がとられるので今の内に見ておこうという計画だ。

 

「お土産屋コーナーかぁ……そもそも誰に何を買うか……」

 

 うーん……自分用に何か買うのと、一応バニングスさんと月村さんあたりにも何か買っておいた方がいいかな? そもそも、お土産買う相手なんてあの2人くらいしか当てがないし。

 

「はぁー……こうやって見てみると、いろいろあるもんやねぇ。……あっ、見て見て! これかわいい!」

 

 そう言って姉さんが手に取ったのは白いネコミミのついたカチューシャだった。一瞬、なんでそんなもんがここに? って思ったけど、よく見たらあれ、ボンジュールキティの耳だ。確か遊園地とタイアップしてるんだっけ?

 

 姉さんはそのままヴィータちゃんを手招きして呼ぶと、その頭に白のネコミミをちょこんと乗せるのだった。姉さんグッジョブ。

 

「楓、楓! はやてがこれ着けてくれた!」

 

「うん、似合ってるよヴィータちゃん」

 

「ほんと!? じゃあ楓とはやてにも着けてあげる!」

 

 ヴィータちゃんがあの子なりのダッシュでとてとてと商品棚から追加で二つネコミミを持ってきて、俺達に差し出してくる。なんでこの子一々こんなにかわいいの?

 

 ヴィータちゃんにここまでやらせておいて着けないなんて選択肢はもちろんありえないので、姉さんとヴィータちゃん、3人で仲良く別色のネコミミを着けることに。ネコミミっていうのが少し恥ずかしいけど、ヴィータちゃんが喜んでくれているのでよしとしよう。

 

「シグナム、理想郷はここにあったわ」

 

「お前の理想は税込980円なのか……」

 

 シャマルが相変わらずなんか変な事を言ってたけど、今はヴィータちゃんの笑顔を堪能しているので無視しておく。ヴィータちゃんがこんなに嬉しそうにしてるとこっちまで笑顔になってくる。

 

 でも、不意にその表情が軽く曇ったかと思うと体をもじもじさせて、恥ずかしそな表情で俺に耳打ちをした。どうしたんだろう?

 

「……あ、あのさ、ちょっとトイレ……」

 

 ……ああ、なるほど、そういうことか。

 興奮して急に催すって言うのはヴィータちゃんぐらいの年の子には良くあることだ。まぁ実年齢は知らないけど。

 

「あーっと、トイレは……あっちの方だね」 

 

「私が連れて行こか?」

 

「いや、混んでるし俺が連れていくよ。姉さんはみんなの事を見張ってて」

 

 誰とは言わないけど約2名、放っておいたら子供を追い掛け回したり店内でカバディ踊りだす奴いるし。

 

「あー……あと、商品持ったままだと不味いから、それはどこかに置いて行こうか」

 

「分かった!」

 

 ヴィータちゃんはハンドサインでザフィーラを屈ませると、その頭にそっとネコミミを置いた。え、わざわざそこに置く?

 

「普段のイヌミミで見慣れてると思ってたけど、ネコミミになると何と言いますか……」

 

「これはまた予想を軽く越える気色悪さだな」

 

「ざ、ザフィーラをバカにしないで! ザフィーラなんも悪くないから!!」

 

「…………」

 

 なんも悪くは無い……んだけど……ごめん、やっぱ今だけはこっち見ないで。

 

 

***

 

 

 その後、無事にヴィータをトイレまで送り届け、バニングスさん達へのお土産に遊園地のロゴの入ったお菓子を、自分用には3人でお揃いの携帯ストラップを買っておいた。

 

 あと、なぜかザフィーラの頭に設置されたままのネコミミも買うことになった。

 

 店を出た所で辺りを見回すと、一部でちょっとした違和感を感じた。混んでいる中でもそこだけ特に人だかりができてるような……なんだ、有名人でも来てるのかな?

 

 横を見てみると、シャマルもそわそわと落ち着きの無い様子で人だかりを見つめていた。意外とこういうのが気になるタイプなのか。

 

「あの~、少し見ていきませんか?」

 

「え~! そんなのどうだっていいだろ。それより早く次の乗り物だろ!」

 

「まぁまぁ、ヴィータちゃん。今日だけじゃなくて明日もあるんだし、ゆっくり楽しもう?」

 

 正直、俺も少し気になるのが本音だ。

 ヴィータちゃんには悪いけど、今回だけはシャマルの援護をさせてもらうことにしよう。

 

 ヴィータちゃんはなおも不満そうな声を上げていたけど、しばらく人だかりと俺を交互に見ながら

 

「……楓がそう言うなら……分かった」

 

 としぶしぶながらに納得してくれた。

 

 ヴィータちゃんのお許しも貰った所で、人だかりを覗き込んでみるとその中心にはマイクを持った人の良さそうなお兄さんと、家では使わないような大きなカメラ、そしてお兄さんにマイクを向けられて笑顔で話す子供の姿があった。

 

 あれってテレビでよく見るインタビューってやつだよな。やっぱり日本有数の遊園地ともなるとそういうのも来るんだな。

 

「わっテレビや! テレビ! すごい!私、テレビってテレビでしか見たことないんよ!」

 

「興奮してるのは何となくわかるけど落ち着いて。何が言いたいのか訳わからなくなってるから」

 

 姉さんの声に気付いたのか、マイクを持ったレポーターのお兄さんがが微笑ましいものでも見るような表情で姉さんにマイクを向ける。

 

「すいません、インタビューよろしいでしょうか?」

 

「えっ、わ、私ですか!? はい、もちろんオッケーです!」

 

 おお、姉さんがテンパってるのなんて始めて見た。テレビ好きだもんね、姉さん。これもいい思い出の一つになってくれるといいな。

 

「今日はどちらから来られたんですか?」

 

「はい、家族と海鳴市から来ました!」

 

「おお! それはまた随分と遠い所からいらしたんですね! 新幹線でしょうか?」

 

「いえ、徒歩です」

 

「は……?」

 

「それはシグナムだけでしょ! ほらこっち来て! インタビューの邪魔しない!」

 

「あっ……」

 

 離されてなおアナウンサーを……いや、カメラをガン見しているシグナムに圧されたのかは分からないが、レポーターさんはそのままこっちにもマイクを向けてくれた。人の優しさに触れた瞬間だった。

 

「え、ええと、それではご家族の話も伺ってみましょう。あの――」

 

「全国のテレビの前のロリショタのみんな、こんにちは。貴方のお姉さんのシャマルです。そしてロリショタでない貴方。貴方に用はありません。すぐにチャンネルを変えなさい」

 

「こらっ、マイク奪わない!」

 

 ぺしっ、とシャマルの頭を軽くチョップすると、なぜか嬉しそうな表情をする。変態の業は深い。

 シャマルが奪ったマイクを返すと、レポーターさんは苦笑いを浮かべながらも許してくれた。もうなんか本当にすいません。

 

「えー、それではそちらの貴方は今回の……貴方は何をなさっているのでしょうか?」

 

「ん? ああ、失礼。さっきから少し暇をもて余していたのでな、知らない中学生の集団に紛れ込んで仕切っていた」

 

「貴方は一体なにをやってるんですか!?」

 

「無論、未来ある若者の青春の一頁に私の存在を刻み込んでいる」

 

 貴方は一体なにをやっているんですか……?

 

「おい」

 

「はい! 今度は何で――」

 

 そしてレポーターさんの背後から現れるボンジュールキティというには男らしすぎる筋骨隆々のネコミミ男――。

 

「」

 

「疑問なのだが、俺はこの姿でテレビに出ても大丈夫なのだろうか?」

 

「あー……もういいんじゃないですかね? それで。つかもう好きにせーや」

 

「適当ッ!? どうすんのみんな! 完全にレポーターさんの心折れちゃたじゃん!!」

 

「はっ、軟弱な」

 

 後にこのインタビュー映像が動画サイトにアップされ、伝説の一家と呼ばれていたことを俺が知ったのは後の話だった。

 

 

 

***

 

 

 その後、逃げるようにして近くのうどん屋に駆け込んで昼食を食べる羽目になっていた。遊園地にまで来て何してるんだろう俺たち…?

 

 ちなみにザフィーラのネコミミはヴィータちゃんに移しておいた。完全にすれ違う人みんな怯えてたもん。

 

「ね、ねぇヴィータちゃん……。そのままニャンって言ってみてくれない? ね? 一回だけでいいから。ほら、お姉さんがお菓子買ってあげるわよ? だから……ね?」

 

「きめぇんだよ、こっち見んな」

 

 ヴィータちゃんが席に備え付けられていた練りカラシを手に取り、シャマルの目をピンポイントに狙って迷うことなく発射する。次の瞬間、シャマルはありがとうございますッ! と叫びながらのたうち回る羽目になっていた。君って敵と見なした人間には結構容赦ないよね。今ほどヴィータちゃんとの関係を改善できて良かったと思った瞬間は無いよ……。

 

「……シャマルよ」

 

 ザフィーラがシャマルを見つめて……いや、睨んでるのか?

 あんだけ変態炸裂させりゃそりゃ怒られるわ。やってやれザフィーラ。

 

「……にゃン」

 

「ザフィーラ!?」

 

「ゴッフェェェーー!!」

 

「わっ、きったねぇ!! 鼻からうどん吹くなよ!!」

 

 目から練りカラシを垂れ流し、鼻からうどんをこぼすシャマルさんの絵面のなんと酷いことか。これ写メっとけば後々の切り札に使えるかな?

 

「というか、こう言っちゃなんだけど、シャマルは喋るだけで好感度下げていくんだから、もうずっと黙ってればいいのに……」

 

「ふふふ、本当にそれ言っちゃったら終わりですね楓くん。でも大丈夫ですよ、私くらいのレベルになるとロリショタからの蔑視の視線は快感へと昇華されるんですよ」

 

「ごめん、ちょっと本気で気持ち悪い」

 

「そうです、それです。楓くんも分かってますね」

 

 シャマルのなんとも嬉しくない新たな一面を発見した昼食だった。

 

 

***

 

 

 昼飯を食べ終われば今度こそ遊ぼうというヴィータちゃんの希望の元、俺たちはジェットコースターの列に並ぶことになっていた。もっとも、ジェットコースターとは言っても大きなものじゃなく、室内で行われる比較的小規模なものだけど。

 

 本当は大きいのに乗っても良かったんだけど……ほら、ヴィータちゃんの伸長制限が……ねぇ。

 

「にしてもジェットコースターか……オジョーズとはまた違った怖さがあるよね。姉さんはこういうのは平気なタイプなんだっけ?」

 

「ふふっ、楓は怖がりさんやなぁ。お姉ちゃんはこんなんじゃ……ん?」

 

「(ちょいまち、ここで私が怖がれば、楓は多分じゃあ隣に座ろうか姉さんって言ってくれるはず。そんでもって、きゃー落ちるの怖いわ楓ーからの自然な抱き付き……これはいける!!)」

 

「かえ――!」

 

「楓ー、一緒に座ろー」

 

「うん、いいよヴィータちゃん。あ、姉さんなんか言った?」

 

「……ううん、何も無いもん。泣かへんもん……」

 

 なんかよく分からんけど、もう順番来たよ?

 今度は基本的に2人ずつしか座れないので、俺とヴィータちゃん、姉さんとザフィーラ、そして変わらずシャマルとシグナムの組み合わせで乗ることになっていた。

 

 この2人は基本的に一緒にしておけばお互いに潰し合ってくれるから周りの被害が少なくて済むしね。

 

 そして、いざ、搭乗の時、今までに無いくらい心臓がドキドキしているのが分かった。こういうのって出発する前が一番緊張するって言うけど、本当だったんだな……。

 

 いっそのことひとおもいに早く出発して欲しいと思う中、後ろから不意に肩を叩かれる感触があった。シグナムだ。

 

「……ご令弟、ひとつ、聞いていただきたいことがあります」

 

「え、よりによって今? それって後じゃ駄目なの?」

 

「いえ、そういう訳ではないのですが……是非とも貴方には聞いていただきたいのです。私の……覚悟を」

 

「覚悟……」

 

 シグナムの目は迷うこと無くこっちをまっすぐに見据えていた。

 いつになく真剣な雰囲気を漂わせるシグナムに俺も口を挟むことができず、ただその先に続く言葉を待つことしか出来ない。

 

「私は先程のオジョーズとの戦いで、安全バーに屈し、身動き一つとることが出来ませんでした。もしあのお姉さんがいなければ……そう考えると、背筋が凍る思いです。まさに騎士としてあるまじき失態……」

 

 シグナムの表情は俯いていてよく見えなかったけど、小刻みに震えている肩がまるでシグナムの悔しさを代弁しているみたいで――

 

「ならばせめて、今度はオジョーズだろうがゴッジィラが現れようがお二人を守り抜いてみせる! 故にッ! 私は安全バーを下げないッ!」

 

「馬鹿じゃねぇの!?」

 

 かっこいい顔と雰囲気でなに私はアホですと宣言してんだこの人。

 

 急いでシグナムの安全バーを下ろそうと手を伸ばすものの、無慈悲にも発車してしまうジェットコースター。

 

 そして高速回転しながら宙を舞うシグナム。

 

 その後のことは……あまりに凄惨過ぎて語りたくない。一つ言えるのは、ジェットコースターが帰ってくるまでの約10分は、多分シグナムにとっては今までの人生の中で最も人としての尊厳が踏みにじられた10分だったろうということだけだ。

 

「シグナムー! シグナムゥーー!」

 

 置物のように動かなくなったシグナムに全員で駆け寄る。

 普段から大概なことをやっているけど、今回のは流石にヤバイんじゃないか。

 

「頭を打ってるわ! 動かさないで!」

 

「え、じゃあどうすんだよ!? このまま埋めんの!?」

 

 ―――埋葬!?

 

「ちょっと待て、それは困る」

 

 あ、復活した。

 良かった、危うくこの遊園地に、不自然に盛り上がった土新たな七不思議が生まれるところだった……。

 

「本当に大丈夫かしら……シグナム、貴方の趣味は?」

 

「カバディと剣道。あとグリコのポーズ」

 

「貴方は私のことを影でなんて呼んでる?」

 

「妖怪カモンアグネス」

 

「GUPは何の略?」

 

「学校で奪ったパンツ」

 

「大丈夫そうです!」

 

 いや、駄目だろ。

 そんなこんなで、八神家初遊園地、一日目終了――

 



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バキボキ!八神家の楽しい家族旅行! ふぁいなるっ

「待って! 無理! さすがに今回は無理だから!」

 

「なんでそんなこと言うん!? 家族水入らずで入ればええやないの!」

 

「あのね、姉さん? 姉さんだけならまだしも、他のお客さんもいるんだよ?めっちゃ水入ってるじゃん! 大洪水じゃん!!」

 

「そんなことはええから行くよっ!!」

 

 姉さんが力強く手を引っ張って俺を赤い暖簾……『女湯』へと引きずり込もうとして、俺はそれに抵抗する。

 

 俺たちはもう20分もこんな茶番を続けていた。ことの発端は、遊園地を出た後に、あらかじめ予約していた遊園地の近くのホテルでみんなで団欒していた時まで遡る。

 

 事の発端は誰かが不意に、風呂にでも入ろうかと言い出し、みんなで大浴場に向かうことになった……。そう、そこまでは良かったんだ。でも問題はその後、なぜか俺たちは温泉の前の『男』と『女』の鉄門より固い暖簾の前で言い争う羽目になっていた。

 

 ――いや、さすがに女湯は無理だろ――――。

 

 いくら普段から姉さんと風呂に入ってるとは言っても、外の……それも女湯に入るとなれば話は別だ。そもそも姉さんと入るのも介護のためであって、自発的に一緒に入ってるわけじゃない。というかそれをやりだしたら人として終わりだ。

 

「そ、そうだ。俺がそっちに行ったらザフィーラが一人になるじゃん!ねぇ、ザフィーラ!」

 

「気遣い、痛み入ります。ですが私のことは気になさらず」

 

「よっ、ほっ、やっ!」

 

 違うんだザフィーラ、今欲しいのはその優しさじゃないんだ。むしろ気遣いして欲しいのは俺の方なんだ

 

「大丈夫ですよ、楓くん。楓くんははやてちゃんと似てかわいいお顔をしていますし、なによりまだ子供なんですから誰も気にしませんよ」

 

「鼻息荒くして、手をわきわきさせながら言っても説得力ないんだよッ!」

 

「いいじゃん! あたしも楓が一緒の方が楽しいと思うぞ! なぁ、一緒に入ろうよー」

 

「うっ……」

 

「ふっ、ハッハッハッ!!」

 

 期待に満ちた目を爛々と輝かせるヴィータちゃんに、さっきまでみたいに強く否定することができなくなる。どうにも俺はヴィータちゃんにお願いされると弱いらしい。

 

「……分かった。でも今回だけだからね」

 

「「っしゃあっ!! キタアアアアアアァァァァッッ!!!」」

 

 うるせぇぞ変態二体。あとシグナムは男湯の前でタップダンスするな。

 

 

***

 

 

 脱衣所で服を脱いで、室内のお風呂へと入る。その際、せめてもの情けで、腰にタオルを巻くことだけは許してもらえた。言い争っていたおかげで時間が遅くなったからか中は比較的お客さんが少なく、それが唯一の救いだった。もっとも、シャマルやシグナムがいるだけで目のやり場には十分困るけど。

 

「よーし早速入ろーっと!!」

 

「あっ、待ってヴィータちゃん。先に体を洗わないとダメだよ」

 

「えー……そんなの後でもいいじゃん。一緒に入ろーよー」

 

「だーめ。ルールを守らないとあんな風にになっちゃうよ?」

 

 俺が指差す方向では、まるでヘルメットのように頭に洗面器をすっぽりと被ったシグナムが極めて真剣な表情で石鹸を足に挽いてスケートごっこをしていた。お前風呂になにしに来たんだよ?

 

「あ、あれはちょっとヤだな……。分かった……。ちゃんと洗う……」

 

「うん、いい子、いい子。ほら、髪の毛洗ってあげるから座って 」

 

「うん!」

 

「あっ私もー!予約二番な!」

 

「私は三番でお願いします!!」

 

「私は四番だね!!」

 

 おい、待て。二人は言ってくるとは思ってたけど、四番は誰だよ。聞き覚えあったぞ今の声。あと二人とも前を隠しなさい、前を。特にシャマルは直視できないから。

 

 目をそらした先で、不意にどこかで見たような顔が視界に飛び込んできた。……よく見れば見覚えもあって当然だった。だって毎日学校で顔を合わせているんだから。

 

「……バニングスさん?」

 

「あっ、やば」

 

 なんでバニングスさんがここに?

 というか、ここ温泉ってことは、は……だ……か………。

 

「き、きゃあああああああああっ!!」

 

「わあっ! 急に大声出すんじゃないわよ、びっくりするじゃない。もう……」

 

 そう言ってバニングスさんは小ぶりな胸を隠すこともなく腕を組む。年相応で至って普通の胸。ウエストは少し細いのかもしれない。下半身は……とても直視できなかった。

 

 海外特有のブロンドの髪を覗けば至って普通の小学生の裸だ。うん。いや、でもそういうことじゃないんだ。別にバニングスさんが悪い訳じゃない。それは間違いない。俺が驚いているのはそんな事じゃない。

 

「な、なんでバニングスさんは平然としてるの!?早く隠してよ!というか何でここにいるの!?」

 

「何でってここ女湯よ……。それとも、なんでこのホテルって意味なら……ぐ、偶然よ、偶然。私はあんたがここにいるなんて知らなかった……というか女湯にいるなんて知りたくなかったわ」

 

「うん、それは本当にごめん……」

 

 別に俺が望んだ訳じゃないんだけどなぁ……。

 

 そんなことを心の中で呟いていると、俺たちの話し声が聞こえたらしく、姉さんとシャマルがこっちへとやって来ていた。ちなみにシグナムは湯船でバタフライの練習をしている。

 

「あれぇ? アリサちゃんがおる。こんにちは~」

 

「ええと……楓くんのお友達ですか?」

 

「いえ、はやての友達です。アリサ・バニングスと言います。よろしくお願いします」

 

 果たして今の否定はする意味があったのかな。その辺り小一時間ほど問い詰めたい。

 

「……ん? ちょっと待って。バニングスさんがいたってことは、月村さんもいるんじゃないの!? やばい! 早く脱衣所に戻らないと服が全部持ってかれるッ!!」

 

「……。……いやー、さすがにそれはないでしょー。あんまり自意識過剰だと嫌われるわよ。もっとも、あんたに嫌われるほど人と関わり合いがあればの話だけどね。あと至近距離で大声出すの止めてくれない?ツバ飛んできて汚いんだけど」

 

 それとなく俺には嫌ってくれる相手もいないとディスられたのはいいとして、この反応、確実にクロだ。まさか、旅行の最初から付いてきていたのかこの2人?なんにせよ、第一優先事項はその事じゃない。

 

「俺のパンツは!?」

 

 脱衣所に戻ると、案の定パンツが1枚無くなっていた……。

 今日の教訓、月村さんを甘く見てはいけない。

 

 

***

 

 

「……ん、……んん……」

 

 妙な寝苦しさと、窓から差し込んでくる朝日の光で意識が覚醒していくのを感じる。

 

「あれ、俺、何でこんなところで寝てるんだっけ……?」

 

 まだ、少しだけ眠たい頭を必死に動かして昨日の出来事を思い出す。

 

「あーっと……昨日、風呂に入って、バニングスさんがいて……パンツ取られて……そうだ、あの後枕投げしてそのまま寝たんだっけ?」

 

 とにかく、今が何時なのか確かめよう。右腕を動かそうとするが、不意にずっしりとした重みを感じて、その腕が動くことはなかった。

 

「……姉さん? 」

 

「うへ~……うへへ~……すぅ」

 

 ……なんてこった、姉さんが俺の腕をがっちりホールドされてる。しかもよく見たら左腕には同じようにヴィータちゃんが抱き付き、両足にはハァハァと荒い息を吐くシャマルが纏わり付き、おまけに頭はザフィーラに膝枕されていた。

 

「……そりゃあ寝苦しいはずだよ。なにこれ?」

 

 とりあえずこのままじゃ起きるに起きれないので、まずはシャマルを蹴り落とし、足だけで這いずるようにしてザフィーラ太股枕から脱出する。

 

 次いでヴィータちゃんだけはできるだけ丁寧に、それはもうガラス細工に触れるが如く丁重に、決して起こさないように離す。あっ、ヴィータちゃん寝顔もかわいい。

 

 最後は姉さんか、適当に振り回しゃ離れるだろ。ほれほれ。

 ……などとアホなことをやってたら思い切り腕をギュッと捕まれた。

 

「……姉さん、実は起きてるでしょ?」

 

「あ、バレた? いやぁ、それにしても昨日は楽しかったなぁ」

 

「……それは旅行そのものの話をしてるの?それともホテルの他のお客さんやスタッフまで巻き込んだシグナム主宰の『アルティメット枕投げ大会』のことを言ってるの?」

 

「もちろん両方やで」

 

「おはようのごさいます、お二人とも。体の疲れは癒えましたか?」

 

 押し入れからシグナムから顔を出す。ドラえもんかお前は。

 やがて、シグナムの声に釣られるように、他のヴォルケンズも次々と目を覚ましていった。

 

「ああ、おはようございまーす……。あら? ちょっとザフィーラ。貴方がそこにいると私のロリンショタ王国に染みができるわ。ちょっとあっちへ行ってくれない?」

 

「お前は朝一の挨拶がそれなのか……」

 

「まぁ、シャマルがおかしいのはいつものことだけど、実際ザフィーラってなんか浮いてるよな」

 

「ねー? 一人だけ男だし……」

 

「あとは一人だけ名前が5文字だしな」

 

「ここに来て名前イジリだと……!?

お前達はもはやヴォルケンリッターでもなんでもない!ただのジャイアンだッ!!

聞け!我らヴォルケンリッターの使命は主の命令を遂行するだけではなく、我々の団結と――」

 

「おいおい、なんか語りだしたぞコイツ」

 

「きっと眠くてイライラしているのよ、そっとしておいて上げましょう?」

 

 なぜだろう、今のザフィーラからは妙な哀れみと同時にシンパシーを感じる……具体的にはバニングスさんと居る時の俺に近い何かを……。というか、名前は別になりたくてなったわけじゃないだろ。許してやれよ。

 

「……あと、姉さんはいつまでくっついてるの。早く離してくんない?」

 

「い~やっ」

 

 

 ――pipipi、pipipi

 

 

「電話? 誰の? ……って、俺のだ。誰にも番号は教えてないのに何故だ……?」

 

「おう、しれっとお姉ちゃんが悲しくなること言うのやめーや」

 

 ディスプレイを覗くと、登録した覚えの無い番号と、笑顔でこっちにサムズダウンを決め込むバニングスさんと、見覚えのあるパンツを片手に狂乱している月村さんの画像が写っていた。

 

『楓くん、こんにちは!いや、まだおはようの時間かな?遊園地、楽しんでる?』

 

「うん。登録した覚えの無い番号から教えた覚えの無い俺の予定が語られている事実に戦慄した以外は概ね楽しんでるよ」

 

『そっか! よかった! 楓くんが楽しんでるならそれが何よりだよ!』

 

 そうですか、前半は完全に無視ですか。

 今確信した。この人の耳はきっと自分にとって都合のいい事実しか聞こえないようにできているんだ。やったぜ、ついに月村さんの謎がひとつ解明されたぞ。クソがッ!

 

「……もういいや。で、どうしたの月村さん?こんな時間から電話くれたってことは何か用事があったんだよね?」

 

「あっ、そうだった! ごめんね、楓くんとお話しするのが楽しくてつい忘れちゃってたよ。実はね――」

 

 月村さんの口から語られたのは、俺の想像を軽く越えるような、とんでもない言葉だった。

 

 

***

 

 

『今日楓くんが行く遊園地には、楓くんが私の次に大好きなスパイダーマソのアトラクションもあるんだよ?』

 

 ――スパイダーマソのアトラクションもあるんだよ?

 

「うーひょひょあひゃおふぇあひょぉっ!!」

 

「おい!? ご令弟が嬉しさのあまり気持ち悪い笑いかたをなさられているぞ!?」

 

「だってスパイディだよ!スパイディ!」

 

 月村さんからとんでもない垂涎ものの情報をもらった俺たちは朝一で遊園地に再入場して、一も二も無くスパイダーマソのアトラクションにやって来ていた。

 

「ご令弟。ヴィータの身長制限が危ないなどとのたまうキグルミがいたので、しばいて衣装を奪っておいたのですが、問題なかったでしょうか?」

 

「ナイスシグナム! そのキグルミ貸して! 俺が着るわ!」

 

「楓くんがツッコミを放棄した!?」

 

「あー、あの子は昔っからそういうの好きやったんよ。やから思わぬところでこんな出合いがあってテンションがフォルテッシモに……」

 

 外野が何か言っているが、今の俺には聞こえないね。だってキグルミだから!

 

「楓、楓。そもそもスパイダーマソってなんなの?」

 

「あ、聞きたい? ちょっと長くなるけどいい? それじゃ話すよ? スパイディはね――」

 

 

***

 

 

 それから、俺も姉さんも遊び疲れて眠ってしまうまでひたすら遊園地を楽しんだ。

 スパイダーマソに8回くらい乗ったり、シグナムがオジョーズにリベンジを挑んだり、シャマルがザフィーラにネコミミを着けたり、ザフィーラが職質されたり、ヴィータちゃんが身長制限表を破壊したりと、一言では語りきれないくらいの思い出ができた。

 

 それにしても……遊び疲れて眠るなんて、多分生まれて始めての経験だ。

 

 ……今だから言うと、俺はあまりヴォルケンリッターのみんなを最初は快く思っていなかった。いきなり現れて、家族が増えて、個性が強すぎて――

 

 でも、いつからだろう。そんなみんながいてくれるのが楽しいと感じるようになったのは。今なら自信を持って言える、この人たちは……ヴォルケンリッターは八神家の家族だって。

 

 だから――

 

「お二人はお疲れだ。私は主を運ぶ。ザフィーラは車椅子を頼む。シャマルは……くれぐれも無礼の無いようご令弟の方を頼む」

 

「ええ、任せて。騎士の誇りに懸けて……ね」

 

 失いかける意識の中で聞こえてきたそんな声に、今だけは身を任せてもいいと思えた。

 

 

 

 

 

おまけ

 

もうひとつの旅行

 

土曜日 PM2:00

 

「それにしてもどうしたのよすずか? いきなり遊園地行こうだなんて……」

 

「いいからいいから!それにしても、今日は暑いね」

 

「あらすずか、そんなハンカチ持ってたかしら?」

 

「あ、これ?これはこの前遊びに行った時に楓くんが貸してくれたんだ」

 

「へぇー、なんかあいつがこの前無くしたのに似てるけど、どうせあいつのことだから貸したことも忘れてアホみたいに騒いでたんでしょうね」

 

土曜日PM8:30

 

「見て見て! アリサちゃん! 楓くんがお風呂に……!」

 

「いるわねぇ。何であいつ女湯に入ってるのかしら?」

 

「あっ、楓くんが女の子の髪の毛洗ってあげてるよ!

私もあれやってもらえるのかな!?はやてちゃんが二番で、あのお姉さんが三番ってことは……私は四番だね!!」

 

 すずかはハッと何かに気づいたように目を見開いた。

 

「ね、ねぇアリサちゃん、このままだと私が入ってるお湯に楓くんが入ることになるよね……それってもう、私と楓くんが結ばれたと言っても過言じゃないよね!?私たちはもう他人の関係じゃないって解釈してもいいのかな!?かな!?」

 

「あー、いいんじゃない?それで。あっ、でもその理屈だと同じ湯にいる私まで巻き添えね……。そうなる前に早く出ちゃおっと」

 

 

日曜日AM10:00

 

 

「ははっ、見てすずか。あのポニーテールのお姉さん、美人な癖にキグルミに襲いかかって衣装を奪ってるわよ。遊園地だからってテンション上がりすぎでしょ」

 

 

日曜日PM5:00

 

「遊園地楽しかったね、アリサちゃん」

 

「ええ。ところですずか、素朴な疑問なんだけど、スパイダーマソに8回乗る意味はあったの…?」

 

「あっ、楓くん疲れて眠っちゃってる。あのお姉さん、楓くんを抱っこできていいなぁ……」

 

「抱っこ……? 私にはどう見てもなぜか体の向きが逆な風車にしか見えないんだけど……」

 

「顔中に楓くんを感じられるなんて……ずるいよっ!」

 

「……そうね、残念だったわね。

それと、懐からさも当然のように取り出した男物のパンツで涙を拭うすずかをそれでも私は親友だと信じているわ」

 




コメディばっかやってると飽きるから、たまにシリアス入れた方が良いとエロい人に教えていただいたので、次回はシリアスにしようと思っているのですが、ぶっちゃけ読者の皆様がこの作品でシリアス見ても仕方ねーよと思われたら本末転倒なので、シリアス要らないと思われる方は気兼ね無く言っていただけると幸いです


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チャリできた。補助輪付きだけど

シリアスは旅に出ました


 まだ日も沈みきらない時間の、近所の商店街。

 

 ヴィータは八角形の木製の箱にハンドルがついた、一般に『ガラガラ』などと呼ばれる抽選器の前に立っていた。

 

 商店街で1000円以上買い物をするともらえる福引券。それを10枚集めると、クジを一回引くことができるのだ。

 

 景品は合計で7種類あり、一等の温泉旅行などというものから、残念賞のポケットティッシュまで幅広いものが用意されていた。

 

 おぼつかない動作でハンドルに手を伸ばし、ゆっくりとそれを回していくと、その名の通りガラガラと音を立て始める。不意に、ヴィータはその音に鼓動が高鳴るのを感じた。

 

「ようし、行け、ヴィータ。……ほら、どうした? もっと早く回せ。そしてはやく私と順番を変わるんだ」

 

 楓のお使いに付き合ってくれたはずのシグナムの声が、今はとても煩わしく感じられた。

 

 声に急かされるように回転のスピードを速めようとすると、ちょうどその寸前に球がぽとりと落ちる音が聞こえた。

 

 不意の出来事にヴィータは思わず目を閉じ、やがて真剣な表情でその球の色を確認した。

 

 球の色は――赤。

 

 自分にとっても馴染みのある色。その程度の感想だった。

 

 突如、リンリンとベルの大袈裟な音が鳴り響く。

 

「でましたぁっ!!2等賞の自転車です!!」

 

 ベルを鳴らしていたのは、大の前に立つ係員のおじさんだった。その大袈裟な声と音が注意を引き、周囲の見物人もヴィータたちを見てはおおと声を上げる。

 

「ジテンシャ……? なんかよく分かんねぇけど、5等のビーフージャーキーにしてくれよ。ザフィーラが喜ぶ」

 

「おめでとうございまっ……ええっ!? 自転車は!?」

 

「いらねーです。じゃあ貰ってくぞ」

 

 ビーフジャーキーを持っていこうとするヴィータ。仮にそれを持ち帰っても得られるのはザフィーラの微妙な表情だけなのだが、それでも彼女にとっては自転車よりは興味を引かれるものだった。

 

「まぁ待て、そう邪険にするなヴィータ。自転車……風の噂には聞いたことがあるが、こう見えてかなりの性能を持った機体らしいぞ」

 

 そんなヴィータを制止したのは、いつの間にか自分もくじを回し、ポケットティッシュを手に入れていたシグナムだった。ヴィータからビーフジャーキーを取り上げ、それと交換に自転車をおじさんから受け取る。

 

「んだよ? 自転車って、たまに町で見かけるアレだろ?あんま早くねーし、疲れるし、いらねーだろ」

 

「ああ、確かに疲れるし大して早くもない。もっともそれは魔法が使えればの話だ。今の我々が平然と魔法を使うわけにはいかないのはお前も分かっているだろう?」

 

「そりゃ……まぁ。はやて達に迷惑かけたくねーし……」

 

「ならば貰っておけ。徒歩よりはよほど速いし、これからなにかと出番もあるだろう。それにお前が自転車を持ち帰ったとなれば、主もきっと喜ばれる」

 

「……まぁ、シグナムがそこまで言うなら貰っとくかな」

 

「ああ、それに自転車をバカにしてはいけない。なんでも、かつてはこれに乗って宇宙人と月を背景に飛んだ少年もいたとか」

 

「まじで!? 自転車すげぇ!!」

 

 先程までとは打って変わって自転車に興味津々といった様子のヴィータは楽しげな声をあげながら、自転車のサドルやペダル、そしてハンドルを、まるでその存在を確かめるように触れた。

 

「てか、これどうやって使うんだ? シグナムは知ってんのかよ?」

 

「まぁな。どれ、少し貸してみろ。――うむ、これは中々どうして……」

 

 重さゆえのふらつきと、少々の覚束無さこそあるものの、シグナムは自転車をほぼ問題なく乗りこなしていた。

 

 もちろん、シグナム自身、自転車に乗るのは初めての経験だったが、彼女の持ち前の運動神経と、剣の鍛練を行う上で鍛えられたバランス感覚がそれを可能にしていた。

 

「おお! やるじゃねぇかシグナム!」

 

 素人目に見ても初めてとは思えない姿に、ヴィータも思わず称賛の声をあげる。シグナムもまた、柔和な笑みを浮かべながら片手を上げてそれに応え、自転車の軌道を修正した。

 

 そして、そのままシグナムの姿は遠ざかり、燦々と煌めく太陽を背景に彼女は駆けた――

 

 

 

「って、そのまま帰るのかよ!?

あたしを置いて行くなぁッ!!」

 

 

***

 

 

「ただいまー!」

 

「ただいま戻りました」

 

「お帰りヴィータちゃん、シグナム。お使いありが、と……」

 

 夕飯の下ごしらえをしていると、なぜか頭に特大のタンコブを作っているシグナムと、前カゴに買い物袋を乗せた自転車を押したヴィータちゃんがちょうど帰ってきていた。

 

 ……自転車?

 

「……おつりで好きなもの買っておいでとは言ったけど、お兄さん、これはちょっと予想外かな……」

 

「おーい! 楓ー! これもらったー!!」

 

「うん、よかったねヴィータちゃん。

で、どっから拾ってきたのシグナム? こういうはちゃんとお巡りさんに届けなきゃダメだよ?」

 

「自転車に乗っているのはヴィータなのに、なぜ真っ先に私を疑われるのか……遺憾のEです……」

 

「ごめんごめん。さすがに冗談だって。で、それどうしたの?」

 

「ええ、実は――」

 

 かくかくしかじか、かゆかゆうまうまと2人からある程度かいつまんで事情を聞く。

 

「なるほど、福引きかぁ。俺ああいうの当たったこと無いからちょっと羨ましいかも。もう乗ってみたの?」

 

「ご令弟。実はヴィータは挑戦はしたのです。したのですが……」

 

「楓、自転車はあぶねー……。さすがは宇宙人が作った超小型空中飛行挺ってだけはある」

 

 ……ちょっと何を言ってるのかは分からないけど、とりあえず自転車に乗れなかったのは分かった。

 

 確かによく見てみれば、ヴィータちゃんの服には転んだような汚れがいくつかあった。

 

「まぁ、自転車って最初は難しいって言うしね。仕方ないよ。なんだったら近くの公園に練習できる場所があるから行ってきたらどうかな?」

 

「よし! ならば私とそこで特訓だ! 着いてこいヴィータッ!」

 

「イヤだ」

 

「そうかッ! なら私一人で行く!!」

 

「シグナム一人で行っても意味ないでしょ!? ヴィータちゃんもなに笑顔で拒否ってんの!」

 

「ハッ!? ご、ごめん、楓! つい反射神経で」

 

 反射神経で拒否るってどんだけシグナムとの練習イヤなんだ……。

 その後、俺も協力するという条件でヴィータちゃんを納得させ、俺たちは公園にやってきたのだが……結果は、まぁ惨々たる様だった。

 

 決してヴィータちゃんの運動神経は悪くないけど、こればっかりは相性というか……それはもうこの1時間で一生分は転んだのじゃないかというくらいにポンポンと転んでいた。

 

「ヴィータ! そこで左足を踏み込むんだ! ああ違う遅い! 足が完全に落ちる前に反対の足を踏み出すんだ! 水上を走るのと同じ要領だ!」

 

「うるせぇ! 人が水の上を走れるのを前提で話すんじゃねーよ!! 忍者かテメーは!!」

 

 転びながらも律儀に突っ込みを入れるヴィータちゃんのプロ根性の何たることか。

 

「ふ~む、どうにも上手くいかんな……どうしたものか」

 

「いてて……別にそこまで本気でやらなくてもいーだろ。自転車くらい乗れなくても困らないし……」

 

「そんなことでどうするッ! この愚か者がッ!」

 

「わっ!急にでかい声出すなよ! びっくりすんだろーが!!」

 

「ええい、うるさい! そもそもお前には本気で自転車に乗ろうとする覚悟が足りんのだ! 必死になれていない!!」

 

「いや、別にそんな自転車くらいで……」

 

「……いいか、ヴィータ。お前の不安を煽らないように黙っていたが……件の少年と自転車に乗った宇宙人の話を覚えているか?」

 

「……? お、おお……」

 

「実は彼はな……自転車に乗れない子供は用無しとして、代わりにその家族を自分の星へと誘拐してしまうんだ。一度連れ去られたが最後、もう二度と遭うことも叶わず、ひたすら自転車を漕がされる毎日が待っているそうだ……言っている意味は分かるな?」

 

「ま、まじかよ……つまり、楓やはやてが……。わ、分かった! あたしはやるぞシグナム! 指導頼む!!」

 

「よしッ! じゃあとりあえず覚悟の証として、次にこけたらシャマルと二人で風呂に入ってもらう! そうなれば五体無事で済むと思うなよ!!」

 

「死んでも乗りこなすッ!」

 

 最低か。

 やっぱり仲間内でもそういう扱いなのかシャマル……。

 

「楓っ! あたし、楓を宇宙人に連れて行かせたりしないからな!!」

 

 えっ、俺拐われるの?

 この子はこの子でさっきから自転車を一体なにと勘違いしてるんだ……。

 

 その後もシグナムによるヴィータちゃんのスパルタ訓練は続いたものの、覚悟を決めたからといって急に上手く行くなんて漫画みたいな話があるはずも無く、ヴィータちゃんは相変わらず自転車を乗りこなすことができないでいた。

 

 そんな中、騒ぎを聞いたシャマルが家から応援に来てくれていた。

 

「どう? シャマルから見て何かアドバイスとかないかな?」

 

「う~ん、そうですねぇ……ヴィータちゃんはちょっと力が入りすぎている所がありますね。もうちょっとリラックスして挑戦してみたらどうかしら?」

 

「わ、分かった。リラックス、リラックス……!」

 

「それじゃあ余計に力が入ってるわよ……。分かったわ。それじゃあ気晴らしにちょっとしたクイズでもしましょうか」

 

 なるほど、まずは技術的なことは置いておいて、ヴィータちゃんの緊張をほぐす作戦か。それは確かに効果がありそうだ。

 

「プリンスプリンス、スパイススパイス。『ス』を抜いて言ってみると?」

 

「プリンプ――死ねッ!!」

 

 シャマルの最低な問題の意図に気付いたヴィータちゃんが、巨大なハンマーでシャマルに正義の鉄槌を下す。家に来て初めてアイゼン使っちゃたよこの子。本気で殺しに掛かってんじゃん。というか今のは死んだんじゃないか?

 

「おふ……たとえこれで死んでも後悔はないわ。……ああ、ただ瞳を閉じれば、あの日の思い出がよみがえったり、貴方の姿が映し出されて……」

 

「そのまま滅びろ!」

 

「そういえばお菓子のホワイトロリータって食べてると変な気持ちになりません?」

 

「……ホント、いい病院紹介しようか? いろいろな意味で」

 

 その後、シャマルがヴィータちゃんによって埋められたため事態は結局振り出しに。この人本当に何しに来たんだろ。

 

「んー……。やっぱさ、こういうのは運動できる人に聞くのがいいんじゃねーの?」

 

「私がいるじゃないか」

 

「テメェは一生アメンボごっこやってろ。楓は誰か知らないかな?」

 

「運動神経のいい人か……まぁ、当てが無いことは無い……けど」

 

 携帯を電話帳を開き、『た行』をタッチするとディスプレイに表示される一つの番号。着信拒否しようが登録を消そうが問答無用で毎晩掛かってくるその番号――の下に表示されているメールアドレスを開いた。だって直接声聞くの怖いんだもん。

 

「メールの内容は……来て、と」

 

「え、そんだけ? それで大丈夫なのかよ? つーか、そんないきなり呼んで来てくれんの?」

 

「はは、やだなぁヴィータちゃん。月村さんならメールすれば1分で来るに決まってるじゃないか」

 

「そ、そうなのか……。そういうもんなのか……」

 

 そもそも今のメールだって『遊びに来て』ってていう意味じゃなくて『出て来て』って意味だし。

 

「おまたせ!」

 

「こんにちは、月村さん。来てくれてありがとうね」

 

「まじで来た……!」

 

 メールを送ってきっかり1分。案の定月村さんはそこにいた。

 ヴィータちゃんがその事実に軽く戦慄しているが、八神家の一員である以上、この程度のことで一々驚いていたら身が持たないよ?

 

「今日は楓くんから電話が来るような気がして、おはようからお休みまでずっと見守ることにしてたんだ! これって運命かな!?」

 

「楓ー。この人ちょっとキモーい」

 

 俺はヴィータちゃんのその表現が本当は有り得ないくらいソフトな方なんだと気づく日が来ないことを祈るよ。あと多分それは運命じゃなくて呪い。

 

「それで、自転車に乗れなくても困ってるんだったよね?」

 

「うん、相変わらずドン引きするぐらい話が早くて助かるよ。あえて聞くけど、何で知ってんの? いつからいたの? あと月村さんは運動得意だし、その辺なにかアドバイスとかないかな?」

 

「私は楓くんのことなら何でも知ってるよ! ……う~ん。私も自転車自体は乗れるんだけどね、結構感覚で乗ってるところがあるから……。あ、そうだ!」

 

「なにか思い付いたの!?」

 

 やはり運動神経と成績と変態性は学年トップの月村さん。もう何か良い案を思いついたのか。流石はジャイアン並の力とスネオ並の財力と出来杉くん並のスペックとしずかちゃん並の容姿とドラえもんの並の利便性とのび太並の残念さを持つ月村さんだ、頼りになる。

 

「つ、月村師匠! あたしはどうすればいい!?」

 

「うん、補助輪……つけてみたらどうかな?」

 

……あ。

 

 

***

 

 

「お、おお……すげぇ! 自転車すげーよ楓!」

 

 月村さんのアドバイスのおかげで、補助輪付きとはいえ、やっと自転車に乗れたヴィータちゃんの声はとても嬉しそうだった。

 

 もともと、ヴィータちゃん自身の運動神経は悪くないし、あの分ならすぐに補助輪は取れるようになるだろう。

 

「ほら! 楓も乗ってみて!」

 

 喜びを誰かと分かち合いたいのか、ヴィータちゃんは俺の前で自転車を降りて、興奮しながらサドルを指差した。ああ、やっぱこの子天使だわ。

 

 もちろん天使の静かな湖に波紋が拡がって行くような笑顔を曇らせるわけには行かないので、俺はその申し出を快く受け入れて自転車に乗り――そして思いっきりこけた。

 

「補助輪つきで……」

 

「こけた……!?」

 

 ……ここまで自分の運動神経が悪いと自覚していなかった初夏のある日。

 恥ずかしさと傷みに悶えながらも、これから起こるであろうシグナムの猛特訓に思いを馳せながら……静かに意識を手放した――

 

 

 

 

 

 



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別に魔法ぶっ放さなくても、友達にはなれる

今回はやさしい世界


 

「思うんだけどさ、人間って言うのは元々孤独な生き物だと思うんだ。誰も頼らない、誰も助けない」

 

ーーパチン

 

「はい、ピンクとブラックとった。次シャマルの番な」

 

「でもさ、そんな人間にも一つだけ例外はあると思うんだ。つまり何が言いたいかって言うとね……」

 

ーーパチン

 

「やったわ! ブラックとレッドとホワイトをトリプルゲットよ! 次はやてちゃんどうぞ」

 

「……友達ってさ、いいもんだよね。困った時に助け合えるってさ、素晴らしいと思わない?」

 

ーーパチン

 

「あっ、私もブラックゲットや!

はい、シグナム」

 

「ああ、いや……本当はそんな話がしたいんじゃないんだ。もっと分かりやすく言うと……」

 

ーーパチン

 

「私もブラックゲットです。これでご令弟は脱落ですね」

 

「……みんなで俺を集中攻撃するのをやめてください……。俺に仲間はいないんですか……?」

 

 はい、そんなわけでいきなり敗北宣言を食らっています。ちなみに俺達が今何をしているのかというと、八神家五人用特別オセロ、通称ゴセロ。

 

 通常の白と黒の駒に加えて、赤、ピンク、グリーンが追加された姉さんの悪ふざけによる産物だ。相変わらず変なことばっかり思い付きやがって。

 

 しかもこのゲーム、数の暴力によるイジメが可能なだけじゃなく、もう一つ恐ろしいことがある。

 

「それじゃあ最下位の楓は罰ゲーム決定や! みんな~」

 

「はいはーい! 全裸でショタコンレボリューションを踊ってもらいましょう! あっ、もちろん私も一緒に踊ります」

 

「いやいや、バカを言うな馬鹿。ご令弟にそんな恥知らずな真似をさせられるか馬鹿。私とかめ○め波の練習をしていただくに決まっているだろう馬鹿」

 

「私はシグナムの恥の定義が気になるわぁ。ヴィータは何がええと思うー?」

 

 ……そう、最下位に他の全員がよってたかって罰ゲームを与えるのだ。ザフィーラ、どうやら盾の守護獣の出番のようですよ。

「ジュース……」

 

「ん?」

 

 なにやら覚悟を決めたような声をヴィータちゃんが搾り出す。

 

「……あたしは、ジュースが飲みたい! 飲みたいったら飲みたい!!」

 

「お、おいヴィータ。ジュースくらい別に今度でもいいだろう?」

 

「あたしは今飲みたいんだよ! だから楓、買ってきて!! 早くッ!!」

 

 ……今、もしかしたらみんなの目にはヴィータちゃんは我が儘な子供に写っているのかもしれない。

 

 みんなで決めるはずの罰ゲームを、癇癪を起こして勝手に決めたんだからそう見えても不思議じゃないだろう。

 

 だが俺は見た。

 

 ヴィータちゃんの口が確か『に・げ・て』の形に動いたのを。

 

 ありがとうヴィータちゃん。

 最高だよヴィータちゃん。

 君がご近所で天使だの癒しだの魔窟にさす一筋の光だのと言われてる理由がハッキリ分かったよ。

 

 

 

***

 

 

 

 さてさて、ヴィータちゃんの助けもあって逃げて来たのはいいけど、これからどうしようか。家にはしばらく戻れないし、金もないし、友達もいないし。

 

 公園にでも行くか……。……おや? あそこにいるのは

 

「あっ、君はあの時のフェレット落としの人」

 

「そう言う君はビー玉集めの子」

 

 ……いや、フェレット落としの人は無いんじゃないか。そんな渾名つけられてみろ、温厚なムリゴロウさんが修羅と化してやって来るぞ。

 

「……って、ああ、そういえば前は結局名前も聞くの忘れてたんだっけ。えっと、俺は八神楓。君は?」

 

「あ、えっと、フェ、フェイト……。フェイト・テスタロッサ」

 

「フェイト・テスタロッサ……なんかかっこいいね。よろしくテスタロッサさん」

 

「あっ……。よ、よろしく……」

 

 ビー玉の子改め、テスタロッサさんと握手を交わす。

 

「それにしてもこんなところで会うなんて奇遇だね。テスタロッサさんは何してたの?」

 

「……テスタロッサ、さん……あっ! わ、私はジュエルシードを探してたんだ」

 

「あー、やっぱりまだ全部は見つかってないんだ。俺も気にしてはいたんだけど……ごめん、あれ以降は見てないや」

 

「そ、そんなこと! 協力してもらってるのは私だから!!」

 

 ーーあれ、この子もしかしてすっごい良い子じゃねぇ?

 

 普段からヴォルケンの相手をしていると、こういう穢れの無さすぎる反応をされると、なんというか戸惑う。これがシグナムならインド映画みたいに唐突に踊り狂いながらジュエルシード探しの手伝いを要求してくるのに。

 

「あ、そうだよ。 今日はしばらく家に戻れないんだし、俺も探すの手伝うよ!」

 

「えっ!? い、いいよそんなの! どこにあるのかも分からないし……」

 

「いいからいいから、俺にも手伝わせてよ! その……困ってる時に助け合えるのって、友達っぽいしさ」

 

 よし。多分俺、今いいこと言った。

 

 ……と思ったら、テスタロッサさんは何故か困ったような表情でこっちを見ていた。あ、あれぇ?

 

「……もしかして、迷惑だったかな? テスタロッサさん」

 

「あっ、いや、そんなこと……あの……で、できればその……あの、でも、やっぱり……な、名前が……!」

 

 名前がどうしたって?

 

「名前で、呼んでほしい……かな、なんて……そっちの方が友達っぽいし」

 

 

 

***

 

 

 そんなこんなで二人でジュエルシード探しを始めて早くも三時間が経過していた。

 

 フェイトちゃんと雑談を交えつつも町中をくまなく探してはいたけど、やっぱりそうそう簡単に見つかるわけも無く、結局一つも見つけることはできないでいた。

 

「それで、その後の調子はどんな感じ? ビー玉集めは上手くいってる?」

 

「あんまり上手く行ってない……かな」

 

「そうなの?」

 

「うん……。そのせいで母さんを困らせちゃったし……それに、フェレットには煽り顔で

『相ッ変わらず無駄な抵抗をするんだねキミぃ……もっと賢く時間を使ったらどうだい? ホモビデオ見るとかさぁ!!』って苛められるし……」

 

 ジワァ……。

 

 あ、ヤバイ、フェイトちゃんが泣きそうだ。思い出して辛くなっちゃったのか。もう涙腺決壊三秒前って感じだ。大丈夫だよフェイトちゃん、多分俺でも泣くから。

 

「うん……。でも、仕方のないことなんだ。私がジュエルシードも碌に見つけられないだめな子だから……。フェレットには虐められるし、母さんには叱られるし、あの子にはボコボコにされるし……どうせ私なんて……」

 

 なんかこの子ちょっと会わない内に大分ネガティブ入ってない?

 

「そ、そうだ。 そのビー玉ってそもそも何なの? 確かお母さんが集めてるんだよね?」

 

「あ、うん。これはジュエルシードって言って、これに強く願えば願いを叶えてくれるロストロギア……えっと、つまりオーパーツみたいなものなんだ」

 

 よし、話題逸らし成功。

 それにしてもあれか。7個集めると龍が出て来てってやつか。へぇー、思ってたより青くて小さいんだなぁ。

 

「い、意外と驚かないんだね。信じてもらえないかと思った」

 

「願いを叶えるオーパーツ如きで?

ははっ、うちには既にネジが5、6本は外れてるとしか思えない本の妖怪たちがいるのに?」

 

「君は君で辛い人生を送ってるんだね……」

 

 その本気で哀れむような目を止めてくれないか。俺だって分かってる、分かってるんだ。

 

「それにしても、願いを叶えるね……」

 

 ということは、あのビー玉を使えば姉さんの足を治せたりするのかな?

 

 いや、上手くいけばおまけでシグナムとシャマルの頭も治せるんじゃないか? あれ、ビー玉すごくね?

 

「とは言っても大抵は暴走して、おかしな結果になるんだけどね。だから楓も、もし見つけてもお願いしちゃ駄目だよ?」

 

 やっぱり世界がそんなに優しくできてるはずがなかった。俺の人生ハードモード確定。

 

 ……ん? あそこの猫、なにかくわえてる? なんか光ってるけど、あれってまさか……

 

「にゃー、にゃー。……はぁ、なんで私がこんな……完全に労基違反だろ……あっ、ヤバ。にゃー、にゃー」

 

 なんか今聞こえてはいけない何かが聞こえた気がしたんだけど……。中間管理職の愚痴みたいな……

 

「って! あった! あったよ!! フェイトちゃん!!」

 

「うそ、本当に……。あっ! 触っちゃダメだよ! 暴走する前に封印するから!」

 

 どういう経緯で猫が愚痴ってたのか果てしなく疑問が尽きないところだけど、なんにせよラッキーだ。

 

 フェイトちゃんが極めて慎重な手つきで猫が落としていったビー玉を封印する。なんか鎌みたいなのがどこからか出てきたけど、最近の魔法の杖ってやたらアクロバティックなデザインになってるんだな。

 

「やっぱり暴走するとヤバイものなの?」

 

「軽くこの町が壊滅するくらいには」

 

 予想以上に物騒だった。

 俺、前にそれを投げて遊んでたんどすけど……。

 

「でもみんな、なんでそんな危ないもの欲しがるんだろうね? 俺だったら頼まれても要らないよ」

 

「……母さんは、その危ない力で地球の人に迷惑がかからないようにって言ってた。ジュエルシードを解析して正しい使い方をするって」

 

「いいお母さんだね」

 

「フェレットの方は……全人類男性化計画がどうとか言ってたけど……」

 

「最低の畜生だね」

 そのフェレット、本当にどこを目指してるんだよ。

 

「そうだ、今度は楓の話を聞かせてほしいな」

 

「……え?」

 

「楓の家族の話、聞きたい」

 

「……うちの話なんて聞いても仕方ないと思うけど」

 

「そんなことない。私は楓の話、聞きたいな」

 

 そんなことある。俺は家族の話、聞かせたくないな。

 

 ……と、期待値マックスのフェイトちゃんに言えるはずもなかった。

 

「……家は6人家族なんだけどね、姉が一人と、あとは奇妙な人達が4人ほど……かな?」

 

 それにしてもうちの話か……。

 この前シグナムが剣道場で試合中に間違って死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!! って叫んでクビになった話でもしようか。

 

「ぶふっふぉっ!! おふぇっ、おへっ!!」

 

 あ、笑ってくれた。始めてみる笑顔がむせながら吹き出す姿ってのもちょっと複雑だけど。

 

「こ、個性的なお姉さんなんだね。でもそんなこと言ったら相手の人も傷付くかもしれないし、止めておいた方がいいと思うよ……?」

 

 すげー。見渡せば変態ばかりのこんな世の中だけど、フェイトちゃんは常識人でした。そう、これが人のあるべき姿なんだ。笑顔で容赦なく常識を粉砕する同居人なんておらんかったんや。

 

「まぁ実際のところ、かなり助けられてはいるんだけどね。なんだかんだで面白い人達だし。それに実はうち、姉さんが病気してるんだけど、最近はみんなが付いててくれるから学校にいる間も安心できるんだ」

 

「……お姉さんのこと、大切なんだね」

 

「うん、たった一人の肉親なんだ。命をあげたっていい」

 

 せっかくだし携帯を取り出して写真でも見せてみようか。双子とは言ってないからビックリするかも。

 

 …………着信、38件……。メール62通……。

 

「あっ、死んだわ俺」

 

「えっ、死ぬの?」

 

 とりあえずメールを古い物から順に開封してみる。

 

『遅いけど大丈夫? 今どこにいるん?』

 

『帰りが遅いので心配してます。どこなん?』

 

『今どこ?』

 

『今シグナムが罰ゲームで鼻からレヴァンティン出してます』

 

 なにそれすっごい見たい。

 

 

***

 

 

 その後、見付けたジュエルシードはフェイトちゃんに渡し、急いで家に帰ったものの家に着くころにはすっかり真っ暗になっていた。

 

 あ、玄関の電気、消えてる……もう寝たのかな?

 

 もしかして俺、助かるパターン?

 

「……おかえり、楓。随分と、遅い帰りやったな」

 

 お父さん、お母さん、多分僕は今夜そっちへ逝きます。

 

「た、ただいま姉さん……」

 

「楓! ちょっとそこに座り!」

 

 そのあとめちゃくちゃ怒られた。

 結論、夜遊びはいくない。

 




次回、高町なのは、立つ


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それは珍妙な出会いなの

『今日は、みんななんやかんや騒いでいて、あとなんか授業頑張ってました。学校楽しいです。終わり』

 

「……いや、さすがにこれじゃ駄目か……」

 

 突然ですが、俺は今とても困っています。というのも、実は俺は今日は日直なのです。

 

 日直の仕事は主に休み時間ごとの黒板の掃除や、プリントをみんなに配ることなど、簡単なものばかりですが、俺にはどうにも苦手な仕事が一つだけあるのです。

 

「学級日誌……どうやって書けばいいんだこれ……」

 

 いくら唸っても、目の前の用紙は白紙のまま。俺はこの放課後に残って日誌を書く仕事だけは入学以来、どうにも苦手だった。

 

 しかも、一人で唸っているうちにクラスメイトはとっくにみんな帰って、教室には俺一人……。なんで一人でいる教室ってこんなに寂しさを感じるんだろうね。

 

「……こうなったら、あんまり良い事じゃないかもしれないけど……みんなのを読んで参考にさせてもらおう」

 

 ということで、ちょいちょいとページを捲る。うわ、この人すごい字がキレイなんだけど。誰だ?

 

『○月□日

 今日はテストの成績表が帰ってきました。英語はすずかに負けちゃったけど、理数科目は学年で1位をとりました。このまま勉強を頑張って、将来はパパの“あーくりあくたぁ”とかいうものを作る仕事のお手伝いがしたいです。』

 

 これはバニングスさんだな。

 やっぱり普段は真面目というか、まさに日誌のお手本って感じだ。というか俺もその仕事のお手伝いがしたいです。

 

『○月☆日

今日は雨。そのせいで男子みんなでやるつもりだったドッチボールができなかったから雨嫌い。まじで雨とかありえねーよ。なんで神様はこんないらないものを作ったのか意味ふめー。』

 

 これは……隣の席の田辺くんか。なるほど……こんな風にラフな書き方をしてもいいんだな。

 

 ……ちなみに俺はそのドッチボールに誘われていない。少し泣きそうになった。

 

『○月×日

 今日は掃除当番で、教室を掃除していたら、山田くんがふざけてバケツを振り回して、八神くんに水がかかってかわいそうでした。すずかちゃんが注意してくるっいってたので、私は八神くんをふいてあげてたら、つかれた目でこのくらい家にくらべたら平気って笑ってました。』

 

 そういやあったね、そんなこと。これは佐藤さんか。あの時はありがとう。そういや確かこの日は結局濡れたまま家に帰って、事情を聞いた姉さんやみんなも怒ってたっけ。

 

『○月○日

今日、山田が転校しました。』

 

「や、山田ァ!?」

 

 そういや、最近見かけないな~程度に思ってたら明らかに何かの陰謀に巻き込まれていらっしゃる!?

 

 もうやだよ……なんか怖いよこの学校……。……いや、考えるのはよそう。どうせ時間の無駄だもん。ほら、次次

 

『○月@日

今日はとても天気がいい日で、洗濯物を干すなら今日かなぁと思いながら学校へ来ました。みんな私と同じことを考えているのか、どこの家も洗濯物を干していました。そのあんまりにずらっと並んでいる光景がなんだか面白くて、ついついその内の一つに手を伸ばしてしまいました。

 

そんなわけで、パンツ盗んだのは私ですごめんなさい。』

 

 むしろ月村さん以外に誰がいると言うのか。ホント、やめてよね、最近じゃ俺の下着を何故か月村さんの方が多く持ってるという謎の事態になってきてるんだから。

 

 窓の外から人の寝顔を見るのだって昔はロマンティックだったかもしれないけど、今じゃストーカーって立派な犯罪なんだよ?

 

『○月★日

日曜日は家族みんなでビリー隊長のブートキャンプをやりました。だんだん体か温まって、テンション上がってええええ!!! 思い出したら居ても立ってもいられないのでランニングしてきます!!』

 

 おい、誰だこれ書いたの。ありなのかこれは? もはや学校が一ミリたりとも関係ないんだけど。

 

 そっと学級日誌を閉じる。これは危険だ。見れば見るほど俺の世界がおかしくなっていく。

 

 と、まぁこんな具合にアホなことばっかさやっていたら不意に後ろから声を掛けられた。

 

「あの……八神くん?」

 

「ん? ……あれ、高町さん? どうしたの? もうみんな帰ったと思うけど……」

 

「八神くん、今日の日直だったよね? 先生にね、これを渡してほしいんだけど……」

 

 はい、と高町さんから長方形の封筒を手渡される。

 

「これって……休学届け? 高町さん、学校休むの?」

 

「うん、ちょっとね。あっ! でも本当にちょっとだけだよ! 用事が終わったら直ぐに戻ってくるから!」

 

 お、おう。

 なんかよく分からないけど、随分と張りきってるみたい。とりあえずがんば?

 

「うん! ありがとう八神くん!!」

 

「きゅーきゅー」

 

「……ところでさ、さっきから気にはなってたんたけど……高町さんの肩にいるそれってフェレット? 」

 

 正直、今はできるだけフェレットに関する話題は避けたかったけど、なんかさっきからこっちをガン見してるんだけどそいつ……。

 

「あ、うん。この子はユーノくんっていうんだ。ちょっと前から家で飼うことになったんだけど……お兄ちゃんがあんまり一緒に居たくないって言うから連れてきちゃった」

 

 へぇ、もしかして高町さんのお兄さんは動物が苦手なのか。そういやフェイトちゃんもフェレット苦手だったっけ。いや、あれは相手のフェレットが特殊すぎるだけか。

 

「ま、いいや。よろしくね、ユーノくん」

 

「きゅー、きゅー」

 

「あ、鳴いてる。かわいいなぁ。きゅー、きゅー、きゅ~?」

 

「日本語でおk」

 

「!?」

 

 ……い、今のは幻聴……?

 

「い、今このフェレット……!」

 

「き、ききききき気のせいだよ!うん! 絶対に気のせい! 気のせいったら気のせいだよ!」

 

「木の精!? このフェレットは木の精なの!?」

 

「強いて言えば奇の性かな? やぁ、ホモーニング! 」

 

「また喋った!? しかもなんか気持ち悪い挨拶した!」

 

「こ……これはそのぉ……ふ、腹話術! そう、腹話術なんだ! 最近練習してるの!」

 

「『どーも、私、高町なのは。趣味はプロテイン自作と、町でいちゃついてるカップルに泥団子を投げつけることでゲスゥ~』」

 

「私はそんなこと言わないもん! ユーノくんのバカ! ……あっ」

 

 まさかこいつ……

 

「いやー、それにしても君、男の子だよね? よかった~。なのはの友達ってエセツンデレとロマンティックストーカーくらいしかいないものだと思ってたよ。なんだいるじゃないか、僕好みのショタボーイがさ!」

 

 間違いない。こいつ、フェイトちゃんの言ってたフェレットだ……!

 

「もう! ダメでしょユーノくん!!

ユーノくんは変態さんだから八神くん驚いちゃってるじゃない!」

 

「それはちょっと聞き捨てならないな。僕は変態なんかじゃない、ただ純粋に男の子が好きなだけだ」

 

「どっちにしてもタチ悪いよ!」

 

 頭が痛くなってきた。

 

「高町さん、今って夜だっけ……?」

 

「認めたくないのは分かるけどこれは夢でも幻でもないよ。歴とした現実なんだ」

 

 ですよねー。ちくしょうが。

 

「あ、あの、八神くん、これはね……」

 

「あー……いや、いいよ説明しなくて。多分聞いても後悔するだけだと思うから。でも代わりににそいつにフェイトちゃんをあまり虐めないように言っといてくれない?」

 

「えっ、フェイトちゃんを知ってるの!?」

 

「今まではやれ、脱いだ後の靴下だの、鼻をかんだ後ティッシュとカスどもにゴミ同然に扱われてきたけど……その不幸も全て、君に会うための試練だったんだね!」

 

 おい、こいつさっきからなんかおかしいぞ。なんの脈絡もなく変な話題ぶっこんできやがった。

 

「ほらユーノくん! 八神くんが困ってるでしょ!! それに今は私がかえ……八神くんとお話してるんだから邪魔しないの!!」

 

「止めないでよなのは。言っておくけど、僕は女の顔なら躊躇いなくグーで殴ることもできるんだよ?」

 

「したり顔でなに言ってるの!?

コラッ! ユーノくん、女の子には優しくしないとダメって言ってるでしょ!」

 

 ……なんだこれ?

 

 …………なんだこれ?

 

「あの……悪いけど俺もう行っていいかな? 帰ったらヴィータちゃんvitaで遊ぶ約束してるんだ」

 

 早くこの現実から離れてゲームの世界に逃げ込みたい。面白いよね、ゴッ○イーター。

 

「あ、もしかしてG○D EATER!? 私も持ってるんだ! ねぇ、今度通信しようよ!」

 

 ーー臥せれてない!?

 

「ゲームぅ? やめときなよそんな子供騙し。君には似合わないよ。僕ともっと危ない遊びをや ら な い か?」

 

 お前は黙ってろ靴下。

 

「ごめんね八神くん!ユーノくんはちゃんと近いうちに去勢しておくから!」

 

「え、なにそれ聞いてない 」

 

「ほ、ホントに今日はごめんね、八神くん……」

 

「いや、いいよ……。なんかもう最近いろいろありすぎて、ちょうど人生に諦めがついてきたところだしーー」

 

「ん? 今諦めるって言った?」

 

 ……え?

 

「まずい……!」

 

 何故か一目散に逃走を始めるユーノ。そして高町さんはユーノの顔面を鷲掴みにしてそれを食い止めていた。

 

 ……は?

 

「今諦めるのって言ったよね? なんで? なんでそこで諦めるの! 根気よくお話しすれば変態のユーノくんも分かってくれるかも知れないでしょ!? 諦めちゃ駄目!諦めちゃ駄目! 一生懸命に頑張ってれば気付かない内にやり遂げられるから! 八神くんはまだエンジンのかけ方を知らないだけなんだよ! 私も一緒に頑張るから、八神くんも頑張って! 具体的に何を? 知らないの!! 考えるんじゃなくて感じるの!!さぁ、一緒に叫んで! よっ……しゃぁぁぁああああッッ!!!」

 

「……ねぇ、ユーノ。これはなに……?」

 

「な、なのはに『諦める』は禁句なんだ! 昔の体験がどうちゃらとか言う割とどーでもいい設定で、その言葉を聞くとなのはのテンションがフォルテッシモに……!」

 

「おい、ユーノ。 なんかこの子シャドーボクシング始めたんだけど……!」

 

「ついでに攻撃的になるんだよ! この前なんてその言葉を言った金髪にスープレックスかまして泣かせたくらいなんだから!!」

 

 なにそれ金髪の子かわいそう。

 

「な、なのは! とりあえず一端落ちけつーー」

 

「リリカルトーキック!」

 

「ア゙ァァァァア!!」

 

「ユーノ!?」

 

 高町さんは鷲掴みにしていたユーノを地面に叩きつけると流れるような動作でつま先蹴りを叩き込んでいた。

 

 なんて酷いことを……でも、ごめん、ちょっとスッキリした自分がいるわ。

 

「くそ! 下手に出れば女の癖にいい気になりやがって! 僕にこんなことをしてみろ! 動物愛護団体とムリゴロウが黙ってないぞ!!」

 

「リリカルストンピング!」

 

「ア゙ア ゙ァァァァァァァアアア!!」

 

「ユーノォォォ!?」

 

 

 その後、高町さんの、お仕置き完了なの、という死刑執行完了宣言が出るまでユーノフルボッコは続いた。

 

 俺はというと、もう完全にハートフルボッコされてその場に立ち尽くすことしかできませんでしたとさ。

 

 

***

 

 

「ご、ごめんね二人とも。諦めるってワードを聞くとどうしてもテンションが上がっちゃって……。私のこと、めんどくさい子だと思う……?」

 

「ま、まさかそんなぁ。ねぇ、楓?」

 

「そ、そうだよ! そんなこと思うわけないじゃないかー……」

 

「ほんと!? 良かったぁ……」

 

「「(めんどくさいわこの人……

……)」」

 

 

『今日の日誌

 

今日、ホモと修造に出会いました。

 

     八神楓』



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宿題は自分でやりましょう

お久しぶりな方はだいぶお久しぶりです


「う~ん……」

 

それは春の穏やかな気候も終わりを告げた、蒸し暑い夏の土曜日のことでした。

突然ですが、今、俺はある重大な課題を抱えています。それは……。

 

「作文の宿題ってなに書いたらいいんだ……」

 

 そう、全国の小学生の共通の敵、学校の宿題です。しかも、今日の宿題は自由作文。つまり、自分で何かテーマを決めて、それについての文章を書かなければならないのだ。正直、数ある宿題の中でも俺はこれが特に苦手だ。おのれ先生。

 

変に考えすぎてテーマすら決まらない……。日誌に続き、こういう文章書くのってなんだか苦手なんだよな。そもそも俺理系だし。というか、そもそもなんでもいいってのが悪いんだよ。晩のおかずのリクエストも宿題もなんでもいいが一番困るって隣のババアが言ってた。

 

「こういう時は誰かに相談するのが一番なんだけど、友達いないしなぁ、俺……」

 

「あ、楓くん、それ今日の宿題? 困ってるなら私でよければ相談に乗るよ?」

 

「さも当然のごとくいつのまにか我が家にいたことはともかく、なにかいい案があるの月村さん?」

 

「うん、ちょっと待ってね……」

 

 我が家の座敷童、月村さんが手持ちのカバンから綺麗な字で書かれた作文用紙を手渡してくれます。しかも、軽く内容に目を通せば、これまた小学生らしからぬ高度な文章表現だった。しかしすごいよな月村さんって。だってこれだけの輝く才能を、カバンからはみ出てる男物のパンツ一枚で台無しにできるんだもん。誰にでもできることじゃないよ。

 

「私はお姉ちゃんやメイドのファリンやノエルのこと、それに近い未来の旦那様のことを書いたんだ。楓くんもご家族の人に協力してもらって、家族のこと書いてみるのはどうかな?」

 

家族かぁ……。確かにいい案かもしれないけど、うちの家族だしなぁ。どうせまたロクでもないこと書かされるに決まってる……。特に姉さんとかシャマルとかシグナムとかシャマルとか。

 

「……うん、悪いんだけどさ、月村さん、やっぱこの宿題に関しては自力でやろうと思うんだ。月村さんも、うちの家族にはこのこと、黙っててもらえるかな?」

 

「うん、わかった! 楓くんがそう言うなら私、絶対に言わない!」

 

「今約束したからね? 本当にお願いだよ。いい? 俺の宿題の件は姉さんたちには、絶対秘密!」

 

「楓くんが2年生までおねしょしていたことは、絶対秘密!」

 

「ちがう!! というかなぜ知っている!?」

 

 とかなんとかコントをしていたら、騒ぎを聞いた自宅警備員達《ヴォルケンリッター》が何事かとこっちに集まってきていた。

 

「さっきから一体どうしたんですか? もしかして最近近所にできたおたのしみ幼稚園の話ですか? だったら私も仲間に入れてください!」

 

「ああ、そういえばその幼稚園からシャマル宛に接近禁止命令の手紙が来ていたぞ。わざわざシャマルごときに様付で手紙を送ってくれるなんて実に礼儀のなった先生だ」

 

「……あれ、楓それ何書いてるん? あっ、それ学校の宿題?」

 

 あーあ、結局こうなっちまうんだよ今回も……。

 

「宿題ですか! だったら私たちもお手伝いしますよ。ねぇ、シグナム?」

 

「うむ。ご令弟と主の力になってこそのヴォルケンリッターだ。宿題ごとき、目でもない。して、宿題とは何者なのですか、どう始末するのが効果的ですか、爆薬は何個必要になりますか? ご令弟」

 

 慈愛に満ちた聖母のような表情で訪ねてくるシグナムに、今、俺の中の本能とか危険信号とか、なんかそれっぽいものが全力で警報を発していた。

曰く、このランボーと同じような思考回路を持った女に任せてはいけないと。

 

「いやー……みんなの気持ちは本当にありがたいんだけどさ。だからこそ気持ちだけ受け取っておきたいというか……」

 

「へー。自由作文の課題かー。最近はこういう宿題がでるんやねぇ」

 

って、もう始めてる!?

 

「悩むことなんてないわ楓くん! テーマを家族にすれば、こんなのすぐに書き終われますよ! 例えば家族の好きな食べ物とか、休日の過ごし方とか、趣味とか!」

 

「ただでさえ微妙に教室で浮いているこの俺に、家族の趣味はおたのしみ幼稚園をおたのしむことですと書けと?」

 

「じゃあ僕、八神楓の将来の夢はシャマルお姉ちゃんのお婿さんになることですっていうのはどうですかッ!!」

 

「あ、絶対ヤダ」

 

 真顔で速攻で答える。

 今の時代では大事だよね、はっきりとNOを言う意思。

 

 とかなんとかやっていたら、いつのまにか姉さんが原稿用紙と鉛筆を手に取っていた。

 

「こういうのはわたしに任しとき。結構得意なんよ。あらほらさっさー……と、こんなんでどないや?」

 

『テーマ お姉ちゃんについて。僕には、双子の姉がいます。僕は、お姉ちゃんが大好きです。どのくらい好きかというと、お姉ちゃんと僕の服を交換して、僕がお姉ちゃんになったような気分になりながら鏡を見て、いろいろなポーズをとることで快感が……』

 

「却ーーーーーーっ下ッ!!!」

 

 勢いよく姉さんの書いた原稿用紙を破り捨てる。

 こんなもんを学校で発表したら友達どころか学校にいられなくなるわ。

 というか、俺は9年の人生の中でそんな回りくどい快感なんて感じたこともないからね!?

 

「予感はできてたけど姉さんはいったい何がしたいの!? 俺を一体どうしたいの!?」

 

「そんな事お姉ちゃんの口から言わすなんて……いやん、楓のエッチ☆」

 

「やめてくんないかなそういうこと言うの!? というかエッチなのは姉さんの頭の中だよ! ハァ……時々何で姉さんが俺の姉さんなのかと本気で思うよ……」

 

「そっか……。ごめんな、楓……妻になってあげられんで。今度みんなで姉弟婚が許される国に行こう……?」

 

ポジティブだなあんた……。

 

「では、僭越ながら次は私が……ふむ、こんなものか?」

 

「あっちょ、勝手に……! てか書き上げるの早いな!?」

 

 シグナムが一瞬で書き上げた作文に目を通す。相変わらず無駄にスペック高いなヴォルケンリッター。この能力のリソースをなぜ一割でも頭に回さなかったのか。闇の書の製作者はきっとアホだったんだな。

 

『テーマ、近年の規制強化について。最近、子供向け番組で、過激なシーンやお色気のシーンが露骨に減っています。なんでも、子供にとって害悪な存在は規制するのが正しいとかいうことですが、そのせいで、うちのシャマルがとても辛そうにしています』

 

「あれ? シャマルって子供向け特撮とかアニメ好きだっけ?」

 

「いえ? 私はあくまで三次元のロリショタにしか興味ありませんよ。二次元ごとき規制されても屁でもありません。ちょっとシグナム。この作文間違ってるわよ」

 

「……? なにを言う。お前は存在そのものが子供にとって害悪だろう?」

 

 あ、そっちね。

 クールな顔してしれっとひどいなシグナム。

 

「どっちにしても間違いよ! 私はただちょっとロリショタを眺めたり舐めまわしたり蔑んだゴミを見る目で見られたりするのが好きな近所なエッチなお姉さんよ! ね、楓くん?」

 

「滅べロリコン」

 

「そうです、それです。ありがとうございます!」

 

 お礼言う前に謝れよ、全国の少年少女に。

 

「駄目だ、月村さん。やっぱりうちの家族は頼りにならない。というか頼りにしちゃいけない。なにか他に案はないかな?」

 

『パンツが洗濯済みのものしかなかったので帰ります。 すずか』

 

 そういやすっかり忘れてたけど君もシャマル側の人間だったね。

 

これ以降、もう宿題でこの人たちを頼るのはやめようと固く誓ったのでした。

あ、ちなみに俺の作文のテーマは若者の人間離れについてになりました。

 



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映画は友達と見るようにしましょう

 

 

 世の中何が起こるかわかったもんじゃない。

 言葉でいうのは簡単だけど、案外それを自分の身で考えることができる人は少ないものだ。

 

 もしかしたら明日、事故にあうかもしれないし、地震が来るかもしれない。いや、それどころか古の魔導書が覚醒して4人の騎士が目の前に現れるかもしれない。

 

 ……と、考えていたけど、俺はまだ甘かったんだ。突然の出来事は『明日』じゃなくて、『今日』突然やってくるものなんだ。

 

 実際今朝までの俺は今日、まさかこんなことになるなんて、夢にも思っていなかった。

 

 そう、今日バニングスさんに声をかけられるあの瞬間まで。

 

 

 

***

 

 

 

「あら、おはよう。今日は随分と早いじゃない」

 

「へ?」

 

 思わず間抜けな声を出し、そのあとあたりを見回す。

 ……うん、誰もいないね。

 

 え、もしかしてバニングスさんは今、俺に挨拶をしたのか? 

 いやいや、まさか。あの隙あれば俺を罵倒してくるバニングスさんが普通に挨拶するなんて。きっと今のは俺の心の弱さが生み出した幻聴だな!

 

「……聞こえなかったのかしら? あんたに言ったんだけど」

 

「ええっ!?」

 

 幻聴じゃない!? そんな馬鹿な!?

 

 と、とにかく早く返事をしないと……。と言っても相手はあのバニングスさんだ。ここは努めて冷静に、かつ紳士的に余裕をもって返事をしないと。でないとまぁた、ボッチは挨拶に慣れてないとかなんとか、なに言われるか分かったもんじゃないぞ。

 

 なに、要はいつも姉さんとかにしてる挨拶をすればいいだけさ。俺ならできる。自分を信じて! さん、はいっ!

 

「お、おおおお、おはっ、おはよう、ベ、バ、バニングスさん。そそ、そういうバニングスこそはやや、いね。クラスでいちっ、1番じゃん!」

 

 よし、さりげなく返事をすることに大成功。どこからどう聞いても平静で落ち着きのある挨拶だ。

 

「そうね」

 

「あ、うん……」

 

「「………」」

 

き、気まずい……。

なんでさわやかな朝からこんなヘビィーな空気に……。

 

「映画っていいわよね」

 

「は?」

 

「テレビじゃ味わえないあの迫力。映画館特有の何とも言えない雰囲気。見ている人たちに心が一つになっていく連帯感。あれはまさしく人類の英知とも呼べる発明よ」

 

「そう……なのかな。映画はたまにしか見に行かないからよくわからないけど……。姉さんとは何回か行ったけど、最近はそれもずっとないし……友達と見に行くこともないし」

 

「相変わらず寂しい人間関係を築き上げてるのね」

 

 ほっといてくれ。

 

「君○名はって面白いそうよ」

 

「は……?」

 

 今度はいったいなんだ? なんだか今日のバニングスさんはいつもに増して様子がおかしいぞ。

 

 確かにその映画って……今いろいろな記録を塗り替えてるとかで連日連日ニュースで報道してるアニメ映画だっけ?

 

「流石のプロボッチのあんたでも、あの作品くらいは興味あるでしょ? あれだけ話題になってるくらいなんだから」

 

「うーん、別に流行を否定するわけじゃないんだけど、あんまり人の評価は気にしないほうだしなぁ。正直あんまり興味はないかな」

 

バニングスさんは信じられないものでも見るような表情で俺を苦々しく見ていた。

 

え、なんで俺こんな目で見られてるの? そんなに目で見られるようなこと言った?

 

「……それはマズイわね。今時流行に疎いとか社会に出たら通用しないわよ、ていうか死ぬわよ」

 

「死ぬの!? 映画見てなかっただけで!?」

 

「私のパパ、洋画ばっかり見ててろくに流行のものもチェックしてなかったんだけど、昨日いきなり爆発して帰らぬ人になったわ」

 

「爆発したのお父さん!? 映画見てなかっただけで!?」

 

ちょっとまって、今めっちゃ心臓バクバクしてる。

 

 バニングス家はそんなしょうもない理由で家長を失ったのか? いつからこの国はそんなに世間のパパに厳しくなったんだ。

 

「そんなわけで、あんたどうせ明日も暇でしょ? パパの二の舞になる前に行ってきたほうがいいわよ。ぼっちでも一つの命だもの。大事にしなさい」

 

 まごうことなき暴言に、添え物レベルの善意乗せてぶん投げてきやがった---

 

って、それよりこれは一大事です。正直バニングスさんの話をどこまで信じていいのかわかりませんが、魔法が実在するような世の中なのです。もしかしたら誰かが流行に乗り遅れた人間を始末する魔法を作り上げたのかもしれません。

 

ちょっと前は、死ぬときはランボーとかアベ〇ジャーズみたいな派手な爆発の中で壮絶に散りたいなー、とか思ったこともありましたが、この爆死はなんか想像してたのと違う!

 

映画……! とにかく映画を早く見ないと……!

 

結局、その日一日の授業は全く頭に入りませんでした。

 

 

 

 

「さて、仕込みはこんなものかしら。あとは頑張りなさいよすずか」

 

 

 

***

 

 

 

「で、なんでこうなるのよ?」

 

「どうかした? バニングスさん」

 

 翌日の土曜日、映画館に来ていた俺はバニングスさんと2人で映画の券売機の前に立っていた。

 

 どうしてこんなことになったのかというと、今朝は珍しく月村さんの姿を見ないと思っていたら、彼女からインフルエンザに罹って、俺に移すわけにはいかないから、今日はパンツを取りに行けないというメールが来ていた。あと、映画館に行くならバニングスさんがいるはずだから声をかけてほしいとも。

 

 なんで俺が映画行くこと知ってるんだとか今更な突っ込みは置いておいて、疑い半分で、映画館に行くとマジでバニングスさんがいた。とりあえず月村さんからのメールを見せると驚いた様子だった。

 

 どうやらバニングスさんにも月村さんからのメールは来ていたみたいだけど、基本的にまじめなバニングスさんは映画館についた時点で電源を切っていたようで、メールに気付かなかったらしい。

 

「私はすずかが見守っててほしいっていうから付き添いできただけなのに……『映画館で偶然バッタリ、え、君も?』計画が台無しじゃない……」

 

「さっきからぶつぶつ言ってるけど、どうかしたの?」

 

「なんでもないわよ! そもそも全部あんたが原因なんだから!」

 

「えー!? なにそれ理不尽!」

 

 普段からバニングスさんには雑に扱われてるけど、今日はなんだか特にひどいぞ。やっぱ俺、嫌われてるのかな……?

 

「ねぇ、この際だからはっきり聞きたいんだけどさ、バニングスさんは俺のこと嫌いなの……?」

 

「え? 別にそんなことないわよ」

 

「じゃあ、もし俺が一緒に遊ぼうって誘ったらどうする?」

 

「時と場合にもよるけど多分断るわね」

 

「昼休みに一緒にお弁当食べようって言ったら?」

 

「そうねぇ、断る……かしら?」

 

「……休み時間にちょっとした用事で話しかけてもいい?」

 

「そのぐらいなら……あ、ごめん、やっぱ断る」

 

「……落とした消しゴム拾ってって頼むのは……?」

 

「やぁねぇ、あんたの落とした消しゴム拾わさらるくらいなら新しいの買ってあげるわよ」

 

「メチャメチャ嫌いじゃん!!」

 

はぁ、とバニングスさんは呆れたようにため息をつきます。

え? なんであんたがやれやれって顔してるの? それ俺の役割じゃない?

 

「この程度で嫌われてると思うなんて、ぼっちの被害妄想力はすごいわね。あのね、あんた。こんな話を知っているかしら?」

 

「また突然に……で、なに?」

 

「その昔……ある男の子が事故にあったとき、その子の持っていたゲーム機が壊れてしまったのよ。母親がその子を元気づけようとゲーム機を修理に出したの。すると、事情を聴いた会社は母親に修理費はいらないって言って無償で修理を行ったそうよ」

 

「へぇー。それで?」

 

「いい話よね」

 

 話したかっただけ!?

 

「もういいよ! とにかく俺はチケット買うから! 早くしないと爆発するし!」

 

「はぁ? 何言って……ああ、昨日のあれのことね。信じてたの? 特定の映画見ないだけで人が死ぬわけないじゃない」

 

 おい、待てや。

 

 いや、おかしいとは思ってたけどさ。

 

「じゃあバニングスさんのお父さんが爆発したのは嘘だったんだね……」

 

「ええ、嘘よ。パパは今日も職場で平和にパワハラしてるわ。というか、流行の映画見ないだけで爆発するんならあんたなんて今までの人生で5、6回は爆発してるわよ」

 

「やだよそんなダイハードの入門編みたいな人生……」

 

「とにかく、『君○名は』なんて他人が見て回った手垢のついた映画見る必要はないのよ。なにか他の……ラッキーね、貞子vsプレデター2の座席が空いてるわ」

 

「そんなもん見に来てたの!?」

 

 なにその最悪な形での日米のコラボレーション!? お互いもっと他に出すものあっただろ。しかも続編つくってんじゃねぇ。

 

「ば、バニングスさん。俺、1見てないし、それはやめない……?」

 

「いいのよ、映画ってのは一作目で基盤を作って二作目で面白くして三作目で潰すって決まってるんだから。ほら、ターミ○ーターとか、エイ○ア……」

 

「それ以上はダメぇ!!」

 

 

 長い説得の果て、結局『君〇名は』にしてもらえました。

 

 

 

***

 

 

 

 というわけで、無事に座席についた俺とバニングスさん。

 バニングスさんは映画館特有の大きな容器のポップコーンも買って準備万端です。

 

 この映画が始まる前の何とも言えない期待感、俺は結構好きです。

 

「安くなってたからついつい買っちゃったけど、1人で食べるにはさすがに量が多いわね。ほら、あんた」

 

 はい、とバニングスさんがポップコーンをつまんで手を俺に口付近に差し出してくる。

 

え、これもしかしてあれ? いや、そんなバカな……ハハッ、相手はあのバニングスさんだぞ。

 

いやしかし……これはいわゆる、あーんというやつでは……?

 

「……ああ、あんたはぼっちだから経験ないかもしれないけど、これは別にポップコーン見せつけてかける新しいタイプの催眠術とかじゃなくて、食べ物が多くて食べきれないから分ける時に一般人が行う行動なのよ」

 

「知ってるよそのくらい! ないけど! 確かに経験ないけど!」

 

 この人はいちいち皮肉は言わないと会話ができないのだろうか。

 

「まぁ、その……ありがと」

 

「いいわよ、そのくらい。ほら」

 

 流石に直接食べさせてくれるほどサービスはなかったようで、弾くようにポッポコーンを口に投げ込まれる。

 

 あ、ポップコーンおいしい……。しかもなんたることか、食べ終わるとバニングスさんが次のポップコーンを差し出してくれていた。

 

 ……なんだ、バニングスさん結構優しいじゃん。俺、バニングスさんのことちょっと見直したかも……。

 

「あ、そのくらいでいいよ? あんまり食べると悪いし。ありがとうね、もうストップで。……ストップ。ちょまっ、ストップ! もういいからッ! ストォォップ!!」

 

「あ、ごめん聞いてなかった」

 

この距離で!? 口ん中パッサパサになったわ。

 

「そういえば、バニングスさんはこの映画のこと詳しいの? 俺はニュースの特番ちょっと見たくらいだからあんまり知らないんだけど」

 

「私もよく知らないけど、よく知らない田舎に住んでる女の子が、よく知らない原理でよく知らない相手とよく知らないうちに入れ替わる映画らしいわよ」

 

なるほど、よく分からん。

 

「あ、バニングスさん。さっきポップコーンと一緒にパンフレット買ってたよね? ちょっとそれ見せてよ。えぇと……どうやら黒髪の白い服の女の人が、ビームライフルもって町で暗躍するアバンギャルドなデザインのクリーチャーと戦う映画みたいだね! ってこれ---」

 

 貞子VSプレデター2じゃねぇか!

 



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