先輩のともだち訓練 (そーだー)
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後輩のお誘い

ある日の放課後、いつもの様に静かに本を読んでいる雪ノ下の姿はなく、その隣で飼い犬の如く雪ノ下にじゃれている由比ヶ浜も居ない。

 

二人揃っていないということは、恐らく二人でお出かけでもしているのだろう。

 

なけなしの勇気と、あったかも分からないプライドとも言えない何かを振り絞ったあの一言があってから、二人は前よりも仲良くなったように見える。

 

人間関係をその関係の枠の外から眺め観察し、分析することをパッシブスキルとする俺にはそう見えた。

 

だが、間違え続けてきた自分の何を根拠に断言できようか。

 

最近はこんな事ばかりが頭の中を渦潮の如くぐるぐると回っている。

 

小町に捻くれ者と言われ続けた兄だが、そのベクトルはあくまでもポジティブに捻くれていたつもりなのだが、今は何処ぞの意識高い系男子で言うところのネイティブシンキングになりつつあることは否めない。

 

手にしている本の文面が全く頭に入ってこず、一度頭の中をリセットしようと視線を文字群から逸らし顔を上げると、見知った顔がそこにあった。

 

 

「あぁ一色、あいつらなら今日は休みだぞ」

 

「知ってますよ、先輩。結衣先輩から連絡ありましたし」

 

最近よくこの部室に訪れる一色いろはがそこにいた。

 

それよりも女子だけでグループが出来ちゃってるんですかそうですか。

 

ぼっちとしてはいかなる集団にも属さないのはこれ以上ないポテンシャルである。よって問題はない。

 

強いていうのであれば部員ですらない一色に連絡があって部員である俺に連絡が無いことがおかしいと思うぐらいか。

 

そうか、と小さく返事をしておき視線を本へ戻そうとすると、ていっと可愛く本を略奪された。

 

盗られた本は一色の胸元にひしっと抱きしめられており、年相応には成長しつつあるのであろう双丘に自然と目がいってしまう。

 

これは一色が悪い。あざとエロい。このエロはすめ。

 

しばらく視線を逸らさずにいると、さすがに声が掛かった。

 

 

「先輩、キモいですよ?普段通り普段以上に」

 

「いや、今のはエロは・・・いろはすが悪い」

 

「先輩酷いです〜」

 

この後輩との会話も大分慣れてきた。

 

俺が喋ることのできる数少ない厳選された人物の内、唯一の後輩と言える人物だろう。

 

何故かは分からないが、生徒会が忙しくない時などに奉仕部の部室に居座っている。

 

由比ヶ浜はもちろん、あの雪ノ下までもが一色には甘く、残る俺はといえば八幡式お兄ちゃんスキルという小町専用のパッシブスキルが誤作動してしまうため、言うまでもない。

 

甘いだけならばいいのだが、一色の場合、その立場を完全に使いこなしているためタチが悪い。

 

 

「で、どうかしたか」

 

彼女らが不在ということは「先輩と二人きり」イベントが発生することは分かっていたはずだ。

 

こちらがそう切り出すことを予め予測していたかのように反応があった。

 

 

「どうもしませんよ~あ、もしかして先輩期待しちゃったりしました?」

 

「うるせぇ、つい小町に話しかけるお兄ちゃんスキルが発動したんだよ。ようは小町最高」

 

「うへぇ、さらっとシスコンアピールしてくる所あれですよ先輩。ただでさえあれなのに」

 

あれってなんだあれって。私、気になります!

 

 

「大事なことだからって2回言う必要は無いんだぞ。むしろ大事なことだからこそ言わないまである」

 

「は、はぁ・・・あ、もしかして俺が言わなくたって俺の愛は伝わってるだろ的なプロポーズですかそうですかでもそういうのちゃんと言葉にして欲しいのでまた今度お願いしますすいません」

 

「言葉にしたらいいのか…」

 

俺の呟きは聞き止められることはなく、ガラガラと椅子を引きずってきた一色が目の前に座った。

 

いつもと場所が違う気がするのは気のせいですかね。あ、妖怪のせい?そうなのね!

 

八幡が一人なのは妖怪のせいなんだよ!(戸塚ボイス)を脳内再生する。妖怪のせいでいい気がしてきたよ!

 

戸塚の可愛さは妖怪級。

 

「先輩はなんとも思わないんですか」

 

「何が」

 

「せっかく三人で過ごす時間が出来て、一緒の部に居るのにどんどん二人だけが仲良くなってる・・・ように見えます。少なくとも私には」

 

「別にいいんじゃねーの。俺は二人と仲良く過ごしたいとかそういうのを求めてるわけじゃ」

 

「でも、出来ることならもっと関わりたい、一緒に過ごす時間が欲しいとは思ってますよね」

 

一色には理不尽な何かに反抗するんだ、という意気込みが見て取れた。

 

勢いに気圧されてか、昔の自分ならば引っくり返しても出てこなかったであろう言葉が口をついて出ていった。

 

「仲良くしたいのが目的ではないんだが・・・一緒に過ごしたいとは思って、る」

 

「素直じゃないですねー。先輩もどうせ一緒に過ごすなら楽しい方がいいじゃないですかー」

 

断言されてしまった。八幡シンキングはそんな簡易なものではないことを教えてやらねば。

 

「だから、私とお出かけしましょう!」

 

「は?」

 

「は?ってなんですかは?って。可愛い後輩からのお誘いですよ?もう二度とないイベントかも知れませんよ?きっとそうですそうに違いありません」

 

「自分で可愛いとか言っちゃうあたり可愛くない」

 

「先輩が言ったんですよ?可愛い後輩って」

 

そんなことを言った先輩が居るのか誰だそいつ。

 

選挙の時にメリットを提示する際口にした覚えがある。

 

ブーメランが帰ってきた。

 

「で、なんでお出かけとやらに俺がついていかなきゃならん。下僕か何かなの」

 

「先輩はすぐそうやって下手に下手に出るからダメなんですよー。個人的には先輩を下僕として連れて回るのも心が踊らないでもないですが、今回は対等な友達同士のお出かけです!」

 

「一色、前提が間違ってる。俺に友達はいない」

 

「だからその練習をするんですよ。なんでもいいから用意してくださいねー。生徒会に顔出したら校門で待ってるのでー」

 

流れるような動作でこちらが反対意見を出す前に去っていった。

 

八幡という人間の扱いに慣れた人間のやり口である。

 

約束をすっぽかせない純情な男の子を弄んだ挙句利用するなんて酷い!こんなのって無いよ!

 

特に予定も無かったし構わないか、と小町に遅くなるという旨のメールを送っておく。

 

人生が苦い分コーヒーぐらいは甘くていい、と思っていたがどうやら後輩に対する対応もいい加減甘くていいやと思えるようになってきたものである。




続きますよー


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2話

「先輩って友人と呼べる友人って居るんですか?」

 

校門から歩き始めた途端、横並びに歩く後輩は分かりきった質問をぶつけてきた。

 

友人、と言われてすぐに頭に浮かぶのは今日部室に居なかった彼女達の顔だが、なにせぼっちを極めた身である俺としてはあの関係が友人と呼べるものなのかは判断しかねる。

 

では、他に誰か居るだろうか。

 

材木座?いや違う。あれは知り合いの枠に辛うじて滑り込めているか込めていないかの境界だ。

 

本人に境界線上の人物等と言えば気持ち悪い反応が返ってくるのは目に見えて想像できる。

 

戸塚は天使だ。

 

人という枠組みを超えているあたり友人と呼べるものでは無いだろう。ちなみにこれは普段から至って大真面目に考えていることである。

 

考えるまでもなく、友人と呼べる人は居なかった。

 

 

「いねぇな」

 

「じゃあ友人一号を立候補してもいいですかね?」

 

「は?」

 

唐突な質問に即答出来ない。

 

あまり質問の意図を理解していない段階で答えを口にした。

 

 

「勝手にしてくれ」

 

「うわぁやる気ないなーこの先輩。なんでもいいですけど、先輩、今から行きたいところありますか?」

 

「家」

 

今度は即答である。

 

 

「せ、先輩もしかして誘ってますか・・・付き合ってもいないのにそういうことはダメなので付き合い始めてからお願いしますごめんなさい」

 

早口でまくし立てるようにいつもの反応が返ってきた。

 

表情からは心の底から引いているという意志が見て取れる。

 

 

「いや、誘ってないから。ていうか付き合うのはいいのか」

 

「先輩はチキン?ですねー」

 

「分からない言葉をわざわざ使うなよ・・・つーか俺はチキンじゃない、損得勘定が上手いだけだ」

 

誘って欲しいのか欲しくないのかはっきりしない奴だ。

 

誘って欲しくないことは言わずともはっきりしているのだろうが。

 

 

「で、話戻りますけど、このまま歩いていくと駅付近に着くじゃ無いですか。何処か行きたいところ無いんですか?」

 

「別に・・・俺に選択権があるのが意外なんだが」

 

「だから言ったじゃ無いですか先輩。今日は先輩に友人と過ごす練習をしてもらうんですよ!」

 

「友人ね・・・この間二人で出かけた時はリードしろーって感じじゃ無かったか。てっきりまたそうなるのかと思ってたわ」

 

「友人同士なのに片方ばかりがリードするのはなんか違う気がするじゃないですか」

 

「よくわからんがそうなんだろうな」

 

友人同士に置けるという前提は想像もつかない。

 

結局こちらが提案する辺り前回と変わらないのではないか。

 

 

「じゃあ、一色は何処に行きたいんだ?」

 

友人同士という前提があるのであれば、これは許されるはずだ。

 

すると一色は、らしくもない少し照れくさそうな表情を浮かべて駅の方向に視線をやりながら答えた。

 

 

「今行きたい所、ありますけど・・・先輩と行くのはなんというか・・・」

 

「俺が居るとまずいとこなら入らずに一人で待ってるぞ」

 

「いや、いいです!ついてきて下さい!」

 

「お、おう」

 

友人同士という変な前提があるせいか、お互いに何処か距離感を測りつつある、そんな空気が二人を包んでいる。

 

一色との会話でここまでやりづらいのは初めてだ。

 

俺が距離感に悩んでいるのは言うまでもないが、彼女もまた、いつもの少し先輩の優位に立っている後輩という立場からの喋り方が出来ず困っている様子だ。

 

一色の言う通り駅付近に到着すると、こっちですよーとショッピングモールに入っていった。

 

普段から何を考えているのか分からないこの後輩だが、今日は普段にもまして分からない。

 

自然な流れでいけば、買い物をする事になるのだろう。

 

「こ、ここですよ!先輩!」

 

「おう、やっとついたか・・・」

 

一色が立ち止まった店には大人びた雰囲気のある黒や白を基調とした衣服が並んでいる。

 

ふわふわピンクないろはすからは想像のつかないようなファッションである。

 

 

「いつも友達と買い物する時にはなかなか近寄れなくて・・・前々から興味はあったんですけど」

 

「まぁ確かにこういうのは一色らしくはないな」

 

「他人から言われるとなんだかいらっと来るものがありますね」

 

「らしくなくても似合いはするだろ」

 

「なっ・・・」

 

おっと失言。余計な一言とは正にこのことである。

 

いつもの何故か振られる台詞が飛んでくると思いきや、反応は意外なものだった。

 

 

「お、お世辞でもありがとうございます・・・」

 

「そ、そうか」

 

一色は頬をほんのり染めて居心地が悪そうにしている。

 

こっちまで居心地が悪くなってくる。

 

この後輩のやろうとしている俺の友人練習という目標には背く形になるが、提案せざる終えなかった。

 

 

「友人同士振る舞いってのも練習はした方がいいのかも知れないが、今日は振る舞いじゃなくて行動を目的にしないか」

 

「どうゆうことですか?」

 

「だから、俺もお前も普段通りで、友人同士がやりそうな行動だけを練習するってことだよ」

 

正直、今の状態はとてもじゃないが耐え難い。

 

このままの状態が続くとライフポイントが0になってしまう。

 

やめて!八幡のライフはもうゼロよ!

 

ぼっちのメンタルはある種鋼を超越してダメージを受けないメンタルなので大抵のことには動じないと自画自賛していたのだが。

 

 

「良く分からないですけど、だいたいわかったと思います。素の自分を出来る限り振舞ってたんですけどやっぱり慣れないことはするべきじゃないですねー」

 

素の自分を、ということは先程までの反応は全部素なのか。頬を染めながらありがとうございますとかあざとすぎじゃないですかね。恐ろしい娘!

 

 

「そうだな。慣れないことはするべきじゃない。人間そういった点では家から出るという行為は間違っているまである」

 

「はあ、これだからごみぃちゃんはって言われるんですよ」

 

「なんで一色が小町の口癖を知ってる・・・つーか小町以外に言われたら違和感が半端ないからやめてくれ」

 

自分自身の表情を上手く操れる一色のジト目とごみぃちゃん発言に何かが目覚めてしまう気がした。

 

 

「どこまでもシスコンですね・・・ていうか口癖なんですかこれ」

 

「ああ、最近はその台詞に愛を感じてる」

 

「シスコンも行くとこまでいけばむしろ凄いと思えるようになるんですね」

 

一色は呆れた表情のまま、店先に視線を移した。

 

こちらに振り向いて一言添えていく。

 

 

「試着するので感想をお願いしますね!」

 

楽しみだったのだろう、店に入っていった一色は様々な衣服を手に取っては吟味し、良さげなものはどんどんこちらに預けてくる。

 

渡された服を眺めていると、また二、三着ほど手に持つ一色が駆け寄ってきた。

 

 

「試着室に持っていってください!」

 

試着室というのが何処にあるのか分からないのだが、一色についていくとカーテンのかかっている個室の目の前に着いた。



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3話

「先輩、覗いたら通報しますよ」

「安心しろ、自分に得の無いことはしない主義だ」

「妙に信用出来ますね・・・ていうか何気失礼じゃないですか」

「気の所為気の所為。長居してると倒れそうだから早くしてくれ」

「はーい」

試着予定の服を手にした一色は少し緊張した面持ちでカーテンの向こうに消えていった。

カーテン越しに聴こえてくる布が擦れる音のせいで煩悩が持ち上がってきそうだが、付近に吊るされているオシャレな服に意識を集中する。

あの服胸元ガバッと空いてて由比ヶ浜が来たらやばそうだなぁ・・・

一色がきたらそれはそれで、と思考が後輩の方へ向かってしまい、嫌でも音に意識が向いてしまう。

カーテンを見ていると、ちょうどカーテンがまくられた。

「どうですかね、先輩?」

計算づくされたいつもの一色ではなく、慣れていないデザインの衣服に包まれて何処か初々しさを醸し出しており、表情も不安げである。

上目遣いがあざといことを除けば凄く可愛い。

「まあ、似合ってるんじゃないか」

「そんな目を逸らしながら言われても・・・あ、もしかして恥ずかしいとか?先輩、可愛いですか?可愛いですよね?」

「さぁなてかあざとい」

「可愛いか可愛くないかなら?」

「・・・可愛い」

「先輩も素直になれば楽なのに」

「うるせぇ次着ろよ次」

「早く見たいならそう言ってくれればいいのにー」

「なっ」

ニヤニヤしながら棒立ちの俺が持っていた服を1着手にとってまたカーテンの中に入っていった。

これがあとこの手にかかっている衣服の分だけ繰り返されるのか。

可愛い後輩の姿を見れると思えばこれはこれでいいのだろうと思うようにすることにした。

 

一色のプチファッションショーが終わったあと、どれが一番良かったかという会話をしばらくして、八幡の残念センスをお披露目すること無く何とか終える事が出来た。

意外にも買ってくれとせがまれる事はなく、友人同士がやりそうなことを二人で相談した所、またまた卓球をすることになった。

前回デートの練習の時は何かしら理由をつけられてやったと思うのだが、今回は特に理由はなく何となくという一色曰く友人らしい理由でやる事になった。

「先輩、今回は負けませんから!あれから結構練習したんですよー」

「意外に負けず嫌いなんだな」

「買ったら奢りですし!」

「現金な奴だな・・・」

むしろそれだけのモチベーションでよく練習出来たと思う。

「イメトレですが」

「奇遇だな、俺もよくする」

「先輩のはただ相手が居ないだけです」

この後輩、俺の事をよく分かっている。八幡検定準二級ぐらいは出せそう。検定ってどんなものでも持ってると就職面で有利そうだが実際はそうではないと聞くので、八幡検定もそうはならないようにしたいものだ。

「じゃあかかってきてください!」

「あ、あぁ・・・って玉お前が持ってるだろ」

「・・・えっと、てい」

「ちょっ、おま!」

なんてな。ずるいろはすの手元は確認済みだった上、行動も予測できていたため、全力で返そうとするが前回の事を思い出して接待卓球に切り替える。

結果、不意を突かれた様な滑稽な玉が返っていった。

一色は満面の笑みでスマッシュを叩き込む。

その笑みを見て、こんなことを彼女達と共有する事が出来るのかな、などと柄にもなく考えながら返す。



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4話

「また負けましたー先輩って実は運動系なんですか」

「知らなかったのか俺は超運動系だぞ」

「これからも荷物持ち頑張ってもらえますねー超運動系ですし」

「んなっ」

えへへと勝ち誇った微笑みを浮かべる後輩は卓球場の壁に吊るされている時計を見て、こちらをちらっと見てきた。

何か察しろよという視線に戸惑いながらも、可能性の一つを述べてみる。

「何か食べるか?」

「お、意外にも察しがいいですねー。私的にポイント高いです!」

「さっきから露骨にご飯屋さん見てたろ。誰でも分かる」

「そ、そんなことはないですよ!全然見てないですし!ご飯にがっつく女の子とかそんなの全くないので!」

いつもの振られる時の早口で捲し立てられた言い訳はどうやら本当の事らしい。

いろはすが動揺しているのはなかなかにレアだ。

あざとい可愛らしさからあざとくない可愛らしさになって・・・結論可愛いじゃねえかなんだこれ。

素のこの子基本的に怖いからなぁ…

「お腹すいたならすいたで素直に言えばいいのに」

「女の子が仮にも男の人にご飯にがっつく姿を見せるとか死ねというのですか!?」

「そこまでの事なのか・・・いや、だとしても相手俺だし気にするなよ」

「気にしますよ!先輩はとことん鈍いですね!」

あれーおっかしいなー。

なんで気遣う言葉をかけてあげたはずなのに罵倒されてるんですかね。八幡イミワカンナイ!

そういう趣味はないのでいくらこの後輩が可愛かろうと罵倒されたら素直に受け止めてしまうのである。

「で、何食べたいの?」

「いやそこはせっかく友人らしくなんですから二人で考えましょうよ」

「とは言われてもなぁ・・・友人と食事ってのを経験した事がないから安くて美味しいファーストフード店しか知らないぞ?」

安くて美味しい、それだけではない。

注文してから出てくるまでの時間が短い。

つまり自動的に食べる時間が短くなる。

ということは人が沢山いる食事店で長居しなくてすむというサービス特典までついてくるのだから。

ファーストフード店こそコストとパフォーマンス、つまりコストパフォーマンスがインフレーションしてハピネスをプレゼンしているグレイトな空間では無いだろうか。

おっと意識が高くなってしまった。

「今回に限って言えばそれでもいいですよ?友人同士なら普通そんなおしゃれな所にわざわざ行きませんし。

普通はお互いが楽に過ごせる空間を選ぶ筈です」

「じゃあ家」

「言うと思いましたけどって友人同士って設定なら連れ込めるとか思ってますかそういうのはちゃんと女の子として扱ってくれる時じゃなきゃ嫌なのでまた今度にしてくださいとお願いします」

「そういう反応があった方が普段らしくて楽だな」

「そうですか?変態さんですね」

「やめてくれそのセリフ言われるとなんかあれだから」

はい?何言ってるんですか頭打ったんですかと言いながら一色は少し考える素振りをして一つ頷いてからもう一度こちらに向き直った。

「やっぱり先輩が考えてください。先輩が考える友人同士っていうのも気になります」

今頷いたのはなんだったのか。

友人同士の食事。どうしても頭をよぎるのは彼女達との食事だ。彼女達と行くならどうするかが頭の中をぐるぐると回ってしまう。

頭の中をリセットしたいな。ブラックのコーヒーを飲みたい気分だ。

そこまで考えてひとつの案が浮かび上がった。

「一色、お前ってコーヒーとかいけるか?」

「先輩もしかして馬鹿にしてますか?子供とか思ってません?」

「いやお前って甘い物好きだろ?だからどうなんだろうって思ってさ」

すると、一色が黙った。突然の沈黙に思考が止まる。

え、なにか地雷踏みました?

俺があわあわしはじめた所で少し視線を落とした一色がようやく反応した。

「いえ、なんというか先輩も結構あざといですよね」

「唐突にどうした・・・」

この間も言われた気がする。

本人は何がそう言われるきっかけなのかよくわかっていないんですけどね。

「そうですよ!私は甘い物大好きです!でもコーヒーだっていけますよ!どこに行くんですか?」

「スタバにしようかと思ってさ」

「いいですねー行きましょう!」

やけにテンションの高い一色に付いて行く様にして卓球場を出た。



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5話

「ブラックと・・・一色、どうする」

「えっと私はですねー、んん・・・」

「わざわざブラックにしなくても普通に飲みたいものにしたらいいと思うぞ。甘いの好きなんだろ?」

「それはそうなんですが、こういう時ぐらいブラックに挑戦してみたいなぁとか、先輩と同じもの飲みたいなぁとか」

そのセリフはどう言う意味なのだろうか。

あざといセリフだが、それだけ惹きつけられる魅力があった。

「言ってみれば先輩のポイント上がるかなぁと思ったんですが」

「上がらないから。俺ほどの人生経験をもってすればそれぐらい、冗談なのはすぐ見抜ける」

「一年も変わらないのに何先輩ぶってるんですかキモいですよ」

そこでごほんという声が聞こえた。

見ると呼んでおいて未だに注文しない男女にイライラしている店員の姿があった。

俺が同じ立場だったら同じようにイライラするだろう。

店員を早く帰してやるため、一色の許可も得ずに注文する。

「ブラックとチョコレートクランチフラペチーノで」

かしこまりましたと店員は早々去っていった。

目の前には驚いた様な顔をしている一色がいる。

目が合うと、途端にジト目に変わった。

「なんで勝手に注文しちゃうんですか先輩は親か何かですかしかもブラックじゃないですしどういうつもりなんですか」

「いや、お前さっきからちらちら見てただろチョコレートクランチなんとか。頼みたかったんじゃないの」

「そ、そんな私は子供みたいなことしないですし!だいたいなんでフラペチーノなんですか先輩もしかして私の事子供とか思ってますか酷いですよ!」

「説明書きに大人のって書いてあるから・・・甘いの好きなんだろ?いらないならブラックと交換してやるから」

「ま、まぁいいですけど・・・じゃあこうしましょう!お互いの飲み物を飲み比べするってことで!」

「フラペチーノとブラックじゃ飲み比べじゃないだろ…一色がそうしたいなら構わないが」

勝手に注文しちゃったのは何を隠そう俺だからね。

責任感強い人間なので責任を感じるわけで。

八幡パワーが人に与えるネガティブなオーラにも責任を感じているので普段家に篭っている訳ですよ。

責任感のある人間ってかっこいいよね!

数分すると、二つのドリンクが運ばれてきた。

勝手に頼みやがってこの先輩というオーラは何処へやらキラキラ輝いた目でフラペチーノを見ている一色を見て少し笑えてきた。

どうやら笑っている事が気づかれた様で恥ずかしいのか頬を染めながら睨んできている。

「先輩性格悪いですよ。あと目も」

「良く言われる。主に小町に」

「妹に罵倒されてる事を自慢げに言う兄って・・・」

軽く言葉を交わしつつもそれぞれの飲み物に口をつける。

一色のフラペチーノはクリームやクッキーが乗っていて飲み物というよりは食べ物に近い。

クリームを口に含んだ一色は幸せそうな顔をしている。

すると、こちらを見て引いています!と顔に出しながら口を開いた。

「女の子の食べたい物が当たったからってドヤ顔しないでください、もしかして口説こうとしてますか食べ物で釣られるほど私は甘くないので現実は甘くない事を理解してからもう一度お願いしますごめんなさい」

「流石にそこまで現実を甘いとは思ってねぇよ…実際現実は俺に厳しすぎるまである」

「それは先輩の見方が悪いだけですよ」

「味方?味方ならいないけど」

「色々突っ込みたい所ですがややこしいのでもういいです。それより先輩、私にもそれくださいよー」

と言いながら可愛く略奪された。

両手で持って少し間を置いてから恐る恐る口をつける。

口から離してからしばらくコーヒーを眺めていた一色は、ぽつりと言った。

「苦いのも意外といけますね」

「たまにはな。日頃はまっ缶じゃないと落ち着かないが」

はい先輩とコーヒーが返ってきた。反射的に手にして特に何も思わず一口飲む。

口をつけた瞬間、一色と目が合った。

「関接キスですね、先輩」

「っ!?」

初めて飲み物を吹くという経験をしかけた。

あざとい。いろはすあざとい。

「お、おまー」

開いた口にスプーンがねじ込まれた。

口に広がるのはチョコ特有の甘みのある苦みとそれを柔らかく包むクリームの甘さだ。

ブラックを口に含んだ後だとその甘さ達がより強く舌を撫でまわす。

スプーンをねじ込んだ本人である一色はニヤニヤしながら言う。

「わたしの、フラペチーノは美味しいですか?」

やけに強調されたわたしのという言葉に先ほどの関接キスという単語が頭をよぎる。

この後輩男心を弄ぶのがうますぎじゃないですかね…

弄ばれているが特に嫌な気分にはならないから不思議である。

耐性が無さすぎてロールプレイングゲームの初期装備どころかこれではまるで裸装備である。

どのゲームも全部外したのに下着が残るのはなんでなんですかね。

口からスプーンが抜かれて、ようやく口が動き出す。

「あざとい」

「後輩からこんなことしてもらって第一声がそれですかひどいですよ!」

こんな事をされたら反応に困るのが近頃の男子高校生である。むしろこの状況に平然と対応できる奴がいたらたぶんそいつは葉山レベルの聖人か、ただのアホかだろう。

少なくともそのどちらでもない俺には対応できるスキルが無いのであざといの一言しか言えなかった。

「なんつーか、あれだよ。好きな人いるのにそんなことほかの男にしてもいいのかよ」

冷たいトーンの言葉が自然と放たれていた。

何故だろうか。俺には関係ない筈なのに。

あざと可愛く振舞う一色いろはという人物は、葉山に対しては一途で、他の生徒には可愛く振舞う以上の事は決してしない、そうであって欲しいという感情からかもしれない。

そんなものは単なる押しつけで、身勝手な妄想かもしれないのだが。

一色はしばらく唖然として固まると、何故か笑顔というよりは微笑みを浮かべてじっとこちらの目を見つめると、優しく呟いた。

「先輩がそんな風に心配してくれるのは嬉しいですが、女の子というのはただ一途なだけじゃないんですよ」

心に引っかかるその言葉の真意を探ろうとすると、その前に一言付け足された。

「それに、先輩は先輩ですし、こんな事ぐらいした所でその辺の犬に餌を上げたのと変わらないですよー」

「まぁそれは分からないでもない」

「せめてそれぐらいは否定しましょうよ」

一瞬流れた冷たい空気など無かったかのように明るい雰囲気が戻ってきた。

彼女のせい、否、お陰で真意を探る事はなく。



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6話

「どうしましょうか?もう日も落ちかけてますけど」

「帰えー」

「帰るのは無しで、と言いたいところですが先輩と出来そうな友達らしいことって中々思い付かないんですよね…」

「友達、か。食べ物は食べたしな…」

あのあと、飲み物以外も少しお腹に入れた為、夕飯にはまだ早いだろう。

友人でするとこという前提が良く分からないのだが、俺がよく読む小説だと誰かの家に集まってゲームでもするというのが定番だったはずだ。

ぼっちを極めている俺だが、その手のゲームは小町という相手がいた為困ることは無かった。

そう、友人が居なくてもスマブラで相手を飛ばす楽しみは知っているのだ!あと、飛ばされたらむっとして怒ってくる小町の顔はいつ見ても可愛い。

そんな事を考えていたからだろうか、不意にこんな事を呟いていた。

「ゲームでもするか?俺の家で」

「え」

目の前に居る後輩はぽかんとしていた。

いつものコイツ何言ってるのという顔ではなく、コイツ今なんて言ったのという顔がわかり易く見えている。

しばらくすると、一色はこほんと一息入れてか視線を落としつつ答え始めた。

「別にゲームするぐらいなら構わないですけど・・・どうせ先輩の事だから友達と自分の家でゲームとかしたこと無いでしょうし」

「俺には小町が居るからな。わざわざ友達なんて呼ばなくて良かったんだよ」

意外にも断られなかった事に驚くが、そういう日も有るのだろうと深くは考えない事にした。

交渉の時ならいざ知らず、一色いろはという人物が普段何を考えているかなどぼっちである俺にはわかりようが無いのだから。

「先輩のシスコン発言にはもはや何も思うことは無くなりましたが…まぁいいです。じゃあ早速先輩の家に行きましょう!」

 

「ここが先輩の家ですか…普通ですね」

「普通の男子高校生にお前は何を求めてるんだ…」

「いえ、先輩をこんな人にしてしまったのはひょっとしたら環境のせいかなと思ったんですけど先輩は根が腐ってるから環境なんて関係ないんだなって再確認してましてっ」

てへっと舌を出す後輩を見て酷いこと言うな八幡だって人権はあるんだぞ!と心の中で訴えるも小心者なりの努力は虚しく彼女は取っ手に手を掛ける。

「お邪魔しますっ」

勢いよく扉を開けて入っていく後ろ姿は何処か楽しそうだ。自分の知り合いを友人という前提の元、家に招くのは初めてなので俺もこころなしかワクワクしているのは否めないが。

勢いよく入っていった一色は玄関で足を止めた。

物凄く不安そうな顔でこちらを見てくる。

「あの先輩、小町ちゃんは?」

そこでやっと彼女の意図していることがわかった。

彼女の中では小町が既に家に居て俺と小町と3人になる予定だったのだ。

だがその前提は残念ながら間違っている。

小町は受験勉強の為学校で先生に分からないところを聴いてくると言っていたので、まだ家には帰ってきていない。

つまりこの家には一色と俺しかいないという事になる。

「ま、まだ帰ってきていないと思うが…そ、そのわざとじゃないんだすまん。俺も小町が帰って来てるもんだと思ってて…」

すると目の前の彼女ははぁとため息をついた後、微笑みながら言った。

「別にいいですよ。先輩がそんなことわざわざするとは思えないですし。ただそうですねー借りにしておきましょう!それで手を打ってもいいですよ?」

相変わらずあざとく計算高い彼女らしい提案だった。

普段あざとく可愛く振舞うことに振り分けられているあざとさがここに来て素の彼女に現れていた。

「借り…じゃあそれで頼む」

彼女のお願いには弱い。それは雪ノ下達からも指摘された事だ。弱みを握られていないとは言い切ることが出来ないが、断る事が出来そうなお願いでも聞き入れてしまう。

小町との生活で鍛えられたお兄ちゃんスキルなのか、一色の才能なのかは分からない。

ただ、それで構わないと思う自分が居るのだからそれでいいのだろう。

「せんぱ〜い、ゲームどこなんですかー?」

いつの間にかリビングへ移動していた一色は家を物色し始めていた。人の家でも固まらない一色さんマジ尊敬っす。

彼女の態度は固まる固まらない以前に自然体過ぎる気がするが。

釣られて小町に普段している様な対応をとってしまう。

「あぁ、テレビの下。飲み物何飲む?」

目を丸くした一色はこちらを見てボーッとしているが、はっとしてテレビの方を向いた。

「なんでもいいですよ!先輩と同じで!」

同じと言われると少し困る。とりあえずコーヒーでいいかと用意をする。こちらがお湯を沸かしていると、いつの間にか一色が台所に来ていた。

「用意できました!」

ビシッと敬礼する一色は上目遣いが無ければ子供っぽいのだろうが如何せん上目遣いのせいであざとさが隠しきれて居らず、ある意味その方が年相応に見えた。

「なんか失礼な事考えてません?」

「はい、コーヒー」

「あ、ありがとうございますって先輩」

流石いろはすそう簡単には流せなかったか。

「じゃあさっさとやろうぜ。あんまり遅くなったらまずいだろうから」

「お、そこはちゃんと考えてるんですね」

「まぁな」

八幡初の小町以外との対戦が遂に始まった。

まさか一色がその相手になるとは思いも寄らなかったが。



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7話

一色は意外にもゲームが上手く、小町との対戦で鍛えたゲームスキルがなかなか通用しなかった。

自分は対人戦に慣れているものだと勝手に思い込んでいたのだが、小町が普段使うキャラクター以外への対抗力がない事をすぐに察知し、せめて自分が慣れているキャラクターでやろうとしたら、

「お互いランダムで!フィールドもランダムでいいですよね!」

という一色の提案に乗ってしまった為、初心者同然の一色と同格の戦いをしてしまった。

だってあの娘、ゲームしながら本体に攻撃してくるんだもん…

ゲームしてるんだから操作してるキャラクターで殴り合おうね。暴力、よくない、絶対。

後はあれですね、小町と同じ様な距離感ですぐそばで一喜一憂している後輩に多少なりともどぎまぎしてしまったのもありますね、はい。

なにはともあれ、気が付けば小町が帰ってきていた。

「ただいまー…あれ、お兄ちゃん!?女の人来てるの?ゆいさん?ゆきのさん?」

小町の声を聴いてか、動きが止まった一色は隣で見上げる様にこちらの顔を覗きこんできた。

「先輩ってあの二人とそういう関係なんですか」

「どういう関係だよ、まず呼んだことないから。あの二人だけじゃなくてほかの奴も呼んだことないが」

一色の発言に誤解の無いように答えているとリビングまで小町がやってきた。一色の姿を見てこの人誰?とアイコンタクトをとってくる。君の目指している学校の生徒会長さんですよー。

実際問題受験する学校の生徒会長など覚えている人はごく少数の物好きだろうし、知らないのも無理は無いが。

「先輩、この娘が例の小町ちゃんですか?」

「あーそうだ。俺の自慢の妹の小町だ」

「どうもお兄ちゃん自慢の妹の小町です!宜しくお願いしますね!」

「あ、先輩の学校の生徒会長をやってる一色いろはです!小町ちゃんかわいいねー先輩と兄弟とは思えないぐらいというか思えないです」

「悪いな、よく言われる」

「悪いと思っていたことが意外です・・・」

一色は本当に兄妹かどうかを確かめるためか小町と俺の顔を交互に見ている。

主に気になるのは目なのだろう。そんなに見つめられたら勘違いしますよ!

いや、見つめられただけで勘違いとか俺のボッチスキルとかいうレベルじゃないんだが。

「で、いろはさんはごみぃちゃんのなんなんですか?」

小町が気になるのはそこなのだろう。雪ノ下や由比ヶ浜は部員ということを小町には伝えているし時々そのことを話している。ではこの一色いろはという人物は比企谷八幡にとってなんなのか。

すぐに頭に出てくるのはあざといという単語だ。だがそれは彼女のことを表しているようでその実関係は示していない。

簡潔に言ってしまえば後輩ということになるのだろうが、直属の何かの共通のグループに所属しているわけではない。果たしてそれを後輩と言っていいものなのか。

考えていると一色がすらっと答えた。

「学校の後輩なんだよー先輩の」

「なるほど、、、じゃあ未来の小町の一つ上の先輩さんになるということですね!」

「先輩・・・私が、先輩・・・先輩、なんだか私今めちゃくちゃ気分がいいです」

「それはよかったな、短絡すぎだろ・・・」

小町はほうほうといつもの思わせぶりな仕草をした後、時計を見て思いついたように聞いてくる。

「いろはさんは何時まで居るんですか??」

「んーと、先輩、私って何時まで居るんですかね?」

「それって俺が決めることなのか・・・」

「あんまり女の子を夜遅くまで家に連れ込んだら駄目だよお兄ちゃん!夜の外道は危ないんだから」

「それもそうだな。一色そろそろ帰るか?」

いうが早いかすでに一色は片づけを始めていた。

「じゃあ先輩、また学校でー」

「お兄ちゃんおく----」

「一色駅まで送ってくから夕飯先に食っててくれ小町」

「先輩別にいいですよ?わざわざ送ってもらわなくても」

「いや、これでお前に何かあったら俺が罪悪感やばいしそれでさらに借りを作るのは嫌だからな」

「素直じゃないですねえ」

「うるさい」

うだうだと言い合いながら玄関を出ていく。

後ろから何かを呟いたような声が聞こえた。

「意外と先輩やってるじゃんお兄ちゃん」

 

駅までの道は意外にもそう長く感じられなかった。

楽しかったのかと言われればどうなのか悩むところではあるが、いろいろあったが嫌な時間ではなかったのかもしれない。一色に形だけでも先輩と認められた気がして少しうれしかったのかもしれない。

普段の一色からは先輩として見ている先輩というのが全く感じられない。

彼女たちだけでなく随分この後輩とも関わるようになったものだ。

「先輩、少しは友達らしいことできましたか?」

「結局振り回されただけな気もするな」

「酷いですよーせっかく頑張ったのにー」

「そういえば一色のそういう態度久々に見た気がするな」

ふえ?という一色の反応にはいつものあざとさが戻っている。

一色の唐突で強引な提案で起こった今日のこの出来事だが、結局一色は何がしたかったのだろうか。

「先輩もちょっとは友達っていうのを雰囲気だけでも感じ取ることができましたか?」

「未だによくはわからんが少しは・・・たぶん」

駅はもうすぐそばだ。解散するならここで解散することになるだろう。

「私は本物というのがなんなのかはわかりませんし、友達というものがその答えだなんて短絡的に考えたりはしません。でも少しは先輩の追い求める本物に近づくためのヒントになりましたか?」

不意に出てきた本物という言葉に息が詰まる。

この後輩がそんな意図をもってこんなことをしてくれていたとは思いもよらなかった。

「悪い、そんな風に気を回してもらってるとは気づかなかった。帰ってからまたゆっくり考える」

「先輩にしては素直ですねーじゃあ今日はこのあたりで!先輩にしては楽しい時間でしたよ!」

「そりゃどうも」

改札を抜けていく一色の後ろ姿は確かに小さいはずなのだが、どこか大きく見えた。

どうやら、また彼女には借りができてしまったらしい。

「先輩!今度はまたあのラーメン屋さんに連れて行ってくださいね!」

前回のなりたけのことを言っているのだろう。今回はあまりお腹にくるような大きなものを食べていないからかもしれない。

改札口で大きな声を出すのはぼっちには無理があるので、大きくうなづいておく。

今度はギタギタ食べさせるからな、と心に誓いながら。

 



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番外編 クリスマス

人間は行事というものに敏感だ。

万国共通、祭りは盛大に執り行われ、近所迷惑や些細ないざこざは、全て祭りだから、今日だけだと批判的な声には誰も耳を傾けないものだ。

だがしかし、そんな行事の中で数少ない賛成派と反対派が拮抗する日がある。それが12月25日、所謂クリスマスというやつだ。キリスト教徒なら勿論、世間に興味の無い人間でも知っているであろうイエス・キリストの生誕祭である。

多種多様な宗教や神がスクランブルエッグの様に混ざって定着している日本ではその意識は薄れ、男女が愛を誓い合う日という認識が広がっている。

それよりも天皇の誕生日が国民の休日である様に、クリスマスも休みにしてくれないかと願わんばかりである。むしろ自分の誕生日は学校も会社も休みにして欲しい。そうすれば少しは誕生日というのも祝いがいのあるものである。

比企谷家では当然の如くそれはもう盛大に小町の誕生日を祝う。普段忙しくまともに休みも取れない両親がその日だけはと休みを取る程だ。ちなみにその兄の誕生日は1週間後に思い出されたらしい。気の毒な兄である。

当の本人も忘れていて当日に天使戸塚の一言で思い出したのだから、誕生日もあって良かったと思えた。喋りかけるだけで人を幸せに出来る戸塚こそ生誕祭が行われるべきだと思いました。

 

さてさて、そのクリスマスがやって来てしまった訳だが、比企谷八幡とってはただの冬季休業期間の1日である。

いつもと変わらない日常、素晴らしい。

クリスマスの朝、インターホンを鳴らす音がした。

この家をこの時期に訪れるのは、消去法から導き出される。小町は冬期講習、受験生のため当然その周りの人間も小町に会いには来ないだろう。両親は家に居ないため、両親関係だった場合先に連絡があるはずだ。俺に関しては勿論、冬休みに遊びに来るような友達は居ない。万が一にもあるとして材木座ぐらいだろう。

導き出される答えは宅配。もしくは勧誘。どちらにせよわざわざ出るまでもなく、宅配だった場合は小町に寝てましたてへぺろっとでも言っておけば何とかなるだろう。

よって比企谷八幡が移す行動は一つ。居留守である。

「・・・」

普段から余り声も音も出さない生活をしているが、不自然さを出さないためにも更に息を殺して時間が過ぎるのを待つ。こう言うと凄そうだが、実際はぼーっとしているだけだ。

すると、二回目のピンポンがなった。続いて三回目。四回目、五回目と続いていく。

流石にうるさいので一言言ってやろうと玄関に出てしまった。これが今日全ての元凶となる選択だった。

扉を開けるとそこには少し低い位置に頭があった。クリスマスを意識しているのか、肩から掛けているポーチが赤と白のボタンで作られており、サンタになるのではなくサンタをファッションとして扱っている様だ。だが、格好そのものはサンタという訳ではなく、暖かそうなブラウンのコート、暖色を使ったチェックのミニスカートに身を包んでいる。

「先輩、遅いですよ〜」

「すまんちょっと手が離せない状態だったからな」

「先輩の事だから居留守しようとしてたんじゃないですか?小町ちゃんからきっとするから連打するといいよって言われたんですけど」

流石我が妹、兄の行動を完璧に把握している。将来が期待出来そうだ。把握している対象がこんな兄の時点で必要の無いスキルではあるが。

「・・・で、何しに来たの?ピンポンダッシュ?じゃあお帰りはあちらですよ」

「さらっと誤魔化さないでくださいよ・・・しかも御丁寧に帰る指示とか要らないんで」

すると目の前のピンポン連打犯、一色いろははお邪魔しまーすとずいずい家に入っていった。余りにもナチュラルだったので反応できなかった。

家にお邪魔するスキルなんて磨く機会などない。勿論だが対応するスキルも無い。

すぐそばを横切って家に入ったが、直ぐに脱ぎにくそうなブーツを脱ぐ工程で玄関で足止めを食らった一色に声をかける。

「で、ほんとに何しに来たんだよ」

「いや、先輩の事だからクリスマスは暇だろうなと思ったので」

「それは答えになってない」

「私も暇だったので!」

「他人の事言えねぇじゃねぇかよ・・・葉山はどうしたの?死んだの?」

確か目の前にいる後輩は葉山という先輩に猛アタックしているはずだ。このあざとい後輩がクリスマスなんて機会を有効活用しないとは思えない。

「葉山先輩はモテるじゃ無いですか、先輩と違って」

「・・・」

「クリスマスなんか沢山の女子がチャンスと思って誘うわけですよ、先輩と違って」

「・・・」

「だから葉山先輩は塾の講習に行く事で回避してるらしいですよ〜流石葉山先輩って感じですね、先輩と違って」

「なるほどな。モテる人はモテるなりの苦労があるわけだ」

少し考えれば分かった事である。あの葉山がクリスマスに特定の女子と過ごすわけがない。葉山なりの誰も傷つけない方法なのだろう。

「先輩苦労とかしてるんですか?」

「なんか今日の一色冷たくない?いろはすは冷たくなくても美味しいよ?」

「先輩を卑下することでそんな先輩に絡んでくれるいい後輩っていうのもありかなと思ったので」

「あざとさすらなくて単純に怖ぇ・・・」

ブーツを脱ぎ終わった一色は再度お邪魔しますと言って奥に入っていった。リビングに出た所でちらっとこっちを見てきた。

「あーまぁこたつにでも入るか椅子に座るなりなんなりしてくれ」

「じゃあ失礼しますねー」

ピンポン連打はマナーとしてどうなのかと言いたい所だが、基本的に彼女はマナーや礼儀は守る人間である。

そこが生徒会長として一年生ながら仕事をこなし、生徒会内に批判するような人間が居ない主な理由なのだろう。

だがしかし、それとこれとは話が別である。

「先輩もこたつ入ったらどうですか?」

「あぁ・・・」

一色の向かいに座り、こたつの温もりに気が緩む。

「さっきも言いましたけど、葉山先輩はあれなので、先輩にもクリスマスを楽しんでもらおうという可愛い後輩なりの配慮です」

「心配しなくてもクリスマスは独りで楽しめてるから大丈夫だ」

「じゃあ何処に行きますか?」

「家」

「まぁ先輩がお家で後輩と過ごすクリスマスがいいなら私もそれでいいですけど」

少しずつ論点がずれて一色と過ごすクリスマスというのが確定していっているが、もう家に入れてしまった時点で手遅れだろう。人間、諦めも肝心である。

「わざわざ来てもらって悪いがこの家には大したものは無いぞ?人生ゲームとか、人数がいるボードゲームは全くない」

「でも小町ちゃんと二人でできるものならあるんじゃないですか?」

「あー、一応あるな。オセロとか」

「オセロいいですね!やりましょうよー」

ごく自然にこの場に居ることを許してしまっているが、小町以外とこうして家でこたつを囲むのは初めてだ。

不思議と違和感は無い。きっと人に積極的に関わっていくが、嫌がられる事の少ない一色だからなのだろう。

オセロを持ってきてこたつ机の真ん中に置く。

「先輩は何色が良いですか?」

「あー、黒で」

「先輩って黒好きなんですか?」

「いや、一色は白を選ぶんじゃねぇかと思ったから消去法で」

へーそうですか、と一色は軽く流しながら盤の準備を終えた。

「勝った方が負けた方に一つ言う事を聞かせるって事でどうですか?」

「毎回思うけど一色ってほんと勝負事好きだよな」

「女の子はいつだって勝ち負けをつけたがるものですよ?特に異性と勝負して損になる事は基本的に無いですし」

「安心してくれ、俺は異性にも後輩にも妹にだって勝負事で手を抜くことは無いし、罰ゲームだって本気で考える」

「そういう先輩こそぼっちのわりに対人の勝負事好きですよね」

「馬鹿言え俺の相手はいつだってゲスト様だ」

先手は私で、と一色が可愛らしい手つきでくるっとひっくり返す。その後も続いて交互に進めていき、後半になると一色の表情が険しくなってきた。

「んー先輩、ここの石ひっくり返してくれませんか?」

指さしているのは黒石。ひっくり返す事が出来るのは一色の方だと思うのだか、そこまで考えて彼女の言っていることが理解出来た。

「一色、オセロに自分の石を意図的に相手にプレゼントするなんていう機能は無いぞ」

「じゃあ偶然ひっくり返ったって事なら意図してないですし、お互い気付いて無い事にしたら大丈夫ですよね?」

「はぁ・・・いいよ1枚ぐらいひっくり返しても」

やったーと一色は嬉しそうな声を上げた。

だがこれぐらいのハンデならば事ある事に

「お兄ちゃん、小町はここの石が欲しいなぁ」

とルール完全無視の妹とやり合っていた兄としては大したものではない。現に一色の指していた石は後からでも裏返せる位置にあるし、それを考えた上で次の手を考えれば、そう思っていたのだが。

目の前にいる後輩は遠慮なく、既にこちらが取っていた角の黒石を裏返した。それまで角付近を染めていた黒が一斉にひっくり返る。

「おい、ていうかひっくり返るのかよ」

「男に二言は無いですよね?」

「絶対に勝つ」

「お、先輩が珍しく燃えてる!」

小町ですらやらなかった角取りからひっくり返す所までやりきるという暴挙に言いたい事が無いわけでは無いが、ここはあえてこの上で勝つ事に意味がある。

さながら逆境系主人公だが、理由はただひとつ。逆境からの勝利でかっこいいなんてものではなく、圧倒的なハンデから負けたという事実に悔しがる一色が見たいというものだ。世の中の逆境系主人公が何故あんなにもかっこいいのか、それは相手をけなさず逆境についても触れないからだ。本人が触れなければ周りが触れ、周りから認められる存在という人物像が生まれる。

勿論ぼっちの俺にはそんな周りは居ないし、かっこよさなど求めていないので、勝って一色を煽る。

後半に不正があったものの普段から小町やCPU改めゲストさんと指しているだけあって、難なく勝ってしまった。

「負けました・・・」

どんな言葉をかけてやろうかと考えていたが、目の前で素直に悔しがる一色を見ていたら、失礼な気がして罪悪感が芽生えてしまった。

かといってこんな時にどう反応すればいいかなどわかるはずもなく、

「まぁそういう時も・・・あるんじゃねえか」

「先輩、フォロー下手すぎて逆効果です。不正した上で負けちゃった私が悪いんですけど・・・」

「小町で慣れてるしあれぐらいなら全然気にしないし、別にそこまで落ち込まなくても」

「いえ、どうしてもして欲しい事があったので勝ちたかったなぁって」

「俺の必死のフォローを返してくれ」

「折角ですし何かひとつ可愛い後輩がなーんでも聞いてあげますよー」

えっへんと胸を張る一色にあざといサンタが居たものだと思いつつ、お願いを考える。

「ちなみに一色のお願いは何だったんだ?」

「ケーキ作りです」

「買って来いじゃなくて?」

「先輩の中の私のイメージが気になりますけど、買うんじゃなくて作るんですよ!クリスマスケーキを一緒に食べるっていうのも距離を近付けるのに有効ですけど、それだけじゃ押しが弱いかなぁと思いまして」

「まぁ葉山だけじゃなく男は手作りって言葉に弱いもんなぁ」

「先輩も弱いんですか?手作り」

「弱いよちょー弱い、貰った事なんてほとんどないがな」

ないと言い切らなかったのは頭の中に由比ヶ浜の黒焦げたクッキーが思い浮かんだからだが、あれは厳密には自分に向けた手作りではないのでほぼノーカウントだろう。

「ケーキの材料は買ってきてるので一緒に作りましょうよ、先輩」

「用意周到だな・・・始めからやる気満々じゃねえか」

「そうと決まれば台所へレッツゴーですよ!」

自然な流れで勝者のお願いは無かった事になっているが、どちらにせよ思い付かなかっただろうし、これはこれでいいだろう。

 

エプロン姿の一色が思いの外あざとさの無い可愛らしさで驚いたり、冷蔵庫に入れ忘れていてこたつのすぐそばに置いていた食材が少し温くなっていたりと多々ハプニングはあったが、大きな失敗もなくプチカップケーキが完成した。ホールと思い込んでいた事をぽろりと零すと、

「小さい方が可愛らしくていいんですよー。大きいと重いと思われるじゃないですか」

と考えてなさそうで考えている一色に馬鹿にされてしまった。幾つかを小町や家族の分に置いておき、二人で二個づつ食べる事になった。

「先輩って料理しないというわりに手際は良いですよね」

「専業主夫希望だからな、イメトレぐらいはしてる」

「うわぁ・・・あ、でも料理ができる男の人って女子から見たらポイント高いですよー。女子の中には一緒に料理が出来る男の人がいいって子結構いますし」

「一色もそうなのか?」

「そうですけど・・・ってなんですか口説いてるんですか確かにその点は結構好みですけどまだ無理ですごめんなさい」

「振ってるんだか褒めてるんだかわからねー」

「一応褒めてはいますよ!ぜひ料理スキルを伸ばすことをお勧めしますねー」

「料理なら家でできるし暇な時にやってみるか・・・」

一色は何故かうんうんと嬉しそうにうなづいている。後輩ながら面倒見のいい生徒会長である。

「あ、そろそろ帰らないと家族でクリスマスパーティーするので」

「そうか、じゃあさっさと帰ってくれ」

「先輩って相手するの面倒臭いオーラほんと隠しませんよね」

「いや、これは俺なりの相手が帰りやすい気遣いだ」

「どっちでも良いですけど・・・」

喋りつつ帰りの支度も終わり、玄関に着いたところで一色が振り返った。

「じゃあ先輩、また学校で!」

「おう」

そうしてあざとくうるさい後輩サンタは帰っていった。

比企谷八幡の家族以外と初めて過ごすクリスマスはこうして幕を閉じたのである。



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番外編 新年

新年あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします。が若者のアレンジを加えられてあけおめことよろと飛び交う中、そんな教室を眺めている。

毎年恒例の挨拶。比企谷家でも

「お兄ちゃんあけおめ!」

「おう小町今年も可愛いな」

「お兄ちゃんも変わらず腐ってるね!」

「発酵食品は腐ってる事に価値を見出されている様に人間も腐ってる事に価値を見出す事が出来る可能性がある。つまりこんなお兄ちゃんにも価値はあるってことだぞ小町」

「価値は他人が決めるものなんだよごみぃちゃん」

「ぼっちの価値を決めるような他人は周りにいない。よってぼっちの価値は無限大」

といった風に新年の挨拶が交わされた。その後奉仕部で初詣に行ったため、彼女達とは既に挨拶を交わしている。

よってもう挨拶を交わす様な人間はいないだろう。残っているのは大天使戸塚とその辺の石ころこと材木座ぐらいだ。

ふと教室のドアの方を見ると由比ヶ浜が教室に入ってきた所だった。入ってそうそう葉山達の集団にあけおめ!と声をかけている。流れで他のクラスメイト達にも挨拶していた。葉山グループだけではなく、クラス全体とも違和感無く馴染む辺り由比ヶ浜らしいというか。雪ノ下や俺ではまずない行動だ。

すると由比ヶ浜が葉山達の方ではなくこちらに歩いてきた。何か用だろうか。

「あけおめ、ヒッキー」

「おう」

「おう、じゃないよヒッキー!あけおめって言ったらあけおめかことよろでしょ?」

「あけおめに関しては分からなくも無いがことよろってあけおめに続く言葉じゃなかったのか」

「あ、確かにそうかも」

時々この娘は周りに合わせているのではなくただアホなのではないかと思う事ある。

「というかお前と俺はもう挨拶しただろ…何回新年迎えるんだよ」

「そうかもしれないけど…でも言われてみるとそうかな?そうかも…」

由比ヶ浜がうーんと唸っているとその後ろからひょっこり顔を出した天使が現れた。

「あけおめ!八幡!」

「あぁ新年開けて本当に良かった…」

絵面そのものは人の後ろからこちらを見つめる顔という若干ホラーな絵面だが戸塚だからそんなホラー要素は皆無、むしろチラリズムすら覚える最高の絵面だ。

冷静に考えてホラーでも何でもないのだが。

ちょうどその時だった。教室の外にこのクラス以外の人間が顔を出した。

「あ、先輩あけましておめでとうございます」

「ん?あー一色か」

「あー一色か、じゃないですよ先輩…葉山せんぱーいあけおめです!」

葉山は周りとの会話が忙しいのか、手だけ振って返した。それを見て一色は教室に入ってきた。

「先輩、今年もよろしくお願いしますね?」

「後ろ向きにポジティブに頑張る」

「いろはちゃんあけおめー」

「あ、結衣先輩あけおめです!」

気が付けば戸塚は自分の席に戻っており、俺の席の周りには由比ヶ浜と一色だけになっていた。

「で、一色何しにきたの」

「用が無きゃ来ちゃダメなんですか?」

「あざとい、というか用が無かったらお前来ないだろわざわざ」

「用ならもう済ませましたよー」

もう済ませた、という事は今までの行動に答えがある。思い当たるのは一つだけ。

「挨拶する為だけに来たのかよ…葉山とは部活で会えるんじゃねぇの」

「いやいや先輩分かってませんね。わざわざ挨拶しに来てくれる後輩っていうのが欲しいんですよ。ぶっちゃけ挨拶そのものには何の意味もないと思ってますし」

このいろはす怖い。挨拶って大事だよ?俺は普段する相手が居ないけど。

「じゃあ用は終わったんじゃないの?」

「何ですかその用が済んだなら帰れよ、みたいな素っ気ない態度はーあ、もしかして素っ気なくする事で構って貰えるとか思いましたかそういうのは女の子がするものなので先輩じゃ無理ですごめんなさい」

「いや、単純に疑問に思っただけなんだが」

「先輩暇そうですし暇つぶしにいいかなぁと思ったので」

「俺はいつだって世界平和について考えてるから忙しいんだ、悪いな」

「世界平和と可愛い後輩どっちが大切なんですか!」

「比べる対象がおかしいだろ…」

そばでその会話を聞いていた由比ヶ浜は世界平和…と何か考えているようだがきっと由比ヶ浜の考える事だ、 深く考えている訳では無いだろう。

世界平和について考え始めたであろう由比ヶ浜を他所に一色との会話は続く。

「先輩は世界平和を選ぶとみました」

「残念だな俺は敢えて一色を選ぶ」

「世界より君を守るとかベタ過ぎて冗談っぽいので無理ですごめんなさい」

「いや、知らない人達が平和になろうが何だろうが知ってる人を取るな。知りもしない人間の事なんて考える程人間出来てないからな」

「喜ぶべきなのかつっこむ所なのか悩むコメントを有難うございます…先輩って無駄な所で真面目ですよね」

「今のただ屁理屈を並べてみただけなんだけどな」

「なっ」

どうやら見当違いな反応をしてしまった事に気付いた一色は少し恥ずかしそうにした後、きっとこちらを睨んできた。

「先輩性格悪いですよ」

「お互い様だな」

はぁ…じゃあそろそろ時間なんで、と一色は去っていった。ふとした偶然で生まれたこの繋がりは、年が明けてもまだ途切れることは無いらしい。

 



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